スネイプ逆行 (ohol)
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一年生編 第1話 逆行

――1994年、三大魔法学校対抗試合、第二の課題『湖からの人質の救出』

 

「セドリック・ディゴリー! 風船のように膨らんで浮かんでいます! おっ、周りで花火が炸裂した! セドリックの表情と言ったら、これは屈辱です!」

 

 解説者が興奮気味に実況する。

 ホグワーツの代表生徒、セドリック・ディゴリーは惨めに宙を漂っていた。何者かの呪いで体が肥大したのだ。

 地上の生徒達は大声で囃し立てている。

 セドリックの顔は屈辱に歪んでいた。

 

 

 

――1998年5月2日

 ホグワーツの大広間に金色の光が射した。

 中央で、ハリーポッターとヴォルデモートが円を描くように回っている。

 

「さあ、トム・リドル、後悔するんだ……」

「俺様の勝利は約束されている」

 

 一瞬の静寂。そして――。

 

「アバダケダブラ!」

「エクスペリアームス!」

 

 帝王の即死呪文と、『生き残った男の子』の武装解除呪文。緑と赤の閃光が真ん中でぶつかり合う。

 

「え……」

 

 ハリー・ポッターの目が驚いたように見開かれる。

 そして、ドサリ、と仰向けに倒れた。緑色の瞳が閉じられる。

 

 あまりにも呆気ない死に様だった。

 赤子の頃にヴォルデモートを打ち破り、以来彼に対抗する最後の期待を背負って生きてきた少年は、もういない。

 

 リリーの生きた証が――緑色の瞳が開かれることはもう二度とない。

 

「ハリーポッターは死んだ! 俺様を退けるものは何もない」

「いやっほーう! ほーうほーう!」

「ああ、ハリー!」

 

 ベラトリックス・レストレンジは奇声をあげて喜び、ミネルバ・マグゴナガルは嘆き崩れた。

 しかし今のセブルスには、どれも等しく価値のない雑音だった。

 リリーの息子が死んだ。とうとう守れなかった。

 

 愛するリリーは遂に永遠にこの世から去った。

 

 

「いや、ヴ、ヴォルデモート! 僕はまだ戦うぞ!」

「ロナルド・ウィーズリー。なんと雄々しい少年よ。純血の血を裏切るもの。しかし、賢明な判断を学ぶべきだ」

「私だって戦うわ!」

「俺も」

「わたしも!」

「僕もだ!」

「あたしも戦うよー。ダンブルドア軍団!」

 

 ハーマイオニー、ジョージ、ジニー、ネビル、ルーナが雄叫びを上げる。

 ハリーポッターが死亡し、絶望が襲っているだろうに、彼らは力尽きる時まで諦めず、吹っ飛ばされては何度も立ち上がって戦った。

 しかし、結局、ヴォルデモートを倒すことはできなかった。

 さらに犠牲者を増やし、ホグワーツの戦いは終戦した。

 

 

 

 

 

「私は……結局、どうすることも出来なかった。あの時に、あの時に死んでいればよかった……!」

 

 校長室で、セブルスは拳を机に叩きつけた。

 周りを取り囲む歴代の校長の肖像画たちが何事かとざわめいているが、セブルスの耳には入らない。

 

「セブルス?」

 

 肖像画の中から、ダンブルドアが呼びかける。

 

「ハリーポッターは死んだ。あなたの望み通り、気高く。しかし勝利したのは闇の帝王だった!」

 

 セブルスは悲痛に叫んだ。

 

「誤算したのじゃ。セブルス、君はハリーポッターを護ろうとしたな? それが、この世界を闇に導いた一つの原因だ」

「私が、私の行いが……?」

「勝敗に関わらず、ハリーポッターは死なねばならぬ。それを阻止しようとしたせいで、さまざまなことが狂ってしもうた」

「そんな……」

 

 セブルスは呻いた。100年もの間、悲惨に生きてきたかのような顔だった。

 

「ハリーの友人は勇敢じゃったのう」

「馬鹿げた奴らだ。どうせ勝ち目はないのに」

「しかし、君だってそうではないかね? 永遠に報われないと知りながら、ただリリーの為だけに生涯を捧げた。時として、個人的な利益よりも大切なものが人には存在するのじゃ」

「もうリリーは死んだ。ハリーポッターも……」

「死んだからといって、それが全ての終わりではない。リリーが信じてきた大義は何だった? リリーは何の為に戦い、何のために死んだ?」

 

 ダンブルドアは肖像画の中か朗らかに問いかける。

 

 リリーの信じたもの――マグル生まれが差別されない、自由で平等な世界だ。

 

 リリーはその為に戦い、息子に思いを託して死んだ。

 

「不死鳥の騎士団やダンブルドア軍団の生き残りがいるじゃろう。彼らが全員死んだ時こそ、リリーがこの世から完全に消える時じゃ。リリーの面影は、何も目に見えるものだけではない。リリーの信念をこの世に残すのじゃ」

「あなたは……あなたは肖像画だから、そんなことが言えるのだ。あなたは何も分かっていない……!」

 

 ダンブルドアの意見はもしかすると正しいのかもしれない。

 しかし今のセブルスには到底受け入れられなかった。

 リリーの瞳を持つ息子、ハリーポッターは死んだ。

 その事実はセブルスの心に突き刺さり、どくどくと血を流していた。

 ダンブルドアの言葉を受け入れるには、まだあまりにも早すぎたのだ。

 セブルスは校長室から飛び出て荒々しく歩いた。

 

「リリー……」

 

 リリーの信じたこと?

 何を言おうと、リリーはもう生き返らない。

 緑色の瞳は二度と見られない。

 終わった。全て終わってしまったのだ。

 

 セブルスはよろよろと部屋を出た。

 はっきりとした目的地もなく、ただ哀しみに身を任せ、崩壊したホグワーツ城を歩き続けた。

 階段を降り、大広間の前を抜け、中庭を過ぎ……気がつくとセブルスは、湖のほとりに植わる大きなブナの木の下に来ていた。

 

「リリー」

 

 今から22年前の夏の日だ。ジェームズ・ポッターに逆さ吊りにされ、怒りから思わず『穢れた血』とリリーを罵ってしまったのは、ちょうどこの場所だった。

 何度、後悔したことだろう。

 

 闇の魔術を極めて死喰い人になることは素晴らしいのだと思い込んでいた若き日の自分。

 

 その末に起こった最悪の結末。

 

 償っても償いきれない罪だ。

 

 もしもう一度やり直せるとするならば、もし本当にそうならば、どんなに良かっただろう……。

 

 

「うわー、スコーピウス! なんか事故が起こったみたいだ」

 

 突然、上空から不謹慎な明るい声が聞こえてきた。

 ちょうど、ホグワーツの5年生になる頃だろうか。声変わりしたばかりの子供の声だ。

 セブルスは見上げた。眩しい西日に照らされて目がくらむ。

 しかしセブルスははっきりと認識した。

 ブナの木の隣の空間がぐにゃりと湾曲していることを。

 

「逆転時計が歪んでる……不良品だったんだ! 大変だ……」

「アルバス! しっかり掴んで!」

「なんかおかしい……変だよ。すごい力で手から抜け出そうとするんだ。あっ、ダメだ……」

 

 視界が暗くなった。

 とてつもなく狭いパイプを無理やり抜けるような感覚がセブルスを襲う。

 平衡感覚を失い、自分が今どこにいるのかも分からない……。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「スリザリン!!」

 

 気がつくと、セブルスは硬い椅子の上に座っていた。

 視界は暗いが、さっきとは違い何かに覆われているような感じで、下の方から光が入ってくる。

 

「さあ、スリザリンの席はあちらですよ」

 

 覆いを外され、セブルスは驚きで目を見開いた。

 そこは、ホグワーツの大広間だった。

 それも、戦いの直後のボロボロになったホグワーツではなく、平和な時のホグワーツだ。

 上を見ると、マクゴナガルが優しげにセブルスに微笑んでいる。

 なぜか、妙に背が高く見える。

 

 セブルスは自分の体の異変に気がついた。

 手も、足も、全てが小さい。それに、着ているのはいつもの黒いローブではなくホグワーツの制服だ。

 いったい何が起こったというのだ……?

 セブルスは混乱しながらも、スリザリンのテーブルについた。

 何年間も教職員テーブルから大広間を眺めていたが、生徒用の席に着くのは久しぶりだ。

 

「やあ、よろしく。監督生のルシウス・マルフォイだ」

 

 ルシウス・マルフォイと言ったら、後に死喰い人のリーダー的存在になる純血の魔法使いだ。

 ついさっきまでは、闇の帝王に命ぜられた任務にことごとく失敗して折檻を受けやつれ果てていたが、今はまだ若く生き生きとしている。

 

「宜しく」

 

 セブルスはいつものねっとりとした声で答えた……声が高い。声変わりする前の声だ。

 あたりを見回すと、何人もの死んだはずの人物が、若い姿でテーブルについて談笑しているのが見えた。

 そういえば、さっき『逆転時計』という言葉を聞いたような気がする。

 逆転時計といえば過去に戻るための魔法具だ。

 しかし、セブルスの知る限り、こんなに過去に戻れるもの――しかも、過去の自分自身になれるものなど、存在しなかった筈だ。

 だが、彼らは『不良品だった』とも言っていた。

 彼らはきっと未来から逆転時計を使って戻ってきたのだろう。

 しかし失敗し、巻き込まれた自分は過去に戻ったのだ。

 そう、ホグワーツに入学した日に――。

 

 セブルスは自分でも驚くほど、今の状況がスラスラと把握できた。

 

 もしや、とセブルスは思った。

 

 そこまで過去に戻ったということは、彼女も生きている、ということか――。

 胸の動悸が高まった。

 焦る気持ちを抑え、セブルスはグリフィンドールのテーブルに目を走らせた。

 

 

 

 ……燃えるような赤毛に、透き通ったグリーンの瞳。セブルスを見つめ、悲しそうに微笑む少女――紛れもなくリリーだった。

 リリーは当たり前のように生きて、そこに存在していた。そして緑色の瞳でセブルスを見ていた。

 セブルスの中に、熱い思いがこみ上げてきた。

 

「おや……医務室に行く?」

「心配には及ばぬ……いえ、大丈夫です」

 

 セブルスは教授の口調が抜けず、堅苦しくなりかけたのを途中で軌道修正した。

 

「エバンズ! あいつ、君のことじっと見てるよ。寮が離れて悲しかったんだ。ねえ、幼馴染なの?」

 

 明るく明朗快活な声――しかしセブルスにとっては、聞いていると苦虫を飲まされた気分になるような、ハリー・ポッターと非常によく似た声が、聞こえてきた。

 

 過去に戻ったということは、セブルスが憎んでいる彼らも生きているということだ。

 黒色のツンツンした髪に、丸眼鏡、細い手足はハリーポッターにそっくりだが、目はハシバミ色で、表情はハリーより自信に満ち溢れている。

 ジェームズ・ポッターだ。

 

「放っておいてちょうだい、ポッター。あなたが首を突っ込む必要はどこにもないわ」

 

 リリーの凛とした声に続き、ジェームズとシリウス・ブラックが爆笑する声が聞こえる。

 セブルスはふっと笑った。あの学生の頃と今のセブルスは全くの別物だ。

 セブルスには死喰い人、ホグワーツ教職員、そして二重スパイで培った技術があった。

 

「さてさて、新たな生徒達を迎え、今年もホグワーツの一年が始まる! 390の規則については、フィルチ先生の事務室前に貼ってあるので、各自で見に行くように。それと今年から、新たな魔法植物がいくつか植えられた――中でも特に、暴れ柳は危険じゃ。怪我をして、新学期早々医務室送りになりたい、という者以外は近づかぬよう!」

 

 教壇に立ったダンブルドアが、朗々と生徒達に話しかける。

 少し顔のシワが少ないだけで、今までのダンブルドアとあまり変わらないように見える。高齢だから2、30年の変化なんて大したことないのだろう。

 

 それから食べたご馳走は、毎年食べ慣れた味だった。

 何度食べても飽きない味だ。厨房の屋敷しもべ妖精の腕は素晴らしいものである。

 

 

 食事が終わってすぐのこと。大広間を出たところで、リリーはセブルスの肩を叩いた。セブルスはドキリとした。

 

「セブ、あなたと寮が離れて寂しいわ。ほんと、あの人たちは何なのかしら? さっきはいったい何があったの?」

「心配をかけてすまなかった、大したことではない。少し目にゴミが入っただけだ」

「なんか、話し方がいつもと違うわ……本当に大丈夫?」

「そうかね……そうかな。気のせいだよ」

 

 セブルスは昔の話し方を必死に思い出しながら言った。

 しかし内心は、リリーと話しているという事実に打ちのめされ呆然としていた。

 

「寮は別れたけど……これからも仲良くしましょうね」

「ああ」

「じゃあ、また明日ね」

 

 皆に遅れないよう慌ててグリフィンドールの波に入る赤毛の後ろ姿を見つめ、セブルスは決心をより強くした。

 

 もう同じ過ちは繰り返さない。

 セブルスは拳を握りしめた。



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第2話 授業

 ホグワーツでは初日の授業から、新入生達に困難が襲いかかる。

 教室に辿り着けないのだ。

 ホグワーツには162もの階段があり、気まぐれに動く。さらに隠し扉や落とし穴といったトラップがあちこちに仕掛けられていて、浮かれていた新入生達はホグワーツの厳しさを実感することになるのだ。

 

 しかしセブルスはかれこれ28年もホグワーツで過ごしてきたので、教室への移動など慣れたものだった。

 学生時代、そして教師時代、数え切れないほど歩いてきたこの廊下も、この状況だと新鮮に感じるものだ。

 

 初めの授業はグリフィンドールと合同の魔法薬学だ。セブルスは元魔法薬学の教授である。だから当然、1年生の内容など目を瞑ってもできる。

 地下牢への道を進み、教室に入る。棚には怪しげなホルマリン漬けの生物が並んでおり、セブルスの教授時代とさして変わらない。

 再び生徒としてこの教室に訪れることになるとは誰が思っただろう。

 セブルスが感傷に浸っていると、ふわりと花の香りが近づいてきた。

 

「セブ、1時間目は同じ授業を受けられるわ!」

 

 リリーは嬉しそうに微笑んで、セブルスの腕を掴んだ。

 

「驚いたよリリー」

「ごめんなさい! でもわたし嬉しいの」

 

 自分の方が今のリリーより嬉しいに違いない。セブルスは確信していたが、それを表に出すことはしなかった。

 

「……予習をしようか?」

 

 セブルスは幼い頃の口調で話すように気を使いながら言った。

 リリーは目を輝かせた。

 

「うん、したい!」

 

 そこにガヤガヤと話し声が聞こえてきた。

 

「本当に地下牢でやるなんてびっくりだよ! 罪人が収監される場所じゃないか」

「多分、この学校の創設者が生徒達のことを嫌ってたんだな」

「子供はみんな罪人だよ」

 

 グリフィンドールのローブを纏う3人組が教室に入ってきた。3人ともセブルスとリリーに気づく様子はなく、一番後ろの席を陣取った。

 

「ふーん。それよりもさ、なんで1年生は箒持っちゃいけないんだ? この校則を作った奴、ブラッジャーでボコボコにしてやりたいよ」

 

 ジェームズ・ポッターは机の上に座った。

 

「せめてクァッフルにしてやれよ」

 

 シリウス・ブラックも隣に座る。ハンサムで優雅な出で立ちは、やはりブラック家だからだろうか。

 その時、ジェームズがセブルスとリリーに気がついて、軽い足取りでこちらにやってきた。

 

「やあお二人さん。そういえば君、列車でも会ったよね?」

「ああ」

 

 セブルスは30年近く前の記憶を掘り起こした。

 始めてホグワーツ特急で目を合わせたあの時からジェームズ・ポッターとは犬猿の仲だった。

 

「君たち幼馴染か何か?」

「そうよ、家が近かったの。魔法のことを教えてくれたのもセブなのよ」

「ふーん。スリザリンとグリフィンドールでの友愛なんて珍しいね」

 

 ジェームズは皮肉っぽく言った。

 

「友愛に寮なんて関係ないわ」

「ああその通りだ。僕の愛しの母上様はスリザリンに入らなかった事でお怒りの手紙を送ってきましたけど、家族愛ゆえですからね。“友愛”は寮を隔てない」

 

 シリウスが自嘲的に笑った。リリーは眉を下げた。

 

「ほーらエバンズが困ってるよ! まあエバンズ、スリザリンには気をつけた方がいいよ! 別に君の幼馴染のスニベルスのことを言ってるわけじゃないけどね!」

 

 そう言ってジェームズはまた後ろの席に戻っていった。

 リリーはムッとした。

 

「ひどいわあの人たち。セブをあんな風に言うなんて。でも、スリザリンに悪い人がいるってほんとう?」

「……スリザリン全員が悪いわけじゃない」

「スリザリンの一部は悪い人たちなの?」

「どの寮にだって少し性格の悪い人はいる。我輩……僕から言わせて貰えばグリフィンドールの一部の方々の方がずっと悪どいと思うね」

「あたしもグリフィンドールよ」

「もちろん君は最高だ。でもそうじゃない人もいるってこと」

「……そうね」

 

 

 魔法薬学の教授はホラス・スラグホーンである。セブルスの記憶より若く、幾分かスリムな姿でスラグホーンは登場した。

 

「さあ、ようこそ新入生の皆さん。今日は初めての授業ということだね。でははじめにこの授業について説明しよう。魔法薬学は他の学科よりさらに上の繊細さと正確性が求められる授業だ。材料を一つ入れ間違えたり、かき混ぜる回数が一度ずれるだけで、大事故を起こしかねない──もちろん簡単な魔法薬から始まるから過度な心配は要らないよ。しかし皆、気を引きしめて授業を受けるように」

 

 初回の授業ではおできを治す薬を煎じる事になった。元魔法薬学教授のセブルスからすれば朝飯前だ。

 スラグホーンが黒板を一度叩くと、チョークがひとりでに動き出して、薬を作る手順を書き始めた。

 

「では2人組を作って!」

「セブ、やりましょ」

「そうだな」

 

 セブルスとリリーはすんなり決めた。

 

「2人組ならじゃんけんするか?」

「……僕はピーターと組むよ」

 

 リーマス・ルーピンは一人であわあわとペアを探すピーター・ペティグリューを見ながら言った。

 

「ならジェームズ組もうぜ」

「ああ」

 

 あちらもスムーズに決まったようだ。

 

「手順は黒板か教科書を見て、材料は前にある教卓から取るように。では始め!」

 

 その合図で生徒たちは一斉に作業に取り掛かる。

 

「ふーん、干しイラクサとヘビの牙と角ナメクジが必要なのね」

「そうだ。角ナメクジを茹でるのに時間がかかるから、初めにそれに取り掛かった方がいい」

「へー料理みたい。私、材料を取ってくるわ」

 

 リリーは小鍋を持って教卓に向かい、それぞれの材料を一掴み持って素早く帰ってきた。

 その間にセブルスは大鍋を火にかけ、魔法を使い一瞬で水を沸騰させた。

 

「ありがとうリリー。ではまず角ナメクジをそっと鍋に入れてくれないか。お湯が跳ねないように気をつけるんだ」

 

 セブルスは説明しながら、慣れた手つきで作業を進めた。無駄のない洗練された動きは、とてもじゃないが1年生がやっているとは思えない。

 スラグホーンは机を回って、生徒たちの出来を確認していた。予想通り、殆どの生徒が何かしらの失敗を犯して悲惨な液体になっている。

 

「うむ……おお臭い」

 

 スラグホーンは好き嫌いを露骨に表に出すタイプだ。ピーターのネチャネチャした鼻くそ色の薬の匂いを嗅ぎ、あからさまに嫌そうな顔をして立ち去った。

 しょんぼりするピーターをリーマスが必死で励ましていたら、リーマスの鍋の薬からも焦げ臭い匂いが立ち込めてきた。

 

 しかし数名の生徒は殆ど完璧に薬を調合させていた。

 

「おお、素晴らしい出来だ、ポッター君! 君のお父さんはスリーク・イージーの直毛薬を発明したんだったね。さすが偉大な血が流れているだけある」

「はあ、そうですか」

 

 興奮するスラグホーンに対してジェームズは困った様子で首を傾げた。

 

「おやおや、左手に隠し持ってるのは何かな?」

「余った材料です。あと間違えて持ってきた物とか」

「なるほど、それで別の魔法薬を作ろうと思ったわけだ。たしかに君が優秀で暇を持て余してるのは分かるが、そんなことはしちゃいけないよ。戻してきなさい。それからブラック君、君の魔法薬もいい調子だ。ブラック家の長男だからにはスリザリンに来てくれると思ったが、残念だよ」

「それは誠に残念なことで」

 

 シリウスはうんざりした口調で答えた。

 

 スラグホーンはその後も、才能を感じる生徒はべた褒めし、感じない生徒は無視しながら教室を巡回して、最後にセブルスとリリーのいる机へとやってきた。

 

 スラグホーンはセブルスの机をチラリと見て驚愕した。

 子供向け料理教室に1人だけ三つ星シェフが紛れ込んでいるように、セブルスの動きは1人だけ抜きん出て、違うオーラを放っていた。

 完璧な配分と攪拌、そして作りながら同時に片付けも進める手際の良さ。全てが他の生徒とは一線を画するものがある。

 スラグホーンの目の前でセブルスは魔法薬を完成させ、滑らかな手つきで小瓶に移し替えた。その魔法薬は美しく透き通っていた。

 スラグホーンは感激でしばらく言葉も出ない程だった。

 

「おお!! 素晴らしい! こんなに才能に溢れる生徒はかつて見たことがない! 名前は何かね?」

「セブルス・スネイプだ」

「スネイプ……聞き慣れない苗字だね。よし、セブルス! 君こそ勝者だ! 新しい世界の幕開けだ! どれぐらいのレベルの魔法薬まで調合できるのかね?」

 

 スラグホーンは興奮した。

 セブルスは一人前の魔法使いでも調合が極めて困難とされる脱狼薬を作れる程だが、新入生の身でそんなことを言えば不審がられるだろう。

 そもそも脱狼薬はまだこの時には発明されていない。

 前世の知識を活かして自らが発明したかのように発表することは簡単だが、そんな野暮なことはしない。それでは本来の発明者が余りにも報われないからだ。

 それにこのご時世、無駄に才能をひけらかすのは得策ではない。

 今世のセブルスは闇の帝王に味方するつもりは一切ない。つまり才能があると知られれば知られる程、闇の陣営に狙われる可能性が高まるということだ。

 かつて闇の帝王に心身を捧げた身であるからこそ、彼の恐ろしさをセブルスは誰よりも知っていた。

 

「恐らく、それなりには出来るかと」

 

 色々考えた末、セブルスは無難な答え方をした。リリーは尊敬の眼差しでセブルスを見た。

 

「あ、リリー。そろそろ干しイラクサを入れて。時計回り3回と反時計回り2回混ぜるごとに3分の1ずつ分けて入れるんだ」

 

 セブルスはリリーの鍋に気を配った。

 リリーは初めてにしてはとてもうまくこなしていた。

 反則級の存在であるセブルスの隣にいることで霞んでいるが、リリーの天性の才能も相当なものだった。

 

「素晴らしい、素晴らしい! スリザリンに10点! それと隣のお嬢さんも才能はあるようだ。セブルスの友達かな?」

「はい、そうです」

 

 リリーは微笑んだ。

 

「なら彼にしっかり教わるといい。彼は魔法薬の道に進めば確実に成功する存在だ!」

「はい、よろしくね、セブ」

「ああ」

 

 セブルスは答えた。

 他の生徒たちも仕上げの段階に入ってきたのか、教室には白い煙が立ち込め始めた。

 

「あいつ俗物野郎に好かれたぜ」

 

 煙と鍋の音で会話が聞こえにくいのを良いことにジェームズは嘲るように呟いた。

 

「お前は自ら距離を置くような態度とったんだろ」

 

 シリウスは地下牢の壁に無造作にもたれかかって教室を見渡していた。

 

「だって開口一番に家系のこと言ってくるなんてどうせロクな奴じゃないさ」

「まあな」

 

 シリウスは保管庫から掠め取ったコウモリの脾臓を左手でポンポン投げた。

 

「せっかく魔法学校に入れたのに規則規律にがんじがらめだ。つまんないよな」

「はい、パス」

 

 シリウスは脾臓を高く上げた。ジェームズは上手くキャッチした。

 

「なんか面白いことしようぜ」

 

 ジェームズがコウモリの脾臓を観察しながら悪戯っぽく言った。シリウスはニヤリと笑った。

 

 

 一方、その隣のテーブルで作業していたエイブリーとマルシベールは調合に失敗してむしゃくしゃしていた。

 

「チッ、あの穢れた血が最初に触ったせいで材料が穢れたから上手く出来ねえんだ」

 

 煙に紛れてエイブリーはほくそ笑んだ。

 

「それな。あんな奴と同じ授業受けさせるとか終わってるだろこの学校」

 

 マルシベールはどうにかして魔法薬の方を軌道修正しようとしながら答えた。

 

「終わってるのは君たちの方だと思うけどね」

 

 暇でその会話を聞いていたジェームズは躊躇いなく2人に近づいて、杖を取り出した。

 シリウスがコウモリの脾臓をマルシベールの鍋に投げ込んだ。鍋は小さく爆発して、中の泥のような魔法薬がマルシベールのローブにぐっしょりかかる。

 ジェームズとシリウスは爆笑した。

 

「どっちが穢れてるんだか考え直した方が宜しいようですね」

 

 マルシベールは咄嗟に杖を取り出して反撃しようとしたが、シリウスが素早く武装解除する。続けてエイブリーの杖も撃ち放った。

 

「覚えてろよ。いつかあの穢れた血に味方したことを後悔させてやる!」

 

 マルシベールの苦し紛れの叫びは煙の中でもよく通った。

 魔法薬を作っていたセブルスはピタリと動きを止めた。

 

「セブ……?」

「ああ、いや何でもない」

 

 スラグホーンがマルシベールの方に近づいた。

 

「ホグワーツでそのような侮蔑的言葉を使うことは何時も許されてない。スリザリンから10点減点だ。ポッター君とブラックはなぜ杖を取り出しているんだ?」

「魔法薬の仕上げのためですよ」

 

 シリウスがそつなく答えた。

 

「今回はマルシベール君に完全に非があるようだから見逃すが、すぐに杖を取り出して相手を攻撃するのはいけないことだよ」

 

 シリウスとジェームズは頷いたが、明らかに納得していないという顔だった。

 

「セブ、何があったの? マルシベールの言葉ってどういう意味?」

「気にしなくていい。実力で勝てなかったから僻んで言ったに過ぎない」

 

 セブルスはじっとマルシベールを見つめた。

 1度目の人生で、彼はセブルスの数少ない友人――悪友だった。

 静観することを選ぶべきか、後々のことを考えて早めに整理をつけるべきか。

 悩みの種は尽きなかった。



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第3話 魔法史

 魔法薬学の授業が終わり、リリーと別れたセブルスは今後について頭を巡らせた。

 

 スリザリンには後にほとんど全員が死喰い人になったグループが存在しており、寮内でそれなりの権力を握っていて、マルシベールやエイブリーなど親が死喰い人の生徒は大抵そこに在籍している。

 しかし今のセブルスに死喰い人になる気がない以上、彼らと深い親交を持つ気はない。

 

 それに、決して「穢れた血」などといった極めて侮辱的な差別用語を口にする気もない。

 それは過去の苦い経験故でもあるが、客観的に見ても、そのような言葉を使って人を罵るのはスリザリンの品位に関わるだろう。

 

 しかしスリザリンに受け継がれる純血主義自体について否定するつもりはない。事実、古くから伝わる伝統は重く価値のあるものだ。

 ただそれを、拷問や恫喝、殺人といった過激で暴力的な方法で世間に訴えかけるのは良くないというだけなのだ。

 

 彼らは強大な力があるからそうしているのではなく、正当な方法では説得できなかったからそのような手段に走ったに過ぎない。

 ()()()闇の魔術の対人使用は強さではなく弱さの表れだ。

 1度目の人生で、リリーの死という多大な犠牲を払って、セブルスはそのことに気づかされた。

 

 

 今はまだ1年生だが、これから時は流れてリリーも大人になる時が来る。

 

 ――今更、彼女からの愛を求めたりはしない。

 

 自分がすべきことは彼女が幸せに暮らせる世界を実現するのみだ。

 予言の子は幻想だった。リリーか命を賭して守った子供は、結局帝王を倒すまでに至らなかった。

 ならば自らの手で闇の帝王を倒さねばならない。

 それはセブルスにとって自らに課せられた使命でもあった。

 

 

 

 放課後、セブルスはよく図書館に足を運んでいた。

 闇の帝王を倒す術を見つける為だ。

 

 1度目の人生で二重スパイとして働いていたセブルスはいくつかの情報を持っている。

 

 鍵となるのは「魂」という言葉だろう。

 

 以前、闇の帝王は幾度も「我こそが不死に最も近づいた」と繰り返していた。

 さらにダンブルドアは「ハリー・ポッターの中に闇の帝王の魂の一部が生きている」と発言した。

 秘密の部屋が開いた時、ダンブルドアはバジリスクの牙によって破壊された日記をいつまでも大事に保管し、さらに呪いのかかった指輪を探すのに多大な労力と時間を割いていた。

 そしてレストレンジ家の金庫からハッフルパフのカップが盗み出された際、闇の帝王はいつになくお怒りになった──その報せを受けた時に同じ部屋に居た従者たちを皆殺しにするほどに。

 

 ここから考察するに、闇の帝王は何らかの闇の魔術を用いて魂を引き裂き、別の物に保管していたのではないだろうかとセブルスは考えた。

 となれば、まずそれらを破壊しなければ闇の帝王を倒すことは不可能だ。

 

 かつて一度でも忠誠を捧げた相手と真っ向から対立することに躊躇いが無いとは言えない。

 しかし帝王にとってリリーが価値のない存在である限り、彼に与することは出来ない。

 

 恐らく帝王を倒す最短ルートは、今セブルスが持っている情報を全てそのままダンブルドアに話すことだろう。

 しかしそれには大きなリスクが伴う。

 何より、「なぜお前がそんなこと知ってるんだ」という問題が発生する。

 未来から来たと知られたらとても面倒だ。

 今のセブルスは他者から見れば所詮ホグワーツの一生徒に過ぎない。成人した魔法使いのように十分な社会的信頼があり、自由に動ける存在ではないのだ。

 

 セブルスは1週間、図書館に置かれた闇の魔術や魂に関する本を漁り続けたが、目当ての本は見つからなかった。

 闇の帝王が使うほどの闇の魔術だから普通の書架には無いだろうと予想はしていたが、それでも落胆を感じずにはいられない。

 

 クリスマス休暇にノクターン横丁の本屋にでも行くか、とセブルスは思った。

 その為には忌々しい父親のいる家に帰らなければならないが、やむを得ない。

 

「セブルス、やっぱりいると思ったわ」

 

 いつの間にか、リリーが両手いっぱいに呪文学の本を抱えて隣に立っていた。

 

「どうしたんだ?」

「予習をしようと思って来てみたの。魔法界って面白い本がいっぱいあるのね。ついつい心惹かれちゃった」

 

 リリーは『魔女のための簡単かわいい手芸の魔法』という本を見せた。

 

「みんながセブルスはいっつも図書館にいるって言ってたの」

 

 正確には図書館でいつも闇の魔術を研究していて、上級生でも敵わないほど闇の魔術に詳しいらしいと噂されている。

 あながち間違いでもないのでセブルスは気にしていなかった。

 

「今度の変身術の予習をしたいから教えてくれない? マクゴナガル先生の授業って板書がいっぱいでついて行くのが大変なの」

「ああ」

 

 別に断る理由など何処にもない。

 未来がどうなろうと、今だけは、リリーと共に過ごせるこのひと時を楽しもう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 魔法史は唯一ゴーストが担当する科目だ。講義は教科書を読み上げるだけの非常に単調でつまらないものである。

 この科目でもグリフィンドールとスリザリンは合同で授業を受けることになっている。

 

 1週間経って仲の良いグループが固まってきたが、セブルスは相変わらずリリー以外とは一人でいることが多かった。

 他のスリザリン生に話しかけられたら答えるが、自ら群れることはなく、周りもそういう存在としてセブルスを認識していた。

 そもそも闇の魔術に詳しいという噂が出回っているので、セブルスに絡んでくるような人は少数派だった。

 

 一方の成績面ではセブルスは他者を大きく引き離して優秀だった。

 授業態度も真面目であり、先生からの評判は悪くない。

 

 

 ゴーストのピンズ先生は退屈なケンタウロスの反乱の歴史を読み上げている。

 大半の生徒がその講義を子守唄にして机に突っ伏す中、セブルスは適当にノートを取りつつ、授業を聞いているふりをしていた。

 

 後ろの方でポッターらがコソコソ囁き合う声が聞こえる。

 ポッター、ブラック、ルーピン、それに……ピーター・ペティグリュー。

 前世の記憶とさして変わらず、彼らは1週間ほどでたちまち仲良くなった。

 

 ――確か、ペティグリューがポッター夫妻の居場所を教えてもらってから密告するまでも1週間ほどだったか。

 セブルスの中でペティグリューは憎むにも値しない人間だった。

 しかし彼には気をつける必要がある。

 

 ……セブルスは世界を変えようと思っている。

 

 リリーを救う為に。

 だが闇の帝王は偉大であるし、時間とは儚く不安定で迂闊に操れるようなものではない。

 

 闇の帝王を自らの手で倒すと旗幟鮮明にした時、帝王がどのように動いてくるのか分からない。

 全て秘密裏で進められるのが最良の行動だが、そう出来るとも限らない。むしろ、出来ないと仮定して動いた方が賢明だ。

 そうなった時どのような影響が出るのかは未知数だが、出来る限りの心構えはしておかなければいけない。

 

 ピーター・ペティグリューは親友らの陰に隠れて目立たないが、自己保身の能力だけは異様に高い。

 彼は5分以上の長考の末、グリフィンドールに入れられた。

 以前は平凡な男だから、グリフィンドールとハッフルパフで迷っていたのだろうかと思っていた。

 しかし今は確信を持ってそれを否定できる。

 

 組み分け帽子はグリフィンドールとスリザリンで迷っていたのだ。

 

 彼がまた血迷ったことを考え出した時にリリーが犠牲にならないとも限らない。

 

 

 その時、コツン、とセブルスの肩に紙飛行機が当たった。日刊予言者新聞を器用に折って飛ばしてきたらしい。

 開くと、ヴォルデモート卿の配下が起こした聖マンゴ襲撃事件の現場に残された闇の印の写真が載っていた。

 エメラルドグリーンの星のような光の集合で髑髏と蛇を組み合わせて描かれたその印は、死喰い人が殺人現場の空に打ち上げる印として恐怖の対象になっている。

 だがその写真の髑髏の目はハートマークになっていて、その下にヴォルデモート卿と思われる姿の男がパタパタと杖を掲げては下げ、コメディチックな動きを繰り返している。

 

 セブルスが振り向くと、案の定ジェームズとシリウスがにこにこ笑ってこちらを見ていた。

 

「あいつの一味になるのが待ち遠しいんだろ?」

 

 ジェームズが口パクで言った。

 

「ヴォルデモート卿のな」

「それをヴォルデモートに送りつけたらすぐさま死喰い人にしてくれるかもしれないよ」

 

 ジェームズは楽しそうに囁いた。ピーターは面白そうにその様子を見ていた。

 ……くだらないにも程がある。

 恐らく、図書館で闇の魔術を調べているという事実に尾鰭がついてそんな噂になったのだろう。

 セブルスは紙飛行機に魔法をかけ、彼らの元に瞬間移動させた。

 

「熱っつ!」

 

 後ろの方で紙が燃える音とともに小さな悲鳴が聞こえた。

 これぐらいやり返しても誰も文句を言わないに違いない。セブルスはそう思った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 時は流れクィディッチシーズンが訪れた。

 教師時代の思い出で上書きされて忘れていたが、セブルスが学生の頃のクィディッチ試合前の煽り合いは、ハリー・ポッター在学中の比ではない。

 

 “別の色のローブをまとった生徒とすれ違ったらすぐさま呪いをかけておけ”

 

 これがクィディッチシーズンの心構えだ。

 

 そんな浮き足立った雰囲気が好きではないセブルスはいつも以上に図書館に足を運ぶようになった。

 

「何を読んでいるんだい?」

 

 プラチナブロンドをポニーテールにした生徒――ルシウス・マルフォイがセブルスの隣に座った。胸に監督生バッジを光らせている。

 

「学校はこんな盛り上がってるのに、相当勉強熱心なようだね」

「あまりクィディッチには興味がないもので」

 

 何しろセブルスは試合結果を知っている。

 

「ははは、そうか。私としては中々面白いスポーツだと思うが、興味がないなら仕方ないな。やはり闇の魔術の方が興味をそそるかい?」

「ええ、まあ」

 

 セブルスは答えた。

 

「そうか。私の家には古くからの書物が沢山保存されていてね。クリスマスパーティーには毎年何人か家に招待しているのだが、どうかね?」

「招待して下さるのですか?」

「君が望むなら考えてみたいと思ってるよ」

 

 ルシウスは狡猾な男だ。

 ホームパーティーなどに行った暁には、確実に何かしらの対価を求められるに違いない。

 だがマルフォイ家は古くからの名家だ。

 セブルスの探す闇の魔術について書かれた本が見つかるかもしれない。

 

「土産には何を持っていけば?」

「気持ちが伝われば何でも歓迎だ」

 

 セブルスとルシウスは互いに目を合わせ、無言の約束を結んだ。

 

 

 このクリスマスのマルフォイ家への訪問で大きな情報を得ると共に、大事件を起こす引き金を引いてしまうとは、セブルスはまだ知る由もないのだった。




ピーターはセブルスの実家で一時同居生活してたので大の仲良しですね。嘘です。

セブリリにするか、ジェリリにするか。それが問題だ。


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第4話 クリスマス休暇

 ホグワーツにもクリスマスが近づいてきた。中庭は一面真っ白になり、城全体が冷え切っていて、廊下や地下牢教室は凍えるような寒さだった。

 スリザリンの談話室も地下にあるのだが、湖と面しているため、夏には涼しく冬には暖かくて快適だ。

 談話室の壁と天井は荒削りの黒石で出来ていて、天井からは丸い緑がかったランプが鎖で吊るしてある。

 正面には蛇の壮大な彫刻を施した暖炉があり、パチパチと火が弾けている。

セブルスは黒い革張りのソファーに座り、魔法史のレポートを書いて いたが、ふと顔を上げて時計を見た。

 ……そろそろ時間か。セブルスは立ち上がってマフラーを巻き、談話室から出た。

 

 

「チュニーへのお土産は何がいいと思う? 彼女、爬虫類とか両生類が苦手だから蛙チョコはダメってことを昨日思い出したの!」

 

 リリーとセブルスは雪が降り積もる校庭を散歩しながら話していた。

 風が冷たく頬を打つが、セブルスの持つ瓶に入れて持ち運べる炎のお陰で多少ましになっていた。

 

「香水でも作ったらどうだ?」

「へー、すてき! 魔法薬づくりの時の要領で出来るものかしら?」

「ああ。アスフォデルを入れると香りがよくなる上にリラックス効果が出る」

「アスフォデル?」

「薬草の一種だ」

「ふうん、知らなかった」

 

 リリーは弾むように歩いた。

 

「もしよければ一緒に作るか?」

「いいの? ありがとう!」

 

 リリーは嬉しそうに微笑んでから駆け出した。そして10メートルぐらい行った所で立ち止まって、振り返る。

 丸いグリーンの瞳には雪に覆われたホグワーツ城が映っていた。

 

「どうしたんだ、急に」

 

 セブルスは急ぎ足で追いついた。リリーは感傷に浸っていた。

 

「あのね……魔法学校に来てるなんてまだ信じられない。わたし、つい去年まで普通にマグルの小学校に通ってたのよ。ここでは算数も理科もない。かわりに魔法薬学とか呪文学とか、本当に楽しい授業ばかりあるの。それにご飯も頬が落ちそうなくらい美味しいし、毎日がとっても充実してる」

 

 リリーの可愛らしい横顔にはどこか陰が差していた。

 

「でも魔法が使えても使えなくても、同じ人間なんだから根っこの部分は一緒よね。私、魔法に夢を見すぎてたみたい」

「魔法は便利でもあるが災厄も引き寄せるからな」

 

 セブルスは答える。

 

「……そうよね。そういえば私、嬉しいわ。あなたがチュニーのことも大切に思ってくれて」

 

 チュニーとはリリーの姉ペチュニアのことである。2人は全く似ていない姉妹だった。正直なところ、神が姉妹2人分の才能をまとめてリリーに与えたのではないかと思ってしまうほどだった。

 ホグワーツ入学前、そりが合わなかったペチュニアとセブルスは犬猿の仲だった。

 

「寝室にいくつか香水作りに使える材料があるから取ってこよう。リリーも香りの良いものを持って来てくれないか?」

「わかったわ。そうだ、スラグホーン先生にお願いすれば場所を貸してくださるんじゃないかしら?」

「そうだな」

 

 セブルスとリリーはスラグホーン先生によって設立された“スラグ・クラブ”のメンバーで、彼に好かれていた。

 このクラブの主な目的は、スラグホーンが選りすぐりのお気に入りの生徒たちと授業時間外に食事を共にし、親睦を深め合うことだ。

 その他にも自身の才能の研鑽目的のことをお願いすれば、ほとんど何でもサポートしてくれる。

 

 セブルスとリリーは城に戻っていった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 それから30分後、それぞれ材料を集め終えた2人がスラグホーン先生を尋ねると、スラグホーンは快く地下牢の1つを貸すことを許可してくれた。

 

「やったー、貸してもらえてよかったわ」

 

 リリーは両手で銅鍋を抱えて嬉しそうに微笑んだ。

 

「ところで、買ってしまった蛙チョコはどうするんだ?」

 

 リリーは昨日、フクロウ便で50匹近くの蛙チョコを買っていた。ただでさえ多くないかとセブルスは心配していたのに、ペチュニアが食べられないとなれば大量に余りそうだ。

 

「うーんと、ママとパパにあげて、近所のお友達に配って……ってそれは無理ね。セブルスはクリスマス休暇に家に帰るのだっけ?」

「ああ」

「なら一緒に蛙チョコパーティーしましょ! 私、雑誌で読んだ面白い遊びを知ってるの。蛙チョコのお尻の部分からシロップを中に注入して、2匹の蛙チョコを近づけて戦わせるの。そうすると取っ組み合いを始めて、最終的にどちらかがもう一方のはらわたを搔き切るんだって! そうすると裂け目からシロップがバシャッて出てくるらしいの。楽しそうじゃない?」

 

 リリーはキラキラと純真な瞳を輝かせて、猟奇的な遊びの提案をした。

 思い出してみれば、1度目の人生でもリリーはポケットいっぱいにカエルの卵を詰め込んで帰宅して、ペチュニアに怖がられていた。

 見た目の可愛らしさとは裏腹にリリーは虫やミミズにばっちり耐性があるタイプだ。

 何にせよ、リリーがしたいというならどんな遊びでも喜んでしよう。

 

 他愛のない話をしながらセブルスとリリーは香水作りに取り掛かった。

 大鍋をかき混ぜることしばらくすると、部屋中に花の良い香りが広がった。まるでお花畑の真ん中にいるようだ。

 2人は幸せな気持ちになった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 クリスマス休暇にはほとんどの生徒が帰省するが、希望する生徒はホグワーツに残ることもできる。

 マクゴナガル先生が居残る生徒のリストを持ってきた時、シリウスは真っ先に書き込もうとしたのだが拒否された。そのお陰で彼の機嫌は最悪だった。

 

「まあ、でもお父さんとお母さんだって、この数ヶ月で人が変わったように良い人になってるかもしれないよ」

 

 ホグワーツ特急に乗るために大広間で待機しているピーターは、向かいのシリウスに向かって根拠ゼロの励ましをした。

 シリウスは高そうなトランクを無造作に床に置き、ファイア・ウィスキーを流し込むように飲んでいた。

 ジェームズは髪に手をやってくしゃくしゃにしながら、2人の様子を見ていた。

 

「君の母親が、君に帰って来るようにマクゴナガルに伝えたんだろ?」

「そうだ。あのクソババアめ」

「その婆さんって、どこで迎えに来るんだい? 僕、君の言い方からして、てっきりホグワーツ城まで迎えに来るんだと思ってたけど」

「いや、キングズ・クロス駅だ。たぶん屋敷しもべを引き連れてくる」

 

 ジェームズの目がキラリと光った。

 

「なら大丈夫だ、あの時間帯の駅は混むんだ! 僕には身を隠せるとっておきのアイテムがあるから、きっと君の母親を撒けるはずだ」

「どういうことだ?」

「だから、僕の家に来いよ! 実家に帰らずにさ! 部屋なら有り余ってる」

 

 ジェームズは当然だろ、と付け足した。シリウスは驚いて目を見開く。

 

「でもそんなことしたら迷惑かかるだろ」

「迷惑なもんか! パーティーにはたくさん人がいるべきだ!」

 

 シリウスの顔がパッと明るくなった。

 

「じゃあお邪魔させてもらうよ」

「ああ。ピーターも暇だったらいつでも来いよ」

「はーい」

 

 ピーターは糖蜜パイをつまみ食いしながら朗らかに返事した。

 

「そういえば、リーマスってよく休むよな」

 

 ジェームズが呟いた。9月に学校が始まってから、彼は4回も授業を休んでいた。

 

「持病持ちで病弱だって言ってたな」

「僕も飛行訓練の前はお腹が痛くなるよ」

「それは君のメンタル的な問題だろ」

 

 ジェームズは呆れた様子で首を振った。ピーターはムッとした。

 

「気分が悪くなれば体の調子も悪くなるよ」

 

 その時、リリーが大広間に入ってきた。

 きめ細かくて白い肌につややかな赤毛、アーモンド形のくりくりした瞳で華奢な体つきの彼女は、一言で表すと美少女である。

 それもアメリカのチアガールをやってるような美人ではなく、クリスマスの飾り付けが施されたゴシック構造の荘厳な大広間が似合うようなタイプの美少女だ。

 

「エバンズ! ハッピーホリデー!」

 

 ジェームズは元気に声をかけた。

 

「ハッピークリスマス、ポッター」

 

 リリーはさらっと返事をして、友人のメリー・マクドナルドの方へ歩いていった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 クリスマス休暇の日々は楽しかった。

 セブルスとリリーは近くに住んでいたので頻繁に会いに行って、雪だるまを作ったり、凍った池でスケートをしたりした。

 リリーの両親はセブルスに対してとても良くしてくれた。マグルの彼らは、娘を自分たちの知らないところに送り出すことを不安視していたので、色々と教えてくれたセブルスに感謝していたのだ。

 

 クリスマス当日、セブルスは家からマルフォイ家の近くのクィディッチ用品店の暖炉に煙突飛行した。

 煙突飛行とは魔法の粉を使って暖炉から暖炉にワープする移動魔法のことだ。安全性が高く、未熟な子供でも行える移動方法である。

 暖炉を使わせてもらったお礼として2シックルほど店主に渡し、セブルスは店を出た。

 

 しばらく歩くとマルフォイ邸が見えてきた。

 死喰い人や二重スパイ時代に何度も訪れたことがある邸宅だが、何だか新鮮に感じられる。

 マルフォイ家は古くから続く純血の名家であり、魔法界でも屈指の資産家だ。

 そのためもちろん家は大豪邸で、庭には優雅な孔雀が住んでいる。中庭は屋敷しもべ妖精によって美しく整えられ、冬でも白黒の魔法の花が咲き誇っている。

 

 ドアの前に立ち蛇のノッカーを叩こうとした瞬間、ドアが開き、中から屋敷しもべ妖精が顔を出した。

 

「あなた様はパーティーにご招待されましたか?」

 

 着飾ったその妖精は、特有のキーキー声でセブルスに尋ねた。

 セブルスは頷き、ローブの内側から招待状を取り出して、しもべ妖精に渡した。

 

「スネイプ様! 本日はようこそいらっしゃいました」

 

 しもべ妖精は客人に対する定型文をつらつらと述べ、それからセブルスをパーティー会場に案内した。

 

「ここで御座います」

 

 妖精は重い大理石のドアを引いて開けた。

 そこはハーマイオニー・グレンジャーが拷問され、ベラトリックスがドビーをナイフで刺し殺した現場でもある、クリスタルのシャンデリアのある部屋だった。

 深紫色の壁には何枚もの肖像画が掛かっており、いつも置かれている家具は片付けられ、大きな黒石のテーブルが中央に置かれている。

 

「おお、セブルス! よく来てくれた」

 

 中央の席に座っていたルシウスが立ち上がってセブルスを歓迎した。他にも何人か既に集まっていて、それぞれ数人に自然に分かれて話していた。

 

「よかったらこの席に座ってくれたまえ」

 

 ルシウスは自分の近くの席を勧めたので、セブルスは素直にそこに座った。

 彼と学校の勉強などについて談話しているうちに次々と人は集まり、気がつけば全員が揃っていた。

 

 ルシウスが始まりの軽い挨拶をして、それから自己紹介という流れになった。

 ヤックスリー、エイブリー、セルウィン、マルシベール、ドロホフ、ルックウッド、トラバース、グリーングラスなど純血の名家出身が多いが、半純血の者も少なくない。ちなみにほとんどが後に死喰い人になる者である。

 死喰い人は純血主義を掲げながらも、実際には半純血の者が多くを占める。そしてごくごく稀にマグル生まれの魔法使いもいる。

 その多くを勧誘したのはマルフォイ家だと言われている。家の利益と繁栄の為には柔軟に思想を変え、裏から上手く操り立ち回るのが彼らの昔からのやり方だった。

 集まった魔法使いの中にはウィルクスやロジエールなど、ヴォルデモートの1度目の失脚時に死んだ者もいた。

 

 端に座る黒髪の少年を見て、セブルスはブラックが居るのかとギクリとした。

 しかし彼は同じブラックでも、シリウスではなく弟のレギュラスの方だった。

 彼はスリザリンクィディッチチームのシーカーだった。そして16歳で死喰い人になり、翌年に恐れをなして脱退しようとしたところを殺された、とセブルスは記憶している。

 彼は高慢ちきな顔で退屈そうに食事をしながら、時々、隣に座るアンドロメダ・ブラックやグリーングラス家の金髪の娘と短い会話をしていた。

 

 食事が終わったところで予想外のことが起きた。

 外のざわめきを聞くに、どうやらヴォルデモート卿がマルフォイ邸を訪ねてきたらしい。目的はルシウスの父と話すことだそうだ。

 この大量の未成年の客人たちがヴォルデモート卿と対面するのは迷惑がかかるということで、セブルスたちは急遽、レストレンジ家に移ることになった。

 

 ラバスタン・レストレンジとベラトリックス・レストレンジは突然たくさんの人が訪れたことに嫌そうな顔はしたものの、気前よく部屋を貸してくれた。

 しかしベラトリックスはすぐさま家を出てどこかに出かけてしまった。

 

「そういえばセブルスは本を読みたいと言ってたかな?」

「ええ、ホグワーツでは読めないようなより深い魔術を学びたいと思って」

「では書庫に行ってもいいか尋ねてこよう」

 

 ルシウスは部屋を出て、しばらくして帰ってきた。

 

「無事、許可をもらえたよ。皆、書庫に行かないかい?」

 

 ルシウスの呼びかけの結果、皆で書庫に行くことになった。

 3階の奥にある書庫は広々としていて、膨大な数の本が収められていた。部屋の窓際には大小2つの机が並べられている。恐らくレストレンジ夫妻が並んで座れるようにする為だろう。

 皆が闇の魔術や闇の魔法生物のコーナーに集中する中、セブルスは一人で魂に関する魔術の本が集められた場所に直行した。

 幾つかの本を斜め読みするが、ヴォルデモート卿が為したであろう事だとピンとくる記述はない。

 しかし『魂・神秘なる魔法』という本の後半のページでセブルスは手を止めた。

 

『分霊箱。殺人によって自らの魂を引き裂き、別の物に保存することで半永久的な生を得る魔法。実質的な不死と引き換えに術者は大きな代償を支払わねばならない。』

 

 分霊箱――実質的な不死。別の物に魂を保管する。

 これだ、とセブルスは確信した。

 あの指輪や日記、ハッフルパフのカップは恐らくヴォルデモート卿の分霊箱だったのだ。

 本を読み進めると、分霊箱の具体的な作り方、壊し方、引き裂かれた魂を元に戻す方法が書かれていた。

 魂を戻すには良心の呵責、つまり自らの行いを心から悔いる必要がある。

 そして分霊箱を壊す為には、バジリスクの毒、悪霊の火など強い破壊力を持ったものを使わなければいけない。

 

 問題は何を分霊箱にしたのか、そして、何個作ったのか、ということだ。

 日記、ハッフルパフのカップ、指輪はほぼ確実に分霊箱だ。

 これで全てなら良いが、ヴォルデモート卿ならばもっと沢山の物を作っているかもしれない。

 なるべく相手に気がつかれないうちに分霊箱を見つけ出して破壊しようとセブルスは決意した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 それから、客人たちは自由に書庫と部屋を行ったり来たりするようになった。

 

 そしてある時、書庫にいるのは一人きりになった。

 

 その一人は、ドアを警戒しながら小さい方の机に近寄った。

 そして鍵のかかった引き出しを慣れた手つきで杖で叩き、開鍵する。それから白い細い腕で引き出しを開け、中にあるものを覗く。本やノートをどけ、底を叩くと、隠しスペースが発見された。

 そこには黒表紙の日記があった。

 表紙の文字は消えかかっていたが、微かに金文字で“T.M.Riddle”と書かれているのが読み取れる。

 

 しばらく表紙をじっと見てから、その人物は日記をローブの内側に滑り込ませた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 クリスマス休暇が終わり、セブルスは再びホグワーツに戻ってきた。

 分霊箱について発見できたのは大きな進展だった。

 早めに変身術の教室に向かいながらセブルスは考えた。

 これからはバレないように動くのが最優先だ。情報を出来る限り集め、そして一気に分霊箱を破壊する。

 まずはすべての分霊箱を把握することが目標だ。

 とは言ってもホグワーツにいる時に出来ることとといえば、図書館で知識を集めたり、過去の新聞をあさることぐらいだ。

 一歩一歩地道に進めるしかない。

 

 その時だった。角を曲がった先の廊下から、猫の鋭い鳴き声が響いた。これは管理人アポリオン・プリングルの愛猫キャロルの鳴き声だ。

 

 セブルスは廊下を曲がった。

 壁に付着した赤黒い何かが光っているのが見えた。

 正面に行くと、高さ30センチほどの文字が赤く塗りつけられていた。

 

秘密の部屋は開かれたり

 継承者の敵よ、気をつけよ

 

 前の床でキャロルが横たわっていた。目は虚ろで、手足はぐったりしている。

 死んでいる、とセブルスは直感的に理解した。

 

 そこに、昼食を終えて教室への移動を始めたハッフルパフの生徒たちが集団でやってきた。

 

「キャロルが! キャロルが死んでる!!」

 

 一人が悲鳴にも似た大声をあげた。

 その声を聞いた生徒たちが一斉に集まってきて、その場はたちまちパニック状態に陥った。

 

「何があったんだ?」

 

 ジェームズとリーマスとピーターは遅れてやってきたが、人だかりが大きすぎて何が起こっているのか分からなかった。

 

「秘密の部屋は開かれたり! 継承者の敵よ、気をつけろ! 次はお前たちの番だ!」

 

 前の方にいるスリザリンの誰かが叫んだ。

 

 まだヴォルデモート卿は健在だ。

 セブルスが1度目の人生を歩んだ時、この時期に秘密の部屋は開かなかった。開くはずがなかった。

 

 だがしかし今、開くはずのない秘密の部屋は何者かによって開かれてしまった。





セブルスとリリーの楽しい冬休み
 
ドンドドドンドンッ♪(スピナーズエンドのドアを叩く音)
リリー「ゆきだるまつくーろー♪♪」
セブルス(……なんだこれ)


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第5話 秘密の部屋

 秘密の部屋とは、ホグワーツ創設者の1人であるサラザール・スリザリンが作ったとされる隠し部屋だ。

 そこには、マグル生まれを追放する為の恐ろしい怪物が封じ込められているとされている。

 秘密の部屋が開くのは、スリザリンの真の継承者が現れた時のみだ。

 

 セブルスの知る限り、この部屋が開かれたことは2度あった。

 

 1度目はトム・マールヴォロ・リドル、つまりヴォルデモート卿によって開かれた時だ。

 その時は哀れなマートル・エリザベス・ウォレンが犠牲になった。

 そして2度目はジニー・ウィーズリーによって開かれた時だ。

 これは少し特殊で、リドルの日記に体を乗っ取られた彼女が部屋を開いた。

 

 今回は生まれつき蛇語を話せる人がこの校内に居るとは思えないから、恐らく後者だ。だとすると誰かが日記を手にしたことになる。

 これは大問題だ。なぜならヴォルデモート卿はまだバッチリ生きているからである。

 万が一、日記の魂が復活してしまった時には、この世には2人のヴォルデモート卿が存在することになる。

 この事態にはヴォルデモート卿自身も焦り、怒っているに違いない。

 

「何事ですか?」

 

 マグゴナガルら教師陣が到着して、人波を掻き分けて前に出た。生徒たちはシーンとなった。

 壁に書かれた文字と猫の死体を見たマグゴナガルの顔から血の気が引いた。

 

「キャロル! 俺のキャロルが!」

 

 アポリオン・プリングルが悲痛な声をあげて飛び出して、猫の死体を抱え上げた。

 ダンブルドアは腰をかがめて優しく猫を撫でて、悲しそうに首を振った。

 

「なぜ死んだんだ! お前か? それともお前がやったのか!?」

 

 プリングル管理人は近くの生徒の胸ぐらを掴み詰問して、当たり散らかす。

 

「あの……彼が、スネイプがこの場にいました」

 

 茶髪のハッフルパフ生がゲホゲホむせながらセブルスを指差した。生徒たちからざわめきが起きた。

 

「この場にはいたが、第一発見者というだけだ」

 

 セブルスは冷静に言った。

 

「君は何故ここに来たのかね?」

 

 ダンブルドアが尋ねた。

 

「予習の為に早めに変身術の教室に向かっておりましたが」

「ふむ、なるほど。後で詳しく情報を聞いてもいいかね?」

 

 セブルスは頷いた。

 

「生徒諸君、午後の授業は中止じゃ。今すぐ談話室に帰って自習するように。監督生諸君、自寮の生徒の引率を頼む!」

 

 ダンブルドアは重々しい口調で言った。

 

「よし、グリフィンドール! お前たちはこっちに集まれ!」

「レイブンクロー生は二列縦隊になりながら階段の方まで来てくれ!」

 

 監督生たちが一斉に指示出しを始めた。

 

「どういうことなんだ!」

 

 ジェームズが怒って言った。

 

「もっと説明してくれないと分からないじゃないか!」

「ジェームズ、とりあえず戻ろう。きっと後で説明してくれるよ」

 

 リーマスがジェームズをなだめた。

 

「誰かが悪戯したのかな?」

 

 グリフィンドール塔に向かう階段を上りながら、ピーターが呟いた。

 

「そうだとしたら悪質すぎるね。管理人がどれだけあの猫を可愛がってたのか、ホグワーツ生なら誰でも知ってるはずさ」

 

 3歳上の先輩、フランク・ロングボトムが顔をしかめて言った。

 

「あの猫、寝てるみたいに死んでたわ。きっと何が起きたのかも分からないうちに殺されちゃったのね」

 

 フランクと腕を組んで歩いていたアリスも悲痛そうに付け加えた。

 

 

 一方、セブルスは発見時の話をする為に事件現場に残っていた。

 ダンブルドアに背を向け、どこまで話すべきか考える。

 

 ……猫を殺したのはバジリスクの仕業に違いない。

 もしジニーの時と場所が変化していないなら、女子トイレの水道に『秘密の部屋』への入口がある。

 日記のトム・リドルが何の目的で動いているのかは不明だが、もしヴォルデモート卿と同じ主義であれば、マグル生まれが次々と狙われて殺されるだろう。

 それはなんとしても避けなければならない。

 ダンブルドアは蛇語を話せるから、秘密の部屋に入ってバジリスクを退治することも可能だろう。

 ただ、ここまで詳細に話してしまえば確実に不審に思われる。

 

「君が来た時には、もうキャロルは亡くなっていたのかな?」

 

 生徒が全員いなくなり、傷心のプリングル管理人がスプラウト先生に付き添われて医務室に送られたところで、ダンブルドアが話を切り出した。

 

「ええ。向こうの廊下を歩いていたら、こちらから猫の鋭い鳴き声が聞こえました」

「人の気配はあったかね?」

「いえ、人の気配はありませんでした。ただ……パイプの中を巨大な生物が這い進んでいるような音は聞こえました」

 

 セブルスは説明した。

 ダンブルドアはちょっと目を細めた。

 

「ふむ、なるほど、そうか……。ところで君は、猫はどのような方法で殺されたと思うかな?」

 

 セブルスは驚いてダンブルドアを見た。

 

「僕はただの一年生の生徒ですから多くは分かりません。ただ、痛みのない魔術で殺されたような気がします」

 

 ダンブルドアはふむ、と頷いた。ダンブルドアは何を考えているのだろうか。

 セブルスは閉心術の名手なので思考を見られることは無いはずだ。しかし何故だか勘付かれているような気がして怖かった。

 

 

 その頃、母親に手紙を出し終わったシリウスは不機嫌な顔で廊下を歩いていた。

 妙に人気が少ないのはなぜだろうと思いながら進むと、ダンブルドアとセブルスが話す声が耳に入ってきた。

 面白そうだ。

 シリウスは曲がり角で立ち止まり、会話に耳を傾けた。

 どうやらキャロルという猫について話して話しているらしい。

 

「ミスター・ブラック? どうしてそこにいるのですか?」

 

 その時、マクゴナガルがシリウスの気配に気がついた。セブルスとダンブルドアもシリウスを見た。

 

「何が起きたんですか?」

 

 シリウスは仕方なく物陰から出て、尋ねた。

 

「事件です。生徒たちは皆、談話室に戻っていますから、あなたも早く戻りなさい。いえ、私が付き添って一緒に戻りましょう」

「なんでスネイプは残ってるんだ?」

「第一発見者でしたから話を聞いているだけですよ。何にせよ、あなたには関係ない話です」

 

 シリウスはニヤリと笑った。思った以上に面白い話が飛び込んできた。

 セブルスとシリウスは、ホグワーツ特急で会った時から性格の不一致により最悪の仲だった。

 

「さあ、行きますよ」

 

 マクゴナガルはシリウスの背中を押した。シリウスは渋々歩き出した。

 

「……久しぶりのお家はどうでしたか?」

 

 パイナップルを食べる男の肖像画を通り過ぎたところで、マクゴナガルは何気なく聞いた。

 少し前からブラック家の家庭環境が気になっていたのだ。

 

「まあそれなりに」

 

 少し前を歩くシリウスはぶっきらぼうに答えた。シリウスはジェームズの家にクリスマスまで泊まったが、結局、家に連れ戻されてしまったのだ。

 

「私の方針として、基本的に家庭でのご指導に口を挟むつもりはありません。しかし私の大切な生徒の幸福が侵害されているというのであれば、対応する準備はいつでも出来ていますよ」

 

 マクゴナガルは優しく話した。シリウスは驚いて振り返った。

 

「大人だからといって皆が皆おっかない訳ではありませんから、いつでも頼っていいのですよ」

 

 子宝に恵まれなかったマクゴナガルにとって、生徒たちは実の子供のような存在だった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 談話室に戻ったシリウスは暖炉の近くのソファーに座っていたジェームズたちに声をかけた。

 

「スニベリーとダンブルドアが廊下で話してたけど、何があったんだ?」

「秘密の部屋が開かれたんだ。あの監督生の話によると、サラザール・スリザリンが遺した部屋らしい」

 

 リーマスが説明した。

 

「その部屋の中に怖い怪物が居て、マグル生まれを襲うんだって」

 

 ピーターが恐ろしそうに付け足した。

 

「そういうことだったのか……俺には分かる。犯人はスネイプだ」

 

 シリウスは盗み聞いたことを3人に話した。

 

 

 

 ホグワーツの自慢できることといえば、イギリスとは思えない絶品の料理と噂が広まるまでの脅威のスピードだ。

 

 翌日の午後にはスリザリン以外の生徒の殆どが、セブルスが犯人だと思うようになっていた。

 しかし時代を考えればこれは仕方ないことでもある。

 ホグワーツの外では毎週のように死人や行方不明や拷問事件が起こっている。魔法省も対処に追いつかず、ヴォルデモート卿と死喰い人の力は増すばかりだ。誰が味方で、誰が敵なのかも分からない。

 服従の呪文をかけられて、自分では止めることができずに恐ろしいことをやってしまう。自分で自分が怖くなり、信じられなくなる。

 恐怖とパニックと混乱で満ち溢れた世の中――それが今の魔法界だ。

 

 つまり誰もが、目に見える敵の存在を欲しているのだ。

 見えない敵ほど恐ろしいものはない。

 だから真犯人かどうかは二の次で、とにかく犯人として責められる相手が必要なのだ――自分や親友が犯人ではないと思えるようにするために。

 

 生徒たちはセブルスを遠巻きに見つめ、すれ違う度に指差してひそひそ囁き合うようになった。

 でもリリーはセブルスのことを信じていてくれたし、教師たちも優等生であるセブルスを信じていた。

 一方でジェームズやシリウスを始めとする何人かは特にしつこくセブルスに突っかかってきた。

 いつか自分が犯人でないと分かった時の彼らの顔が見物であるとセブルスは思っていた。

 

 

「リリー、あんまりスニベルスと2人きりで会わない方がいいよ。こんな時だから」

 

 ある日の朝食前、談話室でジェームズがリリーに声をかけた。

 

「ずーっと言ってるけど、セブルスはこの事件の犯人じゃないわ。彼があんなことするはずないもの」

 

 リリーは眉をひそめて言った。

 

「君はスニベリーと長く居るから、感覚がちょっとおかしくなってるんだ。彼が犯人に決まってる! いつか動かぬ証拠が出てくる時が来る。それが君の死体であって欲しくないんだ。それより僕と一緒に朝食を食べに行った方がいいよ」

「おかしくなってるのはあなたの方よ。なんでそんなにセブルスのことばかり疑って嫌がらせしてくるの? あなたより勉強が出来るからって妬まないで。それと、彼をその変なあだ名で呼ばないでって、わたし何回も言ったはずよ」

 

 リリーは完全にプンスカ怒って談話室を出て行ってしまった。

 

「どんまいジェームズ」

 

 シリウスが朗らかに声をかけた。ジェームズは失意に溢れた様子でリリーが出て行った先を見つめていた。

 

 

 

 誰が何の為にどのようにして日記を手にしたのか。

 セブルスの存在により、歴史は大きく違う方向に舵を切り始めていた。




 
フランク・ロングボトムとアリス…ネビルの両親。原作だと哀れな運命を辿った人たち。映画で2人の登場シーンがカットされたのは涙。

セブルスはスーパーミラクルハイパー閉心術師なので、ダンブルドアの開心術も効かないです。
ただ今回ダンブルドアはセブルスの閉心術の巧みさに気がついたので、11歳の子ができる技じゃねえ…と驚いてます。


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第6話 嘆きのマートル

 2月になり、城は一層寒さを増した。猫死亡事件以降、継承者による襲撃は止み、生徒たちの間にも活気が戻りつつあった。

 2日前には中止されていたクィディッチ対抗戦が再開され、レイブンクローとハッフルパフが歴代稀に見る熱い試合を繰り広げた。

 暇していたグリフィンドール生と一部のスリザリン生も観戦したので、クィディッチピッチの盛り上がりは最高潮だった。

 

「結局、あの事件の犯人は誰だったのかしら。私、すっごく怒ってるのよ」

 

 ある放課後、図書館に向かう途中、リリーが熱く語った。

 

「魔法が使えるからって、どうしてそんな悪いことに使うのかしら。それにみんな犯人が分からなくて怖いからって、セブを犯人に仕立て上げてるのがイライラするの!」

「僕は別に気にしてないよ」

 

 セブルスはマントをはためかせて堂々と歩いていた。

 他人からどれほど疑われているかなんて心底どうでもよかった。

 それよりも大切なのは、いかに早く犯人を見つけ出して、止めさせるかということだった。

 

「それより、あの事件の時から変わった様子の人が居なかったか?」

 

 セブルスは尋ねる。

 

「変わった様子の人? うーん、私の周りには元々変わった人が多いから……。何人か、秘密の部屋を探そうとしてマクゴナガル先生に怒られたのよ。みんないつもより興奮してる。でもそれぐらいだわ」

 

 リリーは考えながら答えた。

 

「そうか、ありがとう」

「あなたも秘密の部屋を探そうとしてるの?」

「そんな愚かな冒険ごっこはしないさ。もし探すとしても犯人だな」

「あんまり無茶なことしないでね。セブなら平気だと思うけど」

「ああ」

 

 その時、少し先のトイレから甲高い揶揄い声が聞こえてきた。

 

「オー、マートル! 惨め屋・うめき屋・ふさぎ屋マートル! トイレの排水管に逃げちゃうのかい、ブスのマートル!」

 

 それはポルターガイストのピーブズだった。

 

「オオオオオオ! 酷いわ! 生きてる時の人生は最悪! そして死んでもみんな私を虐めてくるんだわ!」

 

 トイレの中からは野太い呻きも聞こえてくる。

 

「マートルだわ。知ってる?」

 

リリーが足を止めて聞いた。

 

「噂に聞いたことはある」

 

 30年以上前からホグワーツの女子トイレに取り憑くマートルは常に陰気で、すぐに機嫌を悪くしてはトイレの排水管に飛び込んで水を撒き散らすので、皆から疎まれている。

 女子のほとんどはマートルのいるトイレを使わない。ちょっと意地悪な生徒は、罰ゲームの材料にマートルのトイレを利用する。

 

「あの子、根はいい子なのよ。ただちょっと感情の浮き沈みが激しいだけなの。あのね、前に私がお風呂で落ち込んでたら、突然お湯の中からヌッと出てきて、アドバイスをくれたのよ」

「勝手に風呂に入り込むのか?」

「うん。男湯もたまに覗くらしいから気をつけてね」

 

 リリーはくすくす笑いながら言った。

 

「ピーブズを止めに行きましょ。そうじゃないとマートルがまた廊下をびしゃびしゃにしちゃう」

「いや……その必要はない。マートルにとって廊下を水浸しにすることがストレス発散になるのなら、そうさせてやった方がいい。感情を抑圧されると、爆発した時が悲惨になる」

「……でも、管理人さんの手間が増えちゃうわ」

「後で僕が掃除しに来るよ」

「なら私も一緒に掃除するね」

 

 リリーは楽しそうに言って、歩きだした。

 

「変な気分じゃない? いま止めれば楽なのに、あえてスルーして、また戻ってくるなんて」

「たまには無駄なことをするのもいいだろ?」

「ふふ、そうね」

 

 秘密の部屋が開いた以上、床は水浸しの方がいい。

 水に反射したバジリスクの瞳を見れば、石化するだけで済み、死なないからだ。

 

 それから2人は図書館に行って、主に魔法薬学の勉強をした。

 リリーにはやはり天性の才能があるらしく、少し教えただけでそれ以上の上達を見せた。

 

「セブルスが出来る魔法薬の中で、一番難しいのは何なの?」

 

 元気爆発薬の作り方をノートに書き写しながらリリーが横を向いて聞いた。

 

「そうだな……フェリックス・フェリシスは一般的に難しいとされている魔法薬だ」

「それ、もしかして幸運の液体? 作ったことあるの?」

「一度、祖母が調合しているのを手伝ったことがある」

 

 セブルスは適当に言った。実際には前世に一度だけ自力で調合したことがある。

 あの複雑で細かな手順の連続にはうんざりした。それに材料があまりにも高価だったので、それ以降調合したことはない。

 

「へー、飲んだことはあるの?」

 

 その質問に、セブルスは少し間を置いた。

 

「……一度だけある。その日は、当時の自分にとっては驚くほど幸運な日になった。ただ……いや、何でもない」

 

 リリーはセブルスが途中で言葉を切ったのを不思議に思って首を傾げたが、セブルスは何も言わなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 数時間後、勉強を終えた2人は大広間に戻るため階段を降りようとした。

 するとぴったりそのタイミングで、階段が違う踊り場に接続する為に動き出した。

 周りの壁には多数の肖像画が掛けられていて、ペチャクチャお喋りを続けている。まさに魔法学校らしい大階段だ。

 リリーは立ち止まって手すりにつかまり、セブルスの方を見た。

 

「あのね、私はフェリックス・フェリシス飲んでみたいな。幸運な日が来るって分かるだけでウキウキしてこない?」

 

 リリーはずっと幸運薬について考えていたらしい。

 

「あの薬は飲みすぎると中毒になる。それに、薬頼りの幸運なんか求めるべきじゃない」

「……前に飲んだこと、後悔してるの?」

「分からない。でも、飲まなければどうなっていただろうとは時々考える」

 

 リリーは心配そうな顔をしたが、それ以上は聞いてこなかった。

 

「あ、そういえば、マートルの所に戻らないと!」

 

リリーは話題を変えるべく明るく言った。

 

「そうだったな」

「マートルってなんでずっとトイレにいるのかしら。もっとほかのゴーストたちと仲良くしたらって言ったのに、全然聞いてくれないのよ」

「ゴーストは生きてないからな。彼らの生活に生者が干渉するのは難しいんだ」

「へー、ゴーストっていつまでも地上に留まるものなのかしら?」

「ゴーストは何かしらの未練があってこの世に残っている者がほとんどだ。だから、もし死にたいと思う時が来たらゴーストは消滅する。ただゴーストになると生きている時よりずっと感性が乏しくなるから、自分の心を変えるためにずっと多くの時間を費やす必要があるんだ」

「それで、何百年もゴーストとして生きてる人たちがいるのね」

「そういうことだ」

 

 そして2人はマートルのトイレのある場所まで戻ってきた。

 目に飛び込んで来たのは、水浸しの床に倒れるレイブンクローの女子生徒だった。

 

「セブ……大変!」

 

 リリーとセブルスは女生徒の元へと駆け寄った。

 リリーは冷たくなった肌を触り、顔を青ざめさせた。

 

「大丈夫、石になっているだけだ」

 

 セブルスは冷静に言って、リリーの視界を背中で覆うようにしながら水越しに周りを鋭く観察した。バジリスクがいる気配はしない。

 その時、近くのドアがバーンと開き、ピーブズが飛び出してきた。

 

「おやまあ、お二人さん! いかがわしい事でもしてるのか?」

 

 ピーブズは楽しそうに囃し立てて空中宙返りをした。しかし倒れる生徒を発見すると、ピタリと動きを止めて逆さのままニヤニヤとその光景を見た。それから半回転して元に戻り、思いっきり息を吸い込むと、大声で叫んだ。

 

「おーそわれた、襲われた! こーんどは生徒が襲われた! おーそわれた、襲われた! ギャーハハハハハ!」

 

 ピーブズは楽しそうに生徒たちが多くいる方へと滑るように飛んで行った。

 途端に大勢の生徒が集まってきた。

 リリーは倒れる生徒の横に跪いていた。セブルスはリリーを庇う位置で立っていた。

 初めに駆けてきたのはスリザリンの生徒たちだった。

 

「またスネイプか。お前が犯人だな」

 

 ロジエールは息を整え、杖を突きつけてゆっくりとセブルスに迫ってきた。

 

「セブルスは私と一緒に居たから犯人じゃないわ!」

 

 リリーが強く言った。

 

「穢れた血は黙っとけ。スネイプ、お前に聞いてるんだ」

「彼女をそのように呼ぶな」

 

 セブルスは静かに怒った。

 ロジエールは一瞬たじろいだが、すぐにより杖を強く突きつけた。

 

「話をそらすな! お前はクリスマスにレストレンジ家にも行っている。盗んだんだろ、あの――」

「そこまでだ、ロジエール。あとで寮で話そう」

 

 上級生のヤックスリーが制止した。

 別の寮の生徒たちも遅れてやってきた。

 

「ジェシカ! ああ、どうして!」

 

 レイブンクローの女の子集団が倒れた少女の周りに群がった。

 そこにグリフィンドール勢もやってきた。

 

「スニベリー! やっぱり君が犯人じゃないか!」

 

 ジェームズが見たかとばかりに寄ってきた。

 

「私、彼と一緒にさっきまで図書館にいたのよ! だからセブルスはやってないわ」

 

 リリーが割り入った。現場は大混乱だった。

 

「なんで2人で図書館に行くんだ?」

 

 ジェームズはイライラした調子で眉をひそめた。

 

「別に誰とどこに行こうと私の自由よ」

「ジェームズ、今度僕たち2人で図書館に行こうか。僕の髪を赤毛に染めておくよ」

 

 リーマスがニコニコしてジェームズの肩を叩いた。

 

「こちらの話を邪魔しないで頂けますかね」

 

 そこにロジエールが乱入してきた。

 

「は?」

 

 ジェームズがロジエールを睨んだ。

 

「俺が先にスネイプと話してたんだ」

「なーらどうぞ思う存分お話し下さい。僕は別にあいつと話したかった訳じゃない」

 

 ジェームズはリリーの方に視線をやった。ピーターもジェームズ越しにリリーをチラリと見た。

 

「私、あなたと話すことなんてないわ」

 

 リリーはツンとした。

 

「2回連続でスニベリーが第一発見者なのに、それでも彼は犯人じゃないって思い込んでるのか?」

「だからそのあだ名やめてちょうだい。彼は犯人じゃないわ。何回も同じこと言わせないで」

 

リリーはうんざりした。

 

「でも、ほら、ちょっと不自然じゃないかな?」

 

 ピーターが恐々と言った。

 

「どこも不自然じゃないわ」

 

 リリーはキッパリと言い切った。

 そんなことをしている間に、なぜか、あちこちでグリフィンドールとスリザリンの小競り合いが勃発していた。

 しばらくして先生が駆けつけてきてその場を仕切り、騒ぎはようやく収まった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 一度目と同じく事情聴取を受けてからセブルスは寝室に戻った。

 スリザリンの寝室は緑と銀が基調になっていて、アンティーク調のベッドが置かれている。シンプルだが高級感のある空間なので、セブルスは好きだった。

 物の整理をしようと思って何気なく戸棚を開けた時、セブルスは違和感を覚えた。いつもの定位置と違う場所に物が置いてあって、誰かが漁った形跡がある。

 ロジエールだ、とセブルスは確信した。

 彼の父親は死喰い人である。

 分霊箱の1つである日記を盗まれた上に派手な事件を起こされ、闇の帝王はお冠なはずだ。一刻も早く取り戻したいと思っているに違いない。

 そのため子供がホグワーツに在籍している死喰い人たちに日記の存在を教え、子供を使って探し出すように命じたのだろう。

 

 セブルスは談話室に向かった。ロジエールは暖炉の側のソファーで熱心に新聞を読んでいた。

 

「ロジエール。勝手に人の物を漁るのは良くないと思うが」

 

 セブルスが声をかけると、ロジエールは怠そうにセブルスを一瞥した。

 

「他人に物を漁られる立場にあるって自覚はあるんだな」

「いつまでも馬鹿げた勘違いを続けて無駄なことに時間を費やせば、君の父親の立場は無くなると忠告しておこう」

 

 ロジエールは舌打ちした。

 

「知らないことに口出しするな」

 

 ――知らないこと、か。

 一度目の人生で、セブルスと彼は仲間だった。

 彼の最期はよく覚えている。

 ある凍りつくような寒い冬の日、あるマグル生まれの家を襲撃しに向かった時だ。

 先回りされていた闇払いに嵌められ、逃げ遅れたロジエールと他1人が追い詰められた。そして2人は、おめおめと捕まって闇の帝王の顔に泥を塗るぐらいなら、と戦うことを選び20歳で戦死した。

 魔法省のクラウチが、闇払いに禁忌とされている呪文を使用することを許可するという決断を下した直後のことだった。

 

「ならばこれだけは言わせてもらおう。本当に帝王の為に役に立ちたいと思うなら、早急に別の人を探った方がいい。絶対に、だ」

 

 セブルスはロジエールを怒る気にならず、それだけ言うとそのまま立ち去った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ある夜、セブルスは遅くまで談話室に残って、外出時間外に外に出て行く生徒を密かに監視していた。

 今のスリザリンでは、外出禁止時間を破る生徒は少なくない。

 11時過ぎからヤックスリー、セルウィン、ドロホフが10分おきに談話室を出て行った。

 きっと昼中に呼び出しておいたマグル生まれを苛める為に違いない。全員堂々としている。

 彼らの規則破りを先生に密告すれば酷い目にあうことは分かっているので、彼らが出て行ってもスリザリン生は全く咎めなかった。

 それからも、何人かの生徒がひっそりと談話室を飛び出して行った。

 どこかで恋人と落ち合うためだろう。

 

 だが1時間後、彼らは一斉に帰ってきた。

 セブルスは自らに目くらましの呪文をかけて透明になり、彼らの様子を観察した。

 

「まったく誰がやってるんだよ、クソッ」

 

 ドロホフはイライラして目の前の座椅子を蹴った。

 OWL(普通魔法レベル試験)に向けて勉強していた混血の女子生徒がキャッと言って寝室に逃げ込んだ。

 

「今回の犠牲者は誰だったっけ? 石になった奴」

 

 セルウィンが一番高いソファーにドスンと座って聞いた。

 

「もう忘れるとかトロール並みの記憶力だな。トンクスだ。テッド・トンクス。穢れた血の」

 

 ヤックスリーが言った。

 

「ああ、ハッフルパフか」

 

 セルウィンが呟いた。

 どうやらまた襲撃事件が起きたらしかった。

 

「本当にスネイプは犯人じゃないんだな?」

 

 ドロホフが凄みを利かせてヤックスリーに尋ねた。

 

「ロジエールに調べさせたら見つからなかったんだ。疑うなら自分で調べたらどうだ?」

 

 ヤックスリーが棘を含ませて言い返した。ドロホフはもう一度近くの椅子を蹴り飛ばして、暖炉の横に積み上げられていたファイア・ウィスキーを開けた。

 

「おい、しもべ妖精!」

 

 ドロホフが叫ぶと、バチンという音とともに屋敷しもべ妖精が姿あらわしをしてやってきた。

 

「坊っちゃま。何でございましょう?」

「グラスを取ってこい」

「かしこまりました」

 

 しもべ妖精は床に頭が付くぐらい低く礼をして、再びバチリと姿を消した。

 その時、談話室のドアが再び開いた。

 戻ってきたのは7年生の女子生徒だった。ローブではなく黒色のワンピースを着ていて、綺麗な褐色の髪が濡れている。美人だが少し高飛車な感じを受ける顔だ――アンドロメダ・ブラックである。

 彼女は心ここにあらずという表情で、寝室へと続く階段を上がっていった。

 

「そういえば、僕、前に見たんだよね。あの子とトンクスが一緒に手を繋いでるところ」

 

 セルウィンが唐突に思い出したように言った。

 

「まさか、だって彼女は純血だろ」

 

 ヤックスリーが言った。

 

「でも見たんだ……あの子の親に伝えたら困るだろうな」

 

 セルウィンが悪そうな顔で楽しそうに呟いた。

 

「やめて! 嘘の情報流さないで頂戴」

 

 突然、アンドロメダが階段の上から焦った様子で鋭く止めた。

 

「君、まだ居たのか……。嘘の情報だって? 僕は確実に見たんだ。証拠は握ってる」

「それは見間違いよ。間違った事実を広めないで。私の姉が誰なのか知ってるでしょう? もし変なこと広めたら、彼女にボコボコにされるわよ」

 

 アンドロメダは3人を睨みつけてから、女子寮への階段を上がっていった。




感想お気に入り等々ありがとうございます。嬉しいです。


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第7話 マグルと魔法

前半は閑話





 翌日は土曜日で授業は休みだった。

 マグル生まれが連続で襲撃されたことで、ホグワーツの緊張は高まっていた。

 ハリー・ポッター在学時と違い、今は闇の帝王の全盛期である。

 至る所に危険と疑心が渦巻く世の中で、ホグワーツだけは安全だと信じられてきた。その場所で事件が起こったのだから、生徒たちに走った衝撃は大きかった。

 校長のダンブルドアは対策として、生徒たちにそれぞれの談話室とベッドルームで食事をさせ、授業の移動は必ず先生が付き添うと決めた。また、少人数の授業にした方が安全性が高まるという理由で、合同授業は無くなった。

 

 グリフィンドール寮はいつもより閑散としていた。何人もの生徒が親に家に連れ戻されたのだ。

 

「みんなバカじゃないか? ホグワーツにはダンブルドアが居るんだ。ここ以上に安全な場所はないに決まってるじゃないか」

 

 ジェームズは暖炉前のソファーに踏ん反り返って座っていた。前のテーブルには実家から送られてきた洋菓子の詰め合わせが置かれている。

 

「ね。どうしてみんな帰っちゃうんだろ」

 

 ピーターの顔はどこか誇らしげに輝いていた。自分自身でここに残る選択を出来た達成感と満足感で満ち溢れている。

 

「なんでおまえはそんなに嬉しそうなんだ?」

「だってさ、ちょっとワクワクしない? こーんなに人がいないホグワーツなんて初めて」

「ワクワクしてるなんて言ったら石になってる人が可哀想だよ」

 

 リーマスが的確に指摘した。

 

「スラグホーンが、犠牲者たちを救う魔法薬を煎じてるって言ってたぜ。だからきっとそろそろ治るさ」

 

 シリウスはポンポン百味ビーンズの空き箱を空中に高く上げてから、綺麗に暖炉の炎に向かってスマッシュを決めた。

 炎はたちまち空き箱を呑み込んでボッと燃え上がった。

 

「次の授業って何だっけ?」

「変身術だよ」

 

 リーマスがカバンから時間割表を取り出して見る。1日10コマ以上あったが、その半分は休講だった。合同授業が無くなった影響で時間割が大きく変更されたのだ。

 

「あー、変身術か。サボろうかな」

「なぜだい?」

 

 リーマスが険しい声を出した。

 

「だって家に帰った奴らも居るんだよ。面倒くさいじゃないか」

「でも授業についていけなくなるよ?」

 

 ピーターは心配そうだ。

 

「ついていくだって? あんな簡単なこと、目をつぶっても出来るよ!」

「それな」

 

 シリウスも同意した。

 

「あっそうだ。そんなことよりバスケしない?」

「何だそれ」

「まあ見ててよ」

 

 ジェームズがクイッと寝室の方に杖を振ると、新品のバスケットボールが勢いよく宙を飛んできて、ジェームズの手の中に収まった。

 

「何だこれ?」

 

 シリウスが興味深そうにそのボールを見た。ピーターも不思議そうにしている。二人にとって『バスケ』という単語は初耳だった。

 

「マグル界のスポーツさ。マグル学の過去問に出てきたから調べてみたら、わりと面白そうだったんだ」

 

 ジェームズは『魔法使いでもわかる! バスケットボールの基本』という本をヒラヒラ振った。

 

「どういうルールなんだ?」

「陸上でやるクィディッチみたいなもんさ。でもキーパーもシーカーもビーターも居ないし、ボールはこの1つだけだ。このボールをまりつきしながらゴール近くまで運んでシュートして、決まったらゴールからの遠さによってポイントが入る。ボールを持ったまま3歩以上歩くことは禁止。あと他にも色々反則があるけど、大まかにはそんな感じらしい」

「空を飛ばないスポーツって面白いの?」

 

 ピーターが純粋な疑問を口にした。

 魔法界ではクィディッチが揺るぎない絶対的人気を誇っているので、それ以外のスポーツは絶滅寸前だった。

 

「一度やってみたいな」

 

 マグルの母を持つリーマスは乗り気だ。

 

「やってみるか」

 

 シリウスは立ち上がった。

 ジェームズは交互に手でボールをついて、ソファーを避けて八の字に走った。床には深紅のカーペットがひかれているのに、ボールはよく跳ね返った。

 魔法学校の談話室でマグルのスポーツが行われている時ほどチグハグな状況はそう無いだろうとリーマスは感じた。

 

「これがドリブルだ。で、敵はボールを奪おうとする」

 

 シリウスがジェームズの近くに寄って、ボールに手を伸ばした。

 ジェームズはくるりと体の向きを変えてそれを交わす。だがシリウスも食らいつき、とうとう取られそうになったところでジェームズはボールを手で持った。

 

「ボールを一度掴んだら、もう一回ドリブルすることはできないんだ。だからこうやって片足でターンして敵をかわしたりしながら、味方にパスするんだ。ピーター!」

 

 ジェームズは可憐なピボットをしてから、ピーターに向かってボールを投げた。ピーターは慌ててボールを掴んだ。

 

「リーマス、ボールを奪え!」

 

 シリウスが熱くなった。

 ピーターは急いでドリブルしてその場から離れようとしたが、リーマスは回り込んでピーターのボールを奪った。

 

「そうそう、そんな感じだ!」

 

 それからジェームズは変身術で近くにあった椅子をバスケのゴールに変えて、粘着呪文で壁に貼り付けた。

 

「あのゴールに入れたら1点だ! 初めは僕とピーターでディフェンスするよ!」

「ディフェンスってなに?」

「守りのことさ! ちなみにマグル用語じゃないけどな」

 

 バスケはなかなか盛り上がった。談話室に残っていた人たちはこの奇妙なスポーツに興味を持って集まってきて、自然と観戦者の輪が出来た。

 だがしかし、妙に長い滞空時間や高すぎるジャンプなど、マグルのバスケとは似ても似つかぬものになっていると気が付く者は誰もいない。

 

 そこに寝室からリリーが降りてきた。リリーはバスケットゴールが付いた談話室を見て目を丸くした。

 

「あ、エバンズ!」

 

 ジェームズはドリブルを止めてボールを手で持ち、リリーの方に近づいた。観戦していた生徒はザザッと道を開けた。

 

「……バスケットボールしてるの?」

「うん。本で読んだんだ。マグルのスポーツって面白いね」

 

 ジェームズが軽くジャンプしてノールックでボールを投げると、ボールは文字通り吸い込まれるようにゴールに入った。

 

「……ちょっと難易度が低いけどな」

 

 その物理学的にはあり得ない軌道を確認しながらシリウスが言った。

 

「シュートすれば絶対入るもんね」

 

 ピーターが言った。

 ここまで遊んでみた限り、不思議なことに、4人ともシュートさえすればゴールに入った。ピーターのへなちょこシュートでさえ、空中で突如軌道修正されてゴールを揺らすのだ。

 

「普通のマグルはそんなことできないのよ。ゴールにボールが吸い込まれるようにする無意識の魔力も持ってないし、ジャンプして長い間空中に留まることもできないの」

 

 リリーが説明した。

 

「へーそうなのか。エバンズはバスケやったことあるの?」

「体育の授業で、何回かあるわ」

「何回もやったことあるのかい? すごいよ! やってみてくれない?」

 

 ジェームズは笑顔でお願いして、シリウスがすかさずリリーにボールを渡した。

 リリーは眉をひそめた。

 

「……バカじゃないの? よく考えたら、ここは体育館じゃないのよ! バスケなんてしちゃダメだわ。他の人の物壊したら大変だもの。それより、あと少しでマグゴナガル先生がいらっしゃるから、授業の準備した方がいいわ」

 

 リリーはボールをシリウスに返した。

 

「あー今日休むってマグゴナガルに言っといてくれない?」

「どうして休むの?」

「今の僕たちに必要なのは変身術の教室で無為な1時間を過ごすことじゃなくて、スポーツで体を動かすことだと思うんだよ。君もそう思わない?」

「思わないわ。だって、それってつまりサボりたいってことでしょう?」

「まさか! 悩んだ末の決断を一言で片付けないでほしいな」

「いつ悩んだっていうのよ」

 

 その時、丁度タイミングよくマグゴナガルが入ってきた。

 

「1年生! さあ、行きますよ……あらまあ、何をしているのです?」

「バスケットボールです、先生」

 

 シリウスが当たり前のように言った。

 

「マグル界のスポーツですか……あなたたちが多方向の分野に興味を持っていることは素晴らしいと思いますよ。しかし、今やるべきはわたくしの変身術の授業の準備をすることだと、そう思わなかったのですか?」

「準備ならできてます」

 

 ジェームズが一歩前に歩み出て、マグゴナガルの前でニッコリ笑った。

 

「ノートも教科書もありませんが、ポッター?」

「無くても分かります、先生」

「あなたの頭の容量は関係ありません。ノートや教科書を持ってくるというのは、誰かに教えてもらう時のマナーとして当然の行為ですよ」

 

 マグゴナガルはぴしゃりと叱った。ジェームズとシリウスは目を合わせて肩をすくめ、渋々教科書を取りに寝室に戻った。

 リリーはほらね、という感じですまして立っている。

 テーブルの上の新聞の一面はマグル一家惨殺事件が報じており、動かない被害者たち家族の写真が載っている。一歩外に出れば闇に引きずり込まれてしまいそうな世界の中で、グリフィンドールの談話室は今日も平和だった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 目を覚ましてすぐ、セブルスは目の奥に鈍い痛みを感じた。昨夜遅くまで起きていたせいかもしれない。ベッド横の小テーブルに手を伸ばして、鎮痛薬を飲むと、すぐに幾分か良くなった。

 魔法薬は即効性と効果の強さでマグルの薬に勝っている。

 他にも、魔法使いはマグルよりずっと多くのことを杖の一振りで出来る。空を飛ぶことも瞬間移動することも触れずに物を動かすこともマグルには出来ない。

 個の力に於いてマグルは魔法使いに敵わない。

 しかし、長い歴史の中で、表の世界で生きるのは常にマグルだった。

 集団になった時、マグルは一人一人の力の和よりも大きな力を発揮してみせる。一人では出来ないことも成し遂げてしまう。

 魔法が使えないからこそ、マグルには強い向上心があった。

 例えば、トイレ。ホグワーツでは18世紀にマグルから配管技術を取り入れるまで、そこらじゅうで糞尿を垂れ流し、魔法で痕跡を消すという方法が取られてきた。魔法が苦手な生徒にとっては悲惨な日々だったに違いない。

 集団で暮らして個の弱さを補うことで、マグルは絶滅せず、むしろ魔法使いに勝るとも言える進化を果たしたのだ。

 しかし魔法界に浸透している個人主義が一概に悪い訳ではない。

 杖1つあれば世界は変えられる。

 それはいつかの魔法界の強大な支配者のモットーだった。

 

 時空を操るのは禁忌の魔術だというのに、セブルスは巻き込まれて過去に戻ってきた。

 

 ……今ここに存在する人々が、後に辿るかもしれない運命の1つを知っているということ。

 普通に笑って授業を受けている生徒たちが何年後にどのように成長して、どのような最期を遂げるのか、ボガート*1が見せる幻よりずっと現実味を伴って思い出されること。

 その一つ一つは大したことがなくても、日が経つにつれそれらは心の錘になっていた。

 

 ――もし過去をやり直せるのなら。

 

 それは願い焦がれたものだった。

 だがこの胸に残る蟠りはなんだろうか。

 

 セブルスは無意識にこめかみに杖を当てて記憶を引き抜いたが、憂いの篩は使えないと思い出して脳に戻す。

 

 光照らされる場所があれば、必ず影が生まれる。

 セブルスが過去に戻ったことで、セブルスの前世の日々は時の狭間に消えてしまった。

 つまりはそこで生まれた武勇伝も命を賭した戦いも全て無かったことになる。それらが存在していたことすらセブルス以外は覚えていない。

 あり得たはずの人々の人生を無かったことにしてしまっているという事実は忘れられてはならない。

 

 その上で、セブルスは世界を変える為に動く。全てはあの少女の為に。

 

 

 

 

 セブルスは手洗い場にぽっかりと空いた深く暗い穴を見つめた。

 ここが秘密の部屋の入り口だ。

 1000年前に、ホグワーツの偉大なる創始者サラザール・スリザリンが遺したとされる伝説の部屋。

 深く深呼吸してから、セブルスは穴に飛び込んだ。暗く湿ったパイプを何百メートルも下へ下へと滑り、唐突に放り出される。

 辿り着いたのは暗くじめじめしたトンネルで、湖の下だろうと思われた。

 

「ルーモス」

 

 セブルスは杖にあかりを灯す。床には小動物の骨が散らばり、異様な雰囲気を放っていた。

 歩き始めると、墓場のように静まり返るトンネルに水音がピシャピシャと響く。

 どれ程歩き続けただろうか。目の前の2匹の蛇が絡み合う彫刻が施された壁が、左右に分かれて開いている地点に到着する。

 この先にあるのが秘密の部屋に違いない。セブルスは躊躇うことなく一歩踏み出した。

 

 圧巻だった。蛇が絡み合う彫刻を施した石柱が上へ上へとそびえ、暗闇に吸い込まれて見えない天井を支え、怪しい緑がかった幽明の中に黒々とした影を落としている。

 

「君はスリザリンの生徒だね?」

 

 物静かな声が響いた。

 一番奥の柱にもたれて、スリザリンのローブを着た女生徒――アンドロメダ・ブラックがこちらを見ていた。

 しかし彼女は彼女では無かった。瞳は虚ろで、狂気的な光が宿っていた。

 彼女に憑依して操っている人物こそ、トム・リドル――後のヴォルデモート卿に違いない。

 

「ああ、そうだ」

 

 セブルスは無意識に左腕で手を押さえるが、やにわに離した。

 

「驚いたよ。僕以外にこの部屋を発見できるとは思わなかった。感心してるよ、セブルス・スネイプ」

 

 アンドロメダの声でリドルが語る。

 

「僕には分かっている。君は他の塵芥とは明らかに違う才能を持っている。正直に言えば、僕が君ぐらいの年だった頃より勝るかもしれない」

 

 リドルは妖艶な笑みを浮かべて語り続ける。

 

「僕は君の才能を欲している。君は僕の学生時代の友人よりずっと賢い。君なら、高貴なるサラザール・スリザリン様の崇高な意志を受け継ぐことが出来る」

 

 そう言ってリドルは後ろを仰ぎ見た。

 部屋の天井に届くほど高くそびえる魔法使いの石像が壁を背に立っている。細長い顎髭が、その魔法使いの流れるような石のローブの裾あたりまで伸び、その下に灰色の巨大な足が2本、滑らかな床を踏みしめている――サラザール・スリザリンの巨大な石像だった。

 

 ……生徒として、そして寮監として、スリザリンとは濃く長く関わってきたつもりだ。

「組み分け帽子が性急すぎるのではないかと思うことがある」とダンブルドアに言われてから、長い間スリザリン寮について考えてきた。

 闇の帝王の片割れである、過去に置き去りにされた青年。闇の帝王もかつてはセブルスと同じホグワーツのスリザリン寮の生徒だった。

 セブルスは石像からリドルに目を移した。互いの黒い瞳がはっきりと合った。

*1形態模写妖怪



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第8話 過去と未来

 秘密の部屋は静まり返っていた。時折、天井から水が滴り落ちて澄んだ音を響かせる。

 アンドロメダ・ブラックに憑依しているリドルは余裕ある笑みを浮かべセブルスを見ている。

 

「……この可哀想なお嬢さんにはお世話になったよ。そのおかげで君と話が出来ているんだからね」

「君は何者だ」

「僕は日記に残された記憶だ。30年前、この学校の生徒だった。君と同じスリザリン寮だ。ホグワーツ特別功労賞の盾に名前が刻まれている」

「……トム・リドルか?」

「やはり君の知識は余念ないな。そうだ、トム・リドル……。母を捨てたマグルの父と同じありふれた名だ。この名前でホグワーツを過ごすのは苦痛で仕方なかったよ」

 

 セブルスは青年リドルの話に小さく頷いた。

 彼の話し方は、リドルの墓で復活した直後のヴォルデモート卿の演説とよく似ていた。

 見た目と歳こそ違えど、やはり同一人物というだけある。

 

「ホグワーツは素晴らしい場所だった。僕にとってここは家だ。ただ教師も生徒も馬鹿ばかりだった。君は僕によく似ている。生い立ちも叡智も狡猾さも。よく一緒にいるマグルの女の子だけは邪魔だが、別に批判するつもりはない」

「よく僕のことを知ってるんだな。ただの生徒のことをここまで調べるとは、さぞかし暇だったのか?」

 

 セブルスは嫌味を込めた。しかしリドルはセブルスの無礼を気にも留めなかった。

 

「君のことは気になっていたんだ。君はただの生徒ではない。素晴らしい閉心術師だ。余程の天性の才でも無ければ、あれ程までに心を閉ざすことはできない……何があったんだ?」

 

 リドルは貪るような目をしていた。

 セブルスは彼と目を合わせ続けながら、何を話すべきか頭の中で取捨選択する。そしておもむろに口を開く。

 

「……僕の母親は純血の魔女だが、父親はマグルだ。物心ついた時から父と母は不仲で、何かにつけて父は母や幼い僕に暴力を振るった。ただ、母が魔法を使えばマグルの父ごときを傷つけることなど容易かったはずだ。でも母は一度としてそうしなかった。何故か分かるか?」

 

 リドルは唇を捲り上げた。

 

「また君も『愛』とか言うつもりか。愛が偉大だとか尊いだとか――」

「そういうことを諭すのは、ダンブルドアの役目だ」

 

 セブルスは微笑んでリドルを制した。リドルは面白そうに笑みを浮かべ、壁にもたれたまま足を交差させた。

 2人のスリザリン生の間に奇妙な絆が生まれた。

 

「確かに、母は父を愛していたから魔法を使わなかった。どれだけ自分が酷い目に遭っても、息子が殴られて泣いていてもだ。これで愛が偉大だと思える人がいるか? 万一居るとしたら、それは自分の心に嘘をついているだけだ」

 

 セブルスは淡々と説明を始めた。

 こうして誰かに家族のことを説明するのは初めてだ。自分語りなんてゾッとする。過去の不幸話をひけらかすのも御免だ。ただリドルにだけなら話そうと思う。

 以前、セブルスはダンブルドアからリドルの生い立ちを聞く機会があった。ならばこちらも自分の生い立ちを教えないと不公平だ。

 

「幼ながらに私……僕は憤った。父を押さえ付けられるだけの力が欲しいと思って、取り憑かれたように無我夢中で闇の魔術を学んだ。母は純血の名家出身だったから、本だけは揃っていた」

「それがどうしたんだ」

「まだ続きがある……それからある日、僕の母は病気で寝込んだ。父は酒が切れたか何かでいつも通り不機嫌で、八つ当たりで母を叩き起こそうとしたが、到底動けそうにない病状だった。そして腹いせに僕の元に来た。しかしもうやられっぱなしは御免だった。病気の母を苦しめる父の姿を見て憎しみは頂点に達していた。テーブルの上にあった母の杖を掴み、激情のままに磔の呪いをかけた。マグルの父に防げるはずもなく、父は床をのたうち回って苦しんだ。僕は闇の魔術の凄まじい力に感動した」

 

 リドルは唇を舐めた。

 

「数日して母は回復した。そして父の様子が違うことに気がついた。僕が自分のやったことを伝えると、母はひどく怒った。もう二度と夫に対して魔法を使うなと叱りつけた。磔の呪文を人に対して使うとアズカバン送りになることも教えられた。アズカバンは想像以上に恐ろしい所らしいと知った。僕は父に磔の呪文をかけたことを一生の秘密にすることにした。そして閉心術を覚えた」

 

 セブルスが話を終えると、リドルは人差し指で唇をなぞった。

 

「やはり、君は僕によく似ている。僕がこうして君と話しているのは、君がダンブルドアに取り込まれないで欲しいからだ。君のような才能ある者があの生温い馬鹿げた思想に染まるのは勿体ない――君の生い立ちからすれば、そのようなことは無さそうだけどね」

「僕はただの生徒だ。校長ともあろう人が1人の生徒を気にかけるとは思えないが」

「ダンブルドアは君を気にしている。君は本当に、自分がただの生徒だと思っているのか? 周りの知能遅れの呑気なお子様達と同じだと?」

 

 セブルスが思ったように同意しないので、リドルは苛立ちを見せ始めた。

 セブルスは慎重に尋ねた。

 

「……君は何が言いたいんだ」

「分からないかい?」

 

 リドルは杖を取り出し、空中に文字を書いた。

 

 TOM MARVOLO RIDDLE

 

 もう一度杖を一振りする。文字が並び方を変えた。

 

 I AM LORD VOLDEMORT

 

「ヴォルデモート卿は僕の過去であり、現在であり、未来なのだ。僕は運良く再びホグワーツに帰ることができた。しかしどうだ? ダンブルドアが校長になってからスリザリンへの畏敬の念が薄れてはいないか?」

 

 リドルは滑らかに語る。

 

「ヴォルデモート卿の本体はまだここを侵略できていない。しかし僕は運良くこの女の子に連れてきてもらうことが出来た。奇跡だったよ」

 

 アンドロメダ・ブラックが姉ベラトリックスの文机から日記を盗んだことに大きな意味は無かった。

 幼き頃、彼女にとってベラトリックスは大好きな姉だった。母親の膝の上で一緒におとぎ話を聞いたり、おままごとして遊んだり、悪戯したり、楽しい思い出は数え切れないほどある。

 しかしホグワーツに通い始めた頃から姉妹の仲にじわじわと亀裂が入り始めた。

 姉はヴォルデモート卿に心身を捧げるようになり、以前のように遊ぶことはなくなった。

 そして今、アンドロメダはマグル生まれのテッド・トンクスと交際している。ホグワーツを卒業したら結婚するつもりだ。

『純血よ、永遠なれ』が家訓のブラック家でそのような背信行為をすれば勘当される。

 つまり、姉ベラトリックスの妹で居られるのも少しということだ。

 アンドロメダは幼き日々が懐かしかった。

 だからクリスマス休暇に事の成り行きでレストレンジ家を訪れた時、アンドロメダは妹として最後の悪戯を姉に仕掛けた。

 文机から日記を掠め取ったのだ。

 文机の棚には魔法で暗号付きの鍵がかけられていたが、こういう時の姉のパスワードは昔から“butterfly”を逆さにした文字列だ。変わっているかもしれないと思ったが、そんなことはなかった。

 机を漁ると、男性の名前が書かれた日記が出てきた。面白そうだと思ったアンドロメダはそれを掠め取り、家に持ち帰った。

 

「つまり君は闇の帝王として内側からホグワーツを変えたいと思っているのか?」

「そうだ。ダンブルドアはこの伝統ある名門ホグワーツの校長に相応しくない」

「しかしダンブルドアが強力な魔法使いであるのは皆が認めるところだが」

「マグル被れの老いぼれだ。このまま襲撃が続けば、ダンブルドアが校長の座を追われる日も遠くない」

「襲撃される罪なき生徒たちはどうするつもりだ?」

「自業自得だ。彼らは魔法界を汚す存在だ……尊い純血の魔法族の尊厳を踏みにじり、伝統を破壊する。しかし君が高潔で、人を傷つけることなどお望みでないと言うのなら襲撃は暫くやめよう」

 

 セブルスはスリザリン像に近づき、石に耳を当てた。

 何かが動く音がずっとシューシューと響いていた。

 

「この中に生徒を襲った怪物がいるのか?」

「バジリスクだ。サラザール・スリザリンは――」

「パーセルマウスとして有名だった」

 

 リドルは頷いた。

 

「そうだ。僕が君に蛇語と闇の魔術の深淵を教えよう。そうすれば君は偉大な魔法使いとしてヴォルデモート卿と共に歴史に名を残す」

「それは買い被りだ」

 

 セブルスは首を振る。

 

「僕はただ他より成熟が早かっただけで、最終的には人並みに落ち着くかもしれない。だからもう少し大きくなってからまた誘ってはくれないか? 心配しなくても、ダンブルドアの言いなりにはならない。それより、日記が無くなったことで闇の帝王は困っていらっしゃるだろう」

 

 リドルはセブルスの答えに失望したようだった。

 

「そうか。ならば……仕方ない」

 

 リドルはシューシューと細く息を吐き出した。蛇語だった。バジリスクを呼び出しているのだ。石像の口の中でうごめいている。奥の方からズルズルと這い出してくる。

 セブルスは目を閉じた。

 

「もう回りくどい返事を聞くのは面倒だ。君の心は見えないが、その目はヴォルデモート卿に従う気がある目ではない。お手合わせ願おうか」

 

 バジリスクは太い鎌首をもたげ、胴体を滑らせるようにして這い寄ってきた。

 セブルスは超感覚呪文でバジリスクの居る位置を把握し、眼球を目掛け切り裂き呪文を放つ。

 血が飛び散る音がするが眼球が弾ける音は聞こえない。

 セブルスは柱の陰に隠れ、蛇が柱を破壊しようとした瞬間に爆発呪文を放つ。砂煙が上がり、蛇は混乱してのたうち回る。

 

「セクタムセンプラ!」

 

 セブルスは狙いを定めて呪文を放つ。これは命中した。

 どす黒い血が吹き出してボタホタ床に降り注いだ。

 

「手を抜くな! もういい、あいつを殺せ!」

 

 しかし遅すぎた。死の魔眼を失ったバジリスクはセブルスにとって恐怖では無くなった。

 大口を開けて迫ってくるバジリスクの口内を確認し、セブルスは死の呪文を唱える。

 

「アバダケダブラ!」

 

 緑色の閃光は真っ直ぐバジリスクに向かった。そして、大蛇は鎌首を揺らし、バタリと床に倒れた。地響きがした。

 

 リドルは衝撃のあまり微動だにしなかった。セブルスは素早くリドルに武装解除術を唱える。

 日記帳がセブルスの手元に飛んできた。

 その瞬間、アンドロメダの意識は取り戻された。彼女は辺りを見て身震いして取り乱した。

 

「……どういうこと? ここはどこ? 私、私の日記は?」

 

 セブルスは彼女に安らぎの水薬を飲ませた。精神安定に役立つ魔法薬だ。こういうこともあるかと思って持ってきた物である。

 暫くして彼女は落ち着きを取り戻した。

 

「私が悪かったんだわ。私が迂闊なことしたせいよ。少し前から突然記憶が飛ぶ時があることに気づいてたの。日記を捨てるべきだと思ったわ。でも捨てられなかった。悩んでることを書き込むと、本当に親身に相談に乗ってくれたのよ! 私ったら!」

 

 アンドロメダとセブルスは秘密の部屋の床に座っていた。

 

「この日記は『例のあの人』に返そうと思う」

「これ、『例のあの人』の物だって言うの?」

「はい」

 

 アンドロメダは恐ろしそうに日記から一歩離れた。

 

「私の姉のこと知ってるでしょう? 姉――ベラが変わったのは『例のあの人』の記事を見てからなの。私、ベラに直接話せばよかったわね。こんなことせずに」

「その方がいいでしょう」

「……この日記の人が、姉が心を捧げようと思った相手なのね。私、今まで姉のことを何も理解できなかったわ。でも少し分かったような気がするわ」

 

 それからアンドロメダはセブルスをまじまじと見た。

 

「あなた、セブルス・スネイプよね。闇の魔術に精通してるとは聞いたけど、ここまで来てバジリスクを倒せる程とは知らなかったわ」

「そのことは他言しないでくれないか? 何事も無かったようにした方が面倒なことが起こらないもので」

「でも、あなたの功績は素晴らしいものよ? 皆に知ってもらわなくていいの?」

「過度な注目をされて根も葉もない噂が広がるのは避けたいので」

 

 それから何度か説得をして、アンドロメダは納得した。

 

「分かった。スリザリンの名にかけて、絶対に言わないわね。破れぬ誓いを結んでもいいわよ」

 

 セブルスとアンドロメダはここで起こったことは秘密にすると誓いを立てた。

 

「本当に被害に遭った人達に申し訳ないわ」

「間も無く解毒薬が完成するそうだ」

「ええ、本当に早く回復して欲しいわ……。私、夏休みに姉と会うわ。そしてちゃんと話をする。ありがとう、私を『例のあの人』から救ってくれて。次は私が姉を救う番だわ」

 

 

 地上に戻ってきたセブルスは、誰も見ていない隙に日記をエイブリーの枕の下に置いた。

 エイブリーはそれを見つけて驚くだろうが、すぐにヴォルデモート卿に返還するだろう。彼は報酬を前にして、理由やいきさつを深く考えるようなタイプではない。

 

 それから襲撃事件はピタリと止んだ。

 被害者たちも回復して、ホグワーツには平和が取り戻された。

 学年末テストでセブルスは大人気なく圧倒的な一位を獲得した。こういうことで手は抜かない主義だ。

 

 

「もう一年が終わるなんて早いわ」

 

 帰りの電車内で、セブルスはリリーとかぼちゃジュースを飲んでいた。

 

「あの事件を止めさせたのがセブらしいって噂、本当なの?」

 

 それはアンドロメダが破れぬ誓いに反さない範囲で軽く流した情報のせいで広まっている噂だった。

 彼女としては少しでもセブルスに恩返ししたい気持ちだったのだろう。

 

 そこにタイミングよくジェームズとシリウスが入ってきた。

 

「やあ、こんな所に居たんだね。リリー、僕らのコンパートメントに来ないかい?」

「ごめんなさい、私、彼と帰るの」

「ふーん、そうかい」

 

 その時、シリウスがポケットに手を入れ、パッと水風船のようなものをセブルスに向かって投げた。咄嗟は杖を取り出してシリウスに送り返すと、それは顔に当たってピシャリと破裂した。ヘドロのような匂いが辺りに広がった。中に入っていたのは臭液だった。

 あらやだ、という感じでリリーが首を振った。

 

「いい加減諦めたらどうだ? 毎回毎回、猿でも出来るような嫌がらせをされると、付き合うのも馬鹿馬鹿しくなるが」

「黙れよスニベリー。それよりシリウス、やるならしっかりやれよ」

 

 ジェームズは服にかかった臭液を払いながらシリウスを怒った。

 

「は? これで上手くいくって言ったのはお前じゃないか」

「はいはーい、2人ともうるさいわ」

 

 リリーはシリウスとジェームズをコンパートメントから追い出して、やれやれと座った。

 

「どうして私の寮の男の子ってあんなに子供っぽいのかしら! でもあの人達、学年テストで2位と3位だったのよ。セブルスみたいな頭の使い方を見習ってほしいわ! そういえば、夏休みはどこに行く? 私、行ったことないところに行ってみたいの」

 

 2人で夏休みの計画を立てるのは楽しい時間だった。

 ホグワーツ特急は田園風景を抜け、南へ南へと進んでいった。




ハリーポッターの世界で闇堕ちした人、ほとんど父親のせい説。


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二年生編 第9話 夏休み

遅れました。
今までの簡単なあらすじ→ホグワーツの戦いでヴォルデモート卿が勝利した直後、スネイプは一年生の頃に逆行する。色々あったけど無事に一年目が終わり、夏休みが来た。


 夏休みの昼下がり、セブルスは自分の部屋に引きこもって、鏡の自分とじゃんけんして勝つ方法を模索していた。それほどに暇だった。

 いや暇ではないのだ。ヴォルデモート卿を阻止するために分霊箱を見つけなくてはいけない。

 もしダンブルドアに分霊箱のことを話さなければいけない時が来たら、一体どのように伝えるのかという問題もある。

 実は自分はトレローニーの遠い親戚で、予知能力があると言うのはどうだろうか?

 セブルスは悶々と考えた結果、そのような答えを出した。暑さのせいで頭がおかしくなっていたのだ。きっと。

 

 しかしながら夏休みは退屈だ。

 ヴォルデモート卿の到来で景気は落ち込み、魔法界の店の多くは閉店している。

 むやみに外出すると死喰い人の餌食になるから、引きこもっていたいと考える魔法使いが多いのだ。

 魔法省陥落後の魔法界が地盤沈下するように徐々に闇に引き込まれたとすれば、今は大洪水が襲ってきているような状態だ。

 この勢いを作り出しているのは、死喰い人たちの力が大きいと予想できる。

 第1次魔法大戦後、忠誠心のある死喰い人達はほとんどがアズカバン送りになった。

 つまり第2次魔法大戦時の死喰い人はアズカバンで弱った魔法使いか、忠誠心の低い魔法使いだけなのだ。

 ヴォルデモート卿の復活後、魔法界がいとも簡単に崩れたのは、過去の経験ゆえに人々が過剰にヴォルデモートを恐れたからだ。

 何もしなくても、人々は恐怖のあまり隣人を疑い攻撃するようになった。

 “『例のあの人』が存在している”ということだけで恐怖を植え付けるのに充分な状態になっていたのだ。

 それほどまでに一度目のヴォルデモート卿による暗黒の日々の記憶は、頭の奥に強くこびりついていたのである。

 つまりある意味では、今こそが本当のヴォルデモート卿の全盛期だと言えるのだ。

 

 さて、実家に帰ったはいいものの、両親は相変わらず不仲だ。なぜ結婚して自分を産むに至ったのか甚だ疑問である。

 愛の妙薬を盛って偽りの愛を作るのは簡単だが、そんなことしても虚しくなるだけだ。

 ラジオの音楽にのって仲良く陽気に社交ダンスしている両親なんて見たくない。

 いや、一晩だけなら案外面白いか?

 セブルスは一瞬奇妙な思いつきを行動に移しそうになったが、すぐに頭を振る。ナンセンスすぎる。

 

 今年の夏休みにしたことといえば、新しく服を買ったことぐらいだ。

 セブルスは時間を見つけては魔法薬を調合し、それを売って小遣い程度の金を得ることでマグルの服や魔法使いのローブを買った。

 元々ファッションには興味がないので洒落たものではない。セブルスは同じ服を何着も買って着回したいタイプだった。

 

 

 夏休み後半になり、スネイプ家にもホグワーツからの手紙と2学年で必要な教科書リストが届いた。

 懐かしいと思うような題名がずらりと並んでいる。

 それと、リリーからの手紙も来た。今度一緒にダイアゴン横丁に行かないかという誘いだ。セブルスはもちろん快諾した。

 

 

「これでいいかしら? 私も普段用のローブを買った方がいいと思う?」

 

 ある夏の日、リリーはホグワーツの制服のローブを着て森の木陰に立ち、心配そうに自分の服装を確かめていた。

 これからダイアゴン横丁に行くのだ。

 

「基本的にホグワーツ以外の魔法使いがいる場所を歩く時は、ローブを着ていた方が安全だ。だから一着ぐらい買っておいても損はないと思うな」

「マグルの服装をしてたら、やっぱり死喰い人に襲われるの?」

「狙われる確率は確実に高まるな、きっと」

「ふーん……そういえば私たち、ダイアゴン横丁までは地下鉄で行くよね?」

 

 セブルスとリリーは顔を見合わせた。

 このままの格好で電車に乗れば、魔法機密保持法違反まっしぐらだ。

 

「……最寄駅のトイレでローブに着替えようか」

「……そうね!」

 

 一度家に帰ってマグルの服装に着替えてから、セブルスとリリーは駅に向かった。

 切符を買って地下鉄の駅に入る。地下鉄のプラットホーム特有の汚い空気の匂いがした。

 反対行きの電車がホームに入ってきて強風が吹き、リリーはスカートの裾を押さえた。

 

「第一次世界大戦と第二次世界大戦って知ってる?」

 

 電車が去った後、リリーは突然聞いてきた。

 

「マグルの戦争だろう?」

「うん、マグルって言わないで。変な目で見られちゃう」

「ごめん」

「私たちの学校でも、あの戦争を学ぶべきだわ。マグ……なんとか学は必修にするべきだと思わない? 過去の失敗例があるんだから、それを反面教師にしないと」

 

 リリーは妙に真剣だった。

 

「あのね、第二次世界大戦の死者は何人か知ってる?」

「さあ……5万人ぐらいか?」

 

 セブルスはマグルの歴史に詳しくなかった。リリーは首を振る。

 多く言いすぎてしまったかと思ったが、違っていた。

 

「ううん……6000万人なの。魔法界では考えられない人数でしょ?」

 

 1997年のホグワーツの戦いでも、死者はせいぜい100人だった。

 桁が違うどころの話じゃない。

 

「戦争で死んだ人たちのためにも、あの戦争の過ちは教訓にすべきだと思わない? 今、チュニーの学校では戦争のことを習ってるんですって」

 

 チュニーとは、リリーのマグルの姉のペチュニアのことだ。

 その時、列車がやってきた。人はまばらで空いている。セブルスとリリーは列車に乗り込んだ。

 

「私、あまりまだ歴史に詳しくないから、そちらの世界がどんな風に歩んできたのかは知らないわ。でもこの世界の歴史なら少しは知ってるの」

 

 “そちら”とは魔法界を指しているのだろう。セブルスは黙ってリリーの話に耳を傾けていた。

 

「死んじゃった人は、もうそこで終わりでしょ? ならその人たちの思いを汲んで行動するのが私のすべきことなんじゃないかって思うの。マグ……こちらの世界の戦争の歴史を見れば分かるけど、数えきれないぐらい沢山の人が名も知られないまま死んでいるの。そして何回も何回も間違いを繰り返してるの。そんなんじゃ、死んだ人たちが報われないでしょ?」

 

 リリーの思いは熱く、真剣に聞くのが気恥ずかしくなったセブルスは、壁のクマのぬいぐるみの広告に目を移した。

 1周目の世界でもこんなことを言ってただろうか。言ってたとしても聞き流していただろう。

 

「私、何にもしてない人が殺されるような世界はいけないと思うの」

 

 リリーは太ももの上で拳を握った。

 暗い窓にリリーとセブルスの姿が映っていた。改めて見ると、自分の体はまだまだ小さくて少年らしかった。

 

「そうだな」

 

 セブルスは言った。リリーは頷いた。

 二度目の人生はまだまだ始まったばかりだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ダイアゴン横丁は寂れていた。

 立ち並ぶ店のショーウィンドウはシャッターで閉じられて、窓にも板が打ち付けられているし、完全に店じまいしている店もある。

 代わりに小さいテントを張った露店があちこちに建っていた。護符や飲むと強くなるという怪しい薬、水晶玉などが売られている。

 

 一方で夜の闇横丁は賑わっているようだった。顔をほとんど覆った怪しい魔女、魔法使いが道をうろつき、どの店に入ろうか見定めている。

 

「あっちは危険だから行ったらだめなのよね。去年、マグゴナガル先生に付き添ってもらってダイアゴン横丁に行った時に教わったの」

「あの横丁には闇の魔術に関わる店が多いから、遊び心で行くと絶好のカモになる」

 

 セブルスとリリーは書店に行って教科書を買った。店の中はホグワーツの生徒とその親で賑わっていた。皆、外にいるのが怖くてずっと店の中にいるらしい。

 セブルスはレジで店員に「店と店を移動するときは早足で顔を上げないで」とのアドバイスと『闇の魔術に対抗する〜未成年編〜』という魔法省が発行しているチラシを貰った。

 

 それから魔法薬学で必要な細々とした材料やらを買い足すために薬局に向かう。

 そちらも書店ほどではないが混雑していた。

 

「コウモリの脾臓と……カエルの卵と……試験紙……」

 

 リリーは必要なものをカゴにいれながら呟いた。

 壁の至る所に、死喰い人に襲われた際の対処法や、魔法警察部隊を呼ぶ呪文、友人が服従の呪文にかかっていないか調べる方法などが書かれたポスターが貼られている。

 

 しかしそのほとんどが役に立たないとセブルスは知っていた。

 死喰い人はあからさまに襲ってきたり、服従の呪文をかけるわけではない。巧妙な手口で騙し、貶めるのだ。

 ただポスターに書かれていることも全く役立たずではなく、小物のワルの対処法としては効果的だろう。

 

「あらまあ、フリーモント!」

 

 その時、向かいの棚から婦人の甲高い声が聞こえてきた。

 

「久しぶりねぇ。同窓会以来かしら? わたくしの娘、あなたが開発なさったスリーク・イージーの直毛薬を毎朝使っていますのよ」

「ははは、いつもありがとうございます」

 

 中年の男の快活な声が聞こえてきた。

 

「そちらは息子さんかしら? あらまあ、大きくなったわねえ」

「9月からはもうホグワーツの2年生になるんだよ」

 

 セブルスは棚の隙間から向こう側を覗いた。

 くしゃくしゃの黒髪の眼鏡の少年が、父親らしき男性の斜め後ろで退屈そうに薬瓶を見比べていた。

 その時、リリーが視界に入ってきた。いつの間にか向こう側の棚に行っていたらしい。

 

「あ、リリー。君も新学期の買い出しに来たのかい?」

 

 少年はすぐリリーに気がついた。

 

「こんにちはポッター」

「まあジェームズ、お友達?」

 

 その時、母親らしき上品な女性がやってきた。

 

「同級生なんです」

「あらあら、いつも息子がお世話になっております。本当にやんちゃで、変なことしてたら叱ってやって下さいね」

「母さん、余計なこと言わないでいいから黙ってて」

 

 ジェームズ・ポッターは恥ずかしさと苛立ち混じりに母親の肩を押しのけた。リリーは困り顔だ。

 

「そういえば、付き添いの方はどこにいるのかしら?」

「……私、友達と2人で来ました」

 

 リリーはこちら側の棚に顔をのぞかせ、「ちょっとだけ」と口パクで言いながら手招きした。セブルスは観念してポッター親子の前に姿を見せた。

 ジェームズはセブルスを一瞥し、顔をしかめて天を仰いだ。

 ジェームズの母親はにこやかにセブルスを見ている。

 

「こんにちはー、ジェームズの母親のユーフェミアですわ。学校ではいつもありがとうございます」

「だから引っ込んでてってば!」

「はいはい、そんなこと言わないでちょうだい」

 

 ユーフェミアはくすんだ金髪で、優雅な雰囲気のおっとりした女性だった。歳は50ぐらいに見える。

 セブルスは頭を下げた。

 

「本当にこの2人で来たのかしら?」

「はい。彼に誘われて来ました」

「そうなのね。でも、こんなに可愛い子とかっこいい子が2人きりで買い物だなんて心配だわ……。あと何を買うのが残ってるのかしら?」

「教科書と魔法薬学のものは買いました。だから――」

「ローブの裾直しと薬草学の農薬やら雑貨やらを買った方がいいかしら?」

「そうです!」

「私達も一緒だわ! なら、もしよかったら一緒に付いて行ってもいいかしら。老婆心なのは分かってるのだけれど、息子ぐらいの歳の子を見るととっても心配なのよ」

 

 ユーフェミアは優しく微笑んだ。ジェームズは「信じられない」という瞳で母親を見た。

 

「だからママ、余計なお世話だって!」

「はいはい。でもね、つい最近、薬草学のお店の辺りで誘拐事件があったんですって。親心も分かって下さらないかしら?」

「そんな事件どこでもあることじゃないか! それにあいつなら死喰い人が来ても上手くやるよ」

 

 ジェームズはセブルスを顎で指した。

 ユーフェミアは目を丸くしてセブルスを見て、それから何かを思い出した時のように手を叩いた。

 

「……もしかして、プリンスさんの息子かしら?」

「はい、そうです」

「道理でどこかで見たことある顔だと思ったわ! 懐かしいわねえ。よし、じゃあ行きましょう! ここから一番近いのは洋服屋ね」

 

 ユーフェミアはセブルスとリリーの背中を押した。

 

「だから行かなくていいって。僕は、絶対についていかないから」

 

 ジェームズはそっぽ向いて言った。

 

「もう、お願いだから一緒に来てちょうだい」

「あ、もしかして、わたしと行くのが嫌なの?」

 

 リリーが首を傾げて悪戯っぽくジェームズに尋ねた。彼女はすっかりユーフェミアに付いて行く気満々らしかった。

 

「そんなわけないよ! でも――」

「よし、せっかくなんだから行きましょう! あなたー、先に雑貨屋に行ってるわね」

「ああ、うん、後で追いかけるよ」

 

 こうして、4人は店を出た。

 

「もうあの人ったら、私がお友達と話してたら文句おっしゃるのに、魔法薬のことになると延々と話し続けるのよ」

「あ、私のパパもそうです! ママがお買い物してると、すぐ飽きてつまんなそうにするんです。でもキャンプ用品コーナーに行くと、ずーっと見てるんです」

「ねー、男ったら困っちゃうわよねー」

 

 リリーとユーフェミアは意気投合して盛り上がっていた。

 ジェームズ・ポッターの母親を見るのは初めてだとセブルスは思った。

 仲良くもない――むしろ犬猿の仲の同級生の母親と買い物をする羽目になったのは不運だった。しかし同時に、母親について知れたのは興味深くもある。

 ジェームズは不機嫌そうに母親から離れて歩いていた。

 

「プリンスさんとは少しだけ在学期間が被ってるのよ。寮は違っていたけれど、ゴブストーン・クラブで一緒にプレイしたのよ。懐かしいわ……」

 

 ユーフェミアは夢見るように言った。

 

「そういえば、二人ともお名前は何でしたっけ?」

「リリー・エバンズです」

「セブルス・スネイプです」

「……まあ、あなたがあのスネイプさんなのね! よく息子から話に聞いてるわ」

「だから、もう黙ってってば! 別に、話したことないから」

 

 ジェームズは顔を赤らめて全力で阻止した。

 

「はーいはい、そうでしたわね。で、スネイプさんは魔法薬学がすごいのよね。私の夫も魔法薬学者なのよ」

 

 魔法薬学に関してユーフェミアは詳しかった。

 こんなに奇妙な道中はそう無いとセブルスは思った。

 

 マダム・マルキンの洋装店に到着した。

 あちこちの路地から悪い連中が獲物を狙って視線をギラギラさせているのを除けば、非常に穏やかな道中だった。

 楽しげに話すジェームズの母とリリーの後ろで、ジェームズ・ポッターとちょっかいを掛け合いつつ、彼女に振り向かれた瞬間には何事も無かったかのように振る舞う――そんなことを5回ぐらい繰り返した。どう考えても、この上なく穏やかだ。

 

「みんな背が高くなったから、制服の袖直しをしてもらいましょう」

 

 しかし、採寸の踏台には先客がいた。

 黒の髪に色白の肌の高慢ちきな顔の少年が不機嫌そうに立っている。

 

「あ、君!」

 

 ジェームズはすぐに気がついた。その声で少年は振り返った。冷たい灰色の瞳に整った顔。リリーも息を吞んだ。

 

「君、シリウスの弟だ! そうだよね?」

 

 少年は怪訝そうに眉をひそめ、突然声をかけてきた不届き者をまじまじと見た。

 

「話しかけるときは初めに名乗ることも教えられなかったのか?」

「僕はシリウスの友達さ。それで、君はシリウスの弟だね?」

 

 少年はますます不機嫌になった。

 

「あの人を兄だとは思ってない。不用意に僕に話しかけるな」

「あの子、シリウス・ブラックの弟なのかしら?」

 

 リリーがセブルスに囁き声で聞いた。

 

「ああ、レギュラスだ」

「ふーん」

 

 レギュラス・ブラック……昨年のルシウス邸のクリスマスパーティーにも出席していた少年だ。平たく説明すればドラコ・マルフォイの進化版のような子である。

 そういえば今年入学だったか、とセブルスは思い出した。

 時を遡ってから、しばしば死後の世界にいるような感覚に陥ることがある。今はまさにそうだった。

 レギュラスとドラコの決定的な違い……それは生まれた時代と、周囲の人々に恵まれていたかどうかだ。

 時代の波に呑まれ、レギュラスは18歳で死んだ。

 リリーも(それとジェームズ・ポッターも)長寿とは程遠い歳で死んだ。

 今でもときどき、そういう人達が生きているのが不思議になる。

 

 その時、騒ぎを聞きつけて、着飾った夫人がこちらにやってきた。黒い帽子を被り、同じく黒のビロードの服を着ている。髪は後ろでまとめられ、黒い宝石のピアスを耳に付けている。眉は細く吊り上がっていて、「嫌な匂いですわね」という表情をしている。

 

「何事ですこと、レギュラス?」

 

 レギュラスはジェームズらを顎でしゃくった。

 夫人とジェームズの母との目があった。

 

「こんにちは、お久しぶりですね」

 

 ユーフェミアの顔は強張っている。

 

「ええ……お元気に過ごされてるようで何よりですわ。聖28一族から外されて、こんな皆様と仲良くしてるなんて……わたくしには真似出来ないことですわ」

「母さんだって、血筋とかくだらないことにこだわって偉そうに生きてくような、とーっても素敵な生き方は真似出来ないね!」

 

 夫人はこめかみをピクピクさせた。

 

「どうやら、息子様の躾すらなっていないようね。それとも、そちらに居る方の影響かしら? あなた……ご名字は?」

 

 夫人はリリーを見下ろした。

 

「この子の名字はあなたに関係ないわ。私のような人達と関わりたくないのなら、直ぐにご自慢の純血家の豪邸に帰ってちょうだい」

 

 ユーフェミアは杖を取り出そうとするジェームズを抑えながら言い渡した。

 

「そう言ってられるのも今のうちですわよ。あなた方がどうなさってもわたくしには関係ないことですわ。でも、わたくしの大切な息子に悪影響を与えないで頂けるかしら……あなたと違って、雑種を生み出すために息子を産んだ訳では無いのですわよ」

 

 それから、一瞬のうちに沢山の事が起きた。

 ジェームズは母親の制止を振り切り杖をブラック夫人に向け、それに反応した夫人とレギュラスは買いたての杖でジェームズを攻撃した。棚から布や型紙が飛び出してあちこちに跳ね、ユーフェミアはジェームズら子供達を魔法の壁で守り、セブルスはリリーを左手で庇いながら右手で杖を取り出し、盾の呪文でバリアを張った。

 

「いったい何事ですか!!」

 

 店員のマダム・マルキンはカンカンに怒って店の奥から出てきた。

 

「こいつがやったんだ! 不完全な爆発呪文で!」

 

 ジェームズがレギュラスを指差した。

 

「そっちが攻撃したからだ! そうですよね母上」

「僕は杖を向けただけだ。何も呪文は発してない。それに君の母親の発言はあまりにも目に余る!」

「とにかく、店を荒らすなら出て行ってちょうだい!」

「ええ、こんな民度の低い店にはもう二度と来ませんわ。行くわよ、レギュラス」

 

 ブラック夫人は肩を怒らせて店を出て行った。

 

「ごめんなさい、マルキンさん。すぐ片付けますから……」

「ええ、ええ。そうしてちょうだい」

 

 マダム・マルキンもブラック夫人と同じぐらい怒っていた。しかし次の瞬間、はっと表情を変えた。

 

「あの親子、もしかしてブラック家の方達だった?」

「はい、そうなんです。ごめんなさい、ちょっと口論になってしまって」

「あっちが酷いこと言ってきたんだ」

「……ブラック家の人達には気をつけな、坊や。下手すると始末されるよ」

「でも、ブラック家の全員が悪い訳じゃない」

「もちろん、そんなこと言ってない。ただ全体的に気をつけるに越したことはないよ、こんなご時世だからね」

 

 

 

 採寸が終わった後、変なことに巻き込んでしまったお詫びに、ユーフェミアはセブルスとリリーにアイスを奢ってくれた。

 

「ごめんなさいね、付いてきてもらったのに嫌な目に遭わせてしまって……申し訳ないわ」

「いえ、あなたがいない時にトラブルに巻き込まれるよりずっと良かったです」

 

 セブルスはレモンアイスを食べながら言った。

 

「ええ……。世の中には酷いこと言ってくる人もいるわ。でもその人の言葉を真に受けないでね。あなたの価値はそんな人程度に決められるもんじゃあないわ」

「大丈夫です。私、気にしてません」

 

 リリーは呟いた。

 

「うん、その心持ちが大切よ。あ、それと……あなたの盾の呪文は見事だったわ。きっとすごい魔法使いになるわね」

 

 ユーフェミアはセブルスを見て微笑んだ。ジェームズはやれやれと首を振ったが、何も言わなかった。

 

 ダイアゴン横丁へのショッピングは思ったような行程とは違っていた。

 一度目の人生ではこんな経験はしなかった。

 ジェームズの母親を遠目で見たことはあっても、話したのは初めてだった。どうやったらあの母親からあの息子が生まれるのだろうか。

 セブルスは自分の両親のことを考える。どんな仲であろうと、あの2人が居なければ自分は生まれていなかった、というのは動かぬ事実だ。

 まったく、親子という関係は単純ながら複雑で難解だ。

 二度目の生を授かった以上、悔いなく生きたい。

 せっかくだから親にお土産でも買っていこうか、とセブルスは考えた。



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