【完結】変これ、始まります (はのじ)
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01 新人提督現る

 皆さんは艦娘という存在をご存知だろうか? 勿論知らない人はいないと思う。

 

 二三年前、日本を世界を深海棲艦の魔の手から救う為、突如として顕現した戦乙女達だ。

 

 艤装という艦娘しか扱えない特殊な兵装を自在に操る戦う女神とも言える存在だ。戦うと言ってもその姿形は例外なく若く見目麗しい姿をしている。勿論人間ではない。人間では深海棲艦と戦えないからだ。

 

 人間は深海棲艦に対して無力だ。

 

 数十年、数百年と実験と検証を繰り返し技術の粋を高め続け、一度に数十万人を殺すことの出来る兵器の数々は深海棲艦には無力だ。例え純粋水爆の直撃を受けても深海棲艦は僅かに表層が焦げるだけ。

 

 深海棲艦と戦えるのは艦娘だけ。純然たる事実だ。

 

 深海棲艦は突如として現れた。

 

 言葉は通じず、問答無用に人類を襲う深海棲艦。

 

 その力は凄まじくあっという間に日本のシーレーンは封鎖され、陸、海、空の自衛の為に設立された部隊は七日で半壊した。

 

 情けない? そんな事はない。彼らの奮戦があったお蔭で多くの日本人の命が救われた。謎の存在深海棲艦に対して自らが国民の盾となって多くの日本人を避難させた。

 

 何より大きいのは時間だ。口さがない連中は稼いだ時間は僅かだったと言う。しかしその時間があったお蔭で本当に多くの日本人の命が助かったんだ。

 

 そしてその時間のお蔭で俺は生まれる事が出来たと言って良い。

 

 艦娘だ。艦娘が顕現したんだ。

 

 吹雪さん、叢雲さん、漣さん、電さん、五月雨さん。

 

 今や知らない人がいないであろう、最初の五人。

 

 最も有名な艦娘と言っても良い。

 

 俺の両親は自衛の部隊が稼いでくれた時間がなければ死んでいただろう。直後に顕現した艦娘が両親を窮地から救ってくれたからだ。

 

 五人の艦娘は日本の沿岸から深海棲艦を駆逐した。たった五人でだ。今より深海棲艦が弱かったとはいえ、伝説として語られる程の大活躍だ。

 

 それから先は皆さんのご存知の通りだ。

 

 通称、艦娘法と呼ばれる法律が与野党一致の異常な速さで可決され、一部とは言えシーレーンも復活。復興は急速に進み、諸外国との通信も不安定ながら復旧した。

 

 驚く事に艦娘は世界中で顕現していたのだ。

 

 勿論全ての国というわけではない。

 

 アメリカ、ドイツ、イタリア、ロシア、イギリス、スウェーデン。

 

 少数ながら大国といえる国々に艦娘が顕現したのは不幸中の幸いだろう。

 

 残念ながら、朝鮮半島や中国、台湾、東南アジア諸国からインド、中東諸国とアフリカ大陸に艦娘は顕現していない。海のない中央アジアもだ。

 

 安全保障とシーレーン確保の観点から太平洋の西側、日本海からインド洋の一部の広い範囲を日本が守る必要があった。

 

 五人の艦娘だけでは無理だろうって?

 

 そんな事はない。深海棲艦が現れてから二三年。日本だけでなく世界中で艦娘の数は増えつつある。

 

 どうやって増えているのかは軍事機密だ。どれだけの数がいるかも分からない。一般の人間が知ることは不可能だ。

 

 そうなんだ。艦娘は軍事機密なんだ。自衛の部隊から国防軍に昇格し、艦娘を旗下に収めた大本営の人間ですら一部の高級幹部を除き全容を知らないとは巷間の噂だが、実際俺も詳しいことは何も知らない。

 

 ニュースで艦娘の活躍が取り上げられても、姿どころか名前すら表に出てくることは滅多にない。

 

 なのにどうして、姿形が例外なく若く見目麗しい姿をしているって言えるのかだって?

 

 最初の五人の艦娘が言うからだ。

 

 メディア露出するのは最初の五人、吹雪さん、叢雲さん、漣さん、電さん、五月雨さんが殆どだ。後は本当に僅かな艦娘だけ。

 

 今でも絶大な人気を誇る彼女達の言葉を疑う日本人はいない。

 

 アイドルなんて到底敵わない人気は政治家が政治利用しようとして何人も政治生命を断たれる程だ。ある意味アンタッチャブルと言っていい。

 

 容姿はやや幼いが、今でも十二分に可愛らしく将来を期待させる容姿の吹雪さん達は大人にも子供にも大人気だ。

 

 その彼女たちが言うのだ。他の艦娘は全員、自分たちより可愛く美しいと。

 

 勿論謙遜だろう。しかし彼女たちが無意味な嘘を言うはずもない。

 

 深海棲艦との戦いは長く、これからも続くと予想されている。

 

 しかし人類には希望がある。艦娘がいるからだ。一説には日本の艦娘の数は二〇〇を超えるらしい。世界にはもっと多くの艦娘がいるはずだ。

 

 いつか赤い海を人類の手に取り返し青い海に変える。

 

 不可能なんかじゃない。艦娘と人類が手を握っている限りそれは決して不可能なんかじゃないんだ。

 

 人類は負けない。艦娘がいる限り。俺たちの戦いはこれからなのだと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は変わるけど、艦娘は自らを指揮する提督、司令官と呼ばれる存在を求めるそうだ。勿論軍事機密で国民が知るはずのない情報だったりする。

 

 俺は知った。さっき知った。知ったばかりのほやほやの超ホットな情報だ。提督は誰でもなれる訳じゃない。なんでも生まれ持っての資質が必要らしい。

 

 資質は数十万人から数百万人に一人の人間しか持っていないそうで非常に稀有なため、提督の数は慢性的に不足しているらしい。その為に実は子供の頃から俺は大本営に目をつけられていたとか。

 

 そうです。俺は提督になったばかりなのです。

 

 勿論否やはない。艦娘と共に深海棲艦と戦えるのは誉だ。何より艦娘は日本人にとって恩人であり憧れだと言ってもよい。

 

 吹雪さん、叢雲さん、漣さん、電さん、五月雨さん達と肩を並べて戦えるならこれに勝る喜びなんてない。でも残念ながら提督が前線に出ることはないそうだ。それはそうだ。人間の兵器は深海棲艦に通用しないのだから。足手まといにしかならないだろう。

 

 提督の資質とはなんだろうか?

 

 幾つかあるらしいが、一つは艦娘に無条件に好意を持たれる事。

 

 これは一種の体質らしい。艦娘は人類を愛してくれている。人類を深海棲艦から救ってくれた事から明らかだ。それとは別の事らしい。

 

 会ってみれば分かると詳しいことは教えてくれない。大した教育もせず最初からOJTとは大本営もなかなかに新人に厳しいクソ組織だな。え? 違う? 先入観を持たないため? 個性豊かな艦娘を一纏めに出来ないから会ってから確かめろ? 最初から言えバーロー!

 

 提督と艦娘は相性があるらしく今の時点でどの艦娘を指揮するかわからないそうだ。なるほど。大本営も考えてくれていたのか。

 

 ちなみに大本営は艦娘をこき使う組織だと一般的に信じられており人気は非常にない。吹雪さん達がそんな事はありません、とメディアで火消しをしてはいるが、軍事機密を盾に艦娘を独り占めしているんだ。擁護のしようがない。

 

 しかしなるほどなるほど先入観。俺も大本営は嫌いだった。思わずディスるほどには嫌いだった。だが俺もこれからは大本営サイド。ディスられる事もあるだろう。みんな先入観で人を見てはいけないよ。

 

 そしてもう一つの決定的な資質。

 

 それは小さな小人共に好かれているかだ。

 

 正式名称は妖精さんというらしい。おかしい。それが正式名称なら妖精さんさんとなるのでは? そもそも敬称が正式名称についているのが変だ。だが妖精さんは存在自体がファンタジーだ。ふわっとそんなものだと考えるように言われた。深く考えても意味はないらしい。

 

 そして俺は妖精さんを知っていた。子供の頃から見えていたのだ。

 

 俺は小人共と呼んでいた。奴らは妖精さんなんて可愛い呼び名に相応しい存在じゃない。

 

 奴らのせいで俺は何度か病院通いをしているのだ。頭の方の病院だ。見えないものが見える人間は社会から弾き出されるのだ。

 

 見えるから病院に行かされたのではない。奴らはいたずら好きだ。

 

 奴らが仕出かしたいたずらは全部俺のせいにされた。当然俺は否定する。

 

「僕じゃない! 小人共がやったんだ!」

 

 な? 頭おかしい奴と思われるだろ?

 

 手にした覚えのない商品がポケットに入っている。食べていないのに綺麗なった食器。授業では答えられないのに、全て一〇〇点の答案用紙。俺に殴られたと泣き叫ぶクラスメート。

 

 碌なもんじゃない。暗黒の学生時代だ。

 

 最近ではいたずらはマシになるどころかエスカレートしている。

 

 そんなのが五匹いる。小人共の単位なんて匹で十分だ。

 

 あれか? 好きな子に素直になれず意地悪しちゃう的な?

 

 ありえねぇ。お蔭で俺の初恋はうす汚いどどめ色だ。思い出したくもない。

 

「ふんばらばー!! ち、ちく、びーち、くわ大みょみょみょ!!」

 

 気にしないでくれ。俺に憑いた小人の独り言だ。

 

 引き連れる妖精さんの数は旗下に収める艦娘の数に比例すると言う。つまり俺は最低五人の艦娘を率いる事ができるそうだ。

 

「君は五人の妖精さんに好かれていると聞いている。期待しているよ」

 

 眼の前の大本営の職員は妖精さんが見えない。提督じゃないからだ。

 

 普通の提督には一人、もしくは二人の妖精さんが付いているそうだ。俺みたいに五匹に憑かれているのは初めての事例らしい。

 

「けけけけけけけ!!!!」

 

 瞳を見開いた小人の内の一匹が目の前の職員の鼻に腕を肘までずぼずぼと高速挿入している。

 

 驚いた職員は腕を振って小人を振り払った。見えなくても存在は知っている。何をされたかは理解しているだろう。振り払ったところで高速挿入を繰り返す腕は抜けない。そんなヤワな奴らじゃない。

 

 そして職員はお尻を押さえて悲鳴を上げた。

 

「わーい。わーい」

 

 一匹の小人が教科書に載るような綺麗なカンチョーを決めたからだ。

 

「おい! 止めさせろ!」

 

 職員は言うが、俺が言った所で止まる連中じゃない。止まるなら暗黒の学生時代なんて送っていない。病院通いもしていない。警察のお世話にもなっていない。

 

 指を重ねて高速でぎゅるんぎゅるん回転する小人。おいおい楽しそうだな。絶対にその指で俺に触るなよ。絶対にだ!

 

 小人共が見えない人間からしたらコントのような動きをしながら職員は悲鳴を上げて室内から逃げていった。

 

 ひょいと俺の肩に乗った一匹の小人が満面の笑みを浮かべてピースサインを出した。

 

 俺はポケットを確認した。

 

 高級そうな財布が入っていた。中身を確認すると三〇を超える高額紙幣が入っていた。

 

 公務員なのに大本営所属ともなると高給取りなんだねぇ。

 

 俺は窓から財布を全力でぶん投げて証拠を隠滅した。

 

 艦娘に引き合わせてくれるチャンスをくれた事に感謝してこれからはクソ妖精と呼んでやる。ありがたく思え。この性悪小人共。

 

 さてと。明日から提督業がんばるぞ。艦娘に会えるのが楽しみだなぁ……

 

 ポルターガイスト現象のように室内で物品が飛び交う様子を見ながら俺は新天地で頑張る事を誓った。

 

 日本を深海棲艦から守るためがんばるぞ。えいえいおー。

 

 

 

 

 

 

 

 



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02 初めての建造

「テートクー、ワタシはテートクの為に頑張ったヨー。ご褒美が欲しいネー」

 

 戦艦金剛。

 

 大日本帝国がイギリスの先進的建艦技術を学ぶべくヴィッカース社に発注した旧日本海軍初の超弩級巡洋高速戦艦だ。太平洋戦争でも東へ西への大活躍。

 

 一説では旧式化した為、惜しげもなく戦線に投入されたというが、旧大戦で日本の屋台骨を支え続けた事実は変わらない。

 

 その金剛さんが目の前にいた。

 

 ふ、ふつくしい……

 

 吹雪さん達が言っていた事は嘘じゃなかった。

 

 黄金のバランスだと断言出来る美しいプロポーション。整った容姿に甘い声。白い肌は傷一つ、染みひとつない。

 

 巫女服みたいな少し肌露出の多い装甲艤装を身にまとい、その姿は男性の視線を否が応でも惹き付ける。何より大きく開いた肩口から見える脇がたまらない。

 

 金剛さんは提督にしなだれその耳元で囁く。

 

 美しい上に色っぽい。所作の一つ一つすら洗練されている。吹雪さん達にはない大人の色気だ!

 

 金剛さんは提督になにか囁かれ顔を真っ赤にした。そのまま手を繋いだ二人が俺の視界からゆっくりと消えていった。

 

 悔しいことに金剛さんは俺の旗下にある艦娘ではない。既に別の提督の指揮下に収まっていた。

 

 二人はまるで恋人の様に見えた。二人のパーソナルスペースはまるで肉体関係のある男女のそれだった。

 

 ぐぎぎぎぎぎ。

 

 悔しくなんてないぞ。俺も艦娘の提督になるのだ。しかも最低保証は五人と来ている。艦娘の美しさに外れはない。吹雪さん達もそう言ってる。

 

 美しい五人の艦娘が俺の耳元で何かを囁き、俺も小さく囁き返す。艦娘達は顔を赤くして、やがて俺たち六人はお互いに頷き合い、自然と男女和合のくんずほぐれつレッツパーティ。

 

 朝の太陽が黄色いぜ!

 

 いや! 艦娘をそんな目で見てはいけない! 艦娘は恩人だ! 大恩人だ! 日本のため世界のため今日も深海棲艦と戦っている。俺は彼女たちを支えるため粉骨砕身頑張ると決意した。

 

 下心なんてもっての外だ! 男のドロドロとした視線で見ることすら許される行為じゃない!

 

 だからさっきの金剛さんの提督は氏ね! 氏んでしまうがいい!

 

 でも、もしかしたら何かの間違いで自然と艦娘達とそういう関係になってしまうかも知れない。

 

 でも俺はストイックに言うんだ。

 

『駄目だ。俺たちの手は深海棲艦と戦う為だけにあるんだ。例えお互いに心から好き合っているとしても、お互いの体をえちえちが目的でいかがわしい手付きで撫で撫でまさぐり合う手ではないんだ』

 

 って。でも艦娘達は言うんだ。

 

『ちゅきちゅき。抱いてー』

 

 って。ちゅきなら仕方ない。ちゅきちゅきならもう許されるべきだ。

 

 いや許されてはいけない。艦娘をえちえちな対象と見てはいけないんだ。どんなに美しくて可愛くても。

 

 俺はどうすればいいんだぁ!!!

 

「こ、こちらです。おうふ!!」

 

 お尻を妖精さんに蹴られながらも職務に忠実な鎮守府所属の軍曹。

 

 げしげしと妖精さんに蹴られる度に「おうふ、おうふ」とお尻を押さえている。

 

 鎮守府に在籍する軍人には妖精さんの存在は公開されている。艦娘がいるのだ。見えなくても軍務に付く上で妖精さんの情報は必須だ。妖精さんは性悪だ。存在を隠すこと自体が不可能なのだから、職務を遂行する上で、いたずらから身を護る為に情報公開は必須だろう。

 

 俺は性悪妖精さんを止めない。止めても止まらないからだ。俺の言うことなんて聞きやしねぇ。

 

 俺は、おうふ、おうふと悲鳴を上げる軍曹に案内されて艦娘工廠に向かう途中だ。

 

 提督は既存の艦娘を旗下に収める事はない。新たに建造された艦娘を旗下に収めるんだ。

 

 驚くことに吹雪さん、叢雲さん、漣さん、電さん、五月雨さん以外の艦娘は全員艦娘工廠で建造された艦娘だった。

 

 吹雪さん、叢雲さん、漣さん、電さん、五月雨さん達五人は自然顕現し、それ以外の艦娘は提督立会の下、建造されている。

 

 つまりさっきの金剛さんも提督が立ち会って建造されたって事になる。

 

 提督は艦娘に無条件に好意を持たれる事は既に言った。

 

 つまり刷り込みか? 刷り込みなのか?

 

 建造直後の素っ裸の艦娘。そしてそこに立ち会う俺。艦娘はゆっくりと目覚め俺という存在を知る。視線が絡み合う俺と艦娘。

 

『ちゅきちゅき。抱いてー』

 

 おっとお嬢さん。皆が見ているよ。

 

 俺は第一種軍装の上着を脱いで艦娘にかける。潤んだ瞳で俺を見上げる艦娘。頬は真っ赤に染まっている。やがて一つに重なる影。

 

 続きはウェブで!

 

 何をしても許されるのか? 許されてしまうのか!? いや駄目だ! 沈まれ俺の下半身! 艦娘をそんな目で見てはいけないのだ!

 

 艦娘は恩人! 艦娘は恩人! 艦娘は恩人! 艦娘は恩人!

 

 よし。落ち着いた。少し前かがみになるのは仕方がない。男の子だもの。

 

 艦娘工廠はまだか。まだなのか!? 軍曹! まだかぁぁぁ!!!

 

「おうふ!! おうふ!!」

 

 俺は妖精さんに蹴られる軍曹に続いて早歩きで艦娘工廠に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦娘の建造は軍事機密だ。つまり艦娘工廠はまるごと軍事機密に抵触する。案内してくれた軍曹も艦娘工廠には入れない。

 

 艦娘工廠に入れるのは、大本営でも本当に一部の偉い人、提督、艦娘、そして妖精さんだけだ。

 

 良かった。ちゅきちゅき言われるのを見られる心配はなかった。

 

 俺は逸る気持ちを抑えて奥にどんどん進む。

 

 あちらこちらで忙しそうに動く艦娘工廠所属と思わしき妖精さんが見えた。この性悪共め。こんなにいるのか!

 

 何をされるか分からない。俺は妖精さん達を無視してどんどん奥に進む。

 

 妖精さん達は俺を興味深そうに見るだけで手を出してこない。今の内だ。そうして進むと綺麗な桃色が見えた。

 

 明石と名乗った彼女は艦娘だった。

 

 戦う艦娘ではない。工作船だ。

 

 豊かで綺麗な桃色の髪を一部卑弥呼様スタイルで纏めている。

 

 ふ、ふつくしい……

 

 水色のシャツの上にセーラー服タイプの装甲艤装。しかし下半身は直視出来ない。駄目だ! 艦娘をそんな目で見てはいけない! 例えスケベスカートでお尻の半分が見えていたとしてもだ!

 

 艦娘は恩人! 艦娘は恩人! 艦娘は恩人! 艦娘は恩人!

 

 よし!

 

 やっぱり駄目だ! エロい!

 

 俺は薄目で視界をぼやかすことで誤魔化すことに成功した。

 

「どうしたんです? 目を細めて?」

 

 何でもありません。お気になさらずに。

 

「新しい提督ですね! 聞いていますよ! 明石に全てお任せを!」

 

 屈託のない笑顔が心苦しい。そんな眩しい笑顔で俺を見ないで下さい。汚れた俺を見ないで。

 

「提督には今から艦娘を建造してもらいます。と言っても資源を用意して立ち会ってもらうだけです」

 

 特に難しい事はないようだ。俺は本当にただ立ち会うだけ。

 

 今日は体の負担の事を考慮して建造は一人だけになるそうだ。負担とか初めて聞いたが、精神的に疲れる事があるらしい。

 

 エナジードレインでもされるのか? それが刷り込みに関係しているのか? いくらでもチューチューしてくれ。

 

「どんな子が来るんでしょうね? 楽しみですね!」

 

 と言っても建造出来るのは今世界にいない艦娘だ。既に建造されている艦娘は建造出来ないらしい。

 

 詳しくない俺は今いない艦娘が誰かは分からない。明石さんは当然把握しているだろう。

 

 どんな艦娘が来てくれたとしても俺は全身全霊で艦娘を支える気満々だ。俺が艦娘に出来る恩返しはそれくらいしかない。

 

 結果ちゅきちゅき言われても仕方ない。仕方がない!

 

「そこに立って下さいね。あ、動かないで」

 

 明石さんが最低限の注意事項を指示する。何でも言って下さい。動くなと言われれば一週間でもこのままでいます。

 

「冗談が下手ですねー。直に終わりますから」

 

 明石さんは謎のパネルのスイッチをポチポチ押している。その周りでは艦娘工廠所属の妖精さん達が忙しそうに動き回り、資源と思わしき物体を運んでいる。

 

 大丈夫なのか? あいつらがまともに働くとは到底思えない。

 

「妖精さん可愛いでしょ? みんなとてもいい子なんですよ。あ、提督はご存知でしたね。小さい頃から妖精さん達と一緒だったんだから。それも五人も」

 

 何を言われたか理解出来なかった。

 

 可愛い? いい子? 何を言ってるの明石さん。

 

「この子達がいるから私も大助かりなんですよ。艦娘の艤装もこの子達がいないと動かないですし。うん可愛い!」

 

 薄目を解いて明石さんを見てもその表情は嘘を言っている様には見えない。愛しそうに妖精さんを見ているとしか思えない。

 

 そしてスカートがフラフラ。お尻がちらちら。

 

 艦娘は恩人! 艦娘は恩人! 艦娘は恩人! 艦娘は恩人!

 

「よし。準備完了。あとはこのボタンを押すだけですよ」

 

 そうこうしている内に準備が完了したらしい。俺は軽く混乱中だ。妖精さんがいい子だとはとても思えないからだ。

 

「あ、一つ言い忘れてましたけど、建造される艦娘は提督に付いている妖精さんの性質が反映されますから。あ、勿論提督はご存知ですよね。てへ」

 

 え? ちょっと待って! 今とても大事な事を言った!

 

 とんでもない事言ったよね!? そんなの初めて聞いたんですけど!?

 

「妖精さんはみんないい子だから心配無用ですよ。それじゃぽちっとな」

 

 明石さんの謎の信頼が怖い! 明石さん俺に憑いてるクソ妖精共知らないでしょ!?

 

 待って、まだそのボタン押さないで! 押しちゃ駄目! 駄目ったら駄目!!

 

 押しちゃらめぇぇぇ!!!

 

 クソ大本営! そんな大事な事ちゃんと教えろよ! OJTにも程があるだろうが!

 

 俺の混乱を他所に艦娘建造ドッグはまばゆいばかりの光を放った。

 

 光は直に収まり、ドッグの奥に女性らしき姿が見えた。

 

 艦娘だ。俺が指揮する艦娘だ。

 

「成功ですね! 誰だろうなぁ」

 

 楽しそうな明石さんの声。

 

「――――」

 

 建造されたばかりの艦娘が口を開いた。

 

 果たしてこの艦娘の名前は。

 

 混乱と期待。果たして俺の最初の艦娘は一体誰なのか!?

 



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03 雨雲という名の美姫

「あれ? てっきり彼女が出てくると思ったんだけど。あれ? あれぇ?」

 

 建造直後の彼女を見て明石さんが発した言葉がこれだ。

 

 彼女が誰を指しているか分からないが、やっぱり明石さんはある程度誰が出てくるのか予想が出来たみたいだ。まぁ消去法と用意した資源の量で推測出来るといったところだろうか。

 

 残念ながら建造直後の艦娘は装甲艤装を身に着けていた。素っ裸ではない。素っ裸ではなかった!

 

「あなた誰ぇ?」

 

 俺の艦娘の第一声だ。うん。可愛い。美人ではなく可愛い子だった。

 

 少し幼い容姿だから軽巡洋艦か駆逐艦か。海防艦って事はないな。そこまで幼くない。

 

 なんか全体的に白い子だ。髪と肌、装甲艤装も白い。

 

 最初の五人の艦娘や明石さんの装甲艤装から艦娘ってセーラ服型の艤装がデフォかと思っていたが彼女はそうじゃない。全体的にぴったりと体のラインが出るような、でも腰回りはふわふわとしたスカート。

 

 胸は少々控えめ。でもしっかりと自己主張している。装甲艤装がぴっちりしてるから隠しようもないサイズと言っておこう。

 

 胸元のダイオウグソクムシみたいなアクセサリーがチャームポイントだ。

 

 肩口までの短い裾は少し膨らんで柔らかさを感じる。裾から伸びた腕は鎧のように覆われた装甲艤装で指まで覆われている。一〇本の指なんか尖っててぶすりと刺さりそうだ。

 

 太ももは防御力が低そうな黒のスパッツ。それ以外は殆ど生足だ。

 

 長く白い髪を頭の両サイドで二つの三つ編みでまとめて、マシュマロみたいな柔らかそうな帽子を被っている。その帽子から角みたいなのが二本にょきっと飛び出していた。電探かな?

 

 殆ど白と黒のモノトーンだが、特筆すべきは瞳の色だ。琥珀色の瞳は白から飛び出すように綺麗に輝いていた。

 

 つまり文句なしの一〇〇点満点。ブラーボー!

 

 吹雪さん! 本当に艦娘って可愛い子揃いなんですね!

 

 美人か可愛いかの二択。天国かよ!

 

 俺は誓うぞ! 君の為なら俺の全てを賭けると!

 

 駆逐艦だとしたらえちえちな事は無理だけどそんな事は問題にすらならない。

 

 なんでえちえちは無理なのかって?

 

 馬鹿野郎! 吹雪さん達最初の五人の艦娘は駆逐艦なんだよ!

 

 憧れの五人の艦娘と同じ駆逐艦で自家発電すら出来るはずがねぇだろ! えちえちな事なんて尚更だ。

 

 罰が当たるわ!

 

「んー? 誰だろ? 会った事がない彼女かなぁ? 村雨ちゃんにちょっと似てるけどそんなはずないし」

 

 明石さんがまだ首を捻っている。建造は成功したんだからどうでもいいんじゃないかなぁと思う俺提督。建造したてで疲れているんじゃないか? 今日はゆっくり俺の執務室で休んでもらった方がいいんじゃないか。

 

「もしかして峯雲ちゃんかな?」

 

 明石さんが書類を見ながら聞いてきた。あれに未建造の艦娘のリストが書かれているんだろう。

 

 まだ名前も聞いてなかった。峯雲って名前なのか? ふわふわした帽子は雲を連想させる。凄くいい名前だ。

 

 彼女は琥珀色の目を見開いてから少し時間をかけてニコリと笑った。

 

 間違いない。彼女の名前は峯雲ちゃんだ。

 

「ふむふむ。やっぱりちゃんと成功してましたね。峯雲ちゃん、私は明石。よろしくね」

 

 いかん! 挨拶が遅れた! 彼女の提督としてこれはいけません。

 

 俺は峯雲ちゃんに掌を伸ばした。握手だ。可愛く女の子座りしている峯雲ちゃんとフレンドリーな挨拶から始めよう。決して柔らかそうな肌に触れたいと思った訳じゃない。

 

「俺は提督! 今日から君の提督だ! よろしくな! 峯雲ちゃん!」

 

 峯雲ちゃんが手を伸ばして俺の手を握った。その瞬間、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。

 

 あばばばばばば!

 

 あまりの衝撃で握った掌が離れてしまった。畜生! 柔らかかったのに!

 

「言い忘れてましたけど、ちゃんと知ってたんですね。そうやって最初に提督が触れることで艦娘を指揮下に収めるんですよ。相互承認って事ですよ」

 

 クソ大本営がぁ! 大事な事はちゃんと言え! クソが! クソが!

 

「ふぅん」

 

 あれ? 峯雲ちゃん? 峯雲ちゃんだよね? あれぇ?

 

 俺は彼女の提督になった。誰がなんと言おうと彼女は俺の指揮下に収まっている。それは俺も理解している。彼女も理解している。

 

 でも提督としての俺の直感が彼女の手を握った瞬間からガンガン警告を鳴らしている。

 

 『その子、峯雲やないで』

 

 って。

 

「それじゃ私は大本営に報告してきますね。あとは若い二人でどうぞ。あ、いくら峯雲ちゃんが可愛いからって、えっちな事は駄目ですよ。うふふ、冗談ですよ」

 

 明石さんはウィンク一つ、冗談を言って艦娘工廠から去っていった。

 

 そうじゃない。そうじゃないんだ明石さん! 確かに可愛い。可愛いんだけど。

 

 この子誰?

 

「痛ぇっ!」

 

 頭痛が痛い!

 

 唐突なノイズみたいな頭痛が痛いです!

 

 ざっ、ざっとノイズが走り頭がズキズキと痛んだ。

 

 

 ――深 海 鼠 駆 逐 艦

 

 

 ノイズが走り頭痛と共に頭に浮かぶ文字列。

 

 

 ――深 海 雨 雲 姫(にむぶすき)

 

 

 あぁこれは彼女の名前だ。俺は直感的に理解した。

 

 彼女は峯雲ちゃんじゃなかった。

 

 これは提督のスキルなのか、繋がった艦娘との間の絆なのか。そんな事はどうでもいい。彼女は峯雲ちゃんじゃなかったんだ。

 

 なんて事だ。おれは提督として重大なミスを犯していた事にこの時初めて気がついた。気がついてしまったんだ。

 

 彼女は……彼女は……

 

「よろしくな! 雨雲姫ちゃん!」

 

 名前を間違えるなんて提督としてあり得ねぇ。顔が赤くなるくらい恥ずかしい。俺は失敗を隠す事なんてしない。それは成長を妨げる行為だ。失敗は失敗。認める事で俺はまた一つ成長出来た。

 

 彼女は駆逐艦雨雲姫。

 

 俺の初めての艦娘だ。俺は雨雲姫ちゃんを大事にすると改めて心に誓った。この誓いが破られる事は吹雪さん達に誓ってあり得ないと重ねて誓う。

 

 吹雪さん達五人に誓う約束は俺にとって決して破ってはいけないものだ。俺にとってとても神聖な約束なのだから。

 

 雨雲姫ちゃんが俺が伸ばした掌を握った。今度は電気ショックはない。

 

「よろしくねぇ」

 

 琥珀色の瞳をらんらんと輝かせる雨雲姫ちゃん。

 

 にこりと笑みを浮かべる姿は、背筋が凍る程可愛かった。

 



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04 憧れの艦娘

「だから峯雲ちゃんじゃなくて雨雲姫ちゃんだって言ってるでしょ!」

 

 俺は机をバンバン叩いて抗議をしている。相手は大本営のなんたらかんたらっていう艦娘の情報を管理する部署の偉いさんだ。

 

 大本営の偉い人はほんとに頭が硬い。雨雲姫なんて艦娘はあり得ないって繰り返して俺の抗議を聞いてくれない。

 

 大本営はほんとクソだ。あり得ないも何も目の前にちゃんといるじゃないか。鎮守府の施設で建造した艦娘なんだから艦娘なんだよ! 

 

 俺は間違って峯雲ちゃんだと登録された雨雲姫の名前を訂正してもらおうと思っただけだ。だってそうだろう? 名前を間違えられるなんて悲しいじゃないか。

 

 本名が一郎なのに炎皇斗(かおす)なんて呼ばれたら嫌だろう? あれ? ちょっと格好いい?

 

 違う違う! 俺は格好いいかじゃなくて違う名で呼ばれたら悲しいって言いたいんだ。

 

 本当は明石さんを頼るつもりだった。雨雲姫ちゃんは自分で峯雲だって名乗ってない。完全に明石さんの早とちりだったんだから訂正も簡単だと思ったんだ。

 

 でも明石さんは明石さんしか出来ない仕事が沢山あってスケジュールが目一杯詰まっていた。この鎮守府だけじゃなくて日本中の鎮守府を駆けずり回っているそうだ。

 

 忙しいのに雨雲姫ちゃんの建造に立ち会ってくれた明石さん、マジ艦娘! 女神様の手をこれ以上煩わせるなんて俺には出来ない。だから俺は自分で出来る事をしようとなんたらかんたらって部署に来たんだ。

 

 提督は数が少なくて希少だ。提督特権もある。つまり多少の無理は道理で引っ張りだこだ。職権濫用上等だ。雨雲姫ちゃんの為ならこの場で裸になってもいい覚悟だ。

 

「雨雲姫という名の駆逐艦は過去に存在しません」

 

 ほんと頭固いわ。このクソ大本営。ちゃんと見てよ。俺の後ろで不安そうにしている雨雲姫ちゃんを。いるの! 雨雲姫ちゃんはここにいるの!

 

 俺の軍装の裾を掴んで引っ張る雨雲姫ちゃん。

 

 これはもういいよって悲しんでいるに違いない。駄目だ。俺は雨雲姫ちゃんが堂々と名前を名乗れるようにするんだ。違う名前で呼ばれて影で一人で泣いちゃうんだろ? そんな事は俺が絶対にさせない。

 

「ちゃんと調べたのかよ! 艦娘って日本以外にもいるんだろ? 海外の艦娘かもしれないじゃないか!」

 

 バンバンバン!

 

「過去に遡って海外にも雨雲姫という駆逐艦は存在しません」

 

 だから眼の前にいるでしょ! さっきからまるで暖簾にぬか漬けの態度を繰り返す偉いさん。なんでこんなに頑ななんだよ。間違った名前を訂正するだけじゃないか。

 

 キュピーン!!

 

 俺は閃いた。分かってしまった。ははーん、クソ大本営(こいつら)雨雲姫ちゃんに関して何か重大なミスをしたんだ。それを隠蔽しようと自分たちのミスを隠そうとしている。

 

 本当にクソだ。世間で大本営に人気が無いのも頷けるぜ。俺も嫌いだったけどな。

 

 お前たちが我慢すれば全ては丸く収まるんだ。

 

 そう言いたいんだろ? その渋い一見真摯に見える目がそう言ってるぜ。残念だったな。俺は腹芸が嫌いなんだ。そうは問屋が卸さねぇ。

 

 俺は雨雲姫ちゃんを大事にすると吹雪さん達に誓ったんだ。引けねぇ。絶対に引けねぇ。ここは男として引くわけにはいかねぇんだよ。

 

「本当に全部調べたのか?」

 

「勿論です」

 

「嘘だ! ホニョペニョコ王国の艦娘かもしれないじゃないか!」

 

「ホニョペ?」

 

 見たか? 豆が鳩くらったような顔をしやがった。

 

「やっぱり調べてないじゃないか。ホニョペニョコ王国だよ。知らないのか?」

 

 俺はおやおやとばかりに呆れた態度をとった。

 

 くくく。大本営の偉いさんだ。つまり鼻持ちならないエリートさんだ。今まで挫折なんてしたことないんだろ? 新人のペーペーの提督の前で知らなくても知らないなんて言えないよな? クソ妖精共のせいで高校受験すらできなかったド底辺提督を前に知りませんなんて言えねぇよな。エリート意識が邪魔をして言えねぇよなぁ!

 

 さぁ、知ってるって知ったか振りをするんだ。俺はそれを突破口にして雨雲姫ちゃんの名前を正式に登録してやるぜ。

 

 これが正しい職権濫用の使い方って奴だ。

 

「恥ずかしながら浅学でホニョペニョコなる国は把握してません。何世紀にどの地域に存在した国でしょうか?」

 

「また来るぜ! 書類用意して待ってやがれ!」

 

 ここは一時転進だ。引くんじゃない。雨雲姫ちゃんの為には俺に引くなんて選択肢はないんだ。首を洗って出直すだけだ。

 

 俺は軍装の裾を摘んでいる雨雲姫ちゃんの柔らかい掌を掴んで、なんたらかんたらっていう部署から後方に全力で前進した。

 

 

 

 

 

 

 

「……もういいわよぅ」

 

 雨雲姫ちゃんが弱々しく告げる声に無力感で死にそうだ。

 

 俺は自分の艦娘に正しい名前を名乗る事をさせる事すら出来ないダメ提督だ。提督なってまだ二日目だろって言い訳は出来ない。雨雲姫ちゃんが俺の元に来てくれた瞬間から俺は提督なんだ。雨雲姫ちゃんを大事にするって吹雪さん達に誓ったのに何も出来ない自分を殴りたくなる。

 

 雨雲姫ちゃんに情けない提督だって思われただろうな。実際自分でも情けない。なんだよホニョペニョコって。ネーミングセンス疑うわ。通用するはずないだろ。

 

 俺達は鎮守府の中庭にあるベンチに座っていた。俺の隣に少しだけ空間をあけて雨雲姫ちゃんが座っている。こんな時なのに隣にいる雨雲姫ちゃんの体温を感じてほっとする自分に嫌気がさす。

 

 もういいよって優しい雨雲姫ちゃんは言ってくれるけど名前はとても大事だ。暗黒の学生時代、俺には悪意に満ちたあだ名が沢山あった。クソ妖精共のせいだが、仕方ないと諦めるしかなかった。

 

 呼び名一つで心は簡単に傷ついてしまう。俺はそれを知っている。峯雲ちゃんって名前はとてもいい名前だけど、それは雨雲姫ちゃんとは別なんだ。同じにしちゃいけないんだ。

 

 ぽたぽたと地面に水滴が落ちた。

 

 でも俺は職権濫用に失敗した。クソ大本営の方が力が強かった。そりゃそうだ。提督特権は大本営が提督に与えたものだ。賭け事は胴元が絶対に勝つように出来ている。

 

 希少だって煽てられても、提督なんて大本営に鎖で繋がれた犬みたいなもんなのか。ごめんね。ごめんね。雨雲姫ちゃん、ごめんね。

 

 ぽたぽた。ぽたぽた。

 

 雨雲姫ちゃんは黙って俺の手を握ってくれた。その手が柔らかくて暖かくて嬉しくて情けなくて反対の腕の軍装の裾がぐしゃぐしゃに濡れた。

 

「あら? 新しく着任した提督ですね?」

 

 背中から声を掛けられた。女性の声だ。俺は急いで溢れる水滴を拭った。

 

 振り返った俺は驚いた。俺は知ってる。この艦娘を知ってる。

 

 ニュースやメディアで艦娘の活躍は報道されるが名前や姿が知らされる事は滅多にない。メディア露出が一番多いのが吹雪さん達最初の五人。他は本当に数少ない。その数少ない艦娘の一人が目の前にいた。

 

 艶のある長く綺麗な黒髪に青いヘアバンド。アンダーリムの眼鏡の奥にある海色の瞳は見ているだけで吸い込まれそうになる。明石さんによく似たセーラー服型の装甲艤装。つまりスケベスカート。

 

 俺は目を細めた。

 

 艦娘は恩人! 艦娘は恩人! 艦娘は恩人! 艦娘は恩人!

 

 体つきはスレンダーだけどそれが彼女の立ち振舞もあって色気すら感じる。一言で表すと優等生。実際彼女は大本営の広報を務め、才媛だと紹介された事もある。

 

 軽巡洋艦の大淀さんだ。

 

 ふ、ふつくしい……

 

「いだだだだだだだだ!」

 

「どうかしましたか?」

 

「な、何でもありません」

 

 雨雲姫ちゃんに尖った指でお尻をつねられた。軽くつねったのは分かっている。本気でつねられたら俺のお尻はペンチで引き千切られたみたいに肉片と化す。あと刺さった指が地味に痛い。何するのよ、雨雲姫ちゃん。

 

 雨雲姫ちゃんはツンとそっぽを向いていた。難しいお年頃かな? 箸が転がっても可笑しいみたいな。

 

 大淀さんはそんな俺達を見て楽しそうにクスクスと笑った。

 

「笑ってごめんなさい。凄く微笑ましくて。初めまして……峯雲さん……でいいのしょうか?」

 

「あの、違うくて、その……」

 

「?」

 

 俺は大淀さんに事情を話した。今日建造ほやほやである事。彼女の名前が峯雲ちゃんじゃなく雨雲姫ちゃんである事。明石さんが早とちりして名前を間違えて登録してしまった事。なんたらかんたらっていう部署に掛け合っても訂正を認めてくれない事。

 

「そうだったんですか……ホニョペニョコ王国の艦娘……」

 

「あ、いや、ホニョペニョコってのはただの一例で、海外の艦娘かもしれないってだけで……」

 

 顔が赤くなる。大淀さんが聞き上手過ぎて言わなくていい事を言ってしまった。

 

「分かりました。私は今から戦闘詳報を軍令部の支部に届けにいく所なので、ちょちょいと訂正しておきますね」

 

 大淀さんは顎に手を添えてしばらく考えたあとあっさりと言ってくれた。

 

 え? そんな簡単にしてくれるの? 最初から大淀さんにお願いしておけばよかった。やっぱり大本営はクソだな。

 

「大淀さんに迷惑がかかりませんか?」

 

 嬉しい事は嬉しいが、艦娘の大淀さんに迷惑がかかれば本末転倒だ。他に手段があるなら迷惑をかけるよりそっちを試してからがいいかも。

 

「大丈夫ですよ。少しお話をすれば意外と聞いてくれるんですよ」

 

 これはあれか? 大本営の弱みを握っていると暗に言っているのか? クソ大本営だから弱みは腐る程あるんだろうけど艦娘の大淀さんがそんな事をするとは思えない。これは言葉の通りに違いない。艦娘という女神様にお願いされて断れる人間がいるとは思えない。

 

「でもどうして……」

 

 なんでここまでしてくれるんだろう? 俺は大淀さんの提督じゃない。提督の資質の一つに艦娘に無条件に好意を持たれるってのがあるけど、大淀さんの提督じゃなくても好意を持たれているって事なのかな?

 

「ふふ。そうとも言えるし違うとも言えるかしら? 勿論一番は私の提督ですけどね」

 

 のろけなんだろうか? でも嫌われていない事は確かだ。艦娘が提督に優しいのは当たり前の事らしい。

 

「それに」

 

 大淀さんはスケベスカートのポケットからハンカチを取り出した。

 

 俺は目を細めながらハンカチを受け取った。

 

「今日出会ったばかりの艦娘の為に一生懸命頑張ってる提督を見たら応援したくなっちゃうじゃないですか」

 

 あ。この人、話をする前から全部知ってたわ。泣いていたのもバレてる。うわー、穴があったら叫びてぇ。顔が熱い。これは真っ赤になってますわ。

 

 こんな女神様を指揮する提督ってどんだけだよ。大物か? 偉人クラスじゃねぇと烏滸がましくて指揮なんて出来ねぇだろ。提督ぱねぇよ。

 

「ふふ」

 

 大淀さんが顔を寄せてきた。え? キスでもされるの? そんな好感度マックスにしちゃった?

 

「事情は詮索しませんが、今回だけですよ」

 

 雨雲姫ちゃんには聞こえない俺だけに聞こえる耳元で囁かれた小さな声。

 

「はい? いだだだだだ!」

 

 痛い痛い! 刺さってるよ雨雲姫ちゃん! 千切れる千切れちゃう!! 人間は千切れても簡単にくっつかないのほぉ!!

 

 そんな俺達を見た大淀さんはくすくすと笑いながら綺麗な姿勢で去っていった。

 

 いたたたた。雨雲姫ちゃん、血出てない? 小さな肉片に分裂してない?

 

 俺は早速大淀さんに借りたハンカチを使った。痛みで涙がこぼれちゃう。男の子だもの。

 

 それにしても事情って何だろう? 俺は雨雲姫ちゃんがちゃんと雨雲姫ちゃんって呼んでもらえるよう考えていただけなのに。ねぇ?

 

 雨雲姫ちゃんはぷいと横を向いている。そんな姿も背筋が凍る程可愛い。

 

 そんな雨雲姫ちゃんを見て、問題が解決した安堵感もあり、妙に気持ちが昂ぶった俺は雨雲姫ちゃんに駆け寄って腰に腕を回して持ち上げた。

 

「やったーーー!!」

 

 そのままくるくると回転。雨雲姫ちゃん軽過ぎ。

 

 俺は何もできなかったけど、結果オーライだ。終わりよければ綺麗にフィニッシュ! これで雨雲姫ちゃんは雨雲姫ちゃんだ。良かったね!

 

 持ち上げた位置の関係上、俺の頬に雨雲姫ちゃんの少々控えめだけどちゃんと自己主張している胸がぷにぷに当たる。思ってた以上にウエストは細くて体も華奢だったけど、俺は全くもって嫌らしい気持ちなんてなかった。ただうれしくてそうしたかっただけだ。

 

 雨雲姫ちゃんは少し驚いてしばらくされるがままだったけど、途中から胸が俺の頬に当たる頻度が増えたのがバレて、俺の背中に尖った指をざくざくと容赦なく突き刺した。

 

 俺は痛い痛いと悲鳴を上げて、笑いながら地面に転がった。あはははとぐるぐる転がりながら雨雲姫ちゃんを見た。

 

 雨雲姫ちゃんも笑っていた。声を出して笑っていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ! 大淀さんにお礼を言うの忘れていた。

 

 今度折り詰めセット持っていかなきゃ! 大淀さんに会いたいからじゃないぞ。お礼を言うためだ。それだけだ。やましい気持ちなんて全く無い。

 

 だから雨雲姫ちゃん! お尻に突き刺さないでぇぇぇ!!

 



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05 クソ妖精共

誤字報告あざます。一部はわざとなのでそのままにしてあります。


 俺に憑いているクソ妖精共が雨雲姫ちゃんに懐いているけど相変わらず俺の言うことを聞いてくれない件について。

 

 ふと気づいたんだ。雨雲姫ちゃんがいるとやけにクソ妖精共が大人しい。

 

 大人しいだけじゃない。機嫌を取ろうとしているのか、雨雲姫ちゃんに傅いて色々とお世話を焼こうとしている。クソ妖精共のこんな姿を初めて見た。

 

 これまで俺には直接的な危害はないが間接的に絶大な被害を及ぼしてきたクソ妖精共(こいつら)だ。正直こいつらには人生を変えられたと言っていい。

 

 泣き叫ぶクラスメート。紛失する貴金属と商品。消えて無くなる食事。カンニング疑惑。飛び交う物品(ポルターガイスト現象)、その他その他。

 

 高校受験は教師に徹底的に邪魔された。俺は不良じゃないし、頭の出来が良いとは口が裂けても言えないが、入れる高校くらいはあった。あったんだよ!

 

 近所でも評判は最悪。同窓会通知なんて都市伝説だと思ってたくらいだ。

 

 それもこれも全部こいつらのせいだ。

 

 俺がグレなかったのは艦娘のお陰だ。吹雪さん達の活躍を見て負けるな負けるなと自分を励ましていた。傷つきながら深海棲艦から人類を護ってくれる艦娘の存在がなければ、俺は投げやりになって他人を食い物にする本物のクズになっていただろう。

 

 だから俺にとって艦娘は恩人あり大恩人であり女神様なんだ。

 

 今までクソ妖精共(こいつら)には散々迷惑を掛けられたけど、少しは感謝の気持ちがない訳ではない。

 

 何をどうトチ狂ったのか、クソ妖精に憑かれた俺を大本営が目をつけていたからだ。

 

 お蔭でテレビや雑誌でしか見ることが出来なかった本物の艦娘を目にする機会が出来た。提督云々は出来すぎだが、可愛い雨雲姫ちゃんという俺だけの艦娘も出来た。

 

 まさに禍福はあざなえる蝿の如しだな。

 

 ぶんぶんぶんと人生何が起こるか分からいって意味だ。

 

 条件付きだけど人様に迷惑をかけなくなったって事だけでも雨雲姫ちゃん様様だ。もうずっと側にいて欲しい。流石艦娘だぜ。俺に出来ないことを簡単にやってくれるぜ。

 

 でも問題が無いわけでもない。

 

 雨雲姫ちゃんが俺から離れるだろ? クソ妖精共は俺に憑いているだろ? クソ妖精共はやりたい放題するだろ? 悪いのは俺になるだろ? 器物損壊で請求書が届くだろ? 来月の給料は初っ端からマイナスだろ?

 

 酷くね?

 

 なんで数十万もする壺をこれ見よがしに飾ってんだよ! クソ大本営が!

 

 俺は今クソ大本営の教育方針(OJT)の下、書き方も処理の仕方もろくに教えてもらってない書類の山と格闘している。

 

 何をするにしても書類書類書類。雨雲姫ちゃんの艤装一つ、弾薬一つ、燃料の一滴に至るまで書類が必要だ。雨雲姫ちゃんが強くなるための演習って奴をするのも書類が何枚も必要だ。

 

 艦娘の演習は数週間先までぎっしり予定が詰まっている。そこに雨雲姫ちゃんを割り込ませるのは艦娘のみんなに迷惑がかかるからしっかりと書類を書いて納得してもらわないといけないらしい。

 

 ぐぬぬぬ。そうう言われたらどうしようもない。艦娘の皆さんに迷惑なんて掛けられない。

 

 何より酷いのは食事をするのも書類の決済をしなければいけない事だ。

 

 ひょいっと食堂に顔出しても食べられないそうだ。

 

 クソ大本営の偉いさんが、兵站管理は提督の基本業務だとか偉そうに言っていたが、日常の食事は別でしょうが!

 

 っていうか書き方教えろよ! フォーマットが違いますって何度も何度もつき返して来るんじゃねぇよ! ふざくんなクソ大本営! 誤字脱字の一つや二つ笑って見逃せって! 読み難いですよじゃねぇよ! この字は個性なんだよ! 文句言うならパソコンとプリンター寄越せ! 今時手書きとかいじめか! それか給料前借りさせろ! 雨雲姫ちゃんときゃっきゃうふふしながら量販店に買いに行くわ!

 

 はぁはぁはぁ。

 

 文句を言っても書類は減らない。俺は頭をガリガリかきながら最低限、雨雲姫ちゃんの食事だけは確保するため書類と格闘する。

 

「こんにちは」

 

「あっ! 大淀さん!」

 

 どうぞどうぞ。狭い所ですけど。今お茶淹れますね。

 

 大淀さんを見ただけで怒りゲージが反転。幸せゲージが突き抜けた。

 

 俺は大本営のなんとかっていう部署でクソ妖精共がポルターガイスト(暴れている)内に何故かポケットに入っていたお茶を淹れるためにお湯を用意する。雨雲姫ちゃんは艦娘だからこんな雑用させる訳にはいかない。

 

「様子を見に来たんですけど……」

 

 大淀さんは俺の執務室をしげしげと見ている。いやはや恥ずかしい。

 

 三畳一間。狭いながらもクソ大本営が新人提督としての俺に用意した俺だけの、いや俺と雨雲姫ちゃんだけの執務室だ。

 

 ででんと窓際に置かれた執務机。うず高く積まれた嫌がらせか! って量の書類の山。一応応接用のソファーとミニテーブルはあるが雨雲姫ちゃんとクソ妖精共の専用スペースとなっている。そこしか場所ないから仕方がない。

 

 部屋の隅には申し訳程度の給湯スペース。

 

 1Kトイレ風呂なし。

 

 これが全てだ。書棚なんて置く余裕はない。新人提督だから狭いとか言ってられない。提督はみんなここから(三畳一間)から始まるって部屋を手配してくれたクソ大本営の事務員が言ったからそうなんだろう。

 

 別に不満はない。普通新人は大部屋から始まるもんだ。個室があるだけで十分だ。狭いながらも俺は一国一城の主になったんだ。でもいつの日か出世して雨雲姫ちゃんにもっといい部屋で寛いでもらうんだ。

 

 俺はクソ妖精共をささっと払い除けてソファーにスペースを作った。てめえら、大淀さんに粗相したらタダじゃ済まさねぇからな。といっても雨雲姫ちゃんがいるから安心だ。

 

 お茶を三人分。と言っても応接ソファーには二人しか座れない。俺は執務机添え付けのパイプ椅子に座ってお茶をずずー。眼の前には雨雲姫ちゃんと大淀さん。

 

 幸せ過ぎる。今までいいことなかったが、ここにきて幸せが核融合反応みたいにボンバボンバ連鎖爆発しまくっている。

 

 大淀さんがお茶を一口。いいお茶でしょ? 玉露っていうお茶です。クソ大本営の偉いさんのお茶だからきっといいお茶のはずだ。

 

「あのこの部屋は……」

 

「俺たちの城ですよ!」

 

 大淀さんも懐かしいんだろうな。大淀さんの偉人レベルに違いない提督だってここから始まったんだ。

 

 いつの日か俺が伝説レベルの提督になったら雨雲姫ちゃんは提督自慢をするかもしれない。

 

 雨雲姫ちゃんはなりたての新人ペーペー提督に言うんだ。

 

『私の提督の戦闘力は五十三万なの。変身を三回残していて艦娘なのに夜戦でメロメロよ。きゃっ』

 

 いかーん! 雨雲姫ちゃんいけませんぞー! えちえちはダメですぞー!

 

 でも何年か経ったら雨雲姫ちゃんが成長して戦艦になるかも。そうなったら体も成長するから合意の上なら許されるんじゃないか? 許されるべきじゃないのか!!

 

 あれ? 艦娘って成長するの? 吹雪さん達は何年経っても姿が変わらない。ずっと駆逐艦のままだ。あれ? あれぇ?

 

「その書類を見せてもらってもいいですか?」

 

「えぇっと、どうぞ」

 

 大淀さんの表情が曇っている。何か失礼したんだろうか? お茶か? ちょっと温めにしたのがいけなかったか? 玉露って実はいいお茶じゃなかったとか?

 

 大淀さんは立ち上がって書類の山から数枚を手にした。眉がぴくりと動いた。

 

 ひらりと揺れるスケベスカート。俺は目を細めた。

 

 大淀さんは小さくため息を吐いた。

 

 ごめんなさい。書き方とか分からなくて。頑張ってるつもりだけど全然進まなくて。でも雨雲姫ちゃんの食事だけは確保してるから!

 

 次の瞬間、俺は驚いた。大淀さんが千手観音になった!

 

 二本の腕が次々と書類を掴んでもの凄い速度で書類の山が移動している。残像で腕が何本にも見えた。眼球は超高速で動いているから書類を見ているのは間違いない。眉が定期的にぴくぴく動いているのが印象的だ。

 

 艦娘すげぇ……

 

 あっちからこっちに。あっという間に全ての書類の山のお引越しが終わった。

 

「提督……私が今日来たのは……雨雲姫さんが演習に姿を見せないので様子を見にきたんです」

 

 え? 演習? 俺が書類の決済が出来なくて……でも燃料とか弾薬とか艤装の書類とか他にも一杯あってパズルみたいにややこしくて何度も突き返されて……一生懸命頑張ったつもりだけど全然足りてないのは分かってたんだ。

 

「……ごめんなさい」

 

 早速大淀さんに迷惑をかけてしまった。泣きたくなる。

 

「あっ! 頭を上げて下さい! 提督が謝る必要なんてないんです!」

 

 そんな事ねぇよぅ。俺はクソ雑魚ナメクジ以下の存在なんだぁ……艦娘の足を引っ張るしか能のないダメダメ提督なんだぁ……

 

「頭を上げて下さい! 提督は悪くないんですから!」

 

「え?」

 

 顔を上げると困った顔をしている大淀さん。またやっちまった。

 

「聞いて下さいね。結論から言うとこの書類は殆どが無意味です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はあちこちで迷惑をかけている。それは認める。クソ妖精共のせいだ。もう言い訳をする事すらしない。しても無意味だって何度も体験している。頭のおかしい奴だって思われるだけだからだ。

 

 クソ妖精共は自重しない。好き勝手する。俺は止めない。止められない。

 

 俺の評判は最悪だった。それは鎮守府に来ても変わらない。

 

 信じられない事だが基本的に妖精さんは善良だ。そりゃ少しはいたずらをする。でも可愛いものだ。髪を少し引っ張られたり、机の上の文具が少し移動していたりとか他愛のないものばかりだ。逆に失せ物を見つけてくれたりとかもするらしい。なんだそれ?

 

 中には有難がってお菓子をお供えする人間もいるそうだ。いつの間にか無くなっているお菓子を見て喜ぶらしい。今日はラッキーだってな。

 

 普通の人間には妖精さんは見えない。見て触れることが出来るのは提督と艦娘だけだ。提督と艦娘、特に艦娘と妖精さんの繋がりは大きい。艦娘が扱う艤装にも妖精さんはいて、妖精さんがいないと戦うことも出来ない。他にも艦娘施設の建造だとか艦娘の建造だとか、艦娘の修理や艤装の改修、妖精さんがいないと鎮守府は成り立たないと言ってもいい。

 

 という訳で大本営や鎮守府に所属する人間は艦娘や妖精さんの存在をある程度理解している。だから妖精さんは提督の命令で動くとか思っているらしい。なんだそれ? 初めて聞いたわ。

 

 クソ妖精共は大本営の本部や鎮守府でもやらかしている。なんせ自重しないからな。当然俺が命令したと思われてる。

 

「つまり?」

 

「意趣返し。嫌がらせですね……」

 

 無意味な書類を延々と処理していた事が判明した。そりゃ難癖つけて何度も突き返されるわ。嫌がらせなんだからな。

 

「提督は教育も受けてないですよね?」

 

「中学は卒業出来ました」

 

 高校に進学できなかった俺の高等教育は通信教育がメインである。夜学は無理だ。迷惑がかかる。え? そういう事じゃない? 特務士官教育? なぁにそれぇ?

 

 普通なら特務士官として提督専用の特別育成コースがあるらしい。ろくに教育をしないもの嫌がらせか。え? 違う? クソ妖精共が危ないから最初から考慮すらされなかった?

 

 このクソ妖精共がぁぁ!! 全部お前らのせいじゃねぇか!!

 

 俺は目の前のクソ妖精を掴もうとした。

 

 クソ妖精はひょいと俺の腕を避けると大淀さんの膝の上に座った。

 

 おい馬鹿! やめろ! そこ俺と代われ!

 

「駄目ですよ。こんなに可愛いのに」

 

 大淀さんは俺に憑いたクソ妖精を撫でる。おいマジ俺と代われ!

 

 いくら大淀さんの言葉でも耳を疑う。納得出来ない。可愛いはずがない。寧ろ邪悪だ。

 

「過剰反応していただけなんです」

 

「へ?」

 

 優秀な大淀さんは俺の事情を当然知っているだろう。クソ妖精共の所業も。俺の暗黒の学生時代も。

 

「人はいい人ばかりではありません。笑顔の裏でナイフを隠し持つ人もいます。子供なら好きが裏返って意地悪することもあるでしょう」

 

 最初は小さな反発。まだ悪意とも言えない小さな感情に反応するクソ妖精共。反発は反発を生み、悪意となる。あとは悪意の無限ループ。クソ妖精共は俺を人間の悪意から護っているつもりだったらしい。手段は最悪だが。

 

「で、でもクソ妖精共(こいつら)万引きとか財布とか盗んだりしてましたよ!」

 

 普通に犯罪だ。軽犯罪があったらまず俺が疑われた。まぁクソ妖精共の仕業だったんだけど。

 

「その……提督は余り裕福ではなかったようなので……」

 

 大淀さんは言葉を濁した。濁さなくても貧乏でしたよ。

 

 両親は早い段階で俺の事を諦めた。愛されなかった訳ではない。肉親でも悪魔のような子にイライラすることがあっただろう。近くにいられるはずがない。安アパートで一人暮らし。それが最適解だ。施設なんて絶対に無理だ。阿鼻叫喚は目に見えている。

 

 必要最低限の暮らし。金足りねぇなぁ。腹いっぱい食いてぇなぁとは思っていた。クソ妖精共は俺の思いを満たそうとしていただけっぽい。手段は最悪だが。

 

「カンニング疑惑とか……」

 

「好きな人に良い点をとって貰いたいと思っただけだよね?」

 

 クソ妖精を撫でる大淀さん。うっとり目を細めるクソ妖精。

 

 また耳を疑う言葉が飛び出た。好き? 誰が? 誰を? あり得ねぇ。

 

 俺は試験では常に百点満点を記録していた。授業では答えられないのにだ。俺の答案用紙を改ざんしていた。クソ妖精共の好意から来ているらしい。手段は最悪だが。

 

「それじゃ食べ物が消えていたのは!?」

 

 給食が丸ごと一クラス分消えていた事もあった。これも好意からか? 毒でも盛られていたのか?

 

 大淀さんは目を反らした。

 

「美味しそうな食べ物があるとついって事ありますよね……」

 

 腹ペコかっ!

 

物が飛び交う(ポルターガイスト現象)のは!?」

 

 大淀さんの目が泳いでいた。

 

「つい気持ちが昂ぶって自分を抑えられない時ってあるかな……なんて」

 

 子供かっ!

 

 結論。やっぱりクソ妖精共はクソ妖精共だった。

 

 納得いかないところもある。俺を艦娘工廠まで案内してくれた軍曹は真面目でこんな俺にも誠実な態度をとってくれた。クソ妖精共に尻を蹴られても文句一つ言わなかった。あの軍曹も俺に悪意を持っていたのか?

 

「その……提督は立場上どうしても男性から偏見を持たれてしまうので……」

 

 嫉妬か! 美人で可愛い艦娘が側にいれば嫉妬の一つ二つ三つ四つもするか。クソ妖精共はそれを感じて軍曹の尻を蹴っていたと。

 

「それでも提督の事を思ってしたことなんです。許す事は……全てを水に流す事は無理でも理解はしてあげて欲しいと思うんです」

 

 いくら大淀さんのお願いでも直に許すとか無理だ。でもこいつらが居なければ艦娘に会うことも出来なかった。許すとか別に感謝している気持ちは極わずかだけどあるのは確かだ。

 

 雨雲姫ちゃんがいるからこれからは人に迷惑をかける機会も減る。まぁそのうち。おいおいに成るがままに許す事もあるかもしれない。今はそれしか言えない。

 

 禍福はあざなえる蝿の如し。気持ちがぶんぶん変わる事もあるだろう。

 

「あぁ! そこは駄目ぇっ! 駄目だってば! 提督しか駄目なの!」

 

 はっと顔を上げると、大淀さんの膝に座っていたクソ妖精がスケベスカートの隙間から頭を突っ込んでごそごそしていた。

 

 いいぞ! もっとやれ! いや違った! 俺と変われ!

 

 違う違う! 離れろ! 大淀さんになんてことするんだ!

 

 俺はソファーに近寄ってクソ妖精を引き離そうと足を引っ張るが、なんでこんなに力が強いんだよ! どんどん奥に入って行きやがる。そうだった。こいつらは雨雲姫ちゃんの言うことしか聞かない。大人しかったから艦娘の言うことも聞くんだと思い込んでしまった。

 

「いや! だめぇ!! はぅん!!」

 

 どんなに力を入れても大淀さんの股間からクソ妖精(俺の)が抜けない。それどころかどんどん奥に入ってしまう。耳に大淀さんの叫び声とも喘ぎとも聞こえる男性をいかがわしい気持ちにしていまう色っぽい声。

 

 俺はもう駄目かもしれない……

 

 

 

 

 

 

 

 

「お見苦しいところをお見せしました」

 

 大淀さんの顔は真っ赤だ。優等生の雰囲気を持つ大淀さんの恥ずかしがる姿は心にクルものがある。俺の中で新しい扉が開きそうだ。

 

 いえいえ。眼福でした。心のダメージは甚大だけど。あとお尻が痛い。

 

 クソ妖精はあっさり抜けた。雨雲姫ちゃんがひょいと摘むと一発だった。直後に俺は悲鳴を上げた。雨雲姫ちゃんが俺のお尻を抓ったからだ。今までで一番痛かった。俺は何も悪くないはずなんですけどぉ!?

 

 大淀さんは何かとんでも無いことを言った気がするが、俺は何も聞いてない。記憶は封印された。やっぱりそうだったのかとか思ってはいけない。俺の心がズタズタになるだけだ。

 

「この件について大本営に問い合わせして必ず改善させますので」

 

「えっと有り難い申し出ですけど……」

 

 少しおこおこに見える大淀さん。そこまでお世話になる訳にはいかない。これは俺の問題だ。おれが解決する必要がある。俺は申し出を断った。

 

 それにしてもほんと大淀さんはいい人だ。艦娘はみんなそうなんだろうか? マジ女神様だ。いいなぁ。大淀さんいいなぁ。

 

「大淀さん、俺の艦娘になってくれません?」

 

 俺は最低保証五人の艦娘を旗下に入れられる。戦力増強の意味でも頼りになる艦娘はいくらでも欲しい。

 

 大淀さんは一度目を見開いて、そして破顔した。

 

「ふふ、嬉しい申し出ですけど、私は私の提督一筋なんです」

 

 ですよねー。俺も雨雲姫ちゃんを寄越せって言われたら全力全開で断る。誰にも渡すつもりはない。でも、でも、雨雲姫ちゃんが望むなら涙を飲んで受け入れる。受け入れるんだ俺! 考えただけも涙が出そうだ。

 

 勿論半分冗談の提案だ。旗下に収められるのは建造に立ち会った艦娘だけなんだから。提督のいる大淀さんが俺の元に来ることは絶対にない。

 

 突然ふわりと柔らかく体を抱かれた。雨雲姫ちゃんだ。なんだなんだ? 何が起こった?

 

 両の腕を俺の肩に回した雨雲姫ちゃん。ほんとどうしたの?

 

 雨雲姫ちゃんは大淀さんに顔を向けている。俺から表情は見えない。

 

「大丈夫ですよ」

 

 大淀さんは見惚れる笑顔でたった一言。

 

 雨雲姫ちゃんは俺を抱く腕にぎゅっと力を入れた。

 

 ぐえぇぇ! 苦しい苦しい!

 

 俺はタップをするが雨雲姫ちゃんは力を抜いてくれない。ぐえぇぇ。大淀さんは助けてくれない。ただ何かを思い出すように微笑んでいる。中身が出ちゃうから! 出ちゃいけないものが出ちゃうからぁ! 魂とか内蔵とかぁ!

 

「二人を見ていると昔を思い出して懐かしくなっちゃう」

 

 苦しむ俺を他所に大淀さんはそれではと挨拶してニコニコしながら出ていった。

 

 ちょっと待って! 助けて大淀さん!

 

 室内に残った二人の若い男女。俺はドキドキしていた。主に命の危険を感じて。

 

 ジタバタも出来ない。艦娘の力は人間ではどうしようもない。

 

 ぐーーー

 

 こんな時でもお腹は減る。お腹の虫が泣いた音だ。

 

 雨雲姫ちゃんがふわっと力を抜いた。命の危機が去った! 生きてる! 俺生きてる!

 

 冗談はさておき、雨雲姫ちゃんの様子がおかしい。ふわりと抱きついたまま離れない。顔を俺の肩に伏せて表情は見えない。

 

「ごめんねぇ……気が付かなくてぇ……」

 

 俺はこの三日間水と玉露しか食べてない。そりゃお腹の虫も鳴るわ。

 

 提督と艦娘の食事は無償提供されていた。俺は雨雲姫ちゃんの食事だけは確保しようと無駄な書類をずっと書いていた。いつ食堂に行っても無料で腹一杯食べられるにも関わらず。

 

 雨雲姫ちゃんには書類整理しながら食べるからってずっと嘘をついていた。酒保に行ってもお金なんて持ってないし。甲斐性のない提督でごめんね。

 

 武士は黙って爪楊枝だ。

 

 爪楊枝をしゃぶっていれば唾液で腹も膨らむって意味だ。空腹耐性は人一倍ある。数少ない俺の特技でもある。

 

 雨雲姫ちゃんが顔を伏せている肩が濡れて暖かくなった。ぽんぽんと背中を優しく叩くと雨雲姫ちゃん顔を上げた。

 

 綺麗な琥珀色の瞳から涙がぼろぼろこぼれていた。

 

 お の れ 大 本 営 許 す ま じ

 

「大丈夫だから。ね? 俺水だけで二週間過ごした事もあるし」

 

 泣き笑い。冗談だと思ってくれたんだろう。残念ながら事実だ。顔は笑っていても俺の怒りは有頂天だ。雨雲姫ちゃんを泣かせた罪は万死に値する。

 

「でもぉ……」

 

 肩に回された雨雲姫ちゃんの腕が俺の背中に移動した。手はそのまま下に降りていく。

 

 あれ? 俺、体を触られる趣味はないよ? それともえちえちな展開? 駄目駄目! 吹雪さん達と同じ駆逐艦とえちえちは駄目なの。でも雨雲姫ちゃんがどうしてもって言うなら……

 

「二度としちゃ駄目だからねぇ」

 

「え”?」

 

 ぎゃーーーーーっ!!

 

 一〇本の尖った指が俺のお尻を蹂躙した。刺さって抓ってじゃんけんぽん!!

 

 大淀さんを旗下に誘ったのが原因らしい。ごめんなさい! もう二度としませんんんんんっ!!!

 

 ほんと! ほんと! ごめんなさい"い"い"ぃぃ"!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごらぁぁぁ!! 責任者出てこいやぁぁぁ!!!」

 

 大本営のなんちゃらっていう部署。相当に偉い人がいる場所だ。そして俺に無駄な書類を押し付けた悪の巣窟だ。

 

 ケンカキックで扉をぶち破って俺はギロリと見栄を切った。

 

 今は一人だ。あのあと二人で食事して雨雲姫ちゃんは執務室でお留守番だ。

 

「なんだちみは!」

 

 俺は志村か! そうだよ! 俺が変な提督だよ!

 

 違うわ!

 

 わらわらと次から次へと湧いてくる職員(悪人)ども。

 

「えーい! 懲らしめてやりなさい! 助さん! 格さん! 風車の弥七! かげろうお銀! 後、えーと、えーと、うっかり八兵衛!!」

 

 基本クソ妖精共は俺の言うことを聞かない。でもこの時だけは十全に俺の気持ちを代弁するかのごとく動いてくれた。

 

 最早言葉は無意味。てめぇらの血は何色だぁ? 雨雲姫ちゃんを泣かせた罪を思い知れ!

 

 雨雲姫ちゃんがいない今、クソ妖精共(こいつら)を止められる者は誰もいない。俺にも無理だ。

 

 飛び交う書類。何度も転倒する職員(悪人)。ガタガタと動く机と椅子。明暗を繰り返す照明。がちゃんと割れる高そうな壺。おっとそれはいけない。止めてくれ。俺の財布に響く。

 

「何事だ!」

 

 出たな偉いさん(悪のボス)! 八兵衛行けぇ!

 

 俺は奥から出てきた偉いさんにクソ妖精をけしかけた。

 

 八兵衛(クソ妖精)は偉いさんをスルーした。偉いさんのダメージはゼロだ。

 

 あれ? あれぇ?

 

「志村! これはどういう事だ!」

 

「あいつが! あいつがいきなりやってきて!」

 

 お前が志村かーい。志村は転がりながら俺を指差した。

 

 偉いさんは俺の姿を確認すると事情を察したようだ。

 

 室内は阿鼻叫喚の様相を呈している。その中で冷静に状況を理解して慌てる事がない偉いさん。やるなこいつ。クソ妖精がスルーしたのも気になる。

 

「来なさい。悪いようにはしない。志村、お前もだ」

 

 お客様の中に加藤さんはいらっしゃいませんかー? いないみたいですね。

 

 俺はパニックの中堂々と歩いて、偉いさんが誘導する部屋に入った。志村は立てないので這いながらだ。お尻に指を重ねてぎゅるんぎゅるん高速回転するクソ妖精がいてひぃひぃ言ってる。その指で俺に触れるな。絶対にだ!

 

 重厚な応接間。意外と質素で俺好みだ。壺がないから安心出来る。

 

 テーブルを挟んで向かい合って座る俺と偉いさん。志村は床だ。立てないから仕方ない。鼻にすぼずぼとクソ妖精が腕を高速挿入している。その腕で俺に触れるな。絶対にだ!

 

「事情を説明してもらおうか」

 

 腕を組み落ち着いた雰囲気の偉いさん。

 

 おうおうおう。話してやるよ。かくかくしかじかうまうま。雨雲姫ちゃんを泣かせた責任をどうとるつもりだごらぁ。

 

 口下手な俺の要点を得ない説明を黙って聞いている偉いさん。その間志村はクソ妖精の攻撃を受けているが偉いさんは完全にスルーされている。

 

 こいつ! 出来る!?

 

 大淀さんの話だと少しでも俺に悪意を持っていればクソ妖精共の自動攻撃モードが反応する。つまりそういう事?

 

「志村」

 

 名前を呼ばれただけで志村は体を竦ませた。

 

 ははーん。そういう事か。つまりどういう事? 誰か説明して。

 

「済まなかった。全ては私の責任だ」

 

 偉いさんは頭を下げた。若造の俺にだ。簡単に出来る事じゃない。

 

 何か失敗をしたんだ。そして偉いさんは失敗を隠すことなく俺に謝罪した。失敗を隠す行為は成長を妨げる。俺の持論だ。こいつ……俺の目の前で成長しやがった!

 

「全て理解したようだな。若くとも流石は艦娘に見初められる提督といったところか」

 

 いえ、全然。さっきから説明を待ってますよ?

 

「君が考えている通りだ。全く、恥ずかしい限りだ」

 

 だから事情を説明してよ。俺の頭の中は?マークで一杯ですよ。

 

「今日のところは引き取ってもらえるか? 君の状況改善は私が責任をもって対処する。他の者の手は介入させんと約束する」

 

 それは嬉しいけど一人で納得してないでマジ説明して。腹芸とか出来ないんだから。

 

 偉いさんは立ち上がった。釣られて思わず俺も立ち上がった。あ、これ出ていく雰囲気だ。仕方ねぇ。今日のところはこの辺が潮時か。次雨雲姫ちゃん泣かしたらもっと酷いんだからねっ! あんたの顔を立てて引くんじゃないんだからねっ!

 

「済まなかった」

 

 部屋を出ていく直前にまた謝られた。今まで大人にこんな態度を取られた事がない。

 

「お、おう……」

 

 煙に巻かれた気分だ。さっきまでの怒りは完全に霧散していた。部屋を出ると阿鼻叫喚地獄は続いていたが、俺がここを去れば収まるだろう。クソ妖精共は俺に憑いているんだから。

 

 クソ妖精共を引き連れてなんちゃらって部署から去る直前に偉いさんが声を投げた。

 

「それはそれ、これはこれだ。今日の被害は弁済してもらう。艦娘の提督らしく責任はとってもらうぞ」

 

 俺の給料三ヶ月分が綺麗にすっ飛んだ。むしろ金で済んだ事に感謝なのかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見て見て、雨雲姫ちゃん!」

 

「広いっ!」

 

 俺の新しい執務室だ。三〇畳くらいある。無駄に広い。提督は一律にこの広さの執務室を持っているそうだ。

 

「ほら! トイレ!」

 

「ぴかぴか!」

 

「ほらほら! クローゼット!」

 

「何もない!」

 

「じゃ~ん! お風呂!」

 

「広々!」

 

「ここが給湯室!」

 

「玉露しかない!」

 

「そんでもって寝室!」

 

「……」

 

 そこで赤くならないでよ。もじもじしないで! 意識しちゃうでしょ! えちえちは駄目だよ! 何故かキングサイズとこれもまた無駄に大きいベットは一人で寝るには大きすぎる。

 

 雨雲姫ちゃんにも個室が与えられた。艦娘を集めた寮があって今日からそっちで生活だ。今まで俺は床で寝て雨雲姫ちゃんはソファーで寝ていた。短い間だったけどこれからは別れての生活だ。少し寂しくなるけど仕方がない。生活環境は劇的に改善された。

 

 部屋の隅に置かれた執務机。三〇畳もあるけど物は部屋の角にしか置かれていない。二七畳は完全に無駄スペースだ。こんなに広くても使い切れない。

 

 艦娘が増えれば荷物もどんどん増えるらしい。私物を置くわけでもないのに何が増えるって言うんだ。大淀さんも詳しい説明はしてくれなかった。

 

 執務机を見る。書類は数枚。ペラペラだ。新人提督に仕事は殆どない。まずは艦娘が戦えるようになるところから始まる。俺たちはまだ入り口にも立っていない。

 

 無意味な書類も無くなった。これからどんどん増えるらしいけど今はこれで足りるそうだ。これくらいなら何とかなる。追々慣れるだろうし。

 

 雨雲姫ちゃんはあの日から少し雰囲気が変わった。少し明るくなった。距離感も少し近くなった気がする。こうして日々艦娘との絆が深まっていくんだな。

 

 明日から雨雲姫ちゃんが強くなる為の演習も始まる。

 

 来月は二人目の艦娘建造だ。これから忙しくなるぞ。

 

 頑張ろうね、雨雲姫ちゃん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちな、大本営のあの偉いさんは艦娘と提督から敬意を払わている本物の人格者だった事が判明。給料が入ったら折り詰めセットを持って謝りにいくつもりだが、向こう三ヶ月、俺はタダ働きだ。

 

 お、大淀さん……お金貸してくれるかな……

 

 



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06 初めての演習

【悲報】雨雲姫ちゃんの力が桁違いだった件【チート】

 

 俺は今頭を抱えていた。理由は雨雲姫ちゃんだ。

 

 その雨雲姫ちゃんは現在進行形で重巡洋艦の足柄さんとガチの殴り合いの真っ最中だ。殴り合いといっても拳で殴っている訳じゃない。

 

 中距離での砲撃戦。重巡洋艦の足柄さんが本領を発揮するレンジだ。

 

 重巡洋艦の足柄さんに対して雨雲姫ちゃんは駆逐艦だ。普通なら正面から殴り合いなんて出来るはずがない。

 

 隣で色々と解説をしてくれる夕張さんの話では足柄さんはガチの戦闘狂で鎮守府でも一二を争うベテラン艦娘らしい。

 

 一見OLみたいな装甲艤装をしていて、『飢えた狼って呼ばれてるの』ってフレンドリーな挨拶をされたから、体がガリガリ君なのかって思ったけどとんでもない。ボンキュッボンの大人のお姉さんだった。

 

 艦娘だから当たり前の如く美人で人当たりも良い。まさか戦闘が始まって豹変するとは思っても見なかった。体から湧き出るオーラは俺でも分かるくらい半端ない。

 

 あ。夕張さんは胸が少し残念な以外は性格も明るくて凄く美人です。

 

 雨雲姫ちゃんの砲撃が足柄さんの体を掠める。直撃は一度もない。

 

「んはぁ」

 

「んんっ」

 

「やるわね! んくっ」

 

 足柄さんの気合? 喘ぎ? 悩ましい戦闘ボイスが遠くても聞こえる。妖精さんの謎技術だ。

 

 対して雨雲姫ちゃんは余裕がない。顔中煤と汗で汚れている。足柄さんの砲撃の直撃を何度も受けている。でも怯まない、引かない。

 

 俺は頭を抱えながらも、雨雲姫ちゃん頑張れ頑張れと心から応援していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は俺たち二人の初めての演習だった。

 

 演習というのは艦娘同士が条件を変えて戦って経験を積む模擬戦だ。わざと不利な状況を作ったり、理不尽な配置や遭遇戦、天候の悪い日を選んで視界不良の中戦うってものもある。深海棲艦との戦いでは何が起こるか分からないから色々な戦況を作って実戦で困らないようにするのが目的だ。

 

 勿論条件を互角にして戦うってのものある。一対一や六対六、三対三とか二対二とかもあるそうだ。これは事前に提督が相談して決めるらしい。

 

 自分の艦娘に足りない部分を確認する。弱点を埋める。長所を伸ばす。

 

 演習の目的は色々だ。提督と艦娘の数だけ状況は作られる。

 

 俺たちは負けて当然。胸を借りるつもりいこう!

 

 雨雲姫ちゃんにも演習前にそう言ったし、雨雲姫ちゃんも頷いた。

 

 俺たちは二人揃って勝てるなんて微塵も思っていなかった。

 

 だって雨雲姫ちゃんは建造からまだ一週間で戦闘経験はゼロだ。対して相手の艦娘は何年も深海棲艦と戦っているベテランだ。勝てる要素なんて無いって考えるのが普通だ。

 

 最初は同じ駆逐艦の神風さんだった。状況は珍しい一対一のフリー演習。

 

 神風さんは自分は旧式の駆逐艦だって言っていたけど、とんでもない。俺の目から見ても歴戦のオーラを醸し出していた。

 

 大正時代の女学生みたいな装甲艤装は古臭いとか全然思えずとても似合っていた。紅く綺麗な長い髪にとても似合う黄色いリボン。肌の露出はとても少なくて足元は焦げ茶色のハイヒールロングブーツを履いていた。

 

 ちっちゃくて可愛いのにとても凛々しい。それが第一印象だ

 

 こりゃ勝てねぇなと俺は思った。だって雨雲姫ちゃんにはオーラなんて出てないし、初めての演習で緊張でガチガチだった。それは当たり前で模擬戦含めて戦うのは今日が初めてなんだから。

 

 俺は緊張を解す為に色々言ったつもりだけど、何を言ったか覚えていない。だって模擬戦だと言え俺も初めての戦闘だったから。俺も緊張していたんだ。

 

 俺たち二人は揃って経験値ゼロで何がどうなってどうすればいいのか全然分かっていなかった。訳のわからないまま演習が始まった。

 

 演習開始五秒で神風さんが文字通り吹っ飛んだ。車田飛びだ。綺麗な放物線だった。防御力の高すぎる袴のせいで中は全然みえなかった。

 

「被弾!? どこ!?」

 

 って神風さんも何が起こったか理解してなかったみたい。

 

 判定は大破。雨雲姫ちゃんも何がどうなったか理解してなくて勝った事すら分かっていなかった。

 

 馬鹿な俺はこの時まで、やったやった! と素直に喜んでいた。周囲の空気が変わったのも気づかずに。

 

 次に出てきたのは天龍さんだった。

 

 え? 天龍さんって確か軽巡洋艦じゃん! クラスが違う!

 

 俺は抗議しようとしたけど夕張さんに羽交い締めにされて止められた。羽交い締めされたのに胸が全然当たらないとか思っていない。だから頸動脈が締められて意識が落ちそうになったのは夕張さんが怒ったからとか思うはずがない。女神様の艦娘がそんな事で怒るはずがないんだから。

 

 天龍さんはおっぱい魔神だ。とにかくでかい。もうでかい。ひたすらでかい。口調や態度は男っぽいのに、体つきは男のロマンを一杯詰め込んだダイナマイトボディ。滅茶苦茶色っぽい。装甲艤装のスカート短か過ぎやしませんかねぇ。

 

 天龍さんは剣みたいな艤装を肩に載せて雨雲姫ちゃんを挑発した。

 

「フフフ、怖いか? 安心しろ。手加減はしてやるよ。お前の本気……見せてみろよ!!」

 

 開始三秒で天龍さんは大空に飛んだ。教科書に載ってもおかしくないくらいの綺麗な車田飛びだ。綺麗に飛びすぎて短いスカートの中が見えなかった。

 

「このオレがここまで剥かれるとはね…。いい腕じゃねぇか、褒めてやるよ……」

 

 天龍さんはそのまま入渠施設に運ばれた。演習はストッパーが働いているって言ってたし大丈夫だよね? 夕張さん?

 

 夕張さんは目を合わせてくれなかった。

 

 俺はこの時初めてまずいと思った。いくらなんでも圧勝し過ぎだ。

 

 この鎮守府にいる艦娘は雨雲姫ちゃんを除いて歴戦の艦娘ばかりだ。数年から十数年、場合によっては深海棲艦が現れて二三年間、ずっと戦い続けている艦娘もいる。

 

 当然艦娘は誇り高い。優しいとか関係ない。奢りとか慢心とかじゃなくて存在自体が気高い。俺は知らなかったんだ。普段は優しくて気を使ってくれる艦娘が戦闘になると性格が変わる人がいるなんて思ってもいなかった。

 

 この演習は大本営の偉いさんも当然見ている。

 

 即戦力だと思われれば最前線に放り込まれるかもしれない。クソ大本営だから戦力を余らせる訳にはいかないとか言いかねない。

 

 違うんだ。強さってそんなもんじゃないんだ。いくら見た目の強さがあっても心の強さとは別なんだ。戦争だから甘いとか思われるかもしれないけど、体の強さと心の強さは違うんだ。

 

 雨雲姫ちゃんは建造したてのほやほやだ。新人だ。戦闘経験なんてゼロなんだ。

 

 パニックになるかもしれない。ちょっとした事で混乱して命を落とすかもしれない。だって俺たちはまだ始まったばかりなんだ。

 

 雨雲姫ちゃんだけじゃない。俺は何にも知らない。提督経験値がゼロだ。指揮なんてまだ何にも出来ない。雨雲姫ちゃんに気の効いた事を何も言えない。

 

 負けてもいい。むしろ負けた方が良かった。俺たちはゆっくり、ゆっくりと成長していけばよかったんだ。

 

 そして現れた足柄さん。ちょっと待って! 雨雲姫ちゃんは三連戦になっちゃう! 休憩が必要だ! それ以前に駆逐艦対重巡洋艦っておかしいよ! おれは抗議しようと立ち上がったけど、夕張さんに羽交い締めにされた。

 

 胸が当たらねぇ! と思った瞬間には頸動脈を締められて落ちる直前だった。

 

「歓迎するわ! 強い艦娘は大歓迎よ! 私は足柄! 飢えた狼って呼ばれているわ。自己紹介はとっくに済んでいたわね。準備はいいかしら? 私はとっくにできているわ!」

 

 これでもし勝ってしまったら決定的だ。俺は何も経験を積むこと無く雨雲姫ちゃんを最前線に送り出す事になるかもしれない。

 

 駄目だ! そんな事はさせない。

 

「黙って見ていてくださいね。何を考えているかなんとなく分かるけど、もう少し大本営と艦娘を信じて欲しいなぁ」

 

 夕張さんはそう言うけど、俺はクソ大本営なんて欠片も信じてない。艦娘は信じてますよ!

 

「ほら。始まった」

 

 開幕ヒットは足柄さんだ。動揺していた雨雲姫ちゃんに足柄さんの砲撃が直撃した。もうもうと立ち昇る煙で雨雲姫ちゃんの姿が隠れてしまった。

 

「雨雲姫ちゃん!!!」

 

 直後煙を巻く雨雲姫ちゃんの砲撃の二連弾。足柄さんの体を掠めて遠くに消えていった。

 

「やるわね! 私を楽しませて頂戴! もっと! もっとよ!」

 

 煙が晴れて雨雲姫ちゃんの姿が見えた。無傷だ。

 

 そこからノーガードの砲撃戦が始まった。正確には雨雲姫ちゃんがノーガードだ。

 

 足柄さんの砲弾は雨雲姫ちゃんにガンガン当たる。顎に、腹部に、胸に、腕に、足に。足柄さんは雨雲姫ちゃんの砲撃を避けている。でも余裕が有るようには見えない。表情が真剣だった。全部は避けきれない。雨雲姫ちゃんの砲弾がかする度にあえぐように声を上げている。

 

 足柄さんはとても楽しそうだった。対して雨雲姫ちゃんには余裕がない。遠くても分かる。俺は雨雲姫ちゃんの提督なんだから。

 

 雨雲姫ちゃんの顎が跳ね上がって煙で姿が隠れた。足柄さんは中距離から近距離へ。仕留めるつもりだ。

 

「全く。あなた(提督)が信じてあげなくてどうするのよ。提督の想いが艦娘の力になるのよ」

 

 夕張さん楽しそうに告げる言葉が理解出来ない。なんでそんなに冷静なのよ。

 

 煙が晴れた。雨雲姫ちゃんの汗と煤にまみれた姿。俺には今にも泣き出しそうに見えた。そうだ! 俺が応援しなくて誰が雨雲姫ちゃんを応援するんだ。クソ大本営が無理を言ってくれば俺が体を張って雨雲姫ちゃんを守る。そう誓っただろ! 馬鹿か俺は!!

 

 雨雲姫ちゃん頑張れ! 頑張れ! 頑張れ!

 

「雨雲姫ちゃん!!!! 頑張れ!!!!」

 

 遠くて分かるはずがない。でも俺は確信した。雨雲姫ちゃんは確かに俺と視線が絡まった。聞こえるはずのない声が届いた。

 

 体制を立て直した雨雲姫ちゃんが迫り来る足柄さんに臆することなく対峙した。

 

 模擬弾が直撃した。直後車田飛び。彼女はどぼんと水柱を上げて海に消えた。

 

「まだまだね。そんなんじゃ前線は無理よ。最前線なんてもっての外よ。護衛任務で一から鍛え直しなさい」

 

 傷だらけの足柄さんが高らかに勝利を宣言した。

 

 二勝一敗。俺たちの初めての演習は勝利で始まり敗北で終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 なんで謝るの雨雲姫ちゃん? 凄く頑張ってたよ。俺は知ってるから。

 

「だってぇ……負けちゃったぁ……」

 

 いいんだよ。俺たちは胸を借りる立場だったんだから。最初に言ったでしょ?

 

「いっぱい応援してくれたのにぃ……」

 

 あ、届いてたんだ。嬉しいな。雨雲姫ちゃんの頑張る姿をみて凄く興奮しちゃった。俺たちはこれから少しずつ強くなっていけばいいんだよ。

 

「呆れてないのぉ?……」

 

 なんで呆れるのさ? 凄く誇りに思ってるよ。俺の艦娘すごいって。信じてない? 大声で叫んでもいいよ。雨雲姫ちゃん凄いーって。ごいすーって。

 

「止めてぇ……」

 

 うん。雨雲姫ちゃんが言うなら止める。あ、泣き止んでくれたね。笑ってる方が雨雲姫ちゃん可愛いよ。

 

「ばかぁ……」

 

 俺、馬鹿だし。最終学歴中卒だしぃ……俺、頑張るから。雨雲姫ちゃんの頑張りに負けないくらい頑張るから。雨雲姫ちゃんこそ呆れて見捨てないでね。

 

「……そんな事ある訳ないしぃ」

 

 ほんとにぃ?

 

「知らない……」

 

 えぇ、見捨てないで欲しいなぁ。えっとね、このあと歓迎会があるんだって。雨雲姫ちゃんと俺の歓迎会。おいしいご馳走用意してくれてるんだって。間宮さんと伊良湖さんって言う凄く料理上手な艦娘がいるんだって。俺、歓迎会とか初めてだからメチャ緊張してるんだ。一人だと恥ずかしいから一緒に行ってくれる?

 

「……うん……仕方ないからぁ一緒に行ってあげる……」

 

 それとクソ妖精共が暴れないようにしてくれると嬉しいな。

 

「可愛いのにぃ」

 

 ごめん。それには同意出来ない。お願い出来る?

 

「うん」

 

 あ。笑った。かーわいいぃ! 普段からもっと笑ってくれればいいのに! 赤くなっちゃって! もっと顔見せてよ。笑った顔みででででででで!!!!

 

 痛い! 痛い! 突き刺さないでぇ!!!! 千切れるぅぅ! 千切れちゃうぅぅ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうだ。急ぐ事なんて何もない。俺たちはゆっくり、ゆっくりと強くなればいいんだ。慌てることなんてない。ゆっくり一歩づつ。一歩づつ。

 

 クソ大本営がけしかけて来たら俺もクソ妖精共をけしかけるけどな!




深海雨雲姫 公式ステータス 甲準拠

  (装備無/装備有)
Lv1
耐久  370
火力 177/189
雷装  0/19
対空  99/110
装甲   190
速力   高速
射程    長

装備

深海5inch連装砲C型*2
火力 6
対空 3
対潜 6
命中18
回避 9

深海待伏魚雷 特殊潜航艇
雷装19
命中 9
射程 短

深海水上レーダー 大型電探
対空 5
対潜 5
索敵16
命中24
回避 3


チート!


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07 戦艦への道

 俺には色々と足りない物がある。

 

 基本的な知識だったり、提督経験値であったり、兵站管理能力だったり、戦闘知識であったり、艦娘に対する理解であったりだ。

 

 本当に俺は艦娘の事を知らない。だって何も教育を受けていないからだ。はっきり言ってその辺を歩いている人と艦娘に関する情報量はそれほど変わらないだろう。

 

 ただまぁ、直接会って話をする機会が増えたから艦娘が女神様だと断言出来る程度には知識は増えた。普通に生きていれば艦娘に会える機会なんてないし、テレビでは艦娘の名前も姿形もろくに伝えてくれないからだ。

 

 多分大本営が情報統制しているんだろう。ほんとクソな連中だ。自分たちで艦娘を独占しようとでも思っているんだろう。

 

 生の艦娘をみれば誰もでも感動する。俺がそうなんだから。

 

 例外なく綺麗だし美人だし可愛い。みんな驚くくらいに明るくて優しくて性格もいいし人格者だ。

 

 でも疑問がある。艦娘って成長しないの?

 

 テレビで一番露出の多い吹雪さん達最初の五人の艦娘。全員駆逐艦で明るくて可愛くて健気で可愛くてインタビューで照れたりそれが可愛かったり、でもふとした表情が格好よくて凛々しくて可愛くてとても可愛い。つまりは可愛い。

 

 俺の憧れの艦娘達だ。まだ会った事はないけど、もし会ったら感動して心臓が止まるかもしれない。

 

 吹雪さん達の容姿は大人じゃなくて、でも小学生より少しだけ中学生寄り。

 

 漣さんや電さんはセーラー服型の装甲艤装だから少し背伸びした子供っぽいイメージだ。

 

 五月雨さんはお淑やかで、でも確りとしてドジなんてあり得ない少しだけ大人びた少女に見えるし、叢雲さんは喋り方から見た目以上に大人に見える。

 

 吹雪さんはどこにでもいそうでいない、でもどこか親近感を感じる、ちょっと田舎の芋っぽさがある。馬鹿にしているんじゃないから! それが魅力だって言いたいんだ。

 

 会った事がないから全部俺の印象だけどね。

 

 彼女達は俺が初めてテレビで見た時から姿を変えていない。

 

 艦娘って年を取らないの? 素朴な疑問だ。

 

 金剛さんや足柄さんは大人の女性に見えるから艦娘も成長して大人になると思ってたんだけど冷静に考えると、最初の五人はずっと姿を変えていない。

 

 やっぱり年を取らないんだろうか?

 

 馬鹿だと思われるかもしれないけど、俺は艦娘は成長して駆逐艦から出世魚みたいに最後は戦艦になると思っていた。

 

 艦娘は有名だけど、世間ではそれくらい艦娘に対して情報が少なかったんだ。

 

 つまりは全部クソ大本営が悪い。

 

 そんな俺の疑問を解決してくれる艦娘が現れた。その艦娘はやっぱり艦娘だからとても可愛くて心は純粋で、もし俺が親なら目に入れても痛くないって本当に目に入れたかも知れない。

 

 それくらい可愛らしい艦娘なんだ。

 

 艦娘だからずっと深海棲艦と戦っていて、雨雲姫ちゃんと比べても歴戦の艦娘だった。ずっと戦っていても全然心が濁る事なんてなくて改めて艦娘って女神様だなぁって感心した。

 

 今日はそんな彼女について少しだけ語ろうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が彼女に出会ったのは艦娘工廠が最初だ。雨雲姫ちゃんにもっと強くなって欲しいなぁって何かヒントが欲しかった。俺は色々知識が足りないから、どうすればいいんだろうって悩んで悩んで悩んで悩んで頭から煙が出るくらい考えた。

 

 艤装を今より強く出来ないかなぁって安易に考えていたのかも知れない。艦娘工廠にいけば何か分かるかも知れない。兎に角動いてみようって動機は軽い気持ちだった。

 

「あと何回改装したら、戦艦になれるのかなぁ……」

 

 艦娘工廠から出て来た艦娘とすれ違った。俺は重大なヒントを得た。

 

 改装。

 

 艦娘が改装をする事で力が跳ね上がる事は流石に知っていた。でも何回改装が出来るとかは知らない。雨雲姫ちゃんはまだ一回も改装していない。何回出来るかも分からない。もしかしたら一回しか出来ないかもしれない。でも彼女は言った。あと何回と。

 

 つまり彼女は最低一回は改装を完了している。その上で後何回と。

 

 彼女の発言は非常に示唆に富んでいた。改装は複数回。場合によっては、三回四回、それ以上出来る可能性を秘めている事になる。しかも繰り返す事で戦艦になれるんだと。

 

 やっぱり駆逐艦は成長して戦艦になれるんだ。

 

 俺は驚いて後ろを振り向いた。

 

 知識は少ないが今まで何人も艦娘を見てきた俺には分かった。後ろ姿と独特な装甲艤装。彼女は夕雲型の駆逐艦だ。流石に顔を見ないと誰だか判別は出来ない。

 

 俺は追いかけた。話を詳しく聞く必要がある。

 

 膝まである長い灰色の独特なヘアースタイル。目立つのは淡黄色の大きなリボンだ。何より印象的なのは見た者が元気になるその表情だ。楽しげで明るくて純粋。なんにでも興味深々でキラキラ輝く薄茶色の瞳。

 

 演習で見たことがあった。夕雲型の駆逐艦、清霜さんだ。

 

 追いついた俺は単刀直入に質問を投げた。

 

「清霜さん! 改装をするといつかは駆逐艦も戦艦になれるんですか?」

 

「ふっふーん」

 

 清霜さんはいきなりで驚いていたが、俺をどこかで見たことがあるのか質問に答えてくれた。

 

「成れるもん。いつかは清霜も完璧な戦艦になるんだもん」

 

 独特な舌足らずな口調。でも清霜さんの瞳はキラキラ輝いていて目標に向けてのひたむきさを感じた。

 

 艦娘は嘘なんてつかない。経験則だけど今まで騙された事なんて一度もない。

 

「ありがとうございます!」

 

 俺は頭を下げて清霜さんに礼を言った。

 

 これで目処がつく。まだまだ先かも知れない。でも雨雲姫ちゃんの大型パワーアップの秘訣は戦艦への改装にあり。

 

 ただでさえ強い雨雲姫ちゃんが戦艦になれば鎮守府のエースになれる事は間違いない。

 

 でもどうしよう。雨雲姫ちゃんが金剛さんみたいに大人になったら。雨雲姫ちゃんじゃなくて雨雲姫さんって呼ばないといけないのかな? それは少し寂しい気もするし、雨雲姫ちゃんの成長を祝う意味でもそう呼ばないといけない気もする。

 

 きっと胸も大きくなる。ボディラインが出てる装甲艤装だから恥ずかしくて直視できないかもしれない。足柄さんみたいにボンキュッボンと破壊力抜群になったら俺はずっと目を細めないといけなくなる。困ったなぁ。困ったなぁ。

 

 雨雲姫ちゃんは怒るんだ。どうして目を細めるの? ちゃんと私を見てって。

 

 だって雨雲姫ちゃんが綺麗過ぎてずっとドキドキしてて……直視するともう自分を抑えられないよ。これでもずっと我慢してたんだ。

 

 ……いいよ。抑えられなくても。もう我慢しなくてもいいんだよ。だから……だから私を、私だけを見て。

 

 え? 雨雲姫ちゃん! 本気かい? 俺でいいの?

 

 あなたがいいの。ううん。あなたじゃなきゃ嫌。私、もう駆逐艦じゃないの。戦艦なの。えちえちな事も大丈夫よ。

 

 雨雲姫ちゃん!

 

 提督!

 

 なんちってーなんちってー。

 

 吹雪さんと同じ駆逐艦じゃなきゃ、大丈夫だよね。俺は一度は止めるよ? でも二度三度と迫られたら恥をかかせる訳にはいかないからね!!

 

 やっぱりだめー! 雨雲姫ちゃんをそんな目で見ちゃいけない!

 

 雨雲姫ちゃんはとっても優しい素敵な子!

 

 俺の中の妄想の雨雲姫ちゃんがどんどんえちえちな子になっていく。止めるんだ俺! 雨雲姫ちゃんは純真な子なんだ! そんな風に考えちゃ駄目なんだ!

 

 落ち受け俺。

 

 ひっひっふー、ひっっひっふー。 

 

 駆逐艦は戦艦になれるんだ。

 

 そうか。吹雪さん達が成長しないのは戦艦に改装してないからだ。

 

 そりゃそうだ。艦娘の代名詞たる吹雪さん達が戦艦になって大人になってしまえば日本国中が驚いてひっくり返ってしまう。

 

 吹雪さん達は本当はもう戦艦になれるのかもしれない。でも日本国民の事を考えて駆逐艦のままでいてくれたんだ。

 

 マジ天使かよ! 違った。女神様だった。

 

 俺は嬉しくて早く雨雲姫ちゃんと相談したくて大急ぎで執務室に戻った。

 

 でも戦艦なら合意があれば倫理的に合法な可能性も微レ存……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雨雲姫ちゃんは後何回改装したら戦艦になれるのかな!?」

 

 これは雨雲姫ちゃんの強化を望む俺の素直な気持ちだ。下心なんて一切ない。早く戦艦になーれ。戦艦になーれ。

 

「ならないわよぅ」

 

「二回じゃ無理って事?」

 

「ならない」

 

「三回?」

 

「ならないってばぁ」

 

「じゃあ四回だ!」

 

「しつこい。ならないのぉ」

 

「嘘だ! 雨雲姫ちゃんは俺の心を弄ぼうとしている!」

 

 艦娘は嘘をつかないんだ。駆逐艦の清霜さんが戦艦になれるって言ったもん。

 

「じゃあ、私が嘘をついているっていうのぉ?」

 

 ん? 清霜さんは艦娘で雨雲姫ちゃんも艦娘で、雨雲姫ちゃんは俺に嘘なんて言うはずがなくて。あれ? あれぇ?

 

 こう言うのなんて言うんだっけ? 五里矛盾? 見渡しても正解がないって意味だったはず。

 

 雨雲姫ちゃんは、はっ! と何かに気がついた顔をした。

 

 まずい。俺には下心なんてこれっぽっちも無いけど俺の中で素粒子レベルで存在するかも知れない人類の普遍的な三大欲求の一つについて気が付かれたかも知れない。

 

 雨雲姫ちゃんは執務室にある寝室の方に顔を背けている。

 

 振り向いたその顔は下を向いているけど怒りのせいで真っ赤になっている。

 

 俺はぐいっと体ごと引き寄せられた。そして雨雲姫ちゃんの両腕が背中に回されゆっくり降りていく。今は腰の辺りだ。

 

「わ、わ、わた、しは、い、い、いま、か、か、からで、で、も、いい、わ、よぅ」

 

 雨雲姫ちゃんは怒りの余り、何を言ってるか分からないレベルで口が回らなくなっている。これは本気でまずいですぞ。

 

 セクハラになるのか? セクハラしちゃった? 

 

 腰の辺りで尖った指がカリカリ動いているのが妙に痛気持ちいい。後少し下がればお尻だ。

 

 俺は額から背中から汗が流れるのを止められない。怒りで真っ赤な雨雲姫ちゃんは下を向いたままだ。

 

 お仕置きされるの? されちゃうの?

 

「す、す、好……」

 

「ごめんなさーい!!!」

 

 俺は雨雲姫ちゃんの力が緩んだ隙きを見計らって雨雲姫ちゃんの腕からすり抜けた。あとは一目散だ。痛いのは勘弁なんや! 悪いのは分かっている。でも今は許してー!

 

「……馬鹿」

 

 雨雲姫ちゃんが何か言った気がしたが、俺にそんな余裕はない。

 

 怒りが冷めたらお仕置きを受ける覚悟で俺はすらこらその場から逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 清霜さんは嘘をついていたわけじゃない。純粋に信じていただけだった。

 

 魔法少女に憧れる幼女のように。サンタを信じる子供のように。

 

 深海棲艦との殺伐とした戦いに身を置いて、なお純真な気持ちを忘れない清霜さんはマジ天使。いや女神様だ。

 

 やっぱり艦娘って凄い! 改めて感動した。

 

 

 

 

 

 

 

 PS

 

 あの日から雨雲姫ちゃんに笑顔で無視され続けています。セクハラしてごめんなさいと何度謝っても許してくれません。

 

 ちゃんと考えて正直に気持ちを伝えろ? 後は自然な流れに身を委ねろ? 分かりました。行ってきます。

 

 雨雲姫さん。どうか刺して抓ってお仕置きして下さい。少しくらいなら千切れても我慢します。

 

 だから機嫌直してください。

 

 お尻を自然な流れで差し出したけど駄目でした。

 

 大淀さん。ため息をつかないで解決法を教えて下さい。

 

 馬鹿? ええ、俺は中卒の馬鹿です。何卒の雨雲姫ちゃんの機嫌が直る方法の伝授お願いします。

 

 何卒。何卒。

 

 

 

 

 

 



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08 明石再び

「幸運艦ですか?」

 

「そうよ。幸運艦。知らない?」

 

 ツナギをはだけてタンクトップのシャツが見えているけど俺は目を細めない。数少ない目を細めなくてもいい艦娘は希少で俺は気楽に話をすることが出来る。

 

 軽巡洋艦の夕張さんだ。

 

 初めての演習の時から、雨雲姫ちゃんと二人して仲良くしてくれる艦娘だ。

 

 夕張って綺麗で意味深な名前だけど胸はノー張で、でもそんな事全然気にならないくらいに可愛い艦娘だ。うん。美人というより可愛いだな。美人寄りの可愛いがよりしっくりくる。

 

 今はツナギだけど戦う時の装甲艤装は全体体に夕張メロンっぽい色をしている。セーラー服タイプの装甲艤装はお腹がちらちら見えて、もしかして有るんじゃないかとないかとチラリズム理論が働いてタンクトップ姿にはない色気がある。

 

 可愛く目立つ、胸元と頭のリボンで幼く感じるのに、黒いストッキングで大人っぽく見える不思議さ。

 

 明るくて気さくでこんな俺にも別け隔てなく接してくれるとても優しい艦娘だ。

 

 俺は今色々と勉強している。艦娘の元になった艦船もそこに含まれる。義務教育で旧大戦の艦船なんて一グラムも学ばなかったから正直大変だけど、本物の艦娘がいるから覚えやすくはある。

 

 この船が大淀さんなんだぁ、やっぱり実物も綺麗な船だなぁって夜中に一人でニヨニヨしている。

 

 雨雲姫ちゃんがいると少し機嫌が悪くなるから一人の時しか出来ない。雨雲姫ちゃんの為に勉強しているのに。

 

 まだ駆逐艦雨雲姫は見つけていない。意識して探してはいなけど、自然に雨雲姫の文字を探してしまうのは仕方がない。雨雲姫ちゃんは海外艦だから気長に探す事にしている。

 

 幸運艦って言うと雪風さんかな? 会った事はないけど旧大戦を生き残った駆逐艦だったはず。それも何度も激戦を経験して大きな戦果も上げていたはずだ。

 

 凄く強そうだ……強面なのかな? 黙れ小僧! とか言われるのかな?

 

 いやいや。艦娘はみんな美人で可愛くて性格がいいんだ。きっと凄く色っぽいお姉さんタイプに違いない。駆逐艦は幼い容姿の人が多いけど、浜風さんみたいな例外(巨乳)もいるし雪風さんもきっとそうだ。

 

「呉の雪風、佐世保の時雨って言ってね、日本を代表する幸運艦なの」

 

「雪風……時雨……」

 

「どうしたの?」

 

「艦娘らしくて綺麗でいい名前だなぁって。夕張さんの名前も素敵ですよ」

 

「ふふ、ありがとう。でも雨雲姫ちゃんの前ではよその艦娘を褒めないようにね」

 

 なんでだろうなぁ。正直に思った事言ってるだけなのに。

 

「提督さんはもう少し艦娘を知るべきね。私も私の提督がよその艦娘を褒めるといい気がしないもの。そんな時は夜にきっちり締め上げてあげるけどね」

 

 意味深だ。心にダメージを受けそうだから深く考えないようにしよう。

 

「で、雪風さんと時雨さんがどうしたんです?」

 

「今度ね、補給でこの鎮守府にくるのよ」

 

 雪風さんと時雨さんかぁ。失礼のないようにちゃんと調べておこう。雪風さんはお姉さんタイプとして時雨さんは可愛い系かな?

 

「艦時代も含めて実戦豊富な二人だから、話を聞けば雨雲姫ちゃんのいい経験になるんじゃないかなって思ったのよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 俺だけじゃなくて雨雲姫ちゃんは沢山の艦娘から可愛がられている。そりゃそうだ。あんなに可愛いんだから。

 

 金剛さんと足柄さんには演習で違った意味でかわいがりを受けているけど、いじめじゃないから大丈夫。特に足柄さんから最初の演習以来ずっと一対一の指名を受けている。今のところは全敗だけど今はこれでいいんだ。

 

 たまに天龍さんが空を飛んでいるけど艦娘の装甲艤装って凄いよなあ。防御力低そうに見えるのに滅茶苦茶高い。一度も中身が見えたことがないんだ。

 

 アヘ顔で毎回入渠施設に運ばれる天龍さんだけど、普段は気さくでとても面倒見がいい。親分って感じだ。演習で負けても全然根に持たないし、歓迎会でも人見知りの気があった雨雲姫ちゃんをあっという間に艦娘達に馴染ませてくれた。

 

 給料が入ったら折り詰めセットを持っていかなきゃ。給料の前借り断られたから当分先だけど。クソ大本営め!

 

 俺たちは今の所順調だ。喧嘩もしたりするけど、誠心誠意、毎日二時間のノルマで心から謝ったら一週間でちゃんと許してくれたんだ。女神かよ! 雨雲姫ちゃんだった。

 

 喧嘩をしてからまた距離感が縮まった気がする。雨雲姫ちゃんとの絆は確実に増していると思うんだ。

 

 もうすぐ雨雲姫ちゃんの初めての任務も始まる。足柄さんが言ってた護衛任務だ。経験の浅い艦娘が最初につく定番の任務だそうだ。深海棲艦が殆ど出てこない海域で輸送船を護衛する任務だ。

 

 残念ながら経験の浅い俺は任務の指揮は採れない。他の提督に任せるのは悲しい。だってそうだろ? 雨雲姫ちゃんの初めてを他の男に采られるんだ。提督として忸怩たる思いはある。失敗して雨雲姫ちゃんを痛がらせたら同じ提督でも許さないからな!

 

 でもこうやって少しづつ経験を積んで俺たちは一人前の提督と艦娘になっていくんだ。提督と艦娘のA to Zって奴だ。まだ俺たちはAの段階だ。Zまでは遠いけど頑張るぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということで二人目の艦娘を建造します。しちゃいます?」

 

 明石さんだ。日本中の鎮守府を飛び回っている艦娘で会うのは一ヶ月ぶりだ。

 

 俺と雨雲姫ちゃんが出会ってから一ヶ月が経過していた。

 

「峯雲ちゃんじゃなくて雨雲姫ちゃんだったんですね。早とちりしちゃった。ごめんね。てへ」

 

 明石さんはあっさりとミスを認めての俺の眼の前で成長した。艦娘は凄いなぁ。

 

「忙しい所ありがとうございます」

 

「いえいえ。私、楽しいんですよ。懐かしい艦娘に一番に会えるんだから。あ、一番は提督でしたね。いけないいけなーい」

 

 俺の緊張をほぐそうと明石さんはわざと明るく振る舞ってくれる。大丈夫ですよ二回目だから。

 

「そうですか? でも浮かない顔してません?」

 

「雨雲姫ちゃんの機嫌が悪くなっちゃって」

 

 二人目の艦娘の建造が近づくにつれて雨雲姫ちゃんの機嫌が悪くなってきた。怒ってはいないんだけど、考え込む事が増えたりして、機嫌がよくないなって提督だからなんとなく分かるんだ。

 

 今日も、建造に一緒に立ち会おうって誘ったんだけど気分が乗らないって断られてしまった。

 

「なるほどぉ。分かりますよ。二人目って最初はどうしてもそうなりますよねぇ」

 

 うんうんと頷く明石さん。俺が艦娘についてもっと勉強すれば分かることなんだろうか。

 

「それはありますね。提督はもっと艦娘について知るべきです。艦娘を知るのは簡単なんですけどね」

 

「簡単なら教えて下さいよ」

 

「駄目駄目! 私が言うと怒られちゃいます。そういうのは提督が自分で学ぶ事ですから。それに自然な事だから悩む事でもないですし」

 

 提督も一杯経験を積まないといけないって事か。色々足りない俺には先が遠いな。でも大丈夫なのかな? こんな新米提督が二人目の艦娘を建造して。

 

「大丈夫ですよ。そのうち折り合いがつくので」

 

「折り合い?」

 

「えぇ、元々仲が悪いわけでもないですし、少しの間だけです」

 

 なんか不穏だ。艦娘同士仲が悪くなるのか? 考えた事もなかった。

 

「普通は一人の提督につく艦娘は一人か二人なんですよ。一人の方が多いかな? 稀に三人の提督がいますけどね。だからたまーに発生する問題なんですけど、今までは全て解決しているので問題ないですよ」

 

 初めて聞いたなそれ。俺は最低保障五人だ。そんな事が四回も続くのか?

 

「あ、そうでしたね。提督は日本初の五人の艦娘を旗下に入れられる提督でしたね。大本営も凄く期待してるんですよ?」

 

 嘘だ! 絶対に嘘だ! 期待していたならあんな待遇はあり得ない! 給料前借りさせろクソ大本営。

 

 俺は断固嘘だと断言出来る日本人だ!

 

「あははは、嘘じゃないんですけどね。でも五人かぁ。今まで前例が無いしどうなるんしょうね?」

 

「俺が分かるはずないですし」

 

「むむむ。艦娘の特性から考えて三人は? ……四人だと……五人は……絶対に……無理?」

 

 明石さんがぶつぶつ呟いている。艦娘に分からないことは俺に分かるはずがない。

 

「とにかくやっちゃいましょう! 二人目までは問題ないはずですし。後のことは偉い人に任せましょう」

 

 あ、投げちゃった。でも明石さんが問題ないっていうなら任せよう。大丈夫なんだろきっと。

 

「やり方は前と一緒ですよ。提督はそこに立っているだけ。あとはちょちょいのちょいと」

 

 謎のパネルをぽちぽちと押す明石さん。周囲では忙しそうに妖精さんが資源を運んでいる。

 

「次の艦種は何になるんです?」

 

 戦艦かな? 重巡かな? ボンキュッボンだと困っちゃうなぁ。

 

 建造される艦娘は俺に憑いているクソ妖精共の性質が反映されるって言われたから前回はびびったけど、雨雲姫ちゃんは可愛くていい子だから、明石さんが大げさに言ったに違いない。

 

「それは出来てからのお楽しみということで。それ、ぽちっとな」

 

 艦娘建造ドッグはまばゆいばかりの光を放って直に収まった。

 

 落ち着いていたつもりだったけどやっぱりドキドキする。どんな艦娘がきてくれるんだろう。例えどんな子でも大事にすると改めて吹雪さん達に誓う俺提督。

 

 二人目の艦娘は果たして。

 



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09 二人目の艦娘

「ただいまー」

 

 なんで執務室の扉を開いてただいまの挨拶をするのか?

 

「……ん……おかえりぃ……」

 

 雨雲姫ちゃんがいるからだ。まだ機嫌は良くないみたいだ。二人目の艦娘の建造が関係しているんだろうけど。

 

 雨雲姫ちゃんは給湯室の奥から顔を出して挨拶を返してくれた。

 

 戦力の増強にもなるし、艦娘が増えれば雨雲姫ちゃんも喜んでくれると思っていたのに難しい年頃だなぁ。

 

 いい匂いがする。給湯室の奥からだ。給湯室といっても最初からそれなりのキッチンが備え付けられていた。それを雨雲姫ちゃんが立派なシステムキッチンに改装した。

 

 俺は料理が出来ないから使わないけど、一度喧嘩して仲直りしてから雨雲姫ちゃんが料理を作ってくれるようになった。

 

 艦娘だからそんな事しなくてもいいって言ったんだけど、趣味でしてるとか気分転換だからとか言われると、断れない。艦娘の心を平静に保つのも提督の大事な仕事だからね。そんなの聞いたことないけど俺はそうするつもりだ。

 

 執務室をぐるりと見渡す。

 

 いつの間にか少しづつ増えている雨雲姫ちゃんの私物。三〇畳の内、二七畳はスカスカだったんだけどいつの間にかこうなった。

 

 上着を脱いでクローゼットを開けた。雨雲姫ちゃんの私服が沢山あった。

 

 艦娘だっておしゃれしたい。いつも装甲艤装でいるわけじゃない。戦う時だけだ。普段は普通の服を着ている。

 

 俺の給料は当分出ないけど、艦娘には維持費という名目で給料に相当する資金が政府から支給されている。大本営じゃない。政府からだ。

 

 執務室には、衣類だったり、キッチン用具だったり、使い易い食器棚だったり、可愛い二人掛けのソファーだったり、シャンプーとかのバス用品だったり、衣類収納箪笥だったり、可愛いカーペットだったり、歯ブラシだったり、インテリア雑貨だったり、パジャマだったり、ほんと気がついたらあった。他にも一杯ある。

 

 とても整理されて見苦しさは全然ない。むしろ生活スペースとして最初からこうだったのでは? と思わせる落ち着いた配置だ。

 

 でもパジャマだけやけに目立つ位置に置かれている。駄目だよ。ちゃんと片付けなきゃ。整理整頓上手な雨雲姫ちゃんらしくないなぁ。俺はパジャマをクローゼットに放り込んだ。

 

 ちゃんと艦娘寮があるんだからパジャマが使われる事はない。雨雲姫ちゃんのうっかりだね。

 

 それにしても艦娘って結構な額が支給されてるよなぁ。

 

 このやけに大きなテレビなんて数十万はするんじゃなーい? システムキッチンってお高い気がするんだけどぉ。

 

 俺は提督だ。だから、武士は黙って爪楊枝。

 

 部下にお金の無心なんてあり得ない。悪いのは全て悪の巣窟、クソ大本営だ。

 

 なんか少し狭くなったなこの部屋。まぁ三畳分だけ確保出来れば俺的には問題ない。

 

 以前、雨雲姫ちゃんは俺の寝室に私物を置こうとしたけど、それだけは断固拒否した。あそこには女性に知られてはいけない宝物がある。例え雨雲姫ちゃんと言えども駄目なものは駄目だ。

 

 トントントンとリズミカルな音が聞こえる。

 

 雨雲姫ちゃんはまだ料理が上手くない。正直言うと下手だ。でも俺は全部が美味しく感じる。例え、口の中で何かがじゃりじゃりと音を立てても、血圧が上がりそうな程しょっぱくてもだ。

 

 艦娘の手料理最高! それだけで最高の調味料になる。

 

 それにだんだん上手になってるし、文句なんてあるはずがない。エプロンをした雨雲姫ちゃんが恥ずかしそうに出してくれる手料理。一〇〇万点満点!

 

 いつか御礼をしたいけど俺は悲しい程甲斐性がない。花束一つ用意できないのだ。俺が自由に出来るのは身一つしか無い。だから体を雨雲姫ちゃんに差し出すことだけしか出来ない。そんな事をしても雨雲姫ちゃんは嬉しくないに違いない。ごめんね、貧乏提督で。

 

 悪いのは全部クソ大本営のせいだ。何が期待してるだ馬鹿野郎。またクソ妖精共をけしかけてやるからな。眉毛洗って待ってろ!

 

 料理が出来上がって給湯室から出てきた雨雲姫ちゃんが料理を並べてくれる。今日は和食だ。

 

 料理は一人分だけだ。俺の、俺だけの、俺の為の、雨雲姫ちゃんの手料理!

 

 少しでも早く食べてもらいたいからって雨雲姫ちゃんは自分の分を作らない。本当は一緒に食べたいけど、今は雨雲姫ちゃんの気持ちが嬉しい。

 

「美味しそうだ! 頂きます!」

 

「……召し上がれぇ」

 

 雨雲姫ちゃんがやっぱり落ち込んでいる。このあと二人目の艦娘に会ってもらうんだけど大丈夫かな。

 

 ごりごりと白米を噛み砕いた。うん、今日は砕ける硬さだ。おいしいね!

 

 アサリの味噌汁は砂抜きしてないね。隠し味だね!

 

 おっと魚の内臓は生でも大丈夫かな? 勿論全部食べけるどね!

 

 おれは美味しい美味しいと全部平らげる。

 

 いつもは俺が美味しい美味しいと言う度にニコニコしてくれるのに、今日は表情が暗い。理由は分かってるんだ。

 

「ごちそうさま!」

 

「お粗末様……」

 

 食器を片付けようとする雨雲姫ちゃん。俺はその手を掴んだ。ちゃんとお話しないといけないと思ったからだ。

 

「雨雲姫ちゃん、聞いてくれる?」

 

「……うん」

 

 俺が何を話そうとしているのは分かっているはずだ。下を向いて顔を見せてくれない雨雲姫ちゃん。

 

「今日、二人目の艦娘の建造を明石さんにしてもらったんだ」

 

「……うん」

 

「で、今、執務室の扉の前に置いてあるんだ」

 

「……うん……うん?」

 

「ちょっと待ってて! 今取ってくるから!」

 

「……え?」

 

 俺は執務室を出た。そして置いてあったそれを手にした。

 

「見て雨雲姫ちゃん! これが俺の二人目の艦娘なんだ!」

 

 

 

 

 

 

「あれ? 成功? 失敗? 失敗なんてしたことないのに?」

 

 眩い光が収まってそこにあったのは、女性の形をしてなかった。それどころか人の形でもない。明石さんが何か言ってるけど俺の二人目の艦娘だ。大事にしないと。

 

 全体的に黒い。黄色い嘴みたいなのがついている。ぱっと見はペンギンだ。瞳から涙が出ていた。生まれて、産声代わりの涙だろうか?

 

「明石さん! この子!」

 

「なんでしょうね? 失敗なんてあり得ないのに?」

 

「つまり成功ってことですよね?」

 

「そうなるのかな? いやいやいや。でも失敗じゃないから成功? どうなんだろう?」

 

「失敗があり得ないなら成功ですよ。この艦娘なんて名前だろう?」

 

「艦娘? 艦娘なのかな? 触れてみれば分かるのでは?」

 

 首を捻りつつも明石さんは興味深々だ。

 

「触りますね。えい」

 

 電気ショックを警戒してぺちんと指先でふれたけどショックはなかった。

 

 ――廃 棄 物 B

 

 しかし別の意味でショックを受けた。廃棄物だと……

 

 元艦娘の廃棄物だとでもいうのか……だとすればこの子は艦娘だ。例え廃棄物だとしても元は艦娘なのだから。艦娘である以上俺は廃棄物の提督なのだ。

 

 建造前に吹雪さん達にどんな子でも大事にすると誓っている。これは俺にとって神聖な約束だ。違える事はあり得ない。

 

「……ペンギンです」

 

「え? ペンギン!?」

 

「この子は艦娘のペンギンです」

 

「いやぁ、提督の言葉でも艦娘に見えないんですけど?」

 

 俺はここでカードを切る。艦娘に対して卑劣な行為だ。しかし俺は廃棄物の提督なんだ。護らなきゃ! この廃棄物を!

 

「明石さん!」

 

「はい!?」

 

 大きな声に驚いた明石さん。申し訳ないと思うがこれも廃棄物の提督としてしなければいけない事なんだ。ごめんなさい明石さん!

 

「明石さんは一度雨雲姫ちゃんに対して名前を間違えるというミスをしていまいました」

 

「いやぁ、申し訳なく思ってますよ?」

 

「でも! またここで間違ってしまってもいいんでしょうか!!」

 

「どう言うことぉ!?」

 

「失敗はしてない! つまり成功です! イコールペンギンは艦娘であると断言出来ます」

 

「で、出来るのかな?」

 

「出来るのです!」

 

「はい!」

 

 強く押せば艦娘は提督に譲歩してくれる。ごめんなさい明石さん!

 

「明石さんが次にすることは名前を間違えることなく登録することです!」

 

「ペンギンを!?」

 

「そう! ペンギンを!」

 

「分かりました。納得しかねますが、提督がそこまでおっしゃるなら。それでペンギンの艦種は何ですか?」

 

「……ペンギン艦……新種の艦種です……」

 

「ペンギン艦ペンギン……」

 

「国籍はホニョペニョコでお願いします」

 

 俺は頭をぺこりと下げた。

 

「迷惑をかけたので協力しますけど、後で大本営に怒られますよ?」

 

 大本営何するものぞ。やれるものならやってみろ。全力でやり返してやる。

 

「明石さんには迷惑を掛けませんから」

 

「いやぁ、登録自体が……まぁいいでしょ。何か事情があるみたいですし」

 

「ありがとうございます」

 

 やっぱり艦娘は女神様だ。よかったな廃棄物B! これで廃棄されなくて済んだぞ!

 

「それじゃ、さくっと登録して、ささっと別の鎮守府に高飛びするので、騒動おこっても提督が処理してくださいね」

 

 明石さんはそういうと艦娘工廠から消えた。

 

 おれは廃棄物Bをゆっくりと胸に抱いた。

 

 暖かい。時々ピクリと動く。廃棄物B大事にするからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「という事があったんだ」

 

 俺は胸に抱いた廃棄物Bを雨雲姫ちゃんに見てもらう。雨雲姫ちゃんは廃棄物Bを受け入れてくれるだろうか? 優しい雨雲姫ちゃんだから大丈夫だとは思うんだけど、もし駄目だったとしても俺だけは廃棄物Bを大事にすると決めていた。

 

「暖かい……」

 

 雨雲姫ちゃんは廃棄物Bを胸に抱いて一言呟いた。

 

 そうだ廃棄物Bは生きているんだ。時々ピクリとしか動かなくても確かに生きているんだ。

 

「二人目の艦娘だけど、受け入れてくれるかな?」

 

「……うん」

 

 良かった! 書類上は艦娘だし雨雲姫ちゃんも艦娘として認めてくれた。

 

「妹になるのかなぁ」

 

 雨雲姫ちゃんが廃棄物Bの立ち位置に悩んでいる。俺も悩む。

 

「艦娘だけど見た目は艦娘じゃないから、新しい家族?」

 

 俺と雨雲姫ちゃんも家族みたいなもんだし。

 

「家族……」

 

「小さくて世話しないといけないから子供かな?」

 

「子供……」

 

「二人で世話するから二人の子供だね」

 

「!!」

 

 雨雲姫ちゃんは廃棄物Bをぎゅっと抱きしめた。やっぱり女の子だなぁ。母性本能が刺激されたんだろうか。艦娘に親っているのかな? 設計者が親になる? 家族に飢えているのかもしれないな。

 

 俺は雨雲姫ちゃんと廃棄物Bを微笑ましい気持ちで見ていた。

 

 問題はある。

 

 登録上はペンギン艦ペンギン。しかし正式な名(アイデンティティ)は廃棄物Bだ。名を取るか実をとるか。それが問題だった。

 

 そしてもう一つ重大な問題。これは喫緊だ。

 

 廃棄物Bは一体何を食べるのか?

 

 今日は雨雲姫ちゃんに泊まってもらって色々と相談しないとな。決めることは一杯ある。

 

 こうして俺の元に二人目の艦娘が来てくれた。

 

 これからもよろしくな! 廃棄物B!

 

 

 



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10 人はそれを愛と名付けた

「認められません」

 

 大本営の偉いさんだ。

 

 分かってるぜ。俺も少しは経験を積んでいる。勉強も通信教育とは別にちゃんとしてるんだ。これが交渉術の一つだって事は見破っている。

 

 俺の隣には廃棄物Bを抱いた雨雲姫ちゃんがいる。

 

 大本営が、来るなら雨雲姫ちゃんを同席して欲しいと言ってきたからだ。

 

 俺は既に譲歩している。さぁクソ大本営、お前はどう譲歩するんだ?

 

 最初に一発かまして俺からさらに譲歩を引き出すつもりだろう? 新米提督だって舐めてかかるとその(はらわた)を食い破ってやるぜ。

 

 俺たちは大本営のなんたらかんたらっていう艦娘の情報を管理する部署に呼ばれた。理由はペンギン艦ペンギンの登録に関してだ。

 

 流石明石さん。完璧な仕事だぜ。ちゃんと登録してくれた。

 

 大本営が気づいても、時既に遅しだ。事情を聞こうにも明石さんはとっくの昔に他の鎮守府に高飛びしている。大本営(てめぇら)はとっくに後手に回っているんだ。

 

 どうだ? 悔しいか? 負けっぱなしでいるほど俺は落ちぶれちゃいねぇんだよ。

 

「このペンギン艦ペンギン様の登録は抹消します。よろしいですね?」

 

 何だと! 廃棄物Bをこの世から消そうと言うのか!? 血も涙もねぇ連中だ。

 

「巫山戯るな! 俺の艦娘を何だと思ってやがる!」

 

「ペンギン様は艦娘と認められません」

 

 力を持てば正義だというつもりか? 権力を振りかざしやがって! 認めるも認めないも廃棄物Bは俺の艦娘なんだよ!

 

 雨雲姫ちゃんが腰を上げて口を開こうとした。俺は雨雲姫ちゃんの腕を掴んだ。ここは俺に任せてくれ。俺は廃棄物Bの提督なんだ。廃棄物Bを護るのは提督たる俺の役割だ。雨雲姫ちゃんは側で見守っていてくれ。

 

 気持ちは伝わった。雨雲姫ちゃんはこくんと頷いて腰を下ろした。静観の構えだ。

 

「理由を教えてくれ」

 

「過去に遡ってペンギンという名の艦船は存在しません」

 

「海外にもか?」

 

「はい。ホニョペニョコ王国が存在したとしてもです。付け加えるならペンギン艦という艦種も存在しません。千年遡っても存在ません」

 

 野郎、俺の手を読みやがった。この手はもう使えねぇか。だがな。

 

「くくくく」

 

「?」

 

「お前、何も分かっちゃいねぇよ。まるで話にならねぇ」

 

「浅学で申し訳ありません。そのお話、お聞かせ下さいますか?」

 

 かかった。前回は後方に全力で前進したが今回はそうは行かねぇ。

 

「よく聞け。お前は明石さんより艦娘について理解が深いのか?」

 

「いえ、断言はしかねます」

 

「そうだよな。艦娘を一番知るのは艦娘だ。人間がいくらあがこうが艦娘を完全に理解するのは不可能なんだよ」

 

「なるほど。その通りでしょう」

 

「だが人間でも艦娘を理解可能な存在がいる。それが俺たち提督だ」

 

「ご尤もな話です」

 

「俺は昨日、明石さん立会の下、二人目の艦娘を建造した。建造は大成功だ。お前には理解出来ないだろうが、俺たち提督と艦娘の間には決して切ることの出来ない絆ってものが有るんだよ」

 

「興味深い話です」

 

「俺たち提督は艦娘に触れる事で最初の絆が結ばれる。そして俺は新たな艦娘に触れて絆を確かめた。分かるか? 提督と艦娘にしか結ばれない絆を確かに感じたんだ!」

 

「絆……ですか」

 

「そうだ! 絆だ! そして俺は艦娘の名を知った。ペンギンだ。ペンギン艦ペンギン。それが俺の二人目の艦娘の名だ!」

 

「……」

 

「立ち会った明石さんも艦娘だと認めて即座に登録した。艦娘は艦娘を知るって事だ。これが全てだ。分かるな?」

 

「ですが過去に遡ってペンギンという名の艦船は存在しませんので認められません」

 

 頭かてぇぇぇぇぇなおいぃ!!!

 

 はい、分かりましたって言えよ!!! クソ大本営がぁぁぁ!!!

 

 偉いさんは小さくため息を吐いた。

 

「よろしいですか?」

 

 よろしいもクソもねぇよ。言いたいことあるならさっさと言えってんだ。

 

「正式に登録された艦娘には幾つかの条項が適用されます。例えば演習ですが、月に一定回数の参加が義務付けられています」

 

 初耳だ。だからそういう事ちゃんと教えろよクソ大本営が。そういう所が駄目なんだよ。

 

「私見ですが、ペンギン様は演習の参加に耐えうるとは思えません」

 

 そうだな。廃棄物Bは火力も装甲もゼロで紙以下のペラッペラだ。

 

「一定の訓練期間を経て、出撃に耐えうると認められた艦娘には演習同様に実力に応じた任務に一定数出撃してもらう規定もあります」

 

 だから後出しじゃんけん止めろって。なんで教えてくれねぇんだよ!

 

「ペンギン様に可能なのでしょうか?」

 

 偉いさんの眼鏡がキラリと光った。

 

「可能だ」

 

 廃棄物Bの可能性は無限大だ。今は出来ない。だが未来にも出来ないと誰が言えようか? 現在過去未来。全てを見通して、事象全てに断言出来る者がいるとすればそれは神だ。神しかいない。俺は廃棄物Bの可能性を信じている。

 

「では話を変えましょう。艦娘には維持費という名目で政府から給与が支給されているのはご存知でしょう。大本営からではなく政府からです」

 

 知ってるよ。お蔭で俺の執務室が劇的ビフォーアフターの真っ最中だ。

 

「これは任務の達成に関係なく一律に支給される基本給と、任務の貢献度に合わせた歩合給が艦娘に支給されています」

 

 つまり寝ていてもお金が入ってくる仕組みってやつだな。

 

 偉いさんはぐっと体を俺に寄せた。耳元で小さく囁いた。

 

「このままでは横領罪で政府に告発されてしまう可能性があります。そうなれば雨雲姫様とも引き離されるでしょう。我々は貴方に期待を寄せています。どうかお考え直し下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「国家権力には勝てなかったよ……」

 

 俺たちはあの後なんたらかんたらっていう部署から後方に全力で前進した。

 

 ただ時間の猶予は勝ち取った。その間になんとかする必要がある。

 

 大本営から維持費が支給されていれば何とかなる話だった。しかし維持費は政府から支払われている。

 

 政府の横槍を防ぎたい大本営と艦娘とのパイプを維持したい政府。提督の給料は大本営が、艦娘の維持費を政府が。せめぎ合いと妥協の結果らしい。

 

 例え艦娘との関係を作られても提督を押さえている時点で大本営は艦娘を間接的に動かす事が出来る。そういう事らしい。

 

「俺は金なんていらねぇのに……」

 

 むしろ所持金ゼロでよく生活できてるな。生命線は食堂と雨雲姫ちゃんの手料理だ。この兵站が切れた時点で水と玉露だけの生活になる。持って一ヶ月だ。

 

 維持費を受け取る受け取らないの話じゃなくてそういう風に仕組が出来上がっている。つまりこのまま意地を張ってると政府はいつでも俺を告発して身柄を確保出来るって事だ。雨雲姫ちゃんは俺を人質にされていいように使われるかもしれない。

 

 そこまでするかと思うかもしれないけど、個人と国家は別物だ。闇で何をされるか分からない。ぞっとする話だ。

 

 解決法はある。

 

 廃棄物Bが艦娘として活動出来れば全て解決だ。雨雲姫ちゃんがこのパターンだ。大淀さんがどんな手を使った分からないが、要は艦娘として活躍出来ればどうにかなる問題だった。

 

 もちろん俺は廃棄物Bの可能性を信じている。信じているが今日明日で雨雲姫ちゃん並に動けるとは流石に思えない。

 

 最低でも一年……いや五年……一〇年でなんとかなるといいなぁ……

 

「畜生……俺は廃棄物Bを艦娘として認めさせる事もできねぇのかよ……」

 

 俺は日和った。保身だ。政府に身柄を確保される事を恐れて、いや、雨雲姫ちゃんと引き離される事を恐れて廃棄物Bの未来を天秤にかけようとしている。

 

 なんてことだ。俺は吹雪さん達に誓ったのに。大事にするって誓ったのに。

 

 俺の誓いはその程度のものだったのかよ! 駄目だ! 考えろ! 考えることを止めた時点で俺は提督失格だ。

 

「廃棄物B……」

 

 廃棄物Bを胸に抱く雨雲姫ちゃん。廃棄物Bの未来を憂う表情と愛しそうに見つめる眼差し。

 

 俺は母親から早い段階で離れた。愛されなかった訳じゃない。どうしようもなかったんだ。雨雲姫ちゃんの表情はあの日、あの時の母親と同じだ。俺の未来を憂い、でもずっと愛していると言ってくれていたあの目だ。

 

 廃棄物Bを胸に抱く雨雲姫ちゃんは聖母像の様に背筋が凍る程美しかった。

 

 そうだ! 俺たちは提督と艦娘であると同時に家族であり親子なんだ!

 

 諦めてたまるか!

 

 俺のちっぽけなプライドなんてクソ食らえだ! 廃棄物Bの為なら俺はなんでもやってやる! 待ってろ廃棄物B!

 

「雨雲姫ちゃん! 先に戻ってて! 必ず! 必ずなんとかするから!」

 

 俺は制止する雨雲姫ちゃんの声を振り払って走った。一筋の可能性に賭けて!

 

 

 

 

 

 

 

 

 大本営のなんちゃらっていう部署。相当に偉い人がいる場所だ。そして俺に無駄な書類を押し付けた悪の巣窟。以前クソ妖精共が大暴れした場所だ。

 

「おっさん! いるか!?」

 

 クソ妖精共が暴れだした。雨雲姫ちゃんがここにいない以上、クソ妖精共(こいつら)を止められる者は誰もいない。俺にも出来ない。

 

 命令してもしなくても結果は同じだ。なんせここは俺への悪意が渦巻いている。

 

 俺が今からする事を雨雲姫ちゃんにだけは見て欲しくなかった。まだちっぽけなプライドがあるって言うのかよ。情けねぇ。

 

 飛び交う書類。何度も転倒する職員。ガタガタと動く机と椅子。明暗を繰り返す照明。がちゃんと割れる高そうな壺。いくらでも割ってくれ。そんな事今は気にしてる場合じゃない。

 

 志村の尻で指を重ねてぎゅるんぎゅるん高速回転するクソ妖精。今回ばかりは志村に出番はない。

 

「何事だ!」

 

 偉いさんが出てきた。

 

「おっさん!」

 

「またお前か!」

 

「おっさん! 頼むこの通りだ! 何でもする! 助けてくれ!」

 

 俺は頭を床に擦り付けて土下座した。人生で初めての土下座だ。作法なんてしらない。ただ首を落とされる覚悟だけはあった。

 

「ぬぅ、ここでは話も出来ん。来なさい」

 

 俺は立ち上がって、阿鼻叫喚の中偉いさんに続いた。

 

 応接室のソファー。俺は座ること無く、背筋を伸ばして床に正座した。

 

「何でもすると言ったな?」

 

「言った」

 

「そういう事は軽々しく言うものではない。お前自身の価値を軽くする。今後は控えろ」

 

 偉いさんは俺をじっと見た。俺の覚悟を見てるんだろうか? 存分に見てくれ。 望むなら裸になってもいい。

 

「話してもらおうか」

 

 かくかくしかじかうまうまですよ。何とかならないですかねぇ? 艦娘に迷惑をこれ以上かけられないし、もう頼れる人っていないんですよ。

 

 口下手な俺の要点を得ない説明を黙って聞いている偉いさん。

 

 これが俺の最後の手段だ。断られたらもうどうしようもない。後はやけになって、クソ妖精共を引き連れ、政府とやらにカチコミでもしてやろうか。

 

「ふむ。出来なくはない」

 

「出来るのか!?」

 

「最後まで聞け。要は艦娘だと認められればよいのだな?」

 

「その通りだ!」

 

 繰り返すが、艦娘は世間で絶大な人気を誇るが、驚くほど情報は公開されていない。吹雪さん達最初の五人以外では本当に僅かだ。大本営が出し渋りしていると思われている。大本営に人気がないのはこれが原因だ。

 

「政府の方針だ」

 

 おっさんは言う。

 

 大本営は提督を、政府は艦娘を。戦う機関ではない政府は大本営に委任し艦娘に深海棲艦と戦ってもらっている、という形をとっている。

 

 政府は旧大戦の反省を踏まえ、大本営の暴走を恐れて艦娘の所有権を法で縛った。艦娘は国家機密だ。艦娘をどんな手を使っても欲しがる国がいるからだ。安全保障の要、艦娘を手放すなどあり得ない。艦娘の情報が驚くほど公開されないのはこれが原因だ。

 

 政府からすれば大本営はだだの隠れ蓑だった。

 

 だが政府が法律で艦娘の所有を主張しようが艦娘には関係ない。政府の人間は艦娘を余りにも知らなさすぎた。提督を押さえている大本営が名を捨てて実をとった形だ。

 

「公式の艦娘は政府公認の艦娘だ。だがこれすら情報公開さていない。むしろ艦娘は大本営所属だと思われている」

 

 つまりどういう事だよ?

 

「大本営公認の非公式艦娘。情報公開のない内部的な処理だがな」

 

「それってもぐりの艦娘って事になるんじゃ?」

 

「大本営公認だ。どこに恥じる要素がある? 喜べ。二人目の艦娘は大本営公式第一号の艦娘だ」

 

 政府の紐がつかない艦娘。火力も装甲もペラッペラで戦力にもならない廃棄物Bだからこそ出来る裏技だ。

 

「維持費は出んぞ。そこまで甘えるな」

 

 いらねぇよ。最初から期待していない。

 

 大本営に所属する艦娘の規定はない。当たり前だ。今までいなかったんだから。政府の規定も適用されない。公式には存在しないからだ。演習も任務も参加する必要はない。これで廃棄物Bは安心して堂々と艦娘を名乗れる。大本営公認ですよってな。艦娘の皆さんには根回しをしとかないとな。

 

「情報管理部の方には私から話を通しておく」

 

 俺は頭を下げた。大本営はクソだがこのおっさんには頭が上がる気がしない。

 

 でも、頼んだのは俺だがなんでここまでしてくれるんだ? 訳のわからないままに提督になったド底辺の人間だぞ。

 

「お前には期待している。それだけだ」

 

 絶対に嘘だ! それだけは信じない!

 

 俺は立ち上がってもう一度深々と頭を下げた。

 

 さて帰るぞクソ妖精共。

 

 俺は阿鼻叫喚の中クソ妖精を引き連れてなんちゃらっていう部署を出た。

 

「言い忘れていたが」

 

 背中に届いた声に俺は振り返らずに答えた。

 

「分かってるよ。給料から差っ引いておいてくれ」

 

 向こう四ヶ月俺のタダ働きが決定した。安いもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、雨雲姫ちゃんと一緒に廃棄物Bをおっさんに紹介した。

 

 おっさんは

 

「ねぇ? マジ? これなの? これが艦娘? 大本営公式……これを?」

 

 と呟いていた。

 

 これとは失礼な。俺の二人目の艦娘だ。

 

 そういや廃棄物Bの事説明してなかったかも。終わりよければ綺麗にフィニッシュだ。

 

 



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11 技術革命

 書類を書き書き。あ、違った。これどうするんだっけ。消し消し。修正ペンはっと。おっとフォトフレームが倒れちゃた。

 

 俺はフォトフレームを立て直した。

 

 フォトフレームには廃棄物Bを胸に抱いて微笑む雨雲姫ちゃんが写っている。ピンク色のペンで漫画みたいに雲みたいな吹き出しがあって、廃棄物Bが

 

『パパ、頑張って』

 

 って言ってるみたいに書かれていた。

 

 雨雲姫ちゃんが用意したものだ。雨雲姫ちゃんは多才だなぁ。ほっこり。

 

 執務室の二七畳スペースだけじゃなく、死守しているつもりだった三畳の執務空間も徐々に侵食されている気がするが些細な事だ。

 

 廃棄物Bが来てから雨雲姫ちゃんの雰囲気がまた変わった。廃棄物Bが来て執務室に泊まって貰って色々と相談したあの日からだ。

 

 泊まったって言ってもえちえちはしてないよ! そんな事出来るはずない! 凄く可愛いパジャマに着替えて寝る気満々の雨雲姫ちゃんだったけど、相談する事は沢山あったからね。

 

 雨雲姫ちゃんは寝室で話をしようって強引に入ろうとしたけど、俺は火事場の馬鹿力を発揮して侵入を完璧に阻止した。だって寝室には女の人には見せられないお宝が埋蔵されているんだ。

 

 もし偶然何かの拍子に見つかってしまえば、本当は俺も(危険な狼)だったんだって雨雲姫ちゃんに意識されて微妙な空気になっちゃうかも知れない。そうなれば二人の関係はギクシャクする。提督としての威厳もだだ下がりだ。俺は男と提督の威厳を守りきった。

 

 雨雲姫ちゃん無防備過ぎるよ……吹雪さん達と同じで駆逐艦だから純粋過ぎて心配になる。俺以外の提督にほいほいついて行っちゃ駄目だからね。男はみんな狼なんだから。

 

 パジャマ姿が凄く可愛くて目を細めて話すとかしたくなかったから雨雲姫ちゃんには毛布をかけてあげて一杯お話した。

 

 教会がいいとか、指輪は無理をしなくてもいいとか、海の見える小さな家がいいとか、三人は欲しいとか。

 

 ははは。雨雲姫ちゃん、脱線してるよー。でもやっぱり女の子なんだね。俺はクソ妖精共がいるから結婚とか絶対に不可能だけど、雨雲姫ちゃんに将来の夢があって安心した。

 

 今度聞いてあげるから今は廃棄物Bの事を話そうね。

 

 廃棄物Bの食事は問題なかった。意外となんでも食べた。ごりごりと音を立てて雨雲姫ちゃんの炊いた白米を食べるのを見て、俺は心配するのを止めた。

 

 提督の仕事は書類との戦いだ。戦場で陣頭指揮は滅多にない。艦娘と深海棲艦の壮絶な戦いに人間なんてあっという間に木っ端微塵になるからだ。

 

 そして、じゃじゃーん!

 

 パソコンだ! プリンターもある!

 

 実は俺はパソコンは少し苦手だ。二本の人差し指でアルファベットを探しながらぽちぽちしか出来ない。

 

 多才な雨雲姫ちゃんは使えた。物凄い速度でキーボードがカタカタなっていた。教えて貰ったけど、偶然な事に耳に何度も雨雲姫ちゃんの熱い吐息がかかるから、今は独学で勉強中だ。

 

 最初にしたことは当然えちえちなサイトを見ることだ。でも繋がらなかった。俺はクソ大本営に抗議した。猛抗議だ! どういうことだごらぁ!

 

 仕様らしい。閉じたローカルネット環境だって説明された。日本語で説明しろ!

 

 なんでも艦娘を狙う海外からの攻撃が酷くて、最初から回線を物理的に遮断しているらしい。パソコンを使うモチベーションがだだ下がった。

 

 でも便利なんだこれ。今まで定規で線を引いてたりしたけど、データベースに繋げると申請書とかの書類のフォーマットが俺のパソコン届く。それを印刷したら効率がババンと上がった。

 

 やり方は雨雲姫ちゃんが教えてくれた。吐息が……はう。

 

 これもう紙いらないじゃん! 仕組みはわからないけどデジタルをあっちのパソコンからこっちのパソコンに届けるだけでいいじゃん! しこしこ書かなくてもよくなるじゃん!

 

 パソコン革命だ! 俺たちは革新的な技術を教えてやる為、クソ大本営のなんたらかんたらっていう艦娘の情報を管理する部署に突撃した。

 

 偉いさんが出てきた。

 

 とても貴重なご意見ありがとうございます。そうですね。この技術革新が進めば紙の消費は大幅に減少し木材等の国内の貴重な自然資源の保護に繋がるでしょう。提督の慧眼に感服致しました。ですが現在我が国は艦娘を狙う諸外国から執拗なサイバー攻撃を受けております。それは大本営と鎮守府も同様です。これを防ぐため大本営と鎮守府は独自のプロトコルでイントラネットをゼロから構築し物理的にインターネットから遮断しております。しかしながらご存知の通りIT技術は内部からの破壊工作に脆弱です。一元管理することで短時間に根こそぎ情報を奪われてしまう可能性が非常に高いのです。勿論様々な対策はしております。ですが何事にも完璧という言葉は存在致しません。情報漏えいを防ぐ為には少々手間はかかりますが運営にあたって紙ベースでの書類の決済が有意であると我々は判断致しました。提督様方にはご不便ご迷惑をお掛けしますが何卒ご理解賜りますよう宜しくお願い致します。

 

 俺たちはなんたらかんたらっていう部署から後方に全力で前進した。

 

 執務室に戻ってから偉いさんの古代魔法文字を雨雲姫ちゃんが解読してくれた。

 

 防諜の為なんだって。パソコンも独自仕様で鎮守府でしか使えない。

 

 このクソ大本営! って思わなくもないけど艦娘を護る為なら仕方ない。俺は日本を護るために提督になったのだ。よくわからないけど仕方ない。

 

 こうして俺は今日も書類を書き書き。パソコンをぽちぽち。まだまだ出来る事は限られているけど少しづつ増えてきている。

 

 提督になってから一ヶ月と少し、俺はこうして日々成長している。

 

 こう見えても色々と頑張っているんだぞ。

 

 







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12 今そこにある危機

「お願いします! 彼女たちを保護して下さい!」

 

 状況は切迫していた。非常事態だ。雨雲姫ちゃんと違って俺はまだまだ人脈を形成出来ていない。恥ずかしい事に頼れる人間が非常に少なかった。俺の評判が最悪過ぎて入り口から躓く事が多過ぎたからだ。

 

 艦娘は提督である俺には無条件で好意的に接してくれるが今回ばかりは頼る訳にはいかなかった。頼れるはずがないだろうが! 馬鹿野郎!

 

 正直言って俺がまともに話が出来るのが、大本営のなんたらかんたらっていう艦娘の情報を管理する部署の偉いさんと、なんちゃらっていう大本営でも相当に偉い部署にいる偉いさんだけだ。

 

 二人ともクソ大本営の人間だって言うのが情けない。だがこの二人には頼れない。これ以上弱みを見せる訳にはいかないからだ。

 

 雨雲姫ちゃんは天龍さんのお陰もあって艦娘達と馴染んでいる。俺も混じって話をしたかったが、艦娘同士の大事な話だって、きゃっきゃうふふと楽しそうに話している姿を見ればとても参加出来ない。色々と相談に乗ってもらってもいるらしい。良かったな雨雲姫ちゃん。

 

 脱線した。

 

 状況は切迫していた。時間の猶予はなかった。偉いさんは頼れない。艦娘にも頼れない。だがこの危機は必ず切り抜けなければならない。必ずだ!

 

 俺には力がない。誰よりも俺が一番分かっている。力がない以上誰かの力を借りるしか無い。でも……誰を頼ればいいんだ……クソ!

 

 きゅぴーん!

 

 俺は閃いた。いるじゃないか! 会ったことは無い。無いけど頼れると確信出来る人が!

 

「お願いします! 彼女たちを保護して下さい!」

 

 俺は執務室の扉を開いて開口一番、助けてくれと叫んだ。

 

 その人は提督だ。軽巡洋艦の大淀さんという素晴らしい女神様を指揮する、偉人クラスの人格者に違いないベテラン提督だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の始まりはぽかぽかと温かい穏やかなある日の事だった。

 

 俺は大本営に呼ばれてネチネチとお小言を受けた。カエルのケツに爆竹、馬の耳に涅槃仏だ。俺は右に左に受け流してさっさと執務室に戻った。

 

「ただいまー」

 

 と挨拶をしたが、雨雲姫ちゃんは初任務の予備ブリーフィング中だ。挨拶はもう癖になりつつあった。

 

 しかし執務室の中に誰かいた。二人だ。

 

 すわ鎮守府で泥棒か! 不届き千万! 叩きのめしてやる! と息巻いたが、一人は雨雲姫ちゃんだった。もう一人は初めて見る子だ。

 

 見た目は幼い。雨雲姫ちゃんより幼く見えた。頭の両側に耳みたいな艤装がついていた。艦娘だ。多分駆逐艦だ。スカートのないワンピースのセーラー服タイプの白い装甲艤装は薄いのか光の加減で白い下着が透けて見える。装甲艤装の裾、ちょっと短い? 短くない?

 

 目立つのは紐で肩からぶら下がっている双眼鏡だ。艤装なのか?

 

「あっ」

 

 雨雲姫ちゃんが俺に気がついた。いつもは直に気づいてくれるのに。

 

 初めて見る白い艦娘が俺の寝室の前でカチャカチャボタンを押していた。

 

 寝室に取り付けた一二桁のボタン式の暗証番号ロックだ。白い艤装の少女は適当な感じでカチャカチャ押しているように見える。

 

 これは俺が大本営に掛け合って給料を前借りしてつけたものだ。なんちゃらっていう大本営でも相当に偉い部署の偉いさんに土下座した結果だ。

 

「このままだと俺と雨雲姫ちゃんの関係が破綻してしまう! いいのか!? 貴重な提督と艦娘を失う事になるんだぞ!」

 

 俺の熱意は通った。決して恐喝ではない。俺の溢れんばかりのパッションに感動してくれたに違いない。

 

 前借りした給料を全てぶっ込んで寝室に暗証番号で開錠する鍵を取り付けたのだ。お蔭で向こう六ヶ月俺はただ働きだ。今回もクソ妖精共はよく暴れた。

 

 俺は、『何してるんだ!?』と慌てた。慌てたが冷静に考えれば開くはずがない。一二桁の組み合わせは広大に広がる宇宙に等しく無限大と言ってもいい。開くはずがない。

 

 ピー カチャ

 

 簡単に開錠された。

 

 雨雲姫ちゃんは扉と白い艦娘の間に体を割り込ませて扉をささっと開くと躊躇なく寝室に突入した。

 

 俺はこの時、人類の限界を超えたと確信できる。スポーツの世界大会に出場すれば全ての世界記録を塗り替えただろう。人間の可能性は無限大だからだ。

 

 風となった俺は雨雲姫ちゃんの後を追いかけた。

 

 雨雲姫ちゃんの意図は分からない。多分興味本意だろう。

 

 友人の部屋に遊びに行って部屋を物色する。俺には経験が無いことだが、風の噂で聞いたことはある。なんてことだ。寝室(ここ)はこの瞬間から戦場となった。男の尊厳を護らなくてはならない戦場と化した。言葉は既に意味を持たなかった。

 

 何度も言うが寝室には女の人には見せられないお宝が埋蔵されている。埋蔵本がざっくざくだ。俺にとっては二十兆円を超えるとさえ言われている徳川埋蔵金にも匹敵するお宝だ。

 

 はっ!

 

 聞いた事がある。俺には妹はいない。だが都市伝説では世間の妹は兄とこんな会話をするらしい。

 

『こんなえちえちな本を隠し持っているなんて! もう! お兄ちゃんフケツ! プンプン』

 

『男は誰だって持っているんだ。しょうがないことなんだ。お前の彼氏だって持ってるんだからな』

 

『馬鹿ぁ! 彼氏なんていないよ! だって私は……って違うよ! こんなえちえちな本なんて全部捨てちゃうんだからね!』

 

『うわぁぁぁなんてことだぁぁ! でも可愛い妹には逆らえないよ。トホホ』

 

 何という鬼の如き所業! 妹がいなくて本当によかった。

 

 雨雲姫ちゃんは妹ではない。だが俺の中では家族に等しい存在だ。そして容姿は別にして見た目の年齢だけは兄妹でも通じる。

 

 つまり『トホホ』にされてもおかしくない。

 

 駄目だ雨雲姫ちゃん! 俺はお宝のお陰で俺でいることが出来るんだ。 お宝がないと俺は俺じゃなくなるんだ! 俺の中の無駄に元気過ぎる野獣が、『やぁ、元気? 俺? 超元気!!』って暴れだしちゃうんだ!

 

 だってここは鎮守府だ。肌露出の多い艦娘が沢山いるんだ。お宝がないと俺は演習で雨雲姫ちゃんを応援することも出来なくなっちゃう! 執務室で雨雲姫ちゃんと二人っきりになる事も出来なうなっちゃうんだ!

 

 やらせはせんぞ! やらせはせんぞ! やらせはせんぞ!

 

 俺たちの静かで熱い戦い始まった。

 

 雨雲姫ちゃんが目星をつけたお宝ポイントに向かう。俺は体を割り込ませた。お互いににこやかな笑顔だ。

 

 残念だったな。そこは外れだ。しかしこれは心理戦でもある。本命を悟らせてはいけないのだ。

 

 力では敵わない。雨雲姫ちゃんも俺を傷つけるなんて絶対にしない。ギリギリの均衡は張りつめた細い糸の様な緊張感を孕んでいた。

 

 糸はぷつんと切れた。

 

 体を翻した雨雲姫ちゃんが別の探索ポイントに向かう。

 

 とう!

 

 俺は飛んだ。くるくると中空で回転し雨雲姫ちゃんの前で仁王立ち。

 

 残念だったな! そこも外れだ!

 

 じりじりと足の裏を床に滑らせる俺たち。汗が額を伝っても拭う事もできない。拭った瞬間に出来る隙は致命傷となるだろう。

 

 仕掛けるか……

 

 俺は賭けに出た。人生一番の大博打だ。失敗すれば敗北は確定だ。だがこの体力勝負は人間の俺には圧倒的に不利なのだ。

 

 人間の視線は、目で物を言うという言葉がある通り、おしゃべりだ。

 

 過去を振り返る時、人は左を、未来に思いを馳せる時には右を。嘘を付くときは右上を見るそうだ。

 

 そして、隠したい物の在り処を見てしまう事もあるかもなぁ! なぁ雨雲姫ちゃん!!

 

 俺は寝室にある据え置きの事務机の引き出しの裏の隠し板の裏に視線を投げた。

 

 雨雲姫ちゃんが高速サイドステップを繰り返し俺を撹乱しようとした。

 

 早すぎて見えねぇ……失敗したか?

 

 雨雲姫ちゃんは残像を残して俺を振り切ると据え置きの事務机に向かった。

 

 かかった!!

 

 そこにあるのはビー玉だ! カチカチいい音が鳴るんだぜ!

 

 俺は素早くベッドの下に安易に置かれたお宝を抱えると寝室を飛び出した。

 

 甘いぜ雨雲姫ちゃん! 日常品は手の届く場所に置くもんだ。毎日お世話になってるんだからな!

 

 すれ違い様、白い艦娘に

 

「なんかすいません……」

 

 と謝られたが白い艦娘は何も悪くない。悪いのは野獣を御しきれない俺の心の弱さだ。どうか謝らないで欲しい。

 

 心理戦を制した俺は寝室を執務室を第二提督庁舎を風になって駆け抜けた。

 

 油断は出来ない。背後から何者かの気配をひしひしと感じるからだ。

 

 お宝は絶対に死守しなければいけない。現在俺は向こう六ヶ月タダ働きだ。失ってしまえば半年間補給は出来ないのだから! 兵站管理は提督の基本だ。物資の枯渇は提督としてあってはならいのだよ!

 

 お宝を……彼女達を、彼女たちの眩しい姿を失う訳にはいかない。安全な場所に保護しなければならない。

 

 俺はすがる気持ちで大淀さんの提督の執務室に走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は執務室に飛び込むと大急ぎで内側から鍵をかけた。これで少しは時間を稼げる。

 

 大淀さんの提督はお釈迦様だった。

 

 涅槃仏みたいにソファーで肘を立てて、頭を載せて寝ていた。

 

 さすが偉人クラスだ。悟りを開いてやがる。

 

「お? 何だ何だ?」

 

 俺の救いを求める声に驚いた大淀提督が起き上がった。

 

 痩せぎすの痩身。無精髭。目の下には隈が出来ていた。でも眼光は剃刀みたいに鋭くて、でも不思議に安心感を与える柔和なアラサーハンサム顔だ。

 

 大淀提督はふぁーとあくびをして俺を見た。

 

 大淀提督はベテランだ。寝る時間も惜しんで執務をしているのかもしれない。きっと仮眠をしていたんだ。

 

 三〇畳の執務室は俺の執務室より物が多い。多いけど隅々まで清掃が行き渡って整理整頓がされている。初めて来た俺でも居心地が良いと感じた。

 

 男っぽさはなく全体的に女性の手が入っていると感じられるインテリアだ。大淀さんの趣味だろうか。

 

「お。お前知ってるぜ。あちこちで暴れまわってるそうじゃないか」

 

 悪事千里中央をつっ走るだ。俺の悪評はどこに行っても付きまとう。

 

「大本営相手に凄ぇなって話してたんだよ。期待の大物新人だってな。普通はビビって出来ぇぜ」

 

 いや、俺じゃなく俺に憑いているクソ妖精共が全部したんです。

 

「お前の妖精さんだろ? ならお前がしたんじゃねぇか」

 

 やっぱりそんな認識になるよな。言い訳はしても無駄だ。

 

「そんな事より! 彼女たちを助けて欲しいんです!」

 

 俺は懐からお宝を取り出した。

 

「彼女たち? 誰もいねぇぞ? どこだ?」

 

 いるじゃないか目の前に! こんなにいっぱいなおっぱいの彼女達が見えないのか!

 

 大淀提督は俺が手にするお宝にようやく気がついた。そしてぶはははと笑った。

 

「それかぁ。懐かしいな。昔は俺も世話になったな」

 

 大淀提督は過ぎ去った遠い昔を懐かしむ目をしていた。

 

 え? 今はもう見てないって事? 悟りを開くと必要なくなるって事!?

 

「今の俺には必要なくなったものだな」

 

 なんでだよ! これ(お宝)は俺たち男の性書(バイブル)じゃないか! もっと熱くなれよ! これなんて凄いんだぞ! 初めてのお宝なのに今でも実用性があるんだぞ!

 

「すまんすまん。でもな一度最高を知ってしまうとな、もうこんなんじゃ反応しなくなっちまったんだ」

 

 何だよ! もっと凄いお宝持ってるって自慢したいのかよ! 今度貸してくださいお願いします!

 

「大淀がお前の事楽しそうに言ってたのが分かるわ。俺も凄ぇ懐かしくなってきた」

 

 何自分語りしてるのさ! そんな事より保護頼みますってば! もう本当に時間が無いんだってば!

 

「結論から言うと無理だ。ここに隠しても大淀にすぐバレる。そうなると『あら、まだまだ余裕がおありだったんですね』って俺が酷いことになっちまう。な? お前も、提督なら分かるだろ?」

 

 分かんねぇよ! その濁したような会話は止めてくれ。俺は腹芸が苦手なんだ!

 

 カチャカチャ

 

「ひぃ!!」

 

 ドアノブが動いた。

 

 大丈夫だ。鍵は掛かっている。雨雲姫ちゃんと言えど破壊してまで入って来ないはずだ。俺は窓から逃げようとした。駄目だ、ここは四階だ。足を掛ける場所もない。アイキャンフライで病院直行だ。

 

 考えろ。今まで窮地は何度もしのいで来た。俺はやれる。まだまだやれるんだ。

 

 カチッ

 

 鍵が開いた。なんでだよ! 雨雲姫ちゃんが鍵を持っているはずがない!

 

 つまり真実は一つだ。

 

 滑らかに開いた扉。

 

 大淀さんと雨雲姫ちゃんが二人並んでいた。

 

 唯一の逃げ道の扉は艦娘二人という完全無欠の鉄壁ガードだ。本気の金剛さんと足柄さんのタッグじゃなきゃ突破出来ない。

 

 終わった。

 

 気がついた時には俺は膝から崩れ落ちていた。ぺたんと腰が落ちてアヒル座りになった事から俺の心情がどれほどのものだったか察してもらえると思う。

 

 とても素敵で誰もが見惚れるだろう笑顔の雨雲姫ちゃんが一歩二歩三歩と近づいて右の掌を伸ばした。

 

 俺はニコッと笑って伸ばされた掌を握って握手した。

 

 その手をパチンと優しく叩かれた。

 

 俺の最後のあがきは終了した。

 

 お宝を全て雨雲姫ちゃんに差し出した。

 

 さらば我が性春の日々よ。君たちの事は忘れないよ。

 

 大淀さん、そんな瞳で俺を見ないで。そんな聖母みたいな優しい瞳で汚れた俺を見ないでぇぇ。大淀さんに全部知られてしまった。もう二度と顔を合わせられない。

 

「重要な資料ですから、傾向と対策はしっかりとね」

 

 大淀さんが何か言ってるが、ショックでおいおいと泣いていた俺は何も聞こえなかった。マジ泣きだ。本気で泣くのはいつ振りだろう。親と離れた時も泣かなかったのに。

 

「えちえちな本はもう必要ないからぁ」

 

 雨雲姫ちゃんが慰めてくれる。でも原因は君なんだからね。

 

 こうして俺と雨雲姫ちゃんとの静かで熱い攻防は俺の完全敗北Eで終わった。

 

 トホホ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と思ったか?

 

 残念でした! 奥の手は残してあったんだよ。

 

 今日も雨雲姫ちゃんは俺とお話しようと寝室に侵入しようとしたけど俺は完全ガードに成功している。

 

 話をしている内にうとうとする事があるかもしれない。そうなったら艦娘寮まで距離があるから運ぶの大変だしね。

 

 雨雲姫ちゃんは艦娘寮があるでしょ! 俺の寝室に入るなんてとんでもない事だよ。

 

 だって。だって。

 

 まだお宝は一冊残っているんだから。

 

 これが俺の最後の奥の手だ。しかもまだ未使用。こんな事もあろうかとお宝の数々とは別に隠し持っていたんだ。

 

 俺はぺらりぺらりとページを捲る。

 

 駄目だ。これ以上捲ってはいけない。この一冊で半年間は戦わないといけないんだ。無駄に捲ってはいけない。兵站管理は提督の基本だ。新鮮さはとても大事なんだから。

 

 艦娘って女神様だけど、綺麗過ぎるのは問題だと思わない?

 

 あ。

 

 あの白い艦娘についてはその内語る事もあると思う。

 

 とても素敵な艦娘なんだ。それじゃ忙しいから今日はこの辺で。

 

 



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13 死の予感

 陽炎型八番艦 駆逐艦雪風さん。

 

 以前、夕張さんが話題にしていた幸運艦の駆逐艦だ。

 

 旧大戦では主要な海戦の殆どに参加して無傷、または小破しかしていない。魚雷や機雷、ロケット弾の直撃を受けても不発で、当時の人も雪風ならばと神話みたいな信頼を寄せていたそうだ。

 

 戦場を縦横無尽に駆け抜け、終戦まで生き延びてくれた。戦後は復員船として活躍して多くの日本人を日本に復帰させてくれたんだ。

 

 その後は賠償艦として現在の台湾に引き渡されて、名前を丹陽(タンヤン)と変えて、最後の最後まで任を全うして最期は解体処分された。

 

 心無い人は彼女を死神って揶揄する。他の艦の運を吸い取って自分だけ生き延びた死神って。でもそれは間違いだ。

 

 俺は旧大戦の戦史を研究した。同じ海戦でも遠く離れた空母が沈んだのが彼女の責任になるのか? 大阪にいるのに東京で交通事故にあった人の責任を取れと言われて、はいわかりました、なんて言えるのか?

 

 彼女を死神だって言う奴は馬鹿だ。大馬鹿だ。自分が無知であることを知らない本物の愚か者だ。

 

 オカルトみたいに思う人がいるかもしれない。でも駆逐艦雪風の搭乗員は雪風さんを信じて練度を上げて、駆逐艦雪風と一緒に戦っていたんだ。

 

 人の思いは信じられない力になる。奇跡の駆逐艦って言われるけど雪風さんが最後まで戦い抜いたのは奇跡なんかじゃない。必然だ。生き残るべきして生還したんだ。

 

 でも俺が勝手にそう思うだけで雪風さんの思いは別のはずだ。

 

 大好きで仲の良かった姉妹は雪風さんを除いて全員沈んだ。仲間も無謀な作戦で次々と姿を消していった。

 

 幸運艦と呼ばれる一方、死神と揶揄され、消えていく仲間を見送る日々。雪風さんには欠片も責任なんてないのに。

 

 寂しかったに違いない。無力を感じて悔しがったかも。悲しくて泣いていたかもしれない。

 

 無力な俺は当時の雪風さんを心情を想像するだけで心が締め付けられる。

 

 でも雪風さんは寂しいも悔しいも悲しいも一言も言わない。全部受け止めて、その上で自分より他の人を思いやれる、そんな優しい艦娘だ。

 

 見た目や言動は小さくて幼く見えるかもしれない。でも中身は大きくて慈愛に満ち溢れている

 

 ちっぽけな俺が雪風さんを思いやる事自体が不遜だったんだ。

 

 陽炎型八番艦。

 

 奇跡なんかじゃない本物の誇り高き艦娘。それが雪風さんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「先日はごめんなさいでした」

 

 雪風さんが俺に頭を下げた。とんでもない! 艦娘に頭を下げられるなんてあってはいけないことだ。悪いのは俺なんだ。俺の心が弱いから起こった事だ。雪風さんは何も悪くない。

 

 俺はあたふたとしながら色々言ったと思うけど何を言ったか覚えていない。それくらい動揺していた。

 

 『呉の雪風、佐世保の時雨』

 

 夕張さんが話していた艦娘を代表する幸運艦の一人だ。

 

 二人は補給で我が鎮守府に寄港していた。寄港は休憩も含まれる。体力豊富な艦娘でも心の休憩は必要だ。寧ろ休憩は心を重点に行われる。深海棲艦との戦いは心をこそ削られる。戦艦でも駆逐艦でも変わらない。歴戦の艦娘でも心が疲れていれば、ちょっとした油断で沈んでしまうかもしれないからだ。

 

 特に艦娘は自らの提督と離れている時間が長ければ長いほど心が疲れやすくなる。艦娘に提督が必要な理由の一つでもある。

 

 俺は今の所雨雲姫ちゃんと毎日顔を合わせているから問題ないけど、任務が始まると離れる期間も増える。いかに艦娘をフォローするかってのも提督の腕の見せどころだ。

 

 あの日、雨雲姫ちゃんは初めての任務の為、予備ブリーフィングに参加していた。

 

 予備ブリーフィングとは要するに勉強会だ。どんな任務なのか。何故必要なのか。どんな行動をとればいいのか。もし一人になった時どんな行動を取ればいいのか。

 

 経験豊富な艦娘から体験談を聞きながら、任務の概要を学ぶ勉強会だ。当然本番のブリーフィングとは違う、艦娘らしく和気あいあいとしたお茶会みたいなものだ。

 

 気楽だなとか考えてはいけない。深海棲艦と戦わないオフの期間こそ艦娘らしく過ごしてもらって鋭気を少しでも養ってもらわないといけないからだ。

 

 夕張さんに話を聞いた雪風さんは、早速雨雲姫ちゃんに会いに予備ブリーフィングに顔を出してくれた。

 

 そして意気投合した二人。お互いに色んな話をしたらしい。もしかしたらお互いの提督の話をしたのかもしれない。止めてくれ雨雲姫ちゃん。俺は自分の未熟っぷりに思い当たる節が有りすぎる。

 

 予備ブリーフィングは早めに切り上げられた。雨雲姫ちゃんが予想以上に優秀だったみたいだ。

 

 そして意気投合した二人は俺の執務室にやってきた。雨雲姫ちゃんが俺の駄目駄目な所を話したのかもしれない。それはないか。雨雲姫ちゃんは俺がいくら駄目駄目でもそんな事を人に言う子じゃない。

 

 ものの弾みだったんだろう。結果何かがどうかなって、雪風さんが寝室のロックを外してしまった。

 

 さすが幸運艦だ。いい加減に押して外れるロックじゃないのにな。

 

 済んだ事だ。雪風さんも悪気があった訳じゃない。凄く申し訳なさそうにしてたし。

 

 俺は艦娘を許すとか許さないとか偉い人間じゃない。

 

 何をされようが艦娘を肯定するだけだ。だって女神様だし。

 

 俺たちは改めて挨拶をしようと喫茶店でお話をしていた。

 

 俺と雨雲姫ちゃんと雪風さんの三人だ。時雨さんも誘おうとしたけど少し忙しくてタイミングが合わなくて会えなかった。後日改めて誘おうと思う。経験豊富な話を雨雲姫ちゃんにしてもらいたいからね。

 

 雨雲姫ちゃんは紅茶とケーキを三つ、雪風さんはオレンジジュースと沢山のケーキだ。カロリー気にしなくていいって流石艦娘だ。

 

 俺は水だけをオーダーした。水は無料でしかもおかわり自由なんだぜぃ。雪風さん、不思議そうな顔で見ないで。武士は黙って爪楊枝だ。

 

 雨雲姫ちゃんは俺の事情を全て知ってくれているから、艦娘に集るクズ提督って言われないように配慮してくれる。支払いを艦娘にさせるヒモ提督なんていないのだ。支払の時、俺が少し気まずくなれば済む話だ。

 

 支払いは提督がするものだ? そうだな。俺もババーンと男らしく『支払いは俺に任せて(キラーン』ってしたいよ。でもね、カロリーを気にしない艦娘は総じて大食い(高燃費)だ。食い意地が張ってるって事じゃない。

 

 艤装を展開して戦うってのはそれくらいエネルギーが必要なんだ。

 

 燃料弾薬ボーキは艤装が消費する。艦娘のエネルギーは食事だ。それ以外もあるって大淀さんは言うけど、黙って微笑むだけで教えてくれないんだ。大事な事だと思うのに。

 

 艦娘の大きな胸は燃料タンクって揶揄する人がいるけど、とんでもない話だ。艦娘の胸に燃料なんて一滴も入ってない。艦娘の胸には夢とロマンが一杯詰まっている。

 

 あと、笑い話があって実話なんだけど、昔、政府の偉いさんが艦娘を集めて機嫌取りで宴会を開いた事があったんだって。

 

 で、その偉いさんが調子こいて言っちゃった。

 

『全て私の奢りだ! 遠慮無用だ! どんどん食べてくれ! 無礼講だ!』

 

 って。

 

 一緒にいた提督達の目が光って意識は一瞬で統一。その意図は艦娘に伝わって、最初のお店だけじゃ足りなくて飛蝗みたいに食い尽くしては朝までお店をいくつもはしごしたらしい。

 

 政府は艦娘を知らないって有名な話だ。

 

 だから提督と艦娘の財布は別なんだ。提督が『支払いは俺が』なんて言わないのは暗黙の了解になっている。

 

 でも大淀さんと大淀さんの提督が一緒に食事しているのを見たことがあるけど、大淀さんが支払っていた。あれは財布を大淀さんに預けていたに違いない。ベテラン提督なんだ。俺よりババンと給料は多いはず。ヒモ提督なんて考えられないしな。

 

 鎮守府の喫茶店のケーキって凄く美味しいそうだ。料理上手な間宮さんと伊良湖さんが作っているんだって。

 

 六ヶ月後には俺も食べられるはず。絶対! 大丈夫!

 

 俺たちは雪風さんに一杯話をしてもらった。

 

 雪風さんは艦時代も今も幸運艦って呼ばれている。雪風さんが言うには鍵が開いたのは本当に偶然だそうだ。そんな便利な幸運なんてないんだって。

 

 じゃ、なんで今も幸運艦って呼ばれてるのか?

 

 今まで殆ど被弾した事がないそうだ。それって弾の方から避けてるの? って安易に考えちゃいけない話だった。そんなオカルトなんてない。

 

 雪風さんはベテランの艦娘だ。二〇年以上深海棲艦と戦っている。

 

 戦場を冷静に俯瞰して、味方の配置、敵の配置、あの攻撃ならどれくらいのダメージだとか、射線が出来たから攻撃が来るとか頭の中で全部見えるそうだ。

 

 だから深海棲艦が攻撃しようとした時にはその場所にいないし、撃たれてもひょいって避けちゃう。稀に被弾する時はあるけど、それは仲間の被弾を庇う時。

 

 全部実戦経験と訓練で培ったものだ。だから

 

「だから演習はとても大事です! ケーキ美味しいです! お代わり下さい!」

 

 って口の周りにクリームをつけながら訓練の大事さを教えてくれる。

 

 強そうに見えないのにとても強い。艦娘って全員そんなギャップがある。見た目は全然関係ない。雨雲姫ちゃんもそうだしな。

 

 飛び抜けて強い艦娘は何人かいるけど、雪風さんもその別格の一人だ。雪風さんなら、って艦娘の信頼も篤い。

 

 雪風さんが幸運艦って呼ばれる意味合いは昔と今は全然違う。

 

 昔は乗組員の想いが重なって。今は弛まぬ訓練の賜物だ。でも周りに頼られるのは今も昔も同じだ。

 

 駆逐艦雪風。奇跡なんかじゃない、本物の幸運艦だ。

 

 美味しそうにケーキを食べる雪風さんは楽しげで明るくて屈託なくて、でも何気ない一言が心にぐっと響いて、やっぱり艦娘って女神様だと思った。

 

 雨雲姫ちゃんが

 

「わたしに出来るかなぁ……」

 

 って不安がっても、雪風さんが

 

「絶対、大丈夫! お代わり下さい!」

 

 って言ってくれただけで不安な顔が晴れた。提督の俺も、絶対、大丈夫! って思えたんだから。

 

「ところで、提督はケーキを食べないのですか?」

 

 食べないのではなく食べられないのです。主に給料的な意味で。

 

「えっと、先祖代々の言い伝えでケーキを食べちゃいけないって言われてて……」

 

 言い訳がとっさに出た。完璧だ。

 

「そうですか! きっと迷信です! 雪風のケーキを一つ上げます!」

 

 駄目だ雪風さん。それをすると俺はヒモ提督への道をまっしぐらだ。

 

 一回だけだから絶対! 大丈夫! って話じゃない。

 

 一度あることは二度あるんだ。次は三度目の正直だ。そして四の五の言うなになって、最終的には一〇月一〇日だ。

 

 人間は慣れる生き物だ。知らない内に艦娘に頼るのが当たり前になっちゃうんだ。

 

『これだけしかないのかよ!』

 

『それだけはぁ! それだけはぁ! それは廃棄物Bのおむつ代なのぉ!』

 

『四の五のうるせぇ! お前の(維持費)は俺の物、俺の物は俺の物だ!』

 

『きゃぁぁ!! うぅぅ……お腹はだめぇ……』

 

『ケーキ代のつけが溜まってるんだよ! 利子だけでも払わねぇと間宮のケーキが食えなくなるんだ!』

 

『酷いぃ……あの時ケーキを食べてさえいなければぁ……』

 

『クソ! ケーキが切れて来やがった。雨雲姫ちゃん(お前)はさっさと維持費を前借りしとけ』

 

『うぅぅ……廃棄物Bちゃん……およよぉ』

 

 駄目だ。未来が見えすぎて怖い。ごめんよ廃棄物B。こんなふがいない提督で。涙が出そうだ。

 

「でも本当に駄目なんだ。医者にケーキを食べたら死ぬ病って言われてるから」

 

「そうなんですか? でも大丈夫! 雪風が保証します!」

 

 雪風さんに大丈夫だと保証されるとケーキを食べたら死ぬ病が完治しそうだ。

 

「あっ! そうだ! 一口だけなら絶対、大丈夫です! 雪風があーんしてあげます! あ、雪風はケーキを全部食べてしまったのでした! でも雨雲姫さんのケーキがあるから雨雲姫さんがあーんしたらいいです! 雨雲姫さんあーんしてあげてください!」

 

 雪風さんは最後に残っていたケーキを手づかみで急いでパクパクと食べた。

 

 はっと横を見ると手を添えてフォークにケーキを一口分載せた雨雲姫ちゃんがスタンバっていた。

 

 なんだこの流れるような急展開は。打ち切り前の漫画のような忙しさだ。まるで事前に打ち合わせしていたかのようじゃないか。そんなはずはない。俺は雪風さんと会うまで雨雲姫ちゃんとずっと一緒にいた。相談する時間なんてなかったはずだ。

 

 これは偶然に違いない。絵に書いたような偶然だ。

 

 白い肌の雨雲姫ちゃんの顔が真っ赤だ。瞳を、ぎゅって閉じて小さな可愛い唇がぷるぷる震えている。

 

 恥ずかしいならしなくていいじゃん! 意識しちゃうじゃん!

 

 雪風さん! あからさまに掌で顔を隠さないで! 私は見てませんよってアピールですか!? 指が開いてますよ! 余計に意識しちゃうじゃん!

 

 何故か店内がしーんと静かになっている。背中にも視線をいくつも感じた。

 

 店内には艦娘しかいない。そりゃそうだ。艦娘が主力の鎮守府だし、この喫茶店は艦娘の為にある店だ。艦娘しかいない。

 

 早くあーんしろよって無言の圧力すら感じる。

 

 人間は俺一人だ。つまりこの無言の圧力は艦娘の圧力なのか? そうなのか?

 

 俺は提督だ。艦娘との絆のせいか雨雲姫ちゃんと以心伝心と思えるくらい気持ちが通じる時がある。初めて感じたのは演習の時だ。

 

 でも他の艦娘の気持ちが伝わった事などこれまで一度もない。俺は提督としてステップアップしたのか? 知らない内に提督としての力が上がってしまったのか? っていうか提督の力ってそういうものなのか?

 

 はやくしてやれよ、と変化しつつある無言の圧力。

 

 こんな気まずい提督の力、いりません!

 

 ――雨雲姫ちゃん、かわいいぴょん

 

 ――けなげだな。今夜はこれを肴に、提督といっぱいやるか

 

 ――ふふン、懐かしいな。きゅンきゅンするぜ

 

 ――Why? Admiral、何を悩んでいるのよ

 

 ――うひゃあ! あれはまだしてないねぇ

 

 やけに具体的な圧力だ。個人が特定出来そうなレベルだ。これは圧力なのか。ただの出歯亀の感想ではないのか。圧力ではなく音となって耳に聞こえてると勘違いしそうだ。

 

 これは緊張感で俺が勝手に想像した妄想に違いない。俺ってそういう癖あるし。女神様の艦娘が出歯亀精神でニヨニヨするなんてあり得ない。

 

 しかしこのままだと俺の妄想が俺を殺す。

 

 眼の前には俺が知らなかった雨雲姫ちゃん。こんな表情もあったのか。眼の前の雨雲姫ちゃんが可愛い過ぎて俺の精神ポイントがガリガリ削られていく。

 

 行き着く先は確実な死。キュン死だ。

 

 前門のキュン死、後門の出歯亀。廃棄物Bの為にも俺はまだ死ぬ訳にはいかない。

 

 えーい! ままよ!

 

 これ以上長くは語るつもりはない。キュン死は回避出来なかったとだけ言っておこう。

 

 フォークを口にした雨雲姫ちゃんの表情も今まで見たことがなかったものだからだ。

 

 店内に喧噪は戻った。反対に俺の心は凪いでいた。キュン死したからだ。

 

 何はともあれ、雪風さん。貴重なお話ありがとうございました。

 



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14 反転する世界

 主観と客観。

 

 全く同じ物を見ても立ち位置が変われば見方が変わってしまうって事だ。

 

 例えば俺。

 

 クソ妖精共のせいで両親と早くから離れ、学生時代は友人は一人も出来なかった。学校中で嫌われ、近所では鼻つまみ者。最終学歴は中卒で高等教育は通信教育だ。つまりド底辺の人間と言ってもいい。吹雪さん達、最初の五人のお陰で耐えてこれたけど、正直、何度か心が折れそうになった。そんな俺が何の因果か提督という立ち位置を得て、間違いなく一生分の幸運を使って雨雲姫ちゃんと廃棄物Bという艦娘(家族)を手に入れることが出来た。向こう六ヶ月ただ働きが決まっているが俺にとっては些細な事だ。大本営はクソだが、俺を提督にしてくれたことは感謝している。折り詰めを持っていつか礼を言ってやらん事もない。

 

 俺だけが持つ特徴はクソ妖精共が五人いて、将来的に艦娘を最低でも五人を直接指揮出来るという事だけ。それだけだ。人間としても提督としても半人前。何もかも経験が足りない。はっきり言って今の俺は鎮守府の足を引っ張るお荷物だと言っても過言じゃない。何かある毎に大本営()に噛み付き、やり込められ萎れて結局頼る。俺が提督として体裁をなんとか保てているのは雨雲姫ちゃんのお陰だ。演習を経て今の段階で、強さだけ見ても艦娘全体で上の下くらいの位置にいて、可愛さならぶっちぎりのナンバーワンだ。雨雲姫ちゃんがいなければ俺は提督として本当の雑魚だ。

 

 これが俺が持つ俺の主観だ。

 

 俺以外が俺を見た時どう思うのか。主観をなるべく排除して考えてみた。

 

 まずは大本営だ。相変わらず嫌われている。クソ妖精共が暴れるせいだ。と、これで終わるとただの主観だ。勿論クソ妖精共が暴れるのもある。だけど俺は諦めていた。近づくだけで迷惑がかかるし、どうせ分かって貰えないと会話を捨てていた。俺の事情を説明する事を最初から放棄していた。噂を聞けば俺を怖がるだろう。クソ妖精共はその感情に反応する。でも怖がってない人もいた。艦娘工廠に案内してくれた軍曹だ。クソ妖精共は嫉妬にも反応していたが、事情が分かっていても艦娘という女神様が側にいるってだけでも嫉妬してしまうのは仕方がない。

 

 俺は理解されないことを前提に大本営とぶつかった。とりわけ、なんたらかんたらっていう艦娘の情報を管理する部署の偉いさんと、なんちゃらっていう部署の相当偉い人の二人は俺の中ではガチでぶつかったつもりだ。この二人はクソ妖精共も暴れない。俺はクソ妖精共を従えてまま、まともに話が出来るのがこの二人だけだと思っていた。少し仕事の範囲が広がって、顔を出す部署が増えると、クソ妖精共が暴れない人が意外と多い事に気がついた。今は両の指で足りる数だけど、もしかしたらもっといるのかもしれない。おっと、これは俺の主観だった。

 

 彼らは口々に、俺に期待していると言う。さんざん迷惑をかけたド底辺の俺に。提督として実績が殆どない俺にだ。理由を聞いても「そのうち分かる」の一点張り。意味不明だ。

 

 怖がられてはいる。でも無意味に嫌われている訳でもない。完全無欠に嫌っている人もいる。全員に好かれる、逆に嫌われるってのは相当難しい。あれだけ迷惑をかけた両親ですら俺を愛してくれたんだから。今はそんなところだ。

 

 次に艦娘だ。

 

 普通、艦娘は自分の提督にべったりだ。鎮守府に来て初めて見た艦娘の金剛さんがそうだった。クールな大淀さんも、執務室では自分の提督を嬉しそうにお世話している。酒で潰れた大淀提督の頭の定位置は大淀さんの膝枕だ。普段凛としている那智さんが胸を押し付けながら自分の提督の腕を抱いて歩いているのを見た時は驚いた。そんな顔も出来るんですねと。

 

 さばさばしたイメージがある隼鷹さん。睨んでいると勘違いされがちな鋭い眼光の不知火さん。ちょっと背伸びしすぎではないですかの卯月さん。

 

 漏れなく全員べったべたである。例外はない。

 

 訂正する。例外があった。大本営公認の艦娘こと廃棄物Bだ。べたべたせず、うぞうぞしている。

 

 そんな艦娘だけど、自分の提督以外だと任務以外では近づく事を極力避けている。嫌っているわけじゃないけど誤解されたくないらしい。そんでもって他の提督には興味が全くないそうだ。その辺の事情は提督も把握していて不必要に艦娘に近づこうとしない。

 

 不思議なことに艦娘は自分の提督が世界で一番の男だと思っていて、必要以上に近づかれると艦娘が自分の提督に惚れてしまうと思っている。演習で提督たちが余り姿を見せないのはこれが原因だ。いやいやいや。提督も十人十色で、渋いおじ様やハンサムな人もいるけど、毛根が寂しい人も、ちょっと太り過ぎ(食わせ過ぎ)な人も、俺みたいなド底辺もいる。女神様だから容姿や経歴なんて気にしないんだろうけど、この辺は俺の理解の範疇を超えている。

 

 そして艦娘の俺への評価は『どうにも見ていられない』だ。何に対してなのか明言は避けるが、他の提督には近づかないのに俺とは普通に話もするし出歯亀もする。アドバイスも一杯もらった。執務室に招待されて食事をご馳走された事もある。未成年だからとお酒を断ると、特定の艦娘からぶーぶー言われるくらいフランクだ。飾ることになく自然体で接してくれる。恋愛感情ではなく何か気になると言われた事もある。今まで普通に接して来たから不思議に思わなかったけど、事情を知ると俺の立ち位置はやはりおかしい。

 

 最後に雨雲姫ちゃんだ。

 

 雨雲姫ちゃんも他の艦娘と同じで、艦娘達が俺の魅力でぞっこんフォーリンラブに落ちると思っているらしい。あり得ない話だけど雨雲姫ちゃんはそう思っている。

 

 キュン死してからしばらくしてからとある雰囲気になった事がある。ラブコメ漫画にある告白しちゃう? って奴だ。俺は恋愛経験値がゼロで人生で絶対に経験できないシチュエーションの一つだとずっと思ってた。雨雲姫ちゃんは俺の大事な艦娘だから勘違いしない様しない様思っていたのもある。今まで、心と体全部を使って好意を示してくれていたのに、知らない振りはもう出来なかった。と言うより俺が無理だった。

 

 夕日では誤魔化し切れない程白い肌を紅くした雨雲姫ちゃん。長く伸びた俺の影が雨雲姫ちゃんのそれと一つに重なっていた。周囲に人の気配はない。ゼロだ。

 

 言われる(告られる)

 

 二重の意味で雨雲姫ちゃんに言わしてはいけなかった。けじめとして俺から言わなければいけない! そして何より!

 

「待って! 雨雲姫ちゃん!」

 

 雨雲姫ちゃんの両の瞳から大粒の涙がこぼれた。拒否されたと思ったんだ。バカだから俺は雨雲姫ちゃんを泣かせてばかりだ。そんな顔させたくないのに!

 

「それは俺が言わなきゃいけないんだ。ごめんね、今まで気づかない振りをして」

 

 雨雲姫ちゃんは掌で顔を隠してふるふると首を振った。提督と艦娘は信じられないくらい以心伝心な時がある。俺達はまさにこの時、心が通じ合っていたと確信出来る。でもそれとこれは別だ。ちゃんと言葉にして伝えなければいけない。

 

 だから、俺は、雨雲姫ちゃんは。

 

 俺達は距離にして四歩離れて向かい合っていた。雨雲姫ちゃんが俺に一歩、二歩。三歩目でお互いが伸ばした手が繋がった。絡まる視線。俺達は互いに頷きを一つ。

 

「マジで覗くのはやめてください! ホント無理だから!」

 

 俺からか雨雲姫ちゃんからか。絡ませた指を互いに引き、俺達はその場から全力で逃げた。

 

 ――あっ、逃げられたデース!

 

 ――不知火に落ち度はありません。擬装は完璧でした

 

 ――あの、雪風じゃありませんから

 

 ――あの日のゴーヤがいたでち。ゴーヤとテートクはこの後……でちでち

 

 ――もうちょっとだったのにぃ。残念にゃしい

 

 背後に聞こえる特定できそうな、と言うか名乗ってる艦娘達の声。ほんと自分ら仲いいな!

 

 俺は恥ずかいやら呆れるやら照れるやら。俺は色んな感情がない交ぜになって気がついたら走りながら声に出して笑っていた。雨雲姫ちゃんも笑っていた。

 

 さっきの場所に人はいなかった。でも艦娘は少なくとも一〇人以上いた。戦闘のプロフェッショナル、艦娘が本気で隠れたら見つけるなんて人間には不可能だ。俺達は以心伝心なんだ。

 

 この日俺達は相思相愛になった。主観と客観の話からだいぶん逸れちゃったけど、これだけは俺の勘違いじゃない。……ただし俺達の関係はプラトニックだ。吹雪さん達に立てた誓いが俺にはあった。血の涙って言葉の意味を誰よりも知ることになるのはこの日の夜からだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出撃ですか?」

 

「はい。雨雲姫さんは出撃に耐えうると判断されたので」

 

 ニッコニコの大淀さんだ。いつも以上に目が優しい。何かいいことありましたかぁ?

 

 戦闘力だけで言えば、雨雲姫ちゃんは他の艦娘と比べても遜色ないどころか駆逐艦・軽巡洋艦クラスなら最強に近い位置にいる。夜戦は雷撃特性の問題で少し劣るけど、火力と防御力はクラスを超えてベテランの足柄さんとガチの殴り合いが出来るレベルだ。条件次第で金剛さんとも真正面で殴り合える。

 

 問題となっていたのは精神面だ。今までは何らかの事情(・・・・・・)があって精神が不安定と診断され、出撃に耐えられないと判断されていた。俺が問題としていた戦闘の経験については艦娘に当てはまらないそうだ。元々艦船の記憶を持つ艦娘は建造直後から熟練兵だ。

 

 こんなところにも俺の提督経験値が足りない事が露呈される。

 

「落ち込まないでくださいね。むしろ誇るべきです。あなた達はこれまでの記録を大幅に塗り替えましたよ」

 

 ニッコニコの大淀さん。何がとは聞かない。俺の隣にニッコニコの雨雲姫ちゃんがいるからだ。

 

「出撃と言っても護衛任務なので戦闘は滅多にありませんから」

 

 ニッコニコの大淀さんが説明してくれる。

 

 制海権を握っている海域をタンカーや輸送船を護衛する任務だ。主力は駆逐艦で戦闘が発生しても深海棲艦側は駆逐艦や潜水艦がメインになる。ただし経験の足りない俺は当然指揮出来るはずがない。

 

「それに雪風さんと時雨さんが途中まで一緒なので」

 

 雪風さんと時雨さんは補給と休憩でこの鎮守府に寄港している。護衛任務に参加して、途中呉と佐世保を経由してそれぞれ別の艦娘と交代するそうだ。雪風さんは色々話を聞いたけど、時雨さんとはまだ会った事がない。雪風さんは鎮守府のあちこちをフラフラしていて、時雨さんはずっと任務に参加していて顔を合わす機会が未だになかった。

 

「出撃はいつですか?」

 

「時雨さん達の帰投に合わせて三日後よ」

 

 時雨さんは前日の夜に鎮守府に戻ってくるらしい。ギリギリだと思うんだけど休憩とか大丈夫なんだろうか?

 

「ふふ。あなたはまだまだ艦娘を知らないわね。もっと知るべきだと思うのだけど」

 

 大淀さんが、おやおやどうしたのかしらこの提督は? 艦娘はまだまだあなたの知らない秘密でいっぱいなのに何故知ろうとしないのかしら? とばかりにニコニコしている。

 

 あぁ、この目、この数日で何度も見たわぁ。どこに行ってもこんな目をされる。やめてくれ。むしろ俺の鋼の精神力を褒めてくれ。というか何故ばれてる。

 

 時雨さんの任務は哨戒任務で戦闘の可能性は低いそうで、戦闘経験値がずば抜けているので入渠なしなら帰投後数時間も休めば万全の体制を作れるそうだ。そもそも艦娘の体力を人間と比較する時点で間違いだった。

 

「出撃の直前に顔合わせになるけど心配しなくてもいいいわ。とてもいい子だから」

 

「よかったね雨雲姫ちゃん。時間を作ってたくさん話を聞ければいいね。頑張ってね」

 

 雪風さんの話は俺にとっても参考になる事がたくさんあった。正直俺も話を聞きたいくらいだ。

 

「……うん。がんばる」

 

 雨雲姫ちゃんがずっと繋いだままの俺の手をぎゅっと握った。大淀さんの目が優しい。その目は止めてください。ほんとお願いします。止めろっつてんだろちくしょう!

 

 護衛任務の指揮は大淀提督が執る。俺は補佐だ。補佐は建前だ。大淀提督に付いて勉強させてもらうだけ。本当に俺は半人前だ。

 

 指揮と言っても俺達提督が出来るのは艦娘達が出港するまでだ。任務について行くことは出来ない。人間は非力過ぎるからだ。出港を見送って後は無事に帰投する事を祈るだけ。だから俺達はそれまで全力を尽くす。燃料・弾薬の手配、安全な航路の選定、寄港先での段取り、考えうる事態の想定、etcetcだ。勿論限界はある。想定外はあり得るのだ。だからこそ妥協なんてしない、出来ない。比較的安全な任務だからって油断なんか出来ない。

 

 俺は三日間、大淀提督の指導の下、俺が出来るありとあらゆる事をした。大淀提督の執務室で徹夜する覚悟だったのに夜は追い出された。睡眠はちゃんと取れと言った大淀提督は、ハハハ……と乾いた笑いで執務室の扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は驚くほど簡単に過ぎる。集中していたという理由もあるけど、俺は心に余裕がなかったのかもしれない。もっと出来た事があったんじゃないか? もっと完全に近づけることが出来たんじゃないか? 出来もしないのにそんな事ばかり考えてしまう。

 

 俺に出来ることは少ない。だけど俺を絶対的に信頼してくれる雨雲姫ちゃんに安心を与える仕事は完璧にこなせたと思っている。

 

 自信満々の表情だけはずっと崩さなかった。この顔のまま雨雲姫ちゃんを見送るんだ。

 

 俺は廃棄物Bを胸に抱いていた。一緒に見送るためだ。雨雲姫ちゃんも廃棄物Bが一緒の方が安心できるはずだしな。いいか廃棄物B。お前も艦娘としていつかは出撃しないといけないんだぞ? まだもう少しだけ先だけどな。

 

 埠頭には続々と任務に参加する艦娘が集まっていた。

 

 旗艦の睦月さん――その目はやめてください。

 

 随伴の卯月さん――お願いやめてください

 

 同じく随伴の雪風さん――やめて!

 

 同、清霜さん――やめろっつてんだろ!

 

 雨雲姫ちゃん――きりっ! やっぱり一番かわいい。

 

 時雨さんはこの後合流だ。出港予定時刻まではまだ余裕がある。輸送船四隻を六人の艦娘が護衛する体制だ。

 

「安心するがよいぞよ。大船に乗ったつもりで睦月に任せるにゃ~」

 

 駆逐艦って大船に分類されるのか? そもそも大船がどのくらいの大きさからなのか分からない。

 

 雨雲姫ちゃんを中心に置いてきゃっきゃと姦しい。艦娘が数人いるだけで場が華やかになる。雨雲姫ちゃんの緊張を解そうとした気遣いだ。雨雲姫ちゃんを除いて全員百戦錬磨だ。体は俺より小さいけど、俺が生まれる前から深海棲艦と戦っているベテラン揃いだ。経験値はハンパない。

 

 俺に残された仕事は皆を信頼して送り出す事だ。

 

「あ、時雨ちゃんだぁー。ここだよ、ここー」

 

 清霜さんが時雨さんを見つけて手を振る。振り返った俺の視界に白露型独特の装甲艤装が映った。実はこの鎮守府に白露型の駆逐艦は一人も在籍していない。だから俺は白露型を見るのは初めてだ。

 

 駆逐艦に多いセーラー服型の装甲艤装でベースの色は紺色だ。襟や裾や袖は白くて赤いラインが走っている。この色合いは白露型で五番艦まで共通している。駆逐艦らしからぬ意外と大きい胸元に赤いネクタイがおしゃれだ。右手だけに黒い手袋をしている。どこかに落としたのかな? と思ったけど自在に艤装を操る艦娘だから、最初からこの装備なんだろう。セミロングの髪は黒く見えるけど光が反射して少しブラウンがかって見える。三つ網にした毛先を纏めている赤いリボンが女の子っぽくて可愛らしい。

 

 少しだけ大人っぽい可愛らしい少女。第一印象はそんな感じだった。

 

「ごめん。遅れちゃったかな?」

 

「ぜ~んぜん大丈夫ぴょん。まだ時間前だぴょ~ん」

 

「よかった。みんな久しぶりだね。えぇっと、君が新しい提督だね。話は聞いているよ。僕は白露型駆逐艦二番艦の時雨だよ」

 

 まさかの僕っ子だった。しかも凄く落ち着いたしゃべり方をする。同じ歴戦でもここにいる駆逐艦とは全然方向性が違う。見た目の容姿も少しだけ大人びて雨雲姫ちゃんと同じくらいだから、それが関係しているのかもしれない。

 

 俺はよろしくと挨拶をするけど握手とかはしない。雨雲姫ちゃんが気にするからだ。間違っても俺に惚れることはないから安心して欲しいんだけどそういう事じゃないんだと今は理解している。

 

 俺は時雨さんに好感を持った。何故かって? おやおやどうしたのかしらこの提督は? って目をしないからだ。とてもいい人だ!

 

「それで君が雨雲姫さんだね。僕は時雨、よろしくね……え?」

 

 時雨さんは雨雲姫ちゃんに直ぐ気が付いた。雨雲姫ちゃんは個性の集まりのような艦娘の中にいても目立つ容姿をしている。髪の毛も肌も装甲艤装も白い。俺を見ると雨雲姫ちゃんは直ぐに赤くなっちゃうんだけどな!

 

 艦娘は仲がいい。雨雲姫ちゃんも時雨さんと直ぐに打ち解けるだろうと思っていたんだけど時雨さんの様子が少し変だ。どうしたんだろう? 可愛すぎて驚いたのかな?

 

「よろしくねぇ」

 

「えっと……」

 

 挨拶を返した雨雲姫ちゃんに対して何か混乱しているみたいに見える。

 

「どうかしたのぉ?」

 

「その……ごめん。君に妹とよく似た気配を感じたから……顔も少し似ていて驚いちゃった」

 

「妹ぉ?」

 

 妹? もしかして雨雲姫ちゃんって白露型なのかな? 海外艦だと思っていたけど実は建造途中の幻の白露型だったとか? でもそれなら資料が残るはずだしなぁ。設計段階で止まっていた駆逐艦だったとか? 知らないけど。

 

「うん。白露型の三番艦で村雨って言うんだ」

 

「村雨?……村雨……むらさめ?……」

 

「少しだけど村雨以外の気配も感じた気がして。ごめんね、変な事言って」

 

「……むらさめ?……私はむらさめ?……むラさメ……あなたハダァレ?……シ……カイ……二……スキ……」

 

 あれ? 雨雲姫ちゃんの様子がおかしい。どうしたんだろ。うつむいて何か呟いている。初めての任務で緊張してるのかな? 仕方ないなぁ。ここは提督として緊張をほぐしてあげないと。

 

「だめです! 離れてください!」

 

 珍しい雪風さんの緊迫した声。初めて聞いたかもしれない。もしかして雪風さんは戦場だとこんな感じなのかな?

 

 俺は馬鹿だ。大馬鹿だ。この時、この瞬間も危機感なんてまるでなかった。だってここは鎮守府で俺の周りには今まで楽しげに話をしていた頼もしい六人の艦娘がいたんだから。だから俺が認識出来たのはたった二つ。

 

 俺が胸に抱いていた廃棄物Bが凄い勢いで飛び出した事。

 

 もうひとつは、え? っと驚いた俺の視界にいる六人の内、雪風さんと時雨さんが誰よりも早く動いていた事だけ。

 

 俺の意識は少しの時間飛んでいたんだと思う。気がついた時には俺は海と空の境界線、緩く弧を描く水平線を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 穏やかな海だ。波は小さい。でも引いて押して、気泡が生まれて波間を白いラインが区切っていた。空も穏やかだ。雲が低く見える。まだらな雲は太陽の光を遮ることに失敗して、海がきらきらと輝いていた。流木が見えた。海鳥が一羽、羽を休めていた。

 

 あれ? なんかおかしい。何で空が下にあるんだ? 海が上にある。なんだこれ?

 

 俺は空にいた。なんで? 意味不明だ。

 

 海老反りで首がのけ反り、上下逆転で水平線を見ていた。

 

 俗に言う車田飛びだ。

 

 雨雲姫ちゃんの初めての演習で、神風さんが、天龍さんが、雨雲姫ちゃんが体験したあれだ。

 

 意識がはっきり覚醒した時には、重力による自由落下に移っていた。ニュートンのあれだ。りんごの奴だ。このままだと頭からぐちゃぁってなってしまう。実際には高度は一〇〇メートルもないかもしれない。でも体感ではそれ以上に感じた。

 

 俺はただの人間だ。艦娘とは違う。陸に落ちれば確実な死。海に落ちても海面に叩きつけられて、骨の一本二本で済めば御の字で最悪はやっぱり死だ。俺は空を飛べないし超人でもない。

 

 不幸中の幸いで落下地点は海の上だ。せめて接触面積を小さくしようとじたばたしてたら、がしっと何かに体を抱きかかえられた。力強い。でも柔らかい。すごく大きい。顔面がとても柔らかい何かに覆われた。

 

「うぷっ!」

 

「黙ってろ。歯ァ食いしばって体の力抜いとけ」

 

 よく知ってる声だった。頼もしくて優しい。駆逐艦に慕われている親分肌の艦娘。車田飛びの大先輩。

 

 俺は言われた通りにした。落下は頭からだ。着水の瞬間、俺の顔面はもっと深く柔らかい胸に沈み、頭を護るように彼女の右腕に抱えられた。

 

 衝撃は予想以上とも予想以下とも言えた。冷静に考えられたのは天龍さんが衝撃の殆どを分散してくれたお陰だ。さすが車田飛びのスペシャリストだ。

 

 こぽこぽと気泡が渦を巻いていた。目を開くと天龍さんはとっくに体勢を整えて水面に向かって上昇中だ。波間から差し込む太陽の光が幻想的だった。

 

「ぷはっ!」

 

 肺に空気を吸い込んだ。心臓がばくばく音を立てていた。天龍さんは水面に立たず、俺と同じで首だけを海面から出して俺を支えてくれていた。

 

「あ、ありがとうございます。でもどうやって?」

 

 人間は空を飛べない。艦娘も飛べない。どうやって助けてくれたんだ。

 

「投げてもらった」

 

 天龍さんが指差す方向を見れば、金剛さんと足柄さんが手を振っていた。力技だった。

 

「そんなこたぁどうでもいい。何があった?」

 

「俺も良くわかって無くて、気がついたら空にいました」

 

「かぁー、なんだそりゃーよう」

 

「天龍さんこそどうして?」

 

 助けてもらって感謝だけど、タイミングが良すぎる。普通人間は空を飛ばないのによく気がついてくれたもんだ。

 

「爆発音が聞こえて、見てみりゃおめぇが飛んでるじゃねぇか。こりゃまずいってなもんで、考えるのは後回しにしてあの二人に投げてもらったって寸法よ」

 

「爆発音?」

 

「聞いてないのか? ショックで記憶が飛んでるのかも知れねぇな」

 

 全然記憶がなかった。覚えているのは埠頭で雪風さんが叫んでから少しまでの記憶だ。

 

「おい、オレの背中に移動しろ。ここにいても埒があかねぇ。鎮守府に戻るぞ」

 

「あ、はい。お願いします」

 

 俺を背負った天龍さんがすぅっと浮き上がって水面に立った。俺はびしょ濡れで天龍さんは欠片も濡れていない。全身撥水コーティングでもしてるのかってくらい濡れていない。

 

「しっかり掴まっとけよ。飛ばすぜ」

 

 状況を理解出来ていない馬鹿な俺はこの時も危機感をまるで抱いていなかった。埠頭の方向から連続して爆発音と煙が立ち上るまで、天龍さんて力強くて頼もしいのに体は華奢だなぁ、って暢気に考えていた。

 

 

 

 



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15 crybaby elegy

一つエピ書き忘れてたので追加修正。


 俺は天龍さんに背負われて海上を移動してる。移動先はさっきまで俺達がいた鎮守府の埠頭だ。

 

「天龍さん! あそこ!」

 

「わぁってるよ!」

 

 俺が指差す先で黒煙が三つ連続して立ち登った。遅れて砲撃音と爆破音が耳に届いた。倉庫に遮られているけど間違いなく埠頭だ。

 

「深海棲艦の襲撃!? 鎮守府を? 艦娘の哨戒ラインすり抜けて?」

 

 この世にあり得ない事なんてあり得ない。でもあり得ないだろう!

 

 日本の鎮守府はこの十五年、深海棲艦の侵攻を一切許していない。昔ならいざしらず、今は艦娘の数も揃ってきている。艦娘と国防軍が連携して二十四時間体制で警戒体制も構築している。人間の兵器は深海棲艦に通用しないけど、制海権を確保している青い海なら深海棲艦用に開発された国防軍の探査レーダーは十分に効果を発揮している。

 

「落ち着けって。お前が慌ててどうするんだっつーの」

 

「天龍さん! そっち違う!」

 

 天龍さんは進路を変更した。そっちは埠頭じゃない!

 

「バーカ、ドンパチしているトコに連れて行けるわけねぇだろ。一発でミンチ(・・・・・・)になんぞ。おう、頼んだぞ!」

 

 直後に俺の後ろで風切り音と水しぶきが盛大に上がった。

 

「まっかせるネー!」

 

 振り返ると金剛さんと足柄さんが埠頭に向かって水面を跳ねるように滑っていた。その向こう、二人が向かう埠頭でまた黒煙が連続して見えた。

 

「……変だな」

 

「え? 何が?」

 

「攻撃が一方的だ。少なくとも片方は応戦してねぇ」

 

 相対的に天龍さんの戦闘力は艦娘としては弱い方に分類される。でもそれは天龍さん自身が弱いって意味じゃない。艦娘に弱い人なんて一人もいない。天龍さんもずっと深海棲艦と戦い続けているベテランだ。ぶっちゃけ天龍さん一人でアメリカ海軍の空母打撃艦隊を簡単に無力化するくらいの力を持っている。戦闘狂だと勘違いされがちだけど、この人は艦娘の縁の下の力持ちだ。遠征、哨戒、露払い。地味で目立たないけど大事な任務を率先してこなしている。この人がいないと鎮守府は少々困ったことになるレベルで。

 

 俺は見ただけじゃ分からない。経験値バリバリの天龍さんの目には俺とは全然違う世界が映っている。たぶん口にしないだけで他にも沢山分かっていることがあるはずだ。

 

 一方的な攻撃が意味するところは、深海棲艦相手にワンサイドゲームで押しているって楽観的に考えてしまっていいんだろうか。

 

 浅瀬まで移動し、天龍さんは俺を背中から降ろした。

 

「おい、頭止血するから服脱げ。包帯とか持ってねぇからシャツを破いて巻いてやるよ」

 

「止血?」

 

「人間は興奮してっと痛くねぇってのはあるらしいな」

 

 天龍さんが右のこめかみを指差したので触ってみると掌にべったりと血がついた。

 

「海に落ちた時か」

 

 天龍さんが護ってくれたのでそれほど衝撃はなかったのに。

 

「いや、空で拾った時には血が出てたぜ」

 

 全く覚えがない。記憶が飛んでいる。何があったんだ?

 

 俺は制服とシャツを脱いだ。天龍さんはシャツを軽く絞って器用に包帯みたいに裂いた。

 

「跡残るかもしんねぇけど、顔の傷は男の勲章って言うからな。格好良くなるんじゃねぇのか」

 

 別に傷の一つや二つは気にしないけど格好良いかは、人それぞれの感性じゃないかなぁ。天龍さんが格好いいと思ってくれるならありだとは思う。

 

「そんなに深くはねぇけど早めに包帯替えとけよ。よし」

 

 きゅっと包帯を縛って応急処理は終わった。ありがとうございます。なんとなく恥ずかしいのでささっと制服に腕を通した。濡れた生地が直接肌に触れて気持ち悪い。

 

「さて、オレは金剛達と合流する。おめぇは鎮守府の連中と合流して避難しろ」

 

「避難って……だってあそこには雨雲姫ちゃんもいるし俺は提督だから……」

 

「他の提督がとっくに動いているはずだ。おめぇの出番はねぇよ」

 

「でも……でも……」

 

「でもじゃねぇ。提督になって二ヶ月足らずのおめぇに何が出来るんだよ」

 

 分かってる。そんなことは分かっている。何も出来ないのは誰より俺が一番知ってる。艦娘がベテランって事は、その艦娘にずっと寄り添ってきた提督もベテランって事だ。二十年以上艦娘と一緒に戦ってきた提督もいる。つまり過去に深海棲艦の襲撃を受けて撃退した経験があるって事だ。

 

 俺がしてきた事はなんだ? 書類に追い回されて、大本営をクソ妖精共に襲撃させて、他の提督がすることを見ていただけだ。まだ一度も艦娘を送り出してすらいない。

 

「あーすまん。言い過ぎた。悪かった。泣くなって」

 

 泣いてない! 心の汗だ!

 

 天龍さんは困った風に頭に手を置いた。

 

「あー、そのな、えーと、つまりだな……なんか分かんねぇけど、おめぇに死なれたらまずい気がするんだわ」

 

 そんなの関係ない。俺だけじゃなく天龍さんも金剛さんも足柄さんも、俺以外の提督も死んじゃいけない。むしろ死ぬなら役立たずの俺からだ。

 

「考えてる事ぁなんとなく分かるけどよ、提督が死んだらオレらは立ち直れねぇんだわ。おめぇは雨雲姫とペンギン残して死ぬつもりか? それ最悪だかんな。だからよ、ここはオレ達に任せて生き残る事を考えてくれねぇか?」

 

 心の汗がぽたぽた落ちた。

 

 最悪だ。俺はまた足を引っ張っていた。天龍さんは早く金剛さん達と合流したいはずだ。それなのに、俺はちんけなプライドを満足させるためだけに天龍さんを足止めしている。天龍さんに悪意なんて一つもない。俺を気遣って悪役を演じてくれた。情けなくて心の汗が止まらない。

 

 俺は海水で濡れた制服の袖で心の汗を拭った。後は俺が出来ることをするだけだ。

 

「ただいまより、避難行動を開始します!」

 

 俺は全然さまにならない海軍式敬礼をして、踵を返した。向かう先は埠頭の反対。途中で鎮守府から出ているであろう車両に拾ってもらう。

 

「おう!」

 

 背中に天龍さんの快活な声が届いた。あとは振り向かずに一目散にすたこらさっさだ。雨雲姫ちゃん達が心配だけど俺が無事なら雨雲姫ちゃんも全力で戦えるはずだ。

 

「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 俺は言葉にならないもやもやを叫び声にして吐き出す。何度が大声を出して少し冷静になれた。

 

 そして大事な事を思い出した。合流したらクソ妖精共が暴れちゃう。俺は合流をあきらめて鎮守府から距離をとることを最優先することにした。

 

 




表現に限界感じたので次回反則技使用予定。


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16 ラッキーダイアモンドウルフ

三人称使用。

前話、記載漏れあったので追加修正済み。内容にそれほど影響はありません。





 時間は少々巻き戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だめです! 離れてください!」

 

 雪風の警告は間に合わなかった。間に合うはずがなかった。彼は人間だ。提督という特殊な存在であっても肉体の強度は人間の範疇を超えることはない。故に深海棲艦の攻撃を認識して避けることなど絶対に不可能だ。不可能である以上未来予測は簡単だ。焼けた肉片がわずかでも残れば運がよかったと言えるレベルで。

 

 それでもあきらめる訳にはいかない。彼は死んではいけない。雪風自身が盾となり、あとは奇跡に任せるしかない。大丈夫、雪風は皆に幸運艦と呼ばれている。奇跡を信じていない雪風が奇跡に任せるとはなんという皮肉だろうか。

 

 雪風が足を踏み出すのと同時に時雨が動くのが見えた。時雨も盾になるつもりだ。何が起こったのか雪風も時雨も理解していない。理解していないが、吹雪達を除けば誰よりも豊富な戦闘経験が体を前に動かした。

 

 時間がゆっくりと流れているのではと思うほど体が動かないのがもどかしい。二秒、いやあと一秒早く動けていれば彼を安全圏まで運べたかもしれない。

 

 俗称ペンギンと呼ばれている謎の艦娘が、彼の胸から飛び出した。ペンギンは形と色を変えながら雨雲姫に向かっていた。色は雨雲姫と同じ白。体全体をもくもくと空に浮かぶ雲の形に変えていく。上部に二本の角のような突起。体の中心に浮かび上がった三日月を水平にしたような口にはギザギザの歯列が見えた。独立型の浮遊艤装だ。

 

 ――完全体

 

 雪風の脳裏に唐突に浮かんだ言葉だ。

 

 一部の深海棲艦は特定の条件を満たすと変身のように体を変態させる者がいる。色を変えるだけの者、体を変形させる者、一枚また一枚と装甲艤装を脱いでいく者、そして艤装を変形させる者だ。変態は能力を向上させ、戦艦の砲撃の直撃を受けてもなんら痛痒を見せなくなる事が多い。雪風は深海棲艦がてぐすね引いて待ち構える海域の最奥でそれを何度も見ている。

 

 雨雲姫は深海棲艦だ。ここにきて疑う余地などない。なによりあの禍々しいオーラは雪風が何度も何度も見たものだ。見間違いなどあり得ない。

 

 琥珀色の瞳をらんらんと輝かせて雨雲姫が口角を吊り上げて笑った。同性の雪風が見ても背筋が凍るほど美しい。それは闇に潜む深海棲艦だけが持つ背徳のエロスだ。

 

 雨雲姫が鎧型の装甲艤装で覆われた右腕を振り下ろした。埠頭のコンクリートは文字通り蜘蛛の巣の如く亀裂を走らせ、鉄筋など入っていないと思わせるほど広範囲に渡ってぐずぐずに崩れた。

 

 雪風の踏み出した足がぐずぐずのコンクリートに沈んだ。お願いと奇跡を頼んだ時雨の足も沈んでいた。雪風と時雨以外の艦娘はここにきておぼろげに状況を理解した様子だった。しかし時既に遅しだ。

 

 雨雲姫が艤装を彼に向けた。

 

 ――お願いします。奇跡を。どうか彼に奇跡を。

 

 元ペンギンの浮遊艤装がぐずぐずのコンクリートに激突し、二本の角でコンクリートを削りながら体を沈ませた。

 

「…………バイバイ」

 

 雨雲姫の放った砲弾がぐずぐずのコンクリートに沈み、そして炸裂した。

 

 彼の真下で炸裂した衝撃は、彼を上空に持ち上げた。足元が崩れて踏ん張れない雪風達も衝撃で吹き飛ばされた。ごろごろと転がりながら彼を追った瞳に、上空で薄く広がる白い皮膜のような物が映った。浮遊偽装が体を変形させた白い皮膜は自らの力と爆風を利用し、彼を上空に打ち上げていた。

 

 何故深海棲艦と化したのか、どうしてこんな手間を掛けたのかと、雪風は考えない。考えるのは後でも出来る。優先順位の最上位は彼の救出。そして深海棲艦の殲滅だ。もう一人の自分が冷静に戦場を俯瞰した。

 

 車田飛びで空を飛ぶ彼の落下予想位置は海上。時雨は雪風と同じで艤装を展開して戦闘態勢に入っている。睦月、卯月、清霜は混乱しつつも体勢を整えつつある。埠頭は広範囲に渡って崩壊し、一部は海の中に沈んでいる。鎮守府の拡声器が第一種警戒態勢のサイレンを鳴らしていた。そして雨雲姫は首を横に向けて空の彼を見ていた。

 

 好機。戦場で隙をさらせば死ぬ。しかし雪風の艤装は沈黙したままで火を吹かなかった。それは時雨も同様だった。言い訳はいくらでも出来た。彼の救出が最優先、直前まで仲のよかった艦娘だった、あーんをするためだけに妖精さんにお願いして連絡をとりあったいたずら仲間、何より彼女が沈めば彼が悲しむ。撃ちたくないと本心に気付かないようにして。

 

 雪風はこの好機を救出に使う事にした。時雨と連携して牽制し残りの三人に救出に向かってもらう。

 

 艦娘の視力は水平線の深海棲艦の姿をはっきりと捉えることが出来る。

 

 遠くにいる金剛と足柄、天龍がじゃんけんをしていた。負けた天龍が両手を上げて叫んでいる。金剛と足柄が天龍の片手、片足をそれぞれ持ち、振り子のように何度か前後に揺らして射出。雪風の想像外の力技だった。

 

 雪風と雨雲姫が首を戻したのは同時。雨雲姫が先ほどまで浮かべていた笑みはどこにもない。

 

「サァ、ハジメマショウ……コロシアイヲ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 金剛が戦場に到着して最初に確認したのは被害状況だ。半ば崩壊した港湾施設を盾に身を隠した五人の艦娘。原型を留めていない埠頭。鎮守府に総員退避命令が発令された事を繰り返す拡声器。五人の艦娘の被害は極めて軽微。

 

 敵は深海棲艦ただ一人。巨大な禍々しいオーラを発していた。作戦海域の最奥にしかいないボスレベルで。金剛の心にある炉心に瞬時に火が灯った。戦闘本能だ。知り合いに似ていようが関係ない。奴等はこの世から全て駆逐しなければならない。

 

 本来であれば艤装には準備運動(アイドリング)が必要だ。強引な艤装の稼動に妖精さんが悲鳴をあげた。妖精さんの抗議は紅茶と大量のお菓子で許してもらおう。

 

「ファイアー!!」

 

 砲撃の直前、横合いから衝撃を受けた。改修を最大限まで終えている試製三十五.六cm三連装砲。砲弾の弾道が逸れて全て大空に吸い込まれた。

 

 金剛は腰に重りをぶら下げたまま、回避行動に移った。水面に水柱が立ち上がり盛大に水しぶきを撒き散らしている。高速で切り返しを行うたびに腰にぶら下がった睦月が慣性の法則でぶんぶんと振り回されている。戦艦の金剛とて、思わぬ方向から艦娘の突撃を受ければ体勢を崩してしまう。

 

「撃っちゃだめー! あの子は雨雲姫ちゃんにゃしー!」

 

「そんなの見れば分かりマース!」

 

 それは戦闘を放棄する理由にならない。ならば雨雲姫(深海棲艦)を見逃すのか? あり得ない。放置するだけで被害は拡大するだけだ。ならば殲滅一択だ。

 

 雪風と時雨がいるのに反撃もせず何をしているんだと思ったが、そうか、旗艦である睦月の言葉を建前にして攻撃を躊躇っていたのか。だが雪風と時雨がそんな事を理由に攻撃を躊躇うとは到底思えない。何か他に事情ががあるはずだ。

 

「雨雲姫ちゃんが彼をここから退避させたにゃしいー!!」

 

 彼。空を飛んでいた提督だ。鎮守府に急行したかったが、提督の救出は最優先だ。艦娘は空を飛べない。だから天龍を投げた。言いだしっぺの法則で天龍が空を飛んだ。彼も雨雲姫に投げられたのか。

 

 仲のよいことだ。金剛は戦場で浮かべる不敵な笑みとは違う柔らかなそれに口元の形を変えた。

 

 これまで艦娘は閉じた世界にいた。提督と艦娘と鎮守府と深海棲艦だけの世界。艦娘の情報は遮断され、世間に知られる艦娘はたった一握りだけだ。いつのまにかそれが当たり前だと思い込んでいた。

 

 彼らは最高の観察対象だった。金剛は自分の提督以外に興味を持っていない。だから他の提督が旗下の艦娘とどんな過程を経て信頼関係を培おうが興味の対象外だ。どうせ最終的に落ち着くところへ落ち着くのだから。

 

 彼は違った。好意ではない。親愛に近いだろうか。非常に珍しい事に彼の周りには多くの艦娘が集まった。金剛と同じで彼は多くの艦娘達の観察対象と化していた。戦闘を本分とする艦娘だが肉体の雛形は女性だ。精神も女性だ。恋バナは大好物だ。いや大好物にさせられた。

 

 普通、艦娘の恋バナはただの提督自慢に終わる。興味のない提督の話など聞いても面白いはずがない。

 

 金剛は時間をかけて自らの提督の信頼を勝ち取った。艦娘は全員同じだ。自らを客観的に見ることは難しい。俯瞰など戦闘以外で出来るはずがない。記憶は全て自分の主観でしかないのだから。二人を見ている内にいつしか自分もそうだったんだと思い出すようになった。

 

 自分も顔を赤くしていたんだろうか。こんなばればれな態度で、提督と接していたのだろうか。平気で抱きついていたのにいつの間にか抱きつく事に躊躇して……

 

 二人を見ているだけで、戦闘に明け暮れる日々の中、いつのまにか重要度を下げていた思い出が次々と蘇った。金剛だけではない。鎮守府に在籍する艦娘全員が同じだろう。艦娘と交わす日常の会話はいつの間にか彼らが中心になっていた。

 

 彼らがどこそこで何をしていたと、話題に上がった時は怒りさえ覚えた。なぜ自分はそこにいなかったのだとタイミングの悪さに。

 

 彼の旗下に入る艦娘の総数は最低でも五人。謎の艦娘、ペンギンを無理矢理勘定に入れても後三人も残っている。いつも騒がしく話題に事欠かない彼のことだ。これからも金剛を楽しませてくれるに違いない。

 

 粘膜的な意味で彼らはまだ繋がっていない。見れば分かる。恐らくキスすらしていないだろう。何故手を出さないのだ。いや出さない方がもっと楽しめる。どこまで楽しませてくれるのか。自分の女性としての魅力に自負を持つ金剛は、艦娘に手を出さない彼の鋼の精神力と繰り広げられる喜劇に拍手喝采だった。

 

 深海棲艦に取引も交渉も一切通用しない。お互いの存在が不倶戴天だ。文字通り見敵必殺。宣戦布告なしの戦争が二十三年も続いている理由だ。深海棲艦は人間の立場なんてものを考慮しない。むしろ率先して殲滅対象だ。その深海棲艦が彼を戦場から退避させたとしか思えない行動をとった。

 

 なるほどなるほど。雪風と時雨は迷っていたのか。艦娘工廠で建造された世界初の深海棲艦。艦娘と提督との決して切れることのない強固な絆。まだこちら側(艦娘)に戻ってくる可能性を考えているのか。

 

「全砲門! ファイアー!!」

 

 高速で切り返した後に水面を滑りながらのみなし(先読み)射撃。都合六発の砲弾は五発が外れて盛大な水しぶきを撒き散らし、一発が深海棲艦(雨雲姫)に直撃して顎を跳ね上げた。

 

「金剛ちゃん、やめてー!!」

 

 腰にぶら下がった睦月が悲鳴を上げた。何故やめる必要がある。ここは鎮守府から近すぎる。もっと離れなければならない。演習でも散々手を焼かされた。これくらいで沈むはずがない。

 

「偉い人も言ってるネー。三発までは誤射だってネ」

 

 考えるのは提督()に任せよう。金剛は第三の選択肢を選んだ。先送りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誤射は三発まで。金剛の提案だ。誤射は味方にするものだ。つまり金剛は先送りだと言いながら深海棲艦(雨雲姫)を味方として扱っている。

 

「あははははは!」

 

 戦闘の高揚感。ミッションが難しければ難しいほど体の奥が昂ぶる。

 

 難しいことを言ってくれる。長年培った技術は外す事を前提にしたことがない。全て直撃させるつもりで戦場を駆け抜けて来たのだだから。

 

 足柄は既に二発の砲弾を雨雲姫に叩きつけている。金剛は一発。足柄は二発。誤射は一人三発までだ。

 

 どこにぶち込んでやろうかしら。可愛い顔は提督に免じて許してあげる。金剛は容赦なく顔面に砲撃をぶつけていたわね。これでも心苦しく思っているのよ? 可愛い後輩に実弾をぶち込むなんて誤射じゃなきゃ到底出来ないものなのよ?

 

 これまで演習では足柄がトータルで勝ち越している。魚雷を扱えない雨雲姫の戦術の幅は絞られ、結果胸を貸す形で真正面の殴り合いになることが多かった。最初から油断などしたことはない。神風と天龍が簡単に空に飛んだのを目の前で見ている。

 

 今の雨雲姫はどうだ。完全体となって、火力も耐久力も明らかに跳ね上がっている。油断なんてとんでもない。足柄は最初の最初から本気でぶつかっている。誤射など意識しなくとも、彼女は華麗に回避するではないか。

 

 少しでも気をぬけばほら。

 

「足柄さん!」

 

 戦場を俯瞰する雪風が警告を発した。長い付き合いだ。名前を呼ぶイントネーションで何に警戒すればいいのか瞬時に理解した。

 

 急停止から砲撃の反動を利用してのVターン。金剛が得意とする先読み射撃をされた。雪風の警告がなければもらっていたかもしれない。

 

「ほらほら、鬼さんこっちよ!」

 

 挑発を繰り返し敵愾心を煽る。あと一発しか当てられないのだからここぞと言う時に大事にとっておかないと。

 

 時雨が身を低くして雨雲姫に突撃を仕掛けた。時雨の特技は超接近戦だ。至近の距離からつかず離れずで火力の低さを補う超近接攻撃。振り回した雨雲姫の腕を潜り抜けてからの両の掌を重ねた掌底打ち。

 

 雨雲姫の体がくの字に曲がった。

 

 雨雲姫の琥珀の瞳が時雨を睨んだ。ガァ! と叫んだ雨雲姫の爪を時雨は回避して後退。足柄と肩を並べた。

 

「今のは実弾じゃないから誤射じゃないよね」

 

 一撃離脱。本来の時雨のスタイルではない。誰かが体勢を立て直す必要が出来たときに時雨は時間稼ぎで突貫を繰り返している。

 

「それがあるんだからあなたの三発分よこしなさいよ」

 

「だめだよ。偉い人が言ったらしいからちゃんと守らないと」

 

「けち」

 

 横滑りしながら二人並んで牽制の砲撃を撃ちながらの会話だ。

 

「どう?」

 

「強いし硬い。随伴がいない幸運に感謝だね」

 

「さすが幸運艦んっ!」

 

 足柄と時雨が左右に分かれた。二人がいた場所に雨雲姫の砲撃で生まれた水柱が上がった。

 

 時雨の言う通りだ。随伴の深海棲艦がいたならば、会話をする余裕は生まれず、アイコンタクトと呼吸で連携をとっていたかもしれない。

 

 足柄から見て右側に金剛がいる。その後方で睦月が自らの提督に無線で連絡を取っている。退避しているはずの彼の指示を仰ぐためだ。

 

 彼ならば雨雲姫との会話が無線越しに成立するかもしれない。何か決定的な手段を思いつくかもしれない。そして思いつかなければ、雨雲姫を沈める命令を彼から貰わなくてはならない。残酷だとは思わない。それが雨雲姫の提督たる彼の、彼だけに許される命令だからだ。

 

 当たり前だが、轟沈処分を受けた艦娘など過去に一人もいない。あり得ない過程だが、もし足柄が轟沈処分を受けるなら、その命令は自らの提督に下して欲しい。下らない感傷だった。

 

「合流してない? どこにいるにゃしい!?」

 

「あの馬鹿! どこに行ってんだよ!」

 

 睦月と睦月を護衛している天龍が叫んでいるのが聞こえた。まだ彼は見つかっていない。大本営には艦娘が驚くほど噛み付く彼だが、艦娘には非常に素直だった。それどこか対峙すれば尊崇の念を感じる程だ。天龍と約束した言葉を反故にするとは到底思えない。

 

 鎮守府からの引き離しは完全には成功していなかった。数は艦娘が上回っている。誤射三発といっても手加減なんて無いも同然だ。足柄達に余裕などないが、雨雲姫にも余裕はないだろう。

 

 互いの本領は海の上だ。陸から離れたまではよかったが、雨雲姫は鎮守府を背に移動をするため、陸地から離れることが出来ないのだ。

 

「イェース!!」

 

 卯月と清霜の牽制を利用した金剛の二発目の誤射が雨雲姫に命中した。ガハッ、と雨雲姫の顎が跳ね上がった。模擬弾を使う演習では足柄も顔面を狙うことはあるが、さすがに実弾だと躊躇する。戦闘狂だと言われる足柄だが、本当の戦闘狂は金剛なのではないか。

 

 嫌がった雨雲姫が陸側に移動した。最悪だ。なんでここにいる。これでは牽制の射撃も制限される。

 

 足柄は林の中で身を隠す彼を見つけた。

 

 

 

 



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17 ロミー&ジュリー

 俺は林の中を移動していた。

 

 鎮守府は基本田舎にある。人口密度の高い都市に軍事施設なんて作れないし、艦娘は国家機密だから人口の少ない場所が選ばれる。

 

 スパイ対策も兼ねている。観光客を演じたところで無意味だ。一番の目玉が鎮守府であとは海と山しかないから近づいただけで不審者決定となる。もし街中にあったとしても俺に恩恵はほとんどない。鎮守府から出られないからだ。厳密にいうと出ることは可能だけどかなりめんどくさい。公務で移動するだけでも書類を二桁用意しないといけない程だ。

 

 提督と艦娘がプライベートで外出するとかはまず許可されない。その代わり鎮守府には各種施設が充実している。人間用と艦娘用に別れているけど、生活に不自由をすることはない。ちなみに提督は艦娘用の施設を利用することが推奨されている。というか俺はクソ妖精共に憑かれている時点で艦娘施設しか利用出来ない。

 

 つまり何が言いたいかと言うと、鎮守府に連絡を取るための公衆電話が一つもなくて困っています。

 

 鎮守府から出ているはずの避難車両は合流を諦めた。混乱している中でパニック要員を追加してどうするんだって話だ。途中途中公衆電話を探しながら歩いているけど全く見つからない。よく考えたら、偶然通りかかった一般人≒スパイな立地で公衆電話なんてあるはずがなかった。俺は携帯電話を持ったことがないし、鎮守府でも防諜対策で携帯は禁止されていた。

 

 仕方がないので鎮守府から距離をとる事だけを考えて移動している。深海棲艦の偵察機を警戒して念のために林の中を移動中だけど今のところ上空にそれらしい気配はない。砲撃音と爆発音はまだ続いているから油断は出来ない。

 

 正直なところ状況が全くわからない。情報収集しようにも合流は出来ないし連絡も出来ない。天龍さん達は心配だけど熟練揃いで経験豊富だから余程の事がない限り大丈夫だと思う。

 

 一番気がかりなのがやっぱり雨雲姫ちゃんだ。二ヶ月近く演習でびっちり鍛えてきたけど、今日が初めての任務で実戦なんて一度もしたことがないんだ。雪風さんがフォローしてくれると信じてるけど、それでもやっぱり心配してしまう。

 

 俺以外の提督も艦娘を送り出す時はこんな気持ちになってるんだなぁ。頭ツルピカ提督がいたけど今度会ったらわかめの折り詰めセットを持って行ってあげよう。

 

 俺は少し休憩しようと木の根元に腰を下ろした。瞳を閉じて雨雲姫ちゃんを思った。

 

 瞼を閉じると真っ暗になって普通は何も見えない。でも俺には見える。ぼんやりだけど淡く輝く白光だ。雨雲姫ちゃんを思うとじわっと見えるんだ。最初は瞼の裏に見えてるのかと思っていたけど違ってて、俺の体の中のどこかで光っていた。抽象的だけどこれ以上の説明が出来ない。この光を見るだけで凄く安心できる。

 

 でもこれなんだろなーなんだろなーってずっと考えてたんだけど、もしかしたら俺と雨雲姫ちゃんの絆の形なんじゃないかなって思うようになった。それしか思い当たらないし。恥ずかしいから誰もに言ってないけど落ち着いたら大淀提督に相談してみよう。

 

「よし」

 

 そろそろ移動するかと腰を上げてまずい事に気がついた。砲撃音がさっきより大きくなっている。どういう事だと移動して海が見える位置で身を伏せた。はっきり見えないけど人型の影が九つ、海の上を高速移動していた。小さく光ったと思ったら水柱が上がって遅れて砲撃音と着弾音。

 

 艦娘と鎮守府に進入した深海棲艦が戦っていた。深海棲艦の数はわからないけど天龍さん達が応援にいった事や、もともと雨雲姫ちゃん達がいたはずだから数は少ないはずだ。多くても二、三体だと思う。

 

 ここにいては駄目だ。運悪く流れ弾が飛んでくるかもしれないし、俺がいるだけで艦娘の足を引っ張るからだ。艦娘は目がいい。当然深海棲艦もいいはずだ。俺は後退しようとゆっくりと腰を上げた。

 

 艦娘と深海棲艦は凄い速度で海上を高速移動している。大きすぎると遠近感がおかしくなるけど小さくても同じだ。一つの影が近づいてきてそれが雨雲姫ちゃんだと視認出来た時、俺は無事だったんだと安心すると同時に、初めての実戦で金剛さん達と型を並べて戦えるんだと誇らしく思った。やっぱり雨雲姫ちゃんは凄いって。

 

 雨雲姫ちゃんは俺に背中を向ける形で移動している。たぶん深海棲艦を警戒してるんだ。だから雨雲姫ちゃんは俺に気がついていない。あれ? 右肩の上で浮いてる白いの何? 艤装? そんなの今までなかったのに。

 

 雨雲姫ちゃんを追いかけるみたいに残りの八つの影がこっちに向かってきた。その動きはまるで連携しているみたいでお互いを攻撃する様子はない。もしかして一人で深海棲艦八体を相手にしていたの!?

 

 俺は動くに動けずその場にもう一度伏せた。声をかける事自体が雨雲姫ちゃんの足を引っ張る事になる。

 

 影は次第に大きくなって姿を判別出来るまでになった。金剛さん、足柄さん、天龍さん、雪風さん、睦月さん、卯月さん、清霜さん、と、あと一人は誰だ。見たことがない。装甲艤装の形で白露型の駆逐艦だってのはわかる。っていうか全員艦娘だった。演習でもしていたのか?

 

 雨雲姫ちゃんは八人の艦娘と向かい合っている。状況がわからない。

 

「雨雲姫、逃げたくなるくれぇの強さだな」

 

「睦月は逃げたくなってきたにゃし~」

 

「そうね、ここで逃げても恥じゃないわ。むしろ逃げてもいいのよ」

 

「清霜は戦艦になったら逃げちゃおうかなー」

 

「ここは私に任せて、全員逃げてもいいヨー」

 

「うーちゃん、逃げたくなってきたぴょん!」

 

「そうだね、逃げるのがいいかもね」

 

「逃げるなら雪風がお供します!」

 

 何言ってるのこの人達? 逃げるって言葉は艦娘から一番遠い言葉だ。艦娘が深海棲艦から逃げていたら日本はとっくの昔に滅んでいる。傷だらけになっても逃げずに戦う姿に俺は感動していたんだから。

 

 あ、清霜さんと目があった。とりあえず無事ですよって手を振っておこう。俺が小さく手を振っているのに気がついたはずなのに、清霜さんは横を向いて音が出ないのに口笛を吹いた。なんだこれ?

 

「オレの名は天龍! フフフ、逃げてもいいぜ。いや、ここは逃げるべきだな」

 

 天龍さんが右の拳を突き出して名乗った。突き出した拳の指先が小さくぴっぴって前後に動いている。あっちいけーなゼスチャーに似ている。ここから逃げるのがいいのか? 雨雲姫ちゃんが言ってくれるなら以心伝心で分かるかもしれないのに雨雲姫ちゃんは背中を向けたままで何も言ってくれない。

 

 よし、とりあえずここから後退しよう。

 

「……イヤナ コタチ……」

 

 俺はその声を聞いてぞっとした。雨雲姫ちゃんはこんな冷たい声を出す子じゃない。こんな憎しみの篭った声を出す子じゃない。

 

 人生で体験したことの衝撃だった。伏せているのに体を持っていかれると勘違いしそうだった。演習では距離をとって見ていたのに凄い迫力だった。今はそれよりずっと近い。たった一発、雨雲姫ちゃんが天龍さん達に放った砲撃の衝撃で俺の体はびりびりと震えて腰が砕けそうになった。

 

 ばしゃぁと海水の粒が大雨みたいに全身に降り注いだ。

 

「みんな撃っちゃだめー!!」

 

「清霜! そいつ抱えて逃げろ! 睦月と卯月もついていって死んでも護れ!!」

 

「僕が時間を稼ぐ。僕ごと撃ち抜いても構わない」

 

 空気が帯電しているみたいにピリピリ緊張している。意味が分からない。でも分かった。これは演習じゃない。戦闘だ。雨雲姫ちゃんと艦娘達は殺しあう関係になっているってことだ。

 

「雨雲姫ちゃん! 駄目だ! 艦娘同士で殺しあっちゃ駄目だ!!」

 

 俺はふらふらと立ち上がって雨雲姫ちゃんの背中に大声を投げた。絶対に駄目だ!!

 

 雨雲姫ちゃんはびくっと肩を震わせて振り返った。

 

 俺は雨雲姫ちゃんを見た。雨雲姫ちゃんも俺を見た。なんだよその顔は。俺は雨雲姫ちゃんにそんな顔をさせる奴を絶対に許さないぞ。

 

 白露型の駆逐艦が高速で雨雲姫ちゃんに接近する。

 

 雨雲姫ちゃんの艤装の砲身が動いたのが見えた。艤装は火を吹かずに雨雲姫ちゃんが前に動いて白露型と激突した。

 

 雨雲姫ちゃんの膂力は駆逐艦の範疇に収まらない。白露型が漫画のトラックに轢かれた転生者みたいに錐揉み回転しながらで弾き飛ばされた。

 

 金剛さんが白露型を後方に滑りながら受け止めた。

 

 直後、刀みたいな艤装を振り上げた天龍さんが信じられない速度で海上を滑って行く。

 

 雨雲姫ちゃんは左手で剣みたいな艤装を受け止めて、右の掌底で天龍さんの顎を下から打ち抜いた。

 

 俺は清霜さんに抱えられたまま大空を車田飛びで飛ぶ天龍さんを見た。睦月さんと卯月さんが盾となる位置で俺を護ってくれていた。

 

 足柄さんが雨雲姫ちゃんに突撃を仕掛ける。駄目だ足柄さん。近接戦闘は苦手だって言ってたじゃないか。俺だ。俺がいるからみんな本気が出せないんだ。

 

「雨雲姫ちゃん!!」

 

 俺は雨雲姫ちゃんに何を言いたかったのか。雨雲姫ちゃんの名前にどんな想いを込めて叫んだのか。

 

 雨雲姫ちゃんが振り返った。背後に足柄さんが迫っていた。

 

「…………バイバイ」

 

 ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! 

 

 雨雲姫ちゃんが自分を中心にして海面を撃った。大きな水柱がいくつもあがって雨雲姫ちゃんと足柄さんを飲み込んで姿を隠してしまった。

 

「雨雲姫ちゃん!! 雨雲姫ちゃん!!」

 

 砲撃の衝撃は睦月さんと卯月さんが体を盾にして遮ってくれた。清霜さんに抱えられたままどんどん遠ざかっていく戦場。

 

 包帯で巻かれた頭の傷ががずきずきとうずいていた。俺は思い出した。白露型の艦娘が幸運艦の時雨さんだったことを。雨雲姫ちゃんの肩で浮いている艤装が廃棄物Bだったってことを。なぜ俺は空を飛んでいたのかを。

 

 艦娘と殺し合える存在はこの世でたった一つだけ。

 

 雨雲姫ちゃんは深海棲艦だったんだ。

 

 

 



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18 Ninety nine Possession

 室内で荒れ狂う暴風がニュースで流れる台風レポートみたいに色んなものを飛ばしている。事務機器が浮き上がってガタンと音を立てて落下する。机は豪華客船のパニック映画みたいに横滑りする。人間はゴロゴロと転倒して、まるでその姿を笑っているみたいにケタケタと声を上げるクソ妖精共。照明は明暗を不規則に繰り返して実に目に悪い。

 

 大本営のなんちゃらっていう部署で相当に偉い人がいる場所だ。

 

「また来たのか! 今日はお前の相手をしてやれん!」

 

 びゅうびゅうと風の音がうるさい。暴風で渦を巻く書類がいい感じに邪魔だ。クソ妖精共張り切りすぎだろ。

 

 雨雲姫ちゃんの乱で大本営と鎮守府とはてんやわんやだ。鎮守府が最後に深海棲艦の攻撃を受けたのは十五年前で、それはつまり日本に深海棲艦が上陸したのが十五年振りって事になる。政府への報告とかメディア対応とか原因究明とかで大忙しのところに俺が現れた。正直悪いとは思うけど俺もそれどころではない。頼れる人がこの人しかいないからだ。

 

 雨雲姫ちゃんは姿を消した。水煙が晴れた時にはあの場から移動していて、金剛さん達が気付いた時には追いつけないくらいに距離を取られていて追跡を諦めたそうだ。俺は清霜さんに担がれて避難していた先でそれを教えてもらった。

 

 退避命令が解除されて俺は鎮守府に戻った。鎮守府の被害はそれほどでもなかった。埠頭を中心にして港湾施設は一部使用不能になったけど、艦娘の出撃には全く支障がない。大型船舶の乗り入れが困難になった程度だ。

 

 雨雲姫ちゃんは深海棲艦だった。廃棄物Bは独立型の浮遊艤装だ。そんなはずはないと思いたいけど事実だ。雨雲姫ちゃんを建造するときに明石さんは『建造される艦娘は提督に付いている妖精さんの性質が反映される』って言ってた。つまり全ての元凶はクソ妖精共だ。

 

 少し前の俺ならクソ妖精共に切れていたと思う。全部てめぇらのせいかぁ! とか、やっぱり邪悪じゃねぇかぁ! とか叫びながら。今は違う。俺はクソ妖精共に感謝している。こいつらがいなければ俺は雨雲姫ちゃんと出会えなかった。雨雲姫ちゃんは深海棲艦になっちゃったけど邪悪な存在だってこれっぽっちも思えない。

 

 大淀さんはクソ妖精共をいい子だって言ってた。明石さん達は可愛いって。俺は自分より艦娘を信じてる。だから今は邪悪とまでは思っていない。性悪妖精だ。ここから導かれる答えは一つ。雨雲姫ちゃんは小悪魔ちゃんだって事だ。雨雲姫ちゃんは邪悪な存在じゃない。少し業腹だけどそれはつまりクソ妖精共も邪悪じゃないって事だ。超簡単な証明だ。

 

 俺はちょっとすねちゃってプチ家出した雨雲姫ちゃんを迎えにいく。雨雲姫ちゃんは俺の艦娘だ。何もおかしな話じゃない。その為に大本営のなんちゃらっていう部署に来た。

 

「おっさん! 頼みがある!」

 

「今は帰れ!」

 

「なんでもいい! 足の速い船を貸してくれ!」

 

「話を聞け!」

 

「頼みを聞いてくれたら聞いてやる!」

 

 名前を尋ねるならまず自分から名乗れ理論だ。社会人として常識だろ?

 

 にらみ合う俺とおっさん。おっさんが時計を見て時間を確認した。

 

「少しだけ話を聞いてやる。来い」

 

 そうして俺はいつもの部屋に通された。第一関門突破だ。

 

「悪いが貸せる船はない」

 

 応接ソファーで向かい合って開口一番断られた。おれはその嘘を看破する。

 

「嘘だ! ドックにあるの知ってるぞ!」

 

「あれは改装中のイージス艦だ。武装は全部外してある」

 

「問題ない」

 

 俺は雨雲姫ちゃんを迎えに行くんだ。プチ家出した娘をバット片手に迎えに行く馬鹿がどこにいるってんだ。

 

「問題大有りだ」

 

 おっさんは頭を抱えた。俺は自分が無茶を言ってるのは十分理解している。理解した上で頼んでいる。他に手がないからだ。

 

「いいか、よく聞け。お前は今回の件で危うい立場に立っている。深海棲艦の建造なんて前代未聞だ。政府からお前の提督資格を剥奪しろと通達が来ている。今は自重して大人しくしていろ」

 

「じゃあクビにしろよ」

 

 提督はなりたいからってなれるもんじゃない。資質がないとなれない。今日から提督だって名乗っても艦娘は誰も付いてこない。そのそも提督資格試験なんて受けたことがない。例え大本営と政府がおれの資格とやらを剥奪しても俺が雨雲姫ちゃんの提督だって事は変わらないんだから。

 

「それは出来ん」

 

 きっぱりと断られた。例のあれか。期待しているって奴だ。つまり俺に期待しているのは政府じゃなくて大本営って事か。

 

「おっさん頼む! 一生ただ働きでいい! 貸してくれ!」

 

「……お前がこの先どれほど出世しようがイージス艦一隻の頭金にすらならんわ」

 

 世知辛ぇ。っていうか壊す事前提にしてるよね? でもな、おっさん。そうじゃないんだ。おっさんは勘違いをしている。俺はおっさんの勘違いをぶっ壊す!

 

「なぁおっさん。俺は今まで無茶をいっぱい言って来た。今回のはその最たるもんだと思ってる。普通ならこんなペーペー提督の話なんか聞く必要もないし門前払いで済む話だ」

 

 クソ妖精共を暴れさせて強制的に話をしているってのはこの際あっちに置いとこうね。

 

「でもおっさんは無茶な頼みを聞いてくれた。なんでだ? 俺に期待してるから? 何に期待してるか知らないけどいくらなんでも度が過ぎてるだろ?」

 

 何度聞いても教えてくれない。大淀さんは知ってる節があるけどやっぱり教えてくれない。右も左も分からない新人社員が「期待してるよ」って言われるのと全然違う重みがある。期待ってのは未来に対して思うことだ。つまり期待されているのは今の俺じゃない。未来の俺だ。俺はこの先、提督としてしか生きていけない。提督として何かどでかい事が出来るポテンシャルを俺が秘めてるって事だ。

 

「今は無理だ。俺はまだ何も出来ない。でもな、遠くない未来、三年か五年か、大規模作戦で先陣切って戦ってるのは俺の艦娘だ。大淀さん曰く俺は大幅に記録を塗り替えた男だ。ありえねぇ速さで深海棲艦から海を取り返してやる。一〇年先には日本の周辺から完全に深海棲艦を駆逐してやんよ。経済効果はどれくらいだ? 一〇兆か? 一〇〇兆か? もっとあるかもな。その為には雨雲姫ちゃんが必要なんだ。今連れ戻さないと絶対に駄目になんだ。イージス艦一隻ぽっちけちって一〇年先の未来を捨てるのか? 船貸してくれないと俺すねちゃうよ? 引きこもっちゃうよ? 一〇年間食っちゃ寝しちゃうよ?」

 

 突っ込みどころ満載の大風呂敷&脅し。俺の何に期待しているかって予想が外れてたら、ただの赤っ恥で、このままドックに突っ込んで無理やり奪うだけだ。その場合、もう日本にはいられない。雨雲姫ちゃんと廃棄物Bを連れて無人島に逃げるか、どこかの国に亡命くらいしか思いつかない。

 

 おっさんは瞼を綴じで腕を組んで考えている。どっちだ。当たりか外れか。当たらずとも遠からじか? どっちなんだい!

 

「二つ条件がある」

 

 ヒット! 何でも言ってくれ。今ならスマイル無料だ。

 

「今の発言に責任を取れ。言い訳も言い逃れも許さん」

 

 大丈夫だ。引きこもりなんてしない。雨雲姫ちゃんがいるだけで俺は一〇〇年頑張れる自信がある。弱い俺も情けない俺も散々見られた。これからは格好いいところだけを見せ続けてやる。

 

 でもう一つは?

 

「死ぬな。必ず生きて戻って来い」

 

 最初から死ぬつもりなんてない。雨雲姫ちゃんと廃棄物Bの三人で帰るつもり満々だからだ。実質条件は一つ。おっさんデレるの早すぎる。なら俺もデレてやるよ。おっさんは俺の価値を軽くするから言うなって言ってたから口にして言わねぇけど、これから何でも言うことを聞いてやるよ……例外はあるけどな! それと迷惑をかけるのはこれが最後だ。おっさんありがとう。

 

 善は急ぐが吉だ。俺は頭を下げてからドックに向かおうと立ち上がって部屋を出ようとした。

 

「で、乗組員(クルー)はどうする? こればかりは聞いてやれんぞ」

 

 俺は振り返った。

 

「言ったろ? 問題ないって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全長一六五メートル。全幅二十一メートル。基準排水量七七五〇トン。機関はCOGAG方式のガスタービンエンジンが四発。馬力にして二五〇〇〇。最大速力は三十ノット以上。武装は一切ない。そして驚きの価格は、一〇年以内に日本周辺から深海棲艦を完全に駆逐すること。これが俺が借りたイージス艦の基本スペックだ。相手が人間の作った兵器なら絶大な威力を誇るけど、深海棲艦相手なら紙装甲のだたの大き目の船でしかない。

 

 俺はこの船を大淀さんにお願いして注水済みのドックから破壊を逃れた埠頭部分まで運んでもらった。後は乗り込むだけだ。

 

「本当はついて行きたいんですけど……」

 

 大淀さんは申し訳なさそうに言うけど、大淀さんが謝る必要なんて全然ないんだ。手伝ってくれただけで感謝だ。今鎮守府はてんやわんやだ。メディア対応もその一つで、数少ないメディア露出が可能な大淀さんは多忙を極めている。正直他の誰かに頼もうと思ったくらいだ。

 

「でもどうやって動かすんですか? クルーは誰もいませんよ?」

 

「大丈夫です。あてがあるんで」

 

 俺は動かし方なんて全然知らない。普通なら動かない。一人で動くように作られていない。でも今は出来ると確信がある。

 

「それじゃ行って来ます。ぷち家出の小悪魔を連れ戻しに」

 

「はい。行ってらっしゃい」

 

 大淀さんに見送られて俺はタラップに脚をかけた。

 

「おっと俺たちを置いてくつもりか?」

 

 俺はその声の主に振り向いた。太陽を背にしているから逆光で姿が判別出来ない。大小合計で五人。まるで影みたいに真っ黒だった。

 

「げぇぇぇ!! お、お前達ぃ!!」

 

「何がげぇぇぇだ。馬鹿か? 馬鹿だったな」

 

 天龍さんがからから笑った。陰の正体は艦娘だ。金剛さん、足柄さん、天龍さん、雪風さん、時雨さんの五人だ。実は最初から護衛をお願いしていた。武装のない船で海に出るとか自殺行為でしかない。雪風さんと時雨さんは、母港に帰りたいはずなのに、連れて行ってくれと逆にお願いされた。特に時雨さんは何か責任を感じているみたいだった。時雨さんに責任なんてないのに。

 

「で、どうやって動かすのかしら? 私達が曳航するの?」

 

 艦娘の皆さんに引っ張ってもらうなんてとんでもない! 五人にお願いしたのは護衛だけど、俺が雨雲姫ちゃんに会うまでの露払いだ。引いてもらったら俺はただのお荷物だ。

 

「大丈夫です。あてがあるんで」

 

「雨雲姫がどこにいるかもわかんねぇぞ?」

 

「それも大丈夫。なんとかなるはず」

 

「なるはずって、本当に大丈夫かよ」

 

 出来ると思わなければこんな無茶はしない。さて今度こそ本当に出発だ。俺はイージス艦に乗り込んで少々迷いながらも艦橋にたどり着いた。艦長席に座って周りを見渡す。操舵や火気管制、無線といったシステムを制御する席があるけど今の俺には一切関係ない。

 

 俺はパンッ、と拍手を一つ叩いた。特に意味はない。なんとなくだ。

 

「さぁ、頼んだぞ、クソ妖精共」

 

 ぶーぶー文句を言いながら、床に、天井に、壁に消えて行くクソ妖精共。

 

 妖精さんは付喪神に近い存在なんじゃないか? クソ妖精共以外の妖精さんを見ていてそう思った事がある。付喪神とは長い間、大事に扱われた器物に宿る八百万の神だ。日々艦娘に大事に可愛がられ、時には人間にもお供えをされて感謝されている。艤装に憑き、提督にも憑いている。

 

 艦娘の艤装に妖精さんは必須だ。妖精さんのやる気次第で火力も命中精度も変わるほどだ。だからベテランの艦娘ほど妖精さんを大事に可愛がる。新しい艦娘が妖精さんを可愛がっていないという事じゃない。それだけ長く付き合ってきたって事だ。

 

 人に大切に扱われた想いが具現化したのが付喪神だ。なら大事にすればするほど力を増すのは当たり前だ。可愛らしい姿の妖精さんを邪険に扱う道理はないから、自然とそうなる。

 

 もともとクソ妖精共は器物に憑かなくてもポルターガイスト現象を起こせる程強力だった。普通の妖精さんはそんな事出来ない。憑かないと力を発揮できないのだ。

 

 妖精さんもイージス艦に憑けば動かす事は出来るだろう。でも数が問題だ。何体の妖精さんが必要になるかわからない。でもクソ妖精共なら? 一体じゃ無理だろう。二体でも難しいかもしれない。では三体、四体、五体では? 俺は出来ると確信している。

 

 問題はこいつらは俺の言うことを一切聞かない事だ。でもそれも解決済みだ。ぶーぶー言いながらもこいつらも雨雲姫ちゃんに会いたいのだ。だって傅いて雨雲姫ちゃんのお世話を焼こうとするくらいなんだぜ。

 

 最後に雨雲姫ちゃんがどこにいるかだ。雨雲姫ちゃん大好きなクソ妖精共の謎技術があるじゃないか。こいつらは雨雲姫ちゃんの居場所をふわっと見つけてくれるはずだ。

 

 それがもし駄目でも。

 

 俺は瞳を閉じて雨雲姫ちゃんとの絆を確かめる。深海棲艦になる前と全然変わってない。暖かくて優しい淡い百光。俺と雨雲姫ちゃんの絆はここにある。決して切れることはない。この絆を辿る先に必ず雨雲姫ちゃんはいる。

 

 俺は瞳を開いた。

 

「さぁ行こうか」

 

 二八〇〇キロワットのガスタービン発電機が唸りを上げる。電光パネルが一斉に光を灯した。二軸の可変ピッチ・プロペラが力強く回り始める。

 

 俺は何も出来ない提督だ。航海術なんて知らない。全部艦娘とクソ妖精共に丸投げだ。提督の存在意義? そんなの知らない。俺は俺の艦娘を連れ戻すだけだ。助けてって大声で泣いている大好きな女の子を迎えに行くだけだ。それは俺にしか出来ない、俺だけにしか出来ないことなんだ。

 

 バイバイって二回も別れを告げられたけど、本心じゃないのがばればれだ。俺のあきらめの悪さをずっと隣で見てただろ。

 

 待ってろよ! 雨雲姫ちゃん!

 

 




あたごのスペックをお借りしました。


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19 恩師の教え

 艦娘は無敵じゃない。補給なしで連戦を続けるとあっさり負けてしまうことがある。例え戦艦の金剛さんでも燃料・弾薬が枯渇すれば駆逐艦イ級相手でも、成す術もなく沈んでしまう。 強さは関係ない。移動も出来ず攻撃も出来ないまま袋叩きだ。だから出撃はしっかりと計画を立てて、燃料・弾薬の消費を管理する必要がある。山と一緒で、まだ行けるはもう危ないって事だ。

 

 大規模作戦とかで深海棲艦が潜む海域の奥深くに進む場合は補給艦が必須になる。速吸さんとか神威さんじゃなくて国防軍が所有する補給艦だ。

 

 艦娘が制海権を奪取する。国防軍が橋頭堡を構築する。艦娘と国防軍が補給ラインを確保する。

 

 全部が全部艦娘におんぶに抱っこじゃない。艦娘は数が限られている。いくら艦娘の体が頑強でも全部任せるとかありえない。忙し過ぎて体がいくつあっても足りなくなっちゃうし。人間が出来る事は人間がするのが当然だ。艦娘は艦娘にしか出来ない事に専念してもらうのが一番だからね。

 

 作戦中は比較的安全な後方で作戦司令部を作って提督が乗り込んだりする。イージス艦はそんな時に使われる。護衛艦や補給艦、調査船なんかで船団を作って艦娘を支援するんだ。

 

 ただ、勢いというか空気というか流れというか、ベテランの艦娘の勘は馬鹿に出来なくて、例え燃料・弾薬が少なくなっても賭けに出るた方がいいって時があるらしい。こんな時は帰還が予定時刻を大幅に超えるから、提督が頭皮にダメージを受けてしまう一番の理由がこれだ。

 

「つまり雨雲姫ちゃんの燃料・弾薬がどれくらい残ってるのか、俺、気になります!」

 

 艦娘にローテーションを組んでもらって護衛艦を護衛してもらっている。二人が護衛して二人が休息、一人が待機で回している。今話をしているのは待機中の時雨さんだ。

 

 テンションの高い艦娘が多い中、時雨さんは凄く落ち着いた話し方をする艦娘だ。見た目は幼いのにこの話し方で大人びてると感じるんだけど、僕っ子だからそれが子供らしさを強調して意味が分からなくなりそうだ。少なくとも隼鷹さんは時雨さんを見習うべきだ。せっかく美人なのに。

 

 時雨さんは最初から最後まで雨雲姫ちゃんと交戦していたし、雪風さんに並ぶ歴戦だ。ネジ一本見ただけでミサイルのスペックを予測できる変態が人間にもいるらしいし、僅かな情報で色々推測できるんじゃないだろうか。

 

「ん……難しいね」

 

 難しい? どういうことだろ。

 

「深海棲艦が現れて二十三年が経過しているけど分かっている事は少ないんだ。例えば深海棲艦も燃料・弾薬を消費するけど、どこで、どうやって補給しているのか今でも誰も知らないんだ」

 

 例え同じ量の燃料でも燃費が違うかもしれない。弾薬の製造は艦娘みたいに妖精さんがしてるんだろうか? 

 

 そういえば艦娘も謎が多い。体の基本構造は人間と殆ど同じなのに、水面に浮いたり。艤装を自由に展開出来たり、力が強かったり、艦娘工廠で建造出来たり……謎過ぎる。 

 

「生化学的な研究は進んでいるんだけど……深海棲艦の胃から何が出てきたか知りたいかい?」

 

 俺はブンブンと首を振った。脳裏に嫌なイメージが浮かんだ。あれじゃありませんように。

 

 何を食べているとか別にしても深海棲艦のDNA構成が人間と同じだとか言われたら凹む自信がある。人間同士で戦争してるって事になるからな。そういえば、昔テレビで『深海棲艦の謎に迫る』って番組してたけど、全部お茶濁して何も分からずじまいだった。

 

「艦娘に当てはめたとしても、燃料と弾薬が切れているのは期待しない方がいいと思う」

 

 つまり燃料が切れて、近くでぷかぷか動けなくなっているパターンはないのか。 

 

 現在進路は完全にクソ妖精共に任せている。時雨さんに確認したらずっと直進して一度も航路を変えてないそうだ。クソ妖精共、マジ大丈夫か? 迷ってないよな?

 

 俺があーでもないこーでもないと考えたてたら、お互い無言になって少し気まずい空気になった。こういうの天使が通るっていうんだっけ。時雨さんを見たら少し俯いていた。

 

 時雨さんが悔しそうに呟いた。

 

「……彼女が深海棲艦になったのは僕のせいかもしれない……」

 

 やっぱり気にしてたのか。元を辿ればクソ妖精共が原因だと俺は思っている。

 

「僕が村雨に似てるって彼女に言ったんだ。その後様子が変わって……」

 

 村雨ちゃんに似てるねーって、以前から他の艦娘に言われた事はある。俺はその時、村雨さんが誰か分かってなかったけど。

 

「……僕が白露型なのが原因かもしれない……」

 

 うちの鎮守府には白露型の江風さんがいる。本人は改白露型って名乗ってるけど。雨雲姫ちゃんとも仲がよかったはずだ。

 

 原因はクソ妖精共で、偶然いくつもの条件が重なって最終的なトリガーが時雨さんだったのかもしれない。でもそれは偶然時雨さんだったって事で、いつ起こってもおかしくなかったんじゃないか。きっとそうだ。

 

「……本当にごめん……」

 

 あわわわわ! 艦娘に謝られるなんてとんでもない話ですぞ! 

 

「あのっ! 時雨さんは何も悪くありません! 悪いのはクソ妖精共で、江風さんは改白露型で、村雨さんが雨雲姫ちゃんに似てて、隼鷹さんはヒャハーで俺何度も未成年だって言ってるのに!」

 

 俺はしどろもどろで時雨さんは悪くないことを説明した。口下手だからうまく伝わる自信がないけど、とにかく時雨さんは何も悪くないって何度も言った気がする。

 

「……ありがとう」

 

「なんか伝わってない気がするけど、逆に良かったと思います。早めに分かったんだから。もっと後で作戦行動中だったら目も当てられないし。それに俺も雨雲姫ちゃんも凄く幸せですよ」

 

「え?」

 

「だっていっぱい迷惑かけたのに、こんなにたくさんの艦娘に助けてもらって、本気で心配されて。だからちゃんと連れて帰って二人揃ってみんなに、ごめんなさいありがとうってお礼言わないといけないから」

 

 問題はお礼の折り詰めセットを用意するお金がないということだ。今回の被害金額は一体いくらになったのか。もはや俺の給料差し押さえレベルでは済まないような。不可抗力ですって言い訳が通ればワンチャン。

 

「ふふ、給料が出ないとかそんな提督いないよ。面白いこと言うね。でもありがとう」

 

 あ、冗談だと思われている。そうか、時雨さんは任務でずっと鎮守府にいなかったから、俺の話知らないのか。えぇ、今六ヶ月+αなんですよ。このαはどれくらいになると思います?

 

 本気で時雨さんは悪くないですよって気持ちが伝わったのか表情が明るくなった。

 

 この後時雨さんにたくさん話を聞いた。自分の提督の事、任務での失敗談、轟沈しそうになった時の話、名前の意味、深海棲艦のボスを一人で引き受けた話、バレンタインのチョコは毎年欠かさず手作りしている事、雨の日が好きな事、色々、色々。

 

 そうだ。帰りは雨雲姫ちゃんも時雨さんといっぱい話をすればいい。ためになる話が満載だ。

 

 俺達は護衛のシフトが交代するまで話をしていた。幸運艦が二人もいるお陰か、道中で深海棲艦と接敵することはなかった。

 

 翌日の正午、雨雲姫ちゃんを発見した。

 

 

 

 

 

 

 

 深海棲艦が単独で行動する事は滅多にない。謎だらけの深海棲艦だけど仲間の概念がある事は確かだ。連携した戦術を取ったり、かばい合う行動も確認されている。ヒエラルキーを持っているのは確定的に明らかで、群れの最上位がかばわれることが多いそうだ。意思の疎通はどうしているのか、駆逐艦イ級は「イキュー イキュー」叫んでいるか。まだまだ分からない事は多い。

 

 深海棲艦は群れで行動する。これだけを見て、とある西欧の動物学者が狼の生態に似ていると言った事がある。概ね一〇頭以下で社会的な群れを形成して縄張りを維持する。群れを率いるリーダーがいて連携して狩りをする。

 

 表面的な部分だけを見て似ているって言われてもどうかなとは思う。狼は深海棲艦みたいにでデタラメなフォルムをしていないし、深海棲艦は問答無用で人間を襲う。そもそも狼に対するイメージは西欧と日本では大きく違っている。

 

 西欧だと家畜を襲ったりすることから、害獣のイメージが定着している。吸血鬼の眷属だったり、童話では煮殺されたりと悪の動物だ。実はこれ、とある一神教が原因だったりする。偉い人が言ったんだ。悪の化身だーって。天文学者ガリレオは死後三〇〇年で破門を解かれたけど、狼はまだ謝罪を受けていない。がんばれ動物愛護団体。もっと熱くなれよ!

 

 日本では神様だったり神様のお使いだったりした。狼=おおかみ=大神、と昔の人は言葉の使い方が面白い。日本の狼は人を襲う事って殆どなかったんだって。でも文明開化でちょんまげぴょんしてから西欧文化の影響で害獣指定されて絶滅しちゃった。そのせいで鹿とか猪が増えて、自然破壊が大変だったそうだ。

 

 最近流行のウェブ小説とかで狼が悪者にされているのは西欧文化の影響が大きいんだと思う。狼が家畜を襲うのは森が切り開かれて生活圏を一方的に奪われたからだ。日本は自然豊かだったから人間を襲うどころか、山で迷った人を里まで送ったって記録が残っている。これはさすがにどうかと思うんだけど本当のところは縄張りから出るまで見張ってたんじゃないかなぁって。

 

 実際の狼は一夫一妻で家族思いの誇り高い動物だって事が分かっている。高い社会性を持っていて、狩の名人で天性のランナーだ。ライオンみたいに自分が産んだ子を食い殺したりなんかしない。狼に転生してもハーレムは作れないから注意だ。

 

 足柄さんが良く使う飢えた狼ってフレーズは、艦時代に皮肉で言われたそうだけど、実際には狼の生態を知っていて使っているのかもしれない。だって足柄さんは誇り高い艦娘だからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪風さんが雨雲姫ちゃんを発見して、俺は艦橋でその連絡を受けた。今、俺たちは艦橋でがん首そろえて相談中だ。

 

 雨雲姫ちゃんは群れを構成している。この場合は艦隊を編成している言った方がいいんだろうか。

 

 雨雲姫ちゃんが集めたのか、自然と集まったのかとか、どうやって集まったのかとかは分からない。だって誰も分かんないんだもん。

 

「雨雲姫ちゃんが旗艦ですね! 他の深海棲艦に指示を出してます!」

 

 雪風さんが双眼鏡で覗きながら教えてくれた。双眼鏡が艤装なのかいつか聞いてみたい。というかこの距離だと双眼鏡使わずとも艦娘ならはっきり見えるはずだ。雪風さん、水平線の彼方まで見れるでしょ。俺には一〇キロ以上先にいる深海棲艦は全く見えない。

 

 艦橋の高さの都合上俺たちは十数キロ先まで見える。雨雲姫ちゃん達はせいぜい五、六キロだ。俺たちは雨雲姫ちゃんの艦隊が丸見えで、雨雲姫ちゃんは艦橋とにょきっと出ているアンテナが見えてるはずだ。

 

「戦艦棲姫が二、レ級が二、タ級が一。えれぇ重量編成だな。ちょっとした海域深部並じゃねぇか」

 

「でもバランス悪い艦隊ね。私達もそうだけど」

 

「僕達が来るのを待ってたみたいな動きだ」

 

「Hey、提督ぅー、余程じゃない限り命令に従うヨー」

 

 正午。太陽は真上だ。遮蔽物が一切ない海上。あえていえばイージス艦が遮蔽物となる。紙装甲だけど。

 

 深海棲艦の艦隊は整然と並んでいるらしい。雨雲姫ちゃんを旗艦にして重量編成。天龍さんが名前を上げた深海棲艦を俺は資料でしか見たことがない。でも全ての深海棲艦が強敵だと分かる。雨雲姫ちゃんを除いて全て戦艦クラスだ。そして雨雲姫ちゃんの能力は下手な戦艦を上回っている。

 

 時雨さんは俺達が来るのを待っていたみたいな動きだと判断したけど、ちょっと違う。みたいじゃない。待ってたんだ。雨雲姫ちゃんは俺が追っているのを知っていた。俺が雨雲姫ちゃんの存在を感じるように、雨雲姫ちゃんも俺の接近を感じていた。なら深海棲艦として迎え撃たなければいけない。深海棲艦がうじゃうじゃいるもっと奥の海域じゃなく、他の深海棲艦に邪魔されないこの海域で。

 

 もっと奥だと俺に会えないかもしれないもんな。

 

「無理矢理にでも隼鷹連れてくりゃ良かったな」

 

 天龍さん違います。その場合、雨雲姫ちゃんは空母を入れた編成にしてたはず。雨雲姫ちゃんは俺らに合わせてくれたんです。

 

「で、提督。五対六だけど、作戦あるのかしら?」

 

「え? 六対六ですよ?」

 

 やだなぁ足柄さん。俺を勘定に入れ忘れてますよ。

 

「え?」

 

「エ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 余りのえ? の多さに俺もえ? って驚いて言い返してしまった。何か重大な共通認識の齟齬を感じる。

 

「おい、ちょっと待ってろ」

 

 天龍さんが艦橋から出て行って少したってから甲板に姿を現して船首に立った。

 

「タイムだ! もうちょっと待ってろ!」

 

 雨雲姫ちゃんがいるらしき方向に、手でTの字を作ってメッセンジャーガールになった。かなり混乱しているようだ。本気で伝えるつもりなら艦橋でしないと。船首だと高さの都合上、雨雲姫ちゃんからは見えないし、さすがにこの距離だと聞こえないはずだ。聞こえないよね?

 

 天龍さんは肩をいからせながら甲板をのしのしと歩いて暫くして艦橋に戻ってきた。

 

 天龍さんがゴミを見るような目つきで俺を見る。

 

「この船、特殊な装甲追加してんのか?」

 

 声のトーンが低い。低いのに冷たい声だ。

 

「紙装甲です」

 

「武装は?」

 

「ついてません」

 

「本気で言ってるのか?」

 

「もちろん」

 

「ちょっと待ってろ」

 

 天龍さんは他の四人の艦娘を集めて円陣を組んで何やら相談しはじめた。はっきり聞こえないけど、バカとか、あそこまでとか、本物のとか漏れ聞こえる。

 

「えっと……提督、僕達は五対六で戦うつもりだったんだ。もちろん五の中に提督は入っていないよ? 厳しい戦いになるけど、最後は雨雲姫さんだけを残して動けなくなるまで削ってって考えていたんだけど……」

 

 なにそれ、怖い。雨雲姫ちゃんを全員でタコ殴りとか。俺そんな事お願いした覚えないんだけど。

 

 俺は発言者の時雨さんを見て金剛さんを見た。金剛さんは頷いて同じ意見だとアピールした。

 

 足柄さんがコクリ。雪風さんもコクリ。天龍さんもコクリ。俺はマイノリティだった。どうやら最初からボタンを掛け間違えていたみたいだ。ちゃんと説明しなければ。雨雲姫ちゃん相手だとふわっとした感じで通じてたから全然気にしてなかった(ドヤァ

 

「俺は雨雲姫ちゃんを迎えに来たんであって、戦いに来たわけじゃないんです。道中深海棲艦が出るかもしれないから護衛をお願いしました。雨雲姫ちゃんが艦隊組んでくるって可能性すっかり抜けてましたけど。雨雲姫ちゃんは俺に任せて、皆さんは他の深海棲艦を押さえていて欲しいです」

 

「俺に任せて……だと?」

 

 天龍さんが食いついた。あれ? 俺、なんか変な事いった? 

 

「いいか! 良く聞け! あれ(雨雲姫)があん中で一番強いんだ!」

 

 天龍さんが雨雲姫ちゃんがいるらしき方向を指差した。

 

「俺ら八人がかりで逃げられたんだよ! あれ(雨雲姫)から一発でも直撃食らうと金剛でもやべぇんだ! 武器はない! 装甲は紙! 死にたいのか!?」

 

 天龍さんを怒らせてしまった。そんなつもりなかったのに。でもちゃんと思っている事伝えないと。

 

「死ぬつもりはないですし」

 

「死ぬだろうが! こうボカーンと! 一発で沈むぞこんな船!! 木っ端微塵になるわ!」

 

「だって雨雲姫ちゃん撃たないし」

 

「撃たれただろう! 空飛んだじゃねぇか! ぴゅーんって! 林にいた時も撃っただろ!」

 

「撃たれてないですよ。雨雲姫ちゃんが撃ったのは地面と海ですし」

 

 俺が空を飛んだのは、これから戦場となる場所から俺を逃がす為だ。ちょっと強引だったけど。林にいた時もあのままだと俺が危ないと思ったから水遁の術で逃げたんだ。ちょっと強引だったけど。

 

「あっ」

 

 雪風さんが何か思い出したみたいな顔をした。

 

「そんなの偶然かもしんねぇだろ!? 何を根拠にそんなに自信満々なんだよ!?」

 

「だって俺は雨雲姫ちゃんの提督だから」

 

「ぐう」

 

 雨雲姫ちゃんが深海棲艦になったからって、俺が雨雲姫ちゃんの提督だって事は変わらない。彼女が俺を傷つけることは絶対にない。頭の傷は彼女にとっての不幸な事故だ。もしおれが彼女にとって取るに足らない人間だったなら、存在すら認識されずに最初の戦闘に巻き込まれて肉片になっていたはずだ。

 

「雨雲姫ちゃんは今でも俺の指示を聞いてくれてます。とっさに艦娘同士で殺し殺し合わないでって叫んだら、苦手な肉弾戦してたでしょ?」

 

「あっ」

 

 時雨さんが思わずといった感じで声を出した。

 

 あの時、雨雲姫ちゃんの艤装は動いていた。でも時雨さんを撃つ事はなかった。肉弾戦は苦手だから結果的に時雨さんと衝突になった。天龍さんとの勝負はスペック差でごり押しだった。天龍さんの間も相当悪かった。天龍さん相当慌ててたし。冷静だったらあんなにきれいに空を飛ばなかったはずだ。

 

「……それでも、流れ弾が飛んでいくかも知れねぇ。こんな船、かすっただけで簡単に穴あくぞ……」

 

 天龍さんにさっきまでの勢いがなくなった。俺はただ説得しようとしてるだけで、意気消沈させるつもりなんてないんだ。気を悪くさせたなら凄く不本意だ。折り詰めセットで許して貰えるだろうか。ひもにはなれないしどうすればいいんだ。

 

 それでも天龍さんの問題提起は俺にとって愚問なんだ。俺が分かるのに艦娘の天龍さんが分からないってのが不思議だ。いや、まてよ。これ違うぞ。きゅぴーんと来たぞ。天龍さんは俺を成長させようとしてずっと頑なな態度を演じてくれてたんだ。おれはずっと天龍さんにOJTを受けていたんだ。憎まれ役まで演じてこんな自然に教育を差し込むなんて! やっぱり艦娘って女神様だ!

 

「俺は艦娘のみんなを信じてます。だってこんな豪華なメンバーが揃ってるんですよ。オールスターじゃないですか。流れ弾なんて飛んでくる筈ありません」

 

 この答えで合ってますよね! 天龍さん!! でもこれは俺の本心ですよ! 提督が艦娘を信じるのは当たり前なんだから!

 

「もう知らねぇ! 好きにしろ!!」

 

「ありがとうございます!」

 

 勉強させてもらいました!! ヒュー!! 提督を育てるの上手過ぎでしょう!!

 

 でも天龍さんの様子を見る限りぎりぎり及第点ってところか。提督って難しいぜ。クソ大本営に天龍さんを見習って欲しいよ全く。

 

「あら? もういくの? 顔が赤いわよ?」

 

「うるせぇ」

 

 天龍さんは艦橋を出て行った。天龍さんから了承をもらった。雪風さんと時雨さんも大丈夫そうだ。後は金剛さんと足柄さんだけど。

 

「私は今も反対よ? でも提督にここまで信頼されると応えなきゃいけないのが艦娘なのよねぇ」

 

 足柄さんは渋々といった様子だけど了承してくれた。信頼するのは簡単だ。自分の主観なんだから。でも信頼を得ることは難しい。お互い信頼し合うのはもっと難しい。なんせ俺は実績なんてないんだ。自分の提督じゃないのに応えてくれる足柄さんもやっぱり女神様だ。

 

 残すは金剛さん一人だ。金剛さんは腕を組んで瞼を閉じて少々難しい顔をしている。小さくため息をついて、がくんとうなだれ、首を持ち直すとまた難しい顔。最後にもひとつため息ひとつ。はぁぁ、って出たため息の音が仕方ないって聞こえた。

 

 金剛さんは俺の背中をぽんと軽く叩いて、

 

「背中は金剛に任せるネ」

 

 それまでの難しい顔から一転、綺麗な笑顔を見せて艦橋から出て行った。

 

「それじゃ雪風達も行ってきます! でも、無茶しちゃ駄目ですよ!」

 

 雪風さんと時雨さんが艦橋から消えて俺一人になった。俺は艦長席に深く腰を下ろした。

 

 艦娘たちには聞かれなかったけど、実は最大の問題が残っていた。正直解決方法が見つからない。世界中で誰も分からない問題だ。正直勢いだけでここまで来た感は否めない。でも鎮守府でじっとしているより、拙速だけど雨雲姫ちゃんに会いに行く方がずっといい。

 

 艦橋の窓の向こう。俺には見えないけど、艦娘には雨雲姫ちゃんが見えてた。つまり雨雲姫ちゃんも艦橋の俺たちが見えてた。今、俺を見てくれているのかな。

 

「クソ妖精共、雨雲姫ちゃん以外、目もくれるなよ」

 

 護衛艦がゆっくりと動き出した。天龍さんが先行して海の上を滑って行くのが見えた。

 

 俺と雨雲姫ちゃんの、実弾が飛び交う過去最大の喧嘩が始まろうとしていた。

 

 

 



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20 君との未来

r様。脱字報告ありがとうございます。


 護衛艦の全幅は二十一メートル。これは大よそビル七階分に相当する大きさだ。水平線の向こうから俺たちが姿を現す場合、最初に艦橋上部にあるアンテナ群が。次いで艦橋。そしてビル七階分の船体が見えるって事になる。艦娘の大きさはそのまま人間サイズ。だから護衛艦が船体を殆ど姿を晒してからじゃないと見えない。

 

 護衛艦は紙装甲だ。深海棲艦の攻撃が当たれば木っ端微塵だ。雨雲姫ちゃんは俺を撃たない。でも他の深海棲艦は分からない。深海棲艦が空気を読んでくれるか、雨雲姫ちゃんが撃たない様に命令しない限り格好の的だ。

 

 俺は多分大丈夫なんじゃないかぁって言った。五人の艦娘はそんな保障はどこにも無いって引かなかった。悪いのは謎過ぎる深海棲艦だ。

 

 最初に天龍さんを先頭に五人の艦隊が先行した。もう俺の目には艦娘が見えないくらい距離をとっている。人間は艦娘と肩を並べて戦えないって事を否が応でも叩きつけられる。

 

 護衛艦は微速前進中だ。クソ妖精共が取り憑いた護衛艦を俺は自由に操作出来ない。こいつら俺の命令をほんとに聞かないんだから。もしかして俺がクソ妖精共に命令して護衛艦を動かしたと思ってた? 残念! こいつら雨雲姫ちゃんに会いたいだけでした! 最初から雨雲姫ちゃんに向かって真っ直ぐしか進んでいない。速度の変更は天龍さん達艦娘が言い含めてくれたからなんとかなってるってだけだ。

 

 護衛艦の上空で足柄さんの零式水上観測機が旋回している。次に護衛艦に動きがある時は観測機がアクションを起こした時だ。艦娘達が雨雲姫ちゃんと深海棲艦を十分に引き離した時、足柄さんが観測機で合図を送ってくれるって寸法だ。

 

 もし俺が「動いた! クソ妖精共! 全速前進!」って言ったとしてもそれはただのロールプレイになるだけだ。試しに言ってみよう。

 

「今だ! クソ妖精共! 全速前進!」

 

 ……ほらね。

 

 交戦が始まった。音だけだ。砲撃の火は見えない。双眼鏡を使えば見えるかもしれない。今の俺は艦長席に座ってじっと待つことしか出来ない。

 

 砲撃音が絶え間無く聞こえる。相互に撃ち合っているんだ。今聞こえた一つの砲撃音で誰かが血を流しているかもしれない。足柄さんは笑いながら戦っているかも。金剛さんはあの不敵な笑顔を浮かべているんだろうな。時雨さんは牽制しながら接近して、雪風さんがみんなのフォローしながら。

 

 砲撃音が少し減った。誰かが接近戦で取り付いたんだ。多分時雨さんだ。もしかしたら金剛さんの砲撃が深海棲艦を沈めたのかもしれない。悪いほうには考えない。

 

 空と海と雲だけでしか判断出来ないから正しいか分からないけど進路が変わっているようには見えない。換わってないのなら雨雲姫ちゃんは動いてないってことだ。五対六じゃなく五対五、それもマンツーマンで戦えているって事になる。金剛さん以外が接近戦に持ち込んで強引に引き離す。接近戦が苦手な金剛さんは砲撃で深海棲艦を沈める。だからこの砲撃音はが少なくなればなるほど接近戦に持ち込めているって事になる。

 

 めちゃくちゃだ。作戦なんてもんじゃない。でも人間の俺が雨雲姫ちゃんと一対一になるのはこれしか思い浮かばなかった。雨雲姫ちゃんが戦闘に参加しないことを前提にした艦娘任せのパワープレイ。俺は雨雲姫ちゃんが戦闘に参加しないと確信している。だってお膳立てしたのは雨雲姫ちゃんで、深海棲艦が雨雲姫ちゃんから離れないと俺に会えないって分かってるはずだ。遠く離れているけど阿吽の呼吸だ。

 

 砲撃音が少しづつ小さくなっていく。音がまた少し減った。天龍さんかもしれない。天龍さんは雨雲姫ちゃんとの演習で何度も空を飛んでるけど、接近戦をしないからだ。一度剣を使っての接近戦を見た事あるけど、相手に何もさせないまま勝ってしまった。火力が高くないから近づくまでが大変らしい。俺がオールスターに選出した理由がこれだ。演習で雨雲姫ちゃん相手に接近戦をしない理由は大人気ないからだって。かっけぇよ。

 

 俺は瞳を閉じた。俺の中のどこかにある雨雲姫ちゃんとの絆を形にした淡い白光に意識を向ける。この先にいるってのがわかる。殻に篭って泣いてる気がする。ごめんなさいって謝りたくても謝れなくて無理やり押さえつけられて出て来れない。なんとなくそう感じる。正しいかは分からない。感じるだけだ。

 

 俺は絆に語りかけた。

 

 ごめん。俺、まだ雨雲姫ちゃんを艦娘に戻す方法思いつかないんだ。でも鎮守府にいるだけじゃ何も出来ない。考えなしにここまで来ちゃったんだ。いつもみたいに沢山の人に迷惑かけて、でも助けてもらって。聞いてよ。俺、たぶん一生給料もらえないかもしれない。雨雲姫ちゃんが壊しちゃったから、俺が弁償するのが当たり前なんだけど、あんなでっかい埠頭の建築費ってどれくらいなんだろね? 他にも倉庫とかクレーンとか全損だよ全損。でも雨雲姫ちゃんが料理作ってくれるから食べるには困らないね。二人で謝罪行脚する時に持っていく折り詰めをどうするか一緒に考えようよ。ぎゃーぎゃー頭抱えながらどうしようどうしようって騒ぐかもしれないけど、それも二人ならきっと楽しいよ。ねぇ、雨雲姫ちゃん。

 

 ゆっくりと瞼を開いた。砲撃音はもう聞こえなくなっていた。

 

 艦橋の窓に護衛艦をフライパスする零式水上観測機が見えた。クソ妖精共を挑発しているのか惚れ惚れするバレルロールマニューバを決めていた。俺の目が艦娘並みによかったらコックピットでサムズアップを決めているどや顔の可愛い妖精さんが見れたかもしれない。

 

 俺は艦長席から立ち上がった。

 

「動いた! クソ妖精どあぁぁぁぁ!!!」

 

 全速前進する護衛艦。クソ妖精印の護衛艦の速度は三十ノットなんかに収まらない。俺は慣性の法則にしたがって床をゴロゴロと転がって壁に頭をゴチンとぶつけた。

 

 ね? 言うこと聞かないでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は今船首の先端に立っている。耳元で風がびゅうびゅう聞こえる。おうクソ妖精共、そんなに早く雨雲姫ちゃんに会いたいのかよ。奇遇だな、俺もだよ。結構な速度が出ているはずなのに周りが空と海しかないからそれほど体感速度はそれ程でもない。ただただ風の音がうるさい。

 

 この先にいるはずなのにまだ見えない。艦娘も深海棲艦もいない。砲撃音なんてとっくの昔に聞こえない。波で船体が上下に揺れて体が浮くのを必死に耐える。これは設計速度以上でてますねぇ。クソ妖精共! 少しは自重しろ!!

 

「見えた!!」

 

 眇めた視線の先に小さな点。だんだん大きくなってぼんやりと白い事だけしかわからない。

 

 何かが光ったと思った瞬間、護衛艦の艦橋の上にあるアンテナ構造群がまるごと吹っ飛んだ。

 

「わお! 手荒い歓迎!」

 

 まだ顔は全然判別できない。ぼんやりと白い人型をしてるのは確実だ。

 

 人型が小さく光るたびに、護衛艦の左右斜め前に水柱が立ち上る。水しぶきが体中にバチバチ当たって結構痛い。

 

「ちょっと見ない内に射撃下手になったんじゃないのぉぉ!?」

 

 顔ははっきり見えない。でも雨雲姫ちゃんによく似合う白い装甲偽装と右肩の廃棄物B(白い独立型浮遊偽装)が確認できた。

 

 水柱がいくつも生まれて、水しぶきで雨雲姫ちゃんの姿が時々隠れてしまう。そんなに恥ずかしがるなよな! 今すぐそっちに行ってやるから!

 

 俺は船首の手すりに足をかけた。

 

「アイ」

 

 ぐっと右足に力を込めた。

 

「キャン」

 

 タイミングを合わせて両足を手すりに乗せた。

 

「フラーーーーーーイ!!!!」

 

 ごめーん! 準備で遅れちゃったー!! 待ったぁぁぁ!!?

 

 あの日、えちえちな本の為には飛べなかったけど、俺、雨雲姫ちゃんのためなら空だって飛べるんだぜーーーーー!! ひゃっはぁーー!!!

 

 俺は護衛艦から全力全開でダイブした。護衛艦の速度が乗ってるからものすごい速さで近づいてくる雨雲姫ちゃん。実際には俺の方が近づいている。雨雲姫ちゃんは足を完全に止めているから相対的にそう見えるって事だ。背後から自重しないクソ妖精共が操る護衛艦が速度を落とさず迫ってくる。

 

 死ぬ! 死ぬ! クソ妖精共に轢き殺される!! マジで死んじゃう!!

 

 走馬灯が見えない! だって俺は死なないから!!

 

 ふわっと柔らかく受け止められた。と思ったら直後にものすごい音がした。左手で護衛艦から遠ざかる位置で俺を抱えた雨雲姫ちゃんの右手は護衛艦の舳先にめり込んでいた。両の足に装備している室内スリッパみたいな艤装がしっかりと海面を掴んで、削った水しぶきを滝みたいに左右に飛ばしていた。自重しないクソ妖精共はスクリューの回転数を落とさない。お前らは飼い主に会って興奮しすぎて我を忘れた犬か! 本来の飼い主()は俺なんですけどぉぉ!!

 

 クソ妖精印の護衛艦と雨雲姫ちゃんとの力比べだ。

 

 やべぇと思った瞬間、雨雲姫ちゃんが護衛艦の進行方向に対して四十五度、体の向きを変えた。そして護衛艦の舳先をサッカーのボレーシュートみたいに豪快に横殴りに蹴ってしまった。

 

 作用と反作用にしたがって俺は雨雲姫ちゃんに抱きかかえられたまま後方に飛んでいた。バランスを崩した護衛艦が船体を斜めに傾けながら俺たちの目の前を通り過ぎていく。すげぇ。この展開は予想してなかった。

 

 俺は首をひねって雨雲姫ちゃんを見上げた。雨雲姫ちゃんは護衛艦を見たまま俺と視線を合わせてくれない。そして雨雲姫ちゃんは俺を抱える左腕から力を抜いた。俺は雨雲姫ちゃんの体の柔らかさを堪能することなく海に落下した。

 

 慌てて体を丸めた俺の体は、三回水切りみたいに海の上を小さく跳ねて止まって沈んだ。

 

「ぶはっ!」

 

 水の上に立てない俺は首だけを海上にだしながら靴と上着を急いで脱いだ。首を巡らせて雨雲姫ちゃんを探すと五メートルくらいの距離をとって艤装を俺に向けていた。

 

「四日ぶりだね。会いたかったよ」

 

「……ノコノコト…………バカナ…コ……」

 

「その話し方も悪くないけど、どっちかって言うと前の方が俺は好きかな」

 

「……ホント……ウルサイ…コ……」

 

「ちゃんと食べてた? ちょっと痩せたんじゃない? なんつってー。艦娘は太らないし痩せもしないもんね」

 

「…………」

 

「天龍さんどうだった? あの人気がついたら空飛んでるからちょっと心配だったんだけど」

 

「……ヤメロ……」

 

「間宮さん来月で異動するみたいなんだ。その前に一緒に食べに行こうよ。俺はお冷だけだけど」

 

「……ヤメて……」

 

「雨雲姫ちゃんに黙っていた事があって……えちえちな本、実は一冊隠し持ってました! ごめんなさい!」

 

「……シニタイノカ……ダマレ……」

 

「俺また借金増えちゃった。あの船一〇〇〇億くらいするんだって。一人じゃ返しきれないから手伝ってよ」

 

「……ダマレ……」

 

「もう直ぐ三人目の建造なんだよなぁ。でも心配しなくていいよ。クソ大本営にぬいぐるみ見せて三人目だぁ! ってしてやるから」

 

「…………ダマレ……」

 

「ほら俺外食無理じゃん? 食堂か雨雲姫ちゃんの手料理が生命線なんだけど、どっちかって言ったら迷う余地なしに雨雲姫ちゃんの手料理が食べたいな」

 

「…………ダマっテヨ……」

 

「あっごめん。もちろん廃棄物Bの事も忘れてないよ。大事な俺たちの子だもんね。なんだよ反抗期かよ。そんなに真っ白になっちゃってさぁ」

 

「……オネガイ……モう……ダマっテヨゥ……」

 

「…………ねぇ雨雲姫ちゃん」

 

「……ウン……」

 

「俺、雨雲姫ちゃんになら殺されてもいいと思ってるんだ。もし雨雲姫ちゃんがそれで楽になるなら今すぐでもいいかなって」

 

「…………ソンナの……ムリィ……」

 

「じゃあ、一緒に帰ろ? みんな心配してるよ」

 

「……ムリだヨゥ……」

 

「あぁ、ごめんね。泣かすつもりなんかこれっぽっちもなかったのに」

 

「……ッ……っ……」

 

「ごめんね、ごめんね」

 

 俺に艤装を向けたまま、子供の様に泣きじゃくる雨雲姫ちゃん。二つの琥珀色の瞳から大粒の涙がぼろぼろとこぼれて艤装を持ってない腕で何度も何度も拭っている。でもどんどん溢れる涙は拭いきれなくて海にぽたぽた落ちていた。

 

 俺たちは本当に泣き虫だよね。俺は鎮守府に来るまではほとんど泣いた事がないのに、この二ヶ月足らずで何回も本気で泣いているんだ。

 

 雨雲姫ちゃんの本当の名前に戻す事が出来なかった時、本気の攻防でえちえちな本を取り上げられた時、あとこれは雨雲姫ちゃんは知らないけど、空を飛んだ日に天龍さんに戦力外通告受けて泣いちゃったんだ。

 

 雨雲姫ちゃんも結構泣いたよね。初めての演習の時とか、クソ大本営に騙されてて俺が三日間食事に抜きになってた時とか、あとそうそう、俺が告白した時もお互いわんわん泣いたよね。あのテンションは二人ともかなりおかしかったし。

 

 俺たちの涙は全部お互いが関係してたよね。喧嘩したり思いあったり悔しがったり。でも泣く度に俺たち少しづつ成長したんじゃないかな? 俺は今でも子供だけど前はもっと子供だった。俺が少しでも成長してるって感じてくれるならそれは全部雨雲姫ちゃんのお陰なんだ。雨雲姫ちゃんがいなかったら俺は今でも周り中敵だらけにしてハリネズミみたいに自分の針で周りを傷つけて自分も傷ついてる。だから雨雲姫ちゃん、ありがとう、俺のところに来てくれて。大好きだ。

 

「……ワタシモォ……」

 

「俺ね、勢いだけでここまで来ちゃってさ、今の今まで雨雲姫ちゃんが艦娘に戻る方法分からなかったんだ。でも一つ思いついちゃった」

 

「……ナァニ?……」

 

 昔からお姫様の呪いを解く方法はたった一つだ。呪いを解いた王子様とお姫様はそれからずっと一緒に幸せに暮らすんだ。

 

 だから。

 

「キスをしようよ」

 

 雨雲姫ちゃんの顔が真っ赤になった。俺も間違いなく赤いはずだ。顔が熱いもん。

 

「し、下心なんてないよ! ごめんなさい、めちゃくちゃあります……」

 

 素直に反省出来るおれはこの瞬間に成長したはずだ。俺たちは手を繋いだ事はあるけどキスはしたことがない。俺の誓いのせいだ。雨雲姫ちゃんが艦娘に戻れるのなら、俺の誓いを破るなんてなんて軽いもんだ。そんなものより雨雲姫ちゃんの方が大事だ。

 

「……ウン……」

 

 えっと、どうしよう。俺は海面から首だけ出てる状態だし、雨雲姫ちゃんは艤装を俺に向けたまま海の上に立ってるし。このままだと雨雲姫ちゃんが四つんばいになってのキスになるのか? ファーストキスがものすごい間抜けな絵面になるんだけど。

 

 俺がどうしようと悩んでいると艤装を向けたままの雨雲姫ちゃんが近づいてきて片手で俺を海から持ち上げてくれた。そのまま腕の位置をずらしてお互いの顔が正面に来るように俺のお尻を支えてくれた。艤装は俺に向いたままだ。

 

 あ、これやべぇ。片手で支えてくれてるから下半身がめちゃくちゃ圧迫されてる。具体的に言うと下半身を押し付けあってる形と申しましょう。このままだと元気になる、元気になる、元気に……なっちゃった……。

 

 完全形態までの途中経過をリアルタイムで知られてしまった。終わった。

 

 俺はうな垂れたまま雨雲姫ちゃんが怒ってないか恐る恐る覗き見た。雨雲姫ちゃんは何かどうしたんですか、キスをしないのですか? って感じで首を傾げている。

 

 おっとこれは気付かない振りですね。お互い成長したしましたね。にっこり。ええい。

 

 俺は左腕を雨雲姫ちゃんの腰に回して、雨雲姫ちゃんの顎に右の指を添えた。俺の頭の位置が少しだけ雨雲姫ちゃんより高いという心憎い演出をされている。

 

 きっかけを与える程度の指先。雨雲姫ちゃん顔が傾いて今までにない至近距離で心臓がばくばく動いているのに気付いた。下半身はどくどくしている。ごめんね、やんちゃ坊やで。

 

 俺は顔を近づけて……あれ? 目を瞑るんだっけ? 鼻が当たりそう。呼吸はどうするんだ? お互い見つめあったまま固まってしまった。

 

 雨雲姫ちゃんが瞳を閉じた。

 

 あ。

 

 俺達は自然に唇を重ねた。本当に触れるだけのキス。目的を忘れるところだった。馬鹿すぎる。すごく優しい気持ちになれるキス。初めてのキスというより、これが俺達にとって当たり前の事なんだって思えたキスだった。

 

 唇は直ぐに離れてお互いそのまま見つめあって。雨雲姫ちゃんの瞳から凄く綺麗な涙が一筋流れた。

 

 ん?

 

 あれ?

 

 なんだこれ?

 

 何かおかしい。幸せなはずなのになんでこんなに胸騒ぎがするんだ。これからお姫様はずっと幸せになるのに。なんで? どうしてだ? なんだよこの悪い予感は。

 

 胸に衝撃を受けた。海面すれすれを凄い速度で飛んでいた。着水はまた水切りみたいにバウンドした。一回海に沈んでから急いで浮上した。

 

「雨雲姫ちゃん!!」

 

 ドン! ドン! と爆破音が聞こえた。遠くにいる雨雲姫ちゃんの艤装と廃棄物Bから炎と黒煙が上がっていた。

 

 深海棲艦が残っていた!? 俺を庇ったのか!?

 

 俺は周囲をぐるりと確認した。何もいない。深海棲艦の影も形もない。違う。俺が見えないだけだ。深海棲艦からは見えているんだ。

 

 また爆破音が鳴った。雨雲姫ちゃんのお腹と背中から黒煙が上がっていた。

 

 砲撃なんかなかった。何より着弾音とずれるはずの砲撃の音が聞こえない。聞こえるのは爆発と同時の爆破音だけだ。

 

「雨雲姫ちゃん!! 止めるんだ!!」

 

 俺は雨雲姫ちゃんに向かって急いで泳ぎだした。これは深海棲艦の攻撃じゃない。

 

「……ゴメ…ネ……ゴ…ンネ……」

 

 雨雲姫ちゃんの謝罪と爆破音が何度も何度も重なる。だめだ! 止めてくれ!

 

 俺は必死で泳ぐ。その間も爆破音が聞こえる。これは自沈だ。雨雲姫ちゃんは自分から沈もうとしている。

 

「……モウ……モドレナイノ……」

 

 絶対に何とかするから! そうだ、廃棄物Bと三人で無人島で暮らそう。誰かに迷惑かけるなら誰もいないところで三人でずっといよう。俺もいるだけで人に迷惑かけちゃうんだ。なんだ、俺たちこんなところも似たもの同士じゃないか。ほんと相性抜群だよな。

 

 だからさ、戻る方法を必ず見つけるから。お願い! 沈まないで! 俺を置いていかないで! 俺を殺して雨雲姫ちゃんが助かるなら殺してくれ。俺は雨雲姫ちゃんと一緒なら、殺されるその時まで絶対に幸せなんだ。お願いだから、お願いだ! いかないでくれ! 一人にしないでくれ!!

 

 二人の間の距離はもうわずかなのに絶望的なまでに遠い。水をかいてもかいても全然前に進まない。やっとたどり着いた時には雨雲姫ちゃん体は肩まで沈んでいた。   

 

「クソ妖精! バケツ全部持って来い! 頼む! 言うこと聞いてくれ! 頼むから聞いてくれよ!!」

 

 綺麗な顔だった。その代わり水面下の体は説明するのが嫌になるくらいぼろぼろだ。体を抱いて引き上げるのは無理だ。俺は残った左腕を掴んで雨雲姫ちゃんが沈まないよう必死で引っ張るけど沈下速度は全然変わらない。

 

「クソ共! 早く持って来いつってんだろうが!!」

 

 こいつらこんな時も俺の言うこと聞きやがらねぇ! 雨雲姫ちゃん! 俺、護衛艦にバケツありったけ持ってきたんだ! それ使えばまだ間に合うんだ! 助かるんだ!

 

「……持ッテコナイデ……」

 

 クソ妖精共は俺より雨雲姫ちゃんの言うことを聞く。そんな事言わないで。お願いだから!

 

「……キズツケテ……ゴメンネ……ゴメンネ……」

 

 肘から先がない右の腕で俺の頭の包帯を撫でてくれる雨雲姫。

 

 謝るなよ! これは雨雲姫が俺に刻んだ印なんだ。俺はずっとお前のものだってマーキングされた俺の宝物なんだから!

 

「……ダイ…スキ……」

 

 知ってるよ!! 頼む! 俺の命やるから持ってきてくれ!! これが最初で最後だから! 早くしろよ!!

 

 その言葉を最後に雨雲姫の頭が水面下に沈んだ。踏ん張れない俺は必死で引き上げようとするけど全然上がらない。

 

 俺が腕を離さないから俺の体もどんどん沈んでいく。いいぜこのまま最期まで付き合ってやる。もう雨雲姫に俺の腕を振り払う力はない。一緒に海の底に沈もうぜ。最期の最期まであがいてやるけどな。

 

 ごぼりと俺の頭が海に沈んだ。絶対に離してなんかやんない。やんないからな!

 

 全力のバタ足で水を蹴った。あがいてもあがいても全然浮かばない。

 

 雨雲姫の口が動いて何か言ってる。クソ妖精共がやっと来た。早くバケツよこせ! なんでバケツ持ってねぇんだ! ふざけんな!!

 

 クソ妖精共は雨雲姫の体に一人残らず吸い込まれていった。雨雲姫とは死んでも一緒にいたいけど、死んだ後もこいつらと一緒とか絶対に嫌だ! 

 

 もう酸素がない。目の前が暗くなってきた。これが最後だ。あがれぇぇぇ!! 上がれっつってんだろうがぁぁ!!!

 

 あ! 上がった! 腕が滑ったのかと思ったけどちゃんと掴んでる。待ってろよ! 今すぐ助けてやるからな!

 

 俺は水上に向かって残りの力と酸素を全部使って上昇した。

 

「がぁ!!」

 

 ぜぃ、ぜぃ、ぜぃ、ぜぃ、ぜぃ、ぜぃ。

 

 体が勝手に酸素を肺に送り込む。酸欠で目の前が幕を下ろしたみたいに暗くなってる。でもちゃんと人影が見える。雨雲姫だ。あとはバケツだ。

 

「……バ…ケツを……」

 

「はい。わかりました」

 

 は?

 

 体が持ち上げられた。背中とひざ裏を抱えられている。誰だ? 天龍さん達が戻ってきたのか?

 

 視界が徐々に戻って来た。薄いシルエットが色をつけていく。二本の三つ編が見えた。よかった雨雲姫だ。違う。白くない。雨雲姫の髪は真っ白だ。

 

「……誰……だ?」

 

「峯雲です。今日から配置につきます」

 

 小さな少女は肩と頭に五人の妖精を乗せていた。

 

 え? 誰?

 

 




次回最終回。


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終 さよならなんて言ってやらない

「ご主人様、クリスマスも近い事ですし、この漣謹製のクリスマスツリーをここに飾りましょうよ。ねぇねぇ、いいでしょ? コレ」

 

 寝不足ですっきりしない頭を上げると、独特なオーナメントでびっしり飾られたクリスマスツリーらしきものを抱えた漣が立っていた。褒めて褒めてと言わんばかりの楽しげな様子は見ていてささくれ立った気持ちが和らぐものの謎の物体含めて、この執務室に物を増やすつもりはない。

 

「却下」

 

 俺は漣の提案を二文字で切り捨て、書類の山を切り崩そうとジェンガみたいに飛び出している書類を無理やり引いた途端に、物理的に山が崩れてしまった。もともと枯渇しかけていたやる気メーターがゼロを通り越してマイナスに突入した。

 

「マジ無理。寝る」

 

「ダメですよ。今日中に提出しないとローテーションに穴があいちゃいます。さぼっちゃうとぶっ飛ばしますよ」

 

 俺は執務机をバン! バン! と両手で叩いた!

 

「じゃあ少しは手伝えよ! 艦娘六人分つっても、実質、提督二十人分の仕事なんか一人で無理だろ!!」

 

「お手伝いしたいのは山々なのですがー、漣はこの後出撃が決まっておりましてー」

 

「それじゃ誰でもいいから呼んでくれ。あ、訂正。五月雨以外で」

 

「五月雨をご指名ですね。畏まりました。ご主人様」

 

「もうやる気ゲージ切れてるんだからマジ勘弁してー」

 

「そこでこのツリーでの出番ですよ。今ならなんと! このツリーを執務室に置くだけで、電ちゃんがお手伝いに来るとか来ないとか実しやかにささやかれています」

 

「電えもーん、助けてー。でも却下」

 

 却下の二文字で又しても切り捨てると漣は腰に手を当てて呆れるように小さくため息をついた。

 

「ほんと、ご主人様は頑なですね」

 

 俺はぐでーと体を執務机に投げ出して寝る体制に入った。今なら、のび太君の睡眠導入最短記録を塗り替える自信があった。

 

「マジ無理、本気で無理。三十分だけ寝かせて」

 

「仕方ない人ですね。峰雲ちゃんに申し送りしておきますね」

 

 この執務室は俺と彼女だけの部屋だった。短い間だったが今でも思い出がいっぱい残っている。顕現艦の君たちには分からないだろうけどな。いつかは記憶は薄れてしまうかもしれない。でもまだ鮮明に覚えている。漣が立っているその場所は俺が彼女に告白した場所だ。ツリーを置こうとした場所は謝り続けて許してもらった場所。電がいつも食事を取っている席は彼女の指定席だった。

 

 これでも譲歩してるんだぜ。もう少しだけ彼女と一緒にいさせてくれよ。

 

 執務机の上に飾ってあるフォトフレームの中で雨雲姫に抱かれている廃棄物Bが『パパ、頑張って』って言っていた。

 

 パパは今日もがんばってるよ。ぐー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷはぁぁ」

 

 肺いっぱいに吸い込んだ紫煙を力いっぱい吐き出した。うーん。まずい。もう一本。

 

 提督庁舎の屋上で休憩の一服中だ。あんな量一人でこなせる訳がない。提督旗下の艦娘は実質提督の専属秘書艦を兼ねるが、俺の旗下の艦娘は全員忙しすぎて秘書艦業務に回す時間が絶対的に足りていない。艦娘が忙しいという事はそれに伴う提督の書類決裁が増える訳で。それが六人分だ。しかも六人中五人が最初の艦娘だ。提督一人艦娘一人の関係が一番多い中、俺の忙しさが少しでも分かってもらえるだろうか。

 

「クソ大本営めーー!!! さっさとくたばれーー!!!」

 

 俺は大本営のなんちゃらっていう部署の相当偉い人がいる場所に向かって叫んだ。俺の声に気がついた金剛が屋上を見上げて手を振った。俺も手を振り返して、『昨日はお楽しみでしたね』ってギリギリ聞こえない声で言ってあげた。俺は艦娘の特性を嫌というほど熟知している。艦娘のギリギリを狙う事に関して、俺の右に出る者は世界中探してもいないという絶対的な自負があった。鎮守府以外ではほぼ役に立たない無駄技術である。

 

 金剛は勝手に解釈して「Thank you」とウィンクを残して去っていった。いえいえどういたしまして。

 

「やっとみつけました」

 

 屋上の扉が開いて峰雲が現れた。彼女は暫定的に俺の旗下にいるが、俺の艦娘じゃない。何故なら建造に立ち会っていないからだ。雨雲姫を海から引っ張り上げたら峰雲だった。今でも訳がわからない。

 

 艦娘の特性としては吹雪たちに近い。だから普通の提督の旗下には絶対におさまらない。普通の提督が旗下にいれられるのは自分が建造に立ち会った艦娘だけだ。だから峰雲が俺に持っている感情は好意じゃなくて親愛。雨雲姫と同じ関係になる事は未来永劫あり得ない。

 

「駄目ですよ。タバコは二十歳になってからです。それにここは禁煙エリアですよ」

 

「俺、二十歳だけど?」

 

 数え年だけど。

 

「ちゃんと年齢知ってるんですから、嘘ついても駄目です」

 

「鎮守府ってさぁ、治外法権なんだよねぇ。だから未成年でもタバコいいんだよ?」

 

「それも嘘です」

 

「じゃぁ提督特権でありっていうのは?」

 

「そんなのありま……あったような?」

 

 あるんです。だから合法なので文句はクソ大本営に言ってね。

 

 俺は三本目のタバコに火をつけて吸おうとしたらタバコの火口を小さな指でじゅ、って摘まれた。

 

「でもここは禁煙エリアなので」

 

 世知辛いなぁ。

 

「提督はどうしてタバコを嗜むようになったんですか? 武勇伝は先輩達に聞かせてもらいましたけどタバコを嗜むような人だと思えなかったので」

 

 武勇伝じゃない。完全な黒歴史だ。でも楽しかった。彼女がいつも隣にいてくれたから。

 

「んー。とりあえずタバコ吸っていい?」

 

「駄目です」

 

「けち。じゃ、教えてあげないもん」

 

「もう、子供みたいですよ」

 

 あの時、もし俺が大人だったら未来は変えられたんだろうか。って思ったのがきっかけだよ。

 

 馬鹿で子供で分別なく回りに噛み付いて、結局彼女を失った。馬鹿だから大人の象徴をタバコに見出してしまったんだ。子供だったからあんなにがむしゃらに突っ走れたんだろうか。あれからたった三年、されど三年。無駄に三年の年を重ねただけで、俺の時間はあの日から動いていないんじゃないか。それとも少しは成長しているんだろうか。あの日あの時何をどうしたら彼女と同じ未来を歩めたのか未だに答えが出ない。

 

 タバコを取り出して火をつけた。

 

「駄目ですよ」

 

 じゅっと摘まれて消されてしまった。

 

 ほんとこの世は世知辛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっさんいるー?」

 

 大本営のなんちゃらっていう部署の相当偉い人を目当てにやってきた。マジで提督の業務環境の改善は喫緊の問題だ。

 

「来たか。お茶でも飲んでいけ」

 

 お邪魔しまーす。あ、志村さんちっすちっす。俺に憑いている妖精さんが、お菓子のお供えを発見して喜んでいる。たーんとお食べ。食べると相手も喜んでくれるから。

 

 俺は執務室に案内されてソファーにぐてーと座った。

 

「だらしないぞ」

 

「だってもう本気で無理ですもん。世界で一番忙しい提督の自信があるんだけど」

 

「それは仕方なかろう。自分の発言には責任をとってもらわんとな」

 

「でもこの三ヶ月、平均睡眠時間が二時間切るっていかがなものかと。これでも回らなくなるってどんだけー」

 

「政府から感謝状が来てるぞ」

 

「それより休日をおくれ」

 

「おおそうだった、秘書の件だがお前の業務は秘匿情報が多すぎて人間の秘書を派遣するわけにはいかん。これまで通り手持ちで回してくれ」

 

「どんだけー」

 

「お前にはすまないと思っている。年内いっぱい我慢してくれ」

 

「へーい」

 

 一〇年で日本の周辺から完全に深海棲艦を駆逐するっておっさんと交わした約束は今の所順調だ。というかこのままのペースだと一〇年かからない。さすが記録を大幅に塗り替える俺だ。お陰で俺が死にそうになっている。

 

 原動力は吹雪達、最初の五人の艦娘だ。彼女達は建造ではなく、ある日いきなりこの世に顕現した艦娘だ。だからずっと提督の旗下におさまる事ができなかった。戦歴は艦娘最長。強さは艦娘最強。でも提督不在。提督がいないと艦娘は全力を出せないんだと。普通の艦娘は提督立会いの下、艦娘工廠で建造されるから、最初からリミッター外れてて、あとは演習と実戦と経験がものを言う。

 

 吹雪達はずっと提督なしで戦っていた。もっと力があればもっと沢山の人を助けられるのにって思いながら。

 

 そんな時俺がぽんと現れた。最低保障五人の艦娘を旗下に組み込める謎の新人提督。現在、俺の旗下の艦娘は六人。

 

 吹雪、叢雲、漣、電、五月雨、峰雲の六人だ。

 

 俺の旗下に加わった瞬間に吹雪達の力は跳ね上がった。もうやばいくらいに。だから引っ張りだこだし、相変わらずメディア広報も勤めてる。割とまじめな子が多いから、出来るだけの事をしたいって休まず働き続けるよい子は、裏で地獄を見ている俺をもっと気遣うべきだと思います。フランクなのはいいけど、強すぎて俺がただの人間だって忘れてるんじゃないかな? 俺、君達みたいに体強くないからね?

 

 吹雪達が俺を見つけて、それを大本営の偉いさんだけに教えた。偉いさん達が俺に期待してたのはこれが原因。だから多少の無茶も聞いてくれたし、見逃しもしてくれてた。

 

 おっさんはもっとゆっくり俺を育てたかったって酒を一緒に飲むたびに言う。全て俺の自業自得である。

 

 吹雪達がどれほど凄いかっていうと強さもそうだけど、世界にパラダイムシフトを起こした事だ。吹雪達がこの世に顕現するまで世界に妖精さんはいなかった。で、顕現した瞬間から世界中に妖精さんが出現した。気に入った人間に憑いて、艦娘工廠を吹雪達と一緒に建造して。チートだわ。

 

 この辺りの事情を知っている政府は吹雪達に頭が上がらない。だから俺の提督資格剥奪云々ってのは木っ端微塵に跡形もない。最近は剥奪してくれてたらよかったのにと思うことしばしである。

 

 あと俺が旗下に加えられる艦娘の数で最低保障五人っていう話だけど実際には底なしだった。条件が揃えば一〇〇人でも一〇〇〇〇人でも可能だ。底なしだからどんな艦娘も旗下に加えられるチート能力なんだけど、建造艦は自分の提督に首っ丈だから、実質吹雪達しかに適用されてない無駄チートだったりする。峰雲が提督なしになるのを防げたのはこの力のお陰だ。

 

 そして艦娘の皆さんが俺に友好的だったのもこれが原因。ふわっとそんな雰囲気を感じて親愛の情を持ってくれてた。つまり普通に接してくれてたって訳だ。

 

 じゃあ、最初から吹雪達五人を旗下に組み込んどけって話だけど、ここであのクソ妖精共が出てくる。吹雪達から見ても謎過ぎてそのまま俺の旗下に入っちゃうとどんなイレギュラーが起こるか分からないって様子をみていたそうだ。

 

 やっぱりクソ妖精はクソ妖精だった。

 

 で、そのクソ妖精共はどうなったかって言うと、俺の目の前でおいしそうにお供え物のお菓子食べてる。

 

 ちなみに俺の言う事はよく聞いてくれる。恐怖のいたずらはしなくなったし、軽犯罪も犯さない。少しだけ力の強い妖精さんって感じだな。

 

 もともと俺に憑いていた妖精さんに、悪い何かが取り憑いて、クソ妖精に魅惑の大変身してしまった説が有力だ。善と悪が入り乱れて意味不明の存在となってしまった。もちろんこの説が正しいかどうか誰もわからない。

 

 あの日、雨雲姫がクソ妖精共から悪い何かを全部持っていってくれたんじゃないかってそう思えてならない。だから俺は今日も寝不足と戦いながら彼女の愛に包まれて生きている。

 

 参考までに、吹雪達は建造組じゃないから俺に好意じゃなく親愛の情をもっている。峰雲と同じで俺といい関係になることは絶対にあり得ない。

 

 彼女達顕現艦の愛は世界中全ての人間に向けられている。おれもその一人なんだからもう少し労わって欲しいと繰り返しお願いしたい。

 

 最後に一つ。俺は未だに無給だ。港湾施設と護衛艦の弁済をずっと続けている。吹雪達が旗下に加わった瞬間にチャラになりかけたが断った。ぶっちゃけ到底個人で完全弁済できる額でもないし、鎮守府から出られない俺はここにいる限り生活に困る事はない。多少の金はないと困るが大きな金はあっても使い道がないのだ。果たして現在の経済波及効果はどれくらいだ? 間違いなく元本は超えている。昔クソ妖精共が迷惑をかけまくったお詫びはこんな形でしか帰せない。

 

 と、つらつら建前を並べたが、結局は俺と雨雲姫を繋ぐ数少ない絆の一つを大事にししたいという俺の我侭を通させてもらっている。やすやすと奪われてたまるか。誰も損をしないWIN-WINなのだからそれくらいはいいだろ? その代わりタバコだけは酒保からいくらでも持っていける。俺だけの提督特権だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一月振りですね! 今月も建造します? しちゃいます!?」

 

 毎月の馴染みになった明石だ。普通の提督は艦娘を建造し終えたら世話になる事はまずない。艦娘はちょっとした修理でお世話になったりする。

 

「それじゃさくっと終わらせようか」

 

「もう、冷たいなぁ。昔はあんなに素直で可愛かったのに。もう遊んであげませんよ? うそうそ! これからも長いお付き合いお願いしますねー!」

 

 大人だ子供だって悩んでも人間なんて艦娘からみれば、たった一人の例外を除いて全員、小僧小娘だ。例外はもちろん自分の提督だ。

 

「なんか嬉しそうだけど何かあった?」

 

 艦娘に関してはこう、ふわっとわかってしまう。彼女にケーキを食べさせて貰った時の事を思い出す。

 

「わかりますか! わかっちゃいますか!? さっすがですねぇ! どうしようかなぁ。教えてあげようかなぁ」

 

 明石はぱぁっと顔を輝かせた。

 

 聞いて欲しいんだろうけど、のろけとかだったら面倒くさい。艦娘の提督自慢は本人以外誰も幸せにならない。

 

「やっと出来たんですよ! これ見てください!」

 

「指輪?」

 

 明石が手にしているのはシンプルなシルバーリングだ。二つで一セット。ペアリングか。

 

「違いますよー。ケッコン指輪ですよ。夢がないなぁ。最近ますます枯れて来てませんか?」

 

「相手はいないし出会い自体ないからな」

 

「あー 確かに。そもそも提督は鎮守府を出ることが難しいですからね。あなたは特にそうですし」

 

 ただでさえ移動制限の厳しい提督だが、俺は吹雪達を迎えてから鎮守府の外へ出るのは不可能になった。少なくとも日本周辺が完全に安全になるまでは。

 

 そして俺は睡眠時間を削って働いている。当然面会制限はガッチガチだ。執務室にずっといるような生活で出会いもクソもない。

 

「で、この指輪にどんか効果が?」

 

「よくぞ聞いてくれました! なんと! 提督と艦娘の絆がさらに深まって結婚気分を味わえるんですよ!」

 

「ふーん。他には?」

 

「それだけですよ」

 

「あ、そう。それじゃ建造始めようか」

 

「ちょちょちょっと! それだけですかぁ!?」

 

「他に何を言えと」

 

「あるでしょうもっと! 明石さん凄い! とか、でもお高いんでしょう! とか、結婚気分って何? とかぁ!」

 

「でもお高いんでしょう?」

 

「とんでもありません! キャンペーンをご利用頂ければ今ならなんと! 無料でご奉仕させていただいてますぅ!! お得ですねぇ!」

 

「キャンペーン?」

 

「ただの予約です」

 

「ふーん。それじゃ建造を」

 

「ちょっと待ってくださいよ! 欲しくないんですか?」

 

「全然」

 

「なんでぇ!? 吹雪さんたちに渡せばいいじゃないですかぁ!」

 

「え? だって俺と吹雪達に絆ないし。旗下だけど全員俺の艦娘じゃない」

 

「むむむ。やっかいな力ですねぇ」

 

「そうか? お陰で明石と仲よくなったろ」

 

「だ、だめです! 私には愛する提督が!」

 

「それ早めに終わる?」

 

「もう、冷たいなぁ。昔はあんなに素直で可愛かったのに」 

 

「振り出しに戻ってるぞ」

 

 あげます、いらん、あげます、いらん、と結局ケッコン指輪を押し付けられた。もらっても使い道がない。どうしろと。

 

 明石とはいつもこんな感じだ。月に一度の艦娘建造は業務の一環なので無駄話に花が咲く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明石がぽちぽちパネルを操作している。俺は立ち会うだけだから何もしなくもいい。

 

「あと誰が残ってる?」

 

「まだまだ残ってますよ。駆逐艦が多いかな? リスト見ます?」

 

「それ極秘だろ?」

 

「今更何言ってるんですか。それじゃ準備できましたよ。ぽちっとな」

 

 艦娘建造ドッグはまばゆいばかりの光を放って直に収まった。

 

 ドッグには誰もいない。空っぽだ。

 

「今月も建造失敗ですね。誰も出ないってあり得ないですけどね」

 

 艦娘の建造は基本的に失敗しない。だが俺は雨雲姫を失ってからは一度も成功したことがない。それでも明石が鎮守府に来た時は必ず建造をお願いしている。

 

「それじゃ来月も頼むな」

 

「はい! でも私クリスマスまでいるので、暇なら声かけてくださいね」

 

 明石が艦娘工廠から出て行った。

 

 ドッグの後片付けで妖精さんが忙しそうにしている。俺に出来る事はないので邪魔にならないように端に移動した。

 

 このドッグで雨雲姫と廃棄物Bが生まれた。建造した時から最期まで騒がしい日々だった。

 

 もしかして、もしかしてと思いながら毎月艦娘工廠に通っている。雨雲姫と廃棄物Bが建造できたのはクソ妖精共がいたからだ。成功するはずがない。

 

 床に直接腰を下ろして壁に背中を預けた。妖精さんがクッションを持ってきてくれたが、丁寧に断った。御礼にお菓子をおげようねぇ。

 

 俺は瞼を閉じた。

 

 俺の中のどこかにある雨雲姫との絆は微かだがまだ残っていた。今にも消えそうな程の弱弱しい白光は雨雲姫が消えても消える事無く残り続けている。俺の未練なのか、それとも世界のどこかにいるのか、建造されるのを待っているのか。

 

 休憩なのか椅子に座って足をぶらぶらさせている妖精さんに声をかけた。ただの戯言だがせっかく意思の疎通が出来るんだ。独り言よりいいだろう。

 

「知ってるか? 艦娘ってのはな、嫉妬深いんだぜ」

 

 妖精さんは楽しそうに話を聞いてくれる。

 

「廃棄物Bを建造する時、雨雲姫は凄く落ち込んでてな」

 

 独立型浮遊艤装だった廃棄物Bは深海棲艦の廃棄物だったのかもな。俺がくくくと笑うと妖精さんも一緒に笑ってくれた。

 

「だからな、建造が失敗するのは、三人目の艦娘の建造を二人が嫌がってるんじゃないかなって」

 

 妖精さんは首をひねっている。分かってない風だろ? 全部理解してこれだ。よく分かってない提督は妖精さんの格好の悪戯の的だ。

 

「そんなに嫌ならさっさと出て来いよ…………一月後にまたくる。じゃあな」

 

 ポケットからお菓子を取り出して妖精さんに渡した。

 

 人間は矛盾の存在だ。とっくに諦めたと思い出を大事にしながら、一方で実はもしかしてと未練タラタラで毎月工廠に通っている。俺は一体何がしたいんだろうねぇ。

 

「さぁ仕事仕事。俺は記録を大幅に塗り替える男なんだぜ」

 

 執務室には山となった書類がわんさかある。すくなくともおっさんには迷惑はかけられない。どっかに可愛くて優しい俺だけの艦娘いないもんかねぇ。

 

 こうして寝不足の日々は今日も明日も続いていく。馬鹿みたいに熱狂した思い出を胸にして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数年後、日本周辺から深海棲艦は完全に駆逐される。その時、多くの艦娘と交流を持つ特異な提督と仲睦まじく支えあい、嬉しそうに寄り添う艦娘がいる事をまだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                原作:艦隊これくしょん

 

 

 

 

 

                    (完)

 




読了ありがとうございました。

もしかしたら追加のEX一話程あるかないか。未定です。


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EX01 部屋とエプロンとあなた

EX

 

「ただいまー」

 

 執務室の扉を開けてただいまの挨拶をする。たったこれだけの事で幸せを感じる。だって鎮守府に来るまではアパートに帰っても挨拶する人なんていなかった。明かりの消えた真っ暗な部屋に無言で帰って、黙って料理を広げて、一人で黙々と食べて、静かに食器を洗ってた。今日、誰とも話せなかったなーって思いながら寝る日もあった。でも今は違う。俺がただいまーって挨拶をしたら。

 

「おかえりぃ」

 

 雨雲姫ちゃんがキッチンから出てきて笑顔で迎えてくれる。

 

 執務室の地味な内装が一気に明るくなった。気がする、じゃないよ? 明るくなるんだ。もうぱーって部屋全体が凄く明るくなって、クソ大本営にねちねち言われてクソクソクソって思って事なんて宇宙の果ての果てまで一気に吹っ飛んじゃう。

 

 雨雲姫ちゃんの笑顔って地球を一〇〇回救ってもおつりが来るくらい可愛いんだ。やっぱり艦娘は女神様だ!

 

 俺が両手に持ってる二つの紙袋を受け取ろうとしたんだけど、料理中で手にお玉を持ってて、あ、どうしよう、ってちょっと悩んでる顔が凄く可愛い。お玉を片付けることも忘れるくらい慌てて迎えに来てくれたのかな。それなら凄くうれしい。俺達は家族みたいなものだと思ってるけど、雨雲姫ちゃんもそう思ってくれるなら俺達二人はいつか本当の家族になれるかもしれないね。なんちゃってーなんちゃってー。

 

「あ、カレーだ」

 

 お玉から広がるカレーの香りが鼻腔をくすぐった。

 

「うん……嫌い?」

 

 俺はぶんぶんと首を振った。

 

「好きだよ! 大好物だよ!」 

 

 今まで俺の食事は好きも嫌いもなかった。お腹が空いてるから食べるだけって味気ないものだった。カレーはレトルトで特に美味しいとは思わなかったし、他の食事と同じで普通に食べる料理の一つだった。でも雨雲姫ちゃんが作るカレーの香りを嗅いだとたんに好きになった。つまり大好物だ!

 

「うん……直ぐに出来るからぁ。待っててね」

 

「あ、ちょっと待って」

 

 早く食べて貰いたいとばかりにキッチンに向かおうとする雨雲姫ちゃんと俺は引き止めた。どうしたの? て顔の雨雲姫ちゃんに、紙袋からそれを取り出して手渡しした。

 

 エプロンだ。落ち着いたベージュのエプロンなんだけど、大小二つの雲がアップリケで意匠されている。雨雲姫ちゃんは名前に『雲』の文字があるからきっと似合うって艦娘商店街の福引の景品で、初めて見つけた時にこれだ! って思ったんだ。

 

 買い物をした金額に相当した福引券がもらえるんだけど、俺はお金なんて持ってないし当分給料は出ないし、どうしようかなぁって悩んでたら大淀さんが相談に乗ってくれて、そしたら艦娘のみんなが協力してくれて一気に福引券が集まったんだ。お願いします! って目を瞑って祈りながらごろごろ回したら一発で当たっちゃって、女神様のご利益を大いに感じてしまった。何故か急遽くじ引き担当になったらしい法被を着た江風さんに、よかったな! よかったな! って背中をばんばん叩かれたけど全然痛くなかった。

 

「……ありがとう……大事にするねぇ」

 

「うん、いつも料理ありがとうね」

 

 雨雲姫ちゃんはエプロンを一度広げて二つの雲の意匠を見ると、ぱぁって笑顔が広がって、大事そうにエプロンを胸に抱いた。

 

 雨雲姫ちゃんは訓練とか自分の仕事も忙しいのに、俺のために料理を作ってくれる。お礼をしたいとずっと思ってたんだけど、俺は大した事ができないから、喜んでくれると俺も凄くうれしい。

 

「……この小さい方の雲が私ぃ?」

 

 うん? 雲は雲だね。雨雲姫ちゃんは雲になって空を飛びたいのかな? 大きい方でもいいよ。好きな方を選べばいいと思う。嬉しそうだから違うなんて絶対に言わないけどね。

 

「うん。じゃ、大きい方は俺だね」 

 

 少し難しい年頃の女の子だ。話は合わせた方がいいに決まってる。

 

「……ずっと一緒だねぇ……」

 

「うん」

 

 二つの雲を見ながら雨雲姫ちゃんが嬉しそうに呟いた。

 

 うん? そりゃアップリケだから動かないし、剥がさない限りずっとそのままなんじゃないかな? まぁいいや。女の子だからね。きっと男の俺には分からない何かだ。喜んでくれてるみたいで大成功だ。こんなんじゃ全然お礼に足りてないけど、女の子だからいつかはお花をプレゼントしたいな。

 

 雨雲姫ちゃんは、ぱたぱたとキッチンに向かい、カレーを仕上げてくれた。さっそくエプロンを使ってくれて凄く似合ってて、俺は顔が赤くなったかもしれない。プレゼントした物を大事に使ってくれるって凄く嬉しくなるんだなぁって雨雲姫ちゃんが教えてくれた。使ってくれてありがとう!

 

 カレーは一人分で雨雲姫ちゃんはいつも以上にニコニコしてて、俺が美味しそうに食べる姿を見てくれる。

 

 どろっと粘度のない真っ黒のカレールーを、噛み砕ける白米の上にぼたっと乗せたカレーは味が表現出来ないくらい美味しかった。ほんと雨雲姫ちゃんの笑顔は最高の調味料だよ!

 

 他人から見れば他愛の無いことかもしれないけど、些細なことでも同じ事を一緒に笑いながら、時には泣いたり出来る人が傍にいるって凄く幸せなことなんだ。雨雲姫ちゃんはそれを俺にたくさん教えてくれた。

 

 二人だと毎日が楽しいね! ねぇ雨雲姫ちゃん! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱちんと目が覚めた。

 

 目の前に現実がてぐすね引いて待っていた。整理されないまま積み重なった書類の山。それが三つ。とかくこの世は世知辛い。

 

 俺の仕事は極秘事項が多すぎて人間の秘書は使えない。専属の秘書艦が必要だと痛切に感じる。書類の整理だけでもいい。それだけで効率はぐっと上がる。この中には見る必要ない物や、俺がする必要がない物もごった混ぜだ。分類整理するだけでもごそっと時間を持っていかれる。

 

 仮眠というより意識を失っていたと言ったほうがいいか。気がついたら執務机の上に突っ伏す様に寝ていた。ふぁーっと体を伸ばしたらタオルケットが肩から落ちた。時計を見ると二十分程経過していた。何か夢を見ていた気がするが、全然覚えていない。

 

 さっきまでいた電と叢雲が姿を消している。出撃したんだな。昔は埠頭まで見送り出迎えしてたが、もうそれどころじゃない。吹雪達が本気を出せるようになってから徐々に仕事が増え続けて今じゃこのざまだ。あいつら強すぎる上に働きすぎだ。

 

 艦娘が人類に向ける愛は本物だ。死を厭わず数十年戦い続けるなんて尋常な事じゃない。人類を愛するが故だ。だが優先度はある。人類を愛した上で建造艦は提督至上主義。顕現艦は全人類至上主義と来ている。まぁ刷り込みみたいなもんだな。

 

「あ、起きましたね」

 

「提督、おはようございます!」

 

 峰雲と五月雨だ。五月雨は顕現艦だ。峰雲は顕現艦の亜種といったところだ。顕現艦はとにかく強い。艦娘最強だ。執務室で数々のどじっ子振りを演じてきた五月雨も戦場ではこれ以上無いくらいに頼りになる。峰雲の強さは吹雪達より落ちるが艦娘としては十二分に強い。

 

「動くな!」

 

 五月雨がタオルケットを片付けようとしたのを俺は止めた。お前は何もするな! 絶対にだ!

 

「なんでぇ!?」

 

 お役に立とうと思う気持ちだけ受け取っておく。悪い子じゃない。むしろいい子だ。艦娘に悪い子なんて一人もいない。空回り振りが凄すぎて、出撃に穴を開けた事が過去に三回。余裕があった昔と違って今は駄目だ。各所に甚大な迷惑がかかる。お前は戦場で輝く。頼りにしてるし信頼もしてるからそれ以上こっちに来るんじゃない。

 

「あ! ケッコン指輪だ!」

 

 執務机の上に雑然と放り投げていた指輪を五月雨が見つけた。先日明石に無理やり渡されてそのまま忘れていた。五月雨が瞳をキラキラさせながら指輪を見ている。

 

「欲しけりゃやる。ほれ」

 

 俺は二つの指輪をぽんぽんと投げた。五月雨は手元で、あわわ、あわわと八回お手玉しながら指輪を手に収めた。こいつ本当は器用なんじゃねぇのかとこんな時思ってしまう。

 

「ありがとうございます! でも、あぇ! ふえぇ!? 提督!? 私の事好きだったんですかぁ!?」

 

「何言ってんだお前」

 

「ですよね! えへへへ」

 

 俺とこいつらがそんな関係になるのは絶対にあり得ない。こいつも分かってる筈なのに素でボケやがる。俺は書類を片付けようと途中までやっつけていた書類に目を向けた。。

 

「あれぇっ!? あれぇっ!? どうして!?」

 

 奇声を上げる五月雨を見ると指輪がスカスカと薬指を何度も往復していた。サイズが全然合ってない。

 

「駄目でした」

 

 見りゃ分かる。しょんぼりした五月雨が指輪を返しに来た。止まれ! それ以上こっちに来るんじゃない!

 

 察した峰雲が指輪を受け取ってくれた。

 

五月雨(お前)でも指輪に興味があるんだな」

 

「それはそうですよ。女の子なんですから憧れちゃいます」

 

 顕現艦は俺以上にケッコン指輪に縁がない。全人類相手にケッコンするわけにはいかないからな。

 

 峰雲が手にした指輪をちらちら気にしている。五月雨と一緒で憧れがあるんだろう。

 

「欲しけりゃとっとけ」

 

「でも……」

 

 峰雲は手にした指輪をどうしようかと悩んでいる様相だ。

 

「欲しいと思う奴が持ってけばいい」

 

「……では、提督がケッコンするまで預かっておきますね」

 

「渡す相手なんぞいねぇぞ?」

 

「提督の元にもいつか素敵な艦娘が来てくれますよ」

 

 三年間も建造失敗してるけどな。実際こいつらが働きすぎてこれ以上来られると完全に俺の仕事は破綻する。それでも毎月欠かさず工廠に向かう。墓参りみたいなもんかもしれねぇなぁ。まぁ、この状態だからもし来るなら大淀並みの事務能力持った艦娘を切に希望するところだ。

 

 俺は執務を再開。五月雨と峰雲は出撃のため執務室を出て行った。こいつら一年中出撃している。お陰でおれも休みなしだ。

 

 空腹で胃袋が抗議の声を上げた。はらが減っては戦はできずってな。なんか食うかと食堂に出前を頼むことにした。

 

 無性にカレーが食べたくなった。堅めの米と、どっろどろのルーのカレーが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一日でいいから助けてくれませんかねぇ」

 

「それは構いませんけど、吹雪さん達には頼んだんですか?」

 

 これまで処理能力の限界ラインを何度も底上げしてきたが、さすがに人間には超えられない壁がある。俺は大淀に助けを求めた。一日、いや半日でもいい。時間に余裕が出来れば、心と体を休めて他の処理手段を構築する余裕が生まれる。なりふり構ってはいられなくなっている。

 

 艦娘は今でも俺に良くしてくれる。特に昔馴染みの艦娘は、俺の事情を知っているのもあってさりげなく気遣ってくれる事が多い。俺も何気に甘えて口調なんかも相当砕けてしまう。艦娘から見ればいつまで経っても手がかかる子供なんだろう。とっくに立ち直ってるつもりなんだけどな。

 

 俺と艦娘はこれまでの付き合いで傍目には対等の関係になっている。敬称をつけなくなって久しい。軽口を叩く間柄になったが尊敬の念は今でも持っている。彼女達は俺に自然に接することを望んでいる。五月雨達も同じだ。自然とそうなったし、彼女達も今の俺との関係を楽しんでいる。

 

「吹雪は出ずっぱりで、叢雲は手より口が多くて精神攻撃してくるし、漣は気がついたらいないし、電は時間があれば手伝ってくれるけどその時間がないし、五月雨は問題外」

 

 この個性の塊達を専属秘書艦に出来る提督がいるなら俺は裸で土下座しながら鎮守府を一〇〇周走ってでも弟子入りする。

 

 大淀はくすくす笑って、顕現艦は大変ですね、と理解を示してくれた。大淀は大本営を底の底まで熟知してるし、政府とも謎のパイプを持っている珍しい艦娘だ。お陰でこれまで何度も助けられている。

 

「峰雲さんの名前が出ませんでしたけど」

 

「あぁ、そういやそうだな。何度か手伝ってもらった事がある程度か」

 

 峰雲が俺の旗下に合流したのは吹雪達に遅れること半年。雨雲姫の騒動で政府と大本営が念入りに調査し続けた結果だ。大戦に参加した記録もあるれっきとした艦船だったが、過去に例の無い事態がいくつも重なって相当警戒しようだ。その頃には吹雪達を専属秘書艦にすることを諦めていた俺は、同じ顕現艦である峰雲に対して打診すらしていない。

 

 最初は天龍に頼んで演習でみっちり鍛えて貰った。天龍の空を飛ぶ回数が増えた頃に、足柄に頼んで任務に同行させていた。最終的に攻略作戦で雪風や時雨と肩を並べられるようになってから通常の任務と並行して、吹雪達の任務に徐々にではあるが随伴させるようになった。

 

 俺の旗下の艦娘は特殊な海域ばかり回っているせいで峰雲もそれに付き合う事が多い。強い事は強いが経験と実績で遠く及ばない吹雪達に追いつこうと彼女の出撃も吹雪達に準ずるものがある。従って時間もないし、同じ顕現艦だからと忙しさにかまけて本人の希望すら聞いたことがなかった。

 

 顕現艦だから人類史上主義なのは分かっているから、可能な限り出撃させていた。本人もそれが良かったのか、文句一つ言わないから正解だったとは思っている。

 

「では、明日の午後に伺いますね」

 

「助かった。もうマジで無理」

 

「ふふ。前からずっと言ってますね」

 

 そりゃ、修羅場を何度も経験すればスキルもアップする。その度に出来ることが増えて、処理能力もあがった。無理無理と大淀に何度も助けてもらって今は本当の天井だ。これ以上は人間止めないといけない。人間は人間以外になれない以上、今の仕事量が俺のピークだ。

 

「また誰も建造できなったそうですね」

 

「来たら来たで俺の手が回らなくなるから誰かに預けるかしか手がねぇんだよなぁ」

 

「建造しなければいいのでは?」

 

「そうすると明石が寂しがるし、政府が建造しろってうるさくなるだけだな」

 

「まだ言って来るんですかあの人達?」

 

「まぁねぇ。ちょっと先が見えてきたことだし」

 

 人間の立場から見れば理解できない事もない。イレギュラーを別に考えた時、今のペースなら日本周辺から深海棲艦が駆逐される日は現実的なものとなっている。そうなるとどうなるのか。国際的な地位と発言力を高めるため、今後は周辺国に巣食う深海棲艦の駆逐に本格的に手を出していくだろう。条件付とはいえ今も協力体制は構築していることだしな。

 

 人類が団結して戦うべき共通の敵、深海棲艦に勝利した時、人類の敵はいなくなるのか。そんなはずもなく、人類の敵が人類に戻るだけだ。戦力は多ければ多いほどいい。ましてや艦娘はこれまでの近代兵器とは比較にならない程運用コストが低い。使う使わないは別にして抑止力になる…………と唱える政治家は多い。抑止力云々は建前だ。実際は本格運用の計画まで立てて国会で討論する場面もある。そんな奴らほど艦娘を知らなかったりする。政治家はころころ変わるしな。

 

 提督の立場で考えれば臍で茶が沸く。艦娘が人類に艤装を向けることは未来永劫あり得ないし、提督としてもそんな事に加担させるつもりは微塵もない。そんな政治家達と吹雪達はお互い異性人ほど理念に開きがある。だからいくら言葉を交わそうとも決して理解し合えない。燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやである。

 

 当然提督は艦娘の理念に共感している。でなければ俺がひーひー寝不足になりながら提督をしているはずがない。たとえ抑止力だろうと艦娘に人間の戦争に参加させるなどあり得ないし、政治的に利用させるつもりもない。そうなった時、顕現した時と同じで艦娘は黙って静かに姿を消してしまうんじゃないかと思っている。寂しくはあるが人類にとっても艦娘にとってもそれが一番正しい選択だ。

 

 その辺りの事情を良く知る大淀は眉をむっと傾けるが何も言わない。人間でごめんなさいねぇ。

 

「と言ってもまだまだ先の話だけどな。俺が生きている間に終わるのかねぇ」

 

 俺はぐでーと椅子で脱力した。

 

「大丈夫ですよ。例え終わらなくとも、一〇〇年、一〇〇〇年の先、あなた達(提督)の隣に私達(艦娘)はずっと寄り添っていますから」

 

 大淀は花の咲いたような笑顔で慰めてくれた。ほんと今も昔も女神様だねぇ。

 

「なぁ、やっぱり俺の艦娘になってくんない?」

 

「ふふ、嬉しい申し出ですけど、昔も今も、私は私の提督一筋なんです」

 

「ですよねー」

 

 もし了承されたらほほをつねる前に明晰夢であることを確信する程度には艦娘を理解している。というか間違いなく大淀の偽者である。

 

 恒例の告白失敗を経て、この場はお開きとなった。

 

 こうして地獄のデスマーチは回避された。どうせ数日のことだけどな。

 

 

 




想定していたところまで届かず。



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EX02 屋上と煙草と青春

J様、R様。誤字報告ありがとうございます。
また別作品ですが、誤字報告、J様に重ねてお礼申し上げます。


 両腕を天に伸ばすと想像以上に強張った肩と背中の筋肉が悲鳴を上げた。うごおぉぉ、と口から謎の悲鳴が勝手に飛び出す。だが達成感は半端ない。見ろ! この執務机を! 書類の山はある。あるが全て決済済みだ。整然と部署毎に分けられ俺の手元から飛び立つのを今や遅しと待っている状態だ。ここから一発逆転の敗北は五月雨がコーヒーポットを、あわわと盛大にひっくり返す等のドジっ子を演じない限りあり得ない。その五月雨は出撃中だ。つまりゲームセット。完全勝利だ。

 

「ご主人様! やったね! 漣の応援のお陰ですよ」

 

 そうだな。漫画を読みながら、途中途中で頑張れ頑張れ言ってただけだけどな。帰還したばかりの休憩中でこの後も出撃するから文句はないが。

 

 この勝利の立役者の一人は大淀だ。助っ人要請の翌日、凄まじい処理速度で書類をやっつけてくれた。それも時間のかかるものから優先的に。俺は開始一時間で署名押印マシーンと化し腱鞘炎になりかけた。無責任に判を押してはいない。ちゃんと全ての書類に目を通して確認している。俺の確認作業より大淀の処理速度が速ぎてつり合いが取れていないだけだった。

 

 執務机に湯気を立てるマグカップが小さくコトンと音を立てて置かれた。

 

「お疲れ様でした」

 

 そしてもう一人の立役者、峯雲が完全勝利を祝うお茶を淹れてくれた。半日助っ人の大淀が執務室を去ったあと、残った書類は俺と峯雲の二人で処理を続けた。峯雲がいなければ右腕は腱鞘炎不可避だったのは確実として、「マジ無理」「もう寝る」と泣き言を言う俺を何度も励ましてくれたお陰でこの良き日を迎えることが出来た。感無量だ。だがこのままだと数日もすれば書類は溜まってしまう。自重を捨てた吹雪達の出撃で処理しきれない書類は一週間で山脈となって元の木阿弥だ。しかしそんな日々とはおさらばだ。寝不足の日よ、さようなら。

 

 峯雲が専属秘書艦になってくれた。峯雲も吹雪達と同じで出撃はハイペースだった。専属秘書艦の話を持っていった時に、俺の方は顕現艦だからと思い込み、峯雲は提督が差配している事だからと、ずっとすれ違いが発生していた事が判明した。俺は自分で自分の首を絞めていた。ならばこの機会にと交渉を進めて早速活躍してくれた。出撃は今までの三割程度に減るが、これでも他の艦娘に比べて若干多い程度だ。峯雲には空いた時間を秘書業務に充ててもらう。慣れてしまえば事務仕事も人間の熟練秘書数人分の働きが出来る艦娘だ。書類の減少は若干量もしれないが、手数は大幅に増える。当分は様子見だがこれで睡眠時間を確保できると俺は多いに感謝した。いかに吹雪達とも言えど、物理的に時間を増やすことは出来ない。自重を忘れたとはいえ、これ以上劇的に出撃は増えない。峯雲に顕現艦として出撃が減るのはどうなんだと聞いたところ、提督を助ける事で人類の勝利に繋がるならと気にはならないそうだ。俺だけが絶大な利益を得ていて、一概にWin-Winとは言えないが、誰も損をしていない。これこそ俺が完全勝利宣言した所以だ。

 

 マグカップ片手に休憩に入った俺たちは雑談を始めた。今日のスケジュールはイレギュラーがない限り、後は寝るだけだ。だからこれくらいは許して欲しい。これも艦娘のご機嫌を伺う大事な業務の一つ、ということにしておこう。

 

「こんな事ならもっと早く聞いておけばよかったな」

 

「私が至らず申し訳ありません。差し出口になると思い、言い出せませんでした」

 

「駄目よー。そんな弱気な態度は。ご主人様は直ぐに調子に乗っちゃうんだから」

 

「そんな事ないと思うのですが……」

 

(お前)はもう少し手伝え」

 

「ほら、調子に乗っちゃった。はぁ~、テンションさがるわー。ご主人様、漣の肩揉んで?」

 

「あ、それでは私が」

 

「せんでいい。直ぐに出撃だからほっとけ」

 

 一見俺と艦娘達の力関係は俺が上に見えるかもしれない。実際はそうではない。艦娘が強いという事でもなく、相対的に俺が弱いと言える。昔から艦娘を尊敬している俺は精神的にどうしても一歩引いてしまうのだ。俺と漣の会話は遊びありトレーニングだ。力関係は俺が上だと教える漣に、いやぁ申し訳ないっすと引き気味になる俺。ざけんじゃねーと指導する漣に、あざーっすと返事する俺。俺と漣の関係をよく知らない峯雲が間に挟まっても場の空気が悪くならないのはこれまでの付き合いの長さ故か。

 

 そうこうしてる間に時間はあっという間に過ぎ、漣は「さてさてお仕事お仕事。漣の活躍を期待しておいてよね」と出撃のため執務室を出て行った。俺はあくびをしながら時間を確認。一般的に就寝の時間ではない。しかし書類仕事が終わった解放感で気が緩み眠気が襲ってきた。この数か月まともに寝ていない。今日だけはいいだろうと、早めに寝室で寝ることにした。

 

「俺は寝るから、峯雲も休んでいいぞ。時間が気になるならおっさんのところで次の作戦の話を聞いて簡単でいいからまとめといてくれ」

 

 疲れない艦娘に休めとはこれいかに。精神を休めておけという意味だ。峯雲の返事も聞かずふらふらと寝室に向かい、ベットに倒れるとスイッチをオフにしたように意識が一瞬で落ちた。今なら二四時間ぶっ通しで寝る自信があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しく寝ぼけていた。仮眠でもぱちんと意識が覚醒するのに、この日は頭の芯がぼやけ、どこで目を覚ましたかすら分かっていなかった。時計を見ると経過時間は二時間。もはやこの体は長時間眠れないのかもしれない。

 

 寝起きの鼻をすんすんと動かすと、誰かが食事をしていると鼻孔が教えてくれた。誰もが知っている独特の香りがした。吹雪たちは料理をしない。出来るらしいがしている所を見たことがない。俺の執務室で食事をするときは、大抵食堂からの取り寄せだ。料理が出来る出来る詐欺は今も継続中だが、俺は別に疑っていない。恐らく本当に出来るだろう。雨雲姫は誰に教えられずとも大抵の事を初見で器用にこなしていた。ただ料理の腕だけはなかなか上達しなかった。俺が上手い上手いと連呼しすぎたせいかもしれない。言いたくは無いが今思えば雨雲姫は料理が下手だった可能性がかなりの割合で否定出来かねる。上手だった可能性も微粒子レベルで存在するが、思い出補正を別にしても当時は本当に上手いと感じていた。

 

 食事をしているのは多分電だ。彼女はふらふらと帰ってきては、彼女の指定席だった椅子に、はわわ、はわわと座って食事を済ませ、なのですと少しだけ休み、なるべくなら戦いたくはないのです、と存在意義を疑うような発言をして直ぐに出撃するハードワーカーだ。我が艦隊は自らブラックに身を落とす艦娘ばかりだ。

 

 扉を開けてテーブルを見ても誰もいない。はてなと首を捻った。

 

「あの、騒がしくしてしまいましたか? ごめんなさい」

 

 峯雲がキッチンから顔だけを出していた。なるほど料理をしていたのか。冷静な頭なら電の帰還スケジュールはもう少し先な事に気が付いたはずだ。まだ頭が働いていなかった。

 

 提督の体調管理も専属秘書艦の仕事に含まれると断言する艦娘はいる。もちろんそんな規定はない。そして当然ながら秘書業務として手料理は含まれない。だが嬉々として振る舞う艦娘は多い。噂に聞いた話だが、比叡と磯風の料理が凄いらしい。一度食べると忘れられない味だそうだ。ご馳走になりたいと思ってはいるが当分叶わないだろう。浜風は是非にと言ってくれるが、所属鎮守府が違えばなかなか会えないから仕方ないと言えば仕方がない。

 

「夕飯に丁度いい時間になりますけど、食事になさいますか?」

 

 香りで何を作っているかは直ぐにわかった。これを嫌いな人間を探すのはなかなか難しい。普段は金曜日に食べるメニューだ。お腹がぐーと鳴った。昼を軽く済ませてからは何も食べていない。ちょうどいいのでご馳走になる事にした。

 

「直ぐに仕上げますね」

 

 鍋を両手に持った峯雲がキッチンから姿を現した瞬間に心がざわついた。今の感情を一言で表せない。郷愁、哀切、諦観、思慕、困惑、後悔、喪失、多幸、哀惜。入り乱れた感情が、ぼやけた意識に活を入れた。

 

 それを意識して隠したつもりはない。だが直ぐに目に付く場所に置いてもいなかった。料理をしようと少し意識を向ければ見つかる。そんな場所だ。旗下の艦娘は料理なんてしない。俺もしない。だからずっと目にする機会はなかったしこれからもないはずのものだった。峯雲が着けているエプロンはかつて俺が彼女にプレゼントしたものだ。大小二つの雲が意匠されたベージュ色の何の変哲もない既製品。

 

「……それは」

 

「偶然見つけたんです。似合いますか?」

 

 鍋をテーブルに置いてその場で一回転。よく似合ってた。落ち着いた色合いは彼女の穏やかな雰囲気と相まって子供を慈しむ保育士(保母)のようにも見える。

 

「……あぁ、そうだな……」

 

 動揺して気持ちの切り替えが出来なかった俺の空気を感じたんだろう。峯雲の表情が曇った。

 

「あの……もしかして使ってはいかなかったですか?」

 

「……そんなことはない。執務室(ここ)にあるものは何でも自由に使ってくれ」

 

 元々、執務室にあるものは自由に使っていいと伝達している。ただし使用条件は、持ち出しの禁止や紛失、模様替えや私物の持ち込みの不可などだ。大事に仕舞うだけで使われないより使って貰う方がいいに決まっている。

 

「良かった」

 

 動揺したのは突然の事で驚いた俺の感傷のせいだ。悪いのは峯雲ではなく相変わらずどっちつかずの俺だ。峯雲はほっとしたのか胸を撫でおろした。

 

「名前に『雲』の字があるせいか見つけた瞬間に気に入ってしまって」

 

「やることは出来んが大事に使ってくれるならそれでいい」

 

「はい」

 

 峯雲は料理をテーブルに並べる。香りで誰でも直ぐに分かる料理、カレーだ。浅い皿に白米を乗せ、付け合わせにらっきょうと福神漬けが小皿に分けられていた。サラダは二種類のドレッシングが用意されて芸が細かい。ただルーは鍋で用意され、お店のカレーというより家庭で作られるカレーだ。

 

「どうした? 何かいいことあったか?」

 

 鼻歌交じりで楽しそうに準備する峯雲。俺は思わずというより、単純に気になって聞いてみた。他意はない。

 

「あの、このアップリケの小さな雲が私かなって。そうしたら大きな雲は提督になるのかもって考えていたら楽しくなってきて」

 

 峯雲がエプロンの裾を伸ばして意匠()がはっきり見えるようにした。

 

 並んだ大小二つの雲の意匠。見るだけで当時の思い出が蘇ってくる。思い出は連鎖反応を起こし、たくさんの場面が脳裏を過っていった。

 

 雨雲姫はずっと好きだと言葉と態度で好意を伝えてくれた。もちろん俺も好きだった。だが出会った当初、俺の好きと彼女の好きのニュアンスは違っていた。馬鹿だった俺はずっとそれに気づかず、好意の意味に気づいた時には、艦娘だから、誓いがあるからと、わざと気づかない振りをしていた。なんと幼稚だったことか。

 

「この雲みたいに提督と艦娘もずっと一緒にいれたらいいですね」

 

「……そうだな」

 

 亜種ではあるが顕現艦の峯雲は雨雲姫とは違う。彼女の好意は全人類に向けられ、俺に抱く感情はただの厚意だ。峯雲の言葉に誤解する要素はない。日本周辺の深海棲艦を殲滅しても、戦争はまだまだ終わらない。ただ一つの区切りにはなる。これからもお互い頑張っていこうか。

 

 カレーは普通に美味かった。家庭料理の域は出ないが、俺好みに堅めに炊かれた白米とごろごろと大きめの野菜。ほろほろとまでいかないが柔らかくなるまで手間を掛けられた肉。間宮達が作る料理には到底及ばないが、ほっと安心できる味だった。尖ったところがなく、毎日食べても飽きない、そんな味だ。

 

 峯雲は食べずに俺が料理を口にするたびに頬を緩ませる。俺たちは今までのすれ違いを反省して、食事をしながら話をたくさんした。これまでの事、専属秘書艦の事、これからの事。色気も素っ気もない話ばかりだ。ただ、俺たちは他の艦娘を交えず二人っきりで話をしたことがなかった。常に俺の周りには誰かがいて話を混ぜ返し、茶々を入れ、話が飛躍したりいい逃げをされたり、ただの世間話で終わったり。

 

 たまにはいいか、と考えたが、峯雲が専属秘書になったことで。これからはこういう二人だけの時間が増える可能性に思い至った。義務ではないが、艦娘とはそういう存在だ。峯雲と話をしている内にこういう時間も悪くないなと思った。艦娘は基本的にテンションが高い者が多い。落ち着いて会話ができる艦娘は希少だ。特に俺の旗下の艦娘は電と峯雲を除いて騒がしい。

 

 食器はとっくに空になっていた。ふと訪れた静寂。峯雲は言おうか言うまいか悩んでいる様子だった。俺は急かさず待った。この際だ、言いたいことを言ってもらおうと思っていた。

 

「……実は……提督にずっと嫌われていると思っていたんです。でも専属秘書艦に選んでいただけて、今はそうじゃないと分かってとてもうれしいんです」

 

 繰り返すが、俺が艦娘を嫌う事は今も昔もあり得ない。もし裏切られて殺されてもだ。艦娘でも抗えない理由があるはずだと信じられるからだ。だから俺が峯雲を嫌う事もあり得ない。だが、避けていたことは否定できない。

 

 雨雲姫が消えて峯雲が顕現した。異常事態が続いたことで原因究明の為、峯雲は政府と大本営に半年に渡って拘束された。結果は白。後になって調査報告を見たが、峯雲も何が起きたか分かっていない。というより何も覚えていなかった。突然世界に顕現し、艦娘の使命を果たそうとしただけだ。

 

 峯雲が拘束されている間、俺は二か月に渡り、茫然自失の日々を無為に過ごしていた。何もせず無気力で過ごし、突然、自分への怒りを爆発させ自傷行動をとっていたらしい。艦娘を含めて俺を助けてくれる人達がいなければ、俺の命はなかっただろう。

 

 立ち直ったのか折り合いをつけたのか。その後、吹雪達が突然旗下に加わり、忙しい日々が始まった。勝手の違う吹雪達。当たり前だ。どんな熟練提督だろうと戸惑ったに違いない。彼女たちは顕現艦なのだから。やっとどう向き合っていけばいいのかわかり始めた頃、提督のいない峯雲が俺の艦隊に合流した。俺以外の提督では旗下に迎えられないからだ。

 

 峯雲を見ているとどうしても彼女を思い出してしまい、忙しいからと理由にもならない言い訳で自分をごまかし、天龍や足柄に預けて一時的に遠ざけた。その後も峯雲が何も言わないことを良いことに吹雪達に預けるような采配をしていた。全て俺の弱さが招いた結果だ。

 

 今日、峯雲と話をして悪いことをしてきたと痛烈に感じた。責任なんか峯雲にこれっぽっちもないのにな。当時、俺の手元にいる最強戦力をぶつけても雨雲姫を救う事はできなかっただろう。今までの俺は、あの時は子供だったからと、他になにかあったはずだと、ずっと駄々をこねていた子供だった。そして今の俺は、あの時は子供だったからできなかった、今は大人になったからと何か出来る事があったはずだと、事実から目をそらし続けるクソガキだ。図体だけ大きくなっても、俺はずっと子供のままだったんだな。

 

 雨雲姫ちゃん、笑ってくれよ。雨雲姫ちゃんの大好きだった俺は昔も今も馬鹿丸出しのクソガキで全然成長してなかったよ。マジ受けるよな。意地張ってパンクして助けられてやっとわかったよ。自分が成長してないって事に気づくのに三年だ。ほんと馬鹿だよな。

 

「どうしたんですか? 何か楽しそうです」

 

「なんの事だ?」

 

「今、提督笑ってましたよ?」

 

「そうか、笑っていたか」

 

 峯雲(お前)がいなきゃ、こんな事も気づかなっただろうな。だからありがとう。俺は素直な気持ちを峯雲に伝える。いつか必ず吹雪達にも言わなきゃいけない言葉だ。ささやかな仕返しで先にお前に言ってやるよ。

 

「峯雲。俺の所にきてくれてありがとう」

 

 これを吹雪達にも言わないといけない。いけないのかぁ……。吹雪と電は会う機会が極端に少ないから、まぁその内に。叢雲は「馬鹿じゃないの!?」と怒りそう。漣は「ご主人様がデレた! キタコレ!!」とか茶化しそうで、五月雨は「え? ふぇ!? ふぇぇぇぇぇぇl!!!」とか執務室であっちへ行ったりこっちへ行ったりと暴れそうだ。言わないといけないのかぁ……感謝はしてるんだけど、言わないといけないのかぁ……。

 

「顕現艦ですけど、私だって艦娘です。提督にそんな事を言われると嬉しくて……もっと頑張ろうって思ってしまいます」

 

 涙を拭う峯雲に俺は何も言わず、そっとハンカチを渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日から恐ろしい程順調だった。書類は山にならず、各所との調整は口頭でも可能になった事から俺の思う通りに絵図が引け、睡眠時間は三時間の壁を越えて四時間に届きそうな勢いだ。吹雪達が連日出撃しているため、休日を取る事は難しいが、待機扱いで体を休める事も出来るようになった。そして何より驚くべきことは合同作戦で、護衛艦に乗り直接艦娘の指揮を執る体制すら取れそうな事だ。恐るべき秘書艦である。

 

 峯雲は艦娘として出撃しなければならない。秘書艦業務だけするわけにはいかない。それでも人間の熟練秘書数人分の潜在力を持った優秀な艦娘が俺の仕事を補助するだけで、実質提督十数人分の仕事が回るのである。慣れてくれればもっと楽になる。笑いが止まらないとはこの事だ。物理的に吹雪達もこれ以上は出撃を増やすのは難しい。俺と峯雲の完全勝利である。

 

 峯雲はきつい時には正直に言ってくれる。それがありがたい。きつい、しんどい、出来ない。言われない事の方が問題だ。今は無理をする時じゃない。

 

 峯雲は艦娘らしく快活に明るく仕事をしてくれる。それも俺がありがたいと思っている要素だ。俺には緊張の糸が途切れると突然やる気スイッチがオフになる瞬間がある。峯雲はそんな俺に呆れる事なく、慈母の様に優しく慰め、時には発破をかけててくれる。冗談で雨雲姫みたいに尻を抓ろうとしたこともある。そんな時は上手く操られていると思わなくもない。漣達はその辺り、俺の機微を察してくれない。顕現艦と顕現艦とはいえ亜種である峯雲との差は今後も覆る事はないだろう。

 

 峯雲を見た。峯雲は吹雪達の燃料と弾薬の消費の膨大なデータをまとめてくれている。地味できつい作業だが嫌な顔一つしない。むしろ楽しんでいる様にも見える。

 

 雨雲姫と峯雲は全然似ていない。似ているのは長く豊かな髪を編み、左右二つに分けた三つ編みくらいだ。だが峯雲の姿が雨雲姫に重なる時がある。そんなはずないと否定してもだ。

 

 雨雲姫も俺の仕事をよく手伝ってくれた。俺は一切教育を受けず本当に手探りから始まった。何をしていいか何をすればいいか、どうすればいいかもわからないゼロからのスタートだった。二人でこうじゃない、こうすれば、違っていたか、じゃあどうすればいいだよ! 、と毎日クソ大本営に切れていた。雨雲姫が仕上げた書類を字が違うと突っ返され、俺が仕上げると字が汚いと突っ返された。切れた俺がクソ妖精共を従えて突貫してくどくどお小言をもらう。正解がわからず二人で頭を抱える二人三脚での試行錯誤の日々。

 

 峯雲は違う。慣れないながらも効率よく業務を進めようとする。分からないところは俺に聞き、クソ大本営に切れることなく黙々と、だが楽しそうに。

 

 そんな二人の姿がどうして重なってしまうのか。

 

 ふとした時の仕草が似ている時があった。おれが無理やり雨雲姫と重ねていたのかもしれないが。

 

 それとも楽しそうな姿か? 雨雲姫もよく笑っていた。いや笑いあっていたか。

 

 体が触れる時があった。雨雲姫は怪我をしないよう絶妙の力加減で俺の尻を抓っていた。

 

 峯雲は峯雲。雨雲姫は雨雲姫だ。似たところがあるかもしれない。俺は二人を同一視なんて絶対にしていない。ならどうして。俺は一つの結論に至った。そう考えれば全て納得いく。なんだ簡単な事だった。

 

 俺は峯雲にそれを伝えようと屋上に呼び出した。余人を介さず二人だけで話をしたかったからだ。伝える事で提督と艦娘としての関係は変わらないだろう。だが、それ以外の関係は変わってしまうかもしれない。おれはそう思いながら先に屋上に向かい待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は煙草に火をつけて肺を紫煙で満たす。夕方だ。なんだか青春してる気分だなと場違いにも思ってしまった。俺は時間と場所を指定して峯雲が来るのを待っていた。

 

「ここは禁煙ですよ」

 

 勿論峯雲だ。漣だったら呆れて文句を言われる。若しくは飛び掛かって力づくで煙草を奪われ、いかに煙草が体に悪いか講釈を垂れられるかだ。

 

「そこを見てみな」

 

 『禁煙』と書かれた看板。その右下に小さく、『俺を除く』と追記されている。おっさんに頼んだ俺のささやかな提督特権だ。これが職権乱用の正しい使い方だ。おっさんは負い目がありすぎて俺に甘い。これくらいなら簡単に聞いてくれる。字は小さ過ぎて距離をとれば普通は見えない。だが艦娘には関係ない。はっきりと見えているはずだ。

 

「もう」

 

「まぁ、煙草は近いうちにやめる。多分」

 

 おいしいと思ったことはない。ただの惰性だ。煙草はその内にやめるつもりだ。多分。峯雲は呆れ半分、でも呼び出された理由が気になるのが半分といった様相だ。呼ばれた理由が分かっているのかいないのか。

 

「それでお話ってなんでしょうか?」

 

「あぁそれな」

 

 煙を吐き出し、携帯灰皿に吸い殻を捨てた。振り返って峯雲に相対し軽い世間話をする様に俺は言った。

 

「なぁ、峯雲。お前、雨雲姫の中で俺達をずっと見てただろ?」

 

「えっ!?…………えぇっと、その……」

 

「いくらなんでもやり過ぎだ。何か事情があるのは察してやれるが、ちょっとどかどか踏み込み過ぎだ」

 

 俺が言った意味をゆっくり理解したんだろう。峯雲は一度瞳を見開いてから次に口ごもった。何の事だとしらばっくれていれば、少しは誤魔化せたのにな。性格がいいから咄嗟に出来なかったって所か。何を考えているのは分からない。分からないが峯雲の態度はあからさま過ぎた。

 

 まずはカレーを作ってくれた時だ。一言一句は違うのに言ってる事はあの日の雨雲姫とほぼ同じ。艦娘と言えど三年も経てば記憶は薄れる。だが俺は今でも鮮明に覚えている。たった二か月だが、俺の人生で最高に輝いている宝石みたいな時間だった。いくらなんでもエプロン持ち出してカレー作って同じセリフ回しってどうなんだ。確かに俺の心は揺さぶられた。懐かしい日々が脳裏を駆け巡り、やっぱり忘れる事なんて無理なんだと再認識させられた。

 

 次に仕草だ。艦娘ってのは面白いもんであれだけの数がいるのにそれでいて個性の塊だ。似た様(・・・)な仕草、癖は持っている事もあるが、よく見れば全然違う。これは多くの艦娘を知っている俺だから断言出来る事だ。艦娘について俺ほど理解している人間は世界に二人といない。真面目な峯雲は正確に雨雲姫の動きをトレースし過ぎた。雨雲姫の話は先輩の艦娘から当然聞いているだろう。だが口伝い、手ぶり身振りで動きを正確に再現できるはずがない。

 

 そしてなぜ俺に触れた。提督と艦娘のボディタッチは珍しい事じゃなく日常茶飯事だ。だがそれは建造艦に限っての話だ。顕現艦である吹雪達と俺の接触は必要最低限に限り、それ以外は体が触れたことはない。吹雪達は男性としての俺に全く興味がない。体の制御が完璧なためうっかり体が触れ合う事もない。あの五月雨でさえだ。顕現が遅かったと言えど、吹雪達に食らいつく峯雲の実力は艦娘として十二分に強い。うっかりなどあり得ない。俺のやる気スイッチが切れたからって尻を抓ろうとしたのもいただけない。脈絡が無さ過ぎだ。峯雲の接触は俺と雨雲姫しか知らない雨雲姫独特の触れ方が多かった。なぜお前がそれを知っている。

 

「と、疑問九割、突っ込み所一割。峯雲、お前は一体何がしたいんだ?」

 

 俺は艦娘を信じている。別に騙されたとは思っていない。何か俺に教えられない事情があるだけだろう。顕現してから半年に及ぶ拘束でも峯雲は記憶がないと嘘をついている。艦娘は余程の事情がない限り提督に嘘はつかない。そして政府も大本営も提督じゃない。それ以前に提督不在だった峯雲は嘘つき放題だ。俺は大本営の報告をそのまま信じた。『雨雲姫の中で見ていただろ?』なんて想像すら出来ない質問もしていない。だから峯雲は嘘をついていない。事実を黙っていただけだ。二人でわんわん泣いた告白を見られているかもしれない。俺たちのファーストキスも特等席で見られていた可能性が高い。俺にとって黒歴史ではなく、むしろ誇らしい思い出だが、積極的に他人に知られたいものではなく見られたいとも思っていない。艦娘の出羽亀行為ここに極まれりだ。

 

 気持ちを落ち着けたのか今の峯雲に動揺の色はない。当たり前だ。切り替えの早さは戦場で必須だ。天龍と足柄にみっちり鍛えて貰っている。

 

 峯雲は顔を上げ、俺を正面に見据えて口を開いた。

 

「懐かしい艦娘に会いたいと思うのは明石さんだけではありませんよ」

 

 それも知ってるのか。廃棄物Bを建造した時に明石が言ったセリフだ。そして俺の疑問を否定をしない。確定だ。そして言外に含みを持たせた言葉が俺の心を揺さぶりかける。峯雲、最後まできっちり話してもらおうか。

 

「提督。私たちがどこから来たか、知りたくはないですか?」

 

 それは、世界一艦娘に詳しいと自負していた俺ですら想像の埒外の真実。雨雲姫と融合する事で、召喚の代償である記憶の喪失を免れた峯雲しか知らない、遠い宇宙の果てのさらに先。俺たちの宇宙とは別の宇宙で戦う種族間戦争の物語だった。 

 




終わらなかった。次が本当にラスト。多分。


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EX03 キャロリング

J様、R様、A様。誤字報告ありがとうございます。


 多次元宇宙論に於いて予想される宇宙モデルは様々だ。平行宇宙とも表現される別次元の宇宙は泡沫の泡の如く、今この瞬間も生まれ、消え続けている。生まれ、弾け、消え去る。無数に繰り返される宇宙の誕生。文字通り天文学的な確率を潜り抜けて崩壊を免れる宇宙が極々稀に誕生する。それは地球を内包する宇宙であり、彼女たちの宇宙もそうだ。同じ宇宙でも次元が異なり、物理的な手段では理論的に相互にたどり着ける可能性はゼロ。未来永劫に決して重なり合う事がないはずだった。

 

 便宜上ここでは彼女達を艦娘族と深海棲艦族と名付ける。

 

 彼女達は共に星間種族だった。惑星を早い段階で飛び出し星々の海に飛び込んだのは共通している。恒星間を容易に行き来する技術は魂と精霊の存在を証明すると当時に神の不在証明すらしてしまった。彼女達の不幸は互いの生存圏が近すぎた事だった。星の輝きを子守歌にする恒星種族にとって、二桁に足りない星系を挟むだけの距離は到底足りるものではなかったのだ。

 

 穏やかな気質の艦娘族に対して、他種族の存在を決して許さない残忍な気質の深海棲艦族。不幸な遭遇(ファーストコンタクト)は艦娘族の一方的な虐殺から始まった。艦娘族には宣戦布告の概念がなかった。あったとしても深海棲艦は遭遇を以て宣戦布告としただろう。深海棲艦族に和平交渉は通用しなかった。

 

 開戦初期、艦娘族は圧倒的に不利だった。穏やかな気質の彼女たちは自衛の為の武器は所有していたが、敵を殺すための兵器を持っていなかった。深海棲艦族の怒涛の猛攻に艦娘族は後退に次ぐ後退。深海棲艦族にいくつかの星系を奪われ一時は母星系にまで迫られた。だが艦娘族はただで敗走を繰り返している訳ではなかった。深海棲艦と互角以上に戦えるようになるまでの時間を稼いでいたのだ。

 

 魂投影型の決戦艦船だ。

 

 小型から大型まで大小様々な星系移動型の宇宙艦船に乗り込み、魂を同期させることで自らの肉体と同様自在に操作出来る艦娘族が持つ唯一で最強の兵器を作り上げた。但し、この決戦兵器には弱点があった。強力な反面、決戦艦船に乗り込む者の魂を疲弊させてしまう反作用があった。戦い続ける事で魂が摩耗し最終的には消滅してしまうのだ。そこで登場したのが交感者だ。決戦艦船に乗り込む者の魂と自らの魂を共鳴させる事で共に戦い、後方ではあったが同時に指揮も行っていた。通常この関係は一体一の対であったが、稀に二対一、または三対一と、一人の交感者が複数の操縦者と魂を共鳴させる者まで現れた。

 

 決戦艦船は星々の海を自由自在に駆け巡り深海棲艦と互角以上の戦いを繰り広げた。そして奪われた星系を取り戻し、深海棲艦族の支配星系にまで戦線を押し上げた。

 

 抜群の戦果を上げる操縦者は撃墜王の称号を与えられた。とりわけその中でも卓越した成績を残す者は英雄と呼ばれ、人々の尊敬を集めるようになる。時代が幾つか下る中、全ての功績を交感者に譲る操縦者が現れた。交感者がいなければ魂がすり減ってしまい戦えず、全幅の信頼の下、細かな戦術以外を交感者に頼る様になっていたからだ。戦争は長期間に渡り、いつしかそれは大きな風潮となりシステムに組み込まれるに至る。

 

 形勢の不利を理解した深海棲艦はここで王族の投入を決定した。姫級の登場である。姫級の戦力は凄まじく、押し返されていた戦線を膠着状態まで持ち返した。しかしここで一つの事件が発生する。一人の英雄と姫の邂逅。これが種族戦争の流れを変えた。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「深海棲艦は宇宙怪獣だったか」

 

「そう言ってしまうと、私達(提督と艦娘)もそうなっていまいますね。二つの種族は宇宙船に乗って戦っていました。提督はこの嘘みたいな話を信じるんですか?」

 

「嘘なのか?」

 

「嘘じゃありませんけど……」

 

 俺はふふんと鼻を鳴らした。艦娘が提督に嘘じゃないと言うなら本当の話だ。

 

「提督は数多くの英雄と操縦者を従えて深海棲艦族と戦う唯一の英雄でした。操縦者と交感出来る英雄は数多くいましたが、操縦者と英雄を従える事が出来たのは提督ただ一人です」

 

「待て。話がすっ飛んでる」

 

 話の流れ的に操縦者が艦娘、交感者の中でも英雄と呼ばれた者が提督だろう。だがなぜそれが地球にいる? 時系列を追うと、最初に深海棲艦が現れた。その次に吹雪達だ。世界に妖精さんが現れて、最後に建造艦の艦娘が登場した。納得しかねるが、まだ艦娘はわかる。妖精さん印の謎技術で作られた艦娘工廠で建造されるからだ。だがそもそもとして何故地球で戦う? そのまま宇宙で深海棲艦を殲滅していればいいだろう。それ以前に何故深海棲艦が地球に突然現れた? 深海棲艦も誰かに建造されたのか? 妖精さんとはなんだ? だがしかし待って欲しい。提督たる俺は地球で生まれ育った生粋の日本人だ。それとも何か? 元々俺はその別の宇宙にいて赤ん坊の頃に艦娘工廠で両親に建造されたのか? 深海棲艦が現れたのが二十六年前。時間的には合っている。何故何故何故。分からないことばかりだ。

 

「俺は人間なのか?」 

 

「もちろんです。魂だけは私たちと同族ですけど。魂だけがこの宇宙に飛ばされてしまいました」

 

「飛ばされた?」

 

「はい。深海棲艦の作った次元兵器で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐあぁぁ! 可愛すぎて目が眩しいぃぃ!! 何て言うかなんだこれ!? もう全部好きぃぃ!!」

 

「……私もぉ……」

 

 膠着した前線で深海棲艦族の姫の一人が、艦娘族の英雄を背後から奇襲した。完璧な隠形からの攻撃は英雄の命を宇宙の塵にするはずだった。

 

 後に英雄は語る。

 

「きゅぴーんと来てやべぇこれマジ死ぬって頑張って避けたら偶然ぶつかった。そしたらお互いに外装がぶっ飛んで、目の前に天使? いや、女神様がいて。あ、これあの世だ、俺死んだんだって思ったらもう何も怖いものなくなって、思ったままを言うしかねぇだろって。そしたらお互いそんな感じで、すったもんだの末、後は全部勢いで突っ走った。反省も後悔もする気はない」

 

 深海棲艦族の姫の寝返りは両陣営に衝撃を与えた。艦娘族は深海棲艦族など信用出来ないと、捕虜として拘束しようとしたが、一人の英雄が世論に堂々と反論するどころか、直属として旗下に組み込んだ。深海棲艦族の姫の力は英雄の指揮で押し上げられ、膠着していた前線に風穴を開け、拡大し、ずたずたにした。

 

 一方、深海棲艦族は王族の裏切りによる士気の低下が甚大だった。力で押さえつけられていた王族以下の階級で不満が噴出した。王族の命令を無視して逃げ出す深海棲艦族も現れる程だった。戦線をずたずたにされた深海棲艦族は後退を余儀なくされた。

 

 戦線を押し返された深海棲艦族の未来予測はそう遠くない未来に敗北するというものだった。深海棲艦族の戦略目的は艦娘族の族滅だ。自分たち以外の存在を一切許さない徹底したものだ。それがいつの間に族滅の憂き目に会おうとしてるのは自分達だ。到底許される話ではない。そこで深海棲艦族は戦略を一部修正して二つの作戦を実行した。

 

 一つは万が一の族滅を避けるため、艦娘族のいない別の宇宙に王族を中核に集団転移をすることだった。王族、貴族、戦士、奴隷から選抜して集団転移の計画を立てた。ただ転移するだけではない。嗜好を満たすために、貧弱な種族が土着している必要がある。殺して殺して殺し尽くすためだけの生贄だ。問題は一つ。別の宇宙に転移するための触媒を持っていなかった事だ。しかし直ぐに解決した。その地には、近い過去に起きた戦争で生まれた怨念が大量に渦巻いていた。これを触媒に使えばいい。魂を凌辱するための技術を科学力で解明していた深海棲艦族には容易い事のはずだった。事実転移はあっさりと成功した。数多くの深海棲艦が地球に現れ、多くの人間が犠牲になった。しかし彼女たちは知らなかった。これは転移ではなく召喚であった事を。ただの触媒であったはずの怨念は召喚主となり、深海棲艦はことごとく渦巻く怨念の(しもべ)に成り下がった。召喚で記憶を失った深海棲艦は渦巻く怨念の願いを果たそうとする。人間への復讐だ。宣戦布告のない戦争はこうして始まってしまった。

 

 二つ目の作戦は英雄と呼ばれる艦娘族の交感者の魂を別次元の宇宙に転移させる事だった。操縦者と交感者と決戦艦船。要は交感者だ。後方で指揮を執る交感者は物理的な交戦が難しい。ならば距離に依存しない次元兵器で魂を吹き飛ばしてしまえ。問題は英雄の魂を別次元の宇宙に転移させるのに必要なエネルギーを生み出す触媒だった。こちらも直ぐに解決した。命令違反を繰り返す戦士階級と奴隷階級、全ての魂を使用すればよい。作戦は成功し、英雄たちの魂は別次元の宇宙、地球に転送され、別の生を受けることになった。英雄に従っていた操縦者は失意のまま戦場を去り、深海棲艦族も王族と貴族のみを残す結果になった。相互に数を減らした戦線はまたもや膠着状態に陥った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「操縦者は精霊に命じて英雄の魂を留めようとしましたが咄嗟のことで間に合わず、魂は精霊の一部を引き裂いてこの宇宙に転移しました。それが提督達の妖精さんです。深海棲艦族の姫には五柱の精霊がいたので、それで提督の妖精さんは少しだけやんちゃになってしまいました」

 

「クソ妖精共が少しだけやんちゃ?」 

 

「はい。可愛かったですよね」

 

 峯雲は懐かしそう微笑むが、あれは断じて可愛いとかいうレベルじゃなかった。そういえば大淀もクソ妖精共を可愛いとか言ってた。艦娘と人間の感性は似ている部分が多いが、クソ妖精共に関しては絶対に共感できない。最後は轢き殺される所だったしな。

 

「英雄を失った多くの操縦者が失意で戦線離脱をしました。交感者を失って戦闘を継続出来る精神状態ではありませんでしたから」

 

 峯雲は続ける。

 

 多くの者が悲嘆に暮れる中、消え去った魂の調査が始まる。引き裂かれた精霊を追跡することで見つけることが出来た。別次元の宇宙の片隅にある惑星。地球だった。一部の魂はすでに人間に転生していた。そして記憶と理性を失い怨念の僕と化した深海棲艦も同時に見つかる。喜ぶと同時に慌てる操縦者達。地球を私達の戦争に巻き込んでしまった。そしてこのままでは深海棲艦に交感者が殺されてしまう。最初に五人の操縦者が名乗りを上げた。既に交感者を失っていた最古参の五人は転移に必要な触媒を自らの魂で補った。だが生身のままでは深海棲艦と戦えない。そこで現地の力の象徴を利用した。大戦で戦った艦船だ。失う記憶を艦船の記憶で補い、艤装という戦う為の兵装を得た。転移は成功し、吹雪、叢雲、漣、電、五月雨と名乗った五人は最初に精霊に語りかけた。精霊は彼女たちにとって例え記憶がなくとも親しい友人だからだ。しかし神も精霊もいない地球に現れたのは妖精さんだった。妖精さんが世界中に現れた。

 

「そして吹雪さん達は戦いながら、妖精さん達と艦娘工廠を作りました。後は提督のご存知の通りです」

 

 いつの間にか俺の隣で一緒に話を聞いていた妖精さんにお菓子をあげる。指先をぺろりと舐められてくすぐったい。残り四人の妖精さんがわたしも欲しいと寄って来た。

 

「艦娘の建造は召喚と呼ぶのが正解です。提督の召喚要請に喜んでこの世界に現れるのですから。代償で記憶は失ってしまいますけど」

 

「記憶を失っても魂が覚えているってことか。刷り込みじゃなかったんだな」

 

「はい。あちらでは召喚されるのを待ち遠しくしていますけど、まだ転生していない提督もいるので全ての艦娘が揃ってはいません」

 

「そして俺は呼ぶべくして雨雲姫を召喚したと」

 

「そうなんですけど、あちらの宇宙では紆余曲折がありました。雨雲姫さんは深海棲艦族だったので、そのままでは艦娘として召喚でききませんでした」

 

「峯雲が雨雲姫の中で出歯亀してた事と関係ありそうだな」

 

「出歯亀……結果としてはそうなりましたけど……」

 

 峯雲は頬を紅く染めた。別に俺は怒っていない。それが雨雲姫にとって必要な事だったんだろう。

 

「雨雲姫さんの立場は危ういものでした。陣営を変えたと言っても英雄……提督がいたから反対意見を抑えられていましたが、提督の魂が地球に転送されてしまってからは、彼女を守るのは共に戦場で戦った操縦者だけになりました。その操縦者達も戦場を去り、そして地球に次々と召喚されていって……でも雨雲姫さんが召喚を希望しても認められなかったのです。信用できないからと」

 

 一度裏切った者は二度目がある。特に戦争ならそう考えるのが当たり前だ。

 

「雨雲姫さんは、提督に会いたい一心で静かに時を待っていました。提督が大本営に見込まれた時には少数ですが理解者も増え、最終的に私が雨雲姫さんと融合することで許可が下りました。召喚は雨雲姫さんが主体なので私の記憶は失われませんでした」

 

 雨雲姫と峯雲が融合することで疑似的に艦娘となった雨雲姫が俺に召喚されたって事か。一つ気になる事がある。峯雲は何故雨雲姫の為に自分を犠牲にしたのか。峯雲にも会いたい提督がいたはずだ。艦娘の性格から考えて最優先は提督のはずだ。

 

「私は吹雪さん達と同じで、交感者と死別して既に戦線を離脱していました。雨雲姫さんを応援する気持ちは当然ありましたし、懐かしい人に会いたいと思ったのも理由の一つです」

 

「懐かしい人?」

 

「はい。お義兄さん。また会えて嬉しいです」

 

 峯雲がほほ笑んだ。彼女の瞳に懐かしい人を思う気持ちが見えた。

 

「……おにいさん?」

 

「お義兄さんは転生前と変わらず、見ていて楽しかったですよ?」

 

 父さん、母さん。知らない間に義妹が出来てたよ。悪戯が成功したみたいに峯雲がくすくす笑った。

 

「気にしないでくださいね。提督は人間に転生しました。昔、そういう間柄だったというだけで、今はただの提督と艦娘ですから」

 

 と言われても気にしないはずもない。その内に折り合いは付けるのだろうが兄弟のいない俺に義理とはいえ妹がいたのは少なからず動揺を禁じ得ない。

 

 俺の心情を知ってから知らずかいつの間にか笑うのをやめ、峯雲は俺の瞳を真正面から捉えていた。俺にとっての本題を切り出そうとしていた。

 

「最後に雨雲姫さんのことですけど……提督は奇跡を信じますか?」

 

「信じない」

 

 即答した。世の中は奇跡で満ち溢れている。神の奇跡じゃない。安易に奇跡の言葉を使い過ぎだって意味だ。昨今は少しの幸運と偶然が重なって起きた結果も奇跡の言葉が使われる。日常生活然り、スポーツの世界然りだ。俺は奇跡なんて信じていない。結果は起こるべくして起きるからだ。未来は変えられる。だがそこに神の介入はない。結果は生きている者達が足掻いてもがいて努力した結末でしかない。お気楽な神の気まぐれな祝福なんてクソくらえだ。

 

「あの日、雨雲姫さんと入れ替わった私は、雨雲姫さんを元の宇宙に転送しました。触媒は私の魂をぎりぎりまで使いました」

 

 吹雪たちと同じだ。違うのは吹雪達がこちらの宇宙に来るときに魂を削った事に対して、峯雲は雨雲姫を転送する為に使ったというだけ。魂を削ることでどうなるのか俺は聞かない。顕現艦の決意は俺が思っている以上に堅く重く尊い。俺が憤ったところで、俺は何も出来ない上に彼女達の決意を侮辱するだけになる。艦娘はそれほど気高い存在だと俺は知っている。

 

「雨雲姫さんは瀕死でした。彼女の存在を快く思わない人が治療しない可能性があります。普通なら転移で記憶を失っているはずなので、提督の再召喚に応じない可能性もあります。何より雨雲姫さんは深海棲艦です。召喚自体が不可能です」

 

「でも峯雲は今日、この話を俺に話した。奇跡……可能性を信じているって事だろ?」

 

「……本当は話すつもりはありませんでした。話せば提督を苦しめる事になるかもしれないと思ったから」

 

 俺は今でも建造を繰り返している。それは雨雲姫を建造する為じゃない。制限なしに艦娘を旗下に置ける底なしの能力があるからだ。だが今日話を聞いて無意味だと分かった。俺が本当の意味で旗下に迎えられる艦娘は雨雲姫ただ一人だ。この話を聞いた俺が希望を胸に雨雲姫を建造しようと喜び勇んで建造して失敗する。失敗を繰り返せば希望は絶望に変わるかもしれない。峯雲はそれを恐れたのだ。

 

「きっかけは提督が雨雲姫さんにかけた魔法です」

 

「魔法? 俺は魔法なんか使えない」

 

 ただの人間には魔法も魔術も使えない。そもそもそんな便利なものこの世界には存在しない。魔法使いを名乗る者は全員詐欺師か精神異常者だ。ファンタジーは艦娘だけで十分だ。

 

「人は『好き』の言葉一つで心を縛ることが出来るんですよ? あの日、提督は雨雲姫さんの心と魂を雁字搦めに縛ってしまいました」

 

 顔を真っ赤にした峯雲が指先で唇をなぞっている。

 

「……あの……凄かった……です……」

 

 出歯亀ェ。キスの事を言ってるのだろうが、見るだけじゃなく体感も出来たのか。雨雲姫が感じた体験の追体験だろうが感想は不要だ。今更顔を紅くする事じゃないが第三者から聞きたくはなかった。

 

「……艦娘は提督を傷つける事はできません。でも雨雲姫は偶発的でしたけど、提督に怪我を負わせた。提督曰く『(しるし)』ですけど、この二つが絡み合い魔法と同じ効果を生みだしました。その結果次元を隔てた二人の絆は今も断ち切れていないはずです」

 

 俺の中にある雨雲姫との絆は今にも消えそうな程の弱弱しいがずっと残り続けている。唇が触れるだけのキス。あの時、キスで姫にかけられた呪いを解くと自信満々で失敗したと思っていたが、呪いを解くんじゃなく魔法をかけていたという事か。いや、お互いに掛け合っていたんだ。

 

「雨雲姫さんが建造される直前、深海棲艦族から艦娘族に変性させる研究もされていました。雨雲姫さんだけに特化されたものでしたけど」

 

 俺たちに否定的な者はいたけど応援してくれる人もいたということだろう。

 

「研究が終了していればちょうど三年で雨雲姫さんは艦娘になっているはずです」

 

 雨雲姫が去ったのは初夏の頃だった。正確には三年六か月が経過している。星の公転周期の違いであちらでの三年がこちらの三年六か月に相当するそうだ。

 

「転移直後に好意的な人に発見されて治療される。研究が終了していて深海棲艦から艦娘になっている。記憶を失うことなく召喚に応じる」

 

「そして俺は雨雲姫を狙い撃ちで建造しないと彼女を召喚出来ない。それが話した理由か」

 

「…………今日はクリスマスです。奇跡が起きても不思議じゃないと思いました」

 

 矛盾している。峯雲はこの宇宙に神はいないと言った。つまり神の奇跡なんてものは存在しない。奇跡に縋りたいのかそれとも艦娘らしくロマンチックにクリスマスを選んだのか。峯雲は指輪を取り出した。以前俺がケッコンするまで預かると言っていた明石の指輪だ。

 

「提督、メリークリスマス」

 

「……メリークリスマス、峯雲」

 

 奇跡なんて信じていない。世間で言うところのありふれた奇跡を当て嵌めるなら俺たちは何度も奇跡を起こしている。結果は起こるべくして起きるんだ。なぁ、雨雲姫ちゃん。

 

「まぁ、期待して待ってろ」

 

 峯雲はふふっと笑った。

 

 道のりは茨の道だ。召喚できたとしてもまず政府は雨雲姫を認めないだろう。大本営はまぁ、おっさんの胃に穴が開くくらいか。本物の艦娘だと説得しても以前みたいに大淀の脅し含めた口八丁手八丁の事務処理諸々でなんとかなる問題じゃない。だがそれだけだ。俺がそれくらいで諦めると思ってるなら大間違いだ。政府が艦娘の情報を封鎖しているお陰で雨雲姫の名は世間には知られていない。

 

 昔出来なかった事が出来るようになった。色んな所に貸しがあって、人脈も広がった。そして何よりほぼ全ての艦娘は俺の味方だ。出羽亀共に盛大な燃料を投下出来るんだからな。後が大変だが脅しでストライキくらいはしてくれるかもしれない。あきらめの悪さは人一倍あるつもりだ。そして雨雲姫が絡んだ時、俺は絶対にあきらめるつもりはない。

 

「やっぱりな忘れられねぇよな」

 

 屋上の扉を開いて峯雲に聞こえない程小さくつぶやいた。俺は逸る気持ちを抑えてゆっくりと艦娘工廠に足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明石! 建造出来るか!?」

 

 冬だというのに額から汗が流れ落ちる。いつの間にか早足になり、駆け足になり、気が付けば全力で走っていた。何がゆっくりと足を向けただ。馬鹿じゃねぇの!? 馬鹿だった! 今すぐ会いたいよな! なぁ雨雲姫ちゃん! 奇遇だな! 俺もだよ!

 

「あ、提督、メリークリスマス!」

 

「そんなのいいから! 建造だ!」

 

「出来ますけど、私、今日で他の鎮守府に移動するんですよ。だ、か、ら。プレゼント下さいよ!」

 

「おう、やるやる。でも今日は無理。後でなんかいいもの送ってやる。だから建造だ!」

 

「えぇ? 本当ですかぁ? まぁ提督は嘘つかないから信じちゃいますけどねっ! いいものかぁ。何だろなぁ。楽しみですね!」

 

「そうだな! いいから早くしてくれ!」

 

「あれ? 今日はせっかちですねぇ。すごく楽しそうですし。何かいいことありました?」

 

「これからあるんだよ!」

 

「クリスマスパーティですか!? 私も参加したい!」

 

 明石はいつものノリでいるが、俺は気が逸ってそれどころではない。ちなみに出撃している艦娘以外は提督としっぽりしているので鎮守府に艦娘だけのクリスマスパーティなんて有り得ない。普段ならだらだらと会話を続けるが今は勘弁してほしい。

 

「来年だ来年! お前たち頼む!」

 

 俺は妖精さんにゴーサインを出した。俺の意をくんだ妖精さん達が、必要とする資源を運び出してくれた。

 

「忙しないですねぇ。あれ? この資源の分量は……峯雲さん?」

 

 そうだ。雨雲姫ちゃんを建造する時、明石は峯雲を想定していた。結果建造できたのは雨雲姫ちゃんだった。それをなぞるだけだ。

 

「いつになく積極的ですねぇ。じゃあ私も。建造します? しちゃいます!?」

 

 明石がぽちっとなボタンに指をかけている。俺は所定の場所にまだ立っていない。立った瞬間に明石はぽちっとなするだろう。

 

 俺はケッコン指輪を左手の薬指にはめた。効果は艦娘の絆が深まる事と、結婚気分が味わえるという意味不明なもの。目的は前者だ。指輪を嵌めた途端、俺の中にある雨雲姫ちゃんとの絆が小さく脈動した。脈動に合わせて白光の灯が一瞬消えそうになったが再び灯り、脈動に合わせて何度もそれを繰り返した。

 

 いる。

 

 俺は確信した。根拠なんてない。いると感じた。それだけでいい。

 

「提督! 早く早く! 準備は出来てますよ!」

 

 明石に急かされて俺は所定の位置に立った。

 

「それじゃ、ぽちっとな」

 

 艦娘建造ドッグはまばゆいばかりの光を放って直に収まった。

 

「おやぁ? これは?」

 

 最初に声を出したのは明石だ。結果は一目瞭然だった。

 

「失敗ですね! 峯雲さんはもういるので結果は分かってましたけどね!」

 

 ドッグには誰もいない。空っぽだった。用意した資源だけがどこかに消え去っていた。妖精さん達がわたわたと慌てていた。動きはコミカルでまるで俺を慰めているようだ。だがその必要はない。全くなかった。

 

「はははっ!」

 

「提督、どうしたんですか!? 頭のネジが落ちたんですか!?」

 

 明石が何か言っているが、今はどうでも良かった。無性に楽しくて気が付けば笑っていた。

 

「あはあははは! そうだよな! 俺達二人で事がすんなり運ぶ訳ねぇよな!」

 

 失敗してドジ踏んで。俺たち、何もかも上手くいった試しなんてなかったよな。その度に泣いて、怒って、笑って。でも結局最後は収まるところに収まった。俺は今笑っている。来月は泣いているかもしれない。その次は怒っているかもな。でも最後は二人で笑っているんだ。

 

 治療に時間がかかったのか、それとも研究が遅れたのか。ケッコン指輪は無意味だったのかもしれない。はたまたまだ艦娘に成れていないのか。

 

 どうでも良かった。絆を通じて確かに雨雲姫ちゃんの意思を感じた。早く会いたいって意思を。俺もだよ。

 

「明石、来月また来るぜ」

 

「それはいいですけど、何か雰囲気が昔に戻ってませんか? あっ! 何か面白い事するんでしょ!? 昔全然参加出来なかったんですから、今度こそは参加しますよ! ねぇ! 何をするんです!? 教えてくださいよ! ねぇったら! 待ってくださいよぉ! 提督ぅ!」

 

 艦娘工廠を出ていく俺を追いかける明石。面白い事? これから始まるんだよ! なぁそうだろ? 雨雲姫ちゃん!

 

 艦娘工廠の外に出ると雪は降っていなかった。天気! 空気読めよ! って、ただそれだけで笑いが勝手に込みあがった。楽しみがまた一つ出来た。いつか二人でホワイトクリスマスを迎えようぜ。

 

 雨雲姫ちゃん! メリークリスマス!!

 

 

 

 

 

 

 おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――提督! 成功しましたよ!

 

 ――……あなた誰ぇ?

 

 ――俺は提督! 今日から君の提督だ! よろしくな! あばばばばばば!

 

 ――……ふぅん……

 

 ――痛ぇっ!

 

 ――……?

 

 ――……よろしくな! 雨雲姫ちゃん!

 

 ――……?

 

 ――……!!

 

 ――……ただいまぁ……

 

 ――おかえりなさい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                原作:艦隊これくしょん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                    (完)

 

 

 

 




J様。誤字報告ありがとうございます。

読了ありがとうございました。











本作で戦争の決着を匂わせた、あるいは決着済みの艦これ二次は三作目。そして艦娘/深海棲艦とは何なのかと屁理屈こねたのは二作目になります。

今回も凡作に終わりましたが、他の二次小説とは違う路線突き進めたと自分では思っているので後半きつかったけど楽しかったです。

これにて創作活動は終了です。
ありがとうございました。


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