初恋相手は犬でした (龍流)
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ザフィーラさんがこんなにかっこいいわけがない

 自分の人生に、後悔なんてこれっぽちもないけれど。

 唯一つだけ、わがままを言ってもいいのなら。

 

 

 恋、というものをしてみたかった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 端的に現在の状況を説明するのならば、わたしは死にかけていました。

 

「……しくじりましたね、これは」

 

 わたしの名前はフィアメッタ・マジェスタ。聖王教会騎士団所属の空戦魔導師です。

 次元世界の治安を守る管理局にも出向扱いで籍を置いており、準空佐というそこそこ高い地位をもらって活動しています。自分で言うのもあれですが、実力もそれなりに高い部類に入る方だと自負しています。なので『ミッドチルダ郊外の洞窟内で発見された、謎の施設の調査』という、少々あやしい今日の任務も、鼻歌混じりに軽く済ませてそれで終わりのはずでした。

 

 それなのに……

 

「……どうして、こんなことに」

 

 くどいようですが、わたしは死にかけていました。目の前には新型と思わしき自律機動兵器『ガジェットドローン』が並び立っていて……その中の数体から伸びる蛇腹状のアームでわたしの体はがんじがらめに縛りあげられ、自由を封じられています。

 

 

 

 ―――要するに、わたしは触手プレイで生命の危機に瀕していました。

 

 

 

 触手プレイ。そう。あの触手プレイです。ガジェットドローンは機械なので厳密に分類すれば機械姦にあたるかもしれませんが……多分、端から見た絵面は完全に触手プレイですね。間違いない。

 稀代の天才科学者、ジェイル・スカリエッティが起こした大規模事件からはや数ヶ月。彼が管理していたガジェットドローンはそのほとんどが機能を停止し、管理局に押収されたはずでした。まさか、こんな趣味の悪いタイプが生き残って稼働を続けてたなどと、誰が予想できたでしょうか。少なくとも、わたしは予想していませんでした。予想していなかったせいでまんまと罠にかかり、こうして触手プレイの餌食になっています。恥ずかしくて死にそうです。というか、実際に死にそうです。

 

「ジェイル・スカリエッティ……自分が開発した戦闘機人に趣味の悪いぴっちりスーツを着せたり、自分の子種を孕ませたり、拉致した管理局員の左腕をドリルに改造したり、とんでもないド変態犯罪者だとは聞いていましたが……まさかここまで変態だったなんて……」

 

 ほんとに死ねばいいのにスカリエッティ。

 

「なんとか……脱出しないと……」

 

 わたしは教会の孤児院で育てられたシスターなので、もちろん高潔な処女です。機械相手に処女を失うマニア向け凌辱同人誌みたいな展開は死んでもごめんです。

 ですが、現実とは非情なもので。非力な細腕では、触手めいた蛇腹アームを引きちぎることすら敵いません。マジでなんなんですかこの触手。思わず、「くっ……殺せ」とか言いそうじゃないですか。言いませんけれど。

 

「うっ……くっ」

 

 ガジェットドローンは『AMF(アンチマジックフィールド)』と呼ばれる対魔導師用の装備を有しています。AMF濃度が高い中では、魔導師は本来の力を発揮することができません。というか、今「……くっ」って言ってましたね、わたし。

 なんとか触手から逃れようともがいている内にも、締め付けは強くなってきます。仕方ありません。洞窟内ということで躊躇していましたが、ここはイチかバチか、砲撃魔法を撃って脱出するしかないでしょう。岩盤が崩落して生き埋めになるかもですが、このままガジェットドローンで処女喪失するよりかはいくぶんマシです。

 ただでさえ魔力が練りにくい状況の中で、高ランクの射砲撃を撃つのは相当の集中を要します。体の表面を這い回る冷たい金属の感触は全力で無視して目をつぶり、ゆっくりと確実に。体中の魔力を高めるイメージを……

 

「……っ!?」

 

 ……本当にどこまで変態なんでしょう、この金属触手どもは。変なところをまさぐられたせいで声出そうになったじゃないですか。去勢してやりましょうかコイツら。

 というか、よくないですね。今ので集中が途切れて……

 

「んっ……ぐぅ!?」

 

 私の狙いを察したのか。それとも、元からそうするつもりだったのか。

 金属触手のうちの一本が首にまとわりつき、縛りあげ、絞め落としにかかってきました。バリアジャケットの防護機能があるとはいえ、これはマズい。非常にマズいです。

 もはや、魔力を練るどころではありません。息が切れて、呼吸が浅く早く。その最低限の呼吸すらも、徐々にままならなくなっていきます。一瞬、脳が焼けつくような感覚があって、頭もボーっとして……なんだか眠くなって。

 

 

 

 ――――あ、死ぬな、わたし。

 

 

 

 そんな予感が、確信に変わりかけた刹那。

 

 

 

「――――――鋼の軛」

 

 

 

 ガジェットドローンの群れに、地面から出現した魔力刃が突き刺さりました。

 

「……え?」

 

 わたしの驚きと同期するかのように、一拍。ほんの一瞬、動きを止めて明滅したガジェットドローンは、その全てが爆発し、粉々になって爆発。一機も残らず、吹き飛びました。これは……救援? 魔導師?

 拘束の圧力から解放され、そのまま自由落下するわたしの体は、がっしりとした腕の感触に受け止められました。

 

「大丈夫か?」

 

 声音は低く、冷静でしたが、その中にはわたしの身を案ずる感情が確かに含まれていて。

 

「ごほっ……けほっ」

「喋らなくていい。無理をするな。救護班がすぐに来る」

「あ、なたは……」

 

 その声の主に抱き留められていることに、わたしは確かな安心感を覚えたのです。

 

 なので。

 

 彼の顔を見上げようとした、その矢先に、

 

 

 

 

 

 

「ほぐぅ!?」

 

 

 

 

 

 わたしの頭部に、ギリギリ致命傷にならない程度の大きさの落石が直撃したのは、今から思えばまったくもってナンセンスな……運命のいたずらとしか言いようがない不幸なアクシデントでした。

 ゆれる視界、薄れゆく意識の中で、わたしはなんとかその魔導師の顔を目に焼き付けようとしましたが、

 

「大丈夫か!? しっかりしろ」

 

 そんな彼の言葉を最後に、意識を失いました。

 その後。気付いた時には、わたしはベッドの上に寝かされていて。後から聞いた話によると、ガジェットドローンの残骸の中に倒れるわたしを残して、魔導師の姿は跡形もなく消え去っていたそうです。

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで……わたしを助けてくれたその人は、とんでもないものを盗んでいきました」

「……それは、なんですか?」

 

 ガジェットドローンに触手プレイを強要され、死にかけた一件から三日後。わたしは聖王教会本部の一室にて、教育係のシスター……『シスター・シャッハ』に言いました。

 

 そう。

 

 ベッドに寝かされ、頭に包帯ぐるぐる巻きという状況でしたが、それでも。

 

 これ以上ない、キメ顔で言いました。

 

 

 

 

 

「わたしの心です」



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魔導師が出会いを求めるのは間違っているのだろうか?

表紙の素晴らしき挿し絵は友人から頂きました。自分では絵描けないので、マジ感謝。


 わたしの一世一代の告白を聞いたシスターは「なにいってるんだコイツ」と言わんばかりに、呆れを多分に含んだため息を吐きました。

 

「はぁ……心を盗まれた? ……なんです、フィア? あなた、やっぱり頭を打ってどこか悪くしたんじゃないですか?」

「失礼な。わたしは至って正常です。今からでもバリバリ働けますよ」

 

 両手でガッツポーズを作って元気アピールをしながら、わたしはもう一度この身に溢れんばかりの想いを具体的な言葉にして伝えます。

 

「率直に言って、ひとめぼれしました。あの人はわたしの運命の相手だと確信しました。なので、わたしは彼をなんとしても探し出さなければなりません。つきましては……教会と管理局の微妙に癒着めいた関係を使って、どうにかできないでしょうか?」

「いつもそうですが、あなたは言葉選びに気をつけなさい」

 

 きれいに切り揃えられたショートカットの髪を「やれやれ」と振りながら、彼女はわたしを説教するような目で見下ろしてきます。

 

「まったく……あなたのそういうところは相変わらずですね……私自身の教育の甘さに、自己嫌悪を覚えます」

 

 彼女の名はシスターシャッハ。幼少期から、わたしの教育係を務めてくれたシスターさんです。子どものころからやんちゃばかりだったわたしを、いつも平手ではなくグーパンで鉄拳制裁してくれた生粋の武闘派シスターさんです。今でも時々拳がとんできます。いわばわたしにとって、口うるさいおかんのポジションにあたる人と言ってよいでしょう。正直、最近うざいです。

 

「そんなことを言わないでください、シスターシャッハ。わたしはあなたの教育の元でこんなにすくすくと大きく育ちました。胸のサイズだけなら、もう小ぶりで手頃なシスターシャッハには負けません」

 

 無言で飛んできた陸戦AAAランク相当の鉄拳をひょいっとかわします。危ないですね。なんでデバイスも展開してないのに「ひゅっ!」って、風を切る音が響くのでしょうか? シスターじゃなくて、今からでも格闘家に転職した方がいいんじゃないんですか、この人。

 

「本当にこの子は口が減らない……どうしてこんなひねくれた性格に……」

「すいません。こればっかりは性分なもので」

「はあ……分かっているんですか、フィア? 教会もそんなに暇ではないんですよ? あなたのわがままにいちいち付き合っている暇はありません」

「なに言ってるんですか。いつも教会に来た人を空間魔法で送迎するくらいしか仕事してないでしょう。わたしの方が、シスターシャッハの倍は働いてますよ」

「なんてこと言うんですか!?」

 

 だって事実ですもん。

 

「まあ、しかし。経緯はどうあれ、偏屈で口の悪いあなたが殿方に興味を持った……というのは良いことです。あなたは外見だけはいいですし、その殿方も中身を知って幻滅する前にコロっと騙されるかもしれません。もしかしたら万が一……いえ、億が一、その腐った中身も多少マシになるかもしれませんし」

「なんてこと言うんですか」

 

 自分が男っ気ないからって!

 

「それで、その男性の特徴は?」

「特徴、ですか?」

「ええ、顔の印象。身体的特徴。なんでもかまいません。手掛かりがないと探しようがないでしょう」

「それが、見ての通り頭を打ったせいで記憶が曖昧で……褐色のガチムチだったことくらいしか覚えてないんです」

「あなた本当にその人に惚れたんですか?」

 

 心底悔し気に呻くと、シスターシャッハは至極全うな疑問を突き返してきました。しかし、そんなことを言われても仕方がありません。わたしだって、意識があれば助けてくれた男性の顔をしっかりと脳裏に焼き付けていましたよ。

 

「まあ、いいでしょう。褐色で、筋肉質の大男、と」

 

 さらさら、と自分の手帳に男の特徴を書き込んでいくシスターシャッハ。あ、そういえば……

 

「そうだ! あと、ケモ耳が生えていたような気がします!」

「褐色の大男にケモ耳が生えているわけないでしょう。いい加減にしなさい、フィア」

「本当なんですけど……」

「頭を強く打って記憶が混乱しているようですね。いっそのこともっと強く打ちつけて、中身がまともになればよかったのに」

「シスターシャッハ。自分が面倒をみた子どもに対して、その言い方はどうかと思います」

「安心なさい。あなたに対してだけです」

 

 

 

「……シャッハ? フィア? どうしたのです?」

 

 そろそろ互いにデバイスを展開して殴りあうか……というタイミングで、開いた扉。顔をのぞかせたのは、わたしやシスターシャッハにとって上司にあたる人物でした。

 

「騎士カリム!」

「……カリムさん」

 

 カリム・グラシア。聖王教会騎士団の騎士であり、わたしと同じように管理局にも『理事』として籍を置いている、とっても偉い人がそこにいました。

 どれくらい偉いかというとなんとこのお方、管理局での階級は『少将』にあたります。いつも執務室で紅茶を飲んでいるイメージがあるので実感は沸きませんが、とにかく偉い人です。

 

「二人とも、話声が外まで聞こえていましたよ。仲が良いのは結構なことだけど、もう少し静かにね?」

「も、申し訳ありません!」

「善処します」

 

 というか、うるさいのはシスターシャッハだけな気がするのですが……それを言い出したらシスターシャッハが「ヴィンデルシャフト!」とか叫び出しそうなのでやめておきましょう。わたし、今ケガしてますし。近距離でのお話し合い(物理)になったら、必ず負ける自信があります。

 

「ところでフィア、怪我は大丈夫? ごめんなさい。今回の任務では、あなたに無理を言ってしまったわね」

「ありがとうございます。一応、体は大丈夫です」

「……体は?」

「はい。実は……わたし、心の病にかかっておりまして……」

「心の病?」

「はい。恋の病です」

「まあ!」

 

 目を丸くして、カリムさんは驚きました。結構いい年いっているはずなのに、こういった仕草がかわいく見えるあたり、さすがシスターシャッハとは違います。

 

「フィアは好きな人ができたの?」

「はい。そうなんです」

「騎士カリム。真面目に取り合わなくても結構です。いつものおふざけですよ」

「ふざけてなどいません。わたしは大真面目です。この身を助けてくれたあの男性を見つけるまで、絶対に諦めません」

 

 そう言いながら、わたしは素早くベッドから降りて、部屋の床に手と膝をつき、同時に頭をこすりつけるくらい下げました。第97管理外世界で言うところの『土下座』という作法です。

 

「お願いします、カリムさん。どうかカリムさんが持っている管理局とのパイプを悪用して、わたしの恋を成就させてください」

「だから言い方!」

「……うーん、そうね。協力はしてあげたいけれど、隊員個人の情報となると、なかなかね。私も、管理局全ての部隊に顔が効くわけではないし、いろいろと他の仕事も……」

「そんな……いつも執務室で紅茶を飲んでいて、たまにお客様がいらっしゃるとやっぱり紅茶を飲んでいて、たまの休みにはクロノ提督達とイモ掘りして、あとは一年に一回の予知の時しか仕事してないじゃないですか! シスターシャッハ以上に仕事してないじゃないですか!」

「…………」

「黙って傷ついていないで何か反論してください騎士カリム!?」

 

 カリムさんは涙目になっていました。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 涙目のカリムさんに調査してもらった結果、私が出向している部隊以外であの時現場にいたのは陸士108部隊。加えて、応援に駆けつけてくれたのは『機動六課』だということが分かりました。

 機動六課。そう、あの機動六課です。ド変態マッドサイエンティスト、ジェイル・スカリエッティをブタ箱に叩き込んでくれた管理局の英雄、機動六課です。なんとわたしがのんきに気を失っている間に、偶然近くにいた機動六課のメンバーが救援に来てくれたらしいのです。事件の後処理が妙にスムーズだったのは、彼らが関わってくれたからか……と、わたしは得心がいきました。

 というわけで、わたしはあちこちに伸びているカリムさんのふとーいパイプの助けを得て、機動六課の前線部隊で副隊長を務めている人物と会えることになったのです。

 

「お待たせしました、マジェスタ準佐。機動六課ライトニング分隊、副隊長を務めております、シグナム二等空尉です」

 

 最初に私が彼女……シグナムさんに対して抱いた感想は『おっぱいデカいな、この人』でした。

 色気の欠片もないシスターシャッハと違い、シグナムさんはかなりハイレベルな胸部装甲をお持ちのようです。髪をポニーテールに結い上げ、きりりと伸びた背筋とは対照的に、おっぱいのデカさが際立ちます。端的に申し上げて、素晴らしいサイズです。

 ……なんとなく、不安になってきました。教会育ちのわたしにはよく分かりませんが、世の中には職場恋愛というものが非常に多いと聞きます。もしかしたらわたしの将来の旦那様が、すでにこのおっぱいに誘惑されている可能性もあるのです。つまり、彼女はわたしの恋敵……ライバルです。

 

「聖堂教会出向、フィアメッタ・マジェスタ準空佐です。……どうぞ、おかけくださいシグナム二尉。今日のお話は比較的プライベートな話題です。肩肘を張らず、相談にのっていただくような気持ちで聞いていただけるとわたしも嬉しいです」

 

 とはいえ、想い人の同僚に悪印象を抱かせるわけにはいきません。昨日、徹夜で斜め読みした恋愛攻略本の『想い人を落とすためには、まず外堀から埋める』という一文を思い出しながら、わたしはにこやかに笑いかけました。

 

「そういうことでしたら……騎士カリムとシスターシャッハからのご紹介ですし、喜んでご相談にのらせていただきます」

「ありがとうございます」

「そういえば、シスターシャッハとはどういったご関係で?」

「クソババアです」

「え?」

 

 おっと本音が。

 

「あ、いえなんでもありません。シスターシャッハはわたしの教育係です。とても尊敬しています」

「そ、そうですか……」

 

 危ない危ない。

 

「すいません。私も注文をいいでしょうか」

「ええ、どうぞ」

 

 おっぱいに気を取られて気づきませんでしたが、シグナムさんは犬を一匹連れていました。けっこう大きい……というか、牙や額のクリスタルを見る限り、犬ではなく狼。しかも、魔法生物に分類される使い魔のようです。機動六課には竜を使役する召喚師もいるそうなので、シグナムさんの相棒なのでしょう。

 

「凛々しいお顔立ちですね。シグナム二尉の使い魔ですか?」

「私の……というよりは、我が主の……失礼、八神二佐の使い魔ですね。私の任務にも、時々同行してくれています」

「それは頼りになりますね」

「はい。先日の出動の際も……」

 

「お待たせしましたー。ご注文をどうぞ」

 

 注文を取りに来たウェイトレスさんは、一瞬足元の使い魔さんにびっくりしたようですが、すぐに営業用スマイルを取り戻しました。ミッドチルダは魔法文化が発達しているので、使い魔の一匹や二匹は珍しくもなんともありません。単純に、そこそこ大きかったのでびっくりしたのでしょう。

 

「では、アイスコーヒーと……あと、何か彼が食べられるものはありますか?」

 

 言いながら、シグナムさんは足元の使い魔さんをちらりと見ます。上官である八神二佐の使い魔だからでしょうか? 『彼』という呼び方をするあたり、シグナムさんの性格が感じられます。

 

「はい、ございますよ。こちらで見繕ってお持ちしてもよろしいでしょうか?」

「大丈夫です。それでお願いします」

 

 ウェイトレスさんの応対も手慣れたものですね。ここがペットOKのカフェでよかったです。

 わたしが足元の使い魔さんに手を伸ばすと、どうぞと言わんばかりに首を出してくれました。もしかして、見かけによらず人懐っこい……?

 

「ぉお……!」

 

 ううむ……すばらしい手触りです。めちゃくちゃモッフモフです。率直に言って凄まじく癒されます。このままずっと撫でてあげていたいくらいです。多分、使い魔さんからしてみればうざいであろうくらいに撫でまくっているのですが、彼は寝そべったまま嫌がる素振りも見せません。すごくいい子ですね。

 

「あの……準佐」

「はい?」

 

 ふと我に返ると、手元にコーヒーを置いたシグナムさんが困った顔をしていました。ウェイトレスさんも、お肉の盛り合わせを乗せたお皿を持って苦笑いを浮かべています。は、はずかしい……

 

「……ごほん。失礼しました」

「いえ……」

 

 当初の目的を忘れるところでした。今日、べつにわたしはワンちゃんをモフりにきたわけではありません。想い人の手掛かりを探しにきたのです。

 

「さて。本日ご相談したいのは、わたしが負傷した先日の出動の件についてです」

「……申し訳ありません。我々、六課の到着がもう少し早ければ、準佐がお怪我を負われることもなかったでしょうに……」

「いえ、現場での負傷はわたし自身の不徳の致すところです。どうか、お気になさらず。むしろ『ジェイル・スカリエッティ事件』解決の立役者として名高い、六課の皆さんの活躍を間近で見ることができなかったのが心残りです。わたしは、不甲斐なく気を失っていたので」

 

 本当に……本っ当に不甲斐なく気を失っていたので!

 

「恐縮です」

 

 それにしても……キリっとした表情から最初は近寄りがたい雰囲気を感じましたが、ふつーにいい人ですねシグナムさん。シスターシャッハからは「手合わせしていただけると、とても楽しい人物」と聞いていたので、どんな脳筋メスゴリラが出てくるかと身構えていた自分が恥ずかしいです。

 さて、それでは早速、本題に入るとしましょうか。

 

「実は、ガジェットドローンに囲まれて動けなかった時、わたしを助けてくれた魔導師がいるのです」

「魔導師、ですか」

「はい」

 

 正確に言えば触手プレイで辱めを受けていたのですが、わたしも女の子で恥ずかしいので、そのあたりはボカしてお話します。足元の使い魔さんが、何故かぴくりと耳をたてて顔を上げました。

 

「現場にいたことが分かっている陸士108部隊の隊員には、事情を説明して部隊員の集合写真をいただいたのですが、わたしが探している隊員は見つかりませんでした」

 

 ちなみに協力してもらったのは、ギンガ・ナカジマさんという隊員です。ロングヘアーが印象的な大人びた美人さんでしたが、お礼に「なんでも好きなものを頼んでください」と言った結果、マジでとんでもない量の注文をしてきたのでかなりビビりました。しかも、それをあっさりと笑顔で平らげてしまったのには、正直ドン引きしました。まさに色気より食い気という言葉を体現する食いっぷりでしたね。聖王教会名義で領収書を切っていなければ、わたしのお財布が爆発していたでしょう。おかげで、領収書を渡したシスターシャッハに拳骨をくらう羽目になりました。

 とにかく、陸士108部隊とわたしが出向していた部隊に該当する隊員がいない以上、残る可能性は機動六課だけということになります。

 

「なるほど。そういうご事情があったのですね」

「はい」

「その魔導師の、外見の特徴などは?」

「褐色のガチムチでした」

「……はい?」

「あ、いえ間違えました。褐色の大男でした」

 

 慌てて言い直します。古代ベルカの騎士の方には、第97管理外世界のナウでヤングな方言は難しかったようです。

 シグナムさんはしばらく考え込んだあと、「あれ……?」みたいな表情を浮かべて足元の使い魔さんを見ます。使い魔さんはぷいっと顔を背けて首を振りました。どうしたんでしょう?

 

「……それで、マジェスタ準佐はどうしてその隊員を探しておられるのですか? やはり、直接感謝の言葉を伝えるためでしょうか?」

「もちろんそれもありますが、愛の告白をするためです」

「ぶっ……!?」

 

 シグナムさんの口から、紅茶が魔力の射砲撃のような勢いで噴出されました。ちょっと汚いです。

 

「げほっ……ごほっ」

「大丈夫ですか?」

「し、失礼しました……それでその、申し訳ありません。私の聞き間違いでしょう。もう一度お聞かせいただいても?」

「はい。できればその隊員と、結婚を前提にしたお付き合いを、と考えています」

「け、結婚……?」

「ええ。わたし、これでもシスターなので。ふしだらでいい加減なお付き合いはできません」

 

 私の脳内のシスターシャッハが「普段からふしだらでいい加減なことばかり言っている口で何言ってるんですか」とかほざいていますが、ガン無視します。

 

「け、結婚……結婚、ですか……」

 

 顔を赤らめてシグナムさんは狼狽していました。なんですかこの騎士さん、ちょっとかわいいじゃないですか。体がワガママな上に、凛々しくてかわいげもあるとか、完全に強キャラ(恋敵的な意味で)じゃないですか。

 これは、気合を入れ直さないと……

 

「……マジェスタ準佐」

「はい?」

「ひ、非常に言いにくいのですが……」

 

 

 

「もういい。シグナム」

 

 

 

 ……あれ?

 

 足元から聞こえてきた、すごく渋くていい声。咄嗟に下を向くと、使い魔さんが立ち上がり、こちらを見上げていました。

 な、なんと……しゃべれたんですか、この子!?

 

「ザフィーラ!? し、しかし……」

「ばれずにすめばそれでよい、と思っていたが……俺への想いを、こうして口にしてくれたのだ。俺が応えなければ、無礼にあたる」

 

 ……んん?

 

「フィアメッタ・マジェスタ準佐」

「あ、はい!」

「今まで、黙ってこの場に同席していた無礼を、どうかお許しいただきたい。自分は、主はやてに使える守護騎士、ヴォルケンリッターの一人。盾の守護獣、ザフィーラと申します」

 

 ……守護騎士? ヴォルケンリッター?

 

「あの日、ガジェットドローンに囲まれていた貴方を救ったのは、間違いなくこの私です」

 

 ……はい?

 

 ということは……このワンちゃん……ではなく、使い魔さん……ではなく、ザフィーラさんが、わたしを助けてくれた、あの魔導師さん?

 

「準佐のお気持ちは、身に余る光栄。ですが、この身は守護獣。主を守るために死力を尽くすことを誓った身です。貴方のお気持ちに、私は……」

 

 なるほど。

 

「ザフィーラ、さん」

「……はい」

 

 途中で言葉を遮ったわたしに、ザフィーラさんは黙して頷きます。

 イスから立ち上がり、ザフィーラさんと同じく目線になるように床に膝をついて。さらにザフィーラさんのお顔をきちんと拝見するために、失礼ながらその頬を両手で包んで上を向いていただいて。

 正直、ヴォルケンリッター云々についてはよく分かりませんし、自分でもはっきり分かるほどに混乱している自覚もありますが……それでも、一つだけ確かなことがあります。

 

 ザフィーラさんと正面から目を合わせて、わたしは言いました。

 

 

 

 

 

 

「わたしと結婚してください」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 恋愛とは戦い。そして、シスターシャッハは日頃から模擬戦で言っていました。

 戦いにおいて、攻撃こそが最大の防御。

 

 

 先手必勝なのです。



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八神はやての憂鬱

『こ、告白したぁ!?』

 

 耳元で響いた大音量の絶叫に、思わず通信端末を取り落としかけます。危ない危ない。

 

「うるさいですよ、シスターシャッハ。ちょっと静かにしてください」

『し、しかし、フィア……あなた、告白というモノが何なのか、理解しているのですか!?』

「ええ、もちろん。ふしだらなお付き合いをするつもりはありませんよ? 前々から重ね重ね申し上げていた通り、わたしは本気ですから。結婚を前提にしたお付き合いがしたい、とはっきりお伝えしました」

『け、結婚ぅ!?』

 

 ザフィーラさん、シグナムさんとのお話を終えた後。わたしは事の顛末を報告するために、シスターシャッハに連絡を繋ぎました。

 それにしても、さっきから声が無駄にデカくてうるさいです。どれだけ叫べば気が済むんでしょう?

 

『そ、それで、先方はなんと!?』

「とりあえず『考えさせてほしい』と。そう言われました。ザフィーラさんはもちろんですが、シグナム二尉もかなり困惑されている様子で……」

 

 というか、シグナムさんの方が驚きでカチカチになっていましたね。飲み物持ったまま椅子ごと後ろにひっくり返っていましたし。

 

『当然です! 初対面の女性にいきなりそんなことを言われて、困惑しない方がおかしい!』

「はぁ……だから、何度言えば分かるんですか? シスターシャッハ。わたしは事件の時、ザフィーラさんの熱い抱擁を受けて助けられています。決して初対面ではありません。お会いするのはこれで二度目なのです」

『だとしても、会って二度目の男性に告白する女性などいませんっ!』

「ここにいます」

『普通はいませんっ!』

「ですが、断られませんでしたよ? これはもう、世間一般で言うところの『脈アリ』というヤツなのでは?」

『どうしてあなたはそんなにポジティブなんですか!?』

 

 何を言っているんでしょう。どんな逆境に晒されても、笑顔を忘れず立ち向かえ、とわたしに教えてくれたのはシスターシャッハでしょうに。

 

『あぁ、もう……それで? そちらに、騎士シグナムはおられるのですか?』

「いえ、お二人とは連絡先の交換だけ済ませて別れました。なんでも、ザフィーラさんに外せない用事があるとかで……わたしも今、お店から出るところです」

『そうですか、わかりました。では、私が迎えに行きますから、あなたもすぐにこちらに戻ってきなさい。機動六課のお身内に、これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません。まったく、騎士カリムに一体何をどう説明すれば……』

「はい。そんなわけで、せっかくですし、今から機動六課を訪ねてみようかと」

『どうしてそうなるんです!?』

 

 何を言っているんでしょう。即断、即決、即行動。何事も、思い立ったが吉日、とわたしに教えてくれたのはシスターシャッハでしょうに。

 

「ザフィーラさんはご用事があるそうなので、流石にそれをお邪魔するわけにはいきませんが……シグナム二尉以外の六課の方にも、ご挨拶は必要でしょう?」

『だめです。いけません。やめてください。すぐに戻ってきなさい。騎士シグナムだけでなく、それ以上の勝手な行動は、騎士はやてにまでご迷惑をおかけすることに……』

「では、帰る時に連絡するので、お迎えよろしくお願いします」

『ちょ……まちなさ』

 

 これ以上何か言われる前に通信を叩き切り、端末をポケットに入れます。シスターシャッハのお説教は長いですからね。申し訳ないとは思いますが、今は聞き飽きたお小言に耳を傾けている時間はありません。

 

「さてさて……それでは、行きますか」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 LostPropertyRiotForce6……正式名称、古代遺物管理部機動六課。通称、機動六課司令、執務室。

 

「あぁ~平和やな~」

「ですねー」

 

 時刻は午後の昼下がり。

 両手で持った湯飲みから温かいお茶を一口味わい、八神はやてはほっと息をついた。

 

「レリック事件以降、大きな出動もないし、みんなの進路も着々と決まってきとるし……心配ごとがなにもなくてほっこりするわ~」

 

 機動六課は平和であった。

 事件で怪我を負ったメンバーも今やほとんどが全快し、現場に復帰しており、部隊解散に向けて進めていかなければならない諸々の書類仕事や隊員の進路決定も至って順調。はやて自身も一時期のオーバーワークから解放され、昼間から執務室で茶をしばく余裕が生まれていた。

 これでほっこり和むなという方が無理な話である。

 

「でも、逆にあれやねー。これだけ平和だと、何かおもろいイベントのひとつでもほしくなってくるわ」

「あはは。ダメですよー、八神司令。そんなこと言ってたら、ほんとに何かおこっちゃうかもしれませんよ」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべながら、シャリオがはやての湯飲みにおかわりを注ぐ。

 

「えー、大丈夫やよ。ほらほら、みてみて。茶柱たっとる」

「あ、ほんとだ」

「ええなー。何かおめでたいことでもあるとええなー」

 

 ほんわかと、そんなことを呟くはやて。

 ある意味で、彼女のその予感はカリム・グラシアの『預言者の著者』並みに、見事に的中していた。

 

 

「はやてちゃーん! はやてちゃんはやてちゃんはやてちゃんはやてちゃーん!」

 

 

 けたたましい声とともに、執務室の扉が開く。

 飛び込んできたのは、リインフォース・ツヴァイ。はやての右腕であり、大切な家族である小柄……というにはやや小さすぎる少女だ。その小ささを活かし、ぴゅんぴゅん空中を飛び回りながらも、リィンは叫び続けることをやめなかった。

 

「どないしたん、リィン?」

「たいへんです! たいへんですたいへんですたいへんですー! たいへんなんでーす!」

 

 一瞬、何か重大な事件が起こったのかと身構えるはやてだったが、リィンの慌て方は緊急出動が起きた時のものとは、また違った。むしろ、うっすらと笑みを浮かべているあたり、何かいいことがあったに違いない。

 

「はいはい。何があったか知らんけど、まずは落ち着こうな? リィンもお茶飲むか?」

「それどころじゃないんです~! さっき、シグナムから連絡があって……」

「シグナムから、連絡があって?」

 

 聞き返しながら、はやては湯飲みを口に運び、

 

 

 

「ザフィーラが、結婚しますっ!」

 

 

 

 その中身を、全て噴き出してぶちまけた。

 

「げっほごほっ……うぉえ……」

 

 その口調からよく勘違いされがちだが、八神はやての出身は関西ではない。はやての関西弁は関西人の両親から受け継いだ名残のようなもので、一人称が『ウチ』ではなく『私』であることからも分かるように、本場本元の方言よりも少しやわらかいものだ。

 だが、そんなはやてもこの時ばかりは……使い古された関西人特有のあの言葉を、言わずにはいられなかった。

 

 

「なんやて!?」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ザフィーラが……」

「結婚!?」

 

 10分後。機動六課第三会議室。

 薄暗い室内の中で、両手を顔の前で組んでやや下にうつむいた……どこぞの某司令のような体勢を取り、はやては重々しくそれを肯定した。

 

「そうなんよ……私、もうどうしたらいいかわかんなくて……」

 

 いかにも司令っぽいそのポーズとは対照的に、はやてはすっかり弱っていた。

 機動六課スターズ分隊隊長、高町なのはと、ライトニング分隊隊長、フェイト・T・ハラオウンは揃って顔を見合わせる。なのはとフェイトは、はやてとは小学学校三年生……九歳からの付き合いである。具体的に例えるなら、任務終わりに制服を脱ぎ捨てたエロい状態でキングサイズのベッドに三人並んで寝転ぶという、百合厨が狂喜乱舞しそうなシチュエーションを極々自然に発生させる程度の仲だ。しかし、こんなに深刻な表情の彼女を、なのはとフェイトは一度も見たことがなかった。具体的に例えるなら、浮上する『ゆりかご』を迎撃していた時の数十倍は深刻な表情になっている。

 

「あたし達も最初は信じられなかったんだけどな」

「でも、シグナムの話を聞く限り、本当みたいで……」

 

 週末のゲートボール大会への参加を急遽取り止めたヴィータがやれやれと肩を竦め、その隣に座るシャマルも頷く。

 

「えーと……すいません。ちょっといいですか?」

「なんかすごいスピードで話が進んでいて、いまいち全容を把握できていないんですけど……」

「そもそもの事情がよく分からないと言いますか……」

「お相手は誰なんです? というか、どうしていきなりそんな話に?」

 

 エリオがおずおずと手を挙げ、スバルが疑問を提示し、キャロがかわいらしく小首を傾げ、ティアナが質問の要点をまとめる。

 リィンが「たいへんですー!たいへんですー!」と六課の敷地内を全力でブンブン飛び回った結果、今この部屋には六課の主要メンバーが勢揃いしていた。プライベートな問題?個人情報?なにそれおいしいの?といった感じである。有事の対応に手慣れているだけあって、全員の集合も無駄に早かった。

 

「ティアナの言う通りですね。つーか、結婚って……お相手は人間ですか?」

「人間に決まっとるやろ! うちのザフィーラをバカにしとるんか!?」

「はやてちゃん!」

「はやて! 落ち着いて!」

 

 不用意な発言をしたヴァイスに、はやてが噛みつく。それなんとか二人がかりで抑えつつ、なのはとフェイトは聞き返した。

 

「ねぇ、はやてちゃん。相手の方はどんな人なの?」

「一般の人? ザフィーラとはどこで知り合ったの?」

 

 幼なじみ二人に抑えつけられて、はやてはハッと我に返る。

 

「そういえば……まだそのあたりの事情を説明できてなかったわ……。リィン? お願いできるか?」

「はいです!」

 

 ビシッときれいな敬礼を返し、リィンはモニターを操作して画像を表示させた。

 

「お相手は、聖王教会騎士団所属の魔導師、フィアメッタ・マジェスタさんです」

 

 表示された写真に、全員が息を飲む。

 一言で言えば、フィアメッタ・マジェスタは美人であった。ゆるくウェーブがかかった黒髪に、見つめているだけで吸い込まれそうになる、翡翠色の瞳。全体的に清楚な印象が、地味な色合いのシスター服と見事に合致している。もう少し着飾って道を歩けば、男性の注目を間違いなく一手に集めるだろう。彼女はそれくらい、華のある顔立ちをしていた。

 

「うわ! すごい美人さんだぁ……」

「綺麗な人だね」

 

 自分達の顔面偏差値の高さを棚に上げて、なのはとフェイトが呟く。管理局の英雄として名高い六課が、最近では美男美女揃いという噂で有名になっていることを、この部屋にいるメンバーはほとんど知らない。

 

「な、な、な……ザフィーラの旦那、一体どこでこんな美女とお近づきに……?」

「……ヴァイス曹長?」

「……あー、なんでもありません」

 

 はやてにギロリと睨まれ、ヴァイスは気まずく顔を背ける。今日の司令はいつもと違ってとてもこわいということを、彼はようやく理解した。

 いくつかの情報を取捨選択しながら、リィンが説明を続ける。

 

「カリムさん同様、彼女も管理局に籍を置いていらっしゃいます。準空佐さんですね。出向とはいえ、様々な事件を解決している、優秀な魔導師さんです!」

「へぇー、私より階級上なんだ! すごーい!」

「お前だって、昇進の話きてたのに自分で蹴っちまっただろ? なに言ってんだ?」

 

 あきれたように、ヴィータが言う。えへへ、となのはは苦笑いで応じた。

 とはいえ、空戦魔導師は管理局員の中でも生粋のエリート職である。それに加えて『準空佐』という地位が、彼女がかなりの実力と実績を持っていることを簡潔に証明していた。

 

「えーと、シグナムの報告を簡単にまとめると……彼女がピンチだったところを、ザフィーラがかっこよく助けて、それで彼女はザフィーラに一目惚れしたみたいです!」

 

 リィンのとっても分かりやすい説明に、ティアナが頭を抱える。

 

「な、なんてベタな……」

「美女な上にエリートな魔導師を助けて惚れられるとか……ザフィーラの旦那が羨ましすぎる……」

「ヴァイス曹長、今日はもう黙っていた方がいいと思いますよ?」

「でも、なんか映画みたいで憧れるよねー。ステキ!」

 

 と、そこで根本的な問題に気づいたスバルは、キョロキョロと室内を見回した。そういえば、問題の張本人の姿が見えない。

 

「あれ? 肝心のザフィーラは……?」

「あー、ごめん。ザフィーラ、今日ヴィヴィオと遊ぶ約束してて……わたしも今から、一緒にお散歩行ってこなくちゃいけないんだ」

 

 両手を合わせながら、なのはが申し訳なさそうに謝る。

 女性から結婚を前提にした告白を受ける、というあまりにも男らしいイベントに見舞われながらも、しかし機動六課におけるザフィーラの扱いはどこまでもワンちゃんであった。

 

「あの野郎……今はヴィヴィオと遊んでる場合じゃねぇだろうに」

 

 ガシガシと頭をかくヴィータに、はやてが苦笑する。

 

「ザフィーラは義理堅いからなぁ……緊急事態やから、私からヴィヴィオちゃんに説明しようと思うんたんやけど、さっきザフィーラと少しだけ話して『約束を違えるわけにはいかない』って……ヴィヴィオちゃんとは昨日、お散歩する約束したから、そっちを優先するって、はっきり言われてもうたんよ」

「旦那……」

 

 漢、ザフィーラ。少女と交わしたお散歩の約束は決して破らない。

 

「ごめんね、はやてちゃん」

「ええんよ、なのはちゃん。それより、ここはとりあえずもういいから、ヴィヴィオちゃんとザフィーラのとこ行ってあげてくれるかな?」

「うん、わかった。そうさせてもらうね。なるべく、はやく帰ってくるから!」

 

 言いながら、小走りで部屋を出て行くなのはを見送るまでは笑顔を浮かべていたはやてだったが、その姿が見えなくなった瞬間に、小柄な肩がぐったりと崩れ落ちた。

 

「はやてちゃん!」

「はやて、大丈夫か!?」

「あはは……ごめんなぁ、シャマル、ヴィータ。なんかもう、頭の中が一杯になってしもうて……自分でも、なにをしたらいいかよくわからないんよ」

「大丈夫だよ、はやて。シグナムが帰ってきたら、きっと詳しく説明してくれるだろうから」

「あれ……そういえばシグナム副隊長もいないわね」

「あいつ……ザフィーラも戻ってきてるってのに、どこで油売ってるんだ?」

 

 

「申し訳ありません。ただ今、戻りました」

 

 

 ちょうどよいタイミングで扉が開き、凛とした声が響く。

 

「シグナム!」

「ただ今戻りました。我が主」

「シグナム! ザフィーラが、ザフィーラが……おめでたいことなのは分かるんやけど、私混乱して……絶対、お祝いとかもした方がええやろうけど、何も手につかなくて……」

「落ち着いてください」

 

 やっとまともな事情を知っている、常識人が帰ってきてくれた。フェイトとヴィータは安心して息をつき、

 

「そう仰るだろうと思い、帰りに小豆を買ってきました。これで今夜は、赤飯が炊けます」

 

 スーパーのビニール袋を誇らしげに掲げるシグナムを見て、そのまま頭を抱えた。

 

 ――ダメだ、この騎士。



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ストライク・ザ・機動六課

 シグナムが使い物にならないことがよくわかった。

 

「……ほな、一回落ち着いて状況を整理してみよか」

 

 人間は、自分より慌てている誰かを見ると、落ち着きを取り戻すものである。

 顔を赤らめながら「私はザフィーラの隣に同席していました。そして、マジェスタ準佐がザフィーラに……こ、告白したのです」などと、小学生でもできそうな報告をいちいちタメを作りながら言うシグナムには、もはや誰も期待していなかった。事の顛末は、散歩から帰ってきたザフィーラ本人から改めて聞くしかない、と全員の意見が一致したので、頼りにならないライトニング分隊副隊長は小豆を握らせて会議室の隅に置いておく。

 そんなシグナムの様子を見て「私がしっかりせなあかん……」と思ったのだろう。そこそこ話せる状態になったはやてはホワイトボードの前に立ち、マジックのキャップを引き抜いた。キュキュっと音を響かせながら、細々とした情報を書き込んでいく。

 

「そもそも、ザフィーラが彼女を助けた事件って、アレやろ? たしか、応援要請がうちにかかった……」

「はい。稼働状態のガジェットドローンが見つかったっていうやつですね。現場に出て対処に当たったのは、陸士108部隊ですよ」

「あ、その話、お父さんとしました!」

 

 スバルが手を挙げてそう言うと、はやては「よし」と頷いてマジックを置いた。代わりに、ポケットから通信端末を取り出す。

 

「それなら、ゲンヤさんに話聞けるな。私、ちょっと電話かけてくるわ」

 

 足早に会議室を出ていくはやて。そういえば、とスバルが天井を仰いで呟いた。

 

「ギンねぇも出動したって言ってたなぁ」

「あの時出動したのはライトニング分隊だから、あたし達は事件の詳細知らないのよね。エリオとキャロは何か知ってる?」

 

 ティアナに話を振られた2人は、黙って顔を見合わせると、そのまま首を横に振った。

 

「いえ……それが、ぼく達が到着する頃には、ほとんど戦闘は終わっていて」

「事後処理とかは手伝ったんですけど……あんまり詳しいことはわからないんです。ごめんなさい」

「そっか」

「……あれ? 応援に出たのはライトニング分隊なんだよな? それなのに、なんでザフィーラの旦那が現場にいたんだ?」

 

 ヴォルケンリッターの守護獣として、ザフィーラは一流の魔導師と遜色ない実力を誇るが、魔導師ランクは保有しておらず、また六課に正式に所属しているわけでもない。これは、一つの部隊に過剰な戦力を集中させない、という戦力の保有制限を掻い潜るためである。そのため、六課の職員のほとんどはザフィーラのことを『はやての使い魔』として認識しているし、直接触れ合う機会が多かったエリオやシャロですらザフィーラが喋れることを知ったのは、六課に来てしばらくしてからだった。

 故に、基本的にザフィーラは事件が発生しても現場に出ることは少なく、はやてやシャマルの護衛を務めていることが常である。ヴァイスが口に出した疑問は最もなものだった。

 

「あ、実はザフィーラ、お父さんの部隊によく顔を出してるみたいなんです」

「108部隊に?」

「はい。捜査の指導とかをしてくれているみたいで、ギンねぇも最近はザフィーラのことを『師匠』って呼んでるくらいで……すごく尊敬されてますよ!」

「へぇー。さすがだな、旦那!」

「じゃあ、事件の時もその指導の一環で、108部隊と現場に向かったってこと?」

「そうじゃないかな、多分」

 

 ザフィーラが現場にいた理由が大まかに見えてきたところで、やはり気になってくるのはザフィーラに正面から告白したという『お相手』の話だ。

 

「すっごい美人さんだよねー、どんな人なんだろう!?」

「さぁ? でも、いきなり告白に結婚の申し込みなんて大胆なことをするくらいなんだから、見た目よりもアグレッシブな性格してるんじゃない?」

「こんな美人に告白されるとか……俺だったら一も二もなく受けるけどなぁ」

「……ヴァイス陸曹はさっきから不用意な発言が多いのです。あとではやてちゃんに言いつけますよ?」

「そうですね。言っちゃっていいと思いますよ、リィン曹長」

「ちょ、だから冗談ですって!?」

 

 ワイワイと騒ぎ始めた後輩達を、ヴィータとシャマルは少し遠目から眺めていた。

 

「ふふっ……なんか盛り上がってきちゃったわね」

「……そうだな」

「どうしたの、ヴィータちゃん? さっきから、ちょっと元気ないみたいだけど」

「んー? なんか、実感が沸かなくてさ」

 

 ちらり、とシャマルはヴィータの表情を盗み見た。その横顔はどこか頑なで、そして冷たい。

 

「どんなヤツなんだろうな。その、ザフィーラを好きになった相手って」

「そうねぇ……」

 

 ヴィータと同じように。少しだけ遠くを見たシャマルは、小さく呟いた。

 

「いい人だと、いいんだけどね……」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さぁ、やってきましたよ機動六課に! ひゃっふう!

 

「ここが、わたしの将来の旦那様の職場ですか」

 

 プレッシャーに強いタイプだという自負はありますが、ちょっと緊張してきましたね……ここは一度、深呼吸しておきましょう。ひーひー、ふー。ひーひー、ふー、と。

 さて、シスターシャッハに言った通り、今回の訪問の目的は機動六課のみなさんへのご挨拶……というのもありますが。言葉を変えれば『敵場視察』と言ってもいいでしょう。

 

 

 要するに、ザフィーラさんを誑かす同僚女子……泥棒猫がいないかをチェックしにきた、というわけです。

 

 

 まず、シグナムさんは大丈夫でしょう。わたしがザフィーラさんに告白した時の狼狽えっぷりを見るに、あの人は恋愛経験皆無のくそ雑魚と判断しました。わたしの乙女の勘によれば、おそらくシグナムさんは処女です。わたしも処女なので人のことは言えませんが、あれだけ立派なメロンを胸に二つ抱えていても、多分絶対に処女です。なので、わたしの恋の障害にはなり得ません。

 しかし、ザフィーラさんはイケメンです。ぶっちゃけ、落石の影響で顔をほとんど覚えていないのでイケメンかどうかは分かりませんが、間違いなくイケメンです。さっきの犬……ではなく、狼モード? いえ、守護獣形態と言った方がいいのでしょうか? とにかく、ワンコモードの時でも、ザフィーラさんはとても凛々しいお顔立ちをしていました。つまり、間違いなくイケメンです。

 べつにわたしは、伴侶となる男性の顔面偏差値に拘っているわけではありません。外見よりも、大事なのは中身です。「見た目よりも心の中を磨きなさい」と、シスターシャッハからうざいくらいに言い含められてきたので、それはよくわかっています。わたしはまだザフィーラさんのワンコモードのお顔しか拝見していませんが、たとえ人間形態が出っ歯のハゲだったとしても、この恋を貫ける自信があります。まさにトゥルーラブ、です。

 ですが、ですがしかし。顔がいい方がモテるのは、男女共通の残酷な現実。もしザフィーラさんが文句のつけようもないイケメンだった場合、絶対に職場の女性達から大人気の憧れの的となっていることでしょう。先ほど、わたしの告白を受けた時の真摯な対応から、ザフィーラさんが紳士的で誠実な性格であることは既にわかっています。性格がよくてイケメンとなれば、競争率は爆上がり。まったく、罪な人です……わたしだけでなく、他の女性の心まで釘付けにしてしまうなんて……

 

「あの~、すいません」

「あ、はい」

「何か、ご用でしょうか? こちらは、管理局管轄の施設です。一般の方は……」

 

 なんということでしょう。柱の陰に隠れてこっそり様子を伺っていたというのに、職員らしきお姉さんに見つかってしまいました。「なんだ? このあやしいけど美人なシスターさんは?」という目でこちらを見ています。

 

「……失礼しました。聖王教会所属のフィアメッタ・マジェスタと申します。実は、機動六課所属のシグナム二尉と先ほどまで食事をご一緒していたのですが、レストランに忘れ物を置いていってしまったみたいで……突然の訪問がご迷惑なのは重々承知しているのですが、それを届けに参りました」

 

 まず、にこりと笑顔を浮かべて彼女の警戒心を解きつつ。ポケットから自分のハンカチを取り出してウソを並べ立てながら誤魔化します。ついでに、わたしの身分証明書とIDを確認してもらって、と。

 怪訝な不審者を見る目つきだったお姉さんの表情が、さっと青ざめました。

 

「フィアメッタ……マジェスタ……じゅ、準空佐!? た、大変失礼しました!」

「いえ、気になさらないでください。傍目から見れば、あやしい動きをしていたのはわたしの方でしたし」

「は、はい! 恐縮ですが、あまりにも不審な動きをされていたので、声をかけさせて頂きました!」

 

 ……なかなかはっきりとモノを言う人ですね。顔覚えておきましょうか。

 

「ふふっ……それはこちらこそ、大変失礼しました。それで、えーと……中に入ってもよろしいでしょうか?」

「はいっ! 入り口までご案内します。よろしければ、シグナム二尉にお取次ぎしますが?」

「いえいえ、お仕事の途中に、そこまでお願いするわけにはいきません。それに、シグナム二尉以外にも会っておきたい方が……そう、できれば八神司令にもご挨拶をしておこうと思いまして」

「なるほど! 八神司令ともお知り合いなんですね!」

「ええ。そうなんです」

 

 八神司令は、シスターシャッハがよく送り迎えしていますし、カリムさんやクロノ提督とイモ堀りに行っているのをよく知っているくらいの仲です。つまり、わたし自身、八神司令との面識は一ミリもありません。ただ、カリムさんが「それ、はやてが掘ったお芋なの」と出してくれた焼き芋を食べたことがある程度でしょうか。わたしはあの二人みたいに暇ではないので、教会本部を空けていることが多いのが、ここにきて仇になってしまいましたね……こんなことなら、さっさとヴェロッサくんあたりに頼んで紹介してもらえばよかったです。

 とはいえ、今からでも遅すぎるということはないでしょう。初対面からばっちりポイントを稼いで、ザフィーラさんとの仲を認めてもらわなければなりません。

 それに、シグナムさん以外に会っておきたい方がいるというのは、あながちウソではありません。機動六課には新進気鋭の執務官として名高いフェイト・T・ハラオウンさんをはじめとして、若手中心ながら優秀な人材が数多く集まっていると、カリムさんから聞き及んでいます。中には、珍しい召喚魔法の使い手もいるとか。

 そしてなにより、わたしと同い年でありながら、教導隊で指導教官としての才能を開花させ、多方面に渡って活躍している空戦魔導師……管理局が誇るエース・オブ・エース――

 

「あ! アルト!」

「あ、なのはさん」

 

 ――あの『高町なのは』が……

 

「ヴィヴィオ見なかった!?」

「うーん、見てないですね。実は私も、こちらの方をご案内している最中で」

「こちらの方?」

「はい。なんでも、シグナムさんや八神司令のお知り合いらしくて……」

 

 こてん、とかわいらしく傾げた首の動きに合わせて、艶やかな茶髪のサイドテールが左右に揺れて。美人、というよりはかわいいと評するに相応しい顔立ちが、こちらをじっと覗き込んできます。

 

「あ」

「あ」

 

 奇しくも、口から洩れた呟きは綺麗に重なって、

 

 

 

「た、たたた、高町なのはっ!?」

「ザフィーラに、告白した人っ!?」

 

 

 

 二人分の叫びもまた、見事に重なりました。

 高町なのは……本物の、高町なのはッ!?

 エース・オブ・エース……まさか、こんな序盤でわたしの恋の最大の障害になり得る人物と遭遇するとは……これは誤算です。大誤算です。神様を恨みたくなります。まだ八神司令にも会っていないのに、さすがにまだ心の準備が……

 

 あれ?

 

 ていうか、この人今なんて言いました?

 重なったせいでよく聞こえませんでしたが、ザフィーラになんとか、と言われた気がするのですが?

 

 

 

「あーっ! いた!」

 

 と、向かい合うわたし達の真横から飛んできた、甲高い声。その声に、わたしは思わず振り返りました。そして、言葉を失って絶句します。

 

「ヴィヴィオ!」

 

 こちらに向けて走ってくるのは、なのはさんから『ヴィヴィオ』と呼ばれたかわいらしい女の子と、その子に首輪とリードをつけられて、まるで散歩でもするかのようにズルズルと引きずられるザフィーラさんでした。

 

 首輪とリード。

 首輪とリードです。

 首輪とリードなのです。

 

 なんということでしょう。

 

 これは、あまりにも――――

 

 

「ザフィーラ、さん……」

「マジェスタ、準佐……」

 

 

 ――――プレイが、特殊過ぎます……。

 

 ええ、もちろん。

 いくらわたしが清いシスターとはいえ、男性の中にはそういった趣向を好む方達がいることくらいは知っています。ブタ野郎と罵られたり、鞭で打たれることで快感を得る特殊な男性が世の中にはいるのです。けれど、まさかザフィーラさんがそんな性癖を持っていたなんて、一体誰が想像できるでしょうか?

 もちろん、ザフィーラさんが求めるなら、わたしはそれに応える準備がありますが……しかし、どちらかといえば、本当にどちらかといえば、責めるよりも責められる方がわたしは好みですし……

 というか、そもそも。ザフィーラさんに首輪をつけているこの幼女……ヴィヴィオちゃんは一体何者なのでしょう?

 首輪をつけたザフィーラさんと、ヴィヴィオちゃんと、なのはさんと、それからまた首輪をつけたザフィーラさんを交互に見ながら、わたしは尋ねました。

 

「……た、高町一尉……その、そちらのお嬢さんとはどういったご関係で?」

「え? ええっと……」

 

 なのはさんは顔を赤らめて、首輪をつけたザフィーラさんとヴィヴィオちゃんをちらりと見て、少しはにかみながら、答えてくれました。

 

「娘、です」

 

 同時に、ヴィヴィオちゃんもなのはさんを見上げて、ニッコリと。

 

「ママ!」

 

 ああ、はい。なるほど。娘さんですね。納得しました。納得……いや、ちょっと待ってください。

 

 

 

 ――――ママぁ!?



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やはりヴォルケンリッターの青春ラブコメは間違っている

「ていうか、そもそもの話なんだが」

 

 ぐだぐだと各々の恋愛観を語る中学生のようなおしゃべりタイムを繰り広げていた六課の面々の中で、まずはじめにその問題に気付いたのは、この場にいる中で唯一まともな男(エリオはまだお子様なので置いておく)であるヴァイス・グランセニックだった。

 

「ザフィーラの旦那って、今まで何人くらいの女性と付き合ったことがあるんだろうな?」

「え?」

 

 思いがけない疑問提起に、固まる六課の一同。もとい、女性陣。

 かわいらしく小首を傾げながら、キャロがそっと手を上げる。

 

「え、と……ヴァイスさん? 何人くらいっていうのは、一体どういう?」

「ん? どうも何も言葉通りの意味だろ。ザフィーラの旦那だけじゃなく、シグナムの姉さんやシャマル先生だって、古代ベルカの時代から、もう千年以上も生きてきた経験があるわけだろ? 精々十数年しか生きていない俺らからしてみれば、人生の大先輩だ」

「言われてみれば、たしかに……」

「ということは、だ」

 

 キラーン、とヴァイスの目が光る。

 

「当然、ザフィーラの旦那は俺らみたいなひよっことは比べものにならないほどの恋愛経験を持っているに違いない!」

「えぇ……?」

「そうかなぁ……?」

「えー、なんだよ。反応薄いな、オイ」

 

 くどいようだが、六課のメンバーが基本的に見知っているのは、使い魔としてのザフィーラの姿。要するに、ワンコとしてのザフィーラである。俺いいこと言った!みたいな顔でドヤるヴァイスとは裏腹に、他のメンバーの反応はいまいちなものだった。

 

「んー、なんか、普段から犬の姿でいるザフィーラが『モテる』って言われても、いまいち実感沸かないというか……」

「そもそもあたし達、ザフィーラが人間の姿でいるところ、あんまり見たことないしね。最近、ヴィヴィオとよく遊んでくれている姿は見るけど、その時も基本的にずっと使い魔の姿だし」

「フェイトさんは、ザフィーラの人間の姿、結構見たことがあるんですよね?」

 

 エリオから話題を振られて、それまで「恋バナで盛り上がるみんな、かわいいなー」と完全にお母さん目線で見守っていたフェイトが、会話に加わる。

 

「うん、そうだね……昔、戦ってた時なんかには人間の姿になることも多かったかな? でも、わたし達が暮らしていた世界は魔法文化が発達していなかったから、ザフィーラも普段の生活では使い魔の姿でいることの方が多かったよ。はやての足がまだ悪かったころは、はやてを背中に乗せて走ってたことも珍しくなかったし」

「八神司令を!?」

「えー! ちっちゃいはやてさんを乗っけて走るザフィーラ、見てみたーい! 写真とか残ってないかな!?」

「でも、なんかそういうエピソードを聞くとますます『人としてのザフィーラ』をイメージしにくくなるわね」

 

 想像した絵面が余程おもしろかったのか、勝手に盛り上がるスバルをティアナは呆れた目で流し見る。というか、さらりと「昔戦ってた時は」と言うフェイトには皆ツッコまないのだなーと、思ったり思わなかったり。

 

「いいや、モテるね! ザフィーラの旦那は絶対にモテる!」

「……ヴァイス曹長、やけに『ザフィーラモテる説』を推しますね」

「そりゃあ、俺はお前らと違ってシグナム姉さんやザフィーラの旦那とは、六課設立前からの付き合いだからな! レリック事件の時、旦那からもらった励ましの言葉を、俺は忘れねぇ……」

 

 ぐっと拳を握りしめながら、ヴァイスはあの時のザフィーラとのやりとりを思い出す。

 ナンバーズによる六課襲撃で負傷したヴァイスは、なかなか目を覚ますことができず、寝たきりになっていた。そんな彼の傍に、ザフィーラは自身も大怪我を負っているにも関わらず、ずっといてくれた。そして、ヴァイスが目覚めたことを確認すると、ザフィーラは静かに去っていったのだ。

 

 なすべきことがある。

 

 そう言い残して。

 ザフィーラの言葉と励ましがなければ、ヴァイスは妹の事件から立ち直ることができず、またヘリパイロットから武装局員の資格を取り直す……という決断をすることができなかったかもしれない。

 

「あの時のザフィーラの旦那のかっこよさ……背中で語る漢の生き様に、俺は心打たれたんだっ……!」

「へぇ……ザフィーラ、ヴァイスさんのことずっと看病していてくれたんですね」

「……ヴァイス曹長が立ち直るきっかけになった、ということは」

 

 ヴァイスと同じく、あの時のことをティアナも思い返す。

 ナンバーズ3人に取り囲まれ、足も負傷……という絶対絶命の中、ティアナは今までに学んだ全てを活かし、なんとか全員を撃破することに成功した。しかし、最後の最後で敵にトドメを刺し切れていなかったティアナの窮地を救ったのは、戦場に復帰したヴァイスの針に糸を通すような狙撃だった。

 

 ザフィーラがヴァイスを勇気づけた⇒ヴァイスが立ち直った⇒立ち直ったヴァイスがティアナを助けた

 

 つまり、ザフィーラがいなかったら、自分はやられていた……?

 

「気付いたか、ティアナ! そう! 俺がザフィーラの旦那に助けられた、ということは! 俺に助けてもらったお前も、実質ザフィーラの旦那に助けてもらった……そう言っても過言ではないっ!」

 

 ヴァイスが立ち直ったのも、ナンバーズを倒せたのも、ティアナが助かったのも、全部ザフィーラのおかげじゃないか!

 

「いや、過言だろ」

 

 あまりの会話の馬鹿さ加減を見るに見かねたのか、とうとうヴィータが会話に割って入った。

 

「ザフィーラが影で機動六課を支えてくれていたことは否定しねぇけど、それはそれ。これはこれだろ。大体なぁ、さっきからお前ら、ザフィーラがモテるだの、モテないだの、勝手に盛り上がってるけどな」

 

 言いながら、ふっと目を伏せて。少し、ほんの少しだけ。ヴィータは、普段は思い返す機会もない、昔の記憶を思い出す。

 ザフィーラやヴィータ……ひいては、ヴォルケンリッター達、守護騎士が生きていたのは、平和な現代からは想像もつかない……戦乱の時代。『夜天の書』がまだ『闇の書』と呼ばれていた、戦うことでしか、奪うことでしか何かを得られない、そんな時代だった。

 

「……昔のあたし達は、それこそ戦い詰めの毎日で……そもそも、闇の書の主に仕える立場だった」

 

 静かに発した言葉に、全員がはっとなる。

 当時から機能不全の前兆が表れてはじめていた『闇の書』のせいで、ヴィータは当時の全てを記憶しているわけではない。だが少なくとも、あの暗い時代の記憶は、まだ時々夢に見る程度には、色濃く残っている。

 だから、

 

「誰かに恋するとか、誰かに恋される、とか……そういう余裕は、あたしらにはなかった。だから、いくら長く生きていても、そういう経験に関しては……お前らひよっこと、大して差はないんだ」

 

 教える立場として六課にいるヴィータにとって。それを認めることは少し癪だったが、

 

「ちょっと……恥ずかしいけどな」

 

 それでも、知らないことを知っていると教え子に言うよりは、ずっとマシだと思うから。

 

「ヴィータ副隊長……」

「あー、なんだよ? なんか、湿っぽい話になっちまったな! 気にすんな! まー、他人のことばっかで盛り上がるのもどうかと思うけど、たまにはいいだろ! お前らまだひよっこだもんな! 恋バナとかしたいよな!」

「あー、いえ、そうではなく……」

 

 後ろ見てください、と言いたげに。スバルとティアナが、なにやらすごく形容に困る複雑な苦笑いを浮かべながら、ちょいちょいとヴィータの後ろを指差している。

 なんだ?と振り返ってみれば、

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 ほんのりと顔を赤くしたシャマルが、ものすごくうじうじしていた。

 

「……おい、シャマル」

「ち、ちがうのヴィータちゃん」

「おい、シャマル」

「み、みんなは前線で戦うのがお仕事だったけど、わたしは治癒とサポートがメインだし……その、後方で他の人を治療する機会もいっぱいあったから」

「あたしはまだ何も言ってねーぞシャマル」

 

 シャマルやヴィータ……ひいては、ヴォルケンリッター達、守護騎士が生きていたのは、平和な現代からは想像もつかない……戦乱の時代。『夜天の書』がまだ『闇の書』と呼ばれていた、戦うことでしか、奪うことでしか何かを得られない、そんな時代だった。

 

 が、それはそれとして、戦場にラブロマンスは付き物である。

 

 辛い時代ではあったが、優しい人達がいなかったわけではない。ヴィータ達守護騎士に向けて、温かい言葉や思いやりのこもった贈り物をしてくれた人達も、たしかにいた。だから、掠れて消えた記憶が大半だったとしても、そういった優しい記憶は、まだヴィータの中に息づいている。

 

 が、それはそれとして、コイツはなにやらとてもステキでロマンティックな思い出をお持ちのようだが。

 

「おい、シャマル」

「だ、だからちがうのヴィータちゃん」

「あたしらが前線で必死こいて戦ってた時に、いいご身分だなシャマル」

「べ、べつにそういう直接的な関係になったわけじゃないし……」

「そういえば、14回目あたりの主とちょっと仲良かったよなシャマル」

「なんでそこだけピンポイントで覚えてるのよもーっ!」

 

 やたら冷たい目でチクチクと攻撃を始めたヴィータと涙目のシャマルのやりとりを、今度は六課の後輩達が温かく見守る番だった。

 

「ザフィーラはわかんないけど……」

「少なくとも、シャマル先生はモテてたみたいだねー」

「ていうか、今現在ふつーに人気あるものね、シャマル先生」

 

 うんうん、と頷く一同。

 医務室の優しいお姉さんとして、シャマルは六課の男性隊員から大人気である。

 

「……まったく、たるんでいる」

「あ、シグナム」

「お、シグナム」

 

 小豆を握りしめたまま、ようやく立ち上がったのは烈火の騎士。ヴォルケンリッターの将、シグナムである。

 

「先ほどまでは気が動転してこんなものを買ってきてしまったが……そもそも我らは守護騎士。主はやての幸せを願うのが第一のはず! 己の恋愛にうつつを抜かすなど、言語道断だ!」

「おー、いいぞシグナム。もっと言ってやれ。コイツ、そういえばこの前、男の隊員から手紙もらってやがったしなぁ」

「え」

「な……それを言うならヴィータちゃんだって! 教導を担当してた男の子から、ご飯に誘われてたじゃない!」

「え」

「な……バッカお前! あれはそういうのじゃないだろ! 全然ちがうだろ! 関係ないだろ!」

「関係ありますぅー。それに気付けないヴィータちゃんが鈍いだけですぅ!」

「なにぃ!?」

 

 駄々っ子のように唇を尖らせるシャマル。怒り狂うヴィータ。衝撃の事実を今知って、またすみっこに崩れ落ちるシグナム。

いい加減混沌としてきた室内を見回して、ティアナがふと気が付いた。

 

「あれ……フェイトさんとヴァイス曹長は?」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「どうしたの、ヴァイス曹長? わたしに話ってなに?」

「いや……実はちょっと気になったことがあって……エリオやキャロがいる前では聞かせられないでしょうし、スバルとティアナも微妙にあやしいし、八神司令に聞かれたら今度こそぶん殴られそうだし。相談できる相手が、フェイトさんくらいしかいないっつーか……」

 

 先ほどの会話の際もそうだったが、ヴァイスはある程度『大人』として、ザフィーラの恋愛を現実的に捉えている。やや問題発言もあったが、女性が多いあの場において、ザフィーラと同じ男性であるヴァイスの意見は得難いものだ。エリオやキャロに聞かせないように気を遣ってくれたのも、デリケートな問題であるからに違いない。

 そう判断したフェイトは、居住まいを正してヴァイスに向き直った。

 

「うん、わかった。わたしでよければ聞くよ」

「……えっと、怒らないで聞いてくださいね?」

「怒らないよ」

「……セクハラとかで、左遷しないでくださいね?」

「そんなことしないよ」

「じゃあ、言いますけど……仮に、ザフィーラの旦那が結婚したとして」

「うん」

「家庭を、持つわけじゃないですか」

「そうだね」

「そうしたら……」

「そうしたら?」

 

 そこまで前置きして、ヴァイスはようやく口を開いて言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ザフィーラの旦那って……子作りできるんですかね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………へっ?」

 

 自分の顔が真っ赤に染まるのを、フェイト・T・ハラオウンは自覚した。

 




今回の話でピンときた方もいるとは思いますが、vivid5巻の番外編『鉄槌の騎士、想う』がめちゃくそに好きです。ヴィータちゃんはともかく、なのはさんは年齢のわりにその私服攻めすぎじゃね?とか思う程度には読み返してます。

あと、個人的になのはキャラで一番エロいのはシャマル先生だと思ってます。


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