ゲイ・ボルクは勘弁してくれ! (ブタボディ)
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Fate/Grand Order編
黎明:北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム


あけましておめでとうございます。
今年初めての投稿になります。今年も本作をよろしくお願いします。











(∩゚д゚)アーアーきこえなーい
ンな番外編(もん)より本編書けよっていう至極真っ当な声なんてきこえなーい


 人類最後のマスター、藤丸立香とデミ・サーヴァント、マシュ・キリエライトが降り立った第五の特異点は独立戦争時のアメリカ大陸。

 神秘こそ今までの特異点の中で最も薄いが、人類の転換期として重要な時代。

 しかし、広大な大地で繰り広げられていたのは英国と英国領の十三植民地との戦争ではなく、ケルト軍と合衆国軍が戦火を交える東西戦争であった。

 

 

 

 

 だが、この戦争は狂王と女王が率いる古代ケルトの戦士たちと、大統王率いる大量生産の権化たる機械兵士軍が鬩ぎ合う物語ではない。

 

 

 

 

 

 一人の男に恋い焦がれた女王が、男を己に並ぶに相応しい悪辣な王に、と願った──────有り得たかも知れない物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂塵が舞う広大な荒野を夕日が照らす中、藤丸立香を中心として、数騎のサーヴァントが束ねるアメリカ大陸軍の南軍は、ケルト軍の首魁であるフェルディアとメイヴを討ち、この特異点を修正する為に、彼等が居城にしているというホワイトハウスへと行軍していた。

 

 

「このまま順当に進めば、この先の荒野で全軍激突ということになるな」

「……俺たち、勝てるよな……」

 

 

 この大陸軍の要である立香を前方の視界から隠すように、彼の先を進みながら赤毛の少年───ラーマが言葉を発し、これから起きる最終決戦に不安を感じたのか、立香は手に刻まれた三画の令呪を撫でながら、そう呟いた。

 

 

 

「なぁにしみったれた顔してんだ! 大将のお前はドーンと構えてりゃいいんだよ」

「───うひゃあ!?」

 

 

 そんな立香の不安を吹き飛ばすかのように、背後に忍び寄っていた青髪の美丈夫───クー・フーリンが立香の背中を引っ叩いた。いきなりの不意打ちに、立香は堪らず頓狂な声を上げて、けらけらと哄笑するクー・フーリンを恨みがましく睨みつけた。

 

 

「ははッ。悪りぃ悪りぃ。けど、不安は吹っ飛んだだろ?」

「そりゃ、そうだけどさぁ……」

 

 

 自分をじとりと睨む立香を見て、クー・フーリンは笑いながらも宥めるように彼の頭をくしゃりと撫でた。立香もされるがままに頭を揺らす。

 それでも他にやり方があるだろう、とぼやかずにいられなかった。

 

 

 

 そんな戦場らしからぬのほほんとした雰囲気を破るように、一人の兵士が彼等の元に駆け付けた。顔から汗を流し、手に持つ小銃は震えており、兵士からは明らかに恐怖が見て取れた。

 そんな兵士の様子を見て、全員がのっぴきならない事態が起きたのだと悟り、先程までの雰囲気を霧散させ、兵士の言葉に耳を傾けた。

 

 

 兵士から語られたのは、現在地から二十キロ先にケルト軍が布陣していることと、その軍勢を指揮する二騎のサーヴァント。その特徴だった。

 

 

 一人は大型の弓を持った褐色の男───アルジュナ。

 マハーバーラタの主人公とも言える彼に対しては、同じマハーバーラタを原典とする彼の宿敵、カルナが相手取る手筈になっている。

 が、彼等にとって想定外なのは、もう一騎のサーヴァントだった。

 

 

 鉄紺の槍を携えた赤髪の男───フェルディア。

 この特異点発生の一翼を担い、最大の障壁である男。立香とマシュは、未だ彼と見えた事はないが、その実力だけは又聞きで把握していた。

 

 

 

 インドの大英雄であるラーマに致命傷を与え、彼の師であるスカサハでさえ勝てないと断言した実力者だ。

 故に彼等はケルト側の軍勢とサーヴァントを個々に撃破してから、残る全戦力を以ってフェルディアとメイヴを、というのが立香たちの予定だったが、フェルディア自らが前線に出張って来たのは幸運と言えた。

 

 

 

 

 だが、それ以上にフェルディアがアメリカに齎したという惨劇の数々が、大陸軍の兵士たちを奮起させるどころか、逆に戦意を喪失させてしまうのでは、と先の兵士の様子を見た立香は不安を抱いてしまった。

 

 

 

 

 

 だが、それでも彼等は進まねばならない。

 

 

 

 これからの決戦は、兵士達が経験した中で最も苛烈なものになるだろう。

 況してや、対峙するのはケルトの戦士だけではない。スプリガンやゲイザーを筆頭とした文字通りの異形の数々に、その上、ワイバーンと伝承上の生物のオンパレード。

 如何に腹を括った兵士たちと言えども、恐怖を抱くのも仕方ないだろう。

 

 

 

 

 しかし、彼の不安は開戦間際、ラーマによって払われた。

 幼い見た目ながらも高いカリスマと聞いた者の心を燃やすような篤い鼓舞によって、兵士たちの闘志をこれ以上ないまでに上昇させたのだ。その闘志は、神秘で勝るケルトの戦士たちにも喰らいつけるであろうほどに上々であった。

 

 

 

 

 

 そして、両軍は───決戦の地に辿り着く。

 

 

 

 

 

 

 

 両軍が対立して睨み合う最中、突如としてケルトの軍勢が、まるでモーセの奇跡の如く人の垣根が奥から割れていき、それに合わせたようにフェルディアが前へと歩んで来た。

 

 

 

 それを視認した立香達も、兵士達には任せれる相手ではないので当然前に出る。クー・フーリン、ラーマが先行し、楯を構えたマシュがその後ろを。そして、最後尾を立香が進む。

 当然、互いに歩み寄れば距離が縮まる。一歩一歩進む度に自分がフェルディアの間合いに足を踏み入れているという感覚が立香の表情を硬くする。

 

 

 

 

 フェルディアとクー・フーリンの歩みが止まる。

 彼我の距離、十メートル。

 言葉を交わすには不十分だが、先手を取られても対応出来ると判断した間合い。それが、今の親友に許せる距離だった。

 

 

 

「……よォ。だいぶ、変わっちまったな」

「そういうお前は変わんな」

 

 

 

 僅かな沈黙の後、クー・フーリンが絞り出すように口を開き、フェルディアは対極的に平然と言葉を発した。

 

 

 

「そこの小僧が、例のマスターか」

「……ッ!」

 

 

 

 虹彩の濁ったフェルディアの瞳が、立香を捉えた。

 如何にクー・フーリンとラーマに守られていても背筋が凍るような冷徹で純粋な殺気に当てられ、立香の肩がビクリと跳ねた。

 

 

 

「勇者でもないただの小僧にお前が降るとは、何とも気に食わんな」

 

 

 

 立香の挙動を見て失望したか、呆れたか───定かではないが、フェルディアの視線が立香から切られ、クー・フーリンへと向けられた。

 

 

 

「そういうアンタは、無関係な人間を殺して回ったらしいじゃねえか。何で、殺した?」

「この特異点は土台に過ぎん。そんな命に拘るな。それよりも、だ」

 

 

 

 兄弟子がこの土地で仕出かした数々の凶行。

 嘗てのフェルディアからは考えられないその動機を尋ねるクー・フーリンを切って捨て、フェルディアは笑みを浮かべながらクー・フーリンに絶望の言葉を贈る。

 

 

 

「クー・フーリン。お前が駆けたあの時代を誇りに思っているのなら、この手を取れ。オレ達と共に、オレ達の魂を侮辱した下郎にケルトの力を知らしめてやろうじゃないか」

 

 

 

 

 顔を俯けて無言を貫くクー・フーリンにフェルディアは手を差し出した。それを見て、立香はチラリとクー・フーリンへと視線を見遣っていた。

 

 

 

 彼は恐れたのだ。

 この特異点で出会い、頼りにしてきたクー・フーリンが旧知の仲であるフェルディアの手を取ってしまうのでは、と。

 

 

 

 その懐疑の出処は、クー・フーリンがベースキャンプで語ってくれた、彼にとって不朽の青春。

 

 

 

 幼少の頃、自らを高みへと導いてくれた彼に敬意を抱いている、と。

 互いに競い合い、共に高め合った修行時代はまるで黄金の日々だった、と

 多くの出会いの中で、最も掛け替えのない朋友だった、と

 過去と割り切った生前でも、彼との決別だけは今でも悔いている、と。

 そして──────彼が胸に秘めているこの特異点に対する思い入れを知った。

 

 

 

 藤丸立香は彼等と共にその日々を過ごした訳でもなければ、彼等の駆けた逸話を知っていた訳でもない。

 ただ、クー・フーリンの口から僅かな時間で語ってもらい、それをただ、知識として把握しただけに過ぎない。

 

 

 

 だが、そんな彼が見ても、その語られた情景が目に浮かぶまでに、フェルディアが笑みを浮かべた姿が語られた人物像と合致しているのだ。

 その笑みは広大なアメリカ全土を巻き込んだ戦火を熾した首謀者が浮かべるような笑みではなかった。

 敵だという認識がなければ、怯えながら住民が教えてくれた殺戮者には見えなかった。

 ほんの前までは行動を共にしていた仲間達を殺した、斃すべき邪悪には見えなかった。

 

 

 

 赤の他人である立香にそこまで思わせる程にフェルディアは理性的で、大らかに振舞っているのだ。

 ならば、長き年月を共にしたクー・フーリンの目には、眼前に立つ男は生前と何の変わりもない親友として映っているのではないだろうか。

 そして、生前の悔いを晴らせる機会を当の本人から差し出された彼はその手を取るかもしれない、と考えてしまったのだ。

 

 

 

 

 長い沈黙が続いた。

 立香やマシュの背筋に冷汗が通り、ラーマでさえも緊張のあまり額から一筋の汗を垂らした。

 そして、決心がついたのか顔を俯かせたまま、クー・フーリンが口を開いた。

 

 

 

「お前らは、退がってろ」

 

 

 

 それは、何人をも底冷えさせる声色だった。

 緊迫した状況下に置かれていた全員が心臓を握り掴まれたような錯覚を抱いた───その瞬間。クー・フーリンの言葉に従うように、ラーマが即座に立香とマシュを抱えながら後方に跳躍する。

 

 

 

 ラーマの動きに呼応して、クー・フーリンは手を伸ばしたままのフェルディア目掛けて躍り出る。そして、突撃の勢いに身を任せ───フェルディアの顔面に鉄拳を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「───残念だ。これがお前の答えか、クー・フーリン!」

 

 

 

 しかし、不意を突かれ、遅れを取ったもののフェルディアは難なく振るわれた鉄拳を掌で受け止めてみせた。

 そして、その表情は憤怒で染まっていた。

 

 

 

 だが、怒りの原因は不意打ちではない。フェルディアにとって先の勧誘やケルトを想う気持ちは紛れもなく本心だったのだろう。だからこそ、持ち前の美貌を歪め、その誘いを無碍にしたクー・フーリンを射殺さんばかりに睨み付ける。

 

 

 

「確かに、オレ達の駆けた人生を焼いた野郎は許せねえ! けどな──────」

 

 

 

 フェルディアの言い分も一理ある、とクー・フーリンは考えた。これまで人類が紡ぎ、託してきた物語を焼き払ったという誇りに唾を吐くような所業、到底許されるものではないだろう。

 

 

 だが、それ以上にクー・フーリンにとって許せない所業が今、存在するのだ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────テメェのしてる事はそのクソ野郎の焼き直しだろうがァァァッ!!!」

 

 

 クー・フーリンの表情が、フェルディア以上の憤怒に染まる。

 その瞬間、鉄拳が防御を突き破り、フェルディアの顔面に突き刺さった。フェルディアの恵体が僅かに浮かび、顔を押さえたまま、踏鞴を踏む。

 

 

 

「───今のお前は諦めよう。一度殺して、再度喚び出したお前を穢してから我等が同胞として加えるとしよう!!」

 

 

 愛槍である長槍を構えたフェルディアが瞳に宿した殺意に呼応するように、長槍の切っ先に呪詛の如く淀んだ赤い魔力が纏わり付く。

 

 

「上等だッ! なら、此処でオレが終わらせてやるよ! メイヴも、この特異点も──────アンタもな!!」

 

 

 魔槍を構えたクー・フーリンは胸に残る未練の残滓を振り払うように魔槍を薙ぎ払い、全霊の脚力を以ってフェルディアへと走り出す。

 

 

 それが、開戦の号砲となった。

 

 

 決死の覚悟で吼える大陸軍の兵士達が銃を突き付ける。

 獰猛な笑みを浮かべたケルトの戦士達が各々の得物を天に突き上げながら突撃する。

 

 

 

 

 

 

 これより紡ぐはアメリカ全土を巻き込んだ神話の具現。

 強さを以って我を通す、英雄達の物語。その火蓋が───今、切って落とされた。

 

 

 



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Fate/Zero編
第一話:召喚


テレビでHF一章を見直し、二章を観てはじめて書きました。 素人なので温かい目で見ていただけると幸いです。


 ―――死にたくない。

 

 ただそれだけの想いが湧き上がってくる。 今にも消えそうな命の灯火。 それに比例して生への執着と死への恐怖が増大していく。

 

 ―――生きたい。

 

 だがその願いが叶うことはない。 急激に冷えていく体温と未だ止まる気配を見せない血液が、自分の死が確定していることを告げている。

 それでも死から逃れようと足掻こうにも指一本もまともに動かせず、身体は酸素を求めて意味のない呼吸を繰り返すだけだった。

 

 ―――つまらない人生だったな。

 

 遠くなっていく意識の中、走馬灯が脳裏を過ぎった時、そう思った。 成功のために努力をしたが何も得られない徒労に終わり、努力することを諦めてからは成功も失敗もないありふれた人生だった。 世の中にありふれていた人生。 だがそれもここで終わりを迎える。 男はもう、助からない。

 

 ―――いやだ! 死にたくない!

 

 何も成せずに死んでしまう。 一度諦めたはずなのに、そのことがどうしようもなく悔しかった。 いやだ! いやだ! いやだ! このまま死にたくない! この人生じゃなくてもいい。 もう一度機会があるのなら諦めない。 忘れられるのが怖い。 この世に何かを刻みたい。 自分が存在していた証明を残したい。

 だから―――生きたい! 生きたい! 生きたい!

 誰でもいいから―――俺を助けてくれ!

 

 

 

『面白い。 その願い、確と聞き届けたぞ―――』

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

「さぁ、桜よ。 入りなさい」

 

 そう言った桜の祖父が杖で指した先にあるのは百や千では済まない量の蟲、蟲、蟲―――。

 床や壁はおろか、天井までもを覆い隠す程の蟲達が蠢いている。

 

「ひっ…!」

「なにを怯えている。 お主は既に間桐の子になったのだぞ」

 

 桜は小さく悲鳴を上げ、その場にへたり込む。

 だが祖父―――間桐臓硯が皺くちゃな腕で桜の腕を掴み、無理やり立たせた。

 

「い、いや…っ! お父さん! お母さん!―――お姉ちゃん! 助けて……っ!」

 

 あんな所に入りたくない。

 お父さんに構ってほしい。

 お母さんに甘えたい。

 いつも自分を守ってくれるお姉ちゃんに―――会いたい。

 そんな願いを胸に秘め必死に抵抗するも、年相応の細腕からは考えられない程の怪力を、桜にどうにか出来るはずもなく。

 

「桜。 あまりワシに手間をかけさせるな」

 

 まるで孫の駄々を宥めるような声色とは裏腹に、臓硯の口が桜を嘲笑うように歪み―――

 

「それに―――誰もお主を助けに来んよ。 お主は捨てられたのだからな」

 

 

 

 そう言い放たれ、桜は蟲蔵へと放り投げられた。

 

 

 

 

 

 臓硯に放られた桜は冷え切った床の感触を感じていた。

 なぜ蟲ではなく床に触れているのか不思議だったが、早く蟲蔵から逃げようと立ち上がり―――見てしまった。

 自分の前にある、蟲の波とでも呼ぶべき代物を。

 そして、ソレは桜の恐怖心を煽るようにじわりじわりとにじり寄ってくる。

 

「いやあああぁぁぁっ!」

 

 這い這いで逃げながら、桜は自問自答を繰り返す。

 

 ―――なんで私なの? 私がなにをしたの?

 

 突然、見知らぬ家に養子として出されたと思ったら、醜悪な蟲達の穴倉である蟲蔵に放られ、襲われてそうになっている現実から、そう思わずにはいられなかった。

 だが、桜は悪くない。

 彼女が類い稀なる才能を持っていたことが原因だった。

 そのせいで桜の人生は狂い、幸せは犯されそうになっている。

 

 ―――私はここで死んじゃうの?

 

 今、ここで死ぬことはないだろう。

 間桐蔵硯が桜を引き取った理由は、桜の胎盤から優秀な魔術師を生まれさせ、自分の宿願を叶える為の駒を揃えるためだ。

 だから、桜が母親として機能する限り、殺されることはないだろう。

 だが、そんなことを幼い桜が知っているはずがない。

 きちきちと音を鳴らしながらにじり寄ってくる蟲の群れを見て、彼女が殺されると思うのは当然のことだった。

 

 ―――もう、お姉ちゃんに会えないの?

 

 それが、きっかけになった。

 抜けていた腰が直り、さっきまで立てなかったことが嘘だったようにすくりと立ち上がれた。

 その際、ズキッ!と一瞬、手の甲に焼けた鉄を押し付けられたような痛みが走ったが、無我夢中だったのだろう。彼女はその痛みに気付かなかった。

 そして、彼女はなけなしの勇気を振り絞って―――間桐桜の心の底から出た願いを叫んだ。

 

 

 

「だれでもいいから―――助けて!」

 

 

 

 精神が限界を迎えたのだろう。 桜は糸が切れた人形のように床へと倒れ込んだ。

 それでも薄れていく意識の中、桜は見た。

 薄暗く淀んだ空気を放ち、桜に絶望を与えた蟲蔵の中とは思えないあたたかい光を。

 

 そして彼女は知る、その光こそが自分を悪夢から救い出してくれた希望だということを。

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

 桜が意識を失う前に見た光は蟲蔵を照らし、人の形に縮小して消え失せた。

 倒れた桜の傍らに現れたのは、二十代と思しき美丈夫だった。

 

 赤い軽鎧を纏い、背に赤いマントをたなびかせている。 手には鉄紺の長槍を持ち、纏っている雰囲気は人間のソレではなかった。

 

 そして閉じていた男の目が開かれ、暗闇の中でも爛々と輝く紅玉のような瞳が臓硯を射抜いた。

 それだけで蔵硯の身体は蛇に睨まれた蛙の如く動かなくなった。

 

「―――あ、あり得ぬ」

 

 故に、臓硯は驚愕の声を漏らした。

 それでも臓硯は五百年生きた魔術師だ。 即座に僅かに笑みを浮かべることで驚愕の表情を隠し、男に話しかけた。

 

「まさか、サーヴァントを招ぶとはのぉ。 聖杯戦争はまだまだ先だというのに気の早いサーヴァントもいるものだ」

 

 

 ――――――聖杯戦争。

 

 万能の願望機である『聖杯』を求める七人の魔術師(マスター)と彼等が召喚した七人の英霊(サーヴァント)がその覇権を競う決闘劇。

 他の六組を蹴落とし、最後まで勝ち残った一組が聖杯を手にし、願いを叶える権利を手にすることが出来ると言われている戦争だ。

 

 

 臓硯は男を構築している膨大な魔力と桜の手の甲に刻まれている赤い紋章―――『令呪』を見て、男がサーヴァントだと確信し、交渉を持ちかけた。

 

「お主、ワシと轡を並べんか? お主も聖杯を求めておるのだろう?」

 

 臓硯はマスターではなかったため、男のステータスを視認出来なかったが、召喚されたのなら聖杯で叶えたい望みがあると判断し

 

「そんなモノに仕えるよりも――――――ッ!?」

 

 桜ではなく自分と組んだ方が有意義だ、と提案しかけた瞬間―――男の持っていた槍が臓硯の右胸を貫いた。

 

「バ、バカな!? 何故、ワシの本体が右胸にいると分かった!?」

 

 一瞬の静寂が過ぎた直後、臓硯の断末魔が蟲蔵に響いた。

 その声は現実が理解出来ないといった風の声だった。 恐怖に染まりながらも臓硯が口にした疑問に男は意外にも律儀に答えた。

 

 

 

「経験則だ」

 

 

 そう言ながら男は臓硯から槍を引き抜き、臓硯の最期を見届けずに踵を返し、己を呼んだ少女を抱え上げ、蟲蔵を後にした。

 

 

 

 

 

 これより物語は正史から外れる。 悪夢に囚われるはずだった少女は解放され、苦痛と絶望の末に死んでゆく男もいない。 男というイレギュラーの登場が、物語にどう影響するのかは誰にもわからない。

 

 

 

 

 

 だが、これは―――間桐桜が救われた物語だ

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
初めての二次創作物で至らない点やご都合主義があると思いますが、ご容赦ください。
感想やアドバイスなんかをいただけると嬉しいです。


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第二話:記憶と分水嶺

 ―――巨大な門に一人の少年が対面していた。

 

 赤い髪が特徴的な少年だった。 疲れているのだろう。 息は荒く、汗が噴き出てていた。

 

 纏っている赤い戦装束が汚れているが、それ以上にその上に着ている軽鎧は所々が破損し、握っている剣は刃毀れを起こしていた。

 

 少年が空いていた左手で身体に何らかの文字を刻んだ。 刻まれた文字は淡い緑色の光を放ち、少年を包み込んだ。 僅かな時間で光は霧散し、少年の姿が露わになった。

 光から現れた少年の状態が改善していた。 荒かった息は整い、汗も引き、付着していた埃までもが落ちていた。

 

 

 ある程度落ち着いた少年が意を決し、門を開けるために一歩踏み出そうとした時――――――

 

 

 

 

 

『―――見事だ。 その若さで此処まで辿り着くとは驚いたぞ』

 

 

 

 

 美しくも力強さを感じさせる女の声が背後から少年の耳に届いた。 幾日か振りに聞いた人の声に少年は安堵ではなく、恐怖に襲われた。

 確かに消耗はしていた。 それでも警戒は解いていなかったはずだ。 それなのにあっさりと背後を取られた。 もし、声の主が敵意を持っていたのなら、自分は死んでいただろう。 そのことが少年に言い知れぬ恐怖を与えたのだ。

 

 

 

 少年はその場から咄嗟に前へ跳んだ。 そして声の主と対峙するように空中で身体を捻り――――――そこに居たのは紫の戦装束を纏った女だった。

 

 容姿を気にしている余裕なんてなかった。見た限りは無手だと判断し、着地すると同時に軽鎧の内側に仕込んでいた礫を取り出して躊躇うことなく女の顔面向けて投擲した。

 

 当たれば上々、回避されたら更に距離を取る算段だった。 だが、少年は驚愕した。 いつの間にか女の手に血のような真紅の槍が握られていたのだ。 そして女は槍で礫を容易く砕いた。

 

『良い反応だ。 先の礫も牽制ではなく殺すつもりで投げたな。 そこも好印象だぞ、小僧』

 

 くるくると朱槍を弄びながら女は少年に話しかけた。 その表情はどこか嬉しげで、僅かに口角が上がっていた。

 それでも少年は警戒を緩めるどころか、逆に警戒を強めていた。 女の見せた幾つかの技術。 そして、ただ立っているだけでもにじみ出る彼女の圧倒的強者の風格がそうさせていた。

 

 何時まで経っても警戒を解かない少年を見て、女は思案顔を浮かべ、合点がいった表情で「ああ」と呟いた。

 そして朱槍を二度三度と回すと初めから無かったかのように彼女の手から朱槍が消えていた。

 

 それを見て少年もようやく警戒を解いて彼女に話しかけた。

 

『………アンタ、何者だ?』

 

『フフッ。 人に名を尋ねる時は先ずは自分から名乗れ、と親に教わらなかったのか?』

 

 ぶっきらぼうな口調だったがそれでも少年が警戒を解いたことが嬉しかったのか、女は小さく笑ったが、無視されたことの意趣返しなのか、からかうような口調で少年に名乗れと促した。

 

 少年は自分から名乗らなきゃ女は梃子でも名前をを明かしてくれないなと悟り、自分の名前を口にした。

 

 

『………フェルディアだ。 フェルディア・マク・ダマン。 ほら、名乗ったぞ。 アンタの名前を教えてくれ』

 

 少年が折れたことに満足したのか、女も名を告げた。

 

 

『私はスカサハ。 影の国の門番にして女王だ。 喜べ、フェルディア。 必ずお前を英雄に仕立て上げてやろう』

 

 

 

 

 

 場面が切り替わる。

 

 

 

 少年―――フェルディアは幼さを微かに残しながら青年と呼べるほどに成長していた。 纏っていた戦装束は新品に、着ていた軽鎧は無くなっていた。 手には剣ではなく、鉄紺の長槍を握っていた。

 

 対峙する女―――スカサハ。 フェルディアが少年から青年へと成長しているのに彼女には変化がなかった。 手には朱槍を。 その姿はフェルディアが初めてスカサハと会った時と同じように見えた。

 まるで、彼女だけが過去に取り残されているかのように。

 

 

 フェルディアが槍を構えた。 その切っ先はスカサハへ。 次いで殺気がスカサハを襲った。 それは常人なら失神するほどの殺気だった。 けれどスカサハは戦意を失うどころか獰猛な笑みを浮かべた。 そして朱槍を一度回してからフェルディアに向けた。

 

 スカサハが槍を回した瞬間――――――フェルディアは跳んだ。 立っていた大地を蹴り砕き、スカサハへと肉薄した。

 跳んだ勢い、ルーンでの補助、自身の膂力。 それらを乗せた一刺は稲妻の如き速度で振るわれ、空を裂いた。

 

 ならば首を刎ねんと槍を振るおうとした瞬間、スカサハのミドルキックがフェルディアの脇腹に突き刺さる。

 あまりの威力に口から血を吐いたが、それに構わずフェルディアはスカサハの足を掴み、力の限り握り締めた。 そして掴んだ足を引っ張り、身体を宙へと躍らさせた。

 

 明確な隙だった。 両足は地から離れ、無茶な体勢から放たれる槍など恐れるに足らず。 それ以前にスカサハは槍を構えておらず、フェルディアは既に槍を構え切っていた。 この状況なら自分の方が速い。

 

 そう判断し、槍を突き出しそうとして――――――スカサハの背後の虚空から六本の朱槍が刃を覗かせていた。 それを捉えたフェルディアはスカサハの足を離し、地を蹴って後退した。

 

 距離を取ったフェルディアを追うように朱槍が発射される。 フェルディアは己を貫かんと迫る朱槍を見切った。 顔首心臓、肝臓右膝左脛―――ッ!

 風のように流麗に、嵐のように激烈に。 そして、何より速く。

 人智を凌駕した魔人の挙動で朱槍を弾き飛ばし、そのまま流れるように背後を見ずに稲妻のような刺突を繰り出した。

 

 されど手応えはなかった。

 フェルディアは目を見開いた。 気配は背後にあったはずだ。 なのに手応えがない。 闘っていた相手を見失う、という想定外の事態にフェルディアが槍を下ろした瞬間

 

『こっちだ、戯け』

 

 そんな言葉と共に鉄拳がフェルディアの鳩尾を打ち抜いた。 予期せぬ不意打ちに悶え、思わず膝を曲げた。 そこから更に追い打ちをかけるかのようなハイキックに顎を蹴り抜かれてフェルディアの身体が浮いた。

 

 容赦のない急所への攻撃を喰らったフェルディアはまともに受け身を取れず、倒れると同時に意識を失った。

 

 

 

 再度、場面が切り替わる

 

 

 

 そこは月がよく見える場所だった。 フェルディアとスカサハは月と鍛錬の課題点を肴に酒盛りをしていた。 フェルディアは木樽ジョッキにエールを。 スカサハはグラスにウィスキーを嗜んでいた。 二人ともかなり呑んでいるのか頬が赤く染まっていた。

 

『なあ、スカサハ』

『なんだ、フェルディア』

 

 フェルディアはチーズをつまみながら話しかけ、スカサハはグラスを回しながら応えた。 スカサハはいつも通りの他愛のない話題だろうな、と思っていた。

 

 だが、酒は口を軽くする潤滑油。 そしてフェルディアは久し振りにアルコールを口にしていた。 だから気分が良くなり、いつも疑問に思っていたが口にしなかったことを口に出してしまった。

 

『なんでそんなに死にたがるんだ?』

『――――――』

 

 フェルディアからすれば単なる興味本意で聞いただけだった。 けれどスカサハにとっては思いがけない話題だったのか、グラスを揺らしていた手を止めて、ぽかんとした表情でフェルディアを見つめていた。

 

『そんなもの、忘れてしまったよ……』

 

 が、スカサハも酔って口が軽くなっていたのかぽつり、ぽつりと語り出した。 その表情はどこか哀しげで、瞳には影が差していた。

 

『私が死ねなくなって長い年月が経った。 それまでに多くの益荒男がこの国の門を叩き、勇士となって去っていった』

『そうだな。 俺もアンタの弟子に聞いて此処に来たからな』

 

 スカサハは再びグラスを揺らし始めた。 フェルディアもエールを飲んでから話の内容に同調した。

 

『その中には気に入った奴もいたし、気に食わん奴もいた』

 

 昔のことを思い出したのだろう。 浮かない表情だったが、口角は僅かに上がっていた。

 

『今は神秘が溢れ、多くの戦士が押し掛けてくるが―――もし神秘が薄れてしまったら、世界から隔絶しているこの国を訪ねる者はいないかも知れん』

 

 スカサハはグラスに残っていたウィスキーを飲み干して、グラスをテーブルに置いた。

 

『そうなれば、死ねぬ私はこの世界でたった一人で取り残される』

 

 そして湿った唇を布で拭いてからフェルディアに顔を向けた。

 

『多分、それがどうしようもなく、悲しいのだろうなぁ』

 

 スカサハは笑顔で、そう締めた。 その笑顔は儚げで、とても綺麗な笑顔だった。 けれど、フェルディアには悲しさを押し殺して無理に浮かべているようにしか見えなかった。

 

 

 

 

 その笑顔が――――――どうしようもなく気に食わなかった。

 

 

 

 

 この世に生を受けて早十数年。 周りが戦争ばかりで、ただ生き残るために力を求めていたが、スカサハの話を聞いて、ようやくこの人生でやりたかったことが見つかった気がする。

 

 

 

 

 だから――――――これは宣言だ。

 

 

 

 

『だったら―――俺が殺してやるよ』

『今、なんと?』

 

 フェルディアは木樽ジョッキをテーブルに叩きつけて、そう言った。 酔っているとはいえ、フェルディアが荒い行動を取ったことが意外だったのか、スカサハは目をパチクリさせながら聞き返した。

 

『俺が、必ずアンタをマグ・メルに逝かせてやる! だから、それまで他の奴に殺されるんじゃねえぞ、スカサハ!』

 

 フェルディアは立ち上がり、スカサハを指差してそう宣言した。 そして、酒盛りの場を立ち去ろうと一歩踏み出した時―――スカサハがクスリと笑った。

 

『……なんだよ』

 

 立ち止まって振り向いたフェルディアの頬は赤くなっていた。 その赤みが酔いから来るものではなく、羞恥心によるものなのは端から見ても一目瞭然だろう。

 

『くくッ。 いや、なに。 今日、私に弄ばれていた奴がよく吠えると、思ってなっ』

 

 先の暗い表情は何処へやら。 スカサハは笑みを浮かべ、全身を震わせながら必死に口元を押さえていた。

 

 それを見たフェルディアは頬だけでなく、顔全体を真っ赤にして、『うっせえ! 今の誓い、覚えとけよスカサハ!』とだけ怒鳴ってから足早に去っていった。

 

 

 

 

 スカサハは見えなくなるまでフェルディアの背中を見つめていた。 その頬は酔いではなく、喜色で染まっていた。

 

『お前が私の心の臓に槍を突き立てる日を楽しみにしているぞ、フェルディア………』

 

 スカサハは弟子を鍛えることで誤魔化してきた寂しさが満たされたような気がした。

 

 

 

 

 けれど、その心情とは裏腹に、なぜかその瞳は哀愁を帯びていた――――――。

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

「……夢?」

 

 その光景を最後に間桐桜は起床した。

 不思議な夢だった。 見ているのは自分なのに、会ったこともない人しか登場しないなんて変なの、と思いながらベッドから出ようとして―――なんで自分はベッドで寝ていたのだろう、と疑問を抱いた。

 

 桜が覚えている限りでは、晩ご飯も食べずにおじいさまにムシグラという所に連れられて。 誰も助けに来ないと言われて。 それでもお姉ちゃんに会いたい一心で助けてと叫んでからは―――思い出せなかった。

 

 ならば誰かが運んでくれたのだろう。 そう考えたが、ビャクヤおじさんは自分をまるで腫れ物のように見ていたし、自分に酷いことをしたおじいさまはそんな優しさなんて持ってないに決まっている。

 

 おじいさま、という言葉が頭に浮かんで桜はベッドから出たらおじいさまと顔を合わせてしまうと考えた。 けれど、学校に行ったらお姉ちゃんに会える。 でも、もしかしたら今日もムシグラに連れられるかも知れない。

 

 そんな思考が頭の中で反響し、桜がベッドから出るに出られずにいるとドアが開き、「おっ、起きたか」と陽気な声と共に赤髪の男が部屋に入ってきた。

 

 初めて会った男だったが、男の赤い髪を見て桜は思わず言ちる。

 

「夢のお兄さん?」

「夢…? ああ、俺の記憶を見たのか」

 

 桜の言葉に首を傾げた男だったが思い当たる節があったのか、顔を顰めながら独り言ちた。

 

「それよりお腹空いてるだろ。 ご飯、食べるか?」

 

 ―――ご飯。 それを聞いた桜のお腹がくぅ、と小さく鳴いた。

 

「た、食べ…ます……」

 

 小学生とはいえ乙女なのだ。 会って数分も経っていない異性にお腹の音を聞かれたかもしれない恥ずかしさで顔を真っ赤に染めながら蚊の鳴くような声でそう返した。

 

「そうかっ。 じゃあ、行こうか」

「きゃっ……!?」

 

 人を落ち着かせるような笑顔を浮かべながら、男は毛布を捲り上げ、そのまま桜の太ももの下側と腰に手を添えてから抱き抱えて、居間に向かって歩き始めた。

 いきなり抱え上げられた桜は驚いて咄嗟に手を伸ばして男の襟元を掴んだ。 それが昔読んだ絵本に描いてあったお姫様だっこにとても似通っていて。 そのことを自覚した桜はさらに顔を赤くした。

 

 居間のテーブルには既に朝食が用意されていた。 小さな茶碗には白米が盛られ、スクランブルエッグと焼けたベーコンにプチトマトを載せたプレートが置いてあった。

 男は桜を椅子に座らせると桜とは反対側の椅子に腰を下ろした。 男側には朝食はなく、この家に住む二人の朝食も置いてなかった。

 

「……お兄さんは食べないの?」

「ん? 俺は食べなくても大丈夫だから、気にせず食べな」

 

 そのことを聞けば自分は食べないと言われて、桜は少し顔を俯かせた。 桜が顔を俯かせていると、男ははぁ、とため息を吐き、茶碗を取り、炊飯器から白米をよそって席に着いた。

 

「これでいいか?」

 

 男がそう言えば、桜は顔を上げて笑った。

 

「まだ聞きたいこと、あるだろ?」

「……うん。 おじいさまとビャクヤおじさんは…?」

「あのジジイはもう帰ってこない。 ビャクヤっておっさんはそのことを知ったら喜び勇んでこの家を出てったよ」

 

 桜が躊躇いながらそう聞けば男はあっけらかんとした態度で二人ともこの家に帰ってこないと告げた。 それを聞いた桜は顔を俯けてプルプルと身体を震わせた。

 

「か、悲しいのか?」

 

 それを見た男は狼狽えながらも桜へと駆け寄った。 それもそのはず。 昨夜、間桐臓硯を殺した後、彼が臓硯の死体と山のような蟲の塊に火を放ち、意識のない桜を抱えて蟲蔵から出ると入り口の傍らに膝を抱えて震えている男がいた。

 話しかけてみたら男は「お前は誰だ」だの「妖怪爺はどうした」などと喚いていたが臓硯を殺したと答えたら足早に蔵に足を踏み入れた。

 そして中で燃えている死体でも見たのだろう。 男は階段を駆け上がると肩を激しく上下させ、「ありがとう…っ!」と告げると後日カリヤなる男を寄越すと伝えて走り去って行った。

 

 身内に対しても残虐に振舞ってきたのだろう。 殺されて感謝されるような奴だ。 だから、桜には言葉を濁して帰ってこないと言えば誤魔化せるだろうと男は考えていた。

 なのに桜が泣き出したから男は狼狽えたのだ。

 

「ううん」

 

 桜は首を横に振ることで男の言葉を否定した。 それを見た男は内心ホッと胸をなで下ろした。

 

「もう、あそこに連れてかれない…?」

「ああ」

 

 桜の言葉を男は短く、けれど力強く答えた。

 

「おにいさんが私を助けてくれたんだよね…?」

「ああ」

 

 続く問いも強く肯定。

 

「助けてくれて………ありがとう…っ!」

 

 その言葉と同時に桜の細い腕が男の首に回された。 そのまま桜は顔を男の首の横に顔を埋め――――――そこで我慢の糸が切れたのか、泣き始めた。

 男は何も言わずに右腕で桜の頭に、左腕を桜の背中に添えて桜が泣き止むまでその手を外さなかった。

 

 

 

 

 

 泣き始めて何分経った頃だろうか。 桜は泣き止み、ゆっくりと男から離れていった。

 

「おにいさん、ありがとう」

「ご飯にしよう。 そろそろ冷めそうだ」

 

 目元が若干赤くなった桜がそう言うと男は桜の頭を笑顔でひと撫でして席に着いた。

 

「いただきます」

 

 桜が手を合わせ、箸を手に取ると男が話しかけた。

 

「食べながらでいいから、俺の話を聞いてくれないか?」

「なあに?」

 

 男の表情は真剣さを感じさせるソレだった。 真面目な桜は箸をテーブルに戻して男の話に耳を傾けた。

 

 

 

 

「先ず、俺の名前はフェルディア・マク・ダマン。 聖杯の寄る辺に従って、召喚された君のサーヴァントだ」

 

 

 

 

 

 

 今日、間桐桜は日常と非日常の分水嶺に立たされた――――――。

 

 

 

 

 




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第三話:選択肢

「俺の名前はフェルディア・マク・ダマン。 聖杯の寄る辺に従って召喚された君のサーヴァントだ」

 

 男―――フェルディアは覚悟を決めた面構えで、己の真名を桜に明かした。

 

「せーはい? サーヴァント?」

 

 対する桜はこてんと首を傾げた。 その表情はフェルディアが何を言っているのかよく分からないのだろう。

 だがまあ、それは仕方のないことだ。

 齢十歳にも満たない少女に常識から隠匿されている魔術、それも約半世紀に一度しかない魔術儀式についての詳細を求めるほうが酷というものだ。

 

「聖杯は流れ星のようなものだ。 手に入れたらどんな願いでも叶えてくれる……らしい」

 

 フェルディアは幼い桜でも分かるように似通った点のある流れ星を例えに出した。

 幼いとはいえ『どんな願いでも叶えてくれる』というフレーズに惹かれたのか桜は少し前のめりになった。

 

「そしてサーヴァントは聖杯を手にするために召喚された過去の偉人―――簡単に言えば幽霊だ」

「フェルディアさんはオバケなの?」

 

 幽霊。 言葉通りに意味を受け取るのなら死んだ人が成仏できず姿を現したものを指すのだろう。

 しかし桜の目から見てフェルディアは幽霊とは程遠い存在だと思えた。 その証拠にフェルディアは桜を居間まで抱きかかえたのだから。

 

「……俺が怖く、ないのか?」

 

 桜の反応が意外だったのかフェルディアは静かに問いかけた。 年頃の女の子なのだ。 死人や幽霊といった化物を恐れ、怯えるのが普通なのだから。 なのに逃げもせず怯えもしない桜が意外だとフェルディアは感じた。

 

「うん。 フェルディアさんは私を助けてくれたもん」

 

 だから、怖くないよ。 桜はフェルディアの目を見据えてそう答えた。 その態度にフェルディアは感心した。

 フェルディアが生きていた時代、死者はマグ・メル―――俗に言う天国に到達すると言われていたためオバケや幽霊などの怪異は終ぞ見なかったが、どんな悪ガキも「影の国に連れて行くぞ」と言えば泣いて謝ったものだ。

 だから常識とは真逆に位置する自分に対して普通に接することができる桜に感心させられたのだ。

 

「そうか。 すごいな、君は」

「間桐桜」

 

 フェルディアがしみじみとそう言うと桜は自分の名前をフェルディアに告げた。

 なぜ、名乗ったのだろう。 フェルディアは首を傾げた。

 

「私の名前」

 

 それを見て桜はフェルディアが間桐桜を自分の名前だと認識していないと判断したのかそれが自分の名前だと主張した。

 

「あ、ああ。 それはわかるが……」

 

 なんで名乗ったんだ、と続けようとしたフェルディアの言葉に割って入り―――

 

「私だけ名前を知ってるのズルいと思うの。 だから、名前で呼んで?」

 

 にぱっと花のような笑顔を浮かべながら名前呼びを催促した。

 

「わかったよ、サクラ」

 

 桜の笑顔にフェルディアが折れた。 頬を掻きながら話が逸れたな、と呟いて話の軌道を元に戻す。

 

「桜。 手の甲を見てくれ」

 

 フェルディアは桜に見せるように右手の人差し指で自分の左手の甲を指差した。

 それに従うように桜が左手の甲に目線を落とすと、そこには三本の槍が刃を重ねるような赤い紋章が刻まれていた。

 

「なに、これ?」

「その赤い紋章は令呪と言ってな。 俺たちサーヴァントへの絶対命令権だ」

 

 赤い紋章―――令呪を見て桜はそう呟いた。 昨日はなかったのにいつの間に。 そう思わずにはいられなかった。

 もし、これをお姉ちゃんに見られたら悪い子になったと思われちゃうのかな。 そう考えると桜は少し悲しくなった。

 

「これ、消せないの?」

「いいや? 俺に三回命令すれば消えるぞ」

 

 不安げに桜が手の甲を見せながらフェルディアに聞けば三回お願いをすれば消えるとフェルディアは答えた。

 

「じゃあ―――」

「―――待て待て待て!」

 

 消えると聞いて桜は安心した。 消えるのなら早めに消しておこうと決めてお願いをしようとして―――焦った顔をしたフェルディアに遮られた。

 

「……なに?」

「令呪はサーヴァントに対する命令権だ! もし俺がサクラを虐めようとした時の対抗策なんだぞ!?」

 

 止められた桜はぶうっとほっぺを膨らませていた。 それは言外に私、不満です。 とでも言わんばかりの態度だった。

 先ほど桜の笑顔に折れたフェルディアだがこればかりは譲れない。

 もちろんフェルディアは桜に、そもそも善人に対して自分の力を振るうつもりなど毛頭ない。 これはただの脅しである。

 令呪はサーヴァントに対する呪いに相当する。 令呪を使用した命令は精神、肉体共にその命令に拘束し、命令に反する思考、行動を取れなくさせるほどだ。

 なるほど。 そこに着目すれば絶対命令権だと思うだろう。

 だが、それは令呪が膨大な魔力で構築された肉体を待つサーヴァントを律することができるほどの魔力を有しているからに他ならない。

 

 なら、その魔力をブーストスキルとして応用すればサーヴァントの強化や瞬間移動といった限りなく『魔法』に近い芸当など圧倒的不利な戦況を覆し得る鬼札になる。

 だからフェルディアはたった一画でも桜に無闇に使わせるわけにはいかないのだ。

 

「フェルディアさんはそんなことしないもん!」

「なぁ…ッ!?」

 

 フェルディアが桜を説得するために捲くし立てんと口を開こうとして――――――桜が吼えた。

 これに目を剥いたのはフェルディアだ。 肌に刺青のような令呪が刻まれているのが嫌だ、という少女としての思いもあるはずだ。 だが、桜はそれよりも自分を助けてくれたフェルディアがそんなことをするはずがない、と否定してきたのだから。

 

 あまりにも攻めの姿勢の桜。 それの原因が命の危機から颯爽と助けてくれたことによる吊り橋効果だとフェルディアが知る由は無い。

 なにせフェルディアが過ごしたアルスターサイクルでは敬愛する師(スカサハ)我儘女王様(メイヴ)といった一部の例外を除いて基本的に男に従うのを良しとした者が殆どだったからだ。

 ましてや少女が男に意見することなんて皆無だった。

 いや、国中で引っ張りだこだった大英雄(クー・フーリン)の告白を『まともな武功を得てから出直せ』と豪胆に断った勇ましい姫(エメル)がいたか。

 フェルディアの前世に当たる彼なら………気付けたかも知れないが、動乱の時代を死に物狂いで四半世紀も駆け抜けたのだ。 既に平穏に過ごした嘗ての少年時代など磨耗し、擦り切れていた。

 だから彼は気付けない。 間桐桜が自分に恋慕の情を抱いていることを。 恋する乙女は強いということを。

 

「わかった! 認めるよ、認めればいいんだろう! その代わり、令呪は使うなよ! それが条件だ!」

「……わかった」

 

 自分が何を言っても桜が折れないと悟ったのだろう。 フェルディアは降参だ、とでも言わんばかり叫んだ。 もうやけくそだった。

 桜もこれがフェルディアにできる最大限の譲歩だと思ったのか、不服そうにだが、フェルディアの意見に了承した。

 ただ、その表情からは令呪を消したいと思っているのがひしひしとフェルディアに伝わってくる。

 

「さ、サクラ。 令呪は俺が魔術で隠すから今日はそれで勘弁してくれないか…?」

「うん……」

 

 フェルディアが恐る恐るそう聞けば、桜は渋々ながら理解を示してくれた。 フェルディアは内心でホッ、と一息つくと同時に自分で自分が居た堪れなくなった。

 いや、マスターとサーヴァントとしての関係的には間違ってはいないのだが、通算で半世紀は生きて、コノート最強の騎士とまで謳われた自分が六歳の少女に口論で負かされた、と考えると悲しくなるのも仕方のないことだろう。

 

「これからサクラの今後に関わる話をする。 心して聞いてくれ」

 

 フェルディアの雰囲気が変わったのを感じ取ったのだろう。 桜は静かにこくん、と頷いた。

 フェルディアはごほん、と咳払いを一つしてから切り出した。

 

「サクラ。 君は令呪を宿し、俺を召喚した。 その所為で君は聖杯戦争に巻き込まれてしまった」

「せーはいせんそう?」

 

 フェルディアは右手で顔を抑え、悲痛の表情でそう告げた。

 桜は聖杯戦争を文字通りの意味で捉えた。 誰かがフェルディアが最初に説明した聖杯を求めて戦うのかな、程度に考えた。

 

「サクラ。 君には今、二つの選択肢がある」

「二つの選択肢?」

 

 フェルディアは右手の桜に突きつけてそう言った。 桜が聞き返すと、そうだ、と答えた。

 

 俺としては此方を推奨する、と前置きにしてフェルディアは口を開いた。

 

「あと数日もしたら、カリヤという男が帰ってくるらしい」

「カリヤおじさんが?」

 

 フェルディアがそう言うと、桜が僅かに驚きを含んだ声で反応した。

 知っているのか、とフェルディアが問うと桜はうん、と答え、よくお土産を買ってきてくれるの、と続けた。

 それを聞いたフェルディアは都合がいいな、とひとりごちると―――第一の選択肢を提示した。

 

「その男が帰ってきたら、俺に死ね、と命じてくれ」

「――――――え?」

 

 フェルディアの言葉に桜の思考が停止した。

 

「なんで、そんなこと……言うの…?」

 

 時間にして十秒といった所だろうか。 フェルディアの言葉を理解した桜が涙ながらに歩み寄ってくる。

 

「私、嫌だよ…。 一緒に居たいよ…」

「待て待て。 サクラ、最後まで俺の話を聞いてくれ」

 

 その手は椅子に座っているフェルディアの膝を掴み、ゆさゆさと揺らして拒否をする。フェルディアは桜の持ち上げて膝の上に置き、桜の両目から流れる涙を拭いながら、第二の選択肢を提示した

 

「俺と一緒に聖杯戦争に参加するってのが第二の選択肢だ」

「そっちがいい……」

 

 それを聞いた桜はフェルディアに抱き付いて、第二の選択肢が良いと答えた。

 

「怖い目に遭うかも知れないぞ」

「それでもいいの」

 

 桜はフェルディアの胸元に顔を埋め、頬を擦り付けた。 まるで此処は私のものだ、でもとマーキングするかのように。

 

「今度は助けられないかも知れないぞ」

「大丈夫だよ」

 

 桜はフェルディアを見上げた。 腰に捕まっていた手首に伸ばして―――膝の上で跳ねた。

 

 

「フェルディアさんは――――――私の王子様だもんっ!」

 

 跳ねた勢いで桜はフェルディア首に両腕を回した。 フェルディアは危なげなく桜の腰と背中に添えた。 桜の顔がフェルディアの横顔と重なったその瞬間、桜は頬に唇を落とした。

 

 それに驚いたフェルディアが椅子を倒しながら立ち上がる。 おませさんめ。 そう言いながら桜の脇に手を刺してその場で二度、三度と回ってみせた。

 

 曇った顔と涙は消え失せて、年相応の華々しい笑顔だけがフェルディアの瞳に映っていた。

 

 

 

 

 

 某所同日。

 

 一人の男が空港の公衆電話の前で受話器を耳に当てたまま呆然と立ち竦んでいた。

 

「今―――なんて、言った?」

『聞こえなかったのか? なら、もう一回言うぞ』

 

 呆れた、と呟いた男の声―――兄への苛立ちと先ほど受話器が耳に届けた言葉が嘘であってくれと切に願いながら―――間桐雁夜は耳を澄ませた。

 

『遠坂の末妹が間桐の養子になった』

 

 聞き違いじゃない……ッ! あの妖怪爺ッ!

 

「と、遠坂の末妹は今、どうなってる……?」

 

 腸が煮え繰り返るほどの怒りに蓋をして、雁夜は努めて冷静に、少女の現状を訪ねた。

 

『知らん。 それよりも―――』

「その話は帰国してから聞く!」

 

 兄、鶴野の上機嫌な声に遂に堪忍袋の尾が切れたのか、雁夜は受話器を叩きつけて、その場を走り去ったにした。

 

 

 少女の無事を願いながら間桐雁夜は日本への帰国を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お気に入りが100件を超えました。 皆様のお陰です。 本当にありがとうございます。


六歳児に負かされるサーヴァントってなんなん?


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第四夜:邂逅

推し鯖のエルキドゥをやっとスキルマに出来ました。


 フェルディアが間桐桜に召喚されて早くも二日が過ぎようとしていた。

 

 

 ―――間桐桜は夢を見ていた。

 

 そこは見渡す限り紫の空と一角の城だけの風景。 桜にはこの光景に見覚えがあった。

 そう。 彼女がフェルディアを喚び出したその日に垣間見た、彼の記憶である。

 

 視線を空から前に向けると、赤髪の男と青髪の男が向き合っていた。

 赤髪の男―――フェルディアを見つけると彼女は顔を綻ばせた。

 フェルディア・マク・ダマン。 桜の想いに応え、桜を護ると誓った桜の王子様。

 

 その形が夢と言えど恋する少女が意中の人を目にして顔を綻ばせるのは恋する乙女の性なのだろう。 桜が静かにフェルディアを見ていると―――二人が動いた。

 

『今日こそ勝つぜ―――アニキ!』

『なに。 まだまだ負けんさ』

 

 青髪の男が黒の長槍を突き付けて、そう宣言した。

 対するフェルディアは余裕の表情で黒の長槍で身体を守るように構えた。

 桜がフェルディアさんの弟さん?と考えている間に戦闘は開始した。

 

 時間にして一瞬の出来事だった。 フェルディアが槍を僅かに下げた。 それを青髪の男は誘いだと判断した。 だが、敢えて(・・・)彼はその誘いに乗った。

 本来ならそれは愚策だ。 けれど、そうだと理解していながら彼はフェルディアへと飛びかかった。

 

 両者が互いの間合いに入ろうとした一瞬、青髪の男は長槍を地面に叩きつけ、棒高跳びの要領でフェルディアの上を取った。

 そして空中で身体を回転させながら重力に身を任せて落下する。

 落下の速度、回転の勢い、そして―――自身の膂力。 それらを乗せた暴力の奔流とでも言うべき一撃を容赦なく叩き付けた。

 

 只人なら青髪の男に上を取られたことに気付くことなく殺られていただろう。 しかし、フェルディアの鍛えられた動体視力は男の挙動を捉えていた。

 普段のフェルディアならその一撃を受け止めることはしない。 攻撃が当たる瞬間に回避し、武器を構え直すなどの明確な隙を突いて反撃に転じるだろう。

 だが、青髪の男が敢えてフェルディアの誘いに乗ったようにフェルディアも敢えて(・・・)男の一撃を槍を両手で持ち、防御した。

 

 衝撃で大気が爆ぜた。 フェルディアの足場が陥没した。 フェルディアは咄嗟に首で槍を支え、膝が曲がりきるのを防いだ。

 そして僅かに曲がった膝をバネのように使い、男を空中に押し返し、勢いのままバク転。 手が地面に着いた瞬間、手だけで身体を押し出し、男の胸部を蹴った。

 

 男は蹴られた衝撃で空気を吐いた。 その隙にフェルディアは跳んで男よりも高所を奪い、横腹に向かって長槍を振るった。

 男は振るわれる長槍を辛うじて防ぐも、空中のため、踏ん張ることが出来ずに地面に叩き付けられた。

 フェルディアは追い打ちをかけるように槍を投擲するが、男は地面を転がることでそれを回避した。

 フェルディアは着地と同時に地を駆けた。 進行方向に刺さっている槍を抜き―――立ち上がりかけの男の喉元に突き付けた。

 

『俺の勝ちだな、クー・フーリン』

『……くそッ。 まだ勝てねえか』

 

 フェルディアの勝利宣言に青髪の男―――クー・フーリンの声は悔しさを含んでいたが、その表情は晴れやかだった。

 

 フェルディアがクー・フーリンを起こそうと手を伸ばし、それを彼が取ろうとすると二人に殺気が襲い掛かった。

 二人が咄嗟に飛び退くと同時に、一本の槍が二人の間に突き刺さった。 その槍は血のように赤い朱槍だった。

 それを視認した二人の顔が青ざめた。

 見間違いでなければこの朱槍は二人が敬愛すると同時に頭が上がらない彼女の得物だからだ。

 

『一部始終を眺めていたが……なんだ、今の試合は…?』

 

 二人が一歩退こうとすると、地を揺るがすような怒気を孕んだ艶やかな女の声が鼓膜を打った。

 

『し、仕方ねえだろ!? オレらが本気で戦ったらこの国が壊れちまう!』

『ほう。 私の結界が信用ならん、と?』

 

 クー・フーリンの説得(言い訳)は遠回しに師匠が信用できないと言っているようなものだ、と言われて撃沈した。

 

『あ、アニキ…ッ!』

 

 クー・フーリンが縋るような視線をフェルディアに向ける。 スカサハは顎をしゃくり、フェルディアに催促する。

 

 縋る弟弟子。 怒る師匠。 二人に挟まれながら意を決したフェルディアは口を開いた。

 

『手を抜いたことは悪いと思う。 けど、本気で戦ったら殺しかねないだろう?』

『そのために本来の得物ではなく、特殊な槍を使っているのだろう?』

 

 流石は最強の女戦士。 フェルディアの手にしている長槍を一目見ただけで刃が無いことを見抜き、それを指摘した。

 

 もはや言い逃れは不可能。 そう悟ったフェルディアは肩を竦め、構えた。 力技による抵抗を選択したのだ。

 そこで我慢の限界が来たのだろう。 青筋を額に浮かべたスカサハは地を蹴り、二人に迫った。

 

 

 

 そして――――――抵抗虚しく、二人は仲良く空を舞った。

 

 

 

 

 

 場面が切り替わる。

 

 

 

 

 

 そこは豪勢な部屋だった。 床に絨毯が敷いてあり、壁には絵画が何枚も飾ってある。

 フェルディアの視線の先には四十路ほどの男が玉座に腰を下ろしている。

 男の名はダワーン。 フェルディアの父であり、コノートの王の一人である。

 

『お久しぶりです、父上』

『帰ったか、我が息子よ』

 

 フェルディアが口を開けば、ダワーンもそれに対応した。

 だが、その声に自分の息子の帰宅を喜ぶような声色はなかった。

 それもそうだ。 ダワーンはフェルディアをただの攻城兵器としか見ていないのだから。

 しかし、ダワーンの態度にフェルディアも慣れているのか世間話を数度交わすとその場を離れようと踵を返した。

 

『待て』

『……なんですか?』

 

 フェルディアが扉に手をかけた時、ダワーンから制止の声が掛けられた。 こんな男とはいえ王だ。 渋々とフェルディアは振り向いた。

 

『アイルランド連合の女王陛下が貴様に会いたいそうだ』

『今から赴け、と?』

 

 フェルディアの練り上げられた脚力ならば、直ぐに馳せ参じることは出来るだろう。 それでも帰宅後早々に格式ばった挨拶など面倒なのか、フェルディアは顔を顰めながら聞き返した。

 

『その必要は無い。 女王陛下自らご足労いただいた』

 

 どうやらその心配は杞憂らしい。 女王は客間に招いてある、とだけ告げるとフェルディアへの関心をなくし、止まっていた執務に取りかかった。

 それを見てフェルディアはため息を零して、重い足取りで客間へと向かった。

 

 王の間と客間の距離は然程遠くない。 フェルディアは客間の扉の前に立つと、扉を四度ノックした。

 ノックに反応したのだろう。 扉の向こう側から入りなさい、と清楚さを感じさせる女の声が返ってきた。

 女王からの了承を得たフェルディアは扉を開け、部屋に足を踏み入れた。

 

 

 部屋の中に居たのは白い毛皮で編まれた外套を纏っている桃色の髪の少女だった。

 女王、と聞いていたから妙齢の女性かと想像していたが、自分より若い少女だったことに驚きながらもフェルディアは彼女の膝下まで歩み寄り、傅いた。

 

『お初にお目にかかります。 女王陛下』

 

 フェルディアの一連の行動を見届けた女王は感嘆した。

 アルスターでは男尊女卑が主流の風潮だった。

 彼女が女王として君臨して経った月日は短いが、自分の元にやって来た戦士は皆プライドが高く、幼い少女に仕えることに知ると顔を顰め、女神の如き完成された身体を持つ彼女に下卑た視線を向ける者しかおらず、ましてや傅く者など皆無だった。

 

 

 そんな男しか知らなかった彼女にとって女である自分を敬い、下卑た視線を寄越さないフェルディアを―――欲しい、と思った。

 

 

 女王―――メイヴは座していた椅子から腰を上げ、傅いているフェルディアに近付いていく。

 そして、頭を下げている彼の顎に手を添え―――目線を自分に向けさせた。

 

『貴方、気に入ったわ。 私のもの―――いいえ。 私の騎士になりなさい』

 

 

 

 その表情は無垢な清楚ではなく、どこまでも淫蕩の感情で染まっていた―――。

 

 

 

 

 

 意識が浮上する感覚と共に間桐桜は起床した。

 寝ぼけ眼で周囲を確認すると昨夜一緒に寝たはずのフェルディアの姿が確認出来なかった。

 おそらく桜を起こさないように静かに起きたのだろう。

 桜はベッドから抜け出し、パジャマから昨日のうちに用意しておいた私服に着替えて居間に足を運んだ。

 

 居間の扉を開けると既に朝食の用意を済ませたであろうフェルディアが椅子に腰をかけていた。 扉が開いた音に反応したのだろう。 顔を桜の方に向けて口を開いた。

 

「おはよう、サクラ」

「おはよう、フェルディアさん」

 

 二人の何気ない朝の始まりである。

 

 桜が今日見たフェルディアの記憶の内容に言及し、フェルディアがそれをはぐらかしながら朝食を共にして。

 朝食を済ませたら二人並んで洗い物をし、洗い物を終えれば鏡の前で二人並んで歯を磨いた。

 それらが終わった頃には既に桜の登校時間になっていた。

 桜はランドセルを。 フェルディアはエコバックを片手に家を出る。

 

 フェルディアと桜は手を繋ぎ、通学路を共にした。

 途中ですれ違うご近所さんと挨拶を交わしながら十分ほど歩くと桜が姉―――遠坂凛と待ち合わせをしている場所に着き、そこで二人は別れる。

 

「いってきます。 フェルディアさん」

「いってらっしゃい。 サクラ」

 

 

 桜とともに家を出て、夕餉の内容を思案しながらスーパーへと向かい、下校時刻になれば桜の送迎を行う。 それがフェルディアの日課になりつつあった。 だがこれも悪くないと思いながら、彼は冬木に馴染もうとしていた。

 

 

 

 

 

 フェルディアが日常を噛み締めた数十分後、一人の男が冬木の街を走っていた。

 男の名前は間桐雁夜。 その表情は血気迫っており、彼が焦っていることを明確に教えてくれた。

 電話で兄の話を聞いた時、雁夜は自分を許せなかった。 自分のせいで大切な女性の娘が雁夜の代わりになってしまった。

 だから彼は自分を罰するために、因縁の地に足を運んだのだ。

 既に手遅れかもしれない。 それでも、償うと決めたのだ。

 

 

 覚悟は出来た。 今なら、戦える。

 

 

 間桐に蔓延る呪いの系譜を断ち切るために。 そしてなにより―――大切な女性をこれ以上、悲しませないために!

 

 

 雁夜は数年ぶりに、自らの生家の戸に手をかけ―――ガチャンッ、と鍵のかかった戸に入ることを拒まれた。

 

 

「―――は?」

 

 予想外の事態に雁夜は硬直した。 間桐の支配者である間桐臓硯は陽を嫌う陰湿な奴だ。 少なくとも、雁夜が過ごしていた頃、昼間はいつも家に居たはずだ。

 

 何度も戸を引いても戸は開くことなく。 鍵がかかっていることを知らしめるだけだった。

 

「くそっ! こんなところで躓いてる暇なんてないのに……!」

 

 今、自分がここで立ち尽くしている間にも少女は嬲られているかも知れないのだ。

 居ても立っても居られず、雁夜は何かで戸を壊すことを決断し、手頃な物を探すために踵を返し―――一人の男が自分を直視していることに気付いた。

 

 赤い髪が特徴的な西洋人だった。 手に買い物袋を持っており、その膨らみ具合から買い物帰りなのが察せられる。 そして左手に封のされた高枝鋏を握っていた。

 

 あれなら―――戸を壊せる。 そう判断した雁夜は男に高枝鋏を借りようと駆け寄り―――流れるように組み伏せられた。

 

「お前、空き巣か?」

 

 外国人にしてはとても流暢な日本語だった。 思わぬ事態に雁夜が呆然としていると込められていた力が強まった。

 その痛みで立ち直った雁夜は身の潔白を証明するために口を開いた。

 

「ち、違う! 俺はこの家の息子だ!」

「名前は?」

「間桐、雁夜……!」

 

 絞り出すような声で名乗ると、やけにあっさりと拘束を解かれた。 雁夜は立ち上がり、男に高枝鋏を借りようと話かけようした

 

 が、男は戸の錠に鍵を差し込んで、鍵を開けていた。

 

「なんでお前が家の鍵を持ってるんだ!?」

「ビャクヤから聞いていないのか?」

 

 思わず雁夜は男の肩に掴み、問い質した。

 対する男は何で知らないんだ、と言わんばかりの声色で雁夜の兄の名を出しながら、雁夜に返した。

 

 お前、何者だよ。 と雁夜が小さく呟くと、男は自分の立場を口にした。

 

 

 

「俺は―――サクラに召喚されたサーヴァントだ」

「はあああァァァッ!?」

 

 

 

 真昼間の深山町に、雁夜の叫びが轟いた。

 

 

 

 




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第五夜:覚悟

||д・) ソォーッ…

(ノ・ω・)ノ (最新話) ポイ

彡サッ!

短いです。 ごめんなさい。


 

 

 玄関先で繰り広げられたささやかな問答を経て、雁夜は十年前とは違い、陰鬱さを感じさせない間桐邸の応接間でソファに腰を据えていた。

 

「カリヤ。 飲み物は茶で構わないか?」

「あ、ああ……」

 

 

 フェルディアは雁夜と差し向かいに座りながら朝の内に沸かしておいたお茶をコップに注ぎ、雁夜に手渡した。

 雁夜は困惑しながら受け取り、中身を一息に飲み干して、未だ不明の現状の質疑応答を行うべく口火を切った

 

「……桜ちゃんの現状を詳しく聞かせて貰うぞ」

「本当にビャクヤから何も聞いてないのか」

 

 呆れたような表情を浮かべ、はぁ、と溜息を吐いて気になることを聞いてくれ、とだけ答えた。

 

「桜ちゃんは何処だ」

 

 雁夜は最初に間桐の養子に出された桜の所在を問うた。 間桐臓硯の執念に無関係の少女を巻き込ませない為に間桐邸に足を運んだのだ。 なによりも優先して聞かねばならないことだった。

 今、相対しているのが雁夜が嫌悪する間桐臓硯より強大で、人を凌駕した存在なのは、魔術に対して多少の見聞がある雁夜は承知している。

 それでも、怖じる気持ちは毛頭なかった。 たとえ殺されるとしても最後まで抗うと覚悟を固めていた。

 それに、間桐臓硯もフェルディアも雁夜が挑んだところで欠片ほどの勝算もないという点ではなんの違いもないのだから。

 

「サクラなら学校に通っている」

 

 詰問調になっている雁夜の焦りに気付いてないのかフェルディアは肩を竦めながら、なにを言ってるんだ、とでも言わんばかりの態度でそう答えた。

 

 その答えに雁夜の中で怒りが湧き上がった。 あの(・・)間桐臓硯がそんな常識を許すはずがない。 十年前に、雁夜は殺されても最後まで諦めない気概で臨んだからこそ異例の離反者として自由を勝ち取れた。

 そんな覚悟を六歳の少女が固めれるはずがない。 姉の凛より奥手で、いつも凛の後についていたか弱い桜なら尚更だ。

 それに、聖杯戦争は他の六組を蹴落として、最後の一組だけが願いを叶える儀式だ。 英雄も人だ。口では高潔を語ろうが、願望成就の為なら心の中で妥協をするに決まっている。 勝ち残るなら桜より臓硯の方がうってつけだろう。 だから目の前のサーヴァント(フェルディア)は臓硯とグルに違いない。

 そう判断した雁夜は桜を救う術は交渉しかない、と言い聞かせることで怒りを飲み下し、いたって冷静のように振る舞った。

 

「臓硯を出せ。 お前じゃ話にならない」

 

 雁夜が臓硯を憎悪しているように臓硯も雁夜を嫌悪している。 自分が間桐邸を訪ねれば必ず姿を見せると思っていたが、臓硯が一向に現れないのだ。 自分を無視して調整に専念するほど桜の資質が優れているのかも知れない。 なら、調節は魔術師らしく念入りに行なっているはずだ。 目の前のサーヴァントに構っている暇なんてない。 なんとしても臓硯を交渉の場に引き摺り出さねばならない。

 そのために雁夜が臓硯と交渉がしたい、とファルディアに話しかけるより先に―――フェルディアが口を開いた。

 

 

 

 

「間桐臓硯なら殺した」

「―――は?」

 

 

 

 その言葉を聞いた雁夜の思考が止まった。

 

 

 

「ち、ちょっと待て! 今、殺したって言ったか!? あの吸血鬼を殺したのか!?」

 

 時間にして十数秒経ち、それを聞いた雁夜は慌てふためいた。

 それも当然だ。 フェルディアは雁夜の目的を根幹から覆したのだから。

 そして、それ以前に臓硯は冷酷無比かつ強大な魔術師だ。 語るもおぞましき外法によって延命を重ね、何代にも亘って間桐家に君臨してきた不死の魔術師。 文字通り現代に生き残った正真正銘の妖怪だった。

 それをまるで友達に昨日の夕飯なに食べた?とでも軽く尋ねるような調子で告げられたのだから、雁夜が慌てふためくのは当然のことだろう。

 

「奴の本体たる核を槍で貫いてやった」

 

 ソファから身を乗り出しつつある雁夜に対して、フェルディアは槍を実体化させ、淡々と答えた。

 それを聞いた雁夜は身を引き、ソファに座り込み、道理で臓硯が姿を見せず、蟲の鳴き声さえも聞こえないのか、と納得した。

 

「それじゃあ……桜ちゃんは、無事なんだよな…?」

 

 

 縋るような声色だった。

 雁夜の不安の元凶である臓硯が死んだとはいえ、間桐の毒牙が桜に影響している可能性もあるのだ。

 

 もし、僅かでも桜が嬲られていたら母親の葵や凛にどんな顔をして今後会えばいいのだろうか。

 もし、葵と凛がそれを知ってしまったら悲しむだろう。

 葵を悲しませない為に間桐邸に足を運んだ雁夜にとって、臓硯の死以上に重要なことだった。

 それゆえ、事の顛末を唯一把握しているフェルディアに尋ねた。

 

 

「ああ。 傷一つない健康体だ」

「そうか……。 なら、よかった…!」

 

 強張っていた全身の筋肉が解れる感覚と共に、雁夜はより深くソファに座り込んだ。固めた覚悟は無為になったが、自分では桜を救えない可能性のほうが高かった。

 それなら、確実に救われた今を純粋に喜ぶべきだ。

 

 

「……残念な話だが」

「なんだ?」

 

 安堵に包まれていた雁夜に、フェルディアは冷水を浴びせた。

 

「サクラは聖杯戦争に参加するつもりだ」

「なんで桜ちゃんが…!?」

 

 フェルディアは手で顔を覆って、雁夜は魔術と無縁だった桜がなぜ聖杯戦争について知っているのか、ましてや参加するのか問いた。

 

「サクラは被害者だ。 教える必要があると判断して、俺が全てを話した」

「そんな……どうして…っ」

 

 フェルディアの答えに雁夜は顔を悲痛で歪めた。 万能の願望機を巡って争う魔術儀式なんかに幼い一般人の桜が参加してしまえば、何も出来ず、無残に殺されてしまうだろう。

 魔術師は一般人とは違う価値観を有している。 悲願のためなら少女の一人や二人、息をするかのように殺せるはずだ。

 何としても、目の前のサーヴァントに辞退して貰うべきだ。 その為に口を開きかけ―――

 

「俺とてサクラを参加させるのは不本意だ」

「な、なら……!」

 

 フェルディアの言葉に雁夜は光明を見た。が、続いた言葉に諦めざるを得なくなった。

 

「間接とはいえ、サクラに人殺しのレッテルを張るのは嫌だろう」

「それは、嫌だが……」

 

 考えてみればその通りだ。故人とはいえども、サーヴァントは意思を持った人間だ。

 それに、雁夜も桜を救ってくれた恩人になんの謝礼もなく終わらせるのは気がひける。

 

 

 

 そして―――幼い少女()に命の恩人を殺させることの、何と罪深きことか。

 

 

 

 それこそ桜の心に傷を付ける行為だ。 雁夜の考えたことは自分の嫌悪し、侮蔑してきた間桐臓硯のやろうとしたこととさして変わらないことだ。

 

 そも、雁夜はこの場には贖罪をする為に来たのだ。

 間桐臓硯が死んだ今、桜は救われ、葵は悲しむことはないだろう。

 それでも雁夜は自分を許せない。 かつて自分が背を向けたせいで、我が身可愛さに逃げ出したせいで、桜を怖がらせた自分を罰するために戻ってきた。

 

 すでに償いは必要なく、その術もない。

 なら、せめて桜の望むがままにさせるべきだろう。

 それでも桜を傷付けたくはない。 故に、脳裏に浮かんだ妙案を雁夜はフェルディアに告げた。

 

 

「俺に、お前のマスターの振りをさせろ。 それなら桜ちゃんから注意を逸らせるだろ?」

「―――正気か?」

 

 フェルディアの言葉に雁夜は迷いなく頷いた。

 

「死んでも可笑しくないんだぞ」

「臓硯が生きてたら、絶対に死んでた」

 

 フェルディアの脅しにも怖じることなく答えた。

 

「いいんだな?」

「ああ」

 

 十年前に雁夜が逃げなければ、桜は母親の元で無事に暮らしていたはずだ。 雁夜が拒んだ過去が、巡り巡って桜に降りかかった。

 奇跡とでも呼ぶべき事態のおかげで桜は無事だったが、雁夜が納得出来ないのだ。

 納得できる術があるとすれば、せめて桜の代わりに戦場に立つことだろう。

 

「わかった。 お前の案を呑んでやる」

「ありがとう」

 

 

 間桐雁夜は一人の少女を危険から庇うために。

 フェルディアは一人の少女の意思を尊重して。

 

 

 

 ―――間桐邸にて、二人の男の覚悟が合致した。

 

 

 




お気に入りが4000人を突破しました。 正直こんなに伸びるとは思ってもみませんでした。
そして、日間ランキングの一位を飾ることが出来ました。 皆様のお陰です。 本当にありがとうございます! 嬉しさのあまりスクショしました。


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第六夜:開戦

前回が短過ぎたので頑張りました。



 フェルディアはメイヴの騎士となった。

 それでも、彼の生活の変化は僅かなものだった。 影の国での鍛錬も七日に一度、顔を見せることを条件に許された。

 メイヴ曰く、騎士であるフェルディアが強くなることはメイヴにとっても喜ばしいことだから、とのことだ。

 だが、顔を合わす度に同衾の誘いをしてくるのは勘弁して欲しかった。

 彼女が多くの勇士と情事を重ねているのは知っているが、彼女にはアリル王という夫がいるのだ。 既婚者であるメイヴと関係を持つ訳にはいかない、と何度も断ってもなんのその。 その都度、誘いは激しくなる一方だった。

 

 

 

 本来ならば、メイヴの誘いを無碍にした時点で、フェルディアは後のクー・フーリンのように敵対されるだろう。

 しかしクー・フーリンは靡かず呆れたのに対して、フェルディアは断っているが照れがあった。

 だがその照れがメイヴの心をくすぐった。 彼女に誘われた男は誰もが獣に成り下がった。 その中でフェルディアだけが理性を働かせ、その誘いを断ったのだ。

 ただの女性なら無碍にされたことに激昂するだろう。 だが、メイヴはすべての男の恋人にして支配者である。

 しかもフェルディアはスカサハを除けば影の国で最強と謳われている。 メイヴが見た限り、嫉妬に駆られるような性格には見えなかった。 それに十四で影の国を目指したとも聞いている。 そんな自殺紛いのことをしでかしたのだ。 フェルディアは恐怖を乗り越える覚悟を持っているのだろう。

 現状、最も彼女の理想に近い勇者であるフェルディアを手に入れたいという欲望に従い、惜しみなく全力で、他の恋人達を気にすることなく愛を叩き付けるのだ。

 

 

 

 あまりの過激さに辟易したフェルディアは、影の国の先達にしてアルスター随一の性豪、フェルグス・マク・ロイヒや、自分より経験豊富であろうクー・フーリンに助言を乞うた。

 これが後に、アルスター・サイクルにおいてフェルディアの異彩さを語ると同時に、豪傑に溢れたケルト神話で行われた唯一の恋愛相談―――‘‘フェルディアの諮詢’’である。

 

 

 

 しかしフェルディアはメイヴが情事に溺れているのは知っていたが、誰と致したのかなど把握していなかった。

 この時、フェルディアはメイヴの最初の相手がフェルグスなのだと知った。

 そしてフェルグスはフリディッシュという鹿と牛の女神を妻としていた。 フリディッシュはメイヴを除けばフェルグスの盛んな性的嗜好を満足させた唯一の女性と言われている。

 

 

 メイヴという『女』を知っているフェルグスは、未だに修行に明け暮れ、まったく女っ気を感じさせない弟弟子を憂いていた。 そんな中、漸くフェルディアに訪れた機会を知ったフェルグスは、メイヴを抱け、と強く押した。

 

 

 フェルグスの性豪の凄まじさを知っているフェルディアも最初は呆れながらも笑っていたが、次第にフェルグスの熱意は増していき、力づくでも抱かせるぞ、と言い出した辺りでフェルディアの堪忍袋の尾が切れた。

 

 

「恙無く断る方法を聞いてるんだよッ!」

 

 

 フェルディアの鉄拳がフェルグスの顎を殴り抜いた。

 見事に顎を打ち抜かれたフェルグスは、一切の抵抗なく意識を失い、椅子から転げ落ちた。

 フェルディアの視線が黙っていたクー・フーリンに向けられた。 その瞳は真剣さを含んでおり、適当に答えれば自分も同じ目に遭うのだろうな、と悟った。

 

 

「そうだな……ほかに女がいるって言えばいいんじゃねぇか?」

 

 

 クー・フーリンは当たり障りのない対処法を伝えることでフェルディアの様子を伺った。 フェルディアが納得すればそれでいいし、言葉に詰まれば誰かに名を借りればいい、と助言して現状からの離脱を図ったのだ。

 

 

 しかし、クー・フーリンは失念していた。 フェルディアは生き残ることに重きを置いた異例の戦士。 女より強さを求め、幼少から影の国で修練に励んでいたことを。 そして何より、フェルディアがスカサハに狙われていることを忘れていたのだ。

 

 

「俺に親しい女なんてスカサハくらいしかいないぞ……」

「あー……」

 

 

 僅かに哀愁を帯びたフェルディアの返答を聞いたクー・フーリンは、言葉を詰まらせた。

 口ではそう言ったフェルディアだが、実際は避けられている訳ではない。 これはクー・フーリンの付き人から聞いた話ではあるが、美丈夫であるフェルディアは女給達の間で相当の人気を博しているらしい。

 しかも恐らく最年少で影の国に到達した男だ。 当時の女給達は誰もがフェルディアの付き人を志願したという。

 遠くない未来、時代を担う英雄になるであろうフェルディアの付き人の座を狙って多くの女給が気を引こうとした。

 そんな努力が実を結んだのか、フェルディアは自分とさほど年の離れていない女給を付き人として指名した。

 指名された女給は色めき立ち、フェルディアの興味を惹けたと思い、彼女は一週間フェルディアに尽くし、夜伽を命じられるのを、今か今かと待ち望んだ。

 

 

 が、一向に誘われないことに痺れを切らした彼女は自分からフェルディアに自分を夜伽にどうか、と提案した。

 それを聞いたフェルディアは彼女の誘いを断った。

 断られたことで彼女は自分の勘違いだと知って悲しみに暮れたが、それでもフェルディアの付き人になったのだから、務めを全うすると誓った。

 誓われたフェルディアはその代わりに、彼女に恥をかかせないように断ったことを口外しないことを彼女に誓い、二人だけの秘密とした。

 

 

 しかし、三日経った時に事件は起きた。

 彼女がフェルディアの前に姿を現さなくなったのだ。

 そのことを不思議に思ったフェルディアは兄弟弟子や女給。 果てには給仕長に彼女の動向を訪ねて―――彼女が昨晩スカサハに呼び出されたことを知った。

 それからの行動は早かった。 フェルディアはスカサハの元に足を運び、事の詳細を聞いた。

 スカサハ曰く、危篤に陥った父親の看護をする為に故郷に帰ったとのことだった。

 それを聞いたフェルディアの心に僅かなしこりが残ったが、帰り道にはスカサハの権能である『死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)』を使用したとのことなので、安全な帰路だったのだろう、と結論付けてスカサハへの詰問を止め、付き人は不要だ、と告げて彼女の元を後にした。

 

 

 

 この時、スカサハはフェルディアに一つだけ嘘をついた。

 女給の父親は影の国での修行を経た男だ。 未だ現役の騎士であり、修業をつけてくれた謝礼として自分の次女を女給として働かせてくれ、と頼み込まれたスカサハが承諾した形で彼女は女給となった。

 フェルディアを誑かそうとした女狐が、ただ雇っただけの娘ならば問答無用で殺していたが、スカサハとて鬼ではない。 気に入っている弟子の愛娘を殺すのはなるべく避けたかった。

 

 

 そこで彼女は女給の話を聞くことにした。 昨夜の詳細を包み隠さずに話せ。 嘘を吐いたら即座に殺す、と脅しを掛けて。

 声色から本当に殺されると察したのか、女給は震えながらも、たどたどしく話した。 自らの勘違いでフェルディアを誘ったこと。 誘ったことを黙って貰う約束を取り付けてくれたことを。

 彼女の話を一通り聞いて嘘をついた様子が見られなかったスカサハは、解雇という形を取って彼女を影の国から追放し、実家に送還させた。

 フェルディアに彼女の行方を問われた時、生まれながらの女王である自分が女給に先を越されたと焦り、距離を取らせた事を隠すために嘘をついてしまった。

 

 

 というのが真実であるが、フェルディアはスカサハの説明に納得し、勇士達は女給一人の行方など気にもとめず、女給達は恐怖でスカサハに真相を聞けずにいた。

 

 

 

 

 

 ある日、消えた彼女の話で女給達の間に一つの噂が出回った。

 

 

 

 根も葉もない噂だった。 けれど、噂とは尾ひれが付くのが定石だ。

 

 

 

 曰く、フェルディアに言い寄ったらスカサハの反感を買う、という内容だった。

 

 

 

 スカサハはその噂をもみ消そうとしたが時すでに遅し。 噂は女給達の間で定着した。

 が、それでもフェルディアの強さと美貌に惹かれ、僅かばかりのアピールをする者、遠巻きから眺めている者に分かれている状況が、今のフェルディアを取り巻いている現状だ。

 

 

「じゃあ、この噂はどうだ?」

 

 しかしこの噂を思い出すと同時に、クー・フーリンは女給達の間で密かに盛り上がっている話を思い出した。

 最近、スカサハが夜な夜なフェルディアを自室に招き入れ、ルーンの手ほどきをしている、という話だ。

 それだけなら気に入っている弟子を贔屓して指導している師匠、という話で終わるだろう。

 

 

 だが―――一人の女給がルーンを刻むための石をスカサハの部屋に持ち運んだ時に、フェルディアの胸にG(ギュフ)のルーンを刻んだ所を見た、と言ったのだ。

 

 

 G(ギュフ)のルーン文字は愛の贈り物、精神的な愛、人生の伴侶といった意味を持っている。

 教えるのなら空中に描けばいいのにわざわざ胸に刻んだことから、それをスカサハなりの告白と解釈した、色恋沙汰に飢えている女性達の間で盛り上がっていた。

 

 

 クー・フーリンの見た限りだとフェルディアは耳にしていないのか、幼少から影の国で修練をしていた弊害なのかは不明だが、特に気にしている様子は見当たらなかった。

 だが、フェルディアと共に王城を歩いていたクー・フーリンは見たのだ。 通路で出会したスカサハが僅かに頬を赤らめた所を。

 

 

 この戯けた兄貴分は体調不良か、などと吐かしていたが、多くの女性に恋慕を抱かれていたクー・フーリンは知っていた。

 

 

 あの表情が―――恋した女の貌であることを!

 

 

 そのことをフェルディアに告げようとした時―――影の国の外にスカサハに迫る気配が現われた。

 

 その強大な気配にフェルディアとクー・フーリンは槍を構え、意識を失っていたフェルグスまでもが飛び起き、虹霓剣を手にしていた。

 

 三人が各々の武装を構えている庭園に王城からスカサハが飛び降り、三人の前に躍り出た。

 

 

「三人とも、戦だ」

 

 そして、三人にそう告げると朱槍を手にして、城門を目指して早歩きで進む。

 それにつられて敵の正体を知っているフェルグス、フェルディアがスカサハに続き、それに遅れてクー・フーリンも付いて行く。

 

 

 既に戦士達に指示を済ませているのだろう。 通りに出れば慌ただしくあちこちを行き来する人々の間を縫うように四人は進んで行く。

 

「敵は誰だ? 心当たりがないわけじゃないんだろ?」

「……敵将はオイフェという名の女だ」

 

 この中で唯一、敵との接触がないクー・フーリンがスカサハに問うた。

 その質問にスカサハが淡々と答えた。 その声色には何の感情も宿っていない。 背後からは見えない顔が無表情であろうことが、手を取るようにわかるほどだ。

 

 

 なにより―――オイフェ。 その名を聞いたクー・フーリンは心の中で驚愕した。 攻めて来た相手がアルスター全土に知れ渡っているビックネームだったからだ。

 何せオイフェはスカサハに並び得る女傑だ。 本来なら怯えるのであろうが、クー・フーリンはエメルを娶るために影の国に足を運んだ。

 理由は戦士としては不純だが、心の中では生まれながら、最強を定義された自分を凌駕する益荒男を求めていた。

 そしてそんな自分に未だ勝利させてくれない兄弟子に相見えた。

 

 

 その運命には感謝している。 だが―――物足りなかった。

 

 

 フェルディアと自分が全力で死闘を繰り広げれば、影の国に及ぶ被害が災害に値するからだ。 だから普段は戯れで済ませ、それで満足していた。

 けれど―――不完全燃焼で燻っていた所に最強の一角が攻めて来たのだ。 この好機を逃したくない。 叶うのならば一騎打ちを挑み―――その上で勝利を収めたい。

 

 

「無神経が過ぎるぞ、クー・フーリン」

 

 

 そんなクー・フーリンの考えを見抜いたフェルディアが窘めた。 クー・フーリンは悪りぃ悪りぃと謝りはしたものの、瞳は獲物を見つけた獣のように燃えていた。

 

 

 クー・フーリンを見ずとも悟ったのだろう。 スカサハは立ち止まるとクー・フーリンに手を差し伸べた。 その手には一振りの長槍。 紅い槍が握られていた。

 

 

「こいつは―――」

「この朱槍を、お前に授けよう」

「……いいのか?」

 

 

 クー・フーリンは手を躊躇いながら伸ばしかけ、横に立つフェルディアを盗み見た。

 朱槍の銘は―――ゲイ・ボルク。 スカサハがこの槍に「相応しいと認めた勇者に与える」と公言した最強の魔槍。

 

 

 強さで言えばフェルディアにこそ相応しいとクー・フーリンは思っていた。 だから自分に渡されると思っていなかったのだ。

 

 

「お前が認められたんだ。 受け取れ、クー・フーリン」

 

 

 フェルディアの鼓舞が。

 

 

「そうだ。 受け取ってやれ、セタンタ」

 

 

 フェルグスの肯定が。

 

 

「負い目など気にするな。 この槍はお前にこそ相応しい」

 

 

 スカサハの言葉がクー・フーリンの躊躇いを後押し、ゆっくりと彼は朱槍を手に取った。

 

 

 ―――必ず勝つ。 そんな誓いを胸に秘め、クー・フーリンは途方もない高揚感と共に戦場へ駆け出そうとして―――それはそれとして、とスカサハに水を差された。

 

 

「セタンタ貴様。 先ほど余計な事を口走りかけていたな」

 

 

 その言葉にフェルディアと意識を失っていたフェルグスは首を傾げ、唯一自分がやらかしかけた事に気付いたクー・フーリンだけが顔を青ざめさせた。

 

 

「この戦を経て―――生きていたのなら、城の裏に来い」

 

 

 先ほどのはち切れんばかりの笑顔は何処へやら。 あまりの豹変ぶりにフェルディアとフェルグスはゲラゲラと笑い、スカサハもくすくすと上品に笑い、事実上の死刑宣告を受けたクー・フーリンだけが身体を震わせていた。

 

 

 気が付けば―――冷めた空気は、消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェルディアが桜に召喚されて一年の月日が経った。

 

 

 既に七騎のサーヴァントが召喚され、昨夜―――漸く聖杯戦争が開始し、開幕早々アサシンがアーチャーの手によって脱落したのを全てのマスターが確認した

 

 

 フェルディアが最も警戒していたアサシンが脱落したが、それでも警戒を緩めず、緻密に隠蔽したルーン結界を間桐家の内外で稼働させていた。

 

 

 桜を守るためにやれるべきことはやった。 後は―――勝つだけだ。

 

 

 フェルディアは夜の帳に包まれた冬木の倉庫街の奥で、縄張りを遠吠えで主張する狼の如く、躊躇いなく闘気を発していた。

 

 

 願望成就の万能器を求めて、一つの時代で英雄と讃えられた人間が六人もいるのだ。 自分が挑発すれば必ず喰らい付く者がいると信じて。

 

「――――――やっと一人目か」

 

 その行為が実を結んだのか、フェルディアの薄紅の双眸が二人の女を捉えた。

 

「その槍……ランサーと見受けするが」

「そうだ。 そういうお前はセイバーだな?」

 

 敢えて尋ねるように聞いたが、彼女の雰囲気と清澄な闘気から三騎士であることは明らかだった。

 アーチャーは既に露見し、ランサーはほかならぬフェルディア自身。 ならば目の前の女はセイバーだろう。

 フェルディアはそう断定した。

 

 

 そして、フェルディアの視線がセイバーの後ろに控えている女性に向けられた。

 

「アンタがホムンクルスってヤツか」

 

 フェルディアの意識が僅かに自分に割かれただけで、白雪のような美女―――アイリスフィールは息を呑み、思わず数歩後退していた。

 

 

 フェルディアの放つ純然な闘気に当てられ、アイリスフィールはまるで野生の動物が天敵に出会したかのようにフェルディアに恐怖したのだ。

 

 

 だが―――それはセイバーがアイリスフィールを庇うように前に出るまでは、だ。

 

「不躾が過ぎるぞ、ランサー」

「それは失礼したな」

 

 セイバーが不可視の剣を突き付け、フェルディアの意識を強引に自分に向けさせた。

 フェルディアも物珍しさからアイリスフィールを眺めただけだったので、肩を竦めながら形だけの謝罪を口にした。 そして詫びに先手を譲ろうか、と煽る。

 

 

「そんな甘言で、私の剣が鈍るものと思うなよ、ランサー」

「随分と待たされたが―――その分気骨のあるお前が釣れたこと―――感謝するぞ!」

 

 

 セイバーから迸る魔力が竜巻のように渦巻き、ダークスーツから白銀と紺碧の鎧に実を包ませた。

 

 フェルディアもまた、一年間胸の内に燻らせていた闘気を解き放った。 自慢の赤髪に負けず劣らずの朱色の魔力がフェルディアを覆い―――赤い軽鎧と赤のマントを纏ったフェルディア・マク・ダマンとしての本来の姿を露わにした。

 

 

 舌戦は、もう充分だ。

 今、此処に二人の英雄が相見えているのだ。 あとは―――武功に長けた英雄らしく剣で語るのみッ!

 

 

 両者が人智を超えた速度で衝突し、此処に第四聖杯戦争の第二夜が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェルディアとセイバー。 未だ小手調べの域を出ていないが、両者の戦闘は拮抗していた。

 ステータスは最優を冠するセイバーが僅かに優れていたが、僅差でしかない。

 セイバーの宝具『風王結界』による不可視の剣に、序盤は受けに徹さざるを得なかったが、距離感を掴んだのか、今では互角以上の戦いを繰り広げていた。

 

 

 剣戟の威力が衝撃波を、踏み込みが地面を蹂躙した。

 特に魔力放出を使用しているセイバーが剣を振るうだけでアスファルトが削れ、捲れ上がった。

 しかしそれを加味してもセイバーは攻め落とせず、それどころか逆にフェルディアの手数が増していく一方だった。

 

 

 お互いに未だ無傷ではあるものの、此処から先は宝具の使用も視野に入れなければ鼬ごっこになるだろう。

 そう思っていたセイバーが放った魔力放出と遠心力を噛み合わせた一撃を受け止めたフェルディアが、勢いに任せて後方に跳んだ。

 

「そろそろ、戯れ合いも終わりにしよう」

 

 それまでの嬉々とした気風とは裏腹に、フェルディアは声を落として武器の構えを改めた。

 

 

 両手で持っていた鉄紺の長槍を右手で構え、空いた左手で身体に指を素早く、数度疾らせた。

 それだけでフェルディアの変化は顕著になった。

 対面しているセイバーは、フェルディアの圧が先ほどとは比べ物にならないと感じ取った。

 倉庫街に潜んでいるであろう切嗣の眼にはフェルディアの筋力、耐久、敏捷のステータスが1ランク上昇して映っていた。

 

 

 フェルディアは先ほど、3種類のルーンを身体に刻んだ。

 一つはN(ニード)。 打破する力を暗示するルーン。

 一つはZ(エオロー)。 防御、結界を暗示するルーン。

 一つはU(ウル)。 スピード、不屈の精神を暗示するルーン。

 

「行くぞ」

「ッ!」

 

 フェルディアは変化を感じ取ったのか、僅かにセイバーが見せた隙を突いて強襲した。

 咄嗟に剣を振るってみせたが、フェルディアは躊躇うことなく左手で刀身を握り締めた。

 本来ならフェルディアの指を落とし、セイバーは圧倒的なアドバンテージを得れたはずだ。

 だが、彼女の剣はフェルディアの強化された耐久値と宝具の所為で、肌を僅かに裂くだけに終わった。

 

「なッ!?」

 

 自身の持つ聖剣が全く効いていない。 そんな認めたくない事実をまざまざと見せ付けられたセイバーは少なからず動揺し、大きな隙を晒した。

 そして、フェルディアはその隙を見逃さなかった。

 

「―――があああァァァッッッ!!」

 

 大きく息を吸い込んで―――セイバーが呆然としていた所を突き、常時でも鼓膜が破れたと錯覚するほどの咆哮を至近距離で浴びせたのだ。

 

 

 

 アルスター・サイクル曰く、クー・フーリンの唸り声は土着の精霊と呼応して、敵対者を恐慌状態に陥らせたという。

 

 

 

 フェルディアがやったのはその唸り声の根幹になった影の国の妙技が一つ―――戦士咆哮。 その咆哮は敵の精神を砕く。

 

 

 

 事実、セイバーの筋肉は強張ってしまい、ステータス通りのポテンシャルを発揮出来ずにいた。

 魔力放出と応用した技でフェルディアの元を離れようにも、筋肉だけでなく思考まで鈍ったのか、そこまで至るのに数秒は掛かった。

 

 

「そら!」

 

 フェルディアは躊躇なく、セイバーの腹部の鎧越しに最速の蹴りを叩き込んだ。

 まともにそれを喰らったセイバーは成す術なく吹っ飛び、コンテナに華奢な身体を叩き付けられた。

 

「か、は―――ッ」

 

 

 だが、そのお陰で思考の曇りが晴れた。

 

 

 

 それでも運命はセイバーを嘲るように好転しなかった。

 

 

 

 全身を苛む鈍痛に顔を顰めながらセイバーは思考する。

 

 

 ―――何故、自分は崩れたコンテナに突っ込んでいるのか、と。

 

 

 答えは一つだ。

 ショックの合間を精密に縫うかのような連撃が、セイバーの意識を僅かに奪っていたのだ。

 セイバーが重い身体を動かし、立ち上がろうとしていると

 彼女の未来予知に等しい直感が悲鳴を上げた。

 早く逃げろ、さもなくば―――死ぬぞ!

 

 

 セイバーの瞳は投擲の構えを取っているフェルディアを捉えた。 手にしていた長槍が光輝に包まれていたのを見た。

 そして、その光輝が纏う魔力の密度から宝具の真名解放だと理解した。

 意地でも回避しないと確実に脱落すると直感が叫んでいた。

 

 

 

 かなり消耗したセイバーを相手に宝具を晒す必要はないだろう。 だが―――手負いの獣ほど手強いものだ。

 それに、女だてらに良くやったものだ。

 だからこそ―――アルスターの流儀に倣って、全力で狩るのがせめてもの礼儀だろう。

 

 

 だからフェルディアは躊躇いなく宝具を明かすのだ。

 宝具は真名を露見させる可能性を高める要因だからなるべく伏せておくのが定石?

 それがどうした(・・・・・・・)

 

 

 この宝具の真名を聞いて、己の名に辿り着けるのならばやってみせるがいい。

 この宝具はアルスター出生の勇士ならば誰もが修めた光神ルーの投擲技術である砲光(タスラム)。 その応用が宝具として昇華したものなのだから!

 

 

撃ち砕く(ゲイ)――――――』

 

 

 

 聖剣の解放は間に合わず、令呪による回避も間に合わない。

 セイバー陣営の誰もが表面では抗おうとしていても、心の何処かで敗退を覚悟したその時―――

 

 

『――――――AAAALaLaLaLaLaie!!!』

 

 

 宝具を放とうとしていたフェルディアからまるでセイバーを庇うかのように、雷鳴を轟かす戦車の疾走が割り込んだ―――

 

 

 

 

 




深夜に書いてたので後半から文章がおかしくなってると思うけど許して下さい。
投稿時間って統一した方がいいですかね?


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第七夜:集う英傑

スラスラと書けたので


 ―――鏖殺の限りを尽くせ!

 

 

 軍の端でオイフェが叫んだその言葉を皮切りに、戦争の幕が切って落とされた。

 開戦と同時に勇士達が獣のような雄叫びをあげ、両軍は爆発したかのような勢いで進軍し―――激突した。

 

 

 先頭を走るのはクー・フーリンだった。 彼は持ち前の獣の如き敏捷性で駆け出して、向かって来た敵兵に魔槍を叩き付けた。

 敵兵も抗わんと武器を振るうが、膂力が桁違いだ。 如何に戦士といえど、素質が足りない。

 勿論戦士の中でも勇士と呼ばれる一握りの存在ならば抗えるだろうが、只の戦士では勝ち目がなかった。

 

 

 振るわれた得物を魔槍で砕き、そのままクー・フーリンは蛮神の如き力で敵を斬り捨てた。

 抗うことすら出来ずに仲間が殺された様を見せ付けられた敵達が一瞬呆然とした所を突き、クー・フーリンは軍の最深部にいるであろうオイフェと闘うために地を蹴り、敵陣の中を一気に突き進んだ。

 

 

 フェルディアもそれに続こうと飛び出したが、それを妨げるかのように六人の戦士がフェルディアの前に躍り出た。

 

「クー・フーリンは通したが貴様だけは通さんぞフェルディア・マク・ダマン!」

 

 六人の心情を代表するかの如く、一人の戦士が怒号した。

 その六人にフェルディアは見覚えがあった。

 オイフェが誇る男女混合の勇士達だったと記憶している。

 

 

「なぜ俺だけは通さないと?」

「貴様がオイフェ様の虎の子の障害になるからだ!」

 

 

 どうせ返ってこないだろうが、あえて尋ねてみた問いに対して、戦車を御した赤髪の女が怒鳴りながら答えた。

 フェルディアは驚いたが、向こうにとっても想定外だったのだろう。 アイガッ!と一人の男が彼女の名を呼び、窘めた。

 それでも納得いかないのかアイガと呼ばれた女は既に逆上しているのか、男に首だけ向けて煩いとだけ一喝してフェルディアを睨みつけた。

 

 

「どうせこいつは私が此処で殺すんだ!」

「俺、アンタに恨まれることでもしたか?」

 

 

 彼女から異常に殺意を向けられているフェルディアは、思わずアイガに尋ねた。 だが、それは彼女にとっての地雷だったのか、ブチッ、という血管がブチ切れたかのような音が怒号飛び交う戦場で嫌に響いた。

 そのことに気付いた彼女の仲間達は距離を取り、フェルディアは内心頭を抱えた。

 

 

「そこまでして私を怒らせたいか! ならば思い出させてやる! よく聞くがいい!」

 

 

 アイガは青筋を立てながら戦車の手綱を握り締め、力の限り叫んだ。

 

 

「私はその昔―――貴様に袖にされた女だァッ!」

 

 

 それを聞いたフェルディアは、あんまりな理由にやりにくさを感じながらも愛槍を握り締め、迫る彼女を見据えた。

 

 

「私を袖にしたことを後悔しながら死ねッ!」

 

 

 嵐の如き速度で、アイガはフェルディアを凄惨に殺さんという意思に従い、戦車を疾らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オイフェ軍の中心部を音速を超えて突っ走るクー・フーリンは、攻めるでもなく、むしろ自分を避けるようになった敵に対して懸念を抱いた。

 

 

 最初は恐れ慄いたか、と失望したが、彼等はスカサハに並ぶ女傑として数えられるオイフェが揃えた戦士達だ。

 そのことがクー・フーリンに懸念を抱かせ、まるで昆虫が食虫植物に誘われているかのような気分にさせた。

 だが、それでも関係ない。 オイフェが何かを企んでいるのならば、その陰謀諸共踏み潰すだけだ。

 そう考え、より一層速さを鋭くさせたクー・フーリンの理性が最大限の警告を上げ―――黄の短槍(・・・・)が頬を掠めた。

 

 

 

 クー・フーリンがその一撃を躱せたのは奇跡に等しかった。

 

 

 獣の如き危機察知能力が全力で稼働したことと、短槍が影の国でも目立つ黄色だったことが噛み合ったからこそ躱せたのだ。

 

 

 頬に走る痛みと視界の端に映った短槍の脅威を感じ取ったクー・フーリンは、弾けるようにその場から弾け飛んだ。

 

 

 そして―――クー・フーリンはその女を捉えた。

 

 

 

 戦場の中でもズバ抜けた“強さ”

 手に握る魔槍の模造品と黄の短槍。

 紫の瞳に燃えるような紅蓮の短髪。

 スカサハとの違いはあれど、それが誤差としか思えないほど。 仮に姉妹と言われたら納得出来るほどに二人は似通っていた。

 

 

 

「テメェがオイフェか!」

 

 

 以上の要素からクー・フーリンは下手人の女をオイフェと断定。 不意打ちなど戦士のすることか、と告げるかのように彼女の名を叫んだ。

 

 

「貴き神性に太陽の香り―――嗚呼、貴様がクー・フーリンか」

 

 

 オイフェもまた、目の前に立つ戦士が放つ雰囲気からクー・フーリンであると断定した。

 

 

 クー・フーリンはオイフェの挙動を一つたりとも見逃さんばかりに睨み付け、オイフェはクー・フーリンを一瞥して彼の手にある魔槍に視線を向けた。

 

 

「都合がいいな」

「なんだと?」

 

 

 その言葉に自分が脅威ではない、と言われた気がして、自分の強さに自信のあったクー・フーリンが噛み付いた。

 その反応にオイフェはクツクツと笑い、魔槍の所持者は本来自分だと答えた。

 

 

「スカサハを殺せる手段は多いに越した事はない。 その魔槍―――返してもらおうか」

「そんなに欲しけりゃ俺を殺してから奪うんだな!!!」

 

 

 クー・フーリンは最強に全力で挑める機会に笑い、オイフェは魔槍を簒奪せんと二振りの槍を握った。

 

 

 

 両者の目的は違えど、互いに得物に込める思いは必殺のソレだ。

 

 

 

 半神半人と最強の女戦士が―――今、激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が名は征服王イスカンダル! 此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した!」

 

 

 敵意はないのか蹄と車輪から迸る魔力がフェルディアに向かうことはなかったが、割って入るのなら好都合だと迷うことなく真名解放を行おうとしたが、ライダーがあまりにも堂々と己の真名を暴露したことに呆気にとられて気勢が削がれたため、事の成り行きを静観する姿勢を取った。

 

 

 一方でコンテナから戻って来たセイバーも表面上はライダーの横槍に呆れていたが、内心では安堵しかなかった。 彼のおかげで彼女は一命を取り留めたと言っても過言ではないのだから。

 

 

「何を―――考えてやがりますかこの馬鹿はあああぁぁぁ!!!」

 

 

 戦車の御者台に蹲っていたライダーのマスター―――ウェイバー・ベルベットはライダーの暴挙に、錯乱のあまり金切り声で喚きながらライダーのマントに掴みかかった。

 が、ライダーの巨腕から繰り出されたデコピンがウェイバーの額を捉え、抗議の声を沈黙させた。

 そして、何事もなかったかのようにフェルディアとセイバーを見渡して問いかけた。

 

 

「うぬらとは聖杯を求めて相争う巡り合わせだが……矛を交えるより先に、まずは問うておくことがある」

 

 

 何を言わんとするのか、まだ判然としないだったが、セイバーは直感で不穏なものを感じ取り、フェルディアは忍笑いをしながら愛槍で肩を叩きながら続きを促した。

 

 

「要は何が言いたいんだ?」

「うむ、噛み砕いて言うとだな」

 

 

 フェルディアの催促の声に、ライダーは威厳だけはそのままに飄々とした口調に切り替え、それに答えた。

 

 

「我が軍門に降り、聖杯を余に譲る気はないか? さすれば余は貴様らを朋友として遇し! 世界を征する快悦を共に分かち合う所存でおる!!」

 

 

 あまりにも突拍子もない提案に、セイバーは怒りを通り越して呆れていた。 それぞれが願いを叶えるために参加している者達に対して、矛を交える前から恭順を要求するなどとても英断とは言えないだろう。 少なくともセイバーにはそう思えた。 だからこそセイバーはその提案を切り捨てた。

 

 

「私とて叶えたい大望を持って聖杯戦争に望んでいる。先の行為には感謝するが、それとこれは別の話だ」

 

 

 そしてセイバーは憮然に言葉を付け加えた。

 

 

「それに―――私もかつては王だった。 如何に大王といえど臣下になる訳にはいかない」

 

 

 そう答えたセイバーの顔に笑みはなく、むしろ青筋を浮かべさせていた。 そもそも生真面目な彼女にとって、ライダーの提案そのものが不愉快に感じるものだった。

 

 

「ならばセイバーのマスターよ! お主はどうだ?」

「残念だけど、断らせて貰うわ。 私だってこの聖杯戦争に悲願を成就させるために参加しているもの」

 

 

 ライダーは言葉においては二人を従えるのは不可能と判断して、フェルディアに視線を向けた。

 

 

「俺自身、聖杯に捧げる願いなんてないし、俺のマスターはどちらかと言うと被害者だ。 聖杯は譲ってもいい」

「ッ」

「ならば!」

 

 

 フェルディアの言葉にライダーは喜色の表情で食いつき、セイバー陣営―――特にアイリスフィールの耳に仕込んである盗聴器で会話を盗み聴きをしていた切嗣は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 切嗣の戦法は、サーヴァント同士が戦っている最中にアイリスフィールに気を取られている敵マスターを狙撃すること。 もしくはサーヴァントとマスターの距離を離してからマスターを撃破することだ。

 あのようにライダーのようにマスターとくっ付かれたら切嗣は手出しが出来なくなる。 空を飛ばれたら尚更だ。

 

 

 だからこそセイバーを圧倒的な実力で敗退一歩手前まで追い込んだフェルディアに関しては、マスターの詳細が判明次第に先述した戦法で処理する腹積もりだったのだ。

 

 

 

 ―――もしフェルディアのマスターをあの御者台に乗せられたら自分たちの勝率は絶望的だ。

 迅速にフェルディアのマスターを殺害すべく、切嗣は自分とは違う場所に潜ませている久宇舞弥と共にしらみ潰しに倉庫街を捜索しているも、一向に見当たらない。

 そのことに二人が焦燥に駆られている間にもフェルディアの口は進んでいく。

 

 

 

 

 

「だが―――俺自身の戒め(ゲッシュ)的に弱者からの略奪には賛同しかねる」

 

 

 だから―――悪いな。 その言葉を最後にフェルディアは閉口した。

 

 

「こりゃー交渉決裂かぁ。 ゲッシュかぁ。 ならば仕方ないなぁ。 残念だなぁ」

「ど〜するんだよぉ。 征服とか何とか言いながら総スカンじゃないかよぉ……」

「いや、まあま、“ものは試し”と言うではないか」

「オマエ“ものは試し”で真名バラしたのか!?」

 

 

 何ら悪びれた風もなくハハハと剛胆に笑うライダーに泣きじゃくるウェイバーを見て、フェルディアは笑いながら頑張れよー、と声援を送った。

 そんな聖杯戦争らしからぬ弛緩した空気は―――

 

 

『そうか、よりにもよって貴様か』

 

 

 ―――憎悪の念を剥き出しにした低い怨嗟の声で再度凍りついた。

 

 

『何を血迷って私の聖遺物を盗み出したのかと思ってみれば―――まさか君自らが聖杯戦争に参加するとはねぇ。 ウェイバー・ベルベット君』

 

 

 その声を聞き、その声に名前を呼ばれて、その憎悪が自分に向けられていること、この声の主が誰であるかも理解したウェイバーが怯えた表情で頭を抱えた。

 

 

『まぁ参加してしまったのなら仕方ない。 君には特別に課外授業を受け持ってあげよう。 魔術師同士が殺し合うという本当の意味―――その恐怖と苦痛を、ね』

 

 

 言外に殺す、と伝えられたウェイバーは恐怖に身を竦ませていた。 そして―――独り恐怖に震えていたウェイバーの肩を、優しく力強くライダーの五指が包み込んだ。 それだけで不思議とウェイバーの震えは治まっていた。

 

 

「おう魔術師よ。 察するに貴様は坊主に成り代わって余のマスターとなる腹だったらしいな」

 

 

 倉庫街の何処かに潜んでいるマスター―――ケイネス・エルメロイに向けてライダーは呼びかけ、心底意地の悪い笑顔で顔を歪めた。

 

 

「だとしたら片腹痛いのぅ! 余のマスターたる男は余と共に戦場を馳せる勇者でなければならぬ! 貴様のような臆病者など役者不足も甚だしいッ!!!」

 

 

 沈黙が続く中、ライダーはマントを振るった両腕ではためかせると、夜空に向かって呼びかけた。

 

 

「おいこら! 他にもおるだろうが! 闇に紛れて覗き見しておる連中は!!」

「………どういうことだ、ライダー」

「なんだ、気付いてなかったのかセイバー」

 

 

 ライダーの叫びに疑問を思えたセイバーの言葉に、フェルディアがライダーに同調する形で答えた。

 

 

「どこにそんな輩がいるというのだ」

「いるさ。 少なくとも―――弩級のサーヴァントが一体な」

 

 

 周囲を軽く見渡しても気配を悟れなかったセイバーはフェルディアに問うた。

 それに対して、フェルディアはくつくつと笑いながら一本の街灯を指差した。

 

 

 それに呼応するかのように、黄金の光を集めて身体を形成するように、そのサーヴァントは実体化した。

 

 

「――――――我を差し置いて“王”を称する不埒者が、二匹も湧くとはな」

 

 

 開口一番に黄金のサーヴァント―――アーチャーは不愉快だと口元を歪め、眼下に対峙した三騎のサーヴァントを見下した。

 自分よりも高飛車な相手が現れたことに毒気が抜かれたのか、ライダーは困惑したように顎を掻いた。

 

 

「難癖付けられたところでなぁ。 イスカンダルたる余は世に知れ渡る征服王に他ならぬのだが」

「たわけ。 真の王たる英雄は天上天下に我ただ独り。 あとは有象無象の雑種にすぎん」

 

 

 アーチャーが発したもはや侮辱に値する宣言に、セイバーはあんまりな態度に無言になったが、ライダーは呆れたかのように溜息をついた。

 

 

「そこまで言うんなら、まずは名乗りを上げたらどうだ? 貴様も王ならば、己の威名を口にするのを躊躇いはすまい?」

「雑種風情が王たる我に問いを投げるか? 身の程を弁えろよ、雑種!」

 

 

 ライダーがそう返すと、その言葉がアーチャーの逆鱗に触れたのか、感情だけの癇性で殺意を剥き出しに放出した。

 そして、その殺意に連動するかのように、アーチャーの左右の空間にゆらり、と黄金の波紋が生じ―――猛烈な魔力を放つ剣と槍が虚空に出現した。 明らかに尋常の武器ではなく、宝具としか思えない代物だった。

 

 

 昨夜の遠坂邸を監視していた者たちは、昨夜に行われたアサシンを一方的に抹殺した不可解な攻撃だと全員が理解した。

 そのことにウェイバーが恐縮した。 アイリスフィールも気高く振舞ってはいるものの身構えた。 姿が見えないケイネスは傍らに黒騎士を侍らさせた。 遠く離れた位置から監視している切嗣と舞弥も緊張で身を硬くした。 セイバーがアイリスフィールを庇うように前に出た。 ライダーもまた、ウェイバーを背に戦車の手綱を握った。

 

 

 誰もがアーチャーの奇怪な攻撃形態に身構えている最中に―――フェルディアが軽い態度でアーチャーに語りかけた。

 

 

「まあ待てよ。 せっかくの祭典なんだ。 楽しくやろうぜ、アーチャー」

 

 

 そんなあまりにも場違いな発言をしたフェルディアを誰もが見つめるなか、アーチャーだけがほう、とだけ呟いた。

 

 

 その言葉を切っ掛けにアーチャーの左右に浮いていた宝剣と宝槍が反転して向きを変えた。 その切っ先が見据えるのは、彼の興味を買ったフェルディアである。

 

 

 

「祭り事の何たるかを語るのならば―――先ずはその身を以て我を興じさせよ、雑種」

 

 

 

 

 

 何処か喜悦を含んだ宣告と共に、フェルディア目掛けて剣と槍が虚空から射出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ケイネスのサーヴァントはランスロット(狂)にしました。 雁夜の時とは違って暴走率は低いかと思われます。

そろそろフェルディアのプロフィールを投稿したいと思っています。 けれど投稿するのに最低千文字は必須とのことなのでもう暫くお待ちください


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第八夜:激闘の幕開け

キングプロテアちゃんをお迎え出来たので迅速に仕上げました。 結果として毎日投稿している方への畏敬の念が強まりました。


 戦車を牽く二頭の名馬が、アイガの殺気が伝染しているのか猛るように一声高く嘶いて突き進む。

 その速さは突風のようで。蹄が大地を踏みしめ、車輪が魔力を迸らせながらフェルディアに迫った。

 

 

 当たれば重症は免れないその一撃を、フェルディアは地を蹴り戦車を飛び越えることでそれを回避した。

 そのことにアイガと五人の勇士達は驚きもしなかった。アイガは手綱を巧みに使って馬に車輪を横滑りさせることで戦車をドリフトさせ、ほかの勇士達はそれぞれの得物を構えて降りてくるフェルディアに備えた。

 

 

 しかし彼等は次の瞬間、驚かざるを得なかった。

 

 

 フェルディアが重量に従って大地に落ちてくることなく虚空を踏みつけ当たり前のように空に立っているのだから。

 

 

 

 ―――フェルディア・マク・ダマンは純粋な人間ではない。

 

 

 彼はアイルランドに最初に住んでいた伝説の民族フィル・ボルクの末裔である。だがフィル・ボルクはダーナ神族に征服された後にヘブリディーズ諸島に追放され、そこで彼等は妖精に成り果てた。

 そしてフェルディアは妖精としての特性を一通り受け継いでいる。だからフェルディアは空を自在に舞うことが出来た。

 

 

 一同が目を見開いている数瞬の空白を突くようにフェルディアは空を滑空。一直線で僅かに固まった五人を強襲した。

 動揺はあったものの流石は勇士達。剣、槍、斧といった武器を持った四人がフェルディアを迎撃せんと飛び掛かり、フードを深く被った魔術師然とした男が少し離れた所で魔杖で火球を生み出して、四人を援護せんとしている。

 

 

 しかし五人の行為は無意味に終わった。四人が振るった得物はフェルディアが滑空しながら空中を蹴って前転をするように躱し、迫る火球を愛槍で搔き消した。

 そして魔術師の男の上を取った瞬間、フェルディアは人間離れした腕力で男の首を無理矢理360度以上は回した。

 

 

 ぐるりと周囲の景色を一望したあとに第二射の火球が消えた魔杖を落とし、呆然としている仲間達の顔を最期にその男は糸が切れた人形のように膝から崩れ落ち、物言わぬ死体になった。

 

 

「―――貴様あああァァァッ!」

 

 

 一人、真っ先に我に返った剣使いが激昂しながら飛び出した。振りかざした名剣には魔力が迸り、並の剣とは一線を画しているのは明白だった。

 激昂した剣使いに遅れて、続くように双剣使いに槍使い、斧使いがフェルディアに突撃する中、アイガだけが戦車を停止させて腰に吊るしている剣と手綱のどちらを取るかに迷い、視線を右往左往させていた。

 このまま戦車を吶喊させても明らかに激昂している仲間達がそれに気付くかどうかが分からなかった。もしかしたら仲間だけを轢いてしまうかも知れない。だが、戦車の御者としての腕は一流だったが彼女には戦士としての才能が欠如していた。だから、もし自分があの中に剣を持って混じったとしても足手纏いになるのは必然だ。

 そのことが原因でアイガは決断を下せずにいた。

 

 

 振るわれた名剣に対してフェルディアは躊躇うことなく刀に拳を叩き付けた。

 剣使いはフェルディアの愚行とも取れる行動を嗤ったが、直後―――ガキンという音を立てて剣が砕け、砕けた剣の切っ先が拳の勢いで飛来して、剣使いの脳を貫いた。

 

 

 剣使いが仰向けに倒れ行く中、双剣使いがフェルディアの懐に飛び込み、槍使いが双剣使いの背後から、槍の距離を活かして心臓めがけて突きを放ち、斧使いがフェルディアの背後から袈裟斬りを繰り出そうとしていた。

 

 

 流れるように行われた見事な連携にフェルディアは感嘆することなく、どう足掻いても重症は免れない攻撃に脅威を覚える訳でもなく、淡々と対処を決行した。

 双剣使いの首をハイキックでへし折って殺し、斧使いには迅雷の如き突きを放ち、心臓を寸分違えることなく貫いた。 そして槍使いの一撃を―――受け止めた。

 

 

 それを見て仲間の仇を取れたと思った槍使いは―――次の瞬間、絶望に落とされた。

 仲間の誰かの一撃で全てを決するために己の命さえも天秤に掛けて放った文字通り、乾坤一擲の一撃がフェルディアに通じなかったのだ。

 それがまるで仲間たちの行った行為が無駄死にだったとでも言わんばかりの現状に、槍使いは血涙を流さんとばかりにフェルディアを睨み、怒号した。

 

 

「フェルディアァァァッッッ!!!」

 

 

 そんな槍使いにフェルディアは無機質な瞳を向けてただ一声、残念だったな、とだけ告げると彼の首を愛槍で斬り落とした。

 

 

 仲間達が決死の覚悟で挑んだにも関わらず、あっさりと敗れ去った事実にアイガはただ、御者台にへたり込むことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 フェルディアは圧倒的な強さで五人を撃破したが、逆にクー・フーリンとオイフェの対決は終始オイフェが優位に立っていた。

 

 

 両者の条件だけならば半神半人に加えて地の利があるクー・フーリンの方が有利である。

 だがオイフェは隔絶した技量と―――スカサハを絶対に殺す、という執念を以ってクー・フーリンが持つアドバンテージの悉くを凌駕した。

 

 

 そしてオイフェの長槍と短槍という奇怪な組み合わせがクー・フーリンを攻めに転じさせずにいた。

 

 

「どうしたクー・フーリン。 攻めが微温いぞ」

「くそが……ッ!」

 

 

 既に百を超える応酬を経たが、オイフェが右腕一本でまるで槍衾のような刺突を繰り出し、クー・フーリンの反撃を振り払う長槍は、クー・フーリンが両手で操っている魔槍以上の速度と重さを誇っていた。

 それに加えて片腕だけで振るわれるクー・フーリンにとって未知である槍術は、変幻自在で奇抜な軌跡を描いてクー・フーリンに襲いかかる。

 それでも攻撃の合間には隙を見せるのだが、その隙を突こうとするクー・フーリンを牽制するかのように黄の短槍がその切っ先をクー・フーリンに向けられる。

 しかし多少の危険を伴うが、その短槍を恐れずに飛びかかればオイフェに痛手を与えれるかも知れない。

 

 

 だが―――クー・フーリンの本能が訴えかけてくるのだ。

 

 

 あの短槍には近寄るな、と。 近寄れば―――取り返しのつかない事態に陥ると。

 

 

 クー・フーリンは知らぬことだが、その警告を信じているからこそ怪我こそ負ってはいるものの、そのお陰で未だにオイフェと打ち合えていた。

 

 

 だがついにオイフェがクー・フーリンの挙動に慣れたのか、胴体めがけて放たれた渾身の蹴りが腹部を捉えた。

 クー・フーリンは大きく後方に蹴飛ばされた。 地面を転がりながら、ある程度オイフェから距離が離れた所で鮭のように飛び跳ね、山岳を消し飛ばし得る膂力を込めて魔槍をオイフェへと振るった。

 しかしオイフェはその一撃を回るように避け、そのまま勢いを乗せた長槍でクー・フーリンの頬を打ち抜いた。

 

 

 今度は転がることすら出来ずにクー・フーリンは地面に叩き付けられた。

 それでもクー・フーリンが立ち上がろうとした明確な隙を見せた瞬間―――オイフェは容赦無くクー・フーリンの背骨を踏み砕いた。

 

 

「ぐあああああッ!?」

 

 

 堪らずクー・フーリンが上げた悲鳴を気にも留めず、オイフェは黄の短槍をクー・フーリンに突き付け、短槍に魔力を巡らせ、その真価を発揮させるために短槍の銘を口にした。

 

 

「この槍の名は―――『必滅の黄薔薇』(ゲイ・ボウ)。 貴様を殺す槍の名だ」

 

 

 すると黄色い短槍は、オイフェの持っていた魔槍の模造品以上の禍々しい魔力を渦巻かせて、その切っ先でクー・フーリンを睨めつけた。

 そしてオイフェがクー・フーリンの頭蓋を刺し貫こうとした瞬間―――

 

 

 

 

 

「―――『虹霓剣』(カラドボルグ)ッッッ!!!」

 

 

 ―――丘を三つ切り裂いた剣光がオイフェめがけて振り抜かれた。

 

 

 しかしそれも決定打とは成らず。 オイフェは必滅の黄薔薇に張り巡らせた魔力を解き、右腕で握っていた魔槍の模造品に魔力を注ぎ込み―――真っ向から虹霓を受け止めた。

 それでも、クー・フーリンの背中からオイフェを引き剥がすことには成功した。

 それを視認したフェルグスは、クー・フーリンに駆け寄って彼の腕を自分の肩に回させ、オイフェから距離を取った。

 

 

「セタンタ!大丈夫か!?」

「ん……? ああ、叔父貴か…」

「ま、待て! 死ぬぞ、セタンタ!」

 

 

 フェルグスに掛けられた声で朦朧とした意識が目覚め、自分が身を預けていることに気付いたのか、クー・フーリンは悪いな、とだけ告げてするりと抜け出し、オイフェに向かって歩き始めた。

 かなりの重傷で動けるとは思っていなかったのだろう。 フェルグスはクー・フーリンの肩を掴むための手を伸ばせずに声を掛けることしか出来なかった。

 

 

「それなら、問題ねえよ。 あと少しで……何かが掴めそうなんだ―――」

 

 

 

 ――――――いいぞ、我が愛子よ。 嗚呼、お前を寵愛させてくれ。

 

 

 

 人知れぬ天にて太陽は独り笑う。 愛する息子の成長を我が事のように喜んでいた。

 

 

 

「さあ―――第二ラウンドだ、オイフェ…ッ!」

 

 

 

 

 

 ―――その身体が僅かに肥大しつつあることに誰も気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェルディアに放たれた二振りの宝具が路面を吹き飛ばし、木っ端微塵に砕け散ったアスファルトが粉塵となって舞い上がり、倉庫街にいる全員の視野を覆い尽くした。

 

 

「……ッ!」

 

 

 まるで石礫を無造作に放り投げたかのように杜撰な投擲からは考えられない破壊力に、全員が息を呑んだ。

 

 

 未だ砂埃が舞っている中でも煌々と存在を証明する赤い影は立っていた。

 フェルディアは健在だった。粉塵の中にいたにも関わらずその身には一切の汚れは無く、一歩たりとも逸れていない足許にはクレーターが出来ていた。

 アーチャーが放った剣は射線を寸分違えず放たれたのか、クレーターに突き刺さっていたが、槍だけはクレーターを生み出すことなくフェルディアの足許に転がっていた。

 

 

 まさに神速で行われた一連の流れを、少なくともこの場に居たマスターたちには何が起こったかさえ理解できなかった。

 

 

「槍兵のクラスで現界しているにしてはえらく頑丈な奴よのぅ」

「あいつ、何をしたんだよ!?」

「なんだ、分からんかったのか?」

 

 

 思わずライダーが唸り声を交えて感想を口にした。

 それに反応したウェイバーにライダーが問われ、先の攻防を簡潔に告げた。

 

 

 

何もしとらんよ(・・・・・・・)。 剣は逸れたがランサーは続く第二撃の槍をその身で受けたのだ」

 

 

 

 それを聞いたウェイバーが信じられるか、と叫んだが、セイバーやライダー、他のマスターたちだって同じ思いだった。アーチャーの不可解な攻撃手段にも驚かされたが、超兵器とさえ言える宝具をまともに喰らって傷一つないなど―――出鱈目にもほどがあるだろう。

 しかしアーチャーだけは先ほどの怒りが解消したのか、その美貌を歪めて愉快だと言わんばかりに喜悦を含んだ声で―――眼下に立つ()の真名を口にした。

 

 

 

「先ずは貴様の頑健さを認めてやろう。 深淵の勇者―――フェルディアよ」

 

 

 

 ―――フェルディア

 

 

 その名を知らぬ者などこの場には居なかった。現に、その場に居合わせた全員が、ランサーが宝具を浴びて無傷で健在していたことに納得がいったのだから。

 

 

 曰く―――最強の英雄。豪傑が集うアルスター・サイクルにおいて、魔槍ゲイ・ボルク以外ではまともに傷を付けることすら能わなかったという頑健さを誇っていたという。

 曰く―――影の国に伝わる妙技の数々を修めていながら、それら全てを他者とは隔絶した領域まで仕上げた達人。

 

 

 そして何より―――ケルト神話の主神ルーと三日三晩の激闘を繰り広げたという逸話が、彼の名の知名度を押し上げていた。

 

 

 難敵だとは思っていたが、その名を聞いてその危険度は無尽蔵な宝具を誇るアーチャーに匹敵すると考えていいだろう、と今この時、マスター達の思考が合致した。

 

 

 

「俺のこと知ってるのか、アーチャー」

「只人の身で神話の頂点に立った男を知らぬほど、我が無知蒙昧に見えると申すか?」

 

 

 

 そんな渦中に立っているフェルディアは、自らの真名が露見したことに対して愛槍を弄ぶのをやめて、心底嬉しそうな声でそのことを喜んでいた。

 それに対してアーチャーは鼻を鳴らしてから答え、その背後に先ほどの比ではない数の宝具を展開させた。

 その数は先の十倍では効かない五十を超え―――百の大台へと到達しているだろう。

 それに対してフェルディアも、愛槍に魔力を滾らせながら、妖精の特性である空中飛行を駆使して空へと浮き上がった。

 

 

「逃げますよ、アイリスフィール!」

「―――いかんッ! しっかり捕まっとれよ、坊主!」

 

 

 セイバーは直感で、フェルディアが浮かぶよりも先に代行のマスターであるアイリスフィールを有無を言わせずに抱え上げ、魔力放出でのブーストまでもを駆使して迅速に倉庫街からの撤退を選択した。

 それを見たライダーも、史上屈指の戦略家であるが故にこれから始まる戦闘の規模を悟り、大人しく撤退を決断。 片腕で手綱を取り、もう片方の腕でウェイバーを小脇に抱えて戦車を虚空へと駆け上がらせた。

 

 

「―――他の奴らを逃してもいいのか?」

「戯け。我と見えるのは真の英雄のみで良い」

 

 

 フェルディアの問いにアーチャーは他の連中より自分を優先して狙うと返答し、そう告げられたフェルディアはより獰猛に笑い―――自分をこの聖杯戦争に手繰り寄せてくれた桜に感謝の念を捧げた。

 

 

 

 

 あのスカサハでさえもこの男の前では手間取るに違いない。そんな確信を胸に、フェルディアはアーチャー目掛けて飛翔し、アーチャーは宝物庫の鍵を開いた。

 

 

 

 

 

 ―――たった今、聖杯戦争二日目にして史上最大の闘争が幕を切った。

 

 

 

 

 




正直後書きで一回はやってみたかったこと

Q:感謝してる?じゃあ桜への感謝を示す方法は?

A:フェルディア「明日の夕飯はチーズハンバーグだぞ!」


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第九夜:戦士と王、力量は未だ底を知れず

感想欄で宝具について本文で補足するって宣っておきながらあんまり説明出来てません。ごめんなさい。


 フェルディアはその場から跳んで、アイガが座っている御者台に舞い降りた。

 それをただ眺めていたアイガはもはや先ほどの怒りを露程も感じさせずに項垂れ、フェルディアにただ一言―――殺せ、とだけ呟いてそれ以降は黙りこくった。

 

 

「殺しゃしねぇよ」

「ひゃっ!?」

 

 

 その沈黙を破るためにフェルディアはアイガの隣に座り、躊躇うことなく彼女の背中に右手を回すのと並行して彼女の太ももの下に左手を通して即座に持ち上げ、自分の膝に彼女を乗せた。そして彼女の傍らに落ちていた手綱を空いた左腕で拾い、それを巧みに操ることで、戦車をオイフェ軍の方角に疾らせた。

 

 

 

 目の前で容赦なく五人を打ち斃したフェルディアに殺せ、と懇願したのにも関わらず、まさか抱きかかえられるとは思っていなかったのだろう。アイガは少女らしい悲鳴を上げて、咄嗟にフェルディアの胸元に抱き付いた。

 

 

「お、お前はまた私を辱める気か!?」

「ンな訳あるか。むしろ申し訳なく思ってるんだぞ」

 

 

 在りし日のフェルディア―――それはアイガの初恋だった。一世一代の覚悟を決めて臨んだ告白をあっさりと無碍にされたことに、彼女は怒り狂った。

 

 

 自分の『女』を捨ててでも憎きフェルディアを殺すと決意して―――オイフェの元に足を運ぶと家族に告げた。

 

 

 父に何を考えているんだ、と怒られた。母は泣きながら行かないで、と懇願した。敬愛する兄にも止められた。男なんて星の数ほどいる。だから割り切れと何度も言われた。

 

 

 それでも―――アイガにはフェルディアしか考えられなかった。

 

 

 絶対に後悔させてやる。ただそれだけの執念でオイフェの課した修行の日々を経て―――アイガはオイフェが誇る六人の勇士の一人に選ばれた。

 

 

 そして―――今日、あの日からアイガの心の中で渦巻いている感情に決着を付けるためにフェルディアを殺し、乏してやるのだ。

 

 

 それほどの覚悟で臨んだはずなのに。抱えられただけで廃れた心が満たされていき、鋼のような胸板に触れただけで、フェルディアを異性だと意識してしまう。

 

 

 頬は染まってしまっているが、その心中だけは悟られまいとアイガは吠えた。

 それに対してフェルディアは危ないから暴れんな、と穏やかに窘めてから口を開いた。

 

 

「このまま何もなければオイフェは負ける」

「だから、なんだ……」

 

 

 フェルディアは冷めた声音でオイフェ敗北を予言した。アイガはフェルディアに顔を見せまいと、そっぽを向きながらそう答えた。

 

 

「負けた女戦士の末路は悲惨だ」

「…覚悟の、上だ……」

 

 

 フェルディアは顔を顰めながら、この戦争が終わった後のアイガに降り懸かる悪意を口にした。

 それを聞いたアイガは気丈に振舞ってそう答えたものの、フェルディアを掴んでいる手は震えていた。

 

 

「女戦士の処遇はそいつに打ち勝った奴が決める」

「……何が、言いたい?」

 

 

 フェルディアはそっぽを向いていたアイガの顔を自分に向けさせた。もはや達観の域に達していたアイガは、特に抵抗することなくフェルディアにその身を任せていたので、それに従った。

 

 

「俺の所為でお前が戦士になったんなら―――その責任は俺にある訳だ」

「ま、まさかお前―――ッ!」

 

 

 フェルディアはアイガを更に自分に寄せ、フェルディアは自分なりのけじめの付け方を彼女に告げようとし―――アイガはそれを察して目を見開いた。

 

 

「お前は―――今日から俺のものだ。誰にも手なんて出させない」

 

 

 ―――俺がお前を、守ってやる。最後にそう付け加えたフェルディアは、アイガが返答を返すよりも先に戦車を加速させた。

 

 

「好きにしろ……。私は、勝者のお前に総てを委ねるだけだ……」

 

 

 静かに一筋の涙を流し、アイガはそう呟いた。そして絶え間なく流れ出てくる涙を誰にも見せぬように、彼女はフェルディアの軽鎧に顔を埋めた。

 

 

 時折漏れた嗚咽がフェルディアの耳だけに届き、戦車が駆ける音で掻き消えた。

 

 

 

 アイガの心を蝕んでいた狂気は―――もう、晴れていた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 クー・フーリンとオイフェが繰り広げる第二ラウンドは壮絶の一言に尽きた。

 

 

 両者が再度激突し、槍撃の応酬が三十を超えたあたりでクー・フーリンの興奮が頂点に達し―――理性が弾け飛んだ。

 

 

 髪の毛が逆上がり僅かに光を灯した。

 

 全身の筋肉が膨張し、体躯が数倍に膨れ上がった。

 

 青の戦装束の上からでも分かるほどに全身が赤黒く染まった。

 

 

 そしてを見たフェルグスが叫んだ。捻れの発作だ、と。

 それからの彼の行動は早かった。共に来させた戦士たちに城へ帰還し、大樽に水を汲んで持って来いと怒鳴り声で指示した。

 その様子から退っ引きならない事態だと悟ったのだろう。彼等はその場から弾けたように駆け出して王城へと向かった。

 

 

「……変身か。 だが―――それがどうした!」

 

 

 対してオイフェは怖じ気ることなく、クー・フーリンの懐に飛び込んだ。左手の黄槍で魔槍を牽制しながら突き進み、魔槍の刺突を―――心臓めがけて全力で放った。

 

 

 如何に模造品といえど、最強の魔槍であるゲイ・ボルクを原点に持つ槍だ。その強度は『軍神の剣』とさえ打ち合えるほどだ。

 そしてゲイ・ボルクのような呪詛は無くとも―――その刃には傷の治癒を遅らせる程度の呪いを持つ逸品だ。

 

 

 そんなものを心臓に突き刺したのだ。オイフェには殺した、という確信があった。

 

 

 だが、いざ魔槍を引き抜こうとして―――驚愕した。

 

 

「槍が抜けない、だと!?」

 

 

 オイフェが放った魔槍の刺突は、確とクー・フーリンを捉えていた。刃は胸に突き刺さり、傷口からは血が吹き出ていたが、数倍も膨張した上に血が止まって赤黒くなるほどに圧縮された筋肉の鎧が、魔槍の刃を締め付けていたのだ。

 

 

 驚愕しているオイフェはおろか、胸に突き刺っている魔槍すらも気にも留めずに、クー・フーリンは乱雑にオイフェの頬を打った。

 

 

 それだけでオイフェはゴム毬のように数度弾けながら地面を転がった。

 しかしオイフェも伊達に最強の一角に数えられていない。

 身体が地面から離れたタイミングで体勢を整え、鮭飛びの秘術を応用し、空気の壁を蹴ることで再度クー・フーリンへ黄槍での強襲を仕掛けた。

 

 

 それに対してクー・フーリンは癒えない傷など知ったことか、と防御を捨て、黄槍をその身で浴びながら肥大化した左手で剛拳を、右手で何もかもが先程とは比にならない魔槍を振り回した。

 

 

 オイフェが槍撃の合間に必滅の黄薔薇で与えた傷は、じわりじわりと少しずつではあったがクー・フーリンを削っていた。

 それでもクー・フーリンは歯牙にも掛けずに魔槍をオイフェに放ち続けた。それをオイフェは可能な限り躱し、無理だと判断したものを黄槍で逸らした。

 

 

 が、魔槍と黄槍では武器としての―――『格』が違った。

 

 

 魔槍ゲイ・ボルクは紅海でコインヘンに破れた波濤の獣クリードの頭蓋骨から造られた。

 対して黄槍ゲイ・ボウは、オイフェが妖精王マナナーン・マック・リールから一時的に借り受けたものだ。

 

 

 権能と言っても過言ではない因果逆転の呪いを宿したゲイ・ボルクと、強力とは言っても能力の範疇でしかないゲイ・ボウ。

 

 

 

 どちらが武器としてより多く神秘を宿しているのかなど、明白だった。

 

 

 

 槍の応酬が千を超え、オイフェが魔槍の防御に割いた回数が五十を超えた瞬間―――ゲイ・ボウが破壊された。

 

 

 目を剥くオイフェ。黄槍が破壊された為、クー・フーリンが負った怪我が(ベオーク)のルーンで回復した。

 得物を失ったオイフェが晒した隙を好機と見たクー・フーリンは、彼女の腹部に剛拳を叩き込んだ。

 

 

 

 あまりの威力にオイフェの身体がくの字に曲がり、口から血を吐き出し―――拳を振り抜かれ、地面に転がされた。

 

 

 足掻こうにも先の一撃で胸椎を砕かれた所為で、身動ぎをする度に激痛がオイフェを襲い、立つことさえままならなくなっていた。

 倒れ伏した彼女の元にクー・フーリンはゆっくりと歩み寄った。手にした魔槍に魔力を逆巻かせ、オイフェの息の根を絶たんと魔槍を振り翳した。

 

 

「俺の、勝ちだ……!」

 

 

 勝利を確信したクー・フーリンは、嗤いながら勝利宣言と共に魔槍を突き立てようとして――――――文字通り、冷水を浴びせられた。

 

 

 掛けられた冷水が―――即座に蒸発すると同時に、クー・フーリンは僅かに理性を取り戻した。

 

 

「――――――あ?」

 

 

 絶えず二杯目の冷水を浴びられた。

 それがクー・フーリンの血濡れた身体を洗い流しながら熱湯に変わり、彼は伏したオイフェと変貌している己の腕を見比べ、狼狽えた。

 

 

「なん、だ……? こりゃあ……!?」

 

 

 そして、狼狽えた隙に最後に三杯目の冷水を掛けられた。

 それがぬるま湯になり―――クー・フーリンは理性を完全に取り戻した。

 

 

「お、俺は……! 俺はこんな結末なんざ、望んでいねえのに―――!」

 

 

 如何に傷は治癒したといっても、失った血と消耗した体力は元には戻らなかったのだろう。その言葉を最後にクー・フーリンは地に膝をつき、倒れ込んだ。

 

 

 

 

 かくして、スカサハとオイフェの争いは幕を閉じた。

 

 

 

 一人の少女の心を救い、二人の英雄の心に遺恨を残して

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェルディアは自らに向かって撃ち出された宝具の群れに怖じけず、躊躇うことなく一直線に、アーチャー目掛けて飛翔した。

 

 

 向かってくる宝具には剣や槍ばかりではなく、斧がある。槌も矛もある。さらには奇怪な形状をした武具もあった。

 そのどれもがフェルディアの身体と接触する度に、轟音が大気を揺るがし、夜空を吹き飛ばさんばかりの閃光が炸裂した。

 

 

 しかし、その宝具の絨毯爆撃と呼んでも差し支えない攻撃を浴びてなお、フェルディアは無傷で健在で、飛翔の速度を加速させた。

 

 

 アーチャーも宝具の弾幕を張り続け、フェルディアとの距離が縮まる度にその密度を増しているが、その悉くが槍撃によって防がれるか、フェルディアの身体に触れた瞬間に勢いを無くし(・・・・・・)、地へと落ちていった。

 

 

 そしてついにフェルディアはアーチャーの懐へと侵入し、長槍を金色の鎧―――の前に展開された大楯に叩き込み、その大楯ごとアーチャーを海上へと弾き飛ばした。

 

 

 水に濡れることを嫌ったアーチャーは、背後の空間に今までとは比較にならないほどの歪みを生じさせ、そこから姿を現した黄金の帆船―――天翔ける黄金の御座(ヴィマーナ)に着地した。アーチャーは舟に備わっている御座に腰を下ろし、アーチャーの思考を汲み取った輝舟は翡翠の両翼を唸らせ、思考速度でフェルディアへと駆けた。

 

 

 フェルディアは迫り来る輝舟に対して自らも向かうように飛翔。そして眼の前で僅かに上昇することで衝突を回避し、そのまま右足で輝舟を踏みしめ―――アーチャーへと跳んだ。

 

 

 それを見たアーチャーは、宝物庫にある膨大な財宝の中から『槍』にのみ焦点を絞り―――選出。そのまま該当したものだけを虚空に顕現させ、射出した。

 それでもフェルディアは足を止めることなく、殺到する槍を打ち払いながら前進し―――何百と射出される槍の中に紛れた数本に脅威を見出し、初めて(・・・・)回避を取り、左翼部に着地した。

 

 

「押し切れると思ったが―――そうは問屋が卸さねえか、英雄王(・・・)

「漸く我が御名に辿り着いたか。だが、貴様の武勲に免じ、その不敬を赦そう」

 

 

 フェルディアは一頻り愛槍を振り回し(・・・・)―――その切っ先をギルガメッシュへと向けた。

 

 

「俺の身体(宝具)―――妖精の鉄甲花(フィル・キャルス)を打ち破る算段はついたか?ギルガメッシュ」

「戦士ながら豪勢な奴よな。ゲイ・ボルク、或いは生物を由来にする宝具でなければ傷さえ与えられんとはな」

 

 

 ギルガメッシュに準備が整うまで待ってやろうか、と告げるフェルディア。

 それに対しギルガメッシュは笑いながらフェルディアの宝具―――その攻略法を口にした。そしてどうだ、と言わんばかりの態度で答えを催促した。

 フェルディアが粗方は合っている、と返せば、彼は笑みを深くした。

 

 

 そして、ギルガメッシュは傍らに黄金の波紋を波打たせ、一振りの剣を出現させるとその剣を引き抜いた。

 その剣の銘は―――原罪(メロダック)

 それは世界各地に伝わる選定の剣の原点だ。

 

 

「これよりは―――本気の貴様が、エアを拝謁するに値する強者か見定めてやろう」

 

 

 ギルガメッシュはその剣で文字通りフェルディアを選定しようとしているのだ。

 自らの象徴である乖離剣エアを抜くに値する相手であるかどうかを。

 

 

「……舐めやがって。王が戦士に張り合うつもりか……?」

 

 

 ピキリ、と、フェルディアの側頭部から音がした。

 先ほどのまでの飄々とした空気は消え失せ―――目を見開き、フェルディアの心情を表すように朱色の魔力が吹き荒れ、背中のマントをはためかせていた。

 

 

「お前が剣で挑むなら―――俺も同じ土俵で相手してやるよ……!」

 

 

 フェルディアはそう言うと、自らをランサーたらしめる愛槍を消すと、空いた右手に黄金の剣を顕現させ、踏み込みで輝舟を揺らしながら駆けて―――剣を振り下ろした。

 

 

「どうした英雄王!俺を見極めるんじゃなかったのか!」

 

 

 フェルディアとギルガメッシュの剣戟は、終始フェルディアが主導権を握りながら展開していた。

 けれど、それは当然のことだった。フェルディアはアルスター・サイクルという一つの神話で頂点に立った生粋の戦士だが、対してギルガメッシュとて武勲はあるが―――彼の本質は王だ。戦士ではない。

 

 

 しかし、ギルガメッシュをただの王と侮るなかれ。

 

 

 彼は人類史上最古の純正の英雄であり、彼にとって後世の英雄など自らの活躍と伝承から派生・発展した、自らの後塵を拝する贋作に過ぎないのだ。

 英霊にして、対英霊戦における絶対強者。‘‘全ての英雄たちの王’’の名をいただくのは、この世界のどこを見渡しても、天地をおいてこの我ギルガメッシュただ一人!

 この聖杯戦争では白兵戦に不得手とされる弓兵として召喚されたが―――それ以前に、後続者に遅れを取っているという事実が彼には赦せなかった。

 それに―――逆境で打ち勝ってこその英雄。それが出来ずして何が英雄王か!

 

 

「エヌルタの灰油よ!」

 

 

 天候と嵐の神から与えられた加護が、ギルガメッシュの膂力を上昇させた。それは一瞬とはいえフェルディアの筋力値に迫るほどで、瞬間的に押し負けたフェルディアに僅かにたたらを踏ませた。

 

 

「て、テメェ―――ッ!」

「天の鎖よ!」

 

 

 フェルディアが屈辱だと顔を歪めると鍔迫り合っていたギルガメッシュは笑みを浮かべながら後方に跳び、その傍らから金を主体に黒い模様が描かれた鎖標が先端に通してある鎖がフェルディアの左手に絡み付き、まるで鎖そのものが意思を持っているかのようにフェルディアを引っ張り、強引に船外へと落とした。

 

 

「我は貴様を認めているが―――しかし、墜ちよ!」

 

 

 輝舟から振り落とされると同時に鎖が宝物庫に収められ、フェルディアの上空に波紋が揺らめき―――大楯が射出され、それを受けたフェルディアは、飛翔する間も無く倉庫街へと叩き落とされた。

 

 

「はッ!墜ちるのは―――お前もだ!」

「なんだと?」

 

 

 その言葉に合わせたかのように、輝舟の左翼部が根元から爆ぜた。

 如何に神代に生み出された空中戦艦と言えども、主翼を失えば墜落は必至。

 ギルガメッシュの脳裏に先ほど愛槍を振り回していたフェルディアが浮かび上がり―――その際にルーンを描かれたと悟り、歯嚙みするも天翔ける王の御座(ヴィマーナ)の即時修復は不可能と判断し、躊躇うことなく空中にその身を躍らせた。

 

 

 そして、フェルディアは倉庫群の中に消え、ギルガメッシュは初戦の広場に着地した。

 

 

 ギルガメッシュは後方に王の財宝を展開し、姿を現わすであろうフェルディアに備えた。

 それから数秒たった瞬間、ギルガメッシュ目掛けて光に包まれた四つのコンテナが擲たれた。

 それに反応して無数の宝具が射出され、コンテナは何度か耐えたものの、爆散し―――爆炎と宝具を縫うような精度で放たれた一振りの宝剣が、ギルガメッシュの頬を裂いた。

 

 

「……なんだ。掠っただけか」

 

 

 ギルガメッシュが血を拭っていると、フェルディアが広場に姿を現わした。軽鎧が砂埃で僅かに汚れているが、それでも怪我を負った様子はなかった。

 そのことにギルガメッシュが背後にこれまで以上の宝具を出現させ、いざ放とうとした瞬間―――こめかみに青筋を浮かびさせ、その美貌を凶相に変えた。

 その怒りは四騎の英霊が集っていた時以上で。文字通りの怒髪天を衝く、を体現していた。

 

「祭が佳境を迎えるというのに―――この我に退けと申すか……!身の程を弁えろよ、時臣……!」

 

 

 おそらく令呪を使われたのだろう。だが、ギルガメッシュにとって令呪など歯牙にもかけない代物だ。宝物庫にはそういった呪いに対する宝具も山のようにある。現に彼は令呪による命令を破却しようとしていた。

 それでもギルガメッシュが攻撃を取り止めたのは、彼が自らの在り方を誇りに思っているからだ。

 ギルガメッシュにとって、マスターは魔力という供物を捧げる臣下に位置している。王が臣下の諫言に耳を傾けるのは摂理。だからこそ彼は遠坂時臣の念話を傍受し、彼の意見を聞いていた。

 それでも臣下の領分を履き違えた分不相応の態度を取られたら、ギルガメッシュとて不快に感じるものだ。故に彼はこの戦闘が終わった後に何らかの形で時臣を罰する、と決め、念話をシャットアウトしようとして―――

 

 

「怒りに塗れたお前と争っても、先の焼き直しより酷い茶番になるだけだ。今日は手打ちにしようぜ」

 

 

 横から掛けられたフェルディアの言葉で冷静さを取り戻し、時臣からの諫言を受け入れた。

 

 

「……よかろう。それは我とて望まぬところだ。……命拾いしたな、時臣」

 

 

 多少溜飲を下げたのか、ギルガメッシュはフェルディアに背を向け、黄金の粒子を発しながら霊体化を開始した。

 

 

「次に我等が牙を交えるのは、有象無象共を残らず間引いた後だ。……それまでに現世に浸かって鈍った精神の錆を落としておくがいい」

「ああ。肝に銘じておく」

 

 

 その言葉を最後にギルガメッシュは倉庫街から完全に姿を消した。

 それを知覚したフェルディアもまた、霊体化を行い倉庫街を後にした。

 

 

 

 

 倉庫街に刻まれた損傷が、両者の隔絶した力量を雄弁に物語っていた。―――聖杯戦争はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 




Q:英雄王、選定はどうした?

A:たわけ。サービスタイムは終わったのだ。

Q:ヴィマーナはどうなったん?

A:倉庫街に墜落。被害の皺寄せはガス会社に。

六千文字を全選択→ペーストで消した時は発狂するかと思いました。



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第十夜:束の間の平穏


花粉で気力を失っていました


 オイフェとの戦争は幕を引いた。オイフェの敗北を知った敵兵達は、勝ち目を失ったと悟ると我先にと影の国から逃げ出した。

 

 

 影の国の戦士達は彼等を追うのではなく、その光景を指を差しながら一頻り笑い、スカサハの指示で戦争の後始末を手分けして行った。

 重症を負った戦士は肩を借りながら城に向かい、そこで女給達の看護を受け、各々の居住での安静を言い付けられた。対して軽症の者は(ベオーク)のルーンで自らの治療を行った後に、戦場の後始末を開始した。

 

 

 血で濡れた領土に水や浄化を暗示するルーン文字(ラグ)を刻むことで血を落とし、清めていった。

 そして清めていく最中に敵味方問わず、亡くなった戦士達を見つける度に、遺体をその傍らに落ちていた得物と一緒に、それぞれを一箇所に集めた。

 

 

 全ての遺体を集め終わったところで、スカサハが遺体の山の下に再出発を暗示する(ケン)のルーン文字、終わりと始まり、死と再生を暗示する(ユル)のルーン文字を組み合わせた巨大な陣を布した。

 そしてスカサハは火を意味するルーン文字である(シゲル)に原初のルーンを刻むことで、その規模を数百倍にも引き上げ、炎に遺体の山を包み込ませた。

 

 

 彼等は友との別れを偲ぶのでなく、勇敢に戦った友を、戦士達を讃え、彼等が一人残らず無事に喜びの島、マグ・メルに辿り着けるように、島の統治者であるフォモール族のテスラ王に祈りながら、弔いの炎を黙って見つめた。

 

 

 そのあとはスムーズにことが進んだ。亡くなった戦士と親しかった者が、死溢るる魔境の門(ゲート・オブ・スカイ)を用いてそれぞれの遺族の元を訪ねて遺品を渡しに行った。

 

 

 粗方の後始末が片付いたあとにクー・フーリンが目覚め、城の広間で戦勝記念として戦の後に必ずと言って良いほど開催される宴会が行われた。

 

 

 フェルグスがエールをなみなみと注がれたジョッキを手にして大声を張り上げた。戦場で鍛えられたよく通る声が盛り上がりつつある広間に響いた。祝いの言葉を口にした。

 

 

「我等にモリガン、ヴァハ、バズヴの加護があるように!特に我が甥、セタンタはモリガンの加護を色濃く受けているだろう。此度の敵将のオイフェを相手に退かず、引き分けたのだからな!」

「……叔父貴、その話は止してくれ。オイフェとの闘いはまた今度改めて、だ」

 

 

 その音頭に戦士達が雄叫びを上げながらジョッキを掲げ、同じ卓を囲んでいる者同士で荒々しく乾杯をした。

 そんな盛り上がった宴会の中で、クー・フーリンだけがその音頭が不服だったのか、フェルグスに異を唱えて粛々とエールを飲み干した。

 

 

「そう謙遜するな。あのオイフェと張り合えるのはお前を含めて三人だけだ。むしろ誇れ!」

 

 

 それに対してフェルグスは、クー・フーリンの背中を激しく叩いて鼓舞しながら甥の成長を喜びつつも、言葉尻に俺では無理だろうなぁ、と付け加えて追い抜かされた事に一抹の哀愁を感じていた。

 

 

 フェルグスとは甥と養父という関係以外にも剣の師匠と弟子、そして―――親友でもあるクー・フーリンは、彼の心情を読み取り鼻で笑ってから口を開いた。

 

 

「なに勝手に抜かされた、と思ってんだ」

「なに?」

「アンタにはまだ教わることが山のようにあるんだ。それに―――何時まで経ってもアンタは俺の師匠だろ?」

「―――言うようになったじゃないか、セタンタ」

 

 

 そう言い切ったクー・フーリンは、その言葉に恥じらいを感じたのか再度ジョッキにエールを注いで、その感情を誤魔化すようにそれを勢いよく飲み干した。

 だがフェルグスはその言葉に感極まったのか、先ほどよりも強く背中を叩いた後に強引に肩を組んで、空いた左手でジョッキに口を付けた。

 

 

 酒を飲みながら女給達の運んでくる食事に舌鼓を打っていれば、屈強な男共でも酔いが回り、宴会が佳境を迎えて幾分か経った頃に、スカサハの酌をしていたフェルディアが会場に顔を出しに来た。その後ろに朱色の戦装束で身を包んだアイガを伴って。

 

 

「宴会はまだやっているか?」

「ああ、やっている!それにしてもなんだフェルディア!お前、メイヴに言い寄られているのに他の女に手を出したのか?」

「いや、彼女は俺の新しい側仕えだ。お前たち、手を出すなよ」

 

 

 フェルディアの問いにフェルグスが立ち上がり、その問いに答えた後にフェルディアを揶揄い、肩を組んで自分たちの卓に座らせた。

 フェルディアは周囲の戦士たちを牽制しつつも誘いには逆らうことなく同席し、アイガも二人に続いてフェルディアの隣に同席した。卓の側に控えていた女給に自分とアイガの二人分のジョッキを頼んだ。

 

 

 二人がそれぞれのジョッキに酒を注ぎ、乾杯をして酒を飲んでいると、違う卓の戦士が同じ卓に窘められながらも、アイガに下卑た視線を寄越していた。

 

 

 それに気付いたフェルディアはその戦士を睨みつけた。手を出すな、と忠告したのにだらしないのない男だ。

 慌てて男の隣に座っていた年老いた戦士が口をはさんだ。

 

 

「フェルディアよ、安心せい。儂が目を光らせている間はその女には手出しはさせんよ」

「……老公がそう仰るのなら、大丈夫そうですね」

 

 

 その言葉を聞いて、フェルディアは戦士の視線を見ずに流すことにした。

 血の気の多い戦士達はことあるごとに喧嘩をするが、それ以上に男尊女卑の思考が厄介だ。

 いつ死ぬか分からないため、他の男より性欲が強く、女の取り合いが血をよぶことはよくあることだった。

 

 

 いつもなら喧嘩を煽って騒動を大きくして楽しむ彼等だったが、今日は成り行きを横目で伺い、鳴りを潜めると戦士達は再び酒と料理に夢中になった。

 今日と明日は後始末と宴会で修行が休みなのだ。思う存分に酒を飲み、今度は何時ありつけるか分からない豪勢な食事の方が、彼等にとっては重要なのだ。

 

 

 戦士達は並んで忙しそうに手と口を動かした。我等が師匠も数時間に渡ってお気に入りのフェルディアに酌をさせて深酒をしたはずだ。それに、オイフェとも積もる話くらいあるだろう。

 ならば自分たちは今日と明日でめいいっぱい休んで、二日も休んだことを理由に激しさを増すであろう修行に備えるべきだろう。

 

 

 宴会は楽しいが、それだけは勘弁願いたいものだ。戦士達の心が一つになり、それからは波乱を起こすことなく彼等は束の間の平穏を噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 倉庫街を後にしたフェルディアは、退避した他のサーヴァントを追い掛けることなく、桜の下に帰還した。

 帰宅後直ぐにフェルディアは桜の部屋に赴き、自分が宝具を何度か使った影響で彼女に悪影響を与えていないかを確認した。

 

 

 桜は急激な魔力の消費で(うな)されることなく、すー、すー、と規則正しい寝息を立てていた。

 それを見たフェルディアは、間桐邸の霊脈に仕込んだ収穫の季節を暗示する(ヤラ)のルーン文字がキチンと作動していることに安堵した。

 

 

 そして本気を出す分には問題ないだろうが―――桜に影響なく『奥の手』を使える戦闘は一度のみで、二度目からは桜からも魔力を供給して貰わねばならないだろう。使うのならばギルガメッシュとの最終決戦しかあり得ない。

 そう決めたフェルディアは、物音を立てないように霊体化して桜の部屋から抜け出し、客間のソファに深く座り込んで―――今日出会った面々を思い返し、笑みを深くした。

 

 

 最初に闘ったセイバー。彼女だけ真名が割れなかったが、彼女の剣は妖精の鉄甲花(フィル・キャルス)を風の鞘を施した上で僅かに裂いた。さぞ高名な英雄であることに違いないだろう。

 

 

 次に現れたライダー、征服王イスカンダル。彼自身には脅威を感じなかったが―――彼が搭乗していた二頭の神牛が牽く戦車と、神性を宿す雷は脅威足り得るだろう。

 

 

 そして―――アーチャー、英雄王ギルガメッシュ。無尽蔵の宝具の中には妖精の鉄甲花(フィル・キャルス)を破る宝具も山のようにあるはずだ。

 それだけでも先述した二騎よりも脅威だというのに―――あの宝物庫の最奥にある剣。あの剣を抜かれた時が自らの死期になるかも知れない。

 

 

 普通ならそんな事実を知ってしまえば諦めてしまうだろうが―――フェルディアは尚更闘志を滾らせた。

 召喚された時点でフェルディアの願いは叶っている。マスターである桜も、桜の保護者である雁夜も聖杯を望んでいない。

 ならば自分を斃し得る格上と(まみ)えたこの僥倖に感謝して後腐れなく挑み、砕け散るのも一興だろう。

 ましてやそんな格上からもぎ取った勝利は格別なものとなるだろう。

 聖杯に叶えてもらう願いなど持ち合わせていないが、受肉して桜の成長を見守るのも悪くない。

 

 

 そう結論付けたフェルディアは、一年間で街中の至る所に仕込んだ探索を暗示するベルカナのルーンを刻んだ小石に引っかかった組がいれば、明日にでも拠点を奇襲するかと考えて、アラームが鳴るまで探索に意識を集中させた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「おはよう。フェルディアさん、雁夜おじさん」

「ああ、おはよう。サクラ」

「おはよう。桜ちゃん」

 

 

 私服に着替えてから居間に来た桜がそう口にした。

 桜が起きたことに気配で知っていたフェルディアが挨拶を返し、それに遅れて雁夜も挨拶をした。

 

 

「それじゃあ、行ってきます」

「ああ、行ってらっしゃい。危険に陥ったらなりふり構わずに渡してある紅玉を砕けよ。それで俺に伝わる」

 

 

 間桐邸を安住の地にすると決めた雁夜はルポライターを辞め、その経験を活かすために記者の道を選び、桜を養う為に夜まで必死に働いていた。

 そのため間桐家の中で一番早く出掛けるのが雁夜だった。

 桜は朝食を食べているので居間に残り、代わりにフェルディアが玄関まで雁夜を見送り、毎朝行っている念押しをしてから雁夜を職場に向かわせた。

 

 

 それに十数分遅れて支度を終えた桜と共に、エコバッグを肩に掛けてフェルディアは間桐邸を出た。

 いつもならば姉との待ち合わせ場所まで送るだけだが、今日からは雨竜龍之介という殺人鬼や少年少女の誘拐事件が多発しているため、小学校が保護者同伴の登下校を頼んで来たのでフェルディアが小学校まで送迎を担当していた。

 

 

 道中では西洋圏出生であるフェルディアの顔が物珍しい事と、かなりの美丈夫である事が相俟って、他所の子の保護者の視線や子供の興味本位の視線が向けられたが、軽く微笑んで悪印象を与えないことに努めた。

 

 

「いってきます、フェルディアさん」

「いってらっしゃいサクラ。帰りの時間になったら迎えに来るよ」

 

 

 フェルディアは軽く桜の頭を撫でてやった。手を離した際に少し悲しげな表情を浮かべたが、迎えに来ると言ったら手を振りながら校舎へと歩き始めた。フェルディアも手を振り返し、桜の姿が見えなくなった所で小学校を後にした。

 その一部始終を眺めていた桜のクラスメイトたちが、教室で桜の下に集まって質問攻めを行うのだが、今のフェルディアが知る由もない。

 

 

 

「覗き見とは良い趣味とは言えないな、英雄王」

「子守に精を出すとはな、フェルディアよ。我が授けた諫言をもう忘れたか?」

 

 

 ある程度小学校から離れた所でフェルディアは路地裏へと呼び掛けた。

 それに遅れて黄金の粒子が人型を形成して、昨夜フェルディアと激闘を繰り広げたアーチャー、ギルガメッシュが姿を現した。昨夜とは違って逆立っていた髪は下ろしてあり、黄金の甲冑ではなく白いシャツに蛇柄のスキニーパンツ。首には装飾品と現代に溶け込む服装だった。

 

 

「忘れちゃいないさ。あんな子供だが―――俺のマスターの養子でね。守れ、とマスターからのお達しだ」

「見え透いた戯言を吐かすな。他の雑種共ならいざ知らず、この我の眼は欺けんぞ?」

 

 フェルディアが軽く嘘を交えた言葉を口にして誤魔化そうとしても、流石はギルガメッシュ。叙事詩にて『全てを見た人』と述べられた男は普段の傲慢さの下に隠れている賢さで、フェルディアの嘘を看破した。

 

 

「ま、俺のルーンでもお前は誤魔化せないか」

「あの童女が貴様のマスターか」

「ああ。あの子に手ェ出そうとか考えるなよ」

 

 

 フェルディアも騙せると思っていなかったのか、嘘が看破されたら肩を竦めて苦笑した。

 ギルガメッシュはその動作を無視してフェルディアに問いを投げかけた。だが、それは問いというよりも確認に近いものだったが。

 フェルディアもそれを察して隠し通すことなく答えたあとに、手を出されないように牽制した。

 

 

「我を謀ろうとしたその不敬―――あの童女に免じて見逃してやろう」

「サクラに免じて、か。どういうわけだ?」

 

 

 ギルガメッシュは先のフェルディアの謀を桜に免じて赦すと口にした。その真意を汲み取れなかったフェルディアは、素直に問いを投げかけた。

 

 

「あの童女のお陰で、この茶番劇において貴様という敵を見出せた。だから貴様を赦すのだ」

「あの二人はお前のお眼鏡に叶わなかったって訳か」

 

 

 ギルガメッシュの言葉を聞いて、フェルディアは赦されたその理由に納得した。自分も妖精の鉄甲花(フィル・キャルス)を破れないサーヴァントしかいない聖杯戦争に参加しても、やる気は削がれる一方だろう。

 それにフェルディアと違い、あらゆる宝具の原点を持つギルガメッシュを相手取れる英霊など、世界に十指程度しかいないだろう。

 ギルガメッシュにとってその十指にフェルディアが当てはまり、そのフェルディアを召喚した桜に感謝しているからこそ嘘を赦したと理解した。

 

 

「鼠はまだいる。あの娘から目を離さぬことだ」

「鼠―――ああ、アサシンのことか」

 

 

 ギルガメッシュは口を止めることなくそう言った。遅れてフェルディアもその蔑称がアサシンを指していると理解した。

 それだけ告げるとギルガメッシュはもう用がないのか、背を向けて立ち去ろうとしていた。

 

 

「ここで別れるのもアレだ。さっきの情報の代価に奢ってやるよ」

「ほう?」

 

 

 が、一方的に提供されるのを良しとしなかったフェルディアは、呼び掛けることでその足を止めさせた。

 ギルガメッシュもフェルディアからの贈り物に興味を示したのか、足を止めて笑いながら振り向いた。

 

 

 

 二人のサーヴァントは商店街に足を運んでいた。

 フェルディアは空のエコバッグを左手で持ち、空いた左手でコロッケを持ち、舌鼓を打っていた。

 対してギルガメッシュはプラコップに入った焼き鳥棒を口にしていた。

 

 

「ふむ。最初は抵抗があったが―――庶民どもも中々工夫しているのだな」

「昔は肉なんて貴族や戦士しか食えなかったが、安く買えるとは良い時代になったもんだ」

「味は値段相応ではあるが、悪くないものだ」

 

 

 王であるギルガメッシュは最初は嫌そうな顔をしていたが、意を決して一度口にした後は目に付いた物があれば献上せよ、と言うようになっていた。

 焼き鳥が気に入ったのかは不明だが、既に三個目に突入していた。

 フェルディアも昔とは飛躍し、精錬された食文化に感心しつつもその手と口は止めずに動いていた。

 

 

 食べ歩きをしている二人を見た婦人達が目を奪われ、立ち止まっているが、そんなことを歯牙にも掛けずに二人は気になった店を見つける度に立ち止まり、舌鼓を打った。

 そうしているうちに二時間近く経っており、二人は商店街の出口に立っていた。

 

 

「良い退屈凌ぎになったぞ、フェルディアよ。また足を運ぶかを一考する程度にはな」

「そうか。なら良かった」

 

 

 そうして二人は別れた。

 フェルディアは商店街に戻り、本来の目的である買い物を。ギルガメッシュは興味を持った一人の男のいる教会へと足を運んだ。

 

 

 

 余談ではあるが、商店街に定期的に金髪の美男子が現れるらしい。

 

 

 



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第十一夜:狂気征伐

十一話を書いている最中に、他陣営の話を書き忘れていた事に気付きました。
これからはそういったミスをしないように努力します。


 フェルディアの朝は影の国―――スカイ島のランニングから始まる。

 

 

 四方を海に囲まれ、七つの城壁と九つの柵を備えた堅牢な国である影の国への入国手段は、スカサハが定めた正規の通路だけである。

 その通路は謎の力場が働く一本橋や底無しの沼地、魔獣の巣窟といった、並の勇士では命を落としてしまう難所が設置された道だ。

 その難所を乗り越えられる一握りの戦士でなければ、門を叩くことすら許されない領域―――それが影の国だ。

 

 

 だが、多くの戦士が素直に正規のルートを辿ろうとも、残りの少数の戦士は楽をしたいという人の業に逆らえずに、不正規のルートで影の国に入ろうとする。

 

 

 そういった不法入国を目論む者への警備の任をスカサハに任されたフェルディアは、その職務を全うすると同時に、影の国に張り巡らされた結界を沿うようにランニングを行っている。

 

 

 今日もまた、フェルディアが荒れ果てた海岸や断崖絶壁の双璧の間から流れ出る滝を巡っていると、海岸に巨大な漂流物が打ち上げられていた。

 

 

 いつもなら警邏の者に告げておく程度に済ませていたフェルディアだったが―――なぜかその漂流物にやけに惹かれた。

 

 

 フェルディアは立ち止まり、崖から飛び降りて妖精の特性である空中飛行を使い、その漂流物に近寄った。

 近付く度に、フェルディアはその漂流物から妙な圧を感じながらも、その傍らに着地し、自分の身長は優にあろうそれを見た。

 

 

「こいつは―――海獣の甲殻、か?」

 

 

 それは血のような真紅の甲殻と思わしき物体だった。

 遠目ではハッキリとした大きさが分からなかったが、こうして近寄ってみれば、その巨大さからこの甲殻の持ち主がただの海獣ではないことは一目瞭然だ。

 

 

 その腕を眺めていたフェルディアは、弟弟子であるクー・フーリンがスカサハより授かった魔槍ゲイ・ボルクの原材料が、海獣クリードの頭蓋骨であることを思い出した。

 

 

 紅海の洋上で二頭の海獣コインヘンとクリードが死闘を繰り広げていた。戦いに破れたクリードの頭蓋は海岸へと流れ、それを発見した東方の名高い戦士ボルグ・マックベインが、その骨からゲイ・ボルクをこさえたという。

 

 

 この甲殻の持ち主がかの波濤の獣ほどの海獣とは考えられないが、剥がれて尚、これほどの圧を発しているのだ。さぞ名のある海獣だったのだろう。

 これほどの獣の甲殻から鎧を造ればゲイ・ボルクには及ばないだろうが、強力なものが出来るのではないだろうか。

 

 

 そう考えたフェルディアは警備を一旦打ち切り、その甲殻を肩に担いで、その場から飛ぶことで迅速に影の国に戻った。

 普段なら防具ではなく剣や槍といった得物を造ろうと思い至るのだろうが、スカサハから告げられたとある予言が、フェルディアを保守的な考え方を無意識にさせた。

 

 

 飛んでいる最中、フェルディアは影の国に住まう鍛冶屋に任せようかと考えていたが、ボルグ・マックベインに倣って自らの手で造った方が良い品が出来るのでは、と思い、考えを改めた。

 

 

 そうしている内に影の国の門の前に着いたので、フェルディアは門の前に舞い降りて、自分の住む部屋へと向かった。

 

 

「おっ。アニキじゃねぇか」

「今日もいい朝だな、クー・フーリン」

 

 

 部屋に入ろうとすると、隣の部屋に住んでいるクー・フーリンがフェルディアに話し掛けた。

 彼から朝食を誘われたフェルディアは、甲殻を置いたら向かうから先に行ってくれ、とだけ告げて部屋に入った。

 

 

「俺とクー・フーリンと殺しあって、敗けた俺が死ぬ、ねぇ……」

 

 

 フェルディアは気配でクー・フーリンが去ったことを把握すると、甲殻を床に置いて静かに戸に凭れかかり、スカサハの予言を口にした。

 普段は飄々とした男だが、戦場では誰よりも頼りになる男でもあるし、何よりフェルディアとクー・フーリンは親友である。

 

 

 そんな男とどのような状況に陥れば、殺し合いに発展するというのだ。

 そう思ったフェルディアは、スカサハの予言も外れるだろうと一蹴して、クー・フーリンの待っている食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その隣のクー・フーリンの部屋に鎮座しているゲイ・ボルクが、カタカタと震えていることに誰も気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖杯戦争三日目の夜が訪れた。

 

 

「キャスターを討伐せよ、ねぇ……」

 

 フェルディアは電柱の上に立ち、夜風でマントをはためかせながらそう呟いた。

 

 使い魔越しに伝えられた聖杯戦争のルール変更。

 キャスターがどんな英雄かは知らないが、監督役曰く―――何の配慮もなく魔術を使い、その痕跡を秘匿を一切行っていないということ。そのマスターが『冬木市の悪魔』こと謎の連続殺人犯と同一人物だということだ。

 

 

 キャスターの行為が、聖杯戦争そのものを破綻しかねないと考えた監督役は、ひとまず聖杯戦争を保留し、全てのマスターにキャスターの討伐を優先せよ、と伝えてきた。

 そして、見事キャスターを討伐したマスターは、報奨として今後の聖杯戦争の展開で他組へのアドバンテージになるであろう令呪を一画を与えるという。

 

 

 フェルディアは令呪には興味はないが、キャスターのマスターが謎の連続殺人犯ならば、殺人事件から続いている児童失踪事件の首謀者もキャスター達の仕業だろう。

 既に被害者は三十人を超えつつある。如何に夜間は外出していないとはいえ、いつその魔の手が桜に降りかかるか不明である以上、迅速に始末すべき案件だ。

 

 

「キャスターの野郎の居場所は割れた。今日は遊び無しで―――狩るとしようか」

 

 

 フェルディアはそう言うと身体にルーンを刻んだ。

 

 

 そして、一際強い夜風が吹いたあと―――そこにフェルディアの姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全マスターが血眼になって探している件のキャスターは夜の中、森を歩いていた。

 だが、彼は一人ではなかった。およそ十人ほどの子供を伴っていた。

 年長の子供でも小学生の高学年であろうその集団は、キャスターの魔術のせいで、みな夢遊病のようなおぼつかない足取りで、キャスターの後を付き従っていた。

 

 

 キャスターは森に張られた結界の外輪を彷徨いていたが、唐突にその歩みを止めると、大きな双眸を上に向けて、にんまりと笑った。

 キャスターはアイリスフィールの千里眼を見破り、そのまま彼女を見据えたまま、慇懃(いんぎん)な仕草で一礼した。

 

 

「昨夜の約定通り、ジル・ド・レェ(まか)り越してございます。我が麗しの聖処女ジャンヌに、今一度、お目通しを願いたい」

 

 

 水晶球越しに自分を見ているアイリスフィールが決断できずにいるのを見透かしているかのように、キャスターは嗤うと一人芝居のような口上を続けた。

 

 

「……まぁ、取り次ぎはごゆるりと。私も気長に待たせていただくつもりで、それなりの準備をして参りましたからね」

 

 

 そう言ったキャスターが指を鳴らすと、それまで虚ろな瞳をしていた子供達は夢から醒めたように目を開き、その場でたじろいだ。

 

 

「さぁさぁ坊やたち、鬼ごっこを始めますよ。ルールは簡単。私から逃げ切ればいいのですが、さもなくば―――」

 

 

 その様子が気にめしたのか、キャスターはニコリ、と笑うとロープの裾から手を差し伸ばすと、手近な所にいた一人の子供の頭を撫でるようにポン、と手を置いた。

 

 

 キャスターは千里眼越しにセイバーが叫んでいるのを眺めながら、その顔がさらに歪む所を想像して愉快そうに哄笑して。その子供の頭蓋を砕こうと魔力を手に張り巡らせ―――横槍から伸ばされた手にその腕を掴まれ、強引に子供の頭から引き剥がされた。

 

 

 予期せぬ事態にキャスターがゆっくりと腕の持ち主に視線を向けると―――そこにはいつの間にかフェルディアが立っていた。

 

 

「よう。遊ぶんなら子供とじゃなくて―――俺と遊ぼうや」

「こ、この悪魔めがあああァァァッ!!」

 

 

 そう声を掛けられたキャスターは、フェルディアを視認すると惚けた顔を激憤に変えて、青筋を浮かべながら先程の慇懃な態度を投げ捨てたかのように絶叫し、殴りかかった。

 

 

 キャスターの二メートルに匹敵する巨躯から放たれた剛腕は容易く空を切り、代わりにお返しだと言わんばかりの鉄拳がキャスターの顔面を捉え、その巨体をアインツベルン城へと吹き飛ばした。

 キャスターを殴り飛ばしたフェルディアは子供達を囲むように四つのルーン石を設置し、結界を張った。

 結界の中で激しく一転していく戦場に右往左往している子供達に対して、フェルディアは指を鳴らし、軽い暗示を掛けた。

 その内容は、軽い催眠状態に陥らせる程度のものだが、上手く嵌ったのか子供達は喚き声一つ上げなかった。

 

 

 子供たちが暗示にかかったのを一瞥したフェルディアはその場から駆けて、キャスターへと追随した。

 森の中を数秒駆けた所にキャスターは立っていた。

 顔面に突き刺さった拳のダメージは治癒したのか治っており、右手には表紙に人間の皮を張った魔導書を開いていた。

 臨戦態勢なのは誰の目から見ても明白だった。

 

 

「いきなり悪魔とは酷い言い草だな。どっちかと言うとお前らの方が悪魔らしいぜ、キャスター」

「黙れ黙れ!聖処女を甚振りし悪魔めがァ!」

 

 

 フェルディアの言葉に耳すら貸さずにキャスターが魔術書に魔力を込めれば、キャスターの傍らに夥しい数のオニヒトデのような怪魔が姿を現した。

 

 

「我が盟友プレラーティには感謝しても仕切れない……。彼がこの魔書を遺してくれたからこそ、私はこの悪魔の軍勢で貴様という悪魔を惨たらしく殺せるのだからッ!」

 

 

 キャスターの怒気、否。殺気に呼応するように、怪魔達が烏賊のような触手を蠢かせて雪崩のようにフェルディアへと殺到した。

 

 

 迫り来る人間の腕ほどの触手がフェルディアを拘束しようと襲い掛かった。

 だが、白兵戦において最速を誇るフェルディアにとって異界の魔物など恐れるに値しない。

 フェルディアは襲い掛かる触手の怪魔たちを前に、一歩も譲らない。フェルディアが愛槍を振るうたびに、怪魔たちの残骸が積み重なる。

 悍ましい触手の群れが津波のように押し寄せようが、フェルディアにその先端で触れることさえ叶わずに散っていった。

 

 

 完全に怪魔を防ぎきっているフェルディアだが、怪魔の首領たるキャスターは離れた位置で殺気を放ちながらも、平静を取り戻したのか、余裕の笑みを浮かべて眺めている。

 

 

 大地に無数に転がる怪魔の死骸から、続々と新手の怪魔が現れるのを横目で捉えたフェルディアは、自らがキャスターの術中に嵌ったのを悟った。

 だが、怪魔の骸から新たな怪魔が生まれるのなら、その骸ごと焼き払えばいい。

 そう判断したフェルディアが、アンザスのルーンを使おうと指を虚空に向けた瞬間に、四方から怪魔が雪崩掛かって強制的に迎撃せざるを得なくさせた。

 

 

 キャスターの戦略が持久戦ならば、余程魔力に自信があるのか、それとも手にしている魔導書そのものが怪魔を使役しているのかは不明だが、その魂胆に乗る気などさらさらない。

 それに、昨夜にセイバーを一方的に叩いたのが仇となったのか、セイバーはキャスターの相手を自分に任せて子供達の救助を優先しているようだ。

 

 

 子供達の安否を把握したフェルディアは飛び掛かかり、伸ばされた触手を踏み台にして強引に宙へと舞った。

 それを見たキャスターは苦々しく顔を歪めると、空中からの強襲を恐れたのか怪魔たちを束ねて障壁とした。

 怪魔の肉壁を見たフェルディアは内心、好都合だと笑うと右手に黄金の剣を召喚して、それを握った。

 

 

 そして、フェルディアは投擲の構えを取った。

 黄金の剣が砲光(タスラム)に倣って、光輝に包まれ、その威圧をさらに肥大化させた。

 キャスターもそれを感じ取ったのか、怪魔の壁をさらに生み出した海魔で補強して、攻撃に備えた。

 

 

 

 

 だが、この黄金の剣の真価は投擲ではない。

 この投擲を、その分厚い海魔の壁はギリギリで防ぐだろう。その切っ先が貴様に届く僅かな距離を残して。

 

 

 それを貴様は嗤い、怪魔の壁でこの俺を圧し潰そうとするだろう。

 

 

 だが―――その時、貴様は後悔するだろう!

 

 

 

 

穿鑿する(クレイヴ・)――――――」

 

 

 黄金の剣が―――キャスターを穿たんと、放たれた。

 

 

「――――――光芒の剣(ソリッシュ)ッッッ!!!」

 

 

 

 迫り来る黄金の閃光は、怪魔の群れを蹴散らしながら突き進みながらも、次第に速力を落としていった。

 それでも黄金の剣は怪魔の壁を突き破り―――その切っ先が、キャスターの眼の前で完全に停止した。

 

 

「は、ははは―――ッ!残念でしたね―――ッッッ!?」

 

 

 キャスターがフェルディアを嗤い、怪魔の群れをフェルディアにけしかけようとした瞬間、黄金の剣が一際強く輝いて――――――

 

 

 

 ―――冬木市の郊外の一画が黄金の魔力の奔流に呑み込まれ、吹き飛んだ。

 

 

 

 



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第十二夜:狂気、退けども未だ潰えず

(。・ω・)σ ⌒最新話
♪~<(゚ε゚;)>ば、バレてないよな?


 

 

 スカサハとオイフェ。二人の因縁が招いて勃発した戦争から七日経った今日、異境にして魔境である影の国の郊外にて、クー・フーリンとオイフェが対峙し、その再戦を執り行おうとしていた。

 

 

 本来ならば、決闘と銘打っている以上、命の取り合いを繰り広げなければならない。が、クー・フーリンの才覚と積年を経てすれ違いを改善したオイフェを失うことを恐れたスカサハの命令で、どちらかが敗北を認めるまでを条件にその再戦は執り行われた。

 

 

 そして、クー・フーリンの捻れの発作を懸念して、影の国で唯一クー・フーリンを相手に無敗を誇っているフェルディアがオイフェの後方に控えていた。

 

 

 

「……それでは、双方、覚悟はよいな?」

 

 

 両者の中間に立っていたスカサハが静かに問い掛けた。

 

 

「ああ。何時でも大丈夫だぜ……!」

「私もだ。何時でも構わん」

 

 

 その問い掛けにクー・フーリンは魔槍を一通り振り回すと魔槍の石突で大地を叩いた。それだけで周囲の地面が陥没し、自らの怪力をひけらかしたクー・フーリンは獰猛な笑みを浮かべた。

 対してオイフェは示された怪力に何ら変化を見せることなく、手にした二振りの朱槍に魔力を滾らせ、淡々と構えを取った。

 

 

 

「それでは―――始めぇいッ!」

 

 

 

 その声が耳に届いた瞬間、オイフェは地を蹴り、一直線にクー・フーリン目掛けて駆け出した。

 それに対してクー・フーリンは握り締めた魔槍を力任せに一閃。

 

 

 人智を凌駕した膂力で振るわれたそれに呼応するように遅れて発生した暴風がオイフェへと襲い掛かった。

 だが、オイフェは迫り来る暴風を前に立ち止まることなく、朱槍の切っ先でその風を切り裂いて前へと進んだ。

 

 

 それを見たクー・フーリンは魔槍をオイフェへと向け―――即座に魔槍を振るい、飛来してきた朱槍を弾き飛ばした。

 

 

 だが、クー・フーリンは弾いた朱槍の石突から紅蓮の魔力が糸を引いているのを視界に捉えた。それでオイフェが朱槍を手繰り寄せるのを悟り、飛びかかった。

 それを見たオイフェは左手から伸ばしていた魔力の糸を引いて、手離した朱槍を瞬時に引き寄せると朱槍を掴むことなく、左手でアンサズのルーンを虚空に描き、宙に舞ったクー・フーリンに爆炎を浴びせた。

 

 

 爆炎に呑まれ、身を焦がされてもクー・フーリンは頓着することなく魔槍を掲げ―――躊躇うことなくオイフェへと叩き付けんと振るった。

 音速に等しい速度で振るわれた魔槍にクー・フーリンの桁外れな膂力を加えた、当たれば死は免れないであろう必殺の一撃を前にオイフェは逃げるでも防御でもなく―――迎撃の構えを取った。

 

 

 自らの腕力に自負を持っているクー・フーリンも流石に回避されると思っていた一撃をまさか迎撃するとは思わなかったのだろう。僅かな動揺で微かに目を開いたが、その動揺を押し殺すように叫んだ。

 

 

「面白えッ! なら―――こいつは、どうだァッ!?」

 

 

 衝突の瞬間、クー・フーリンはオイフェの虚を突くように鮭飛びの秘術で空気の壁を蹴り上げ、再度舞い上がった。そして、最高点に到達し―――さらに威力を上昇させるべく、その身を捻り、旋回。

 オイフェは振るった朱槍が空振ると、右手で振るった朱槍を放り、左足を軸にその場で回転し、左の朱槍に空いた右手を添えて―――迎撃した。

 

 

 

 そして―――衝突。

 

 

 

 あまりの威力にまず、大気が揺らいだ。

 それに次いで金属と金属がぶつかり合ったような爆音が影の国に轟いた。

 

 

 勝利を確信したクー・フーリンは、そのままオイフェを地に伏させるために、勢いに身を任せて魔槍を振り切ろうと、体重を預け―――まるで緩急が付いたかのようにカクンッと体勢を崩した。

 

 

「―――あ?」

「はあああッ!」

 

 

 そして、予想外の事態に思わず力が緩んだ瞬間、朱槍が魔槍を弾き返し、クー・フーリンを空中へと押し返した! 

 それでもクー・フーリンは事態を飲み込めていないのか、呆然としており、その隙を突くようにオイフェの朱槍が放たれた。

 

 

 それを見てクー・フーリンは呆けていた意識を覚醒させ、振るった魔槍で朱槍を弾き飛ばし、身を翻しながら着地した。

 そして彼はオイフェの立っている場所を見て目を見開き―――その美貌を憤怒で染め上げて怒鳴った。

 

 

「テメェ―――あの時、手ェ抜いてやがったのかッ!?」

 

 

 オイフェの足元は陥没どころか、一切の亀裂さえ走っていなかったのだ。それはクー・フーリンの蛮神の如き膂力をあの一瞬で相殺したことに他ならない。それほどの絶技をオイフェはまるで呼吸をするかのように行ったのだ。

 

 

 それほどの技量を誇っているのなら、先の戦争でクー・フーリンはオイフェに成す術なく破れていただろう。そしてオイフェも捻れの発作に陥ったクー・フーリンに手傷を負うことはなかった筈だ。

 なのにクー・フーリンはオイフェに押されてはいたが槍を交えれたし、捻れの発作が発症したクー・フーリンはオイフェに重傷を負わせれた。

 

 

 現状、クー・フーリンを取り巻く環境はスカサハ、フェルディアと僅かばかりの格上とその他大勢の格下だ。唯一フェルグスだけが彼に追い縋れるが、それでも物足りなく感じていた。

 そんな時に拮抗した実力の持ち主(オイフェ)の登場は彼にとって思わぬ僥倖だった。それもスカサハに匹敵する美女だ。もう少し時が経てば恋慕の情だって芽生えるかも知れない。だからこそクー・フーリンは先の戦争で歓喜したのだ。この決闘を待ち望んでいたのだ。

 

 

 

 なのになんだ? 

 

 

 

 蓋を開けてみれば実力はかけ離れていて

 

 

 

 自分の持てる力を最大限発揮した一撃は容易く覆され

 

 

 

 挙句の果てには手を抜かれていた可能性まで浮上してきたではないか。

 

 

 

「敵に情けをかけるのは敵に対する侮辱だろうが! だからオレはあの日、本気でお前に挑んだ! お前もそうなんじゃねぇのかよ!?」

 

 

 クー・フーリンは目元を涙で潤しながらオイフェを糾弾する。それは側からみれば見苦しく見えるだろう。情けなく思えるだろう。

 

 

 けれど、彼だって心の何処かでは理解しているのだ。だけど漸く現れた待ち望んだ対等な存在であって欲しいからこそ彼は糾弾を続けるのだ。

 彼女の口から糾弾の内容を否定してほしくて。嘘だ。お前とは対等だ、と言って欲しいからクー・フーリンは喚くのだ。まるで―――欲しい物を買ってもらえない子供のように。

 

 

 

 そんなクー・フーリンの姿を見て憐れんだのか、答えねばならないと思ったのかオイフェは構えを解き、一歩前に歩んで口を開いた。

 

 

「当然だ。あの時、私はお前を殺す気で戦ったとも」

 

 

 その解答はクー・フーリンの望んだ言葉だった。

 

 

「そ、そうだよな。う、疑ってすま―――」

「だが」

 

 

 それを聞いて安堵したのか、詰まりながらも返答し、そしてオイフェに述べようとした謝意を―――続くオイフェの言葉に遮られた。

 

 

「本気ではあったが、正真正銘の全力では無かった」

「―――」

 

 

 オイフェの艶やかな口から放たれたのは言外に手を抜いていたことを仄めかすような言葉だった。

 それを聞いたクー・フーリンは僅かに目を見開き、その場でたたらを踏んだ。それを見たオイフェは更に言葉を続けた。

 

 

「そも、先の戦争の目的はスカサハを殺すことだ。私にとってお前はスカサハの前座だった」

 

 

 そして、自分にとってお前は全力を出すに値しないと伝えた。

 残酷に聞こえるかも知れないが、オイフェの目的を鑑みれば仕方のないことだと言えよう。

 彼女とスカサハの実力は拮抗している。対等の実力を持つ相手を前に全力で事に望んだらその後、どちらが敗北するかは火を見るよりも明らかだろう。

 

 

「…………」

 

 

 その点はクー・フーリンも納得しているのか、反論を飛ばすことはなかった。が、顔を俯かせているせいで表情から感情を汲み取れないが肩がワナワナと震えているから、悔しいのだろう。若しくは怒りか。

 

 

「そういえば―――お前は惚れた女を娶る為にこの国を訪ねたそうだな」

「…………武功を立てる為の下地にな」

 

 

 次にオイフェが指摘したのはクー・フーリンが影の国を目指した理由、その原点だ。

 オイフェの指摘通り、国一番の騎士だったクー・フーリンはルスカ領主フォルガルの娘であるエメルにプロポーズしたが武功を立てろ、と断られた事が彼が影の国に赴く起因になった。

 対するオイフェは神々によって死ねない身体になったスカサハを殺すべく永きに渡って武を磨いてきた。

 

 

「才覚は認めるが―――浅はかな覚悟で武と向き合うお前と、武に心血を注いできた私がよく対等だと思えたな」

「―――テメェッ!!」

 

 

 オイフェの残酷な言葉がクー・フーリンの心を抉る。

 だが、オイフェはクー・フーリンを蔑んでいる訳ではない。彼女はクー・フーリンの類稀なる才覚を認めている。

 そも、如何に半人半神と言えど、スカサハの薫陶を一年と受けていない者がスカサハと並ぶ実力者であるオイフェと戦闘を成り立たせている時点でおかしいのだ。故にあと数年も経てば自分を追い越すだろうとオイフェは踏んでいる。

 だからこそ彼の向上心を促進させるべく厳しい言葉で叱咤するのだ。

 

 

 だが、自らの純情を嘲笑されたと感じたクー・フーリンは俯かせていた顔を上げ、その場から飛び出し、オイフェへと襲い掛かった。

 だが、怒りで精彩に欠けた攻撃がオイフェに通じる道理が無く。

 そこからはより一方的に決闘は展開された。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

 クー・フーリンは青い戦装束を血で赤に染め上げ、息も絶え絶えにその場に跪いていた。

 対するオイフェは汗の一つもかくことなく、朱槍を手にクー・フーリンを見据えていた。

 

 

「畜生! 畜生! ちくしょおおおッ!!」

 

 

 クー・フーリンが手を振り上げ、嗄れた声で怒号を上げながら大地に両の拳を叩きつけた。

 満身創痍でありながらも放ったその一撃は地面を陥没させた。

 

 

「どうした。私に手を抜かれた事がそんなにも屈辱か?」

「ああ……! お前に手を抜かれた事は確かにムカつく!」

 

 

 自棄になったかのようなクー・フーリンを見て、オイフェが言葉を投げ掛けた。

 それに反応したクー・フーリンはオイフェを見上げ、血を垂らしながら、その問いに応えた。

 

 

「けど―――それ以上にお前と対等だと自惚れてた手前自身が最も気に食わねえんだよッ!!」

「そうか。なら―――もう眠れ、クー・フーリンッ!」

 

 

 その叫びを聞いたオイフェは僅かに口角を上げると地を蹴り、クー・フーリンに強襲を仕掛けた。

 当然、万全ではない彼は反応は出来たものの、防御すること叶わず。

 オイフェの繰り出した回し蹴りが華麗な曲線を描きながらクー・フーリンの顎に吸い込まれるように蹴り抜いた。

 

 

 まともに喰らったクー・フーリンは仰向けになるように倒れながら―――意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静寂な夜空の中に黄金の残滓がまるで溶けるように消えていく中、フェルディアは先程までキャスターがいた場所に目を向けた。

 そこはまるでクレーターのように窪み、その中央にはフェルディアが放った鑿岩する光芒の剣(クレイヴ・ソリッシュ)が突き刺さっていた。そして、その傍らにはキャスターのものと思わしき腕が落ちていた。

 

 

 それを見たフェルディアはキャスターを取り逃がした事を悟ると、小さく舌打ちをし、心の中で来い、と念じた。

 するとその念に応えるように黄金の剣がその場から舞い上がると夜空を流星のように縦横無尽に駆け巡り―――フェルディアの手元へと戻って来た。

 

 

 流星のような速度で飛来する黄金の剣をフェルディアは難なく掴むとそれを魔力に変換し、闇に溶かした。

 これらの一連の流れは時間にして十秒にも満たないが、それでも黄金の残滓は溶け消え、戦闘の余韻がクレーターのみになると、森林は再度夜の帳に包まれた。

 

 

 キャスターを仕留め損なった。それだけが不服だが、今回優先すべきは聖杯戦争とは無縁の子供達の安否だと割り切ることで不満を飲み込むとフェルディアはルーンの結界に閉じ込めた子供達を親元に返すべく踵を返差よりも速く―――疾風を纏ったセイバーがフェルディアの元に到達した。

 

 

「…………キャスターはどうしました、ランサー」

「令呪での空間転移で逃げやがった。だが、片腕は削いだし、魔導書も焦げた筈だ」

 

 

 隣に立つやいなや、彼女は即座に周囲を目配せ、キャスターの姿が見当たらないと知ると、フェルディアに静かに問い掛けた。それに応えるようにフェルディアは推察と戦果を素直にセイバーに伝えた。

 そも、正当なキャスターならば兎も角、青髭ジル・ド・レェは明らかにキャスターとしては異例だ。恐らくプレラーティなる者から授かったという魔導書が彼をキャスターとして現界させているのだろう。でなければバーサーカーとして現界するに決まっている。

 

 

 手傷を与えたとはいえキャスターを逃したことは手痛いが、それよりもフェルディアは密かにキャスターを喚んだマスターに着目していた。

 如何に殺人鬼と言えど所詮は人間だ。クラスはキャスターだが、それでも只の人間との性能差は桁違いだ。

 だからこそキャスターが勝利を確信した瞬間、そのマスターも油断していると思っていた。それに、例えどちらかが悟っても今のは確実に殺れる一撃だと踏んでいた。

 

 

 それをまさか見事に逃げ果せるとは思ってもいなかった。あの様子から明らかにキャスターの指示ではない。自らの目で鑿岩する光芒の剣(クライヴ・ソリッシュ)に気付き、自分の意思で令呪を切ったのだろう。

 余程警戒心が高く、機転が効く男なのだろう。しかし外道に堕ちるとは勿体無いことをしたものだ。

 だが、如何に素質があろうが無作為に人々を、しかもその毒牙を子供にまで向けるような悪鬼にかける情けなど生憎持ち合わせていない。彼等の魂に安寧が訪れる願掛けに相応の報いを受けて貰う腹積もりだが、内心で締め括るとフェルディアはセイバーと手分けて子供達を親元に返すべく動き出した。

 

 

 

 

 

 

「お、おのれぇ……! あの悪魔め……!!」

 

 

 薄暗い路地裏に紺色のローブを血で赤く染めた大男が唐突に姿を現した。大男―――キャスターはその場で倒れ込むように跪坐くと全身を苛む激痛に頓着せずに先程まで対峙していたフェルディアを呪うような怨嗟の声を漏らした。

 

 

「青髭の旦那ぁ! 無事だったか!」

「ええ。リュウノスケ、貴方のお陰で助かりました」

 

 

 本来ならば視界に収まった時点で忌避感を覚えさせるキャスターの姿を見て躊躇うこと無く茶髪の若い男が駆け寄り、安堵を含んだ声色で言葉を投げ掛けた。

 話しかけられたことで茶髪の男―――連続殺人犯にしてキャスターのマスターである雨生龍之介を認識したキャスターは先の呪詛を孕んだ声色は何処へやら。まるで朋友と接するかのような声色で謝意を示した。

 

 

「あっ、でも旦那―――その腕……」

 

 

 キャスターの生還に喜んでいた龍之介だったが、先の一瞬のうちにもってかれた無き左腕を目を向けると整った顔に陰り、純粋に得難い共犯者の負傷を悲しんだ。

 

 

「いいえ、いいえ。リュウノスケ、悲しむ事はないのです。むしろ、悪魔と事を構えて腕の一本で済んだのです。これは聖杯が我等の勝利を望んでいることの証左なのでしょう」

「…………旦那がそう言うなら、それでいいよ」

 

 

 それに対してキャスターは龍之介を責める訳でなく、にんまりとした不気味な笑みを浮かべながら次は悪魔に勝てる、聖杯の信憑性はより増した、などと宣った。

 そんなキャスターの姿を見た龍之介は内心、悪魔(フェルディア)は明らかに人間だよなぁ、と思ったが口にする事なく胸の中に押し留めた。先日金髪の女性(セイバー)聖処女(ジャンヌ・ダルク)は別人じゃないか、と思わず口を滑らした際、逆上したキャスターに怒られたから懲りたのだ。

 

 

「それより旦那、一人で歩ける? 肩貸そうか?」

「ええ。お気遣いありがとうございます、リュウノスケ」

 

 

 二人は龍之介が先行する形で夜の冬木を歩き出した。

 

 

「それにしても―――その本が無いとあのCOOLな生き物を喚べないんだっけ?」

「ええ、そうですよ。ですが―――問題ありません」

 

 

 龍之介はキャスターが残る右腕で大切そうに抱える所々が焦げ落ちた魔導書に目を向け、そう聞いた。

 そう。キャスターは龍之介が命じた空間転移が完了するほんの一瞬の間をカバーすべく魔導書と咄嗟に産み出した海魔を楯にして難を逃れたのだ。

 だが、キャスターは唯一無二の宝具を失ったというのに慌てる訳でもなく魔本の表紙を龍之介に見せた。

 

 

「すっげえ!」

 

 

 龍之介が驚愕の声を上げた。だが、それも仕方のないことだろう。未だ修復に至っていないが、少しずつ燃えた所が新しい紙に生え変わっていくのだから

 

 

「我が盟友プレラーティの造った魔導書は他の魔導書とは一線を画する。この程度のこと―――造作も無いのですよ」

 

 

 不敵に笑ったキャスターに応えるように龍之介もにこやかに笑った。

 そして二人は足早に拠点としている下水道に赴き―――其処で失意の底に落とされた。

 拠点に帰還した彼等を出迎えたのは二人の手がけた『作品』ではなくアスファルトに刻まれた車輪の跡とむせ返る程の焦げた匂いだったのだから。

 

 

 

 

「これが人間のすることかよおおおォォォッ!!!」

 

 

 

 その惨劇を目撃した龍之介の悲痛の叫びが下水道に木霊した。

 

 

 




趣味に傾倒してたら長期休暇になってたゆるして?


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十三話:英雄再起、決闘は終幕へ

お待たせしました。

あ、今回ケルト編だけです(先制攻撃)


 ──―それは音にするのならボチャン、だろうか。

 

 

 まるで大海に礫を投じたかのような音を始点に、クー・フーリンは一人、投じられた礫のように暗闇の奥の奥へと沈んでいった。

 

 

「(オレは負けた、のか──―?)」

 

 

 沈み行くクー・フーリンの脳裏をよぎったのは、オイフェの一撃を喰らい、意識を閉ざした己の姿だ。

 余りにも無様が過ぎる最期の記憶に顔を(しか)めながらも、クー・フーリンは先の決闘を省みる。

 

 

 ──―自分に何が足りなかった? 

 

 

 クー・フーリンは己の秘めたる潜在能力は、ケルトにおいて過去現在未来に渡って最強の英雄だと自負している。

 母は人間のデヒティネだが、父はかの魔眼のバロールを討ったケルト最強の武神、ルーだ。

 クー・フーリンはルーの顔さえ知らぬが、謳われる伝承が真ならば、その実力はケルト随一であると認めている。そんな武神の系譜を継いでいる自分は、正しく最強となる運命にあるのだろう。

 

 

 そして動機こそ不純だが、その才能に胡座をかくこと無く万年を生き、武を磨き続けている最強の女戦士スカサハの薫陶を受けた。

 期間はまだ一年と経っていないが、彼女の指導は本物であった。まるで遠きギリシャの地おいて、大英雄ヘラクレスを育て上げたケイローンと同等。或いはそれ以上だ。

 その証拠に薫陶を受けた今の自分なら、たった数撃で過去の自分を殺せるという確信を抱けるほどに、クー・フーリンは成長したのだから。

 

 

 そして最後に──―自分の総てをぶつけられる兄弟子。人間という規格において、最強を張り続けているフェルディアの存在だ。

 どれだけ自分が練り上げても、それを容易く凌駕してくれるフェルディアが居たからこそ、クー・フーリンは日に日に過酷になっていくスカサハの修行を熟せて来たと思っている。

 そしていつの日か、他者と隔絶な差を開いて最強(先頭)を独走しているフェルディアに並び、互いに切磋琢磨する好敵手となり──―いつか必ずフェルディアを追い越してやるのだ。

 

 

 そうしてやることが、強さという点においてただ只管に孤高の存在であるフェルディアに、自分がしてやれる恩返しだとクー・フーリンは思っているのだ。

 

 

 それなのに──―なんだ、先の有り様は。

 

 

 如何にオイフェが自分よりも格上であろうとも、最高のポテンシャルで挑み、病み上がりの彼女に一矢も報えることなく容易く敗北するなど──―漢が廃るッ! 

 

 

 一度失いかけた克己の意思を取り戻したクー・フーリンが、オイフェにせめて一矢でも報わんとするために暗闇──―意識の深層から浮上せんと、もがこうとした瞬間。

 

 

 

 まるで空中に投げられた物が、地球の引力に抗えずに地に落ちるように、クー・フーリンの身体が今までとは比較にならないほどの速度で沈みだした。

 その原因は、クー・フーリンの精神力を以てしても抗うことすら儘ならないほどの実力が、彼の身体にのしかかったからだ。

 最初は自らを引きずり込もうとする引力に嫌悪感を抱き、その勢いに逆らおうと足掻いていたが、ふと、これほどまでの影響力を持つ存在が己のなかにいるのだと気付いたクー・フーリンは、逆らうことを止めたどころか、より速く沈むべくその身を翻した。

 

 

 

 自らの奥底に存在する者が誰なのか一切見当が付かないが、このタイミングで何らかの思想を持って接触してきたのだ。 その思想が善だろうが、悪であろうが一度会う価値はあると一考したのだ。

 それに、フェルディアやスカサハ、オイフェのような他者ではなく、自分の内面に存在していた格上だ。この接触が良い方向に働けば、更なる強さを得るためのきっかけ──―果てには自らの理想、その最終形が見えるかもしれない。

 

 

 

 そしてもし、この邂逅の場を設けた首謀者が良からぬことを企んでいたのなら──―その時はオイフェに挑む前の前座としては不足はない。その抱えた陰謀もろとも噛み砕いてやる。

 

 

 そう思い至ったクー・フーリンは、犬歯を剥き出して獰猛に笑いながら、目前に広がる一際黒い暗闇へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 暗闇を抜けたクー・フーリンは、大海に囲まれた孤島、そこから突出した断崖絶壁の崖、その切っ先に立って居た。

 

 

「なんだぁ、此処は?」

 

 

 そんな風景を前に、クー・フーリンは落胆を露わにしてそう呟かずにはいられなかった。

 暗闇を抜けた先にて内なる自分と対面すると思っていたら、海しかない孤島に放り出されたのだ。クー・フーリンが落胆したのは仕方の無いことだろう。

 それに、こんな周りに海しかない殺風景な景観が己の意識、その深層だというのなら、余りにも遊びがなさすぎる。

 

 

 これでも騎士として身を立てた頃から、騎士団の先達から女や酒を教えて貰い、チェスなどの娯楽にも手を出しているというのに、あんまりな心象風景にクー・フーリンが打ち剥がれていた時──―その気配は唐突に現れた。

 

 

 音も姿もなく出現したその気配は、クー・フーリンが今まで出会って来た強者たちに並び得る強大さを持っていた

 いきなり現れた難敵の存在を悟ったクー・フーリンは、咄嗟に切っ先から飛び退いた。それと同時に周囲に目線を向け、相手が何処にいるのかを確認した。

 だが、左右、前後、果てには上空にも気配の持ち主は居なかった。

 

 

「テメェ、何処にいやがるッ! 貴様は凶手か、それとも戦士か!? 凶手なら潜むがいい! だが、戦士ならば姿を見せろ!!」

 

 

 強者でありながら姿を隠すその性格、呼び出しておきながら要件さえ語らない首謀者の態度に、クー・フーリンは怒鳴った。

 だが、姿を見せない難敵の奇襲に備えて拳を構え、全身に魔力を迸らせた。

 

 

 ──―我は魔術師でも戦士でも無い。が、それでこそクー・フーリンだ。弱った貴様では我に相応しくない。

 

 

 クー・フーリンの挑発が功を奏したのか、姿を見せない首謀者が口を開いた。 その声は傲岸不遜を感じさせるものだったが、確と芯の通った声であった。

 

 

「そんな力を持っていながら魔術師でも戦士でもねぇ? じゃあなんだ、テメェはクー・フーリン()の神の側面とでも言うつもりか?」

 

 

 ──―否、我は神では無い。寧ろ相反す化生の類よ。

 

 

 自らを怪物と言い切ったその声を、クー・フーリンは訝しんだ。最初は己の心に住まうもう一人の自分だと思っていたが、クー・フーリンは半身半神だ。そこに怪物の血脈が一滴たりとも介入する余地はないはずだ。

 だが、自らの周りで怪物と連なる代物など、スカサハから賜った魔槍ゲイ・ボルグしか思い至らないが──―ゲイ・ボルグは意思を持つ武器(インテリジェンス・ウェポン)では無い。その線は薄いだろう。

 

 

 ならば何者か、とクー・フーリンが思慮に耽ているほんの少しの間に、事態は急変しだした。孤島全体が地震に襲われたかのように、激しく揺れ始めたのだ。あまりの激しさと不意を突かれたことも相まって、クー・フーリンが僅かによろめくと同時に、静謐に揺らめいていた海面が盛り上がり──―爆ぜた。

 

 

 

 空中に舞い上がった海水の飛沫が飛来し、クー・フーリンのた。全身を濡らした。飛沫が顔にかかる瞬間、右腕で顔を守ったが──―クー・フーリンの瞳はその一瞬でソレを捉えた。

 

 

 

 

 ──────青白磁の全身に、同色の尖った甲殻と身体に青藍の横線を走らせ、爛々と光る蒼い瞳で此方を見つめる一体の異形を。

 

 

 

 その異形を視界に収めた瞬間、クー・フーリンは本能的に理解した。この眼前に佇む蒼き巨獣こそが、己を深層意識に誘った下手人であると。そして、この巨獣がゲイ・ボルクの素材となった海獣──―波濤の獣、クリードなのだと。

 

 

 

「テメェ──―何の用でオレを招いたッ!」

『…………クー・フーリン。お前は覇獣の断片を得た男と殺し合う運命にある。これは避けられない定めだ』

 

 

 自らを招いた予期せぬ存在に、クー・フーリンは堪らず吠えたが、姿を現したクリードは問答を行う気が無いのか、独り言のように念話を飛ばした。

 

 

 そして覇獣──―紅海の覇者、コインヘンの事だろうか。しかし、目の前に座する圧倒的な威容を放つ巨獣でさえ敵わなかった、伝説の怪物を削れる人間が現在にいるのか、とクー・フーリンが思案しても、御構い無しにクリードは念話を進める。

 

 

『そして──―これは餞別だ。幸い、時間はある。先ずは我が力に馴染んでみせろ』

 

 

 そう告げるとクリードの瞳が一際強く輝いた。するとクー・フーリンの左腕を中心に、膨大な朱い魔力が逆巻き始めた。

 魔力自体が高熱を帯びているのか、まるで左腕に鋳造されるような激痛にクー・フーリンは顔を苦悶に歪めた。それと同時に先程の同じように視界の傍らからじわりじわりと黒が侵食し始めた。

 

 

『相手は比類なき最強。だが、案ずるな。お前はオイフェ、スカサハを越える、過去現在未来において最強の魔槍使いなのだから──────』

 

 

 

 その言葉を最後に、クー・フーリンの意識は完全に暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 クー・フーリンが意識を取り戻した時、彼は仰向けに倒れつつあった。そのことから、先程の奇妙な邂逅が現実において一瞬の出来事であると悟ると同時に、不思議と痛みを感じない身体を強引に前転させることで、オイフェと対峙する形で着地した。

 先の蹴撃で勝利を確信していたのか、オイフェの顔には僅かな驚愕が見て取れた。なのに彼女は、クー・フーリンが復活したというのに彼に意識を向けるでもなく、彼の身体──―正確には左腕に向けられていた。

 

 

 

「…………なんだ、その左腕は。それに、私が刻んだ傷も悉くが癒えているな」

「あン? これがクリードの力、なのか……?」

 

 

 淡々としたオイフェの言葉に誘われて、クー・フーリンは己の左腕と身体をちらりと視線をやった。

 そこには血で濡れているが、オイフェに与えられた傷が浅深を問わず完全に塞がってる己の身体と、右腕で握っているゲイ・ボルクを思わせる装飾が施されている籠手が、左の肩から指先にかけて纏われていた。だが、今さっき獲得したばかりの形態なのに、不思議と違和感はなかった。

 

 クー・フーリンが試しに籠手に魔力を注いでみれば、魔槍から放たれる特有の死を感じさせる紅い魔力が、血霧のように籠手全体から溢れ出した。

 その光景を見たオイフェの美貌が僅かに強張った。この数十秒にも満たぬ時間で起こった不可解な現象は二つ。

 

 

 

 一つ、クー・フーリンの傷を一瞬で癒した超速回復。

 

 

 二つ、魔槍の形状変化。

 

 

 

 前者はオイフェの技量を垣間見れば然程問題ないかのように思えるが、如何にオイフェが優れた戦士であろうとも、体力には限界がある。

 それに彼女は、クー・フーリンの顎を蹴り抜くまで一時も目を離さなかった。だから分かったのだ。傷の再生は倒れつつあったあの瞬間から始まり、オイフェと対峙するまでには終わっていたのだと。

 それほどの驚異的な回復力を得たクー・フーリンが、刺し違える覚悟で挑み始めたら──―況してや振るう得物はゲイ・ボルクだ。彼女はクー・フーリンの挙動に全神経を注ぎ、一瞬の弛緩をも許されぬ状況下に陥るだろう。それによる疲弊は計り知れないものだ。

 

 

 だが、それよりも──―オイフェが刻んだ傷が浅深に関わらず完治した。その点が彼女をクー・フーリンと同じステージに追い込ませた。その事をオイフェは理解していた。

 

 

 

 ならば何が問題なのか? 

 

 

 

 浅い傷だけでなく深い傷さえ治癒させたことか? 

 

 

 

 違う。その程度はルーン魔術を高いレベルで修めれば誰でも出来る。勇士ならばさして問題にはならない。

 

 

 

 ならば一瞬とでも言うべき驚異の再生速度か? 

 

 

 

 違う。一瞬には及ばないが、それに準ずる速さでの再生は、この場に集うオイフェを筆頭に、観戦に徹しているスカサハ、フェルディアの原初のルーンを修めた三人は可能としている。

 そも、オイフェは悠久の時を武に捧げてきたスカサハを殺そうとしたのだぞ? 与えた傷が瞬時に治った? だからなんだ。その程度のことで狼狽えるくらいなら、スカサハの前に立つ資格すらない。

 

 

 むしろ傷を再生されたのなら、今度は倍にして刻み返すくらいの気込みで丁度いい。そしてオイフェはそれを実行できる実力を持っている。

 

 

 

 ならばなぜ、オイフェはクー・フーリンが見せた尋常ならざる再生を障害たり得ると断定したのか。

 

 

 その理由は、彼女がクー・フーリンに刻んだ傷の全てが魔槍の模造品によるものだからだ。だが、所詮は模造品。悪く言えばレプリカだ。しかし、レプリカだからと侮ってはいけない。

 

 

 正史から逸れた外典で、獅子劫界離がロッコ・ベルフェバンから貰い受けた、ヒュドラの幼体のレプリカから抽出した猛毒が、サーヴァントに対して有効な攻撃手段になるように、正規品には劣るが、少なからずそれに準ずる性質を継いでいるものだ。

 

 

 神秘の薄れた現代でそれほどの事例があるのだ。ならば、クー・フーリン達が生を駆ける神秘に溢れた時代たる神代なら、製作者がオイフェなら──―継いだ特性は現代とは比較にならないのは当然の帰結だ。

 スカサハやオイフェが愛用する朱槍はゲイ・ボルクの因果逆転には遠く及ばないが、その刃に傷付ければ動きを阻害する程度の呪詛を宿している。だからこそオイフェは、全力のクー・フーリン相手に完全勝利という大壇振舞いを成功させれたのだ。

 

 

 だが、その宝具にさえ匹敵し得る呪詛を瞬時に解呪出来る手段を得たクー・フーリンを相手に、それ程の戦果を挙げれるか、と言われたらオイフェは言葉に詰まるだろう。これがオイフェとクー・フーリンを対等にさせたという証左に他ならない。

 

 

 しかし、それほど強力な力を些事とさせてしまうような変化が後者の魔槍の形状変化だ。

 ゲイ・ボルクはボルク・マックベインから、その支配者マク・ルバー、オイフェ、スカサハ、と人々の手を経てクー・フーリンへと譲渡させた。五代に渡って使用されてきた武器だ。つまり──―その分情報があるのだ。

 

 

 

 だが、長きに渡って魔槍を手にしていたオイフェやスカサハでさえ、知っているのは因果逆転の呪いに、投じれば三十の鏃に、突けば三十の棘となる能力だけだ。籠手状に変化するなど見たことも聞いたこともない。

 完全に未知なのだ。

 

 

 しかし、如何に彼女達が知らなかろうと、現に目の前の英雄はそれをやってのけた。籠手への変化が元から備わってきたのか、英雄が意思を以って成就させたのかは不明だが、魔槍の能力は三つという既知は崩壊したのだ。

 これからはクー・フーリンがこの土壇場で魔槍の能力をいくつ発掘したか、という前提で闘わなければならない。それがいくつなのかは不明だが──―もしかしたら籠手への変化の一つだけなのかも知れない。いや、二つもあり得る、多く見積もって三つという可能性も大いにある。

 

 

 それは例えるなら、高所から底の見えない谷底を眺めてる、とでも言えばいいのだろうか。だが、それに似た感情を今、オイフェが感じているのは確実だ。

 魔槍という未知が、オイフェを籠手の感触を確かめている(隙だらけな)クー・フーリンに飛び込ませずにいるのだから──―

 

 

 

「──―そろそろ、終わりにしようぜ」

「………ああ、そうだな」

 

 

 一頻り籠手を確認し終えたのか、クー・フーリンが気軽そうな声色で決闘の再開を催促した。

 その言葉である程度の覚悟が決まったのか、オイフェも流れていた一筋の冷や汗を拭って硬い声色で応じた。

 

 

 

 クー・フーリンが左の籠手を前に突き出し、右手の魔槍を後ろ手で横にして持つという独特な前傾姿勢を構えた。

 対するオイフェは今までとは比較にならない魔力を朱槍に纏わせ、右の朱槍をクー・フーリンに突き付け、左の朱槍を横に突き付ける構えを取った。

 

 

 二人が構えを取り、飛び出すまでの一瞬の静寂が流れ──―この一撃で決闘の勝敗が決する、と両雄の思考が合致した。

 

 

 

 そして──―

 

 

 

「オオオオオォォォォォッッッ!!!」

 

 

 クー・フーリンが挙げた怒号が静寂を搔き消したのを皮切りに、両雄はその場から飛び出した。

 

 

 クー・フーリンの規格外の脚力が、大地を捲り上げながら跳び込んだ。

 オイフェが稲妻を彷彿とさせる鋭い動きで、大地を削りながら突き進む。

 

 

 

 両者が対面するまでのほんの数瞬、クー・フーリンは霧状の紅い魔力を噴出する左の籠手を突き出し──―オイフェが両の手で握る朱槍を籠手目掛けて叩きつけんと振るった。

 

 

 

 

 その瞬間、英雄と女傑を中心に影の国全体に衝撃が振動し、深い砂埃に覆われた──―

 

 

 

 

 




わっ…………ゆるしてくださーーーいッ
つ、次の話の着想はできてる……そ、それを書くよ

正直なところ忙しかったんや……ゆるして

あ、ツイッター垢作りました(小声
@aburaggitaotoko
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第十四夜:黒騎士、始動

お久しぶりです(前科一犯)
気が付いたらこんな時期になってました…
取り敢えず前回が神話編だけだったので今回は聖杯戦争パートです。
キャラ崩壊を含みます。

キ ャ ラ 崩 壊 を含みます


 冬木市ハイアットホテル最上階のスイートルームにて、一組の男女が向かい合うようにソファに腰を下ろし、身を沈めていた。

 

 

 一人は燃えるような赤い髪とは裏腹に、凛洌な氷を思わせる佇まいをした美女、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。普段はまるで女帝の風格を醸し出している彼女に似つかわしくないが、はしたなくない程度に息を切らしながら、その額から玉のような汗を滲ませていた。

 その対面に座るのは、時計塔の魔術師にして君主(ロード)。九代続く魔術の名門、アーチボルト家の頭首であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトだ。

 ソラウの許嫁でもある彼は平然を粧おっているが、その手に刻まれた令呪を撫でながら疲弊を誤魔化すように深い息を一度吐いた。

 

 

「ねぇ、ケイネス。今日私たちがした事は意味があったのかしら?」

「ああ、当然さ。……ソラウ、君も昨夜の破壊痕を見ただろう?」

 

 

 辺りに乱雑と散らばった葉脈のような黒い筋が幾重にも絡みついた魔術礼装の残骸を横目で眺めながらソラウは口を開いた。ケイネスはその疑問を肯定しつつ、目を伏して昨夜に勃発した戦闘を想起する。

 

 

 

 待ちに待った第四次聖杯戦争の開幕。最高傑作の魔術礼装を懐に、神秘の隠匿など知ったことかと言わんばかりに魔力を垂れ流す不埒な輩を誅罰せんと臨んだ初陣。その結果はケイネスの認識を逆転させた。

 

 

 最優のクラスに恥じぬステータスを誇ったセイバーを捻るように圧倒したランサーのサーヴァント、フェルディア・マク・ダマン。

 そして続けざまに繰り広げられたフェルディアと黄金のアーチャーの激闘。異常な数の宝具を湯水の如く使ったアーチャーの絨毯爆撃と絶死の爆撃を無傷で過ごしたフェルディアの異常な頑健さ。

 

 

 それを間近で眺めていたケイネスは傍らにその二体のサーヴァントを凌駕するステータスを持ったバーサーカーが居たが、まるで生きた心地がしなかった。

 彼にとって第四次聖杯戦争は自らの箔付け程度に過ぎなかったが、あの激闘を見て、最早そんな悠長な事を言っている暇などないのだと嫌でも理解させられた。

 

 

 だからこそケイネスは可及的速やかに倉庫街から撤退し、拠点であるホテルに帰還した直後に君主(ロード)としての伝で時計塔に聖杯戦争の参加者についての情報を要求し、最後まで彼のプライドが許せなかったが、万が一の敗退を考えて、本国への切符を一つだけ用意させた。

 その後は時計塔から送られた情報に目を通しながらほぼ丸一日を費やしてバーサーカーの宝具の試運転を行っていた。

 

 

「この聖杯戦争で生き残るには魔術師同士の戦いに持ち込むしかない。…………本音を言えば、君の分の完成品(・・・)も用意したかったがね」

「それこそ無い物ねだりね。成功しただけでも充分よ。それよりもバーサーカーへの魔力供給は5:5じゃなくていいの?」

「今でも充分助かっているよ。…………それに、今はただでさえ疲れているんだ。今日はもう寝て、その話は明日にしないか?」

 

 

 ぎこちない笑みを浮かべながら休憩を提案したケイネスを見てソラウが笑った。ケイネスの拙い笑みがツボだったのか、軟化したケイネスの変化を感じたのかは定かではない。が、この日、ソラウは初めてケイネスに笑顔を見せた。

 

 

「──―そうねっ。おやすみなさい、ケイネス。また明日、ゆっくり話し合いましょう?」

 

 

 思わぬ不意打ち(笑顔)に頬を赤らめたケイネスを揶揄うようにソラウがソファから立ち上がった。

 気の抜けていたケイネスが堪らずビクッ、と肩を上げたのを横目で見ながらソラウが奥の寝室へと向かう。

 

 

「ねぇ、ケイネス。──―貴方、今みたいな方が素敵よ」

 

 

 そう言い残してソラウ・ヌァザレ・ソフィアリは寝室にその姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 灯り一つない部屋を夜天に輝く月が僅かに照らす中、ケイネス・エルメロイは全面ガラス張りの窓から冬木の街並みを見下ろしていた。

 

 

「──―出てこい。バーサーカー」

「…………」

 

 

 狂った素振りを一切見せずに狂戦士の枠に収められた英霊は打てば響く速やかさで、ケイネスの傍らに実体化した。

 

 

「ランスロット・デュ・ラック。私は貴様が嫌いだ」

 

 

 開口一番の悪態。仕える主人からの罵声に対してバーサーカーは躾けられた闘犬のように身動ぎ一つしない。それはまるで、ケイネスの罵声を受け入れているようにも見えた。

 

 

 

「高潔な騎士を謳いながら仕えた王の妃に手を出したその業の深さ──―召喚した時、貴様が狂っていて私は安堵した」

 

 

 サー・ランスロット。彼はブリテンの最強の騎士、円卓の騎士の中で最強と謳われ、アーサー王の妃、グネヴィアに不貞を働いたブリテン崩壊の片棒を担いだ裏切りの騎士。

 正常な価値観を持つ人間ならば好意的な印象を抱くことはないだろう。ケイネスもその一人だ。

 

 

「貴様の実力は認めよう。だが、私は獣を傍らに侍らす趣味はない」

 

 

 ケイネスは口を動かしながら懐に手を伸ばし、一枚の紙を取り出した。そして、マスターとしての特権である透視能力を使い、バーサーカーを視た。

 そこには幸運を除いたステータスが軒並みAという規格外な能力値と無窮の武練と文字が浮かんでいた。

 

 

「そう言えば貴様、やけにセイバーに執着していたな」

「ah…………」

 

 

 ケイネスの問い掛けに、静かにバーサーカーが呻いたが、それに頓着せずケイネスが持っていた紙がぐしゃり、と握り潰された。

 その紙に記された情報をソラウは知らない。昨夜から密かにケイネスが隠し持っていたそれには、聖杯戦争に参加している一人の男の来歴が事細やかに記されていた。

 

 

 

 その男の名は──────衛宮 切嗣。通称、魔術師殺し(メイガス・マーダー)と呼ばれる魔術使いにして、アインツベルンに雇われた傭兵だ。

 

 

 

 これまでに多くの魔術師を殺害してきた暗殺者である彼の魔の手に掛かった魔術師の死体は魔術回路がズタズタに引き裂かれている、という共通点がある危険人物だ。

 ただでさえ明確な脅威が矢面に二体も存在しているというのに、これ以上ソラウを怯えさせたくが無いためにケイネスは敢えてこの情報を伏せていた。

 

 

「自儘に連れて来た彼女が傷付いたら、私は──―自責の念で死んでも死に切れんッ」

 

 

 紙を握り潰していた手から血が垂れた。紙が血に染まっていくのを気にする事なく、ケイネスは拳を握る力を強めていくのを止められなかった。

 

 

「バーサーカー。お前の中に騎士としての誇りが生きているのなら、ソラウを助けてくれッ。私だけでは彼女を庇う事すら──―ッ」

 

 

 ケイネスの手に、漆黒の籠手が添えられた。その無骨な籠手には似つかわしくない、労わるように手を包まれてケイネスの篭っていた力がゆっくりと霧散していく。

 それを理解したのか黒騎士はケイネスから離れ、失敗作の中から剣状の魔術礼装を拾い、それをケイネスに手渡した。

 バーサーカーの行動に目をパチクリしていたケイネスだったが、黒騎士が己の前に静かに傅いた事で全てを理解した。

 

 

「まさか、叙任式のつもりか……?」

 

 

 バーサーカーは動かない。構えを解く事はなく、呻きすらしない。その微動だにしない姿にケイネスは絶対に動かない、という鉄の意志を感じた。

 

 

「馬鹿者が。こんなガラクタでは、みっともないだろう」

 

 

 そう言いながらケイネスは傅いたランスロットの左肩の上に剣の腹を当てた。

 伏していた黒騎士の面が主人の許しを得て上がる。その漆黒の甲冑から覗く赤い眼光が黒騎士を見据えるケイネスの視線と交差する。

 

 

「サー・ランスロット。私に今生のみ騎士としての忠誠を誓うか?」

「ye……s」

 

 

 ケイネスの口上に、拙いながらもバーサーカーは応えた。添えられていた剣が上げられ、ケイネスの懐に収納された。

 バーサーカーは立ち上がり、ケイネスは黒騎士に背を向けて歩き出す。

 

 

「──―付いて来い、我が騎士。お前の実力、知らしめてやれ」

 

 

 その言葉を聞いた黒騎士は何も言わずに霊体化を開始した。

 裏切り者の烙印を押された不忠な己を、狂気に染まる事で目を背けた己に機会を与えてくれた今生の主人に報うとしよう。

 千載一遇の好機だったが、我が望みは後回しだ。この身の願望は正当な手段で得るとしよう。

 

 

 

 

 

 ただ、この夢幻の結末がどうであろうが──―消える間際に聞いたその言葉を、黒騎士()は忘れる事は無いでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁなぁ、青髭の旦那ぁ。もう二日になっちゃうよ。いい加減、動き出さねぇ?」

 

 

 悪臭が漂う真っ暗な下水道で、ナイフを弄びながら殺人鬼、雨生 龍之介が不満の声を漏らした。

 アインツベルンの森でキャスターがフェルディアから命からがら逃げ出して既に二日が経っていた。キャスターは隻腕となり、魔導書が半分焼かれるという痛手を被ったが、肝心の魔導書はほぼ再生を終えつつあった。あと半日も経たずに魔導書は完全復活を遂げるだろう。

 

 

 取り敢えずは幸先の良いキャスターと打って変わり、龍之介の心情は不満しかなかった。

 彼とて何日も警察から逃げ続けているから馬鹿じゃない。キャスターの言い分は理解できるし、納得している。しかし、理性では理解できても本能が我慢できないのだ。

 

 

 以前の彼だったら一日や二日程度、我慢できていた。寧ろ何日も続けて『作品』作りを決行していたら既に彼は警察に捕まり、投獄されているだろう。

 だが、彼は劇毒(キャスター)と出逢ってしまった。

 キャスターのお陰(所為)で生きるか死ぬかの瀬戸際を易々と犯せるようになってしまった。

 そのため、今までは出来なかった事が出来るようになった事でインスピレーションが湯水のように湧いて湧いて悶々とならざるを得なかったのだ。

 

 

 せめて手元に『作品』があれば慰めになったであろうに沢山あった『作品』たちは何処ぞの誰かにアトリエごと燃やされてしまった。

 以前の下水道と異なって何一つない殺風景な場所にいる所為で余計寂しく感じてしまう。

 

 

「耐えるのです、リュウノスケ。今は雌伏の時。あと一夜過ぎれば、思う存分に最ッ高のCOOLを楽しめるのですから」

「けどさぁ、昨日から旦那はそればっかじゃん。なら、俺にも片棒担がせてよ」

「それもそうですね。では、リュウノスケ。耳を拝借しますよ」

 

 

 

 キャスターがおどろおどろしい笑みを浮かべながら龍之介を諭すも、不満が溜まっているのか龍之介は身を乗り出してキャスターに躙り寄り、肩を組んで構うように呟いた。

 龍之介の言い分に納得したのか、キャスターは親友と悪戯を企む悪ガキのように笑みを深くしながら龍之介の耳元で囁いた。彼の脳裏に描かれた邪悪で、醜悪な一端を。

 

 

 

「それ──―すげえCOOLだよ旦那! 俺、そんな事浮かびもしなかった!!」

「そうでしょうそうでしょう! 今、耐えた後に聞く凄惨な悲鳴や歪む聖処女の顔は──―この世の何よりも甘露な喜悦を我等に与えてくれる事でしょう!!」

 

 

 

 

 

 下水道に悪魔の哄笑が木霊する。

 人々の平穏の水面下で彼等の凄惨な計画は胎動を始めた。

 それに人々は気付かない、気付けない。

 

 

 

 

 

 

 何故なら、幸せが壊れる時はいつだって血の匂いが伴うからだ。そして皮肉な事に血の匂いが漂ってから人々は幸せの倒壊に勘付くのだから──―。

 

 

 

 

 一人の男の覚悟や悪魔たちの邪悪を引っ提げて第四次聖杯戦争四日目の夜が幕を開く。

 

 

 

 

 

 




愛に目覚めたケイネス。ベジータかな?
久し振りの執筆なので拙いのはご了承下さいm(_ _)m
リハビリがてらに投稿した小説もございますのでよかったら其方も是非。
余談ですが、嫁鯖のエルキドゥが宝具3になったので僕は幸せです。


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第十五夜:黒騎士の暴威

 

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは知る由も無いが、昨夜にアインツベルンの森で起きた戦闘は、まったくの僥倖だった。

 普段はアインツベルン城を中心に森を囲むように張られている結界は、キャスターによって緩められ、その後、追い打ちのように放たれたフェルディアの宝具によって決壊していた。

 当然、セイバー陣営がそれを良しとする筈もなく、再度結界は張られはしたものの、速さを優先した突貫工事であった為、些か粗が目立つ粗末な代物だ。

 

 

 そして本来の結界なら兎も角、そんな杜撰な結界を術者に悟られる事なく改変する程度、ケイネスにとって造作も無いことだ。

 ケイネスは結界をものの数分で突破し、バーサーカーを伴って森の深部へと踏み込んだ。

 

 

 だがケイネスが着実にアインツベルンの拠点の中枢である城に近付いているのはセイバーのマスターにも露見しているだろう。

 その証拠に視界を阻む草木で巧妙に隠されてはいるが、次第にその数を増している監視カメラの無機質な瞳がケイネスとバーサーカーを見つめ続けている。

 最初は見つけ次第、バーサーカーに破壊させていたが、今では設置された場所を把握する程度で済ましていた。

 

 

 

 あまりにも魔術師らしからぬ大胆な行為であったが、ケイネスは問題ないと考えた。

 これからケイネスが挑むのはフェルディアやアーチャーのような真っ当な英雄といった強者ではない。相手は偽りのマスターを拵え、安全圏から自身の手で敵を射殺する暗殺者だ。

 生い茂る木々で視界が悪い上に、傍らにバーサーカーを侍らせてる現状、恐らくは有利な場内に足を踏み入れるか、セイバーと接敵するまでは此方の動向を探っていると考えてケイネスは確固たる足取りで城を目指した。

 

 

 ふいに視界を阻んできた木々が消え、ケイネスの目の前に荘厳な石造りの城が現れた。そして、ケイネス達の入城を阻止する為にセイバーとアイリスフィールが門の前で立ちはだかっていた。

 

 

「人の敷地に無断で立ち入るなんて、時計塔の教授(ロード)の品位が疑われるわよ」

 

 

 対峙して開口一番、アイリスフィールが舌戦に持ち込むべく口火を切った。なるべく貴族であるケイネスが不快に思うように選出されたそれは、普段のケイネスならば乗じていただろう。だが今はそんなもの(己の誇り)よりも大切な者を守る為に赴いたのだ。

 

 

 敵の思想など、知ったことか。

 下らない舌戦に応じるつもりなど毛頭ない。

 ケイネスは惜しげもなくアインツベルン陣営のアキレス腱を口にした。

 

 

 

 

 

「全ての陣営を騙そうとする胆力は認めるが……侮ってくれるなよ、影武者が」

 

 

 影武者。その単語を耳にした瞬間、アイリスフィールの顔が硬直する。驚愕の声は上げなかったが、時として沈黙ほど雄弁なものはない。その表情が、全てを語っていた。

 そして、ケイネスはアインツベルンを畳み掛けるべく、彼等が最も恐れていたことを確信めいた口調で吐露した。

 

 

 

 

 

影武者(これ)も『魔術師殺し(メイガスマーダー)』──―エミヤ・キリツグの策略なのだろう?」

 

「──―バーサーカーを倒して! セイバーッ!!」

 

 

 弾けたようにアイリスフィールがヒステリーめいた叫びでセイバーにバーサーカーの抹殺を命じる。

 マスターの詐称に悪名高き『魔術師殺し』の存在を教会や他陣営にでも告発されたらアインツベルンは袋叩きにされる事態に発展し得る。それだけは避けねばならない。

 それはセイバーも同意なのだろう。彼女は打てば響く速さでバーサーカー諸共ケイネスを斬り伏せんと突撃し、不可視の剣を横薙ぎに振るった。

 

 

 だが、不意打ちめいた強襲は鉄と鉄がぶつかる音と共に失敗に終わる。バーサーカーの漆黒に染まり、赤い脈が走った長剣がセイバーの不可視の剣を防いだのだ。

 

 

 競り合うバーサーカーとセイバー。この小手調べで優位に立ったのは圧倒的なステータスを誇るバーサーカーだった。セイバーも負けじと魔力放出で自身にブーストをかけるが、圧倒的な膂力に押し負けている。

 セイバーを捩じ伏せんと長剣を押し付けるバーサーカーと体勢を崩すまいと足掻くセイバー。

 その膠着状態を崩す為にケイネスはただ一言、バーサーカーとだけ呟いた。

 

 

 それだけで主人の意向を悟ったのだろう。バーサーカーは躊躇うことなくケイネスから魔力を吸い上げる。途端、更に力を増したバーサーカーとの接近戦を悪手と判断したセイバーは蹈鞴を踏みながら後退する。

 

 

 

 瞬間、セイバーの脳裏に振るわれた豪腕に首をへし折られた己の姿が浮かび上がる。

 彼女は未来予知にも等しい直感に即座に従った。バーサーカーの腕の軌道に合わせて剣の腹を置き、裏面に左手を添えた反撃のない完全な防御体勢を取った。

 

 

 

 

「ッ……くッ!?」

 

 

 バーサーカーの腕と不可視の刀身が激突した瞬間、あまりの威力にセイバーの身体は宙を舞っていた。

 目まぐるしい速度で切り替わる視界と移り変わる光景。痺れる両腕。未だに全身を巡る凄まじい衝撃。

 そんな状態でまともな着地などできるはずもなく、セイバーは木製の門を突き破り、転がるように城内の石床に叩き付けられた。

 

 

「なんて、威力……ッ」

 

 

 

 如何に狂化による補正があるとはいえ、自身の全霊でも太刀打ちできないことに倒れ伏しながらセイバーは歯噛みした。

 痺れが治ってきた両腕に力を入れて身体を持ち上げようとした瞬間、効きはしないとはいえ夥しい数の金属の礫が四方からセイバーに浴びせかけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり侵入経路には罠が設置されていたか」

 

 

 セイバーが吹き飛んだ直後、城内から響き渡った轟音と炸裂音を耳にしたケイネスは何ら驚くこと無く、感想を口にした。

 

 

 

「──―舞弥さん、お願い!」

 

 

 ケイネスの知らぬ名を叫びながらアイリスフィールはコートの袖口から針金の束を抜き放つ。そして、それに続くように右方向の木陰から銃器を構えた女性が飛び出した。

 

 

Shape ist leben(形骸よ、生命を宿せ)!」

 

 

 二小節の詠唱。媒体は金属。アインツベルンの真骨頂たる貴金属の操作か、と悟ったケイネスが魔術を妨害せんと動いた瞬間、舞弥の構えたキャレコが火を吹いた。

 銃口から飛び出した銃弾の雨をバーサーカーは己が身を以ってケイネスを守りながら舞弥の鎮圧を成し、鷹を模したアイリスフィールの魔術はケイネスのガンドによって打ち砕かれた。

 

 

「殺しはせん。ただ、余計な横槍を入れられるのも面倒だ。暫し、眠ってもらうぞ」

 

 

 

 頼みのセイバーは敵わず、舞弥は意識を失い、魔術は通じない。失意に暮れるアイリスフィールにケイネスは興味を失ったのか、暗示を掛けようと手を伸ばす。

 

 

 

 

「──―──―其処を退け、魔術師ッッ!!」

 

 

 その瞬間、赫怒の相貌を浮かべたセイバーが城内から飛び出し、アイリスフィールからケイネスを隔てるように不可視の剣を振るうが、バーサーカーの長剣が割って入る。

 

 

 バーサーカーとケイネスを引き離す為に直感に従い、セイバーは渾身の一撃を黒騎士に叩き付けた。

 

 

「アイリスフィール、退がって下さい!!」

「え、ええ……」

 

 

 初めて聞いたセイバーの叱咤の声に狼狽えながらもアイリスフィールは立ち上がり、城壁へと駆け出した。

 

 

 

「バーサーカー。最悪、魔剣の開帳も許す。存分に暴威を振るうがいい!!」

「…………ar()…………ur()……ッ!!」

 

 

 対してケイネスは懐から一つの魔術礼装を取り出して、バーサーカーに全力での戦闘を命じる。そして、ケイネスはセイバーとアイリスフィールの傍らを通り、アインツベルン城に足を踏み入れる。

 今生の主人からのオーダーを承ったバーサーカーは全身から漆黒の魔力を吹き荒れさせながら群青のセイバーへと突撃した。

 

 



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第十六夜:激闘のアインツベルン

 

 

 セイバーの横を通り抜けたケイネスは大破した大門の前で、先ほど取り出した黒い液体で満たされた一本の試験管の栓を抜き、傾ける。重力に従って零れた中身が石畳に落ちて飛散した。

 

 

Fervor,mei Sanguis(沸き立て、我が血潮)

 

 

 術式起動の呪文を呟くと、辺りに飛び散っていた液体が意思を持ったように一点に集い、球状に形を成した。

 これこそケイネスが持つ数多の礼装の中で最強の魔術礼装『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』。

 魔力を充填した水銀を意のままに操るという、『水』と『風』の二重属性を持ち合わせたケイネス独自の魔術礼装だが、普段とは異なる様態を醸し出していた。

 本来なら白い金属光沢を放つ水銀だが、ケイネスの傍らに鎮座する水銀球は対極の黒に染まり、葉脈のような赤い筋が幾重にも這っていた。

 この場にもし、セイバーが居合わせていれば、それがバーサーカーの魔力が浸透した代物──―魔術礼装を逸脱した擬似宝具だと察することだろう。

 しかし、如何に擬似宝具と言えども『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の本質は魔術だ。使用者であるケイネスが命じなければ起動しない。

 

 

Automatoportum(自動) defensio(防御)Automatoportum(自動) quaerere(索敵)Dilectusincrisio(指定攻撃)

 

 

 故にケイネスは基本的な命令を紡いでいく。その都度、それに応答するように水銀球は表面を震わせ、荘厳な城に似つかわしくない惨状を呈した城内へと歩み寄る彼の足元を転がりながら追従する。

 戦闘の準備が完了したところで、ケイネスはホールに踏み込んだ。先ほどまで外観と遜色無い豪奢さを誇っていたであろう内装はズタズタに引き裂かれており、仕掛けられていた罠の悪辣さを物語っていた。

 

 

Automatoportum(自律) quaerere(索敵)

 

 

 ケイネスはホールを一眸すると、無人のホールに迎撃者が潜んでいないと判断して『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』に一階全域を走査(スキャン)するように命じる。

 水銀が命令を履行すべく、細い触角を四方八方に撒き散らし、結果が分かるや否やその表面を震わせてケイネスに結果を伝播する。

 "この階は無人か……"

 結果を把握したケイネスは水銀を先行するように命ずる。

 その後に続くケイネスは、荒ぶる心を平静させるように手の甲に刻まれた三画の令呪を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 ホールの物陰に設置しておいた隠しカメラによって、衛宮切嗣は城内の一室に居ながら、『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の異質さを確認することができた。

 最善は大門に控えていたセイバーがバーサーカーを始末、若しくは森林に潜ませた久宇舞弥がケイネスを暗殺だった。次点で城内のホールに仕込んだクレイモア対人地雷で噂に聞く『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の自動防御の反応速度を観察したかったが、罠そのものがバーサーカーに不覚を取ったセイバーによって起爆した為、切嗣の策略は頓挫してしまった。

 

 

 考え得る限り、最悪の形で入城された。その事実に歯噛みしながら切嗣は脳内で策略を思案する。

 ケイネスは一階の部屋を一つ一つと虱潰しにして自分を探してくるはずだ。幸い、現在地は二階の奥で、敵陣を爆破する為の爆薬も残っている。今からでも戦闘の準備を万全にできる猶予はあるだろう。

 そう考えた切嗣は行動に移るべく部屋から出ようと扉に向かい、立ち止まった。

 手にかけようとしたドアノブの鍵穴から、糸ほどの細さの水銀が垂れていたのだ。音も無く滴り落ちていくそれは、扉の中腹程度までに伸び、少しばかり静止した後にビデオを逆再生したかのように鍵穴へと這い上がり、室内から消え去った。

 

 

「……なるほど、自動索敵か」

 

 

 敵の魔術礼装に備わっていた厄介な能力を苦々しく呟いた直後、室内に敷かれていた絨毯ごと床が階下へと崩落した。

 円形に切り抜かれた部屋の中央から、皿状の水銀を足場にしたケイネスが姿を現した。

 

 

「見つけたぞ、エミヤ・キリツグ!」

 

 

 切嗣を視認したケイネスが吼えた。続けざまに水銀に攻撃を指示しようとしたが、それよりも早く、腰のホルスターからキャレコ短機関銃を引き抜いた切嗣が引き金を引いた。

 即座に水銀がケイネスの前に防御膜を形成し、弾丸の嵐を防ぎきる。弾倉が空になるまで、僅か数秒。

 だが、その数秒は切嗣の魔術を起動させるには充分すぎた。

 

 

Time alter(固有時 制御)──―double accel(二倍速)!」

Scalp()!」

 

 

 切嗣の詠唱が終わると同時にキャレコの弾幕が途絶え、その瞬間を見計らったようにケイネスが攻勢に出る。

 眼前に展開された水銀の膜が二分され、左右同時に黒い斬撃が切嗣を薙ぎ払う軌道で振るわれた。

 ダイヤモンドさえ切り裂く死の一撃が胴に触れる直前、切嗣は人並み外れた速度で二振りの水銀の触手を回避してみせた。

 標的を失った水銀の斬撃が、壁を破壊した。

 

 

「くッ!? ス、Sca──―」

 

 

 再度ケイネスが攻撃を指定するよりも先に、切嗣は高速で壁を走ってケイネスを抜き去り、勢いそのままに水銀と床の隙間にその身を滑り込ませることで部屋の開口部からの離脱に成功した。

 

 

「やはり、多少は魔術の心得があったか……」

 

 

 一人室内に佇むケイネスは何ら驚いた様子も無く、そう呟いた。衛宮切嗣の毒牙にかかったという魔術師の遺体の状況を聞き受けた時から、単なる卑劣漢ではないとケイネスは確信していた。

 そして傭兵ということからアインツベルン以外にも魔術師のパトロンがいるのかと推察していたが、よもや本人が魔術に精通しているとは思わなかった。

 つまり、衛宮切嗣は魔術の薫陶を受けながらも魔術師としての誇りを持たず、科学の粋に縋る卑劣漢。その上、手段を選ばぬ外道というわけだ。その認識がケイネスを更に苛立たせる。

 

 

「殺すことに変わりはないが──―何処までも私を不快にしてくれる……」

 

 

 ケイネスが指を鳴らす。すると、ケイネスに皿状の足場を提供していた水銀は形はそのままにケイネスの自重に従ってゆっくりと階下へと降下していく。

 

 

ire(追跡)sanctio(抹殺)!」

 

 

 一階に降りたケイネスはすぐさま水銀に下知を下す。内容は影も形も消え失せた衛宮切嗣の捜索、そして察知した標的への接敵。

 下知を受けた『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』が以心伝心とばかりに階下に舞い降りた瞬間、再び細い触角を何本も一階に張り巡らせる。直後、触角のうちの一本が無人の城内に木霊する靴音と人型の熱源を感知した。

 ものの数秒で城内に走らせた触角たちを集束させ、完全な球状を取り戻した水銀球は標的めがけて猪突猛進の勢いで転がって先行する。

 “焦ることはない、優位なのは私だ。”

 それに続くケイネスの顔は何も感じさせぬ冷え切った表情を浮かべ、突き進む水銀を追っていた。

 

 

 

 

 

 ケイネスの奇襲を凌ぎきり、視線を切った切嗣は曲がり角で足を止め、柱の陰に身を隠した。

 おそらく水銀の触手は蜘蛛の巣のように何度も張り巡らされ、切嗣の正確な所在を割り出そうとしているだろう。

 先の切嗣の位置を特定した水銀の探知は、空気振動を判別することで聴覚の代理を為し、気温の変化から熱源を察知したのだろう。

 ならば、心拍音、呼吸音、それに体温さえ誤魔化せば、ケイネスを出し抜ける。

 "─―─そうじゃなければ、また逃げに徹すればいい"

 天井より滴る水銀の糸を見据えて切嗣は魔術を起動した。

 

 

Time alter(固有時制御) ─―─ triple stagnate(三重停滞)

 

 

 今度の固有時制御は先の加速した術とは逆のものだ。切嗣は生体機能を三分の一のスピードに減速させた。

 結果、呼吸は鈍り、心拍も鳴りを潜めた。血流が減速した影響で全身の体温は室温と遜色ないまでに冷却される。

 

 

 切嗣の憶測が通りだった探査術は、この廊下を無人と判断したのか、水銀の触角は急速に元来た道を巻き戻っていく。

 そして廊下を蹴る靴音が耳に届いたと同時に停滞を解除。柱から飛び出し、無人だと思い込んでいるケイネスへの奇襲を開始した。

 

 

「─―─ケイネス!」

「─―─ッ!?」

 

 

 予期せぬ奇襲に動揺したケイネスに対して切嗣は左手で構えたキャレコの弾幕を浴びせる。

 だが、主人の動揺をよそに『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』は瞬時に防御膜を展開する。漆黒のカーテンが切嗣とケイネスを完全に遮断した。

 

 

「─―─猪口才な。もう逃がしはせんぞ!」

 

 

 このやり取りが先の焼き直しだと理解すると防御膜の向こうでケイネスは平静を取り戻す。

 だが、ケイネスは既に自立防御の弱点を見抜かれていることを知らなかった。

 膜が張られた瞬間、切嗣はキャレコの引き金から指を離して空いている右手でコンテンダーを抜き放ち、漆黒のカーテンのど真ん中目掛けて発砲した。

 

 

月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の瞬間変形の秘訣は圧力にある。球状の水銀からなら、銃弾を凌駕する速度での変形が可能だが、薄く広がった液体に瞬間変形を遂げるほどの圧力をかけることはできない。

 故にキャレコの威力に適応した防御形態を取った水銀は、迫り来る大威力の銃弾を防ごうとしても、変形が間に合わない。

 

 

 そう推察した切嗣は間違っていない。実際、本来ならば此処で『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の防御膜は破られるはずだった。

 切嗣の誤算。それは『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』が擬似宝具へと変貌していたこと。それに尽きた。

 

 

 

penetrabilior(刺突)!!」

 

 

 銃声だけが鳴り響いていた廊下に、ケイネスの一喝が響いた。

 漆黒のカーテンが一瞬にして溶けて水銀球へと逆戻りし─―─銃弾を優に超えた速度で水銀の触角が蜘蛛の巣状に射出された。

 

 

Time alter(固有時制御)─―square accel(四倍速)!!」

 

 

 流石に戦闘慣れしているだけあって切嗣の対応は早かった。即座に自身の出せる最大限の加速を以って、蜂の巣にせんと牙を剥いた水銀の槍糸を高速体術で回避していく。

 だが、余りにも数が多すぎた。

 

 

 

 

 何本かの水銀の糸槍が切嗣の身体を裂いた。

 時間にしてほんの数秒の出来事だったが、それでも切嗣は"時の流れ"から肉体を切り離した代償に喘ぎながらも患部の確認を急いた。

 傷は三箇所。左肩、貫通。右頬、左脇腹に僅かな裂傷。

 銃弾の雨の如き攻撃をこれだけで抑えれたのは僥倖だと言うべきだろう。

そして、右の脇腹を抑えていることから、雑な照準でケイネスにダメージを与えれたのも幸運だろう。

 

 

 

 

 だが、窮地であることに変わりない。

 キャレコ短機関銃、装弾数三四発。コンテンダー、装弾数零。ナイフ一本。魔術は使えて二倍速が限界だろう。

 "どう考えても詰みだ。令呪を切るしかないッ"

 そう思い至った切嗣はキャレコを撃ちながら令呪を掲げ、念じる。

 セイバーを転移させる気だと勘付いたケイネスがそれを封殺すべく、水銀に攻撃を命じる。

 

 

「令呪を以って─―─」

「これで終わりだ─―─Scalp()!」

 

 

 

 二分された水銀の触手の片割れが銃弾の雨をシャットアウトし、もう片方が切嗣を叩き潰さんと唸りを上げる。

 ──"間に合わない"

 迫る鞭を眺めてそう悟った切嗣だったが、一縷の希望を賭けて、キャレコの射撃を止めることはなかった。加えて令呪の使用も中止しない。

 

 

 

 その甲斐あってかは不明だが、契約した白銀の騎士ではなく───

 

 

 

 

 

 ─―─城の窓硝子を突き破り、黒衣の男が切嗣の前に割って入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイリスフィールはこの聖杯戦争における自分の役割を正しく理解していた。

 彼女は前回に起きた聖杯の破壊という事故を経て、同じ轍を踏まぬようにと鋳造された小聖杯を守るためだけに鋳造された殻に過ぎない。

 故に、サーヴァントが消滅して聖杯が本来の機能を取り戻していく度に彼女の生体機能・人格は剥がれ落ちていき──―最終的に”アイリスフィール”という外殻は消失することになる。

 

 

 が、そんなことは彼女にとっては些細な問題だ。とうの昔に覚悟など済ませているのだから。

 だが、彼女は一族の悲願の為ではなく、生家に遺した一人娘に自身と同じ一族の業を背負わせない為に聖杯戦争に望んでいるのだ。

 だからこそ彼女は、眼前で繰り広げられる嵐の如き戦闘を前にして、ケイネスがいる城内へと逃げることはできず、況してや離れた木陰で昏倒している舞弥の手当てに向かうこともできずにアインツベルン城の城壁の隅で伏せていることしかできなかった。

 

 

「──―せやあああッ!!」

「──―■■■■■■■ッッッ!!!」

 

 

 静寂な闇夜の中で咆哮を上げながら二体の英霊が鎬を削る。

 共に剣を得物とする英霊は互いに一歩も譲らぬ激しい剣戟を繰り広げる。

 セイバーの不可視の剣をバーサーカーが受け止める。バーサーカーの全断の一撃をセイバーが紙一重で回避する。

 一振り一振りが周囲の木々を易々と伐倒し、発生する風圧が大地を捲り上げる。

 両雄の放つ一撃一撃は既に当たれば勝負を分ける破壊力を秘めていた。にも関わらず、両者は間合いから退くどころか、寧ろ剣戟の苛烈さを増幅させる。

 

 

「ぐぬ、く……ッ!」

「ar……theraaッ……!」

 

 

 金属と金属を打つける音を轟かせてセイバーとバーサーカーは苦悶の声を漏らしながら鍔迫り合いへと縺れ込んだ。

 セイバーが魔力放出で押し切ろうと謀る。バーサーカーも殺意に塗れた魔力を逆巻かせ、捩じ伏せんと圧する。

 

 

「ar──―theraaaaaッ!!」

「は……ああァッ!!」

 

 

 セイバーを魔人の膂力を以って押しながら喉が枯れ果てるまでに何者かの名を絶叫するバーサーカー。

 これ程の武人が狂乱に囚われてしまうほどに執着させる者に関心が向く以上に、その名がセイバーの平静を乱させる。

 

 

 

 

 アーサー。

 それはセイバーが生前に名乗っていた偽りの名前。

 そして、その名を世界に轟かせる英雄は世界広しと言えど、ただ一人。

 真名、アルトリア・ペンドラゴン。

 嘗て十三人の高名な騎士を束ねてブリテンを治めた騎士の王。それこそがセイバーの正体だった。

 

 

 

 ならば、アーサー王の名を叫びながら彼女に斬りかかるこの狂戦士は同じ時代を駆けた英雄なのだろう。

 理性を捨ててまで己に執着するくらいだ。敵対関係にあった蛮族の誰か──―と考えたかったが、セイバーにはそうとは思えなかった。

 確かに生前は蛮族共に苦渋を舐めさせられたのは事実だが、それは"個"としてではない。騎士王や円卓の騎士という強大な英雄たちを以ってしても駆逐が追い付かぬ程の"群"に手を拱いたのだ。

 確かに奴儕の中には優れた者も居たが、英霊として祀られるほどではないし、況してや最優のクラスに据えられた騎士王と張り合えるはずもなく。

 

 

 となれば、彼女が持つ残る縁は円卓の騎士だけだが、アーサー王としてではなくアルトリアという少女はその可能性だけはあり得ないと認められない。

 彼女に仕えた円卓の騎士は皆が高潔な精神の持ち主だった。目の前で剣を交える狂乱に身を委ねた狂戦士とは対極にある騎士道を誉れとした誇り高き騎士なのだ。

 紅い双眸に憎悪を燃やし、獣の如く吠え猛るバーサーカーの適正を持ち合わすはずがない。

 

 

 心ではそう思っているものの、そうでなければ説明が付かない根拠があるのも事実だ。

 顔は誤魔化しが効かない以上、手を加えなかったが、生前はアーサー王として滞りなく振る舞う必要があった為、男装をしていたが、セイバーは青を基調としたバトルドレスを身に纏い、その上から全身を銀の甲冑で覆わせているのだ。

 通常なら伝承上、男とされている騎士王が少女などとは夢にも思うまい。その上、女物の服を召しているのだ。彼女とアーサー王だと結び付けれる者など、この自分に縁があることと同義だ。

 そして、何よりも──―召喚されてから、聖杯戦争が開幕してからも一度たりとも不可視の鞘に隠された刀身を晒していないのに、セイバーは常にバーサーカーに遅れを取っていた。

 

 

 そも、不可視である『風王結界(インビジブル・エア)』の剣筋は決して見抜けないはずなのだ。

 それは一神話の頂点に君臨したフェルディアでさえも例外ではない。事実、彼はセイバーとの戦闘時、一不可視の剣の間合いに憶測がつくまでは劣勢を強いられていた。

 にも関わらず、黒騎士は不可視の剣撃の悉くを弾き返し、剰え迎撃すらしてみせたのだ。まるでセイバーの執る剣を、その形状から刃渡りに至るまでの全てを熟知しているかのように。

 

 

 このバーサーカーには『風王結界(インビジブル・エア)』の透明化が効いていない。風の鞘の下に隠された聖剣を見知っているのは明らかだった。

 それは──―英霊となる前の彼女と旧知であったことに他ならない。

 そうでなければ説明が付かないのだ。

 だが、仮に眼前の黒騎士が円卓の騎士に名を連ねた者だとしたら、彼等を束ねていた彼女は確実に知っていなければならない。

 なのにセイバーは全身にぼやける黒い霧を纏わせたバーサーカーの真名を看破できずにいた。

 

 

 

「──―■■■■ッ!?」

 

 

 セイバーが鍔迫り合いながらも自問自答を繰り返す最中、突如としてバーサーカーの超怪力が途絶した。

 兜の奥から漏れた呻きは驚愕に染まっていた。

 が。

 英霊同士の戦闘において、その隙は大き過ぎた。

 

 

 バーサーカーに押し込まれていたセイバーは、その隙を付いて押し返すのではなく、魔力放出を駆使して競り合いから真横へと離脱した。

 セイバーという支えをいきなり失った黒騎士がつんのめる。

 見逃すセイバーではない。

 勢いに身を任せて回転し、鎧を捨てながら『風王結界(インビジブル・エア)』をも解除する。

 

 

 

 ばん、と破裂する大気。それまで不可視だった黄金の聖剣が姿を現した。

 

 

 

「──―はあああァッ!!」

 

 

 裂帛の気合いとともに振るわれた黄金の聖剣。

 渾身の魔力放出を乗せた回転による遠心力と『風王結界(インビジブル・エア)』が剣に与えたさらなる加速は迎撃は疎か、回避も赦さぬ一撃必殺の一刀へと変貌した。

 

 

 百に及ぶ剣戟の末に、会心の一撃。セイバーの剣閃がバーサーカーを一閃した。

 

 

 

 

 

 だが。

 "──―浅いッ!? "

 

 

 絶好の好機に放った決着の手応えを感じさせた一撃は黒い兜までを捉えたが、袈裟にするには至らなかった。

 威力、速さ、タイミング、全てにおいて万全の一撃だった。だからこそ、セイバーは己の不運を嘆くと同時に慚愧の念を禁じえなかった。

 

 

 バーサーカーも辛うじて回避できたものの、あまりの威力に片腕で罅の入った兜を抑えながらよろめいていた。

 追い打ちを喰らわせるには充分すぎる隙だ。

 まだ勝機はセイバー側にある。

 

 

 刺突の構えで勝利剣の切っ先をバーサーカーに突き付け、魔力放出による砲弾が如き突撃で肉薄しようと魔力を滾らせるセイバー。

 だが、次第に罅が走り、欠けていく黒い兜の状に足を止めていた。

 

 

「……Ar……ther……」

 

 

 先のセイバーの一撃によって生じた(バイザー)の亀裂が瓦解した。

 砕け散った兜の下から、黒髪の素顔が露わになる。

 

 

 

「そ、そんな……貴方は──―」

 

 

 

 

 

 ──―常勝無敗の騎士王が、膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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