初恋相手は犬でした (龍流)
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ザフィーラさんがこんなにかっこいいわけがない

 自分の人生に、後悔なんてこれっぽちもないけれど。

 唯一つだけ、わがままを言ってもいいのなら。

 

 

 恋、というものをしてみたかった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 端的に現在の状況を説明するのならば、わたしは死にかけていました。

 

「……しくじりましたね、これは」

 

 わたしの名前はフィアメッタ・マジェスタ。聖王教会騎士団所属の空戦魔導師です。

 次元世界の治安を守る管理局にも出向扱いで籍を置いており、准空佐というそこそこ高い地位をもらって活動しています。自分で言うのもあれですが、実力もそれなりに高い部類に入る方だと自負しています。なので『ミッドチルダ郊外の洞窟内で発見された、謎の施設の調査』という、少々あやしい今日の任務も、鼻歌混じりに軽く済ませてそれで終わりのはずでした。

 

 それなのに……

 

「……どうして、こんなことに」

 

 くどいようですが、わたしは死にかけていました。目の前には新型と思わしき自律機動兵器『ガジェットドローン』が並び立っていて……その中の数体から伸びる蛇腹状のアームでわたしの体はがんじがらめに縛りあげられ、自由を封じられています。

 

 

 

 ―――要するに、わたしは触手プレイで生命の危機に瀕していました。

 

 

 

 触手プレイ。そう。あの触手プレイです。ガジェットドローンは機械なので厳密に分類すれば機械姦にあたるかもしれませんが……多分、端から見た絵面は完全に触手プレイですね。間違いない。

 稀代の天才科学者、ジェイル・スカリエッティが起こした大規模事件からはや数ヶ月。彼が管理していたガジェットドローンはそのほとんどが機能を停止し、管理局に押収されたはずでした。まさか、こんな趣味の悪いタイプが生き残って稼働を続けてたなどと、誰が予想できたでしょうか。少なくとも、わたしは予想していませんでした。予想していなかったせいでまんまと罠にかかり、こうして触手プレイの餌食になっています。恥ずかしくて死にそうです。というか、実際に死にそうです。

 

「ジェイル・スカリエッティ……自分が開発した戦闘機人に趣味の悪いぴっちりスーツを着せたり、自分の子種を孕ませたり、拉致した管理局員の左腕をドリルに改造したり、とんでもないド変態犯罪者だとは聞いていましたが……まさかここまで変態だったなんて……」

 

 ほんとに死ねばいいのにスカリエッティ。

 

「なんとか……脱出しないと……」

 

 わたしは教会の孤児院で育てられたシスターなので、もちろん高潔な処女です。機械相手に処女を失うマニア向け凌辱同人誌みたいな展開は死んでもごめんです。

 ですが、現実とは非情なもので。非力な細腕では、触手めいた蛇腹アームを引きちぎることすら敵いません。マジでなんなんですかこの触手。思わず、「くっ……殺せ」とか言いそうじゃないですか。言いませんけれど。

 

「うっ……くっ」

 

 ガジェットドローンは『AMF(アンチマギリングフィールド)』と呼ばれる対魔導師用の装備を有しています。AMF濃度が高い中では、魔導師は本来の力を発揮することができません。というか、今「……くっ」って言ってましたね、わたし。

 なんとか触手から逃れようともがいている内にも、締め付けは強くなってきます。仕方ありません。洞窟内ということで躊躇していましたが、ここはイチかバチか、砲撃魔法を撃って脱出するしかないでしょう。岩盤が崩落して生き埋めになるかもですが、このままガジェットドローンで処女喪失するよりかはいくぶんマシです。

 ただでさえ魔力が練りにくい状況の中で、高ランクの射砲撃を撃つのは相当の集中を要します。体の表面を這い回る冷たい金属の感触は全力で無視して目をつぶり、ゆっくりと確実に。体中の魔力を高めるイメージを……

 

「……っ!?」

 

 ……本当にどこまで変態なんでしょう、この金属触手どもは。変なところをまさぐられたせいで声出そうになったじゃないですか。去勢してやりましょうかコイツら。

 というか、よくないですね。今ので集中が途切れて……

 

「んっ……ぐぅ!?」

 

 私の狙いを察したのか。それとも、元からそうするつもりだったのか。

 金属触手のうちの一本が首にまとわりつき、縛りあげ、絞め落としにかかってきました。バリアジャケットの防護機能があるとはいえ、これはマズい。非常にマズいです。

 もはや、魔力を練るどころではありません。息が切れて、呼吸が浅く早く。その最低限の呼吸すらも、徐々にままならなくなっていきます。一瞬、脳が焼けつくような感覚があって、頭もボーっとして……なんだか眠くなって。

 

 

 

 ――――あ、死ぬな、わたし。

 

 

 

 そんな予感が、確信に変わりかけた刹那。

 

 

 

「――――――鋼の軛」

 

 

 

 ガジェットドローンの群れに、地面から出現した魔力刃が突き刺さりました。

 

「……え?」

 

 わたしの驚きと同期するかのように、一拍。ほんの一瞬、動きを止めて明滅したガジェットドローンは、その全てが爆発し、粉々になって爆発。一機も残らず、吹き飛びました。これは……救援? 魔導師?

 拘束の圧力から解放され、そのまま自由落下するわたしの体は、がっしりとした腕の感触に受け止められました。

 

「大丈夫か?」

 

 声音は低く、冷静でしたが、その中にはわたしの身を案ずる感情が確かに含まれていて。

 

「ごほっ……けほっ」

「喋らなくていい。無理をするな。救護班がすぐに来る」

「あ、なたは……」

 

 その声の主に抱き留められていることに、わたしは確かな安心感を覚えたのです。

 

 なので。

 

 彼の顔を見上げようとした、その矢先に、

 

 

 

 

 

 

「ほぐぅ!?」

 

 

 

 

 

 わたしの頭部に、ギリギリ致命傷にならない程度の大きさの落石が直撃したのは、今から思えばまったくもってナンセンスな……運命のいたずらとしか言いようがない不幸なアクシデントでした。

 ゆれる視界、薄れゆく意識の中で、わたしはなんとかその魔導師の顔を目に焼き付けようとしましたが、

 

「大丈夫か!? しっかりしろ」

 

 そんな彼の言葉を最後に、意識を失いました。

 その後。気付いた時には、わたしはベッドの上に寝かされていて。後から聞いた話によると、ガジェットドローンの残骸の中に倒れるわたしを残して、魔導師の姿は跡形もなく消え去っていたそうです。

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで……わたしを助けてくれたその人は、とんでもないものを盗んでいきました」

「……それは、なんですか?」

 

 ガジェットドローンに触手プレイを強要され、死にかけた一件から三日後。わたしは聖王教会本部の一室にて、教育係のシスター……『シスター・シャッハ』に言いました。

 

 そう。

 

 ベッドに寝かされ、頭に包帯ぐるぐる巻きという状況でしたが、それでも。

 

 これ以上ない、キメ顔で言いました。

 

 

 

 

 

「わたしの心です」



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魔導師が出会いを求めるのは間違っているのだろうか?

表紙の素晴らしき挿し絵は友人から頂きました。自分では絵描けないので、マジ感謝。


 わたしの一世一代の告白を聞いたシスターは「なにいってるんだコイツ」と言わんばかりに、呆れを多分に含んだため息を吐きました。

 

「はぁ……心を盗まれた? ……なんです、フィア? あなた、やっぱり頭を打ってどこか悪くしたんじゃないですか?」

「失礼な。わたしは至って正常です。今からでもバリバリ働けますよ」

 

 両手でガッツポーズを作って元気アピールをしながら、わたしはもう一度この身に溢れんばかりの想いを具体的な言葉にして伝えます。

 

「率直に言って、ひとめぼれしました。あの人はわたしの運命の相手だと確信しました。なので、わたしは彼をなんとしても探し出さなければなりません。つきましては……教会と管理局の微妙に癒着めいた関係を使って、どうにかできないでしょうか?」

「いつもそうですが、あなたは言葉選びに気をつけなさい」

 

 きれいに切り揃えられたショートカットの髪を「やれやれ」と振りながら、彼女はわたしを説教するような目で見下ろしてきます。

 

「まったく……あなたのそういうところは相変わらずですね……私自身の教育の甘さに、自己嫌悪を覚えます」

 

 彼女の名はシスターシャッハ。幼少期から、わたしの教育係を務めてくれたシスターさんです。子どものころからやんちゃばかりだったわたしを、いつも平手ではなくグーパンで鉄拳制裁してくれた生粋の武闘派シスターさんです。今でも時々拳がとんできます。いわばわたしにとって、口うるさいおかんのポジションにあたる人と言ってよいでしょう。正直、最近うざいです。

 

「そんなことを言わないでください、シスターシャッハ。わたしはあなたの教育の元でこんなにすくすくと大きく育ちました。胸のサイズだけなら、もう小ぶりで手頃なシスターシャッハには負けません」

 

 無言で飛んできた陸戦AAAランク相当の鉄拳をひょいっとかわします。危ないですね。なんでデバイスも展開してないのに「ひゅっ!」って、風を切る音が響くのでしょうか? シスターじゃなくて、今からでも格闘家に転職した方がいいんじゃないんですか、この人。

 

「本当にこの子は口が減らない……どうしてこんなひねくれた性格に……」

「すいません。こればっかりは性分なもので」

「はあ……分かっているんですか、フィア? 教会もそんなに暇ではないんですよ? あなたのわがままにいちいち付き合っている暇はありません」

「なに言ってるんですか。いつも教会に来た人を空間魔法で送迎するくらいしか仕事してないでしょう。わたしの方が、シスターシャッハの倍は働いてますよ」

「なんてこと言うんですか!?」

 

 だって事実ですもん。

 

「まあ、しかし。経緯はどうあれ、偏屈で口の悪いあなたが殿方に興味を持った……というのは良いことです。あなたは外見だけはいいですし、その殿方も中身を知って幻滅する前にコロっと騙されるかもしれません。もしかしたら万が一……いえ、億が一、その腐った中身も多少マシになるかもしれませんし」

「なんてこと言うんですか」

 

 自分が男っ気ないからって!

 

「それで、その男性の特徴は?」

「特徴、ですか?」

「ええ、顔の印象。身体的特徴。なんでもかまいません。手掛かりがないと探しようがないでしょう」

「それが、見ての通り頭を打ったせいで記憶が曖昧で……褐色のガチムチだったことくらいしか覚えてないんです」

「あなた本当にその人に惚れたんですか?」

 

 心底悔し気に呻くと、シスターシャッハは至極全うな疑問を突き返してきました。しかし、そんなことを言われても仕方がありません。わたしだって、意識があれば助けてくれた男性の顔をしっかりと脳裏に焼き付けていましたよ。

 

「まあ、いいでしょう。褐色で、筋肉質の大男、と」

 

 さらさら、と自分の手帳に男の特徴を書き込んでいくシスターシャッハ。あ、そういえば……

 

「そうだ! あと、ケモ耳が生えていたような気がします!」

「褐色の大男にケモ耳が生えているわけないでしょう。いい加減にしなさい、フィア」

「本当なんですけど……」

「頭を強く打って記憶が混乱しているようですね。いっそのこともっと強く打ちつけて、中身がまともになればよかったのに」

「シスターシャッハ。自分が面倒をみた子どもに対して、その言い方はどうかと思います」

「安心なさい。あなたに対してだけです」

 

 

 

「……シャッハ? フィア? どうしたのです?」

 

 そろそろ互いにデバイスを展開して殴りあうか……というタイミングで、開いた扉。顔をのぞかせたのは、わたしやシスターシャッハにとって上司にあたる人物でした。

 

「騎士カリム!」

「……カリムさん」

 

 カリム・グラシア。聖王教会騎士団の騎士であり、わたしと同じように管理局にも『理事』として籍を置いている、とっても偉い人がそこにいました。

 どれくらい偉いかというとなんとこのお方、管理局での階級は『少将』にあたります。いつも執務室で紅茶を飲んでいるイメージがあるので実感は沸きませんが、とにかく偉い人です。

 

「二人とも、話声が外まで聞こえていましたよ。仲が良いのは結構なことだけど、もう少し静かにね?」

「も、申し訳ありません!」

「善処します」

 

 というか、うるさいのはシスターシャッハだけな気がするのですが……それを言い出したらシスターシャッハが「ヴィンデルシャフト!」とか叫び出しそうなのでやめておきましょう。わたし、今ケガしてますし。近距離でのお話し合い(物理)になったら、必ず負ける自信があります。

 

「ところでフィア、怪我は大丈夫? ごめんなさい。今回の任務では、あなたに無理を言ってしまったわね」

「ありがとうございます。一応、体は大丈夫です」

「……体は?」

「はい。実は……わたし、心の病にかかっておりまして……」

「心の病?」

「はい。恋の病です」

「まあ!」

 

 目を丸くして、カリムさんは驚きました。結構いい年いっているはずなのに、こういった仕草がかわいく見えるあたり、さすがシスターシャッハとは違います。

 

「フィアは好きな人ができたの?」

「はい。そうなんです」

「騎士カリム。真面目に取り合わなくても結構です。いつものおふざけですよ」

「ふざけてなどいません。わたしは大真面目です。この身を助けてくれたあの男性を見つけるまで、絶対に諦めません」

 

 そう言いながら、わたしは素早くベッドから降りて、部屋の床に手と膝をつき、同時に頭をこすりつけるくらい下げました。第97管理外世界で言うところの『土下座』という作法です。

 

「お願いします、カリムさん。どうかカリムさんが持っている管理局とのパイプを悪用して、わたしの恋を成就させてください」

「だから言い方!」

「……うーん、そうね。協力はしてあげたいけれど、隊員個人の情報となると、なかなかね。私も、管理局全ての部隊に顔が効くわけではないし、いろいろと他の仕事も……」

「そんな……いつも執務室で紅茶を飲んでいて、たまにお客様がいらっしゃるとやっぱり紅茶を飲んでいて、たまの休みにはクロノ提督達とイモ掘りして、あとは一年に一回の予知の時しか仕事してないじゃないですか! シスターシャッハ以上に仕事してないじゃないですか!」

「…………」

「黙って傷ついていないで何か反論してください騎士カリム!?」

 

 カリムさんは涙目になっていました。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 涙目のカリムさんに調査してもらった結果、私が出向している部隊以外であの時現場にいたのは陸士108部隊。加えて、応援に駆けつけてくれたのは『機動六課』だということが分かりました。

 機動六課。そう、あの機動六課です。ド変態マッドサイエンティスト、ジェイル・スカリエッティをブタ箱に叩き込んでくれた管理局の英雄、機動六課です。なんとわたしがのんきに気を失っている間に、偶然近くにいた機動六課のメンバーが救援に来てくれたらしいのです。事件の後処理が妙にスムーズだったのは、彼らが関わってくれたからか……と、わたしは得心がいきました。

 というわけで、わたしはあちこちに伸びているカリムさんのふとーいパイプの助けを得て、機動六課の前線部隊で副隊長を務めている人物と会えることになったのです。

 

「お待たせしました、マジェスタ準佐。機動六課ライトニング分隊、副隊長を務めております、シグナム二等空尉です」

 

 最初に私が彼女……シグナムさんに対して抱いた感想は『おっぱいデカいな、この人』でした。

 色気の欠片もないシスターシャッハと違い、シグナムさんはかなりハイレベルな胸部装甲をお持ちのようです。髪をポニーテールに結い上げ、きりりと伸びた背筋とは対照的に、おっぱいのデカさが際立ちます。端的に申し上げて、素晴らしいサイズです。

 ……なんとなく、不安になってきました。教会育ちのわたしにはよく分かりませんが、世の中には職場恋愛というものが非常に多いと聞きます。もしかしたらわたしの将来の旦那様が、すでにこのおっぱいに誘惑されている可能性もあるのです。つまり、彼女はわたしの恋敵……ライバルです。

 

「聖王教会騎士団所属、管理局出向魔導師のフィアメッタ・マジェスタ准空佐です。……どうぞ、おかけくださいシグナム二尉。今日のお話は比較的プライベートな話題です。肩肘を張らず、相談にのっていただくような気持ちで聞いていただけるとわたしも嬉しいです」

 

 とはいえ、想い人の同僚に悪印象を抱かせるわけにはいきません。昨日、徹夜で斜め読みした恋愛攻略本の『想い人を落とすためには、まず外堀から埋める』という一文を思い出しながら、わたしはにこやかに笑いかけました。

 

「そういうことでしたら……騎士カリムとシスターシャッハからのご紹介ですし、喜んでご相談にのらせていただきます」

「ありがとうございます」

「そういえば、シスターシャッハとはどういったご関係で?」

「クソババアです」

「え?」

 

 おっと本音が。

 

「あ、いえなんでもありません。シスターシャッハはわたしの教育係です。とても尊敬しています」

「そ、そうですか……」

 

 危ない危ない。

 

「すいません。私も注文をいいでしょうか」

「ええ、どうぞ」

 

 おっぱいに気を取られて気づきませんでしたが、シグナムさんは犬を一匹連れていました。けっこう大きい……というか、牙や額のクリスタルを見る限り、犬ではなく狼。しかも、魔法生物に分類される使い魔のようです。機動六課には竜を使役する召喚師もいるそうなので、シグナムさんの相棒なのでしょう。

 

「凛々しいお顔立ちですね。シグナム二尉の使い魔ですか?」

「私の……というよりは、我が主の……失礼、八神二佐の使い魔ですね。私の任務にも、時々同行してくれています」

「それは頼りになりますね」

「はい。先日の出動の際も……」

 

「お待たせしましたー。ご注文をどうぞ」

 

 注文を取りに来たウェイトレスさんは、一瞬足元の使い魔さんにびっくりしたようですが、すぐに営業用スマイルを取り戻しました。ミッドチルダは魔法文化が発達しているので、使い魔の一匹や二匹は珍しくもなんともありません。単純に、そこそこ大きかったのでびっくりしたのでしょう。

 

「では、アイスコーヒーと……あと、何か彼が食べられるものはありますか?」

 

 言いながら、シグナムさんは足元の使い魔さんをちらりと見ます。上官である八神二佐の使い魔だからでしょうか? 『彼』という呼び方をするあたり、シグナムさんの性格が感じられます。

 

「はい、ございますよ。こちらで見繕ってお持ちしてもよろしいでしょうか?」

「大丈夫です。それでお願いします」

 

 ウェイトレスさんの応対も手慣れたものですね。ここがペットOKのカフェでよかったです。

 わたしが足元の使い魔さんに手を伸ばすと、どうぞと言わんばかりに首を出してくれました。もしかして、見かけによらず人懐っこい……?

 

「ぉお……!」

 

 ううむ……すばらしい手触りです。めちゃくちゃモッフモフです。率直に言って凄まじく癒されます。このままずっと撫でてあげていたいくらいです。多分、使い魔さんからしてみればうざいであろうくらいに撫でまくっているのですが、彼は寝そべったまま嫌がる素振りも見せません。すごくいい子ですね。

 

「あの……准佐」

「はい?」

 

 ふと我に返ると、手元にコーヒーを置いたシグナムさんが困った顔をしていました。ウェイトレスさんも、お肉の盛り合わせを乗せたお皿を持って苦笑いを浮かべています。は、はずかしい……

 

「……ごほん。失礼しました」

「いえ……」

 

 当初の目的を忘れるところでした。今日、べつにわたしはワンちゃんをモフりにきたわけではありません。想い人の手掛かりを探しにきたのです。

 

「さて。本日ご相談したいのは、わたしが負傷した先日の出動の件についてです」

「……申し訳ありません。我々、六課の到着がもう少し早ければ、准佐がお怪我を負われることもなかったでしょうに……」

「いえ、現場での負傷はわたし自身の不徳の致すところです。どうか、お気になさらず。むしろ『ジェイル・スカリエッティ事件』解決の立役者として名高い、六課の皆さんの活躍を間近で見ることができなかったのが心残りです。わたしは、不甲斐なく気を失っていたので」

 

 本当に……本っ当に不甲斐なく気を失っていたので!

 

「恐縮です」

 

 それにしても……キリっとした表情から最初は近寄りがたい雰囲気を感じましたが、ふつーにいい人ですねシグナムさん。シスターシャッハからは「手合わせしていただけると、とても楽しい人物」と聞いていたので、どんな脳筋メスゴリラが出てくるかと身構えていた自分が恥ずかしいです。

 さて、それでは早速、本題に入るとしましょうか。

 

「実は、ガジェットドローンに囲まれて動けなかった時、わたしを助けてくれた魔導師がいるのです」

「魔導師、ですか」

「はい」

 

 正確に言えば触手プレイで辱めを受けていたのですが、わたしも女の子で恥ずかしいので、そのあたりはボカしてお話します。足元の使い魔さんが、何故かぴくりと耳をたてて顔を上げました。

 

「現場にいたことが分かっている陸士108部隊の隊員には、事情を説明して部隊員の集合写真をいただいたのですが、わたしが探している隊員は見つかりませんでした」

 

 ちなみに協力してもらったのは、ギンガ・ナカジマさんという隊員です。ロングヘアーが印象的な大人びた美人さんでしたが、お礼に「なんでも好きなものを頼んでください」と言った結果、マジでとんでもない量の注文をしてきたのでかなりビビりました。しかも、それをあっさりと笑顔で平らげてしまったのには、正直ドン引きしました。まさに色気より食い気という言葉を体現する食いっぷりでしたね。聖王教会名義で領収書を切っていなければ、わたしのお財布が爆発していたでしょう。おかげで、領収書を渡したシスターシャッハに拳骨をくらう羽目になりました。

 とにかく、陸士108部隊とわたしが出向していた部隊に該当する隊員がいない以上、残る可能性は機動六課だけということになります。

 

「なるほど。そういうご事情があったのですね」

「はい」

「その魔導師の、外見の特徴などは?」

「褐色のガチムチでした」

「……はい?」

「あ、いえ間違えました。褐色の大男でした」

 

 慌てて言い直します。古代ベルカの騎士の方には、第97管理外世界のナウでヤングな方言は難しかったようです。

 シグナムさんはしばらく考え込んだあと、「あれ……?」みたいな表情を浮かべて足元の使い魔さんを見ます。使い魔さんはぷいっと顔を背けて首を振りました。どうしたんでしょう?

 

「……それで、マジェスタ准佐はどうしてその隊員を探しておられるのですか? やはり、直接感謝の言葉を伝えるためでしょうか?」

「もちろんそれもありますが、愛の告白をするためです」

「ぶっ……!?」

 

 シグナムさんの口から、紅茶が魔力の射砲撃のような勢いで噴出されました。ちょっと汚いです。

 

「げほっ……ごほっ」

「大丈夫ですか?」

「し、失礼しました……それでその、申し訳ありません。私の聞き間違いでしょう。もう一度お聞かせいただいても?」

「はい。できればその隊員と、結婚を前提にしたお付き合いを、と考えています」

「け、結婚……?」

「ええ。わたし、これでもシスターなので。ふしだらでいい加減なお付き合いはできません」

 

 私の脳内のシスターシャッハが「普段からふしだらでいい加減なことばかり言っている口で何言ってるんですか」とかほざいていますが、ガン無視します。

 

「け、結婚……結婚、ですか……」

 

 顔を赤らめてシグナムさんは狼狽していました。なんですかこの騎士さん、ちょっとかわいいじゃないですか。体がワガママな上に、凛々しくてかわいげもあるとか、完全に強キャラ(恋敵的な意味で)じゃないですか。

 これは、気合を入れ直さないと……

 

「……マジェスタ准佐」

「はい?」

「ひ、非常に言いにくいのですが……」

 

 

 

「もういい。シグナム」

 

 

 

 ……あれ?

 

 足元から聞こえてきた、すごく渋くていい声。咄嗟に下を向くと、使い魔さんが立ち上がり、こちらを見上げていました。

 な、なんと……しゃべれたんですか、この子!?

 

「ザフィーラ!? し、しかし……」

「ばれずにすめばそれでよい、と思っていたが……俺への想いを、こうして口にしてくれたのだ。俺が応えなければ、無礼にあたる」

 

 ……んん?

 

「フィアメッタ・マジェスタ准佐」

「あ、はい!」

「今まで、黙ってこの場に同席していた無礼を、どうかお許しいただきたい。自分は、主はやてに使える守護騎士、ヴォルケンリッターの一人。盾の守護獣、ザフィーラと申します」

 

 ……守護騎士? ヴォルケンリッター?

 

「あの日、ガジェットドローンに囲まれていた貴方を救ったのは、間違いなくこの私です」

 

 ……はい?

 

 ということは……このワンちゃん……ではなく、使い魔さん……ではなく、ザフィーラさんが、わたしを助けてくれた、あの魔導師さん?

 

「准佐のお気持ちは、身に余る光栄。ですが、この身は守護獣。主を守るために死力を尽くすことを誓った身です。貴方のお気持ちに、私は……」

 

 なるほど。

 

「ザフィーラ、さん」

「……はい」

 

 途中で言葉を遮ったわたしに、ザフィーラさんは黙して頷きます。

 イスから立ち上がり、ザフィーラさんと同じく目線になるように床に膝をついて。さらにザフィーラさんのお顔をきちんと拝見するために、失礼ながらその頬を両手で包んで上を向いていただいて。

 正直、ヴォルケンリッター云々についてはよく分かりませんし、自分でもはっきり分かるほどに混乱している自覚もありますが……それでも、一つだけ確かなことがあります。

 

 ザフィーラさんと正面から目を合わせて、わたしは言いました。

 

 

 

 

 

 

「わたしと結婚してください」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 恋愛とは戦い。そして、シスターシャッハは日頃から模擬戦で言っていました。

 戦いにおいて、攻撃こそが最大の防御。

 

 

 先手必勝なのです。



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八神はやての憂鬱

『こ、告白したぁ!?』

 

 耳元で響いた大音量の絶叫に、思わず通信端末を取り落としかけます。危ない危ない。

 

「うるさいですよ、シスターシャッハ。ちょっと静かにしてください」

『し、しかし、フィア……あなた、告白というモノが何なのか、理解しているのですか!?』

「ええ、もちろん。ふしだらなお付き合いをするつもりはありませんよ? 前々から重ね重ね申し上げていた通り、わたしは本気ですから。結婚を前提にしたお付き合いがしたい、とはっきりお伝えしました」

『け、結婚ぅ!?』

 

 ザフィーラさん、シグナムさんとのお話を終えた後。わたしは事の顛末を報告するために、シスターシャッハに連絡を繋ぎました。

 それにしても、さっきから声が無駄にデカくてうるさいです。どれだけ叫べば気が済むんでしょう?

 

『そ、それで、先方はなんと!?』

「とりあえず『考えさせてほしい』と。そう言われました。ザフィーラさんはもちろんですが、シグナム二尉もかなり困惑されている様子で……」

 

 というか、シグナムさんの方が驚きでカチカチになっていましたね。飲み物持ったまま椅子ごと後ろにひっくり返っていましたし。

 

『当然です! 初対面の女性にいきなりそんなことを言われて、困惑しない方がおかしい!』

「はぁ……だから、何度言えば分かるんですか? シスターシャッハ。わたしは事件の時、ザフィーラさんの熱い抱擁を受けて助けられています。決して初対面ではありません。お会いするのはこれで二度目なのです」

『だとしても、会って二度目の男性に告白する女性などいませんっ!』

「ここにいます」

『普通はいませんっ!』

「ですが、断られませんでしたよ? これはもう、世間一般で言うところの『脈アリ』というヤツなのでは?」

『どうしてあなたはそんなにポジティブなんですか!?』

 

 何を言っているんでしょう。どんな逆境に晒されても、笑顔を忘れず立ち向かえ、とわたしに教えてくれたのはシスターシャッハでしょうに。

 

『あぁ、もう……それで? そちらに、騎士シグナムはおられるのですか?』

「いえ、お二人とは連絡先の交換だけ済ませて別れました。なんでも、ザフィーラさんに外せない用事があるとかで……わたしも今、お店から出るところです」

『そうですか、わかりました。では、私が迎えに行きますから、あなたもすぐにこちらに戻ってきなさい。機動六課のお身内に、これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません。まったく、騎士カリムに一体何をどう説明すれば……』

「はい。そんなわけで、せっかくですし、今から機動六課を訪ねてみようかと」

『どうしてそうなるんです!?』

 

 何を言っているんでしょう。即断、即決、即行動。何事も、思い立ったが吉日、とわたしに教えてくれたのはシスターシャッハでしょうに。

 

「ザフィーラさんはご用事があるそうなので、流石にそれをお邪魔するわけにはいきませんが……シグナム二尉以外の六課の方にも、ご挨拶は必要でしょう?」

『だめです。いけません。やめてください。すぐに戻ってきなさい。騎士シグナムだけでなく、それ以上の勝手な行動は、騎士はやてにまでご迷惑をおかけすることに……』

「では、帰る時に連絡するので、お迎えよろしくお願いします」

『ちょ……まちなさ』

 

 これ以上何か言われる前に通信を叩き切り、端末をポケットに入れます。シスターシャッハのお説教は長いですからね。申し訳ないとは思いますが、今は聞き飽きたお小言に耳を傾けている時間はありません。

 

「さてさて……それでは、行きますか」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 LostPropertyRiotForce6……正式名称、古代遺物管理部機動六課。通称、機動六課司令、執務室。

 

「あぁ~平和やな~」

「ですねー」

 

 時刻は午後の昼下がり。

 両手で持った湯飲みから温かいお茶を一口味わい、八神はやてはほっと息をついた。

 

「レリック事件以降、大きな出動もないし、みんなの進路も着々と決まってきとるし……心配ごとがなにもなくてほっこりするわ~」

 

 機動六課は平和であった。

 事件で怪我を負ったメンバーも今やほとんどが全快し、現場に復帰しており、部隊解散に向けて進めていかなければならない諸々の書類仕事や隊員の進路決定も至って順調。はやて自身も一時期のオーバーワークから解放され、昼間から執務室で茶をしばく余裕が生まれていた。

 これでほっこり和むなという方が無理な話である。

 

「でも、逆にあれやねー。これだけ平和だと、何かおもろいイベントのひとつでもほしくなってくるわ」

「あはは。ダメですよー、八神司令。そんなこと言ってたら、ほんとに何かおこっちゃうかもしれませんよ」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべながら、シャリオがはやての湯飲みにおかわりを注ぐ。

 

「えー、大丈夫やよ。ほらほら、みてみて。茶柱たっとる」

「あ、ほんとだ」

「ええなー。何かおめでたいことでもあるとええなー」

 

 ほんわかと、そんなことを呟くはやて。

 ある意味で、彼女のその予感はカリム・グラシアの『預言者の著者』並みに、見事に的中していた。

 

 

「はやてちゃーん! はやてちゃんはやてちゃんはやてちゃんはやてちゃーん!」

 

 

 けたたましい声とともに、執務室の扉が開く。

 飛び込んできたのは、リインフォース・ツヴァイ。はやての右腕であり、大切な家族である小柄……というにはやや小さすぎる少女だ。その小ささを活かし、ぴゅんぴゅん空中を飛び回りながらも、リィンは叫び続けることをやめなかった。

 

「どないしたん、リィン?」

「たいへんです! たいへんですたいへんですたいへんですー! たいへんなんでーす!」

 

 一瞬、何か重大な事件が起こったのかと身構えるはやてだったが、リィンの慌て方は緊急出動が起きた時のものとは、また違った。むしろ、うっすらと笑みを浮かべているあたり、何かいいことがあったに違いない。

 

「はいはい。何があったか知らんけど、まずは落ち着こうな? リィンもお茶飲むか?」

「それどころじゃないんです~! さっき、シグナムから連絡があって……」

「シグナムから、連絡があって?」

 

 聞き返しながら、はやては湯飲みを口に運び、

 

 

 

「ザフィーラが、結婚しますっ!」

 

 

 

 その中身を、全て噴き出してぶちまけた。

 

「げっほごほっ……うぉえ……」

 

 その口調からよく勘違いされがちだが、八神はやての出身は関西ではない。はやての関西弁は関西人の両親から受け継いだ名残のようなもので、一人称が『ウチ』ではなく『私』であることからも分かるように、本場本元の方言よりも少しやわらかいものだ。

 だが、そんなはやてもこの時ばかりは……使い古された関西人特有のあの言葉を、言わずにはいられなかった。

 

 

「なんやて!?」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ザフィーラが……」

「結婚!?」

 

 10分後。機動六課第三会議室。

 薄暗い室内の中で、両手を顔の前で組んでやや下にうつむいた……どこぞの某司令のような体勢を取り、はやては重々しくそれを肯定した。

 

「そうなんよ……私、もうどうしたらいいかわかんなくて……」

 

 いかにも司令っぽいそのポーズとは対照的に、はやてはすっかり弱っていた。

 機動六課スターズ分隊隊長、高町なのはと、ライトニング分隊隊長、フェイト・T・ハラオウンは揃って顔を見合わせる。なのはとフェイトは、はやてとは小学学校三年生……九歳からの付き合いである。具体的に例えるなら、任務終わりに制服を脱ぎ捨てたエロい状態でキングサイズのベッドに三人並んで寝転ぶという、百合厨が狂喜乱舞しそうなシチュエーションを極々自然に発生させる程度の仲だ。しかし、こんなに深刻な表情の彼女を、なのはとフェイトは一度も見たことがなかった。具体的に例えるなら、浮上する『ゆりかご』を迎撃していた時の数十倍は深刻な表情になっている。

 

「あたし達も最初は信じられなかったんだけどな」

「でも、シグナムの話を聞く限り、本当みたいで……」

 

 週末のゲートボール大会への参加を急遽取り止めたヴィータがやれやれと肩を竦め、その隣に座るシャマルも頷く。

 

「えーと……すいません。ちょっといいですか?」

「なんかすごいスピードで話が進んでいて、いまいち全容を把握できていないんですけど……」

「そもそもの事情がよく分からないと言いますか……」

「お相手は誰なんです? というか、どうしていきなりそんな話に?」

 

 エリオがおずおずと手を挙げ、スバルが疑問を提示し、キャロがかわいらしく小首を傾げ、ティアナが質問の要点をまとめる。

 リィンが「たいへんですー!たいへんですー!」と六課の敷地内を全力でブンブン飛び回った結果、今この部屋には六課の主要メンバーが勢揃いしていた。プライベートな問題?個人情報?なにそれおいしいの?といった感じである。有事の対応に手慣れているだけあって、全員の集合も無駄に早かった。

 

「ティアナの言う通りですね。つーか、結婚って……お相手は人間ですか?」

「人間に決まっとるやろ! うちのザフィーラをバカにしとるんか!?」

「はやてちゃん!」

「はやて! 落ち着いて!」

 

 不用意な発言をしたヴァイスに、はやてが噛みつく。それなんとか二人がかりで抑えつつ、なのはとフェイトは聞き返した。

 

「ねぇ、はやてちゃん。相手の方はどんな人なの?」

「一般の人? ザフィーラとはどこで知り合ったの?」

 

 幼なじみ二人に抑えつけられて、はやてはハッと我に返る。

 

「そういえば……まだそのあたりの事情を説明できてなかったわ……。リィン? お願いできるか?」

「はいです!」

 

 ビシッときれいな敬礼を返し、リィンはモニターを操作して画像を表示させた。

 

「お相手は、聖王教会騎士団所属の魔導師、フィアメッタ・マジェスタさんです」

 

 表示された写真に、全員が息を飲む。

 一言で言えば、フィアメッタ・マジェスタは美人であった。ゆるくウェーブがかかった黒髪に、見つめているだけで吸い込まれそうになる、翡翠色の瞳。全体的に清楚な印象が、地味な色合いのシスター服と見事に合致している。もう少し着飾って道を歩けば、男性の注目を間違いなく一手に集めるだろう。彼女はそれくらい、華のある顔立ちをしていた。

 

「うわ! すごい美人さんだぁ……」

「綺麗な人だね」

 

 自分達の顔面偏差値の高さを棚に上げて、なのはとフェイトが呟く。管理局の英雄として名高い六課が、最近では美男美女揃いという噂で有名になっていることを、この部屋にいるメンバーはほとんど知らない。

 

「な、な、な……ザフィーラの旦那、一体どこでこんな美女とお近づきに……?」

「……ヴァイス曹長?」

「……あー、なんでもありません」

 

 はやてにギロリと睨まれ、ヴァイスは気まずく顔を背ける。今日の司令はいつもと違ってとてもこわいということを、彼はようやく理解した。

 いくつかの情報を取捨選択しながら、リィンが説明を続ける。

 

「カリムさん同様、彼女も管理局に籍を置いていらっしゃいます。准空佐さんですね。出向とはいえ、様々な事件を解決している、優秀な魔導師さんです!」

「へぇー、私より階級上なんだ! すごーい!」

「お前だって、昇進の話きてたのに自分で蹴っちまっただろ? なに言ってんだ?」

 

 あきれたように、ヴィータが言う。えへへ、となのはは苦笑いで応じた。

 とはいえ、空戦魔導師は管理局員の中でも生粋のエリート職である。それに加えて『準空佐』という地位が、彼女がかなりの実力と実績を持っていることを簡潔に証明していた。

 

「えーと、シグナムの報告を簡単にまとめると……彼女がピンチだったところを、ザフィーラがかっこよく助けて、それで彼女はザフィーラに一目惚れしたみたいです!」

 

 リィンのとっても分かりやすい説明に、ティアナが頭を抱える。

 

「な、なんてベタな……」

「美女な上にエリートな魔導師を助けて惚れられるとか……ザフィーラの旦那が羨ましすぎる……」

「ヴァイス曹長、今日はもう黙っていた方がいいと思いますよ?」

「でも、なんか映画みたいで憧れるよねー。ステキ!」

 

 と、そこで根本的な問題に気づいたスバルは、キョロキョロと室内を見回した。そういえば、問題の張本人の姿が見えない。

 

「あれ? 肝心のザフィーラは……?」

「あー、ごめん。ザフィーラ、今日ヴィヴィオと遊ぶ約束してて……わたしも今から、一緒にお散歩行ってこなくちゃいけないんだ」

 

 両手を合わせながら、なのはが申し訳なさそうに謝る。

 女性から結婚を前提にした告白を受ける、というあまりにも男らしいイベントに見舞われながらも、しかし機動六課におけるザフィーラの扱いはどこまでもワンちゃんであった。

 

「あの野郎……今はヴィヴィオと遊んでる場合じゃねぇだろうに」

 

 ガシガシと頭をかくヴィータに、はやてが苦笑する。

 

「ザフィーラは義理堅いからなぁ……緊急事態やから、私からヴィヴィオちゃんに説明しようと思うんたんやけど、さっきザフィーラと少しだけ話して『約束を違えるわけにはいかない』って……ヴィヴィオちゃんとは昨日、お散歩する約束したから、そっちを優先するって、はっきり言われてもうたんよ」

「旦那……」

 

 漢、ザフィーラ。少女と交わしたお散歩の約束は決して破らない。

 

「ごめんね、はやてちゃん」

「ええんよ、なのはちゃん。それより、ここはとりあえずもういいから、ヴィヴィオちゃんとザフィーラのとこ行ってあげてくれるかな?」

「うん、わかった。そうさせてもらうね。なるべく、はやく帰ってくるから!」

 

 言いながら、小走りで部屋を出て行くなのはを見送るまでは笑顔を浮かべていたはやてだったが、その姿が見えなくなった瞬間に、小柄な肩がぐったりと崩れ落ちた。

 

「はやてちゃん!」

「はやて、大丈夫か!?」

「あはは……ごめんなぁ、シャマル、ヴィータ。なんかもう、頭の中が一杯になってしもうて……自分でも、なにをしたらいいかよくわからないんよ」

「大丈夫だよ、はやて。シグナムが帰ってきたら、きっと詳しく説明してくれるだろうから」

「あれ……そういえばシグナム副隊長もいないわね」

「あいつ……ザフィーラも戻ってきてるってのに、どこで油売ってるんだ?」

 

 

「申し訳ありません。ただ今、戻りました」

 

 

 ちょうどよいタイミングで扉が開き、凛とした声が響く。

 

「シグナム!」

「ただ今戻りました。我が主」

「シグナム! ザフィーラが、ザフィーラが……おめでたいことなのは分かるんやけど、私混乱して……絶対、お祝いとかもした方がええやろうけど、何も手につかなくて……」

「落ち着いてください」

 

 やっとまともな事情を知っている、常識人が帰ってきてくれた。フェイトとヴィータは安心して息をつき、

 

「そう仰るだろうと思い、帰りに小豆を買ってきました。これで今夜は、赤飯が炊けます」

 

 スーパーのビニール袋を誇らしげに掲げるシグナムを見て、そのまま頭を抱えた。

 

 ――ダメだ、この騎士。



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ストライク・ザ・機動六課

 シグナムが使い物にならないことがよくわかった。

 

「……ほな、一回落ち着いて状況を整理してみよか」

 

 人間は、自分より慌てている誰かを見ると、落ち着きを取り戻すものである。

 顔を赤らめながら「私はザフィーラの隣に同席していました。そして、マジェスタ準佐がザフィーラに……こ、告白したのです」などと、小学生でもできそうな報告をいちいちタメを作りながら言うシグナムには、もはや誰も期待していなかった。事の顛末は、散歩から帰ってきたザフィーラ本人から改めて聞くしかない、と全員の意見が一致したので、頼りにならないライトニング分隊副隊長は小豆を握らせて会議室の隅に置いておく。

 そんなシグナムの様子を見て「私がしっかりせなあかん……」と思ったのだろう。そこそこ話せる状態になったはやてはホワイトボードの前に立ち、マジックのキャップを引き抜いた。キュキュっと音を響かせながら、細々とした情報を書き込んでいく。

 

「そもそも、ザフィーラが彼女を助けた事件って、アレやろ? たしか、応援要請がうちにかかった……」

「はい。稼働状態のガジェットドローンが見つかったっていうやつですね。現場に出て対処に当たったのは、陸士108部隊ですよ」

「あ、その話、お父さんとしました!」

 

 スバルが手を挙げてそう言うと、はやては「よし」と頷いてマジックを置いた。代わりに、ポケットから通信端末を取り出す。

 

「それなら、ゲンヤさんに話聞けるな。私、ちょっと電話かけてくるわ」

 

 足早に会議室を出ていくはやて。そういえば、とスバルが天井を仰いで呟いた。

 

「ギンねぇも出動したって言ってたなぁ」

「あの時出動したのはライトニング分隊だから、あたし達は事件の詳細知らないのよね。エリオとキャロは何か知ってる?」

 

 ティアナに話を振られた2人は、黙って顔を見合わせると、そのまま首を横に振った。

 

「いえ……それが、ぼく達が到着する頃には、ほとんど戦闘は終わっていて」

「事後処理とかは手伝ったんですけど……あんまり詳しいことはわからないんです。ごめんなさい」

「そっか」

「……あれ? 応援に出たのはライトニング分隊なんだよな? それなのに、なんでザフィーラの旦那が現場にいたんだ?」

 

 ヴォルケンリッターの守護獣として、ザフィーラは一流の魔導師と遜色ない実力を誇るが、魔導師ランクは保有しておらず、また六課に正式に所属しているわけでもない。これは、一つの部隊に過剰な戦力を集中させない、という戦力の保有制限を掻い潜るためである。そのため、六課の職員のほとんどはザフィーラのことを『はやての使い魔』として認識しているし、直接触れ合う機会が多かったエリオやシャロですらザフィーラが喋れることを知ったのは、六課に来てしばらくしてからだった。

 故に、基本的にザフィーラは事件が発生しても現場に出ることは少なく、はやてやシャマルの護衛を務めていることが常である。ヴァイスが口に出した疑問は最もなものだった。

 

「あ、実はザフィーラ、近頃お父さんの部隊によく顔を出してるみたいなんです」

「108部隊に?」

「はい。捜査の指導とかをしてくれているみたいで、ギンねぇも最近はザフィーラのことを『師匠』って呼んでるくらいで……すごく尊敬されてますよ!」

「へぇー。さすがだな、旦那!」

「じゃあ、事件の時もその指導の一環で、108部隊と現場に向かったってこと?」

「そうじゃないかな、多分」

 

 ザフィーラが現場にいた理由が大まかに見えてきたところで、やはり気になってくるのはザフィーラに正面から告白したという『お相手』の話だ。

 

「すっごい美人さんだよねー、どんな人なんだろう!?」

「さぁ? でも、いきなり告白に結婚の申し込みなんて大胆なことをするくらいなんだから、見た目よりもアグレッシブな性格してるんじゃない?」

「こんな美人に告白されるとか……俺だったら一も二もなく受けるけどなぁ」

「……ヴァイス陸曹はさっきから不用意な発言が多いのです。あとではやてちゃんに言いつけますよ?」

「そうですね。言っちゃっていいと思いますよ、リィン曹長」

「ちょ、だから冗談ですって!?」

 

 ワイワイと騒ぎ始めた後輩達を、ヴィータとシャマルは少し遠目から眺めていた。

 

「ふふっ……なんか盛り上がってきちゃったわね」

「……そうだな」

「どうしたの、ヴィータちゃん? さっきから、ちょっと元気ないみたいだけど」

「んー? なんか、実感が沸かなくてさ」

 

 ちらり、とシャマルはヴィータの表情を盗み見た。その横顔はどこか頑なで、そして冷たい。

 

「どんなヤツなんだろうな。その、ザフィーラを好きになった相手って」

「そうねぇ……」

 

 ヴィータと同じように。少しだけ遠くを見たシャマルは、小さく呟いた。

 

「いい人だと、いいけど」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さぁ、やってきましたよ機動六課に! ひゃっふう!

 

「ここが、わたしの将来の旦那様の職場ですか」

 

 プレッシャーに強いタイプだという自負はありますが、ちょっと緊張してきましたね……ここは一度、深呼吸しておきましょう。ひーひー、ふー。ひーひー、ふー、と。

 さて、シスターシャッハに言った通り、今回の訪問の目的は機動六課のみなさんへのご挨拶……というのもありますが。言葉を変えれば『敵場視察』と言ってもいいでしょう。

 

 

 要するに、ザフィーラさんを誑かす同僚女子……泥棒猫がいないかをチェックしにきた、というわけです。

 

 

 まず、シグナムさんは大丈夫でしょう。わたしがザフィーラさんに告白した時の狼狽えっぷりを見るに、あの人は恋愛経験皆無のくそ雑魚と判断しました。わたしの乙女の勘によれば、おそらくシグナムさんは処女です。わたしも処女なので人のことは言えませんが、あれだけ立派なメロンを胸に二つ抱えていても、多分絶対に処女です。なので、わたしの恋の障害にはなり得ません。

 しかし、ザフィーラさんはイケメンです。ぶっちゃけ、落石の影響で顔をほとんど覚えていないのでイケメンかどうかは分かりませんが、間違いなくイケメンです。さっきの犬……ではなく、狼モード? いえ、守護獣形態と言った方がいいのでしょうか? とにかく、ワンコモードの時でも、ザフィーラさんはとても凛々しいお顔立ちをしていました。つまり、間違いなくイケメンです。

 べつにわたしは、伴侶となる男性の顔面偏差値に拘っているわけではありません。外見よりも、大事なのは中身です。「見た目よりも心の中を磨きなさい」と、シスターシャッハからうざいくらいに言い含められてきたので、それはよくわかっています。わたしはまだザフィーラさんのワンコモードのお顔しか拝見していませんが、たとえ人間形態が出っ歯のハゲだったとしても、この恋を貫ける自信があります。まさにトゥルーラブ、です。

 ですが、ですがしかし。顔がいい方がモテるのは、男女共通の残酷な現実。もしザフィーラさんが文句のつけようもないイケメンだった場合、絶対に職場の女性達から大人気の憧れの的となっていることでしょう。先ほど、わたしの告白を受けた時の真摯な対応から、ザフィーラさんが紳士的で誠実な性格であることは既にわかっています。性格がよくてイケメンとなれば、競争率は爆上がり。まったく、罪な人です……わたしだけでなく、他の女性の心まで釘付けにしてしまうなんて……

 

「あの~、すいません」

「あ、はい」

「何か、ご用でしょうか? こちらは、管理局管轄の施設です。一般の方は……」

 

 なんということでしょう。柱の陰に隠れてこっそり様子を伺っていたというのに、職員らしきお姉さんに見つかってしまいました。「なんだ? このあやしいけど美人なシスターさんは?」という目でこちらを見ています。

 

「……失礼しました。聖王教会所属のフィアメッタ・マジェスタと申します。実は、機動六課所属のシグナム二尉と先ほどまで食事をご一緒していたのですが、レストランに忘れ物を置いていってしまったみたいで……突然の訪問がご迷惑なのは重々承知しているのですが、それを届けに参りました」

 

 まず、にこりと笑顔を浮かべて彼女の警戒心を解きつつ。ポケットから自分のハンカチを取り出してウソを並べ立てながら誤魔化します。ついでに、わたしの身分証明書とIDを確認してもらって、と。

 怪訝な不審者を見る目つきだったお姉さんの表情が、さっと青ざめました。

 

「フィアメッタ……マジェスタ……じゅ、准空佐!? た、大変失礼しました!」

「いえ、気になさらないでください。傍目から見れば、あやしい動きをしていたのはわたしの方でしたし」

「は、はい! 恐縮ですが、あまりにも不審な動きをされていたので、声をかけさせて頂きました!」

 

 ……なかなかはっきりとモノを言う人ですね。顔覚えておきましょうか。

 

「ふふっ……それはこちらこそ、大変失礼しました。それで、えーと……中に入ってもよろしいでしょうか?」

「はいっ! 入り口までご案内します。よろしければ、シグナム二尉にお取次ぎしますが?」

「いえいえ、お仕事の途中に、そこまでお願いするわけにはいきません。それに、シグナム二尉以外にも会っておきたい方が……そう、できれば八神司令にもご挨拶をしておこうと思いまして」

「なるほど! 八神司令ともお知り合いなんですね!」

「ええ。そうなんです」

 

 八神司令は、シスターシャッハがよく送り迎えしていますし、カリムさんやクロノ提督とイモ堀りに行っているのをよく知っているくらいの仲です。つまり、わたし自身、八神司令との面識は一ミリもありません。ただ、カリムさんが「それ、はやてが掘ったお芋なの」と出してくれた焼き芋を食べたことがある程度でしょうか。わたしはあの二人みたいに暇ではないので、教会本部を空けていることが多いのが、ここにきて仇になってしまいましたね……こんなことなら、さっさとヴェロッサくんあたりに頼んで紹介してもらえばよかったです。

 とはいえ、今からでも遅すぎるということはないでしょう。初対面からばっちりポイントを稼いで、ザフィーラさんとの仲を認めてもらわなければなりません。

 それに、シグナムさん以外に会っておきたい方がいるというのは、あながちウソではありません。機動六課には新進気鋭の執務官として名高いフェイト・T・ハラオウンさんをはじめとして、若手中心ながら優秀な人材が数多く集まっていると、カリムさんから聞き及んでいます。中には、珍しい召喚魔法の使い手もいるとか。

 そしてなにより、わたしと同い年でありながら、教導隊で指導教官としての才能を開花させ、多方面に渡って活躍している空戦魔導師……管理局が誇るエース・オブ・エース――

 

「あ! アルト!」

「あ、なのはさん」

 

 ――あの『高町なのは』が……

 

「ヴィヴィオ見なかった!?」

「うーん、見てないですね。実は私も、こちらの方をご案内している最中で」

「こちらの方?」

「はい。なんでも、シグナムさんや八神司令のお知り合いらしくて……」

 

 こてん、とかわいらしく傾げた首の動きに合わせて、艶やかな茶髪のサイドテールが左右に揺れて。美人、というよりはかわいいと評するに相応しい顔立ちが、こちらをじっと覗き込んできます。

 

「あ」

「あ」

 

 奇しくも、口から洩れた呟きは綺麗に重なって、

 

 

 

「た、たたた、高町なのはっ!?」

「ザフィーラに、告白した人っ!?」

 

 

 

 二人分の叫びもまた、見事に重なりました。

 高町なのは……本物の、高町なのはッ!?

 エース・オブ・エース……まさか、こんな序盤でわたしの恋の最大の障害になり得る人物と遭遇するとは……これは誤算です。大誤算です。神様を恨みたくなります。まだ八神司令にも会っていないのに、さすがにまだ心の準備が……

 

 あれ?

 

 ていうか、この人今なんて言いました?

 重なったせいでよく聞こえませんでしたが、ザフィーラになんとか、と言われた気がするのですが?

 

 

 

「あーっ! いた!」

 

 と、向かい合うわたし達の真横から飛んできた、甲高い声。その声に、わたしは思わず振り返りました。そして、言葉を失って絶句します。

 

「ヴィヴィオ!」

 

 こちらに向けて走ってくるのは、なのはさんから『ヴィヴィオ』と呼ばれたかわいらしい女の子と、その子に首輪とリードをつけられて、まるで散歩でもするかのようにズルズルと引きずられるザフィーラさんでした。

 

 首輪とリード。

 首輪とリードです。

 首輪とリードなのです。

 

 なんということでしょう。

 

 これは、あまりにも――――

 

 

「ザフィーラ、さん……」

「マジェスタ、准佐……」

 

 

 ――――プレイが、特殊過ぎます……。

 

 ええ、もちろん。

 いくらわたしが清いシスターとはいえ、男性の中にはそういった趣向を好む方達がいることくらいは知っています。ブタ野郎と罵られたり、鞭で打たれることで快感を得る特殊な男性が世の中にはいるのです。けれど、まさかザフィーラさんがそんな性癖を持っていたなんて、一体誰が想像できるでしょうか?

 もちろん、ザフィーラさんが求めるなら、わたしはそれに応える準備がありますが……しかし、どちらかといえば、本当にどちらかといえば、責めるよりも責められる方がわたしは好みですし……

 というか、そもそも。ザフィーラさんに首輪をつけているこの幼女……ヴィヴィオちゃんは一体何者なのでしょう?

 首輪をつけたザフィーラさんと、ヴィヴィオちゃんと、なのはさんと、それからまた首輪をつけたザフィーラさんを交互に見ながら、わたしは尋ねました。

 

「……た、高町一尉……その、そちらのお嬢さんとはどういったご関係で?」

「え? ええっと……」

 

 なのはさんは顔を赤らめて、首輪をつけたザフィーラさんとヴィヴィオちゃんをちらりと見て、少しはにかみながら、答えてくれました。

 

「娘、です」

 

 同時に、ヴィヴィオちゃんもなのはさんを見上げて、ニッコリと。

 

「ママ!」

 

 ああ、はい。なるほど。娘さんですね。納得しました。納得……いや、ちょっと待ってください。

 

 

 

 ――――ママぁ!?



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やはりヴォルケンリッターの青春ラブコメは間違っている

「ていうか、そもそもの話なんだが」

 

 ぐだぐだと各々の恋愛観を語る中学生のようなおしゃべりタイムを繰り広げていた六課の面々の中で、まずはじめにその問題に気付いたのは、この場にいる中で唯一まともな男(エリオはまだお子様なので置いておく)であるヴァイス・グランセニックだった。

 

「ザフィーラの旦那って、今まで何人くらいの女性と付き合ったことがあるんだろうな?」

「え?」

 

 思いがけない疑問提起に、固まる六課の一同。もとい、女性陣。

 かわいらしく小首を傾げながら、キャロがそっと手を上げる。

 

「え、と……ヴァイスさん? 何人くらいっていうのは、一体どういう?」

「ん? どうも何も言葉通りの意味だろ。ザフィーラの旦那だけじゃなく、シグナムの姉さんやシャマル先生だって、古代ベルカの時代から、もう千年以上も生きてきた経験があるわけだろ? 精々十数年しか生きていない俺らからしてみれば、人生の大先輩だ」

「言われてみれば、たしかに……」

「ということは、だ」

 

 キラーン、とヴァイスの目が光る。

 

「当然、ザフィーラの旦那は俺らみたいなひよっことは比べものにならないほどの恋愛経験を持っているに違いない!」

「えぇ……?」

「そうかなぁ……?」

「えー、なんだよ。反応薄いな、オイ」

 

 くどいようだが、六課のメンバーが基本的に見知っているのは、使い魔としてのザフィーラの姿。要するに、ワンコとしてのザフィーラである。俺いいこと言った!みたいな顔でドヤるヴァイスとは裏腹に、他のメンバーの反応はいまいちなものだった。

 

「んー、なんか、普段から犬の姿でいるザフィーラが『モテる』って言われても、いまいち実感沸かないというか……」

「そもそもあたし達、ザフィーラが人間の姿でいるところ、あんまり見たことないしね。最近、ヴィヴィオとよく遊んでくれている姿は見るけど、その時も基本的にずっと使い魔の姿だし」

「フェイトさんは、ザフィーラの人間の姿、結構見たことがあるんですよね?」

 

 エリオから話題を振られて、それまで「恋バナで盛り上がるみんな、かわいいなー」と完全にお母さん目線で見守っていたフェイトが、会話に加わる。

 

「うん、そうだね……昔、戦ってた時なんかには人間の姿になることも多かったかな? でも、わたし達が暮らしていた世界は魔法文化が発達していなかったから、ザフィーラも普段の生活では使い魔の姿でいることの方が多かったよ。はやての足がまだ悪かったころは、はやてを背中に乗せて走ってたことも珍しくなかったし」

「八神司令を!?」

「えー! ちっちゃいはやてさんを乗っけて走るザフィーラ、見てみたーい! 写真とか残ってないかな!?」

「でも、なんかそういうエピソードを聞くとますます『人としてのザフィーラ』をイメージしにくくなるわね」

 

 想像した絵面が余程おもしろかったのか、勝手に盛り上がるスバルをティアナは呆れた目で流し見る。というか、さらりと「昔戦ってた時は」と言うフェイトには皆ツッコまないのだなーと、思ったり思わなかったり。

 

「いいや、モテるね! ザフィーラの旦那は絶対にモテる!」

「……ヴァイス曹長、やけに『ザフィーラモテる説』を推しますね」

「そりゃあ、俺はお前らと違ってシグナム姉さんやザフィーラの旦那とは、六課設立前からの付き合いだからな! レリック事件の時、旦那からもらった励ましの言葉を、俺は忘れねぇ……」

 

 ぐっと拳を握りしめながら、ヴァイスはあの時のザフィーラとのやりとりを思い出す。

 ナンバーズによる六課襲撃で負傷したヴァイスは、なかなか目を覚ますことができず、寝たきりになっていた。そんな彼の傍に、ザフィーラは自身も大怪我を負っているにも関わらず、ずっといてくれた。そして、ヴァイスが目覚めたことを確認すると、ザフィーラは静かに去っていったのだ。

 

 なすべきことがある。

 

 そう言い残して。

 ザフィーラの言葉と励ましがなければ、ヴァイスは妹の事件から立ち直ることができず、またヘリパイロットから武装局員の資格を取り直す……という決断をすることができなかったかもしれない。

 

「あの時のザフィーラの旦那のかっこよさ……背中で語る漢の生き様に、俺は心打たれたんだっ……!」

「へぇ……ザフィーラ、ヴァイスさんのことずっと看病していてくれたんですね」

「……ヴァイス曹長が立ち直るきっかけになった、ということは」

 

 ヴァイスと同じく、あの時のことをティアナも思い返す。

 ナンバーズ3人に取り囲まれ、足も負傷……という絶対絶命の中、ティアナは今までに学んだ全てを活かし、なんとか全員を撃破することに成功した。しかし、最後の最後で敵にトドメを刺し切れていなかったティアナの窮地を救ったのは、戦場に復帰したヴァイスの針に糸を通すような狙撃だった。

 

 ザフィーラがヴァイスを勇気づけた⇒ヴァイスが立ち直った⇒立ち直ったヴァイスがティアナを助けた

 

 つまり、ザフィーラがいなかったら、自分はやられていた……?

 

「気付いたか、ティアナ! そう! 俺がザフィーラの旦那に助けられた、ということは! 俺に助けてもらったお前も、実質ザフィーラの旦那に助けてもらった……そう言っても過言ではないっ!」

 

 ヴァイスが立ち直ったのも、ナンバーズを倒せたのも、ティアナが助かったのも、全部ザフィーラのおかげじゃないか!

 

「いや、過言だろ」

 

 あまりの会話の馬鹿さ加減を見るに見かねたのか、とうとうヴィータが会話に割って入った。

 

「ザフィーラが影で機動六課を支えてくれていたことは否定しねぇけど、それはそれ。これはこれだろ。大体なぁ、さっきからお前ら、ザフィーラがモテるだの、モテないだの、勝手に盛り上がってるけどな」

 

 言いながら、ふっと目を伏せて。少し、ほんの少しだけ。ヴィータは、普段は思い返す機会もない、昔の記憶を思い出す。

 ザフィーラやヴィータ……ひいては、ヴォルケンリッター達、守護騎士が生きていたのは、平和な現代からは想像もつかない……戦乱の時代。『夜天の書』がまだ『闇の書』と呼ばれていた、戦うことでしか、奪うことでしか何かを得られない、そんな時代だった。

 

「……昔のあたし達は、それこそ戦い詰めの毎日で……そもそも、闇の書の主に仕える立場だった」

 

 静かに発した言葉に、全員がはっとなる。

 当時から機能不全の前兆が表れてはじめていた『闇の書』のせいで、ヴィータは当時の全てを記憶しているわけではない。だが少なくとも、あの暗い時代の記憶は、まだ時々夢に見る程度には、色濃く残っている。

 だから、

 

「誰かに恋するとか、誰かに恋される、とか……そういう余裕は、あたしらにはなかった。だから、いくら長く生きていても、そういう経験に関しては……お前らひよっこと、大して差はないんだ」

 

 教える立場として六課にいるヴィータにとって。それを認めることは少し癪だったが、

 

「ちょっと……恥ずかしいけどな」

 

 それでも、知らないことを知っていると教え子に言うよりは、ずっとマシだと思うから。

 

「ヴィータ副隊長……」

「あー、なんだよ? なんか、湿っぽい話になっちまったな! 気にすんな! まー、他人のことばっかで盛り上がるのもどうかと思うけど、たまにはいいだろ! お前らまだひよっこだもんな! 恋バナとかしたいよな!」

「あー、いえ、そうではなく……」

 

 後ろ見てください、と言いたげに。スバルとティアナが、なにやらすごく形容に困る複雑な苦笑いを浮かべながら、ちょいちょいとヴィータの後ろを指差している。

 なんだ?と振り返ってみれば、

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 ほんのりと顔を赤くしたシャマルが、ものすごくうじうじしていた。

 

「……おい、シャマル」

「ち、ちがうのヴィータちゃん」

「おい、シャマル」

「み、みんなは前線で戦うのがお仕事だったけど、わたしは治癒とサポートがメインだし……その、後方で他の人を治療する機会もいっぱいあったから」

「あたしはまだ何も言ってねーぞシャマル」

 

 シャマルやヴィータ……ひいては、ヴォルケンリッター達、守護騎士が生きていたのは、平和な現代からは想像もつかない……戦乱の時代。『夜天の書』がまだ『闇の書』と呼ばれていた、戦うことでしか、奪うことでしか何かを得られない、そんな時代だった。

 

 が、それはそれとして、戦場にラブロマンスは付き物である。

 

 辛い時代ではあったが、優しい人達がいなかったわけではない。ヴィータ達守護騎士に向けて、温かい言葉や思いやりのこもった贈り物をしてくれた人達も、たしかにいた。だから、掠れて消えた記憶が大半だったとしても、そういった優しい記憶は、まだヴィータの中に息づいている。

 

 が、それはそれとして、コイツはなにやらとてもステキでロマンティックな思い出をお持ちのようだが。

 

「おい、シャマル」

「だ、だからちがうのヴィータちゃん」

「あたしらが前線で必死こいて戦ってた時に、いいご身分だなシャマル」

「べ、べつにそういう直接的な関係になったわけじゃないし……」

「そういえば、14回目あたりの主とちょっと仲良かったよなシャマル」

「なんでそこだけピンポイントで覚えてるのよもーっ!」

 

 やたら冷たい目でチクチクと攻撃を始めたヴィータと涙目のシャマルのやりとりを、今度は六課の後輩達が温かく見守る番だった。

 

「ザフィーラはわかんないけど……」

「少なくとも、シャマル先生はモテてたみたいだねー」

「ていうか、今現在ふつーに人気あるものね、シャマル先生」

 

 うんうん、と頷く一同。

 医務室の優しいお姉さんとして、シャマルは六課の男性隊員から大人気である。

 

「……まったく、たるんでいる」

「あ、シグナム」

「お、シグナム」

 

 小豆を握りしめたまま、ようやく立ち上がったのは烈火の騎士。ヴォルケンリッターの将、シグナムである。

 

「先ほどまでは気が動転してこんなものを買ってきてしまったが……そもそも我らは守護騎士。主はやての幸せを願うのが第一のはず! 己の恋愛にうつつを抜かすなど、言語道断だ!」

「おー、いいぞシグナム。もっと言ってやれ。コイツ、そういえばこの前、男の隊員から手紙もらってやがったしなぁ」

「え」

「な……それを言うならヴィータちゃんだって! 教導を担当してた男の子から、ご飯に誘われてたじゃない!」

「え」

「な……バッカお前! あれはそういうのじゃないだろ! 全然ちがうだろ! 関係ないだろ!」

「関係ありますぅー。それに気付けないヴィータちゃんが鈍いだけですぅ!」

「なにぃ!?」

 

 駄々っ子のように唇を尖らせるシャマル。怒り狂うヴィータ。衝撃の事実を今知って、またすみっこに崩れ落ちるシグナム。

いい加減混沌としてきた室内を見回して、ティアナがふと気が付いた。

 

「あれ……フェイトさんとヴァイス曹長は?」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「どうしたの、ヴァイス曹長? わたしに話ってなに?」

「いや……実はちょっと気になったことがあって……エリオやキャロがいる前では聞かせられないでしょうし、スバルとティアナも微妙にあやしいし、八神司令に聞かれたら今度こそぶん殴られそうだし。相談できる相手が、フェイトさんくらいしかいないっつーか……」

 

 先ほどの会話の際もそうだったが、ヴァイスはある程度『大人』として、ザフィーラの恋愛を現実的に捉えている。やや問題発言もあったが、女性が多いあの場において、ザフィーラと同じ男性であるヴァイスの意見は得難いものだ。エリオやキャロに聞かせないように気を遣ってくれたのも、デリケートな問題であるからに違いない。

 そう判断したフェイトは、居住まいを正してヴァイスに向き直った。

 

「うん、わかった。わたしでよければ聞くよ」

「……えっと、怒らないで聞いてくださいね?」

「怒らないよ」

「……セクハラとかで、左遷しないでくださいね?」

「そんなことしないよ」

「じゃあ、言いますけど……仮に、ザフィーラの旦那が結婚したとして」

「うん」

「家庭を、持つわけじゃないですか」

「そうだね」

「そうしたら……」

「そうしたら?」

 

 そこまで前置きして、ヴァイスはようやく口を開いて言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ザフィーラの旦那って……子作りできるんですかね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………へっ?」

 

 自分の顔が真っ赤に染まるのを、フェイト・T・ハラオウンは自覚した。

 




今回の話でピンときた方もいるとは思いますが、vivid5巻の番外編『鉄槌の騎士、想う』がめちゃくそに好きです。ヴィータちゃんはともかく、なのはさんは年齢のわりにその私服攻めすぎじゃね?とか思う程度には読み返してます。

あと、個人的になのはキャラで一番エロいのはシャマル先生だと思ってます。


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この素敵な出会いに祝福を!

 アルフは、フェイト・T・ハラオウンの使い魔である。

 幼少のころからフェイトに付きっきりだったアルフは、しかしフェイトが執務官になってからは彼女の側を離れ、義理の家族となったハラオウン家に住むようになっていた。昔こそ、ジュエルシードの収集や魔導師との戦闘など物騒な仕事が主だったが、今では家事手伝いや子守りといった、ある意味使い魔らしい仕事がメインである。まだ小さいクロノの子ども達の面倒をみるのは楽しかったし、クロノの母親であるリンディも、最近すっかり若奥様が板についてきたエイミィも、それが当たり前であるかのように、アルフを家族として迎え入れてくれた。アルフはそれがとても嬉しかったし、ハラオウン家がフェイトの『帰る場所』になるのなら、自分は使い魔として必ずこの場所を守ろうと固く誓っていた。

 子ども達の面倒をみて、エイミィと笑いあって、リンディと料理を作って、クロノやフェイトの帰りを待つ。アルフは今の幸せな生活に、とても満足していた。強いて不満を挙げるとすれば、フェイトと過ごす時間が昔と比べて減ったことくらいである。

 なので、

 

「アルフー! フェイトから連絡よー! 出てあげて」

「フェイトから!?」

 

 不意打ち気味できたフェイトからの連絡は、アルフにとって飛び跳ねるほど嬉しいものだった。

 

「はいはい! フェイト! アルフさんだよ~」

「アルフ? ごめんね、突然連絡して」

 

 モニターに映ったフェイトは、私服ではなく制服姿だった。しかもフェイトが普段から着用している黒い執務官制服ではなく、ベージュを基調にした機動六課の制服である。アルフの中では「数年ぶりになのは達と同じ制服を着ました」という一文が添えられた集合写真がまだ記憶に新しい。

 

「あれ? まだ仕事中?」

「うん。そうなんだ。実は、どうしても聞きたいことがあって」

 

 仕事熱心なフェイトが、勤務時間の合間を縫って連絡してくることなど滅多にない。思わず身を固くして、アルフは聞き返した。

 

「もしかして……何か事件?」

「あ、ううん。そういうのじゃないんだけど」

「リンディ母さんやエイミィも呼んだ方がいいか?」

「あはは……そんなに身構えなくても、大丈夫だよ、アルフ。むしろこれは、アルフにしか聞けないことなんだ」

「あたしにしか聞けないこと?」

 

 ますます分からない。

 

「ごめんね。怒らないで聞いてほしいんだけど……」

「なんだよフェイト。あたしが質問一個程度でフェイトに怒るわけないだろー」

「……うん、そうだよね。じゃあ、聞くね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルフって処女?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後、フェイトとリンディとエイミィは「あたしのフェイトを! 素直で純情だったあたしのフェイトを返してくれー!」と泣きわめくアルフを落ち着かせるのに、二時間近くの時を要した。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 こういう時に改めて痛感するのは、何事も初対面の印象や最初の一言だけで判断せず、まずは相手の話をしっかり聞くことが大切だ……ということです。

 

「……という、わけなんです」

「……ははぁ、なるほど。そういうわけだったんですね」

 

 かくかくしかじか。

 なのはさんから大まかな事情説明を……ヴィヴィオちゃんとなのはさんが実の親子ではないこと、ヴィヴィオちゃんがザフィーラさんによく面倒をみてもらっていること、そしてザフィーラさんには特殊な性癖がないこと……を聞いたわたしは、ゆったりと頷きました。

 たしかに。思わず早とちりしてしまいましたが、なのはさんの年齢でヴィヴィオちゃんくらいの子どもがいた場合、それはもう倫理的に大変NGな感じになってしまいますし。ザフィーラさんとなのはさんの間にできた子どもがヴィヴィオちゃん……というわたしの勘違いは、冷静に客観的に分析してみれば、かなり飛躍した早とちりだったと言えるでしょう。恋は盲目。思い込みとは、おそろしいものです。危うく、管理局が誇る『エース・オブ・エース』とザフィーラさんを賭けたキャットファイトを繰り広げるところでした。

 

「本当に、大変失礼しました……わたし、すごく失礼な勘違いを……」

「にゃはは……いえ。わたしも、言葉足らずだった思うので……」

 

 機動六課の敷地から出たわたし達は、立ち話もなんだということで近くの公園にやってきました。ベンチに並んで座るわたしとなのはさんの視線の先では、ヴィヴィオちゃんがワンコモードのザフィーラさんと元気いっぱいに遊んでいます。

 

「ヴィヴィオちゃん、明るくてとってもいい子ですね」

「はい。とってもいい子なんです。ママ初心者のわたしの方が、ヴィヴィオに教えてもらうことがたくさんあるくらいで……」

「それはそれは。教導官として名高い高町一尉にそんなにたくさんのことを教えるとは……ヴィヴィオちゃん、すでに将来有望ですねぇ」

「お、親バカですいません……」

 

 照れ隠しにまた笑うなのはさんの笑顔は、ヴィヴィオちゃんと同じ種類のもので。それを見ているだけで、この2人はもう『親子』として歩き始めている気がして、胸が温かくなりました。

 とはいえ、わたしは自分が気になったことはストレートに確かめてしまう質です。

 

「ひとつ、伺ってもよろしいでしょうか?」

「はい?」

「ヴィヴィオちゃんの本当のご両親は?」

「……わからないんです。ヴィヴィオは『レリック事件』関連の捜査の過程で、保護されたので……」

「そうですか……」

 

 きっと、複雑な事情があるのでしょう。なのはさんは、先ほどまでの明るい表情から一転して、そっと顔を伏せました。

 

「決心を固めたつもりでいても……本当は、いまだに迷っているんじゃないかな、って。事件のあと、ヴィヴィオを引き取ることをわたしは決めました。でも、ヴィヴィオにとってそれが本当の幸せなのか、わたしがちゃんとヴィヴィオのお母さんをできるのか。きっと、まだ不安なんです」

「……なるほど」

 

 いくらエースとして持ち上げられようと、教導官として人を教える立場にあろうと、その実態は19歳の女の子。わたしも同じくぴちぴちの19歳なので、あまり偉そうにことは言えませんが、まだ小さな子どもを自分の家族として迎え入れる、ということにはそれ相応の責任や重圧が伴うのでしょう。

 ですが、まぁ……それはそれとして。

 

「無責任なことを言うようで、大変恐縮ですが……そこまで悩まれることもないと思いますよ」

「え?」

 

 きょとんと。顔を上げたなのはさんの肩に、そっと手を置きます。

 

「わたしも、両親がいません。わたしが5歳の時に、父も母も他界しました」

「それは……」

「そんな顔をしないでください。両親が亡くなったあと、身寄りのなかったわたしは教会に引き取られましたけど……なかなかどうして、これでも結構楽しく過ごしていたんですよ?」

 

 少し気安いかな、と思いましたが。いたずらっぽく笑いかけると、なのはさんの表情が少しだけ柔らかくなりました。

 

「シスターシャッハのことは、ご存知ですよね?」

「あ、はい。教会本部に行く時とかに、お世話になってます」

 

 さすが、教会直通タクシー。送迎の仕事だけはちゃんとしてますね。

 

「わたしの教育係……というか、親代わりは他でもないそのシスターシャッハだったわけですが……あの人、勉強さぼったらすぐ怒るわ、掃除にうるさいわ、何か問題を起こしたらシスターのくせにすぐ鉄拳制裁を躊躇なく振るうわ! もうとにかく本当に厳しくて!」

「あ、あはは……」

 

 なのはさんの柔和な笑みが、あっという間に引き攣ったものに変わります。

 まったく……口に出して言っていたら、思い出したくないトラウマまで掘り起こされてイヤな気分になってきましたよ。わたしもヴェロッサくんも、あの厳しさの中でよく元の性格のまますくすくと育ったものです。

 

 でも、

 

「それでも、神に誓って言えますが……わたしは教会に引き取られてから、シスターシャッハに感謝しなかった日は一度もありません」

 

 同時に、最近は小馬鹿にしてからかいまくってますが、あれは微笑ましいスキンシップのようなものです。神様もお目こぼしくださるでしょう。

 

「なのはさん」

「あっ……? は、はい」

「あなたは、親の責任、というものを強く感じていらっしゃるようですが……子どもというのは、大人が思っているよりもずっと強い生き物です。子どもを心配することは確かに親の勤めかもしれませんが、しかし守ってあげることがいつも正しいとは限りません」

 

 これから子どもを守って生きていく『お母さん』に、こんなことを言うのは多分わたしくらいでしょうね。

 ぱちくり、と。なのはさんも戸惑った目でこちらを見ていますし。

 

「わたしとザフィーラさんの間に……そうですね、仮に男の子が生まれたとして」

「っ!?」

 

 なのはさんがなにやらさらに驚いて、目をぱちくりさせていますが、軽くスルーして続行します。

 重ね重ね、19の小娘がこれからお母さんになる人にこんなことを説くのは、正直気が引けますが、でも言っちゃいます。

 

「元気に大きくなって、1人で歩き始めたその子が、何かにつまづいて転んだとしても。わたしはすぐに駆け寄らずに、その子が自分で立ち上がるまで待ちます」

 

 今度は驚かずに。しかし、なのはさんは何かに気付いたように、はっとしました。それから、ヴィヴィオちゃんの方をちらりと見て、くすりと薄い笑みが添えられます。はて? べつにおもしろいことを言ったつもりはないのですが……まぁ、いいでしょう。

 

「ヴィヴィオちゃんは、もしかしたらまだ立ち上がろうとしている途中なのかもしれません。もしくは、これからまた転ぶことがあるのかもしれません。ですが、それを全て手助けするのが親の役目……というのは、少し違うと思うんです。立ち上がるまで、見守ってあげること。涙をこらえながら立ったその子を、偉いねって撫でてあげること。手を差し伸べて助け起こす以外にも、親ができることって、たくさんある気がしませんか?」

 

 わたしが、はじめて教会に来た日。

 はじめて出会ったそのシスターさんは、わたしをぎゅっと抱き締めてくれて。けれどすぐに、女性にしては少し強い力でわたしの肩を掴んでこう言いました。

 

 ――あなたの境遇は、たしかに不幸なものです。ですが、私はあなたを甘やかすつもりはありません。

 

 暗く沈んだわたしの瞳を、彼女は正面から力強く見据えて、

 

 ――あなたがまた立ち上がれるように。全力で力を尽くすのが、ご両親からあなたを預かった私の役目だからです。

 

 そんな力強い宣言に、少し腰が引けたわたしを、彼女はまた抱き寄せてくれて。

 

 ――大丈夫です。今が悲しくても、これからあなたは幸せになれます。

 

 今となっては、家族を亡くして天涯孤独の身になった女の子に対して、もう少し言い方とか、いろいろ優しくしてくれてもよかったんじゃないかなー?とも思いますが。

 でも、そんな風に言われたら。どうしてわたしだけ生きてるんだろう?なんて思っていた子どもが、自分も幸せにならなくちゃって、そう考えるようになるんですから……やっぱりあの人は、少なくとも教育者として偉大なのだと感じます。あんまり認めたくはないですけどね!

 

「あと、これはわたしがただの楽観主義者というか、親の覚悟の何たるかを正しく理解していないから言えることだと思うので、聞き流してもらって構わないのですが……どんな危険からも、何があっても絶対に守ってやるぞ!なんてずっと肩肘を張っていたら、子どもよりも親の方が絶対疲れちゃうじゃないですか?」

「は、はぁ……?」

「だから、肩の力を抜くくらいでちょうどいいと思います。特に、なのはさんのように、若くてもしっかりした方は」

「……わたし、べつにそこまでしっかりしているわけじゃありませんよ?」

「いえいえ。わたしに比べれば余程しっかりしていらっしゃいますとも」

 

 謙遜するなのはさんにそう返しながら、もうひとつダメ押しで。追い討ちをかけます。

 

「それに、実は先ほどからこっそりと。なのはさんのかわいい横顔を盗み見ていて、ふと思ったのですが――」

「は、はい!?」

 

 顔を赤らめるなのはさん、かわいいですね。

 頷き返したり、返事をする時はもちろんこちらに目を向けてくれましたが……実は彼女、わたしが話している間もほとんど視線がヴィヴィオちゃんを追っていたんですよね。この様子だと、言われて初めて気づいたみたいなので、きっと意識せずにそうしていたのでしょう。子どもから目を離さない。すでに立派なお母さんです。

 さて。わたしはシスターシャッハ曰わく、ちゃらんぽらんでいい加減な性格をしているので、よく「笑い方が人を小馬鹿にしている」とか、すごいひどいことを言われていますが、

 

 

「――ヴィヴィオちゃんを見守るなのはさんの笑顔は、とても綺麗で素敵でした」

 

 

 初対面の人にこんなことを言われても、説得力もくそもないでしょうけれど、このわたしが責任を持って保証しましょう。

 

「どんなに寂しくても、どんなに辛くても、どんなに悲しい思いをしていても。一番近くにいる人が、とびっきりの笑顔で微笑んでくれるなら……それだけで、子どもは笑顔になれると、わたしは思いますよ?」

 

 ですから、多分今も仏頂面でわたしを待っているあの人も……普段からもう少しお気楽に、笑顔でいてくれたらいいと思うんですけどねー?

 

「……ありがとう、ございます」

 

 今度はヴィヴィオちゃんから目を離して、わたしを正面から見詰めて、なのはさんは言いました。ぺこり、と軽く会釈を返します。

 

「いえいえ。わたしが自分の考えを勝手にお話しただけです。お礼を言われるようなことは何もしていませんよ」

「そうですか? でも……言われっぱなしだとわたしの気が収まらないので、やっぱりお礼を言わせてくれませんか?」

「え?」

 

 ありがとうございます、って。お礼なら今聞きましたけれど?

 

 今までのお母さんの顔から、急に年相応の少女らしい顔になって、なのはさんがすっとベンチから立ち上がりました。

 

 え、なんです?

 

 

 

 

 

「ザフィーラっ!」

 

 

 

 

 両手を口のまわりに当てて、さすが教導官と言いたくなるような、公園中によく通る大声で、

 

 

 

 

 

 

「フィアメッタさん、すーーーーっごく、いい人だよーーっ!!」

 

 

 

 

 

 なのはさんは、本当に、大音量で、叫びました。

 

「な、ななな、な……」

「…………にゃはは。お返し、です」

 

 

 にゃああああああああああああああ!?

 

 

 くるりとこちらを振り返ったなのはさんは。

 おそらく耳まで真っ赤に染まっているであろうわたしの顔を見て……それはもう、見事なまでに楽しげな、いたずらっぽいステキな笑みを浮かべておられました。

 



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バカと魔王と守護獣

 わたしは気付きました。

 高町なのはさん……彼女は危険です。例えるなら、そう……魔王です、魔王。

 ヴィヴィオちゃんとの関係に悩むなのはさんの相談に乗って、ついでに少しからかって、マウントを取っていたのはわたしだったはずなのに「フィアメッタさん、すーーーーっごく(以下略」の一言(というか叫び)で、わたしのなけなしの羞恥心はあっさりブレイクされてしまいました。なのはさん、マジ魔王。

 

「フィアメッタさん、そろそろ顔を上げてくれませんか?」

「む……無理です。今、顔を上げたら、わたしは恥ずかしさで死にます」

「ママー。お姉ちゃん、どうしてお顔を伏せてバタバタしてるのー?」

「んー? それはねー、フィアメッタお姉ちゃんが、恥ずかしがり屋さんだからだよー?」

「はずかしがりやさんだー!」

 

 もー! この悪魔親子はほんとにもうーっ!

 せっかくこんなに近くにいるのに、ザフィーラさんの顔が直視できないじゃないですかほんとにもーっ!

 こうなったら……ここは一先ず、戦略的撤退です。

 

「ヴィヴィオちゃん! お姉ちゃんが遊んであげます! すべり台行きましょう! すべり台!」

「ほんと!? いくー!」

「なのはさん! 構いませんね!?」

「ふふっ……はい、お願いします」

 

 本当ならザフィーラさんと他の女性をベンチに残していくとか、死んでもいやですが! しかし、このまま赤面状態でザフィーラさんと対面するわけにもいきません。一旦、離脱です!

 ヴィヴィオちゃんの手を引いて、そそくさとこの場を離れます。すると、小さくてきれいなオッドアイがこちらを見上げていることに気が付きました。

 

「……どうしました? ヴィヴィオちゃん」

「おねぇちゃん、ほんとにお顔赤いね!」

 

 実は血繋がってるんじゃないですか、この親子!?

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 ヴィヴィオと手を繋いですべり台へ走っていくフィアメッタを見送ったなのはは、スカートに手を添えながらベンチに腰かけた。となると、必然……足元に拗ねたように座り込む盾の守護獣と二人っきりになるわけで。

 

「……やってくれたな」

「んー、なにが?」

 

 軽く舌を出して誤魔化してみようとしたが、生粋の堅物である彼にはそれも通じず。なのはは早々に降参の意を示して、謝罪することにした。

 

「からかってごめんね、ザフィーラ」

「……べつに、謝罪が欲しかったわけではない」

 

 また顔を背ける盾の守護獣は、素っ気ないながらも、やはりどこか優しい。

 フィアメッタさんはそういうところに惹かれたのかな、などと。らしくもない考えを抱いてしまうあたり、やはり自分も彼女の熱意にに毒されているのか。それはそれで悪くないかも、と思いつつ、なのははまた口を開いた。

 

「六課は今、てんやわんやの大騒ぎだよ? ザフィーラが結婚するー!って」

「隠せ、とは言っていないが、しかし騒ぎ立てろと言った覚えもないぞ俺は……」

「おめでたい話だからね。みんが騒ぐのも、無理ないかも」

「めでたい、か。お前とヴィヴィオが親子になることの方が、余程めでたいと俺は思うがな」

「それとこれとは話が別じゃないかな?」

 

 でも、そう言ってもらえるのはとても嬉しいことだ。

 普段、特に昼間はなのはが仕事でいないことが多い分、ザフィーラにはヴィヴィオの面倒をよくみてもらっている。なので、ヴィヴィオが来る前よりも、ヴィヴィオが来た後の方がなのはとザフィーラの会話の機会は増えた。だから、と言うわけではないが、なのはは最近お世話になっている盾の守護獣に対して、無用な気遣いをする気はなかった。

 

 

「ザフィーラはフィアメッタさんのこと、どう思ってるの?」

 

 

 ストレートに。核心を突く、その質問をぶつける。

 

 

「直球だな」

 

 足元からは、苦笑の気配。

 

「まったく……お前は昔から、遠慮というものを知らん」

「小学生から知っている仲なんだから、今さら遠慮とかいらないでしょう? それにわたし、最近ザフィーラと仲良しだし!」

「……俺は、ヴィヴィオと仲良くしているだけなんだが?」

「えー、ひっどーい」

 

 多少、年甲斐もなくおどけてみせると、緊張が緩んだのか地面に寝そべっている肩がすっと下がった。ゴホン、と獣らしからぬ咳払いが混じる。

 

「マジェスタ准佐をどう思っているか、か……さて、どうだかな。正直に言えば、この状況に一番戸惑っているのは、俺自身なのかもしれん」

 

 少し意外なザフィーラの返答に、なのはは首をひねった。たしかに、フィクションの世界ならいざ知らず、助けた女性に惚れられる、なんて経験は早々あるものではない。

 

「こういうことは、昔にもあったが」

「え、あったの!?」

 

 あったらしい。

 

「自分を助けてくれた相手に感謝する……というのは、ある意味人間として当然の感情だ。しかし、それが感謝に留まらず、好意にすり替わってしまったら」

「……しまったら?」

「それを、果たして正面から受け取っていいものか。悩んでしまうのは、仕方のないことだと思わないか?」

 

 くるり、と。精悍な狼の横顔がこちらを向く。まるで回答を急かしているかのようなその所作に、なのはは少し笑い出しそうになった。

 

「なんか、意外だね」

「何がだ?」

「ザフィーラでも、そんな風に悩むんだ」

「悩むさ。古代のベルカの時代から生きてこようとも、悩むこと、どうにもならないことはある。時は人を成長させるが、たとえ心が成熟しようとも、全てに答えを見出せるわけではない」

「そっか……じゃあ、19年しか生きていないわたしなんて、まだまだだ」

「ふっ……そうだな。お前もまだ、ヴィヴィオとそう変わらない、まだまだ小娘だ」

 

 紡がれた言葉には、重い説得力があった。古代ベルカの、戦乱の時代を戦い抜いたからこそ言える、感情の詰まった結論。技術を、知識を、経験を。積み重ねても救えず、守れなかったモノもある。ザフィーラの声音には、そんな後悔の色が滲んでいた。そしてだからこそ、今の主と、平和な時代を尊ぶ気持ちが伝わってくる。

 彼は、自分達とは違う時代を生きていたのだ、と。なのはは改めて実感した。

 

 しかし、それはそれとして、

 

 

「で、フィアメッタさんのことはどう思ってるの?」

 

 

 

 いい話を聞いて落ち着きかけたところで、話の流れを強引に元に戻す。

 

「……まて。なぜ、またそこに戻る?」

「なんか、はぐらかされた気がしたから」

「そんなことはない」

「ザフィーラって、どんな女性(ひと)がタイプなの? はやてちゃんみたいに家庭的な人?」

「主を引き合いに出すのはやめろ」

「フィアメッタさん、美人さんだよね」

「それは否定せんが」

「わたしはいい人だと思うけどなー」

「落ち着け」

 

 げんなりとする珍しいザフィーラを楽しく眺めながら、なのははさらに一言。

 

「……フィアメッタさんのこと、きらい?」

 

 一瞬、今度は返答に間が空いた。

 空いてから、その隙間を埋めるように「ふぅ……」と深いため息が牙の間から漏れる。

 

「俺は、任務の途中に彼女を助けただけだ。彼女が俺をどう思っているかはともかく、彼女への好悪の印象は、正直まだわからないとしか言いようがない」

「そっか」

「……ただ」

「ただ?」

 

 また、ザフィーラは顔を背けて……というよりは、なのはではなく、ヴィヴィオと遊んでいるフィアメッタの方を見て、

 

「今のところ、悪い印象は抱いていない」

 

 そう言い切った。

 

「……ねぇ、ザフィーラ」

「なんだ?」

「わたしに、一つ提案があるんだけど、聞いてもらえるかな?」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 わたしは思い知りました。

 高町なのはさん……彼女は危険です。例えるなら、そう……悪魔です、悪魔。白い悪魔。

 先手必勝、即断即決即行動が心情のわたしでありますが、流石に心の準備というものが必要になる時もあります。いきなり『エース・オブ・エース』という大物にエンカウントしてしまったので、本来の目的を忘れてかわいいヴィヴィオちゃんとのほほんと遊んでしまいましたが……今日の元々の目的はあくまでもザフィーラさんの職場環境のチェック。ザフィーラさんを誑かす悪い同僚女子がいないか、こっそり探るのがわたしのメインミッションでした。

 とはいえ。とはいえ、です。

 

 

 

「えーと、みんなはもう名前だけは知っていると思うけど……なんと、ついさっき! そこで偶然お会いしたので、お連れしてきちゃいました! こちらが、ザフィーラにあつーい告白をされた、フィアメッタ・マジェスタ准佐です!」

 

 

 

 いきなり会議室にお呼ばれして、機動六課のフルメンバーの前で紹介されるとは思っていませんでしたよ!

 ほんとにもう! なのはさんはさっきからなんでそんなに満面の笑みでニッコニコしてるんですかもう!? この状況楽しんでませんか、まったく!

 わたしの隣では、相変わらずワンコモードでヴィヴィオちゃんに抱き着かれているザフィーラさんが「俺はもうしらん。どうにでもなれ」といった様子で、尻尾をプラプラさせています。どうでもいいですけど、ヴィヴィオちゃんそのポジションわたしに代わってくれませんかね? わたしもザフィーラさんすっごくモフモフしたいんですけど。

 

「な、な、なのはちゃん……なんで?」

「いやぁ、言った通りだよ、はやてちゃん。本当についさっき、そこでばったり会ってね」

「そこで!?」

 

 ほら、見てください。管理局の小狸として、すでに腹芸で名が知られつつある八神司令が、あんなに慌てていますよ。

 しかし、まったく予期していなかった状況に放り込まれたとはいえ、せっかくのチャンスを逃すわたしではありません。なんとなく、なのはさんにおもちゃにされている感が否めませんが、このシチュエーションは最大限に利用させて頂きましょう。

 

「高町一尉から、ご紹介に預かりました。聖堂教会騎士団所属、管理局出向魔導師、フィアメッタ・マジェスタと申します」

 

 まずは、一礼。

 そして、一息で言い切ります。

 

 

 

 

 

 

「ザフィーラさんと、お付き合いをさせて頂いております。どうか皆さま、よろしくお願い致します」

 

 瞬間、なのはさんを除いた全員が息を呑み、そしてザフィーラさんを一斉に見ました。

 

「ザフィーラ……」

「お前、もうOK出したのか……?」

「わ、私が見ていないところで、いつの間に……?」

 

 

「誤解だ! まだ付き合っていない!」

 

 慌てた様子で、ザフィーラさんが叫びます。

 

「訂正してくれ、准佐!」

「……失礼しました」

 

 たしかに、間違えましたね。

 

 

 

 

 

 

 

「ザフィーラさんと、結婚を前提にしたお付き合いをさせて頂いております。あらためて、よろしくお願い致します」

「そっちじゃない!」

 

 ザフィーラさん、意外と照れ屋さんですね。かわいい。

 



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境界線上のマジェスタ

 なぜか照れてしまったザフィーラさんがヴィヴィオちゃんと一緒に部屋を出ていく、というアクシデントはありましたが、

 

「じゃあ、みんなも自己紹介しよっか」

 

 というなのはさんの提案で、機動六課の皆さんからあ自己紹介をいただくことになりました。まぁ、わたしまだ皆さんのお名前すら知りませんからね。正直助かります。ただ、何故なのはさんが仕切る流れになっているのか、激しく謎ですが。

 

「機動六課スターズ分隊、フロントアタッカーのスバル・ナカジマ二等陸士です。よろしくお願いします!」

 

 最初に手を挙げたのは、笑顔が素敵ないかにも元気っ子ぽい方です。というか、はて……ナカジマ、ナカジマ、ですか? なんだか、すごく最近、どこかで聞いた名前のような気が……

 

 あ、もしかして。

 

「ナカジマ陸士」

「は、はい! なんでしょう!?」

「つかぬことを伺いますが、お姉さんがいらっしゃったりとか……?」

「え……? は、はい。陸士108部隊に、姉ならいますけど……」

 

 やっぱり!

 

「この前、お姉さんのギンガさんとお食事をご一緒しました。よろしく伝えていただけますか」

「あ……もしかして、ギンねぇが言ってた『ご飯をたくさんご馳走になった聖王教会のシスターさん』って……」

「ええ、わたしです」

 

 絶対にわたしです。

 お姉さんには大変お世話になりました。主にお財布が。

 

「す、すいません! 多分、ギンねぇ遠慮せずにたくさん食べちゃって……ほ、本人もあとから気にしてたので、許してあげてください!」

「いえいえ、わたしも楽しかったですし、大丈夫ですよ」

 

 ふむ。この子は姉妹揃って色気より食い気って感じなので、ザフィーラさんを誑かす心配はなさそうですね。次いきましょう、次。

 

「同じくスターズ分隊、センターガードのティアナ・ランスター二等陸士です」

 

 スバルさんに続いて前に出たのは、ツインテールが特徴的な、これまたかわいい美少女のティアナさんです。言葉と表情がやや硬いですが、こういうタイプに限ってツンデレだったりするのでわりと要注意かもしれません。懐に入ったら、コロッといくタイプの可能性もあります。

 

「……」

「あの、なにか?」

 

 あ、でもこの子、おっぱいくそザコですね。

 日頃からシグナムさんのロケットおっぱいを見慣れているザフィーラさんなら、多分大丈夫でしょう。

 

「いえ、なんでもありません。よろしくお願いします」

「こ、こちらこそ!」

 

 よし、次。

 

「……スターズ分隊、副隊長。あと、こいつらの戦闘教官もやってるヴィータだ。階級は三等空尉。まぁ、よろしくな」

 

 ヴィータさん、噂には聞いていましたが、本当にちっちゃいです。そして、ロリかわいい……。ザフィーラさんがロリコンだったらヤバいですが、大丈夫だと信じましょう。

 はい、次!

 

「そしてわたしが、スターズ分隊隊長の高町なのは一等空尉です! あらためてよろしくね、フィアメッタさん!」

「はい。お願いします」

 

 ぶっちゃけ、なのはさんはもうどうでもいいです。いろいろ言いたいことはありますが、とりあえずどうでもいいです。

 ここまでは問題なし。顔面偏差値が総じて高い機動六課ですが、ザフィーラさんと間違いに及ぶ危険な女性は少なそう……

 

「じゃあ、次は私かな?」

 

 などと、楽観的な結論に至りかけていたわたしは、なのはさんの隣に立った人物を見て、強い衝撃を覚えました。

 

「フェイト・T・ハラオウン執務官です。ライトニング分隊隊長をやらせてもらっています」

 

 金髪!

 ロング!

 巨乳!

 

 あざといっ!

 

 なんですかこの人は……? あまりにも強いヒロインオーラに、目が霞みそうです!

 主人公っぽい雰囲気を持っているなのはさんと並べてもなんら遜色ない、むしろ人気を食いかねないほどの、圧倒的強者感。なのはさんに比べれば長身で、顔立ちもかわいらしいというよりは、綺麗、という言葉が似合いそうなのに、なぜか守ってあげたくなるような、幸が薄くてハピネス足りてない雰囲気を伴っています。

 これほどの逸材が、六課にいたとは……危険度、文句なしのSランクです。

 

「よろしくお願いします、マジェスタ准佐……あの、私の顔に何かついてますか?」

「……失礼しました。わたしも基本的に出向扱いで他の部隊に出向くことが多いので、お話が合うかもしれませんね、ハラオウン執務官」

「はい。今度ぜひゆっくり」

 

 本当に。今度ぜひゆっくりお話して、ザフィーラさんをどう思っているのか見極めなければ……ギンガさんとご飯食べてる場合じゃありませんね、これは。

 

「なら……次は私か」

「あ、シグナムさんは大丈夫です」

「え」

「先ほど、ご挨拶も済ませましたし」

「そう、ですか……」

 

 申し訳ありませんが、わたしの告白を聞いた時の反応で、シグナムさんが恋愛くそザコなんちゃってサムライであることは、すでにわかっています。あのおっぱいのサイズは大きな驚異ですが、ザフィーラさんとそういう関係になる可能性は皆無……と、判断させていただきました。

 はい、次いきましょう。

 

「ライトニング分隊、ガードウイングのエリオ・モンディアルです」

「お、同じく、ライトニング分隊フルバックのキャロ・ル・ルシエです!」

 

 ショタとロリに興味はありません、次。

 

「飛行ヘリパイロットのヴァイス・グランセニック空曹長です。よろしくお願いします、準佐!」

 

 ザフィーラさん以外の野郎にも興味はありません、次!

 

 

 

「じゃあ、わたしの番かしら?」

 

 

 

 

 

 瞬間、わたしの背筋を駆け抜けたのは、鋭く身を貫くような激震でした。

 優しく、柔らかで、それだけで包容力を感じさせる艶やかな声。六課の制服の上から、白衣を羽織った「わたしいかにも保険室の先生です」みたいな着こなし。金髪の間から除く濃い紫色の眼差し。加えて、ジャケットと白衣の上からでも激しく存在感を主張するシグナムさんと同等クラスの双丘……もとい巨乳……ていうか、おっぱい。

 

「医務官のシャマルです。よろしくお願いしますね、マジェスタ準佐」

 

 加えて、この大人の余裕溢れる笑顔といったらもう……っ!

 なんということでしょう。最後の最後にとんでもねぇラスボスが控えてやがりました。この余裕、この巨乳、このエロさ……フェイトさんを優に上回る、危険度SSSランク!

 

「よ、よろしくお願いします、シャマルさん……」

 

 やっばいですねこれは……どれくらいやばいかというと、シスターシャッハの授業をサボってカリムさんの執務室の机の上でタップダンスの練習をするくらいやばいです。激やば……否、鬼やばです。この場にいる女性の中で、唯一男性経験豊富そうな、圧倒的強者の余裕すら感じます。処女のわたしでは、正面から戦って勝てる気がしません。無策で挑むのは、素っ裸でなのはさんの『スターライト・ブレイカー』に突っ込むようなものです。

 

 シャマルさん……要注意人物です。彼女のことはよく覚えておきましょう。

 

「……ほな、最後はわたしやね」

 

 と、それまで後ろの方でわたし達のやりとりを見守っていた人物が、すっと立ち上がりました。

 そうですね……たしかにフェイトさんやシャマルさんも気をつけなければいけない人物ではありますが。わたしにとって、ザフィーラさんとの仲を認めてもらうにあたって、最も重要な人物はこの方でしたね。

 

 

「機動六課部隊長、八神はやて二等空佐や」

 

 

 八神はやてさん。もちろんわたしも、彼女のことはよく知っています。

 機動六課設立の立役者にして、若干19歳で二等空佐まで上り詰めた生粋のエリート魔導師。その莫大な魔力保有量と所持しているレアスキルから『歩くロストロギア』の異名を取り、魔導師ランクは古代ベルカ式の総合SS。遠距離からの攻勢支援、制圧に長けた高い実力は、もはや疑いようがありません。同時に、わたしの所属する聖王教会や管理局の内外にも独自のパイプを持つことから、魔導師としてだけでなく、清濁併せ呑む優秀な指揮官であると言えるでしょう。

 そんなはやてさんは、わたしのことを他の方達とは少し違う目で見ていました。

 

「これからよろしゅう……なんて、耳障りのいいことはいくらでも言えるんやろうけど、でもわたしはそんな風に本音を誤魔化したくない。だから、単刀直入に言わせてもらうわ」

「は、はやて!?」

「はやてちゃん!?」

 

 はやてさんの言葉に、フェイトさんとなのはさんが目に見えて狼狽します。切れ者とはいえ、穏やかな人柄で知られているはやてさんがこんな風に初対面の人にはっきりとモノを言うのは、かなり珍しいことなのかもしれません。

 ですが、ならばこそ。わたしははやてさんの言葉を正面から受け止める必要があります。わたしにとって、彼女は機動六課の部隊長である前に……八神家の『家長』なのですから。

 

「ハラオウン執務官、なのはさん、わたしは大丈夫です。八神二佐、どうぞお構いなく。思ったことを仰ってください」

「なら、遠慮なく……マジェスタ准佐」

「はい」

 

 深い藍色の瞳が、わたしを射貫きます。

 

 

 

「准佐は……准佐はっ! ザフィーラと、どんな家庭を築くつもりなんや!?」

 

 

 

「……え?」

「……ん?」

 

「……ほほう」

 

 …………なるほど。そうきましたか。

 はやてさんが聞いてきたのは、わたしとザフィーラさんの人生プラン……いわば、幸せ家族計画!

 あのグッドルッキングガイ、イケメンだからお持ち帰りしてチョメチョメしちゃお~みたいな合コンで男を漁る感覚でザフィーラさんをゲッツしようとしている……のではなく! きちんとした気持ちと貞操観念をもってお付き合いをしようとしているかどうか! それを見極めようという腹積もりなのでしょう。

 さすが、すでに一部の上層部から管理局の小狸と言われているだけあって、投げてくる質問も直球でありながら深いところを突いてきますね……

 

「はやて、ちょっと落ち着いて!」

「そうだよ、はやてちゃん! いきなりそんな質問されても、答えられるわけ……」

 

「いいでしょう。お答えします」

 

「答えられるの!?」

 

なのはさんが勢いよくツッコミを入れてくれましたが、ええ、もちろん。答えられますとも。

 

 

 

 

 

「まず、子どもは三人ほしいですっ!」

 

 

 

 

 

 力強いわたしの宣言に、はやてさんが衝撃を受けて固まります。

 あと、何故かフェイトさんが凄まじく微妙な表情で顔を赤らめ……あと、名前なんでしたっけあの男の人。グランなんちゃら曹長さんも、すごく気まずそうにそっぽを向きました。

 はて? わたし、何か変なことを言ったでしょうか?

 

「こ、こ、子ども三人……へぇ~、なるほどなぁ……ザフィーラに子どもが三人……ザフィーラに子ども……つまり、わたしはおばあちゃん……?」

「はやて……気にするのそこなんだ……」

「はやてちゃん、しっかり!」

 

 なんか、はやてさんが勝手にショックを受けておられるようですが、もしかして八神家基準では3人は少ないのでしょうか……?

 あ、それとも、

 

「一応、男の子二人に女の子一人が理想ですが、もちろん最終的に拘りなんてありません! 三姉妹だろうと四つ子だろうと、わたしは暖かい家庭を築く自信があります!」

「ごめんフィアメッタさん……そういう問題じゃないと思うの……」

「そ、そうや! ザフィーラだって管理局の仕事があるし、准佐だって出向の任務は結構あるはずやろ! もし五つ子とかになった場合、面倒みきれるんか!?」

「はやてもそれ、ちがうと思う……」

 

 なのはさんとフェイトさんがやたら疲れた表情になってきましたが、それはともかく。はやてさんの疑問提起は実に筋が通ったものです。わたしとザフィーラさんが共働き世帯になる可能性は大いにありますからね。

 ですが、心配はご無用です。

 

「聖王教会の近くに住まいを見つければ、教会の方で面倒をみてもらう、という方法もありますし……もちろん、小さいうちはわたしも仕事を休んで家で一緒に過ごすのが理想ですが、頼めばシスターシャッハや騎士団の知り合いも協力してくれるでしょう」

 

 わたしだってそこらへんはちゃんと考えてます。

 

 

「だから、わたしとザフィーラさんの"二人"でも問題ありません」

 

 

 ぴくり、と。落ち着かない様子だったはやてさんが静まりました。

 

「……ちょっと、聞いていいかな?」

「はい?」

「……つまり、准佐はザフィーラと二人だけで円満な家庭を築いて、幸せな生活をしていく自信があると?」

「そうですね……ザフィーラさんとわたしは、知り合ってからまだ時間が浅いです。こんな形で押しかけてしまって、失礼であることも承知しています。ですが、それがわたしの熱意であると、八神二佐……いえ、はやてさんには受け取っていただきたいのです」

 

 気持ちは、正直に伝えるしかありません。

 先ほど、彼女がそうしたように、わたしははやてさんを真正面から見据えて言いました。

 

 

 

「八神はやてさん。二人で必ず、幸せになってみせます。ですので、わたしに……ザフィーラさんをください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………へ?

 

 

 

「今、なんと……?」

「聞こえんかったかな? いやだ、って言ったんや」

 

 な、な、な……

 

「な、なぜ!? どうしてですか!?」

 

 そりゃもちろん、最初からOKをもらえるとは思っていません。もらえればいいかな、とは思いましたが「まずはお付き合いしてからやな~」とか「ザフィーラと、もっかいちゃんと食事でもしてみよか」とか、そういう答えをわたしは予想していました。

 でも、これはさすがに予想外です。どうして、こんな明確に拒否を……?

 

「……理由を、聞かせていただけませんか?」

「理由? 理由かぁ……それが、特にないんよ」

「は?」

「強いて言うなら……わたしがアンタのことを気に入らないっていうのと……わたしがアンタなんかに、ザフィーラを渡したくないから、かな?」

「は、はぁ!?」

 

 わたしを見るはやてさんの目は、つめたく冷え切っていて、口調もがらりと変わっていて、先ほどまでとはまるで別人のようでした。

 ちょ、ちょっとまってください!

 

「……すいませんでした。お気に障ることを言ったのでしたら、謝罪します。ですから……」

「そういうことじゃないんよ」

 

 カツン、と。

 一歩、こちらに詰め寄ってきた小柄なはやてさんは、わたしを下からねめつけるように見上げました。

 

「ザフィーラは『わたしの守護獣』や。ザフィーラだけやない、ヴィータも、シグナムも、シャマルも、リィンも、みんなわたしの守護騎士で、家族なんよ」

 

 その言葉は、重く、深く。ずっしりとわたしにのしかかりました。

 

「だから、ザフィーラはあげない。言ってること、わかるか?」

 

「はやて……」

「はやてちゃん……」

「主はやて……」

 

 シグナムさん達が、困ったようにわたし達を見て、戸惑います。

 

 ――なるほど。

 

 よくわかりました。

 仰りたいことは、とても、よく、わかりました。

 

 ですが、

 

「わかっても、納得はできません」

「……なんやて?」

 

 あまいですね。

 

「"八神二佐"」

 

 その程度で、このわたしが退くとでも?

 

「ザフィーラさんとの仲を、あなたに認めていただけないというのなら、あなたに認めてもらうまで……いえ、あなただけでなく『八神家のみなさん』に認めてもらうまで、わたしは誠心誠意努力して、自分の意思を示すまでです」

「……なにをしても、わたしはアンタのことを認めんと思うよ?」

「だとしても、どんな無理を押し通してでも、認めていただきます。わたしは、絶対に幸せになると心に決めているので」

 

 わたしは、八神二佐に向けてゆっくりと一礼しました。

 

 

 

 

「ですので……これから、よろしくお願いします……お義母(かあ)さん」

「誰が『お義母(かあ)さん』やねんっ!?」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「ねー、ザフィーラ~」

「……」

「ママたちのところ、もどろうよ~。まだはずかしいの?」

「そう、だな……そろそろ、話も落ち着いただろうし、戻ろうか」

「やったー! フィアメッタおねえさんに、また遊んでもらお!」

「ああ。そうしてもらえ」

 

 もはや事態が収集不可能な状態までこじれにこじれてしまっていることを、守護獣と少女は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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八神家攻略編 はやてさんは告らせたくない

 八神家の邸宅は、ミッドチルダ首都クラナガンにある。

 はやてが時空管理局への入局を決めた際、その後のキャリアや守護騎士達の生活のしやすさなども考えて、第97管理外世界……地球の海鳴にあった家は中学卒業と同時に引き払うことに決めた。両親との思い出が詰まった家を出ることに、はやても抵抗がなかったと言えばウソになる。ただ、あの家を誰もいない寂しい場所にするよりは、幸せな家族に住んでもらった方が両親も喜ぶ、と思ったのである。二人の姉妹と一匹の大型犬のいる、平凡な……けれど幸せな家族に住んでもらって、あの家もきっと今は賑やかだろう。

 それはそれとして、

 

「ザフィーラ~」

「……」

「ザフィーラー」

「……」

「ザーフィーラー」

「……我が主よ。そろそろ、離してもらえないだろうか」

 

 新しい家のリビングで。はやては久方ぶりに、ザフィーラに思う存分抱きついていた。

 時刻は夜。すでに全員揃っての夕食は済み、あとは片付けが残るのみ。その片付けも、夕食を作ったはやてに代わってシャマルが行い、シグナムやヴィータが率先して行っているので、はやてがすることはもう残っていない。

 

「おい! ザフィーラ! ちょっとはやてにくっつきすぎだろ!」

「……ヴィータ。俺がくっついているわけではない。主が俺にくっついているのだ。というか、シグナム」

「なんだ?」

「……主は、その……飲んだのか?」

 

 主語をぼかした質問に、台所から顔を出したシグナムは少し意地の悪い表情になった。この顔をするシグナムを、ザフィーラはよく知っている。身内をからかう時に、よくする表情だ、これは。

 

「さて、どうだかな?」

「おい、シグナム」

「いいじゃないか。飲んでいようがいまいが。主はやては今、お前に甘えたいのだ。甘えさせてさしあげろ」

「ふふっ……はやてちゃん、今日はいろいろ大変だったものねー」

「ああ、大変だったな。シャマルが予想以上にモテてたことがよくわかったし」

「ちょっとヴィータちゃん!」

 

 ワイワイガヤガヤとし始めた台所の守護騎士達に助けを求めることを諦めたザフィーラは、はやてになされるがままモフられることに決めた。

 

「ふっふー。ほんと、ザフィーラの毛並みは気持ちええな~。ずっと撫でてられるわ~」

「……光栄だ」

 

 こうされていると、はやてがまだ小さかった頃を思い出す。車椅子に乗って、作り笑いを浮かべるのが上手かった、出会ったばかりの主のことを。

 闇の書、守護騎士、そして魔法。常識外の知識に固まる幼いはやてが、はじめて顔を輝かせたのは、ザフィーラが変身した姿を見た時だった。

 

 ――すごい! ザフィーラ、犬になれるん!?

 

 犬ではなく、狼だ、と。苦笑混じりに返したのを覚えている。

 

 ――ねぇ、ザフィーラ。わがままなお願いだとは思うんやけど……できれば、その……犬の姿のままでいてくれへんかな?

 

 人間の姿でいる方が、この世界では何かと便利だろう、と。最初はそう思っていたが。

 

 ――わたし、わたしな……実は、大きい犬を飼うのが、夢やったんよ!

 

 まだあどけない主の、可愛らしい笑顔を見て、そんな理屈はすぐに吹き飛んだ。

 わがままなどとは思わなかった。その小さなわがままを叶えてやることが、この少女の喜びに繋がるのなら、と。ザフィーラは海鳴で生活する間、進んで獣の姿であり続けた。

 

 すべては、主のために。

 

 これまでも、これからも。決して変わることのない、守護騎士の誇りだ。

 

「ザフィーラ……」

 

 本当に、疲れていたのだろう。ザフィーラにもたれかかったまま、はやては眠ってしまっていた。

 思えば、スカリエッティ事件の間は、この家に帰ってくることすら少なかった。今日、皆で揃っての夕食をとったのも、本当にひさしぶりだ。何よりも家族との時間を大切にするはやてが、それだけ追い詰められていたのがあの事件だったのである。

 

「ザフィーラ……」

 

 間近でみるはやての表情は、あどけなかったあの頃とは比べものにならないほど、大人の女性という言葉が相応しいものに成長しており。だからこそ、その横顔とあまりに不釣り合いなその一言は、ザフィーラの胸に深く突き刺さった。

 

 

 

「ザフィーラ……どこにも行かんといてな……」

 

 

 

 不意打ちだった。

 自分が……否、自分達、守護騎士が主に仕え、側で守るということ。それは今までもこれからも変わらない、当たり前の義務だと、ザフィーラは考えてきた。

 けれど、違うのだ。

 八神はやては、両親を失っている。広い家に一人だけになる、誰もいなくなってしまう寂しさを、よく理解している。だから、どうしても考えてしまうのだ。

 

 もしもまた、家族がいなくなってしまったら?

 

 ある意味で。

 それは八神はやてという少女にかけられた、一種の『呪い』とでも言うべきものだった。

 

「……シグナム、シャマル。主が寝てしまった。上に運ぶのを手伝ってくれ」

「ああ、わかった」

「あらあら。はやてちゃん、本当にお疲れだったのね」

 

 シャマルにドアを開けてもらいながら、シグナムと共にはやてを起こさぬように抱え、二階のはやての部屋へ上がる。

 

「おい、ザフィーラ」

 

 それを、まだ食器の片付けをしているヴィータが呼び止めた。

 

「なんだ?」

「お前……わかってるよな?」

 

 ザフィーラの背で眠るはやてを見つめながら、ヴィータは言った。それは、要点をぼかしたとても不明瞭な問いかけだったが、

 

「……ああ。わかっているさ」

 

 その意味を汲み取ったザフィーラは、しっかりと頷いて肯定を返した。 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「……あかん。完全に寝てもうた」

 

 心地良い微睡みの中から覚醒して、まず最初にはやてが感じたのは深い後悔だった。

 起き上がって自分の体を見回してみると、制服のブラウスとタイトスカートがそのまま。襟元や腰回りが緩めてあるのは、そのまま寝やすいようにとシャマルあたりが気を遣ってくれたのか、それとも自分で勝手にやったのか。それすらも記憶にないのが、端的に肉体の疲労度を物語っていた。

 最近、あんまり忙しくなかったはずなんやけど……などと、心の中で呟いてみるが、そもそも以前の仕事量があまりにもオーバーワーク過ぎたので、感覚が麻痺してしまっているらしい。昨日はあの爆弾シスターの訪問もあって気の休まらない時間が続いたし、にも関わらず、ひさしぶりに自宅に集まった家族のために、腕によりをかけて料理を振る舞ってしまった。正直、無理をしていないと言えばウソになる。

 

(で、自分だけお風呂にも入らず寝落ちとか……)

 

「……子どもみたいやなぁ」

 

 と、今度のツッコミは声に出して呟く。自省のために、意識して口に出した。

 自身の健康管理も、管理職にとっては大切な仕事の内の一つである。ゲンヤから聞き飽きるほど言われてきたことだが、本当にその通りだと思う。今日が休日だったからよかったものの、夕食で騒ぎすぎて寝坊……なんて、指揮官としてあまりにも部下に示しがつかない。

 とはいえ、それはイコールで、家族全員揃っての夕食がそれだけ楽しかった……ということでもあるのだけれど。

 

 

「……ザフィーラ、おいしそうに食べてくれてたなぁ」

 

 普段、はやてが家族に作る料理に順列をつけることなどあり得ないのだが。しかし昨日だけは、みんなに出したものよりも少しだけ……ほんのちょっぴりだけ、ザフィーラの分だけ気合を入れて作ってしまった。下ごしらえをひと手間増やしたり、焼き加減に対してより細心の注意を払ったり、といった具合に。

 ひさしぶりに食べる主の手料理は美味い、と。控えめな笑みを浮かべながら、ザフィーラははやてが出した料理を残さず平らげてくれた。

 

「…………はぁ」

 

 早く起きなければならないのに、丸まった毛布を抱き枕のように抱えなおして、はやてはまた寝返りを打った。思い出すのは、昨日の出来事だ。

 

 自分は、ひどいことを言ってしまったのだろうか?

 

 客観的に見れば。相手がいきなり押しかけてきたことを差し引いても、あの発言はあまりに失礼なものであったと思う。なのはにもフェイトにも、遠回しに「言い過ぎではないか?」「謝った方がいいのでは?」と、散々に窘められた。基地の宿舎にいると業務後にもその話をされそうで、それがいやだからこうしてわざわざ休みを取って、自宅に帰ってきたのだ。本当なら、今日も軽いペースで事務仕事をするつもりでいた。

 

 要するに、非難されるのがいやで……逃げてきたのだ、自分は。

 

「ほんと、こどもみたいや」

 

 言いすぎたのは分かっている。なのはやフェイトから言われるまでもなく、はやて自身が分かっているのだ。けれど、それをはやては認めたくなかった。絶対に、認めたくなかった。

 

 それを認めてしまったら、ザフィーラがどこか遠くに行ってしまいそうだったから。

 

「っ……ああ、もうやめよ!」

 

 がばっ!と。勢いをつけて、はやてはベッドから跳ね起きた。このままうじうじと悩んでいたら、またそのままうとうとして、寝落ちしてしまいそうだ。幸い、時計の長針はまだぎりぎり八の前をさしている。いつもの時間に比べるとかなり遅れてしまっているが、今から超特急で支度をすれば、みんなの食事が朝昼兼用にならなくて済む。昨日、気合をいれて作りすぎてしまった残り物を有効活用すれば、さらに時間短縮できるだろう。

 ああ、でも……その前に、シャワーが先だろうか。

 中にインナーを着ているとはいえブラウスのボタンは最低限留めて、タンスの中からバスタオルを取り出し、はやては階段を駆け下りた。いつもなら、もう全員ダイニングに集まっている時間帯だ。家族に寝起きを見られてもなんとも思わないが、一応寝癖くらいは手串で整えながらドアを開ける。

 

「みんな、ごめんなー。完全に寝ぼすけさんやー」

 

 案の定、すでに全員が中に揃っていた。

 

「はやて、おはよう!」

「おはようございます、我が主」

「おはようございます、はやてちゃん!」

「おはよう、はやてちゃん。よく眠れた?」

 

 ヴィータが振り返り、シグナムが頷き、リィンが傍らに飛んできて、シャマルが問いかける。

 いつも通りの八神家の朝だ。はやては、笑って応えた。

 

「はい、みんなおはよう。そりゃもう、ぐっすりやったよ」

 

 そして、少し屈んでソファーの下に寝転んでいる守護獣にも声をかける。

 

「ザフィーラも、おはよう」

「ああ。おはよう」

 

 なにやら、少し反応が悪い。ザフィーラも眠いのだろうか、とはやては首を傾げた。

 それはともかく、やはり自分以外は起きていた。今から、やることがいっぱいである。

 

「ほんま、ごめんなー。すぐ朝ごはん作るから! でも、昨日そのまま寝てもうたから……先、シャワーだけ浴びてきていいかな?」

「ご心配なく。朝食の準備なら、間もなく完了します」

「え、ほんまに?」

 

 シグナムに言われてよくよく見てみれば、たしかに。広めのダイニングテーブルにはすでに半分ほど皿で埋められており、キッチンからは魚が焼けるいい匂いが漂ってきていた。

 

「あー、なんか申し訳ないなぁ」

「いえ。これくらいは当然です」

「はやてちゃん、シャワー浴びてきて大丈夫よ」

 

 シャマルは普段からいろいろと手伝ってくれるが、家事全般があまり得意ではないし、シグナムとヴィータに至っては食べるの専門だ。ザフィーラも同様だし、リィンの体格ではお玉を持つことすら難しい。つまり、消去法で考えて、今朝はシャマルが頑張ってくれたのだろう。はやては、そう結論付けてシャワーを浴びに行こうとしたが、

 

 

 

「…………あれ?」

 

 

 その違和感に気がついて、立ち止まる。

 おかしい。自分の目の前には今、家族が全員いる。シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、リィンフォース、全員が揃っている。

 なら……現在進行形で調理が行われているキッチンには、一体『誰』がいるのだ?

 

 

 

 

「おはようございます。お義母(かあ)さん」

 

 

 

 

 部屋の入り口からは死角になっているキッチンの奥。そこから、ひょっこりとケープを被った頭が顔を出す。昨日散々見たシスター服の上から、白いフリルエプロンを身につけ。きれいに盛り付けたお魚を片手に、テキパキと動く彼女の姿は、まるで本当の『お嫁さん』のようだった。

 

「もうそろそろ出来上がるのですが……先にシャワーにしますか? それとも、ご飯にしますか?」

「いや、なんでおるねん!?」

 

 コンマ数秒で返したはやてのツッコミに、フィアメッタ・マジェスタはにっこりと微笑んだ。

 

「もちろん、花嫁修行のためです」



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食戟のフィアメッタ

 朝ごはんは、一日のはじまり。活力の源です。

 わたしの所属する聖王教会騎士団では、朝の礼拝と食事の時間が厳格に定められています。どちらかに少しでも遅れようものなら、シスターシャッハからの有り難くないお小言と、非常に有り難くない罰則が待っています。正直、わたしはもう教会の無駄にだだっ広い廊下を雑巾がけした回数を覚えていません。

 おかげさまで、教会に行く前はあまり朝が強くなく、朝ごはんを遠慮して苦笑する母を困らせる「アタシ、朝弱いんだよね~」みたいな、なんちゃって低血圧ガールだったわたしの性根も、集団行動と罰則とシスターシャッハによって完膚無きまでに叩き直され、今では朝食を口にしないと昼までにエネルギー切れを起こすステキ体質になりました。いえ、なってしまいました、と言った方が正確でしょうか?

 しかしながら、こればかりは強制的な集団行動に感謝すべきなのか、あの罰則システムに感謝すべきなのか、かといって時々鉄拳制裁してくる暴力シスターシャッハには絶対に感謝したくないのですが、とはいえ健康的で規則正しい教会での生活を経て、わたしは無事に低糖質系ロカボガールに生まれ変わることに成功したのです。

 

 それはともかく。

 

「もちろん、花嫁修行です」

 

 朝っぱらから関西人特有の(ご両親が関西出身というだけで、ご自身はなのはさん達と同郷らしいですが)非常にノリがよく鬱陶しいツッコミを聞かせてくれたお義母さん……もとい、八神二佐に向けて、わたしはまず深く頭を下げました。

 

「昨日は突然六課を訪問して、お騒がせしてしまいました。まずは、そのことについて謝罪させてください」

「え? あっ……えっと」

「昨日の出来事をシスターシャッハに報告したところ、それはもうこっぴどく怒られてしまいまして。一刻もはやく謝罪してこい、と言われたのでこんな早朝から訪問させていただきました。どうかお許しください」

 

 これに関しては半分ウソで、半分ホントです。結局、あのあとクラナガンのホテル(そこそこいい値段。結構高かったので経費で落としました)に泊まったわたしは、気が進まないながらも仕方なく、シスターシャッハに通信を繋げて、昨日のあらましを全て詳細に報告しました。その結果「騎士はやてにすぐ謝罪しなさい。一刻もはやく謝罪しなさい。私も明日の朝すぐにあなたのホテルに行くので、共に謝罪しに行きましょう。これ以上絶対に余計なことはしないこと」とくどいほどに言われ、てめーは絶対にそこから動くな(意訳)と念を押されたので、朝一番でホテルから出てきました。今頃、シスターシャッハはもぬけの空になった部屋を見てぷんすかしていることでしょう。

 ついでにホテルのフロントには、機動六課のある港湾地区まで向かうタクシーを手配してもらえるように頼んでおきました。で、タクシーの運転手さんにはチップとヴィヴィオちゃんへのお土産だけ渡して、機動六課に向かってもらっています。要するに陽動です。頭まで筋肉のシスターシャッハは、今日八神家のみなさんがお休みだということも知らずに、わたしを追って機動六課に向かうはず。ふふ、いい気味です。あとがこわくて今から足に震えがきます。これ絶対に拳骨じゃすみませんよね? 次にシスターシャッハに会った時が、人生の最後なんじゃないですか、わたし?

 

 しかし、死ぬのが怖くて恋はできません!

 

「ご迷惑かとは思いましたが……お義母さんも」

「八神二佐や」

 

 ……ちっ。朝一ですし、寝ぼけているかと思って殊勝な態度で下手に出ておけばいけると考えましたが、中々どうして。この腹黒小狸、頭の回転だけは早いようですね。シスターシャッハとはえらい違いです。

 

「なんや文句でも?」

「いえいえ。八神二佐もお疲れのようだったので、重ね重ね、ご迷惑だとは思ったのですが……朝食を用意させていただきました」

「……なるほど」

 

 くるり、と。八神二佐が後ろを向きます。わたしではなく、守護騎士のみなさんの方を見て、

 

 

「誰や? この子ウチに入れたの」

 

 

 底冷えするような声で、問い掛けました。

 うっわー、こっわーい(棒読み)。

 

「あ、あたしじゃないぞ! はやて! あたしは反対したからな!」

「ごめんね、はやてちゃん。私がはやく気付いていればよかったんだけど……」

「わたしも違いますよ! わたしじゃないのです!」

「……俺は、後ろから抱きつかれてはじめて気がついた……」

 

 ザフィーラさんの問題発言に八神二佐の鋭い眼光がギロリとこちらに向きますが、口笛を吹いてやり過ごします。ああ、それにしてもさっき不意打ちで抱きついたザフィーラさんの感触は最高でした……あのふわもこ感と、その下にある洗練された固い筋肉……あの感触だけでご飯三杯はいけますね、ええ。

 それはともかく、こうなってくると残る容疑者は一人しかいません。

 

「……シグナム?」

「ち、ちがうのです! 我が主! 私もまったく知らない仲の人間を、こんな早朝から中に招き入れようとは思いません! ただ、準佐が早朝から我が家の玄関に立たれて、お詫びをしたいと言いながら涙ながらに訴えかけてきたので……ドアを開けるしかなかったのです!」

 

 いやー、目薬ってとっても便利ですよね!

 それにしても、シグナムさんの騙しやすさはシスターシャッハに通じるものを感じます。今後も利用させて頂きましょう。

 

「で、これをあんたが作った、と……」

「はい。未熟な身ですが、精一杯腕を振るいました。よろしければ、ぜひお召し上がりください」

 

 テーブルの上にずらりと並んだ料理を見て、八神二佐は渋い表情になりました。

 

「……まぁ、せっかく作ってもらったもんやし、突き返すわけにもいかんし……みんなでいただこか」

 

 ふっ……リサーチ通りですね。

 聞くところによれば、八神二佐の料理の腕前はまさに神クラス。指揮官として忙しい今は、中々披露する機会に恵まれないものの、小学生の頃から守護騎士のみなさんの胃袋を満たしてきたその調理技術は、そこらへんの主婦では太刀打ちできないレベルにあるそうです。

 ていうか、小学生の女の子にずっとご飯作ってもらってたと聞くと、急に守護騎士のみなさんがダメな大人に見えてきますね……ヴィータさんは見た目子どもですし、ザフィーラさんはワンコモードが昔から平常運転だったということで、台所に立つ機会に恵まれなかったのはなんとなくわかるのですが……

 

「ところでシグナム。さっき、朝食の準備はできています、とか自信満々に言っとったけど、もしかしてシグナムも……?」

「はい。食器を並べるのを手伝いました」

 

 シグナムさんはほんとお察しですね。お手伝いを申し出てくれたのはふつーに嬉しかったのですが、内容が小学生レベルです。

 

「……聞いたわたしが馬鹿やったわ。シャマルは?」

「うーん、手伝おうと思ったんだけど、ヴィータちゃんに止められちゃって……」

「コイツに調理やらせるくらいなら、まだ得体の知れないシスターに任せた方がマシだ」

「え~、ヴィータちゃんひどいー」

 

 あと、よくわかりませんが、シャマルさんはメシマズ属性をお持ちのようですね。手を出されなくてなによりでした。

 

「なるはど……つまり、この朝ごはんは隅から隅まで、全部准佐が一人で作った、と」

「ええ。心を込めて作りました。さあ、食べてみてください。お口に合うといいのですが……」

 

 もうすでに完全に覚醒している八神二佐の瞳は、目まぐるしく動いてテーブルに並べられた朝食を観察しています。しかし、粗探しをしようとしている姑殿には大変申し訳ありませんが。わたしが腕によりをかけて作った料理には、一分の隙もありはしません。

 何を隠そう、教会の下積み時代……わたしの家事担当は『食堂』でした。朝、寝坊しまくった結果、自動的に早起きせざるを得ない調理担当に回された、とも言えます。けれど、幼いわたしは憎きシスターシャッハへの反骨心を胸に抱き、調理の王道を邁進。じゃがいもの皮むき担当から、次の日のメニューを決める調理場の首領にまで、上り詰めたのです。思い出すだけでも涙が出てくる、ドリームサクセスストーリーです。

 

「……せやなぁ。見た目はきれいやけど、わたしもこう見えて、料理には結構きびしいからなぁ。でも、さすがに作ってくれたもんに文句は言わんよ。見た感じ、よくできとるしな」

 

 しわしわの制服姿のままで席についた八神二佐は、お箸を取って手を合わせました。顔を見合わせていた八神家のみなさんも、家長の動きにならいます。

 

「ほな……いただきます」

「いただきます」

「いただきますです!」

「……いただきます」

「いただこう」

「いただくわ」

 

 全員が箸を取り、最初のおかずに手をつけ、白米を口に運び……

 

 

 

「なっ……!?」

 

 

 

 そして、固まりました。

 

「な、な、な……」

「これは……!」

 

 はやてさんをはじめ、守護騎士のみなさんが絶句する中で。ヴィータさんが、素直な感情を吐き出します。

 

「め、めちゃくちゃうめぇ……!?」

 

 ふふっ……良いですねぇ。とても良い反応です。

 

「はい。ありがとうございます」

 

 にっこりと笑うわたしを、はやてさんは呆然と見詰めて、それから並べられた料理を片っ端から口に運び始めました。

 補足しておきますが、今日用意した料理はとてもシンプルなものです。目玉焼きにウィンナーソーセージ。カリカリに焼いたベーコンを少々添えて、あとはサラダに漬け物、お味噌汁といった、和洋折衷のいたって普通な朝食です。

 

 

「八神二佐は、とても料理がお上手だと伺っております。なので、舌が肥えてらっしゃるみなさんのお口に合うか不安だったのですが……よかったです」

 

 

 これはわたしの持論ですが、料理というものはシンプルになればなるほど、二つの要素がより明確に浮き出てきます。第一に、調理する食材の質。お金さえ積めば良いものを用意することはできますが、今朝のわたしにそこまでの余裕はあまりありませんでした。なので、注力したのは、第二の要素……言うまでもなく、調理の工程です。

 そして、調理とは、決して手間をかければいい、というものではありません。

 たしかに手をかければかけるほど、料理はおいしくなります。ですが、味の好みが人それぞれである以上、わたしは食べる人やその時のシチュエーションにあった料理を作る、ということをなによりも重要視しています。シグナムさんを強引に説き伏せ、台所に踏み込んで調理器具やコンロの配置などをチェックしながら、わたしは起きてきた守護騎士のみなさんから一人ずつ要望を聞いて、持ち込んだお魚や卵料理の出し方を変えさせてもらいました。ヴィータさんはスクランブルエッグ、シグナムさんは目玉焼きをサニーサイドアップで、シャマルさんは黄身を半熟に……といった具合に。お味噌汁も、赤、白、合わせ、三種類をご用意しています。ちなみにわたしは白派です。

 教会騎士団の食堂でも、調理に差し支えない範囲でメニューを選べるようにしてから、アンケートの食事満足度が飛躍的に向上しました。味の好み、大事。

 

「盛り付けは見るからにきれいやったけど、味付けまで完璧……」

「ええ。特にこのお米がおいしいですね。どれも主の料理とは一風違った味付けですが、特にお米の味が違うように感じます」

「さすがですね、シグナムさん。いい着眼点です」

 

 何を隠そう、今朝の朝食の一番の拘りポイントがそこですからね。

 普通に調理をしていては、八神家のみなさんの舌を知り尽くしている八神二佐に勝つことはできません。故に、もう一手。打たせて頂きました。

 

「たしかに……シグナムの言う通りや。これは……『ウチの炊飯器』で炊いた味やない!」

 

 八神二佐も、実に慧眼。料理上手という評判は伊達ではないようです。

 

「准佐……あんた、一体何を使ったんや?」

「ふふ……聞かなくても、八神二佐なら大方の察しはついているのでしょう?」

 

 ドン!と、テーブルの中央に、わたしはそれを置きました。

 

「な……!?」

 

 

 

 意外っ! それは『土鍋』!

 

 

 

「な、鍋……?」

 

 困惑したように、シャマルさんが呟きます。

 ちっちっちっ……甘いですね、メシマズシャマルさん。残念ながら、これはただの土鍋ではないのですよ。

 

 

「これは、わたしが任務で管理外世界に出向いた際、米食文化が盛んなその世界の部族から譲り受けた……どこでも買うことのできない、とても貴重な土鍋です」

「な、なんやて!?」

 

 気付きましたか、八神二佐。

 炊飯器は便利です。ボタン一つで炊けますし、面倒な火加減の調整も不要。保温も効きます。ですが反面、どうしても時間の経ったご飯は黄色くなったり、独特のにおいがついてしまったりします。もちろん、最新の技術で作られた炊飯器の中には、そのあたりの問題をクリアしている製品もあるでしょう。この八神家の炊飯器も、きちんとしたブランド製品でした。

 

 だがしかし!まるで全然!この土鍋で炊いたご飯の美味しさには及ばないんですよねぇ!!

 

 土鍋で炊いた、炊きたてご飯はマジでおいしいですからね。真夜中の食堂でこれを使ってご飯を炊いた時のおいしさと背徳感といったらもう、筆舌に尽くし難いレベルですよ。代わりに、目撃された新人シスターにはドン引かれましたが、些細な問題です。

 

「えーと、准佐?」

「はい。なんですかシャマルさん?」

「もしかして、わざわざウチでご飯を炊くためだけに、この土鍋を持ち込んで?」

「ええ。それが何か?」

「あ、えっと……なんでもないです」

 

 将来の旦那様の職場にご挨拶に行くのです。もしかしたら土鍋でご飯を炊く機会があるかもしれないじゃないですか。実際、こうしてご実家というもっと踏み込んだ場所でとても役に立っていますし!

 

「……っ!」

 

 なるほど、たしかに。

 八神二佐の料理の腕前は、神クラス。わたしの料理を普段から口にしてきたシスターシャッハがそう言うのですから、間違いないのでしょう。おそらく、わたしと八神二佐の調理技術に、そう大した差はありません。

 しかしだからといって。わたしが負ける道理もないのですよ。

 

 相手の心を掴むには、まずは胃袋から。

 

 さぁ、料理上手で美人なお嫁さんシスター……お買い得とは思いませんか?



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逆襲のシャッハ

 まずい、と八神はやては思った。

 目の前の料理が、ではない。この状況が、だ。

 

「……おい、こっちの味噌汁ってお代わりあるのか?」

「はいはーい! もちろんありますよ~」

「あ、わたしもお代わりもらっていい?」

「どうぞどうぞー。シャマルさんは、また白でいいですか?」

「そうねぇ……せっかくだから、ヴィータちゃんが飲んでる方ももらおうかしら」

「わかりました。少しおまちくださいね」

「はぁ……お味噌汁おいしいです。それにしても、なんか落ち着くですねー。みなさん揃って朝ご飯食べるのも、なんかひさしぶりですしー」

「この後、オフっていうのがいいよなぁ」

 

 わいわい、がやがや、と。

 ゆったりと朝食を楽しむ八神家の食卓に、今やフィアメッタは完全に溶け込んでいた。それはもう、違和感がないレベルで。

 

(あかん……これはあかん)

 

 胃袋を掴む者は心をも掴む、というが。まさかおいしい食事が、これほど人の心をほぐすものだと、はやては思っていなかった。否、はやてもまた、息をするように『おいしい食事を作る側』だったからこそ、失念していた……と言うべきか。

 おいしいお味噌汁効果によって、はやての守護騎士達はすっかり骨抜きにされている。

 

「……この漬け物もうめぇな」

「ええ。わたしが騎士団で漬けている自信作ですから。そちらも、まだお代わりあるので言ってくださいね?」

「……勘違いするなよ。作ってくれたもんはありがたく食べるが、アタシはべつにお前を認めたわけじゃないからからな」

 

 在りし日のツンデレムーブで、辛うじてヴィータが持ちこたえているくらいだろうか。ただし、その箸は止まることなくめちゃくちゃ進んでいる。

 

「ええ、もちろんです。わたしも、こんな簡単な朝食を振る舞っただけでは、満足できません」

「ん?」

「もちろん昼食、夕食でも腕を振るわせていただきます」

「……それは、ちょっと楽しみだな」

 

 

(あかーーーーーん!!?)

 

 やはりダメだった。

 くっ……殺せ、と言わんばかりの表情でヴィータは顔を俯け、漬け物をバリバリ頬張る。というか、さっきから漬け物食べすぎである。見た目はロリだが、生活習慣病になりそうだ。よく漬かった漬け物は、ご飯のお供に最適なのは間違いないが……はやては歯痒い気持ちで、盛られたたくあんをもりもりと頬張った。止まらない、やめられない。

 一通り、守護騎士達の食事の世話を終えたフィアメッタは、くるりと振り返ってはやての方を見た。それはもう、見ていて清々しいほどの笑顔を添えて。

 

「いかがでしょうか、八神二佐? お口に合いましたでしょうか?」

「……くっ」

 

 めちゃくちゃおいしい、などとは死んでも口にしたくないが、しかしおいしい料理を「おいしくない」と言うのも、少なからず料理が得意な自負がある者として、プライドが許さなかった。

 結果。

 

「ま、まあまあやな」

 

 はやて、逃げの一手。

 

「……ほう、なるほど。まあまあですか」

「そ、そうや。まあ、教会のシスターさんにしては? たしかに結構なお手前やとは思うけどな? 朝ごはんだからメニューも簡単なものやし、これだけじゃちょっと判断はつかんなぁ」

「なるほど、道理ですね。実は先ほど、朝食を作る前。昨日の残り物がそのまま冷蔵庫に突っ込んであったので、タッパーに移し替えるついでに味見させていただいたのですが」

「いや勝手になにしてんねん!?」

「安心してください。このタッパーはミッドの主婦のみなさんから絶大な支持を受けている商品です。お弁当箱代わりに持っていくもよし、そのまま温めてもよし。きつい臭いもつきにくく、油汚れもさっと洗っただけで落とせるステキな逸品。わたしもよく教会で愛用しています。折角ですので、昨日のおかずを入れたものはそのまま差し上げましょう」

「え、ほんまに? それはうれしいわ、ありがとう……じゃなくて! なに勝手に味見してんねん!?」

 

 高性能タッパーに騙されそうになりつつも、それはそれ、これはこれである。きっちり二回連続でツッコミをいれたはやてだったが、フィアメッタは涼しい表情のまま、冷蔵庫から昨晩の残り物を取り出した。

 

「以前、二佐の料理をシスターシャッハが絶賛していたことがありました。シスターシャッハだけでなく、騎士カリムやヴェロッサくんも、口を揃えて「はやての料理はおいしい」と」

「ヴェロッサ、くん……?」

 

 自分の料理に対する評価よりも、そちらの方が気になって、はやては首を傾げた。フィアメッタの教育係はシスターシャッハ。ということは、あの優秀な監察官と彼女は、並べる机を共にしていた可能性もある。すっかり失念していたが、この破天荒なシスターは自分の周囲の人間と繋がりが深いのだな、と。改めてはやては思った。

 

「しかし、わたしに言わせていただくのなら……失礼を承知で申し上げますが、まだまだですね」

「……なんやって?」

 

 が、それはともかくこの破天荒シスターはやはりクソ生意気である。はやては自分の口角が、苛立ちでピクピクと震えるのを自覚した。

 

「また随分と、偉そうなことを言ってくれるやないの」

「事実ですから」

「っ……そこまで言うなら、具体的に教えてほしいなぁ。わたしの料理の、どこがダメなのか?」

 

 急に険悪になった雰囲気に、はやてとフィアメッタのやりとりを見守っていた守護騎士達が途端におろおろしはじめる。平静を保っているのは、黙々と魚の骨を取り除いているシグナムくらいだ。

 

「では、僭越ながら……というよりも、わたしが言うまでもなく、八神二佐はすでにご自身で理解していらっしゃるのではありませんか?」

 

 そんな周囲の空気を気にもせず、フィアメッタはタッパーを掲げるようにして言い切った。

 

 

「最近、八神二佐は料理をお作りになっていなかったでしょう?」

 

 

 ぐっと、はやては言葉に詰まった。何故ならそれは、はやて自身が昨日調理を行った際に思ったことであり……より端的に言うならば、心の急所を突く『図星』であったからだ。

 

「一口、味見させていただいただけでピンときました。二佐の料理は、味付けも彩りも長年の経験を感じさせる、実に細やかな出来栄えでしたが……しかし、だからこそ。下ごしらえや包丁の入れ方、少量の隠し味などに、隠しきれない『ブランク』を感じました」

 

 フィアメッタの言う通り、レリック事件に携わっている間、はやてはまともに台所に立つ時間をずっと作れないでいた。事件解決後も、なんだかんだと事後処理や書類整理に追われ、官舎の食堂で食事を済ませていたのだ。

 腕が落ちている……とまでは言わないが、鈍っている。フィアメッタの指摘は、はやてが感じていたことをそのまま明確に突きつけていた。そして、その細かな調理の『粗』に気付くことができる彼女の料理の腕は、間違いなく本物だった。もはや、否定のしようもない。

 

「断言しましょう、八神二佐。今、わたしと二佐が料理対決をすれば……勝つのは、わたしです」

「……それは、実際にやってみなきゃわからんと思うけどな?」

「なら、試してみますか? 今からはじめても、わたしは構いませんよ」

 

 一触即発。二人の間の緊張が、ピークに達しようかというその時。

 

 

 ピンポーン、と。

 

 

 実に間の抜ける、来客のお知らせがダイニングに響いた。

 

「……誰や、こんな時に」

「ええ、本当に。誰でしょう? こんな朝早くからインターホンを鳴らして訪問してくるとは、まったく……非常識ですね」

「せやね。鏡もってこよか?」

 

 現在進行形で早朝から人様の家に上がりこみ、台所を勝手に占拠し昨晩の残り物をタッパーに移し替えたりもしている非常識極まりないシスターは、絶対に自分の顔を見た方がいい。

 

「そういえば、八神二佐の出身世界には、鏡に己の美しさを問う童話があるそうですね。可能なら、わたしもぜひ質問してみたいものです」

「へえ。自分に随分自信があるんやね」

「ええ。「鏡よ鏡、ザフィーラさんに相応しい花嫁はだーれ?」と。問えば即答してくれるでしょうから」

「美しさ聞け! 美しさ!」

 

 馬鹿なやりとりをしながら、とりあえず玄関を開けようと廊下に出ると、何故かフィアメッタもついてきた。

 

「……いや、なんでついてくるん?」

「どうせ、新聞の勧誘か何かでしょう。お任せください、八神二佐。教会にくるいらない商品の勧誘は、わたしが大体撃退しています。それに、もし来客だった場合、そのしわしわの制服姿で相手を出迎えるおつもりですか?」

「ぐっ……」

 

 本当に、いちいち口が回るシスターである。

 

「べつに、新聞勧誘のお兄ちゃんに多少乱れた姿見られてもどうってことないわ!」

「いけませんね。ご存知ですか? そういう、ちょっとした美意識の緩みから、女性の外見は劣化していくものらしいですよ?」

「余計なお世話!」

 

 言い争いをしながら、二人並んでドアの前に立つ。ドアノブに手をかけようとするフィアメッタを制して、はやては自分でドアを開けた。

 まだ、早朝と言える時間帯。そんな早くから、八神家を訪れたのは、

 

 

 

 

 

「おはようございます、騎士はやて」

 

 

 

 

 

 満面の笑みを浮かべている、シスターシャッハだった。

 

「……シャッハ?」

「こんな早い時間からご自宅に訪問する無礼、どうかお許しください。もしかして、と思ったのですが……ここに、フィアメッタ・マジェスタは来ていませんか?」

 

 本当にどこまでも、にこやかな笑顔のまま、はやての隣に目を向けて、

 

「ああ、やっぱり……ここにいたのですね」

 

 紡がれる言葉だけが、あまりにも鋭利な冷気を伴う。

 

「ッ……!」

 

 瞬間、コンマ数秒の素晴らしい反応ではやての横から手を出したフィアメッタは、叩きつけるような勢いでドアを閉め、カギをかけ、さらにチェーンを完全にロックした。

 だらだらと冷や汗を流し、ぐるぐると目を回すフィアメッタは、先ほどまでとは一転。捨てられそうになっている子犬のような目で、はやてを見た。

 

「……や、八神二佐」

「シャッハー。ちょっとまってなー。すぐここ開けるからなー」

「まってくださいやめてくださいしんでしまいます」

 

 正面からはやてに抱き着き、懇願するフィアメッタ。しかし、はやてはそのままの状態でチェーンに手を伸ばした。

 

「んー? どいてくれるかな、准佐?」

「いやいやいや……いやいやいや! ダメですダメです! 本当にやめてください。今のシスターシャッハの前にわたしを出すのは、死ねと言っているのと同義です。わたしはまだ死にたくありません。ていうか、どうしてここに? 陽動は万全だったはず……」

「何年、あなたの教育係をしていると思っているのですか? あの程度の小細工で私を騙そうなど、片腹痛いのですよ」

 

 聞いてもいないのにドア越しに返ってきた回答に、フィアメッタはわなわなと震えて、さらに強くはやてに抱きついた。

 

「八神二佐! 開けないでください! 今、ドアを開けてしまったら、わたしとのお料理勝負の決着が永遠につけられなくなりますよ!?」

「ええんやない? どうせわたしが負けるらしいし」

「フィア。騎士はやてにご迷惑をおかけしていないで、はやく開けなさい。素直にドアを開けてくれれば……いえ、今さら素直になったところで、特に罰が軽くなるということは有り得ませんが、もしかしたら私の拳も多少は加減がきくかもしれません」

 

 すでに決定している鉄拳制裁に、フィアメッタが泣き出しそうな表情になる。

 いい気味だ、と腹黒タヌキモードで内心ほくそ笑みながら、はやては遂にドアのカギを外した 。

 

「あっ……!?」

 

 続けてチェーンを外そうしたはやての腕を、フィアメッタが掴む。しかし、もはや後の祭り。開いたドアの隙間から足がねじ込まれ、ついでに差し込まれた手のひらががっしりとチェーンの限界までドアをこじ開けた。空いた隙間から、獣のような眼光が覗く。

 

「……フィアメッタ」

「ひっ……!」

 

 はやてと揉み合うような体勢のフィアメッタを一瞥し、瞳の鋭さがさらに研磨される。

 

「騎士はやて。あとで修理費は払うので、お許しください」

「へ?」

 

 みしり、と。嫌な音が響く。

 はやての返事を待たずに、限界まで伸びきったチェーンがあっさり引きちぎられ、開かれたドアから武闘派シスターが玄関に踏み入った。

 

「あ、あわわわわわ……」

 

 ジャキン、と。メカニカルな音を響かせて、私服のままデバイスを展開するシャッハ。もはや、言葉も出ない様子のフィアメッタを見下ろし、鬼の教育係は一言。

 

「フィアメッタ。歯を食いしばりなさい」

「ちょ、まっ……!?」

 

 瞬間、風が吹き荒れ、

 

 

 

 

「ヴィンデルシャフトっ!」

 

 

 

 気合い、一閃。

 はやての目の前で、フィアメッタ・マジェスタの体が、廊下の奥まで一気に吹き飛んだ。続いて、吹き飛んだ体がドアを突き破る音と、さらにそれがどこかに激突する音が重ねて鳴り響き、

 

 

 

「私の味噌汁が!?」

 

 

 

 シグナムの悲痛な声が、それらを締めくくった。




サブタイトルがネタバレ過ぎた


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五等分の花婿

 守護獣、ザフィーラは困惑していた。

 

「本当に申し訳ありませんでした、騎士はやて。一体、何とお詫びすればよいのやら……」

「ううん、かまへんかまへん。シャッハが悪いわけじゃないんやし、ほんとに気にせんといてな? 朝ごはんも作ってもらったわけやし」

 

 昼下がりの日差しが差し込む、八神家の居間。はやてとシャッハが談笑し、シャマルが鼻歌交じりに掃除を行い、庭ではシグナムが稽古に励み、リインとヴィータは遊びに出かけている。何の変哲もない、来客であるシャッハがいること以外は特に変わったことのない、穏やかな休日。

 

「ええ、本当に……口と性格は捻くれているくせに、何故か料理はできるので……」

「ほんまにな~。リイン達も、とってもおいしかったって言っとったよ」

 

 困ったように言いながら、シャッハは朝食の残りをモリモリと口に運ぶ。お茶の湯飲みを片手に、はやてもにっこりと頷いてそれを肯定した。端から見ている分には、実に和む平和なやりとり。思わず頬が綻びそうになる、暖かい光景だ。

 

 

 

 

 

 ……その間に、天井から拘束魔法で吊るしたシスターがいなければ、だが。

 

 

 

「……あの~、八神二佐?」

 

「そういえば、シャッハ。今日はなんか予定あるん? よかったら、ウチで夕飯も食べていかへん?」

「よろしいのですか? でしたら、お言葉に甘えて御相伴に預からせて頂きましょうか……」

 

「……あ、シスターシャッハ! わたし、買い出し行きます! いくらでも買い出し行きますので、そのなんというか、このバインドを解いてもらえると大変有り難いのですが……」

 

「ほな、折角やし2人で買い物いこか!」

「そうですね。行きましょうか!」

 

「お二人とも! お二人とも~! 反省してます! 反省してますので! どうかこのバインドを解いていただけませんかー!?」

 

 ギチギチと身体に食い込む魔術拘束を揺らしながら泣き喚くフィアメッタ・マジェスタの姿は、見方を変えればそれなりに官能的な風情を伴っていないでもなかったが、しかし頭から角が生えてきそうな二人に睨み据えられているせいで、そんな情緒はこれっぽっちも生まれる気配がなかった。絵面的には、悪ガキがお仕置きを受けて吊されている構図そのままである。

 

「おかしいです! おかしいですよ! そもそも、何故わたしが吊されなければならないのですか!? わたしは腕によりをかけて朝食を振る舞っただけで、こんな風に全身ぐるぐるに縛られて吊されるような悪いことをした覚えはありませんよ!?」

「せやなー。いや、わたしはべつにええんやけどな? 料理の腕をバカにされたこととか、ほんの少しも気にしてへんし」

 

 ……あれは、かなり気にしているし、根に持っているな、と。ザフィーラは思った。

 

「ただ、ほら。そのバインドをやったのはシャッハやから。わたしにそれを解く権利はないんよ。堪忍な、マジェスタ准佐」

 

 めちゃくちゃいい笑顔でそう言ったはやては、身じろぎ一つできないフィアメッタの姿を、それはもうニコニコと眺めている。ひさしぶりに、主が少し怖い、と。ザフィーラは恐怖した。

 

「くぅ……シスターシャッハ! 今まで素直にお説教を受けてきてわたしですが、今回ばかりはきちんと抗議しますよ! なんなんですか、この仕打ちは!? わたしだってもう19ですよ!? 大人のレディなんですよ!? バインドでぐるぐる巻きにして天井から吊すなんて、いくらなんでも酷すぎるとは思いませんか!? いいや、酷い!」

 

 はやての懐柔を諦めたフィアメッタは、反語を織り交ぜながらシャッハに対して猛然と抗議する。しかし、残り物の朝食をモグモグしているシャッハは、右手に持った箸を茶碗の上に置いて。やはり聖母のような慈悲深さを感じさせる笑顔で、フィアメッタに対して笑いかけた。

 

「ええ。私も、まさかこの年にまでなってかわいい教え子をバインドで吊すことになるとは思いませんでしたよ」

 

 言いながら、シャッハの手のひらはフィアメッタの頭部をがっしりと掴み、万力の如くギリギリと締め上げる。アイアンクローである。

 

「あ、あああ! 痛い痛い痛い! 痛いです痛いです! それちょっと洒落になってませんから!」

「無断での外泊。無断での六課訪問。私の指示を無視し、あろうことか行き先を偽装するような工作まで……ええ、ええ。酷いですね。とても酷い。とてもじゃないですが、管理局で一定の地位を預かっている人間の行動とは思えません。まるで子どもですね。当然、子どもには教育的指導が必要です」

「暴力的指導は子どもの健全な成長を阻害しますよ!?」

「ほう。大人のレディと自分で言った舌の根が乾ききらない内から、その発言。相変わらず都合のいい言い訳ばかりペラペラと、よく出てきますね」

「すいませんごめんなさいわたしが悪かったです!」

 

 人の家のリビングダイニングで、恥も外聞もなく泣き叫ぶフィアメッタ。あのアイアンクローは少し痛そうだな、とザフィーラは他人事の様に思った。実際、わりと他人事だった。

 アイアンクローを解いたシャッハは、純粋な怒りを多分に含んだお説教顔を引っ込め、少し居住まいを正してから、改めてフィアメッタに語りかける。

 

「……まったく。いいですか、フィア? 騎士はやてを守る彼ら……守護騎士、ヴォルケンリッターの皆様は古代ベルカの時代の生きた証。私達が信仰と祈りを捧げる、聖王教にとっても重要な存在なのですよ?」

 

 そう。彼女の言う通りだ。ザフィーラは目を伏せた。

 ヴォルケンリッターは『闇の書』の防衛プログラム。本来、意志を持たない兵士として、戦場を駆け、主を守護すべき存在。今とは違う過去を生きた、忌まわしき遺物。

 その遺物が、何の因果か最後の最後に、優しい主に巡り会えた。

 主に恵まれ、人並みの幸福と争いのない生活を得た今でも……否、今だからこそ、ザフィーラは思う。自分達の幸せは、常に主と共に在り、主なき幸せは自分達には有り得ない。

 

「騎士ザフィーラも、その一人。あなたは聖王教会の一員という立場でありながら、彼の夜天の守護者に対して憧れと尊敬を履き違えた感情を抱いている。保護者として、それを見過ごすことはできません」

 

 

 だから、ザフィーラにとって彼女が向けてくれる好意は、どこまでも『他人事』だった。

 

 

 自分に感謝してくれる彼女は、女性として魅力的で、可愛らしく、いじらしかった。その真っ直ぐな好意に、絆されなかったといえば間違いなく嘘になる。けれど同時に、心の深い部分でそれをありえないと否定する自分がいた。

 恋を否定するわけではない。愛を感じないわけではない。ただ『違う』と思ったし、それは『できない』と確信してしまっていた。

 

「敬愛の念を抱くのは分かります。親交を持つのも良いでしょう。けれど、あなたと騎士ザフィーラが結ばれることは、絶対にありえません。大人になりなさい、フィアメッタ」

 

 シャッハの毅然とした断言に、流石にはやても思うところがあったのか。フィアメッタから顔を背けて、こちらを見る。そんな主に、ザフィーラは頷いて肯定の意を返した。厳しいかもしれない。残酷かもしれない。けれど、これで良いのだ。一過性の、その時だけの感情で、人生を棒に振るなんて間違っているのだから。

 

「わかったら、返事をなさい。そして、騎士はやてと守護獣ザフィーラに、謝罪を」

「……わかりました」

 

 拘束魔法で吊るされた状態。顔だけを辛うじて上げて、フィアメッタはシャッハを見る。先ほどまでの、駄々っ子のような雰囲気は一転して鳴りを潜め、翡翠色の瞳が真っ直ぐに師を仰いだ。

 その真摯な表情を見て、シャッハはようやく微笑んだ。

 

「……そうですか。わかってくれましたか」

「はい。よくわかりました。本当に、心の底からよくわかりましたとも」

 

 

 全ての迷いを振り切った。花が咲くような笑顔で、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、シスターシャッハは格闘勝負にしか興味がない……恋する乙女の気持ちなんてこれっぽちも理解してくれない、生粋の女ゴリラだということをっ!」

 

 

 

 

 

 

 言い切った。

 言い切って、しまった。

 

「な……な、な、な」

「ばーかばーか! シスターシャッハのばーか! ヴォルケンリッター? 守護騎士? なんですか、さっきから黙って聞いていれば小難しい理屈ばかり! 立場があるのはわかります。ザフィーラさんが『普通』ではないのもわかります! そんなこと、今さら言われなくてもわかっているんですよ!」

 

 あまりの暴言に唖然とするシャッハ、固まるはやて。そんな二人を睨み据えながら、フィアメッタは畳みかける。

 

「ですがっ! だからこそ! それを理由にわたしの好意を否定されることは、立場以前に……単純に一人の女として我慢なりませんっ!」

「っ……あなたはまた、そんな子どものような……」

「ええ、子どもですとも! 子どもで結構ですよ! どうせわたし、まだ処女ですから! 大人の階段上りきってないお子ちゃまですから!」

 

 何事かと庭から戻ってきたシグナムが、そのあまりにひどいあけすけな一言につんのめってすっ転ぶ。しかしフィアメッタは、すっ転んだシグナムを気にもしない。

 

「大体、さっきから何なんですか本当に! 古代ベルカ時代の生きた証!? 教会にとって貴重な存在!? たしかに、ザフィーラさん達は古代ベルカの時代から生きてきた、わたし達とは少し違う存在なのかもしれません。でも、わたし達が今、この瞬間に話しているのは! 過去ではなく、ここにいるザフィーラさん達でしょう!?」

 

 過去ではない、現在。

 その一言に、はやての表情がはっと固まった。

 

「わたしがザフィーラさんを好きになったのは! ザフィーラさんが優秀な魔導師だったからでも、守護騎士だったからでもありません! あの時、わたしを助けてくれたのが……わたしの窮地を救ってくれたのが、他の誰でもない、ザフィーラさんだったからです!」

 

 彼女を助けた時のことを、ザフィーラは思い出す。

 狭い洞窟。何体いるかもわからない、ガジェットドローンの大群。そんな危険な場所に、自身のデバイスの特性が適していないことを知りながら、フィアメッタ・マジェスタは迷わず突入した。先に中へと侵入した、仲間の身を案じて。

 ザフィーラは偶然、その場に居合わせただけだ。それは、運命というにはあまりにもただの偶然であったし、たとえ窮地に陥っていたのがフィアメッタ以外の誰かだったとしても、ザフィーラは迷わず救助に向かっていただろう。だから、彼女の言うことは、きっと正しい。

 

「逆に、ザフィーラさんがこの時代の人ではなかろうが、守護獣であろうが、普段は犬の姿であろうが、お姑さんがネチネチと面倒そうであろうが、そんなことは全部ひっくるめて関係ありません! それでもわたしはあの時、心の底からザフィーラさんに惚れました!」

 

 自分が、フィアメッタ・マジェスタを助けたのは。

 『守護獣ザフィーラ』という存在が、そう在るように設定されたプログラムだから……だとか。あるいは、力を持った優秀な魔導師であるから……といった、理念や理屈から成る道理が通った理由ではなく。ただ、本当に単純に。

 

 

 あの時、あの場所にいた自分が、救いたいと思ったから。たったそれだけのことだった。

 

 

「聞いてください、ザフィーラさん!」

 

 立場ではない。理屈でもない。それらは時に……否、大抵の場合、恋愛関係を構築する上での大切な要素となるのであろうけれど。

 

「わたしはまだ、ザフィーラさんのことを全然知りません! いきなり結婚なんて、少し先走り過ぎたのかもしれません。六課のみなさんにも、八神家のみなさんにも、わたしはたくさん迷惑をかけました。ですから、そのことに関しては心から謝罪します……でも、わたしはまだ答えを聞いていません! だから、もう一度言います!」

 

 普通とは少し違った彼女は、

 

 

「ザフィーラさん、わたしと付き合ってください!」

 

 

 そういったものを抜きにして、自分に交際を申し込んでくれているのだと。ザフィーラはようやく理解した。

 我ながら、あまりにも鈍いと思った。

 拘束魔法で吊るされたままの、どこまでも不格好な告白。だがその気迫は、はやてとシャッハを明らかに圧倒していた。女性が勇気を振り絞って紡いだ、熱を帯びた言の葉に。応えないのは、男ではない。

 立ち上がり、四足歩行から二足歩行へ。獣の姿を解いて、人間の形態を取ったザフィーラは最初にレストランで会った時、そうしたように……フィアメッタの眼前で膝をついた。

 鈍いのはわかった。口下手なのは自覚している。だから、ザフィーラは言った。たった一言、返答を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしく頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シグナムが、ぶっ倒れた。

 

 しん、と空気が静まり返る。はやてもシャッハも何が起こっているのか意味が分からず、ただただ固まっていた。

 返事をしたのに、それに対する回答がない。

 そういえば、とザフィーラは止まった空気の中で考える。

 彼女にまじまじと。こんなに近くで、人間の姿と顔を見られるのは、はじめてだったような……

 

「褐色……ケモ耳……銀髪」

 

 まるで、熱に浮かされた子どものように。フィアメッタが呟いた。

 

 決意は固まった。今さら、後悔はない。

 

 いや。だが。しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やだもう……顔も超タイプ、です」

 

 

 

 

 

 

 

 ……本当にこのシスター(彼女)、大丈夫なのだろうか?



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されど彼女は魔法と踊る

 けたたましいベルの音で、わたしは目を覚ましました。

 

「ん……」

 

 シスターシャッハ曰く、古代ベルカ時代のデザインをあしらった貴重な骨董品……もとい、そこそこの値段がするらしい高級な目覚まし時計を、思いっきりぶっ叩いて機能停止させます。

 できることなら、このまま二度寝のひとつでも決め込みたいところですが……そうもいきません。

 

「……はぁ」

 

 己の寝起きの悪さにうんざりしながら、起き上がって布団から出ます。まずは上を脱ぎ、次に下をパージ。ぬくぬくとした布団から、自分の体を冷たい空気に晒してようやく一息。なんとか覚めてきた目をこすりつつ、洗面所へ。髪をまとめて冷水を顔にたっぷり浴びて、ようやく意識が立ち上がってきました。

 

「よし」

 

 このまま外に出ると痴女扱いされてしまうので、タンスから適当な下着を見繕って身に着けます。そのままいつもの修道服に手を伸ばそうとして、思い留まりました。あぶないあぶない。今日はこっちじゃないんですよね。

 下着の上からぴったりと肌に密着する黒のインナーを着て、ブラウスを羽織ります。ボタンを留めて首周りの調子を確認しつつ、黒のタイツを履いて、次にタイトスカートを。ネクタイを締めて……ジャケットは、まだいいでしょう。

 自室から廊下に出ると、朝が早い子達が何人か、掃除などに精を出していました。感心感心。頭が下がりますね。

 

「シスターフィア、おはようございます」

「おはようございます」

「おはようございます、フィアメッタさん」

「はい。おはようございます」

 

 挨拶を繰り返しながら厨房へ行くと、すでに見習いの子達が朝食の準備に勤しんでいます。朝は時間がなくて忙しいのです。

 

「シスターフィア! おはようございます!」

「おはようございます。どうですか? 準備の方は」

「すいません。ちょっと遅れ気味で……」

「わかりました。では、主菜はわたしの方で適当にやるので、パンやスープの準備をお願いします。この前、カリムさんが農場から野菜を頂いてきた、と聞きましたが……」

「はい! まだ残っています」

「じゃあ、それを使わせてもらいますね」

 

 エプロンを身につけて、袖を捲りながら、手近なボウルを手にとって、片手で卵を割り入れます。さてさて、今朝は何にしましょうかね……

 

「シスターフィアメッタ」

「はい?」

 

 頭の中で行っていた卵料理の検索が、その一言で中断します。顔を上げると……ではなく、視線を下げると、教会の中でも年少の部類に入る子が、こちらを見上げていました。

 監督役の一人が、慌ててわたしとその子の間に入ります。

 

「こら! シスターの邪魔をしないの!」

「ああ、いえ。そんなに目くじらたてなくても大丈夫ですよ。どうかしましたか?」

「はい。ききたいことがあって」

「聞きたいこと? わたしに?」

 

 なんでしょう?

 調理に関することなら、基本的に何でも答えてあげられる自信がありますが……でも、これくらいの年の子には、まだあんまり包丁持たせたくないんですよねー。朝はただでさえ忙しいですし、野菜の切り方とかなら今度わたしが休みの日にでも、じっくりと……

 

 

 

 

「シスターフィアメッタは、男の人とお付き合いすることになったんですか?」

 

 

 

 

 おおっと。卵が滑った。

 

「シスター!?」

「フィアメッタさん!? 卵! 卵!ボウルの中に入れてください! 下に落ちてます!」

 

 はっはっは。みんな大袈裟ですねぇ。大丈夫、大丈夫。ちょっと驚いただけですから。

 床を拭いてもらうように他の子にお願いしながら、わたしは野菜を切るために包丁を手に取りました。お喋りして、作業を止めている余裕はありませんからね。口を動かしながら、手も動かさないと。

 

「それは、一体誰から聞いたんですか?」

「みんな、うわさしています」

「あら、そうなんですね」

「そうなんです」

 

 わたしがぐるりと周囲を見回すと、先ほどの監督役の子も含め、全員が目を逸らしました。

 んー、これだから女ばっかりの共同生活集団は!

 

「らぶらぶだって、ききました」

「あっはは……ラブラブですか。いえいえ、そんなことはないですよ」

「シスターフィア! 包丁! 包丁振り回さないでください!」

「下に! 横に振るんじゃなくて、下に振り下ろしてください! 危ないです!」

 

 おおっと、包丁が滑った。危ない危ない。

 野菜を適宜刻みながら、深呼吸。落ち着きましょう、フィアメッタ・マジェスタ。ザフィーラさんがわたしの告白を受け入れてくれて以来、ちょっとだけ……ほんのちょーっとだけ、浮かれ気味なのは事実ですが。

 しかしかといって、ラブラブだとか、もはや夫婦だとか、結婚が近いだとか。そんな風にからかわれる筋合いはな……

 

 

「シスターフィアは、いつ結婚するんですか?」

 

 いや、照れますねもうっ!

 

「シスターフィア!」

「ボウル持ったまま振り回さないでくださいシスターフィア!」

「フィアメッタさん! 中身! 中身こぼれてますからぁ!?」

 

 おおっと。いろいろ滑った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「弛んでいますね」

 

 朝食の時間。

 対面に座るシスターシャッハにそう言われ、わたしは首を傾げました。

 

「弛んでる? え? 何がですか? シスターシャッハのお腹がですか?」

「ぶっとばしますよ」

 

 朝っぱらから不機嫌な人ですね。カルシウム足りてないんじゃないんですか?

 わたしが牛乳を注ぐと、シスターシャッハはコップをひっつかみ、ゴクゴクとそれを飲み干しました。いや、実にいい飲みっぷり。

 

「今朝も、厨房を荒らしたと聞きましたよ」

「その分、しゃかりきに働いて挽回しましたとも。今朝の卵料理は自信作ですよ?」

「まったく……そういうことを言っているのではありません」

「えー? じゃあ、どういうことを言いたいんですか?」

 

 シスターシャッハはトーストと卵をモリモリ食べながら、言葉を続けます。

 

「いいですか、フィア? たしかに私は、あなたとザフィーラ殿が正式にお付き合いをすることを認めました。あなたの告白に対して、他ならぬザフィーラ殿の同意があったのです。わたしにそれを止める権利はありません」

「当然ですね」

「ですが! だからといって! ふしだらな関係を容認する気はありませんし、教会や管理局の仕事をいい加減にすることも許しませんよ!」

「はいはい。わかってますよ」

「はいは一回でいい!」

「はーい」

「のばすな!」

 

 はぁ……ほんとに、朝からお小言がうるさいですね。今日の予定が教会で過ごす類いのものじゃなくてよかったですよ。

 

「すいません、シスターシャッハ」

「なんです? まだ説教が聞きたいのですか?」

「いえ、そうではなく。朝ご飯、食べ終わったらミッドチルダまで行きたいので『送迎』をお願いしてもいいですか?」

「それは構いませんが……ああ、だから今朝は制服姿だなんですね。そういえば、修理が終わるのは今日でしたか」

 

 そう。ザフィーラさんに助けてもらったあの任務で破損していた、わたしの『デバイス』が今日! ようやく修理を終えて、手元に戻ってくるのです!

 待ちわびましたよ、ほんとにもう。あの子さえ手元にあれば、シスターシャッハにバインドで緊縛プレイされたり、拳骨くらったり、強引に連れて行かれることなく、きちんと抵抗できますからね。ああー、長かった。

 

「技術部だけでなく、本局の方にも顔を出すのでしょう?」

「はい。最近は書類の処理だけでいろいろご無沙汰でしたからね。今後の任務のこともありますし、回れる場所は一通り回っておこうかと」

 

 結構、長いことお休みもらっちゃいましたからね。デバイスがない魔導師にできることなんてほとんどないので、仕方ないといえば仕方ないのですが……流石に、休んだ分はきちんと働かねば。

 

「では、六課にも行くのですか?」

 

 ちっ……鋭いですね。

 誤魔化そうとも思いましたが、シスターシャッハは「てめぇウソ吐いたらぶっ殺すぞ」みたいな目で、こっちを見ています。わたしは、両手を挙げて降参の意を示しました。

 

「ええ、もちろん行きますよ。結局、この前以来ミッドチルダに行けていませんからね。どこかの誰かさんがわたしの外出を制限してたせいで」

「そうですね。あなたがすぐザフィーラ殿に会いに行こうとするから、どこかの誰かさんがそれを優しく止めて、仕事が終わるまで監督していたのは当然でしょう」

 

 ふふ。この鉄腕ゴリラ、いけしゃあしゃあとほざきよるわ。

 

「流石に、今日は止めないでくださいよ。さっきも言いましたが、いろいろと回るところがありますし……今日、六課に行くのは八神二佐に呼ばれたからでもあるんですから」

「はぁ? 騎士はやてがあなたをわざわざ呼び出すわけがないでしょう? だって、あなた嫌われ……ゴホン、あまり好意的に見られていないじゃないですか。嘘を吐くにしても、もう少しマシなものを吐きなさい」

「すいません。今、嫌われてるって言いかけましたよね?」

 

 失礼な! たしかに、わたしもあんまり好きじゃないけど失礼な!

 

「呼ばれたのは本当ですよ。メールをいただいたんです」

「メール?」

「はい」

 

 口で説明するよりも見せた方が早そうなので、わたしは通信用の端末を開いて、シスターシャッハに見せました。八神二佐からのメッセージはいたってシンプルに、僅か一行。

 

 

 

 ウチのシグナムと、模擬戦せぇへん?

 

 

 

「……フィア」

「はい?」

「あなたこれ、喧嘩売られてません?」

「あ、やっぱりそう思います?」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 そんなわけで、やってきました機動六課。

 

「えーと、シグナムさん。準備万端、ばっちこいなご様子ですけど……これ、やっぱりほんとにやるんですよね?」

「はい」

 

 見慣れた管理局の制服姿ではなく、バリアジャケット……紅と白の騎士甲冑に身を包んだシグナムさんは、腕を組んだまま静かに言葉を続けました。

 

「準佐のデバイスが、手元に戻ったとお聞きしました、折角の機会です。私も私のやり方で、親睦を深めさせて頂こうかと」

「……具体的には?」

「主はやてに、お伝えしてもらっている通りです。今更、皆まで言わずともお分かりでしょう?」

 

 シグナムさんは腰に差したデバイス『レヴァンティン』を抜き放ち、こちらに向けて突きつけました。

 

「フィアメッタ・マジェスタ準佐。私と、模擬戦をして頂けないでしょうか?」

 

 ……あー、やっぱりこういう展開になっちゃうんですね。

 いえ、こんなだだっ広い訓練室に連れて来られた時点で、お察しでしたけどね? なんか上の観客席っぽいところに、なのはさんやフェイトさんをはじめ、機動六課のみなさんが勢揃いしていますし。

 観客席の中心にラスボスのように居座るはやてさんを見上げ、わたしは声を張り上げました。

 

「八神二佐! これはあなたの差し金ですか!?」

「差し金? なんのことやろ? 準佐が何を言いたいのか、わたし、ようわからんなぁ」

「シグナムさん。この模擬戦、八神二佐が指示を?」

「あ、はい。主はやてが「折角やし、模擬戦でもしてみたら?」と、提案されて……」

「シグナムぅ!?」

 

 さすが、シグナムさん。うそがつけない堅物巨乳委員長タイプなだけあります。素直に答えてくれましたね。

 

「やることがいちいちセコいですね、八神二佐。そんなにわたしとザフィーラさんの仲を認めたくないのですか?」

「そ、そんなんとちゃいますー! わたし的にはただその、なんというかええと、そう……八神家に弱い女はいらないみたいな! そんな感じや! アンタがザフィーラに相応しい花嫁かどうか、ウチのシグナムがきっちり見定めたるっ!」

「はやてちゃん……」

「ちゃっと無理があるよはやて……」

 

 両隣に座るなのはさんとフェイトさんが、呆れた目で親友兼上司を見ています。

 弱いやつはいらねぇとか、どこの戦闘民族ですか。頭世紀末なんじゃないですかあの家長。頭モヒカンにして、クロノ提督のバリアジャケットみたいに肩にトゲでも付けてればいいのに。

 

「まー、でもウチのシグナムは強いからなー。そりゃもう、めちゃくちゃ強いからなー。教会の秘蔵っ子と呼ばれるマジェスタ準佐でも、勝たれへんかもなぁ?」

 

 世紀末帝王YGAMIHAYATEは気を取り直して、こちらを見下ろしながら言ってきます。

 ははーん? 将来の姑ということで大抵の発言は聞き流してきましたが……ちょっとカチーンときましたよ、今のは。

 

「……分かりました、いいでしょう」

「え」

「八神家には弱い女はいらない、というその道理。たしかに、一理ないこともないかもしれません」

 

 わたしが強くないと、いざという時ザフィーラさんを守れないかもしれませんし。ザフィーラさんは盾の守護獣なのでみなさんを守るのが役目ですが……それなら、わたしがザフィーラさんを守ればいいだけのこと。

 なので、ここでしっかりと、あのうるさい姑に証明してみせましょう。

 

「この勝負、受けて差し上げます」

 

 わたしが、ザフィーラさんに相応しい『強い女』であることを。

 首から下げた銀色の十字架に、そっと手を添えます。帰ってきたばかりで申し訳ないですが、リハビリ代わりに働いてもらいましょう。

 

「…………起きてください」

 

 渦巻く魔力に、身を委ねて

 

 

 

 

 

「『シェーンディリゲント』」

 

 

 

 

 相棒の名を、わたしは呼びました。




ようやくシグナムさんの出番ですよ。
やっぱりリリカルなのはは戦闘しないと。


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鉄血のシグナム・前編

 デバイスとバリアジャケットの装着は、魔導師に独特な時間感覚をもたらす。

 周囲から見れば一瞬で終わる『変身』も、衣服の分解、収納、防護装備の起動、展開……と、その実、決して単純ではない複雑なプロセスを経ているのだ。

 

「セットアップ」

『Get ready』

 

 フィアメッタ・マジェスタが短く告げた瞬間、機械的な音声が響き、その足元に魔法陣が展開した。

 首にかけたシェーンディリゲントを人差し指と中指で挟み込み、そっと掲げて、フィアメッタは十字架の中心に口吻をする。中心に埋め込まれたクリスタルが淡く輝き、明確な変化が始まった。

 まずジャケットが、次にブラウスが、そしてタイトスカートが。魔力光に包まれ、分解される。白い肌に映える水色の下着が露わになり、十字架を掴む右手を掲げると同時にそれらも消滅し、フィアメッタは一糸纏わぬ姿となった。

 魔素の奔流を受けて、腰まで届く黒の長髪が靡く。煌めく魔力光は、やや赤みが強い桜色。奇しくも『エース・オブ・エース』と同色の魔力色は、情熱家、そして純心一途を意味する。

 手にしたシェーンディリゲントを手放し、フィアメッタは両の手を水平に広げ、細くしなやかな脚を重ねるように閉じた。瞳に目蓋でふたをして、デバイスに身を委ねる。空中でくるくると回転する十字架は、自然にフィアメッタのシルエットと重なって。瞬間、さらに強い輝きを放ち始めたシェーンディリゲントは、裸体に桜色の魔力を纏わせていく。

 足首の指先からふくらはぎまで。そして腰回りに集中した魔力が、黒のインナーを形作る。胸の下からへそまでは露出したまま、上半身にも同様のそれを身に纏った。

 閉じていた、右手を広げる。二の腕から指先まで、桜色の光が腕全体をなぞるのと同期して、アームカバーが現れ、白磁の肌を黒く染め上げた。

 閉じていた、左手を広げる。ショートパンツのみだった股間を覆い隠すように、やはり漆黒の長布が膝の先まで伸びた。

 優しく開いた両手の、白い指先を重ね合わせて。胸の前で祈りを捧げたフィアメッタは、そしてようやく翡翠色の瞳を開いた。

 桜色の魔素が、花弁の如く舞い散る。同時に、黒のインナーとはどこまでも対照的な、白のロングローブが腰から広がった。魔力の勢いで軽やかに靡くそれに合わせるように、上半身にもノースリーブのジャケットが展開される。相反するはずの二つの色は、しかし不思議と安心するような、見事な調和を示していた。

 

 一歩、前に出る。

 硬質な音を響かせながら、銀色のブーツが装着され、魔法陣を踏みしだく。

 二歩、前に出る。

 胸元の中心。二の腕の袖口。白のローブの中央から伸びる長布。それら全ての漆黒を彩るように、暖かい緑色のラインが輝いた。

 三歩、前に出る。

 全身の装飾の締め括りとして、胸元にワンポイントのリボンが添えられ。白の清廉さをより強く示すために、金色の飾緒がぐるりと弧を描く。

 しかし、これで終わりかと言えば、それは否。唯一、魔力の輝きが届いていない頭を振って、フィアメッタは自身のアイデンティティとも言える黒髪を広げた。

 見えない何かを包み込むように、広げた両手が、指先が、軽やかに動き始める。銀色の爪先が、あるいは惜しげもなく露出した肩が、リズムを刻む。クレッシェンドから、ディミヌエンドへ。時折、アクセントを添えながら。メロディー、リズム、ハーモーニー。それらを全身で表現するフィアメッタの動きは、紛れもなく目に見えない音を表現する『指揮』だった。

 リズムを一つ、変える度。白のベールが少しずつ伸びる。テンポを一つ、変える度。美しい音色に更なる表現を加えるように、控えめなそのベールに金色の装飾が添えられていく。

 

 美しい指揮者には、やはり指揮棒(タクト)が必要だ。

 小さく、控えめに、ささやかに。伸ばした指先でフィアメッタが手にしたのは、吸い込まれるような深い藍色だった。デバイスと呼ぶにはあまりにも小さく頼りないその指揮棒は、しかし紛れもなくフィアメッタ・マジェスタの相棒である。

 

 束の間の演奏を讃えるように踊り散る、桜色の花弁。その中心に降り立ったフィアメッタは、左手を握り締め、旋律を締めくくった。

 

「さて……」

『Leave that up to me』

 

 眼前で剣を構える騎士に向けて、一言。

 

「はじめましょうか」

 

 

 

★☆★☆

 

 

 

 バリアジャケットとデバイスを起動したフィアメッタを見て、高町なのはは目を疑った。

 フィアメッタが身に纏うのは、白と黒を基調としたバリアジャケット。修道女の服を模したデザインのそれは、彼女が普段から着用しているものとは異なり、金と緑の装飾が全体に施されている。黒髪の美しさをより引き立てるのは、髪色と対照的な白のベール。腰周りや二の腕を露出した軽装は、機動六課で言えばスバルやのティアナのバリアジャケットに近いだろうか。それは楚々とした彼女の雰囲気を損なわない、一種の優美さを感じさせた。

 だが、なのはの驚愕の理由は、そんな彼女の姿ではなく……

 

「あれは……杖?」

 

 彼女が携える、武器にあった。

 魔導師が己のデバイスに『杖』を選ぶこと事態は、決して珍しくない。むしろ武器として構えやすく、場合によっては近接戦に対応し、メインの射砲撃を行う際に魔力の収束と照準を行いやすい杖は、空戦魔導師が手に取るデバイスの形状として、極めてメジャーなものだ。シグナムの『レヴァンティン』やヴィータの『グラーフアイゼン』といった、はっきりと武器の形状をとるアームドデバイスの方が稀である。

 ただし。フィアメッタがゆったりと指先だけで構えたのは、デバイスと呼ぶにはあまりにも細く、短く、小さい、まるで『指揮棒』のような杖だった。

 

「……そういえば、はじめて見るね。彼女のデバイス」

「『シェーンディリゲント』。データでは『カートリッジシステム』搭載型のインテリジェントデバイスとあるけど……ちょっと妙やね」

 

 テンションが暴走気味だったはやては、やや落ち着きを取り戻して、フィアメッタのデバイスを注視する。なのはも、それに頷いた。

 

「うん……ちょっとおかしい。機能をまとめた小型のデバイスはシャマル先生の『クラールヴィント』とかがあるけど……」

「シャマルの本領は、治療と補助や。前線に出る必要のないクラールヴィントも、それに適した形になっとる。でも、マジェスタ準佐のデバイスは別や。いろんな部隊に出向して、前線でバリバリ戦えなきゃならんのに……」

 

 生真面目にフィアメッタの姿を観察していたティアナは、まだ誰も触れていない疑問を口にした。

 

「あのデバイスって『カートリッジシステム』搭載型で間違いないんですよね?」

「はいです! 間違いないです」

 

 周囲を飛び回りながら、リーンが元気よく肯定する。証拠と言わんばかりにティアナの目の前にホロウインドウが展開され、フィアメッタのデバイスに関する簡単なデータが浮かび上がる。

 

「……やっぱり、おかしい」

 

 データ上にも明記されたその情報に、ティアナはまた首を傾げた。

 ミッドチルダ式とベルカ式。二つの魔法形式の最も大きな違いとして挙げられるのは、やはり『カートリッジシステム』の有無である。

 圧縮魔力を込めたカートリッジは、そもそもの魔力保有量で劣る古代ベルカの民が、武器や徒手を用いて敵に直接魔力を叩き込む目的で開発された。故に、古代ベルカ式に特化したアームドデバイスを扱うシグナム達のような魔導師は『騎士』と呼ばれる。

 なのはやフェイト、ティアナもカートリッジが搭載されたインテリジェントデバイスを相棒にしているが、それらはカートリッジの使用による魔力の底上げを目的にしているので、武器を用いた近接魔法攻撃……という基本的なベルカ式の運用体系とは思想が異なる。フェイトも近接戦闘を主とした魔導師だが、本来の意味で正しく『ベルカ式』の使い手と呼べるのはスバルやシャッハなど、限られた者だけである。

 ベルカ式のカートリッジシステムを組み込み、ミッドチルダ式に流用しているのが『レイジングハート・エクセリオン』や『バルディッシュ・アサルト』、そしてティアナの『クロスミラージュ』などのデバイスだ。装填方法に細かな違いはあれど、カートリッジを使用する以上、デバイスには一定のスペースが必要になってくる。

 そう。

 指先だけで保持することができるあの小さなデバイス……『シェーンディリゲント』に、魔力カートリッジを装填するスペースなどあるわけがなかった。

 

 

 

 

 ティアナ達と同様の疑問は、当然フィアメッタと直接対峙するシグナムも抱いていた。

 

(妙なデバイスだ)

 

 抜刀したレヴァンティンを正眼に構えながら、シグナムは思考する。

 シスターシャッハの弟子ということで、近距離タイプの騎士……つまりは、自分と似たような戦闘スタイルを予想していたが、あの貧弱な杖でレヴァンティンと打ち合えるわけもなく。よもや得物もなしに近接戦に飛び込むほど、彼女も馬鹿ではあるまい。

 

「それが、貴方のデバイスですか」

「ええ。シェーンディリゲント。見た目は小さいですが、わたしの大切な相棒です」

「それで、私のレヴァンティンを受けきるおつもりで?」

「まさか。この子にそんな能力はありませんよ。わたしは、シグナムさんやシスターシャッハと違って、前に出てバリバリ殴り合うタイプではないので」

 

 けろりとした表情で、フィアメッタは軽く答えた。

 

(つまりは、高町と同じタイプ……射砲撃がメインなのは間違いない。何故、あれほどデバイスが小型なのか。気になるところではあるが……)

 

 とはいえ、待っていても答えは出ない。

 

「……よろしいでしょうか、準佐?」

「はい。いつでもどうぞ」

 

 肯定と共に向けられた笑みは、自信の表れか。

 

「では……」

 

 右足を大きく前に出し、体内の魔力を練り込み、

 

 

「胸を、お借りします」

 

 

 シグナムは、跳んだ。

 模擬戦が始まる。先手を取ったのは、やはりヴォルケンリッターが誇る炎の騎士である。

 文字通りの突進。策も何もない、いっそ愚直なまでの正面からの突貫は、しかし純粋であるが故におそろしいスピードと威力を伴っていた。

 

 まずは、一太刀。

 そこからはじめよう、と言わんばかりに。

 

 小手調べ、というにはあまりにも痛烈な斬激が、無防備に立つフィアメッタに迫る。

 

「うわ、はや……」

 

 しかし、フィアメッタは動かなかった。ただ、目を大きく見開いてレヴァンティンの白刃を見詰めるだけで、

 

「……っ!?」

 

 その斬激の軌跡を完璧に見据え、見切った彼女は、上半身を軽くそらすだけで剣の描く軌跡から完璧に逃れてみせた。

 

(体捌きだけで……?)

「……なぁるほど」

 

 ニィ、と。

 シグナムがそれまで見てきた笑顔とは、全く別の種類の笑みが表に浮かび上がる。

 

「シスターシャッハと、同じくらいの速さですね」

 

 シグナムの内心の動揺に答えるように、フィアメッタは独りごち。同時に軽いステップで後退した彼女の周囲に、桜色の光が灯る。

 くん、と持ち上がった杖の先に、同期して動く光弾は四つ。

 

「シュート」

 

 呟きと同時に解き放たれたそれらの誘導弾を、しかしシグナムは片手で振るうレヴァンティンで切り裂き、はじき、叩き落としてみせた。

 魔力弾の展開スピードが早い。砲術戦のエキスパートであるなのはほどではないにしろ、それに準ずるスピーディーな装弾だ。

 

「……流石、伊達ではないか」

「……あらら、全部落としますか。変態さんですね」

 

 互いに賞賛を漏らし、二人の体は地面から飛び上がって宙へと舞った。空戦魔導師の花たる、空中戦の幕開けである。

 

「シグナム副隊長が追いつけない!?」

「おー、なかなか速いじゃねぇか。あいつ、やるな」

 

 エリオは驚いたように、ヴィータは至極感心したように。序盤の小競り合いを終え、空中機動に移った二人を見上げる観客席から、感嘆の声が漏れる。

 互いの尻尾を取り合うようなドッグファイトを繰り返すシグナムとフィアメッタの攻防は、しかしどちらかといえばシグナムの方がフィアメッタに『追いつけていない』ように見えた。

 

「誘導弾を小刻みに展開して、シグナムを近寄らせていない……」

「うん。近接戦を完全に封じる腹積もりみたいだね」

 

 その理由は単純。攻撃レンジの差である。

 古代ベルカの騎士としてのスタイルを貫くシグナムは、基本的にどうしても近距離戦が主となる。対戦相手であるフィアメッタが、その弱点を突かない手はない。

 

(まだ低ランクの誘導弾しか撃ってきていない。断定はできないが……テクニックだけでなく、魔力量も並以上だろう。なるほど。大した実力だ。射撃の正確さも、空中の機動も、それぞれ高町とテスタロッサに迫るものを感じる)

 

 狙いの正確な魔力弾を捌きながら、シグナムの口角は自然と釣り上がった。シスターシャッハのような近接戦のエキスパートとの模擬戦は心踊るが、このように自分を徹底的に封じ込めようとする相手との戦いも、また悪くない。

 実際、フィアメッタの実力は間違いなく高かった。三流の魔導師なら瞬殺、二流の魔導師では持って数分。一流の魔導師でも、彼女の前では今のシグナムのように弱点を的確に突かれ、丸裸にされてしまうだろう。

 

 しかし、忘れるなかれ。

 

 ヴォルケンリッター、随一の剣。炎の騎士シグナムは、数百年に渡ってその一流の魔導師を屠ってきた、紛れもない生粋の強者である。

 

「レヴァンティン!」

『Schlangeform』

 

 そして、彼女の唯一無二の相棒たる炎の魔剣は、彼方の敵すら逃さない。

 一旦、鞘に収めたレヴァンティンから、カートリッジが排出される。居合いの如く抜き放たれたレヴァンティンの刃が、細かく割れ、蛇の如く伸びて唸る。いくつもの節に分かれた蛇腹剣。遠距離の敵に対応するための鞭状の連結刃、シュランゲフォルムである。

 迸る赤い魔力が臨界点を越え、炎となって赤く燃え上がる。それは、シュランゲフォルムの特性を活かした『砲撃級』の魔力付与斬撃。

 

 

「飛竜……」

 

 

 渦巻く刃と炎が、

 

 

「一閃!」

 

 

 フィアメッタを飲み込まんと、食らいつく。

 実体のある刃。輝く魔力光。そして、シグナムの魔力変換体質により付与された、真紅の炎。だが、そんな破壊の三重奏を目前にしてもフィアメッタの表情に焦りの色は微塵もなく。むしろ、シグナムにつられるように翡翠色の瞳は瞬いて、

 

「……ソニック、ムーブ」

 

 加速。

 その赤き渦を紙一重でかわし、一転。シグナムに対して自ら距離を詰め、クロスレンジと言っても過言ではない距離まで、一気に肉薄した。

 

「な……」

 

 模擬戦を開始してはじめて、本当の意味でシグナムは驚愕する。

 この土壇場で、回避でも、防御でも、応撃でもなく……接近という選択肢を選び取った。その回答がフィアメッタの左腕に集約する。

 射撃魔法ではない。数秒のチャージを要する、掛け値なしの『砲撃魔法』。

 

 

発射(フォイア)

 

 

 シュランゲフォルムはレヴァンティンを伸長することで剣という武器の常識に囚われない、圧倒的なリーチを獲得する。しかし、それは同時に刃自体がシグナムの手元から離れる……即ち、レヴァンティンの刀身を防御に用いることができないということを意味する。

 零距離砲撃。すれ違い様に叩き込まれるように放たれたそれが、シグナムに直撃した。




変身シーン書くのたのしい……やはり変身と戦闘こそ魔法少女の花!

そんなわけで、また友人が書いてくれたイラストを載せておきます。ラフですが、フィアメッタのバリアジャケットのデザイン案です。こちらを見てもらってから本編を再び読んで頂くと、変身シーンがより一層イメージしやすくなり、お楽しみ頂けると思います。


【挿絵表示】


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鉄血のシグナム・中編

 足りない、とわたしは思いました。

 何が? 手応えが、です。

 

「ふぅむ……なかなか、どうして」

 

 しぶといですね。

 距離を詰めての零距離砲撃。可能ならばこれで仕留めるつもりでしたが、直撃を受けたシグナムさんは錐揉みするように落下しつつも、意識までは手放していません。

 

Strong defense(固いですね)

「っていうよりは、巧くタイミングをずらされた感じでしょうか。やりますね、シグナムさん」

 

 シェーンディリゲントが漏らした感想に応えながら、魔力球を複数展開。弾丸をバラ撒いて、追撃に移ります。対するシグナムさんは、地面すれすれに飛行しながらこれを回避。わたしとわたしの弾丸から、完全に『逃げる機動』に移りました。

 空戦魔導師同士の戦いは大抵の場合、距離を取っての『射砲撃』の撃ち合いに終始します。しかし、シグナムさんは近距離戦に重点を置いた生粋のベルカ騎士。接近を許せば一撃でやられる危険性を常に孕んでいる以上、回避と射撃の精度が肝になる通常の戦闘とは、異なる『組み立て』が求められます。

 

「シェンディ」

What do you want(なんでしょう)?』

 

 愛称で呼びかけると、わたしの相棒はそれが当然であるかのように聞き返してきました。前の任務で無理をさせてから、本格戦闘は久々ですが、鈍っていないようでなによりです。

 

「頃合いを見計らって仕掛けます。今はこちらのペースですが、弾数と弾速を見切られたら、シグナムさんはきっと対応してくるでしょうから。正面からやり合うのは、正直不利です」

 

 その前に、圧力をかけつつさっさと潰すことにしましょう。

 模擬戦とはいえ、勝負は勝負。シグナムさんには申し訳ないですが、負けてあげる道理はありません。

 

「シグナムさんには、最後までこちらの手の内で踊っていただきましょう」

I get it(了解です)

 

 さてさて。

 どうやって殺し切りましょうか?

 

 

★☆★☆

 

 

 レヴァンティンを一振りし、伸ばした刃を戻して再連結。なんとか体勢を立て直そうとするシグナムに対し、フィアメッタはさらに接近して魔力弾の雨を浴びせかけた。

 教導官という立場上、なのははこうした模擬戦を頭の中で分析しながら観る、一種の『癖』がある。そういう視点から見れば、フィアメッタの戦いは非常に分析のし甲斐があるものだった。

 射撃の展開、速度、精度。彼女はどれも並以上だ。加えて、先ほどシグナムの意表を突いた『ソニックムーブ』。フェイトやエリオが多用するあの魔法は、高速戦闘に特化した機動戦用のもの。射砲撃メインの空戦魔導師が使用するのは、少々珍しい。

 

 しかも、

 

(さっきまでと、攻撃のパターンがまるで違う)

 

 振るわれるレヴァンティンが届かないギリギリのリーチを見極め、それでいて射撃の圧力が最も機能するギリギリまで近づき。テンポよく攻撃の手を緩めず、フィアメッタは地面すれすれに飛行するシグナムを、そのまま押し込んでいく。

 距離を取って火力で圧倒するなのはとは違う。様々な射撃を織り交ぜて攻撃レンジをコントロールし、時には自ら近づいて致命的な一発を撃ち込みにくる。

 この戦闘スタイルは、言うなれば

 

「近距離、射砲撃型?」

 

 疑問系のなのはの呟きに、シャッハが反応した。

 

「言い得て妙ですね。なるほど、たしかに。わたしが教育的指導で徹底的に近接戦闘を鍛えたにも関わらず、それをまるで活かそうとせずに『スタイリッシュでカッコイイ』などという理由で砲撃魔法に逃げたフィアの戦闘スタイルは、とても独特なものです」

「し、シスターシャッハ?」

「いえ、別によいのです。フィアにわたしにはない砲撃魔法と飛行の才があったことは、間違いない事実。別に『ヴィンデルシャフト』と同型のデバイスを密かに発注したりとか、そんなことは決して、ええ」

 

 めっちゃ気にしてるじゃん、とシャッハに言える者はこの場にいなかった。どこか遠い目で、彼方を見やりながら漏らす声は、とても悲しげである。

 

「近づいて撃つ……さっきの一撃、空戦魔導師とは思えない珍しい攻め方ですよね」

「そうだな。あれでアタシらと同じような『アームドデバイス』なら、近接で一発ドカン!、なんだろうが……」

 

 エリオの一言にヴィータが付け加える。なのはと同様に、教導を主な仕事にしているヴィータもフィアメッタの戦い方には思うところがあるらしい。

 

「……でも、フィアメッタさんがこのまま攻めるなら、シグナムに分があると思うよ」

 

 一見、形勢が不利に思えるシグナムを支持したのは、戦闘スタイルが近しいフェイトだ。

 

「さっきは不意打ちを受けたけど、今は攻撃を見切ってる。そろそろ、反撃に移るんじゃないかな?」

「そうや! うちのシグナムがこのままやられっぱなしで終わるわけあらへんもん!」

 

 ふんす!と鼻息荒く告げるはやての隣で、しかしシャッハの表情は揺るがない。

 

「そうですね、騎士シグナムがこのまま終わるとは、私も思いません。しかしながら……アレはフィアの戦闘スタイルの、ほんの一面にしか過ぎないのです」

「え? どういう意味ですか?」

 

 首を傾げて問いを投げたスバルに、

 

「見ていればわかります。……まぁ、なんというか、本当に誰に似てしまったのか。ウチの秘蔵っ子は……とことん性根がねじ曲がっているのです」

 

 口でこそ、貶めていたが。

 フィアメッタの教育係であった彼女は、自慢と照れと呆れと諦めがないまぜになった、一言では形容できない複雑極まる表情でそう言った。

 そして、その言葉が合図だったかのようにシグナムが動いた。フィアメッタの射撃の『癖』をこの短時間で見極め、接近を可能にした騎士としての戦闘経験と地力が、ここにきて明確に牙を剥く。

 

「よし!」

「……とれる」

 

 はやてが腕を振り上げ、フェイトが呟いた。

 

 その、刹那。

 

 フィアメッタに肉薄するシグナムの体に、魔力で構成された鎖が絡みつく。

 

「バインド!?」

「うそっ!? いつ仕掛けたの!?」

「仕掛けてなどいませんよ」

 

 フェイトとティアナの驚きを、シャッハは否定する。

 

「バインドは、近接戦を主とする魔導師を潰すのにはとても有用な一手です。ですが、高速で飛翔する目標に対して正確にバインドを当てることはとても難しい。予め設置していた魔法陣に相手を追い込むとしても、余程の好条件が重ならなければそれも叶いません」

 

 バインドを用いた拘束は、フェイトやシグナムのような近接メインの魔導師を相手にした際に、なのはもよく使う戦法である。ただし、それは相手が自分に対して距離を詰め、懐に飛び込んできた時。言い換えれば、魔法陣を展開して待ちかまえることができる場合に限られる。

 

「じゃあ、あれは一体……?」

「……まさか」

 

 皆が困惑する中、ただ一人だけ。その可能性に思い至った『エース・オブ・エース』は、シグナムを拘束する二本のチェーンの発生源を凝視する。次に『その術式に精通している』使い手であるティアナが。さらにその後に、目の良いヴァイスが違和感の正体に感づいた。

 空間に溶け込んでいた偽装がゆっくりと剥がれ落ち、ようやく全員の視界に『それ』は現れた。

 

 

 

★☆★☆

 

 

 月並みな表現になってしまうが。

 シグナムは、一瞬何が起きたか分からなかった。

 射撃の手数、弾速、威力。全て読み切ったつもりだった。素早い相手には自分から接近して射撃当ててくるフィアメッタのスタイルは特殊だったが、距離を取られないならやり様はいくらでもある。だからこそ攻撃を見極め、接近し、必殺の一撃を叩き込むはずだった。

 しかし、そこに待ち受けていたのは。反撃のカウンターバインド。

 

「馬鹿なっ……」

 

 驚愕が、思わず口から漏れ出る。

 こんなものを、いつ仕掛けた? 

 

「捕まえましたよ、シグナムさん」

 

 にんまり、と。フィアメッタの口角が、弧を描いて釣り上がった。

 有り得ない。

 近接戦を主とする魔導師に対して、バインドを使うのは一種のセオリーといっても過言ではない、メジャーな戦術だ。自分のスタイルが近接メインであると自覚しているシグナムも、当然バインドの重要性は理解している。否、理解して、警戒しているつもりだった。

 バインドは、魔力で編んだ鎖を、魔法陣から瞬時に展開し、相手を拘束する魔法である。ほとんどの場合、術者は動きを止めた状態で魔法陣を『設置』し、接近戦を仕掛けてくる相手を待ち構える。足を止め、高ランクの砲撃魔法を撃ち込み続けながら、近づく敵はバインドで動きを止め、確実に仕留める。高町なのはの戦い方が、最もわかりやすい例だろう。

 だが、シグナムは回避と攪乱を目的とした、全力に限りなく近いスピードで飛行していた。そして、フィアメッタもそれを追い込むスピードで、高速飛行を行っていた。だからシグナムは、彼女がバインドを使うという『選択肢』を、自然に除外していたのだ。だが、事実としてシグナムは今、フィアメッタのバインドを受けている。自分を追いかけながら、魔力弾を放ちつつ、反撃を受けるポイントを予想して、バインドを仕掛けていた?

 有り得ない。いくらなんでも、そんな芸当は絶対に不可能だ。

 

「よしよし……『アインス』『ツヴァイ』。しっかり押さえ込んでおいてください」

 

 周囲の空間が、剥がれ落ちる。フィアメッタが展開していた幻術魔法が解ける。

 シグナムを拘束するバインド。その発生源である魔法陣……を、展開していた『正体』が、ようやく明らかになった。

 

「これは……?」

 

 サイズは、通常のデバイスの先端部分ほど。鈍色に輝くボディと飛行に適した流線型の造形。フィアメッタから離れて飛行し、バインドを発生させているそれは、独立した一種の攻撃端末だった。空中に浮遊する数は二機。それとよく似たデバイス……いや、正確に言えば『デバイスに付随するオプション装備』を、シグナムはよく知っている。

 

「……ブラスター、ビット?」

「ご名答……とはいっても、なのはさんのレイジングハートとわたしのシェーンディリゲントでは、そもそもの運用や構造が全く異なりますが」

 

 ブラスタービット。それは、エース・オブ・エースの愛機『レイジングハート・エクセリオン』がフルドライブモード『ブラスター1』で使用する子機である。なのはの魔力リミッター解放と連動し、本体と合わせて必殺の強力無比な一撃を放つ。

 だが、フィアメッタはそういった大規模な魔力行使を行う素振りすら見せていなかった。

 

「馬鹿な……こんなものをいつから」

「いつから?」

 

 きょとん、と。

 フィアメッタは首を傾げる。

 

 

 

「もちろん、最初からです」

 

 

 愕然と。シグナムは己の体が固まるのを自覚した。

 

「二機の攻撃端末……『アインス』『ツヴァイ』。そして、それらの制御を担う、本体の『フィアー』。これら全てが、わたしのデバイス。シェーンディリゲントの全貌です」

 

 三位一体。つまりは、設計の段階から『ビット』との連携を念頭に置いた特殊なデバイス。それこそが、清廉なる指揮者……『シェーンディリゲント』の正体。

 いっそ、朗らかなほどの微笑みを添えて。

 

「最初から、幻術魔法で隠して、こっそりと周囲に展開させていました。少しズルいようですが……こちらの戦い方が割れていないなら、それを活かした方がいいに決まっていますから」

 

 ぺろり、と舌を出しながらフィアメッタは嗤う。

 バインドを展開するための魔法陣は、移動できない。しかし、術式を起動できる『子機』のような存在があれば、話は全く別だ。

 

 嵌められた、と言う他なかった。

 

「くっ……!」

 

 シグナムも、悠長な答え合わせにわざわざ付き合っていたわけではない。驚愕は決してウソではなかったが、その間にもなんとかバインドを振り解こうと、全身の魔力を励起させていた。

 しかし、解けない。ビットから放たれる拘束用のチェーンは、かなり強靭な魔力で編まれていた。

 そして、それを理解しているからこそ。フィアメッタもゆっくりとタネ明かしをしていた。もはや勝負はついた、と。そう言わんばかりに。

 

「シェンディ」

『Load Cartridge』

 

 死神の鎌が、首をもたげるが如く。

 二機のビットの内部で、重い装填音が連続して響く。

 

「まさか……それぞれの『ビット』にカートリッジをっ……!?」

 

 古代ベルカ式から発展したカートリッジシステム。本来は近接魔力攻撃を補助する目的で開発されたこの装置は、しかし魔力総量の底上げにも大きく貢献する。

 故にカートリッジを装填して放つ、高ランクの魔力攻撃は、一撃必殺という言葉が相応しい、強烈な威力を有する。

 

 それぞれのビットで二発。合計、四発分。

 某大な魔力が、ビットの砲口で光となって集束する。

 

 

「ブリッツェン・シュトラール」

 

 

 シグナムの体は、二条の重なる閃光に呑み込まれた。



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鉄血のシグナム・後編

 魔導師の戦いにおいて、バリアジャケットとは一種の『生命線』である。

 バリアジャケットは、空戦、陸戦問わず魔導師の使う防御魔法として最もポピュラーなものであり、またその用途は防御だけでなく、飛行中の空気抵抗の減衰など多岐に及ぶ。故に、魔導師の戦いにおいてバリアジャケットの喪失は、イコールで敗北に等しい。

 

Hit(命中)

「そうですね、でも……」

 

 爆炎の中、飛び出してきたその影をフィアメッタは注視する。

 

 

「やっぱり、まだ倒せていないみたいです」

 

 

 煙と炎を振り切るようにして舞い上がる、古代ベルカの騎士は未だに健在だった。

 

「…………くっ」

 

 いや、健在というには、その姿はあまりにもズタボロに過ぎた。

 騎士甲冑の様なバリアジャケットは、その大部分が失われ、肌が露出しインナーが露になっている。ポニーテールにまとめていた朱色の髪も解け落ち、一種の色香を伴って風に靡いていた。

 紙一重の回避。ギリギリで勝ち得た生存。あと一押しすれば、崩れ落ちるような。そんな限界で踏み留まっている古代ベルカの騎士に、フィアメッタは心からの賞賛を送りたかった。とはいえ、それは同時に先ほどの攻撃で彼女を仕留めきれなかった己への戒めでもあるのだが。

 油断なくビットの照準を定めながら、フィアメッタはシグナムに向けて語りかける。

 

「流石です、シグナムさん。ビットで仕込んだバインドから、カートリッジを使った包囲砲撃……この流れは、対個人におけるわたしの必勝パターンなのですが……しかし、まんまと凌ぎ切られてしまいました」

「……ふっ。次から次へと。手を変え品を変え、准佐の攻撃にはどれも驚かされます。次は、一体何を見せてくださるのでしょうか?」

「……そうですね。こちらとしても、もう少し楽しんで頂きたいのは山々なのですが」

 

 軽口を叩く余裕がまだあるのは、正直意外だった。故に、シグナムを見下ろしフィアメッタは告げる。

 

「今日のところは……こちらの演目が全て終わる前に、幕引きにさせてもらいます」

 

 パチン、と。

 鳴らした指と同期して、ビットの中でカートリッジがロードされる。それぞれ、一発ずつ。充填された魔力が砲口の内側で唸りをあげる。同時に、フィアメッタ自身も魔力をチャージし、シグナムを狙う。

 

「終わりです」

 

 三方向からの同時砲撃。たった一人からもたらされる苛烈な集中砲火に晒されてなお、シグナムは回避行動にすら移らず、フィアメッタを睨み据えていた。

 その場から、動く必要すらないようだった。

 

 

「……レヴァンティン」

 

 

 たった、一言。

 主が呼んだその名に応えるべく、炎の魔剣は輝きを取り戻す。

 刀身が、伸びる。

 

 

 

 ――陣風烈火。

 

 

 

 伸長したレヴァンティンが炎を纏い、うねる。燃え上がる大蛇は主の命に忠実に従い、迫りくる砲弾を絡め取るように喰らい尽くした。

 

(全て叩き落とされたっ!?)

 

 にわかには信じがたい、その剣の冴えにフィアメッタは驚愕する。

 万全の状態ならいざ知らず。今のシグナムは、先ほどの包囲砲撃で致命傷に近いレベルのダメージを負った……はずだった。だが、今の反撃はどうだ? 先ほどまでと同等……否、それ以上に、シグナムが振るう剣閃は鋭さを増している。

 

「タネはわかった」

 

 朱色の髪を煩わし気にかきあげて、烈火の将は不敵に笑う。

 

「仕掛けも理解した」

 

 ならば、次は。

 

「そちらのマジックが終わりなら……今度は、こちらから仕掛けさせて頂きます」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「シグナム副隊長の動きが落ちていない……?」

「あれだけの攻撃を受けたのに……」

 

 観客席にて、疑問の声をあげるエリオとキャロ。そんな二人に応えるべく、ヴィータが振り返った。

 

「なんだ? 見ててわかんなかったのか? アレ、見た目こそこっぴどくやられてるが、シグナムにはそこまでダメージ入ってねぇぞ」

「え……? でも」

「フェイトちゃんならわかるよね?」

「うん。一応。でも、なのはもわかってるでしょ?」

 

 いたずらっぽく問いかけたなのはに対して、フェイトは困り顔だ。ぺろりと舌を出しながら、なのはは更に一言。

 

「えへへー。そこはほら、ライトニングの二人が疑問を抱いているわけだし、戦ってるのも副隊長だし、隊長の方からご解説いただかないと」

「もー」

 

 ごほん、と咳払いを一つして、フェイトはエリオとキャロに向き直った。

 

「簡単に言うとね。シグナムはジャケットをパージしたの」

「ジャケットを、パージ?」

「受け止めるバリア系。はじいてそらすシールド系。身にまとって自分を守るフィールド系。防御魔法はいろいろあるが、その中でも魔導師が常に展開している防御魔法が『バリアジャケット』だ。ここらへん、お前らに説明したよな?」

 

 ヴィータの問いに、スバルがコクコクと頷く。

 

「シグナムは、フィアメッタさんの砲撃に合わせてジャケットを放棄。ジャケットの構成魔力を周囲に放出して、砲撃のダメージを相殺した」

 

 ジャケット・パージ、と呼ばれる技術が存在する。

 バリアジャケットの防御限界を超えた攻撃、もしくは脱出不可能な拘束魔法に対し、ジャケットそのものを放棄することで対応する特殊魔法。外部からの衝撃に反応し、炸裂する装甲……言うなれば、リアクティブアーマーのようなものだ。ただし、バリアジャケットの場合はその魔力放出のタイミングを自身でコントロールしなければならないため、言うほど簡単な技術ではない。

 しかも……

 

「でも……パージしたバリアジャケットって、そんな簡単に再構成できるんですか?」

「ううん。時間をかければできるけど、シグナムさんは今、見た目通りの状態だよ」

「アイツ、ジャケットの再構築……っていうより、フィールドの維持は空気抵抗の軽減くらいに留めてやがる。装甲も全部脱ぎ捨てて、丸裸であの性悪シスターと打ち合う腹積もりらしいな」

「そんな!? 無茶ですよ!?」

 

 装甲を脱ぎ捨てて、射撃タイプに接近戦を仕掛ける。その意味をこのメンバーの中で最も理解しているであろうスバルが悲鳴をあげる。が、ヴィータはそれに対して、肩を竦めるだけに留まった。

 

「まあ、黙ってみておけよ、お前ら」

「せやね」

 

 その言葉尻を引き継ぐ形で、はやてが笑う。

 

「中々どうして……シグナムは筋金入りのバトルジャンキーやからなぁ」

「そうですね……どのような窮地に陥っても、戦いを楽しむ。騎士シグナムのあの気質は、対峙する者にとって大きな驚異です」

 

 と、それまで沈黙を貫いていたシャッハが口を開いた。

 

「ですが……うちのフィアメッタも負けてはいません。あの子は今、どのように騎士シグナムを叩き落とすか。それだけで頭が一杯になっているでしょうから」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 こちらの攻撃を紙一重で回避し続けるシグナムさんを見て、わたしはヤバいと思いました。いやもう、ほんとにヤバいです。

 

 

 

 ――――おっぱいが、デカすぎます。

 

 

 

 上着であるロングコートをパージして、インナーだけになっている分、その暴力的サイズが余計に際立っているというか。シグナムさんが激しい機動に移る度……というか、わたしの包囲射撃を避け続けているので、もう常に激しい機動を取っているのですが……その大質量がぶるんぶるんと揺れています。しかも腰回りのコートに当たる部分まで放棄しているので、太ももまで丸見えです。エッロいですねマジで。

 わたしも自分の美乳に自信がないわけではないですが、しかし男の人はロリコンを除いてなるべく大きい方がいいとも言いますし、微妙なところです。あるいは、ザフィーラさんに揉んでもらったら……わたしの胸もあれくらいのサイズに……? いやでも、シグナムさんは恋愛クソザコバトルジャンキーピンクサムライ。今まで、誰か男の人に胸を揉んでもらったことなんてないはず。つまり、あの巨乳は完全無欠の天然もの? もしくは、自分で揉んで育てたという可能性も……?

 

 

Please concentrate(集中してください)

 

 

 シェンディに怒られてしまいました。ぐすん。

 

「……しかし、本当にどうしましょうか」

 

 バリアジャケットを引き剥がしたとはいえ、シグナムさんは体力、魔力共にまだ余裕がある状態。剣の間合いに入られたら一撃で落とされる危険がある以上、わたしはこのまま距離を取って戦うのが吉なわけですが……しかし、このまま引き撃ちし続けても、落ちそうにないんですよねぇ、あの人。

 回避のタイミング。反応速度。間合いの詰め方。その全てがこの短時間で、少しずつ……しかし確実に研ぎ澄まされています。このままダラダラと攻撃を続けて、魔力と時間を無駄にするのはよくない、と。経験ではなく直感がそう言っていました。

 わたしの『シェーンディリゲント』は、攻撃端末であるビットとの連携攻撃を主眼に置いた特殊なデバイスです。わたし自身の攻撃と、ビットからの攻撃。時間差の射撃や位置取りを工夫することによって、多角的で多彩な戦闘が可能になりますが、しかし弱点がないわけではありません。わたし本人から一定の距離、離れてしまえばビットの魔力は内蔵されているものと腹に抱えたカートリッジだけで賄わなければならず。相手が包囲砲撃に対応してくるほどの手練れだった場合、魔力出力の都合上、このように決め手に欠ける結果になってしまいます。本体の『フィーア』がビットのコントロールに特化している分、カートリッジを搭載していないので、わたし自身が発揮できる最大火力が据え置きになってしまっているのも問題でしょうか。

 

(カートリッジの残弾は『アイン』と『ツヴァイ』が共に三発ずつ)

 

 あと一回程度なら、ビットのカートリッジを全弾装填(フルロード)することも可能ですが、しかしそのためには『アイン』と『ツヴァイ』をわたしの手元まで呼び戻さなければなりません。そんな致命的な隙を、シグナムさんが見逃してくれるはずがありません。

 

 で、あるならば、

 

「……こちらも、もう一枚。カードを切りましょうか」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 シグナムは、翔ける

 包囲射撃による圧力は言うまでもなく、カートリッジをロードして放たれる射砲撃は魔導師本人が撃つものと何ら遜色ない威力を伴っている。まともに受ければただでは済まないし、あそこでバリアジャケットを捨てる、という選択肢を取らなければ、自分は間違いなく落とされていただろう。そして、ジャケットの機能の大部分を失っている今、一発でも魔力弾を受ければ、それは敗北に等しい。

 

(ならばこそ)

 

 そのリスクに、シグナムは真正面から踏み込んでいく。

 

(あの攻撃端末……ブラスタービットは、カートリッジを搭載している分、そこまで素早くない)

 

 この数分間、回避に専念して分析に徹した結果。戦闘開始序盤のシグナムとフィアメッタの機動にはギリギリついけないだろう、と。シグナムはビットの機動性を、そのように判断した。もちろん、スピードに任せた単純な直線機動を行えば、追いつくことはできなくても砲撃を確実に当てられて終わりだ。しかし少なくとも、限界に近い飛行速度を出せば、一時的にビットの包囲網を抜け出すことはできる。

 そしてなにより。ビットを細やかにコントロールしている以上、フィアメッタ本人の射撃と機動の精度は、先ほどまでより明らかに落ちている。一瞬でもいい。フィアメッタに対し、接近することさえできれば、

 

(一撃で、斬れる)

 

 おそらく、誰もが失念していることだが。

 闇の書の守護者、ヴォルケンリッターの強さの根底にあるのは、強力なアームドデバイスでも、恵まれた魔力量でもない。幾度も主を変え、数多の戦場を駆け抜けることで培った『経験』。

 

 

「飛竜一閃!」

 

 

 そして、人の身では想像すらできない長い時間を戦い抜き、磨き続けた『技量』。積み重ねこそが、守護騎士最大の武器である。

 炎の竜が咆哮する。

 射撃を容易く飲み込み、駆け抜ける火炎の軌跡はフィアメッタに襲いかかり、同時にシグナムの道を形作る。

 

「ぐっ……!」

 

 フィアメッタの表情が歪む。

 これまで『初見殺し』というアドバンテージをもって保ってきた優位が、シグナムの地力によって少しずつ。しかし確実に覆されていく。

 

「予想以上、ですね」

 

 フィアメッタの口から漏れ出た呟きに、シグナムは応じなかった。その呟きが聞こえる距離まで接近した時点で『獲った』と確信したからだ。

 ビットによる包囲射撃は大きな驚異だが、封じる手段がないわけではない。攻撃こそが、最大の防御。フィアメッタに対して限りなく接近してしまえば、自身を誤射してしまう可能性のあるビットからの射撃は使えない。近づく。ただそれだけでよかったのだ。

 呟きへの返答は、一撃を叩き込むことによって返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あはっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 はず、だった。

 

「なっ……!?」

 

 振り上げたレヴァンティンが、何かに受け止められる。それどころか、押し上げられ、はじきとばされる。あっさりとシグナムの手からこぼれ落ちた魔剣は、冗談のように宙へ舞い上がった。

 

 

「申し訳ありません。さっき、ビットは『二機』と言いましたが……」

 

 

 楽しくて。

 楽しくて、楽しくて、楽しくて仕方がないと言いたげに。整った美貌の口の端が、三日月に裂ける。

 

 

 

「アレ、ウソです」

 

 

 

 レヴァンティンをシグナムの手から奪い去った『三機目のビット』はそれまでの二機とは異なり、砲身に沿って魔力でブレードを形成していた。

 

(三機目を隠し持っていた……? しかも、近接にまで対応して……)

 

 フィアメッタはシグナムの接近を許したのではなく、誘導した。最初の攻防と同じだ。自身の砲撃を、絶対確実に着弾させることができる距離まで、引き寄せたのだ。

 レヴァンティンを拾うためにフィアメッタから離れれば、その瞬間に包囲射撃がくる。あわよくばレヴァンティンを回収できたとしても、再び離れた距離をもう一度詰められるとは限らない。

 

「これで、終わりです」

 

 やられる。

 後退という選択肢はない。防御すら許されない。正しく、絶対絶命の窮地。選び取ることができる行動は、少なかった。

 

 そう。だからこそ……烈火の将は迷わなかった。

 

 

 

「なめるな」

 

 

 単純な話だ。

 剣が届く距離ならば。

 もう少しだけ、手を伸ばせば――――

 

 

 

「え」

 

 

 

 ――――拳が、届く。

 

 勝ち誇ったその笑みに、深く。迷いも躊躇もなく繰り出された鉄拳が突き刺さる。

 崩れる体勢。倒れこむその体を逃がさぬために、シグナムはシェーンディリゲントを持つフィアメッタの右腕を掴み取った。

 この土壇場で。シグナムの一瞬の決断によって、驚愕が入れ替わる。

 

「っ……この!」

 

 デバイスもなしで、魔導師に対して接近戦を挑む。命知らずという言葉すら生温い蛮勇に対して、現実を突きつけるため。フィアメッタの右腕に魔力が収束する。だが、それすらも遅かった。

 

「捕まえたぞ」

 

 咄嗟に放たれた魔力弾は、シグナムの頬をギリギリで掠め、ほどけた髪を灼いた。しかし、それだけだった。

 両腕を掴み、組み伏せたシグナムはそのままフィアメッタの顎を振り上げた右脚で蹴り砕く。

 

「……がっ!?」

 

 フィアメッタの意識が、明滅する。

 いくら徒手空拳で挑みかかろうとも、それは致命傷には成り得ない。得たことが奇跡とも言えるその一瞬の隙を逃さず、シグナムはフィアメッタから離脱した。

 

「っ……いった! ……これだから、脳みそまで筋肉の近接魔導師は……シェンディ!」

 

 振り上げた『フィーア』に呼応して、ビットが牙を剥く。同時にフィアメッタ自身も急降下して自身のデバイスを拾いあげようとするシグナムを追う。高度を取って戦闘していたせいか、レヴァンティンはまだ地面には突き刺さっておらず、自由落下の最中。相棒を掴み取ろうと、シグナムは手を伸ばし、

 

「だからぁ! 終わりですよっ!」

 

 その手が届くかと思われた瞬間、ビットから放たれた光弾がレヴァンティンを掠め、はじきとばした。

 

「っ……!」

 

 シグナムは、目を見開く。

 届かない。どんなに手を伸ばしても、レヴァンティンには届かない。背後には、次弾発射の構えを取るフィアメッタ。周囲には、魔力光を迸らせるビット。

 

 どうする?

 

 

「レヴァンティン!」

 

 

 ――――届かせる。

 

 

『Explosion』

 

 

 主の言わんとすることを理解し、手元から離れた状態でレヴァンティンが自発的にカートリッジをロードする。爆発的に向上した魔力密度がレヴァンティンの刀身に満ち、鞭のように唸って伸びる。そして、伸びた故に届く。

 本来、掴むべき剣の柄ではなく。

 その伸びた刀身を、シグナムは掴み取った。

 

 

「はっ……!?」

 

 

 刃が細かく分割された、蛇腹剣とはいえ。それを直接掴み取って振るう、などと。そんな馬鹿げた発想に、一体どれだけの人間が思い至れるだろうか。

 自身の右腕が焼けるのも構わず、シグナムは炎の竜を振るう。

 

 

 

「お返し、だ」

 

 

 フィアメッタの視界は、真っ赤に塗りつぶされた。




実際、おっぱいぶるんぶるんの女騎士がいたら、そっちに意識もってかれますよね


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