Muv-Luv ALTERNATIVE Toy Warrior (はんふんふ)
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はじまり

 俺の名前は、五六・和真(ごろく かずま)今の状況を軽く説明したいと思う。

 さっきまで自分の家のベッドで寝ていたはずなのに起きてみると夜の森の中にいた。

 何この現状すごく怖い。

ガサッ!!

ビクッ!

 少しの音でも驚いてしまい気が休まらない。

 周りの木々のどこからか自分を狙っている化物がいるんじゃないかと思えてしまうくらい夜の森の中は不気味でありこのままここにいると気が狂ってしまうと思わせるだけの雰囲気があった。

 とにかく、このままなのは怖いので歩き回って人を捜すことにした。

「遭難したら、助けが来るまでその場を動かないことって誰かが言っていた気がするけどこんな真っ暗な中で一人ぼっちとか無理やわ・・・」と心細いので独り言を言いつつ歩く。

 時間も忘れて歩いていたが朝になってしまった。

結局朝になっても森から出ることはできず人がいそうな所も無かった、これはヤバイとさらに歩く。

ぐぅぅぅぅぅ~~~!!

 そう思っていた時、空腹感からお腹からものすごい音がする。

「そういや俺、昨日晩飯食ってなかった」

 昨晩は昼飯を食べすぎたため食欲があまりなく、すぐに寝てしまっていた。

「昨晩の俺、今度会ったらおもっきし殴ったる!」

 会えるはずもないのに言ってみる。

「俺、一晩で独り言増えたなぁ」と、また独り言を呟く。

 正直な話、何か喋ってないと落ち着かないのだ。

「とりあえず、朝飯を確保しよか」

 呟いたなら即行動!周りの木を注意深く見ていく。

「そんな都合良く、リンゴがあったりせんわな。ならしゃ~ない食えそうな物探しに行こか!」

 そして、また歩き始めるが結局夜になっても食べれそうな物を見つけることはできなかった。

「ほんまに、都合良く見つからんな! RPGの主人公やったら少し歩いただけで食い物ぐらいホイホイみつかるで! ……でも、動物もやけど虫も見かけへんかったな」

 昼くらいの時間に果物を探すのに飽きてきたので、動物を捕まえようとか考えて行動していたのだがまったく見つからず、それならば虫をと行動したのだが虫すら見かけない。

「ちょっと、気味が悪いな」

 なにかとてつもなく嫌な予感がしたが、今の俺は食欲が頭の中のほとんどを支配していたので深く考えずにまた歩きだした。

 

 三日目の朝日を俺は、森の中から見ていた。

 水は途中で降った雨のおかげでなんとかなったが三日間何も食べていない、空腹で意識が朦朧としてきた。

「こんなところで死にたくない」そう言い泣きながら歩いていると

「あっ! 道や良かったこれで助かる!」

 もうそろそろ自分は死んでしまうのか、と考えていた時あきらかに人口的に作ったであろう道が目の前にあった。

「やはり、神はいた!」

 俺は、叫ぶのと同時に急いで道にでる。

 体力も気力も限界を超えていたはずなのにそれすら忘れてしまうほど今の俺は歓喜に心が支配されていた。

 道の真ん中に立つと安堵感による気の緩みのせいで一気に疲労感が増していきその場で倒れてしまう。

「やはり、神はいなかった」

もう、立ち上がるだけの力すらない。

「これは、さすがに死んでまうかも知れんなぁ~」と、呟いて意識が落ちていく中で車の近づいて来る音を聞いた気がした。

 次に目を覚ますと、俺はベッドに寝かされていた。

 

 助かった、と安心した俺はひとまず言ってみた。

「知らない天井だ!」

 一度言ってみたかったとアホなことを考えていると、白衣を着た人が部屋のドアを開けて近づいて来るのに気が付いた。

「やぁ!目が覚めたみたいだね。」

 そう声をかけてくる白衣を着た人は丸メガネをしていてすごく優しそうな人だった。

 俺は、寝たままだと失礼だと思い上半身を起こす。

 ふと右手を見てみると点滴をしていた。

 白衣を着た人が「あぁ、寝たままでも構わないよ」と心配そうに聞いてくれるが、俺は多分この人が助けてくれたんだろうなと予感めいたものを感じたので、失礼だとは思いつつも聞いてみた。

「あなたが俺を助けてくれはったんですか?」

「うん、そうだよ。車で道を走っていたら道路の真ん中で倒れている人がいるから驚いたよ。」

 白衣を着た人は心底驚いたと、やや大袈裟にその時の状況を説明してくれる。

 

「それは、ほんまにありがとうございます。」

俺は自分が生きているという嬉しさから、涙を目に溜めそう言って頭を下げた。

「いや、別にかまわないよ。僕は医者だからね!困っている人はほっておけないのさ。」

 その医者の人は涙目の俺を見て、困ったなと眉毛を八の字にして、でも、満面の笑みで言ってくれた。

 

「あの、すみません俺どれくらい寝てました?」

「約4時間かな。あぁ、こちらからも質問いいかな?」

「あっ! はい、どうぞ」

 なんだか、面接をしているみたいだなと俺は少し緊張していた。

「そんなに緊張しなくても良いよ。

僕が聞きたいのは、君は日本人なのかなってことなんだ?」

 俺は、質問の意味が解らず頭に?マークを浮かべた。

「あぁ! 別に君が日本人だからどうこうってことはないよ。

ただ君はさっきから日本語を話しているからそうなのかなって思ってね。」

 俺は、ますます訳が分からなくなってしまうが、一応質問に答えた。

「はい、日本人です。すいません、質問の意図がよくわからないんですけど……」

「???」

 今度は、医者の人の方が意味がわからないと困った顔で俺を見る。

 俺は、嫌な予感がして俺が予想できる最悪の予想を聞いてみる。

「アホな質問ですいません。ここって日本ですよね?」

「うん? ここは、韓国の光州だよ?」

「は? 韓国? 日本と違うんですか?」

「なんだか話がかみ合わないね」

 そう言うと医者の人は何かを考えだした。

「あの……」

「あぁ! すまない少し考え事をしていてね。僕は、もう行くからゆっくりしていくと良いよ!」

 そう言って、医者の人は病室から出ていこうとする。

 その時に俺は、自己紹介をしていないことに気が付いた。

「あっ、すみません自己紹介まだでしたね。俺は、五六 和真 いいます!」

「あぁ、そういえばまだだったね。僕は築地 三郎(つきじ さぶろう) よろしく。」

 そう言って築地さんは、また俺の方に来て左手を俺の前に出してきた。

 俺は、築地さんが何をしたいのかすぐに気が付いてその手を握り握手をした。

「はい、よろしくお願いします!」

 これでやっと帰れると思い、俺は満面の笑みで返事をした。

 

 だけど俺は知らなかった。

 この世界が自分の知る世界ではなく、滅びに向かっていることを。

 




どうも此度はMuv-LuvAITERNATIVE Toy Warriorを呼んで頂きありがとうございます。SSを書いたのが今回が初で至らぬ点ばかりだと思いますが、一応完結はさせたいと思っていますので、これからもよろしくお願いします。


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知らない世界

 俺は、築地先生が部屋を出て行くと疲労感からすぐに寝てしまった。

 次に、俺が目を覚ますと外は暗くなっており時計を見るとすでに午後11時になっていることが分かる。

 俺は、喉が渇き部屋の外に出ることにした。

 部屋の外は廊下で回りを見ると、扉が四つあり俺がいた部屋は一番手前の階段から一番近い部屋だとわかった。

 病院と言うより民家といった方がしっくりとくる感じだ。

 俺は、階段を下りていくと降りてすぐ右側に扉がありそこから光が漏れているのに気が付く、俺は軽く扉をノックして中に入っていった。

 部屋の中はテーブルとイスとキッチンがあることから、ここはリビングだとすぐにわかった。

 とりあえず、テーブルに近づいていくと築地先生がキッチンからコップを片手に出てきた。

「おや、五六君じゃないか! 体調はもう大丈夫なのかい?」

「はい、御陰様でもうすっかり良くなりました。」

「そうか、それは良かった! それより、こんな夜遅くにどうしたんだい?」

「すいません、少し喉が乾いてしまって何か飲み物を貰えないかなと……」

「わかった! すぐに用意するよ、少しイスに座って待っていて貰えるかな?」

 築地先生はそう言って、キッチンに戻って行った。

「にゃ~」

「うん?」

 俺は、鳴き声が聞こえた方を向くそこには、一匹の猫がいた。

「よ~しよしよし! なんだお前かわいいなぁ~」

 俺はそう言うのと同時に猫を抱き上げそのまま膝の上に乗せて撫でまわす。

 猫を愛でていると、築地先生がキッチンから帰ってきていた。

「その子は、タエって名前なんだよ。僕の病院の看板猫さ」

 築地先生は、コーヒーで良かったかな? と言ってテーブルを挟んで俺の正面のイスに座る。

「良い機会だしここで、君のこれまでの話を聞かせてもらえないかな? 僕と君の話には食い違いがあるからね。」

 俺も、気になっていたので話すことにした。

「それじゃ、説明さしてもらいます。」

 話した内容は、俺の日本での生活、一日の疲れから部屋で寝ていたはずなのに気が付いたら森の中にいたこと森の中を三日間歩き回ったこと、空腹と疲労で道にでた瞬間に気絶してしまったこと。

 その話を聞いていた築地先生は、何かを確かめるように俺に聞いてきた。

「僕の知っている日本と違うね。その話が本当なら、うらやましいよ……。

そうだ、君の日本から何か持ちこめているかい?」

 俺は、築地先生の言葉を不思議に思いながらもポケットに入っていたDSを築地先生に見せた。

「これは、何だい?」

「これは、ゲーム機です。娯楽製品ですね!」

 俺は、築地先生に遊び方を説明していく。

「すごいね……。こんな遊び道具アメリカにもないよ。」

 その後、何やら数分考えそして難しい顔をして俺に聞いてきた。

「君は、今僕達がいるここが危険な場所だってことはわかるかい?」

「治安が悪いからとかですか?」

「違うよ。じゃあ、質問を変えるね、君はBETAを知っているかい?」

「BETA?」

「そう、 人類に敵対的な地球外起源種 通称BETA 人類はこのBETAと戦争をしているんだ。」

「なんですか、そのSFな話は? えっと、ツッコミ待ちですか?俺が大阪人やからですか? でも、俺大阪人やけどボケとかツッコミできひんのですみませんが真面目にお願いします!」

 俺は、今後帰るための情報が欲しかった焦りから、少し怒り気味に言葉を返した。

「違うよ! これは、本当のことでね。人類はこのBETAのせいで滅ぼされかけているんだ」

 築地先生の表情が、態度が、この話が冗談では無いと、すべて真実だと語っている。

 でも、俺はそんな話、信じたく無かった。

 だから、(冗談だよ。)その言葉がほしかったからさらに怒気を荒げて築地先生に言葉をぶつける。

「そんな、そないアホな話があるか! 宇宙人が地球に来て人類と戦争しとるやと! そないな話、今時小学生でも信じやんぞ!」

「落ち着きなさい。……残念だが本当のことだ、人口も後数年で、10数億人にまでなってしまうと言われている」

 でも、俺の期待は裏切られた。

「ははっ! これは、夢かなんかですか? そうか! これは新手のドッキリですか? 止めてくださいよ。本気にしちゃうでしょ?」

「だから、落ち着きなさいと言っている。一先ずコーヒーを飲んでそれから、これからのことを話合おう。」

「はい……」

 俺は、築地先生が入れてくれたコーヒーを飲むが味なんて全然わからなかった……。

「リラックスできたかな? それじゃ! さっきの続きをはじめるよ。君の話では君はBETAを知らない、そして平和な日本で暮らしていた。そうだね? そこで、二つ質問するよ?」

「……はい」

「まず一つ目、君の日本の名前は日本帝国で良いかな?」

「日本帝国? いえ、日本これが俺のいた国の名前です。」

俺がそう言うと、築地先生はDSを見てまた何かを悩みだした。

「それじゃ、二つ目君は今年が何年か解るかい?」

「へっ?今年は、2012年ですけど……」

 そう俺が言うと、また築地先生はなにかを考え出した。

 そして、何かを決心したようだ。

「今年は、1996年だよ。」

 その答えに俺は、愕然とした。

 知らん場所に飛ばされただけやと思っていたけど、タイムスリップしとるやと……。

 俺は、頭の中の思考がグチャグチャになっていた。

「僕の考えを言ってもいいかな?」

「……どうぞ」

「君は並行世界から来たのだと思う。君はBETAを知らない、日本帝国人ではなく日本人、アメリカにも無い娯楽品を持っている。そしてこれが一番の決め手かな。」

 そう言うと築地先生は俺の胸あたりを指差した。

「君の、シャツにプリントされている絵だよ。この世界でそんな物来ていたら殺されてしまうよ?」

 俺は、築地先生に言われて自分のシャツを見た。

 そこには英語で(I LOVE UFO)の文字とかわいらしい円盤型のUFOがプリントされていた。

 確かに、戦争している相手が大好きだ! なんて言う奴がいたら殺されてしまうかもしれないと俺も納得した。

「じゃあ、もし仮に俺が並行世界から来たとするなら俺はこれから先どうすればいいんや……」

 俺は、帰る家が無いことに絶望し目に涙をためた。

「うん、そのことで1つ提案があるのだが、君ここで暮らさないか?」

 築地先生から、予想外の提案を聞いて俺は驚いた。

「でも、良いんですか? 俺みたいな訳の分からん奴を置いといて……」

「別に構わないよ! 僕もこう見えて結構忙しくてね! 助手が欲しかったんだ。」

 そう言われて俺は嬉しさから、声を出して泣いてしまった。

 そんな俺を築地先生は困ったなと、泣き止むまで待っていてくれた。

「すみません、もう大丈夫です。」

「そうかい? それにしても、和真は良く泣くね。」

 築地先生は笑いながらからかう。

「泣き虫ですいません……」

「別に構わないよ。泣けるというのは良いことだからね! それより和真、君は何歳だい?」

「16歳です。」

「そうか、やっぱり助手の方が良いね。」

「えと、どう言うことですか?」

「さっき僕は、この世界がBETAと戦争をしていると言ったね?」

「はい。」

「その戦争で人口が減ったことも言ったよね?」

「……はい。」

「つまり、兵士がいないから徴兵の年齢を下げてまで兵士を増やしているんだ。」

「何歳から徴兵されるんですか?」

「16歳からだよ……。」

 俺は戦慄した、子供が戦場に出ていると聞いてそこまで人類は追い込まれているのかと。

「それに、女性も徴兵の対象にされているんだ。」

「な、なんで女性まで!」

「さっきも言った通り兵士の数が足りないんだ。男は最前戦で戦って死んでいく男だけじゃ戦っていけない、だから女性も徴兵されだしたんだ。」

「だ、だったら築地先生はなんで大丈夫なんですか?」

「僕は、医者だからね。ただでさえ皆戦場に行っているのに医者まで戦場に行くと残された人達を助ける人がいなくなる。それに、僕は生まれつき体が悪くてね……徴兵を免れたんだよ。」

「じゃあ、俺は徴兵されるんですか?」

 俺は、自分が戦場に無理やり立たされると思い恐る恐る聞いてみた。

「だからこそ、医者の助手として働かせるわけだ! そうすれば、最悪徴兵されても言い訳はできる。」

「どういうことですか?」

「和真は、16歳だろ? 本当なら戦場にいるはずだ、なのにここにいる。もし軍に見つかったりしたら敵前逃亡したと勘違いされて最悪銃殺刑だよ?」

 こともなげにそんなことを言ってくる。

 もしそうなら、敵前逃亡の兵士を匿っていたとして先生も危険になるのではないかと思い俺は、聞いてみた。

「な、なんで築地先生はそこまでしてくれはるんですか?」

 そう俺が聞くと、築地先生は何バカなことを言っていると呆れた顔をした。

「僕は医者だよ! 折角助けた命を簡単に捨てさせるはずないだろう?」

 その言葉を聞いて、俺はまた泣いてしまった。

「和真は本当に泣き虫だね。」

 築地先生は優しく笑っていた。

「なんども、すみません。改めてこれから、よろしくお願いします。」

 俺は、笑顔でそう言ってからイスから立ち上がって頭を下げた。

「はい。こちらこそ」

 そう言った築地先生も笑顔だった。

「でも、なんで俺が並行世界の人間だって思ったんですか?」

「うん? あぁ、私の古い知り合いにねそういった研究をしている子がいるんだよ! まぁ、その子に影響を受けてしまったのかな……。」

「そう、ですか……。」

 俺達はその後も、色々話しあった。

 




連続投稿させて貰いました。
二話も読んでいただきありがとうございます。
今後も続けていくのでよろしくお願いします。

補足説明
築地先生は、和真が精神的に参っている可能性があると予想を立てて話を合わせた。
今の世界情勢では、そう言った人物は薬漬けにされ戦場に送られるか、最悪処分されるのを知っているからである。
そのため、目の届く範囲で精神病かどうかを確認するために提案した。
実際に助手が欲しかったのも理由の1つだが、彼が異常なまでに優しい人間であり和真を見捨てる事ができなかったのが最大の理由である。


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家族

 俺は、容赦なく自分を照り付ける太陽の光と寝苦しさから目をさます。

「眩しい、苦しい……! 寝みぃ~。」

 眩しさの正体は皆の朝のお母さんこと太陽さんで、苦しさの原因は今俺の胸の上で丸まって寝ている猫、タエである。

 この猫、俺が築地先生の助手になった後ベッドに戻った俺の後をついてきて今のように寝だしたのである。

 初めは良かったが毎日やられると、こちらも辛い。

 まぁ、良い目覚ましであることには違いないが……。

「タエ、起きろ! もう朝だぞ!」

 そう言うとタエはゆっくりと起き上がり、一回伸びをしてからベッドに降りて俺の頬に頭を擦り付ける。

 正直な話、毎朝のこれが一日の元気の素である! これがあるから、タエを俺の上で寝させることを止めさせていない。

「タエ築地先生を起こして来てくれ、俺は朝ごはんを作りに行ってくる」

 そう言うと、タエはベッドから飛び降り築地先生の部屋に向かう。

 俺は最近良く思う。

 あの猫賢すぎるだろ! と、猫の皮を被った犬なんじゃないだろうかとさえ思わせるほどタエは頭が良い。

 そんなことを考えながら、俺は服を着替えてリビングに向かう。

服は築地先生のお下がりだ! あのUFOのシャツはあの話合いの翌日に燃やした。

 手元にあるのも恐ろしい物だからだ。

 リビングにつくとすぐにキッチンに向かい、キッチンにある冷蔵庫から食材を取り出す。

「今日は、合成食パンと合成スクランブルエッグと合成ハムで良いかな?」

 そう言って料理を始める。

 この合成というのは本物の食パンやハムでは無いということだ。

 ユーラシア大陸はほとんどBETAの勢力下にある。

 そのせいで、食糧が足りないのだ。

 この問題を解決するために合成食品が開発された。

 何を使っているのか知らないが、食べられるのだから問題ないと割り切ることにしている。

 料理を作り終えて配膳し終わると築地先生がリビングに入ってきた。

「おはよう! 和真。」

「はい! おはようございます。築地先生」

「和真今日の予定は?」

「先生、今日は薬品や消耗品を買い溜めるために夜の便で日本に向かうんでしょ?」

「あぁ!そうだった! 久しぶりに多恵に会えるのだった! 楽しみだなぁ~! 絶対美人になっているよ!」

「はいはい。」

 多恵の名前から解るように、猫のタエと同じ名前である。

 この人は物凄く親バカである。

 一度写真を見せてもらったが、娘の多恵は10代前半であり、先生はどう見ても20代前半だったのでビックリした。

 そのことを聞いたら先生は30歳なのだそうだ。

「この見た目で30歳やもんなぁ~」

「うん? 何かいったかい?」

「いえ! 別になんでもないですよ?」

「そうかい? それじゃ、いただきます!」

「いただきます」

 この言葉を聞くだけで、ここが光州でも日本にいる気にさせてくれる。

 まだ、俺は帰りたいと思っているのか……女々しいなと内心で愚痴る。

「タエおいで。」

 そう言うとタエは俺の膝の上に座り口を開ける、そこに俺はタエ用のご飯を入れていく。

 その光景を見ていた先生が「ラブラブのカップルみたいだね……。」と呟くが俺は、「毎日の日課ですしね」と苦笑いで言葉を返した。

 ごはんを食べ終え食器を片づけると、日課の掃除をするために箒を持って外にでる。

 外に出るとご近所の人達が声をかけてくれる。

「おはよう。今日も精がでるねぇ~。」

「おはよう! おばあちゃん! 腰痛くない?」

「えぇ!和真君のおかげで全然痛くないよ。」

「でも、週に一度は診察にきてね?」

「はいはい。ありがとうねぇ~。」

 そう言うとおばあちゃんは、掃き掃除を始める。

 俺も始めようかとすると今度は元気な男の子と女の子が声をかけてくる。

「「お兄ちゃん、おはよう!」」

「はい、おはよう! 今日はどこに遊びに行くんや?」

「今日は、友達の家に行くの!」

「そうか、気を付けていくんやぞ?」

「「はぁ~い!」」

 子供たちが走っていき、掃除を始めあらかた終わったところで先生が声をかけてくる。

「お疲れ様! それにしても馴染んだね!」

「もうここに二か月もお世話になっていますし、それに皆さん良い人達ばかりですから。」

「言葉も大分話せるようになったしね?」

「それは、先生のおかげですよ!」

「いやいや! 和真には色々世話を焼いてもらっているからね、それくらい当然さ!」

 色々お世話とは、俺のここでの仕事は主に雑用と事務である。

 先生はそのあたりがかなりずぼらで、俺がやることになった。

 他には、たまに医療にも携わっている。

 俺に特技みたいなのがあったのは驚きだが、それを見抜いた先生も流石だし、うまく俺の力を使ってくれているので俺も町の皆に感謝されてうれしかったりしている。

 俺の特技とは、催眠術である。

 これが分かったのは俺が落とし物をして泣いている子を助けた時だ。

 俺はただ、泣いている子を泣き止ましてその子の目をじっと見てお母さんが子供に言うように「どこに落としたのかな?良く思い出してみようか?」と言ってその子が探し物を落とした記憶まで導いただけである。

 これを、見ていた先生が催眠術の一種だと見抜いて後はこれの活用法を教えて貰った。

 例えば、催眠効果で痛みを和らげたりなどである。

 この力を知った時俺は嬉しさが爆発していた。

 何もできないと思っていたのに先生の仕事の手伝いができるとまさに、爆発していた。

「それより、そろそろ港に行かないと船に間に合わないよ?」

「それを先に言ってくださいよ!」

 俺は、急いで用意を済ませ先生の運転する車に乗り港を目指す。

「病院を空けてしまってよかったんですか?」

「大丈夫だよ! どこかのだれかさんのおかげで皆元気だからね!」

「ははは・・・。まさかあんなに効果が出るなんて思いもしませんでしたよ。」

「それは、僕もだよ! 病は気からと言うけどこんなに効果があるとは驚きだよ!」

 そうなのである。

 患者の人達には俺の催眠術で痛みがなくなる、や病気が治ると暗示することにより皆徐々に回復していっているのだ。

「それに、日本から配達を頼むとものすごくお金が掛かるんだよ! なら、自分達が動くしかないだろ?」

「でも、荷物持ちは俺でしょ?」

「当然!!」

 その言葉を聞いて「解っていたけど少しは手伝って……」と俺は肩を落とした。

「あっ! 船が見えてきたよ!」

 先生の指差す方を見ると、大きな船が見えてきた。

 でも、装飾などはされておらず荷物を大量に運ぶためだけの貨物船に見えた。

「築地先生あの船ですか?」

「そうだよ! じゃあ、時間も余り無いしちゃっちゃと乗っちゃおうか?」

「はい!」

 その後、車ごと船に乗り入れ乗船する。

「先生、俺甲板の方に行ってきます」

「あぁわかったよ。後、1つ注意しておくね? 海に落ちないでよ。」

「わかってますよ。」

 俺は先生にそう言うと甲板に向かい歩きだした。

 外に出てみると、外は真っ暗で空も海もすべてが1つになっていて不思議な感じがした。

 俺もその1つになれば元の世界に帰れるのではないだろうかと海を眺めていると、「にゃ~」と鳴き声が聞こえた。

 タエである。

 タエは基本俺と行動を共にしているので、今回の小旅行にも連れてきていた。

 そんなタエはカゴの中から心配そうにこちらを見ている。

「大丈夫だよ。タエ、俺はどこにも行かないから……。」

 そう言って頭を撫でるとタエは満足したのか、カゴの中に帰っていく。

「さて、そろそろ体も冷えてきたし俺も中にはいるか!」

 俺は、一度も外の景色を見ないで船の中に入っていく。

 もう一度見てしまうと今度こそあの真っ暗な世界に吸い込まれてしまいそうだから・・・。

「築地先生、今戻りました。」

「おかえり和真、外はどうだった?」

「もの凄く寒かったです。」

「そりゃ、そうだろうね!」

 そう笑顔で話す先生が急に真面目な顔になる。

 その顔を見て俺も姿勢を正す。

「和真……1つ君に提案があるのだが?」

「はい、なんですか?」

「僕の家族にならないかい?」

「すみません、もう一度お願いします。」

「和真、僕の息子にならないかい?」

 俺は、先生のいきなりの提案に頭の中が真っ白になった。

「ダメかい?」

 先生が心配そうに聞いてくる。

「あの、ダメとかじゃなくて、なんでいきなり?」

「前々から考えていたのだけどね……。多恵に会う前に決めてしまおうと思ってね!」

「はぁ……。」

「それで、答えをくれるかい?」

 俺は、築地先生から俺が並行世界に来てしまったのかも知れないと話を聞いたあの日から、この世界のことについて色々調べていた。

 その結果、この世界は俺の元居た世界ではなく、日本は俺の知る日本ではなかった。

 俺は、その日から家族とは無縁だと思っていた。

 もう甘えたり甘えられたりすることができる人はいないのだと思っていた。

 だから俺は、先生にそう言われ目に涙をためた。

 この何も知らない何も無い世界で家族が出来たそのことがたまらなく嬉しくて目に溜めていた涙は次々に溢れ出してくる。

「はい! こちらこそよろしくお願いします、先生!」

「違うだろ、和真? 僕達は家族になったのだから」

 俺は、泣きながら笑いこの世界では二度と使うことがないと思っていた言葉を言う。

「はい!……父さん!」

「うむ、それじゃ息子よ! そろそろ夜も遅い、寝るとしよう!」

「はい!」

 父さんと俺は、船内の床に寝転がり毛布を被る。

「おいでタエ!」

 俺が呼ぶとタエはカゴから出てきて俺の胸の上で丸くなる。

 俺は、それを優しく抱きしめるようにして寝た。

 次の日の朝、俺はいつものように苦しさから目を覚ます。

 珍しいことに父さんはすでに起きていた。

「おはよう和真!」

「おはよう父さん!」

 俺は、このやりとりが嬉しくてついにやけてしまう。

「何だ? 朝からうれしそうだな?」

「ううん。なんでもあらへんよ!」

 父さんもにやけていたから同じなのだと思いそう返事をした。

「もう日本の港についているから僕は、車で買いにいってくるね?」

「あれ? 荷物持ちはしやんでいいの?」

「あぁ、向こうの従業員さんが手伝ってくれるらしいからね! それと、多恵が港に来ているから話し相手になってくれ、和真の妹になるんだ。優しく接してくれると僕もうれしいよ。」

「当たり前だよ、父さん! 妹を大切にしない兄は存在せえへんねんよ!」

「ハハハ! それを聞いて安心したよ。今日の夕方には戻るから、その後は光州までトンボ返りだけど構わないかい?」

「OK! わかったよ。」

「それじゃ、僕は先に行くね?」

「あれ、多恵とは会っていかへんの?」

「あぁ……。会いたいのだけど時間が無くてね、仕事を終わらせてから会おうと思うんだ。」

「わかった! それまで多恵の話し相手になってるわ!」

「よろしくお願いするね。それじゃ、行ってきます!」

「いってらっしゃい!」

 そう言って父さんを見送り俺は、自分の荷物とタエの入っているカゴを持ち外に出る。

 陸に上がると、写真で見た姿から少し成長した多恵がいた。

「あ、あの……。あなたが和真さんですか?」

「うん、そうやで?」

「わ、私は 築地 多恵(つきじ たえ)です。」

「うん、知ってるで! 俺は今日から君のお兄ちゃんになる築地 和真や! よろしくな!」

「・・・へ?」

 




三話でやっと原作キャラ登場です!


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多恵

 俺は、今非常に困っている……。

「え~と、あ~、あんな?」

ビクッ!

 うわぁ~、めっちゃ引かれてる。

 そりゃいきなり、君のお兄さんだよ! とか言われたらこうなるか……。

 父さんから、少し人見知りする子って聞いてたから声かけられて調子乗ってもうたかな……。

「築地先生から聞いてると思うけど、先生の所で俺がお世話になってたのは知ってるやんな?」

コク!

 良し、話は聞いてくれてる!

「それでな? ここに来る途中で築地先生にな? 家族にならんか? って聞かれて、それで築地先生の息子になったんや。」

 俺が、そう言うと多恵は上目使いで俺を見てきた。

 こっ、これはかなり来るな……!

 俺が、狼狽していると多恵がやっと口を開いてくれた。

「変態さん……じゃ、ない……ですか?」

 この言葉に、俺の中のなにかがひび割れ、地面に膝をついてしまい半泣きになってしまう。

 この時俺は、美少女の言葉は時に凶器になるのだと知った。

「そりゃ、はたから見たら変態かも知らんけど……そんな面と向かって言わんでも・・・。」

 俺は、1人でぶつぶつ呟いて美少女の前で膝をついて泣いている。

 第三者がこの状況を見て変態と言っても否定できないだろう。

「あっ!すみません!! えと、あたしまたやっちゃった。」

「俺は変態だ俺は変態だ俺は変態だ変態だ変態だ変態だ変態だ変態だ変態だ変態だ変態だ変態だ変態だ変態だ変態だ変態だ変態だ変態だ変態だ変態だ変態だ変態だ変態だ変態だ。」

 完全に壊れてしまっている俺を見て、多恵はさらに焦る。

「あ、あの泣かないで……。かっこよくない顔がさらにかっこ悪くなってるだよ!」

 トドメの一撃が入ってしまった。

 俺は、完全に燃え尽きてしまった。

「あああああああわわわわわわ! ごめんよぅ、ごめんよぅ! だば、帰ってきてけろ~!」

 あわあわ、する美少女を放っておいて、俺は青空の下真っ白になっていた。

 

「本当に、ごめんよぅ!」

「別にかまわへんよ。俺の顔が不細工なんわ、知ってるから……。」

 俺がこんなにも、自分のことを卑下するのには訳がある。

 この世界の大抵の人間は、かっこいい、かわいい、きれい、渋い。

このどれかに当てはまる。

 初めて光州の町に出た時、周りのレベルの高さに驚いたものだ。

 だが、皆良い人達ばかりなのでそこまで気にしたことはなかった。

 この時までは……。

「ごめんな? やっぱり、かっこいい兄ちゃんの方がよかったやんな?」

 そう言って今だ立ち直れない俺を多恵が励ます。

「そ、そんなことないよ! あたしは、和真さんが優しそうな人で良かったと思っているよ!」

 必死な多恵を見て、俺はからかってみようと行動にでる。

「ほんまか? なら、俺のことは にぃにぃ と呼んでや!」

 俺は、言ってから後悔した。

 ヤバイまた調子に乗ってしまった!

 俺がそう考えていると。

「うん! 分かったよ。にぃにぃ!」

 満面の笑みで言ってくる。

 これは、別の意味で燃え尽きてしまいそうだ。

「それじゃ、この辺りで何かして時間を潰していこうか?」

「うん!」

 あの、インパクトのある出会いのおかげか、俺達はすぐに仲良くなった。

 仲良くなったのは良いのだが……。

「にぃにぃ! 次場あそごにしょう!」

 多恵は物凄く元気だった。

 そして、俺は体力の限界にきていた。

「はいはい! ちょっと待って。」

 俺は、疲れから半ば投げやりな感じで言葉を返す。

「にぃにぃ! 早く」

「はいはい……。」

 あれから、一通り港のお土産屋で買い物をした後(もちろん俺がお金をだした。)俺たちは、食事処で食事をしていた。

「にぃにぃ……。体力無さすぎだよ!」

 そして、多恵はズバッと人の痛いところを言ってくる。

 それも、天然なのか言った後に可愛いく謝って来るのだ!なかなか侮れない子である。

「にぃにぃは、顔が他の人よりも少し悪いんだから! 男の魅力で女の子を落とさないとだめなんだよ? そのためには、最低体力くらいは無いと!」

「おっしゃる通りです……。」

 妹に女の心配をされる俺って一体……。

 俺は、打ちひしがれていた。

 

 時計を見るとそろそろ良い時間になっていた。

「そろそろ、父さんが帰ってくると思うから、港に戻ろうか?」

「あ、うん……わかった!」

 俺が提案すると、多恵は一瞬迷った後何かを決心した顔になって答えた。

 俺達が、港に戻ると父さんは車を乗船させて、こちらに歩いてきた。

「父さん、お疲れ様!」

「和真、どうだ? 多恵は、可愛いだろ!」

「うん、めっちゃ良い子やったで! こんな子の兄ちゃんになれて俺も嬉しいわ!」

「ハハハハハハッ!そうだろう、そうだろう!」

 俺と父さんがそんな会話をしていると、多恵は顔を真っ赤にしていた。

「もう、にぃにぃ!そだこと言っても何も出せんとよ。」

 にぃにぃの言葉を聞いた瞬間、父さんの空気が変わる。

「和真、いけないよ! 妹にそんなプレイをもとめたら!」

「ち、違うねん! 父さんこれには訳が!」

「いけない、いけないよ!和真……。帰ったら家族会議だ!」

「ちょ、父さんホンマに待って話聞いて!」

 俺と父さんがふざけ合っていると、多恵が真剣な顔で父さんに話しかける。

「お父さん、帰ってきて……! 日本で一緒に暮らそ?」

「多恵、それは、前にも話したろ? 僕は日本で暮らさないよ。」

「でも……!」

「僕はね多恵、医者なんだよ。今BETAのせいで大陸の医者はほとんどいない、他の国からも誰も行きたがらない、だから……、僕が行くんだ。」

「お婆ちゃんも心配しているよ? お母さんだって、お父さんが大陸に行くのをきっと望んでないよ?」

「多恵、アイツも理解してくれている。僕が人の命を助けたいと思っているのを、アイツは一番理解してくれている。」

 その言葉を聞いて多恵は、落ち込んでしまう。

 お母さん……。

 俺は会うことができない人。

 前に、父さんに多恵の写真を見せてもらった時に多恵の隣で笑っていた人。

 父さんに聞くと、三年前に亡くなったそうだ、その後父さんは多くの人を救うために大陸に渡ったらしい。

 そして、大陸中を動くだけの力がもう自分には無いと悟った時に、医者のいない光州で町医者をすることを決めた。

 俺が、そのことを思い出している間に場の空気はさらに悪くなる、俺はこの空気を治すために努めて明るく多恵に話しかけた。

「大丈夫やって多恵! 父さんの面倒は俺が見るし、危ないと思ったら引きずってでも父さんと逃げるから。それに、軍の人らも頑張ってくれてる! 光州までBETAは来やんよ!」

「にぃにぃ……。」

 多恵が目に涙を浮かべてこちらを見る、それに俺は自分ができる最高の笑顔で返す。

「やから多恵、俺に任せとけ!」

 俺がそう言うと多恵は笑って返事をしてくれた。

「うん!」

「それじゃ、もう船が出る時間だ。多恵、気を付けて帰るんだよ?」

「わかってるよ、お父さん!」

「ハハハハ! それじゃ、和真行こうか?」

「はい、父さん」

「それじゃ、多恵、元気でな?」

「次に会うときはもっと美人になっとれよ?」

 父さんと俺が、続けて言う。

「お父さんも体に気を付けてね!それと、にぃにぃ!次に会った時はビックリさせちゃうよ!」

「「「またね!」」」

 

 俺と父さんは船に乗り込んだ。

 それと、同時に船が動きだす。

「父さん、良かったん?」

「何がだい?」

「多恵ともっと話したかったんとちゃう?」

「うん、でもね。光州には僕のことを待っている人達がいるからね。それに、ずっと光州にいるわけじゃないんだよ?」

「うん?どういうこと?」

「アイツに言われていてね、大陸に行くのは良いけど多恵が16歳になるまでには帰ってきなさい!ってね・・・。それに、多恵が18歳になって徴兵される前に結婚させないとね!」

「そうか……、良かった。」

「何故だい?」

「子供と親がずっと離れ離れは寂しいやん? やから、光州の方はまかしとき俺が父さんの後をついで皆の助けになるから。」

「和真……!あぁ、ありがとう!」

「じゃ、もう寝よか! 明日も忙しいやろうからな。」

「そうだね。おやすみ!」

「おやすみ、父さん。」

 父さんは、そう言って眠り。

 俺も行きと同じでタエを抱きしめて眠った。

 朝になって、港につき先生と車に向かう。

が――。

「どうしてこうなった……。」

 俺は、そう言って天を仰いだ。

「なにを、しているんだい?……多恵?」

 父さんは、呆れたように問いかける。

「お、おはよぅ~。」

 車の中に多恵がいた。

 




多恵の話し方は難しいですね(汗)


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親友(ライバル)

「なんでここにいんのや……。」

「ひ、1人で帰るのが怖くて……。だば、付いてきてしまったけろ。」

 この子、行動力あるな~。

「じゃあ、なんで俺らの所に来やんかったんや?」

「お、怒られるとおもって……。」

 俺と父さんは、それを聞いて深いため息をこぼした。

「まぁ、来てしまったのは仕方がない。和真、今日は家に帰って明日多恵を送って行ってくれるかい?」

「わかったよ。父さん」

 そのまま、なんとも言えない空気のままで家まで帰って行った。

 多恵は、家につくなり大はしゃぎである。

「すごかぁ~!ここが、お父さんとにぃにぃの職場かぁ~!」

 俺は、そんな多恵に苦笑いしながら手伝うように促す。

「多恵、興奮するのは解るけど、荷物運ぶの手伝って!」

「は~い!」

 荷物を全部家の中に入れ終わると、昼の三時になっていた。

 これから、どうするか俺が考えていると、父さんが声をかけてきた。

「和真、すまないのだけれどご近所さんや通院されていた人達に帰ってきたことを伝えてきてくれないかい?」

 俺は、やることができたと返事をした。

「じゃあ、多恵!出かけよか?」

「うん!いいよ。どこに行くの?」

「ご近所さんと普段病院に来てくれてはる人らのところやで!」

「わかったよ!」

 俺達は、まず隣の家のお婆ちゃんに挨拶をした。

「お婆ちゃん、ただいま!今帰ってきたよ!」

「おや、お帰り!和真君。」

 元気に返事を返してくれたお婆ちゃんは、俺の隣にいる多恵を見て急にニヤニヤしだした。

「あらあら、まぁまぁ!和真君の彼女さんかい?」

 多恵は、この国の言葉が解らないので頭に? を浮かべて首を傾げている。

「ち、違いますよ!お婆ちゃん、この子は築地多恵、俺の妹ですよ!」

「あら、そうだったのかい?おしぃ~ねぇ~、和真君!こんなかわいい子がいても妹じゃ、手が出せないもんねぇ~。」

 完全に俺のことをからかっていた。

「手なんか出しません!もう、行きますからね!」

 俺は、そう言って多恵の手を掴み歩き出す。

 そこで、俺は言わなければいけないことがあることに気が付いて、お婆ちゃんに大声で言う。

「お婆ちゃん!明日から病院開けるからね!」

俺がそう言うと

「わかったよ!ありがとうねぇ~。」

と声が聞こえた。

「にぃにぃ?」

「うん?どうした?」

「さっきのお婆ちゃん何て言ってたの?」

 俺は、言うべきか迷ったが別に大丈夫か、と思い言うことにした。

「多恵のこと、俺の彼女か?って聞いてきてな、妹です!って答えてたんや。」

 俺が、そう言うと多恵は立ち止まってしまった。

 やばっ!これって、ちょっと、止めてよね!キモ~イ!のパターンか!どうしよ、そんなん多恵に言われたら俺、立ち直られへんぞ!

 俺が、青い顔をしていると多恵がうるんだ目と赤い頬のダブルパンチな顔を俺に向けてきた。

「に、にぃにぃ・・・。私じゃ、いや?」

 そして、上目使いのアッパーまで放ってきた。

 元の世界では、女の人と無縁な生活を続けてきた俺は、もろにアッパーをくらいその場で鼻血を出して気絶してしまった。

 

 目を覚ますと、多恵の顔がすぐ近くにあった。

「うわぁお!!」

 俺は、奇声を発して飛び起きる。

「キャッ!」

 だが、多恵はぎりぎりの所で頭をそらし事なきを得る。

 この子、すごい反射神経だ……。

と俺が驚いていると、俺は倒れる前、多恵と話していた記憶はあるのだが、そこから先の記憶が無いことに気が付く。

「ごめんな、多恵。俺の頭重かったやろ?」

 俺は、膝枕されていたのを思い出し多恵に声をかける。

「ふぇ?大丈夫だよ!私これでも鍛えてるから。」

「そうか、それより俺さっき多恵と話してたと思うねんけど、何の話してたっけ?」

 俺が、聞くと多恵は急に慌てだす。

「な、なんにもなかったよ!あたしは、何もしらないよ!」

 その必死な姿に俺は気押されそれ以上聞くことができなかった。

「じゃあ、もう挨拶回りは終わったから少しこの辺りのこと歩きながら教えて行くで?」

「うん!」

 そう言って俺が立ち上がると、森の方をじっと見ている子がいることに気が付く。

 俺は、その子に近づいて膝をついて目線を合わせ、話を聞いてみることにした。

「どうしたんや?森の方じっと見て?」

「あのね!私の赤ずきんちゃん、森のくまさんが治してくれるって連れて行っちゃったの!」

 俺は、{治してくれる}のところを聞き逃してしまう。そして、盛大な勘違いをしてしまう。

 

 森のくまさん……だと……!しかも、赤ずきんちゃんを攫って行くだと……!

 俺は、その話に恐怖した。

 この平和な場所で誘拐事件が起きるなんて。

 俺は、勇気を振り絞って聞いてみた。

「えっと、それはどれくらい前のことだい?」

「う~んと、一時間くらい!」

 一時間も赤ずきんちゃんが拉致されているだと! 一刻も早く助けに行かなければ!

「多恵!!今すぐにこの子を連れて父さんの所に迎え!俺は、今から赤ずきんちゃんを助けに行ってくる!」

「えっ!にぃにぃ何か勘違いしてない?」

「時間が無いんだ。多恵、早く!俺が、一時間戻らなかったら父さんとその子を連れて避難するんだ!いいな?」

 俺はそう言って、森の中に走って行った。後ろで多恵が何か叫んでいたが聞いている暇なんてなかった。

 俺が、森の中を真っ直ぐ走っていくと小さな小屋があった。

「あそこだな……。」

熊が小屋で生活するはずが無いのに、俺は確信に近い何かを感じていた。

 俺は、そばに落ちていた石を掴み上げ一気に小屋に向かって走って行き扉を開け中に転がり込む。

「赤ずきんちゃん!助けに来たぞ!どこだ!赤ずきんちゃん!!」

 俺が叫んでいると、突然腕の関節を決められ床に叩きつけられる。

「がはっ!」

 肺の中の空気が一気に口から外に飛び出す。

 すると、耳元で声が聞こえた。

「どこの隊の奴だ?命はとらん、ここの事は忘れて何事もなかったように隊と合流しろ……。そして、二度とここに近づくな。」

 その声を聞いて頭に一気に血が上る。

「お前こそ赤ずきんちゃん誘拐してどうするつもりや!? 返答しだいでは、怒殴き回して尻の穴から腕突っ込んで奥歯ガタガタ言わすぞ!!」

「お前何を言っているんだ?」

 相手は、明らかに呆れていた。

「お前こそ何を言っとるんや! 聞いたぞお前、女の子の友達の赤ずきんちゃんをその子の目の前で連れ去ったそうやないか? 早く赤ずきんちゃんを解放しろ!!」

 俺がそう叫ぶと突然俺に掛かっていた重みが消えた。

 俺が慌てて立ち上がり振り返ると、そこには背の高い軍人の男が立っていた。

「お前の言いたいことは解った。ほれ、解放してやるよ。」

 男はそう言うと、人形を俺に投げて渡してきた。

「お前……!ふざけるな!これは人形だ!!早く赤ずきんちゃんを返せ!!」

 俺が、また叫ぶと男は頭を掻きながら答える。

「だ~か~ら~。それが、赤ずきんちゃんだって!」

「何を・・・言って・・・」

 俺は、その人形を見ると確かに赤ずきんをした人形だった。

 俺は、訳が分からず混乱してしまう。

「は?え?これ?」

「そう、それ!あの子が飯をくれたからその詫びにその人形を治してやったんだよ。」

俺は、自分が早とちりしてしまったのに気が付いた。

「えと、あの何かすみません。」

「別に、かまわねぇよ!ただ、これだけは約束しろ!俺が、ここにいることは軍の奴らに言うなよ?」

 俺は、その気迫に押され返事をする。

「は、はい!わかりました!」

「なら、それ持って早くいけ!」

「はい!失礼しました!」

 俺は、急いでその小屋を後にした。

 俺が、森から出ると多恵が心配して待っていた。

「にぃにぃ!大丈夫だった!?」

「あぁ、大丈夫だったよ!」

 俺は、多恵にそう言うと隣にいた子に人形を渡す。

「森のくまさんが、ごはんありがとう!って言ってたよ?」

 俺の言葉にその子は、嬉しそうにして「ありがとう!バイバイ!」とその場から離れて行った。

「じゃ、俺達も帰るか?」

「うん!」

 俺たちは、そのまま何事もなく家に帰った。

 

 晩飯は、多恵が作ってくれるらしい。初めは俺がやる!と言ったのだが、あたしがやる!と突っぱねられてしまった。

 キッチンで料理をする多恵を見て俺はケガをしないかヒヤヒヤしていた。

 だが、心配する必要は無かったみたいだ。

「にぃにぃ!配膳手伝って~。」

「は~い!」

 父さんも手伝いに来てすぐに終わり。晩飯を食べることにした。

「「「いただきます!」」」

 俺は、一口食べて素直に感想を言うことにした。

「多恵、料理うまいな!めっちゃおいしいで!」

「ほ、本当!よかった~」

 続いて父さんが、「うん、確かにおいしいね。これなら、どこに嫁に出しても恥ずかしくないよ。」

「もぅ~!お父さん!!」

 そんな、場面を見つつ俺はいつものようにタエを呼ぶ。

「タエおいで!」

 そして、いつものように膝に乗って口を開けるタエに俺もご飯を入れていく。

 その、光景をじっ……と見ていた多恵が「なんだか、新婚さんみたいだね。」

 俺は、苦笑いで返した。

 晩御飯の片付けが終わり雑談をしたあと、明日も朝が早いので寝ることにした。

「痛てててて、くまさん強すぎやわ!まだ、腕が痛い……。もう、寝よ」

 俺は、今日一日の疲れを癒すために寝ることにした。

 すると、突然部屋の扉が開く。

ビク!

「な、なんや?」

「にぃにぃ~。」

 そこには、半泣きの多恵がいた。

「驚かすなよ。どうしたんや?」

「怖いよ~!」

「は?」

 多恵が言うには、家が軋む音が怖いらしい。

「はぁ……。確かに古い家やから音はするけど倒壊したりせんから、大丈夫やで?」

「でも、怖いよ!」

「安心し、大丈夫やから。明日も早いし早く寝や?」

 俺は、そう言ってベッドに入り布団を被る。

 すると、多恵がベッドの中に入ってきた。

「お、おい!何しとんねん?」

「一緒に寝よ?」

「アホなこと言いな!早く戻りなさい!」

「一緒に寝よ??」

「やから。」

「い・・一緒に・・・ね・よ?」

 多恵は泣きそうになりながら、聞いてきた。

「わかった!降参や。」

「じゃあ!」

 さっきまで泣きそうだったのに、もう笑顔である。

 忙しい奴やな。

 俺は、そう思いながらも横でモゾモゾ寝る位置を決めている妹を見て。

 こういうのも悪くないなと思っていた。

 

 朝、俺はいつも以上に苦しいことに気付いた。

 タエの奴に餌やりすぎたかな?今度から、甘やかさないようにしないと。

 そんな決意を新たにしながら目を空けると……、多恵が俺の上で寝ていた。

 いや、一緒に寝たからこんな展開あったらいぃな~!て思てたけど、ちゃうやろ!そこは、うつ伏せで俺を抱きしめる様にやろ!なんで、仰向けやねん!と1人変態なことを考えていると、多恵がもぞもぞ動きだした。

「あっ……う、ん!……。」

 なんだ、この艶かしい声は!そこで俺は、は!と気づいてしまった。

 俺の大切な息子が大変元気であることに……。

 やばい、やばいですよ!妹相手にこれは非常にやばいですよ!もし、気付かれたら一生変態だと言われてしまう。

 それだけは、なんとか回避しないと!俺が、必死に考えている時に視線を感じた。

 やばい、気付かれた!と焦りながら視線の先を見ると多恵の胸元で寝ているタエが俺のことを蔑む様な目で見ていた。

「ち、違うんだタエ!これは、一種の生理現象なんだ!男の朝は皆こんななんだ!」

と猫相手に必死に便宜を図っていた。

 タエは、その目のまま何もせずに部屋から出て行く。

 俺は、この体制はまずいので多恵をベッドの上に俺から落とし俺は脱出する計画を立ててすぐに決行する。

「そぉい!」

 多恵を腕を使って落とす、そして俺は横に回避するが勢いをつけすぎてしまったため顔から、ベッドの下に落ちる。

「ふごっ!」

 俺の落ちる音を聞いて、多恵が飛び起きる。

「な、なに!なに、なに?」

 俺は、痛む鼻をさすりながら多恵に声をかける。

「おはよう、多恵」

「へ?おはよう?」

 多恵はまだ頭が回転していないようだ。

「多恵、今日は日本に帰るんだろ?早く用意しやんとあかんで?」

「あ、そうだったっぺ。急がんといかんばい!」

 どこの方言だよ、それ……。

 多恵は、急いで自分の部屋に駆けて行った。

「さて、俺も用意しやんとな!」

 気合を入れなおし俺も準備を始めた。

 朝飯も用事もすませ、父さんに港まで送ってもらった。

 父さんが帰りしな俺に手紙を渡してきた。

 なんでも、古い友人宛らしいそして、その人は京都の別荘に単身赴任中なのらしいのだが、なぜ俺が持って行くのか聞いたところ、手紙を渡した後大阪に行きなさいと言われた。

 俺は、父さんの気遣いに感謝した。

 どうでも、良いことなのだが多恵はやはり船の中で寝て朝起きた時俺の上で寝ていた。

 なぜ俺の上で寝るのか聞いたら、寝やすくて落ち着く!と言われた。

 今度からはやめてくれと懇願した。

 そんなことをしている間に、日本についた。

「多恵、駅まで案内して!そんで、京都でお別れや!」

「えぇ~!柊町まで来てくれないの?」

「そこまで、運賃貰ってないから無理や!」

「次は、来てね!観光手伝うよ?」

「あぁ、そん時は頼むわ!」

 そんな話をしていると、駅がすぐ近くにあった。

「へぇ~!新幹線あんねんや?」

「なに当たり前のこと言ってるの?」

「いや、別になんでもないよ!」

 俺は、慌てて何でもないように言う。

 でも、内心はこんな時代に都会でない町まで新幹線が走っているのに驚いていた。

 新幹線に乗り京都に向かっている間、俺は窓から外を見ていた。

 外の風景は元の世界と同じで田舎もあれば、都会もあり住宅街もあり、そこには、たくさんの人達が生活をしている。

 BETAが徐々に近づいてきていることは知っているはずなのに、皆逃げることをせずに日本で生活をしている。

 それは、軍隊にたいする信頼なのか国にたいする信頼なのかはわからない、ただなんとかなると考えることを止めているだけかもしれない。

 だけど俺は、この国で生きている人達を見て強いなと感じていた。

「にぃにぃ!もう、京都駅に着いちゃうよ?」

 多恵が、横から声をかけてくる。

「あぁ、ごめんな?ちょいと考えごとしてたわ!」

「もぅ~~!」

 多恵が頬を膨らませる。

「やから、ごめん!て次にこっち方面にくることがあったら柊町にも行くから」

 俺の言葉を聞いて一気に笑顔になる。

「約束だよ♪」

「おう!約束や!!」

 俺と多恵は指切りをした。

 でも、約束を破ると120mm弾を千発飲ませるのはやりすぎだと思う……。

 俺達がそんなことをしている間に、京都駅に着いてしまう。

「じゃ、俺は行くな?次に会うまで元気にしてるんやぞ?」

「それは、にぃにぃもだよ?」

「わかってる!それじゃ、またな!」

「またね!!」

 多恵は、新幹線の扉の所まで付いてきて送り出してくれた。

「さぁ、着いたぞ京都!!京都タワーもあるやん!俺そういや、京都タワー入ったこと無かったわ。まぁ、観光は後にしてまず用事すませよか」

 俺は、独り言のクセが治っていないことに気が付かないまま、父さんから渡された地図を見る。

「少し、距離があるな……。」

 俺は、行動することにした。

「しかし、京都って路面電車走ってたっけ?」

 路面電車に初めて乗ることに興奮しながら、目的地に向かうために乗り継いで行く。

 そして、お昼ごろには目的地に着くことができた。

「で、でかい家やな……。」

 家は、大きな門扉があり門扉から家を守るように塀が続いており、見た目は純和風な家だった。

 俺は、家のでかさに驚きながら表札を確かめる。

 表札を見てみると 彩峰 と書いてある。

 俺は、ここだと確信してチャイムを押した。

ピンポ~ン!

 電子的な音を聞きながら待つが、出てこない。

ピンポ~ンピンポ~ンピンポ~ン!

 暇だったのもあり、連続で鳴らす。

 すると、門扉の内側からドカ!ドカ!と足音がしてくる。

 俺は、しまった!と思い体を硬直させていると、門が空いた。

「誰だ!!この家に住まう御方を知っての行いか!?」

 中から大声を出して飛び出して来たのは、俺と同い年くらいのメガネを掛けたいかにも真面目そうな男だった。

「す、すみません。築地 三郎の使いできました。築地 和真です!手紙を持ってきました!!」

 俺は、頭をおもいっきり下げながら自己紹介をし、手紙を突き出した。

「いや、大声を出してすまなかった。僕は、沙霧 尚哉(さぎり なおや)だ。話しは聞いている、とりあえず家の中に入ってくれ、彩峰中将から許可も貰っている。」

「わ、わかりました。」

 これが、俺の親友(ライバル)になる男との最初の出会いやった。

 




尚哉登場です。彩峰中将と尚哉が京都にいるのは、完全にオリジナル設定です。ここから、さらにオリジナル路線に入っていきます!


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メガネと巨乳と太陽と

「おじゃましま~す。」

 俺は、恐る恐る門扉を潜り家の中に入っていく。

 門扉から続く道の先に家があり家の横に道場のような建物が建っている。

 前を歩く沙霧さんは、背筋を真っ直ぐ伸ばし前を真っ直ぐに見据え、これぞ日本男児を字で行く男だ。

「沙霧さんは、彩峰さんとお知り合いなんですか?」

「僕は、彩峰中将の部下だよ。それと、君は軍に所属していないのだろう?なら、 そんなに固くならなくてもかまわないよ。」

 俺は、ほっと安心して緊張の糸を切る。

「それは、助かるわ!改めてよろしく!」

「こちらこそ!」

 俺と沙霧はどちらかともなく握手をする。

 家の扉を沙霧が開け中に入っていく、俺もつられて中に入る。

 家の中は、普通の家とそう変わりは無い感じだった。

「おじゃまします!!」

 俺は、気を引き締めなおし声を出す。

 すると、廊下の奥から多恵と同い年位の女の子が出てきた。

「誰?」

 その子は、俺の方を見て聞いてきた。

「俺は、築地 和真って言うんやよろしくな?今日は彩峰さんに手紙を届けに来たんよ?」

「私に?」

「へ?君が父さんの知り合いの彩峰さん?」

「さぁ?」

「さぁ?って……。」

 俺が、この子不思議系か!と考えていると横から咳払いが聞こえてきた。

「ゴホン!この子は彩峰 慧(あやみね けい)彩峰中将の娘だ。そして、君の手紙を渡す相手は慧じゃない。」

「彩峰 慧 よろしく。」

「俺は、築地 和真や!よろしく。」

「尚哉兄さん、父さんを連れて行くから客間まで案内してあげて。」

 慧は、そう言うと廊下を走って行った。

「行くぞ、彩峰中将を待たせる訳にはいかないからな!」

 尚哉は、さっさと歩いて行く。

「あ、おい置いてくなよ!!」

 俺と尚哉が客間で待っていると彩峰中将が部屋に入ってきた。

「話は築地から聞いているよ。君が和真君だね?」

 彩峰中将は、表情は柔らかく良いお父さんを絵に描いたような人だが纏っている空気が普通の人とは明らかに違う。尚哉に感じていた軍人の空気もあるがそれ以外にも色々な空気を纏っていて、その空気がこの人を大きく見せていた。

「お初にお目にかかります!彩峰中将!自分は築地三郎の息子、築地和真です。」

「はははははは!そんなに畏まらなくて良いよ?君はお客さんだ。客は持成さなければならない、そうだろ?それに、私のことは中将なんて呼ばなくて良いよ。君は軍人ではないのだから。」

「ありがとうございます!それじゃ、彩峰さんと呼ばせてもらいます。それと、これが父さんからの手紙です。」

 俺は、うんうんと頷いている彩峰さんに手紙を渡す。

「確かに受け取ったよ。和真君、三郎は元気にしているかい?」

「はい!俺が困ってしまう程に元気ですよ!」

「そうか・・・。良かった。アイツは体が弱いくせに人助けがしたいんだ!と何も言わずに日本を出て行ったから心配していたんだ。」

「父さんは頑固ですから……。」

 それから、色々と話をした。

 尚哉は、部隊で女子から人気があるとか、尚哉はメガネ萌えとか、尚哉の友達になってくれとか、慧が最近かわいくてしかたがない!とか、慧が最近甘えてくれないとか、慧が最近乙女の顔になるこれは男ができたのだろうか?とか、私はその男を殺してしまうかもしれないとか、そもそも尚哉は慧のことをどう思っているのか?とか、色々である。

 あれ?後半ほとんど慧のことじゃね?と思っていると空が夕焼けになっていることに気が付く。

「ずいぶん、長く話込んでしまったね。すまないね、和真君。君にも予定があっただろうに……。」

「いえ、気にしないで下さい!俺も色々話せて嬉しかったです。」

「そうか、そう言って貰えると助かる。そうだ!今日は泊って行きなさい!そして、慧について話合おうじゃないか?」

「えっ!!」

「そうだ!それが良い!そうと決まれば妻に言いに行かなければ!」

 彩峰さんがそう言うと、尚哉が巻き込まれる危険を察知しいち早く行動に出る。

「それでしたら、僕はこの辺りでお暇します。彩峰中将、本日はありがとうございました!」

 敬礼して部屋を出て行こうとする尚哉を俺が引き留める。

「彩峰さん!尚哉も一緒に良いですか?」

「あぁ!そのつもりだよ!尚哉、今夜泊って行きなさい」

「で、ですが!?」

「大丈夫!君の家には私が連絡しておこう」

 そう言われると尚哉は反論ができない。

「それに、君とは慧のことについて話合わなければいけないからね?」

 彩峰さんの怖い笑顔を見て尚哉の顔が青くなる。

 尚哉は俺のそばに来て耳元で話始めた。

「覚えていろよ!和真!此度の件いつか報いを受けさせるからな!!」

「大丈夫やって、尚哉!地獄には一緒に行ったるから、安心し!!」

「ははははは!何だ?もう仲良しじゃないか!」

 その光景を扉の隙間から見ていた慧は「何このカオス……。」と呟いた。

 その日の夕食の時間、俺は泊めてもらうのだから晩御飯くらいは作らせてくれと奥さんに相談し許可を貰ってキッチンを借してもらった。

「そいじゃ、今日は人数おるし焼きそばつくろか!」

冷蔵庫の中を見てみると材料は十分にそろっていた。

 俺が、鼻歌交じりに作っていると慧が近づいてきた。

「何、作っているの?」

「何?って焼きそばやで?食ったことないんか?」

 俺がそう聞くとコクリと頷く。

「じゃ、楽しみにしときメッチャおいしいから!」

「わかった。待ってる。」

 慧はそう言うとキッチンから出て行った。

 俺は、料理を作り終え大量に作った焼きそばをテーブルに運ぶ。

 俺の料理を見て奥さんが褒めてくれた。

 皆、席につき彩峰さんの号令で食べ始める。

 皆、おいしいと言ってくれたのだが慧 だけ反応が無い、俺は不安になって聞いてみた。

「慧?口に合わんかったかな?」

 俺がそう聞くと、慧は目にも留まらない速さで俺の横に来て俺の手を取る。

 そして、一言……。

「貴方が神か!!」

「へ?」

「今、私の中で何かが目覚めた!あなたの事はこれから親しみを込めて神と呼んでも良いですか?」

 俺は喜んでもらえて良かったと思う反面、神は無いやろと思っていた。

 そこで、ふと尚哉のことを思い出す。

 そう言えば、兄妹ちゃうのに尚哉のこと兄さんと呼んでたな!俺にもそうしてもらおかな!!

「慧?神は大袈裟やって!やから、親しみも込めてこれからは、和真兄さんと呼んで?」

「分かった!和真兄さん!!」

 その時俺は、周りから視線を感じてそちらの方を見る。

 奥さんは、「あらあらまぁまぁ!」

 尚哉は、なぜか俺に向かって手を合わせ「南無阿弥陀仏」と呟いている。

 彩峰さんは、「ふふふふふふふ・・・!そうか和真君、君も私から慧を奪うつもりなんだね?」

 ダークサイドに落ちていた。

「ふふふふ!出る杭は打たなければならない……!」

「え、いやこれは・・・」

「さぁ、和真君!少し道場までお付き合い願えるかな?」

 恐い、めっちゃ怖い!今まで仏の顔やったのに今は修羅の顔になっとる。

 俺は、助けを求めるために尚哉に視線を送るが。

「尚哉、君もついてきてくれ。和真君とお話しするのを手伝ってほしい……。」

「は!若輩の身ですが、精一杯殺らせていただきます!」

 先手を打たれた。

 それに尚哉!やるの字が違うやろ!

「け、慧!兄さんを助けてくれ!!」

 俺は最終兵器を使をうとするが

「……」

 焼きそばに必死でそれどころではない感じであった。

「か、神は俺を見捨てたもうたのか・・・。」

 俺は、そのまま引きずられて逝った。

 

 道場についた俺は尚哉と並んで正座をし彩峰さんに向かい合っている形になっている。

 尚哉は、あれ?俺こっち側なの?みたいな顔をしている。

「さて、尚哉に和真君いや和真!君達は慧に相応しい男になってもらわなければならない!しからば、私が直に無理やりに相応しい男にしてあげよう。さぁ!木刀を取ってきなさい……。」

 その後、俺と尚哉は気絶するまで鍛錬をさせられた。

 もっとも、俺は開始後すぐに力尽きたのだが……。

 あの二人、体力が鬼である。

 

 ほぼ同時に起き上がった俺達は周りを見ると、すでに外は真っ暗で彩峰さんの姿も無かった。

「貴様のせいで僕も酷い目に合わされたじゃないか!!」

「いや、そこはお互い様やろ?それに、慧に相応しい男て……。俺は慧のこと妹としか見てへんのやけどな?」

「それは、僕も同じだ。だが、慧をどこぞの馬の骨にやるのは気に入らない!」

「そこは、共感するわ。けど、尚哉って慧の許嫁やろ?」

「な、なぜ知っている!?」

「稽古の最中彩峰さん叫んでたやん。慧の許嫁になろう男がその程度でどうする!って。」

「た、たしかに……。」

「でも、慧はメガネせんのやろ?じゃ、尚哉のストライクゾーンに入らんか……。」

「め、眼鏡は関係ない!!」

「でも、メガネ萌えなんやろ?彩峰さんが言うてたから間違いないやろ。」

「うっ……。確かに眼鏡をかけた女性が好みだが……。そういう和真の好みはなんだ!?」

「俺か?俺は、乳がデカい女性がええなぁ、そんで、年上なんが良い!!」

「そうか……。お前は巨乳派か。慧は、まだ成長期だから可能性があるが。」

「でも、俺は年上が良いからな。慧はストライクゾーンには入らへんよ。」

「そうか……。お前なら、とも思ったのだがな……。」

「なんや?今日会ったばかりの奴を信用してええんか?」

「あぁ、お前は芯がしっかりしているからな。他の男よりましだ。」

「それはおおきにな!俺は、尚哉と慧はお似合いやと思ってんけどな?」

「そうか、慧が眼鏡っ子なら良かったのだが……。」

「まぁ、メガネ美人もええもんな?」

「あぁ、巨乳もありだと思うぞ?」

「だが、巨乳よりも眼鏡のほうが良い。」

「やけど、メガネよりも巨乳のほうが良い。」

「「────ッ!!」」

「今、なんと申した?」

「今、なんて言った?」

「眼鏡系美女が巨乳に劣るだと?」

「巨乳系美女がメガネに劣るやと?」

 俺達の間に一発触発の空気が流れる。そして、どちらかともなく木刀を手にゆらりと立ち上がる。

「貴様には、眼鏡のすばらしさを体に教えてやらんといかんな。」

 尚哉が構える

「メガネなんて飾りに心奪われとる奴には巨乳のすばらしさを余すことなく教え込んだるわ。」

「「かかってこいや!!」」

 男のプライドを賭けた戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 もの凄く気合を入れていた俺だが、呆気なくボコボコにされ気を失った。

 気を失う瞬間に見た尚哉の顔が憎たらしくて、俺は次こそは勝つと心に決めた。

 朝、目を覚ますと俺は、布団で寝かされていた。

「くそ!尚哉に巨乳のすばらしさを教えることができんかった……。」

 俺は、自分の不甲斐無さに涙した。

 そして、あれ彩峰さんて単身赴任ちゃうかったっけ?

と思い出したが、あぁ一家の皆着いてきたんか!と納得することにした。

 その後、朝飯をすませお別れをすることになるのだが尚哉の顔を見ると勝ち誇ってやがったのでイライラしてつい言ってしまった。

「次会う時は俺が勝たせてもらう!」

「貴様に負けるほど僕は弱くない。いつでも来るがいい……。」

「そうだな、和真は自分を鍛えるのにいつでも道場を使ってくれて構わないよ!」

「ありがとうございます!彩峰さん!!」

 俺達が別れの挨拶をしていると慧が何かを言いたそうにしていた。

「慧、次に来たときも焼きそば作ったるからな?」

 俺がそう言うと慧は凄く綺麗な笑顔をしてくれた。

「うん、待ってる!」

「おう!じゃ、お世話になりました。」

 俺は、後ろ髪引かれる思いだったが一度も振り返ることなく彩峰宅を後にした。

「さて、大阪に向かうか……。」

 俺は、何を見ても耐えられるように心を強くもとうと決めた。

 大阪駅に着くと若干違和感があるが、見慣れた景色に懐かしさが込み上げてくる。

「いかん、心を強く持つと決めたやんけ!泣いたらあかん。」

 もう一度決心しなおして俺は、列車を乗り継いで自宅に向かう。

 片田舎にある小さな駅を降りて見た景色は、俺が小さかった頃の近所の風景そのままだった。

 俺は、逸る気持ちを抑え足早に自宅に向かう。

「この階段を上った先が家か……。よし!!」

 俺は、自分に大丈夫大丈夫と言い聞かせ階段を上る。

 一段一段上るごとに足が重くなる、見てしまって良いのか?家族がいるのか?俺のことを覚えているだろうか?そういや、この年には俺ガキやったな、そう考えると足が鉛のように感じる。

 その一方で早く会いたい、会って今まで帰るのが遅れたことを謝りたい、親孝行を一杯したい、一杯甘えたい。

 そんな気持ちが鉛の足を動かしていく。

 そして、階段を上りきり下を向いていた顔を持ち上げる。

 そこに、何があっても耐えられる耐えてみせると心に誓い頭を上げる。

 そこには……。

 

 何も無かった。

 そう何も無いのである。

 そこには、家なんて物は無く空地すらないそこだけが世界から忘れられたように何もなかった。

 俺は、その景色を目の当たりにして口を開けたまま崩れ落ちてしまう。

「─────ッ!!な、何でなんもないんや?俺は、確かにここに住んで……。並行世界やとしてもガキの俺がおるはずやろ?なのに、なんで……。」

 俺は、心を強く持つと大丈夫だと決めていたのに目から涙が溢れてくる。

 今まで耐えていたものが器から溢れ出すように、余分な物を押し出すように涙が溢れてくる。

「うっぐぅぁぁああああああああ!!」

 とうとう、抑えきれずに俺は泣き叫ぶ。

 ここに俺はいない、家族もいない、思い出も無い、すべて無くなってしまった。

 俺は、この世界でただ一人なのだと考えてしまうと涙を止めることができない。

 そんな時、誰かが俺をそっと抱きしめる。

 壊れ物を扱う様に大切な物を守る様に強くけれど優しく包み込むように俺を抱きしめる。

 誰なのかは解らないが、俺はこの太陽の様に暖かい存在を手放したくなくて、子供の様にただ縋りつくことしかできなかった。

 どれだけの時間泣いていたのか知らないが、この太陽はずっと泣き止むまで抱きしめてくれていた。

 俺は、落ち着くと急に恥ずかしくなり慌てて太陽を遠ざける。

 その時、太陽から声がした。

「もうよろしいのですか?」

「あ、あのすみません……。お恥ずかしい所をお見せしました。」

「別に良いのですよ?私の胸を貸すだけであなたの気持ちが紛れるならば……。」

「ありがとうございます。」

 俺は、太陽の姿を見るために顔を上げる。

 そこにいたのは、儚くて、でもすべてを包む太陽のような少女だった。

 俺は、女の子に縋り付いて泣いていたのかと恥ずかしくなり顔を真っ赤にして俯いてしまう。

「まだ御加減がよろしくないのですか?これも何かの縁、力になりますよ?」

「い、いえ!大丈夫です!」

「そうですか……。ところで、どうしてこのような所でそなたは泣いておられたのですか?」

 なんだかこの子の前だと隠しごとができないような気がして、俺は話すことにした。

「自分の居場所が無くなった……。この世界で1人になってしまった。そんな気がしてしまって……。」

「それで泣いておられたのですか?」

「はい……。」

 俺が、返事を返すと女の子は少し考えてから提案してきた。

「少し、私とお話しをしませんか?」

「え?」

「まだまだ微弱の身ですが、話をお聞かせください。もしかすると気が楽になるかもしれません。」

 俺は、その案に乗ることにした。

 いや、断ることが出来なかった。

 この子にはそんな力が人を惹き付ける力があるのだと俺は無意識に理解していた。

 俺達は、近くの公園のベンチに座り話をすることにした。

「まずは、自己紹介をさせていただきます。私は 煌武院 悠陽(こうぶいん ゆうひ)です。」

「俺は、築地 和真です。さっきはみっともないとこ見してごめんな?」

「別に構わないのですよ?そなたは、1人で抱え込んでしまう、時に人に甘えることを知るべきです。」

 俺は、この短時間で俺の心をを見ているこの子の観察眼に少しばかり驚いた。

「俺は、ここでは人に頼ってばかりやよ?俺1人じゃ何もできひん、きっと死んでたはずや……。」

「ですから、人に甘えてはいけないと?」

「これ以上迷惑はかけられへん……。」

「そなたは、少し勘違いをしているのかも知れません。」

「な!俺は別に勘違いなんか……。」

「そなたは、人に頼っていると申しました。それは、その人に甘えていると言うことではないのですか?」

「───ッ!」

「この世に生きる物すべて、誰かに甘えていると私は思います。誰かに甘えられ甘える、そうすることで世界は、人は、そのことを認識するこができ孤独になることなく回っているのだと……。それは、頼ることと違いがありますか?そなたは、誰かに頼られたことはないのですか?」

「ある……。あるよ!町の皆も父さんも多恵も俺のことを頼ってくれてる。」

「でしたら、そなたは1人ではありません。そなたも世界の一部です。決して孤独などではありません。それに、そなたは私に甘えて下さいました。そなたが覚えていて下さることで私は孤独にはなりません。それに、私もあなたのことを忘れません。ですからあなたが、この先孤独になることは無いのです。」

 俺は、その言葉を聞いてまた泣き出してしまった。

 今度は見られない様に顔を手で隠しながら、声がでるのも抑えて、それでも悠陽は俺の頭を横から抱え、また抱きしめてくれた。

 俺は、二度目の嬉し泣きを体験することになった。

「なんどもごめんな?」

「御気になさらず。民の事を第一に考え行動するのが私の務めですから。」

 俺は、この歳でこのようなことが言えるのは凄いことなのか、それとも悲しいことなのか答えがだせない。

「それより、和真?」

「なんや?なんでも言うてや?」

「それでしたら遠慮なく言わせていただきます。そなたに甘えさせていただいてもよろしいですか?」

「おう!俺ばっかりじゃ不公平やしな!ええで!!」

「この辺りを案内してほしいのです。」

 少し恥ずかしそうに悠陽が言う。

「任しといて!!それじゃ行こか?えぇと、煌武院さん。」

「呼び難いのでしたら悠陽で構いません。」

「それじゃ、改めて案内任せて!悠陽。」

「はい、任せます!」

 やっと、年相応の笑顔を見せてくれたと内心ガッツポーズをした。

「それじゃ、まずはこの公園を案内するで?」

「はい!」

 そこから、公園を散歩しながら色々話をして出店の合成クレープを食べたりした。

 初めてクレープを食べたのか悠陽は食べ方を知らず、ナイフとフォークを店の人に頼んだりしていた。

 その時店の人が驚いていたが、俺は食べ方を知らないことに驚いているのだと余り気にしないことにした。

 最後に立ちよったのが、俺がガキの頃によく来ていた駄菓子屋である。

 悠陽は駄菓子屋が珍しいのか、キョロキョロしていた。

 そんな悠陽に俺は、何かほしい物があるかを聞いた。

「和真、これは何ですか?」

「これは、キナコ棒言うてなお菓子の部分を食べて爪楊枝の先が赤く塗ってあったらもう一本もらえるんよ?」

「それは、素晴らしいですね!?」

「じゃ、それ買おか!」

「よろしいのですか?先ほどのクレープも出していただいたのに・・・。」

「甘えてって言うたやろ?これくらい出させて?」

「分かりました。そなたに感謝します。」

「そんな、堅苦しくせんでええよ?俺達友達やろ?」

「友達……、ですか?」

「そ、名前で呼び合って一緒に遊ぶ!十分友達や!」

「そう……、ですか……。」

「あれ?もしかして嫌やった?」

「そんなことはありません!和真、そなたは私の友達です!」

「うんうん!」

 俺はつい嬉しくて頭を撫でてしまう。

 悠陽は驚いていたがされるがままになっていた。

「おっと、ごめんな?それじゃ買ってくるわ!」

 悠陽は手が頭から離れると少し寂しそうな顔をしていたが、俺は深く追求しなかった。

 キナコ棒を俺と悠陽の二つ買い1つを渡す。

「げっ!俺のは外れか~。悠陽は?」

「か、和真!当たりました!当たりましたよ!」

 もの凄く喜んでいた。

 俺は、その姿に微笑みながら駄菓子屋のおばちゃんにもう一つ貰うために店の中に入っていく。

「おばちゃ~ん!当たったで!もう1つ頂戴?」

「ごめんね?もう売り切れなのよ。別の子がさっき買って行ったので最後だったの。」

「そっか……。それやったら、しゃ~ないか。」

「お詫びに、そこにある人形上げるから!」

「ほんまに?おばちゃんおおきにな!」

 俺は、悠陽に選んでもらうために店内に悠陽を連れてくる。

「キナコ棒の代わりにこの中から1つ人形くれるって、どれにする?」

悠陽は悩むが決められないようだ。

「和真が選んでください!」

「俺が選んでええの?」

「はい!」

「じゃ、これにしよか!」

 俺は、猫の人形を手渡す。

 だいたい普通の猫と同じ大きさ位の人形である。

 やっぱり、大きいのが得やんな!という考えからこれを選んだ。

 俺が、渡した人形を悠陽は大事そうに抱え込む。

「和真、そなたに感謝します。この子は大切にします。」

「そうしたって、その方がそいつも喜ぶはずやで?」

 俺は、そう言って人形を指差す。

 すると悠陽はクスクス笑いながら、「はい!」と見惚れる様な笑顔をしてくれた。

 俺達は、そのまま俺達が出会った場所まで戻る、そこには、碧色の髪の女性が待っていた。

「悠陽殿下!どちらに行かれていらしたのですか!?探したのですよ!?」

「すまないことをした。真耶、私なら大丈夫です。この方が良くしてくださいました。」

 悠陽がそう言うと真那さんは、俺の事を睨み付けてくる。

「貴様!殿下に何もしていないだろうな!!」

 俺は、本能でこの人に逆らっちゃいけないと思い。直立不動で返事をする。

「べ、別に何もしていません!少し、遊んでいただけです。」

 俺の答えを聞いて真耶さんの眉毛が吊り上る。

「貴様……、殿下と遊ぶだと?身の程をわきまえろ!!」

 俺は、その物言いに言い返そうとするが悠陽が待ったを掛ける。

「真耶!良い、私が許した。この者に責は無い。」

「で、ですが!」

「くどい!!私の言が聞けぬと申すか!!」

 俺は、悠陽のさっきまでとの違いに目を白黒させていた。

「和真、そなたの御蔭で民の生活を知ることができました。そなたに心より感謝します。」

「え?えと、どういたしまして……。俺は、悠陽に出会えてよかったで?あのままやったら、俺は気付くことができひんまんまやったからな。やから、俺の方が感謝せなあかん……。

ありがとうな!悠陽!俺は、お前に救われた!お前と友達になれてほんまに良かったで?やから、また会うことがあったらそん時はまた遊ぼな!」

 俺の言葉を聞いて悠陽は驚いていたが、すぐに笑顔になり「はい!こちらこそ、良かったです。」と返事をしてくれた。

 今度は、真那さんが目を白黒していた。

「それでは、私達はこの辺りで失礼させていただきます。和真またお会いしましょう。」

「あぁ!またな悠陽!!」

 悠陽はその言うと高そうな車に乗り込む、真耶さんも一緒に乗り込むが最後まであの人は俺の事を睨んでいた。

 俺は、何かしたかな?と思いつつも、あの知的メガネ美人は尚哉にストライクど真ん中ちゃうか?と考えていた。

 

 後に自分がどれだけ無礼な態度をとっていたのか知ることになるのだが、それはもっと先のことである。

 




今回は、大分長い話になってしまいましたが、最後まで読んで頂きありがとうございます。少し話の補足説明をさせて頂きます。

大阪にクレープ屋が存在するのは、出店の店主がアメリカで食べたクレープに感激し、日本でも流行させようと頑張っている設定です。
悠陽が頭を撫でられてされるがままになり、手を離すと寂しそうな顔をしたのは、ナデポなどでは無く、昔父親に撫でられていた事を思い出していたからです。


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師匠

 俺は、悠陽と別れた後港に向かい船内から離れて行く日本を眺めていた。

 この世界に、元の世界の俺を知る人達はいない。

 だけど、この世界で俺を認めて頼ってくれる、俺のことを忘れないでいてくれる存在もいることを知った。

 だから、俺はこの世界で生きていく。

 帰る望みを捨てた訳では無いが、この世界で骨を埋める覚悟はできた。

 この先どうなるのか解らないが、少なくとも精一杯生きて後悔だけはしないで生きようと新たに決意した。

 

 光州の港には、父さんとタエがいた。

「和真、大丈夫かい?」

 その短い言葉の中にどれだけの思いがあるのか俺は知っている。

 だから、多くを語る必要を感じなかったから俺も簡潔に答えた。

「うん!」

 俺を見ていた父さんは納得した顔をしていた。

「それじゃ、帰ろうか?」

「わかった、父さん!」

 俺はタエを抱き上げ車に乗り家に向かうことにした。

 家に着くとなぜか、くまさんがいた。

「く、くまさん!?」

「あぁ?お前か、お帰り・・・。」

 なんとも気だるそうに答えるくまさんだが、問題はそこじゃない。

「なんで、くまさんがここに居て自分の家みたいに寛いでるの?」

「あぁ、それは彼が僕の友達になったからだよ?」

 父さんが後ろから言ってくる。

「友達?でも、くまさん森からでないんじゃ・・・」

「あほ!あんな所にずっと居たら餓死するだろうが!」

「た、たしかに・・・。」

「彼は、家の前で倒れていてね。そこで介抱して事情を聞いて、ボディーガードをしてもらうことになったんだ。」

「その変わり飯を食わせてもらうがな?」

「俺がおらん間にそないなことがあったんか。」

「それより和真?」

「なんですか?くまさん。」

「くまさんって・・・。それより、お前面が少しましになったな?」

「そうですか?」

「あぁ!なんかあったのか?」

 俺は、日本でのことを思い出す。

 本当にいろんなことが合った。

「はい!」

「そうか・・・」

 くまさんは、そのまま黙り合成ウォッカをラッパ飲みしていた。

「和真、晩御飯の支度をしようか?」

「はい、父さん」

 晩飯を食べ終わるとくまさんが席を立ち、帰ると言う。

 なんでも、寝泊りはあの小屋でしているらしい。

 俺は、くまさんを玄関まで送ってその時にお願いをした。

「くまさん!俺を鍛えて下さい!!」

「なんだ?藪から棒に・・・」

「俺は、後悔だけはしないと決めたんです。だから、強くなりたい!そんで、勝ちたい奴もできた・・・!やから、お願いします!」

 俺は、頭を下げてお願いをする。

 正直賭けである、もし断られても自分1人で鍛えるつもりでいる。

「別にええで?」

「ほんまですか!?」

「あぁ、脱走兵の俺が言うのもなんだが、この世界では力がいる!それが、どんな形の力であれだ!だから、お前が欲しい力の形を俺が教えてやれるなら教えてやるさ!それに、ボディーガードするにしても守る対象も少しくらいは動けて貰えないと困るからな?」

 くまさんは、そう言うと恥ずかしそうに頬を掻く。

「ありがとうございます!!」

「けど、俺は厳しいぞ?お前が止めてくれと言っても止めないからな?そのつもりでいろよ?」

「はい!」

「それじゃ、明日から早速始める!0400までに、森に来い!良いな!!」

「はい!」

「違う!!その場合は、了解だ!!もう一回!!」

「了解!」

「よし、解散!」

 俺は、くまさんの変わり様に驚いたがこれから強くなれると思うと、ドキドキしてその日は余り寝ることができなかった。

 朝4時、俺はくまさんの小屋に来ていた。

 朝食は作り置きをし、父さんには書置きをしている。

 くまさんが、小屋の中から出てきた。

「良し、時間どうり来たな!それでは、これより訓練を始める!」

「よろしく願いします!」

「まずは、簡単なランニングからだ!お前の家から森の入り口まで往復10周!!」

 俺の家から、森の入り口まではだいたい1kmくらいある、つまり20km走れと言うことだろう。

「じ、10周ですか!?」

「口答えはするな!お前は、はいかYESか了解と言えば良いんだ!」

「り、了解!」

 俺は、これが軍隊式かと驚いた。

 だけれど、くまさんの言う通りにすれば間違いなく強くなれる。

 だから、必死に食らいついて行くと決め走り始めた。

時たま吐いたりしながら、何とか走りきることが出来たが、俺は森の入り口で倒れてしまいそこで、少し休憩をしていた。

 すると、いきなり大量の水が顔に掛けられる。

「うっ!ぶは!」

「誰が!休んで良いと言った!?強くなりたければ、休まずに来い!」

「はい!!」

 俺は、とうに限界の体に鞭打って起き上がらせくまさんの後をついて行く。

 着いた先は、森の中の拓けた広場だった。

「良く、走ったな?楽にしろよ。」

 俺は、いつものくまさんに戻ったのを確認してから、近くの切り株の上に座る。

「お前に見せたい物があってな?連れてきた・・・。」

 そう言うと俺の前に2つの物を置く、1つはマシンガンでもう1つはショットガンだった。

「いいか?これが、解りやすい力だ。簡単に命を奪う力だ・・・、けどな?これでもBETAは倒せない・・・。小さい奴なら何とかなるが、大きい奴らは無理だ。しかも、小さい奴らも大量に来るから、抑えきれない。だけれど、いざって時は頼りになる。それに、敵はBETAだけじゃない、時に人も敵になる・・・。そんな奴らから身を守るために、お前にもこれの扱い方を教えようと思う。ホントは、対人戦なんて教えたくはないがな。俺が、持ってこれたのは、これらだけだが知らないよりか、ましだろ?」

 そう言って、銃の扱い方を教えてくれる。

 けれど俺は、BETAと戦っている中で人どうしも戦うのを聞いて茫然としていた。

「よし、だいたい理解したか?」

「だいたいは・・・。」

「じゃ、好きな方を選べ。最初はそんなもんで良いだろ?それで、慣れたらもう片方も教えてやるよ!」

「はい!」

 俺は、二つの銃を見る。

 片方は威力があるが球数が少ない、もう片方は球数が多いが威力が弱い。

 正直銃のことなんて何も知らない、だから目についたショットガンを選ぶ。

「そっちだな?じゃ、打ち方とかを教えるぞ?」

 それからは、12時になるまで訓練をした。

 訓練が終わるころにくまさんが一発撃たせてくれると言った。

「弾が少ないから一発だけだが経験してないといざって時に困るからな。」

 そう言って銃を渡してくる。

 俺は、それを構え木に向かって撃った。

 もの凄い音が辺りを支配して、周囲の音を支配した物を反動の凄さから俺は落としてしまった。

「これが、銃だ!わかったか?」

 俺は、頷くことしかできなかった。

 その後、手が痺れる中俺は家に帰った。

 家で父さんに訓練を始めたことを直接伝えると、父さんは「やっぱり、男の子だね。」と笑って言ってくれた。

 でも、その顔はどこか寂しそうな顔だった。

 それから、2週間毎日気絶しそうになるまで体力作りと銃の扱い方を学び、体力が前に比べると上がってきたのを感じ始めた頃、俺はくまさんの小屋に招待された。

「さて、和真!お前もそろそろ体が出来てきたから近接戦を教えて行こうと思う。」

 くまさんは、俺の前に二本のナイフを出してきた。

「これは、ククリナイフだ!俺の元居た軍でグルカの戦士に選ばれた奴らは皆、これを持っている。」

 そう言うと、皮で出来ているような鞘からナイフを出す。

 そのナイフは内側に刃が湾曲した珍しい形をしていた。

「こいつは、先端が重くなっていてな?敵を叩き切ることができるんだ。元は国連軍から支給された物で少し本物のククリナイフと違うが、これしか無いからこれで訓練するぞ?」

「はい!」

 いつもの広場で、俺とくまさんは対峙する。

「そいつは小手先の技なんざ必要ない、切れる距離まで踏み込んで全力で叩き切る!そう言う物だ。そら!打ち込んで来い!」

「くまさん?その手に持ってるのは何?」

「あ?これか?これは、それのデカイ版の奴だ。昔は儀礼用とかで使われたらしいが今は、BETA用の武具として使ってる。」

 くまさんは、1mあるんじゃないかと思う位大きいもはやナイフで無いそれを片手で軽々と弄ぶ。

 俺は、改めてくまさんの非常識さに驚く。

 俺は、くまさんのナイフの3分の1程のナイフを持ち上げるが、包丁なんかとは比べものにならないくらい重く、持っているだけで腕の筋肉が悲鳴をあげる。

 それでも、無理やり振り上げ相手に突っ込む。

「はぁぁぁぁぁぁ!」

「ふん!」

 全力で振り下ろした俺のナイフを、くまさんはその場から動かずに弾き飛ばす。

「うわっ!」

 ナイフは俺の手元から離れ俺自身尻もちをついてしまう。

 その隙に、俺の首元にナイフを添えられる。

「はい、1回死亡。お前は踏込が浅い、もっと懐まで入って来い!それと、相手の一挙手一投足全体を見るように視野を広く持て良いな?じゃ、もう一回!!」

「はい!!」

 俺はそれから、相手の全てとその周りも意識するように心がけて脅えることなく相手の懐に入れるように何度も訓練をした。

「はい、100回死亡。今日はここまでな?」

「あ、ありがとうございました。」

 俺は疲れから、肩で息をする。

「結局、一回も勝つことができひんかった・・・。」

「当たり前だ!今日始めたばかりの奴に負けたら俺の面目丸つぶれだろうが!」

「た、たしかに・・・。」

 俺は、苦笑いしながらくまさんに背を向けナイフを切り株に置きに行く。

 その時、ゾクッと後ろから何かを感じて頭を下げる。

 俺の頭があった場所を小石が飛んで行く。

 俺は、もし当たっていたらと想像して青い顔をしながら投げた本人に向かって文句を言う。

「ちょ!くまさん、危ないでしょ!?」

「うん?ちょっと確かめたい事があってな?これで、確信した。」

「何をですか?」

「お前は、反射神経が良いのと危機察知能力が高いことだ。」

「つまり?」

「つまりお前は、脳が躱さないと!って思う前に体が勝手に躱しているってことだ。判断しないで躱すのは良くないが、これからはこの能力をさらに鍛えていくぞ?」

「了解!」

 俺は、ナイフを直すために小屋に戻りそこでくまさんと別れた。

 俺は、家に帰るまでの道のりで今回の訓練の反省を行っていた。

「イメージでは、もっと早く踏み込んで懐に入れたはずやねん、やからそこを鍛えて。それと、もっと視野を広く持たんと不意な攻撃には対処できんからな・・・。」

 その日の晩から俺は自主トレーニングをすることにした。

 それからさらに二週間たったころ、自分の戦う時のスタイルを完成させていた。

「やっぱり、お前はナイフ一本よりも二本の方が良いな?」

「なんだか、こっちの方がしっくりくるんですよ。」

「まぁ、その方が良いならそれで良いだろ?それに、お前も大分強くなったし扱い方も理解してきたろ?だから、それをお前にやるよ。」

 そう言って俺が手に持つ二本のククリナイフを指差す。

「いいんですか?」

「別に構わねぇよ。もともとそのつもりだったしな?」

「ありがとうございます。」

 俺は、背筋を伸ばし頭を下げる、その姿を見ていたくまさんは恥ずかしそうに頭を掻いていた。

「お前も大分板についてきた感じだな?弟子なんて者、俺は想像していなかったぜ。」

「なら、これからは師匠と呼びましょうか?」

「やめろ!気色悪い。」

「ははは!」

「それより、今日は日本に行くのだろ?」

「そうですね、自分がどれだけ強くなったのか確かめたいですし、多恵とも会いたいですから。」

「このシスコンが!」

「シスコンは褒め言葉ですよ?師匠。」

「けっ!」

「それじゃ、行ってきます!」

「おう!自分がどの位置にいるのか理解してこいよ?」

「了解!」

 俺は、父さんに港まで送ってもらい船に乗り込む。

 今回はタエも一緒だ!

 父さんにはくまさんが付いていてくれるので安心だろう。

 離れていく港を見ながら今度こそはと心の中で呟く。

「待ってろよ?尚哉!巨乳の素晴らしさを教えたる日がとうとう来たで?」

 




今回の話は、修行編になります。


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柊町

 俺と尚哉は、今京都の彩峰宅の道場で向かい合っている。

 尚哉は木刀を正眼に構え、俺は二本、小太刀の木刀を借りて肘を少し曲げ構える。

「それでは、これより尚哉対和真の試合を行う!ルールは、相手を戦闘不能もしくは、参ったと言わせれば勝ちとする。それでは・・・始め!!」

 審判の彩峰さんの号令をきっかけに俺と尚哉は動き出す。

「はぁぁぁぁぁ!」

 尚哉が上段から面を狙ってくる。

「シッ!」

 俺は、左の木刀で防御をし右の木刀で相手の面を狙う。

 しかし、尚哉は直ぐに後ろに跳び引き仕返しにと俺の左脇腹を狙ってくる。

 それを俺は、尚哉が振り切る前に右肩のタックルで尚哉を弾き飛ばす。

 そこから、何度も打ち合うが中々お互い決定打を打てないでいた。

 俺は、内心悪態をつく。

 くそ!決めきられへん。

 体力も限界に近いどうすれば・・・!

 俺が、疲れてきたのを見抜いた尚哉は怒涛のラッシュで畳み掛ける。

 俺は、それを防ぐことしかできない。

打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ。

防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ

 どれだけ、防いだのか数えるのがバカらしくなるほど攻防を繰り返す。

 腕が疲労でうまく上がらない、うまく呼吸ができない、足が棒のようだ。

それでも勝機を見出すために防ぐ。

 その時、額の汗が目に入り片目を瞑ってしまう。

「そこッ!」

 尚哉の一閃が俺の両手の木刀を弾き飛ばす。

 それでも、まだ諦めきれない俺は尚哉に殴りかかろうとするが、足を掛けられ扱かされてしまう。

 扱けた俺の上に尚哉が馬乗りになり首元に木刀の刃の部分を押し当てる。

 その時、彩峰さんの声が道場に響いた。

「そこまで!!」

 その声を聞いた尚哉が俺から退き立ち上がる。

 俺は、まだ寝たままだ。

「大分強くなったな和真、だが僕の勝ちだ!」

「はぁ・・・うる・・・せい・・・はぁ」

「あぁ、私も驚いたよ。だが、まだ尚哉には届かないな。よし、反省会をやろうか!」

 俺は、息を整え上半身を起こし返事をする。

「はい!」

 俺達は、そのままその場で反省会をした。

 反省会が終わった後、彩峰さんにお風呂を借りた。

「それにしても和真!良く僕の攻撃をあそこまで防げたな?体力は限界だったのだろう?」

 俺は、そこまで見透かされていたのかと肩を落としながら答える。

「ほとんど直観やで、一々認識してから防いでたらさすがに間に合わんからな。」

「つまり、見えていない攻撃も防いでいたと言うことか?すごいな・・・。」

「俺には、空間把握能力と危機察知能力しか芸が無いからな・・・そこを、重点的に鍛えてるよ!それより、尚哉の方が出鱈目やろ!?あの、スピードと判断力おかしいで!?」

「僕は、日本帝国を守る軍人だ。判断力は必須なんだよ!スピードは近接戦ではもっとも必要だから誰よりも早く動けるように毎日鍛錬している。」

「でも、次こそは勝つ!!」

「その次はこないけどな?」

「ぐぬぬぬぬ・・・!」

 俺は、悔しがっている時に尚哉に会った時話しておきたいことがあったのを思い出す。

「そう言えば、尚哉?」

「なんだ?」

「めっちゃ美人のメガネ系知的美女、前見たで?」

「なに!!どこでだ!?お前の知り合いなら紹介してくれ!!」

「お、落ち着け!大阪で出来た友達のボディーガードみたいな人やったで?」

「なんだそれは?じゃあ、情報は無いのか?」

「ごめんな?その友達ともすぐに別れてもうてな、紹介してもらってないねん。」

「そうか・・・。」

「でも、怖そうな人やったで?」

「その程度、どうと言う子は無い。その人も見た目はそうでも中身は素晴らしい大和撫子のはずだ!」

「まぁ、いつか友達に紹介してもらうからそん時に尚哉の事を言うといたるわ!」

「本当か!?よろしく頼んだぞ!!」

「あぁ!任せとけ!!」

 俺達は風呂の中で友情を深めた。

 風呂から上がると、ちょうど昼ご飯の時間だったのでキッチンに向かった。

 キッチンには、慧が待ち構えていた。

「待ってたよ!和真兄さん!!」

「はいはい!許可貰えたから、また作ったるわ!」

「楽しみ!」

「じゃ、食事の用意してきて?」

「わかった!」

「まったく・・・。ホンマに好物になってんな、じゃあ気合を入れて作らんとな!!」

 俺の気合が注入された焼きそばは、好評だった。

 食べている時の慧は、目を輝かして本当においしそうに食べてくれるので、作り手の俺は大変満足した。

 昼食が終わり俺は、多恵が待つ柊町に向かうために彩峰宅を出ることにする。

「それじゃ、お世話になりました!」

「また、来ると良いよ。その時も前もって連絡をしてくれ、都合が空いてる日を教えるからね?」

「はい、ありがとうございます!」

「和真、さっきから思っていたのだがお前の頭の上にいる猫はなんだ?」

「あれ?紹介してなかったっけ?これは、家の病院の看板猫のタエや!これから、よろしくしたってや?」

「あぁ、わかった!それより、例の件忘れるなよ?」

「応とも!」

「和真兄さん、タエまたね!」

「また、焼きそば作りに来るな?」

「でも、私とお母さんはもうすぐ横浜に戻るから・・・。」

「そうなんか・・・。じゃ、横浜に行って時間がある時は行く様にするわ!」

「待ってる。」

 その時、彩峰さんの奥さんから声が掛かる。

「そろそろ行かないと、電車に遅れますよ?」

「ほんまですか!?じゃ、行きますわ。奥さん、お世話になりました。」

「ふふふ、またいらして下さいね?」

「はい!それじゃ、失礼します。」

 俺は、そのまま走って駅に向かう。

 なんとか、電車に間に合い柊町に無事着くことができた。

 俺は、改札を出ると多恵が待っていてくれていた。

「にぃにぃ~!」

 改札から出てきた俺に向かってタックルをするように抱き着いてくる。

「ぐはっ!!・・・多恵、元気そうで良かったよ。」

「うん、タエも久しぶり!今日は、たくさんお話しして町も案内するからね!」

「よろしく頼むわ!」

 

 俺達が、町を歩いていると遠くの方から騒がしい声が聞こえてきた。

「でねぇ~。その時・・・ってにぃにぃ!話を聞いてる?」

「ごめん、ごめん・・・いや、あそこ何だか騒がしいなと思ってな?」

「どこ?あぁ、あの二人はこの辺りではちょっとした有名人だよ?」

 多恵の言う有名人を見ると男女のペアだった。

「なんや、痴話ゲンカか。」

「まだ、そこまで行ってないらしいけどね。」

「そうなんや?でも時間の問題やろな、あの様子じゃ。」

 その二人はケンカをしているが、仲の良さが遠目でもわかる。

「あっ!そろそろだよ?」

「なにがや?」

 俺が、その二人を見ながら聞き返すと・・・。

「タケルちゃんの・・・バカ~~~!!」

「ガガーリン!!」

 女の子の見事なアッパーが男の方に決まり男は空を飛ぶ。

「・・・は?」

 そう、飛んで逝った。

「ひ、人が飛んだ・・・で?」

「大丈夫だよ!にぃにぃ!あの二人の間にはギャグ世界が構築されているから、その内帰って来るよ?それよりも、先に行こ?」

「あ、あぁ!!そうしよか」

 俺達が歩きだすと、空を飛んだ男はちゃんと元の位置に帰ってきていた。

「ここは、人外魔境やな・・・。」

 俺の呟きは誰にも聞こえず四散していった。

 

 そろそろ、晩御飯を食べる時間になってきたので俺達は近くにあった京塚食堂に入ることにした。

「い、いらっしゃいませぇ~!」

 店内は綺麗で、俺達を迎えてくれたのは髪型をおかっぱにしている小学生くらいの女の子だった。

 その子は、俺の頭を凝視している。

「猫さん・・・。」

「うん?あぁ、すんません!動物は入店できひんのですか?」

「い、いえそんなことないです。あの、その・・・な、何名様ですか?」

 少し、恥ずかしがりなようだ。

「2人と1匹やで!」

「それでは、席にご案内します!」

 初々しくてかわいいなぁ~。と思っていたら、多恵に肘打ちをくらう。

「ニヤニヤしない!」

「す、すんません・・・。」

 席に案内された俺達は直ぐにオーダーをする。

「俺は、鯖味噌煮定食で!」

「私も同じので!」

「か、かしこまりました!!」

 女の子は、ちらちらとタエを見ながらオーダーを取り厨房に姿を消す。

 そして、数分後ふらふらと覚束ない足取りで2つの定食を持って姿を現す。

 その姿を見て嫌な予感がした俺は、席を立ちその子の元に向かう、すると案の定その子は後ろにバランスを崩してしまう。

「キャッ!」

 俺は、体でその子を受け止め両手で2つの定食を支える。

 すると、俺がその子を包み込む様に密着してしまう。

「危なかったなぁ~!大丈夫やった?」

「は、はい・・・」

 まだ、何が起こったのか解っていないようだったが時間がたつにつれて今の現状を理解し始めているということが顔の色が真っ赤になっていることからわかった。

「おっと、そろそろ退いてくれやんとお兄さん少し困るかな?」

「す、すみません!」

 そう言ってすぐに俺から離れる。

「えぇよ~。これも役得やから!」

「本当にごめんなさいねぇ~!」

 突然後ろから声が掛かる。

 俺が振り返るとエプロンをつけた肝っ玉母ちゃんな、おばちゃんがいた。

「この子そそっかしくてね!助かったよ!!」

 おばちゃんは、バシッバシッと俺の背中を叩く。

「痛てッ!はははは・・・!どういたしまして。」

「デザート!オマケでつけておくね!!」

「ホンマに!?ありがとう、おばちゃん!!」

「それじゃ、味わって食べておくれよ!!」

 俺は、手に持っていた定食をテーブルに置き食べ始めた。

「なにこれッ!うまッ!めっちゃうまい!!ホンマに合成物使ってんの!?」

 多恵も食べながら、「美味しい」と心底驚いていた。

 俺達が料理を楽しんでいると、さっきの女の子がデザートを持ってきた。

「あの、先ほどはありがとうございました!」

「ケガが無くて良かったで!えぇと・・・」

「雅美です。京塚 雅美(きょうづか まさみ)そして、今厨房にいるのが私の母の京塚 志津江(きょうづか しずえ)です。」

「俺は、築地 和真!そんで、そこで美味しい美味しい言うてんのが妹の・・・」

「築地 多恵です!よろしくね!雅美ちゃん!」

「はい!それで、その・・・」

 雅美ちゃんは、俺の膝の上で飯を食べているタエをじっと見ている。

 俺は、それに気が付きタエを抱き上げ雅美ちゃんに渡す。

「ほら!撫でたって?大丈夫、おとなしい子やから。」

 初めは恐る恐るだったが、しだいに慣れていきタエを撫でまわしていった。

 タエも嫌がらずされるがままになっている。

「うわぁ~!もふもふ♪」

 タエの撫で心地が気に入ったようだ。

 俺は、そんな様子を見て微笑みながらデザートを食べていると多恵に爪先を思い切り踏まれる。

「────ッ!!」

「デレデレしない!!」

 デザートを食べ終わった俺達は、京塚食堂を後にすることにした。

 食堂を出るときに志津江さんが、またおいで!と言ってくれた。

 そして、雅美ちゃんだがタエをまだまだ撫でていたかったらしいが、また来るからと諦めてもらうことにした。

「そろそろ、電車の時間やな・・・。」

「もうそんな時間なの?」

「あぁ・・・。名残惜しいけど今日は帰るわ!」

「分かった・・・。次は、泊りに来てね?」

「了~解や!」

 俺達は、駅前で別れ俺はそのまま夜行列車に乗り港まで向かうことにした。

 




次回から、一気に時間が進みます!


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親友(尚哉)

1997年5月俺は、17歳になっていた。

 今では、まだ負けるがくまさんとも良い格闘戦ができるようになり危機察知や空間把握それに催眠術の力も去年とは比べものにならない位に成長している。

 俺の誕生日の時は、どこから情報を手に入れたのか多恵と雅美ちゃんが突撃を我が家に仕掛けてきて、驚いたが嬉しかった。

 雅美ちゃんとは、柊町に行くたびに京塚食堂に行っていたから大分仲良くなった。

 彩峰さんは、最近軍の仕事が忙しく会う機会が少ない、尚哉も彩峰さんと同じだ。

 たまに予定が合う日は共に訓練をしたり試合をしている。

 因みに、10回戦ったら2回勝つことができるまで成長した。

 慧は、完全に焼きそばに嵌り独学で勉強をしているそうだ。

 そして、多恵だが柊町から東京に引っ越すそうだ。

 理由は、お婆ちゃんが亡くなり親戚の家に行くから。

 葬式の時に光州に行きたいと父さんに言っていたが、却下されていた。

 最終的には納得していたのが救いだ。

 そんな事があった俺だが、今久しぶりに尚哉と会うことができた。

 たまたま、御使いで京都に来たときに道で会い、尚哉が休憩時間だと言うので茶屋で話をすることになったのだ。

「久しいな、和真!お前はやはり余りかわらないな。」

「どう言うことやねん!それより、お前は少し変わったな・・・。いきなり、大人になってもうたきがするわ。」

「ならざるおえないと言うのが実情だがな・・・。それよりも、お前の腰にぶら下げているそれはなんだ?」

 そう言って尚哉は、俺の腰に下げている二本のナイフを指差す。

「これか?これは、ククリナイフ言うてな!まぁ、俺の師匠がくれた物でな、いつも持ってんのは、肌身離さず持っているとそれが自分の体の様に感じれるようになる。そうなると、今より格段に強くなれるって教えてもらってな?持ってる訳や!」

「そうか・・・。それより和真。」

「なんや?」

「お前は、今の大陸の状勢を知っているか?」

「あぁ、だいたい噂でな・・・。去年ウランバートルが敵の基地になってんやろ?」

「それだけじゃない!今年になって新たにブラゴエスチェンスクにハイヴ建造の動きがある。このままでは、いずれ大陸が落ちる!そのことをお前は理解しているのか!?」

「・・・落ち着け尚哉。その話は初耳やけど、俺は、まだ光州におるつもりや。俺が、逃げるのは父さんが逃げた時、つまり光州の人らが逃げた時や。皆を置いて逃げるなんてできやんよ・・・」

「───ッ!お前は・・・!」

「俺は、この情報を知らんかった。つまり、情報規制されてんねんやろ?大陸の人らが混乱しやんように・・・。それでも、お前は危ない橋渡ってでも教えてくれた。感謝している。」

「和真・・・。僕は、知っているんだ。大陸に渡った多くの仲間が死んでいってるのを、そして死んでいった英霊達が作った貴重な時間を、大陸の人達を救うことに使わずに自らの保身の事しか考えない無能どもが食潰しているのを・・・ッ!!残された家族達には生活の宛が無いんだ!そんな彼らに、有ろう事か!!軍や政府は何もしていない!何もだ!!僕は、彩峰中将以外にどうにかしようとする人を知らない・・・。僕はこんな思いをするために、軍に入ったんじゃない!こんな・・・思いを・・・。」

 尚哉は、そのまま顔を両手で覆い隠す。

 指の隙間から何かが見えるが俺は気にしない様に話を続ける。

「尚哉、俺はな信じてるんや!すべての人が、人類の危機に立ち向かうために必死になってるってな?己の得になることしかせん奴なんておらん!傍からはそう見えても、実は人類のために頑張ってるってな・・・。俺なんかは、たいした事は出来てないけどな。」

 俺が、そう苦笑いを浮かべると尚哉は顔を上げる。

「そんなことはない!!和真は、光州に逃げて来た人達のために頑張っているじゃないか!?」

「逃げてこれたんも、十数人程でケガの治療とかぐらいやけどな・・・」

「それでも!!僕は、和真の事を誇りに思う!」

「おおきにな。・・・逃げて来た人達やけどな?中には心を病んでしまった人もいてな?そんな人は大抵皆BETAを見た人らや。そんな人はな、比較的安全な場所に来るとどんな行動を取ると思う?」

 俺の問いかけに尚哉は答えが出せない。

「・・・自殺しようとしよるねん。」

「────ッ!!」

 尚哉は俺の答えに声も出せないようだ。

「BETAに殺される前に楽にさせてくれ・・・ってな。俺も、初めの頃は焦ったよ。」

 俺の顔は、疲れから酷い有様だった。

「じゃあ、お前の目の隈は・・・。」

「これは、そんな人らを止めなあかんからな・・・。あんまし寝てないねん。」

 俺は、ここ最近満足に寝ていない。一度BETAの恐怖を味わった人は、楽に死ねる方法を探す。

 俺や父さんやくまさんは、そんな人達を止めるために睡眠時間を削って見回りをしていた。

「でもな!逃げて来た人らも、手伝ってくれてな?今はこうして、薬とか買うために日本に来る時間が取れてんで!」

「・・・そうか。」

 俺が、無理をしているのを尚哉も察したのだろうが追及はしてこない。

 これは、俺が決めた道だと解ってくれている。

「本当に良い親友に恵まれたよ・・・。」

 俺は、小さく呟く。

「何か言ったか?」

「何でもない。・・・話しの続きやけどな?自殺しようとする人に俺が良く話すことでな。

人は、死ぬと天国と地獄にしか行かれへん。天国には、悪いことをしてない人達が行く。

でも、生まれてから悪い事を一回もしない奴はおらへん、そんな人達のために神様は地獄に行くまでに道を用意した。

その道は一本道に見えるけど実はそうじゃなくて脇道がたくさんあって、その先は天国に通じてる。

でもその道は罪を償いきるまで見つけることができへん。

罪の容もたくさんあるけど、その中でも特にあかんのが人殺しや。

人殺しはおそらく一番重い罪や、そこに大義名分があろうと重い罪や、償いきる事はできへん。

そんで、人を殺した奴はずっと脇道を見つけられへんで地獄まで行ってまう。

そうすると、天国には二度と行けん・・・。

俺は、死んだら皆と天国で会いたい。

やから、殺すな!例えそれが自分であろうと人殺しなんわ同じや!会いたい人がおるなら生きろ!!天国で待ってる人のために生きろ!!ってな感じでな・・・。

偉そうに、訳解らん事言うてるやろ?」

「僕は・・・そうは思わない。いかなる理由があろうと、同族である人を殺してはならない。その行いは外道のすることだ。」

 尚哉がそう言うのと同時に俺は席を立つ。

「もう、時間なのか?」

「おう!もう行かんと船に間に合わんからな?」

「和真と話せて良かった・・・。」

 尚哉も席を立ち会計をすませ店の外に出る。

「それは、俺もや!あぁ、そうや!」

「なんだ?」

「もし、尚哉が外道になったら俺がお前を殺したるわ!お前実は寂しがりやろ?」

「ふんッ!それは、和真もだろ?安心しろ。もしお前が外道になったとしても僕が介錯してやる。和真の様に騒がしい奴が地獄に行ったんじゃ、閻魔も困るだろうからな!僕が、閻魔の代わりに相手をしてやるさ。」

「なら、閻魔も交えて宴会をせなあかんな!」

「大概にしておけよ?閻魔に愛想つかされるぞ?」

「「クッ、ハハハハハ!!」」

 俺達は笑う、今までの鬱憤を晴らす様に明日から良い日になる様に太陽に向かって笑う。

「それじゃ、またな親友!!」

 俺が、尚哉に握手を求める。

「あぁ、またな親友!!」

 尚哉も晴々した顔で、バチンッと音がなる程に勢いをつけて手を握る。

 そして、手をどちらかともなく離しお互い反対方向に向かって歩き出す。

 お互いの道は違えど、最後に行きつく先は同じであると信じて・・・。

 




次回予告
救うの意味を理解していなかった・・・。
何が幸せなのか解らなかった・・・。
ただ、皆に笑っていて欲しかったから・・・。


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光州

1997年8月:BETAが直ぐそこまで来ていると言う噂から、町にいる人達は 1人また1人と避難を始めていた。

 俺と父さん・タエ・くまさんのいつものメンバーで夕飯を食べている。

「町の人達も半分程避難してもうたな?」

「まぁ、しかたねぇだろ・・・。誰だって怖いさ。」

「そうやな・・・。皆が元気でいてくれた良いけど・・・。」

「大丈夫だよ。和真、避難先は日本らしいしあの国なら難民に酷い事はしないさ!」

「そうやな!俺達は、今できることをするだけやから!!」

「頼りにしてるよ?和真!」

「安心しろ、三郎!コイツ、ここ最近俺よりも強くなってやがるからな!」

「まだまだ、くまさんには教えて貰うことがたくさんあるけどね?」

「あたりめぇだ!!すべての事がお前に負けてしまったら、師匠の面目丸つぶれじゃねぇか!!」

 俺達は、努めて明るくするようにしていた。

 皆不安なのだ、避難する人達が溢れかえりどこも船の数が足りず、港では時たま暴動が起き軍が出ている程だ。

 不安とは伝染する、俺達が不安の防波堤の変わりとなってせめて近隣の人達は守ろうとしていた。

 

1998年1月:

 国連軍と大東亜連合軍と日本帝国軍の人達が町に来ては避難の準備が整っている早く避難しよう!と言ってくる、だが町に残っている人達はここで死にたいと頑なに拒否していた。

 俺達は、そんな人達を説得するために残っている。

「BETAが目と鼻の先に来てるのに、何でや!!」

 俺は、早く安全な場所に移ってほしい焦りから机を思い切り殴りつける。

 そんな俺を見ていた父さんは、徐に立ち上がり言ってきた。

「───和真、君は避難しなさい・・・。」

「父さん・・・?どういうことや?」

 俺は、お前だけでも逃げろと言う父さんに、怒りが湧いてくる。

「町の皆は、多分避難しないと思うんだ。生まれ故郷に骨を埋めたい・・・、その気持ちは僕にもわかるからね。」

「俺は、俺は嫌やぞ!避難するときは皆一緒にや!」

「和真・・・。」

「それに、父さんは残るつもりやろ?安心し!俺が皆を説得してみせるから!!」

 俺が、そう言うと説得が出来ない事を悟った父さんは悲しそうなでもどこか誇らしそうに笑う。

「まったく・・・。頑固だね!誰に似たんだか」

「俺は、父さんの息子やで?似る相手は1人しかおらんやろ?」

「ふふっ!そうだね?」

「それじゃ、説得に行こうか?」

「おう!」

 俺は、タエを抱き上げながら父さんと説得に向かう途中にある事を思い出し聞いてみた。

「そう言えば、軍の人になにを渡してたん?」

「手紙だよ。」

「手紙?誰宛に?」

「彩峰中将だよ」

「彩峰さんに何て送ったん?」

「僕達よりも他の地域の人を優先して避難させる事と、もし僕達の避難が間に合わない時は見捨てろとね・・・。」

「それって・・・。」

「あぁ、さっきも言った通りここに住む人達の意識は固い、だから無理に避難させて軍に損害を与えるような事はするなって釘を打っておいたのさ。」

「なんで?」

「彩峰はね、優しすぎる男なんだ・・・。彼は、救える人がいるなら救いに行く、そんな男だからね・・・。僕達が居ようが居まいが関係無く、使える力をすべて使ってここに居る人達を助けようとするはずだからね。でも、ここにいる人達は多分最後の最後まで避難しないと思うんだ。だから、来ても無駄だ!それよりも1人でも多くの人を救えって釘を打ったのさ!」

 俺は、父さんの心情を察し努めて明るく話した。

「じゃあ、早いとこ皆説得しやんとな?」

「そうだね!頑張ろうか!!」

 

 BETAが人を食べている・・・、それがすべて始まりだった。

 どこの誰が言いだしたのか解らない、だがその言葉は瞬く間に町中に広がり今まで頑なに避難を拒んでいた者達は、我先にと軍が用意した避難施設に向かった。

 俺と父さんは、1人で動く事が困難な人達を施設に運び、今施設の入り口にいる。

「父さん!くまさんはどこにおるんや!?」

「彼は脱走兵だからね、ここに来る訳には行かないのだろう・・・。大丈夫、彼は僕達とは別のルートで港に向かうらしいからね。」

「そんな無茶な!!」

「・・・僕も説得したのだが、聞いて貰えなかったんだ。すまない。」

「そんなん解ってるよ・・・。あの人は、頑固やけど強い人や無事に港まで来てくれる!」

「・・・和真?」

「なんや?」

「僕は、一端家に戻る事にするよ・・・。」

 父さんが、そう言った時施設の外から銃声が聞こえた。

「な、なんだ!?」

「銃声!?」

「BETAだ!BETAが来た!!」

「ママ―――!!」

 皆の不安がピークに達し、人の波が俺を襲う。

「と、父さん!!」

 そして俺は父さんを見失った・・・。

 施設の中に無理矢理押し込まれた俺は、人の波に呑まれながら父さんを探し周りを見ていた。

 皆、恐怖に顔を歪め軍の人に助けを求めている。

 ―――少し前までは、笑顔で溢れていた人達が顔を絶望に染めている。

 俺の、笑顔で溢れていた幸せな日々が一瞬で壊されたのを唯見ていることしかできなかった。

「父さん、どこにおんねん!!・・・まさか、ホンマに家に帰ったんか!?―――クソッ!!」

 俺は必死に人の波を掻き分け入り口に向かう、やっとの思いで入り口に辿り着くと俺が初めて催眠術を使った子にぶつかった。

「ご、ごめん!!」

「ふぇ・・・。兄ちゃん?」

「大丈夫だった?」

「・・・うん。」

「お父さんとお母さんは?」

「解んない・・・。」

 俺が辺りを見回すと、軍の人に何かを訴えているこの子の両親がいた。

 俺は、手を引き両親の所に向かう。

「うちの子がいないんだ!」

「あの子を置いて避難なんてできません!」

 俺は、向かう途中で立ち止まり隣で手を引いている子にタエを預ける。

「お願いがあるんだけど良いかい?」

「うん。」

「タエを一緒に連れて避難して欲しいんだ。・・・出来るかい?」

 俺が問いかけると、その子は力強く返事をしてくれた。

「うん!」

 俺はタエを預け、心配そうにこちらを見るタエの頭を撫でる。

「大丈夫、父さんは俺が連れてくるから・・・。」

 俺は、そう言いその子を連れて未だに言い合っている軍の人と両親の下に向かう。

 両親がこちらに気がつくと、こちらに走り寄り子供を母親が抱きしめた。

「今まで、どこにいたの!?心配したでしょ!!」

 再開を喜び我が子を抱きしめる両親を見て、俺は安心し急いで入り口に向かおうとする。

 その時、父親の方から声が掛かった。

「ありがとう、和真君!!・・・和真君どこに行くんだい?直ぐに避難をしないと。」

「父さんが家にいるんです。だから、俺は迎えに行きます!!」

 そう言うと俺は、走って出て行く。

 後ろから何か声が聞こえたが、これ以上時間を無駄にしたくなかった俺はすべて無視をして家に向かった。

 

「な、なんやこれ・・・。」

 町は、まるで爆心地にでもなったかの様に家が燃えたり、押しつぶされたりしていた。

 俺は、半ば放心状態になりながらも父さんの元に向かう。

 すると、近くにあった家の中から瓦礫を押しのける音がした。

 そして、そこから出てきたのは、頭がキノコのような化け物だった。

 俺は、その余りの醜く有り得ない姿に驚いて尻もちをついてしまう。

 その音に気が付いたのか、化け物がこちらに近づいて来る。

 俺は、涙で顔を汚しながら足に力が入らず立ち上がることも出来ないでいた。

「ぁ、く、来るな!」

 俺の、叫び声を聞いてもお構いなしに近づいて来る。

 そいつが、口を開けて俺まで後数歩の距離に来た時に俺は怖さの余り目を瞑ってしまう。

 すると打ち上げ花火を目の前で打ち上げた様な音が聞こえた。

「早く立ち上がれ!このボケが!!」

 くまさんが俺のすぐ後ろでロケットランチャーを持って立っていた。

 目の前に居た化け物は、グチャグチャに弾け飛んでいる。

 俺は、少し返り血を浴びたが気にも止めずに話しかける。

「くまさん・・・。今までどこに?」

「あぁ?お前アホだろ!俺が、どうやって軍から脱走したと思ってんだよ!」

 そう言うくまさんの後ろには、Jeepが止まっていた。

「おら、さっさと逃げるぞ!」

「待って!まだ父さんが家にいるんや!」

「なんだと!?それを早く言えアホ!・・・たく、ボディーガードなんて引き受けるんじゃなかったぜ!」

 くまさんは、そう言いながらも俺を立たせ車に乗せ家に向かってくれた。

 家に辿り着くと、家は炎に包まれる寸前であった。

「父さん!!」

 俺は、家の中に飛び込み父さんの部屋がある2階に行くために階段を目指すがくまさんが着いてこないことに気が付き振り返る、そこには玄関を睨めつけるくまさんがいた。

「早く行け・・・。俺は、足止めしといてやるよ。」

「でも!それじゃあ、くまさんが!」

「いいから行け!!俺に仕事をさせない気か!?」

 俺は、くまさんの気迫に飲み込まれてしまう。

「あぁ!そうだ。お前は免許皆伝だ!おめでとう。」

 くまさんは、いつも通りに気ダルそうに言ってくる。

 そして、肩から下げていたカバンを下し中からショットガンとマシンガンを取り出し俺にショットガンを投げ渡す。

「それは俺からの祝いの品だ!ナイフと一緒に大切にしろよ?」

「く、くまさん・・・。」

「いいから行けって・・・。早くしないとあいつ等が集まってくるぞ!」

 俺は、それを聞いて気が付く。

 ここで話している間に俺達は危険になって行っていることを・・・。

 だから、早く父さんを連れて皆で逃げるために俺は部屋に向かうことにした。

「くまさん!直ぐに戻ってくるから、それまで死なんでや!俺はまだアンタに教わりたいことが一杯あるんや!」

 俺は、泣きながら答える。

「俺が教えれることは、もう何もねぇ~よ。たく強くなりすぎだボケ!それと泣くな!」

「直ぐに戻ってくるから!」

 俺は、そう言って走り出した。

 

「行ったか・・・」

 玄関からは、一体の闘士級と二体の兵士級が入ってくる。

「お前等か・・・。覚えてるぜ!俺はな!」

 そう言って銃口を闘士級に向ける。

「お前が、隊長の首を持って行った・・・。」

 次に、兵士級を睨みながら背中から愛刀の大型のククリナイフを取り出す。その取り出す姿は、まるで神聖な儀式を始める祭司の様だ。

「お前が仲間を食らっていきやがった・・・。」

 頭の中には、隊の皆の顔が出ては消えていく。

「俺は、仲間が全員お前等に殺されるのを見て、ビビッて戦場から逃げ出した臆病者だ。」

 ナイフをゆっくりと握りなおす。

「でもな、ここでまた大切な仲間が出来ちまった・・・。」

 憤怒に荒れ狂う心を落ち着かせ、新たな仲間の顔を思い浮かべる。

「アホな連中だけど、今の世界には必要な奴らだ・・・。」

 身体の奥底から湧き出して来るのは、仲間を守る絶対的な心の力と仇を取れる喜びの憤怒の力。

「それに、俺の初めての弟子の門出だ・・・。テメェ等には、悪ぃが綺麗な花道を作るために・・・。」

 今か今かと身体の中で暴れる2匹の獣を解き放つためにトリガーに指を掛ける。

「死んでくれや!」

 そして、許しを得た獣は解き放たれた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・父さん!!」

 俺は、息が切れるのもお構いなしで扉を空け放つ。

 すると、部屋の中には何か巨大な物がいた。

 そいつは、さっきのキノコ頭の化け物でそいつが咥えているのが父さんの腕だと気が付いた時には俺は、そいつに向かって飛びかかっていた。

「ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!」

 腰からナイフを抜いて頭から叩き切り、怯んだところをショットガンで撃ちまくった。

 実弾を撃つのは2度目だが、体が勝手に動く。

 俺は、弾が無くなるまで我武者羅に撃ちまくった。

「はぁ・・・はぁ・・・」

 冷静になってくると、目の前にはグチャグチャになった化け物が転がっていた。

俺は、それに目もくれず父さんを探す。

「父さん!父さん!!」

 部屋の中を見回すと窓際の壁に片腕の無い父さんがいた。

「・・・父さん!」

 俺は、容体を確かめるために駆け寄る。

「カズ・・・真?」

「そうやで!迎えに来たで!!さぁ、早く行こ!?」

 俺が、父さんのまだある腕の方に肩を回して持ち上げようとするが、父さんはそれを拒んだ。

「な、何するんや!早く逃げやんとさっきの奴がまたくるで!?」

 俺が連れ出そうとするが、父さんは力無く首を振る。

「僕はね。医者だよ?・・・自分がもう助からないのは知ってるさ。」

「そ、そないな事あらへん!!下の階に行けばまだ包帯とかあるやろ!?まだ助かる!やからッ!!」

 俺の叫びを聞いても父さんは、首を横に振るだけ・・・。

 その間にも、血は流れ落ちて行き、父さんの周りは血の池の様になっていく。

「和真、1つ頼まれてくれないかい?」

 父さんは、話すこと自体が苦しいようで多くを話せないでいた。

 俺は、父さんはもう助からない、だから今父さんのために出来る事をしようと自分に言い聞かす。

「後の事は頼んだよ?」

 後の事を頼む・・・。つまり、父さんの願いを俺が引き継ぐと言う事だ。

「わかった・・・、任せといて。」

 俺の了解を得て父さんは満足そうに微笑み、手元に落ちていたハンドガンを手にする。

 キノコ頭と戦闘になった際に使おうとした物だろうと俺が考えていると、父さんはその銃口を自分の頭に突き付けた。

「な、何しとんねん!!」

 俺が、止めさせようとするが父さんは泣き出しそうな声で俺に訴えかける。

「凄く痛いんだ・・・。それにあいつ等に食われながら死ぬのは、嫌なんだ・・・。」

 それは、父さんの願いだ。

 化け物に食われながら死ぬより、楽に自らの手で死ぬ。

 父さんは、その選択をした。

 俺は、そんな父さんを見ながら、逃げて来た人達に何て無責任なことを言っていたのだろうかと自己嫌悪した。

 そして、父さんの夢を引き継いだ俺は、なさねばならない・・・。

 人を救わねばならない。

 そして、死に逝く者には安らぎを持って救わねばならない・・・。

 俺は、嫌がる脳を無理やり心で押さえつけた。

 俺は、父さんの手から銃を奪い投げ捨てる。

 父さんは、俺の行動に驚いていた。

「和真・・・。何を・・・!?」

「父さん・・・。人殺しは、地獄に行ってまうねんで?」

 俺は、出来るだけ優しく話しかける。

「地獄に行ってまうと、天国に行った人とは会うことができひん。」

 子供に子守り歌を聞かせる様に優しく話しかける。

「父さんは、天国に会いたい人がおるやろ?その人に会うために・・・自殺なんてしたらあかん・・・。」

 俺の言葉を聞いて父さんは今から俺がすることを理解したようだ。

 けれど俺は、父さんには笑顔で居てほしいから・・・。

「やから、俺が父さんを会いたい人の所に連れて行ったる・・・。」

「和真・・・。まさか!?」

 父さんは、感が良いなと笑いながら俺は父さんに催眠術を掛ける。

 だが今までと違い、頭の中で波がまったく立たない湖に水滴を一滴垂らし波紋を立てるイメージが浮かぶ。

 俺は、気にせずに催眠術を掛ける。

「父さん・・・。俺の目を見て?」

 俺が、そう言うと父さんは反射的に俺の目を見てしまう。

 止めようとしてくれたんやなと父さんの優しさを思いながら父さんを導いていく。

「父さん?会いたい人が天国におるやろ?もう目の前に来てくれてるで?」

 俺が、そう言うと父さんの目から涙が溢れだす。

「ずっと・・・待っていてくれたのか?随分待たせたね、ごめんよ。そうだ、聞いてくれ息子が出来たんだ。」

 俺は、母さんと話しているんだなと思いながらも誘導していく。

 その時、頭の中の湖から腕が出てくる。

 それは、神話に出てくるような幻想的な姿だった。

 その腕は、真っ直ぐ伸びて行き、1つの小さな今にも消えてしまいそうな火の玉を優しく包んでいく。

「あぁ、他にも話したい事がたくさんあるんだ・・・。それは・・・ね・・・。」

 そして、完全に火の玉を消してしまった。

 腕が湖に戻ると、新たな滴が空から落ちてくる。

 でもそれは、初めの綺麗な滴では無く真っ黒なそれこそ地獄の底の水の様な色だった。

 父さんを見ると、父さんは笑顔のまま死んでいた。

 俺は、その笑顔を見ながら1人静かに涙を流した。

 再び父さんを見ると、父さんの胸ポケットに母さんと多恵が写っている写真があることに気が付く。

「これを、取にきたのか・・・。」

 俺は、父さんを横に寝かせ写真を抱きしめる様にさせる。

「父さん・・・。天国に行けた?俺は、もうそっちに行かれへんけど多恵とタエは行けるから、それまで母さんと仲良くな?」

 俺は、涙が流れ続けるのを気にもせずに別れの挨拶をしていく。

「それと、今まで・・・・お世話に・・・なりましたッ!」

 最後の別れをすませ、俺はくまさんの元に向かう。

 走って向かう最中俺の頭の中では、自分が何をしたのか心に刻み込む。

「俺は、最低な人間や!!」

 流れる涙は哀しみと自己嫌悪の涙。

「俺は、父さんを殺した!!家族を殺した!!」

 父さんの願いは自らの手で逝く事・・・。

 俺は、それを自己満足のために邪魔をした。

「俺は・・・、俺は、殺したくなんてなかったのに―――。」

 先程の行いを否定する言葉が自然と口からこぼれ出てしまう。

 だが、心がそれを許さないと万力で俺の脳を締め上げる。

「俺は・・・、俺は!!」

 痛みに耐えながらこの痛みを忘れる事は無いだろうと思った。

 これは罰だと理解したから・・・。

 俺は一階に走って向かう。

 だが、一階には誰もいなかった。

 あたり一面に血の跡があり、象の様な化け物一体とキノコ頭の化け物二体が死んでいた。

 そして、その化け物達の死体の中にくまさんもいた。

 俺は、くまさんの死を確認した後ネチャネチャと砂糖水の上を歩くような音を出しながら、ふらふらと外に出た。

 外に出ると目の前にまた、キノコ頭の化け物が居た。

 俺は、覚束ない足でそいつを殺すために歩く。

 手に持つショットガンは既に弾切れだが、気付かずに銃口を化け物に向け引き金を引き続ける。

 化け物が口を開け俺に飛びかかろうとした瞬間、そいつは地面と一緒に弾け飛んだ。

 俺は、仇を取られた事から怒りに染まった目を弾け飛ばした奴の方に向ける。

 そこには、アニメに出てくるようなロボットが居た。

 おそらく、タエを預けた子の両親が俺が向かった事を軍の人に伝えてくれたのだろう。

 俺が、睨みつけているとロボットの胸の部分が前に押し出され中から変な服を着た人が出てきた。

「あなた!死にたいの!?早くこっちに来なさい!!」

 俺は、反射的にショットガンを上着の中に隠す。

 軍の人はコックピットから昇降用のワイヤーを使って降りてきて俺を支え無理やりコックピットまで連れて行き俺を押し込んだ。

 軍人の人は手早く俺に救命胴衣のような物を着けそれを、色々な所から出てきたベルトで蜘蛛の巣に捕らわれた蝶のように固定した。

「しっかり、捕まっていてよ?それと気分が悪くなったら直ぐに言ってね?」

 軍の人の呼び駆けに俺は頷くと、ロボットが突然動きだす、どうやら歩いているようだ。

 軍の人は、何やら連絡を取ったり時折操縦桿らしき物を忙しなく動かしている。

 それだけで、化け物共をさっきみたいに殺しているのがわかる。

 俺は、時折此方のことを心配してくれる声を無視して只々この力が欲しいと感じていた。

 この力があれば、父さんやくまさんは死ぬことが無かった・・・。

 そう考えると、どうしようもないくらいにこの力を欲してしまう。

 どうすれば得る事ができるのか、そればかり考えていた。

 何分か動いた後ロボットは動きを止めた。

「やっと、港に着いたわよ?これが、避難用の最後の船だから急ぎなさい。」

「あの・・・、ありがとうございました。」

「良いのよ!民間人を助けるのが、軍人だからね?ほらっ!さっさと降りて避難しなさい!」

 俺は、急かされ満足に礼も言えないままロボットから降ろされた。

 港にある俺が乗る船は、日本に最初に行った船だった。

 船内には、所狭しに人がいた。

 俺は、あの頃の疑問がなんだったのか理解する。

「この船は、荷物を運ぶのじゃなく人を運ぶための船だったんだな・・・。」

 そのまま、俺の呟きは船の汽笛に掻き消され船は動きだした。

 船内では、皆疲れた顔をしており中には泣いている者もいた。

 そんな人達の中で俺は壁に背中を預け見上げる、そこには、所々汚れた天上しか無い。

 その汚れを眺めていると、段々と世界地図のように見えてきてその汚れた箇所が、BETAに蹂躙された箇所とそうでない所を明確に分けている様に見えてくる。

 俺は、今から汚れが無い綺麗な大地に立つことができると全身の力を抜いていく。

 そう俺は、安心し喜んでいた。

 助かった・・・と、そこで自分が何を考えているのか、理解できなくなる。

 俺は、1人だけ助かって安心していたのか?

 父さんを殺し、くまさんも見殺しにして、それでも俺が助かったのが嬉しかったのか?

 俺は、そんな考えを一瞬でもしてしまった自分自身の醜さに心の底から絶望していく。

 その感情が、俺を汚れが無い綺麗な天上を眺める事を許さないと首を無理やり垂れさせ床を見させる。

 床には汚れしか無く綺麗な箇所などどこにも無かった。

 それが、これからの世界を暗示しているようで、暗い感情が俺の心を支配していった。

 

 その時、タエの鳴声が聞こえ顔を上げると俺の前にタエがいた。

 どうやら、無事にあの家族と共に避難できていたようだ。

 俺は、タエをそっと抱き上げ抱きしめる。

 この温もりを手放したくない、俺を助けて欲しい、そう心の中で懺悔しながら抱きしめる。

「・・・ごめん、ごめんな・・・タエ、ごめんな・・・ッ。」

 俺は、唯ひたすらに泣きながら謝り続けることしかできなかった。

 



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 俺とタエは今はオーストラリアに居る。

 俺達が乗っていた船は最も難民の数が多く。

 どこも受け入れを拒否し最終的にオーストラリアに行きついた。

 オーストラリアは、BETAの脅威がまったく無い大陸で楽園なんて言われたりするらしいが実の所は、白豪主義であり難民を奴隷扱いすることで問題となっている国である。

 俺は、何も考える事が出来ずにふらふらと誘導されるまま難民キャンプに押し込められた。

 難民キャンプは、1つの町の様になっており町には市場がありそこで少ない食糧を買う事も少し脇道に逸れて闇市で軍から流れてきた武器弾薬などを買う事もできる。

 だが、そこに売っている物を仕事が無い難民が買う事なんてできない。

 そのため、難民キャンプは半歓楽街になっており炊き出しに来た軍人に体を売ったりして金を稼いでいる。

 だが、大多数は、オーストラリアに対して忠誠を誓い軍に入る者が殆どだ。

なぜ少数でも歓楽街で働いている人がいるのかと言うと、軍に入ると難民で構成された部隊は優先的に前線へと送られるからである。

 折角BETAから逃げ切れたのに、また地獄に戻るのは嫌だと言うのが理由だ。

そんな中で俺は、毎日炊き出しに顔を出さず残飯を漁りその日暮らしを続けていた。

 タエもそんな俺の傍にいつも居てくれている。

 今日も俺は、残飯を探しに住処にしているボロ小屋から出て行く。

 タエは目立つので、上着で隠しながら抱いている。

 形見のナイフは腰にショットガンは、背中に隠している。

 いつも残飯を漁る場所に来るが今日は無いらしい、我慢して明日来ても良いが今日の空腹はいつもより辛い。

 俺は、他の場所も見に行くことにした。

 次の場所まで歩いていると、路地裏から何か叫び声のようなものが聞こえるが、何を言い合っているのか解らない。

 関わるのも後々面倒になると思い先に行こうとするが、タエがそれを許さなかった。

 俺は、タエに余計なことはするな!と目で訴えるがタエは俺の腕から飛び降り声のした方に走って行く。

 俺は、呼び止めようとするが声がでない。あれから一言も声を出していなかった俺の体はいきなり声を出そうとしたせいで驚いているようだ。

 俺は、呼び止める事ができないことに苛立ちながらタエを追いかける。

 そこには、今にもタエを蹴り飛ばそうとしている男が目に入った。

 その光景を見た瞬間に頭の中で色々な思い出が紙芝居のように出ては消えて行く。

 最後に見たのは、「後の事は頼んだよ」と言った父さんの姿……。

 その事を思い出した俺は、1秒前の俺を殴りたくなる。

 俺は、何て言われた!!後は頼むと言われ任せとけと言ったはずだ!!父さんの夢は人を救うことだ!俺が託された夢だ!!この夢は果たさなければならない!BETAから人々を救わなければならない!こんな所で時間を潰している暇は無い!

 

 そして……。

 

「お前等、誰の家族を蹴ろうとしていた?」

 もう家族を傷つけさせはしない!!

 タエと男の間に割り込み男の蹴りを自分の足で受け止める。

 5人いる男達は、何か喚いているが言葉が解らない。

 俺は、タエを抱き上げ近くで座り込んでいた女に預ける。

 そして、5人の男相手に殴り合いを始めた。

 俺が正気に戻ると周りには倒れている男達がいた。

 俺は、急いで安否を確認し全員が無事であることを確認するとその場に座り込む。

 俺が、息を整えているとタエが俺の胸元に飛び込んで来て頬ずりをする。

「タエ待たせて悪かった……、ただいま。」

 今までの俺は、俺じゃ無かった。

 それをタエに教えて貰った、その感謝を込めてタエを優しく撫でる。

 そんな時後ろから声が掛かる。

「助けて下さって、ありがとうございます。」

 俺に話掛けてきたのは、綺麗な長い銀髪をカールさせている。

 俺よりも年上だろう女性だった。

「日本語……。話せるの?」

「勉強させられたからね……。」

 そう言うと少し辛そうな顔をする。

 俺は、何か拙い事を聞いてしまったのかと心配したがその必要は無かった。

「ねぇねぇ!君強いね!?どこで強くなったの?もしかして軍人?」

 いきなりのハイテンションに俺は着いて行けずに狼狽してしまう。

 その時、路地裏の入り口の前に車が止まり中から大男が飛び出してくる。

「リリア!!」

「ザウル!!」

 お互い名前を呼び合いながら抱き締めあう、どうやら知り合いの様だ。

 どうでもいいことだが、目の前でイチャイチャしないでほしい。

「君達に言われたく無いなぁ~?」

 リリアは、俺とタエを見てそう言う。

 俺は口に出していたか?と疑問に感じていた。

「大丈夫!口に出して無かったよ!?」

 リリアが慰めてくれるが、俺はさらに違和感を感じた。

 その様子を見ていた大男……、ザウルと呼ばれた男が俺に近づいてくる。

 俺は、咄嗟に攻撃の姿勢を取るが男はお構い無しに近づいてきて俺を抱きしめた。

「……は?」

 俺は、いきなりの事に頭の中がパニクってしまう。

「リリアから聞いた!君が彼女を助けてくれたらしいね!ありがとう!」

「声がデカイんだよ!耳が痛い!?」

「あぁ!すまなかった!!私は、ザウル・カザコフ大尉だ!君の名前を聞いても良いかな?」

「築地和真だ。良いから離せ!抱き着くな!!」

「ハッハッハッハッハッ!照れなくても良いよ?」

「照れてねぇよ!」

 ザウルは笑いながらも解放してくれた。

 俺とザウルに挟まれていたタエはゲンナリとしている。

「おや?もうこんな時間か……。じゃあな少年!!また会おう!!」

 ザウルはデカイ声のまま車に乗り込む。

 リリアもそれについていく、車に乗る前にリリアはもう一度「ありがとう!!」と笑顔で手を振ってそのまま車に乗り込んだ。

 

 俺は、ボロ小屋に帰る道中でタエに話し掛ける。

「タエ……、俺明日から軍に行こうと思うねんけど良いかな?多分それが、俺の為すべきことの一番の近道になると思うねん……。タエはついてきてくれるか?」

 俺がそう聞くとタエは俺に頭を擦り付けてくる。

 俺にはその行為が了承してくれたのだと思い。

「ありがとうな……」と感謝の言葉を口にした。

 

 車の中でザウルは運転席にリリアは助手席に座り、難民キャンプとは違い綺麗に舗装された道路を車で走る。

 ザウルは、上機嫌なリリアに話し掛ける。

「随分期限が良いな、リリア?」

「もう……。解ってるくせに♪」

「確かにな……。」

「見つけた!見つけたよ、ザウル♪私達の仲間になってくれるかもしれない人を!」

「あぁ、だから彼には発信機をつけさせてもらったさ。俺達の仲間になってもらうためにな……。」

「さすがだね、ザウル!」

 そう言われたザウルは、眉を寄せる。

「……彼は、壊れているのか?」

 ザウルの問いにリリアは顔を一瞬伏せるがすぐにザウルに目を向ける。

「……大丈夫だよ。まだ、壊れていない。それに壊れてしまっても彼なら乗り越えられるよ!」

「お前がそう言うならそうなのだろうな……」

 ザウルは彼のこれからを案じながらも、我々大人が不甲斐無いばかりにと、愚痴を零しながらアクセルを強く踏み車の速度を上げた。

 

 朝俺が目を覚ますといつも傍にいるタエがいなかった。

 部屋の中を見回してもいない、そもそも家具事態無いボロ小屋に隠れる場所など無い。

 俺は、不安に駆られ急いでナイフを腰に銃を背中に入れ外に飛び出す。

 すると、外にはタエと遊んでいるリリアとその光景を眺めているザウルがいた。

「なんで、お前達がここに居る?」

 俺は、すべての可能性を瞬時に考えるがどれも可能性が低いことばかりで、相手の考えが解らないことから、一気にすべての筋肉を起き上がらせ臨戦態勢を取る。

そんな俺を見てザウルは苦笑いを浮かべる。

「そんなに警戒しないでくれ……。まずは、いきなり押しかけた事を謝るよ!それと、君の居所が分かったのはそれの御蔭さ!」

 相変わらず声がデカイなと思いながらもザウルが指指す所を見ると、何かが付いていた。良く見なければ虫と間違えてしまいそうな小さな物だ。

「発信機か?」

「そうさ!」

「で、こんな物を着けてまで俺に何のようだ?」

「君をスカウトしに来た!!」

「スカウト?」

「そうだ!!君は、世界を変えたくないか!?人々を救いたくないか!?」

 俺は、タイミングのよさに警戒しながら話す。

「お前と行けば力をくれるのか?BETAから人を救うための力を……」

 俺の問いかけにザウルは深く頷く。

「あぁ!君に力を上げるよ!!ただし、君は力を得る代わりにすべてを失うことになる。」

「どう言う事だ?」

「今はまだ話せない、1つ言える事は、今の世界ではBETAを滅ぼしても変わらないと言うことさ……。人類はその銃口をBETAでは無く人に対して向ける様になる。」

「それは、人間同士の戦争が始まると言うことか?」

「今のままならね……。それに、そもそもBETAに勝つことが出来ない!」

「人類を1つにするために、外道になれと?」

「まだ、可能性の話だけどね?世界がどうなるのかまだ解らない……。」

 俺は、ザウルの顔を見る嘘を言っている様には見えない。

 それに、軍に入っても力を得る事が出来るとは限らないし、なによりコイツは人間同士の殺し合いを止める術を持っている。

 なら、俺の答えは決まっている。

「俺は、もう外道だ。なら……、今さら外道になる事を恐れたりしない。人を救う事が出来るなら、その力をくれるなら俺はお前達とその道を進むよ」

「そうか……。歓迎する!行こうか?」

 車に乗り込む時に俺の装備を見たザウルは少し驚いた様子で「物々しい姿で出てくるね」と言ったが、「形見だ」と言うと理解してくれた。

 俺達が、着いたのはアホ程でかいビルが目の前に立ちその周辺が軍の基地になっている場所だった。

 俺が驚いているとザウルとリリアは悪戯が成功したみたいな顔をして、演技がかった口調で言った。

「「ようこそ!国連太平洋方面第9軍 ケアンズ基地へ!!そしてここが食品会社ネフレだ!!」」

「食品会社!?」

 俺の叫びを他所にリリアが背を押す。

「まぁまぁ!細かいことは後から後から♪」

「あ、オイ!」

 俺は、会社の中に押し込まれて行った。

 社内は、高級ホテルの様だ。

 俺は、難民キャンプでの生活を思い出し皮肉を込めて言う。

「随分と良い所で働いているんだな?」

 するとリリアは事も無げに言う。

「各国家や企業のお偉い人達を招くのだから見栄は必要でしょ?」

 俺は、その答えに無言で返した。

 俺達はそのままエレベーターに乗り込む。

 すると、ザウルはカードの様な物をボタンの下にある隙間に差し込んだ。

 すると、エレベーターは地下に向かって動き出す。

「地下に行くボタンなんて無かったが?」

「今から行くのは選ばれた人しか行けない所さ!つまり秘密基地みたいなものだよ!!」

 エレベーターが止まり扉が開く、その先にあった部屋はすべての壁が真っ白に塗装された取り調べ室の様な場所だ。

 実際取り調べ室なのだろう。

 その広い部屋の真ん中には、机がありその先には、もう1つ扉があった。

 俺達が机のイスに座ると奥の扉から1人の男が入ってくる。

「やぁやぁ!君が、和真君だね?」

 その男は、綺麗な金髪を肩で切り揃えた胡散臭そうな奴であった。

「あんたは?」

「私の名は、レオ・ネフレこの会社の社長をやらせて貰っている。」

 レオは、自己紹介をしながら俺の前の席に座る。

「さて……。和真君、君はこの世界をどう思う?」

 いきなりで訳が分からなかったが、素直な意見を言う事にした。

「終わりを迎える寸前かな?」

「どうしてそう思う?」

「人類はBETAに滅ぼされかけている。そしてこれはザウルから聞いた事だが、人類は滅ぼされかけているのに1つになることが出来ずにいる。このまま行ったら何れBETAに絶滅させられるか、仮に勝てたとしても人類に先は無いと思うから……。」

「ふむ。君は、この世界を理解しているのかな?」

理解なんてできているはずが無い、俺は世界を自分の目で見た訳じゃないのだから。

「理解なんてしてないさ。した気になっているだけだ。」

「そうか。じゃあ、解りやすく今の世界の形だけの協力関係を教えてあげよう。」

 レオは、腕を組み直し教師の様に話始める。

「良いかい?まずとある学校にA君とB君がいるとしよう。

A君とB君はいじめっ子から自分の身を守るために協力しようと握手をしているんだ。

でも、A君はいじめっ子とは教室が違うから虐められる可能性が低い、しかも頭が良いからB君を盾にして逃げることもできる。

その事を知っているB君は、盾にされても大丈夫なようにいじめっ子に勝つために体を鍛えている。それを知ったA君は自分が殴られるかもしれないと武器を手に持ち出した。

これで、いじめっ子をこらしめよう!とB君にいってね?でもB君は、その武器が自分に向けられるかもしれないと心配になる。

ここで、お互いが疑心暗鬼になりながらもお互いに自分の身を守るために、手を繋いでいるんだ。いじめっ子に見せつけるためにね。

でも、もしいじめっ子が転向していなくなったら?A君とB君はこう思うはずさ{次はコイツが僕を虐めるに違いない!}てね。

学校の中でもいじめっ子の次に強いA君とB君がケンカなんてしだしたら学校中が大混乱だ。けれど、実際はいじめっ子は転向なんてしないからお互いに握手したまま……。

これが、世界の形だ。理解できたかい?」

「何となくだけどな……。で、お前達の立場は?」

「私達は教師かな。A君が虐められたら助けに行き、B君が虐められたら助けに行く。そして、A君とB君がケンカを始めたら体罰込みで指導をする。そんな立場さ。」

「体罰ね……。だから、ザウルは外道になるかも知れないと言ったのか」

「まだ、もしもの話だけどね。A君とB君がケンカをしなければ良いだけだ。」

「それにしても教師か……。世界の支配者にでもなったつもりか?」

俺の問いかけにキョトンとした顔をレオはした。

「何を言っているんだ?学校の支配者はPTAだろ?」

「……そう言うことか。」

つまり、こいつらのバックには別の組織がいるという事か。

 俺、何だか悪の組織に入る気分だ。

 嫌、今は悪の組織になる前の組織か。

「それでは和真君、面接を始めよう!この学校には覚悟の無い人間はいらないのでね?単刀直入に聞くよ?君はその手を赤く染めて外道と悪魔と呼ばれようとも人類のために働く気はあるかい?」

 そんな物、父さんの遺言を思い出した時からできている。

 救いきってみせるさ、人を!例え悪魔と契約したって構わない!この身はすでに地獄に行くことが決まっているのだから。

「あります。この身はすでに外道ですが、人を救えるなら悪魔にだってなってみせます。それにまだどの生徒もケンカを初めていない、なら体罰をする必要が無い、それとまずはいじめっ子からどうにかしないといけないでしょ?」

 俺の答えにレオは満足そうに頷き、ザウルとリリアを見る。

 リリアが頷くとレオは声を張り上げた。

「よろしい!その通りだ!私達が悪魔になるかは世界が決めることだ。そして、 我々が為すべき事はBETAから人々を救うことだ。最後に、これから私達は常にBETAと戦うことになる。楽に死ねる可能性が極めて少ないが構わないかい?」

「当然」

「愚問だったね!よし、君は採用だ。これからよろしく頼むよ!」

「こちらこそ!」

 俺が、返事を返すとレオは椅子から立ち上がり奥の扉に向かう。

「良し、着いてきたまえ!!」

 俺達は、レオの後を着いて行く。

 俺達が来た別の部屋では整備員が忙しなく動いている。

 俺は、レオの後をさらについていくとゲームセンターに置いてあるような大型筐体があった。

「さて和真君!この服を着てこれに乗りたまえ!」

 渡された服はどう見ても、全身タイツでしかもスケスケだった。

「オイ!これを着るのか?」

「そうだよ?これは、衛士強化装備といってね。まぁ、万能なパイロットスーツだと思ってくれ。着方は説明書が一緒に入っているから、それを見て頼むよ?更衣室は奥にあるから。じゃ、私はこれから用事があるのでこれでお暇するよ!ザウル、結果報告頼むよ!」

「了解!」

 そう言い残しどこかに行ったレオを眺めていると、ザウルとリリアが話しかけてくる。

「このテストで合格すれば衛士になれる!頑張れよ!」

「応援してるね!」

 

 更衣室で着替えてみたは良い物の、鏡で今の自分を見てみると吐き気が込み上げてくる。

「こんなスケスケ、男に着せてどうすんねん。作った奴は変態か?」

 もうそんな事を言っても後の祭り、どうでもいい羞恥心は頭から追い出しテストに向けて集中する。

 神経を研ぎ澄まし、周りの音や光をシャットダウンし自分の中の世界にのみ意識を向ける。

 心臓のリズム良い音が俺を落ち着かせる。

 そして、音と光を取戻し外の世界に帰還する。

 

……もう準備はできた。

 

「よし、行くか!」

 俺は、着替えを済ませ戻ってきた。

 タエはリリアの頭の上にいる。

「準備はできたか!?本当は、色々と訓練してからこのテストをするのだが君は軍の者から訓練を受けていただろ!?さぁ、乗りなさい!!あぁ、それと気分が悪くなったらこのエチケット袋を使いなさい!」

 俺は言われた通りに乗り込み座って待つ。

 すると、突然目の前の景色が変わる。

「うわっ!」

「落ち着け!それは、網膜投影システムと言う奴だ!戦術機に乗ると外の映像などを見せてくれる便利なシステムだ!君は、ただ座っているだけで良い!勝手に後は機械がやってくれる!それでは、戦術機適性試験を始める!」

 ザウルが言った瞬間、筐体と映像が連動して動き本当に戦術機に乗っている気分になってくる。

 だが、たしかに少し気分が悪くなるが吐く程ではない。

 精々、ジェットコースターと3D映画が合体した程度の物だった。

 テストが終わり筐体から出ると、ザウルとリリアは驚いていた。

「気分、悪くないの?」

「少し悪いが問題無いレベルだ。」

「少し驚いたが、これも1つの才能だな!」

「で、結果は?」

「合格だ!」

 俺は内心で小躍りしそうな程喜んでいたが、隠しきれずに顔がニヤけていた。

ザウルとリリアは微笑みながら共に喜んでくれる。

「それでは、和真これからよろしく頼むよ!」

「よろしく~!」

「こちらこそ、よろしくお願いします。リリア、ザウル!」

「話し方が変わったな?」

「本当だ!」

「これから、この部隊に所属することになるのですから当然だと思います。」

「確かにその通りだが私達は気にしない!このメンバーといる間は普段通りで構わない!

では、祝いの抱擁をしてやろう!」

 ザウルは、一瞬で俺の目の前に現れ俺を抱き上げる。

「わっ!ちょ!」

「あぁ~!ザウルずる~い!私も~!」

 リリアが、背中から抱き着く。

「やめて~!」

「「照れるな照れるな!!」」

「照れてない!!」

 俺が、もがいているとザウルとリリアが俺の匂いを嗅ぎだした。

「な、なんですか!?」

「少し臭うな!」

「和真!シャワー浴びてないの?」

「キャンプにいる間はシャワーなんか浴びれませんよ!臭うのは仕方ないでしょ?」

「でわ、浴びに行くとしよう!」

「へ?」

「タエもキレイキレイしようね~!」

 タエはリリアに連れて行かれた。

「よし!俺達も行こうか!!」

「待って~~!!」

 俺は、問答無用で連れて行かれた。

 シャワー室ではザウルが嫌がる俺の頭を笑いながら洗ってくれた。

 俺は、その時に父さんと風呂に入った時の事を思い出し涙を流したがザウルは笑いながら見て見ぬ振りをしてくれていた。

 どうでもいい事だが、ザウルの男の象徴はプレシオサウルス級だった。

 俺達が、サッパリしてシャワー室から出てリリアと合流し話をしているとレオがやってきた。

「おめでとう!和真君、君にプレゼントがあるんだ!ついてきてくれ」

 ザウルは、いつの間にかレオに合格した事を伝えていたようだ。

 俺は大方予想がついていたので、逸る気持ちを抑えながら着いていく。

 次に連れて行かれた場所には列車があり、それに乗って進んで行き止まった場所からさらにエレベーターで下るとさっきまで居た場所よりも大きい格納庫だった。

 俺達は格納庫を進んで行くと、ハンガーが何機かありそれぞれに巨人がいる。

 その中に他のよりも整備員が忙しなく動き回っている2機のハンガーがあった。

「これは?」

 片方は、頭の先に耳の様な物がついていて、もう片方は蜘蛛の目の様になっている。

 レオは、蜘蛛目の方に俺を誘導する。

「これが、君の戦術機!殲撃10型だ。」

 俺は、等々見つけた俺の力を前に歓喜の震えを止めることができない。

「コイツが俺の力……。」

 レオは両手を広げ、舞台の役者の様に声を張り上げる。

「この殲撃10型は、表立ってネフレがライセンス生産しているF-16を統一中華戦線から改良技術を買い一部ライセンス生産で作った訳だが、統一中華戦線で作られている物とは、訳が違ってね!なんと、最新の技術が一部使われているんだ!だから、コイツは2.5世代機と言っても過言ではないよ!!そして、拡張性に乏しい機体だけれど、出来る範囲で君色に染め上げて上げよう!!」

俺は、この力を早く自分の物にしたいと逸る気持ちを抑えきれずにレオに詰め寄る。

「今から乗らせてくれるのですか!?」

 レオはそんな俺に、後ずさりながら答える。

「準備がまだ整っていないんだ。明日には、乗れるからね?そんな事より、新たな仲間が出来たんだ。パーティーをしないといけないだろ!?そうと決まれば、さっそくPXに行くとしよう!!」

「「お~~!!」」

 ザウルとリリアはノリノリのまま俺を拉致していった。

 PXは、地上にあり学校の食堂を大きくした感じだ。

 窓から外を見ると真っ暗で時計を見ると深夜になっていた。

「ここは、国連所属のPXでね。ご飯を食べる場合はここを使うと良いよ。」

「つまり、ここは国連の基地?会社では無く?」

「電車に乗ったろ?」

 なんと、国連の基地の地下に工場を作っていた。

 そんな事をしていいのかと思うが、この男ならやりかねないと思えてしまう。

「あぁ、国連軍の基地と言ってもここを使うのは、ネフレ所属の者ばかりだから安心するといいよ!」

「社長!そろそろ始めよう!」

「そうだ!そうだ~!」

 ザウルとリリアが痺れを切らし騒ぎ始めた。

「それでは、始めるとしよう!その前に、和真君にはこれを渡しておくよ」

 手渡されたのは、一枚のカードだった。

「それがあれば、さっきの所にも行ける。あそこ以外に行ける場所は部屋にあるパソコンで確認してくれ、部屋には後でザウル達に案内させるからね?」

「はい!ありがとうございます!」

「堅苦しいね?公の場では、それで構わないがこのメンバーの時は普段通りで構わないよ!」

「わかったよ。社長!」

「よろしい!では、パーティーを始めよう!!」

 そこからは、辛かった……。

 どこからか酒を出してきたレオにより酔ったザウルに抱き締められ落とされそうになり、リリアは凄く色っぽくなるし、レオは完全に壊れていた。

 それと、俺は下戸である事が判明した。

 それでも、酒を飲ませてくるので吐き死にそうになった。

 パーティーが終わる頃には、皆酔い潰れていた。

 ザウルは、頭から空のバケツに頭を突っ込んで寝ており。

 リリアは、そんなザウルに四文字固めを駆けて寝ている。

 レオは、酒瓶を抱きしめ寝ており時折キスさえしている。

 俺は、そんな皆に毛布を掛けてその場を後にする。

 向かう先は格納庫、部屋の中は最低限の明かりしか無く俺の息遣いと足音だけが響き渡り不気味さを際立たせる。

 その中でもライトアップされた目的の物は威風堂々と立ったまま目覚める時を待っていた。

 その姿を見た俺は幻視する。

 コイツと共にBETA共を倒し世界が平和になり皆が笑う姿を。

 ……でもその中に、父さんやくまさんが居るのに気が付くと一気に現実の世界に引きずり出された。

「ホンマに嫌になるな。夢くらい見させてくれや……。」

 もう見ることが出来ない、実現することが出来ない夢を抱きながら愛機の足元に近づいて行く。

「もう会う事ができひんけど……。そっちには行かれへんけど……。例えこの身が地獄に落ちようとも救える人は居るはずやから……」

 佇む自分の愛機になる殲撃10型を見上げながら縋り付くように手を当て、この世界に来てからの経験を振り返りながら忘れるか、忘れてたまるかと自分に言い聞かせ自分に……嫌、世界に宣誓するかのように心の中で呟いていく。

 

 いきなり知らない場所に来てしまって、泣きながら絶望した……。

 この世界は自分の元居た世界とは違うことを知って、二度と家族に会えないと泣きながら絶望した……。

 化物の姿を見て、ただ脅えることしかできない自分の無力さに泣きながら絶望した……。

 くまさんが死ぬことをわかっていたはずなのに止めることができない自分に泣きながら絶望した……。

 父さんを殺すことしかできない自分に泣きながら絶望した……。

 父さんを殺したくせに、生き残れたことに安心している自分がいることに絶望した……。

 絶望しつくしたのにそれでも、ただ流されるままにしか生きていけない自分に絶望した……。

 

 すべての絶望を経験したと思っていても、この世界ではほんの一部でしかなくて、自分は何もできず何もなせずこのまま心も体も腐って死んでいくのだと思っていた。

 

 でも、手に入れた……力を

 

 絶望しか無いこの世界で唯一の力を……

 

「──────だから」




最後の「だから」のセリフは、笑いながら力に酔いしれる中で口から漏れ出た言葉、そんな感じです。

完全にオリジナルキャラ、オリジナル組織を登場させました。
これから、色々なキャラと主人公が出会っていくことになると思います。
これからも、よろしくお願いします。

リリアですが、クロニクルに登場するリリア・シェルベリとは別人です。


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五六 和真

1998年3月

 

 俺が今いる場所は、国連太平洋方面第9軍ケアンズ基地ネフレ社野外訓練場である。

 演習場は3か所ありその一つの荒れ果て廃墟と化した市街地を再現した演習場である。

 ここには、平和な頃の光州の様な人の息吹が感じられず、BETA共が来た時の町と雰囲気が似ている。

 その空気を再現しているのは解るが、気持ちの良いものでは無い。

 ここに、来る度にあの頃を思い出してしまう。

 けれど、今の俺にはあの頃無かった力がある。

 俺はその力を逃がさないために、もう何度目になるのか解らない数の操縦桿の握りしめ直しと着座位置の調整を行っていた。

「すぅ……はぁ~。」

 俺は、深呼吸するが密閉されたコックピット内ではいくら深呼吸しようとも同じ空気が肺の中に入ってくるだけで、気持ちの切り替えが出来るはずが無い。

「ふぅ……。」

 今度は首を回しながら溜息を零し気持ちを切り替えようとするが、濃度の濃い二酸化炭素と鬱陶しい気持ちがミックスされた物しか出てこなかった。

 しかも、戦術機の首も一緒に動いたようだ。

 俺は、その事が面白く1人でニヤけていた。その時、わざわざザウルとリリアが通信で話駆けてくる。

「こちらトイ1!トイ3落ち着かないようだな?愛しの子猫ちゃんといられないのがそんなに辛いか!?」

「こちらトイ2~!あのモフモフは体験しないと解らないよ?いつまでも、抱きしめていたい位気持ちが良いんだよ!」

「トイ2……。タエが許している内は良いですが、過度にはしないでくださいね?それと、トイ1タエは子猫なんて歳じゃないですよ。」

「むッ!そうなのか……。何なに甘え上手なのに子猫じゃないのか……。」

 俺は、その発言にピンとくる。

「あんたか!?最近タエが丸くなってきた原因は!体調管理をしているこっちの身にもなってください!!」

「すまんすまん!でも、おねだりが上手なタエもいけないと思うぞ?あんな事をされては、ついついお菓子を上げたくなるじゃないか!」

「なるじゃないか~!」

「トイ2あなたもですか!?」

 ふざけ合っている内に先ほどまでの嫌な空気は姿を完全に消していた。

 俺は、気を回し過ぎだと思いながらも素直な気持ちを伝える。

「こちらトイ3、気分が落ち着きました。……感謝します!」

「「どういたしまして!!」」

 まったく、俺はあの人達からしてみればいつまでたっても新任少尉のままなのかな……。

 俺は、殲撃10型を紹介された次の日、今後世話になる人達の紹介もされた。

 戦術機の操縦や必要な勉学それにザウルとリリアの秘密も教えられた。

 そして、少尉になることもできた。

 戦術機の操縦も、ザウルとリリアに教え込まれたので自信がある。

 それでも、落ち着くことが出来ない。

 そんな事を考えているとCPから、通信が入る。

「これより、オーストラリア海軍との演習を始めます。」

 ――――――来た!!

 今回の合同訓練最後になるエレメントでの対人戦闘演習。

 あっちは二機ともF-18ホーネット、F-15イーグルに次ぐ性能を持っておりしかも乗っているのがエース級らしい、勝てる見込みは低いがそれは俺が1人で愛機がただの殲撃10型ならの話だ。

「カウント始めます。5・4・3・2・1演習開始!」

「良いか?トイ3、今回俺達は援護に徹する。好きにやってみろ!!」

「頑張ってね!」

「トイ3、了解!」

 俺は、一気に市街地中央の大通りに出て加速し相手に接近しようとする。が、敵の一機が遠くに聳え立つビルの中間の位置から狙撃をしてくる。

 俺は、真正面なのもあり回避するためにビルの陰に隠れるが、隠れたと同時に壁の一部が赤い塗料の色に染まる。

「うわッ!あの距離からここまで正確に狙撃出来るんかい!」

 考える暇も与えて貰えずコックピット内にアラートが鳴り響く。

「ロックオンされた!?くそ!」

 俺は、再び大通りに飛び出すと残りの一機が上空から突撃砲を撃ってくる。

 大通りに再び飛び出した俺は、狙撃手がいるポイントに真っ直ぐ全速で突っ込む。

 後ろには、突撃砲を逃げ道を塞ぐようにばら撒く敵、前には正確にこちらを狙う 狙撃手、退路は塞がれたように見えるがこの状況は織り込み済みである。

 前方の敵から銃弾が放たれる。

 まだ……。

 後方の敵が突撃砲を二丁にして撃ってくる。

 我慢しろ……。

 左手に持っていた突撃砲が後方からの射撃で被弾、後ろの敵に当たる様に投げ捨てるが躱される。

 耐えろ……。

 俺の取柄の危機回避と空間把握の力に全神経を使う。

 もう少し……。

 前方からの一発の銃弾が目の前に来るのを感じる。

「今!!」

 俺は、左肩のスラスターを全開で噴射し大通り右側のビル群に突っ込む。

 俺を狙って放たれた銃弾は俺の後方を追いかけていた敵に向かっていくがそれを急速下降することで躱す。

 俺は、ビル群に突っ込む前に跳躍ユニットを前面に向けビル群に右脚の足底面で踏みしめビルを削りながら急減速し、ビルを足場に片足で後方に宙返りする。

 宙返りしている一瞬の間に後方にいた敵が地面に足を付けていることを確認し、右肩のブレードマウントに固定されていた77式近接長刀を手に取る。

 そして、敵の後ろに急降下しながら刀を振り下ろす、その瞬間敵の大破判定が画面に出てくる。

 だが、俺が一瞬気を抜いた瞬間に一気に全身の筋肉が警報を鳴らす。

 俺は、それに従い後方に跳躍をするが右足を撃ち抜かれてしまい右側に転倒してしまう。

「グゥ、まだまだぁ!!」

 俺は、背部左側のガンマウントから突撃砲を手に取り狙撃手に撃つが敵が動き回るので当たらない。

 俺の反撃空しく敵が俺を撃とうとした瞬間、俺の上を猛スピードで飛んで行くブラーミャリサ、ザウルとリリアが乗る戦術機だ。

 そのまま真っ直ぐ同じ戦術機とは思えない速さで突き進んでいく。

 狙撃手が慌てて銃口を向け撃つがそれを体を捻る事で難なく躱し、逆に突撃砲で打ち抜く。

 その時、CPから通信が入る。

「敵ホーネット大破認定!演習を終了します。」

 何とか勝ことは出来たが、結局助けられる羽目になり俺は余り勝利の余韻に浸る事は出来なかった。

 演習が終わった俺達は、地上の格納庫に来ている。

 ここから、大型のエレベーターを使い地下に運び込むのだ。

「はぁ……。」

「浮かない顔だな!?和真!!」

 ザウルが俺の肩に手を置きながら話掛けて来た。

「一人で勝てなかったですからね……。」

「オイオイ!相手は、エース級の腕前だぞ!今回は教導の形を向こうは取ってくれていたが、それでも一機落とせただけでも凄いことだぞ!!」

 手を抜いてアレなのかと俺はさらに肩を落とした。

「和真~、ザウル~!」

 リリアが格納庫の外から走ってきた。

「兄貴が呼んでるよ!完成したんだって!」

「もうできたのですか!?流石に早すぎると思いますが……。」

「それが出来るのがネフレだよ!」

 俺は、この会社は本当に怖いなと思いながらも地下の格納庫に向かった。

 俺が、格納庫を進んでいると見知った顔を見つける。

「兄貴!完成したんだって?お疲れ様!」

「オウ!和坊、お前に言われたご要望通りだぜ?まったく無茶な要求をしてくれるぜ!」

 この俺が、兄貴と呼び慕う人は俺達の戦術機の機付長であり、整備兵のまとめ役でもあり戦術電子整備兵の変わりもして貰っている。

 それと、新型の開発主任もしてくれている万能な人だ。

 ここに来る前は、米国企業ノースロックで働いていたそうだ。

「兄貴は本社にいなくて良かったの?」

「今日か明日中にとんぼ返りだよ!ったく、人使いが荒い会社だぜ!!」

 そう言う兄貴は笑顔だ。本当に仕事が好きな人なのだなと俺は思った。

「それより、社長に和坊を連れて来いと言われていてな待たせるのも悪い、急ぐぞ!」

「おう!」

 格納庫のさらに奥にある社長室まで俺達は走って行った。

 兄貴は俺を社長室に送ると格納庫に戻って行った。

「築地和真少尉!只今参りました!」

「……入れ」

「失礼します!」

 俺が、部屋の中に入るとレオが皮で出来た高級そうなイスに座り待っていた。

「何、碇ゲンドウ見たいな座り方してるんですか……。」

「碇ゲンドウ?誰だいその人は?」

「いえ、こっちの話です。それより、前から言いたかったのですが何故イスは高級そうなのに机は安っぽいのですか?」

「これはね!私の拘りだよ!良いイスに座ってると心が落ち着き仕事が捗る。机なんてただの物置だよ!」

 そんな事はないと思うが、本人がそれで良いなら良いのだろう。

「それより、和真少尉。」

 俺は、レオが空気を変えた事を悟り佇まいを正す。

「はっ!」

「今回の演習結果は先ほど見せて貰った。戦術機に乗って間もない君にとっては好成績だろう、エースを1人落とせたのだから……。だが君は我々ネフレの計画に必要なテストパイロットであり私の部隊、Toy・Boxの衛士だ。この程度で満足していられては困る、解っているね?」

「はっ!」

「よろしい……。それより、築地和真少尉、死んでくれないか?」

 俺は、社長が言った意味が解らずパニックになりそうな脳内を無理やり抑え込み聞き返す。

「それは……何故でしょうか?」

 俺の動揺を感じたのか社長が言い直す。

「君が考えている様なことじゃない。築地和真、戸籍は日本、父に築地三郎妹に築地多恵を持つ17歳の男・・・。間違い無いね?」

「……はい」

 俺の過去の事について社長は知っている。俺がここに来たその日に……。

 それはリリアの力が関係している。

 リリアはオルタネイティブ3計画で作られた人口ESP発現体であり、その能力は画や色で相手の思考を読む力だ。

 あの頃の俺は、力を欲し過去の事ばかり考えていた。

 だから、リリアはすべて知っておりリリアから聞いたレオも知っている。

「死んで貰うと言ったのは、築地和真に対してだ。まぁ、もう死んでいるのだが……。」

「……どう言うことですか?」

「築地和真は光州で死んだ事になっているということさ。BETAが来る前にね?すまないが、この二か月の間に色々手を回したよ。日本の戸籍に築地和真と言う人物はいない、君は築地和真になる前に死んでいた、と言うことになっている。」

「それは、計画のためですか?」

「そうだ。……我々が外道となった時に元からいない人間の方が何かと都合が良い……。そう言う事だ。安心して良い、国連の方には今から仮の戸籍を作っておく。いざとなればそれで逃げきればいい。」

「じゃあ、今つけている階級章は?」

「ここでしか意味が無い物だよ。明日からは、それも意味を持つがね。さて、こちらで経歴などは適当に作っておくよ。君は、苗字だけ考えてくれればいい。」

 レオは、俺に築地を捨てろと言う……。

 だが、俺達が進む道に築地を巻き込む訳にはいかない。

 それに、父さんや多恵との思い出は心にある。

 なら、俺の答えは決まっている。

「分かりました、お願いします。」

 俺が、了承するとレオは先程までの社長としての張りつめた空気をどこかに捨て、ただのレオに戻す。

 俺も、肩の力を抜き少しばかりリラックスする。

「すまないね……。和真君、君に辛い思いをさせてしまう。」

「いいんですよ。むしろそこまでして頂いて感謝したい位ですよ。これで、巻き込まなくて済む……。」

「そう言って貰えると助かるよ。それでは、どうする?」

 俺の名前か……。どんなのが良いのだろうか?

 アメリカ系の名前かそれともオーストラリア系か難民設定にしてもらってユーラシアのどこかの国にするか、でもレオは築地を捨てろと言った。

 つまり、和真は残して良いと言うことか。

 それだと、いざという時に不振がられずに行動することが出来る。

 なら、苗字で呼ばれた場合の事も考えた方がいいか……。

 何か無いか?直ぐに自分の者にできる名前、違和感なくいける名前……。

 その時俺は思い出す。

 そうだ……、俺は元々築地では無かった。

 そもそも、この世界の人間ではなかった。

 なら、俺の最初の名前はこの世界に存在しない便利なものだ。

 俺の答えは決まった。

「……五六。」

「?」

「五六 和真でお願いします。」

「本当にそれで良いのかい?」

「はい!」

「なぜ、その苗字にしたのか聞いてもいいかい?」

 俺は少し悩んだ、このまま伝えても信じて貰えるのか解らない。

 それでも、伝えた方が良いと思ったので伝えることにした。

「先に、言っておきますけど今から言う事は真実ですからね?」

「……わかった。聞こう!」

 俺は、この世界の人間では無い事を包み隠さず話す。

 俺が話終えると、レオは遠くを見るような目をしていた。

「そんな世界があるなら、そこはきっと天国に違いないよ……。」

 レオは、頭の中に思い描いた世界に夢を馳せていた。

「おっと、すまないね……。みっともない所を見せてしまった。我々はその天国をこの地獄に再現するためにある……。その事を、再度認識したよ。そしてこの夢は何が何でも叶えなければならない。」

「はい!」

「……よし!では、五六和真、貴官の国連軍入隊を認める。入隊宣誓!!」

「私は国際平和と秩序を守る使命を自覚し、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、心身を鍛え、技能を磨き、責任感を持って専心任務の遂行にあたり、事に臨んでは、危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、人類の負託に応える事を誓う!!」

「よろしい!五六和真少尉、貴官を国連軍衛士として認めよう。そしてこれが衛士の証だ。」

 レオは、席を立ち俺の前に来ると俺の襟元に何かをつけた。

 それは、地球に翼を付けたバッジだった。

「それは、ウイングマークと言ってね。衛士にのみ着けることを許された物さ!」

「はっ!ありがとうございます!」

 俺は、喜びに震えながら敬礼をするとレオは頷いた。

「それでは、行きなさい!機付長が待っているよ?」

「それでは失礼します!」

 俺は、再度敬礼し部屋から出て行った。

 俺が、格納庫に向かうと殲滅10型が格納庫に戻っておりハンガーに入っていた。

 そこに向かうと兄貴が何か指示を飛ばしている。

「兄貴!戻ったよ!」

「オウ!和坊、待ってたぜ!いまから、コイツを修理してからそれぞれ武装を取り付ける!楽しみにしておけよ?それと、先にシミュレーターの方にデータは入れてあるから先にそっちで慣らしておくといいぜ!」

「ありがとう、兄貴!また整備士の皆に差し入れ持ってくるよ!もちろん今日中にね!」

「待ってるぜ!」

 俺は、足速に更衣室に向かい服を衛士強化装備に着替えシミュレーター室に急ぐ。

 俺は、着くなりすぐにシミュレーターに乗り込み稼働させる。

 皆忙しくしているので設定は自分で行う。

 設定は、旅団規模のBETAがケアンズ内陸部まで進行、機甲部隊、支援砲撃部隊、共に壊滅戦術機部隊で唯一の生き残りである俺が、BETAを足止め海からの艦砲射撃が全弾着弾するまでの5分間耐える事。

「これで、良し!シミュレーター可動させます。」

 後々使うと思うので、データも取ってある。

 俺が、可動させると景色が変わり、そして各兵装が表示される。

「フォルケイソード、やっぱり、ククリナイフに一番近いこいつの方が良いよな!これが、右手に1つ。左手に120mm散弾銃、ドラムマガジンの中に弾数が60発、でも散弾しか撃てないから小型種専用だな。しかも、重量を軽くするために砲身を削れるだけ削ってる。こんなのじゃ、目の前の敵しか撃てないんじゃないか?背部兵装担架に突撃銃が二つ腰部に予備弾倉、この背部兵装担架が今まで上下にしか動かなかったのを、横向きにも動ける様になった。これで、攻撃範囲が広くなる。そして跳躍ユニット主機共に5%最大出力強化がされている。俺の要求通りやないか……。すごいな、言うた装備がこんなに早く完成するなんて……。イヤ、もうすでに作ってあったって事か?考えてもしゃーないか。よし!作戦開始!」

 作戦開始を受けて、目の前の映像が切り替わる。

 辺り一面がBETAにより平らに均され、至る所に戦術機の残骸が転がり中には戦術機に戦車級が取り付き貪っている。

 この光景を見る度に思い出す。

 光州の最後を……。

 俺は、早く敵を弄り殺したくてうずうずしてしまう。

 ディスプレイの左下に5分のカウントダウンが始まるのを見て俺は思い出す。

「これは、現実ではない……。今から、新武装を試してみるだけ……。でも、気にいらない。だから、殺し尽くしてやるよ!!」

 俺は、一気に跳躍ユニットを点火し迫ってくる敵の前に躍り出る。

 着地点に蔓延っていた戦車級に散弾銃を撃つ。

 着弾と同時に赤い水たまりが一瞬で作られ、水たまりの中に着地させる。

「すごいな……。この通りの性能やったら戦車級にとっては悪夢やな……。」

 俺は、口元を獰猛に歪め喜びに震えながら今度は突撃級に銃口を向け撃つ。

 だが、全面の甲羅がすべての弾を弾きまったく効いていないようだ。

「やっぱ小型種限定やな、こいつは……。」

 突進してくる突撃級を飛び上がり回避し背後に回り込み、背部の突撃砲を前に展開し尻に風穴を開けて行く。

 その最中後ろから近付いてきた要撃級を片方の突撃砲で撃ち殺し、再び飛び上がり足元に来ていた戦車級を散弾銃で水たまりに変え、要撃級を上から刀で切り殺す。

 そんな事を繰り返して行き、何匹殺したのか解らない位殺すとレーザー照射警報が鳴り響く、すぐさま噴射跳躍し射線上に他のBETAを乗せる。

 これにより、味方誤射をしない光線級は打つ事を止める。

 俺は、壁にしたBETAを刀で切り殺しながら背部の突撃砲を空に伸ばしていき狙っていた光線級に銃口を向け撃ち殺す。

「この兵装担架、応用性がすごいな……。」

 今度は、光線属種の群れに向かって大型BETAを壁にしながら匍匐飛行で突っ込んでいく。

「出力も5%上がっただけでも、変わるな!コイツなら行ける!!」

 俺は、うまく群れの中に割り込み次々踊る様に殺していく。

 だが、ついにすべての弾が切れてしまい、刀だけになるも切り替えしに時間が掛かり結局背後の要撃級に殺されて終わった。

 カウントダウンは、後1分も残っていた。

「作戦失敗……。死の八分すら超えていない、後で反省会やな」

 俺が、シミュレーターから降りると兄貴が待っていた。

「和坊!やるじゃねえか!1人で1000近いBETAを殺しているぞ!」

「小型種含めてだよ、兄貴……。そんなに凄い事じゃ無い……。それより、トップヘビーの刀は一撃の威力があるけど、切り返しや持ち上げるのに時間が掛かるのが難点やね」

「まぁ、どこかを伸ばせばどこかが引くものだ。じゃ、そこの改良もしておいてやるよ!」

「忙しい中ごめんな、兄貴。」

「別に構わねぇよ!これが、仕事だからな!」

「兄貴、俺先に着替えてくるわ!PXに皆で行っといて!」

 待ってましたと、兄貴は顔を綻ばせる。

「了解だ!待ってるぜ!」

「すぐ行くよ!」

 

 更衣室で俺は考える。

 何がいけなかったのか、無暗に突っ込んだからか?弾を使うタイミングを間違ったのか……。

 でも、自分の中で最適だと思ったからこそ行動した。

 なら、なぜ?答えを出せずモヤモヤしたまま俺は、PXに向かった。

 PXに着くと、整備兵の皆とザウル、リリア、レオまでいた。

 しかも、全員出来上がっていた。

 俺が、居るのに気が付いた兄貴が酒臭い息を振り撒きながら俺を歓迎する。

「待ってたぜ~!おい!野郎共、我らが少尉様がお見えになったぞ!!」

 兄貴がそう言うと、一斉に皆が振り向く。

 その動きは、目標を見つけた重光線級のようだ。

「ひっ!」

「てめぇら!今日は和坊の驕りだ!死ぬまで飲みやがれ!!」

「「「「「ヤーハーー!ありがとうございま~す!!」」」」

「えっ?この人数全員!?聞いてないよ!兄貴!!」

「気にするな!俺は気にしないぜ!!そんな事より、お前も飲め!!」

 兄貴は、どこから取り出したのか酒瓶を俺の口に突っ込む。

「ちょ……まっ!ゴバゴボ……。」

 俺は、そのまま意識を失った。

 目が覚めると俺は部屋にいた。

 時刻を確かめると午前二時、いつも訓練をしている時間だと気が付いた俺はシミュレーター室に急ぎ訓練を開始した。

 最後に昨日と同じ設定で訓練をする。

 だが、結局なんど繰り返そうと任務成功することができない……。

 俺は、力を手に入れたのにうまく使う事ができないのかと、ただ壁を殴り鬱憤を晴らすことしかできずにいた。

「くそ……!くそ!くそ!!」

 壁を殴り続けていると、誰かが俺の腕を握りしめて殴るのを止めさせた。

「リリア……。」

 そこには、子供を心配しながらも怒る母親か姉のような顔をしたリリアがいた。

「和真、いけないよ?大切な腕なのだから大事にしないと!」

 俺は、腕を振り払おうとするがリリアが今度は抱きしめてそれを許さない。

「なにかあったの?」

「言わなくても、リリアなら解るでしょ?」

 俺が、そう言うとリリアは顔を曇らせてしまう。

 俺は、言ってはいけない事を言ってしまった事に気づいた。

「ご、ごめん……。」

 俺が、謝るころにはリリアは元の元気な顔に戻っていた。

「私の力の事は前に話したよね?」

 俺は力なく頷く。

 リリアの力……。

 初めて聞いた時は疑ってしまうような力だ。

 オルタネイティブ計画3これがリリアがこの世に生を与えられた切掛けの計画、人口ESP要するに超能力者を人口的に大量に作りだし、そしてハイヴに突入させBETAの思考を読むまたはBETAに人類が敵では無い事を訴える計画。

 リリアは、ハイヴに潜入し生き残った数少ない存在であり、その時の乗機のパイロットがザウルである。

「私は、何を考えているのか解る……。けど、それはテレビと同じ第三者の視点で何も感じる事無くただ見てるだけ、それだと感情移入はできない……。同じ思いを共有できない。だから、言葉にして教えて欲しいの!和真は何でそんなに、辛そうな顔をしているのかを……」

 ―――――この人は。

 本当にお人よしだ……。

 自然と俺の心に何かがストンと落ちる。

「まったく……。その言い方だと俺の姉みたいやないか。」

「私は、それでも良いよ~!これからは、お姉ちゃんと呼びなさい!!」

 リリアがその豊満な胸を張り、偉そうにする。

「ぷっ!くくくく……。リリアが姉さんだと、弟は大変そうやな!」

「むぅ~!それどういう意味~!」

「くくくッはははははは!!」

「もぅ~~~!」

「は~っ!こんなに笑ったの久しぶりや!……リリア聞いてくれる?」

 俺の問いにリリアは慈愛の籠った笑みで頷く。

「俺はな?父さんを殺して師匠を見殺しにしたんよ……。」

 俺は、リリアに話す。

 父さんと出会った時の事、くまさんとの出会いの時誘拐犯と間違えた事、その他にもたくさん話した。

 楽しかったことや、救われたこと、力を欲しがった最初の理由、そしてBETAが来たこと、すべてを……。

 リリアは、俺のつまらない昔語りをただ黙って聞いてくれている。

 俺は、父さんを殺した話をしている時にその時の場景を思い出し壁に背を預けズルズルと座り込んでしまう。

 リリアは、初め驚いたが同じように服が汚れるのを気にせず床に座る。

「やからな?俺は、自分の願いであり父さんの願いでもある、人を救う事を目標に生きてるねん……。そのために、力が欲しくてネフレに入った……。やのに、力を手に入れても俺は人を救う事ができやんのとちゃうかと思ってな?」

 俺は、段々と惨めに思えてきて左手で顔を覆い隠す。

「やからな?俺は、俺はな……。」

 その時、俺はリリアに抱き寄せられた。

「あっ……。リリア?」

 俺が、恥ずかしいと離れようとするがリリアはそれを許さない。

「和真?ありがとう、教えてくれて……。これで、和真が何故必死に訓練をしていたのか解った気がするよ。でもね、私とザウルは和真の仲間なんだよ?だから、もっと頼って欲しい甘えて欲しいな?それと、余り心配させないでね!」

 その言葉に俺はただ昔の様に泣く事しかできなかった。

 リリアは、泣きじゃくる俺を母のように抱きしめてくれていた。

 

 私が気が付くと、和真は眠っていた。

「手のかかる弟だね……、和真は。」

 私は、そう言いながらも安心して私の胸の中で眠る和真の髪を優しく梳く。

「でも、手のかかる子程可愛いものだろう?」

「ザウル!いつからいたの!?」

「しぃ~~!」

「あぁ!ごめん……。」

「和真がやっと胸の内を話してくれたあたりだ。……誰もが一度は世界に絶望する。嫌になってくるな」

「ホントにね……」

「でもこれからは、俺達に頼ってくるだろ!そして、もう1人で戦わない様に徹底的に教育しないとな!」

「頑張ってね?お兄ちゃん!」

「お前もだよ!お姉ちゃん!」

 私達は、笑うせめてこの一時の間でも和真が良い夢を見られるようにと、そして心の中で呟く。「私が守ってみせる、ザウルも和真もレオも、もう二度と仲間を失わないために……。」



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夢と仲間

「ここは……?」

 辺りを見回すとそこは俺の良く知る場所、今は思い出の中にしか存在しない世界、俺の元居た世界……。

「ははは……。久しぶりに戻ってくることが出来たな、夢の中でも嬉しいわ」

 俺は、何も考えずにいつもの道を歩く。

 辺りは何の変哲もない住宅街、特にこれと言って珍しい物でもない。

 それでも、今の俺にはどんなに心打つ景色よりも心に響く。

 そして、こちらには存在しないコンビニの弁当の空箱などが捨てられている階段が目に入る。普段なら、捨てた者に対して怒るところだがこの何とも言えないゴミが平和なのだと感じさせてくれる。

 俺は、そのゴミにすら懐かしさを感じ階段を上って行く。

 こちらでは、厳しい現実を叩きつけられたがこの世界は夢の世界そんな心配はいらない。足速に階段を駆け上がる。

 階段を登り切り伏せていた顔を上げるとそこには、懐かしい俺の家が確かに存在していた。

「―――――ッ!!」

 俺は、家に向かおうとするが中から人が出てきた。

 夢の世界なのに咄嗟に隠れてしまう。

「なにやってんねんやろ……俺」

 だが、隠れてしまったものは仕方がない、隠れながら様子を窺うことにした。

「待ってよパパ~!」

「ほら和真、男は何事もすばやくこなさなければいけないんやぞ!?」

「十分急いでるよ~!」

 俺の良く知る2人の声が玄関から聞こえてくる。

「あぁ、あれは元の世界の親父に俺だ……。懐かしいな、俺の体のサイズから見てだいたい5歳位か?それにしても、まさか第三者の視点で俺自身を見ることになるとはな、なんか新鮮やな……、あっ!」

 ドサっ!!

 玄関から出てきた親父とそれを慌てて追いかけ扱けてしまう小さい俺。

「思い出した。確か、親父に急かされたせいで靴紐が解けた状態で飛び出そうとしたから踏んでしまって扱けたんやった。」

「うぅ……うわぁぁぁぁぁぁん!!」

 辺りに響く大声で泣き出す小さい俺を見て我が事ながら恥ずかしくなってくる。

 そんな小さい俺を見ながら親父は、溜息をつき膝をついて目線を合わせる。

「和真、男は簡単に泣いたらあかんで?じゃないと、強くなられへんぞ?」

「だって、だってぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 さらに泣き喚く小さい俺、親父はそんな俺に先ほどまでの困った目では無く優しい目をして小さい俺を抱き寄せた。

 すると、すぐに小さい俺の町中に響くのでないかと言う程の泣き声は聞こえなくなる。

「これも、懐かしいな……。親父の心臓の音を聞くと安心するねんよな……。」

 まったく世話かけすぎやな、と1人苦笑する。

「ほら、強く大きな男になるんやろ?」

「ぐず……うん!」

「なら、今から父さんと駆けっこや!!」

「なにが、なら!なの?解んないよ~!」

「えぇい!男が細かい事を気にするな!いつもの駄菓子屋まで競争だ!」

 そう言って走り出す親父とそれを必死に追いかける小さい俺。

「結局、親父には勝てずまた泣いてまうねんよな。」

 俺は、笑いを堪えながらそんな2人の背中を見送る。

 すると、突然親父が立ち止まりこちらに振り向く。

「――――!!」

 俺は、夢だと理解しているのに慌ててしまう。

 そんな俺を懐かしそうに見る親父の顔から俺は目を離すことができない。

 声を駆けたいが、その瞬間に夢から覚める気がして……。

 一分一秒ここに居たいから、だから怖くて声を出すことができない。

 本当は話したい事がたくさんあるのに、俺の脳がそれを許さない。

 そんな俺を見て親父は、笑顔を見せながら声を発する。

 距離的に声が聞こえずらいはずなのにはっきりとその声は、俺の耳に届く。

「お前は、俺と母さんの自慢の息子や!やから、大丈夫やで和真!」

「―――――親父ッ!!」

 その瞬間世界が暗転する。

 ドクン―――――。

 ドクン―――――――。

 ドクン――――――――。

 懐かしい、親父の温もり親父の心臓の音……。

 ドクン―――――。

 俺は、心地よい感覚に襲われながらも無理やり目蓋を開く。

「うっ……!」

 俺の目蓋の間から無遠慮に光が入り込み一瞬目の前が真っ白になる。

 だが、徐々に目が慣れて行きようやく色を捉える事ができるようになってきた。

 まず最初に俺が見たのは、リリアの顔、一瞬パニックになるが根性で冷静になる。

 リリアは、俺を正面から抱っこした状態で寝ているようだ。

「これじゃ、まるでコアラやんか……。でも、それだとこの心臓の音はどこから」

 俺が音のする方に顔を向け上を見ると、ザウルの顔があった。

 どうやら、俺を抱いて寝ているリリアごと俺を抱いて寝ているようだ。

 俺は、脱出を図り身じろぎするがリリアとザウルが同時に目を覚ます。

「おはよう~。」

「おはーーーー!!」

「み、耳元で大声ださんで……。」

「おっと、すまんすまん!!」

「それより和真、何か良い夢でも見たのか?」

「えっ?」

 俺は自分の顔を確かめるために触る、すると確かに口角がわずかに上がっているのに気が付く。

「よかったね、和真。」

 リリアが柔らかい笑顔で俺に笑いかけた。

「うん!」

「なんだ、なんだ?どんな良い夢を見たんだ~?教えろーー!」

 ザウルが腕に力を籠め俺とリリアを抱き上げる。三人の顔はそのせいでぶつかる程に近づく。

「ちょ!ザウル離してッ!」

「「照れない、照れない!」」

「照れてない!」

 リリアとザウルの笑い声が部屋に響く、俺もそれにつられて笑う。

 

 親父、俺は大丈夫やでこんなにも良い仲間に巡り会えた。やから、大丈夫やで!

 

 俺達は一頻笑った後、それぞれ離れ今は強化装備に着替えシミュレーターの前に集まっていた。

「和真!お前のシミュレーターの内容は見させて貰った。はっきり言おう……、あれじゃ、ダメだ!そもそも、作戦自体なりたっていない!何故だか解るか!?」

 俺は考える。

 敵は内陸まで進行、後方には市街地避難は完了していない、艦砲射撃による面制圧が行われるまで2分着弾まで3分、その間の遅滞作戦に出撃、部隊は壊滅残すは俺1人、敵は旅団規模であり1人でどうこう出来る数じゃ無い。

 俺が考えうる最悪の状況、でもやらなければ無抵抗の人が蹂躙されてしまう。

 端から作戦なんて物は合って無いようなものだ。

 なら、何がいけなかった?光線級を殺すために群れの中に飛び込んだことか?それとも、なにかしらして敵を引き付ける方がよかったのか?だが、俺にはその方法が解らない。

「解らないか?」

 俺は、力無く頷く。

「それはな、俺達の存在だ!和真!戦術機の基本はエレメントだ!エレメントでしか戦術機の性能を全力で発揮できないと言っても過言では無いと俺は考えている。」

「確かに……。分隊(エレメント)での行動が原則だけれど、これは最悪を想定したシミュレーションだから……」

「だから!そこが違う!!俺達が和真を置いて先に死ぬはずないだろ!?それに、もしも、俺達が先に死ぬ何て状態になったら和真は逃げろ。いいな!?」

「なっ!?それは!!」

「だから!!今から特訓だ!」

「えっ!?」

「今までは、入門編を教えていたが今日から応用編だ!和真は俺達が殺させはしない!!だから、和真は俺達を死なせないように強くなれ、良いな!」

 そうか……。

 最初から仲間がいない想定をしていた俺がバカだった。

 俺は、1人じゃない!なら、皆を救うために……。

 まずは、ザウルとリリアに背中を預けて貰えるくらいには強くなってやる!!

「了解!!」

 俺は、ザウルに敬礼をすると満足した顔になり次に教官の顔付になる。俺は自然と背筋を伸ばし聞く体制に入る。

「よし……。では、本日1100よりJIVESを使っての演習を行う。設定の内容は和真少尉がシミュレーターで使った物と同じで行く。違う所は、俺達がいることだ!では、準備開始!!」

「了解!」

 俺は、思考を切り替え2人から学べるところはすべて学び盗るつもりで愛機の元に向かった。

 

 結果から言うと、作戦は成功した。

 殆どおんぶにだっこ状態だったが、学ぶ事も多かった。

 それよりも、仲間が居るだけでこれほど心的肉体的に楽に戦えるとは思わなかった。

 俺は、愛機の足元に向かいあの頃の様に手を当てる。

 でも、あの頃の様に絶望感を心が支配していない。

 逆に別の何かが俺の心を満たしている。

「俺達は1人じゃない……。それに、もっと強くなれる。だから――――、力を貸してくれよ。殲撃!!」



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ククリナイフ

1998年4月25日

俺は今、インド洋にある島アンダマン島のオースティン基地に来ている。

ここに来た理由は、ネフレが開発した各武装の湿潤地での環境テストと飛行補助ユニットの演習である。

俺は、港に停泊している戦術機母艦インヴィンシブル級航空母艦4番艦アーク・スウィーツを見ながら1人ボーっとしていた。

「なんだ!ガールフレンドがいないから寂しいのか!?」

ザウルとリリアがそんな俺に話駆けてきた。

「タエがいないから呆けていた訳ではないです!」

「私は、寂しいけどなぁ~。」

タエはネフレ本社がある、太平洋合成タンパク生成所の上にある町、通称第一町に居る。

今兄貴の弟子であり俺の専属戦術電子整備兵の女の子に預けている。なんでも、一家丸ごと引き抜いたそうだが、その方法は怖くてとても聞けない。

「だから、違いますよ!そもそも前線にタエを連れてくるはずないでしょ!?」

「「ラブラブ~♪」」

頭の中の大切な線がブ千切れてしまいそうだが、すぐにタエが頭の中でその線を緩めてくれる。(ありがとう、タエお前がいるだけで俺は心を強く持てるよ。)

「なんだか、遠くをニヤけながら見てるよ~?」

「もう少し待ってやれ・・・、本当は寂しいんだ。」

「だから、違います!それより、乗る前から思ってましたけど、よく戦術機母艦なんて用意できましたね?」

「あぁ、あれは前からある船だ!」

「前から?」

「あれは、英国海軍から造船の技術を買った奴だ。本来作られるはずじゃなかった戦術機軽空母、それをネフレが完成させた訳だ。まぁ、おいそれとあんな技術の塊を売るはずないから裏で何かやったのだろうが・・・。そこは、俺達が知る必要の無い事だ!」

「へぇ~、あの船にそんな歴史が・・・。じゃなくて、前から使われていたのですか?」

「俺達の先任が使ってた船だ!」

「その先任達は、どこにいるのですか?」

「・・・死んだよ。」

「―――――ッ!」

良く考えれば解ることだ、俺が来た時にはこの部隊にリリアとザウルしかいなかった。

計画の規模を考えると衛士の数が足りない。

いくら、計画のためのテストパイロット部隊だとしても、後数人は居るはずだ。

「俺達が隊に入って三年位で俺達を残して皆死んでしまった。そして、それから少したってから和真を見つけた訳だ。」

「なるほど、だからハンガーに他の戦術機があったり武装が直ぐに出来上がった訳か、俺の前に俺と同じ戦い方をしていた人がいたから・・・。」

「まぁ、そういう事だ。・・・ハイっ過去の話は終わり!今から、基地司令部に挨拶に行くぞ!」

「「了解!」」

俺とリリアは敬礼をしてザウルに答える。

過去の話も時には大切だ、死んだ仲間を語り継ぐことは衛士にとって重要なことである。俺達みたいな、過去を捨てた者達には特に・・・、それでも今はその時ではない、俺達は今やれることに全力を出すだけだ。

 

俺達は司令に挨拶をすませ、格納庫に来ていた。

「それにしても、あの司令官話しが長すぎだ!」

「ザウル仕方ないでしょ。でも、あの嫌味な感じは嫌だった・・・。」

「まぁ、俺達は基地を使わせて貰っている側やから仕方ないやろ?」

「そうだけどよ!」

俺達が愚痴を言い合っていると、格納庫の外に止まった一台の四駆の車から1人近づいて来た。

階級章を見ると少佐だ。

咄嗟にザウルが声を上げる。

「少佐に敬礼!」

俺とリリアは即座に敬礼をし相手の答礼を待ってから手を下した。

「久ぶりだな――――ザウル、リリア。今は、私的に来ているので楽にしてくれて構わない。」

「なら・・・。お前こそ元気そうじゃねぇか!ムライ少佐!こんな、カビ臭い場所に何か用か?」

「私は、改修機試験計画の責任者だぞ?ここには、良く来るさ。」

「確か、F-5Gだったか?」

「そう、タイガーシャークだよ。」

「順調なのか?」

「今の所順調だ。テストパイロットの衛士が優秀でね、随分助けられている。」

「へぇ・・・。お前が認めるくらいだ、さぞ腕だ立つ衛士なのだろうな!」

「あぁ、問題個所を的確に壊してくれるからな・・・。その変わり金が物凄く飛ぶが・・・。」

「ハハハハ、そいつはご愁傷様だ!で、話はなんだ?飲みの誘いなら喜んでついていくぜ!?」

「そいつは良い提案だが、今回は別件だ。私も忙しくてね、時間が取れない。」

「そいつは、残念だ。で、話しとは?」

「あぁ、それだが――――」

ザウルとムライ少佐が話し込んでいる時、突然警報が鳴り響く。

「はぁ、またか・・・。」

「またとは?」

「内の暴れん坊お姫様がご帰還なされた。一緒について来てくれないか?」

「了解だ、少佐!そいつがどんな奴か気になるしな!」

俺達は少佐と共に四駆の車に乗り込み滑走路に向かう。滑走路に着くと見事に横転したタイガーシャークが目に入った。

「あれは・・・すごい扱けっぷりですね。」

俺の口からつい出てきた本音にムライ少佐が振り向く。

「し、失礼しました。」

いらない事を言ってしまったと条件反射で敬礼する俺をムライ少佐は笑いながら大丈夫だと言ってくれた。

「君は・・・。」

「はっ!五六和真少尉であります。」

「ふむ、五六少尉・・・。確かにあれは見事な扱けっぷりだ、見たまえ主機間接から黒煙が出ているだろ?あれを修理するのにいくら掛かると思う?」

「すみません、解りません・・・。」

「そうだな、大体私と少尉が一生遊んで暮らせるくらいの金が飛ぶ事になるな。」

そう話すムライ少佐の顔は演技で作った悲壮感漂う顔だ。

だが、どこか誇らしげでもあった。

「この話しはタイガーシャークに乗る衛士には内緒だが・・・。」

えらく勿体ぶるなこの少佐、これが素なのか?

「彼女が問題点を的確に壊してくれるおかげで我々は不良品を前線に出さずに済んでいるのだよ少尉。」

なるほど・・・。

前線にもし問題がある戦術機を出してしまったら何人の衛士が死んでしまうか解らない。その問題点を的確に見つけ尚且つ戦術機に不備が生じても生きて帰ってくることのできる衛士、あのタイガーシャークに乗る衛士はよほど腕利きなのだろう。

「解ってくれたかね?」

「はっ!」

俺の返事を聞いたムライ少佐は俺の返事を聞いて数度頷き、口元に人差し指を持ってきて「でも、彼女には内緒だよ。」と言った。

滑走路に着くと、辺り一面に消火剤がばら撒かれておりタイガーシャークが泡風呂に浸かっているみたいで何だかシュールな光景だ。

「それでは、君達はここで待っていてくれ。」

ムライ少佐はそう言い残すと、車から降りて行きタイガーシャークから避難していた衛士に声を駆けに行った。

戦術機を見ていたザウルは、何かを考えているようで真剣な顔つきだ。

「リリア、ザウルは何を見ているん?」

「ザウルはね、あの衛士の実力を見てるんだよ。」

「戦術機を見るだけで解る物なん?」

「壊れた箇所を庇いながら着地させる、そんな芸当ができる人は凄い腕を持つ衛士なのだけれど、着地の仕方でまた段階分けが出来るからね、それを見てるのだと思うよ!」

「へぇ~。」

そんな話しをしていると、ムライ少佐とタイガーシャークの衛士であろう女の子と見るからに苦労人な男が車の前に来ていた。

俺達は、車から降りそれぞれ敬礼する。

苦労人顔な男がまず名乗る。

「パール・アメイ少尉であります。」

続いて、勝気そうな見るからに子供な女の子が名乗る。

「タリサ・マナンダル少尉であります。」

それに俺達は答礼を返し名乗る。

「ザウル・カザコフ大尉だ!よろしく!」

「リリア中尉です、よろしく!」

「五六和真少尉です、よろしくお願いします。」

俺達が簡単な自己紹介を終わらすとムライ少佐が咳払いをし、場の空気を鎮める。

「私達はこれから司令部に戻るのだが、この車は大勢を乗せる事が出来ない。そこでだ、マナンダル少尉、アメイ少尉歩いて帰りなさい。」

ムライ少佐の言葉に2人は見るからに嫌そうな顔をする。

アメイ少尉に至っては胃さえ押さえている。

苦労しているんだな・・・。

「ムライ少佐!」

「なんだね?カザコフ大尉。」

「それならば、元気の有り余っている。内の坊主をどちらかの変わりに歩かせることを提案します!」

「ほぅ・・・。それは良い案だ!そうしよう!アメイ少尉、車に乗りなさい。」

「はっ!ありがとうございます!」

アメイ少尉は手で申し訳ないとしてくる。

俺は、気にするなと返した。

すると、アメイ少尉はまるで天使でも見るかの様な目で俺を見てきた。

それに俺は、お体をお大事にと返した。

「なっ!なんでアタシじゃないのでありますか!?」

ジェスチャーで解りあい和んでいた俺達の横では、マナンダル少尉がムライ少佐に食って掛かっていた。

「あぁ~、どこの誰だろうなマナンダル少尉・・・。見たまえ我らのタイガーシャークが泡風呂に浸かっているぞ。これで何度目だろうな、タイガーシャークは今頃大層気分が良い事だろうな・・・。」

「けっ!了解!歩いて帰投します。」

「よろしい、では行こうか!」

俺達を残して、車は基地へと帰って行く。

正直ザウルには言いたいことが山ほどあるが、アメイ少尉に免じて許してやろう。

そんな事より・・・。

「マナンダル少尉、騒いでても仕方ないでしょ、早く帰りましょう。」

「だぁー!ムカつくんだよ!あの似非役者がー!!」

うがぁーーー!と吠える。マナンダル少尉を放って置く訳にもいかず俺は、彼女の怒りが収まるまで待つことにした。

「はぁ~!スッキリした。」

「やっとですか・・・。じゃ、早く帰りましょう!」

「あ~、アタシら同じ階級だろ?そんな堅苦しくしないで構わねぇーよ。」

「はぁ~、解ったわ、マナンダル。」

「タリサで良い。マナンダルは呼びずらいだろ?」

「なら、俺も和真で構わんよ。」

「はいよ、和真。」

えらく大雑把な性格だが、このとっつきやすさが彼女の美点なのだろう。

「なら、早く帰ろうタリサ、ここはジメジメしていて居心地が悪い。」

「確かにそうだ!」

そう言いカラカラ笑うタリサは、見た目通り子供な印象だ。

俺達が話しながら歩いていると、突然タリサが大声を出し始めた。

「ああーーー!」

「何や、突然?。」

「それククリナイフだろ!?」

タリサの指差す俺の腰の辺りには確かにナイフが収められているが、パッと見では気付かないはずだ。

「よく解ったな?」

「解るさ!ホラッ!」

タリサは、左手に大事そうに持っていた物を俺の眼前に突き出す。

それは俺と同じククリナイフだった。

違う点は、俺以上に使い込まれているのが解る柄。

「へぇ~、俺以外にこの形のナイフ持ってる奴師匠以外で初めて見たわ!」

「お前も師匠から貰ったのか?アタシもだ!もしかして、グルカ出身か!?」

「違うよ、俺はオーストラリア人と日本人のハーフだ。ただ、師匠が持っていた物を俺が託されただけだ。」

俺の設定は、オーストラリア人の母と日本人の父を持つハーフ、そして生まれも育ちもオーストラリア、これがレオが作った設定だ。

「そうか・・・。」

俺の返答を聞いたタリサは同郷の者と会えたと思っていたのか、その夏の様にギラギラした元気さを一気に春先くらいの元気さにしてしまう。

それを見た俺は、何とかしようと話題を振る。

「でも、お互いククリナイフを託された者同士だ。故郷は違えどククリで繋がった仲間だろ?」

俺の振った問いにタリサは立ち止まり、顔を俯かせてしまう。

「タリサ?」

俺が、心配して近づくとタリサの体がプルプルしているのが解る。

ヤバイ、怒らせたか・・・。

俺が右往左往していると突然タリサが爆笑しだした。

「にゃあああははははーーーーーー!!何、なに?もしかして心配したの!?―――故郷は違えどククリで繋がった仲間だ!!・・・だってぇ~~~!にゃあはははは!!」

タリサは、腹に手を当て苦しそうに笑いながら顔をキリッとして俺のマネをし、また笑いだす。

「こ、コイツ・・・ッ!」

「どうしたぁ~?顔が赤いぞ~~!あっ、照れてる?照れてるの!?」

「照れてない!!」

「照れるな照れるな!にゃあはははは!」

「照れてない!!」

俺を一通りからかい終えるとタリサは立ち止まり自分のククリナイフを見つめる。

「そうさ・・・。生まれは関係ない、これを託された奴らは皆同じ志を持ってる。そうだろ?和真。」

そう言って振り返ったタリサは太陽を後ろにして、輝いて見えた。

その姿に一瞬ドキッとした俺は、再び顔を背ける。

「なんだ?まだ、怒ってるのか?男があの程度のからかいで怒るものじゃねぇぞ?」

「・・・怒ってない。」

俺は、顔をさっきとは別の意味で赤くしているのを悟らせないためにタリサに顔を向けずに歩きだす。

「そっか!」

タリサも深く追求せずに共に帰路に着いた。

 

タリサとは、基地の入り口で解れた。

これから、ムライ少佐に小言を言われに行くらしい、俺が一言ご愁傷様と言うと後で覚えてろよ~!と、どこぞの小悪党の様なセリフを残し走って行った。

そんな俺は、今格納庫に来ている。

なんでも、ザウルが話があるからとの事らしい。

「ザウル、今来たで!何か用事か?」

「あぁ!用事だ。今から和真には、コイツに乗って対人模擬戦闘をしてもらう。」

ザウルが指差す方向には一機の戦術機。

「コイツは・・・。」

「F-4Eファントムだ!機体調整はすませてある。すぐに出撃しろ!」

「了解!」

今回の模擬戦のルールをコックピットの中で思い出す。

「CP無しの後追い戦、先に俺が飛び一分後に相手が飛んで来る。この土地は隠れる所なんて無いからほぼドッグファイト状態だな。しかも、俺が先行かよ・・・。ついてねぇ~な。まっ、負けるつもりなんて更々無いけどな!」

その時画面にスタートの文字が浮かぶ。

「そんじゃ、やりますか!」

俺は、なるべく距離を離すため一気に加速した。

空から、陸地を見ると鬱蒼とした樹木が島の殆どを占拠している。それでも、地球に残された数少ない緑が生い茂る土地、正直この場所で模擬戦をするのは気が引ける。

俺が、そんな事を考えているとセンサーに光点が1つ生まれた。

「来たか!」

俺は、体の向きを180度変え左手の36mm弾を相手に向け放つ、それを相手のファントムは体を捻る事で難なく躱し全速力で突っ込んでくる。

「おもしれぇ!」

俺も跳躍ユニットを全力で噴かし突撃をかける。

お互いに36mm弾を打ち合いながら急接近していく。

相手が左手にナイフを持ち突撃してくるのを俺は、相手の下を潜ることで回避、背部兵装担架の銃を起き上がらせ上を行く相手に撃ちまくる。

相手はそれを宙返りをすることで回避した。

「マジかよ!」

だがその内の一発が相手の銃に当たり相手はそれを放り捨てる。

そして、そのまま急下降し俺をナイフで倒すつもりのようだ。

「今からナイフを出しても間に合わない、振り返って撃つだけの時間も無い・・・。なら!」

俺は、再び体を180度回転させそのまま相手に突っ込む。

相手はその事も織り込み済みのようで、気にもせずに突っ込んで来る。

相手のナイフが俺の胸部に当たる瞬間に体を捻り、相手の胴体に蹴りを食らわせる。

だが、その代償に俺の銃を切られてしまった。

その銃を捨てながら地面に向け全速後退する。

相手は蹴られた事に一瞬驚いたようだが、直ぐに持ち直し再び突っ込んで来る。

それに俺は、ナイフを投げつけ俺もまた突っ込む。

相手がナイフを弾く瞬間に俺は、機体を相手の左側に滑り込ませ跳躍ユニットを止め失速域機動を縦軸に宙返りし相手の背後を取り再び跳躍ユニットを噴射し右手のナイフを逆手に持ちながら、相手の背後に覆い被さる形で相手のコックピットブロックに刃を当てた。

その時模擬戦終了の文字が浮かび続いて、引き分けの文字が浮かぶ。

「はぁ?引き分け?」

良く見ると、相手の左手のナイフが俺のコックピットに当たっている。

人間なら曲がるはずの無い角度だが、戦術機は違うこれくらいの事は出来る。

「最後に当てられたか・・・。まだまだ、精進しなあかんな。」

俺は負けた事も悔しかったが、それよりも相手の衛士がどんな奴なのか、それが気になっていた。

滑走路に降りた俺は直ぐに相手を確かめる。

良く見ると背が低い事が解る、そして子供っぽい雰囲気・・・。

「もしかして、タリサか!」

俺の声を聞いたタリサも直ぐに叫ぶ。

「あぁ~~!あのファントムに乗ってたのやっぱり和真か!」

ズカズカとタリサは俺に近づき、俺を問い詰める。

「なんなんだよ!最後のあの機動は、ビックリするじゃねぇか!」

「それはこっちのセリフだ!銃弾を宙返りで躱す奴がいるか!お前は軽業師か!?」

「ソイツはこっちのセリフだ!」

俺達がキャイキャイ言い合いをしていると、見慣れた車が止まり中からムライ少佐が出てくる。俺達は即座に敬礼をし出迎えた。

「すばらしい、戦闘だったよ。二人とも、でも私の言いたい事は解るね?」

「「・・・ハイ」」

俺達の戦闘に機体が耐え切れず所々壊れてしまったらしい、それからはタリサと共にムライ少佐の御小言をたくさん頂いた。

その日の晩、仲良くなった俺達はPXで誕生日パーティーをしていた。

パーティーと言っても酒と摘みを用意しただけだが。

「それじゃ、過ぎちまってるけど誕生日おめでとう!タリサ!」

「お、おう!和真もちと早いが誕生日おめでとう。」

タリサは、頬をポリポリ掻きながら恥ずかしそうに言った。

「「乾杯!」」

それからは、俺の模擬戦での最後の機動での話しで盛り上がった。

「それじゃあ、まだ技名とか決まってないのか?」

「そうだな、別に決めようとは思ってなかったけど。」

「なぁなぁ!アタシもあの技使って良いか?」

「良いも悪いも無いよ、使えるなら使うに越したことはないしな!それに、まだ完成していないしな。」

「完成していないのか!?」

「あぁ、イメージと中々合わなくてな。そうだ、タリサ何か良い意見とかないか?」

「そうだなぁ~!」

そこからは、あ~でもない、こ~でもないと話し合いは続いた。

「結局決まらないな~。先に技名を決めてくれるか?」

俺が提案するとタリサがキョトンとした顔になる。

「和真が考案した技なのにアタシが決めて良いのか?」

「あぁ、俺が考えタリサが意見を出して完成に近づけた。なら、俺達二人の技だろ?」

「そ、そうか!なら・・・ククリナイフなんてどうだ?」

「ククリナイフ・・・。何故その名前にしたのか聞いても良いか?」

「このナイフがアタシ達を繋ぐ切掛けだろ?」

「確かに、ならそれにしよう!それじゃ、ククリナイフに乾杯!」

「キザだねぇ~。無理にカッコつけちゃって!」

「なっ!」

「にゃははは!!まぁまぁ、飲め飲め!」

「イヤ、俺はこれ以上飲むのは無理・・・。」

「どうした!?アタシの酒が飲めないと言うのかぁ~!」

「や、やめ・・・。」

そこからは、大変だった。

タリサが暴走PXに来た人を捕まえては酒を無理やり飲ませ潰して回った。

一番の被害者はアメイ少尉、もう再起不能状態にまで追い込まれていた。そんな、アメイ少尉に気を失いそうになりながらも、俺は敬礼をし、そして果てた。

目を覚ました俺は、地獄絵図のPXを後にし、1人外に出てククリナイフを手に持ち構え日課の格闘戦を繰り返す。

汗を掻き、酔いも覚めてきた俺は最後の締めくくりをしようとすると足音が聞こえてきた。

「いつもやっているのかい?」

「タリサか・・・。あれだけ飲んで良くピンピンしているな。」

「あの程度、飲んだ内にも入らねぇよ!そんな事より、一戦どうだ?」

タリサはそう言うとククリナイフを手に持つ。

「一戦だけやぞ?それと、ルールは寸止めと後は相手が降参言うたら終わりな?」

「了~解!」

その日の晩は夜遅くまで、金属のぶつかり合う音が響いていた。

 



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初陣

二日目は、湿潤地帯を飛行補助ユニット(ファンデーション)のテストだ。そして、テスト終了と同時に俺達は帰還することになっている。だから、世話になった人達に俺は挨拶周りをし最後にタリサの所に来ていた。

「おっ!いたいた、タリサ~!」

タリサは、PXで椅子に座り黄昏ていた。

「ん?何だ、和真か・・・。」

タリサはいつもの様な子供らしい元気さが無く、しおれてしまったヒマワリの様に元気が無い。

「なんだとは何だ?」

俺は、からかいながら返すがタリサからの返事はそっけないものだった。

「何でもねぇよ。」

やはり元気がない、俺は立ちっぱなしでいるのも何なので座ることにした。

「そうか・・・。」

俺も、何も言わずにタリサの前の席に座る。

「・・・。」

「・・・。」

お互いに無言の時間を過ごす、俺は何だか居心地の悪さを感じ声を大きくしてタリサに言う。

「じゃなくて!」

「おわっ!何だよ、突然!」

タリサは、突然俺が大声を出した事に驚いたようだ。

「俺、今から新武装のテストをしてそのまま、マラッカ海峡に行くことになったんだ。」

俺はこれからのスケジュールをタリサに簡単に説明する。すると、タリサが何か興味があるのか話しに食いついてきた。

「マラッカ海峡って・・・。最前線のすぐ傍じゃねぇか!どうしてお前が・・・。」

確かに、最前線のすぐ傍だが、防衛ラインを常に監視しているのでそうそうの事がないかぎり危ない目に合う事はない。

「何だ?心配してくれるのか?」

俺は、ニヤニヤしながら驚くタリサに聞き返した。

「まぁ、少しわな・・・。あたしも、前線に戻るし。」

すっかり忘れていたが、タリサは前線からレンタルされている開発衛士なのだ、前線に戻るのは当たり前だろう。

「タリサも?何時から?」

俺の質問にダルそうに答える。

「今からだよ。出発の準備が出来るまでここで時間を潰してたんだよ。そしたら、どこかの口うるさい奴が来ただけさ!」

俺は、そこまで口うるさくないぞ!と思いながら少しブスッとして聞き返す。

「・・・それって俺の事か?」

「さぁ?」

今度はタリサがニヤニヤしだす。

「ハァ~。俺は、もう出発の時間だ・・・。タリサ楽しかったで?またな!」

そう言って去ろうとする俺をタリサが呼び止める。

「和真!!」

今度はタリサが大声を出した事に驚いたが、俺は立ち止まる。

「何だ?」

「お前・・・。本物のBETAとの戦闘経験はあるか?」

タリサの顔は、見たことが無いがどこか達観した顔付になっている、おそらくこの顔が衛士としてのタリサの顔なのだろう。

「ないが?」

俺の返答にタリサは僅かばかり俯く。

「・・・そうか。」

今度は、顔を忙しなく動かし何かを言おうとしている。

「和真!まだ、アタシ達の勝負は決まってないし、それにククリナイフも完成していない!だから、次に会う時はアタシが勝しククリナイフもアタシが完成させといてやるよ!!」

これは、タリサからの激励なのだろう、もしかするとBETAが来て俺が戦場に立つかもしれない、戦場に立つと言う事は、いつ死んでもおかしくないと言う事だ。タリサはいつも通りに振る舞っているつもりなのだろうが、眉毛が微妙に下がっている。心配してくれているのだろう。だから、俺はタリサを挑発するように、絶対生きてまた会うと言う思いを込めて言う。

「ハッ!!言ったなチビ助!上等!!次に会う時はまた驚かせてやるよ!」

「「またな!」」

俺は、そのまま振り返ることなく歩く。また、直ぐに会える気がしていたから。

 

俺は今、マラッカ海峡にいる。だが、海がキレイかどうかなんて解らない。戦術機のコックピットに入っているのだから。

「こちらCP、和真少尉準備はよろしいですか?」

「いつでも!」

「了解・・・。戦術機ハンガー2番後部エレベーターまで移動開始!続いて、飛行補助ユニット、ファンデーション、中央エレベーターまで移動を初めて下さい。」

俺の乗る戦術機はハンガーごと、後部エレベーターまで運ばれていく。

「2番ハンガー、後部エレベーターへ固定完了、上昇を開始してください。」

俺は、息苦しい船内からやっと陽の光が挿す外に出ることができた。だが今度は俺の戦術機はハンガーに宙づりの形を取らされる。足が付いていないと落ち着かないなと思っていると、前方の中部エレベーターからファンデーションが出てきて俺が居るエレベーターの前のカタパルト位置に着く。

「ファンデーション、カタパルト接続完了!続いて和真機をファンデーションに接続して下さい。」

ハンガーから押し出される形で出た俺はファンデーション上部の固定装置に戦術機の足を固定する。ただ、いきなりハンガーから落とすから少し驚いてしまった。

「固定確認!ファンデーションの操縦権を和真機に譲渡します。」

「アイ・ハブ・コントロール!」

俺は、戦術機の腰を低くさせる。

「いきます!」

そして俺は、大海原へ飛び出した。

「姿勢制御は勝手にやってくれるし操縦はハンドルきるイメージやな。それにしても、すごいな海面スレスレを飛んでるぞ!しかも、波まで微妙に上昇することで勝手に躱してくれるしこれなら、跳躍ユニットの燃料を温存したまま敵陣に突っ込めるで!」

「操縦には問題無いようだな!」

「初めてなのに上手だね!」

ザウルとリリアもファンデーションに戦術機を乗せ俺の後ろにいた。

「シミュレーターで嫌程練習したからな!」

「そんじゃ、追いかけっこ始めるか!!」

「行っくよ~!」

そこからは、ファンデーションの燃料が無くなりそうになるまで追いかけっこをさせられた。結局負けてしまったが・・・。

 

演習を終え、今は甲板の上で沈み行く夕陽を眺める。日本にいる皆は大丈夫だろうか・・・。

多恵は元気にしているだろうか・・・。日本は、まだBETAの上陸を許していない。それも時間の問題と言われているが、俺はそうは思わない。日本には彩峰さんや尚哉の様な強い人がたくさんいる。地続きなら解らなかったが、海を挟んでいるんだ。上陸はさせないだろう・・・。

そう思っていないと、今にも飛び出していきそうになる。

「身勝手なのは解っているけど、日本を頼むぞ・・・、尚哉。」

その時、けたたましいサイレンの音が船を包み込む。

「コンディション・レッド発令!コンディション・レッド発令!各員は所定位置へ!繰り返します―――。」

「即応体制!?」

俺は、急いでブリーフィング・ルームに向かう。

「五六和真少尉!ただいま参りました!」

中には、ザウルとリリアがいた。二人とも今まで見たことが無い表情をしていた。

「それでは、ブリーフィングを始める!」

ザウルが作戦の説明を始める。だが、俺は今から殺し殺される戦場に行くのだと頭では理解し納得しているが、体の震えが止まらない。光州での光景がフラッシュバックの様に頭の中に映像を思い出させる。俺は、震えを止めるために体に力を入れる。

情けない・・・。あれだけ憎んでいるBETAを殺しに行けるのに、俺はビビッているのか?その時、ザウルとリリアが俺を見ているのに気が付いた。

「す、すみません!」

作戦内容は頭に入っているが、ブリーフィングに集中できなかった。俺は、その事を言われるのだと身を固める。

「いや・・・、作戦内容は頭に入っているだろ?」

「はい!」

「そうか・・・、和真!お前には、俺達がいる!その事を忘れるなよ!?」

「はい!!」

「今はまだ、俺達に出撃要請はきていないが、何時でも出撃できるように準備しておけ!!」

「了解!!」

 

和真は、俺の解散の声を聞いて走ってブリーフィング・ルームを出て行く。おそらく、戦術機の所に向かったのだろう。それよりもだ・・・。

「ザウル・・・。」

リリアが俺に心配だと訴える、俺も心配だ。

「てっきり、初陣の衛士の様にビビッてしまうと思っていたが・・・。アイツ心底楽しそうに、それこそピクニックに行く前の日のみたいに、笑ってやがった・・・。」

「・・・うん。」

「少し心配だが、和真が無茶をしそうになったら俺が無理にでも止める・・・。もう仲間を失いたくないからな。・・・力を貸してくれるか?―――リリア。」

「あの時から、私はあなたと共にあり続けてる。力を貸すのは当たり前だよ・・・。」

リリアが俺を抱きしめる。そんなリリアに感謝の気持ちを込めて頭を一撫でした。

「それじゃ、仕事を早く終わらせようか!!」

「うん!!」

 

戦術機のコックピットの中で俺は震えを抑えようと必死になる。両手を見ると、小刻みに震え続けている。俺はその震えを無理やり止めようと肘を抱え込むが今度は肩が震えだす。さっきからこれの繰り返し・・・。只々、出撃命令を待つだけ。ブリーフィングからどれ程の時間がたったのか解らない、俺達は要請がなければ動く事ができない。ここにも、政治の顔が見え隠れする。

「くそが、下らない・・・。」

その判断を下すのにどれだけの被害を出せば気が済むのか。作戦が始まると同時に俺達を出してくれれば、救える命があるかもしれないのに・・・。

「理由が見栄だけなんて物なら、その見栄を張った奴を殴り倒してやる。」

そんな事が立場上できるはずが無いのに呟く、口にだして言わないとこの止めようのない震えと憤りが自分の中で混じりあってしまいそうで恐ろしかった。

「レオとネフレの力を信じるしかないか・・・。」

レオは、俺達を独立部隊として現地政府に許可を貰う前に出撃できるようにしてみせる。と言っていたが、おそらくその希望が通る事はないだろう。なんたって、先代達の頃からの問題だからだ。それでも、俺はレオに任せる事しかできない。

「他力本願だな・・・俺、かっこ悪。」

俺は自分に愚痴ると体全体に広がった震えを止めるたまに膝を抱え丸くなる。今は、戦術機を起動させていない、コックピットの中は暗闇が広がるだけで、初めてコックピットを見たときの感想が頭を過る。

「まるで、棺桶みたいだ。」

――――棺桶に何てしないさ、俺は生き残って人を救い続けなければならない。死んでる暇ですらもったいない。

その時、ヘッドセットに通信が入る。

「出番だぞ!和真!!」

俺は、急いで戦術機を起動させる。続いてヘッドセットの両頬のボタンを押し網膜投射システムを起動させる。

小ウィンドウが開きザウルとリリアの顔が映る。

「落ち着いて行け!俺達なら、朝飯前だ!!」

「いつも通りで大丈夫だよ!」

「了解・・・。」

一瞬心配そうな顔をするが直ぐに戻し、状況説明を始める。

「現在、国連太平洋方面第12軍、大東亜連合の部隊は第一防衛ラインを突破され第二防衛ラインにて迎撃している。それに伴い、国連インド洋方面軍に救援の要請、次に国連太平洋方面軍第9軍を通じて俺達にも出撃要請が降りた。そして、BETAの規模だが・・・、師団規模だ。」

BETAの規模に愕然とする。今は、監視衛星などを使い粗方BETAの進行は解る。当初は旅団規模だった筈だ!だから、多方面に救援を求めず自分達でどうにかできると高を括っていたんじゃなかったのか!?

「何か納得がいかないようだな?」

「はい、他人の力を借りずにメンツを気にしすぎた結果だと思います。・・・そこが気に入らない、何故助けを求めない!」

「和真、国や組織には色々あるんだ。現に国連大西洋方面軍12軍は要請を出していた。だが、大東亜連合が多数の国連軍が来るのを嫌がった。その理由はスワラージ作戦にある訳だが、今はその話しはいいだろう。彼らは恐れているんだ、また自分達の土地で好き勝手に暴れるだけ暴れて結果何も残さないなんて事をな・・・。だがな、皆助けは欲しいんだ!そこは誰も変わらない!皆が助けを求めている、脅えている!なら、俺達がすることはなんだ!!」

「1人でも多くの人をBETAから救い出す!!」

「その通りだ!国や組織が臆病なせいで個人が死んでいいはずが無い!なら、その個人を救いだすのが今の俺達だ!!・・・解ったか?」

「はい!」

俺は、震える体に活を入れ腹の底から返事を返す。

「良い返事だ!報告を続けるぞ。まず、師団規模を旅団規模と間違えた理由だが衛星では間違いなかった。つまり、BETAは大規模地中進行により一気に数を増やしたと言う事だ。防衛基地のプラセーン群タムボン・シンチャルーン基地だが、このまま第二防衛ラインが落ちると陥落は時間の問題だ。面制圧も、戦艦の数が足りずしかも、光線級がいるおかげで殆ど意味が無い。我々の任務はムアンパンガー群をオーストラリア軍の戦艦が来るまでに第12軍所属のファウスト大隊と共に守り貫き海軍が到着、面制圧を始めると同時に、光線級をファウスト大隊と協力して全滅させることだ。」

ザウルが説明を終えると、リリアがザウルに声を駆ける。

「ザウル大尉!」

「なんだ、リリア中尉?」

「オーストラリア海軍は後何時間で到着するのですか?」

俺もそこが気になっていた、どれだけ早く到着してくれるかで今後の任務が変わるかもしれないからだ。

「海が荒れているらしく、早くても後1時間はかかるそうだ。」

1時間・・・。これが、早いのか遅いのか解らないが最低でもそれだけの時間は、BETA共からムアンパンガー群を守らなければならない。・・・出来るのか、初陣の俺に?

俺が1人、悶々と考えている間にリリアはザウルに返事を返した。

「解りました。」

「質問が無いようなら、艦長からGOサインが出たらすぐに出撃するぞ!」

「「了解!!」」

「リリア、和真。」

ザウルが上官ではなく普段のザウルとして話しかけてくる。

「なに?」

「はい?」

俺達もザウルの空気に気づきすぐに元の自分達に戻す。

「生きて帰ってくるぞ!今回の任務が終わったら、俺が飯を奢ってやる!!」

「やった~!和真、何をご馳走して貰う?」

「そうやな?合成じゃない、本物のオージービーフを腹いっぱい食べたいな!」

「それイイねぇ~!私もそれにする!」

「おっおい!流石にそれは、払いきれないぞ!?」

「冗談やよ、ザウルのオススメのオージービーフが食える店に連れてってくれるならそれで手を打つわ!」

「和真は優しいなぁ~♪。」

「・・・任せとけ!最高の肉を食わせてやるよ!!」

「「ゴチになります!」」

俺達はその後通信を切りいつでも出撃できるように集中する。

そしてそれから数分後、その時が来た。

「こちら艦長。トイ・ボックスの諸君悪い知らせだ・・・。」

「どうした、艦長?」

「ファウスト大隊が、プーケット山脈を突破してきたBETA群に取り囲まれたとの情報が入った。」

「なっ!」

俺は、言葉を失ってしまうファウスト大隊がどれだけの精鋭か知らないが、BETAに囲まれてしまっては、どれだけ強くても意味が無い数の暴力に飲み込まれるだけだ。俺は、自然と体全体に力を入れて行く。

「これに伴い、君達の任務はまずファウスト大隊の救援から始まる、その後ムアンパンガー群のBETAの掃討並びに、プラセーン山脈から来る後続のBETAを排除してもらう、ここを守り貫かなければ、タムボン・シンチャルーン基地は弱い横腹をBETAに食いつかれる形となる。同基地の戦力はタイランド湾沿いの平坦な道を進むBETA群迎撃にほぼすべて出撃しており、残りは基地防衛の部隊しか残っていない・・・。つまり、君達にはムアンパンガー群を死守するようにとの命令だ。・・・最後に、厳しい任務になるがよろしく頼む。」

艦長が険しい顔付で任務を説明する。くやしいのだろう、ロイヤル・スウィーツにはミサイルや砲台など支援砲撃できる物がつんでいない、そんな何もできずに指を咥えて見ていることしかできない中での絶望的な任務を言い渡す、まさに断腸の思いなのだろう。だが、俺達は死にに行くわけでは決してない、生きて必ず戻って来る、その思いを乗せて艦長に敬礼し返事を返す。

「「「了解!」」」

俺達の思いが伝わったのか、艦長の空気は少し和らぐ。

「武運を祈っている!」

 

俺は演習と同じようにファンデーションに戦術機を固定させ発進準備を整える。

「固定確認!ファンデーションの操縦権を和真機に譲渡します。」

「アイ・ハブ・コントロール!」

俺が、操縦権が譲渡されたことを伝えるとCPから武運を祈る言葉がかけられる。

「あなた達に星の加護があらんことを・・・。」

船に乗る人達も絶対に安全だと言えない戦場で俺達の心配をしてくれる。俺は、心の中で皆に感謝しながら操縦桿を握りしめた。

行くぞ!相棒!!

「いきます!!」

俺が飛び出し、直ぐにザウルとリリアの戦術機も横に並ぶ。

「こちら、トイ1。トイ2、トイ3奴らに思い知らせるぞ!人類にケンカを売ると言うのがどう言う事かをな!!」

「「了解!!」」

 




今回登場した飛行補助ユニット、ファンデーションですが見た目はドダイ改です。運用は、沖合から戦術機を陸地に運ぶための物です。光線級に狙われた場合は、ファンデーションを先行させ戦術機をレーザーから守ってくれます。要するに、再突入カーゴとドダイを混ぜた物になっています。


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死の八分

朝日が照らす海の上を黒い影二つが疾走する。

遠くに見える陸地内部では所々黒煙が上がり、今なお戦いは継続しているのをしらせる。

内陸からは、光の柱が天を突き破り戦艦から放たれた弾丸を消し飛ばしていく。

「トイ3、一気に行くぞ!俺の尻の匂いが解る位置から離れるんじゃないぞ!!」

「了解!」

俺は、いまだに恐怖に震える体を無視して一気に速度を上げる。

速度メーターは、800から1300に瞬時に変わる。戦術機の周りに雲(ベイパーコーン)が発生しその中をワープする様に潜り貫ける。

「グっ―――くっ!!」

体に途轍もないGが掛かり視界が一瞬黒一色になる。

「減速開始!速度900でファンデーション解除、BETAにプレゼントしてやれ!!」

「了解!速度900確認!解除します。」

ファンデーションから外れた戦術機は浮くように後方に下がりファンデーションは再度加速し前にいた要撃級に突き刺さる。跳躍ユニットを前面に噴射しながら地面を滑る様に削りとる。そして突っ込んできた突撃級を回避し尻に散弾を食らわせる。

「トイ3、新武装の調子は良好か?」

「・・・問題ありません。トイ1にトイ2そちらも問題ないですか?」

「あぁ!!やっぱり兄貴は最高だ!このXAMWS-24突撃砲は最高だな!」

XAMWS-24突撃砲、近接用に銃剣やスパイクが装備されており36mmや120mmの弾倉装填数も上がっている。

俺の新武装はフォルケイソード改、フォルケイソードとの違いはまず大きさが一回り大きくなった事と、鉤爪状の先端がさらに長くなり本当に鎌のような見た目になっている。最大の特徴は、鉤爪状の後部にロケット推進機構が取り付けられたこと、これにより斬り返しが速く行え斬撃の威力を上げることも出来る。

「トイ3、俺達はこれから前方のBETA群を突き抜けその先にいるファウスト大隊と合流するぞ!」

「・・・了解。」

前方にはBETAの壁があり、その先に合流する予定の部隊が戦っている。その部隊は、BETAに囲まれつつあり、すぐに救援に行きたいがどこに光線級がいるか解らない戦場では下手に飛ぶ事は死を意味している。いち早く部隊と合流するためには、前方のBETAの壁に穴を開けなければならない。俺は、ザウルとリリアが乗るブラーミャリサと連携し次々と進行の邪魔をするBETAを殺していく。

突撃級の突撃を躱し胴体に横から風穴を開け、要撃級の攻撃を屈んで躱し刀で切り上げる、足元に集ってくる戦車級には、この撃殲10型特有の背部兵装担架に積んでいる突撃銃をまるで、触覚の様に振り回しながら発砲し次々と戦車級をミンチに変えて行く。

俺がBETAを殺せば殺す程震えが増していきとうとう体の内部に広がる。肺が震え空気が喉を通って口から漏れ出す。

「くっくくく・・・。」

邪魔をするBETAしないBETA関係無く目に写るBETAは、片っ端から殺して行く。

すると目の前に要撃級に殴り殺されそうになっているストライク・イーグルを見つけた、どうやら俺達が合流する部隊から逸れてしまったのだろう、俺は急いで駆け付け要撃級を切り殺す。

「あ、ありがとうございます!」

助けた戦術機から通信が入る。

「まだ、戦えますか?」

俺は、相手のバイタルデータを確認し戦術機が無事であるか確認する。

「は、はい大丈夫です!」

俺は、その言葉を聞いて安心しザウルに指示を求めた。

「こちらトイ3、BETAの群れの中に取り残された友軍機を見つけ現在共に行動しています。指示をお願いします。」

俺が今の現状を説明すると、ザウルの顔が画面に写る。

「よく助けた!俺達も、今お前達の方向に向かっている。合流しだい、トイ3が保護している奴も引き連れて部隊と合流する!」

「了解!」

俺が、返事を返すとザウルの顔が消え今度は助けた戦術機に乗っていた人の顔が写る。

「聞いてた?」

「はい!」

「俺達は、今から部隊に辿り着くためにBETAの壁を突破していく。難しいけど、やれんことはないから、最善をつくそ!」

「は、はい!」

その後すぐにザウル達と合流し周りのBETAを殺しながら、突き進んで行く。その時、CPから最悪の連絡が来た。

「こちらCP!トイ・ボックス各機聞こえますか!?」

かなり慌てた様子でCPから連絡が入る。

「どうした!?」

ザウルが俺達を代表して問いかけた。

「ファウスト大隊、一機を残しKIA認定されました。」

KIA、つまり俺達は結局間に会う事ができずにファウスト大隊は、壊滅した事を意味する。その時、俺は取り返しのつかないことをしてしまった事に気が付いた。

「・・・うそ。」

―――ッ!!

俺は、助けた戦術機と通信を切っていなかった。ここにいる事を考えれば、この子がファウスト大隊の生き残りである事は容易に想像がつく。

「みんなーーーーッ!!」

跳躍ユニットを噴射し飛び上がり、光線級の存在を忘れもういない仲間の元に向かおうとする。

それを、見た俺はすぐに止めようとする。――――が

一筋の光が空を飛ぶ戦術機を貫き、そしてその瞬間上空に爆炎が上がる。

「――――ッ!!」

その光景を見た瞬間に頭の中で何かが千切れ、体の奥から震えが込み上げる。

そして体の震えが増していき、今まで耐えていた物が中から溢れ出す。

「くっくくくくくはははあははは・・・。ハハハハハハハハハハハハッ!!」

何故、俺は笑っている?目の前で人が死んで怖かったのではないのか?

戦う事がBETAが怖かったから体が震えていたのではないのか?

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

・・・違う、俺は喜んでいる。仇をとる事ができるのを、只々歓喜していただけなのか。

理解してしまうと、感情が反転、憎悪の感情が支配する。俺からまた奪ったBETAに明確な殺意を向ける。

「ハハハハハハ・・・。テメェらぁ――――――ッ!!」

足元に集ってきていた戦車級の群れを散弾でミンチにし壁になるBETAを切り殺し最大加速で先ほどレーザーを照射した光線級に向かう。

ザウルとリリアが何か叫んでいるが、俺にはノイズにしか聞こえない。

「お前達さえいなければぁ――――!」

只々突き進む、すべてを殺すまで止まらないと殺し回る。

その時、頭の中に歌のようなモノが聞こえた。

「これは・・・?」

その歌が終わる頃には、俺の思考には少し淀みができるが、そのおかげで冷静さを取り戻すことが出来た。

「後催眠暗示をかけたぞ、和真?・・・暴れたい気持ちもわかるが、今は任務に集中しろ。」

「・・・了解。」

そこからは、只々冷静にザウルの指示通りにBETAを殺して行った。

 

どれだけの時間戦っていたのか解らない、解らないがかなり時間が立っている事は解った。なぜなら、俺とザウル達の戦術機の周りはBETAの死骸とそのBETAから流れ出した血で地面が赤色になっていたからだ。これだけの数のBETAを殺したんだ、時間はかなり立っている筈だ。

俺がボンヤリと考えていると、ザウルから通信が入った。

「トイ3・・・、時間だ。オーストラリア海軍はすでに展開している。巻き込まれる前に引き上げるぞ?」

俺はそれに、力無く返事を返し噴射跳躍で俺達の空母があるクラビーに向かおうとした。

その時、センサーが悲鳴をあげる。

「振動センサに反応!?・・・真下!!和真、飛べ!!」

ザウルが俺に叫びながら指示を飛ばすが俺は、頭が後催眠暗示でクラクラしているのもあり、すぐに反応できなかった。

そして、ブラーミャリサが飛んだ瞬間に地面が爆ぜ、BETAが大量に姿を現した。

俺は何が起こったのか理解していなかったが、体が勝手に反応し近くにいた要撃級を斬り殺すが、最後の悪あがきなのか要撃級は前腕を振るい俺の戦術機の左腕を奪って死んだ。

その衝撃で体制を崩した俺の後方から突撃級が突っ込んで来る。

俺は、後ろに跳躍しながらフォルケイソード改のロケットを噴射し鉤爪を突撃級の先端部に引っかける。

すると、突撃級は勢いよく走っていたのか一瞬中を浮き腹部を見せる状態になり、カメのように起き上がる事ができない体制になった。

俺は、トドメにと斬り殺すが右腕の関節部が故障し動かない。

ザウル達は、俺を援護してくれているが俺とザウル達の間にも大量にBETAが存在し中々こちらに来ることが出来ないようだ。

俺は、背部の突撃砲を撃ち、周りの戦車級を蜂の巣に変えて行くが直ぐに弾切れになってしまう。

跳躍しその場から逃げようとしたが、跳躍ユニットをBETAが飛び出して来た時の破片にやられたのか、こちらも故障してしまい飛ぶ事ができない。

戦車級は俺の戦術機に飛び掛かってくる。

初めの二、三匹は足のカーボンブレードで殺したが数が多すぎて直ぐに組み付かれる。

俺は、恐怖心から直ぐにリアクティブアーマーを爆発させるがそんな物は、殆ど意味をなさずにまた群がってくる。

そして、等々俺は仰向けに押し倒された。

俺は、恐怖に心を食われ声すら出せない。

一匹の戦車級が、戦術機の頭の部分に覆いかぶさり、その醜い口を開け頭を食いちぎった。

「ひっ!!」

俺は、自分の顔面を食われた気がして慌てて確かめるが食われたのは戦術機の顔で俺の顔ではないと理解するが、次は本当に食われるのだと確認させられさらに恐怖が俺の心を食い荒らす。

頭を食われ外の状況を見ることは出来ないが、音だけは聞こえて来る。

リリアとザウルが悲鳴と怒声を上げているのが解る。

だが、それよりもすぐ近くで聞こえるまるで、カチカチに凍ったアイスクリーム前歯で削るような、氷を奥歯で噛み砕くようなそんな音が、聞こえて来る。

外の景色は見えないが、網膜投影システムは生きている。レーダーを見ると、俺の位置を表す点はすでに、多数の赤い点で覆い隠されている。

ザウルとリリアの顔も写っている。

2人は、すぐに助けに行くと言っているが、今1つ実感が持てない。

俺はこの時、理解してしまった。

ここで俺は死ぬのだと、何もなせずに、何も返せずにただここで死ぬのだと理解してしまう。

頭の中で、父さんの最後を思い出す。

自殺をしようとした父さんは、今の俺と同じ心境だったのだろうか・・・。

俺は、自然とククリナイフを手にしていた。

その光景を見たのだろう、リリアとザウルはさらに悲鳴をあげる。

「和真!待って、死なないで!!」

「邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁ!!どけええええええ!!!!」

だが、戦術機を噛み砕く音は止まない、俺はただ謝ることしかできなかった。

「父さん・・・ごめん、約束・・・守れないや・・・。」

その時、音がピシャリと止み続いて爆音が響き渡った。

レーダーを見るとさっきまでいた、赤い点はすでに無く代わりに味方を示す点が無数にあった。

そして、別の顔が画面に写る。

「死にそびれたな、坊主?」

俺が、模擬戦で倒したホーネットの衛士だった。

「今は、安心しろ・・・。諸君!小さき命は失われずに済んだ、神に感謝を・・・、そして、その神に唾を吐いた糞虫共に神の鉄槌を下せ!!判決は下った!やつらは・・・、死刑だ!!」

「「「「「「「「了解!!!」」」」」」」」

レーダーに写る赤い点は次々とその数を減らしていった。

俺はそれを茫然と眺めていることしかできなかった。

フレームが歪み外に出る事が出来なかった俺は、戦術機数機の肩を借りクラビーに向かった。

クラビーに何とか辿り着き、空母の格納庫に入る。

整備兵の人達は俺をコックピットから外にだそうとしている。

俺も中から何かできないか動こうとするが、操縦桿から手が離せない。

嫌違う、腕は離れようとしているが指がそれを許さない。

まるで、接着剤で固定されてしまったかのように俺の指は操縦桿から離れなかった。

「くそッ!!―――クソッ!!」

何度も指に力を入れ離そうとするがやはり無理で、今度は操縦桿ごと引っこ抜いてしまいそうなくらい、腕を引く。だが、それでも離れない。

良く自分の腕を見ると震えていた。

だが、戦っていた時のような震えでは無く、俺にも理解できない震えだった。

そうこう俺が四苦八苦していると、勝手にコックピットが開き座席が前に押し出されていく。

戦術機のコックピットはレールの上に固定されており、ハッチが開くと前に押し出される様になっている。

ハッチが開くと俺は訳が分からないまま、光の世界に連れて行かれた。

光の側に出ると、リリアとザウルがコックピットの中に飛び込んでくる。

「和真!大丈夫!?」

リリアが俺に問いかけて来るが俺にも訳が分からないので素直に答えることにした。

「指が・・・、操縦桿から離れへんねん。・・・なんでかな?」

俺が、リリアに顔を向けるとリリアとザウルは俺の顔を見て驚く。

「和真・・・、任務は終わったんだ。」

ザウルが、いつもより優しく語りかけてくる。

「・・・だから、もう良いんだよ?」

リリアがそう言いながら、操縦桿を握りしめていた指を一本一本丁寧に外していく。あれだけビクともしなかった指が素直に解かれていく。感謝しようとリリアを見ると俺は気付いた。リリアの瞳の中に写る俺は、難民街に居た時と同じ顔をしていると・・・。

俺は、自分の両の掌を見る。

ただの掌なのに、そこには助ける事が出来なかった人の血が、俺の目の前でレーザーに撃ち抜かれた子の血が見えた。

そして、体の震えが恐怖であると理解した。

その様子を今まで黙って見ていたリリアとザウルが俺に抱き着いてくる。

「・・・どうしたんや?いきなり。」

俺の問いにリリアは涙声で答える。

「生きていてくれてありがとう・・・、生き延びてくれて助かった。」

ザウルは黙って俺とリリアを抱きしめる。

俺は、リリアとザウルの温もりに安心感を覚えると、一気に感情が込み上げてきた。

「―――助けられへんかった・・・、俺が・・・もっと、気を付けていればあの子は死なずにすんだのに・・・。」

俺は、死ぬかもしれない恐怖より助けられなかった後悔の念が後から後から押し寄せて来て、壊れてしまいそうになるが2人が俺を壊さない様に守るように抱きしめる。

そんな2人に俺は、さらなる力を渇望し後悔の涙を流しながら言葉を贈った。

「―――そばにいてくれて・・・、ありがとう。」

 



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表と裏

俺達は、オーストラリア海軍がBETAを殺し尽くすのを海の上から眺めていた。

「よくやったな和真!お前は、死の八分を生き残りそして、作戦も成功させた。ケアンズに戻ったら約束通りうまい肉を食わせてやるよ!」

ザウルが俺の肩をバシバシ叩いてくる。

喜んでいるザウルとは対照的に俺は、気分が冴えないでいた。

「どうした?」

「うん・・・。俺達が、もっと早く作戦に参加させて貰えていれば救えた命がもっとたくさんあったはずなのになと思ってな。」

「そいつは、仕方がないさ・・・。BETAとの戦争は、常に人が死ぬ、人が死なない戦争なんて存在しない、だから、今は自分が生き残れた事を喜べ!いずれ今日救えなかった人達の何十倍何百倍何千倍の人を救いたいなら、今生きている事に感謝しろ!いいな?」

俺は、ザウルの言葉に頷く。

「レオの奴も頑張ってくれている。何れもっと救えるようになるさ!それまでに、力をつけとかないとな!!」

そうだ、今のままじゃダメだ。俺は、強くならないと・・・。

「そうやな!その時が来て、俺が弱いままやったらあかんからな!」

「和真は今でもそこいらの衛士より強いけどな!?」

「それじゃ、ダメや!この世界で最強の衛士になるぞ!俺は!!」

「その意気だ!!」

俺は大見得を切ったが、仮に世界最強になれたとしてもザウルとリリアには、叶わないのだろうなと内心考えていた。

 

ケアンズに戻った俺達をレオが出迎え、戦果を報告しそのままレオも引き連れザウルオススメの肉屋に行くことになった。

皆がはしゃぐ中俺は、妙に落ち着かないでいた。

「どうした?和真君、まるで妻に長い間会えていない単身赴任中の夫のような顔をして。」

そんな俺に、レオが話しかけてくる。

「それはね!タエが第一町にいるから、タエ養分が足りてないからだよ!因みに私も足りてないよ!」

「なんと!私の例えは当たっていたのか!」

「ハァ・・・。」

俺とタエの話しで盛り上がる2人を他所に俺は溜息を吐いた。

「お~い!着いたぞ!!」

ザウルが指差す方を見ると高級感が漂う入るだけでも勇気がいりそうな店だった。

店の内装は、土足で歩いて良いのか悩んでしまう程に綺麗でふかふかの絨毯に、今では高級な本物の木を使った机や椅子、それだけでこの店が一般客を相手にしていない事がわかる。

「ふむ・・・。中々良い店だね。」

「だろ!!」

「う~~~!ザウル?私こんなお店来たことないよ?」

「そりゃ、俺が1人でうまい物を食べたい時に来ていた店だからな!」

「う~~~~!!」

「ハァ・・・。」

まったくこの人達は、どこにいようと変わらないな。

その後は、メニュー表を見て俺が目玉を飛び出したりレオが調子に乗って店で最高級の肉を出す様に言ったり、リリアが今度は2人で来ようね♡なんて、ラブラブ空間をザウルと作っていたりと大変だった。そして、最後に俺の誕生日祝いのためにケーキが出てきて俺は感動の余り泣きそうになってしまったりと、本当に楽しい一日だった。

 

あれから二日過ぎて今現在俺は、第一町にあるネフレ本社のビルにいる。第一町は太平洋に作られた人工の島でありここに、ネフレ本社がある。この町の地下では、合成材料を作っておりここから、各国に送っている。

「そろそろ来る頃だと思うのだけれど、遅いな・・・。」

俺は、ビル一階の喫茶店で人を待っている。三時に来ると言っていたのに手元の時計はすでに四時だ。俺が、時計を確認していると後ろから声を駆けられた。

「ごめんごめん!待たせたかい?」

声の主が誰なのか知っている俺は、振り返ることなく返事をする。

「あぁ、ずいぶん待たされたよ。今にも寂しさの余り技術部に突撃を駆けてしまいそうやったよ。」

「私はそれでも構わないけどね?私服姿でウイングマークと社員証を付けないでウチに突撃したら、スパイと勘違いされて取り調べされることになったかもしれないよ、キミ。」

そう言いながら、俺の前の席に腰掛ける。

「相変わらずだな、メル。」

「そう言うキミも相変わらずだね、和真!」

俺が待っていた人物、メルヴィナ・アードヴァニー、インド出身で父親がインドの先進技術部で働いていた頃レオと知り合い、オーストラリアに難民として連れてこられたのを知ってネフレに誘った。もちろん、裏の事を知っている。ネフレでは、家族皆技術部で働いており優秀であると聞いている。普段のコイツを見ていればそんな風には見えないが。

「それよりもだ・・・。」

「解っているよ。愛しのラブリーエンジェルはちゃんと連れてきているよ。」

メルが鞄を開けると中からタエが飛び出して来た。俺は、それを受け止め撫でまくる。

「元気にしていたか?」

「にゃ~!」

タエは喉をごろごろ鳴らして甘えてくる。

「本当にバカップルだね、キミ達は。・・・あぁ~、毎日忙しい中でタエの世話を欠かさずにしていて、おまけに毛繕いまでしたのになぁ~。和真は、イチャイチャを見せびらかすだけなのかにゃ~。」

「解っているよメル、報酬は何が良い?」

「さすが話しが解るね!大将!!」

「俺は、少尉だ・・・。」

「細かい事は気にしない気にしない、些細な事を気にしていると禿ちゃうよ?」

「くっ・・・。」

俺は、自分の髪を何かから守る様に右手で抑える。

「ぷっくくくく!そんなに、気にしなくてもまだフサフサじゃよ!まぁ、将来は解らないけどね?」

弄られるのが嫌な俺は、話しを変えようとする。

「それで、報酬は?」

「そうだねぇ~。最近出来たばかりのケーキ屋があってね。そこのケーキが食べたいなぁ~。」

「了解、お手柔らかに頼むよ。」

「それは、私の胃袋が決めることだからなぁ、解らないなぁ~。」

俺は、財布の中身を確認し、今月生きていけるかなと深く溜息を吐いた。

そして、歩くこと20分とうとう付きました、新参でありながらすでに顧客満足度№1のケーキ屋!その名も、糖分スウィーツ(笑)―――。

「えっ、何この糖尿病まっしぐらな名前は・・・。それに(笑)ってなに!?」

「今日はツッコミが冴えてるね~、和真!」

「誰もツッコんでないの!?おかしいだろ、この名前?」

「気にしない気にしない、美味しければ無問題だよ、キミ!」

「あれ?俺がおかしいのか?あれ?」

俺は、頭を抱えるがメルがさっさと入店するので慌てて着いていく。

店内は至って普通のケーキ屋で、1つ言えるのがカップル率が半端ないことだ。

メルが勝手にオーダーを頼みに行き、俺は席を確保することになった。

なんとか席は確保できたが、周りはカップルだらけで肩身が狭いしかも、タエを頭に乗せている俺は、かなり目立っていた。

「やぁやぁ!お待たせぇ~!」

俺が縮こまっているとメルがトレイに大量のケーキを乗せやってきた。

「おま・・・、どんだけ食う気だよ!!」

「はぁ・・・、和真は誰かさんのおかげで技術部に缶詰になっている乙女にそのような事を言うのかね?」

「ぐっ・・・。」

それを言われると何も言い返せない。

「はい、これはキミのでこっちはタエの分。」

最後の言葉に俺はピクリと反応する。

「・・・なに、猫用のケーキまであるのか?」

「当然!この店は頼めばなんでもケーキにして出してくれる夢の様なお店なのだよ!」

メルが無い胸を張って威張る。

「なん・・・だと・・・!」

この店は要チェックだ!!タエ専用のケーキを作ってくれるとは・・・、解っているじゃないかパティシエ!!

俺が、オープンキッチンの奥でケーキを作っているサンタクロースみたいな男に熱い視線を送るとこちらに振り向きもせずに、握りしめている手をこちらに向け親指をグッと持ち上げる。・・・惚れちまいそうだぜ、オヤジ!

「和真もこの店の良さが分かったかな?」

「あぁ!ケーキを食う前に胸が一杯だ!!」

それからは、ケーキを食べるのに必死になった。もちろん、タエには俺が食べさせている。

「ラブラブだね、もういっそ結婚しちゃいなよ。」

「俺とタエはそんなんじぇねよ。それより、メルの方はどうなんだよ?前にアメリカでおもしろい男と知り合ったって言ってたじゃないか。」

俺がそう言うと、メルはフォークを置き遠くを見つめる。

「ウィルのこと?彼とは、手紙のやりとりをしているだけだよ。それに、向こうは衛士・・・。なかなか会えないしね。」

おっ、この反応は・・・。脈ありか?

俺が、根掘り葉掘り聞きだしてやろうとすると、メルが立ち上がる。

「さて、満足したしそろそろ戻ろうか?お会計よろしく!」

解っていたことだが、会計をした俺の財布の中身はすっからかんになってしまった。

 

本社ビルに戻ると、レオが格納庫に来いと言っていると言われ俺達は格納庫に向かった。

格納庫には、レオと兄貴が俺達を待っていた。

「五六和真少尉まいりました!」

「メルヴィナ・アードヴァニーまいりました!」

俺とメルは敬礼をし2人が答礼を返して手を下す。

「和真もメルもそう固くならないでくれ・・・。こちらの肩が凝っちゃうよ!」

レオが肩を回しながらおどける。

「相変わらずですね、社長?」

「メル君も相変わらずチッパイな。」

レオはメルの一部を見て言う。メルは社長の視線に気づき胸を両手で隠しながら後ずさる。

「社長・・・。セクハラやで?」

「何を言うんだね和真君!私の視線には、母性が含まれている・・・。つまり、私が凝視した胸は大きくなるのだよ!!」

メルの背後に大きな雷が落ちた。

「なっなんだってぇーーー!?」

さらにレオの演説が続く。

「考えてみてくれ・・・。なぜ、リリアの胸があんなにも大きいと思う?」

「それは・・・。」

俺が、言おうとするとレオが掌を俺の眼前に突き付け黙らせる。

「イヤ!皆まで言わなくていい・・・。そうとも!リリアの胸は私が毎日凝視していたからこそあそこまでのバストになったのだよ!!」

レオの言葉を聞きメルが思考の海に入ってしまう。

「お~い!帰って来~い!」

俺が耳元で声を駆けてやると、ハッ!と気がついたメルは、目に涙を溜め上目使いでしかも首を傾げる+αのコンボで問いかけてきた。

「やっぱり、男は大きい方がいいのかい?」

くっ・・・!何をトキメイテいるんだ俺!!気をしっかり持つんだ!!

俺はなるべく優しく笑いかけ、メルを諭す。

「大丈夫だよ、メル・・・。小さいのにも需要はちゃんとあるから・・・。」

次の瞬間には、メルの拳が俺の顔面深くまでめり込んでいた。

「み、皆・・・。脂肪の塊に潰されて死んでしまえ~~~!」

メルは泣きながらどこかに走り去って行った。

「くくくくくくっ!!メル君は、おもしろいな!」

ツッコミたいたが顔面が変形している俺には言葉を口にすることができない。俺が困っていると、頭の上に居たタエが前足を器用に使い顔を整えて行く。

「ふぅ~!ありがとうな、タエ!!―――レオ、余りメルをからかうのは勘弁したってや?」

「何故だい?こんなに楽しいのに・・・。」

「臍曲げられて、新しい物作ってもらえんくなったらどうするんや?」

「・・・確かに、それは困るな。解った、機嫌を直してもらう為にプレゼントをしよう!・・・Dカップのブラジャーを送ったらどうなるだろうか。」

レオは顔をニヤァと歪め次の悪戯を考えていた。

「もうどうにでもなれ・・・。」

諦めた俺に今まで静観を決めていた兄貴が話しかけてくる。

「こうなった社長は当分帰ってこない、仕方ないが俺達は先に行くことにしよう・・・。」

「解ったよ・・・、兄貴。タエ、メルを慰めてあげてくれないか?」

俺の問いに、タエは尻尾で俺の後頭部を一度叩きタエを追いかけて行った。

そして俺達は1人、グフッグフフフフフフフ!!と不気味に笑うレオを置いて先に進むことにした。

広い格納庫の最奥まで行くとザウルとリリアが待っていた。

「あれ?2人も呼ばれてたんか?」

「和真もか!こいつは何かありそうだな!!楽しみだ!」

1人勝手に何かを理解して楽しんでいるザウル。

「兄貴~!レオは~?」

そんな中、リリアがレオがいない事に気が付いた。その答えを兄貴が返す。

「社長は遠い世界に旅行中だ!しばらくすれば戻ってくる筈だぜ?」

「わかった~!」

兄貴は説明を終えると唯の壁に手を当てる、すると壁が扉の様に開き通路の先にもう一つ扉が現れた。

「おら、行くぞ!」

呆ける俺を兄貴が叱咤し先に進ませる。通路の先の扉にカードを差し込むと扉の奥で重たい物が動き回る音が聞こえてくる。そして、扉が開くと左方向に進む通路が現れた。俺は、不思議に思いながらも皆に続き先に進む。進んだ先には、地面から蛍光灯の明かりがあるだけの暗い場所だった。おそらく格納庫だろう。

「兄貴、さっきの道のりは?」

「あぁ・・・。隠し扉の先の通路は、通路の壁自体が人物認証を行っていてな?登録されてない奴はまずあそこで死ぬ。そんで、次の扉だがカードの挿す位置で進む箇所が変わるんだ!盗まれても良い機密は真っ直ぐの通路の先にある。右側は兵器・情報関連で今いる左側は、試作改造の戦術機格納庫、そんで一番の機密に行く通路は下に向かう通路になる。

解ったか?」

「解ったよ、兄貴!」

「じゃ、これを見てくれ!」

兄貴がそう言い近くの壁にあったボタンを押すと天上のライトが一斉につき暗闇を一瞬で薙ぎ払う。そして、闇の中から三体の巨人が姿を現した。

「「――――ッ!!」」

リリアとザウルは、右側にいる戦術機を見て息を飲む、俺はその様子に違和感を感じていた。

すると、突然後方から声がかかる。

「紹介しよう!!」

「うわっ!!」

突然後ろからレオが現れた。そのせいで俺は驚いて声を出してしまった。

「左の戦術機の名は、ヴァローナ(ロシア語でカラス)、今ギャンブル中隊で使われている戦術機をさらに改良発展させた戦術機だ。コイツは、ソ連のジュラーブリクの開発データを得た我々が、独自に作った戦術機だ。・・・だが、ネフレがまだ若かった時に一部データがソ連に渡ってしまってね。ソ連に行くことがあったら良く似た戦術機があるかもしれないな。」

「―――って!何でソ連のデータもっとんねん!」

俺がそう言うと、ザウルとリリアの顔が曇る。だが、俺はそれに気が付かないでいた。

「オイオイ!和真君、我々の協力者は世界各地にいるし諜報員もまた同じだ。ソ連で似た戦術機があるかもしれないと言ったが、自信を持って言えるね!中身は別物だ。渡ったデータの中には、機密の部分が少なかったし、その当時のブラックボックスの部分のデータも今の我々には必要の無い物だからね、今使われているヴァローナは根こそぎ変えてしまっているよ?つまり、コイツはそのヴァローナすら上回る近接バカの戦術機なのさ!!」

オイオイ・・・、無茶苦茶な戦術機だな。

「続いて真ん中の機体だが、名前はヴェルター(ドイツ語の番人)、オールネフレ産の戦術機だ!コイツは、今我々が作っているハイヴ攻略戦術機スピリットの試作戦術機だ。この戦術機はすべてが、試作段階の戦術機で何かとバグが発生すると思うがよろしく頼むよ。」

俺は、その話しを聞いて口を開けてしまう。

「まぁ、驚くのも無理はないだろうね!でも、コイツ自身がすでに他の戦術機を凌駕する性能を引き出すこともできる可能性を秘めた戦術機であることも事実だよ!」

俺は、レオの言葉に溜息をつきながら言葉を返す。

「・・・自信ないんですか?」

「まぁ、乗る衛士しだいだからね?うまくコイツを使いこなす事ができれば問題ないし、できればそうあって欲しいね。もし、そこで問題が発生したら、スピリットの開発にも影響するからね。まぁ、見た目は変な感じだけど、武装を着けたらもっと変になるから楽しみにしていると良いよ!!」

俺は、もう一度その戦術機を観察する。

今は、武装がつけられていないのでお世辞にもカッコいいとは言えない。細くて長い脚、地面に着きそうな細い腕、腕と脚が長いせいで小さく見える後ろにひし形の物体が飛びだしている胸部、そして、まだセンサーマストすらつけられていない頭。全体を見たら人型でありながらその異形な姿から胴体が小さくなったリトル・グレイに見える。

「最後に右側の戦術機だが、F-22AラプターEMD Phase2先行量産型の改造機、リリアとザウルにとっては、見たくもない戦術機だろうが我慢してくれ・・・。」

レオは哀愁を漂わせながら話しを続ける。

「まぁ、私も二度と見たくない戦術機だが、この戦術機は射撃に関しては非常に優秀でねこの戦術機から取れるデータは貴重な物になるはずだ。」

レオがザウルとリリアに解ってくれと話す。

「・・・この戦術機が優秀なのは、嫌程知っていますからね・・・。」

ザウルが目を細め眉を寄せながら、了解の意を伝える。

レオはそれに頷くことで返し、説明を続ける。

「これらの戦術機を紹介したのは、ユーラシアが予想以上の速さでBETAに占領されかけているからだ、我々には時間が残されていない。だから予定を繰り上げてこの戦術機達を用意した。そして次からは、この戦術機達でテストをしていく訳だが、ヴェルターはまだ完成していない、よってヴェルターに乗る人にはケアンズに帰ってから別の戦術機を用意してあるからね。少しの間はその戦術機で他の2人のテストに付き合ってくれ!では、どの戦術機に誰が搭乗するのか発表する!」

俺達は、待ってましたと姿勢を正す。

「まずヴァローナだが・・・、ザウルだ!この戦術機の兵装は、射撃兵器を殆ど無くしその代わりに、近接スピード特化の戦術機に仕上げている。そして、スピリットの近接兵装の実験を主にする、良いデータを頼むよ!」

「了解!!」

「続いてヴェルターだが・・・、和真君だ!この戦術機は、他の二つの戦術機と違い新概念の武装の実験をしたりする。ある意味一番危ない戦術機だが、この戦術機から取れるデータは、今後のネフレにとって貴重な物になるはずだ。・・・期待しているよ?」

俺は、プレッシャーに震えるがこれは武者震いだと自分に言い聞かせてレオを見た。

「了解!」

レオは、俺に頷き返した後、首を重たそうにリリアに向ける。

「最後にラプターだが、すまないリリアこの戦術機に乗ってくれるか?」

リリアは一瞬眉を寄せ不快感を露わにするが、すぐに表情を戻しザウルに構わないと告げた。それにたいしレオは、すまないと短く小さな声で返した。

「この戦術機では、スピリットの狙撃兵装の実験を主にする、よろしく頼むよ。」

「了解!」

「他の細かい事は、後に説明するからね!」

俺は、新しい戦術機に対して心を躍らせていたが、リリアの戦術機が気になり聞いてみることにした。

「1つ良いですか?」

「何だい?和真君。」

「リリアの戦術機はどうやって手に入れたのですか?」

レオは、少し考えてから近くの大型ディスプレイを起動させ画像を表示した。その画像は、数多の戦術機が実弾で攻撃しあう人と人の戦争の姿だった。

俺はその画像に息を飲み、リリアとザウルは表情を無くす。

「ここに写っているのは、リリアの戦術機になるF-22AラプターEMD Phase2先行量産型・・・。この戦術機は表向き、12機作る予定の所をアメリカの予算削減のため9機しか作られなかった戦術機となっているが、実際は12機すべて作られていた。じゃあ、残りの三機はどこに行ったのか・・・。それは、大西洋の合成材料製造所、第二町に来た。しかも、F-15Eストライク・イーグル36機を引き連れてね。」

俺は、大方予想が付いていたが聞き返した。

「・・・一体何が目的で?」

「我々の事を恐れた組織が、当時そこにいた私や計画の主要メンバーを消しに来たのだよ。」

俺は驚愕した。最新衛の戦術機と大隊規模のストライク・イーグルを出撃させる。こんな規模での闘争はもはや戦争だ!ただ、一組織の幹部を殺すためだけに戦争をしかける。しかも、場所は多くの人が住む町だ!そんな所を戦術機で攻撃したら最悪、第二町自体が崩壊してしまうかもしれないんだぞ!そして、BETAに国土を奪われた人達の食糧を作っている場所を攻撃するなんて、正気の沙汰じゃない!

俺は、知らないうちに手から血が流れる程に握り閉めていた。

「まぁ、第二町にはトランプ中隊とリリアとザウルがいたから返り討ちにしたけどね?」

俺は、聞きなれない部隊の名前に首を傾げた。

「あぁ、教えて無かったね!ネフレ特殊防衛戦術機大隊トイ・キングダムの1つの中隊の名前だよ。その他にもチェス中隊とギャンブル中隊がある。チェス中隊は守り、ギャンブル中隊は攻め、そして両方をこなせるネフレ内でのエース部隊がトランプだ。情報が知りたかったら、機付長から聞けばいいよ。」

そんな部隊がいたなんて知らなかった。でも、良く考えると解ることだ。世界規模での計画なら、その計画を守る部隊が存在するのは当たり前だ。

「話しを戻すね?攻めてきた戦術機部隊だけれど、第二町が射程内に入る前にトランプ中隊とリリアとザウルに損害を出さずに全機撃墜、その後攻撃命令を出した組織はギャンブル中隊が壊滅させ、それに関わっていた者全員を殺した。疑わしい者に関しては、未だに監視を続けている。リリアのラプターは、一番損壊が少なかった物をこちらで修復した物だ。」

俺は、俯きながら考える。すでに、計画を邪魔する奴らがいて、もしかすると俺達も人と戦う時が来るかもしれない・・・。俺に、出来るのか?

黙り込む俺にレオが畳み掛けるように話す。

「和真君・・・。何も今すぐ、人殺しをしに行けと言う訳ではないから安心しなさい。それに、この事件が切っ掛けで各組織は当分の間、攻めてはこない筈だ。何故なら、皆解っているからね。ネフレに手を出すとどうなるかを・・・。それに、ネフレに組する時に私は聞いた筈だ。外道になることを恐れないかと・・・。今さら怖気付いたなんて言わないでくれよ?私は、君なら悪魔になろうとも出来る人間だと思ったから誘ったのだから。」

そうだ、その通りだ。出来る出来ないじゃない、やるしかないんだ!俺達の存在理由を考えるなら、反発する奴がいるのは解っていた筈だ!俺は、俺の願いの邪魔をする奴を排除するだけだ!

「解っているさ、レオ。俺達の計画は、何れこの世界に夢の世界を顕現させる。その邪魔をするなら・・・、殺す事も厭わないさ。」

レオは申し訳なさそうな顔をしていた。

「あぁ、すまなかったね。少し熱くなってしまったようだ。・・・それでは、各戦術機の情報は後ほど機付長より説明を受ける様に、解散!」

「「「了解!」」」

レオは、そのまま兄貴を引き連れ格納庫から出て行った。

レオがいなくなると、格納庫自体が静まりかえり無音の世界が出来上がる。その世界を始めに壊したのは、リリアだった。

「・・・和真。」

この人は、自分を殺しに来た奴が乗っていた戦術機に乗らなければいけないのに俺の心配なんかして・・・。

「大丈夫やで、リリア。俺は、もう覚悟が出来てるハズやから・・・。例え救われない人がいても、その数より多くの人が救えるなら、俺は頑張れるから・・・。」

俺は、これ以上気を使って欲しくなくてそう言って格納庫を後にした。

 

本社ビルに戻ると、メルがタエを抱えながら、うろうろしているのを見かけた。

「どうしたんや?」

俺が声を駆けるとメルは一瞬驚き息を整え俺に訴えかけてくる。

「部屋のカギを無くしてしまったのだよ、和真!」

俺は、何でそんな大切な物を無くすと溜息をついた。

「見かけなかった?」

メルは目線で俺に助けを求める。

俺は、手伝ってやろうと思うがその時頭の中でピーンと閃く。

「・・・メル、探すのを手伝ってやるよ!」

「ほ、本当かい!?」

「その代わり、もし見つけたら例のあの店のケーキ、奢ってくれないか?」

「ぐぬぬぬぬぬ・・・!」

メルは、頭の中で今俺に助けを求めることでどれだけの出費になるのかを計算しているのだろう、顔を見れば容易に想像がつく。

メルが悩んでいると、ビルの入り口からリリアとザウルが姿を現す。

「どうしたの?」

俺に問いかけるリリアに俺は、先ほどまでのやりとりを説明した。

「そっか~、じゃあ私も手伝うよ!!」

「なら俺も手伝おう!!」

リリアにザウルが呼応する。

そんな2人に、メルはまるで天使でも見るかのような目を向けた。

「ありがとう!ザウルさん、リリアさん!・・・和真もそれで手を打つから、手伝ってくれないかい?」

俺は、今日の出費をどうやって返上させてやろうか、と考えながらメルに問いかける。

「どの辺りで無くしたか心辺りはあるか?」

俺の問いにメルは、首を振ることで返答する。

そのやり取りを見ていた、リリアとザウルは考え込む。

「そうすると、簡単には見つからないな!!」

「そうだね~、どうしよ?」

2人が頭を悩ませる中、俺は余裕の表情を見せていた。

その様子に気が付いたザウルが俺に聞いて来る。

「なんだ、和真?カギのある場所が解るのか?」

「俺の場合は、思い出させることが出来るの方が正しいけどな。」

俺の返答に不思議そうな顔をするメルとは対照的にリリアは納得した顔をする。

「なるほどね!確かに和真なら、直ぐに見つけさせてあげる事ができるね!」

「そう言う事!」

俺は得意げに答える。

「えっと・・・、どういうことかな?」

「まぁ、直に解るから・・・。」

俺はそう言うと、メルの頬に両手を添え目線を俺に向けさせる。

「なっ!か、和真・・・!?」

赤い顔で驚くメルを無視して俺は催眠術の準備を整える、その時一瞬父さんの最後の瞬間が頭を過るが俺は首を左右に振り気持ちを落ち着ける。

「メル、俺の目を見るんや・・・。」

そこからは、いつも通りただ誘導するだけだった。

「・・・と言うわけで、部屋の中に置き忘れていただけだったと・・・。」

「感謝するよ和真!それより、さっきのあれは催眠術かい?」

「そっ、俺の特技みたいな物や!!」

俺が、メルに自慢しているとリリアが俺の肩を叩いて来る。

「ねぇねぇ!私もお気に入りのキーホルダー無くしちゃったのだけど、いいかな?」

俺は、日頃世話になっている恩を返せると、快く了解した。

「じゃ、リリア俺の目を見て?」

そして、俺はリリアを誘導しようとするがリリアが反応しないことに気が付く。

「・・・あれ、思い出せないよ?」

「おかしいな・・・。」

それから、何度かためすが結局リリアに催眠術の効果を与えることは出来なかった。

「ごめんな、リリア?」

「私の方こそごめんね?無理に何度もさせてしまって・・・。」

今まで俺の催眠術の効果が表れなかった人はいなかった、俺は初めてのケースに少し落ち込んでしまった。何より、やっとまともな恩返しが出来ると息巻いていたのにこの結果なのだ、仕方がないだろう。

落ち込む俺をザウルが後ろから、肩を抱き俺に笑いかける。

「今度は、俺にやってみてくれないか?」

俺は、汚名返上しようと鼻息を荒くする。

「何を無くしたんや?」

俺がそう問いかけると、ザウルは俺の耳元に口を寄せ小声で言ってくる。

「・・・タバコのライターを無くしちまってよ。」

俺は、ザウルに合せ小声で聞いた。

「タバコ吸うてんの?」

「・・・戦場に行く前にな!」

俺は、タバコがこの世界で物凄く高価な物であることを知っているが、少し興味が出たので聞いてみる事にした。

「タバコっておいしいん?」

俺の言葉が予想外だったのかザウルは一瞬目を瞬かせて、その後嬉しそうに笑った。

「何だ、和真も吸いたいのか?ならライターを見つけてくれた後で、一本吸わせてやるよ!」

俺は、未成年なのに生意気なことを言うな!と怒られると思っていたのに、逆に進めてくるので一瞬固まるが、ライターを見つけることにさらなるやる気をだした。

「了解や!!」

俺はそう言うと、ザウルから一度離れ正面に移動しザウルと視線を交じり合わせる。

「じゃ、俺の目を見て。」

俺は自分の中で催眠術のスイッチをONにしてザウルを誘導していく。今度は成功したようだ。俺は、そのまま誘導する、するとザウルのライターは先程までいた格納庫に置いてきてしまっていたようだ。

俺が催眠術を解くとザウルは俺に感謝するが、直ぐに慌てだした。

俺がザウルの背後を見るとリリアが髪の毛を逆立たせて怒っていた。

「ザウル・・・、タバコは体に悪いって言ったよね?」

ザウルはリリアが言い終わる前に、ビルから飛び出して行く。リリアがそんなザウルを何も言わずに追いかけていった。

「じゃ、カギの場所も分かった事だし私は部屋にもどるね。」

メルは、タエを連れ部屋に帰ってしまう。1人残された俺は、どうしようか迷うが答えを見つけられず、取りあえず歩いてどこかに行くことにした。

 

「・・・で、結局行きつくんわここやねんな。」

俺が、何も考えずに辿り着いた場所、それは撃殲10型のハンガーだった。俺の愛機は初陣の時の傷を癒すことが出来ずに実質放置されている。そして、この傷を見るとあの時の恐怖を思い出してしまう。

俺は、無言でガントリーに上がり撃殲10型の前に来る。

「・・・俺、新しい戦術機を貰えることになってんで?」

俺が語りかけるが、勿論返答が帰ってくることは無い。

「俺は、まだまだお前でも戦えると思うねんけどな・・・。」

俺は、まだ一回しか実戦で戦っていない戦術機だが愛馬のような感情をこの戦術機に持っていた。

 



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鴉と鶴と猛禽類

あれから、二週間たち俺達は新しい戦術機でのJIVESを使っての演習をしていた。

場所は、ケアンズ基地の周りに建物が無い荒野だ。

ジュラーブリクE型、これが殲撃10型の代わりに渡された戦術機。

トイ・ボックスの先代が使っていた戦術機だ。

その人は、2人でこの戦術機を使っていたのだろう席が二つある。俺は、前席で操縦しながら思いだす。

この戦術機は、ジュラーブリクを改良した戦術機でその性能はチェルミナートルを一部上回る。

跳躍ユニットと主機を大型化、OBLへの換装、アビオニクス強化、肩部装甲が変更されており、UFOの様な円盤状のカーボンブレードになっており、なめらかな飛行を可能としている。

殲撃10型の事を忘れられなかった俺のためなのだろう、このジュラーブリクE型にも、複眼の頭部モジュールを装着している。

そのせいで、名前がジュラーブリクE型だと言ったとしても皆殲撃11型と勘違いしてしまうだろう。

機体の色は藍色だ。

左を見ると、ザウルの戦術機ヴァローナが既存の戦術機では取れない動き、鳥のようで餌に飢えた獣のような動きをしている。

真っ黒なその姿はまさにカラス、でもあの戦術機をカラスと名付けたのはきっと、頭部のインパクトが強いからだと思う。

鳥の口ばしの様に、前に二等辺三角形のカーボンブレードが飛びだした姿はまさにカラスだ。

俺が今乗るジュラーブリクE型の発展型になるヴァローナは、肩部の円盤状の装甲に大型のスラスターが付いている。

背部にもスラスターが二機付いており、スピード特化と誰が見ても解る戦術機だ。武装は、胴部のガンマウントにそれぞれ突撃砲があり、両手にはフォルケイソード改、足にはラーストチカと同じ大型モーターブレード、上腕部にもモーターブレードが付いている。

正面から見たら、悪魔に見えるかもしれないな・・・。

斜め右後ろを見ると、リリアの真っ赤なラプター。

この戦術機は見た目特に大がかりな改造はしていない、各部間接や主機、跳躍ユニットを強化したくらいだ。

それでも目につくのが、その武装だろう。

120mm水平線砲・・・。

水平線にいるレーザー級を殺す事ができるそうだが、実際の所出来るのか解らない。

衛士の実力もあるだろうが、俺はリリア以外には使いこなす事が出来ないと考えている。

この狙撃銃には、試作となった銃が存在していて、ソイツは1200mmの弾丸を撃つそうだが、どんな化け物銃だよ!と突っ込んだのは割と最近だ。

原理は砲身内に並べられた薬室が順次点火していき、初速を早くするらしい。

見た目は戦術機でも持てるサイズになっているが、全長が戦術機と同じか少し小さいくらいだ。俺が持った所でうまく扱えずにデッド・ウェイトになるのは解りきっている。

ここ最近はリリアに狙撃の練習に付き合って貰っているが、リリアの腕は異常の一言で済まされるレベルなので、そのリリアでさえも扱いずらいあの銃は俺なんかには到底扱えない物だろう。

兄貴にその事を相談したら、砲弾にコンピューターを取り付けて二度砲弾側面の火薬パレットを爆破し制御して目標に命中させるため、狙う必要が最低限で良いようにしてくれたが、それだとせっかく世界共通で使っている120mm弾を使えないので、リリアに却下された。

だが、俺は知っている兄貴が実はその砲弾を作り続けているのを・・・、いつかリリアにばれたら、「余計な事にお金を使って!」と怒られるのだろうな。

それと、弾倉は背部のウエポンラックに弾倉コンテナを背負っている。

このせいで機体重量が増しているが、元々の戦術機が優秀なのもあり、イーグル位の速度は出すことができる。

俺が、どこの誰かに説明している間に突撃級が目の前に来る。

俺は、その突撃級をフォルケイソード改で下から掬い上げ剣の柄を地面に埋め込み足で固定して、突撃級とフォルケイソード改で人の字の形にする。

「ふぅ~、危な。」

俺は、その陰に隠れ一息ついていると目の前の突撃級が弾け飛ぶ。

「おわッ!!」

俺は、すぐに剣を拾い上げ後ろに跳躍した。

すると、俺の両隣りに銃を構えるラプターと血まみれのヴァローナが来た。

「和真、今の判断は間違いだよ?あの場合は固定せずに持ち上げた段階で殺さなきゃ。」

リリアが俺に通信越しで注意する。

「ご、ごめん・・・。」

「いいじゃねぇか!あれだけ、接近されて損傷しないだけ和真もレベルが上がったって事だろ?」

すかさずザウルがフォローしてくれる。

俺が入隊した当初は、ザウルが俺の間違いを正してくれていたが、初陣から帰るとリリアがそのポジションにいた。

おかげで、ザウルは仕事を奪われたと最初の内は愚痴っていたらしい。

まぁ、今では子供を叱る母親からさりげなく子供を慰める父親のポジションにいるが。

「もぅ~ッ!ザウルは和真に甘いよ~!」

「そんな事は、無いと思うけどな~?」

そんな緩い雰囲気の会話をしているが、仕事はきっちりこなしている。

BETAの群れが割れ重光線級や光線級が姿を現すと、リリアがそうなる事が解っていたかのように、的確に撃ち殺していき。

その間に近づいて来る小型種や大型種、主に戦車級を俺が殺していき、突撃級や俺が捌ききれない大型種をザウルが斬り殺していく。

これが、今の俺達の一番効率が良い戦術だ。

フォーメイションは、Iや∴や―などを特に指示も無しに変更していきBETAの海を掻き分けて行く。

俺の中では、もう当たり前の事だが、出会った当初はここまで息のあったコンビネイションを取れるとは思っていなかった。

俺は自然と笑顔になる。

「どうしたんだ、和真?」

そんな俺の様子に気が付いたザウルが聞いて来る。

「俺達三人が揃ったら、最強かも知らんなと思ってな?」

俺の言葉を聞きザウルとリリアは一瞬呆けるが、直ぐに笑顔になる。

「かもしれないじゃなくて、最強だ!」

「もう、ザウル!そんな事を言ったら和真が調子に乗っちゃうでしょ!?和真良い?和真はもっと強くなれるのだから、これくらいで満足しないで頑張らなくちゃいけないんだよ?」

リリアは直ぐに笑顔を取消、私怒ってます!!みたいな顔をするが、元々可愛い顔付のリリアは、そんな顔をしても全然怖くない。

俺は、その顔に笑いそうになりながら返事を返す。

「解ってるよ、俺はもっと強くなって2人を守れるくらいになるから、もう少し待っててな?・・・お姉ちゃん?」

俺のお姉ちゃん発言を聞き、リリアは一気に狼狽える。

「えっ・・・エッ!!い、今和真、私の事お姉ちゃんって!!も、もう一回言って!!」

そんなリリアを笑いながら要塞級をザウルと共に斬り殺す。

「嬉しいのは解るが、今は演習に集中しよう。なっ、和真?」

「了解!」

俺はザウルに乗っかりリリアをからかう。

「もぅ、二人とも!!」

リリアは頬を膨らませ抗議するが、俺達は笑ってごまかし演習を続けた。

演習を終えた俺達は、レオに呼ばれ格納庫に向かった。

「やぁ!待っていたよ。」

レオは、徹夜明けの壊れたテンションで俺達を迎え入れる。

「また会議なん?」

「あぁ、最近は特に忙しくてね。シャワーを浴びる暇すらないよ!ハ~ハハハハッ!!」

レオは、何とか眠気を吹き飛ばそうとしているのだろう、無意味に腰に手を当て大声で笑う。

「それで、俺達を呼んだ理由は?」

ザウルが痺れを切らし先を促す。

「あぁ、君達を呼んだ理由は和真君の新兵装が完成したからなんだ!!」

そんな話しを聞いていなかった俺は思わず聞き返す。

「新兵装?」

だがレオは、俺の質問を無視して歩き出した。

「ついて来てくれ!!」

俺達がレオの後を着いていくとシミュレーター室だった。

「ここに、新兵装に換装したジュラーブリクのデータを入れているから今からザウルと模擬戦をしてくれないか?」

「今から!?」

俺は、まだ試したこともない武装でザウルと戦わされると聞き思わず叫んでしまう。

「30分、時間を上げるからその間に和真君は兵装の特性を掴んでくれ。じゃ、結果は後で教えてくれると助かるよ。私は今から少し眠らさせてもらうからね。」

レオは言いたい事だけを言い残しシミュレーター室を出て行った。

「それじゃ、始めるか・・・。」

ザウルが溜息を零しながらそう言った。

 

30分後だいたい兵装は理解した。

今回変わったのは脚部だ。

脚部全体は一回り大きくなっており、下腿部からスカートの様に広がった装甲をしている。

なんでも、戦術機でホバー移動が出来るようにスラスターを着けているそうだ。

脚部が一回り大きくなっているのは、普段の装甲の上にホバー用の装甲を着けているからで、装甲と装甲の間に燃料タンクがあるらしい。

燃料がなくなるとパージが可能だ。

このホバー移動のおかげで本来主脚で走りながらの射撃では、射線軸が地面の凹凸で若干のブレが生じるが、これのおかげでブレルことなく射撃が可能となっている。

また、主脚で走ると足関節に少なくない負担をしいることになるがその負担も無くすことが出来るので、戦場での可動率が大幅に上がることになる。

これの装備に伴い下腿部前のカーボンブレードを大型モーターブレードに変更している。

今から、ザウルとの実戦だ!

戦術機のスペックでは、あちらの方が上だが今回は勝ちに行くわけでは無い。

俺が、どれだけ成長したかを見て貰うための戦いだ!

俺が意気込んでいると戦闘開始の合図が出された。

俺は早速脚部スラスターを使いホバー移動を始める。

速度メーターは400だ。主脚での走行ではこれだけの速度を出すことはまずできない。

俺は、市街地を滑るように移動しザウルを正面に来させるように移動する。

ヴァローナの瞬間加速は洒落ではすまない速度を出す。

並の衛士なら良くて吐血、悪くて死亡クラスの速度を出す。

だが、ほぼ近接兵装しかつんでいないヴァローナは確実に当てる事が出来、距離も離れている場所では良い的になる。

俺は、ザウルを誘導するように誘いをかけ移動していく。

そして、直線距離が10kmほどあり道幅が戦術機一体が通れるほどの道に誘い込むことに成功する。

俺は、即座に跳躍ユニットを前面に展開し急速後退し道の分岐点で待ち構える。

そして、ヴァローナが姿を現した瞬間に背部の突撃砲を合わせ合計四つの突撃砲の一斉射をする。

だが、ヴァローナは膝を曲げ体を後ろに倒し、地面スレスレをリンボーダンスのように進んできた。

「――――マジかよ!!」

俺はたまらずに銃口を下げるが、その瞬間にヴァローナは左肩スラスターを噴射しまるでバレルロールのように移動し銃弾を回避する。

俺はこの時点で作戦が失敗した事を悟り、急いで移動を開始しようとするがすでに遅く、ヴァローナはこちらに向かって来ていた。

俺は、逃げきれないことを理解し装弾数を無視してこちらに向かってくるヴァローナに再び発砲する。

ヴァローナは突然飛び上がり、曲線を描きながら向かってくる、しかも体を捻りながら・・・。

そして、オーバーヘッドキックの様に俺の頭部をその下腿部の大型モーターブレードで削り斬りに来る。

俺は、即座に右手の突撃砲を捨て上腕部のモーターブレードを展開し受け止めた。

俺は、居ても立っても居られずザウルに通信を繋ぎ抗議する。

「何を戦術機でムーンサルトしとんねん!!」

俺の抗議にザウルは笑いながら答える。

「キレイに決まっただろ?10点だな!!」

「いいや、0点や!!」

俺は、左の突撃砲でヴァローナを撃とうとするが、ヴァローナは体を回転させ左足の大型モーターブレードで突撃砲を切り裂く。

そして、その勢いで地面にへばりつくようにしゃがみ左足を軸にして回転し、右足の大型モーターブレードでジュラーブリクの両足を切断しようとする。

「まだまだーーッ!!」

俺は、脚部のスラスターを使い空中で足を屈める。

ヴァローナの足が通過する瞬間に左足の大型モーターブレードを展開ししゃがむヴァローナの頭部を蹴りつけようとするが、ヴァローナは俺の下を通り俺の後方で起き上がりフォルケイソード改のロケットを噴射し俺を叩き潰そうとする。

俺は、背部兵装担架の突撃砲を使いそれを防ごうとするが、それごと叩き切られてしまった。

俺の画面は瞬時に切り替わり、シミュレーターが終わった事を知らせる。

「ハァ~、もう少しいけると思ってんけどな・・・。」

俺はシミュレーターから降りながら愚痴を零す。

「和真は、もうちょっと射撃の精度を上げないといけないね!」

そんな俺にリリアが今後どこを重点的に鍛えて行くかを話していく。

「だが、結構良い線行ってたと思うぞ!!」

ザウルが話しに加わってくる。

俺は、二人にアドバイスを貰うことにした。

「どうすれば、リリアみたいに射撃がうまくなったり、ザウルの様に近接戦が強くなったりするんや?」

俺の問いにまずリリアが答えてくれた。

「射撃も近接戦もだけど、戦いにおいて経験が一番大切かな?後、心がけていることは、当てようとして撃つのじゃなくて、すでに当たってると思って撃ってることかな。」

「俺も、リリアと同じだな!経験を積んでいると言うことはそれだけ、場数を踏んでいると言うことだ!相手がBETAであれ人であれ、だいたいは似たような行動をとる。そこで、うまく立ち回るために経験は一番重要なことだ!だが、中にはその経験を上回る奴が出てくる。そういったBETAや人に勝ために、絶対的な自信を持つことが重要になってくる訳だ!そして、その自信をつけるために日々訓練をする。訓練をすることで、自信はつくし経験値も上がるまさに一石二鳥だな!!」

「う~ん、よう解らんな。」

「まぁ、いずれ解る時が来るさ!それじゃ、結果を報告に行くか!」

俺達がシミュレーター室を出ようとすると、レオと兄貴が入ってきた。

「やぁやぁ、終わったようだね!結果は・・・、ザウルの勝ちのようだね!」

レオは俺の顔を見て分かったらしい、続いて兄貴が話しかけてくる。

「和真、ホバーはどうだった?」

「俺の意見としては、不要かな。」

「意見を聞かせてくれ。」

「まず、地表を高速で移動出来るのは確かに良い事だけど、使える場所が限られてくる。ホバーを使うなら、BETAに平らに均された大陸では有効だと思うけど、市街地とか障害物が多い場所では移動できる場所が限られて、むしろ邪魔になってしまう。だから、BETAが大量にいるハイヴ内でももちろん使えない。ホバーを装備するなら、増槽を装備した方が良いと思うんや。でも、今は必要ないだけで何れ大陸内部のハイヴを落とす時は、周りのBETAを殲滅するために有効な移動手段やと思うで?」

「そうか、分かった!良い意見をありがとうよ和坊!!」

兄貴はそう言うと急いでどこかに向かった。

おそらく何か良い案が浮かんだのだろう。

「それじゃ、私達は食事に行くとしようか。」

レオが俺達に食事を提案し俺達はその案に乗ることにした。

 




ヴァローナ(鴉)ジュラーブリク(鶴)ラプター(猛禽類)です。

ヴァローナは、胸部をYF-23のようにしたビェールクトでその他の違いは本文の通りです。
ジュラーブリクE型ですが、Su-35を想像していたのですが、まだ愛称が無い事からこの名前にしました。何か、良い名前がありましたら教えて頂けたらと思います。

只今アニメ、トータル・イクリプスの帝都燃ゆにどう主人公達を絡ませるかを考え執筆しています。投稿速度が遅くなるかもしれませんが、わざわざこの話しを読んで下さっている人がいる限り頑張ろうと思います。これからも、お付き合い頂けたら幸いです。


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月の姫、花の騎士

1998年6月

現在俺達トイ・ボックスがいる場所は、日本の大阪湾に浮かぶ人工島、関西防衛島基地である。俺の元居た世界では、ここには関西国際空港があった。

だが、驚くのはその大きさだ。

だいたい関西国際空港の四倍の大きさがあり、この場所には海軍、本土防衛軍、斯衛軍からなる西日本並びに帝都防衛の重要な拠点でもある。しかも、琵琶湖と運河をつなげているためここから、戦艦をすぐに移動させることも可能となっている。

俺達がいるのは基地のほぼ中心の司令部である。まぁ、中に呼ばれたのはレオと護衛の数人で、俺達トイ・ボックスは廊下で待たされている。

俺達がここに来た主な理由は、何でも日本に渡した新兵器の状況確認と他にも色々と交渉するらしい。まぁ、表に出せる兵器なのだから俺達には必要の無い物か、それ以外の思惑があってのことなのだろう。

俺達が呼ばれたのは、日本の最新戦術機と模擬戦をさせて貰えるからなのだそうだ。

今の日本帝国の実力を肌で感じることが出来る貴重な機会を作って貰った訳だ。

因みに、ここでは俺達はネフレの開発部門に携わるレンタル国連軍の衛士としてきている。

「はぁ、後何時間待たされるのやろ・・・。」

俺達はかれこれ、五時間は待たされている。

「もうッ!そんな事言っちゃダメでしょ!」

そんな愚痴を零す俺にリリアが注意してきた。

「まぁ、良いじゃないか和真。俺達はこの後、日本の最新戦術機と戦わせて貰えるのだから、しかもまだ実戦配備されていない戦術機と戦える機会なんてそうそう無いことだぞ。つまり、俺達はラッキーだってことだ!その幸運のための苦労ならこれくらい我慢しないとな?」

俺達が話し込んでいると扉が開き中からレオが姿を現す。

「やぁ、待たせたね!」

レオの様子を見るとどうやらうまく行ったみたいだ。

「それじゃ、お待ちかねの模擬戦をしに行こうか!」

そのレオに俺は質問した。

「社長!」

「なんだね、和真君?」

「今回の模擬戦、勝ってしまっても構わないのですか?」

「もちろん!我々の力を日本の偉い人達に見せつけてやると良い。」

「「「了解」」」

俺達は待ってました!と口元を歪めレオに返事を返した。

 

俺は、今この関西防衛島基地の演習場近くにある格納庫にいる。

俺の前には、日本帝国斯衛軍の戦術機になる武御雷が聳え立っている。

その姿は、まさに鎧、嫌甲冑と言った方が良いか・・・。

全身がカーボンブレードで埋め尽くされており、近づく物は切り裂くと無言の圧力を放っている。

戦車級にとっては悪魔となるであろう戦術機だ。

しかも、近接戦闘に特化したこの戦術機はBETAと味方が入り乱れる混戦状態の戦場でその真価を発揮するのだろう。

俺は、その禍々しくも美しい姿に見とれていた。

「カッコいいでしょ!こんな戦術機は他所では作ってない筈よ?」

俺は、声を駆けてきた方向に振り返り階級章を確認して慌てて敬礼する。

相手の人は、それに自然な流れで答礼を返してきた。

相手の人を良く見る。

その人はおそらく俺の対戦相手になるのだろう、衛士強化装備を身にまとっている。

その強化装備が零式強化装備なのがこの人が、斯衛軍なのだと知らせてくる。

しかも強化装備服の色を見るにこの人は、五摂家の人間だ。

五摂家とは、煌武院、斑鳩、斉御司、九條、嵩宰の五つの家の者達をそう呼ぶ。

この中から、日本の全権を任される政威大将軍が選ばれる。

俺が元居た世界の日本では、考えられない事だが、この世界の日本ではそれが当たり前なのだ。

「はっ!余りの姿に少々見とれていました。」

「あははははははっ!!余りの姿って、確かに見た目怖いけど!」

つい本音が出てしまった俺は、慌てて言い繕う。

「で、ですが!鬼の様な姿は泣いている子も泣き止む程の威圧感を・・・、あっ。」

「ハハハハハハハハハハハっ!!もうダメ、お腹痛い~~!」

俺の目の前で、腹を抱えヒーヒー言っているこの人が、俺の対戦相手なのだろう。

俺はその時、自己紹介をしていなかったことに気が付き、慌てて自己紹介した。

「あ、あの~自己紹介させて頂いてよろしいですか?」

「は~は~っ!あぁ、そう言えばまだだったわね。私は帝国斯衛軍所属 嵩宰 恭子(たかつかさ きょうこ)少佐よ。今は、この武御雷のテストパイロットをしているわ。」

「はっ!自分は国連太平洋方面第九軍所属、五六和真少尉です。今はネフレでテストパイロットをしています。」

「あなたが、私の対戦相手ってことね。お互い最善を尽くしましょ!それじゃ、五六少尉、また後で!」

「はっ!」

嵩宰少佐は、俺にウインクを一回しその場を離れて行った。

俺は、五摂家の人間はもっとお堅い人達だと思っていたが、どうやら違うらしい。

もう一度、武御雷を見上げその姿を目に焼き付け俺もその場を後にすることにした。

 

俺は、ジュラーブリクE型に乗り武御雷と対峙していた。

今回は、格闘戦の模擬戦なのでお互いに突撃砲は持っていない。

俺は、モーターブレードを展開するが相手の武御雷は何も展開しない徒手空拳である。

いくら、近接戦に自信があろうともこれは舐めすぎだろと思っている時にCPから、模擬戦開始の合図が出された。

「先手必勝!!」

俺は、右手のモッターブレードを相手に突き刺すように前に出しながらロケット噴射し急接近する。

棒立ちの相手の胴部にモーターブレードが迫り、あと少しで当たると言うところで相手の武御雷は半歩左足を前に出して回避し顔面を掴もうと左手を前に突き出してくる。

「やらせるかよッ!!」

俺は、跳躍ユニットを使い機体を180度回転させ回避し、そのまま肩部円盤状のブレードベーンで軸足を斬り落とそうとする。

だが、相手は足を一瞬浮かせることで回避した。

それに気が付いた俺は、すぐに足の大型モーターブレードを展開し縦軸に回転しオーバーヘッドキックで相手を両断しようとする。

相手はそれを両手上腕部の00式近接専用短刀を展開し頭の前でクロスさせ受け止める。

俺は振り切るのは戦術機のパワーの差から無理と判断し一端距離を取る。

今度は、攻守が逆転し武御雷が攻めてくる。

だが、その戦法は斯衛らしからぬ武術とか技とか関係がないタックルだった。

だが、そのケンカ殺法が一番恐ろしい。

アメリカ産の戦術機では、運用思想の違いからまずこんな無茶なことはしないし、仮にしたとしても格闘戦ができるジュラーブリクE型の敵ではない。

だが、今相手をしている武御雷は全身が刃物と言っても過言では無いほどカーボンブレードで身を固めている。

しかも、パワーもこちらと比べると恐らく段違いだ。

そんな、刃物の塊が突っ込んでくるのだ触れるだけで大破判定を食らってしまう。

俺は、逃げ道を上空にし空に逃げる。

俺はてっきり追撃してくると思っていたが、武御雷はそのまま俺の下を通り過ぎ土の山に突っ込んだ。

俺は着地しその様子を窺う。

すると、砂の山は爆散し中から武御雷が姿を現す。

見た限りでは、傷1つない。

どうやら頑丈でもあるようだ。

だが、機体の性能に衛士がまだ追いついていない。

俺は、そこに勝機を見出し攻勢をかけることにした。

防御に回る武御雷の周りを蚊のように目につく鬱陶しさで飛び跳ね動き回る。

敵の攻撃は、受け流したり躱しながら動き回る。

俺の視界は、忙しなく天地が逆になり自分が今どちらを向いているのか理解するだけでも一苦労だ。

頭で理解する前に体が動く、どう対処すればいいか体が知っている。

これが、ザウルとリリアが言っていた経験の為せる技なのだろう。

相手のすべてを見通すように見つめ、動作した瞬間に戦術機を動かし回避する。

それを、何度も繰り返し相手が痺れを切らすのを待つが中々乗ってこない。

嫌、むしろ相手もこちらの隙を窺っている。

俺と敵の間では、見えない戦いが何度も続いている。

みずから誘いをかけたのに痺れを切らしてしまったのは俺の方だった。

「クソっ!燃料がヤバイ!!」

俺は、何度も跳躍ユニットを使っていたせいで、跳躍ユニットの燃料が底を尽きかけていた。

相手は、最低限の動きで流れるように攻防をしてくるので燃料はまだまだあるだろう。

だが、こちらからのチマチマした攻撃が効いて来たのか、動作が散漫になりつつあり、00式近接専用短刀も片方は使い物にならなくなっている。

まぁ、それと引き換えに俺の両足のモーターブレードは壊れてしまったが・・・。

俺は、これで最後だと空中で一気にロケットを噴射し相手の短刀を片腕を犠牲に動きを止め、もう片方のモーターブレードで止めを刺そうと相手のコックピットに向かわせる。

武御雷は逃げるのとは逆に跳躍ユニットを噴射し戦術機どうしを衝突させた。

そして、引き分けの文字が浮かぶ。

「またかよ!!」

今回引き分けになった原因を見ると、武御雷の角の様なセンサーマストが俺のコックピットに当たっていた。

「もしかして、そこも刃物なのか・・・。」

俺は改めて日本の恐ろしさを知った。

この戦術機なら、近接最強だと言われてもなんら疑問に思うところがない。

この戦術機が、ある意味近接用戦術機の1つの完成系なのでわないかと俺は、1人思っていた。

 

模擬戦を終えた俺は、1人待合室でザウルとリリアが乗るブラーミャリサと相手の白い武御雷の戦闘を見ていた。

結果から言うとザウル達の勝利で終わった。

常に相手の先を取りそのまま、右腕のモーターブレードで一閃し終了。

俺はあの二人が対人戦で負けたところを見たことが無い。

2人が乗るブラーミャリサは、第二世代機だと高を括って挑むと痛い目を見る。実質は、内部を殆ど改造されており第三世代機だ。そして、そのブラーミャリサにあの二人が乗れば、遠距離だろうが近距離だろうが関係なしに負ける。どちらか一方が勝ってももう一方で止めを刺される。

本当に2人そろうと化け物染みた戦闘をする。

あの戦術機はキツネの皮を被った獅子と言った所だろう。

相手の衛士が可愛そうだ。

俺となら、良い戦いが出来たであろう腕なのに相手があの二人だと俺程度の腕では、瞬殺だ。

そして、日本も哀れだな。

最新の近接戦が売りの戦術機がああもあっさり負けてしまったのだから・・・。

でも、恐らく今回の戦闘データから対BETAのみでなく、対人戦も視野にいれた改修がなされていくのだろうな。

「もしそれが完成したら、まさに鬼だな・・・。」

俺は1人待合室で鳥肌に襲われていた。

その時、部屋をノックする音を聞き俺は扉を空けた。

「先程ぶりね、五六少尉。」

相手は嵩宰少佐だった。

俺は慌てて敬礼し、嵩宰少佐も敬礼をする。

「それで、俺にどういった要件ですか?」

「んふふふふ・・・。」

いきなり含み笑いを始めた少佐に俺は少し後ずさる。

だが、俺が瞬きした瞬間には俺の前におり俺の肩に両手を置いて激しく揺さぶる。

「すごい腕してるじゃない、五六少尉!!まさか、私の武御雷をあそこまで追い詰めるなんて想像していなかったわ!」

「あわわわわわっ!し、少佐!!」

「もう、あの戦いの後の周りの連中の顔を見せてやりたかったわよ!皆、ハトに豆鉄砲くらったみたいな顔をしていたのよ!!」

やっと揺さぶりから解放された時には、俺はクタクタだった。

「・・・でも、今回の模擬戦のおかげで武御雷の改修点は解ったわ。ありがとう、五六少尉。」

「いえ、こちらも良い経験をさせて頂きました。こちらこそ感謝します。」

嵩宰少佐は、その後俺と少し世間話をした後にどこかに行った。

俺は、待合室に帰ってきたザウルとリリアと共に今度は、ネフレ日本支部がある京都に来ていた。レオは護衛に守られる形で日本支部のビルに入って行き、今日一日俺達は休みを貰うことができた。

俺達は、京都の町を観光して回っていたのだが、リリアが財布を落としてしまい帰ることができなくなってしまった俺達は、急遽近くでバイトを募集していたコンビニでバイトをすることになった。

「「「いらっしゃいませ~~!」」」

店内はそこそこの賑わいである、今のご時世これだけの客が来るのは久ぶりだと店長も喜んでいた。

まぁ、客の大半が男で目的がリリアなのは確実だ。

レジに並ぶ男達の視線がみなリリアの胸に行っている所をみるとなんだか、不愉快な気持ちになってくる。

俺は、お菓子を補充しながら内心で俺の姉に色目を使いやがってこの畜生共がと考えながら、商品を陳列していく。

すると、俺の後ろから何か柔らかい物が頭に押し付けられそして、俺の首に腕が回され抱きしめられた。

「もぅ~~♪嫉妬しちゃったの?かわいいなぁ~~!」

「ちょ、リリア止めて皆見てるから!!」

「後、ちょっとだけ~~。」

俺が視線に気が付きそちらを見ると、レジに並んでいた男共が俺を睨み付けていた。

そして、最前列にいる男共はレジを変わったザウルの良い笑顔に恐怖していた。

あの様子を見るに、ザウルもブ千切れる寸前だったのだろう。

額に青筋が浮いている。

それから、仕事をテキパキと終わらせていき外を見るとすでに暗くなっており夜であることが分かった。

その時、店に客が入ってくる。

「「いらっしゃいませ」」

今は俺とザウルが店番をしておりリリアは休憩をしている。

客をみるとどうやら女子学生で人数は五人だった。

「これなんていいんじゃない?」

「あ、これおいしそう・・・。」

「どれどれ・・・、おっ、良いね!山城さんもどう?」

「私はこれにしようかな?」

「きゃっ!!」

その時、女の子の内の1人が店内で扱けてしまう。

「ちょ、ちょっと唯衣大丈夫!?」

「う、うん・・・。」

だが、良く見るとスカートが捲れ下着が見えていた。

俺は、恥ずかしさから直ぐに顔を背けたがザウルはガン見していた。

「ザウルーー!!」

そして、店の裏から出てきたリリアに拉致られていった。

出てきたときには、頬に大きな紅葉をつけていた。

その姿のままザウルは、レジをする。

女の子達はそんなザウルを不思議そうに見ていた。

女の子達が店を出て行くとその内の一人の女の子の声が聞こえた。

「見た!?あのおじさんの顔~~。」

「ちょっと安芸(あき)笑い過ぎよ!」

その声が、ザウルにも聞こえていたのだろう肩を落としていた。

女の子達とは入れ替わりに店長が店に入ってくる。

「いや~、助かったよ!はい、これ給料ね。」

「「「ありがとうございます!」」」

俺達はその金を使い何とか日本支部のビルに帰ることが出来た。

ビルに着いた俺は、1人部屋のベッドで物思いに耽る。

「今九州では、大陸から渡ってくるBETA戦にそなえ半要塞化している・・・、入り組んだ迷路のような要塞だ。BETAが大規模で進行したとしても何とか持ちこたえてくれるハズだ。」

だが、不安要素が無いわけでは無い。

まず、初めにここ近年BETAの進行速度が急激に上がっていること、しかも部隊が壊滅的な打撃を受け撤退に転じなければならない状態をBETAが作り出している。例えば、補給基地など、非戦闘員が多くいるところ。他にも、自然災害が発生し人間側がうまく連携を計れない状況下において奴らは攻めてくる。人類が何をしようともそれこそBETA以上に勝見込みが無い、神格化された存在・・・、自然にでさえ奴らは臆することなく突き進み人を蹂躙する。これらのことから、BETAは学習しているのかもしれない、どこをどう攻めれば良いか解っているのかも知れない。そうなると、奴らは戦術を使っていることになる。そうなってくると人類に勝ち目はない0%だ。おそらくレオが慌てだしたのもそのためかもしれない。やつらがこちらの弱点を探してきている。なら、次に襲われるのはこの日本だ。日本が落ちハイヴが建造されればロシアは、カムチャツカを捨て逃げるしかないだろう、統一中華戦線も大東亜連合も終わる。そうなると次はアメリカだ。アメリカが戦場になれば人類は残された数少ない楽園を失うことになる。そうなれば、もう終わりだ。ネフレでは、その事はすでに承知済みだ。だからこそ、高い金を日本に支払ってまで樺太とその周囲の島々を買い取ったのだから、日本が落ちた場合はそこで防波堤となり後方の大陸を守る。そうすれば、ロシアは目前の敵だけに気を付けていれば良くなる。大分戦いやすくなるだろう。もし、日本が落ちればアメリカを除く呑気な後方国家も危機感を感じ即座に打って出るだろう。もしかすると、アメリカを中心に世界が1つとなるかもしれない。そう考えるとこのまま、日本が攻められても放置するのが今後の人類の事を考えると良いのかもしれない。俺はそこで、自分の額を思い切り殴りつける。

俺が腰かけていたベッドは額から飛び散った血で汚れる。

「馬鹿野郎が・・・。甘ったれた事考えてんじゃねぇよ。」

自分の馬鹿さ加減にいい加減に嫌気が挿し始める。

「日本を見捨てて世界を1つにだと?割にあわねぇだろ!ここで失った命を取り戻すのにどれだけの時間を使えば良い?」

そうだとも、それでなくとも少ない人口をさらに減らしてどうする。

最悪そうしなければならない時は、目先に結果が解っているときだ。

10を捨て100を拾えることが確定しない限り、捨てて良い命なんてないだろ!

そこで、俺は自分の矛盾に気が付き漠然とする。

「人を救いたいと願いながら、俺はその人を俺と言う天秤にかけ殺すのか・・・?俺は、神にでもなったつもりなのか・・・。悪魔の間違いだろ。」

そこで、俺は今までの思考をすべて切り裂く、そんな思考回路をしていたら目先の事も出来ないただの馬鹿になってしまう。

俺は、すべて無かったことにしようと眠ることにした。そうして、この底なし沼から逃げ出したかった。

 

目を覚まし時計を確認すると午前0時であることが分かった。

寝なおすには、少し目が冴えている。

俺は気分転換をしようと屋上に上がった。

屋上の重たい扉に手を添えた時扉の外から声が聞こえてきた。

俺は、そ~と扉を開け外の様子を窺う。

そこには、月の光に照らされ幻想的な姿を見せている二人の人影が見えた。

良く目を凝らしてみるとザウルとリリアであることが分かった。

俺がその光景に呑まれているとザウルが話し始める。

「本当は、あの場所で渡したかったんだけどな・・・。もう、あの場所に帰ることは出来ないから、ここで自分がこの世界に居た証を残して置きたかったから、自分勝手な我がままですまないとは思っているが、これから先、俺の隣にずっといてくれないか・・・?」

ザウルの言葉を聞きリリアは、口元を両手で隠すように覆っている。

リリアの瞳からは、涙が溢れだしその滴が月の光に反射してキラキラ輝く真珠のように見えた。

ザウルはそんなリリアに微笑み、小さな箱を取り出し蓋を開ける。

そこから出てきたのは、宝石も何も着いていないただの銀で出来た指輪だった。

だが、その指輪は月の光を吸収し輝き、どれほど価値がある宝石を組み込まれた指輪よりも高価に見えた。

止める事ができない涙を精一杯拭いながらリリアが流れる涙をそのままに口を開いた。

「はい、よろしくお願いします・・・ッ!」

ザウルは、まるで中世の姫に使える騎士のように優しくリリアの左手を取り薬指に指輪をはめた。

そして、どちらかともなく永遠の別れ何てこの世には無いと思わせてくれるような、まるで舞踏宴でダンスをするかのような高貴な姿で口づけを交わした。

「月をバックに、涙を流すお姫様の腰に手を回し王子様のようにキスをするとは・・・、カッコイイ。」

俺の声が聞こえたのだろう、ザウルとリリアが離れこちらに顔を向ける。

「か、和真!!い、いつからそこにッ!!」

リリアは、急いで涙を拭き取り顔を真っ赤にして聞いて来る。

「おぉ~~!リリアって、照れると乙女になるねんな~。」

俺はしみじみと頷く。

「か、和真―――!」

リリアは顔を茹蛸のように真っ赤にしながら怒声を上げるが、雰囲気が雰囲気なので可愛くしか見えない。

「くっくくくくく、見られた物はしかたないだろ、リリア?それと、和真!今日隣の部屋が少し騒がしくなると思うから、耳栓して寝てくれるとありがたいな。」

等々、リリアの頭から煙が噴き出す。

「はいはい、お楽しみの邪魔はしやんよ。元気な子供を俺は期待するで?」

「そうか、そうか!ハハハハハッ任せとけ!」

俺は、これ以上二人の邪魔をするのも何なのでその場を立ち去ろうとするが、ザウルが呼び止める。

「和真、ちょっとこっちに来い。」

俺は、不思議に思いながらも二人の傍に暗闇の中から月の光が挿す優しい世界に出る。

俺が二人の傍に近寄るとリリアは俺の前髪を掻き上げた。

「・・・和真、悩み過ぎは時に心を壊して判断を鈍らせるよ?」

リリアは優しく俺の額の傷に手を添える。

そして、ザウルが後ろから俺に抱き着いてくる。

「和真・・・、お前はお兄ちゃんになるかもしれないんだ。強くなってくれよ?だが、時には後ろを振り返って自分が何を守り何をしたいのか考えるんだ。・・・良いな?」

俺は、ザウルの言葉を聞き驚く。

「・・・俺が、お兄ちゃん?」

俺は、一瞬多恵のことを思い出す。

だが、その感情を内面で押し殺しアイツと俺はもう何の繋がりもない赤の他人だと言い聞かす。

そして気持ちを切り替えるためにリリアをからかうことにした。

「じゃあ、今晩はリリアは頑張らなあかんな?」

「なッ!なななななッ!!」

再びリリアの顔は真っ赤になった。

「ま、そう言うことだ!でだ、俺なりの1つ目のけじめだ!和真、これをやるよ。」

ザウルから渡されたのは、タバコとライターだった。

「さすがに、今から禁煙しとかないといざ子供が出来た時に困るからな。まぁ、そのタバコはゲン担ぎみたいな物だが、俺もそろそろ卒業しないといけないからな・・・。無理に吸う必要はないからな?捨ててくれても構わない。」

「・・・いや、大切にするよ。」

「そうか・・・。」

俺は、2人から少し距離を取りタバコを一本取り出し慣れない手つきで火をつけ一気に肺に紫煙を入れる。

「ゲホッゲホッ!!」

「初めの内は皆そうだから気にする必要はないぞ?」

ザウルがさりげなくフォローをいれてくれた。

「和真、タバコは体に悪いから沢山吸っちゃいけないよ?良い、約束だよ?」

リリアは俺の事を心配してくれる。

普段なら怒るリリアだが、今回は違った。

恐らくこのタバコはザウルも誰かに進められた物だろう、その人の意志を煙と一緒に体に入れている。俺は、何故だかそんな気がした。

俺はもう一度煙を体の中に入れる。

「ゲホッゴホッ!!」

どうやら、まだ慣れていないようだ。

だが、煙と一緒に何か暖かいモノが体の中に満ちて行きさっきまで俺の体を支配していた冷たいモノを溶かしていく。

俺は、その暖かいモノがリリアとザウルと他の人達の思いなのだと理解していた。

お兄ちゃんか、俺は月を見上げながら多恵の事を思い出す。

二度と会えないと解っていても俺には、未練があるようだ。

前までの俺なら、情けないと一蹴していたが今となってはこの感情も大切にしようと心からそう思えた。

「それじゃ、俺は先に戻るわ!」

俺は2人にそう言って部屋に戻る事にした。

「今夜は気持ち良く眠れそうや!!」

 

――――だが、そうはうまく行かないのが世の定め。

「あっ、ザウル~~。もっと、もっと来て・・・!!」

隣の部屋から聞こえて来る艶かしい声、俺はその声のせいで眠れずにいた。

「・・・ザウルの言う通り耳栓を買っとけば良かった。」

 



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故郷

次の日、俺達は朝から移動を開始し現在は横浜に来ている。

戦術機達は皆ケアンズに先に送りメンテナンスをするらしい。

レオは横浜に着いて早々に俺達とは別行動をとり、ザウルとリリアはレオに着いて行っている。

俺だけが1人休みを貰い横浜を観光していた。

だが、観光と言っても顔見知りと遭遇するのは出来れば避けたい。

俺は、出来るだけ町から離れ海辺の近くをうろついていた。

「ここは、何もかわらへんな・・・。」

昔ここに来た時と同じだ。

この町は外界から途絶されているみたいに、空気が清らかで時間も穏やかに流れている。

俺は、この世界を守りたいから外の皆にもこんな世界があるのだと教えたいから、今戦場にいっているのだと改めて思いなおす。

俺は、海を眺めながら近くのベンチに腰掛ける。

「す~は~、うん、空気がうまいな。」

俺がそう言って空を眺め雲が流れて行くのを昔のように眺め時間を潰していた。

長い間上を向いていたため首が痛い。

俺は首を左右に振り間接を重くならす。

その動作は仕事が一段落着いたサラリーマンのようだ。

俺が、首を粗方スッキリさせ前を見ると不自然な人を見かけた。

その子は、キレイな赤い髪を振り回し何かを探しているようだ。

時折木を見上げたり、地面を見つめたり近くにいる人に声を駆けたりしている。

俺は、今は誰とも話したくないのもあり少し申し訳ないが声を駆ける事無く今度は、後ろに広がる海を眺めていた。

「すみません・・・。」

海が綺麗だ、この海を見ていたら戦争をしているなんて想像ができない。

「あの~、すみません。」

あっ、魚が跳ねた。

「すみませーーーん!!」

「おわっ!!」

俺はいきなり大声を出され驚いて声の主を探す。

だが、声の主は直ぐ目の前にいた。

俺に声を駆けてきたのは先程から何かを探していた赤髪の少女だった。

俺がその子に声を駆けようとすると逆にその子が驚いていた。

俺は頭に?を浮かべ問いかけようとするとその子が先に口を開いた。

「・・・何か辛い事でもあったのですか?」

「・・・へっ?」

俺は急に何を言い出すんだと思いながら問い返す。

「別に辛く無いで、なんでそう思ったんや?」

その子は一瞬考える素振りを見せ少ししてから話し始める。

「だって、泣きそうな顔をしていたから・・・。」

俺はそれを聞いて自分の顔を確かめようとするが生憎手持ちの鏡などは持っていないので確かめようが無かった。

だから、俺は努めて明るい声を出しながら話題を変える。

「俺は別に辛く無いし泣いてもないよ?でも、他人である俺に気を使ってくれてありがとうな。」

「あっ、いえ、そんな私も急に変な事を言ってしまってすみません・・・。」

「ハハハハ、ありがとうな!そんで、どうしたんや?俺に何か聞きたい事でもあるん?」

その子を曇りかけていた顔を瞬時に変え何かを思い出したように俺に話し始める。

「あ、そうだった!あの、すみません貴方のベンチの下にあるリボンを取りたくて・・・。」

「リボン?」

俺は、ベンチから立上がりベンチの下を除き込むと確かに黄色い布が落ちていた。

俺はそれを拾い上げ女の子に渡した。

「はい。」

「ありがとうございます!」

女の子が笑顔でリボンを髪に結びポニーテールになる。

「アッ!」

「???」

俺の驚いた声を聞いて女の子は頭に?を数個浮かべ不思議そうな顔をする。

とてもじゃないが言えない、この子の事をアッパーで男を吹き飛ばす姿からスーパーマンか何かと勘違いしていたなんてとてもじゃないが言えない・・・。

「いや、別になんでもないで?」

「???」

女の子は頭に?を浮かべながら、何かに気が付いた。

「あああああぁぁぁ!!」

「ど、どうしたんや!?」

「もうこんな時間だ!タケルちゃんに怒られちゃう!」

どうやら、待ち合わせをしているようだ。

「それじゃ、ありがとうございました、えっと・・・。」

女の子の様子から俺はそれを察した。

「五六和真やで、気いつけていきや?」

「あ、はい私は鑑 純夏(かがみ すみか)って言います。五六さん、本当にありがとうございました!」

鑑さんはそう言うと、もの凄い速さで走って行った。

「さて、俺もそろそろ帰ろかな!」

俺は夕陽の照り付ける海を一度眺めそして、町の喧騒の中に入って行った。

俺はレオ達との待ち合わせ場所に到着するが時間までまだあり、時間を潰すしかなかった俺はポケットに入っていたタバコを取り出し火をつけ、煙を体に染み込ませる。

「ふぅ~。」

口から吐き出される煙は風に流され海の方に向かう。

俺はそれを何の感情も籠っていない目で追いかけた。

すると、煙の先に見覚えのある赤い髪を見つけた。

その隣には、確か鑑さんにアッパーを食らって空高く吹き飛んでいた少年がいた。

2人はどこから見ても中の良いバカップルと言う奴だ。

甘い空気をまき散らしているので、彼女がいない野郎共が恨めしそうに見ている。

まぁ、俺もその1人なのだが・・・。

俺は、あの空間に入り込むだけの勇気も二人の空間を壊す空気の読めない男でもないので、あえて声を駆けずにいることにした。

それにしても仲が良いな・・・。

ときどき少年がふざけてそれを鑑さんが怒るったように頬を膨らませる。

そんな2人を見ていると、この世界が俺が元居た世界のような錯覚すら覚えてしまうほどにあの二人は幸せに満ちている。

「・・・ここだけは、外(戦場)の空気を入れたらあかんな。」

俺は、独り言を呟きながら、二本目のタバコに火をつけた。

「築地さん?」

俺が振り返るとそこには、少し大きくなった雅美ちゃんがいた。

「雅美ちゃん・・・?」

「ハイ!!」

買い物帰りなのだろう、荷物を抱える雅美ちゃんは、凄く嬉しそうな顔をしてくれたが、俺は別の事を考えていた。

マズい・・・、まさか築地の俺を知る人間と会うなんてそれに、変装もそれなりにしたつもりだぞ、くそこれは完全に俺のミスだ!どうする、他人の振りをするか、嫌もう遅すぎる、走って逃げるか、余計に怪しまれるぞ・・・、ここは、それとなく遠ざけるのが一番だな。

「久しぶりやな?」

「ハイ、本当に・・・。」

雅美ちゃんはそう言って俺の顔を見上げると泣き出す。

「うっ・・・ぐす・・・ふぇ。」

「ちょ、どないしたんや!?どこか痛いんか?」

「心配、したんですよ?大陸が襲われたってテレビで言っていたから・・・。本当に、心配したんですよ・・・?」

そう言うとドンドン涙が溢れて行き、止めることが出来なくなってしまったのだろう、雅美ちゃんは俯き涙を零し続ける。

周りの通行人は俺の事を非難の目で見てくる。

皆の目が語っている。

女を泣かせてんじゃねぇぞ!リア充が爆発させられたいか?と・・・。

俺は、命の危険を感じすぐに泣き止ませようとする。

「ほ、ほら俺はこんなにもピンピンしてるやろ?大丈夫やで、な?」

「ふっ・・・う、はい。」

ふぅ、どうやら泣き止んでくれたようだ・・・。

後は、うまく別れられればそれで完璧だ!

「じゃ、ごめんやけど俺・・・。」

「あの、これから家で晩御飯を作ろうと思っているのですけど、よかったら一緒にどうですか!?」

俺の言葉を遮って先に言われてしまう。

「いや、今回は遠慮しようかなぁ~なんて?」

「ダメ、ですか?」

また、雅美ちゃんの大きな瞳に涙が貯まって行く。

「わぁ~!分かった、分かったよ!ご一緒させてもらおっかな?」

「ハイッ!」

雅美ちゃんは満面の笑顔でそう言うと俺の手を取って走り出す。

俺は、それに引っ張られながら、雅美ちゃんの腕から荷物を取る。

雅美ちゃんは少し驚きながら私が持ちますよと言ってくれたが、俺はご馳走になるねんしこれくらいさせてと言って納得させた。

そして、雅美ちゃんの暖かい腕に引かれながら俺は見慣れた店に到着した。

「京塚食堂・・・、変わらんな。」

俺はそう言いながら暖簾を潜って店内に入る。

いつもなら、おばちゃんの声が聞こえるのだが聞こえてこない、それだけでこの店が死んでしまったかのような感覚を覚えてしまう。

「おばちゃんは、どうしたんや?」

俺がそう聞くと雅美ちゃんは少し暗い顔になった。

「お母さんは、今国連軍のPXで働いてるんです。・・・だから、この店には今は私しかいません。」

俺はそれを聞いてこの町にすら、戦争の香りが漂い始めているのだと知り悲しくなる。

「あっ、でも日曜日には帰って来てくれるから寂しくは無いですよ?」

雅美ちゃんが強引に俺を招待したのもこれで納得がいった、寂しかったのだろう。

俺は、徐に雅美ちゃんに近づき頭を撫でる。

多恵にしていたように優しく撫でて行く。

すると、雅美ちゃんは一瞬驚いたがされるがままになり俺に抱き着いてきた。

俺の胸元から雅美ちゃんの声を押し殺す音が聞こえて来る。

俺は、何も言わずに雅美ちゃんが泣き止むまで撫で続けた。

しばらくすると、雅美ちゃんは泣き止み俺から離れる。

「す、すみません・・・私、あの・・・。」

俺はそれに笑いながら答える。

「別にかまわへんよ?俺の胸なんかでいいんならいくらでも貸すで?」

俺はそういって胸を張って威張る。

「くすくす、はい!寂しくなったらまたお願いします。」

「おう!任しとき!!」

「・・・多恵ちゃんがほんとに羨ましい。」

「うん?なんか言うた?」

「い、いえなんでもないです。じゃ、じゃあお料理作っちゃいますね!」

「うん、楽しみにしてるな!」

俺は、そう言うと席についた。

「♪~~、♪~~~。」

キッチンからは雅美ちゃんの鼻歌が聞こえて来る。

随分機嫌が良いな、よっぽど1人でいることが寂しかったのだろう・・・。

すると、雅美ちゃんが料理を持って歩いてきた。

初めて会った時のように不安な足取りでは無くしっかりと歩いてる。

その姿を見て何だか、子供の成長した姿を見れた父親のような気分になり1人自然に微笑む。

「お待たせしました!鯖味噌煮定食です。」

テーブルには、俺と雅美ちゃんの2人分の料理が並べられる。

「「いただきます!」」

俺達は2人で他愛もない話しをしながら料理を食べて行く。

料理の味はおばちゃんの味にそっくりで物凄く美味しい。

俺は、久しぶりに食べた懐かしい味に夢中になる。

だが、食べて行くうちに何故か感情が込み上げてくる。

「あの、築地さん・・・?」

「うん?」

「おいしくなかったですか?」

俺は、そんなことは無いと言いたかったのだが言葉が喉で止まって出てこない。

「う、いや・・・おい、しい・・・で?」

やっとの思いで出した言葉は涙声で何を言っているのか解らない。

「おいしい、凄くおいしいで。」

俺は、美味しい美味しいと言いながら涙を止めることが出来ずに料理を平らげて行く。

そんな、見苦しい姿の俺を雅美ちゃんは何も言わずに小さくタンポポのように笑いながら、はいよかったです、と言ってくれた。

俺は、もう戻れない戻す事が出来ない時間を思い出しそれを噛み締めながら、暖かい料理を口に運ぶ。そうすることで、頭の中にいる父さんやくまさん多恵それに、リリアとザウル、レオが共にこの料理を食べて美味しいと良い、おばちゃんが笑い雅美ちゃんがタエを抱きしめ静かに笑う、そんな光景を消さないために温かい料理を胃に詰めて行く。

そんな取り戻すことが出来ない、普通の姿を妄想の中で描きながらどれだけ、それが素晴らしい時間なのかを改めて理解しなおし涙を流す。

料理を食べ終え、涙を一頻流し終えるまで雅美ちゃんは待ってくれていた。

「・・・ごめんな、見苦しいところを見せてしまって。」

「いえ、大丈夫です。築地さん・・・いえ、和真さん!」

「うん?」

「いつでも、いらして下さいね!もっとお料理の勉強しますから・・・、また来てくださいね!」

「うん。」

そして、帰る時俺は言わなければならない事を言う。

「雅美ちゃん、1つお願いがあるねんけど良いかな?」

「はい、何ですか?」

「他の人・・・、特に多恵には俺がここに来たことを俺と会った事を言わんといてほしいねん。」

「そんな!何故!?」

「詳しい事は言われへん・・・、けど、お願いや・・・俺はアイツの兄としてこれ以上俺と関わらん方が良いねん・・・、やからお願いや。」

俺がそう言って頭を下げる。

「何か、理由があるのですか?」

「あぁ・・・。」

「多恵ちゃん、悲しんでいますよ?」

「でも、不幸になるよりか、マシや。」

「・・・・・・・解りました。」

俺は頭を上げると怒った顔の雅美ちゃんの顔があった。

「でも、約束してください。いつか、会いに行くと・・・良いですね?」

俺は少し考える、そんな事が可能なのか殆ど可能性が無い、でも望みが無いわけでもない、偶然会う可能性だってある。

「解った、すべて片づけたら会いに行く。」

俺がそう言うと雅美ちゃんは笑顔になる。

「約束ですからね?」

「あぁ、約束や!」

そして、俺は京塚食堂を後にする。

待ち合わせ場所に戻りしばらくすると、一台の車が来る。

俺は車の中に滑り込むように入る。

車の中から離れて行く町を見る。

俺が必ず守る、ここだけは必ず、俺の最後の故郷を必ず守り貫いて見せる。

俺は、そう思いながら町を見続ける。

町が見えなくなると、急に空しくなってきまた涙が溢れだす。

「うぇ、ぐす・・・ふっ、うっく・・・。」

俺は後部座席で声を出さないように涙を流す。

すると、俺の隣に座っていたリリアが抱きしめてくれる。

前の席からザウルの声が聞こえた。

「俺達で、守ろうな・・・。」

続いてレオの声が聞こえる。

「あぁ、これ以上世界に悲しみを増やしてはいけない・・・、私達の責任は重大だね。」

最後に耳元でリリアの声が聞こえた。

「和真、大丈夫だよ、きっと大丈夫だから・・・。」

俺は、流れる涙をそのままに信じてもいない神に心から祈りを送る。

神様、お願いします。

ここだけは、この世界だけはお守り下さい。

俺のすべてを捧げても構わない、だから俺の大好きな街を守ってください。

お願いします・・・。

車はエンジンの音をリズム良く出しながら、東京に向かって行った。

 



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三人娘

東京に着いた俺達が向かったのは、何の変哲もないただのホテルだった。

「それじゃ、行ってくるね!」

レオがそう言うと護衛の黒服の人達を何人も引き連れホテルの中に入って行った。

「俺達はこれからどうするんや?」

俺がこれからの俺達の予定をザウルに確認する。

「俺達は、樺太基地にいるtoy・Flowerが東京に来ているらしいから案内して貰おうと思ってな!」

トイ・フラワー、俺達が裏で使う戦術機専門のテストパイロット部隊だとすると、彼らは表のテストパイロット部隊だ。

彼らが任された戦術機は確かF-16XLをネフレで採用したF-16Eセイカーファルコンの筈だ。

この戦術機が表で使われるネフレの次期主力戦術機、確か第2.5世代機相当の実力がある戦術機らしい。

それを、任せられる人達なのだ実力は相当のモノだろう。

「で、和真も来ることは決定事項だからな!」

俺は笑いながらザウルに頷いた。

 

そしてホテルからそう離れていない繁華街の待ち合わせ場所にいくとすでに、三人の女の人が待っていた。

「やっほ~~!」

ウェーブした綺麗な髪とその綺麗な髪を後ろで1つに括りドリルのポニーテールにしている人が元気に手を振ってきた。

「久しぶりね!」

続いて、少し紫がかった長い髪の人が声を駆けてくる。

「お久ぶりです!」

最後に所々くせっけなのかアホ毛が跳ねており、左前髪を赤い髪留めで止めている人が声を駆けてきた。

それに対し、リリアはまるで女子高生のようにキャッキャッしながら走り寄って行き、ザウルは笑いながら手を振る。

俺はその様子を見ながら二人の後に着いて行った。

「あら、その子が新しい子?」

ドリルポニーテールが俺に近づいて来る。

それにつられ他の2人も俺の傍に来た。

「あたし、竹宮千夏よろしくね!」

竹宮さんはそう言うと、俺の手を掴みブンブン振ってくる。

「よ、よろしくお願いします・・・。」

何とか腕は千切れずに済んだ。

次に後ろにいた二人が自己紹介してくれた。

まず、紫ロングヘアーが自己紹介をしてくる。

「あたしは藤澤月子、よろしく。」

「はい、藤沢さん!」

藤沢さんは、満足したのかうんうん頷いている。

最後に、アホ毛の人が自己紹介をしてくれた。

「三浦園子です。よろしくお願いします!」

そう三浦さんは言うと、頭をおもいっきり下げる。

「い、いえこちらこそご丁寧にありがとうございます!」

俺もつられて頭を下げる、これは日本人の1つのクセではないだろうかと思う。

そんな2人を見て藤沢さんは、ニヤニヤ笑いながらからかってきた。

「園子~!それじゃまるで、お見合いしているみたいだぞ~?」

「つ、月子さん!」

三浦さんをからかう藤沢さんは物凄く良い笑顔だ。

「で、君の名前は?」

そんな2人の矛先を変えるように竹宮さんが話しを振ってきた。

「あ、はい!俺は五六和真です!」

「ふ~ん、じゃああたしは和真って呼ばせて貰うわ。」

藤沢さんは、三浦さんをからかうのを止め俺にそう言ってきた。

「はい、藤原さん。」

俺がそう言うと、藤沢さんは急に嫌そうな顔をする。

「あぁ~、やっぱその藤原さんは止めて、月子で良いから、てかそっちの方が良いから。」

「はぁ、分かりました月子さん。」

「じゃ、じゃあ私も園子でお願いします!」

少しテンパりながら話す園子さんに俺は笑いながら、はい、と答えた。

「あたしも、千夏でいいからね?」

忘れないでくれと主張するかのような千夏さんにも俺は、はい、と答えた。

「それじゃ、お互いに自己紹介も済んだことだし行こうとするか!」

ザウルの合図で俺達は動き出すことになった。

色々な所を観光し昼食を食べる時間になり、俺達は今どこか良い所が無いか探していた。

「なぁ、和真・・・。なぁ、なぁ・・・。」

俺の耳元に口を近づけ話し駆けてくる月子さんに俺は、少し引きながら問い返した。

「・・・な、なんや?」

直ぐに友達になることが出来るこれが、月子さんの凄いところなのだろう。俺はそれに気が付かずにいた。

「あの、2人ってさ・・・。やっぱり付き合っているわけ?」

月子さんの指差す方を見るとザウルとリリアがいた。

2人はラブラブを周囲に見せびらかす様に腕を組んで歩いている。

「あ、やっぱり月子もそう思う?」

千夏さんが話しに加わってくる。

「―――て言うか、もう付き合っている様にしか見えないです。」

園子さんも、話しに加わってきた。

そんなことより――――。

「あんたらは、何でそんなにくっついてくんねん!」

そう、内緒話を歩きながらするものだから自然と情報を聞き出される側の俺の周りには三人とも肌が触れ合う位近くにいた。

「す、すみません!」

顔を赤くし直ぐに離れてくれる園子さん。

「あはははは・・・。」

笑いながら離れる千夏さん。

「ちょ、お前こんな美少女を自分から引き離すとか・・・、まさか女に興味がないとか?」

月子さん・・・、あなたって人は。

「なんでそうなるんや!俺はゲイちゃうわ!!」

「だって、信じられないだろ!周りは美少女、しかもその美少女から近寄ってきてるのに何の反応もしないとか!」

「自分で美少女って言うなよ!!」

「まぁ、まぁ、それより実の所どうなの?やっぱり二人は付き合ってるの・・・。」

千夏さんが、話しを強引に元に戻す。

「付き合ってるも何も、婚約してますよ?あの二人・・・。」

それの発言に雷が落ちる。

「「「な、なんだってーーーー!!」」」

俺はビックリし、耳を塞いでしまった。

「まぁ、解っていた事だけどねぇ~。」

「ちっくしょーー!リリアに先を越されたーーー!」

「お似合いですからね、あの二人は、本当に良かったです。」

三者三様の言葉を歩道の真ん中で喚く。

「ほら、騒いでたら他の人の迷惑になるやろ、はよ行こ!」

そう言って歩き出そうとする俺の腕を千夏さんが掴み止める。

「な、なんや?」

「そうと、知ればあの二人の邪魔をするわけにはいかないわ!」

あぁ、千夏さん・・・、あなたは世話焼きタイプだったのですね。

「リリア、ザウルさん!あたし達は後で行くんで先に行って貰って良いですか?」

千夏さん・・・、先走り過ぎです。

その千夏さんの様子に気が付いたリリアは赤くなりながらも満面の笑顔になり、何かを千夏さんに話している。

千夏さんがこちらに帰ってくると二人は先にどこかに歩いて行ってしまった。

「どうしたんですか?千夏さん。」

首を傾げ問いかける園子さんに千夏さんは、笑いながら答えた。

「フッフフフ!あの二人には、さらにラブラブになって貰うためにこれからは別行動をするわ!」

それに続き、月子さんが答える。

「そんで、二人を追跡してラブラブを教授して貰うわけだな!」

「えぇ~!ダメですよ。そんな事をしちゃ!」

「いいえ、園子・・・。あの恥かしがりだったリリアがどれだけ開放的になるか、あたし達は確かめなくちゃいけないのよ!」

「そうだ!決して先を越された事が悔しいわけじゃないぞ!」

「ふ、二人とも~!・・・和真さ~ん。」

困りまくっている園子さんの頭を撫でながら俺は考える。

普段のあの二人はどういう感じなのだろうかと・・・。

「楽しそうやし、良いと思うで。」

等々、園子さんの仲間はいなくなった。

「それじゃあ、レッツゴー!!」

「「オーーー!!」」

「お~~~。」

 

電信柱の影に三人で隠れ現在ザウル並びにリリアを監視している。

2人はカフェテラスでも、ラブラブ空間を構築しておりア~ンおいしい?を交互にくりかえしていた。

「くぅぅぅぅ!若いっていいなぁ~!」

「えっ!?千夏さんってそんなに歳がいってるんですか?」

そう答えた俺の腹に千夏さんのパンチが炸裂する。

「グフっ・・・。」

崩れ落ちそうになる俺を園子さんが必死に支える。

「ザクとは違うのだよ!ザクとは!!」

「なんで知っとるんや、月子さん・・・。」

俺は、堕ちてしまった。

 

次に2人が向かったのは湖がある公園だった。

公園は木々の間を風が通り過ぎ太陽の光が湖に反射し、その湖を見つめる2人は凄く綺麗に見えた。

俺がそんな事を空を見ながら、感じてシミジミしていると、突然三人が騒ぎ出す。

「ちょっと、静かにしやんとバレますよ!」

俺がそう言って視線を下げると、二人はキスをしようとしていた。

「あわあわあわ!!」

「もう少し~~!」

「やるのか、やっちゃうのか!!」

俺は、その三人と同じにハシャギそうになる。

2人の顔が近づく。

そして、重なり合いそうになり俺達のテンションも爆発しそうになった時。

―――――カシャ。

カメラのシャッター音が聞こえた。

「「「「えっ・・・。」」」」

「皆良い顔してたよ♪」

「はははははは!!」

ザウルとリリアには、俺達が後をつけていたのがばれていたようだ。

「やられたーー!」

「あちゃ~!」

「す、すみません。」

悔しがったりしている三人を他所に俺は2人に近づく。

「リリアってカメラ持っててんや?」

「コイツの趣味は、写真だからな!まぁ、それが相手に無断でしかも気付かせないってのが難点だけどな!」

まさか、リリアにそんな趣味があったなんて。

俺が二人とさらに話しをしようとすると、後ろに引きずり込まれた。

「グエっ!」

「ほほほほ!それじゃ、あたし達は先にお暇しますわ!」

そして、俺は三人に拉致られた。

 

「はぁ、作戦は失敗したしこれからどうしようか?」

「どっか入って飯でも食わねぇ?」

「あれ?和真さんは?」

 

俺は、1人小ウィンドウにある向日葵の花を見ていた。

それは、本物の花では無く綿が詰められた人形だ。

どこか丸みを帯びていてそれでも、空に自己主張するそれを見て俺はあることを思い出していた。

それは、リリアとザウルの思い出の話し、昔二人でヒマワリ畑を見た時の話だ。

2人はそれ以来ヒマワリが好きになったらしい、だがそこはすでにBETAに蹂躙されており一生見ることが出来ないそうだ。

俺は、その向日葵の横に作り方の乗った本がある事を見つける。

2人に何かを渡したかった俺はそれを食い入るように見ていた。

そして、買う事にした。

店から出ると、三人が店の前にいた。

「あ、いたいた!」

千夏さんが俺を見つける。

「うん、何を持ってるんだ?」

月子さんが俺の手元の袋を除きこんだ。

「これ人形作りの本ですか?」

園子さんが、袋に入っていた本を見つけ俺に問いかける。

俺はそれに顔を赤くしながら、答えた。

「リリアとザウルが向日葵が好きやって言うから・・・、本物は用意できひんし、これで我慢して貰おうかなって・・・、手作りやったら喜んでもらえるかなっておもったから・・・。」

俺は、そう言って恥ずかしさから俯く。

すると、俺の頭を抱きしめられた。

「もぅ、かわいいなぁー!和真は!!」

千夏さんは、その豊かな胸を俺の頭に押し付ける。

どうやら、俺の事を弟か近所のガキくらいにしか思っていないのだろう。

「ちょ、止めて!恥ずかしいから!!」

「もう、照れなくても良いのに。」

俺は、袋の中の物を守る様に抱え月子さんが腹減ったとうるさいので、昼食を食べに向かった。

 

レオ達と合流した後、俺達は船が出港するまでの間に港にあるホテルで飲み会をすることになった。

えぇ、そりゃ飲まされました。

俺はもう良いと言うのに飲まされました。

しかも、レオとザウルは俺が意識を保つギリギリを見極めて飲ませるのでまさに生き地獄でしたとも。

リリアはザウルに膝枕され、まるで猫のように甘えている。

レオは相も変わらず酒瓶を愛おしそうに抱いている。

千夏さんは月子さんにキスの雨を降らせている。

・・・千夏さん、あなたはキス魔だったのですね。

月子さんは、キスをされながら泣いている。

・・・月子さん、あなたは泣き上戸だったのですね。

そんな2人を見ながら股を開き、笑い転げる園子さん。

・・・園子さん、あなたは笑い上戸だったのですね。

そして、ザウルはタイミングを見計らい俺にレオと共に酒を飲ませる。

「・・・誰か、助けてくれ。」

俺の救いを求める声は誰にも届く事は無かった。

 

俺は、目を覚ますと女子軍団がどこかに姿を消していた。

どうやら俺は撃沈していたようだ。

隣を見ると、ザウルとレオはまだ飲んでいる。

しかも、かなり出来上がっているようだ。

「おう、和真目が覚めたか!こっちに来い!!」

俺は、嫌々するが、無理やり引きずり込まれる。

「・・・和真君、君に最重要なミッションを言い渡す。」

レオは、出来上がった酒臭い顔を俺に近づけてくる。

「これを持って、女子風呂に行きビーナス達の姿を収めてくるのだ!」

レオから手渡されたのはカメラだった。

「嫌やよ!何で、俺がいかなあかんのさ!俺はまだ死にたくない!!」

俺が、そう言うとザウルは肩を組んでくる。

「・・・これは、今後のネフレのためでもあるだ!」

妙にスケールが大きい話になってしまった。

「なんでネフレが関係してくるねん!これは盗撮つまり、犯罪やぞ!!それに、リリアの裸の写真が撮られることになるねんぞ、ザウルはそれでも良いんか!?」

「良い!!」

断言したよコイツ・・・。

「・・・たまには、その写真を使ったプレイもしてみたいと思っていたんだ!」

もうダメだ・・・、誰かここに病院を建ててくれ。

「まぁまぁ、これでも飲んで落ち着いて考えてくれ。」

「ちょ、またッ、ガボゴボゴボ!!」

口の中奥深くまで押し込まれた酒瓶から、度数がいくらか解らない酒が流し込まれる。

しかも、俺が沈む前に抜かれ俺の意識は朦朧とする。

「準備が整ったようだな、五六少尉・・・。」

「ハッ!」

俺は、テンションが壊れてしまったようだ。いまなら、何でも出来そうな気がする!

「よし、少尉これを持って女子風呂に潜入、ターゲットを収めて来い。」

「ハッ、了解しました!」

俺の中の今まで隠してきた情熱が爆発する。

「よし、行け!!」

ザウルが俺の背中を叩き活を入れる。

「五六和真少尉、行きま~す!」

俺は走る、まるで体が羽のように軽い、廊下を走り女子風呂まで突き抜ける。

「俺は風だ!なんでも出来るんだ!!そう、まさにこれは天命、神が俺に与えた天職!そうだとも、私はオッパイに魅せられた!これはまさしく愛だ!!」

目の前に女子風呂の暖簾が見えてくる。

「見せてやる!これこそが、俺の新必殺技!名付けてゴッドローリングクラッシャーショット和真スペシャル!!今の俺は、重光線級すら凌駕する存在だ!!」

そして、俺は勢いよく女子風呂の扉を開けた。

「いざ!我がパラダイスへ!!」

そして、湯煙の先にはいくつもある中で一番大きい湯船に浸かる四人の女神がいた。

「和真?」

リリアが湯船の中から顔をこちらに向け驚いた顔をする。

「和真さん・・・?キャッ!!」

風呂の淵に座り足だけをつけていた園子さんが、体を慌てて抱き湯船に身を隠す。

「すっげ~!女子風呂に突撃かます奴初めて見たよ!!」

湯船の中でこちらに輝いた瞳を向ける月子さん。

「へぇ~、やっぱり和真も男の子なんだね~。」

そして、余裕の笑みを見せる千夏さん。

・・・フム、みなさん良いナイスバディです。

俺は、頭の中のアルコールが一気に抜け正気に戻ってくる。

「―――えっ、あ・・・。その、あの・・・。」

もっと、園子さんみたいにキャーとか、エッチーとか言ってくれるとテンションがさらに上がり大変な事になったのだろうが、他の三人は余裕の表情で逆に見ているはずの俺が恥ずかしくなってくる。

「なんだ~!和真も一緒に入りに来たの?でもその前に服を脱いでこなきゃだめだよ?」

リリアは、もうしょうがないなぁ~、と言いながらこちらに向かってくる。

前を隠さずに・・・。

「ま、前!見、か、隠して!!」

俺はカメラを投げ捨て出来るだけ見ない様に両手で目を隠す。

「なんだ、なんだ?やっぱり、フニャチンかよ情けねぇな~。男ならガン見するくらいの根性みせろよなぁ~。」

「つ、月子さん!」

さらに足音が増える。

「もう、和真は初心でかわいいなぁ、前線じゃトイレもお風呂も男女一緒だよ?恥ずかしがってちゃこの先大変よ?」

さらに、足音が増える。

俺は、両目を隠しながら後ずさる。

「良いから!見せなくていいから!ご、ごめん俺どうかしてた!も、もう帰るから・・・。」

そう言って走って行こうと振り返ろうとすると滑ってしまう。

「わっ!!」

「危ない!!」

リリアが、俺の腕を掴み何とか俺はケガをせずに済んだ。

「あ、ありがとうリリア・・・ッ!!」

そして、リリアの方を見るとそのたわわに実ったスイカが直ぐ近くにあった。

しかも、慌てて目をそらそうとすると、その後ろから来ていた月子さんと千夏さんの生まれたての姿も目に入る。

凄く・・・、眼福です。

俺は、そこで等々意識を手放してしまった。

・・・父さん、くまさん、ごめん。俺、幸せだ・・・。

 

気を失った和真を前に私はどうしようか悩む。

「気絶しちゃったね、どうしよ?」

「とりあえず、見られてばかりも腹が立つし・・・、見せて貰おうか!トイ・ボックスの実力とやらを!」

そう言って、月子は和真の服を脱がしていく。

「つ、月子さん!いけませんよ!!」

そう言いながらも、園子もガン見だ。

私も、和真がまだお風呂に入っていないのを知っていたから特に止めもせずにむしろ手伝った。

「おやまぁ~。」

「ほうほう・・・。」

「はわわわわ!」

千夏、月子、園子の順でそれぞれ声を発する。

私は、特になんとも思わない。

和真は弟のようなモノ、嫌もう弟だ。別に家族に裸を見られたからと言って恥ずかしくない。それより・・・。

「ふむ、中々可愛らしいね。」

素直な感想が自然と口から出た。

「小さくも無く、大きくも無い・・・。一番助かる大きさかな?」

千夏がマジマジと観察しながら言う。

「ちぇ、つまんないなぁ~!もっと、インパクトがあると思ったのになぁー!」

月子が愚痴を零す。一体どんなサイズを想像していたのだろうか。

「・・・なんだか、可愛いです。」

弟達のを見慣れているのか、どこか微笑ましそうに見ている。

たぶん、それが一番傷つくかな。

「まぁ、取りあえずお風呂に運ぼうか!」

そして、和真をお風呂に私を背もたれにして入れる。

「それにしてもさぁ、コイツさっきまで苦しそうな顔してた癖にリリアに抱かれた途端に安心しきった顔をするな!」

「ふふ、普段はどこか難しい顔をしているからね和真は・・・、でも月子、この顔可愛いでしょ?」

「た、確かに、昼間とのギャップが卑怯だな・・・。」

「そうよね~、さっきの仕草と言い、こう母性がくすぐられるわね。」

「ですね~、弟達を思い出しますね!」

「園子の家族は元気にしてる?」

「はい!ネフレで治療して貰って職場まで与えて貰って、皆第一町で元気にしていますよ!」

「あたしの火傷で酷かった顔も完全に元どうりにしてもらったし、超優良企業に雇って貰えたし、人生勝ち組な気分だね!」

「2人が無事な事を、伊隅にも伝えて上げれればいいんだけどね・・・。」

「伊隅なら、今頃大出世して自分の部隊を任せられるようになってるって絶対!」

「ですね~!」

この三人は、横浜の訓練校からの付き合いで、あと一人分隊長をしていた人がいる。

伊隅みちる、確かそんな名前だった筈だ。

演習中に月子が事故を起こし、それを園子が助けに行きその時の爆発に巻き込まれ園子は大怪我を負った。

園子の体の殆どは、疑似生体で直されている。

園子の体は、その当時の最先端の技術で直されたのだ。

園子には悪いが、ネフレに実験体にされたようなものだ。

そして、実験が成功し戦術機にも乗る事が可能となった園子、その成功例を逃がさないために人質として連れてこられた家族・・・、園子は樺太で死にそうな目に合いながらも必死に戦っている。

月子も同じだ。

唯一違うのは千夏だけ、どこから仕入れたのか2人が無事なのを知りネフレに乗り込んできた。

まぁ、当時は仲間を訓練校に置いて来たのを悔やんでいたが・・・。

だが、それも仕方のない事だろう。

彼女がその情報を仕入れたのは、訓練校を止めてしばらくしてからなのだから・・・。

もしかすると、ワザとネフレ側からリークしたのかもしれない。

彼女の格闘戦技術には目を見張るものがある。

その若い人材をネフレは欲していた。

これまでの、話を振り返るとネフレが物凄く悪い会社に見えてしまう。

それでも、三人は生きて再び会う事が出来、三人とも利用されているのを知ってここにいる。

なら、私がとやかく言うことでは無いだろう。

言ったとしても、深暗まで知っている訳では無いが色々な事を彼女達は知っている。

辞めさせて貰えるハズがないだろうな。

私が、暗い気持ちになり考え込んでいると肩を優しく千夏が揺らしてきた。

「リリア、私達はちゃんと自分で決めてここに居る。だからそんなに心配しなくていいわよ。」

「千夏・・・。」

私が謝罪の言葉を言おうとすると、和真が身じろぎをした。

「・・・う、ん・・・リリア、姉ちゃん。」

「くすっ。」

私は、私の胸の中で安心しきって眠る和真を愛おしげに抱きしめ和真の髪に鼻を付け和真の甘い匂いを楽しむ。

「こうやって見ると、姉と言うより母親だな。」

「ふふ、月子、和真って凄く甘い匂いがするんだよ?それに、頬っぺたも凄くプニプニで気持ちいいんだよ?」

「男でそれってどうよ・・・?」

千夏が和真に近づき、頬を触る。

「どれどれ・・・、うわ、本当だ!良いなぁ~!」

「わ、私も・・・、凄~い。おもちみたい。」

「ほら、月子も触っときなさいよ!この機を逃すと次は無いよ!」

「ったく、どれどれ・・・、何だよこの餅肌!男の癖に~!」

月子はそう言うと、和真の頬を抓った。

「・・・う~ん。」

「こら、月子和真が起きちゃうでしょ!今起きたら和真今度こそパニックを起こしちゃうよ!」

私は和真の頬で遊ぶ月子を叱る。

素直に手を引いた月子はニヤニヤしながら私を見てくる。

「な、なに?」

「まさか、あのビクビクしてたリリアがこうなるとわね~。」

「ど、どう言う意味?」

「だって、私達と初めて会った時、ずっとザウルの後ろでビクビクしてたじゃん。」

「・・・うっ、それは。」

「しかも知らない内に婚約までしてるしさ~。」

「あたし達もうかうかしてると、神宮寺教官みたいになっちゃうかもね?」

「うげっ、それはマジ勘弁・・・。」

「こらっ、月子さんそんな事言っちゃダメじゃないですか!」

「う・・・ん。」

「二人とも声が大きいよ!」

「そう言うあんたが一番大きいわよ・・・。」

「それにしても、和真ってこんな可愛い顔するのね。普段だと、昼間みたいに難しい顔してるの?」

「そんな事は無いよ千夏、・・・あっ、そうだ!私の秘蔵のアルバム焼き回ししてそっちに送って上げようか?」

「えっ、本当!?」

「ザウルはさすがに私のだから、ダメだけど、和真の別の一面を知って貰うためなら用意するよ!」

「出たよ、パパラッチ・・・。」

「凄く見たい!これで、話題にも困らないしね!助かるよ!!」

「因みに、リリアさんのオススメの表情とかってあったりするんですか?」

「う~ん、私のオススメは、嬉し泣きした後の笑顔の和真かな?整備班の人に撮影して貰ったベストショットだよ!もうね、母性がキュンキュンして抱きしめたくなるんだよ!!」

「へぇ~、昼間のコイツの顔じゃ良くて中、悪くて下の上くらいの顔だったけど、確かにこの顔を見ると解らなくもないわ・・・。」

「でねでね、それ以外でね――――――。」

私達は、そこから和真の顔が熱で赤くなるまで話し込んだ。

因みに、和真の体を皆で隅々まで洗い服を着せるのも皆でやった。

本当に、楽しい一日だった。

こんな日がずっと、続けば毎日が楽しくてきっと、凄く幸せなのだろうな・・・。

 

目が覚めると、俺は船の待合室で眠っていた。

「はっ!!」

俺は急いで周りを確認する。

だが、誰もいない。

俺はあれは夢だったのかと安心し待合室をでた。

外に出ると、皆すでに荷物を船に積み込んでいた。

「遅くなってすみません!!」

俺は慌てて近寄り手伝おうとする。

「おう、おはよう和真!良い夢が見れたか?」

「えっ・・・、あはははは!」

俺は、笑ってやり過ごし荷物運びを手伝った。

船が出る時間が来る。

園子さん達は、別の船で樺太に向かうそうだ。

俺達は別れの挨拶をしていた。

「お世話になりました。」

「今度は樺太においで、歓迎するから!」

「はい、千夏さん!」

「ケガしちゃダメですよ?」

「気を付けますよ、園子さん。」

「・・・フニャチン。」

「―――――ッ!!」

あれは夢では無かったのか・・・、お、俺はーーーー!!

そして、俺達は船に乗り込んだ。

 

船の甲板で、俺は離れ行く日本を眺める。

時間はもう深夜だ、町の明かりがほんのりと見える程度である。

本当に楽しい日だった。今までのストレスを一気に発散した気がする。

だが、そう思えば思う程にこの時間を作ってくれたのは、今もどこかで戦ってくれている人達が作り出した貴重な時間なのだと俺は理解したつもりになっている。

そして、そんな感情で見るその明かりを、俺は命の灯のように感じた。

個々の光は精一杯輝いているが暗闇がそれを飲み込もうとにじり寄ってくる。

その暗闇にどれだけの命が食われていったのだろうか・・・。

そして、船が進み明かりは完全に見えなくなってしまう。

辺りを静寂が支配する。

音など無い暗闇が俺を包み込む。

波の音も聞こえない完全な死の世界だ。

俺は、眼前にあるはずの海に視線を移す。

合いも変わらずこの海は俺を別の世界へと連れて行ってくれそうな気がする。

ただ、ここから海に飛び込むだけで夢の世界に行けそうなそんな気持ちが俺を支配する。

海を覗き込むと、暗闇の底から声が聞こえたような気がした。

「あなたは、どこにいますか・・・。」

俺の耳には・・・、嫌、心にそう囁きかけてくる。

ここで、俺がどこの世界にいるのかを明確化すればそこに行けるのだろうか・・・。

父さんと初めて船に乗り同じように海を見ていた時は、タエが俺を引き留めてくれた。

だが、ここには俺を邪魔する存在はいない・・・。

今、答えを出せば行けるのだろうか・・・、あの時行けなかった世界にいけるのだろうか。

俺は、自然と上半身を柵から乗り出す。

すると、また心に声が聞こえた。

「―――あなたは、どこにいますか・・・。」

俺は、さらに上半身を外に投げ出し顔を下に向け。

そして、―――――――。

その声の主に向かって唾を吐きかけた。

そして、体を柵より内側に戻し船内の入り口に向かう。

扉に手をかけるときに暗闇に振り返る。

「俺がどこにおるかやと?・・・アホな事ぬかすな、俺は・・・、ここにおる。ここにおるんや!」

それは俺の決断、ここで別の答えを出していたら結果は変わったかもしれない。

それでも、俺はこの答えを出した。

俺の居場所はここなのだと、答えを出した。

それは、今決めた事じゃ無い。

あの日、父さんを殺した時からもう決まっていた。

例え償い切れない程に重い十字架であろうと、進むべき道が解らず見えていなかったとしても、ただ歩みだけは止めないと、この足だけは心だけは前を向いて進み続けるのだと・・・。

「あの頃の俺なら、そっちに行ってたかも知らんけどな・・・、今はやらなあかん事があるんや、俺の邪魔をするな・・・、寝言は寝てから言えど阿呆が。」

そして、俺は船内に入った。

この決断自体が間違いなのかもしれない、俺のエゴを世界に押し付けるだけかもしれない、それでも今はこの答えしか俺は用意できないのだ・・・。

なら、最後までやり通してやるさ。

「――――死んで罪を償うのは、それからでも遅くはないやろ?なぁ、父さん」

 




読んでいただき、ありがとうございます。
今回登場した三人娘は、クロニクルズ告白に登場します。
toy・FlowerのFが大文字なのは、彼女たちが元F分隊だからです。
彼女達の事を知りたいと思う人がいれば、ぜひプレイしていただきたいと思います。
オルタ漫画八巻にも、神宮寺軍曹の回想で登場しています。

次回は京都防衛戦をします。
戦闘描写は苦手ですが、読んで頂けたら幸いです。


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誰がために

あれから、一月近く立っている。

俺達は、戦術機母艦ロイヤル・スウィーツに乗り琵琶湖に来ていた。

俺は落ち着きなく衛士強化装備を身に纏い、格納庫を歩き回る。

俺の足音は周りで動き回る整備員の足音と怒声に掻き消される。

俺は、邪魔になるのを頭では分かっていたが体が言う事を聞かない。

「くそっ、くそっ!!」

苛立ちだけが、募ってくる。

俺をこんな気分にさせる唯一の存在、それはBETAしかいない。

等々、奴らは日本に来やがった。

しかも、都合よく大型台風が通過している最中にだ。

これのおかげで、戦艦からの支援射撃を得られなかった戦線は瓦解寸前にまで持っていかれた。

半要塞化されていた九州は、次々とBETAの山を築いていったが数が想定以上だったのと、第一陣から光線級が来たことにより混乱状態となりながらも、何とか第一波は耐え忍んだ。

だが、間髪入れずに中国地方にBETAが上陸。

補給部隊とそれを護衛する部隊が壊滅した。

そして、九州戦線は前と後ろから挟み撃ちを食らう形となり九州は敵の手に落ちた。

そして、九州を蹂躙したBETAは、北上し中国地方を飲み込んだ。

四国は、国連軍、アメリカ軍の海軍が砲撃により何とか持ちこたえてくれていたが、弾薬が底をついた瞬間に四国は落ちた。

ここまで、本当に良いようにされている。

しかも、日本進行とほぼ同時期にマンダレーハイヴ、重慶ハイヴ、ブラゴエスチェンスクハイヴ、ウランバートルハイヴからも大規模侵攻が確認され、統一中華戦線、大東亜連合、樺太のネフレ、そして各国連軍は対応に追われている。

避難民は退去がすんでいると発表しているが本当の所は解らない。

だからこそ、俺は慌てている。

日本には、守りたい人達が場所が心があるからだ。

「和真、もうじき出撃する。ブリーフィングルームに来い。」

ザウルが呼びに来た。

ザウルも何か思うところがあるのだろう。

ついこの前皆が笑っていた場所が戦場に早変わりしたのだ、無理もない。

俺は、ザウルの後を追いかけブリーフィングルームに向かった。

ブリーフィングルームに到着すると、ディスプレイにレオの顔が写っていた。

レオは、この船には乗っていない。

第一町で各所に指示を出している。

「皆集まったね?」

俺達は背筋を伸ばす。

「君達トイ・ボックスの任務は豊岡市一帯に確認された光線級の排除だ。まず、ファンデーションを使い日本海側から進行しBETA群を側面から叩く。途中で君達はすでに向かっている帝都防衛第八師団第一戦術機甲連隊と共にレーザーヤークトを行ってくれ。これが成功した後に、ファンデーションを使った航空爆撃による面制圧を行う。・・・最後に、これが終わったらまた日本で遊ぶとしよう!私は満足に観光が出来なかったのでね!」

「「「了解!」」」

「・・・頼んだよ。」

そして、レオの顔がディスプレイから姿を消す。

「聞いての通りだ。訓練通りいけば楽勝だ!・・・それじゃ、行こうか!!」

 

ザウル達はブラーミャリサに乗っている。

ラプターとヴァローナは、今整備中で完全にばらされており間に合わなかった。

ブラーミャリサは俺より先に格納庫から出て行く。

「和真機後部エレベーターに移動を始めて下さい。」

俺は、体の奥底から力をねじり出す。

「俺が、守るんだ・・・、俺が守るんだ!!」

そして、俺のジュラーブリクE型はファンデーションに接続される。

「進路クリア!ファンデーションの操縦権を譲渡します!」

「アイハブコントロール!!」

「御気御付けて・・・。」

「はい!・・・行きます!!」

そして俺は、闇夜に全速で飛び出した。

 

俺達は最短経路で進むために山間部を突き抜けて行く。

時速は常に1000をキープしている。

周りの景色が流れるように通り過ぎて行く。

それを山々に当たることなく突き進んで行けるのは、ファンデーションを自立飛行にしているからだ。

これにより、人間では対処しきれない細かな動きをすることが出来、これのおかげで難なく進んで行くことができる。

「日本海に一端出るぞ!その後は、自立飛行を解除し一気にBETA側面に攻撃を仕掛ける。すでに、帝国軍は戦闘を始めている、急ぐぞ!!」

「了解!」

俺達は静神社の上を飛び越え、日本海に飛び出し沖合に出る。

そこで、速度を1300に変え大きく円を描くように方向を変える。

そして、円山川に水面ギリギリで侵入する。

「BETA群を確認!数は、2万です!」

「大判ぶるまいだな!!そして、ビンゴだ!」

前方を確認すると、少し開けた箇所に要塞級の群れがひしめき合い、その足元に大量のBETAが居る。

その中に光線級を見つけた。

「ミサイル全弾発射と同時にファンデーションをパージ!その後両側面から、ぶちかましている帝国軍と合流する!」

「了解!」

川を挟んだ両側の山からまるで、映画のワンシーンのように銃弾が吐き出されている。

それはもはや銃弾の雨、その雨は光線級を排除しようと要塞級の足元に降り注ぐ。

だが、その暴風雨は要塞級の屋根とその他のBETAによる傘で守られていた。

「食らいつくせ!!」

俺はミサイルを撃つために少し高度を上げ要塞級の足元に狙いを定めファンデーション底面に搭載されたミサイル計16発を全弾発射した。

「当たれーーーー!!」

俺の叫びと共に吐き出された俺とザウル達の計36発のミサイルは唯真っ直ぐ吸い込まれるように突き進む。

このミサイルはフェニックスのような高価なミサイルと違いただ真っ直ぐ進み当たれば爆発するだけのミサイルだ。

だが、BETAが高性能コンピューターが搭載されている飛翔物を優先的に破壊するなら、このミサイル達はこの状況下では対処までに時間がかかる筈だ。

その代わり・・・。

「初期照射くるぞ!パージしろ!!」

人間と高性能コンピューターが搭載されている戦術機がセットで居れば先にそちらが狙われる。

俺がファンデーションをパージしたと同時にアラートが鳴り響く。

そして、俺から離れたファンデーションは照射元に向かって真っすぐに最大加速で突き進む。

ブラーミャリサが進行方向左側の木々の中に姿を消し俺は、右側の木々の中に戦術機を強引にねじ込む。

それと同時に着弾の知らせとファンデーションが破壊された知らせが同時に画面に映し出された。

俺は、木々をその体で薙ぎ倒しながら、暴風雨の下へと急行した。

「和真無事か?」

ザウルから通信が入る。

「はい!各部以上無し、大丈夫です!」

「よし、今帝都防衛第八師団第一戦術機甲連隊からデータリンクでターゲットリンクをした。データが行ったろ?」

俺の画面には、赤一色の戦域地図の中に黄色の点が生まれて行く。

「そこに、光線級がいる。距離で言えばだいたい800m先位にいやがるな、だがそこには要塞級がおり周りにもBETAが大量だ。帝国側も連隊から大隊規模まで損耗している。向こうの隊長さんと協議した結果、二手に分かれることになった。

まず、ここから援護射撃をする部隊と、突撃する部隊だ。さっきのミサイルで道を切り開く切っ掛けは出来たらしいな。俺達は突撃部隊の方に回る、良いな!」

「了解!」

そして、一端通信は閉じられた。

それと同時に、目の前に帝国軍の中隊が姿を現す。

彼らの乗る戦術機は不知火と吹雪だった。

「こちら、国連太平洋方面第9軍、五六和真少尉です。」

俺が通信を繋げると、中隊の隊長と繋がる。

「こちら、帝都防衛第八師団第一戦術機甲連隊所属、草木 春(くさき はる)中尉です。日本のために来て頂き感謝します。・・・あら、あなたは。」

「えっと、俺の事をご存じなのですか?」

「あら、私の事忘れちゃったの?あんなにも、寄り添っていたのに・・・。」

俺はそこで気が付いた。

「あなたは、俺を助けてくれた。」

「そう、あの時は間に合って良かったわ。でも、こうやって戦場で再開するのは嫌だったわね・・・。」

「・・・はい。」

「でも例え2機でも来てくれて助かったわ、ありがとう!」

「お言葉ですが中尉、俺達は2機で中隊規模の戦果を出してみせますよ?」

「ふふ、頼もしいわね!」

「中尉、部隊の弾数はまだ行けますか?」

「少し、心もとないわね・・・。」

「だと思いました。これを使って下さい。」

そう言って俺は背を向ける。

この1か月で新たに変更された俺のジュラーブリクE型の装備、それは肩部を変更し突撃砲をそれぞれ2つ取り付けてある。

背部には、恐竜の背鰭のようにマガジンが取り付けてある。

俺は、そのマガジンを取るように進言する。

「随分変わった装備をしているのね?感謝するわ!各機、12から順次弾薬を補充させてもらえ!国連軍からのプレゼントよ!」

そして、俺の背部のマガジンをすべて渡した。

今回日本に来るに従い、突撃砲も日本式に変更されている。

「ありがとう、これで十分に援護が出来るわ!でも、良かったのすべて渡してしまって?」

「えぇ、もともとそのつもりでしたし、これで軽くなりましたから全力で戦えます!」

「ありがとう・・・。あなたの、背中は私達が全力で守るからね!」

「はい!お願いします!!」

俺がそう言うと同時にザウルから連絡が入る。

「和真!そろそろ行くぞ!!隊形はウェッジワンだ!俺達は隊の中間位置になった!」

「了解!」

そして、射撃部隊からの弾幕を合図に俺達は山から姿を現す。

着地をする頃には隊形は出来上がっていた。

「突撃!!」

隊長の声に押される形で1つの弾丸と化した俺達は、BETAの群れに突き進んだ。

 

後方から弾丸が飛んで来る。

その弾丸は俺達を通りこし前方のBETAに当たり赤い道を作り出していく。

近づくものはすべて蹴散らすと、BETAの中を突き進む。

戦域地図には、俺達の周りに敵が群がってくるのが解る。

だが、俺達を中心に円を描くように敵がいない。

近寄られる前に撃ち殺しているからだ。

だが、銃弾なんてものは直ぐに底をつく。

最前列に居る帝国軍の不知火はBETAの群れの中間位置に辿りついた時には、すでに弾薬が無く。

近接長刀を抜いていた。

俺は、十八番の空間範囲の力をフルに使い肩と左手の計5つの突撃砲を触覚のように使い援護する。

隊の皆の戦術機はすでに元の色が解らない位にBETAの血に染まっている。

不知火がその鋭利な刀で要撃級を通り過ぎる時に斬り殺し、その直後現れる戦車級を俺が打ち抜き守る。

未だBETAの肉壁の先に居る要塞級が移動を始める。

それと、同時に目の前の壁が開けて行く。

その先に待つのは光線級だ。

だが、リリアとザウルのブラーミャリサは光線級が姿を現した瞬間に吹き飛ばしていた。

「ヒュ~ッ!」

「やるわね!」

「俺達も負けちゃいられないな!」

その技術を目にした帝国軍から賛辞が贈られる。

俺も自然と笑顔になる。

これくらい当たり前のようにこなすのがリリアとザウルなんだ!

俺もトイ・ボックスとして恥ずかしくない様に36mm弾を撃つ。

あたる箇所は突撃級の足だ。

「当たる。これも当たる。」

俺は撃つ前から当たるのが解っているように撃って行く。

確実に俺の射撃レベルは上がっていた。

そして、遂に光線級の群れに辿り着いた。

だが、そこには要塞級4匹が巨塔のように聳え立っており。

俺達をアリのように見ているとさえ感じた。

「要塞級の鞭には気を付けろよ!全機食い荒らせ!」

そして、1つの弾丸は内蔵されていた散弾を飛び散らせるように弾け飛び。

エレメントを組んで光線級を手当たり次第に殺していく。

「ここからは、時間との勝負だ!既に琵琶湖からは六機のファンデーションが大量の爆弾を積んでこちらに向かっている。さっさと片付けるぞ!」

ザウルからの通信に俺は右手のフォルケイソード改を光線級に突き刺し答えた。

 

戦域から光線級が姿を消し俺達の作戦が成功した事を知らせる。

「全機急速離脱だ!急げ!!」

後数分でこの辺り一帯は火の海と化す。

俺達は急ぎ隊形を整え離脱しようとする。

だが、一体の不知火が来ない。

「どうした!04!?」

「跳躍ユニットと脚がいかれました。・・・隊長、置いて行って下さい。」

そう言う04に隊長はすまないと言い離脱しようとする。

だが、俺は隊長が言い切る前に04の元に向かって行った。

「何をしているトイ3!すぐに引き返せ!!」

「すみません!先に離脱して下さい!!すぐに俺も向かいます!」

俺はそれだけを言うとロケットを最大で噴射し04の元に向かった。

 

「えぇい!ザウル大尉、よろしいですか?」

隊長機の不知火から通信が入る。

「えぇ、我々は即座に離脱しましょう。アイツは、やるといったらやる男ですから。」

「了解した。全機離脱だ!」

通信を切ると後ろの席からリリアが話しかけてくる。

「また無茶をして・・・。」

「な~に、リリアの腕なら離脱しながらでも援護射撃が出来るだろ?」

「・・・帰ってきたらお仕置きだね!」

和真は強くはなったが弱くもなった。

もしここで、見殺すなんてことをしてしまったらアイツは本当の意味で壊れてしまう。

「それじゃ、余り急がずに離脱しようか?」

「うん!」

 

俺は、猛スピードで不知火の前に到着し周りに集ろうしていた戦車級を五つの突撃砲で撃ち殺す。

「早くコックピットから出て下さい!急いで!!」

俺は、肩部四つの突撃砲をオートに設定し左手の突撃砲を捨て不知火のコックピット横に着ける。

中から04が姿を現しジュラーブリクの腕に飛び乗る。

俺は落ちないように慎重にコックピットに寄せて行く。

そして、コックピットを開け中に04を入れ後ろの座席に座らせた。

「離脱します!」

立ち上がり離脱しようとすると目の前に要塞級がいた。

俺は慌てて跳躍ユニットを噴射し流れるように要塞級に向かって上昇、通り過ぎる時に接合部を切り裂いた。

崩れ落ちて行く要塞級を後ろに俺は、BETAの海を飛び越えて行く。

「大丈夫ですか?」

俺は後ろの座席に座る女の子に尋ねる。

だが、返事は無言で返された。

俺は慌ててバイタルチェックするがどこにも異常はない。

「あの、大丈夫ですか?」

俺は再度問いなおした。

「・・・なんで助けたの?」

だが、帰ってきた言葉は予想外の言葉だった。

「なんでって・・・。」

「あの場面では、私を見捨てるべきだった。隊のことを考えるなら来るべきではなかった。あなたの独断専行で隊にどれだけの危険が及ぶか誰にも分からないのよ?」

その通りだ、隊の皆が生き残る最善の道を考えるなら、俺は来るべきではなかった。

この1を捨てることで、隊の皆を安全に退避させることができた。

それでも、俺は出来なかった。

この人が危ないと解った時には体が動いていた。

それは、贖罪なのかもしれない。

初陣の時に助けられなかったあの子の代わりにこの人はと、どこかで考えていたのかもしれない。

「・・・すみません。」

俺には謝る以外の言葉は見つからなかった。

「謝らないでよ・・・。ぐす、ひっ・・・。」

後ろの席から泣声が聞こえて来る。

「ひっく・・・恐った、もう死ぬしかないと・・・思って・・・食べられると思って・・・。」

俺は、ただ黙って聞いておくことしかできなかった。

 



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弱肉強食

俺達は、何とか福知山市鬼ヶ城補給基地に辿り着く事ができた。

豊岡市の方角の空は夜だと言うのに、夕焼け空のように赤々と雲を照らしている。

ロイヤル・スウィーツから来たファンデーションによる空爆と、帝国海軍の砲撃により地形が変わるのでは無いかと言う程の爆撃を行っていた。

俺はその様子を戦術機を着地させながら眺めていた。

俺の戦術機がハンガーに置かれ俺達は戦術機から降りる。

すると、草木中尉が脇目もふらず走ってきた。

「秋!!」

「お姉ちゃん!」

その様子から見て、姉妹なのだろう整備員の視線など関係なく再開を喜び抱き合っている。

「五六少尉ありがとう!」

草木中尉が俺に礼を言ってくる。

だが、俺は素直に受け取る事が出来なかった。

俺のやった事が正しい事なのか解らなかったから。

俺が格納庫から休憩所に向かうとザウルとリリアがいた。

俺は2人の傍に行く。

俺が声を駆けようとした瞬間、俺は殴り飛ばされていた。

俺は尻もちを付き何をされたのか、頭が理解しない。

「いつもの和真なら、これくらい躱す事が出来るハズだがな・・・。」

ザウルの声が俺の耳に届く。

「なぜ殴られたのか、理解しているか?」

俺は力なく頷く。

すると、ザウルが手を差し伸べてきた。

「二度とあんな事はするなよ?だが、良くやった。さすが俺の仲間だ。」

俺はその手を取り立ち上がる。

「良いか?今回はたまたま運良く助けられただけだ。もしかすと、助けに行った和真も死んでいたかも知れない。良く考えろよ、お前が死ねば計画は先延ばしになるかも知れない。それだけの時間で何の罪もない人がどれだけ死んでしまうかを・・・。」

俺は理解した。

この体は、この命は、すでに俺1人の物では無くなっているのだと。

「了解!」

俺はそれを理解すると、少しほんの少しだけ気分が楽になった。

俺の顔をマジマジと見ていたザウルは納得した顔をする。

「良し!それじゃ、通信室に行くとするか。」

通信室に行くとロイヤル・スウィーツの艦長がディスプレイに写っていた。

「任務が無事完了し、こちらもほっとしているよ。」

「俺達ならあの程度朝飯前ですよ艦長?」

ザウルのセリフに艦長は少し緊張の糸を解す。

「君達ならそうだと思っていたよ。」

本当の所はどうなのだろうな・・・。たった二機加わっただけでレーザーヤークトが出来る程BETAは優しくないと言うのが本音だ。

数の暴力とは、ある意味では最強の力とも言える。

いくら、腕に自信がありBETAを葬り続ける腕があったとしても、四方八方を塞がれ空も塞がれ地中すら塞がられるなんて、当たり前なのがBETAだ。

だからこそ、こちらも数を揃えていかなければならない。

退避経路を確保したままBETA群に突っ込む。

今回はそれがうまく行きすぎただけだ。

艦長もザウルもそれが解っている。

そして、生き残れたからこそ、こんなセリフを堂々と吐くことができるのだ。

「それで?俺達の戦術機はまだまだ戦えるが、帰還か?」

ザウルが艦長に今後の事を確かめるように聞く。

「いや、まだそちらに居て貰う事になる。避難民が大量にいるだろ?彼らが無事にそこを立つことが出来るまでそこにいてくれ。仮に、戦術機もしくわ搭乗衛士に何かあった場合は直ぐに知らせて欲しい。その時を持って君達の任務は終了する。直ぐに迎えのファンデーションを出そう。」

「「「了解!」」」

そして、通信が切れる。

「それじゃ、私達も行こうか?」

リリアが提案し俺達はリリアに着いていくことにした。

着いた先はPX、だが、ケアンズにあるような設備が整っては無く、簡易に今作りましたと解る程に何も無かった。

皆、テーブルなども無いので地べたに直接座り、握り飯を食べている。

満足な食事すら無い。

それが、今の日本の現状だった。

しかも、その数少ない合成食糧を避難民にも分け与えているので、おのずとこちらの食糧も減る。

だが、それに対して文句を言うものは誰一人いない、国民性なのかなんなのかは解らないが、お互いを助けあって今を生きている。

その証拠に簡易キッチンで握り飯を作り、忙しなく軍人や外に避難車両を待っている人達に持って行っているのは、俺達が守る避難民の人達だった。

俺は手伝いに行こうとするとザウルに止められた。

「彼らには彼らの、俺達には俺達の仕事がある。解るな?」

俺はそれに頷き、地面に腰を下ろした。

すると、小さな女の子が俺達の所におにぎりを持ってきてくれた。

「ど、どうぞ!!」

俺達は顔を綻ばせながらそれを受け取る。

すると、女の子は何かを言いたそうにしていた。

俺達が女の子を見ているとその子は口を開く。

「か、海外の、その、国連軍の人達ですか・・・?」

「あぁ、俺達は国連軍に所属している。国籍はオーストラリアだ。」

ザウルが俺達を代表して答えた。

「あ、ありがとうございます!」

女の子はそう言うと頭を地面に付きそうな程に下げる。

「なぜ、私達なの?」

リリアが優しく問いかけると女の子はモジモジしながら話し出す。

「私たちが避難できたのも、お姉ちゃんやお兄ちゃんと同じ服を着た人が戦ってくれたから、・・・だから、ありがとうございました。」

俺は、それを聞き少し救われた気がした。

俺達が行っている事は、決して無駄では無く。

この小さな命を救えているのだと、俺達が助けた訳ではなくとも、自分の事のように嬉しかった。

「それで、その・・・、はい!」

女の子は、俺達に何かを差し出す。

それは、名前も無い花で出来た花冠だった。

「くれるの?」

「うん!」

俺は、それを受け取り頭に着ける。

子供の手で作ったものなので、俺の頭では少し小さい。

それでも、俺はそれを頭に乗せ女の子に笑いかける。

「似合う?」

「うん!!」

そして、女の子はバイバイと言い残し走って行った。

「良いだろ?こういうの!」

「あぁ、凄く嬉しい。」

ザウルとリリアが笑い俺も笑った。

 

それから5日間俺達は殆ど休む暇も無く出撃していた。

ほぼ、補給のために帰っているようなものだった。

それと言うのも、BETAの進軍速度が異常なのだ。

奴らはいくら追い払っても、数時間後にはまた押し寄せてくる。

増援を呼びたくても、どこも同じ状況の様で増援は見込めない。

まさに、絶望的なまでの数の暴力。

俺達がいる帝都防衛第八師団第一戦術機甲連隊は、レーザーヤークトにより、その数を大隊規模にまで減らし、今では2個中隊にまでその数を減らしていた。

「避難はどれほど完了している?」

帝国の隊長が俺達にも聞こえるようにオープン回線でCPに確かめる。

「避難は80%が完了しています。日の出時刻までには完了するものと思われます。」

「了解した。・・・聞いていたな?これがこの場での最後の戦いになる。全機生き残れよ!」

そして、通信は切られた。

支援射撃はもうない、ロイヤル・スウィーツの弾薬も帝国、国連側もすでにほとんど底を尽きかけている状態だ。

俺達はその支援射撃がある中を戦った。

それでも、何人もの衛士が殺された。

俺の目の前で殺された。

俺は言い知れない恐怖と、怒りに体が震えていた。

だが、初陣の時のように暴走したりしない。

今は、ここにいる戦友を生かす事だけを考えるんだ!

再びCPから通信が入る。

「敵数判明しました。1万です!」

1万・・・、演習ではそれほど苦も無く突っ込む事が出来た数だ。

何度も成功している数だ。

だが、俺はそうそううまく演習通りに行かない事をこの5日間で学んだ。

だからこそ、俺は全力を超える力を出し続けなければ8分持たずに死んでしまうことを知っている。

操縦桿を強く握り閉める。

座席右横には、ククリナイフ、左にはショットガン、そして、そのショットガンに取り付けられた花冠。

俺はそれらを目で確認し気合を入れる。

「全機兵器使用自由、食い荒らせ!!」

「了解!!」

そして、遅滞作戦が始まった。

 

「まだ来る!」

俺は、山を滑る様に向かってくる突撃級を撃ち殺す。

BETAは、三岳山で三か所に分かれて進行してきている。

俺達がいるのは、熊野神社だ。

ここにBETAが来るには山を越えて来なくてはならず、数も少ない。

ここの戦線はトイ・ボックスと春中尉、秋少尉が回されている。

他の比較的多くBETAが来ると予想される。

一ノ宮と下野条に他の部隊は向かっている。

山を越えてくるBETAが少ないと言っても、1万の中からなので、引っ切り無しにBETAは来る。

特に戦車級がだ。

俺は、そいつらを切り刻み蜂の巣にしミンチにしながら耐え忍ぶ。

「秋さん!チェックシックス!!」

俺が叫ぶと秋少尉の不知火は、跳躍ユニットを噴射し要撃級の一撃を回避し振り向き様に36mm弾を撃ち込む。

「助かったわ!ありがとう!!」

「礼を言うのは後ですよ!!」

まだまだ来るBETAを俺達は殺していく。

跳躍ユニットの燃料は出来れば使いたくない俺達は、主脚で走り回避する時だけ跳躍ユニットを使う様にしていた。

俺が振るフォルケイソード改はすでにロケットの燃料が無く、ただの重い刀とかしている。

それでも俺は振り慣れたそれを、大きく横薙ぎに振るい要撃級を真っ二つにする。

だが、等々根元から折れてしまう。

俺はすぐにそれを手放し、すべてのモーターブレードを展開、踊る様に周りに群がってきた戦車級を細切れに変える。

「はぁ・・・、はぁ・・・。」

あれから、どれだけの時間戦った。

隊長たちとの連絡も何故かとれない、さっきからザウルが確かめているがCPとの連絡も付かないでいる。

何が何だか解らない、だが敵が目の前に来ているなら殺さなければならない。

ここが抜かれたら、避難民がいる鬼ヶ城まで一直線だ。

すると、俺の後頭部辺りがチリチリと痛んだ。

俺がそれに違和感を感じ振り返ると、その瞬間には春さんの乗る不知火が要撃級の手腕により爆散していた。

「――――ッ!!」

俺は、息を飲む。

守れなかった・・・。

俺の命の恩人を俺は死なせてしまった。

俺がもっと早く気が付いていれば、春さんは・・・。

そして俺が叫び声を上げそうに壊れてしまいそうになると、別の壊れた声が聞こえてきた。

「いやぁぁぁぁぁぁ!!お姉ちゃん!!」

秋さんの乗る、不知火が轟々と燃える不知火に向かって行く。

煙で辺りが見えない。

だが、そこにはまだ要撃級が居て、周りには炎の事など関係なしに戦車級が群がって来ていた。

俺は、皮肉にも秋さんの悲痛な叫びにより理性を失わずにすんだ。

そして、秋さんを止めるために跳躍ユニットを使い向かおうとするが、何匹もの要撃級に囲まれ移動する事ができない。

俺は、最後の望みを託し、通信で呼び駆けた。

「秋さん!!春さんは、もうダメだ!ダメなんだよ!!」

「うるさい!!私に残された最後の家族なんだ!こんな、こんな所で死ぬはずがないんだ!お姉ちゃん、今すぐ助けにいくから!!」

「秋さん!!」

俺の叫びは届かない、ザウル達のブラーミャリサを探す。

だが、ザウル達も俺以上のBETAに囲まれていた。

「くそが!どきやがれーーー!」

俺は、すべての突撃砲から120mm弾を至近距離で発射し周りにいたBETAはすべて吹き飛ばす。

「きゃあああああ!!」

最悪の出来事が起こった。

「秋さん!!」

秋さんの不知火は生き残っていた要撃級を殺すことには成功するが、後方から突撃級の突進を掠ってしまい跳躍ユニットが使いものにならなくなってしまっていた。

そして、炎の中に春さんに寄り添うように倒れた秋さんの不知火は、炎に焼かれながらも、数えるのが馬鹿らしくなるほどの戦車級にその身を隠されていた。

ここからは距離があり過ぎる、突撃砲で撃とうにも、秋さんの不知火まで打ち抜いてしまう。

俺は、どうすれば・・・。

その時、秋さんの声が聞こえた。

「いやぁぁぁぁ、こ、来ないで、来ないでよぉおおお!!」

そこで俺は、自分の夢の切っ掛けを思い出す。

父さんを殺した時、俺は何故殺した?

父さんが地獄に落ちるからか?

たしかにそれもある。

だが、俺は父さんの苦しむ顔を見たくなかった。

ただ、死ぬその間際でも笑っていて欲しかった。

だから、俺は自分の手を汚してでも父さんを殺した。

自分のエゴを押し付けて・・・。

そして、俺はそれを貫くと誓った。

相手がもう助からないと解ったなら、出来るだけ安らかに苦しまずに送ってやるのも1つの救いだと、そしてそんな人を増やさないために、ネフレに入った。

なら、俺は・・・。

俺は、IFFを切り、肩部の突撃砲の内の1つを秋さんの不知火に向ける。

今俺の手で殺してあげなければ、秋さんはBETAに食い殺される。それはかなりの苦痛だ。ここで、楽にしてやらなければ・・・。

「・・・殺したくない。」

秋さんの叫び声が聞こえる。

だが、それは音声だけで映像は送られて来ない、おそらくコックピットハッチをこじ開けられたのだろう。

「――殺したくない。」

俺は、やらなければならない。じゃないと、父さんを殺した事が嘘になってしまう。俺は、突撃砲をコックピットに向ける。

「殺したくない。」

そして、望遠でこじ開けられたコックピット内を戦車級の隙間から見る。

その時、俺は秋さんと視線が合った気がした。

そして、時間が止まったような感覚を覚える。

俺は、うるさい心臓の音を聞きながら、秋さんを見つめる。

そして、秋さんの唇が小さく動き言葉を紡ぐ。

俺にはそれが、はっきりと聞こえた。

「撃って・・・。」

それが引き金となり、俺は元の時間に戻される。

「俺は・・・、俺は・・・。」

戦車級がコックピット内の秋さんを捕えようと腕を伸ばす。

そして、本当に俺の耳に届いた。

「撃ってよーーーー!!」

「俺はもう、殺したくないんだぁぁぁぁぁぁああああアアアアアアア!!」

そして、突撃砲から36mm弾が放たれ、戦車級ごと不知火に穴を開けて行く。

「あああああああぁああああああああぁああああああああああああああああ!!!」

肺の空気が枯れて無くなるまで俺は叫び続ける。

そして、完全に肺から空気が無くなるころには、不知火は俺の弾丸のせいで爆散してしまった。

「うぅ、オェエエ・・・。」

俺はコックピット内で吐き出してしまう。

元々余り食べて無く、消化の良い合成食糧しか食べていないので、胃液しか出てこない。

頭の中では、また湖が現れ空から濁った滴が落ちてくる。

そして、それが大きな波紋を生み、新たな腕が湖から生えてきた。

その中心にいる俺はただ空を眺めていた。

 

俺が正気に戻ると目の前にはまだBETAが居た。

俺があっちに行っていたのは、一瞬だったらしい。

俺は、機械のように周りのBETAを殺す。

「CP、おいCP!こちら、トイ1!応答しろ!!」

ザウルの悲痛な叫びが聞こえて来る。

「くそ!・・・和真、大丈夫か?まだ戦えるか?」

おそらく、俺が狂ったと思い、後暗示催眠をかけるか聞いているのだろう。

「必要ない、俺は大丈夫や。まだ戦える!!」

俺は戦わなければならない、秋さんや春さんの分も戦わなくちゃならないんだ!

「和真・・・。」

リリアが俺の事を心配する。

俺の心を覗いたのだろう。

だから、俺は心の中で大丈夫だとリリアに伝えた。

「CPと連絡が付かない・・・。帝国軍もおそらく壊滅している。考えたくはないが、鬼ヶ城補給基地が襲撃された可能性が高い。俺達は、これより取り残されているであろう避難民を救助しに行く。良いな?」

俺はそれに深く頷いた。

「・・・良し!直ぐに向かうぞ!!」

「「了解!!」」

 

俺達が見た景色はまさに地獄だった。

鬼ヶ城補給基地は崩れ落ち、中から蟻のようにBETAが這い出して来ている。

基地の周りの難民キャンプはすでに、跡形もない。

辺りを炎が支配し、その中を肉を焦がしながら動き回るBETA。

この世の物とは思えない場景がそこに広がっていた。

「な、なんだよ・・・、これ。」

「くそ!」

「そんな・・・。」

俺達はそれぞれ知らず知らずに言葉を発する。

だが、この様な地獄の中でもザウルとリリアは冷静であった。

「予定を変更だ!俺達はこのまま、京都に向かう!その場で補給または、機体を捨ててでもロイヤル・スウィーツに帰るぞ!」

俺は茫然としながらも、ザウルの言う通り京都に向かうために進路を変える。

すると、俺は見つけた。

山道を走るトラックを、その荷台には数多くの避難民が乗っていた。

「生存者発見!繰り返す、生存者発見!!至急急行する!!」

俺はザウル達にそう叫びながら、トラックに向かって急行した。

ザウル達も追いかけてくる。

良かった、本当に良かった!まだ、生きている人がいた!

俺は何としても、救いだすべく先を急ぐ。

が―――――。

そのトラックの進行方向の下斜面から要撃級が向かっていた。

俺の中で一気に血が下がって行く。

急げ―――。

突撃砲の弾はすでに無い、突撃砲自体捨てて来ている。

急げ―――。

ザウル達もそれは同様で近接兵装しかない。

急げ―――。

どんどん近づくと、難民の人達はまだ気づいていない様子が分かった。

急げ――――。

トラックの荷台の難民の中に見慣れた子を見つける。

それは俺に、花冠をくれた女の子だった。

「急げ、もっと早く動けってんだよ!!」

俺は、ジュラーブリクE型に激を飛ばす。

だが、その言葉に戦術機は答えてくれない。

その子は、俺に気が付いたようだ。

助かったと思ったのか、俺だと解ったのか、笑顔になる。

だが、その時には要撃級がトラックに狙いを定めていた。

「やめろーーーーッ!!そこには!それにはーーーーッ!!」

俺は精一杯腕を伸ばす。

「やめろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

だが、その手は届く事無く、要撃級の攻撃によりトラックは粉砕し要撃級の目の前で爆散、要撃級はそのまま斜面を転がり落ちて行った。

その子の姿は、そのころにはどこにも、存在していなかった

 




次回予告

こんな日が来るなんて思っていなかった―――。
ずっと、傍にいてくれると思っていた―――。
これから先も最後まで一緒だと信じていた―――。
―――だけど、この世界はそれさえ許してはくれなかった。


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別れ

気が付くと俺は、戦術機を歩かせていた。

現在位置を調べると、保津峡だった。

どうやら、俺の戦術機はザウル達に操縦権を取られていたようだ。

「すみません、もう大丈夫です・・・。」

俺はザウル達に通信を繋げる。

「本当に大丈夫なんだな?」

「はい。」

「・・・わかった。」

操縦権が俺に返される。

俺は斜面を出来るだけ、戦術機に負荷がかからないように歩く。

「俺達がBETAに抜かれた事は、伝えた?」

「あぁ、伝えた。新たに防衛戦を構築するそうだ。」

「そっか・・・。」

歩く、踏みしめる地面が雨のためかぬかるんでいる。

生きなければならない、生きてBETAを殺さなくてはならない。

俺達の夢の為に邪魔する存在は消さなくてはならない。

そんな奴らには、この世界で生きる資格すらない。

俺の中では、悲しみが怒りに怒りがさらなる糧になり、憎しみを燃やす。

「もうすぐで、嵐山補給基地だ。先に向こうのCPには、連絡を入れてある。先を急ごう。」

「了解。」

さらに、歩く。

「うわっ!」

「キャッ!!」

ザウル達の声を聞き俺は嫌な予感をすべて頭から追い払う。

「ザウル!リリア!!」

2人の乗るブラーミャリサは雨でぬかるんだ、斜面に足を取られ崩れる地面事落ちて行く。

2人の、戦術機は跳躍ユニットの燃料もすでに無く、緊急浮上することも出来ない。

俺は、戦術機を器用に扱いながら、二人を追いかけた。

ブラーミャリサは、何とかスクラップになることなく地面に横たわっていた。

「2人とも無事か!?」

俺は急いで、ブラーミャリサの操縦権を奪い、コックピットハッチを開ける。

そして、俺は戦術機の腕をその横に着け、それに飛び乗り中の様子を確認する。

「ザウル!リリア!!」

「和真・・・、ザウルが、ザウルが。」

「―――ッ!!」

俺は直ぐに中に入り確認する。

すると、ザウルの腹部には破損した部品が当たったのか大きな切り傷が出来ており、そこから血が大量に流れ出ていた。

「は、早く応急処置しやんと!!」

俺はファストエイドキットを取り出し、手早く応急処置を済ませて行く。

そして、正気に戻ったリリアの肩を借りる形で、俺の戦術機に乗り込んだ。

「早くちゃんとした治療しやんと!!」

俺は、戦術機を起き上がらせる。

「うるせぇな・・・。」

「ザウルっ!!」

「おう、リリア!無事か?」

「私の事より自分の心配をして!!」

「ハハハハッ、悪い・・・。」

俺は先を急いだ、だがロケットモーターを使って移動すれば、ザウルの傷口は開いてしまうかもしれない・・・。どうすれば!

歩くにしても、足場が不安定で危ない。

そこで俺は思い出す。

ホバー装甲を兄貴につけられ四苦八苦していた時の助言を。

 

「良いか和真!俺がやって欲しかった事はだな、羽みたいな動きだ!」

「羽!?兄貴良くわからんよ?」

「つまりだな、今回の和真は、二次元的な動きしかしなかったろ?」

「まぁ、ホバーやしそうやな。」

「それじゃないんだよ!俺がやって欲しかったのは、ホバーを使っての流れるような動きだ!これが出来れば、急速な方向転換で生じる各部の摩耗を最小限に出来るし、ザウルみたいな多角機動にも、最小限の燃料で対処が可能となる。しかも、コックピットも大きく揺さぶられないから、衛士にとっても助かる筈だ!俺の言いたい事が解るか!?」

「よく解らん!」

「オイっ!!」

 

流れるような動き、最小限の機動、衛士に負担を駆けない、羽。

俺の中で何かが、カチリと音を立てる。

そして、父さんを殺した時のような頭がキリキリする痛みが襲ってくる。

湖の中心にいる俺を周りの腕が締め上げて行く。

だが、その時には世界が遅く見えた。

斜面を転がる岩も、風に揺れる木も俺の指も、計器類の反応もすべてが遅く見えた。

そして、遠くにある望遠にしなければ見えない筈の物まで見える。

筋肉が痛む。

神経に流れる微弱な電気信号を感じることが出来る。

俺が握る操縦桿から本来ならあり得ない、ミシミシと握りつぶしてしまいそうな音がする。

「守るよ、俺が守るから!」

そして、俺はジュラーブリクを動かした。

すべてが遅い、すべてが見える。

俺の操るジュラーブリクを神の視点でアクションゲームの様に見ているようだ。

操縦桿を握る力も加減しなければ壊れてしまいそうだ。

俺は、戦術機を川を流れる木の葉のように、風に揺られる羽のように、最小限の動きで、ジェットエンジンを使い移動する。

ザウルがどの程度の速度まで耐えられるかそれすら、分かったような気がする。

俺は自分の感覚を信じて突き進んだ。

そして、遂に嵐山補給基地に到着することが出来た。

カタパルトには、すでに衛星兵が待機してくれている。

リリアが伝えてくれたのだろう。

俺は、カタパルトに着陸し気を抜いた瞬間に激しい痛みに襲われ気を失った。

 

「ここは・・・。」

俺が目を覚ますと、辺り一面が真っ白な部屋にいた。

横を見ると、ザウルが寝ている。

呼吸も整い苦しそうには見えない。

どうやら間に合ったようだ。

「目が覚めたんだね、和真。」

ザウルの寝顔を見ていたリリアが俺に気が付き声を駆けてきた。

「リリア・・・。」

「ここは、嵐山補給基地だよ。それと、ザウルは無事だから安心して。」

「そっか・・・良かった。」

俺は心底そう思った。

このままザウルまで失ってしまったら・・・。

俺はそこまで考え頭を振るう。

馬鹿な事考えてんじゃねぇ!そんな事、あるわけないだろ!

その時、もう聞きなれた爆音が基地内部まで聞こえて来る。

地響きが蛍光灯を揺らす。

「そんな・・・、京都まで戦場に・・・、それじゃあ、俺達がしたことは皆の死は無駄だったのか・・・?」

俺は、その余りにも無情な現状に嘆いた。

あれだけの被害を出して、あれだけの思いをしたのに、まだ苦しませるのか。

「和真ッ!!」

リリアの聞いた事も無い本当の怒声が室内に響く。

「彼らは無駄死にじゃない!!私達が、それを認めたら本当に彼らは無駄死にしたことになる。彼らが、あそこで頑張ってくれたからこそ、今まで京都が戦場になることはなかったのだから・・・。」

俺はそれに頷いた。

決して彼らは無駄死になんかじゃない!俺達がそれを証明すれば良い、後の人達に彼らを語り継ぐ、それが生き残った衛士の務めなのだから。

「うっ・・・ぐ・・・ッ!」

俺は悲鳴を上げる全身の筋肉を無理に動かし立ち上がる。

脳ミソがキリキリ痛む。

俺はそれを無視して、屈伸し体にまだまだ頑張れと喝を入れた。

ベッドの横を見ると、俺のショットガンとククリナイフが目に入る。

俺は、それらを装備する。

「和真?」

「リリア、俺のジュラーブリクはどうなった?」

「私達が来る少し前に、ここから近衛の衛士が戦場に向かったそうだよ。タイミングが良かったんだね。整備員の人達が避難する前に出来る限りの事はしてくれたよ。」

「じゃあ、ここにおるのは俺達だけ?」

「違うよ、私達以外だと、後はCPの人達だけが残ってる。ここから、出て行った子達は、まだ訓練兵なのを繰り上げ任官された子達なんだって、その子達が無事に帰還するまではここに残るって・・・。」

日本はそこまで追い詰められているのか・・・。

まだ満足に訓練を終えていない衛士を戦場に出さなければいけない程に・・・。

「ロイヤル・スウィーツから連絡は?」

「ザウルが負傷、ブラーミャリサの破棄、これらから私達の任務はもう終わってる。だから、迎えに来たいらしいけど、光線級の姿も確認されてるから、私達はここに待機だって・・・。アメリカとネフレは国連を通して日本に京都に砲撃、爆撃による面制圧を敢行するように圧力をかけてる。多分直ぐに行われると思うから、私たちはそれによるBETAが制圧されるまでの間、ここに隠れろだって。」

「・・・そっか。」

俺は脱力した様にベッドに腰掛ける。

本当なら今すぐにでも、飛び出して行きたい。

それでも、すぐに面制圧されるなら俺が行ってしまえば邪魔になる。

俺の命はネフレにとっても今は必要な物なのだから。

「それじゃあ、俺達も出来るだけ情報を集めるためにCPの所に行こうか!」

そう言ってザウルは上半身を起こした。

傷はすでに縫われ塞がっているとは言っても危険な状態には違いない。

「横になっていないとッ!」

リリアが叫ぶ。

「大丈夫だって!ほれピンピンしてるだろ?」

ザウルはリリアの頭を撫でながら、立ち上がる。

「でもっ!」

「大丈夫、俺は大丈夫だから・・・、ネフレに来る前はこんなの日常だったろ?」

リリアは、それを聞き黙り込んでしまった。

「良し、行くとするか!!」

ザウルは、日本側に用意して貰った服に袖を通す。

そして、廊下に出て行った。

俺達はそれに急いで付いて行く。

そして、廊下に出た時にそれは起こった。

基地全体が揺らぐ、まるで横から叩きつけられたかのように激しい横揺れが俺達を襲った。

「な、なんや!」

動揺する俺にザウルが叫ぶ。

「リリア、和真走れ!格納庫にあるジュラーブリクまで急ぐぞ!」

俺達は、脇目もふらずに走る。

「リリア、補給はすんでるんだよな?」

「うん!」

「良し!手遅れになる前に辿り着くぞ!」

そして、格納庫に向かう途中で爆音がすぐ後方で聞こえた。

そして、壊された壁の中から何体もの闘士級が姿を現す。

「――――ッ!!」

アイツはくまさんを殺した!!

闘士級がこちらに飛び掛かろうとするが、ザウルが俺の手からショットガンを奪い取、蜂の巣に変える。

「走れッ!!」

俺達は走る。

格納庫の場所を唯一知るリリアを先頭に息が切れるのを無視して走る。

「もう少しだよ!」

リリアがそう声を駆けてきた時、また轟音が聞こえた。

そして、壁の中からホラーゲームの様に醜い姿をした小型BETAが這い出してくる。

そして、俺達は逃げるように走る。

だが、俺は気付いた。

ザウルが横にいないことに―――。

「ザウル!!」

俺が後ろを振り向くと笑顔のザウルがいた。

ザウルは横腹を押さえている。

傷が開いたのだろうそこからは、滝のように血が流れ出していた。

俺がそれを見て息を飲むとザウルは笑顔で俺にこう言った。

「リリアを、―――後を頼んだぞ。」

隔壁が降りて行く。

俺とザウルの間に超える事ができない死の壁を築いていく。

ザウルの後方からはBETAが溢れ出している。

助からない、ザウルはここで死んでしまう。

俺は硬直していた体を殴り付け、無理やり動かしザウルの元に向かおうとする。

だが、俺の腕をリリアに掴まれ進む事が出来なかった。

「リリアッ!!離せ、離してくれッ!!ザウルが、ザウルがこのままやったら・・・、リリア!!」

錯乱状態の俺はリリアの顔を見ようともせずに、腕を振り払おうとする。

バシンッ――――。

俺は、リリアに頬を叩かれていた。

「ザウルは、私たちを逃がすために残ったの・・・。彼の思いを無駄にしないで・・・。」

リリアは悔しさと怒りを含んだ涙目を俺に向ける。

俺は、その瞳に何も言えずにそのまま、リリアに腕を引かれた。

後方では、数発の銃声と扉が閉まる音が響いた。

 

「行ったか・・・。」

目の前の闘士級を撃ち殺しながら、昔の事を思い出す。

オルタネイティブ3計画なんて訳の分からない計画に招集された俺、そこで紹介されたリリア、初めの頃はこちらの心を覗かれているようで怖かった。それは、戦場でも同じだった。

仲間が何人も訳の分からない計画の為に死んだ。

俺の憤怒の怒りは国に対して、そして銀髪の悪魔にしか向けることが出来なかった。

でも、俺は見てしまった。

コイツの事を忌み嫌っていた俺の仲間もそいつらと同じ戦術機に乗っていたアイツの家族も、1人でそいつらの墓を泣きながら作っているリリアの姿を・・・。

それから、俺は変わった。

リリアを1人の人間として見ることが出来た。

嫌、その俺以上に人間らしい彼女の影に隠れることで、自分を人間だと思っていたかったのかもしれない。

そして、俺達は軍を脱走しレオに拾われた。

そして、初めに連れて行かれたのが辺り一面が、太陽の様に輝く向日葵畑だった。

俺は、そこでネフレに嫌、レオに忠誠を誓ったんだ。

世界中の人達に、こんなにも綺麗な景色があるんだって教えたかったから・・・。

そこまで、思い出し向かってきた戦士級を打ち殺す。

弾はこれでもう無くなった。

さらに後方からは、闘士級が姿を現す。

そこで、俺はふと目蓋を閉じると、あの向日葵畑に立っていた。向日葵畑の中でリリアが白いワンピースに麦わら帽子の姿で向日葵畑の中を楽しそうに走り回っている。その隣を和真がリリアに注意しながら走り、レオが俺の隣で笑っていた。

俺が手を伸ばすとリリアは俺に振り返り、俺の傍に来て手を握りながら微笑んでくれた。

「またお前と、向日葵の花を見たかったな・・・。」

 

「はぁ、はぁ・・・。」

俺は唇を噛み締め、涙を出さないように必死に耐える。

じゃないと、俺以上に辛いはずのリリアに俺は二度と顔を合わせる事ができない。

それに、俺はザウルにリリアを任された。

なら、俺がしっかりしなければいけないんだ。

俺は自分にもう何度目になるか解らない、言葉を心の中で吐きかける。

そして、等々格納庫に辿り着く事ができた。

だが、大型のBETAがすでにカタパルトに上ってきている。

時間が無い。

リリアは急いで、パイロンに繋がるエレベーターを押す。

普段なら待つことが出来る数秒が、今は数時間に感じられる。

その時、後方のコンテナが爆発した。

俺は、リリアを庇おうとするが逆に抱き締められ、リリアを盾にしてしまう。

「リリア――ッ!!」

俺は急いで俺に被さるリリアに声を駆ける。

顔を上げたリリアは苦痛に顔を歪めながらも、俺に肩を借り立ち上がりエレベーターに向かう。

だが、エレベーターはまだ開いていなかった。

「くそッ、早く来いよ!」

忌々しげに毒づく俺に肩を借りながらリリアが、苦しげに聞こえるか聞こえないかの声量で話しかけてくる。

「和真、生きてね・・・。あなたは、生きて世界を変えてね。・・・この先辛い事ばかりだと思うけど、大丈夫・・・。いつも私とザウルは一緒だから・・・。」

リリアは、苦しそうに息を吐きながら言葉を紡いでいく。

聞きたくない、そんな言葉は聞きたくない!

俺は、ザウルに頼まれたんだ!だから、一緒に生き残るんだ!

俺は、馬鹿な事を言うなとリリアに言う為にエレベーターの扉に背を向けリリアに向き合う。

すると、唇に温かいモノが触れる。

リリアの顔が目の前に合った。

リリアの舌が俺の口の中に入り込んで来る。

それと、同時に頭の中に激痛が走り、様々な記録が流れ込んできた。

それは戦いの記憶、ザウルとリリアの戦いの記憶だった。

それらすべてが、ただの情報として俺の脳のタンスに無理矢理押し込まれていく。

唇を離されると、赤い糸が俺とリリアの口から伸び途中で途切れる。

頭の中が色々な情報で真っ白に塗りつぶされた俺は、驚いた顔でリリアを見つめる。

「和真のファーストキス、私が奪っちゃった♪」

「リリア・・・。」

リリアの背後には、煙の黒と炎の赤が交じり合っている。

それらをバックに綺麗な夜空の星々の様に輝くリリアの髪と雪の様な肌、それに子供の様な顔の作りなのに、大人びているその表情は、天使の様に見えた。

リリアとのキスは、ディープキスなのに、性的な物でなく母性愛を感じるキスだった。

リリアが再び離れた顔を近づけ額を重ね合わせる。

リリアの息遣いが聞こえる。それは、無理やり息をしているような息遣いだ。

顔には痛みのせいなのか、汗が流れ落ちている。

「さっきのキスは御まじない・・・。私も、ザウルも、和真の事が大好きだよ♪だから・・・生きて。」

ファーストキスの味は血の味だった。

一瞬呆けていた俺はリリアに押され後ろに倒れ込むようにエレベーターに入る。

そして、俺も大好きだから本当の家族のように大好きだから、お願いだから一緒に逃げてくれ。

俺は、そう心に強く思いながら必死に神に助けを求める罪人のようにリリアに手を伸ばす。

扉が閉まって行く中で俺は、さらに腕を伸ばす。

だが、リリアはその手を取らずに月の様に綺麗に輝いた笑顔で俺を見つめるだけだった。

そして、扉が閉まりきる最後に見た光景は、リリアが、横から伸びてきた赤い腕に子供が欲しかった玩具を見つけた時のように連れ去られていく光景だった。

扉が閉まり上に向かうエレベーターの中で俺は理解する。また全てを失ってしまったと・・・。

だが涙は流さない、その悲しみもすべて頭の中の湖に滴として落としていく。何本も増えた腕が俺の体に纏わりつき締め上げて行く。

だが、俺にはこの痛みが心地よかった。

罪人には、この程度の痛みは必要なのだ。

そして、俺は気が付けばジュラーブリクのコックピットに座っていた。

世界のすべてが止まって見える。

俺の脳から発せられる信号が解る。

戦術機は、跳躍ユニットの燃料も弾薬も突撃砲もすべて補給されていた。

俺は、戦術機の目を通して周りを見る。

すると、一か所に戦車級が群がっていた。

それをズームで見るとリリアがバラバラにされ貪り食われていた。

俺の頭の中では、初陣の様に何かが切れたりしない、嫌もう引き千切るモノが無い。

俺は、頭の中の湖の上で多数の腕に締め上げられながら立っていた。

そこで、俺の感情は消え失せようとした。

だが、俺を両側から誰かが腕を解いていき抱きしめる。

腕は一度は離れるが、今度は両側の誰か諸共締め上げる。

だが、1人で締め上げられた時よりも随分楽になった。

俺は両側の人の顔を感情を無くした瞳で見つめる。

良く見るとリリアとザウルだった。

2人の体温と笑顔が俺の心の氷をゆっくりと溶かしていく。

俺は、それを感じると元の世界に帰ってきた。

そこで俺は操縦桿を握る自分の腕を見る。

俺の目には俺の手の上から一緒に操縦桿を握ってくれる二人の腕が見えた。

「そうか・・・。」

ハンガーを壊し戦術機を動けるようにする。

そして、リリアを未だに食らう戦車級の群れに銃口を向け弾をぶちまけた。

36mm弾は全弾命中する、普段の和真なら良くて70%の命中率なのにだ、その射撃の動作はリリアそのものだった。

爆炎の炎の中を悪魔が演武を踊る。

密閉された狭い格納庫内を縦横無尽に主脚、跳躍ユニットを使い壁を足場に要撃級に飛び掛かり、斬り殺しながら前転し攻撃を躱す。

その姿は、ザウルが戦っているように錯覚させる。

飢えた獣のように次々とBETAをたいらげていく、観客はいないが、誰が見ても思うだろう・・・。

あれは悪魔だと。

俺は、基地に入り込んでいた大型のBETAをすべて殺し、ゆっくりとカタパルトを歩いて行く。

そして、眼下の京都の町を見下ろす。

町は魑魅魍魎が蔓延っておりそれらが、天から降り注ぐ神の雷のごとき砲弾に消し炭にされていく。

だが、雷がまだ来ていない箇所では、魑魅魍魎は我が物顔で地獄を体現していた。

俺は、その地獄を見ながら呟いた。

「行こうか、・・・リリア、ザウル。」

 




向日葵の花言葉:私の目はあなただけを見つめる。

今回も読んで頂きありがとうございます。


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阿修羅

朝と夜が逆転し、天と地が同化する。

夜なのに朝、京都の町は業火に焼かれ朝日が町に顕現する。

町を容赦なく燃やす太陽は、空と大地の境目を無くさんばかりの閃光を放つ。

一方では、魑魅魍魎の百鬼夜行が太陽の如き閃光から逃げ出そうと夜が支配する人の縄張りに押し寄せる。

それらは、阿鼻叫喚を呼び救いを求める諸人を踏みつけながら、逃げ惑う。

そして、諸人の叫びを聞きつけた神々がその悪鬼を払う雷を投げ入れ駆除し、さらに光の世界を構築していく。

だが、諸人の叫びは神には届かない。

舞い上がる粉塵が神の目から人々を隠してしまうからだ。

それでも、神々は人を救おうと雷を投げ入れる。

そこに、救いを求めた者が居ようと神にはそれらが見えないでいた。

この光景を現すなら、地獄絵図、もしくわ、ラグナロク、それらがこの京の都で行われていた。

 

俺は光線級がいるであろう、場所をさけながら京都の町をBETAを殺しながら移動する。

なぜ、光線級がいる場所が解るのかと言うと、空に向かい光が伸びているからだ。

光は、琵琶湖から放たれた砲弾を打ち消すが、砲弾の方が圧倒的に数が多く、チャージしている光線級を根こそぎ弾け飛ばしていた。

そして、その砲弾の雨は京都の町すら焼き払う。

「等々始まったか・・・。」

俺は、1人呟きながらビルの合間を縫いながら移動する。

目の前のまだ俺の存在に気が付かない、嫌、距離があり過ぎて気付けないでいる突撃級の群れのケツを蜂の巣に変える。

ビルから飛び出してくる要撃級の攻撃を紙一重で躱し足の大型モーターブレードで切り上げる。

脳から大量に送られてくる信号に反応しきれない筋肉を無理矢理動かし悲鳴を上げる筋肉を黙らせながら、戦術機を動かしていく。

頭を締め付けられるキリキリとした痛みは無い、そもそも筋肉が千切れて行く痛みすら感じない。

俺は友軍機を探しながら砲撃にさらされていない京都の町を進んでいた。

「はぁ・・・、はぁ・・・。」

息をするのも苦しい、陸に上げられた魚の様に口を動かしながら肺の中に酸素を送る。

それでも俺は、無理に体を動かし1人でも多くの人を助けようと動く。

例え可能性が低くても、俺は信じて動き回った。

そうしなければ、俺は俺を殺してしまいたくなる。

だが、それは出来ない。

ザウルとリリアに生かされたこの命は、三人分の命なのだ。

それを捨てるなんて俺には出来ない。

だからこそ、自分を納得させるために生き残りを探す。

例え、一分一秒長くこの町を戦場にしなかったにしろ、俺があの場でBETAを殲滅出来ていたら、その結果がこれだなんてあんまりだ。

春中尉や秋少尉、隊の皆、ザウルとリリアが残した結果がこんなのは認められない。

俺が、俺だけが彼らの死が無駄では無いと解っていても、この町の人がそれを認めてくれるとは限らない。

・・・そんなのは耐えられない。

だから俺は、それを認めさせるために、BETAを葬り続けた。

 

BETAを殺しながら突き進むと、四機の戦術機のマーカーが現れた。

俺は、生き残りがいることに歓喜しながらその場に向かう。

すると、その内の三機が離れて行った。

進行方向は京都駅のようだ。

残された一機にBETAの群れが向かう。

「クソッ!間に合ってくれ!!」

京都の町をジグザグに最短経路で向かう。

ビルや家を飛び越えて行けば一瞬だが、まだ光線級が完全に排除された確証がない状況では自殺行為だ。

俺は、戦術機を器用に動かしていく。

ビルを飛び越える場合も、一瞬で姿を隠す。

それを繰り返し突き進む。

それでも、間に合わなかった。

残った一機の戦術機はBETAの波に呑みこまれた。

「クソがッ!俺は何で、いつも遅すぎるんだ!!」

俺は戦術機の向きを強引に変え、京都駅に向かう。

京都駅に向かうために大通りに出た俺を出迎えたのは、要撃級の群れだった。

俺はその群れを飛び越え、前に躍り出る。

そして、京都駅を背後に突撃砲をすべて前面に展開し撃ち払って行った。

肉の壁を作る。

要撃級の死体を踏みしめ向かってくる要撃級を撃ち殺す。

そして、その上をまた踏みしめ向かってくる。

これを繰り返していた。

弾は最小限に止めるように殺している。

日本に来てからの戦闘で、だいたい何発撃ちこめば死ぬか感覚で解っていた。

一体の要撃級が築かれた仲間の死体の山を足場に跳躍し、その鋭利な腕を振り上げる。

両腕、両肩の突撃砲はすべて別の要撃級に向いている。

今さら、後ろに下がれない。

そう判断した俺は足のモーターブレードを展開し、蹴り上げようとする。

その時、通信が開かれ懐かしい声がした。

「その必要は無いわよ、五六少尉。」

飛び掛かる要撃級の横のビルが爆ぜ、ビルの瓦礫をその堅牢な体で弾きながら青い武御雷が姿を現し目の前にいた要撃級をその爪に装備された、カーボンブレードで握り刻む。

そして、鳥爪のように尖った爪先で蹴り上げもう片方の爪で横薙ぎに斬り裂いた。

要撃級は肉片を飛び散らせながら息絶える。

その後方から、赤色、山吹色、白色の武御雷も姿を現し青い鬼の横に着く。

その姿は、まさに鬼。

俺達との模擬戦から、さらに凶悪になった鬼は日本最古の都の番人として冥府から這い出してきた。

「嵩宰少佐?」

「えぇ、久しぶりね。それにしても、相変わらず派手な戦い方をするわね!あなた、ここら一帯だけで、3百近くのBETAを殺しているわよ?―――ッ!!」

そう言いながら俺の顔を見た嵩宰少佐の目が驚きに見開かれる。

「五六少尉、あなた・・・、平気なの?」

「何がですか?」

「自分の顔を確認して見なさい・・・。」

俺はそう言われ自分の顔に触れる。

ヌチャ―――。

そんな音が俺が振れた箇所から聞こえてきた。

俺はその手を確認する。

すると、その手は血で赤くなっていた。

俺の目、鼻、口からは少なくない量の血が流れていた。

俺は知らず知らずの内に、体を酷使していたようだ。

だが、痛みは感じない。

焦りもしない。

俺の中には、二人の思いが入ったのだ。これくらいどうってことは無い。

俺は、それを無理矢理拭いさる。

「あの凄腕の2人は・・・?」

嵩宰少佐は俺に問いてきた。

その悲しそうな顔を見れば、この人はもう答えに行きついているのが解る。

それでも、1人でいる俺をどうにかするために聞いて来たのだろう。

国連軍の俺を部隊に臨時編入するために、確認をとっているのだろう。

「・・・二人は俺と共にあります。」

俺の答えに嵩宰少佐は一瞬目を瞑り黙祷を二人に捧げてくれているのだろう。

俺はそれに心の中で感謝する。

「嵩宰少佐、京都駅に三機の瑞鶴が向かいました。京都駅とは連絡が付かず恐らく襲撃されたものと判断します。救援に同行していただいてもよろしいですか?」

俺は口早に嵩宰少佐に告げる。

「解った。私達も向かおう・・・、だが五六少尉、瑞鶴を安全な場所まで連れて行くのは、貴様の仕事とする。そして、そこで護衛する事を命ずる。・・・良いな?」

嵩宰少佐の口調が変わる。

どうやら、何が何でも俺に戦って欲しくないようだ。

だが、その命令を俺は受ける訳にはいかない。

でも、早く救援に行きたかった俺は、ここで口論するよりも形だけでも納得することにした。

「了解しました。」

嵩宰少佐は一瞬俺を訝しむが、頷く。

「それじゃ、早く向かうとしましょう!」

そして、俺達は真っ直ぐに京都駅に向かう。

 

後少しで、レーダーに写る瑞鶴三機と合流できる。

俺達は、最大加速で向かっていた。

俺は隣を俺と同じ地面と水平に匍匐飛行する青い武御雷を見る。

あの重い機体で俺のジュラーブリクと同じ速度が出せるとは、日本は推力を重点的に鍛えたようだな。

俺が、そんな事を頭の片隅で考えていると突然、瑞鶴三機のマーカーの内、二機が京都駅に突っ込み、残りの一機が京都駅屋上に墜落する。

なぜ―――ッ!!その答えは直ぐに見つけ出せた。

「要塞級ッ!!」

要塞級は、俺達を迎え撃つつもりなのか、大通りの真ん中で立ち止まり向きを俺達の方に向ける。

「五六少尉は、京都駅に向かえ!ハイドラ02は、屋上に墜落した瑞鶴の衛士の安否を確認、03、04は私と共にあの木偶の棒を殺るぞッ!!」

「「「「了解!」」」」

俺のジュラーブリクは、武御雷より小回りが利く、だからこそ俺に京都駅に向かうようにいったのだろう。

俺は、要塞級の攻撃を躱し京都駅に向かった。

 

私の乗る青い武御雷は、背部のブレードマウントを起き上がらせる。

匍匐飛行からのそれは、青い武御雷の姿も相まって鮫の背鰭のように見える。

その背鰭をブレードマウントから取り外さずに、柄の部分を片手で掴み固定する。

そして、後ろから二機の武御雷に援護されながら要塞級の尾を躱し接合部から要塞級をその背鰭で、進みながら斬り裂いていく。

そして、要塞級の後方に周り長刀を抜き、要塞級の頭頂部に刀を突き刺した。

「よし、全機無事だな!」

私は、自分の部隊が無事なのを確認する。

その時、赤い武御雷に乗るハイドラ02が私の横に着地し連絡を入れてくる。

「屋上の瑞鶴は中身が空でした。おそらく、脱出したものと思われます。」

「そうすると、京都駅内部に向かったと言うわけね。」

「・・・おそらく。」

―――最悪だ。

京都駅はすでに落ちていると見て間違いないだろう。

だとするなら、内部は小型のBETAで溢れかえっている筈だ。

狭い空間内でも自由に戦えるからこそ、五六少尉を向かわせたのに・・・。

このままだと、その衛士は小型BETAに殺される可能性が高くなった。

しかも、運良く五六少尉が見つけたとしても、生身の人間がいる中では行動に制限が掛かる。

戦術機に乗っている京都駅に墜落した瑞鶴の衛士を救出どころの話しではなくなってしまう。

私は慌てて五六少尉に通信を繋いだ。

だが、聞こえて来たのは悲しみに溢れる彼の叫びだった。

「やらせるかぁあああああああッ!!これ以上、俺の前でやらせるかぁあああああ!!」

 

俺は、嵩宰少佐達から離れた後、京都駅内部に突入しようとしていた。

「どこだ、どこにいるッ!!」

すると、見つけた。

地獄の底に繋がっているのではないかと錯覚させる程に、暗く口を開ける穴を・・・。

俺は、迷う事無くその中に侵入していく。

すると、通信をする声が聞こえてきた。

「た・・・か、むら・・・さん。」

「山城さん!?」

その声を聞いた瞬間に俺の中で歓喜の渦が巻き起こる。

が、次の瞬間にはその渦が掻き消された。

「――――撃って。」

何―――?

「山城・・・さん?」

その会話を聞いた頃には、俺は京都駅内の広場に降り立っていた。

そして、俺は見てしまう。

戦車級に群がれている瑞鶴と地面に蔓延る戦車級の奥で、兵士級の群れに食い散らかされている民間人達を、そしてその兵士級を上の階から見下ろす山吹色の強化装備を身に纏う衛士の女の子を・・・。

日本で守れなかった人達の顔が出ては消えて行く。

俺は、シート横のショットガンが置いてあった箇所を見る。

そこには、花冠が落ちていた。

おそらくショットガンを取り出す時に落ちたのだろう。

それを、見た俺はすべての突撃砲をバラバラの位置に向ける。

「もう、あんな思いは嫌だ・・・。」

そして、すべての突撃砲から弾丸を吐き出さす。

その内の1つの突撃砲は、兵士級の群れに向いている。

俺は突撃砲を横薙ぎに振るい。

36mm弾で兵士級諸共、民間人の死体を吹き飛ばした。

そして、左手の突撃砲を投げ捨てる。

それは、5体の戦車級を押しつぶす。

右手の突撃砲は、瑞鶴に群がっている戦車級に向けている。

だが、当てる訳には行かないのでギリギリの所を狙っている、そのため威嚇射撃程度にしかならない。

それでも、戦車級の動きを鈍らせるには十分だった。

俺はそのまま、地面の戦車級を踏み潰し足の大型モーターブレードで切り刻みながら移動する。

そして、左手を伸ばし兵士級を吹き飛ばした俺に驚いた衛士に腕を近づける。

右手の突撃砲は瑞鶴の戦車級の威嚇に撃ち続けている。肩部の四つの突撃砲は地面に蔓延る戦車級を近づく前にミンチに変える。

俺は、これらの動作を同時に行い、そしてすべてのカメラの情報を把握していた。

忙しなく目が動き零れ落ちてしまいそうだ。

また、目から血の涙が流れ出す。それすら無視する。

そして、コックピット横に左手を付けハッチを開く。

コックピットを開けながらも俺は、突撃砲を操縦し続ける。

女の子が、コックピットに入ったのを確認するとハッチを閉める。

「後ろの席に行ってくれ。」

そういう、俺を見ながら女の子は俺の流れる血の涙を見て息を飲んでいた。

俺はそう言うのと同時に左手のモーターブレードを展開し、本格的に戦闘を始める。

 

モーターブレードをまるでイライラ棒を高速でするように、戦車級を斬り裂く。

最後の戦車級は、上半身を半ばまで斬り裂かれ、死ぬことも出来ないまま血を吹き出し瑞鶴から転げ落ちて行く。

「はぁ・・・、はぁ・・・。」

俺は目元の血を拭い取る。

良く見ると、俺を殺す事が不可能と判断したのか数匹の戦車級が瑞鶴に向かっていた。

「やらせるかぁあああああああッ!!これ以上、俺の前でやらせるかぁあああああ!!」

俺は、暴れ狂う獣のように次々と溢れ出る戦車級を殺す。

「うッくぅぅぅぅ・・・。」

俺の無茶苦茶な機動のせいで、後ろにいる女の衛士は辛そうにする。

だが、それに気御使っていられるほど、俺にも余裕が無かった。

「纏わり着くなッ!!気持ち悪いんだよッ!!」

飛び掛かってくる戦車級を左手のモーターブレードで、斬り刺し殺す。

そして、レーダーを見るとこの場にBETAがもういない事を知った。

俺は、肩部の突撃砲をオートに設定し突然BETAが現れても対処できるようにする。

そして、左手を瑞鶴のコックピット横に着ける。

そして、操縦席と衛士強化装備の固定を外し後ろの操縦席に座る女の子に代わりに操縦するように指示を出す。

「俺にもしもの事があったら、コイツを使って逃げてな?」

俺はそう言うと、ハッチを開きジュラーブリクの腕を伝い瑞鶴に向かった。

 

「オイッ!生きているか!?」

瑞鶴のハッチは戦車級により無理やりこじ開けられており、中が丸見えの状態だった。

俺は衛士の安否を確認するために、中に入り込む。

「うッ・・・篁・・・さん?」

どうやら、この子も女の子のようだ。

俺は無事であるのを確認すると、今まで堪えていたモノが溢れ出してくるのが解った。

「生きてる・・・、生きてくれている・・・、俺は・・・間に合った。」

俺は、溢れ出す涙をそのままに、手動で操縦席と衛士を取り外す。

そして、大怪我を追っているが生きていることに感謝しながら、もう一度女の子の顔を見て確認する。

そして、やはり生きているのをその目で見ると、涙がさらに溢れ出してくる。

「良かった・・・、本当に、良かった・・・。」

俺はそう言いながら、女の子を抱え上げジュラーブリクの腕に飛び乗る。

そして、ジュラーブリクのコックピット内に戻ると、中にいた女の子が喜びの声を上げる。

「山城さん!!」

「篁さん・・・?」

俺は、篁さんに山城さんを渡し、ベルトで固定する。

そして、花冠を山城さんに握らせる。

あの子に、守ってくれと願いを込めながら・・・。

「それじゃ、向かうで?」

だが、返事が返ってこない。

俺は慌てて振り返ると、二人とも気絶しているかのように眠っていた。

緊張の糸が切れたのだろう。

俺はバイタルチェックを行いながら、ゆっくりと京都駅から外に出る。

そして、嵩宰少佐達と合流し避難施設に向かった。

 

避難施設に到着した俺は、すぐに2人を衛生兵に渡す。

「どうか、よろしくお願いします!」

そう言い頭を下げる俺に医師は、任せて下さい、と力強く言ってくれた。

そして、俺は仮設通信室に向かいロイヤル・スウィーツに連絡を入れる。

ディスプレイには、艦長が姿を現す。

「すみません・・・、ザウルとリリアは・・・ッ!!」

俺は涙を流しながら謝罪する。

「気にするなと、言わんがな・・・。思いつめるじゃないぞ、五六少尉・・・。君は残された者として、彼らの意志を引き継いで行くんだ。」

俺はそれに立ち上がり敬礼し、はい!、と答えた。

俺が、二人の分まで計画を進める。

それが、残された俺の責任だ。

その時、警報が鳴り響く。

「どうやら、また来たらしいな・・・。」

「はい。」

「日本帝国艦隊は、直ぐに砲撃するそうだ。だが、着弾までに三分かかるらしい・・・。どうする?」

「行きます!そして、生きます!!」

俺がそう言うと、艦長は頷いた。

「よし、では2分30秒後に君を拾えるように、ファンデーションを出そう。悔いを残さずに戦え!」

「了解!!」

俺は、動く事ができない戦術機から武装を貰い受け戦場に向かう。

艦砲射撃が決まった戦場では、突撃砲による遠距離での戦闘を行っていた。

光線級が居ない事はすでに確認済みである。

俺は、日本の戦術機達を飛び越えBETAの中に踊り出る。

「五六少尉!艦砲射撃が行われるのを知らないのか!すぐに戻れ!!」

嵩宰少佐から通信が入る。

「知っています!それでも、俺は生き残る!生き残って戦い続けなければならないッ!死ぬつもりなんてありません!」

俺は最後に、援護射撃よろしくお願いしますと、こちらに間違っても誰も来させるなと言う思いを込めて伝え、通信を切る。

BETAの大群は迷う事無く、避難施設に向かっている。

おそらくこれが、今日の最後の戦いになる。

俺は、頭の中の湖の上でザウルとリリアと共に、多数の腕に締め付けられながら二人に行った。

「俺、頑張るから・・・、だから、見ていてな?」

2人は笑って頷いてくれた気がした。

 

俺は戦う。

向かってくるBETAをすべての腕を足を使い、ここから先には行かせないと暴れ続ける。

その姿は、異常だった。

まるで、すべての範囲が見えているように的確に殺していく。

合計六本の腕を使い殺し、同じ戦術機なのか疑いたくなるような機動をとる。

BETAの血が、同時に何体も噴き出す事により血の霧が出来上がる。

その中を演武を踊るように、戦う悪魔。

「―――阿修羅だ。」

どこかの衛士が呟いた。

「あれは、阿修羅だ・・・。」

そして、空より現れた飛行艇に飛び乗った阿修羅は、琵琶湖の方角に姿を消し、その数秒後には、天空から現れた砲弾の雨にBETAは吹き飛ばされた。

 

気が付けば俺はベッドで寝かされていた。

「そういや、ロイヤル・スウィーツに着いたとたんに気絶してもうたんやったっけ。」

俺は目を瞑る。

すると、また俺は湖の世界に来ていた。

だが、そこには腕が無くリリアとザウルの姿も無かった。

俺はそれを確認してから、目を開け自分の胸に手を乗せた。

 




読んで頂きありがとうございます。


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時限爆弾の世界

1998年8月20日

俺は、あれから寝たきりの生活をしている。

あれから、第一町に戻った俺は直ぐに手術をするはめになった。

それと言うのも、俺が死にかけていたからだ。

全身の筋肉がズタボロになっており、骨も疲労骨折、眼球さえ動かすのが痛かった。

ネフレの医師が言うには、俺のジュラーブリクでの戦闘データと衛士強化装備服からのデータを見たところ、かなりやばかったらしい。

本当なら全身を激痛が走り、戦闘なんて出来る状態ではなかったそうだ。

そして、答えを見つけ出した。

ごくまれに、前線に出ている衛士にあることらしいが、脳が命の危機に対しリミッターを外すことがあるのだそうだ。

これにより、痛覚が鈍くなり本来なら出来ない事が出来るようになるとのことだ。

俺は、それを知らず知らずの内に何度も行っていたそうだ。

その結果が今に至る訳だ。

俺がベッドの中で考えていると、扉を開ける音が聞こえる。

「少し良いかな、和真君。」

どうやら、来たのはレオのようだ。

俺はそれを声で判断した。

と言うのも、今の俺は何もすることが出来ない。

飯を食う事も出来ないし、目も開けない。

今の俺は、ミイラ男の様に全身を何かで包んでいる状態だからだ。

「はい。」

感情の籠らない、電子音の声が部屋に響く。

声すら出せない俺は、頭に変な機械を取り付けられているのだろう。

そこから、俺の言いたい事をコンピューターが判断して声を出している。

「まずは、良く生きて帰って来てくれた・・・。」

「・・・。」

「ザウルとリリアについては、何て言えば良いのかな?言葉が見つからないね・・・。」

「すみませんでした。」

「謝らないでくれ、それに君も理解しているだろ?君の京都での戦闘は2人のそれと同じだった。つまりは、君の中に2人は今も生きているんだ・・・。そうだろ?」

レオは、そうであってくれと願うかのように俺に問いてくる。

レオからしてみれば、二人は友人だった。

戦場に出ることができないレオは、俺よりも辛いはずなんだ。

「はい、二人は俺と共にあります。」

俺にはそれしか、言えなかった。

「そうか・・・。じゃあ、本題に入るね?和真君は、脳のリミッターを切る事で、普段を超える力を見せた。そして、おそらくリリアのプロジェクションの力だろう、それで、二人の戦闘の経験値が君に上書きされた。私達はそう仮定している。だが、それは2人が辿り着いたその分野での超一流の力だ。君の体は、その両方にも耐えられる体の作りをしていない。つまり、頭では出来ると思っていても、体が付いてこない。だから、君の体はリミッターを切ることでそれを補った。そして、その代償が今の君の現状となっている。厳しい事を言うが、君は器用貧乏だ。リリアやザウルの様に超一流にはなれない。それは理解しているね?」

「はい。」

それは、俺も薄々理解していた。

俺の中では、訓練を終え衛士となり前線に立てて三流、死の八分を乗り越えて二流、何度も戦場を乗り越えて見に着いた力を扱えて一流、そしてザウルやリリアの英雄と呼ばれても可笑しくない力を身に着けた者を超一流としている。

俺なんかは、良くて1.5流が妥当な所だろう。

超一流にはなれないし、なれたとしても時間がかかるだろう。

「リリアとザウルが先に逝ってしまった今、我々には余裕が無くなった。タイミングが良いのか悪いのか、ヴェルターも完成した。・・・そこで、1つ提案がある。」

「提案?」

「あぁ、私は悪魔になってでも夢の世界を作ると言ったね?これは私なりの答えでもある。・・・和真君、人間を止めないか?」

 

1998年8月27日

あれから、さらに月日がたち俺はリハビリを終え衛士に戻る事ができた。

リハビリと言っても、体を改造されていく死にたくなるほどの苦痛と検査だけだが・・・。

俺の体は、すでに大分改造されている。

単純に言えば、体の内部を別の物に変えられた。

疑似生体技術のさらに上、強化疑似生体と言った所かな・・・。

これにより、体が前の俺より数段頑丈になった。

後は、脳のリミッターのオン・オフが自分の意志で切り替える事が可能となった。

まぁ、頭の中を散々弄られ変な機械を入れられたからなのだが・・・。

俺は、自分の体を確かめるために頭の中のスイッチをオフにする。

頭の中の湖から伸びてきた腕が俺を締め上げる。

だが、痛みは感じない。

そして、俺は近場にある大きな岩を右手で掴みそれを削り取る。

砂山から砂を取るように簡単にだ。

そして、握り取った岩の破片を放り手を広げそれを見る。

岩の固さに負けた指は、骨が肉から飛び出していたり、変な方向を向いていたりズタボロだ。

そして、流れ出る血の色に混じり綺麗な緑色に輝く液体が傷口から溢れ出す。

この緑色の液体の正体はナノマシンとか言う物らしい。

コイツのおかげでまるで逆再生をしているように傷が元に戻って行く。

これが、今の俺の体だ。

どれほどのケガをしようが一瞬で治ってしまう。

限界を超えた力を安易に出すことが可能となり、それにより壊れた体も直ぐに治る。

だが、もちろんこんな力をなんのリスクも無しに得る事など出来る筈が無い。

医者が言うには、俺の寿命もそう長くないそうだ。

そして、どれだけ体を酷使するかでさらにマイナスされていく。

もう1つは薬だ。

この、プラスチック容器に入っている錠剤を定期的に飲まなければ体の中のナノマシンが暴走して俺は死んでしまうらしい。

だが、飲んでいない。

それは、これが最後の試験だからだ。

「バイタル変化していきます!危険数値まで後、五秒!」

試験室内でアナウンスが響く。

そして、それは直ぐに起こった。

「グッ、く、はぁ、あぁぁぁっぁあああッ!!」

身体の中から、何かが暴れているのが解る。

血管内をゴリゴリ削りながら暴れている。

「痛ぅう、あ、かぁぁあああ!!」

そして、それが遂に俺の体を食い破る。

先程回復したばかりの所から、上に向かって緑色に輝く結晶が皮膚を突き破って出て行く。

「あぁぁぁああああッ!!」

どれだけの時間を駆けてこの結晶化が進むのかが最後の試験。

俺が危なくなるまで、これは続く。

「注入開始して下さい!急いでッ!!」

そして、後ろで待機していた医師数人が俺を押さえつけ、注射器を刺し薬を注入する。

すると、俺の体から出ていた結晶は粉々に砕け散って行った。

「はぁ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・。」

俺はその場で力付き、倒れるように座り込む。

「暴走を始めて2時間・・・。これがタイムリミットだね。・・・良く耐えてくれた。」

レオが俺に話掛けてくる。

俺はそれに頷き返した。

 

実験室から出る事を許可された俺は、久しぶりの太陽の光を浴びる。

そして、その足で社長室に向かった。

「まずは、良く耐えてくれたね・・・。ありがとう。君の体は、無理矢理超一流達と同じことが出来る体にした。それでも、常に出来る訳ではないけれどね。普段の君の実力では対処できない時にだけその力を使うように、良いね?」

「はい。」

「そして、君は今日から中尉になった。それも良いね?」

「はい。」

「・・・良し、では今から一時間自由に過ごすと良い。」

「・・・感謝します。」

俺はそう言うと、社長室を後にする。

扉を閉めるときに、すまない、と言うレオの声を聞いたが俺は別に何とも思っていない。

この力を手に入れたのも、俺の意志を尊重してくれたレオの事をむしろ感謝している位だからだ。

本当に悪魔なら、何も言わずに無理矢理に体を改造して言う事を聞かせる筈だ。

それが出来ないのなら、まだ彼は悪魔になりきれていないのだろう。

そして、俺はザウルとリリアの部屋に辿り着き中に入った。

部屋の中には殆ど何も無い。

もう片付けられた後だった。

それでも、俺に気を使ってなのか机の上にはアルバムが置かれていた。

俺は、それをベッドに腰掛けながら捲って行く。

それは俺達の記録だった。

先代のトイ・ボックスの人達、兄貴やレオ、そして俺が写っていた。

「ははははは、こんな恥ずかしい写真まで撮ってたんか・・・。」

それを捲って行くと、最後のページで向日葵畑の中で笑顔で写真に写る2人を見つける。

懐かしい笑顔、もう見る事が出来ない笑顔・・・。

俺は、そのアルバムを膝の上に乗せ、笑顔の2人に見せるように向日葵の人形を取り出す。

「ほら、俺2人にこれをプレゼントしようと思ってな・・・。不細工な出来やけど、精一杯作ってんで?・・・二人とも向日葵好きやろ?やからな・・・、でもッ!」

俺の涙が二人の写真に落ちて行く。

俺は、二人が泣いているように見えそれが嫌だからアルバムを閉じる。

「なんで、死んでしまったんやッ!!どうして、俺を残して・・・ッ!!」

涙を止める事が出来ない。

だが、この部屋には誰もいない。

誰にも聞かれないなら構わないと、俺は弱音を吐いていく。

「寂しいやんか・・・!胸が、痛いやんか!!」

泣き叫ぶ、本当ならリリアが抱きしめ、ザウルがそのリリアごと抱きしめてくれる。

だが、その温もりはもうない。

俺は、自分の体を人形ごと抱きしめる。

「リリア、ザウルッ!!」

部屋には、俺の泣き叫ぶ声が響いた。

 

部屋を出ると、タエを抱いたメルと出くわした。

「久しぶり、ごめんな?タエの面倒見て貰って。」

俺は努めて明るく話しかけた。

タエはメルの腕から俺に飛び乗り、俺の涙の後を舐め始めた。

俺には、まだ私が付いているから、とタエが言っているような気がした。

「和真・・・。」

メルが辛そうに話始める。

メル自身も二人が死んだ事は知っている。

なのにメルは俺を気遣った。

「こ、今度!また、ケーキを食べに行こうか!?わ、私はタエの面倒を見続けたからね!これくらい当然の報酬じゃろ?そうだ!社内皆の分も買いに行こう!和真は給料をまったく使っていないからね!余裕じゃろ!?」

「メル・・・。」

「そ、それに・・・。」

涙目になりながらも必死にそれを堪えながらメルは努めて明るく話す。

「メル、ありがとう。」

俺は心からそう感謝した。

俺だけが辛いはずが無い。

皆辛いんだ・・・。

それでも、気遣ってくれるメルの優しさに俺は感謝した。

「――――ッ!!」

俺の言葉を聞き、メルは俺の胸に飛び込んできた。

俺の胸元の服を力強く握り閉め皺が出来て行く。

その中でメルの声を押し殺す音が聞こえてくる。

「和真・・・ッ!リリアさんが、ザウルさんがぁ!!」

俺はメルを抱きしめようと手を伸ばすが途中で止め、それを元の位置に戻す。

あの時、何も出来なかった俺の手でメルを抱きしめる事は出来ない。

俺は誰にも甘えちゃいけない。

2人の死に立ち会えた俺がメルの辛さを理解したつもりになってはいけない。

何も出来なかった俺が、メルにもその辛さを押し付けてはいけない。

そして何より、俺がメルに甘えてしまって、もしメルに何かあったら、俺は壊れてしまう。もう直す事ができない位に・・・。

俺は、メルが泣き止むまで立っていることしか出来ない自分に情けないと思っていた。

泣き止んだメルは、俺から離れる。

「す、すまないねぇ~!はははははっ、今のは見なかった事にして欲しいにゃ~!」

「メル、俺頑張るよ。頑張るからね!」

俺は、無理矢理作った笑顔でメルにそう言った。

「えっ・・・。和真・・・?」

「それじゃ、時間だからもう行くね?すまないけど、タエの事をよろしく頼むわ。」

俺はそう言って、何故か俺から離れたがらないタエを無理矢理引きはがしメルに渡し、その場を後にした。

 

俺は、潜水艦に乗り込み南極大陸の地下に来ていた。

南極大陸自体が、ネフレの資源採掘場になっており国連や各国家に売り払っている。

潜水艦から降りた俺は、レオに着いていく形で暗い道を真っ直ぐに突き進む。

途中で道が移動する音が聞こえるが、特に気にもしない。

そして重い扉の先に七色に光り輝く大広間にでた。

その中央には、機械で出来た大きな柱がありその柱の中間位置、透明になっている箇所にそれはあった。

「なんや、あれは?」

それは様々な色が交じり合った結晶体であった。

それが高速で流れる光の粒の中に浮いている。

そして、良く見ると柱から伸びたホースの様なものが大樹の根のように広がっている。

まさに、ファンタジー世界の世界樹のようだ。

「G元素は聞いた事があるだろう?」

「はい・・・。」

G元素・・・、BETA由来のそれは、人間の科学を飛び越えた性質を持っている。

それらは未だに解明されていない物質。

カナダに落着したハイヴを、アメリカの戦略核の集中運用で破壊しそのハイヴから見つかった物質だ。

「これはね、そのG元素が核の集中運用で出来た突然変異の物か、もしくわ元々あった物だよ。そして、私達の計画を根底から覆したモノでもある。」

「私たちの計画・・・?」

「あぁ、そもそもの計画は各国家に送り込んだ者達を政府の中枢に添えて、そこから時間を駆けて世界を1つにする計画だった。そして、世界が1つとなると当然そこから零れ落ちる人は出てくる。その者達、我々に賛同できない者を殺し、我々に賛同した者達を守るために出来た部隊がトイ・キングダムであり、彼らの隠れ蓑としてのネフレだ。だが、これの存在が私達を慌てさせた。」

「一体何故?」

「1974年7月6日、カナダに落着したハイヴ、このハイヴは現在地球上に唯一存在するオリジナルハイヴと同等の物であると推測している。

核の炎に焼かれたハイヴ内を我々は、どこよりも先にトイ・キングダムに侵入させた。そこで出会ったのが重頭脳級と我々が呼んでいる存在だ。

ほとんどの今地球上で確認されているBETAが死骸となり果てている中でも、そいつは生きていた。

そして、当時師団規模を誇り世に出ていなかったF-4を配備されていたトイ・キングダムは、コイツに壊滅的な打撃を受けた。

死んでいてもおかしくない状態でだ。

最後は、トランプ隊長が核により自分の命と引き換えにコイツに止めを刺した。

その中から取り出したモノ・・・、嫌違うね、そいつの地下に伸びる体から採取した物だ。

まぁ、我々がこれを秘密裏に運び出せたのも、アメリカに居る我々のメンバーが手引きしてくれたからなのだがね・・・。

いつか、和真君も会う事があると思うよ?

話しが脱線したね。

そして、それをここに運び出し本格的に実験を開始した時にそれは起こった。

実験に参加していた科学者、当時その場にいた計画の幹部がこのクリスタルに触れた時に姿を消した。

そして、皆が帰還した時にある事実を待っていた者に告げた。

その内容は、インパクトがあり過ぎた。

2004年6月・・・。

その世界を、未来の世界を見てきたと言うのだから・・・。」

「未来!?」

「そう未来だ。当初我々は信用していなかった。だが、1人の科学者がたまたま録画機を持って飛ばされ、それの録画映像を見て我々は信じることにした。それは、地球が塩に覆われ人類同士が戦いBETAすら滅ぼす事ができていない。

まさに、我々が描いた最悪の世界がそこには広がっていたそうだよ。

これを見せられたのは、私の父だから私は見ていないけどね?

そして、その原因は未だ不明だ。

その者達が言うには、その世界に居られたのは一日足らずだったらしい。

ただ、タイムリミットは解った。

そして、呑気に時間を駆けて改革していくことが不可能であることも分かった。

だからこそ、トイ・ボックスが設立され確実に対人、対BETA最強の機体を作ることになった訳だ。ここまでは良いね?」

「・・・はい。」

「そして我々はこのクリスタル、Gコアが何なのか解らないが、利用方法は解った。

そして、ある仮定を立てた。

それは、このGコアが他の世界、並行世界か、未来、過去の世界か解らないが、それらの世界からエネルギーを集め、許容値を超えると他の世界に渡す。

世界と世界を繋ぐパイプの役割を果たしているのだと。

そして、我々はその無限とも言えるエネルギーを抜き取る事に成功した。

あれを見てくれるかい?」

俺はレオに指差された場所を見る。

それは、根の様な物の先だった。

それは大きな壁のような物に繋がっていた。

そしてその壁には無数の穴が開いており、円錐の物が取り付けられている壁にホースから流れ込んできた光が蓄えられていた。

「あれが、我々が作り出したGドライブだ。」

「Gドライブ?」

「あぁ、あの物質を無害な物に変える、まぁ万能な物質を閉じ込めたエンジンとでも思っておくと良いよ。あれを取り付けた戦術機がヴェルターだ。そして、ヴェルター自体すでに完成している。」

「それじゃ、俺はこいつをテストしてやればいいんですか?」

「あぁ、そうなるね。ついて来てくれ。」

俺は、その部屋を出てまた別の部屋に移動する。

「こいつが、我々が作り上げたヴェルターだ。」

そこには、悪魔が聳え立っていた。

俺は、完成したヴェルターを見上げる。

前に一度見ているので知っていたが、見た目は相変わらずに全体が細いラインで出来ており、猫背で顔が胸部装甲より前に出ている。

そして、その細い体に取り付けられた装甲は厚く体を動かす事が出来るのか疑問に思わせる。

そして、一番目につくのがその顔だ。

この戦術機には口が付いていた。

俺はそれを、見上げながら思った。

この力が悪魔の力かと・・・。

「これは、まだ試作型ヴェルターだ。トイ・キングダムに配備させるには、新たに装備を作り量産させる必要がある。君には今までの戦術機との違いを確認しつつバグ取をして貰う。」

「では・・・、早速?」

俺は挑発的にレオに投げかけた。

「あぁ、今からこの機体に為れて貰う。そして、日本で最初の実戦テストだ。」

 




読んで頂きありがとうございます!

とんでも物質が登場しました。
Gドライヴですが、イメージはガンダムOOのGNドライヴです。



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27話

1998年10月

遂にその時が来た。

日米安保条約は、榊首相を始めとする閣僚人によって何とか破棄させないように、日本を見捨てないで貰おうと先延ばしにしてきたが、佐渡島にハイヴが建造された知らせを受け破棄される形となった。

先の大戦で消耗した樺太ネフレは樺太を守るだけの余力しか無く日本に援軍を出すことができない。

それは他の国も同じことであり、唯一日本に残ったのは国連軍のみとなった。

そして佐渡島ハイヴ建造が終了したのか、BETAが東進を開始し日本帝国軍、在日国連軍の奮戦空しく、BETAは後数日で東京に辿り着くところまで来ていた。

 

俺は南極大陸地下基地で出撃の時を待っていた。

1からすべてネフレで作られたヴェルターは、何もかもが既存の戦術機・兵器とは違う異色を放っている。

まず、コックピット内が丸い。

これはコックピット自体を小さくしヴェルターのスペース取らないためだ。

だが、この構造のために脱出装置などは取り付けられていない。

次に見た目だ。

全身は人型だが、とにかく細く長い。

その癖にアホ程重いためそれを支えるためにハンガーも特別製だ。

また、このヴェルター自身には跳躍ユニットなどはついていない。

装甲の隙間にある切れ目の線から粒子を出すことによってその代わりとなっている。

次に頭だ。

胸部装甲よりも前に出ている頭部。

全体的に猫背なのもあり、円錐の形をしたGドライブを保護する四角すい状装甲が斜め上を向いている。

そして、このヴェルターには口が付いている。

その口には獣を思わせる長く尖った歯が並んでいる。

こいつに口があるのには訳がある。

それは、人間の攻撃方法をすべて行わせるためだ。

つまり敵を噛み千切ることを可能としている。

そして、これらの異形の形には意味がある。

被弾面積を低くするためでもあるがもう一つの理由が、人間に対する恐怖心を刺激するためだ。

人とは考え想像する生き物だ。

戦う前からそれは行われている。

新任の衛士が、死の八分を越えるか越えられないかはこの恐怖心に勝てるかどうかで予め決められている。

その姿を初めて見た時、その姿を見て人は考える。

もし、あの口で噛み千切られたら・・・。

もし、あの腕で貫かれたら・・・。

そう考えることで初めから勝敗は決まるのだ。

だからこそ、昔の兵器は禍々しい姿をしていた。

あれで殴られたらどうなるのかを当たる前から想像し、畏縮してしまう。

そこを狙ってのこの姿だ。

今回の装備は単純なものだ。

背部の四角すい状の装甲に取り付けられたミサイル。

右肩には、120mm水平線砲。

弾帯は、肩上部に装備されている。

そして、腕と同じ程の長さの刃を持つ格納近接長刀Gソード。

展開の仕方は上腕部前面にある固定ブロックシールドの部分が外側に迫り出し、刀身が外側を回るように移動、移動し終わると固定ブロックが元の位置に戻り固定する。

そして、今回初めてG粒子を使った兵器でもある。

刀身が高温の熱を帯びることにより、敵を溶かし斬ることが可能となった。

 

俺はそれらを考えながらタバコを吸い、そしてタバコを携帯灰皿に入れ、容器から錠剤を取り出し飲み込む。

そしてコックピットに乗り込む。

やっと、この時が来た。

久々にBETAを殺す事が出来る。

皆の仇をとることが出来る。

俺は人には見せられないような、淀んだ瞳を歪め笑みを作る。

その時通信が入る。

「和真君、準備は良いね?」

通信の相手はレオだった。

「いつでも・・・。」

「我々も太平洋沖の潜水艦内から様子を窺っているからね。作戦内容をもう一度説明するよ?現在、東進を始めたBETA群は東京に一直線に進んでいる。

君は伊豆半島にBETAを引き寄せそこで叩いてくれ。作戦時間は一時間だ。

それ以上は、何があっても認められない。解っているね?」

俺は、それに獰猛に歪めた顔で返事を返した。

「時間内であれば、いくら殺しても構わんのやろ?」

レオはそれに満足そうに頷く。

「あぁ、その通りだ。全力で殺戮してくれ!」

「了解!」

するとコックピット横から器具が姿を現し、俺の腕、足に装着される。

その装具には、針が付いておりその針が俺の体に突き刺さる。

「ぐ、痛ぅ・・・。」

そしてフルフェイスのヘルメットからも針が飛び出し俺の首に突き刺さる。

「がっは・・・ッ!」

一瞬ではあるが、これは何度やろうともなれない。

俺の視界は切り替わり体が麻酔に掛けられたように感覚を失っていく。

そして、Gドライブが機動し七色の光はドライブ内で無害な物質に変更され、黒い光がヴェルターの体の各部装甲に刻まれた線から溢れ出していく。

そして、感覚が元に戻ると俺の感覚はヴェルターと同一化していた。

「注水開始します!」

発進カタパルトは、南極の極寒の水に満たされていく。

「冷たッ!!」

俺の神経は完全にヴェルターと同化していた。

これにより、既存の関節思考制御を大幅に上回る即応性を出す事が出来る。

そもそも自分の体が大きくなったようなものだ。

そのため海水の温度でさえ感じることが出来る。

もっとも、実際にこんな温度の水の中に何時間も浸かっていたら体温が低下して死んでしまうが、それはコンピューターの方で適温に保ってくれている。

この海水も少し冷たい程度だ。

そして、海水が満タンになり準備が整った。

「発進どうぞ!」

俺は、自分の体になったヴェルターの腕を上下に振るい動作に誤差が無いか確認する。

どうやら、本当に俺の体になったようだ。

うずうずしているのが、目で見て解る。

そして目蓋を閉じ、脳のリミッターをオフにする。

湖の中の無数の腕が俺を締め上げるの実感し、そして頭の中からリリアとザウルの情報を引き出す。

2人の温もりが俺を満たす。

目蓋を開けると準備は整っていた。

「ヴェルター、出撃する。」

そして、俺は大海原へとその身を投げ出した。

 

俺は、駿河湾で身を隠していた。

作戦開始まで、後10秒だ。

時計の針が動くのが遅い、俺の耳には海の中の生物の息遣いさえ聞こえてきそうだ。

そして時間が0を示すと俺は伊勢半島沼津市に姿を現した。

雨が降りしきる中、海から現れたそれは怪獣映画に登場する怪獣を思わせる。

白い、ただ白い装甲を纏う怪獣の隙間から黒い光が溢れ出す。

そして、深海の奥深くから現れた獣は天に向かって吠えた。

その声は雨を弾き飛ばし、それを聞くだけで誰もが死を覚悟する。

そんな音だった。

その音に引き寄せられるように東京に向かっていたBETAはこちらに向かってくるのを確認する。

俺は、ヴェルターを浮かせ移動させる。

そう浮いて移動したのだ。

まるで、重力なんて物が存在しないかの様に浮き上がり黒い光をまき散らしながら下田市に向かって行った。

「ほぼすべてのBETAがこちらに接近中・・・。」

伊豆半島を覆い尽くさんばかりのBETAは真っ直ぐに向かってくる。

「残り時間45分、そろそろ始めるか。」

その声と共に黒い光はさらに量を増やしヴェルター自身を包み隠してしまいそうになる。そして、悪魔は解き放たれた。

「くらいやがれッ!」

背部のミサイルコンテナからミサイルを全弾打ち込む。

それらは、真っ直ぐに飛んで行きBETAの上空で破裂、中から飛び出した爆薬により戦域地図にポッカリと丸い穴が開く。

その円の中心に黒い流星となって体をねじ込ませる。

「オィオィ、なんちゅう瞬間速度出すんや・・・。一瞬で景色が変わったぞ。」

リミッターを切った状態でも、やっと周りを理解できるほどの速度を叩き出した。

「でも、これなら行ける!余裕や!!」

俺は左手のGソードを展開する。

その刃は外側を刃先が回り前方に到着すると、固定され刃にエネルギーが送られ刃が赤く発熱し刃に付着していた雨が蒸発していく。

俺は、目にも止まらない速さで突撃級の群れを切り刻んだ。

突撃級の血は瞬時に蒸発し気化していく。

その時頭の中のリリアの経験が警報を鳴らす。

俺は、移動を始め右肩の120mm水平線砲を装備する。

そして、見つけた。

光線級の群れを・・・。

俺は、それに向け連続で発砲する。

砲弾は真っ直ぐに飛んで行き、何発か外しながらも光線級に命中した。

まだリリアのようにはいかないようだ。

「くくふふふ・・・、ハハハハハハハハハハハハッ!ゴミの様だ!BETAが、ただの廃棄される玩具のようだ!これなら、この力なら!あははははははははははははははははははははははははははははははッ!!」

俺は壊れていた。

余りにも一方的な力に酔いしれていた。

そして、それらはどす黒い憎しみの渦となって俺を飲み込んだ。

前方から突進してくる突撃級を甲羅ごと斬り裂く。

地面から飛び出してくる要撃級をバク転で躱し120mm弾を至近距離で放ち吹き飛ばす。

地面を赤一色に変えてしまう程の戦車級は足を振り回すだけで弾け飛ぶ。

「お前たちはこんなもんじゃないだろッ!リリアとザウルを殺したお前たちが、俺に一方的に虐殺される程弱くないだろッ!!なんとか言ってみろッ!!」

只々憎い、こいつらが存在するだけで怒りで頭が破裂しそうだ。

要撃級の腕の攻撃を右手で握り止め、Gソードで切断する。

そしてすぐに跳躍し移動する。

だが、着地すると機体の重みに地面が負け足が埋まる。

待ってましたと言わんばかりに突撃級が突進してくる。

俺はそれを右手で受け止めた。

既存の戦術機のマニュピレーターでは絶対に出来ないことを平然とこなす。

「コイツを舐めんじゃねぇよ・・・。ヴェルターなんだよ!!」

そして、右足で蹴り上げ突撃級を浮き上がらせ左足で蹴り飛ばした。

虐殺を楽しく憎しみを込めて行っていく。

BETAは恐怖心が無いかのようにわざわざ向こうから来てくれる。

だが来てくれるのが遅すぎる。

俺は待つことが耐えられずに自ら移動し殺して回る。

地面は血で赤くなり、海に流れ込む。

そして、海自体が血の赤に染まって行く。

もう視界には赤しかない。

数えるのが馬鹿らしくなるBETA群はその数を減らしていく。

すると、遠くのBETAの群れが開けて行く。

それはまるで王のために道を開けるかのような動作だった。

そして、その後方のBETAの数が少ない箇所では中心にいる者を守るように要塞級が周りを固めていた。

初期照射警報が耳障りなほどに鳴り響く。

背筋に何かが走る。

ヤバい――――。

俺は手直に壁となるBETAを探すが、殺し尽くしてしまっており辺りには盾になりそうなBETAはいない。

俺は少し離れた位置にいる突撃級を盾にするためにヴェルターを向かわせる。

人間の目では捉えることが不可能な速度でだ。

だが、相手はその速度すら苦も無く狙い撃った。

突撃級の前に躍り出た俺は右手で受け止め盾にしようとする。

すると、左側を何かが通り過ぎた。

「ぐぅ、わぁぁああああああああ痛ぅ、くぁッ!!」

ヴェルターと一体化している俺には、ヴェルターの痛みはそのまま俺の痛みとして体に刻まれる。

良く見ると、左手が無くなっていた。

Gソードも跡形も無い。

血が噴出したように、ヴェルターの肩からは黒い光が噴出していた。

これほどの出力のレーザーを放てるBETAは一種類しかいない。

「重光線級ッ!クソがぁぁぁぁぁぁ!!」

怒りに血走った目で突撃級を盾にしながら相手を見据える。

巨大な体に巨大な瞳、それが俺を睨み付けるように見ていた。

BETAに感情があるのか知らないが、俺には相手が虐殺をする俺に怒っていると感じた。

だが、そう感じた瞬間に頭に一瞬で血が上る。

「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

俺は先程と同じように突撃級を蹴り上げ盾にし、サーフボードのように両足を突撃級の腹部に押し付け、加速させ重光線級に向かう。

右手の120mm砲を構え重光線級を巨体で守る要塞級を狙撃し殺していく。

弾数がもう残り少ない。

要塞級を殺し終えた俺は、盾を失った重光線級に狙いを定め狙い撃つ。

一発―――。

身体を突き抜けた弾丸の事など気にもしない様子で、未だにこちらにその暗い瞳を向けている。

二発―――。

先程と変化は無く、まるで根を下ろした大樹のようにその場に踏みとどまる。

三発―――。

少しよろめくが直ぐに持ち直す。

四発―――。

瞳に狙いを定めて撃つが、目蓋を閉じることで弾丸が瞳に届くことは無い。

突撃級は高速で地面に削られていたため死んでしまう。

重光線級が目蓋を開け初期照射のアラームが鳴る。

距離はまだ、100mほどある。

だが、ヴェルターにはその距離はあってないようなモノだった。

「はぁああああああああああああああ!!」

俺は腹の底から声を張り上げ突き進む。

だが、重光線級の目の前でレーザーが照射される。

重光線級に体当たりし射線を変えようと試みるが右肩から下が持っていかれた。

だが、俺は止まらない。

体当たりしたまま、至近距離でレーザーを照射されたまま突き進む。

至近距離でレーザーを照射されているためにヴェルターの頭部装甲が溶けて行く。

Gドライブは先程から全力で稼働しており、壊れそうになっている。

だが、山にぶつかると同時に照射は終わっていた。

俺は、重光線級を膝で押さえつける。

辺りにはBETAはいない。

殺るなら今しかない。

俺は口を開ける。

するとヴェルターも口を開け、その悪魔の牙が重光線級の瞳に写り込む。

その姿は、満身創痍になりながらも獲物にありつけた獣のような姿だ。

太古の昔、人が狩りをしていた頃の人間のようでもある。

「ザウルとリリアはお前たちに食い殺された・・・。」

重光線級は、もう殆ど瀕死の状態で痙攣さえしている。

「今度は、俺がその痛みを教えてやるよ・・・。」

そして、餌を前にして待つほど俺には余裕がなかった。

 

雨が掛からない陰になった部分で肉を抉る音が響く。

それは、ライオンが獲物の腸を食い漁る時と同じ音だった。

グチャ、グチャといった音が響き渡る。

そして無残に食い荒らされた贄を立ちながら見つめるヴェルターの姿は、人が見たら失神してしまう程に恐ろしいものだった。

顔すべてが血で赤く染まっている。

嫌、体全体が赤く染まっていた。

「・・・恐いだろ?これが、食われる恐怖なんだよ・・・。お前たちが人間にしてきた事を今度は俺がしてやった、それだけの事なんだ。痛いだろ?でも、父さん、くまさん、ザウル、リリア、皆この痛みをお前達から受けたんだ。・・・ほら、何とか言えよ、死んでんじゃねぇよ!!そのでかい目から涙を流して謝れよ!皆に謝れよッ!!」

両肩から黒い血を吹き出しながら、踏み砕いていく。

「ザウル、リリアッ!俺は、力を手に入れたんだ!!この力があれば、俺達の邪魔をする存在はいなくなるんだ!夢が叶うんだ!笑って、笑ってよ!良くやったって言ってくれよッ!!」

だが、頭の中の湖にいるザウルとリリアは悲しそうな顔をするだけで笑いかけてくれない。

「なんでだよッ!?どうして笑ってくれないんだよッ!!うぅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

ヴェルターは天に向かって吠える。

血を吹き出しながら、ヴェルターのメインセンサーからは、敵の血が流れ落ち涙を流しているようだった。

「ぐぅうう、あっかぁあああッ!!」

俺の体からは、緑色に輝く結晶が至るところから突き出してくる。

俺は、知らず知らずの内に体を破壊しつくしていたようだ。

再生の余裕すらなくなった体からは、俺を罰するように憎しみを封印するかのように、結晶が支配していく。

「・・・どうやら、限界のようだね。」

レオから通信が入る。

「操縦権をこちらに譲って貰った。直ちに帰投させる。速く薬を飲みなさい・・・。」

俺は、錠剤ケースを取り出し震える手でそれを何粒も飲み込む。

「ウッ、はぁはぁはぁ・・・。」

徐々に結晶は四散していく。

そして、ヴェルターは勝手に帰投を始めた。

「くそ・・・、クソッ!クソがぁああああああああああああああッ!!」

 



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戦術機簡易紹介

殲撃10型:

ネフレがライセンス生産しているF-16を統一中華戦線から改良技術を買い完成させた戦術機である。

各部をネフレの方で改造しており扱いようによっては2.5世代機と同等の働きをする。

 

ブラーミャリサ:

ザウルとリリアの専用機、二人がソ連から逃げ出す際に使用した戦術機。

コックピットは2人乗りでありザウルが操縦リリアが火器管制を行っている。

内部を第三世代基準に改造されており、本来のブラーミャリサを越える性能を出す。

戦術機搭載のコンピューター類も別物に変えられており即応性を高めている。

このコンピューターは、以降のトイ・ボックスで使用される戦術機すべてに搭載されている。

上腕部のモーターブレードは現在ソ連のジュラーブリクで使われている物と同じ物に変更されており、肩部はフェニックスミサイルを搭載出来なくする代わりに大型のスラスターに変更されている。

 

ジュラーブリクE型:

ザウルとリリアがソ連から逃げる際に手土産として用意していたデータを元に作られた。

跳躍ユニットと主機を大型化し稼働時間を伸ばしている。

内部はOBLへの換装、アビオニクス強化しており2.5世代機並みの力を誇る。

だが、スラスターの数が少なくドッグファイトではチェルミナートルに後れを取る。

だが、ブラーミャリサに実験搭載されているコンピューターを搭載しており即応性を上げ、一部ザウル達と同じ動きを可能としたことにより、それを補っている。

肩部装甲が変更されており、UFOの様な円盤状のブレードエッジになっている。

脚部にはラーストチカと同じ大型のモーターブレードを取り付けている。

頭部ラウンドモニターに複眼モジュールを使用しており見た目が殲撃11型と同じである。

機体色は藍色。

 

ジュラーブリクE型装備変更後:

肩部を変更し突撃砲をそれぞれ2つ取り付けてある。

背部には、恐竜の背鰭のようにマガジンが取り付けてあり最大で10個のマガジンを装着できる。

だが、機体重量が増しているために本来の速度を出す事が出来ないと言う欠点も存在する。

 

ヴァローナ(ギャンブル中隊):

ジュラーブリクE型にYF-23の技術を取り入れ発展させた第三世代戦術機である。

一度ヴァローナの試作一号機の一部データがソ連に渡ってしまっている。

全体的に細く角ばっており、頭部に関しては鳥の口ばしを思わせる二等辺三角形のカーボンブレードが頭部前面についている。

これらの細く尖った装甲は、ステルス性を持たせるためと空力を最低限にするためである。

強襲用に作られており他の追随を許さない加速力を出す。

肩部装甲はジュラーブリクE型と同じく円盤状のブレードエッジになっているが、その上下にはスラスターが取り付けられている。

腕部にはモターブレードを装備している。

全身がカーボンブレードとなっており武御雷と通じる所があるが、まったく関係が無くたまたまである。

各部センサー類は敵に発見され難くするために特殊なフィルターを張っている。

これにより、センサー類から漏れ出す光を抑えている。

見た目のイメージはビェールクトに上記を合わせた感じでお願いします。

 

ヴァローナ(ザウル機):

ギャンブル中隊で使われているヴァローナのステルス性を捨てさせる代わりに、近接格闘戦を極限まで高めた戦術機である。

背部には大型スラスターを二機搭載している。

脚部には大型モーターブレードを装備。

肩部と腰部を大型スラスターに変更している。

ザウル以外では扱うことができない戦術機になっており武装の数が少ない欠点を持つが、その瞬間加速力を最大限に発揮出来るザウルが扱えば問題を帳消しにすることも出来る。

 

ラプター(リリア機):

F-22AラプターEMD Phase2先行量産型の改造機であり、第二町を襲撃してきた内の破損個所が少なかったラプターを改修している。

この戦術機のパーツはスパイダーのパーツを流用している。

武装は120mm水平線砲1つである。

弾帯を背部に抱えているが、イーグルと同じ速度を出すことが出来る。

 

F―23Aスパイダー(トランプ中隊):

YF-23PAV-1全規模量産型になる戦術機。

兄貴を引き抜くと同時に手に入れたデータと開発スタッフにより完成した戦術機である。

トイ・キングダムで扱われている戦術機の親同然の戦術機であり、各中隊の戦術機と多くのパーツを共有している。

最新のコンピューターとOSによりガンマウントの突撃砲を主人公と同じ動きを出来るようにされている。

また全身に小型のスラスターを取り付けることにより細かい動きをすることが可能となった。

すべての元となったこの戦術機は未だにトイ・キングダム最強の戦術機の座にいる。

 

X-47ペガサス(チェス中隊):

???

 

多目的飛行補助ユニットファンデーション:

戦術機の稼働時間、跳躍ユニットの燃料を最低限の使用率ですませ、沖合から強襲するたえに開発された無人機である。

光線級のレーザーから戦術機を守ってくれる再突入カーゴの小さい版。

無人偵察機になることも可能。

また、光線級がいない場合は無人爆撃機としても使える。

腰を落とす姿勢で乗る。

 



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新たな出会い

俺は、帰還後直ぐに精密検査を受けその後、レオに謝罪に向かった。

「・・・すみません、ヴェルターをあの様な姿にしてしまって。」

「別に構わないよ、むしろ取りたいデータが取れた。こちらが感謝したいくらいだよ。」

「ですが・・・。」

「先の実戦テストでヴェルターの改修点が見つかった。あの機体は、今の和真君でも扱うのには命を駆けなければならない。なら、唯の人間であるトイ・キングダムの衛士に扱える代物ではないだろ?次はそこを見直していく予定だ。それに、唯暴れただけで測定するのが馬鹿らしくなる量のBETAを撃破、しかも遮蔽物の少ない場所で重光線級を倒している。我々の希望通りの戦果だ、もしあの性能を制御し扱えたら、文字通り最強の戦術機の完成だ。」

「はい・・・。」

「それと・・・、横浜の事は聞いているかい?」

「・・・はいッ。」

横浜は俺との戦闘から外れたBETAが進行し壊滅してしまっていた。

俺があの場ですべてのBETAを殺せていたら・・・。

皆は無事だろうか・・・。

そう考えると気分が悪くなってくる。

俺はそれをきつく腕を握りしめることでごまかした。

「あれは、君の責任ではない。君が行こうが行くまいが結果は変わらなかった。それだけは理解しておくのだよ?」

「・・・。」

「それと、これから先行量産型ヴェルターを完成させるために全力を出すことになる。本当に危なくなるまでは君を戦場に出させる事は出来ない。飛び出して行ったりしないでくれよ?先のテストが出来る環境作りをするだけでも、大変だったのだからね!それに、あれは今表に出てはいけない機体だからね・・・。」

その通りだ、ヴェルターは対人・対BETA最強の機体をコンセプトに作られている。

つまり、ヴェルターが表に出なければいけない状況と言うのは、人類同士が戦争を始めた場合と今の前線国家がBETAに滅ぼされかけた時・・・。

今回がまさにその時だった。

日本がBETAに滅ぼされかけていた。

だが、俺が伊豆半島で暴れたことでBETAの進行は一時停滞している。

その変わり横浜が壊されてしまったが・・・。

それでも日本は、時間を得た。

この短時間で、どれだけの事を日本が出来るかでヴェルターが出撃することになるのかが決まる。

出来るだけ、そうなって欲しくない・・・。

 

あの出撃以降、俺は荒れていた。

毎日何かに追い立てられているかのようにただ我武者羅に己を鍛え続けていた。

毎日血反吐を吐くまでヴェルターのテストを行い、新たな概念の兵器テストも同時に行った。メルに泣かれ兄貴に殴られても俺は止めようともせずに逆に自分自身で壁を作り、必要なこと以外は誰とも話す事をしなくなった。

―――そして、そんな俺を変える出会いがあった。

 

 

1998年12月

第一町地下ではまるで巣を突かれた蜂のように、ネフレの職員が走り回っていた。

「出来るだけ情報を集めろッ!見えにくかってもいい!兎に角確証を得るんだ!!」

「上層部に伝える資料はどうする!?情報が少なすぎるぞ!!」

「日本の魔女との連絡は!?何、回線を傍受される恐れがあるだと!?馬鹿野郎!!樺太に呼び出せ!!こっちはスポンサーだぞ!!」

皆が皆血相を変えている、それはある1つの衛星が捉えた物が始まりだった。

そこに移されていたのは、どこからか連れてこられた人間が建造されている最中の横浜ハイヴに連れて行かれている写真だった。

こんな事はいままで無かった事だ。

そして、急遽計画の幹部すべてと連絡を取り合い協議することとなった。

そして、俺達がもっとも恐怖しているある仮説が皆をここまで慌てさせている。

それはBETAが人間を研究していると言う仮説だ。

―――まさに最悪だ。

これがもし当たっていたなら、BETAが俺達に興味を持ちだしたことになる。

人間に対して有効な光線級以上のBETAが生まれてくる可能性が出来た。

俺が考えうる最悪のBETAとは人間の目では視認できないくらい小さいBETA、細菌級とでもいったところか、もしコイツが完成しばら撒かれたら本当の意味で細菌兵器だ・・・。人間に対処する時間すら与えてはもらえないだろう。

それにもし、捕えられた人間の中に軍の関係者がいた場合、俺達の戦術や戦略に対してBETAが対処してくる可能性もできた訳だ。

正確な情報を得るために、皆徹夜で頑張っている。

何日何時間起きているのか皆ももう解っていないだろう。

レオ達幹部の協議自体がすでに半日以上続いている。

それほどまでに、異常なことなのだ。

衛士である俺には何も手伝えることが無い。

俺は、1人自室に戻る事にした。

 

部屋の中でタエを撫でながらタバコを吸っていると、部屋をノックする音が聞こえた。

俺はそれを聞き、扉を開ける。

「五六中尉、社長がお呼びです。」

「・・・了解しました。」

俺は返事を返しすぐに向かった。

 

社長室には兄貴とレオが待っていた。

「五六中尉、只今参りました。」

「楽にしてくれ・・・。」

「はっ!」

重苦しい空気が部屋を満たす。

唾を飲み込む音でさえ部屋に響き渡る。

「まず、協議の結果から言うよ?横浜ハイヴは攻略することになった。」

―――ッ!!

ついに来た!遂に、BETAに対する反攻作戦が始まるんだ!!

俺は自然と口角が吊り上って行く。

「だが今回はヴェルターを出す訳には行かない・・・。」

「何故!?」

「和真君も解っているだろう?あれはまだ表に出すことは出来ないのだよ・・・。」

俺は、悔しさから自然と唇を噛み締める。

「そして、今回の攻略作戦では現代の兵器でハイヴ攻略が可能かどうかを確認する意味合いもある。日本帝国は世界に先んじて第三世代機を多く投入している。つまり、今後の戦術機・兵器がどれだけBETAに通用するのかを計るいい機会なんだ。この攻略作戦はすでに日本の魔女を通して帝国軍に伝えてある。来年には行われるだろう。」

データを集めるために多くの人を見殺しにすることになる。

それが解っていながら、俺もレオも兄貴も何も言わなかった。

「日本の魔女?」

俺は気になるその呼び名をレオに聞いてみた。

「オルタネイティブ4計画は知っているかい?」

「おとぎ話レベルの計画ですね?確か、因果律量子論とかでしたっけ?」

「あぁ、我々はそれのスポンサーでもある訳だね。でも、実際Gコアの兼があるんだ。彼女の計画に金をつぎ込む価値はあるよ。」

ネフレが深く関わる人物であるなら、俺達の仲間なのだろうか?

「魔女は、我々の計画について知っているのですか?」

俺の問いにレオは苦笑いを浮かべながら答える。

「嫌、知らせていないよ。そもそも彼女は一科学者でしかないからね。彼女の計画から出来た技術が欲しいだけだ。もちろん、彼女を技術部にスカウト出来ればこちらとしても大助かりだが、少し問題があってね・・・。」

「どんな?」

「彼女はオルタネイティブ5計画が心底気に入らないらしくてね、それだとこちらとしても困る訳だよ。それに、彼女は彼女でいろんなパイプを持っている。天才が考える事は我々には理解できない、そんな危険分子を計画に参加させる筈がないだろ?」

「たしかに・・・。でも、俺達がオルタネイティブ5計画にも深く関わっているのを知ったら魔女はどうするのでしょうね?」

「その心配は必要ないよ。知ったとしても何も出来ないし、仮に何かをしようとしたら消えて貰うだけさ。」

「で、俺を呼び出した訳は?」

俺がそう聞くとレオは、今まで忘れていた、とでも言いそうな顔で話始めた。

「あぁ、新しい仲間を紹介しようと思ってね。・・・入って来てくれ。」

レオがそう言うと扉が開き新しい仲間が入ってくる。

「なっ―――ッ!!」

俺はその人物を見た瞬間に言葉を失ってしまう。

部屋に入ってきたのはリリアだった。

嫌、リリアの面影があるだけの子供だ。

だが、その星のように煌めく銀髪と雪のような肌、それにその瞳は間違いなくリリアと同じ物だった。

「彼女の名前は、ストー・シェスチナ、リリアと同じ第三計画の生き残りだ。」

ストー・シェスチナ、第6世代100番か。

とことん第三計画の奴らは腐っていたらしいな・・・。

俺は腸が煮えくり返りそうになる。

すると、俺の心を覗いたのかストーは涙目になり後ずさった。

「こらこら和真君、ストーを驚かせてどうするんだい。彼女はこれから君とエレメントを組む事になる。・・・良いね?」

「・・・了解。」

俺がしぶしぶ頷くと兄貴が手をパンパンと二回鳴らす。

「それじゃ、和坊!ストーの世話を頼むぞ!!こちらでも、色々と手伝ってやるからな?」

「はぁ!?俺が世話を見なくちゃいけないのか!?」

俺は突然の事に驚くが兄貴は何をバカなことを言っていると呆れた表情で言ってきた。

「当たり前だろ?」

レオの顔を見る、レオは唯俺の瞳を見るだけで何も言わない。

どうやら、選択肢は1つしか用意されていないらしい。

「チッ―――、了解。」

俺はそう言いながら、兄貴の後を着いていく。

ストーも俺の後を付いて来る。

だが子供の歩幅では歩く速度が自然と遅くなる。

「早く来いッ!」

俺の怒鳴り声にストーが脅えビクつく。

クソッ、俺は何をイラついているんだ!

相手は子供だぞッ!

だが、俺の中で重なってしまう。

リリアとストーが重なって見えてしまう。

「クソッ!!」

俺はストーが俺と一定の距離を取って付いて来るのを確認しながら歩いて行った。

 

なんでここなんだよ・・・。

「ここが、ストーの新しい部屋だ!」

そこは、リリアとザウルの部屋だった。

「必要な物は全部そろっていると思うが必要な物があったり不備があったら和真に言え、いいな?」

兄貴は優しく孫にたいする祖父のようにストーに言い、部屋を後にした。

無言の時間が俺とストーの間を過ぎて行く。

ときおりストーは何かを言いたそうにしているが、俺はそれを無視する。

そして、ストーが痺れを切らし机の上に置かれていた向日葵の人形とアルバムに手を伸ばそうとして俺は叫んでしまった。

「それに触るなッ!!」

俺の叫びにストーは、震えながら涙目でこちらを見てくる。

その顔ですら、リリアと重なってしまう。

違う、コイツはリリアじゃない!リリアじゃないんだ!!

「・・・ごめん、俺はもう行くよ。」

まだ、俺に何か言いたい事があるのかストーは脅えた目で俺を見るが俺はその瞳から逃げるように部屋から出て行った。

 

1999年1月

ストーとの出会いからさらに日がたったが、俺達の関係は依然変わらなかった。

嫌、ストーはどうにかして話そうと試みているようだが、俺が逃げに徹しているせいで距離が短くなることは無かった。

PXで食事を共にする時も無言。

共に移動するときも無言。

タエとストーが遊んでいる時も無言。

メルに俺が注意されても俺はこの距離を狭めることが出来なかった。

だが、唯一話す時がある。

それは戦術機を使っての教導をしている時だ。

教導と言っても、俺の知識を教えているだけであり後はひたすらにJIVESを使っての演習のみだ。

本当なら、冗談を交えたりしながらリラックスさせながらザウル達のように鍛えて行くのが良いのだが、俺にはそんな事が出来ない。

それでも、俺はリリアに似たストーに死んで欲しくなかったから俺の持っている力をすべて授けて行った。

時には厳しく叱りつけたりもしたが、ストーは何故か俺に叱られた後には決まって笑顔だった。

しかもコイツは、俺にどれだけ邪見にされようとも俺の後を小鴨のように着いて来る。

まったく訳がわからない・・・。

そしてそんな俺達を変える出来事が起こった。

それはいつものように、俺がヴェルターの試験を南極基地で終え第一町に帰ってきたときの事だ。

「やっぱし、ヴェルターは反応速度が機敏すぎる。あの世界でだとまともに戦う事ができないな、未だにリミッターを切らないと扱えないピーキーすぎる機体なんて・・・。」

そう言いながら脳のリミッターを切る。

すると、世界が止まって見える。

「こんな世界でじゃないと、扱えない戦術機なんて実戦では役立たずだぞ・・・。」

「和君・・・。」

すると、後方からストーの声が聞こえた。

俺は先程までの顔を不機嫌顔に変え向き直る。

「・・・五六中尉だ。」

「ご、ごめんなさい、―――ひっ!!」

すると、ストーは目に見えて俺に脅えだす。

いつもビクビクしている奴だが今回は違った、本当に心の底から脅えている。

だが、今の俺には心当たりがあった。

コイツは今の俺の中を覗いたのだろう。

今の俺の中身は傍から見たらホラー以外の何物でもない。

無数の腕が湖から伸び俺を締め上げているのだから・・・。

「・・・。」

俺は、脅えるストーを見た後に逃げるようにその場を後にした。

 

「すぅ~はぁー・・・。」

部屋で1人タバコを吸う。

いままで溜まったストレスを煙と共に一気に吐き出す。

「ケホっ、ケホっ・・・。」

俺の部屋の扉を無断で開け中に入ってきたのはストーだった。

だがストーは部屋に充満する煙のせいで咳き込む。

俺は不機嫌を隠そうともせずにストーに声をかけた。

「・・・何だ?」

「あの・・・、ご飯の時間・・・。」

なんでこいつは俺に構う、何で?俺が怖いのじゃなかったのか?わからない、コイツがわからない。

その思考回路は俺を掻き混ぜ不安にさせる。

俺はその恐怖に負け怒鳴りつけてしまった。

「なんでお前はいつも俺に構うんだッ!どうして!?俺なんかと同じ部隊に入れられてお前も迷惑しているんだろうッ!!レオや兄貴に言えよッ!今すぐに部隊を変えてくれって!」

俺は叫ぶと廊下に飛び出す。

ストーは何も言わずに俺の後を着いて来ようとする。

「付いて来るなッ!!」

そして俺は走り出した。

俺は外に出て走る、雨が降っていたが関係ない。

とにかく走って今のこのモヤモヤした気持ちを元に戻したかった。

「はぁ、はぁ、クソッ!」

最近クソと呟く回数が増えた気がする。

アイツに当たっても仕方がないのに、俺はどうしてこうなんだ!

レオにストーの部隊変えを申請してもすべて却下されている。

レオは俺達のやることにあんなガキまで巻き込むつもりなのか。

確かにアイツの衛士としての才能は本物だ。

磨けば磨くだけ輝きを放つ宝石だ。

俺みたいな石ころとは訳が違う。

それでも、俺はあんなガキを仲間として迎え入れたくなかった。

アイツの顔が表情が仕草がすべてリリアと同じに見えてきてしまう。

そんな事は無いはずなのに、重ねてしまう。

俺はまたリリアを失うかもしれない恐怖に負けていただけで、俺の態度を見かねたレオがストーを別の部隊に変えてくれるかもと、子供染みた考えを押し付けていただけなのだ。

「・・・明日もう一度レオに言いに行こう。もし、それでダメなら・・・。」

ダメなら俺はどうすればいいのだろうか・・・。

俺は結局答えを得る事が出来ないまま戻ることにした。

部屋に戻るとそこにはタエがいた。

「タエごめんやけど、今日は遊ばれへんで?」

俺はそう言いながらベッドに寝転がる。

すると、タエは俺の顔面を引っ掻き始めた。

「イタッ、痛い!なんやねんッ!」

顔の引っ掻き傷も直ぐに治癒する。

だがタエはそんなのも関係なしに引っ掻き続けた。

俺は観念し起き上がる、するとタエは外に飛び出して行く。

「ついて来いってことかい・・・。」

俺は、嫌々タエの後を着いていく。

到着したのはリリアとザウルの部屋、今はストーの部屋となっている場所だ。

タエは扉をガリガリ削り中に入りたそうにしている。

俺は先程怒鳴ったことを謝るいい機会だと思い、扉を開けた。

だが、そこには誰もいなかった。

「なんや?おらへんやん。」

俺は部屋の中を見回す。

ここを紹介してからは一度も入っていない。

だが、あれから部屋は変わっていなかった。

唯一違うのはベッドに向日葵の人形が置いてある程度だ。

「俺がリリアとザウルにあげたやつか・・・。」

「にゃーにゃー!!」

タエが俺に訴えるように鳴きつづける。

「・・・ストーに会いたいんか?アイツなら、今頃PXやろ?」

俺はタエを抱き上げPXに向かう。

途中でタエがまた引っ掻き始めたため駆け足で向かった。

「和真?どうしたんだい?」

PXではメルが食事を取っていた。

「あぁ、ストーを探していてな。」

「和真ッ!とうとう仲直りするんだね!」

小躍りしそうな程に喜んでいるメル、俺達の関係を一番心配していたのは、おそらく彼女だろう。だがメルは技術部に缶詰でストーとも2度しか会っていない。

それなのにこれだけ心配するんだ。そうとう俺の態度には問題があったのだろう。

「それよりも見かけなかったか?」

「イヤ見かけてないよ?ここには一時間位いたけど来なかったよ?」

それを聞き、嫌な予感が俺を襲う。

俺はタエをメルに渡しPXを飛び出す。

どこだ、どこにいる!?

嫌な予感はさらに募る。

俺は走り回り探すがストーの行きそうな場所に心当たり何て無い。

「どこにおるんや!?」

そこで俺は思い出す。

アイツは俺の後ろを何故か着いてきた、どれだけ邪見にされようとも俺の傍にいた。

「―――まさかッ!!」

俺は外に飛び出す。

俺が外に行ったのは2時間前だ。俺の考えている通りなら・・・。

「はぁ・・・はぁ・・・。」

全力で走る。

俺が我武者羅に走った道を雨に濡れながら再び走り抜ける。

――――いた!

ストーは雨に濡れながら地面に座り込んでいた。

「ストーッ!!」

俺の声が聞こえたのかストーが転んだのだろう、泥だらけの顔を向ける。

そして、俺の姿を確認すると大粒の涙を目に溜めそれが決壊すると同時に立ち上がり抱き着いてきた。

ストーの温もりが俺の濁った氷を溶かしていくのを感じる。

「ふぅぇぇええええ、ふぅぇええええ~~~。」

俺は一度それを離し、膝をついて真正面からストーを見る。

「たくっ、どろだらけじゃないか・・・。それに、膝まで擦りむいているしよ・・・。」

俺はストーの雨に濡れた前髪を掻き上げ、服の袖で泥を拭いていく。

「お前は、どうして俺なんかに付いて来るんだよ・・・。」

すると、ストーはまた俺に抱き着いてきた。

離さない、二度と離さないと腕に力を籠める。

「もう、1人は嫌だぁ!寂しいのは嫌だぁッ!ふぅぇぇえええ~~~!!」

俺はストーをそのまま抱き上げる。

「帰ろう、このままやったら風邪ひくで?」

ストーは俺の言葉にさらに強く抱き着き俺の首元を噛むことで、返事を返した。

「・・・噛むなよ、まぁええわ。」

俺はストーを優しく抱きしめ帰路を急いだ。

俺が会社の入り口に入るとメルとタエが待っていた。

「あッ!・・・ストーちゃん!」

メルは血相を変えて向かってくる。

「ごめんメル、ストーを風呂に入れたって。」

「分かった!でも、和真もだよ!」

俺はそれに自然に笑い答えた。

「そうするよ、ありがとう、メル。」

「和真・・・、うん任せなさい!」

メルも満面の笑顔で返してくれた。

「タエもありがとうな。・・・本当にいつも、ありがとうな。」

「にゃ~!」

俺にはタエが、当然、と言っているように聞こえた。

「それじゃ、頼むわ!」

そう言ってストーを渡そうとするが・・・。

「ほ、ほらストーちゃん?私とお風呂に行こうか?」

「うぅぅぅぅぅ・・・。」

ストーが俺から離れたがらない。

「ストー、俺はどこにもいかないから、なっ?」

そう言うと渋々ストーはメルに着いて行った。

「よし、俺も久しぶりにシャワーじゃなしに風呂にゆっくり入ろかな!タエ久しぶりにどうよ?」

「にゃ~!」

「そうかそうか!じゃ、行こうか!」

 

その後俺とストーはPXに来ていた。

メルは明日も忙しいらしくもう寝るとの事だ。

タエはメルに抱き枕にされるために拉致された。

すでに夜も遅くPXも空いていないが、キッチンを使わせて貰えたので俺は久しぶりに料理することにした。

「ほら、晩飯まだやろ?」

俺はストーの待つテーブルに二つ料理を運ぶ。

「これは?」

「うん?これは、焼きそば言うんや!おいしいから、食べてみ?」

すると、ストーは食べだそうとする。

だが途中で何かに気が付いたのか動作を一度止め手を合わせた。

俺はストーがいただきますをしようとしているのに気が付いたが、同時に何時誰が教えたのか疑問に感じた。

だが、そんなことは棚に上げておくことにした。

「「いただきます。」」

ストーには、箸はまだ扱えないだろうと思いフォークを渡している。

焼きそばを必死に食べるストーを見ながら俺も自分の作った焼きそばを食べる。

すると、ストーがまた泣き出した。

「どうしたんや?口にあわんかったか?」

心配し聞く俺に首が飛んで行ってしまいそうになるくらいに横にブンブン振り、それを否定する。

「暖かい・・・、すごく暖かいよ。それに・・・懐かしい。」

涙を流しながら焼きそばを必死に食べるストーを見ながら俺は、そうか・・・、と呟いた。

食べ終えたストーと共にご馳走様をした後、俺は意を決して聞いてみた。

「ストー、どうして邪見に扱ってた俺の傍におったんや?自分で言えることやないけど、俺のお前に対する態度は人としては最低の部類に入ることやぞ?」

すると、ストーはモジモジしながら話始めた。

「最初は凄く怖かったよ・・・。でも、和君の中にパパとママがいたから・・・。」

「パパとママ?」

「わ、私が勝手にそう思っているだけ・・・だけど、和真の中で向日葵に囲まれて笑っている女の人と男の人がいたから・・・。パパとママをもっと見ていたかったから・・・。」

「そう、なんや・・・。」

2人とも、俺の中で笑顔でいてくれたのか・・・。

まだ、こんな俺の傍に・・・。

「でも、その後は違うよ?私・・・、和君が私の事を心配して必死になっているの、知ってるよ?」

俺がレオを相手にストーを別の部隊に移動させるために口論していたのも知っていたのか・・・。

「和君が私を死なせたく無いからって、必死に生き残る術を教えてくれて私、嬉しかったよ!それに、安全な部隊に移動させたいって思っていてくれてたのも・・・。」

本当に何でも知っているんだな・・・。

「それに・・・、私は和君の傍にいたかったの!私の事を人として見てくれる和君の傍に・・・。ずっと、ずっと前からそう思ってたの・・・。」

なら、俺も答えをださなければダメだ。

やっぱり、ストーはストーでリリアじゃない。

俺は、ストーをリリアのようにしないために全力を持って生かそう。

ストーから死を遠ざけるために俺の今出来ることをなそう。

「ありがとうな?ストー、俺なんかで良かったらこれからもよろしくな?」

すると、ストーはリリアとザウルが良くする笑顔で、うん!、と言ってくれた。

本当に2人に似ている。

もし、二人が生きていたならストーを可愛がり過ぎて大変だっただろうな。

 

今日はストーが眠りにつくまで傍にいてやることにした。

それと言うのもストーがそれを望んだからだ。

俺は今までの穴埋めが出来るならとそれを承諾した。

「それじゃ、おやすみ。」

そう言って俺が頭を撫でるとストーは目を細め気持ちよさそうにし眠りについた。

ストーの枕元の両側にはザウルとリリアに送った向日葵の花の人形がある。

俺にはそれが、家族三人で川の字で眠る本当の家族のように見えた。

「さて、そろそろ俺も部屋に戻るか。おやっ?」

良く見るとリリアが俺の服を掴んでいた。

「たく、しかたないな・・・。」

俺はストーが眠るベッドを背もたれにし今日は座って眠ることにした。

 

「あの後どうなったんだろ?やっぱり気になる。」

「何だ、メル?ストーの部屋の前でうろうろして。」

「あ、兄貴!実は昨日さ・・・。」

「ほうほう、そんな事があったのか。そりゃ気になるわな!良しなら実際に見て確認しよう!」

「ちょ、兄貴!」

兄貴は勢い良く扉を開ける。

「・・・良きかな良きかな。」

「なに、1人で納得してるのさ!」

私は兄貴を押しのけ部屋の様子を窺った。

「なんだ、ちゃんと仲直りできたみたいだね!」

私が見た光景はベッドを背もたれにして眠る和真と和真の組んでいる足の上に乗り、眠っているストーの姿だった。

そして、ストーの上には向日葵の花の人形が二つ寄り添っていた。

 



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変わる世界、変わらない日常

俺は今社長室でレオと向かい合っている。

空気が重い、汗が額から流れ落ちる。

今まで感じたことの無いレオの威圧。

世界を変えるためにその身を捧げた男が俺の前にいた。

 

「俺の答えを言わせていただきます。」

「あぁ・・・。」

「俺は、ストーをトイ・ボックスに迎え入れることにしました。」

「そうか。」

「ですが、1つ条件があります。」

「これは決定事項だ、君がとやかく言おうとも変わらないが?」

「それでも、話だけでも聞いていただきたい。」

「・・・許可しよう。」

「ありがとうございます。結論から言います。ストーを戦場に出すのは俺の許可を得てからにしていただきたい。」

「何故?」

「それは、俺がまだ弱いからです。俺が強くなりストーを気に掛けながらでも戦えるようになって、そしてストーを戦場に出しても大丈夫なくらいに強くしてからにしたい。・・・許可願えますか?」

室内を沈黙が支配する。

さらに空気が重くなる。

時を刻む秒針の音でさえ大音量に聞こえる。

「・・・分かった、許可しよう。」

だが、答えは直ぐに帰ってきた。

「ほ、本当ですか!?」

喜ぶ俺にレオが先程までの空気を四散させながら話す。

「あぁ、もともとそのつもりだったしね!」

「よかった~!」

すると、レオは顔を今から悪戯しますよ!とニタァと歪める。

その顔を見て俺はもの凄く嫌な予感がする。

「それよりも、随分ストーと仲良くなったらしいね?あれかい?君もロリータに目覚めたと言う解釈で良いのかな?」

「ちがうわ!ど阿呆!!」

「なんだ、違うのか・・・。君には期待していたのに・・・、がっかりだ。」

「・・・なんでやねん。」

「それにしても、やっと前の和真君に戻ったね?」

「・・・そうですか?」

「あぁ、君とストーをこの時期に会わせたのは正解だったようだ。」

 

俺は社長室を後にすると、ストーの部屋に向かった。

俺が今まで縮めることを拒否し続け出来た距離を少しでも、無くすためだ。

「ストー、起きているか?」

扉を開け中に入るとストーはすでに起きていた。

「和君っ!!」

ストーは俺を見るや笑顔になり走り寄ってくる。

すると、突然目の前で急停止し服の裾をその小枝の様な指でつまむだけだった。

少しではあるが、俺達の距離は短くなった。

今はそれで構わない。

これから、この距離を狭めて行けばいいだけの話だ。

それくらいの時間ならまだ残されているだろう。

「それじゃ、飯食いにいこか?」

「うん!」

 

1999年4月

世界は緩やかに変わっていた。

まず、オーストラリアの大統領にネフレの息が掛かった人物が二度目の当選を果たした。

彼は、白豪主義撤廃を唱え難民をオーストラリア市民として認めようとする活動家である。

俺が知る難民街はすでに、その兆候が見えていたらしいが俺はネガティブな所しか見ていなかったらしい。

だが、やはり市民権を得るには難民はそれ相応の努力をしなければならない。

一番手っ取り早いのが軍属になることだ。

次に結婚し子供を作って、10年間その場で生活すること。

他にも多々ある。

これらをクリアし一応市民権は与えられ、職場も提供されて行き難民街は徐々に無くなって行った、その場にいた人達はオーストラリア各地にバラバラに生活をさせている。

これによる差別などの問題は人権活動家達により、表立って言う人間は減ったがやはり、差別はされるものだ。

それらは、自らの実力で覆せと言うのが難民達の暗黙の了解となっているらしく皆今を生きるために精一杯頑張っている。

つまり、今まで難民が嫌われる原因になっていた弱者の権力が使えなくなった事を意味している。その代わりに彼らは籠の中ではあるが自由を手に入れた。

このような人権活動家達に資金を渡していたのは勿論ネフレだ。

そして、オーストラリア国民もメディアを通してコントロールされている。

殆ど本当のことしか伝えていないが、その手法は危機感を煽るように放送されている。

このため、オーストラリア国民は直ぐにでも自分達が住むオーストラリアが戦場になる可能性があると思い込み、軍備増強のデモがあちこちで進み、また国力増強を唱え出した。

そして、軍需産業を始め各種の産業が活気づきオーストラリアの生活水準も高くなってきている。

これだけの事が起こっているのだ文句を言う人は殆どいない。

また、租借地を借りる事が出来ずに難民街に臨時政府を立てていた各国政府はオーストラリア人になることにより、国政に出ることが出来る様になった。

もちろん、彼らが元居た国はBETAから取り戻した後はオーストラリアになる。

つまり、奪われた国を取り戻すのにオーストラリアが全力を出すと言う事だ。

その事が、難民達を暴発させないことにもつながっている。

それに生活が潤えば犯罪は減るモノだ。

オーストラリア各地での犯罪率も低下しているそうだ。

そして、そこに目を付けるのがネフレだ。

さらなる軍備増強の煽りを受けオーストラリアと契約し、セイカーファルコンを次期主力機に置く話が持ち上がった。

アメリカからスーパーホーネットを購入する話も進んでいる。

2.5世代機を2004年までに、すべてのオーストラリア軍で運用させると現大統領は言っており、これがうまく行けば軍事面でもオーストラリアは強国の仲間入りを果たすこととなる。

また、アメリカから戦術機大型空母を買う契約も現在進んでいる。

これらは、財政面でアメリカを除く他の国家よりも頭1つ飛び出しているからこそ出来ることだ。

 

そして、今俺がいるのはケアンズ基地ネフレビルだ。

今回ここに俺がいる理由は、オーストラリア陸軍に渡されるF-16Eセイカーファルコンの実力を見るためだ。

この模擬戦をする羽目になったのも、ボーニング側からF-15Eストライクイーグルの方が整備性が良く強い、だからこっちを買えと言ってきたからだ。

さすがボーニングやることがえげつない。

だが、値段ではこちらの方が安い。

そこで、どちらが良いか決めるために今回の模擬戦をする羽目になった。

ロックウィード・マーディンからは、必ず倒して欲しいと言われている。

元々、セイカーファルコンの試作機であるF-16XLはストライクイーグルに負けお蔵入りとなった戦術機だ。

ネフレがその技術を買い取強化して出来たのがセイカーファルコンだ。

ロックウィード・マーディン側としても何か思うところがあるのだろう。

「と、言っても実際ストライクの方がアフターパーツが多いし発展性もあるし良い機体なんだけれど・・・ね。」

ストライクイーグルは全体的に良くバランスの取れた優秀な戦術機だ。

それは、未だにアメリカの主力機であることからも解る。

それに比べこちらのセイカーはまだネフレ内でも配備を始めて間もなく経験値と信頼性を見れば圧倒的に負けている。

「さすがにこれで負けてもうたら大目玉食らうな・・・。」

その変わり、こちらは安価でストライク並の戦術機であると言うところが売りだ。

「だけど、装甲がガチで紙やからな、もしかするとパンチ一発で小破してまうかもな・・・。」

だが、この戦術機は対人戦よりも対BETA戦を主眼に置かれている。

BETA相手では、どのみち一発喰らえば速お陀仏だ。

なら、あたらないように機動力を上げるのは当たり前のことだ。

これは、アメリカ製の戦術機全般に言えることでもある。

当たれば終わり、当たらないように逃げろ。

空力やらなんやら考えて機体重量を増し整備性を低くするなら、その分軽くして弾を持て。

継続戦闘能力?そんな物銃弾が尽きた時点で勝敗は決まっているだろうが!

「やからな・・・。まぁ、言うてることは御もっともなんやけれど。それやと、レーザーヤークトがしにくいからなぁ~。」

それに、重光線級には手も足も出ないなんて事もありうる。

あれはまさに規格外の強さを誇っている。

120mm弾を食らおうとも立っている姿は今でも俺を振るえ上がらせる。

「アメリカは別の視点で現実を見てる言う事かな。」

ただの光線級なら、後方から絶え間ない援護射撃の下レーザーヤークトを行う事ができる。

だが、重光線級が姿を現した時点でそれも終わる。

つまり―――。

「それだけの準備が出来てない状態でレーザーヤークトをするのは間違いと言う事。そして、アメリカは現段階でのハイヴ攻略は不可能と考えていると言う事やな。」

だからこその、間引きのためのバランスの良い戦術機であり、それらで持ちこたえられない場合は逃げに徹するための薄い装甲による機動性。

危険な近接戦闘能力なんて鼻から考えていない。

人を生かすための戦術。

「それでも前線国家は国を捨てる何てできひんから、継続戦と近接戦に主体を置いた戦術機を前線に送り込む。どちらが正しいかなんてわからんわな。」

それにG弾も完成したらしいし、それをハイヴにぶち込んで残ったBETAを安全な後方から撃ち殺す。

なら、アメリカが近接重視にならないのも納得が行く。

オルタネイティブ5も理解できる。

「それでも世界はアメリカの1人勝ちを嫌ってそれを妨害、夢物語なオルタネイティブ4で時間を稼ごうとしている。・・・そんな悠長にしてられる程、時間も無いし人もおらんねんけどな。」

それに、この世界ではアメリカの1人勝ちはすでに決定しているようなモノだ。

 

そんな事を考えていると模擬戦が開始される。

「さて、どうなることやら。」

俺が見つめる画面の中では、二機の戦術機が縦横無尽に市街地演習場を動き回りお互いに引く気配が見られない。

両方の戦術機から凄まじいまでの気迫が感じられる。

お互いに一定の距離を保ったままの戦いとなっている。

だが戦闘開始から30分過ぎたあたりで戦況は動き出す。

二機は円状に広がる広間に出てしまったのだ。

これだけの広さがあれば俊敏性で勝るセイカーファルコンの方が有利になる。

ストライクイーグルは的確に相手の先を読み狙撃するが、セイカーファルコンには当たらない。

距離を詰められたストライクイーグルはたまらずナイフを抜くが、その選択は間違いだった。

ナイフを突き出すストライクイーグルの目の前でセイカーファルコンは姿勢を低くすることでそれを躱し、膝部の尖ったカーボンブレードによる膝蹴りで勝負はついた。

「どうだった?」

隣で俺と一緒に試合を観戦していたレオが俺に聞いて来る。

「あのまま、市街地で戦っていたらセイカーが負けてたと思うわ。今回はうまくストライクを広間に誘き寄せる事が出来からこその勝利やな!」

俺の批評を聞いてもレオは満足そうに笑顔になる。

「それでも、これでセイカーの優位性を示す事が出来た。今後の商談もスムーズに行くだろうね!」

それに俺も満足して頷く。

「やな!・・・けど、ストライクは良い機体やな。あれを内で改造してやったら化けるんとちゃうか?」

「そうかもしれないけどね。戦術機のお得意さんはロックウィード・マーディンだからね。」

「それと、海軍にノースロック・グラナンやろ?」

「まぁ、それらの戦術機をこちらが買う事による見返りが大きいからね。」

「アメリカ議会を黙らせてノースロック・グラナンから大型戦術機空母を買った兼の話?」

「それもあるけど、一番大きいのはアメリカと良い関係が築けることだね。つまり彼らにとっても私達が必要で私達にとっても彼らが必要だと、外に見せることが出来るからね。」

「俺達のバックにはアメリカ軍がおるぞ~ってこと?」

「それだけで十分に抑止力になるしね!それに、国連軍も私達の味方で合成材料製造所を守るための自衛軍を持つことも許されているしね!」

「会社の癖に国とケンカ出来るだけの軍備持ってるしな・・・。ホント異常な会社やで。」

「まぁ、本当の所は裏で皆繋がってたりするのだけれどね。」

「そういやG元素の開発・研究にはネフレも加わってるんやったっけ?」

「まぁね!G弾も完成したしね。・・・世界には時間が残されていないんだ。」

「そのための俺らでそのためのヴェルターであり、スピリットやろ?」

「あぁ、出来る事ならスピリットが完成するまでには世界を1つにしたいところだね。」

「そのための下準備は出来てるやろ?」

「まぁね・・・。」

「それより、俺が呼ばれた訳は?」

「直に君に会って話したかった事なんだが、来週行われる佐渡島の間引き作戦に参加しなさい。」

「はぁ?ヴェルターは?」

「順調だよ、先行量産型も順次ロールアウトしていく予定だしね。つまりは、君の仕事は当分の間無いと言う事だ。」

「・・・ストーの初陣もすませる言う事ですか?」

俺は少し言葉に重みを乗せて問いかける。

「ストーを君に任せてから随分時間がたったしね。それに君も見ただろ?ストーはすでに、初陣に出しても良いレベルに達している。」

俺は眉に皺を寄せ表情で拒否を示すがそんな事は意味をなさない。

今回の模擬戦でセイカーに乗っていたのはストーだ。

ストーは俺の予定よりも強くなり過ぎた。

もう、庇い続けるのは無理だろう事は俺が一番理解している。

「・・・了解しました。」

俺はその後少しレオと話し合い、格納庫に向かった。

 

俺が格納庫に到着すると、兄貴とストーが話合っていた。

「和君!」

ストーは俺に気が付くと走り寄ってくる。

「良くやったな、ストー。ESPは使って無いか?」

「和君が使うなって言ったから使ってないよ!」

胸を張ってそう言うストーに俺はもう一度良くやったと良い頭を乱暴に撫でてやる。

「はわわわわわわッ!」

俺がストーで遊んでいると、兄貴が俺に話掛けて来た。

「よっ!和坊!!」

「お疲れ様、兄貴!悪いんだけど整備班の皆をPXに集めてくれへんか?今日の晩飯は俺が奢るよ。」

「てぇ~事は、ストーのデビューが決まったってことか?」

「・・・そういうこと。」

「分かった!盛大にふんだくってやるよ!今月は生きていけなくなる程に使ってやるから金の準備はしておけよ!?」

「了~解!」

俺と兄貴が話しているとストーが俺の裾を引っ張る。

「和君、何かするの?」

俺はそれにもう一度ストーの頭に手を乗せて答えた。

「ストーの初陣の日取りが決まったって事や。準備は出来てるか?」

俺はストーに問いかけた。

身の回りの準備では無く、気持ちの準備が出来ているかと・・・。

それにストーは胸の前に腕を持ってきて頷いた。

「うん!大丈夫だよ!!」

俺はそれに少し寂しさを感じつつもそれを悟らせないためにストーの頭をもう一度乱暴に撫でることでそれを誤魔化した。

 

夜PXに鮨詰め状態で集まった多くの人達と共にパーティーが開催された。

ストーは乾杯の音頭をとるために皆の前に立っている。

「―――これから皆さんのお世話になることが多くなると思いますが、精一杯頑張りたいと思います!よろしくお願いします!!―――乾杯ッ!」

「「「「「「「ヤーーーハーーーーッ!!ストーちゃ~~~ん、乾~~~杯ッ!!」」」」」」」

そして繰り返される地獄絵図・・・。

呼んでない連中までいるPXはデパ地下のように歩くだけでも一苦労しそうな程に人がいる。

その中で繰り広げられる祭り・・・。

「ハハハハハっ・・・。俺、貯金全部使ってまうことになるかも・・・。」

そう言って肩を落とす俺をタエを抱いたストーが必死に慰める。

「だ、大丈夫だよ和君!!私がついているよッ!」

よく解らないがその気持ちだけで俺は救われるよ・・・。

「飲んでいるかにゃ~!?」

そう言って俺に絡んできたのはメルだった。

・・・こいつもすでに出来上がってやがる。

顔を真っ赤にしたメルは酒臭い息を振り撒きながらストーを抱きしめる。

「うっふふふふ、お肌スベスベモチモチだにゃ~!いいなぁ~!」

ストーはされるがままだ、余程酒臭いのだろう涙目で俺に助けを求めてくる。

だが、俺はそれを無視した。

「か、和君~~ッ!」

俺が人波を掻き分けて行くと、何やら盛り上がっている場所を見つけた。

それを覗き見るとテーブルの上の大量の札束と上半身裸の男。

何をしているのだろう?

すると、人波の中から1人男が出てくる。

そして、その札束のに札を投げ入れ上半身裸になる。

「何故服を脱ぐ?」

俺の声は周りの歓声に掻き消された。

そして、男がテーブルに着くとテーブルに肘を付ける。

どうやら腕相撲をしているようだ。

「その金は俺がいただくぜ?」

「取れるモノならとってみろ・・・。」

そして、レフェリーらしき男が合図を出すと両者一気に力を入れる。

お互いがお互いマッチョなのに挑戦者の方が顔を苦しそうだ。

その筋骨隆々とした背に汗が噴き出している。

「・・・この程度か?―――終わりだ!!」

先に座っていた男がそう言い目をカッと開くと勝負はついていた。

「さぁ!さぁ!この男に勝つことが出来ればこのお金はすべてあなたの物だ!挑戦者はいないのかぁーー!」

レフェリーをしていた男が煽ってくる。

「アイツには勝てねぇよ・・・。」

「お前行けよッ!!」

「馬鹿言うんじゃねぇ!中東のキングコングに勝てる訳がないだろう!!」

周りの男達からそんな声が聞こえて来る。

だが俺はある一点にノミ視線が集中していた。

「あの金が手に入れば・・・。」

俺に迷いは無かった。

俺は無言で上半身裸になり札を放り投げる。

「次はあんたか・・・。」

「精々手を抜けよキングコング!」

両者引くことをしらずに火花を散らす。

「和君頑張ってーーー!」

いつの間にかストーも来ていた。

「ふっ・・・、負けられないな・・・。」

心を鎮める。

頭の中には勝利の方程式、手に掴むのは勝者の証(金)、もう何も怖くない!

「レディーーーー、ファイッ!」

 

「しくしくしくしく・・・。」

「よしよし、よく頑張ったねぇ。」

負けた・・・。

これでもかと言う程に負けた。

開始一秒で負けた。

小細工とか作戦とか心の力とかそんな物まったく意味がなかった。

三角座りをして泣く俺をストーは慰めてくれる。

「みっともない所を見せちまった・・・。」

「そんな事無いよ、和君・・・。和君はカッコ良かったよ。」

「ストー・・・。」

「和君・・・。」

見つめ合う俺達、ほんのりとストーの頬が赤い気がする。

それは俺も同じだろう。

そして、見つめ合っていると―――。

「君も等々こちら側の人間になったのだね・・・。」

レオが俺の背後から話しかけてきた。

「私は嬉しいよ・・・。同志が増えたのだから・・・。」

「ち、違、俺は・・・。」

「自分の心に嘘をつくのは止めるんだ和真君ッ!さぁ、共に語ろうじゃないか!ロリータを!!」

「ち、違うんだぁあああああ!!うわっ!」

立ち上がって逃げようとする俺は、何か固い物にぶつかる。

「オィオィ、気をつけろよ和坊!」

「あ、兄貴・・・。」

「それよりも、お前アレに負けたんだって?」

兄貴が指差す先には中東のキングコング。

俺はそれにシュンとする。

すると、兄貴が俺の肩を二回叩き俺の横を通り過ぎる。

「任せときな・・・。」

兄貴が歩みを進めると人波は勝手に割れて行く。

今の兄貴には何かがあった。

そして、テーブルの前に立つ。

「班長・・・、次はあんたか。だが、手は抜かない。そこに金を出せ・・・。」

「ふっ、その必要はない。」

「何だと?」

「俺が勝つんだ、なら態々金を出す必要もないだろう?」

そして、兄貴は上半身の服を脱ぎ棄てる。

そこには、鬼がいた。

筋肉で出来上がったその背中はまるで鬼の顔を書いているみたいだ。

「・・・良く言った。」

キングコングがそう言うと兄貴は椅子に座る前にその場で立ち止まり口が微かに見える位置まで顔を後ろに向ける。

そして、PX内が静寂に包まれる中で俺には聞こえた。

「―――ついてこれるか?」

「あ、あ・・・。」

「「「「「「「「「「兄貴―――――――――ッ!!」」」」」」」」」」

PX内に男共のむさ苦しい叫びが溢れかえる。

「俺はどこまでも付いていくぜ兄貴―――!!」

「・・・畜生、惚れ直しちまったぜ。」

「兄貴になら掘られてもいい!!」

「最高だ、最高だぜあんた!!」

そして、割れんばかりの歓声の中で男の意地と意地を賭けた決闘が始まった。

 

結果は兄貴の勝利。

お互いがボロボロになる程の熱い戦いだった。

そして、大量の金を手に俺の所に来る兄貴。

「これで、お前は破産せずに済むな・・・。」

「ありがとう、兄貴!・・・兄貴?」

俺に金を渡した兄貴はその場で倒れ伏す。

「兄貴ッ!!」

俺は兄貴の頭を抱きかかえる。

「へっ・・・、かっこうがつかねぇな。・・・和坊この金で今度飲みに行こうや・・・。」

「兄貴・・・?兄貴、兄貴―――――ッ!!」

 

「このコントいつまで続くのかなタエ?」

「にゃ~~。」

「そうだにゃ~、バカばっかりだにゃ~。」

 



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―――第一町―――

眩しさと息苦しさに目を覚ます。

懐かしい目覚めではあるが、別に歓迎しているわけではない。

それと言うのも今、俺の上でうつ伏せに寝ているコイツのせいだ。

「ストー・・・。重いんやけど・・・。」

俺がそう言って顔を下に向けずに言う。

俺の顔の右横にはタエが丸まって寝ている。

昨日はメルからタエを奪取することに成功し、今ここで寝ている。

だが、問題は顔の左側だ。

違うな、正確には左斜め下、もっと正確に言うなら左斜め顎下、そこにストーの頭がある。

まぁ、そこに頭があるだけなら俺も目を瞑ろう。

だがコイツは向日葵の人形を抱きながらうつ伏せで寝ている。

人形が俺の胸に押し付けられ圧迫し息をするのもしんどい・・・。

まぁ、それも我慢しよう。本当なら叱る所だが大目に見よう。

問題はコイツの寝癖だ。

どれだけ注意しようが、コイツは朝起きると俺の首を噛んでいる。

痛くないように調整して噛んでくれているから別に痛くは無いが、勘弁して欲しいことには変わりない。

何で朝起きてから涎で汚れた首を洗わなくてはならないのか・・・。

何度も別々に寝ようと言ったが、その度にストーは色々と言い訳をしてくる。

本気で拒絶しないのは、俺がロリに目覚めてしまったからなのか、それとも突き放してきた謝罪なのか俺にも理解できないししたくない。

もし、俺がロリに目覚めてしまっていたのなら俺は天国にいる皆になんて言えば良いんだ。

「まぁ、会えないのやけれどな・・・。」

そしてこれも毎朝の日課だ。

「そぉいッ!!」

俺はストーを抱えその場で横に一回転し体の位置を先ほどと逆にする。

そして、重力に負けたストーの口は自然に俺の首から離れる。

俺はそれを確認するとベッドから起き上がった。

「うぅぅ・・・。和君、酷い・・・。」

ストーが上半身を起こし、まだ眠いのか目を擦りながら言ってくる。

「酷いのはお前だ。なんで俺の首を噛む?」

俺がそう言うとストーは後頭部をポリポリ掻きながら笑って誤魔化した。

「え、えへへへへへ・・・・。」

「はぁ・・・、それより明日日本に出発だ解ってるな?」

「うん!準備万端だよ!!」

俺はそれを聞き満足して数度頷く。

「よし、じゃあ今日は町に行こうか!」

「やったぁーーーッ!!」

ストーはそう言うと、俺の部屋から飛び出して行く。

服を着替えに行ったのだろう。

「ハハっ、朝から元気だな。」

町に出るだけで何がそんなに嬉しいのか解らないが、その喜びは俺にも伝染したようだ。

俺は、部屋のイスに腰掛けタバコを一本取り出し火をつける。

「すぅ~はぁー。うん、沁みるな。」

1人で満足していると突然扉が空けられる。

「和君ッ!吸い過ぎはよくないよ!」

さっき出て行ったのじゃなかったのかよ。

「解ってるよ。これ一本にしとくから。」

「本当だよ?約束だからね?」

ストーはそう言うと本当に自室に向かった。

「これじゃあ、どっちが年上か解らへんな。」

俺は1人そう呟くと、また1人で何がおかしいのか笑う。

「それじゃ、いってきます!」

俺は机に置かれている一枚の写真に向かってそう言い、部屋を出て行った。

その写真には、あのアルバムから抜き取った笑顔のザウルとリリアが写っていた。

 

「うわぁ~~。ねぇ、ねぇ和君あっちのお店も見てみようよ!」

「慌てなくても店は逃げたりしやんよ。」

町の中心部を歩く俺達、周りは家族連れやカップルばかりで町自体が綺麗なのもあり平和を感じさせてくれる。

ここから海を越えた場所では、戦争をしているなんてことを感じさせないくらいに。元の世界での日本ではまったく感じなかったがこの風景自体がいつ壊れても不思議でない危うい場所なのだと、戦争を経験している俺には解る。

元の世界では、戦争なんてテレビの先の出来事で朝のニュースで流れていても時間ばかり気にして関心すら持っていなかったが、どの世界であろうとも世界とはそういうモノなのだと俺に気づかせた。

俺はもう一度周りを見る。

子供にお菓子を買ってあげている人、愛を囁き合っている人、痴話喧嘩をしている人、沢山の人種の人がこの町にはいる。

ここにいる人達は元難民の人達が殆どだ。

皆がこの平和を愛し尊い物だと理解しているからこそ、今を精一杯楽しんでいる。

中には明日前戦に行く人もいるだろう、もしかしたら一歩間違えれば死んでしまうような研究をしている人もいるだろう。

だから皆今を笑って過ごしているんだ。

だからこそ――――。

「・・・守らないといけないんだ。」

「和君?」

「いや、何でもない。次の店に行こうか?」

「うん!」

 

遊び疲れた俺達は最後の締めのためにある場所に来ていた。

そこはお馴染み、糖分スウィーツ(笑)。

ここはすでに常連になっている。

店に入ると甘ったるい匂いが俺の鼻の中に強引に入り込んで来る。

口で息をしようともその匂いを理解できてしまうほどだ。

「店長!焼きそばケーキ!」

ストーはたまたまレジにいたあのサンタクロースみたいなパティシエに注文する。

「こらこら、なんでもケーキとして出してくれるこの店でも、さすがにそれはないって・・・。」

俺は無茶な注文をするストーを軽く注意する。

すると、店長は俺達の顔を見てその髭に隠れた口を動かした。

「・・・あるよ。」

「本当ッ!」

喜びを体を使って表現するストー、だがそれよりも俺は仰天していた。

「あるの?」

俺の問いかけに店長は頷き返す。

「あるんだ・・・。」

なんでもありだなこの店・・・。

 

「「いただきます。」」

ストーは焼きそばケーキをおいしそうにたいらげていく。

俺は普通のショートケーキだ。

「ストーそれ美味しいか?」

俺の問いかけにストーはその小さな口の中に強引に押し込みリスの様になっていたのを、水で流し込んで話し出す。

「すっごくおいしいよ!」

「そ、そうか。」

「和君も食べてみる?」

「い、いや俺はいいからストーが食べなさい。」

「うんッ!」

ストーの味覚がおかしいのか、あのパティシエの腕が本物なのか。

できれば後者であってほしいな・・・。

 

店から出た俺達は夕陽が照り付ける中帰路に着く。

「なぁ、ストー。」

俺の前を楽しそうに両手を広げクルクル回りながら歩くストーに話掛ける。

「?」

「ストーは今回が初めての戦闘だ。本当の殺し合いの中に入って行くことになる。」

真剣に話しかける俺にストーも真剣な顔になる。

「いいか?何が合っても慌てるなよ。自分をしっかり持つんだ。今までの経験はお前を裏切らない、それを信じて戦うんだ。もし、それでも対処できない場合は周りを頼れ、それでも無理な場合は逃げろ。」

風が俺達の間を通り過ぎる。

「・・・逃げることすら出来ない場合は俺を頼れ俺を呼べ、何が何でも俺が守ってやる。いいな?」

俺はそう言いながらストーの頭を少し撫でストーを追い越す。

すると、ストーは俺の傍に走り寄り俺の手を握ってきた。

「・・・和君は私が守るよ。何があってもどんな時でも私が守るよ。」

俺を見上げるその瞳はどこまでも透き通っていて内面を曝け出している。

そしてその瞳が嘘ではないと語っていた。

「そうかい?頼むよ、相棒。」

俺の相棒の言葉を聞きストーは目を見開いて固まるがすぐにその顔を夕陽に負けないくらいに輝いた笑顔に変えた。

「うんッ!」

 

そして、次の日。

朝日が昇り始める前に俺達はロイヤル・スウィーツに乗り込み日本に向かっていた。

 

「こいつがMk57か・・・。」

俺のジュラーブリクE型のハンガーの横には巨大な銃が並び立っていた。

大きさは120mm水平線砲と同じくらいか。

「もとは機甲部隊の穴埋めのために開発された支援砲ですからね!」

俺のジュラーブリクを点検していた整備士が声をかけてくる。

「欧州奪還には必要になるだろう物だからな。」

「ハイ!」

「今回の作戦が成功すればボーナスが出るからな、気合を入れて行こな!」

「もちろんですよ!完璧を越えた形で用意しておきますよ!」

「よろしく頼むな!」

俺はジュラーブリクの隣に立つセイカーファルコンを見る。

ストーの愛機だ。

ストー専用に改造されており、腰部にスラスターを増設し肩部のスラスターも大型化している。

俺はそれに、どうかストーを守ってくれと呟いた。

 

甲板に上がり海に足を投げ出す形で座り込みタバコに火をつける。

タバコの煙は夜の闇に消し去られていく。

「寒いな・・・。」

「そんな薄着で外にでるからだな。」

俺が振りかえるとそこには艦長がいた。

「それもそうですね。」

俺はそれに笑いながら答えた。

「私にも一本いただいても?」

「えぇ、どうぞ。」

俺は艦長にタバコを渡し火をつける。

「少し頭がクラクラするな・・・。」

「それが良いんですよ、艦長?」

「ふむ、1つ学んだな。」

「ハハ・・・。」

沈黙が俺達の間に広がる。

別にそれが嫌な訳ではない。

この人から出ている空気はまるでお爺ちゃんのようで、周りの人達を安心させる不思議な力があるからだ。

俺はその空気に少し浸っていたかったが、艦長がそれを壊した。

「ところで五六中尉?」

「はい、何ですか?」

「君の夢はなにかな?」

「夢・・・、ですか?」

「そう、夢だ。君は将来何をしたい?」

俺は考えることすらせずに即答した。

「すべての人々を救うことです!」

俺が答えると艦長は少し寂しそうな辛そうな顔をする。

「・・・それは本当に君の夢なのか?」

「えっ・・・?」

「質問を変えるぞ?・・・君は10年後何をしていたい?」

俺は答えようとするが言葉が出てこない。

BETAと戦っているのか?それとも、人間と戦っているのか?もしかすると、BETAを滅ぼして人間どうしでも争う必要がない世界がそこにはあるかもしれない。

でも、俺はその世界で何をしているのだろうか?

「想像ができないか?」

「・・・はい。」

すると、艦長は俺に頭を下げてきた。

「か、艦長!?」

「すまないな五六中尉・・・。我々大人が不甲斐無いばかりに君達に夢を、光を与える事が出来なかった。」

「そんなこと・・・。」

無いとは言えなかった。

もし、この人達がBETAを倒していてくれたら父さんは死なずに済んだ。

皆苦しまずに済んだ。

笑っていられた・・・。

それでも・・・。

「それはあなた達の責任だなんて思いません。皆必死だった。その先に今があるなら、俺は誰の責任でもないと思います。」

これは俺の本心だった。

何か1つでも欠けてしまえば俺は皆と会うことが出来なかった。

あの大切な時間を過すことが出来なかった。

だから、俺は誰も恨まない!

「・・・艦長、俺、夢が決まりました。」

「聞かせて貰ってもいいか?」

「俺は笑っていたい、皆と笑っていたいです!」

「そうか・・・、良い夢だな。」

「ハイッ!」

俺が返事を返すと艦長が立ち上がり俺も立ち上がる。

「ではまず、日本の皆様に笑っていただこうか!」

「人間はまだBETAに負けないと言うところを見せてやりましょう!」

艦長はそう言うと船の中に帰って行った。

「ストーそこにおるんやろ?」

俺がそう言うと、今の俺の位置からは見えない所からストーが出てきた。

「盗み聞きは関心しやんぞ?」

「ごめんなさい・・・。」

シュンとするストーに俺は笑いかける。

「まぁ気をつけや?それよりもストーは10年後何をしたい?」

「私は和君の隣で笑っていたい!」

ストーは即答で返してきた。

「俺の隣におってもなんも楽しくないぞ?」

俺はそれに多少驚きながら返す。

「それでも和君の隣にいたい!」

「そこまで、言って貰えるとは俺もまだまだ捨てたもんじゃないな。」

俺はそう言うと、ストーの頭を撫でてやる。

「それじゃ船内に帰ろか、ここじゃ風邪引くで?」

俺はそう言いながら歩き出す。

 

私があなたの傍を離れるなんてありえないよ。

だって―――。

「・・・だって、私の光なのだから。」

「ストー!」

和君が呼んでるいかなきゃ。

「ハ~イ!」

 

 

日本の新潟の西浦区巻東町近くの北陸自動車道に俺達はいた。

「ふわぁ~~!すごい数の戦術機だね!」

ストーが周りを見回しながらその光景に驚く。

今回の作戦は包囲殲滅作戦だ。

まず、北区から柏崎市まで北陸自動車道にセイカーファルコンの部隊を等間隔横一列に配置している。

そしてそこから山との中間位置に囲い込むように配置されているファイティングファルコンの部隊。

そして俺達の後方にはオーストラリア軍。

そのさらに後方には日本帝国軍。

この布陣にしたのは佐渡島から侵攻してくるBETAの出現率が高い所を中心に囲むためだ。

囲んで叩いて蹂躙する。

簡単に言うなら集団リンチだ。

オーストラリア軍を後方に置いているのは、初陣の衛士が多いため戦場の空気を感じとらせるためだ。

本来前線に立つはずの日本軍が最後方なのは、明星作戦のために兵力を温存させておきたいためだ。

だが実際は、ネフレ側に邪魔者扱いされたようなものである。

機甲部隊を用意せずに戦術機だけでと言うのは、立地から展開しずらいからだ。

その代わりを今回は戦術機がするのである。

そのためセイカーファルコンは全機Mk57を所持している。

ファイティングファルコンには、樺太で扱われている戦術機用の36mm固定ガトリング砲を扱わせる。

これは、補給コンテナを改造した物だ。

コンテナ内部にはビッシリと弾薬が入っておりコンテナ上部にガトリング砲が取り付けられている。

その制圧力は樺太で実証済みである。

そして身動きが取れない固定砲のために作り出された新概念の地雷、カズィクルである。

後は、通例通り海上艦隊、航空爆撃のファンデーション、オーストラリア軍の戦闘ヘリが展開している。

 

着々と準備が進められている中で俺はジュラーブリクの足にもたれながらタバコに火をつける。

「和君・・・。」

ストーが不安そうな顔を俺に向けてくる。

ストーは今回が初陣なんだ、緊張もするだろう。

俺は努めて明るく話すことにした。

「そんなに緊張しやんくても大丈夫や!今回は光線級がおらんのは解ってるからな、俺達は目の前のあいつ等が撃ち漏らした敵を撃つだけでお終い、簡単な任務や。」

「・・・うん。」

「それと、前にも言うたやろ?」

「今までの経験は裏切らない!」

「そうや、やからお前は自分を信じて引き金を引けば良い、ストーの腕は俺が保障するよ!」

「うん!」

「さて、そろそろ戦術機に乗り込んどこか?」

「了解!」

ストーはそう言うと自分のセイカーファルコンの元に走って行った。

「あぁそうさ、経験は自分を裏切らない。・・・守り切ってみせるさ。」

 

そして遂に作戦が始まった。

「ビンゴ!」

予定通りのコースにBETAは姿を現した。

海上艦隊による爆雷攻撃の音が響き渡ってくる。

ファンデーションが戦闘ヘリが飛び立っていく。

「まさか、この音が、空気が、懐かしいと感じるなんてな。」

空を水泡と砂塵が舞う。

ストーのバイタルを見ると心拍数が速く緊張しているのが分かった。

俺はストーに通信を繋げる。

「ストー?」

「なに、五六中尉?」

「俺があの爆発音を数えてやるよ!」

「へっ?」

「はい、い~ち。」

機雷が爆発し水柱を上げる。

「はい、に~。」

ファンデーシュンの爆撃が砂塵を巻き上げる。

「はい、さ~ん。」

同時に爆発し土砂の雨を降らせる。

「はい、し~。」

俺はそれを官能的に数えて行く。

「ぷっくくくく・・・。和君、気持ち悪いよ?」

「そうか?まぁ、こうやって数えればおもしろいぞって話やよ?」

「私はしないけど覚えておくよ。」

ストーはそういうと通信を閉じた。

すると、それと入れ替わり数々の隊長人の顔がディスプレイに写る。

「今のいいわ!最高よ、最高にクレイジーよ!」

「僕は逆に何かを感じたよ。どうだいトイ1、今夜僕の相手をしてくれないかい?」

「お前はスエズでケツを綺麗に洗ってろ!」

そして、皆で爆笑する。

戦時中とは思わせない空気だ。

これが歴戦の衛士と言うものなのだろう。

普段と何も変わらない、自然体でありながら常に警戒している。

俺もそこに指を引っ掻けることが出来たみたいだ。

この空気が楽しい。

「気に入って貰えて良かったです。それと、俺は男に興味がありませんよ?」

俺達が談笑をしていると、HQから通信が入る。

「こちらHQ、予定通りBETA群の一部が山間部を抜けました。・・・準備して下さい。」

その通信を受けて俺達は互いに武運を祈りながら通信を切る。

そして数分後、BETAの群れが姿を現した。

「ストー、落ち着いていけよ!」

「了解!」

戦車級が姿を現し戦域地図を赤に染め上げる。

それは山を越え平地を越え向かってきた。

だが、予め準備していた戦闘ヘリの部隊がそれらをたいらげていく。

それでも、抜けてくる戦車級にはファイティングファルコンが操る36mm固定ガトリング砲による弾幕の壁に吹き飛ばされていく。

そして、戦車級を押しとどめていると突撃級が姿を現した。

だが、それらはあえて撃たない。

36mm弾では通じないのが解っているからだ。

どんどん突撃級はファイティングファルコンの部隊に接近していく。

だが、残り400mの地点でカズィクルにその進行を強制的に止めさせられる。

カズィクルとは、その名の通り串刺しである。

地面から生えたカーボンの串が突撃級を貼り付けにする。

突撃級は身動きを取ることが出来ない。

そして、BETAは決して味方を殺さない。

そのため、後続の大型BETAは足止めを食らう形となる。

「凄いな・・・。突撃級の盾ができあがったぞ。」

そして、足止めを食らうBETAの頭上から無数のミサイルが流れ落ちる。

前にも後ろにも横にすら移動できないBETAは為すすべが無く、その身を業火に薙ぎ飛ばされていく。

しかも、ミサイルが降り注ぐのは後続のBETAであり最前列のBETAには盾のままでいてもらう。

本当にイヤらしい蹂躙である。

だが、大型BETAの隙間を抜けてくる戦車級。

だが狙う箇所が大幅に減ったため、抜けて来てもすぐに蜂の巣にされてしまう。

それでも、数に物を言わせ抜けてくる戦車級。

「俺達の出番だ。ストー!」

「うん!」

そして、北陸自動車道立ち並ぶ戦術機達はその巨大な銃を持ち上げ銃口を敵に向ける。

壮観、その一言しかでてこない。

どうにかして前に進もうとするBETAに止めの弾丸が放たれる。

 

長い時間引き金を引いていた。

そして、HQから作戦の完了BETAの掃討が終了した知らせを受けこの蹂躙劇は幕を閉じた。

 



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非平等

俺はあの作戦の後東京に来ていた。

ストーは第一町に先に帰っている。

レオから直に俺に下された命令は城内省に向かえとの命令だった。

なぜ、今この時期に俺が行かなければいけないのか聞いた所、新たな政威大将軍が即位するからだそうだ。

 

ネフレは日本との関係を親密にするためにも、色々な方面からパイプを作りたいそうだ。

日本帝国と言う国は俺達にとって扱い難い国でもある。

まず皇帝を頂点にしその下に政威大将軍その下に城内省と内閣総理大臣がいる。

そして、全権を持っているのが政威大将軍だ。

総理大臣などはこの政威大将軍に意見することしか出来ない。

しかも、この政威大将軍は五摂家の中から選ばれる。

その五摂家すら周りをガチガチに城内省に固められている。

しかも、城内省すら工作員を送り込むのが難しいと言うのが現状だ。

国民代表の総理大臣がもし全権を持てるのならやりようはいくらでもある訳だが・・・。

その癖に、普通そのような政治体制なら腐敗すると思うものだが未だにこの国の上層部の連中は腐っていない。

そして、日本が島国で単一民族であるとういうのも問題なのだ。

つまり、統一感が半端ないのだ。

一度敵と認識されれば日本と言う一つの生命体が襲い掛かってくる。

そして、その力は歴史が証明している。

日清戦争、日露戦争が良い証拠である。

そして、アメリカ合衆国と言う最強の国に真正面から戦争をしたのもだ。

本当に扱いが難しい国なのである。

 

「やからってただの衛士である俺に政治まがいの事をさせるなよな。」

日本を取り込む事はアジアを取り込む事に等しい。

黄色人種の国家で一番栄えているのは日本帝国だ。

日本を取り込む事が出来れば統一中華戦線も大東亜連合も取り込む事がたやすくなる。

だが、今となっては明星作戦がうまく行けばの話だ。

 

「しかもタイミングが良い事に嵩宰家が俺をご指名するとはな、レオも五摂家の一角とお

近づきになるいいチャンスだから行って来い、ついでにセイカーを売り込んで来いやからな。マジで勘弁して欲しいで・・・。」

 

すると、待ち合わせ場所で待つ俺の目の前に一台の車が止まる。

「五六和真中尉ですね。お迎えに上がりました。」

運転席から降りてきた初老の男性は丁寧に頭を下げる。

「迎えありがとうございます。国連太平洋方面第九軍、五六和真中尉です。」

「嵩宰様がお待ちです。どうぞ、お乗りください。」

「失礼します。」

車に乗り込むとゆっくりと車が加速していく。

車内から東京の街を見る。

町に残っているのは軍人とその家族のみで避難民はもっと北の地に行かされているのが解る。

大きな道路には戦車や装甲車が行ききをしており、帝国本土防衛軍立川基地方面に戦術機が飛んで行く。

横浜に建設されたハイヴ。

回数こそ少ないが、そのハイヴからは確実にBETAがやってくる。

これに対し、日本は多摩川を防衛ラインにし、ここを挟む形でBETAと睨み合いをしている。

立川基地は横浜から比較的離れた位置にあり、前線の中では後方に位置している。

車が町の中心部に入って行くと立川基地は、東京のビルの森により俺の視界から姿を消した。

着いた場所は帝都城内にある城内省、俺の元居た世界ではここは帝都城ではなく江戸城だった。

そして、日本人として心に深く感動を覚える威風堂々とした城の姿を俺は子供のように輝いた瞳で見ていた。

だが、それも一瞬である。

今の俺は国連軍そしてネフレからの客人としてここに来ている。

俺の行いの1つでこれらの評価が下がる危険性があるのだ。

下手な真似は出来ない。

仮にここが前線の基地であるならば羽目を外す事も出来ただろうが、ここは銃を持って戦う場では無くイスをケツで綺麗にする連中が戦う場である。

土俵が違うからこそ、何をすればいいか解らないからこそ、俺はいつも以上に気合をいれていた。

そのせいかも知れないが俺は先程からしきりに窓に写る俺の顔を見ながら、髪をいじり、髭を確認し、不清潔でないか確認する。

「・・・傍から見たら完全にナルシストやん。」

俺が呟くと同時に車が止まり扉が開かれる。

そこには、斯衛が待っていた。

「五六和真中尉、お待たせしました。お館様の所までご案内します。」

「はっ!よろしくお願いします!」

城内省内部は、城の見た目通りでは無く基地の内部とほとんど同じだった。

気分としては、大阪城の中に初めて入った時と同じだ。

古臭いのを期待していたのにエレベーターがあり近代的で肩すかしを食らった。

それに近い感情を俺は抱いていた。

すると、目の前に本当にエレベーターが姿を現した。

「・・・やっぱしか。」

「なにかおっしゃいましたか、五六中尉?」

「い、いえ何も・・・。」

「・・・そうですか。」

俺はヒヤヒヤしながらエレベーターに乗り込んだ。

エレベーターが止まり長い廊下を歩いていく。

各扉の前には、最低1人の斯衛が立っており彼らは俺の動作の1つ1つを確認している。

それは、城内省に入った時から感じていた。

しかも性質が悪い事に、相手に悟られないように自然にである。

だからこそ、俺は肩の力を抜くタイミングを取り損なっていた。

その視線に耐えながら廊下を歩いていくと1つの扉の前に辿り着く。

案内役の斯衛が扉に立つ斯衛に何かを見せている。

そして、その後指紋と網膜を扉に設置された機械で確認する。

それらが終わるとやっと扉をノックした。

「お館様、五六和真中尉をお連れしました。」

そして、中に通される。

「五六和真中尉であります!失礼します!」

「急に呼び出してすまないわね五六中尉、まずは楽にしてちょうだい。」

「はっ!」

俺は椅子に座るように促され座る。

すると、嵩宰少佐は案内役の斯衛を退出させた。

「もぅ・・・、そんなに肩を張らなくても大丈夫よ?」

「いえ、そう言う訳にはいきませんので・・・。」

「はぁ・・・、五六中尉?あなたは客人としてここに来たのよ。それに私は軍属では無く嵩宰家当主として、そしてただの恭子としてあなと話たいの・・・。」

俺はそう言われ少し肩の力を抜く。

すると、嵩宰少佐は満足そうに頷いた。

そこからは、お互いに衛士としての腕を認め合った仲として近況を話し合ったりした。

 

「五六中尉、この町を見てどう思った?」

「正直に話しますと、悲しく思いました。」

「何故?」

「ついこの前までは何事も無く日々を過ごしていた人達がある日突然にその日常を奪われ絶望を叩きこまれた。俺程度ではそれがどれほどのモノか想像するしか出来ませんが、日常を奪われる辛さは、理解しています。だからこそ、悲しい・・・。」

すると、突然嵩宰少佐は頭を下げてきた。

「た、嵩宰少佐!止めて下さい!」

「五六中尉ッ!恥を忍んでお願いしたいッ!私にネフレ社長と話す機会を作って頂きたいッ!」

今日呼び出された理由はそれか・・・。

「それは、何故ですか?」

俺が聞くと嵩宰少佐は頭を下げながら肩を震えさせ話始める。

「今の日本は死に魅入られている!国民は北に追いやられ今日食べる物も無く、苦しむ我が子に薬を用意してやることさえ出来ないッ!皆が明日に希望を持つことが出来ずにいるッ!このままでは、近い将来日本は死んでしまうッ!明星作戦が成功しようとも国民には関係が無いッ!我が日本国民は明日を生きることすら難しい状況なのですッ!国連からの配給では間に合わないッ!アメリカからの支援も受けづらくなったッ!もう、私達にはあなた達しか頼る相手がいないのですッ!だから、どうか五六中尉ッ!私を、私がダメなら他の者をネフレ社長と話させて頂きたいッ!」

嵩宰少佐は涙で斯衛の服を汚す事を気にもぜずに俺に頭を下げてくる。

出来る事なら俺もレオに掛け合って日本にさらなる支援を要請したい。

だが、それが出来ないのも知っている。

ネフレで作られている合成材料や医療品は、すべて国連を通して世界に回している。

これは、各国家間でいらぬ争いを起こさせないためだ。

生産ラインは常にフル稼働状態あり在庫なんてあるはずが無い。

その中で日本にそれらを流すなら、どこかを削らなければならない。

どこかを削ればその分削られた国の人が死ぬことになる。

それは、世界が許さない。

「・・・1つ言っておきますが、俺は国連軍人であり今はネフレに仮所属しているだけであり、ネフレ社長に近い訳ではありません。この前は模擬戦をするためだけにたまたま社長の傍にいただけです。」

「無理を言っているのは解っていますッ!それでも、私にはあなた以外に頼る相手がいないッ!どうか、お願いします!」

レオは表に出て来ていない。

五摂家の人でさえ会う事が出来ないのだ。

そして俺と顔見知りなだけで、こんな一歩間違えれば国を孤立させるような事をただの中尉に話すはずが無い。

おそらく嵩宰少佐は、俺がレオと親しい仲、もしくは近い人物だと知っているのだろう。

情報省がその事を掴んでいると言う事は、レオがわざと情報を流したのか、それとも日本がこうなる事を見込んで、あの日、ヒントを与えるために態々模擬戦をしにきただけの俺達を会議室の前で待たせ親しげに話掛けて来たのか。

どちらにしろ、レオはこうなる事を予見していた。

なら俺の答えもこれしか無いのだろう。

「・・・解りました。出来る限り社長との会談の場を設けられるように尽力します。」

俺がそう言うと嵩宰少佐は顔を勢い良く上げ、その涙で赤く張れた目を笑顔に変える。

まるで、俺に希望を見出したかのように俺の事を神の使いのように見てくる。

「ありがとうッ!ありがとう、ありがとう!」

「ですが、うまく行くか解りません。ですから、その言葉はすべてがうまくいった時にもう一度お願いします。」

「えぇ、でも言わせて・・・。ありがとう、本当なら拒絶するはずなのにあなたは私の言葉を聞いてくれた。それだけでも、私はうれしい。」

俺は無言の空間になるのが怖くて話題を変えた。

「それより、せっかくの美人が台無しですよ?」

俺がそう言うと、嵩宰少佐は目元を拭いながら恥ずかしそうにする。

「ごめんなさい。お客人の前で私・・・。」

「俺は待っていますから顔を洗って来ていただいても大丈夫ですよ?嵩宰少佐は涙も似合いますが、笑顔の方が美しいですから!」

「ふふ、ありがとう。お言葉に甘えさせていただくわ。」

嵩宰少佐はそう言うと、部屋を退室していく。

「はぁ~。」

俺は体の力をすべて抜き背もたれに全体重を預ける。

俺にはあの答えしか思い浮かばなかった。

顔も知らない誰かよりも俺はこの日本で生きていると信じている皆の事を優先した。

「何が人々を救うだ・・・。」

表で誰かが笑えばその裏で誰かが泣く。

こんな簡単な事を俺は認めていなかった。

でも、今日それを思い知らされた。

「馬鹿野郎・・・。」

それだけじゃない、先のBETAの進行で生き残った人を今度は明星作戦で見殺しにすることも知っている。

また、多くの人が泣くことになるだろう。

 

もし、この世界に俺を連れて来たのが神様みたいな奴で、そいつは俺に何をしてほしいのだろう?

何故こんな悲しみが溢れる世界に俺を連れて来たのだろう。

神様が今の俺達を見ているなら、何故人を救ってはくれないのだろう?

どうして、皆を笑顔にしてはくれないのだろう。

 

「神様・・・。もし、聞いてるならはっきり言ってやるよ。・・・俺はアンタが大っ嫌いだ。」

 



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再会

あの後、俺は嵩宰少佐に俺の仕事であるセイカーファルコンの説明を形だけすませた。

「五六中尉、この後のご予定は?」

「この後は港で一泊して第一町に戻りますよ?」

「もしよければ家に泊っていかない?もちろん、そちらが良ければだけれど。」

その提案に俺は少し考える。

だが、レオは五摂家との繋がりを深くしておけと言っていた。

なら、この好意に甘えても大丈夫だろう。

「はい、では今日一日お世話になります。」

俺はそう言って頭を下げた。

 

場所は移って帝都城内にある嵩宰邸。

邸内には、嵩宰家の使用人だけでは無く、数多くの斯衛軍関係者がいた。

嵩宰少佐が言うにはBETA進行により住む所を無くした人達に寝る場所を与えているそうだ。

それと、いかな事にも迅速に対応できるようにするためでもあるらしい。

俺は客間に案内された。

「ふぅ~。」

俺は部屋の壁を背もたれにし座り込む。

畳の懐かしい香りが俺の疲れを癒してくれる。

俺はセイカーファルコンの資料が入った鞄の中からタバコを取り出すが直ぐにそれを仕舞い込む。

俺はタバコ中毒になってしまったようだ。

無意識にタバコに手を伸ばしてしまう。

暇を持て余した俺は窓障子を開ける。

すると夕陽の暖かい光が室内を満たす。

「絶景やな・・・。」

俺は帝都城から見下ろす形で広がる町とそれを照らす夕陽の光景に言葉を失ってしまう。

それを見ていると俺はある事を思い出す。

俺は鞄を漁り中から作りかけのぬいぐるみを取り出しそれを窓の下の壁を背もたれにし作る作業をする。

これも趣味の1つとして定着してしまった。

黙々とぬいぐるみに綿を入れて形を整えて行く。

すると、綿にシミが広がる。

気が付くと俺は涙を流していた。

何故涙を流しているのか自分でも理解できないが、次々とシミが広がる。

俺はぬいぐるみを畳の上に置き膝を抱える。

「止まれ、止まれ、止まれ・・・。」

部屋を満たす光は和真には届かない。

和真のいる所だけが外界から隔離されたように陰になっていた。

 

涙が止まると同時に部屋がノックされた。

俺は目元の涙を拭き取り鏡でチェックし大丈夫なのを確認してから扉を開ける。

すると、そこには二人の少女がいた。

「五六中尉のお世話をさせていただくことになりました。篁唯衣少尉であります!」

「山城上総少尉であります!」

篁少尉は山吹色の斯衛の服を山城少尉は白い斯衛の服を着ている。

2人とも緊張しているのかピシっとしている。

「お世話だなんてそんなに気を使って貰わなくても良いのだけれど・・・、五六和真中尉だ。」

2人が敬礼するのに俺は答礼を返す。

「お夕飯を用意しました!」

山城少尉はそう言うと手に持っていたお盆を見せる。

お盆の上には握り飯が三つあった。

「ありがとう、いただくよ。」

俺はそう言うとお盆を受け取る。

すると、篁少尉が話掛けて来た。

「あの・・・。」

「うん?」

「五六中尉はその・・・。」

俺は篁少尉が握り飯に視線が行っているのに気が付く。

「あぁ、これで良いよ。むしろ贅沢なくらいだ。嵩宰少佐にもそう伝えてあるから君達が気に病む必要は無いよ!」

すると、どこからか、くぅ~、と言う可愛らしい音が聞こえた。

「ち、ちょっと篁さんッ!」

「す、すみません!!」

音の正体は篁少尉の腹の音のようだ。

「ハハハハハっ、別に構わないよ!そうだ、良かったら一緒に食べてくれないかい?1人で食べるのは少し寂しくてね。」

2人は色々言っていたが俺は半ば強引に部屋の中に招いた。

「それじゃ、2人とも夕飯がまだだろう?良かったら食べてくれないか?」

俺はそう言って握り飯を指差す。

「い、いえ私達は大丈夫ですので・・・。」

山城少尉が慌てて言ってくる。

「ご飯は大勢の人と食べる方がおいしいだろう?だから、な?」

俺はそう言うと二人に強引に握り飯を渡す。

「「「いただきます。」」」

そして、三人で握り飯を食べる。

俺は食べている2人を見る。

背筋を真っ直ぐ伸ばし静かに食べる山城少尉。

背筋は真っ直ぐ伸ばしているがどこかリスのように食べている篁少尉。

綺麗とかわいい女の子二人に囲まれている今の状況・・・。

こう言うのを両手に花と言うのだろうか。

整備班の連中に話してやったらおもしろい反応をしてくれそうだ!

俺は先程までの暗い気持ちをどこかに放り捨て光の当たる中で静かに食べた。

「あの、五六中尉・・・。」

握り飯を食べ終えると山城少尉が話掛けて来た。

「あの時はありがとうございました!」

そう言って二人は俺に頭を下げる。

「あの時?」

「・・・京都駅で私達はあなたに助け出されました。そのお礼を言いたいとずっと思っていました。」

「あの時の子達なのか・・・?」

「「はい!」」

俺はそれを聞き天井を仰ぎ見る。

「・・・五六中尉?」

篁少尉が心配してくれる。

だが、俺は涙が流れ落ちないように必死だった。

俺のやった事で救われた人が今もこうして生きていてくれる。

それがどうしようもなく嬉しかった。

俺は涙を拭うと2人を視線の中に収める。

「お礼を言うのは俺のほうや。・・・生きていてくれて、ありがとう!」

 

それから俺達は色々話合ったり将棋やお手玉をして時間を潰していた。

篁少尉がお手玉八個をしてみせ、それを教えて貰ったり。

山城少尉と将棋の勝負をしたりと有意義な時間を過した。

それらをするうちに俺達は仲良くなり、二人の事を唯衣ちゃん、上総ちゃんと呼ぶようになり、2人からは和真さんと呼んでもらうようにした。

これで、整備班の連中に自慢できることが増えた。

―――計画通りだ。

 

月が輝きを増し時刻が夜になったのを教える。

すると、唯衣ちゃんが立ち上がった。

「恭子様がそろそろご帰宅なさいますので、私は一端席を外させて頂きますね。」

そう言うと同時に上総ちゃんも立ち上がろうとするが唯衣ちゃんがそれを制する。

「私が行くから山城さんはここに居て?」

「分かったわ。」

「それでは、失礼します!」

そう言って唯衣ちゃんは部屋を出て行った。

「ねぇ、上総ちゃん?」

「はい、なんですか?」

「お手玉教えて貰ってもいいかな?唯衣ちゃんが帰ってきたら驚かしてやりたい!」

「ふふ、えぇ、構いませんわ。」

 

それから俺は上総ちゃんに教えられながらお手玉を練習していく。

「四つ目いきましてよ!」

「あぁ、来い!!」

四つ目のお手玉が投げ入れられる。

タイミングは完璧。

後は、こちらがキャッチして流れに乗せるだけ。

だが、流れに乗せる事が出来ずにすべてのお手玉が落ちてしまう。

「あぁ、おしい!」

「もう少しですわね!」

「その通りだ!もう一回!!」

その時、部屋の明かりが消える。

「―――ッ!」

俺は何が合っても大丈夫なように体中の筋肉を臨戦態勢にまで上げる。

その時、部屋の扉が開かれ斯衛の人が現れる。

「すみません、ブレーカーが落ちてしまったようですので復旧までしばらくお待ちください。」

「解りました。」

俺が返事を返すと、申し訳ありません、といい扉を閉めた。

室内は月の明かりのみの世界となる。

「何も無くて良かった・・・、上総ちゃん?」

上総ちゃんの顔色は悪く体が小刻みに震えている。

「上総ちゃん、大丈夫か?顔色が悪いぞ?」

そして、月が雲に隠され室内を本当の闇が支配する。

その時、ほんの小さな音がした。

「―――ッ!」

上総ちゃんは、その小さな音に過剰に反応し体を抱くような姿勢になる。

「い、嫌、来ないで、わ、私は・・・。」

上総ちゃんは暗闇の中で何かから自分を守るように脅えていた。

たぶんだが、上総ちゃんは京都駅での事がトラウマになってしまっているのだろう。

あんな事を体験したのだから当然の事とも言える。

俺は少しでも安心して貰おうと上総ちゃんの肩に手を乗せ語りかける。

「大丈夫、大丈夫や。ここには君を怖がらせる奴はおらん。それにここには俺がおる。やから安心し・・・。」

すると、上総ちゃんは顔をそっと上げその脅えた瞳で俺を見つめる。

「・・・な?」

俺が出来るだけ安心させるために笑顔を作る。

すると、上総ちゃんがその震える指で俺の胸元の服を掴む。

俺はそれを優しく握り閉めた。

そして、上総ちゃんの頭を優しく壊れ物を扱うように抱きしめる。

昔、元の世界で親父にしてもらったように心臓の音を聞かせる。

「大丈夫、君は生きているよ。」

俺が語りかけて行くと上総ちゃんの震えも落ち着き呼吸も整って行った。

しばらくそうしていると、部屋の暗闇は人工の光に弾け飛ばされる。

「おっ!やっと復旧したみたいやな?」

俺は話しかけるが上総ちゃんから返事が返ってこない。

良く見ると上総ちゃんは眠りについていた。

「くく、安心しきった顔してんな。」

俺は一端上総ちゃんを横にし、布団を敷きそこに上総ちゃんを寝かせるために抱き上げる。

「随分軽いな・・・。」

女の子をお姫様抱っこした経験なんて無いが、想像していた以上に上総ちゃんは軽かった。

これも、合成材料などの食物を管理コントロールされている弊害かもしれない。

戦うために必要な筋肉しかついていない。

俺は少し悲しく思いながらも布団に上総ちゃんを寝かせる。

「う、うん・・・。」

上総ちゃんが少し苦しそうにする。

俺は上総ちゃんの額を優しく撫でていく。

「大丈夫だから、今は今くらいは安心して眠り・・・。」

俺は上総ちゃんの悪夢を払うために優しく撫で続けた。

「すぅ~、すぅ~・・・。」

そうしていると、上総ちゃんはやすらかな顔で眠っていた。

「そう、それで良いんや・・・。」

俺が満足していると廊下をバタバタと走る音が近づいて来る。

「山城さん!!」

扉を勢い良く開け中に飛び込んで来たのは唯衣ちゃんだった。

「しぃ~~~!」

俺は口元に人差し指を置き言いたい事を伝える。

「す、すみません・・・。」

唯衣ちゃんは直ぐに自分の失態に気が付き顔を赤くした。

俺はそれに笑いかけながら事の経緯を説明した。

 

「すみません、直ぐに山城さんを寝室に運びますので!」

そう言って立ち上がる唯衣ちゃんを俺は手で制する。

「いや、このままでかまわへんよ。」

「ですが・・・。」

このままでは話が平行線を辿りそうなので話題を変えることにした。

「それより、嵩宰少佐は俺についてなんか言うてた?」

「あっ、ハイ、お風呂を用意したのでそれを伝えるようにと。」

「お風呂なんて、気を使い過ぎやで?水も基調やろ?」

そう言い遠慮する俺に唯衣ちゃんはどこか誇らしげに胸を張る。

「いえ、ここのお風呂は温泉なんですよ!しかも、源泉かけ流しです!もちろん多岐にわたって利用していますが何分量が多いため未だにお風呂としても利用しているんですよ?」

「ほぅ、そいつは楽しみやな!」

俺はそう言うと立ち上がる。

「あっ、ご案内します。」

「いや、唯衣ちゃんは上総ちゃんの傍にいたって?」

「ですが・・・。」

「安心し、真っ直ぐ向かうから。」

俺は少し含みを持たせて言うと唯衣ちゃんは怒った顔をする。

「そんな心配はしていません!」

「くくく、ごめんごめん。」

「もぅ・・・。」

俺はかわいく膨れっ面になる唯衣ちゃんに謝り道順を聞いて部屋を移動した。

 

「ふぅ~良い湯やった。湯の花なんて初めて見たわ。」

俺は火照った体を冷ますために帰りの道中にある縁側に腰を下ろす。

松の木の上には満月が輝き月の光が庭全体を照らし幻想的な風景をしていた。

どれくらいの時間その風景に呑まれていたのだろうか、俺の体はすっかり冷えていた。

そして、部屋に戻ろうとすると嵩宰少佐が温泉のある方からこちらに歩いてきた。

「ここにいたのね、五六中尉。」

「どうなされたのですか?」

「いえね、一杯付き合って貰おうと思って!」

そう言って嵩宰少佐はその両手に持つコップを俺に見せる。

俺はそれを受け取ると嵩宰少佐も縁側に座る。

お風呂上りなのだろう嵩宰少佐は髪をおろし浴衣に身を包んでいる。

まだ雫が残る髪が月の光に反射し、そのたわわに実った胸が谷間を作り色香を無意識に振り撒く。

―――これが、ハニートラップと言う奴か!!

俺は、意味不明なことを考えてしまう。

それほどに、見たこともない嵩宰少佐の姿は美しかった。

「ねぇ、五六中尉?」

「は、はい!」

「私達は勝てるわよね?」

私達、その言葉は日本をさしているのだろうか。

それとも、人類のことをさしているのだろうか。

・・・おそらく両方の意味だろう。

「勝てますよ・・・。俺達は勝てますよ。」

それは、希望的観測だ。

今の世界を見ればそれがいかに難しいことであり、奇跡なのか解る。

それでも、俺達はそう信じて戦う以外に戦う意味を見出せない。

皆、その奇跡を夢見て、希望に縋り戦っているのだ。

「そうよ・・・ね?」

「そうですよ!」

だから俺は断言した。

人は負けない。

絶対に負けない!

「それじゃ、人に・・・。」

そう言って嵩宰少佐はコップを持ち上げる。

「皆に・・・。」

「「乾杯!」」

キンッと綺麗な音がなる。

俺はコップに口をつけ液体を喉に流す。

「これ、水ですか?」

「お酒だとでも思った?」

「いえ、凄く美味しかったから・・・。」

「日本の水は世界一だからね!当然よ!!」

 



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私の光

翌朝、港に着いた俺は共について来てくれた人達に別れの挨拶をしていた。

「お世話になりました嵩宰少佐、例の件はこちらで話しておきます。」

「よろしくお願いします。・・・何か困ったことがあったらいつでもいらっしゃい、出来る限り力になるわ!」

「はい!」

俺は次に唯衣ちゃんに向き直る。

「唯衣ちゃん、次はお手玉で驚かせてあげるよ!」

「はい!楽しみにしています!」

最後に1人暗い顔をしている上総ちゃんに向き直る。

「か、和真さん!」

上総ちゃんは必死に言葉を述べようとしていた。

俺はそれに気が付いていたのもあり、娘に接する父親のように先を急がずに優しい表情を作り、話を聞く体制に入る。

「うん?」

「わ、私は・・・、私は強くなります!あなたのように、誰かを守れるように、・・・ですからッ!!」

上総ちゃんが勢いあまり一歩踏み出して話そうとしたとき、上総ちゃんは足元の石に躓き体制を崩す。

そして、体制を崩してしまった上総ちゃんは俺に昨晩の再現のようにもたれ掛る。

俺はそれを優しく受け止め、上総ちゃんの成長を喜んだ。

そして、昨晩と同じように優しく頭を撫でる。

「あぁ、君は強くなれるよ。上総ちゃんは優しい子だからね!皆の支えになってあげてくれ・・・。」

すると、上総ちゃんは俺の胸元にある腕を握りしめ腕の間に顔を隠してしまう。

「・・・はい。」

照れてしまったのだろうか?

上総ちゃんは、顔を俺の胸元に押し付けたまま離れない。

その時、他の2人の視線に気がついた。

「五六中尉。・・・さすがに、犯罪よ?」

嵩宰少佐、俺にはそんなつもりはありません!

「うわぁ~。」

唯衣ちゃん、赤くならないでくれ・・・。

「す、すみません!私・・・。」

「ハハハっ、別に気にしやんといて?これも役得やからな!」

すると、ネフレの職員の人が船の出向準備が整った事を知らせに来る。

「それじゃ、失礼します!」

俺はそう言い船に乗り込んだ。

 

「山城さん?」

「なんですの篁さん?」

「あの後、なんて言おうとしたの?」

「あぁ、その事・・・。」

私は話そうか少し迷う。

これは私の我儘、それに実現するかどうかも解らない。

「それは・・・。」

「それは?」

妙に篁さんの食いつきが良い。

よほど、その手の話に飢えていらっしゃるのね。

そんな気持ちは持っていないのだけれど・・・。

この感情は多分、憧れ・・・。

京都の初陣で死ぬしか無く、大切な友人に辛いことをさせてしまうところだった私を、救ってくれたヒーロー・・・。

だから・・・。

「・・・秘密でしてよ。」

「えぇ~~~。」

だから私も、あなたのようになりたい。

そして、いつの日かあなたの隣で誰かを救いたい。

そうすれば、あの時、朦朧とする意識の中で確かに見たあの人の幸せそうな、逆に自分が救われたと泣いていたあの人の思いが解るかもしれない。

「2人とも、そろそろ戻るわよ!?」

恭子様が呼んでいる行かなければ、でもその前に・・・。

「篁さん。」

「???」

その前に、この呑気な顔をする私の友人を守れるように強くなってみせる。

「・・・なんでもありませんわ。」

「???」

 

 

「やっと到着したぁ~!」

第一町についた俺は大きく伸びをする。

時刻はすでに深夜の二時を過ぎている。

俺は荷物を持ち直すと会社に向かった。

 

会社に到着した俺は受付嬢の、メアリーさんとミアリーさんに呼び止められる。

「「五六イケメン中尉。」」

「はい?」

変な言葉を聞いた気がしたが多分空耳だろう。

そんなことよりメアリーさんとミアリーさんについて説明しておこう。

この2人、双子である。

いつも眠たそうな顔をしている二人を見分けるポイントはピンク色の髪だ。

ツインテールにしているのがメアリーさん。

ポニーテールにしているのがミアリーさんだ。

そして、練習でもしているのではないかと言う程に息の合った連携をとる。

因みに、この2人は忍者ではないかとネフレ社内で噂になっている人物でもある。まぁ、実際にネフレの受付嬢をしているだけあり、かなりの肉体派である。

強引にナンパをしに来たキングコングを息の合った回し蹴りで気絶させたのは良い思い出だ。

「「社長がお呼びです。」」

「了解しました。」

俺は返事を返すと社長室に向かった。

 

「五六和真中尉です!」

「入りなさい。」

「失礼します!」

俺が部屋に入るといつものレオが待っていた。

「やぁ、まっていたよ!セイカーはどうだった?」

「解ってる癖に・・・、売れんかったよ。」

「まぁ、そうだろうね!では、本題の方に入ろうか・・・。嵩宰家当主は・・・、嫌、日本帝国は我々に何を求めてきた?」

俺はレオに日本の現状とそして、今すぐにでも援助が必要なことを伝えた。

「そして、日本はレオとの話し合いの場を求めています。」

「ふむ・・・。」

レオが腕を組んで考え込む。

「予想通りだな。・・・いいだろう、その要請を受ける事にするよ。」

レオが予想していたのは俺にとっても予想通りだったが、この展開は予想がつかなかった。

会談をする・・・。

言葉にすれば簡単で実際会って話合うだけだ。

だが、今回はその話合いをすると言った時点で結果は決まっているようなものだ。

少なくとも相手にとっては・・・。

わざわざ会ってまで、援助の話を断れば日本との関係は一気に冷え込む。

いままで関係を良くしようと進めていた事がすべて泡となってしまう。

「いいんか?日本には悪いけど無い袖は振れんやろ?」

「期限付きで援助をするだけだよ。物資は第一町、第二町、それにケアンズから搾り出すさ。皆、食卓から一品無くなったくらいで文句は言わないよ。医療品に関しては裕福な国から集めればいい。彼らも日本に貸しを作るいい機会だからね。それに、頭が変わるんだ。付け込めると思う連中がいても可笑しくない。まぁ、そこまでは面倒を見てやるつもりは無いからね。益虫の中に混じった害虫をどうするかは宿主自身の問題だ。」

俺はその答えを聞いてほっとした。

正直な所、今回の件は断られて当たり前だと思っていた。

それが、こんなにもあっさり決まったからだ。

「後の事は部下に任せておくよ。そんな事より、日本で良い思いをしたみたいだね、イケメン君?」

「は?」

突然の問いに俺は固まってしまう。

「イヤァ~、羨ましいなぁ~!若い女の子二人と同じ部屋で長時間過す事が出来て、しかも親しい関係になるなんて、・・・爆発すればいいのに。」

俺の背中に嫌な汗が吹き出し流れる。

「な、なんのことや?」

「とぼける気かい?・・・心外だね。我々を舐めないで貰いたいね!日本にも良い言葉があったろ?壁にミアリー障子にメアリーだよ!」

「それを言うなら壁に耳あり、障子に目ありやよ!」

そこまで、言ってから気が付く。

まさか―――ッ!

「まさか、ホンマにあの二人がおったんか?」

「そんな事よりその二人とはどこまで行ったのか詳しくだね!!」

そ、そんな・・・。

皆に自慢しようと思っていたのに、こんな返しをされてしまうなんて!!

そこから長時間質問攻めにされ、結局真相を聞くことは出来なかった。

 

「まったく、何時間拘束する気や・・・。」

時間を確認すると、すでに三時間は質問攻めにさらされていた。

「はぁ・・・。」

でも、これで一先ずは安心して眠ることが出来る。

「本当に良かった・・・。」

暗い廊下を歩きやっと自室に辿り着く。

「なんか今日は疲れたな。」

主に最後の質問攻めが一番効いた。

本当に勘弁して欲しい。

「今度飲み物にタバスコぶち込んどいたろ!」

俺は良い事を思いついたとニヤつきながらベッドに倒れ込む。

天上を見上げながらストーに明日何を話してやろうか考える。

「・・・温泉に・・・入ったこと・・・でも、はな・・・したろ、かな。」

そして、俺は眠り慣れたベッドにすべてを委ねた。

 

「和君がいる気がして、来ました!」

私は和君の部屋の扉を開け放ち堂々の宣言と共に入る。

でも、自室はすでに真っ暗で何も見えない。

「あれ?和君、いないの?」

おかしいな、今日帰ってくるってレオが言っていたのに。

すると、ベッドの布団が膨れ上がり微かに上下に動いているのを見つける。

「なんだ、寝ちゃってたんだ・・・。」

私は少し寂しく思いながらもベッドに近づく。

「一杯話したいことあったのにな。」

布団を首元まで被っている和君の顔を見ながら呟く。

そこで、私はピンとくる。

「別に、甘えても良いよね?」

私は和君の布団をゆっくり捲りベッドに入り込む。

ギシッ―――。

ベッドが軋む音がして一瞬和君が目を覚ましてしまうと思い身を固めるが、和君は寝息を立てている。

ほっ、と安心した私は和君の上に跨りながらその顔を眺める。

「ふふっ、かわいいなぁ~。」

和君の寝顔は口を少し開き普段からは想像も出来ないゆるみきった顔をしている。

その顔は母親に抱かれる赤ちゃんのようでもある。

「この顔はこの場所でしか見せないから、知っているのは私くらいかな?」

私は少しばかりの優越感に浸る。

「ふふ、和君・・・。」

私は和君に抱き着きいつもの場所に顔を移動させる。

すぐ上を見れば和君の顔がある。

だが、和君の首元で甘い匂いを楽しもうとしたときに私は気付いてしまった。

「・・・知らない匂いがする。」

それは、和君の甘い匂いとは別の甘い匂い。

これは女の匂いッ!!

私の中に特大の雷が落ちる。

「そ、そんな・・・。」

私はショックを受けながらも怒りが湧きおこる。

「お仕置きだよ・・・。」

私はそう言いながら和君の首元に遠慮無く噛みつく。

ガリッ―――。

室内に、肉を突き破る音が響く。

私の口の中に和君の血が流れ込む。

だが、直ぐに傷口も塞ぎ始める。

私は少しでも和君を自分の中に入れようと傷口を舐め続ける。

「うっ・・・。」

和君が少し苦しそうにするが関係が無い。

ここで寝ている時だけは、和君は無防備だ。

完全に安心できる場所だと認識しているのだろう。

ちょっとやそっとじゃ起きないのは、日頃から共に寝ているだけあり確認済みだ。

「はぁ・・・。」

私が口を離すと自然と口から音が漏れる。

あの時とは時間も場所も状況も違うが、和君の味はあの時と同じだった。

「うん♡」

私は和君の口元に再び噛みつく。

今度は優しく味わう。

そして自分の匂いを上書きしていく。

「やっぱり、ここが一番安心する・・・。」

私は寂しくなり和君を力一杯抱きしめる。

あの時と同じように、光を逃がさないように抱きしめる。

すると、和君は私をその暖かい腕で抱きしめる。

「また、私を守ってくれるの・・・?」

私の問いに和君は返事を返してくれない、でも抱きしめる腕をさらに強くすることで返事を返してくれた気がした。

「やっぱり、和君は暖かいね・・・。」

そして、私は暖かいぬくもりに包まれながら眠りについた。

 

翌朝目を覚ませば俺の上には、いつものごとくストーがいた。

しかも今度は俺が抱きしめている。

まるでお気に入りの抱き枕を抱くみたいにだ。

「とうとう、俺は真正のロリコンになってしまったのか・・・。」

俺は頭を抱え込む。

すると、ストーが目を覚ました。

「・・・う、ん。おはよう、和君。」

ストーが俺の顔をその長くキレイな銀髪で包みながら言ってくる。

「おはよう、ストー。でもな?近すぎるやろ・・・。」

俺とストーの顔の距離は文字通り鼻が当たる距離だ。

「えへへへ!」

ストーはそう言って笑いながら再び抱き着いて来る。

「なんや、今日はえらい甘えん坊やな。・・・なんかあったんか?」

「ううん、なんでもないよ!」

そう言ってストーは俺を力一杯抱きしめてからその体を離した。

「それじゃ、着替えてくるね!」

「おう、わかった!」

そう言って出て行くストーを見送り俺も準備を始める。

「まずは、シャワー浴びよ。」

 

俺とストーは準備を済ませてからPXに向かう。

PXに俺が到着すると何故か朝の賑わいは一瞬で影を潜める。

「な、なんや?」

心なしか皆が俺を見ている気がする。

俺は嫌な予感に襲われながらも席に着く。

「一体なんなんや?」

ストーのほうを向いてもストーはニコニコするばかりだ。

「訳がわからない・・・。」

俺がそう呟くとPX内にヒソヒソとした言葉の波が広がる。

なにか俺の陰口をしているのは、皆の様子から解るのだが俺が一体何をした?

「それはだね!君がついにロリに目覚めたと噂になっているからだよ。しかも、日本でその毒牙に2人も落としたらしいじゃないか?イケメン君?」

「朝から最高の情報をありがとうよ、メル。」

「で、実際の所はどうなんだい?一部の噂ではやるところまでやったとなっているよ?」

「やってねぇよ!それに俺はロリに目覚めてねぇ!!」

「必死に否定するところがさらに怪しいねぇ~。」

俺は助けを求めようとストーを見るがすでにタエと食事を始めていた。

「はぁ、なんなんだよ・・・。」

「まぁ、諦めたまえ!人の噂も45日と言うしすぐに元に戻るさ!」

「はぁ・・・。」

俺は肩身が狭い思いをしながら食事を始めた。

 

「ここなら、大丈夫やろ。」

俺は1人で格納庫に来ていた。

ここは、噂好きな連中が少ない。

俺の最後の安住の場所だ。

「よぅイケメン!どうしたよ!?」

ここでも侵食されていた・・・。

「オイ皆!我らがイケメンが来たぞ!!」

「なに、本当か!?」

「ロリを手籠めにする力を伝授して頂く時が、来たァ――――ッ!」

「ふっ、俺はそんなモノに興味はないがな。話しくらいは聞いてやる。」

「我らがヒーローのお出ましだ!」

さまざまな連中が俺を囲み情報を聞き出そうとする。

「もう、勘弁してくれ・・・。」

すると、困り果てていた俺に救いの神が現れた。

「てめぇら、和坊が困っているじゃねぇか!さっさと持ち場に戻りやがれ!!」

兄貴が怒鳴ると蜘蛛の子を散らしたように男共は離れて行く。

「兄貴・・・。」

俺は少し涙目になりながら本当のヒーローを見る。

「悪ぃな和坊、あいつらも暇な時間を過す話がほしかったんだ。」

「いや、俺も解ってるから・・・。」

そう言うと、兄貴は肩を組んで来る。

「あぁ、でも俺は違う!アイツらみたいに暇つぶしの道具としての情報なんていらない!!」

兄貴は拳を握りしめ話す。

「・・・和坊、今度その子らと合コンをしよう!」

「兄貴ッ!?」

結局俺の安息の地なんてどこにもなかった。

 



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甘え

1999年5月

ケアンズ基地市街地模擬演習場

日頃から酷使され続けた町は、まるで深海の中に沈む海中都市のように風化している。

流れる風が、灰色に汚れるコンクリートを撫でて行く。

そして、そんな忘れ去られた都市を我が物顔で泳ぎ回る人魚の影が2つ。

片方は上半身が深海魚のような物体。

それは、流れる潮に身を任せるように緩やかに都市内部を遊泳する。

その後方からまだ見ぬ生物を捕獲しようと銛のような銃から次々と弾丸を放つダイバーのような物体。

ダイバーを嘲笑うかのように泳ぐ深海魚は、その距離を一定に保ち挑発するかのようにクルクル回る。

挑発を受けたダイバーはさらに追う速度を増すが元は地上の生き物、海で生まれ海で果てる原住民に敵う筈が無く、ダイバースーツを壁に擦りながらも突き進む。

だが、身体を痛めつけながらもダイバーは学習していく。

そして、遂に捕獲の時が来た。

深海魚の行動パターンはすでに頭に入っている。

所詮野生生物、知的生物の敵ではない。

ダイバーはそのピンク色に光る唇を舌で湿らせる。

動悸が速くなっていくのが解る。

この散々手こずらせてくれた深海魚を捕える事が出来れば、ご褒美が待っている。

そして深海魚は道に沿う形で90度のコーナーを苦も無く進む。

余裕を見せていられるのもここまで・・・。

ダイバーは最後の力を振り絞りビルを飛び越えた。

ここを飛び越えれば深海魚の真上に出ている筈、あとは銛で突いてやれば良い。

簡単なことだ。

ダイバーはすでに、捕えた後の事を考える。

それは勝利を確信したが故の余裕。

だが、ダイバーは忘れていた。

この世界を知り尽くしているのは相手の方だと。

だがもう遅い、ダイバーの前には捕えるべき獲物がいない。

そこでダイバーは気付く。

捕獲者は自分の方では無い、誘われたのは自分の方なのだと。

そして、それに気が付いた時には後方から深海魚の大きな咢にダイバースーツ諸共血肉を食い破られた。

 

「模擬戦闘を終了します。・・・お疲れ様でした。もう少しでしたね?ストー少尉、そして、今回もお見事でした和真中尉。」

地面に横たわるセイカーファルコンを見ながら俺はCPに返事を返す。

「まぁ、まだ俺が抜かれる訳にはいかんよな?でも、もう少しやったぞストー?」

「痛たた・・・。和君酷いよ、あそこまで追い詰めさせてから撃墜するなんて!」

「まぁ、そんだけストーが強くなったと言う訳やな!・・・それにククリナイフの良い練習にもなったし。」

「何か言った、和君?」

「別になんでもないよ。」

俺は適当にはぐらかしながら、ストーの事を考える。

もともと、衛士としての才能はあった。

だが、そこには違和感があった。

ストーの場合は成長していると言うよりも思い出している。

それが、俺が持つ違和感の正体だった。

1つの事を説明して十の事を理解出来るのは素晴らしい事だ。

それだけの努力をしてきた証拠でもあり、天才としての証でもある。

だが、ストーの場合はその一すら必要としない時がある。

きっかけさえあれば、忘れていたモノを思い出したかのように的確に答える。

ESPを使っているからだと言われればそれまでだが、動作にすら表す事が出来るのはおかしい。

現に今さっきの追い込み方も咄嗟の判断でやったにしてはうまく出来過ぎている。

それを、完璧にこなして見せた。

なんだろうか・・・。

俺は何か大切な事を忘れている気がする。

嫌、もしかするとその大切な事をこれから体験することになるのか・・・。

俺は1人で思考の海に潜って行った。

 

「和君!」

「な、なんや!?」

辺りを見るとセイカーがすでに立ち上がっていた。

「ハンガーに戻るように指示が出たよ。」

「わかった。それじゃ、帰投しよか。」

「うん!」

 

PXに移動した俺達は何台も設置されている内の1つのテレビを見る。

ここに大量に設置されたテレビは各国のニュースをそれぞれ写しているため数が膨大だ。

こんなにも多くのテレビを設置しているのは、それぞれの前線に赴く職員に情報を提供するためだ。

俺が見ているテレビは日本のニュースが映し出されている。

そこにはパレードの様子が映し出されていた。

そして、その主役は日本帝国の新しい顔、煌武院悠陽の姿だった。

幼いと言うハンデを背負っていながら、その姿は堂々としており、パレードに参加しているすべての人々を安心させる。

「例え贄だと解っていても、君はなにかをしたかったんだね・・・。」

このタイミングでの一番若い彼女がトップに立つ。

誰が見てもその場しのぎの存在なのは明白、大博打をうつために用意されたのも明白。

その事を一番理解しているのは、他でも無い彼女自身の筈だ。

「やっぱり、君は誰よりも強くて、輝いている。」

あの時と何も変わっていない。

その強さ、気高さ、尊さ、すべてを持っている。

すると、カメラが彼女をより良く写すためズームしていく。

彼女の乗る車の座席の横にそれはあった。

「あの時の、ぬいぐるみ・・・。」

それは、俺が彼女に救われ友達となった日につまらない理由で選んだ猫のぬいぐるみ。

「ハハハッ、君はまだ、俺の事を友達だと思っていてくれてるんやな・・・。」

その事実が俺の心を温かくする。

俺はそれを逃がすまいと心臓の位置に手を置いた。

 

月日はさらに経ち、1999年六月。

明星作戦まで残す所後僅かとなった。

その中で、遂に日本にレオが向かう事となり。

そこに俺も付きそう事となった。

なんでも、俺は帝国軍ではちょっとした有名人になっているらしい。

国連軍の阿修羅―――。

俺のことがそう呼ばれているらしい。

京都での戦いが彼らにそう呼ばせているそうだ。

そんな俺を同行させることで僅かながらも相手に圧力になるとのことだった。

「ストーは今回もお留守番やな。」

俺は船の甲板から海を眺めながら隣にいるレオに話掛ける。

「くくく、なんだ?寂しくなったかい?」

「別にそんなんちゃうよ。」

聞くべきかどうか、迷っていた事を聞くための前振りでしかない。

「レオは、日本に何を求めるんや?」

「横浜ハイヴだよ。」

やっぱり・・・。

「後は、まぁ色々と要求するさ。」

「お手柔らかに頼むよ。」

そう言う俺にレオは笑う。

「あぁ、欲しいのはあそこだけだからね。それ以外の所は譲歩しても構わないと考えている。無理なことは頼まないさ。」

日本に進む俺達には夏だと言うのに、冷たい風が吹き付けていた。

 

第二帝都仙台

そこにある第二帝都城に俺達はいた。

レオは護衛を数人引き連れ先程から会議をしている。

そんな中、俺は帝国軍の人達と親睦を深めていた。

「俺は先の京都撤退戦であなたに助けられた1人です・・・。あなたがいなければ俺は家族と再び会う事が出来なかった・・・。ありがとうございます!」

「それはお互い様ですよ。俺もあなた方が戦っていてくれなければあそこで死んでいた。・・・俺の命を救ったのもまた、あなた達帝国軍人の皆様なんですよ。」

「「「「「我らが阿修羅様に乾杯!!」」」」」

「日本の誇り高い剣に乾杯。」

そして、俺達は笑う。

今の帝国軍人は危うい心境をしている。

アメリカ軍が撤退し、彼らは不信感を持っている。

また裏切られるのではないかと、そもそも在日国連軍は国連軍の名を借りたアメリカ軍と同じなのだ。

彼らが不安になるのも解る。

国連軍すら彼らを見限れば今度こそ日本は終わるのだ。

その中で俺が来たことには多少なりともやはり影響があったみたいだ。

設定上日本の血が半分入っていることになっており、そして京都撤退戦で避難民を守るために単身BETA群に突っ込み戦い抜いた六つの腕を操る阿修羅。

彼らは、俺と言う虚像の英雄がこの地に来たことで国連軍はまだ日本を見捨ててはいないと感じているのだろう。

俺はそんな高等な人間ではないのに・・・。

時刻を確認すればそろそろ会議が終わる時間だった。

「それでは、俺はこの辺りで失礼します。」

俺はそう言い残し、会議室入り口まで向かった。

 

会議室から出てくる高官達は一様に苦虫を噛み潰したかのような顔をしている。

レオの奴は相当な事を言ったのだろうか?

次々出てくる高官に俺は周りに習って頭を下げながらやり過ごす。

「和、真・・・ッ。」

俺が顔を上げるとそこには、政威大将軍、煌武院悠陽がいた。

「お初にお目にかかります。国連太平洋方面第九軍所属、五六和真中尉です。」

俺の淡々とした口調に悠陽も我に返る。

「あなたの事は聞き及んでいます。大変、大義でありました。日本帝国を代表してあなたに心よりの感謝を・・・。」

「はっ!ありがとうございます!!」

悠陽は俺にそう言うとまだ何か話したそうにしていたが、護衛の人に先を急がされ去っていたった。

「・・・頑張れ。」

聞こえない声量で俺は彼女にエールを送った。

「すまないね、和真君。私はもう少し話し合いを続けたくてね、どこかで時間を潰していてくれ、呼び出しはこちらから行うからね。」

「了解!」

俺はレオにそう告げ会議室を後にした。

 

時刻はすでに夜の八時だ。

空に昇る月が俺を優しく照らす。

俺は第二帝都城内の端にある丘の上でその月を見上げる。

「もうすぐ明星作戦が始まる。リリア、ザウル、父さん、俺はこれで良かったのかな?」

今日俺と共に騒いだ帝国軍人の皆、嵩宰少佐や唯衣ちゃん、上総ちゃんは確実に出撃するだろう。

だが、その作戦に参加することは死にに行くようなものだ。

俺はそれを知っていながら何もしないでいる。

リリアとザウルが命がけで守った人が死ぬかもしれない。

救える人がいるかもしれないのに、俺は大局を見たつもりになって少数を切り捨てようとしている。

こんな俺を見たら父さんはなんて言うのだろうか。

「でも、それでも、俺にはどうすることも出来ないんだ・・・。」

俺は拳を握り閉める。

「今回の結果は確実に人類に有益な情報をもたらすことになるんだ。」

今回の作戦が成功したとしても、しなかったとしても、人類にとって掛け替えのない何かをくれる筈なんだ。

「それでも、俺は誰にも死んで欲しくない。誰かが泣く所なんて見たくない・・・。消えて欲しくないんだ。」

俺は自分の身勝手さに憤り。

そして、それでも何も変わらないのが確定している世界に絶望し涙を流した。

日本に来るとすぐに涙を流してしまう。

それは、ここに来れば何もかもを忘れて初心に戻る事が出来るからなのかもしれない。

膝を付き頭を下げ、月に対して懺悔をする。

だが、その思いすら踏み貫くように雲が月を隠す。

それでも俺は流れる涙をそのままに、震える体を無視し懺悔し続けた。

だが、光は届かない。

深く淀んだ冷たい暗闇が俺を包もうとする。

だが、次の瞬間にはそれらすべてが一瞬で吹き飛ばされた。

「あっ・・・。」

太陽が俺を包む。

圧倒的なまでの光が俺を満たす。

「無理をしないで下さい。あなたは、泣いていいのですよ?」

その言葉が切っ掛けとなり何かが込み上げてくる。

「うっ、ひっく・・・、ごめんなさい・・・、ごめん・・・さない、ごめんなさい。」

俺は懐かしい温もりに抱かれ謝り続けた。

 

それからどれだけの時間泣いていたのだろうか。

レオからの連絡が無い事からもそんなに時間が立っていないのだろうか。

俺が太陽を自ら遠ざけると懐かしい声が降ってきた。

「もう、よろしいのですか?」

「くく、それやったらホンマにあの時の再現やな。・・・久しぶり、綺麗になったね悠陽。」

「ふふふ、お世辞が上手くなりましね?お久しぶりです、和真。」

「それにしても、政威大将軍がこんな所におっていいんか?」

「邸内からあなたが、こちらに向かうのが見えまして、それで・・・。」

「えらい無茶をするお姫様やな?」

「最強の騎士様がいますから安心しています。」

「それは、俺の事でいいんか?」

「ふふふ、さぁ、誰のことでしょう?」

そこから俺達は丘の上で、雲からようやく顔を出した月を見ながら語り明かした。

 

「それでな?俺、焼きそば作るの自分でもうまくなったんちゃうかなと思うんよ!」

「まぁ、それでしたらいつかご馳走して頂きたいです。」

「おう!そん時が来たら今までの集大成の焼きそば作ったるわ!」

「ふふふ、今から楽しみです。」

その二人の姿は、階級や生まれや立場なんて関係がない、本当にただの友人と語らっているだけの風景だった。

だが、この2人にはその時間が殆どなく、そしてそれが掛け替えないものだと理解したうえで、これが最後かもしれないと話会っていた。

 

「そろそろ、行かなくては行けませんね・・・。」

そう言って悠陽が俺に向き直る。

「そっか・・・。なぁ、悠陽?」

「はい?」

「ここ最近は日本にも毒蛇が増えたみたいだから、気を付けてな?」

俺の突然の発言に悠陽は一瞬驚き固まるが、すぐに笑顔に戻した。

「はい、その毒を制する血清を作るために別の毒蛇を飼っています。ですから、大丈夫ですよ?」

「・・・そっか、安心した。」

俺はそう言うと、悠陽を抱きしめた。

「か、和真?」

俺は悠陽の耳元に口を寄せ話す。

「ごめん。多分、こんな事が出来るのもこれが最後になると思うから・・・。」

俺は母に甘える子供のように抱きしめ、その温もりを体全体で感じとる。

すると、悠陽も俺を抱き返してきた。

「ふふ、私の初めての友人は甘えん坊のようですね?・・・大丈夫、大丈夫ですよ。」

そして、抱き合っていた俺達はどちらかともなく体を離し、そして別れて行った。

 

レオから通信が入る。

「もういいのかい?」

「あぁ、ありがとうな待っといてくれて。」

「別に構わないよ。それより、君は私に言いたい事があるのじゃないかな?」

「なんでも、お見通しか・・・。なぁ、レオ?」

「なんだい?」

「俺、やっぱりここに住む皆を見殺しになんかできやんわ。」

「・・・それで、君はどうしたいんだい?」

「なぁ、レオ・・・。俺、明星作戦に参加するわ。」

 



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ただ前へ

1999年7月22日:東京

横浜ハイヴまで目と鼻の先のその場には、数多くの人々がいた。

朝日が昇るよりも前の時間、今にも泣きだしそうな空がこれからの未来を予想しているみたいだ。

そして、そこにいる人々は二種類に分けられる。

見送られる人と見送る人の二種類に―――。

 

「俺は生き残るよ・・・。生きて、君に言いたい事があるんだ。・・・その時が来たら、俺の話を聞いてくれるかい?」

ある青年の戦車乗りは生きて帰るために愛する者に誓いをたてる。

 

「子供達の事を頼んだわよ?こらっ、何泣きそうな顔してるのよ。男でしょ?シャキッとしなさい!」

ある女CPは、戦場に立つ事が出来ない夫と今年二歳になったばかりの子供に愛を囁く。

 

「我ら斯衛は、日本帝国の剣であり盾である。・・・そう教えられ育ってきた。でも、今ならはっきり言えるよ。俺は、お前達を守るためにこの剣と盾を手に入れたのだと。」

ある斯衛の衛士は跡継ぎとなる子供に真に守るモノは何かを言い聞かす。

 

「まさか、この歳になって御国のために働けるとはの・・・。わしらも、まだまだ捨てたモノじゃないの?」

「えぇ、これで先に逝った我が子に誇れる事ができますね?」

ある老夫婦は衛生兵として戦場に赴く事を我が子の墓前で誇らしげに語り合う。

 

「泣かないでくれよ母さん、これで僕もやっと一人前になるんだ。兄さん達に追いついたんだ。あぁ、ほら笑ってよ母さん!僕はちゃんと帰って来るよ!母さん1人を置いていくはずないだろ?そんな事をしたら、靖国で待つ父さんや兄さん達に怒られちゃうよ。」

ある心優しい母親思いの少年衛士は、その首に兄のドッグタグを付け、心に父の思いを乗せて、泣き虫な母を慰める。

 

「よろしくお願いします・・・。」

「この子、夜泣きが凄いから大変だと思うけど、お願いね母さん。」

「任せなさい・・・。でも、出来るだけ早く帰って来なさいよ?」

ある夫婦の戦艦乗りは、まだ乳飲み子の子供を祖母に預け、子供の未来を想像する。

 

「山城さん。」

「なに、篁さん?」

「頑張ろう!」

「えぇ!!」

ある斯衛の少女達は、先に逝った友に勝利を誓う。

 

「私が守る・・・。今度こそッ!だから、私に力を貸してくれ。・・・和真、彩峰中将。」

ある帝国軍最強の部隊に所属する衛士は、先達が叶えられなかった思いを背負い力に変える。

 

太陽の光が雲の切れ目から人々に降り注ぐ。

まるで祝福しているように、勝利を約束しているように―――。

そして、思いが叶うように・・・。

―――時が来た。

この国を取り戻す時が、愛する者達を守る時が、未来を掴みとる時が。

その先に待つのが例え絶望であろうとも、残した思いが実りを迎える事を願い、守り人は戦場に向かう。

 

愛する者と泣きながら抱き締めあい。

泣く夫を笑いながら抱きしめ。

自分の事を尊敬の眼差しで見つめる子供達を優しく抱きしめ。

そこにいる子供に見せつけるように、昔のようにキスを交わし。

泣きながら無理に笑おうとする母に、最高の笑顔をプレゼントし。

親と引き離されるのが分かったのか、泣き出す子供に優しくキスをし。

あの頃と同じように、いないはずの三人の友を合わせた五人で拳をぶつけ合わせる。

見つめる先には、戦場のみ。

 

そして、巻き起こる万歳の嵐。

それは、最高のエール。

背を伸ばし戦場に送り出してくれる言葉。

例え、その顔が泣き顔でもその言葉がすべてを乗せている。

 

戦場に向かう者達は役割も力も違う点が多い。

だが、彼らには1つ。

たった1つだけ共通するモノがある。

それは・・・。

「俺が―――。」

「私が―――。」

「僕が―――。」

 

「―――――守る!!」

 

名も無い、歴史に残る事すらない人々の思いが1つとなりそれが大きな渦となって固まり、力となった。

後はただ、前に進むのみ。

 

1999年8月5日

遠方に聳え立つ忌々しいモニュメントを見つめながら作戦開始の時刻を待つ。

数々のモニターには、様々なモノが浮かんでは消えて行く。

暗い室内には、キーボ-ドを忙しなく叩く音が響く。

「司令、作戦開始時刻です。」

「いよいよ、か・・・。」

司令と呼ばれた男は大きく深呼吸をする。

「作戦司令部より、殿下へ。―――星は落ちた。」

「了解。星は落ちた、繰り返す、星は落ちた。」

「この時を待ち望んでいた・・・。どれだけ夢想しようとも叶わぬと思っていた事が現実のものとなる。」

「司令!城内省、政威大将軍、煌武院悠陽殿下より返電。東方より日は出(いずる)、以上です。」

「諸君ッ!現時刻を持って明星作戦を発動する!!」

 

同時刻:高度500km地球周回低軌道上

テレビの中でしか見たことがなかった世界がそこには広がっていた。

真っ暗な世界の中で青く光る球体。

地球を外から見るのはこれが初めてだ。

「これが、ただの宇宙旅行やったらテンションがMaxになるねんけどな。」

すると、モニターに映し出された映像に変化が現れた。

「遂に始まった・・・。」

俺が見つめるモニターの先では国連宇宙軍により放たれた無数の爆撃。

それは、横浜ハイヴに降り注ぐ大量の対レーザー弾頭弾(ALM)。

それは海からも放たれ、空一面に濃厚な煙幕を広げていく。

そして、それらが地表より放たれる光の矢の威力を減衰させる。

その後、今度は殺傷能力のある砲弾が放たれていく。

まずは、これを繰り返し出来うる限りのBETAを葬る。

その光景を目の当たりにしながら、俺は昨日の事を思い出す。

 

「何故、俺が明星作戦に参加する事を認めてくれたんや?」

「それは、日本帝国との交渉の結果我々が参加する事が決まったからさ。」

「それだけの物を日本は提示してきたんか?」

「まぁね、1つは人的資源。つまり、難民としてネフレにやってきた日本人から技術を公然的に得られるようになったこと。二つ目は、日本帝国が進めている新型戦術機の開発にネフレを加えること。三つ目は、情報省が掴んでいる情報の一部開示と。これほどの条件を提示されたんだ、我々が加わらない理由がないだろう?それに、これでハイヴが攻略出来た場合我々の作った物が爆発的に売れる。兵器をネフレ一色に出来る可能性もある訳だ。もし、そうなったら世界を1つにする時間が短縮される。」

「どちらにしろ、今回の作戦は成功することがほぼ決まっている・・・。いわば出来レースか。」

「そう言うことだ。恨まれるにしても、それはアメリカで我々では無い。」

「・・・G弾はそこまでの威力なんか?」

「それは、明後日の楽しみだよ。」

レオと話した後、俺はストーの元に向かった。

言わなければいけないことがあるからだ。

「和君・・・。」

ストーが不安げね表情で俺を見る。

それに俺は膝を付きストーを優しく抱き寄せる。

「・・・ごめんな、ストー。今回の作戦には参加させることができひん。」

「なんで!?」

「今回の作戦は危険が多すぎる。トイ・ボックスから2人も出してしまって、もし俺達二人が死んでしまったら計画が遅れてしまうかもしらん。」

「やだっ!!やだやだっ!私は和君と行く!どこまでも付いて行くって、決めてるの!・・・決めたの!!」

ストーがここまでの我儘を言うのは珍しい。

俺は、それが嬉しかった。

いつもどこか一歩引いてるところがあったストーが成長した気がした。

「ごめんな・・・。」

俺はそう言って強く抱きしめる。

すると、ストーは俺の首元を力一杯噛んできた。

俺をどこにも行かさない様に、離さない様に・・・。

「・・・ごめんな。」

ストーは泣きながら噛み続ける。

まるで、こうなることが分かっていたかのように。

そして、俺はストーを引きはがす。

「それじゃ、行ってきます。」

そう言って俺はストーに背を向ける。

「ダメだよ・・・。行っちゃダメだよ・・・、私を1人にしないで・・・。」

ストーの泣声が後方から聞こえて来る。

俺はそれを聞かない様に速足でその場を離れた。

 

 

「ストーは、怒っているやろうな・・・。」

それでも、解って欲しい。

ストーは、まだ初陣を終えたばかりなのだ。

二回目の戦場がハイヴ攻略なんて馬鹿げている。

「過保護過ぎるな・・・。」

俺はそう言いながら、苦笑いを浮かべた。

 

東京湾沖合

暗い暗い海の底には、鳥がいた。

その鳥はクジラのような船の先端に張り付いている。

「全モンスターズ、発進準備!繰り返す、発進準備!!」

ソードフィッシュ級潜水艦から解き放たれた鳥は、餌場を求めて彷徨い出る。

海が爆ぜ、その水柱の中より姿を現したのは闇色を纏った戦術機。

世界初のステルス搭載機だ。

その姿は、まさにモンスター。

逆間接の足。

大きく長い腕に尖った爪。

頭が無い胴体には、虫のような複眼が光る。

この戦術機の名はナイトホーク。

攻撃機でありながらステルス機能を世界初搭載した。

夜鳥である。

「こちとら、欧州から態々来てやったんだ。ボーナスは出るんだろうな?」

「あら、じゃあこの前の貸したお金を返して貰えるわね?」

「うるさいぞ、お前等!俺達は言われた事をすればそれでいい。」

「モンスターズリーダーより各機へ、仕事の時間だ。怪鳥の爪を奴らに食いこませてやれッ!!」

「「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」」

 

同沖合:ニミッツ級戦術機空母

その甲板にはトムキャットの姿。

だが、それにしては武装が異色を放っている。

肩部にフェニックスミサイルが計12発。

脚部に3連装ミサイルポッド。

腕部にはバズーカ。

その戦術機の名はボムキャット。

BETAを殲滅するためだけに存在を許される戦術機。

「ボマーズリーダーより、各機へ。日本から我らが会社に恩を輸送するぞ?食った者勝ちだ。実にシンプルで解りやすい!全機ッ荒ぶれよ!!」

「「「「「「「「応ッ!!」」」」」」」」

 

そして、日本帝国軍、斯衛軍、極東国連軍、大東亜連合、ネフレからなる連合軍が大地を多い尽くすBETAの群れにその身を投げ入れる。

相手は津波。

岩を投げ入れた程度では、止められるはずが無い。

だが、その岩の数を増やし、同時に投げ入れ、大きな波紋を作り出せば津波を相殺。

嫌、飲み込む事すら出来る。

「全機、兵器使用自由ッ!!下等生物共に思い知らせろ!!」

「「「「「「「「「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」」」」」」」」

 

あれから何時間たった?

あれからどれだけの人が死んだ?

俺は震える手を握り閉め、その時を待つ。

この作戦での俺の役割は、道を切り開く事。

簡単に言えば、特攻だ。

俺を運ぶ再突入型駆逐艦(HSST)に搭載されている再突入カーゴは少し違う。

HSSTには本来二機分の再突入カーゴを取り付ける事が可能となっているが、このHSSTに一機分しか搭載出来ない。

それは、再突入カーゴが大きすぎるためだ。

その理由が今回の任務のために用意された兵装。

それは超大型のブースターだった。

そのブースターはジュラーブリクE型の下半身すら飲み込んでいる。

途轍もなく長いそのブースターの外装には、合計八個の小型ブースターが取り付けられており、これで各ブースター一回限りの緊急回避を行う。

見た目を言ってみればミサイルの先端にジュラーブリクがめり込んでいる感じだ。

その時、通信が入る。

「五六中尉。」

「はい。」

「作戦開始から10時間が経過しましたが、今だ敵の内部に入り込むだけの数を減らせていません。」

「俺の出番と言う事ですね。」

「はい。次の降下ポイントに到着しだい、作戦を始めます。」

「了解!!」

 

旗艦艦内

「艦長!」

「どうした?」

「作戦司令部より、陣形の変更命令です!」

「このタイミングで?・・・一体何を考えているんだ。」

その陣形は少し変わっていた。

太平洋方面から横浜ハイヴに向かって一本の道を作れと言うのだ。

はっきり言って悪手である。

わざわざ今の位置を移動してまで行う必要があるとは思えない。

だが、命令とあっては従わなければ行けないのが軍人だ。

艦長は命令通りに指示を行っていく。

 

「再突入カーゴ、分離!御武運を・・・。」

HSSTから放り出された俺は、真っ直ぐに地球に吸いこまれていく。

「ぐっ・・・!」

身体に途轍もないGが掛かる。

意識が吹っ飛んでしまいそうだ。

そうなれればどれだけ楽だろうか。

だが、俺の体は意識を決して手放したりしない。

身体中の筋肉が悲鳴を上げ息を吐く事すら出来ない。

「つぅあ・・・。」

薬はすでに飲んでいる。

脳のリミッターも切っている。

正真正銘の本気でやつらを殺しにいく。

大気に再突入カーゴを燃やされながら高度2000mに到達する。

「再突入カーゴ、分離!!」

俺を守っていてくれていた殻は、役目を終えるとその身を砕き空に消える。

心臓が高鳴る。

腕が重い。

今から何をするのか、ときどき忘れてしまいそうになる。

海が近づく。

「メインブースター!」

このままでは、海にその身を砕かれてしまう。

「点火!」

空に投げ出された鋼鉄の芋虫のケツに火がともる。

それは、爆音を上げ次々と誕生日ケーキのローソクのように別のブースターにも火を灯す。

次の瞬間、世界が止まり、そして線になった。

 

「くそっ!下等生物共がぁ!!」

撃震に乗る帝国軍大尉は叫びを上げる。

もともと出来て間もないハイヴ、フェイズも2である事が確認されている。

だが、BETAの数が多すぎる。

「うわぁああああああっ!!」

また、仲間が死んだ。

後残りどれだけの仲間がいる?

俺達は、他国に助けを借りてでも、この作戦を絶対に成功させなければならないのに。

それでも、俺は、人類は、奴らに勝つことが出来ないのか・・・。

その時、CPから通信が入る。

「進行ルート変更です。ただちに指定されたポイントに向かって下さい。」

その命令が俺には信じられなかった。

「なに馬鹿な事を言ってやがる!ここを離れちまったら陣形に穴を開けちまうだろうが!」

それは真っ直ぐにBETA内部、忌々しい光線級がいるポイントまで線を引いたような陣形だった。

「命令に変更はありません。」

「クソッ!各機聞いていたな!?ただちに所定ポイントまで向かうぞ!」

戦域マップを見れば他の部隊も移動を開始し、東京湾から真っ直ぐに線が引かれていく。

それと同時に空を飛ぶ多数の無人爆撃機がBETA内部へと進行していく。

「国連のお気に入りか何か知らないが、企業の連中は馬鹿なのか?」

そして、それらは光線級のレーザーに次々と落とされていく。

「言わんこっちゃない・・・。」

貴重な爆撃機をこんな所で無駄に消費しやがって、金を手に入れると頭が馬鹿になるものなのか?

だが、意味の解らない命令のつけは別の所にも影響を与える。

開けた陣形内をBETAが進行を開始したのだ。

「クソッ、最悪だ!」

そして、それは穴の開いた箇所にいる部隊にも影響を与える。

「BETA総数1000!まだまだ増えて行きます!」

部隊の仲間から通信が入る。

「解っている!全機、こんな意味不明な命令のために死ぬなよ!」

こんな理不尽で死んでたまるか!

俺はそう言いながら突撃砲を構える。

「た、隊長!」

「今度はなんだ!」

「東京湾から何かが来ます!」

「なに!?」

レーダーを見ると途轍もない速度で進んで来るなにか・・・。

「あれは、ミサイルか?・・・嫌、違う、これは・・・友軍機!?戦闘機がなんでここにいやがる!?」

それは、戦闘機と言うには大きすぎる。

だが、そうとしか思えない速度、もしくはそれ以上の速度で陣形を開けた場所に侵入する。

すると、企業の無人爆撃機がそれを守るように集まりレーザーに撃ち抜かれて行く。

「馬鹿野郎!自殺行為だ!!」

だが、そいつは止まらない。

何かに追い立てられているかのように突き進む。

そして、すべての無人爆撃機が落とされた時にアラートが鳴り響く。

「これは・・・、S-11!!?全機!耐衝撃、急げ!!」

戦闘機のような何かから放たれた多数のミサイルはそれぞれ真っ直ぐに進み、光線級がレーザーを放つ前に爆発する。

凄まじい衝撃が機体を揺らす。

「無茶苦茶だ!!」

部隊に合流したばかりの新人が喚く。

皆がそう思っている筈だが、それに相槌を打っている暇は無い。

何故なら、今までどうあっても進行することすら出来なかったBETAの壁にぽっかりといくつもの大穴が空いているからだ。

世界が静寂に包まれている気がした。

向かってくるBETAを殺している筈なのに現実感が無い。

アイツは何をした?

ただ、BETAの群れの中に突っ込んでミサイルを撃っただけ。

だが、そんな事が出来る筈がないと誰もが思っていた。

俺は夢を見ているかのような感覚を覚えていたが、そんな俺を現実の世界に引き込む声が聞こえた。

 

俺は一生この時の事を忘れないだろう。

その声は、俺達の心を揺さぶり血肉を滾らせるのに十分だった。

 

「―――ここからッ!人類のッ!人のッ!俺のッ!反撃開始だッ!覚えてやがれ下等生物共ッ!!―――俺が、俺達がッ!テメェらの天敵種様だッ!!」

 



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俺はここにいる

まるで、世界が変わった気分だ。

見える景色はすべてが線。

唯一知覚できるのは、前方の野球ボールくらいの大きさの円から見える景色のみ。

その他すべてが、線で出来上がった世界に俺はいた。

「ぐぅぅぅぅうううううッ――――。」

もともと、この大型ブースターはファンデーションの開発途中に出来上がった物だ。まだ、今のようなハイヴ攻略方法が確立されていなかった時、単機で核爆弾を大量に抱えハイヴに突っ込む人間ミサイル。

そのために搭乗者の安否は二の次で、ただ加速性能のみを追い求めたこれは、その非人道的で実用性の無さからお蔵入りとなっていた。

それを、今回の作戦のために埃を被っていたのを取り出してきた。

グチャ―――。

体内で何かが押しつぶされた音が聞こえる。

そこから溢れた液体が喉を逆流し口から飛び出そうとするが、体に予想以上にかかるGの影響で口を開く事さえ出来ない。

痛みは無い。

身体のどこかが潰れようとも関係が無い。

到着するまでの間に完治していれば問題無い。

藍色の阿修羅は、海上を進む。

彼が進んだ後には、まるで何かから逃げるかのように海が割れる。

「陸地到着まで、カウントします。」

CPから通信が入る。

「5」

全身に力を込める。

「4」

作戦内容を再び思い返す。

「3」

大量のファンデーションが、陸地から放たれるレーザーを受け止め爆ぜる。

「2」

陣形も俺のために変更されている。

「1」

「ここまで、されちまったら!失敗なんて出来る訳ねぇだろ!!」

陸地に蔓延るBETAは俺が上空を通りすぎた後に砂煙と共に吹き飛ばされる。

ファンデーションが、レーザーの盾になってくれている。

「S-11ミサイル着弾地点確認!!」

CPから着弾予定地点に友軍機がいないことを知らせてくる。

「了解!!」

そして、光線級がいるBETA内部まで後少しと言うところでファンデーションすべてが撃ち落とされた。

「急いで下さいッ!!」

予想よりも早いファンデーションの撃墜速度に、CPから焦りが窺える。

「解ってる!!全弾発射!」

大型ブースター内部より、生まれ出たミサイルは意志を持っているかのように予定地点に向かう。

一番近い、後方で最初の爆発が巻き起こる。

後方から大地をひっくり返して叩きつけたような音が聞こえて来る。

だが、そんなモノに構っている暇は無い。

「大型ブースター、パージ!!」

俺のジュラーブリクをその巨体に縛り付けていた装甲が、俺事迫り出す。

そして、そのまま大型ブースターの腹部に移動させられる。

もう少しで地面とキスをしてしまいそうだ。

アラートが鳴り響く。

初期照射を受けているのだろう。

だが、幸いなことに前方からのみだ。

アラートを感知した大型ブースターは俺を切り離す。

だが、その時にはレーザーがすぐそこまで迫っていた。

あぁ、あれはもうダメだ・・・。

誰が見てもそう思うだろう。

事実その通りであり、鋼鉄の巨大芋虫は光の矢に穿たれ内部から破裂してしまった。

赤と黒の花火が出来上がる。

だが、その爆炎の卵の内部から飛び出してくる藍色の悪魔。

「ウォォアアアアアアアッ!!」

俺は、大型ブースターに取り付けられていたフォルケイトソード改二本を取り外し、ブースターを全開で噴かせ、チャージ中の光線級を回転しながら横薙ぎに切り捨てながら、地面を削りながら周りの光線級諸共、他のBETAを肩の突撃砲すべてを使い蹂躙する。

その姿は、まるでフィギュアスケートをしているように美しかった。

BETAの群れの中、単身で斬り込んだ阿修羅が重い体を立ち上がらせる。

「ただいま、クソ野郎共ッ!!」

俺はそう言いながら戦域地図を確認する。

すると、いたる所にポッカリと大穴が空いていた。

どうやら作戦は成功したらしい。

陣形も元に戻っている。

それらを、確認し終えた俺は、思いを乗せて宣戦布告した。

「―――ここからッ!人類のッ!人のッ!俺のッ!反撃開始だッ!覚えてやがれ下等生物共ッ!!―――俺が、俺達がッ!テメェらの天敵種様だッ!!」

そして、蹂躙劇の幕が上がる。

 

「篁さんッ!」

「えぇ、今の声は和真さんよ!」

私達は歓喜していた。

もしかしたら、と内心思っていたが、まさかあんな方法で登場して、しかも突破口まで開いてしまうなんて。

「・・・さすがと言うべきかしらね。」

恭子様ですら、驚かれることをやって見せたあの人は、やっぱり凄い衛士なのだと思い知らされた。

「この機を逃す訳には行かないッ!作戦通り我々はレーザーヤークトを行う。今こそ、我ら斯衛の矜持を見せる時だ!全機、私に続けぇぇえええええッ!!」

「山城さん!」

「えぇ、いきましてよ!!」

いつか、届くのだろうか・・・。

嫌、届いて見せる!

私は、私達は、彼の後ろ姿ばかりを見ている訳にはいかないのだ。

 

「しゃらくせぇぇええええ!!」

俺は目の前に現れた戦車級の群れを突撃砲で薙ぎ払う。

「はぁ・・・はぁ・・・。」

どれだけ、殺したのだろうか・・・。

俺は、単機で突撃を掛けレーザーヤークトを行った後、体制を立て直すために再び東京湾方面に向かっていた。

だが、それを邪魔するかのようにBETAの群れは襲い掛かってくる。

一匹を殺してもその後方から襲い掛かってこられ。

それを、躱しても後方から攻撃される。

それを、跳躍ユニットを使い横に滑るように突撃砲を撃ちながら躱すが、今度は四方から攻撃される。

先程からこれの繰り返しだ。

「俺はバーゲンの品で、お前達はそれを奪い合う客と言ったところやな・・・。」

俺は笑いながら戦い続けた。

辺りはBETAの死体の山と血の川で出来上がっている。

残弾も残り僅か、フォルケイトソード改の燃料も後三回使えば終わってしまうだろう。

このままなら、確実に挽肉にされ、ミンチにされ、刺身にされ殺される。

だが―――。

「それがどうした?」

そんな死に方をするくらい、とうの昔に知っている。

覚悟なんて大それたものでもない。

戦場に立ったその時に皆がそう成長するだけの話だ。

だから、それがどうした。

俺達はただ、戦って地上げ屋からこの土地を奪い返すだけだ。

最後のロケットブースターを使い要塞級を叩き切る。

それと同時に、フォルケイトソード改も折れてしまう。

何百匹と切り殺したのだ、良く持った方だろう。

肩部の突撃砲二門を腕に持ち替える。

俺は、それらの120mmキャニスター弾を足元の戦車級の群れに撃ちこんだ。

まるで、水風船が破裂したかのように血飛沫が上がり世界を赤一色に染め上げる。

「いらっしゃいませお客様!当店では、冷やかしは御遠慮願っております。」

足の大型モーターブレードで要撃級を削り殺す。

「生きてこの店を出たいお客様は、急いで馬鹿な男をお買い上げ下さい。」

ダンスを踊っているように、楽しそうに削り撃ち殺す。

「じゃないと・・・。」

両手、両肩合わせて四門の突撃砲をそれぞれ、向かってくる客に向ける。

「馬鹿な男に食い殺されるぞッ!!」

すべての砲門から弾丸の雨と言う接客が行われた。

 

ニミッツ級戦術機母艦の艦上では、ボムキャットの補給が行われていた。

「俺達の次の任務は、あの滅茶苦茶な衛士の救出だ。」

ボムキャットに積み込まれるミサイルを見ながら、ボマーズの衛士が呟く。

「そんで、その馬鹿は今どこにいるんだ?」

「BETA群の中の中だ。」

「うへぇ~!良くそんな事が出来るな。英雄志願者か?」

「どちらかと言えば自殺志願者だろう?死ねば英雄だ。」

「へっ、違い無い。」

すぐ目の前が戦場だと言うのに、彼らはいつも通りだった。

それは、彼らが歴戦の衛士であるからだ。

常に戦場にいる。

それらを、体現した存在だからこその自然体なのだ。

「モンスターズの連中は?」

「俺達と同じで、自殺志願者に生還への道を作ってやるんだとさ。」

「ほんと、ご苦労なこった。」

そう言いながら、補給終了の知らせを受け愛機に乗り込む。

「そんじゃあ、その馬鹿は今どこかなぁ~。」

データリンクを使い救出すべき、愛する馬鹿を探す。

すると、それはすぐに見つかった。

「へぇ~。」

そこには、単機で次々とBETAを葬り続けるマーカーが1つ。

「やるじゃねぇか。」

それは、異常とでも言えば良いのか。

その殲滅速度はあきらかに可笑しい、瞬く間に押し寄せるBETAを殺している。

まるで、後ろに目が付いているかのように全方位の敵を着実に殺していた。

すると、隊長から通信が入る。

「モンスターズの準備も整ったようだ。これが、本日最後の任務となる。全機心して任務に当たれ。」

「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」

そして、爆弾魔達は戦場へと再び向かって行った。

 

「はぁ・・・、はぁ・・・。」

戦闘を始めた時は太陽は真上だったのに、今ではその姿が消えてしまいそうにか細くなっている。

夕陽に照らされながら、藍色の機体色が赤一色になるほどの戦闘を繰り広げていた。

「まだ、来る。」

弾薬はすでに無い。

推進剤も残り僅か、それでも俺は未だに補給に向かう事が出来ずにいた。

「数が多すぎる・・・。本当にフェイズ2かよ。」

さすがに、何時間も作業のように戦い続けていれば愚痴の1つでも言いたくなる。

「でも、俺の作戦がうまく行ったおかげで大分BETAの数を減らせた。後は、オービットダイバーズを待つばかりってな。」

それまでに俺が帰れればの話だが。

最悪、空から落ちてきた再突入カーゴに押しつぶされて死亡じゃ、ダサすぎる。

「後、もう少し・・・。」

地図上では後少しなのだ。

だが、その少しが遠すぎる。

俺が少し気を抜いた瞬間、目の前に要塞級の鞭が迫る。

「くそッ!!」

迫りくる触覚を俺は側転するように躱す。

だが、着地と同時に地面から戦車級の群れが溢れ出してきた。

「なッ!!」

ジュラーブリクは足を取られてしまう。

そして、待ちわびたと戦車級が飛び掛かってくる。

ここまでか・・・。

俺がそう思った時、俺の周囲のBETAは爆風に弾け飛ばされた。

「良い所邪魔するぞ、自殺志願者。」

BETAを弾け飛ばした正体、それはボムキャットが手に持つバズーカから放たれた砲弾だった。

「そうそう、お前は俺達がエスコートしてやるから邪魔だけはすんじゃねぇぞ?」

要撃級を引き千切りながら現れたのはナイトホーク。

「全機、好きなだけ食らって行け!!」

「「「「「「「「「「了解」」」」」」」」」」」

ボムキャットから次々と放たれていくフェニックスミサイルは、遠方から向かってくるBETAを根こそぎ吹き飛ばす。

その光景は、隕石が衝突しているのではないかと言う程に派手だ。

「・・・さて、日本の八咫烏に習って俺達夜鳥の群れが道案内してやるよ。」

ナイトホークは、その大きく長い腕を使い近場にいるBETAを切り裂く。

「あら、私達はモンスターなのだから、ついてきたら食べられちゃうかもよ?」

そう言いながら、ナイトホークは前面の装甲を開け中から砲身を覗かせ戦車級を蜂の巣に変える。

「ビックリした?ウエポンベイを搭載してる戦術機を見るのは初めてかしら?」

「無駄話をしている暇は無いぞ?・・・トイ・ボックスの衛士、ついて来い。」

俺はナイトホークとボムキャットに援護されながら戦場を移動していく。

だが、やはりBETAの数が多すぎた。

「くそッ!こいつらどこから湧いてきやがる!!」

「バズーカ、弾切れだわ・・・。どうしよ?」

その様子を黙って見ていられなかった俺は、加わろうとする。

だが、それは阻止されてしまった。

「だから、邪魔だっつってんだろ!?」

「今の貴様に何が出来る?弾はもうないのだろう?まさか、モーターブレードだけでどうにかするつもりか?」

その言葉は、俺の事を気遣ってくれているのだろうが要するに邪魔だから引っ込んでろと言う事だ。

たしかに、溢れてくるBETAはすでに俺達の周りだけで優に2000は、越えている。

それにモーターブレードだけと言うのは無謀と言うものだろう。

だが、それは普通の衛士ならの話だ。

「・・・先に助けに来て頂いた事は礼を言います。ですが、これだけは言わせて頂きます。・・・俺が邪魔やと?逆に言ってやるよ!俺の邪魔をすんじゃねぇ!!」

俺は、すべてのモーターブレードを展開し戦線に加わった。

「俺には、近接最強の経験が入ってんだよ!!これくらい、越えて見せてやるよ!!」

「アイツ・・・。」

作戦を妨害された。

これだけで、ボマーズの隊長は普段なら頭に血が上りBETA諸共、護衛対象を殺していたかもしれない。

だが、彼はそうならなかった。

なぜなら・・・。

「遅ぇんだよ!!」

要撃級の攻撃を紙一重で躱し、顔のような感覚器を切断し、突撃級を飛び越え頭上から急降下し裂断する。

戦車級が集れば回転し、なます切りにする。

「・・・自殺志願者では無かったようだな。」

彼は思った。

彼のような若者がいるなら、人類はまだ負けないと・・・。

「全機!なんとしても、あのバカを連れて帰るぞ!!」

そして、爆弾魔はその馬鹿に見せつけるように本来の実力を遺憾なく発揮した。

 

 

ロイヤル・スウィーツ艦内で俺は1人座り込んでいた。

「生きて帰ってこれたのか、俺は?」

未だに実感がわかない。

俺はそれを確かめるように、何度も腕を握っては開きを繰り返していた。

 

「良く、生きて帰ってくれたな。」

「艦長・・・。」

「ジュラーブリクはもうダメだな。」

「・・・はい。」

俺のジュラーブリクE型は、艦に着いた時に死んでしまった。

無理な機動をとらせ続け戦い続けた結果だ。

「良く持ってくれました。」

「君の事が余程好きだったのだろうな、良い機体じゃないか。」

「はい、本当に・・・。」

「話は変わるが、社長が呼んでいる。通信室に向かいなさい。」

俺はそれに、立ち上がり敬礼をした。

「はっ!」

 

「オービットダイバーズのハイヴ進行も難なくいったらしい。君の活躍は勲章ものだね!」

「それなら、今回の戦場にいる皆に勲章を渡さないと。」

「君は、自分がどれほどの事をしたのかを理解するべきだと思うけれどね?光線級103、要塞級40、その他BETA測定不能、これだけの戦果を出しているのだから!」

「それは、S-11ミサイル含めてやろ?そんなことより、この調子ならG弾は必要ないのか?」

「どうだろうね、正直解らない。横浜ハイヴは他のハイヴとは違いあきらかに異質だ。それに相手がBETAである以上切り札は用意しておかないと。」

「それもそうやな・・・。」

「あぁ、そして戦術機を失った君はもうそこには必要ないからね。すぐに、ケアンズに帰投しなさい。」

「・・・了解。」

 

1999年8月6日

「横浜ハイヴがフェイズ4相当やと!?」

俺は社長室で驚愕していた。

「やってくれるよ、本当に・・・。」

レオは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

それだけたちが悪いことなのだ。

「・・・どうやっても、歴史は変えられないのか。」

「?」

「日本軍、大東亜連合、国連の連合軍は今や恐慌状態だろう。G弾投下の時刻まで持つか解らない。・・・そこで、ジョーカーを切ることにするよ。」

「・・・と、言う事は。」

「あぁ、ヴェルターを出す!」

 

南極基地

俺は、新たな力の前に立っていた。

「セラフヴェルター、全規模量産型の武装として現在開発中の内の1つ、近接格闘型のヴェルターだ。」

その姿は、元のヴェルターの姿をさらに禍々しくした姿をしていた。

元々白かったヴェルターの装甲は、赤色をしている。

その赤色は、綺麗な夕陽の様な赤ではなく紅蓮のマグマの様な見るだけで死を連想させる暗い赤色だ。

そして、Gドライブの下。

人間で言うところの尾骨の位置には、要塞級の触覚を思わせる尻尾が付いている。

そして、腰部から後方に天を突き刺すように突き出している二つの両刃の剣。

最後に右腕に取り付けられている巨刀。

すべての武装が近接一色で固められた異質な機体。

「セラフ・・・、熾天使か。天使にはまったく見えやんけどな。」

「人類救済の戦術機なんだ。天使様だろ?」

「・・・フッ。」

俺はレオの脾肉を鼻で笑う。

「ストーはどうしてる?」

「ご立腹だね・・・。まぁ、その内会えるよ!そんなことより・・・。」

レオはそう言いながら、俺に何かを手渡してくる。

それは、何かのデータチップと大量の薬だった。

「これは?」

薬の方は解る、俺の体内のナノマシンを抑える薬だ。

だが、何故このタイミングでデータチップを渡すのか理解出来ない。

「今は知らなくてもいいさ!ヘルメットを貸して?」

俺は素直にヘルメットを渡す。

すると、レオは後頭部にいつの間にか作られていた場所にそれを刺し込んだ。

「ここを押せば取り出せるからね?」

「あぁ・・・?」

俺は不思議に思いながらもヘルメットを受け取る。

「さぁ、行ってきなさい!」

「了解!!」

 

セラフヴェルターに乗り込み、一体化する。

G弾が発射されれば多くの人が死ぬ。

それだけは回避しなければ・・・。

俺が今から行ってどれだけの事が出来るのか解らない。

それでも、俺は出来る限りの事をするだけだ。

心を落ち着かせるために深呼吸をする。

「良し・・・。セラフヴェルター出撃します!」

そして俺は再び戦場に向かった。

 

「くっ、来るなぁあああ!!」

「ヒィアアアッ!」

「だれか、タス・・・。」

戦場は、人々の叫びで埋め尽くされていた。

和真さんの働きでBETAを押し返し後もう少しと言うところでそれは起こった。

地面から這い出してくるBETA。

地中を移動することは知っていたし、警戒はしていた。

だが、数が多すぎるのだ。

数千増えた程度なら何とかなっただろう・・・。

だが、奴らは万単位で這い出してきた。

いきなり、自陣の真ん中に数万のBETAが飛び出して来たのだ。

連合軍は瓦解し、逃げ出す者すら現れすでに負け戦になっていた。

それでも、ここで横浜ハイヴを攻略しないと日本は終わる。

その一心で皆恐怖に震える体を動かし戦っていた。

そんな中で私達は海岸沿いで戦闘を行っていた。

「ちぃ・・・。」

腕を振り上げた要撃級をナイフを展開し切り殺す。

だが、側面から別の要撃級が向かってきていた。

「山城さんッ!!」

篁さんが叫ぶ。

だが、私は理解していた。

今さら何も出来ないと、それほどに取り返しがつかない距離にBETAがいた事を気付けなかった私の不覚なのだと。

和真さん・・・。

「私は、あなたのようになりたかった・・・。」

要撃級の腕が振り下ろされる。

篁さんが向かってくるのが見える。

持ち場を離れたらダメじゃない・・・。

私は、他人事のように考えてしまっていた。

でも、生きたい・・・。

死にたくない・・・。

まだまだ、やりたい事がたくさんある。

死にたくない・・・。

その時、走馬灯のように京都での事が蘇る。

暗闇の中で震えていた私を救ってくれた光・・・。

彼が、いないのは解っている。

それでも、頼りたくなってくる。

そんな人なのだ。

あの人は・・・。

もう要撃級の腕は目の前だ。

後はこれに貫かれて終わり。

自然とその人物の名前が口からこぼれてしまった。

「・・・和真さん。」

そして、私は目蓋を閉じた。

だが、衝撃も何も来ない。

私は不思議に思い、恐る恐る目蓋を開ける。

すると、要撃級の姿がどこにも無かった。

その代わりに血の雨が機体を濡らす。

何が起こったのか解らない私は、その雨を降らせている存在を確かめようと空を見た。

すると、海の中から伸びる一本の蔓のような物に要撃級は持ち上げられていた。

そして、それは私の上で両断され血肉の雨を降らせる。

私は混乱する頭のままで蔓を辿り海を見る。

すると、そこだけ墨を撒いたように黒くなっていた。

海中から黒く照らしているように輝く海・・・。

まるで、地獄の入り口が開いたようだ。

だが、私はその光の中に温かさを感じた。

「山城さん!!」

「篁さん・・・。」

篁さんが目に涙を溜めて無事を確認してくる。

「篁さん、あれは・・・?」

「私にも、解らない。」

要撃級を両断した蔓は、まるで意志を持っているように動き回り海中に消えて行く。

「新種のBETA?」

篁さんが聞いて来る。

「それは、無いと思いますわ・・・。」

「それは、何故?」

「だって、私を救ってくださったのですから・・・。」

その時、海が爆ぜる。

地獄の入り口を通って出てきたモノは悪魔だった。

全身を寒気がする赤に身を包み、隙間からは死を連想させる黒が滲み出している。

「あれは・・・。」

その時、悪魔が吠えた。

「くぅううう!」

「耳が・・・ッ。」

それは、まるで自己主張しているように、俺はここにいると世界に叫んでいるみたいだった。

 

俺は海中の中で飛び出す箇所を確認する。

ヴェルターはBETAを誘き寄せることは前の実戦で判明している。

出来るだけ、人がいない所に出た方が良い。

俺はGテールの先端についているカメラを海上に出し、その場を探した。

すると、白い瑞鶴が要撃級に攻撃されようとしていた。

「間に合えぇえええええ!!」

俺はすぐさまGテールを向かわせる。

Gテールは、海蛇のように移動しBETAを貫いた。

そして、そのまま持ち上げると同時に斬り裂く。

「見つけた!」

BETAが急に移動を開始しても被害を出さない箇所を見つける。

それを理解すると同時にセラフを向かわせる。

そして、陸地に上がり見たのは地獄だった。

逃げる戦術機を追いかけ轢き殺し、単機で奮戦する戦術機を徐々に喰らい、仲間を助け出そうとした戦術機もろとも貫いて溶かす。

その光景を目の当たりにした俺は、負の感情を乗せて叫んだ。

 

「俺はここだぁぁぁぁぁああああああああああッ!!!」

 



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失せる夢

その叫びは憤怒の感情を乗せていた。

その音は、大地すら飲み込む勢いだ。

その姿は、死人のように見えた。

世界の不条理を神に伝えようとしているようだ。

世界が止まる。

人もBETAも海も風も、すべてが赤い化け物を中心に凍りつく。

そして、その氷塊を打ち壊すのも、それを作り出した張本人以外にありえない。

その右手に取り付けられた巨刀が前方に移動し吸い寄せられるように赤い化け物の右手に収まる。

次の瞬間には、遥か先のBETAの群れをその巨刀で切り刻んでいた。

その光景は何と言ったら良いのだろうか。

ビデオを重ね取りし、いきなり場面が変わったかのような、そんな表現しか出来ない。

気が付いた時には、遥か先で暴れていたのだ。

それは、どこかの国の極秘開発された戦術機と言うより、新種のBETAが暴走していると言った表現の方がしっくりくる。

敵にしろ味方にしろ、関係が無い。

その姿を見た者達は皆が思った。

あれは、どうする事も出来ないと・・・。

 

忙しなく動く世界の中で、俺はただひたすらに暴力を振るう。

「セラフヴェルターのOSは依然と同じ仕様にしてある。今回の君の戦闘データと先行量産型のデータを元に全規模量産型のOSを作成する。君は、ヴェルターで出来るだけ他者を守りながら多くのBETAを殺すんだ。そのデータは今後の開発に重要なモノとなる。そして、ヴェルターを宣伝するんだ。BETAから人々を守る救世主だと。神の使いだと思わせるんだ。ヴェルターの活躍が噂でもいい、情報として民間人にまで広がれば、また我々の計画を一歩前進させることが出来る。G弾発射まで後一時間だ。頑張ってくれ・・・。」

レオからの通信に俺は返事を返さない。

返す暇すらない。

味方陣営を守りながら戦うのは、骨が折れるどころの話では無かった。

BETAは、極上の餌を見つけたと言わんばかりに大挙として押し寄せる。

ほぼこの全域のBETAが海岸沿いにいる俺に向かって来ている状態だ。

この中で俺が守る者、それはBETAの進行上にいる人達を守ることだ。

俺はその人達を守っては元の位置に戻り、守っては元の位置に戻りを繰り返していた。

「良し!撤退を始めた!!」

戦域地図上の味方マーカーが次々と補給地点に向かって行く。

予定通りだ。

「あれから、すでに45分!急いでくれよ!!」

G弾投下まで後15分、おそらく米国からは作戦司令部にG弾投下の通達が行っている筈、また戻って来るなんて事はないだろう。

「ちぃ、しつこい!!」

ヴェルターの周りにはBETAの山、戦域地図は赤一色で自分のマーカーすら見えない。

「はぁあああああッ!!」

俺は右手の熱で赤く輝くGバスターソードを振り貫く。

すると、BETAの肉片が飛び散り血の蒸気が立ち込める。

そして、戦域地図の赤いマーカーに穴が開く。

だが、それも直ぐに染まり始める。

殺せば殺すほどにBETAは増えていった。

まるで、殺したBETAが生き返っているのではないかと錯覚させるほどだ。

戦車級がヴェルターの周りに群がり大きな壁を作る。

その数は4、ヴェルターを閉じ込めるように配置されたそれは中に崩れ落ちヴェルターを生き埋めにしようとする。

そして、暴れる獣は赤い土砂にその体を飲み込まれてしまった。

赤い山からは黒い煙が立ち上る。

それは何時噴火するか解らない火山のようだ。

「重てぇええんだよぉおおおッ!!」

土砂と化していた戦車級を体についた雫を払う犬のように震わせ剥がれ落とす。

すると、今度は四方を要塞級に囲まれていた。

「シッ!!」

俺はその要塞級の内三匹をGテールで串刺し内部から細切れにする。

残りの正面にいた要塞級は、右手のGバスターソードで叩き切った。

だが、それで終わらないのがBETAだ。

要塞級の内部からは羽化を始めた虫のように光線級が姿を現す。

それと同時にアラートが鳴り響く。

「隠し武器って訳かよ・・・。」

Gテールは要塞級三匹に使っている。

Gバスターソードは、目の前の要塞級を殺すのに振り貫いた体制のままだ。

このままでは、いかにヴェルターと言えども危険だ。

生れ落ちようとしているのは、五匹の光線級。

周りにはBETAの海、回避するすべなどない。

「けどなぁ!!」

その時、セラフヴェルター両脚部側面の歪な装甲が展開していく。

「こっちにだってあんだよ!!」

それは、腕だった。

脚部に生えた腕は腰部のGソードを掴み、居合のように振り貫く。

すると、今にもレーザーを放とうとしていた光線級はハサミで切られたかのように両断された。

そして、その場で回転する。

三本の巨大な、海すら断ち切ってしまいそうな刀を振り回す。

ヴェルターの周りにいた無数のBETAは、それだけで弾け飛び、溶かされ、消え去る。

俺は再び戦域地図を確認する。

大部分の部隊は補給に向かっている最中だ。

取り残された部隊には他の部隊が向かっている。

時間までまだ、10分ある。

なんとかなるだろう。

 

そう、思っていた――――。

 

聞きなれないアラートがコックピット内を満たす。

それは今から訪れる最悪を予見したヴェルターの叫びに思えた。

「な、なんや!!」

すると、CPより連絡が入る。

「五六中尉ッ!ただちに撤退して下さい!!」

「なんでやッ!まだ、G弾投下まで時間があるやろ!?俺にこの場の人達を見捨てろ言うんか!!」

「そのG弾が投下されました!!被害規模は想定不可能です!!ですから、急いでッ!!」

「なッ!」

そんな、G弾投下まで時間があるはずだ。

俺がここで暴れたんだ、BETAの数も大分減らした、連合軍の避難も開始している。

態々時間を繰り上げてまで行う意味なんて無いはずだ。

俺は急いでレオに通信を繋げる。

「レオッ!これはどういうことだ!!」

「私にも解らない・・・。今掴んでいる情報ではどこかの馬鹿が緊張に負けて撃ちだしてしまったと言う事だけだ。」

レオの表情も険しい、この事態は想定していなかったことのようだ。

「とにかく早く撤退しなさい。もう残された時間も少ない。」

そしてレオとの通信を切る。

「クソッ!!」

俺はコントロールパネルを叩きつける。

後数分、後数分あれば生き残れたかもしれない人達の寿命が決定してしまった。

「クソッ、クソッ!!」

いつもうまく行かない、何かがうまく行ってもどこかでしっぺ返しを食らってしまう。

俺はBETAを葬りながら、その怒りをBETAにぶつけながら時間に追い立てられた。

「五六中尉!撤退して下さい!!」

「うるさいッ!!」

俺は通信を強制的に切る。

「奪わせないぞ・・・。これ以上、無くしたくないんだぁあああああああッ!!」

セラフヴェルターは、その体をさらに黒に塗りつぶした。

その時、別の回線から通信が入る。

「アメリカ宇宙軍より、22号ハイヴ攻略全ユニットへ。・・・即時撤退せよッ!!繰り返すッ。即時撤退せよッ。我々はハイヴ攻略可能な破壊兵器を持っている。我々はその新兵器の使用を決定した。即時撤退せよッ!!。攻撃の効果範囲より至急撤退せよッ。」

そして空より現れる黒い二つの太陽。

すべてを飲み込み、すべてを歪め、すべてを消しさる。

暖かさなんて微塵も無い、ただただ冷たい黒い光が横浜ハイヴに舞い降りてくる。

「なんだよ・・・、あれは・・・。」

その黒に俺は言葉が出なかった。

あれはヤバい・・・。

見る事すら躊躇われる存在だ。

口に出したくもない存在だ。

「あんな物が、人類の切り札だって言うのかよ・・・。」

だが、和真は気が付かない。

己が纏うその色も同等の物であり、また、その存在を抱えていることに。

すると、突然激痛が走りヴェルターが言う事を聞かなくなった。

「な、なんだよ、コイツはッ!!」

まるで全身が麻痺したみたいに言う事を聞かない。

すると、突然ヴェルターが動き出した。

この感覚は前にもあった。

「レオッ!」

「ヴェルターの操縦権をこちらに譲って貰ったよ。」

「どうしてッ!!」

「ここで、ヴェルターを失う訳にはいかないからさ。」

そして回線自体が切られてしまう。

「レオッ、レオッ!・・・クソッ!!」

ヴェルターは吸い寄せられるように東京湾に向かう。

遠隔で操っているのか速度も出ない。

その時、黒い太陽が膨張した。

数々の光線級がレーザーを放つ中、それらをすべて捻り逸らし逆に飲み込み始める。

そして膨張していく太陽はハイヴ諸共すべてを飲み込んでいく。

逃げるBETAも人も関係が無い。

ただ、そこに在るだけで怒りを買ったかのように無慈悲に存在を消し去られていく。

ヴェルターは黒い太陽から逃げるために東京湾を目指す。

だが、その時ヴェルターを激しい揺れが襲った。

「なっ!Gドライブの貯蔵量が急速に減って行く。」

ヴェルターが纏う黒は、さらに強力な黒に吸い寄せられていく。

「このままじゃ・・・。」

すぐ後ろまで太陽は迫っている。

もう逃げられない。

そう覚悟した時、声が聞こえた。

「た・・・ゃ・・・。」

「だれか、誰かいるのか!?どこだ!どこにいる!?」

俺は出来る筈が無いのに、悪あがきを行う。

「たけ・・・ん。」

だが、その声は通信を通した音ではない。

耳に語りかけてすらいない。

頭の中に直接入り込んでくる声だった。

「タケルちゃんッ!!」

その声を聞いたと同時に俺は意識を失った。

 

 

「うっ・・・くッ!」

鈍器で頭を叩かれたような痛みに襲われながらも俺は目を覚ます。

なんだか頭がスッとしたような気分だ。

俺は死んでしまったのだろうか?

俺はピントが合わない眼鏡を掛けたかのような、歪んだ世界を見ながら冷静に行動していく。

「あっ、そうだ。薬飲まなきゃ・・・。」

手さぐりで強化装備に取り付けられた特殊なポケットから薬を取り出し飲み込む。

すると、視界が元に戻って行った。

そして、見た景色は何もない空間。

嫌、空はあるし地面もある。

だが、あったはずのハイヴは無くBETAもいない。

そして人もいない世界に俺はいた。

「は、ハハハハ、ハハハハハハハハハ・・・。」

乾いた声が口から漏れ出す。

望んだ結果だ。

これで、人類はハイヴ攻略可能なのだと分かった。

なのに喜べない。

心に穴が開いたみたいだ。

だが、世界はそんな和真に救いを与えない。

「アラート?」

コックピット内にアラートが鳴り響く。

それはロックオンアラートだった。

次の瞬間弾丸の雨がヴェルターを襲う。

「うわぁッ!」

外部モニターを使い、空を見る。

すると、そこにはヴァローナがいた。

「あれは、ヴァローナ?・・・違う、あれはビェールクト!」

 

「捕獲対象、反応ありません。」

「了解した。情報と違いがあるが関係ない。各機、作戦通りに行け。あれは、我が祖国が手にしなければいけない物だ。」

「「「「「「「「了解!」」」」」」」」

そして、舞い降りたソ連の新型戦術機達はヴェルターに要塞級捕獲用のケーブルを撃ちこもうとする。

「おわッ!」

「どうした?」

「杭が撃ちこめません・・・。要塞級にすら打ち込めるスーパーカーボン製なのに・・・。」

「本当に、人類が作ったものなのか?」

「案外、BETAとは別の宇宙人だったりして?」

「口を慎めよ?次は無いぞ。」

「す、すみません・・・。」

BETAだけでも、人類はこのありさまなのだ。

それが、他の宇宙人だと?そんな事があってたまるか!!

「・・・各機、厳重に注意しながら捕獲対象にケーブルを撒きつけて行け。」

 

ヴェルターの体に馬鹿みたいにゴツイケーブルが巻きつけられていく。

「な、なんで・・・。ソ連が知っているんだよ。レオは、ヴェルターの存在を隠し通している筈じゃ。」

だが、世の中に100%なんて存在しない。

「前の戦いを見られていた・・・?」

それなら、納得が行く。

この作戦にヴェルターが現れる可能性が少なからずあったから、網をかけていたと言う事か。

「そんなのって、ありかよ・・・。」

俺がそう言った瞬間、目の前のビェールクト達が突然向きを変える。

「今度はなんだよ・・・。」

東京湾方面から現れた機影は36、ビェールクトと同じ数だ。

現れたのは見たことも無い戦術機、その姿はイーグルを元にしているのか似ている箇所が多い。

だが、タイフーンにも似ておりジュラーブリクにも似ている。

そんな戦術機だった。

俺は慌ててライブラリを開く。

すると、その戦術機の詳細が出てきた。

「F-15FOWW、ワイルド・イーグル・・・。」

米国が対BETAのために開発した第三世代機。

ストライク・イーグルを改良した戦術機だ。

そして、両者の距離が射程範囲内に入ったと同時に戦闘が開始された。

ビェールクトがその機動性を生かしモーターブレードを展開しながら、ワイルド・イーグルに接近する。

米国産の戦術機ならここで、射撃をするか回避行動に出る。

だが、ワイルド・イーグルは逆に接近していく。

あきらかに自殺行為、だがワイルド・イーグルは上腕部に固定された物を展開しビェールクトの斬撃を防いだ。

それは、歪な形をしていた。

長方形のスーパーカーボンブレードの中心に存在する円柱を高速回転させている。

そして、それは微振動を起こしカーボンブレード全体を振動させる。

それは、モーターブレードですら斬り裂く事が出来なかった。

光線級の脅威が無い空で、数々の戦術機達が殺し合っている。

そう、まさしく戦争をしていた。

目の前の宝を手に入れるために、殺し合いをしていた。

「なんでだよ・・・。」

和真の声が空しくコックピット内に響く。

「お前達は、どうして・・・。」

流れる涙を拭おうともせずに、悲しみに呑み込まれた瞳を空に向ける。

「そんなにも・・・、そんなにも、戦争がしたいのかよッ!!」

 

薄暗い部屋で、1人の男がモニターを見つめる。

「あぁ、そうだね。彼らは戦争がしたいらしい・・・。過ぎたる力を得れば、それは争いを招く。理解していても、欲しい物は欲しいだろうね。」

レオは、別のモニターを見つめながらその瞳を暗く濁らせた。

「でもね・・・、それは私の玩具だ。だれにも、譲るつもりは無いし触れて欲しくも無い。」

そして、その顔から表情すら消し去る。

「悪戯をする子供には、お仕置きが必要だよね?」

 

俺はその瞬間、身の毛がよだった。

何か来る。

何か解らないが、何かが死を運んでくる。

空では、未だに戦争が行われている。

誰も気が付かないのか?

俺は、無駄だと解っていながら喉が千切れる程に叫んだ。

「逃げろッ!頼むから逃げてくれッ!!」

その時、空を天馬が走った。

沖合から現れたそれは、戦場よりもさらに高い高度で停止し翼を広げ力を示す。

天馬を中心に広がる円、それは戦場を包み込む。

まさに結界だ。

その結界内にいる者は自由を奪われる。

ビェールクトもワイルド・イーグルもすべてのデータリンクを絶たれ、部隊と通信を取る事すら出来ない。

それでも、対応するのがスペシャリスト。

ただちに異変を察知し体制を立て直す。

だが、それと同時に爆ぜる二機の戦術機、それはビェールクトとワイルド・イーグルそれぞれだった。

どちらも攻撃を加えていない。

なのに、爆散していく仲間達。

両陣営の隊長達は散会を命じる。

そして、見つけた二機の戦術機。

それは、ビェールクトに似た機体とYF-23だった。

 

「家にケンカを売るとは良い根性してるよなぁ~。そうは思わない?トランプ。」

「・・・その汚い口を閉じろギャンブル。」

「チッ・・・。さぁ、御片付けの時間だよぉ~。」

 

そこからは、見ていられなかった。

ヴァローナの圧倒的なまでの加速による機動性に翻弄されながら、掠り傷さえ与える事が出来ずに散って行くビェールクト。

YF-23の性能を知っているために、近接戦と射撃による息の合った攻撃を加えるワイルド・イーグルを嘲笑うかのようにすべての攻撃を躱しながら幽霊のように真っ直ぐ突き進み殺すスパイダー。

片や無茶苦茶に見える機動で翻弄し、片や未来予測でもしているのでは無いかと言う程にギリギリですべての斬撃、射撃を交わす。

―――遊んでいる。

各国のエースを相手に遊んでいた。

それが、トイ・キングダムの実力なのだ。

 

「つまんねぇなぁ~。可愛そうに、所詮捨て駒だよなぁ~。」

「・・・なら、お前は先に帰れ、後は俺が片づける。」

「キャハハハハ、冗談だって~!それよりさぁ~、チェスはぁ~?」

「海の方でゴミ掃除だ。」

「キャハハハハ、海はアイツの世界だもんなぁ~!」

 

海は赤く照らされていた。

それは、アメリカ戦術機空母が焚火のように燃えているためだ。

「あらあら、まぁまぁ・・・。ただの的じゃないですか。もう少し頑張っていただかないと。」

海の中を高速で動き回る物体。

それは、X-47ペガサスの姿だった。

「ペガサスも問題無く差動しましたし、母艦も鎮めましたし、仕事はこれでお終いかしら?う~ん、どうしましょう?」

 

俺はそれらの蹂躙劇を見ながら涙を流し続けた。

「もぅ、止めてくれ。お願いだから、止めてくれ・・・。」

どうしてこうなった?

俺が嵩宰少佐の願いを聞いたからか?

それとも、明星作戦に参加すると言ったからか?

「なんで、こうなるんだよ・・・。俺はただ、誰にも死んで欲しくないだけなのに・・・。」

俺はこんな世界に嫌気が挿していたのかも知れない。

逃げ出したかったのかもしれない。

人を救うだなんて綺麗ごとを言い訳にして、死に場所を求めていただけなのかもしれない。

 

―――もう、嫌だ。こんな世界は嫌だ。

 

俺がそう呟いた瞬間、俺は光に包まれた。

 

 

「ヴェルター、無事に帰投しました。」

私は、戻ってきたヴェルターを見ながらコックピット内を見るように伝える。

「ご、五六中尉がいません・・・。これは、一体?」

そうか、無事に成功したか・・・。

「何かGドライブに異変が発生したのかも知れない。もしかすると、G弾の影響かもしれないな・・・。早急に原因を突き止めてくれ。」

すると、ストーがヴェルターに走りよりコックピット内に潜り込む。

そして、中から悲痛な叫び声が聞こえてきた。

「返してよ!和君を返して、お願い・・・、返してよぉ。」

すまないな、ストー君。

でも、これは予め決められていた事なんだ。

これがベストな選択なんだ。

そして、私は1人で格納庫奥の扉を開き最下層の扉を開く。

目の前に現れたのは無数のスーパーコンピューター。

それらは、一本の道を作るように並んでいる。

そして、緑色のナノマシンが流れるケーブルに繋がるカプセルが通路を照らす。

そして最奥に辿り着くと現れた大きな機械。

「香月博士は素晴らしい理論を考え付く。そして、それを我々は現実の物としてしまう。・・・夢とは、経験であり知識であり時間だ。それらは、何物をも凌駕する可能性を秘めている。だが、無形であるそれらは確認のしようがない。なら、確認するしかないだろう?・・・なぁ、和真君。君の夢は一体、どこにあるのだろうね。」

 

 

俺は容赦無く照り付ける太陽と寝苦しさから目を覚ます。

「う、くっ・・・。」

目を擦り見渡せば今にも壊れてしまいそうな小屋の中に俺はいた。

小屋と言っても生活するには十分で、暖炉もあればキッチンもある。

そして、俺はその小屋のベッドに寝かされていた。

目の前のテーブルには、衛士強化装備服とヘルメット、それにククリナイフも置いてあった。

「ここ・・・は。」

すると、部屋の隅に1つだけある扉がギシギシ言いながら開かれる。

「・・・初めまして。」

 




ここまで読んで頂きありがとうございます。

長い文章になってしまい申し訳ないです。
次からは、新しい展開に入っていきます。

今後ともお付き合い頂けたら幸いです。


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オスロ

太陽が照りつける。

暖かい、昔多恵が父さんの家に泊りに来た時と同じすべての時間が緩やかに過ぎて行き、鳥の囀りが聞こえ、水の流れる音が聞こえて来る。

何だか、とても嫌な夢を見ていた気がする。

父さんが死んで、俺が訳のわからない宇宙人と戦うそんな夢。

だが、ここは違う。

空気で解る。

これで、俺が目を覚ましたらいつもみたいにタエが俺の上で寝ているんだ。

まったく・・・、俺の上がそんなに寝やすいのかよ。

まぁ、別に構わないのだけれど。

そんなことより早く起きないと、今日は誰の検診の日だっけ?

父さんを早く起こして準備しないと、あの人はいつも寝坊するからな。

俺は、眠い目をこすりながら起き上がる。

この夢の内容を父さんとくまさんに相談してみるか?

いや、止めておこう。

たるんでるとか言われて、訓練の量を増やされるかもしれない。

さすがに、これ以上増やされたら死んでしまう。

「う、・・・くっ。」

まずは朝ごはんを作ろうかな?今日はなににしよう。

中々開かない目蓋を無理矢理こじ開け、太陽の光を強引に捻り込む。

そして、俺の瞳が色を捉えるとここがどこなのかを情報として俺の脳内に現実を突き付けてきた。

まず俺の目に飛び込んで来たのは火が燃える暖炉。

そしてその横にキッチンらしき物。

木彫りのイスにテーブル。

そして、それらを外界から隔離する木造の壁。

昔テレビで見たヨーロッパの民家、絵本の世界から飛び出して来たような家の中に俺はいた。

「ここ、は・・・?」

すると、俺は見つけてしまった。

机の上に置かれている物を・・・。

「あれ、は・・・。」

それは、衛士強化装備服にヘルメット、それとククリナイフだった。

それを見た瞬間に頭に激痛が走る。

今まで夢だと思っていたこと、すべてが走馬灯のように出ては消えて行く。

「は、ハハハハハハ・・・。そうか、あれは現実やったんや。」

ならここは、どこだろうか?

こんな場所は見たことがない。

なら俺は捕まったのか?

それも、ありえないだろう。

捕虜をこんな所に1人で置いておくはずが無い。

それとも、俺を油断させるため?

・・・わからない。

こんな高待遇な捕虜の話なんて聞いた事が無い。

すると、部屋に1つだけある扉が今にも壊れてしまいそうな音を出しながら開かれていく。

―――マズイ。

俺の頭の中では、ただ1つの事がすべてを支配していた。

貴重な情報を持っている敵兵士を捕えた相手にすること、それは拷問だ。

昔元の世界で見た戦争物の映画で、たしか主人公がそうされた。

俺にもされるかもしれない。

嫌な汗が噴き出してくる。

唾を飲み込むことすら出来ない。

極度の緊張で心臓が壊れてしまいそうな程に脈打っている。

―――逃げなければ。

そうと決まれば、行動するしかない。

俺はククリナイフを手に取り、頭の中のスイッチを切り替える。

そして、扉を開いた相手が部屋に入ってきたと同時に飛び掛かった。

「・・・はじめましてッ。」

俺は相手を押し倒し、喉元にククリナイフを押し当てる。

「声を出すな・・・。俺を出口まで連れて行け。」

俺は辺りを警戒する。

声からして女だし、どうやら仲間はいないらしい、好都合だ。

このまま外に出てしまえば後はどうとでもなるだろう。

「・・・寒くないの?」

「しゃべるなと言った。」

「・・・別に、寒くないのなら構わないけど。」

「だから、しゃべるなと言っている。」

「・・・だって、あなた裸だから。」

「・・・は?」

「裸。」

そして、俺は自分の体を確認する。

確かに裸だ、全裸だ、フルチンだ。

すると、目元を綺麗な銀髪で隠している女は、首元にナイフが押しつけられているのを関係が無しに、俺の下半身を見る。

「―――フッ。」

わ、笑いやがった・・・。

コイツ、俺の息子を見て笑いやがった。

「わ、笑うな!!」

「・・・参考資料のよりも小さい。」

その瞬間、俺の中で何かが崩れた気がした。

主に男の尊厳とかその辺りが・・・。

「・・・服を持ってきた。」

服・・・だと・・・?

何故だ!もしやあれか?拘束服とかそう言う類の衣類か?

だが、廊下に散らばるのは男性用の服だった。

これだけの騒ぎをしているのに誰も来ない。

つまりは俺は連れ去られた訳ではないと言う事か?

そう考えてくると途端に恥ずかしくなってくる。

「す、すまん・・・。」

「・・・別にいい。」

そして、俺は無言のまま服を着た。

「まずは、すみませんでした!」

そう言って頭を下げる。

「別に構わない、本物も見れたし・・・。」

オイ・・・、そいつはどう言う事だ。

コイツは感情が読みづらい。

前髪で目元を隠してしまっているのもあるが、声に感情が乗っていない気がする。

「それよりも、説明してほしいのだけれど。」

「あなたは、外で倒れていた。部屋の中に連れ込んで服を脱がせて寝かせた。」

「出来ればそこは、介抱するために服を脱がせたと言って欲しいな・・・。でも、そう言う事ならありがとう。君のおかげで助かった。俺の名前は五六和真だ。」

「・・・私の名前はニクス。」

「ニクス・・・、雪か。うん、らしい名前だね。」

「・・・今、安直な名前だと思った?」

「いやいや、そんなことあらへんよ!?」

「・・・そう。」

思いましたすみません・・・。

だって、見た目がそのままだもの。

粉雪を思わせる髪、白く透き通るような肌、細く長い指、か弱く今にも消えてしまいそうな雰囲気が、雪そのものだ。

だが、その胸だけは別だけどな!

もうそこだけ豪雪だ。

「それよりも、ここはどこかな?」

「・・・オスロ。」

「・・・はっ?ごめん、もう一度頼むよ。」

「オスロ。」

「・・・本当?」

「うん。」

オイオイ、どう言う事だよ。

オスロは確か1993年にBETAに落とされた筈だぞ。

冗談で言っているようには思えない。

嫌な予感がするが、聞いてみるか。

「今年は何年かな?」

「???、1990年だけれど・・・。」

その瞬間、俺は眩暈がした。

どう言う事だよ、俺はまた過去に帰って来たって事かよ・・・。

そこで、俺は思い出した。

Gコアに触れた研究員が未来に飛ばされた話を。

なら、俺は過去に飛ばされたと言う事か・・・。

その時俺の腹が勢いよく鳴りだす。

「す、すまない・・・。」

「別に構わない・・・、用意してきた。」

ニクスはそう言うとキッチンから何かを持って来た。

それはスープだった。

「・・・こんな物しかないけど、良かったら食べて。」

「あ、ありがとう!でも、ニクスは何で俺にそこまで良くしてくれるんだ?」

「・・・。」

何か言いたくないことなのだろうか?

だが、腹が減ってはどうしようもない。

ここは、素直にいただくとしよう。

考えるのは、それからでも遅くは無い筈だ。

俺は両手を合わせる。

「いただきます。」

すると、ニクスは俺の動作を首を傾げながら見ている。

「うん、どうした?」

「・・・何をしたの?」

「あぁ、これは食い物になってくれた生き物に対して感謝をしている、でいいのかな。まぁ、癖だよ。」

「・・・そぅ。」

そして俺は渡されたスープを食べる。

だが―――。

み、見られている・・・。

か、感想か?感想を言って欲しいのか?

「お、おいしいよ?」

「・・・そぅ。」

だが、まだ見てくるニクス。

―――食べづらい。

その時、可愛らしい腹の音が聞こえる。

その音の主であるニクスを見ると俯いている。

恥かしいのだろう。

それに俺は笑いながらスープを皿ごと差し出した。

「・・・お腹が減っているなら、俺の事は気にせずに食べればよかったのに。」

「いらない。」

「そう言わんと、ほらっ。」

「いらない。」

こいつ、意外と頑固だな・・・、なら!

「ほらっ!」

俺はそう言いながらスプーンでスープを掬いニクスの口元に運ぶ。

ニクスは一瞬驚きスプーンと俺を交互に見るが観念したのかスプーンに口を近づけた。

なんだか、ストーの相手をしているみたいだな。

ストーは元気にしているだろうか・・・。

心配しているだろうな。

帰れたら謝らないと・・・。

俺がそんな事を考えていると、ニクスがワタワタし出す。

「どうした?」

「・・・いただきます、していなかった。」

「くくくくっ、なら次から気を付けたらいいよ。」

そして、俺達は奇妙な食事を続けた。

 

次の日の朝

「良し、まずは情報を集めよう。」

俺はククリナイフを腰に巻き付け、外に出ることにした。

外に出てみると本当にここが地球なのかと感じさせる景色が広がっていた。

俺が寝ていた小屋は丘の上に建てられており周りには何もない。

だが、小屋の周りを背が低い草が覆い丘から町に向かって一本の道がある。

そして、町には人の伊吹がしっかりしており青々とした山があり、優しく流れる水があり、空気が美味い。

流れる時間が遅く眩しく、暖かい太陽が照らし出す。

「あっ・・・。」

忘れていた、今の今まで忘れていた。

これが地球なんだ。

これが、本当の世界なんだ。

俺はほんの数年前の景色ですら、遠い過去のように忘れてしまっていた。

「呆けている場合じゃないな・・・。ニクスの事が信じられない訳では無いけれど、今は少しでも何かが欲しい。」

そして、俺は町に行くことにした。

歩く事30分、町は結構賑わっていた。

市場が開かれ海からとれた魚や山菜が並んでいる。

バーがあったり、レストランがあったりしている。

俺はそれらを見ながら町を歩く。

すると、前方から叫び声が聞こえた。

「泥棒―――ッ!!」

人波を掻き分けて来たのは、腕一杯に山菜を抱えた男の子だ。

見た所15歳くらいだろうか。

だが、来ている服は訓令兵のそれで、違和感を醸し出している。

そう言えば、欧州も兵士の数が足りずに徴兵の年齢を下げていたのだったか・・・。

俺は、無性に悲しくなった。

そして、これも何かわけがあるのだろうと泥棒を見逃そうとしたが、あろうことか俺に突っ込んできやがった。

これじゃあ、捕まえるしかないじゃないか・・・。

「はなせ、離せーーーッ!!」

「コラッ!盗みなんてしたらダメじゃないか。」

「うるせぇ、このジジィ離しやがれ!!」

「なっ、俺はまだジジイなんて歳じゃない!」

「ジジイはジジイだ!!いい加減に離しやがれッ!」

そして、この泥棒ガキは俺の息子に右ストレートをくらわしやがった。

「はうぁ!」

その場で跪く俺を泥棒ガキは見向きもしないで去って行った。

俺は1人跪いた状態で呟く。

「やれやれ、これであのガキを逃がす事が出来たし、俺も悪くない。完璧な作戦だ。」

そして、俺が1人ドヤ顔をしていると息を切らしたおばちゃんが走ってきた。

「ぜぇ、やっと、はぁ、捕まえられると、ぜぇ、思ったのに!」

「すみません、俺が気を抜いたばっかりに・・・。」

良し、これでいい・・・。

この流れでは、あんたは別に悪くないよ、的な流れになるはずだ。

「本当にその通りさね!だから、あんたが弁償しな!」

なん・・・だと・・・。

さすがに、この返しは想定外だ。

「で、ですが、俺はお金なんて持っていませんし・・・。」

「なら、その分体で払いな!」

そして、俺は引きずられていった。

「何故だ!」

気が付けば俺はおばちゃんと店番をしていた。

「良いかい?あの子が盗っていった分をきっちり返済するんだよ?」

ふっ、ならば仕方あるまい・・・。

見せてやるさ、元の世界で培った日本式接客術を!!

「あ、いらっしゃいませ~!」

 

もう太陽が沈みかける時間帯、俺は腕に大量の山菜を抱え小屋に向かっていた。

「まさか、あそこまで売れるとはな・・・。恐るべし、日本式接客術!」

そして、欲しい情報も少し手に入った。

ここは、各欧州国家、特にイギリスやグリーンランドに逃げることが叶わなかった人達の最後の楽園つまり、難民達と元々住んでいた人達の折り合いがうまくついていると言う事だ。

だが、実際は戦う必要のなかった人達も兵士にされている。

それなのに、これだけの活気があり町も機能している。

その大きな要因が、この地を守る戦術機部隊の存在。

そして、国連を通して膨大な物資を運んでくるネフレの存在だ。

「たしか、ニンフ連隊だったっけ・・・。彼らがいる限りこの地は安全ね・・・。」

はっきり言って考えが甘すぎる。

だが、そう思わなければやっていけないのも事実。

そして、ネフレの存在。

この時期に最前線の国家の町に物資を大量投入する理由も解る。

だが、この町を見ていると思う過剰ではないかと。

「・・・ネフレはこの土地の治安を出来るだけ守りたい?計画にとって重要な何かがここにはある?」

考えても答え何て出ない。

なら、そんな事より他の事を考えた方がましだ。

俺は今までの考えを頭から追い出し帰路についた。

俺が小屋に戻ると中にはニクスが待っていた。

「・・・おかえり。」

「ただいま、それより見てくれよこの山菜!友達になったおばちゃんが譲ってくれてさ!それというのも・・・。」

俺は今日の出来事をすべてニクスに報告していく。

ニクスはただ、俺の話しを黙って聞いていてくれた。

俺の話が一通り終わるとニクスは何かを考えるように、首を傾げている。

「どうかした?」

「・・・友達とはなに?」

「いきなりやな・・・、う~ん、今の俺らみたいな関係?」

「・・・わからない。」

「まぁ、俺がニクスのこと友達やと思ってるし、ニクスもそう思ってくれたら友達やよ!」

「・・・そう。」

ニクスは数度頷くと微かに笑った。

目元が見えなくて良く解らなかったが、俺は確かにニクスの笑顔にドキリとしていた。

すると、ニクスは立ち上がる。

「もう帰るんか?」

「・・・うん、仕事があるから。」

「なんの仕事してるか聞いていい?」

俺の問いかけにニクスは何も答えない。

「・・・バイバイ。」

俺は、何故だかそれを聞いた時二度とニクスに会えない気がした。

「ニクス、なんかバイバイは嫌ややから、またねに言い直して!」

「・・・バイバイ。」

だが、ニクスは俺の我儘を聞かずに、小屋を出て行った。

 

 

暗い部屋の中には複数の影、その内の1つはニクスの物である。

そして、複数の影の中から1人の男性が一歩前に出る。

「もう、説明の必要は無いと思うから君の意志だけを聞かせてくれ・・・、本当に構わないのだね?」

「・・・はい、博士。」

そして、ニクスは卵型のカプセルにその身を横たえる。

「ねぇ、博士・・・。」

「なんだい?」

「私、友達が出来たよ・・・。」

「ッ・・・、そう、か。なら、そのお友達も守らないとな・・・。」

「うん。」

そして、まるで棺桶のようにカプセルは完全に閉じられてしまった。

 

深夜寝ていると、聞きなれた爆音が響き渡る。

「この噴射音は戦術機、まさかBETA!」

俺は慌てて外に飛び出す。

すると、一機のトムキャットが俺の頭上を飛び去って行った。

そして一瞬だが俺は感じた。

「あのトムキャット、俺を見ていた?」

まぁ、こんな所に人がいれば見もするかもな。

それにしても、避難誘導も行われていない。

BETAが攻めてきた訳ではないのか?

「まぁ、明日ニクスに聞いて見るか。」

そして俺は、再び小屋の中に戻って行った。

 




読んでいただきありがとうございます。
今回の話は難産でした(汗)
ここから、主人公が成長する話を書いて行きたいと考えていきます!
今後ともお付き合い頂けたら幸いです!!


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暖かい

あれから、一週間が経過した。

ニクスとは、あれから会っていない。

俺は、元々男手が少なかったのもあり町で仕事をしている。

仕事先は、あの山菜売り場だ。

時たま山菜を取りに行くこともしている。

俺は店番をしながら考えていた。

俺がしてきた事はなんだったのか。

俺が良かれと思ってやったことの結果が戦争だった。

なら、俺が何もせずにここで果てるのなら未来は変わる筈だ。

「・・・俺は何をしているのだろうな。」

その時、おばちゃんが話掛けて来た。

「今日はもう上がって構わないよ!」

「はい、お疲れ様です。」

「これは、今日働いて貰った分ね!」

そう言ってまた大量の食材を渡された。

「いつもありがとうございます。」

「いいってことよ!」

そして、俺は帰路についた。

「ただいまぁ~。」

誰もいないのが解っていながらも、俺はそう言いながら扉を開けた。

すると、そこには俺の衛士強化装備服を手に取り見ているニクスがいた。

「なんだいたのか、ニクス。・・・ニクス?」

ニクスから反応が返ってこない、いつもなら何かしらの反応を返してくれるのに・・・。

そして、その動作が俺を凍りつかせた。

まるで、赤の他人が自分の家に入ってきたかのように驚き、脅えていたのだ。

「・・・だ、だれ?」

「えっ?俺だよ、和真や。ほら、一週間前に俺のことを助けてくれたやろ?」

俺がそう言うと、ニクスは数秒固まる。

そして、再び動き出した時には元のニクスに戻っていた。

「・・・おかえり、和真。」

「あ、あぁただいま。なんや俺の事忘れとったんか?」

「・・・痴呆?」

「オイオイ!まぁ、ええわ。それより、仕事お疲れ様!」

「・・・うん。」

そう言いながら俺はキッチンに立ち料理を始める。

すると、ニクスが俺の隣に歩いてきた。

「今日は食べていくやろ?」

「・・・うん。」

俺はホッとしていた。

この時代のこの場所で俺の知り合いなんて数える程しかいない、その中で一番親しいのはニクスだ、そのニクスと共にいられる時間を俺は欲していた。

これが、寂しさを紛らわせるためで、それにニクスを利用している自覚があったが、孤独には耐えられない。

俺は心の中でニクスにごめんと呟く。

すると、ニクスが俺の手を握ってきた。

「ど、どうしたんや!?」

心臓がバクバク言っているのが解る。

ニクスに握られている手が熱で熱くなっていく。

「・・・私も同じ。」

そして、俺達は見つめ合う。

俺の黒い瞳とニクスの銀髪の隙間から見える緑の瞳が重なり合う。

心臓の脈打つ音が鼓膜を揺らす。

ニクスの整った顔を見ているとどうにかなってしまいそうだ。

そして、俺の視線がニクスの桃色の唇に写った所で俺は理性を取戻しニクスの手を振りほどいた。

「あ、あははははは!さ、さぁ晩飯を作ろか!?」

「・・・うん。」

ニクスは自分の手を見つめながら頷いた。

 

それからさらに2か月後、俺は休みを貰いニクスと町に出かけることにした。

小屋の中で引きこもっているニクスを外に連れ出すためだ。

だが、ニクスは中々町に行こうとしない。

俺はそんなニクスを不思議に思いながらも、良かれと思ってニクスを無理矢理連れて行くことにした。

そして、町に到着するとニクスが嫌がっていた訳と違和感に気が付いた。

町の人達がニクスを避けているのだ。

まるで腫物でも扱うように皆が遠巻きに噂をし、避けている。

道の中心を歩く俺達の周りは、今までの喧騒が嘘のように静まりかえっている。

「これは、どういうことや・・・。」

「だから、来たくなかった。」

ニクスもどこか悲しそうにしている。

俺は途方にくれてしまった。

なんせ、ニクスがこんな扱いを受ける理由に検討が付かないからだ。

だが、何より俺はニクスに悲しんでほしくなかった。

笑ってほしかったから町に連れ出したのに、これじゃ逆効果じゃないか!

そして、ニクスを悲しませた俺自身に腹が立つ。

俺は額を一発殴りつける。

「和真?」

「・・・行こう、ニクス。」

俺はニクスの手を掴み強引に歩みを進めた。

もう小屋に帰った方が良いだろう。

俺はニクスの手を引きながら元来た道を戻ろうとする。

すると、聞きなれた声が俺達を呼びとめた。

「あら、和真君じゃないのさ!彼女なんて連れて、もしかしてデートかい?」

「おばちゃん・・・。」

そして、振り返った俺達を見ておばちゃんが一瞬固まる。

「あら、その子は・・・。」

その時、俺は思った。

おばちゃんも周りの連中と同じなのかと・・・。

だが、俺の予想は良い意味で裏切られた。

「何だい水臭いね!彼女が出来たならあたしに紹介してくれないと!」

「あ、えと、その・・・。」

「なに、辛気臭い顔してんのさ!まぁ、まずは内の店に寄って行きなさい!」

そして、俺の手をゴツゴツとしているが大きく暖かい手が握り引っ張って行った。

「おばちゃん!痛い、痛いよ!」

「男の癖にそんな事言ってると、彼女に愛想つかされるよ!」

 

そして俺達はおばちゃんの露店に入る。

だが、やはりニクスの影響があるのか今までいた客が皆どこかに行ってしまった。

「ごめん、おばちゃん。」

「別に和真君が謝る必要はないさね。そんな事より、聞きたい事があるんじゃないかい?」

「うん・・・、でも。」

俺はそう言ってニクスを見る。

ニクスは先程から俯いており、少し震えているのが握り閉める手から伝わってくる。

「別に、その子がいても問題はないだろ?」

ここで、聞かなかったらニクスがこんな状態になっている理由が解らない。

なら、問題点をニクスにも聞かせることで解決できるかもしれない。

俺はそう思い聞くことにした。

「何故、ニクスは町の人に避けられているのですか?」

「単刀直入に言うなら、その子が暗すぎるせいさね!」

「・・・はっ?」

「まぁ、その程度でって考えは解らないでもないけどね。その子、ニクスちゃんの見た目と雰囲気、それにこの地の悪い癖かね。」

「と、言うと?」

「まず、ずっと下を見ているのと前髪で目元を隠していること、それに話掛けてもだんまりなのがいけないね。そりゃ、話しかけても黙っているだけの子に気を使ってやれるほど、今の時代余裕はないさね。自分からガツガツいかないと!それと、この地には昔からの風習でね。魔女が災厄を持ってくるって言うのがあるのだけれど、それがまたその子がその魔女とそっくりでね。銀髪で透き通るような白い肌、それに表情の無い顔。まぁ、これらが重なって噂が広がりニクスちゃんに好んで近寄ろうとする人がいなくなったと言った所さね。」

「そんな、そんな昔話に出てくるような存在にニクスが似ているからってだけでこんな、まるで迫害しているようじゃないですか!!」

「そうさね、でもここまで放置していたニクスちゃんにも問題はある。・・・そこで、あたしは思いついた訳さね!ニクスちゃん、あんたも家で働きなさい!」

「へっ?」

「その人見知りな所を強制的に治すには接客業による荒治療が一番さね!」

「で、でもそれじゃおばちゃんに迷惑が・・・。」

「そんな事気にする必要はないさね!あたしが、やりたいと思ったからやるんだよ!」

そんなおばちゃんに対し俺は深く頭を下げた。

「ありがとうございます・・・。これからも、よろしくお願いします。」

「任せときな!」

そして、俺達はおばちゃんと別れ小屋に帰ることにした。

 

夕陽が俺達を照らす。

まるで、これから先が明るいと暗示しているように俺達の進む道を照らしだす。

俺は小屋に入る前にニクスを呼び止めた。

「ニクス。」

「なに?」

「これから、頑張ろうな!」

「・・・うん。」

ニクスは俯きながら答える。

そんなニクスに俺は笑いながらポケットを漁る。

「そんで、これプレゼント。」

それは可愛らしい向日葵が付いた髪留めだった。

ニクスは髪留めを受け取るがどう返事を返したらいいのか困惑していた。

「しゃ~ないな、ほら貸して!」

そして、俺は髪留めをニクスから取り上げ顔全体が見えるように前髪に取り付ける。

すると、ニクスは恥ずかしいのか両手で顔を隠す。

「なぁ、ニクス。俺に君の顔を見せてくれへんかな?」

すると、ニクスは観念したようでゆっくりと両手を下げ俯いていた顔を持ち上げる。

「あっ・・・。」

恥かしさの余りトマトのように赤くなったニクスの顔は途轍も無くキレイだった。

だが、俺は別のことに驚いていた。

その顔は目元が少し吊り上り冷たく見えるが、その顔の作りはリリアやストーと同じものだった。

薄々は感づいていた。

だが、認めたくなかった。

ニクスがオルタネイティブ3計画で生み出された存在だなんて、そう考えるともしかするとニクスにとって害にしかならない実験をさせられているのかもしれない。

そう考えると不安になってくる。

だが、俺は切りだすことが出来なかった。

それを聞くと二度とニクスに会えない気がしたからだ。

だから、俺はその考えを振り払い素直な感想を言う事にした。

「キレイだよ。」

「は、恥ずかしいから、そんなに見ないで・・・。」

そうニクスは言うとまた俯いてしまう。

だが、俺はガン見し続けた。

すると、仕返しだと言わんばかりにニクスは俺の両手を自分の両手で包み込んだ。

「え?なっ・・・。」

そして、赤い顔のままにその大地に輝く草木のような綺麗な緑色の瞳を俺に向ける。

「あ、ありがとう。・・・和、君。」

「・・・。」

「おばちゃん、が、言って、いたから・・・、私はそう読んでみたい。」

ニクスは赤い顔をさらに赤くさせ言ってくる。

「良い?」

「あ、あぁ・・・。」

俺は気の抜けた返事しか出来なかった。

あまりにもニクスが可愛すぎて、脳味噌が処理堕ちしてしまったみたいだ。

「・・・良かった。」

ニクスはそう言って俺の両手をさらに強く握り閉める。

「和君は、暖かいね。」

そして、俺達は小屋に戻って行った。

仲良く手を握りながら。

 

その日の晩、俺は意を決して聞いてみた。

「ニクス、何で俺を助けた後も俺の傍にいてくれるんや?」

「・・・和君も私と同じで世界で一人ぼっちだと思ったから。」

「そっか・・・、ならこれから俺と一緒に世界に溶け込んでいこな!」

「うん!」

そして、ニクスは立ち上がる。

「もう帰るんか?」

「うん、明日また来るから・・・。」

「なら、送っていくよ!」

「いい。」

「な、なんで?」

「家、直ぐ近くだから・・・。」

「いや、でもこの辺りに家なんて・・・。」

「いい。」

そう言ってニクスは外に出て行こうとする。

俺はニクスが心配なのもありこっそり後を付けようとした。

すると、ニクスは立ち止まる。

「・・・ついてきたら、もう来ない。」

その一言が決め手となり俺は大人しく言う事を聞くことにした。

すると、落ち込む俺にニクスが笑いかけ頭を撫でてくる。

「本当に大丈夫だから、心配してくれてありがとう。・・・またね。」

そして、本当にニクスは小屋を出て行った。

「またね、か・・・。」

俺はその言葉がたまらなく嬉しく思った。

 




今回も読んでいいただき、ありがとうございます。

可愛い女の子と言えばいいのでしょうか・・・。
デレてくる女の子を書くのは難しい(汗)

それでは、次回もお付き合い頂ければ幸いです。


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魔女と怪物

暗い部屋の中に淡い人工的な青色が光る。

その青に照らされている白衣を着た人物は光の元であるパソコンのディスプレイを睨み付けていた。

そのディスプレイには、様々な情報が記載されている。

「五六和真、性別男、ニクスが自分から初めて触れ合った異性、黄色人種、国連仕様の衛士強化装備服とヘルメット、ククリナイフを所持していることから国連のインド洋方面か太平洋方面の人物と仮定、ただしデータベースにはその様な人物はいない、か。・・・ふぅ。」

白衣を着た人物、博士はそれらを一通り目に通すと大きく溜息を吐く。

「・・・この人物はどうしますか?」

部下の1人が声を掛けてきた。

「・・・まだ、上層部に連絡するほどの事でもないだろう。引き続き情報を集めてくれ。」

その判断に部下が驚く。

「・・・消さなくてよろしいのですか?」

「彼と接触したことによりニクスにも変化が現れ始めた。もう少しデータが欲しい。この変化が吉と出るか凶と出るか、それらが判明してからでも遅くは無い。」

すると、別の部下が不快感を露わにしながら心境を吐露した。

「その必要は無いのではありませんか?」

「・・・どう言う事だね?」

「我々の研究はアレを更なる高みへと登らせることです。人形に感情は不要でしょう。早急に邪魔な存在は片付けアレを完璧な兵器にするべきです。そもそも、女体を選んだのが間違いだった。最悪の場合、情報を奪われる可能性もある。対象が我々の研究成果を奪うために用意された存在なのかもしれないのですよ?」

他の部下たちもその発言を肯定するかのような空気を出す。

「・・・言いたい事はそれだけか?」

だが、博士は違った。

その瞳を刃物のように鋭くし、発言した部下を睨む。

「ニクスに現れた変化は良い物だ。そもそも、君達は勘違いしている。我々はただの人形を作っている訳では無い。人でありながら兵器である存在を、最強の人間を作ろうとしているのだ。・・・そこをはき違えるなよ?」

「くっ・・・解りました。」

 

 

太陽の容赦ない光が俺を無理矢理覚醒させようとする。

くそっ、俺の体内時計ではまだ一時間は寝ていられるハズなんだ。

邪魔をしないでくれ。

俺は太陽の光を遮るために枕で顔を覆おうとする。

だが、手さぐりで探そうとも枕が無い。

「う~ん・・・。」

俺は手さぐりで探すが中々枕が見つからない。

もう何でもいい、何かないのか。

その時、俺の手に何かが触れた。

感触からして柔らかい、きっとこれが枕だろう。

やっと、見つけた。

そして、俺はそれを勢いよく引き寄せ抱きしめる。

「きゃ・・・。」

そして、それを力一杯抱きしめる。

これで、俺の安眠は邪魔されない。

だが、枕にしては感触がおかしい。

弾力があって気持ちがいいのだが挟み込まれているみたいだ。

それに、すごくいい香りがする。

俺の枕ってこんなにいい香りがしたっけ?

だが、そんなことより睡魔が勝っていた俺はそれらすべての疑問を投げ打ってさらに強く抱きしめ、この感触を楽しんだ。

―――ぽふっ。

何か柔らかいものが俺の頭に当たる。

ふっ、だが俺はその程度では起きんよ!

さらに枕にしている何かの感触を楽しむ。

―――ぼふっ、ぼふっ。

「う~ん、なんや?」

そして、俺は等々観念して目蓋を開いていく。

すると、そこには大きな肉まんが二つあった。

なんだ、これは・・・?

「よく解らないから、もう一度抱きしめるとしよう。」

「・・・いい加減にしなさい。」

その声は俺の頭上から降ってきた。

「・・・はい。」

そして、俺は飛び起きる。

「やぁ、おはようニクス!」

俺は元気なのを無駄にアピールしながら挨拶をした。

ニクスは手に枕を持ちながら、顔を赤くしベッドに横になっていた。

そして、その顔を枕でかくしてしまった。

「ご、ごめん。やから、機嫌治して?」

すると、ニクスは枕から少しだけ顔を出す。

「・・・エッチ。」

グハッ―――。

どうにかして俺の腕から逃れようとしたのか衣服が乱れ、所々肌が露わになっているニクスは破壊力抜群だった。

 

俺達は朝食を済ませおばちゃんの店に向かう。

「なぁ、機嫌治してくれよ。」

「・・・。」

さっきからずっとこれだ・・・。

「分かった、分かったよ。何でも言う事1つ聞くから、な?」

すると、ニクスがピクリと反応した。

「何でも?」

「あぁ、男に二言は無い!」

「じゃあ、次のヨンソク一緒に行こ?」

「ヨンソク?」

確か、ノルウェーの祭りだったかな。

「分かった!一緒に行こう!!」

「・・・良かった。」

 

「おばちゃん、おはようございます!」

「おはようございます。」

「待ってたよ!あら、可愛い髪留めしてるじゃないさね!ニクスちゃんは、可愛いのだから、その武器を生かすべきさね!やっぱりあたしの目に狂いは無かったと言う訳さね!それじゃ、店番頼むね!あたしは、ヨンソクの準備をしなきゃいけないからね。少し店を開けるよ!」

おばちゃんはそう言うと、どこかに行ってしまった。

「それじゃあ、俺達も仕事の準備を始めようか!」

「・・・うん。」

 

だが、やはり客は来ない。

俺達の露店だけが忘れ去られているように孤立していた。

「・・・。」

ニクスは目に見えて落ち込んでいる。

ここは、俺がなんとかしないとな。

俺に力を貸してくれ、元の世界のサービス業の皆様!日本式接客業の力を今こそ見せる時!!

「そこ行く綺麗なおねぇさ~ん!新鮮な山菜はいかが?いらっしゃいませ~!ちょっと、おっちゃん見て言ってよ!」

そんな少し強引な接客を続けることかれこれ5時間、客足は依然変わらなかった。

もうダメなのか・・・、そう思った時だった。

「おい、ジジィ。俺の物と物々交換してくれねぇか?」

「あっ、てめぇはあの時の泥棒ガキ!」

だが、泥棒ガキは俺の事を無視し俯くニクスの方を見る。

「ジジィより、こっちの綺麗な姉ちゃんの方が気分がいいな!なぁ、姉ちゃん俺の麺とその山菜物々交換といかない?」

いきなり話を振られたニクスに驚きと喜びと緊張が一気に押し寄せる。

「えっ、あっ・・・、うっ。」

そんなニクスの手を俺はしっかりと握った。

すると、俺を不安に支配されたニクスの瞳が見つめる。

それに俺は笑顔で頷く。

すると、ニクスは一度大きく頷いた。

「い、いらっしゃい、ませ~。は、はい、物々交換ですね?まいど、ありがとうございます。」

「そうかい!ありがとうよ姉ちゃん。仕事頑張ってな!・・・それと、早く爆ぜろジジィ!」

「んだと、ガキ!」

「ははははっ、じゃ~なぁ~!」

そう言うと、泥棒ガキは元気に走り去って行った。

「たくっ・・・、良かったなニクス!・・・ニクス?」

俺が呼んでも固まったままのニクスはガキから受け取った麺を呆けた顔で見つめていた。

そして、それを振るえる手で見せてくる。

「あ・・・あ、・・・。」

緊張が限界に達してしまったのか何を言ってるのか解らない。

「やったじゃないかニクス!」

俺は手放しで喜びを表現した。

すると、ニクスの震えは体全体に伝染していく。

なんて言うか、小動物みたいにプルプルしていた。

そして、ニクスの顔の筋肉が緩むと同時に感情の波はニクスを覆い尽くした。

「おわっ!」

ニクスが勢いよく俺に抱き着いて来る。

そして、俺の胸元に顔を埋め喜びを表す。

「やった、出来た・・・、出来たよ。」

その喜びはさらに俺にも伝染する。

「あぁ、頑張ったな!」

そして、俺達は抱き合った。

すると―――。

「見せつけてくれるじゃないさ!」

いつの間にか帰って来ていたおばちゃんが、ニヤニヤしながら俺達を見ていた。

そのおばちゃんの微笑ましい物を見たと言った表情を見た瞬間に俺達は慌てて離れる。

「いや、あの、これは、その・・・。」

俺は頭が熱でパンクし何を言ったら良いのかうまく口に出せない。

ニクスも頭から湯気を出し俯いてしまっている。

「ははははははっ、若いってイイネェ~!おやっ、初めての商売で手に入れたのはそれかい?」

おばちゃんはそう言ってニクスが手に持つ麺を指差した。

すると、コクリとニクスが頷く。

「そうかい、良かったね!・・・それじゃ、仕事を続けようか!」

「はい!」

「・・・はい。」

それからは、いつもより少なくはあるが客足は戻りつつあった。

気に入らないがあのガキが切っ掛けを作ってくれたのだ。

それに祭りが近いと言うのもあったのだろう。

皆機嫌が良かったのか、皆がニクスと話たいと思っていたのか知らないが少なくとも常連客などの人達は、ニクスとも会話をしてくれていた。

俺達はゆっくりではあるが、町の人間になっていたのだ。

 

そして、仕事が終わると同時にニクスに連れて行きたい場所があると言われ俺はついていくことにした。

そこは、町から離れた海が一望できる崖だった。

そして、その崖の先には海を照らす灯台のように大地に根ずく一本の木。

「ここは・・・?」

「ここは、いつも私が来ていた場所・・・。嫌なことがあったらいつもここに来ている。」

「へぇ、綺麗な場所だな。」

夕陽に照らされる海にそれを見守る一本の木。

どこぞの絵画の中のような風景だ。

俺は木に手を付け海を眺めているニクスの傍に立つ。

「この風景を和君に見せたかった。」

「あぁ、凄く綺麗だ。」

「・・・ここに来ると、自分が何をしたいのか思い出させてくれる。」

ニクスが目を細め眩しそうに海を眺める。

「そろそろ、帰ろ?」

「・・・そうやな。」

そして、俺達は手を繋ぎ帰路についた。

またここに来ようと約束をして・・・。

 

「・・・今日の晩御飯はなに?」

「今日はおばちゃんから貰った食材と、あのクソガキと交換した麺を使って俺の一番の得意料理をしてやるよ!」

「・・・手伝う。」

「いや、今日は手伝いは良いよ。やから、待っといて。」

「いや、手伝う。」

「やから、良いって。」

「手伝う。」

ニクスはそう言うと、包丁を俺から取り上げ俺の作業を奪った。

「痛っ・・・。」

「ほら、慌てて作業するからッ・・・。」

ニクスの指からは包丁で切ってしまったのか赤い血が流れ落ちていた。

だが、それにはあるはずの無い物が混じっていた。

それは、一瞬、ほんの一滴だったが確かに俺は見た。

赤に混じる緑を・・・。

それは、俺の体内に流れる物と同じ色をしていた。

いやいや、さすがに見間違いだろう。

俺は自分にそう言い聞かした。

ナノマシンはこの時代に無いはず、その筈なんだ。

「ほら、早く傷口を消毒しな。そこのタンスの中にあるから。」

俺は出来るだけニクスの顔を見ずに言い切る。

俺の動揺した顔を見せないために・・・。

そして、料理を作り終えた俺はテーブルで待つニクスの元に作った料理を差し出す。

「これはな、俺の自信作、焼きそばや!まぁ、ソースとか無いから代わりに塩を使ったけどな?でも、ちゃんと塩焼きそばってあるからな?偽物ちゃうで?はははははっ。」

「・・・・・・。」

ニクスは先程から俯き何かに脅えるように震えていた。

俺はそれに気が付かないふりをし、無理矢理場の空気を良くしようと努める。

「はやく食わんと冷めてまうで?一応合成物やけど、肉油使ったし味は大丈夫やと思うねんけど、あむ・・・、Oh、パサパサしとる。ま、まぁ食えん事は無いかな?はははははっ・・・はは、は。」

だが、ニクスはまるで叱られるのが解っている子供のように震えたままだ。

「・・・なぁ、ニクス。」

ビクっと、ニクスの体が一度跳ねる。

「俺は、べつに―――。」

俺がそう言った瞬間にニクスは椅子から立ち上がる。

「お、おい・・・。」

そして、外に出て行こうとした。

「ど、どこに行くんや?外は真っ暗やからな、俺も・・・。」

そう言って俺も席を立とうとする。

「ついてこないでッ!!」

それは拒絶、ニクスと俺の間には超える事が出来ない壁が出来上がってしまった。

その事実に固まる俺を置いてニクスは走り去っていった。

だが、俺は見てしまった。

走り去るニクスの涙を、泣いていたんだニクスは!

ならッ――――。

「そんなこと、出来る訳ねぇだろッ!!」

そして、俺はニクスの後を追う為に外に飛び出す。

だが、飛び出したは良い物の完全に夜の闇に支配されており何も見えない。

「くそっ!これじゃ、探す以前の問題だぞ!」

だが、ここで諦める訳にはいかない。

俺は、意識を集中する。

そして、脳のリミッターを解除した。

次の瞬間には俺の視界は昼の様にすべてを捕えていた。

「意地でも見つけ出すぞ、ニクスッ!」

そして俺は、夜の闇の中に走り出した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・。」

町の中を走り回る。

ニクスと行った所はすべて回った。

なのに、ニクスどころか人っ子一人いない。

「ニクス、どこだーーっ!!」

俺の叫びは空しく闇に吸い込まれていく。

だが、人よりも感覚が研ぎ澄まされている今の俺には聞こえた。

それは、波の音だった。

その時俺は思い出す。

夕方、ニクスと共に行った場所の事を。

「馬鹿野郎!なに、一番大切な事を忘れてんだよ俺はッ!」

 

そして、俺は見つけた。

ニクスは崖の先に寂しく立つ木にもたれ掛り泣いている。

「ニクスーーーッ。」

俺に気が付いたニクスは脅えた瞳で俺を見る。

「嫌ッ、来ないで、来ないでよ!」

俺はニクスの心からの叫びに足を止めてしまう。

「お、俺なにかしてしまったかな?ごめん、謝るよ。だから・・・。」

「ちがっ、違う、和君はなにも悪くない。悪いのは私なの・・・。」

ニクスはその綺麗な瞳から涙を流し首を振る。

「ニクスは何も悪くないッ!悪くないんだ!!」

俺が一歩踏み出すと、ニクスも一歩下がる。

俺達には、もうどうしようも無い壁が出来上がっている。

「和君も見たでしょ?私の血の中に混ざり込んでいた物を・・・。」

「それは・・・。」

「私は、人間じゃにない。私は・・・、私は、魔女なんだよ。」

「そんなわけないだろッ!」

「魔女なんだよッ!なにも知らない癖に、私の事なんて何も知らない癖に、適当な事を言わないで!!」

「知らねぇよッ!俺が知ってるニクスは、いつも俯いていて何考えているか解らなくて、頑固で意地っ張りでその癖に恥ずかしがり屋で、でも俺みたいな訳の分からない男を助けて、世話を焼いて、時たま見せる笑顔が凄く可愛くて、優しい。そんなニクスしか知らねぇよッ!それ以外のニクスなんて、まだ知らねぇよ!でも、俺はそれ以外のニクスも知りたいんだ!笑ったり、泣いたり、怒ったり、悲しんだり、そんな・・・、まだ知らないお前を俺は知って行きたいんだよ!」

「・・・これを見てもまだそんな事が言える?」

ニクスはそう言うと、手首に力一杯噛みついた。

「やめっ!」

そして、流れる血と共に溢れ出す緑色のナノマシンが傷口を塞いでいく。

「ほら、これを見ても私が人間だと思うの?」

ニクスは涙を流しながら、精一杯の辛そうな笑顔を作り見せつけてくる。

その顔を俺は知っていた。

すべてに絶望した、父さんを殺した時の俺と同じ顔をしていたからだ。

だから俺は断言しよう。

「思う。」

その俺の即答にニクスが目を見開く。

「なん、で?・・・なんで、解らない。解らないよ!私と一緒にいたって不幸になるだけなんだよ!?」

「ならねぇよ。ニクスと共に降りかかる不幸なら、俺にとっては望む所だ、別にかまわぇよ。それに、俺が不幸になんてさせやしねぇよ。だから安心しろ、俺がお前を闇の中から光に押し上げてやるよ。・・・魔女以上の怪物が言うんだ間違いないだろ?」

「・・・そんな事、出来っこないよ。」

「出来るッ!俺がそう言ったんだ、やって見せてやるよ!」

「ふふふ、何故だか和君なら出来る気がする。ねぇ、和君・・・、私ッ!」

その時、ニクスの足元が崩れ落ちる。

「キャッ!」

そして、ニクスはそのまま崖下に吸い込まれていった。

「ニクスーーーーーーーーッ!!!」

間に合え、間に合え、間に合えッ!

「間に合えーーーーーッ!」

そして、崖から飛び降りた俺はニクスの姿を見つけニクスを守るように抱きしめる。

「ガぁ!」

飛び出していた岩が俺の肩や背中を傷つけ肉を抉って行く。

あぁ、クソ薬飲んでねぇや・・・。

でも、ニクスだけは守る。

何が何でも、守り切って見せる。

そして、俺達は暗い海に吸い込まれていった。

 

「はぁ、はぁ、くっ、ニクス大丈夫か?」

なんとか海岸まで辿り着くことが出来た俺は、ニクスの安否を確認する。

「私は、大丈夫。」

「そっか、良かった・・・。痛ぅ!」

「和君ッ!傷が、・・・ッ!?」

ニクスが俺の傷口を見て息を飲む。

当り前であろう。

自分と同じ存在が目の前にいるのだから。

「だから、言ったろ?お前は人間だよ。」

「和君?」

「あぁ、なんだよ?ガァっ!」

俺の体中から緑色の結晶が生まれ始める。

身体を酷使したせいではないだろう。

薬をなるべく飲まなかった俺の怠慢だ。

「和君ッ!!」

「悪ぃ、小屋まで連れて行ってくれ、強化装備服の中にぐっ、薬があるから・・・。」

そこで、俺の意識は途切れてしまった。

 

「和君、和君ッ!?」

どうしよう、私のせいだ。

私のせいで和君が・・・。

「・・・ここで、あなたを死なせない。死なせたくない。失いたくない!」

そして、私は和君の腕を肩に回し持ち上げ小屋に向け歩みを進めた。

 

小屋に戻った私は和君をベッドに寝かし薬を探す。

「薬、薬・・・、あった!」

和君の体からは、緑色の結晶が付き出している。

このままでは命の危険があるのは知っている。

私は和君の体が結晶に飲み込まれないために、最後の望みを託して、薬を用意した水と一緒に和君の口内に流し込む。

「和君、薬だよ。頑張って飲み込んで。」

「ごほっ、ごほっ・・・。ヒュー、ヒュー。」

だが、和君はその薬を吐き出してしまった。

それに、喉も圧迫されているのも解る。

「和君!お願い薬を飲んでッ!」

だが、衰弱している和君にはその体力すらないのも感じていた。

だから私は、和君が吐き出した錠剤を自分の口に放り込み唇を噛み千切る。

唇から溢れた血と混じりナノマシンが溢れ出す。

そして私は水を口に含みそれらを交じり合わせ、和君の頭を持ち上げ軌道を確保し自分の唇と和君の唇を合わせた。

私の口の中から水とナノマシンが錠剤を運び和君に流れ込んでいく。

和君が咳き込み苦しそうにもがく。

だが、私は引っかかれても唇を離さずにいた。

そして、和君が薬を飲み込んだのを確認すると唇を離す。

和君と私の唇から赤い糸が伸び途切れる。

そして、数分すると和君の体中から飛び出していた結晶は四散していった。

「良かった、間に合った、間に合ったよぅ・・・。ひっく、ぐす、うぇ・・・。」

私の泣声は小屋の中に広がって行く。

すると、暖かい手が私の頭に置かれた。

 

泣声が聞こえる。

誰だ?

誰が、泣いているんだ?

「ひっく、ぐす、うぇ・・・。」

この声は、ニクス?

誰だニクスを泣かしやがった奴は!!

そして、俺が目を覚ますと目の前には泣き顔のニクスがいた。

「・・・泣き顔も可愛いな?」

俺はそう言ってニクスの頭を撫でる。

「和君?和君、和君ッ!」

ニクスが緩みきった笑みで俺に抱き着いてきた。

「ご、めん、さない。ごめんなさい、ごめんなさい。」

「謝らんでも良いよ、それにご褒美も貰えたしな?」

「・・・ご褒美?」

俺はニクスに見えるように人差し指を向ける。

そこには、俺の体に覆いかぶさる格好のニクスにより出来上がった二つの潰れた大きな双丘。

すると、ニクスの顔はみるみる赤くなっていく。

「・・・エッチ。」

すると、離れると思っていたニクスはさらに抱き着く力を強めた。

俺は、そんなニクスを優しく抱きしめた。

 

それから一時間後、容体が回復した俺は立ち上がる。

それはニクスのお腹が可愛らしい音を出したためだ。

「じゃあ、焼きそばは冷めてもうたし別の作ろか?」

そう言って料理を運ぼうとするとニクスが俺の腕を掴む。

「それが食べたい。」

「えっ、でも、これ冷めてるし美味しくないで?」

「ううん、それが良いの。」

「・・・わかった。」

そして、ニクスが焼きそばを食べて行く。

「ほらな?美味しくないやろ?」

俺がそう尋ねるとニクスが勢いよく首を左右に振る。

「ううん、美味しい、美味しいよ。凄く美味しい・・・。」

ニクスは涙を流しながら焼きそばを食べて行った。

 

その日の夜は、ニクスは帰らずに俺と同じベッドで寝る事になった。

同じベッドで同じ布団の中にいる。

なのに、今の俺には邪な感情なんて起こらなかった。

ただ、今俺の腕の中にいる温もりを感じていたかった。

「ねぇ、和君?」

「うん?」

「和君の心臓の音が聞こえる。」

「ニクスの心臓の音も聞こえるぞ?」

「ふふふ、和君は暖かいね?」

「あぁ、ニクスも暖かいな。」

 



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臆病者

朝、いつも通り目を覚ます俺はすぐにいつもと違う事に気が付く。

「おはよう、和君・・・。」

「あぁ、おはよう。」

いつもと違う事、それはニクスがすぐ傍にいる事だ。

俺は、俺の腕の中でモゾモゾ動くニクスをきつく抱きしめた。

「苦しい。」

「おっと、悪ぃ悪ぃ!」

俺が腕を解くとニクスがスルリと抜け出る。

そして、何かを探し始めた。

俺はニクスが探しているモノに検討がつき、共に探す。

すると、それはすぐに見つかった。

「ほら、髪留めあったで?」

「ありがとう。」

ニクスは髪留めを俺から受け取るとそれを手慣れた動作で取り付ける。

そして、朝日よりも輝く笑顔で笑いかけた。

「おはよう、和君!」

俺はそれに一瞬見とれてから笑い、もう一度挨拶をした。

 

俺は今1人で仕事をしている。

それはニクスがあの後帰ってしまったからだ。

一応晩御飯までには戻ると言っていたが、それまで俺はどうしよ?

そこで俺は首を傾げた。

「ニクスが傍にいないだけで、ここまで暇になるなんて・・・。」

そして、俺は呆けた顔で店番をしていた。

 

そろそろ店じまいをしようかと動き出した所でおばちゃんから声を掛けられる。

「和真君!ちょっとヨンソクの準備で男手が欲しいのだけれど良いかい?」

俺はこのおばちゃんに恩返しがしたかったのもあり快く返事を返した。

ちょっと、ニクスを待たす事になるかもやけど、ニクスも解ってくれるやろ。

そして、俺はおばちゃんの後をついていった。

 

 

完全に外界から隔離された白い壁に覆われた部屋の中にはいくつもの卵型のカプセルが存在した。

そのカプセル内には、それぞれ人影が見える。

その人影の内の1つはニクスのものだった。

そしてそのニクスを雲の上から眺めるように見ている人物が1人。

「ニクス体内のナノマシン抽出完了しました。これより、解析に入ります。」

「分かった続けてくれ・・・。」

「はい。」

そして、解析を進めていた部下の1人が叫び声のような声を上げる。

「は、博士ッ!」

「どうした?」

「何か異物が入り込んでいたらしく、それを調べていたのですが、それが・・・。」

「・・・異物?」

博士が怪訝な顔で部下に尋ねる。

その博士にたいし部下は信じられないと言った顔で答えた。

「はい、それは我々が研究を進めている物と同等の物、いえ・・・、もしかするとそれよりも遥かに高い技術で作り出された物です。」

「な・・・、に?」

ありえない・・・。

博士はそう信じて自ら解析データを覗いていく。

だが、博士はまるで幽霊でも見たかのように青ざめた。

「・・・君は引き続き、ニクスの方を頼む。こちらは、私が解析しよう。」

そして、博士自らが解析していく。

そして、それを見つけた。

それは、見覚えのある解除コードだった。

博士はそれを見て震えあがる。

「そんな、馬鹿な・・・。」

ありえない、たまたまだ。

博士は震える手で解除コードを入力している。

頭の中では疑問がさらなる疑問を生みだし収集が付かない状態となっている。

だが、博士は迷う事無くコードを打ち込んで行った。

そして、最後のコードを入力すると隠されていたデータが次々と溢れ出してくる。

だが、それらの情報を見ている暇なんて博士には殆どなかった。

ただ脳の中では1つの疑問が支配している。

 

―――何故、ニクスと同じ解除コードなのか?

 

それは、博士自信が考えた解除コードであり、博士以外知りえない情報だった。

偶然にしては出来過ぎている。

だが、その答えはすぐ目の前に表示されていた。

 

ニクス計画・1998年・被検体番号101・五六和真

 

そして、出てくるデータと言う名の蓄積された記憶。

それらが、真実だと告げる。

それらを確認した博士は、それらのデータを自分のノートパソコンに全て移し替えて行く。

そして、今まで使っていたパソコンのデータすべてを消し去り、どこにも流れていないか確認する。

そして、何かあった時のために用意していたウィルスを侵入させる。

後は、演技をしただけだ。

慌てる上官を演じデータの保護とウィルスの駆除を部下に命じる。

そして、指示を出していく中で博士はこれからの事を考えていた。

 

太陽は完全に沈み月明かりが照らす。

俺は予想以上に時間がかかってしまった事をどうやってニクスに説明するかを考えていた。

「まずいな、予想以上に仕事量が多かった・・・。なんて、言おう。」

そして、小屋に明かりがついているのを確認すると俺は慌てて小屋に向かった。

「ただいま!ご、ごめんッ!町の人に祭りの準備色々頼まれちゃ・・・、誰だ?」

「随分不用心だな?以前の君ならここまで緩みきっていなかったと思うが?そうか、町の雰囲気が君を堕落させてしまったのかな?」

俺にそう言ってきた男はヨレヨレの白衣を着ており無精髭を生やしている。

その姿でイスに腰掛け、まるで自宅にいるかのように寛いでいる。

「そう怖い顔をしないでくれ、むしろ私は今の君を見て安心している。以前のような君なら迷う事無く、私は君を殺していた。」

「俺は誰か、と聞いたと思うが・・・?」

「そう言えば自己紹介がまだだったな。そうだな、博士とでも呼んでくれ。私が何をしているのかというと、ナノマシンを研究・製作している者だ。」

その瞬間には、博士の喉元にククリナイフが押しつけられていた。

「・・・ニクスはどこにいる!ニクスに何をした?」

俺が博士を睨み付けながらそう問うと、博士はその目を細めニヤける。

「・・・ふふ、成長したのかとも思ったが君はなにも成長していないのだな?」

「そんな事はどうでもいいッ!!」

「殺したければ殺すがいいさ、・・・出来るのならな?」

博士の目は本物だった。

俺の価値を計っている。

そのためなら、ここで死んでも構わないと考えているのが伝わってきた。

博士の首から血が流れ落ちる。

だが、それは俺が故意にしたことではなかった。

俺の手が震えていたために傷つけてしまっていたのだ。

「人を殺すのがそんなに怖いか?」

「・・・ッ!」

「今ので確信した。お前は弱い、弱すぎる。そこいらの訓練兵の方がましな位に弱い。・・・そこが、美点でもある訳だがな。」

そう言うと博士は俺の手を握り閉め、ゆっくりとククリナイフをどかす。

「話をしようじゃないか。」

 

「まず先に、私はネフレの人間だ。」

「なん、だと?」

「正確には、ネフレ技術部に所属している。そこで、ナノマシンの開発・研究をしている。」

「それを、信じろと?」

「信じるも何も真実だ。もし不安なら、君お得意の催眠術とやらで私から聞き出せば良い。」

―――コイツ、どこまで俺の事を調べ上げやがった?ここでは、催眠術は使っていないぞ?

「不思議そうな顔をしているな?まぁ、その種明かしは後ですることになる。まずは、我々が行っている研究内容を説明しよう。」

そこから先の事は俺を驚愕させるのに十分な内容だった。

「まず、我々の目的は人でありながら人を超越した存在、言うなれば進化し続ける人を作ることから始まった。

人はか弱い、ちょっとしたことで直ぐに死んでしまう。

まずは、それをどうにかしようと研究が開始された。

だが、BETAが来たことでそれらが別の道に進む事となった。

今までは病気やケガなどのために開発されていたナノマシンは、戦争の道具となった。

人の体を内側から強化し、人が出来ない事をさせる兵器を作ることとなった。

例えば人は9G掛かると生命が危険になる。

だが、ナノマシンが体内に存在する人はそれらを軽く耐えてしまう。

そして、次に知識の問題だ。

BETAに勝つためにはそれなりの戦闘経験と知識、技術が必要になる。

だが、被検体に一から教え込むのでは時間が掛かり過ぎる。

そこで、ナノマシンにそれらの知識と言う名の経験を記憶させ、他の被検体に上書きすることにした。

後は簡単だ。

記憶されたデータ通りにナノマシンが体を作り変え、元の体が限界を迎えるまで戦い抜き、そして死んだ後もその経験は次の被検体に上書きされる。

これを繰り返して行けば、最強の人の完成だ。

そして、君も気が付いていると思うがナノマシンは他者の体に入り込む。

本来ならば慣らすために処置を施すのだが、元からの適合者なら問題はないだろ?

君のデータはニクスに渡っていた。

おそらく、ニクスのデータも君に写っているだろう。

そして、ニクスのデータを解析中に君がどういう経験をしてきたのかを見させて貰った。

和真、・・・君は、未来から来たね?」

その説明に俺は驚愕した。

なら、俺の体を流れる物とは・・・。

「あぁ、君の体には何十もの命が流れている。

別にそんな些細な事はどうでもいい、君の記憶を覗いたことで私も色々と危ない橋を渡る事となった。和真、君はネフレに帰れ、そこまでの準備なら私がしてやろう。」

「なっ!」

ネフレに帰れる。

レオに会えば俺が長い時間、この時代に留まっている原因が解るかもしれない。

でも、いいのか?ニクスを皆を置いて、俺だけが・・・。

「それと、これ以上ニクスと関わるな。」

「・・・何故?」

震える喉から無理矢理声を捻りだす。

「そのままの意味だ。事情は君が一番知っているだろう?・・・私はニクスを悲しませたくないのだよ。」

その発言に俺は呆けた顔を向けてしまった。

「おかしいか?被検体に親愛感情を持っているのが、これでも彼女達との付き合いは誰よりも長いのでね。」

博士は言いたい事だけを言い立ち上がる。

「迎えの日取りが決まりしだい再びここにくる、準備していろ。」

そして博士は小屋から出て行った。

「俺は・・・。」

俺自身解っていた。

いつか、別れる日が来ることは・・・。

俺は、いつかこの時代から去る事になる。

それは、多分確定している。

なら、このまま合わない方が良いのだろう。

だが、俺の心がそれを否定したがる。

なにが確定しているだ!まだ解らないだろ!?

そう俺に言ってくる。

だが、俺はその声に耳を傾ける気にはなれなかった。

 

 

あれから、一週間が経過した。

ニクスは小屋には来ていない。

あの男はニクスを愛していると言った。

あの顔は本気だ。

あの男に任せておけばニクスは俺といるよりも幸せになる事ができるのかもしれない。

そこまで考えてから、俺は太陽が昇り始めたのを確認した。

「・・・そろそろ、仕事にいくか。」

そして俺は覚束ない足取りで町に向かう。

「休んでも大丈夫なんだよ?」

露店に到着した瞬間におばちゃんにそう言われた。

俺の顔はそんなに酷かったのだろうか?

「ニクスちゃんが来ないだけで、大分変っちまうもんだねぇ。この店も看板娘がいなくて泣いているよ。」

泣きたいのは俺の方だ・・・。

そう考えてしまった俺は、首を振り醜い部分を追い払う。

「・・・仕事をしますね。」

「はぁ・・・。」

おばちゃんは、溜息をつくと祭りの準備に向かった。

祭りは明日だ。

町はいつにもまして忙しなく動いている。

だが、その喧騒すら俺には煩わしかった。

「はぁ・・・。」

今度は俺から溜息が出る。

俺はそれを追う様に空を見上げた。

 

何時間空をみていたのだろうか。

もう空は赤くなっていた。

その時、目の前に俺を呼ぶ存在がいることに気が付く。

「余計に老けやがったな、ジジィ。」

そいつは泥棒ガキだった。

「・・・いらっしゃい。」

すると、何かを感じ取ったのかガキは真剣な顔つきになる。

そして、店内に無断で入り込む俺の隣の席、ニクスが座っていたイスに座る。

「なんか、あったのかよ?姉ちゃんもいねぇしさ。」

「お前に話しても仕方ねぇよ・・・。」

「確かに、そうかもしれねぇけどよ。これでも、俺は聞き上手でな!色々と相談を受けてたりすんだよ!そんでよ、いつしかアドバイスをするようになってよ。今では、町の相談役みたいになってんのよ!・・・だからよ、力になれるかもしれないだろ?」

こんな奴に話したってなんの解決になるのか。

だが、コイツには話しても良いと思える自分がいた。

今のコイツは、俺なんかよりも大きな存在に見えたからだ。

「・・・じゃあ、俺の話を聞いてくれ。」

「任せとけ!」

それから、所々端折りあの時の事を話した。

「てぇ~ことは、アレか?お前は、そのお父さんに言われたから、姉ちゃんと会わねぇてか?その方が、姉ちゃんの幸せっていわれたから、身を引くってか?」

「・・・まぁ、そういう事だ。」

俺がそう言うと、コイツは盛大な溜息をつきやがった。

「はぁ、お前はアレだな・・・。フニャチンだ。・・・最悪だ、女の気持ちをまったく解っちゃいねぇ。」

その言葉に俺は過剰に反応してしまう。

「んだと?テメェに何が解る!?俺がどれだけ迷ったと思ってやがる!?ニクスにとっての幸せがッ!これが、最善だと思ったから、俺はッ!」

その瞬間俺は倒れていた。

どうやら、頬を殴られたらしい。

「おっと、悪ぃつい手が出ちまった。今の無しで。」

コイツは悪びれもしないで、そんな事を言ってくる。

「う~ん、俺から言えることは1つだけだ。・・・お前のやりたい事をやれッ!」

コイツは倒れる俺に指を刺しながら、そう言った。

「・・・は?」

「は?じゃねぇよ。今までの話を聞いて、俺がしてやれるアドバイスはこれだけだ。」

それを聞いて俺は呆れかえってしまった。

「・・・結局、なんにも変ってねぇよ。」

所詮この程度か、相談した俺が馬鹿だった。

「お前、俺の話聞いてたか?俺はやりたい事をやれって言ったんだぞ?」

「だから、やってんだろ?」

「これだから男って奴は・・・。良いか、俺にはお前が何かに耐えてると思ったからそう言ったんだよ。それにさ、疑問に思ったんだけどよ?それ、姉ちゃんに直接聞いたのかよ?」

「・・・何を?」

「だからさ、お前といると幸せになれないって姉ちゃんの口から言われたのか?」

「いや・・・。」

身体が震える、なにかが弾け飛びそうになる。

「だから、女心がわかってねぇフニャチンなんだよ、お前は。」

コイツはそう言うと、偉そうにそして優雅に椅子に座りなおす。

「幸せてのはさ、一体なんなのだろうな?」

そして、遠くを見つめながらそんな事を言い出した。

「幸せの定義って誰が決めたんだ?

普通の幸せの普通って誰が決めたんだ?

富を得る事が幸せか?

名声を得る事が幸せか?

誰からも慕われることが幸せか?

俺は違うと思うんだ。

俺はね、最後に笑っていられる事が幸せなんだと思うんだ。

嫌な言い方だけれど、終わりよければすべて良し、まさにこの通りだと思う。

誰かに決められたモノなんて意味が無い、価値がない。

最後に自分の意志で笑っていられた人が幸せなんだ。

・・・だからな、ジジィ。

後悔だけはすんな。

すべてをやりきってその先に深い闇しかなかったとしても、お前は最後には笑ってろ。」

そして、このガキは俺をその透き通りすべてを見通すような瞳で見つめ、笑いかけてきた。

「・・・な?」

その顔を見た瞬間に俺は思い出した。

初めて悠陽と出会った時に言われた言葉を・・・。

「・・・人は誰かに甘え、甘えられることで世界に存在できる。」

俺は知らず知らずの内にそう口にしていた。

「良い言葉じゃねぇか。」

そして俺は立ち上がる。

「なぁ、聞かせてくれ?」

「なんだ?」

「お前が、もしニクスならどうして欲しい?」

「俺は、姉ちゃんじゃねぇから何とも言えねぇけど。そうだな、俺なら決着をつけたい。」

その言葉は今の俺と同じものだった。

「・・・そうだよな。」

そう言って俺も笑う。

「お前のおかげで決心がついたよ。・・・俺はニクスに会いに行ってくる。」

俺がそう言うと、ガキは満面の笑みで笑う。

「そうしろ、そうしろ。そんで、玉砕して来いッ!」

「くく、言ってろ。」

「それと、もう一つアドバイスしといてやるよ。」

「なんだ?」

「女の子と言う生き物は、何時だって白馬の王子様を待ってるものなんだぜ?」

「最高のアドバイスだな。」

「だろ?貸し1な?」

「はは、分かったよ。」

そう言って俺達は笑い合った。

そうだよな、皆が皆正しいと言ったってそれが正解じゃない。

問題なのは、俺が今何をしたいか。

それ以外に存在しない。

そうさ、俺が間違っていた。

誰になんと言われようとも、俺が正しいと思ったことを命がけでやればそれでいい。

例え、その先が絶望であったとしても、そこから見える景色はきっと最高な筈だ。

俺が俺自身の事を、信じてやらなくちゃいけなかったんだ。

・・・なんだよ、結局原点に帰っただけじゃねぇか。

「くくくくくっ・・・。」

「なんだ、壊れちまったか?」

「嫌、自分の馬鹿さ加減に笑っていただけさ。」

そして、俺は店を出る。

「おばちゃんには、俺から言っといてやるよ。」

「サンキュー。」

そう言って俺は駆けだそうとしたが、ある事を思い出して立ち止まる。

「あっ、そうだ。その俺って言い方、治しといた方が良いぞ?仮にも女の子なんだからな。」

「―――なっ!?」

それだけ、言い残し俺は駆けだした。

 

「バレてるし・・・、変装は完璧だったハズですのに。」

ガキと呼ばれた少年、いや少女は今までとは明らかに雰囲気が変わっていた。

「あれだけ、ヒントを与えていればいたしかたないかと・・・。」

その男は自然に、しかし突然現れた。

「臆病な子羊を導いただけですわ。」

しかし、それに自然に返す。

彼がいることは、解っていたことだからだ。

「それよりも、父様が呼んでいるのかしら?」

「はい、自由時間は終わりだそうです。」

「・・・解りました。」

そう言って、今まで腰掛けていたイスから立ち上がる。

「それでは、参りましょう。―――マリア様。」

 



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星空の花嫁

「はぁ、はぁ、・・・はぁ。」

あれから俺はニクスを探し続けていた。

ニクスの言動から小屋の近くになにかがあるのは解っていた。

だから、俺は小屋の近辺を重点的に探す。

ズボンはドロドロ、靴の中にも泥が入り込んでいる。

シャツは汗でへばり付き、そこに砂埃がくっつくことで色が変色してしまっている。

それでも俺は、走り回り時には地面にへばり付き、探すのを諦めなかった。

だが、どれだけ探そうとも見つける事が出来ない。

施設らしきモノなんて見つける事が出来なかったし、人っ子一人見つける事が出来なかった。

そして、俺は一縷の望みを託し、再び小屋に帰る事にした。

体力も限界に来ている。

立っているのもやっとだ。

何時間走り続けていたのかも解らない。

俺は、笑い続ける足に勝を入れて歩いた。

そして、小屋が見えてくると見つけた。

「ニクスーーーーッ!!」

俺の声を聞くと、口元に手を当て涙を流すニクスがそこにはいた。

ニクスの姿を確認した俺は、すでに限界なのも忘れて走りニクスを力一杯抱きしめ持ち上げる。

「ニクスっ、ニクス!」

「和君、会いたかった・・・。会いたかったよぉっ。」

太陽が昇り俺達を照らしだす。

その温もりが今までの苦労を時間をすべて無かった事にしてくれる気がした。

 

一頻抱き合った俺達は、イスに座っていた。

ニクスは俺から離れたがらずに、俺の膝の上にいる。

そして、俺は撃ち明けた。

自分の事を・・・。

「・・・そっか、和君は未来から来たんだ。どうりで、色々とおかしな点があると思った。」

ニクスは俺の話を聞き終わると、何かを決心した顔をした。

俺は、それが酷く恐ろしく感じた。

まるでニクスがどこかに行ってしまうかのように感じた。

だから、俺はニクスをさらに抱きしめ、その不安を温もりで覆い隠す。

「それにしても、よく博士が許可してくれたな?」

「ふふふ、私が我儘を言ったら許可してくれた。」

ニクスの笑顔を見ていると、心が温かくなる。

この気持ちはおそらくアレなのだろう。

やりたい事をやる―――。

俺は自分の気持ちにもっと素直になるべきなのだろう。

だから―――。

「なぁ、ニクス・・・、俺っ。」

俺が決心し言おうとした瞬間にニクスの人差し指を唇に押し当てられ遮られてしまった。

「・・・待って、あの場所で話したい。」

「わかった。」

 

そして、俺達はあの崖に来ていた。

大分長い間話し合っていたのだろう、もう夕方になっていた。

そして、俺達は海を見守る様に立っている木の前にそれぞれ立つ。

「・・・ニクス、俺は話した通り未来から来た。多分、そう長い時間この時代に居続けることは出来ない。・・・それでも、俺は言いたい。自分勝手な我儘なのも解っている。でも、言わせてくれ・・・・。俺は、君を愛している。」

俺がそう言うと、ニクスは解っていたのか笑顔になった。

その笑顔は夕陽に照らされ、流れる涙が反射しニクスの心の温かさを表しているようだ。

「・・・はい、私もあなたを、愛しています。」

そして、俺達は口づけを交わした。

それは一瞬だったのかしれない。

でも、永遠に感じられた。

そして俺は思った。

この時間が永遠に続けば良いのにと・・・。

そして、俺達は唇を離す。

「最長で九年だ。九年待っていてくれ、何がなんでも、俺が迎えに行く。」

決意を込めて俺はそう言った。

すると、ニクスはもう一度俺にキスをし恥ずかしそうに頬を赤らめながら言ってきた。

「・・・私は、いつまでも一緒だよ。」

それに今度は俺からキスをし答えた。

 

そして、小屋に戻ろうと来た道を手を繋ぎながら歩いていると、良く知った声が俺達を呼びとめた。

「和真君に、ニクスちゃんじゃないさね!探していたんだよ!?おやまぁ、和真君泥だらけじゃないさね!今日はヨンソクなのだから、綺麗にしなきゃいけないよ!!」

そう言われると、俺は町の男衆に拉致られていった。

「ちょ、ちょっとーーーーッ!!」

「ほら、ニクスちゃんはこっちだよ!」

 

 

気が付けば俺は黒いスーツに身を包んでいた。

身体もジャワーを借りさっぱりしていた。

「あの、これは一体?」

「ヨンソクの締めを今回はあんたらにしてもらう。」

そう言って豪快に笑うのは、魚屋のおっちゃんだ。

スーツは、ここに逃げて来た人との商談で手に入れたらしい。

「それじゃ、気合入れろよ!」

そして、俺は夜の時間帯なのにまだ、夕方のように明るい街に出た。

そして歩く事数分、海岸に着くと焚火を囲み町中の人達がいた。

豪華な料理が並び、どこから持ち出して来たのか手に楽器を持ち即興で作り上げた音楽を奏でる。

皆が笑顔で笑っている。

幸せな世界がそこには広がっていた。

そして、そんな中に女集が姿を現した。

それは何かを守るように円を組んで歩いている。

そして、それは俺の前で割れ中から月が姿を現した。

純白のウェディングドレスを身に纏った、月・・・。

それはニクスであり、その余りの美しさに俺は声を出せないでいた。

ニクスは雪のように白く輝く顔を赤くし俯いている。

すると、どこかの誰かに肘打ちを食らった。

それのおかげで正気を取り戻した俺は、なんとか声を絞り出せた。

「凄く、綺麗だよ・・・。」

「あぅ、うぅ・・・、あ、ありがとう。」

そして、飛び交う野次。

俺達はその野次に背中を押され、神父らしきおっさんの前まで歩いた。

「あ~、え~と、なんでカンペがないんだ?あ~、端折らせて頂きます。死が二人を分かつまで共にあると、誓いますか?」

その適当ぶりに俺とニクスはくすくす笑う。

そして、お互いに見つめ合う。

太陽が沈み月が顔を覗かせる。

そして焚火の炎が、海を照らし人々を照らし妖精を招き入れる。

この祭りの主賓は妖精だ。

そして、妖精に祈りを捧げる場でもある。

俺達は妖精に祈りながら答えた。

「誓います!」

「誓います。」

そして、夜の世界が訪れた。

その中にあっても尚、ニクスは星に負けない程に輝いている。

「では、誓いの口づけを・・・。」

そして、俺達は口づけを交わした。

様々な歓声が上がる中、口づけを交わす俺達・・・。

ニクスの瞳からは、喜びの涙が流れ落ちた。

その時、祭りに参加していた子供たちが完成を上げる。

そして、人々はそれを見た。

「キレイ・・・。」

「これは・・・。」

「妖精様が来て下さった。」

町の人達が口々にそう漏らす。

それもそのはずだ、海が青く光り輝いていたのだ。

星よりも輝き、波に運ばれ海岸に打ち寄せる青い光。

空気を読まずに言ってしまえば、ただの発行するプランクトンの群れが流れ着いただけだ。

だが、その光は町の人々の願いを、そして俺達を祝福してくれているようでもあった。

その光に誘われるかのように、流れ出す音楽。

その曲に合わせ皆が焚火を中心に踊りだす。

その光景を見ていた俺は、ニクスに手を差し伸べた。

「一緒に、踊ろうか?」

ニクスは少し驚いた様子で俺の手と顔を交互に見ている。

そして、今まで見たことも無い程に美しい笑顔で俺の手を取りながら返事をした。

「はい、よろしくお願いします。」

その二人の姿は儚くもあり、そして高貴でもあった。

好き勝手に踊るだけのダンスホールは、その二人が加わるだけで社交場へと姿を変え、すべての人々はその空気に毒され上品に踊りだす。

ある者は、腹を抱えて笑い。

ある者は、食べすぎる余り死にかけ。

ある者は、愛を囁き合う。

俺は、今のこの時なら言えるだろう。

間違いなく、今この時、世界はここを中心に回っている。

俺にそう思わせる程に、俺は心から楽しんでいた。

 

「あぁ~、頭がガンガンする。あの連中、どれだけ飲むんだよ。」

「仕方ないよ、皆嬉しかったのだから。」

俺達はあの後、騒ぎ倒し祭りが終わるとニヤける連中に促され小屋に帰宅させられた。

ベッドに横たわる俺をニクスが覗き込む。

ニクスの甘い匂いが俺の鼻をくすぐる。

そして、俺達はまたキスをした。

だが、今度のキスは長い、お互いの息が止まる程に長いキスだった。

「ふぅ、うん・・・。」

ニクスの口から艶かしい声が漏れる。

だが、それと同時に俺は酷い眠気に襲われる。

「に、くす?」

ぼやける視線の先では、ニクスが涙を堪えながら笑っていた。

「和君、私は、心からあなたを愛しています。・・・本当に、愛しています。だから、あなたには幸せになって欲しい。」

そして、ニクスは優しく壊れ物を扱うように俺に触れるだけのキスをした。

「ひっく、ふぇ・・・、大好き、大好きだよっ。」

なんで、ニクスは泣いているんだ?

あんなにも幸せだったのに、これからだったのに、何故?

俺はニクスの頬に手を添える。

泣き続けるニクスの悲しみを少しでも分かち合えるように。

そして、俺は深い闇に捕らわれてしまった。

 

私の目の前では和君が眠っていた。

「ごめんさない、和君、・・・和君。」

私の呼び声は和君に届かない。

当たり前だ、私が彼に睡眠薬を飲ませたのだから・・・。

「もう、良いのかい?」

私がその声の方を向くと博士がいた。

「はい、ありがとうございます。」

博士はそんな私を見て顔を悲しげに歪めた。

「すまないな、ニクス・・・。私は、幸せになってほしいと願ってはいけない立場にいるのに、そう思ってしまう私がいる。」

「いいえ、博士は何時も私達の事を考えていてくれました。あの中でも博士だけが、私達の事を人として見てくれていました。・・・和君と出会えたのも、今までの幸せがあったのも博士のおかげです。」

「そう、か・・・。すまない、でわ行くとしよう。・・・すでに、第一防衛ラインが突破された。」

「・・・解りました。和君は、この町の人達は私が守ります。」

そして、私は和君を見つめる。

「この命のすべてを使ってでも・・・。」

 




次回予告

なぁ、知ってるか?
実は俺、泣き虫なんやで。
そんでもって寂しがり屋・・・。
男の癖になさけないやろ?
でもな、そんな俺でも意地がある。
守るよ、お前のために―――。
お前が残したすべてを、俺が・・・。


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約束

俺は知らない場所に立っていた。

そして、なんだか体が軽くどこにでも飛んで行けそうに感じる。

この感覚を俺は知っていた。

「・・・ここは、夢の中?」

だがあの頃とは違い、体の自由がきかない。

そして俺の視界は劇場の幕が上がるように移り変わった。

そこは、どこかの病院だろうか?

だがそれにしては、異常なのが分かった。

ベッドを中心にビニールシートで壁を作られ、さらにその外からシートを被せている。

それは、ベッドに眠る少女を縛る籠にも見え、そして盾にも見えた。

ベッドで眠る少女は人工呼吸器を取り付けられている。

身体中には無数にコードが伸びており、機材にそれは伸びている。

まるで、実験装置だ。

だが、少女の小さな命はこれらの装置により生き永らえていた。

その時、病室に唯一1つしかない扉が開かれる。

「なっ!?」

そこから現れたのは、若い姿をしたまだ青年と呼べるほどの年齢の博士だった。

「・・・パパ?」

「元気そうで良かったよ、ニクス。」

そして博士は、ニクスと呼ばれた少女のすぐそばまで歩み寄る。

そして、お互いに手を伸ばしそして触れ合う。

だが、その間には幾重にも重なるビニールの壁が存在していた。

「パパ?私は、お外にまた行けるかな?」

少女はその虚ろな瞳を博士に向けそう聞いた。

「あぁ、お医者さんも良くなってるって言っていたから、しばらくすれば、また前のようにお外に行けるようになるよ。」

博士の答えに少女は満足そうに笑う。

だが、その笑顔は今にも壊れてしまいそうな程に脆かった。

「・・・うれしぃ。」

少女の絞り出すような声が病室に響く。

「また、来るからね?」

博士はそう言って少女に愛していると言い、病室を出て行く。

だが、俺は見ていた。

博士の掌から、拳を強く握り閉めたために流れ落ちる血を・・・。

 

そして場面が切り替わる。

そこには悲しみが溢れていた。

「10時25分・・・、残念ですが・・・。」

そう医師が言うと、シートが取り除かれていく。

父親が久方ぶりに触れた娘の手は冷たかった。

それを確認したのだろう博士は、泣きじゃくる。

「ニクス、ニクス、ニクス・・・、うわぁああああああああッ!!!!」

そして、医師が1人また1人と病室を退室していき残されたのは、物言わぬ少女と絶望に沈む男が1人・・・。

だが、博士はまだ諦めていなかった。

「・・・私は、パパはね?直ぐにでもニクスの傍に行ってやりたいけれど、少し待って欲しい。もう二度と、ニクスのような子を出さない。こんな悲しみは今日で最後にする。ニクスのような子達をお外で遊ばせてあげれるように、パパは頑張るよ。・・・だから、待っていてくれ。」

そう言って博士は立ち上がった。

その瞳は決意に満ち溢れている。

「こんな悲しみは、これっきりだ・・・。どこかの誰かが言っていたな、これも神の御意志だと・・・。なら、私はその神に反逆しよう。例え生命の神秘に触れ神の怒りを買う事になったとしても、それでも―――、私はッ!!」

 

そして、俺は目を覚ました。

「今のは、いったい?」

そして俺はぼやける目を擦る。

すると、そこには水が付いていた。

「泣いていたのか、俺は・・・?」

頭の中では昨日の事の様に夢の内容が繰り返し流れる。

俺は起こしていた上半身を勢いよくベッドに横たえる。

「・・・くそっ、これじゃあ、あんたを憎むことなんか出来ないじゃないか。」

博士、あんたもただ必死だっただけなんだな。

ただ、死んだ娘のために、自らに降りかかった不幸を世界から無くすために。

「アナタは・・・。」

そして、俺は思い出す。

「ニクスッ!」

だが、俺の呼び声に答えある者は誰もいない。

それだけじゃない、何かがおかしかった。

「音がしない・・・?」

鳥の声も、風の音も、なにもしていない。

俺は既視感を覚えながらも素早く充電が切れただの全身タイツと化した衛士強化装備服を着その上から服を着込む。

そして、すべての準備を済ませてから外に飛び出した。

そして、俺の目の前に姿を現したのは死んだ世界だった。

丘からはいつもの風景が流れる。

だが、死んでいた。

俺にはそう感じられた。

「この感覚、光州の時と同じだ・・・。」

そう、まさに俺の人生が根底から覆されたあの時と同じ―――。

「まさか、BETAッ!!」

そして俺は町に向け駆けだした。

町に到着すると、昨日の事が嘘のように皆が慌てていた。

「おばちゃん!」

「和真君!良いかい、落ち着いて聞きなさい。今さっき緊急避難警報が流れたさね、町の人間は女子供から、船に乗って逃げることになっているわ。だから、早くニクスちゃんに知らせて上げなさい。」

だが、慌てながらも冷静に情報を教えてくれたおばちゃん以上に俺は落ち着いていた。

「分かった、ニクスには俺から知らせる。おばちゃん達は早く船に乗って避難の準備をしておいて、・・・誰かいない人がいるからって町に戻っちゃ駄目だよ?まずは、自分の安全を確保してからすべては始まるんだ。いいね?」

そして、俺は走り出した。

向かう先は小屋だ。

博士から聞かされた情報が真実なら、ニクスはおそらく戦場にいる。

そして、その通達があったのは昨日・・・。

俺が浮かれている間に、ニクスは戦場に行く事を知らされていた。

俺の脳裏に泣きながら謝るニクスの顔が蘇る。

「・・・ちくしょう。」

そして小屋に到着した俺の目に飛び込んで来たのは、信じられない光景。

「トム・キャット?」

だが、トム・キャットにしては少し異色を放っている。

肩部がスラスター化され、腕部にもカーボンブレードが取り付けられていた。

だが、問題はそんなところでは無い。

小屋のすぐそばに胸部のコックピットブロックを地面からギリギリ守る様に墜落していたトム・キャットは、至所から煙を吹き出し、そして傷ついていた。

その傷跡は目に焼き付いている。

BETAにつけられた傷跡だ。

俺は、開け放たれたコックピットブロックの傍に走り寄る。

そして、中にいるであろう衛士を助けようとした。

だが、そこには誰もいなかった。

嫌、なにか卵型の大きなカプセルが横たえられているだけであり、操縦席にはそれしかなかった。

「なんだ、これは・・・?」

突撃級に突進されたのか歪んだコックピットによりカプセル自体も歪んでいた。

すると、突然それは開き出す。

淡い光を漏らしながらゆっくりと開いて行くカプセル。

俺は何が合っても良いように、筋肉をすべて立ち上がらせる。

すると、生まれ出たのは衛士強化装備を身に纏うニクスの姿だった。

「ニクスッ!!」

ニクスの頭部にはコードのようなモノが痛々しく刺さっている。

「ぅっ、あ・・・、和君?」

そう呼ぶニクスは、手を伸ばし俺を探す。

俺はその手を取り握り閉める。

「ニクス、お前目がッ。」

ニクスの瞳は完全に光を失ってしまっていた。

「す、こし・・・、ドジしちゃった。」

そう言って力無く笑うニクスの姿を俺は直視できないでいた。

「クソッ!なにがどうなってんだよ!?なんで、なんでニクスがこんなッ!」

俺の中では、昨日までの幸せな色が塗り替えられていく。

そして、ニクスの痛々しく無理に笑う顔を見たくなかった俺が視線を変えると見つけてしまった。

「な、なんで・・・?」

それは、緑色に輝く結晶。

太陽の光を吸収し輝くそれは、ニクスの命ですら燃やしているように思えた。

「ニクス、お前も俺と同じ力を・・・。」

俺がそう問うとニクスは首を振るう。

「わた、しは・・・、和君の、ような、力は・・・、ハァ、使えないよ。これは、時間が来ただけ・・・。」

そう言うニクスは、苦痛に顔を歪め瞳からは涙を流し、汗が流れ口から洩れる息がか細くなっていく。

俺の中で様々な感情の波が押し寄せる。

だが、1つだけ解っている事があった。

―――このままだと、ニクスを失ってしまう。

俺は自分の中の動揺をニクスに悟らせないために、冷静を装う。

「・・・ニクス、ここは危険だ。頭についているプラグはどうやって外せばいい?」

俺がそう問うと、プラグは何もせずに抜け落ちる。

ニクスの意志で取り外しが出来るようだ。

それを見た俺は、出来るだけ優しくニクスを抱き上げる。

そして、戦術機から十分に距離を取った所でニクスを横にした。

その間にもニクスの体からは、結晶が際限なく生まれて行く。

「ニクス、薬を飲んでくれ、これを飲めば大丈夫なはずだから・・・。」

俺はそう言ってニクスの頭を抱え楽な体制にし、薬を取り出し飲ませる。

「良し、良い子だ。」

薬を飲み込んだニクスの頭を優しく撫でる。

これで一先ず安心だろう。

―――そう、思っていた。

だが、結晶は自らが生まれ出でるために母体のニクスの生命の泉を吸収するのを止めはしなかった。

「そんな・・・、なんで・・・。」

その瞬間に、俺の心の光は闇に覆われてしまう。

「しかた、無いよ・・・。この、薬は、私様には作られていないのだから・・・。」

「でも、それでもッ!同じナノマシンなら、これで抑えられる筈なんだッ!」

俺はそう叫ぶ。

認められない、認めてたまるかッ!

その思いが俺を支配している。

そして、俺はさらに薬を取り出そうとするがニクスにそれを止められてしまう。

「ありがとう、大分楽になったから、大丈夫だよ?」

嘘だ、だってお前はそんなにも辛そうな顔をしているじゃないか・・・。

今も、痛みのせいで泣いているじゃないか・・・。

「でも、良かった・・・。間に合って・・・。もう無理だと思ったから。」

ニクスはそう言いながら手さぐりで腕を動かし、震える両手で俺の頬を包む。

「あぁ、間に合ったさ。だから、博士の居場所か、施設の場所を教えてくれ、そこならニクスを直す事も可能なはずやからな。」

俺はそう言って汗で額にへばり付いている髪を優しく整える。

博士にニクスを見せる事が出来れば、どうにかなるかもしれない。

俺はそこにすべてを賭けていた。

それと、同時に何も良い案が浮かばない自分の脳ミソが憎かった。

「ううん、もう間に合わないよ・・・。」

だが、ニクスから突き付けられたものは俺がもっとも聞きたくない事だった。

「・・・いい加減にしやんと、怒るぞ?冗談に付き合ってられる程に今の俺には余裕がないんや。やから、早く教えてくれ。そんで、そこで早く治療してもらうッ!」

だが、俺の要求はニクスのキスにより遮られてしまった。

こんな時に何をしているッ!

俺はそう言い、このままでは話が先に進まないため他の可能性を模索しようとし、逃れようとするが、ニクスがそれを許さない。

俺の頬に添えていた手に力を籠め顔を固定する。

そして、ニクスの舌が俺の口内に無理矢理入りこんできた。

唾液と唾液が交じり合う音が鳴る。

ニクスの苦しげな息は、いつしか喜びに変わっていた。

そして、俺もそれを受け入れた。

この時、俺は予見していたのだ。

―――これが、最後かもしれないと。

「チュっ、はぁ、はぁ、はぁ・・・。えへへへ♪」

「ニクス、お前は・・・。」

「ねぇ、和君・・・。私の話を聞いてくれる?」

あぁ、そうか・・・。

もう、間に合わないんだな。

「なんや?」

「私ね、本当は和君が好きな私じゃないんだよ?」

ニクスは泣きながら笑い、そう言った。

「なにを、言って・・・。」

「私達はね?時間が決まっているの、体内にナノマシンを入れられてから時間が立つと体が結晶化してしまう。だからね、その前にお仕事に行くんだ。」

その事実は俺を驚愕させた。

「・・・だから、私は和君と出会ってから三人目のニクスなの。」

だから、あの時ニクスは俺の事を忘れているような素振りを・・・。

「だからね、和君が好きになったのは私じゃないの・・・。」

ニクスの表情がさらに苦痛に歪む。

俺は、先程からのニクスの表情や涙は痛みのせいだと思い込んでいた。

だが、違っていた。

ニクスは、懺悔していたのだ。

その罪に涙を流し心を痛めていた。

「でも、それでも、私は好きになってしまった。記憶が上書きされたからだけじゃないッ!私は、私達は、和君を大好きだったッ!」

ニクスが叫ぶ。

その叫びには、苦しみしか乗せられていない。

「ひっく・・・、ダメなのに、うぅ、好きになっちゃいけないのにッ・・・。」

気が付けば俺はニクスを抱きしめていた。

「馬鹿野郎・・・、好きになっちゃいけないって、誰に言われたんだよ。」

何故だろうか、俺の瞳からも涙が流れ落ちる。

もっと、しっかりニクスを見ていたいはずなのに、感情をコントロールできない。

「でも・・・。」

「でもじゃねぇッ!!俺は、ニクスだから好きになったッ!この感情は誰かの物じゃねぇッ!俺自身の物だッ!俺は・・・、俺は、ニクスだから好きになったんだッ。だから、お前の感情も誰の物でもない、お前自身の物だ。・・・そうだろ?」

ちくしょう、うまく言葉にできねぇ。

それに泣いてんじゃねぇよ。

ニクスにカッコ悪い所を見せる訳にはいかないんだよ。

俺はそれらを知られたくないのもあり、無理に気取る。

「そ、それにさ・・・、俺は三人もの女の子に好かれているって事だろ?や、やべぇな、モテモテじゃないか?」

ニクスの体はもう半分近く結晶化していた。

「だ、だからさ・・・。おま、お前は・・・、ニクスは誇って良いんだ。俺みたいな、モテモテの男を惚れさせたのだから。」

すると、ニクスはポカンとし、そして笑い出した。

「くすくすくす・・・。そうだね、私はそんな和君が大好きになったのだから・・・。ねぇ、和君?」

「うん?」

「私はね、この町が好き。」

「あぁ・・・。」

「空も海も山も風も人も、大好き・・・。」

俺達の間に風が流れる。

俺の膝の上に頭を置くニクスは穏やかな顔をしていた。

「だから、守りたい・・・。ここに広がる私のすべてを・・・。」

「そうだな。」

「でもね?私も女の子なんだね。一番大好きで、何よりも守りたいのは、和君になっちゃった。」

「・・・あぁ。」

喉が震える。

嗚咽を出さないために、堪えようとするがうまく出来ない。

「泣いているの?」

「馬鹿、泣いてねぇよ。」

「ウソだぁ~。泣いているでしょ?」

「なんでそんな事が解るんだよ?」

「解るよ、だって和君の事だもの・・・。」

その言葉に俺も笑う。

「なら仕方ないな、白状するよ。俺は泣き虫で寂しがり屋なんやで?」

「・・・やっぱり。」

ニクスの声に力が入らない。

いや、抜け落ちて行く。

もうニクスの体の殆どは結晶化していた。

「和君、約束して欲しいの?」

「なんだ?なんでも言ってくれ、ニクスとの約束は絶対にやぶらねぇからよ。」

「・・・約束だよ?あのね、幸せになるって約束して欲しいの。」

「・・・なんだよ、それ?」

「和君は、幸せになる権利があるんだよ?だから、好きな女の子を作って、その子と幸せになってほしいの。」

「・・・さすがに、その約束は出きひんわ。」

「約束、絶対にやぶらないんだよね?なんでも言ってくれって言ったよね?」

ニクスの意志の固さが俺にも伝わってくる。

「・・・努力するよ。」

「じゃあ、見張っていなくちゃね。」

ニクスはそう言うと、俺の首元に噛みついた。

おそらくナノマシンを俺の体内に入れると見せたかったのだろう。

噛みつくにしては、優しすぎるそれは俺の体では無く、心に刻み込まれた。

ニクスの思いが、俺の心に深く深く刻まれていく。

「約束、やぶっちゃ嫌だからね?」

「・・・。」

「返事。」

「・・・はい。」

「ふふ、よろしい。」

そして、また膝の上に頭を置いたニクスは、優しい母親のように笑う。

「ねぇ、和君・・・。キスして?」

「いくらでもしてやるよ。」

そして、俺達は唇を重ねた。

俺の冷たい涙は、ニクスの涙と重なり暖かくなる。

それが大地にこぼれ、俺達の思いを刻み込む。

「かず、君。ごめん、なさい。あんな、約束の後に卑怯だと思うけれど言わせて?」

「あぁ・・・。」

くそっ、泣くな。

泣くんじゃねぇ。

ニクスの言葉だ。

俺が聞いてやらなくちゃいけないんだ。

「・・・私は、あなたを愛しています。心の底から、愛しています。」

「俺も、愛している。今までニクスほどに惚れた良い女なんていなかった。」

「ふふ、うれしいな・・・。」

そして、ニクスは結晶に包まれ砕け散った。

それは俺の腕からこぼれ、風に流される。

緑に輝く風は俺の周りを飛び包み込む。

―――「ずっと、一緒だよ。」

俺の耳に、そう届いた。

俺は、自らの手に残った僅かなニクスの欠片を抱きしめる。

「あぁ、ずっと、一緒だ。」

そして、爆撃機が頭上を飛んで行く。

レーザーヤークトが成功したのだろう。

これで、ニクスが守りたかったこの町は大丈夫だ。

 

その時、後方から音がした。

それは、手を鳴らす音だった。

「いやはや、素晴らしい。兵器に感情を持たせるとこのような悲劇を見ることができるのですね?」

「今、なんて言った?」

俺は振り向きながらそう問う。

瞳には怒りの色しか見えない。

「おぉ~、怖い。兵器の事を兵器と言ってなにが悪いのですか?人間である私にはわかりませんね。あぁ~、なるほど、あなたも兵器でしたか。これは、失礼しました。」

「取り消せ・・・。」

「はい?」

「俺の事は何と言っても構わない、だがニクスを侮辱するなッ!ニクスは兵器なんかじゃねぇッ!アイツは人間だ、心があるんだよッ!」

「こころ・・・?アハハハハハハ、ナイスジョーク!そんなモノあるわけないでしょ?何を言っているのですか?そもそも、彼女たちの出自を知っているのですか?それを知ってもなおあなたは、あれが人間であると?」

その瞬間に俺の目の前は赤くなった。

怒りで血管が千切れてしまっていた。

「てめぇぇえええええええッ!!」

そして、殴りかかろうとした俺に一発の銃弾が撃ち込まれる。

その瞬間に全身の力が抜けて行く。

これは、昨日と同じ。

「それは、あなた達兵器の首輪として開発された特別製ですよ。さぁ、眠りなさい。」

だが、和真は止まらなかった。

倒れかけた体を、ギリギリの所で足を出すことで支える。

そして、一歩前に進み出た。

「な、何故?」

そして、和真が殴りかかろうとした瞬間には和真の体は蜂の巣になっていた。

「・・・ちく、しょう。」

 

忌々しげに和真を見下ろす男。

彼は和真に唾を吐きかける。

「・・・大丈夫なのだろうな?」

「はい、問題ないかと。」

男は、スポンサーから送られた特殊部隊の隊長に確認をとる。

「これを見ても、そう思うのかい君は?」

男が指差す所は、先程蜂の巣に変えたゴミ。

だが、そのゴミは人の形を取り戻していく。

「これは・・・。」

「だから、兵器だといったんだ。気を付けて運んでくれよ?大切なモルモットなのだから・・・。それと、迎えはいつ来ると?」

「・・・明日明朝には。」

「わかった。」

そして、和真はわらわらと蟻のように出てくる兵士にニクスがいたカプセル内のデータと共に連れ去られていった。

雨が降る。

まるで、今この場で起こったことを消し去る様に・・・。

だが、その雨には確かに悲しみの色が混ざり込んでいた。

 



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失って

暗い室内には、博士と四人の男がいた。

だが、談笑を楽しんでいる訳では無い。

1人の男が立ち、1人の男が押さえつけられ、二人の男が押さえつけている。

その光景はまるで裁判をしているようであった。

「博士、いい加減に解除コードを教えて頂きたい。我々には、時間が無いのです。スポンサーは我々の研究内容に興味を持っておられる。だが、その研究結果を示すためには、解除コードが必要なのですよ。・・・博士、これが最後のチャンスです。教えて頂きたい。でなければ、あなたを共にお連れすることは出来ない。」

まるで自分が神にでもなったかのように、人の人生を掌で転がせるのが相当楽しいのか、元部下の男、ジルは博士に優しく語りかける。

「・・・なんと、言われようとも教える訳にはいかない。私の研究成果を貴様らのようなガキに奪われる訳にはいかない。」

そう言った瞬間に、博士は地面に叩きつけられた。

「・・・なら、仕方ありませんね。あなたから、言わせて下さいとお願いするような状況を作り出してあげますよ。・・・連れて行け。」

そして、博士は両脇の男に連れて行かれる。

博士も自分がこの後、なにをされるのか理解しているが抵抗もしない。

いや、出来ない。

それほどまでに、博士は衰弱しきっていた。

それでも、博士の口元は微かに吊り上っていた。

 

暗い廊下を歩く。

いつも使い慣れた道は、やはり使い慣れた道で別に変ったところなんて存在しない。

だが、ジルは確かな不快感を感じていた。

それはまるで油田のように次々とどす黒い物を押し上げてくる。

「博士・・・。私は信じていたのに。」

それは、憧れから来る嫉妬そして失望と言う感情だった。

「我々には、時間が無いんだ。こんな所で、この技術を腐らせる訳にはいかないんだ。」

そして、この男を突き動かすのは故郷を取り戻すと言う焦りだった。

動悸が激しくなる。

吐き気が込み上げてくる。

こんな筈じゃなかった。

どこで選択肢を間違えてしまったのか、その答えを与えてくれるものなど存在しない。

ジルは壁に手を付き息を整える。

「・・・この技術があれば、BETAを殲滅出来る。博士、私はあなたと違う。あなたとは、違うんだ・・・。」

そして、廊下の突き当たりに1つだけ存在する扉の前に立つ。

ここを潜ってしまえば、引き返す事が出来なくなる。

だが、その思考をジルは笑った。

「・・・もう、引き返せない所まで来ているんだ。」

そして、ジルはその扉を開いていく。

この男もまた、前に進む以外に道が存在していなかった。

 

「がぁあああああっ!!!痛っぁあああ、あああああああああッ!!!」

まるで、世界すべてを憎しみで支配しようとするかのような叫び声がそこを支配していた。

それは、別室の音を拾っているだけである。

だが、その声は耳元に直接叩きつけて来るかのような、何かを持っていた。

「解除コードは聞き出せなかったよ。まぁ、時間の問題だろうがね。」

そう言ってジルは、只々煩わしい音を発するだけの物を見る。

それは、身動きがとれないように固定された和真だった。

和真は、卵型のカプセルに寝かされており体のあちこちに穴を開けられ、直接パイプに繋げられていた。

「・・・うるさいな、黙らせてくれ。」

「しかし、それですと効率良く抽出できませんが?」

「構わないよ、あの音は不愉快だ。」

「わかりました。」

そして、注射針のような物が和真に突き刺ささる。

それだけで、空気を震わせるモノは存在しなくなった。

「・・・ですが、構わないのですか?」

「なにがだね?」

「被検体から強引にナノマシンを吸い出していることです。このままでは、仮にデータを解析出来たとしても、被検体が壊れてしまいますよ?」

「何を言い出すかと思えば・・・、私が欲しいのはアレの体に流れるナノマシンだけだ。アレ自体がどうなろうと構いやしない。アレは所詮器に過ぎないのだから。」

そして、作業は続けられていく。

和真の体に流れる膨大なナノマシンが吸い出されていく。

ジルはその作業を眺め、視線だけを和真が写るモニターに向ける。

彼の存在に気が付いたのはたまたまだった。

博士がニクスのデータを見ていた時に、何かを隠そうとしていたのは知っていた。

そのデータが信じられない物だと言う事も、それの第一発見者に聞いた。

そして、博士に知られないようにニクスと共に監視していた時に、それを見た。

ニクスよりも、高性能なナノマシン・・・。

崖から落ち、ズタズタだった体を一瞬で回復させたナノマシン。

それを見た瞬間に私は思ったよ。

あれがあれば、人類は負けないと・・・。

さらなる高みに上る事が出来ると。

だから、悪く思わないでくれよ?

すべては、ニクスと出会った君が悪いんだ。

 

「あれ?俺は・・・?」

俺が目にしていたのは懐かしい風景だった。

俺は、足元を見てからグルリと辺りを見回す。

そこは、光州だった。

「・・・光州?」

なにがなんだか解らない。

だが、俺は自然と歩き出していた。

そして、辿り着いたのは自宅。

家に辿り着いた俺はドアノブに手を伸ばし、家の中に入る。

そして、リビングの扉を開けたようとした時、中から楽しげに話す二人の話声。

「和真の野郎さぁ~、最近体力ついて来てよ!持久走じゃ、置いてけぼりくらいそうになっちまうんだ。」

「う~ん、それは歳じゃないかな?君も若くないのだから無理をしちゃいけないよ?そうだ!今から診察をしてあげよう!!」

「えぇ~!勘弁してくれよ!」

その声を聞いた瞬間に俺は崩れ落ちそうになる。

「うっく、ぐす、あぁああ・・・。」

くまさん・・・。

父さん・・・。

俺は、俺は・・・。

そして、俺は扉をゆっくりと開ける。

そして、光に満ちたリビングの中に2人はいた。

父さんとくまさんが、楽しそうにコーヒーを飲みながら語り合っている。

そして、父さんが俺の存在に気が付いたのだろうか振り返る。

「なんだ、和真起きて――――。」

だが、次の瞬間には父さんの声はノイズで掻き消された。

声だけじゃない、父さんの顔も壊れたテレビのようにノイズで隠されている。

それはくまさんも同様だった。

「あぁ、あぁああ・・・。」

喉が震える。

頭の中から何かが抜け落ちて行く。

粘性のある液体が零れ落ちるようにゆっくりと、だが確実に失っていく。

解らない。

あれが何か解らない。

顔のすべてをノイズで隠された人は、立ち上がり近づいて来る。

「うわぁああああああッ!」

そして、俺はその存在から逃げた。

走る。

走って、走って、走り続けた。

俺を見ているすべての人がノイズで隠されていく。

「なんなんだよッ!なんだってんだよこれはッ!!」

解らない、何が起こっているのか解らない。

知り合いを見つけ、助けを求めようとしたらその人が誰なのか解らなくなる。

そして、走りいつの間にか辿り着いたのはケアンズ基地のPXだった。

「はぁはぁはぁ・・・。」

皆が酒を飲んで騒いでいる。

そして、そこにレオと兄貴を見つけた。

俺は、何故今まで走っていたのかも忘れ、2人の傍に近づく。

「レオ!兄貴!これは一体・・・ッ!」

だが、2人の顔を見た時にはすでにノイズで隠されていた。

誰だ、誰なんだこいつらはッ!

解らない、先程まで名前を呼んでいた気がするのに、なんて言っていたのか思い出せない。

すると、今度は景色が歪む。

「つぁ―――。」

そして激しい眩暈に襲われる。

それが治った頃には、俺は向日葵畑に立っていた。

視界一杯に広がる黄色。

それらは、今の俺の心を洗い流してくれる気がした。

そして、そんな向日葵畑の中で佇む二人の人影。

その二人を見た時に俺の瞳からは涙が溢れだした。

「リ―――。」

だが、俺はすぐ傍に行きたいのに、声を掛けたいのに、近づけない。

近づけば、二人の事を忘れてしまう。

俺は俯き、唇を噛み締め目蓋に力を入れ視界を閉ざす。

リリア、ザウル。

会いたかった、ずっとずっと、会って謝りたかった。

守ると言ったのに、強くなるって、二人の背中を守れるように強くなるって言ったのに・・・。

そして、震える俺の肩に手が置かれた。

ビクつく俺に声がかけられる。

二度と、聞けないと思っていた。

暖かく、優しい声―――。

「なに、泣いてんだよ和真?また、寂しくなったのか?」

「和真、寂しくなったらいつでも相談に来て良いよっていったでしょ?」

だが、俺は震えるままで2人を見る事が出来ない。

そんな俺にザウルが溜息を付き、リリアが優しく話しかけてくる。

「和真?私とザウルは、和真の事が大好きだよ?だから、和真は一人ぼっちじゃないよ。孤独じゃないんだよ?」

「うっく・・・。」

その声に後押しされ俺は、顔を上げてしまう。

だが、和真の目に写り込んだのはやはり、ノイズで顔を隠された存在だった。

「あぁああああああああああッ・・・。」

零れ落ちる、大切な思い出が記憶が無くなってしまう。

そして、俺は俺を見つめるノイズの渦に心を飲み込まれた。

「うわァアアアアああああああああああああああああああああああッ!!!」

 

―――危険域に達しました。バックアップデータ移動開始、外部からの強制アクセスを確認、排除します。

 



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光へ

ジルがいる研究室内は、蜘蛛の子を散らしたように慌てていた。

「と、特殊部隊B班からの更新途絶ッ!C班も殲滅された模様です!」

「クソっ、直ちにD班を呼び戻せ!あなた方も、早くしてくれ!」

特殊部隊隊長が焦りを露わに叫ぶ。

ジルは理解出来ていなかった。

今自分たちがどのような状況に置かれているのかを。

だが、乾ききった口で部下たちに指示を出していく。

「す、すぐにデータを改修しろ!1分で用意出来る物だけで良い!」

「で、ですが、解除コードがなければ・・・。」

「そんな物は、後でどうにでもなる!急げッ!」

「ジ、ジルッ!」

「今度はなんだ!?」

「全システムが、乗っ取られていきます!こちらからのアクセスを受け付けません!!」

部下の1人がそう叫ぶとすべてのシステムが強制ダウンされていく。

「な、なんだこれはッ!」

だが、それと同時に扉が勝手に開かれていく。

そして始まる銃撃戦。

室内には、煙幕が撒かれ何も見えない。

ジルは恐怖の余り、その場に縮こまってしまう。

震える体を抱きしめジルは思う。

何故だ!?

何故、このタイミングで来た?

ここまで来るのに、まだ時間が掛かる筈だ!

後少し、後少しだったのに!

「ガぁ―――ッ!」

発砲音が無くなった瞬間にジルは地面に押し付けられた。

「全エリアの制圧完了です。―――博士。」

「あぁ、すまないな。君達の手を煩わせてしまった。」

「いえ、我々はこのような時のために存在しているのです。御気になさらず・・・。」

ネフレ特殊部隊に押さえつけられたジルが、怒りを乗せて博士に問いかけた。

「何故だ!?何故解らない!人類はこのまま進めば、滅びを迎えてしまう!時間が無いんだ!我々の技術を外に流し、人類の力の底上げをしなければ人類は後10年もたないかもしれないのだぞッ!」

その叫びは、博士の心を震わせる。

皆がそう思っていてもおかしくなく、博士自信がそう思っていた。

だが・・・。

「ジル、人類は10年後の世界でもバカを行っているのだよ。」

博士の発言にジルの瞳が見開かれる。

「・・・何故そのような事がわかる?博士、妄想はやめて頂きたい。」

ジルには想像出来なかった。

10年後の世界で、人類にそのような馬鹿をしていられるほどの余裕があるとは思えなかった。

「妄想では無い、そしてその証拠が彼だ。」

そう言って博士が、和真が写るモニターを指差すと同時に産声が響いた。

 

「もう嫌だ、嫌だ、嫌だ・・・。」

そう言って泣く俺を、ノイズで顔を隠された化け物が抱きしめる。

何かを言っているが何を言っているのかすら解らない。

すべてが雑音に消し去られていく。

すると、化け物が俺の頬を優しく包み込み持ち上げ額を合わせる。

暖かい・・・。

俺は、化け物相手にそう思ってしまった。

そして、俺はこの温かみに対し懐かしいと感じた。

すると、ノイズの化け物は額を離し俺の後方を指差す。

そこには、向日葵の絨毯が広がるだけ。

だが、俺にはそこに、誰かがいる気がした。

俺は頷くと、何故だか理解出来ないが二体の化け物に対し、いってきますと言った。

すると、その二人は微かに笑いながら、いってらっしゃいと言ってくれた気がした。

そして、俺が一歩踏み出すと景色が変わる。

そこは、あの崖だった。

夕陽に照らされ、潮の香りがし、海を見守る木が優しく風を感じさせる。

そして、木の影から1人の女の子が姿を現した。

俺はそれを見た瞬間に走り出す。

ただ我武者羅に走る。

涎が垂れようが叫び、涙で前が見えずとも走り、そして抱きしめた。

「ニクスッ、ニクス、ニクス・・・。」

「和君・・・。」

俺はニクスの温もりを体で味わいながら、抱きしめ続けた。

すると、ニクスは泣きじゃくる俺を優しく抱きしめ、そして頭を撫でてくれる。

あぁ、ニクスだ。

もう二度と会えないと思っていたニクスだ。

そして、俺は抱きしめるのを止めニクスの顔を正面から見、そしてキスをした。

「ニクス、俺は・・・。」

「和君、大丈夫だよ。」

ニクスはそう言って自分の髪留めを取り俺に手渡した。

「私は、私達は、いつも一緒にいるからね?そう言ったでしょ?」

そして、ニクスは太陽すら包み込むような笑顔を見せた。

「・・・自分を信じて。」

ニクスがそう言った瞬間に世界が砕ける。

まるで、ガラス細工を叩きつけたようにひび割れ砕け散る。

そして、ニクスも俺も砕け散った。

何も無い世界で、1人思う。

何も無くなった世界で、今まで何をしていたのかもわからない、その思いが俺を孤独にする。

だが、俺の耳には届いていた。

誰かの優しい声が確かに残っていた。

「自分を信じて―――。」

その瞬間、世界が色を取り戻す。

そして、今までの出来事が映像として俺の脳内から溢れ出る。

溢れ出た映像は、逆再生された映画のように俺に過去を見せつける。

思い出せと、ここで終わるなと、1人じゃないと皆が俺に言ってくる。

次の瞬間には、俺は様々な思い出の波に呑みこまれた。

 

「あぁあああああああああああああああ!!」

強引に和真に繋がれていたパイプが外されていく。

そこから漏れ出た緑色に輝く液体は即座に固まり結晶と化す。

そして、結晶が織りなす城の中から王自らが這い出てきた。

「ふざけるなよ、クソっ、ふざけてんじゃねぇ!人の中を覗いてんじゃねぇ!無くさねぇんだよ!無くしたくないんだよ!皆にその汚い手で触れんじゃねぇよ!そこにしかいないんだ!思いでからすら、失う訳にはいかねぇんだよッ!」

 

カプセルから這い出た和真は、震える体を立ち上がらせる。

そして、いつのまにか握られていた結晶で出来ていた髪飾りを握り閉め、まるで誰が見ているか解っているかのように、監視カメラに向かい指差した。

「待ってろよクソ野郎!泣いて謝ろうともテメェだけは、ぶん殴る!」

「その必要はないよ。」

その声は良く知る声だった。

俺は驚きながら、そちらを見る。

そこには、一つしかない扉から数人の護衛をつけたレオがいた。

「やぁ、君が噂の人物だね?初めまして、は可笑しいか・・・。久しぶりとでも言えば良いのかな?五六和真君。」

「レ・・・オ・・・?」

「あぁ、私はレオ・ネフレだ。それよりも、その必要が無いと言ったね?何故ならジルは、ここに連れてきているからさ。」

すると、ニクスを馬鹿にした男、ジルが俺の前に放り出された。

「さぁ、好きにすると良い。」

「あぁ、好きにさせて貰う・・・。」

そして俺は歩み寄る。

「ひっ、あっ・・・。」

ジルは俺を見た瞬間に脅え這いずり逃げようとする。

そんなジルの目の前に俺は立ち、拳を振り上げた。

「ヒッ!」

ジルが目を瞑る。

俺が殴ればどうなるのか理解しているのだろう。

だが、俺は拳を振り上げ殴りつけた。

ゴンッ!

鈍い音が響く。

だが、ジルには特に変わったところは無かった。

1つ違う点があるとすれば、凄く痛そうにしている点だけだ。

それもその筈だ。

拳骨をしたのだから。

「謝れ。」

俺は、しゃがみ込みジルの目の前に髪飾りを見せる。

「ニクスに謝れ。」

「ヒッ、ご、ごめんなさい・・・。」

「よし、分かった。ニクスも許してくれるはずだ。」

俺はそう言って立ち上がる。

すると、レオが驚いた顔をしていた。

「それでいいのかい?」

俺は視線をレオに向ける。

「いや、グチャグチャになるまで殴るのかと思っていたからね?君は、彼に蜂の巣にされたのだよ?」

それにたいし俺は笑いながら答えた。

「なら、問題ないな。俺は生きているし、記憶もある。失ったモノは、コイツ1人の責任ではない。・・・コイツを殺したりしても誰も喜ばへんからな。」

すると、今度は足元から声が聞こえた。

「な、何故だ?何故殺さない・・・。私はッ!」

それに対し、俺は溜息を付きながら答えた。

「1つ言うとくぞ?俺は、お前を殺すことで多数の人が救えるなら、迷わず殺してる。でもな、今回は違うやろ?」

俺はそう言いながら、レオの方を見た。

「データは流れていないし、悪用されたりしない。他のニクス達も、保護している。そうやんな、レオ?」

それにたいし、レオは満足したように頷き答えた。

「あぁ、その通りだ。もし、そうだと思われていたなら心外だな。」

そして、俺は再びジルに視線を移す。

「そう言う事や、お前の計画は失敗した言う事や。・・・それより、俺はなんでネフレにおる人間がこんな事をしたか、そっちの方が気になる。教えてくれへんか?」

「わ、私が嘘を言うかもしれないのだぞ?」

ジルも俺が何故このような事を聞いたのか理解しているのだろう。

うまく行く確率なんて限りなくゼロだが、俺は少しでもジルの印象をよくしようとそう切り出した。

建前はそんな所で、本音を言えば、単純に気になったからだ。

「その心配は無い。」

俺はそう言うと、ジルの瞳と視線を合わせる。

「俺の目を見ろ・・・。」

そして、俺は久しぶりの催眠術を使用した。

ジルの口から漏れ出た言葉、現代に生きる人間ならば当たり前に持っている感情だった。

そして、それを聞いた俺は笑いながらジルに言った。

「10年後も人類は生きてるよ。そんで、馬鹿みたいな策略とか陰謀とか繰り返しとる。やから、直ぐに人類が根絶やしにされるなんて事は無いから安心し。・・・証拠は俺自身や!」

俺がそう言うと、ジルは瞳に涙をためる。

「良かった・・・、良かった。」

すると、ジルは部屋から連れ出されていった。

「と、まぁ、こんな動機やった訳やけれど・・・。どうするよ?」

「そうだね、彼は有能な人材だったから惜しいな。彼の今後についてはこちらに任せて貰う。」

「・・・分かった。」

すると、レオは視線を鋭くし俺を見る。

「さて、和真君。教えて貰えるのかい?」

それに対し、俺も視線をするどくし答えた。

「取引をしようやないか?」

 

 

俺はあの後、施設から移動し博士と合流した。

その時に、押収されていた俺の装備一式を返して貰った。

そして、俺は今、第二町社長室にいる。

「それで、取引と言うのは?」

俺はそう言われヘルメットから取り出したデータチップを見せる。

「これは、未来のレオから渡された物や。おそらく、今のレオが困っていることのデータがこんなかに入ってる。」

「・・・それで?」

「これを渡す代わりに約束してほしい。」

「・・・なにを?」

「まず、ニクス達・・・、彼女達の自由を!すべての子達に、自分で好きな人生を歩めるようにしてほしい。ナノマシンの研究は俺のデータを使えば良い、たんまりとあるやろ?」

「・・・約束しよう。」

「先に言う解くけど、この約束やぶるなよ?俺には確かめる術があることをさっきも見たやろ?」

「あぁ、解っている。」

「次に、今から俺が知る限りでの未来の情報を教える。・・・出来る限りで良い、未来を変えて欲しい。」

「あぁ・・・。」

そして、俺は俺が経験してきたこと、そして情報をレオに伝えた。

「君の情報は無駄にはしないと、誓うよ。」

「それを聞いて安心した。」

俺はそう言ってレオにデータチップを手渡した。

「君は、この中身について知っているのかい?」

「知らん、けどだいたい想像出来てる。」

俺はレオにそう言うと、部屋を退出しよとする。

「どこに行くんだい?」

「彼女達の様子を見に行こうと思ってな。・・・もう時間が無いみたいやから。」

俺はそう言って左手を見せる。

俺の左手は、少し透き通っていた。

「・・・そうかい、君とはもう少し話したかったのだけれど残念だね。」

「また、すぐに嫌でも話せるさ。・・・じゃあな、レオ。」

俺はそう言って社長室を後にした。

廊下には博士が立っていた、俺が何をしたいのか解ってくれていたみたいだ。

そして、つれてこられたのは大きな公園。

緑溢れ、風が通り過ぎ、様々な人の憩いの場となっている。

その中には、銀髪を揺らし楽しげに走り回る子達の姿も見えた。

「博士、彼女達のことよろしくお願いします。」

「解っている。」

すると、俺はふと見つける。

1人で木陰に座り遊ぶ人達を見つめている子を。

「あの子は?」

「彼女は、唯一の第六世代の子だ。彼女はESPの力が強すぎてね、あぁやって孤立してしまうのだよ。」

俺はそれを聞き、博士に別れを告げ歩み出す。

「こんな所でなにをしているのかな?」

俺がそう問うと、その子は俺に視線を写した。

そして、その視線を見た瞬間に理解した。

「ストー・・・。」

「私の事を知ってるの・・・?そっか・・・。」

そして、ストーはまた俯いてしまった。

「なぁ、俺と遊ばん?」

だが、ストーは反応を返さない。

俺が困っていると、今度はストーから話掛けて来た。

「ねぇ、なにをしたいの?」

その問いは一体なにを差しているのかいるのか解らなかった俺は、目標を伝える。

「そうやなぁ~、俺は皆を笑顔にしたい!やから、まずは君からや!」

俺はそう言って、ストーの手を取り走り出す。

「そんな暗い所におらんと、こっちの明るい所の方がえぇやろ?」

ストーは困った顔をしていたが、俺が柄にも無くはしゃぐ姿を見て笑い、共に遊ぶようになった。

そして、遊んでいる内に俺は気が付いた。

もう時間が無い事に―――。

だから俺は、ストーの頭を優しく撫でる。

「ごめんな、俺もういかなあかんわ。」

すると、ストーは目に見えて悲しそうにする。

俺はそれに笑いながら、クシャクシャと乱暴に頭を撫でる。

「大丈夫、ストーは良い子やからな。俺以外の子とも遊べるよ。」

俺はそう言って、ポケットに入っていた髪飾りを取り出す。

それは、ニクスに渡した髪飾りがナノマシンに触れることで結晶化した物だった。

俺はそれをストーの髪につけてやろうとする。

すると、それはストーの頭上で砕け散る。

始め驚き悲しんだ俺だったが、その結晶の粉がストーに降り注ぐのを見て思った。

ニクスがストーに勇気を上げているのだと。

そして、俺の事を不思議そうに見ていたストーに俺は笑い、ストーの後方を指差す。

そこには、ストーの姉妹達が遊んでいた。

そして、ストーがそちらに振り向くと同時に俺はもう一度、ストーの頭に手を添える。

「・・・またな。」

 

「・・・またな。」

私はその声を聞き、振り返るとそこには誰もいなかった。

私の事を知っていた不思議な人、その人の考えが解らなくて中を見た。

すると、楽しそうに不思議な人と遊ぶ私と似た人が見えた。

そしたら、突然私は手を引かれ遊ぶことになった。

しかも、殆ど私は置いてけぼりであの人は1人で遊んでいた。

それが悔しかった私は、追いかけるように共に遊んだ。

始めはつまらなかった。

でも、一緒に遊んで行く中でしだいに楽しくなっていった。

あの人は私に言った。

暗い所よりも明るい所の方が良いと。

私は、あの人に光を見せてもらった。

あの人が輝いて見えた。

別れは寂しい。

突然現れて、突然消える。

本当に不思議な人だ。

でもあの人は、またなと言ってくれた。

なら、また会いに来てくれるのだろう。

そう思うと、自然と口がニヤける。

それに、不思議と勇気が湧いてくる。

今なら出来るかもしれない。

そして、私は勇気を出して声を掛けた。

「あの、一緒に遊んでも良いですか?」

 




長くなってしまいましたが、これで過去編は終わりになります。
ここまでこの話を読んでいただき、ありがとうございます!
これからも、お付き合い頂ければ幸いです。


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戦術機簡易紹介2

F-15FOWW:ワイルド・イーグル

ストライク・イーグルを改造した第三世代機。

その目的は光線級の排除、または視線を逸らすこと。

そのため、この戦術機を扱う部隊は精鋭中の精鋭で構成されている。

継戦能力と近接密集戦を出来るように改造が施されている。

腕部には固定武装の振動ブレード、膝部並びに爪先にはスーパーカーボンブレードを取り付けている。

肩部には、大型ブレードベーンが取り付けられている。

腰部にはスラスターが増設されている。

跳躍ユニットは、ラプターと同じものを使用している。

これらの空力を考えられた前線国家と同様の構造と最新の跳躍ユニットの融合は、不知火すら超える継戦能力を得る結果となった。

また、複合センサを最新の物に変更されており音・振動・光学・赤外線・データリンクなどの能力が向上している。

また、ワイルド・イーグルの主目的が光線級の排除から監視衛星の優先的データリンク、そして光線級のチャージ時間を利用した大気中の急激な熱量の変化を使用し、BETAを色分けする機能を有している。

これは、戦域地図に反映され光線級がどの位置にいるかを即座に教えてくれる。

ワイルド・イーグルは二年と言う驚異的な速さで実戦部隊に引き渡されている。

これは、ソ連と欧州の技術を逆輸入しYF-23での実績があるノースロック・グラナンがサポートをしたこと、そして元となったストライク・イーグルのポテンシャルの高さ、アメリカの実力を世界に示す事となった。

 

 

 

F-117:ナイトホーク

A-X計画でロックウィードが提示した戦術機。

正十二面体の体を持ち、その内部に本来頭部に集約しているセンサ類、外部モニターをすべて搭載している。

イントルーダーを祖に持ち堅牢である。

攻撃機でありながら射撃兵装は、体部前面のウエポンベイに収納されている突撃砲二門のみである。

だが、逆間接と特殊な跳躍ユニットによる驚異的な走行能力。

そして、新設計のスパイクマニュピレーターは、攻撃機の名前に恥じない戦果を叩き出す。

ただし、これらの動きが出来るのはネフレにより改修されたからであり、計画当初はステルス能力があるだけの木偶の坊であったことから、他社の開発陣からステルスゴミと呼ばれていた。

このナイトホークのデータからA-12は生まれる事となる。

 

 

 

F-14:ボムキャット

肩部にフェニックスミサイルが計12発、脚部に3連装ミサイルポッド、腕部にはバズーカ。

トムキャットの兵器搭載量ギリギリまで、詰め込んだ戦術機である。

OBL化、センサ類の増強、跳躍ユニットをセイカーファルコンと同じ物を使用している。

会社内では、BETAを引き寄せているかのような圧倒的な面制圧能力。

そして、馬鹿にならない金を一回の戦闘で消費する事から、招き猫と呼ばれている。

 

 

 

F-16E:セイカーファルコン

F-16XLの技術情報を買い取り完成させた戦術機。

脚部のナイフシース前面をカーボンブレード化している。

これにより、強度は落ちるが兵器搭載量を落とす心配は無くなった。

見た目はファイティング・ファルコンを大きくした程度の違いである。

この戦術機の一番の特徴は値段の安さである。

これは、ファイティング・ファルコンの生産ラインをそのまま使えることと、試作機開発のデータがすでにあった事から実現した。

性能は2.5世代機相当ではあるが、ストライク・イーグルやチェルミナートルほどの性能ではない。

これの解決策として、追加モジュールをカナダのアプロ・ネフレで開発している。

現段階では、先行量産型がロールアウトしており結果は良好である。

ただし、変態技術者の好き勝手にさせているため大変なことになっている。

 

補助説明

アプロ・ネフレの元ネタはアブロ・カナダ。

戦術機開発に乗り遅れ、またカナダ自体が兵器関連の開発に予算を割く余裕はなく倒産寸前のところを、ネフレが子会社化することで立て直した。

現在は、ネフレ表で使用している戦術機の生産などを行っている。

 

 

 

アロー・セイカー

???

 

 

 

X-47:ペガサス

トイ・キングダム、チェス中隊で使用されている第三世代戦術機。

ナイトホークを祖に持つ。

主にトイ・キングダムの他の中隊の支援。

また、基地防衛を主任務としている。

ステルス機能を持ち、ソナーでも探知されにくくなっている。

正四面体の体を持ちナイトホークと同様に体内部にすべてのセンサを要している。

海中を200ノットで移動する潜水艦の小型版である。

腕部には魚雷発射管がそれぞれ二門ありナイトホークと同様のスパイクマニュピレーターをしている。

背部は多目的コンテナとなっている。

多目的コンテナ内には、様々な兵装を積むことが出来る。

一番特徴的な兵装は、ジャミング装置ペガサスである。

このペガサスは、海面浮上後発射され目的地までロケットモーターで飛翔し、その後ロケットモーターを分離し、ローターを展開しヘリコプターのように空中で停止する。

その後、特殊なジャミングを行いデータリンクやレーダーの妨害、また部隊間の通信すら阻害する。

ただし、半径2㎞の範囲しか効果が無く稼働時間も30分と短い上無防備なために、撃ち落とされればそれまでである。

その他にも、矢のような形状をした特殊な銃弾を扱う水中銃。

陸地での防衛用の120mm水平線砲2門。

ファイア・アンド・フォーゲット方式のミサイル発射管6門。

 




一区切り着いたので、新たに登場したオリジナル戦術機の説明を投稿しました!

今後ともよろしくお願いします!


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ストー・シェスチナ

1999年8月―――。

この時に私は光を失った。

掛け替えのない光・・・。

たった一つの光・・・。

私の光・・・。

「和君・・・。」

あの日、突然私の前に現れ私を闇の中から光の世界に引っ張り上げてくれた人。

あれから私達の世界は確かに変わった。

自らの意志で、生きて行けるようになった。

諜報員として世界各地に飛んで行った子もいた。

好きな人を見つけて幸せに生活している子もいる。

博士の研究に志願した子もいた。

博士から聞いた話では、ナノマシンは飛躍的に進化し、もう体内に入れても暴走することは無くなったらしい。

これらもすべて和君の遺産が為した事。

だから、先代の記憶は引き継がれることが無かった。

嫌、膨大な記憶の中に埋もれてしまったということだろう。

でも、私の中にはそれが生きていた。

何故かは結局解らない。

でも、ニクスの想いは確かに私の中に生きている。

ニクスがどれだけ和君の事が好きだったのか、知っている。

だから、その思いを叶えて上げたくて社長が良いという時まで待っていた。

そして、その時が来て会う事が出来た。

その姿を見た時、心臓が跳ね上がった。

記憶の中と変わらない姿、解っていた事だけれど、和君が私に向ける視線は赤の他人に向ける物と同じだった。

寂しかった・・・。

痛かった・・・。

ニクスの想いが私の心臓を締め上げる。

それが少しでも安らぐようにと、彼の後をついて回った。

始めの内は和君は鬱陶しそうにしていた。

怒鳴られる時もあった。

でも、和君は最後にはいつも辛そうな顔で謝ってくれた。

そして、私の事を大切にしてくれた。

家族が皆、別々の道に進み1人取り残された私を彼はなんだかんだ言いつつ、いつも待っていてくれていた。

この時からだろうか?

私が私として、和君を見る様になったのは・・・。

だから、私は最後のニクスを宿す者として、そして私として和君の傍にいると誓った。

なのに、和君は私の目の前から姿を消した。

いつか、こうなる事は解っていた。

和君がこの時代から消える事は解っていた。

でも、離れたくなかった。

どうしようも無く一緒にいたかった。

だから、我儘を言ってしまった。

泣く私を見て和君も悲しそうな顔をしていた。

違う!私はそんな顔をしてほしくないのに・・・。

ただ、笑っていて欲しかっただけなのに。

でも、その時気が付いた。

私は、ニクスにすら和君を渡したくなかったのだと。

私は私として、ニクスの想いを満たすためでは無く。

私を満たしたいと思う様になっていた。

でも、和君はもういない。

いつ帰って来るかもわからない。

もしかしたら、帰ってこないかもしれない。

だから、私は私に誓った。

もっと強くなって、強くなって和君が帰って来ても守れるような私になると。

和君が世界を守るなら、和君は私が守る。

だから、早く帰って来て―――。

 

2000年4月:日本

そこには、1人の女性がいた。

もともと少女だった女性は、皆が目を引く美しい銀髪を風に撫でられながら空を見つめていた。

彼女の正体はストー・シェスチナ。

だが、その姿は少女と言うには成長し過ぎていた。

彼女がいきなり成長を果たしたのには訳がある。

和真を守れるようになりたい。

戦場ですら彼の傍にいたい。

その願いを聞き届けたレオ、そして博士が成長を促進させたのだ。

そのため、彼女の体には和真のナノマシンを元に開発された新ナノマシンが入れられていた。

始めの内は皆に止められた。

だが、彼女は折れなかった。

子供の体では、限界がある。

ならば、大人となって戦うしかない。

彼の傍にいるためには、こうする以外に方法がない。

これが、彼女の言い分だった。

そして、急激な成長を促され少女は女性になった。

初めてその姿を見たレオは、リリアが蘇ったみたいだと言っていた。

 

それらを思い出しながら私は空から視線を下げる。

「ストー少尉、お話したいことが・・・。」

「そのような言葉使いは止めて下さい、篁少尉。私達は同じ階級で歳は篁少尉の方が1つ上ですから・・・。」

「いえ、そういう訳にはいきませんので・・・。」

衛士強化装備を身に纏う篁少尉に対し、ストーはそう言う。

だが、篁少尉はそれを蹴り去った。

篁唯衣もまた、ストーとはことなる理由で少女から女性へと成長していた。

それは見た目の違いではない。

そのありかた、心の持ちようが歴戦の戦士のそれへと変わっていた。

ストーが日本に来てから二ヶ月、彼女はホワイト・ファング隊と行動を共にしている。

だからと言って仲が良いわけでは無い。

命を預け合う戦友としてなら、彼女達は信用し合っている。

ただそれだけの関係・・・。

年頃の女の子らしく、ファッションや恋話に花を咲かせることがない。

なぜなら、時代がそれを許さない。

ストーが配属されてからも配属される前からも、ホワイト・ファング隊は戦争を続けていた。

明星作戦―――。

それが、アメリカのG弾によりハイヴのモニュメント諸共、地上にいたBETAをそして仲間を消し去った。

彼女達も人間だ。

怒りもしよう、悲しみもしよう。

だが、その暇すら奴らは与えない。

横浜ハイヴの生き残りのBETA群が佐渡島に向かい進行を開始したのだ。

そして、その進行経路上に存在していたのが東京。

明星作戦で心身共に疲れ切っていた軍は、攻めていたのを今度は守りに入らざる負えなかった。

時間が立つにつれ不足していく物資、疲れから普段の十分の一の実力すら出せずに散って行く仲間達、その状況が少女を女性に変えた。

傍から見れば、ストー少尉と篁少尉は同い年、もしくはストーの方が年上に見える。

もし仮に、この世界が平和なら今頃買い物の話でもしていたのだろう。

だが、この世界はBETAと戦争を続けており日本はその最前線、いくら東京を守りきり、今はBETA敗走群の殲滅任務中であったとしてもそんな話をしていられる程に余裕なんてあるはずがなかった。

それを解っているストーは、和真と同じように慎ましく溜息を付き篁少尉に尋ねた。

「それで、話とは?」

「はい、江の川沿いを抜けてきたBETA群に対しての本作戦で、あなたを私の指揮下に置きたい。」

それに対し、ストーは眼光を鋭くする。

その表情は、彼女の存在を現しているようでもあった。

氷、触れる物を凍えさせ切り刻む。

誰の助けもいらない孤高の存在。

それが、今のストーの姿だった。

篁少尉もその事は承知している。

だが、ストーの力を加える事が出来れば部隊の戦力は上がる。

だが、彼女が言いたかったのはそれだけでは無い。

目障りだ、うろちょろするな。

篁少尉の本心はこんな所だろう。

「ですが、私には単独行動権が与えられています。今までは、たまたま行動を共にさせていただいていた、・・・だけですよ?」

「ですが、あなたの行動は作戦域での我が軍を混乱させている。・・・あなたの事は、信用はしている。あなたの実力は本物だ。だが、我々は軍人だ。作戦時に置いては仲間を切り捨てなければいけない時もある。」

「・・・つまり、救える命を見捨てろと?」

「そうじゃない!そうじゃないんだ・・・。あなたが、勝手に動き回れば危険でなかった人でさえ危うい状況に置かれるかもしれない。私は、それをッ!」

「篁少尉の意見は解りました。ですが、私は自分の判断で動かせて頂きます。こればかりは、譲るつもりは無い。・・・それに言いましたね?私が動くことで他の人が危険になると、ならその人達も私が救い出してみせますよ。」

「その考えは・・・、傲慢だ。」

篁少尉はそう言うと、ストー少尉に背を向ける。

その背にストーは言葉を投げた。

「五六和真中尉なら、すべてを救いきってみせますよ。」

「・・・ストー少尉、あなたは彼じゃない。」

 

2000年5月

私達は劣勢に立たされていた。

江の川沿いのBETA群、大陸からのその群れを私達は迎撃していた。

ただし、ほぼ近接戦で戦っていた。

これの理由は解りやすい。

単純に弾薬が無いだけだ。

明星作戦、その後の東京防衛戦、そしてBETA追撃戦、これらが日本から弾薬を奪い去って行った。

大東亜連合軍は、明星作戦の傷が癒えておらず援軍に来ることが出来ない。

それは、ネフレも国連群も同様だ。

嫌、国連軍は基地防衛と言う任務を文句を言わずに黙々とこなしている。

ただ、比較的安全圏にいるだけだ。

ネフレに関しては、国のように助けをこう訳にはいかない。

ネフレは国では無く企業なのだ。

見返りを用意出来なければ、助けてくれるはずがない。

そのせいで、日本帝国は彼らに怒りを向けている。

アメリカよりはましだと言っても、やり場のない怒りを向ける対象にしていることに変わりは無い。

「被害者意識の塊だ・・・。」

彼らは理解しているのだろうか?

今食べている物が、どこで作られているのかを。

それを、格安で購入出来ている訳を。

横浜ハイヴの攻略が叶い、日本が国としてあり続けていられるのは誰のおかげなのかを。

それらは、結局の所大東亜連合やアメリカや国連、そしてネフレがもたらしたモノ。

それだけ、日本と言う国は自力ではどうすることも出来ない所まで追い詰められている。

なのに、それを知ってか知らずか。

彼らは、物資が無い事をネフレが出し渋りをしているからだとか。

アメリカの陰謀だとか言い、逃げている。

確かに足りない物資の中で大量のBETAを倒せと言うのは無理がある話だ。

だが、BETAと戦争をしているのは日本だけでは無い。

そこを理解して貰わなければ困る。

私は仮設補給基地で燃料の補給をする愛機を見ながら溜息を吐いた。

「私達に対する風当たりもキツクなってきたな。」

その時、帝国軍の衛士達の話声が聞こえてきた。

「本当に困るな、企業の奴らと言うのは・・・。」

「はい、奴らは金のことしか見ていない。」

「企業は国連の管轄下にある、つまりアメリカの手先と同じだ。帝国から搾りだせるだけ出させて、また見捨てるのかもしれないな。」

「・・・金の亡者共め。」

私はそれに聞こえていない振りをする。

すると、それが気に入らないのか恐らく新任の衛士だろう男が私に絡んできた。

「聞こえて無いのか?お前たちの事を言っていたんだよ!」

それに対し私はいつも通りに返す。

「・・・なにか?」

「知ってんだぜ?あんたら企業は、避難民の日本人を強制的に働かせて技術を盗んでいるってな。そもそも、横浜にアメリカの新型爆弾が落とされるのをテメェらは知っていたんじゃないのか?だから、テメェらの部隊は被害が最少で済んだッ!お前らがもっと早く俺達に教えてくれていれば、皆死なずに済んだかもしれないんだぞッ!!」

「私には関係の無い事です。」

「あぁッ!?」

「避難民を働かせることで技術を盗まれていると言うのなら、確認して頂きたい。これは、日本政府とネフレの合意の上での処置です。新型爆弾に関しては、私も知りません。よって私には関係が無い事です。」

私は、冷たい瞳で見下すように言う。

「テメェ!」

「止めないかッ!!」

その時、基地内を怒声が支配した。

「た、嵩宰少佐・・・。」

それは、嵩宰少佐の声であり、少佐の後ろには篁少尉と山城少尉が控えている。

「貴様の戯言は、日本帝国そして殿下を辱める行為と知れッ!」

「し、失礼しました。」

今まで威勢よく私に怒鳴っていた衛士は、嵩宰少佐の言葉に尻込みし逃げ去るようにその場を離れて行った。

「・・・ごめんなさい。でも、あれが日本全体の気持ちだとは思わないで。」

「はい、解っています。」

「ありがとう、補給後には直ぐに出撃することになる。気を休めておいて。」

「・・・ありがとうございます。」

そして、離れて行こうとする嵩宰少佐に私は言葉を投げた。

「・・・優しいのですね。」

 

2000年5月26日

大規模BETA群が進行を開始したとの情報を手に入れた私達は日本にあるありったけの物資を手に入れ、迎撃していた。

「チッ・・・、数が多い!」

私は、愛機のセイカーファルコンの新武装フォルケイトソード2を手に取り振り回しBETAを切り刻む。

前方から突進をしてくる突撃級を長さと大きさが倍になった刀で甲羅ごと叩き伏せる。

「うわぁああああああ・・・。」

「あ、足がぁああッ!!」

「た、助け・・・。」

もう戦える状況には無い。

それでも、HQからの作戦の変更命令が来ない。

「チッ・・・。」

救うんだ。

私が、救うんだ。

でないと、和君の傍には行けない。

行けないんだッ!!

「はぁああああああ!」

要撃級の攻撃を噴射跳躍で躱し瞬時に反転、跳躍ユニットの噴射をそのままに流星の如く、刀を叩きつけ殺す。

その姿は、和真の戦いを思い出させる。

その時、嵩宰少佐から連絡が入った。

「米子のHQが落とされてしまったらしい。おそらく大陸からの浸透上陸のせいだろう。」

「ハイドラ1・・・」

篁少尉が私達を代表して答える。

話の内容は私達を絶望の淵に叩き落とすのに十分だった。

「個体数二万越え・・・。」

今ですら、やっと戦線を持ち直してきたばかりなのに・・・。

足元がグラつく。

「私は・・・、私はッ!」

救わないと、強くならないとならないのに・・・。

本当の私は強くなんてない。

あの頃と同じままだ、何も変わっていない、変わった振りをしていただけだ。

そうこうしている間にも、帝国軍の人達が殺されていく。

いくら私が動き回ろうとも、それを上回る速度で人が死んでいく。

「あぁ、あぁあ・・・。」

もっと、もっと、もっと多くの人を、1人でも多くの人を!

「・・・任せておけ!」

その時、嵩宰少佐の報告を聞き終わる。

それは、嵩宰少佐が殿をするというモノだった。

「死ぬ、死んでしまう・・・。」

和君の知り合いの人を私が弱いばかりに殺してしまう。

「ダメッ!」

「トイ2、ストー少尉、どこへ!?」

山城少尉から通信が入るがそんな事を気にしてはいられない。

「どけぇええええええッ!!」

そして、私は目の前に現れるBETAを切り裂きながら突き進む。

「嵩宰少佐ッ!」

「ストー少尉、何故ここに!?命令を聞いていなかったのか?」

「私には単独行動権が与えられています!」

「・・・すまない。なんとしても、ここで押しとどめるぞッ!」

「了解ッ!」

そして、私達は帝国軍が逃げ切るまでの時間稼ぎを行った。

「はぁあああッ!」

フォルケイトソード2を竜巻を作るかのように振り回し斬り裂く。

そして、血霧の中を嵩宰少佐の青い武御雷が突き進み演武を踊る。

二個中隊の武御雷と瑞鶴のハイドラ隊、そして私を合わせた25機の戦術機は次々溢れ出すBETAを斬り裂いていく。

それでも、次々に仲間が食われていく。

「うぅ、くっ・・・」

涙が溢れだす。

誰かが死ぬ度に、和君の背中が遠ざかる。

「・・・邪魔だぁああああああッ!!」

目の前に現れた要撃級を切り裂き、膝のナイフシースからナイフを取り出しそれを飛び掛かってきた戦車級に突き刺す。

その時、私は何かに叩き落とされた。

「キャアアアッ!」

私を叩き落としたのは要塞級だった。

「あ、あぁ・・・。」

「ストー少尉下がれ!」

要塞級に叩き落とされ、動かなくなった私の戦術機の前に嵩宰少佐が立つ。

でも、私は解っていた。

嵩宰少佐の武御雷も兵装の殆どが使用出来ず、跳躍ユニットの燃料も底を尽きかけているのを・・・。

要塞級が長く尖った触覚を構える。

死ぬ―――。

ここで、私は死んでしまう。

例え、要塞級を倒せてもこの状態ではいずれ死んでしまう。

「わた、し、は・・・。」

死にたくない。

まだ、なにも伝えてない。

会いたい、会って抱きしめたい。

一杯甘えたい。

そして、要塞級は喜びを表すかのように振り回していた触覚を叩き落としてくる。

「―――和君。」

 

その時、要塞級の触覚は何かに弾け飛ばされあらぬ方向に弾け飛ばされた。

それと同時に、要塞級に弾丸がめり込み内部から破裂する。

それでも立とうとする要塞級は、赤い悪魔に斬り裂かれた。

要塞級の血が降り注ぐ。

それは大きな池を作り出し、血の池地獄を作り出す。

そしてその中に現れた悪魔。

「あぁ、うっ、ぐすっ、うぅ・・・。」

―――知っている。

私は知っている。

あの光を・・・。

私の光を・・・。

私は、涙でぐしゃぐしゃになった顔をそのままに届くはずがないのに手を伸ばした。

「和君、和君、和君・・・。」

だが、私には感じることが出来た。

暖かい、そして懐かしい手が私の手を握り返すのを。

それと同時に今まで堪えていた者が、仮面と共に崩れ去る。

「和君―――――ッ!」

 

 

 

 

「・・・あいよ」

 



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始めようか

けたたましく鳴る音を聞きながら、俺はその時を待っていた。

「大型ブースター所定位置に着きました。ヴァローナ取り付け作業を開始します!」

ケアンズ基地司令部からの指示に従い、赤く塗装されたヴァローナが大型ブースターに飲み込まれていく。

「やりたいことをやる・・・、自分を信じる。」

過去の世界での言葉を思い返す。

「あぁ、信じるよ・・・、君が信じてくれた俺を。」

操縦桿を握り閉め、遥か遠く大海原の先を睨み付ける。

そして俺は目蓋を閉じ数刻前の事を思い出す。

 

 

俺が目蓋を開くと、すでに別の場所に移動していた。

そこは、暗く広大な場所であり明かりは後方から射している。

振り返りそれを確認すると、その明かりの正体はGコアだった。

「・・・帰って来たのか?」

すると、俺の後頭部に声がかけられた。

「おかえり、和真君。」

それに俺は、苦笑いしながら答えた。

「ただいまレオ・・・。ほんまに律儀やな?」

「仲間が相手なら当然だろ?」

「たしかに・・・。」

「それでは始めようか・・・。」

真剣な顔つきでそう言うレオに俺も真剣な顔つきになる。

「確認させて貰う、レオ、俺の目を見ろ・・・。」

そして、俺はレオに催眠術を掛け約束を守っているかを確かめた。

その結果―――。

「・・・レオ、ありがとうございますッ!!」

俺はレオに深く頭を下げた。

レオは約束を破っていなかった。

俺はそのことに深く感謝した。

それに対しレオも辛そうな顔をする。

「私も今の君になら話せる、嫌話さなければいけないことがある。」

俺はなにを言われても大丈夫なように気持ちを切り替えた。

「・・・君を過去に飛ばすために、君に関係する未来を私は変えていない。

そして、和真君も気付いていると思うが、リリアとザウルもこの件は知っていた。」

「あぁ、だいたい予想は出来てた・・・。」

俺の中に2人の情報が入っているのが何よりの証拠だ。

京都で俺の中に無理矢理ナノマシンを入れたのは、恐らくリリアとキスをした時で間違いないだろう。

「だが、信じて欲しい。私は出来うる限りで未来を変えようとした。二人の友人を死なせないために努力した。

・・・だが、未来は変わらなかった、むしろ悪い方向に行ってしまった。」

「・・・リリアとザウルは自分が死ぬのが解っていて、俺を?」

「あぁ、君を育てた・・・。

ザウルからタバコを受け取っていただろう?あれは、体をナノマシンに馴染ませるための物だ。」

「そっか・・・。」

俺は心の中で2人に感謝した。

本当に、二人とも必死やってんな・・・。

「・・・私を恨まないのか?」

それに対し俺は首を振った。

「恨みなんかしやんよ。

俺は、ザウルやリリアの覚悟を知っただけや・・・。

あの人達は本当の英雄やった。

それに、今のレオを見ればどれだけ二人の事を大切にしていたか解るからな。」

レオの瞳からは涙が流れていた。

本人も気が付いていなかったのだろう。

俺がそう指摘すると、慌てて涙を拭いさる。

「俺は俺を信じた人達を信じる。

やから、俺はレオを信じる。

むしろ、聞きたい。

今の俺は、過去に飛んでデータを渡すと言うことが終わった、ただの衛士になった・・・。

そんな俺をまた前のように使ってくれるんか?」

俺の問いかけにレオを語気を荒げた。

「当たり前だ!君が私を信じてくれるのなら、私はそれに最大限応えよう!」

そしてレオは、逆に俺に問いかける。

「・・・だから私は、もう一度和真に問おう。

君はその手を赤く染めて外道と悪魔と呼ばれようとも。

・・・人類のために働く気はあるかい?」

その問いに俺は、あの頃と同じように答えた。

「あります!この身はすでに外道ですが、人を救えるなら悪魔にだってなってみせます!」

そして俺はレオの前で跪いた。

これは契約だ。

俺が俺の意志でレオの玩具となり、その手助けをする。

ザウルがそうであったように、リリアがそうであったように―――。

俺もこの男を信じ自らの意志で進むと。

 

その後、俺は南極基地で精密検査をされどこにも異常がないか確認された後、

ケアンズ基地に向かいその足で格納庫へとレオに連れて行かれた。

「和坊・・・、テメェ久しぶりじゃねぇかッ!!」

「兄貴痛いよっ!」

格納庫に到着した俺を見つけた兄貴は一目散に走り寄り、俺の首をその太腿のようにゴツイ腕で抱きしめる。

正直、首が閉まって苦しい・・・。

「機付長、そのあたりで勘弁してやってくれないかい?」

「オッと、そうだな。和坊、ついてきてくれ!」

兄貴とレオの背中を追いかけ格納庫の奥へと進んでいく。

格納庫の床を踏みしめると同時に懐かしさが全身を襲ってくる。

怒声にも似た声を発する整備兵の皆、格納庫の床が鳴らす靴の音、装甲の色付けを行うためのシンナーの匂い、そして気分が悪くなるほどの油の匂い。

懐かしい。

普段なら気分を害するモノが、今では俺の心を躍らせる。

その感覚に酔っていると、目の前に戦術機が姿を現した。

「ヴァローナ・・・。」

そこには、赤く塗装されたヴァローナが威風堂々と立っていた。

「ギャンブル中隊用のヴェルターが全機配備出来たのでね。

ヴァローナを表に出す事になった。

このヴァローナはザウルが乗っていた戦術機だ。

もちろん、ステルス性は皆無だからね?」

俺は生まれ変わったヴァローナを見上げる。

今目の前にいるヴァローナは、俺が知る物とは少し変わっていた。

肩部装甲のスラスターが小型化され、その変わりにガンマウントを搭載されている。

背部スラスターは取り外され、ブレードマウントに変更されており、跳躍ユニットも別物になっている。

ラプターと同じ物だろうか?

そして、射撃兵装がすべて見たことが無い物に変更されていた。

「射撃兵装に関しては、リリアの発案を元に開発された物になっている。

そして、それを扱えるように、ヴァローナも改造されている。

・・・つまり、この戦術機はザウルとリリアの子供のような戦術機だ。」

「あぁ・・・。」

レオの説明に俺は生返事を返すしか出来なかった。

「この戦術機はストー君様に用意した戦術機なのだけれどね。

今は、日本で経験を積ませている最中なんだ。

だから、和真君にストー君が帰ってくるまでの間に色々とデータを取って欲しくてね。」

「了解!」

すると、レオと兄貴は急にニヤケ顔になる。

その顔を見た瞬間に俺の体から冷や汗が噴き出す。

「では機付長、準備を始めてくれ・・・。」

「はっ!了解であります!」

そのやりとりを見ただけで、俺はどうなるのかが想像出来てしまった。

「・・・ハァ。」

その時、どこから現れたのかメアリーさんが姿を現しレオに何かを話だす。

そして、その話を聞き終えたレオの表情がどんどん険しくなっていく。

「・・・すまない、機付長、パーティーは後日で頼む。」

その空気を感じとった兄貴は、レオに聞く。

「用意しますか?」

「30分で頼む。」

「了解しました。」

そして兄貴は指示を飛ばしながら走り去って行った。

「・・・なにかあったんやろ?」

「あぁ・・・、今日本にいる職員から緊急連絡が入った。

隠岐諸島にいたBETA群が大陸からのBETA群に押し出され、共に日本に向かっているそうだ。出現予想場所は米子市周辺だろう。」

「でも、それだけなら日本政府に伝えれば済む話・・・。そんな簡単にいかんか。」

「そう言う事だ。

元々隠岐諸島にいたBETAは大陸に逃げて行くBETA群、つまり敗走群だった訳だ。

これが、大陸から来たBETAに無理矢理方向転換させられ再び日本に向かっていると考えて良いだろう。

・・・その数は推定2万だ。

しかも、タイミングの悪い事に、今あそこに駐留している部隊は消耗が激しく、とてもじゃないが太刀打ちできないだろう。

それだけなら、まだ良かったのだが・・・。

そこには、ストー君もいる。」

「なら、早く行くことにするよ。」

「すまないね・・・、疲れている筈なのに無理を言ってしまう。」

レオが弱弱しく言うのに対し俺は笑いながら答えた。

「どちらにしろ、その情報を聞いた瞬間に俺は行くことを決めてたよ。

それになレオ・・・。

俺はお前の玩具でお前は俺のバイヤー、やから言うてくれ。

レオはどうしたい?」

俺のその問いにレオは目を見開きハッとする。

そして、それが収まるといつものレオに戻っていた。

「・・・すまない、私の方が少し疲れていたみたいだ。

・・・では五六中尉、急いで日本に向かいBETA共を蹴散らして来てくれ!」

「了解ッ!」

 

 

そして俺は、目蓋を開く。

脳のリミッターは切っている。

相変わらず、湖の中の腕は俺を締め上げてくる。

だがそれでいい、この痛みが俺に教えてくれる。

忘れるなと、これまでの事を、これからの事から決して目を逸らすなと。

そして、その時が来た。

「和真君、君は出来るだけ暴れて時間を稼ぐんだ。掃除は樺太のネフレが行ってくれる。」

「いつも通りやな!」

俺がそう言うと、レオも満面の笑顔を作る。

それは、お互いにこのやりとりが懐かしかったからだ。

何も変わらない。

ザウルとリリアがいた時から何も変わらない俺達の関係。

「力を見せつけてきなさい!」

「了解ッ!」

レオと入れ替わる形で管制官から通信が入る。

「準備整いました。タイミング並びに大型ブースター操縦権を譲渡します!」

「アイ・ハヴ・コントロール!」

「御武運を・・・。」

さぁ、行こう!

「五六和真中尉、ヴァローナ・・・、行きます!!」

 

 

ソニックムーブを生み出しながら、ヴァローナを取り付けた大型ブースターが進む。

空気の壁すら煩わしいと、邪魔をするなと、突き進む。

空は暗闇に包まれ夜の静けさを作り出す。

その安息の時間すら、轟音と共に吹き飛ばす。

「5から8小型ブースター点火ッ!」

一回限りの小型ブースターの5番から8番のブースターが火を噴き出し無理矢理方向転換させる。

身体に9G以上のGが掛かる。

肺が胸が腹部が押しつぶされそうになる。

だが、俺の口は確かに笑っていた。

「まったくよ、笑っちまうよな?」

ヴァローナを取り付けた大型ブースターは、速度をそのままに瀬戸内海に侵入する。

山々の向こうから、閃光が見え業火が夜空を照らしているのが確認できる。

「俺と関わり合った連中は不幸になる。

父さんやくまさんのように、ザウルやリリアのように、・・・ニクスのように。

だったらさ、何もしない方が良い、俺なんていない方が良い。」

廃墟と化した街を飛び越え、光線級の脅威を忘れたかのように山を飛び越える。

「ハハハ、そんな事を考えていたんやで?

この俺が!

けれど、それは違うと教えられた!

前に進めていないと諭された!

あぁそうさ、もうぶれない・・・、やりたいことをやる!

皆には悪いが、許して欲しい。」

頭の中の湖では、ザウルがリリアがそしてニクスが呆れた顔で俺を見ていた。

それに俺は、語りかける。

「我儘か?我儘やな!・・・さぁ、始めようかッ!!」

そして俺は大型ブースターをパージし、小型化された新型の120mm水平線砲を構え、二発放つ。

一発は触覚を弾き飛ばし、もう一発は要塞級にめり込み爆ぜる。

だが、要塞級は倒れない。

「なら、このままいくしかないだろッ!?」

俺の叫びを聞いたザウルとリリアとニクスは呆れ顔から、笑顔に変わる。

「「「ブチかましてやれッ!!」」」

「オウさぁッ!!」

背部ブレードマウントからフォルケイトソード改を右手に装備する。

「ブチかましてやらァアアアアアアッ!!!」

フォルケイトソード改はロケットブースターを点火し、今の俺達の想いを乗せているかのような重い一撃を要塞級に叩き込んだ。

倒れる要塞級を背に、噴射跳躍し360°すべてを意識する。

「派手に、大盤振る舞いだッ!」

そしてすべての方角に120mm弾をプレゼントする。

それらは、BETAの波を吹き飛ばし赤い道を作り出す。

「こちらは、国連太平洋方面第九軍、五六和真中尉だ!

この戦域にいる全部隊につげる!

6分後に、ネフレ軍による爆撃が開始される!

この地に光線級は確認されていない、繰り返す光線級はいない!

全機後6分頑張ってくれ!

武器弾薬は、今送った地点に補給コンテナを用意している。ネフレからのプレゼントだ!」

俺は通信をしながら、BETAの波に呑みこまれそうになっていた戦術機に逃げ道を作り出す。

その時、嵩宰少佐から通信が入った。

「五六中尉!日本はネフレに対し要請を出していない!正規のルートを通さずに我が国の戦争に割り込む事は、我が国の主権の侵害だ。説明願いたい!」

右手のフォルケイトソード改をソードマウントに収め、右肩部ガンマウントから新突撃砲G11を取り出し、36mm弾をばら撒く。

「日本政府にはすでに話は通してあります!それに、俺はただしたい事をしているだけですよ!」

俺の話を聞いた嵩宰少佐は一瞬驚いた顔をするが、すぐに元の凛々しい顔つきに戻す。

「・・・すまない、感謝する。」

「感謝するついでに、ストーの事をよろしくお願いします!それと、嵩宰少佐も補給が必要でしょ?補給が必要な者達を連れて行ってください!」

「ここを、任せても?」

嵩宰少佐は挑発的な顔で俺に問う。

それに俺も同じ顔付で返した。

「舐めないでいただきたい!」

「・・・すぐに戻る。」

「了解!」

そして、嵩宰少佐との通信を切ると今度はストーがスクリーンに写り込む。

だが、その姿は俺が知るストーよりも成長しており、俺は一瞬困惑してしまう。

「和君」

「話は後だ、ストーは嵩宰少佐と共に補給地点に移動するんだ。なに、すぐに済むさ!」

俺の笑顔を見たストーは、涙を溢れ出させる。

「待ってる、待ってるからね?」

「あいよ、待ってろ。」

そして、ストーとの通信も切る。

時間を確認すると、後3分だ。

なんとかなるだろう・・・。

見据える先には、BETAの群れ。

悠然と進む姿は潔ささえ感じさせる。

だが、この土地はお前らの物じゃない。

「侵略者ってぇのは、最後には尻尾を巻いて逃げるか、跡形も無く吹き飛ばされんだよ。昔見たSF映画の最後は、ほとんどがそんな終わり方だ。お前らも例外じゃないだろ?」

ヴァローナは己が力を誇示するかのように、突撃砲を構える。

「・・・好きな方を選ばせてやるよ。さぁ、終わらせようか!」

 




新しい射撃兵装の説明をさせていただきます。

120mm水平線砲改
新しい材質と構造を作りかえ差動原理をライトガスガンにすることで威力をそのままに、小型軽量化に成功した。
これにより、強度と装弾数が下がるものの取り回しを向上させることが出来、片手で撃つことが可能となった。
見た目イメージモデル:ゲパード対物ライフルGM6 LynX

36mm突撃砲:G11
120mm弾を撃てなくする代わりに、36mm弾の装弾数を増している。
発射速度は他の国で扱われている突撃砲の中で随一である。
また、三点バースト機能を持つ。
これは、要撃級の顔のような感覚器に弾を当てやすくするためである。
見た目イメージモデル:ヘッケラー&コッホG11

今後ともよろしくお願いします!


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ただいま

見据える先には、吐き気を催す程に惨たらしい姿をした異星起源種。

それらは、砂埃を上げながら平野を進み大地すら削り取る。

その数は約二万、前方すべての景色がそいつらで溢れかえり生物が本来持っている本能が赤信号を灯し続ける。

進むな・・・。

反転しろ・・・。

無理だ・・・。

そう教えてくる。

だが―――。

「赤信号皆で渡れば怖くないってね!」

俺は左手に持つ120mm水平線砲改を統一感覚で放っていく。

それらは、赤い流星となって突撃級に突き刺さり息の根を止める。

そして開いた群れの中に戦術機を捻り込ませ、突撃砲を撃ちまくる。

要撃級の攻撃を屈んで躱し、要撃級の二対の前腕衝角がヴァローナの頭上を通り過ぎるのと同時に背部ブレードマウントからフォルケイトソード改を左手に装備し叩き切る。

血飛沫を上げる要撃級を飛び越えさらに他の要撃級の感覚器を狙い撃つ。

新突撃砲G11のトリガーを一度引くとほぼ同時と思わせる速さで三発の銃弾が放たれ、二発が要撃級の顔のような感覚器を破裂させる。

それだけで要撃級はよろめき、満足に歩くことすら出来なくなる。

今度は他のBETAの足元に蔓延る戦車級を狙い、トリガーを押し続ける。

すると、照準がブレまともに狙いが定まらない。

だが、それでいい―――。

下手な鉄砲数うちゃ当たるである。

地面の茶色が見えない程に群がる赤い戦車級を一々狙っていても仕方がない。

俺は、暴れる突撃砲をそのままに弾丸をまき散らす。

「数が多すぎんだよテメェ等は!まだ、ゴキブリの方が紳士的だぞ!?」

俺は時間を確認する。

残す所、30秒。

斯衛軍も奮戦しており、この一帯だけは何とかBETA進行を食い止める事ができていた。

その時センサに反応が現れる。

「くッ!!」

俺はそれを確認する前に行動に移る。

ヴァローナが飛び上がった地面が弾け飛び、さらにBETAの数が増した。

「毎度毎度、ご苦労な事だな!」

俺はその穴に向かって36mm弾をぶちまける。

だが着地すると同時に要塞級の触覚に狙いを付けられていたと悟る。

「しまッ!!」

触覚を間一髪回避することに成功するが、バランスを崩してしまう。

俺はバランスを崩しながらも120mm水平線砲を構え要塞級に5発撃ちこみ黙らせる。

だが、その時には突撃級が目の前に来ていた。

―――やられるッ。

そう思った瞬間、青い閃光が突撃級にぶち当たり体内から何かを引き千切る音を奏でる。

そして、突撃級が弱弱しく倒れると青い武御雷の姿がそこにはあった。

「待たせたな、五六中尉!」

「嵩宰少佐、斯衛の部隊が奮戦してくれているおかげですよ!」

「そう言って貰えると有難い!」

赤いヴァローナと青い武御雷が背を合わせる。

「あなたと戦えるとは、恐悦至極であります、嵩宰少佐?」

「ふっ、慣れない言葉使いはしない方が身のためよ?教養が足りていないと思われる。」

「くくっ、以降気を付けますよ。」

武御雷が74式近接戦闘用長刀を構える。

「だが、中尉と同じ戦場に立つ事が出来るのは真に心強い!」

ヴァローナがその両手にフォルケイトソード改を持ち構える。

戦場に置いて目立ちすぎる青と赤は己が力を示す。

武神と悪魔が暴力を遠慮なくまき散らせる喜びに打ち震える。

「・・・残り30秒、いけますか?」

「愚問だな?」

「そうでしたね・・・。それじゃ、派手に行きましょうか!」

そして、二体の獣はまるで競い合うようにどす黒い赤に身を染めた。

 

それから5日後俺は東京に来ていた。

米子には後から来た帝国軍の部隊が監視をし防衛体制を整えている。

俺のヴァローナは、斯衛軍のハンガーを借りネフレの整備員に整備されている。

瑞鶴や武御雷が並ぶ中でも、ヴァローナは目立っており他所の整備員がチラ見をするくらいだ。

「ふぅ、久々の戦闘やからか少し疲れたかな?」

俺が疲れているのは、明らかに違う理由でだがこう言う事で、それを自分で否定する。

「ヴァローナか・・・。」

ザウル、リリア、ニクス・・・。

見ていてくれ、俺は皆の分まで頑張るよ。

「君が五六和真中尉で構わないかな?」

俺はヴァローナに向けていた体を声が聞こえた方に向け直し、階級章を確認し敬礼する。

「はっ!自分が五六和真であります!」

俺に声を掛けて来たのは、顔の左側に縦線に深い傷跡を残す強面の男だった。

「私は帝国陸軍技術廠第一開発局副部長を務めている。

巌谷榮二(いわや えいじ)中佐だ。君の噂は聞き及んでいるよ。」

「巌谷中佐に御みしり置けたことは、衛士として嬉しい限りです。」

「私は、それほどの人物ではないのだけれどね・・・。」

「謙遜は止してください、あなたの名前は海を渡り大陸にまで轟いていますよ?」

「ハハハハハッ、それこそ身に余るな。それよりも五六中尉、この戦術機の事を聞いても?」

・・・なるほど、わざわざ帝国軍のお偉いさん、しかも技術廠の副部長なんかがただの中尉に会う為に斯衛軍のハンガーまで来たのはそのためか。

だが、表に出すのならネフレの力を知らせておくのは悪い事ではない。

これが切っ掛けでなにかが動き出すかもしれないんだ。

ネフレの利益に繋がり日本との関係を改善する上でも少しくらいなら情報を出しても良いだろう。

こう言った時になんて言えば良いかもレオに聞いているしな。

それに元々そのために来たのだから。

「この戦術機の名前はヴァローナ、ネフレが米国の企業と開発した第三世代機です。近接密集戦から遠距離狙撃能力まで既存の戦術機の中でも高い位置にいるものと自負しています。」

「・・・なるほど。」

巌谷中佐はそう言うと、顎に手を添え何かを考え込む。

「巌谷中佐?」

「あぁ、すまない少し考え事をしていた。この戦術機、ヴァローナと言ったかな。ヴァローナは米国との共同開発と言うことで間違いないかな?」

「はい、ネフレ単独ではこの戦術機を作り出す事は不可能だったでしょう。米国の技術あって初めて完成した戦術機です。」

「だが、見た感じだとソ連のSu-47と似ている点が多いと思われるが?」

「・・・正確に言うならSu-47がヴァローナに似ているですよ中佐。」

「それは何故か聞いても?」

「すみません、これ以上は何とも・・・。ですが、各部の違いを見て頂ければ解るかと思いますが、ソ連のSu-47がハイヴ攻略を前提とした設計思想をしているのに対しヴァローナはマルチロール機として作られています。Su-47程の近接密集格闘戦では劣るものの、使い勝手はこちらの方が数段上でしょう。」

これで俺の言いたい事は伝わった筈だ。

ソ連のビェールクトがハイヴ攻略に最適な戦術機であるのに対し、ヴァローナは多任務でその力を見せつける。

今の日本の現状を考えても今後の事を考えても、ビェールクトを買うよりもヴァローナを買った方が得だと思わせられればそれでいい。

それに米国の企業が絡んでいるとすることで、おいそれとライセンス生産をしてもそこには必ずアメリカが絡んでくると言うのが、理解して貰えれば技術だけを取られるなんてことにもなりわしないだろう。

「ふむ・・・、ありがとう。色々と参考になったよ、それでは私はこれで。」

「はっ!」

巌谷中佐はそう言うと、格納庫を後にした。

俺は中佐の後ろ姿を見ながら呟く。

「嘘は言ってないからな・・・。」

跳躍ユニットは間違いなくアメリカ製だ。

別に嘘をついた訳では無いと俺は開き直ることにした。

俺は格納庫に取り付けられている時計を確認する。

それと同時に俺を呼ぶ声が聞こえた。

「お久ぶりです、五六中尉!」

「上総ちゃんか・・・、久しぶりだね。元気そうで良かったよ!」

俺を呼びに来たのは、白い斯衛の服を着る上総ちゃんだった。

上総ちゃんは、俺と最後に会った時よりも成長しているのが見た目で解った。

「はい!五六中尉もお変わりないようでなによりですわ!」

「ハハハッ、そこは男らしくなったとか言って欲しかったかな?」

俺がそう言うと、上総ちゃんは目に見えて慌てだす。

「いや、えっと、あの和真さんは元々屈強な殿方でして、その・・・。」

両手を目の前でワタワタ振ちながら必死に何かを伝えようとする。

俺はそれを見て噴き出した。

「ハハハハハハハッ、そうか、そうか、ありがとう!上総ちゃんのような美少女にそう言って貰えるなら男冥利に尽きるね。」

笑う俺を見て上総ちゃんは顔を赤くしプルプル震えだす。

そして、震えながらも本来の仕事を思い出したようだ。

「そ、そんな事より、お迎えに上がりました五六中尉。恭子様の所までご案内します。」

「あぁ、よろしく頼むよ。」

廊下を歩きながら思い出す。

ストーは今こちらに向かっているとの事だ。

ストーのセイカーファルコンは、自力では動く事が出来なくなってしまっておりネフレの回収地点まで帝国軍に運搬して貰い、そこに付き添っている。

そろそろ来る頃だとは思うが・・・。

そして俺は気になっていた事を聞いて見ることにした。

「上総ちゃん。」

「はい?」

「ストーは君達と行動を共にすることが多かったと聞いていたけれど、君から見てストーはどんな子だった?」

俺の問いに上総ちゃんは、考え込む。

あれ、何か聞きずらいことなのか?

ストーの正確なら皆と仲良くやれていたと思うのだが。

「ストー少尉は何て言ったら良いのか難しいのですが、一言で言いますと一匹狼でしょうか・・・。」

「・・・もしかして、ネフレの関係者だからかな?」

「いえ、そんな事はありません!初めの内は皆、仲良くしようとしていたのですが単独行動権が与えられていたからでしょうか。1人で何でも解決させようとしているようで、次第に壁が出来てしまったと言った方が良いかもしれません。いえ、元から壁を作っていたように思いました。・・・それからは、彼女は冷たい女だと独りよがりな女だと周りから思われるようになってしまい。」

「・・・そうか、ありがとう。」

「すみません、五六中尉・・・。」

「いや、上総ちゃんが誤る事じゃないよ・・・。」

沈黙が俺達の間に生まれ重苦しい空気が出来上がる。

そして、軍靴が鳴らす乾いた音が響くだけになってしまった。

その中で俺は思った。

ストーは、俺がいなくなったせいで自分を責めていたのかもしれない。

そして、俺の代わりにと力を求めた。

まるでザウルとリリアを失った俺のように・・・。

なら俺はストーに対して見せてやらなければならない。

1人ではないと、仲間と呼べる存在は作って行くことが出来るのだと。

俺が考えている間に目的の部屋に到着したらしい。

上総ちゃんが扉を開き、俺は中に通される。

「五六和真中尉、只今参りました!」

敬礼する俺に中にいた唯衣ちゃんと嵩宰少佐が敬礼を返してくる。

「すまないな五六中尉、我々の我儘に付き合わせてしまって・・・。それと、遅くなったが改めて礼を言わせてほしい。ありがとう、中尉が来てくれなければ今頃私はここには、いなかっただろう。そして、多くの帝国軍将兵の命を危険にさらすことになっていた、を心から感謝している。」

「あれは俺個人がしたくてしたことですから。嵩宰少佐が気に病む必要は無いですよ。それに、ネフレにとっての目的も達成できましたし。」

「それでも、感謝している。」

「いえ、感謝しなければいけないのは俺の方ですよ嵩宰少佐。ストーを気にかけて頂き感謝しています。」

「いやいや、あれは・・・。」

「いえいえ、こちらこそ・・・。」

そして収集が付かなくなってきたところで俺達は笑い合った。

「「プッ、ハハハハハハハハハハハハッ!!」」

そんな俺達の様子を目を丸くして唯衣ちゃんと上総ちゃんが見ている。

「・・・では、本題の方に入らさせて頂いてもよろしいですか?」

そう切り出した俺に嵩宰少佐も頷く。

「ネフレが何も求めて来なかったことも今回の一見が関係しているのでしょ?」

俺達はそう言い合いながら席に着き向かい合う。

そして俺は意地悪くニヤケ顔を作り鞄から資料を取り出した。

「今回は逃がしませんよ?」

「はぁ、お手柔らかにお願いね・・・。」

そして俺はヴァローナの宣伝を始めた。

「まず、先の戦闘でヴァローナの力は理解して頂けたかと思いますが・・・。」

 

「ふむ、分かりました。この案件は次の会議で出させて貰います。」

「ありがとうございます!」

どうやら、売り込みは一定の評価を頂けたようだ。

レオから事前に情報を貰っといて良かった~。

すると、嵩宰少佐が時計を確認する。

「そろそろ時間だな、五六中尉今日も我が嵩宰邸で疲れを癒していかれないか?」

「お言葉に甘えさせていただきます少佐、ストーの方にはこちらから連絡をしておきます。」

「分かった、そのように家の者にも伝えておく。」

そして俺達は嵩宰邸に向かう事となった。

 

嵩宰邸に到着すると、1人の女性が俺達を待っていた。

「・・・リリア?」

そこにいたのは、リリアを少し幼くしたような女性だった。

凛と背筋を伸ばし、銀髪を風に靡かせ、国連軍の軍装に身を包み待つ女性。

だが、俺は変わってしまった雰囲気を持っていながらも直ぐに気が付いた。

「ストー?」

すると、ストーは突然脇目もふらず走り出した。

そして俺に強烈なタックルを決める。

「グハッ!」

「和君!和君、和君、和君ッ!!」

俺の胸元で喜びを表し、泣きじゃくるストーの姿を見て唯衣ちゃんや上総ちゃん、嵩宰少佐までもが固まっていた。

それほどまでに、今のストーと前のストーのギャップが激しかったのだろう。

「会いたかった、ずっと、ずっと・・・会いたかった。」

ストーは今までの寂しさを掻き消すように俺に抱き着く。

俺は、成長しても変わらないストーに笑いかけ、優しく頭を撫でた。

「ごめん、待たせたな・・・。ただいま!」

 



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1人じゃない

「はぁ・・・。」

俺様に用意された客室で、俺は盛大な溜息をついた。

あぁ、今は太陽ですら憎いよ。

俺をそんなギラついた笑顔で見んじゃねぇよ!

「~♪~♪~♪」

嵩宰少佐や唯衣ちゃん、上総ちゃんが見ている中で平然と俺にへばり付くストー。

畳に座る俺の腹部を抱きしめ、猫のように寝ころびながら頬ずりをしている。

注意しなければいけないのだが、この幸福に満ちた顔を壊すことは今の俺には出来なかった。

「あ、あの五六中尉、お茶をご用意しました。」

「あ、あぁ、ありがとう上総ちゃん・・・。」

上総ちゃんも苦笑いで俺にお茶を差し出してくる。

だが、その目は信じられないモノを見ている目だった。

勿論、視線の先はストーだ。

嵩宰少佐も良い物を見たと、笑顔になっている。

だが、やはりここは人様の家でましてや少佐の家だ。

これ以上、この状態で置いておくわけにはいかないだろう。

俺は意を決して、ストーに声を掛けた。

「なぁ、ストー、そ」

「和君♪、和君♪私ね寂しかったんだよ?」

俺がすべてを言いきる前にストーがそれを封じ込める。

「はぁ・・・、ヨイショッ!」

「キャッ!!」

俺は勢いよく腰を引き、ストーの抱き着きを無理矢理剥がす。

すると、ストーは勢いよく畳とキスをしてしまった。

「ひどいよ~。」

ストーが鼻の頭をさすりながら涙目で訴えてくるが、そんな事は関係が無い。

俺はストーの頬に手を添える。

「あっ・・・。」

ストーの頬が一気に桜色に変わる。

嵩宰少佐が「ほぉ・・・」といい。

唯衣ちゃんと上総ちゃんが目を見開く。

そして俺は、頬に添えていた手を顎に持っていき顔を上に向かせる。

部屋全体の空気が熱くしかし軽い物に変貌していく。

そしてストーが何を思ったのか、潤んだ瞳を閉じる。

そんなストーに対し俺は・・・。

ストーの鼻を思い切り摘まんだ。

「ふがッ!」

「いい加減にしなさい。」

「がずぐ~ん・・・。」

「そんな目で見て来てもダメですッ!」

そして、俺が鼻を解放してやるとストーは目に見えて落ち込みペタンと女の子座りをしてしまう。

そして、股と股の間に両手を置く。

それは悲しみを表しているのだろう。

だが、ストーの成長し過ぎた大きな二つの果実が両手に挟まれ潰されることで、より大きさを強調してくる。

コイツ、出来るなッ!

俺が怒った振りをしながらもそんな事を考えていると、唯衣ちゃんがフォローに入ってくる。

「まぁまぁ、五六中尉、ストー少尉も反省していることですし・・・。」

「そうよ五六中尉、部下のケアをするのも上司の仕事よ?」

「嵩宰少佐・・・、ですが・・・。」

すると嵩宰少佐は、聖母のように微笑み言った。

「甘えさせてあげなさい。」

その瞬間、俺の中で危険だとセンサが鳴り響く。

「和君~~♪」

「おわッ!!」

俺は飛び掛かってきたストーに押し倒されてしまった。

 

時刻は18時、俺達は客室に運んで貰った料理を食べていた。

だがしかし・・・。

「ストー、食べにくい・・・。」

「そんなことないよ?」

俺の右側に座るストーは、俺の右手を器用に抱き締めながら料理を食べて行く。

だが、右手を封じられている俺は料理を食べることが出来ない。

それどころか、ストーの大きな二つの果実に腕を挟まれ大変なことになっていた。

俺は助けを求めようと、目の前に座る唯衣ちゃんと上総ちゃんを見る。

2人とも綺麗な正座をしており、黙々とご飯を食べている。

その姿は大和撫子そのものだ。

嵩宰少佐を見る。

崩して座っているものの、気品が溢れ出し位の高さを嫌でも感じさせる。

そしてストーは甘い空気を作り出す。

俺は色々な意味で疲れていた。

空気が重い・・・。

ご飯が冷めてしまう・・・。

俺は痺れを切らし、ストーに抗議した。

「なぁ、ストー・・・。」

「どうしたの、和君?」

「・・・食べにくい、そんで当たってる。」

俺がそう言うと、ストーは口元をニヤつかせ目を細め挑発するような視線を向けてくる。

「なら、私が食べさせてあげるよ!」

ストーの発言を聞き、今まで目を瞑り黙々とご飯を食べていた三人が、カッ!と目を開く。

「はい、あ~ん!」

ストーが俺の皿から料理を箸で取、俺の口元に持ってくる。

俺は恥ずかしさからプルプル震えてしまう。

「食べないの?」

そんなに可愛く首を傾げないでくれぇ~~~!

唯衣ちゃん、上総ちゃんガン見しないでッ!

嵩宰少佐ニヤニヤ見ないでッ!

でも空腹には勝てない・・・。

俺は意を決して食べた。

「「おぉ~~ッ!」」

唯衣ちゃんと上総ちゃんが歓声を静かに漏らす。

ストーは幸せそうに笑ったままだ。

余程幸福なのか、頬をピンクにしたまま次はどれにしようかと悩んでいる。

その姿を見て、俺は静かに溜息をついた。

「まぁ、今日くらいは良いかな?」

俺はそう言いながら、嵩宰少佐を見る。

すると、それにウィンクで返された。

「なにか言った、和君?」

俺はそう言うストーの頭に手を乗せ優しく撫でる。

「いや、何でもないよ。」

 

「そ、それでは一番!篁唯衣、やらせて頂きますッ!」

夕飯が終わった俺は、少し悪戯をしてやろうと思い。

また、救助してくれなかった2人に対しささやかながら復讐をしてやろうと考え。

俺がいなかった時期のストーのモノマネをして貰うこととなった。

始めは抗議していた3人だったが、嵩宰少佐がゴーサインを出すと、渋々する羽目となったのだ。

意を決した唯衣ちゃんは立ち上がり、凛と背筋を伸ばし、悲しげな表情を作る。

そして、力無く垂れ下がる左手の肘を右手で支え、首を少し右に向ける。

「・・・私に構わないで。」

「ヒューヒュー!」

「それ言ってましたわ!」

「ストー?」

「か、和君、わ、私は・・・その・・・あの・・・。」

嵩宰少佐が顔を赤くする唯衣ちゃんに声援を送り、上総ちゃんが思い出したと手を打ち、俺がストーに聞き、ストーが顔を赤くしてなんとか言い訳をしようとする。

そして唯衣ちゃんが座ると、上総ちゃんが立ち上がる。

「それでは、二番、山城上総、やらせていただきますッ!」

上総ちゃんは腰を少し横にくねらせ、腰に左手を置き右手を垂らす。

それだけで、出来るキャリアウーマンのように見えてくる。

そして、蔑むようにうっすらと笑みを作る。

「・・・それは、あなた達が弱いからよ。」

「ヒューヒュー!」

「ストー?」

「あぅ・・・あぅ」

「和真さん、これは模擬戦をした時の話でして、ストー少尉だけが悪い訳ではありませんので、ストー少尉を責めないで上げて下さい。」

上総ちゃんが座る。

だが、ホワホワしていた空気は少し重い。

それは何故かと言うと、俺が怒ってますと言った空気をだしているからだ。

「か、和君・・・、あの・・・。」

ストーが俺の服を摘み、上目使いで俺に訴えてくる。

だが、俺は怒ってますと表現するためにあえてそっぽを向く。

プイっと言った感じに。

すると、ストーはシュンとする。

上総ちゃんはそんな俺達をジッと見ており、唯衣ちゃんはどうにかしてストーをフォローしようと考えている。

嵩宰少佐は俺達をニヤニヤしながら見ている。

俺がワザと怒っていると解っているのだろう。

「はぁ・・・、ストー?」

ストーはビクッと肩を震わせる。

「ご、ごめんなさい・・・。」

「謝る相手が違うやろ?」

俺がそう言うと、ストーは三人に向き直り頭を下げた。

「ごめんなさい・・・。」

すると、唯衣ちゃんと上総ちゃんは慌てて頭を上げさせストーに話掛け嵩宰少佐は1人頷いている。

その中で俺は少佐に視線を送る。

すると、少佐も俺が何を言いたいのか解ってくれたようだ。

アイコンタクト成功である。

俺はストーの頭にポフッと手を置く。

「根は良い奴やから、これから仲良くしたってくれへんかな?」

「「はい!」」

「和君、怒ってない?」

脅えながら聞いて来るストーに俺は笑いかけながら答えた。

「あぁ、怒ってないよ。ストーは少し、慌ててただけやろ?でも、俺は言うたよな?周りを頼れって、ストーは1人じゃない、俺は勿論、仲間や友達は作っていかなあかん、心の底から信頼し合える人をたくさん作らなあかん・・・、分かった?」

「・・・うん」

すると、パンパンと手を打つ音が室内に響く。

「それじゃ、時間も良いしお風呂に行ってきなさい!」

嵩宰少佐がそう言うと、上総ちゃんと唯衣ちゃんが立ち上がりストーの手を引く。

「行きましょう、ストーさん!」

「嵩宰邸のお風呂は温泉で大きいよ!」

それにストーは困惑しながらも、手を差出す。

すると、2人に手を引かれ立ち上がる。

「あ、その・・・うん。」

そして、俺達に断りを入れてから部屋から退室していった。

「・・・すみません少佐、気を使っていただいて。」

「あの子達にも友達が出来ることは良い事よ。それに、こんな世の中だからこそ、気を抜いて話合える友人は必要でしょ?」

「はい、本当にそう思います。」

「私達がしっかりしなきゃいけないのだけれどね・・・。」

「子供達が、戦場の空気を知る必要はありませんからね・・・。」

「えぇ、あの子達の世代で終わらせたい所だけれどね。」

「俺達の責任は重大ですね?」

「えぇ、そうね・・・。」

嵩宰少佐はそう言うと立ち上がる。

「私は、これから五摂家の会議があるので退室させてもらうわ。お風呂は、彼女達が上がった後なら好きに使って構わないから。」

「ありがとうございます、少佐。」

嵩宰少佐はそう言うと、部屋を退室していった。

「さて、俺もいこかな。」

俺は鞄からタバコを取り出し、縁側に向かった。

 

縁側から見る美しい日本庭園と月の風景は俺を感傷的にさせる。

俺は、タバコに火をつけ縁側に座り携帯灰皿を用意する。

「むっ?」

久しぶりに紫煙を体に送り込むと、予想以上にクラクラとしてくる。

俺は久しぶりの感覚に1人笑う。

「くすくすくす・・・、あぁ、本当にいい景色だ。」

煙が月に上って行く。

それは、長い長い階段を、月まで続く階段を作っているように見えた。

「見ているかいニクス、日本から見る月も良い物だろう?」

俺はタバコの先端を月に重ね合わせる。

タバコの火が月に重なり俺の気持ちを表現しているように、弱く照らし出す。

「・・・君は中々難しい約束をしてくれたね。」

タバコを咥え、煙を吸い吐き出す。

煙と共に寂しさを追い出す。

「どうやら、俺は女々しい男らしい・・・。未練タラタラやよ・・・。こっちに帰って来ても君の温もりが恋しくてしかたがない。」

携帯灰皿にタバコを押し付け火を消し、放り込む。

今の気持ちを封印するように―――。

「・・・本当に、俺は情けない男やよ。」

その時、俺の背中を温かいモノが包み込んだ。

そして、手が俺の胸元で交差し後頭部に固い物が当たる。

それがストーの額だと、俺を包む温もりがストーの物だと理解するのに時間はかからなかった。

「・・・そんなことないよ。」

「ストー?」

「和君は情けなく何てないよ・・・。和君は、私を光に導いてくれた。いつもこんな私といてくれた。誰かのために、涙を流せる和君が情けないはずがないよ。」

そして俺は、後ろに倒される。

そしてストーの胸を枕にする形となる。

ストーの甘く優しい温もりが俺を包み込む。

「だから、悲しくなったらいつでも言って?私は、いつも、いつまでもあなたの傍にいるから、私は、私だけは、あなたを置いて行かないから・・・。」

その優しい声を聞いた瞬間に俺の中に何かが満ちる。

それは光り輝く雫となって頭の中に存在する湖に入り込む。

濁り淀む水はそれだけで、少し、ほんの少しだけ清さを取り戻した。

そして、俺は涙が溢れてくるのを理解する。

俺はそれを見られたくないのもあり、慌てて体を起こす。

そして、ストーに向き直り無理に笑って誤魔化そうとした。

だが、それはストーに頭を抱えられることで邪魔をされてしまう。

「・・・無理しないで、私には弱さを見せて・・・、お願い。」

あぁ、ダメだ。

もう耐えられない―――。

俺はストーの肩を掴み胸に顔を埋め、情けなくも泣いた。

ただただ泣き続けた。

ストーは、母親がそうするように、俺の頭を抱え泣き止むまで優しく撫で続けていてくれた。

 

泣き止んだ俺はストーと共に客室に戻っていた。

ストーはあの後、俺の膝枕でスヤスヤと寝ている。

そして俺は、そんなストーに笑いかけ優しく髪を梳いていく。

サラサラとストーの銀髪が俺の指を流れて行く。

それを繰り返していると、ストーがくすぐったそうな声を出す。

俺はそれが楽しくて、何度も繰り返していた。

「ストーさん、かわいいですね?」

「えぇ、本当に・・・。」

唯衣ちゃんと上総ちゃんがストーの寝顔を覗き込みクスクス笑う。

「これが、ギャップ萌えと言う奴やな!」

「ギャップ萌え?」

唯衣ちゃんが首を傾げ俺に聞いて来る。

「なんだ唯衣ちゃん、ギャップ萌えを知らないのか?」

「え、えぇ・・・。」

「いけない、いけないよ!唯衣ちゃんッ!!」

「え、えぇッ!?」

「仕方がない、俺が講義してあげよう!」

そして、俺は唯衣ちゃんと上総ちゃんにギャップ萌えについて教え込んだ。

 

だが俺はこの時、予想していなかった。

遠くない未来、唯衣ちゃんがこのギャップ萌えに落とされると言う事を・・・。

 



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思い出す感情

小鳥のさえずりが聞こえる。

うるさい位にチュンチュン鳴きやがる。

そして、懐かしい重みが俺を眠りの世界から覚醒させる。

「・・・重い。」

「女の子にそれは無いんじゃないかな、和君?」

重みの正体は、毎度のことながらストーだ。

ストーは、浴衣姿のままで俺にうつ伏せで抱き着いている。

温泉の効果なのかほんのりと頬が赤い、そして浴衣の隙間から覗かせる胸元とめくれ上がった布団の隙間から覗かせる生足が、年齢に合わない色香を漂わせる。

「・・・う、ん。」

ストーはそう言うと、俺に再び抱き着いて来る。

そして今度は頬ずりをし始めた。

自らの体重で潰れたストーの胸が苦しそうに上下に動く。

こんな所を誰かに見られたらただ事じゃない!

俺はそう思い体を無理矢理起こした。

「キャッ!」

ストーは急に俺が起き上がったせいでコロンと横に転げ落ちる。

「う~ん・・・。」

ストーはまだ眠たいのか目を擦りながら起き上がり女の子座りをする。

「髪の毛くわえてんぞ?」

「ほぇ?」

ストーの太陽の光すらキラキラ反射する銀色の髪の毛の一部が肩から前に出ることで、その一部をストーはくわえてしまっていた。

俺がなにを言っているのか理解していないのか、頭を傾け?マークを作る。

俺はそれに笑いながら、ストーの髪の毛を整えてやった。

いくら体系が変わろうが、成長していようがストーは俺が知るストーのままであり、それが俺を安心させる。

「さ、お前は自分の部屋に戻りなさい。唯衣ちゃんや上総ちゃんが探してるかもしれんやろ?」

俺がそう言うと、ストーは元気よく頷いた。

「うん!」

 

朝食を食べ終えた俺は通信室に案内され、俺を呼び出した人物と画面越しに話し合っていた。

「お久しぶりです、艦長。」

「極秘任務ご苦労だったな、五六中尉。今回は社長から言伝を預かっていてね。」

「はい」

「日本政府の強い要請の元、ヴァローナと武御雷に模擬戦をしてほしいそうなんだ。」

「搭乗衛士はどちらにしましょうか?」

「日本政府は是非にとも君をと言う話だ。」

「構わないのですか?」

「なにがだね?」

「俺の戦闘データを与える事です。ヴァローナはまだ実戦配備すらしていない機体です。それにおそらく相手は嵩宰少佐です。俺も全力を出さなければ満足な戦闘は出来ないと思います。ですが、そうするとヴァローナのデータをすべて日本側に知られてしまうかもしれない。」

俺がそう言うと、艦長は微かに笑みを作った。

「社長は君の本気では無く、君の力の本気を全力で出せと言っていたよ。」

「・・・そうですか」

「浮かない顔をしているな?」

「嵩宰少佐とは、俺自身の力で戦いたかった。皆の力を借りずに勝ちたかった・・・。まぁ、我儘ですけどね?それでも、それが命令なら俺はその通りにするだけですよ。」

俺がそう言うと、艦長は少し沈んだ顔をした。

「我々は軍人だからな、命令には忠実でなければならない・・・。」

俺は申し訳なく思い、笑顔を作り言った。

「解っていますよ!それでも、俺達は上を信じて戦うのみです。守るべきモノが後ろにあるなら、なおさらですよ。」

そして俺達は少しの間雑談をしてから通信を閉じる。

通信室を出て行く中で俺なりに今回の命令の真意を考えてみた。

レオはおそらくヴァローナで武御雷に完勝するストーリーを望んでいる筈だ。

俺の力を使う、それはつまり脳のリミッターを切った状態で戦えと言う事だ。

そしてナノマシンの力も・・・。

レオは本格的に世界に売り込むつもりなのか?

先の京都戦の結果から近接密集戦で他国から高い評価を得ている武御雷を打ち負かす。

日本をだしに使ったデモンストレーションだ。

この模擬戦の結果によっては他国が飛びついてくる筈・・・。

ヴァローナを交渉に何かを得るつもりなのか?

もしくは、兵器を売りさばき当初の予定通り世界に自社製品を溢れさせ軍事的、政治的に利用するのだろうか?

そこまで考え、俺は頭を振るう。

「考えても仕方がないな、正直な所、こう言った話は俺には荷が重すぎる。俺は衛士なんだ。それに、嵩宰少佐と再戦する機会を得られたんだ、ポジティブに行こう!」

 

それから三日後、俺達は横浜にある市街地演習場に来ていた。

ここに、来ているのは東京近辺で一番近く直ぐに利用できる演習場がここしかなかったからだ。

国連軍の基地扱いになってはいるが、ここは他とは異色を放っている。

アメリカ軍関係者がいないのだ。

いや、第五計画関係者がいないと言った方が適切だろう。

それもそのはずだ。

ここ横浜基地は、オルタネイティブ第四計画の本拠地なのだから、そしてネフレが魔女に与えた城でもある。

戦術機の目から市街地演習場として扱われている元町を見る。

人の伊吹なんて微塵も感じさせない。

破壊の限りを尽くした。

まさに、人類終焉の現場を見せつけられているかのようだ。

倒れるビルや、半壊した民家らしき物には、灰色の世界には似つかわしくない晴やかな黄色が塗り諾られている。

それは、ここで日頃からペイント弾を使用した演習を繰り返し行われている証拠でもある。

それは、人類の力を牙を研いでいることなのだと頭では理解できる。

だが、心がそれらを行った人達に対して、そして今からそれを行おうとしている俺自身に憎しみを向けてしまう。

ここには、何人もの人が住んでいたんだ。

一日一日を精一杯生きていたんだ。

それを、戦術機の冷たい足裏で踏み抜いていく気がしてしまう。

温もりを踏みにじっているような気分になってしまう。

その踏み抜く対象が俺の過去と重なり、昔、ここで遊んでいたこんなことになるとは予想もしていなかった俺の日々とダブって見えてくる。

そしてその過去の景色が俺の視界を覆い尽くそうとした瞬間に俺は自分の唇を噛み千切ることでなんとか誤魔化した。

「・・・そんな事を今さら考えてもしかたがないだろう。あの頃の俺がガキだっただけだ。俺に力がなかったからこうなってしまった・・・。ただ、それだけだ・・・。

今は、目の前のことに集中するんだ。」

その時、管制官の声が通信越しに聞こえる。

「これより、模擬演習を行います。各衛士は準備を始めて下さい。」

今回の模擬戦は前回とは違いJIVESを使った本格的な対人演習だ。

対戦相手は俺の予想通り嵩宰少佐だ。

俺はそれらを確認し終わると、脳のリミッターを切る。

世界が止まって見える。

流れる血潮を感じる事が出来る。

戦術機の外を流れる風さえ感じることができるような気がしてくる。

「さて、頑張るとするか・・・。」

 

武御雷は跳躍ユニットを強引に吹かし、ビルに機体を擦り付けてしまいそうな程に幅寄せしながら、なんとか36mm弾を回避する。

そして、カーブを曲がりビルを背にすることで何とか一息つくことが可能となった。

「一体なんなのよ、あの戦い方はッ!私は対人戦をしているのではなかったのか!?これではまるで・・・。」

嵩宰少佐は混乱する頭を愚痴を零すことでなんとか冷静にし、自らの甲冑である武御雷の状態を確認する。

左腕大破、推進剤残量も残り僅か、突撃砲の弾数残り90・・・。

近接長刀はすでに失っている。

違和感を感じたのは、模擬戦が始まってから数分してからだ。

私は、敵の出方を窺うためにそして搖動も兼ねて移動していた。

そして、少し開けた一本道に出た瞬間に狙撃をされたのだ。

彼我距離は数キロ離れている筈である。

それを、コックピットブロックを寸分違わず狙ってきたのだ。

咄嗟に左手でガードしながら回避したが、そのせいで左手を持っていかれた。

こちらが、相手に向かって射撃をするも影のように消えてしまう。

そこからは、ジリ貧だった。

出ては狙われ、隠れても狙われ、うまく移動させられているとさえ感じた。

一度だけ近接戦をする機会があった。

その時に、近接長刀を失ってしまったが敵に対しても負荷でを負わせることが出来たと思う。

ただ、その時に私は感じた。

敵、すなわちヴァローナに乗る五六中尉から感情が読めなかったのだ。

人と対峙している時、そこにはなにかしらの感情が見える。

それは気として、伝わってくる。

戦術機と言う箱の中に入っていようともそれは同じだ。

だが、ヴァローナからはそれが感じられない。

百発百中を思わせる射撃制度、感情がこもっておらず機械のように行われる近接戦闘、そしてどこから攻撃を加えられるか予想も出来ない状況・・・。

そう、これではまるで―――。

その時、背にしていたビルから振動波が感知される。

そしてビルがヒビ割れると同時に私は武御雷を緊急回避させた。

それとほぼ同時にビルが爆ぜ、砂埃の中からモーターブレードをかん高く鳴らしながら、赤い悪魔が姿を現した。

「まるでBETAではないかッ!」

 

俺は青い武御雷に視線を向けながら内心愚痴っていた。

くそっ、決めきれない!

始めの一発で決めるつもりだった。

それが回避されてからのプランも考えていた。

なのに、すべてがことごとく流されていく。

後一歩と言うところまで来られても、無かったことにされてしまう。

今だってそうだ。

俺はこれで終わらせるつもりで、攻撃をしかけた。

なのに、それすら回避されてしまった。

120mm水平線砲改は、すでに使い物にならなくなり捨てている。

G11も、撃ち落とされてしまった。

残る兵装は固定武装のモーターブレードのみだ。

俺はそれらを整理しながらも次の動作に移った。

 

砂埃の中を弾丸が通り過ぎ、灰色の煙に風穴を開けて行く。

それは蜂の巣を作るかのように、次々と穴を作り上げる。

だが、本来そこにいる筈のヴァローナはいなかった。

これくらいでどうにかなるほど、軟な相手では無い事は百も承知している嵩宰恭子は、相手がどんな行動をしてきても対処できるように全神経を逆立てる。

もう、相手が人間などとは思わない。

あれはBETAだ。

嵩宰恭子はそう自分に言い聞かせ、脳のスイッチを切り替えた。

張りつめる空気は、すでに模擬戦などと言うママゴトの域を脱していた。

これは、殺し合いだ。

対処を1つでも間違えれば、死が襲い掛かる戦争をしているのだとこの場の空気が物が立っていた。

その時、唯一残る地面と近い位置の砂埃が爆ぜる。

その中から現れたのは、有り得ない体制を取っているヴァローナだった。

膝から上を倒し、地面と身体を水平にしてまるでリンボーダンスをしているかのように、弾丸を回避しながら突き進んで来たのだ。

彼我距離は50m、ヴァローナの推進力を考えれば一瞬の距離だ。

だが、武御雷に乗る嵩宰恭子は対人戦をしていない。

相手はBETAだと認識している。

今のヴァローナは言わば要撃級と同じだ。

武御雷は、突撃砲をヴァローナに向かって投げ捨てる。

それと、同時に残された右腕の00式近接戦用短刀を展開する。

ヴァローナは、向かってくる突撃砲をラプターと同じ跳躍ユニットである利点を生かす。

推力偏向ノズルを器用に扱い円を描くように回避する。

それは、バレルロールと呼ばれる空戦機動と酷似している。

そして、丁度バレルロールが終わる位置。

武御雷と交差する位置を割り出していた嵩宰恭子は、交差するであろう位置に向かって、00式近接戦用短刀を突き刺した。

「なッ!」

だがそれは、ヴァローナが左肩部ブースターを使い無理矢理機動修正したことにより回避される。

嵩宰恭子の視界では、目の前に迫っていたヴァローナが突然消えたように映った筈だ。

そのころのヴァローナは、左肩部スラスターと跳躍ユニットを使い回転し、失速機動領域内で縦軸に回転、武御雷の後方に降り立とうとしていた。

「ククリナイフ成功ってな!」

だが、対人戦をしている和真に対し嵩宰恭子は対BETA戦をしている。

闘士級ならこの程度やるかもしれないと、次の一手を打つ。

地面に降り立とうとしていたヴァローナに対して後ろ蹴りをしたのだ。

武御雷のカーボン装甲により刃物とかした足部がヴァローナの胴部を狙う。

ただの戦術機であり、ただの衛士であればこれで決着がついたであろう。

だが、ヴァローナに積まれているアビオニクス、そして長年時間をかけて熟成されたOS、なにより搭乗する衛士が並の存在ではない。

ヴァローナは跳躍ユニットを垂直に噴射し、武御雷の蹴りは空を切る。

そして、ヴァローナは空中で縦軸に一回転し踵落としを逆に繰り出した。

だが、生への執着を見せる武御雷は体を何とかずらすことで頭部への踵落としをさけ、ヴァローナの重い一撃を肩部装甲で受け止める。

肩部装甲を支える副腕が悲鳴を上げる。

それすら無視し、武御雷はヴァローナを振り払うかのように回転した。

振り払われたヴァローナは、地面に足をつける。

これにより、一瞬の隙が生まれる。

BETAであろうと、人間であろうと、重力に支配された地球では着地と言うのは硬直時間でもある。

それを見逃すはずがない武御雷は00式近接戦用短刀を振り抜いた。

だが、本来ならばあるはずの切った感触が伝わってこない。

嵩宰恭子はこの時油断してしまっていたのだ。

最後にヴァローナが見せた機動は、和真が前の模擬戦で嵩宰恭子に見せた動きでもある。

それが、彼女に対BETA戦であるという意識を一瞬だけ吹き飛ばしてしまったのだ。

それが、回避行動をとらずに短刀を振り抜く攻撃に出た訳である。

戦術機ならば必ず存在する硬直時間を利用した一手・・・。

それが己の油断であり、慢心だと気が付いたのは自らがおかれている現状を武御雷の目から見た時だった。

ヴァローナは、再度膝部から上部を倒すことで回避していた。

そして、その両手にはモーターブレードがギラつきながら荒い刃を回転させている。

「しまッ!」

嵩宰恭子がそう叫び行動に移ろうとするがもう遅い。

戦場に置いて、一瞬は一生を奪い去ってしまうのだ。

ヴァローナの両腕のモーターブレードは武御雷のコックピットブロックを嵩宰恭子諸共轢断した。

 

「模擬戦闘を終了します、お疲れ様でした。」

管制官からそう通信が入る。

だが、私はそれに返事を返すことが出来なかった。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・。」

これが、殺し合いで無くただの模擬戦だと思いだしたのは管制官の声を聞いてからだ。

神経をすり減らし、筋力を極限まで使用していた私はそれを理解すると同時に体の力が抜けて行くのを感じていた。

息をするのですら、苦しい・・・。

喉が渇き口を動かす度に口内で粘性の音がする。

私はシートに寝そべるように体を移動させる。

負けてしまった。

そう思う反面、私は満ち足りていた。

「ふふふ、こんな思いを抱くのはいつ以来だろう・・・。」

私の瞳からは、涙が流れ出す。

だが、それは暖かく私が忘れていたモノを思い出させてくれる。

「悔しい、悔しいな・・・。」

私は、誰にも見られていないと解っていながらも両手で目元を隠す。

だが、私の心には新たな火が灯っていた。

私は体を起こし、愛機のコントロールパネルを撫でる。

「・・・ごめんなさい、私のせいでアナタの力を十分に出してあげられなかった。」

愛馬を労わるように、優しく撫でる。

「でも、次は次こそはこんな醜態をさらさない・・・。だから、力を貸してくれる?武御雷・・・。」

私には、その時武御雷が返事を返してくれたような気がした。

「うん・・・、頑張ろうね」

その時には、私の涙はすでに暖かい炎により蒸発していた。

 



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マイ・ホーム

暗い室内では、プロジェクターの光のみが挿しておりその光は壁に彩を生まれさせ動画を映し出す。

部屋全体が暗く、息遣いから数人いることが確認できる。

そしてプロジェクターが切られ、蛍光灯に光が灯り室内を照らしだす。

室内にいたのは、戦乙女の部隊章を身につけた複数人の軍人。

そして、白衣を身に着けた1人の女性だった。

「これが、先の模擬戦の映像よ。」

1人の女性が一歩前に進み出る。

「副指令。」

「なに、速瀬?」

「ネフレ社がアメリカと合同で開発したと言うあの戦術機は、本当にソ連のSu-47とは別物なのですか?」

「えぇ、Su-47の方が実質は後に作り出されたそうよ。」

その質問を終えた副指令と呼ばれた女性、香月夕子は速瀬と入れ替わり前に出た。

女性に視線を向ける。

「では、ネフレ社はなぜあれほどの高性能機を今まで発表しなかったのでしょうか?」

その質問に香月夕子は薄く笑う。

「簡単なことよ。ネフレ社はあの戦術機を特別としていた。つまり、A-01のような部隊様に開発されたと言う事でしょうね。」

「ネフレ社が、私達と同じような部隊を?」

「そりゃ、そうでしょ?国連傘下の企業と言っても実質は一国と同じ、もしくわそれ以上の権限を有している企業よ?特殊部隊の1つや二つ持っていて当然だわ。」

なにが可笑しいのか薄く大人の女性特有の色香を漂わせながら笑い香月夕子は説明を終え、今度は自ら質問を投げつけた。

「伊隅、A-01部隊長としてなにかない?」

「はい、青い武御雷に乗っていた衛士は機体特性をうまく生かし未来予測と気転をきかせた判断能力、今回の模擬戦では相手の土俵に無理矢理上げられましたが、優秀であろうことは疑いようがありません。さすが、五摂家と言ったところでしょう・・・。」

「それで?」

香月夕子は、そんなおべっかは必要ないと先を促す。

伊隅は、そんなつもりでは無かったが副指令の性格を理解していたのもあり促されるままに言葉を紡いでいく。

「ですが、ヴァローナの衛士は異常だと感じました。」

「それは何故?」

「はい、戦術機とは間接思考制御により人間の動きをそのまま機体にフィードバックします。ですが、ヴァローナの動きはそれとはかけ離れていた。かと思えば、人らしい動き、戦術をとる。」

そこで、伊隅と呼ばれた女性は一息つく。

「・・・副指令、ヴァローナに搭乗していた衛士は本当に人なのでしょうか?」

 

横浜基地でヴァローナをネフレの戦術機運搬トラックに乗せるまでの時間、俺は自由に過ごして良いと言われ、ストーを引き連れ廃墟と化した街を歩いていた。

「それでな、この辺りで鑑さんが隣にいた男を殴り飛ばしたんだ。もう凄かったで!?大の男が空に舞う程の威力やからな!」

身振り手振りで話す俺の隣でストーがニコニコしながら歩いている。

廃墟と化した街の中で俺の声だけが空しく響く。

それでも俺は過去の記憶を手繰り寄せ話す。

俺の思い出を誰かに共有して欲しかったから・・・。

するといつの間にか住宅街らしき場所に来ていた。

さらに歩くこと数分、俺は撃震が倒れ半壊状態の家を見つける。

「・・・」

この地にだけは、戦場を運ばないと誓ったことを思い出す。

俺は自然とその家に足を向けた。

そして、俺はその家に対して頭を下げた。

別に許しを乞うている訳ではない。

ただ、出来るならば安らかに眠って下さいと黙祷を捧げた。

そして顔を上げた俺はこの付近では珍しく家の形を残したままの民家を見つける。

「へぇ・・・、この惨状の中でもこんなにも綺麗に家の形が残されているなんて。」

それは半壊した家の隣の家だった。

俺はその家に近づきただの好奇心から表札を見る。

「・・・白銀(しろがね)、珍しい苗字だな。」

俺は戦場跡でありながらも、力強く立つ家を見上げる。

「・・・ここに住んでいた人は運がいいな、帰る場所がまだあるのだから。」

すると、弱く俺の服を引っ張られているのを感じ振りかる。

そこには、悲しげな表情をしたストーがいた。

俺が呟いた声が聞こえていたのだろう。

俺は誤魔化すように笑い、ストーの頭に手を乗せる。

「俺にも帰る場所はあるよな?」

すると、ストーは花が咲いたように笑う。

硝煙の匂いがしてきそうな場所であろうとも、周囲の空気に彩を取り戻させることが出来るストーは俺なんかよりも強い人間なのだと感じさせられる。

「・・・帰ろうか?」

「うん!」

そして俺達は横浜基地に向け足を向けた。

 

基地に到着した俺は嵩宰少佐の見送りを終え余った時間をどうやって過ごそうか考えていた。

ストーは、ヴァローナの様子をネフレの関係者と見に行っておりここにはいない。

プラプラ歩き暇を潰していると、グラウンドを走る訓練兵の集団と激を飛ばす教官の姿を見かける。

「風間(かざま)、余裕がありそうだなぁ?喜べ10周プレゼントだ!嬉しいだろう?」

「はいッ、教官ッ!」

「早く走れッ!」

「はいッ!」

俺はそれを微笑ましく思いながら見る。

「くまさんも鬼教官やったからなぁ~。ハハっ、懐かしいな~。」

昔くまさんに扱き倒されていたことを思い出す。

ゲロを吐こうが、無理だと泣こうが厳しく接してきたくまさん。

当時は、自分から鍛えてくれと言った癖に良く腹が立っていた。

なんでこんなに、俺を虐めるんだ!そう思ったことも数えられない程だ。

だが、今ならそれらがどれだけ意味のあるモノだったかを理解している。

あの地獄があったからこそ、今の地獄に耐えることが出来る。

体力や精神面の下地がどれほど大切かを、身を持って理解出来た。

今の俺があるのは、すべてくまさんのおかげなのだ。

それらを思い出していると、体が疼いて来るのが理解出来た。

「・・・そう言えばここ最近、まともな訓練してないな。」

重い腰を持ち上げると、訓練兵達は、担いでいた兵装を倉庫に直しに行くのが見えた。

「ダメもとで聞いて見るかな?」

そして、俺はグラウンドに足を進めた。

 

装備の後片付けを終えクタクタになりながら、隊舎に戻る訓練兵に激を飛ばし終えた教官が倉庫に鍵を掛けようとする。

俺は待ってもらうために教官に声を掛けた。

「少し待ってもらっていいかな?」

今にも倉庫の鍵を閉めようとしていた教官は振り返ると即座に敬礼をした。

「はッ!なんでありましょうか中尉殿!」

その完璧な上官に対する返事に俺は少しばかり苦笑いをした。

「そんなに畏まらなくていいよ。あぁ、自己紹介がまだだったね。俺は国連太平洋方面第9軍所属、五六和真中尉です。」

「自分は、国連太平洋方面第11軍所属、神宮寺まりも軍曹であります!」

「うん、神宮寺軍曹、実は折り入ってお願いがあってね。」

「はッ!」

ピシっと立つ神宮寺軍曹の後方、倉庫に俺は指を差す。

「そこに置いてある訓練兵の訓練道具を少し貸して欲しくてね。構わないかな?」

「中尉殿、それは・・・。」

そこから、少し色々と話合いなんとか道具を貸して貰えることとなった。

そして砕けて話て貰う事も可能となった。

「中尉、こちらが訓練兵用で一番重い装備です。」

「ありがとう軍曹」

そう言って俺が上着を脱ぐと軍曹はなにも言わずにそれを受け取った。

「それじゃ、ヨイショッと・・・あれ?」

息込んで装備した物の、人の体位でかいリュックをうまく体に装着できない。

そう言えば、俺はこんな贅沢な装備を装着した訓練はまったくしていなかったな。

これは・・・やばいな・・・。

仮にも上官の俺が、こんなことも解らないなどと思われるのはいただけない。

「ここを、こうして、こうで・・・。」

ふむ・・・、出来ないッ!

仕方がない、このまま行くとしようか。

「あの中尉、間違っておられますが・・・。」

「なに、どこがだ!?」

俺がそう勢いよく聞き返すと、神宮寺軍曹は苦笑いを浮かべる。

「・・・すべてです。」

「oh・・・」

すると、神宮寺軍曹は溜息を1つこぼし俺に近づきテキパキと装備を整えてくれた。

「これで大丈夫ですよ、中尉。」

「は、ハハハハハッ!長らく使ってなかったからな・・・、まったく歳は取りたくないな、物忘れが激しくて困る。」

冷や汗を掻きながらそう言う俺に、軍曹は少し疑うような目で言ってきた。

「中尉はまだお若いでしょうに・・・。」

「・・・では、少し走ってくるとするよ軍曹。装備は後で返しておくから君は仕事に戻ってくれて構わないよ?呼び止めて悪かったね。」

場が悪くなったと即座に理解した俺はすぐに話を切り替えた。

だが、そうそううまく事が運ぶわけも無く・・・。

「いえ、今日の私の仕事はこれが最後でしたのでお付き合いします。」

俺の監視のためか?

まぁ、見るからに怪しい男が傍にいたんじゃ仕方がないか。

俺は心の中ですみませんと呟き訓練を開始した。

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

だいたい今で50kmくらいは走ったかな?

大分飛ばしたから、汗を尋常じゃないほど掻いてしまった。

けれど、体力は格段に上がっている。

俺の心配は杞憂だったようだ。

「それじゃ、次ッ!」

そして俺は腕立てを始めた。

「998・・・999・・・1000ッ!」

そしてまた走り出す。

久しぶりの感覚に俺は喜びを感じ、とことん体を苛め抜いた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、ハハハハハっ、体を動かすのは気持ちがいいな。」

俺は装備を外し、地面に寝転がる。

「お疲れ様です、中尉」

「神宮寺軍曹、すみません我儘を言ってしまって。」

「いえ、お気になさらないで下さい。私も時折同じことをしていますから。」

「そう言って貰えると助かるよ。」

そして俺は装備を倉庫にしまいに向かった。

 

装備をしまい終えた俺は、グラウンド横のベンチに座り息を整える。

すると、神宮寺軍曹が水の差し入れを持ってきてくれた。

「ありがとう、神宮寺軍曹」

「いえ・・・」

俺はそれを一気に飲み干す。

「プハァ、生き返る~。」

まるで酒を飲む様に水を飲む俺を神宮寺軍曹が上品に口元に手をやり笑う。

「クスクスクス」

「こんな時間まで付き合わせてしまってすみません」

「いえ、構いません。」

そこで俺は時間を確認し、そろそろ良い時間なのを知る。

「すみませんが、俺はこれで失礼します。」

その時、神宮寺軍曹が俺を呼び止めた。

「あっ、すみません。お名前を教えて頂いてもいいですか?」

「?」

俺は不思議に思いながらも、素直に答えることにした。

「五六和真です。」

「私は、神宮寺まりもです。また、当基地にお越しになる際は声を掛けて下さい。また、お付き合いさせていただきます。」

「ありがとうございます。・・・でも、それだけじゃないですよね?」

「・・・中尉の都合が良ければで構わないので、訓練兵の者達にご指導ご鞭撻をお願いしたく思いまして。」

「俺は、そんなに有能な人間ではありませんよ?」

「それでも、国連軍の阿修羅と謳われるあなたの力をあの子達にも授けてやって欲しいのです。」

「・・・解りました。機会がありましたら、俺の出来る限りの事をさせて貰います。」

「ありがとうございます。」

「では、俺はこれで・・・。」

 

五六中尉はそう言うと、走ってどこかに行った。

「夕子は、彼と接点を持ちなさいと言っていたから、向こうから声を掛けて来てくれたのは、正直助かったわ。」

神宮寺軍曹はそう言うと溜息を1つこぼす。

「あんな子供が、阿修羅だなんだと、祭り上げられ戦場に送り出される・・・。」

神宮寺軍曹はそう言うと、星空を見上げた。

「彼が一分一秒でも長く生き残れますように、お願いします。」

神宮寺軍曹の呟きは、風に運ばれ正門の桜並木にまで流された。

 

港からケアンズに向かうネフレ社所有の船内で俺は座り込んでいた。

神宮寺軍曹、訓練兵から任官する際教導隊に声を掛けられるもそれを蹴り大陸の前線に赴き戦い生き残った正真正銘の猛者。

その後、香月夕子に引き抜かれ国連軍横浜基地で教官をしている。

香月夕子とは、高校の時からの付き合い・・・。

オルタネイティブ4の関係者と考える方が自然かな。

「う~ん!」

俺は腕を頭上に掲げ大きく伸びをする。

「運動したから、気分がええな!」

すると、物凄い睡魔が俺を襲った。

「ふわぁ~、ケアンズまでは時間がたんまりあるし、今日はもう寝るか。」

そして俺は、深い闇に自らの意識を落とした。

 

ケアンズに到着した俺は、船を下り身支度を整える。

「~♪~♪」

ストーは先程から鼻歌を歌いながら俺の隣で俺と同様に身支度を整えている。

余程気分が良いのだろう、表情が緩んだままだ。

「なぁ、ストー?」

俺が声を掛けるとストーの肩が大きく跳ねる。

「ひゃ、ひゃいッ!どうしたの和君?」

「いや・・・、そろそろ会社にいかへんって声かけようと思ってな?」

「そ、そうだね!早く行こう!」

俺はストーを不審に思いながらも会社に向かった。

「ね、ねぇ和君PXに行こう!」

ストーは胸元に手を置き、俺にそう言ってくる。

「いや、先にレオに報告に行かんと・・・。」

「社長もPXにいるから、ね?早く行こう!?」

「あっ、おい!」

社長室に向かおうとしていた俺の手を無理矢理引っ張りストーは足早にPXに俺を連れて行った。

一体なんなんだ?

だが、その答えは俺のすぐに目の前に用意されていた。

PXに到着した俺達を迎えたのは社長や兄貴やメルにタエ、それと俺が日頃お世話になっている皆だった。

PXのテーブルはすべて移動されており大人数が立つスペースを作っている。

そして俺達と皆の間の天上には大きなくす玉。

皆が笑顔で俺達を見ている。

「???」

俺はなにがなんだかわからなくて頭に特大の?を何個も浮かべてしまう。

すると、俺の隣にいたストーが俺から離れ皆の中に加わる。

そして大きなくす玉が割れると中から、おかえりなさい、の文字が垂れ下がり綺麗な紙吹雪が舞う。

そしてストーが「せ~の!」と言うと・・・。

「「「「「「「「「「「「おかえりなさいッ!馬鹿野郎ッ!!」」」」」」」」」」」

皆が笑顔で俺にそう言った。

俺の中に温かい何かが満ちる。

皆の笑顔が染み渡る。

メルの腕から飛び降りたタエが俺に飛び乗り頬に頬ずりをしてくる。

「・・・」

俺の瞳には涙が貯まり始める。

だが、それをおちょくる人間なんていない。

皆笑顔だ。

暖かく見てくれている。

そして、俺は一度天井に顔を向け涙を戻す。

俺が皆に再び顔を向ける時には涙は無くなっていた。

そして、代わりに特大の笑顔に変わっていた。

「ただいま!大馬鹿野郎共ッ!!」

 



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平和な一日

ケアンズ基地市街地演習場には二体の獣が牙を突き付けあっていた。

町を再現するために作られたビル群は次々と獣が暴れることにより、倒壊していく。

新たにストーに与えられた力、ヴァローナが背部ブレードマウントからフォルケイトソード2を手に取る。

すると、柄の部分がドリルの様に回転し新たな柄が姿を表す。

それは柄の長さが倍になったのもあるが刃の部分そのモノが倍近い大きさになっており、刀というより大鎌のようだ。

ヴァローナは、倒れてしまいそうな程に前屈みになり刀身を天に向け構える。

その姿は、アイスホッケーの試合でシュートを決める時のようだ。

準備が出来たのか、跳躍ユニットに静かに火が灯る。

それと同時にフォルケイトソード2のロケットスラスターにも火が灯る。

ヴァローナが足を浮かせた瞬間、第三世代の名に恥じない加速力を出しながら一直線に三本の炎の線を引きながら突進してくる。

「はぁああああああッ!」

ストーの雄叫びが管制官の耳を振るわせる。

突っ込んで来るヴァローナに対し、和真は肩部装甲に取り付けられた四本の腕が握る突撃砲を射撃する。

それらの腕はまるでそれぞれが別々の意識を持っているかのように動き回る。

弾丸の雨がヴァローナを襲う。

だが、それらはヴァローナに当たることはなかった。

天に掲げた刀身から噴き出すロケットの向きをヨットの帆の種類であるラテンセイルのように動かし微妙に向きを変えることで弾丸の直撃を回避していた。

ストーの口元が喜びに歪む。

「これなら、このヴァローナならいける!」

ストーがそう言った瞬間、ストーと和真の間のビル群の壁が突然破裂した。

一m先すら確認することが出来ない煙の中にヴァローナは包み込まれる。

「・・・粘着榴弾、遠近すべての120mm弾の弾着タイミングを合わせてくるなんて」

すると、今度はヴァローナのセンサー類すら使い物にならなくなる。

「センサーキラー!」

外部モニターは煙で閉ざされ、センサーも使い物にならない。

ヴァローナはその場に足を止めてしまう。

「くっ、それなら!」

ストーはESPの力を使用した。

すると、それはすぐに見つけることが出来た。

「上ッ!!」

和真の考えを知ったストーは、フォルケイトソード2のロケットを噴射し掬い上げるように切り上げる。

それと同時に、重い一撃が機体全体を襲う。

フォルケイトソード改とフォルケイトソード2が刃先を擦り合わせ火花を散らす。

和真が乗るジュラーブリクE型の全体重+重力+フォルケイトソード改の推力の一撃をヴァローナは受け止めるどころか逆に押し上げる。

「ESPを使うのは卑怯やろッ!」

和真がすかさず通信を繋げそうぼやく。

「持てる力をすべて使って勝にいくだけだよ!」

そしてフォルケイトソード2のロケットの噴射をもう一段上げ、先端にある鎌のような鉤爪で斬り裂こうとする。

「ならッ!」

ジュラーブリクE型は、フォルケイトソード改を手放すと同時に煙の中に姿を消す。

「そんな事をしても意味が無いよ!」

ESPの力を使い、和真の次の行動を読もうとする。

だが、代わりにストーの瞳に映ったのは死の世界だった。

暗い暗い湖の中心で空を見上げる和真、それを締め上げる数多の腕。

そんな死の世界をストーは見てしまう。

和真はリミッターを切った。

こうなってしまっては思考を読む事は出来ない。

ストーは即座にESPの力を使うことを止め、全神経を張りつめる。

そして、センサーキラーの効果が無くなり煙が風に流されようとした時、煙の中から脚部大型モーターブレードが姿を表した。

ギラついた刃を回転させ、胴部を真っ直ぐに両断しようと迫る。

「このッ!」

ヴァローナはフォルケイトソード2を捨て両腕部モーターブレードを展開、それを受け止める。

そして、跳躍ユニットを噴射し押し切ろうとする。

だが、押し返しはしたものの抵抗が無かった。

それもそのはずである。

受け止められた右足を軸に左足で踵落としをすでに繰り出していたのだから。

ヴァローナは半身を前に出す事でそれを回避する。

ジュラーブリクE型の踵が地面のコンクリートを粉砕する。

だが今度はその足を軸にし、腕部モーターブレードで襲い掛かってきた。

横薙ぎに振るわれたそれを跳躍ユニットを使用しヴァローナは回避する。

そのころには、煙は完全に晴れていた。

「やぁあああああッ!!」

ヴァローナは跳躍ユニットを巧みに操り、爆破から生き残っていたビルの壁を足場にジュラーブリクE型に襲い掛かる。

和真のジュラーブリクE型はそれを真っ向から受け止めた。

 

格納庫に収容されたジュラーブリクE型を俺は見上げる。

その姿はまるで俺と共に戦えることを誇っているようにも見えた。

そしてそれは、俺が再びコイツと共に戦えることへの喜びなのだと理解した。

「やっぱり、コイツの方が良いか?」

ジュラーブリクを見上げる俺に兄貴が話掛けて来た。

「ヴァローナと違い、俺の癖をコイツは知っているからな。やっぱり、共に戦ったコイツは俺のことを理解してくれてるよ。」

俺がそう言うと、兄貴は俺の背中を勢いよくバシバシ叩く。

「そりゃそうだ。コイツもきっと喜んでいる筈だ!」

ジュラーブリクE型は、確かに死んだ。

明星作戦で最後まで俺をBETAから守り貫いてくれた。

だが、生まれ変わって俺の元に帰って来た。

内部を殆ど改造され跳躍ユニットを本来ヴァローナに搭載されていた物に変更したジュラーブリクは、2.5世代なんて呼べる代物では無い。

正真正銘の第三世代機だ。

俺は自信を持ってそう答えることができるだろう。

「それにしても即応性がかなり上がってんな?操縦してみてかなり驚いたよ!」

俺がそう言うと、兄貴はいかつい顔を笑顔に変える。

「ジュラーブリクに積んだコンピューターの情報処理能力が優秀だからな。因みに今まで蓄積されたデータを効率良く運用するためのOSを開発したのはメルの野郎だ。」

「へぇ~。」

「なんだ、余り驚かないんだな?」

「メルなら、これくらいは出来ると思っているしね。それと、次に何を奢らされるのか考えていたから・・・。」

俺はそう言うと、肩をがっくりと落とした。

「ハハハハハハハハッ!盛大に奢ってやれ!」

「そうするよ」

「じゃ、俺はジュラーブリクとヴァローナに新しいおもちゃを取り付けてやるとするわ!」

「カッコよくしてやってや!」

歩き去る兄貴の背に俺がそう言葉を投げると、兄貴は片手を上げて答えた。

「それじゃ、俺も行くとするか!」

そして俺は格納庫を後にしある場所に向かった。

 

俺が待ち合わせ場所の喫茶店に入るとすでに待ち人はそこにいた。

「やぁやぁ待っていたよ和真!まぁ、適当に座りたまへ!」

「なんでここにいるんだよ、メル!」

メルの前にはストーが座っており、俺はストーの横の席に腰掛ける。

ストーはタエを抱いており俯いている。

「まぁまぁ、そんな事は良いじゃないか!そんなことより、言う事があるんじゃないかな?」

「ぐぬぬぬぬ・・・。」

メルのニヤケ面を前にして俺は悔しそうな顔をわざと作る。

こんなやりとりも懐かしいな・・・。

「さぁ、さぁさぁさぁ!!」

「・・・今回はなにをお望みだ?」

「いやぁ~、悪いね和真!そうだな~・・・。」

「はぁ・・・。」

そんな馬鹿をやり合っていてもストーは俯いたままだ。

「どうしたんや、ストー?」

すると、ストーはぽつりと呟いた。

「・・・悔しい。」

「は?」

ストーは勢いよく顔を上げて頬を膨らませる。

「悔しいッ!また、和君に負けた!!」

俺は一瞬ポカンとし、それから少しの間笑う。

「く、くくくく・・・。」

「もう、なにがおかしいの!?」

そう言ってさらに頬を膨らませ、まるでリスのようになったストーの頬を俺は笑いながら掴んだ。

「ポピ!」

勢いよく口の中に溜めた空気が吐き出され間抜けな音が出てしまう。

「~~~~~ッ!!」

ストーは顔を真っ赤にし、プルプル震える。

「あっはははははははは!!」

メルは腹を抱えて笑っている。

俺は震えるストーの頭に手を乗せワシワシ撫でた。

「それでも、今回は俺も危なかった。あそこで力を使わへんかったら負けてたのは俺かも知らんからな。やから、俺は嬉しいで?ストーがそこまで強くなってくれて!」

これは本当のことだ。

ヴァローナの性能が飛びぬけて良かったとしても、腕が伴ってなければ宝の持ち腐れだ。

ストーはその力を十分に使いこなしていた。

なら、それだけ生き残る術を手に入れたことと同義だ。

これを喜ばずしてなにを喜べばいいんだ。

「う~~~~!」

俺に頭を押さえつけられ撫でられるながらも、私不機嫌ですと全力でアピールしてくる。

「しゃ~ないな、ストーもなんか奢ったるから・・・な?」

俺がそう言うと、ストーは瞳を輝かせる。

「本当!?」

「あ、あぁ・・・。」

あれ、俺間違えた?

「やったーーーッ!」

もしやこれはストーの作戦なのか!?

俺は戦慄してしまう。

そしてそのまま、メルの顔を見るとしてやったりと言った顔をしていた。

コイツの入れ知恵か・・・。

そして俺達は喫茶店を出ることにした。

 

「~♪~♪~♪」

俺は鼻歌を歌いながら上機嫌で歩いていた。

それと言うのも、タエとこうして触れ合えているからだ。

タエは俺の頭に乗っている。

この重みが懐かしくて嬉しい。

俺はポケットに手を突っ込み歩いていた。

「・・・和真、別に鼻歌を歌っても構わないけれど。君って意外と音痴なんだね?」

「・・・ほっとけッ!」

すると、ストーが近寄り腕を組んできた。

「えへへへへ。」

「ちょ、ストー!?」

俺が驚き引きはがそうとすると、ストーはさらに腕を抱く力を強める。

すると、今度は反対側の腕にメルが抱き着く。

「メルッ、お前までなんや!?」

「気にしない事だよ和真、私は気にしないッ!」

「気にしろよ!!」

両手を塞がれた俺はどうすることも出来ずにそのまま、町を歩いていくこととなった。

 

そろそろ昼時となり、俺達は目の前にあったホットドッグ屋ですませることにした。

「両手に花とは、羨ましいねぇ~!」

出店の親父が俺達を見てそう言う。

「良いだろう?」

俺が勝ち誇ったようにそう言うと、出店の親父は鼻を鳴らした。

「へっ、最近の若い奴と言ったら。」

ここまで二人の女にからかわれ倒してきたのだ。

少しくらい優越感に浸っても罰は当たらないだろう。

すると、1人の男の子が出店に走り寄ってきた。

「パパ~ッ!」

「ごめんなさいね、あなた・・・。この子がどうしてもあなたの働く所が見たいって言うから。」

出店の親父は嬉しそうに子供を抱き上げる。

そしてその横に美人の奥さんが笑いながら立つ。

その光景を見た瞬間に俺の中で特大の雷が落ちた。

「さ、妻子持ちだと・・・。」

そう言う俺に気が付いたのか出店の親父は俺に見せつけるように奥さんの腰に手を回し抱き寄せる。

「どうだ、羨ましいだろう?」

「う、羨ましい・・・。」

俺はその場に膝をついてしまった。

落ち込む俺の隣でストーが頬を赤くし、頬っぺたを両手で包み込む。

「か、和君は子供が欲しいの・・・・?え、でも心の準備がまだ・・・、そんな恥ずかしいよぉ!」

ストーはイヤンイヤンしながら、妄想を膨らませる。

勝ち誇った顔をしている出店の親父、落ち込む俺、妄想を膨らませ暴走しているストー。

その光景を1人冷静に見ていたメルは言った。

「早くホットドッグを下さい。」

 

色々と女物の服などを買わされ財布が軽くなり、両手が重くなっていき。

そろそろ、帰ろうかと話していたところメルが行きたい店があるからと言うのでそこを最後にしようと俺達は向かった。

そこは、いかにもブランドショップです言わんばかりのオシャレな店だった。

「ブッチって、こっちでもあるんだ・・・。」

そこは、元の世界でも有名なブランドの店だった。

オシャレやブランド物に興味がなかった俺でも知っているほどの店だ。

メルはその店に入って行く。

俺もその後を追いかけて入った。

すると、メルはモジモジしながら話掛けて来た。

「ね、ねぇ和真・・・。男の人はどんな物を貰ったら嬉しいかな?」

俺はその一言を聞き閃く。

「はは~ん、さては手紙をやりとりしている男のために買うんだな?」

「ばっ、その通りだけれど・・・。」

俺はそう言うメルにこんな一面もあるんだなと思いながらなにが良いか考えることにした。

「う~ん・・・。」

プレゼントか、なにかないかな?

これはあれだよな?

好意を寄せている相手に対してのプレゼントだよな?

そんな事したことないからな・・・。

そこで俺は思い出した。

元の世界で先輩がバレンタインデーの返しにサイフをプレゼントしたのを。

たしか、そう言うのを男は喜ぶとネットで書いてあった気がする。

「サイフなんて良いんじゃないか?」

「・・・サイフか」

メルはそう言うと考え込む。

「うん、君がそう言うならそれにするよ。」

メルはどんなサイフにするかは自分で選びたいからと1人で悩み始めた。

俺は特になにもすることがなく店の外に出ることにした。

ストーは、目を輝かせ店内を見て回っている。

なんだかんだ言っても女の子なんだな。

俺は1人笑いながら店の外でタバコを吸い時間を潰した。

 

俺達は会社に戻った後に解散した。

俺は女共の荷物を置いてから格納庫に移動を始めた。

格納庫内には装備を換装し終えたジュラーブリクとヴァローナが立ち並んでいた。

ヴァローナは腕部が変更されており、黒く拳のような固定武装が上腕部に装備されていた。

そして、俺のジュラーブリクは上腕部にモーターブレード収納部に00式近接戦用短刀を刃をむき出しにして取り付けたようなものに変わっており、背部兵装担架には、騎士が持つようなロングソードが取り付けられていた。

戦術機の全高程の大きさを誇るそれを背部に無理矢理取り付けているので、柄の部分は頭上のさらに上にある。

取り回しが大変そうであり、機体重量が大変なことになっていそうだ。

だが、それだけではない。

そのロングソードが銃、しかもMk57であることが直ぐに見て分かった。

なぜなら、柄なのだろうそこは完全にMk57と同じだったからだ。

どちらかと言えば、Mk57の銃身をロングソードにした感じだ。

しかもこれが切るよりも突撃用なのが解る。

それは、キャリングハンドルがフォートスレイヤーの鍔とおなじだったからだ。

あそこを掴んだ状態で要塞級にでも突っ込めということなのだろうか?

まぁでも、男心をくすぐる装備であることには変わりない。

俺は1人満足して寝室に戻ることにした。

 

だが、そこにはストーがいた。

ストーは、二つの向日葵のぬいぐるみを抱きしめ潤んだ瞳でベッドに横たわっていた。

「わ、私はいつでも良いよ・・・。」

そう言うストーに俺は無言で近づく。

そしてストーの額を軽くたたいた。

「イタッ!」

「なにをやっとるか・・・、早く自分の寝室にいきなさい。それと、自分の年齢を考えなさい。俺はストーをそんな子に育てた覚えはありませんよ?」

俺がそう言うと、ストーはいそいそとベッドが退く。

「はぁ~い・・・。」

ストーが部屋から出て行くと俺は盛大な溜息をついた。

「アイツ、どこであんな知識を身に着けたんだ?」

そして俺は眠ることにした。

 



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灰色の空

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

人工的な光を体に浴びながら、和真は息を整える。

「反応速度+2遅れています」

管制官から無機質な声が聞こえて来る。

機会が話しかけてきていると錯覚させるその声は、実質は人間味を持たせるよりも聞き取りやすい。

「くっ」

和真の瞳はヴェルターと同一化している。

だが、和真の瞳にはヴェルターから見える景色とは別の景色が写り込んでいた。

その数は20。

20個の瞳が和真の瞳と合わさり、脳が無理矢理すべてを理解しようと動き回る。

和真本来の二つの瞳は固定し、視神経のみを活性化させる。

そして、20個にも及ぶ瞳の一つ一つが狩りをするように小型無人戦闘機を追いかけまわす。

和真の目蓋は無意識のうちに痙攣していた。

だが、その痙攣と同調するかのように、次々と小型無人戦闘機は撃墜されていく。

ヴェルターは指1つ動かしていない。

なら、なにが撃墜したのか。

それは和真の脳の大部分を処理に追いやっていた20にも及ぶ瞳だった。

その瞳は長方形の板の先端に取り付けられており、板の後方部歪に盛り上がった箇所に空いている穴から黒い弾丸を吐き出す。

黒い弾丸は目標に当たるまでに徐々に拡散していき、黒い流星のように線を引きながら目標を貫く。

「反応速度-1、目標値を越えました」

ヴェルターの周りを海を泳ぐ魚のように長方形の物体、ルーラーが飛翔する。

和真が指示を出すとそれらは、何も疑問を持だずに目標に向け突進していき次々と目標を撃墜していく。

ヘルメットのバイザーには、和真の吐く息により白い靄が生まれては消えて行く。

そしてすべての小型無人戦闘機の撃破を確認した和真は、ルーラーに帰還を指示する。

すると、それらは肩部、腰部に殺到し我先にと接続されていった。

「お疲れ様です!五六中尉、記録更新ですね?」

先程とは違い人間らしい暖かさの籠った声で管制官が俺を褒める。

それに俺も一息つきながら答えた。

「・・・チョコレートが食べたい」

 

テストを終えた俺はヘルメットを椅子代わりにして、渡された板チョコを黙々と食べていた。

「脳が癒される~」

チョコレートに含まれる糖分が脳の疲れを癒してくれる。

まるで脳ミソをマッサージされているかのような気持ち良さだ。

「結果は良好だね?」

疲れを癒していた俺にレオが話掛けて来た。

「ルーラー、ビット兵器の扱いは正直疲れる・・・。」

俺がそう言うとレオは苦笑いを浮かべた。

「本来あれは複数人で扱うモノだからね。個人ですべてを扱おうとする方がどうかしているよ。」

「でも、それを個人で扱えるようにするために今俺がヒィヒィ言いながらデータ取に明け暮れてんねんやろ?」

「給料分は働いてくれないとね?」

「解ってますよ~!」

俺はそう言いながらヴェルター二号機を見る。

ケルブヴェルター、セラフヴェルターと違い装甲が青く塗装されている。

だが、綺麗な光り輝く青空を写す海の様な青ではなく底が見えない光すら届かない深海を思わせる青色だ。

そして智天使の名が与えられている。

本当にネフレの技術力は俺の想像を遥かに超えている。

Gドライブに貯蔵された粒子を火器に転用しだしたのだから。

まぁ、粒子を利用した火器のテスト自体はすでに知っていたし俺もそれに関わっていた。

だが、ビット兵器は別だ。

もうここまでくれば元の世界のアニメと同じだ。

ビームライフル擬きを見た時は正直な話テンションが上がった。

だが、逆に恐ろしくもあった。

この兵器は人の命をなんなく貫く。

今世界で出回っているどんな固い装甲であろうとも紙のように貫いてしまう。

俺にはそれが恐ろしかった。

「でも、まだ実戦じゃ扱えんと思うわ。」

「だろうね、和真君の処理能力も追いついていないしね」

「あぁ、ヴェルターの方でもサポートをもう少ししてくれればいいねんけどな・・・。」

「今までの君のデータのおかげでそれも直ぐに完成するだろうからね。ケルブヴェルターが戦場に立つ時は、もっと簡単に扱える筈だよ」

「そいつは有難い。」

俺は最後のチョコレートの欠片を食べ終え指を舐めた。

 

それから二週間後、オホーツク海のど真ん中ロイヤルスウィーツの甲板の上にいた。

「寒いなぁ~。」

俺の言葉は誰にも拾って貰えずに、灰色の空を映し出す海に吸い込まれていく。

俺がここにいるのは俺達に依頼が来たからだ。

正確に言うなら、俺達というよりもネフレにソ連から要請が来た。

今までソ連は国連の過度の干渉を恐れどれだけ自分達がBETAに追い詰められようとも、助けを求めなかった。

それが、いきなり掌を翻してきた。

一体どんな目的があってなのか解らないし知りたいとも思わない。

実際、ここまで追い詰められるのはソ連にとってみれば予想外のことなのかも知れないしな。

衛士である俺のもつ力で出来る限りのことをするだけだ。

俺は懐からタバコを取り出し火をつける。

「すぅ~はぁー・・・。」

俺の口からは空の雲と同じ色の煙が吐き出される。

今回の任務にはストーはいない。

ソ連に第三計画の生き残りを連れて行く訳にはいかない。

だから、ストーは樺太に待機させている。

あそこなら、いい経験が詰める筈だしな。

トイ・フラワーの皆にもよろしく伝えているし、問題はないだろう。

俺は風を切り進むロイヤルスウィーツの甲板からグルリと周囲を見る。

この地に派遣された国連軍、それに同行するネフレ軍。

何十隻もの戦艦や輸送船その他の船が前線に向け進んでいた。

すると、それぞれの船が新たな群れを作り出しそれぞれの場所に向かっていく。

それぞれがそれぞれの戦場へと向かって行ったのだ。

「俺達はエヴェンスクか・・・。」

俺は海の向こう、微かに見える大陸を見ながらそう呟いた。

その時、海上をサイレンの音が支配する。

「――――ッ!」

「コンディションレッド発令、コンディションレッド発令!各員は所定位置へ、繰り返します!」

俺と同じように甲板の上にいた船員達は即座にだらけた顔を引き締め各々の持ち場に向かう。

俺もその人達に続き、船内に駆けだした。

 

「艦長!」

俺がロイヤルスウィーツ戦闘指揮所に向かうとそこでは様々な情報が行きかっていた。

「先程、エヴェンスク基地から緊急入電が入った。BETA突出群がエヴェンスク基地から直線距離20kmの距離にまで達したそうだ。」

「それで、俺はどうすればいいですか?」

「君はすぐにファンデーションを使用し戦線に合流、各国連軍と共同で防衛戦を押し上げる。今現在、当基地所属のジャール大隊がなんとか押さえてくれているらしいが、時間の問題だ。・・・急ぎ向かってくれ。」

「了解!」

そして俺は、格納庫に向かった。

 

ジュラーブリクに乗り込んだ俺はカタパルトを移動させ後部エレベーターに接続、上昇していく。

ロイヤルスウィーツ中央エレベーターからは、ファンデーションが姿を表しジュラーブリクの足元に運ばれる。

ジュラーブリクE型の複眼から周りを見ると、すでに国連軍の戦術機輸送船から多数のイーグルが顔を出していた。

だが、この中で一番足が速いのは俺だ。

俺が誰よりも早くに戦場に向かう。

ジュラーブリクE型の新武装をチェックする。

すでに使いなれてはいたが、この武装で戦場に出るのは今回が初だ。

確認はどれだけしても、御つりがくる。

新たに背部に搭載された、ロングソードのような銃剣、ガンブレードを確認する。

銃剣としての利点を活用したこれは、ガンマウトに装備されている。

この装備はアローセイカーように開発された。

俺はコイツが作られる時の会話を教えて貰っていたのを同時に思い出し、思い出し笑いをしてしまう。

「たしか、こんな感じだったかな・・・。」

 

ドイツの変態技術者は言った。

「防衛の要であり、攻めにも使用される戦術機には戦車と同等の火力が必要だ。だからこそ、Mk57を戦術機に搭載するべきだ!」

イギリスの変態技術者は言った。

「Mk57では火力が低すぎる!それでは、要塞級は倒せないぞ!ここは、フォートスレイヤーを装備させるべきだ!」

日本の変態技術者は言った。

「ならば、合体させれば良いのではないか?」

「「それだ!」」

ロシアから亡命してきた変態技術者は言った。

「時代はモーターブレードだ!これだけは譲れないッ!!」

すると、日本の変態技術者は言った。

「・・・それも合体させれば良いのではないか?」

「「「それだ!!」」」

 

「くくく、こうして出来上がった武器を使わされるなんて俺もとんだ貧乏くじを引かされたもんやな。」

だが、このガンブレードが予想以上に使えるのだから何が起こるか解らないものだ。

そして、腕部に搭載された固定武装を見る。

モーターブレード収納部の先端に、00式近接戦用短刀が取り付けられたような武装、スラッシュアンカーだ。

これは、ネフレの方で開発した。

もともと、俺をビット兵器に慣らさせるために開発されたものだ。

「戦場でコイツをうまく使えんと話にならんな」

その時、CPから連絡が入る。

「ファンデーションとの接続を確認、操縦権を譲渡します!」

俺は息を肺一杯に溜めこみ気持ちをこめて言った。

「アイ・ハヴ・コントロールッ!」

「御気を付けて!」

「はいッ!ジュラーブリクE型、五六和真中尉、行きます!」

 

猛スピードで他の戦術機のどれよりも早い速度で戦場に向かう。

エヴェンスク基地を飛び込え、ソ連軍の戦術機を追い越し、そのまま真っ直ぐ谷に侵入、山々の間を音速で進んでいく。

重金属雲は見当たらない。

どうやら、若いハイヴには光線級が生み出せないと言う説は本当のようだ。

ヴェルホヤンスクハイヴは出来て間もない。

BETAもそれほどの数がいないのかもしれないな。

だが、そんな事は問題ではない。

現にソ連軍は押されているのだ。

だが俺はそこで疑問に感じた。

「・・・何故爆撃機がいない?」

爆撃機がいればもっとやりやすい筈だ。

一体何故?

俺は疑問に思いながらもファンデーションを操縦する。

その時、若い女の声が俺の耳に届いた。

「誰か、誰か応答して下さいッ!中佐が、中佐がッ!」

俺は急いで返事を返す。

「こちらは、国連軍所属の五六和真中尉です。他の部隊に先んじて救援に来ました!応答願います!」

すると、サブウィンドウが開く。

そこに移ったのは、栗色の髪をした気の強そうな女の子だった。

だが、それはおそらくそうだろうと言う予想でしかない。

なぜなら、今の彼女は目に涙をため自分を見失いそうになっていたからだ。

「あっ!い、今、ちッ!」

彼女は突然の増援の知らせに歓喜するが、急ぎ過ぎ呂律が回らないようだ。

このままでは、訳が分からない。

俺は語気を荒げる。

「落ち着けッ!一体どうした!?戦況は、部隊の状況は、落ち着いて話してくれ!」

俺がそう言うと、一瞬親にしかられた子供のようにビクッとする。

だが、それは一瞬ですぐに軍人のそれに変わる。

「BETAの増援が現れ、防衛ラインは抜かれ部隊は壊滅的なまでの打撃を受けました。ですが、部隊長・・・、ラトロワ中佐が1人敵中に残っています。私達を逃がすために・・・。お願いです!中佐を中佐を助けて下さいッ!!」

俺は懇願する女の子に対し安心させるように笑顔を作った。

「任せろ!俺はこういった時のために来たんだからな!お前達は基地に帰投しろ、ラトロワ中佐は俺が連れて帰る!」

俺がそう力強く言うと、女の子は安心した顔をし俺に言った。

「お願いします」

俺は歯を見せ笑い頷く。

「任されたッ!」

 

身を凍えさせる風が吹き抜ける平野には、杭の森が出来上がっていた。

数えることが馬鹿らしくなるほどの杭は、平原一体に成り立っており森と呼べるほどだ。

だが、その森は美しさ何て微塵も無い。

木々が育つために吸い込んでいるのが血液だからだ。

木々の足元を流れる血液は大きな川のように流れ川下に流れつく。

そこが川の行きつく先となり血の湖を作り出す。

血を生み出しているのは、BETA。

もがき続けるBETA達はカズィクルに貫かれながらも、生きようと必死に暴れる。

だが、暴れれば暴れる程に杭はさらにBETAを貫いていく。

その光景はまさに、ヴラド・ツェペシュがオスマン帝国兵に行った串刺し刑そのものだ。

違う点は規模が林から森になった程度である。

だが、メフメト2世のようにBETAは撤退したりしない。

カズィクルの森からの唯一の出口である1点に大挙として押しかける。

だが、地獄から抜け出そうにも抜け出せなかった。

何故ならそこには、凶暴な番犬がいたからだ。

番犬は森から逃げ出そうとした咎人を食らい殺す。

「はぁ、はぁ、くっ・・・」

フィカーツィア・ラトロワは傷つきボロボロになったチェルミナートルの中で歯噛みをした。

「さて、この状況はどうしたものか」

向かってきた要撃級に向け36mm弾を撃つ。

チェルミナートルは、動くことが奇跡と思わせるほどに損傷していた。

コックピット内にうるさいアラームが鳴り響く。

「あの子達は逃げ延びることが出来ただろうか・・・」

多数を生かすために、少数を切り捨てる。

その少数が自分になっただけだとラトロワは静かに笑う。

「そもそも、機体がこの状態では逃げることもできないがな・・・」

軍人であるラトロワは、自分の命令で部下達を逃がした訳では無い。

もし、自分の独断でそんなことを行えば部下達がどんな目に合うか理解しているからだ。

その点新たにエヴェンスク基地に派遣された司令は理解があって助かった。

前任の無能では、戦況を理解もせずに自らの出世のために無駄な命を散らせていただろう。

今回はその司令の命令により撤退が可能となった。

本当にあの司令には感謝してもしきれないな。

ラトロワは、カズィクルに足止めされたBETAを見る。

「・・・企業も良い物を作るじゃないか。気に食わないがな」

チェルミナートルは、最後の弾丸を戦車級に撃ちこむ。

「さて、この機体状況でどこまで近接戦ができるか・・・」

チェルミナートルはモーターブレードを展開し眼前に迫るBETAを睨み付ける。

「・・・すまない」

頭の中によぎるのは、軍に連れて行かれた息子の事。

どこかで生きているだろう息子の顔が脳裏に浮かぶ。

次に浮かんできたのは政争に首を入れ過ぎ殺された夫の姿。

「・・・怒るなよ?」

モーターブレードを振るい戦車級をズタズタにしていく。

「私もすぐに行く」

カズィクルを乗り越え要塞級が姿を表す。

周りは戦車級の群れ、すぐそこには要塞級、もう逃げ道はない。

頭では生に諦めていようとも心はまだ諦めていなかった。

悪あがきを行うように戦車級を殺していく。

そして、要塞級の射程圏内にチェルミナートルは入ってしまう。

要塞級が触覚を構える。

ここまでか・・・。

そうラトロワが思った時、通信に男の声が聞こえた。

その声は、夢の中でしか聞くことが出来ない今でも愛している男の声に聞こえた。

「諦めるなッ!!」

その時、要塞級に何かが突き刺さり要塞級は頭部を切り裂かれ崩れ落ちた。

 

俺は、さっきの女の子からデータリンクで貰った戦場に向かっていた。

すると、満身創痍になりながら戦うチェルミナートルを見つける。

要塞級の存在に気が付いていないのか周りの戦車級ばかりに気を取られているのが遠くから見ても分かった。

頭の中でBETAの日本進行で助けられなかった女の子の顔が浮かぶ。

俺がもっと早くに気が付いていれば救うことができたかもしれない女の子の笑顔を思い出す。

どれだけ叫ぼうとも届かなかった手。

同じことは繰り返さない!

俺は、ファンデーションを最大加速にする。

突然の加速にジュラーブリクが大きく震え軋み上げる。

そして、ファンデーションを要塞級とチェルミナートルに蔓延る戦車級の群れに突っ込ませファンデーションを解除する。

ジュラーブリクE型に新たに搭載された跳躍ユニットに火が灯る。

あの頃とは違い、ハイパワーな跳躍ユニットは機体重量が増していながらも以前とは段違いの速度を出す。

ファンデーションが戦車級の群れ内で爆発を起こす。

背部ガンマウトからガンブレードを取り構える。

その姿は、ランスを構えた騎馬兵のようだ。

「もうあんな思いはこりごりなんだよ!」

そして俺は最大加速で要塞級に突撃した。

要塞級の首が体にめり込みそうな勢いで頭部前面に突き刺さったガンソード。

ただの剣なら、この時点で押し切るか跳躍ユニットを使用し引き抜くしかない。

だがこのガンソードは違う。

俺はキャリングハンドルを左手で握る。

すると、刀身が左右に開け中から大型モーターブレードが姿を表し回転する。

要塞級の固い外皮をモーターブレードが火花を散らせながら削る。

そして要塞級の内部からは肉と血が噴き出す。

俺は傷口を開けるようにキャリングハンドルを持ち上げる。

すると、肉を削りながら刀身は上下に割れる。

刀身の内部からは銃身が姿を表す。

頭部を斬り広げられる要塞級は悶え苦しむように触覚の狙いを俺に変更する。

だがその時にはすべて遅かった。

ジュラーブリクE型はその悪魔のような複眼を光らせながらトリガーを引いた。

要塞級内部を57mm弾が貫き進む。

そして頭部を斬り裂いた。

内部をズタズタにされた要塞級は戦車級を道ずれにその場に倒れ込む。

それと同時に反転、肩部に装備された4つの突撃砲をチェルミナートル周辺の戦車級に向け放つ。

番犬の前に阿修羅が降り立った。

俺はチェルミナートルの衛士に通信を繋げる。

「少し待っていてくださいラトロワ中佐、すぐに援軍が来ます!」

「貴様は・・・?」

「話は後です!」

跳躍ユニットを噴射し、チェルミナートルの頭上に機体を維持する。

遠方をガンソードで狙い、中距離を突撃砲で葬る。

だが、地面を赤く染める戦車級はすぐに目の前まで来ていた。

戦車級が驚異的なジャンプでジュラーブリクに飛び掛かる。

だが、飛び掛かった戦車級達は横から刺し貫かれた。

戦車級を貫いたのは腕部のスラッシュアンカーだった。

スラッシュアンカーはまるで意志があるように動き回る。

ジュラーブリク、チェルミナートルの周りにいた戦車級はスラッシュアンカーのスーパーカーボンブレードに貫かれ、腕部の収納部から伸びるカーボンチューブに斬り裂かれていく。

それはジグザグに多角的な動きをし、檻を作り出す。

火花を出しながらカーボンチューブを巻き戻しブレードを装着、そしてまた撃ちだす。

それだけで、戦車級は近づくことが出来ずにいた。

和真は阿修羅と言われた力を遺憾なく発揮する。

「このおおおおおおおッ!!」

だが、和真の中では焦りが募っていた。

「このままじゃジリ貧だ!」

戦域地図はすでにBETAの色しかない。

数も減るどころか増えている。

俺はどうやってこの窮地を脱するか脳をフル回転させる。

だが、その必要はなかったようだ。

何故なら、レーダーが国連軍の増援が来たことを知らせてくれたのだから。

「・・・私は生き永らえたのか?」

俺はラトロワ中佐との回線を開けたままだったのを思い出す。

「はい、助かりました」

そして、国連軍の戦術機部隊が増援に来たことにより何とか防衛戦を押し上げることに成功した。

 



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変人の集まり

俺は、ラトロワ中佐のチェルミナートルを支えエヴェンスク基地に向かっていた。

 

このような事が出来るのは、国連・ネフレ・ソ連軍の連合軍が防衛戦を押し上げてくれたからだ。

 

そのため、十分な時間を得ることが出来た。

 

「・・・」

 

ラトロワ中佐は、何も話さずに前を見据えている。

 

俺は少し眠る様に進言したが一蹴されてしまった。

 

たった一人で数万のBETAを相手にしていたはずにも関わらず、ラトロワ中佐からは疲れた様子が感じられない。

 

嫌、見せないように努めている。

 

――――意地

 

ただの意地を貫き通しているだけなのだ。

 

俺はそれが解ると、もうこの人になにを言っても無駄だろうと判断し通信を閉じることにした。

 

その後、俺はエヴェンスク基地に到着し滑走路に足を付けると同時にチェルミナートルを支え直し、ラトロワ中佐が降りやすいように固定する。

 

すると、俺達から少し離れた位置にその姿はあった。

 

「中佐ッ!!」

 

俺に助けを求めてきた栗色の髪の毛を持つ女の子は、中佐が歩みを始めると同時に走り出し抱き着いた。

 

ラトロワ中佐は、優しく抱き留めると我が子にするように優しく頭を撫でる。

 

そしてその後方には、ジャール大隊の面々だろう人達が笑顔で見ていた。

 

それだけで、ラトロワ中佐が部隊の皆からどれだけ信頼されているかが手に取る様に分かっ

た。

 

俺はその光景をジュラーブリクの瞳から見つめ笑みをこぼし、そして周囲を見渡す。

 

基地に帰投するときから見ていたがこの基地は俺が今まで見て来た基地とは明らかに違っていた。

 

 

エヴェンスクはその独特の立地から防衛には最適である。

 

それは、このエヴェンスク基地の周囲には山と海しか存在しないからだ。

 

後ろはオホーツク海、前は岩肌が露出した山々、唯一の開けている所は山々の間にある谷のみ。

 

だがそこには川があり、BETAにとって攻めにくい場所にこの基地は存在している。

 

そして、エヴェンスクを守るように高さ30mの分厚い壁がぐるりとエヴェンスクを囲み外界からの侵入を拒絶していた。

 

この基地は言わば前線の後方基地的な役割があり、最前線基地は各所に設けられている。

 

そこに機甲部隊や戦術機部隊が待機しているのだ。

 

だが、今回のBETA進行によりその最前線基地の内ほとんどが機能しなくなっている。

 

俺は、外界とエヴェンスクを閉ざす大きな壁を見ながら、更新された情報に目を通していき、静かに息を吐いた。

 

 

数時間後、俺はエヴェンスク基地司令官室にいた。

 

「国連太平洋方面第9軍から参りました、五六和真中尉であります!」

 

俺は軍人として完璧な姿勢をとりエヴェンスク基地司令官に敬礼する。

 

「態々こんな寒いだけの場に来てくれたこと、感謝する。私は当基地の司令官を任されているダルコだ。」

 

ダルコ司令官は、凄く人の良さそうな顔をしている。

 

要するに常時笑顔だ。

 

なにを考えているのかまったくわからない。

 

だが、人が良さそうなのは顔だけであり、体は歴戦の戦士そのもの。

 

もうなんと言うか、熊だ。

 

ホッキョクグマだ。

 

この人にケンカを売れば、その毛むくじゃらの丸太のようにゴツイ腕で絞殺される様が容易に想像出来る程だ。

 

「さて、五六中尉」

 

「はッ!」

 

「貴官もすでに知っていると思うが、もう一度確認の意味も込めて言わせて貰う」

 

「・・・」

 

「この基地に住む住民のカムチャツカ移住が済むまでの一か月間、貴官はジャール大隊ラトロ

ワ中佐の指揮下に入る。良いな?」

 

「はいッ!」

 

俺が返事を返すとダルコ司令官は立ち上がり俺に手を差し伸べた。

 

「こちらの要請に応えて頂いたこと、感謝している。我々は今や猫に追い詰められた鼠だ。厳しい戦いが続くだろうことは容易に想像できる。・・・それでも、力を貸してほしい。」

 

俺は初め驚き固まってしまったが、その顔を笑顔に変えダルコ司令官のゴツゴツとした大きな手を握り閉めた。

 

「最善を尽くします。」

 

そう言う俺に、ダルコ司令官も笑って返してくれた。

 

ただ、握手をしていたはずなのにいつの間にか握力勝負になっていたのには驚いたが・・・。

 

手がひしゃげるかと思った・・・。

 

ダルコ司令官と俺との男の意地を賭けた握力勝負の後、俺は司令官室のソファーに座らされていた。

 

ダルコ司令官は、俺から見えない所でなにやら取り出している。

 

「五六中尉、なかなか良い握力をしているじゃないか?」

 

「いえ、ダルコ司令官に比べればまだまだですよ」

 

俺はそう言いながら笑う。

 

だが、心の中では・・・。

 

「こっちは、現役なんだ!そうやすやすと負けを認める訳にはいかないんだよ!」

 

なんて事を考えていた。

 

すると、ダルコ司令官は両手に何かを持って俺の前のソファーに腰掛けた。

 

「若さと言うモノはいいものだな・・・」

 

ダルコ司令官がテーブルの上に置いたのは、ウォッカのビンとレモンとコップ3つだった。

 

俺は不思議に思い尋ねる。

 

「1つ多いようですが?」

 

俺がそう言うと、ダルコ司令官は思い出したかのように言った。

 

「あぁ、後1人酒の席に招待していてな」

 

すると、それと同時に司令官室の扉がノックされる。

 

「入ってきてくれ」

 

ダルコ司令官がそう言い、中に入ってきたのはラトロワ中佐だった。

 

ラトロワ中佐はダルコ司令官に挨拶を終えると、俺には見向きもしないで隣に腰掛けた。

 

「それでは、君達が生き残れたことを祝して贅沢をしようじゃないか」

 

笑顔でそう告げるダルコ司令官に対しラトロワ中佐はなにも言わない。

 

不満そうにもしていない。

 

おそらく今回の作戦で生き残った者達にもなにかしらの褒美を与えたのだろう。

 

こういった気配りが、末端の人間にまで好かれるコツなのかもしれないな。

 

まぁ、あくまで俺の憶測でしかないが・・・。

 

すると、ダルコ司令官は新たに野球ボールのような氷を3つ持ってきた。

 

俺はそれをコップにそのまま入れるのだろうか、それにしては大きいな?

 

などと考えていると、ダルコ司令官は、突然その氷を殴った。

 

拳骨をするように左手に持っていた氷を右手で殴ったのだ。

 

「ファ!?」

 

俺は余りにも唐突な行動に奇声を上げてしまう。

 

「どうした、五六中尉?」

 

ダルコ司令官は、俺なにか変なことした?と言った顔をしている。

 

俺は隣に座るラトロワ中佐を見る。

 

すると、中佐は俺にギリギリ聞こえるくらいの小声で言った。

 

「・・・慣れだ」

 

俺はそれに頷くことしか出来なかった。

 

・・・慣れか。

 

ダルコ司令官はウキウキした様子で粉々に砕けた氷をコップに入れる。

 

そして用意してあったレモンに手を伸ばすと、それをそのまま握り閉めた。

 

紙パックを握り閉めるように簡単に・・・。

 

コップに入って行くレモンの汁を見ながら俺は思った。

 

ダメだ、この人には勝てない・・・。

 

そして、並々と注がれたウォッカを見て俺は頬が引きつった。

 

「ダルコ司令官・・・」

 

「なんだ、五六中尉?」

 

「私の酒は少量でお願いします・・・」

 

「酒に弱いのか、中尉?」

 

「えぇ、まぁ・・・」

 

「なら、慣らせばいい!」

 

俺の発言を聞いてもダルコ司令官は、そんな事を言い俺のコップに溢れそうなほどにウォッカを注いだ。

 

そして俺達は、無言でコップを持ち上げ視線を交わしコップに口を付けた。

 

えぇいままよ!

 

 

ガンガン痛む頭を押さえながら司令官室を出ると、そこには本日三度目に目にした栗色の髪をした女の子が待っていた。

 

「お待ちしておりました中佐!」

 

「待たせたなイヴァノワ中尉」

 

「いえッ!」

 

イヴァノワ中尉は、そう言うと俺に向き直る。

 

「ナスターシャ・イヴァノワ中尉です!先の戦闘での救援感謝します。」

 

「五六和真中尉です。よろしく!」

 

俺達が挨拶を終えると、ラトロワ中佐はイヴァノワ中尉と俺に視線を向ける。

 

「後で他の者達にも伝えておくが、五六中尉は本日よりしばらくの間、我がジャール大隊の一員となる。イヴァノワ中尉は五六中尉とエレメントを組め、粗相のないようにな?」

 

ラトロワ中佐がそう言うと、イヴァノワ中尉は驚きに目を見開く、それは俺も同様だった。

 

「で、ですが、中佐ッ!」

 

だが、ラトロワ中佐はそれに対し冷たく言い放った。

 

「イヴァノワ中尉、これは決定事項だ。今さら覆すことなど出来ない。」

 

「り、了解・・・」

 

イヴァノワ中尉は、そう言うと黙りこんでしまう。

 

だが、俺はそう言う訳にはいかなかった。

 

「待って下さい中佐!」

 

ラトロワ中佐は、俺が次に何を言うのかが解っているかのように鬱陶しそうに顔を向ける。

 

「中佐の指揮下に入ると言っても、俺は作戦に支障が無い限りでの単独行動権が与えられています。」

 

「それは重々理解している。現実を見ようともしない馬鹿共から散々言われているからな」

 

「ならッ!」

 

「少しは分を弁えたらどうだ、坊や?」

 

俺はその発言にカチンとくる。

 

「貴様が私の隊に入れられた時から、貴様の生き死にはすべて私のモノだ。

・・・先のような馬鹿な行為を許す訳には行かないのでな」

 

ラトロワ中佐は、そう言うと1人でどこかに歩いて行った。

 

俺の話をこれ以上聞きたくないのだろう。

 

ラトロワ中佐の言いたい事は解るつもりだ。

 

だが、それでは俺がここに来た意味がない。

 

正直に言えば、この基地に俺のジュラーブリクとまともな連携が取れる衛士はいないだろう。

 

それに、俺を無理矢理縛ることは、出来ないはずだ。

 

なら、ラトロワ中佐の命令は口だけのものと言う事になる。

 

「あぁ、くそッ!」

 

俺は無意識のうちに苛立ちを口に出してしまっていた。

 

「・・・」

 

それを聞いていたイヴァノワ中尉の眉間に皺が寄って行く。

 

「すみません・・・」

 

「ふん、ついて来い」

 

 

その後、俺はイヴァノワ中尉に連れられある一室に来ていた。

 

「あれ、ここは俺に用意された部屋だった筈だが?」

 

「ここに小隊の皆が集められている。それと、なにを勘違いしているのか知らないが、ここは

贅沢が許されている後方とは違う。我々小隊用の寝室だ。」

 

まぁ、それもそうか・・・。

 

前線に1人一部屋なんて贅沢が許されるはずないしな。

 

イヴァノワ中尉は、不機嫌そうに鼻を鳴らし扉を開いていく。

 

「小隊傾注ッ!」

 

イヴァノワ中尉がそう叫ぶと室内にいた三人は即座に敬礼し俺達を出迎えた。

 

俺達を待っていたのは、八重歯が目立つ犬のような元気娘と垂れ目の男、それと身体をくねらせている長身の男だった。

 

室内に入った俺は敬礼を返す。

 

「国連から派遣された五六和真中尉だ。これからこの地に住む人達の避難が完了するまでの間、共に戦っていくことになるが、よろしく頼む。」

 

俺がそう言うと同時に、俺に敬礼をしていた小隊の皆は即座にだらける。

 

それを見ていたイヴァノワ中尉は、反射的に怒声を飛ばした。

 

「貴様ら、上官を前にして何だその態度はッ!」

 

だが、そんな怒声はどこ吹く風状態の面々は、言いたい事を言い出す。

 

「ハハハハハハッ!なっちゃんはいつも元気だにゃ~!」

 

八重歯を光らせる元気娘が、イヴァノワ中尉に抱き着く。

 

「そんなにいつもカリカリしてるとお肌に悪いわよ?」

 

身体をくねらせながら、長身の男が自分の頬に手を添える。

 

「そろそろ、なっちゃんを解放してやれよ、アンナ?国連の中尉殿がびっくりしているだろう?」

 

「お~、こりゃ失礼!」

 

元気娘がイヴァノワ中尉から離れると、俺に対して怠けた敬礼をしてくる。

 

「私はアンナ少尉、皆からはワンコって呼ばれてるから中尉もそう呼んでくれると嬉しいにゃ~!」

 

「いや、でも語尾がにゃ~だし、ネコでは?」

 

「細かいことは気にするにゃ~?」

 

「よ、よろしく・・・」

 

すると今度は、垂れ目の男が敬礼してきた。

 

「俺の名前は、アナトリーだ。皆からは、アナって呼ばれてる。よろしくな?」

 

「穴?穴が好きなのか?」

 

「あぁ、好きだぜ!なぁ、ワンコ?」

 

アナがそう言うと、ワンコは頬を赤くした。

 

「もう、なに言ってるのよッ!」

 

そして強烈な右ストレート。

 

「グハッ!」

 

それは、アナの腹部にクリーンヒット!

 

アナは吹き飛ばされた。

 

それを茫然と見ていた俺に長身の男が近づく。

 

「私の名前は、ボリスよ。皆からは、オカマって呼ばれているわ。」

 

おい、まんまじゃねぇか・・・。

 

すると、オカマは俺の首筋を指でなぞり始めた。

 

「ヒッ!」

 

「あなた、良い体してるわね?・・・食べちゃいたい」

 

俺は緊急回避を行い、イヴァノワ中尉の後ろに隠れた。

 

「た、助けてくれなっちゃん!」

 

「私はなっちゃんでは無いッ!」

 

「もう、逃げなくても良いのに・・・、気持ちいいわよ?」

 

するとオカマは、アナに手招きされているのに気が付き部屋の隅に移動する。

 

そして、ワンコ、アナ、オカマの三人でコソコソ話を始めた。

 

「よ~し、決定ッ!」

 

アナが突然叫びだすと、俺に向かって指指す。

 

「中尉のあだ名が、今決定した!中尉の事はこれから、ゴリンって呼ばせて貰う!!」

 

なんだ、そのオリンピックみたいなあだ名は・・・。

 

俺が黙っていると、それを了承ととったのかワンコがなっちゃんの手を引き俺の前に横一列に並ぶ。

 

「それじゃ、これからよろしく頼むぜ?ゴリン!」

 

アナが俺に手を差し出す。

 

だが、俺と皆の間には二歩分の空間が開いており一歩前に踏み出さないと握手ができない。

 

これは、俺とソ連軍との距離を表しているのだろう。

 

どちらかが、一歩前に踏み出さなければ手を取り合うことは出来ない。

 

でも、相手は手を差し伸べてくれた。

 

ソ連は俺からしてみれば、良い印象の国では無い。

 

第三計画なんてふざけた事をして、人の命をなんとも思わないことを平然とこなす。

 

そう言った負の情報が俺は慣れ合うことなど出来ないと思っていたのかも知れない。

 

それでも、こいつ等は俺に手を差し伸べてくれた。

 

いきなり現れた俺に対して、仲間になろうと行動で示してくれた。

 

なら、俺は答えなければいけない。

 

ソ連にいる人達全員が悪い人ではないのだ。

 

俺達の方が、彼らからすれば悪なのかもしれない。

 

それを相手も理解した上での行動。

 

俺は、壁を超えるように一歩前に踏み出した。

 

「こちらこそ、これからよろしく!」

 

そして、俺達は手を取り合った。

 

今は、一衛士の小さな団結でしかない。

 

でも、それでもいつか。

 

これが切っ掛けとなって世界が1つとなれば良いのになと、その時俺は考えていた。

 

 

その日の晩、俺は男としての恐怖を味わうことになった。

 

「・・・ゴリン、やっぱりあなたは魅力的よ」

 

室内に存在する二段ベッドとは別に用意されたベッドの上では、無意味な繁殖行為が行われよ

うとしていた。

 

「や、やめろ・・・、来るんじゃないオカマ野郎!」

 

乱れるシーツ、熱い吐息、滴る汗。

 

和真を逃がさない様に、覆いかぶさろうとするのは鼻息を荒くした長身の男。

 

「もう、食べちゃう♡」

 

「や、やめ・・・」

 

もうダメだ・・・。

 

俺がそう覚悟した瞬間、オカマは蹴落とされた。

 

「いい加減にしろッ!」

 

オカマを蹴落としたのは、なっちゃんだった。

 

「な、なっちゃ~んッ!」

 

涙目で喜ぶ俺に、なっちゃんは厳しく言い放つ。

 

「ゴリンも静かにしていろッ!今何時だと思っている!?」

 

だが、今度は別のベッドから騒がしい奴らが這い出してきた。

 

「なっちゃん、ゴリンって言ったよな?」

 

「言ったにゃ~!」

 

「痛たた、言ったわね。」

 

イヴァノワ中尉ことなっちゃんは、顔を赤くし自分のベッドにそそくさと逃げ出した。

 

だが、簡単に逃がしてくれないのがここの連中だ。

 

「なぁ、言ったよな?言ったよな?」

 

「言ってない、言ってないッ!」

 

「ねぇ、今どんな気持ち?どんな気持ち?どんな気持ちだにゃ~?」

 

「うぅぅわぁあああああ!!!!」

 

なっちゃんは、布団で頭を隠し外界を途絶してしまった。

 

だが、おもちゃを見つけた亡者共からは逃げられない!

 

ワンコとアナは、なっちゃんを布団の上から口撃しまくっていた。

 

「熱が冷めちゃったは、じゃあまた明日ね?ゴ・リ・ン!」

 

バチコーンと飛ばされたウィンクを枕で跳ね飛ばした俺は、思った。

 

 

俺、大丈夫だよな?

 

色々な意味で・・・。

 



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スルト

エヴェンスク基地の戦術機格納庫には、大勢の衛士が集まっていた。

それは、これから仕事をしに行くからだ。

「アナ、お前達の戦術機は確かラーストチカだったよな?」

月曜日に出勤するサラリーマンのように、やる気の抜けた顔で歩くアナに問いかける。

「うん?あぁ、そうだぜ。俺達の刃だ!」

「俺は、ラーストチカに関してはカタログスペックしか知らへんから、詳しく聞きたいんやけれど、良いか?」

「そんくらい、何時でも聞いてくれよ小隊長?」

「その呼び方は、なれやんな・・・。ゴリンで頼むわ。」

俺はラトロワ中佐に第03小隊小隊長をするように命じられていた。

これも、俺を好き勝手にさせないためだろうか?

まぁ、副官にナスターシャ嫌、なっちゃんが付いていてくれているから慣れないながらもなんとかやれている。

「アナ~、ゴリン~!」

格納庫で話す俺達の元に尻尾をブンブン振っていそうな雰囲気で駆け寄ってきたのは、ワンコだった。

その後方から頭を押さえた、なっちゃんと、オカマが歩いて来る。

俺は全員の顔を見渡し、深呼吸した。

初めて他人の命を任されたのだ。

今まで感じたことのないプレッシャーが俺を襲う。

「しっかりしていてくれれば、それでいい。後のフォローは私がする。」

俺の緊張が伝わったのか、小隊の面々の前に立つ俺に向かって、なっちゃんがそう言ってきた。

俺は心の中でなっちゃんに感謝し、気持ちを切り替える。

「これから俺達が行う任務の内容だが・・・」

 

「警戒任務なんてつまんないにゃ~!」

「もう、そんなこと言っちゃだめよ、ワンコ?」

「そうそう、これもお仕事だからな!」

三機のラーストチカが辺りを警戒しながら、通信越しに雑談を行う。

だが、それも最後方にいるジュラーブリクに阻まれてしまった。

「貴様等、なんど同じことを言わさせるつもりだ!?」

「まぁまぁ、これくらいええやん。なっちゃんは、ピリピリしすぎやで?」

「ゴリン!あなたは小隊長として部下を教育しなければいけない立場のはずだろう!?」

俺達小隊に与えられた任務は、前回の戦闘位置から西に20kmに位置する平野部警戒任務だった。

平野部と言ってもヴェルホヤンスクハイヴから来るBETAがここに到達するには、山岳を越えて来なければならず、BETAがここに来るには地中進行しかありえない。

だが、その地中進行の可能性がゼロでないためこうしてエヴェンスク基地から一日に一回のペースでローテ組んで一小隊が警戒任務を行っていた。

それが、今回俺達の小隊の番になっただけの話である。

俺達は周囲とセンサに気を使いながら、広い平野を歩行で移動する。

「――――ッ!」

その時、エヴェンスク基地のHQから緊急連絡が入った。

「こちらHQ、応答願います!」

俺のジュラーブリクE型の回線は、小隊全員にオープン回線で繋いでいる。

HQからの緊急回線を聞いた小隊の面々は、先程までの遠足気分をどぶに捨て去り彼ら本来の衛士の顔つきになっていた。

「こちらジャール大隊所属03小隊、いったいなにがあった?」

一体なにがあったなんて解りきった事を聞くのも、小隊長として小隊の皆と情報を共有しなければいけなかったからだ。

「第03小隊現地点より、西に12㎞の地点に旅団規模のBETA群を確認、カズィクル地雷原を突破してきたことから、地中進行してきたモノと司令部は判断しています。」

旅団規模、大体5000くらいの数か・・・。

機甲部隊が展開してくれているなら、少し苦戦する程度の数だな・・・。

「俺達はどうすればいい?」

「第03小隊は、今渡したポイントに向かって下さい。ポイント到着後、現在迎撃態勢を整えているジャール大隊と合流の後に、BETA迎撃を機甲部隊と連携して行います。」

「了解した!直ちに行動に移る。」

通信を終えた俺は、HQから渡されたデータを小隊全員にデータリンクを使い流す。

「小隊各員聞いていたな?」

俺が全員の顔を網膜投影システムの画面に映しながら問うと、全員が返事を返してきた。

「こちら、04!私は、いつでもどうぞ~、ですにゃ~☆」

ワンコがげっ歯類のように、八重歯を煌めかせながら笑顔で答える。

「こちら、03!奴らの体に穴を開けてやればいいんだろ?」

アナが、ウキウキしながら答える。

「こちら、05!激しい事は、大好きよ♡」

オカマがデスウィンクを飛ばしながら答える。

「こちら、02!準備は整いました。・・・命令をお願いします。」

なっちゃんが緊張を隠すように、強面で答える。

第03小隊の面々の顔を見ながら、俺は皆にばれないように鼻で深呼吸する。

初めての小隊長としての戦闘、自分1人の命で無く4人もの命が肩に圧し掛かる。

だが俺は、それを重みに感じることを無視した。

世界を救おうとしている人間が、たかだか四人程度の命の重みに潰される訳にはいかないからだ。

「今回がこの第三小隊初の実戦だ。小隊長として未熟な俺だが、これだけは言っておきたい・・・。」

言葉に含みを持たせた俺を真剣な眼差しで皆が見つめる。

「俺は、戦術機の操縦の腕に関しては誰にも負けるつもりは無い。国連軍の阿修羅の名前は伊達では無いと言う事を、皆に伝えておく。」

これは、俺なりの激励でもある。

まぁ、緊張の余り大ぼらを吹いてしまったのだが・・・。

「俺は、皆の腕をまだ知らない。お前達は・・・、俺に付いてこられるか?」

ジュラーブリクE型が持つガンブレードを地面に付き刺し偉そうに皆に向き直る。

だが、俺のそんな態度にも皆はなにも変わらなかった。

「わ~お!カッコイイにゃ~!」

「・・・惚れてしまいそう♡」

「そんなに肩肘張らなくても、俺達の実力はすぐに解るぜ?」

「はぁ・・・、緊張しすぎだ。ゴリン」

「違うってなっちゃん!ゴリンは、隊長になって天狗になってんだぜ?そうに違いねぇ~よ!」

「アナ、私のゴリンを天狗扱いする気?・・・そのケンカ、買ったわ!!」

「いつも、賑やかで良いにゃ~!」

「はぁ・・・」

俺の目に写る皆は、勝手にワイのワイの騒ぎながら好き勝手言ってやがった。

本当なら、ここは注意しなければいけないのかもしれない。

だが、こいつらは変人で俺も変人だ。

お互い変人どうしこれくらいの方がやりやすいのかもしれないな。

そう思った俺は、先程までの緊張から来る行動を放り捨て。

小隊長の演技をしたまま、肩の力を抜いて皆に命令した。

「これより、俺達第三小隊は所定ポイントに向かいジャール大隊と合流後、BETAと殺し合うことになる。皆、盛大に暴れてくれて構わない。俺に皆の力を見せてくれ!ただし・・・、慎ましくな?」

俺の命令に皆は、満面の笑みを見せてくれた。

「「「「了解!」」」」

 

ジャール大隊と合流後、俺はラトロワ中佐と通信を繋ぎ作戦の内容を聞いていた。

「ジャール大隊は、BETA斥候を叩き後続のBETA群の道を閉ざす。その後、BETAを機甲部隊が待つパーティー会場にエスコートする。」

「了解しました!」

ラトロワ中佐のチェルミナートルを中央に隊形をウェッジワンで待機する。

その時、CPから通信が入る。

「BETA斥候を確認、ジャール大隊作戦行動に移ってください!」

遠方には、砂埃を巻き上げながら突撃級が姿を表す。

「聞いていたなジャール大隊の精鋭達、下等生物共に部を弁えさせろッ!」

ジャール大隊のビッグママの号令の元、1つの矢は三つの矢に分かれた。

各中隊ごとにわかれた矢は、それぞれの的に向かって飛翔する。

「俺達は左翼を食らうぞ!」

そして、左翼を任された俺達が所属する中隊の中で最初に攻撃を放ったのはアナだった。

「風穴を開けてやるぜ!」

背部の突撃砲二門を展開しながら、突撃級を反転しながら跳躍で躱し両腕の突撃砲も構える。

そして逆さを向いたラーストチカから放たれた弾丸は、三体の突撃級の尻に風穴を開けた。

36mm弾を数発ずつくらった突撃級は、死ぬことすら出来ずに倒れ込む。

「綺麗に穴を開けてやんよッ!」

 

それに続くように、ワンコが飛び出す。

「見つけた!」

一体の要撃級に狙いを定めた獅子は、滑り込むように要撃級の右側面に回り込む。

ワンコの存在に気が付いた要撃級は、右衝角で殴ろうとするが出来なかった。

何故なら、その腕はすでにラーストチカの右腕で封じ込められていたからだ。

「いただきま~す!」

ラーストチカは、握り込むように要撃級の顔のような感覚器を左手で掴み逆上がりの助走をつけるように左足を振り上げる。

そして、暴れる要撃級を嘲笑うかのように両足の大型モーターブレードを展開し左足を叩きつけた。

モーターブレードに要撃級の体は削られ、どす黒い赤をまき散らす。

要撃級は、それで力無く倒れ込む。

「お残しはダメだよね!」

だが、興奮状態の野犬をだれも止めることが出来ない。

今度は右足を振りかぶり、要撃級の右手を付け根から切り落とした。

それだけでは、満足できないのか今度は腕部のモーターブレードを展開し左手を斬り落とす。

「ごちそうさま~!」

血まみれのラーストチカは、次の獲物を求めて飛び出した。

 

「ほらほら、捕まえてごらんさない♡」

オカマは、要撃級の攻撃が当たるか当たらないかの絶妙な距離を保ちながら、砂浜でおいかけっこを楽しむカップルのように、要撃級を巧みに誘導していく。

だが、今度は対面方向から別の要撃級が姿を表し狙いをつけてきた。

後方の要撃級が攻撃を放つ。

前方の要撃級も攻撃を放つ。

逃げ道何てどこにも存在しないかのように思われる状況にあってもなお、オカマは役に嵌り切っていた。

「モテるオカマは辛いわね。」

一瞬の跳躍ユニットロケットモーターの噴射で華麗に飛び上がる。

すると、要撃級の攻撃は右ストレートを打ち合ったボクサーのようにお互いの体に

めり込む。

「あなた達、なかなか素敵よ?」

そして優雅にストンと着地したラーストチカは両手に装備された突撃砲を、二体の要撃級の顔に向け36mm弾を放つ。

「でも残念、あなた達じゃ私とは釣り合わないわ・・・。」

オカマはそう言い残すと、パパラッチに追われる女優のようにその場を後にした。

 

「くっ!」

前方から向かってくる突撃級を訓練のお手本のように跳躍ユニットを使用し躱したなっちゃんは、訓練通りに突撃砲を撃つ。

「私は、この程度でやられはしない!」

着地と同時に飛び掛かろうとしていた戦車級を、これも教本通りに肩部ブレードベーンで斬り殺す。

「その程度、想定済みだ!」

 

遊んでいるかのような皆の様子を見ていた俺は、度胆を抜かれていた。

「あいつら、やるじゃないか・・・。」

周りに集ってきた戦車級を、スラッシュアンカーを使い細切れに変える。

「俺も負ける訳にはいかないな!」

ジュラーブリクE型は、ガンブレードを振りかぶる。

すると、刀身が二つに裂け大型モーターブレードが姿を表した。

跳躍ユニットに火を灯し、流れるようにホバー移動、そして向かってきた要撃級の攻撃を回るように紙一重で躱し、特大のチェーンソーで斬り裂く。

それと同時に、肩部四つの突撃砲を四方に向け苦戦していた他の部隊の衛士を援護する。

側面から向かってきた突撃級をガンブレードを地面に付き刺しサーカスのように跳躍ユニットを使用し機体を持ち上げる。

そして、体がガンブレードを軸に逆さを向いた所で跳躍ユニットの向きを変える。

ガンブレードが地面から外れ、大きく円を描くように機体と縦軸に回転する。

そしてガンブレードを叩きつけたときには、突撃級は血まみれになっていた。

その時、戦域右翼から新たなBETA群が姿を表した。

「新手ッ!?」

その数は、ざっと見ただけでも数千はいる。

BETA群本体まで、まだ時間があるはずである。

つまりは、また地中進行で出てきたことを意味していた。

新たに現れたBETA群は、右翼を任されていた中隊を包囲しようと詰め寄る。

味方を示すマーカーが、どんどん包囲されていく。

「クソッ!」

俺は、助けに行こうと跳躍ユニットに火を灯した。

だがその時、アナから通信が入る。

「ゴリンなにをする気だ?」

「助けに行くッ!」

そう叫ぶ俺に、アナは信じられないモノを見たと言った目をした。

「・・・お前、本気でいっているのか、それ?」

「本気も何もないだろッ!?俺はッ!!」

その時、俺とアナの通信に割って入るようにラトロワ中佐が姿を表した。

「少しは分を弁えろと言ったはずだが?」

「中佐ッ、右翼の部隊が敵に包囲されようとしています!俺にただちに向かわせて下さい!」

「・・・それは出来ないな。」

その言葉に、俺は目を見開いた。

「あなたの部下が、仲間が危ないんですよッ!?」

そう吠える俺に、ラトロワ中佐は溜息を吐いた。

「もっと、賢い人間だと思っていたのだがな・・・」

「どういう意味ですか!?」

「もっと、大局を見ろ」

「はぁ!?あなたは何を言ってッ」

俺は、こんな所で言い合いをしている暇は無いと中佐を無視して向かおうとするが、その時、別の聞きなれない声が聞こえてきた。

「盛り上がっている所、すまねぇな!」

サブウィンドウで新たに現れたのは、金髪のワカメヘアのおっさんだった。

「こんなこともあろうかと、待機しといて正解だったな嬢ちゃん?」

「その呼び方は止めて下さい、スルト中佐。」

ラトロワ中佐を嬢ちゃん扱いした男、スルト中佐は豪快に笑う。

「ハハハハハハッ、どこまで行こうと嬢ちゃんは嬢ちゃんだ。右翼の事は任せときな、嬢ちゃんの子供は、俺達がしっかりと守ってやるからよ!」

「・・・お願いします。」

そして、俺達の頭上を飛んで行ったのは、ブラーミャリサの部隊だった。

ブラーミャリサの肩部には、フェニックスミサイルが搭載されており、包囲しようとしていたBETA群をフェニックスミサイルで吹き飛ばしていく。

それを茫然と見ていた俺の網膜投影システムには、いつのまにか皆がいなくなっていた。

そして、無事に作戦は成功した。

 

その翌日、俺は別任務を与えられた。

それは、ここエヴェンスク基地内に存在する訓練学校の、講師をするというモノであった。

あれから、アナとは話していない。

そんな状態の俺をどう思ったのか、ラトロワ中佐は俺に講師をするように命じた。

「はぁ・・・」

溜息を付きながら、グラウンドを走る訓練兵達を見る。

まだ、体が出来上がっていない子供達が戦争をするために日々訓練に励む。

その姿が、さらに俺の気持ちを暗くさせる。

「景気が悪いな坊主?」

俺の隣で共に、訓練兵を眺めていたのはスルト中佐だった。

「・・・いえ、別に」

そう素っ気なく返す俺に、スルト中佐は怒ることなく笑顔を作るだけだった。

「なぁ、少し付き合ってくれないか?」

スルト中佐は、そう言うと訓練兵に後20周をプレゼントし歩み出す。

後方から大ブーイングの雨が降り注ぐが関係なしにと進むスルト中佐の背を俺は慌てながら追いかけた。

俺がスルト中佐に連れてこられたのは、PXだった。

「なぁ坊主、俺の名前おかしいと思わねぇか?」

スルト中佐は、いきなりそんなことを言い始めた。

「スルト、北欧神話の魔人の名前だ。キリスト教徒の俺の親がなんでこんな名前をつけたのか、俺にも解らない。この名前のせいで昔は散々いじめられたものだ。」

スルト中佐の突然の昔語りに俺は頷くことしか出来ない。

「でもな、そんときに俺をいじめっ子から救ってくれたのが、フィカーツィアだった。あぁ、フィカーツィアってのは嬢ちゃんの夫な?

こいつがまた、馬鹿な野郎でよ!俺の名前をなんて言ったと思う?

良い名前じゃないか!世界を作り変え人間を世界に生み出す切っ掛けを作った者の名前なんて!

なんていいやがったんだ。

まぁ、そこから長い付き合いになるんだがある時、そんな俺達の仲を斬り裂く出来事が起こった。

キリスト恭順派による爆弾テロ・・・。

これのおかげで、フィカーツィアの部下が死んでしまった。

それが切っ掛けでキリスト教だった俺は、奴と距離を置くようになった。

それから数か月すぎた時だ、急にフィカーツィアの野郎が俺に殴りかかってきやがった。

当時の俺は、キリスト教でありスルトなんて魔人の名前をしているのだし、殴られても仕方がないなんて思っていた。

でもさ、フィカーツィアの野郎はな泣きながら俺にこう言ったんだ。

寂しいじゃないかッ!てな?

笑えるだろ?大の大人のそれも男が寂しさの余り殴りかかってきやがったのだから、そんで色々話しあって俺も考えを変えた。

アイツみたいに馬鹿でも良いやって思えるようになった。

馬鹿だから、自分の名前を誇りに思って信じる神のために戦おうって思えた。

恭順派のような、すべてを受け入れる思考停止の馬鹿共とは違う。

俺は、スルトとなって神の試練を超えて新しい世界を作ろうと夢を得た。

なぁ、坊主どんな付き合いの奴らだって意見が合わなかったりちょっとした行き違いで勘違いしたりするものだ。

そう言う時は、腹割って話合ってみるのも良いんじゃねぇか?」

俺は、スルト中佐の話しを聞きモヤモヤしていたモノが晴れた気がした。

グジグジしていても埒が明かない。

まずは、お互いに話し会ってみるべきだ。

俺は自然とイスから立ち上がり、深々と頭を下げていた。

「ありがとうございます!」

「こっちこそ、悪いなつまんねぇ話を長々とよ」

「いえ、ためになりました!」

「そうかい?それじゃ、行こうか。」

俺は再びグラウンドに戻るスルト中佐の背中を見ながら思った。

スルト大隊―――。

その名前に込められた想いを・・・。

 

グラウンドに戻った俺達を待っていたのは砂まみれになっていた訓練兵達だった。

「おう!やってるな?偉い偉い!」

すると、1人の訓練兵が突っかかってきた。

「遅ぇんだよ!俺達を殺す気か!?」

「ハハハハッ、まぁそう言うなヤーコフ。皆はそう思っていないはずだぞ?」

「・・・キールもトーニャも、睨んでるぞ?」

ヤーコフが後方を指差すと、確かに睨んでいた。

「ハハハハハ、こいつは分が悪いな。まぁ、安心しろ!次の時間は、コイツがしてくれるからな!」

スルト中佐はそう言うと、俺の背中を引っぱたいた。

そんな俺も見ていたヤーコフは俺にこう言った。

「・・・誰だよ、この不細工」

プチッ・・・

コイツは言ってはならない事を言った。

俺のコンプレックスを言いやがった。

俺は一歩前に踏み出す。

「俺の名前は、五六和真。今日一日、お前達の講師を命じられた哀れな男だ。そんで、これが歓迎の印だ受け取ってくれ」

俺はそう言うと笑顔でヤーコフのこめかみを片手で握り閉め宙に浮かす。

属に言うアイアンクローだ。

「ギニャアアアアアアアアッ!」

ヤーコフの叫びを聞き、訓練兵達の顔が青ざめて行く。

そして俺は気絶したヤーコフを放り投げた。

「ヤーコフが・・・、ヤーコフがッ!」

「止めるんだトーニャ!殺されるぞ!!」

「でも、キールッ!」

そんな、叫びを上げる訓練兵に笑顔を向けながら俺は言った。

「夜・露・死・苦・な?」

 



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想いを一つに

次の日、俺は小隊全員を寝室に集めた。

「すまなかった・・・」

俺は小隊全員に向け頭を下げた。

「「「「・・・」」」」

そんな俺に対して誰も言葉を投げかけない。

重い空気が、部屋中を満たす。

俺はそれを壊すように頭を上げた。

「俺が先の作戦で取ろうとした行動は、小隊長としてやってはいけないことだった。俺は、全然周りを見れていなかった」

そんな俺にたいし、気だるそうにアナが言った。

「で?」

そんなアナに俺は逃げることなく視線を合わせる。

「・・・少し、俺の話しを聞いてくれ」

そして俺は、俺の夢を、俺のすべての始まりを皆に話した。

 

「だから俺は、父さんの遺言である皆を救うことを目標に生きてきた。だから、あの時目の前で誰かが死にそうになっていた時に、俺は自分を止める事が出来ずに飛び出そうとした。・・・皆には、迷惑をかけたと思っている。これは俺なりのけじめだ。・・・すまなかった。」

だが、俺の過去を話しても誰もなんの反応を示さない。

これは仕方がないことだ。

俺が、取ろうとした行動は皆を危険に陥れることなのだから。

「・・・ラトロワ中佐には、これから部隊替えをしてもらうように進言してくる。これで、お前達が危険になることはない。・・・短い間だったが世話になった」

「「「「―――――ッ」」」」

そう言った俺は、寝室の扉を開こうとする。

だが、扉に伸びた手はアナの手により握り止められていた。

「・・・ふざけんじゃねぇぞ」

ギリギリと万力のように締め上げられていく俺の腕は血の流れが止められることにより、太い血管を浮かび上がらせ青白く変色していく。

「ふざけてんじゃねぇぞッ!五六和真ッ!!」

そして俺は、アナに殴り飛ばされた。

力強く殴られた俺は、壁にぶつかり倒れ込む。

「お前の過去は確かに悲惨だろうさッ!俺達のような無理矢理戦わされている奴らとは根っこが違う事も良く分かった!けどな、気にいらねぇッ!・・・お前のその願いは、その想いは、父親の願いであってお前の願いじゃない、断じて違う!ソイツは借り物の願いだ!中身が空っぽなんだよ!そんなモノに命を預けて救われたって、こっちは何も嬉しくはない。そんな独りよがりで自分勝手に満足してんじゃねぇよッ!」

アナが顔を赤くし、本当の怒りを俺に向けてくる。

そしてその瞳には嫌悪感がアリアリと浮かんでいた。

だが次の瞬間には、アナが殴り飛ばされていた。

「お前になにが解るッ!?俺が、どんな思いでこの願いを引き継いだと思ってやがるッ!?俺が今まで1人でどれだけ苦しんだと思っているんだッ!!」

倒れながら口元を拭うアナの襟元を掴み上げ無理やり立たせる。

その瞬間に、俺の脳ミソは激しく揺さぶられた。

アナに頭突きをされたからだ。

「俺達は、仲間だろうがッ!!」

再び殴りかかろうとした俺は、その言葉に固まってしまう。

「なんであん時に、俺達に命令しなかった!?一緒に来いと言わなかった!?お前にとって俺達は、そんなにも頼りない奴らなのかよ!?」

アナは動きを止めた俺を押し倒しマウントを取、殴り続ける。

俺は命の危険が著しく高くなることが分かっていたから、皆を連れて行かなかった。

自分1人の命ならどうなっても構わない。

だが、俺の想いに皆を巻き込む訳にはいかない。

俺はそう思っていた。

そして俺は、自分勝手な行動をしようとしたことに対して皆が呆れているのだと思っていた。

でも、違った・・・。

こいつ等は、そんな事とは別のことで怒っていた。

「そんな借り物の願いのせいで、大切な仲間を見殺しにしろってテメェは言うのかよッ!?そんな重たい物を1人で背負い続けるつもりなのかよッ!!」

「――――ッ!!」

アナは泣いていた。

アナの瞳から流れる涙が、頬を伝い俺の頬に零れ落ちてくる。

力無くされるがままになっていた俺は、振り下ろされた拳を握り止める。

「・・・こんな俺を仲間だと言ってくれるのか?まだ、会って間もない俺を・・・」

俺のその言葉を聞いたアナは、殴るのを止め俺から立ち退く。

恐れるように見上げた俺の瞳に映ったのは、笑顔で手を差し伸べていた皆だった。

「同じ釜の飯を食って、同じ戦場に立ったその時から俺達は家族だ。」

先程までの怒りをどこかへと投げ飛ばしたアナの手を取、立ち上がる。

「・・・一人でなんでも解決しようとするな、俺達をもっと頼ってくれ」

「皆・・・」

あぁ、俺はとんでも無い間違いを犯すところだった。

俺は、恵まれていたんだ・・・。

すげぇよラトロワ中佐、あんたはこうなることを解っていて俺を縛り付けたんだな。

気が付けば俺の瞳からも涙が流れていた。

だが、それは悲しみの涙では無い。

嬉しい感情を処理しきれなかったから流れてしまった涙だった。

俺は久しぶりの嬉し泣きに照れくさくなりながらも、笑顔で皆に言った。

「ありがとう、これからもよろしく頼む」

そんな俺に、皆が笑顔で頷いてくれた。

 

その日の夜、俺はある一室に来ていた。

「夜分遅くに失礼しますラトロワ中佐。」

シャワー上がりなのか、ラトロワ中佐はバスローブを身に纏い大人の女の色香を漂わせる。

そんな姿でありながらも動じない俺は、衛士として女に為れたと言う事だろう。

俺はラトロワ中佐に促されるままに、ソファーに座る。

するとラトロワ中佐は、どこから持ってきたコップにウォッカをそそいだ。

「これは、ダルコ司令官からだ。坊やが訪ねてきた時にくれてやれとな?」

また、あの人は・・・。

俺は、並々に注がれたウォッカをなにも言わずに一気に飲み干す。

「ほぉ・・・」

ラトロワ中佐の口から、驚きの音が漏れる。

「今日は、言いたい事があって来ました。」

「なんだ?」

「中佐は、どうして俺をあの部隊に入れられてのですか?」

「別に深い意味は無い、ただ監視しやすかったからそうしただけだ。」

即答したラトロワ中佐に対して、俺は畳み掛けるように質問する。

「それだけの理由なら、俺を中佐の直属の部隊に入れればすんだ話の筈です」

そう言った俺に、ラトロワ中佐は鷹の様に鋭い瞳を向ける。

それは、俺を値踏みしているかのように感じられた。

「坊やの戦績や過去の出来事は、調べられる範囲で調べつくしている。その膨大で無駄な資料を仕事だからと、嫌々読んでいて私は思ったんだ。コイツは自分に酔った馬鹿だとな・・・」

俺はなんの反応も示さずに目だけで先を促す。

「今や衛士は貴重な人類の財産だ。そんな馬鹿でもいないよりかはいて貰った方が何かと役に立つ。そしてその根性を改めさせるためにあの舞台に坊やを入れた。あそこには、色々と訳ありな奴らが集まっているからな。・・・それで坊や、成長できたか?」

俺はそれに対して首を振った。

ラトロワ中佐の口から溜息が零れ落ちる。

「貴様の願いは、分不相応なのは理解しているか?」

ナスターシャ、さすがに報告がはやいな。

俺は、良くできた副官を思い出し口元をニヤケさせる。

「自分の願いでなくたって良いんです。生ぬるい感情に流されたって構わないんです。それでもこれが、俺の夢だから・・・」

俺はそう言うと席を立つ。

「ありがとうございます中佐、あなたのおかげで俺はあいつ等と出会えた。」

それだけを言い残し、部屋を退室しようとした俺の背中に中佐が言葉を吐いた。

「・・・いつかお前は、心も体も腐って朽ちて、人では無い物になり果てる。」

「大丈夫ですよ中佐、俺には仲間がいますから」

そして俺は扉を閉めた。

 

次の日の朝、俺は訓練兵達の前にいた。

隣には、スルト中佐もいる。

「よ~し、テメェ等喜べ!今日はシミュレーターを使っての訓練だ!」

スルト中佐がそう言うと、訓練兵達からは歓声が上がる。

そして訓練兵達はこぞってスルト中佐に意気込みを言って行く。

この光景がどれだけスルト中佐が訓練兵達から慕われているのかを、物語っていた。

その中で一際スルト中佐を慕っているのが、ヤーコフだ。

「今日こそは、あんたを倒してやるからな!?」

「良く言ったヤーコフ!俺に地面の味を教えてくれ!」

本当の親子のようだ。

すると、スルト中佐は俺の方を見る。

「これからは、五六中尉も加わるからな?皆、技術を盗めよ?」

その言葉を聞くと、訓練兵達の目がぎらつく。

この間のことをまだ根に持っているんだろうか?

これは、鍛えがいがありそうだ。

俺は、訓練兵達に見せつける様に悪い笑顔を作った。

 

それから一週間、俺は毎日のように訓練兵達に付きっきりで教導をしていた。

「ヤーコフ、お前は状況判断が悪いぞ?味方を助けようとする気持ちはよく解るし素晴らしい事だが、もっと周りを見ないと」

「あいよ」

「キール、お前は出すぎだ突撃砲は単なる飾りか?モターブレードを使う時と場合を見極めろよ?」

「はいはい」

「トーニャ、お前は緊張のしすぎだ。もっと落ち着きなさい」

「わ、解ってるわよ!」

訓練兵用のPXで飯を食べながら、各自の問題点を上げていく。

こんなことが出来るのも、俺が訓練兵達に認められたと言う事なのだろう。

「じゃ、俺は行くわ!」

そう言って席を立つ俺にPXにいた訓練兵達が野次を飛ばしてくるが俺はそれを華麗にスルーした。

 

「教導お疲れ様、ゴリン!」

「ありがとうワンコ、なんだか昔の自分を見ているようで恥ずかしいけれど楽しいよ」

俺は03小隊を集めブリーフィングルームに来ていた。

それは、これから皆で模擬戦をするからだ。

「さて、チーム編成はどうしようか?」

そう言った俺になっちゃんが溜息をつく。

「そうだろうと思って、こちらで決めてきた。」

「小隊長はどこか抜けてるものなぁ~!」

「アナ、お前もだろ?」

「なんだってー!」

「ふふふ、アナ×ゴリン、良いわね」

「オイオカマ、変な妄想してんじゃねぇよ!」

俺達はいつもの俺達に戻っていた。

本音でぶつかり合ったあの夜から、俺達の絆はより深い物になっていた。

皆が雑談を交わしながら、ああでもないこうでもないと言い合う。

俺はその中で確かな充実感を味わっていた。

その時―――。

「コード991発生、コード991発生!各員は所定位置について下さい!」

狭いブリーフィングルーム内を、圧倒的な音量で鳴り響くサイレンが緊急事態だと知らせてくる。

だが、俺達にはなんの焦りも不安も存在していなかった。

「お前達の力を俺に貸してくれ!」

「「「「了解!」」」」

 



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炎の剣

寒々とした空が、太陽の光を遮る。

限りなく広がる荒野には等間隔を開けながら多種多様な兵器が並んでいた。

向かってくるは、異星起源種。

数にモノを言わせ暴力の限りをつくし、人々を貪る下等生物共に風穴を開けるために、今か今かと砲塔が身構える。

ただ数しか能が無い無能の軍勢を相手にするには、策を何重にも敷き罠にはめ嬲り殺す。

それが、最善手なのは誰もが知っている。

だが、今回ばかりはそう言う訳には行かなかった。

何故なら、彼らの後ろには守るべきモノがまだそこにあるからだ。

ならばどうするか。

答えは、全面戦争。

真正面から、奴らを殺しに掛かる。

奴らが数で来るのなら、こちらも数を用意しよう。

奴らが盾を用意したのなら、それを破る矛を用意しよう。

奴らが蹂躙してくるのなら、奴らを駆逐してやろう。

頭上の上を数多のミサイルがファンデーションが爆撃機が飛んで行く。

それは、狼煙を意味していた。

奴らはもうすぐ目の前にまで迫っている。

 

俺はジュラーブリクE型のコックピット内で、深呼吸をする。

「・・・はぁ」

そして数刻前の事を思い出す。

 

それは突然の知らせだった。

「推定個体数8万・・・」

俺はその余りにも有り得ない数のBETAに空いた口が塞がらない。

そんな俺を見てもラトロワ中佐は、咎める事をしなかった。

それだけ有り得ないことなのだ。

「ヴェルホヤンスクハイヴでは、それほどのBETAを作り出せない筈です。一体どこからそんな数のBETAが・・・」

そんな俺の疑問に対し答えてくれたのが、ダルコ司令官だった。

「・・・先のBETA戦で奴らはカズィクル地雷原を地中進行することで回避した。その際に地上に出て来たのが、奴らの斥候軍だったとしたら?」

「あの数で斥候軍・・・」

「そして、奴らは固い岩盤で作られている山岳を掘り進むよりも地上に出て進む方が、効率的だと学習していたとすれば、無理矢理にでも納得が出来る。だが、幸いなことに自然は我らに味方してくれている。すべてのBETAが山岳を越えてくると解っているのなら、対処はしやすい」

俺はそこでふと思った疑問を聞いて見た。

「まだ別働隊のBETAが地中進行してきている可能性は?」

「それはない、各地に無数に埋め込まれた振動センサにはなんの反応も今はないからな、それよりも我々が気にしているのがこのデータだ。」

ダルコ司令官はそう言うと俺にパソコンのディスプレイをみるように進めてくる。

そして俺がそれを見ると、さらに俺は驚愕した。

「なんですか、この振動パターンは・・・?BETAが大挙として地面を掘っている時のパターンとも違う。これではまるで、一つの大きな何かが蠢いているかのような。・・・まさか、新種のBETA!?」

俺がそう言うと、ダルコ司令官は眉間に皺を寄せた。

「もし仮にこれが8万ものBETAを運んできたのだとするなら、我々には残された時間が少なすぎる。そこで、私は君に、嫌ネフレに頼みたいことがある」

「なぜ、国連軍所属の俺にそのような事を?」

「我々を甘く見ないで貰いたいな。君がネフレの職員だと言う事はすでに知っている。・・・私からの要求は、この地に残る民を安全な土地に逃がして欲しい。そのために、国連軍をすぐさま動かす事が出来る可能性を持つネフレに一番近い君に頼んだ。」

ダルコ司令官はそう言うと、俺に頭を下げてきた。

それに続きラトロワ中佐も俺に頭を下げる。

「・・・確証は出来ませんが、俺に出来る事を全力でします!」

「・・・ありがとう」

 

「今頃、ネフレが各国連軍に対して要請を出している筈だ。アラスカにいる無能達は、今頃大慌てしているかもな。ここまで、国連の介入を許してしまったのだから」

だが、そうするとダルコ司令官が心配だ。

良くて左遷、悪くて暗殺。

だが、あの人の意志は本物だった。

それに、これが最良なのは俺でも解る。

出来る限り、彼の身を守って貰えるようにレオに掛け合ってみるか?

あの人のような人材は必要なんだ。

本来ならダルコ司令官のような人がソ連首脳部にいてくれれば、今のソ連の現状とは違った結果になっていたかもしれない。

だが、俺はそこまで考えて思考を切り替えた。

これから、戦争をするからだ。

遠くに聳え立つ山岳の先では閃光が絶え間なく見える。

ミサイルが爆弾がBETAを蹂躙しているのだと、俺に教えてくる。

「これだけの規模の爆撃の嵐を見るのは初めてだ・・・」

なっちゃんが通信越しに言ってきた。

なっちゃんの頬には汗が流れ落ちており、緊張からか体が震えているのが解った。

そんななっちゃんに、皆が笑顔を向ける。

「綺麗な眺めだろ?特等席を用意して貰ったんだ。楽しまないとな?」

俺がそう言うと、なっちゃんの顔にも活力が湧いてくる。

「あぁ!!その通りだ!」

その時、戦域に展開するすべての部隊にオープン回線で通信が入った。

「私は、ジャール大隊指揮官ラトロワ中佐だ。今より、10分後爆撃の嵐に荒らされたボロ雑巾共が汚い体液を零し、あの山頂から姿を表す。我々はその掃除をしなければならない。薄汚く誰もしたがらない仕事だが、態々好き好んで手伝いに来て下さった国連軍の方々は、立派だと思う。だが、この土地は我々のモノだ!我らの後方には、守るべき家が存在している!いくら固く分厚い門に遮られていようとも、奴らは薄汚れたその体をねじ込み擦り付けてくる!その先に待つのは、我らが家族だ!この土地を守る雷神達よ!今こそ我らがジャール(情熱)を見せつける時だ!奴らの汚れた体を薄汚い体液諸共、我らがジャールの炎で焼き尽くせ!!」

「「「「「「「「「「「「「ナシュウラー!」」」」」」」」」」」」」」(祖国万歳)

 

ソ連軍に所属戦士達の叫びに俺は震えていた。

群れでの一体感とは、こういった震えの事を言うのかも知れない。

俺は知らず知らずの内に鳥肌に襲われていた。

行ける!

こいつらとなら、どんな壁も越えていける!

そう思わせる程に心強い雄叫びだった。

 

戦域は三つに分断されており、左右を国連軍の部隊が展開しておりジャール大隊が前衛、後衛にスルト大隊が待機している。

真正面からBETAとぶつかるのは間違いなくジャール大隊だ。

国連軍は、はみ出したBETAを殺していくだけである。

これだけの話なら、随分国連軍が楽をしているように見えるがそうでない。

ジャール大隊から距離を置いて左右に展開している国連軍はなにか不足の事態が発生した時にすぐに行動に移せるようにこの陣形にされているのだ。

ジャール大隊は、彼らのおかげで目の前の敵にだけ集中すれば良い状況にある。

だが、それでもだ。

八万なんて数を、防ぎきれるハズがない。

国連軍が主導で避難誘導を始めていたとしても、すべての人を救えるとは限らない。

一匹のBETAでも通してしまえば、何百と言う数の人が死んでしまうかもしれないんだ。

その時、HQから通信が入った。

「残存BETA群5万を切りました。作戦は順調に推移しています!」

HQの声には確かな自信が見受けられた。

高揚しているのが感じられるその声は、爆撃による殲滅がうまく行っていることを嫌というほど物語っていた。

「このまま俺達の出番が無かったら、もったいない話だな?」

アナが通信越しに話掛けてくる。

「これだけの戦力を展開するだけでも、かなりのお金が飛んでいるものね?」

オカマがそれに呼応し頬に手を添えた。

「これだけでうまくBETAが殲滅されてくれたら、楽が出来ていいんだけれどにゃ~!」

そんな隊の皆に、俺は溜息を付きながら答えた。

「はぁ、別に徒労でも良いだろ?誰も危険な目に合わずに済むならそれに越したことはないさ」

「ゴリンの言う通りだぞ貴様等!」

俺の発言になっちゃんがそう言う。

「そうわ言ってもよ、俺腰が痛くてさ・・・。」

そう言って腰をさすりながら言うアナに俺は苦笑いしながら答えた。

「昨晩はお楽しみだったものな?だがな、頼むから寝室でするのだけは勘弁してくれ・・・」

「別にいいじゃねぇか!なぁ、ワンコ?」

「あ、あれはそっちの方が燃えるからってアナが!!」

「はいはい、ご馳走様・・・。次からは時と場所と空気を選んでいたして下さいね?」

俺達は戦時中だと言うのに他愛のない話しを繰り返す。

皆理解しているのだ。

こんな余裕があるのは、これが最後かもしれないと言うことを・・・。

 

「あれから五時間か・・・」

データリンクで戦域地図を更新するとBETAの数はうまい具合に減少しているのが確認できる。

そればかりか、BETA群は円状に群れを作らざる負えない状況を作られていた。

「作戦通り過ぎて逆に気持ち悪いな・・・」

そして頭上を新たなファンデーションが飛んで行く。

それと同時に、先にBETA殲滅に向かっていた航空部隊は引き返してきた。

「そろそろ終わりの時かな」

あのファンデーションに積まれているのはS-11ミサイルだ。

あれで、まとまったBETA群をそれぞれ一気に殲滅して綺麗に掃除する。

これですべてが終わる。

結局、山岳を越えてくることが出来たBETAは一匹もいなかったな。

俺がそんな事を考えていると、特大の地響きが世界を覆う。

数多のキノコ雲を作り出し砂埃の雨を降らせる。

「おほぉ~~~~!」

アナがそのすさまじさに声を漏らす。

「終わったのか・・・?」

俺がそう呟いた瞬間、アラートがコックピット内を満たす。

「ッ!!」

「10体の要塞級が生き残りました!30秒後山頂に姿を表します!戦域の全部隊は迎撃準備を始めて下さい!!」

「「「待ってました!!」」」

皆がそう言う中で、俺は気持ち悪い感覚に襲われていた。

あの爆撃の嵐の中を、どうして要塞級だけが生き残ることが出来た?

あんな鈍足なんて、真っ先に死に絶えるはずじゃないか?

俺はそんなことを考えながらも、吐き気が込み上げてくるのを我慢し操縦桿を握りしめる。

そしてカウントダウンが始まった。

 

「0、来ます!」

砂埃が立ち込める山頂から大きな10体の影が姿を表した。

望遠にしてその姿を見る。

それは満身創痍の要塞級の姿だった。

所々が焼けただれ、吹き飛ばされ、動けることが不思議なくらいに傷ついた要塞級達は一歩一歩確かめるように、歩みを進めていた。

その姿を見た戦車部隊の隊長に国連軍の隊長が号令を飛ばす!

「シチメンチョウ撃ちだ!」

そして、無数の弾丸に砲弾が要塞級に突き刺さる。

流れ弾が山岳を削り、削られた山岳の一部すら粉々に吹き飛ばすほどの弾幕。

それは、確実に要塞級の命を削って行った。

砂埃が天に伸び、カーテンを作り出し要塞級の姿はすでに見えない。

――――勝った!

誰もがそう思い、ただの的と化したであろう要塞級に楽しんで引き金を引く。

だが俺はそれに参加することが出来なかった。

動悸が激しくなる。

なにかがおかしい。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

流星のごとく的に突き刺さる様を見ていれば誰でも勝利を確信するだろう。

事実八万もいたBETA群は残すところあの十体の要塞級だけなのだから。

なら俺はなにが気に入らないんだ?

なにを心配している?

そして、俺はそれを見つけた。

ナノマシン内に残された数多の戦場の記憶の中から、それを拾い上げ思い出した。

―――この状況はッ!

それに気が付いた時には俺は叫んでいた。

「止めろッ!撃つなァーーーーッ!!」

その瞬間40に及ぶ光の矢が砂埃の闇の中から姿を表した。

それは、左右に展開する国連軍部隊。

そして砲撃を繰り返していた戦車部隊に突き刺さる。

HQから通信が入る。

「せ、戦車部隊の半数並びに・・・、国連軍戦術機部隊、2個中隊が壊滅しました・・・」

そして時間が止まったかのように茫然とする俺達を嘲笑うかのように山頂の砂埃が晴れて行く。

そこから姿を表したのは、40体にも及ぶ光線級の群れだった。

そう要塞級はただの盾であり、本命は光線級であった。

まるで朝日が昇ったかのように山頂を光が支配する。

そしてそれを知覚した時には、第二射が放たれた。

「躱せぇええええええッ!」

俺達小隊は、俺の叫びと同時に跳躍ユニットを吹かせ移動する。

すると、隣に待機していた第二小隊が光の矢に貫かれた。

爆散する戦術機を見ながら俺は叫ぶ。

「この野郎ォオオオオッ!」

ガンソードを展開し、砲身を光線級の群れに向け放つ。

だがそれは光線級に当たることは無かった。

「距離がありすぎる!」

要塞級なら当てることが出来たが、光線級では小さ過ぎ当てることが出来ない。

狙いを定めようと動きを止めた瞬間には初期照射警報が鳴り響く。

そして初期照射から逃れたと思えば別の戦術機が貫かれ溶かされた。

「これじゃあこっちがシチメンチョウだッ!」

アナが叫ぶ。

だが確かにその通りなのだ。

俺達がいるのは、山岳の下に広がる平野部。

対する光線級は見晴の良い山頂。

あの場所を陣取られた瞬間に俺達の負けは決定してしまった。

「全機反転急速離脱ッ!壁の内側か遮蔽物に身を隠せ!」

ラトロワ中佐からの命令を聞き展開していた部隊は蜘蛛の子を散らすように離脱した。

 

「はぁはぁはぁ、生きてる?」

なんとか基地に帰投出来たアナは自分の掌を見つめ呟く。

「・・・最悪ね」

オカマは怒りを孕んだ瞳で外を睨み付ける。

「クソッ!!」

そんな中で俺はハンガーの壁を殴りつけていた。

俺達はなんとか皆無事に帰ってくることが出来た。

だが、さらに一個大隊が奴らに食われた。

――――完敗だ。

BETAに出しぬかれた。

光線級がいないと言う勝手な希望的観測で立てた作戦がこの様だ。

物事に100%なんてありえない。

それは俺が一番理解している筈なのに・・・。

「クソッ!!」

その時、スルト中佐が手にウォッカを持ち現れた。

「よっ、荒れてるな?」

「スルト中佐・・・」

俺がそう言ってスルト中佐を見るとスルト中佐は手に持っていたウォッカを隠した。

「コイツはやんねぇぞ?」

「なんで、そんなモノを・・・、まさかッ!!」

スルト中佐の後方には手にウォッカを持ち酒を飲みかわす衛士達。

だが、それは一部の者達だけでありその他の衛士は飲んでいない。

そしてそれに対して文句を言う衛士は1人もいなかった。

逆に皆が皆そいつらに話掛けては離れていく。

そんな事を繰り返していた。

まさか、まさか、まさか――――ッ

聞いた事がある。

昔、BETAの猛攻に耐えきれなかったソ連はスピオトフォズに乗る衛士に特別な任務を与えた。

それは核を戦術機に積み込みBETA諸共吹き飛ぶ特攻兵器になれと言う命令だった。

そのため片道切符となったスピオトフォズの衛士達にはなけなしのウォッカが贅沢に振る舞われたと。

ならスピオトフォズの後継機であるブラーミャリサに乗るスルト大隊にウォッカが振る舞われている訳は・・・。

俺の中でドロドロとした黒い渦が出来上がって行く。

吐き気が込み上げてくる。

「・・・そんな顔をするんじゃねぇよ」

「ですがッ!!」

「止めろゴリン!」

スルト中佐に掴みかかろうとした俺をなっちゃんが止める。

「作戦の変更をダルコ司令官にするんじゃねぇぞ?これは、俺達スルト大隊の総意なんだからな」

スルト中佐の有無を言わせぬ迫力に俺は飲み込まれる。

「ですが、でもッ!」

「なぁ、五六中尉・・・。このまま俺達が行かなかったら、この基地は滅びを迎えるだろうな。聞いているだろ?八万に及ぶBETAの内実際に爆撃で倒せたのは4万だけ、その他のBETAは地中に再び隠れることで生き残っているって話」

「はい・・・」

「やつらは直ぐにでも進行を開始するだろうさ。そうなれば、ここエヴェンスク基地は奴らの手に落ちる。避難が猛スピードで行われているからと言っても、まだ避難できていない人達もいる。その人達諸共BETAはここを蹂躙するだろうな」

「・・・」

「だから、俺達が行くんだよ!俺達が神が与えた滅びを打ち破るんだ!燃えるだろ?神が描いた筋書を消し飛ばして世界を作り変えるんだ。こんなに痺れることなんてそうそう無い、夢が叶うんだ!」

「・・・夢?」

「そう夢だ!ここで俺達が生かした命が、俺達の意志を受け継いで。新たなスルトとなって世界を真の意味で作りかえる!俺達はそれを信じている。その可能性を信じている!だから、行くんだ!!」

・・・そこまで、嬉しそうに。

本当に嬉しそうに話されてしまったら、なにも言えないじゃないか。

あぁ、解っているさ。

ここで小を捨てて大を生かすには、これ以外の方法が無いってことくらい。

俺は試されている。

ここでこの人達を否定してしまえば、俺は俺の夢を仮初で張りぼての夢にしてしまう。

いくら、口で偉そうにカッコつけて切り捨てるなんて言っていても、俺はどこまで行っても甘ちゃんのままだった。

俺はここで俺の言葉が嘘では無いと、俺自身に見せなければならない。

俺はスルト中佐に向け敬礼をする。

「あなたの夢は叶っていますよ」

「どういうことだ?」

「あなたの意志は俺の中に確かに宿っています。あなた達の生きざまを俺は何時までも覚えています。だから、安心して下さい・・・。世界は俺が作り変えます。」

「ゴリン・・・」

いつのまにかなっちゃんは、俺を抑えるのを止めていた。

「へっ、そうかい・・・」

スルト中佐はそう言うと、鼻を掻く。

そして俺の頭にポンと手を乗せた。

「・・・ありがとう」

 

長い廊下を歩き、スルト中佐は指令室に向かっていた。

ダルコ司令官に最後の挨拶をするためだ。

ヤーコフ達訓練兵達には、先に挨拶を済ませている。

皆、この世の終わりと言った顔をしていたが俺が五六中尉にした話を同じ話をしたら、皆納得してくれた。

それだけじゃなく、五六中尉と同じことを言いやがった。

「まったく、若いっていいな」

すると、廊下の隅で見知った顔を見つけた。

「嬢ちゃん・・・」

それはラトロワ中佐だった。

ラトロワ中佐は、ただスルト中佐を見つめるだけで何も言葉を発しない。

だが、お互いに満足したように笑顔になりスルト中佐はラトロワ中佐の前を通り過ぎる。

「・・・先にアイツの所に行ってくる」

そう言って先を進むスルト中佐の背に、ラトロワ中佐を敬礼した。

 

ブラーミャリサが飛びったって行く。

盾の役割であるファンデーションを引き連れ基地を飛び立っていく。

核の代わりに用意されたのは大量のS-11。

それを背負い、ブラーミャリサは戦場に向かう。

スルト、それは炎の魔剣レーヴァテインを手に世界を灰に変えた魔神である。

今から彼らは、その神話を真実の物とするのだ。

 

「目標光線級まで残り200ッ!」

「テメェ等、良くここまでついて来てくれた!先に逝った奴も多くいるが、そいつらの意志も俺達が叶えてやれば良い!」

光の矢が通り過ぎて行く。

それは、部下達が乗るブラーミャリサを貫いていく。

初期照射のアラートが等々、鳴り響く。

大きな爆風が後方で発生する。

それすら利用し、先に散っていった仲間達の意志をその背に受け速度を増す。

もう敵まで、目と鼻の位置だ。

「フィカーツィア!俺達の炎で世界を灰に変えてやろう!俺の名はスルト!!世界を灰に変え、新たな命を生み出す男だぁああああああああああッ!!」

 

俺は1人皆の輪から離れていた。

暗い影を落とすかのようにコップの注がれたウォッカに移る自分の顔を眺める。

これで良かった。

この選択がベストだった。

自分にそう言い聞かす。

彼らの死は無駄なんかじゃない、自分にそう納得させる。

だが、1つ納得できないことがあった。

それは、スルト大隊の皆が死んだのに、合成の酒を片手に馬鹿騒ぎをしている基地の連中が今目の前にいるからだ。

確かに、作戦は成功した。

山頂に陣取っていた光線級を排除出来た。

だが、皆死んでしまったんだ。

なのにお前達はどうして笑っていられる。

そう思う俺がいた。

その時、俺の隣に誰かが腰かけた。

「なんて顔をしているんだ坊や」

それはラトロワ中佐だった。

「・・・別に」

そう言う俺にラトロワ中佐は珍しく微笑んだ。

「なぁ、坊やなんであいつ等は笑っていると思う?」

ラトロワ中佐はそう言うと、馬鹿騒ぎをしている連中を指差す。

その中には俺の小隊の皆もいた。

「・・・」

黙り込む俺にラトロワ中佐は話を進める。

「アイツ等はな、今でも私達の傍にいる。・・・ここにいるんだ。」

ラトロワ中佐は、そう言って俺の胸を指差す。

「だから、笑うんだ坊や、アイツ等と共に馬鹿をするんだ。・・・辛気臭い酒の席に招待してやっても誰も喜ばないだろ?だから、笑うんだよ、坊や。」

それを聞いた時、俺は気が付いた。

俺にはナノマシンがあるから、死んだ皆との繋がりを感じ取ることも出来る。

だが、あいつ等は違う。

それでも、皆自分と一緒にスルト大隊の皆がいてくれていると信じているから、いつもと同じように馬鹿騒ぎをしていたんだ。

俺みたいにナノマシンに頼らないで繋がりを信じていたんだ。

それに気が付くと、心に温かいモノが満ちてきた。

今までの気持ち悪さは、いつの間にか無くなっていた。

「ありがとうございます、ラトロワ中佐!」

そして俺は馬鹿騒ぎをしている輪に加わった。

皆が笑っていた。

泣きながら笑っていた。

皆俺以上に悲しかったんだ。

それでも、スルト大隊の皆を笑顔に変えたいから、無理にでも笑ってはしゃぐんだ。

いつの間にか俺も泣きながら笑い、酒を飲み、騒ぎ倒していた。

スルト中佐が、共に酒を飲んでいる気がしたからだ。

 

安心して下さいスルト中佐・・・。

あなたの意志は、ここにいる皆にちゃんと芽生えていますよ。

だから、見ていて下さい。

俺達の頑張りを・・・。

 




プライベートの方で忙しく、執筆活動を行えていませんでした。
そのため、今話はリハビリを兼ねています。
おかしな点などがありましたご指摘よろしくお願いします。

更新速度は送れると思いますが、今後ともお付き合いいただければ幸いです。


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決意

翌日、俺は体育館のような建物の扉の前に立っていた。

固く閉ざされた扉があっても尚ラトロワ中佐の声が聞こえて来る。

「現時刻を持って、貴官達は衛士となった!祖国と人民に尽くせ!」

そう、今日は俺とスルト中佐が受け持っていた訓練兵達の卒業式だ。

守られる側を卒業し守る側になる。

羽ばたく術を教えられて間もない雛鳥達はいきなり崖に突き落とされるのだ。

本来のペースよりも早くに訓練兵達がこの日を迎えてしまったのには訳がある。

ソ連本国からスルト大隊の変わりを務める部隊が来ないのだ。

国連軍から度々申しだされていた増援は結局こないと言う事で決定してしまった。

ソ連首脳部はこの基地を放棄したのだ。

そのため、穴埋めのために訓練兵達は繰り上げ任官されてしまった。

初陣すら済ませていない。

まともに戦術機に乗ったことの無い者達が、人が足りないと言う理由で4万のBETAなんて馬鹿げた数の敵と戦うことになる。

「こんなこと誰も望んでいないはずなのに・・・」

スルト中佐が我が子のように可愛がっていた子供達を心構えをする暇も無く戦場に立たせる。

「・・・ちくしょう」

自分も教導に関わっていただけに余計に腹立たしさが募ってくる。

その時、扉が開かれた。

「あぁ!こんな所にいた!!」

俺を見つけるや否や人差し指をビシッと指してきたのはトーニャだった。

「ッんだよ、さぼんなよなッ!!」

そう頭を掻きながら言うのはキールだった。

「へっへーん!見てよ見てよ!!これがあたし達のウィングマークさ!」

そう言って誇らしげに衛士の証を見せて来たのはイリーナだった。

瞳を輝かせながら、俺に話掛けてくるコイツ等を見ていると昔の俺を思い出す。

初めて戦術機を渡された時の俺と同じ瞳をしていやがる。

だからこそ、コイツ等の危険性を理解することが出来た。

「お前等、ソイツを渡されたと言う事がどういうことか理解しているか?」

俺がウィングマークを指差しながらそう言うとキールが皆を代表して答えた。

「戦術機に乗って下等生物共をブチ殺すことが出来るようになったんだろ?」

キールのその言葉に、元訓練兵達は意気込んだ。

「そうさ!守られてばかりの俺達じゃない!」

「私達は力を手に入れたんだ!!」

「スルト中佐の仇を撃てる!」

本当に、昔の俺を見ているようだ。

だからこそ俺は言わなければならない。

コイツ等が俺と同じ過ちを繰り返さないために・・・。

「馬鹿野郎ッ!」

俺の怒声が響き渡る。

「テメェ等、戦場がどんな場所か知っているのか!?知らねぇだろ!?あんな地獄に行くことのなにが嬉しいってんだッ!」

俺の突然の怒声に皆固まってしまう。

「想像できるか?熱に溶かされる苦しみが、生きたまま食わる苦しみが、グチャグチャに潰される苦しみが、お前達は想像できているのか?」

頼むから死なないでくれ、そう願いを込めて言葉を吐いていく。

「それも自分が味わうなら納得できるだろうさ。それは自分の落ち度なのだからな。けどな、それが隣にいる自分の仲間だったら?家族だったら?・・・お前達は、大切な人の叫び声を、助けを求める声を聞いても正気でいられるのか?」

俺の言っていることを想像したのか、青い顔をして隣にいる仲間の顔を見て行く。

「・・・お前達の仇を撃ちたいって気持ちは痛いほどに解るさ。俺も大切な人達をBETAに殺された。・・・いくら楽しかった過去を夢見て切望してもその日々は帰ってこない。だから、俺達は肥溜めのような地獄の今を必死に戦うしかないんだよ。そのウィングマークを渡されたって事は、その苦しみを味わう権利を与えられたのと同義なんだ。・・・だから、頼むからそんなに戦場を甘く見ないでくれ、頼むから・・・。」

俺達の間に静かな世界が出来上がる。

風だけが通り過ぎ、後には何も残さない。

誰も息すらしていないかのような静けさが出来上がっていた。

そして、それを壊したのは1人の少年だった。

「解ってるさ、そんな事・・・」

そう言って現れたのは、ヤーコフだった。

ヤーコフは、今まで泣いていたのだろう赤く腫らした目を擦りながら言ってきた。

「・・・俺達皆、そんな事は百も承知だ。死の八分を越えられるのがこの中の半分以下になるかもしれないことくらい解ってる。だから、虚勢を張ってビビッてないと皆に見せてるんだ。」

「あっ・・・」

俺が再び皆の顔を見た時、コイツ等は笑っていた。

恥ずかしそうに笑っていやがった。

こんな子供が、すでに覚悟を決めていやがった。

「クッ・・・」

俺は途端に恥ずかしくなった。

なら、俺が今言ったことはこいつ等にしてみれば当たり前のことなんだ。

俺がそう考えていると、ヤーコフが提案してきた。

「だからさ、俺達を鍛えてくれないか?」

「へっ?」

「俺達だって死にたくないし、家族が死ぬところを見たくない。だからさ、そうならないために俺達を本格的に鍛えてくれないか?」

その提案に俺は狼狽する。

「い、いや、でも・・・」

すぐに答えを出したい。

コイツ等を鍛えてやりたい。

だが、いつBETAが来るかもわからないこの状況下でそんな事をしている暇がはたしてあるのだろうか?

だが、その答えは意外な所から出てきた。

「構わないんじゃないか?」

そう言ってきたのはダルコ司令官だった。

「新任を1人でも多く生き残らせるためには、力を持つものからの吸収が一番手っ取り速いからね。」

「で、ですが、哨戒任務などもありますし、いつBETAが進行してくるか解らないこの状況で・・・」

「そこは私がなんとかしよう」

ラトロワ中佐が、ダルコ司令官の後ろから声を発した。

「私の部隊に来ることになるヒヨコ共をせめて羽ばたけるレベルにまでしてもらえるのなら、なんとか都合をつけてやる。」

その言葉を聞いた瞬間俺は頭を下げていた。

「ありがとうございますッ!」

 

俺はすぐさま小隊の皆に伝え、手伝って貰うことにした。

「違うぞヤーコフ!お前は一体何を学んできたッ!突撃級相手に真正面から36mmを使うとは、余程貴様は余裕があるようだな?」

「すみませんッ!」

シュミレーター室の半分を貸しきりで使用させてもらい俺達はそれぞれの分野に分かれて教導をした。

アナが射撃を教える。

「良い?格闘戦は距離感が大切だよ。常に相手と自分の距離を一定に保ち必殺の一撃を与える隙を窺う。突撃前衛は洞察力が重要だからにゃ~!」

ワンコが格闘戦を教える。

「分かったわね子猫ちゃん達?BETAと言えども所詮男・・・。良い女を追う事しか能が無いの・・・。だから、私達良い女はそこを逆手に取るのよッ!」

「「「「「「ハイッお姉さま!!」」」」」

オカマが立ち回りを教えて行く。

「良いか貴様等!要撃級の弱点は確かに顔の様な感覚器だ。ここを撃ち抜けば確かに奴らは動きを止める。だが、今の貴様等にそのような事は誰も求めていない。貴様たちが狙うのは要撃級の胴体、二つの衝角の間のここだ!20発撃ち込めば奴らは動きを止める。これだけで要撃級が絶命する訳では無いが、今の貴様達にはこれ以上のことは求めない!だからこそ、この程度の事やってみせろよ?できませんと言う言い訳は聞かんぞ?―――よろしい、次は突撃級についてだ。」

なっちゃんが、座学を担当した。

教本通りの教えでは無く、現場を知る物からの生の声を教えるのだ。

ためにならないはずがなかった。

そんな中俺は・・・。

「よし、次トーニャ来なさい。」

「はい・・・」

俺はトーニャと視線を合わせる。

「ゆっくりと、深呼吸して、そして俺の目を見るんだ」

俺の仕事は、催眠術を使った恐怖の克服。

後催眠暗示により多少の恐怖を紛らわす事が出来ると言ってもたかが知れている。

俺はその上から、さらに催眠術を掛けることでBETAに対する恐怖心を無くす。

そして、少しでも多くの事を吸収して力に出来るように暗示をかける。

「もう良いよ」

俺がそう言うとトーニャは立ち上がった。

「それじゃ、もっと強くなってくるよ!」

そう言って離れていくトーニャを見送った俺は天井を見上げた。

「もう少し、もう少しだけで良い。まだ、来るんじゃねぇぞ・・・」

 

三日後―――。

なんの反応も見せないBETAに対して俺達は、どうしようもない気持ち悪さに襲われながら過ごしていた。

そんな時である、国連軍が撤退することが決定したのは・・・。

それも当然と言えば当然なのだ。

このエヴェンスク基地にいた無力な人達の避難がなんとか完了したのだ。

だが、俺達はここに残ることになった。

俺達と言う言い方は可笑しいな。

エヴェンスク基地所属のソ連軍は残ることが決定したのだ。

その理由がまた笑えてくる。

他の地のロシア人のアラスカ避難が完了するまで時間を稼げと言うのだから・・・。

「馬鹿げている」

俺の声が司令官室に響く。

「ここにいる皆に無駄死にしろと言ってるのですか!?」

ダルコ司令官が腕を組みながらそれに返事を返した。

「これが党の決定ならば従うしかあるまい・・・」

「―――ッ」

「だが、安心したまへ・・・。新任衛士達は、カムチャツカ行きが決定している。明日には出立する予定だ。君達が手塩にかけて育てた者達は、この地を離れることが出来る。そして、君の任務もここまでだ。」

「それはどういう意味ですか?」

「そのままの意味だ。君は現時刻を持って国連軍と随伴してこの地を離れなさい」

「・・・ふざけないで下さい」

すると、今まで黙っていたラトロワ中佐が口を開いた。

「分を弁える事を、坊やは覚えた方が良い」

「弁えるつもりなんて毛頭ありませんよ!俺に、仲間を、家族を見捨てろと言うのですか!?そんなことまっぴらごめんだ!俺はなんと言われようとも、ここに残る。ここで俺の家族と最後まで戦う!そして皆で無事に生き残るんだ!」

そして俺は、司令官室を飛び出した。

 

寝室では2人の影が重なっていた。

重なり合う影はワンコとアナだった。

2人は一枚のシーツに身を包み合い抱き締めあっていた。

「なぁ、アンナ聞いたか?」

「うん、私達はここで死ぬまで戦うんだよね・・・」

「あぁ・・・」

震えるアンナの手を優しく包み込む。

「アナトリー、私怖いよ。あなたと離れるのが凄く怖い・・・」

「大丈夫、俺達は死んでも一緒だ。生まれ変わっても一緒だ」

「・・・うん」

アナトリーは、アンナの額に優しくキスをする。

「アイツは、残るらしいな・・・」

「ゴリンは、頑固だからね」

「本当に馬鹿な野郎だよ」

「うん、優しくて仲間想いの馬鹿だね」

そして二人はクスクスと笑う。

「生き残ろうな、皆で」

「うん!」

 

ナスターシャは扉の前に立っていた。

「―――ッ」

すると、扉が突然開かれ中からラトロワ中佐が姿を表した。

「す、すみません中佐・・・」

ナスターシャのその姿を見てラトロワは微笑む。

「部屋に入りなさいターシャ」

「は、はい」

部屋に通されたナスターシャは、ラトロワに抱き締められる。

それは、いつもの行為だった。

ナスターシャは、普段気丈に振る舞っているがそれは臆病な自分を隠すためであった。

それを知るのはラトロワのみ、そんな彼女を知るラトロワは出撃前に必ず部屋にやってくるナスターシャを我が子のように抱きしめてやっていた。

だが、ナスターシャはいつものように甘えてこなかった。

それどころか、自らラトロワを遠ざけた。

「中佐、私怖くないんです。可笑しいですよね?いつも出撃前は脅えていたのに、今では怖くないんです」

ナスターシャは笑顔を作りそう言った。

「・・・家族の温もりを知らなかった私に、小隊の皆は温もりをくれました。だからなのか、私は今なんでも出来そうな気がするんです。彼らが共にいるなら、なんでもできそうな気がするんです。」

「そうかい」

ラトロワは優しく笑い、子供が成長したことを喜んだ。

「・・・だから、生き残りますよ。皆で!」

 

基地の外で空を眺める俺に声をかけてきたのはオカマだった。

「こんな所で、なにをしているんだ?」

オカマは、いつものケバイ化粧を落としスッピンの状態でいた。

「オカマ、嫌今はボリスと呼んだ方が良いか?」

「あぁ、今の俺はボリスだからな」

ボリスはそう言うと、俺に一枚の写真を見せてきた。

それは、幼い女の子を抱き上げ笑うボリスの姿だった。

「俺の子だ」

「ボリスお前結婚していたのか?」

「可笑しいか?」

「あぁ・・・」

「俺が女装をしだしたのも、妻が先に他界しちまってな。悲しんでいた娘を元気づけるためだからな!」

「でも、娘さんは・・・」

「あぁ、軍の奴らにつれていかれちまったよ・・・。でも、いつかどこかで会うかもしれないだろ?だから、いつ会っても娘が寂しがらないようにって女装を続けているのさ!」

「お前って、いいお父さんじゃないか・・・」

「だろ?」

俺達の間に風が通り過ぎた。

「俺は娘をこれ以上悲しませないために・・・、生き残る。お前等皆にも、娘を自慢するために、嫌でも生き残って貰うから覚悟しておけよ?」

そう言うボリスに俺は笑った。

「あぁ、楽しみにしているよ!」

 

離れていくボリスを見つめ俺はさらに決意を固めた。

「生き残るぞ、皆で!」

そして俺は出来る事をするために、ある場所に向かった。

 

翌日―――。

体育館のような建物中には、エヴェンスク基地所属の人達が集まっていた。

今日出立するヤーコフ達もここにいる。

壇上にはダルコ司令官が立っている。

「本日、1500BETA共が進軍を開始し山岳を越えてくることが分かった。

我々はここにいる数少ない者達だけで、四万の敵と戦うことになる。絶望的だろう、助けを求めたくなるだろう。だが、考え方を変えて欲しい。この程度、大陸を追われてこの地に来た我々からしてみれば微温湯だ。そしてこの程度の事を成し遂げれば、我々は英雄になれる。家族に自慢できるぞ?・・・敵は確かに強大だ。だが、我々ジャールで繋がった家族は、この敵を必ずや撃ち滅ぼすと信じている。」

そして、ダルコ司令官は一端演説を区切った。

「我らと共にあるスルト大隊の隊規を皆で唱和しようではないか、彼らもきっと我々と共に戦ってくれるはずだ。」

ラトロワ中佐が叫ぶ。

「スルト大隊隊規、宣誓ッ!」

 

我らは剣、錆びて仇すら取れない鈍―――――

 

怒りの業火に溶かされ先達の屍により鍛えられた我らがジャールは、スルトの意志を乗せ

世界すら斬り壊す―――――

 

我らの道を阻むモノは例え神であろうと、ぶっ殺す――――

 

皆が声を揃え叫んだ。

俺達の道を阻む存在は許さないと、家族に手出しする愚か者には制裁をと叫んだ。

それを聞いていたダルコ司令官が静かに言った。

「・・・よろしい、ではジャールの担い手である我が家族よ、下等生物共に教授してやれ、我らが剣を振るうには、貴様達では役不足だとな!」

 

――――――ウ・ビーチ!!(殺す)

 



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生き残る

エヴェンスク基地から離れていく船を俺達は見つめていた。

これからを担っていく若人たちの航海の無事を祈りながら。

「行っちまったな?」

アナが俺に話掛けて来た。

「そうだな・・・」

そう言った俺にワンコが明るく言ってくる。

「教官殿は寂しいでありますか~?」

「なっ、そんなんじゃねぇよ!」

すると今度は、化粧を完璧に終えたオカマがいつものように頬に手を添え言ってきた。

「あら、可愛い所があるじゃない。その気持ち凄く解るわ~!」

「お、お前らなッ!」

俺達がじゃれ合っていると、なっちゃんが走り寄ってきた。

「いつまで遊んでいる気だ?そろそろ、時間だ」

それに対して俺達もいつもと同様に気ダルそうに答える。

「りょ~かい!」

「あいよ~」

「にゃ~!」

「はい~♡」

そんな俺達に対してなっちゃんが溜息を吐き額に手をやる。

「はぁ・・・」

そして俺達は死地へと趣に行った。

 

エヴェンスク基地から放たれた誘導弾が頭上を飛び越えて行きBETA後方に突き刺さる。

大型小型のBETA関係無しにその圧倒的な爆風でひっくり返していく。

爆炎と共に黒い煙が立ちこみ、風向きの影響からジャール大隊をその煙が包み込もうとする。

その死を運んでくるかのような先の見えない黒い煙の中から5機の戦術機が姿を表した。

「はぁああああああああッ!!」

ジュラーブリクE型を先頭に、第03小隊がBETA群に突っ込む。

ジュラーブリクE型は、深海魚のようなその独特な頭部複眼モジュールから多数の赤い光を漏らし闇を切り裂く。

着地と同時にガンブレードを縦に振り抜く。

圧倒的な重量を誇るガンブレードは、要撃級を真っ二つにすることで地面と激突し刃先がこぼれる事態を回避した。

ジュラーブリクE型は、要撃級を切り裂いた力を逃がすように回転する。

ガンブレードにこびり付いた赤い血をまき散らしながらキャリングハンドルを左手で握る。

ガンブレードは左右に裂け中から大型モーターブレードが姿を表す。

かん高く命を刈り取る音を奏でるガンブレードを大きく回転しながら振り貫く。

するとそれは、左側を通過しようとしていた突撃級を削り斬った。

重く倒れる突撃級を飛び越え姿を表したのは二機のラーストチカ。

アナが乗るラーストチカが四門の突撃砲を展開する。

オーバーワード方式の二つのガンマウントが火花を散らしながら展開されると同時に、両手の突撃砲を左右に向ける。

その姿は十字架を思わせる。

そしてアナが引き金を引いた瞬間には前、左右の戦車級の群れは蜂の巣に変貌させられていた。

そんなアナに狙いを定めた要撃級はその体躯から信じられない跳躍を見せ、強靭な前腕衝角で殴りかかろうとする。

だが、アナと要撃級の間に滑り込むように姿を表したワンコの乗るラーストチカにそれは阻止された。

ワンコは、腕部モーターブレードを展開するとそれを頭上に掲げる。

そして、跳躍ユニットを使い軽く前方に移動した。

それだけで、空を飛ぶ要撃級は腹を斬り裂かれ血肉をまき散らす。

トドメにと脚部の大型モーターブレードを展開しオーバーヘッドキックを要撃級側面に叩き込む。

要撃級は為す術が無く無残な死体となって大好きな地面に横たわった。

着地したワンコの前方から突撃級が姿を表す。

一瞬の膠着状態にあったワンコのラーストチカは、背部の突撃砲二門を即座に展開し目の前の地面に向け120mm弾を放つ。

それにより前足を吹き飛ばされた突撃級は一瞬動きを止めてしまう。

その一瞬を利用しオカマが乗るラーストチカが突撃級後方から36mm弾を突撃級の尻に叩き込み絶命させる。

オカマは跳躍ユニットを使い飛び上がり移動を始める。

36mm弾をばら撒き小型種を吹き飛ばしていく。

だが、男と女の間に存在するオカマはしたたかだった。

対人探査能力の高い要撃級の群れを巧みに誘導していく。

30体の要撃級がオカマにより一点に集められる。

それを確認したオカマはロケットモーターを使用し即座に離脱。

離脱するオカマの側面を無数の弾丸が通過した。

なっちゃんがのるジュラーブリクの四つの突撃砲から放たれた弾丸は吸い込まれるようにして要撃級を瞬く間に蜂の巣に変えていく。

120mm弾で顔のような感覚器を吹き飛ばし、36mm弾の雨で胴体をミンチに変えていく。

背後から姿を表した要撃級に気が付いたなっちゃんは射撃を止め要撃級に向けタックルの構えを取る。

そして要撃級が衝角を振り上げた瞬間に跳躍ユニットを噴射。

肩部ブレードベーンが要撃級に突き刺さる。

要撃級の衝角が後方に振り抜かれる。

要撃級に抱きかかえられるような姿勢になりながら、なっちゃんの乗るジュラーブリクは右手の突撃砲の銃口を要撃級にめり込ませ発砲。

36mm弾を放ち火花を散らせながら暴れる突撃砲を固定し撃ち続ける。

弾丸が要撃級の体を貫通するまで撃ち続けられ、動かなくなった要撃級を見たなっちゃんは要撃級に背を向け新たな敵を探す。

だが、要撃級は生きていた。

音も立てずに起き上がった要撃級になっちゃんは気が付かない。

そして、要撃級が渾身の力を振り絞り放たれた右手前腕衝角。

それはなっちゃんを捕えることは出来なかった。

空を舞う衝角。

要撃級と衝角の間には巨大な剣が存在していた。

和真が乗るジュラーブリクE型は、重いガンブレードを持ち上げ絶望する要撃級に残酷にガンブレードを付き刺し止めを刺した。

要撃級に突き刺さったガンブレードを手放し両手を広げ、スラッシュアンカーを射出。

それは意志を持つ蛇のように動き回り周りにいた戦車級を貫いていく。

そして蛇が住処に戻る時には辺り一面血の海に変わっていた。

ジュラーブリクE型は、死体となった要撃級を踏みつけ突き刺さったガンブレードを引き抜く。

そして、BETAを挑発するように大きく振り上げ右肩にそれを乗せた。

それと同時に第03小隊の面々が王を守護するかのように舞い降りる。

「やっべ、マジやっべ、俺達最強じゃね?」

アナが興奮気味に通信を繋げて鼻息荒く言ってくる。

「愛が為せる技ね♡」

「良い事言うにゃ~!」

「油断するなよ貴様等!」

そう叱咤するなっちゃんも口元を微かに吊り上げている。

俺達は長年共に戦ってきたかのような連携を取れていた。

その気持ちよさを感じながら、俺は皆に命令する。

「良し、一端ジャール大隊本陣にまで引き上げる。いつ光線級が姿を表すか解らないしな。要塞級にも、注意を払って行けよ!」

「「「「了解!」」」」

 

ジャール大隊本陣に戻ってきた俺達は、補給をすませていく。

すると、ラトロワ中佐から通信が入ってきた。

「中々いい働きをするじゃないか坊や」

「優秀な仲間がいますからね!」

戦車部隊が補給所を守るように砲撃をBETAに叩き込む。

エヴェンスクを守護してきたのは、なにも戦術機だけではない。

戦車部隊の圧倒的な火力支援あっての戦術機なのだ。

そしてその技術・練度共に高いレベルに達している戦車部隊は突撃級を甲羅ごと粉砕していく。

しかも、ただ粉砕するだけではない。

致命傷となるように、相手が瀕死になる程度に砲撃を加えている。

こうすることで、自然とBETAの盾が出来上がって行った。

それでも、実際に減らせているのか疑問に思う程のBETAの海。

圧倒的な数のBETAは徐々にその距離を縮めてくる。

ラトロワ中佐が隊形の変更を命令する。

「全部隊、隊形をウイング・ダブル・ファイブに変更。戦車部隊に作戦を次の段階に進めると伝えろ!」

ラトロワ中佐がそう号令を出すと同時にすべての部隊が移動を始める。

コの字型の陣形が三つ出来上がり、空いている所に戦車部隊を配置口の字型の陣形に変更される。

これは、遅滞作戦をするためだ。

本来、俺達のこの戦いは終わりが見えない戦いである。

だが、俺はそれを良しとしなかった。

そのため俺は終わりを作ったのだ。

俺がしたことは、単純にレオに伝えただけである。

ニミッツ級戦術機空母を派遣してほしいと。

この地で戦い生き残った皆は、精鋭中の精鋭と言っても過言ではない。

そんな人材を馬鹿の馬鹿な命令で失うのは損だ。

だから、俺はレオにこう言った。

彼らが味方に付けば、戦力の大幅なupが機体出来る上に政治的にも強力なカードになると。

そして、俺の願いは聞き届けられた。

ダルコ司令官、ラトロワ中佐にもこの事は伝えている。

2人ともなんとか了承してくれた。

命があって初めて何かが出来る。

その事を理解してくれたのだ。

この戦域にいる皆にもその事は伝えられている。

その事が、皆を希望に導かせ戦う力を振り絞らせていた。

 

皆が隊形を整えていく中で俺は跳躍ユニットを使い飛び上がり、補給コンテナ二つを足場にガンブレードを構える。

そしてキャリングハンドルを掴み上げる。

すると、剣の中から姿を表したのはMk57だった。

俺は銃口をBETA群の中腹に存在する要撃級の群れに向ける。

肩部四つの突撃砲はそれぞれ部隊の掩護をするために、別々の方向に向ける。

そしてラトロワ中佐の号令の元全部隊の砲から弾が放たれていく。

それは、波とかしたBETA群を押しとどめる。

その中で俺は目蓋を閉じ意識を集中していた。

「良し・・・」

目蓋を開く。

俺はリミッターを切っていた。

遅く過ぎていく時間の中で、冷静に銃口を向ける。

そして引き金を引くと57mm弾が放たれそれは要撃級の感覚器をぶち抜いた。

一発で終わらせずに次々と弾丸を吐き出していく。

それらはすべて要撃級の感覚器を貫き一撃で要撃級を再起不能に追いやる。

リリアの力を引き継ぐ和真にとってこの程度造作もないことだった。

肩部に搭載された四つの突撃砲は、それぞれが別々の動きをしながら各部隊を掩護していく。

「すげ~・・・」

ジャール大隊のだれかから声が漏れ出した。

それを聞いていたラトロワ中佐は溜息を零すかのように言った。

「・・・国連軍の阿修羅、か」

 

その時、エヴェンスク基地から放たれた誘導弾が撃墜された。

「等々出やがった・・・」

俺はすぐさま補給コンテナから飛び降りる。

戦域地図を確認すると、新たな点が浮かび上がっていた。

「光線級20に重光線級が1か」

ラトロワ中佐がそう呟くと俺に言ってきた。

「やれるか?」

それにたいし俺は普段と変わらずに答える。

「いつでも!」

ラトロワ中佐は、すぐさま別の命令を飛ばす。

「全戦術機の散弾でBETA前面の戦車級を吹き飛ばした後、戦車部隊は後方に下がり補給を開始、戦車部隊の補給が完了し戦線に復帰後、第03小隊はレーザーヤークトを行う。ブラスト・ガードは花道を作ってやるために誘導弾用意、良い所を見せてやれ!」

「「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」」

全戦術機による120mm散弾を浴びせられ、戦車級を始めすべてのBETAが足を止める。

その隙をついて戦車部隊が後退を始めた。

「皆聞いてくれ」

俺は第03小隊の皆に通信を繋げる。

「このレーザーヤークトが成功することで皆が生き残る確率はグンと上がる。俺は、これを確実に成功させたい。」

俺の話を真剣に聞いて来る。

「だが、見て分かる通り光線級はBETA群の最後方だ。本来なら迂回して叩くべきだが、俺達には時間がない。俺達がモタモタしていたら、それだけ他の人達の命が危険にさらされる時間が長くなる。だから俺は・・・、BETA群を突っ切ってレーザーヤークトを行いたいと思う。」

エヴェンスク基地から放たれた無数のAL弾により濃厚な重金属雲が出来上がる。

俺は皆の顔を見渡し深呼吸した。

「だが、俺1人の力ではなせないことだろう、だから・・・、力を貸してくれ!」

そして皆の顔を見た時、皆満面の笑みを作っていた。

その言葉を待っていた、と。

そんな皆の顔を見て、俺も肩の力を抜いていく。

「フッ、それじゃあ行こう!第03小隊、突撃体制に移れ隊形はアローヘッド・ワンだ!」

「「「「了解!」」」」

戦車部隊が隊列に復帰しようと前進を始めた。

俺達なら、何でも出来る。

さぁ、始めよう!

そう思った時だった。

「ぐわぁあああああッ!」

突然の悲鳴。

それは、俺達を凍えさせた。

HQから通信が入る。

「べ、BETAの地中進行です!」

「右翼の部隊が食われた・・・」

そんな中にあっても尚、ラトロワ中佐は冷静であった。

「戦車部隊は後退しながら援護射撃!各戦術機部隊は主脚走行で後退!防衛ラインを下げるッ!」

だが、一度出来た綻びをBETAは見逃さない。

「ラトロワ中佐――――ッ!」

ラトロワ中佐のチェルミナートルは、突撃級に吹き飛ばされた。

「グ、ガハッ・・・」

ジャール大隊に緊張が走る。

俺はすぐさまバイタルチェックを行う。

ヤバい―――ッ!

データを見た俺は、ラトロワ中佐が危機的状態であることを知り指示を出した。

「全ブラスト・ガード、BETA前面に向け誘導弾発射ッ!それと同時に後退開始!エヴェンスク基地城壁前でBETAを迎え撃つ!」

俺が指示を出すと誘導弾が放たれ、光線級に迎撃されるよりも早く多数のBETAを吹き飛ばす。

「なっちゃんは、ラトロワ中佐を拾って基地に後退しろ!」

「なッ!ゴリン!」

「急げッ!!お前のジュラーブリクがこの中で一番速いんだよ!」

「くッ、死なないで・・・」

そしてナスターシャは、ラトロワ中佐をジュラーブリクに移し移動を始めた。

「ジャール大隊残存部隊は、ナスターシャを中心にサークル・ワンで移動を始めろ!」

そして、俺は重い息を吐き出す。

戦車部隊隊長に通信を繋げる。

「・・・すみません」

「良いってことよ!」

「あなた達には、殿を務めて頂きます・・・」

「戦車じゃ、戦術機の速度には敵わないからな、お前の判断は間違っちゃいないさ!」

「・・・」

「お前達だって、同じようなもんだろ?気にすんな、それじゃ下等生物共に人間の意地って奴を見せてやろうか!」

「はいッ!」

戦車部隊隊長との通信を閉じると同時に、俺は仲間に通信を繋げた。

「・・・悪いなお前等、地獄まで付き合ってくれ」

だが、コイツ等はあくまでいつも通りだった。

「はいよ~!」

「皆となら、どこだって良いよ~!」

「良い男には、良いオカマが憑き物よ♡」

そんな皆に俺も笑う。

「まったく・・・、第03小隊、力を見せつけるぞッ!!」

 

「第03小隊ッ!」

「全戦車乗りッ!」

「突撃ッ!」

「撃てッ!」

 

重金属雲が立ち込める中を、戦術機が突き抜ける。

後方からは放物線を描きながら砲弾が飛翔し前方左右のBETAを根こそぎ吹き飛ばしていく。

俺達は俺を先頭に矢のように突き進む。

邪魔をする壁は、ぶち壊し進み続ける。

砲弾の数が減って行く。

それと同時に、俺は背中が重くなっていくのを感じていた。

―――死んだ。

俺の命令で、人が死んでいく。

命の重さを俺はこの時、確かに感じていた。

皆、戦術機の速度を常に最高速度にキープしている。

俺はナノマシンと脳のリミッターを切っているおかげで、そこまで苦ではないが皆は違う。

かなりきつい筈だ。

その証拠に先ほどから、誰も口を開いていない。

重金属雲のおかげでデータリンクも使えない。

俺達は、付かず離れずの距離を絶妙に保ちながら真っ直ぐ目標に向け突き進んで行く。

BETAの海が割れて行く。

それと同時にガンブレードを構える。

光線級が姿を表した瞬間にその群れには弾丸がめり込む。

「五キルッ!」

―――残り15体と一体。

突き進む。

―――目標まで残り800。

再びBETAの海が開ける。

邪魔をするBETAを無視して、四機すべてが銃弾を叩き込む。

一回の俺の動きを見ただけでコイツ等はそれをものにした。

やっぱり、コイツ等は最高だ!

「光線級残り5体!重光線級にも何発か120mmがぶち当たった!お前等最高だ!」

柄にも無く喜び叫ぶ。

まるで、部活動をしているかのような気分だ。

この仲間ならこの程度なんてことはない。

そう思えた。

その時、進行上の地面が爆ぜた。

「ッ!躱せぇ!」

それは旅団規模のBETA群だった。

そのBETA群の出現により、一本の矢は三本に分かれてしまう。

 

「キャアッ!」

「アンナぁあああああッ!」

アンナのラーストチカは、BETAが地上に噴き出してきた瞬間に要撃級に殴られ戦術機が操縦不能になりBETA群の中に墜落してしまっていた。

データリンクは使用不能、だが仲間の安否は部隊長であるゴリンには伝わる。

アイツが今のこの状況を見たら、おそらく引き返してくるだろう。

そう思ったアナトリーは、コンソール叩いていく。

それは欺瞞情報だった。

無事に自分達の戦術機達は目標に向かっている。

戦域地図にそう表示されるように変更した。

「アンナ・・・」

アナトリーのラーストチカがにじり寄ってくるBETAを蜂の巣に変えながら降り立つ。

その姿は、手負いの姫を守る騎士のようだ。

「アナトリー・・・」

アナが泣きそうな顔をしながら、名前を呼んでくる。

「大丈夫だ、俺達はいつまでも一緒だからな。ずっとそうだったろ?」

アンナは走馬灯のように昔のことを思い返す。

親元を引き離され集められた施設でアナトリーと出会った事。

感情を無くし、人形のようだった自分に笑顔を取り戻させてくれたアナトリーの事を。

そして、数多くの戦場を共に生き抜いてった事を。

幼馴染であり、戦友であり、家族であり、恋人である。

アナトリーはいつも私の味方でいてくれた。

私の王子様なのだ。

そして、今も私に寂しい思いをさせないでいてくれる。

アナトリーのラーストチカの弾丸が尽きる。

BETAが私達を引き離そうと近づいて来る。

「アンナ・・・」

アナトリーのラーストチカが、私を抱きしめる。

「ずっと、一緒だ・・・」

「愛してる」

そして、私達は自決装置を機動させ光に包まれた。

 

「アナトリー、アンナ、ボリス!無事か!?」

俺はBETAにより分断された皆に通信を繋ぐ。

だが、帰ってくるのは雑音ばかり。

「クソッ、皆無事か!?返事をしてくれッ!」

その時、戦域地図が更新され皆が無事なことを俺に知らせてきた。

皆真っ直ぐに光線級に向かっていた。

俺は内心でホッとしていた。

そして気持ちを切り替える。

「よしッ、目標目の前、これはチャンスだ!絶対逃がすなよッ!」

そして俺は、跳躍ユニットを吹かせた。

その時、BETA群の群れの中で大爆発が起こった。

数多のBETAを青白い閃光と共に吹き飛ばし、爆炎を上げ大地を削る。

「・・・S-11?」

嫌な予感がした。

フリップのでもとを確かめる。

爆発の位置を確かめる。

すると、それはアナトリーとアンナのフリップが出現した位置と重なっていた。

「・・・どういう事だ、これは?」

止めろ、止めろ、止めろ――――

考えるな、その先を考えるな。

だが俺の思考は止まらない。

震える手でコンソールを叩いていく。

小隊長権限で、アナトリーとアンナの戦術機の状態を確かめる。

そこには、なにも無かった。

すべてが、エラーで表示されていた。

「あ、あぁ、あ・・・」

震える。

手が震える。

解っていた。

死ぬことは解っていた。

でも、それでも・・・。

頭の中の湖の無数の腕たちが俺を締め上げるだけでは飽き足らずに、暗い湖の底に引きずりこもうとしてくる。

動きを止めた、俺のジュラーブリクE型に要撃級が狙いを定める。

前腕衝角を振り上げる。

だが、現実世界にいない和真はそれに気が付かない。

だが、獅子の声を聞いて和真は我に返った。

「ぼさっとしてんじゃねぇッ!!」

「ボリスッ、お前生きて―――ッ!!」

俺を殴り殺そうとしていた要撃級は、白い流星に斬り裂かれ崩れ落ちる。

流星は、俺に見向きをしないで光線級に向かって行く。

「・・・1つ頼みごとがあるんだが、良いか?」

ボリスのラーストチカは飛べる事が不思議なくらいに傷つき、所々から火花が散っていた。

それだけでは無く、何匹もの戦車級に取り付かれていた。

「ボ、リス・・・?」

 

「情けねぇ顔してんじゃないわよ♡」

俺は、絶望の底に叩きつけられたような顔をしている和真にいつもと同じように答える。

コックピットブロックが齧られ出来た隙間から戦車級が腕を伸ばしてくる。

俺はそれを、無言でコックピットに備え付けられているAk-47で打ち抜く。

戦車級の腕が粉砕され、返り血が吹きかかる。

「俺の・・・、私の娘に会うことがあったら伝えて欲しい。お前の父親は、最高にカッコイイオカマだったって・・・」

初期照射警報が鳴り響く。

コックピット内に張り付けられた、写真に手を伸ばす。

そして娘の顔を優しく撫でる。

目蓋を閉じ、楽しかったころを思い浮かべ、もし小隊の皆に娘を紹介していたらどうなっていたかを妄想する。

それは、凄く楽しい世界だった。

優しさに溢れた世界だった。

自決装置を機動させる。

100m先が、輝いているのが見えた。

「や、やめてくれ・・・」

和真がそう言ってくる。

そう言ってくる和真に、俺は思った。

コイツが息子なら、さぞ手を焼く事だろうな、と。

でも、それも良いかもしれないな、と。

だから俺は、我儘な息子に困った父親のように苦笑いしながら言った。

「お前はこんな所で終わっちゃいけないだろ?為したい夢があるんだろ?そのためには、良い男にならなくちゃな!」

そして俺は、自決装置のボタンを叩きつけた。

 

眩い閃光が俺の視界を覆い尽くした。

「あぁ、ぁああああ・・・」

死んだ―――。

俺の仲間が―――。

家族が―――。

痛みが俺を襲う。

その痛みが糧となり、湖の中の腕たちは俺を引きずり込もうとした。

だが、和真の皮膚が湖に触れそうになったとき誰かが俺を引き上げてくれた。

誰かは解らない。

だが、その三本の腕が俺を引きとどめた。

――――俺達の想いを無駄にするな

俺には、確かにそう聞こえた。

すると、俺は現実世界に帰還していた。

「また、お前達に気づかされちまったな」

眼前の敵を睨み付ける。

ボリスの自決により出来た大穴が光線級までの道を切り開いていた。

「お前達を犬死になんてさせないッ!」

ジュラーブリクE型が真っ直ぐに全力で開けた道を突き進む。

一匹の光線級が狙いを定め光の矢を放ってきた。

「うぉあああああッ!」

機体を無理矢理捻り回避しようとする。

ナノマシンの力、リミッターを切った力を使用している和真にはその程度の機動なんてことはない。

そして、仲間の想いを背負った和真を止めることは誰にもできはしない。

光の矢をなんとか回避する。

だが、光線級はそんなに甘くない。

照射元である光線級は瞳を動かした。

それだけで、死の線が再び迫る。

それを跳躍ユニットを使用し側転するように再び回避した。

だが、その時右手が溶かされてしまう。

だが、左手に持ち替えていたガンブレードの銃口、そして肩部に搭載された四つの銃口はすでに敵に向けていた。

他の光線級が初期照射を放つ中、すべての銃口が火を噴く。

すると、膨大な熱を溜めていた光線級は弾け飛び高熱をまき散らし空気上の水分を一瞬で蒸発させる。

残る重光線級の姿がそれで見えなくなる。

だが、そんなこと和真には関係が無かった。

すかさず左手のスラッシュアンカーを水蒸気の中に放つ。

確かな手ごたえ。

何に突き刺さったのか理解していた和真は、スラッシュアンカーを巻き上げる。

跳躍ユニットはロケットモーターを吹かす。

ジュラーブリクE型はガンブレードの柄を胴体に押し付け固定、刃先を眼前に向ける。

そしてその体を煙の中に引きずり込んだ。

 

煙が晴れる。

純白の煙は風にさらわれ流れ去る。

重金属雲もすでに存在していなかった。

透き通るような青空、その眼下では死のメロディーが奏でられていた。

弾け飛ぶ血飛沫、痙攣する巨大生物、淀んだ瞳を貫く巨大な剣。

力を誇示するように複眼を光らせる阿修羅は、重光線級を蹴り飛ばし剣を引き抜いた。

倒れる重光線級相手に、止めにと120mm弾を四発放つ。

重光線級の体弾け飛ぶ。

青い空が、赤に塗りつぶされた。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

俺は四方を確認した。

全方位、すでにBETA一色だ。

逃げ場なんて存在しない。

だが、俺は口元を歪めていた。

最高方なのもあり、BETAの数が少しましだと言っても負傷した単機でどうにか出来る数ではない。

それでも、俺は余裕だった。

「良いぜ、相手になってやるよッ!」

そして、BETAの海に飛び込もうとした時センサーが何かを見つける。

「コイツは誘導弾?ミサイルか・・・。そっか、ネフレが援護に間に合ったからエヴェンスク基地も余裕が出来たんだな」

だが、それを望遠で見るとそれは違っていた。

「随分デカイな?エヴェンスク基地にあんなのは、なかった筈・・・」

そしてミサイルは一発ではなく5発用意されており、それぞれが別々の方角に飛んでいた。

おかしい・・・

そう思った時、ナノマシン内の情報が俺に警報を鳴らした。

あれは、ソ連の戦略地対地弾道ミサイルであると。

そしてその弾頭は、戦略核兵器であると。

俺は慌てて弾着地点を計算する。

すると、その一部はエヴェンスク基地に設定されていた。

俺はコントロールパネルを叩きつける。

「ちくしょうッ!そうか、そういうことかよッ!」

納得が行った。

ソ連が何故、爆撃機を出さずに増援をよこさずにいたのかを、どうして俺達をここに足止めさせたのかを。

「すべては、ここでハイヴ建造に動いていた全BETAを殲滅するために、俺達を捨て駒にしたってことかよッ!」

和真は、天に向かって吠えた。

世界の不条理に、こんな事を行うのが同じ人間であることが理解できないと叫んだ。

「皆はッ!お前達にとって所詮捨て駒でしかないのかッ!?なんでそんなことを平然と出来る!?皆の命は、お前達の所有物じゃないんだぞッ!」

1つの核ミサイルが、BETA後方に迫る。

それは、俺の今いる所からさほど離れていない所だった。

「あいつ等、俺達が光線級を排除するタイミングを見計らっていやがったッ!」

憎しみが和真を襲う。

どうして人に殺されなければならない。

俺達の敵はBETAの筈だ!

小隊の皆の命が散った意味が解らなくなってくる。

皆の想いが踏みにじられたかのような気がしてくる。

俺はジュラーブリクE型を急速離脱させる。

人から逃げるために・・・。

「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょぉおおおおおおおおッ!」

そして和真は、灼熱の太陽に吹き飛ばされた。

 

「今すぐ船を戻してくださいッ!」

ナスターシャは救援に来たネフレ軍ニミッツ級戦術機空母の中で叫んだ。

「無茶を言わないでくれ、もうエヴェンスク基地に向け戦略核ミサイルがアラスカから放たれた。今戻れば、我々も死んでしまう」

「それでも、戻って下さいッ!あそこには、今もジャール大隊の皆がダルコ司令官が、司令部の皆が、今もまだ戦っているんですよッ!?」

ナスターシャとラトロワ中佐は、エヴェンスク基地に帰投後、十分な医療施設の整っている空母に乗り込んでいた。

ラトロワを預けたナスターシャはすぐに戦線に戻ろうとした。

だが、その時にはすでにアラスカから核ミサイルが放たれた情報が入り込み。

急遽戦術機空母はエヴェンスクから離れることとなった。

その結果、ナスターシャとラトロワ中佐は、核ミサイルの効果範囲ギリギリ外にいた。

ニミッツ級戦術機空母艦長も最後の望みを託し、ギリギリの位置に船を残している。

1人でも多くの人がこの船に逃げ込んでくることを信じて。

だが、それは無慈悲に貫かれた。

灼熱の閃光がエヴェンスク基地を包み込む。

それだけでは無く。

それは戦域すべてを包むかのように、次々と太陽が生まれ出てくる。

「耐衝撃、急げッ!!」

艦長が叫ぶ。

だがナスターシャはその場に崩れ落ちてしまった。

「う、そだ・・・。嘘だ・・・、嘘だぁああああああああああああッ!」

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

和真は灼熱の大地を歩いていた。

和真の愛機、ジュラーブリクE型にまた命を救われた和真は、焼け焦げた相棒に別れを告げ生きるために地獄を歩いていた。

「死なない、俺は、死なない・・・」

和真の体からは、緑色の結晶が生まれては砕け、生まれては砕けを繰り返していた。

右目は飛び出しすでにどこかに、落として来てしまった。

身体中が焼けただれ、右手は存在していなかった。

吸い込む空気、吐き出す空気が喉から漏れ出す。

それでも、和真は生きていた。

仲間の皆が俺の足を無理矢理動かせ、生きろと言ってくる。

それに後押しされ、和真は一歩を踏み出す。

だが、とうとう倒れ込んでしまった。

灼熱の大地が和真の頬を焦がす。

その時、風が和真を撫でた。

そして巨人が舞い降りる。

誰かが、俺に走り寄ってくる。

「―――ッ――――――――ッ!!」

何を言っているのだろうか?

解らない・・・。

俺は何故、倒れているのだろうか?

歩かなければ、皆を犬死させる訳にはいかない。

生きなければ・・・。

だが、体が動かない。

命の炎が消えていくのが感じられる。

「ち、く、しょぉ・・・」

 

「和君ッ!お願い目を開けてッ!!嫌だッ、嫌だよぉ!和君!和君ッ和君ッ!!」

 




これにて、エヴェンスクでのお話しは終わりとなります。
次回から、別の話しに進みます。

ここまで、読んでいただきありがとうございます。


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受け継ぐ魂

アラスカ租借地ソ連領内ネフレ支社

 窓すらな存在しない暗い室内、四角い箱のような密閉された空間には数人の男が高級な革製のイスに深く腰掛けていた。

 1つの小さなディスプレイの明かりしか存在しないその部屋は、お互いの顔すら識別できないほどに淀んでいた。

 今では高級な嗜好品と化したタバコの煙のせいで、室内の居心地の悪さをさらに加速させる。

 その嗜好品をまずそうに味わう男達。

 室内には、換気扇の音しか聞こえてこない。

 男達のうちの1人がタバコを灰皿に押し付けると、ディスプレイにノイズが走った。

「着弾しましたな……」 

 重い空気をさらに重くする一言が発せられる。

「一発数十億する核ミサイルを五発、それも貴重な戦術機を自ら捨てエヴェンスク基地すら焼き払ってしまった……」

 1人の男が頭を抱えそう嘆く。

「BETA進行に対して、核による殲滅は意味をなさない。何故なら、奴らは次々と溢れ出しますからな……」

 1人の男は髭を撫でながら後の言い訳を考える。

「そして、その事を一番よく知るのもまた、我々だ……。そうですね?同志書記長」

「その通りだ……。だが、エヴェンスクにハイヴが建造されれば我々はより多くのG元素を入手でき、国連の無能共にも言い訳は出来る。なにせ、我々は戦略核を用いてまで、BETA進行を食い止めようとしたのだから。そうですな、同志レオ」

「はい、その通りですよ。……ハイヴ攻略など、今となっては容易い。」

 レオは足を組みそう言い放つ。

 その姿からは、絶対的な余裕しか見えない。

 爆破の余波により、乱れた画面を横目で確認する。

 その瞳は冷め切っていた。

 そこでなにがあるのか、自分にはまったく関係が無い。

 どれだけの地獄が再現されていようとも気にもしない。

 その瞳はそう物語っていた。

「……G弾、確かにあれならばハイヴなどあってないようなものだろうな。だが我々の手元にはG元素もなく技術も無い、G弾を作ることなど現在不可能だ」

「御安心下さい書記長、G弾の開発データは差し上げますよ。なんなら、研究施設を西側にばれることなく建設もいたしましょう。あぁそれと、僅かばかりですがG元素を御譲りいたしましょうか?」

 レオのその言葉に緊張が増す。

「ジ、G元素を一体どこで!?それに、譲るだと!?」

 会議に参加していた別の男が脂汗をにじませ声を荒げた。

「それは、企業秘密です。ですが我々は、それをご提供できる。」

 書記長は深いため息を吐き、脳に酸素を送り込もうと息を吸い込む。

「……そこまでして、なにが望みだ同志レオ」

 その質問にレオはキョトンとし笑顔を作った。

「現在もっとも多くのハイヴを抱えているのは、あなた方だ。そして、BETAによって荒廃させられた国家にたいする影響力もある。BETA対戦後、この世界に君臨するのは、アメリカではない。……あなた方だ。これは、先行投資ですよ書記長」

 そして、レオと書記長はそれぞれ立ち上がり握手をした。

「……」

 書記長はなにも言わない。

 訝しんでいるようで、怒っているようで、それでいて嬉しそう。

 そんな表情をしていた。

「今後とも我社を御贔屓にお願いしますよ。同志、書記長」

 対するレオは、善意しか見えない笑顔をしていた。

 

 室内にいたソ連共産党首脳部は、皆が困惑した顔をしながら退室していく。

 それぞれが、先程のレオの発言の真意を確かめようと何を企んでいるのか探ろうと頭を回転させていた。

 だが、その困惑しきった顔の中には確かな、優越感が含まれていた。

 そして誰もがこうも考えていた。

 これで私の将来は安泰だと……。

 

 室内にいた者達が退室した後淀んだ室内にただ1人取り残されたレオは、先程の笑顔の仮面を脱ぎ捨てる。

 仮面の下には、嫌悪感しか存在していなかった。

「あの程度の技術や情報など、いくらでもくれてやる。だから、せいぜい踊ってくれよ豚共、後一年だ。お前達の時代は……」

 

2001年1月 ネフレ樺太基地

 俺は、絶対防衛ラインとして築かれた要塞山脈を病院の窓越しに眺めていた。

 ネフレ樺太基地……、海を隔て大陸から一番短い所で僅か7kmに位置しているこの島は、常にブラゴエスチェンスクハイヴから訪れるBETAに対し防衛戦を行っている。

 防衛の要をしているのは、樺太を縦半分に分断させている要塞山だ。

 人により作り出されたこの山は全長790kmにも及び、世界最大の前線基地としても有名である。

 そして、この要塞山から放たれる無数の攻撃によりBETAを葬っている。

 俺はその要塞山を安全な太平洋側から眺めている。

 俺は生きていた。

 あの灼熱地獄の中から生還することが出来た。

 代わりに右手と右目を失ってしまったが……。

「はぁ……」

 溜息とともにベッドから立ち上がる。

 素足が床に直接触れひんやりと足裏の体温を下げる。

 満足にシャワーすら浴びていないせいもあり、足裏を床から浮かせれば粘性の音が聞こえて来る。

 少し臭うだろうか?

 そんな事を考えながら、病室に用意された鏡の前に移動した。

 鏡に映る自分を確かめる。

 重度の火傷を負っていた俺の体は元通りになっていた。

 体内のナノマシン、そして新たに体内に入れられたナノマシンにより細胞を無理矢理活性化させ元の状態へと戻していた。

 そのせいなのか、俺の体からは色素がわずかに抜け落ちていた。

 細胞が無理矢理活性化されたことにより伸びきった前髪を見る。

 それは、右目を隠すようにされていた。

 顔半分を覆い隠す前髪を鬱陶しそうに指でなぞる。

 色素を失った俺の髪の毛は、僅かに灰色になっていた。

 黒が混ざった灰色である。

 年老いてしまった自分の髪を眺め俺はさらに深いため息をつく。

「はぁ……」

 そして俺は、無い筈の右手で前髪を掻き上げ、両目で確認する。

 俺の失われた体のパーツは、疑似生体によりなおされた。

 どんどん生まれたままの体から離れていく自分の体を考えると、元の世界の両親に申し訳ない気持ちになってくる。

「そんで、一番驚いたのがこれやんな」

 鏡に映る俺の右目を確認すると、それはすぐに解る。

 俺の本来の瞳の色は黒色だ。

 だが、俺の新たな右目はキレイな緑色をしていた。

 これは、疑似生体の弊害らしいがそれでも本来はうすい色にぼやかして誤魔化しているらしい。

 それが俺の場合、ナノマシンの色が瞳にそのまま出てきてしまった。

 俺は左右で色の違う俺の目を見て呟いた。

「……気持ち悪」

 そして俺は掻き上げていた前髪を元に戻し、ベッドに横になる。

「たまに、海賊みたいな眼帯してる人を見たことがあったけど、納得やわ」

 当初はファッションかなにかだと思っていたが、当事者になって理解した。

「こんな目、人には見せられへんわな」

 そして俺は、白い病室の天上を見つめていることに飽き目蓋を閉じることにした。

 

 同時刻、綺麗に太陽の光を反射する銀髪をなびかせ、病院に入ってくる人がいた。

 病院勤めの男が振り向く程の美人は、慣れた動作で総合受付に向かう。

 そして、受付窓口で仕事をしていた事務員のおばさんに話掛けた。

「あの~、すみません」

「あらストーちゃん、こんにちは!」

 窓口のおばさんも、毎日来るストーとはすでに顔見知りとなっており気軽に話しかける。

「はいおばさん、いつもお世話になってます」

 ストーは、恥ずかしそうに頬をピンク色に染め笑顔で返事を返した。

 すると、ストーが手に持つ物に気が付いた窓口のおばさんはそれを確認するように、ストーに問いかけた。

「あら、それは……」

 ストーは、ハッとし手に持っていた袋の中身を見せる。

「はい、リンゴです。もう大丈夫ですよね?」

 ストーが心配そうに聞くと、おばさんは笑顔で答えた。

「えぇ、大丈夫よ。本当にストーちゃんは、彼の事が好きなのね?」

 そう言われた瞬間、ストーの顔はリンゴに負けないくらいに赤くなった。

「はッ、えっ、その……、はい……」

 手をワタワタさせ、袋をガサガサ鳴らしながらストーは言い訳を考えるが、結局本音を言ってしまった。

「ふふふ、ご馳走様。リンゴの持ち込みを許可します。なにかあれば直ぐにお呼び下さい」

「ありがとうございます!」

 ストーはそう言って頭を下げ、走って目的の病室に向かおうとする。

「院内では走らないでくださ~い!」

 だが、おばさんに静止させられしまった。

「す、すみませ~ん!」

 ストーはそう言うと、走るのを止め速足で向かう。

 だがその足取りはスキップをしているようだった。

 

「お邪魔しま~す」

 ストーは、静かに扉を開け目的の病室内に踏み込む。

 洗面台と鏡、それに花瓶と物騒で不釣り合いなククリナイフが置かれた台。

 後は前面白で覆われた無色な室内にストーが加わることで、室内に華やかさが生まれた。

 個室のベッドのすぐそばにある窓は開けており、風によりカーテンがはためいている。

 ストーが歩みを進めると、カツカツと靴の音が響く。

「もぅ、窓を開けっ放しにしてちゃ風邪を引いちゃうよ?」

 ストーは、仕方がないなぁ、と言いながら窓を閉める。

 そして手に持っていた袋を台の上に置き、ベッドに腰掛けた。

「ねぇ、和君?」

 ストーが名前を呼ぶが返事がない。

「なんだ、寝てしまってたんだね……」

 良く耳を澄ませば、和真の寝息が聞こえて来る。

 ストーはそれを幸せそうに聞きながら、和真の頬に手を添えた。

「心配、したんだからね?」

 そう言いながらもストーの表情は穏やかだった。

 そして、頬を撫でるばかりでは飽き足りないストーは人差し指で和真の頬をつつく。

 そこにある存在を慈しむように、母が子供の寝顔に見とれるように、ストーは和真の寝顔を楽しんだ。

 そして、ストーはふと思い出した。

 ここ最近、あれをしていなかったと……。

 それに気が付いたストーは、誰もいないはずの室内をキョロキョロと見回す。

「……よし」

 胸の前でガッッポーズを小さくした後、ストーはベッドに入る。

 寝る和真の下半身の上に座り込み、ストーは息を整える。

「……この体でするのは、初めて、かな?」

 心臓のバクバクする音を確かめるように大きくなった胸に手を乗せる。

 ほんの一年前ならば、ここまで緊張することはなかった。

 体が小さかったからお互いに意識していなかったと言うのもあるかもしれない。

 私もただ甘えからそうしていただけだったし……。

 そう考えたストーは、同時に別のことも考えた。

 でも、大人の体になってこう言うことをするのは何故だかいけない気がする。

 歯止めが利かなくなってしまうような気がしてしまう。

 そう考えたストーは勢いよく頭を左右に振る。

「そ、そんなことないよ!」

 心臓の音がさらに大きくなる。

「で、でも、大人になった私を和君も意識してくれていた筈、だよね?」

 ストーは、ピンク色の湿った唇に指を添える。

「それに、メルから貰った本にもどうすれば良いか書いていたし……」

 両手を和真の腹部に乗せる。

 和真の暖かさが伝わってくる。

 そして、両手をベッドに乗せ上半身を前に倒し和真の体を這うように移動する。

 その姿は、獲物をしとめた雌豹のようだ。

 和真の顔はストーの顔のすぐ目の前にあった。

 ストーの瞳が潤む。

 唾液の分泌量が増していく。

 体が火照ってくる。

 そして、まともに体を洗っていなかった和真の体臭がストーの思考を鈍らせた。

「……私、どうしちゃったのかな?……もぅ、なにも考えられないよ」

 ストーの銀髪がカーテンのように外界からストーと和真を隠してしまう。

「……和君」

 そして、ストーの顔は和真に近づいて行く。

 湿った口を開け、獲物にしゃぶりつこうとする。

 

そして―――――。

 

「あむっ」

 和真の首元にしゃぶりついた。

「あむっ、あむあむあむ」

 幸せ一杯の笑顔で和真の首元を甘噛みする。

 逆に和真の顔は苦しそうだ。

 和真達を後ろから見れば、見ちゃいけませんよ!な現場だが、前から見れば逆に危ない現場である。

 ストーの喜びを表すように、和真の首筋を唾液が流れ落ちた。

その時――――。

 ストーの両肩が、ガッっと掴まれ体ごと持ち上げられた。

「……入院患者の俺になにをしているんだ、ストー?」

 冷ややかな視線を向ける和真に対しストーは。

「え、えへへへ……」

 笑って誤魔化した。

 

「良いかストー、仮にも俺はケガをしていてだな……」

「……はい」

 ベッドの上ではおかしな現場が出来上がっていた。

 和真とストーはお互いに正座で向かい合っている。

 そして、ストーは和真に説教をされていた。

「仮にもそんな俺にだな――――。」

「はい……」

 かれこれ説教は、一時間は続いていた。

 和真は本気で怒っている訳ではない。

 その事をストーも理解しているようで、お互いに少し演技をしているようであった。

 

「おっじゃましま~す!」

「つ、月子さん!院内では静かに!」

「園子、あんたの声が一番大きいわよ……」

「ち、千夏さ~ん!」

 賑やかな連中が来てしまった。

 俺は額に手を置き言った。

「人の病室の前でなにをしてるんですか、あなた達は……」

 俺の声を聞いた三人は笑いながら入ってくる。

「よっ!元気にしてっかぁ~?」

 月子さんが、片手を上げ言ってくる。

「綺麗な体に戻ったじゃない!」

 千夏さんが、俺の体を嘗め回す様に見て言ってくる。

「本当によかったです……」

 泣きそうになりながら園子さんが言ってくる。

 そんな三人に俺は笑顔で言った。

「お久しぶりです。月子さん、千夏さん、園子さん!」

 すると月子さんがある物を見つけ、紫色の長髪を振り回し駆け寄った。

「あっ!リンゴじゃ~ん、しかもこれ天然物かよ!千夏ー、これ切ってよ!」

 そう言って袋の中をガサゴソ漁り、リンゴを1つ取り出し千夏さんに投げて渡す。

「だ、ダメですよ月子さん!それは、和真さんのですよ!?」

「固い事言うなよ園子!これ食べても良いよな!?」

 月子さんが、ストーにそう聞くとストーもそれに答えた。

「はい、一杯ありますから皆さんで食べましょう!」

「やった~~~!」

「ちょっと待て、それは俺のだろ!?俺に聞いて下さいよ!?」

「ケチ臭いこと言ってっと、モテねぇぞ?」

「別にモテなくて結構ですッ!」

 俺達が口論をしていると、いつもの通り千夏さんが仲裁に入ってきた。

「まぁまぁ、こんなに一杯あるんだし、ねっ?」

 千夏さんにそう言われ、俺は笑顔で返した。

「はい、皆で食べましょう!」

「ちょ、アタシの時と態度ちがくね?」

「そんな事はないですよ?」

「まぁまぁ、ストーも切り分けるの手伝って!」

「はい!」

 

 シャクシャクとリンゴを食べる音が響く。

「うんめぇーッ!」

「本当に美味しいです!」

「うん、さすが天然物は違うわぁ……」

「和君美味しい?」

「あぁ、美味しいよ」

 それぞれがそれぞれ、リンゴに舌鼓を打つ。

 すると、千夏さんが話掛けて来た。

「それにしても良かったわ」

「なにがですか?」

「元気そうだからね?」

「……はい、元気にしてますよ!」

 俺は無理矢理に笑顔を作ってそう言った。

「無理はしないで下さいね?」

「大丈夫ですよ園子さん、俺は無理なんてしていない」

 ストーが俺を心配そうに見つめてくる。

 最後の一欠けらを食べ終えた月子さんが、そんな俺に言ってきた。

「何人の部下を無くしたんだ?」

「つ、月子さん!」

「園子、少し黙ってなさい」

 部屋が静まりかえる中、再度月子さんは言ってきた。

「お前の部下何人がお前の命令で死んだんだ?」

 震える喉を無理矢理押さえつけ声を絞り出す。

「……三人です」

「そっか……、で、和真は成長できたのか?」

「へ?」

「だ~か~ら~!部下のおかげで成長できたのか?」

「はい……」

 俺がそう言うと、月子さんは立ち上がり俺の背中を引っぱたいた。

「だったら、良かったじゃねぇか!そいつらの命は無駄に終わらなかった!」

「無駄じゃなかった……?」

「お前の部下が命を懸けてお前に成長を促した。なら、お前の部下の死は無意味じゃない!」

 月子さんはそう言うと、俺の頭をガシガシ撫でまわす。

「後は和真次第だ!その三人分の働きをするもよし、受け継いだものを誰かに渡すもよし、好きに選べば良い!その三人の魂はそうやって引き継がれていく。

だから、無くすんじゃねぇぞ?」

 それを聞いて、ストンと心が軽くなった。

 知らぬ間に、涙が溢れていた。

「……無くしませんよ。あいつ等の想いを、俺は無くしたりなんてしない」

 そして俺は、いつも通りの笑顔を皆に向けた。

「ありがとうございます!御心配をおかけしました。でも、もう大丈夫です!」

「「「「……」」」」

 だが、返事はかえってこなかった。

「アレ?」

 俺がそう言うと、千夏さんが呟いた。

「……確かに、その笑顔は反則だわ」

「可愛いです……」

「べ、別にアタシはなんとも思ってねぇし!」

「やっぱり、和君にはその顔が一番だね!」

 そして赤い顔をしてそっぽを向いていた月子さんが突然言い出した。

「それよりも和真……、お前臭うぞ?」

「あ、ごめん、俺ここ最近まともにシャワー浴びてなかったから」

 すると、千夏さんの瞳がキラリと光った。

 一瞬、ゾクッと嫌な予感が俺を襲う。

 だが、その時にはすべてが遅かった。

「なら、体を拭かなくちゃね?」

 千夏さんが、俺の右手を抱きしめ動きを封じる。

「拭き拭きですよ~!」

 園子さんが、左手を抱きしめ封じ込める。

「ストー、このビデオカメラで録画しといて!」

「はいッ!」

「え?えっ、えっ、えっ?」

 完全に俺は訳が分からなかった。

 さっきまでの良い雰囲気がすべていつの間にか消え失せていた。

 ストーが構えるビデオカメラが俺を捕える。

 床に座っていた俺は月子さんにより無理矢理足を前に投げ出す形にされた。

「ちょ、ちょいストップッ!ストップッ!!」

 月子さんが俺の上着のボタンをはずしていく。

 そしてその手が、下へと延びて行き……。

「待て待て待てッ、本当にちょっと待てッ!良いから、自分で出来るからッ!?これじゃ俺、アレだよ?男なのに集団でアレされちゃいそうになってるアレだよ!?」

 すると、月子さんが手を止め言ってきた。

「こんな美少女達にされるなら、お前も本望だろ?」

 それに対して俺は言ってやった。

「美少女って、プっ……!」

 すると、月子さんの額に特大の怒りマークが出来上がる。

「よ~し分かった!本当なら、ここで終わらせてからかう筈だったが、もうアレだ。

……下も脱がす」

 それを聞いて俺の顔は血の気が失せて行く。

「ちょ、待って、今の嘘だから!」

「もう遅いッ!」

 そして月子さんの手が俺のズボンに伸ばされる。

「や、止めてーーーーーーーーっ!」

「いい加減にしてくださいッ!」

 俺が叫ぶと同時に病室に乱入してきたのは、看護婦さんだった。

 そして、室内の現場を見てしまった看護婦さんはMPを呼ぼうとしたり、それを俺達が誤解だと言って納得させたり、怒られたりと散々だった。

 

 そして看護婦さんが説教を終え帰って行ったあと、俺は皆に言った。

「……ありがとう」

 照れを隠すように顔を俯かせてそう言うと、乱暴に頭を撫でられた。

「良いってことよ!」

「元気なのが一番だしね!」

「和真さんは、笑顔の方が素的ですから!」

 そう笑顔で言ってくるトイ・フラワーの皆を見ながら俺は思った。

 

 俺はこの人達からしてみれば、まだまだ弟のままなんやな。

 



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交わる刃

 樺太に存在する病院の屋上には和真の姿があった。

 慣れた手つきでタバコに火をつけ、久々の味を楽しむ。

 柵に腕を乗せ、もたれ掛り空を眺める。

 空には夜の暗闇の中でも精一杯に光り輝く星々の輝きが和真の目に飛び込んでくる。

 和真は右前髪を掻き上げる。

 空の星々にいる誰かに、俺はここにいると自己主張するかのように和真の右目は緑色に輝いていた。

「はぁ~……」

 口から流れ出る紫煙を目で追いかける。

 それは、俺を包み込む様に流れ去る。

 その煙を追いかける様に体を反転させると、そこには三人の人がいた。

 屋上から院内に通じる扉前には、トイ・フラワーの姿があった。

 トイ・フラワーの三人は無言で和真に近づく。

 和真はとっさに右目を前髪で隠してしまう。

 そして何事もなかったかのように、声を掛けた。

「どうしたんや?もう帰ったかと思ってたわ」

 三人を代表するかのように千夏がハニカミながら答えた。

「少し聞きたい事があってね!」

「聞きたい事?」

 和真は不思議そうに首を傾げた。

 すると園子が一歩前に踏み出し和真の前髪を優しく持ち上げる。

 急に園子に接近された和真は、驚き一歩下がろうとするがすぐ後ろが柵であり逃げることが出来ない。

 園子は、緑色に光る和真の右目を見ながら笑顔で言ってきた。

「うん、大丈夫そうですね」

 そして接近していた顔を離す。

 園子の暖かい雰囲気が和真を拒絶させずに素直にさせた。

「……うん」

 すると、月子が和真の隣に移動し柵に肘をかけ背もたれにし、空を見上げる。

 月子の紫色の長い髪が重力に負け地面に真っ直ぐ垂れ下がる。

 月子は、乱れたヘアースタイルを気にも留めずに星を見つめる。

 そして、見飽きたのか首ごと和真のほうに向けた。

「聞きたいことってのはさ、リリアとザウルさんのことだ……」

「リリアとザウルのこと……?」

 和真は目に見えて暗い顔をした。

 その顔は罪悪感に支配されており、和真の内面を表していた。

 そして、未だに2人の死を引きずっていることも……。

「あっ……」

 気が付けば和真の右手は千夏に握り閉められていた。

「辛いことだと思うけれど、話して欲しいの……、2人の最後を……」

 

 俺はそこで思った。

 俺を守るために死んでしまった大切な兄と姉のような存在である2人の話をするのに、俺が暗い気持ちで話てはダメだと。

 ザウルとリリアは俺の確かな誇りだった。

 誰にでも自慢できる存在だった。

 俺は、2人との思い出を思い返す。

 振り返ってみれば、辛いことも楽しいことも三人で乗り越えてきた。

 それに良く考えれば、辛い事よりも楽しかった頃の記憶の方が多い。

 そのことに気が付いた俺の顔は、すでに先程までの暗い顔とは真逆の顔をしていた。

「うん、話さなきゃいけない……、嫌、聞いて欲しいんだ!二人の事を……」

 

 そして俺は話した。

 俺達が京都で経験したことを、ザウルとリリアが命を懸けて俺を守ってくれたことを、すべて。

 

「……そっか、リリアらしぃな」

 月子がポツリとそう零した。

「ザウルさんも、そう言う人ですしね」

 園子さんが涙を堪えながら、そう言う。

「……2人は、どこまでも一緒なんだね」

 千夏さんが誇らしげにそう言った。

 そして三人は、帰って行った。

 三人を見送った俺はまた空を見上げる。

 空には点々と星々が光り輝き、さらに満月が姿を表していた。

 俺は満月に右手を伸ばし、月を握り閉める。

「ザウルやリリアだけじゃない、俺を生かしてくれた皆の分まで俺が戦う。

もぅ、皆の死を重しになんてしない。だから、見ていてくれッ!」

 

 基地に帰投したトイ・フラワーの三人は廊下で立ち止まっていた。

「……ごめん、今日はPXに行かないでおくよ」

「そう、ですね。私もその方が良いです」

「次に会う時は、いつも通りだよ!」

 そして三人は、それぞれの部屋に向かう。

 堪えきれない涙を必死に笑顔で隠しながら誰にも邪魔されない場所に向かって行った。

 その日の晩は、誰かが静かに泣く声が響いていた。

 

 レオに呼び出された俺とストーは、急遽身支度をすませ日本に向かうこととなった。

 時刻はすでに夜中の三時、太平洋を進む船から伸びる明かり以外には何もない無の世界が広がっていた。

 でも、良く目を凝らせば見えてくるモノも確かに存在している。

 海面に反射する月の光、時々飛び上がる魚の群れ、船に集まってくる鳥、潮の混ざり合う音。

 何もないと思っていた世界には、意外と色々なモノが溢れていた。

 視点を変えるだけで、こうも違う世界が見えてくる。

 今までの俺なら、こんな風に見ることが出来なかった。

 船の甲板にいた俺は、薄く笑いながら船内に引き返そうとした。

『あなたは、どこにいますか?』

「また、あんたか……」

 俺は海に向き直る。

『あなたは、どこにいますか?』

 幻聴にしてはしつこすぎるその声に、俺はもう何度目になるかわからない問答をした。

「……俺は、ここにおるよ。だって、ここには俺の好きな人達が一杯おるからな!だから、あっち行けって言われても、俺はここにおるよ!」

 すると、声が聞こえなくなった。

 俺はそれを確認すると、船内に戻るために扉に手を掛けた。

 その時、俺の耳に懐かしい声が聞こえた。

『――そうか、頑張りなさい』

 俺は一瞬ハッとするが、振り返らない。

 俺の居場所はここだからだ。

 だから俺は、出来るだけ明るく言った。

「うん、頑張るよ。親父!」

 そして俺は、扉を開け光をその身に浴びた。

 

 和真は、船内で他の職員と共に雑魚寝しているストーの傍に座り込む。

「すー……すー……」

 静かに寝息を立てるストーを和真は微笑みながら優しく髪を撫でてやる。

「う、ん……」

 するとストーは、気持ちよさそうに首を細め和真に擦り寄った。

 人肌が無性に恋しくなっていた和真は、それに拒否反応を示すことなく受け入れる。

「人って、こんなにも暖かいんだな……」

 そう言いながら、和真はストーと少し距離を開け横になり眠りに着こうとした。

「和君も暖かいよ……」

「起きていたのか、ストー?」

「今、起きた」

 ストーはそう言いながら、自らが被っていた布団を和真を入れる形で被りなおす。

「えへへ、こうすればもっと暖かいよ?」

 ストーは和真の腰を抱きしめ、顔を和真の胸に埋める。

「……恥ずかしいから、止めてくれ」

 そう言いながら、ストーを引きはがそうとするがストーは離れない。

 諦めた和真はマグロ状態になってしまった。

「もうどうにでもしてくれ……。」

 そうぶっきらぼうに和真は言うが、その顔は安心した顔をしていた。

 それを上目使いに見ていたストーはさらに笑顔になり、温もりを逃がさないように優しくけれど強く、和真を抱きしめた。

 

 翌日、和真とストーは日本の大地に足を乗せていた。

「う~ん……」

 大きく伸びをするストーは、懐かしい空気を体全体で感じようとしているようだった。

「そろそろ行くとするか」

 ストーにそう声を掛け1人先に足を進める和真もまた、ストーにばれないように深呼吸をしていた。

 

「ここが、帝国国防省戦術機開発研究所か」

 研究所を見上げ中に入って行く。

 すると、そこには懐かしい顔があった。

「任務ご苦労様、和真君!」

「レオ久しぶり!」

 笑顔で手をブンブンふるレオに苦笑いしながら、ストーと共に近づいていく。

「それで、なんで俺達を呼んだんや?」

「今日は日本のおもちゃの完成具合を見に来たと言うのが表向きの理由なのだがね……」

 ゴクリと唾を飲み込む。

 なにかあるのか?

 真剣な顔で黙り込むレオの表情には鬼気迫るものが感じ取れた。

「君達の顔を直ぐにでも見たくてね!呼んじゃった!」

 笑顔でそんな事を平然と言いやがった。

「呼んじゃった!じゃ、ねぇよッ!!急に呼び出すからビックリしたやんか!?」

「ごめんごめん、でも健康そうで良かったよ!」

 レオはそう言うと、俺の右目に視線を合わせてくる。

「あぁ、感謝してるよ。おかげで不便せんですんでるからな」

 俺がそう言うと、レオは二度頷く。

「それじゃ、和真君にして欲しい事を言うよ?帝国本土防衛軍帝都防衛第一師団・第一戦術機甲連隊に所属している衛士と模擬戦をして欲しいんだ!」

「わかったわ」

 俺がそう聞くとレオはキョトンとした。

「何故模擬戦をしなければならないのか疑問に思わないのかい?」

 そう言うレオに対して俺は、なんてことないように返す。

「敵を倒せばいいだけやろ?じゃあ、それ以外の情報は必要ないよ」

 俺の返事を聞いたレオは難しい顔をする。

「……そうか。なら、行ってくると良い」

 俺はレオに手を軽く手を上げ俺の案内役のネフレ職員の元に向かう。

「はいよ、叩き潰してくるわ」

 

 歩き去る和真の背を見ながらレオは隣に立つストーに問いかけた。

「……まだ、大丈夫なのかい?」

 それに対しストーは辛そうに俯き答えた。

「和君は、なんとか踏ん張ってる。自分に負けないように、壊れてしまわないように、必死に……」

「……そうか、ストー君彼を支えて上げてくれ」

 ストーは俯いていた顔を上げた。

 その瞳には決意の色がありありと浮かんでいた。

「和君をあっちには行かせない、絶対にッ!」

 

 和真は、今回の模擬戦のために用意されたセイカー・ファルコンに乗り込み演習場に立っていた。

「たまには、対人戦もしておかないとな」

 和真は力強く操縦桿を握り閉める。

「……いつかは、することになるかもしれない」

 セイカー・ファルコンに装備されている武装を確認する。

 背部に突撃砲G11が一門にフォルケイトソード改が1つ。

「お前達に生かされたこの命で、俺は世界を変える」

 だから―――

「レオの邪魔を、俺達の邪魔をする存在は叩き潰すッ!」

 そして、模擬戦が開始された。

 

 ビルが立ち並ぶ演習場を爆風が支配する。

 ビルの壁をアスファルトを砕く爆風は移動するかのように次々と生まれては消えていく。

 敵の不知火が36mm弾を放つ。

 灰色を纏う不知火は、的確に行く手を阻むかのように弾幕を張って行く。

 だが、そんな弾幕など存在しないかのように突き進むセイカー・ファルコン。

 主脚を使いアスファルトを抉り、跳躍ユニットの噴射でコンクリートの壁を吹き飛ばす。

 お返しにと、セイカー・ファルコンの突撃砲が火を噴き36mm弾を放つ。

 どの突撃砲よりも速い発射速度を誇るそれは、不知火が作る弾幕を上回る弾幕を形成する。

 それを確認した不知火は屈み、跳躍すると同時に一瞬のロケット噴射。

 不知火の空力特性を生かし僅かな推進剤の使用ですべり込むように弾幕を躱す。

 通り過ぎていく弾幕を見、移動を始める。

 曲がり角を曲がり後方を確認すると、ロケットモーターを最大噴射にして追いかけてくるセイカー・ファルコンの姿が目に入る。

 あの速度ではコーナーを曲がりきれない。

 不知火に乗る衛士がそう判断し、銃口をセイカーに向け放った。

 どちらにしろこれで終わり、誰の目にもそう映ったであろう。

 だが、セイカー・ファルコンはビルにぶつかる寸前で跳躍ユニットを逆噴射し急制動を掛ける。

 人間が耐えられないであろうGが敵の衛士の体を潰してしまう。

 本来ならばそう判断しすぐさま管制官に通信を繋げ医療班の準備を申し込むだろう。

 だが、不知火に乗る衛士はそうしなかった。

 彼は、今までの戦闘からセイカー・ファルコンに乗る衛士はあの機動を耐えてみせると判断していた。

 案の定セイカー・ファルコンは苦も無く次の動作に移る。

 機体とビルが鼻先をぶつけてしまいそうな距離でビルを足場に飛び上がった。

 不知火の放った弾丸がセイカーの足元を通り過ぎていく。

 逃がすまいと不知火は銃口を上げる。

 線となってセイカーを追いかける36mm弾をセイカー・ファルコンは空中で側転し自ら距離を狭めることで回避した。

 不知火目掛けて落下してくるセイカー・ファルコンと不知火の銃口が交差する。

 お互いに真正面から撃ちあい、同じタイミングで突撃砲が被弾し使い物にならなくなる。

 突撃砲を投げ捨て、セイカー・ファルコンと不知火は息を合わせているかのように背部から長刀を手に取る。

 セイカー・ファルコンのフォルケイトソード改のロケットスラスターに火が灯り不知火を両断しようと一文字に振り抜かれる。

 不知火はそれを苦も無く、74式近接戦闘長刀の刃先を地面に向け受け流した。

 刃と刃が擦れ火花が散り、フォルケイトソード改は爆音を上げアスファルトの地面を叩き割る。

 不知火は74式近接戦闘長刀の刃を返しフォルケイトソード改を振り抜いた状態のセイカー・ファルコンの背を斬り裂こうと振り抜く。

 だが、それは不知火自ら中断された。

 不知火は長刀を振り貫こうとしたのを無理に止めたために、右手間接が悲鳴を上げるが気にもしない。

 嫌、それどころではなかった。

 セイカーの右手に握られたナイフがコックピットブロックを突き刺そうと迫っていたからだ。

 不知火は瞬時に左ナイフシースからナイフを抜き取り防御する。

 機体と機体が擦り合うほど接近した中で、不知火に乗る衛士は関心していた。

 相手の生への執着の強さを。

 そして、和真も感心していた。

 不知火に乗る衛士の判断能力の高さを。

 不知火はセイカー・ファルコンを蹴り飛ばし一端距離を取る。

 この敵は一筋縄ではいかない。

 そう判断した不知火に乗る衛士は、脳を高速で回転させ次の作戦を考える。

 だが、その必要はなかったようだ。

 セイカー・ファルコンはナイフを放り投げフォルケイトソード改を構えていた。

 不知火の衛士は静かに笑う。

「……フッ、アイツもこう言った事が好きだったな。ならば、答えるしかあるまい」

 不知火はナイフを捨て、74式近接戦闘用長刀を構えた。

 和真は親友の構えを不知火の姿から思い出していた。

「あの構え、アイツに似てるな……。」

 先程までの騒がしさが嘘のように、静かな世界が構築される。

 不知火とセイカー・ファルコンの間を風が通り過ぎていく。

 お互いに使い慣れた刀を構えあうその姿は、時代劇のワンシーンを思わせる。

 もはやこの戦いは戦術機の戦いでは無くなり、人と人の決闘と化していた。

 そして、コンクリートの壁が崩れると同時に不知火とセイカー・ファルコンは全力で突っ込み、愛刀を振り抜いた。

 

「負けてもうたな……」

 和真はそう言いながらも清々しい顔をしていた。

「リミッターは切らなかったのかい?」

「レオ……、うん今回は普段の俺の力で戦いたかったからな」

「負けたのに随分と嬉しそうな顔をしているね?」

「なんでやろな?今回の模擬戦は勝ち負け無しに気持ち良かったわ……」

 レオと和真が他愛ない話をしていると1つの足音が近づいて来た。

 それに気が付いた和真は、そちらの方に振り返り固まる。

 それは相手も同じだった。

「……和真」

「な、尚哉ッ!?」

 



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各々の道

「こうやって2人だけで話をするのも久しぶりやな……」

「あぁ、本当にそう思う」

 あれから俺達は2人で外に出て話す時間を作ることが出来た。

 帝国国防省戦術機開発研究所の外は荒れた道に禿げた山々が見えるだけの寂れた風景しか存在しない、そんなモノしか目に入ってこなかった。

 そんな殺風景な道を2人は歩いていた。

 夕暮れが照り付ける中を歩く和真と尚哉の影がより濃さを増していく。

「今までどこにいたんだ?」

 尚哉が明るい声で聞いて来る。

 だが、その眉間には確かに皺があり久々の再開に喜びを表したいのに、どうすれば良いのか体が忘れてしまった。

 今の尚哉からは、そう言った雰囲気が溢れ出ていた。

 和真は、そんな尚哉に笑いながら答える。

「俺に会えたんがそんなに嬉しいんか?」

「嬉しいが、少し怒っている」

「まぁ、そりゃそうやろな……」

 和真は苦笑いした顔をしながら、空を眺める。

「光州でBETAに襲われた後、俺はオーストラリアにおったよ。そんで、今は国連軍に所属してる。連絡を入れんかったんは、その、あれや……ごめん」

 そんな俺に尚哉は溜息をついた。

「そんなことだろうと、思ったよ」

 和真は尚哉に顔を向ける。

「俺らしいやろ?」

「あぁ、お前らしいよ……」

 そう言って笑い合う2人の笑顔はどこかぎこちなかった。

 

 太陽が鼻先を覗かせる程度の明かりが和真と尚哉を照らしだす。

 すでに空には星が見え隠れしており、気持ちばかりの街灯が灯りはじめる。

 帝国国防省戦術機開発研究所に帰ろうと足を進めていた2人は、研究所が見えてきたあたりで足を止めた。

「どうしたんや?」

 ポケットに手を突っ込み歩いていた和真は立ち止まった尚哉に振り返る。

 良く見ると尚哉の拳は固く握り閉められており震えていた。

「和真は、彩峰中将の事を……?」

「あぁ、知ってるよ」

 太陽が完全に姿を消し、尚哉と和真の影もどこかへと消え去っていく。

「……どう、感じた?」

 やっとの思いで吐き出された言葉は凄く重かった。

「彩峰さんらしくないなと思ったわ……」

「教えてくれ」

「あの人は、優しくても現実から逃げへん人やからな。……あの時、光州がBETAに襲われた時、助けに来てくれて俺は正直嬉しかった。彩峰さんは、どんな命も見捨てない人なんやって、でも軍人になって俺は思った。智将とまで謳われた彩峰さんが、感情を優先するハズがないって、軍人の規範となって道を示してきた人があんな判断をするはずがないって……そう思った」

「和真は報道を信じていないのか?」

「あんなお粗末な報道を信じるハズがないやろ?」

「では、和真は彩峰中将がどうしてあんな行動をとったと思う?」

「まぁ、勝手な考えやけどな、それでも良いか?」

「あぁ、聞かせて欲しい……」

「きっと彩峰さんは、俺達を見捨てるつもりやった、そう思う」

 父さんが手紙を書き、来ても無意味だと知らせたにも関わらず助けにきた。

 そこには、なにかがあった筈。

「あの当時、ユーラシア大陸をBETAによって追い出された難民は後をたたへんかった。増え続ける難民に対して、各国家は救える命とそうでない命を選別していた。日本にも難民は増える一方で、いくら大東亜連合に要請されたからと言って駄々をこねる人を助ける余裕なんてどこにもなかった筈や。それに、世界中でそんなことが難民の選別がされている中で、助けなかったからと言って文句を言ってくるところはどこにも存在していないはずや」

 俺の勝手な考えを尚哉は黙って聞く。

「でも、彩峰さんは助けに行った。なら、そこには日本にとって得なことがあったと俺は思う」

「日本にとって得なこと……」

「まぁ、ネフレに仮所属してるからそんな損得で考えてまうようになったんかもしらへんけどな、続けるで?彩峰さんが、光州の人達を助けに行ったことで日本は孤立せずにすんだ。東南アジアに多くの生産拠点を持つ日本は大東亜連合に恩を売ることができた。これにより、大東亜連合と日本は切っても切れない信頼関係で結ばれることになった。そればかりか、今では大東亜連合軍は多くの日本製の物を扱っている。日本の外貨獲得に大きな影響を与えた。国連軍に対しては文句をつけて来たのは上層部だけ、現場の人間は彩峰さんのことを悪く思ってないのが殆ど、これも当たり前と言えば当たり前で国連軍は国を失った人間でほとんどが構成されてる軍隊やからな。そんでこれが一番でかいかな……」

「それはなんだ?」

「今まで、日本国内で難民による暴動は一度も起きていない。こんな国珍しいで?」

 和真はそこで息を整える。

「俺も難民をしてた時期があるから解るけどな、難民になった人ってのは自分のこと以外考えられへんねん。そんで自分が世界で一番不幸やと思い込んでしまう。移り込んだ社会に対して文句に差別アピール、権利の主張ばかりするようになり、自分達が現地人からしたら部外者やと言う事を忘れて、自分達は被害者だと声高に叫んでばかり、自分達に問題があってもそれは見ないふり。これが深刻な社会問題になって暴動に繋がる。まぁ、弱者の権利やな……。でもな、彩峰さんの事件が良きにしろ悪しきにしろ広まったことで主張しにくくなったんわ確かや。誰が、見捨てられるはずだった自分達を助けてくれたのか、知らしめることができた」

「ならば何故、彩峰中将は死ななければならなかった……」

「本来ならば、投獄だけですんだと思う。後は、国連上層部の要求を日本政府が躱しきることが出来るか出来ないかの問題やったはずやからな。でも、BETAは日本に来た。最悪のタイミングで……。これによって今度は日本国民に帝国軍と政府は攻められるようになってしまった。やから、彩峰さんにすべての責任を被せて殺した。こうすることで、国民を納得させて国連上層部も黙らせることが出来、日本は大東亜連合との深い繋がりを得て国連軍の多くの兵から同情を買うことが出来た。この成果は、今の日本を見ればわかるやろ?日本だけで、本州と九州を取り戻すことも、ましてや明星作戦なんて計画すらできひんかった。彩峰さんは、自分が悪者になることで、日本に多大な得を生み出した。唯一彩峰さんが間違ったんは、BETAの進行が大型台風と重なってしまったことやな。本来なら、半島と要塞化した九州で迎え撃つ筈やったと思うわ。うまく抑えることが出来ていれば、日本はもっと良くなってたかもしらへんな……」

 そして俺は暗く沈む尚哉を見て軽口を飛ばす。

「まぁ、俺の勝手な推測や!実際にはもっと考えがあっての判断やと思うよ!」

「和真、あの後彩峰中将の奥様や慧がどうなったのか知っているか……?」

「……」

「奥様は何も理解しようとしない国民共やメディアのせいで心を壊され中将の後を追う様に逝ってしまわれた。慧は、誰も信用できなくなってしまったッ!!彩峰中将がこんな事を望んでいたと、本気で思っているのかッ!?」

 俺は真っ直ぐに尚哉の目を見て言い返す。

「……思うよ」

 尚哉は俺の答えを聞いて髪をかき乱す。

「解らない、私には解らないッ!」

「俺の推測の通りやとは俺も本気で思ってないし勝手な推測やと言うたやろ?でもな、もし、BETAが本州まで進行出来なかったとしても、少なからず彩峰家の皆は苦しんだはずや。彩峰さんは、それだけの覚悟を持ってやった。そう言うことやろ?」

 そして俺は尚哉に向け確かな決意を乗せ言った。

「俺は、彩峰中将の行いを無駄にはしない。彩峰中将や皆が生かしてくれたこの命で為さなければならない事がある。尚哉、お前はどうしたい?」

「わ、私は……」

 尚哉は自分の掌を見つめそして俺の瞳を見るときには、昔の尚哉と同じ瞳をしていた。

「僕は……僕は、僕の意志で彩峰中将が守ろうとしたこの国を守るッ!」

 尚哉がそう言った時には眉間の皺は完全に消えていた。

 そして二人で自然に笑い合う。

「頑張れよ尚哉ッ!」

「僕の事を心配するよりも、自分の心配をしたほうが良いのではないか?あの程度の腕ではとてもじゃないが、無理だぞ?」

「ハッ、言ってろッ!」

 そして俺達は拳をぶつけ合わせる。

 骨と骨がぶつかり合う重い音が夜の静けさを弾け飛ばす。

 男にしかわからない言語がその拳には乗せられていた。

 

 研究所へと帰路についていた俺に尚哉が話掛けて来た。

「なぁ、和真」

「なんや?」

「慧に手紙を送っているのだが、返事がこないんだ……」

「そりゃ、お前あれやろ?」

「あれとは?」

「男やろ?」

 尚哉に特大の雷が落ちる。

「お前がもっとしっかりしてればなぁ~。お前どうせ仕事ばっかで顔も見にいってないやろ?」

「うぐっ……」

「諦めろ、お兄さん」

「で、ではッ!慧がもし男を連れて来たら、どう言うつもりだッ!?」

「尚哉なら、どういうんや?」

 お互いに顔を向けあい、呼吸を合わせる。

 

「「慧が欲しくば、俺を負かしてみろッ!!」」

 

 そして俺達は馬鹿みたいに笑った。

「ま、そうなるわなッ!」

「慧が連れてくる男がどんな男か楽しみだな!」

 将来、慧を連れてくる男よ覚悟していろよ。

 俺と尚哉を納得させるにはいささか骨だぞ?

 俺達は心でそう通じ合い、肩を組み合って研究所に戻って行った。

 

 研究所の入り口では、レオとストーが待っているのが遠目に見て分かった。

「悪い尚哉、俺はもう行くわ!」

「分かった、最後に1つ良いか?」

「なんや?」

「その髪型似合ってないぞ?」

「イメージチェンジや!」

「まぁ、そういうことにしておいてやる」

「はいはい、じゃあな!」

 

 2人の元に走って辿り着くと、ストーが腕を組んで怒っていた。

「もう、遅いよッ!」

「ごめんごめん」

 俺はそう言ってストーに謝るとレオに顔を向ける。

「親友との別れは済んだのかな?」

 俺はそれに笑って返した。

「いんや、アイツとはまたどこかで会うやろうからな」

「そう思える人がいると言う事は良い事だ。大切にしなさい」

「はいッ!」

「それでは、一度ケアンズに戻ろうか!」

「「了解!」」

 

2001年2月

ケアンズ基地屋外演習場

 荒れ果てた不毛の大地を荒々しい噴射音が支配する。

 噴射音が通り過ぎた数秒後には、爆炎が上がり血だまりを量産していく。

「ストー!三時方向、距離100、要撃級の群れ60体、片づけるぞ!」

「了解ッ!」

 藍色の戦術機が二本の噴射線を描きながら移動し要撃級の群れの前に足を付ける。

「ここから先は行き止まりだぞっと!」

 戦術機の両腕に握られたG11突撃砲から36mm弾が放たれ要撃級の感覚器を着実に貫いていく。

 顔のような感覚器を貫かれた要撃級は、触覚を失った虫のように暴れながらバラバラに移動を始めた。

「残念、そっちは地獄だ」

 和真が乗る戦術機の肩部兵装上部に取り付けられた三連装ミサイルポッドから、フェニックスミサイルが二発放たれる。

 要撃級の頭上で弾けたフェニックスミサイルは、内包された爆弾をまき散らし瀕死の要撃級をバラバラに吹き飛ばす。

「はぁああああああッ!!」

 和真が作り出した僅かな隙間にストーが乗るヴァローナが飛び込み、背部ブレードマウントからフォルケイトソード2を手に構える。

「せいッ!」

 フォルケイトソード2を大きく弧を描くように振り抜く。

 ヴァローナの周りにいた4体の要撃級は、ヴァローナに気が付くと同時に上半身が切り崩れ血の噴水をまきあげ、ヴァローナの赤い装甲をより赤く染め上げる。

 要撃級を殲滅し終わると、通信が開かれた。

「やぁ、その戦術機にも慣れてきたようだね!」

 通信を繋げてきたのはレオだった。

「正直な感想を言うけど、このラプターは化け物やわ」

 俺は素直な感想を述べる。

 俺に与えられたのは、リリアが搭乗していたラプター先行量産型だ。

 赤く塗装されていたのを 俺様に藍色の電波吸収塗料に変更されている。

「後、アメリカがなんでYF-23を選ばなかったのかも少し納得した」

「ほう、何故だい?」

「ラプターは、攻めよりも守りに比重を置いてると思うからな。ラプターの性能は広大なアメリカ大陸を守ると言う意味では最適やと思うわ。YF-23は、攻めの戦術機やろ?G弾と言う最大の攻撃手段を持ってるアメリカにとってみれば、戦術機にハイヴを攻める矛よりも、国を守る盾の力を求めたってことやと思うわ。確か、低燃費性と砲撃特性ではラプターの方が上やろ?このことから想像したってところやな!」

 俺の推理を聞いていたレオは頷きながら、答える。

「それもあるかもしれないね。G弾などの先進技術を蓄えているアメリカを狙おうとする者は後を絶たないだろうしね。拠点防衛と言う観点からで言えば、YF-23よりもYF-22の方が優れていたと言う事だね」

 俺の意見に同意したレオだが、さらに付け加えた。

「後は、YF-23の調達コストが高すぎたのと、アメリカが戦術機市場に見切りをつけた事、さらに当時の大統領の地元にラプターの製造工場を建設した事からも選ばれた理由が想像できるね」

 俺はそれを聞きがっくりと肩を落とした。

「……金ですか」

「金と人気取のためだね!」

「でも、良くアメリカがラプターを表で使うことを許可してくれたな?」

「まぁ、このラプターがどう言った経緯で家に存在しているのかを向こうの連中も知っているしね。それに、ペガサスの開発データと、そのラプターの戦闘データを一部譲ってあげる訳だしね。後は、ネフレが技術を漏らさないと言う信頼関係の構築のたまものだね!」

「まぁ実際、技術が漏洩してもアメリカ以外にこんな贅沢な戦術機を作れるところなんて存在しいひんからな」

「私達以外はね?」

「ハハハ、確かに……」

 すると、サブウィンドウの先でレオがなにやらカタカタキーボードを叩き始めた。

「何してるんや?」

「JIVESのデータを新しいモノに変更しているのだよ」

「どんなものに?」

「今までの対BETA戦の難易度がREALモードだとするなら、今から君達が体験するのは、HELLモードだね!」

 そう勢いよく言い終えたレオはッターンとエンターキーを叩く。

 すると、戦域に現れたのは一体の突撃級と要撃級だった。

「はっ?」

「あれ?」

 俺とストーは気の抜けた声を出してしまう。

 そんな俺達とは対照的にレオは悪戯っ子の笑みを浮かべながら言った。

「私が作ったBETAを舐めない方が良い……。それでは、演習再開だ!」

 

「レオが何考えてるか解らんけど、ちゃっちゃと終わらぜるぞ!」

「うん!」

 ラプターが突撃砲を要撃級に向け放つ。

 真っ直ぐに突き進む36mm劣化ウラン弾の雨は要撃級に迫る。

 まず一匹、そう思った和真の目の前では信じられない光景が繰り出された。

 突撃級が有り得ない程俊敏な動きをして要撃級の盾になったのだ。

 突撃級の固い甲羅に36mm弾はすべて弾かれる。

「嘘、だろ……」

「和君、前ッ!」

「おわッ!」

 ストーの声により何とかラプターに回避行動をとらせた和真は何がなんだかわからなくなっていた。

「い、今飛んできたのは、なんだ?」

「要撃級の前腕衝角……」

「はっ?」

 俺がそう聞き返すと、ストーは頬をヒクヒク引きつらせながら答える。

「要撃級がロケットパンチしてきた……」

 愕然とした瞳を二体のBETAに向けると、要撃級の右手が元の位置に戻っていく姿を確認する。

「マジかよ」

 すると今度は突撃級が有り得ない速度で突っ込んできた。

「あれ絶対500キロは出てるだろ!?」

 砂埃を猛々しく巻き上げながら一直線に突き進んで来る。

「はぁあああああ!」

 ヴァローナは突撃級に真正面から突っ込む。

 そしてギリギリのところで突撃級を回避し後方から攻撃をしかけようとする。

 フォルケイトソード2を振り下ろしたストーは勝利を確信していた。

 だが、現実は甘くはなかった。

「ストー!後ろだ!」

 ヴァローナはすぐさま跳躍ユニットを使い飛び上がった。

 足元を猛スピードの突撃級が通過していく。

「アイツ、ドリフトしやがった……」

 突撃級は慣性ドリフトのようにケツを振りストーの一撃を回避、さらにストーのケツを逆に狙ってきたのだ。

 飛び上がったストーに要撃級のロケットパンチが迫る。

「このッ!」

 和真のラプターはすぐに120mm水平線砲改に持ち替え放ち、何とかロケットパンチの機動を逸らす。

 すぐ横をロケットパンチが通過するのを見ていたストーは青ざめながら、元の位置に戻ってきた。

「こ、怖かったよ~!」

「あぁ、俺も怖い、正直怖い。あれは、予想外過ぎた……」

 だが、和真の顔はすでに勝を確信していた。

「だが、もう慣れたろ?」

 和真の問いにストーが自信満々に答える。

「うん!」

「よし、反撃開始だッ!」

 和真のラプターが動かない要撃級に120mm弾を放つ。

 感覚器を狙った弾丸は、要撃級が顔のような感覚器をヒョイと移動させることで回避した。

「そ、その程度想定済みだ!」

 要撃級に向かう和真を突撃級が阻もうと突進してくる。

 回避すればロケットパンチと言う状況で和真は叫んだ。

「ストーッ!」

「うん!」

 赤いヴァローナがラプターと突撃級の間に割り込む。

「任せたぞ!」

「うん!」

 和真はヴァローナと突撃級を飛び越え、要撃級に向かう。

 

「あなたの相手は私だよ!」

 ヴァローナは真っ向から突撃級に向けフォルケイトソード2を構える。

 砂埃を巻き上げながら進んで来る突撃級、ストーの耳には何故だか突撃級の言葉が聞こえた気がした。

「よろしい、ならば真剣勝負だッ!」

 ストーはその場にフォルケイトソード2を落とす。

 そして、両腕上腕部に装備された新武装ネイル・エッジを展開した。

 拳の形をした武装がマニュピレーターを多い隠すように前方に移動、拳が開かれると中から四本の爪が姿を表した。

 ネイル・エッジ内部で円柱が高速回転しネイル・エッジ全体を振動させる。

 ヴァローナは獅子の爪を思わせるネイル・エッジを前方に構えロケットモーターを最大噴射し突撃級の甲羅を鷲掴みした。

「くっ、ぅうううう……」

 確かに突撃級の動きを多少は遅くすることが出来たが、パワーの差から押し返されていく。

 ヴァローナの肘関節から火花が飛び散る。

 ヴァローナの腕はもう限界まで来ていた。

 そして、元居た地点まで押し返された時、突然突撃級はひっくり返された。

「作戦通り♪」

 ストーはフォルケイトソード2のロケットモーターが地面に向くように設置していたのだ。

 そして、突撃級が通過した瞬間に機動信号を送りロケットモーターを噴射、鉤爪状の刃が突撃級の先端部に引っかかりそのままひっくり返したのだ。

 ただし、持ち上げる際にフォルケイトソード2の柄の部分を踏み、てこにしていたため、ヴァローナの右足首も危険な状態になっていた。

 ひっくり返り、惨めにも腹を向ける突撃級を赤い悪魔が踏みつける。

「ひ、卑怯だぞッ!」

 何故だか、ストーの耳に声が届いた。

「ごめんね、私和君以外には真剣になれないの……」

 そしてネイル・エッジは突撃級の腹部をやすやすと斬り裂き肉を引き千切った。

 

 ストーが突撃級を倒し終わると、ラプターが隣に降り立つ。

「もう終わったの?」

「リミッター切って倒した……」

 和真の顔は疲れ切っており、苦戦したことを知らせてくる。

「演習を終了します!」

 

 格納庫に戻ってきた俺達を出迎えたのは、レオと兄貴だった。

「やぁ~、さすがだね!私が進化させたBETAを倒すなんて」

「レオこの野郎!変な声当てしてんじゃねぇよ!!BETAがしゃべったと思ってビックリしたじゃねぇか!」

「楽しかっただろう?」

「はぁ……」

 俺が溜息を付くと兄貴が話始める。

「今回、こんな馬鹿げた事をしたのはだな、お前達の戦術機に学習させるためだ!」

「学習?」

「そう、知的戦闘制御システム、略してIFCSだ!このシステムはブラーミャリサから搭載していたものだが、予想外の事態も学習させるために今回のHELLモードを体験してもらった訳だ!」

「そのIFCSってどんなの?」

 ストーが手を上げ質問する。

「戦術機の被弾、故障、戦闘状況、それらをニューラルネットワークによってリアルタイムで自動的に学習しつつ判断するシステムだ。和真もストーも今では当たり前になっているが、お前達の戦術機は即応性が他の戦術機と比べて段違いだったろ?」

「確かに……」

「これは、戦術機自身が学習した結果、次の行動を何通りも予想していたからなんだ。人間に例えると、ケンカをしてる時に相手がパンチをしてくるって予想を立てることが出来ていれば回避することも、カウンターを決めることもできるだろう?今までは、人間がこれらを行っていたためにワンテンポ遅れて動作していたが、戦術機側も次の行動を予想してくれることでスムーズに事が運ぶ。つまりは衛士のサポートをしてくれている訳だな!後は、被弾しても安全に飛行できるように勝手に普段通りを維持してくれたりする。まぁ、そんな感じのシステムだ!」

 それを聞いたストーは大はしゃぎする。

「凄い凄い!このシステムを普及させたら、皆の生存率も格段に上がるよ!」

 そんなストーに兄貴は笑顔で答えた。

「あぁ、その通りだ!だが、コイツはまだ実験段階だからな、もっといろんな環境を学習させた結果どうするか決めることになる。だから、頑張ってくれよ?」

 兄貴はそう言うとストーの頭をワシワシなでた。

「うん!」

 ストーは気持ちよさそうに目を細める。

 すると、レオがパンパンと二度手を鳴らした。

「そして、次に君達が向かう場所が決定したよ!一週間後、欧州イギリスに向かってもらう。準備しておいてね」

「「了解!」」

 




新武装紹介

ネイル・エッジ
 戦術機上腕部に装備出来る拳上の振動兵器。
 拳の時には盾の代わりを、展開し四本の爪を展開し攻撃と攻防一体の兵装である。
 内部に円柱上のモノが入っておりこれが高速回転することで、微振動を起こしている。
ワイルド・イーグルの振動ブレードにF-5E ADV トーネードの鍵爪状固定武装の概念を加えたことで完成した。
ボーニングにペガサスのデータを渡す際の交渉で手に入れている技術を元に開発されている。

イメージモデル:機動戦士ガンダムUC,バンシィ,アームド・アーマーVN

IFCS
元ネタ、F-15IFCS

これからもお付き合い頂ければ幸いです。


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傍迷惑なお姫様

2001年2月

 

 朝霧の靄の中を一台の車が走り去る。

 肌寒い気温に濃い霧がさらに肌寒さを加速させた。

 ウェストミンスター橋を歩きながら渡る和真とストーの足元は、昨日の雨の影響かすべりやすくなっていた。

「和君、和君、見て見てビッグベンだよ!」

 霧に負けない白い息を吐き出しながら、ストーはウェストミンスター宮殿の時計塔を指差した。

「転ぶんじゃないぞ~!」

 和真は口元に手を当て声を通らせる。

 だが、和真の注意などどこ吹く風とばかりにストーは、テムズ川を横断するウェストミンスター橋と霧の中から見えるビッグベンの幻想的な風景の観光を楽しむ。

「アイツ、任務だってことを完全に忘れてやがる……」

 そう嘆く和真の隣から軽快な声が飛ばされる。

「良いではないか五六中尉!」

「ですが、オルソン大尉」

 オルソン大尉、国連広報部隊の広報官でありグアドループ基地の責任者でもある。

 そんな彼が今回派遣されたのは、俺達の任務と関係していた。

 俺達が与えられた任務それは、マリア・ヴィクトリア・メアリー王女、英国王位継承権第4位の彼女の護衛だ。

 各地を視察なさる王女様を護衛するのに、国連軍から俺とストーが選ばれ後はドイツとフランスから1人ずつ選ばれているらしい。

 まぁ護衛と言っても衛士である俺達に出来ることなんかたかが知れている訳で、実際はイギリス近衛軍が周りをガチガチに固めている。

 ならば何故、俺達が護衛をしなければならないのか。

 それは昨年ここイギリスで起こったキリスト恭順派によるテロのせいである。

 そのテロで欧州連合の闇が公にされ、欧州連合は空中分解してしまうところだった。

 だがそうならなかったのは、イギリス女王の存在とネフレの存在が大きい。

 国民を女王が支え、各国家をネフレが裏から操った。

 今となっては、欧州連合の重要ポストの殆どがネフレの息が掛かった者達で構成されている。

 そして、一度信用を失った欧州連合は主要国家の関係回復はすでに出来ていると言うパフォーマンスのために、今回の視察を決めた。

 そのパフォーマンスを世界に配信するために、国連から広報官が派遣されたという流れだ。

 和真は緩やかに流れるテムズ川からロンドンの町を見渡す。

「それにしても、復興のスピードが凄まじいですね」

「一度BETAに破壊され、再興したにも関わらず今度は人間の手により壊された。今あるこの景色は欧州の人々の意地と誇りの結晶でもあるのだよ、五六中尉……」

 オルソン大尉は手に持つハンドカメラでロンドンの街並みを録画しながら、そう呟いた。

 

 俺はオルソン大尉の話を聞きながらも別の可能性も考えていた。

 今回の復興事業により、数多くの人達に金をいきわたらせることが出来た。

 さらに、汚職まみれの連中を排除し都合の良い連中を添えた。

 そして、まるで見せつけるかのような完璧な復興。

 ネフレの仕業なのは誰の目にも明らかだ。

 

 もしかすると、そのテロをけしかけたのはネフレなのか?

 

 そこまで考えた和真は頭を振るう。

 

 嫌、考えるのはよそう。

 俺はレオを信じている。

 レオの進む道が正しいと信じた俺を信じている。

 なら、何も迷う必要はないじゃないか……。

 

 和真は手に持っていた資料に目を通す。

「フランスとドイツから来る衛士は一体どんな人なのだろう?」

 資料には、双銃士としか書かれていない。

「なんでも、ここロンドンでテロ組織を切り崩す切っ掛けを作ったのが二人の戦乙女なのだそうだ。そして、彼女達の類まれな銃捌きからその二つ名が与えられたそうだ」

 オルソン大尉が、どデカイサングラスに暑苦しいケツ顎と胸毛を和真に近づけ資料を見ながらそう教える。

 和真は嫌そうな顔をしながらも、一体どんな衛士なのか楽しみにしていた。

 その時である。

「うわッ、キャっ!」

「等々やりやがった……」

 前方を走り回っていたストーが顔面から地面に突っ込んでいた。

 額を抑える和真はオルソン大尉が静かになったことに気が付きそちらを見る。

 すると、オルソン大尉はストーを撮影していた。

 オルソン大尉が構えるハンドカメラの先にはストーの姿、盛大に突っ込んだストーのパンツが綺麗に見えていた。

「大いに結構~~~~~~ッ!!」

 そう叫ぶオルソン大尉を放置し和真はストーの元に向かった。

「だから走るなといっただろう?」

「がずく~ん……」

「あぁあぁ、顔が泥だけじゃないか」

 和真はポケットからハンカチを取り出しストーの頬をゴシゴシ擦り泥を落とす。

「まぁでも、制服が汚れない様に転げたのは偉いぞ!」

 和真はそう言うとストーを立ち上がらせた。

「もうすぐでバッキンガム宮殿だ。歩けるか?」

 和真の問いにストーは目元を指でこすりながら答えた。

「うん!」

 

 そうして到着したバッキンガム宮殿、その内部を見た和真はどうして徒歩でここまでこさせられたのかを理解した。

「なんにもないな」

「ないね」

 そう何も無かったのだ。

 バッキンガム宮殿は数々の彫刻や絵画など、他国に見せつける意味合いでも飾っていたのだが、何も無かった。

 そればかりか、明かりすら余り灯っていなかった。

「それだけ、財政が厳しいと言う事だ。少しでも国民の生活をよくするために質素倹約をしていると言う事だろう。まさに、ノブレスオブリージュ、素晴らしい!」

 オルソン大尉は鼻息荒くカメラを回す。

「こんな所で撮影しても構わないのですか?」

「許可は得ている」

 執事に案内されている途中で、オルソン大尉は王女のインタビューをしてくると別行動を取ることになった。

 そして、和真とストーはメイドにステート・ルームに案内された。

「双銃士の御二方は、すでにこちらでお待ちです。マリア様がお見えになるまで室内でお待ちください」

 扉が開かれ室内に入ると、2人の少女がすでにソファーに座っていた。

 扉が開かれた事に気が付いた二人は立ち上がり敬礼をしてくる。

 それに和真は答礼をしながら自己紹介を始めた。

「国連太平洋方面第9軍所属五六和真中尉だ」

「同じくストー・シェスチナ少尉です!」

 和真達の挨拶が終わると、手前に座っていた金髪を赤い大きなリボンで一まとめにしポニーテールにしているドイツ軍装を着た少女が自己紹介を始めた。

「西ドイツ陸軍第44戦術機甲大隊・第2中隊所属イルフリーデ・フォイルナー少尉であります!」

 フォイルナー少尉に続き、奥にいた長く無造作でありながらも気品を感じさせる金髪をしたフランス軍装を纏った小柄な少女が自己紹介を始めた。

 ただし、フランス語でだ。

「フランス陸軍第13戦術竜騎兵連隊・第131戦術機大隊所属ベルナデッド・リヴィエール少尉です!遠路はるばる安全な場所から、よくお越しくださいました中尉殿」

 ストーはいきなりフランス語で話され、何を言っているのか解らないと言った顔をしていた。

「ちょ、リヴィエール少尉貴方―――ッ!」

「黙ってなさい、キャベツ女。あなただって腹を立てていたのでは?」

「……」

「衛士である私達がどうしてこんなことをやらされなければならないのかって、あなたも言っていたわよね?国連の連中がなにを考えているのか知らないけれど、私達にはこんなことをしている時間も余裕も存在していないのよ」

 一息に言い切ったリヴィエール少尉は、小さい背ながらも眼力だけで相手を畏縮させてしまうような、猛虎の目を俺に向けてきた。

 そして、その瞳が語っていた。

 こんな戯言は早く終わりにしたい、と――――。

 和真はその瞳を真正面から受け止めフランス語で返した。

「確かに君の言う通りだリヴィエール少尉。ただね、俺達は軍人であり、これは命令なんだよ。そこに、個人の考えなんて微塵も必要が無い。自らの意志で命令を捻じ曲げることが可能なのは、権力を持った一握りの人間だけだ。さて、キリスト恭順派からロンドンを守り貫いた双銃士の1人である君は、その一握りの人間なのかな?」

「あなた、つまらない人ね?」

「そうだね、つまらない人間だ」

 和真はそう言うと、今までの温和な笑みを消し去る。

「1つ言っておきたい、俺達は君達と同じ地獄を見て来た人類だ。君の想像しているような人類では無い」

 鷹のように鋭い視線を受けたリヴィエール少尉は怯むことなく、むしろ楽しそうに口元を歪め、獅子の瞳で受け止めた。

「なんだ、そんな瞳も出来るのね?先ほどの発言は撤回するわ。あなたはつまらなくなんてなさそうね」

「わかってくれたのなら、それでいいよ」

 フランス語での会話を終えた俺達は何も言わずにソファーに座る。

 ピリピリと肌が痛くなりそうな空気はいつのまにか消えていた。

 

「それにしても遅いわね」

 あれから待つ事さらに二時間、姫様は来る気配すら見せない。

 リヴィエール少尉は、イライラが貯まっているのか用意されたクッキーを小さな口に次々と放り込んでいた。

「お聞きしてもよろしいですか、中尉?」

 背筋をまっすぐに伸ばしたままのフォイルナー少尉は、どこぞのお嬢様のように礼儀正しく聞いてきた。

「そんなに畏まらなくていいよ。それだと俺も気が休まらないしね。堅苦しいのは無しで行こう」

 俺がそう言うと、フォイルナー少尉は肺にたまっていた空気を一気に吐きだし力を抜いた。

「はぁ……ありがとうございます中尉、私も辛くて辛くて」

「見ていてわかったよ」

 そう楽しげに話す中で、和真は自分の茶菓子に伸びてきた二つの手を叩き落とす。

「イタイ……」

「チッ……」

「ストー、リヴィエール少尉、俺の物を取ろうとするんじゃない」

「堅苦しいのは無しなんでしょ?だったら、良いじゃない!」

「あんだけあった大量のクッキーはお前のその小さい体のどこに消えているんだよッ!」

「育ちざかりなのよ!」

「物理法則考えろよッ!」

「あ、あの中尉……?」

「あっ、ゴホン、なにかな?」

「今さら取り繕っても遅いよ和君……」

 ツッコミを入れてくるストーを無視し、フォイルナー少尉の話を聞くことにした。

「中尉は、日本人ですか?」

「嫌、俺は日系オーストラリア人だ」

「そう、ですか……」

 フォイルナー少尉は、和真の返事を聞くと寂しそうに肩を落とした。

「良かったら話してくれないか、力になれるかもしれない」

「本当ですか!?清十郎、真壁清十郎を御存じですか!?」

「真壁……」

 確か、斑鳩家に近い有力武家だったかな。

「ごめん、知り合いではないな。でも日本には知り合いが多い。機会があれば聞いて見るよ」

「ありがとうございます!」

 

 さらに待つ事一時間、和真は腕時計を確認しストーは船を漕ぎ始め、フォイルナー少尉は欠伸をし、リヴィエール少尉は用意されたクッキーをすべて食べつくしてしまったためにイライラが募り腕を組んで人差し指で肘を叩き始めていた。

「さすがイギリス人、ジョンブルは人を待たせてもなんとも思わないようね」

 リヴィエール少尉が毒を付き始める。

「おいおい、フランス人のお前が言うなよ」

 すかさず和真が突っ込みを入れた。

 それに呼応するようにフォイルナー少尉が続く。

「その通りですわリヴィエール少尉、あなたの国もドイツや日本を見習うべきです。ねぇ~、中尉ぃ~!」

「ねぇ~!」

「キモッ!」

「スー……スー……」

 その時、扉が勢いよく開け放たれた。

「わっ、キャッ!」

 船を漕いでいたストーは扉が勢いよく開く音に驚き1人ソファーから転げ落ちそうになっている。

 あえてその無様な姿を無視した和真達は扉を開いた主に視線を向けた。

「君達緊急事態だッ!」

「オルソン大尉、一体どうしたと言うのですか?」

 扉を開けた人はオルソン大尉であり、後ろには初老の執事の人が立っていた。

 オルソン大尉に敬礼する二人に答礼を返したオルソン大尉はよほどの事なのかサングラスがずれ落ちそうになっていた。

「説明は私の方から……」

 オルソン大尉の後方に控えていた初老の執事が一歩前に進み出る。

「私、マリア・ヴィクトリア・メアリー王女に使えています。執事のセバスチャンにございます。実は――――」

 

「「「「い、家で!?」」」」

 ことの経緯を聞いた俺達は空いた口が塞がらなくなっていた。

「マジかよ、あっ、胃が痛くなってきた……」

「か、和君大丈夫!?」

「呆れた、イギリス人は味覚だけじゃなしに脳ミソまで馬鹿になってしまったの?」

「あんたがそれを言うな、味覚馬鹿代表キャベツ女」

「な、なんですって!!」

 呆れかえる俺達にセバスチャンは、申し訳なさそうに進言する。

「申し訳ありません、今、近衛を使って全力で捜索中であります。今しばらくお待ちください」

 和真は胃を抑えながら、セバスチャンに提案をした。

「その捜索任務、俺達も協力します!これ以上待たされたくありませんし」

「で、ですが……」

 俺の提案を断ろうとしたセバスチャンにオルソン大尉が待ったをかける。

「うむ、そうした方がよさそうだ。こちらにもスケジュールと言うものがあるのでね」

「では、困ったお姫様を捜索してきます」

 俺達は二時間後にまた宮殿に集合すると言う事で、バラバラの方角に探しにいくことになった。

 

「はぁ、いないな……」

 あれからすでに1時間と30分、歩き回り探し続けていたが姫様は見つからない。

「ここで最後にするか」

 和真が最後に向かったのはヴィクトリア・タワー・ガーデン。

 木々が綺麗に並び立、芝生の上を子供達が走り回っていた。

「こんな近くにいるわけないよな」

 ヴィクトリア・タワー・ガーデンは、バッキンガム宮殿から近い所に存在する。

 こんな所にいるならすでに誰かが見つけているだろう。

 和真はそう思い半ば諦めながらヴィクトリア・タワー・ガーデンの奥に進みテムズ川を柵越しに眺める。

 太陽の光を反射し、水の流れに乗りながら船がゆっくりと進んでいく。

 その光景は時間がここだけ世界から切り離され、遅く流れているのだと感じさせた。

「キレイだな……」

 そんな言葉が和真の口から自然と零れ落ちる。

 するとどこからか、声が聞こえてきた。

 

「い、いきなりキレイだなんて……。照れるじゃねぇか!こ、これは!その……、告白なのか!?その、待ってくれ!別に嫌って訳じゃないんだぜ?ただ俺達は初対面だろ?だから、こういうのには順序があると思うんだ!その……なんだ?まずは、お互いを深く解りあうところから始めないか!?」

 どこかで、愛の告白でもやっているのだろうか?

 人がせっかく良い気分で黄昏ていたのに、他所でやって欲しいモノだ。

 俺は、どんなカップルが求愛行動を取っているのか確かめてやろうと野次馬根性を出して声のした方を向く。

 すると、10m程離れた木陰からこちらを潤んだ瞳で見つめる同い年位の女の人がいた。

 そいつの見た目は、完全にお嬢様だ、『お~ほほほほほほほ!!』と笑いだしそうな感じだ。

 それより気になるのが、ドリルだ。

 そう、頭の横の髪が大きなドリルとなって太腿まで伸びている。

 どこかの貴族だろうか?

 俺はもしかしたら見つけたか、と思いセバスチャンに教えて貰った姫様の特徴を思い出す。

 

 1つ、世の男共を悶え苦しませるほどの美貌の持ち主。

 1つ、その体からは黄金のオーラを放っている。

 1つ、常に民の事を考え自らのことは二の次としたノブレスオブリージュを体現した御方。

 

 うん、こんな情報で見つけることは出来ないな。

 俺は未だに俺を見つめる女を観察する。

 整った顔立ちは確かに綺麗ではある。

 黄金のオーラは放っていない、むしろそんな人間を見たことがない。

 最後のは、確かめようがないな。

 

 俺は、探していた人物ではないと確認すると、そいつを視線から外し辺りを見回す。

 だが、どこにもそれらしいカップルはいなかった。

「あの……。まずは、友達からで良いか?」

 さっきの女がまた、話かけてくる。

 俺は、後ろを振り向く。

 誰もいない、女を見る、俺を見ている。

 

 ……俺か?

 

 俺が1人で、どうこの現状を打破するか悩んでいると突然女が目の前に現れた。

 

 オイ……。お前の位置からここまで、10mはあるのになぜお前はジャンプして俺の前にいる?

 

 そしてその女は、空に浮いたまま拳を振りかぶり俺を殴り倒した。

「へ、返事をしろ~~!!」

 左頬にクリーンヒットしたパンチで俺は、地面に右顔面から叩きつけられた。

「ぶへッ!!」

 女は、着地するとまた跳躍し俺に馬乗りになりなおも殴りかかってくる。

「は、恥ずかしいじゃないか!恥ずかしいじゃないか!!」

「止め、ぶはっ!ちょ、おぶっ!まっ、ぐはっ!―――この、いい加減に!!」

 俺は相手の両手を掴み睨みつける、すると相手の女は涙を溜めた瞳で俺を睨みつけていた。

 だが俺は、太陽に照らされ金色に輝く長髪と整った気品溢れる顔立ちに目を奪われてしまっていた。

「ひっく……、俺に、ひっく……告白しておいて、グスッ……弄ぶのか?」

 コイツは何を、言っているんだ?

「お、俺にキレイだって言っておきながら、……無視するのか!?」

 

 キレイ何て言ったか?……言ったな、コイツに向かってじゃないが確かに言ったな。

 

「一先ず落ち着け、それと俺の上から早く退いてくれ!」

 俺が、そう言うと慌てて退いてくれた。

「良いか?俺がキレイだと言ったのはお前にじゃなくて、ここから見える景色に対してだ。……それと、キレイだと言われただけでどうして告白まで行きつく」

「そ、それは……うぅ~~~!!」

 女は俺の横に腰掛け涙目でまだ睨み付けてくる。

「……ハァ!」

 俺は溜息をつき立ち上がる。

「じゃ、俺はもう行くわ!」

「あっ、オイ!」

「別にもう用は無いやろ?」

「……う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああああん!!」

「なッ!!」

 今度はタックルされ吹き飛ばされてしまった。

 右顔面がまた地面に激突する。

「い、痛てててて……」

「ご、ごめん」

 女はそう言うと、俺の右前髪を持ち上げ綺麗なハンカチで泥を落とそうとしてくれた。

 だが、俺の前髪を顔全体が見える位置まで持ち上げた所で女は固まる。

「じ、ジジィ……?」

 その懐かしい呼び方につい反射的に叫んでしまう。

「俺はジジィじゃねぇ!」

 俺の事をジジィ呼ばわりしたこの電波女は、驚愕の表情から今度は花が咲くような笑みをした。

「やっぱり、やっぱりクソジジィじゃねぇか!」

「なんで俺が、見ず知らずの女にジジィ呼ばわりされきゃならない!?」

 俺がそう半ギレで叫ぶと、電波女は頬を掻きながら言ってきた。

「ほら、俺だよ。オスロで散々世話をしてやっただろ?姉ちゃんとはうまくいったのか?」

 その話し方、そしてジジィに姉ちゃんと言うキーワードからある1人の人物が脳のタンスから姿を表した。

「泥棒、ガキ?」

「オウッ!」

 

 大人の女となった泥棒ガキはそう言うと、あの頃と同じ笑顔をした。

 



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姦しい

「まさか、お前がお姫様だったなんてな。世界は解らないねぇ~!」

「どういうことだよ、それッ!」

 和真とマリアは軽口を叩き合いながらも、旧友との再会を素直に喜んでいた。

「で、どうして家でなんてしたんだよ。俺が見つけたから良かったようなものの下手をしたら国際問題だぞ?」

「いやぁ~、悪い悪い。子供達と遊んでいたら夢中になってしまってさ」

 マリアはそう言うと芝生の上で遊ぶ子供達を指差した。

 その事に気が付いた子供達は、皆笑顔で手を振る。

 マリアはそれに微笑みながら手を振り返した。

「はぁ……、お前って奴は自由人過ぎるやろ」

「子供達の笑顔を見てると、嫌なことを全部忘れることが出来るからな……」

 儚げなマリアの表情は、先程までの悪ガキのような表情とは違い温もりを感じさせた。

「どうしたんだよ、人の顔を見つめてさ?」

「べ、べつに何でもねぇよ」

 首をコテンとこかし尋ねるマリアの顔を見ずに和真はぶっきらぼうに返事を返す。

「それより、早く帰るぞ。皆お前を探してる」

「あぁ、ジジィも今回の視察に付き合ってくれるんだって?」

「任務だから仕方なしにだ。それより、もうジジィは止めてくれ、本当にジジィになっちまう」

「ふふふ……」

 マリアはそう静かに笑うと、和真から数歩離れた。

 風が泥に汚れたスカートをなびかせ、砂金のような髪をふわりと浮かせる。

 振り返ったガキは姫へと変わっていた。

「イギリスによくぞお越しくださいました。この国を代表し私、マリア・ヴィクトリア・メアリーが感謝の意をお伝えいたします。我が欧州連合にあなたのお力を御貸し下さい」

 その姿を見た和真も、軍人の姿へと変貌していた。

「はっ、微力ながらこの任務、全力で務めさせて頂きますッ!」

 完璧な敬礼をする和真にマリアは花が咲くように笑い、和真の手を取る。

「それでは、帰りましょうか。私の騎士様?」

 

「と、言うわけだ。姫様は今、着替えている最中でもうじき出発できるのだそうだ」

 和真はバッキンガム宮殿の入り口で皆に説明する。

「なにがどういう訳なのか、今一ピンとこないけど解ったわ」

 リヴィエール少尉が腰に手を当てながら、なんとか納得したと伝えてくる。

「それにしても、お姫様がそこまで自由人だなんて驚きねぇ~」

 フォイルナー少尉が髪で遊びながら相槌を打つ。

「でも、見つかってよかったね!」

「そう言えば、ストー達はどのへんを探してたんだ?」

 和真は何気なく聞く。

 すると三人はそれぞれ別々の方向を指差しながら答えた。

「あっち」

「そっち」

「こっち!」

「どっちだよ……」

 そうこうしていると、宮殿内部から華やかなドレスを着たマリアが姿を表した。

「うわぁ……」

「綺麗……」

 フォイルナー少尉とストーがその華やかさに感嘆する。

 リヴィエール少尉は和真を一度見てから、馬鹿にするように言った。

「なに、鼻の下伸ばしてんのよ」

「別に伸ばしてねぇよ!」

「和君ッ、鼻の下伸ばしてたの!?」

「だから、伸ばしてねぇってッ!」

「まぁ、中尉も男の人だから仕方ないわよ」

「お前等なぁ――――ッ!」

 そんな和真達を見ながらマリアは口元に手を当てクスクス笑った。

 

「では、今日と明日のスケジュールを伝える」

 オルソン大尉が姫様の後から姿を表した。

「まず、門の前に止まっている車に乗り込みプライズ・ノートン基地に向かい基地を視察。明日にバーミンガム、アストン・ホールに向かう。そこで、イギリス近衛軍、イギリス軍将校との会合をする。いいかね?」

「「「「了解ッ!」」」」

 

 プライズ・ノートンに向かう車内の窓からイギリスの街並みを眺める。

 窓の外には、市場や公園など様々な憩いの場が流れては消えていく。

 本来ならば緊張感を持って任務を遂行しなければいけないのだが、和真は気が乗っていなかった。

 確かに流れる景色に注意を払い、危機察知能力などを使用し何時いかなる時でも要人を守る準備は出来ている。

 だが、和真は自分が馬鹿な事をしているのではないだろうかと考え始め、遂には窓に出来た霜を指でなぞり絵を描き始めた。

 そんな和真を咎める存在も車内には存在していない。

 そもそも和真をこんな気分にさせてしまったのも彼女達なのだから―――。

 

「ホント参っちまうよ、こんな堅苦しいドレスなんて着てさ基地視察だぜ?それなのに、なんで着飾らなくちゃいけないんだよ!そう思わないか、ストー?」

 マリアはお姫様とは思えない口調に態度で話を振る。

「確かに胸周りがキツそう」

 ストーが無礼にも、マリアの胸を触り衣服と肌の密着度を確かめる。

「あっ、私にも触らせて!」

「オイオイ、イルフィ、俺の胸は安くないぞ?」

「えっ!?えっと、なにが望み?」

「その胸を触らせろぉ~!」

「キャア~~~ッ!」

 車内でドタバタするマリアとフォイルナー少尉にリヴィエール少尉がキレる。

「いい加減にしなさいよ!」

「なんだよベルナ~、別に良いじゃなぇかよ~。……ははぁ~ん、さては胸にコンプレックスでもあるのかな?」

「ちょ、人の胸を指差さないで!」

「ベルナ、可愛い~~ッ!」

「ストー、抱き着くなッ!」

「……」

 オルソン大尉は、後ろを走る車に乗っている。

 それを良い事に、いつの間にか彼女達は打ち解けあっていた。

 身分や階級なんてどこかに捨て去り、女友達として楽しんでいた。

 このような空気を作り出すことが出来るのは、マリアの才能だろう。

 だが、他の女達の環境適応能力の高さも窺える。

 単に、どこか抜けているだけかもしれないが……。

「まぁ胸の悩みなんて男には解らないだろうけどな~?」

 突然マリアが嫌らしい笑みを浮かべ話を振ってきた。

「なに当たり前の事を言ってるんだよ」

「なんだよつれないな……。なぁ、俺の胸どうよ?男の意見を知りたいんだ」

 マリアにそう言われた和真は、マリアの胸元を見る。

 大きくはないが、小さくもない、それでいて形は整っている。

 美乳と言われる部類だな。

 そう結論付けた和真は、ダルそうに答えた。

「まぁ、綺麗なんじゃないか」

 するとマリアはなにが不愉快なのか唇を尖らせた。

「そうじゃなくてさ、和真は好きかこう言う胸は?」

 胸を張りながらそう言うマリアに和真は視線を合わせずに鼻を鳴らしながら言った。

「ふんっ、俺は大きいのが好みでね」

 すると突然フォイルナー少尉が和真に突っかかる。

「和真さんッ!女の魅力は胸で決まるものではありませんよ!」

「イルフィ、悪いけどこればっかりは譲れないんだ。痛ってッ!」

 和真は何かから守るようい弁慶の泣き所を抑える。

 涙目になりながら蹴り付けた本人を睨みつけるが、相手は当然の報いだと鼻を鳴らした。

「ベルナ、テメェなにしやがるッ!」

「ふんっ、最低―っ」

 和真はフォイルナー少尉、リヴィエール少尉に対して愛称で呼んでいた。

 いつどのタイミングでか解らない。

 けれど、自然とこうなっていた。

 2人も自然と和真の事を名前で呼ぶようになっていた。

 和真は知らず知らずの内に女の会話に巻き込まれ、精神的疲労を蓄積していくのを感じる。

 だが、その疲労は別に辛いものでは無くすぐに忘れ去ってしまうような疲労だった。

 その証拠に和真は年相応の喜怒哀楽を見せている。

「フフ……」

 そんな和真を見ながら、マリアは心底幸せそうに静かに、そして花が咲くように笑った。

 

 プライズ・ノートン基地に辿り着いた和真達は、基地責任者に基地内部を説明されていく。

 先程までの人物達とは思わせない女たちの様変わりように、和真は心底驚いていた。

 

「これが、欧州奪還の要であり我らが剣、EF-2000タイフーンですッ!」

 プライズ・ノートン基地の長い長い滑走路には、騎士が居並んでいた。

 緑がかった英国色をしたタイフーンの騎士団は、滑走路の両脇に立ち並びBWS-3、通称要塞級殺し(フォートスレイヤー)と呼ばれる巨大な西洋剣の刃先を空に向け構え視線は遥か彼方を睨めつけている。

 

 美しい―――。

 

 戦術機と言うモノを知らない者達から見てもそう言葉を零すだろう兵器は、仕える主人を出迎える。

 滑走路の中央を、タイフーンに守られるようにして歩く和真達に向け基地所属の全兵士から敬礼が送られる。

 嫌、彼らの瞳にはマリア以外に移り込んでいなかった。

 和真達は彼らからすれば、いてもいなくても構わない存在なのだ。

 護衛の和真達を必要としない。

 それほどの自信が、主を守ると言う想いがヒシヒシと伝わってくる。

 若干の居心地の悪さを覚えながらも、一輪の薔薇のように真っ直ぐ歩くマリアを見た和真は、彼女の人気の高さを理解していた。

 

 粗方の基地視察を終えた俺達は、マリアを除き用意された部屋に押し込まれていた。

「もぅ~、クタクタぁ~……」

 イルフィはそう言うと、イスに深く腰掛け机手に突っ伏す。

「あの程度で根を上げてるようじゃツェルベルスの名が泣くわね」

 ベルナにそう言われたイルフィは即座に背を真っ直ぐ伸ばす。

 そして、不敵な笑みを浮かべ言い返した。

「そう言うベルナも疲れてるんでしょ?用意されたお弁当2箱も食べて、エネルギー補給してるの見え見えよ!」

「ふん、体調管理も衛士の義務。私は、当たり前の事をしてるだけよ」

 和真は1人飲み物を飲むストーに話掛ける。

「疲れてないか?」

 ストーはコップの淵から口を離し、笑顔で言った。

「プはぁ、楽しかったし全然疲れてないよ!」

「そっか、なら良いんだ。それより、何を飲んでいたんだ?随分美味しそうに飲んでいたけど」

「オレンジジュースだよ!和君も飲む?」

 和真はストーの隣に置いてあったオレンジジュースを見る。

 ラベルには、無着色、無香料と記入されていた。

 

 今のご時世に、こんな高価な飲み物を提供するとはさすがイギリス人、太っ腹だな。

 

「丁度喉が渇いていたからな、貰うよ」

 さらのコップを用意し、オレンジュースをコップに注ぐ。

 そして口をつけようとした所で、イルフィとベルナに止められた。

「か、和真さんッ!なにしてるんですか!?」

「なにって、ジュースを飲もうとしていただけなんだが……」

「食べ物は他の国の文化が混ざり込んだから食えるようになったイギリス料理だけど、飲み物は別!しかもこれ、イギリス生産って書いてあるじゃないッ!悪い事は言わないわ、止めておきなさい……」

 和真は、必死に説得する二人を逆に心配する。

「たかだか飲み物になにむきになってんだよ。ストーだって美味しいっていってたぞ?」

 そして和真は、オレンジ色の液体を胃に流し込んだ。

「だ、ダメ~ッ!」

「……死んだわね」

 次の瞬間、和真は視界が歪むのを感じた。

「な、なんだ、これは……」

 

 ありえない……。

 

 その一言しか出てこない。

 まるで歯磨き粉を混ぜたかのような喉通り。

 腐ったオレンジから搾り取られたかのような味。

 鼻をツンと苦しませる薬品の香り。

 おまけに、喉がヒリヒリと痛みだした。

「き、気を付けろ……。こいつには、毒が盛り込まれている」

 腹を押さえてうずくまる和真は震える指をオレンジジュースに向ける。

「そんな訳ないでしょ。毒が入っているなら、なんでストーにはなんの変化もないのよ」

「べ、ベルナ……」

「だから言ったでしょ。イギリスのジュースには手を出すなって……、この国で飲んで良いのは、紅茶とコーヒーと酒だけよ」

「だ、騙された―――」

「自業自得でしょ?」

「ちょちょっと、ストー、それ飲んでて何とも無いの?」

「うん美味しいよ!イルフィも飲んでみる?」

「い、嫌々私は喉乾いてないからいらないなぁ~……」

 

 30分が過ぎた頃、死にかけていた味覚と胃をなんとか延命させた和真はぐったりとイスにしなだれかかっていた。

「そう言えば、和真さんとストーはどの戦術機に搭乗してるのですか?国連太平洋方面第9軍なら、セイカーファルコン、それともスーパーホーネットですか?」

「うん?あぁ、俺達は所属は第9軍だけれど、今はネフレに仮配属されているんだ」

「ネフレ、あのゲテモノ兵器を作り続けてるところね」

 ベルナが腕を組みながら言ってくる。

「まぁ、そこは否定しないけどな」

「否定できないね……」

 和真とストーは息を合わせて答えた。

 すると、イルフィが放置するなと頬を膨らませる。

「私の質問に答えて下さいよ!」

「ごめんごめん、俺達の戦術機はすぐに解るさ!」

「どういうことですか?」

「今日ここに来た本来の目的にも関係しているのだけれど、多目的飛行補助ユニット・ファンデーションを姫様は視察しにきた訳だ。そんで、俺達がそのデモンストレーションをする。まぁ、そう言う訳だ!」

「へぇ~」

 和真はそう言いながら時間を確認する。

「そろそろだな、ストー強化装備服に着替えるぞ?」

「は~い!」

 俺達はベルナとイルフィを部屋に残し、更衣室に向かった。

 

 部屋に戻ってくると、マリアが室内にいた。

「まったくよ~、疲れちまうぜ!司令官殿ももう少し簡潔に話を進めて欲しいもんだ!」

「仕方ないだろ?それも司令官の仕事の内さ」

 扉を開けそう声を掛けた和真を見たマリアは、固まる。

「どうした?」

「和真って、意外に筋肉あるんだな……」

「ほっとけッ!」

 和真とマリアの会話を見ていたストーは、軽い危機感を覚えていた。

 それは、マリアの和真を見る目が女のそれへと変わったからだ。

 少し熱を帯びた頬、潤んだ瞳、それらは良く見なければ気付かない程の僅かな変化であったが、ストーはそれに気づいた。

「むぅ……」

 だが、どうすることも出来ないストーはただ不満を表す以外に方法を知らなかった。

 すると、ベルナが無言でストーに近づく。

「?」

 どうしたのかと、ストーが思ったその時、ベルナは自らの小さな掌でストーの豊満な胸を鷲掴みした。

「ひゃんッ!」

 今まで出したことの無いような、ストー自身すら驚く声が口から漏れ出す。

 だが、ベルナの手は止まることを知らず粘土をこねるように揉みしだく。

「あっ、んっ、きゃんッ!」

「この胸はなんだ……、この胸はなんなんだ……?あれか、木星か?太陽になりそこねたのか?」

 その言葉は呪い、自分には無い物を他者が持つことによる嫉妬、余りにも自分との格差があり過ぎてベルナは我を忘れていた。

「ちょ、ベルナぁッ、ひゃんっ……やめ、止めて……」

「所詮私は火星さ、火星舐めるなよ。運河だってあったのよ?アンタみたいなガスしか取柄の無い星とは違うのよ……」

 なんだか見ちゃいけませんな現場になってしまった室内は、どうしようも無い空気で溢れていた。

 イルフィは顔を赤く染め上げ胸元を抱いている。

 マリアは、羨ましそうにストーを見ている。

 そして和真は、覚悟を決めていた。

「……ベルナ」

「なに?今私忙しいの……、このガスだらけの球体から不純物を取り除かなくちゃいけないの……」

 だが和真は諦めない、ベルナの肩にそっと手を乗せる。

「お前は火星なんて中途半端なんかじゃない……、お前は水星だ。固い岩盤で覆われた大地だ。でもな、そんな水星にこそ確かな需要だってきっとあ――――」

 和真の言葉は途中で遮られた。

 ベルナの空中回し蹴りが和真の頭を強打したからだ。

 吹き飛ぶ和真は笑っていた。

 これで、良かったのだと。

 自分1人が傷つくことで、だれも傷つかない。

 まさに、世界平和を望む和真の確かな一歩だった。

 そのために、和真は充実感に満たされていた。

 

 吹き飛び和真がゴミ箱に突き刺さったその時、基地内をサイレンの音が練り響く。

「デフコン2発令、繰り返す、デフコン2発令!各員は―――」

 その音、アナウンスを聞いた瞬間、今までのおちゃらけた空気は消えてなくなる。

 和真達は、マリアを守るように陣取った。

 その時、扉が開かれる。

 現れたのは、イギリス近衛軍とオルソン大尉だった。

 和真達は敬礼で迎え入れる。

 すると、オルソン大尉が説明を始めた。

「先程、フランス領メオティに旅団規模のBETAが出現したとの知らせを受けた。当基地までは、距離にして約280km、間にはイギリス海峡が存在しているが、BETAの進行目標がイギリスであることが判明している。これにより、各基地より部隊を派遣することに決まったが、それでは時間が掛かり過ぎるとこちらで判断した。奴らが海に入ってしまえばどこに上陸するか見当もつかない。そのため、陸地にいる今の内に叩く」

「それを俺達に言ったと言う事は、その任務俺達が任されたと言うことですね?」

「あぁ、国連太平洋方面第9軍、ネフレには話を通してある。むしろあちら側から要請が入った。この基地に存在する二機のファンデーションを使い上陸、その後君達の判断で時間を稼いでくれ、との命令だ」

「「了解!」」

 和真とストーが敬礼した時、イルフィが声を上げた。

「ツェルベルス、ツェルベルスの皆は今どこにいますか!?こう言った任務は本来ツェルベルスが行うべきものです!」

「ツェルベルスは別任務でデンマーク領リンケビングにいる。現在は作戦を終えて向かっている最中だ」

「な、なら私もッ!」

「君の戦術機は今現在、ここには無い。言っている意味は解るかね?」

「……はい」

 イルフィは、どうすることも出来ない空しさに口をつぐむ。

「あんた達の腕、見させて貰うわ!」

 ベルナが俺達にそう激励してきた。

「まぁ、見させて貰えるか知らんけどな?あんま、期待すんなよ?」

「わかってるわよ!」

「それじゃ、行くぞストー!」

「うん!」

 そして和真とストーは走り出した。

 

 皆が衛士の出陣を見送る中、1人だけ脅えたように震える女性がいた。

「あっ、いっちゃダメだ……」

 伸ばされる手は空しく空を切り、誰も手を差し出さない。

 伸ばされた方向には和真の背中、だがそれもすぐに見えなくなってしまう。

「行けば……殺される……」

 マリアの声も手も、誰にも届かない。

 彼女の恐怖を理解してくれる存在は、この場にはもういなかった。

 



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ツェルベルス

 荒立つ波に吹きすさぶ風、流れる風が低く淀んだ雲を大陸に運び込む。

 網膜投影システムから見える景色は荒れた海と淀んだ雲が生み出す落雷のみ。

 海面ギリギリを波を避けるように上下しながら飛行するファンデーションの腹を何度も塩水が撫でて行く。

 ファンデーションの推進剤残量を確認する。

 旧港町であるシェルブールまで辿り着ければ御の字と言った所、後は増槽の推進剤を燃やすことで内陸まで進めばいい。

 帰りはどうするか……。

 イギリス海峡の幅は約100km、ラプターなら三分の一の推進剤残量があれば十分だが、ヴァローナはそう言う訳にはいかない。

 そもそも、内陸深くで旅団規模のBETAと殺り合うのに、そこまで余裕があるとも考えられない。

 ならば、適当な所で切り上げるか?

 そう言う訳には、いかない。

 初期確認で旅団規模なら、最悪3倍の数のBETAが出現すると考えておいた方が良い。

 その考えでいくと、切り上げるべき適当なタイミングが存在しない。

 それにBETAを海に入れてしまえば本当に予想が付きにくくなる。

 なるべくそれは避けなくてはならない。

 なら、BETAの進行を遅らせ友軍が来るのを待つのが一番だ。

 BETAを殲滅し、自分達も帰ることが出来る。

 それにツェルベルスが向かって来てくれているなら、心強い。

 大陸と言う地獄からイギリスを守る緊急即応部隊、多国の精鋭が犇めく欧州連合軍の中にあっても、最強と有識者に言わしめるほどの部隊。

 イルフィが所属する部隊だ。

 彼らが真っ直ぐ向かって来てくれているらしいし、案外俺達の仕事はそんなに多くないかもしれないな。

 俺はそんな希望を薄ら笑い吹き飛ばす。

「戦争に希望もなんもねぇだろうがよ」

 ラプターの武装をチェックする。

 腕にはガンブレード、背部兵装担架には120mm水平線砲改が二門、膝部ナイフシースに折り畳み式のナイフが二つ、その横側に取り付けられた120mm散弾銃。

 俺はゴテゴテしたラプターを見ながら、苦笑いを浮かべる。

「こんなんじゃ、ステルス意味ないやん」

 大陸が目に飛び込む。

 操縦桿を握り閉め、顔に浮かび上がった汗を手の甲で拭い取る。

「さて、大陸の地獄門を叩く前に出来るだけのことはやっておくか」

 ストーに回線を繋げる。

「こちら、トイ1。トイ2聞いているか?」

「聞いてるよ」

「俺は一度リミッターを切る」

 それだけで、ストーは俺のやりたい事が解ったようだ。

「そばにいるから問題ないよ!」

「こんなにゴテゴテしていても、ラプターはれっきとしたステルス機だ。ESPは使っとけよ?」

「了解!」

「よし、地獄に到着だ!」

 ラプターとヴァローナからファンデーションが外れ落下していく。

 シェルブールへ降下するヴァローナと違いラプターは上昇を始めた。

 戦域地図に移るBETAを示す赤い点は、BETA群が横幅3kmに広がり前進しているのを示していた。

 和真は瞳を閉じる。

 湖から伸びてきた多数の腕が、いつも以上に俺を締め上げ湖に引きずり込もうとする。

 俺はそれらを無視して、無理矢理目蓋を開けた。

 ゆっくりと流れる世界を見ながら、操作を始める。

 ガンブレードから、Mk57が姿を表し、背部兵装担架の120mm水平線砲改が展開され脇の下から銃口を覗かせる。

 BETA戦闘集団はブリまで足を延ばしていた。

 だが俺はそれらを無視し、BETA群から逸れた計60匹のBETAに狙いを定める。

 右の120mm水平線砲改はブリックベックを彷徨うBETAを左の砲はヴァローニュに向ける。

 シェルブールからはそれぞれ直線距離にして約17km、誰もが当てられる距離ではない。

「すぅー、はぁ」

 俺は右前髪を掻き上げる。

 すると、髪の中から姿を表した緑色に光る瞳が敵を捕らえる。

「当たれぇええええええッ!!」

 放たれた砲弾は片側30発ずつ、それらは真っ直ぐに進み隕石のようにBETAを押しつぶし貫いた。

 全弾命中、死骸になり損ねたBETAが瀕死の体をのた打ち回らせる。

 その時、世界の時間が遅く見える和真の瞳にゆっくりと赤い文字が浮かび上がる。

「やっぱり、いやがったか」

 ラプターが初期照射警報の文字を使い、和真に危機を知らせる。

 だが、今の和真にはそれすら鬱陶しかった。

「邪魔ッ!」

 ラプターを天地逆さまにし急速降下、コントロールパネルを叩くように打ち警報を黙らせる。

 それと同時に、照射してきた光線級の位置を割り出す。

 和真は、その方向に向けMk57から3発の曳光弾を放った。

 赤い光を放ちながら、光線級に向かう。

 だが、曳光弾は光線級に届く前に力を失い光の線は姿を消した。

 ヴァローナの隣、20mの位置に着地したラプターは跳躍ユニットから増槽をパージする。

 増槽が地面に激突し砂埃を巻き上げるのを確認しながら和真は脳のリミッターを切るのを止め、元の時間に帰還する。

「もう!あんなことするなんて聞いてないよ!リミッターを切ったらESPも意味ないじゃない!」

 ストーが回線を開くと同時に怒鳴り散らす。

「悪い悪い、でもこれでBETAの進行ルートも絞りやすくなったろうし光線級の居場所も特定したし、一石二鳥だ!」

「えっ?」

「ほら、もうきた」

 和真がそう言うと、衛星からのデータリンクを通じ情報を知らせてくる。

 それは光線級の予想分布図だった。

「さっきの曳光弾はこのためだったんだね!」

「解りやすくて良かったろ?」

「でも、危ないからもうしちゃメッだよ?」

 ストーが人差し指を俺に向け言ってくる。

 和真はそれに笑いながら答えた。

「はいはい」

 戦域地図を再度確認すると、足の速い突撃級の群れがシェルブールから3㎞の位置にまで近づいていた。

「それじゃ、欧州の人達にみせつけてやろうか?」

「トイ・ボックスの力をね!」

 

「なんて狙撃してんのよ……」

 ブライズ・ノートン基地で待機していたベルナは驚きの声を漏らす。

「それだけじゃない、あの二人の連携息が合ってるなんてレベルじゃない。お互いに考えていることが分かっているかのような……、殲滅速度が並じゃない」

 衛星からの映像を見ていたベルナとイルフィは、初めラプターとヴァローナの姿に驚いていた。

 東側の最新鋭機ビェールクトと酷似している戦術機と西側最強の戦術機ラプター、それらが肩を揃えていると言う事にだ。

 だが、それらは和真の狙撃を見た瞬間に弾け飛んだ。

 針の穴を通すかのような狙撃を空中で、しかも移動中に行い成功させると言う離れ業を見たからだ。

 2人は双銃士と呼ばれ、ベルナにいたっては突撃前衛なのに突撃砲を4門使い戦う姿から、4丁拳銃(キャトルカール)と呼ばれるほどだ。

 イルフィも、精鋭中の精鋭で構成されているツェルベルスの中でも、砲撃支援の地位を確固たるものにしている。

 その二人すら、息を飲む狙撃をやってのけた存在は、画面の中で巨大な剣を突撃級に突き刺していた。

「あの二人には、ポジションが存在していないの?」

 ベルナが思った事を口に出す。

 本来衛士とは、突撃前衛、強襲前衛、強襲掃討、迎撃後衛、砲撃支援、打撃支援、制圧支援のポジションに振り分けられる。

 そして、それぞれを任された衛士はその道のエキスパートになるべく日々鍛錬に勤しむ。

 だが、緊急事態でもない限り任されたポジション以外をすることはないし、そのような訓練も殆どしない。

 エキスパートに不純物は不必要なのだ。

 不純物が一切ないそれぞれのエキスパートが1個の群れを作り出すことで最大の戦果を挙げることが可能となる。

 だが、画面に写る2機の戦術機には、それが見受けられない。

 2機で旅団規模のBETAを相手にすること自体が馬鹿げた話だが、だからと言ってもせめて前衛と後衛とで分けることくらい出来る筈だ。

 だが、そうしない。

 ヴァローナが前に出ればラプターが援護しラプターが前に出ればヴァローナが後ろに下がり援護する。

 そう言う戦術なのかと思えば、お互いに前に出たり下がったり。

 だが、最小の動きでお互いをフォローしあい、BETAを着実に屍に変えていく。

 その様はダンスを踊っているかのように美しかった。

 強面の2機が赤いドレスと言うBETAの血肉を纏いながら踊る。

 その美しさを見たイルフィはある2人の人物と重ね合わせていた。

「まるで、アイヒベルガー少佐とファーレンホルスト中尉のようだわ」

「7英雄にして、ツェルベルス大隊隊長、黒き狼王とその副官、白き后狼と同列に扱うなんて、二人を盲信しているアンタの口から聞くとは思わなかったわ。でも、そう言われれば納得できるかもしれないわね。むしろ、あそこで戦っているのが7英雄の2人だと言われた方が信じられるわ」

「トイ・ボックスの実力、噂ではないと言う事だな!」

 2人と共に、映像を見ていたオルソン大尉が話に割り込んで来る。

「どう言った噂ですか?」

 イルフィが気になったのか聞きかえす。

「トイ・ボックスの戦術機は単機で中隊並の戦果を出す。2機そろえば大隊と同等になると言った噂だ。その噂から、極東の一部の者達からはこうも呼ばれている。1機中隊、2機大隊とな。本人達がその事を知っているかは別だがね」

「それよりも、姫様はどうしたのかしら?」

「マリア様は、医務室で寝かれておられる」

「あれだけ、脅えていればしかたない、か……」

 マリアはあの後、過呼吸により意識を手放した。

 そしてイギリス近衛軍により急遽医務室に運び込まれたのだ。

 そのため、彼女は和真達の戦いを見ていない。

 オルソン大尉は腕時計を確認する。

「そろそろ、戦闘が始まって1時間が経過するな……」

 頭の中でラプターとヴァローナの戦闘内容を思い返し、そこから戦闘可能時間を割り出す。

「戦闘可能時間は、残り30分と言った所だろうな」

 

「このぉおおおッ!!」

 ラプターは脚部膝ナイフシース外側に取り付けられた箱型ガンマウントから、120m散弾銃を取り出し放つ。

 至近距離で無数の弾丸が散らばり、要撃級の顔面は原型が無くなる程に吹き飛んだ。

 ガンブレードは弾丸が無くなり、刃が折れた所で突撃級にプレゼント。

120mm水平線砲改は弾数8。

「後は、ナイフ二本に120mm散弾銃の弾が59発と60発……、少しきついな」

 ストーの武装はネイル・エッジのみ。

 BETAの数は、数えたくもない。

「和君、どうする?」

 不安そうに尋ねてくるストーを見た和真は、レーダーを確認し笑顔で答えた。

「やっと、お出ましだよ」

 和真がそう言うと同時に、サブウィンドウが開かれ褐色の肌に白い髪、狼のように鋭い瞳をした男が姿を表した。

「トイ・ボックスの衛士良く持たせてくれた。後は我々に任せてくれ」

 空からタイフーンが舞い降りる。

 圧倒的な威圧感を誇る黒いタイフーンを先頭に、戦場の花と言えるほどに美しい白いタイフーン、血濡れのように情熱的な赤いタイフーン、そしてドイツ色をしたタイフーンの群れがBETAを吹き飛ばし眼前に姿を表した。

「飛んで来たってことは、レーザーヤークトを行ってからBETA群を抜けてここまで?」

「君達の働きに比べれば、なんてことはない」

「それ、すっごい謙遜……」

 レーザーヤークトを行い、BETA群を抜けてくる。

 それがどれだけ難しいかを和真は知っていた。

 だからこそ、その難しいことをなんてことはないと言ってのけたこの男、そしてツェルベルスの実力をすぐに感じ取った。

 後のことは、コイツ等に任せても平気だと。

 

 褐色の男、ヴィルフリート・アイヒベルガーが己が狼の群れに命令を下す。

「我々はこれより、遅れてくる国連軍と共にBETAを一掃する。―――いつもの如くやれ、そしていつもの如く帰還せよ。祖国と人類に尽くせ。ツェルベルス全機(アーレ・ツェルベルス)、前へ―――」

 



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ラッキースケベ

「やっちまった……」

 欧州連合軍、国連軍の援護の元脱出に成功した和真達は迎えに来たロイヤル・スウィーツ内にいた。

 ロイヤル・スウィーツ戦術機軽空母内の格納庫には、小隊規模の戦術機を収納することが出来る。

 ただし戦術機のような背の高い兵器を立てて搬入出来る訳も無くガントリーに固定されたまま、和真達の戦術機は仰向けに倒されていた。

 圧迫感を感じさせる密閉された格納庫内、天上を見つめるラプターの隣で和真は頭を抱えていた。

「ラプターでの、デモンストレーションは無理だな!」

 頭を抱える和真にロイヤル・スウィーツに乗り込みケアンズから来ていた兄貴が話しかける。

「各部間接の摩耗、装甲の疲弊、跳躍ユニットの限界使用による動作不良、こりゃ一端ケアンズに持ち帰って修理しないとどうにもならないな!」

 ラプターは先の戦闘での和真の無茶な戦闘機動に耐えかね所々が故障していた。

 元々、高機動性に優れているとは言っても余りネフレの方で弄られていなかったラプターは、和真のスタイルに合わせることが出来なかった。

「それにしても、あのラプターを一回の戦闘でここまでしてしまうなんて、お前も成長したもんだな!」

 兄貴はそう言うと、和真の背をバシバシと叩く。

 その顔からは、攻めていないことは容易に理解できた。

「ここでの、修理で間に合わないかな?」

 和真は僅かな可能性に欠けて聞いて見た。

「無理だな!」

「ですよねぇ~!」

 和真はそう言うと、肩を落とす。

 だが、兄貴はそんな和真の肩に手を乗せた。

「でもな、そのために俺がきたんだよ!」

 

 プライズ・ノートン基地に帰って来た和真とストーは、マリアに帰還報告をするためにマリアの元に向かう。

 元々は、マリアの護衛と言う任務を預かっており今回の任務は本来ならば彼女の許可をとってからの筈であった。

 だが、和真は彼女から許可を取らずに別任務に向かった。

 そのための謝罪をするために向かったのだ。

 イギリス近衛軍の兵士に案内され辿り着いた部屋は医務室。

 薬品の香りが部屋の外にまで漏れ出していた。

 嫌な予感が和真を襲う。

 自分が離れていた時間の間に何者かに襲撃されてしまったのか。

 そう言った考えが和真を慌てさせた。

 急ぎながらも落ち着き、静かに扉を開く。

 白一色の清潔感溢れる室内には、イルフィとオルソン大尉、ベルナが1つのベッドを中心に立っていた。

 そして、ベッドに腰掛けていたマリアはゆっくりと幽霊のように首だけを和真達に向ける。

 その姿を見た瞬間、和真とストーは緊張していたのか、空気を名一杯吐きだした。

「はぁ~……良かった」

「心臓に悪いよ……」

 すると、和真とストー目掛けてマリアは走り出した。

「お、お前等ぁああああああッ!」

 金髪を振り回し、裸足で周りの目など気にもしないでマリアは走る。

 そして、和真とストーの首に抱き着いた。

「馬鹿野郎ッ!心配したじゃねぇかッ!!」

 半べそを掻きながらも、力強く抱きしめるマリアを見た和真とストーは目線を合わせ小さく笑う。

 そして、幼子をなだめるように言葉を発した。

「たく、俺らがあの程度でどうにかなるわけないだろ?」

「ごめんね、心配してくれてありがとう!」

「べ、別に、俺は心配なんて……」

 顔を赤くしながら、そう言うマリアに和真は笑いながら背中をさすってやる。

「はいはい、心配性なお姫様なことで」

「マリアの泣き顔も綺麗だね!」

「う、うるせぇッ!」

 すると、オルソン大尉が和真達に歩み寄る。

「見事な戦闘だった。さすがわトイ・ボックス、良い物を見させてもらった」

「大尉が迅速に動いた結果ですよ」

 和真がそう言うと、オルソン大尉は自傷気味に笑う。

「今日のデモンストレーションはすでに不可能と基地司令と話しをつけてきた。今日の視察は現時刻を持って終了とし、これよりバッキンガム宮殿に帰投する。姫様もそれでよろしいですね?」

「えぇ、お願いします」

 そして、和真達はプライズ・ノートン基地を離れバッキンガム宮殿に向かった。

 空を戦闘ヘリが飛んで行く。

 未だに、戦争は終わりを迎えていないようだった。

 

 バッキンガム宮殿に辿りついた時には、すでに午後8時を過ぎていた。

 帰投した俺達をセバスチャンが迎える。

「お疲れ様でした。ご入浴の準備が整っております。まずは、疲れを癒して下さい」

 そんなセバスチャンにマリアが賛辞を贈る。

「あなたは、いつも気が利きますねセバスチャン、ありがとうございます」

「もったいないお言葉にございます」

「それでは参りましょうか皆様」

 宮殿に戻ったマリアは、姫様となっていた。

 

「さて、五六中尉、男2人きりとなってしまったな……」

「はい……」

 あれから和真達は男用の寝室に案内され、今はオルソン大尉と二人きりになっていた。

 マリア達は、先に風呂をすませにいっている。

 なんでも、日本の文化を取り入れ、中でもリラクゼーション効果が高いと言われている露天風呂を建設したのだそうだ。

「さて中尉、せっかくの男同士の貴重な時間だ。有意義に使いたい、そう思わんかね?」

 そう言ってむさ苦しい顔を向けるオルソン大尉から和真はケツをずらし距離を取る。

「はい、そうですね大尉……」

 そう言った和真にオルソン大尉は意気揚々と話し始めた。

「中尉の好みの女性はみつかったかな?」

「はい?」

「イルフリーデ・フォイルナー、ドイツ貴族フォイルナー公爵家の一粒種にして、ドイツ陸軍最強のツェルベルス大隊所属の衛士、健康的なラインの体つきに十分に女を主張しているバストとヒップ、どこか気の抜けた所があるが、そこが愛らしさを一層際立たせている」

 そこまで言ったオルソン大尉は、どうだ?と目で訴えかける。

「はぁ……」

「なんだ、違うのか……」

 オルソン大尉は、がっかりした雰囲気を出すが直ぐにモチベーションを立て直す。

「では次に、ベルナテッド・ル・ティグレ・ド・ラ・リヴィエール、フランス貴族にして、フランス陸軍随一の部隊、戦術竜騎兵連隊に所属の衛士、小柄で愛らしい姿からは想像もつかない暴れん坊の姿はまさにティグレ(虎)、だが時折見せる物憂げな表情が女だと認識させる」

 オルソン大尉は、今度こそ!と目線を和真に向けるが、和真は他のことに驚いていた。

「ベルナは、貴族だったのですか?」

「あぁ、その通りだが?名前の通りの貴族であり、フランス革命で市民側についた貴族の末裔だよ彼女は、ティグレとは地名を、リヴィエールはフランス語で大河と言う意味だ。だが、あれは地名の方のティグレと言うよりも、スペイン語での虎と呼んだ方が真実味を増すな」

「確かにそうですね!」

 そう笑いながら、答える和真を見ながらオルソン大尉は、彼女でもないか、と呟く。

「ふむ、やはり本命はストー少尉か……?」

 その発言に和真は噴き出した。

「それはないですよ大尉、俺にとってあいつは部下であり世話の焼ける妹のような存在だ。そんな対象としてみることなんて、ありませんよ」

「で、ではマリア様か!これは、いささか厳しいモノがあると思うが……、嫌、愛にそんな無粋な壁は無意味、か……」

「それこそ無いですよ!イギリス王位継承権第4位の女性をそんな目で見られる程に俺は男としての度胸が無い」

 和真がそう言うと、オルソン大尉は驚きを隠せないようだった。

「ここまでの美女が集まり、好みのタイプがいない?……中尉、貴様は男が好きなのか?」

「そんな訳ないでしょッ!それに、俺は既婚者ですよ!!」

「なんとッ!?中尉の奥様は、どのような女性なのだ?」

 和真は僅かに目を細め、ニクスを思い返す。

「そう、ですね……。彼女は、頑固で意地っ張りでその癖に恥ずかしがり屋で、なんて言うか、ほっとけない。そんな女です」

「ふむなるほど、保護欲をかきたてる女性なのだな?」

「そうですね、守ってやりたい、そう思ってしまったら後は一直線でした。彼女がたまに見せる笑顔や仕草、どれもが俺の目に止まって、そしてどれもが可愛かった」

「かった?何故過去形なのだ?嫌、……すまない」

 オルソン大尉は、すぐに自分の失態に気が付き謝罪する。

 今の世の中、愛する人と最後まで共にいられる贅沢を味わえる人はほんの一握りしかいない。

 後方国家では、当たり前のそれが、前線では奇跡に等しかった。

 だからこそ、和真の話しかたに違和感を覚え、何も考えずに人の傷を抉るような真似をしてしまったと、オルソン大尉は深く謝罪した。

「……良いんですよ、大尉のおかげで俺は今でも彼女を愛しているのだと、再認識できました」

 沈黙が室内の空気を悪くする。

 上司に気を遣わせてしまったと、慌てた和真はすぐさま別の話題を振ろうとした。

 だが、それはオルソン大尉により止められた。

「中尉、では下の世話はどうしているのだ?」

「へっ……?」

「愛する者がいなくなってしまった今、息子の世話をしているのか?」

 和真は、いきなり何を言い出すんだと思いながらも、素直に答えた。

「……いえ、していませんが」

 その瞬間、オルソン大尉はサングラスを外し目を光らせる。

「いけない、それはいけない事だぞ中尉ッ!!」

「な、なにがですか?」

「人間にとって当たり前の三大欲求の1つである性欲を我慢することは、任務に支障をきたすことになるッ!!」

 和真はオルソン大尉の剣幕に押され、頷く事しかできない。

「そんな君には、私の秘蔵のコレクションを進呈しよう!」

 そう言って立ち上がったオルソン大尉は鞄の中から何かを取り出し和真に突き出す。

 それは一冊の雑誌だった。

 表紙には、ボンキュボンのお姉さんが裸で淫らなポーズを取っている。

「これは、アメリカで有名な写真集だ」

 題名には、Play・Guyと書かれていた。

「こ、これは……?」

「私のコレクションの1つだ。君に譲ろう……」

「で、ですが、これはオルソン大尉の大切なコレクションでは?」

「いやなに、これは私の気持ちだ。使ってやってくれ……」

 そう言いながら、微笑むオルソン大尉を見た和真は胸にこみ上げてくるモノを感じた。

 男にしかわからない友情が確かにそこに結ばれることになった。

「大尉ッ!」

 感極まって和真がオルソン大尉に感謝の気持ちを伝えようとする。

 だがその時、良く知った声の叫び声を聞いた。

「「「「キャ―――――――ッ!!!」」」」

「ハッ!」

「ぬッ!」

 和真とオルソン大尉は一瞬顔を見合わせ、即座に行動に移る。

「今の声は、ストー達の声でした!今彼女達は露天風呂の筈ですッ!」

「宮殿内だからと、油断してしまっていた……。急ぐぞ、五六中尉ッ!」

「了解ッ!」

 和真は手に持つPlay・Guyを投げ捨て、現場に走った。

 数多く同じ感覚で並び立つ扉を横目に見ながら長い廊下を走りぬける。

 オルソン大尉は、すでに遥か後方だ。

 和真はそれを横目で確認しながら、疑問に感じていた。

 

 何故誰も反応を示さない?

 マリアの叫び声は確かに聞こえた筈だ。

 なのに何故、いつも通りの業務をこなしている?

 近衛軍も給仕達も、どうして?

 嫌な考えが和真の脳裏に浮かび上がってくる。

 まさか、コイツ等全員がグルなのか?

 もし、そうならマジでやばい!

 

 和真は走る速度をさらに上げた。

 すると、廊下の突き当たりにそれを見つけることが出来た。

 デカデカとサークルの下に十字のマーク、女性を表す絵が描かれた暖簾が姿を表した。

 イギリスの寒い気候もあり、湯気が廊下にまで出ている。

 和真は、暖簾を払いのけることもせずに突貫した。

 そして、日本風の脱衣所を抜け扉を開け放つ。

「皆無事かッ!?」

 湯気が和真を一瞬包み込み、風が吹くと同時に視界が開けて行く。

 和真は、返事が無い事にさらに焦り叫んだ。

「オイッ!皆、どう、し……た?」

 だが、和真の瞳に飛び込んで来たのは悲惨な現場では無く、男共の楽園だった。

 レンガで作られた足場に、和風な木や草や岩が置かれており何個も桶が置かれていおり、湯が流れる音が響く。

 空は一面の星空で、風呂場を照らすライトが幻想的な風景を作り出す。

 そして、少し大きな露天風呂の中央辺りには、生まれたままの姿をした女性が四人。

 無事な姿を見た和真は、ホッと胸をなでおろすと同時に冷や汗が噴き出してきた。

「あの~、えっと、まずは話合おうじゃないか?」

 そう言って、なんとか弁明を計ろうとする和真の瞳はバッチリとすべてを見ていた。

「か、和真さんッ!?」

 イルフィは、そう言うと胸を隠し湯船に身を隠す。

「……」

 ベルナは、濡れた髪を前に垂らし小刻みに震えている。

「こ、こっちを見るなッ!」

 そして、マリアは近場にあった桶を手に持ちブーメランよろしく放り投げてきた。

 それを見た、ベルナとイルフィが親の仇を見つけたかのように、次々と桶を放り投げてくる。

「ちょ、お前等っ、話しを、聞いてッ!」

 高速回転しながら、向かってくる桶をすんでの所ですべて回避していく。

「「「見るなぁあああああッ!!」」」

 投げ飛ばされた桶の内、1つを体を捻り回避、二つ目をジャンプし回避、三つ目は和真の顔面を捉えた。

「がはっ……」

 和真の顔面にヒットした桶はどこかへと飛んで行く。

 宙に浮く和真に追い打ちをかけるかのように、銀色の物体が和真の体にタッチダウンを決めた。

「ぐえッ!」

 まるでカエルが引き潰されたかのような、情けない音が口から漏れ出す。

「和くーーーーん、怖かったよぉ~~~ッ!」

 倒れる和真を押さえつけるように、腰に抱き着いていたのはストーだった。

 ストーは、自分が裸であることを忘れたかのように縋り付いている。

 ストーの長い銀髪が、滑り落ち、今にも綺麗な桃が見えてしまいそうだ。

「痛たたた……、一体どうしたんや?さっきの叫びは……」

「ね、ネズミが―――ッ!」

 そう叫ぶストーを見た和真は、目が点になった。

「この世で一番気持ち悪いBETAを間近で見ている癖に、なんでネズミが怖いんだよ……」

「だって、だってぇえええええッ!!」

「はぁ……、でも、良かった」

 昔のように泣きながら、抱き着いて来るストーの頭を撫で和真はホッと息を吐いた。

 皆が無事で本当に良かった。

 和真はそう思った。

 だが、和真は1つ勘違いをしていた。

 皆が無事の皆の中に、和真は含まれていない事を……。

「そうだよなぁ、良かったよなぁ……」

 地獄の底から響いてきたかのような、おぞましい声が和真の鼓膜を揺さぶる。

「ま、マリア、さん?」

 バスタオルを体に巻き付けたマリアが、鬼の形相でにじり寄ってくる。

「最低ですッ!信じられませんッ!!」

「い、イルフィ、これは誤解なんだッ!」

「ふ、ふふふふ、うふふふふふ……」

「べ、ベルナ……、怖い、怖いよ!」

 そして、三匹の鬼が和真に近づく。

「ヒッ!」

 和真は、どうにか逃げ出そうとするが、腰にへばり付くストーがそれを許さない。

「「「一遍死ねッ!」」」

 そして和真は、鬼が手に持つ三つの桶の攻撃を受け意識を手放した。

 

 意識が途切れる瞬間、和真は空に舞う1つの桶が岩場の影に落ちて行くのを見る。

 その先には、1人の男が息を潜めていた。

「せ、セバスチャン……?」

 消え入りそうな意識の中で和真は納得した。

 セバスチャンが、こうして覗きをしているのを宮殿内の皆が知っていたから、皆慌てていなかったのかと。

 セバスチャンの隠密行動の力に感服しながらも、なんだかやるせない気持ちになっていた和真が見た最後の光景は、手を合わせて祈っているセバスチャンの姿だった。

 

「はっ!!」

 和真が飛び起きると、そこは寝室だった。

「お、俺は、今のは、夢?」

 そう呟く横から、声が聞こえる。

「夢じゃない、すべて事実だ」

「オルソン大尉……」

 消えてしまいそうな声で、名を呼ぶ和真にオルソン大尉は親指をグッと立て、真っ白な歯をキラリと光らせる。

「よかったじゃないか、このラッキースケベ!」

 




今話も読んで頂きありがとうございます!

デゥーティーロストアーケイディアを呼んでいた時は、特に疑問に思っていなかったのですが、ネットで調べるうちに、ベルナテッドの名前の意味を知りました。
さすがわ、やってくれるよアージュの皆さん。
パロネタも本気ですね!
でも、こういうの大好きです!

次回の更新も出来るだけ早く行いたいと思います。
お付き合い頂ければ幸いです。


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牙をむく闇

 翌日、バッキンガム宮殿からバーミンガム、アストン・ホールに向かう車内の中でオルソン大尉から言われた任務内容を思い返す。

 

「本日アストン・ホールで行われる会合には、イギリス高級将校だけでは無く、多国からも多くの著名人が集うこととなった」

「急な話ですね?」

「なんでも、イギリスだけですべてを終わらせる予定が多国の強い要請の元急遽参加が認められることとなったそうだ。そのため、今までよりもさらに強固な警備でなければ守りきれなくなる可能性が十二分にある」

「……本格的なテロが予想されると言うことですか?」

「あぁ、そう言うことだ。ただし、今回は特別急にすべてが決まった。テロリスト達にも予定を立てている時間はないだろう」

「それを見込んで、予め決められていた予定を急に決まったなんて形にしたのですか?」

「憶測の域を出ていないことを、軽く口にするものではないぞ中尉」

「はッ!申し訳ありません!」

「ふむ、そのため君達にもアストン・ホール内での銃の所持が認められるようになった。用意はできているな?」

「はい、ネフレから支給されています」

「よろしい、念には念を入れて車を四台用意している。その内、ダミーが三台、残り一台に姫様が乗られる。私を含め君達にもどの車に姫様がお乗りになられるかは伝えられないことになっている。良いな?」

「「「「はいッ!」」」」

 

 和真は車の後部座席に座りながら任務内容を思い出し、ふと隣に座る人物を見る。

「まさか、お前のそっくりさんが三人もおったとはな」

 和真は、自然と関西弁で会話を振った。

 すると、隣に座る人物。

 影武者では無く本者のマリアが少し驚きながら答えた。

「あの子達の中から俺を一発で見抜いたのは、セバスチャンと和真だけだ!それにしても、よく解ったな?」

 そう言われ和真は確認するかのように、マリアを見る。

 長い金髪を後頭部で団子のように一つにまとめ、動きやすいように男用のスーツに身を包んでいる。

 どこから、どうみても出来る男、優男、女たらし、そんな風貌だった。

 だが、そこには微かにかつての泥棒ガキだったころの面影が残っている。

「昔のお前を成長させたらこうだろうなって言うのが軽く想像できたし、なによりあの当時の雰囲気が滲み出すぎや。代わりの連中にはそれが無かった、それだけやよ」

 すると、今まで頷きながら話しを聞いていたマリアが突然怒り出す。

「あの子達を、俺の代わりのように言うなッ!あの子達には、あの子達の生き方がある。俺の友達をそんなふうに言うんじゃねぇッ!!」

 その凄まじい怒りように、和真は驚きながらも嬉しいそうに笑った。

「そう、やな……。ごめん、俺が悪かったよ」

「解ってくれればそれでいいんだ」

 すると、耳に取り付けた通信機から連絡が入る。

「オルソン大尉だ。100m先の一つ目のT字路で2台ずつに別れる。その後、2つ目にでてくるT字路でそれぞれ別れアストン・ホールに向かう。各員は無事に護衛対象をアストン・ホールまでエスコートするように、3時間後に会おう!」

 オルソン大尉がそう言うと、それぞれ声が聞こえて来る。

「A班、了解!」

「B班了解!」

「C班了解!」

「D班了解!ストー、オルソン大尉に迷惑をかけるなよ?」

「わ、わかってるよッ!」

 そして、一端通信が閉じられる。

「オルソン大尉からか?」

 子供のように瞳を輝かし、俺の耳に取り付けられている通信機に興味津々の様子だ。

「あぁ、次のT字路で2台ずつにまず別れることになっているからな、それの確認やよ」

 すると、マリアは表情を暗くする。

「どうしたんや?」

「俺は、狙われているのか?」

「どうやろうな、王位継承権がある言うても4位やし、狙われるとしたらアストン・ホールに集まる連中とちゃうか?やから道中狙われるなんてことは無いと思うけどな」

「そうか……」

 和真は安心させるために、言ったつもりだったが逆にマリアの顔は深く沈む。

「あの子達は、大丈夫だろうか……。もし、俺と勘違いされでもしたら」

 今にも泣き出してしまいそうなマリアを見た和真は、マリアの頭にそっと手を乗せた。

「大丈夫、他の車には皆が付いてる。俺といるよりも安全な筈や!やから、な?」

 和真がそう言うと、マリアはクスクスと笑い目元の雫を指先で掬い取る。

「それじゃあ、俺が一番危ないのかよ」

「さぁ、どうやろ?」

「クスクス、私を守って下さいね。私の騎士様?」

 そう言いながら、微笑む姿を見た和真は頬が一瞬紅潮していくのを感じた。

 だが、すぐに冷静に戻る。

「ったく、表情をコロコロ変えて、忙しいお姫様なことで……」

 

 そして、和真達が乗る車がそれぞれ別れて行き和真達は一台となった。

 舗装された道を数多くの車に紛れながら進む。

 和真達が乗る車は、一般車と見た目が同じだ。

 木を隠すなら森の中である。

 実際見た目にそぐわない程に頑丈に作られているが、護衛車も付けずに走ると言うのは、良い気がしない。

 和真はスモークガラス越しに外を見る。

 大通りを抜け住宅街に差し掛かっていた。

 何者かがしかけてくるならこの場所だろうと予め目星を立てていただけに、緊張が走った。

 

 

 

 一軒の民家には血の匂いと叫び声が響いていた。

 カーテンの隙間から僅かな光が漏れ出す。

 その光が特に荒らされた様子も無い室内を照らしだす。

 数十人いるであろう人物達は、それぞれが兵装に身を包んでいる。

 ある者は、コンピューターを叩きどこかと通信をしているようだ。

 また、ある者は銃器の手入れをしている。

 優しい空気が流れる民家には不釣り合いな人物達は、我が物顔でリビングのソファーに座りテレビを見ている。

 ニュースには、明日の天気予報が流れている。

 それを見ていた男は足元に転がる生暖かい物を踏みつけた。

 赤く暖かい液体が噴き出す。

「おい、誰かこのゴミをどけろ。集中して天気予報が見れないだろうが」

「かしこまりました中佐!」

 中佐と呼ばれた男がそう部下に命令すると、部下は本来の家の主の死体の足を持ち上げ引きずり、廊下の隅に放り投げた。

 ゴミから伸びた赤い液体が長い線をキレイなフローリングに残す。

 ゴミを捨てに行った部下と入れ替わるようにして、リビング横の寝室の扉が開かれ中から複数人の男達が姿を表した。

「……もう、済んだのか?」

「はい中佐、おかげですっきりしましたよ!」

 出てきた男達は、歪んだ笑みを浮かべながらズボンのチャックを上げ、衣服を正す。

「いやぁ~、やっぱり女はイギリスに限ります!日頃から使われていたのか少しブカブカで楽しみがいが半減しましたけど」

「「「「「ハハハハハハハハハッ!!」」」」」

 男の1人がそう言うと、寝室を指差す。

 その先には、衣服が引き裂かれ生臭い液体を体中にぶちまけられた女性が横たわっていた。

 ピクリとも動かないその姿は人形のようでもある。

 開け放たれた扉から寝室の中を見た中佐は微かに眉間に皺を寄せた。

「臭い、扉を閉めろ」

「おっと、失礼しました」

 最後尾にいた男が慌てて扉を閉める。

 扉を閉めた男はまだ物足りないと、爬虫類のような瞳をある一点に向けた。

「……俺は、キツイ穴も味わってみたいですね」

「―――ッ!!」

 視線の先には、まだ10歳になったばかりの女の子の姿。

 全身をロープで巻かれ、口元はテープで塞がれている。

 大きく開かれた瞳は絶望しか写しておらず、流れる涙と鼻水を拭う事すら叶わない。

 その姿がさらに、男達を興奮させた。

「中佐、あれも良いですか?」

 ゆっくりと獲物を指差す。

 だが、それは中佐により止められた。

「残念ながら、もう時間だ。所定の位置に向かえ」

「はっ!」

 男達を含めた部下達は、名残惜しそうにしながらも所定の位置に向かった。

 それを見届けた中佐は、残りの部下に確認を取る。

「悪魔の実の進捗状況はどうだ?」

「ポイントα、β、γ、それぞれ設置に向け部隊が進行中ですが、BETAの奇襲に会いうまく進んでいないとのことです。ですが、中佐の部隊、青騎士(ブラウエ・ライター)が迎撃に当たっていることから、後数日あれば設置は完了するかと……」

「……分かった。後は我々がどれだけ、時間を稼げるかだな」

「はい」

 中佐は、それを聞くと重い腰を持ち上げ立ち上げる。

「こんな世界で神を信じる愚か者共の手を借りなければ、なにも出来ないとは自分の力無さが口惜しい、だが、我々はそれでも行わなければならない。我らを切り捨てたこの国に、我らを切り捨てると言う事がどれだけ愚かな行いだったかを、悔い改めさせなければならない」

 中佐は悔しさを打ち消す様に唇をきつく噛み締める。

 そして踵を返し、未だに振るえる女の子の元に歩みを進める。

「……奴らへの手土産も用意しなければならんしな」

 中佐は部下の1人から、1つの注射針を受け取る。

 そしてそれを女の子に突き刺した。

「すまないな、すべてが終わった頃には君も親の元にいける。それまでの辛抱だ」

 中佐の声には憐みや悲しみは含まれていない。

 そこにあるのは、慈愛だけだった。

 

 

 

 和真達が乗る車は住宅街の出口まで後数十mと差し掛かった所にいた。

 住宅街から、都会へと向かう道だけあり片道三車線の道路は酷く混雑しており和真達が乗る車は、その渋滞に巻き込まれていた。

 四方八方を車により固められ、直ぐにでもこの場を離れたがっていた和真は苛立ちを募らせる。

 だが、それも隣で不安そうにしているマリアを見ればすぐにでも引っ込ませることが出来た。

「そう言えばさ、フォートスレイヤーってさどう言った経緯でその異名がつけられたんだ?」

 和真は少しでも会話をすることで不安を掻き消そうと試みる。

「BWS-3の事?」

「あぁ!」

「あれはな、前政府の私兵部隊、今で言う所のツェルベルスのような緊急即応部隊の功績から名づけられたんだ」

「政府に私兵部隊が?」

「あぁ、各国の優れた衛士、その力を欲した前イギリス政府が監視の意味合いも含めて政府直轄の部隊を作り上げた。ツェルベルスよりも過酷な戦場にいの一番に向かわせ、殿を務めさせる。……衛士を使い捨ての駒と完全に割り切った部隊だったそうだ。その当時は、各国もイギリスに媚び諂わなくちゃいけなかったから喜んで生贄を差し出したそうだ。そして、その部隊はBWS-3を好んで使い数多の勲章を上げた。その中でも飛びぬけて要塞級を殺した数が多かったことから、BWS-3はフォートスレイヤーと呼ばれるようになった、と言う訳だ」

 イギリスの負の歴史を語るマリアを見て、やってしまったと思ったと和真は思ったが、好奇心が募りさらに聞いてしまう。

「その部隊は、今はどうなったんだ?」

「去年の大規模テロで前政府が解体され、その時にテログループに加担していた疑いから、部隊は解散、主要メンバーは銃殺されたよ」

「最後に1つ聞いていいか?」

「なんだ?」

「その部隊の名前ってなんていうんや?」

 和真がそう言うと、マリアは苦い顔をしながら答えた。

「青騎士(ブラウエ・ライター)、イギリスの闇が生んだ最強の部隊だ」

 

 マリアがそう言った瞬間、和真達が乗る車は炎に包まれた。

 



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弱さ

 銃撃音がすべてを支配していた。

 空に黒煙が上がり、先程まで乗っていた車は天地逆さまになり炎に包まれていた。

 間一髪脱出に成功した和真とマリアは、後方を走っていた車の影に隠れていた。

「え……あ、……なに、が……?」

 マリアは突然の出来事に我を忘れ呆けたままだ。

 周囲を見渡せば、イギリス近衛軍が周りにいた一般車両から次々と姿を表し銃撃を行っている。

 敵の数は未だ不明、目的はおそらくマリアの殺害か拉致。

 対するこちらは、俺を含め近衛軍が30名、明らかに分が悪い。

 耳に取り付けた通信機には、ノイズしか走っておらず通信妨害をされていることも裏付けていた。

 激しく繰り返される銃撃戦の中、パニックになり逃げだそうとする多数の一般人が撃ち抜かれて行く。

 和真の中で何かが蠢く。

 夢の世界を実現するためには、邪魔な存在は必ず現れる。

 和真は、自然とネフレから支給されたサブマシンガンを構えていた。

 民家の窓からこちらに狙いを定めている人物と目が合う。

 その瞬間、和真は引き金を引いていた。

 だが、弾丸はテロリストの右肩に当たり命を奪うまでには行かなかった。

「クソッ!!」

 和真は、苛立ち叫ぶ。

 あの時、和真は相手を殺すつもりで引き金を引いた。

 だが、心がそれを拒絶したのだ。

「姫様を連れて早くお逃げくださいッ!!」

 近衛軍の1人がそう叫ぶ。

「1班は現地点で迎撃、2班、3班は姫様と共にこの場を脱出するッ!行けッ!!」

 その言葉を合図に一斉に走り出す。

 道路を挟むようにして隣接された建物のどこからテロリストが狙っているか解らない中で、縫うように渋滞している車の間を走り抜ける。

 車を捨て逃げ出す一般人は道路を逆走していく。

 泣き叫ぶ子供、我を忘れた群衆に踏み殺される老人、走っている最中に後頭部を撃ち抜かれる男性。人に寄る人の殺戮が目の前で確かに行われていた。

 頭がグラつく、胃液が逆流する、腸が締め付けられる。

 銃撃を交わす近衛軍の1人が、決断し叫ぶ。

「ここにいてはさらに民間人が危険にさらされる。姫様、我々が命を懸けてあなたを守り貫きます。ですから、我々の指示に従って下さいッ!」

 そして近衛軍は路地裏に俺達を誘導しようとした。

 その時、マリアが俺の手を払いのけ1つの車のボンネットに飛び乗る。

「私は、イギリス王位継承権第四位マリア・ヴィクトリア・メアリーですッ!このような事は、おやめなさいッ!!無辜の民を傷つけ、あなた方はなにがしたいのですか!?私はここにいますッ!狙うなら、私一人になさいッ!!」

 その瞬間、銃撃が一瞬止む。

 車が燃える炎が煙がまるで彼女を避けているかのように、道を開ける。

 その姿は高貴だった。

 民を背に見えない敵に立ち向かうその姿はまさしく、国を背負う者の姿だった。

 物語の世界なら、ここで敵のボスが登場して話し合いに持ち込んだりするのだろう。

 物語上の敵なら、信念ある敵なら、話し合いの場に姿を表すだろう。

 だが、ここは違う。

 そんな夢物語が通じる世界では無い。

 銃撃が止んだのは一瞬、次の瞬間にはマリアに向け数多の銃口が火を噴いた。

 銃弾がマリアに当たる寸前でマリアは地面に引きづり下ろされる。

「お前なにやってんだッ!!」

 引きずりおろしたのは和真だった。

 和真は、信じられないと言った表情のまま荒々しく叫ぶ。

「離せッ!俺は王女なんだッ!!俺のせいで民を傷つける訳にはいかないんだッ!!」

「そんな事が通じる相手かッ!?見ろ、この惨状を!あいつらは、誰彼かまわず撃ち殺すような連中だぞッ!話しの通じる相手じゃないんだ!」

 そう、話しの通じる相手じゃない。

 話合いで解決できるならこんな事にはならない。

 俺自身が自分で言ったその言葉を否定したかった。

 口ではそう言うが、心ではまだ他の可能性が、これ以上誰の血も流れない方法が残されているのではないかと叫び続ける。

 和真の心と体は真逆の反応を見せていた。

 体は、すぐにでもあいつらを殺せと疼く。

 心は、人を殺したくないともがく。

 和真は別々の反応を見せるそれらを脳で黙らせた。

「とにかく、ここから早く逃げるんだッ!狙いがお前なら、なおの事速くッ!」

 そう言いながら、マリアを連れて行こうとするがマリアはまだ動かない。

「マリアッ!!」

 マリアの体は震えていた。

 そればかりか、マリアが履くズボンが濡れている。

「―――ッ!」

 それに気が付いた和真は、すぐにマリアの顔を持ち上げる。

「クソッ!」

 マリアは過呼吸になっていた。

 それほどまでに、恐怖し緊張していたにも関わらず、マリアはその身を投げ出した。

 今の和真にはそれが尊くそして輝いていると感じられた。

 和真はマリアの状態を確認すると、抱きかかえその場を後にしようとする。

「RPGぃいいいいいッ!!」

 だが、その声と共に近衛軍が和真達に覆いかぶさり身動きがとれなくなる。

 和真も体に力を入れ、マリアをRPGから守る様に丸くなる。

 和真達が隠れる車両に向け飛翔するロケット弾、だがそれは一発の銃弾に撃ち抜かれ爆散した。

 衝撃波が和真達を襲う。

 それと同時に、通信機から聞きなれた声が聞こえてきた。

「大丈夫ですか!?」

「その声、イルフィか?」

「良かった~、動かないで下さいね。今増援が向かいましたから!」

「増援?」

 体を起こした和真の目の前に見慣れた少女が姿を表す。

「いつまで呆けてる気?あんたの股にぶら下がっているのは鉛玉かしら?」

 そこには、近衛軍の増援を率いたベルナが立っていた。

 ベルナはその小さな体に似合わないアサルトライフルを手に、俺を睨み付けてくる。

 だがそれも一瞬で、すぐに応戦を始めた。

 それを合図に和真は我に返り、すぐさまマリアの容体を確かめる。

 依然として、過呼吸は収まっていなかった。

「少し苦しいが我慢してくれ」

 増援が来たことにより、多少の安全が確保されたことで、和真は応急処置を行う。

 和真はマリアの首元を緩め肌を露わにする。

 そして左右の鎖骨の間のツボ、天突を人差し指と親指で押した。

 するとマリアは咳き込み、瞬時に息を吐きだした。

「ガハッ、ケハ、ゴホ、ごほ……、はぁ、はぁ……」

 その様子を見た和真は、深く息を吐きだす。

「……良かった」

「良くないわよッ!あんたも、手伝いなさいッ!」

 ベルナに叱責され、和真も射撃を行う。

 だが和真が放つ弾丸はテロリストの息の根を止めることをしない。

 和真が行ったのはあくまでも威嚇射撃なのだ。

 安心していた。

 逃げていた民間人は、すでに近衛軍の部隊に保護され安全な場所に誘導されている。

 つまりは、この場にいるのは兵士のみ。

 数もおそらくこちらが圧倒的に有利。

 武装もなにもかもこちら側が有利になったと和真は確信していた。

 和真はその確信を本物とするために、最後の確認をベルナに行う。

「ベルナ、通信が回復しているってことは……」

「そう、妨害していた奴らがいた所にはストーとオルソン大尉、その護衛についていた近衛軍により制圧されたわ。どんな方法を使ったかは解らないけれど、テロリストの潜伏場所もすでに判明してる。制圧部隊がすでに行動を起こしているわ」

「そうか」

 そう言って見るからに安心した和真をベルナは眉を顰めて見つめる。

「あんたやる気があるの?」

「なんの話だ?」

「見ていて解るわよ。あんた、さっきから敵を1人も殺していない」

 その言葉に和真の体が一瞬跳ね上がる。

「護衛と言う任務からで言えば、あんたは確かに姫様を守り貫いた。でもね、あんたの腕ならば護衛しながらでも、敵を着実に減らしていけた筈。ましてや、今は姫様の脱出ルートを確保するために、1人でも多くの敵を黙らせなくてはならない。それにも、関わらずあんたはさっきから威嚇射撃か無駄玉を撃ってワザと敵の急所を外している。相手はテロリストよ?遊んでいられるような相手じゃない。殺される前に殺さなければならない」

「だ、だがッ!もっと、うまく行く方法があったかも知れない。敵も味方も被害を最小限にする方法がきっとッ!」

「甘ったれるなッ!!」

「―――ッ!」

「あんたの言葉はすべて甘い戯言だッ!被害を最小限?そう思うなら敵を一秒でも早く殺せ!あんたが引き金を引くのをためらった一瞬が、仲間の一生を奪う!中尉にもなってそんな事も解っていないのかッ!?あんたが守るべきは敵じゃないッ!姫様だ、民間人だ、仲間だッ!そこに敵も加えるなッ!……でなければ、次はあんたのせいでこの地獄が再現される」

 ベルナはそう言うと、顎で周囲を見る様に促す。

 燃える家、幸せを桜花していたはずの一般人の死体、撃ち抜かれる仲間、何かを叫びながら蜂の巣になる敵。

 BETA戦とは違った地獄が広がっていた。

「俺は、それでも……、俺は……」

 和真の手に握られたサブマシンガンが小刻みに震える。

 

 解っている。

 そんな事は解っている。

 つい先ほど、マリアに同じことを言ったのは自分自身だ。

 なのに俺は、未だに自分の手を血で汚す事を恐れている。

 マリアを見る。

 マリアは俺と同じように震えていた。

 だが、口から漏れ出す言葉が和真と決定的に違うと知らせてくる。

「俺のせいで、俺のせいで、こんな……」

 この場においてマリアは他人の事を想い、俺は自分のことばかりを考えている。

「俺は、こんなにも、弱かったのか……?」

 

 和真の口から自然とそんな言葉が漏れ出した。

 だが、その言葉は誰にも聞こえず和真自身にそのまま跳ね返った。

 

「クソッ、奴らもう来やがったッ!……ぐわぁッ!」

「た、助けてくれ、ギャッ!!」

「し、死ねぇええええええッ!!」

 スピーカーから流れる呪詛を聞きながら中佐は深く息を吐きだす。

「はぁ、ごろつき共ではこの程度が関の山か……」

「ですが、これで数日は稼げるはずです。イギリス新政権も大慌てでしょう!」

「第一段階はなんとかクリアと言った所か……。よし、第二段階に移る!情報通りなら、目標は必ず食いついてくる筈だ」

 中佐はそう言うと、立ち上がる。

「はッ!奴らへの土産は私が必ず持参します!」

「……よろしく頼む」

 中佐はそう言うと、民家を後にしようと立ち上がる。

 向かう場所は真の仲間、青騎士が待つ場所。

「―――ッ!―――――ッッ!!」

 縛られ捕えられた女の子は目を覚ますと同時に泣き叫ぶ。

 声にならない声が、口を塞いだテープの隙間から漏れ出す。

 中佐はその女の子に近づき、頭を一撫でし、戦域を離れた。

 

「敵の制圧も時間の問題です。今の内に脱出しましょう!!」

 近衛軍の1人がそう言うと、マリアの腕を引き走り出そうとする。

 それに続くように、ベルナと和真も立ち上がる。

「援護するわ、急いでッ!」

 遥か後方からイルフィが通信越しに叫ぶ。

 和真はマリアを守るように最後尾につけ安全を確かめるために後ろを振り返る。

 その時、和真の瞳に信じられないモノが写り込んだ。

 それは、戦場と化した住宅地の1つの路地裏から姿を表した。

「ママぁ、パパぁッ!」

 目元を擦り、泣きながら現れたのは1人の女の子。

 その子は何故自分がここにいるのかも解っていないかのような、たまたま親から逸れてしまったかのように銃弾飛び交う場所に姿を表した。

 女の子の位置は、戦場の丁度中間地点。

 銃弾が飛び交い、歩く事すら躊躇われる地獄。

 誰も気が付いていないかのように、銃撃は止まない。

 テロリストは、自らが生き残るために必死で引き金を引き。

 近衛軍はマリアを生き延びさせるために敵に集中している。

「なんであんな所に女の子がッ!?」

 ベルナもそれに気が付くが、もうどうしようも無いと、今は任務に集中するべきだと、自分に言い聞かせる。

 だが予想もしていなかった言葉が隣から聞こえてきた。

「先にマリアを連れて避難していてくれ、あの子は俺が助ける」

 言うと同時に和真は駆けだした。

「中尉ッ!クソッ!!」

 ベルナは悪態をつく。

「行かせて上げてください」

 その様子を見ていたマリアは、ベルナに言った。

「姫様、ですがッ!?」

 そしてマリアは声を張り上げる。

「近衛軍に命令します!出来るだけで構いません。五六中尉を援護して下さいッ!」

 

 

「もう少しッ!」

 和真はリミッターを切り、人には無しえないような動きで進んでいく。

「パパぁ、ママぁ……」

「間に合ったッ!!」

「ふぇ……?」

 和真は女の子を抱きしめると、跳躍し女の子が出てきた路地裏に体を放り込む。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 和真は女の子の様子を確かめる。

 どこにも傷が無い様子から、和真は一気に力を抜いた。

「もう、大丈夫だからね」

 和真はそう言うと、安心させるように女の子の頭を撫でる。

 救えた、守れた。

 それが焦燥していた和真の心を少しだけ癒した。

 俺が弱かったせいで、覚悟が足りていなかったせいで死んでしまった人がいた。

 でも、俺は確かに小さな命を救えた。

 マリアもあれだけ近衛軍がいて、ベルナもいるなら大丈夫だろう。

 和真は自分にそう言い聞かせる。

 でないと、ベルナが言った真実が心を体の方に傾けてしまう。

 その恐怖から和真は逃げた。

 だが、恐怖とは常に戦場の隣にあり、それは無常なのだ。

 なんの反応も示さない女の子を案じた和真が再度声を掛けようとする。

「なッ!」

 抱いていた女の子の体が突然膨れ上がり、そして――――。

 

 爆ぜた。

 

 狭い路地裏は、赤い塗料をぶちまけたかのように染め上げる。

 和真は手榴弾を抱きしめていたかのように、腹部から胸部にかけての肉が吹き飛んでいた。

 和真の体内のナノマシンが急いで修復を開始し、内臓が擦れる音を出しながら傷口を塞いでいく。

 和真は赤に染まった世界、元々少女だった水たまりを見つめ思考が停止してしまった。

 




次話は、7月27日0時に投稿します。

今話も読んで頂きありがとうございます。
これからも、よろしくお願いします。


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慣れの恐怖

「作戦は成功だな」

 その様子を見ていたテロリストの1人が部下を引き連れて姿を表す。

「それにしてもこんなにうまくいくなんて思ってもいませんでしたよ。こいつは、馬鹿ですか?簡単に餌に食いついた。あんな所に、生存者がいるハズがないなんてことは、誰にでも判断できる筈だ。なら、罠であることも解る。仮に、逃げ遅れがいたとしても、態々単独で助けにくるなんて愚の骨頂だ」

「まぁ、そう言うな。こいつが馬鹿なおかげで私達は作戦を予定通り行える。……それにしても、銃弾の嵐の中から安全地点を即座に割り出した観察力、死を恐れない行動力、その行動を可能とした常人離れした身体能力。こいつは、馬鹿というよりも、頭の中がお花畑なのだろうよ」

「「「「ハハハハハッ!」」」」

 先頭に立つ隊長らしき男が、水たまりと化した女の子に向け黙祷を送る。

「……すまない、我々のために君を不幸にしてしまった。だが、約束しよう。我々が再び表舞台に立つ時、君の死を無駄にしないために多くの人命を生き延びさせ、人類を発展させると。……連れて行くぞ」

「はッ!」

 隊長の言葉に従い、部下達は遺体袋を手に横たわる和真に近づく。

 そして、横たわる和真を跨り正面から和真を見た部下の一人が吐き気を抑えるように口元に手を当てた。

「うッ……」

「どうした?」

「隊長……、恭順派の連中がコイツを欲しがった訳がわかりましたよ。コイツは……、人じゃない。別の何かだ」

「……どういうことだ?」

 隊長は部下の意味不明な言葉を確かめようと移動する。

 そして、それを見た。

「なんだ……これは……」

 和真の傷ついた体は緑色に輝く結晶が蠢き、治癒していた。

 切れた皮膚などの治癒は見ていて特に不快にはならない。

 単に、協力関係にあるキリスト恭順派の連中が欲しがった訳が理解できた程度だ。

 恐らくは、アメリカかオセアニアあたりの人体実験の成果だろう。

 そう思えた。

 だが、一番損傷の激しい胸部を見た時、圧倒的な不快感が込み上げてきた。

「虹色の、クリスタル?」

 心臓が本来あるべき場所、そこには虹色に輝く拳ほどの大きさのクリスタルが埋め込まれていた。

 それに、大樹の根のように肉がこびり付いており脈動している。

 そしてまるで別の生き物を体内に飼っているかのように、緑色の液体と共に肉が蠢き傷を修復していた。

「こ、コイツは化け物だッ!ここで、殺しておかなければ俺達が食い殺されちまうッ!!」

 吐き気を必死に堪えていた部下の一人が発狂し銃を構えた。

 そして、引き金を引こうとしたその時、それは起こった。

「なッ!」

 気が付けば、先程まで横倒れになっていた男が立ち上がっていた。

 それは、隊長が瞬きをした一瞬の出来事だった。

 隊長はなにが起こったのか、解らないと顔を上げる。

 隊長の瞳に写ったのは、両目を緑色に光らせた化け物が先程まで発狂していた部下の顔を掴んでいる姿だった。

 

 

 

 和真は、横たわり空と血液の水たまりと化した少女を見る。

 

 あぁ、あの赤いのはなんなのだろう?

 それよりも俺は、何故こんな所で寝ころんでいるのだろうか?

 確か、アストン・ホールに向かっていて……。

 そうだ、途中でテロにあったんだ。

 それから、どうしたっけ?

 そうだ、テロリストからマリアを守りながら、一緒に逃げたんだ。

 そう言う任務だったじゃないか……。

 マリアはどうなったんだ?

 ……ベルナとイルフィが助けに来てくれたから、マリアは無事だったんだ。

 そうだ、無事だったんだ……。

 

 無事……?

 

 無事ってなんだ?

 何事も無かったのか?

 なら、なんで俺は逃げた?

 なにから、逃げていたんだ?

 テロリストからか?

 あの程度の連中なら、俺はすぐに鎮圧することが出来た。

 鎮圧って、どうすれば一番うまく出来たのだろう……?

 ……そんなの、決まっているじゃないか。テロリストを殺せば良かったんだ。

 俺にはそれが出来た。

 イギリス近衛軍もいたし、彼らに任せておけば今よりうまく出来たかもしれない。

 

 今より……?

 

 今、どんな状況だった?

 そうだ、俺が躊躇ったから、殺す事を脅えていたから、綺麗なままでいたかったから、いっぱい死んでしまったんだ。

 俺は、楽観視していた。

 マリアさえ逃がしてしまえば、テロリストも撃つのを止めて死傷者を減らせることができるって……。

 

 でも、結果はどうだ?

 

 殺し合いは今も続いていて、関係の無い人もたくさん死んでしまった。

 これからも、どんどん増え続けていくだろう。

 なんで、こうなってしまったんだ?

 それは俺があの時、躊躇ったからだ。

 殺すことをためらったから、こうなってしまった。

 なら俺があの時、テロリストを一人残らず殺していたら?

 こうはならなかった。

 でも、殺人はいけない事だ。

 人が犯してはいけない最大の罪だ。

 それを行うのは、外道だけだ。

 じゃあ、民間人を殺したテロリストもテロリストを殺した仲間も皆外道だ。

 外道ばかりだから、何の罪もない人達が死んでしまうんだ。

 だって、俺の手や壁や地面を赤くしているあれは、元は少女だったじゃない か……。

 こんなことが出来るのは、外道以外にいない。

 

 笑い声が聞こえる。

 

 なんで笑っていられるんだ?

 そうか、彼らも外道だから笑っていられるんだ。

 そしてこの場にいると言う事は、この女の子をこんな風にした奴等に違いない。

 

 ……やっぱり、彼らがこんなことをしたんだ。

 

 じゃあ、彼らは敵か……。

 そういや、ベルナが言っていたな。

 被害を最小限にしたいなら、敵を殺せって……。

 マリアや民間人や仲間が殺されるから、殺せって……。

 そうだよな、敵は殺さなくちゃいけない。

 邪魔な存在は消さなくちゃいけないんだ。

 

 俺は言ったじゃないか。

 

 大を生かすために小を見捨てるって

 

 レオに誓ったじゃないか。

 

 夢の世界を、皆が笑顔でいられる世界を作るために、外道になるって。

 

 俺は初めて誓った時、なんて言った?

 

 この身はすでに外道だって言ったじゃないか。

 

 そうさ、俺は父さんを殺した時に外道になったんだ。

 

 俺は知っていたじゃないか。

 この世界には、外道がたくさんいるって、俺達の邪魔をする存在がいるって。

 あぁ、なんで俺は躊躇ってしまったのだろう。

 どうしてもっと早くに気が付かなかったのだろう。

 彼らが人殺しを行う外道なら、殺されたって構わないじゃないか。

 俺達の邪魔をするなら、死んで当たり前じゃないか。

 この冷たくて深く暗い湖に沈んで行く感覚。

 死を、与えてもいいじゃないか。

 

 ……なら、殺そう。

 

 今ここにいるコイツ等を殺そう。

 

 まずは、俺に銃口を向けているお前からだ。

 

 

 和真はリミッターを切る時に訪れる頭の中の湖の世界にいた。

 だが、湖面場には和真の姿が無い。

 そればかりか、無数に存在していた腕も見当たらない。

 和真の姿は湖の底に沈んでしまっていた。

 そこで、和真は理解した。

 この世界を、綺麗ごとだけではすまされない死を、託された数多の想いに報い夢を実現するためには、どうすればいいのかを。

 すでに和真の心は決まってしまった。

 体はすでに準備を整えていた。

 心と体が決めたために、脳は調整を行う必要がなくなった。

 もう、後戻りは出来ないのだ。

 

 隊長は信じられない光景を見ていた。

 化け物に銃を向けた部下が、いつのまにか宙に浮いていたからだ。

 嫌違う、その化け物に持ち上げられていた。

 顔を握られ持ち上げられていたのだ。

 化け物が静かに口を開く。

「これやったの、お前達だろう?」

 その声が、散歩の途中で出会った友達に向けられるようなモノで、誰も反応を返すことが出来ない。

「こんな事が出来るお前達は、俺達の邪魔をするんだろ?」

 まるで昨日のテレビ番組の話をするように、自然と語りかける。

「……だから、そんな事をさせないために今ここで、死んでくれへんかな?」

 そして、部下の顔面を握りつぶした。

「あ、あぁ、あ……」

 その光景を見ていた他の部下達も恐怖に震えあがる。

 そしてほぼ同時に、手に持つ銃を化け物に向けた。

 だが次の瞬間には、部下達の首は地面に転げ落ちていた。

「……やっぱり、ただの鉄じゃ刃こぼれするな」

 そう言った化け物の手には、湾曲したナイフ、ククリナイフが握られていた。

「まぁ、えっか……」

 化け物はそう言うと、私に向かって歩みを進める。

「く、来るな……」

 余りの恐怖に、身動きが取れない。

 汗が噴き出すことすら、辛い。

 化け物は、私の目の前にくると緑色に輝く二つの瞳を私に向ける。

「お前、隊長って呼ばれてたよな?……じゃあ、色々情報を持ってるよな?」

 私は覚悟した。

 私はここで死んでしまうと、だが情報を与える訳にはいかない。

 私は舌を噛み切ろうと決意した。

 だが、その決意も化け物の次の言葉にすべて無にされてしまう。

「俺の目を見ろ」

 

 和真は情報を聞き出すと、1人考え込む。

「……これは伝えなあかんな」

 その時、知るすべての情報を和真の催眠術により吐かされた隊長は茫然としながらも、怒りに震え腰からハンドガンを取り出し化け物を射殺しようとした。

 だがその怒りも無かったことのようにされてしまう。

「がッ―――」

 噴水の様に噴き出す鮮血、それが自分の首から溢れ出した血だと、自分は切られていたと知った時には、隊長は息絶えてしまった。

「……手間かけさせんな」

 和真はそう言うと、手を大きく振るいククリナイフについた血を掃い、腰に取り付けられている鞘に戻す。

 そして、自分が殺した者達には見向きもしないで血の水たまりと化した少女の元に向かう。

 膝を曲げ手を伸ばし、乾き始めた血を指で撫でる。

「ごめんな、俺が臆病やったばっかりに、君を救えんかった。ほんまに、ごめんな……」

 その言葉には、心からの謝罪が乗せられていた。

 和真が立ち上がると、数歩後ろにはメアリーが立っていた。

「なんや?」

「……今後の予定を伝えにきました」

「ちょうど良かったわ。俺もレオに伝えなあかんことがあんねん。言伝を頼める?」

「……はい」

「ははっ、相変わらず眠そうやな」

 和真とメアリーはその周りにある死体など眼中にないと会話を進める。

「なぁ、メアリーさん」

「はい?」

「人……、嫌、俺って最低の生物やと思うわ」

「……何故ですか?」

「慣れてもうた、人殺しに、慣れてしまった。もう、吐き気もしなければ涙も出ない」

 メアリーはそう言う和真を見ながら、小さく笑いそれを肯定する。

「そうですね。何にでも慣れてしまう人と言う生き物は、おそらく最低なのでしょうね」

 銃撃音はすでに聞こえてこない、イギリス近衛軍が残りのテロリスト達を制圧したのだろう。

 和真は、空を見上げる。

 和真の緑色の瞳は、淀み荒んだ空を見つめる。

 

 五六和真は、静かに本人ですら気づかない程自然にかつての世界での常識を壊しゆっくりと、だが着実にこの世界に慣れて行った。

 



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乖離

 あれから三日たった。

 

 俺が得た情報は、すべてメアリーさんを通じてレオに伝えてある。

 だが、その得た情報はそれ以外の人達には伝えていない。

 これは、レオの指示だ。

 レオは、今回のテロ、そして奴等青騎士(ブラウエ・ライター)の計画を利用しようと言ったのだ。

 奴等の目的は、自分達の必要性をイギリス新政権に解らせる事。

 その準備段階としてのテロだった。

 今回のテロが原因で、イギリス新政権に対する多国の信頼はグラついてしまった。

 欧州連合の盟主であるイギリスが信用を失うと言う事は、欧州連合の瓦解に繋がる。

 もし、こんな状況でBETAに進行されようものなら、まともな作戦立案など出来る訳も無い。

 足並みが揃わないのだから当然だ。

 だが、奴等はそこに目を付けた。

 すでに、旧フランス領オルレアン・ブロワ・トゥールにG元素を散布している。

 これに引き寄せられたBETAは、押し出されるようになり進行を始めるだろう。

 欧州最後の砦、イギリスに……。

 欧州連合、国連軍は大パニックに陥るだろう。

 現場の兵士にたいしまともな作戦を伝える事も出来ずに、窮地に陥ってしまう。

 だがそこに、統率が完璧に取れ数多のBETAを葬る部隊が現れればどうだ?

 そして、BETAを退けることが出来れば?

 皆が思うだろう。

 彼らがいたからこそ、イギリスは救われたのだと。

 青騎士の狙いはそこだ。

 自らを必要な存在だと、すべての人物に知らしめる。

 青騎士を闇に葬った新政権に、間違った選択をしていたと理解させる。

 そして彼らは再び表舞台に帰ってくることが出来る。

 それが青騎士の目的。

 マリア襲撃のテロは、時間稼ぎとしての意味しか持っていなかった。

 つまりは、あそこで死んだ人達は時間を稼ぐと言うためだけに、一生を終わらせられたのだ。

 

 誇りや名前なんて、そんなにも重要なモノなのか?

 そこまでして、自分達が守っていた人達を自分達の手で危険な目に合せてまで、 欲しいモノなのか?

 俺にはそれが解らない。

 嫌、今はそんなことはどうでもいい。

 青騎士のバックには、キリスト恭順派がついている。

 これも俺が得た情報だ。

 G元素をアメリカから横流ししたのも奴らだ。

 アメリカも一枚岩では無いと言うことだろう。

 そっちに関してはネフレに任せておけばいい。

 キリスト恭順派を叩き潰す算段もつけてあるらしいし、俺はレオからの次の指示を待てばそれでいい。

 

 和真はメアリーに伝えられたレオの指示の内容を思い出し、憂鬱な気分になりながらタバコに火をつけた。

「すぅ~はぁ~……」

 和真が現在いる場所はバッキンガム宮殿だ。

 あのテロの後、イギリス近衛軍は厳戒態勢を敷いている。

 マリアを含めた王族は、この宮殿に缶詰になっていた。

 和真自身もオルソン大尉と共に、寝室に押し込められていた。

 和真は寝室の窓を開け、タバコの煙を外に逃がすと同時に部屋の換気を行う。

 横目でチラリと見ると、オルソン大尉がなにかを考え込んでいた。

「どうしたんですか、オルソン大尉?」

「……今回のテロ、規模、襲撃の周到さから考えても実行犯共が余りにも稚拙すぎたのでな。妙に思っていた……、彼らの狙いは別にあるのではないか、実行犯共は初めから捨て駒にされる予定だった。そう思えてならない」

「へぇ……、例えばどんな所がですか?」

「マリア様と中尉が乗っていた車が、吹き飛ばされた後だ。本来ならばあそこで仕留める予定だったはず。それが失敗したならば、より確実に計画を進行させるために、行動を起こすはずだ」

「ですが、彼らはその後、執拗に撃ってきましたよ?」

「そう、そこが妙なのだ……。何故、彼らはその場にとどまっていた?あの状況、そして近衛軍の数を考慮するなら、その場にとどまることは愚策だ。何人かを残し後の部隊は追撃に向かわせるべきだった。なにせ、こちらは相手の数すら把握しきれていなかったのだから、そしてそこになにかしらの意図があったにせよ制圧部隊の話を聞く限り、テロリスト共は素人同然だったそうだ」

「素人の犯行なら、納得が出来ませんか?彼らは王室に恨みを持っていた。そして突発的に仕掛けた。そう、思いませんか?」

「思えない、何故ならあの車に姫様が乗っていた事は私達ですら知らない情報だからだ。その情報を得ることが出来る組織であり、あそこまでの準備を行うことが出来た者達が弱い訳がない。少なくとも訓練はされている筈、なのに実際のテロリストは素人同然だった。私は、彼らの後ろには巨大な組織があり、目的は別にあると思うのだよ」

「大尉は、イギリス新政権、欧州連合を疑っているのですか?」

「……余り考えたくはないがね。国連軍と言う可能性もある。彼らにとって、欧州の多くの民に慕われているイギリス王室の存在は目障りなはずだ。そして、その発言や行動を自粛させる意味合いでの今回のテロ、次は無いとの警告だったと仮定するなら、無理矢理にでも納得できる」

 和真はその話を聞き、大袈裟に息を飲む。

「……本当に考えたくない状況ですねそれは」

「あぁ……」

 そして、重く苦しい空気が出来上がる。

 すると、オルソン大尉は徐に口を開いた。

「中尉、その瞳はどうかしたのかね?」

「あぁ、これですか?」

 和真の両目は緑色に変色していた。

「これは、俺にも解りません……」

「そうか、なにかあっては大変だからな。診察を受けた方がいいだろう」

「ありがとうございます」

 そして和真は、再びタバコの煙を肺に入れ込んだ。

 

 女性用寝室では、ストー、イルフィ、ベルナの三人がそれぞれのベッドに座っていた。

「ねぇ、聞いた?」

 イルフィがそうベルナに問いかける。

「聞いてるわよ。BETAがなぞの集結をしてるって話でしょ?」

 ベルナが焦りを含み応える。

「噂では、個体数が10万……ううん、それ以上かもしれないって」

「……あまりの個体数に上は大慌てしてるでしょうね。でも、不思議ね三か所に集結しているってのは……」

「うん、もしこのBETA群が一斉に弾けて進行を開始したら、イギリスは……」

 イルフィはそこまで言うと、顔を青くする。

 普段の陽気な彼女からは想像もつかない表情だった。

 ツェルベルスに所属する彼女は命の危機なんて、日常茶飯事だった。

 だが、今回は規模が違う。

 ましてや、生まれて初めて体験するかもしれない本格的なBETAの侵略。

 物心ついた頃、祖国をBETAに蹂躙され逃げ出した頃の記憶が蘇る。

「クッ……、なんて破廉恥な」

 イルフィは、自分の手が震えているのを見、そう毒づいた。

「別に破廉恥でもなんでもないわよ」

 珍しくベルナがイルフィのフォローをする。

「アタシも、同じだもの……」

 そう言ったベルナもまた、苦虫を噛み潰した顔をしていた。

 ただ、その中にあってもストーは別の事を考えていた。

 

 和君の心が見えなかった。

 

 テロの現場に到着したストーはすぐさま和真の元に向かった。

 そしてそこで見たのは、変わった和真の姿だった。

 見た目の問題ではない。

 和真の纏う雰囲気が、変わっていたのだ。

 そして、ESPの力を使っても心を読むことが出来ず。

 感情の色も見えない。

 すべてが、黒く塗り潰されたかのように見えなかったのだ。

 ストーは、自分の体を抱きしめる。

 こんな恐怖を味わうのは、初めてだった。

 今まで不安になればESPの力を使い和真の心を読むことで、自分は見捨てられていないとストーは安堵していた。

 だが、それがもう出来ない。

 和真が何を考えているのか解らない。

 いつ自分が見捨てられるのか想像も出来ない。

 もっと、もっと、自分を見て欲しい。

 自分を意識して欲しい。

 そう思っていたストーは、恐怖に体を震えさせる。

「……和君」

 ストーの口から微かに漏れた声。

 それは、耳を澄まそうとも聞き取れない程の声量。

 だが、ベルナとイルフィの耳には届いていた。

「大丈夫だよ、ストー。今はこんな状態だけれど、すぐに会えるわ」

 イルフィは、ストーの傍に座り震えるストーを抱きしめた。

 されるがままになるストーの髪を優しく撫でて行く。

 少しでも、安心してもらうために。

 だが、その気持ちもベルナの一声によりかき乱される。

「ストー、あんた和真中尉に依存しすぎじゃない?」

 その声にストーの体が跳ね上がる。

「ベルナ今はそんな事を言って良い状況じゃ無いッ!」

 ベルナはイルフィの怒声と睨みに怯む事無く言葉を投げかける。

「いいえ、今だから言うのよ。ストー、あなた私達が今回護衛の任務に選ばれた本当の意味知っているでしょ?」

 ベルナの問いかけにストーは反応を見せない。

「……無視ってわけ?別に良いわ……、気付いていないなら教えてあげる。私達が選ばれた理由、私達に課せられた任務は五六中尉と親しい中になること。極端に言ってしまえば肉体的な関係を持ってでも彼から情報を得ることよ」

「――ッ!」

 ストーは、肉体的な関係の言葉を聞いた瞬間に殺気立つ。

 ベルナを睨み付ける瞳は、すべてを凍てつかせる氷を思わせた。

 ベルナはその瞳を真っ向から受け止める。

「ふふっ、そんなに嫌?彼を取られるのが……。あなたを支配しているのは、嫉妬?独占欲?怒り?それとも……、恐怖かしら?」

 ベルナの言葉は止まらない。

「あなたが私達の任務の内容を感づいていると確信したのは、温泉に入った時よ。あの時、馬鹿デカイ鼠を見て初めに叫んだのは、マリアだった。私達は、任務の関係上ハニー・トラップを仕掛けなきゃいけなかったから、マリアに乗っかって叫んだだけ、まぁイルフィは本気だったかも知れないけれど」

 イルフィは、恥ずかしそうに頬を染める。

「あの時、あんた叫んでいなかったわよね?脅えてすらいなかった。鼠を見ても、平気な顔でいたわよね?でも、和真中尉が駆けつけて来た時、あなたは彼に飛びついた。私が一番脅えていたと告げながらね。良くもまぁ、美味しい所を持っていくわね。あの後私達が取れる行動は、随分と限られてしまった。怖い?彼を取られるのが、置いて行かれるのが」

 ベルナの言葉は、正確にストーの心を捉えていた。

 自分よりも背丈の小さなひ弱く見える少女の口から放たれていく言葉の一つ一つが、ストーを射抜く。

 先ほどまで普段の様子からは信じられない雰囲気を出していたストーは、みるみる内に、凍えるような空気をなくしていく。

 その変わりなのか、大きな瞳にはグラスに水を注ぐように涙がたまっていった。

「……怖い、怖いよ。和君のぬくもりを失うのがすごく怖い。ベルナの言う通り、私は和君に依存している。だって、怖いんだよッ!?彼の心がわからないのッ!見えないのッ!!」

 ストーは、感情の波をベルナにぶつける。

 涙を零しながら、駄々をこねる子供のように叫んだ。

 その言葉を逃げずに受け止めたベルナは、無言でストーに近づいた。

 ベルナの影がストーに被さる。

 そして、ベルナの右腕が持ち上げられたところでストーは叩かれると思いきつく瞼を閉じた。

 だが、いくら待てども叩かれる衝撃は来なかった。

 そして、衝撃の代わりに高貴な花の匂いがストーを包み込んだ。

「……え?」

「馬鹿ね、相手の心がわからないなんて当たり前じゃない……。いい、ストー?女はね、過度に男に依存してはダメなのよ?男って生き物は、女と違って心が弱いの、だから男は子供のころから母親という女に甘える。自分よりも生物的に強い女に惹かれるの……。ストーが、片思いし続ける限りその恋は実らない。男は自分に依存してくる女よりも自分が依存できる女を求めてしまう。特に和真中尉はその傾向が強いと思うわ。だからね、彼がストーに依存してくるようにすればいいのよ」

 まるで母親のように優しく抱きしめ耳元で力強く話してくるベルナを感じていたストーは思った。

 これが、強い女なのかな、と……。

 私も二人のような強い女になりたい。

 そう思ったストーは、今までのただ甘えるだけだった自分と決別するかのように口を大ききく開けて泣き喚いた。

「ふぅぇぇぇぇえええええッ!ふぅぅぇええええええッ!!」

 イルフィとベルナはいきなり泣き出したストーに驚くが、顔を見合わせて小さく笑い、ストーを抱きしめる。

 その姿は、手のかかる妹を可愛がる姉の姿だった。

 

 一しきり泣いたストーは、勇気を振り絞りストーは聞いた。

「……どうすれば、和君は私に恋してくれるかな?」

 ベルナはストーから離れるとイルフィに視線を送る。

「わ、私ッ!?そこで振ってくるの!?」

「いいから何か答えなさいよッ!」

「う~んとね……。お弁当を作ってみるとか?」

「今時そんなことする女なんていないわよ」

「だ、だったらベルナは何かいい案があるのッ!?」

「わ、私なら……、そう!必要以上にベタベタしないわ。相手が振り向いてくれるように、適度に鞭を加えてから飴を渡して自分色に染め上げるのよ!」

「はいはい、ツンデレツンデレ」

「その言葉、なぜだかすごくムカつくわ……」

 結局、恋をしたことが無い二人からはこれと言ったアドバイスを得ることは出来なかった。

 だが、ストーは感謝していた。

 自分の気持ちに気が付きすぐさま抱きしめて安心させてくれたイルフィに、落ち込んでいた気持ちを吹き飛ばしてくれたベルナに、感謝していた。

「二人は、やっぱり和君を狙っているの……?」

 ストーが恐る恐る聞くと、ベルナは腕を顔の前でパタパタ振りイルフィは申し訳なさそうに言った。

「上から命令されているけれど、断言するわ。無いッ!なにが無いって、顔がタイプじゃない!だから命令は無視することに決めたわ」

「……私も、和真さんは優しい人だと思うけれど……好みじゃないの……」

「あ、ははは……えぇ~~~……」

 ストーは、二人の反応に喜んでいいのか、悲しんだらいいのかわからず。

軽く笑って済ませることにした。

「……でも、マリアは多分本気よ。国のためとか関係無しに、和真さんに惚れているわね」

 ベルナが、そう確信を持って言う。

 イルフィも気が付いていたのだろう、心配そうにストーを見た。

 だが、ストーは先ほどのような暗い顔をしていない。

 むしろ、晴れやかな顔をしていた。

「うん、知ってた……。マリアが本気で和君の事が好きなんだってことは、でも、もうウジウジしない。私は、負けないよ!!」

 そう宣言するストーを見たベルナとイルフィは顔をにやつかせる。

「私はどちらにもつかないけれど、応援はしてあげるわ!」

「正々堂々、お互いに悔いが無いようにね!」

「うんッ!!」

 

 同時刻、和真は洗面台の前に立っていた。

 鏡に映る自分の顔を見る。

 今の和真の両目の瞳は、黒い本来の和真の瞳の色に戻っていた。

 なぜ、突然戻ったのか見当がつかないが特に気にしても始まらないために放置することにする。

 そして、和真は寝室に用意された洗面台を使っていた本来の目的を行う。

 手と手を皮膚が剥がれ落ちてしまいそうになるまで洗い続ける。

「慣れた、俺は殺しに慣れたんや……」

 力強く擦っていたために、皮膚がめくれ上がる。

 だがそれも、ナノマシンによりすぐに修復される。

「やのに……、なんで……、血の匂いが取れない……?」

 擦る、擦る、擦る。

 だが、肉を断ち骨を砕いた感触が消え去らない。

 和真は洗うのを中断し、手を鼻に近づける。

「……血生臭い」

 血の匂いが嗅覚を刺激し、脳の記憶から鮮明にあの映像を探し出す。

「ば、化け物……」

「ぐっ、がっ、た、助け……」

「この野郎ぅぉぉぉおおおおおおッ!!」

 そうして向かってきたテロリスト達を、躊躇いなく切り捨てていく。

 実際には、そんなことは無かった。

 テロリスト達は、死を覚悟する前に和真に殺された。

 そう、これは単なる妄想、自分が思い描いた風景、この世に存在しないモノだ。

 だが、その映像は和真に殺しを思い出させるには十分だった。

「……手が震えている?パーキンソン病?……嫌、まだ単純に慣れ切れてないだけやろ」

 そして、震える手から視線を外し鏡を見ると和真は自分の瞳の色が黒から緑色に変わっているのに気が付いた。

 それだけじゃない、自分が興奮しているのがわかる。

 心臓の鼓動がわかる。

 空気の流れがわかる。

 体内の微電流を感じ取れる。

 和真は意識せずに、感情の変化だけでリミッターを切ることが出来るようになっていた。

 もう頭の中に湖は存在しない、あるのはただただ深く暗い暗闇のみ。

 締め付ける数多の腕すら、見つけることができない無の世界。

 和真は、深呼吸し妄想を消し去り激情を抑え込む。

 すると、瞳の色は黒に戻り手の震えも消え、リミッターもオフからオンに変わる。

「……はぁ、タバコもう一本吸うとくか」

 和真が寝室に戻ると、オルソン大尉の隣に別の人間がいた。

「セバスチャンさん?」

「はい、五六和真様……、お迎えに上がりました。マリア様がお待ちです」

 



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甘くて苦い

 第一町ネフレ社内社長室

 レオは高級な革製のイスに腰掛け、くすんだ金髪を鬱陶しそうに払う。

 第一町で一番背の高いビルの頂上から空を見る。

 手を伸ばせば、掴んで自分の物に出来そうだ。

 レオはそう童心に帰り、青い空に手を伸ばした。

 だが、その手はすぐに戻される。

 部下が戻ったからだ。

「欧州の動きはどうだ?」

 レオがそう問うと、室内の影の中からメアリーとミアリーが姿を現した。

 ミアリーは世に出ていない最新の液晶型の端末を手に取り画面を指で弄り、淡々と読んでいく。

「予想外のテロにより、欧州首脳部の会談は中止になりましたが特に問題はありません。我々の息の掛かった者たちであり、我々の手足となって同じ理想を目指す彼らなら、わざわざ会談を開かずとも、意志の疎通は出来ています。よって、テロリスト達の目論見は外れたと言っていいでしょう。欧州連合各国は、我らの指示により、着々と作戦の準備を整えています」

「国連軍とアメリカ政府とオーストラリア政府の動きは?」

「その点も問題ありません、アメリカ政府はすでに欧州連合の支援要請に答え、大規模な陸軍、海軍、宇宙軍を派兵することを議会で可決しました。恭順派の息の掛かった者達は渋っていましたが、ロビー活動では我々の方が一枚上手のようですね。オーストラリアも同様です。両政府共に、トップが我らの身内であると言うのは、仕事が楽で助かります。国連軍ですが、やはり行動が他に比べ遅れています。これ等が完全に統率され、作戦行動を行えるようになるには、最低後一日はかかるものかと……」

 レオはミアリーの報告を顎に手を添えて聞く。

「……わかった、次だ」

 レオが腕を顎から外しそう言うと、メアリーが一歩前に出、ミアリーと同様に話し出す。

「青騎士(ブラウエ・ライター)の拠点が判明いたしました。場所は、オスロ基地です。以前はニンフ連隊が使用していた基地になります。また、その基地に運び込まれた物資から、彼らが行動を起こすのは戦争が始まる日と同じになるかと……。次に五六中尉の腕の中で爆発し死んだ少女ですが、やはり指向性淡泊が使用されていました。念のために、欧州連合情報局のシルヴィオ・オルランディにネフレの息の掛かった者たちまた、その近辺に停滞工作員がいないかあぶり出しを依頼します。もっとも、彼がその事を知ることはないでしょうが……」

「こちらの準備は整っているのかい?」

「はい、トランプ・ギャンブル・チェス各隊長の準備並びに、彼らのヴェルターの準備も整っています。国連軍に派兵しているネフレ軍は、三時間後にネフレ軍第二町本隊と合流します。陣地作成、迎撃準備、補給経路の確保、いずれも順調です。後は、BETAの出方次第です」

「よろしい、では引き続き任務を続けてくれるかな?」

「「了解!」」

 ミアリーとメアリーが社長室を後にするのを確認すると、レオは再び空を見る。

「あぁ、届きそうで届かない、もどかしいな……。でも、だからこそ、世界は愛おしい……」

 

 

 和真は、セバスチャンに連れられ、バッキンガム宮殿内を移動していた。

「セバスチャンさんとは、久しぶりに会った気がします」

「皆、大変でしたからね。あのようなことが合っては……」

「そう言えば、セバスチャンさんは今まで何を?」

「私は、皆さまよりも先にアストン・ホールに向っておりました。私が現地に到着したその時に、姫様が襲われたとの報告を聞き慌てて戻ってきたのです」

 セバスチャンは、和真にそう話すと歩みを止め和真に向き直り頭を下げた。

「……あなた様には感謝してもしきれません。あの嵐のような銃撃の中マリア様をお守り頂き深く感謝いたします……」

「俺は、命令に従っただけです。あなたが思うように俺が頑張ったわけではありませんよ。姫様を守ることが出来たのは、あの場にいたすべての人間の成果です。ですから、その褒め言葉は、イギリス近衛軍や他の者たちにお願いします」

「はい、かしこまりました……」

 そして、無言で廊下を歩き辿り着いた場所は、マリアの寝室だった。

「マリア様がお待ちです。……どうぞ、中にお入り下さい」

 セバスチャンさんにそう言われ中に入ると、何もない広い部屋の中央に天蓋付のベッドが一つだけ存在していた。

 大きな窓から月明かりが伸びベッドを照らす。

 和真が気づかないうちに外は夜になっていたようだった。

 すると、天蓋が中から静かに開けていく。

 その先には、マリアの姿があった。

「……では、失礼いたします」

 セバスチャンさんがそう言うと、扉が静かに閉められる。

「こっちに……来てくれないか……?」

 和真は促されるままに、歩みを進める。

 ベッドの中にいたマリアは、パジャマ姿だった。

「……」

 和真は静かに息を飲む。

 マリアの砂金のような長い金色の髪、透き通るような白い肌、蒸気しピンク色になった頬、それらを際立たせる黒い寝間着。

 凝視する和真の視線を恥ずかしそうに身じろぎしながら、受け止めベッドに入るように促す。

 和真は何も言わずに、ベッドに腰掛けた。

 すると、勢いよく倒され引きずりこまれる。

 天蓋は外界から、ベッド内を隔離した。

 引きづり倒された和真は、視線を左右に動かす。

 人が5人ほど眠ることが出来そうなくらいに広いベッド、一人で眠るには寂しそうだ。

 そんなことを考えていると、マリアが和真の上に覆いかぶさる。

 和真は抵抗の意思を見せない。

 それを確認したマリアは、上着を脱ぎ捨て上半身裸になった。

 健康的な二つの胸が呼吸と共に上下する。

「……抵抗、しないんだな」

 マリアは両掌を和真の顔を挟むようにベッドにつき、和真の顔を覗き込む。

 そして、さらに赤くなった顔を和真に近づける。

 聞こえてくる鼓動、激しくなる息遣い、潤む瞳、羞恥心と理性のせめぎあい。

 マリアは、小さく口を開け和真の唇と合わせようとする。

「……ごめん」

 二人の距離が3㎝ほどになった時、マリアは無意識にそう口にしていた。

 本人はそれに気が付かないのか、さらに距離を狭めようとする。

 だが、それは今までなんの抵抗もしてこなかった和真により封じられた。

「はい、そこまで」

「ふが……」

 マリアの唇をすんでの所で手でガードし、そのまま持ち上げる。

 そしてマリアをどかすと和真は何故か息を整えながら、言葉を発した。

「なんで、こんなことを……?」

 和真は少し責めるような口ぶりだったが、マリアは抗議の声を上げる。

「いや、なんで途中で止めるんだよ!!いい感じだったじゃねぇかッ!?」

 マリアが吠えるように言うが、和真は白を切る。

「え……っ?だって勝手に脱いでくれて見せてくれるのなら、見たいやん?」

「やる気がなかったなら、紳士らしく始まる前に止めろよ!」

「見たいものは見たかったし……、うん、俺は悪くない。だって今回俺受けだもの」

 和真はそういうと、何故だか落ち込みだした。

「ど、どうしたんだよ?」

「俺、いっつも受けだ……。攻めたことがない……」

「おま、お前……、何人もの女と関係をもっているのか!?」

「馬鹿野郎!何度か押し倒されてはいるが、その都度、こんな感じに逃げているわ!」

「じゃあお前、童貞かよ……」

「あぁそうだよッ!童貞だよッ!」

 童貞とカミングアウトしてしまった和真はさらに落ち込む。

「……この歳になってまだ童貞だなんて、俺は……」

「クス……」

 マリアは落ち込む和真を見て、艶めかしく笑い、そして、ズイッと体を和真に寄せた。

「じゃあさ、俺を攻めて、……童貞……卒業するか?」

 マリアがそう言った瞬間に和真の体の一部が変化を見せた。

「……おおぅ、さすが男、きっちり反応してるな」

「み、見るんじゃねぇ!せっかく落ち着かせたばかりなのにッ!!」

 和真の男の象徴は立派なテントを建設していた。

「あのな、いい空気をぶち壊したのはお前だろうが……」

 和真はさりげなく、立ち上がった我が息子を黙らせる。

 その不自然な動作をマリアは見て見ぬふりをし、会話を進める。

「……なんのことだよ」

「謝られちゃ、こっちも興が覚めるだろうが……、そんで、こんな事をわざわざしたのには、理由があるんだろう?」

 マリアはこんな自分の体を売るような女ではないと、目で語る。

「大方予想は出来てるだろ?」

「……女王様からなんか言われたか、もしくわ政府からの要請か、ハニートラップってやつだろ?それにしても、露骨すぎだ。もっと、自然に靡かせてからことに及んだほうがいいと、思うんやけどな」

「なんで、お前がそんなことを教えてくるんだよ……」

 マリアは額に手をやり呆れながら、言ってくる。

「……で、どっちからの要請だ?」

「母様からだよ……」

「女王様からか……、て、ことは目的はネフレから情報を手に入れることか、もしくわ融通を聞かせやすくするためか?」

「まぁ、そんな所だ。王室の中では、私に意志の決定権はほとんどないからな。母様からの命令は絶対だ……」

 マリアは、申し訳なさそうにしながら上着を着なおす。

「和真が、ネフレ社長の側近かそれに近い立場だってことは調べがついている。だから、和真を取り込むことが出来れば、今後の王室、延いては欧州連合の安寧に繋がる。だとさ……」

「だから、俺にこんなことを?」

「まぁな、知ってはいるだろうけれど、欧州連合、嫌イギリスはヤバいんだ。産業の衰退、各地に存在する租借地では汚職が広がり、国民の怒りが膨れ上がっている。今の欧州はかつての栄光を失い、今では完全にサブ・サハラの盾としての役割しかないんだ。まぁ、それもBETAによって完全に国土を奪われてしまった国よりはましだろうけどな」

 マリアはそういうと自傷気味に笑った。

「俺は序列も四位だし、必要性はそこまでないんだ。国民から慕われているって言ったって、それは王室を良く見せるためのパフォーマンスでやらされた結果だしな」

「で、女王様は俺を使ってネフレとの繋がりを深くしたかったと言うわけか……。確かに、ネフレとの繋がりを深いものにしておけば、各種産業は活気づくやろうし、後方国家との商売もネフレを挟めばスムーズにことを運ぶことも可能か……」

 だが、和真は疑問に思う。

 イギリスの女王が、欧州の象徴がそんな危険な橋を渡るのかと。

 

 俺自身を手駒にすることが出来れば確かに手札は増えだろう。

 だが、どこかで間違えてしまえば、例えば俺が今回のハニートラップの件をレオに報告でもすれば、イギリス王室は立場を失う。

 仮にも王位継承権第四位のマリアがそんな娼婦のようなマネをしていたなんて、国民に知れ渡る可能性もゼロではない。

 では、何故こんな博打を打った?

 ネフレと言う国連にも影響力を持つ企業にすり寄った訳は……。

 そこで、和真は気が付いた。

 そう国連なのだ。

 常任理事国である米国・英国・フランス・ソ連・中国の五大国、この中でBETAの被害を受けなかったアメリカ以外の国は、軍事力とそれに伴う技術力、そして常任理事国としての拒否権にしがみつくことでかろうじて大国としての威厳を示している。

 だがそこに、BETA対戦勃発以降力を急激に高めることとなったオーストラリアと、日本も常任理事国入りを果たし大国の仲間入りをしている。

 そして、拒否権が2007年まで、封じられていたとしてもこの二国の発言力が弱まるわけではない。

 米国の影響下にある日本、英国の影響下にあるオーストラリア。

 かつては、この二国が常任理事国入りを果たすことで米国と英国に二票目を与えることになるなんて言われていたが、今現在はそれは杞憂なこととなっている。

 日本は米国の一方的な安保破棄により、反米の意識が高まり米国の影響力はほとんど無くなってしまった。

 オーストラリアは、英国からの影響力を文字通りすべてにおける力で無くした。

 そればかりか、植民地にされていた腹いせなのか現オーストラリア政府は完全にアメリカよりである。

 そしてこの二国は、今年の夏頃には軍事同盟を結ぶことで話が進んでいたはずだ。

 つまり、これらの事から言えることはイギリスは一票を失うと言うことだ。

 アメリカとはオルタネイティブ5計画で反目しあっていたはずだし、アメリカの一強、国連の実質の私有化を許してしまう結果となる。

 それに、今のオーストラリアと組むと言うことは少なからずハイヴ攻略とG元素の確保を確定させることになってしまい、イギリスと連携を図る必要性もおのずと無くなる。

 なるほど、確かにイギリスにとっては痛手過ぎる。

 このまま行けば、最悪無理やりオルタネイティブ5を実行されるかもしれないし、欧州連合がアラスカで進めているプロミネンス計画を潰されるかもしれない。

 それはつまり、独力でのハイヴ攻略が不可能になると言うこと、これは、明星作戦が証明している。

 第三世代機では、ハイヴ攻略は不可能だと……。

 だから、欧州連合は水面下で日本政府と交流しているのか。

 日本にとっても、オルタネイティブ4が潰される可能性は避けたいはず。

 この計画のおかげでかなりの金が日本に落ちているだろうし、日本にとっても死活問題だ。

 だからこそ、ネフレの力が必要になってくると言うことか……。

 嫌待てよ、おかしいぞ?

 そんな回りくどいことをしなくとも、欧州連合やイギリスはすでにネフレの息がかかった者達で構成されている。

 つまりは、こんなことをせずとも繋がりは元々深くなっている。

 なら、繋がりを作らなければいけない存在であり、ネフレになんとも思われていない存在は……。

 そこで和真は気がつき、マリアの顔を凝視してしまう。

「なんだ?」

 マリアは頭に?を浮かべ、不思議そうにする。

「そうか、そういうことか……」

 なんで一番初めにそれを除外していたのか。

 イギリス王室だ。

 BETA対戦や去年の大規模テロで急激に発言力を得ているここには、ネフレの手が入っていない。

 もしここに、ネフレ内でもそれなりの権力がある俺が入ればイギリス王室の権力も維持出来るかもしれない。

 逆にネフレにとって見れば、国民から絶大な人気を誇る王室を内側から浸食することが出来る。

 逆に俺がマリアを拒絶してもネフレは痛くも痒くもない。

 イギリス王室は文字通り象徴に戻るだけだ。

 政治に介入することを出来ない立場にすることが出来る。

 なるほど、このハニートラップはお互いにとって利益なこと。

 つまりマリアは、生贄だ。

 権力闘争の餌にされてしまった。

 

 和真の中で声がする。

 救えと、救わなければマリアがどうなるか分からないと……。

 

 そうだ、救いを与えなければならない。

 この生贄にされてしまったマリアに成果と言う、救いを与えなければならない。

 

 和真はその思考のまま、マリアに問いかける。

「マリア、お前は……俺の事が……好きか?」

 マリアはいきなりの事に、初めは言葉の意味を理解していなかったが、徐々にそれを理解していき、頭から煙を吹き出しそうなほどに赤くなる。

「なっ、お、おま、お前、なにをッ!」

 和真は手をワタワタさせるマリアを放置し、熱くなったマリアの頬に手を添える。

「あっ……」

「お前、気づいているだろ?俺の見た目は、1990年のあの頃から変わっていないって……、そんな化け物な俺でも……好きか?」

 和真の問いにマリアは赤い顔を俯かせ小さな声で言った。

「……うん」

「そうか……」

 そして、和真はマリアを押し倒した。

「かず、ま……」

 マリアが潤んだ瞳で和真を見つめる。

 和真は、マリアの顔を見ようともしないで首筋にキスをした。

「あッ……」

 マリアの体が一瞬跳ねる。

 それでも和真は止まらない。

 首筋から鎖骨、胸元を順にキスしていく。

 キスの度に、マリアの体は電気が流れたかのように跳ねる。

 和真は、マリアの体にキスをしながら別の事を考えていた。

 

 本当にこれで良いのか?

 これが、救いなのか?

 俺の独りよがりをマリアにぶつけているだけではないのか?

 ニクスは俺に新しい恋をしてほしいと言った。

 これが、こんなことがニクスが望んだことなのか?

 でも、マリアに成果をあげなければ彼女の立場は悪くなるかもしれない。

 分からない、なにもかもが分からない、どうすればいいかが分からない。

 

「……ごめん」

 和真は無意識に謝罪した。

 それは、ニクスに向けてのモノかもしれないし、マリアに向けてのモノかもしれない。

 だが、今の和真にはそれすら分からなかった。

「……はぁ、さっきと真逆じゃねぇか。ほんと、なにやってんだろうな俺たち……」

 マリアはそう言うと、胸元に顔を埋める和真の頭を持ち上げる。

「……えっ」

 和真は自然と上半身を持ち上げることになり、マリアを見下ろす形となった。

「なんで、泣きそうな顔をしてるんだよ……」

「別に、俺は……」

「はぁ……、和真の事だから、俺に成果の一つでも作らせなきゃヤバイとでも考えたんだろ?……見え見えだよ」

 マリアは、トンと人差指を和真の胸に当てる。

「俺はやりたいことをやれって言ったろ?そんで、今のこれはやりたくないことだろ?なら……、やらなくていいさ」

 マリアはそう言うと、恥ずかしそうに頬を掻きながら言う。

「それに俺は、オスロで姉ちゃんと一緒だったお前に惚れたんだ。お前の幸せそうな馬鹿面を好きになったんだ」

 そして、母のように優しく微笑みながら続ける。

「だから、……今のお前の顔は嫌いだ。……お前の辛そうな顔は嫌いだ。でも……、ありがとう、少し……嬉しかった」

 



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戦士の歩み

 風が窓を叩く。

 窓が揺れただけで、マリアの寝室内は音の波に飲み込まれる。

 外敵から身を守る卵の殻のような、天蓋付ベッド。

 薄い天蓋が見下ろす中で、薄い毛布が守るように抱きしめていたのは二人の男女だった。

 冷静になった和真とマリアは、あの後一つの毛布に包まり寄り添うように、肩を合わせていた。

 お互いがお互い、どうにかしていた。

 そう気恥ずかしげに思いながらも、二人は離れることが出来なかった。

 マリアも和真も、どうしようも無く人肌が恋しかった。

 だから、お互いの呼吸が聞こえる程に肩を寄せ合い、一つの毛布に包まる。

 まるで、お互いの体温を逃がさないように……。

 ベッドにつけていた手に、温かい感触がしてマリアは顔を上げた。

「なぁ、聞いて良いか?」

 そこには、落ち着いた温もりのある和真の顔があった。

 でも、その心とは裏腹に握りしめてくる手は冷たく震えていた。

「いいぜ、なんでも聞いてくれ」

 マリアはそう言うと、一度和真の手を解き今度は自らの手で和真の手を包み込む。

 なにも、怖いモノなんてない。

 この時だけは、守ってあげるから……。

 その手には、そう言葉が乗せられていた。

「そう言うのは止めてくれ……惨めになる」

「俺がやりたいんだ。なら、良いだろ?」

 和真のぶつくされた言い方に、不快感を見せず、むしろ嬉しくてしかたがないと言った笑顔をマリアは見せた。

 そんなマリアの笑顔を見ながら、和真は小声で呟く。

「……安心させてやろうと思ったのに……これじゃ、逆じゃないか」

「うん?なにか、言ったか?」

「なんでもねぇよ」

 和真はそう言ったものの嬉しかった。

 手を覆う掌から伝わる体温が、寄り添い香る甘い匂いが、一つの毛布に包まる安心感が、ありがたかった。

「お前は、俺に聞きたいことがあるんやないか?」

「……なんだよ」

 マリアは、何か他の質問をされるものだと考えていたが、予想外の言葉に頬を膨らませる。

 だが、和真の真剣な瞳を見、態度を改め大きく深呼吸をした。

「じゃあ、教えてくれないか……?」

「あぁ、……なんや?」

「姉ちゃんは、どうしたんだ?」

 マリアの中では、すでに結論が出ていた。

 少なくとも、ニクスがこの世にいない。

 もしくは、なにかがあった。

 そう結論づけることが出来ていた。

 それは何故かと言うと、和真がこのような行為を受け入れるとは思っていなかったからだ。

 恋人がいるのに、他の女と寝るような。

 ニクスを悲しませるような男ではないと、和真を信じているからだ。

 だから、その最終確認をしたかった。

「……やっぱり、姉ちゃんはもう……」

 マリアは黙る和真に先を促す。

「あぁ……」

「……いつだ?」

「お前に叱咤激励された後日、オスロにBETAが進行してきただろ?……その時だよ」

「……BETAに……その、殺された、のか……?」

 和真は、一瞬悩んだ。

 本当の事を言える訳もなく。

 かと言って、それらしい嘘も用意できていない。

 なにせ、この時代にニクスの事を知る人物と再会し、こんな状況になるなんて予想すらしていなかったからだ。

 まともな答えを用意できていない和真は、マリアの推測を使うことにした。

「あぁ、BETAに殺された……、俺の目の前で……」

 嘘をついた和真の心は、ドロドロと溶け出す。

 言える筈が無い。

 ニクスが、愛する人が人体実験の被検体にされていたなんて、間接的にでも自分がその実験に関わり、愛する人が死ぬ運命を強制してしまったなんて言える訳がない。

 その結果が、今の自分自身であり、それを寂しいからとマリアに縋ってしまっているなんて言えるはずがない。

 和真は、自らを侮蔑した。

 嘘を嘘で塗り固め、自分をあたかも悲劇のヒーローの如く扱い、優しくしてくれる女に縋る。

 どこまで汚れれば気が済むのかと、心底和真と言う人間は、五六和真と言う人間が嫌いになっていた。

 その時、和真は温もりが無いことに気が付いた。

 マリアの手の温もりが消え、代わりに嘆きが聞こえてくる。

「や、そんな……お父様は……、被害者はあの人達だけだって……」

「おい、マリア?」

 和真は、マリアの様子の変化に驚きを隠すことができない。

 穏やかだった笑顔は、叫びだしそうに崩れ、瞳は悲しみに歪み懺悔の涙を流す。

痙攣する頬を止めようと抑えつけられた手自体が震え続けている。

 マリアが、BETAに怯えていることは知っていた。

 だが、これは異常だ。

 和真はマリアに呼びかける。

「おいマリア、どうした?しっかりするんだ!」

 いったいどの口でそんなことを言っているのか。

 和真は一瞬、そう思考するがそれを振り払う。

「オイッ!」

 和真がマリアの方に触れると、マリアの体は大きく跳ね上がる。

 それはまるで、死刑宣告を言い渡されたかのようだった。

 マリアは、何かに怯えたまま和真を見つめ言葉を紡ぐ。

「ご、ごめんなさい……、ごめんなさい、わ、私……俺は……」

 そしてマリアは、過呼吸になりかける。

 一体過去のオスロでなにがあったのか。

 マリアにこれほどのトラウマを植え付け、10年過ぎようともストレスを与え続けているものとは……。

 和真は、それらが気になりながらも応急処置を行う。

 PTSDの衛士に行う荒療法だが、なにもしないよりかはましだと始めた。

 和真は、マリアの顔を無理やり自分に向け視線を交わす。

「マリア、俺の目を見ろ……ゆっくりでいい、落ち着いてくれ……」

 和真の催眠術の力を使った荒治療、それは後催眠暗示と同じ効果をもたらした。

 マリアは、次第に呼吸を整え落ち着きを取り戻していく。

「そうだ、良い子だ……それで良い」

「あ……ぁ……俺、は……」

「もういい、ごめん。話さなくて良いから、俺が悪かった」

 マリアは、後催眠暗示を受けた衛士のように無理やりに感情を抑制され朦朧としていた。

「セバスチャンさんを呼んでくる。少し待っていてくれ」

 和真は、そう言いベッドから降りようとするが、マリアが和真の裾をつかみ拒んだ。

「……いや、聞いてくれ。聞いてほしいんだ」

「……わかった」

 マリアは、一度大きく深呼吸する。

「1990年当時、欧州の各国に住んでいる人々はBETAから逃げるように各地に避難していた。オスロもその一つだった。欧州の最後の楽園なんて呼ばれもしていた。俺は、イギリスに引きこもって避難民の人達に有効な手立てを打てないでいるイギリス王室や政権に嫌気がさして、父様……当時の国王に意見したんだ。どうして、なにもしないのかって……そしたら、父様はこう言った。『どうすることもできない』私は、この言葉に腸が煮えくり返りそうになった。父様がそんなことを言うのは、現状を知らないからだ、安全な場所に隠れて生の声を聞かないからだ。私は、そういってイギリスを飛び出したんだ。そして、辿り着いたのがオスロだった。オスロでは、俺は身分を隠して避難民と同じ暮らしをするように心がけた。親を失った子供たちとチームを組んで盗みを行い、チームの皆で分け合うなんてこともしていたんだ」

「そんで、俺に出会ったわけか……」

「そうだ。あの時は、常に和真を監視していたんだぜ?」

「なんで?」

 和真がそう問うとマリアはニシシと笑う。

「当時の俺を捕まえることが出来たのは、和真くらいだったからな。敵の情報を仕入れておくのは当たり前だろ?」

「それもそうだな」

「そして、盗みの後は戦利品を皆で出し合ってそれを使って一日一回の飯を食べて読み書きが出来ない子達に勉強をしてやったり、……毎日が苦しくても楽しかった」

 マリアは楽しげな表情から、悲しみに満ちた表情に変わる。

「でも、そんな生活は潰された……。突然のBETAの奇襲、当時の前線基地を地中進行で素通りし、オスロのすぐそばまで来やがった。それを察知した欧州連合軍は、すぐにバンカーバスターの使用を決定し行った。結果、驚いたBETAは地上に姿を現し、ニンフ連隊によって殲滅された。……はずだった」

「はずだった?」

「私達のチームがねぐらにしていた場所は町から離れた森の中だった。BETAがすぐ近くまで迫っていると知った俺は、父様の命令により連れ戻しにきていたセバスチャンの手を振りほどいて、チームの皆のもとに向かった。……そして、見てしまった」

 和真は、その言葉に理解した。

 マリアがどうして、BETAを過剰なまでに恐れているのかを、和真と同じだったのだ。

「……皆、食われてた。足が動かなくなっていた子も、チームのアイドルの子も、ケンカが強かった子も、誰よりも賢かった子も、親の顔を知らない子も、笑顔が絶えなかった子も、泣き虫だった子も、みんな……皆、食われてた」

 マリアは、当時の映像を見ているのだろう。

 余りの恐怖に顔が引きつり、涙を垂れ流す。

「俺は、なにも出来なかったッ!皆に、イギリスを案内するって約束していたのに!幸せになろうって笑いあっていたのに……、恐怖で、なにも出来なかった……。気が付けば、セバスチャンに連れられて船の上にいた。あの場にいたBETAはすべて軍が片づけたこと、あの襲撃で死んだのはチームの皆だけだったこと、皆を丁重に扱うって約束してくれた。……イギリスに戻った俺は、すぐに父様に頼み込んだ。オスロに住む皆の即時避難を、でもそれが出来ないことも知ってしまった」

「できない?」

「空きがなかったんだ……。どこも、増え続ける難民に手が付けられない状態だった。イギリスもそれは同じだった。毎日、現地住民のデモが発生して、避難民の人達によるテロや犯罪が横行して、それでも父様は、救える人が一人でも多くなるように働きかけ続けた。何も知らなかったのは俺で、父様は現実を直視していた。していたにも関わらず、救いの手を差し伸べ続けた。その結果……殺された……」

「……え?」

「父様のことを良く思ってなかった旧政権の奴等に殺されたんだ。その結果、俺達は、籠の中の鳥にされてしまった。もうチームの皆のような人達を救い出す手立てが無くなってしまった。でも、諦めきれなかった俺達は、地道に発言力を高める努力を行った。この時に矢面に立ってくれたのが、母様なんだ。そして、俺を支えてくれたのが、父様のことを良く知るセバスチャンだった。そして、去年の恭順派による大規模テロで旧政権は無くなり新政権に移り変わった。そして、王室の政治力も以前よりも増した。セバスチャンは、気に入らなかったみたいだけれど……、彼は、王政にした方が欧州はもっとよくなるって言っていたよ。俺は今の形が一番良いと考えているけれどね!」

 マリアは勢いよくそう言うと、和真を蹴り落とした。

「痛って、なにしやがるッ!!」

「うるせぇッ!俺は、もう寝るんだッ。さっさと帰れッ!!」

 尻を撫でながら立ち上がった和真は、マリアを恨めしそうに見ながらも扉に歩み寄る。

 そして、取っ手に手を付け扉を開くとマリアに確かな決意を乗せた言葉を贈った。

「マリア……、約束するよ。この世界は、俺が変える。皆が笑える世界を俺が作り出してみせる。……じゃあ、おやすみ」

 そして、扉が閉じられた。

 扉に背をつく和真の耳には、マリアの後悔の嗚咽が聞こえてきた。

「ごめ、ごめんなさい……、見ていることしかできなくて……なにも、出来なくて……ごめんなさい……ニクスさん……父様……、みんな……」

 和真はその懺悔を聞こえないフリをしながら、マリアの寝室を後にする。

「俺が、世界を変えてやる。そのために力を手に入れたんだ……。大切なモノをたくさん失って、それでも力を手に入れたんだ。だから―――」

 

 

 自分に与えられた寝室に歩みを進める和真は、廊下の途中で歩みを止める。

 廊下に吊り下げられたランプが静かに燃え独特の雰囲気を作り出す。

 和真は自然な動作で窓とは反対側の壁に背を預ける。

「……俺が、行くのか?」

 いつものごとく影の中から姿を現したのはメアリーさんだった。

「はい、社長からの命令です。今のあなたなら最適だろうと……」

「よく言ってくれる」

 和真は自傷気味に笑う。

「……今夜のうちにすべて片づけます。明日の朝日を青騎士が浴びることはありえません」

「……イギリス王室に新政権の連中はなんと?」

「すでに承認を得ています。彼らにしてみても旧政権の負の遺産は早々に無くしたいのでしょう」

「場所は?」

「ロイヤル・スィーツを待機させています。それに乗り込み移動をはじめ、目的地はオスロです。戦闘可能領域は、この場に限定させていただきます。新政権の要請でオスロ基地はなるべく破壊せずにとの事ですので、今は無人となった市街地にまでブラウエ・ライター誘導をしたのちに叩きます」

「……了解した。他の事は、後で聞くよ」

 和真がそう言うと、メアリーは背を向ける。

「では、参りましょう」

「ちょっと待ってくれ」

「なにか?」

 先を急ぐメアリーは和真に怪訝な視線を向ける。

「ナイフを取りに戻りたい」

「……わかりました。私は、先に外で待っています。」

「すまない」

 

 和真が寝室に戻り扉を開くとオルソン大尉と目が合った。

「随分お楽しみだったのじゃないかね?」

 オルソン大尉はサングラスを光らせる。

「マリア王女とは、なにもありませんでしたよ。少し世間話をしていただけです」

 和真はそう言いながらも、ククリナイフを腰に取り付ける。

 その様子を眺めていたオルソン大尉は、和真に尋ねた。

「……どこかに、いくのかね?」

「はい、テロの報告をしに少し出かけてきます。明日には任務に復帰できると思いますので、それまでの間、迷惑をかけます」

「ふむ、そうか……。無事にな……」

 そう言ったオルソン大尉に和真はとぼけた様に笑いながら返した。

「無事も何も、ただ報告をしにいくだけですよ大尉?」

「ふふ、そうだな……。期間は短いが君の上官を務めたので、部下の心配をするのは当たり前だろう?そして、君にも色々とあるのだろう。職業柄、こういったことには鼻がよくきくのだよ。……だから、深く関わるつもりもない。ただ、何事もなく無事であればそれでいい。良いね?」

 和真は、その言葉に少しだけリラックスすることが出来た。

「はい……、ありがとうございます……。あぁ、それとストーはどうしていますか?」

「ストー君なら、イルフリーデ君とベルナテッド君と共に弁当を作っていたよ」

「弁当、ですか?」

「あぁ、明日皆で食べるそうだ!楽しみにしておくといい!」

「はい!それでは、行ってきますッ!」

 和真はそう言うと、オルソン大尉に敬礼をした。

 それにたいしオルソン大尉も答礼を返す。

「ストー君達には、私からうまく伝えておくよ」

「察しがよくて助かります。それでは……」

「あぁ……」

 そして、和真は寝室を後にし、人と人による殺し合いの場に、戦場に歩を進める。

 

 人を殺すのは確かに嫌だった。

 だが、仕方ない事だと割り切ることが出来るようになった。

 邪魔をするなら、立ちふさがるなら消してしまえばいい。

 命令だから、仕方がない。

 こう思えるようになって五六和真は、初めて戦士となった。

 

 バッキンガム宮殿内のキッチンには、和気あいあいとした少女三人が食材と睨めっこをしていた。

「ちょっと何してるのよキャベツ女ッ!」

 ベルナがイルフィに向かい叫ぶ。

「え?お弁当作っているだけだけれど?」

 イルフィは、ベルナに対し何を怒っているのか訳が分からないと首を傾げる。

「どうして、パンを丸ごと入れようとしているのかって聞いているのッ!後、そのバナナとリンゴはなに!?まさかそれも、そのまま入れるつもりじゃないであしょうね!」

「うッ……、こ、これがドイツの伝統的なお弁当なんです!そもそも、お昼はレストランで、なんて気取ってるフランス人にとやかく言われたくないわ!」

「お生憎様、最近のフランスでは、弁当の文化が進んでいるのよ。あなたに任せておけないわ。私がサンドイッチを作る。あなたは、その辺でサラダでも作っていなさいな。あら、もしかしてボッシュはサラダすら作れないのかしら?」

「ぐぬぬぬ~~~~ッ!!」

 明日の弁当のメニューについて口論を繰り返しているベルナとイルフィの隣でストーはもくもくと料理を作っていた。

 ストーの目の前には、日本製のプラスチックの弁当箱。

 その中には色とりどりの料理が並んでいる。

 すべて、合成食材を使用しているが、不慣れながら頑張って作ったのが分かる愛らしい弁当だった。

 ストーは、鼻歌を歌いながら合成のりをカットしていく。

 その形は大きなハートマークだった。

 それを、慎重に震える手で白いごはんの上に乗せる。

「よしッ!」

 ストーは、鼻からフンッと息を吐き出し、完成した弁当に満足そうにうなずく。

 そしてキリッとした表情はへにゃ~と崩れた。

「和君、喜んでくれるかな?」

 



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戦火

 2001年2月10日午前3時30分

 ノルウェー領・オスロ・街外れの崖上

 

 

 雲による自然の天蓋により星明りすら届かないオスロ市街地。

 静まり返るゴーストタウンを見下ろすのは、空の支配者。

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 対BETA戦では不必要な程の高性能センサ、それが捉えるのは20km先で行われている戦闘の光。

 それをすべてのセンサ類で観測し計算すれば、徐々に近づいてくるのが分かった。

 それを虫のような複眼で確認、頭部をわずかにずらしながら目標が来るのを待つ。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 息がつまりそうに感じる。

 吹き出る汗が、サランラップのような衛士強化装備服に吸い取られていく。

 肺が上下し、脳に酸素を送り続ける。

 和真が乗る藍色の戦術機、先行量産型ラプターは右手に持つ120mm水平線砲改をオスロ市街地中央部十字路の大通りに向け構える。

 十字路を南に向かえば、オスロオペラハウスの残骸が目につき、東に向かえばオスロに唯一存在していたオスロ刑務所がそのままの姿を保っている。

 北にも南にも観光名所が存在し、BETAなど存在せずに元の形を保っていたならば、多くの人で賑わう道であったろうそこに躊躇いなく銃口を向けた。

 獲物が通過する予定地点、その地点を注視する。

 大通りの両脇には、人の息吹がかすかに感じることが出来る痕跡が残っていた。

「……懐かしいな」

 崖の上に息を潜め狙撃体制を整えるラプターの隣には物言わぬ枯れ果てた一本の木、その亡骸を嘲笑うかのように潮風が撫でていく。

 その風が、エッジと面で構成されたラプターの装甲を包み込む。

 それを感じたとき、雲の隙間から月明かりが漏れ出し海を眺め続ける木を照らし出す。

 和真は、目標の現在位置から自らの出番までまだ時間が残されているのを確認し大通りを注視するのを止め意識をそちらに向ける。

「まさか、こんな形でここに来ることになるなんて、思いもしなかったよ……」

 もうこの世にいない大切な人に向け言葉を漏らす。

 どれだけ風化しようとも、時の流れを叩きつけられたとしても、思い出だけは色褪せない。

 瞼を閉じればすぐにでも蘇ってくる風景、香り、音、そして人々―――。

 そんな大切な場所に、掛け替えのない場所に、機械的に殺意を向ける。

「変わってしまったんだ。全部……ッ、ごめん……ニクス……」

 

 

 2001年2月10日午前2時00分

 オスロ・フィヨルド湾沖

 戦術機軽空母ロイヤル・スウィーツ艦内PX

 

 

 作戦概要を聞いた和真は、固定された丸椅子に座り何も言わずにナノマシンを抑える錠剤を飲み込む。

「こんな所にいたのか和坊、探したぞ?」

 不意に声をかけてきたのは兄貴だった。

「どうしたんや、兄貴?―――その人は?」

 声が聞こえてきた方向に体ごと向けた和真は、筋骨隆々とした兄貴の隣に痩せ細り温和な笑みを浮かべたスーツ姿の男を見つける。

「この人は、クラレンス・リッチ、ロックウィード・マーディン先進開発部門スカンクワークスの最高責任者だ」

 兄貴にそう紹介されたクラレンス・リッチは和真に向け手を差し出す。

「スカンクワークスから派遣されて来ました。クラレンス・リッチです。よろしく」

 和真は立ち上がると、クラレンスと握手を交わす。

「国連太平洋方面第九軍所属、五六和真中尉です」

 和真の自己紹介が終わると、兄貴が懐かしそうに話しだす。

「クラレンスさんは、YF-22の設計者なんだぞ」

「あなたが……、だから兄貴とも知り合いだったと言うわけですか」

「遠い過去の話ですよ」

 兄貴は、YF-23の設計開発に初期の頃から携わっていた。

 なら二人が、知り合いどうしだと言うのもわかる。

「今回、和坊のF-22を修復する際、アメリカ本国からパーツを用意して下さったんだ。クラレンスさんの助力が無かったら、F-22を修復することは不可能だった」

「そういうことですか……、ありがとうございますクラレンスさん」

「いえいえ、私も本物のデータを得る貴重な機会を頂けたのですから当然のことですよ」

 当然と言ってのけたクラレンスに向け、和真は内心鼻で笑う。

「それで、俺を探していらしたようですが?」

「別に深い意味はありませんよ。ただ、私のF-22に乗る人物をこの目で見たかった。ただ、それだけです」

 なるほど、自らの傑作機に相応しい人間かどうか見に来たということか。

「クラレンスさん、あなたにいつも付き合わされるこちらの身にもなって下さいよ」

 兄貴が呆れたように頭を右手の指先で掻きながら言う。

 本当にただそれだけの理由でわざわざロイヤル・スウィーツまで来たと言うのなら相当の変人だ。

 和真はそう思いながら愛想笑いを続けていた。

 

 それから数十分後、クラレンスを甲板のヘリまで送り届けた兄貴が再び和真のもとに来た。

 兄貴は何も言わずに黙って和真の対面のイスに座る。

「……本当に、良いのか?」

 兄貴は沈黙を破るように呟いた。

「なにが?」

 和真は、本当になんのことか分からないと言いたげに目を丸くさせ、そのままタバコを銜え火をつけた。

 和真のその態度が兄貴の沸点を軽く超えさせてしまう。

「……テメェ、ふざけてんじゃねぇぞ?」

 兄貴は慣れた手つきで和真の胸元の服を掴み上げ鼻先がぶつかりそうになるほどに近づけた。

「そんなにガンつけないでよ兄貴、タバコが吸えないだろ?」

「歯ぁ食いしばれッ!!」

 和真が言い終わるや否や、兄貴は和真の頬を殴りつける。

 和真は無言で椅子ごと倒れこむ。

 そして、何事も無かったかのように椅子を整え座りなおした。

 不貞腐れた態度の和真を見ていた兄貴は、ザウルとリリアを失ったときに戻ってしまったのかと不安になる。

 だが、その心配は杞憂となった。

「ありがとう兄貴、気合が入ったわ」

「和坊……お前……」

「兄貴も作戦内容聞いたんやろ?」

 和真がそう問うと、兄貴は静かに怒る。

「あぁ、聞いてるよ。レオの野郎は何を考えてるんだ」

 和真は困ったように笑い答えた。

「たぶんレオの事だから、純粋に俺の経験値を上げるためやと思う」

「だからッて……いや、俺がこれ以上口出ししていい訳じゃねぇよな」

 兄貴はそう言うと、悔しそうに奥歯を鳴らした。

 和真が今回言い渡された作戦内容、それは傍から見れば自殺行為そのものだった。

 アメリカ最強の教導隊とも言われF-22ラプターを駆るインフィニティーズとの共同作戦。

 インフィニティーズが、ブラウエ・ライターを誘導しそれを和真が迎撃する。

 隠密運動性の高いF-22だからこそ可能とした戦術。

 これですべて片が付けば良いのだが、そんな訳がない。

 ブラウエ・ライターは大隊規模であり戦術機の数は推定36機。

 インフィニティーズは、初撃でのみ攻撃可能で後はブラウエ・ライターの誘導に専念、残りの戦術機はすべて和真が片づけなければならず、必ず複数回近接戦をすること。

 つまりは、F-22の強みであるアウトレンジからの一方的な戦闘で終わらせてはならないということである。

 そして、その戦闘の一部始終はインフィニティーズが記録保存することとなっている。

 インフィニティーズの援護は期待できず、難易度も向こうのさじ加減一つで決まる。

 理不尽ともいうべき作戦だった。

 アメリカ、特にロックウィード・マーディンはとにかく確証が欲しいと言うことであろう。

 敵基地襲撃に誘導と言う、超難易度の高い任務をこなすことが出来、尚且つ遠近双方で他の第三世代機を圧倒できると言う確証が。

 作戦がうまく行けば、この成果を元に戦術機不要論を唱えるアメリカ空軍派閥を牽制出来、失敗した場合もさらに強力な戦術機の必要性とF-22の配備数拡大を唱えることが可能となる。

 そして、死ぬのはアメリカとは関係の無い人間。

 和真は、自然と溜息を零してしまう。

「はぁ……」

「やりきれねぇな……」

 そう言う兄貴に対し和真は、努めて明るく話す。

「でも、悪いことばかりでも無いで?」

「どんなことがだ?」

「例えば、もしなにかしでかしてしまってそれが国際問題に発展したとしても、アメリカに殆どの責任を被せることが出来るし、それに―――」

 和真はその先を言うか口籠る。

「それに、なんだ?」

「それに、俺は簡単には死なへんやん?」

 あくまで笑顔でそんなことを当然と話し続ける和真の姿は痛々しかった。

 生に執着しているようにも見えず、むしろ諦めているように感じ取れた。

 兄貴はなんと言えば良いか分からず、和真の頭に手を乗せ、乱暴に撫でる。

「な、なんやねん兄貴」

 和真は恥ずかしそうに嫌がるが、逃がさずに撫で続けた。

「馬鹿野郎、作戦は成功する。俺が保障してやる」

 気休めにもならない言葉。

 戦場に共に立つことが出来ない悔しさを、胸中で噛みしめながら精一杯の言葉を贈る。

「……ありがとうな」

 和真はそれが理解出来ないほど子供ではない。

 そして、その辛さを感じ取れるだけの大人でもある。

 和真は、作り笑いを止め胸を張って宣言した。

「兄貴が整備して、俺が操る戦術機がそこいらの連中に負ける訳がない……当たり前のことやろ?」

 その自身と誇りに満ちた表情を見た兄貴は、武者震いする。

「そうだとも、あぁそうだともッ!」

「それじゃ、時間やから行ってくるわ」

「俺達の力、見せて来い!」

 兄貴は、そう言って立ち上がった和真の背中を叩きつける。

「痛ぇッ!たく、兄貴は―――」

 そうブツブツ言いながら立ち去る和真の背中を見つめ送り出す。

 静かに、耳鳴りがするほどに静かになったPX内で和真が出ていった出口を眺めながら兄貴はどうしようもない心情を吐き出した。

「これから、人間どうしで殺し殺される場所に向かうって言うのに、その事に関して何も言わなかったな……」

 自然と拳を握りしめ、どうしようもない世界の現実を呪い殺してしまいそうになる。

「あんなにも純粋だった奴が変わっていく姿なんて、見たかなかったよ」

 兄貴は全身の力を抜き、崩れ落ちるように椅子に腰かける。

 椅子が苦しげな音を出すと同時に、深い溜息を零した。

「はぁ……、ザウル、リリアよぉ……、お前等ならこんな時なんて言葉をかけたんだろうな」

 ついつい、すでにこの地獄を卒業した仲間に愚痴をこぼしてしまう。

 申し訳ないと思いながらも、だが頼まずにはいられなかった。

「そっちから、なにが出来るか分かんねぇけどよ……、和坊を守ってやってくれや」

 その言葉は、空気の流れに乗りPX内を駆け回りどこかへと消え去る。

 それを確認した兄貴は、自分勝手に言いたいことを言うだけ言うと勢いよく立ち上がった。

「さて、仕事だ仕事!」

 

 

 2001年2月10日午前3時40分

 ノルウェー領・オスロ・街外れの崖上

 

 

 和真は一人、崖の上でニクスと交わした愛の囁きを思い返してた。

 瞳を閉じなくとも昨日のことのように思い出すことが出来る。

 一分一秒が輝いていて、幸せだった。

 和真の現実逃避は、機械的で甲高い人を不愉快にさせる音により壊される。

「―――時間か」

 和真の眼下に広がるオスロ市街地、破滅の音を引きながらインフィニティーズが駆る闇に溶けるような濃紺色の電波吸収塗料を塗られたラプター先行量産型が二つの炎の軌跡を生みながら、迷路のような街を潜り抜けていく。

「主機、戦闘システム立上、跳躍ユニット起動―――」

 和真はコンソールパネルを叩き準備を始める。

「全武装確認……オールグリン、安全装置、ロック解除」

 跳躍ユニットに静かに火がともり、対人戦装備のラプターに取り付けられた全武装から金属の擦れる音が聞こえる。

「インフィニティーズとのデータリンク開始……接続完了」

 和真は二度、大きく深呼吸する。

「こちら、トイ01。インフィニティ01、作戦は予定通りか?」

 和真が呼びかけると、網膜投影システムによりラプターと視点を共有する和真の眼前に小ウィンドウが開き、浅黒い肌に短く切りそろえた金髪の衛士、インフィニティーズの小隊長、キース・ブレイザー中尉が姿を現した。

「作戦は順調だ、と言いたいところなのだが少し出鼻を挫かれてしまった」

 和真は話しながら、データリンクからインフィニティーズが落とした敵機の数を確認する。

「24機落とすつもりだったのだが、12機しか仕留めていない。指揮官機も健在だ」

 和真は、顔には出さずに関心する。

 オスロ基地からブラウエライターを誘き出しただけでなく、初撃だけで第三世代機のEF-2000タイフーンを12機も落としたことに。

 しかも彼は、これだけの戦火を上げながら出鼻を挫かれたと言うのだ。

 なるほど、と和真は納得した。

 彼等インフィニティーズは、紛れもなく優秀であり強いと、最強の部隊なんて呼ばれているのは、嘘偽り無いことだと。

「そろそろインフィニティ02が目標地点を通過するな。では、我々は次のステップに移らさせて頂く。アメリカ以外でその戦術機に乗ることを許された貴様の腕、見せてもらうぞ?」

 キース・ブレイザー中尉はそれだけを一方的に言うと、通信を閉じた。

「……インフィニティ02、確かレオン・クゼ少尉だったか」

 レオン・クゼが操るラプターは、強弱をつけた匍匐飛行を繰り返し海ヘビのように街を泳ぎ回る。

「良い腕をしている。それに、彼を補佐しているインフィニティ04も隙が無いな」

 インフィニティ04のラプターは、インフィニティ02がうまく敵を誘導出来るように、物陰から的確な射撃を繰り返す。

 ステルス能力を備えるラプターだからこその連携であった。

「……嫌、だが俺にとっては風向きが悪い状況だな」

 インフィニティ02を追いかけ回しているのは、5機の蒼いタイフーン。

 まるで猟犬のように運動力で勝るラプターを追う。

 残りの19機は、オスロ市街地に二手に分かれ離れた場所から着実にインフィニティ02に近づいていた。

「確実にインフィニティ02を落とすつもりか、もしくわ他のラプターの位置を特定するためか……」

 追いかけ回すタイフーンが常に目視によりラプターを逃がさず位置情報を他の戦術機に回し、ステルスを無効化させ追い込み殺す。

 生半可な信頼関係と腕の自信が無ければ、立案すら出来ない作戦である。

 でも、可能性があると気づいているからこそ焦っているのが良くわかる。

「罠を張られていると、気づいているからこそ意気地になって目の前の敵に襲い掛かる。ステルス機の前では、慎重な行動を取った時には、すでに負けが確定してしまうから」

 和真は音も無く、120mm水平線砲改の銃口を向け、左上腕部と肩部装甲ブロックに搭載されたミサイルを準備させる。

「ニクス、もし君がいたのなら……こんな事をする俺を泣いて叱るんやろうな。けれど、あの時の俺があって今の俺がいる。だから、こんな俺でも見捨てずに居てほしい。……行ってきます、次に来るときは花束でも持ってくるよ」

 



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対人戦

 闇夜の静けさを掻き消す暴力の光、まるでキツネを追う猟犬のように突き進むのは五機の戦術機、EF-2000タイフーン。

 イギリスの誇りと威信をかけて練り上げられた暴風は、逃げ去る獲物を神の意志が如く追いかける。

 戦術機が通るには少し余裕がある程の町道に巨体を滑り込ませる。

 吹き出る跳躍ユニットの噴射熱が壁を焼、窓を叩き割る。

 正気の沙汰とは到底思えない運動制御技術のすべてを持って迷路のようなオスロ市街地を飛翔する。

 追いかける五機のタイフーンの左肩には三頭の青い馬のエンブレム。

 それは、英国最強の部隊、ブラウエライターに所属する者のみが許された証明。

 精鋭の名にふさわしい美しい機動を取りながら、狙う獲物、眼前を挑発するかのように駆け抜ける濃紺色のF-22ラプターに向け突撃法から36mm弾を放つ。

 が、それはラプターが進路を変更することでアパートの壁に大穴を開けるだけになってしまった。

 

「ちくしょうッ!当たらねえッ!!」

 

 五機のタイフーンの中で先頭を任されているのは、赤い髪に浅黒い肌の長身の男アレックスであった。

 

「ぼやくなアレックス、着実に距離は縮めている」

 

 アレックスのエレメントを務める。薄い金髪に大きな黒縁の眼鏡、そばかすと幼さを感じさせる要素を取り揃えていながらも、大人の空気を纏う男、バーニーが返事を返す。

 

「けどよバーニー!ロックすら出来ねえなんて聞いちゃいねぇぞッ!」

「あれが、例のアクティブステルスなのだろうよ。しかし、赤外線センサすら使い物にならなくなるとは、末恐ろしいな、あれは……」

「おかげでこちとら、こんの真っ暗な中、目視でしかも手動で狙いをつけるはめになっちまッ、オワッ!!」

 

 目視外からの突然の砲撃、それを先頭を進むタイフーンは間一髪回避する。

 

「無事か、アレックス?」

 

 バーニーの落ち着いた声が、アレックスの鼓膜をくすぶる。

 アレックスは、バーニーのその落ち着き払った、まるで自分を子供のように扱う声に羞恥に似た感情を覚えるが、軽く流す。

 ブラウエライターに配属されてからの月日の中、幾千万の戦場を共にしたエレメントであるならば、見ずとも聞かずとも相手のことが感じ取れ理解できる。

 バーニーの確認も様式としての意味しか持っていないことをアレックスもわかっていた。

 

「なんともねぇよバーニー、ステルスの脅威ってのを改めて実感しただけだ」

「だがこれで、また眼前のラプターとの距離が振り出しになってしまったな」

「臆病だねぇ~、アメ公さんはよぉ~」

 

 そうは言いつつも、索敵は怠らない。

 一瞬の隙すら逃がさない。

 油断しない、余裕を見せない、慢心しない。

 全神経を使い、敵がどこに潜んでいるのかを探り当てる。

 数多の死線を、一秒先の予測すら立てることが難しいBETA戦で磨き上げた全技術を絞り出す。

 

「ラプターを一機でも落とすことが出来たのならば、我らの……、中佐の想いを告げるための功績となる」

「その通りだバーニー!なんとしてでもアイツはここで落とすッ!!」

 

 アレックスとバーニーを含む五機のタイフーンは、キツネ狩りを嗜む紳士のように空の覇者を追い詰めるため、フットペダルを踏みしめた。

 

 

 

 

「こいつ等、半端ねぇッ!」

 

 五機のタイフーンを巧みに誘導しながら、ラプターに乗る衛士レオン・クゼが叫ぶ。

 眼前にビル群の壁が立ちふさがれば、高速で操縦桿を操り跳躍ユニットを強引に動かし九十度ラプターの体を捻ることで誘導を進める。

 精悍な顔には、汗が流れそれを乱暴に拭い去る。

 一瞬の隙すら許さないカーチェイスに似た興奮が背中を撫でる。

 目的地の十字路まで、直線距離500m。

 だが、街中を平面に移動し目的地に到達するには、倍の一㎞は有していた。

 背後から感じる獰猛なまでの殺意。

 ヒシヒシとなんて言葉では生ぬるく、ナイフで突き刺されるかのような感覚をレオン・クゼに与えていた。

 レオンは、バックモニターから後方を確認する。

 五機のタイフーンは、一糸乱れずにステルスなど存在していないかのように的確に追いすがってくる。

 むしろ、距離を徐々に詰められているのを確認できてしまう。

 

「ラプターのほうがタイフーンよりも、運動力、機動力は上のはずだ。……俺が腕で劣っているというのか?」

 

 事実は違う。

 たんに、ブラウエライターの方が、地の利を知り尽くしている。

 ただ、それだけの違いである。

 だが、焦るレオンはそれにすら気づかない。

 そして忘れたくても忘れることが出来ない人物が一瞬、脳裏に姿を現す。

 届かない、どれだけ自分が努力しようともさらにそれ以上の努力を持って自分を踏み台にしてしまう大嫌いな奴の顔が。

 

「ユウヤ・ブリッジス……」

 

 あいつならば、この任務ですら楽々とこなすのかもしれない。

 劣等感がレオンを支配する。

 

「そんなこと、認めねぇ……。ずっと、二番手で甘んじているほど俺は優しくねぇぞ!」

 

 今は遠く離れたライバルに向け、啖呵を切る。

 そして、すぐに邪念を振り払う。

 レーダーを確認する。

 インフィニティーズの仲間から送られてくるデータリンクの情報と照らし合わせ、自分がすべてのタイフーンに狙われており、尚且つ距離を詰められ逃げ道を塞がれかかっているのが分かった。

 跳躍ユニットを一瞬停止させ失速起動域内で体を強引に捻じり再度点火、大通りに出ると同時にアスファルトを蹴り上げ加速。

 残り50mで十字路、その先には離脱地点である海が広がっている。

 海にさえ出てしまえば、ラプターの性能を十二分に発揮でき、相手を煙に巻くことも容易い。

 だが、それを阻むかのように両サイドから九機と十機の敵の群れが歩を進めている。

 

 間に合うか……。

 

 エレメントを務めるシャロン・エイムはすでに離脱している。

 頼れる者は目的地点で迎撃を行う予定である衛士が一人。

 顔も知らない人間に、命を預けなければならない恐怖心が職業軍人であるレオンに懐疑心を抱かせる。

 後方からは、絶え間なく36mm弾が放たれ前方は塞がれかかっている。

 隊長からの命令の変更も来ない。

 レオンは、腹を括りフットペダルを踏みしめロケットモーターを吹かせる。

 その時、悪魔に耳元で囁かれているような底冷えする声が鼓膜をくすぶった。

 

「……協力に感謝する」

 

 

 

 

「オラオラッ、逃げな逃げなッ!!」

 

 アレックスが乗るタイフーンはGWS-9突撃砲の砲口から火を吹かし36mm弾を雨のように闇に吸い込ませる。

 

「当たっていないぞアレックス」

 

 バーニーは溜息をつきながらも、アレックスのその攻撃が敵のラプターの機動を制限しているのだと理解していた。

 

「もうじき、中佐達の部隊と合流だ。しかも、ラプター一機撃破のおまけつきでな!」

「こちらの誘導に素直に従ってくれたのか、はたまたこちらが罠に絡めとられているのか……」

「バーニーは心配性なんだよ!レーダーを見て見ろ。綺麗に挟み撃ちが出来るじゃねぇか!」

 

 バーニーはアレックスに返事を返さずに考える。

 地の利を生かし敵を追い詰め、焦ってきた所に海と言う絶対的な離脱ポイントを見せ、そこに誘導。

 回り込んでいた中佐達と挟撃し撃破。

 中佐達がいる地点は、周囲を背の高い民家に囲まれており他のラプターに狙われる心配もない。

 上空から攻撃しようにも、ピンポイントで複数のタイフーンのレーダーに狙われれば、ステルスの効果を半減し居場所を特定、逆に迎撃できる。

 敵が誘導弾の類を持っていないことは確認済みで、襲撃してきた四機のラプター以外の他の戦術機が潜んでいることも目の前のラプターの援護に来ないことから可能性は低い。

 だが、腑に落ちない。

 長年の経験が、予測の出来ない相手との戦いで培われた力が警報を鳴らす。

 バーニーは中佐に意見を聞こうと通信を開こうとした。

 その時、数多のミサイルが移動を進めていた中佐達がいるポイント目がけて降り注ぐ。

 続けて爆音と共に、夜の闇が燃やし尽くされた。

 

「なッ!!」

「アレックス罠だッ!!」

 

 直後、アラートが鳴り響き目の前にミサイルが着弾白い煙が一瞬ですべてを包み込む。

 

「センサーキラーッ!?」

 

 すべての目を奪われた五機のタイフーンは、それでも息の合った行動を取り衝突を避ける。

 これ以上の追撃は死を意味すると判断したバーニーは、命令を飛ばす。

 

「各機、作戦は中止だ!急速後退した後に、中佐達の救援に向かう!」

 

 中佐達にも聞こえるように、オープン回線でそう叫び行動を移そうとするがその時には、すべて遅かった。

 

「がァアアアッ!!!」

 

 アレックスの苦悶に満ちた叫びが通信越しに聞こえ、続けてアレックスがいた地点に轟音が轟く。

 そして、センサーキラーの白い煙の先から、何者かが死を招きよせた。

 爆散する後方の仲間たち、煙の中から姿を現したのは、アレックスのタイフーンを踏みつけるラプターの姿だった。

 そのラプターは先ほどまで追いかけていたラプターとは、違っていた。

 纏う雰囲気が、月に照らされる姿が、こちらを睨みつける複眼がすべてが違って見えた。

 一瞬飲まれたバーニーではあるが、神速の域で戦術機を操り突撃砲を構えようとする。

 だが、その一瞬の間に敵のラプターであるはずの何かは、ライフルのような突撃砲を向けていた。

 

「……お前は、一体なんなんだ?」

 

 バーニーは、知らずに呟いたその言葉を最後に120mm弾に貫かれた。

 

 

 

 

「インフィニティー02の離脱を確認……」

 和真は冷静に、レオン・クゼが離脱したことを確認する。

 すると、和真のラプターに踏みつけられながらも、損傷を免れた一機の跳躍ユニットを必死に吹かしもがくタイフーンから呪詛の言葉が外部マイクを通してオスロ市街地に巻き散らかされる。

 

「殺してやる……、絶対許さねぇ……、ぶっ殺してやる!!」

 

 和真はその言葉に対し冷淡に返した。

 

「あぁ、待っている……。いつでも来い」

 

 そして、手に持つ120mm水平線砲改の銃口をコックピットブロックに押し付け引き金を引いた。

 それだけで、必死に逃れようとしていたタイフーンは砂に溶け込む水の様に力を失う。

 

「次だ……」

 

 和真はそう呟くと、静かにコントロールパネルを叩きだした。

 センサーキラーの夜の黒を上塗りするかのような、白い煙の中にラプターは幻のように姿をくるませた。

 

 

 

 

 ビルが崩落し砂埃を巻き上げる。

 空襲を受けたかのような現場には、物言わぬ躯が数多と転がっていた。

 それは、数瞬前まで声を混じらわせていた仲間たちの成れの果ての姿。

 一機のタイフーンが、立ちすくみ部下に黙祷を捧げる。

 

「各機被害状況を知らせろッ!」

 

 ブラウエライター大隊隊長の中佐が、微かに残る希望を信じ指示を飛ばす。

 

「05問題なしです」

「07以上なし」

「11同じくです」

 

 返事を返して来たのは、三人の部下だけだった。

 中佐は安堵しながらも果てしもない怒りを覚える。

 罠を危惧していたからこその立案し実行した作戦により多くの部下を失うことになってしまった自分に、そして明らかに対人戦のみを意識した兵器を作った人物、それを使用した人物にマグマのように濁り切った怒りを覚える。

 

「我らの想いは、この程度では挫けさせることすら叶わんぞ……ッ」

 

 中佐が呟いた独り言は、思いを同じくする仲間にも届いた。

 生き残った三人の顔が小ウィンドウ越しに映る。

 

「当然です!イギリスのため、欧州のためには、この作戦成功させる以外に道はありません!」

「先輩達を切り捨て、王室を蔑ろにするような傀儡政権を打倒しましょう!」

「すべては、欧州のために……、奴らの好き勝手にこの国をさせる訳には参りません!」

 

 誰も、自分を攻めてこない。

 このような失態を犯しても、まだ明日を目指して想いを滾らせる。

 中佐は、それを確認すると怒りを抑え、これから何をするべきかを指示する。

 

「これより我々は、生き残っている仲間と合流した後、この地を全力で離脱する!一人でも構わない……逃げ延びた者は、今あるデータを公開し世の不義理を訴えろッ!」

「「「了解!」」」

 

 四機の蒼騎士が浮遊する。

 馬に鞭打つようにジェットモーターに火をともし、想いの力を高まらせ、自分達は間違っているがこれが最適解だと信じ、前進する。

 すると、ラプターを追いかけ回していた五機の仲間達がいた十字路の地点から一つの光点がレーダーに映し出される。

 

「生き残りがいた!」

 

 部下の一人が歓喜の言葉を漏らす。

 だが中佐はその言葉を一蹴した。

 

「……いや、あれは罠だ」

「中佐ッ!ですが……」

「あれもアクティブステルスの能力の一つだろう」

 

 中佐は言い切る。

 なぜ、中佐が言い切ることが出来たのかと言うと見ていたからだ。

 長年戦場に身を置くことで培った常人離れした視力が、空から一直線に向かう別のラプターの姿を確認していた、だからこそ微動だにしない光点が敵の罠であることを瞬時に見抜くことが出来た。

 

「作戦に変更は無い!全機続けッ!!」

 

 そして、自分達が生き残れたように分かれて罠を敷いていた仲間の方が生きている可能性が高いと判断した。

 だが、その想いも踏みにじられる。

 連続する閃光と爆音、崩れる民家、それは今この瞬間にも戦いは行われていると言う証明であり、仲間の命の火が消えていくのを知らせる。

 

「急ぐぞッ!!」

「「「了解!」」」

 

 

 

 

 目の前を掠めていく36mm弾を横目に回避しながら、和真は敵に肉薄する。

 細い町道をバレルロールしながら突き進む。

 

「肩部ミサイルコンテナをパージ」

 

 回避運動を取りながらのパージ、曲芸師かなにかと勘違いしてしまいそうになる動きを見せつける。

 和真は、興奮状態に入り脳のリミッターを切っていた。

 流れる時間が遅い世界で、和真は次々と敵機を落としていく。

 瞳は緑色に輝き、口角が自然と吊り上がる。

 前方から四つの突撃砲を使い36mm弾を横雨のように放つ敵に向かい120mm水平線砲改から120mm弾を三発撃ち沈黙させ、バレルロールの着地点を狙い民家を挟んだ隣の道から飛び出してきたタイフーンを膝部に収納されたナイフでコックピットブロックを一刺しで黙らせる。

 

「ミサイルも万能と言うわけではないんだな」

 

 和真は冷静に状況を確認する。

 初めのミサイルで、待ち構えていた二つの部隊を黙らせられると踏んでいたが、実際は半数に減らすことしか出来なかった。

 その後の奇襲でインフィーティー02を追っていた五機を落とし、次の標的に定めた部隊から今三機落とした。

 

「後、六機か」

 

 そう呟くと、自然と下卑た笑いが口から漏れ出す。

 

「なんだ……、対人戦の方が、対BETA戦よりも楽じゃないか」

 

 そして、更なる狩りを続けるために獲物を追い詰めに行く。

 そこには、あの優しかった頃の姿などどこにも存在していなかった。

 



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想いを焼き尽くす暴力

 2001年2月10日午前3時50分

 ノルウェー領・オスロ

 

 砂埃を巻き上げながらブラウエライターが駆る4機のタイフーンはつかず離れずの絶妙な距離を保ち、微かな命の炎を懸命に燃やす仲間のもとに急ぎ向かっていた。

 唸るエンジン、躍動する各部関節、センサは最大限に活用しタイフーンが出せる最高速度を常に維持しながら突き進む。

 推進剤の残量を横目で確認。ロケットモーターをフルで使っているために目に見えて減り続けている。

 戦闘可能時間、戦線を離脱するためのルートの確認、匿ってくれるであろう場所までの距離。

 残存機数は6機、敵のラプターは確認出来ているだけでも5機、圧倒的に不利な状況。

 まさに命綱なしの綱渡り、足を踏み外し奈落に転落するのが、自分一人であれば恐れる必要はないが、一人でもミスを犯せば連鎖的に仲間も奈落に落ちてしまう。

 今、ブラウエライターに課せられている命令は、生き延び今回の事、そして自分達の想いをイギリスに欧州連合に世界に伝えること。

 そのためには、この狩場となったゴーストタウンに生き残った6人は無事に合流しなければならない。

 そうすれば、各自が逃げに徹した場合一機は逃げ切ることが出来る可能性が生まれる。

 そこにすべてを賭ける。

 中佐は、自らの脳で生成した可能性の糸を希望に向け垂らす。

 それと同時に考える。

 どうしてこんな事になってしまったのだろうかと。

 

 

 始まりはイギリス前政権の腐敗からだった。

 自らの保身とイギリス国民の世論ばかりを気にかけ、多くの難民を見殺しにしてきた。

 

『我がイギリスには、まだ余裕がある。一人でも多くの人を地獄から救い出すべきだ』

 

 前国王陛下は、そう仰られていた。

 そして、働きかけ続けた。

 王室の財産を切り崩し、人のあるべき姿をお示しになられていたのだ。

 理想を語るだけの愚者とは違い、現実を直視しそして救える人々を救おうと努力なされていた。

 そんな姿を国民は見つめていた。

 だからこそ、王室に嫌、前国王陛下に多くの指示が集まるのは当然のことだった。

 そして、前政権の愚者に消されてしまった。

 我々ブラウエライターは、その一部始終を知っている。

 なにせ、前国王暗殺に気づかずに加担していたのだから。

 それに気が付いた時には、すべてが遅かった。

 我々は憤った。

 そして、義憤に駆られた。

 その結果、昨年のテロを行った。

 我々の罪をすべて背負った隊長と副隊長は、最後にこう言っていた。

 

『これで、イギリスはあるべき姿に戻る。お前達は、後の歴史を守れ』と……。

 

 だが、蓋を開けてみればどうだ?

 現政権はただの傀儡政権だ。

 自分達では何も決められず、決めようとせず、弱者を切り捨て強者に媚び諂うことしか出来ない無能ではないか。

 こんな世界、誰も望んでいなかった。

 前国王陛下や隊長達が夢見たイギリスはこんな場所では決してなかった。

 残された我々が行き着いた結論は、王政の復活。

 前国王陛下の想いが今も生き続けるあの場にしか、我らの夢は存在していない。

 中佐は、知らず知らずの内に奥歯を噛みしめる。

 今自らが行っていることは悪であると中佐自身が理解している。

 だがしかし、この行いを歴史として後の人類が語るとき、自分達を必要悪だと断言すると確信している。

 そしてそれはいずれ、正義と呼ばれるようになると希望を抱く。

 そう正義である。悪でありながらの正義、大義は常に我らにある。

 そう思っていないと戦っていくことは出来ない。

 昨日虐殺した一家の顔が思い起こされる。

 その三人の顔は苦痛に塗れ、睨んでいた。

 それでも振り上げた剣は、振り下ろさない限り鞘に納めることは出来ない。

 もう、後戻りすることは出来ないのだ。

 

 

「03、04、頑張って!もう少し、後少しで合流出来る!」

 

 05が、和真のラプターから逃げる仲間に向け、声を絞り上げる。

 その声には希望と絶望、双方が乗せられていた。

 すでに喉はかれ、かすり切れている。

 それでも叫び続ける。

 

「……こちら03、中佐……、逃げてください。あのラプターは化け物だ。俺達の常識が通用しない。04と二人で足止めを行います。その隙にどうか……」

 

 03の顔が、網膜投影システムにより映し出される。

 その顔は、苦悶に満ちていた。

 汗が吹き出、緊張を打ち消すためだろう。噛みしめ切れた唇をさらに噛みつけていた。

 通信越しにも戦闘の凄まじさを感じることが出来る。

 単機で行っているとは到底思えない爆音が、バックサウンドとして鳴り響く。

 

「何を言っているの03ッ!諦めないで!!」

「そんなことを言っていられるような相手ではないッ!!中佐、英断を!」

 

 部下達が叫び合う。

 その根底に存在するのは、戦友に生き残って欲しいと言う感情。

 実際のところ対BETA戦だろうと、対人戦だろうと関係が無かった。

 隣に並び立つ仲間に生き残って欲しい。

 皆で語り合い覚悟を決め、決起した想いも、真の窮地に陥れば腹の底の想いが勝ってしまう。

 中佐は確信し、決める。

 その顔は、先ほどの辛酸をなめされられた様な表情とは違い。

 晴れ晴れとした表情となっていた。

 

「03、それは認められない」

「ッ!!」

 

 03の顔が驚愕に染まる。

 だが、次の言葉により想いが一つとなる。

 

「撒き餌で行くぞ、うまくやれ」

「「「「「了解!」」」」」

 

 

「動きが変わった?」

 

 二機のタイフーンを追い詰める和真は、敵の挙動の変化を見逃さずにいた。

 120mm水平線砲改から、5発放つ。

 だがそれも、遮蔽物を活用され阻まれた。

 

「死に際の悪あがきとも違う……、自暴自棄になっている訳でもない。どういうことだ?」

 

 和真は念のためにと、倒したタイフーンから奪い取っていた盾、多目的追加装甲シェルツェンをいつでも展開できるように準備する。

 

 

 大海原の中、シャチに追いかけ回されるアザラシのように和真のラプターから逃げ回る二機のタイフーンは、ほとんどの兵装をパージし重量を削減していた。それでも、振り切ることが出来ない。

 流星群の如く砲弾が戦術機の180度すべてを包み込むかのように着弾していく。

 すぐ隣には死。

 一歩前進も死、一歩後進も死。

 全方位に死をばら撒かれる。

 それでも、03と04は漲る生気を表情に現していた。

 

「04、アレをやるぞ!」

「OK、任せな03ッ!」

 

 和真はすぐに違和感に気が付いた。

 

「こちらに向かってきていた4機のタイフーンの機影が消えた?」

 

 和真はすぐさまにコントロールパネルを叩き、レーダーを再度確認、並行して赤外線・振動・音響から探りを入れる。

 だが、見つけることが出来ない。

 

「主脚での静穏モードに移行したか……、いやそれなら、赤外線に引っかかるはず……、まさか、主機を落としているのか?待機モードにし、民家にへばりついていればレーダーも他のセンサすら僅かな時間、誤魔化すことも可能かもしれないが、しかし……」

 

 それもほんの僅かな時間しか効果を発揮しないだろうことは相手も理解しているはず。

 それにだ、待機モードに移っているときの戦術機は丸裸同然なのだ。

 賭けに出ている。

 罠をしいている。

 ならば、今目の前を鬱陶しく飛んでいる二機のタイフーンは誘導担当ということになる。

 後顧の憂いを今ここで断つ。

 心配事は、すぐにでも消し去ってしまった方が良い。

 そう判断した和真は、120mm水平線砲改の弾倉を入れ替え全弾使い切るつもりで構える。

 

 休む暇すら与えられずに次々と120mm水平線砲改から120mm弾が放たれていく。

 放たれた120mm弾を03と04のタイフーンは、紙一重で躱し続ける。

 否、躱すと言うよりも町に守られていた。

 入り組んだ迷路のようなオスロ市街地が遮蔽物と化し盾となる。

 まるで、光線級の照射を他のBETAを盾にして回避する術とそれは似ていた。

 追う者と追われる者、距離は徐々に近づき次第に大きくなる爆発音が死の時を刻んでいるように思わせる。

 だが、03と04には迷いが無かった。

 すぐそこに勝利があると信じているかのような迷いのない機動、和真は徐々に焦りだす。

 すると、曲がりくねった道から直線の道に抜け出した。

 和真は戦域地図を確認する。

 直線の道は100m、50m先には広めの横道が存在していた。

 ただし、民家のせいで鋭角になっており今の速度では曲がり切ることは不可能。

 

「手こずらせてくれる」

 

 和真はその道には向かわないと判断する。

 それよりも、この直線の先に罠がしかれている可能性の方が高いと考えた。

 そのため、早急に二機のタイフーンを沈めようと120mm弾を放つ。

 だがそれは、予想外の連携により躱される。

 

「合わせろよ!」

「良し来たッ!」

 

 一機のタイフーンはロケットモーターに火をともし数瞬爆発的に加速する。

 跳躍ユニットを止め、失速機動領域内で錐揉み回転。

 後から続くもう一機のタイフーンとあわや衝突と言う状況。

 その中で、錐揉み回転していたタイフーンは両腕を伸ばす。

 後から続いていたもう一機のタイフーンは、その手を掴み取り鉄棒の技、大車輪のように大きく回転、放り投げられるかのように見事鋭角で曲がることが不可能と思われた横道に姿を消す。

 支点の役割をしていたタイフーンは、勢いを殺されることにより流れるように体制を整え、ロケットモーターを点火、先に言ったタイフーンを追いかける。

 

「なんなんだあの動きはッ!」

 

 またしても、120mm弾を外してしまった和真は思わず叫んでしまう。

 

「クソがァアッ!!」

 

 倒したタイフーンから奪い取り左手に装備している盾、シェルツェンをコンクリートの地面に打ち付ける。

 それと同時に、両足裏を民家の壁に叩きつけすべてを削り取りながら速度を叩き落とす。

 横道の前に辿り着いたとき、盾を引き抜き民家の壁を足場に跳躍。

 まっすぐ横道に侵入する。

 なんとか成功した。

 そう安堵し、今だ目視で確認出来る位置にいる二機のタイフーンにロックオンしようとした。

 その時、和真は見つけてしまう。

 その二機のタイフーンの先には、王を思わせるほどに威風堂々と立つ一機のタイフーンとそのタイフーンの隣に控えるように膝をつき、こちらに突撃砲を向ける二機の敵の姿が―――。

 

「放てッ!」

 

 中佐の号令により、05・07の二機のタイフーンによる計4つの砲口から砲弾が吐き出された。

 放たれた36mm弾は、03・04のタイフーンを横切り和真のラプターに吸い込まれるように向かう。

 

「ッ!!」

 

 和真は緩やかに流れる時間の中で躱すことが出来ないと判断、左手の盾を構え受け止める。

 青騎士の攻撃は止まらない。

 

「ハァアアアアアアッ!!」

 

 ブラウエライター11が駆るタイフーンが頭上より姿を現し、背部ブレードマウントから両刃の近接戦闘用長刀フォートスレイヤーを叩きつけるように振り下ろす。

 

「くッ!」

 

 和真は僅かに体をそらすことでそれを回避、跳躍ユニットを使い後方にブーストジャンプ、11の機体の影に射線を被らせる。

 弾丸の雨が降りやみ眼前にはフォートスレイヤーを振りぬいた状態の敵。

 すぐさまに反撃に出ようとするが、青騎士はそれを許さない。

 

「ぬんッ!」

 

 05・07の射撃を防がれ、11の攻撃を回避すると読んでいた中佐の乗るタイフーンは、11を跳び越え背部兵装担架からフォートスレイヤーを抜刀、速力と重力を乗せた必殺の一撃を振り下ろす。

 和真はそれを前方に向けていた跳躍ユニットの推力偏向ノズルを巧みに操り、風に掃われた枯れ葉のように縦軸に回転しながら上昇し回避する。

 しかし、その判断は間違っていた。

 移動を始めていた05・07から交差するかのように36mm弾が放たれる。

 和真は瞬時に敵から奪い取っていた盾、シェルツェンの表面にビッシリと取り付けられているリアクティブアーマーを起動させる。

 シェルツェンの表面から叩きつけられるかのような衝撃と共に爆煙が立ち込め、無数のタングステン弾が煙を切り裂くかのようにばら撒かれる。

 リアクティブアーマーの本来の使用用途は、取りついてきた戦車級の排除にある。

 そのため、無数に散らばるタングステン弾は飛来する36mm弾数発を弾くだけに終わり、その他の36mm弾はリアクティブアーマーの使用により傷んだシェルツェンに殺到する。

 次々と穴をこじ開けられていくシェルツェン、もはやそれは盾としての機能を有してはいなかった。

 

「やったか?」

 

 誰かが呟く。

 ラプターのいる場から距離をとった地点にいる03・04の元へは05・07続いて11が、そして最後に中佐のタイフーンが様子見と次のステップに移るために移動を始めようとしていた。

 その時だ。

 突然ブラウエライターすべての衛士の網膜にSOUND ONLYの文字が浮かびあがり、親の仇を目の前にした獣のような声が鼓膜を叩いた。

 

「よくも……、よくも、リリアのラプターを傷つけたなぁああああああッ!!」

 

 市街地に広がる民家よりも、少し高い位置に濛々としていた黒い煙の内部から卵から生れ落ちるかのように、ラプターが姿を現す。

 速度をはじめから最高速に保つためかコンクリートの地面に向け頭から突っ込む。

 それを見ていたブラウエライターの衛士たちは、凡ミスをしやがったと思った。

 爆煙により、視界が閉ざされた中でのロケットモーターの使用は、周りに何があり自分がどの方向を向いているのかを分からなくさせる。

 そしてそれは衝突事故に直結し、BETA戦では良くあることでもあった。

 だからロケットモーターを全力で噴射してしまったあのラプターは、地面に衝突し終わるというなんとも惨めな最後を迎えてしまうのだろうと思った。

 だが彼等は次の瞬間、予想を超える動きを見せつけられる。

 ラプターは、地面と衝突する寸前に片足で地面を蹴りつけると同時に120mm水平線砲改を打つ。

 戦術機の体で衝撃を受け止め、120mm水平線砲改の発射時の反動を利用しドリルのように回転、速度をなるべく落とすことなくほぼトップスピードを維持したまま、突っ込んで来たのだ。

 ラプターの手には、いつの間にかフォルケイトソードを一回り大きくしたような長刀が握られている。

 鎌のような形をした先端部の後方からは、噴炎が上がっている。

 常識外れの機動に、それを耐えて見せた戦術機、しかも見たこともない武器を手に持っている。

 すべてが、予想の範疇を軽々と超えていた。

 脳が一瞬停止してしまう。

 その一瞬が生死を分けてしまうのは、ブラウエライターの隊員全員が知っていた。

 だが、停止してしまっていた。

 その一瞬の中を動く騎士が一人。

 

「ハァアアアアアアッ!!」

 

 中佐のタイフーンがフォートスレイヤーを構え迎え撃つ。

 振り下ろされる巨大な西洋剣、掬い上げるように切り裂くフォルケイトソード改。

 激しい衝突音と共に、ぶつかり合った刃からはスーパーカーボンの欠片が舞い散り、一瞬タイフーンが地面から足を浮かせる。

 そして再び地面に足底をついたと同時に、中佐は仲間に指示を飛ばす。

 

「各自地図に記された地点に迎え!」

「ですが中佐ッ!」

「急げ、皆の想いを無駄にするつもりかッ!!」

「「「「「……了解ッ!!」」」」」

 

 ブラウエライターの生き残りである五機のタイフーンは中佐を残しその場を立ち去ろうとする。

 

「逃げるなぁあああああああッ!!」

「させるかぁあああああああッ!!」

 

 120mm水平線砲改を構えるラプターに対し、中佐は上腕部に取り付けられたカーボンブレードを叩きつける。

 爆発する120mm水平線砲改。

 

「くっ」

「ぐっ」

 

 爆発の衝撃と共に一端距離を取り民家に姿を隠す二機。

 両戦術機共に、各部が欠損していた。

 冷静になった和真は、機体をチェックする。

 

「左足部が中破、右手が小破に各部被弾……、IFCSが無ければ終わっていたな」

 

 和真がレーダーを確認すると、残り五機のタイフーンが別々の方角に向け進んでいるのが分かった。

 それを確認したと同時に小ウィンドウが開き、インフィニティーズ小隊長キース・ブレイザー中尉が姿を現す。

 

「こちらに任せてもらう」

「すみません」

「なに、気にするな。君は十二分にやってくれた。我が隊に誘いたい程に、な?」

 

 楽しげにだが、真剣にそう言ったキース・ブレイザーに和真も落ち着きを取り戻し返答する。

 

「職にあぶれたら、その時にお願いします」

「ふっ、分かった期待している」

 

 そう言うと通信を閉じた。

 和真は、自らの内から突然湧き出しあふれ出た黒く燃える感情を抑え込もうと数度深呼吸する。

 そして、確かめるように呟いた。

 

「……大丈夫、俺はまだ大丈夫」

 

 武装を確認する。

 残された武装は、背部兵装担架と左手に握られているフォルケイトソード改、それとナイフが一本。

 恐らく相手は、突撃砲を所持している。

 どうするか……。

 そこで和真は気づく。

 自分の攻撃を見事防ぎ切ったタイフーンの衛士のことを、強制ハッキングしこじ開けた回線の先から聞こえてきたのは中佐と呼ばれる男が命令を題している声。

 恐らくアイツがブラウエライターの部隊長なのだろう。

 何故かそんな気がした。

 そして、聞きたいことがあったのを思い出す。

 和真は今は二人きりであり周りには誰もいないことを再度確認すると、再び回線を開く。

 

「お前達は何を思って、こんな事をしているんだ?」

 

 すると、和真の網膜にもSOUND ONLYの文字が浮かび上がり、年期を感じさせる渋い声が聞こえてきた。

 

「……想いを叶えるために」

「名声を自らに降りかかった不幸を取り除くためだけに、お前たちは罪もない人を殺したのか?」

 

 すると、堪えるかのような嘲笑と共に中佐が話し始める。

 

「くくくく……、貴様の瞳にはそう映っていたのだな?」

「とぼけるな、先日のテロで捕えた貴様の仲間がそう言っていた」

「あぁ、あそこで動いていた者達には我々の真の目的は話していなかったからな」

「ならその真の目的とやらを話してくれないか?」

「ふぅ……、少しは自分で考えてみたらどうだ?まぁ、このような状況では構わないか。……我々の目的は、王政の復活だ」

「なに……?」

「断っておくが今回の一連の騒動には王室の者は誰一人として関わっていない」

「それを俺が信じるとでも?」

「信じるも何も真実だ。まぁ、貴様らが今回の件で王室に何かしようにももうすべてが遅いがな」

「お前達は、王政の復活のためにBETAを誘き寄せた。イギリスが無くなれば王政もクソもなくなると考えなかったのか?」

「想定している。だが、そうはならんさ」

「なぜ、そういいきれる?」

「国連が提唱しているBETAのユーラシア封じ込め。そのためには、イギリスは無くてはならん存在だ。イギリスが落ちれば、その次はどこだ?防衛能力をイギリスに任せっきりのアイスランドにグリーンランドだ。ではその次は?……北アメリカ大陸だ。アメリカが国連が世界がそれを許すとでも?あの者達がそれを許すはずが無い。いざとなれば、明星作戦で使われた例の新型爆弾が使用されるかもな」

「……もし仮にG弾が使用されてしまえば、あの地域一帯は半永久的に人が住めなくなるかもしれないんだぞ!」

「別に構わないでは無いか……」

「なに!?」

「いい加減に目を覚ますべきなのだ……。ユーラシアを奪い返すのは確かに大切だろう。だが、そればかにりに目先を奪われ今を見ないようではどの道その者達には先は無い」

「お前はなにを……」

「大陸に帰れば、元の暮らしが待っている?ユートピアを奪い返せ?馬鹿馬鹿しい、どうして今の暮らしが国が理想郷だと気が付かない。大陸に帰ったところで待っているのは悲惨な末路だけだ。BETAに支配された世界とはそう言うものだと何故理解しない。あの大陸はもうすでに人が住むことが出来ない場所だというのに……、ならば人が住めない場所なら別に核だろうがG弾だろうが、落としてしまって構わないじゃないか」

「それはお前の理屈だろ?」

「G弾を使わずとも、BETAから土地を奪い返すためには多くの武器弾薬が必要となってくる。我々が乗る戦術機が持つ突撃砲から放たれる36mm弾、これには劣化ウラン弾が使われているのは知っているだろ?そんな物をばら撒くだけで、そこに人が住むことなど出来ぬさ」

「なら、今戦っている国土を奪い返し再興を目指す者達が間違っているとそう言いたいのか?」

「そうではない。皆、国連や政府の馬鹿共に踊らされているだけだ。現実を見せてもらえず夢ばかりを追わされている。だからこそ、我々がそれを正す!今ある場所をより良い場所にし、それを守り通す。それが我らの想いだ」

「……結局現実を見ていないのは、お前達だ」

「ほぅ……」

「この世界は、そんなに優しくない。それほどの時間を用意などしてくれない。お前達がやったことは、結局の所そこらへんに五万といるテロリストと同じだ。不平不満をぶつけているだけだ。お前たちのせいで、何人の人が不幸になると思っている?何人死んだか知っているか?今の人を守らずに不幸にして、明日を語るなッ!テロリスト風情がッ!!」

「我らが苦しみを、想いを知った風に語るな小僧ッ!!必要な犠牲なのだ……、未来を切り開くためには、必要な犠牲だったのだッ!!」

「お前達は、零れ落ちる必要の無い人達までも苦しめ殺した!だから、お前たちのその想いも何もかも、俺が否定して壊して今を守る!」

「時間稼ぎのための会話がまさかこんなことになろうとはな……私を怒らせたな小僧ォオオオオオッ!!」

「俺は初めからブチ切れてんだァアアアアアアッ!!」

 

 中佐のタイフーンと和真のラプターはそれぞれ隠れていた民家の影から飛び出し、互いの愛刀をぶつけ合わせた。

 それは考えのぶつかり合い、どちらが正しくてどちらが間違っているなんて誰にも言えるはずがない。

 だが、この二人は己が信じた道をただ突き進む。

 それを邪魔する者はだれであろうと排除する。

 水と油のように、初めから交わり合うことなど出来はしない。

 

 

 2001年2月10日午前5時00分

 ノルウェー領・オスロ

 

 まだ日が昇らないオスロ市街地。闇が地上を支配し僅かばかりの星の光が降り注ぐ。

 そんな中、ある一角だけはまるでキャンプファイヤーをしているかのように明るい。

 炎の揺らめきが、町に刻み付けられた刀傷を生々しく照らし出す。

 その現場はまるで怪獣映画の破壊された町のように壊れていた。

 民家に突き刺さる巨人の腕、半ばで折れた長刀、そんな場の中心で燃え盛る炎。

 それは、EF-2000タイフーンを燃料に燃え続けていた。

 

「はぁ…うッく……」

 

 和真は戦術機内で必死に息を整えていた。

 酸素を脳に送らなけらばすぐにでも気絶してしまいそうだからだ。

 なにが、BETA戦よりも対人戦のほうが楽だ。

 少し前の自分を殴り倒してやりたくなる。

 本気の殺意を抱いての殺し合い。

 それは、予想を遥かに超えるほどに辛く怖く難しかった。

 和真は推進剤が切れてしまったために主脚で海へ向け移動を始める。

 逃げたブラウエライター全機を撃墜したと知ったのは、つい先ほどだった。

 これで彼らは今後の世界を見ることも想いを遂げることも出来なくなってしまった。

 和真はたまらずに悪態をついてしまう。

 

「クソッ……胸糞悪ぃ……」

 

 深い闇が和真を絡めとる。

 それはもがけばもがくほどに深く絡みつき引きずり込む。

 抵抗なんて出来るはずがない。

 だってそれは、和真自身が望んだ結果なのだから。

 



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余韻

 プラスチックを押し込む乾いた音がした。

 それは、押された状態で固定され数多の電子機器を作動させる。

 プロジェクターのレンズから光が生まれ映像を映し出した。

 映し出されたのは戦場の映像、大人が逃げ回る子供を追いかけ捕まえるかのように目に見えて力の差が理解出来てしまう。

 その映像を見つめる四人の人物は両目の瞳孔を開け情報を貪り食らう。

 プロジェクターのファンの音が支配する部屋の沈黙をはじめに破ったのは浅黒い肌に黒の混じった金髪の男、第65戦闘教導団インフィニティーズの小隊長、キース・ブレイザー中尉であった。

 

「さて、先のブラウエライター鎮圧任務で我々の代わりに大仕事を成した衛士の駆るラプターの記録映像を今我々は観賞中な訳だが、貴様達の意見を聞かせてくれないか?」

 

 キース・ブレイザー中尉が手元で開いていたノートパソコンを静かに叩くと映像が切り替わり、鎌のような長刀を二本手に持つラプターが民家の壁を蹴りつけ飛び掛かり、対する巨大な西洋剣を持つタイフーンは振り下ろされる長刀に絶妙のタイミングで刃を交じり合わせていた。

 先程の映像とは打って変わり、力が拮抗した者同士の戦いに見える。

 映像内の二機の戦術機を動物で例えるなら、熊と豹と言った所だろうか。

 喉元を食らいつこうと豹のような動きをするラプターに、どっしりと構え的確に攻撃を放つ熊のようなタイフーン。

 脳内で暴れまわる戦術機をマスコットキャラクターの動物のように愛くるしい姿に変えてしまえば、凄惨な映像も子供が大好きなコメディーに早変わりだ。

 インフィニィ04のシャロン・エイム少尉は自慢のピンクブロンドの髪を指で弄びながら笑いを堪える。

 それに気が付いたのか、シャロン・エイムの前の座席にどっしりと座る筋骨隆々とした大男ガイロス・マクラウド少尉が皆に聞こえるように尋ねた。

 

「どうかしのか、シャロン?」

 

 ガイロスの声を聞いたシャロンは、しまったと舌を可愛らしく出した。

そ してすぐに表情を引き締め答える。

「いえ、なんでもないわ」

 

 だが、キース・ブレイザーは艇の良い切っ掛けであるシャロンを逃がさない。

 

「シャロン・エイム少尉、君の率直な意見を聞かせてくれないか?」

 

 逃げられないことを悟ったシャロンは、率直にと言うキース・ブレイザーの問いに素直に答えることにした。

 

「正直なところ、ネフレ社が用意してきたラプターは我々の使用するラプターをより強化された物であると考えていますし、そう信じたい」

 

 そう、同じ性能の戦術機であるとは到底思えない。

 ラプターと言う戦術機と一番長く付き合ってきた。

 だからこそ、シャロンは今映像で流れているようなことは出来ないと言った結論にたっした。

 もし、もし仮にだ。

 映像の中のラプターが自分達のラプターと同性能だとするのなら、中の衛士の腕がずば抜けていることを意味し、【戦技教導部隊を教導する部隊】であり、対ステルス戦術機戦の研究を行う自分達よりもラプターを使いこなしているということになる。

 

「……確かにな、我等よりもラプターを使いこなす衛士が存在しているとなれば、沽券に関わる」

 

 キース・ブレイザーは意味深にそう口にした。

 その顔には、新たな研究対象が見つかったと言った言葉が書いてあった。

 

「いや、そのどちらもだ」

 

 一瞬静まり返る室内の空気を壊したのは、シャロンの隣の席に腰掛ける男レオン・クゼ少尉であった。

 レオンは瞳を鷹のように鋭くさせ画面を食い入るように見ていた。

 

「ネフレ社のラプターは確実に強化されている」

「どうしてそうハッキリと言えるの?」

 

 シャロンはレオンに尋ねる。

 

「ネフレ社のラプターは俺達のラプターよりも、反応速度が2秒……いや、1.5秒早い、それに間接強度もかなり強化されている」

 

 ガイロスが関心したように言った。

 

「俺達の中で一番ラプターを振り回しているレオンが言うんだ。間違いないだろう」

「そうなると、そんなラプター相手に善戦しているあのタイフーンの方が異常だってことね」

 

 困ったように答えるシャロンにガイロスが当たり前のように答える。

 

「だが、ラプター本来の戦いをすれば苦戦する相手ではない」

「それはそうだけど……」

 

 キース・ブレイザーは挑発するかのようにレオンに問いかける。

 

「レオン、貴様ならネフレのラプターをどうやって倒す?」

 

 その問いかけに再び室内を静寂が支配した。

 

「……あのラプターの衛士は跳躍ユニットの扱いが異常にうまい。しかも、全身に目がついているかのように行動している。同条件下でと想定するなら、まともなやり方では勝てる見込みは低いと考えています」

「なら貴様は、この衛士に負けると?」

「勝ち負けのスポーツなら勝てる可能性が低いだけです。生き死にの戦争なら、まともじゃない戦術を使えば勝てます」

「戦術機の扱いでは一歩及ばずとも、ステルスの扱い、戦術なら我等の方が数歩先を行っていると、そう言いたいのだな?」

 

 キース・ブレイザーが尋ねるとレオンは、薄く挑発的に笑う。

 

「それに、このラプターに乗る衛士の技量が決して届かない場にあるわけではない」

 

 レオンのその言葉にキース・ブレイザーも誰も気が付かないほど小さく口角を持ち上げる。

 

「その通りだ。今回の一件で見ることが出来たこの動きも戦術も、等しく我らの糧以外のなにものでもない。喜べよ?これで我々はまた一つ強くなれた」

 

 インフィニティーズの衛士達は自然と自らの部隊章を見つめていた。

 そこには、無限を意味するクロスが描かれている。

 終わりなき成長、無限、それを見つめながらシャロン・エイムは思った。

 また、忙しくなると。

 

 

 霧に塗れた朝焼けを、和真はウェストミンスター橋を渡りながら眺めていた。

 テムズ川を横断するウェストミンスター橋の上を霧が絶え間なく流れていく。

 霧のせいで数メートル先が微かに見える程度であり、切れ目からたまに太陽の光が差し込む。

 万人がまるで雲の中を歩いているかのような錯覚を覚えるだろう光景の中で和真はそれが別のものに見えていた。

 

「死んだ先の光景は、きっとこんなものなのだろうな」

 

 悴む手を国連軍BDU(野戦服)に擦りあわせるようにして、ズボンのポケットにしまいこむ。

 オスロでの任務を終えた和真は、ウェストミンスター橋まで車で送り届けられた。

 本当は、バッキンガム宮殿前までの予定であったが和真はドライバーに我儘を言ったのだ。

 火照った血潮が冷気にさらされ覚めていく。

 体の中の獣を檻の中に押し込める。

 これで宮殿につくころには、いつもの自分に戻っているだろう。

 和真は少しばかり安堵した。

 そうして、ウェストミンスター橋の半分を渡り切ったところで和真は足を止める。

 和真は驚き目を大きく開けていた。

 和真が見つめる5メートル先には、緑色に輝く二つの光。

 霧の中を鬼火のようにゆらゆらと漂う。

 鬼火が近づくにつれ人のシルエットが浮かび上がる。

 纏う霧を肩で切るようにして現れたのは一人の少女だった。

 平然と立つ少女にたいし和真は驚いたままだった。

 何故なら、少女の瞳の輝きは自分のそれと同じ物だったからだ。

 

「キシ、キャハハハ!」

 

 気味の悪い声を発しながら少女が笑いかけてくる。

 腰を隠すほどに伸びたボサボサの炎の様に赤い髪を無造作に垂れ流し嘗め回すように上から下へと和真を見る。

 そして、一人数度頷くと軽快に片手を上げた。

 

「よお!」

「……」

 

 和真はそれにたいして無言で返す。

 手はすでに腰のククリナイフに添えていた。

 

「あれ?」

 

 赤い髪の少女は、上げていた手を顎に添え首を傾げる。

 そして閃いたと言わんばかりに左掌に右手の拳をポンと打ち付けた。

 

「あぁッ!初めましてだったな。アタシとしたことが忘れちまってたぜ!」

 

 少女はそう言うとキシシと笑った。

 それに対して和真は再び無言で返す。

 警戒を解くそぶりを見せない。

 自らの身長よりも頭一つ分小さい少女に対して和真は恐怖していた。

 

「また無視かよ連れない男はモテないぜ?まぁ、……それよりだ」

 

 一瞬の出来事だった。

 

「ッ!!」

 

 気が付けば鼻先に女の顔が存在していた。

 見たくもない緑色に輝く瞳が覗き込む。

 

「お前、さっき逃げようとしてただろ?」

 

 和真の黒い瞳と緑色に輝く鋭い瞳が交差し、目を逸らすことが出来ない。

 

「なにを……ッ」

 

 和真は絞り出すようにして何とか言葉を発した。

 

「わかるのさ、わかっちまうのさ、同類だからな」

 

 少女はそう言うと、弓のように目と口を細め歪める。

 ピエロの仮面のような顔をしながら、心底楽しんでいるようであった。

 

「反応はまぁまぁだな」

 

 少女がいつのまにか手に持っていたナイフが和真の胸元近くでククリナイフに受け止められていた。

 寸分違わず心臓を目指すナイフの鋭い刃先がククリナイフに妨げられ、鉄の擦れる音が静かに消える。

 

「……」

 

 少女は無言のまま瞬き一つせず、まるで呼吸するかのように自然にナイフを返しククリナイフを払いのける。

 そして、人の目には捉えられない速度で和真の首目がけて振り下ろす。

 だが少女は、和真の顔を鮮血で染め上げることなく動きを止めた。

 少女の動きよりも早く和真がもう片方のククリナイフを少女の首に押し付けていたからだ。

 和真は瞳を緑色に光らせ、振りぬく体制のまま動きを止めていた。

 それは明らかな殺害予告であった。

 

「瞳孔開けてピーピー鳴いてんじゃねぇよ……発情期か?」

 

 同じ色をした瞳が交差する。

 熱した殺意と冷めた殺意が、交わり中和されていく。

 

「キシシシ、そうそれだぜ。その方が良い、その方が楽になるぜ」

 

 次第に霧が晴れ、太陽の光がウェストミンスター橋にさし始める。

 時刻は午前5時40分、町が動き出そうと伸びを始める時間帯だ。

 

「まぁそう興奮すんな、アタシは一つ忠告をしにきただけだ」

 

 少女はそう言うと、眉ひとつ動かさずに首元のククリナイフを二本の指でどかせる。

 そしてナイフを太股の内側の鞘にしまい込み、まるで和真のことなど敵ではないと言わんばかりにさらに顔を接近させる。

 

「抑え込むな、利用するんだ……」

 

 少女は鼻先がぶつかり合いそうな距離でそれだけを呟くと滑り込むように、和真の右横に移動した。

 

「アタシの名前はギャンブルだ。じゃな」

 

 ギャンブルと名乗った少女はそう言うと、和真とは反対方向に向け走り出していた。

 一人ウェストミンスター橋に取り残された和真は、握りしめるククリナイフを見つめる。

 

「トイ・キングダム……」

 

 ネフレ最強の部隊、トイ・キングダム。

 そのうちの一部隊であるギャンブル中隊の隊長ギャンブル。

 人の体では出来ない動きに、ギャンブルと言う名前、なにより緑色に光る瞳。

和真は途中から少女がどういう立場の人間かを理解していた。

 していたからこそ、怒りが沸き起こった。

 

「……この苦しみから、逃げるなって、そう言いたいのかよ……レオ」

 

 和真はそう呟くとククリナイフを腰の鞘にしまい込む。

 そして、洗うように両手で顔を覆い隠した。

 

「ふ、フフ、ハハハ……、いいやろう……、レオがそう言うならそれが正解なんやろ?なら、そうするさ。そうすることで夢が叶うなら、いくらでも」

 

 

 バッキンガム宮殿に戻った和真は、門前に立つイギリス近衛軍の門兵に声をかける。

 

「今戻った……」

 

 門兵は、和真の姿を確認すると何も言わずに門を開いた。

 門兵の顔を確認することも、感謝の礼儀を言うでもなく無言で脇を過ぎていく。

 この時の和真の頭の中では一つのことがらが支配していた。

 

「ストーになんて言おうか……」

 

 ストーに心を覗かれないようにするには、どうすればいいだろう。

 ESPの力とは非常にやっかいだ。

 考えをすべて見られてしまう。

 それはつまり、数刻前の出来事も知られる可能性もあると言うことである。

 和真は気だるそうに前髪を右掌で掻き揚げる。

 傷み始めた和真の髪が指の隙間から零れ落ちていく。

 零れ落ちた髪を払いのけることもなく、疲れた瞳で眼前のそれを眺めた。

 ゆらゆらと振り子のように揺れている。

 それが、過去と現在と未来の自分を現しているような気がした。

 どこに逃げようとも、どこに立ち止ろうとも、どこに進もうとも、決められた結果から逃れる術は無い。

 そう言われているように錯覚する。

 和真は一人思考の海に耽りながら、バッキンガム宮殿内に姿を消した。

 

 

 第一町ネフレ社内社長室

 

 第一町を一望することが出来るネフレ社の最上階に存在する社長室。

 そこで高級な革製のイスに腰掛けるレオは、スケジュール帳のような物を真剣に見つめていた。

 

「うん、予定通り予定通り」

 

 スケジュール帳のような何かをパタンと閉じるとミアリーが姿を現す。

 

「どうかしたのかい?」

 

 ミアリーは表情一つ変えずに答える。

 

「ギャンブルが五六中尉に接触しました」

 

 報告を聞いたレオは、なんてことないかのように答える。

 

「ふ~んそっか、まぁタイミングは任せていたし構わないよ」

 

 レオは言い終わると同時に親に褒めてもらえることが分かっている子供の様に期待した瞳をミアリーに向けた。

 

「それともう一つ、このような報告が欧州よりございました」

 

 ミアリーはそういうと、一枚の紙を手渡す。

 

「どれどれ―――ッ」

 

 その紙には、近日行われる大規模BETA掃討作戦の現時点での変更点、BETAの現時点での総数、そして一つの波形が書かれていた。

 それは作戦域近くの地面に埋め込まれている振動センサが拾った波形データであった。

 

「ノイズが交じり正確性に難が残るものの、間違いないかと……」

 

 レオは机に置かれているノートパソコンを操作し、一つのファイルをクリックしデータをディスプレイに表示する。

 それは、BETAの地中進行の振動パターンの一つであった。

 ファイル名は、エヴェンスク最終防衛線と書かれていた。

 それをじっくり観察するとレオは破顔させた。

 このパターンの振動が検知された数日後にエヴェンスクはBETAに攻め落とされた。

 しかも、今現在そこはH26:エヴェンスクハイヴとなっている。

 つまりは―――。

 

「……いるかな?」

 

 レオは、何気なくミアリーに問いかける。

 

「いると思われます」

 

 ミアリーも何気なく返す。

 まるで、今日の晩御飯のメニューを聞いているかのように。

 だが、その内容はそんな会話に納めることが出来ないほどに重いものであった。

 

「反応炉を持ったBETAが―――」

 



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多面

 広い―――。

 広い世界に俺はいた。

 空と湖と神々しい森林。

 そんな世界の中心に俺はいた。

 見渡しても何もなくて、足元の水面を見ても波紋一つ存在しない。

 ただ、この湖には底がないことだけが理解出来た。

 そんな湖の上に立っているのだからこれは夢なのだろう。

 人は水の上に立つことなど出来ないのだから。

 

「綺麗だ……」

 

 自然と単語が口からこぼれた。

 なにも存在していないのに、寂しさもなにも感じない。

 まるで神様にでもなったかのような不思議な感覚だ。

 だからだろうか。

 俺は、この世界を見て回りたくなった。

 

 よし、歩こう―――。

 

 そんな決心をなぜか決め一歩踏み出す。

 

「?」

 

 すると、なにかが足にぶつかった。

 なにも存在していない筈なのに、なにかが当たったのだ。

 俺はなにも考えずに足元を見る。

 ここは俺の夢の中で、俺は神に等しい存在なのだ。

 だから平然と見た。

 それは腕だった。

 無色の湖の中から、俺の足首を掴んでいた。

 俺はそれを数瞬見つめ反対側の足を一歩前に出そうとする。

 俺の世界なのだから、自由に移動できるはずだ。

 障害物なんてどうとでもなる。

 そう思いながら、太股に力を入れた。

 

「??」

 

 すると、反対側の足も動かなかった。

 こちらの足も知らない腕に掴まれていた。

 これでは、移動出来ない。

 面倒くさいなと思いつつ、腕をひっぺがそうと屈んで自分の腕を知らない腕に近づける。

 

「ッ!?」

 

 すると今度は、別の二本の腕が現れ俺の腕が拘束されてしまった。

 夢の中だからだろうか。

 俺は客観的に、恐怖しているのが分かった。

 俺の腕を掴む腕が移動し俺は仰け反るような態勢になってしまう。

 なにもかもが自由なはずの世界が、不自由な世界に変貌した。

 広い世界を自分の物に出来た優越感が、誰にも助けを呼べない絶望感に支配されていく。

 美しかったはずの世界が、無機質に見え孤独感が増していく。

 今ではもう、声すら出すことが出来なかった。

 俺はすべてを奪われた。

 だからだろうか。

 俺を拘束する腕がさらに締め付けて来る。

 俺はその締め付けが痛いと感じた。

 夢の中であるにも関わらず、痛いと感じたのだ。

 

 ―――おかしい、おかしい。

 

 頭の中で繰り返し唱える。

 ここは、俺の夢の中で、俺の世界で、だから自由に出来て、なにも感じなくて。

 

 なのに、なのに―――。

 

 その時だ。

 世界が変わり始めた。

 メッセージボードに写真を貼りつけていくかのように、見たこともない光景が次々と貼り付けられていき、俺の世界を塗りつぶす。

 目を逸らすことが出来ない。

 まるで瞼を画鋲で固定されているかのように、閉じることすら拒絶する。

 塗りつぶされていく世界の中で、俺は誰かの視点で俺を見ている写真を見つける。

 そう、あれが俺だ。

 五六和真であり、築地和真である俺自身だ。

 

 俺は俺だ、だから―――。

 

「ッ!!」

 

 和真は目を覚ますと同時に勢いよく布団を跳ね除け上体を起こす。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 二度深く息を吸い込み血中に酸素を行き渡らせる。

 カーテンの隙間からは朝日が顔を覗かせ、鳥の囀りが室内を彩った。

 和真はベッドから立ち上がると、額に浮かび上がる汗を腕で拭い取る。

 朦朧とする意識の中で腕時計を確認、そこには6時30分と表示されていた。

 20分しか寝ていないと気が付いた和真は、乱暴に頭を掻いた。

 

「ついてねぇな……」

 

 和真は愚痴を零しつつ和真のベッドとは反対側の壁に設置されているベッドに視線を向ける。

 

「グ、ガカ、ガァ~~~~~……スゥ」

 

 そこには、豪快ないびきをかくオルソン大尉がいた。

 和真は気分転換しようと、鞄からタバコとライター、携帯灰皿を取り出し上着を羽織る。

 そして静かに室内を後にした。

 和真は宮殿の裏手に存在するバッキンガムパレスガーデンズに足を運んだ。

 広大な敷地内に存在するバッキンガム宮殿の白い壁を際立たせる緑が、悠然としている。

 都会の喧騒の中の憩いの場であるそこには、早朝であるため人の影が見当たらない。

 今の和真にとっては都合の良い場所なのである。

 風に揺られる木々、せせらぐ小川、光り輝く芝生、そして優しい音。

 和真はタバコを吸いながらその中を歩く。

 深呼吸するだけで、淀んだ心が洗われる気がした。

 和真は確信する。

 自然とは人間にとって無くてはならない存在であると。

 本来人がいるべき世界とはこういった場所なのだと。

 

「贅沢だ……」

 

 清々しい思いで口にする。

 完璧に整えられた広大な敷地がではない、今こうしていられることが、この時間を得ている自分が贅沢だと、そう感じていた。

 和真は、タバコの火をもみ消し携帯灰皿にしまい込むと、さらに歩みを進めた。

 すると、まるでドーナッツで切り抜いたかのようで、仲間に避けられているかのように、円状に広がる小さな空間の真ん中に一本の木が存在していた。

 それを見たと同時に足が無意識に止まる。

 風が覆いかぶさるかのように通り過ぎていく。

 舞い上がる砂から目を守るために、和真は右腕全体を使い顔を隠した。

 

「おっと」

 

 いきなり何なんだ。

 

 和真はそう思いながら右手をどかし、再び前を見る。

 

「……えっ」

 

 黄金色が世界を見つめていた。

 暖かな日差しが照り付け、風が潮の香りを運び込む。

 波がぶつかる音がやけに鮮明に耳に届いた。

 そしてそこには、やはり一本の木。

 海を見守る灯台のように、優しく世界を見つめ続けていた。

 そこは、間違いなくニクスとの思い出の場所。

 昨夜、自らの手で穢した尊いモノ、オスロの崖であった。

 すべてが懐かしくそして優しい。

 母に抱かれているかのような安心感が和真を癒した。

 すると、木陰から一人の女性が姿を現した。

 

「ニクス……」

 

 そこには、花嫁衣装に身を包んだ。

 一番綺麗だった姿で立つニクスの姿があった。

 だが、和真はいつぞやの様に涙を流したりはしない。

 ただ、その場に立って見つめるだけ。

 ニクスは初め心配そうに和真を見ていたが、和真の視線に羞恥し身を捩った。

 それも数瞬でまっすぐに伸ばした腕を後ろに回すと、胸を張り笑って見せた。

 和真もそれにつられるようにして、自然と笑顔に変わる。

 今までの何かに追い詰められているかのような表情はどこかへと消えていた。

 ニクスはそれに満足したのか、頷く。

 和真も頷き返し、歯を見せる程の笑顔になる。

 お互いに言葉を必要としない。

 コミュニケーションのツールなんて無粋なモノに頼る必要もない。

 ただそこにいてくれるだけで、すべてを理解し満たされた。

 すると、ニクスはなにかに満足したかのように笑い和真の後方を指さした。

 風が優しく頬を撫でる。

 風が吹きやむとどうじに和真は振り向いた。

 

「どうしたんや?」

 

 木漏れ日の中にストーはいた。

 太陽の光を反射し輝く銀髪をなびかせ、幼さを隠すかのように風に揺れる髪を右手で抑えている。

 色っぽいはずのその動作を今のストーがしても、和真の目には無理に背伸びしているかのようにしか映らず、微笑ましかった。

 和真の問いかけに対し、ストーは人差指を胸の前でつつき合わせ答えた。

 

「窓から和君が、見えたから、あの、その……」

 

 和真はその答えにたいし提案を返した。

 

「そうかい、それよりもこっちに来いひんか?」

 

 和真はそれだけ告げると、ストーに背を向けた。

 視線の先には、寂しそうに佇む一本の木のみ。

 波の音も潮の香りも、夕日の黄金色も当たり前のように存在していない。

 それでも、和真は笑顔だった。

 歩みを進めた和真の後を、ストーは慌てて追いかける。

 和真の隣に辿り着いたストーは、犬のように和真の顔を覗き込む。

 和真の顔を見たストーは、頬をピンク色に変え尋ねた。

 

「なにか良いことがあったの?」

「うん?」

 

 和真は、ストーに顔を向けると悪戯小僧のようにはにかんだ。

 

「内緒や」

 

 木の下に辿り着いた和真は、愛おしげに木を一撫でする。

 そして、二歩分の距離を取り仰向けに寝転んだ。

 空を眺める和真の隣にストーも腰を下ろした。

 無言の二人を代弁するかのように、木の葉が揺れ木々の合唱があたりに満ちる。

 ストーは、和真の顔を見つめたまま深呼吸をした。

 

「ねぇ和君、相談したいことがあるの……」

「なんや?」

 

 和真は首を動かし瞳の中にストーを捉えた。

 

「……和君の心が見えなくなっちゃった」

「……ESP能力が使えんくなったってことか?」

「ううん、他の人の心は見えるよ。でも、和君の心だけが何故か見えないの……」

「どんな感じで見えへんのや?」

 

 和真がそう問うと、ストーは困ったように眉を下げた。

 

「なんて説明しようかな……、私達が使うESP能力はね」

「あぁ~それは知ってる。相手の感情を画や色で読むリーディング、自分の感情を画や色で伝えるのがプロジェクションやろ?」

「うん、私たちは相手の心をテレビで見ているように見ることが出来る。感情もカラーバーみたいに見えるしね」

「で、俺の考えや感情の変化を読むことができひんとは、どういうことや?」

「えっとね……、全部が黒く塗りつぶされたみたいに真っ黒なの……映像も流れてこないし、カラーバーみたいに色の変化も現れない……」

「うんとそ~やな~……、じゃあストー今俺がなに考えてるか解るか?」

 

 和真はそういうと、オルソン大尉から貰ったいやらしい雑誌を思い出し、脳内にそれを投影した。

 するとストーは穴があくほどに和真を見つめる。

 それはもはや見つめると言うよりも睨み付けるの域に達していた。

 やはり見ることが出来ないのかストーの目はさらに細くなり顔も徐々に和真に近づく。

 

「ど、どうや?」

 

 和真の声を聞いたストーは集中が途切れてしまったのか照れながら慌てて顔を離した。

 

「え、えへへ……、やっぱりダメだった……」

 

 和真もその反応を見て信じることにした。

 普段のストーなら、やらしい雑誌を見た瞬間に茹蛸のように真っ赤になるからである。

 それと同時に安堵もしていた。

 これで、昨夜のことをストーに知られずにすむと。

 

「そっか……、第一町に帰ったら原因を見つけれるようにレオに相談するか」

「うん」

「それと、次の作戦までに戦術を変えとかんとな。ESP能力が使われへんのやったら、意志の疎通の方法を変えなあかんし」

「……ごめんね、和君」

 

 そう言って小さくなりながら落ち込むストーに和真は笑いかける。

 

「別に気にする必要もないやろ?」

 

 そして頭を撫でてやろうと手を伸ばすが、自分が寝転んでいるためにストーの頭に手が届かないと気が付いた和真は、頭の代わりにストーの頬を軽く撫でる。

 

「あっ……」

 

 頬を撫でてやりながら、和真は当然だと言わんばかりに告げた。

 

「俺とストーなら、ESPなんかに頼らなくたって全然余裕や、やろ?」

 

 そう言って笑う和真にはじめ驚いたが、その感情を喜びと自信が飲み込む。

 

「うん、そうだね」

 

 ストーはそういうと、和真の手の温もりを味わうように自身の手を重ね合わせ瞼を閉じた。

 

「でもね、一つわかったことがあるんだ」

「ESPで俺の心が見えんくなってからか?」

「うん……、それはね。あっ、やっぱり内緒♪」

「えぇ~、教えてぇや~!」

「さっきの仕返しだよ~♪」

 

 ストーはそう楽しげに笑いながら、確かめるように心中で呟く。

 

 初めてあなたの心が見えなくなって、凄く怖かった。

 でも、今はそれで良かったと思える。

 私はあなたの心が見えなくなることで、初めてあなたと同じ位置に立てたのだと思う。

 あなたが今何を考え感じているのか。

 それを想像して過ごすだけで、一日が過ぎ去ってしまいそうだ。

 この力が使えなくなったことで、あなたとの時間が私にとってどれだけ重要なのか体と心で感じることが出来るようになった。

 今は、あなたのことを思い答えを探すことが楽しくて仕方がない。

 ESPが使えたなら、この不思議な感覚を味わうことは、なかったと思う。

 だから私は、ESPが使えなくなって良かったと思っています。

 

「ストー?」

「な、なにかな?」

「俺は少し寝たいから、時間が来たら起こしてくれへんか?」

「うん、わかったよ」

 

 ストーはそう言うと、移動し和真の頭を自身の膝の上に乗せた。

 

「お、おい……」

「おやすみなさい」

 

 ストーはそう言って和真の頭を優しく撫でていく。

 和真はその温もりに導かれ微睡の中に沈んでいった。

 

 ストーの匂いかな……?

 なんでだろうか、凄く落ち着く。

 

「母さん……」

 

 静かに寝息をたてる和真をストーは、頬を膨らませながら覗き込んだ。

 

「お母さんはひどいんじゃないかな?」

 

 そう言いながら、両掌で和真の両頬をそっと挟み込み遊ぶが反応は帰ってこない。

 

「もぅ……」

 

 ストーは短く溜息をこぼすと眉尻を下げた。

 

「喜べば良いいのか、悲しめばいいのか……少し、複雑……」

 

 ストー達のようなオルタネイティブ第3計画により生み出された人工ESP発現体は、その能力で人生が大きく変わる。

 試験管の中で生を宿し、外に出てまず初めに確認されるのがESP能力が発現しているかの確認、ここで能力を得ることが出来なかった個体は廃棄される。

 次にその世代群の中での能力の強弱、その世代の基準に満たないと判断された個体は廃棄される。

 最後に衛士適正の有無の確認。

 ESP能力が他の個体よりも優秀な個体、数千と生み出される人口ESP発現体の中でも希少とされる衛士適正を兼ね備えた個体。

 これらは、後の実験対象として生きながらえることが出来る。

 その他の特にこれといった特技のない中途半端な個体達は、生き残る可能性が限りなく低い実験に向かわせられる。

 それをストーは間近で見続けてきた。

 明日は我が身だと必死に能力の向上に努めた。

 死にたくなかったと言う理由だけではない。

 ただ、自らの存在理由を得たかった。

 人と認められたかった。

 ESP能力とは、知りたくない人の心の闇をまざまざと見せつけて来る。

 研究所から連れ出される時、ストーが見たモノは強烈に彼女の脳裏に焼き付いていた。

 それは嫌悪、生まれてから変わらずに研究者達から向けられていた感情。

 ストーの努力は最後まで実ることは無かった。

 そしてストーは自分の価値を変えるための努力を諦めた。

 そんな中で出会ったのが和真である。

 ESP発現体としての群としてや、気味の悪い化け物としてではなく。

 個人として認識し、慈しみの心をもって接してきた初めての他者。

 努力をすれば褒め、間違いを犯せば叱り、笑い、悲しみ、怒る。

 そんな当たり前を当たり前として教えてくれた人物。

 ストーが和真に依存するのは、当然のことでもあった。

 ストーはそんな当たり前のさらに先を和真に求めた。

 そのために、ストーは出来る努力を重ねていった。

 出来る努力とは、ESP能力を高めることと衛士としての腕を高めること。

 その結果が、言葉を必要としない和真との連携。

 和真の作戦、合図、次の行動、それらすべてをリーディングで読み取り逆の場合はプロジェクションで和真に伝える。

 他者から異常とまで言われる連携は、こうして生まれた。

 だが、それは出来なくなってしまった。

 これは和真がストーを不必要と判断する材料になってしまうのではないかと、ストーを怯えさせた。

 でも実際はそのようなことは無く、むしろ慰められる結果になってしまった。

 ストーはこれに喜んだ。

 能力の有無に関係なく自分自身を見てくれていると感じたからだ。

 だが同時に複雑な感情も抱いた。

 さらに和真に必要な存在として認められるために努力し身に着けた力を、それほど重要だと思われていなかった点がだ。

 なにか、和真に一線引かれた気がしたのだ。

 ストーは、ESP能力が使えなくても和真が自分の事を女として見ていない、見ようとしていないと理解した。

 ストーは勢いよく上体を倒し和真の顔を至近距離で見つめる。

 

「絶対に認めさせてやるんだから」

 

 そう意気込んで見せたモノの、和真の安心しきった寝顔を見た瞬間に思考のすべてを奪われる。

 

「……可愛いなぁ」

 

 眠っていなければ、軽いおしおきコースが待っている発言。

 だが当の本人が惰眠を貪っているのだ、聞こえる訳がない。

 ストーは、和真の前髪を優しく指先で整える。

 

 この時間が未来永劫続けば良いのに……。

 

 ストーは、そう思った。

 



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グラビア撮影

 2001年2月10午後12時00分

 イギリス領・イングランド南東部・イーストサセック州・ブライトン

 

 

 雲一つない晴天。

 だがしかし、遥か彼方から嘗め回すように覗き込む太陽の温もりは、オゾン層にでも防がれているのかと勘違いを起こさせてしまいそうな肌寒さ。

 温度は16度、湿度は67%。

 季節にあった服装をしていれば快適なのだが、今のストー達にとっては快適とは言い難かった。

 

「どうして、今、このタイミングで、水着にならなければいけないの~ッ!!」

 

 ベルナの虚しい叫びは荒々しいイギリス海峡の高潮に揉み消された。

 

「流石は一大保養地、ブライトン。前面にはイギリス海峡、背後にはサウス・タウンズ丘陵のチョークの崖、海岸平野に沿って点在するホテルに劇場などの娯楽施設!素晴らしいッ!!愛するあの人との熱いひと時を提供するシーサイド・リゾート、輝かしい村ブライトン。謳い文句に嘘偽りは無かった!」

 

 一眼レフのカメラを振り上げオルソン大尉は高らかに叫んだ。

 そんな上官を無視し、ストーはベルナの肩に優しく手を乗せた。

 

「これも仕事だから……」

 

 傍から抗議するのを諦めているのか、ストーは困ったように微笑んだ。

 

「さ~む~い~!」

 

 イルフィは、肩を抱きしめ身を震わせ寒さを外部に訴えていた。

 

「言わないで、よけいに寒くなる」

「それでも、寒いものは寒いのよ~!」

「この程度、気合と根性でどうとでもなるッ!!」

 

 イルフィとベルナが身を震わせている隣で、マリアは空元気で声を張り上げる。

 美少女4人は、気温が16度の中水着姿にされていた。

 これは本来の任務のスケジュールに組み込まれていたことである。

 欧州友好の証として、そして兵士の士気高揚を目的としたグラビア撮影会をすることとなっていたのだ。

 寒さにめげてしまいそうになっていたイルフィは、気を紛らわせるためにオルソン大尉に話しかけた。

 

「オルソン大尉」

「なんだね?」

「どうして、今の季節に撮影するのですか?」

 

 オルソン大尉は、サングラスをクイッと持ち上げ位置修正をすると、真剣に話し出した。

 

「そもそも、今回の我々の任務は、マリア王女の護衛並びに欧州主要三カ国と国連の友好を示すためだ」

「はい」

「今回撮影された写真は、プロパガンダとして大々的にいく。つまりは、欧州中にばら撒くと言うことになるわけだ。そのため、撮影された写真の中から審査に審査を重ね厳正に選ばれた物を使うことになる。そして、欧州すべての国に同時に宣伝するため、時間がかかってしまい、それらの作業が完了するのが、夏頃になる。よってこのタイミングで水着撮影をするのだ。理解してくれたかな?」

「は、はい~……」

 

 オルソン大尉の押しに飲まれ、イルフィは力無く返事を返すことしか出来なかった。

 

「イルフィ、文句を言わずに協力してくれれば一時間しないうちに終わる予定だ」

 

 オルソン大尉の半歩後方から和真がお気の毒にと言った表情で労いの言葉をかける。

 

「それに、その分早く終われば、遊びの時間が取れるかもしれないぞ?」

 

 和真のその言葉を聞いたイルフィは瞳を輝かせ、やる気を漲らせた。

 イルフィがやる気になったのを確認したオルソン大尉は、皆に指示を出すために集合させる。

 イルフィ、マリア、ストー、ベルナが和真とオルソン大尉の前に横一列に並び聞く体制に入ると、オルソン大尉はマリアに断りを入れる。

 

「すみません、姫様。さまざまな表情を撮影したいため、気分を害されるような要求をするかもしれません。ですが何卒、ご協力の程、よろしくお願いします」

 

 マリアはお姫様の顔になると、優しく笑い答えた。

 

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

「ありがとうございます。……それよりも、流石ですな姫様。率直にもうしますと、私が今まで見てきた被写体の中でも一二を争う美しさです。これは、今から腕がなりますな!」

「まぁ、嬉しいですわ!」

 

 オルソン大尉は、初めにマリアの水着姿を褒めるとストー達も同様に褒めだした。

 やる気を出させているのだろう。

 和真はそう思い口を挟まずにいた。

 すると、オルソン大尉が肘で和真を二回突いた。

 

「女性の水着を褒めるのは男の務めだぞ?」

 

 和真は、これは任務でありそんなことをわざわざ言う必要は無いと考えていたが上官の命令には従うしかないと、視線をストー達に向けた。

 横一列に並ぶ美女たちを左端から順に見ていく。

 

「イルフィは、黄色のビキニか。パンツの絵柄はツェルベルスの部隊章かな?うん、イルフィらしく元気な感じで可愛いと思うよ」

 

 イルフィは、着痩せするタイプであったようだ。ホルタービキニ姿となった彼女は、普段のあどけなさを脱ぎ捨て、女を十二分に強調していた。

 パンツの三頭獣の絵柄も、大人の雰囲気を出すのに一役買っているようだ。

 

「ありがとうございます!」

 

 その無防備に笑う姿に、和真もつられて笑顔になる。

 

「姫様の黒のビキニも凄く御綺麗ですよ」

 

 マリアは黒の三角ビキニを着ていた。

 砂金のように輝く巻き髪と白い肌とは対照的な黒のビキニを着ることで、お互いの良さを活かしている。

 小振りでありながらも形の整った胸が黒の三角ビキニによりスレンダーなマリアを艶めかしく見せている。

 

「あ、ありがとう……」

 

 和真に素直に水着姿を褒められたマリアは、頬を紅に染め和真を上目づかいで見つめた。

 その瞬間、和真は昨夜のマリアの裸体を思い出し同じく顔が紅潮する。

 が、和真はそれを気合でねじ伏せた。

 咳払いをしながら視線を一つずらす。

 そこには、ニコニコ顔のストーが待ち構えていた。

 恐らく早く和真に褒めて欲しいのだろう。

 瞳をキラキラと輝かせている。

 だが、それとは打って変わり和真は深い溜息を零した。

 

「ストー、その水着は自分で選んだのか?」

「機能性を重視してみました!」

 

 ストーはそう言うと、胸を張る。

 その姿を見た和真はひどい頭痛に襲われたかのように頭を抱えた。

 

「お前の体系でスク水なんて……、犯罪だろ……」

 

 ストーは、何故か旧スク水を着ていた。

 ストーの大きな胸がはち切れそうな程に自己主張し、ビキニと違い肌の露出は少ないがその分ラインがくっきりと見え、エロさを倍増させている。

 元の世界の常識を持つ和真からすれば、今のストーは大変危険な存在であった。

 

「ストー……」

「うん!」

「可愛いよ、可愛いけどな……、次に水着を着る機会があれば、俺が選ぶからな?」

「うん!」

 

 そう元気に無邪気に笑うストーの姿に和真は苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 そして、最後に残ったベルナに視線を移す。

 

「ベルナらしいね。似合ってるよ」

「ふんッ!」

 

 ベルナは、ピンクのワンピースの水着を着ていた。

 ベルナの幼児体型にピンクのワンピースは、異常なまでに似合っていた。

 これに浮き輪があれば完璧に子供にしか見えない。

 和真は微笑ましい気持ちになり、ベルナを見る。

 すると、ベルナは不機嫌に言い放った。

 

「いつまでもじろじろと見るな変態」

「へ?」

「血走った目で見るんじゃないわよ。気持ち悪い」

 

 その言葉に和真はカッチーンときてしまう。

 そもそも和真は幼児体型には興味が無い。

 和真の好みのタイプは、巨乳で大人な女性だ。

 ベルナと正反対なのである。

 それにもかかわらずこの言いよう。

 和真は言い返す。

 

「悪いな、俺、子供には興味がないんだ」

 

 和真がそう言うと、ベルナはフンと鼻を鳴らし見下すように言い放つ。

 

「鼻息荒げて言うセリフじゃないわよね、それ?」

 

 和真が鼻息を荒げていたのは、興奮していたからではない。

 上官の命令にしたがい、普段使わない部分の脳味噌をフルに使い無難な褒め言葉を並べたことによる僅かな苛立ちに、ベルナが油を注いだからだ。

 和真は自分が特殊性癖持ちに見られたくないと言う想いと、自分が今のベルナの水着姿に抱いた感想を体を使って表現するべく行動に移った。

 和真は、ベルナの目の前まで移動する。

 

「なによ?」

 

 ベルナが不機嫌に見上げるのを余所に、和真はベルナの両脇に腕を入れ持ち上げた。

 

「ちょッ!!」

 

 突然のことにベルナが驚く。

 それすらお構いなしに和真はベルナを空高く放り投げた。

 

「高い、たか~~い」

 

 はじめ自分が何をされたのか理解しきれていなかったベルナだが、それを理解し始めると全身を紅潮させた。

 重力に引かれ、再び和真の腕に収まる。

 そして再び放り投げられる。

 

「高い、たか~~い」

 

 ベルナは、怒りに震えたまま和真を見る。

 和真は喜色満面に空を飛ぶベルナを見ていた。

 その時、ベルナの頭の中で大切な線が一本千切れた。

 再び重力に引かれ和真の腕に収まる。

 和真はまだ止めようとはしない。

 腕に力を籠め、ベルナを空高く放り投げる準備を始める。

 そして、全身のバネを腕に集中してベルナを投げた時にそれは起こった。

 

「ふんッ!!」

「高い、たか~ガハッ!!」

 

 ベルナの爪先蹴りが、和真の下顎を蹴りぬいたのだ。

 和真の投げるタイミングに合わせて蹴りぬいたベルナは、華麗に着地する。

 それとは対照的に、和真は後頭部から砂浜に突っ込んだ。

 ビーチに顔を埋め痙攣している和真を見下ろしながら、ベルナは腕を組み鼻を鳴らす。

 

「ふんっ!」

 

 ほんのりと頬が紅潮している意味を知るのは、付き合いの長いイルフィのみであった。

 

 

 

「マリア様、視線をこっちに!リヴィエール少尉、もっと挑発的にッ!!フォイルナー少尉、大人の色香を意識しろ!シェスチナ少尉は、胸を強調して!」

 

 さまざまな機材が持ち込まれ、それを扱うスタッフの人数も増え本格的なグラビア撮影が行われている。

 ストー達は撮影当初緊張によりどこかぎこちなかったが、オルソン大尉の巧みな話術により、その気にさせられ今ではどこぞのアイドルになり切ったかのようにポーズを決め、進んでカメラのレンズに自らを写していた。

 和真は邪魔にならない位置から、水際で寄り添うようにして背を合わせポーズをとる美少女四人を見ていた。

 

「なかなか様になるじゃないか」

 

 和真は感心したように呟く。

 そして、そっと視線をずらし風景を眺めるように頭を左側から右側に180°回した。

 

 ざっと30人くらいか……。

 

 和真はその一度の動作で、マリア達の護衛の人数と潜伏場所を特定する。

 

 前に出てきているだけで30人なら、総数は50人くらいか。

 まぁこれだけいれば大丈夫かな。

 

 和真は、マリアが狙われたテロの事を思い出す。

 あれだけのことがあったのだ、今回の撮影会が行えることは本来ありえないことでもあった。

 だがしかし、イギリス王室が今回の撮影会のためにマリアの外出を許可したのだ。

 そればかりか、町で遊ぶ時間も与えられている。

 恐らくは、ふさぎ込んでいたマリアに息抜きをさせるためと、町に出ることに対してのトラウマ対策の一環だろう。

 恐怖が身に付く前に、楽しい思い出を上書きするということだ。

 

「まったく、護衛のために駆り出された人達には同情するよ……」

「そうでもありませんよ、五六様」

「セバスチャンさん」

 

 和真が振り返ると、そこには歳を感じさせない背筋をまっすぐに伸ばした初老の男性、セバスチャンがいた。

 

「ここに集まっている皆は、先日のテロの際マリア様や民間人を十分に守り切れなかったことを少なからず悔やんでいます。ですから、今回の護衛任務、勇みことすれその逆の感情を抱く者などおりません」

「汚名返上ってところですか?」

 

 和真のその言葉に、セバスチャンの眉がピクリと動く。

 

「……名誉挽回でございます。王室や民衆以外からの評価など、我々にはどうでもよいものです」

 

 少し怒気を含んだセバスチャンの言動に対し和真はどこ吹く風を決め込む。

 

「でも、あのテロ以降も王室はイギリス近衛の価値を下げていないと思いますが?」

「いえ、この評価は自分達で決めたものです」

 

 その言葉を聞いた和真は、納得し頷いた。

 

「なるほど、だから名誉挽回ですか……。すみませんでした、セバスチャンさん。俺はあなた達のプライドを傷つけた」

「いえ……、わかって頂けただけでも、嬉しく思います」

 

 和真が頭を下げると、申し訳なく思ったのか、セバスチャンも頭を下げた。

 

「五六様、申し訳ございませんが私はこれで一端失礼させていただきます」

 

 セバスチャンはそう言うと、和真の前から歩み去る。

 その背を眺めながら、和真は腕時計を確認し撮影が終わる予定時間まで余裕があるのを確かめると、タバコを取り出し咥えると火をつけた。

 タバコの煙が潮風に乗り、海を眺める和真の全身を包み込む。

 和真は煙たそうに眉間に皺を寄せながらも、タバコの火を消そうとはしない。

 和真はおもむろに両手を腰に移動させる。

 両手の指先が触れたのは冷たく固い物質。

 ククリナイフの柄を確かめるように、一本一本絡ませていき握りしめる。

 

「今度は……大丈夫……」

 

 脳内でシミュレーション、マリア達が今この時にテロに巻き込まれたと想定。

 次々と最悪の状況を考えては潰していく。

 その過程の中で、なんどもテロリストを斬殺していく。

 脳内の和真は躊躇せず一刀のもとに切り捨てていく。

 感情が昂っていくのを理解する。

 腹の底から、なにか熱いものが胸部までを包み込み、全身を温め、脳に大量の血液を送り込む。

 和真の瞳は、薄汚れた翡翠のように輝いていた。

 和真はいつの間にか脳のリミッターを切っていたのを知り、慌てて元の世界に帰還しようとする。

 その時、和真をなぞの浮遊感が支配した。

 まるで、マリオネットにでもなったかのような感触だ。

 自分の体が別のだれかに奪われていくかのように、感覚が薄れていく。

 火が付いたままのタバコは、震える和真の唇から離れて落ちる。

 

「う……くっ、……あっ」

 

 なんとか口を開け、無理やりに酸素を肺に押し込んだ。

 その瞬間に今までの感覚から解放され、元の時間に帰還する。

 和真は貪るように空気を吸い込む。

 そして、両の手を握っては開きを三度繰り返す。

 自分の意志で体が動いているのを確認すると、疲れた様に二酸化炭素を吐き出した。

 

「はぁ~~~~……、なんだ、今の……」

 

 和真は先ほどの感覚がヴェルターに搭乗しているときに、無理に操縦権を奪われたときと酷似していると気づく。

 そして、慌てて鞄の中からナノマシンを抑える錠剤を取り出し個数を数えることなく口に放り込んだ。

 

「ガタがきているってことでいいのか?」

 

 その問いには、誰も答えを与えてはくれない。

 

「和く~~~ん!!」

 

 遠くからでもはっきりと分かる優しい声が、和真の鼓膜をくすぶった。

 和真は悟られぬように、笑顔を作り片手を上げる。

 大規模掃討作戦まで、残り時間も少ない。

 このことは、それが終わってからにしよう。

 和真はそう決めた。

 



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存在意義

 2001年2月10午後15時30分

 イギリス領・イングランド南東部・イーストサセック州・ブライトン

 

 

 滝から流れて来る濃い霧のように湿った空気がBDUの上から体を包み込む。

 頭頂部から太陽の光がサーチライトの如く降り注ぎ、黒い影が足元のレンガで形作られた道、インターロッキングブロックに染み込んでいく。

 影の数は五、各々が好き勝手な速さで移動する。

 進行方向の左側、南の方角を見れば太陽の光を反射する鏡の様に、海が輝いていた。

 壊され蘇った、歴史の流れとも言うべき建造物の数々、砂浜を削る波の音、カモメの声、日本人の感性から言わせてもらえば絵本の世界そのものだ。

 そんな幻想的な世界の中で、脱力感を体全体で表現している哀れな男が一人、まるで裕福な家庭に買われていく奴隷のように垂れ下がった腕をそのままに歩き続ける。

 

「ねぇねぇ、次はあそこのブティックに行きましょ!」

 

 赤いリボンで人房にまとめ上げた金髪を、ふわりと浮かせイルフリーデ・フォイルナー少尉は、前方のブティックを指さす。

 

「賛成!」

 

 それに続くようにして、マリア・ヴィクトリア・メアリーは黄金の巻き髪をバネの運動のように、バインバインと上下させ目的の店に走る。

 

「お、おい……」

「ほら、ベルナも行こ!」

「ふん」

 

 夜空の星々のような銀髪を風に靡かせながら、ストー・シェスチナ少尉は、不満げに鼻を鳴らすベルナテッド・ル・ティグレ・ド・ラ・リヴィエール少尉の腕を掴み先に行った二人を追いかける。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 嫌そうな口調ではあったが、ベルナの目と口は確かに笑っていた。

 

「お、お前等……」

 

 そんな青春の1ページに参加すら出来ていない虚しい男は、ただただ重い枷を持った腕を虚しく伸ばした。

 

「まだ、買うつもりなのか……」

 

 女の買い物に付き合わされ、荷物持ちと言うある種の奴隷と化した五六和真中尉は、がっくしと下がり切った肩をさらに落とした。

 

 

「あぁ~……疲れた~~……」

 

 海岸線沿いに伸びるキングス・ロードから街中に続く道、シップ・ストリートで和真達は一息ついていた。

 和真は、アイス店の前に用意されているベンチに深く座り天を仰ぐ。

 ベンチの両端には、BLサイズの紙袋が六つ和真を圧迫するように置かれていた。

 

「どんだけ買うつもりだよ~~~」

 

 次々と和真の口からは悪態が飛び出す。

 だがしかしだ。

 買い物の支払いを任せられ、荷物持ちさせられ、女の長い買い物に延々とつき合わされれば愚痴の一つでも言いたくなるのは仕方がないことである。

 しかも、女連中はアイスを選ぶのにキャイキャイ黄色い声を発しながら楽しそうに会話をしている。

 ガラス一枚隔てた外にいる和真の声は、聴かれる心配がない。

 そのため、盛大に愚痴を零しているのだった。

 それからさらにに待つこと10分、ようやく決まったようだ。

 ストー達は、色鮮やかなソフトクリームやアイスクリームを手に満面の笑顔だった。

 

「……美味しいか?」

 

 和真の問いに、美少女四人衆は息がピッタリ合ったサムズアップで答えた。

 

「あっそ……、よかったよ」

「はい、これ和君のだよ!」

 

 ストーは和真の前に立つと、左手に持つ薄く黄色いソフトクリームを差し出した。

 和真はストーの右手のアイスクリームを見る。

 赤やら青やら緑やら、形容しがたい色のアイスクリームだった。

 それを美味しそうに舐めるストーを和真は少し引き気味に見る。

 

 こいつのチャレンジ精神は、本物だな……。

 

 和真は、頬を牽くつかせながらそう思った。

 すると、ストーは和真が自分が食べているアイスクリームを見ているのに気が付く。

 

「こっちが良かった?」

「嫌、俺は左手のソフトクリームで良いよ」

「そう、―――ハイ」

「ありがとう」

 

 そして、受け取ったソフトクリームを口を開け食べようとした時、イルフィが話しかけてきた。

 

「……それ、美味しそうですね」

 

 和真はそれを無視し、ソフトクリームにかぶりつこうとする、が―――。

 イルフィは、和真の動き一つ一つを見逃さないように真剣に見ていた。

 まさに、砲撃支援の名に相応しい集中力である。

 素晴らしいことだ、だが今の和真には気味が悪い存在であった。

 イルフィの視線に耐えかねた和真は、渋るような声で話しかける。

 

「……一口、食うか?」

「本当ですか!?」

 

 まさに、花が咲いたようにイルフィは破顔する。

 和真はその幼子の様な笑顔を見て、仕方がないと自分に言い聞かす。

 

「ほらっ」

 

 和真は、イルフィが食べやすいように少し傾ける。

 

「いただきま~す!!」

 

 イルフィは、そう言うと和真のソフトクリームの三分の二を奪い去っていった。

 

「……は?」

 

 和真はなにが起こったのか理解出来ないと、目を点にさせる。

 

「う~~~、美味しい♪」

 

 目の前で茫然としている和真のことなど完全に放置し、イルフィは頬を両手で包み込む。

 ほっぺたが落ちてしまいそうなのだろうな……。

 数瞬霞む視界の中で、和真は冷静に分析した。

 

「……」

 

 手に収まるソフトクリームを見る。

 入道雲のように盛られていたソフトクリームは、傘雲のようにコーンカップの淵から少し顔を出すほどしか残されていない。

 言葉に出来ない虚しさが和真を襲う。

 だが、感傷に浸っている場合ではない。

 残された禁断の果実を早く口にしなくてはならないのだ。

 イブに先を越され、食い止しを与えられたアダムもきっとこんな気持ちだったのだろう。

 和真は静かに口を開く。だが、ヘビはそれをしっかりと見ていた。

 

「なぁ、それってそんなに美味しいのか?」

 

 マリアは、和真にいやらしい視線を送りながらイルフィに問いかける。

 

「ふは、えっと……、口に含んだ瞬間にフワ~って上品な甘さが広がって、濃厚な香りとコクと絹の様になめらかな舌触りが一体となって押し寄せてくるのよ!あぁん、私もそれにしとけばよかった~~!」

 

 イルフィは自らのアイスを舐めながらそう答えた。

 

「へぇ~~……」

「な、なんだよ」

 

 マリアの視線に嫌な汗を垂らしながら、和真は聞いてしまう。

 

「いやさ……、イルフィが食べたそれを和真が食べるってことは、間接キスだよな?」

 

 イルフィの顔が蕾から花開くバラのように、真っ赤に染まる。

 だが、和真は動じない。

 

「はっ、なにを言うかと思えば……、そんなのいちいち気にしていたら衛士なんてやってらんねぇよ」

 

 もう構うもんか!

 

 和真は残されたソフトクリームに口を向かわせる。

 だがその瞬間、和真の目の前に神速の如き速さでストーの顔が現れた。

 

「はむ!!」

 

 コーンカップの真ん中の位置、すなわちソフトクリームが詰まっているであろう場所までストーは咥え込んでいた。

 ガリッとコーンカップが砕け散る音と共に、和真の手にコーンカップの残骸が零れ落ちる。

 

「あぁーーーーーッ!!」

 

 たまらずに和真は叫ぶ。

 またしても和真は放置され、ストーはボリボリと咀嚼する。

 

「本当だ!美味しいね!!」

「ねぇ~そうでしょ!」

 

 イルフィとストーは、キャイキャイとはしゃぐ。

 和真は石のように固まり、トカゲの尻尾のようになった禁断の果実を見つめる。

 マリアは、石となった和真からコーンカップの残りを取り上げると、それを口に放り込んだ。

 

「いらねぇんなら、貰ってやるよ」

 

 マリアの声は、もう耳にはとどかない。

 なんとか、声帯を鉱物からなまものに蘇らせた和真は震える声で呟く。

 

「……お前等、えげつねぇよ」

 

 その時、女神が舞い降りる。

 

「みっともない顔してんじゃないわよ。ほら、私のをあげるから……」

 

 ベルナは、哀れな子羊を見る目で和真に自分のアイスクリームを差し出した。

 和真の瞳に光がさす。

 

「別に勘違いしないでよね!あんたの情けない顔を見ていたら、アイスを食べる気が失せただけなんだから!!」

 

 どれだけ貶されようとも、今の和真にはベルナが女神に見えていた。

 

「ベルナ~~~~ッ!!」

 

 和真はたまらずにベルナに抱き着く。

 

「うわっ、こらっ、やめなさい!!」

 

 和真がベルナに抱き着いている姿を見てマリアとストーは、手に持つ一口だけ食べたアイスクリームに視線を落とす。

 そして、視線を上げた二人は目を合わせると互いに苦笑を浮かべた。

 

 

2001年2月10日午後17時00分

ブライトン・ロイヤル・パビリオン

 

 

 外観はインドの宮殿、内装は中国清朝を意識された数ある城の中でも異色を放つこの城に和真達はいた。

 和真は、理解できない芸術的なバンケットルームの数ある丸テーブルの内の一つに陣取り城を案内される際セバスチャンに説明されたこの城の歴史を思い返す。

 国王ジョージ4世が皇太子だった1783年にブライトンを訪れた際にこの海辺の町を気に入り、父親の当時の国王ジョージ3世に、別荘を作ってもいいかと尋ねたことが始まりとされている。

 ジョージ4世は、放浪者で浪費家だったそうだが、芸術センスは群を抜いていた。

 ブライトン・ロイヤル・パビリオンは、そのような歴史の末に建造された城であり、地元住民の誇りであると同時にこの地の歴史の鏡としての役割をしていた。

 そのため、質素倹約の範を示しているイギリス王室の今の方針とは真逆にすべてが豪華絢爛に彩られている。

 そういう大切な場所のはずなのだが、和真は首を傾げざる負えない。

 主にジョージ4世の芸術センスにだ。

 和真は、その最たるものの一つを視界に納めるために天井を見る。

 そこには、禍々しい銅製の大きなドラゴンが天井から重さ約1トンのシャンデリアをまるで囚人を地獄に運搬するかのように翼を広げ支え吊るしている。

 シャンデリア自身にも、見張りをするかのように金のドラゴンがあしらわれている。

 視線を彷徨わせる。

 血の様に赤い絨毯、夜の闇を思わせる天井、今にも動き出しそうな数々の騎士甲冑、まるでラスボスの部屋のようだ。

 

「……当時のジョージ4世は、きっと中二病だったんだな」

 

 和真は考えることを放棄した脳味噌から言葉を選び吐き出した。

 すると、奥の無駄に豪勢な扉が重く開く。

 

「お待たせ!」

 

 現れたストー達は、それぞれ手になにかを持っている。

 良く見なくとも、それが弁当であることはすぐに察しがついた。

 四人は和真と同じテーブルにそれぞれ座り、テーブルの上に弁当箱を置いていく。

 

「あれ、マリアはなにもないのか?」

 

 和真がそう問うと、マリアは挑発的に笑った。

 

「気合を入れたから、少し待ってろ」

「さぁ、食べようぜ!」

 

 マリアの声を合図に、蓋をあけていく。

 

「和真さん、はいどうぞ!」

 

 イルフィの弁当は、ドイツ人らしいシンプルな物だった。

 丸いパンであるブレートヒェンをナイフで切れ目を入れバターを塗り、ピクルスとソーセージを挟んだ簡単なサンドイッチを渡される。

 

「ポテトサラダもありますからね!」

「あぁ、ありがとう」

 

 和真は豪快に頬張りながら返事を返す。

 

「五六様、お茶をどうぞ……」

「セバスチャンさん、すみません頂きます」

「ラスクうめぇ~~~ッ!」

「ぽろぽろこぼさない!」

 

 声のした方を見ると、ベルナのサンドイッチケースから、ラスクを取り出し食べていたマリアとそれを諌めるベルナの姿。

 

「ベルナ、お前の弁当一つくれないか?」

 

 和真がそう言うと、ベルナは無言でサンドイッチを取り出し手渡す。

 

「へぇ~、うまそうだな……」

 

 フランスパンの間に、レタスにゆで卵、ハムにきゅうりを挟み、味付けにマスタードとマヨネーズ、随分と本格的だった。

 

「当然よ。フランスを舐められる訳にはいかないからね」

 

 美味しそうに食べる和真の姿に、ベルナは得意げに胸を張る。

 

「和真さん、私のはどうでした!?」

 

 イルフィが負けじと身を乗り出す。

 

「はしたないぞイルフィ、イルフィのはシンプルに素材の味が出ていて美味しかったよ。ただ、合成食材を使っているせいかな?ベルナのしっかりと味付けされたサンドイッチの方が俺は好みだ」

「ぐぬぬぬ……」

 

 悪く思わないでくれよイルフィ、俺のソフトクリームを奪い取った君が悪いんだ。

 

 和真は、少しばかりの悪戯心も含めて笑顔で悔しそうにするイルフィを見る。

 

「でも、ポテトサラダは絶品だったよ」

「本当ですか!?」

 

 歯ぎしりしそうな程に悔しがっていたイルフィは、一瞬で笑顔に変わる。

 本当に表情がコロコロ変わり、見ていて飽きない。

 

「ほら、ストー?」

「う、うん……」

 

 マリアに背を二度優しく叩かれたストーは、手に持つ弁当箱を静かに和真に差し出す。

 

「お前が……、作ったのか?」

「う、うん……」

 

 和真は、内心感激していた。

 日ごろから、そういう女の子らしいことは二の次とし、ただただ戦うことばかりを教育してきたからだ。

 こみあげて来る感情が、父性から来るものだと理解していた和真は、にやけ面を隠そうともせずに二段になっている弁当箱の一つ目の蓋を開ける。

 

「へぇ……」

 

 中身は、一番身近な日本風の弁当だった。

 からあげ、タコさんウィンナー、卵焼き、きんぴらごぼう、ほうれん草のお浸し等々、色とりどりのおかずが入っていた。

 

「すご~~い……」

 

 イルフィが素直に感嘆する。

 

「……美味しそうね」

 

 ベルナですら、素直にそう言った。

 

「すごいじゃねぇか!」

 

 マリアは我がことのように喜んでいる。

 

「どこで勉強したんだ?」

「本を見たり……して、独学……で」

 

 未だに不安を隠しきれていない、小さくなったストーの頭を和真は優しく撫でる。

 

「良く、頑張ったな」

「……♪」

 

 和真の普段よりも優しい手つきに、ストーは気持ちよさそうに目を細めた。

 人として成長してくれているのが、和真は素直に嬉しかった。

 だが同時に、胸の奥がアイスピックで刺されたように傷んだ。

 そしてその痛みの正体を二段目の蓋を開けることで理解した。

 

「やるわね」

「やだ……素敵……」

「こいつは、どストレート」

「……」

 

 二段目の弁当箱の中には、和真の予想通り白いごはんが入っていた。

 だが、その上には海苔で大きくハートマークが作られていたのだ。

 今度は何度も何度も執拗にアイスピックで胸の奥を刺される。

 

「……」

 

 ストーは、不安そうに和真を見ていた。

 和真は、上目づかいに潤んだ瞳で見つめるストーに対し、悟られないように努めて明るい笑顔を作り、いつものように力任せに頭を撫でる。

 

「ストーもやれば、できるじゃないか!もう、どこにお嫁に出しても恥ずかしくないよ!」

「はわっ、あわわわ!」

 

 ストーは頭を振られ情けない声を上げる。

 だが、嬉しそうな姿を見て和真はこの返しでよかったのだな、と安堵していた。

 和真は、あの表情を知っていた。

 ある感情を抱き、それを与える者に対して向けるものだと。

 そしてそれを失えば、どうなるのかも……。

 

 ストー、その感情を俺に向けるのはダメだ。

 他の人なら、手放しに喜ぶだろう。

 でも、俺にそれを向けてはいけない。

 なぜならその感情は……、偽物なのだから……。

 偽物の感情に飲み込まれてはいけない。

 

 和真はそう思うも、ストーにそれを告げる気にはならなかった。

 近々BETA大規模掃討作戦が始まるために、ストーのコンディションを良好に保つためと言うのもある。

 だが、和真の奥底の感情は私利私欲に塗れたヘドロだった。

 ストーの和真に向ける好意と言う感情、それはストーの中に生きるニクスのモノだからだ。

 博士やレオが言うに、原因は不明。

 だが、確かにニクスの経験を記録したナノマシンは微量だがストーの中で生きていた。

 和真にはその原因に心当たりがあった。

 本来ならばありえないことだが、そうとしか思えない。

 1990年最後の日、ナノマシンにより複製されたニクスの髪飾り。

 それが砕け、ストーに降り注いだ。その時だろう。

 つまり、ストーの和真に向ける愛情に近い好意は、ナノマシンにより植え付けられた偽の感情なのだ。

 そして和真は、ニクスの想いが今も自分に向いているという安心感が欲しいがためにストーを利用していたのだ。

 和真は理解している。

 こんなことは間違っていると、だがそんな理性を吹き飛ばしてしまうほどに恐ろしいのだ。

 なぜなら、和真はいつも、愛した人を強引に奪われ続けてきたのだから。

 

「―――ま―――かず―――、和真!!」

 

 仄暗い思考の海から、和真は帰還する。

 

「あっ……、な、なんだ?」

「あっ、なんだ?じゃねぇよ!ボーっとしてさ、ストーが一生懸命作った弁当食べないのかよ?」

「えっ?あ、あぁ、食べるよ!!」

 

 少しイラついたマリアにそう言われ和真は、箸を手に持つ。

 

「ストー、いただきます」

「どうそ、召し上がれ♪」

 

 ストーにそう言われ、和真は美味しそうに我武者羅にストーが作った料理を胃に納めていく。

 

 ―――俺は今、ちゃんと美味しそうに食べられているだろうか……。

 ―――俺はちゃんと、笑えているだろうか……。

 俺は――――――最低だ――――――。

 



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一歩

 2001年2月10日午後22時00分

 ブライトン・ロイヤル・パビリオン 寝室

 

 

 

 紅蓮の炎で焼かれたかのように真っ赤な部屋。

 照らすランタンの炎が幻想的に影を揺らめかす。

 皆の手製の夕食の弁当、最後の締めはマリア手製のトード・インザ・ホール(穴の中のヒキガエル)だった。

 それが登場した時のベルナとイルフィの顔は戦々恐々としており、見ていて大層笑えた。

 ベルナが放った一言。

 

「それ、フロッグ・イン・ア・ボグ(沼の中のカエル)じゃないでしょうね!」

「イギリス300年の歴史を誇る伝統料理を馬鹿にする気かぁ!!」

 

 マリアは顔を真っ赤にしてそんなことを吠えていた。

 

「まぁ、うまかったからよかったけどな」

 

 和真は備え付けの無駄に豪華なベッドに寝そべりながら思い出し笑いをした。

 

「……明日の朝には、イギリスとお別れか」

 

 和真達は2月11日の朝一に今回の任務を解かれ、BETA大規模掃討作戦に参加するための準備をはじめにロイヤル・スウィーツに向かうことになっていた。

 ベルナやイルフィも同時刻に原隊に復帰するために発つことになっている。

 

「なんだか……、凄くながく感じたな……」

 

 ベルナやイルフィ、マリアの顔を思い浮かべる。

 

「あいつらとも、何年も馬鹿をしあっていたような感覚だ……」

 

 すると、和真の体がポカポカと温まりだす。

 

「この温もりは……、そうか……、懐かしいな……」

 

 それは、エヴェンスクにいた時の感覚だった。

 第03小隊、ジャール大隊、スルト大隊、皆の顔が浮かんでは消えていく。

 

「……戦友と言うより、ただのバカな友人だな。あいつらは……」

 

 和真は、喜んでいるのか悔やんでいるのか形容しがたい表情をしながら立ち上がる。

 そうして手近な所に置いていたククリナイフを鞘から抜き取った。

 ランプの煌めきが赤黒く淀んだ刃を邪悪に染まらせる。

 ククリナイフの刃が屈折している箇所、そこが僅かに欠け落ちていた。

 ククリナイフを少し傾ければ、欠けた個所の光は仲間外れにされたみたいに闇に吸い込まれる。

 自らの誇りで他人を切り殺したのは、あれが初めてだった。

 もう、過去の出来事として脳のタンスの奥深くに封じた記憶。

 怒り、悲しみ、恐怖に塗り抱くられた人をなんの感慨もなく切り裂いた思い出。

 ククリナイフ同様欠け落ちたなにかは、もう見つけ出すことが出来ない。

 高所から地面を命綱無しに見下ろす体がフワフワする感覚、昼過ぎに感じた背筋にミミズが這いずり回るかのような感触、和真は落ち着いた様子で丁寧に鞄の中からナノマシンを抑える錠剤を取り出す。

 左手に取り出した錠剤を持ち、右手ではククリナイフを力強く握りしめる。

 突然の発作、これが戦場にいるときに来られると命にかかわる。

 戦場では、錠剤を飲んでいる暇などないのだ。

 和真はどこまで自力で耐え、発作を抑えることが出来るのか確かめようとしていた。

 和真は瞳を閉じると自らの世界へと深く沈み込む。

 瞼の裏に張り付いた闇に手を引かれ、先へと沈みながら歩き続けた。

 すると、和真は闇の中で足を止めた。

 それは、壁であり底だ。

 感覚を確かめる。

 和真は気味の悪い感覚が収まっていくのを感じる。

 

「なるほど、ここまで集中しなければ収まらないというわけか……」

 

 深呼吸し、和真は思考の海から引き返そうと思考を加速させる。

 まるで、平面の歩くエスカレーターのように、直線型の昇るエスカレーターのように歩くより速く、走るより遅いスピードで壁であり底である場所から出口に向かう。

 

 ―――――憎い

 ―――――殺せ

 ―――――憎い

 ―――――殺せ

 

 それは聞いたことの無い声だった。

 毒沼の気泡のように出口に向かう和真に呪詛を吐き続ける。

 この声がどこから来るのか、自らの内に集中している和真には理解出来た。

 

「そんな……ことが……?」

 

 その声は、全身から内に響き渡っていた。

 頭長から足の先、内臓に骨、全身が声を荒げている。

 

 憎い、殺せ、憎い、殺せ――――

 

 その声の主達は、和真に想いを共有してもらおうと懇願している。

 数人なら無視出来たであろう、数十人なら罵声を浴びせ黙らさられたであろう。

 だが、数百人ともなれば話は別である。

 数の暴力に晒される以外に、取るべき手段が見当たらない。

 和真が出口に向かうにつれ、その声は訴えを強くしていく。

 

憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ―――

 

 そうして呪いは人の形に整えられていく。

 数百の黒い影が緑色に輝く瞳を携えて、闇の中で血塗れのククリナイフを振り上げる。

 そして、ククリナイフと言う呪いを植え付けようとにじり寄る。

 その時、上り戻る和真の隣を銀色の星が下り行った。

 和真の前に躍り出た長い髪の銀色の星は、和真に代わり影の想いを受け止めるかのように腕を広げた。

 和真はデジャブに襲われる。

 閉まるドア、苦しそうに微笑む表情、母の眼差し、奪われた温もり。

 

「リリア……?」

 

 さらさらとこぼれる長髪の隙間から、またあの表情を向けられる。

 その隣から、姫を守る騎士のように大男が影に睨みをきかす。

 顔は見えない、表情が分からない、それでも誰の背中でその温かさを忘れた日など無かった。

 

「サウル……?」

 

 その二人に、呪いの刃が振り下ろされようとしていた。

 

 憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ ―――

 

 伸ばす手、届かなかった無力な過去、二度目なんてたくさんだ。

 無力な手には、力の象徴、ククリナイフが握りしめられていた。

 未来で自分がなにをすればいいのか、一瞬の間に脳が答えを導き出し体が反応した。

 リリアとザウルと影の間に体をねじりこませ。

 

「うる……さい……」

 

 ククリナイフを振り上げる影を自信の力で切り裂いた。

 

「黙れぇええッ!!」

 

 堪え切れずに和真は叫ぶと、瞼をこじ開けた。

 

「はぁ……はぁ……ちくしょう、なんだってんだ……」

 

 和真は呼吸のリズムに合わせて苦しそうに上下する腕を無理やり動かし錠剤を口の中に放り込んだ。

 脱力したようにベッドに腰を落とすと、和真はククリナイフの柄頭を額に押し付けた。

 

「……訳分かんねえよ」

 

 だが、和真は確認することが出来た。

 その昂揚感は、なんとも形容し難く内側が焼けるように熱いのに対し外気に触れている皮膚は身震いするほどに冷えている。

 

「今度は……守れた……」

 

 リリアとザウルを背にし敵を切り裂いた感覚は、愉悦と言う熱湯を滾らせる。

和真は確実に前進したのだ。

 

 方角は分からない、ゴールが定まっていない人生という茨の道、和真は立ち止まっていた足を持ち上げ歩を進めることが出来たのだ。

 その時、和真がいる寝室の扉が静かにノックされる。

 

「……」

 

 和真は、肺から熱した何かを吐き出すとおもむろに腰を上げ扉を開けに向かった。

 

「よっ!……へへへ」

 

 扉を開くとそこにはマリアがいた。

 だが、その身に纏っていたのはイギリス軍兵装であった。

 国連軍のC型軍装と大した違いの無いイギリス軍兵装ではあるが、それを身に纏っているのはそこらにいる兵士では無い。

 仮にもイギリス王位継承権第四位の女王が着ているのだ。

 その事実は和真を大いに驚かせた。

 

「どうした?」

 

 和真の問いに、マリアは照れたような笑顔のまま答える。

 

「ちょっと、話がしたくてな……付き合ってくれないか?」

 

 

2月10日午後22時40分

 

 

 

 和真とマリアは二人きりで、ブライトン・ロイヤル・パビリオンを後にし、浜辺から海を眺めていた。

 和真は周囲を眺め、イギリス近衛軍が護衛をしていることを確認する。

 すると、ブライトン・ロイヤル・パビリオンから無言を通していたマリアが口を開けた。

 

「なぁ、あそこで話さないか?」

 

 マリアが指さす先には、高さ100mの灯台がくるくると光が回転し遥か先まで照らしていた。

 ただし、そこは浜辺から突き出す形で存在するブライトン遊歩桟橋の先に存在しており陸地からは500m程沖に存在している。

 和真はそれを確認すると、静かに首を振った。

 

「別にあそこでなくても良いだろ?」

 

 だが、マリアは譲らなかった。

 

「いや、あそこで二人きりで話したいんだ」

 

 和真はその言葉に、少しばかり苛立ちを覚える。

 

「お前は、昨日今日でなにを言っているんだ。少しは自分の立場を考えたらどうなんだ?」

「わかってる……、わかっているさ……、わかったうえで言っている」

 

 マリアの瞳は引くことが出来ないと語っていた。

 

「だから……、五六和真中尉、あなたに命令いたします。私、マリア・ヴィクトリア・メアリーをあの灯台の元まで連れて行きなさい」

「ぐ……、了解致しました」

 

 女王に命令された和真は、素直に折れるしかなかった。

 ブライトン遊歩桟橋に存在する灯台の足元は、海陸風により陸から海へと吸い込まれるように風が吹いていた。

 和真は納得する、この風の中であればイギリス近衛軍の集音機器で自分達の声を拾うこともままならないだろうと、そして今から聞かれたくない話をするのだと。

 

「すごい風だな、髪がめちゃくちゃになっちまう!」

 

 マリアは嬉しそうにそう言いながら、砂金のような長髪の人房を片手で抑えている。

 

「それで、話ってのは?」

 

 マリアとは打って変わり和真は開けた場所にいることに居心地の悪さを感じていた。

 マリアに意識を向けつつも、なにがあっても良いように回りすべてに警戒の糸を張り巡らす。

 少しの余裕も見せようとしない和真にマリアは一瞬悲しげに眼を伏せるが、切り出すことに決めた。

 

「俺さ、14日から始まるバレンタイン作戦が終わったらさ……結婚することになったんだ」

 

 波の音が一瞬消えたと錯覚した。

 

「……そうか、おめでとう」

 

 4日後から開始されるBETA掃討作戦は2月14日に行われることからバレンタイン作戦と命名された。

 洒落が効きすぎていて不愉快だ。

 和真は作戦名を知った時にそう思った。

 

「そ、それだ……け……か?」

 

 マリアの顔は悲しげに歪められていた。

 

「それ以外?まぁ、良かったじゃないか。マリアもいい歳なんだしそろそろ腰を据えてだな」

 

 和真はそう言うと、ポケットからタバコを取り出しマリアに見せる。

 マリアが頷き返すと、手で礼を伝えタバコに火をつけた。

 

「スぅ~~~はぁ~~~……、そりゃ俺だってマリアの古い知人な訳で、相手がどんな奴か~とか、相手方の親族は良い人達なのか~とか、嫁姑関係で苦労しないか~とか、考えるよ?でもさ、王室の事に一般人の俺が首を突っ込む訳にはいかない、だろ?」

 

 マリアは、和真の言葉を俯き震えながら聞いていた。

 マリアの背後にそびえ立つ灯台が流れる時を暗示しているかのように、潮に侵され汚れたコンクリートを光照らす。

 

「~~~ッ」

 

 和真は頭を掻きむしり、タバコを携帯灰皿に押し込んだ。

 

「なあ、マリア」

 

 マリアが失意に淀んだ瞳を和真に向けた。

 

「幸せの定義って誰が決めたんだ?

 普通の幸せの普通って誰が決めたんだ?

 富を得ることが幸せか?

 名声を得ることが幸せか?

 誰からも慕われることが幸せか?

 俺は違うと思うね。

 俺は、最後に笑っていられることが幸せなんだと思う。

 終わりよければ全て良し、誰かに決められたレールを走る必要なんてない。

 最後に自分の意志で笑っていられた奴が幸せ者なんだ」

「……その、言葉って」

 

和真は、優しく笑いながら続けた。

 

「マリア、お前は今、やりたいことをやれているか?」

 

 マリアは、面食らったかのようにパチパチと瞬きを繰り返した。

 

「ははっ……、ブーメランみたいに帰って来やがった……」

「あっ?なんや言うたか?」

 

 マリアは、この時久々に見た和真の笑顔に見惚れていた。

 その笑顔は忘れるはずが無い。

 11年前、オスロで見た。

 ニクスの隣で見た情けない笑顔だった。

 

「なんでもねぇよ!」

 

 マリアは火照った体を押さえつけるようにして、手を胸の前で固く握りしめた。

 

「なんやねん」

 

 和真は唇を尖らせ、不服だと訴える。

 

「ははは……」

 

 和真とマリアは、お互いに黙ったまま波と風の音を30分近く聞いていた。

 

「なぁ……」

 

 マリアが緊張感の欠片もない声で声を発する。

 

「あん?」

「今回の結婚……てさ、政略結婚だよな?」

「まぁ、そうなんちゃう?」

「や~だ~なぁ~~ッ!」

 

 マリアは全身を使って拒否を訴えていた。

 

「わがままいいなや?どうせ、ええとこの坊ちゃんやろ?今時、そんな高物件残っとらんで?」

「ジジイ、想像してみろ。もし、結婚相手だって連れてこられた女が豚とゴリラを掛け合わせたようなキメラだとして、お前、キスとか夜の相手とか……出来るか?」

「うわやめろよクソガキ、想像しちまったじゃねぇか!」

 

 和真は鳥肌が立ったのか両腕を擦りあわせる。

 

「ひどッ!!」

 

 灯台の足元の暗がりに明るい声が響く。

 そこにいたのは、泥だらけの少年のような少女と、情けない顔をした青年だった。

 

「まぁ、国とか王室とか大切なものって色々あるやろうけどさ。まずはさ、やりたいことをやれよ。お前にだって、夢や目標ってモノがあんだろ?なら、嫌なことは嫌ってはっきり言ってやれ」

 

 マリアと談笑を続けていた和真はそう笑顔で言った。

 

「夢……か……、なぁジジイの夢ってなんだ?」

 

 和真はそうマリアに問われると、夜空の星を眺めるように顎を上げ、同時に二本目のタバコを銜え火をつけた。

 

「クソガキ……、先にお前の夢を教えてくれやんか?」

 

 和真の質問を質問で返す行いに対して嫌な顔一つせずにマリアは会話を進める。

 

「俺の夢……、俺の夢はこの国をもっと良くして、皆に幸せになって欲しい。漠然としか見えていないくても、ゴールなんて存在していなくても、俺はそれを目指したい。父様のように……」

 

 マリアの瞳はタバコの先端から生まれる紫煙を捉える。

 その揺らめく煙が、今後の人生を暗示しているようだった。

 

「俺も、お前と一緒やよ……」

 

 和真は、マリアが見ている煙と同等のモノを肺から吐き出す。

 

「人々の真実の平和をだれよりも望んでいた父さんの願いを叶えてあげたい。父さんの願いは、いつしか俺の中で夢に変わった。俺にはスタートラインなんて存在していなかった。それでも、ゴールはすでに決まっている気がする。だから、俺は夢を叶える」

 

 和真はそう一人で語ると、首をマリアの方に向けた。

 

「だからクソガキ、お前もお前の道を進め。俺も俺の道を進むから……」

 

 マリアは和真のその言葉に、何かを感じたのか一瞬目を大きく開く。

 そして、口を開けては閉じを数度繰り返した。

 溢れ出る感情を抑えるように、腹筋に力を入れ、蛇口を捻るようにゆっくりと想いを吐き出す。

 

「じゃあさ……、一歩、踏み出してみるよ……」

 

 マリアの言葉に和真は嬉しそうに微笑み、美味しそうにタバコを味わうと、マリアから視線を外し天に届かせるように煙を吐き出す。

 

「でも、夢を実現するためにはもっと努力しないと―――ッ!」

「…………」

 

 それは、瞬きをする一瞬の出来事だった。

 マリアの涙に濡れ閉じられた瞳が目の前にあった。

 暖かな太陽の香が和真の鼻腔をくすぐらせる。

 両頬を包み込む掌は、微かに震え熱が伝わってくる。

 人差指と中指の第一関節で挟み保持していたタバコは、すり抜けるようにして零れ落ちる。

 タバコが地面と触れ合う音を合図に、マリアはキスを止め名残惜しそうに顔を離し数歩下がる。

 音もない上品なキスを終えたマリアは、真っ赤になった顔を隠そうともせずに、御淑やかにしていた。

 両の腕を胸の前で握りしめ、月の光を海面以上に反射し砂金のように輝く髪と、ダイヤモンドのような涙を風にさらわれながら、幸せを噛み締めるように笑顔を作った。

 

「苦いな、タバコの味がした」

「お、お、おま、お前……なに、を……」

 

 突然のことに狼狽える和真をそのままに、マリアは真っ直ぐに和真を見つめて云った。

 

「俺は……、私は、和真……、あなたを愛しています」

「こ、婚約者がいるだろう!?」

「顔も名前も知らない相手だし、他人に自分の道を決められたくない。先方には悪いけど、断る」

「だからと言って……」

「和真、私は本気だ!和真には私の隣で最後まで共に歩んで欲しい」

 

 気丈に振る舞っているが、和真を見つめるマリアの瞳には涙が溢れ続け握りしめた手は、血の気が失せ白くなってしまっていた。

 そんな姿を見ているからこそ、和真はマリアに向き合うと決めた。

 

「……ごめん、マリアの想いに応えてあげることは出来ない」

 

 マリアは、和真の謝罪の言葉を聞き下唇を噛み締める。

 涙の量は更に増し、和真の顔が歪んで見えていた。

 それでも、マリアは和真から視線を逸らさない。

 応えてくれた男に対する礼儀であると考えたからだ。

 断られても後腐れなく、そう望んでいたからだ。

 

「り、理由……を、ヒック……うぐっ、聞いても、いいか?」

 

 和真は、優しく父のような表情で穏やかに語り掛ける。

 

「俺はな、まだニクスのことを忘れられないんだ……、情けない話、先に逝った女のことを今も引きずっている。執着心とでも言えば良いのかな……、それを支えにして生きている。それに、俺がマリアの隣を歩くとマリアの夢の阻害になってしまう」

「そんなことは!」

「そうでもないんだよ……、マリアは皆の幸せのためにゴールを目指すんだろ?マリアなら、確実に現われるであろう、夢を邪魔する人達ですらそのゴールに連れて行きたいのだろう?」

 

 マリアは堪えるように頷く。

 

「その夢は素晴らしいことだと思うし尊いとも思う。君のゴールは皆にとっての希望になりえる。でもね、俺のゴールは違うんだ」

「え……、でも皆の幸せを……平和を手に入れることが、夢じゃ……」

「そう、皆を幸せにしたい、笑顔でいて欲しい、そのために平和が欲しい。でも、俺が言う皆は、俺の道を邪魔しない人達限定なんだ。俺自身、邪魔をする人達のことを考えているような余裕を持てない。だから、そんな奴らはどうなっても構わないとすら考えている。……醜いだろ?」

「……」

 

 マリアは反論したくても、うまく言葉が出てこないでいた。

 和真はそんなマリアに頷き答える。

 

「だから、俺みたいな種類の人間が君の隣を歩くことは出来ないんだ。過去の思い出に浸り、数ある未来をすり潰しながら、自分が決めた平和の未来をゴールに定めている。ゴールと言う未来が見えていないマリアが正常なんだ。俺は、どこか狂っているから……」

 

 和真は、悲しそうな顔をしながら言う。

 

「俺みたいな男は、悪影響しか与えない。それでは、君の夢の妨げになるし君を幸せにすることが出来ない。……ごめん」

 

 そう言った和真の胸にマリアは顔を埋めた。

 何度も何度も執拗に和真の体を殴る。

 今までの想いを晴らすように、殴り続ける。

 

「馬鹿、馬鹿、馬鹿、バカ、ばか、馬鹿野郎……」

 

 そうして、風に負けないほど大きな声をあげ泣き叫んだ。

 マリアの初恋は今この時に終わりを迎えたのだ。

 だが、それは人としての大事な前進である。

 ある意味で、マリアの道の妨げになっていた和真を、マリアは越えることが出来たのだ。

 そして、和真はもう一つの障害を理解していた。

 

「なぁ、マリア?」

「なんだよ……」

 

 泣きつかれたマリアは、和真にお姫様抱っこされブライトン遊歩桟橋を引き返していた。

 

「イギリス軍兵装を着ているのって理由があるのか?」

「あぁ、バレンタイン作戦での演説を俺がすることになった。今日は、その予行演習をしていたんだ」

「トラウマは克服できたか?」

「……」

 

 マリアは気まずそうに視線を逸らす。

 

「詫びのつもりでは無いけれど、俺に一つ提案がある」

「……なんだよ?」

「御まじないをかけてやるよ!」

 

 和真はそういうと、マリアの頬に手を添え視線を混じらわせる。

 

「マリア、俺の目を見るんだ……」

 

 その日の晩、マリアは失恋からベッドの枕を涙で濡らし泣きつかれ眠っていた。

不安だった。

 BETAと戦争をするのが、その演説を自分がするのが、まるで無理矢理に皆を盾にするようで怖かった。

 だから、験を担ごうと思い初恋の相手であり今も好きだった和真に告白したのだ。

 勇気を分けて貰おうと、だがその結果は失敗に終わってしまった。

 信じることが出来なかった父や、オスロでBETAに食い殺された皆の記憶が蘇る。

 奥歯がガチガチとなり、寒気が全身を襲った。

ま るで死ぬ前兆のように全身から熱が奪われていく。

 世界に一人きりにされてしまっかのような孤独感がマリアをさらに暗闇へと誘う。

 その時、ベッドに横たわるマリアの肩に温かく大きな手が触れた。

 さらに、小さな手が現れマリアの肩に触れると、熱が体を駆け巡り安心感が心を満たした。

 マリアは夢の中だと理解しながらも、瞼を開ける。

 すると、マリアの目の前には彼女の父とオスロでの仲間が笑顔で立っていた。

 白く優しい温かさに包まれた世界の中で、マリアは先程とは別の種類の涙を流す。

 

「父様!皆!俺、俺……」

 

 そう叫ぶマリアに、誰も答えてくれはしない。

 ただ、笑顔で見つめてくれていた。

 その笑顔が、マリアに未来への道を指し示す。

 マリアは皆の笑顔を見、謝罪することを止める。

 この場での言葉はそんな言葉では無いと理解したからだ。

 

「ありがとう……俺、頑張ってみるよ!」

 

 その言葉を絞り出せた時、マリアの意識は急上昇を開始した。

 

「夢?」

 

 目が覚めたマリアの瞳には、太陽の色が映り込む。

 

「嫌違う……」

 

 マリアは上半身をお越し、胸に手を添えた。

 そして、そこにいた誰かに告げる。

 

「ありがとう」

 

 マリアは勢いよく、ベッドから飛び出すと元気いっぱいに伸びをした。

 

「うぅ~~~~ん……、良しッ!!」

 



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マリア・ヴィクトリア・メアリー

 2000年2月14日12時00分

 

 

 淀んだ雲が見下ろす下界、生物の母である海を灰色に染め上げていたのは鋼鉄の群れ。

 世界各国から送り出された飢えた獣達が涎を垂らし、その時が来るのを今か今かと待ち望んでいた。

 有為転変なこの世界で、それでも変わらない想いを胸に待っている。

 ビスケー湾からケルト海を通りイギリス海峡を抜け北海まで、様々な国の艦船が大陸に睨みをきかせる。

 その睨みをきかせる遥か先、地獄門を潜り抜けさらに歩みを進めた先には人口の山が出来上がっていた。

 それは平面が続く寂しい世界の中でいくつも存在している。

 それらの山々と周囲一帯は、要塞陣地と呼ばれ仮設基地と化している。

 その要塞陣地の一つ、エヴルー要塞陣地にトイ・ボックスの姿はあった。

 舗装すらされていない、足裏に刺激を与え天然マッサージでもされているかのような荒れ果て草木の一本も生えていない道を和真とストーは歩いていた。

 左を見れば仮設テント越しにセイカーファルコンとスーパーホーネットの群れが曇天の下機体チェックを受けている。

 右を向けばメルカバMk4を中心とした戦車師団の姿が目に入る。

 上空を見上げればAH-2ローイファルク攻撃ヘリがメインローターを重く鳴らしながら編隊を組み飛んでいく。

 街の喧騒のような中を人々は駆け足で走り抜け怒声を飛ばしている。

 その中を和真とストーは邪魔にならないように気を付けながら悠遊と歩いていた。

 

「和君、エヴルー要塞陣地は以前から準備していたの?」

「そうらしいな。大陸奪還を目指している欧州連合がその足掛かりとして各地に要塞陣地を築いているって話は知っていたが、俺も驚いた。まさか、これほどとはな……」

 

和真はそう言うと、周囲を見渡し靴裏で地面をなぞった。

 

「だがそれもBETAとの鼬ごっこだっただろうな」

「それでも凄いよ! こんな立派な基地をすぐに作っちゃうなんて!」

「オール・TSF・ドクトリンなんて行っているイギリスだからな。兵站のために、工兵育成に全力を費やしたんだろ。この要塞陣地を見るに、野戦築城能力は他国と比べても群を抜いているしな」

「オール・TSF・ドクトリンって?」

「パレオロゴス作戦から続くBETA戦で欧州連合の機甲兵力の殆どが叩き潰されたんだ。で、当時の偉い人達が機甲兵力を整えるのに必要な工業力を戦術機に振り分けた。その狙いは、戦術機の高い機動力と多彩な兵器搭載能力を活かして戦術機を機甲兵力の代わりとする。それが、オール・TSF・ドクトリンだ」

「へぇ~~~」

 

 和真はそう話し終えると、歩く速度を増した。

 

 

 2000年2月11日

 バッキンガム宮殿門前

 

 

 和真達は、バッキンガム宮殿の門前で任務終了式を行っていた。

 

「現時刻をもって、マリア・ヴィクトリア・メアリー女王殿下、護衛の任を解く! マリア・ヴィクトリア・メアリー女王殿下に向け、敬礼ッ!」

 

 オルソン大尉がそう力強く声を発すると、背筋を伸ばし、軍靴を叩き合わせ、直立不動の体制をとった和真達四人はマリアに向け、息の合った完璧な敬礼をする。

 

「まず初めに、オルソン大尉をはじめ、私の護衛の任務に従事して下さった皆に感謝の意を伝えます。……本当に、ありがとうございました」

 

 マリアはそういう、口を開き二言目を話そうとしたが突然頭を振り乱すように掻き毟った。

 

「だぁああああッ! うまく伝えられねえッ!!」

 

 マリアは一人盛り上がりクールダウンすると、横一列に並ぶ和真達の前に一歩進み出た。

 そして、一通りの顔を眺めると、和真の反対側に立つイルフィの前に立つ。

 

「イルフィ、お前の明るさに俺はなんども救われた。……ありがとう」

「そ、そんな改まって言われると恥ずかしいなぁ……。でも、えへへ、ありがとう! 私もマリアと出会えて良かったよ……って、うわあ!!」

 

 マリアはイルフィが話し終えると、間髪入れずに抱き着いた。

 

「その気持ちを無くすなよ……」

「うん、わかった……」

 

 マリアは次に、ベルナの前に立つ。

 

「ベルナ、お前は一見冷たくてリアリスト過ぎる奴に見えるけれど、その実、誰よりも周囲に気を配って気遣いの出来る。そういうところが、有難かったし、嬉しかった」

「ふん……、当然でしょ? 私はプロなのよ? それでご飯食べてるの、感謝されるほどのことでもないわ」

 

 マリアはベルナの辛辣な言葉を浴びせられても嬉しそうに笑いベルナを抱きしめた。

 

「……死ぬなよ?」

「当たり前、そんなつもり毛頭無いわ」

 

 マリアは次にストーの前に立つ。

 

「ストー、お前は少し腹黒いけれど、お前の優しさや姿に俺は様々なものを学ぶことが出来た。……ありがとう」

「私の方こそ、ありがとう……」

 

 そう答えたストーをマリアは抱きしめる。

 

「……がんばれ」

「え?」

 

 ストーを抱きしめるマリアはストーの耳元に小声でそう呟いた。

 そして、勢いよく体を離すと足早に和真の前に立つ。

 

「……和真、ありがとう。おかげで俺は進むことが出来そうだ」

 

 マリアはそういうと、和真に握手を求めた。

 和真はその手を優しく握る。

 

「そうか……、頑張れよ!」

「応ともさッ!」

 

 和真とマリアの姿を静かに見ていたイルフィは、ベルナの肩を人差指で軽く叩く。

 

「ねぇねぇ」

「……なに?」

「あれって、そういうことで、いいんだよね?」

「分かり切ったことを聞かないで、……でも、そうね」

 

 ベルナはそう言うと、眩しいモノでも見るかのように優しく目を細めた。

 

「良い表情をしてる」

「うん♪」

 

 そうして、和真達は別れをすますと各々の古巣に帰って行った。

 

 

 2000年2月14日12時30分

 エヴルー要塞陣地内ハンガー衛士待機室

 

 

 無料の自販機、簡素な長椅子、少し大きめのテレビが並べられただけの室内は、様々な出身国の衛士が集まっていた。

 ほとんどの者が片手に、無料自販機から取り出した飲料水を持ち各々の時間を楽しんでいた。

 多種多様の人間達はだいたい二種類に出来てしまう。

 ベテランとルーキーにだ。

 長椅子に深く座りゆっくりと味わうように合成コーヒーを飲んでいるのはベテランの衛士。

 その隣で、長椅子に浅く座り小刻みに震えながらカラカラに渇いた喉を潤すためにかぶりつくように栄養ドリンクを飲んでいるのは、新任の衛士だと分かった。

 和真はそう言った人間達を眺めながら、壁沿いの長椅子に深く座る。

 

「和君、おまたせ!」

 

 ストーは、両手に持つ合成コーヒーの内の一つを和真に差し出す。

 

「あぁ、すまない」

 

 和真が合成コーヒーを受け取ると、ストーは和真の隣に深く腰掛けた。

 

「いっぱい人がいるね」

 

 コーヒーをちびちび飲みながらストーは和真に話しかける。

 

「2000年に入ってから一番でかい作戦だからな。この基地だけで数万人はいるな」

「ほへぇ~~~」

 

 間の抜けた関心を示すストーに若干笑みを作った和真は、すぐに厳しい表情に変える。

 

「でも人数が多いからって気を抜くなよ? 今回の作戦は、ある意味で難しいだろうからな」

「ある意味?」

「見てわかるだろ?あまりにもルーキーが多すぎる」

「うん、それは思ってた……」

「イギリスを守るために、後方国家から大部隊が派遣されてきているが、その弊害だな」

 

 後方国家から無限に思える物資や人員を派遣された欧州連合ではあるが、なにもありがたい事ばかりではない。

 例えば、碌に現地の軍と連携訓練を受けていない者達が大勢来たとしてもその者達は現地軍を圧迫するだけで邪魔にしかならない。

 盾にしてやればいいだけなのかもしれないが、後方国家の人間を盾にするなど政治が許さない。

 また、使い潰しが効く難民で構成された部隊だけでは足りないために潰しが効かない人間を後方国は派遣してきている。

 おそらく不測の事態が起きた場合、一瞬にして統制は崩れてしまうだろう。

 せめて、強力な催眠暗示を施してくれていれば助かるのだがそれは望み薄だろう。

 また、今回のバレンタイン作戦が長期戦になることは確実である。

 過酷な環境下で過ごすことに慣れていない人間は早々に潰れてお荷物になってしまう可能性もある。

 

「悲観的に考えていたら、溜息を零したくなってきた……」

「わざわざ悲観的に考えるからだよ」

 

 その時、部屋全体がざわめき立つ。

 

「おい、見ろよ!」

「どこの新型だ?」

「馬鹿野郎、今時ホイホイ新型発表しているところなんてネフレ社くらいしかねぇだろ」

「マジかよ、ついこの間セイカーファルコンを流通させ始めたばかりじぇねか」

「ソ連機みたいに厳ついナリしてやがんな」

 

 和真とストーはそのざわめきの原因を探るために、人垣をかき分けてハンガーを見下ろすことが出来る大きめの窓に向かう。

 

「ヴァローナだね。あれ、でも三機だけっておかしいよ?」

「聞かされてないのか?」

「???」

 

 和真が少し驚きながらストーに視線を向けると、ストーは頭に?をいくつも作っていた。

 すると突然、ストーの両目が塞がれる。

 

「だ~れだ?」

「うひゃぁあッ!!」

「あっはははは、良い反応だよ~。ストー!」

「だ、誰ですか?!」

 

 ストーが猫のようにフシャーと毛を逆立てながら、振り返るとそこにはトイ・フラワーの三人がいた。

 

「よっ!」

「お久しぶりです」

「はいは~い!」

 

 トイ・フラワーの衛士、三浦園子と藤沢月子それに、竹宮千夏がきさくに声をかける。

 ストーは三人を視界に納めると慌てて敬礼した。

 

「お、お久しぶりです!藤沢中尉、三浦中尉、竹宮中尉!」

 

 やや斜め上を見つめ敬礼するストーに対し、竹宮千夏は胸が触れ合いそうになるほどにずいっと体を寄せた。

 

「どうして、私が最後なのかなぁ~?」

「へっ、えっ、わあッ!!」

 

 突然目の前に現れた千夏に驚き手をワタワタさせるストーだが、日本柔道界の申し子である千夏にいとも簡単両の手を掴まれ、身動きを抑えられる。

 怯える子羊のように、及び腰になるストーの股の間に片足をすべりこませた千夏はストーの耳に優しく息を吹きかけた。

 

「ひゃぁいん!」

 

 艶めかしい声が衛士待機室内に響く。

 いつのまにか、ストーと千夏の周囲には暑苦しい人だかりが出来ていた。

 それを遠巻きに見ていた和真に園子と月子が話しかける。

 

「あれ、ほっといて良いのか?」

「人だかりが出来てしまいましたね……」

 

 その二人に和真は敬礼する。

 

「お久しぶりです園子さん、月子さん」

「たっく、そっちから挨拶しに来いよな!」

 

 園子はそういうと、和真の頭を乱暴に撫でた。

 

「ちょ、俺はいいでしょ!?」

 

 あぁいつものパターンか……。恥ずかしいな。

 

「そ、園子さん!」

 

 さすがです月子さん、この女から俺を救い出してください!

 

「次は私ですからね!」

 

 その声を聞き、和真はがっくりと肩を落とした。

 それから数分後、千夏から解放されたストーは乱れた着衣をただしながら、談笑にふけっていた和真達の元に向かう。

 

「おぅ、お疲れさん!」

 

 そう言った和真にストーは抗議の声を上げた。

 

「助けてよぉ~~!」

「千夏さんがいたから大丈夫だったろ?もし、興奮した男連中が襲い掛かってきてもあの人なら三秒で相手を落とせるさ」

「三秒はひどいんじゃないかなぁ~。私も一応女の子だよ?」

 

 そう言いながら、ストーの後ろから千夏が姿を現す。

 

「ははは、すみません。お久しぶりですね千夏さん」

「ん。よろしい!」

 

 千夏はそう言うと、それが当たり前であるかのように和真の頭に手を乗せ髪型が乱れる程に撫でまわした。

 

「千夏さん、あなたもですか……、勘弁して下さいよ……」

「撫でやすい位置に頭があったからね!」

「はぁ……」

 

 ストーはその光景を慈しむように眺める。

 どこか張りつめたような空気を纏っていた和真が子供の様に無防備でされるがままに甘んじていることが出来る人がいることに喜びを感じていた。

 

「それじゃあ、これ、先にしとこっか!」

 

 千夏がそう言って取り出したのは、五枚の紙と五本の鉛筆だった。

 

「チェックシートかよ。それ疲れるからやなんだよな~」

「園子さん大切なことなんですから!」

 

 手渡された紙には、星や丸といった記号が不均等に所狭しと描かれている。

 園子は近場で暇を持て余していた衛士を捕まえ指示を出す。

 その衛士がダルそうに和真達の輪に加わるとダルそうに声を発した。

 

「それじゃ、始めます。星―――。」

 

 和真達は、連れてこられた衛士が指定する記号に同時にチェックを入れていく。

 一呼吸のずれもなく、適当なタイミングで適当に選ばれていく記号たちを的確に潰していく。

 チェックシートとは、衛士間での簡易の連携確認で使用される物である。

 A4サイズの紙にちりばめられる様に描かれた記号の中から、指定された記号を選び出し、チェックをつける。この時、部隊間でずれが生じないか確認するのである。

 和真達は喧騒の中、驚異的な集中力をもって次々と記号を潰して回っていった。

 

「ふぅ、簡単にですけど連携の確認は出来ましたね」

 

 月子は嬉しそうに皆の顔を眺めながら言う。

 

「ま、私達なら当たり前だよね!」

 

 千夏が自信満々にウインクを飛ばす。

 

「まぁ、私らやストーは何度も樺太の方で実戦に出ているしこれくらいは出来るだろうけどさ。和真、お前が一発で合わせて来るのが驚きだよ」

「まぁ、皆とペースを合わせるだけだしね」

 

 そうドヤ顔で言う和真に月子が純粋に賛辞を贈る。

 

「和真さん、すごいですね!」

「まぁね!」

 

 胸を張りそう言った和真に園子がヘッドロックをきめる。

 

「なにを、偉そうにッ!!」

「グェ!」

 

 カエルの潰れたような声を聞き、月子が慌てて止めようとするが千夏がそれを制した。

 

「そ、園子さん!」

「まぁまぁ、和真も園子の胸に顔を埋められて喜んでるよ。あの胸に触れて嬉しくない男なんていないだろうからね」

「ち、千夏さ~~ん!」

 

 すると、ストーが突然声を上げた。

 

「見て見て和君、マリア殿下だよ!」

「へ?どこに……」

 

 いつのまにか静寂に包まれていた衛士待機室内、喧騒を生み出していた者達は引き寄せられるかのようにテレビを注視していた。

 

「―――貴重な時間を私のために用意して下さったこと、万感の思いです」

 

 マリアは、いつものドレス姿ではなく。イギリス軍兵装に身を包み祭壇の上らしきところに立ち、なにやら小難しい言葉の羅列を述べていた。

 

「そういや、演説をするとかどうとか言っていたな……」

 

 和真はそういうと、マリアの頑張っている姿だけに意識を向けていようと思った。

 どこぞの官僚に作成させた原稿を読んでいるだけだろうと、決めつけていたからだ。

 だが、和真の予想外は演説の終盤から始まった。

 

「―――ここからは、決められた言葉で無く俺の言葉を皆に聞いて欲しい」

 

 一瞬、ざわめきが巻き起こる。

 

「俺は、皆が思っているような人間なんかじゃない」

 

 カメラ越しに、なにやら揉めている様子が分かる。

 誰かが、マリアの突然の行動を止めようとしているのだろう。

 だが、それは一瞬映ったオルソン大尉により阻止される。

 

「1990年当時、俺はBETAから逃げて来る人達に対してなにもしない父様が自分達のことしか考えていない最低な人間だと思い込み。

自分の力で、この現状を変えようと避難民が多く集まっていたノルウェー領オスロに単身で行ったんだ。

そこで目にしたのは、今に絶望せずに明日に希望を見ている人達だった。

俺はその中でも、生きていくのが難しい戦災孤児達と共に、チームを作りストリートチルドレンをしていた。

毎日を生きていくのが精一杯で、イギリスにいたころには想像もつかないような生活だった。

それでも、皆笑顔だったし、俺も笑顔だった。

でも、そんな日常はある日突然BETAによって崩された。

街を襲ったBETAは軍によって殲滅されたけれど、運悪く街から離れた場所を住処にしていた私の仲間達は、小型のBETAの奇襲に合い。

……皆、死んでしまった。

―――俺は、ただ震えていることしか出来なかった。

……怖くて、死にたくなくて、怯えていたんだ。

そして、俺は安全なイギリスに連れて帰られた。

まだ、オスロにはたくさんの難民がいたのに、俺が女王だからと言う理由だけで、安全な場所を与えられた。

イギリスに戻ってから知ったのは、俺が保身ばかりを大切にしている人間だと、蔑んでいた父様が実は一番、民や避難民のことを考えいたと言うことだった。

そんな父様も志半ばで逝ってしまわれた。

……俺はただ己惚れていただけだった。

自分の力を過信していただけだった。

それに気が付いてからは、私は嘘に嘘を重ねて生きてきた。

どうすることも出来ない自分の無力さに嘆きながら、それすら嘘で塗りつぶしてきた。

でも、ある人が言ってくれたんだ! やりたいことをやってみろって! 夢を諦めるなって! そんな一人の言葉で、立ち直れるのかって皆は思うのかも知れない!でも、そいつはオスロにいたころの俺を己惚れているだけの俺を知っている人だったんだ。

そいつはバカみたいな顔で言ったんだ! 俺がこの世界を変えてやるって、皆が笑える世界にしてみせるって、そう言ったんだ。

俺は、その言葉を信じて見たくなった。

そんな無茶なことを、平然と言ってのけるそいつを信じてみようと思った。

そいつが、信じてくれた俺を、信じようと思った。

でも……、今の俺にはなにをすればいいのか解らない、力だって無い……。

でも、もう逃げない! 皆の背中を俺は見続ける。

そんなことしか……、こんなことしか、出来ない俺だけど……、どうか、皆ッ! 俺に力を貸してくれッ!! 俺は、この国を大好きな人達を失いたくないんだ!!」

 

 途中から涙を流し、自分でも何を言っているのか良く理解出来ていなかったマリアは、ただ思いのたけをぶつけることしか出来なかった。

 それが、今の彼女の全力なのだ。

 頭を下げたマリアは、顔を上げるのが怖かった。

 非難を浴びせられるかもしれない。

 自分のこの演説が士気を大幅に下げ作戦を失敗に導いてしまうかも知れない。

 その答えが、顔を上げた瞬間にわかる。

 だが、マリアは震える体に鞭を打ち重いなにかを取り払うかのように頭を上げた。

 マリアが見て聞いたモノは、マリアが考えていたような物とはかけ離れていた。

 

 静寂が衛士待機室を包み込む、だが頭を垂れ涙を流すマリアが顔を上げると同時にそれは、咆哮へと姿を変えた。

 何故かわからない。

 だが、身の底が震えたのだ。

 この震えを耐えられる人間など居はしない。

 その咆哮は、テレビの先からも漏れ出ていた。

 嫌、中継が繋がっている場所すべてから放たれていた。

 今、画面の中にいる情けない顔をした女の願いを聞き届けたと、獣共が叫んでいた。

 そのうねりは、獣の心を一つにした。

 皆のスタートラインが揃ったのだ。

 ベテランだとか、ルーキーだとか、関係が無い。

 今、この時、皆が、BETAを殲滅すると宣誓したのだ。

 

「和君」

 

 ストーは、無意識のうちに和真の手を握りしめていた。

 その手を和真は強く握り返す。

 

「あぁ、この戦い、勝ちに行くぞ!」

 



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バレンタイン作戦

 2000年2月14日14時00分

 

 

 バレンタイン作戦は、マリア・ヴィクトリア・メアリー王女の演説後、士気が下がり切る前に開始されていた。

 BETA集結地は、フランス領オルレアン、ブロア、トゥールの三か所。

 オルレアンBETA群に対処するのは、エヴルー要塞陣地を中心に展開するネフレ軍、オーストラリア軍、アメリカ軍。

 ブロアBETA群に対処するのは、ラヴァル要塞陣地を中心に展開するイギリス軍を中核とする欧州連合軍。

 トゥールBETA群に対処するのは、ナント前線基地を中心に展開するドイツ軍、フランス軍、カナダ軍、国連軍。

 また、各戦線の機甲兵力の穴埋めにはアフリカ連合から増援が寄せられた。

 この、近年では類を見ない大規模作戦の狼煙は国連宇宙総軍による軌道爆撃であった。

 高度200km、低軌道周回上には鋼鉄の鳥が遊覧飛行を続けていた。

 

「よ~しお前等、花束は用意したか? 歯磨きは? 口臭チェックと身嗜みの確認はOK? 今日は記念すべきバレンタイン・デー、俺達クソ野郎共の熱く、重く、うっとおしい愛とほとばしるパトスを伝えに行くぞ」

 

 国連宇宙総軍第一軌道爆撃艦隊隊長は、ユーラシア大陸を眼下に虚無の空間に向け声を発する。

 

「隊長、俺の愛は可愛い子ちゃん達に届きますかね?」

 

 虚無の空間に小窓を開くようにして現れた顔はニヒルな笑みを携えた新入りのHSST乗りだった。

 

 確か、彼はフランス出身だったか。

 ならば、この作戦に対する意気込みは他者以上のものであろう。

 

「安心しろ、きっと届くさ、よかったな今日で貴様も童貞卒業だ」

 

 隊長が部下が欲しがっていた言葉を紡ぐと同時に雑音交じりの音声と新たなサブウィンドが姿を現した。

 

『こちらOSP-1400、第一軌道爆撃艦隊聞こえるか?』

 

 我等が母港からの通信だ。

 

 眼下には、オーストリアが見えている。

 

「感度良好、良く聞こえる」

『間もなく爆撃予定宙域に入る、準備の程は?』

 

 管制官からのその言葉は、いよいよであるということを意味しており、空気の無い宇宙空間ですら感じ取れる部下達の滾る昂揚感が最高潮に達する。

 

「抜かりなく……、マザー聞いてくれよ! 愛しのあの子を犯してやりたくて野郎共はうずうずしてやがる」

 

 隊長のその言葉に管制官は機械的にではあるが、力強く答える。

 

『了解した。作戦終了しだい精のつく物を食わせてやる』

「そいつはありがてぇ!」

 

 HSSTが目覚まし時計のように煩わしい音を発しながら、作戦開始時刻だと知らせる。

 隊長は考える。

 

 いつもそうだった。

 自分達が駆り出される作戦は、いつも自分達から始まり失敗し続けてきた。

 軌道爆撃隊が出るような作戦は、ハイヴ攻略規模だからだと言い訳を言うつもりは毛頭ない。

 だから、死の鳥なんて揶揄される時も不幸を招きよせる死神だと後ろ指さされた時も甘んじてきた。事実だからだ。

 自分達が出る作戦は、悉く人類が敗北する。

 初期の軌道爆撃なんてモノは90%以上が光線級に撃ち落され、重金属雲を張るくらいしか意味がない。

 それでも、それは確かな人類側の宣戦布告であり、開戦の狼煙であることに変わりはない。

 万人にとって死の笛を鳴らすのが、自分達の仕事。

 だがしかし、HSST乗りは希望を無くしたことなんて一度も無い。

 この一撃が、人類勝利の篝火であると信じている。

 

 だからこそ、隊長は部下達に言うのだ。

 

「第一軌道爆撃艦隊は、これよりフランス領オルレアン、ブロワ、トゥールに展開するBETA群に対して軌道爆撃を開始する。……勝つぞッ!!」

「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」

 

 

 同時刻エヴルー基地格納庫

 

 

 和真達は、衛士強化装備に着替え格納庫隅の一角で作戦内容の再確認を行っていた。

 

「では、トイ・ボックスはトイ・フラワーに臨時編入、指揮権はこちらで良いですね?」

 

 トイ・フラワーの小隊長を務める藤沢月子が、和真に問いかける。

 

「了解です」

「はい、では呼称は私をフラワー01、02を千夏さん、03を園子さん、ボックス01を和真さん、02をストーさんとします」

「「「「了解」」」」

「次に作戦内容を簡単におさらいします。

現在BETA密集地として本作戦の攻略目標であるフランス領オルレアン、ブロア、トゥールですが、すべてフェイズ1相当であると仮定しています。BETA総数は70万から100万体であるとされています。

まず、第一段階で低軌道場からの軌道爆撃を行います。AL弾と通常弾をワンセットとした場合4度行われることとなっています。

第二段階では、重金属雲濃度が80%になると同時に、展開中のMLRS(自走多連装ロケット砲)を中心とした砲撃部隊、機甲部隊からの面制圧が行われると同時に、戦術機と攻撃ヘリによる漸減邀撃作戦を開始、前衛の突撃級を可能な限り削減し、中衛のBETA群を地雷原に誘導、陣地構築はすでに完了していますので、ここで残りのBETAを刈り取ります。

第三段階では、後方に展開している戦術機部隊による長射程砲撃により、後衛の要塞級並びに重レーザー級をしとめます。取りこぼしたBETAに対しては、展開している戦術機部隊が即時対応しこれにあたります。

作戦が破綻、もしくはBETAの猛攻により自陣に穴が開いた場合には、各要塞陣地に待機しているメルカバMk4を中心とした機甲部隊と36mm固定ガトリング砲の分厚い正面火力がこれを迎え撃ちます。

本作戦は、国連軍が総指揮をとることになっています。そのため、臨機応変な対応はすべて現場任せになってしまう可能性が大いにあるとのことです。

注意点としては、作戦域と多数用意されている要塞陣地との距離が離れていることです。これは補給が難しくなることを意味していますので、密集格闘戦はなるべく行わずにと言うことと、各要塞陣地正面は、カズィクル地雷原と化しています。主脚走行をすると串刺しですので注意して下さい。

私達の任務は取りこぼしたBETA群の殲滅になりますね。……以上です。なにか質問はありますか?」

 

 真っ先に声を発したのは園子だった。

 

「月子」

「はい、なんですか園子さん?」

「あたし達がネフレ軍として参加するってのは確定だけど、ネフレ軍のどの部隊に編入される予定だ? まさか、この一個小隊で行動しろなんて……ことは……」

 

 園子は、月子の表情がだんだんと申し訳なさそうになっていくのを見て察し、頭を抱えた。

 

「園子さんすみません、そのまさかです。私達は、遊撃隊として運用されます」

 

 そう謝る月子に園子は逆に申し訳なさそうにしてしまう。

 

「あぁごめん、月子を攻めるつもり言ったんじゃないからさ」

「はい、わかっています」

「でも、そっかぁ~……、貧乏くじ引かされたか」

 

 そんな二人を千夏が慰める。

 

「まぁまぁ、たかだか一個小隊だし無茶な命令はこないでしょ?」

 

 そんな三人を黙って見ていた和真の肩をストーが申し訳なさそうに叩いた。

 

「和君……」

「なんだ?」

「この作戦ってある意味セオリー通りだけど、こんな予定通りに進むのかな?」

「今回は、他の作戦とは違って人類側に好条件が揃っているからな。楽観視はいけないが、やりやすいことに変わりわない」

「???」

 

 頭に?マークを作るストーに今度は和真が頭を抱えた。

 

「今作戦の攻略目標は?」

「オルレアン、ブロア、トゥールに集結しているBETA群の殲滅だよね」

「そうだ、今回鍵を握るのは、この三か所の位置だ。ストー、この三か所に共通しているのは?」

「えっと……、川の近く?」

「そう、この三か所はロワール川に隣接している。しかも、ご丁寧にでっかい門をオルレアンとトゥールに作り、ブロアはフェイズ1ハイヴ相当だ。しかも、これらは、ロワール川を挟んで内陸部側であり、門がそれ以外に作られている兆候が見られない。つまりは、BETAが人類側に手出しをするには、ロワール川を渡るしか手段がない。ようは、間引き作戦の時とやることは一緒だ。しかも、ロワール川はナント前線基地に展開している国連軍の艦隊が抑えている。トゥールを攻める部隊は補給などの面で大助かりだな」

「あれ、ってことは……」

「まぁ、まだ説明されちゃいないが園子さんのカンは当たってるってことだな。俺達が一番の貧乏くじだ」

 

 つまり、この作戦では潤沢な支援を受けることが出来るトゥールから順に北へ攻め上がると言うことであり、そのための欧州連合内での対BETA戦の主力であり数多くの第三世代機を保有するドイツ、フランス、カナダ軍をナント前線基地に集中させているのだ。

 ラヴァル要塞陣地に配置されている欧州連合軍との連携も容易である。

 それに比べ、ラヴァル要塞陣地との距離も離れておりもっとも内陸のオルレアンを攻めるエヴルー要塞陣地に配備されているアメリカ、オーストラリア、ネフレ軍にとっての負担は大きいものとなる。

 逆を言えば、物資の心配などせずに暴れることの出来る金満な連中を配置させたということでもあり、全体を見れば適材適所だったりする。

 その時、要塞陣地全体を小さな揺れが包み込んだ。

 

「軌道爆撃が開始されたな」

 

 和真がそうつぶやくと、園子は和真の肩を強引に抱き寄せ先輩風を吹かせる。

 

「後30分もすれば、第一陣の作戦開始だ。あたし達の出番ももうすぐなわけだけど、ビビってる?」

 

 和真はうっとおしそうに、園子の腕をどかす。

 

「ビビッてませんよ!そうですね。では、準備を始めましょうか」

 

 

 2000年2月14日18時00分

 エベルノン

 

 

「そっちに抜けたよ園子!」

「任せときな!!」

「千夏さんのフォローお願いします」

「分かりました月子さん、ストーは左、俺は右から刈り取る」

「了解!」

 

 オルレアンより湧き出たBETA群は、作戦通りにシャルトル地雷原に誘導され数多の殺戮兵器に犯しつくされ、屍の山と化していた。

 ただし、敵BETA群の個体数があまりにも多かったがために、撃ち漏らしたBETA群は西進を始める。

 和真達は、そのBETA群をしとめるためにフランスを駆けずり回っていた。

 和真は自分に与えられた戦術機、セイカーファルコンを十二分に扱っている。

 ラプターは青騎士との傷が癒えておらず、今兄貴達の手により修復中である。

 その間に作戦が始まってしまったがために、急遽予備として用意されていたセイカーファルコンを与えられることになった。

 千夏の前方からは、突撃級の群れ左右からは要撃級が固く尖った前腕衝角を振り上げる。

 千夏は、跳躍ユニットを前面に展開ロケット噴射し急速後退すると同時に突撃砲から36mm弾をばら撒く。

 入れ替わるようにして、ストーの赤いヴァローナと和真のセイカーファルコンが躍り出る。

 前腕衝角を36mm弾の盾にしている要撃級は無視、その先から砂埃を巻き上げながら猛然と進む突撃級。

 その側面をジェットモーターの推力を殺さないままに、背部兵装担架から大鎌のような大剣フォルケイトソード2を手にしたストーのヴァローナは、先端の鎌のような部分の後方からロケットモーターの火を吹かせ、紙を切るかのように突撃級の柔らかい側面の肉を切り裂く。

 と、同時に和真のセイカーファルコンが同じくフォルケイトソード改を持って突撃級に止めを刺す。

 ジェットモーターを吹き続ける跳躍ユニットを強引に動かし、側宙、千夏のヴァローナに向かおうとしている要撃級を頭上から叩き割る。

 真っ二つに引裂け崩れ落ちる要撃級、和真とストーは、一秒のずれもなくやってのけた。

 ストーの網膜投影システムに和真の顔が映る。

 

「俺の言った通り、特に問題は無かったろ?」

 

 ストーはその言葉に、笑顔を作り頷いた。

 

 

 2000年2月14日19時30分

 仮設補給要塞陣地ドルー

 

 

 和真達は、推進剤の補給を受けるために仮設補給要塞陣地ドルーに身を寄せていた。

 次の出撃は四時間後、この四時間の間に仮眠と食事、シャワーを済ませる。

 和真は、食事をさっさとすませるとセイカーファルコンの元に向かう。

 このような場所の仮眠室は部隊ごとに分けられているとかそんな贅沢は無い。

 仮眠室は一室のみ、しかも雑魚寝である。

 その一室を、何千人と利用するのだ。

 戦術機の足元の方が断然落ち着いて静かに眠ることが出来る。

 また和真は、シャワーにも行きはしない。

 女連中は、悠遊として向かっていったが哀れなものだと和真は哀悼を捧げる。

 

「コップ一杯の水で、どうやって体を洗えばいいんだか……」

 

 だがそのコップ一杯の水が、命を繋ぐことも和真は知っていた。

 人間は追い詰められれば追い詰められただけ、気持ちの切り替えを行うことが難しくなる。

 端的に言えば、戦場帰りの人達は常に興奮状態となり、まともに仮眠をとることすら出来なくなる。

 催眠暗示や薬物は金がかかりすぎる。

 そのための水である。

 気持ちをリセットさせるための、シャワーである。

 だが、今はそこまで追い詰められていない。

 そのために、和真はシャワーに行く必要が無いと判断したのだ。

 和真は、タバコを取り出し火をつけた。

 

「ふぅ……」

 

 砂とBETAの血で汚れたセイカーファルコンの足元に座り込むともたれかかり、紫煙を肺一杯に吸い込み吐き出す。

 ここが、戦場のオアシスだからか知らないが、基本的には道を歩く人達に焦りの色は見えない。

 眩しく感じるほどにあたりを照らすライトが心情を現しているようだ。

 どこを見ても、戦争一色で軍服や銃、人の頭ほどの砲弾、戦車、戦闘ヘリ、そして戦術機。

 遠くの地からは、微かな爆音が子守唄のように響く。

 

「もう、四年か……。そんなに、たっていたのか……」

 

 映画やアニメの中だけの世界、それが当たり前でそう信じていた世界。今目の前に広がるのは、そう言ったモノばかりだ。

 そして、自分もすでにその一部。

 

「……歳をとるわけだ」

 

 そう黄昏ながら紫煙を吐いていると、柔らかい落ち着く声が和真の耳に届いた。

 

「お疲れ様」

 

 声の主はストーであった。ストーは、腕の中に毛布を抱えている。

 

「ストー、トイ・フラワーの皆とシャワーに行ったんじゃないのか?」

 

 和真がそう聞くと、ストーは恥ずかしそうに腕に抱いていた毛布に顔を埋めた。

 

「……知らなかった」

「あぁ……」

 

 和真は思い出す。

 ストーが今まで経験してきた戦場とは比較的女子が多く恵まれていた戦場であったと。

 最前線では、風呂、寝室、トイレすべて男女共同である。

 ドルー仮設補給要塞陣地も例外では無い。

 そして、ストーが参加した長期戦は、樺太と日本斯衛軍との時だけである。

 この二つの戦場はどちらも特殊過ぎたということであろう。

 和真は理解すると、自分の隣を叩いて促した。

 ストーは、しつけられた犬のようになんの疑いも無く言う通りに行動する。

 和真の隣に腰掛けたストーは、不安げな瞳で和真を見つめた。

 

「ストー、こんな風に恥ずかしがっていられるのも、落ち着いていられるのもそう多くないぞ?」

「……うん」

 

 しょんぼりとするストーを見ていた和真は、笑みを作った。

 

「わかっているなら、それでいい。気の抜けることはやれるうちにやっておくべきだからな」

 

 和真がそういうと、ストーは何故か頬を紅くした。

 

「だから、……和君のそばに、来たの」

 

 ストーは言うと同時に和真の肩に頭を乗せようとして、慌てて振り戻した。

 

「どうしたんだ、ストー?」

「きょ、今日、シャワー浴びてないから、臭うかもと思って……」

 

 赤い顔をしながら、身を縮込めるストーの頭を強引に引き寄せた。

 

「か、和君?!」

 

 ストーの顔は、リンゴのように真っ赤になる。

 

「気にしなくていい、ストーの体臭が気になったことなんて一度もない」

「で、デリカシーがないよッ!!」

 

 和真は、頬を膨らませるストーの手から毛布を手に取り広げる。

 

「なんだ、一枚しかないじぁないか?」

「あ、余って、なくて……」

 

 照れたり、怒ったり、焦ったり、見ていて本当に飽きないな。

 

 察しがついていた和真はなにも言わずに一枚の毛布を広げ、ストーに被せてやる。

 

「衛士にとって、体は資本だ。大切にな」

 

 すると、ストーは上目づかいで和真を見つめ毛布を掴み上げた。

 

「……なら、和君も一緒に入って」

 

 一瞬ためらう和真であったが、ストーの瞳の力強さに負けることにした。

 

「……わかったよ。そのかわり、すぐに寝ろよ?」

「うん!!」

 

 ストーは元気に頷き喜ぶと、和真との密着度をさらに増すために体を寄せる。

 そして和真の肩を枕代わりにすると、すぐに寝息を上げ始めた。

 

「早いな」

 

 和真は、ストーの頬を優しく撫でる。

 

「なんでだろうな……」

 

 心が、落ち着く―――。

 

「お前は、温かいな……」

 



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ボマーズ

 バレンタイン作戦発令から、一週間が経過していた。

 宿主の体を食い荒らす増殖するウィルスのように、地球の中心まで繋がっているかと錯覚してしまうほどの、巨大な穴からはBETAが次々と這い出していた。

 吹き飛ばされ、燃やされ、切り刻まれ、踏みつぶされ、貫かれ、この世の苦痛を一手に背負うかのように痛めつけられながらも、聖地を目指す殉教者の如くBETAはその歩みを止めはしない。

 あたり一面は死体の山、流れ落ちる血潮は大地を穢し、水を濁らせる。

 それでも、進み続けるBETAによりフランスの大地は一層さらに増える勢いだった。

 宵闇の中、噴炎を引きながら獲物を追い詰めるライオンのように、美しいまでの隊列を見せるのは、ネフレ軍の中でも一番金のかかる戦術機、招き猫を任せられた精鋭達、一個大隊36機のボムキャットは、稜線の先から見える黒くおぞましく蠢く生物の群れを捉える。

 深い闇の中、網膜投影システムには赤外線センサーにより深緑と赤色によるコントラストが浮かび上がる。

 すでに慣れた、癖になってしまったとさえ言えるトリガースイッチを押す任務。

 サークルに十字の紋章が眼前に浮かび上がる。

 衛星と偵察部隊とのデータリンクにより、遥か先を進む宇宙からのお客様の横顔がはっきりと見えた。

 心臓が高鳴る。

 脳の奥底からアドレナリンが溢れだす。

 眼前には、ロックオンされたBETAが映るのみ。

 今自分がどのあたりを飛んでいるかなどは、部隊間データリンクを始めとした計器類で確認するしかない。

 もしかすると、足元には戦車級が涎を垂らしているかもしれない。

 突然目の前に突撃級が現れるかも知れない。

 それを確認するすべなどない。

 なんせ、目の前に映っているのは遥か先の映像だからだ。

 BETAと人間のチキンレース。

 嫌、相手は気づいていないのだから実質は自分が勝手にそう思い込んでいるだけでしかない。

 指先が震える、心臓の警報が堪らないと叫ぶ。

 

 早く……早く、俺に、押させてくれ、BETAが肉片に変わる瞬間を見せてくれ!

 

 その時、部隊長から通信が入る。

 

「前方百メートル地点で、着地、姿勢整えが済み次第作戦に映る」

 

 きた……、キタキタキタキタキタ!! 待ってました。

 

「全ボマーズ姿勢整え、完了」

「了解した。全部隊間データリンク統合、射線軸をオートに、……放て!」

 

 36機のボムキャットから放たれた50を超えるフェニックスミサイルは、地面を這うように進む。

 フェニックス、炎をつかさどる悪魔、隊形を組んで飛翔していくさまを後方から見れば、まるで炎の鳥のように美しい。

 

「イッケェえええええッ!!」

 

 俺は知らず知らずの内にそう叫んでいた。

 閃光、爆音、衝撃波、リズムを刻むように襲い掛かってくる勝利のメロディー、たまらない。

 視界が回復、フェニックスミサイルを打ち終えた今、遥か彼方ではなく自信の体が見える。

 BEATの群れは半場から削り取られたかのように分断されている。

 その中に光線級は、何体残っているのだろうか。

 そもそも、光線級の群れが確認されたから俺達が出張ったのであって、50発越えのフェニックスミサイルをぶちかまして、生き残りがいるなんて考えたくもない。

 

 その時、戦域地図に黄色い斑点が浮かび上がってくる。

 

「うへぇ……」

 

 それは、光線級の生き残りがいることを示していた。

 

 これは、失敗したと見てよいのだろうか?

 ボマーズに残されたフェニックスミサイルは、残り約50発、いけるのか?

 でも、行かなければならないのだろう。任務を達成できなかったのだから。

 

 CPから通信が入る。

 

『全ボマーズは、別命あるまでその場で待機だ』

 

 部隊長が、訝しげに答える。

 

「残りの光線級は、どうするのだ?」

『心配は無い、残りは彼等に任せておけばいい』

「彼等?」

 

 その時、明星作戦で見た変態的な動きをした戦術機と同じ動きをする戦術機がBETAの群れの中に飛び込んでいったのを確かに見た。

 BETAの群れの中から、上空に向け幾多もの光の柱が伸びる。

 それは見間違うはずの無い光線級のレーザー照射だ。

 光線級が撃ち落していた物、それは50km後方に展開していた、G6-155mm自走榴弾砲より放たれた無数の砲弾の雨だった。

 機甲兵団の迅速な展開に、少数精鋭の戦術機部隊によるレーザーヤークト、さらに後方から近づくのは後詰の大規模な戦術機と攻撃ヘリの部隊、ネフレ軍のやり方だとすぐに気が付いた。

 その時、仲間の一人が驚きの声を上げた。

 

「すっげぇ……、もぅ三十匹以上の光線級をたいらげたぞ。それになんだよ、あの突撃前衛の戦術機、まるでモグラが穴を掘ってるみたいにBETAの群れを削ってやがる」

 

 データリンクによりリアルタイムに更新されていく戦域地図を確認しながら、俺は確信した。

 

「懐かしいねぇ~、明星作戦以来じゃねぇの英雄志願者」

 

 

 

 仮設補給要塞陣地ドルー

 

 

 作戦開始から一週間が経過したころ、仮設補給要塞陣地ドルーのシャワールームは、いつも以上の賑わいを見せていた。

 理由としては、作戦が順調に推移しもう数えるのが馬鹿らしくなるほどのBETAの波をある程度抑え込むことが可能となったことがあげられる。

 それに先立ち司令総本部は、陣地をさらに内陸部へ広げることを決定し、仮設要塞陣地ドルーには、大幅な物資の運び込みが行われることとなった。

 その物資の中にはメンタルヘルスケアの面から、様々な娯楽が含まれていた。

 過剰なまでの水も運び込まれ、本来コップ一杯分しか使えなかったシャワーもどきは、やっと本来の姿に戻ることができた。

 込み合うシャワールームの一番奥、人ごみの中もっとも入りずらくもっとも出にくい位置でありながら、水槽の中に彫り込まれた金魚の如き人の群れから極力干渉されない位置を陣取っていたのは五六和真であった。

 久々にサランラップのような衛士強化装備を脱ぐことが出来た和真は、体にへばりついていた気持ちが悪い何かを、頭から盛大に水を浴びることで洗い流す。

 トイ・フラワーの皆やストーとは行動を共にしていない。

 待機時間中なので、好きに息抜きをしているのだろう。

 和真はそう考えながらも、疲れを流していく。

 

「アメリカ軍が来たところは、リトル・アメリカになる……。たしかに、その通りだな」

 

 和真は、アメリカの力と言うものを肌で感じていた。

 もともと間仕切りなど存在していなかったシャワールームには、全身が隠れる立派な間仕切りがいつのまにか出来ていた。

 これは、個人の時間を与えるためにアメリカ軍がやったことである。

 それだけではなく、前線の人間のように平然と人前で裸になれない後方の人間のための処置でもあった。

 

 前線の常識が後方の常識に汚染されていく。

 

 和真は、アメリカを嫌う人間の気持ちが少しわかった気がした。

 

「こんな風に徐々に、アメリカの常識に飲まれていくところを見れば、それがなんであれ、侵略されている気持ちにさせられるわな」

 

 そう言った気持ちが強くなれば、文化の侵略の危険性を危ぶみ始める。

 被害妄想だと、切って捨てることも出来るが、ここまでの力の差を見せつけられれば、致し方ない事なのかもしれない。

まあ、文化なんてものにウェイトを置いていない移民大国にしてみれば理解できないのかもしれないな。

 

「そろそろ出るか」

 

 蛇口を捻り、シャワーを止め腰にタオルを巻き個室を後にしようと扉を開く。

 

「お待たせしました。次、どうぞ」

 

 和真は順番待ちしているであろう人物に向け言ったのだが、返事が返ってこない。

 どうしたのかと、視線をそちら側に向けると顔を真っ赤にし、バスタオル一枚で体を隠すストーがいた。

 

「なんだ、ストーだったのか。待たせて悪かったな、お前も疲れを取ってくるといい」

 

 そう言って、扉を開けた体制で中に入ることを促すがストーはまたしても返事を返さない。

 ストーは、大きく見開いた瞳に和真を捉え茹蛸のように赤くした顔を一度上下に動かす。

 そして、もう一度繰り返すように首を上下に振りある一点を凝視したまま固まる。

 ストーの視線の先、それはタオルに隠された神秘。

 和真は視線に気が付きながらも特に気にせずに、ストーの肩に手を乗せた。

 

「ほら、他の人の邪魔になるだろ?」

 

 ストーの全身が一度大きく震え、ゆっくりと顔を上げるといつもの和真の顔がストーの瞳に映り込む。

 そしてストーは、気が付く。

 自分が和真の男の象徴を目に穴が開くほどに見ていたことを、そしてそれを和真に見られていたことを。

 ストーは、羞恥に駆られ肺の奥底から今の気持ちを込めた叫びを吐き出しそうになる。

 

「き――――」

「ちょッ!!」

 

 そして、和真に腕を引かれ個室の中に引きずり込まれた。

 多くの人が行きかう喧騒の中、奥の一室の扉が独りでに閉じるのに気が付いた人間は一人もいない。

 

「む~~~~~っむ~~~~~ッ!!」

「落ち着け、落ち着けってばッ!!」

 ストーは和真に押さえつけられるように壁を背にし口を手で塞がれていた。

 ストーの体を守っていたバスタオルはすでに肌蹴ており、大きな二つの双丘が激しく脈動している。

 和真の前で裸になっていることの恥ずかしさや、エッチな人間なんだと思われたという焦りが、ストーの思考を白く塗り上げる。

 

「ふ~~~~、むぅ~~~~」

 

 知らぬ間に涙が溢れ、和真の顔がぼやける。

 痛くも悲しくもないのに、何故涙が溢れだすのかもわからないストーは、ただ声にならない声を意味もなく出し続けた。

 和真は、ストーが息継ぎをするために奇声を止めた一瞬を見計らい、蛇口を力一杯回し、押さえつけていたストーを今度は力強く抱きしめた。

 

「ほら、大丈夫大丈夫」

 

 なにが大丈夫なのかいまいちよくわからないが、ストーの涙を久しぶりに見た和真は、昔そうしたように優しく抱きしめ背中を撫でてやる。

 すると、ストーは和真の背中に弱弱しく腕を回し静かに泣き始めた。

 

「ふぅぇえええ……」

「はいはい」

 

 ストーの泣き声は、水が床のタイルを叩く音に消されていった。

 

「もう、ひどいよあんまりだよぉ」

「ごめんごめん」

 

 和真とストーはあの後、軍装を身に纏い仮設基地内の廊下を歩いていた。

 

「びっくりしたんだからね!」

 

 そう言ってプンスカ怒るストーに、和真は素直に謝る。

 

「それより、月子さん達はどうしたんだ?一緒に行動しているモノだと思っていたのだが」

 

 ストーは、人差指を空中に突き出し円を描くようにクルクルと回しながら楽しげに話し出した。

 

「えっとね、アメリカ軍の人達とお金を賭ける遊びをしていたの!和君聞いて聞いて、園子さん凄いんだよ!一回も負けないで勝ち続けて、お札の山を築いてたんだよ!」

「へぇ~、そりゃ凄い。――――ってちょっと待て、お前一人で抜けてきたのか?」

「うん」

 

 元気に頷くストーに和真は深く溜息をついた。

 

「作戦が始まってもう一週間だ。心に余裕が持てなくなっている連中も出始めている。出来る限り、単独で行動するな」

 

 ストーは和真に中尉され、小さくなってしまう。

 和真は、理解したストーを褒めるように頭に優しく手を乗せる。

 

「皆心配しているかもしれないな、案内してくれるか?」

「うん!」

 

 和真が案内された場所は、戦術機整備ハンガーの裏手にあった大きめのテントだった。

 外界から遮断されるように作られた緊急用の野外テントは、もともと医療班に回される物である。

 そのうちの一つが、あるということはBETAとの戦争を知らない大馬鹿野郎か、余分に発注していた賢い遊び人かの二種類しかいなく、そのどちらもがろくでなしなのは、確定事項だ。

 こんな所に来るほどに、園子さん達は娯楽に飢えていたのだろうか。

 嫌、恐らくウザい連中をうまく躱すことが出来るからだろう。

 

 トイ・フラワーの皆を引きずり出してでも連れて帰るか。次の出撃のことについても相談したいし。

 

 和真がそう考えていると、突然ストーがテントに向け走りだそうとした。

 和真は慌てる様子のストーの肩を掴み、嫌な予感がしながらも尋ねた。

 

「どうしたんだ?」

「中で、園子さん達が揉め事に巻き込まれてる!」

 

 慌てるストーとは対照的に、冷静な和真はストーに自分の傍を離れないように言いストーを自分の背に隠し、ゆっくりとテントの入り口を開けた。

 テントの中では、異様な雰囲気が出来上がっていた。

 テーブル一つを挟み二つのグループが睨み合い、一つのグループが戸惑いをあらわにしていた。

 入り口から見て左側にネフレ軍の集団、右側にアメリカ軍の集団、入り口周辺にオーストラリア軍の集団。

 罵詈雑言が要撃級の集団に向け放つ劣化ウラン弾の如く飛び交い、中には腰の銃に意識を向けている者までいる。

 ただ事ではないと、誰が見ても理解出来た。

 和真は近場にいたオーストラリア軍の兵士になにがあったのかを聞く。

 

「いったいどうしたってんだ?」

「それがよ。うまいこと別々の軍の奴等が集まったからそれぞれ一人ずつ代表を出してカードしてたんだ。それでよ、金が結構膨れ上がってた時に、ネフレ軍から紫色の長髪の女が出てきてさ、瞬殺、その女が金全部持って帰ろうとしたらプレーしてたアメリカ軍の野郎がいちゃもんつけ始めたんだ」

 

 その女がすぐに園子だと気付いた和真は頭を抱えたくなる衝動を必死にこらえた。

 

「……でも、それだけならここまでひどくはならないだろ?」

「それがよ、止めに入った女の子を野郎が殴っちまってさ。それで、ネフレ軍側がプッツンよ。アメリカ軍側も仲間を庇うために正当性を主張しだして、そんで収集が付かなくなっちまったってわけさ。MPを呼ぶわけにも行かないし、ハァ……」

 

 和真は聞き終わると、ネフレ側を見る。すると、テーブルのネフレ側にトイ・フラワーの姿を見つけ、人の波をかき分けて進む。

 

「月子さん、大丈夫ですか!?」

「すみません、大丈夫です……」

 

 殴られた当の本人である月子は、千夏に濡れたハンカチで殴られた場所を冷やされている。

 ストーは、泣きそうになりながら千夏に支えられている月子の傍に寄る。

 

「あんた達、よくも月子を……」

 

 園子は、怒りを堪えるのに必死なのか握りこぶしを手から血の気が失せる程に握りしめている。

 大事にしてはいけない、和真はそう考えアメリカ軍を背にネフレ軍の集団に向き直る。

 

「皆、落ち着いてくれ、俺達はこんなことで揉めてる場合じゃないだろ?」

「お前、仲間を殴られて黙っていろって言うのか!?」

「あのアメ公は、女に手を上げたんだぞ!?」

 

 怒りの矛先が和真に向く。

 同じネフレ社の家族なのに、何故アメリカの肩を持つのかと怒りの槍が和真に次々と突き刺さる。

 和真はその怒りを受け止め、瞳で皆に訴える。

 

「あんた……」

 

 園子は、和真が言わんとしていることが理解出来た。

 そのため、くやしげに俯くと一歩下がる。

 その姿を見ていた他のネフレ軍も頭の熱が冷めてきたのか、皆押し黙る。

 和真は自分が言いたいこと、BETAと戦争をしている時に、人間同士でいざこざを起こす事の愚が自らの身を破滅に導くということが伝わったのを確認すると、ネフレ軍の集団に背を向け、アメリカ軍の集団に向き直る。

 

「今日のところは、これで御開きということでどうだろう?」

 

 和真は、アメリカ軍の側にも冷静な者がいると信じそう提案した。

 

「あぁッ!?何言ってんだ。はい、わかりましたって引き下がれると思ってんのか?まずはイカサマをしたそっちが謝るのが筋だろうが、オイ!」

 

 アメリカ軍の集団の先頭に立つ、赤髪を逆上げたショートヘアのいかにも田舎のヤンキーな男は、顔を真っ赤にし喚きたてる。

 

 彼が、園子さんとカードをしていた当事者か。

 

 和真はそう判断し、アメリカ軍側から冷静な人物が出て来るのを数秒待つが、そんな人物出てこなかった。

 和真は、アメリカ軍の集団を見る。

 皆、落ち着きがなくなっており、疲労を貯め込んでおり、余裕を失っていた。

 前線を体験したことがない連中だということがすぐに分かった。

 和真は心の中で溜息を吐く。

 

 悪役になるのは構わないが、正直めんどくさいな……。

 

 和真は、頭を下げた。

 

「ちょ、おい!」

 

 園子が驚きの声を上げる。

 

「……すまない、引いては貰えないだろうか?」

 

 静寂がテントの内部を包む。

 ネフレ側は、皆が屈辱を堪えるように歯を噛み締める。

 オーストラリア軍は、二転三転する状況についてこられていない。

 そして、アメリカ軍は――――。

 

「ハハハハ、マジかよ!頭下げたよ、コイツ」

「そりゃ、俺達の物資がなけりゃなんにも出来ない連中だもんなぁ?」

「お前等っていろんな戦場に行っては、暴れるだけ暴れて金をせびるんだろ?いいよなぁ~。さすが、銭ゲバのジプシーだぜ、俺達みたいに正義の心で戦えないのかねぇ?」

「お前達は、俺達の盾になってりゃいいんだよ!そしたら、俺達がパパッとBETAを退治してやるさ」

「この一週間で俺達の仲間は、50人死んだんだ。そのくせ、俺達の娯楽に突き合わせてやって、物資を分けてやってんだ。感謝しろよ、なぁ!」

 

 この言葉に、ネフレ側は沸点を軽く超え、オーストラリア側も沸点を越そうとしていた。

 ここにいるアメリカ軍の連中はすでに正確な判断が出来なくなっている。

 初めての戦争で、仲間の死を見せられて、集団で狂ってしまっている。

 哀れだと思う、かわいそうだと思う、だが、この空気では俺の安い頭を下げたくらいではどうしようもない。

 

 ―――イライラする。どうして、俺がこんな無駄な時間を過ごさなければならないのか。馬鹿馬鹿しい、この程度のことでカッカしてんじゃねぇよ。

 

 テント内部の空気から火薬庫の匂いがしそうなほどの異常な空間、ネフレ側の人間がアメリカ人を殴るために飛び出そうとした瞬間、頭を下げていた和真は勢い良く姿勢を戻すと黙って歩みを進める。

 

「和君……?」

 

 和真の苛立ちを感じたのかストーが、心配そうに和真の名を呼ぶが和真はそれに応えようとはしない。

 罵詈雑言を吐き出し続けるアメリカ側を無視し、勢いよくイスを引き落ちるように座る。

 机の上に積まれていた札束の山が崩れ落ちる。

 

「ごちゃごちゃ、うるせぇな……」

 

 まるでそこにいる全員が冷水を浴びせかけられたかのように、黙り込む。

 

「つまらねぇことに時間潰しやがって、こんな事してる暇があるなら、精神をもっと鍛えたらどうだ?」

「アァッ!!」

 

 赤髪のヤンキーが、和真に競うようにしてテーブルにつく。

 和真はその男に視線を合わせる。

 嫌、その男を通じてそこにいるアメリカ人全員を見ていた。

 

「いいか、一つだけ反論してやる。今作戦が始まってから、ネフレ側の死者は200人を超えている。何故か解るか?俺達は、お前達がしたがらないレーザーヤークトを進んでしているからさ。好き放題に喚き散らすのを止めはしないが、数字は入れないほうが良い。恥ずかしいだろ?」

 

 和真の前に座る男の顔は、まるで赤鬼のように紅潮する。

 

「これはお願いでは無く、提案だ。今日はもう引け、金はくれてやる」

 

 和真がそう言って席を立とうとした時、赤髪のヤンキーは不敵に笑い言った。

 

「敵前逃亡するような、腰抜け、後ろから撃っちまうかもな」

 

 イスに座りなおした和真は、冷徹な瞳で相手を見据える。

 

「それは聞き捨てならないな」

「だってよぉ~、お前みたいな腰抜けが代表して出てくるような軍隊なんて、腰抜けの集まりだろ?さっきの200人って数字も、BETAに背を向けたからじゃないのか?」

 

 アメリカ側から下卑た笑いが、巻き起こる。

 

「……なら、どうすれば俺達が腰抜けで無いと証明出来る?」

「これで、俺と勝負しろ」

 

 赤髪のヤンキーは、そう言うと机の上にある物を置く。

 それは、リボルバーの拳銃だった。

 黒く光る凶器を前にして、和真は平然としていた。

 

「ふぅん……、わかった」

「和君っ!!」

「ちょ、和真お前!」

「和真さん!!」

「やめなさい和真!」

 

 ストーに、園子、月子、千夏が和真を止めに入ろうとする。

 だが、和真はそれを拒絶する。

 

「少し、離れていてくれ」

 

 それを見ていた相手は、少し関心しながらシリンダーに弾丸を一発込める。

 

「お前名前は?」

「和真だ」

「俺は、イーサンだ。……ロシアンルーレットのルールは知っているか?」

「ああ」

 

 イーサンはシリンダーを適当に回し止める、今和真と名乗った男がどんなビビった顔をしているのか見てやろうと、顔を向けた時、イーサンは一瞬和真の瞳の色が変わっていた気がした。

 

「今なら辞めてもいいんだぜ?そのかわり、俺達は一生、お前達を腰抜け呼ばわりするけどな」

「俺が先で良いか?」

「あ、あぁ……」

 

 イーサンは、この時違和感に気が付いた。

 この和真と言う男は、眉一つ動かずにいると、もしかしたら死んでしまうかもしれないのに、こんなつまらない事で死んでしまうかもしれないのに、何故そこまで平常でいられる。どうして、自分の命に無関心でいられる。

 

 イーサンが気が付いたときには、他のアメリカ人も気づいており、ざわめきは無くなっていた。

 

「ダブルアクションか……」

 

 そんな中、和真は作業を進めるように銃口を自分の側頭部に押し付ける。

 だれも言葉を発することが出来ない。

 まるで悪い夢でも見ている気分を全員が味わっていた。

 撃鉄が起き上がる。

 

「和君、やめ―――」

 

 撃鉄の叩く音が静かに響く。

 

「あ……」

 

 ストーは、その場に座り込んでしまう。

 千夏と園子は、目を大きく開け、月子を口元を押さえていた。

 イーサンの脳は理解出来なかった。

 

 泣いて詫びるものだと考えていた。

 なのに、なんだこれは……。

 

 黒く光るリボルバーを見る。

 

 次は、俺……。

 

 汗が顎から落ちる。

 心臓が口から飛び出してしまいそうだ。

 

 どうする、どうする!

 

 イーサンは壊れた人間の恐怖を見た。

 

「……」

 

 和真は無言で引き金を引き続ける。

 乾いた音が静まり返るテント内を満たし、時折小さな叫び声が聞こえて来る。

 装弾数は6発、和真は5回目の引き金を引いた。

 最後の一発、誰も動くことが出来ない。

 イーサンは理解の外側の存在に恐怖していた。

 その黒い狂気がイーサンに向けられる。

 イーサンは声を発することも出来ない。

 

「俺の勝ちだ」

 

 引き金に和真の指が伸びる。

 殺される。イーサンはそう思った。

 その時、突然空を切るように腕が伸び和真の手に握られた銃口が天を向く。

 

「は~い、そこまで」

 

 和真は、銃身を握る腕を辿り相手を見る。

 

「よ、久しぶりだな。英雄志願者」

 



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疑問

 深夜の暗闇の中、無着色に塗りつぶされた遊歩道、風も無く、息吹も無く、心音も無く、月明かりと言うライトに照らされた絵画の世界、もしくは活字ばかりの小説の一頁、すべては妄想想像空想、誰にも邪魔されず干渉されず、淡い孤独をスパイスに楽しむ。

 

「銃口、人に向けるのはどうかと思うけど、そこんとこどうよ中尉さん?」

 

 キツネのような細い目、人を小馬鹿にしたようなアヒル唇、ワカメのような天然パーマ。

 そんな風貌の優男は、無駄に手入れされた爪と指を見せつけるかのようにリボルバーのグリップを握る和真の手に被せるようにして握り、銃口を天に向けていた。

 和真は握られている手を振りほどき、慣れない手つきでシリンダーラッチを押しシリンダーを押し出すと、静かにエジェクターロッドを押し残されていた弾丸を取り出す。

 その動作が、事の成り行きを見守っていた者達に違和感を与える。

 そしてそれに気づいた者達から、順に全身に鳥肌を量産していく。

 命への無関心、まるで爪を爪切りで切り取るのと同じ感覚で引き金を引いていた。

 後方の常識から脱した存在、前線とはこのような人間を生み出しているのか。

 テント内にいたアメリカ人達は、そこで気が付く。

 いくら取り繕うとも、ここでは自分達が圧倒的にアウェーであると。

 だが、今この時だけの世界の中心はそんな彼等を放置し時間を進ませていた。

 

「……お前は?」

「ネフレ第二町欧州方面軍・ボマーズ大隊所属 アイバク中尉だ」

 

 そう言いながら敬礼するアイバクに和真も続く。

 

「トイ・ボックスの五六和真中尉だ」

「知ってる知ってる!」

 

 そう言ったアイバクに対し和真は、手に持っていたリボルバーの拳銃をテーブルの上に置くと腰に手を置き挑発的に笑みを作る。

 

「俺もあんたらの事は良く知っているよ、ボマーズ。明星作戦以来だな」

「あん時と同じで、相変わらず無茶しちゃってんよ?英雄志願者」

「そんな風に呼ぶな、気持ち悪い……」

「おや、ご機嫌ななめ?」

「あぁそうだ。―――俺は今、すこぶる機嫌が悪い」

「ふぅ~ん……。だってよ、ヤンキー。それ、しまっといた方が懸命じゃね?」

 

 アイバクが和真の後方で、椅子に座りながら冷や汗を垂らすイーサンに助言する。

 

「ッッ!」

 

 イーサンは、一週間ぶりにありつけた食料を抱き込むようにリボルバーを腕に抱える。

 

 和真は、アイバクが後方のイーサンに声をかけたのを見てから、遠い過去の顔見知りに遭遇したように、ダルそうに振り返る。

 

「これで、腰抜けで無い事は証明されたか?」

 

 イーサン以下、他のアメリカ人は何も発しない。

 

「じゃ、これでうちら帰りますんで!」

 

 アイバクがそう声高に言うと、ネフレ側もオーストラリア側も皆浮かない表情で出口に向かい始める。

 その時、俯き震えていたイーサンが耐えられない、理解出来ないと叫ぶ。

 

「そんなだから……、自分の命すら平気で切り捨てられる奴だから、だからお前達は仲間を平然と見殺しに出来るんだッ!」

 

 皆がその声に足を止めイーサンを見つめる。

 イーサンは、自分を見つめる人間達の顔が能面の様に表情を失っていることに一瞬たじろぐが、堪え言った。

 

「俺は……、俺達アメリカ軍人は、決して仲間を見捨てないッッ!」

 

 その言葉を、和真は受け止める。

 すると、イーサンの後ろで何も出来なかった他のアメリカ軍人達もイーサン同様決意の炎を宿した。

 空気はいつの間にか、熱いモノへと変わっていた。

 それは羨望だったのかもしれない。

 無くしたモノを見せられたからなのもかもしれない。

 戦場に行くと決めたその日、誰もがそう願いそうなろうと戦い、いつしかそれを可能とする力が自分にはないと気が付いたその時から、なるべくそうしようと消極的に考え、誰かを見捨て正しいのかもわからない任務を達成することで、失った1が100を救うと信じ、頭の片隅に置いておくだけとなった初心な願い。

 目の前に立つアメリカ軍人達は、過去の自分の姿だった。

 だからだろうか……、多くの戦場を体験してきたネフレ軍の者達は先輩のように、導き手のような表情になるのに対し、和真の瞳は濁った氷のようになってしまったのは―――。

 

「―――ここは地獄だ。そんな甘えが通用するような場所ではない」

 

 和真が発した言葉は、前線で戦う者達からすれば当たり前の前線の常識である。

 それでもイーサンは引かない。

 

「それでもッ!俺は諦めない!!」

「あくまでも、―――拘るか……」

 

 ひらひらと舞い落ちる枯葉のように、苛立ちが募る。

 目の前の人間達が、自分と重なって見える。

 和真は、鑑写しの自分を客観視しているかのように苛立つ。

 

 なるほど―――と理解した。

 傍から見れば、俺自身がこう見えていたのだろう。

 さらに、変に力を持つ俺はやっかい極まりない存在だったに違いない。

 ザウルやリリア、アナトリー達はこんな気分だったのか。

 ならば、俺がすることは―――。

 

「ここは戦場だ。だから、さっきも言ったように必ず、どうしようも無く助けることが出来ない者は現れる。そんな者を救おうとすれば、自分だけでなく仲間まで危険にさらすことになる。―――わかっているか?」

「分かっている……。わかった上で言ってるんだ!」

「何故そう言い切れる」

「その想いを抱いて、ここに来たからだ」

 

 そう言うイーサンを和真は鼻で笑う。

 

「何が可笑しいッ!」

「50人―――」

「ッッ!!」

「救えなかったんだよな、見捨てたんだよな?」

「ち、違う……」

「違わない、お前達は仲間を決して見捨てないと言いながら、見捨てたんだ。―――仕方がなかった、どうしようもなかった、一瞬だった。どれだけのお題目を並べようとも、それは見捨てたのと同義だ」

 

 冷水を浴びせられた羞恥に耐えるかのように、アメリカ軍人達は歯を噛み締める。

 

「なら―――ッ!」

「ならば、さらなる力を身につけろ。―――想いの力なんてあやふやな、己しか納得させることが出来ない力ではなく。真の力、大切な人達を死なせないための力だ」

 

 和真が捲し立てた言葉の数々は、イーサン達の根底を否定しているに等しかった。

 それだけ、暴力的な言葉を浴びせられ、それでも50人と言う数字が反論の言葉を堪えさせていた。

 

「……教えてくれ、お前の言う力とはなんだ」

 

 絞り出すように、冷静に選び出された言葉を発したイーサンは和真の瞳を捉える。

 和真は、腰に手を回すと見せつけるように逆手に持ったククリナイフを見せつける。

 

「―――これが、俺の力だ」

 

 不気味に刃の部分が黄色く淀んだククリナイフは、和真のありようを見せつける。

 狂気であり、凶器であるそれが和真の歴史を物語る。

 

「……俺は、死人を少しでも減らすために己を鍛え続ける」

「それでも……、さらなる力を手に入れても救い出せない人がいた時、お前はどうする……?」

 

 和真は、ククリナイフを鞘にしまい込むと、冷めているようで激情を秘めた瞳で言った。

 

「その命のすべてを活かし、より多くの者を生かす」

 

 和真はイーサン達に背を向けると出口に向かい歩みを進めた。

 そして出口手前で足を止めると、まだ言いたいことがあったと横目でイーサンを見る。

 

「俺の言ったことは、俺の今までの経験から得たモノだ。俺の得たモノよりもより良いモノが見つかったら、その時はすまないが……、それを教えてくれ」

 

 和真はそう言うと、今度こそ出ていく。

 それに続くようにして成り行きを見守っていたネフレ軍、オーストラリア軍が出ていき、活気に満ちていたテント内を静寂が支配する。

 

「……イーサン」

 

 アメリカ軍の一人がイーサンの肩に手を乗せる。

 だが、イーサンはそれに応じず叫んだ。

 

「なんだよ、なんなんだよッ!――――チックショオオオッ!」

 

 

 テントを出た後、皆浮かない顔をしながらもそれぞれの持ち場に散っていった。

 和真達は仮設補給基地ドルーの大通りに出ていた。

 通夜の帰りのような雰囲気の中、俯き肩を震わせながら和真の後を健気について歩くストーの姿を見ていた千夏は堪り兼ねると、和真に注意しようとした。

 

「和真、あなた―――っ」

 

 だが、それは和真が先に制した。

 

「アイバク中尉、俺になにか?」

 

 一人口笛を吹きながら和真達についてきていたアイバクは、忘れていたと髪を掻きながら言う。

 

「あぁ~、そうそう楽しんでたから当初の目的忘れてた。今回の大規模内陸部進出とさらに広大になった防衛線の構築、どう思う?」

「時期尚早だと、言いたいところではあるが仕方がないだろう」

「ふむふむ……」

「アメリカやネフレ、オーストラリアからの武器弾薬の補充も無限にあるわけでない、それにBETAの進行頻度は明らかに減っている。今のうちに防衛線を広げ前進し、敵の喉元にナイフを突きつけるだけの準備をしておきたい。もしくは、BETAの総数自体が減少したことによって他のハイヴからの増援が来る前に叩き潰して起きたい。……上の考えは、こんなところだろ」

「でも、そこが恐ろしい」

「あぁ、BETAが一極集中的に進行を開始した際に、戦線に穴が開く確率が高くなる」

「後は、中段と下段で戦っているヨーロッパの連中の頑張り次第か」

「この作戦は、欧州連合の働きにすべてがかかっているからな……」

 

 

 フランス領ヴァンドーム

 

 ハイヴが既に建造されつつあるブロアから約30㎞の位置に存在するかつての都は、見るも無残に荒れ地と成り果てその荒野を爆炎の黒と血の赤が染め上げていく。

 踏みしめた大地が激情し震えひび割れる。

 光の矢と劣化ウラン弾が上空でぶつかり合い空の青を塗りつぶす。

 ひときわ大きな光が瞬けば空気が爆ぜ炎の通り道となる。

 美しくも危険な世界を駆け抜けるのは、東ドイツ軍の最新鋭機MiG-29OVTファルクラムであった。

 ソ連機にアメリカの思想をねじ込み生み出された異端児ファルクラム、赤銅色の雑種は雑種に相応しく地べたを這いずるかのように、BETAの群れをかいくぐる。

 戦車級や要撃級、突撃級など雑兵すべてを無視し、この戦場の支配者に着実と距離を縮めていく。

 

「CP、こちらクゥパー01、目標の重光線級まで残り300m、攻撃を開始する」

 

 クゥパー01は、そうCPに告げると了解を待たずしてロケットモーターを奮い立たせ、氷床を滑るように加速した。

 左手に展開されたモーターブレードが、バターを切るように滑らかに、突撃級の脇腹を斬り上げる。

 それと同時に、前方に群れていた戦車級に対し後方のクゥパー03とクゥパー04が散弾の雨を降らせ、戦車級を細切れに変える。

 クゥパー02の戦術機が、初期照射のアラームをけたたましく鳴らす。

 BETAの波の向こう側には、重光線級が逆毛を上げ睨み付けていた。

 慣れ親しんだ子守唄の如き戦術機の悲鳴を無視し連続ブーストジャンプ、まるで三段跳びをしているかのように次々とBETAを盾にしながら突き進む。

 重光線級はすでに目の前、直立不動の構えを持って狙いを定める。

 しかし、クゥパー02のファルクラムはそれより僅かに速かった。

 まるで、槌を振り下ろすかのように頸部の大型モーターブレードを重光線級の頭上から叩きつける。

 固い表皮からは血潮と火花が飛び散る。

 だが、よろけながらも重光線級はその瞳に光を宿していく。

 クゥパー02のファルクラムの対レーザー蒸散塗膜が剥離していく。

 クゥパー02は、フットペダルを踏みしめ跳躍ユニットを最大噴射、抉り取るようにしてファルクラムの右足は重光線級にめり込み続け、そして重光線の瞳から水晶体のような何かが零れ落ちたところで、重光線は崩れ落ちた。

 瀕死の魚のように痙攣する重光線から頸部を引き抜くと、一際大きく跳ね上がり動きを止めた。

 この一連の動作が、BETAを機械ではなく生物なのだと、確信させる。

 

「CP、こちらクゥパー01、目標の沈黙を確認……、帰投する」

『こちらCP、了解した』

 

 帰路につく中で、クゥパー02が通信を開き小隊長に質問した。

 

「隊長、あの話は本当なのでしょうか?」

「対BETA戦専用の戦略兵器のことか?」

「はい、アメリカ軍が独自に開発したとの話ですが、もしかすると日本の横浜で使用された新型爆弾なのではないかと、皆不安がっています」

「……私も、詳しいことは知らんが大隊長の話では核よりもクリーンな兵器なのだそうだ」

「……信じて、宜しいのでしょうか?」

「知らん……、ただ、我々は任された任務をこなせばそれで良い。それが、飢えた民を生き長らえさせる唯一の方法なのだから」

「……はい」

 

 

 同時刻ネフレ第一町社長室

 

 地球の反対側で、血で血を洗う戦争が行われている中無防備な平和をまるで義務であるかのように甘受していたレオは、ミアリーの報告を聞いていた。

 

「アメリカ、オーストラリア、ネフレ軍管轄区では前線拠点をドルーへと移しシャルトル、エヴリー、シャトーダンを要塞陣地化し、防衛線を押し上げることを決定いたしました。欧州連合軍、東欧社会主義同盟軍は、先ほどヴァンドームの奪還に成功したと発表しました。ドイツ、フランス、カナダ、国連軍もアンジェとラ・フレーシュの要塞陣地化に成功し、また、四日後の25日から、トゥールに向け攻撃を開始するとのことです」

「被害規模はどうかな?」

「当初の予定を少し上回りましたが、今現在では三割と言ったところです」

「ふむ……、アメリカ軍はやっぱり例のおもちゃを持ち出して来たかい?」

「はい、彼の有名なスカンクワークス最高責任者クラレンス・リッチ氏が態々前線まで赴いていたことを考えればわかり切っていたことですが、確定事項へと変わりました」

「他のハイヴの状況は?」

「勘ぐりたくなるほどに静かにしています」

「……なるほど、なら我々も準備をはじめるとしよう」

「はい」

 

 

 2001年2月21日20:00

 

 仮設補給要塞陣地ドルー戦術機整備ハンガー裏手のテント

 二時間ほど前まで騒がしく暑苦しく殺伐としたテント内、剥き出しの豆電球が要塞陣地内を戦術機が歩くたびにゆらゆらと揺れている。

 そんな豆電球の真下、小汚いテーブルに肘をつき、着いていたのは和真だった。

 テーブルの上には、小さなウォッカのビンとプラスチック製のコップが一つに灰皿。

 和真は、コップの中に並々注がれたウォッカを一口で呷り、右手に持つタバコの灰を灰皿に落とした。

 すると、テント内の空気が一瞬ひんやりとし、換気された。

 入り口を見るとそこには、やはり人を小馬鹿にしたような表情のアイバクがいた。

 和真はアイバクを横目で確認すると、興味がないとウォッカをコップに再び注ぐ。

 アイバクはやれやれとジェスチャーすると、和真の対面に腰掛けた。

 

「……お前も暇人だな」

「まぁね、あんたなら多分ここにいるだろうと思ったよ。雰囲気的に人混みの中にいたいと思うような奴じゃないと思ったんでね」

「あっそ……」

 

 和真は天井から吊るされた蛍光灯に向け、紫煙を吐き出す。

 

「その様子じゃ、あの後姉ちゃん達に叱られたか?」

 

 アイバクはそう言うと、愉快だと笑う。

 

「……別にそんなことはどうでもいいだろ。で、俺に何か様か?」

「話の続きがしたくてね」

「続き?」

「そうそう、今回のバレンタイン作戦ってさ国連軍が仕切ってんじゃん?」

「……」

「俺が思うにさ、俺達って、上の連中の出世競争の駒にされてね?」

「なにを言ってんだ……、俺達衛士は元々駒だろ?」

「そうだけどさ~、俺はそんなつまんねぇ事に利用されて死にたくないね」

「なら、利用されないように祈ってろ。今となってはそれくらいしか出来ない」

 

 和真はそういうと、コップ内のウォッカを飲み干す。

 

「祈ってるだけじゃ、自分の命を守る切れないね。断言するよ」

 

 和真はタバコを灰皿に押し付けると、アイバクと目線を合わせた。

 すると、アイバクは小瓶に残されていた残りのウォッカを飲み干す。

 

「……協力しねぇか?」

「協力?」

「このペースで広大な内陸部奥深くに防衛線を引くのは間違っている。そのしっぺ返しは、近いうちに必ず起こる。五六中尉、もし、そうなったとき俺達は真っ先にもっもと危険な戦地に送られる。そこが終わってもその次、またその次と、命がいくらあっても足りない。なら、自分達の命を自分達で守る必要があると思わないか?」

「……敵前逃亡に加担しろと?」

「初めからじゃない、もっともヤバイ所を片づけたら、別の無理難題を突きつけられるより速く、後方に下がってしまえばそれでいい。その時は、アンタの突破力が必要になる。……協力してくれないか?」

「他の連中はどうする、見捨てるのか?」

「あぁ、あのアメリカ人みたいな奴等の事か?その心配は無いな!あぁ言った口だけの連中ってのは、BETAの糞共の真の恐怖を目の当たりにした瞬間に逃げてるね。口だけでなく実践してみせた奴なんて、俺は一人も見たことが無い。おっと失礼、あんたがいたから一人は知っているってなるな」

「……お前、軍人として口にしちゃいけないことを良くペラペラ言えるな?」

「俺は国連軍の軍人では無くてね。俺はネフレ社の軍人、いや、社員だからな。ネフレ社からの命令なら何の不満も無いし、同じネフレ社の家族なら喜んで死地に駆けつけて救い出すさ。……明星作戦の時のアンタのようにな」

 

 そう告げるアイバクから視線を外さずに和真はタバコを咥え火をつけた。

 

「悪いが、俺はネフレ社の人間であると同時に国連軍人だ。それと、危険地帯に派遣される率が高くなると言ったな。……望む所だ。俺はそのためにここにいると言っても過言ではない」

 

 一瞬悲しげな表情をしたアイバクに和真はタバコを一本渡す。

 アイバクがそれを咥えると、和真は火をつけてやった。

 

「はぁ~、振られちまったか。死にたくねぇなぁ……」

 

 そうわざとらしく言うアイバクを和真は薄く笑った。

 

「良く言うよ。お前達なら自力でなんとか出来るし、今までもそうしてきたんだろ?」

 

 明星作戦の時に、彼等に救われその実力と手際の良さを間近で見ていたからそう断言出来た。

 

「お前の言い方だと、俺もついでに連れて帰りたいって風に聞こえたぞ?」

 

 アイバクは、和真にそう言われると鼻から勢いよく紫煙を吹き出した。

 

「俺はお前が気に入ってんだよ。だから、こんな所で逝かせる訳にはいかねぇ」

「なんだ、愛の告白か?悪いが俺は男に興味が無くてね、余所を当たってくれ」

「違ェよ馬鹿野郎!ほら、たまにいんだろ?死なれたらヤベェって直観で理解出来る奴」

 

 それは心理現象なのか、相手の魅力なのか、それは定かでは無いがそういった事はたまにある。

 コイツにもし何かあれば、なにか良くないことが起こると直感で理解出来る時が、俺にとってのそれは、レオだった。

 

「なら、精々死なないようにするさ」

「おぉ~、そうしろそうしろ!」

 

 テント内を満たしていたタバコの煙が換気され晴れていく。

 それはまるで、知人と友人の境界のフィルターを取り除いているようだった。

 



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イーサン

 この世には永遠の純白なんてモノは存在していない。

 色としての純白は、埃や光など様々な物がそうさせる。

 肉体的に言えば、赤子は生まれた瞬間に純白ではなくなる。穢れを知ってしまったからこそ、すべての赤子は泣くのだ。

 精神の純白も、人を知り世界を知り罪を知れば、濁ってしまう。

 神から与えられた純白を個人色に塗りつぶしていくことを、進化と呼ぶのか劣化と呼ぶのか……。

 いずれにしろ、それは明らかに神への冒涜と呼べるだろう。

 ならば、我等人とは等しく堕天なのか。

 

 否―――。とは、言えなかった。

 有象無象の知識の宝庫である図書館から、目当ての本を迷うことなく見つけ出すように、潜伏していた私を見つけ出した存在。

 それは、真の純白、堕天を知らぬ乙女。

 穢れなく生き長らえたからこそ、汚れた者達は皆彼女から逃げ出してしまったのだろうか―――。

 私には、そう見えた。

 

「私から逃げることは出来ない。隠れてないで出てきて、メアリー……」

 

 仮設補給要塞陣地ドルーの端、人影は無く街灯が寂しげに輝いていた。

 戦地と安息地の境界に建てられた鉄格子に背を預けストーがそう言うと、影の中からメアリーが姿を現した。

 

「ESPの力ですか……。さすが第六世代、あなたの前では仕事が出来そうにない」

 

 メアリーが姿を現したのを確認すると、軋む鉄格子から背中を離し歩みだす。

 ストーからは、普段のあどけなさが消えており、代わりに凍えそうな程の何かを秘めた瞳を携えている。

 その姿は、まさに氷である。

 美しく不純物の無い凶器、以前和真が消えていた時の彼女の姿だった。

 

「そんな事はどうでもいい……、今すぐに社長と話がしたいの。あなたなら、出来るはずよね?」

「確かに、社長との直接回線を持つ私なら、出来ますが……、一体どうするつもりですか?」

「社長に、どうしても確認したいことがある。私にとってとても大切なことが……」

「はぁ……、五六中尉の事ですか。あの人のどこにそんな魅力があるのか……」

 

 メアリーのその発言にストーは苛立ちを露わにする。

 

「和君の事をなにも知らないで勝手に決めつけないで!」

 

 メアリーは愉悦に打ちひしがれるように体をくねらせると、湿った唇を指でなぞった。

 

「少なくともあなたよりは彼の事を知っていますよ……、あなたよりは、ね」

「―――ッ!!」

「でも……、他の雄よりも劣る彼が足掻くその姿は、母性欲をくすぐられる……、そう、ですね。彼に魅力を感じはしないが、独占したい。身体と心、その両方を雁字搦めにしたい」

 

 その瞬間、メアリーは突然の眩暈に襲われる。

 眼前が七色に回り、脳の芯を金槌で殴り続けられるような不快感。

 

「くっ……」

 

 膝をつくメアリーを見下ろすのは、純白の乙女。

 手を汚すことなく、相手を屈服させるその力はまさに天使に等しいモノだった。

 

「プロジェクション……、ですか?」

「そう、私の思考を画や色で伝えるこの力を応用すれば、こんなことも出来る。あなたの心を壊すことも……、だから、下手な挑発は止めておいた方が良い」

 

 すると、メアリーは苦しげに両手を上げた。それは、降参を意味していた。

 

「なら、レオと話が出来るようにして……今すぐに!」

 

 

 2001年2月22日

 フランス領サンヴィル

 

 アメリカ陸軍の対BETA戦の花形戦術機であるF-15Eストライク・イーグルで編成されたブラッド中隊は国連軍司令部の決定により要塞陣地をシャルトルに築くために哨戒任務を言い渡され、サンヴィル周辺の索敵及び、地中と地表両面に振動波探知センサーの敷設作業を行い、今帰路に就こうとしていた。

 

「これでこの周囲へのセンサー敷設は完了だな」

「BETAも死骸ばかりで、戦術機を出す意味があったのかしら?」

「機甲部隊がこの辺り一面のBETAをキレイにたいらげちまったからな。俺達は、奴らの残飯を片しながら地道にやっていくしかないのさ」

「それにしてもさ、昨日のアレ……今思い出してもイライラが止まらないよ」

「でもあれは、俺達がネフレ社の女を殴っちまったから……」

「なに言ってんだい!あれは、揉み合いになってた時にあの間抜けが出て来たから肘がぶつかっちまったんだ!事故だよ事故!」

「それにしても災難だったなイーサン」

「うん、なにがだ?」

「なにがって……、ほらアイツだよ。偉そうに上から目線でお前に説教してきた、気が触れた野郎のことだよ」

「あぁ……」

「なんだよイーサン、腹立たねぇのかよ!」

「嫌、なんて言うか……」

 

 俺は、どうしてアイツにあんなことを言ったのだろうか……。

 ただの意地の張り合い、嫌もっと低俗なモノだった。

 そこから、何故想いの話なんかになってしまったのか……。

 あの時の言葉が思い出される―――。

 

 ならば、さらなる力を身につけろ。―――想いの力なんてあやふやな、己しか納得させることが出来ない力ではなく。真の力、大切な人達を死なせないための力だ。

 

 その力とはなにを指しているのか……。

 あの男ですら確証が持てない真の力とは、どのようなモノなのか……。

 嫌、今考えるのはよそう―――。

 俺は仲間を一人も死なせたくない。

 そのために、出来ることをするんだ。

 

「おい、イーサン!」

「楽しいお話はそこまでだ馬鹿野郎共」

 

 ブラッド中隊の中隊長が、話がややこしくなる前に喝を入れる。

 

「昨日は俺のいない間に好き勝手したらしいな、うん?向こうさんがこの件に関して、手を引いてくれなければ今頃俺は、エジプトで掃き掃除をさせられている所だったんだぞ?えぇおい。それだけじゃねぇ、テメェ等は我らが古き栄光に笑顔で泥を塗ったんだ。許せねぇよなぁ~、イーサン?」

「イエッサー」

「そうだろうな~、喜べクソ野郎共ッ!帰ったら腕立て200に腹筋300を2セットに俺が良いと言うまで、ランニングだ。たるんだ贅肉を絞り落としてやるッ!」

その喝にブラッド中隊の衛士達は声を揃えて返事を返した。

「サーイエッサー!」

 

 最後の地中振動波探知センサーの敷設が完了し、帰投のために12機のストライク・イーグルが跳躍ユニットに火を灯し始めるとそれは起こった。

 まず初めにそれに気が付いたのはイーサンだった。

 

「なんだ……?」

 

 網膜投影システムに映し出された各センサーのグラフが上下に振れ始めたのだ。

 そしてブラッド中隊の仲間達も気が付き始める。

 

「音紋センサー並びに両振動波探知センサーにも感有り!これはBETAの地中進行ですッ!」

「解析結果出ました!出現予測位置は……、真下ッ!?」

 

 イーサンは仲間達の焦る声を聞きながら、目視で世界の変化を確認していた。

 それは、まるで地面が裏側から耕されているようだった。

 

「全機緊急離脱!」

 

 中隊長の命令が達せられるよりも早く、ブラッド中隊のストライク・イーグルは前方にブーストジャンプした。それは、日頃からアメリカ本国で行われている潤沢な時間と設備による訓練の成果である。

 ただし、いくら世界各国の対BETA戦の情報を集めそれを元に訓練を積んでいたとしても、それを嘲笑うかの如き行動を取るのがBETAである。

 

「ぐアァッッ!!」

「隊長ッ!」

 

 中隊長が乗るストライク・イーグルは跳躍ユニットを突撃級に破壊され頭部から勢いよく倒れ込んだ。

 原因は本来ある程度固まって地中から飛び出して来るBETAが、今回に限り好き勝手に範囲を広げ、ばらけながら飛び出して来たためである。

 その内の一体の突撃級にやられたのだ。

 イーサンは目の前で砂埃を上げながら倒れ込む中隊長のストライク・イーグルの片手を取り、ロケットモーターを最大噴射、中隊長のストライク・イーグルを半ば引きずるようにして、BETAの噴火から逃れる。

 着地すると、ブラッド中隊が当たりを囲み、突撃砲を構えた。

 

「隊長、中隊長!返事をして下さいッ!」

 

 中隊長からは返事が返ってこない。

 嫌な予感がイーサンを襲う。

 

「……すまない、もう大丈夫だ」

「隊長!―――良かった、今すぐベイルアウトして下さい。一端この場を離れ体制を整えた後に援軍を呼びます」

「いや、お前達だけで先に行け……」

「隊長、なにを!」

「今確認したが、跳躍ユニットと足が持っていかれてる上に、コックピットブロックが歪んでいる。脱出は不可能だ、だから私を置いていけ、ブラッド中隊の以降の指揮はイーサン、お前に任せた」

「なにを馬鹿なことを―――ッ!」

 

 その時、昨日の和真の言葉がイーサンの脳裏に過る。

 

 どうしようも無く助けることが出来ない者は現れる。そんな者を救おうとすれば、自分だけでなく仲間まで危険にさらすことになる。―――わかっているか?

 

 わかっている―――、わかっているんだ、そんな事はッ!!

 でも、中隊長には家族がいるんだ!

 帰りを待っている人がいるんだ!

 悲しむ人がいるんだ!

 俺にだって……。

 

 イーサンは、故郷であるアメリカに一人待つ母の姿を思い出す。

 

 戦争で父が死に、兄までもが死んだ。

 BETAに殺された。

 遺体すら帰って来なかった。

 それでも、俺の前では常に笑顔で、いつもと変わりなくて……。

 だけど、寝室で一人で泣いていたんだ!

 あんな姿を、母のような姿を、悲しみに暮れている姿を、これ以上見たくないッ!

 だから俺は―――ッッ!

 

「隊長、すみません……、その命令を聞くことは出来ない!」

「貴様何をッ!?」

「アラン、エリス!近接戦闘短刀の使用を許可する。隊長の戦術機のコックピットブロックを破壊し、管制ユニットを引きずり出せ!」

「「了解!」」

「残りは横陣の隊形を取れ、二段撃ちだ!」

 

 ブラッド中隊の了解の唱和の後にストライク・イーグルの群れは隊形を整えた。

 前列のストライク・イーグルはニーリング・ポジションを取り後列はスタンディング・ポジションで突撃砲を構える。

 

「HQッ!こちら、ブラッド中隊、ブラッド02!応答せよ!」

「こちらHQ、どうした?」

「BETAの地中進行だ。ポイントN-3-245、大隊規模のBETA群を確認、現在ブラッド中隊、中隊長機の機体が中破、幸い中隊長は無事だが主脚並びに跳躍ユニットが使い物にならなくなっている。また、コックピットブロックが歪みベイルアウトも不可能だ。そのため我々は、近接戦闘短刀を使用しコックピットブロックを外部から破壊し、中隊長を救出する。敵BETA前衛群との彼我距離は4000、混成は不明!救援を要請する!」

「HQ了解、救援可能な部隊を抽出し向かわせる。しばし待て」

「ブラッド02、了解」

 

 その時、アランとエリスが悲鳴に近い声を上げる。

 

「隊長、隊長ッ!」

「どうした!?」

「隊長のバイタルフラットです!」

「カウンターショックだ!」

「は、はい!」

 

 中隊長の心臓は、なんとか動き始める。

 しかし、意識は未だ取り戻していなかった。

 中隊長は、今までやせ我慢しながら、それでも隊のことを考えていた。

 

 それに比べ、俺は―――ッ

 

 イーサンを後悔が襲う。

 これで良かったのか、どれが正解なのか、なにが間違いなのか。

 ただ、選んだのはイーサンであり、それ以外の誰でもない。

 選んでしまったのなら、それを正当化するために行動を起こさなければならない。

 それは、軍人以前に大人として当たり前のことだ。

 

「イーサン!BETAの識別が完了している。混成は、突撃級に要撃級、戦車級だ」

「光線級は?」

「……確認しきれていない」

「わかった……」

 

 光線級がいるかもしれない。

 それはつまり、頭一つ出した瞬間に溶かされる可能性があると言うこと……。

 中隊長機を二機で保持し、噴射地表面滑走で後退することは分が悪すぎる。

 ブラッド03が叫ぶ。

 

「前方突撃級、距離3500!」

 

 イーサンは、覚悟した。

 生き残る覚悟を―――。

 

「アラン、エリスは隊長の救出を最優先だ」

「「了解!」」

「残りは……、分かっているよな?」

 

 その問いかけに対し、ブラッド中隊の衛士達は答えた。

 

「当たり前だ」

「何年の付き合いだと思ってんだよ?」

「……もう誰も死なせたくないからね」

 

 イーサンは、瞼を一瞬閉じる。

 そして、開けた時には、世界最強の軍隊に所属する猛者の顔へと変えていた。

 

「第一小隊は突撃級の足だけを狙え」

「「「了解」」」

 

 ニーリング・ポジションを取っていたストライク・イーグルの一個小隊は、バレットXM500に酷似したAMWS-21支援突撃砲を構える。

 

「第二小隊は突撃級の隙間から溢れだす戦車級を刈り取れ」

「「「了解」」」

 

 スタンディング・ポジションを取る第二小隊のストライク・イーグルは、AMWS-21突撃砲を両手に保持し構える。

 

「第三小隊は、要撃級の相手だ。劣化ウラン弾をたらふくくれてやれ」

「「「「了解」」」」

「訓練通りにすれば、万事OKだ。絶対に、皆で生き残るぞッ!」

 

 ブラッド中隊の衛士達は、負けを知らぬと叫ぶ。

 

「了解!」

「距離3000!」

「放てッ!!」

 

 砂埃を巻き上げ、まるで地表すれすれで音速域を超えるスピードをだすかのように、爆音と地響きを轟かせ大地を削る突撃級は、ある一定のラインから進めずにいた。

 すべての突撃級は死んでおらず、瀕死の重傷を負っている訳でもない。

 ただ、片足すべてを穿たれ跪いているだけだった。

 ただし前に進むことしか脳に無い脳筋な怪獣は、次々と玉突き事故をお越し身動きを取ることが出来ずにいる。

 それを成しえているのは、第一小隊のストライク・イーグルが保持するAMWS-21支援突撃砲と衛士の腕であった。

 突撃級の隙間から這い出す戦車級も即座に蜂の巣に変えられ、大きく迂回するしか方法が無い要撃級も成す術無く絶命していく。

 その光景は、ある一つの揶揄を前面から否定するに等しかった。

 それは、アメリカ軍人は対BETAでは無力であると言うことである。

 これは、アメリカ人の若者の多くが前線を経験していないことから、そう言われているが、そんなことは無かった。

 現時点で世界最大の国家は、世界最大の育成費、世界最高の訓練施設、世界最長の訓練時間を提供することで、衛士を作り上げる。

 それは対BETA戦で疲弊した国家には成しえない、もっとも平均的に強い衛士を合理的に生み出していた。

 また、この状況を見ればアメリカのドクトリンもある種先見の明があったと言える。

金の掛かる第三世代機を作らずに、まともな値段で信頼性の高い第二世代機の能力向上と大量生産。

 ハイヴを攻め落とすと言う無理難題を戦術機に任せるのではなく。

 あくまで、戦術機は広大に蔓延る地上のBETAの殲滅に的を絞った運用を行う。

 戦術機に危険な近接格闘戦をさせる必要性など無かったのだ。

 ブラッド中隊は皆が平均的に強かった。

 装備も機体も戦術も、すべてが互いにプラスの効果を生み出し最大戦火を短時間で築き上げていく。

 しかし、後方ではどうしても鍛えることが出来ないことがある。

 それは訓練などではどうしようもない、人間のパーツであり、それがブラッド中隊のプラス効果をマイナスに落とそうとしていた。

 その正体は心であった。

 

「くそ、数が減らねぇ!」

「よく見ろ、着実に減ってるだろうが!」

「まだ、終わらないのかアラン!」

「もう少し待ってくれッ!」

「要塞級まで、出てきやがった……」

「援軍はどうなっているんだ!?」

 

 イーサンはストライク・イーグルの外部カメラを通し周囲一帯を目視する。

 見渡す限りの肉の塊、近づかせてはいない。

 光線級がいないのなら、なんら危険は無い。

 だが、巨体が横たわり醜悪な姿を痙攣させ、赤とも青とも緑ともいえない液体を垂れ流す光景は、心を圧迫させていく。

 部隊の残弾は、まだ余裕がある。

 HQからの通信によれば、近隣の部隊が救援に向かって来てくれているらしい。

 もう少し、もう少し耐えれば帰れる。

 その時イーサンは気づいてしまった。

 見ないようにと、現実逃避していた眼にそれは入り込んでしまった。

 そこに浮かび上がっていたのは、15の数字だった。

 

「えっ……」

 

 その数字を見た瞬間に心臓が締め付けられる。

 

「まだ、15分……?」

 

 そう呟こうとして、ブラッド03の声により意識は急浮上した。

 

「イーサンッ!!」

「!!!」

「要塞級だッ!このままだと、押し込まれる!いや……それ以前に、要塞級がこんな近くにいるってことは……」

 

 前衛の突撃級と同じ位置に後衛の要塞級がいると言う事実は、これよりさらに熾烈な混戦が待っていることを意味していた。

 嫌な汗がイーサンの頬を伝う。

 

 どうする、どうするどうするどうする!?

 

 思考が駒の様に回転し吐き気を催す。

 次の指示を出さなければならないのは、自分自身であり、皆がそれを待っている。

 なのに、声が出ない。

 要塞級が、跪く突撃級を乗り越えてくる。

 中衛後方にいた戦車級の大群がまるで赤い津波の様に押し寄せて来る。

 

 死が迫っていた―――。

 

 その時、突如要塞級が傾き始める。

 噴水の様に体液をまき散らしながら、要塞級の後方からなにかが飛び出して来た。

 それは、上空で体制を変えると、自身の体よりも巨大に見える長刀の切っ先を地面に向け、跳躍ユニットから爆炎を上げた。

 まるで流星のように、一瞬にされど必殺の一撃を持って要塞級の頭部は串刺され息絶える。

 さらに、別の要撃級や戦車級も4機の戦術機に文字通り蹴散らされていった。

 ブラッド中隊が放つ36mm弾を体にめり込ませながらも進み続けるBETAの群れを見てイーサンは思った。

 

 BETAは、アレから逃げてきたのではないかと―――。

 

 援軍が来たと喜ぶ仲間を余所にそんなことを考えていたイーサンの網膜投影システムに見慣れた栗色の髪をした女性が映った。

 

「こちらトイ・フラワー小隊、小隊長、藤澤月子です。援護に来ました!」

 

 それは、昨日の女性だった。

 一瞬戸惑うイーサンであったが月子が何事も無く話を進め、状況説明をしていく。

 イーサンは説明をしながらも、視線ではBETA群の中で暴れ狂う戦術機を見ていた。

 何故だろうか、その姿は、酷く脆そうに見えた。

 



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苦しくて

 要塞陣地シャルトル

 

 

 イギリス軍工兵が要塞陣地の建設を急ぐ中、野ざらしに放置された戦術機が17機鎮座していた。

 いつも通りの11機、戦争の悲惨さを体現した1機、そして赤色のペンキを頭から被ったかのような戦術機が5機である。

 イーサンはその内の一機、セイカーファルコンを見上げる。

 元の機体色が変色するほどの血を浴び、食い破られたかのように破損した左腕、BETAを斬り続けたことにより、耐久限界値を超え剥がれ落ちそうになっている右腕、BETAを蹴り殺し踏み殺し過ぎたために変形した脚部。

 戦術機がそうなってしまう戦いを目の前で見ていたイーサンは、やはり前線国家が推奨している近接格闘戦と言うモノが狂った考えであると再認識していた。

 そして、こうも考えていた。

 

 自分なら、死んでいると―――。

 

 そうイーサンが思っていると、ブラッド中隊の仲間が呼びかける。

 

「イーサン、中隊長がそろそろイギリスの病院に運ばれるらしい。見送りに行こう」

「わかった!」

 

 イーサンはそう答えると、一度も振り返ることなく走り始めた。

 

 ブリーフィングルーム代わりとして使用している壁が無く屋根だけのテントに椅子を並べ、和真達はデブリーフィングを行っていた。

 

「見たかよアタシの機動制御!要撃級の攻撃をヒラリヒラリだぜ!」

 

 三浦園子は、自慢の長髪を両手で掴みクルクル回し喜びを表現していた。

 

「園子さん、危ない事はしないで下さいね!」

 

 藤澤月子が人差指を立て園子を叱るように言う。

 

「わ、わかってるって……」

 

 たじろいだ園子を見ながら和真がニヤケ面を作ると、矛先は和真にも向いた。

 

「和真さんもですよ!無理はダメですからね」

「すみません……」

 

 そんな和真を今度は園子がニヤケ面で見つめる。

 

「もう、園子さん!」

「まぁまぁ、私たちの連携が上手く機能し始めたってことじゃない?」

 

 竹宮千夏は両手でどうどうとジェスチャーしながら、間に入る。

 だが、和真の前に立つと和真の額にデコピンをした。

 

「それでも和真はやり過ぎだからね?いくら突撃前衛だからって無理は禁物、なんどヒヤヒヤしたことか……」

「すみません」

 

 苦笑しながら答える和真に千夏は両手を腰に当て溜息をついた。

 

「もぅ……」

 

 そんな四人を見ながら、ストーは一人沈んだ表情をしていた。

 それに気がついた和真は、席を立ちストーの傍によると膝立ちになり正面からストーの顔を覗き込む。

 

「どこか、調子が悪いのか?」

「ううん……」

 

 ストーは消え入りそうな声を出すと首を振る。

 そして、ストーが伏せていた目を上げ和真を捉えると、じわりと目頭が熱くなり涙が溜まっていった。

 

「……ッ」

 

 ストーは慌てて袖で拭おうとしたが、和真がそれを制した。

 そしてゆっくりと冷えた両掌でストーの両頬を包み込むと、静かに零れ落ちた一滴の涙を親指で優しく拭き取る。

 

「……」

 

 ストーは潤んだ瞳で和真を見つめるだけで、何も応えない。

 和真は、両手に少し力を入れ、ストーの顔を傾けさせるとストーの額と自分の額を重ね合わせた。

 

「熱は無いか……」

 

 ストーは自身の心臓がまるで車のからふかしのように、やりばの無いエネルギーで心臓を高速回転させているのを感じる。

 

「なんだ、急に顔が赤くなったぞ……?ストー、本当に悪くないんだな?」

「……」

 

 ストーは黙って一度だけ頷く。

 和真は、ストーの両頬から手を離すとストーを真っ直ぐ見つめた。

 

「はぁ……、そんな所は俺の真似をしなくてもいいんだぞ?」

「え……?」

「ストー、我慢のしすぎだ。俺はお前の上官で仲間だ。俺には、お前の体調管理に気を遣う義務がある。ちょうど、これからエヴルー要塞陣地に向かうことになっているから、着いたら医務室に行って検査してもらえ、良いな?」

 

 するとストーは、今まで黙っていたのが嘘のように言い訳をし始めた。

 

「だ、大丈夫だよ!さっきだって、バイタルモニターでの私の数値は正常値だったし、どこにも異常はないよ!」

 

 だが、和真はピシャリと言い放った。

 

「それを決めるのは俺だ」

 

 まだ何か言いたそうにしているストーの肩に千夏が手を乗せる。

 

「なにかあってからじゃ大変だしね。一応簡易に検査だけでも受けて見たらいいよ」

「千夏さん……」

 

 園子は、和真の背中に覆いかぶさるように飛びつくと嬉しそうにヘッドロックを決めた。

 

「オゥオゥ!ちゃんと、上官してるじゃんよ~!」

「ちょ、園子さん止めて下さい!!」

 

 そうやってじゃれている和真達を見ながら、ストーは昨夜の事を思い出していた。

 

 

 仮設補給要塞陣地ドルーのどこか、人目につかない暗がりでストーは小さな画面の奥にいる人物に向け怒りの感情を向けていた。

 

「どうして手を打ってくれなかったの!?私は、こんなことになっているなんて聞いていない!!」

 

 画面の中にいる人物、レオは腕を組みなおす。

 

「ふむ……、和真君に対しリーディングが出来なくなったという話は、どうやら本当だったようだね」

 

 ストーはレオに報告した人物である後方に立つメアリーを一瞬睨み付け視線を戻した。

 

「…………」

 

 自らを落ち着かせるために、例え無駄だとしてもストーは深く息を吐いた。

 

「……その事も聞きたかったけど、私が聞きたいのはそれじゃない」

「なにかな?」

「どうして……、どうして……、どうして、和君に人殺しをさせたッ!そのせいで、和君はッ!!まだ、その段階じゃなかったッ!!」

 

 ストーはまるで無実の罪で投獄されそうになっている者の無実を訴えるように叫ぶ。

画面の中にいるレオは、それでも落ち着き諭すように語りだした。

 

「世界か……時か……、そういったモノが許さなかった……、ただそれだけの話だ」

「ッ!!」

「アストン・ホールへ向かう道中のテロ、そこで彼は五人のテロリストを殺した。彼は……和真君は、そこで必死に見ないようにしていた現実を直視してしまった。

嫌、逃げ道を塞がれたと言った方が適切だね……」

 

 画面の中のレオは高級な椅子の背もたれに全体重を預け、天を仰ぐ。

 

「和真君は己に課した罰への贖罪のために前に進む以外しないだろう。だが、今回の一件で、個人の限界を認めざる負えなかった。そして、さらなる力を求め、無意識化に扉を開いてしまった。本来ならこちらから手を加え解除しない限りあり得ない事だが、和真君はそれを成しえた。……彼が飲み込まれないようにするためには、さらなる経験を積ませるしか方法がなかった」

「……そのために、和君にさらなる人殺しをさせた」

「そうだ……」

 

 ストーは苦悶の表情を浮かべ、唇を噛み締める。

 

「心とは経験の積み重ねであり、経験とは力だ。和真君の内部に潜む数多の心を和真君の力で抑え込ませる必要があった。要らぬお節介だが、……君の体に流れるそれとは、別の者が和真君に流れている。君が和真君のようになる心配は無い」

「私の事は、どうだって良い!そんなことよりも、もしかすると和君の心は……」

「そうだね……。和真君はさらに力を欲している。こればかりは、どうしようもない」

 

 ストーの瞳から大粒の涙が流れ落ちる。

 

「……ただし、もしかすると扉を閉じることが出来るかもしれない」

「どうすればッ!」

「経験の上塗りをしてやれば良い。単純に言えば、心を入れ替えさせてやるんだ。……そんなこと、出来るとは思えないけどね」

 

 ストーは涙を強引に拭うと言った。

 

「それでも、私に出来ることはすべてする」

「君も一途だね……。そういうのは、嫌いじゃない」

 

 レオはそう言うと、暗い雰囲気を少しばかり四散させた。

 

「正直なところ、博打ではあるが我々としては和真君がさらに強くなってくれることは有難い事だ。だが、私としては彼にも君にも笑顔でいて欲しいのでね。……少しだけ、時間を作ろう」

 

 レオはそう言い、ストーが返事を返したのを確認すると静かに通信を切った。

 通信が切れたのを確認し終えたストーは、立ち上がるとメアリーに対し感謝の言葉を述べることなくその場を立ち去ろうとした。

 だが、そんなストーにメアリーは無表情に声をかけた。

 

「なにか考えがあるのですか?」

 

 ストーは、立ち止まるとメアリーに向かい合うために振り返る。

 そこには、いつものストーがいた。

 

「……わからない。でも、私にやれりることがあるなら、なんでもするよ」

 

 そしてストーは、メアリーの前から姿を消した。

 

 ―――ストー

 ――ストー!

 

「おい、ストーッ!」

「ッ!!?」

 

 身体が小刻みに揺れていた。

 嫌、部屋全体が揺れていた。

 ストーに声をかけたのはストーに向かい合うようにして座っていた和真であった。

 ストーは今自分がどこにいるのか分からずに首を左右に向ける。

 狭い室内、逃げ出すことが不可能と思わせる牢獄のような光量、光を遮りなんのために備え付けられているのか疑問に思う掌ほどの窓、区切りのない長く固い座席が置かれ、壁に縫い付けられているかのようなシートベルトが自由を奪う。

 体感では、ストーから向かって左側に部屋が動いており、隣には竹宮千夏が、正面には和真が、その両隣に藤澤月子と三浦園子が座っていた。

 頭のモヤモヤが晴れて来ると、自分が装甲車に乗っていること、今現在エヴルー要塞陣地に向かっていることが理解出来た。

 すると、正面から心配そうな声が聞こえる。

 

「おい、本当に大丈夫か?」

 

 声の主は和真であり、和真はストーの様態を確認するためか、真剣にストーの全体を見ていた。

 

「大丈夫、大丈夫!ごめんなさい、少しぼ~っとしてた」

「……医務室いくぞ」

「はい……」

 

 心配しすぎな和真にストーは少しばかり煩わしさを覚えるが、彼の中で自分と言う存在がそれだけ、大きいのだと考えるとなんだか嬉しくなった。

 ストーはそんな考えを戒めるために、頬を力強く叩いた。

 皆がギョッとした顔でストーを見ていた。

 だが、ストーはそんなものなどお構いなしに、これからどうするかを考えるために一人、思考の海に潜ることにした。

 

 

 エヴルー要塞陣地に到着する頃には、太陽が完全に沈み外灯が基地全体を強烈に染め上げていた。

 和真は、人間の可能性をそこで見つける。

 完全に舗装されたアスファルトの道、海に繋がる川に面した場所は工場地帯と化しそのそばには、歓楽街すら出来上がっていた。

 エヴルー要塞陣地の中央には、司令部ビルが出来上がっておりその姿はまるでペンタゴンである。

 和真は、賑わうエヴルー要塞陣地、嫌、エヴルー要塞基地を見ると込み上げてくるものがあった。

 人の可能性、人の力、どのような世界でも人は笑っていられると言う真実。

 が、それは鏡張りの虚構の世界であるとも言えた。

 歓楽街で店を開いているのは、家を無くし明日の生活のために、出稼ぎで来ている難民達であり、そのほとんどが性風俗産業に従事していた。

 何故、こんな最前線に―――、と問われれば時勢であるとしか答えられない。

 今の欧州に置いて、衛士、とりわけ男の衛士は財産である。

 希少価値と呼べるそれらは、今この場に山ほど存在している。

 ここが、後方国家の管轄区だからだ。

 今の欧州では子供の段階で衛士適正の有無を確認している。

 そして、衛士適正のある子供には多額の補助金が政府から渡される。

 子供一人作るだけで、金が貰える世の中で、さらに衛士になれる可能性のある子供とは宝であった。

 端的に言ってしまうと、今この場には種馬がいたるところに存在しており、衛士になれる子供が出来る可能性が跳ね上がっている。

 もう一つ、可能性が低い話ではあるが、一夜寝た相手に気に入られれば、作戦後に後方国家に妻として迎えて貰えると言うこともあり得る。一夜にして世界の勝ち組の仲間入りである。

 深い闇は、煌びやかな世界のすぐ隣でいつも手招きしているのだ。

 和真から言わせれば、そんな博打のためにこの様な一級の危険地帯に足を踏み入れるなど阿呆のすることとしか受け取れない。

 込み上げて来る感情とは、感動と侮蔑、双方であった。

 人の往来を軍属以外にまで広めると言うことの恐ろしさを上層部の連中はわかっているのだろうか。

 わかっていてやっているのであれば、この作戦が進む中でケアしてやらなければならない者達が多く発生していることを意味している。

 和真は素直に大丈夫なのだろうか、と心配になった。

 だが、そんなモノだと思考を止める。

 過去の自分がそうであったように、今の自分がそうであるように、日常と化したとさえ報じられている戦争であったとしても、戦場とは非日常の積み重ねであり、モチベーションを保つためには必要な処置である。

 ただ、ストーや園子さん達からなるべく、目を離さないようにしていよう。

 そう和真は思った。

 すると、和真達に向け小走りに近づく影を見つける。

 

「お~和坊、生きてたか!」

「兄貴!」

 

 兄貴が喜色満面で年甲斐も無く手を大きく振り出迎えてくれた。

 兄貴は、ストーや月子さん達に挨拶を済ませていくと、和真の肩に丸太のような腕を回した。

 

「セイカーファルコンじゃ、やっぱ物足りなかったか?」

「整備の皆にも後で謝りに行くとするよ」

 

 和真が申し訳なさそうにそう言うと、兄貴は豪快に笑い和真の背中を叩く。

 

「俺達は、お前達が無事に帰ってくるだけで、その日の酒が美味くなんだよ。気にするな!」

「あぁ、そうやね」

「そんなことよりも、皆ついてきてくれ!」

 

 和真達は、頭に?を作り顔を見合わせる。

 すると、兄貴はさらに顔に皺を作り子供のような笑顔を作った。

 

「お前らに俺達からのプレゼントだ!」

 



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経過観察

 フランス領トゥール

 

 

 マントルまで続いていそうな巨大な穴、夜空の暗闇よりも深い暗黒、這い出すは異性起源種と呼ばれる侵略者。

 ついこの前までは、人類は追い出される側であった。

 が、今やその立場は逆転し人類が敵の根城を犯すがために、日夜構わず攻勢に打っていた。

 ロワール川には、ロケット支援艦艇が並び横殴りの暴風雨の如くロケット弾を放つ。

ロ ワール川よりも内陸側、つまり敵の勢力圏内には自走240連装ロケット弾発射器 MCLから放たれたロケット弾の雨が休む暇なく放たれていた。

そ の死の雨粒の下を一歩一歩着実に進み続ける巨人の群れ、他の一般的な戦術機と違い強硬な装甲、両肩に樽のような大型弾倉を背負い、まるでイボイノシシの鳴き声のような音を発するガトリングモーターキャノンに火を灯していたのはA-10CサンダーボルトⅡの群れ、ロケット弾の雨を潜り抜けたBETAを36mm弾の斉射でひき肉に変えていく。

 すると、ロケット弾の爆炎と砂埃で先の見えない世界から一陣の光が差し込んだ。

 それは、ゆっくりと無防備に前進するサンダーボルトⅡの胸部を優しく溶かす。

 崩れ落ちる仲間の戦術機、一秒後には自分がそうなっているかもしれないとの恐怖が、A-10乗りの心を染め上げようとした。

 だが、彼等には希望があった。

 この欧州でその名を馳せた勇猛果敢な風の使者達、彼等が今、光源の発した場所で戦っているからだ。

 

「泥の中でも気高く歌えッ!ボッシュ(頭の固いドイツ野郎)に横盗られるな!」

 

 フランス陸軍第13戦術竜騎兵連隊第131戦術機大隊に所属する一輪の薔薇、ベルナデット・ル・ティグレ・ド・ラ・リヴィエールは小隊の仲間を激昂しながら、自らの愛馬、ラファールが保持する四門の突撃砲から36mm弾を前面に放つ。

 接近していた要撃級4体を挽肉に変えると、ベルナのラファールは足を大きく屈め跳躍ユニットから僅かに火を灯し、サイドステップ。要撃級の後方に隠れていた光線級の群れに120mm弾を放ち滅した。

 

「10時、要撃級3!」

 

 ベルナが声を発するより速く、三機のラファールが保持する長刀、フォルケイトソードを振りかぶり吶喊していた。

 薪を割るかのように全力で振りぬかれたフォルケイトソードは、要撃級の体を両断し、血潮を巻き上げる。

 風に流され霧のような返り血の中、幽鬼のようにメインモニターを光らせるラファールの姿は疾風の名に相応しく、近寄りがたい雰囲気を醸し出す。

 

「さすが、四丁拳銃!雷鳴ますます高くってところかしら!」

「当然よロレーヌ5!私のガンスリングは長刀使いに引けを取らない」

 

 ベルナは仲間の賛辞に耳を気持ちよくさせながらも、コントロールパネルを叩き、次弾を突撃砲に込める。

 ベルナが一瞬目配せする程度のデータ、だがそれがベルナ達竜騎兵の実力を物語っていた。

 それは、推進剤の残量である。

 第13竜騎兵連隊の推進剤残量は、戦闘開始から殆ど減ってはいなかった。

 それを可能としていたのは、フランス陸軍の戦術である。

 大陸奪還を目指すフランス軍は、戦闘可能時間を一秒でも伸ばすために、主脚走行をメインとした戦術を構築していたのだ。

 跳躍ユニットはあくまでオマケ、その程度しか使わない。

 BETAとの混戦において難易度の高い手法をあえて使うことで、他国よりも長く戦い、欧州において一番初めに国土を奪い返すと言う栄誉を手に入れようとしていた。

 その時、ベルナの乗るラファールから仲間の危機を知らせるアラームが鳴り響く。

 

「!?」

 

 網膜投影システムに即座に映し出されたのはロレーヌ5が初期照射を受けている知らせだった。

 

「へ……、ど、どこから!?」

 

 ベルナはすぐさまロレーヌ5の姿を捉え、ロレーヌ5の周囲を索敵する。

 脳は冷静に心は激情を携えて、目を血ばらせ瞬きすることなく探し出す。

 

「見つけた!」

 

 コンピュータが見つけ出すよりも早く、光線級を見つけたベルナは突撃砲を構え引き金を引こうとした。

 が、36mm弾は放たれない。

 

「くっ!」

 

 ロレーヌ5の機影が僅かに光線級の射線上に入りIFFが作動してしまっていたのだ。

 ロレーヌ5は跳躍ユニットに火を灯し光線級の眼から逃げ延びようとするが、光線級の命中率はほぼ100%であり、不可能に近い。

 周囲に壁になりそうなBETAもいない。

 ロレーヌ5のラファールの装甲から煙が立ち始める。

 この間僅か2秒、突撃砲のみで突撃前衛を務めるベルナだからこそ出来る芸当、だが今このときはその力が役にたたない。

 戦友の死を見なくてはならないのか……。

 どうすれば、助けることが出来るのか……。

 心ではそう思いながらも、職業軍人のベルナの脳は冷静に残酷にロレーヌ5の穴埋めをどうするかを考えていた。

 それは、一種の諦めとも逃避とも取れる。

 だが、ベルナはその残酷に慣れてしまっていた。

 ただし、慣れているからこそ、戦友の最後を目に焼き付けようとした。

 その時、突如として現れた赤い流星がロレーヌ5の鼻先を通り吸い込まれる様に光線級を穿った。

 その正体は曳光焼夷弾であり、IFFを切った状態で針の穴を通すような精密射撃をやってのけた人物に心当たりのあったベルナは、一瞬緊張していた体の筋肉を緩める。

 

「……ふん、遅いのよ」

「我々はこれより、ポイントC3に存在するBETAを殲滅する。各機行動に移れ」

 

 悟りを開いたかのような落ち着いた低い声が、コックピット内に響いた。

 いや、実際はヘッドセットから聞こえただけであるが、そう思える程の声を発した人物、ツェルベルス大隊隊長、ヴィルフリート・アイヒベルガー少佐が深く信頼できると言うことであろう。

 貴婦人の如く慎ましく、僅かに口角を上げる。

 

「我等ツェルベルスの黒き狼王に目をつけられたのが運の尽きね」

 

 イルフィが乗るEF-2000タイフーンは地面と水平に飛行し、手に持つ槍のような中隊支援砲Mk-57から次々と57mm弾を放っていく。

 曳光焼夷弾は赤い線を引きながら、次々とBETAに風穴を開けていく。

 それはまるで、BETAが自らイルフィの射線上に姿を現しているかのように、手際よく美しかった。

 イルフィはラファールの姿を見つけると、まるで背を合わせるように降り立った。

 

「ずいぶん手こずっているようね?」

「フン……」

「な、なによ……。言い返さないの?」

「……ありがとう」

「へっ……?」

「ボーっとしなさんな、次が来るわよ」

 

 ベルナのラファールとイルフィのタイフーンが共にBETAに向き直る。

 ここに今偶然にも、昨年のテロを阻止した英雄である二人、双銃士が揃うこととなった。

 そして二対の風は異性起源種を破滅させるがために、深い深い闇に向け砲弾を放った。

 

 

2001年2月23日

エヴルー要塞基地 医務室

 

「度重なる戦闘による疲労ですね。栄養剤を処方しますので、それを飲んで今晩ゆっくり休めば大丈夫ですよ」

 

 蛍光灯の光の下、薬品の混ざり合った独特の刺激臭、それをあたかも神聖な場と演出するために白一色で統一された一室。

 まるで神父のような微笑みで、そう話すのはエヴルー要塞基地に派遣された医務官であり、医務官に向かい合うように椅子に座っていたストーとストーの後ろに立っていた和真は胸をなで下ろす。

 

「念のために、トイフラワー小隊全員、簡単な検査をしましたが全衛士皆疲労は蓄積されていましたが任務に支障をきたすレベルではありませんでした。トイフラワーの皆さんにも、ストーさんと同様の栄養剤を渡してあります。今、隣の病室でお休みになられていますよ」

 

 そう笑顔で告げる医務官に和真は礼を伝えるとストーを引き連れ、医務室を後にした。

 医務室のすぐ隣に存在する病室の扉を開くと、室内からリズムよい寝息が三つ聞こえてきた。

 和真が一人一人様子を伺うように病室内を進む。

 等間隔で横並びに並べられた味気ないベッドには、三浦園子、藤澤月子、竹宮千夏が寝ていた。

 和真は三人の安らかな寝顔を確認すると、満足そうに笑い、一番奥のベッドにストーを誘導した。

 和真は、ストーにベッドに腰掛け待つように促すと、ミネラルウォーターを買いに病室を後にした。

 そして、再び病室に帰ってくるとベッドの隣に丸椅子を用意し、ドシリと腰掛けた。

 

「ほら、早く薬を飲んで寝なさい」

「……」

 

 ミネラルウォーターを手渡し和真はそう言ったが、ストーは手渡されたミネラルウォーターを見つめるだけで、何か思いつめたような表情をしていた。

 そして、ペットボトルがへこむ程握りしめると、勢いよく顔を上げた。

 

「ねえ和君、少しお話ししたいことが」

「まずは、薬を飲んで横になってからだ。そしたら、ストーが眠るまでの間、話を聞いてやるから」

 

 ストーは和真の瞳を見つめる。

 黄色人種特有の黒い瞳の色、どこか奈落を思わせるその瞳のさらに奥、和真の心の奥底を読むことが出来ない。

 ストーは今更ながらに、和真に対してESPの力を使うことが出来なくなってしまったのを悔やんだ。

 そして、表面上から読み取れる和真の想いは、言うことを聞かなければ話を聞かない と言っているのを察すると、観念したかのように薬を口に含み水を使い一気に胃に流し込みベッドに横たわった。

 静かな時間が二人の間を流れていく。

 ストーは何か言葉を探すように、微かに口元を動かしていた。

 そして、のど元までスッポリと覆う布団の隙間から片手を物欲しそうに出す。

 和真は、まるで幼子をあやすかのように優しくその手を握りしめた。

 

「ねぇ、和君……。怖いよ……」

「なにがや?」

 

 和真の口調が変わる。

 昔のそれは、ストーの心を落ち着かせる。

 まるで、第一町にいるかのように安心させてくれる。

 だが、その口調があまりに心地よ過ぎたのか次第に眠気がストーの全身を支配し始めた。

 ストーは、抗うように閉じる瞼を開けようとする。

 

「……かず……くん……が、また……どこかに……いっちゃう……気が……」

 

 そして、ストーは深い眠りの世界に強制的に導かれることとなった。

 ストーの様子を見ていた和真は、何も言わずにストーの手を丁寧に解くとストーの頭を一撫でした。

 そして、一人静かに病室を出る。

 病室の外では、いつの間にかMPが二人まるで門番のように立っていた。

 

「彼女達の護衛を頼む」

「「はッ!」」

「誰一人として中には入れるな。良いな?」

「「了解ッ!!」」

 

 和真はそうMPに伝えると歩みを進める。

 

「睡眠薬の効果は後1時間30分……」

 

 腕時計を確認した和真は、歩く速度を増した。

 

 

 まるでお祭り騒ぎをしているかのような喧騒。

 百鬼夜行もびっくりの人の群れ、路上で嘔吐する人間、女を口説く人間、殴り合いを始める人間、肩を組み手を掲げる人間。

 多種多様な俗物をしり目に、和真は比較的小さく静かな雰囲気を持った店に入る。

 そして店の一番奥に用意されたテーブルに座ると、ウェイターに水を注文した。

 和真が用意されたグラスに水を注ぎ、少し口に含ませ潤わせると、タバコを咥え火をつけた。

 吐き出す紫煙の先、空席であるはずの対面の席にはいつのまにか、見目麗しい女性が腰掛けていた。

 

「お待たせしました。五六中尉」

「時間が無い、さっさと始めようか。メアリー」

 

 まるで幽霊のように突然現れたメアリーにウェイターは驚きながらも、オーダーを取りに来る。

 メアリーは何も頼まずにウェイターを遠ざけた。

 

「それで話とは?」

「まずはこちらをご覧ください」

 

 メアリーがそう言って手渡して来たのは紙の束だった。

 和真はそれを、速読していく。

 

「それは今の所総司令部しか知らされていないモノです」

「そんな物を良く用意出来たな」

「五六中尉には、見せておく必要があると思いましたので……」

 

 和真は捲り続ける紙の中から気になるものを見つけた。

 

「これは本当か?」

「なにがですか?」

「2700mm電磁投射砲……、こんな物が存在しているのか?」

 

 メアリーは和真の質問に淡々と答える。

 

「HI-MAERF計画の落とし子から流用したそうですよ?」

 

 HI-MAERF計画とは、アメリカがBETA由来の未知の物質G元素を発見、その中のG11が抗重力反応を示したことから、重力制御理論を構築、アメリカ議会で戦術機が対BETA戦力として有効なのか疑問の声が出始めた頃、今までは不可能と考えられてきた超火力を保持する決戦兵器を開発することをアメリカ国防省が後押しし、開始された計画である。

 

「だが、HI-MAERF計画はサンタフェ計画―――G弾の完成によって闇に葬られた筈……」

「まだ細々と意地悪く続けていたみたいですね。スカンクワークス最高責任者、クラレンス・リッチ氏が2700mm電磁投射砲の最終調整を指揮するそうですよ」

「HI-MAERF計画にロックウィードは初期から関わっていたな。なるほど……。それより、ここに書いてある通りなら、2700mm電磁投射砲には多分にG元素が使用されているようだが?」

「その様ですね……」

「ならば、BETAの標的になるのは……」

「そうですね、配備されるフランス領ヴァンドームになります。ですが、実射するのは、ブロアハイヴを制圧するときのみ、BETAの残存などその時にはたかがしれていることでしょう」

「だが、お前はそう思っていない」

「はい、先ほど申したのは、総司令部の考えです。我々の考えはそうじゃない」

 

 メアリーはそう言うと、テーブル越しに身を乗り出し和真が手に持つ紙の束を捲っていく。

 

「これを見て下さい」

 

 そしてそのデータを見た時に、和真の血は沸騰しそうな勢いで憤った。

 描かれていたのはただのグラフ、そのたった一つのグラフが和真の怒りを呼び起こす。

 

「……エヴェンスク基地で、ダルコ司令官やラトロワ中佐と見た波形と類似している。……つまり、八万ものBETAを運び込んだ何かが、エヴェンスク基地の皆を死に追いやった何かが、この地にいる」

「はい、その可能性が高いと上層部は睨んでいます」

「ならば、ヴァンドームにそいつが現れる可能性が高いな。そして、総司令部はブロアハイヴ殲滅を優先し、この事を見ない振りをしている。可能性の問題だからだ。上層部の意見はどうだ?」

「五六中尉がおっしゃるように、可能性の問題です。準備は整えておくが、行動に移すのは出現してから―――だ、そうですよ」

「後手に回るのか……」

「仕方ありません、本来25日から始める予定のトゥール攻略戦は前倒しで今夜から始められています」

「おいおい、当初の作戦通りに進める手筈だろ?あの地区には国連軍が配置されている。勝手なことは出来ないだろ?」

「それだけ、現場では時間が無いと感じている者が多いと言うことでしょう。そして、現場指揮官がそう判断したのです。後方国家の心の準備など、彼等には無駄な時間でしかない。……我々としては、困ったことですが」

「そして指揮の乱れとそれによる作戦失敗を恐れた総司令部は、俺達のケツを叩き数多の要塞陣地が手薄になることを承知で、ハイヴ攻略に向かわせる」

「はい、ですのでヴァンドームに回せるだけの戦力をすぐに抽出することは不可能です。よって後手に回らず負えない、と言うことです」

 

 和真は、タバコの先端にたまっていく灰を灰皿に叩き落とし、再び咥え直す。

 

「スゥ~~、ハァ~~……。エヴェンスクと同じなら、後手に回った時点で負けが確定している。が、それは普通ならばだ。……異質なモノを使えば、後手に回ろうとも対処出来る。……上層部は、アレを使うんだな?」

「はい」

「それなら、アイツがイギリスにいたのにも納得がいく。……それで、俺を呼び出したのは、この情報を知らせるためか?」

 

 メアリーは、和真の問いに対し養子媚態を振りまく。

 

「あなたなら、どうするのかなっと思いまして……」

 

 和真はタバコの火を消すと、笑みを作った。

 その笑みは負の感情を乗せていた。

 

「俺に社長から声が掛かっていないと言うことは、俺をブロアハイヴ攻略に回すということだろ。……でもな、今回に限り俺はそれに従うつもりはない」

「じゃあ、どうするの?」

「決まっているだろ?俺に課せられた任務をこなし、尚且つ私的な復讐もさせてもらうさ」

「そんな事、あなたに出来るかしら?」

「さぁね。でも、そうしなければ虫の居所が悪すぎる。それに、今の俺達になら、それが出来るかもしれない」

 

 半ば確信しているかのように言う和真に対し、メアリーは楽しそうに笑った。

 そして、メアリーは和真から紙の束を受け取りバッグにしまうとウェイターを呼んだ。

 

「シェリーを一つ、あなたは?」

「なら俺は、ブルームーンを」

 

 注文を聞いたウェイターが下がる。

 和真は、何食わぬ顔で二本目のタバコに火をつけた。

 そして、シェリーとブルームーンが用意されると、和真は何も言わずにブルームーンを飲んだ。

 

「……女が白ワインを頼んだのに、カクテルですか?」

「俺は、俺の今の気分から飲みたいものを頼んだだけだ」

 

 メアリーは少し、眉を寄せた。

 彼女がそうしたのには訳がある。

 シェリー酒、それを女性が頼んだと言うことは、一つの事を意味していた。

 それは、今夜はあなたにすべてを捧げます。と言う意味である。

 つまりは、メアリーからの夜のお誘いであった。

 それに対し和真の返答はブルームーンである。

 ブルームーン、その意味は、出来ない相談である。が、これを女性が頼んでいた場合、もう一つの意味があり、それは、あなたとお付き合いしたくありません。と言う意味になる。

 和真は、メアリーに対し二つの意味で返答したのである。

 簡単に言ってしまえば、メアリーのお誘いを、和真は興味が無い、早く帰れと言ったのである。

 女としては、気分を害するのは当然とも言えた。

 だが、和真はそんなことなどお構いなしにブルームーンを飲み干すと、札をテーブルに置き、席を立つ。

 

「それじゃ、失礼するよ」

「……残念ですね」

 

 和真は足早に店を出ると、その途中で路地裏に体を滑り込ませた。

 

「クッフッフフフフ……、イッヒヒ、……ハハッハハハハ」

 

 肺から漏れ出す息が、声帯を刺激し、奇妙な笑い声を生み出していた。

 

「フフフ……、まさかこんな早くに、アッハハハハ……、機会が訪れるなんて」

 

 和真はなんとか、奇妙な笑いを口を手で塞ぐことで抑えると、帰路につく。

 

「フフフフフ……、邪魔させるものか。誰にも邪魔を!」

 

 その笑みはただの笑みとは呼べなかった。

 はた目から見れば、精神異常者以外のなにものでもなかった。

 

 笑顔には二通り存在すると言う説がある。

 一つは、有益なモノを取り込む際に口角が上がることによる笑顔。

 母乳を接種する赤子の口角が上がるのはこのためと言われている。

 二つ目は、有害なモノを吐き出す際に歯をむき出しにして吐き出すようにするために、口角が上がると言うモノである。

 今の和真は、二つ目の笑みを作り出していた。

 つまりは、体内から有害な何かを吐き出そうとしていた。

 だが、当の和真自身がそれを堪えようと喉を絞っている。

 その事に、本人は気が付かず。

 ただ確かに、体の中の何かはそれを拒絶しようとしていた。

 



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優しいキスをして

 フランス領ヴァンドーム

 

 

 大地を割る音を轟かせながら、闇夜を切り裂く数多の光芒に照らされ、人類が生み出した巨人の手が蠢き進んでいた。

 BETAが殲滅されたのが確認されていながら、戦時中であるかのようにF-15FOWWワイルド・イーグルの群れが警戒し守っている。

 手に持つ突撃砲の銃口がBETA以外のモノにもいつでも向けられる様に張りつめた異様な空気が辺り一面支配していた。

 

「超電磁モーター起動シークエンスに入ります」

 

 オペレーターの声を聞きながら、クラレンス・リッチは温和な笑みを携えて答える。

 

「機関部の調子はどうかな?」

「はい、全システム及び動作、問題ありません」

「それは貰い物だからね。丁重に扱っておくれ」

「はい、了承しております」

 

 クラレンス・リッチは満足そうに頷く。

 

「主任、お電話です」

「私にかね?はて、こんな時間に誰だろう」

 

 クラレンス・リッチはそう独り言ちると、主任室に向かった。

 

「はい、クラレンスですが……、あぁ君か、まったくこんな時間に……、そっちはお昼かな?あぁ、うまくいってるよ。君はこちらの分野には興味が無いものと思っていたのだけれどね。そうだね分かってる。うまく行けば、大統領に口添えしておくよ。これで当分、君の研究も安泰だね。あぁそうだ、約束通りデータは送っておいたよ見てくれたかい?凄かったよ。いくら私のラプターと言っても、同じ第三世代機をあぁも凌駕するなんてね。ふふごめんごめん。誰かに自慢したくてしかたがなかったんだ。それにしても、君が人に興味を持つなんて珍しいね。彼はやっぱり特別なのかな?おっと、今のは聞き流してくれて構わないよ。私たちはお互いに建設的な関係を築いていこう。うん、じゃあね―――」

 

 クラレンスは受話器を置くと、重そうに肩を回した。

 

「ふぅ……。捨てる神あれば拾う神ありって奴なのかな。好きなことを地道に続けておいてよかった。横浜も必死の様だし、利用出来る者はなんでも利用しないと、趣味すら続けることが出来なくなってしまうからね。さて、進捗具合はどうかな?見に行くとしよう」

 

 

 エヴルー要塞基地

 

 

 月明かりの代わりに外灯が窓から差す。

 夜の黒と人口の白が混じり合った空間、まるで妖精と見間違えるような天然の白銀の髪、王子のキスを待つかのように静かに眠るストーの瞼が重く開く。

 

「う……ん……」

 

 微睡から覚めたストーは、自分の置かれている現状を確認するよりも早く、一日の始まりを身体に伝えるように伸びをした。

 そうして、頭が冴えて来ると自分が寝てしまっていたのを知る。

 

 やってしまった……。

 

 目覚めて一番、ストーは頭を抱えた。

 和真と話そうと思っていたからだ。

 すると、ストーに被せられている布団が少し重くなっていることに気が付く。

 布団に不自然に出来上がった皺、その先を目で追うと和真が椅子に座り上半身をストーが寝るベッドに埋めて寝ているのを見つける。

 ストーは和真を見つけると、優しい気持ちが溢れ無性に和真の髪を触りたくなった。

 そして、和真の髪に触ろうとした時に手を止める。

 

「へ……?」

 

 ストーの瞳に映ったのは腕であった。

 一本では無い、多数の腕がベッドの下から伸びていた。

 どこからどうみても人間の腕で、その割には長すぎて、でもBETAでは無い。

 長く伸びた腕は、和真の体の至る所を掴み絞め出す。

 その情景をストーは一度見ていた。

 まだ、和真と再会して月日がそんなにたっていなかった頃。

 そう、和真が脳のリミッターを切っていた時の、和真の心象風景。

 その腕たちが和真を地獄に引きずり込もうとしているように見えた。

 ストーはどうして良いか分からず、和真を連れて行かれたくない一心で和真の体を覆うように抱え込んだ。

 すると、ストーの胸の辺りから木から落ちた熊のような声が聞こえた。

 

「ぐっうぅ―――。重い―――」

 

 だがストーは離さない。

 

「ダメ、ダメだよ!渡さない、渡さないんだから!!」

 

 だがそんなストーをさらに強い力が押しのける。

 

「うがぁ~~~~ッ!!」

「キャッ!」

 

 ストーを押しのけたのは、紛れも無く和真である。

 ストーは目をパチパチさせながら、不思議な動きをし和真の周囲に目を配る。

 腕は、もうどこにもいなかった。

 ストーは一先ず安心するが、最後の確認をするために和真を凝視する。

 まだどこかにいるかも知れない。

 そう考えたストーは、和真の背中を見るために、和真の頭を力強く掴むと力一杯抱き寄せた。

 

「うごッ!」

 

 胸の中に大切に和真の頭を抱えると、背中を確認する。

 やはり腕はどこにもいなかった。

 ホッと肩の荷が下りたかのような気がし、もしかして寝ぼけていたのか、と考えだした時、予想外の見落としが声をかけてきた。

 

「ストー~、あんたって意外に大胆なのね♪」

 

 まるでブリキ人形のように首を動かすと、そこには意地悪な笑みを携えた三浦園子と困ったような笑みを浮かべる、藤澤月子と竹宮千夏がいた。

 

「あ、え、これは―――その―――」

 

 ストーは、顔を真っ赤にし、腕の中に存在する抱き心地が良い物をさらにきつく抱きしめる。

 

「はいはい、もうその辺にして……、和真が大変だから」

 

 ストーが頭に?を浮かべていると、胸の中に抱く和真が必死にタップしているのに気が付く。

 

「わぁあああ、和君ごめんなさい~~~ッ!!」

 

 

 エヴルー要塞基地

 ブリーフィングルーム

 

 

「なんだよそれッ!!」

 

 ブリーフィングルーム内に、三浦園子の怒声が響き渡る。

 皆の前に立ち、オルレアン攻略作戦を説明する藤澤月子も悲痛な表情を浮かべながらも、小隊長として淡々と説明していた。

 

「三浦少尉、この作戦内容と人選は、総司令部から発令されアメリカ軍、そしてネフレ軍が承諾した通りです。……作戦の変更はありません」

 

 普段仲が良い二人が言い争っているのは、オルレアン攻略作戦の内容についてである。

 現段階のオルレアンを、総司令部はハイヴでは無いと結論付けている。

 この理由としては、ブロアハイヴがフェイズ2相当まで成長しているのに対し、オルレアンとトゥールでは、ハイヴの最深部大広間まで一本の木のように一直線に続く縦坑のような穴は確認されているが、地表構造物は確認されていないこと、ブロアとオルレアンとトゥールの距離が近すぎることなどからである。

 これらから、オルレアンとトゥールの縦坑らしき穴は、ブロアハイヴの縦坑から伸びる地下茎構造への門の一つであると仮定された。

 この仮定から、オルレアン攻略作戦は立案されている。

 そして、ネフレ軍、オーストラリア軍、アメリカ軍の三軍は、一つの部隊のように陣形を整え、この門と道中に点在する小さな門を目指す。

 陣形とは、反扇型の陣形であり、ロワール川から内陸への橋頭堡を三軍の海兵戦術機隊で確保、橋頭堡が確保され次第、ロワール川を渡った戦術機隊がBETAの穴を広げ後続を呼び込む。

 そして、反扇型の陣形を作りながら、内陸部に攻め込みオルレアンを攻略、内部の地下茎構造を進み、そのままブロアハイヴを攻め落す。

 この間にも、様々なオプションが存在するが大雑把に言えばこうなる。

 この作戦内容から言っても、普段想定されていたハイヴ攻略戦とは多少の違いが存在するが、発令された命令に従うのが衛士である。

 ならば何故、三浦園子が怒りを露わにしているのかと言うと、和真の事が原因だった。

 本作戦では、和真はトイ・フラワーから離れることとなっている。

 かわりにどこに行くのかと言えば、アメリカ軍であり、アメリカ軍での和真は、独自行動権を認められ、単機で行動するようになっていた。

 そして、和真の初期配置はアメリカ軍の最先端、つまり最も危険な鉄砲玉を一人でしなくてはならないのだ。

 アメリカ軍は、この作戦で一番初めに門まで辿り着き、ブロアハイヴを攻略したいと考えている。

 これは、アメリカがブロアハイヴに存在するであろうG元素を欲しているためであり、その獲得権を得られる可能性を1%でも上げるためである。

 このため、アメリカ軍は門に一番近く一番危険な反扇上の陣形の中央部分を任されている。

 そのBETAとの遭遇率が一番高く、また逃げ場の少ない戦場の最先端、そして連携訓練すらしておらず、顔すら知らないアメリカ軍の中で独自行動権を与えられた和真は、満足な支援も得られない中で危険な任務をこなさなけらばならない。

 和真が、諸刃の剣として消耗され使い捨てられるのは、目に見えて明らかだった。

 

「だったら何故、私達は後衛なんだ!和真と同じく最前衛になるのが筋だろうが!?」

「私達の任務は、退路と補給路を確保し続けることです。戦力が必要な場所に私達が向かうのは、至極当然な事です」

「戦力が必要なのはどこも同じだ!だから、なんども実戦を共にした私達と和真が行動を共にするのが最善であり、当然だと言ってるだろ!?」

 

 三浦園子と藤澤月子の違いは立場だけである。

 現場の小隊長として指揮しなくてはならない立場から発言している藤澤月子と、一衛士として仲間を気遣う立場の三浦園子、両者共に和真を気遣う気持ちは同じである。

 ただ、己に与えられた立場から発言するしかなかった。

 

「……和真はどう思っているの?」

 

 竹宮千夏が、重い口を開く。

 

「和真の立場なら、この要請断れたはずでしょ?……それこそ、社長に話を通すなり、ネフレ内での和真の立場を利用さえすれば」

 

 和真は椅子に座りながら、当然だと言いたげな表情で答えた。

 

「俺にとっては、今回の申し出は願ったり叶ったりだったよ」

「和真ッ!?」

 

 三浦園子が驚く。

 

「だってさ園子さん、総司令部は今回でバレンタイン作戦を終わらせるつもりでいるんだ。だから、補給物資とか何から何まで、見たことも無いような量の物や人が戦場を動き回ることになる。そうなると、退路や補給路が作戦の成否に直結するだろ?現にそれが原因で、明星作戦は予定通りに進まずに膠着状態になってしまったのだから。園子さん達の様な腕利きには、その生命線を守るために戦場を縦横無尽に駆け回って守って貰わなければいけない。……そうだろ?」

「でも、だからって……和真が……」

「俺が最前衛に選ばれたのだって、オルレアンを攻略するためには、光線属種を早くそして多く叩き潰さなければならないからだしね。俺のスコア知ってるだろ?」

「でも、単機だなんて無茶じゃないか……」

「それは俺の戦術機がステルス仕様だから仕方ないね。急造の部隊で俺の動きを捉えながら、連携をとれる衛士なんていないよ」

 

 そして何かに気が付いた和真は、席を立つと三浦園子の前に立った。

 

「そんな事より、なんで園子さんが、泣きそうな顔をしているんですか?」

 

 三浦園子は和真に指摘されると、普段ではありえな程に取り乱し耳まで真っ赤にした。

 

「ば、馬鹿野郎ッ!!おたんこなすッ!!」

 

 三浦園子は腕を顔の前でクロスさせ、顔を見せないように防御する。

 和真はそれを引っぺがそうと腕を掴む。

 

「どんな顔してるんですかぁ~?見せて下さいよぉ~~!」

「うぅ~~~……うぅ~~~~ッ!!」

「ほら、イジメないの」

 

 竹宮千夏が和真の腕をそっと離す。

 そして、和真の手を包むように握ると和真の瞳を力強く見つめた。

 

「本当に大丈夫?」

「はい」

「危ないと思ったら、直ぐに逃げるんだよ?」

「わかってます」

「和真になにかあれば皆が悲しむからね?」

「……はい」

 

 納得した竹宮千夏は、和真の手を離すと和真の背中を力一杯叩いた。

 

「よしっ、なら暴れてきなさい!!」

「痛いですよ千夏さん~」

 

 竹宮千夏に背を叩かれよろめいた先には、藤澤月子が立っていた。

 

「後ろは任せて下さい。安全な逃げ道を確保しておきますから」

「はい、ありがとうございます月子さん。でも、その必要は無いかもしれないですね」

「どういうことですか?」

「俺が帰ってくる頃には、この作戦成功しているからですよ」

 

 和真がそう言うと、藤澤月子は花が咲いたように笑う。

「ふふ……、えぇ、そうですね!」

 

 

 エヴルー要塞基地

 戦術機格納庫

 

 

 他の戦術機格納庫よりも厳重に警備されたハンガーの一つ、そこには藍色の塗装を施された、戦域支配戦術機の名で呼ばれる第三世代機が佇んでいた。

 

「和坊、微調整はすんでいるか?」

 

 ラプターの管制ユニットに座る和真は、衛士強化装備に身を包み戦場にいるかのような緊張感を持ちコントロールパネルを一つ一つ確かめるように押し込んでいく。

 

「IFCS(知的戦闘制御システム)も正常に働いているし、前回の戦闘で消耗したり、壊れた個所も問題無いレベルになってる。触ってみた感じ、予備パーツや新造パーツもラプターから拒否反応が出ている感じでは無いし、俺自身も特に問題に感じないかな。さすが兄貴達だね。皆の様な整備兵達は俺の誇りだよ」

 

 和真がそう賛辞を素直に述べると、兄貴は満面の笑みを作りガントリーの下で忙しなく動く整備士達にそのまま伝えた。

 すると、息をぴったりに合わせ整備士達が喜びの歓声を上げる。

 その声を聞いた和真は、口の横に掌を合わせると、声を大きくする。

 

「休憩室に酒を用意してるから、この後皆で飲んでくれ、お疲れ様!!」

 

 すると、先ほどよりも大きな歓声が格納庫内を満たした。

 

「悪いな和坊、気ぃ使わせちまって」

「酒くらい奢らせてくれよ兄貴、皆には感謝してもしきれない」

「そういって貰えると、ありがてぇ」

 

 兄貴はそう言うと、半身をコックピット内に入れ二人にしか聞こえない声量で話しかけてきた。

 

「……よかったのか?」

「オルレアン攻略作戦のこと?」

「……俺は、お前が心配だ。お前は時たまに無茶なことを平然としようとしやがる。お前の生き方は、長生き出来ねぇ。送り出すしか出来ない俺は、それを理解していながら、止めることも出来ない」

 

 兄貴はそう言うと、辛そうな表情を作り、それを和真に見せないようにと精一杯首を捻る。

 

「ありがとう……兄貴……。でも、俺はこれで良かったと思っているんだ」

 

 兄貴は、捻っていた首を戻し和真の表情を確かめる。

 和真は晴れ晴れとした表情をしていた。

 

「俺が最前線で戦えば、BETAに殺される筈だった人を救えるかもしれない。俺が、早くオルレアンを攻略して、ブロアハイヴを叩き潰せば、多くの人を笑顔にすることが出来るかもしれない。―――俺には、その力がある。それをなすことが出来る」

「その力?」

 

 兄貴の問いに和真は笑う。

 

「俺には元々、たいした力は無かった。俺がここまで生きてこれたのは、俺の中で生きるザウルとリリアの経験の力があったからこそだ。そして、兄貴達が俺に最高の剣をくれたからだ」

 

 兄貴は照れ臭そうに笑みを作った。

 

「本来の俺の力では早々にどこかで死んでいたと思う。でも、皆が俺に力を注いでくれたんだ。まるで、器に水を注ぐかのように……」

 

 そこで兄貴は突然身震いしてしまう。

 今まで目の前で話していた和真が、まるで赤の他人に瞬時に変わったかのように、理解できない人物が目の前に現れたかのように、体が警告を発していた。

 

「―――でも、器である俺は注がれた力の半分も使っていなかった。俺と言う器には、もっと多くの力が注がれていたんだ」

 

 和真は兄貴に向け、まるで湖から水を掬うかのように掌を天に向け持ち上げると、兄貴の眼前で握りしめた。

 

「俺は、その力の使い方をやっと、理解したんだ。大丈夫だよ兄貴、俺が皆を笑顔に変えて見せるさ。なんたって今の俺は、文字通り百人力―――嫌、それ以上の力が俺の中に眠っているのだから……」

 

 兄貴の瞳に映る和真の瞳は、まるで鬼火の様に、ゆらゆらと緑色の輝きを増していた。

 

「あっ、そうだ!」

 

 兄貴の目の前にいる元の和真がそう言うと、和真はデータチップを取り出した。

 

「おぃおぃ、なんだよこれは?」

 

 兄貴が訝しげにそう言うと、和真は苦笑いしながら話し始めた。

 

「そこの中には、ちょっとヤバイデータが入ってる。まぁ、俺の手作りだけどね」

「……なんだよ、そのヤバイのって」

「もしかすると、ヴァンドームがBETAの奇襲に合うかもしれないから、その出現予測分布図と対策、後、その予測分布図から考えられる戦況から導き出した退路、それをネフレ社の衛星通信を使ってヴァンドームにいるクラレンス・リッチさんに口頭で伝えて欲しいんだ」

 

 兄貴は和真の発言に冷や汗を流す。

 

「どこからそんな情報もってきたんだよ……」

「情報の仕入先は内緒だよ♪衛星通信はロイヤル・スウィーツからでお願い。それと、艦長にも言いたいことがそのデータチップに入ってあるから」

 

 そしてデータチップを兄貴が受取ろうとした時、和真はあえて渡さずに間をあける。

 

「どうした?」

「ごめん、兄貴……。これを兄貴が受取って行動に移せば、兄貴は上層部の連中に睨まれるかもしれない……。危ない橋を渡らせることになるかも……」

 

 だが、兄貴は和真の手からデータチップを奪い取ると、自分のポケットにねじ込んだ。

 そして和真の頭を引っ叩く。

 

「痛いッ!」

「馬鹿野郎が、もし和坊が言ったようにヴァンドームにいる奴等が危険な状況になるのだとしたら、伝えておいた方が良いに決まっているだろ?それをあえて隠している奴等に問題があるのであって、お前には無い!そんで、その事で俺の立場が危うくなっても、お前には関係が無い!」

「でも……」

「でもじゃねえッ!!俺が考えて、俺が決めて、俺がその方が良いと思ったから行動するんだ。その後の俺の立場なんたらは、俺の責任だ。和坊が気に病むなんてのはお門違いだボケッ!」

「兄貴……」

「だからお前は、お前が望む形になるように行動しろ。そんで、世界を救ってこい」

 

 最後に関しては兄貴の勝手な願望であった。

 そんな人間になって欲しいとの我儘である。

 だが、その我儘は和真にとって優しさに満ち満ちていた。

 だからこそ、和真と兄貴は拳をぶつけ合わせる。

 

「任せてよ兄貴、俺が兄貴の手がけた戦術機で、この戦いを終わらせるから」

「おうっ!期待して待ってるぜッ!!」

 

 二人の間に温かい空気が流れた。

 心が震える。

 これが武者震いと呼ばれる物なのだと、和真は理解した。

 先に照れ笑いをしたのは、兄貴だった。

 

「なんだか、湿っぽくなっちまったな―――。ほれ!」

 

 兄貴が、和真にビンを渡した。

 

「これは?」

「和坊がウォッカにはまってるって聞いたからな、出撃する前に俺からの選別だ」

 

 和真がそれを受け取ると、兄貴は良い物が手に入ったんだと言った。

 和真は兄貴が手に持つ同じウォッカのビンと自分のビンをぶつけ合わせる。

 

「人類の勝利に!」

「人類の勝利に!」

 

 そして、和真と兄貴は度数の濃いウォッカを呷る。

 

「くぅ~、きくねぇ~~ッ!!」

 

 兄貴がそう言うのを見て、和真が楽しそうに笑う。

 二人は、まるで歳の離れた親友かのように酒を楽しんでいた。

 二人の間に流れる空気が冷めだした頃、和真は思い出したかのように兄貴に聞いた。

 

「そうだ。ストーの奴を見なかった?」

「おん?ストーがどうかしたのか?」

「いや……、あいつ、ブリーフィングが終わってから無言でどこかにいったからさ」

 

 すると、兄貴は嬉しそうに笑う。

 

「お前も過保護だね~」

「こんな場所に長時間いさせられているのだから、過保護にもなるさ」

「ま、それもそうか……。ストーなら、ヴァローナの最終チェックを済ませてどこかに行ったぞ」

「あれ、でもストーのヴァローナのコックピット、さっき見た時閉まっていたぞ?」

「あぁ~、あれは内の若い奴が入ってんだ。衛士が実際にどういった環境で戦場にいくのか、感覚だけでもつかませてねぇとすぐに手を抜きやがるからな」

「なるほど、そっちもなにかと大変だね。でも、そう言った教育の先に今のクォリティーがあるのなら、素晴らしい大変さだ」

「おう!世界に誇れる技術を、俺達は今も磨いているんだ!おっと、ちと呼ばれてるみてぇだ。俺はこれで失礼するよ!」

「ありがとう兄貴!」

「気にすんなって!」

 

 そうして、兄貴は和真の手から空になったウォッカのビンを受け取るとコックピットから姿を消す。

 拳を見つめる。

 

「やってやるさ……」

 

 

 

 兄貴は、和真の元を離れるとガントリーを歩き、少し離れた戦術機の前に止まる。

 その戦術機の名はヴァローナ、真紅の塗装はストーの刃の証。

 兄貴はヴァローナのコックピットブロックの側面のボタンを押し、外部からハッチを開けると、そこには衛士強化装備を身に纏ったストーがいた。

 

「……言われた通りに、和坊にウォッカを飲ませたぞ。睡眠薬でも入っていたんだろ?和坊の奴は、今ぐっすり寝ている」

 

 兄貴がそう言うと、ストーは静かに管制ユニットからガントリーに降り立つ。

 

「でも驚いたよ……。和坊に効く睡眠薬があったなんてな。アイツの体に流れている物を考えれば、生半可な薬なんて効果が無いと思っていたぜ」

「兄貴は知らないだろうけど、ナノマシンを投入された者を静かにさせる物をネフレ社はずっと昔に作っていたよ。……今回は、それをレオにお願いして用意したの」

「……そんな物を和坊に使ってストーは何がしたいんだ?」

「兄貴だって和君と話をして、違和感に気が付いたでしょ?」

 

 兄貴はそうストーに問いかけられて、先程の違和感が本物だったのだと確信した。

 

「あぁ……、いきなり和坊が訳の分からない別の何かにすげ変わったかのような感じは、一瞬した。あれに心当たりがあるのか?」

 

 ストーは悲しげに眼を伏せる。

 

「……うん、あれを和君が望んでいることも知ってる。遠からず和君は今の和君ではなくなってしまう。だから、私が先に楔を打つことにしたの……」

「効果は期待できるのか?」

「分からない……。けど、これ以外に策が思い浮かばなかった。だから、行動するの……、大切だから……」

 

 兄貴はストーの言葉を聞くと、ストーに背を向け歩きだす。

 

「なら、俺はなにも言わねぇ……。和坊の事、頼んだぞ」

 

 それだけを言い残し歩き去る兄貴の背中に、ストーは深く頭を下げた。

 

 

 

 ストーが和真の戦術機であるラプターのコックピット内を覗くと、管制ユニットで和真が寝ているのを確認する。

 ストーは、滑り込むようにしてコックピット内に入るとコントロールパネルをリズム良く叩き、ハッチを閉めた。

 暗がりの中、和真の寝息のみが聞こえて来る。

 うっすらとコックピット内の非常灯に光が灯ると、ストーの眼前に和真の寝顔が姿を現した。

 ストーの心音が早くなる。

 何故だか唾液の分泌量も増えた気がする。

 罪悪感と昂揚感が混ざり溶け込む。

 ストーは、淫らな吐息のまま和真の胸にしなだれかかった。

 トクン、トクンと和真の心臓の音が聞こえて来る。

 心の中の邪な感情と疲労が一瞬で吹き飛んだかのような気がした。

 和真の心臓の音を聞きながら、ストーは手を上に伸ばし、和真の頬を撫でる。

 

「和君…………、大好き…………、大好きだよ」

 

 聞こえていないからこそ言える本音、まるで陰口を言っているような後ろめたさを感じるが、止めることが出来ない。

 

「ずっと……言いたかった……、受け止めて欲しかった……」

 

 でも、とストーは悲しげに独白を続ける。

 

「でも、私知ってたよ。幼かった頃の私を、和君はリリアの代わりの様に見ていた事を……、リリアに対する罪悪感から、私に優しく接して力をくれたのを……」

 

 頬を撫でる手が滑り落ち、垂れ下がる和真の手を引き寄せ恋人のように絡ませる。

 

「私、知ってたよ……。成長した私の事を、ニクスの代わりにして優しく接していたのを……、だから、なんだかんだ言っても、私を受け入れてくれてたんだよね?」

 

 そして、和真の胸から顔を離すと両手で和真の頬を優しく包み込み正面から見つめる。

 鼻先がぶつかりそうな距離で、ストーは潤んだ瞳のまま和真に独白を続ける。

 

「それでも私は嬉しかったよ……。リリアでも無く、ニクスでも無く……、私が和君の隣で笑いあっていられたのが、あなたの一番でいられたことが……、うれしかった―――」

 

 ストーはこぼれ落ちる涙を慌てて拭い取る。

 

「嫌な女だよね……、本当に嫌な女……、あなたが苦しんで、力を欲しているのに、それを邪魔しようとしている。こんな女なんて、大嫌いだよね……?」

 

 ストーはそう言うと、和真の太股を挟むように膝立ちになり、和真の顔を見下ろす。

 ストーの白銀の髪が、カーテンのように垂れ下がる。

 

「でも、その力はダメ……。行き過ぎれば、あなたはあなたでなくなってしまう。だから、刻み込むの……。嫌われても、蔑まれても構わない。あなたに、私と言う存在を刻み付ける。……それが、いずれあなたを救うことになるのなら」

 

 ストーはそう言うと、顔を近づける。

 

「……守るから……私の想いが、あなたを守るから」

 

 そして、ストーは自身の舌を力一杯噛んだ。

 

「う―――」

 

 口の中に溢れ出し、むせ返りそうになる程の血液、その中に混じり合うストーのナノマシン、ナノマシンが傷ついた箇所を修復し始めるのと同時に、ストーは自身の唇を和真の唇に押し付け、舌で無理矢理に和真の口を押し開ける。

 

「う……ん……」

 

 口を通じ、ストーの分身は和真の中に入り込む。

 涙を流しながら口づけするその姿は、まるで王子にキスをする魔女のようで、悪魔にキスをする姫のように、儚くも美しかった。

 ストーの口の中の液体がすべて和真に渡し終えると、名残惜しそうに唇をそっと離す。

 

「片思いでも構わない、叶わなくたって良い。ただ、あなたは私が守る」

 

 

 

 あれから、どれだけの時間がたっていたのか和真は気が付けば寝てしまっていたのに、気が付いた。

 

「やっべ、寝てたか……、気が緩んでしまったかな」

 

 和真は目を覚ますと、大きく伸びをした。

 すると、何故か腹の奥底から不快感が沸き起こる。

 

「うっ、つぅー……。なんだ、これ……」

 

 酒に何か仕込まれていたか?

 和真はそう考えた思考を一瞬で振り払う。

 兄貴を疑うようなことはしたくなかったからだ。

 すると和真は気がついた。

 それは、久しぶりの感触であった。

 

「あれ……なんでだ?俺は……泣いていたのか……?」

 

 未だに残る腹の中の不快感、だが何故だろうか。

 涙を触ってみると、その冷たさに相反して、腹の奥底から全身に心が安らぐ温もりが流れていくのが理解出来た。

 

 

 

 2001年2月24日

 バレンタイン作戦総司令部

 

「これより、オルレアン、トゥール奪還並びに、ブロアハイヴ殲滅作戦を発令するッ!!」

 



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バレンタイン作戦

 大陸全土の景色が一変していた。

 世界を闇に染める暗雲の如き重金属雲が見渡す限りのすべての空を支配していた。

 立ち昇る砂埃、降り注ぐ爆撃の雨、ありとあらゆる物を吹き飛ばしそうなミサイルとロケット弾の風。そして、血と炎―――。

 2001年2月24日10:00より開始されたオルレアン制圧作戦は、一定の成果を収めていた。

 軌道爆撃と、なけなしの機甲部隊による面制圧、海兵戦術機隊による橋頭堡の確保、ミサイルコンテナを背負った戦術機部隊によるさらなる面制圧による陣地構築、バレンタイン作戦が発令されてから生まれた英雄達の突入によりBETAの群れに切込みを入れ、アメリカ軍とオーストラリア軍が切込みから穴を広げ、ネフレ軍が補填していく。

 多くの犠牲を払った、今なお払い続けている。

 それでも、皆が気づいていた。

 もう、後が無いと言うことに―――。

 

「そっちに行ったぞ、イーサン!」

「クソっ!」

 

 イーサンが中隊長を務めるブラッド中隊はBETA群の中、孤立していた。

 ロアール川から直線距離にして2kmの位置に目標とする大きな門が大地に口を開けている。

 僅か2kmだが、その間には5万を超すBETAの群れさらに数を増やしつつある。

 始まりから混戦、いつもの戦いをさせて貰えない。

 ブラッド中隊の衛士達は、バレンタイン作戦の中で何度も命の危機に陥りそうな戦いを繰り返してきた。

 それでも、眩暈を起こしてしまいそうなBETAの物量。

 否応なく近接戦を強いられる。

 BETAとの戦い方、そしてその恐怖を半ば克服しているブラッド中隊の衛士達でさえ、パニックに陥ってしまいそうなのだ。

 昨日今日派遣された部隊、今までまともに前線に出なかった部隊などは、恐怖のあまりまともな統制をとれていないだろう。

 それでも、1kmもの長い道のりを超えることが出来たのは潤沢な補給物資があったからだ。

 前方に照準を合わせることなく引き金を我武者羅に引く。

 これだけで、全弾なにがしかのBETAに命中していた。

 無駄弾など、存在していなかった。

 だが、ここにきてBETAの地中進行も合わせて押し込まれ出した。

 後は、BETAの物量に押されBETAの波に飲み込まれ消える仲間が増えだした。

 

「後少しだってのに―――ッ」

 

 イーサンは突き進む突撃級を回避すると、36mm弾を柔らかな横肉に浴びせる。

 イーサンは仲間に激を飛ばす。

 

「後少しだ!もう目の前に補給コンテナが見えているだろうッ?耐えるんだ!」

 

 その時、近くでBETA群と戦っていたシルバー中隊の中隊長の声が聞こえた。

 

「で、出やがっ―――」

 

 そしてシルバー中隊のマーカーがレーダーから消える。

 一気に緊張が増す。

 数瞬……、数瞬で12機の機影が消えたのだ。

 動揺がブラッド中隊を包もうとした。

 だが、もう50m先に補給コンテナが見える。

 跳躍ユニットを使えれば一瞬の距離、今は光線級の脅威が強すぎるがために使用を制限しているが、主脚走行でもすぐの距離である。

 まるでオアシスを見つけたかの如く、補給コンテナに向かう。

 が、その時宇宙からばら撒かれた補給コンテナは、戦車級の赤い波に飲み込まれた。

 目に見える位置に補給コンテナは無く。

 代わりにと、戦車級の群れが見つめて来る。

 イーサンは即座に仲間に指示を出す。

 

「ちックショッ!CP、補給コンテナが喰われた!後退する許可をくれ!!」

「こちらCP、後退は許可出来ない。繰り返す後退は許可出来ない」

「馬鹿言ってんじゃねぇッ!シルバー中隊も全機がKIA(戦死)アクア大隊は俺達を残して壊滅している!補給もままならない中で、これ以上戦えと言うのは、俺達に死ねということか!?」

「補給に関しては、ネフレ軍が重要な戦域から適時動いている。苦しいのはどこも同じだ、陣形に穴を空ける訳にはいかない。よって、命令に変更は無い」

 

 通信は無慈悲に閉じられる。

 

「ぐ―――」

 

 叫びたい思いを寸での所で堪える。

 自分はブラッド中隊の中隊長に任命されたのだ。そう言い聞かす。

 その時、仲間が叫んだ。

 

「じ、重光線級だあッ!!」

 

 進行方向から九時の方角に5体の重光線級が、黒く淀んだ瞳をブラッド中隊に向けていた。

 前方には戦車級の群れ、後退は出来ず、重光線級に狙われている。

 シルバー中隊もこのような状況下だったのだろうか。

 すぐに気づくことが出来なかった己が不甲斐なさを呪いながら、それでも戦えと叫んだ。

 

「目標重光線級ッ、120mm弾、撃てぇ!!」

「死ねぇええええッ!!」

 

 仲間の衛士達の絶叫、放たれた120mm弾は重光線級に届くまでに突撃級や要撃級の肉の壁に阻まれ、肉の壁を越えた120mm弾も重光線級の群れを殲滅するまでいかなかった。

 一体の重光線級を水風船のように破裂させ絶命させた。

 一体の重光線級は、足部を砕き地面に巨体を横たえさせる。

 だが、後三体残っていた。

 視界の先が、白く輝くのが見えた。

 叫びながら120mm弾を放つ仲間達、だが極限状態にあるためか狙いが定まらない。

 イーサンの体は、重光線級のレーザーがいつ来ても良いように自然と怖らばせる。

 が、魚に足の生えたような重光線級の輝く一つ瞳に、次々と砲弾が突き刺さっていく。

 砲弾はイーサン達のすぐ後方からだった。

 発射時の発砲音がすぐ真後ろから聞こえたのだ間違いない。

 だが、レーダーには味方の機影は映っていなかった。

 

「なにが……」

 

 そう言うイーサンの声をかき消すように、放たれ続ける砲弾は次々と重光線級を穿ち続けた。

 イーサンは戦術機のバックモニターを使用し、後方を確認した。

 

「ラプター……」

 

 砂埃の中に、幽鬼のように佇んでいたのは戦域支配戦術機の異名で呼ばれる米国の至宝。

 腕に持つ大きな支援砲を構えなおすと、いきなり現れたラプターは別の戦場に姿を消す。

 

「……あれが、ステルス」

 

 イーサンは、その圧倒的な戦力を前に思わずそう呟いた。

 

「残弾、推進剤、機体ダメージ、問題なし」

 

 和真は脳のリミッターを切った世界で、戦域地図とレーダーを確認し、オープン回線の声に耳を傾ける。

「あ、足がぁあああッ!!」

「た、隊長!置いていかないでッ!」

「よくも……よくもぉおおおッ!!」

 

 回線に流れて来るのは、苦しむ人の声の嵐。

 普段の和真ならば、短絡的に考えすべての人間を助けようと動いたはずである。

 だが、今の和真は大局的に考え、あえてそれらの声を黙殺し、黙々と任務をこなしていく。

 目の前を横切ろうとする突撃級に跳躍ユニットを吹かしたまま突撃、跳躍ユニットの使用を止め、慣性の力により突撃級に体当たりしてしまいそうになるが、和真は高所から飛び降りるように、両足の足底部を突撃級の横腹に押し付け速力を殺す。

 ラプターにドロップキックをくらう形となった突撃級は、一瞬片側の足をすべて浮かせよろける。

 その一瞬を使い、突撃級を壁にし、その先にいる重光線級に120mm弾を放つ。

 重光線級が致命傷を負い、レーザーが撃てなくなったのを確認すると、踏み台にしていた突撃級を殺し、返り血を微かに浴びながら跳躍ユニットを起動、次の獲物の元に向かう。

 その動きはまさに猛禽類のそれであり、ラプターの性能の高さを付近の衛士に見せつける。

 

「急に取り付けられた武装にも嫌な顔を一つせずに、素直に扱える。ラプター、お前は優等生だな」

 

 兄貴により、急遽取り付けられたのは上腕部のスラッシュアンカー、両足側部に取り付けられた箱型ガンマウント内部の120mm散弾銃、そして背部ウエポンラックには、弾倉コンテナを装備し、腕には120mm水平線砲改の正式量産タイプの120mm水平線砲。

 これだけの重装備でありながら、ラプターは和真の動きに合わせていた。

 さらに、和真の戦績をずば抜けたものにしていたのは、和真がナノマシンの使用法を理解し始めたからである。

 和真の体に流れるナノマシンには、数多の衛士の経験が記録されている。

 今までの和真ならば、リリアとザウルの経験のみを読み込みリミッターを切った体で二人の戦い方と知識を模倣していた。

 だが、今の和真はそれ以外の者達の経験すら、小出しではあるが引き出し模倣することが出来るようになっていた。

 今の和真には、次にどのような行動をとればいいのかが理解出来ていた。

 戦いながら、選択肢を選んでいるようなものである。

 常に過去の力から最善手を選び行動に移し敵を瞬時に殲滅する。

 和真の戦績は、戦術機一個大隊並であり、それを個人で成しえていた。

 

 憎い、殺せ―――。

 憎い、殺せ―――。

 

 身体の節々から、怨憎が聞こえる。

 志半場で潰えた命達、実験の糧とされた者達の声が怨府と化した和真の内部を染め上げる。

 

「うるせぇな、耳元で囁くんじゃねえ―――。望み通り、BETAを殺してやる。だから……、もっとだ……、もっと寄越せ―――」

 

 感覚で分かる。

 どこに着地し、どのような動きをすれば良いのか。

 和真は、指示された場所に誤差±5㎝でダイレクトランディング、流れるように側宙、120mm水平線砲を肩部ガンマウントに納めると、両上腕部のスラッシュアンカーを飢えた蛇のように射出、地面を赤く染める戦車級の群れを串刺し刑に処す。

 身体を捻り、反転しながら着地、両足足部の箱型ガンマウントから120mm散弾銃を抜き出すと、腕を振り上げ着地するラプターを挟み撃ちにしようとする要撃級の無防備な体に無数の弾丸を叩きこむ。

 前面をミンチにされた要撃級は、鋭利な腕が剥がれ落ちかける。

 さらにその要撃級を踏み台に飛び上ると、再度120mm水平線砲を装備し、遠方の光線級を狙撃する。

 和真が正確に戦域を理解出来ているのは、ラプターの電子機器の優秀さのおかげである。

 ラプターに装備されているレーダーなどのセンサー類は、CPと同等レベルであるとも伝えられている。

 それほどまでの、情報分析能力を有しているラプターにしてみれば、いくら大規模な混戦で重金属雲が張りつめていたとしても、各地の戦術機が発するデータリンクのデータを収集し、統合し、簡素化することで暴れるに十分な情報を和真に提供することが優秀なのである。

 和真のBETA撃破数の個人記録を塗り替えるほどのBETAを殺戮し、戦域の補給コンテナから推進剤の補給をしていた時、各部隊から門に到達した知らせが続々と戦場を飛び交った。

 

「よし―――、良いペースだ」

 

 トゥールの方も、門の確保が出来たとの知らせはすでにHQから寄せられていた。

 作戦は次の段階に移る。

 

 

 フランス領ヴァンドーム

 戦闘指揮所

 

 様々な戦場の映像が、まるで取り囲むように設置されたモニターに映し出されている。

 そのモニターを睨み付けるオペレーター達が口早に、戦況を伝える。

 

「オルレアン戦域、門の確保順調に推移しています!」

「トゥール戦域、西ドイツ陸軍ツェルベルス大隊3番門4番門確保、フランス陸軍第131戦術機大隊13番門から16番門まで制圧完了、その他の部隊も別門を制圧しつつあります」

 

 その報告を、オペレーター達がいる場所よりも一段高い場所にいる三人は神妙な面持ちで受け止める。

 

「クラレンスさん、そろそろ宜しいか?」

 

 指揮官にそう尋ねられたクラレンスは、顎を撫でながら頷く。

 

「準備は整っております大佐、後は……」

「姫様、宜しいですかな?」

 

 そして最後の三人目である。マリア・ヴィクトリア・メアリーが力強くうなずく。

 

「では、お願いします」

 

 マリアは、この戦いを終焉に導くかもしれない一矢を放つ笛を鳴らす。

 

「マリア・ヴィクトリア・メアリーの名において命じます……、2700mm電磁投射砲、発射準備に入って下さい!」

 

 その一声を合図に、オペレーター達は各所に指示を出していく。

 

「2700mm電磁投射砲発射準備ッ!!」

「了解、発射準備ッ!」

「ブロアハイヴ周辺の重金属雲濃度70%!」

「超電磁モーター準備完了!」

「重金属雲濃度50%」

「ブロアハイヴモニュメント露出、監視衛星よりデータリンクを開始!」

「重金属雲濃度40%」

「2700mm電磁投射砲、装填完了!」

「装填完了確認、データリンク自動照準開始!」

「国連、アメリカ軍、欧州連合軍、ネフレ軍の軌道爆撃艦隊待避完了!」

「ブロアハイヴ周囲の残存光線級、規定値よりも大幅に下回っていることを確認!」

「ビスケー湾に展開中の、アメリカ大西洋艦隊、艦対地ミサイル発射準備完了」

「2700mm電磁投射砲照準完了!」

「2700mm電磁投射砲、発射準備整いました!」

 

 マリアは、一度瞼を閉じる。

 瞼の裏には、共に過ごした友人の顔が浮かんでは消えていく。

 

 皆、生きていてくれ……。

 俺も……戦うから……。

 

「この一矢が、世界を救う道しるべにならんことを―――。2700mm電磁投射砲、放てッ!」

 



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バレンタイン作戦2


 大変お待たせしてしまい申し訳ございませんでした。
 再びゆっくりではありますが、執筆していきたいと思います。
 待っていて下さった方々、本当にありがとうございます。
 お待たせして、すみませんでした。


 

 その光景は誰もが望んだものだった。

 いつか……、やがて、いつかはと願い続けてきたモノだった。

 

 去年隣の家の人が死んだ。

 先月父が死んだ。

 先週友人が死んだ。

 先日兄が死んだ。

 死んで逝った人達が皆語っていた夢想―――。

 それが、今望む者達の目の前に具現化した。

 

 フランス領ヴァンドーム

 戦闘指揮所

 

「嘘だろ……」

 

 オペレーターの1人がそう呟いた。

 自分の瞳に写る画面に起こった出来事が真実であったとしても、脳がそんなことは不可能だと拒否したがために、自然と口からそうこぼれた。

 静寂につつまれた戦闘指揮所に嫌に響いたその虚言は、瞬く間に否定されていく。

 

「おいおい、マジかよ!」

「遂に……俺達は……」

「兄さん、姉さん、やったよ……。人類はここまで来たんだ!」

 

 そして、虚言は真実に塗りつぶされ、歓声に埋め尽くされた。

 戦闘指揮所にいた人達は立ち上がり叫んだ。

 ざまぁ見ろと吠えた。

 なぜなら、画面の先に写るハイヴモニュメントに大きな窪みが出来上がっており、そこから蜘蛛の巣のように亀裂がはしり、そしてその中心部には小さな穴が開いていたからだ。

 

「おめでとうございます。嫌、違いますな……。ありがとうございます」

 

 大佐はそう言うと、隣に立つクラレンスに握手を求めた。

 

「―――いやはや、ご期待に添えられて私どももホッとしております」

 

 クラレンスは、ハイヴに打撃を与えたことよりも、相手が望んだ結果を提供できたことに喜んでいた。

 BETAとの戦いは生活なのではなく、あくまで仕事なのだと考えているからだった。

 そんな、二人の隣に立つマリアは胸の前で両手を握りしめる。

 

 皆、ここからだ……。

 もうすぐこの戦いも終わる。

 だから―――。

 

 

 

 東の空より雲を切り裂き、天の矢が一点に降り注いでいた。

 そんな光景を背にしながら、衛士達は戦い続けていた。

 和真達の戦場にも、ブロアハイヴに対し2700mm電磁投射砲なるモノが使われ、ハイヴに穴を開ける事が出来たとの知らせは来ていた。

 だが、誰もが戦闘指揮所のように諸手を上げて喜びはしない。

 嫌、そんな暇すらなかった。

 何故なら、彼らは戦争をしているからだ。

 

「五六中尉、トイ・ボックスのあなたと共に戦えたことを誇りに思います」

 

 オーストラリア軍の大尉が和真に対してそういった。

 彼らの足元には巨大な穴が存在している。

 それは、ゲートと呼ばれるハイヴ内部へと通じる地獄の入り口であった。

 

「いえ、私は自分の仕事をしたまでの事です。……道中お気をつけて」

 

 オーストラリア軍の主力兵器は、F-18Eスーパーホーネット、そしてF-16Eセイカーファルコンである。第二世代機で構成された大隊で地獄に行くのだ。

 生きて帰って来れる保障なんてどこにも無い、それは地上よりもさらに厳しさを増すだろう。

 だが、行けと命じられたならば、世界で一番安全な大陸にいる家族のために向かうのだ。

 多くの言葉なんて無粋だ、今は自分に課せられた使命をただ果たす。

 オーストラリア軍が地獄に安全に入ったのを見届けると、和真の耳にCPから通信が入った。

 

「五六中尉、現地点より南西に10kmの地点に要塞級20体を確認しました。向かってください」

 

 和真は、疲れを抜くかのように、息を吐くと了解とだけ伝え、その場へと向かう。

 

 

 2001年2月24日20:00

 シャルトル要塞陣地簡易整備所

 

 急遽BETAからの強襲にも耐えながら建設されたシャルトル要塞陣地内では、人類の最果てのような光景が広がっていた。

 

「うっ……くぅ……」

「……お……母さん」

「う、……腕が……かゆい……」

 

 それは人の土台。

 地面一杯に広がるのは傷ついた人の群れだった。

 

「先生ッ!輸血が足りませんッ!!パックは!?」

「足を斬る……良いな?」

 

 そこに広がるのは、別種の戦争の姿。

 殺すばかりを求めた者達を、一秒でも生かすための死神との闘い。

 自ら感染症に侵され死ぬかもしれない。

 それでなくても前線に築城された要塞陣地、いつBETAが襲い掛かって来るかもわからぬ状況。

 すでに衛生兵の数は底が見えている。

 そのため高い給料と人の善意に付け込んで集めに集めた医療従事者達。

 だが、それでも全てを救うにはすべてが足りず遅すぎた。

 曇天の元吹きざらしで作られた簡易格納庫。

 それはもはや格納庫と呼べる物ではなく。

 駐車場と言ってしまってよい場所。

 その一角。

 剥き出しの骨格に痛んだフレーム、赤色ペイントを塗りだくったかのような戦術機F-15Eストライク・イーグルの足元にはイーサンが座り込んでいた。

 ただ一人、たった一人で座り込むイーサンを誰も気にも留めない。

 それどころか、走り回る者達からはまるで侮蔑でも込められているかのような瞳を流される。

 イーサンはそれにすら気が付かない。

 ずっと、ここに一人帰って来た時から、彼は整備されずに放置された愛馬の足元を動こうとはしなかった。

 イーサンは呟く。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 三角座りをし、膝の間に顔を埋めたまま、彼は瞬きすらせずに、瞳と鼻と口から汚液を垂れ流し懺悔を続ける。

 それはもはや、壊れたオルゴールと同等だった。

 その時、雑音すら通さないイーサンの耳にそれは届いた。

 砂利道を踏みしめる独特の足音。

 靴裏がゴムの軍靴とは違うその独特な音。

 それは衛士強化装備服のブーツが奏でる音だった。

 その音を聞いてイーサンは顔を勢いよく上げた。

 自らの懺悔を聞き届けた神が奇跡を起こしたのだと信じて。

 だが、希望に募らせた顔を上げたイーサンの表情は、一瞬で無表情に変わり、そして羞恥に歪められた。

 

「……」

 

 イーサンの目の前、まるで見下ろす様に立つ者は、和真だった。

 

「……」

 

 和真は何も言わない。

 ただそこに立ち続けているだけだ。

 それはまるで幻影のようで、狂ったイーサンの脳味噌が見せたもののように身動き一つしない。

 だが、その表情だけは違った。

 その表情はまるで、諦めのような同情のような、そんな冷めた顔をしていた。

 爆音が轟く。

 東南方向約64キロメートル先から響くそれは、重金属雲によって作り出された曇天を下界から輝かせる。

 光が一つ、二つと生まれては消え、そして生まれて消えていく。

 それは戦場に立つ者達の最後の輝きなのかもしれないし、支援砲撃なのかもしれない。

 だが、その可能性をネガティブにしか捉えることしか出来ないイーサンは、まるで生まれたての子犬の様に無様に震えるしか出来ない。

 その時、聞こえた。

 頭上より降り注ぐ重い空気が吐き出される音。

 

「……はぁ」

 

 それは溜息だった。

 さらに言葉が降り注ぐ。

 

「……もしやと思ったが、見込み違いだったな」

 

 その言葉の真意はどこから来たのか。

 なにを持ってそう言った言葉を吐いたのか。

 それも分からない。

 分かりたくもない。

 それでも、そんな状況でも、言い返す事も立ち上がる事すら出来ない自分は、一体何なのだ?

イーサンは、闇の中で思考を重ねていく。

 だが、答えは帰ってこず。

 むしろ突き放すかのように、強引にイーサンは立ち上がらされた。

 

「ぐっ……」

 

 握られた二の腕が信じられないくらいに痛い。

 自分はどこも負傷していない。

 なのに、和真に捕まれた箇所が熱を帯びているかのように、ジンジンと痛みだす。

 

「立て」

 

 簡単な言葉。

 命令口調のそれを聞いても、反論する気力もない。

 イーサンは、死んだかのような瞳で和真を見る。

 その顔はやはり、どこか疲れているようだった。

 和真は腕を引きずろうと力を込めた。

 だがその時、イーサンは咄嗟の行動に出る。

 

「い、嫌だッ!!」

 

 ペンチで挟まれていたかのような腕を振りほどき、イーサンは自身の愛機の足に縋りつくようにもたれ掛かる。

 

「お、お前は……、お前も俺に戦えって言うのか!?」

 

 イーサンの視点はブレ、唇は震えている。

 その症状に覚えがあった。

 力に固執し、その力に畏怖する。

 失うことに対する恐怖。

 意味がなかった己が力が、かつての努力が微塵も成果を果たさずに、大事な人達を奪い去っていく虚脱感。

 

『俺は……、俺達アメリカ軍人は、決して仲間を見捨てないッッ!』

 

 それはかつてイーサンが言った言葉その物だった。

 そこには確かな若い輝きがあって、こんなクソッタレな世界をどうにかしようと足掻く初々しさがあった。

 だが、今のイーサンはそれを汚してしまった。

 無力を知った。

 それを和真は悟った。

 

 だからこそ―――

 人が、過去の俺が―――

 折れる様など、見たくもない―――

 

「ならお前は、ここで何をしている……?」

 

 和真は湖面に水滴を落とすかのように、静かに言葉を紡ぐ。

 

「……見たところ、お前の戦術機はまだ死んでいない。補給をすれば出撃出来るはずだ。それとも、アメリカ軍HQからここで待機を命じられているのか?」

 

 和真の言葉がイーサンの器という湖に注ぎこまれていく。

 今のイーサンは、もはや決壊寸前だった。

 

「違う……違うッ!!」

 

 イーサンは、悪い何かを振り払うかのように右手を勢いよく振る。

 

「俺の戦術機は死んでいるッ!見ろ!フレームは歪み突撃砲すら掴むことが出きない。足は骨格が歪み支えなしでは自立歩行もままならない!頭部は半壊し、センサー類はめでたく吹っ飛んでったよ!ケネディも真っ青な状態だ!」

 

 イーサンはそう叫ぶと、自虐的に笑った。

 

「俺はもう戦えないんだ。戦術機がこんな事になっちまってそれでも一人おめおめと逃げて来たんだ。仲間も全て置き去りにしてなッ!!どうした?笑えよ!!威勢だけの、口先だけの野郎だッて笑ってくれよ!頼む……」

 

 そう言って、枯らした涙を再度溢れ出させ縋りつくようにイーサンは和真腕を伸ばす。

 その姿は闇に捕らわれた愚者のように惨めで卑しい姿だった。

 だがその背景を、イーサンの過去を知る者、または察することが出来る者であれば、手を差し伸べるべきだと、判断することが極めて容易な姿でもある。

 それでも和真は、救いを求められた戦士は、その拳を振り上げて愚者の頬に叩きつけた。

 

「ぐっうぅ……っ!」

 

 突然張り倒されたイーサンは、目の前を白黒させながら尻餅をつく。

 

「俺の時は、殴り飛ばしてくれる強い人と抱きしめてくれる優しい人が傍にいた……、だからその二人がいないお前には、こうする」

 

 点滅する視界の中で、降り注いできたその声の主に対し、イーサンは一瞬で怒りを爆発させようと、勢いよく顔を上げた。

 そして、それを見た。

 武骨にされど優しく。

 どこかジュニアハイスクールの先生を思わせる微笑みを携えて、手を差し伸べる和真の姿。

 

「ほら、そんな顔も出来るじゃないか」

 

 イーサンはまるで信じられないモノを見たかのように瞳を丸くした。

 イーサンが知る和真は、いつも能面の様な無表情を貫き、常に高圧的に上から物事を断じて来たかのような雰囲気をしていた。

 それがどうだ。

 今、目の前にいる男は眉間の皺が微かに残るも、それすらその人物が歩んできた歴史を想起させ、人を導く立場にあるような穏やかさを携えている。

 

 本当にコイツは、あの五六和真なのか?

 

 そう言った思考がイーサンの思考を加速度的に駆け巡る中、和真はイーサンの片手を取って、無理矢理に立ち上がらせた。

 だがそれは、先程の万力で締め付けられるような痛みでは無く。

 背中を誰かに押されたかのような、自然と自ら立ち上がったかのように視線が持ち上がる。

 和真は言った。

 

「お前も、お前の戦術機もまだ死んじゃいない。……お前のここが活きている限り、どちらも死ぬことなんてないんだ」

 

 和真はそう言うと、イーサンの心臓をコツンと叩いた。

 

「ついて来い」

 

 和真はそう言うと、歩き出す。

 屍の山のように蹲る人々を一瞥もすることなく。

 されど、胸を張って堂々と前だけを向いて歩く。

 和真の足元からは、怨負の念が吐き出されるかと思われた。

 健常者と障害者、この二択をまざまざと見せつけるかのように、和真が歩いているからだ。

 現に、蹲るイーサンに向けられていた視線は、全てがその類いだった。

 だが、どうだ。

 そんな下賤な事を考えていた自分をイーサンは呪った。

 今にも死に絶えそうな人の大地。

 そんな地獄で地べたに這いつくばることでしか生を実感出来ていない人達は、皆一様に、瞳に生気を宿し、輝かせ、和真を見ていた。

 和真はそんな者達に一瞥を投げたりはしない。

 そればかりか、邪魔な存在と考えているのではないかと思われる程に、前だけを向いている。

 それでも、雲の上を見上げるように、皆が和真を見ていた。

 その視線に乗せられているのは希望だった。

 皆が皆、和真に希望を託している。

 その一人の男に、何百何千という、人々の願いが集約されていく。

 その背中を見た時、イーサンは震える唇で言葉を紡いだ。

 

「これが……英雄……」

 

 イーサンの心臓に何かがストンと落ち、さらに血潮が滾り、脳が回転を始めた。

 理解した。

 直観した。

 

 この男は、五六和真と言う男は、この世界に必要であると、死なせてはならないと―――

 

 だから、イーサンは歩みを進めた。

 まるで劇場の幕が開いていくかのように、暗闇からスポットライトの真下へ。

 背中を押してくれた数多の腕が、誰らのモノかを確かめて、この地獄を終わらせるために、イーサンは光を追いかけた。

 



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バレンタイン作戦3

 

 シャルトル要塞陣地簡易整備所を出て、さらに東へ。

 和真について行ったイーサンはそこで戦域支配戦術機を見る。

 

「ラプター……」

 

 そこにあったのは米国の至宝、現在世に知られている戦術機の中で最強の名を関する猛禽類。

 その戦術機が、まるで働きアリに群がられているかのように、ネフレ社の者達から整備を受けている。

 整備支援担架車が、数多と並び、剥き出しとなったラプターの骨格に次々にフレームをはめ込んでいく。

 見たことも無い武装が所狭しと並び、一戦術機の搭載能力を優に上回ると素人でも気づきそうな物量。

 それらが、着実に確実に、一つ一つラプターの体に纏わりついて行く。

 その光景にイーサンが驚いていると、和真は気さくに手を上げた。

 

「兄貴!」

 

 和真がそう叫ぶと、人ごみの中から、ヒグマも掻くやと言う程の巨漢の男が姿を現した。

 

「応ッ!和坊、久しぶりだな!!」

「まだ、そんなに時間がたってないと思うけど?」

「それもそうか?」

 

 和真と兄貴が気さくに話し合っている中で、イーサンは場違い感に小さくなっていた。

 

「それより、和坊コイツが例の……?」

 

 兄貴と呼ばれた男はまるで睨みつけるように、イーサンを見下ろす。

 その視線がイーサンには、どうにも居心地が悪かった。

 まるで、 りつけてくる父親のようで、新人教育時に自身を受け持った教官の表情と似ていたからだ。

 だからだろう。

 イーサンは少しばかり居心地が悪く身動ぎする。

 

「あぁ、そうだ……。今この場で、コイツ以上に最適な衛士を見つけることが俺には出来なかった」

 

 イーサンは和真のその言葉に訝し気に眉を寄せる。

 それを見ていた和真は有無を言わせぬ気迫を見せながら、問いかける。

 

「お前は、この戦争……どう思う?」

 

 その問いかけが余りに抽象的で、一体なにを説いているのかそれがイーサンには理解出来ない。

 

「後方国家……、世界の覇権国家……、アメリカからわざわざこんな肥溜めに身を落とし、明るい青空の下から硝煙と爆炎の暗闇に身を曝したお前に聞きたい」

 

 和真はそこで言葉を区切った。

 まるでその先の言葉がどうしようもない。

 まるで馬鹿にされるのが目に見えているからこそ、その羞恥を跳ね除けてまで言う価値があるのか真剣に悩んでいるようだった。

 だが和真は言った。

 

 イーサンの眼を見て、逃げずに―――。

 

「俺達と……、人類とBETAの戦争は、……終わると思うか?」

 

 その問いが投げかけられて、イーサンの心臓は、一度大きく跳ねてそして締め上げられた。

 

 聞いていた話だ―――

 

 第2世代の戦術機が生まれ、それが多くの前線国家に行き渡り、BETAをユーラシアに封じ込め、その撃退が可能となった現代。

 そんな世界でも最強を自負しているアメリカでは、この戦争は終わりに向かっていると囁かれていた。

 テレビをつければ、コメンテーターが、前線国家、並びにBETAに支配された亡国達は、アメリカの施しに寄生し、旨味を甘受し、終わる戦争を長引かしているとまで言っていた。

 軍での話題でも良く似た物だった。

 アメリカが作った新型爆弾、効率化された対BETA戦術、そのすべてを的確に運用さえすれば、一年たたずに人類は勝利すると語り合った。

 だから、……でも、そんな勝てて当たり前の存在に父と兄を殺されたのだ。

 表の面では、皆が俺と母を可哀そうだと言い、同情して慰めに来た。

 だが、気づいていたのだ。

 

 その裏で、皆が父と兄を馬鹿にしていることに―――。

 

 それが悔しくて、泣き叫ぶ母を一人置いて、軍に志願し、この地に来た。

 人類の敵の正体を暴くために、父と兄を殺した敵を殺すために―――。

 対面して思った。

 

 あぁ―――これは、ダメだ―――。

 

 同じ生物なのか疑問に思うその姿。

 感情など置き去りにして、ただ壊し喰うことしか眼中に無い狂気の集合体。

 BETAの姿を見た時、俺は死を連想して、負けを認めた。

 それでも、心は叫んだ。

 憎しみに唾を撒き散らした。

 

 殺したい―――

 

 勝ちたい―――

 

 敵を討ちたい―――

 

 アメリカでの常識を破壊され、足掻くことも出来ない俺は、それだけを願いそして―――。

 多くの明日を語り合った仲間を死なせてしまった。

 無力感に苛まれ、頭の中に反響する同情の声。

 

 そんな俺に聞くのか……?

 人類が勝てるかだと?

 バカにするな、そんなモノ童貞を卒業したばかりの俺でも分かる。

 

 ―――無理だ。

 

 勝てる訳が無い。

 

 ここにどれだけの兵器が持ち込まれ、どれだけの兵士が乗り込んだと思っている?

 

 アメリカが、世界の覇者が、その持ちうる武力の殆どを注ぎ込んで、これだ。

やっと、やっとの事、敵の前線基地に手が届いた。

 

 それだけだ。

 そこまで行くのに、一体何人死んでしまったのか。

 どれだけの弾薬を使い切ってしまったのか。

 あの自己中心的な日本人共の国を守る時とは訳が違う。

 ある意味、同族を救うための戦い。

 それ故に士気も高く気概溢れていた。

 負けるなんて、微塵も思っていなかった。

 そんな連中ばかりだった。

 皆自信に溢れていたんだ。

 なのに、今この現状が、勝っているのか負けているのかも分からないこの現状が、俺の脳がもう答えを出している。

 

 ―――人類は、負けるんだ。

 

 だから終わる。 

 終わってしまう。

 それが理解出来たからか、イーサンは和真の眼を睨み返しながらも言葉を発することが出来ない。

 嫌な時間が流れる。

 まるで、酸素が凝固剤で固められたように、指先一本動かせない。

 だが和真は動いた。

 

「お前はあの時、仮設テントの中で、俺に啖呵を斬ったな。―――俺達、アメリカ軍人は仲間を見捨てないと、それで俺はこう言った。それでも救えない人間は出てくると」

 

 和真のその言葉はイーサンの胸を抉る。

 それ故に、反射的に叫びそうになった。

 だが、和真はその叫びをさせない。

 

「そして、俺はこう言った。力が必要だと―――。教えてくれ、人類がBETAに勝てないなら、勝つためには、どれほどの力を手に入れたらいい?」

 

 答え合わせ―――。

 

 これは、あの日、あの時の続きだ。

 実戦を経て、経験を得て、そして見て来た全てから瞳を逸らさずに、導き出す答え。

 それを求めた。

 だが、イーサンにはその答えが出てこない。

 もうわかってしまった。

 気づいてしまった。

 どのような力だろうと、あの悪夢は滅ぼすことが出来ない。

 知らずにイーサンは、腰が抜けた様に、無様に膝をついた。

 口からは、声にならない声が漏れ続け、その姿がさらに惨めさを際立たせる。

 

 救いは、無い―――。

 

 けど、だけれど……。

 

 傷の舐めあいなら、まだ許される。

 

 イーサンの前に手が伸ばされる。

 先程と同じ光景。しかし、目に映ったその掌は、違うように見えた。

 

「お前見た目と違って、意外と脆いよな」

 

 その声は初めて聴く声色だった。

 初めて聞いた幽霊の様な不気味さではなく。

 先程見せた威圧的な声でもない。

 その声には、親しみが籠っていた。

 

「あっ……」

 

 またもや、イーサンは和真にその手を掴まれ無理矢理立ち上がらされる。

 だが、そこに痛みはない。

 まるで風に背中を押されたように、すんなりと立ち上がることが出来た。

 

「……やっぱり」

 

 イーサンは、恐る恐る顔を上げる。

 その瞳に写ったのは、実年齢よりも幾分も若く見える。

 まるで少年のような笑顔をした和真の姿だった。

 

「イーサン、お前はまだ、諦めちゃいないんだ」

「え……?」

「逃げ出すことも出来たはずだ。無理だと投げることだって出来た。いつか誰かがやってくれると視線を逸らすことだって出来る」

 

 和真は立ち上がらせたイーサンの肩に手を乗せた。

 

「でも、まだ立ち上がれる。お前は、戦う事を……抗うことを、力を求めることを―――諦めていない」

 

 和真の掌から伝わる熱が、イーサンの体を震わせる。

 体が震えたことで発した熱が、体内を満たす。

 和真の言葉は間違っていた。

 自分の事を分かったつもりで話していたのだろうが、自分の事は自分が一番理解している。

 イーサンは、全てに諦めていた。

 力を否定していた。

 

 だけど、だけれど――――。

 

 どういう訳だか、和真にそう言われると、そんな気がしてきた。

 まだまだ、やれる気がした。

 俺はこんなところで終わる男ではないと思えて来た。

 心の臓まで達した熱が凝固BETAと言う恐怖に冷や水をかけられ、鎮火しかけていた。

 だが、それでも確かに残っていた恨みが燃料を投下され、燃え滾る。

 イーサンは、肩に乗る和真の手を払いのけた。

 

「……気安く俺にさわんじゃねぇ」

 

 その声は、まるで内緒話するかのように小さかった。

 だが、その声は確かに和真に届いた。

 和真は一瞬キョトンと瞬きを繰り返すと、次の瞬間には、何かを噛み締める様に顔を少し歪めた。

 

「なら、お前に暴力を与えよう。今の俺達には、最高の力で答えだ」

 

 和真はイーサンの後方を顎でしゃくると、そこにはイーサンの剣が搬送されていた。

 

「イーグル……」

「幸いお前のストライク・イーグルは基礎が生き残っている。……こちら側で修復してやれば、直に暴れることが可能だ。だが……、そんな時間は俺達には残されていない。見て分かると思うが我が社の整備員は俺のラプターにかかりきりだ。ストライクの修復に回せる人員は僅かしかいない。それだと、お前は間に合わない。だから、俺が用意してやった。お前にしか出来ない。……お前だけの戦場だ」

 

 和真はそう言うと、イーサンに近づき小声で何かを呟いて行く。

 イーサンは和真の発言に息を飲み握り拳に力が込められていく。

 そして最後に和真が拳を掲げると、イーサンは自身の拳を嫌な音が出る程に叩きつけ、自身の愛機の下に向かった。

 事の成り行きを見ていた兄貴は、イーサンが立ち去るのを見てから眉間の間の皺をさらに深くした。

 

「お前……」

「利用出来るものは何でも利用する。それだけだよ、兄貴―――」

 

 五六和真という男は、とことん優しい男である。

 それは身内ともなれば尚の事、故にアメリカ軍とトイ・フラワーの面々との諍いの際、敵の――――アメリカ軍の情報を特にイーサンの情報を集めに集めた。

 それは保険と言うには過剰なほどに―――。

 そこで手にした資料からイーサンの能力を知り、そしてそれを己のために使うことにした。

 手札を一つ切ったのだ。

 それは子供には出来ない駆け引き、だが社会に出た大人なら誰もが行う一つの成長の証。

 和真は自身の駒を腐らせず有効活用した。

 自信が持つ不思議な力、催眠術らしき力を使って無理矢理に奮起させたのだ。

 それは余りに残酷なことだ。

 もう折れてしまった人間を、再び地獄に引き戻したのだから、だが和真はそれすら利用してでも勝ちたいのだ。

 もう、後戻りなどする必要もない。

 和真は兄貴に背を向けラプターの下に向かう。

 

「さぁ、俺は行動を起こすぞ。お前達が何をどうしようが、その悉くを覆してやる。最後に笑うのは―――俺だ」

 

 

 

 

 

 

 

 トゥールに存在する巨大なゲートからその身を投げ入れ、今や直線距離にして約

53キロメートルも先に存在するブロアハイヴにドリフトを通じて侵攻していた西ドイツ陸軍第44戦術機甲大隊、通称ツェルベルスに所属する第二中隊の衛士イルフリーデ・フォイルナー少尉は額から垂れ散る汗を無理矢理に拭うと、呼吸を浅く繰り返し深呼吸の代わりとした。

 

「ふっふっふ……」

 

 ハイヴの内部に入るなんて経験は後にも先にもこれきりかもしれない。

 普段の衛士達の倍以上戦場にその身を置いてきたイルフリーデも、その異様な風景に三半規管から侵食され、ありえない筈の乗り物酔いを経験していた。

 その時、眼前に小ウィンドウが現れ同期の顔が映し出された。

 その顔もどこか辛そうにしていたことから、この不快感を共有しているのが自分一人ではないと理解し、どこかホッとする。

 

「それにしてもこの景色に雰囲気は、どこか幻想的で悪魔染みていますわね」

 

 緑色の髪にお嬢様然とした衛士、ルナテレジア・ヴィッツレーベンはそう愚痴を零した。

 

「仄かに光る空間一体に、スリーパードリフトから散発的に表れるBETAを掃討しつつの進行、オーボットダイバーズが先行し、道を切り開いたとは言え、ここは敵の腹の中、常々とは違いストレスを貯めるのは無理もない話だ」

 

 そう自分に言い聞かせるようにして新たに現れたのはもう一人の同期、ヘルガローゼ・ファルケンマイヤーだった。

 

「それもそうね。先行したダイバーズの苦しみは私達以上のモノ。ツェルベルスの衛士である私達が挫けていい場面ではないわ」

 

 イルフリーデはそう言うと、自身の頬を叩いた。

 

「うしッ!」

 

 それと時を同じくして、けたたましい音がコックピット内を満たす。

 

「ッ!!」

「振動センサーに感有り、波長パターン照会!BETAです!」

「アーレツェルベルス、隊形をハンマーヘッドワンに変更、初撃にて敵BETA群前方を薙ぎ払い身動きがとれなくなったBETAを盾に近接戦をしかける」

 

 いつもの如く、鼓膜に響くのは落ち着いた大隊長ヴィルフリート・アイヒベルガーの声。

 聞き終える前に命令の意図を理解し、行動に移していく。

 働き蜂よりも機械的な動きで、ジャッカルより俊敏に隊形!を整えた。

 

「敵総数、およそ800、前衛突撃級続いて要撃級と戦車級の混成!」

「突撃級は二次元的に前進するのみだが、要撃級特に戦車級は壁を張って降り注いでくる。常々と思うな。敵は360度全てから攻撃可能である」

 

 そんな事は百も承知だ。

 ここにくるまでに、一体どれだけのBETAと戦闘を繰り返してきたと思っているのか。

 その全てが地上の常識とはかけ離れていた。

 何度死を覚悟したか。

 だがしかしだ。

 

「もう慣れたわ!」

 

 ツェルベルスの名を関するタイフーンの群れは、その手に持つ突撃砲を構える。

 イルフリーデも同様だ。

 

 さぁ、いつでもいらっしゃい!

 

 そう気合を入れた。

 その時、またですか?と言いたくなる程に耳になじんだ仲間の焦る声が聞こえた。

 

「音紋並びに振動センサーに新たな反応!これは……スリーパードリフトです!」

 

 今イルフリーデ達がいるドリフトと呼ばれる位置は、比較的他の通路より広く高い。

 それは通路以外の何物でもなく。

 様は、ここはBETAの家の廊下の様なモノであった。

 故に隠し扉の一つや二つ、当たり前のように存在する。

 その一つが今開こうとしており、その先にいるのは何かなんて決まり切っている。

 

「BETAッ!!」

 

 スリーパードリフトの位置は前方右側50メートルの位置、先に発見したドリフトの奥から押し寄せてくるBETA群と合流されるには、およそ5分程の時間がかかる。

 ならば、先にスリーパードリフトの敵を殲滅すれば済む話ではあるが、隊形は既にハンマーヘッドで固定されている。

 今更別の隊形に変更なんて出来ない。

 だが、対処しなければスリーパードリフトから出て来たBETAに対して右側の部隊が負担を背負い込む。

 それは今後、さらにハイヴ内部に入り込んでいくにつれて看過出来る程の負担なのか。

 様々な考えが頭の中を巡り、だが答えを出せずにいた。

 そのために、皆が待った。

 我らが大隊長にして、英雄と祭り上げられた男、ヴィルフリート・アイヒベルガーの声を―――。

 

「来ますッ!!」

 

 そしてそれは現れた。

 まるで雛鳥が殻を内側からこじ開ける様に、亀裂を壁に入れながら、醜悪な見た目を曝しながら、奇形なその姿を現す。

 アイヒベルガーは指示を出す。

 

「跳躍ユニット起動、ジェットエンジンの身を使用し、後方100メートル先にて陣形を立て直す。ツェルベルス2、後方の補給部隊に有線通信を使い一端下がる旨を報告、全機跳躍開始!」

 

 イルフリーデは下唇を噛みしめながら、フットペダルを踏みしめる。

 栄えあるツェルベルス大隊が、欧州最強の部隊が後退する。

 その意味、それがイルフリーデを加速度的にイラつかせる。

 その時だ。

 七英雄の一人に数えられ、白き后狼の名で呼ばれるツェルベルス2、ジークリンデ・ファーレンホルストが意味が分からないと焦った様に声を荒げた。

 

「えっ!?後退をする必要が無いと言うのは……、ツェルベルス大隊はドリフト奥から来るBETA群のみに集中するようにとは、どういう!?」

 

 その通信音声からツェルベルス大隊の皆が怪訝に眉を顰めた。

 その指示は、どういう意味なのか?

 下がらずに戦えと言うのは、しかもスリーパードリフトの敵は見逃せと言うのは、様々な最悪が脳裏を過る。

 だがしかし、黒き狼王は速かった。

 

「全機ツェルベルス直ちに反転!スリーパードリフトから現れたBETA群を飛び越え、その先のBETA群に近接戦闘をしかける」

「りょ、了解!」

 

 イルフリーデは訳も分からずそう返事を返した。

 その時だ。

 聞きなれない声が響いた。

 

「ローテ12、後1メートル高く飛びなさい。……竜の咢に噛み千切られるぞ?」

 

 それは最早反射だった。

 イルフリーデは咄嗟に1メートル高く浮上した。

 それと同時に、足元を掠るようにして36ミリ劣化ウラン弾が豪雨の如くスリーパードリフトから現れたEBAT群を挽肉とかしていく。

 

「ちょ、危なッ!?」

 

 イルフリーデが遂そう叫ぶと、次々と仲間からヤジが飛ぶ。

 

「しっかり周りを見ろよ。イノシシ女!」

「だから、彼の英雄さんも落とすことが出来ませんのよ?」

「浮ついていた証拠だ」

「はぁ……」

「あぁもぅ、うるさいッ!!」

 

 イルフリーデ達はそう言い合いながらも、的確にBETAを屠っていく。

 その殲滅速度はツェルベルスの名に恥じない戦火だ。

 それはまるで、後から追いついてきたノロマに見せつけるようでもあった。

 

「息災無いようで安心したよツェルベルス」

 

 現れたのはフランスの刃、ラファールの大隊であった。

 網膜投影システムにより、眼前に一人の女の顔が浮かぶ。

 少しくすんだ金髪を靡かせ、威風堂々と前を見据える女傑。

 

「私は、フランス陸軍第13戦術竜騎兵連隊・第131戦術機大隊、レア・ゲグラン少佐だ。ハイヴ侵攻に同行しよう」

 

 ゲグランの簡潔な申し出に、アイヒベルガーも簡潔に返す。

 

「了解した。武器弾薬、燃料の損耗率を送る」

「……受け取った。こちら側で、補給コンテナを用意した。使ってくれ」

「感謝する」

 

 フランス軍のラファールから次々に降ろされていく補給コンテナ。

 それに感謝を述べながら、ツェルベルス大隊のタイフーンも次々と補給していく。

 ふと、イルフリーデが隣を見ると、ベルナテッドのラファールが見えた。

 だが、互いに言葉を掛け合ったりしない。

 もう、この二人にはそんな事必要がなくなっていた。

 

 

 

 

 

 フランス領ヴァンドーム

 戦闘指揮所

 

 

 戦闘指揮所と名付けられたそこは、まるで巨人の腕のような見た目をしていた。

 まかされた陣地的にはイギリスを始めとした欧州連合軍の管轄ではあるが、多くのアメリカ人がいるその場は、世界のパワーバランスを如実に表しているようでもあった。

 甲高い鉄と鉄を打ち付けるような音を靴底から響かせながら、マリアは足早に目的地に向かっていた。

 等間隔に並ぶ無機質な扉の数々、そのうちの一つの扉の前に立ち止まる。

 

「ふぅ~~……」

 

 胸元に手を乗せ、深く息を吐く。

 

「姫様……」

 

 隣に控えている王室近衛軍の兵士が心配そうに声をかけてくる。

 マリアはそれに、笑顔で返すと一人扉を開き中に入った。

 部屋の明かりに一瞬視界を奪わるも、それを気にせずに一歩踏み入れた。

 まず視界に入ったのは、少し疲れたかのような、くたびれたかのような銀の髪だった。

 視線を下げると、その姿が良くわかった。

 茹だる暑さに参ったかのように、無力さを噛みしめているように、椅子に座り一言も発することの出来ない少女。

 

「ストー……」

 

 マリアがそう名前を呼べば、一瞬肩を大きく跳ねあがらせ、続いて顔を持ち上げた。

 その瞳を見て、マリアはたまらずにストーを抱きしめた。

 

「うぇ……ぐぅ……」

 

 ストーの口から、一瞬吐き出しそうな声が聞こえた。

 人の臭いを感じ取ってしまったからだ。

 その瞬間に、目の前で死んでいった数多の声が聞こえた気がしたからだ。

 マリアはストーの背の抱きしめる手に力を込めていく。

 その力に呼応するようにして、ストーの手も弱々しく持ち上げられ等々マリアの背中を掴む時になれば、ストーの瞳には、多くの涙が溢れていた。

 

「うぅぅ……うわぁあああああああ……ぁああああああああッ!!」

 

 それは叫ぶような声だった。

 今まで堪えていた物が止めどなく溢れていた。

 止められない。

 止めることが出来ない。

 そこでストーは気が付く。

 和真の存在の大きさを。

 彼がそこにいてくれるだけで緩和された苦しみ。

 

 寂しい、つらい、怖い―――。

 

 感情がダムが決壊したかのように吐き出されていった。

 ストーが落ち着くまでマリアは優しく抱きしめ続けた。

 

「ありがとう……」

 

 ストーがそう言うと、マリアはストーを解放する。

 

「どういたしまして!」

 

 マリアはストーから、まるで愚痴でも聞くかのように話を聞く。

 代わりにストーは、マリアから愚痴を聞く。

 会話の内容がどうであれ、その姿は友人同士のように美しかった。

 話しの内容は和真のことに移る。

 

「この作戦が始まってから、和君に会えてないの……」

「それは、俺も同じさ。あの野郎、こんな可愛い女子二人を心配させやがって、次に顔を見た時は、お仕置きしてやる!」

「ふふ……」

 

 すると、マリアは少しだけ難しい顔をして言った。

 

「なぁ、ストー……」

「どうしたの……?」

「俺さ……ふられちまったんだ」

「え……?」

 

 会話の流れから、その相手は和真以外にありえない。

 だから、ストーは少しだけ驚いた。

 

「でも、その事に対して恨みがあるとかそんなんじゃないし、まだ諦めがつかないとかそんなんでも無い。ただ、ストー……アイツにはストーが必要だ」

 

 そこで、マリアは一呼吸置く。

 

「この先どうなるのか分からない。でも、今はストーみたいな女が和真には必要なんだ。だから……、頑張れよ」

 

 頑張れ―――

 

 その言葉の裏側にどれだけの想いが込められているのか。

 ストーがその気になれば、リーディングの力を使ってその糸を読み取ることも出来る。

 でも、そんな事はしたくなかった。

 その想いは、自分で汲み取らなければならないと思ったからだ。

 マリアはそれだけを言うと、座っていた椅子から、立ち上がる。

 

「悪いな休憩中に……、後、一時間もすれば俺は一端イギリスに戻らなくちゃいけないんだ。だから、……友達の顔を見たかった」

 

 マリアは安全な後方に帰る。

 それが自分自身で許せない思いがあった。

 だが、それが必要な事であるのも知っている。

 王族であるマリアが戦場にいても邪魔にしかならないからだ。

 だから、このまま戦闘指揮所として必要な部分だけを残し、他の兵器としての部分、電磁投射砲の部分を持ち帰るアメリカ軍に同行する形で帰国することにした。

 それでも、友人たちは戦場に残り戦い続ける。

 マリアは最悪を想定し、唯一近場で補給していたストー達、トイ・フラワーを戦闘指揮所に招き入れた。

 我儘を押し付けた。

 それが、嫌だった。

 権力を傘に、無理を押し付ける。

 理性はそれが嫌だと思っていながらも、心を優先した。

 その時、ふわりとマリアは温もりに包まれた。

 

「ありがとう……私、頑張るよ」

 

 それはストーだった。

 ストーは優しくマリアを抱きしめ、話すと、まるで向日葵の花のように笑った。

 その時、マリア達のいる部屋の扉が乱暴に開けられた。

 

「姫様ッ!!」

 

 その慌て様に、マリアも表情を王族のそれに変える。

 

「何事ですか?」

「先程、ブロアハイヴ最深部に到達したアメリカ軍、西ドイツ軍、フランス軍から同時に入電しました。内容は、……ブロアハイヴはもぬけの殻!反応炉もBETA由来の物質も全て無く。そして―――そして……」

「どうしたのです?早く、報告してください」

「ハイヴ最深部、メインホールから北東方向に、巨大なドリフトが存在しているとのことです。つまり……」

 

 その報告を聞いて、マリアの顔は一瞬で青ざめる。

 そして、その結論に行き着く。

 

「BETAの目標は……、イギリス……?」

 

 マリアが崩れ落ちそうになりながらもなんとか堪えると同時に、今度は竹宮千夏が室内に飛び込んで来た。

 

「千夏さん!?」

 

 竹宮は、すでに衛士強化装備服を身に纏っている。

 顔からは、余裕が消え傍目に見ても慌てていた。

 

「ストー、早く準備をして、格納庫に来て!」

「ど、どうしたんですか!?」

 

 ストーの問いに帰す竹宮の答えは、絶望に絶望を上塗りするだけだった。

 

「振動センサーに反応があったは、BETAの地中侵攻の予兆よ」

 

 千夏がそう言うのと、同時に戦闘指揮所全体がまるで横から巨大なハンマーで叩かれたかのような揺れが襲った。

 

 あぁ、地獄はまだまだ続くようだ。

 ストーは、震える体に力を籠める。

 私はここで終わるかもしれない。

 それでも、終わらせるわけにはいかない。

 私はまだ、未来を諦めてはいない。

 

 

「和君―――」

 



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バレンタイン作戦4

 

 BETAの反撃が始まる2時間前―――

 

 

 和真はイーサンを送り出した後、自身に与えられた権限を使いレオと話し合っていた。

 

「……君も随分と生き急ぐようになったようだね」

 

 それは人の頭程の大きさのディスプレイ横のスピーカーから漏れ出した。

 

「こんなクソの集いに延々と付き合っているんだ。……急ぎたくなると思わない?レオも良く知っていると思うけど、俺は潔癖症なんだ」

 

 今和真がいるのは、シャルトル要塞陣地内の通信室の一角だった。

 周囲にはネフレ軍の者達で固められ、内部の音が漏れないように特殊なシーツでデスクやパソコン計器類をすべて覆い隠している。

 勿論その中には和真も入っており、周囲の欧州連合軍から派遣された通信兵達は、まるでそこが身近な死地であるかのように、自らに飛火しないように目線を必死で逸らす。

 だだ、聴覚だけは嫌にも意識を向け続けていた。

 聞こえる、聞こえないを加味しても、そうしたくなる心理が働いてしまっていた。

 和真のまさかの潔癖症発言に、その言葉の真意を知るレオは噛み締める様に無理に笑顔を作った。

 

「和真君がわざわざこの回線を使って、私的に部隊を動かしてまで私と連絡を取った。まぁ、理由は言わなくても良いよ。……分かっているからね」

 

 レオのその言葉に和真は、レオにも見せたことがないような自虐的でそれでいてどこか加虐的な笑みを浮かべる。

 その笑みを見たレオは胸中を察せられないように努めて冷静に笑みを浮かべ続ける。

 だがそれは、誰がどう見ても無理をしているようにしか見て取れない。

 それだけ、レオが、世界トップの企業の頂に座する男が和真に心を許していることの証でもあった。

 

「なら話が早い……。今一人の男が我らが戦術機母艦インヴィジブル級航空母艦4番艦ロヤル・スウィーツに向かっている。その男に例の玩具を使わせたい。許可を出して欲しい」

 

 和真のその言葉にレオの片眉がピクリと動いた。

 

「それがどいう事か理解しているのかい?和真君……君は―――」

 

 レオはそこから先の言葉を吐くことが出来なかった。

 それは和真の瞳がすでに覚悟を決めていたからだ。

 突き進む意思を持っていたからだ。

 メアリーによる極秘情報の漏洩、それは確かにレオの指示だった。

 和真との今後の信頼関係を崩さないために、そしてレオ以外の組織の幹部連中の眼を欺くために、計画はすでに進むところまで進んでいる。

 故に、一個人の意思を尊重する時期は過ぎてしまった。

 

 後は、描いたシナリオに世界を添わせていくだけ―――。

 

 レオはその先の未来のために、自身のありとあらゆるものを賭けて来た。

 だが、レオは恐れた。

 ここで和真の信頼を、盲目的とまで思わせるほどの、それこそ買い手と買われた人形のような関係を壊すことを―――。

 和真と言う男は、ヨーロッパの地で確実に己の価値を高め、そして磨き上げていた。

 

 英雄たる器を―――。

 

 だからこそ、レオは頷いた。

 そこに、和真の姿に新たな価値を見出したからだ。

 一言で言ってしまえば、レオは和真の利用価値を改めた。

 

 とんだ拾い物をしたものだ……。

 

 レオにそう思わせることに和真は成功していた。

 和真は重そうにダルそうに口を小さく動かした。

 

「ありがとう……」

 

 その言葉がレオの耳に聞こえた時、レオは相手が地球の反対側にいることも忘れてぶん殴ってやりたい気持ちになる。

 

 君がそこまでする必要は無いと説教したかった。

 

 だが、それは出来ない。

 互いに大人として、男としてそれは出来ない。

 だからせめてと、レオは激励を送る。

 

「ッ……もうすぐだ。頑張りなさい」

 

 レオのその言葉を聞いた和真はうれしそうな顔をして、少しだけ声量を上げた。

 

「うん」

 

 防音効果を持たせたシーツから和真が姿を現すと、周囲の温度が三度下がったような感覚を周囲の者達はしていた。

 布が擦れる音が、まるで刃物を擦り合せた音のように耳元に届く。

 カツンと脚部コネクトプロテクターが床を踏む音と同時に、皆が思い出したかのように仕事を始める。

 

「……事後処理は任せる」

 

 和真はネフレの者にそう伝えると、足早にその場を後にした。

 

 

 

 和真は通信を終えた後に、新たな姿に変わったラプターのコックピットに深く座り込む。

 

「……」

 

 和真は操縦桿の手前に位置するコントロールパネルの一つをゆっくりと押し込んだ。

 網膜投影システムにより映し出されたのは、ラプターの装備一式だ。

 ラプター自身は特段変わった個所は無い。

 いつも通りの和真のためのラプターだ。

 ただし、その背部だけは違っていた。

 まるで小型にしたファンデーションを取り付けているかのような。

 もっと言ってしまえば、小さな飛行機が取り付けられていた。

 

「アローユニット……か。まさか完成形を持ち出してくれるなんて、な」

 

 アローユニット、それは戦術機としての思想を変える後付け装備だ。

 展開し装備すれば翼の長さは戦術機一機分はあり、その上部にはガンブレード一つに、フォルケイトソード2が二振り。

 翼下には3連装ミサイルポッドをそれぞれ一つずつ取り付けられている。

 さらに右腕には120mm水平線砲を装備し、砲弾には120mm無線誘導弾を使用している。

 左腕には36mm突撃砲G11を一つ装備している。

 上腕部にはスラッシュアンカーをそれぞれ一つずつ。

 膝部の兵装モジュールにはCIWS-1Bを一振りずつ格納している。

 跳躍ユニットには増槽を装備し、膝部から下には過去に兄貴が開発したホバー移動用のスラスターユニットを取り付けている。

 和真は随分とおしゃれになったラプターに内心歓喜する。

 すると、兄貴が通信を繋げて来た。

 

「和坊、チェックはすませたか?」

「あぁ、良い感じだよ兄貴。まさか、光線級が闊歩する戦場に空戦用のユニットを装着してつっこむなんて思いもしなかったよ」

「正確には空戦も出来る装備だけどな。どうだ、異常はあるか?」

「ある訳ないよ。システムスキャン……、やっぱりオールグリーンだ」

「なら結構!アローユニットとラプターの同調はメルの嬢ちゃんが吶喊で仕上げた。大切にな!」

「なら、この試作兵器の使用はアイツの発案?」

「そう目くじら立ててやるな。今回ラプターに取り付けられた兵器群はヴェルター用の兵器を生み出すために、錆が出る程使い倒したろ?アローユニットに至っては、お前に一刻でも早く戦場から遠ざかって欲しいって言うメルの気づかいだ」

 

 和真は兄貴のその言葉にくすり、と笑った。

 その笑い方は上品で、色香を持っている。

 大人の笑みだ。

 

「兄貴……?」

「なんだ?」

「メルに感謝を伝えて欲しい。……変わらないでいてくれるアイツは、俺にいつも初心を思い出せてくれる」

 

 和真は噛み締めるように「そうだ……」、と呟いた。

 

「俺はテストパイロットだ。……どこまでいってもそれは変わらない。……変えてはならない。……俺が何をテストし何を後世に残すのか。所詮この戦場だって俺達の試験会場にしか過ぎない。それは今後訪れるであろう戦場でも変わらない」

 

 和真は両頬を力強く叩いた。

 肉を打ち付ける音が響く。

 

「よし……!緊張は解けた。行ってくるよ兄貴!」

 

 兄貴は一瞬目頭が熱くなった。

 あの張りつめて変わってきていた和真がほんの一言だけではあるが、戻ったのだ。

 まだ、変わり切っていない。

 それは成長していないともとれるが、それは兄貴にとってストレスの原因を一部取り除くには十分だった。

 

「あぁ、頑張れよ!」

 

 兄貴がそう言うと、眼前の映像が切り替わる。

 ラプターが本格的に戦闘態勢に移行するのだと、筋肉を立ち上げていくのだと、エンジンとモーターの音で伝えてくる。

 全てのシステム動作を自動チェックし終わり、残弾、燃料、装備、損傷状態を次々と映し出す。

 最後にIFCSをロードし終わるとCPの顔が映し出された。

 

「それでは、五六中尉に課せられた任務の説明に移ります」

 

 和真は短く息を吹き出す。

 

「現在ラプターに装備されたアローユニット並びにファンデーションを使用し最低限の燃料消費に抑え南に約80キロメートル離れたメールまで最短で向かって頂きます。そこに中規模のゲートが確認されています。ゲート入り口はネフレ軍が確保していますので、ファンデーションをその場で降りハイヴ内部に進行を開始、先に進行を開始しているアメリカ陸軍第66戦術機甲大隊と合流した後にスタブをさらに進行、すでに制圧されたホールにて待機しているオービットダイバーズと合流後、部隊を二つに分け、別方向からメインホールに向け侵攻を開始、トゥールより侵攻を始めている各国軍と共にメインホールを制圧します。尚、ハイヴ内では、無線通信が困難であるため、オービットダイバーズが敷設した有線ケーブルを使っての通信となります。各ゲートより侵攻中の各国軍との連携は不可能と考えられますので、臨機応変に対応するようお願いします」

 

 そう申し訳なさそうにするCPに和真は苦笑いで答えた。

 どだい無理な連携任務であるが、要は早い者勝ちだと言いたいのだろう。

 メインホール―――。

 そこにはそのハイヴの心臓部とも言われている反応炉が存在する。

 そしてその近辺もしくはその反応炉その物がG元素の塊もしくはG元素精製所であるとも言われている。

 各国の狙いはもちろんそのG元素だ。

 いくら出来て間もないハイヴと言えども、多くの光線級を即座に出現させたことを考えれば、それはもうたんまりと用意しているだろう。

 何故なら、G元素は奴らにとっての主食なのだから。

 そして人間にとっての御馳走だ。

 この作戦は、グレート・ブリテン防衛戦からG元素争奪戦に姿を変えた。

故に早い者勝ち。

 いくら国連でG元素を一国が取得出来ないように法律を作ったとしてもそんな物をご馳走を前に律義に守る奴なんていない。

 最悪G元素を前にして各国が戦争を始める可能性もある。

 和真はそこまで考えて嫌そうに溜息を吐いた。

 つまり、和真はお目付け役を任されたのだ。

 理想的なハイヴ攻略を行うようにするために―――。

 和真は自身の復讐までになんとか作戦を終わらせなければならない。

 だがだ、こうも考えられた。

 ヴァンドームに現存するG元素の量よりも、ハイヴに蓄えられているG元素の方が明らかに多いだろう。

 そして、反応炉も存在する。

 そこに人類が侵入すればその存在は、ヴァンドームに向かうことなくこちらに来るのではないか?

 2700mm電磁投射砲の実験も終えたのなら、ヴァンドームから引き上げるだろう。

 徐々に距離を離すエサより身近なエサの方が大切だろう。

 その可能性の方が高い。

 和真はそう瞬時に考えると、CPに了解とだけ伝えた。

 

 

 

 BETAの反撃が始まる1時間前―――

 

 

 

「現場より周囲半径2キロメートル内においてBETA小型種の姿すら無し、さすがですね」

「はっ、貴様に言われると嫌味にしか聞こえんな」

 

 和真は今、フランス領メールに口を開けたゲートの入り口に立っていた。

 周囲には、枯れ果てた大地しかなく。

 風が吹こうが巻き上げる砂すら存在しない状態であった。

 そんな中で佇む戦術機達の中で、和真は見知った部隊であるボマーズの隊長と通信を繋げていた。

 

「俺が引き連れて来たファンデーション達は、あなた方が使って下さい」

「言われずとも、すでにこちらにHQから命令が来ている。それよりもまた随分と暴れたそうだな?この地に集まった軍人達は皆、お前の話しで持ち切りだ」

「……なんだかいい気はしませんね。それで、その話の内容は?」

「突然現れては周囲のBETAを根こそぎ屠っていく複眼の戦術機、レーダーにも映らず姿を確認することすらやっと、見た者達は皆、戦意が高揚していった、だと―――。まるで勝利の女神様のようじゃねぇか、えぇ?」

「その中身がこんな男だと知れば、幻滅物ですね」

「はっ、違いない。っと、さっさと行け時間だ」

「了解です」

 

 通信は閉じられる。

 そうして、脚部スラスターと跳躍ユニットに火を灯し、アローユニットを展開すると別の人物が秘匿回線を繋いできた。

 その人物はアイバク中尉であった。

 

「よっ!英雄志願者、まだ生きてたみたいじゃん」

「お互い様だろ?それよりも、俺はこれから忙しいんだ、つまらない用事なら通信を切るぞ?」

「ちょい待ちちょい待ち!なぁ、別にもぅよくねぇか?」

「なにがだ?」

「嫌、お前はもう十分に仕事をしただろ?ここいらでとんずらこいても別にいいんじゃないかってさ」

「あのな……」

 

 和真はそう嫌気がさした声を出し、アイバクと視線を合わせる。

 すると、和真は少し息を飲んだ。

 アイバクの表情が余りにも真剣だったからだ。

 

「隊長達のことなら気にすんなよ。俺がうまく話をあわせてやっから」

 

 アイバクはどこか嘆願するように和真に語り掛ける。

 それは甘い蜜であった。

 この戦場での和真はすでに歌になり世界に知らしめるレベルの戦果を叩き出している。

 文句を言う者なんてそうそういないだろう。

 わざわざ、一番の貧乏くじであるハイヴ制圧なんてしなくても、すでに相応の箔が付いている。

 故に仲間内では、だれも損をしない。

 だからここで降りても良い。

 だが、和真自身が納得できない。

 目的が別に変ってしまったのだから……。

 和真は話題を変えた。

 

「お前達の次の任務は確か、ヴァンドームにいるアメリカ産のおもちゃの護送だったな」

 

 和真がそう話題を振ると、アイバクは少し嬉しそうに声質を高くした。

 

「応よ!それが終わり次第俺達は第二町に帰ることが出来るんだ」

 

 本当に嬉しそうに話していた。

 帰ったら、何をするやら、第二町の特産だったり、はやりのファッションだったり、したいことがたくさんあるようだった。

 そんなアイバクに対し、和真は少し悲し気な顔をした。

 互いに良いように使われているとわかったからだ。

 だから、和真は通信を切るようにボタンに手を伸ばしながら、唇と舌を動かした。

 

「ありがとう……道中気をつけろよ。なにがあるかわかったものじゃないから……」

 

 アイバクが何かを言おうとした瞬間、その顔は和真の眼前から姿を消した。

 ラプターはすでに準備を整えている。

 

「……ふぅ」

 

 和真は口先から僅かに息を吐くと、ラプターを前進させた。

 

 

 

 ハイヴ内での戦闘自体は、和真に覚えがあった。

 それはJIVESを使ってのヴォールクデータのおかげでもあった。

 まだ、リリアとザウルが存命していた頃から、いつかこんな日が来ると度々訓練のメニューに加えていた。

 その中で、和真は最深部までをクリアすることが出来ていた。

 ただし、それはデータ上のことなのだと痛感する。

 

「ヴォールクデータよりも狭いな。それにこの光、目が慣れるまでに時間を要しそうだ」

 

 スタブ内を進む和真を淡い光が包み込む。

 それは円柱状の道に広がる壁すべてから発せられていた。

 無線通信が届かないと言うのもどうやら本当のようだ。

 先程からノイズしか拾わない。

 さらに言えば、トンネルの様な作りに対し、音が響かない。

 寧ろ、壁に音が吸収されているかのようだ。

 それにBETAが一匹も出現しないのは気味が悪すぎる。

 外の常識がここでは通用しない。

 だから、外の戦い方は中では通用しないかもしれないと考え直す。

 

「俺の経験が役立たない可能性があるな……」

 

 経験の力が通用しない。

 それは和真に任務の達成難易度を跳ね上げさせる一つの要因になっていた。

 BETAとの戦いに100%なんて存在しない。

 そもそも戦争に確実なんてあってはたまらない。

 だが、和真の中に眠る数多のデータは、その100%に限りなく近づける。

 そして対処してきた。

 それが、ここで未知と来たものだ。

 和真は自身を過小評価している。

 所詮、ナノマシン内の経験の力を使わなければ、BETAの突発的な攻撃に対処しきれずに殺されてしまうだろうと結論付けている。

 そのため、和真はナノマシンを抑制する錠剤を齧り付くように飲み込み。

 脳のリミッターを躊躇わずに切った。

 和真がスタブ内を進んで行くと、少しだけ開けた場所に出ることが出来た。

 そこには、中隊規模のストライク・イーグルが何やら作業をしていた。

 

「お疲れ様です」

 

 通信は問題なく繋がったようだ。

 この距離ならなんとかなるのだろうと、脳に記憶させる。

 

「おぅ、お疲れ様」

 

 声をかけて来たのは、通信装置を敷設しているオービット・ダイバーズの一人だった。

 

「アメリカ陸軍の姿が見えませんが、どういうことでしょうか?」

 

 和真は周囲を見ながらそう呟いた。

 そして時間を見る。

 任務の開始時間はまだ過ぎていない。

 

 どういうことだろうか?

 

 和真の呟きを聞いたダイバーズの衛士は、苛立たし気に答えを返す。

 

「どうもこうも、先に行っちまったよ。俺らの仲間は、それに追随するしかないからな。そっちもヤンキーの連中と行っちまったよ」

 

 和真は「ふむ……」と頷く。

 

「……と言うことは、各国軍は、もう初めてしまったと言うことでしょうか?」

「そういうこった。こっちがわざわざ親切心で他のハイヴ内予想図から組み立ててやった所割安全なルートってのを使ってな。―――俺らがハイヴに侵入する以前からすでに勝手に進軍する連中が現れだして作戦もへったくれもあったものじゃない」

 

 和真と相手の衛士は同時に溜息を吐いた。

 

「……現場の人間としては、たまったものじゃないですね」

「そりゃ、上のお偉いさん方は、遥か未来ってやつを見据えて命令をしてるから仕方ねぇよ。ただ、もう少し、今を見て欲しいとは思うがね」

「G元素ってのは、そんなにも手に入れておきたいものなのでしょうか?」

「そりゃお前―――、横浜の事は聞いてんだろ?アレをしでかしたどえらい爆弾を作るためには、G元素が必要なんだから欲しいわな」

和真は本心から馬鹿にしているかのように鼻で笑う。

「実にくだらないですね」

「まぁ、そう言ってやるなよ。俺達国連軍人の仕事の一つとして、そう言った各国の我儘を穏便に解決するってのもあるんだからよ」

「そうですね……愚痴ったってしょうがない」

 

 和真はそう言うと、スタブの先に進もうとした。

 

「あっ、オイ、お前もしかしなくてもこっから先に一人で行こうってのか?」

「はい、そのつもりです」

「オイオイっ、今までのところは俺達で蓋しちまったからBETAの野郎もみなかったろうが、ここから先は、そういう訳にはいかねえぞ」

 

 相手の衛士がそう言うと、一つのコンテナを指差し、さらに一つの地図を和真に提示した。

 

「このルートを通っていけば、お目当てのヤンキー達がいる。何のために、俺の仲間がくっついて行ったと思ってんだ。それと、しっかりと補給してけ」

 

 和真はうっかりしていたと額を叩く。

 

「……すいません。どうやら、俺も相当緊張していたようだ」

 

 相手の衛士は和真の言葉に豪快に笑った。

 

「そいつは仕方ないって!皆、お前と同じだ」

 

 和真は、その姿にハイヴ内でも冷静さを失っていない衛士の姿に、黙って感謝するのだった。

 兵站の重要性、それをこの戦場で一番理解しているのは他でもない。

 

 ハイヴなんて棺桶に毎度送られているオービット・ダイバーズなのだから―――。

 



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バレンタイン作戦5

 

 

 

 薄暗く仄かに淡い光が満たすトンネルの中を轟音が支配する。

 瞬く閃光、それらが灯ると同時に吐き出される鮮血の雨。

 元は蜘蛛の体に人間の上半身をくっつけた様な肉の塊を、第一世代戦術機一機分の効果な樹脂が塗りたくられた足裏で踏み潰せば、なんとも背筋に氷を入れられたかのような寒気を催させる。

 BETAの死骸の山を潜り抜け、さらに続くBETAの行列に現実逃避に似た思考を巡らしてしまいそうになるが、それすら無意味と操縦桿を握りしめトリガーを引いた。

 

「散会するな!常にエレメントを意識しろッ!!」

 

 清廉された声でそう叫んだのはアメリカ陸軍第66戦術機甲大隊の隊長を務めるアルフレッド・ウォーケン少佐であった。

 現在地は、国連軍が用意したハイヴ内部予想図面と照らし合わせてすでに3分の2は侵攻していた。

 これは先のヴォールグハイヴ侵攻の進行時間と比べれば驚異的な速度である。

 まさに奇跡と言って差し支えない程の事であった。

 それというのも、現在この場には、国連軍第5軌道降下兵団二個中隊に加え、オーストラリア陸軍一個大隊、さらにアメリカ陸軍一個大隊の計96機の戦術機が肩を並べており、さらに後続との連携を図るために降下兵団(オービット・ダイバーズ)には中継器の敷設を、オーストラリア軍にはスリーパードリフトなどの突発的なBETA出現に対する対応を任せ、アメリカ陸軍に関しては、一個中隊を後方に下げ、三個中隊で前方から押し寄せるBETAに対応させている。

 まれに見る恵まれた状況下でのハイヴ侵攻、銃弾も燃料もこの場にいる全軍が共通のパッケージを使用しているために潤沢といってよい状況。

 BETAにとっての最大の武器である数の暴力も通路幅という絶対的な制約の下では機能せず、鴨打も良い環境。

 だがしかし、部隊間に広がる疲弊と心労は、嫌がろうとも募る一方であった。

 

「クソっ、まだ湧いてきやがる!」

 

 最前衛を務めていた米軍衛士から吐き出すような愚痴が零れ落ちる。

 すでに何度も補給のためにローテーションを回してきたが、積み上げられていくBETAの死骸の山、それらを舗装するかのように移動させながら、尚且つ溢れ出すBETAに対処し、中継器を敷設しているオービット・ダイバーズを守らなければならない。

 奴らにも戦わせろとオーストラリア軍の隊長が進言するが、ウォーケン少佐はそれを一蹴した。

 

「彼らには、彼らの仕事がある。またそれは我等とて同じ事。オービット・ダイバーズが敷設した中継器がなければ帰りの道中すら検討も立たないなどと言う馬鹿げた状況に陥らなくて済む。これは、先のホール内にてそちらとの取り決めに則った正当な行為だ」

 

 そうウォーケン少佐が捲し立てればオーストラリア軍の隊長も黙るしかなかった。

 そうだとしても、オーストラリア軍の疲弊は目に余る状況であった。

 いつどこから出てくるかもわからないBETAに即時対応するために両翼に展開されている弊害か、またはそこまでBETAが出現しなかったからか、彼らは補給のためにと後退する機会を失っている。

 それは、常に壁一枚を挟んでBETAが出てこない様にと祈りながら進む事であり、さらに前方から押し寄せるBETAの頻度が増えたがために、中々進む事が出来ない苛立ちが心を圧迫していた。

 そして、その緊張の糸は糸も容易く解けてしまう。

 

「う、うわぁあああッ!!」

 

 一人のオーストラリア軍の衛士が、足元に転がる突撃級の死骸を乗り越えようと、壁側に機体を寄せた瞬間、まるで地割れでも起きたかのように壁の一部が割け、そこから伸びて来た無数の赤い腕に引き寄せられていく。

 

「ひ、ひぁあああッ!!」

 

 その戦術機に乗っていた衛士は恐怖の余り叫ぶことしか出来ず、示し合わせたかのような戦術機一機分の裂け目にゆっくりと引きずり込まれる。

 

「た、助けッ!隊長ッッ!!」

 

 死に逝く衛士は尚も叫ぶ。

 だがしかし、仲間の衛士はそれを見ていることしか出来ない。

 嫌、正確には脱出するようにと説得していたが、そんな蜘蛛の糸を手繰り寄せるだけの余裕がなかった。

 助けようにも敵は裂け目の中、助けようと攻撃すればそれはそれを塞ぐ形となっている友軍機にすべて当たってしまう。

 そのため、だれも銃口を向けてはいるが動くことが出来ない。

 そうしている内に気が付けば、叫び声もしなくなって、そうして捕らわれていた戦術機は体の後ろ半分を齧り取られた状態で崩れ落ちた。

 

「ちくしょおおおお!」

 

 何機かの戦術機が剥き出しとなった裂け目に36mm弾を集約させていく。

 特大の松明を灯したかのような炎がマズルフラッシュとなってスタブ内を色濃くさせる。

 

「この野郎ぉおおお!」

 

 無残に刈り取られた戦友の敵、今までに募りに募ったストレスの発散。

 それを合せて、ただひたすらにトリガーを引き絞る。

 

「撃ち方止めッ!撃つなァアッ!」

 

 オーストラリア軍の隊長が叫んだ。

 だがしかし、恐慌状態となった味方は、足を先を見据えることなく。

 己が行動を最適解と信じ、身勝手に戦争をする。

 罅割れが加速度的に広がり、中から戦車級のみならず要撃級も姿を現した。

 一機のオーストラリア軍の戦術機がBETAの死骸に足を取られる。

 それはまさに不幸としか言いようがなかった。

 

「ぐあッ!」

 

 戦術機は二足歩行の形態をとっている。

 これは間接思考制御を十全に発揮させるためと言う側面がある。

 しかし、中にいる衛士はコックピットに座った状態。

 いくら感覚的に戦術機を動かすことが出来ると言っても、そこには少なくない違和感がつき纏う。

 そのため、戦術機のOSには転倒時にそれを自動で防ぐ機能を盛り込んでいる。

 なによりも優先する事故の未然防止。

 その普段の訓練時には非常に頼もしい命綱が、今この時首を縛り付ける縄と化した。

 

「う、動かな―――来るんじゃねぇッ!」

 

 仮にもハイヴ突入組の衛士だ。

 いくら後方のオーストラリアからの派遣部隊だとしても、その腕と判断力は一級品のものがある。

 そのため、今しがた転倒しそうになった衛士は、このままでは要撃級の衝角に貫き潰されると予見した。

 そのため、自身の戦術機に反撃をさせようとスティックを操作するが、反応が返ってこない。

 そればかりか、敵が目の前に迫っているのに、呑気に膝を曲げながら上体を起こしていく。

 

 ―――事故は未然に防がなければならない。

 

 その命を優先するための処置が、死刑台だった。

 また一機の戦術機が姿を消した。

 オーストラリア軍はこの攻撃で一個小隊分の戦友を失うことになる。

 目の前の惨状を見て、震えあがるオーストラリア軍の衛士達は、それでも冷静な隊長とウォーケン少佐の声により、体制を整えることに成功する。

 しかし、その時には右翼側のオーストラリア軍はBETAの壁の先にあり完全に孤立していた。

 

「ぅあ……」

 

 誰かの呻き声の様なモノが響いた。

 それと同時に水飴の中を這いずるかのように行進を始めたBETA達。

 元仲間で有るはずの、死体と化したBETAを炉端の枯葉のように平気で踏みにじっている。

 その余りにドライな姿勢。

 軍属であるが故か、このような状況におかれているためか。

 その姿に敬意すら表しそうになる。

 しかし、その崇拝するべき対象は、人類の敵であり、イコールそれは神仏の害悪。

 心を殺し、眼前を赤く染め、息を顰めた。

 それが、後催眠暗示によるものと理解していても、諦めればそこで死んでしまう。

 

 そう、理解した―――。

 

 壁側に追いやられる形となったオーストラリア軍の一翼は、全機がほぼ同時に跳躍ユニットに火を灯す。

 BETAの壁は、僅か数十メートルだ。

 天上までは約百メートルはある。

 

 いける。

 隊形がくずれるとか、そんな事はどうでもいい。

 今はまず第一に身の安全を考える。

 

 そうやって、一機の戦術機が浮かび上がった。

 そう、今このハイヴ内部において空中と呼べる場所は人類のテリトリーだ。

 いくらBETAであろうと、地球のルール、即ち重力には逆らうことが出来ない。

 天上から降って来るBETAは今この場にいない。

 なら、ならばだ。

 上に逃げ場を求め、そこから絨毯に大量のシミを作ってやればいい。

 その判断は誰も口にだしていない。

 ウォーケンも、オーストラリア軍の隊長もオービットダイバーズも誰も口にしていない。

 だが、この場にいられるという、選ばれた衛士達はコンマ1秒かからず、同時にその考えを行動に移していく。

 だが、それを上回るのが異星起源種。

 突然のノイズ、続いて爆音。

 それは、一番早く行動に移していた仲間だった。

 

「な……なぁッ!」

「要塞級―――だと!」

 

 それはどこから現れたのか。

 まるでゴキブリのように、音も無く気配も無く、その巨体はそこにいた。

 

「くっ……お前達何をしていた!」

 

 珍しくウォーケンが怒気を強めて言った。

 それは未だに前線で戦うアメリカ軍の衛士に向けてだった。

 

「いや……俺達は……しっかりと……」

 

 ウォーケンは考える。

 このハイヴと言う埒外の場所。

 その壁面は電波を吸収し、音も逃がさない。

 さらには、頑強な壁は120mm弾でやっと凹みを作れるかどうか。

 今までそんな場所、広さに出て来た種類は精々が突撃級まで、それ以上の個体は見ていないし、聞いてもいない。

 それが常識だとばかり思っていた。

 だが違った。

 違っていたのだ。

 そればかりか、要塞級の接近にすら気が付かなった。

 今この場にいる衛士達は集中力が消えかかっている。

 それこそ、目の前のBETAにしか意識を向けられないほどに。

 

「クソッ!」

 

 だがそれでも、アメリカ陸軍の一個大隊を任せられるウォーケン少佐の脳は急速に回転していた。

 前衛を任せていた部隊を中衛にまで後退させ、左翼のオーストラリア軍と共に隊形を組みなおす。

 さらに、後衛のオービットダイバーズに中継機にて、一時後退も視野にいれているとの一報を入れさせる。

 その間も、中衛に構えていた部隊で右翼のBETAの壁に弾幕を浴びせ、だるま落としのようにBETAの壁を切り崩し、未だに浮いたままの部隊を救助するべく動く。

 だがしかし、要塞級がネックだった。

 動きは散漫、特筆すべきは俊敏な動きをする触覚のみであるが、仲間のBETAすら密集している現状況下に置いてその動きは鳴りを潜めている。

 ならば、逃げようと浮いている仲間を助ける弊害の要塞級を真っ先に潰せば良いと考えがちだが、要塞級の防御力がこちらの鉾をまったく通さない。

 要塞級の弱点は各部関節であると言うのは定説通りだが、それは開けた場所で邪魔する存在がいなければと言う条件がつく。

 要するに今このばにいるどの戦術機もまともな動きがとれない中で、図体がでかい要塞級の関節に射線を合せることが出来ないでいた。

 そして、要撃級に突撃級が大挙として迫る中で、スリーバードリフトから溢れ出してきた戦車級の対処で手一杯でもあった。

 オービットダイバーズは中継器を守るために、迫る戦車級の対処に追われている。

 オーストラリア軍もそれは同様で尚且つ仲間を救うために無茶な行動を取ろうとする者まで現れるしまつ。

 アメリカ軍にあっても、前方から迫るBETAと溢れ出したBETAに対処しつつ、なんとかして取り残された部隊を助けようとしているが、うまく動けていない。

 

 一手が足りない。

 後一手、この状況を覆すための一手が―――

 

 その時、オービットダイバーズの衛士からウォーケン少佐に一報が入る。

 それを聞いたウォーケンは引き金を引きながら眉を顰める。

 その内容は簡潔であった。

 

 曰く、救援はすでに向かっているとのこと―――

 曰く、それは単機であること―――

 曰く、その者が辿り着くまでの間だけ持ちこたえろとのこと―――

 

 その一報を聞いたウォーケンは瞬時に様々なことを考えるが、その余りに馬鹿げた内容にうまく声帯を震わせることが出来ない。

 

 もしや、合流する予定であったネフレ軍が?

 

 とも考えたが、それでも単機でハイヴに侵入なんてことはあり得ない。

 いくらこれまでの道のりを整地してきたからと言っても、100%ではないのだ。

 故に絶対にありえない。

 何かの間違いだ。

 そうまとめ上げたウォーケンは再度一時後退する旨を地上の部隊に告げるよう一報を告げて来た衛士に言い。

 自身は、ここに来て最初の究極の選択を告げようとオーストラリア軍の隊長に通信を繋げようとしたその時、それは起こった。

 突如として反り立つ壁を形成しようとしていた戦車級の群れが砕け落ちていく。

 それは120mm砲弾の散弾が何発も叩きつけられているからだ。

 目の前、前方から迫る敵に対処しなければならないこの場の衛士達には不可能。

 

 であるならば、それは第三者にしか成し得ないことで―――

 

 戦車級の壁が崩れ出すと、待っていたと言わんばかりに要塞級が触覚を振り回し、浮いた状態で身動きが取れずにいた戦術機を切断しようと触覚先端についている衝角を振り下ろす。

 が、それすら120mm弾に弾かれ、そして遅れて飛来した巨大な西洋剣が関節部を突き刺した。

 その両刃の巨大な西洋剣は刃体にチェーンソーでも仕込んでいるのか、要塞級は関節部から火花と淀んだ血を噴出させる。

 

 そしてそれは遂に現れた。

 

 視認出来たのは一瞬、なにやら角ばった戦術機であることだけであった。

 続いて轟音。

 それは音を吸収するハイヴ内であっても響いていると錯覚させ、それが急激な減速をした時のロケットエンジンの音と理解すると同時にウォーケン少佐の眼前に味方の戦術機を示すフリップが現れ、詳細情報が流れる。

 

「あれが、ラプター……だと……」

 

 そのラプターは背に戦闘機のような物を背負い、名の通り猛禽類のように翼を広げジェット噴流を両足から垂れ流し、しかし獲物を捕らえるかのように足底で要塞級の関節部に突き刺さる巨大な西洋剣の柄頭を踏み抜きさらに深く西洋剣をめり込ませていく。

 その数秒の中で繰り広げられた理解の埒外の数々に言葉を無くすも、ウォーケン少佐はそれを確認した。

 そこに記されていたのは、自身も騎乗している戦術機、ラプターの情報、所属はネフレ軍搭乗衛士の名は五六和真。

 



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バレンタイン作戦6

 

 

 

 

 

 オーストラリア陸軍第七旅団ロイヤル・オーストラリア連隊第六大隊の隊長を務める男、オリバー・バウアー少佐は、少しだけ昔の事を思い出していた。

 

 それは、遠い過去のことの様で、つい最近のことの様に思い起こせる。

 

 陸軍本部の位だけが取り柄の男に命令されケアンズ基地に到着したのは、陽気な晴天降り注ぎ、ビーチでXXXXGOLDのビールを片手に肌を焼きたい、そう思わせる気持ちのいい日だった。

 ケアンズ基地は、オーストラリアに置いて、貧富の格差が劇的でそして近年急成長を遂げている都市だ。

 西に車で2~3時間飛ばせば、難民収容所が目に入り、東に2~3時間行けば立派なビル群が出迎えてくれる。

 そういう、オーストラリアの光と影がネフレ社を間に挟んで握手している場所である。

 気持ちよくなりたいと思う気持ちと、こんな場所からはとっとといなくなりたいと思う気持ち、どちらにしろ仕事をするまで身動きできない職業なため、ふつふつと湧き上がる様々な欲望を堪えるしか出来ない。

 

 はぁ……と、オリバー・バウアーは溜息を吐くと共に、神に許しを請う。

 

 おぉ神よ。貪欲な我をお許しください。

 

 オリバー・バウアーの今日の仕事内容は、ネフレ社付の国連軍衛士との模擬戦であった。

 所属が国連軍となっているが、誰もそんな事を信じてはいない。

 彼らはまさしくネフレ社が保有する戦力であった。

 格納庫内に並ぶ数多の戦術機、まるで博物館のようであると思わせる程に多種多様、様々な国の戦術機並びに兵器が並んでいる。

 高々一企業がそれほどまでの戦力を有することを認められているのは、今や一次産業の殆どを、ネフレ社が牛耳っているからに他ならない。

 万年テロリストを含めた複数国家に狙われているのだ。

 そうなってしまうのも致し方無いのかもしれない。

 不満はオーストラリア軍内部にも積もりに積もっている。

 だがしかし、強大になりすぎたある種独裁国家よりも質の悪い者達と友好関係を結んでいなければならない身の上としては、時たまに親善試合のような教導をネフレ社側からの要請によりしなければならないのだ。

 そう考え、遊んでやるかと始めた模擬戦と言う名の教導。

 結果は、言いたくはない。

 だが、そこで光る者を見つけた気がした。

 教導していたのか、はたまた教導されていたのか、そんな模擬戦を終えて帰路につこうとしていた時だ。

 

「国連軍第九方面軍ネフレ社出向組の五六和真少尉であります。すみませんが、これよりデブリーフィングを行うのですが。ご出席頂きたいのです、よろしいでしょうか?」

 

 そう声をかけて来た強化装備を身に纏った少年。

 背格好に顔の作り、典型的なアジアンよりも幾分幼く見えた衛士がそう声をかけて来た。

 その瞬間、背筋に力が込められた気がした。

 電気信号が体中を駆け巡り、脳が発するより早く答えを述べていた。

 不思議な感覚だった。

 だが同時に熱心に聖書を読んでいたためか、すぐに理解も出来ていた。

 

 これが選ばれた子なのだと―――。

 

 泣いていたのだろう目尻を赤くさせながら、下手糞な英語で少年を目の前にそう思った。

 

 

 次にその光る者と遭遇したのは、ムアンパンガー群のBETAを殲滅した後だった。

 戦術機空母の上で泣きながら、銀髪の女に抱きしめられていた少年と呼ぶに相応しい見た目の衛士、自身の部下でもない衛士がどうなろうと知ったことでは無かったが、どうもその時は、ホッとしている自分がいることに気が付いた。

 

 

 三度目にその光る者と出会ったのは、ケアンズのビーチでだった。

 傍らに、銀髪の少女を連れて歩く少年と青年の間に見える光る者は、少し変わって見えた。

 何気なく声をかけてみると、その光る者の目元には深い隈が出来上がっていた。

 慕っていた上官を無くした時の自分の顔と似ていたので、そういう事かと納得し、会話を進める。

 何か先輩として助言出来ればと思っていたが、その必要は無かった。

 

 光る者……。

 嫌、五六和真少尉は衛士として前を向いていた。

 

 自力で乗り越えたのかと考えたが、傍らの少女が彼の手を握りしめていた。

 それを見て、酷く劣等感を感じたのは当然であろう。

 だが、良い女に好かれる男と言うのは、往々にして大成するものと相場が決まっている。

 だからそこ、この男もいつかそうなるのだろうと希望を見た。

 

 見ていたんだ―――。

 

 それが、なんだこれは―――?

 

 

 

「凄いですよ隊長……。あのラプター、俺達の戦いやすいフィールドを作りながらBETAを殲滅しています……。信じられない、アレが合流してから進行速度が劇的に増しています。なにより、こちらに被害がまったく出ていません」

 

 部下の声を聞きながら、そんな事は分かっていると脳内で呟いた。

 まるでBETAの大群の中を泳ぐように進み気が付いた時には俺達とヤンキー共の射線上にBETAが均等に進むようにBETAを半殺しにしている。

 時には、単機では到底不可能な数のBETAを血祭りに上げ、それを無傷でやり遂げる。

 敵に一切に躊躇いを見せず、盤面の駒を進めるように常に最適な行動をとり続ける。

 俺含め、ウォーケン少佐も部下を鼓舞するが特にこれと言った命令は出していない。

 そんな必要が無いほどに、戦場が整えられていく。

 

 俺は、目元を擦る。

 

 何度も擦る。

 

 それでも、もう見ることが出来ない。

 

 彼の登場はまさに奇跡だ。

 

 彼が味方でいてくれるなら、諸手を挙げて喜ぶべきだ。

 

 それでも、俺の心は晴れない。

 

 なぜなら、ウィンドウ上に現れ、作戦会議を進めている青年になった彼には、も

う光を見ることができなくなっていたのだから―――。

 

 

 

「では、その様に―――。よろしいか、バウアー少佐?」

 

 和真は眼前に浮かぶ三つのウィンドウに浮かぶ男の一人にそう告げる。

 

「あ、あぁ……」

 

 オリバー・バウアー少佐がそう生返事を返すと、アルフレッド・ウォーケン少佐が訝し気に眉を顰める。

 

「バウアー少佐、本当に大丈夫なのか?これより先は、反応炉が存在するメインホールまで一本道だ。本作戦では貴軍の活躍無くして成功はないも等しい」

 

「心配されずとも作戦内容は理解しているよウォーケン少佐。我らオーストラリア軍はこのホール並びにオービット・ダイバーズを死守し、アメリカ軍並びに、五六中尉の帰還ルートを確保し続ける。……本来であれば、我らも攻略側に回りたかったのだがな……」

 

 オリバー・バウアーはそう悔しそうに言った。

 和真はそれに頷き返す。

 オーストラリア軍の衛士達は本当によくやっている。

 第二世代のホーネットでここまで来たのだ。

 驚嘆に値するレベルである。

 だが、衛士にやる気があっても機体がすでに混戦に耐えられる状態ではない。

 ならばこその、退路の確保を申し出た。

 オーストラリア軍はここまでに、一個小隊失っている。

 後方国家の衛士をこれ以上減らすべきではないとの俺とウォーケン少佐の意見を取り入れて貰えた。

 ただし、この作戦が成功した暁には、オーストラリア軍の尽力が大いに役立ち、それがなければ不可能であったと、報告することを条件にしている。

 G元素の件も、俺がいることでアメリカ軍がねこばばするなんて思わないだろう。

 なにせ、合流するのに、最大限のアピールをし、尚且つここまでの道中に嫌と言う程力を誇示してやった。

 さらには、目を光らせていると暗に伝えてやれば、馬鹿な真似は出来はしない。

 だが、それもある種杞憂であったと言える。

 バウアー少佐もウォーケン少佐も傑物だ。

 今の戦場の状況に置いて何を優先すべきか俺が言うまでもないことだった。

 こう言ったところで、年の差と言うか階級の差を思い知らされる。

 

「では進むとしよう。この作戦を終わらせるために……」

 

 ウォーケン少佐はそう言うと、味方を鼓舞する演説を始める。

 それを片耳に挟みながら、和真はバウアー少佐にプライベートチャンネルを繋いだ。

 

「なんだ?」

 

 バウアー少佐の顔が浮かび上がる。

 少し疲れているのだろう。

 または、アメリカ人特有のくどい演説を聞かされて辟易としているのかもしれない。

 バウアー少佐の表情は優れていなかった。

 

「―――これより、私達はメインホールに進み反応炉を完全破壊します。が、それはあくまで机上で生み出された対策マニュアルに従ってのことです。完璧ではない」

 

 和真がそう切り出すと、バウアー少佐は眉間を揉み解し、視線を強くした。

 

「なにが言いたい?」

 

 和真はフッと小さく笑う。

 

「いえ……、ここまで来て少し心配になってしまったのです。私は……、この難解を解決出来るのか……、そこまで強くなれたのか、ってね」

 

 そこでオリバー・バウアーは深く、それは深く溜息を吐いた。

 

「強いさ……。中尉、貴様はあの頃よりも格段に強くなった。神の御業を賜ったのか、悪魔と契約したのではないかと思わせる程に、貴様が無理だと投げだすなら、俺達では到底太刀打ち出来ない危機なのだと思わせるくらいに、貴様は強い」

 

 バウアーはそう断言した。

 今までの活躍もそうだが、それだけの力を得ていながら、未だに上を目指すのか。

 末恐ろしいとはこのことかとバウアーは苦笑う。

 

「帰りの道は確保し続ける。貴様は、あの強かな衛士達のように遅れて現れて難題を軽く終わらせるくらいで丁度いい。―――それが、英雄の特権だ」

 

 だから―――と、その先は言わなかった。

 言わずとも良いような気がした。

 和真は儚げに笑うと感謝の言葉を述べ通信を閉じる。

 それを見届けたバウアーは背もたれに全体重を預け、コックピット内の狭い空間内で空を見上げる様に首を持ち上げた。

 

「……女々しい奴」

 

 そう呟くと同時にウォーケン少佐の演説も終わった。

 

「良し、行くぞッ!!」

 

 

 

 進軍隊形はウェッジワン、急先鋒を務めるのはアメリカ陸軍のヒル中尉のラプター。

 和真は隊の中心位置、司令官のウォーケンの隣、メインホールを前にしてBETAの猛攻撃を受けると考えていたが、思いのほかそれも散発的であり、数が集うよりも前にメインホールを押さえたいこちら側としては願ったり叶ったりであった。

 

「五六中尉、少し良いか?」

 

 着実とメインホールへ向けて進軍を進める中、ウォーケン少佐が和真に語り掛けて来た。

 

「はい、何でしょう?」

 

「貴官の搭乗するラプターに関してなのだが、同じラプターに乗る身としてやはり同型機とは思えない戦火だ。それに先程受けた説明では、その殆どの装備が試作品で出来ていると、不安ではないのか?」

 

「あぁ……、こんな所まで同行させていただいといてなんですが、結構不安ですよ。ですが、私はテストパイロットです。不安ですが、それが仕事ですから仕方が無いと諦めています。……不具合などのネガは粗方本社で潰していますので、少しは安心できますがね」

 

 和真がそう言うと、ウォーケン少佐はおどけて見せた。

 筋肉質な大男が両肩を持ち上げて片眉を下げニヒルに笑うその姿は、どこぞのハリウッドスター並みに様になる。

 

「そう言えば、ネフレ社の第一町では、人工の砂浜があると聞いたが本当か?」

 

「はいその通りです」

 

「俄かには信じられないな……。太平洋のど真ん中で作り出してしまうねんて」

 

 ウォーケン少佐が真剣にそんなことを言うので、和真は可笑しく思いながら語っていく。

 

「実はあそこにある砂は、偽物なんです」

 

「なんと!」

 

「ふふっ……。あれ、合成食材を作り出す際に生じたゴミの山なんですよ?たまたま肌触りと色合いが似ていたがために、今では立派な観光名所の一つです」

 

「そうか……。ハワイなどは軍事要塞かしてしまったために、綺麗な砂浜なんてものは過去だからな。サンドビーチなど、夢物語だ。……そうか、次に機会があればぜひ家族で行かせてもらう」

 

 和真は自然と明るい声で話す。

 

「えぇ、喜んで。事前に連絡を寄越して下されば、街一番のホテルも用意しておきます。これでも、ネフレ社ではそれなりの役職に就いていますので、お任せください」

 

「おぉ、それはありがたい!」

 

 ウォーケン少佐がそう言うと同時に和真の眼前に数多のウィンドウが開いていく。

 それはアメリカ陸軍の仲間達だった。

 

「なら俺も頼みます!彼女とのデートすっぽかしてしまって困っていたんです!」

 

「私もお願いします!ゆっくりと肌を焼きたいの!」

 

 俺も私もとその声は広がっていく。

 その光景に和真は本当に嬉しそうに笑っていた。

 そして、ウォーケン少佐の声一つでそれらがすべて消えたその時だ。

 

「少佐ッ!」

 

 先頭を進むヒル中尉が声を荒げる。

 確認出来たのは、咆哮の音と微弱な振動波、さらにノイズばかりだが、オープン回線が誰かの声を拾っている。

 

 ―――戦争だ。

 

 ウォーケン少佐が叫ぶ。

 

「こちらでも確認した。戦闘場所はおよそ眼前のカーブを抜けた先200メートルだ。これは、先んじてハイヴ侵攻を行っていたドイツ軍、もしくはフランス軍であると思われる。この波形から混戦になっていると思われるが、窮地に陥っているのは我らが同胞である。よって、足の速い五六中尉を先頭にヒル中尉の第二小隊が先行、続いて我らが続き道を切り開く。よろしいな?」

 

 最後の問いかけは誰に投げた物なのか考えるまでもない。

 和真は、脚部のスラスターと跳躍ユニットに火を灯し飛び上がると、アローユニットを展開し、ロケットモーターを回転させる。

 

「了解!ヒル中尉、向こうの指揮官との交信は任せます!」

 

「応ッ!暴れようぜ!」

 

「はいッ!」

 

 アローユニットに火が灯り、即座に体を押さえつけるような重力が襲う。

 それを気にも留めず最速最短で戦場に向かった。

 カーブを抜けた先、トンネルの出口を思わせる口がぽっかりと開いたそれは、光のカーテンが蓋をしているように先が見えない。

 和真は、コントロールパネルを叩くと即座にラプターのカメラの光量を外界のそれに変更する。

 すると、その先に広がる光景はまさしく外界の戦場だった。

 光のカーテンを潜り飛び出すと、数多の声が鮮明に鼓膜を叩く。

 それは混戦になっていることを意味していた。

 和真は即座にこの空間が今まで来たホールよりも広い事を確認さらに、頭上に微かに青空が見えることからシャフトに出たのだと理解する。

 高度を50メートル上昇させ、上空からG11突撃砲と120mm水平線砲を構え発砲。

 眼下で戦うラファールとタイフーンに襲い掛かるBETAに次々と命中させていく。

 さらにBETAが這い出してきているのが、三つ口を開けているドリフトの入り口の一つであるのを確認すると叫んだ。

 

「あの先に味方はいるのか!?」

 

 発砲を続ける手は止めない。

 それでなくても壁を伝いよじ登ってきている戦車級が飛び掛かってくるのだ。

 それらを両上腕部に取り付けられているスラッシュアンカーを蛇のように射出し串刺しにしながら回避もし、正確無比に眼前のBETA共を射貫いて行く。

 一気に心のボルテージを上げ、神経を研ぎ澄ませる。

 

「その声、和真さんッ!?」

 

 どこか疲れを感じさせるが、声質ですぐにわかった。

 

「イルフィか!?」

 

「はいッ!」

 

 和真が聞きたかったのはその元気の良い返事ではなかったのだが、そこはどこか抜けているイルフィである。

 血生臭い戦場で、喜色を孕んだ良い返事を返す。

 すると、今度はどこか冷めた声が聞こえた。

 

「あんたが言ってるルートの先には味方はいないし、入って来る奴も出て行く奴もBETA以外にいないわよ」

 

「了解した。ベルナッ!」

 

 和真は射出していたスラッシュアンカーを巻き戻し眼下に向けていた突撃砲と水平線砲を体の外側に伸ばすように向けると、回転しながら発砲、手当たり次第に向かって来ていた戦車級を打ち砕いて行く。

 そして体制を整えると、アローユニットの両翼に備え付けられていたS-11ミサイルを一発放つ。

 飛び出したミサイルは、真っ逆さまに重たい頭を重力に引かれさらにケツに火を灯し音速を超え落下、途中で向きを変え、BETAが湧き出すドリフト内部に入って行くと数秒後に爆発、ドリフトから爆風に押されたBETAが飛び出してくるがそれは威力の証であり、狭いドリフト内で、指向性があるS-11を爆発させたのだ、効果など語るべくもない。

 さらにダメ押しにもう一発放つと、それはドリフト入り口付近で爆発したのだろう。

 内壁が崩れる音が響く。

 ともすれば、後はこのホール内のBETAに気を付ければよいだけだ。

 

「どちらがカゴの中の鳥か、教えてやるよッ!」

 

 和真はそう叫ぶと、突撃砲と水平線砲を格納し、ガンブレードを抜き放つと眼下の混戦にその身を埋めて行った。

 



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バレンタイン作戦7

 

 

 

 辺りを静寂が支配していた。

 

 夥しいまでに積もった肉の城、溜池となった血流、所々に点在する満身創痍の戦術機達、その中心でまるで祝福されているかのように一本の光の帯が、悪魔のような風貌の戦術機に降り注ぐ。

 肩で息をするかのように少し猫背となった戦術機は、右手に巨大な肉片と血糊だらけの剣を把持し、左手には体と切断された要撃級の頭部を握りしめている。

 背には巨大な機械の翼を抱え、排熱され生まれた蒸気がその姿をより幻想的に悪魔的に魅せる。

 

 余りに一方的だった。

 

 まるで虫かごの中で戦わされているかのように逃げ場は無く。

 自らの安全のために、目の前の存在を撃滅する。

 この空間だけで、地球規模で行われているBETAと人間との種族間戦争を一から十まで経験した気分となった。

 その結果は人類の勝利、この場に生きているBETAはいない。

 

 それでも、こう考えてしまう。

 

 この場でもっとも活躍したあの戦術機は、本当に我らの味方なのだろうか。

 

 もしくは、ただ生死を賭けた闘争を求め続けている狂戦士なだけなのだろうか。

 

 一通り排熱を終えた件の戦術機、ネフレ社所属のF-22ラプターは、戦車級の肉片を体から落としながら、方向転換する。

 各国の戦術機達の跳躍ユニットから微かに聞こえる暖気の音、その少し甲高い機械的な音をかき消すように、和真のラプターが一歩踏み出した。

 要撃級の頭部らしき感覚器の欠片、それが踏み潰された。

 足を持ち上げる。

 足底に張り付いた形態を変えた肉と血が重力に従って零れ落ちる。

 左手に持った要撃級を投げ捨てるように放り、さらに歩みを進める。

 

 動かない、嫌動けない。

 

 流石と言うべきか、アメリカ陸軍、フランス陸軍、そして我らがツェルベルス大隊の隊長は、負傷した機体と衛士を今作戦から外し、後方のホールに待機しているオーストラリア軍に引き渡している。

 

 迅速な行動だ。

 

 だが、それのせいで今野に放たれた狂犬の如き存在が、私達に向け一直線に歩みを進めている。

 指示は特にない。

 仲間内で通信から談笑をしていたが、その皆が黙り込んでいる。

 あの戦術機には、オーラがあり過ぎるのだ。

 もはやそれは畏怖に近い。

 相手が一歩進める度に、一歩後退った。

 そんな私に向け、同期の仲間の一人であるイルフリーデ・フォイルナーが優しく語り掛けてくれた。

 

「……大丈夫よルナ、怖くない」

 

 ツェルベルス大隊第二中隊第一小隊砲撃支援を任せられているルナテレジア・ヴィッツレーベン少尉は、その声を聞くことで肩の力が少し抜けた気がした。

 そして軽口でもって応答しようとしたとき、イルフィは皆がギョッとするのをよそに、狂犬に声をかけた。

 

「お疲れ様です和真さん!でもダメですよ。一人で欲張っちゃ、私達の分も残して置いてください!」

 

 ルナテレジアは一瞬軽い目眩を覚える。

 相手は急激に名を広めた生きる英雄の一人、さらには階級も自分達よりも上の中尉、さらにさらに彼は国連軍ネフレ出向組で所属すら違う。

 そんな相手になんて無礼な。

 

「ちょ……イルフィ……」

 

 私が諫めようとしたところで、また別の声が上がる。

 

「アンタ、残弾のチェックは出来ているのよね?随分派手にやっていたけど、これからの本番に弾が無いなんて泣きついてきても、融通しないから」

 

 そこのところよろしくと辛辣に締めくくったのはフランス陸軍のベルナテッド少尉だった。

 彼女とは顔見知りだったことからこう言った相手にも物怖じしないのは分かっていたが、公私はしっかりしている印象だっただけに驚きだった。

 すると、ネフレ社のラプターは足を止めた。

 

「へ……?」

 

 気が付いた時には、ネフレ社のラプターが右手上腕部に取り付けられていたスラッシュアンカーを向けていた。

 そして射出。

 真っすぐに鈍く光る刃が迫る。

 

「な、なんでわたくしなのですか~~~ッ!!」

 

 叫んだ。

 それはもうこの世の理不尽を訴える様に、腹の底から叫んだ。

 が、スラッシュアンカーはルナテレジアのタイフーンの頭部ギリギリ掠らない距離で通り過ぎた。

 ルナテレジアの露出した頭部から顔に一筋の汗がつたり、それを皮切りに全身が発熱したかのように汗を吹き出す。

 衛士強化装備服がその異常を検知した音を発したと同時に、乾いた声帯が動いた。

 

「えっと……」

 

 恐る恐る伸びるスーパーカーボン製のワイヤーの先を見る。

 するとその先端には串刺しにされた戦車級がいた。

 戦車級は串刺しにされた程度では死なずなんとか逃れようともがいていた。

 巻き戻されていくスラッシュアンカー、それと同時に血みどろの戦車級が巻き戻されるように頭部横を通過していく。

 巻き散らかされた血飛沫がタイフーンの頭部バイザーを赤に染め上げる。

 その赤の世界で見えたのは、刃を抜かれた戦車級が勢いよく踏み殺されたところだった。

 それを見て、私は大きく息を吐き出した。

 

 和真は、ぼうっと突っ立っていたタイフーンにへばり付いていた戦車級を殺すと、再度周囲を索敵する。

 

「アレで最後だな」

 

 和真はそう呟くと、やいのやいのうるさいイルフィに視線を移す。

 

「イルフィ、うるさい。それと、索敵は怠るなよ」

 

 和真がそう言ってやると、イルフィは顔を赤くしてプルプルしている。

 

「無様ね……」

 

 止めとばかりにベルナッテッド少尉がそう呟けば、大きな笑いが生まれていた。

 

 和真はイルフィ達との軽口を終わらせると、隊長陣との作戦会議に参加していた。

 遅れて到着したアメリカ軍、先んじて戦闘を始めていた西ドイツ軍にフランス軍、意外な事にまともな戦闘を可能とする残存機数は同程度となっていた。

 少数精鋭による奇襲を得意とするツェルベルス、ベテランの域に達した衛士を数多く在籍させ、優秀な衛士による数の戦略を展開していた竜騎兵連隊、先の戦闘には遅れての参戦ではあったもののラプターを駆る第66戦術機甲大隊、単機での働きをしたトイ・ボックスのラプター、ハイヴ内での戦闘の最適解が導き出された瞬間だった。

 作戦会議を終えた和真に四つのウィンドウが開く。

 それはイルフィとベルナ、さらにイルフィと同企画の衛士強化装備服を着る女性衛士の二人だった。

 薄い緑色の髪を持つ、お淑やかな雰囲気を持つ衛士が先に口を開いた。

 

「突然すみません。……先程はありがとうございました。わたくしはツェルベルス大隊所属のルナテレジア・ヴィッツレーベンですわ」

 

 次に、騎士のように厳格な雰囲気を持つ紫色の長髪を持つ衛士が口を開く。

 

「同じく、ヘルガローゼ・ファルケンマイヤーです。……イルフリーデが世話になりました。さぞ苦労されたことでしょう」

 

 ヘルガローゼがそう苦笑すると、和真は同じく苦笑した。

 

「あぁ、イルフリーデ少尉はお転婆が過ぎるからな。度々制御が利かなくてね。いつ、ツェルベルスに苦情を入れてやろうかと考えていたんだ」

 

 和真がそう言うと、イルフィが口を大きく開けて抗議した。

 

「な、なにを言っているんですかッ!?私頑張りましたよね?頑張ってましたよ!」

 

 そう言うイルフィに和真は嗜虐的な笑みを浮かべる。

 

「おいおい、どこのだれだったかな。仮にも上官に買い物袋を持たせ、あまつさえその上官のソフトクリームの殆どを奪い取っていった鬼畜は?」

 

 和真がそんな話を事細かに説明口調で言ってやれば、ヘルガローゼは痛そうに額を押さえながら謝罪の言葉を述べ、ルナテレジアは頬に手をあて困ったように笑った。

 すると、今度はツェルベルスの各面々の顔が急に浮かび上がりイルフィをからかい始め、イルフィはそれに弁明を必死になって始めていた。

 そんな中で、ルナテレジアは和真に先程助けてもらったことへの感謝を再び述べた。

 それに対し和真は気にしなくていいと言いながら、少しだけ考えて話始めた。

 

「ルナテレジア少尉のポジションは、インパクト・ガードだったな。広い視野と情報分析を求められるポジションだ。気を抜くなとは言わないが、そこには段階を持たさなければならない」

 

 和真がそう言うと、ルナテレジアは小さくなりながら「はい……」と答える。

 そんな姿に和真は笑いながら次から気を付ければいいと言う。

 

「その……。中尉はこの環境下でどのように正確な索敵を行っているのですか?」

 

 ルナテレジアがそう言うと、和真は恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「なに、俺は他の人よりも数段と臆病なだけだ。だから常に考えている今この時に起きうる最悪の状況、その先の攻略への道標を……。そうやって人よりも多くの戦場に身を置いてからは、常にコイツと相談し合いながら行える全ての索敵方法を常に試している」

 

 さらに和真は索敵の方法などをルナテレジアに伝えていく。

 目線の位置や空気の感じ方、各種センサーの微妙な変化とノイズの差異、まるで抗議のように伝えられていくそれはルナテレジアにとって新鮮な情報が多くあった。

 そして次第に熱が入って行く抗議の最中、和真は気が付けば静かになっていることに気が付いた。

 それは、周囲にいる衛士達が和真の話しに耳を傾けていたからだ。

 それに気がついた和真は、頬を掻く。

 

「はぁ……。俺もまだまだだな」

 

 和真がそう呟き次々と眼前に浮かぶ顔達を消して行く。

 最後にベルナのウィンドウを消そうとした時だ。

 彼女と目が合った。

 それは一瞬だった。

 彼女はその瞬間悲しそうな表情を作っていたが、ウィンドウを閉じられてしまったために、その心情を確認することなど出来ない。

 それでも、和真は彼女が何を言いたかったのか理解していた。

 恐らく謝罪だったのだろう。

 何に対してのなんて無粋な事は言えない。

 それでも、人の機微に人一倍敏感な彼女は分かっていたのだ。

 

 和真が以前の和真でないことに……。

 

 

 

「では、メインホール制圧作戦を行う」

 

 ウォーケン少佐がそう力強く宣言すると、各々が配置につきだした。

 和真も所定の位置に向かう。

 その中で、イルフィとベルナの顔が浮かび上がった。

 

「どうした?これから大一番の仕事なんだ手短にな?」

 

 和真がそう言うと、イルフィとベルナはまるで双子かのように声を合せた。

 

「死なせませんからね!」

 

「死ぬんじゃないわよ!」

 

 そう力強く言われた和真は一瞬キョトンとした顔をした後にどこか照れくさそうに、しかし笑い方を忘れてしまったかのようなくしゃりと顔の皺を作る。

 そして吐き出した声はどこか晴れやかだった。

 

「ありがとう……。大丈夫、なんて無責任な事は言わない。それでも、俺の眼が届く範囲にいる皆は俺が守るから……、やりきってみせるから……」

 

 和真はそう言うと、通信を閉じる。

 これ以上はいけない。

 今まで張りつめさせていた空気を逃がしてしまう。

 年端もいかない少女達に甘えるな。

 和真はそう自分に言い聞かす。

 そして体内の緩んだ空気を押しつぶすように、先の作戦会議の内容を思い返す。

 

 

 

「では改めて紹介しよう。彼は、この場の戦場に置いて最も勇敢な衛士の一人五六和真中尉だ」

 

 ウォーケンがそう言うと、和真は眼前のウィンドウの先にいる二人に頭を軽く下げる。

 

「国連第九方面軍ネフレ社出向組トイボックス小隊所属五六和真です。中尉の身ではありますが、我が方面軍においてこの場での最高責任者が私であるため、ウォーケン少佐に無理を通してこの場に参加させて頂きました。よろしくお願いします」

 

 和真がそう言うと、西ドイツ軍のアイヒベルガー少佐とフランス軍のゲグラン少佐は返事を返す。

 そして会議は続く。

 

「では、それぞれオービットダイバーズが敷設した有線通信にてCPに連絡は入れてくれたモノと考えるが、地上の様子は各々変わりないと言う先程の情報と変わりないと言うことでよろしいか?」

 

 ウォーケンが再度確認すると、アイヒベルガー少佐とゲグラン少佐がそれぞれ返事を返す。

 

「その通りだ」

 

「私達が入って来たゲートは、すでに占拠が完了している。さらに言えば、地上のBETAも光線級がその数を減らしたことから空爆が機能し始め、ものの見事に数を減らしているとのことだ。私達がゲートからハイヴ内に進行した時と比べ戦況は好転していると考えている。さらに言えば、私達がハイヴ内にて遭遇したBETA数とウォーケン少佐達が遭遇したBETA数の違いから見ても、このハイヴは戦力を出し尽くしたと考えている」

 

 ゲグラン少佐の報告に各々頷き肯定した。

 

「で、あるならば日本の明星作戦と同様、反応炉の活動を停止させさえすればBETA共は敗残兵と化す」

 

 そう言ったアイヒベルガー少佐に続きウォーケン少佐が口を開く。

 

「アイヒベルガー少佐の言う通りだ。反応炉さえ停止させてしまえば、BETAは統制を失ったかの様に散り散りとなる。そしてその時に考えられるルートは、リヨンハイヴに向かうルート、ブダペストハイヴに向かうルート、ミンスクハイヴに向かうルート、最後に行き場を失ったBETA群が海を渡りグレートブリテン島に向かうルートだ」

 

 その最後の選択肢は考えたくないのか各々眉を顰める。

 

「だが、そうならないために国連軍を中心に防衛ラインを下げさらに広げている。現在報告されている状況から考えても防ぎきれないことは無いと思う」

 

「自国の衛星を多数持つウォーケン少佐に確認したい」

 

 アイヒベルガー少佐の問いに、ウォーケン少佐は答える。

 

「他のハイヴからの増援の可能性はどう考えている?」

 

「今現在我が軍の監視衛星、並びに観測部隊からの情報によれば、アイヒベルガー少佐が危惧するところの動きは無いようだ。楽観的に見るべきでないのは理解しているが、一番近場に存在するリヨンハイヴは、貴軍ら欧州連合軍が目を光らせている。突発的に発生するとなればリヨンハイヴが一番可能性が高いが、精強な欧州連合軍がミスをするとは私には思えない。そのため、我々は可及的速やかにこのブロアハイヴを制圧しなくてはならない」

 

 そう締めくくったウォーケン少佐は段取りの説明に移る。

 

 その内容はアメリカ軍が用意したバンカーバスターを使用し、メインホールの天井つまり今いる地面に穴を空ける。

 そこから西ドイツ軍、フランス軍が用意したS11を投下、メインホール内のBETAを粗方殲滅し、よしんば反応炉を機能停止にさせる。

 確認並びに残存BETAの殲滅のために、今現在無事に済んでいる二個大隊の内、一個大隊をこの場に残し、もう一個大隊をメインホール内に降下させる。

 メインホール内の状況に合わせ、この場に残った大隊から応援を降下させる。

 BETAを殲滅し終えた後、反応炉の確認をし、機能停止していれば反応炉の情報を集められるだけ集め撤収し、反応炉が生きていた場合は、和真のS11ミサイルを叩き込むか欧州連合軍の残りのS11を使用し、完全に機能停止に追い込むと言うものであった。

 

 これらは明らかに恵まれた環境だった。

 歴史上もっとも恵まれたハイヴ攻略になるかもしれない程に―――

 故にか、楽観的ではないが切羽詰まってもいない現状。

 焦りを抑制することが出来る猛者だからと言うだけではない。

 少し余裕のある状況にあるのは確かだった。

 だが、和真は言わねばならなかった。

 今までの会話や状況分析に長けている者達だからこそ、この情報は共有するべきであると感じた。

 その結果焦りを生んでしまうかもしれない。

 焦りが全てを狂わせるかもしれない。

 それでも、この人達を信じて口を開こうとして、閉じた。

 

 嫌、そうじゃない。俺は俺の復讐と願いの成就のためにこの人達を利用しようとしているのだ。

 今この場での最優先事項、それの成功率を下げあまつさえ危険に晒すかもしれないにも関わらず、秒の単位を縮小するために、焦らせようとしている。

 だがそれで良い。

 それで良いのだ。

 その焦りから生まれたミスはすべて俺がカバーすればいい。

 そんな事出来ないって?

 今の俺ならそれも可能だ。

 

 次のステージに進んだ俺なら―――。

 



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