変これ、始まります (はのじ)
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01 新人提督現る

 皆さんは艦娘という存在をご存知だろうか? 勿論知らない人はいないと思う。

 

 二三年前、日本を世界を深海棲艦の魔の手から救う為、突如として顕現した戦乙女達だ。

 

 偽装という艦娘しか扱えない特殊な兵装を自在に操る戦う女神とも言える存在だ。戦うと言ってもその姿形は例外なく若く見目麗しい姿をしている。勿論人間ではない。人間では深海棲艦と戦えないからだ。

 

 人間は深海棲艦に対して無力だ。

 

 数十年、数百年と実験と検証を繰り返し技術の粋を高め続け、一度に数十万人を殺すことの出来る兵器の数々は深海棲艦には無力だ。例え純粋水爆の直撃を受けても深海棲艦は僅かに表層が焦げるだけ。

 

 深海棲艦と戦えるのは艦娘だけ。純然たる事実だ。

 

 深海棲艦は突如として現れた。

 

 言葉は通じず、問答無用に人類を襲う深海棲艦。

 

 その力は凄まじくあっという間に日本のシーレーンは封鎖され、陸、海、空の自衛の為に設立された部隊は七日で半壊した。

 

 情けない? そんな事はない。彼らの奮戦があったお蔭で多くの日本人の命が救われた。謎の存在深海棲艦に対して自らが国民の盾となって多くの日本人を避難させた。

 

 何より大きいのは時間だ。口さがない連中は稼いだ時間は僅かだったと言う。しかしその時間があったお蔭で本当に多くの日本人の命が助かったんだ。

 

 そしてその時間のお蔭で俺は生まれる事が出来たと言って良い。

 

 艦娘だ。艦娘が顕現したんだ。

 

 吹雪さん、叢雲さん、漣さん、電さん、五月雨さん。

 

 今や知らない人がいないであろう、最初の五人。

 

 最も有名な艦娘と言っても良い。

 

 俺の両親は自衛の部隊が稼いでくれた時間がなければ死んでいただろう。直後に顕現した艦娘が両親を窮地から救ってくれたからだ。

 

 五人の艦娘は日本の沿岸から深海棲艦を駆逐した。たった五人でだ。今より深海棲艦が弱かったとはいえ、伝説として語られる程の大活躍だ。

 

 それから先は皆さんのご存知の通りだ。

 

 通称、艦娘法と呼ばれる法律が与野党一致の異常な速さで可決され、一部とは言えシーレーンも復活。復興は急速に進み、諸外国との通信も不安定ながら復旧した。

 

 驚く事に艦娘は世界中で顕現していたのだ。

 

 勿論全ての国というわけではない。

 

 アメリカ、ドイツ、イタリア、ロシア、イギリス、スウェーデン。

 

 少数ながら大国といえる国々に艦娘が顕現したのは不幸中の幸いだろう。

 

 残念ながら、朝鮮半島や中国、台湾、東南アジア諸国からインド、中東諸国とアフリカ大陸に艦娘は顕現していない。海のない中央アジアもだ。

 

 安全保障とシーレーン確保の観点から太平洋の西側、日本海からインド洋の一部の広い範囲を日本が守る必要があった。

 

 五人の艦娘だけでは無理だろうって?

 

 そんな事はない。深海棲艦が現れてから二三年。日本だけでなく世界中で艦娘の数は増えつつある。

 

 どうやって増えているのかは軍事機密だ。どれだけの数がいるかも分からない。一般の人間が知ることは不可能だ。

 

 そうなんだ。艦娘は軍事機密なんだ。自衛の部隊から国防軍に昇格し、艦娘を旗下に収めた大本営の人間ですら一部の高級幹部を除き全容を知らないとは巷間の噂だが、実際俺も詳しいことは何も知らない。

 

 ニュースで艦娘の活躍が取り上げられても、姿どころか名前すら表に出てくることは滅多にない。

 

 なのにどうして、姿形が例外なく若く見目麗しい姿をしているって言えるのかだって?

 

 最初の五人の艦娘が言うからだ。

 

 メディア露出するのは最初の五人、吹雪さん、叢雲さん、漣さん、電さん、五月雨さんが殆どだ。後は本当に僅かな艦娘だけ。

 

 今でも絶大な人気を誇る彼女達の言葉を疑う日本人はいない。

 

 アイドルなんて到底敵わない人気は政治家が政治利用しようとして何人も政治生命を断たれる程だ。ある意味アンタッチャブルと言っていい。

 

 容姿はやや幼いが、今でも十二分に可愛らしく将来を期待させる容姿の吹雪さん達は大人にも子供にも大人気だ。

 

 その彼女たちが言うのだ。他の艦娘は全員、自分たちより可愛く美しいと。

 

 勿論謙遜だろう。しかし彼女たちが無意味な嘘を言うはずもない。

 

 深海棲艦との戦いは長く、これからも続くと予想されている。

 

 しかし人類には希望がある。艦娘がいるからだ。一説には日本の艦娘の数は二〇〇を超えるらしい。世界にはもっと多くの艦娘がいるはずだ。

 

 いつか赤い海を人類の手に取り返し青い海に変える。

 

 不可能なんかじゃない。艦娘と人類が手を握っている限りそれは決して不可能なんかじゃないんだ。

 

 人類は負けない。艦娘がいる限り。俺たちの戦いはこれからなのだと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は変わるが、艦娘は自らを指揮する提督、司令官と呼ばれる存在を求めるそうだ。勿論軍事機密で国民が知るはずのない情報だ。

 

 俺は知った。さっき知った。知ったばかりのほやほやの超ホットな情報だ。

 

 提督の有無で艦娘の力は驚異的に跳ね上がるそうだ。誰にでもなれる訳じゃない。なんでも生まれ持っての資質が必要らしい。

 

 資質は数十万人から数百万人に一人の人間しか持っていないそうで非常に稀有なため、提督の数は慢性的に不足しているらしい。その為に実は子供の頃から俺は大本営に目をつけられていたらしい。

 

 そうです。俺は提督になったばかりなのです。

 

 勿論否やはない。艦娘と共に深海棲艦と戦えるのは誉だ。何より艦娘は日本人にとって恩人であり憧れだと言ってもよい。

 

 吹雪さん、叢雲さん、漣さん、電さん、五月雨さん達と肩を並べて戦えるならこれに勝る喜びなんてない。でも残念ながら提督が前線に出ることはないそうだ。それはそうだ。人間の兵器は深海棲艦に通用しないのだから。足手まといにしかならないだろう。

 

 提督の資質とはなんだろうか?

 

 幾つかあるらしいが、一つは艦娘に無条件に好意を持たれる事。

 

 これは一種の体質らしい。艦娘は人類を愛してくれている。人類を深海棲艦から救ってくれた事から明らかだ。それとは別の事らしい。

 

 会ってみれば分かると詳しいことは教えてくれない。大した教育もせず最初からOJTとは大本営もなかなかに新人に厳しいクソ組織だな。え? 違う? 先入観を持たないため? 個性豊かな艦娘を一纏めに出来ないから会ってから確かめろ? 最初から言えバーロー!

 

 提督と艦娘は相性があるらしく今の時点でどの艦娘を指揮するかわからないそうだ。なるほど。大本営も考えてくれていたのか。

 

 ちなみに大本営は艦娘をこき使う組織だと一般的に信じられており人気は非常にない。吹雪さん達がそんな事はありません、とメディアで火消しをしてはいるが、軍事機密を盾に艦娘を独り占めしているんだ。擁護のしようがない。

 

 しかしなるほどなるほど先入観。俺も大本営は嫌いだった。思わずディスるほどには嫌いだった。だが俺もこれからは大本営サイド。ディスられる事もあるだろう。みんな先入観で人を見てはいけないよ。

 

 そしてもう一つの決定的な資質。

 

 それは小さな小人共に好かれているかだ。

 

 正式名称は妖精さんというらしい。おかしい。それが正式名称なら妖精さんさんとなるのでは? そもそも敬称が正式名称についているのが変だ。だが妖精さんは存在自体がファンタジーだ。ふわっとそんなものだと考えるように言われた。深く考えても意味はないらしい。

 

 そして俺は妖精さんを知っていた。子供の頃から見えていたのだ。

 

 俺は小人共と呼んでいた。奴らは妖精さんなんて可愛い呼び名に相応しい存在じゃない。

 

 奴らのせいで俺は何度か病院通いをしているのだ。頭の方の病院だ。見えないものが見える人間は社会から弾き出されるのだ。

 

 見えるから病院に行かされたのではない。奴らはいたずら好きだ。

 

 奴らが仕出かしたいたずらは全部俺のせいにされた。当然俺は否定する。

 

「僕じゃない! 小人共がやったんだ!」

 

 な? 頭おかしい奴と思われるだろ?

 

 手にした覚えのない商品がポケットに入っている。食べていないのに綺麗なった食器。授業では答えられないのに、全て一〇〇点の答案用紙。俺に殴られたと泣き叫ぶクラスメート。

 

 碌なもんじゃない。暗黒の学生時代だ。

 

 最近ではいたずらはマシになるどころかエスカレートしている。

 

 そんなのが五匹いる。小人共の単位なんて匹で十分だ。

 

 あれか? 好きな子に素直になれず意地悪しちゃう的な?

 

 ありえねぇ。お蔭で俺の初恋はうす汚いどどめ色だ。思い出したくもない。

 

「ふんばらばー!! ち、ちく、びーち、くわ大みょみょみょ!!」

 

 気にしないでくれ。俺に憑いた小人の独り言だ。

 

 引き連れる妖精さんの数は旗下に収める艦娘の数に比例すると言う。つまり俺は最低五人の艦娘を率いる事ができるそうだ。

 

「君は五人の妖精さんに好かれていると聞いている。期待しているよ」

 

 眼の前の大本営の職員は妖精さんが見えない。提督じゃないからだ。

 

 普通の提督には一人、もしくは二人の妖精さんが付いているそうだ。俺みたいに五匹に憑かれているのは初めての事例らしい。

 

「けけけけけけけ!!!!」

 

 瞳を見開いた小人の内の一匹が目の前の職員の鼻に腕を肘までずぼずぼと高速挿入している。

 

 驚いた職員は腕を振って小人を振り払った。見えなくても存在は知っている。何をされたかは理解しているだろう。振り払ったところで高速挿入を繰り返す腕は抜けない。そんなヤワな奴らじゃない。

 

 そして職員はお尻を押さえて悲鳴を上げた。

 

「わーい。わーい」

 

 一匹の小人が教科書に載るような綺麗なカンチョーを決めたからだ。

 

「おい! 止めさせろ!」

 

 職員は言うが、俺が言った所で止まる連中じゃない。止まるなら暗黒の学生時代なんて送っていない。病院通いもしていない。警察のお世話にもなっていない。

 

 指を重ねて高速でぎゅるんぎゅるん回転する小人。おいおい楽しそうだな。絶対にその指で俺に触るなよ。絶対にだ!

 

 小人共が見えない人間からしたらコントのような動きをしながら職員は悲鳴を上げて室内から逃げていった。

 

 ひょいと俺の肩に乗った一匹の小人が満面の笑みを浮かべてピースサインを出した。

 

 俺はポケットを確認した。

 

 高級そうな財布が入っていた。中身を確認すると三〇を超える高額紙幣が入っていた。

 

 公務員なのに大本営所属ともなると高給取りなんだねぇ。

 

 俺は窓から財布を全力でぶん投げて証拠を隠滅した。

 

 艦娘に引き合わせてくれるチャンスをくれた事に感謝してこれからはクソ妖精と呼んでやる。ありがたく思え。この性悪小人共。

 

 さてと。明日から提督業がんばるぞ。艦娘に会えるのが楽しみだなぁ……

 

 ポルターガイスト現象のように室内で物品が飛び交う様子を見ながら俺は新天地で頑張る事を誓った。

 

 日本を深海棲艦から守るためがんばるぞ。えいえいおー。

 

 

 

 

 

 

 

 



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02 初めての建造

「テートクー、ワタシはテートクの為に頑張ったヨー。ご褒美が欲しいネー」

 

 戦艦金剛。

 

 大日本帝国がイギリスの先進的建艦技術を学ぶべくヴィッカース社に発注した旧日本海軍初の超弩級巡洋高速戦艦だ。太平洋戦争でも東へ西への大活躍。

 

 一説では旧式化した為、惜しげもなく戦線に投入されたというが、旧大戦で日本の屋台骨を支え続けた事実は変わらない。

 

 その金剛さんが目の前にいた。

 

 ふ、ふつくしい……

 

 吹雪さん達が言っていた事は嘘じゃなかった。

 

 黄金のバランスだと断言出来る美しいプロポーション。整った容姿に甘い声。白い肌は傷一つ、染みひとつない。

 

 巫女服みたいな少し肌露出の多い装甲艤装を身にまとい、その姿は男性の視線を否が応でも惹き付ける。何より大きく開いた肩口から見える脇がたまらない。

 

 金剛さんは提督にしなだれその耳元で囁く。

 

 美しい上に色っぽい。所作の一つ一つすら洗練されている。吹雪さん達にはない大人の色気だ!

 

 金剛さんは提督になにか囁かれ顔を真っ赤にした。そのまま手を繋いだ二人が俺の視界からゆっくりと消えていった。

 

 悔しいことに金剛さんは俺の旗下にある艦娘ではない。既に別の提督の指揮下に収まっていた。

 

 二人はまるで恋人の様に見えた。二人のパーソナルスペースはまるで肉体関係のある男女のそれだった。

 

 ぐぎぎぎぎぎ。

 

 悔しくなんてないぞ。俺も艦娘の提督になるのだ。しかも最低保証は五人と来ている。艦娘の美しさに外れはない。吹雪さん達もそう言ってる。

 

 美しい五人の艦娘が俺の耳元で何かを囁き、俺も小さく囁き返す。艦娘達は顔を赤くして、やがて俺たち六人はお互いに頷き合い、自然と男女和合のくんずほぐれつレッツパーティ。

 

 朝の太陽が黄色いぜ!

 

 いや! 艦娘をそんな目で見てはいけない! 艦娘は恩人だ! 大恩人だ! 日本のため世界のため今日も深海棲艦と戦っている。俺は彼女たちを支えるため粉骨砕身頑張ると決意した。

 

 下心なんてもっての外だ! 男のドロドロとした視線で見ることすら許される行為じゃない!

 

 だからさっきの金剛さんの提督は氏ね! 氏んでしまうがいい!

 

 でも、もしかしたら何かの間違いで自然と艦娘達とそういう関係になってしまうかも知れない。

 

 でも俺はストイックに言うんだ。

 

『駄目だ。俺たちの手は深海棲艦と戦う為だけにあるんだ。例えお互いに心から好き合っているとしても、お互いの体をえちえちが目的でいかがわしい手付きで撫で撫でまさぐり合う手ではないんだ』

 

 って。でも艦娘達は言うんだ。

 

『ちゅきちゅき。抱いてー』

 

 って。ちゅきなら仕方ない。ちゅきちゅきならもう許されるべきだ。

 

 いや許されてはいけない。艦娘をえちえちな対象と見てはいけないんだ。どんなに美しくて可愛くても。

 

 俺はどうすればいいんだぁ!!!

 

「こ、こちらです。おうふ!!」

 

 お尻を妖精さんに蹴られながらも職務に忠実な鎮守府所属の軍曹。

 

 げしげしと妖精さんに蹴られる度に「おうふ、おうふ」とお尻を押さえている。

 

 鎮守府に在籍する軍人には妖精さんの存在は公開されている。艦娘がいるのだ。見えなくても軍務に付く上で妖精さんの情報は必須だ。妖精さんは性悪だ。存在を隠すこと自体が不可能なのだから、職務を遂行する上で、いたずらから身を護る為に情報公開は必須だろう。

 

 俺は性悪妖精さんを止めない。止めても止まらないからだ。俺の言うことなんて聞きやしねぇ。

 

 俺は、おうふ、おうふと悲鳴を上げる軍曹に案内されて艦娘工廠に向かう途中だ。

 

 提督は既存の艦娘を旗下に収める事はない。新たに建造された艦娘を旗下に収めるんだ。

 

 驚くことに吹雪さん、叢雲さん、漣さん、電さん、五月雨さん以外の艦娘は全員艦娘工廠で建造された艦娘だった。

 

 吹雪さん、叢雲さん、漣さん、電さん、五月雨さん達五人は自然顕現し、それ以外の艦娘は提督立会の下、建造されている。

 

 つまりさっきの金剛さんも提督が立ち会って建造されたって事になる。

 

 提督は艦娘に無条件に好意を持たれる事は既に言った。

 

 つまり刷り込みか? 刷り込みなのか?

 

 建造直後の素っ裸の艦娘。そしてそこに立ち会う俺。艦娘はゆっくりと目覚め俺という存在を知る。視線が絡み合う俺と艦娘。

 

『ちゅきちゅき。抱いてー』

 

 おっとお嬢さん。皆が見ているよ。

 

 俺は第一種軍装の上着を脱いで艦娘にかける。潤んだ瞳で俺を見上げる艦娘。頬は真っ赤に染まっている。やがて一つに重なる影。

 

 続きはウェブで!

 

 何をしても許されるのか? 許されてしまうのか!? いや駄目だ! 沈まれ俺の下半身! 艦娘をそんな目で見てはいけないのだ!

 

 艦娘は恩人! 艦娘は恩人! 艦娘は恩人! 艦娘は恩人!

 

 よし。落ち着いた。少し前かがみになるのは仕方がない。男の子だもの。

 

 艦娘工廠はまだか。まだなのか!? 軍曹! まだかぁぁぁ!!!

 

「おうふ!! おうふ!!」

 

 俺は妖精さんに蹴られる軍曹に続いて早歩きで艦娘工廠に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦娘の建造は軍事機密だ。つまり艦娘工廠はまるごと軍事機密に抵触する。案内してくれた軍曹も艦娘工廠には入れない。

 

 艦娘工廠に入れるのは、大本営でも本当に一部の偉い人、提督、艦娘、そして妖精さんだけだ。

 

 良かった。ちゅきちゅき言われるのを見られる心配はなかった。

 

 俺は逸る気持ちを抑えて奥にどんどん進む。

 

 あちらこちらで忙しそうに動く艦娘工廠所属と思わしき妖精さんが見えた。この性悪共め。こんなにいるのか!

 

 何をされるか分からない。俺は妖精さん達を無視してどんどん奥に進む。

 

 妖精さん達は俺を興味深そうに見るだけで手を出してこない。今の内だ。そうして進むと綺麗な桃色が見えた。

 

 明石と名乗った彼女は艦娘だった。

 

 戦う艦娘ではない。工作船だ。

 

 豊かで綺麗な桃色の髪を一部卑弥呼様スタイルで纏めている。

 

 ふ、ふつくしい……

 

 水色のシャツの上にセーラー服タイプの装甲艤装。しかし下半身は直視出来ない。駄目だ! 艦娘をそんな目で見てはいけない! 例えスケベスカートでお尻の半分が見えていたとしてもだ!

 

 艦娘は恩人! 艦娘は恩人! 艦娘は恩人! 艦娘は恩人!

 

 よし!

 

 やっぱり駄目だ! エロい!

 

 俺は薄目で視界をぼやかすことで誤魔化すことに成功した。

 

「どうしたんです? 目を細めて?」

 

 何でもありません。お気になさらずに。

 

「新しい提督ですね! 聞いていますよ! 明石に全てお任せを!」

 

 屈託のない笑顔が心苦しい。そんな眩しい笑顔で俺を見ないで下さい。汚れた俺を見ないで。

 

「提督には今から艦娘を建造してもらいます。と言っても資源を用意して立ち会ってもらうだけです」

 

 特に難しい事はないようだ。俺は本当にただ立ち会うだけ。

 

 今日は体の負担の事を考慮して建造は一人だけになるそうだ。負担とか初めて聞いたが、精神的に疲れる事があるらしい。

 

 エナジードレインでもされるのか? それが刷り込みに関係しているのか? いくらでもチューチューしてくれ。

 

「どんな子が来るんでしょうね? 楽しみですね!」

 

 と言っても建造出来るのは今世界にいない艦娘だ。既に建造されている艦娘は建造出来ないらしい。

 

 詳しくない俺は今いない艦娘が誰かは分からない。明石さんは当然把握しているだろう。

 

 どんな艦娘が来てくれたとしても俺は全身全霊で艦娘を支える気満々だ。俺が艦娘に出来る恩返しはそれくらいしかない。

 

 結果ちゅきちゅき言われても仕方ない。仕方がない!

 

「そこに立って下さいね。あ、動かないで」

 

 明石さんが最低限の注意事項を指示する。何でも言って下さい。動くなと言われれば一週間でもこのままでいます。

 

「冗談が下手ですねー。直に終わりますから」

 

 明石さんは謎のパネルのスイッチをポチポチ押している。その周りでは艦娘工廠所属の妖精さん達が忙しそうに動き回り、資源と思わしき物体を運んでいる。

 

 大丈夫なのか? あいつらがまともに働くとは到底思えない。

 

「妖精さん可愛いでしょ? みんなとてもいい子なんですよ。あ、提督はご存知でしたね。小さい頃から妖精さん達と一緒だったんだから。それも五人も」

 

 何を言われたか理解出来なかった。

 

 可愛い? いい子? 何を言ってるの明石さん。

 

「この子達がいるから私も大助かりなんですよ。艦娘の艤装もこの子達がいないと動かないですし。うん可愛い!」

 

 薄目を解いて明石さんを見てもその表情は嘘を言っている様には見えない。愛しそうに妖精さんを見ているとしか思えない。

 

 そしてスカートがフラフラ。お尻がちらちら。

 

 艦娘は恩人! 艦娘は恩人! 艦娘は恩人! 艦娘は恩人!

 

「よし。準備完了。あとはこのボタンを押すだけですよ」

 

 そうこうしている内に準備が完了したらしい。俺は軽く混乱中だ。妖精さんがいい子だとはとても思えないからだ。

 

「あ、一つ言い忘れてましたけど、建造される艦娘は提督に付いている妖精さんの性質が反映されますから。あ、勿論提督はご存知ですよね。てへ」

 

 え? ちょっと待って! 今とても大事な事を言った!

 

 とんでもない事言ったよね!? そんなの初めて聞いたんですけど!?

 

「妖精さんはみんないい子だから心配無用ですよ。それじゃぽちっとな」

 

 明石さんの謎の信頼が怖い! 明石さん俺に憑いてるクソ妖精共知らないでしょ!?

 

 待って、まだそのボタン押さないで! 押しちゃ駄目! 駄目ったら駄目!!

 

 押しちゃらめぇぇぇ!!!

 

 クソ大本営! そんな大事な事ちゃんと教えろよ! OJTにも程があるだろうが!

 

 俺の混乱を他所に艦娘建造ドッグはまばゆいばかりの光を放った。

 

 光は直に収まり、ドッグの奥に女性らしき姿が見えた。

 

 艦娘だ。俺が指揮する艦娘だ。

 

「成功ですね! 誰だろうなぁ」

 

 楽しそうな明石さんの声。

 

「――――」

 

 建造されたばかりの艦娘が口を開いた。

 

 果たしてこの艦娘の名前は。

 

 混乱と期待。果たして俺の最初の艦娘は一体誰なのか!?

 



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03 雨雲という名の美姫

「あれ? てっきり彼女が出てくると思ったんだけど。あれ? あれぇ?」

 

 建造直後の彼女を見て明石さんが発した言葉がこれだ。

 

 彼女が誰を指しているか分からないが、やっぱり明石さんはある程度誰が出てくるのか予想が出来たみたいだ。まぁ消去法と用意した資源の量で推測出来るといったところだろうか。

 

 残念ながら建造直後の艦娘は装甲艤装を身に着けていた。素っ裸ではない。素っ裸ではなかった!

 

「あなた誰ぇ?」

 

 俺の艦娘の第一声だ。うん。可愛い。美人ではなく可愛い子だった。

 

 少し幼い容姿だから軽巡洋艦か駆逐艦か。海防艦って事はないな。そこまで幼くない。

 

 なんか全体的に白い子だ。髪と肌、装甲艤装も白い。

 

 最初の五人の艦娘や明石さんの装甲艤装から艦娘ってセーラ服型の艤装がデフォかと思っていたが彼女はそうじゃない。全体的にぴったりと体のラインが出るような、でも腰回りはふわふわとしたスカート。

 

 胸は少々控えめ。でもしっかりと自己主張している。装甲艤装がぴっちりしてるから隠しようもないサイズと言っておこう。

 

 胸元のダイオウグソクムシみたいなアクセサリーがチャームポイントだ。

 

 肩口までの短い裾は少し膨らんで柔らかさを感じる。裾から伸びた腕は鎧のように覆われた装甲艤装で指まで覆われている。一〇本の指なんか尖っててぶすりと刺さりそうだ。

 

 太ももは防御力が低そうな黒のスパッツ。それ以外は殆ど生足だ。

 

 長く白い髪を頭の両サイドで二つの三つ編みでまとめて、マシュマロみたいな柔らかそうな帽子を被っている。その帽子から角みたいなのが二本にょきっと飛び出していた。電探かな?

 

 殆ど白と黒のモノトーンだが、特筆すべきは瞳の色だ。琥珀色の瞳は白から飛び出すように綺麗に輝いていた。

 

 つまり文句なしの一〇〇点満点。ブラーボー!

 

 吹雪さん! 本当に艦娘って可愛い子揃いなんですね!

 

 美人か可愛いかの二択。天国かよ!

 

 俺は誓うぞ! 君の為なら俺の全てを賭けると!

 

 駆逐艦だとしたらえちえちな事は無理だけどそんな事は問題にすらならない。

 

 なんでえちえちは無理なのかって?

 

 馬鹿野郎! 吹雪さん達最初の五人の艦娘は駆逐艦なんだよ!

 

 憧れの五人の艦娘と同じ駆逐艦で自家発電すら出来るはずがねぇだろ! えちえちな事なんて尚更だ。

 

 罰が当たるわ!

 

「んー? 誰だろ? 会った事がない彼女かなぁ? 村雨ちゃんにちょっと似てるけどそんなはずないし」

 

 明石さんがまだ首を捻っている。建造は成功したんだからどうでもいいんじゃないかなぁと思う俺提督。建造したてで疲れているんじゃないか? 今日はゆっくり俺の執務室で休んでもらった方がいいんじゃないか。

 

「もしかして峯雲ちゃんかな?」

 

 明石さんが書類を見ながら聞いてきた。あれに未建造の艦娘のリストが書かれているんだろう。

 

 まだ名前も聞いてなかった。峯雲って名前なのか? ふわふわした帽子は雲を連想させる。凄くいい名前だ。

 

 彼女は琥珀色の目を見開いてから少し時間をかけてニコリと笑った。

 

 間違いない。彼女の名前は峯雲ちゃんだ。

 

「ふむふむ。やっぱりちゃんと成功してましたね。峯雲ちゃん、私は明石。よろしくね」

 

 いかん! 挨拶が遅れた! 彼女の提督としてこれはいけません。

 

 俺は峯雲ちゃんに掌を伸ばした。握手だ。可愛く女の子座りしている峯雲ちゃんとフレンドリーな挨拶から始めよう。決して柔らかそうな肌に触れたいと思った訳じゃない。

 

「俺は提督! 今日から君の提督だ! よろしくな! 峯雲ちゃん!」

 

 峯雲ちゃんが手を伸ばして俺の手を握った。その瞬間、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。

 

 あばばばばばば!

 

 あまりの衝撃で握った掌が離れてしまった。畜生! 柔らかかったのに!

 

「言い忘れてましたけど、ちゃんと知ってたんですね。そうやって最初に提督が触れることで艦娘を指揮下に収めるんですよ。相互承認って事ですよ」

 

 クソ大本営がぁ! 大事な事はちゃんと言え! クソが! クソが!

 

「ふぅん」

 

 あれ? 峯雲ちゃん? 峯雲ちゃんだよね? あれぇ?

 

 俺は彼女の提督になった。誰がなんと言おうと彼女は俺の指揮下に収まっている。それは俺も理解している。彼女も理解している。

 

 でも提督としての俺の直感が彼女の手を握った瞬間からガンガン警告を鳴らしている。

 

 『その子、峯雲やないで』

 

 って。

 

「それじゃ私は大本営に報告してきますね。あとは若い二人でどうぞ。あ、いくら峯雲ちゃんが可愛いからって、えっちな事は駄目ですよ。うふふ、冗談ですよ」

 

 明石さんはウィンク一つ、冗談を言って艦娘工廠から去っていった。

 

 そうじゃない。そうじゃないんだ明石さん! 確かに可愛い。可愛いんだけど。

 

 この子誰?

 

「痛ぇっ!」

 

 頭痛が痛い!

 

 唐突なノイズみたいな頭痛が痛いです!

 

 ざっ、ざっとノイズが走り頭がズキズキと痛んだ。

 

 

 ――深 海 鼠 駆 逐 艦

 

 

 ノイズが走り頭痛と共に頭に浮かぶ文字列。

 

 

 ――深 海 雨 雲 姫(にむぶすき)

 

 

 あぁこれは彼女の名前だ。俺は直感的に理解した。

 

 彼女は峯雲ちゃんじゃなかった。

 

 これは提督のスキルなのか、繋がった艦娘との間の絆なのか。そんな事はどうでもいい。彼女は峯雲ちゃんじゃなかったんだ。

 

 なんて事だ。おれは提督として重大なミスを犯していた事にこの時初めて気がついた。気がついてしまったんだ。

 

 彼女は……彼女は……

 

「よろしくな! 雨雲姫ちゃん!」

 

 名前を間違えるなんて提督としてあり得ねぇ。顔が赤くなるくらい恥ずかしい。俺は失敗を隠す事なんてしない。それは成長を妨げる行為だ。失敗は失敗。認める事で俺はまた一つ成長出来た。

 

 彼女は駆逐艦雨雲姫。

 

 俺の初めての艦娘だ。俺は雨雲姫ちゃんを大事にすると改めて心に誓った。この誓いが破られる事は吹雪さん達に誓ってあり得ないと重ねて誓う。

 

 吹雪さん達五人に誓う約束は俺にとって決して破ってはいけないものだ。俺にとってとても神聖な約束なのだから。

 

 雨雲姫ちゃんが俺が伸ばした掌を握った。今度は電気ショックはない。

 

「よろしくねぇ」

 

 琥珀色の瞳をらんらんと輝かせる雨雲姫ちゃん。

 

 にこりと笑みを浮かべる姿は、背筋が凍る程可愛かった。

 



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04 憧れの艦娘

「だから峯雲ちゃんじゃなくて雨雲姫ちゃんだって言ってるでしょ!」

 

 俺は机をバンバン叩いて抗議をしている。相手は大本営のなんたらかんたらっていう艦娘の情報を管理する部署の偉いさんだ。

 

 大本営の偉い人はほんとに頭が硬い。雨雲姫なんて艦娘はあり得ないって繰り返して俺の抗議を聞いてくれない。

 

 大本営はほんとクソだ。あり得ないも何も目の前にちゃんといるじゃないか。鎮守府の施設で建造した艦娘なんだから艦娘なんだよ! 

 

 俺は間違って峯雲ちゃんだと登録された雨雲姫の名前を訂正してもらおうと思っただけだ。だってそうだろう? 名前を間違えられるなんて悲しいじゃないか。

 

 本名が一郎なのに炎皇斗(かおす)なんて呼ばれたら嫌だろう? あれ? ちょっと格好いい?

 

 違う違う! 俺は格好いいかじゃなくて違う名で呼ばれたら悲しいって言いたいんだ。

 

 本当は明石さんを頼るつもりだった。雨雲姫ちゃんは自分で峯雲だって名乗ってない。完全に明石さんの早とちりだったんだから訂正も簡単だと思ったんだ。

 

 でも明石さんは明石さんしか出来ない仕事が沢山あってスケジュールが目一杯詰まっていた。この鎮守府だけじゃなくて日本中の鎮守府を駆けずり回っているそうだ。

 

 忙しいのに雨雲姫ちゃんの建造に立ち会ってくれた明石さん、マジ艦娘! 女神様の手をこれ以上煩わせるなんて俺には出来ない。だから俺は自分で出来る事をしようとなんたらかんたらって部署に来たんだ。

 

 提督は数が少なくて希少だ。提督特権もある。つまり多少の無理は道理で引っ張りだこだ。職権濫用上等だ。雨雲姫ちゃんの為ならこの場で裸になってもいい覚悟だ。

 

「雨雲姫という名の駆逐艦は過去に存在しません」

 

 ほんと頭固いわ。このクソ大本営。ちゃんと見てよ。俺の後ろで不安そうにしている雨雲姫ちゃんを。いるの! 雨雲姫ちゃんはここにいるの!

 

 俺の軍装の裾を掴んで引っ張る雨雲姫ちゃん。

 

 これはもういいよって悲しんでいるに違いない。駄目だ。俺は雨雲姫ちゃんが堂々と名前を名乗れるようにするんだ。違う名前で呼ばれて影で一人で泣いちゃうんだろ? そんな事は俺が絶対にさせない。

 

「ちゃんと調べたのかよ! 艦娘って日本以外にもいるんだろ? 海外の艦娘かもしれないじゃないか!」

 

 バンバンバン!

 

「過去に遡って海外にも雨雲姫という駆逐艦は存在しません」

 

 だから眼の前にいるでしょ! さっきからまるで暖簾にぬか漬けの態度を繰り返す偉いさん。なんでこんなに頑ななんだよ。間違った名前を訂正するだけじゃないか。

 

 キュピーン!!

 

 俺は閃いた。分かってしまった。ははーん、クソ大本営(こいつら)雨雲姫ちゃんに関して何か重大なミスをしたんだ。それを隠蔽しようと自分たちのミスを隠そうとしている。

 

 本当にクソだ。世間で大本営に人気が無いのも頷けるぜ。俺も嫌いだったけどな。

 

 お前たちが我慢すれば全ては丸く収まるんだ。

 

 そう言いたいんだろ? その渋い一見真摯に見える目がそう言ってるぜ。残念だったな。俺は腹芸が嫌いなんだ。そうは問屋が卸さねぇ。

 

 俺は雨雲姫ちゃんを大事にすると吹雪さん達に誓ったんだ。引けねぇ。絶対に引けねぇ。ここは男として引くわけにはいかねぇんだよ。

 

「本当に全部調べたのか?」

 

「勿論です」

 

「嘘だ! ホニョペニョコ王国の艦娘かもしれないじゃないか!」

 

「ホニョペ?」

 

 見たか? 豆が鳩くらったような顔をしやがった。

 

「やっぱり調べてないじゃないか。ホニョペニョコ王国だよ。知らないのか?」

 

 俺はおやおやとばかりに呆れた態度をとった。

 

 くくく。大本営の偉いさんだ。つまり鼻持ちならないエリートさんだ。今まで挫折なんてしたことないんだろ? 新人のペーペーの提督の前で知らなくても知らないなんて言えないよな? クソ妖精共のせいで高校受験すらできなかったド底辺提督を前に知りませんなんて言えねぇよな。エリート意識が邪魔をして言えねぇよなぁ!

 

 さぁ、知ってるって知ったか振りをするんだ。俺はそれを突破口にして雨雲姫ちゃんの名前を正式に登録してやるぜ。

 

 これが正しい職権濫用の使い方って奴だ。

 

「恥ずかしながら浅学でホニョペニョコなる国は把握してません。何世紀にどの地域に存在した国でしょうか?」

 

「また来るぜ! 書類用意して待ってやがれ!」

 

 ここは一時転進だ。引くんじゃない。雨雲姫ちゃんの為には俺に引くなんて選択肢はないんだ。首を洗って出直すだけだ。

 

 俺は軍装の裾を摘んでいる雨雲姫ちゃんの柔らかい掌を掴んで、なんたらかんたらっていう部署から後方に全力で前進した。

 

 

 

 

 

 

 

「……もういいわよぅ」

 

 雨雲姫ちゃんが弱々しく告げる声に無力感で死にそうだ。

 

 俺は自分の艦娘に正しい名前を名乗る事をさせる事すら出来ないダメ提督だ。提督なってまだ二日目だろって言い訳は出来ない。雨雲姫ちゃんが俺の元に来てくれた瞬間から俺は提督なんだ。雨雲姫ちゃんを大事にするって吹雪さん達に誓ったのに何も出来ない自分を殴りたくなる。

 

 雨雲姫ちゃんに情けない提督だって思われただろうな。実際自分でも情けない。なんだよホニョペニョコって。ネーミングセンス疑うわ。通用するはずないだろ。

 

 俺達は鎮守府の中庭にあるベンチに座っていた。俺の隣に少しだけ空間をあけて雨雲姫ちゃんが座っている。こんな時なのに隣にいる雨雲姫ちゃんの体温を感じてほっとする自分に嫌気がさす。

 

 もういいよって優しい雨雲姫ちゃんは言ってくれるけど名前はとても大事だ。暗黒の学生時代、俺には悪意に満ちたあだ名が沢山あった。クソ妖精共のせいだが、仕方ないと諦めるしかなかった。

 

 呼び名一つで心は簡単に傷ついてしまう。俺はそれを知っている。峯雲ちゃんって名前はとてもいい名前だけど、それは雨雲姫ちゃんとは別なんだ。同じにしちゃいけないんだ。

 

 ぽたぽたと地面に水滴が落ちた。

 

 でも俺は職権濫用に失敗した。クソ大本営の方が力が強かった。そりゃそうだ。提督特権は大本営が提督に与えたものだ。賭け事は胴元が絶対に勝つように出来ている。

 

 希少だって煽てられても、提督なんて大本営に鎖で繋がれた犬みたいなもんなのか。ごめんね。ごめんね。雨雲姫ちゃん、ごめんね。

 

 ぽたぽた。ぽたぽた。

 

 雨雲姫ちゃんは黙って俺の手を握ってくれた。その手が柔らかくて暖かくて嬉しくて情けなくて反対の腕の軍装の裾がぐしゃぐしゃに濡れた。

 

「あら? 新しく着任した提督ですね?」

 

 背中から声を掛けられた。女性の声だ。俺は急いで溢れる水滴を拭った。

 

 振り返った俺は驚いた。俺は知ってる。この艦娘を知ってる。

 

 ニュースやメディアで艦娘の活躍は報道されるが名前や姿が知らされる事は滅多にない。メディア露出が一番多いのが吹雪さん達最初の五人。他は本当に数少ない。その数少ない艦娘の一人が目の前にいた。

 

 艶のある長く綺麗な黒髪に青いヘアバンド。アンダーリムの眼鏡の奥にある海色の瞳は見ているだけで吸い込まれそうになる。明石さんによく似たセーラー服型の装甲艤装。つまりスケベスカート。

 

 俺は目を細めた。

 

 艦娘は恩人! 艦娘は恩人! 艦娘は恩人! 艦娘は恩人!

 

 体つきはスレンダーだけどそれが彼女の立ち振舞もあって色気すら感じる。一言で表すと優等生。実際彼女は大本営の広報を務め、才媛だと紹介された事もある。

 

 軽巡洋艦の大淀さんだ。

 

 ふ、ふつくしい……

 

「いだだだだだだだだ!」

 

「どうかしましたか?」

 

「な、何でもありません」

 

 雨雲姫ちゃんに尖った指でお尻をつねられた。軽くつねったのは分かっている。本気でつねられたら俺のお尻はペンチで引き千切られたみたいに肉片と化す。あと刺さった指が地味に痛い。何するのよ、雨雲姫ちゃん。

 

 雨雲姫ちゃんはツンとそっぽを向いていた。難しいお年頃かな? 箸が転がっても可笑しいみたいな。

 

 大淀さんはそんな俺達を見て楽しそうにクスクスと笑った。

 

「笑ってごめんなさい。凄く微笑ましくて。初めまして……峯雲さん……でいいのしょうか?」

 

「あの、違うくて、その……」

 

「?」

 

 俺は大淀さんに事情を話した。今日建造ほやほやである事。彼女の名前が峯雲ちゃんじゃなく雨雲姫ちゃんである事。明石さんが早とちりして名前を間違えて登録してしまった事。なんたらかんたらっていう部署に掛け合っても訂正を認めてくれない事。

 

「そうだったんですか……ホニョペニョコ王国の艦娘……」

 

「あ、いや、ホニョペニョコってのはただの一例で、海外の艦娘かもしれないってだけで……」

 

 顔が赤くなる。大淀さんが聞き上手過ぎて言わなくていい事を言ってしまった。

 

「分かりました。私は今から戦闘詳報を軍令部の支部に届けにいく所なので、ちょちょいと訂正しておきますね」

 

 大淀さんは顎に手を添えてしばらく考えたあとあっさりと言ってくれた。

 

 え? そんな簡単にしてくれるの? 最初から大淀さんにお願いしておけばよかった。やっぱり大本営はクソだな。

 

「大淀さんに迷惑がかかりませんか?」

 

 嬉しい事は嬉しいが、艦娘の大淀さんに迷惑がかかれば本末転倒だ。他に手段があるなら迷惑をかけるよりそっちを試してからがいいかも。

 

「大丈夫ですよ。少しお話をすれば意外と聞いてくれるんですよ」

 

 これはあれか? 大本営の弱みを握っていると暗に言っているのか? クソ大本営だから弱みは腐る程あるんだろうけど艦娘の大淀さんがそんな事をするとは思えない。これは言葉の通りに違いない。艦娘という女神様にお願いされて断れる人間がいるとは思えない。

 

「でもどうして……」

 

 なんでここまでしてくれるんだろう? 俺は大淀さんの提督じゃない。提督の資質の一つに艦娘に無条件に好意を持たれるってのがあるけど、大淀さんの提督じゃなくても好意を持たれているって事なのかな?

 

「ふふ。そうとも言えるし違うとも言えるかしら? 勿論一番は私の提督ですけどね」

 

 のろけなんだろうか? でも嫌われていない事は確かだ。艦娘が提督に優しいのは当たり前の事らしい。

 

「それに」

 

 大淀さんはスケベスカートのポケットからハンカチを取り出した。

 

 俺は目を細めながらハンカチを受け取った。

 

「今日出会ったばかりの艦娘の為に一生懸命頑張ってる提督を見たら応援したくなっちゃうじゃないですか」

 

 あ。この人、話をする前から全部知ってたわ。泣いていたのもバレてる。うわー、穴があったら叫びてぇ。顔が熱い。これは真っ赤になってますわ。

 

 こんな女神様を指揮する提督ってどんだけだよ。大物か? 偉人クラスじゃねぇと烏滸がましくて指揮なんて出来ねぇだろ。提督ぱねぇよ。

 

「ふふ」

 

 大淀さんが顔を寄せてきた。え? キスでもされるの? そんな好感度マックスにしちゃった?

 

「事情は詮索しませんが、今回だけですよ」

 

 雨雲姫ちゃんには聞こえない俺だけに聞こえる耳元で囁かれた小さな声。

 

「はい? いだだだだだ!」

 

 痛い痛い! 刺さってるよ雨雲姫ちゃん! 千切れる千切れちゃう!! 人間は千切れても簡単にくっつかないのほぉ!!

 

 そんな俺達を見た大淀さんはくすくすと笑いながら綺麗な姿勢で去っていった。

 

 いたたたた。雨雲姫ちゃん、血出てない? 小さな肉片に分裂してない?

 

 俺は早速大淀さんに借りたハンカチを使った。痛みで涙がこぼれちゃう。男の子だもの。

 

 それにしても事情って何だろう? 俺は雨雲姫ちゃんがちゃんと雨雲姫ちゃんって呼んでもらえるよう考えていただけなのに。ねぇ?

 

 雨雲姫ちゃんはぷいと横を向いている。そんな姿も背筋が凍る程可愛い。

 

 そんな雨雲姫ちゃんを見て、問題が解決した安堵感もあり、妙に気持ちが昂ぶった俺は雨雲姫ちゃんに駆け寄って腰に腕を回して持ち上げた。

 

「やったーーー!!」

 

 そのままくるくると回転。雨雲姫ちゃん軽過ぎ。

 

 俺は何もできなかったけど、結果オーライだ。終わりよければ綺麗にフィニッシュ! これで雨雲姫ちゃんは雨雲姫ちゃんだ。良かったね!

 

 持ち上げた位置の関係上、俺の頬に雨雲姫ちゃんの少々控えめだけどちゃんと自己主張している胸がぷにぷに当たる。思ってた以上にウエストは細くて体も華奢だったけど、俺は全くもって嫌らしい気持ちなんてなかった。ただうれしくてそうしたかっただけだ。

 

 雨雲姫ちゃんは少し驚いてしばらくされるがままだったけど、途中から胸が俺の頬に当たる頻度が増えたのがバレて、俺の背中に尖った指をざくざくと容赦なく突き刺した。

 

 俺は痛い痛いと悲鳴を上げて、笑いながら地面に転がった。あはははとぐるぐる転がりながら雨雲姫ちゃんを見た。

 

 雨雲姫ちゃんも笑っていた。声を出して笑っていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ! 大淀さんにお礼を言うの忘れていた。

 

 今度折り詰めセット持っていかなきゃ! 大淀さんに会いたいからじゃないぞ。お礼を言うためだ。それだけだ。やましい気持ちなんて全く無い。

 

 だから雨雲姫ちゃん! お尻に突き刺さないでぇぇぇ!!

 



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05 クソ妖精共

誤字報告あざます。一部はわざとなのでそのままにしてあります。


 俺に憑いているクソ妖精共が雨雲姫ちゃんに懐いているけど相変わらず俺の言うことを聞いてくれない件について。

 

 ふと気づいたんだ。雨雲姫ちゃんがいるとやけにクソ妖精共が大人しい。

 

 大人しいだけじゃない。機嫌を取ろうとしているのか、雨雲姫ちゃんに傅いて色々とお世話を焼こうとしている。クソ妖精共のこんな姿を初めて見た。

 

 これまで俺には直接的な危害はないが間接的に絶大な被害を及ぼしてきたクソ妖精共(こいつら)だ。正直こいつらには人生を変えられたと言っていい。

 

 泣き叫ぶクラスメート。紛失する貴金属と商品。消えて無くなる食事。カンニング疑惑。飛び交う物品(ポルターガイスト現象)、その他その他。

 

 高校受験は教師に徹底的に邪魔された。俺は不良じゃないし、頭の出来が良いとは口が裂けても言えないが、入れる高校くらいはあった。あったんだよ!

 

 近所でも評判は最悪。同窓会通知なんて都市伝説だと思ってたくらいだ。

 

 それもこれも全部こいつらのせいだ。

 

 俺がグレなかったのは艦娘のお陰だ。吹雪さん達の活躍を見て負けるな負けるなと自分を励ましていた。傷つきながら深海棲艦から人類を護ってくれる艦娘の存在がなければ、俺は投げやりになって他人を食い物にする本物のクズになっていただろう。

 

 だから俺にとって艦娘は恩人あり大恩人であり女神様なんだ。

 

 今までクソ妖精共(こいつら)には散々迷惑を掛けられたけど、少しは感謝の気持ちがない訳ではない。

 

 何をどうトチ狂ったのか、クソ妖精に憑かれた俺を大本営が目をつけていたからだ。

 

 お蔭でテレビや雑誌でしか見ることが出来なかった本物の艦娘を目にする機会が出来た。提督云々は出来すぎだが、可愛い雨雲姫ちゃんという俺だけの艦娘も出来た。

 

 まさに禍福はあざなえる蝿の如しだな。

 

 ぶんぶんぶんと人生何が起こるか分からいって意味だ。

 

 条件付きだけど人様に迷惑をかけなくなったって事だけでも雨雲姫ちゃん様様だ。もうずっと側にいて欲しい。流石艦娘だぜ。俺に出来ないことを簡単にやってくれるぜ。

 

 でも問題が無いわけでもない。

 

 雨雲姫ちゃんが俺から離れるだろ? クソ妖精共は俺に憑いているだろ? クソ妖精共はやりたい放題するだろ? 悪いのは俺になるだろ? 器物損壊で請求書が届くだろ? 来月の給料は初っ端からマイナスだろ?

 

 酷くね?

 

 なんで数十万もする壺をこれ見よがしに飾ってんだよ! クソ大本営が!

 

 俺は今クソ大本営の教育方針(OJT)の下、書き方も処理の仕方もろくに教えてもらってない書類の山と格闘している。

 

 何をするにしても書類書類書類。雨雲姫ちゃんの艤装一つ、弾薬一つ、燃料の一滴に至るまで書類が必要だ。雨雲姫ちゃんが強くなるための演習って奴をするのも書類が何枚も必要だ。

 

 艦娘の演習は数週間先までぎっしり予定が詰まっている。そこに雨雲姫ちゃんを割り込ませるのは艦娘のみんなに迷惑がかかるからしっかりと書類を書いて納得してもらわないといけないらしい。

 

 ぐぬぬぬ。そうう言われたらどうしようもない。艦娘の皆さんに迷惑なんて掛けられない。

 

 何より酷いのは食事をするのも書類の決済をしなければいけない事だ。

 

 ひょいっと食堂に顔出しても食べられないそうだ。

 

 クソ大本営の偉いさんが、兵站管理は提督の基本業務だとか偉そうに言っていたが、日常の食事は別でしょうが!

 

 っていうか書き方教えろよ! フォーマットが違いますって何度も何度もつき返して来るんじゃねぇよ! ふざくんなクソ大本営! 誤字脱字の一つや二つ笑って見逃せって! 読み難いですよじゃねぇよ! この字は個性なんだよ! 文句言うならパソコンとプリンター寄越せ! 今時手書きとかいじめか! それか給料前借りさせろ! 雨雲姫ちゃんときゃっきゃうふふしながら量販店に買いに行くわ!

 

 はぁはぁはぁ。

 

 文句を言っても書類は減らない。俺は頭をガリガリかきながら最低限、雨雲姫ちゃんの食事だけは確保するため書類と格闘する。

 

「こんにちは」

 

「あっ! 大淀さん!」

 

 どうぞどうぞ。狭い所ですけど。今お茶淹れますね。

 

 大淀さんを見ただけで怒りゲージが反転。幸せゲージが突き抜けた。

 

 俺は大本営のなんとかっていう部署でクソ妖精共がポルターガイスト(暴れている)内に何故かポケットに入っていたお茶を淹れるためにお湯を用意する。雨雲姫ちゃんは艦娘だからこんな雑用させる訳にはいかない。

 

「様子を見に来たんですけど……」

 

 大淀さんは俺の執務室をしげしげと見ている。いやはや恥ずかしい。

 

 三畳一間。狭いながらもクソ大本営が新人提督としての俺に用意した俺だけの、いや俺と雨雲姫ちゃんだけの執務室だ。

 

 ででんと窓際に置かれた執務机。うず高く積まれた嫌がらせか! って量の書類の山。一応応接用のソファーとミニテーブルはあるが雨雲姫ちゃんとクソ妖精共の専用スペースとなっている。そこしか場所ないから仕方がない。

 

 部屋の隅には申し訳程度の給湯スペース。

 

 1Kトイレ風呂なし。

 

 これが全てだ。書棚なんて置く余裕はない。新人提督だから狭いとか言ってられない。提督はみんなここから(三畳一間)から始まるって部屋を手配してくれたクソ大本営の事務員が言ったからそうなんだろう。

 

 別に不満はない。普通新人は大部屋から始まるもんだ。個室があるだけで十分だ。狭いながらも俺は一国一城の主になったんだ。でもいつの日か出世して雨雲姫ちゃんにもっといい部屋で寛いでもらうんだ。

 

 俺はクソ妖精共をささっと払い除けてソファーにスペースを作った。てめえら、大淀さんに粗相したらタダじゃ済まさねぇからな。といっても雨雲姫ちゃんがいるから安心だ。

 

 お茶を三人分。と言っても応接ソファーには二人しか座れない。俺は執務机添え付けのパイプ椅子に座ってお茶をずずー。眼の前には雨雲姫ちゃんと大淀さん。

 

 幸せ過ぎる。今までいいことなかったが、ここにきて幸せが核融合反応みたいにボンバボンバ連鎖爆発しまくっている。

 

 大淀さんがお茶を一口。いいお茶でしょ? 玉露っていうお茶です。クソ大本営の偉いさんのお茶だからきっといいお茶のはずだ。

 

「あのこの部屋は……」

 

「俺たちの城ですよ!」

 

 大淀さんも懐かしいんだろうな。大淀さんの偉人レベルに違いない提督だってここから始まったんだ。

 

 いつの日か俺が伝説レベルの提督になったら雨雲姫ちゃんは提督自慢をするかもしれない。

 

 雨雲姫ちゃんはなりたての新人ペーペー提督に言うんだ。

 

『私の提督の戦闘力は五十三万なの。変身を三回残していて艦娘なのに夜戦でメロメロよ。きゃっ』

 

 いかーん! 雨雲姫ちゃんいけませんぞー! えちえちはダメですぞー!

 

 でも何年か経ったら雨雲姫ちゃんが成長して戦艦になるかも。そうなったら体も成長するから合意の上なら許されるんじゃないか? 許されるべきじゃないのか!!

 

 あれ? 艦娘って成長するの? 吹雪さん達は何年経っても姿が変わらない。ずっと駆逐艦のままだ。あれ? あれぇ?

 

「その書類を見せてもらってもいいですか?」

 

「えぇっと、どうぞ」

 

 大淀さんの表情が曇っている。何か失礼したんだろうか? お茶か? ちょっと温めにしたのがいけなかったか? 玉露って実はいいお茶じゃなかったとか?

 

 大淀さんは立ち上がって書類の山から数枚を手にした。眉がぴくりと動いた。

 

 ひらりと揺れるスケベスカート。俺は目を細めた。

 

 大淀さんは小さくため息を吐いた。

 

 ごめんなさい。書き方とか分からなくて。頑張ってるつもりだけど全然進まなくて。でも雨雲姫ちゃんの食事だけは確保してるから!

 

 次の瞬間、俺は驚いた。大淀さんが千手観音になった!

 

 二本の腕が次々と書類を掴んでもの凄い速度で書類の山が移動している。残像で腕が何本にも見えた。眼球は超高速で動いているから書類を見ているのは間違いない。眉が定期的にぴくぴく動いているのが印象的だ。

 

 艦娘すげぇ……

 

 あっちからこっちに。あっという間に全ての書類の山のお引越しが終わった。

 

「提督……私が今日来たのは……雨雲姫さんが演習に姿を見せないので様子を見にきたんです」

 

 え? 演習? 俺が書類の決済が出来なくて……でも燃料とか弾薬とか艤装の書類とか他にも一杯あってパズルみたいにややこしくて何度も突き返されて……一生懸命頑張ったつもりだけど全然足りてないのは分かってたんだ。

 

「……ごめんなさい」

 

 早速大淀さんに迷惑をかけてしまった。泣きたくなる。

 

「あっ! 頭を上げて下さい! 提督が謝る必要なんてないんです!」

 

 そんな事ねぇよぅ。俺はクソ雑魚ナメクジ以下の存在なんだぁ……艦娘の足を引っ張るしか能のないダメダメ提督なんだぁ……

 

「頭を上げて下さい! 提督は悪くないんですから!」

 

「え?」

 

 顔を上げると困った顔をしている大淀さん。またやっちまった。

 

「聞いて下さいね。結論から言うとこの書類は殆どが無意味です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はあちこちで迷惑をかけている。それは認める。クソ妖精共のせいだ。もう言い訳をする事すらしない。しても無意味だって何度も体験している。頭のおかしい奴だって思われるだけだからだ。

 

 クソ妖精共は自重しない。好き勝手する。俺は止めない。止められない。

 

 俺の評判は最悪だった。それは鎮守府に来ても変わらない。

 

 信じられない事だが基本的に妖精さんは善良だ。そりゃ少しはいたずらをする。でも可愛いものだ。髪を少し引っ張られたり、机の上の文具が少し移動していたりとか他愛のないものばかりだ。逆に失せ物を見つけてくれたりとかもするらしい。なんだそれ?

 

 中には有難がってお菓子をお供えする人間もいるそうだ。いつの間にか無くなっているお菓子を見て喜ぶらしい。今日はラッキーだってな。

 

 普通の人間には妖精さんは見えない。見て触れることが出来るのは提督と艦娘だけだ。提督と艦娘、特に艦娘と妖精さんの繋がりは大きい。艦娘が扱う艤装にも妖精さんはいて、妖精さんがいないと戦うことも出来ない。他にも艦娘施設の建造だとか艦娘の建造だとか、艦娘の修理や艤装の改修、妖精さんがいないと鎮守府は成り立たないと言ってもいい。

 

 という訳で大本営や鎮守府に所属する人間は艦娘や妖精さんの存在をある程度理解している。だから妖精さんは提督の命令で動くとか思っているらしい。なんだそれ? 初めて聞いたわ。

 

 クソ妖精共は大本営の本部や鎮守府でもやらかしている。なんせ自重しないからな。当然俺が命令したと思われてる。

 

「つまり?」

 

「意趣返し。嫌がらせですね……」

 

 無意味な書類を延々と処理していた事が判明した。そりゃ難癖つけて何度も突き返されるわ。嫌がらせなんだからな。

 

「提督は教育も受けてないですよね?」

 

「中学は卒業出来ました」

 

 高校に進学できなかった俺の高等教育は通信教育がメインである。夜学は無理だ。迷惑がかかる。え? そういう事じゃない? 特務士官教育? なぁにそれぇ?

 

 普通なら特務士官として提督専用の特別育成コースがあるらしい。ろくに教育をしないもの嫌がらせか。え? 違う? クソ妖精共が危ないから最初から考慮すらされなかった?

 

 このクソ妖精共がぁぁ!! 全部お前らのせいじゃねぇか!!

 

 俺は目の前のクソ妖精を掴もうとした。

 

 クソ妖精はひょいと俺の腕を避けると大淀さんの膝の上に座った。

 

 おい馬鹿! やめろ! そこ俺と代われ!

 

「駄目ですよ。こんなに可愛いのに」

 

 大淀さんは俺に憑いたクソ妖精を撫でる。おいマジ俺と代われ!

 

 いくら大淀さんの言葉でも耳を疑う。納得出来ない。可愛いはずがない。寧ろ邪悪だ。

 

「過剰反応していただけなんです」

 

「へ?」

 

 優秀な大淀さんは俺の事情を当然知っているだろう。クソ妖精共の所業も。俺の暗黒の学生時代も。

 

「人はいい人ばかりではありません。笑顔の裏でナイフを隠し持つ人もいます。子供なら好きが裏返って意地悪することもあるでしょう」

 

 最初は小さな反発。まだ悪意とも言えない小さな感情に反応するクソ妖精共。反発は反発を生み、悪意となる。あとは悪意の無限ループ。クソ妖精共は俺を人間の悪意から護っているつもりだったらしい。手段は最悪だが。

 

「で、でもクソ妖精共(こいつら)万引きとか財布とか盗んだりしてましたよ!」

 

 普通に犯罪だ。軽犯罪があったらまず俺が疑われた。まぁクソ妖精共の仕業だったんだけど。

 

「その……提督は余り裕福ではなかったようなので……」

 

 大淀さんは言葉を濁した。濁さなくても貧乏でしたよ。

 

 両親は早い段階で俺の事を諦めた。愛されなかった訳ではない。肉親でも悪魔のような子にイライラすることがあっただろう。近くにいられるはずがない。安アパートで一人暮らし。それが最適解だ。施設なんて絶対に無理だ。阿鼻叫喚は目に見えている。

 

 必要最低限の暮らし。金足りねぇなぁ。腹いっぱい食いてぇなぁとは思っていた。クソ妖精共は俺の思いを満たそうとしていただけっぽい。手段は最悪だが。

 

「カンニング疑惑とか……」

 

「好きな人に良い点をとって貰いたいと思っただけだよね?」

 

 クソ妖精を撫でる大淀さん。うっとり目を細めるクソ妖精。

 

 また耳を疑う言葉が飛び出た。好き? 誰が? 誰を? あり得ねぇ。

 

 俺は試験では常に百点満点を記録していた。授業では答えられないのにだ。俺の答案用紙を改ざんしていた。クソ妖精共の好意から来ているらしい。手段は最悪だが。

 

「それじゃ食べ物が消えていたのは!?」

 

 給食が丸ごと一クラス分消えていた事もあった。これも好意からか? 毒でも盛られていたのか?

 

 大淀さんは目を反らした。

 

「美味しそうな食べ物があるとついって事ありますよね……」

 

 腹ペコかっ!

 

物が飛び交う(ポルターガイスト現象)のは!?」

 

 大淀さんの目が泳いでいた。

 

「つい気持ちが昂ぶって自分を抑えられない時ってあるかな……なんて」

 

 子供かっ!

 

 結論。やっぱりクソ妖精共はクソ妖精共だった。

 

 納得いかないところもある。俺を艦娘工廠まで案内してくれた軍曹は真面目でこんな俺にも誠実な態度をとってくれた。クソ妖精共に尻を蹴られても文句一つ言わなかった。あの軍曹も俺に悪意を持っていたのか?

 

「その……提督は立場上どうしても男性から偏見を持たれてしまうので……」

 

 嫉妬か! 美人で可愛い艦娘が側にいれば嫉妬の一つ二つ三つ四つもするか。クソ妖精共はそれを感じて軍曹の尻を蹴っていたと。

 

「それでも提督の事を思ってしたことなんです。許す事は……全てを水に流す事は無理でも理解はしてあげて欲しいと思うんです」

 

 いくら大淀さんのお願いでも直に許すとか無理だ。でもこいつらが居なければ艦娘に会うことも出来なかった。許すとか別に感謝している気持ちは極わずかだけどあるのは確かだ。

 

 雨雲姫ちゃんがいるからこれからは人に迷惑をかける機会も減る。まぁそのうち。おいおいに成るがままに許す事もあるかもしれない。今はそれしか言えない。

 

 禍福はあざなえる蝿の如し。気持ちがぶんぶん変わる事もあるだろう。

 

「あぁ! そこは駄目ぇっ! 駄目だってば! 提督しか駄目なの!」

 

 はっと顔を上げると、大淀さんの膝に座っていたクソ妖精がスケベスカートの隙間から頭を突っ込んでごそごそしていた。

 

 いいぞ! もっとやれ! いや違った! 俺と変われ!

 

 違う違う! 離れろ! 大淀さんになんてことするんだ!

 

 俺はソファーに近寄ってクソ妖精を引き離そうと足を引っ張るが、なんでこんなに力が強いんだよ! どんどん奥に入って行きやがる。そうだった。こいつらは雨雲姫ちゃんの言うことしか聞かない。大人しかったから艦娘の言うことも聞くんだと思い込んでしまった。

 

「いや! だめぇ!! はぅん!!」

 

 どんなに力を入れても大淀さんの股間からクソ妖精(俺の)が抜けない。それどころかどんどん奥に入ってしまう。耳に大淀さんの叫び声とも喘ぎとも聞こえる男性をいかがわしい気持ちにしていまう色っぽい声。

 

 俺はもう駄目かもしれない……

 

 

 

 

 

 

 

 

「お見苦しいところをお見せしました」

 

 大淀さんの顔は真っ赤だ。優等生の雰囲気を持つ大淀さんの恥ずかしがる姿は心にクルものがある。俺の中で新しい扉が開きそうだ。

 

 いえいえ。眼福でした。心のダメージは甚大だけど。あとお尻が痛い。

 

 クソ妖精はあっさり抜けた。雨雲姫ちゃんがひょいと摘むと一発だった。直後に俺は悲鳴を上げた。雨雲姫ちゃんが俺のお尻を抓ったからだ。今までで一番痛かった。俺は何も悪くないはずなんですけどぉ!?

 

 大淀さんは何かとんでも無いことを言った気がするが、俺は何も聞いてない。記憶は封印された。やっぱりそうだったのかとか思ってはいけない。俺の心がズタズタになるだけだ。

 

「この件について大本営に問い合わせして必ず改善させますので」

 

「えっと有り難い申し出ですけど……」

 

 少しおこおこに見える大淀さん。そこまでお世話になる訳にはいかない。これは俺の問題だ。おれが解決する必要がある。俺は申し出を断った。

 

 それにしてもほんと大淀さんはいい人だ。艦娘はみんなそうなんだろうか? マジ女神様だ。いいなぁ。大淀さんいいなぁ。

 

「大淀さん、俺の艦娘になってくれません?」

 

 俺は最低保証五人の艦娘を旗下に入れられる。戦力増強の意味でも頼りになる艦娘はいくらでも欲しい。

 

 大淀さんは一度目を見開いて、そして破顔した。

 

「ふふ、嬉しい申し出ですけど、私は私の提督一筋なんです」

 

 ですよねー。俺も雨雲姫ちゃんを寄越せって言われたら全力全開で断る。誰にも渡すつもりはない。でも、でも、雨雲姫ちゃんが望むなら涙を飲んで受け入れる。受け入れるんだ俺! 考えただけも涙が出そうだ。

 

 勿論半分冗談の提案だ。旗下に収められるのは建造に立ち会った艦娘だけなんだから。提督のいる大淀さんが俺の元に来ることは絶対にない。

 

 突然ふわりと柔らかく体を抱かれた。雨雲姫ちゃんだ。なんだなんだ? 何が起こった?

 

 両の腕を俺の肩に回した雨雲姫ちゃん。ほんとどうしたの?

 

 雨雲姫ちゃんは大淀さんに顔を向けている。俺から表情は見えない。

 

「大丈夫ですよ」

 

 大淀さんは見惚れる笑顔でたった一言。

 

 雨雲姫ちゃんは俺を抱く腕にぎゅっと力を入れた。

 

 ぐえぇぇ! 苦しい苦しい!

 

 俺はタップをするが雨雲姫ちゃんは力を抜いてくれない。ぐえぇぇ。大淀さんは助けてくれない。ただ何かを思い出すように微笑んでいる。中身が出ちゃうから! 出ちゃいけないものが出ちゃうからぁ! 魂とか内蔵とかぁ!

 

「二人を見ていると昔を思い出して懐かしくなっちゃう」

 

 苦しむ俺を他所に大淀さんはそれではと挨拶してニコニコしながら出ていった。

 

 ちょっと待って! 助けて大淀さん!

 

 室内に残った二人の若い男女。俺はドキドキしていた。主に命の危険を感じて。

 

 ジタバタも出来ない。艦娘の力は人間ではどうしようもない。

 

 ぐーーー

 

 こんな時でもお腹は減る。お腹の虫が泣いた音だ。

 

 雨雲姫ちゃんがふわっと力を抜いた。命の危機が去った! 生きてる! 俺生きてる!

 

 冗談はさておき、雨雲姫ちゃんの様子がおかしい。ふわりと抱きついたまま離れない。顔を俺の肩に伏せて表情は見えない。

 

「ごめんねぇ……気が付かなくてぇ……」

 

 俺はこの三日間水と玉露しか食べてない。そりゃお腹の虫も鳴るわ。

 

 提督と艦娘の食事は無償提供されていた。俺は雨雲姫ちゃんの食事だけは確保しようと無駄な書類をずっと書いていた。いつ食堂に行っても無料で腹一杯食べられるにも関わらず。

 

 雨雲姫ちゃんには書類整理しながら食べるからってずっと嘘をついていた。酒保に行ってもお金なんて持ってないし。甲斐性のない提督でごめんね。

 

 武士は黙って爪楊枝だ。

 

 爪楊枝をしゃぶっていれば唾液で腹も膨らむって意味だ。空腹耐性は人一倍ある。数少ない俺の特技でもある。

 

 雨雲姫ちゃんが顔を伏せている肩が濡れて暖かくなった。ぽんぽんと背中を優しく叩くと雨雲姫ちゃん顔を上げた。

 

 綺麗な琥珀色の瞳から涙がぼろぼろこぼれていた。

 

 お の れ 大 本 営 許 す ま じ

 

「大丈夫だから。ね? 俺水だけで二週間過ごした事もあるし」

 

 泣き笑い。冗談だと思ってくれたんだろう。残念ながら事実だ。顔は笑っていても俺の怒りは有頂天だ。雨雲姫ちゃんを泣かせた罪は万死に値する。

 

「でもぉ……」

 

 肩に回された雨雲姫ちゃんの腕が俺の背中に移動した。手はそのまま下に降りていく。

 

 あれ? 俺、体を触られる趣味はないよ? それともえちえちな展開? 駄目駄目! 吹雪さん達と同じ駆逐艦とえちえちは駄目なの。でも雨雲姫ちゃんがどうしてもって言うなら……

 

「二度としちゃ駄目だからねぇ」

 

「え”?」

 

 ぎゃーーーーーっ!!

 

 一〇本の尖った指が俺のお尻を蹂躙した。刺さって抓ってじゃんけんぽん!!

 

 大淀さんを旗下に誘ったのが原因らしい。ごめんなさい! もう二度としませんんんんんっ!!!

 

 ほんと! ほんと! ごめんなさい"い"い"ぃぃ"!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごらぁぁぁ!! 責任者出てこいやぁぁぁ!!!」

 

 大本営のなんちゃらっていう部署。相当に偉い人がいる場所だ。そして俺に無駄な書類を押し付けた悪の巣窟だ。

 

 ケンカキックで扉をぶち破って俺はギロリと見栄を切った。

 

 今は一人だ。あのあと二人で食事して雨雲姫ちゃんは執務室でお留守番だ。

 

「なんだちみは!」

 

 俺は志村か! そうだよ! 俺が変な提督だよ!

 

 違うわ!

 

 わらわらと次から次へと湧いてくる職員(悪人)ども。

 

「えーい! 懲らしめてやりなさい! 助さん! 格さん! 風車の弥七! かげろうお銀! 後、えーと、えーと、うっかり八兵衛!!」

 

 基本クソ妖精共は俺の言うことを聞かない。でもこの時だけは十全に俺の気持ちを代弁するかのごとく動いてくれた。

 

 最早言葉は無意味。てめぇらの血は何色だぁ? 雨雲姫ちゃんを泣かせた罪を思い知れ!

 

 雨雲姫ちゃんがいない今、クソ妖精共(こいつら)を止められる者は誰もいない。俺にも無理だ。

 

 飛び交う書類。何度も転倒する職員(悪人)。ガタガタと動く机と椅子。明暗を繰り返す照明。がちゃんと割れる高そうな壺。おっとそれはいけない。止めてくれ。俺の財布に響く。

 

「何事だ!」

 

 出たな偉いさん(悪のボス)! 八兵衛行けぇ!

 

 俺は奥から出てきた偉いさんにクソ妖精をけしかけた。

 

 八兵衛(クソ妖精)は偉いさんをスルーした。偉いさんのダメージはゼロだ。

 

 あれ? あれぇ?

 

「志村! これはどういう事だ!」

 

「あいつが! あいつがいきなりやってきて!」

 

 お前が志村かーい。志村は転がりながら俺を指差した。

 

 偉いさんは俺の姿を確認すると事情を察したようだ。

 

 室内は阿鼻叫喚の様相を呈している。その中で冷静に状況を理解して慌てる事がない偉いさん。やるなこいつ。クソ妖精がスルーしたのも気になる。

 

「来なさい。悪いようにはしない。志村、お前もだ」

 

 お客様の中に加藤さんはいらっしゃいませんかー? いないみたいですね。

 

 俺はパニックの中堂々と歩いて、偉いさんが誘導する部屋に入った。志村は立てないので這いながらだ。お尻に指を重ねてぎゅるんぎゅるん高速回転するクソ妖精がいてひぃひぃ言ってる。その指で俺に触れるな。絶対にだ!

 

 重厚な応接間。意外と質素で俺好みだ。壺がないから安心出来る。

 

 テーブルを挟んで向かい合って座る俺と偉いさん。志村は床だ。立てないから仕方ない。鼻にすぼずぼとクソ妖精が腕を高速挿入している。その腕で俺に触れるな。絶対にだ!

 

「事情を説明してもらおうか」

 

 腕を組み落ち着いた雰囲気の偉いさん。

 

 おうおうおう。話してやるよ。かくかくしかじかうまうま。雨雲姫ちゃんを泣かせた責任をどうとるつもりだごらぁ。

 

 口下手な俺の要点を得ない説明を黙って聞いている偉いさん。その間志村はクソ妖精の攻撃を受けているが偉いさんは完全にスルーされている。

 

 こいつ! 出来る!?

 

 大淀さんの話だと少しでも俺に悪意を持っていればクソ妖精共の自動攻撃モードが反応する。つまりそういう事?

 

「志村」

 

 名前を呼ばれただけで志村は体を竦ませた。

 

 ははーん。そういう事か。つまりどういう事? 誰か説明して。

 

「済まなかった。全ては私の責任だ」

 

 偉いさんは頭を下げた。若造の俺にだ。簡単に出来る事じゃない。

 

 何か失敗をしたんだ。そして偉いさんは失敗を隠すことなく俺に謝罪した。失敗を隠す行為は成長を妨げる。俺の持論だ。こいつ……俺の目の前で成長しやがった!

 

「全て理解したようだな。若くとも流石は艦娘に見初められる提督といったところか」

 

 いえ、全然。さっきから説明を待ってますよ?

 

「君が考えている通りだ。全く、恥ずかしい限りだ」

 

 だから事情を説明してよ。俺の頭の中は?マークで一杯ですよ。

 

「今日のところは引き取ってもらえるか? 君の状況改善は私が責任をもって対処する。他の者の手は介入させんと約束する」

 

 それは嬉しいけど一人で納得してないでマジ説明して。腹芸とか出来ないんだから。

 

 偉いさんは立ち上がった。釣られて思わず俺も立ち上がった。あ、これ出ていく雰囲気だ。仕方ねぇ。今日のところはこの辺が潮時か。次雨雲姫ちゃん泣かしたらもっと酷いんだからねっ! あんたの顔を立てて引くんじゃないんだからねっ!

 

「済まなかった」

 

 部屋を出ていく直前にまた謝られた。今まで大人にこんな態度を取られた事がない。

 

「お、おう……」

 

 煙に巻かれた気分だ。さっきまでの怒りは完全に霧散していた。部屋を出ると阿鼻叫喚地獄は続いていたが、俺がここを去れば収まるだろう。クソ妖精共は俺に憑いているんだから。

 

 クソ妖精共を引き連れてなんちゃらって部署から去る直前に偉いさんが声を投げた。

 

「それはそれ、これはこれだ。今日の被害は弁済してもらう。艦娘の提督らしく責任はとってもらうぞ」

 

 俺の給料三ヶ月分が綺麗にすっ飛んだ。むしろ金で済んだ事に感謝なのかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見て見て、雨雲姫ちゃん!」

 

「広いっ!」

 

 俺の新しい執務室だ。三〇畳くらいある。無駄に広い。提督は一律にこの広さの執務室を持っているそうだ。

 

「ほら! トイレ!」

 

「ぴかぴか!」

 

「ほらほら! クローゼット!」

 

「何もない!」

 

「じゃ~ん! お風呂!」

 

「広々!」

 

「ここが給湯室!」

 

「玉露しかない!」

 

「そんでもって寝室!」

 

「……」

 

 そこで赤くならないでよ。もじもじしないで! 意識しちゃうでしょ! えちえちは駄目だよ! 何故かキングサイズとこれもまた無駄に大きいベットは一人で寝るには大きすぎる。

 

 雨雲姫ちゃんにも個室が与えられた。艦娘を集めた寮があって今日からそっちで生活だ。今まで俺は床で寝て雨雲姫ちゃんはソファーで寝ていた。短い間だったけどこれからは別れての生活だ。少し寂しくなるけど仕方がない。生活環境は劇的に改善された。

 

 部屋の隅に置かれた執務机。三〇畳もあるけど物は部屋の角にしか置かれていない。二七畳は完全に無駄スペースだ。こんなに広くても使い切れない。

 

 艦娘が増えれば荷物もどんどん増えるらしい。私物を置くわけでもないのに何が増えるって言うんだ。大淀さんも詳しい説明はしてくれなかった。

 

 執務机を見る。書類は数枚。ペラペラだ。新人提督に仕事は殆どない。まずは艦娘が戦えるようになるところから始まる。俺たちはまだ入り口にも立っていない。

 

 無意味な書類も無くなった。これからどんどん増えるらしいけど今はこれで足りるそうだ。これくらいなら何とかなる。追々慣れるだろうし。

 

 雨雲姫ちゃんはあの日から少し雰囲気が変わった。少し明るくなった。距離感も少し近くなった気がする。こうして日々艦娘との絆が深まっていくんだな。

 

 明日から雨雲姫ちゃんが強くなる為の演習も始まる。

 

 来月は二人目の艦娘建造だ。これから忙しくなるぞ。

 

 頑張ろうね、雨雲姫ちゃん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちな、大本営のあの偉いさんは艦娘と提督から敬意を払わている本物の人格者だった事が判明。給料が入ったら折り詰めセットを持って謝りにいくつもりだが、向こう三ヶ月、俺はタダ働きだ。

 

 お、大淀さん……お金貸してくれるかな……

 

 



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06 初めての演習

【悲報】雨雲姫ちゃんの力が桁違いだった件【チート】

 

 俺は今頭を抱えていた。理由は雨雲姫ちゃんだ。

 

 その雨雲姫ちゃんは現在進行形で重巡洋艦の足柄さんとガチの殴り合いの真っ最中だ。殴り合いといっても拳で殴っている訳じゃない。

 

 中距離での砲撃戦。重巡洋艦の足柄さんが本領を発揮するレンジだ。

 

 重巡洋艦の足柄さんに対して雨雲姫ちゃんは駆逐艦だ。普通なら正面から殴り合いなんて出来るはずがない。

 

 隣で色々と解説をしてくれる夕張さんの話では足柄さんはガチの戦闘狂で鎮守府でも一二を争うベテラン艦娘らしい。

 

 一見OLみたいな装甲艤装をしていて、『飢えた狼って呼ばれてるの』ってフレンドリーな挨拶をされたから、体がガリガリ君なのかって思ったけどとんでもない。ボンキュッボンの大人のお姉さんだった。

 

 艦娘だから当たり前の如く美人で人当たりも良い。まさか戦闘が始まって豹変するとは思っても見なかった。体から湧き出るオーラは俺でも分かるくらい半端ない。

 

 あ。夕張さんは胸が少し残念な以外は性格も明るくて凄く美人です。

 

 雨雲姫ちゃんの砲撃が足柄さんの体を掠める。直撃は一度もない。

 

「んはぁ」

 

「んんっ」

 

「やるわね! んくっ」

 

 足柄さんの気合? 喘ぎ? 悩ましい戦闘ボイスが遠くても聞こえる。妖精さんの謎技術だ。

 

 対して雨雲姫ちゃんは余裕がない。顔中煤と汗で汚れている。足柄さんの砲撃の直撃を何度も受けている。でも怯まない、引かない。

 

 俺は頭を抱えながらも、雨雲姫ちゃん頑張れ頑張れと心から応援していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は俺たち二人の初めての演習だった。

 

 演習というのは艦娘同士が条件を変えて戦って経験を積む模擬戦だ。わざと不利な状況を作ったり、理不尽な配置や遭遇戦、天候の悪い日を選んで視界不良の中戦うってものもある。深海棲艦との戦いでは何が起こるか分からないから色々な戦況を作って実戦で困らないようにするのが目的だ。

 

 勿論条件を互角にして戦うってのものある。一対一や六対六、三対三とか二対二とかもあるそうだ。これは事前に提督が相談して決めるらしい。

 

 自分の艦娘に足りない部分を確認する。弱点を埋める。長所を伸ばす。

 

 演習の目的は色々だ。提督と艦娘の数だけ状況は作られる。

 

 俺たちは負けて当然。胸を借りるつもりいこう!

 

 雨雲姫ちゃんにも演習前にそう言ったし、雨雲姫ちゃんも頷いた。

 

 俺たちは二人揃って勝てるなんて微塵も思っていなかった。

 

 だって雨雲姫ちゃんは建造からまだ一週間で戦闘経験はゼロだ。対して相手の艦娘は何年も深海棲艦と戦っているベテランだ。勝てる要素なんて無いって考えるのが普通だ。

 

 最初は同じ駆逐艦の神風さんだった。状況は珍しい一対一のフリー演習。

 

 神風さんは自分は旧式の駆逐艦だって言っていたけど、とんでもない。俺の目から見ても歴戦のオーラを醸し出していた。

 

 大正時代の女学生みたいな装甲艤装は古臭いとか全然思えずとても似合っていた。紅く綺麗な長い髪にとても似合う黄色いリボン。肌の露出はとても少なくて足元は焦げ茶色のハイヒールロングブーツを履いていた。

 

 ちっちゃくて可愛いのにとても凛々しい。それが第一印象だ

 

 こりゃ勝てねぇなと俺は思った。だって雨雲姫ちゃんにはオーラなんて出てないし、初めての演習で緊張でガチガチだった。それは当たり前で模擬戦含めて戦うのは今日が初めてなんだから。

 

 俺は緊張を解す為に色々言ったつもりだけど、何を言ったか覚えていない。だって模擬戦だと言え俺も初めての戦闘だったから。俺も緊張していたんだ。

 

 俺たち二人は揃って経験値ゼロで何がどうなってどうすればいいのか全然分かっていなかった。訳のわからないまま演習が始まった。

 

 演習開始五秒で神風さんが文字通り吹っ飛んだ。車田飛びだ。綺麗な放物線だった。防御力の高すぎる袴のせいで中は全然みえなかった。

 

「被弾!? どこ!?」

 

 って神風さんも何が起こったか理解してなかったみたい。

 

 判定は大破。雨雲姫ちゃんも何がどうなったか理解してなくて勝った事すら分かっていなかった。

 

 馬鹿な俺はこの時まで、やったやった! と素直に喜んでいた。周囲の空気が変わったのも気づかずに。

 

 次に出てきたのは天龍さんだった。

 

 え? 天龍さんって確か軽巡洋艦じゃん! クラスが違う!

 

 俺は抗議しようとしたけど夕張さんに羽交い締めにされて止められた。羽交い締めされたのに胸が全然当たらないとか思っていない。だから頸動脈が締められて意識が落ちそうになったのは夕張さんが怒ったからとか思うはずがない。女神様の艦娘がそんな事で怒るはずがないんだから。

 

 天龍さんはおっぱい魔神だ。とにかくでかい。もうでかい。ひたすらでかい。口調や態度は男っぽいのに、体つきは男のロマンを一杯詰め込んだダイナマイトボディ。滅茶苦茶色っぽい。装甲艤装のスカート短か過ぎやしませんかねぇ。

 

 天龍さんは刀みたいな艤装を肩に載せて雨雲姫ちゃんを挑発した。

 

「フフフ、怖いか? 安心しろ。手加減はしてやるよ。お前の本気……見せてみろよ!!」

 

 開始三秒で天龍さんは大空に飛んだ。教科書に載ってもおかしくないくらいの綺麗な車田飛びだ。綺麗に飛びすぎて短いスカートの中が見えなかった。

 

「このオレがここまで剥かれるとはね…。いい腕じゃねぇか、褒めてやるよ……」

 

 天龍さんはそのまま入渠施設に運ばれた。演習はストッパーが働いているって言ってたし大丈夫だよね? 夕張さん?

 

 夕張さんは目を合わせてくれなかった。

 

 俺はこの時初めてまずいと思った。いくらなんでも圧勝し過ぎだ。

 

 この鎮守府にいる艦娘は雨雲姫ちゃんを除いて歴戦の艦娘ばかりだ。数年から十数年、場合によっては深海棲艦が現れて二三年間、ずっと戦い続けている艦娘もいる。

 

 当然艦娘は誇り高い。優しいとか関係ない。奢りとか慢心とかじゃなくて存在自体が気高い。俺は知らなかったんだ。普段は優しくて気を使ってくれる艦娘が戦闘になると性格が変わる人がいるなんて思ってもいなかった。

 

 この演習は大本営の偉いさんも当然見ている。

 

 即戦力だと思われれば最前線に放り込まれるかもしれない。クソ大本営だから戦力を余らせる訳にはいかないとか言いかねない。

 

 違うんだ。強さってそんなもんじゃないんだ。いくら見た目の強さがあっても心の強さとは別なんだ。戦争だから甘いとか思われるかもしれないけど、体の強さと心の強さは違うんだ。

 

 雨雲姫ちゃんは建造したてのほやほやだ。新人だ。戦闘経験なんてゼロなんだ。

 

 パニックになるかもしれない。ちょっとした事で混乱して命を落とすかもしれない。だって俺たちはまだ始まったばかりなんだ。

 

 雨雲姫ちゃんだけじゃない。俺は何にも知らない。提督経験値がゼロだ。指揮なんてまだ何にも出来ない。雨雲姫ちゃんに気の効いた事を何も言えない。

 

 負けてもいい。むしろ負けた方が良かった。俺たちはゆっくり、ゆっくりと成長していけばよかったんだ。

 

 そして現れた足柄さん。ちょっと待って! 雨雲姫ちゃんは三連戦になっちゃう! 休憩が必要だ! それ以前に駆逐艦対重巡洋艦っておかしいよ! おれは抗議しようと立ち上がったけど、夕張さんに羽交い締めにされた。

 

 胸が当たらねぇ! と思った瞬間には頸動脈を締められて落ちる直前だった。

 

「歓迎するわ! 強い艦娘は大歓迎よ! 私は足柄! 飢えた狼って呼ばれているわ。自己紹介はとっくに済んでいたわね。準備はいいかしら? 私はとっくにできているわ!」

 

 これでもし勝ってしまったら決定的だ。俺は何も経験を積むこと無く雨雲姫ちゃんを最前線に送り出す事になるかもしれない。

 

 駄目だ! そんな事はさせない。

 

「黙って見ていてくださいね。何を考えているかなんとなく分かるけど、もう少し大本営と艦娘を信じて欲しいなぁ」

 

 夕張さんはそう言うけど、俺はクソ大本営なんて欠片も信じてない。艦娘は信じてますよ!

 

「ほら。始まった」

 

 開幕ヒットは足柄さんだ。動揺していた雨雲姫ちゃんに足柄さんの砲撃が直撃した。もうもうと立ち昇る煙で雨雲姫ちゃんの姿が隠れてしまった。

 

「雨雲姫ちゃん!!!」

 

 直後煙を巻く雨雲姫ちゃんの砲撃の二連弾。足柄さんの体を掠めて遠くに消えていった。

 

「やるわね! 私を楽しませて頂戴! もっと! もっとよ!」

 

 煙が晴れて雨雲姫ちゃんの姿が見えた。無傷だ。

 

 そこからノーガードの砲撃戦が始まった。正確には雨雲姫ちゃんがノーガードだ。

 

 足柄さんの砲弾は雨雲姫ちゃんにガンガン当たる。顎に、腹部に、胸に、腕に、足に。足柄さんは雨雲姫ちゃんの砲撃を避けている。でも余裕が有るようには見えない。表情が真剣だった。全部は避けきれない。雨雲姫ちゃんの砲弾がかする度にあえぐように声を上げている。

 

 足柄さんはとても楽しそうだった。対して雨雲姫ちゃんには余裕がない。遠くても分かる。俺は雨雲姫ちゃんの提督なんだから。

 

 雨雲姫ちゃんの顎が跳ね上がって煙で姿が隠れた。足柄さんは中距離から近距離へ。仕留めるつもりだ。

 

「全く。あなた(提督)が信じてあげなくてどうするのよ。提督の想いが艦娘の力になるのよ」

 

 夕張さん楽しそうに告げる言葉が理解出来ない。なんでそんなに冷静なのよ。

 

 煙が晴れた。雨雲姫ちゃんの汗と煤にまみれた姿。俺には今にも泣き出しそうに見えた。そうだ! 俺が応援しなくて誰が雨雲姫ちゃんを応援するんだ。クソ大本営が無理を言ってくれば俺が体を張って雨雲姫ちゃんを守る。そう誓っただろ! 馬鹿か俺は!!

 

 雨雲姫ちゃん頑張れ! 頑張れ! 頑張れ!

 

「雨雲姫ちゃん!!!! 頑張れ!!!!」

 

 遠くて分かるはずがない。でも俺は確信した。雨雲姫ちゃんは確かに俺と視線が絡まった。聞こえるはずのない声が届いた。

 

 体制を立て直した雨雲姫ちゃんが迫り来る足柄さんに臆することなく対峙した。

 

 模擬弾が直撃した。直後車田飛び。彼女はどぼんと水柱を上げて海に消えた。

 

「まだまだね。そんなんじゃ前線は無理よ。最前線なんてもっての外よ。護衛任務で一から鍛え直しなさい」

 

 傷だらけの足柄さんが高らかに勝利を宣言した。

 

 二勝一敗。俺たちの初めての演習は勝利で始まり敗北で終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 なんで謝るの雨雲姫ちゃん? 凄く頑張ってたよ。俺は知ってるから。

 

「だってぇ……負けちゃったぁ……」

 

 いいんだよ。俺たちは胸を借りる立場だったんだから。最初に言ったでしょ?

 

「いっぱい応援してくれたのにぃ……」

 

 あ、届いてたんだ。嬉しいな。雨雲姫ちゃんの頑張る姿をみて凄く興奮しちゃった。俺たちはこれから少しずつ強くなっていけばいいんだよ。

 

「呆れてないのぉ?……」

 

 なんで呆れるのさ? 凄く誇りに思ってるよ。俺の艦娘すごいって。信じてない? 大声で叫んでもいいよ。雨雲姫ちゃん凄いーって。ごいすーって。

 

「止めてぇ……」

 

 うん。雨雲姫ちゃんが言うなら止める。あ、泣き止んでくれたね。笑ってる方が雨雲姫ちゃん可愛いよ。

 

「ばかぁ……」

 

 俺、馬鹿だし。最終学歴中卒だしぃ……俺、頑張るから。雨雲姫ちゃんの頑張りに負けないくらい頑張るから。雨雲姫ちゃんこそ呆れて見捨てないでね。

 

「……そんな事ある訳ないしぃ」

 

 ほんとにぃ?

 

「知らない……」

 

 えぇ、見捨てないで欲しいなぁ。えっとね、このあと歓迎会があるんだって。雨雲姫ちゃんと俺の歓迎会。おいしいご馳走用意してくれてるんだって。間宮さんと伊良湖さんって言う凄く料理上手な艦娘がいるんだって。俺、歓迎会とか初めてだからメチャ緊張してるんだ。一人だと恥ずかしいから一緒に行ってくれる?

 

「……うん……仕方ないからぁ一緒に行ってあげる……」

 

 それとクソ妖精共が暴れないようにしてくれると嬉しいな。

 

「可愛いのにぃ」

 

 ごめん。それには同意出来ない。お願い出来る?

 

「うん」

 

 あ。笑った。かーわいいぃ! 普段からもっと笑ってくれればいいのに! 赤くなっちゃって! もっと顔見せてよ。笑った顔みででででででで!!!!

 

 痛い! 痛い! 突き刺さないでぇ!!!! 千切れるぅぅ! 千切れちゃうぅぅ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうだ。急ぐ事なんて何もない。俺たちはゆっくり、ゆっくりと強くなればいいんだ。慌てることなんてない。ゆっくり一歩づつ。一歩づつ。

 

 クソ大本営がけしかけて来たら俺もクソ妖精共をけしかけるけどな!





深海雨雲姫 公式ステータス 甲準拠

  (装備無/装備有)
Lv1
耐久  370
火力 177/189
雷装  0/19
対空  99/110
装甲   190
速力   高速
射程    長

装備

深海5inch連装砲C型*2
火力 6
対空 3
対潜 6
命中18
回避 9

深海待伏魚雷 特殊潜航艇
雷装19
命中 9
射程 短

深海水上レーダー 大型電探
対空 5
対潜 5
索敵16
命中24
回避 3


チート!


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07 戦艦への道

 俺には色々と足りない物がある。

 

 基本的な知識だったり、提督経験値であったり、兵站管理能力だったり、戦闘知識であったり、艦娘に対する理解であったりだ。

 

 本当に俺は艦娘の事を知らない。だって何も教育を受けていないからだ。はっきり言ってその辺を歩いている人と艦娘に関する情報量はそれほど変わらないだろう。

 

 ただまぁ、直接会って話をする機会が増えたから艦娘が女神様だと断言出来る程度には知識は増えた。普通に生きていれば艦娘に会える機会なんてないし、テレビでは艦娘の名前も姿形もろくに伝えてくれないからだ。

 

 多分大本営が情報統制しているんだろう。ほんとクソな連中だ。自分たちで艦娘を独占しようとでも思っているんだろう。

 

 生の艦娘をみれば誰もでも感動する。俺がそうなんだから。

 

 例外なく綺麗だし美人だし可愛い。みんな驚くくらいに明るくて優しくて性格もいいし人格者だ。

 

 でも疑問がある。艦娘って成長しないの?

 

 テレビで一番露出の多い吹雪さん達最初の五人の艦娘。全員駆逐艦で明るくて可愛くて健気で可愛くてインタビューで照れたりそれが可愛かったり、でもふとした表情が格好よくて凛々しくて可愛くてとても可愛い。つまりは可愛い。

 

 俺の憧れの艦娘達だ。まだ会った事はないけど、もし会ったら感動して心臓が止まるかもしれない。

 

 吹雪さん達の容姿は大人じゃなくて、でも小学生より少しだけ中学生寄り。

 

 漣さんや電さんはセーラー服型の装甲艤装だから少し背伸びした子供っぽいイメージだ。

 

 五月雨さんはお淑やかで、でも確りとしてドジなんてあり得ない少しだけ大人びた少女に見えるし、叢雲さんは喋り方から見た目以上に大人に見える。

 

 吹雪さんはどこにでもいそうでいない、でもどこか親近感を感じる、ちょっと田舎の芋っぽさがある。馬鹿にしているんじゃないから! それが魅力だって言いたいんだ。

 

 会った事がないから全部俺の印象だけどね。

 

 彼女達は俺が初めてテレビで見た時から姿を変えていない。

 

 艦娘って年を取らないの? 素朴な疑問だ。

 

 金剛さんや足柄さんは大人の女性に見えるから艦娘も成長して大人になると思ってたんだけど冷静に考えると、最初の五人はずっと姿を変えていない。

 

 やっぱり年を取らないんだろうか?

 

 馬鹿だと思われるかもしれないけど、俺は艦娘は成長して駆逐艦から出世魚みたいに最後は戦艦になると思っていた。

 

 艦娘は有名だけど、世間ではそれくらい艦娘に対して情報が少なかったんだ。

 

 つまりは全部クソ大本営が悪い。

 

 そんな俺の疑問を解決してくれる艦娘が現れた。その艦娘はやっぱり艦娘だからとても可愛くて心は純粋で、もし俺が親なら目に入れても痛くないって本当に目に入れたかも知れない。

 

 それくらい可愛らしい艦娘なんだ。

 

 艦娘だからずっと深海棲艦と戦っていて、雨雲姫ちゃんと比べても歴戦の艦娘だった。ずっと戦っていても全然心が濁る事なんてなくて改めて艦娘って女神様だなぁって感心した。

 

 今日はそんな彼女について少しだけ語ろうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が彼女に出会ったのは艦娘工廠が最初だ。雨雲姫ちゃんにもっと強くなって欲しいなぁって何かヒントが欲しかった。俺は色々知識が足りないから、どうすればいいんだろうって悩んで悩んで悩んで悩んで頭から煙が出るくらい考えた。

 

 艤装を今より強く出来ないかなぁって安易に考えていたのかも知れない。艦娘工廠にいけば何か分かるかも知れない。兎に角動いてみようって動機は軽い気持ちだった。

 

「あと何回改装したら、戦艦になれるのかなぁ……」

 

 艦娘工廠から出て来た艦娘とすれ違った。俺は重大なヒントを得た。

 

 改装。

 

 艦娘が改装をする事で力が跳ね上がる事は流石に知っていた。でも何回改装が出来るとかは知らない。雨雲姫ちゃんはまだ一回も改装していない。何回出来るかも分からない。もしかしたら一回しか出来ないかもしれない。でも彼女は言った。あと何回と。

 

 つまり彼女は最低一回は改装を完了している。その上で後何回と。

 

 彼女の発言は非常に示唆に富んでいた。改装は複数回。場合によっては、三回四回、それ以上出来る可能性を秘めている事になる。しかも繰り返す事で戦艦になれるんだと。

 

 やっぱり駆逐艦は成長して戦艦になれるんだ。

 

 俺は驚いて後ろを振り向いた。

 

 知識は少ないが今まで何人も艦娘を見てきた俺には分かった。後ろ姿と独特な装甲艤装。彼女は夕雲型の駆逐艦だ。流石に顔を見ないと誰だか判別は出来ない。

 

 俺は追いかけた。話を詳しく聞く必要がある。

 

 膝まである長い灰色の独特なヘアースタイル。目立つのは淡黄色の大きなリボンだ。何より印象的なのは見た者が元気になるその表情だ。楽しげで明るくて純粋。なんにでも興味深々でキラキラ輝く薄茶色の瞳。

 

 演習で見たことがあった。夕雲型の駆逐艦、清霜さんだ。

 

 追いついた俺は単刀直入に質問を投げた。

 

「清霜さん! 改装をするといつかは駆逐艦も戦艦になれるんですか?」

 

「ふっふーん」

 

 清霜さんはいきなりで驚いていたが、俺をどこかで見たことがあるのか質問に答えてくれた。

 

「成れるもん。いつかは清霜も完璧な戦艦になるんだもん」

 

 独特な舌足らずな口調。でも清霜さんの瞳はキラキラ輝いていて目標に向けてのひたむきさを感じた。

 

 艦娘は嘘なんてつかない。経験則だけど今まで騙された事なんて一度もない。

 

「ありがとうございます!」

 

 俺は頭を下げて清霜さんに礼を言った。

 

 これで目処がつく。まだまだ先かも知れない。でも雨雲姫ちゃんの大型パワーアップの秘訣は戦艦への改装にあり。

 

 ただでさえ強い雨雲姫ちゃんが戦艦になれば鎮守府のエースになれる事は間違いない。

 

 でもどうしよう。雨雲姫ちゃんが金剛さんみたいに大人になったら。雨雲姫ちゃんじゃなくて雨雲姫さんって呼ばないといけないのかな? それは少し寂しい気もするし、雨雲姫ちゃんの成長を祝う意味でもそう呼ばないといけない気もする。

 

 きっと胸も大きくなる。ボディラインが出てる装甲艤装だから恥ずかしくて直視できないかもしれない。足柄さんみたいにボンキュッボンと破壊力抜群になったら俺はずっと目を細めないといけなくなる。困ったなぁ。困ったなぁ。

 

 雨雲姫ちゃんは怒るんだ。どうして目を細めるの? ちゃんと私を見てって。

 

 だって雨雲姫ちゃんが綺麗過ぎてずっとドキドキしてて……直視するともう自分を抑えられないよ。これでもずっと我慢してたんだ。

 

 ……いいよ。抑えられなくても。もう我慢しなくてもいいんだよ。だから……だから私を、私だけを見て。

 

 え? 雨雲姫ちゃん! 本気かい? 俺でいいの?

 

 あなたがいいの。ううん。あなたじゃなきゃ嫌。私、もう駆逐艦じゃないの。戦艦なの。えちえちな事も大丈夫よ。

 

 雨雲姫ちゃん!

 

 提督!

 

 なんちってーなんちってー。

 

 吹雪さんと同じ駆逐艦じゃなきゃ、大丈夫だよね。俺は一度は止めるよ? でも二度三度と迫られたら恥をかかせる訳にはいかないからね!!

 

 やっぱりだめー! 雨雲姫ちゃんをそんな目で見ちゃいけない!

 

 雨雲姫ちゃんはとっても優しい素敵な子!

 

 俺の中の妄想の雨雲姫ちゃんがどんどんえちえちな子になっていく。止めるんだ俺! 雨雲姫ちゃんは純真な子なんだ! そんな風に考えちゃ駄目なんだ!

 

 落ち受け俺。

 

 ひっひっふー、ひっっひっふー。 

 

 駆逐艦は戦艦になれるんだ。

 

 そうか。吹雪さん達が成長しないのは戦艦に改装してないからだ。

 

 そりゃそうだ。艦娘の代名詞たる吹雪さん達が戦艦になって大人になってしまえば日本国中が驚いてひっくり返ってしまう。

 

 吹雪さん達は本当はもう戦艦になれるのかもしれない。でも日本国民の事を考えて駆逐艦のままでいてくれたんだ。

 

 マジ天使かよ! 違った。女神様だった。

 

 俺は嬉しくて早く雨雲姫ちゃんと相談したくて大急ぎで執務室に戻った。

 

 でも戦艦なら合意があれば倫理的に合法な可能性も微レ存……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雨雲姫ちゃんは後何回改装したら戦艦になれるのかな!?」

 

 これは雨雲姫ちゃんの強化を望む俺の素直な気持ちだ。下心なんて一切ない。早く戦艦になーれ。戦艦になーれ。

 

「ならないわよぅ」

 

「二回じゃ無理って事?」

 

「ならない」

 

「三回?」

 

「ならないってばぁ」

 

「じゃあ四回だ!」

 

「しつこい。ならないのぉ」

 

「嘘だ! 雨雲姫ちゃんは俺の心を弄ぼうとしている!」

 

 艦娘は嘘をつかないんだ。駆逐艦の清霜さんが戦艦になれるって言ったもん。

 

「じゃあ、私が嘘をついているっていうのぉ?」

 

 ん? 清霜さんは艦娘で雨雲姫ちゃんも艦娘で、雨雲姫ちゃんは俺に嘘なんて言うはずがなくて。あれ? あれぇ?

 

 こう言うのなんて言うんだっけ? 五里矛盾? 見渡しても正解がないって意味だったはず。

 

 雨雲姫ちゃんは、はっ! と何かに気がついた顔をした。

 

 まずい。俺には下心なんてこれっぽっちも無いけど俺の中で素粒子レベルで存在するかも知れない人類の普遍的な三大欲求の一つについて気が付かれたかも知れない。

 

 雨雲姫ちゃんは執務室にある寝室の方に顔を背けている。

 

 振り向いたその顔は下を向いているけど怒りのせいで真っ赤になっている。

 

 俺はぐいっと体ごと引き寄せられた。そして雨雲姫ちゃんの両腕が背中に回されゆっくり降りていく。今は腰の辺りだ。

 

「わ、わ、わた、しは、い、い、いま、か、か、からで、で、も、いい、わ、よぅ」

 

 雨雲姫ちゃんは怒りの余り、何を言ってるか分からないレベルで口が回らなくなっている。これは本気でまずいですぞ。

 

 セクハラになるのか? セクハラしちゃった? 

 

 腰の辺りで尖った指がカリカリ動いているのが妙に痛気持ちいい。後少し下がればお尻だ。

 

 俺は額から背中から汗が流れるのを止められない。怒りで真っ赤な雨雲姫ちゃんは下を向いたままだ。

 

 お仕置きされるの? されちゃうの?

 

「す、す、好……」

 

「ごめんなさーい!!!」

 

 俺は雨雲姫ちゃんの力が緩んだ隙きを見計らって雨雲姫ちゃんの腕からすり抜けた。あとは一目散だ。痛いのは勘弁なんや! 悪いのは分かっている。でも今は許してー!

 

「……馬鹿」

 

 雨雲姫ちゃんが何か言った気がしたが、俺にそんな余裕はない。

 

 怒りが冷めたらお仕置きを受ける覚悟で俺はすらこらその場から逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 清霜さんは嘘をついていたわけじゃない。純粋に信じていただけだった。

 

 魔法少女に憧れる幼女のように。サンタを信じる子供のように。

 

 深海棲艦との殺伐とした戦いに身を置いて、なお純真な気持ちを忘れない清霜さんはマジ天使。いや女神様だ。

 

 やっぱり艦娘って凄い! 改めて感動した。

 

 

 

 

 

 

 

 PS

 

 あの日から雨雲姫ちゃんに笑顔で無視され続けています。セクハラしてごめんなさいと何度謝っても許してくれません。

 

 ちゃんと考えて正直に気持ちを伝えろ? 後は自然な流れに身を委ねろ? 分かりました。行ってきます。

 

 雨雲姫さん。どうか刺して抓ってお仕置きして下さい。少しくらいなら千切れても我慢します。

 

 だから機嫌直してください。

 

 お尻を自然な流れで差し出したけど駄目でした。

 

 大淀さん。ため息をつかないで解決法を教えて下さい。

 

 馬鹿? ええ、俺は中卒の馬鹿です。何卒の雨雲姫ちゃんの機嫌が直る方法の伝授お願いします。

 

 何卒。何卒。

 

 

 

 

 

 



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08 明石再び

「幸運艦ですか?」

 

「そうよ。幸運艦。知らない?」

 

 ツナギをはだけてタンクトップのシャツが見えているけど俺は目を細めない。数少ない目を細めなくてもいい艦娘は希少で俺は気楽に話をすることが出来る。

 

 軽巡洋艦の夕張さんだ。

 

 初めての演習の時から、雨雲姫ちゃんと二人して仲良くしてくれる艦娘だ。

 

 夕張って綺麗で意味深な名前だけど胸はノー張で、でもそんな事全然気にならないくらいに可愛い艦娘だ。うん。美人というより可愛いだな。美人寄りの可愛いがよりしっくりくる。

 

 今はツナギだけど戦う時の装甲艤装は全体体に夕張メロンっぽい色をしている。セーラー服タイプの装甲艤装はお腹がちらちら見えて、もしかして有るんじゃないかとないかとチラリズム理論が働いてタンクトップ姿にはない色気がある。

 

 可愛く目立つ、胸元と頭のリボンで幼く感じるのに、黒いストッキングで大人っぽく見える不思議さ。

 

 明るくて気さくでこんな俺にも別け隔てなく接してくれるとても優しい艦娘だ。

 

 俺は今色々と勉強している。艦娘の元になった艦船もそこに含まれる。義務教育で旧大戦の艦船なんて一グラムも学ばなかったから正直大変だけど、本物の艦娘がいるから覚えやすくはある。

 

 この船が大淀さんなんだぁ、やっぱり実物も綺麗な船だなぁって夜中に一人でニヨニヨしている。

 

 雨雲姫ちゃんがいると少し機嫌が悪くなるから一人の時しか出来ない。雨雲姫ちゃんの為に勉強しているのに。

 

 まだ駆逐艦雨雲姫は見つけていない。意識して探してはいなけど、自然に雨雲姫の文字を探してしまうのは仕方がない。雨雲姫ちゃんは海外艦だから気長に探す事にしている。

 

 幸運艦って言うと雪風さんかな? 会った事はないけど旧大戦を生き残った駆逐艦だったはず。それも何度も激戦を経験して大きな戦果も上げていたはずだ。

 

 凄く強そうだ……強面なのかな? 黙れ小僧! とか言われるのかな?

 

 いやいや。艦娘はみんな美人で可愛くて性格がいいんだ。きっと凄く色っぽいお姉さんタイプに違いない。駆逐艦は幼い容姿の人が多いけど、浜風さんみたいな例外(巨乳)もいるし雪風さんもきっとそうだ。

 

「呉の雪風、佐世保の時雨って言ってね、日本を代表する幸運艦なの」

 

「雪風……時雨……」

 

「どうしたの?」

 

「艦娘らしくて綺麗でいい名前だなぁって。夕張さんの名前も素敵ですよ」

 

「ふふ、ありがとう。でも雨雲姫ちゃんの前ではよその艦娘を褒めないようにね」

 

 なんでだろうなぁ。正直に思った事言ってるだけなのに。

 

「提督さんはもう少し艦娘を知るべきね。私も私の提督がよその艦娘を褒めるといい気がしないもの。そんな時は夜にきっちり締め上げてあげるけどね」

 

 意味深だ。心にダメージを受けそうだから深く考えないようにしよう。

 

「で、雪風さんと時雨さんがどうしたんです?」

 

「今度ね、補給でこの鎮守府にくるのよ」

 

 雪風さんと時雨さんかぁ。失礼のないようにちゃんと調べておこう。雪風さんはお姉さんタイプとして時雨さんは可愛い系かな?

 

「艦時代も含めて実戦豊富な二人だから、話を聞けば雨雲姫ちゃんのいい経験になるんじゃないかなって思ったのよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 俺だけじゃなくて雨雲姫ちゃんは沢山の艦娘から可愛がられている。そりゃそうだ。あんなに可愛いんだから。

 

 金剛さんと足柄さんには演習で違った意味でかわいがりを受けているけど、いじめじゃないから大丈夫。特に足柄さんから最初の演習以来ずっと一対一の指名を受けている。今のところは全敗だけど今はこれでいいんだ。

 

 たまに天龍さんが空を飛んでいるけど艦娘の装甲艤装って凄いよなあ。防御力低そうに見えるのに滅茶苦茶高い。一度も中身が見えたことがないんだ。

 

 アヘ顔で毎回入渠施設に運ばれる天龍さんだけど、普段は気さくでとても面倒見がいい。親分って感じだ。演習で負けても全然根に持たないし、歓迎会でも人見知りの気があった雨雲姫ちゃんをあっという間に艦娘達に馴染ませてくれた。

 

 給料が入ったら折り詰めセットを持っていかなきゃ。給料の前借り断られたから当分先だけど。クソ大本営め!

 

 俺たちは今の所順調だ。喧嘩もしたりするけど、誠心誠意、毎日二時間のノルマで心から謝ったら一週間でちゃんと許してくれたんだ。女神かよ! 雨雲姫ちゃんだった。

 

 喧嘩をしてからまた距離感が縮まった気がする。雨雲姫ちゃんとの絆は確実に増していると思うんだ。

 

 もうすぐ雨雲姫ちゃんの初めての任務も始まる。足柄さんが言ってた護衛任務だ。経験の浅い艦娘が最初につく定番の任務だそうだ。深海棲艦が殆ど出てこない海域で輸送船を護衛する任務だ。

 

 残念ながら経験の浅い俺は任務の指揮は採れない。他の提督に任せるのは悲しい。だってそうだろ? 雨雲姫ちゃんの初めてを他の男に采られるんだ。提督として忸怩たる思いはある。失敗して雨雲姫ちゃんを痛がらせたら同じ提督でも許さないからな!

 

 でもこうやって少しづつ経験を積んで俺たちは一人前の提督と艦娘になっていくんだ。提督と艦娘のA to Zって奴だ。まだ俺たちはAの段階だ。Zまでは遠いけど頑張るぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということで二人目の艦娘を建造します。しちゃいます?」

 

 明石さんだ。日本中の鎮守府を飛び回っている艦娘で会うのは一ヶ月ぶりだ。

 

 俺と雨雲姫ちゃんが出会ってから一ヶ月が経過していた。

 

「峯雲ちゃんじゃなくて雨雲姫ちゃんだったんですね。早とちりしちゃった。ごめんね。てへ」

 

 明石さんはあっさりとミスを認めての俺の眼の前で成長した。艦娘は凄いなぁ。

 

「忙しい所ありがとうございます」

 

「いえいえ。私、楽しいんですよ。懐かしい艦娘に一番に会えるんだから。あ、一番は提督でしたね。いけないいけなーい」

 

 俺の緊張をほぐそうと明石さんはわざと明るく振る舞ってくれる。大丈夫ですよ二回目だから。

 

「そうですか? でも浮かない顔してません?」

 

「雨雲姫ちゃんの機嫌が悪くなっちゃって」

 

 二人目の艦娘の建造が近づくにつれて雨雲姫ちゃんの機嫌が悪くなってきた。怒ってはいないんだけど、考え込む事が増えたりして、機嫌がよくないなって提督だからなんとなく分かるんだ。

 

 今日も、建造に一緒に立ち会おうって誘ったんだけど気分が乗らないって断られてしまった。

 

「なるほどぉ。分かりますよ。二人目って最初はどうしてもそうなりますよねぇ」

 

 うんうんと頷く明石さん。俺が艦娘についてもっと勉強すれば分かることなんだろうか。

 

「それはありますね。提督はもっと艦娘について知るべきです。艦娘を知るのは簡単なんですけどね」

 

「簡単なら教えて下さいよ」

 

「駄目駄目! 私が言うと怒られちゃいます。そういうのは提督が自分で学ぶ事ですから。それに自然な事だから悩む事でもないですし」

 

 提督も一杯経験を積まないといけないって事か。色々足りない俺には先が遠いな。でも大丈夫なのかな? こんな新米提督が二人目の艦娘を建造して。

 

「大丈夫ですよ。そのうち折り合いがつくので」

 

「折り合い?」

 

「えぇ、元々仲が悪いわけでもないですし、少しの間だけです」

 

 なんか不穏だ。艦娘同士仲が悪くなるのか? 考えた事もなかった。

 

「普通は一人の提督につく艦娘は一人か二人なんですよ。一人の方が多いかな? 稀に三人の提督がいますけどね。だからたまーに発生する問題なんですけど、今までは全て解決しているので問題ないですよ」

 

 初めて聞いたなそれ。俺は最低保障五人だ。そんな事が四回も続くのか?

 

「あ、そうでしたね。提督は日本初の五人の艦娘を旗下に入れられる提督でしたね。大本営も凄く期待してるんですよ?」

 

 嘘だ! 絶対に嘘だ! 期待していたならあんな待遇はあり得ない! 給料前借りさせろクソ大本営。

 

 俺は断固嘘だと断言出来る日本人だ!

 

「あははは、嘘じゃないんですけどね。でも五人かぁ。今まで前例が無いしどうなるんしょうね?」

 

「俺が分かるはずないですし」

 

「むむむ。艦娘の特性から考えて三人は? ……四人だと……五人は……絶対に……無理?」

 

 明石さんがぶつぶつ呟いている。艦娘に分からないことは俺に分かるはずがない。

 

「とにかくやっちゃいましょう! 二人目までは問題ないはずですし。後のことは偉い人に任せましょう」

 

 あ、投げちゃった。でも明石さんが問題ないっていうなら任せよう。大丈夫なんだろきっと。

 

「やり方は前と一緒ですよ。提督はそこに立っているだけ。あとはちょちょいのちょいと」

 

 謎のパネルをぽちぽちと押す明石さん。周囲では忙しそうに妖精さんが資源を運んでいる。

 

「次の艦種は何になるんです?」

 

 戦艦かな? 重巡かな? ボンキュッボンだと困っちゃうなぁ。

 

 建造される艦娘は俺に憑いているクソ妖精共の性質が反映されるって言われたから前回はびびったけど、雨雲姫ちゃんは可愛くていい子だから、明石さんが大げさに言ったに違いない。

 

「それは出来てからのお楽しみということで。それ、ぽちっとな」

 

 艦娘建造ドッグはまばゆいばかりの光を放って直に収まった。

 

 落ち着いていたつもりだったけどやっぱりドキドキする。どんな艦娘がきてくれるんだろう。例えどんな子でも大事にすると改めて吹雪さん達に誓う俺提督。

 

 二人目の艦娘は果たして。

 



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09 二人目の艦娘

「ただいまー」

 

 なんで執務室の扉を開いてただいまの挨拶をするのか?

 

「……ん……おかえりぃ……」

 

 雨雲姫ちゃんがいるからだ。まだ機嫌は良くないみたいだ。二人目の艦娘の建造が関係しているんだろうけど。

 

 雨雲姫ちゃんは給湯室の奥から顔を出して挨拶を返してくれた。

 

 戦力の増強にもなるし、艦娘が増えれば雨雲姫ちゃんも喜んでくれると思っていたのに難しい年頃だなぁ。

 

 いい匂いがする。給湯室の奥からだ。給湯室といっても最初からそれなりのキッチンが備え付けられていた。それを雨雲姫ちゃんが立派なシステムキッチンに改装した。

 

 俺は料理が出来ないから使わないけど、一度喧嘩して仲直りしてから雨雲姫ちゃんが料理を作ってくれるようになった。

 

 艦娘だからそんな事しなくてもいいって言ったんだけど、趣味でしてるとか気分転換だからとか言われると、断れない。艦娘の心を平静に保つのも提督の大事な仕事だからね。そんなの聞いたことないけど俺はそうするつもりだ。

 

 執務室をぐるりと見渡す。

 

 いつの間にか少しづつ増えている雨雲姫ちゃんの私物。三〇畳の内、二七畳はスカスカだったんだけどいつの間にかこうなった。

 

 上着を脱いでクローゼットを開けた。雨雲姫ちゃんの私服が沢山あった。

 

 艦娘だっておしゃれしたい。いつも装甲艤装でいるわけじゃない。戦う時だけだ。普段は普通の服を着ている。

 

 俺の給料は当分出ないけど、艦娘には維持費という名目で給料に相当する資金が政府から支給されている。大本営じゃない。政府からだ。

 

 執務室には、衣類だったり、キッチン用具だったり、使い易い食器棚だったり、可愛い二人掛けのソファーだったり、シャンプーとかのバス用品だったり、衣類収納箪笥だったり、可愛いカーペットだったり、歯ブラシだったり、インテリア雑貨だったり、パジャマだったり、ほんと気がついたらあった。他にも一杯ある。

 

 とても整理されて見苦しさは全然ない。むしろ生活スペースとして最初からこうだったのでは? と思わせる落ち着いた配置だ。

 

 でもパジャマだけやけに目立つ位置に置かれている。駄目だよ。ちゃんと片付けなきゃ。整理整頓上手な雨雲姫ちゃんらしくないなぁ。俺はパジャマをクローゼットに放り込んだ。

 

 ちゃんと艦娘寮があるんだからパジャマが使われる事はない。雨雲姫ちゃんのうっかりだね。

 

 それにしても艦娘って結構な額が支給されてるよなぁ。

 

 このやけに大きなテレビなんて数十万はするんじゃなーい? システムキッチンってお高い気がするんだけどぉ。

 

 俺は提督だ。だから、武士は黙って爪楊枝。

 

 部下にお金の無心なんてあり得ない。悪いのは全て悪の巣窟、クソ大本営だ。

 

 なんか少し狭くなったなこの部屋。まぁ三畳分だけ確保出来れば俺的には問題ない。

 

 以前、雨雲姫ちゃんは俺の寝室に私物を置こうとしたけど、それだけは断固拒否した。あそこには女性に知られてはいけない宝物がある。例え雨雲姫ちゃんと言えども駄目なものは駄目だ。

 

 トントントンとリズミカルな音が聞こえる。

 

 雨雲姫ちゃんはまだ料理が上手くない。正直言うと下手だ。でも俺は全部が美味しく感じる。例え、口の中で何かがじゃりじゃりと音を立てても、血圧が上がりそうな程しょっぱくてもだ。

 

 艦娘の手料理最高! それだけで最高の調味料になる。

 

 それにだんだん上手になってるし、文句なんてあるはずがない。エプロンをした雨雲姫ちゃんが恥ずかしそうに出してくれる手料理。一〇〇万点満点!

 

 いつか御礼をしたいけど俺は悲しい程甲斐性がない。花束一つ用意できないのだ。俺が自由に出来るのは身一つしか無い。だから体を雨雲姫ちゃんに差し出すことだけしか出来ない。そんな事をしても雨雲姫ちゃんは嬉しくないに違いない。ごめんね、貧乏提督で。

 

 悪いのは全部クソ大本営のせいだ。何が期待してるだ馬鹿野郎。またクソ妖精共をけしかけてやるからな。眉毛洗って待ってろ!

 

 料理が出来上がって給湯室から出てきた雨雲姫ちゃんが料理を並べてくれる。今日は和食だ。

 

 料理は一人分だけだ。俺の、俺だけの、俺の為の、雨雲姫ちゃんの手料理!

 

 少しでも早く食べてもらいたいからって雨雲姫ちゃんは自分の分を作らない。本当は一緒に食べたいけど、今は雨雲姫ちゃんの気持ちが嬉しい。

 

「美味しそうだ! 頂きます!」

 

「……召し上がれぇ」

 

 雨雲姫ちゃんがやっぱり落ち込んでいる。このあと二人目の艦娘に会ってもらうんだけど大丈夫かな。

 

 ごりごりと白米を噛み砕いた。うん、今日は砕ける硬さだ。おいしいね!

 

 アサリの味噌汁は砂抜きしてないね。隠し味だね!

 

 おっと魚の内臓は生でも大丈夫かな? 勿論全部食べけるどね!

 

 おれは美味しい美味しいと全部平らげる。

 

 いつもは俺が美味しい美味しいと言う度にニコニコしてくれるのに、今日は表情が暗い。理由は分かってるんだ。

 

「ごちそうさま!」

 

「お粗末様……」

 

 食器を片付けようとする雨雲姫ちゃん。俺はその手を掴んだ。ちゃんとお話しないといけないと思ったからだ。

 

「雨雲姫ちゃん、聞いてくれる?」

 

「……うん」

 

 俺が何を話そうとしているのは分かっているはずだ。下を向いて顔を見せてくれない雨雲姫ちゃん。

 

「今日、二人目の艦娘の建造を明石さんにしてもらったんだ」

 

「……うん」

 

「で、今、執務室の扉の前に置いてあるんだ」

 

「……うん……うん?」

 

「ちょっと待ってて! 今取ってくるから!」

 

「……え?」

 

 俺は執務室を出た。そして置いてあったそれを手にした。

 

「見て雨雲姫ちゃん! これが俺の二人目の艦娘なんだ!」

 

 

 

 

 

 

「あれ? 成功? 失敗? 失敗なんてしたことないのに?」

 

 眩い光が収まってそこにあったのは、女性の形をしてなかった。それどころか人の形でもない。明石さんが何か言ってるけど俺の二人目の艦娘だ。大事にしないと。

 

 全体的に黒い。黄色い嘴みたいなのがついている。ぱっと見はペンギンだ。瞳から涙が出ていた。生まれて、産声代わりの涙だろうか?

 

「明石さん! この子!」

 

「なんでしょうね? 失敗なんてあり得ないのに?」

 

「つまり成功ってことですよね?」

 

「そうなるのかな? いやいやいや。でも失敗じゃないから成功? どうなんだろう?」

 

「失敗があり得ないなら成功ですよ。この艦娘なんて名前だろう?」

 

「艦娘? 艦娘なのかな? 触れてみれば分かるのでは?」

 

 首を捻りつつも明石さんは興味深々だ。

 

「触りますね。えい」

 

 電気ショックを警戒してぺちんと指先でふれたけどショックはなかった。

 

 ――廃 棄 物 B

 

 しかし別の意味でショックを受けた。廃棄物だと……

 

 元艦娘の廃棄物だとでもいうのか……だとすればこの子は艦娘だ。例え廃棄物だとしても元は艦娘なのだから。艦娘である以上俺は廃棄物の提督なのだ。

 

 建造前に吹雪さん達にどんな子でも大事にすると誓っている。これは俺にとって神聖な約束だ。違える事はあり得ない。

 

「……ペンギンです」

 

「え? ペンギン!?」

 

「この子は艦娘のペンギンです」

 

「いやぁ、提督の言葉でも艦娘に見えないんですけど?」

 

 俺はここでカードを切る。艦娘に対して卑劣な行為だ。しかし俺は廃棄物の提督なんだ。護らなきゃ! この廃棄物を!

 

「明石さん!」

 

「はい!?」

 

 大きな声に驚いた明石さん。申し訳ないと思うがこれも廃棄物の提督としてしなければいけない事なんだ。ごめんなさい明石さん!

 

「明石さんは一度雨雲姫ちゃんに対して名前を間違えるというミスをしていまいました」

 

「いやぁ、申し訳なく思ってますよ?」

 

「でも! またここで間違ってしまってもいいんでしょうか!!」

 

「どう言うことぉ!?」

 

「失敗はしてない! つまり成功です! イコールペンギンは艦娘であると断言出来ます」

 

「で、出来るのかな?」

 

「出来るのです!」

 

「はい!」

 

 強く押せば艦娘は提督に譲歩してくれる。ごめんなさい明石さん!

 

「明石さんが次にすることは名前を間違えることなく登録することです!」

 

「ペンギンを!?」

 

「そう! ペンギンを!」

 

「分かりました。納得しかねますが、提督がそこまでおっしゃるなら。それでペンギンの艦種は何ですか?」

 

「……ペンギン艦……新種の艦種です……」

 

「ペンギン艦ペンギン……」

 

「国籍はホニョペニョコでお願いします」

 

 俺は頭をぺこりと下げた。

 

「迷惑をかけたので協力しますけど、後で大本営に怒られますよ?」

 

 大本営何するものぞ。やれるものならやってみろ。全力でやり返してやる。

 

「明石さんには迷惑を掛けませんから」

 

「いやぁ、登録自体が……まぁいいでしょ。何か事情があるみたいですし」

 

「ありがとうございます」

 

 やっぱり艦娘は女神様だ。よかったな廃棄物B! これで廃棄されなくて済んだぞ!

 

「それじゃ、さくっと登録して、ささっと別の鎮守府に高飛びするので、騒動おこっても提督が処理してくださいね」

 

 明石さんはそういうと艦娘工廠から消えた。

 

 おれは廃棄物Bをゆっくりと胸に抱いた。

 

 暖かい。時々ピクリと動く。廃棄物B大事にするからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「という事があったんだ」

 

 俺は胸に抱いた廃棄物Bを雨雲姫ちゃんに見てもらう。雨雲姫ちゃんは廃棄物Bを受け入れてくれるだろうか? 優しい雨雲姫ちゃんだから大丈夫だとは思うんだけど、もし駄目だったとしても俺だけは廃棄物Bを大事にすると決めていた。

 

「暖かい……」

 

 雨雲姫ちゃんは廃棄物Bを胸に抱いて一言呟いた。

 

 そうだ廃棄物Bは生きているんだ。時々ピクリとしか動かなくても確かに生きているんだ。

 

「二人目の艦娘だけど、受け入れてくれるかな?」

 

「……うん」

 

 良かった! 書類上は艦娘だし雨雲姫ちゃんも艦娘として認めてくれた。

 

「妹になるのかなぁ」

 

 雨雲姫ちゃんが廃棄物Bの立ち位置に悩んでいる。俺も悩む。

 

「艦娘だけど見た目は艦娘じゃないから、新しい家族?」

 

 俺と雨雲姫ちゃんも家族みたいなもんだし。

 

「家族……」

 

「小さくて世話しないといけないから子供かな?」

 

「子供……」

 

「二人で世話するから二人の子供だね」

 

「!!」

 

 雨雲姫ちゃんは廃棄物Bをぎゅっと抱きしめた。やっぱり女の子だなぁ。母性本能が刺激されたんだろうか。艦娘に親っているのかな? 設計者が親になる? 家族に飢えているのかもしれないな。

 

 俺は雨雲姫ちゃんと廃棄物Bを微笑ましい気持ちで見ていた。

 

 問題はある。

 

 登録上はペンギン艦ペンギン。しかし正式な名(アイデンティティ)は廃棄物Bだ。名を取るか実をとるか。それが問題だった。

 

 そしてもう一つ重大な問題。これは喫緊だ。

 

 廃棄物Bは一体何を食べるのか?

 

 今日は雨雲姫ちゃんに泊まってもらって色々と相談しないとな。決めることは一杯ある。

 

 こうして俺の元に二人目の艦娘が来てくれた。

 

 これからもよろしくな! 廃棄物B!

 

 

 



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10 人はそれを愛と名付けた

「認められません」

 

 大本営の偉いさんだ。

 

 分かってるぜ。俺も少しは経験を積んでいる。勉強も通信教育とは別にちゃんとしてるんだ。これが交渉術の一つだって事は見破っている。

 

 俺の隣には廃棄物Bを抱いた雨雲姫ちゃんがいる。

 

 大本営が、来るなら雨雲姫ちゃんを同席して欲しいと言ってきたからだ。

 

 俺は既に譲歩している。さぁクソ大本営、お前はどう譲歩するんだ?

 

 最初に一発かまして俺からさらに譲歩を引き出すつもりだろう? 新米提督だって舐めてかかるとその(はらわた)を食い破ってやるぜ。

 

 俺たちは大本営のなんたらかんたらっていう艦娘の情報を管理する部署に呼ばれた。理由はペンギン艦ペンギンの登録に関してだ。

 

 流石明石さん。完璧な仕事だぜ。ちゃんと登録してくれた。

 

 大本営が気づいても、時既に遅しだ。事情を聞こうにも明石さんはとっくの昔に他の鎮守府に高飛びしている。大本営(てめぇら)はとっくに後手に回っているんだ。

 

 どうだ? 悔しいか? 負けっぱなしでいるほど俺は落ちぶれちゃいねぇんだよ。

 

「このペンギン艦ペンギン様の登録は抹消します。よろしいですね?」

 

 何だと! 廃棄物Bをこの世から消そうと言うのか!? 血も涙もねぇ連中だ。

 

「巫山戯るな! 俺の艦娘を何だと思ってやがる!」

 

「ペンギン様は艦娘と認められません」

 

 力を持てば正義だというつもりか? 権力を振りかざしやがって! 認めるも認めないも廃棄物Bは俺の艦娘なんだよ!

 

 雨雲姫ちゃんが腰を上げて口を開こうとした。俺は雨雲姫ちゃんの腕を掴んだ。ここは俺に任せてくれ。俺は廃棄物Bの提督なんだ。廃棄物Bを護るのは提督たる俺の役割だ。雨雲姫ちゃんは側で見守っていてくれ。

 

 気持ちは伝わった。雨雲姫ちゃんはこくんと頷いて腰を下ろした。静観の構えだ。

 

「理由を教えてくれ」

 

「過去に遡ってペンギンという名の艦船は存在しません」

 

「海外にもか?」

 

「はい。ホニョペニョコ王国が存在したとしてもです。付け加えるならペンギン艦という艦種も存在しません。千年遡っても存在ません」

 

 野郎、俺の手を読みやがった。この手はもう使えねぇか。だがな。

 

「くくくく」

 

「?」

 

「お前、何も分かっちゃいねぇよ。まるで話にならねぇ」

 

「浅学で申し訳ありません。そのお話、お聞かせ下さいますか?」

 

 かかった。前回は後方に全力で前進したが今回はそうは行かねぇ。

 

「よく聞け。お前は明石さんより艦娘について理解が深いのか?」

 

「いえ、断言はしかねます」

 

「そうだよな。艦娘を一番知るのは艦娘だ。人間がいくらあがこうが艦娘を完全に理解するのは不可能なんだよ」

 

「なるほど。その通りでしょう」

 

「だが人間でも艦娘を理解可能な存在がいる。それが俺たち提督だ」

 

「ご尤もな話です」

 

「俺は昨日、明石さん立会の下、ペンギンを建造した。建造は大成功だ。お前には理解出来ないだろうが、俺たち提督と艦娘の間には決して切ることの出来ない絆ってものが有るんだよ」

 

「興味深い話です」

 

「俺たち提督は艦娘に触れる事で最初の絆が結ばれる。そして俺はペンギンに触れて絆を確かめた。分かるか? 提督と艦娘にしか結ばれない絆を確かに感じたんだ!」

 

「絆……ですか」

 

「そうだ! 絆だ! そして俺は艦娘の名を知った。ペンギンだ。ペンギン艦ペンギン。それが俺の二人目の艦娘の名だ!」

 

「……」

 

「立ち会った明石さんも艦娘だと認めて即座に登録した。艦娘は艦娘を知るって事だ。これが全てだ。分かるな?」

 

「ですが過去に遡ってペンギンという名の艦船は存在しませんので認められません」

 

 頭かてぇぇぇぇぇなおいぃ!!!

 

 はい、分かりましたって言えよ!!! クソ大本営がぁぁぁ!!!

 

 偉いさんは小さくため息を吐いた。

 

「よろしいですか?」

 

 よろしいもクソもねぇよ。言いたいことあるならさっさと言えってんだ。

 

「正式に登録された艦娘には幾つかの条項が適用されます。例えば演習ですが、月に一定回数の参加が義務付けられています」

 

 初耳だ。だからそういう事ちゃんと教えろよクソ大本営が。そういう所が駄目なんだよ。

 

「私見ですが、ペンギン様は演習の参加に耐えうるとは思えません」

 

 そうだな。廃棄物Bは火力も装甲もゼロで紙以下のペラッペラだ。

 

「一定の訓練期間を経て、出撃に耐えうると認められた艦娘には演習同様に実力に応じた任務に一定数出撃してもらう規定もあります」

 

 だから後出しじゃんけん止めろって。なんで教えてくれねぇんだよ!

 

「ペンギン様に可能なのでしょうか?」

 

 偉いさんの眼鏡がキラリと光った。

 

「可能だ」

 

 廃棄物Bの可能性は無限大だ。今は出来ない。だが未来にも出来ないと誰が言えようか? 現在過去未来。全てを見通して、事象全てに断言出来る者がいるとすればそれは神だ。神しかいない。俺は廃棄物Bの可能性を信じている。

 

「では話を変えましょう。艦娘には維持費という名目で政府から給与が支給されているのはご存知でしょう。大本営からではなく政府からです」

 

 知ってるよ。お蔭で俺の執務室が劇的ビフォーアフターの真っ最中だ。

 

「これは任務の達成に関係なく一律に支給される基本給と、任務の貢献度に合わせた歩合給が艦娘に支給されています」

 

 つまり寝ていてもお金が入ってくる仕組みってやつだな。

 

 偉いさんはぐっと体を俺に寄せた。耳元で小さく囁いた。

 

「このままでは横領罪で政府に告発されてしまう可能性があります。そうなれば雨雲姫様とも引き離されるでしょう。我々は貴方に期待を寄せています。どうかお考え直し下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「国家権力には勝てなかったよ……」

 

 俺たちはあの後なんたらかんたらっていう部署から後方に全力で前進した。

 

 ただ時間の猶予は勝ち取った。その間になんとかする必要がある。

 

 大本営から維持費が支給されていれば何とかなる話だった。しかし維持費は政府から支払われている。

 

 政府の横槍を防ぎたい大本営と艦娘とのパイプを維持したい政府。提督の給料は大本営が、艦娘の維持費を政府が。せめぎ合いと妥協の結果らしい。

 

 例え艦娘との関係を作られても提督を押さえている時点で大本営は艦娘を間接的に動かす事が出来る。そういう事らしい。

 

「俺は金なんていらねぇのに……」

 

 むしろ所持金ゼロでよく生活できてるな。生命線は食堂と雨雲姫ちゃんの手料理だ。この兵站が切れた時点で水と玉露だけの生活になる。持って一ヶ月だ。

 

 維持費を受け取る受け取らないの話じゃなくてそういう風に仕組が出来上がっている。つまりこのまま意地を張ってると政府はいつでも俺を告発して身柄を確保出来るって事だ。雨雲姫ちゃんは俺を人質にされていいように使われるかもしれない。

 

 そこまでするかと思うかもしれないけど、個人と国家は別物だ。闇で何をされるか分からない。ぞっとする話だ。

 

 解決法はある。

 

 廃棄物Bが艦娘として活動出来れば全て解決だ。雨雲姫ちゃんがこのパターンだ。大淀さんがどんな手を使った分からないが、要は艦娘として活躍出来ればどうにかなる問題だった。

 

 もちろん俺は廃棄物Bの可能性を信じている。信じているが今日明日で雨雲姫ちゃん並に動けるとは流石に思えない。

 

 最低でも一年……いや五年……一〇年でなんとかなるといいなぁ……

 

「畜生……俺は廃棄物Bを艦娘として認めさせる事もできねぇのかよ……」

 

 俺は日和った。保身だ。政府に身柄を確保される事を恐れて、いや、雨雲姫ちゃんと引き離される事を恐れて廃棄物Bの未来を天秤にかけようとしている。

 

 なんてことだ。俺は吹雪さん達に誓ったのに。大事にするって誓ったのに。

 

 俺の誓いはその程度のものだったのかよ! 駄目だ! 考えろ! 考えることを止めた時点で俺は提督失格だ。

 

「廃棄物B……」

 

 廃棄物Bを胸に抱く雨雲姫ちゃん。廃棄物Bの未来を憂う表情と愛しそうに見つめる眼差し。

 

 俺は母親から早い段階で離れた。愛されなかった訳じゃない。どうしようもなかったんだ。雨雲姫ちゃんの表情はあの日、あの時の母親と同じだ。俺の未来を憂い、でもずっと愛していると言ってくれていたあの目だ。

 

 廃棄物Bを胸に抱く雨雲姫ちゃんは聖母像の様に背筋が凍る程美しかった。

 

 そうだ! 俺たちは提督と艦娘であると同時に家族であり親子なんだ!

 

 諦めてたまるか!

 

 俺のちっぽけなプライドなんてクソ食らえだ! 廃棄物Bの為なら俺はなんでもやってやる! 待ってろ廃棄物B!

 

「雨雲姫ちゃん! 先に戻ってて! 必ず! 必ずなんとかするから!」

 

 俺は制止する雨雲姫ちゃんの声を振り払って走った。一筋の可能性に賭けて!

 

 

 

 

 

 

 

 

 大本営のなんちゃらっていう部署。相当に偉い人がいる場所だ。そして俺に無駄な書類を押し付けた悪の巣窟。以前クソ妖精共が大暴れした場所だ。

 

「おっさん! いるか!?」

 

 クソ妖精共が暴れだした。雨雲姫ちゃんがここにいない以上、クソ妖精共(こいつら)を止められる者は誰もいない。俺にも出来ない。

 

 命令してもしなくても結果は同じだ。なんせここは俺への悪意が渦巻いている。

 

 俺が今からする事を雨雲姫ちゃんにだけは見て欲しくなかった。まだちっぽけなプライドがあるって言うのかよ。情けねぇ。

 

 飛び交う書類。何度も転倒する職員。ガタガタと動く机と椅子。明暗を繰り返す照明。がちゃんと割れる高そうな壺。いくらでも割ってくれ。そんな事今は気にしてる場合じゃない。

 

 志村の尻で指を重ねてぎゅるんぎゅるん高速回転するクソ妖精。今回ばかりは志村に出番はない。

 

「何事だ!」

 

 偉いさんが出てきた。

 

「おっさん!」

 

「またお前か!」

 

「おっさん! 頼むこの通りだ! 何でもする! 助けてくれ!」

 

 俺は頭を床に擦り付けて土下座した。人生で初めての土下座だ。作法なんてしらない。ただ首を落とされる覚悟だけはあった。

 

「ぬぅ、ここでは話も出来ん。来なさい」

 

 俺は立ち上がって、阿鼻叫喚の中偉いさんに続いた。

 

 応接室のソファー。俺は座ること無く、背筋を伸ばして床に正座した。

 

「何でもすると言ったな?」

 

「言った」

 

「そういう事は軽々しく言うものではない。お前自身の価値を軽くする。今後は控えろ」

 

 偉いさんは俺をじっと見た。俺の覚悟を見てるんだろうか? 存分に見てくれ。 望むなら裸になってもいい。

 

「話してもらおうか」

 

 かくかくしかじかうまうまですよ。何とかならないですかねぇ? 艦娘に迷惑をこれ以上かけられないし、もう頼れる人っていないんですよ。

 

 口下手な俺の要点を得ない説明を黙って聞いている偉いさん。

 

 これが俺の最後の手段だ。断られたらもうどうしようもない。後はやけになって、クソ妖精共を引き連れ、政府とやらにカチコミでもしてやろうか。

 

「ふむ。出来なくはない」

 

「出来るのか!?」

 

「最後まで聞け。要は艦娘だと認められればよいのだな?」

 

「その通りだ!」

 

 繰り返すが、艦娘は世間で絶大な人気を誇るが、驚くほど情報は公開されていない。吹雪さん達最初の五人以外では本当に僅かだ。大本営が出し渋りしていると思われている。大本営に人気がないのはこれが原因だ。

 

「政府の方針だ」

 

 おっさんは言う。

 

 大本営は提督を、政府は艦娘を。戦う機関ではない政府は大本営に委任し艦娘に深海棲艦と戦ってもらっている、という形をとっている。

 

 政府は旧大戦の反省を踏まえ、大本営の暴走を恐れて艦娘の所有権を法で縛った。艦娘は国家機密だ。艦娘をどんな手を使っても欲しがる国がいるからだ。安全保障の要、艦娘を手放すなどあり得ない。艦娘の情報が驚くほど公開されないのはこれが原因だ。

 

 政府からすれば大本営はだだの隠れ蓑だった。

 

 だが政府が法律で艦娘の所有を主張しようが艦娘には関係ない。政府の人間は艦娘を余りにも知らなさすぎた。提督を押さえている大本営が名を捨てて実をとった形だ。

 

「公式の艦娘は政府公認の艦娘だ。だがこれすら情報公開さていない。むしろ艦娘は大本営所属だと思われている」

 

 つまりどういう事だよ?

 

「大本営公認の非公式艦娘。情報公開のない内部的な処理だがな」

 

「それってもぐりの艦娘って事になるんじゃ?」

 

「大本営公認だ。どこに恥じる要素がある? 喜べ。二人目の艦娘は大本営公式第一号の艦娘だ」

 

 政府の紐がつかない艦娘。火力も装甲もペラッペラで戦力にもならない廃棄物Bだからこそ出来る裏技だ。

 

「維持費は出んぞ。そこまで甘えるな」

 

 いらねぇよ。最初から期待していない。

 

 大本営に所属する艦娘の規定はない。当たり前だ。今までいなかったんだから。政府の規定も適用されない。公式には存在しないからだ。演習も任務も参加する必要はない。これで廃棄物Bは安心して堂々と艦娘を名乗れる。大本営公認ですよってな。艦娘の皆さんには根回しをしとかないとな。

 

「情報管理部の方には私から話を通しておく」

 

 俺は頭を下げた。大本営はクソだがこのおっさんには頭が上がる気がしない。

 

 でも、頼んだのは俺だがなんでここまでしてくれるんだ? 訳のわからないままに提督になったド底辺の人間だぞ。

 

「お前には期待している。それだけだ」

 

 絶対に嘘だ! それだけは信じない!

 

 俺は立ち上がってもう一度深々と頭を下げた。

 

 さて帰るぞクソ妖精共。

 

 俺は阿鼻叫喚の中クソ妖精を引き連れてなんちゃらっていう部署を出た。

 

「言い忘れていたが」

 

 背中に届いた声に俺は振り返らずに答えた。

 

「分かってるよ。給料から差っ引いておいてくれ」

 

 向こう四ヶ月俺のタダ働きが決定した。安いもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、雨雲姫ちゃんと一緒に廃棄物Bをおっさんに紹介した。

 

 おっさんは

 

「ねぇ? マジ? これなの? これが艦娘? 大本営公式……これを?」

 

 と呟いていた。

 

 これとは失礼な。俺の二人目の艦娘だ。

 

 そういや廃棄物Bの事説明してなかったかも。終わりよければ綺麗にフィニッシュだ。

 

 



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11 技術革命

 書類を書き書き。あ、違った。これどうするんだっけ。消し消し。修正ペンはっと。おっとフォトフレームが倒れちゃた。

 

 俺はフォトフレームを立て直した。

 

 フォトフレームには廃棄物Bを胸に抱いて微笑む雨雲姫ちゃんが写っている。ピンク色のペンで漫画みたいに雲みたいな吹き出しがあって、廃棄物Bが

 

『パパ、頑張って』

 

 って言ってるみたいに書かれていた。

 

 雨雲姫ちゃんが用意したものだ。雨雲姫ちゃんは多才だなぁ。ほっこり。

 

 執務室の二七畳スペースだけじゃなく、死守しているつもりだった三畳の執務空間も徐々に侵食されている気がするが些細な事だ。

 

 廃棄物Bが来てから雨雲姫ちゃんの雰囲気がまた変わった。廃棄物Bが来て執務室に泊まって貰って色々と相談したあの日からだ。

 

 泊まったって言ってもえちえちはしてないよ! そんな事出来るはずない! 凄く可愛いパジャマに着替えて寝る気満々の雨雲姫ちゃんだったけど、相談する事は沢山あったからね。

 

 雨雲姫ちゃんは寝室で話をしようって強引に入ろうとしたけど、俺は火事場の馬鹿力を発揮して侵入を完璧に阻止した。だって寝室には女の人には見せられないお宝が埋蔵されているんだ。

 

 もし偶然何かの拍子に見つかってしまえば、本当は俺も(危険な狼)だったんだって雨雲姫ちゃんに意識されて微妙な空気になっちゃうかも知れない。そうなれば二人の関係はギクシャクする。提督としての威厳もだだ下がりだ。俺は男と提督の威厳を守りきった。

 

 雨雲姫ちゃん無防備過ぎるよ……吹雪さん達と同じで駆逐艦だから純粋過ぎて心配になる。俺以外の提督にほいほいついて行っちゃ駄目だからね。男はみんな狼なんだから。

 

 パジャマ姿が凄く可愛くて目を細めて話すとかしたくなかったから雨雲姫ちゃんには毛布をかけてあげて一杯お話した。

 

 教会がいいとか、指輪は無理をしなくてもいいとか、海の見える小さな家がいいとか、三人は欲しいとか。

 

 ははは。雨雲姫ちゃん、脱線してるよー。でもやっぱり女の子なんだね。俺はクソ妖精共がいるから結婚とか絶対に不可能だけど、雨雲姫ちゃんに将来の夢があって安心した。

 

 今度聞いてあげるから今は廃棄物Bの事を話そうね。

 

 廃棄物Bの食事は問題なかった。意外となんでも食べた。ごりごりと音を立てて雨雲姫ちゃんの炊いた白米を食べるのを見て、俺は心配するのを止めた。

 

 提督の仕事は書類との戦いだ。戦場で陣頭指揮は滅多にない。艦娘と深海棲艦の壮絶な戦いに人間なんてあっという間に木っ端微塵になるからだ。

 

 そして、じゃじゃーん!

 

 パソコンだ! プリンターもある!

 

 実は俺はパソコンは少し苦手だ。二本の人差し指でアルファベットを探しながらぽちぽちしか出来ない。

 

 多才な雨雲姫ちゃんは使えた。物凄い速度でキーボードがカタカタなっていた。教えて貰ったけど、偶然な事に耳に何度も雨雲姫ちゃんの熱い吐息がかかるから、今は独学で勉強中だ。

 

 最初にしたことは当然えちえちなサイトを見ることだ。でも繋がらなかった。俺はクソ大本営に抗議した。猛抗議だ! どういうことだごらぁ!

 

 仕様らしい。閉じたローカルネット環境だって説明された。日本語で説明しろ!

 

 なんでも艦娘を狙う海外からの攻撃が酷くて、最初から回線を物理的に遮断しているらしい。パソコンを使うモチベーションがだだ下がった。

 

 でも便利なんだこれ。今まで定規で線を引いてたりしたけど、データベースに繋げると申請書とかの書類のフォーマットが俺のパソコン届く。それを印刷したら効率がババンと上がった。

 

 やり方は雨雲姫ちゃんが教えてくれた。吐息が……はう。

 

 これもう紙いらないじゃん! 仕組みはわからないけどデジタルをあっちのパソコンからこっちのパソコンに届けるだけでいいじゃん! しこしこ書かなくてもよくなるじゃん!

 

 パソコン革命だ! 俺たちは革新的な技術を教えてやる為、クソ大本営のなんたらかんたらっていう艦娘の情報を管理する部署に突撃した。

 

 偉いさんが出てきた。

 

 とても貴重なご意見ありがとうございます。そうですね。この技術革新が進めば紙の消費は大幅に減少し木材等の国内の貴重な自然資源の保護に繋がるでしょう。提督の慧眼に感服致しました。ですが現在我が国は艦娘を狙う諸外国から執拗なサイバー攻撃を受けております。それは大本営と鎮守府も同様です。これを防ぐため大本営と鎮守府は独自のプロトコルでイントラネットをゼロから構築し物理的にインターネットから遮断しております。しかしながらご存知の通りIT技術は内部からの破壊工作に脆弱です。一元管理することで短時間に根こそぎ情報を奪われてしまう可能性が非常に高いのです。勿論様々な対策はしております。ですが何事にも完璧という言葉は存在致しません。情報漏えいを防ぐ為には少々手間はかかりますが運営にあたって紙ベースでの書類の決済が有意であると我々は判断致しました。提督様方にはご不便ご迷惑をお掛けしますが何卒ご理解賜りますよう宜しくお願い致します。

 

 俺たちはなんたらかんたらっていう部署から後方に全力で前進した。

 

 執務室に戻ってから偉いさんの古代魔法文字を雨雲姫ちゃんが解読してくれた。

 

 防諜の為なんだって。パソコンも独自仕様で鎮守府でしか使えない。

 

 このクソ大本営! って思わなくもないけど艦娘を護る為なら仕方ない。俺は日本を護るために提督になったのだ。よくわからないけど仕方ない。

 

 こうして俺は今日も書類を書き書き。パソコンをぽちぽち。まだまだ出来る事は限られているけど少しづつ増えてきている。

 

 提督になってから一ヶ月と少し、俺はこうして日々成長している。

 

 こう見えても色々と頑張っているんだぞ。

 

 







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12 今そこにある危機

「お願いします! 彼女たちを保護して下さい!」

 

 状況は切迫していた。非常事態だ。雨雲姫ちゃんと違って俺はまだまだ人脈を形成出来ていない。恥ずかしい事に頼れる人間が非常に少なかった。俺の評判が最悪過ぎて入り口から躓く事が多過ぎたからだ。

 

 艦娘は提督である俺には無条件で好意的に接してくれるが今回ばかりは頼る訳にはいかなかった。頼れるはずがないだろうが! 馬鹿野郎!

 

 正直言って俺がまともに話が出来るのが、大本営のなんたらかんたらっていう艦娘の情報を管理する部署の偉いさんと、なんちゃらっていう大本営でも相当に偉い部署にいる偉いさんだけだ。

 

 二人ともクソ大本営の人間だって言うのが情けない。だがこの二人には頼れない。これ以上弱みを見せる訳にはいかないからだ。

 

 雨雲姫ちゃんは天龍さんのお陰もあって艦娘達と馴染んでいる。俺も混じって話をしたかったが、艦娘同士の大事な話だって、きゃっきゃうふふと楽しそうに話している姿を見ればとても参加出来ない。色々と相談に乗ってもらってもいるらしい。良かったな雨雲姫ちゃん。

 

 脱線した。

 

 状況は切迫していた。時間の猶予はなかった。偉いさんは頼れない。艦娘にも頼れない。だがこの危機は必ず切り抜けなければならない。必ずだ!

 

 俺には力がない。誰よりも俺が一番分かっている。力がない以上誰かの力を借りるしか無い。でも……誰を頼ればいいんだ……クソ!

 

 きゅぴーん!

 

 俺は閃いた。いるじゃないか! 会ったことは無い。無いけど頼れると確信出来る人が!

 

「お願いします! 彼女たちを保護して下さい!」

 

 俺は執務室の扉を開いて開口一番、助けてくれと叫んだ。

 

 その人は提督だ。軽巡洋艦の大淀さんという素晴らしい女神様を指揮する、偉人クラスの人格者に違いないベテラン提督だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の始まりはぽかぽかと温かい穏やかなある日の事だった。

 

 俺は大本営に呼ばれてネチネチとお小言を受けた。カエルのケツに爆竹、馬の耳に涅槃仏だ。俺は右に左に受け流してさっさと執務室に戻った。

 

「ただいまー」

 

 と挨拶をしたが、雨雲姫ちゃんは初任務の予備ブリーフィング中だ。挨拶はもう癖になりつつあった。

 

 しかし執務室の中に誰かいた。二人だ。

 

 すわ鎮守府で泥棒か! 不届き千万! 叩きのめしてやる! と息巻いたが、一人は雨雲姫ちゃんだった。もう一人は初めて見る子だ。

 

 見た目は幼い。雨雲姫ちゃんより幼く見えた。頭の両側に耳みたいな艤装がついていた。艦娘だ。多分駆逐艦だ。スカートのないワンピースのセーラー服タイプの白い装甲艤装は薄いのか光の加減で白い下着が透けて見える。装甲艤装の裾、ちょっと短い? 短くない?

 

 目立つのは紐で肩からぶら下がっている双眼鏡だ。艤装なのか?

 

「あっ」

 

 雨雲姫ちゃんが俺に気がついた。いつもは直に気づいてくれるのに。

 

 初めて見る白い艦娘が俺の寝室の前でカチャカチャボタンを押していた。

 

 寝室に取り付けた一二桁のボタン式の暗証番号ロックだ。白い艤装の少女は適当な感じでカチャカチャ押しているように見える。

 

 これは俺が大本営に掛け合って給料を前借りしてつけたものだ。なんちゃらっていう大本営でも相当に偉い部署の偉いさんに土下座した結果だ。

 

「このままだと俺と雨雲姫ちゃんの関係が破綻してしまう! いいのか!? 貴重な提督と艦娘を失う事になるんだぞ!」

 

 俺の熱意は通った。決して恐喝ではない。俺の溢れんばかりのパッションに感動してくれたに違いない。

 

 前借りした給料を全てぶっ込んで寝室に暗証番号で開錠する鍵を取り付けたのだ。お蔭で向こう六ヶ月俺はただ働きだ。今回もクソ妖精共はよく暴れた。

 

 俺は、『何してるんだ!?』と慌てた。慌てたが冷静に考えれば開くはずがない。一二桁の組み合わせは広大に広がる宇宙に等しく無限大と言ってもいい。開くはずがない。

 

 ピー カチャ

 

 簡単に開錠された。

 

 雨雲姫ちゃんは扉と白い艦娘の間に体を割り込ませて扉をささっと開くと躊躇なく寝室に突入した。

 

 俺はこの時、人類の限界を超えたと確信できる。スポーツの世界大会に出場すれば全ての世界記録を塗り替えただろう。人間の可能性は無限大だからだ。

 

 風となった俺は雨雲姫ちゃんの後を追いかけた。

 

 雨雲姫ちゃんの意図は分からない。多分興味本意だろう。

 

 友人の部屋に遊びに行って部屋を物色する。俺には経験が無いことだが、風の噂で聞いたことはある。なんてことだ。寝室(ここ)はこの瞬間から戦場となった。男の尊厳を護らなくてはならない戦場と化した。言葉は既に意味を持たなかった。

 

 何度も言うが寝室には女の人には見せられないお宝が埋蔵されている。埋蔵本がざっくざくだ。俺にとっては二十兆円を超えるとさえ言われている徳川埋蔵金にも匹敵するお宝だ。

 

 はっ!

 

 聞いた事がある。俺には妹はいない。だが都市伝説では世間の妹は兄とこんな会話をするらしい。

 

『こんなえちえちな本を隠し持っているなんて! もう! お兄ちゃんフケツ! プンプン』

 

『男は誰だって持っているんだ。しょうがないことなんだ。お前の彼氏だって持ってるんだからな』

 

『馬鹿ぁ! 彼氏なんていないよ! だって私は……って違うよ! こんなえちえちな本なんて全部捨てちゃうんだからね!』

 

『うわぁぁぁなんてことだぁぁ! でも可愛い妹には逆らえないよ。トホホ』

 

 何という鬼の如き所業! 妹がいなくて本当によかった。

 

 雨雲姫ちゃんは妹ではない。だが俺の中では家族に等しい存在だ。そして容姿は別にして見た目の年齢だけは兄妹でも通じる。

 

 つまり『トホホ』にされてもおかしくない。

 

 駄目だ雨雲姫ちゃん! 俺はお宝のお陰で俺でいることが出来るんだ。 お宝がないと俺は俺じゃなくなるんだ! 俺の中の無駄に元気過ぎる野獣が、『やぁ、元気? 俺? 超元気!!』って暴れだしちゃうんだ!

 

 だってここは鎮守府だ。肌露出の多い艦娘が沢山いるんだ。お宝がないと俺は演習で雨雲姫ちゃんを応援することも出来なくなっちゃう! 執務室で雨雲姫ちゃんと二人っきりになる事も出来なうなっちゃうんだ!

 

 やらせはせんぞ! やらせはせんぞ! やらせはせんぞ!

 

 俺たちの静かで熱い戦い始まった。

 

 雨雲姫ちゃんが目星をつけたお宝ポイントに向かう。俺は体を割り込ませた。お互いににこやかな笑顔だ。

 

 残念だったな。そこは外れだ。しかしこれは心理戦でもある。本命を悟らせてはいけないのだ。

 

 力では敵わない。雨雲姫ちゃんも俺を傷つけるなんて絶対にしない。ギリギリの均衡は張りつめた細い糸の様な緊張感を孕んでいた。

 

 糸はぷつんと切れた。

 

 体を翻した雨雲姫ちゃんが別の探索ポイントに向かう。

 

 とう!

 

 俺は飛んだ。くるくると中空で回転し雨雲姫ちゃんの前で仁王立ち。

 

 残念だったな! そこも外れだ!

 

 じりじりと足の裏を床に滑らせる俺たち。汗が額を伝っても拭う事もできない。拭った瞬間に出来る隙は致命傷となるだろう。

 

 仕掛けるか……

 

 俺は賭けに出た。人生一番の大博打だ。失敗すれば敗北は確定だ。だがこの体力勝負は人間の俺には圧倒的に不利なのだ。

 

 人間の視線は、目で物を言うという言葉がある通り、おしゃべりだ。

 

 過去を振り返る時、人は左を、未来に思いを馳せる時には右を。嘘を付くときは右上を見るそうだ。

 

 そして、隠したい物の在り処を見てしまう事もあるかもなぁ! なぁ雨雲姫ちゃん!!

 

 俺は寝室にある据え置きの事務机の引き出しの裏の隠し板の裏に視線を投げた。

 

 雨雲姫ちゃんが高速サイドステップを繰り返し俺を撹乱しようとした。

 

 早すぎて見えねぇ……失敗したか?

 

 雨雲姫ちゃんは残像を残して俺を振り切ると据え置きの事務机に向かった。

 

 かかった!!

 

 そこにあるのはビー玉だ! カチカチいい音が鳴るんだぜ!

 

 俺は素早くベッドの下に安易に置かれたお宝を抱えると寝室を飛び出した。

 

 甘いぜ雨雲姫ちゃん! 日常品は手の届く場所に置くもんだ。毎日お世話になってるんだからな!

 

 すれ違い様、白い艦娘に

 

「なんかすいません……」

 

 と謝られたが白い艦娘は何も悪くない。悪いのは野獣を御しきれない俺の心の弱さだ。どうか謝らないで欲しい。

 

 心理戦を制した俺は寝室を執務室を第二提督庁舎を風になって駆け抜けた。

 

 油断は出来ない。背後から何者かの気配をひしひしと感じるからだ。

 

 お宝は絶対に死守しなければいけない。現在俺は向こう六ヶ月タダ働きだ。失ってしまえば半年間補給は出来ないのだから! 兵站管理は提督の基本だ。物資の枯渇は提督としてあってはならいのだよ!

 

 お宝を……彼女達を、彼女たちの眩しい姿を失う訳にはいかない。安全な場所に保護しなければならない。

 

 俺はすがる気持ちで大淀さんの提督の執務室に走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は執務室に飛び込むと大急ぎで内側から鍵をかけた。これで少しは時間を稼げる。

 

 大淀さんの提督はお釈迦様だった。

 

 涅槃仏みたいにソファーで肘を立てて、頭を載せて寝ていた。

 

 さすが偉人クラスだ。悟りを開いてやがる。

 

「お? 何だ何だ?」

 

 俺の救いを求める声に驚いた大淀提督が起き上がった。

 

 痩せぎすの痩身。無精髭。目の下には隈が出来ていた。でも眼光は剃刀みたいに鋭くて、でも不思議に安心感を与える柔和なアラサーハンサム顔だ。

 

 大淀提督はふぁーとあくびをして俺を見た。

 

 大淀提督はベテランだ。寝る時間も惜しんで執務をしているのかもしれない。きっと仮眠をしていたんだ。

 

 三〇畳の執務室は俺の執務室より物が多い。多いけど隅々まで清掃が行き渡って整理整頓がされている。初めて来た俺でも居心地が良いと感じた。

 

 男っぽさはなく全体的に女性の手が入っていると感じられるインテリアだ。大淀さんの趣味だろうか。

 

「お。お前知ってるぜ。あちこちで暴れまわってるそうじゃないか」

 

 悪事千里中央をつっ走るだ。俺の悪評はどこに行っても付きまとう。

 

「大本営相手に凄ぇなって話してたんだよ。期待の大物新人だってな。普通はビビって出来ぇぜ」

 

 いや、俺じゃなく俺に憑いているクソ妖精共が全部したんです。

 

「お前の妖精さんだろ? ならお前がしたんじゃねぇか」

 

 やっぱりそんな認識になるよな。言い訳はしても無駄だ。

 

「そんな事より! 彼女たちを助けて欲しいんです!」

 

 俺は懐からお宝を取り出した。

 

「彼女たち? 誰もいねぇぞ? どこだ?」

 

 いるじゃないか目の前に! こんなにいっぱいなおっぱいの彼女達が見えないのか!

 

 大淀提督は俺が手にするお宝にようやく気がついた。そしてぶはははと笑った。

 

「それかぁ。懐かしいな。昔は俺も世話になったな」

 

 大淀提督は過ぎ去った遠い昔を懐かしむ目をしていた。

 

 え? 今はもう見てないって事? 悟りを開くと必要なくなるって事!?

 

「今の俺には必要なくなったものだな」

 

 なんでだよ! これ(お宝)は俺たち男の性書(バイブル)じゃないか! もっと熱くなれよ! これなんて凄いんだぞ! 初めてのお宝なのに今でも実用性があるんだぞ!

 

「すまんすまん。でもな一度最高を知ってしまうとな、もうこんなんじゃ反応しなくなっちまったんだ」

 

 何だよ! もっと凄いお宝持ってるって自慢したいのかよ! 今度貸してくださいお願いします!

 

「大淀がお前の事楽しそうに言ってたのが分かるわ。俺も凄ぇ懐かしくなってきた」

 

 何自分語りしてるのさ! そんな事より保護頼みますってば! もう本当に時間が無いんだってば!

 

「結論から言うと無理だ。ここに隠しても大淀にすぐバレる。そうなると『あら、まだまだ余裕がおありだったんですね』って俺が酷いことになっちまう。な? お前も、提督なら分かるだろ?」

 

 分かんねぇよ! その濁したような会話は止めてくれ。俺は腹芸が苦手なんだ!

 

 カチャカチャ

 

「ひぃ!!」

 

 ドアノブが動いた。

 

 大丈夫だ。鍵は掛かっている。雨雲姫ちゃんと言えど破壊してまで入って来ないはずだ。俺は窓から逃げようとした。駄目だ、ここは四階だ。足を掛ける場所もない。アイキャンフライで病院直行だ。

 

 考えろ。今まで窮地は何度もしのいで来た。俺はやれる。まだまだやれるんだ。

 

 カチッ

 

 鍵が開いた。なんでだよ! 雨雲姫ちゃんが鍵を持っているはずがない!

 

 つまり真実は一つだ。

 

 滑らかに開いた扉。

 

 大淀さんと雨雲姫ちゃんが二人並んでいた。

 

 唯一の逃げ道の扉は艦娘二人という完全無欠の鉄壁ガードだ。本気の金剛さんと足柄さんのタッグじゃなきゃ突破出来ない。

 

 終わった。

 

 気がついた時には俺は膝から崩れ落ちていた。ぺたんと腰が落ちてアヒル座りになった事から俺の心情がどれほどのものだったか察してもらえると思う。

 

 とても素敵で誰もが見惚れるだろう笑顔の雨雲姫ちゃんが一歩二歩三歩と近づいて右の掌を伸ばした。

 

 俺はニコッと笑って伸ばされた掌を握って握手した。

 

 その手をパチンと優しく叩かれた。

 

 俺の最後のあがきは終了した。

 

 お宝を全て雨雲姫ちゃんに差し出した。

 

 さらば我が性春の日々よ。君たちの事は忘れないよ。

 

 大淀さん、そんな瞳で俺を見ないで。そんな聖母みたいな優しい瞳で汚れた俺を見ないでぇぇ。大淀さんに全部知られてしまった。もう二度と顔を合わせられない。

 

「重要な資料ですから、傾向と対策はしっかりとね」

 

 大淀さんが何か言ってるが、ショックでおいおいと泣いていた俺は何も聞こえなかった。マジ泣きだ。本気で泣くのはいつ振りだろう。親と離れた時も泣かなかったのに。

 

「えちえちな本はもう必要ないからぁ」

 

 雨雲姫ちゃんが慰めてくれる。でも原因は君なんだからね。

 

 こうして俺と雨雲姫ちゃんとの静かで熱い攻防は俺の完全敗北Eで終わった。

 

 トホホ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と思ったか?

 

 残念でした! 奥の手は残してあったんだよ。

 

 今日も雨雲姫ちゃんは俺とお話しようと寝室に侵入しようとしたけど俺は完全ガードに成功している。

 

 話をしている内にうとうとする事があるかもしれない。そうなったら艦娘寮まで距離があるから運ぶの大変だしね。

 

 雨雲姫ちゃんは艦娘寮があるでしょ! 俺の寝室に入るなんてとんでもない事だよ。

 

 だって。だって。

 

 まだお宝は一冊残っているんだから。

 

 これが俺の最後の奥の手だ。しかもまだ未使用。こんな事もあろうかとお宝の数々とは別に隠し持っていたんだ。

 

 俺はぺらりぺらりとページを捲る。

 

 駄目だ。これ以上捲ってはいけない。この一冊で半年間は戦わないといけないんだ。無駄に捲ってはいけない。兵站管理は提督の基本だ。新鮮さはとても大事なんだから。

 

 艦娘って女神様だけど、綺麗過ぎるのは問題だと思わない?

 

 あ。

 

 あの白い艦娘についてはその内語る事もあると思う。

 

 とても素敵な艦娘なんだ。それじゃ忙しいから今日はこの辺で。

 

 



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13 死の予感

 陽炎型八番艦 駆逐艦雪風さん。

 

 以前、夕張さんが話題にしていた幸運艦の駆逐艦だ。

 

 旧大戦では主要な海戦の殆どに参加して無傷、または小破しかしていない。魚雷や機雷、ロケット弾の直撃を受けても不発で、当時の人も雪風ならばと神話みたいな信頼を寄せていたそうだ。

 

 戦場を縦横無尽に駆け抜け、終戦まで生き延びてくれた。戦後は復員船として活躍して多くの日本人を日本に復帰させてくれたんだ。

 

 その後は賠償艦として現在の台湾に引き渡されて、名前を丹陽(タンヤン)と変えて、最後の最後まで任を全うして最期は解体処分された。

 

 心無い人は彼女を死神って揶揄する。他の艦の運を吸い取って自分だけ生き延びた死神って。でもそれは間違いだ。

 

 俺は旧大戦の戦史を研究した。同じ海戦でも遠く離れた空母が沈んだのが彼女の責任になるのか? 大阪にいるのに東京で交通事故にあった人の責任を取れと言われて、はいわかりました、なんて言えるのか?

 

 彼女を死神だって言う奴は馬鹿だ。大馬鹿だ。自分が無知であることを知らない本物の愚か者だ。

 

 オカルトみたいに思う人がいるかもしれない。でも駆逐艦雪風の搭乗員は雪風さんを信じて練度を上げて、駆逐艦雪風と一緒に戦っていたんだ。

 

 人の思いは信じられない力になる。奇跡の駆逐艦って言われるけど雪風さんが最後まで戦い抜いたのは奇跡なんかじゃない。必然だ。生き残るべきして生還したんだ。

 

 でも俺が勝手にそう思うだけで雪風さんの思いは別のはずだ。

 

 大好きで仲の良かった姉妹は雪風さんを除いて全員沈んだ。仲間も無謀な作戦で次々と姿を消していった。

 

 幸運艦と呼ばれる一方、死神と揶揄され、消えていく仲間を見送る日々。雪風さんには欠片も責任なんてないのに。

 

 寂しかったに違いない。無力を感じて悔しがったかも。悲しくて泣いていたかもしれない。

 

 無力な俺は当時の雪風さんを心情を想像するだけで心が締め付けられる。

 

 でも雪風さんは寂しいも悔しいも悲しいも一言も言わない。全部受け止めて、その上で自分より他の人を思いやれる、そんな優しい艦娘だ。

 

 見た目や言動は小さくて幼く見えるかもしれない。でも中身は大きくて慈愛に満ち溢れている

 

 ちっぽけな俺が雪風さんを思いやる事自体が不遜だったんだ。

 

 陽炎型八番艦。

 

 奇跡なんかじゃない本物の誇り高き艦娘。それが雪風さんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「先日はごめんなさいでした」

 

 雪風さんが俺に頭を下げた。とんでもない! 艦娘に頭を下げられるなんてあってはいけないことだ。悪いのは俺なんだ。俺の心が弱いから起こった事だ。雪風さんは何も悪くない。

 

 俺はあたふたとしながら色々言ったと思うけど何を言ったか覚えていない。それくらい動揺していた。

 

 『呉の雪風、佐世保の時雨』

 

 夕張さんが話していた艦娘を代表する幸運艦の一人だ。

 

 二人は補給で我が鎮守府に寄港していた。寄港は休憩も含まれる。体力豊富な艦娘でも心の休憩は必要だ。寧ろ休憩は心を重点に行われる。深海棲艦との戦いは心をこそ削られる。戦艦でも駆逐艦でも変わらない。歴戦の艦娘でも心が疲れていれば、ちょっとした油断で沈んでしまうかもしれないからだ。

 

 特に艦娘は自らの提督と離れている時間が長ければ長いほど心が疲れやすくなる。艦娘に提督が必要な理由の一つでもある。

 

 俺は今の所雨雲姫ちゃんと毎日顔を合わせているから問題ないけど、任務が始まると離れる期間も増える。いかに艦娘をフォローするかってのも提督の腕の見せどころだ。

 

 あの日、雨雲姫ちゃんは初めての任務の為、予備ブリーフィングに参加していた。

 

 予備ブリーフィングとは要するに勉強会だ。どんな任務なのか。何故必要なのか。どんな行動をとればいいのか。もし一人になった時どんな行動を取ればいいのか。

 

 経験豊富な艦娘から体験談を聞きながら、任務の概要を学ぶ勉強会だ。当然本番のブリーフィングとは違う、艦娘らしく和気あいあいとしたお茶会みたいなものだ。

 

 気楽だなとか考えてはいけない。深海棲艦と戦わないオフの期間こそ艦娘らしく過ごしてもらって鋭気を少しでも養ってもらわないといけないからだ。

 

 夕張さんに話を聞いた雪風さんは、早速雨雲姫ちゃんに会いに予備ブリーフィングに顔を出してくれた。

 

 そして意気投合した二人。お互いに色んな話をしたらしい。もしかしたらお互いの提督の話をしたのかもしれない。止めてくれ雨雲姫ちゃん。俺は自分の未熟っぷりに思い当たる節が有りすぎる。

 

 予備ブリーフィングは早めに切り上げられた。雨雲姫ちゃんが予想以上に優秀だったみたいだ。

 

 そして意気投合した二人は俺の執務室にやってきた。雨雲姫ちゃんが俺の駄目駄目な所を話したのかもしれない。それはないか。雨雲姫ちゃんは俺がいくら駄目駄目でもそんな事を人に言う子じゃない。

 

 ものの弾みだったんだろう。結果何かがどうかなって、雪風さんが寝室のロックを外してしまった。

 

 さすが幸運艦だ。いい加減に押して外れるロックじゃないのにな。

 

 済んだ事だ。雪風さんも悪気があった訳じゃない。凄く申し訳なさそうにしてたし。

 

 俺は艦娘を許すとか許さないとか偉い人間じゃない。

 

 何をされようが艦娘を肯定するだけだ。だって女神様だし。

 

 俺たちは改めて挨拶をしようと喫茶店でお話をしていた。

 

 俺と雨雲姫ちゃんと雪風さんの三人だ。時雨さんも誘おうとしたけど少し忙しくてタイミングが合わなくて会えなかった。後日改めて誘おうと思う。経験豊富な話を雨雲姫ちゃんにしてもらいたいからね。

 

 雨雲姫ちゃんは紅茶とケーキを三つ、雪風さんはオレンジジュースと沢山のケーキだ。カロリー気にしなくていいって流石艦娘だ。

 

 俺は水だけをオーダーした。水は無料でしかもおかわり自由なんだぜぃ。雪風さん、不思議そうな顔で見ないで。武士は黙って爪楊枝だ。

 

 雨雲姫ちゃんは俺の事情を全て知ってくれているから、艦娘に集るクズ提督って言われないように配慮してくれる。支払いを艦娘にさせるヒモ提督なんていないのだ。支払の時、俺が少し気まずくなれば済む話だ。

 

 支払いは提督がするものだ? そうだな。俺もババーンと男らしく『支払いは俺に任せて(キラーン』ってしたいよ。でもね、カロリーを気にしない艦娘は総じて大食い(高燃費)だ。食い意地が張ってるって事じゃない。

 

 艤装を展開して戦うってのはそれくらいエネルギーが必要なんだ。

 

 燃料弾薬ボーキは艤装が消費する。艦娘のエネルギーは食事だ。それ以外もあるって大淀さんは言うけど、黙って微笑むだけで教えてくれないんだ。大事な事だと思うのに。

 

 艦娘の大きな胸は燃料タンクって揶揄する人がいるけど、とんでもない話だ。艦娘の胸に燃料なんて一滴も入ってない。艦娘の胸には夢とロマンが一杯詰まっている。

 

 あと、笑い話があって実話なんだけど、昔、政府の偉いさんが艦娘を集めて機嫌取りで宴会を開いた事があったんだって。

 

 で、その偉いさんが調子こいて言っちゃった。

 

『全て私の奢りだ! 遠慮無用だ! どんどん食べてくれ! 無礼講だ!』

 

 って。

 

 一緒にいた提督達の目が光って意識は一瞬で統一。その意図は艦娘に伝わって、最初のお店だけじゃ足りなくて飛蝗みたいに食い尽くしては朝までお店をいくつもはしごしたらしい。

 

 政府は艦娘を知らないって有名な話だ。

 

 だから提督と艦娘の財布は別なんだ。提督が『支払いは俺が』なんて言わないのは暗黙の了解になっている。

 

 でも大淀さんと大淀さんの提督が一緒に食事しているのを見たことがあるけど、大淀さんが支払っていた。あれは財布を大淀さんに預けていたに違いない。ベテラン提督なんだ。俺よりババンと給料は多いはず。ヒモ提督なんて考えられないしな。

 

 鎮守府の喫茶店のケーキって凄く美味しいそうだ。料理上手な間宮さんと伊良湖さんが作っているんだって。

 

 六ヶ月後には俺も食べられるはず。絶対! 大丈夫!

 

 俺たちは雪風さんに一杯話をしてもらった。

 

 雪風さんは艦時代も今も幸運艦って呼ばれている。雪風さんが言うには鍵が開いたのは本当に偶然だそうだ。そんな便利な幸運なんてないんだって。

 

 じゃ、なんで今も幸運艦って呼ばれてるのか?

 

 今まで殆ど被弾した事がないそうだ。それって弾の方から避けてるの? って安易に考えちゃいけない話だった。そんなオカルトなんてない。

 

 雪風さんはベテランの艦娘だ。二〇年以上深海棲艦と戦っている。

 

 戦場を冷静に俯瞰して、味方の配置、敵の配置、あの攻撃ならどれくらいのダメージだとか、射線が出来たから攻撃が来るとか頭の中で全部見えるそうだ。

 

 だから深海棲艦が攻撃しようとした時にはその場所にいないし、撃たれてもひょいって避けちゃう。稀に被弾する時はあるけど、それは仲間の被弾を庇う時。

 

 全部実戦経験と訓練で培ったものだ。だから

 

「だから演習はとても大事です! ケーキ美味しいです! お代わり下さい!」

 

 って口の周りにクリームをつけながら訓練の大事さを教えてくれる。

 

 強そうに見えないのにとても強い。艦娘って全員そんなギャップがある。見た目は全然関係ない。雨雲姫ちゃんもそうだしな。

 

 飛び抜けて強い艦娘は何人かいるけど、雪風さんもその別格の一人だ。雪風さんなら、って艦娘の信頼も篤い。

 

 雪風さんが幸運艦って呼ばれる意味合いは昔と今は全然違う。

 

 昔は乗組員の想いが重なって。今は弛まぬ訓練の賜物だ。でも周りに頼られるのは今も昔も同じだ。

 

 駆逐艦雪風。奇跡なんかじゃない、本物の幸運艦だ。

 

 美味しそうにケーキを食べる雪風さんは楽しげで明るくて屈託なくて、でも何気ない一言が心にぐっと響いて、やっぱり艦娘って女神様だと思った。

 

 雨雲姫ちゃんが

 

「わたしに出来るかなぁ……」

 

 って不安がっても、雪風さんが

 

「絶対、大丈夫! お代わり下さい!」

 

 って言ってくれただけで不安な顔が晴れた。提督の俺も、絶対、大丈夫! って思えたんだから。

 

「ところで、提督はケーキを食べないのですか?」

 

 食べないのではなく食べられないのです。主に給料的な意味で。

 

「えっと、先祖代々の言い伝えでケーキを食べちゃいけないって言われてて……」

 

 言い訳がとっさに出た。完璧だ。

 

「そうですか! きっと迷信です! 雪風のケーキを一つ上げます!」

 

 駄目だ雪風さん。それをすると俺はヒモ提督への道をまっしぐらだ。

 

 一回だけだから絶対! 大丈夫! って話じゃない。

 

 一度あることは二度あるんだ。次は三度目の正直だ。そして四の五の言うなになって、最終的には一〇月一〇日だ。

 

 人間は慣れる生き物だ。知らない内に艦娘に頼るのが当たり前になっちゃうんだ。

 

『これだけしかないのかよ!』

 

『それだけはぁ! それだけはぁ! それは廃棄物Bのおむつ代なのぉ!』

 

『四の五のうるせぇ! お前の(維持費)は俺の物、俺の物は俺の物だ!』

 

『きゃぁぁ!! うぅぅ……お腹はだめぇ……』

 

『ケーキ代のつけが溜まってるんだよ! 利子だけでも払わねぇと間宮のケーキが食えなくなるんだ!』

 

『酷いぃ……あの時ケーキを食べてさえいなければぁ……』

 

『クソ! ケーキが切れて来やがった。雨雲姫ちゃん(お前)はさっさと維持費を前借りしとけ』

 

『うぅぅ……廃棄物Bちゃん……およよぉ』

 

 駄目だ。未来が見えすぎて怖い。ごめんよ廃棄物B。こんなふがいない提督で。涙が出そうだ。

 

「でも本当に駄目なんだ。医者にケーキを食べたら死ぬ病って言われてるから」

 

「そうなんですか? でも大丈夫! 雪風が保証します!」

 

 雪風さんに大丈夫だと保証されるとケーキを食べたら死ぬ病が完治しそうだ。

 

「あっ! そうだ! 一口だけなら絶対、大丈夫です! 雪風があーんしてあげます! あ、雪風はケーキを全部食べてしまったのでした! でも雨雲姫さんのケーキがあるから雨雲姫さんがあーんしたらいいです! 雨雲姫さんあーんしてあげてください!」

 

 雪風さんは最後に残っていたケーキを手づかみで急いでパクパクと食べた。

 

 はっと横を見ると手を添えてフォークにケーキを一口分載せた雨雲姫ちゃんがスタンバっていた。

 

 なんだこの流れるような急展開は。打ち切り前の漫画のような忙しさだ。まるで事前に打ち合わせしていたかのようじゃないか。そんなはずはない。俺は雪風さんと会うまで雨雲姫ちゃんとずっと一緒にいた。相談する時間なんてなかったはずだ。

 

 これは偶然に違いない。絵に書いたような偶然だ。

 

 白い肌の雨雲姫ちゃんの顔が真っ赤だ。瞳を、ぎゅって閉じて小さな可愛い唇がぷるぷる震えている。

 

 恥ずかしいならしなくていいじゃん! 意識しちゃうじゃん!

 

 雪風さん! あからさまに掌で顔を隠さないで! 私は見てませんよってアピールですか!? 指が開いてますよ! 余計に意識しちゃうじゃん!

 

 何故か店内がしーんと静かになっている。背中にも視線をいくつも感じた。

 

 店内には艦娘しかいない。そりゃそうだ。艦娘が主力の鎮守府だし、この喫茶店は艦娘の為にある店だ。艦娘しかいない。

 

 早くあーんしろよって無言の圧力すら感じる。

 

 人間は俺一人だ。つまりこの無言の圧力は艦娘の圧力なのか? そうなのか?

 

 俺は提督だ。艦娘との絆のせいか雨雲姫ちゃんと以心伝心と思えるくらい気持ちが通じる時がある。初めて感じたのは演習の時だ。

 

 でも他の艦娘の気持ちが伝わった事などこれまで一度もない。俺は提督としてステップアップしたのか? 知らない内に提督としての力が上がってしまったのか? っていうか提督の力ってそういうものなのか?

 

 はやくしてやれよ、と変化しつつある無言の圧力。

 

 こんな気まずい提督の力、いりません!

 

 ――雨雲姫ちゃん、かわいいぴょん

 

 ――けなげだな。今夜はこれを肴に、提督といっぱいやるか

 

 ――ふふン、懐かしいな。きゅンきゅンするぜ

 

 ――Why? Admiral、何を悩んでいるのよ

 

 ――うひゃあ! あれはまだしてないねぇ

 

 やけに具体的な圧力だ。個人が特定出来そうなレベルだ。これは圧力なのか。ただの出歯亀の感想ではないのか。圧力ではなく音となって耳に聞こえてると勘違いしそうだ。

 

 これは緊張感で俺が勝手に想像した妄想に違いない。俺ってそういう癖あるし。女神様の艦娘が出歯亀精神でニヨニヨするなんてあり得ない。

 

 しかしこのままだと俺の妄想が俺を殺す。

 

 眼の前には俺が知らなかった雨雲姫ちゃん。こんな表情もあったのか。眼の前の雨雲姫ちゃんが可愛い過ぎて俺の精神ポイントがガリガリ削られていく。

 

 行き着く先は確実な死。キュン死だ。

 

 前門のキュン死、後門の出歯亀。廃棄物Bの為にも俺はまだ死ぬ訳にはいかない。

 

 えーい! ままよ!

 

 これ以上長くは語るつもりはない。キュン死は回避出来なかったとだけ言っておこう。

 

 フォークを口にした雨雲姫ちゃんの表情も今まで見たことがなかったものだからだ。

 

 店内に喧噪は戻った。反対に俺の心は凪いでいた。キュン死したからだ。

 

 何はともあれ、雪風さん。貴重なお話ありがとうございました。

 




予想外に長くなってしまいました。

続けようと思えばネタはいくらでもあるのでまだまだ続けられるのですが、そろそろ締めようかと思います。

伏線らしくはないですが、いつでも終われるよう自分なりに伏線は張っていたので、物語としては形になると思います。

あと一話か二話くらいでしょうか。

構想では今までの作風とガラリと変わるのではないと自分では思っているのですが、ここまで自分でも予想してなかった話になっていたのでどうなるかわかりません。



12話で評価4つと感想3つ。

ありがとうございます。

とりあえず、ここまでお読み下さり改めてありがとうございました。


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