彼は星の子、銀河の子 (塩なめこ)
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1話

  
イチャイチャ成分が欲しくて書いただけの産物


 それはまだ私が小さかった頃。

 それはまだ私が学んでいた頃。

 それはまだ私が凡人を拒絶していた頃。

 

 そいつはなんの前触れもなくやってきた。

 空から、雲の上の上の上の方からやってきた。

 私の家の道場に落ちてきた。

 

 

 

 

「いってててて……」

 

 

 

 

 異星人。

 私の幼少期を創った男であり、私の未来を創った男。

 今はもうこの世にはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの男は不思議な存在である。

 

 私が何気なーく置いていた熱源探知機に突如として現れたその男は、私の家の道場に墜落した。その時の様子はその場にいたちーちゃんから事細かに聞いた。

 曰く、とてもとても高い場所から瓦屋根を突っ切って地面に激突した。

 曰く、その男はまるで何も無かったかのように傷一つない健康体だった。

 曰く、その男は名前以外のことを覚えていないと言った。

 

 

 それだけで退屈だった私の心をアイツは射止めた。

 普段話さない親からその男のことを洗いざらい吐いてもらって。

 調べるためだけに不登校気味だった小学校にも行って。

 全ては地球の外の世界を知るために。異星人の生活を、習慣を、能力を知るために。

 

 

 でもそれは勘違いだった。

 アイツの謎を解明するために費やした小学校生活6年間。その全てがとは言わないまでも、ほとんどが消え去ってしまった。

 結論から言おう。アイツは間違いなく、驚くほどに凡人だったのだ。

 身体能力。ちーちゃんや私に敵わないどころか他の凡人相手でも負ける時は負ける。

 知能。私に勝てないならまだしも、高々学校のテストで中位で低迷している。

 容姿。私やちーちゃんのような美人でも、ただただ醜いブサイクでもない普通の顔。

 何もかもが普通で特徴と言える特徴は『宇宙人』というあだ名とその由来くらいなもの。

 最初は宇宙人が人間に擬態するためにバレないように凡人を装っているのだと思った。でもその考えも2年3年と月日が経つにつれて変わっていった。

 だってそうだろう? 私の監視技術は着実に進歩している。きっと、アイツのことで知らないことは無い。この6年間ずっとずっとずっとずっと見てきたし聞いてきた。

 でも結論はそれだった。アイツは他の奴らと変わらない凡人だった。

 

 

 そんな凡人の名前を、今私は忘れられずにいる。

 

 

 何故? どうして私はアイツの名前を忘れられないの?

 私の才能が理解できず天才という言葉を押し付ける他の凡人たちと何ら変わらないのに、私はこの名前を忘れられずにいる。一体何が違うというのだろう。

 

 

 

「……やっと気がついたかバカ者め。いや、やっとスタートラインに立ったと言えるかな? まぁ頑張れよ束。それは私にはなんともできない。だがこれだけは言える。その答えを得た時、お前は新しい何かをさらに創り出せるようになるだろう」

 

 

 

 中学が始まった時のちーちゃんはそんなクサイことを私に言った。ちなみにこの台詞は音声として記録、保存されている。

 

 

 

「え〜! そりゃないよちーちゃん! なにかアドバイスをちょ〜だい♡」

「そうだな。とりあえず今までの記録をまとめてみて、実際にアイツと行動を共にして、自問自答すればいいんじゃないか?」

「そんなことでこのモヤモヤが本当に解決できるの!?」

「きっと出来るさ。それじゃあな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、篠ノ之じゃん」

「やっほー宇宙人。元気してる?」

「……お前は相変わらず、そのあだ名を忘れてくれないんだな。今じゃそんなこと言うのお前だけだぞ」

 

 

 

 宇宙人。これは凡人たちがコイツに付けた名前だが、中々に的を射ている。

 何度も言うがこの男は遥か彼方の空の上から降ってきた。しかも自身の名前だけしか覚えておらず記憶はほぼほぼ混濁状態。小学校入学1か月前に事故にあっているという珍物件だった。

 この男の両親はその時に亡くなっており、そしてこの男自身も行方不明になっていた。道場に降ってきたあの日までは警察署では彼の捜索願いが出されていたのである。

 そんなこともあってか当時の同級生は彼を『宇宙人』とまくしたてたのだ。

 彼は「宇宙人、またはそれに類するものに改造された元人間」と噂されるようになり、彼の住む孤児院でも他の子供たちからは煙たがられるようになっていった。

 

 

 

「私はずっと君を疑っているからねぇ……」

「んじゃまだどこかに監視カメラつけてんのか? 一番俺のこと見てるだろうに粘るなホント」

「私が異星人と会いたい理由、分かってるくせに」

「自分と同じ天災に会いたいから、だっけか? 」

 

 

 

 そう。私はもうこの星に愛想を尽かしてしまった。

 ちーちゃんのような人はいるけれどそれ以外は凡人だ。私の同類なんてものはこの世界にいやしない。

 ならば広大な宇宙に可能性をたくそうではないか。きっと私なら言語だって瞬時に理解出来る。それだけじゃない。きっとその生物の構造だとか本能なんていうのも理解出来るだろう。

 そのための翼は……まだ制作途中だけれど。

 

 

 

「俺はまだ早急すぎる気がするけどな。まぁ、やりたいならやればいいさ」

「宇宙人って私のやることなすことにあんまり口出さないよね? ちーちゃんみたいにからかえなくてつまんないな〜」

「他人がどうこうしようが気にしてないだけだよ。まぁ、誰か人の命を奪うとか、俺に迷惑こうむるようなことは流石に止めに入るけど」

 

 

 

 そう言ってコイツは空を見る。放課後になったばかりの空はまだ青く、太陽は横から白い光で私たちを照らし、影は少しばかり細長い。

 

 

 

「で? なんで篠ノ之はここにいるのさ。織斑なら剣道部だぞ」

「んっふっふ。気づかないとは鈍感だね〜」

「……もしかして俺に用なのか?」

「うん! 宇宙人さ、デートしない?」

「は?」

 

 

 

 んー驚いてる驚いてる。ホントそういう話題には弱いよねーこの異星人。この前色仕掛けした時もすぐに気絶して倒れちゃったし。

 

 

 

「……あーこの後は」

「用事ないよね? 私君のことならなんでも知ってるよ☆」

「分かった。どうせいつもの様に訳のわからないものをあさりに行くんだろ?ゴミ山なら付き合うぜ」

「ウンウン、違うよ! 今日はー服を見繕ってもらおうかなー!」

「……おう」

 

 

 

 oh......の間違いじゃないのかね宇宙人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かなり久しぶりに来たなここ」

「孤児院住まいじゃ縁遠い場所だもんねー」

「一度柳韻さんに頼み込んで望遠鏡を買ってもらって以来買いに来たことないからな」

「それなら束さんに頼めばいいのに」

 

 

 

 ここはショッピングモールみたいなところだ。服だけでなく食料品や電気製品を販売する店もあれば、レストランや映画館といった娯楽施設もある。

 まぁ宇宙人には金がないし、私はジャンク品を組み合わせて必要なものを造るからほとんど来たことないんだけどね。

 

 

 

「で、まずはどうするんだ? 俺としてはさっさと用を済まして帰りたいんだけど」

「ダメだよー宇宙人。今日は夕食含めて束さんに付き合ってもらうから!」

「おいおい。俺にそんな金は……!」

 

 

 

 そこで彼は言葉を紡ぐのをやめた。無理もない。

 なぜなら私の手には今、二枚の一万円札があるのだから。

 

 

 

「今日我慢してくれたら、この二万円を好きに使ってもいい権利をあげよう」

「……いつまで?」

「そりゃあ夕食までだよ。束さん夜は奢ってもらいたいし~?」

「イエスマム」

 

 

 

 ちょろい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……帰りたい」

「ダメって言ってるでしょ! さっきのアレ、ちゃんと録音されてるからね~?」

「ぐっ」

「それよりも、どうどうこの水着。似合う?」

「し、篠ノ之にはなんでも似合うだろ!」

「もちろん! 束さんは天災だからねー。わかる。わかるよ。凡人にはさぞかし見るのがつらかろう! じゃあ次」

「ひでぇ!」

 

 

 

 やっぱりこいつをからかうのは面白いなぁ。ちーちゃんだといつもアイアンクロー食らっちゃわないといけないし説教臭くなっちゃうけど、この男ならそんな心配はない! 

 束さんはこう見えてS気質なんだよね~。

 

 

 

「どうどう? 束さんの生着替えを音で楽しんでる変態宇宙人君、楽しい? 嬉しい?」

「心苦しいに決まってんだろ!」

「でもでも男としてはどうなのさ~」

「……」

「なんでそこで言葉が詰まるのかな? やっぱり宇宙人だから人間の体に興味あるの?」

「……ノーコメントで」

 

 

 

 うわぁ……。やっぱりこいつ引くほど正直だね。そこは否定してくれた方が面白いのに。

 よしお着がえ終了ごかいちょ~う。

 

 

 

「はいこれ、どうどう?」

「……か、かわいいと思います」

「ふーん。……うさぎをイメージして白にしたんだ~。それに最近色々成長してきたからちょっと攻め気味のを」

「なぜ解説をはじめるっ!?」

「そりゃからかいたいからに決まってるよ?」

「こ、この~~っ!!」

 

 

 

 耳まで赤くしちゃって可愛いなぁもう! まぁ束さんの天才ボディだし? 悩殺されない奴の方がすくないかー。

 

 

 

「それじゃ次は宇宙人に選んでもらおうかな~。あ、拒否したらお金あげないからね」

「……この鬼畜ウサギめ」

「恨むなら、金に目をくらませた自分を恨みたまえ~」

 

 

 

 さてさて何を選ぶのかな?

 自分の性癖をさらけ出すのかなぁ。それとも場をおさめるためにそこら辺にある普通の奴を選ぶのかなぁ。

 

 

 

「じゃあ、これで」

「えー! これぇ? 結構ピッチリしてるけど……露出度低くない? 大丈夫? 満足できる?」

「いったい何の心配してんだお前は! ……俺はどっちかつうと……その……、か、体のラインが浮き出るタイプの方が好みなんです……

「───。ふ、ふふふふ……いいこと聞いちゃったな♪」

 

 

 

 うん。これにしよう。うさ耳は似合わないけど宇宙人が自分に正直に選んでくれた奴だし。

 ぱぱぱっと会計を済ませて店の出口へと向かう。いいもの見れたし今日はこのくらいにしといてやろう。

 

 

 

「しかし……どうして水着なんだ?」

「ん? だって夏休み近いじゃん」

「お前どうせ外でないだろ」

「ぐっ……。うそうそ、ほんとは君がよく海に行くからさ、束さんも泳ごうかなーなんて」

「俺泳ぎに行きたいから海に行ってるわけじゃないぞ。正確にはあの浜辺の方に用があるんだ」

「知ってるよ♪ 束さんは君のこと何でも知ってるからね~。だ・か・ら、この水着は宇宙人君専用のモノなのだー」

「……やめてくれよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……食べた食べた」

「ほんと、宇宙人君はそばが好きだよね。ていうか舌がすこし大人っぽい? 親父臭い」

「いいだろ人の好き嫌いは別に。お前も大人になれば山菜天ぷらそばのおいしさがわかるようになるさ」

 

 

 

 なんでそこで山菜を強調するんだろうか。そんなんだから親父臭いって言われちゃうんだぞ! 

 おなかを膨らませて帰路に就く。モールを出たらもう日は沈んでいて、夏の近い季節の割には雲一つない星空が広がっている。

 このあとはそう、宇宙人が好きな例の浜辺だ。

 

 

 

「いきなり海に行きたいと言い出すとは……。さてはそんなに束さんの水着姿が見たいんだな~?」

「見たいわけじゃないし、たぶん見ねーよ」

 

 

 

 そうだべりながら二人で歩く。そしてふと気が付いた。あれ? いつの間にか身長越されてる……。

 こ、この束さんがこいつを下から見上げなきゃならないなんて……! 

 

 

 

「でも、よかったよ楽しそうで」

「え?」

 

 

 

 改まっていったい何を言うんだこいつはと思った。その言い方はまるで、最近の私が楽しそうじゃないように見えているってことじゃないか。

 

 

 

「なんかさ、最近の篠ノ之悩んでそうだったからさ」

「はぁ? そんなことあるわけないじゃん。束さんは細胞レベルで完成された天才だよ? 完成されてるんだよ? そんな束さんが悩みを抱くなんてこと想像できる? 想像できないよね。宇宙人君はバカなのかな。やっぱり異星の人でも束さんにはかなわないのかな。それにたとえ悩みがあったとしても君に悟られるようなボロを出すはずないじゃん」

「お、おう。なんか久しぶりに聞いたなお前の長台詞。そっか、今日足りないなと思ったのはそれか」

 

 

 

 な、なに言ってんだこいつ……。私罵倒してるんだぞ? とうとうそっち系に目覚めてしまったのか……。

 

 

 

「なんか気持ち悪いよ宇宙人。この束さんに悩みがあるとか、罵倒を聞いて喜んでるとか。ショッピングモールの中でのあの弱気な君はどこ行っちゃったのさ!」

「俺は星空の元じゃ無敵だからな」

 

 

 

 なんだよそのドヤ顔は単純にむかつくんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いた」

 

 

 

 そしていつの間にか、こいつのお気に入りの場所に到着していた。

 そこはただただ広い砂浜。

 街灯も建物もほとんどないここには光も同様に存在せず暗く、浅瀬にはごつごつとした岩があって泳げるようなところではない。ゴミだって落ちているし、とてもじゃないが綺麗とは言えない場所。

 そこがこいつのお気に入りだった。

 夏が近い季節とはいえ、さすがに夜の浜辺の風は体を冷やす。そんな風よけのない砂浜の真ん中でたたずみながら、頭上に広がる広大な星空を見上げるのがこいつの趣味だった。

 

 

 

「───」

「……」

 

 

 

 何も変わらない大きな大きな広い星空。だというのにこいつはそれを見てふつふつと体を震わせてただ笑う。

 星空はこいつの居場所だった。

 どんな時も夜になると空を見上げ、同じように笑うのだ。

 剣道の練習の帰り。小学校の遠足の帰り。私の両親が誘ったとあるキャンプで眠りにつく前。夜遅くまで私の家で遊んだ時や、夏の肝試しのときだって。

 その空が雲一つない夜空であったときなどはほぼ確実に空を見上げて笑う。その笑みは、夢を思う少年のそれだと親は言っていた。

 きっとその通りなのだろう。私はこいつの夢を知っている。こいつのしたいことを知っている。

 

 

 宇宙飛行士。

 

 

 空から降ってきた宇宙人のような彼の夢は、帰巣本能なんじゃないかと思えるような宇宙(そら)への望み。

 

 

 

「いいなここは。天気もいい。今日は星が見れて、風を感じられる最高の日だ」

 

 

 

 手を広げて風を感じる。視線は宇宙(そら)へと向いている。

 手を伸ばして月を掴む。視線は宇宙(そら)を離さない。

 

 

 こうなったこいつは私もちーちゃんも、私の両親でさえ見向きもしない。

 ただ満足するまで待つしかない。光を発するのはご法度だ。曰く、光のない場所であの宇宙(そら)と一体になっていたいということらしい。

 ただ見ているだけで何が満たされていくというのだろう。変わらない空を見て何を思えるというのだろう。私には到底理解できないことだった。

 

 

 私にも宇宙(そら)への憧れがないわけじゃない。違う。あると断言できるしそこへ行くことが夢だ。

 でも目的が違う。似ているようで違う。私は宇宙(そら)に”変化”と”新しさ”を求めているんだ。

 こいつのそれは違う。この男はただそこにあるものが見たいだけに見える。実際そうなのだろう。

 

 

 

「篠ノ之」

「え……?」

 

 

 

 突然、彼が私を呼んだ。その目はまだ宇宙(そら)へと向いているのに。

 だから少し驚いた。こいつはここで私を呼ぶようなこと、しないはずだ。

 

 

 

「さっきの話の続きだよ」

「……私が悩んでるって話?」

「そう」

 

 

 

 いつもと違う声。トーン。重苦しいようで笑っている声。今から夢を嬉しそうに語りそうな声。

 それがとても、ひどく怖ろしく思えたのはなぜなんだろう。ふと、真っ白になった私の頭の中でその疑問が浮かび上がった。

 

 

 

「結構言い訳並べてたけどさ。でも悩んだことあるだろ?」

「……否定はしないよ」

「その悩みたちはきっと夢への悩みだっただろ。わかるよそれ。俺も悩んだことがあるから」

 

 

 

 嘘をつかないはずの、ついたことのない正直者の彼の言葉が、この時だけ嘘だと思えてならなかった。

 だってこいつは今、夢をみているじゃないか。一直線に駆け上がっているじゃないか。どこに悩みを抱える要素があるというのだろう。

 

 

 

「だから何も言わなかった。なにかに行き詰って、苛立ちを隠しても隠し切れなくてピリピリしてた。でも何もしなかったし何も言わなかったよ」

「どうして?」

「だってお前、あきらめるような奴じゃねぇから。それを乗り越えられると思った。それを乗り越えて()()()()()()()()()()()()、って思ったのさ」

 

 

 

 私になる。どういう意味だろう、そう思って少したって続けて彼は言った。

 

 

 

「自分の夢をかなえるために足掻いたやつはそいつだけの光を手に入れる。それがきっと個性ってやつ。お前はたぶん手に入れたんだと思う。夢への切符みたいなやつを」

「そんなことが君に分かるの?」

「わかるさ。だってちょっと前のお前はキラキラしてた。まだ苦労しなきゃだけど難所は超えたって、夢へは確実だって感じがした」

 

 

 

 こいつは彼は何も見ていないのに何でも知っている。私はいつも色んな方法で彼を記録しているけれど、こいつは違う。すぐに心を見透かしてくる。

 そう。少し前に私の創っている宇宙(そら)への翼。そのコアがつい先日に完成した。

 とても、とてもとてもはしゃいだものだ。フレームもブースターもまだ形になっていなかったけれど、達成感に満たされて喜んだ。

 でも……。でもそれが今……。

 

 

 

「でも今のお前は違う。違う悩みを持っている。だって篠ノ之、今のお前には苛立ちなんて微塵も存在しやしない」

「ならどうして、私が悩んでいるなんて思うのさ」

「だってお前、これからとんでもないことをしてしまいそうっていう恐怖、罪悪感みたいなものを持ってるじゃん」

 

 

 

 そう。すべて彼の言うとおりだった。

 認めたくなかった。理解したくもなかった。私が今、私自身がやろうとしていることに恐怖しているなんてことを。

 原因は全てこいつにある。

 こいつが宇宙飛行士になりたいと思っていなければ、その過程で軍人なんかになりたいと言ってこなければ、私はこんな感情と相対することはなかっただろう。

 

 

 こいつは孤児院住まいの人間である。

 その早熟した人格と真面目さが評価されて孤児院ではかなり独立して動くことが許されているがそれは建前で、宇宙人の疑いがかけられているこの男を気味悪がって遠ざけていたのが真実だった。

 その結果夜出歩くことも許されたし、他人の家での宿泊も許可された。

 だから孤児院住まいの人間にしてはとても自由で活発で、明るい男だった。

 でもこの社会ではそうはいかない。

 経済的にとても苦しい環境だ。とても宇宙飛行士になれるような状況じゃない。

 それは彼も分かっていた。そんな彼が見つけ出した答えが空軍パイロットだった。

 軍人にはある程度の給料とある程度の住まいが用意される。空軍なら宇宙(そら)の近くまで行けるし、Gに慣れる体づくりができる。

 精神的にも肉体的にも鍛えられ、経済的余裕がうまれるまで働くつもりならば、宇宙飛行士になるまでの過程の中で選ぶ選択肢としてはいいのかもしれない。

 

 

 でもそれも、それだけじゃない。宇宙飛行士になるという夢までも、私の創ったISは破壊しかねない。

 コアの適正があらゆる男性になかったからだ。

 宇宙へと飛び出せる新しい翼。その適正がこの男には存在しない。

 

 

 きっと、このISが世界に出回れば彼は宇宙(そら)へと昇ることができなくなる。

 確証はあった。他でもないこの天災、篠ノ之束の確証だ。

 ISは世界を変える。その特性からきっと、女尊男卑の世界に。

 なんせ、ISに関連する技術は全ての分野において革新といえるものになる。そこには当然宇宙も軍事も含まれる。というか、これらの分野が最も大きな影響を受けるだろう。

 

 

 私は、この夢に向かって突き進む幼馴染の、生きがいともいえるものを破壊してしまっていいのだろうか?

 そんな、少し前の私なら全く考慮しなかったことが、私の頭から離れないのだ。

 

 

 

「篠ノ之。今から俺のありがたい持論を聞かせてやる。よく聞けよ」

「───っは、天才の私が参考になるようなことなのかな?」

「なるさ。これは才能がどうこうって話じゃない。才能なんて存在しない精神の、心の話だからな。人間なら一考の価値ありだよ」

 

 

 

 なんだそれ。まるで宇宙人みたいな言い回しじゃん。どうしようもなく()()()()()()

 

 彼は少し宇宙(そら)を見て、そして空気を少し吸い込んでハッキリと言った。

 

 

 

恐れるな。やりたいと思ったなら必ずやり通せ

 

 

 

 そうハッキリと簡単な言葉で言った。私が悩みを抱える原因となった奴の口からハッキリと。

 

 

 

「俺はな、思うんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってさ」

「……なんでさ」

「こんな広大な宇宙でここ地球が、そこにある世界がどう変わろうがそれは些細なことのようにしか思えねぇんだ」

 

 

 

 宇宙(そら)を見つめて彼は言う。

 世界が変わろうが些細な事。私の悩みを吹っ飛ばすかのように語るそれは、教え聞かすものから夢を伝えるものへと変わっていった。

 

 

 

「俺は宇宙(そら)を見ると、自分がどうしようもなくちっぽけで世界を知り尽くすことは到底できない存在なんだなって思い知らされる。でも、そこに広がる可能性に目を向けるとさ、どうしようもなく興奮するんだ」

 

 

 

 未来を思う感情に似ているかもしれない、と彼は言う。

 研究者なら、世界の神秘を探し求めている者なら絶対に理解できない思考回路だ。わからないことが、知らないことが嬉しいなんて思うなんて。

 なぜならそういう人種は可能性に恐怖する。確定した未来が欲しいと願うから発見を求めるのだ。

 でもこいつは違う。可能性が、網羅できないほどの可能性があることがとてもとても喜ばしいことなのだ。

 

 

 

 

「俺はこの目で数多ある可能性のカケラを見たい。伝えたい。だから俺はここから飛び出していきたいんだ」

「だから、誰かの命を奪うことを許せないのは……」

「そう、可能性を消すことになる。それはダメだ。世界は、宇宙は銀河は、可能性でできているんだから。それを確定させる存在、可能性を創り出す存在である生命を消しちゃいけない。たとえ、どんな理由があったってな」

 

 

 

 そう言って私の方を見るその目には光があった。炎がゆらめていていた。

 あぁそうか。私はこの目に惹かれて、この目に恋をしたんだ。だからどうしようもなく、この目の中の炎が消えてしまうことに恐れている。

 

 

 

「自分の中に可能性があるならやれよ篠ノ之。恐れるな。それはこのちっぽけな青い地球に変化をもたらすだけだ。やれ。やらなきゃ怒るぞ」

「ははっ、それってとってもすごいことなんだよ? 天才にしかできないことなんだよ?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()

「───」

 

 

 

 呆れた。馬鹿馬鹿しくなった。なにを私は迷っていたんだろう。

 

 

 

「じゃあ私、世界を変えるよ」

「おう、やってくれ」

「私、君の夢がかなえられない世界にしちゃうよ?」

「そうか。でも()()()()()()()()()()()

「いいんだね?」

「あぁ。俺が最も恐ろしいと思うことは、自分で何も叶えられなかったことじゃないからな」

「ふふふ。ヘンなの。やっぱり宇宙人だよ君は」

 

 

 

 好きな人が認めてくれた。なら、どこまでやっても大丈夫だよね? 

 今ある世界を壊して消して、新しくしてもそこに数多の道があるのなら。止まらないでいてくれるよね。

 

 

 

「ねぇ宇宙人」

「なんだ?」

「言葉にしたらそれは可能性になるよね」

「そうだな。言葉にしたらそうなるかもしれないのが世界だ」

「私、それ全部できるから」

「そりゃ楽しみだ」

「うん。だから私予言する。絶対君の隣に、ずっとずっといるからね!」

「……へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、篠ノ之束は織斑千冬とともに『白騎士事件』を引き起こす。

 世界はISによって変わり、女性しか乗れないという特性から、篠ノ之束の予測通り女尊男卑の流れが蔓延していった。

 軍事はIS産業に移行し、宇宙開発産業もISへと緩やかに切り替わる。

 そんな中、彼はやはり空を目指すべく、空軍の操縦者育成学校に入った。今はISの意味のない援護の仕方を学びながら、大半の仕事を共にするであろう輸送機の操縦を練習している。

 彼の眼の中の炎は消えていない。

 

 

 

「宇宙に行けなくなったぁ? 馬鹿言え、まだ男でも行けるだろ。既存の社会システムが壊れただけでロケットは造れる。なにを言っているかわからないだぁ? 起業するんだよ。民間会社でもロケットは造れるんだ」

 

 

 

 そう言って彼は空を目指して機会を伺う。

 まだ自分は100年ある人生の四分の一も終わってないんだと言って。100年生きれることが絶対と言わんばかりの自信を含めて。

 そんな夢へと邁進する途中の、ある休日の日にそれは届いた。いや、現れたといった方が正しいか。

 

 

 フルスキンのISに突如さらわれた別名宇宙人は、そこで驚愕と喜びに満ち満ちた親友以上恋人未満の幼馴染に出会う。

 

 

 

「やった、やったよ! 君にもIS適正があったんだよ! うわ――――い!! 今日は宴だ――ー!!!!」

 

 

 

 幼馴染とはいえ自分のことでここまで嬉し泣きをしてくれる彼女を彼は好いていた。そのスタイルも彼にこうかばつぐんだったのは言うまでもない。

 もうとっくにお互いがお互いに惚れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園には最近になってとある科が活発になっている。

 創立してからまだ10年も経っていない学園でそれが最近のことになるのかはわからないが、とにかく今はそこが熱い。

 これも全て束と()()()()()()()()()()()あのバカのおかげだ。

 今では私よりもあのバカの名前の方が騒がれる。ふ、まさかあの叫び声にも似た歓声が恋しくなるとはな。

 

 

 

『本当に信じられませんね。世界で()()()の男性IS適合者ですか』

『はい。各国は織斑一夏君の適正発覚に際し、2回目となる一斉男性適正テストを実施するようです』

 

 

 

 世間は我が愚弟とあいつの名前で持ち切りだ。いやはや、学園に身を置いていなかったらさらに取材が来ていただろうな。

 

 

 

『そして一人目も帰ってくるんですよね』

『はい! 人類で初めて太陽系を突破した彼が戻ってくるんです!』

『お、もしかして貴女は彼のファン───』

 

 

 

 また騒がしくなるな、この学園も。

 

 

 

「しかし、あいつがここの教師になるとはな。昔あいつの言っていた通りだ。十代二十代で人生の全てを予測することはできんな」

 

 

 

 戻ってくる。あいつはこの学園の宇宙科の教師となるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こ、これは……想像以上にキツイ……。

 

 

 皆が皆、俺に視線を浴びせてくる。動物園の檻の中で暮らす動物たちの気持ちが今わかったぜ。あの人の時はこんなんじゃなかったんだろうなぁ……。束さんが匿ったって聞くし。

 

 

 周りはみんな女子ばっかりだ。

 6年ぶりに再会した幼馴染である篠ノ之箒には何故かそっぽを向かれてしまい、助けてくれそうな存在は皆無。

 くそ、どうしてこんなことになっちまったんだ。始まりはそう、高校入試の試験会場で偶然ISに触れてしまったこと───

 

 

 

「「「きゃああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 って今度はなんだよ!?

 いきなり周囲から黄色い歓声が鳴った。みんなの視線はすべて前の教卓に向いている。

 どうやら担任の先生が入ってきたらしい。こんな歓声を浴びせられる先生って一体───。

 

 

 

「おぉう。織斑先生の言ったとおりだ。年頃の女の子にまで有名人扱いされるとは」

 

 

 

 俺は知っている。その人の名前を。昔千冬ねぇや箒、束さんと共に、様々な場所を駆け巡った兄のような人物。

 

 

 

「俺の自己紹介聞いてたか? ここでも宇宙人呼ばわりされるのは勘弁願いたいが」

 

 

 

 ちょっと親父臭いその人は、かつて空から降ってきたと言われている有名人。

 幼少のころから宇宙ばかりを見ていた彼は、その不思議な経歴から『星の人』と呼ばれている人物。

 

 

 

「次の宇宙飛行までの五年間、おまえたち一年の指導役として働くことになる。まずは君たちの副担任からだ。よろしくな」

 

 

 

 まだその瞳の中の炎は消えていない。

 この人は新しい可能性を見続けている。

 

 

 

 




読まなくてもいい主人公の設定。


前世から宇宙を夢見る少年ではあったものの、いまいち情熱に欠けていた。
だらだらと時間をつぶしていった彼は、このままでは夢に届かないことを自覚しながらも、どこかあきらめたように平凡な生活を送る。

そこで友人の死に立ち会うことになる。
その葬式にも招かれた彼は、その友人が夢見ていたこと、やりたかったことなどをつらつらと語り聞かされた。
そこで人一人には、数多の選択肢があることを実感するが、それ全てを奪ってしまう死というものにとてつもない恐怖を感じるようになる。
生きているうちにやるべきこと、やりたいことをやろうと夢に向かって走り出し始めるのだが遅く、いまの人生全てを使っても無理だと思い知らされる。

最期は人助けの末の事故死。
妊婦が轢かれそうになったところを目の当たりにした彼は、夢へと届かない自分よりもその妊婦のお腹の中の赤ん坊に未来を託し、死ぬ。




転生してからはもう一度チャンスが生まれたことに喜び、孤児院住まいという境遇に悩みながらも夢を掴むために諦めずに走り続けることを決意する。
好きなことは挑み続けること。嫌いなことは死と何もしないこと。
割と趣味の分野が広く、プラモやゲームを主に楽しむ。

彼に与えられた転生特典は、「Gに耐えられる頑丈な体」
束は容姿が普通と称したが割とイケメン。普通にその顔に惚れていてツンデレしていた可能性がある。
IS適正に関してもこの容姿に関しても全て神様の気まぐれで与えられている。

束には告白されたのでそれ相応の気持ちを持っている。下の名前で呼ぶ同年代は彼女だけ。


題材になったのはつい先日発売された某戦闘機ゲームのネームド。空に生きるという点を使わせていただきました。









はじめて短編書きましたけど楽しいですねこれ。
面倒な伏線やらなにやらを出し惜しみなく書けるので。

今回の作品は「空中落下系異世界転生者って周りから見たらこんな感じやろ」という考えと、束とのイチャイチャを織り交ぜたものになります。
ほんとは連載にして束が惚れていく段階みたいなものを描写したかったですけど、主人公の個性がマジで空から落ちてきたこと以外ないので没に。
私の頭ではエピソード考えつかなかったし、文才が足りなかった……。
読んでくれた読者様方には感謝を。


もっとハーレムじゃなくて一途系のイチャイチャ増えろ。


2月22日追記

はわわわわっ、凄い評価の嵐で内心はちきれんばかりの嬉しさが溢れかえっております!
お気に入りや評価してくれました読者様には感謝を。
次話投稿についてのアンケートをしておりますので良ければご回答ください!
ちなみに1話だけしか投稿するつもりは無いので悪しからず


2月24日追記

アンケート終了したしました。800人も回答していただいてありがとうございます!


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2話

アンケート結果から続きのようなものを書きました。
 
たくさんの評価、お気に入り、そして感想をありがとうございました。

総合日間では最高10位。短編日間では1位をいただけて本当にうれしく思います。




 来た。

 青い晴天の空を見上げると、そこには一筋の赤い光が瞬いていた。

 そらを斜めに切る赤い線。それは次第に赤みが薄れて白くなり、最終的には青い光となって落下を続けている。

 それは大気圏突入時に展開されるように設定したISのシールドの光。

 光をまとったISはその勢いを殺しながら、しかし凄まじいスピードで海面へとたたきつけるように着水した。

 

 

 水しぶきが上がる。

 

 

 周りに展開されていた船舶たちは心配そうに速力をあげて近づくが、その必要はない。

 私の思い人は、最後の最後でやらかすような奴じゃない。

 

 

 水しぶきが作り出したカーテンが消える。

 

 

 そこには白いフルスキンのISが空中に佇んでいた。

 

 

『ただいま世界』

 

 

 男は嬉しそうにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は時折思い出す。昔の自分の姿を。

 

 別人だと思えて仕方のないその姿。

 別人だと思いたいその行い。

 別人だと思ってはいけない紛れもない自分。

 

 全て過去のことである。

 

 彼は最初から宇宙(そら)を目指していた。宇宙(そら)を見続けていた。

 

 先人たちの行いに憧れたから。故郷の国の探査機が偉業を成し遂げたから。

 彼をそうさせる様々な理由があっただろう。彼をそう動かす様々な要因があっただろう。

 だがしかし、始まりを作ったのは紛れもなくあの星空(そら)だった。

 

 広大で雄大で偉大で盛大で壮大な空。

 変わることのない光、位置、星、色。

 

 少年はそれに憧れた。それに夢を見た。それに興奮した。

 

 

 ()()()()()

 

 

 少年はその宇宙(そら)を諦めていた。

 届くわけがないと。この身一つでどうにかなるわけがないと。

 

 

 

 転機は突如訪れた。

 彼にとって数少ない親友と呼べる人。彼にとって好感を持てる奴。

 夢を諦めた男の横で楽しそうに夢を語る友人の、夢をかなえる直前のことだ。

 視界の端から端に、親友は消えていった。

 

 どこにでもある事故だった。

 

 犯人は認知症だという老人の暴走運転。

 親友を救うべく、あらゆる手を尽くした。

 親友の夢を叶えさせるため、あらゆることをした。

 親友の死を認めたくなかったから、なにからなにまで行った。

 でも彼は言葉を残して消えた。

 両親への謝罪。夢にわずか届かなかった悔しさ。()()()()()という嬉しさ。

 

 

 友は友を守るために死んだのだ。

 

 

 彼の葬式にはその男含めたくさんの人が訪れた。

 恩師、両親、友人、警察や治療にかかわったという医者、そして彼の夢を叶えさせてやるはずだった人物たち。

 彼らは口々に発する。友の行いの称賛を。

 彼らは口々に発する。友の未来を惜しむ声を。

 彼らは口々に発する。友のこれまでの努力を。

 男にはそれが怖かった。痛かった。苦しかった。

 あんなに誠実な人だったのに。

 あんなに未来があったのに。

 あんなに頑張っていたのに。

 

 

 死がそれをすべて奪った。

 

 

 自分がそれをすべて奪った。

 

 

 ならなければ。彼のようにならなければいけない。そうでなければおかしいと男は思った。

 でなければ自分はなんのためにいる? 彼の死の意味は? 彼の価値は?

 

 夢を叶えなければいけない。

 彼は夢に走り続けていたのだから。

 夢を追わなければならない。

 彼は夢を叶えていたのだから。

 

 

 きっと自分にもできるはず───。

 

 

 友人の死は、ある種の強迫観念となって皮肉にも男をいい方向へと変えていった。

 その日から男には火が付いた。

 目指すは宇宙(そら)

 それまでのすべてをなげうって新しい自分になろう。

 そうすればいつか、彼の死の意味もあったはず。無価値にはならないはず。

 彼は変わった。明確に。

 力の抜けた人形ではなくなった。

 一人の夢を追いかける少年に。

 彼は変わったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───だがしかし、社会とは「変化」、「新しさ」に疎いものである。

 

 

 

 

 

 

 

「それまで」は捨てきれない。

 諦めていた心しか社会は見ない。

 学歴も資格も能力も友より劣っていたその男が、友になれるはずもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢をみる男は思う。

 果たして今の自分は彼になれているのだろうかと。

 夢を追いかける一途な少年であれているかと。

 答えは否だ。

 そんな奴がこのような苦悩に苛まれているわけがない───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、どうして教師なんだ?」

 

 

 ちーちゃんがそう疑問を呈した。

 今現在、私たち三人はちーちゃんというコネを使って彼を教師にさせるための作戦会議を行っていた。

 といってもそのコネを使わせてもらう当の本人はこの場にはいない。

 現在彼は隔離施設で生活している。

 その疑問に答えるのはマイクに通された彼の声だ。

 

『生きているうちに後進を育てるべきだと思ってな。その機会は今しかないんじゃないかって思ってる』

 

 久しぶりに聞く彼の声。どうしても頬が緩む。もはやドラッグなのではないかと思えてくる。

 楽しそうに語るその声の音色は三年経っても変わっていない。

 はやく本人とあんなことやこんなことをキャッキャウフフしたいところだけれど、我慢しなきゃ……。

 くぅ~~凡人どもめ~~! 束さんが大丈夫って言ってるんだから大丈夫なんだよ分かれよ!

 な~にが「宇宙から未知の病気を持ってきてるかもしれない」だ!

 そんなもんがあったら長い渡航期間中に発症してるし、そもそもあのISはそういうものに耐えられるように造ったんだぞ? こ・の・た・ば・ね・さ・ん・が!

 私が変わってもあいつらの性根は変わらないんだから全くぅ~~!

 

 

『ごめんな織斑、無理言わせちまって。本人がまだこんなところにいるのに』

「そちらは構わん。というか学園側は歓迎しているぞ。教員資格が無かったほうがこちらとしては面倒だったよ」

『は、ははは。でもそこはIS学園の特性を生かしてどうにかしてくれたんだろ?』

 

 

 

 彼が学園に行くための調整は、彼が地球に近づいていた時から始まっていた。この束さんの通信設備のおかげである。

 そのおかげで先手先手でことが進められた。

「記録を塗り替えたものでもあると同時に、ISの男性適合者でもある故保護する」という理屈が通せたのもこの世界一速く彼とコンタクトをとれた通信設備のおかげだ。

 いやぁ、束さんは何でもできて困っちゃうな~~。

 

 

 

「そのことはいい。私が聞きたいのはお前には五年は長すぎなんじゃないか?という点だ。 私が思うにお前なら翌年にでも飛び出していけそうな気がするが」

『さすがに翌年は冗談キツイぞ織斑。今書いてる報告書の分析とかISの宇宙飛行に関するルールや規定みたいなものを定めるのにも三年は使うだろ。それにそうずっと宇宙にいたらマジで宇宙人になっちまうじゃないか』

「私はそっちの方がお前に似合っていると思うぞ()()()

『俺は地球人だ。 故郷の空気を忘れないようにするまではここにいるさ。それに……た、束とのこともあるし……

「……ほう」

 

 

 ぐほぅ!? 今まで黙って大人しくしてたのになんという鬼畜ストレート!?

 

 

「い、いきなり何言ってんだよ宇宙人! い、いくらなんでも正直すぎるよ!ねぇ、それで私たち以外の人に隠し切れるの!?」

『お、織斑はいいだろ別に知ってるんだし……。俺の気持ちも本物だし……』

「っ、~~~!!!」

 

 

 こ、この馬鹿め!

 わ、私がどんな思いで聞いているとお、おも、思っているんだ!

 

 

 

「もう結婚してしまえよ」

 

 

 

 ち、ちーちゃんにからかわれた~~!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が流れるのは速いものであの人がこの学園に来てからだいぶ時間がたった。

 もう夏休みも近い今日に至るまでたくさんのことがあった。

 セシリアとの決闘。鈴との試合から始まったクラス代表トーナメントや、シャルロットと共に暴走したラウラを止めたりとか……。

 我ながら、ここまでの数か月は壮絶だったと思う。最近やっと慣れてきたところだ。

 

 

「どうした一夏。ぼーっとして」

「いや、入学してからここまでいろいろあったなぁって」

「なによ、まだ一学期も終わってないのにもうそんなこと考えてるわけ?」

 

 

 鈴の指摘はもっともだけどこっちの身にもなってほしい。いろんなものに振り回された数か月だったんだぞこっちは。

 

 

「……その節は、すまないと思っている」

「いや、違うんだラウラ。俺だけのことじゃなくてあの人のことも色々あったからさ……」

「確かにね……。転校する際に聞いたときは僕も驚いた」

 

 

 この学園に来る前のあの人のことを知らない奴はここにはいない。

 丁度俺の適合発覚の直後に帰ってきた『星の人』が、一か月の隔離施設生活を終えてすぐにここに来るなんて誰も思わなかっただろう。いくらなんでも速すぎる。

 

「本人は「マスコミから追われなくて済むから楽」とか言ってたわね……」

「記者会見と本の出版、報告書だけ書けばいいだろって愚痴ってたのを僕見たことあるよ」

「わたくしはそちらよりも、力が搭乗時間に比例していなかったことに驚きましたけれどね……」

 

 セシリアの言う『力』とはすなわちISでの戦闘能力の話だ。

 彼は三年間肌身離さずISと共にいた。その搭乗時間は25000時間にまで及ぶ。たぶん世界一だ。

 だがしかし、いや考えてみれば当然なんだけど、武器の扱いがおそろしく下手なのだ。

 

「操縦技術はきっとキャノンボール・ファスト優勝レベルなのだがな。あれはひどかった」

 

 この通りラウラからも辛口の評価を受けている。

 本人曰く、武器を持っていけるほどバススロットに余裕がなかったらしい。

 燃料に食料品に空気。排泄物や各種観測装置を持っていくとなるとかなりギリギリだったそうだ。

 

 

「まぁあの人の教師としての良さは宇宙の分野で発揮されるから……」

「それにまだ教師見習いだからなぁ。実質的な担任は千冬ねぇと山田先生だし」

「なんだろうな。同じ生徒のような感覚というか、留年した先輩のような感じを受ける」

「箒さん。そこは教育実習生と言ってさしあげなさいな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 臨海学校。

 それは学生の青春のひとコマを飾るイベントである。

 ここIS学園では毎年臨海学校で海へと行くことがわかっている。

 そう海である。

 つまるところ水着イベントである。

 

 

「そこに君がいて、束さんが行かないわけがないのだー!」

「と、言うわけで今回は特別講師として篠ノ之束が来ている。本格的な授業は明日からなので、あまり気にしないでやって欲しい」

(((いやめちゃくちゃ気になる!!)))

 

 とか思ってるんだろうなぁ生徒の皆は。ふっふっふっ、いくらちーちゃんが無視しても束さんがこいつに絡まっている限り彼らは無視できないのだ!

 

 

「あー……。織斑先生? 俺はこのあとどうすれば……」

「一応、VIPからのご指名だ。付き合ってやれ」

「えぇ……」

 

 

 ちーちゃんは既に陥落済みなのだ!

 フフフフフ、待ったよぉ、束さんは待ったよォ!

 隔離施設から出たらすぐにIS学園近郊の貸住居に行っちゃって全く触れ合えなかったけど束さんは我慢したからね。だから生徒の前でどんなことをされようと我慢しなきゃいけないからね!

 

 

 

「それじゃあいこ♡」

「まぁ、いいけどさ……」

(((じーっ)))

 

 

 視線が痛いなぁ。でもこれも計画通り!

 こいつのことは束さんはなんだって知ってるから、君たち年下の女の子にとられることはないと思ってるよ? けどね、こいつを前にして「きゃぁぁぁ!!」とかいう思い上がっている奴らには見せつけないとね〜。

 嫉妬するがいいさ乙女達! この男は天災束さんがいただいていくからね〜!

 

 

「夕食までに旅館に戻ってくること。それまでは自由時間ですからね〜!」

「「「は、はーい」」」

 

 

 うーむ。こうして見るとかなりムキムキになったなこいつ。着痩せしてるせいで今まで気づかなかったけど、水着姿になると筋肉が際立つ。健康体だから束さんとしては満点だけどね!

 しかし見てる。見てるなぁ? この束さんの天災ボディを舐めまわすように! その目に焼き付けてるねぇ……。

 

 

「……なぁ、その水着って」

「うん、そうだよ! 中学の時のある日に買ったやつ」

「良く今でも着れるな……」

「そこはほれ、なんて言ったって天災束さんのボディだし? もうあの時に完成されていたのだよ!」

 

 

 というのは半分嘘。本当はすこーし大きめのを買っておいたのだ。束さんは天災だからね。自分の体の成長だって計算できるのだ!

 

 

「でも良かったのか? 新しいのだって買えたのに」

「だって君、これ君専用だって言ったのに一度も着させてくれなかったじゃーん」

「そ、そうだっけ?」

「そうだよー? いつも海に行こう! ってなるとあれはやめろって言ってきたじゃん」

「ぐっ」

「だから今回はサプライズなのだ〜。ちーちゃんにもこうして2人きりにして貰ったし……。ねぇ、遊ぼうよ!」

「わかった」

 

 

 

 最初は何してもらおうかなぁ?

 ふふふふふふ。さぁ! 束さんとイチャイチャしてもらおうか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウェへ、ウェへへへへへ……♡」

「どうやらいろいろと思い出を作れたようだな束。生徒たちが引いているからその笑いはやめた方がいいぞ」

「だ、だってぇ……。あいつが、あんな……ウェへへへへへへ♡」

 

 

 あんなに大胆に、しかもかっこよくなってるなんて束さんも予想外だったよ。

 昔みたいに色仕掛けや言葉遊びでからかってやろうと思ったのに、まさかカウンターパンチでこっちの心を堕としに来るなんて……。

 

 

「あー!!ダメだよちーちゃん! もう束さんの心はあいつに撃ち抜かれてるよー! 結婚したいー! 子供欲しいー!」

「生徒の前だ、黙れ。それとも酒で珍しく酔ってるのか?」

(((いったい何をしたんだあの男性教員!?)))

 

 

 いやぁ。普通に浜辺で水掛け合ったり、お弁当食べたり、泳いだり、マットしいてくつろいでいたりしてただけなんだけどぉ……。その間のあいつの動作一つ一つに目が離せなくなちゃってぇ……。ウェへへへへへ♡

 

 

「相手がいないとすぐこれだ……。(おい束。あいつとの関係は隠すんじゃなかったのか? このままでは林間学校直後の新聞で熱愛報道されるぞ)」

「はっ……!(そういえばそうだったぁーーー!!!!)」

「やれやれ」

 

 

 くっ、なんだよちーちゃんその顔は! まるでもう手遅れみたいじゃないか!

 いや、まぁ束さんにしては語りすぎたと思うよ? でもそんなの仕方ないじゃん! 言葉にしたくて仕方ないんだもん!

 それに、もし報道されたとしても脅迫とか記憶操作とかすれば……!

 

 

「(と、お前は考えていそうなのでさらに時間を与えてやる。お前とあのバカは同室だ。これを機に今まで言えなかったことでも言って折り合いをつけてこい)」

「(え……? いいの? 今更束さんが言うのもなんだけど、これ学校行事だよね? しかも私たち仕事だってこれからあるよね?)」

「(構わん。これ以上今日のように見せびらかされる方が生徒たちに悪い。あぁちなみに、あいつの部屋は旅館の端だ)」

「(マジで!?)」

 

 

 ま、まさかちーちゃんからこんなOKまで頂けるなんて……///

 こうしちゃいられない。夕飯なんてすぐに平らげてお風呂入って準備しなきゃ!!

 

 

「あ、あいつは今どうしてるの?」

「風呂場だ。心を決めるなら今のうちだぞ」

「ありがとちーちゃん!!」

 

 

 私は急いで目の前に並ぶ海の幸を平らげると、駆け足で風呂場に直行した!

 まってろよ、純真!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこにあいつはいた。

 旅館の隅。タオルを首にぶら下げて、縁側でたたずんで星空をみるあいつが。

 髪の乾き具合から、風呂から出て部屋に戻る途中に、つい空に見入ってしまったようだ。

 角を曲がってすぐにいたからびっくりしてしまった。

 こいつの視線はやはり、宇宙(そら)を見つめて離さな───

 

 

 

「───束」

「───……?」

 

 

 

 違和感。ひどい違和感を、感じたことのない違和感を感じた。なぜだろう?

 星空を見上げていたはずの彼が、吸い付かれていたはずの彼が、すぐに私の名前を呼んだから?

 違う。それはまえにもあった。私が彼に恋をしたことを自覚したときに一度。感じたことのないなんてことにはならないはずだ。

 ではなぜ?

 

 

 

「束?」

「……」

 

 

 

 どうしてだろう。私はこいつの眼から目をそらした。

 この恐怖、この震え、知っている。私は知っている。これは───

 

 

 

「───束!」

「───っ、な、なに?」

「どうしたお前。なんか変だぞ?」

「そ、そんなことないよ」

 

 

 

 彼に言われて、彼の眼を見れた。

 大丈夫、大丈夫だ。彼の瞳は何も変わっていない。一途な少年のようだ。安心した……。

 

 

 

「そういえば束、俺と同じ部屋なんだよな?」

「う、うん」

 

 

 

 しかし、どうして私は思ったのだろう。彼は夢を諦めているんじゃないかって。

 だって、もう既に叶えた。彼はいつだって宇宙(そら)にあがれる。

 今回来たのだって、箒ちゃんの専用機とこいつの専用機を渡すのが目的だったはずだ。

 しかもこいつのに関してはちーちゃんを通した学園からの要請。諦めているなんて考える方がおかしい。

 

 

 

「なら戻ろうぜ。明日のことの準備だってしなきゃいけない」

「え……?」

 

 

 

 そのはずなのに。

 

 

 

「どうした束?」

 

 

 

 違和感をぬぐい切れない。これはなに?

 ちーちゃんと言ってることが違ったから? 違う。

 私がらしくもなくはしゃいでいるから? 違う。

 

 

 

「ねぇ」

 

 

 

 これは、そんなレベルの違和感じゃない。

 これは、そんな軽いものじゃない。

 これは、私たち2人によるものじゃない。

 

 

 

「もう、いいの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? ───あぁ、()()()()()()()()

 

 

 

 ズキン

 

 

 

 と心が鳴った。

 なにを言ってるんだこいつはと思った。

 そして分かった。違和感は()()()()()()()()

 

 

 

「なんだよ、それ」

「……?」

「すぐそこに浜辺があるよ?」

「あぁ」

「すぐそこに誰もいない岸壁があるんだよ?」

「……あぁ」

「光もないんだよ?」

「そりゃ、そうだな?」

()()()()()()()()?」

 

 

 

 光のない、いや星の光しかない空がそこにある。

 こんな部屋の明かりや端末が発する光のない空がそこにある。

 なのに、どうして彼はそこに行かない?

 買い物の帰り、遠足の帰り、宿泊の帰り、冬なら剣道の練習の帰りの時だって。

 いつもいつも空を見上げてたじゃないか。いつもいつも闇と一体の空を見に行ったじゃないか。

 今は絶好の機会だ。きっと、この臨海学校中最大の。

 なのに、どうしてこいつは動かない? どうして凡人たちの光の中にあるんだ───!

 

 

 

「行くも何も、仕事があるだろ?」

「それ、ちーちゃんがやってくれるらしいよ?」

「……いや、でもやらなきゃ不味いだろ?」

「なに言ってんの?」

「だからさ、束───」

 「なに言ってんだよッッッッ!!!」

 

 

 

 

 理性なんて効かなかった。怒りが私の体を包んだ。

 私は声を荒げて、獣のようにつかみかかって強く押し倒した。

 大きな音がした。顔が近い。あいつの浴衣は私が掴んだせいで半分はだけてしまっている。

 私はあいつの眼を見た。瞳を見た。瞳の中の炎は確かに燃えている。だが、()()()()()()()()()()()

 嘘だ。馬鹿正直なはずのこいつは今、私に嘘をついたのだ。

 

 

 

「───ごめん」

 

 

 

 聞きたくなかった。そんな言葉。

 でも聞きたくもあった。その言葉を。

 

 それで、私にはすべてがわかった。

 もう心のわからない天災ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は彼に縁側に座るように言った。

 彼は言う通り静かに座り、私はその横に腰を下ろした。

 

 

 

「報告書見たよ」

 

 

 

 すぐに切り出す。声に怒りはもうない。

 だって、わかってしまったから。こんなのに怒ってしまっていたら、私は私が嫌いになる。

 報告書と言うのは、彼が帰ってきて入った隔離施設で書いたものだ。

 

 

 

「長距離航行推奨人数、3人から4人って書いたよね?」

「……あぁ」

「報告書には、『装備や食料、空気などの面から』としか書いてなかったけど、他にも意味があるよね?」

「……ほんと、束は何でもお見通しだな」

 

 

 

 そりゃそうだ。私は君のことを一番大事に思っている。

 君が何に傷つけられ、何に悩まされ、何に恐怖しているのか。それを知っていなきゃ気が済まないんだから。

 私はあの中学の時の夜、思ったんだ。

「私は私のやりたいことをする。そして宇宙人の夢を支え、かなえてあげる」って。

 彼は降参したようにすべてを話し出した。

 

 

 

「報告書に書かなかった意味。それはすなわち精神面のことだ」

「やっぱりね……。君、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 静かに首を縦に振った。ある意味予想していたことではあった。

 冒険者には精神がやられてしまう奴らが少なくない。伝記や歴史書を見て「そんなわけがない」と一蹴する輩もいるが、これはとても起こりやすいことなのだ。

 原因は様々。すぐ隣にいた仲間が死んだ。自分が死にそうになった。したことのないことをして気味が悪かった。完全に違う環境を拒んだ。

 人によって治療方法が違い、なおかつ治る見込みのないメンタルの問題。

 これを、()()()()()()()()()()()()()()()()こいつが引き起こさないわけがなかった。

 

 

 

「やっぱりわかってたのか?」

「いや、予感だけだったよ。長すぎる地球滞在期間に、隔離施設での長い一人暮らし。そしてこの報告書。君、メンタルケアを誰かにしてもらっている暇がなかったから」

 

 

 

 それを確認しに来たのもこの臨海学校に介入した目的の一つだった。

 昼は……まぁいいようにやられてしまったけれど、それも予感を刺激したのかもしれない。

 昼なのにこいつ強すぎるって。

 

 

 

「不甲斐ないよな。夢を叶えたはずなのにおびえてる。見栄を張りたくて誰にも言えなかったし、報告書にも書けなかった」

「でも束さんには話してくれた。それ、束さん的にはポイント高いよ♪」

「はは、そっか……。それはありがたいかな」

「だからさ、全部吐き出しちゃいなよ。今日だけ束さんは君に甘々だからさ」

 

 

 

 嘘ではない。もうこの体も心も彼の色に染められている。

 もう私は、彼を他の凡人のように思えないし、他の凡人をさげすんでいたあの頃にも戻れない。

 

 

 手を、差し伸べた。

 

 

 彼はその手を優しく握って口を開いた。

 

 

 

「最初は、どうってことなかったんだ。空を掻き分けていく感覚。月に降りて、地球を見たとき。通り掛けに見る惑星たち。生活も普段と違ってとっても楽しかった。無重力を経験するのも、ISのなかで食事とか睡眠、呼吸するのに至るまで楽しかった。そんな生活の中で星々が形を変えていくのが一番面白かった」

 

 

 

 楽しそうに語る顔には笑みが、心からの笑みがあった。しかし、ここまで言ってそれが貼り付けた笑みに変わっていった。

 手を握る力が少し強くなった。震えてもいる。

 

 

 

「でも、そう思えたのは今にして思えば束との通信のお陰だった。声でやり取りできなくなった瞬間におかしくなっていったんだ」

 

 

 

 私の造った通信機はそれまでのモノと比べ物にならないほどの性能を誇っていた。具体的に言えば、タイムラグはあるが金星と土星の間あたりまで会話できるくらい。

 でもそれから先は、彼一人の戦いになった。

 

 

 

「暗闇が怖くなった。星々は輝いているのに、太陽は光をくれているのに、俺だけが暗いんだ。冷たい宇宙は俺と俺のISを冷やした。過ぎ去る星は何もしてくれない。母なる太陽はさらに離れ、離れ、離れ、離れ。太陽光によるエネルギー充填時間が長くなることがそれを明確に悟らせた。会話が消えて音も消えた。宇宙に転がる岩をよけるために動くと平行感覚を失った。システムが目的地を教えてくれるけど、遠すぎて達成感が無かった。次第に食べ物の味がしなくなった。止まって見る星は俺の知らないもので少し怖くなった。俺を支えてくれるのは座標がわかる惑星たち。それを間近で見れたときは落ち着けた。でも周回速度とISの速度のタイミングが合わなくて出会えなかったときは、とても絶望させられた。次第に目が回ってきた。どこにいるかもわからず、ただ彷徨い続け、帰りたくなった時にたまたま太陽系の外にいただけ。俺は地球が恋しくなって逃げかえってきた。お前の声が聞けて嬉しかった。大気圏に突入した時には安堵で一瞬気を失って海面に着水した。とにかくただいまが言えてうれしかった」

 

 

 

 次第に強くなる力と、次第に大きくなる体の震え。彼はそれに耐えてすべてを吐ききった。

 自分は弱いのだと。自分は称えられるような人物じゃないと。自分は意地を張っていただけの張りぼてのような奴だと。

 私はそれをただ聞いていた。黙って、力を込めてきたときには私もぎゅっと握って。震えたときは体を使って支えて。ただただ聞いていた。

 彼は弱弱しく顔をあげて私を見る。まるでそういう奴だったろ?と肯定してほしそうに。

 まるでそうじゃなかっただろと言って欲しそうに。

 この感情の二律背反を私は知っている。体験している。

 言葉の中に符合しない矛盾した2つの真意があるこの状態をよく知っている。

 

 

 

「君は強いね」

「───」

「君は強いよ」

「───なん、で?」

「だって、一度で全部言えた」

「───それだけ、で?」

「そう。正直に言えた。私にはできなかった」

 

 

 

 彼は震え、怖がりながらも涙ぐむことも、まして吐くこともなくすべて言い切った。それは、精神を病んでいる人には、いや並大抵の人間でもできることではない。

 私は彼に真意を伝えたあの日、ここまで素直じゃなかった。

 回りくどく、否定してほしくないのに否定してほしいようにいじけて、結局何も知らせぬまま自己完結した。

 天災が恋をしているなど認めたくなかったから。天災が恋をしてもいいと言って欲しかったから。

 あの時の彼は、私の夢について知らなかった。理解してなかった。

 私は彼の夢を破壊してしまうかもしれないものを秘密裏に作って、最後まで秘密にした。本当はあの時話すべきだったのに。悩みを指摘されたあの時に。

 でもこいつは違う。悩みを指摘されてすぐにゲロッた。言いたくないそれを、正直に述べ貫いた。

 天災でもできないことをこいつはやりとげたんだ。

 それを強いと言わずしてなんと言うのだろうか。

 それに───。

 

 

 

「───それに、君はまだ夢を諦めていない。きっと諦めていたらいまこうして自覚して私に喋るなんてできないと思うよ」

「でも俺は……!」

「最後まで聞く!……コホン、君の本当の恐怖はきっと()()じゃない。()()ならもうあきらめてる」

「なら、なんなんだ!」

「君は弱い自分を受け入れた。だから吐き出せたんだと思う。でも君はそれでも宇宙に行きたいと思ってる。けどそうなると一人じゃ無理だ。だって一人だと自分は弱い。誰かに一緒に来てもらわないと宇宙に上がれない。迷ってしまう。でも行きたい」

 

 

 

 これは私が一時迷った時の話とよく似ている。

 

 

 

「どこまでも行きたいけどどこまでも行くにはついてきてくれる誰かが必要だ。ずっと一緒に、自分のスピードについていける誰かが。でもそれは、その人の人生全てを使わなきゃいけない。そんなことをしてもいいのか?それでも夢を追っていいのか?」

 

 

 

 ISで宇宙へ行くという夢で彼の人生が立ちはだかったように。

 

 

 

「君は、本当は夢を追う自分に恐怖してるんだ。その結果誰かの夢を壊してしまうことに恐怖してるんだよ」

「───」

 

 

 

 夢を追う奴なら誰だって持つ悩み。夢を蹴落としてしまう恐怖。

 あの夜あいつは語った。やりたいならやればいいと。それでも自分は走り続けていくからと。

 悩みの種からの言葉。それがあったから私はやりたいことをやれた。

 きっとこいつにもそれが必要だ。でも、今の私はあいつにとって悩みの種となる人物であるだろうか?

 きっと違う。彼が欲しいのは特別な個人じゃない。彼が欲しいのはついてくると誓ってくれる誰かだ。

 

 

 

「なぁ、束」

「なに?」

「今の俺は暗闇が怖い。だから星空が今までのように見れない」

「うん」

「でも、誰かがいれば見れるんだ」

 

 

 

 ぎゅっと、更に力を強めて手を握ってくる。

 

 

 

「だからあの浜辺まで一緒に来てくれないか?」

「うん、わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光のない浜辺の中をたった2人きりで歩く。

 手はぎっちりと握られている。彼のぬくもりが伝わってくる。

 

 

 

「───」

「……」

 

 

 

 彼はほどなくして止まって空を見上げた。

 ふつふつとした震えが手を通して伝わってくる。

 それはトラウマによるものなのか、興奮によるものなのか。

 顔を見てみた。これは絶対に後者だ。

 

 

 

「やっぱりいいな浜辺は。それに天気もいい。今日は星が見れて、風を感じられて……」

 

 

 

 最高の日だ。

 そう言葉はつながらなかった。

 かわりに、私は両肩を掴まれた。

 

 

 

「束」

「え……?」

 

 

 

 彼の眼は震えている。

 彼の顔はぎこちない。

 彼の腕は震えていない。

 これはまるで、まるで、何かの決心をしたかのような───

 

 

 

「俺、お前が好きだ」

「へ?」

 

 

 

 度肝を抜かれた。頭が追い付かない。告白した相手に告白されるなんて。

 畳みかけるように彼は言う。

 

 

 

「初めて会った時に少し惹かれた。夢に一直線だったから」

「え、ちょ」

「告白されたときに好きになった」

「ま、まって……!」

「宇宙にいる間、さらに好きになった。声が届かなくても、ずっとメッセージをくれたから」

「いや、あれはその、作業で暇だったから……」

「そして、俺のすべてを知って、俺を受け入れてくれるお前が大好きだ。さっきのやりとりで確信した」

「も、もうやめて……」

「俺はお前なしじゃ生きていけない。だから───」

 

 

 

 だから、なんだと───。

 

 

 

 

「だから、結婚して、宇宙の果ての果てまでずっと一緒にいてほしい!!」

 

 

 

「お前じゃないとだめだ」

「お前じゃないと俺は寂しくて死んじまう」

「お前じゃないと星空も見れない奴だから」

「お前じゃないと温もりも感じられない奴だから」

 

 

 

「だから、お前の人生を、夢を、全部くれ───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、い……よ……////」

 

 

 

 

 

 

 

 

 答えたらすぐに口づけされた。

 深く、濃密なそれは私たちの体を砂浜に倒れさせた。

 それからの記憶はあいまいだ。

 宿に戻った後のことなど、なにも覚えてはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨夜はお楽しみでしたね」

 

 

 

 くぅ~~~!!

 まさこの短期間で2回もちーちゃんにからかわれるなんて!

 でもどうしてわかったの?あの部屋にはお風呂に行く前に超防音シールドを敷いてあったのに!

 

「あいつの顔が変わったからな」

「心まで読まれたぁ!!」

 

 

 そう言って見た方向には大事な愛しい人が新しい翼を手にしている。

 彼はこちらを見てにっこり笑うと、軽く成層圏を突き抜けた。

 

 

 

 

 

 はぁ……私も自分のIS造らなきゃ、だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
束さんの通信について。記すとテンポが悪くなったのでここに軽く書き記しておきます。

彼女は音声での会話をできる限界までし続け、メッセージをオリ主航行中に送り続けました。
これができたのは束さん特性の通信機があったためです。彼女の通信機器は送る速度が遅いですがどんな場所にいてもビーコンさえあれば文通ができる優れモノでした。
それで絶えずなにか言葉を送っていたため、たまに見えてくる惑星以上にオリ主の支えになりました。タイムラグなんて常時送っていれば気にならない。返信はできないけどね。
しかも帰ってきたときに真っ先に声をかけてくれたのも彼女でした。堕ちないわけがない。
彼はこれが恥ずかしくて告白の時まで隠し通しています。




さて今回のお話ですが、わたくしの好きな一途系作品として完成させるためのものとなっております。
ズバリ、「一途系なら両想いじゃないといけねーんだよ!!」
たとえ惚れる理由も時期も違ってもお互いにお互いが思いをぶつけるというのはいいものです。もっと増えろ。

主人公君にはあえて弱さを見せてもらいました。
IS本編に入ってしまっているけど、これは一夏君の物語ではなくオリ主の物語です。苦難なき物語……もいいけど、やっぱり乗り越えてこそだよね!

トラウマを克服できたのかできなかったのか、幸せになれたのかどうかは皆様にお任せします。もうこの話では書きません

最期に……。書いていて面白かったし、書いておいて恥ずかしかった。





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