ガンダムSEED 白き流星の軌跡 (紅乃 晴@小説アカ)
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ヘリオポリス編
キャラ紹介


 

ラリー・レイレナード

階級:中尉

コールサイン:ライトニング1

 

ガンダムを含めたロボット物が好きな青年だったが、突如としてSEEDの世界へと転生。

 

グリマルディ戦線にて、ムウと共にモビルスーツを15機撃墜する偉業を成し遂げる。

 

その後、監視という名目込みで設立された「メビウスライダー隊」へ配属となり、コールサイン「ライトニング1」として数々の戦場を戦い抜いている。

 

転生前は、SEED destinyに不満を強くもっていたが、グリマルディ戦線で敵を討ってから、「引き金を引いた以上、相応の責任が伴う」という持論を持ち始め、それから数々の戦場を駆けることにより、シナリオの改変よりも戦友や仲間を重んじ、無力な市民を守ることを志す軍人へと成長して行く。

 

好みだったゲームは、エースコンバット 、アーマードコアなどのシューティングゲームで、彼が駆るメビウスの操作能力も、そこから培われている。(たまにクイックブーストとか使ってる)ただし、異常とも言える機動の代償はあり、メビウスを操作するたびに彼の体は悲鳴をあげている。

 

 

ゲイル

メビウスライダー隊の一員であり、ライトニング2として、ラリーをサポートしていたが、ヘリオポリス事件にて、クルーゼのシグーと交戦中に重斬刀でコクピットごと貫かれ、戦死している。

 

リーク・ベルモンド

メビウスライダー隊の一員であり、ライトニング3。元々は整備員であったが、パイロット不足を理由に戦場に投入され、絶体絶命のときにラリーに救われた。

その後、整備員として戻ろうとも考えたが、パイロット適性もあり、ラリーの姿に憧れてメビウスライダー隊に志願している。

ゲイルとは同期。

 

 

搭乗機

 

 

メビウス・インターセプター

ラリー用に改修された宇宙用量産型モビルアーマー。

 

異常な軌道を発揮するラリーの操縦に、従来のメビウスではエンジンのオーバーフローや、燃料切れが相次いだ為、長距離偵察用メビウスに装備されたサブブースターとプロペラントタンクを追加パッケージとして付属させた機体。

 

メインスラスターの両部にサブブースターユニットが装備され、エンジン負荷を分散、燃料も底上げする改修となっている。

 

武装に変更はないが、プロペラントタンクとサブブースターが任意で分離可能。サブブースターは点火したまま相手にぶつけることもできる。

 

グリマルディ戦線からしばらく経ってから投入された機体だが、急造品だった為、塗装が間に合わず下地色の白色のまま出撃したことにより、パーソナルカラーがホワイトとなった。

 

稲妻の機体マークと純白の塗装から、地球軍、ザフトからも畏怖を込めて「白き流星」と呼ばれるようになるが、ヘリオポリス事件後にザフトからもう一つの二つ名で呼ばれることとなる。

 

特殊な機動は、ストールマニューバーや、アーマードコア・ネクストのクイックブースト的な

イメージ。ドヒャアドヒャアと言いながら高速で接敵してくるメビウス。ザフトパイロットからしたら堪ったものじゃない。

 



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序章

原作に不満を抱くことはあるだろうか?

 

シナリオにしろ、ストーリーにしろ、こういう展開の方が楽しく、愉快であり、痛快だと思うアレだ。しかし、原作は誰もが望んでない方向へ舵を取り、そして視聴者の絶望とともに物語を終えてしまう。

 

俺の場合、その感情を生まれて初めて感じたのは「ガンダムSEED」であった。いや、SEEDはまだいい。あれは許せる。ちゃんと物語はしていたし、キラの行動も…まぁクルーゼさんの言葉の回答は出来てないが、十代の多感な頃にあそこまで出来たのだから上々だ。

 

だが、destiny。貴様はダメだ。

 

確かに讃える点は多いよ?モビルスーツはかっこいいし、シンはかっこ可愛いし、ステラは萌えだし、ミーアはおっぱい大きいし、ルナマリア?シンとリア充になって、どうぞ?

 

問題は!!SEED組だよ!!

 

なんだよ!!キラさんよぉ!!あんた次世代に主人公の座譲るつもりあんの!?無いよね!?無いだろ!?俺つええキャラでdestiny貫いたよね!!ああなれば運命どころか必然だわ!!そうなることが運命付けられてるわ!!ストライクフリーダムすぎるわ!!

 

そしてアスランもなぁ!!あんたなぁ!!結局何したかったの!!何を!!したかったの!!そんなんだから「トゥヘアー」って弄られるし!!ミーアとカガリとメイリンと優柔不断というか三股と見られてもおかしくない状況になるんですよ!!

 

そしてムゥさん!!生きとったんかワレェ!!まぁ生きててくれたことは嬉しかったけど!!雑!!もうガッバガバ!!記憶喪失はわかるけど、もっと違法なマインドコントロール的な処置とかされてから出直してきて下さい。

 

まぁ他にも色々言いたいことはあるけれど、とにかく俺にとって原作に不満を初めて抱いたのはSEEDだった。

 

それでもガンダム大好き。

悔しい!!でも繰り返し視聴しちゃう!!

 

そんなわけで、久々の休日を利用して、ガンダムSEEDの一挙放送をぶっ通しで見ていた俺は、ガンダム大好きな感情と、destinyへの不満を抱いた感情という、二つの気持ちを入り乱れさせたまま床に就いた。

 

床に就いたんだ。愛しいベッドに。

 

なのに

 

なのに

 

「なんでこんな事になってるんだぁあああああ!!!」

 

そんな俺の悲鳴は、格納庫から発射されるメビウスの射出音にかき消されるのだった。

 

 

////

 

 

メビウス。

地球連合軍が開発した宇宙用量産型MA。

 

プロトタイプのメビウスゼロとは違い、ガンバレルは搭載されていない。 武器はリニアガンとバルカン砲、ミサイル。オプションで核ミサイルを装備可能。

 

そして艦船から放り出された俺が乗るメビウスの装備は、リニアガンとバルカン砲しか無い。

 

いや、待って。

 

なぜそんなことが分かる。

 

そもそも、こんな棺桶の中のような息苦しさの中で、何故、自分は平然と操縦桿を握っているのだ?

 

俺は、ついさっき、SEEDの一挙放送を見終えて、不満を抱きながらベッドに横になっただけのはずなのに。

 

なぜ、自分は、ガンダムSEED史上、やられ役の代名詞であるメビウスに乗っている?しかもわざわざ宇宙で!!

 

「あっはっはっ。こりゃあれかな。夢だな!夢にしてはやけにリアルな感覚だがな!はっはっは!参ったわい!!」

 

頭の中はパニックだというのに、メビウスの操縦桿を握る手は揺るぎがない。真っ暗な宇宙の中に浮かぶ白い星の地平線を追うように、自分が操るメビウスは飛翔して行く。行き場のないパニックを追い出すように、俺はヘルメットの中で狂ったように叫んだ。

 

『あぁ、そうだな。あの目の前の敵艦隊が夢であってくれたら、どれだけ良かっただろうな』

 

そんな狂乱の声に返事があった。目線は勝手に周波数チャンネルへと向いた。番号を見るだけで、それが地球連合軍の識別通信チャンネルであると理解する。

 

答えてくれたのは、陽気さと真剣さを兼ね備えたような声。この声、俺は聞いたことがある。まさかな?

 

そう思って狭いモニターへ視線を彷徨わせると、自分のメビウスの隣を飛ぶ、オレンジ色の機体「メビウスゼロ」の編隊が見えた。

 

『おい、フラガ。新人の狂乱に付き合ってたら身がもたないぞ?』

 

『そう言うなって、俺でもあの敵を見たら、発狂の一つやふたつ、したくなるもんさ』

 

『はっ、お前が発狂したら、ここにいる全員が敵前逃亡してるさ』

 

ムウ・ラ・フラガ。

間違いない。隣を飛ぶメビウスゼロの編隊の中に、その人がいる。誰と喋っているかはわからないが、おそらくメビウスゼロ編隊の仲間と、ムウは喋っているのだろうか。

 

そんな、バカな、夢にしては、出来すぎている。

 

驚愕しか出来なかった俺の機体の近くへ、一機のメビウスゼロが近づいてきた。聞こえてきたのはムウの声だった。

 

『お前さんもツいてないな、ルーキー。編入早々にエンデュミオン・クレーターの戦場に放り込まれるんだから』

 

「え、エンデュミオン・クレーター…」

 

俺は必死に頭を回転させた。エンデュミオン、エンデュミオン…ムウが「エンデュミオンの鷹」と呼ばれる所以になった出来事。

 

SEED本編開始前に行われたプラント・地球連合間の戦争の緒戦の一つである月面のエンデュミオン・ クレーターでの決戦。そしてそれは、連合軍艦隊の惨敗で終わった戦いだ。

 

う、うそだろ…ということは、俺が乗るメビウスも、隣にいるムウが駆るメビウスゼロや、その編隊も、その決戦の場へ向かっているということか!!?

 

これが夢ならば、俺は夢の自分の昂りに身を委ねて、戦場へ意気揚々と飛び込んでいただろう。そして呆気なく撃墜され、ベッドで目が醒める。そして変わらない日常がくる。

 

しかし、だ。

 

俺が感じたものは、そんな甘いことじゃない。夢とは思えなかった。操縦桿を握る手も、戦場へ向かう張り詰めた緊張感も、そして目前に迫ってくる死への恐怖も、全てがリアルで、体全身が叫んでいる。

 

ここで死ねば、俺は二度と目覚めることはないのだと。

 

次に湧き上がってきたのは、恐怖だった。

 

嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!

 

メビウスなんかで、そんな戦場へ向かえば死が待ってるに決まっている。ムウも、自分以外のメビウス全てが撃ち落とされてると語ってるじゃないか!そんな戦場で、そもそもメビウスや、飛行機すら操ったことのない自分が生き残れるはずがない!!

 

嫌だ。怖い、怖い怖い怖い怖い!!

 

逃げないと。逃げなければ。けれど、どこへ?俺は、どこに帰ればいいんだ。

 

そんな思考がぐるぐると頭を駆け巡るが、俺は自身の防衛本能に従って、編隊飛行をしていたメビウス編隊から逃げるように離脱し、進んできた航路の反対方向へ向かう。

 

『あ、くそ!ルーキー!待て!どこに行く気だ!』

 

ヘルメットの無線機からムウや、誰かもわからない罵声が聞こえたが、構うものか。俺は逃げる。死ぬのも、怖いのもごめんだ。命あっての物種。兵士でもないし、死ぬ覚悟なんてものも持っていないのだから。

 

そんな時、俺のコクピットにブザーが鳴り響いた。

 

視線がモニターへ。ピピピッと電子音が鳴り響くと、目の前にいくつもの光が見えた。

 

これは、星の光ではない。

 

これはーー

 

「モビルスーツ…!!」

 

なんてこった。俺が反転して逃げようとした先に、モビルスーツの編隊が居るなんて!!クソ!!信じられねぇ!!レーダーには何も映って…映って?

 

そうか。

 

コイツらは、レーダーに映らずに背後にやってきていたのか!!

 

この頃の連合軍は、プラントが準備した電子撹乱兵器『ニュートロンジャマー』にそれほど脅威を感じていなかったはずだ。

 

未来の戦争は電子戦が物を言う。情報の目を潰された連合は、人型兵器「モビルスーツ」を前に、為すすべもなく敗北した。

 

とすれば、と俺は辺りを見渡すと愕然とする事実が広がっていた。

 

俺たちを射出した艦船の側面方向から、モビルスーツの部隊が迫ってきていたのだ。退路を断って、俺たちを嬲り殺しにするために。

 

けど、どうする?

 

俺は逃げる。

そのためだけに反転した。

 

だが、俺はもう敵のモビルスーツ編隊の真ん前にいるのだ。

 

《なんだ?敵機が一機、こちらに反転したぞ?まさか気付かれたのか?》

 

《気にするな、たかが連合のモビルアーマー一機だ。それにここまで近付いたなら気付かれても問題はない》

 

敵機から、そんな声が聞こえた気がした。

無線は繋がっていないはずなのに。

 

すると一機のモビルスーツ「ジン」が、俺のメビウスに向かって飛び込んでくる。

 

だ、だめだ。逃げられる距離じゃない。

このままじゃ、殺される。

 

どうする。どうするどうするどうするどうする!!

 

その時、俺の手はまるで吸い寄せられるように、操縦桿とスロットルを操っていた。メビウスは、宇宙戦闘を想定したモビルアーマー。その機動力はモビルスーツに劣るものの、無重力の空間を自由に動き回る程度の能力は与えられていた。

 

ただ、前に飛ぶだけでなく、右へ、左へ、反転して、真っ逆様にでも。その姿勢は自由自在に変えられる。

 

「うが…ぐぅ…!!」

 

気がつけば、俺は反転ブースターとブレーキ用のブースターを全開にぶん回しながら、近くジンから放たれた弾丸を紙一重で避けていた。

 

体にのしかかる遠心力は途方もなかったが、耐えられないものではない。普段の俺なら即座に意識を失っていてもおかしくないはずなのに…。

 

そんな意味不明な問答を繰り返しながら、俺のメビウスに搭載されたバルカン砲の銃口は、通り過ぎようとしたジンのランドセルとコクピットを捉えていた。

 

「コイツ…!!」

 

俺はトリガーにかけた指をわずかに強張らせた。

 

死にたくない。俺は生きたい。

 

そんな気持ちが、俺にトリガーを引かせた。

 

連射されるバルカン砲は、ジンの翼を思わせるブースターと、装甲を貫き、コクピットを粉砕した。いくらモビルスーツの装甲とは言え、すれ違いざま、しかも背後から撃たれたらひとたまりもない。

 

《ば、バカな…俺が、ナチュラルなんかに…!!》

 

その言葉を残して、ジンは爆散した。

 

死んだ、のか。

夢にしては、リアルすぎる。悪趣味だ。

直面した、人の死に思考が震えた。

 

俺が、殺したのか。

 

俺の中にあった動揺とは裏腹に、メビウスは複雑な機動からまっすぐと上昇する機動へ変わり、呆気にとられたモビルスーツの編隊の真上へ飛び立った。

 

『ルーキー!!背後から近づいていた敵機に気付いてたのか!!やるなぁ!!』

 

『ただの新人から、期待の新人へ格上げだな』

 

『敵前逃亡という汚名は返上されたぜ!!』

 

無線機から声が聞こえると、遅れて飛んできたメビウスゼロの編隊や、メビウスの編隊が、動揺するモビルスーツ編隊と戦闘を開始して行く。

 

お、俺は…どうする。

逃げるのか。

人を殺しておいて…!!

 

柄にもなく、ぎゅっと操縦桿を握る手に力がこもった。

 

そうだ。

 

このメビウスは俺の頭の中に描いた機動を再現してくれる。この機体なら、戦える。

 

こんな確信も、このリアルすぎる夢のせいだろうか。なら、行けるところまで付き合ってやろう。戦えるなら、戦い続け、俺は生き残る。

 

生き残って、俺はーー

 

SEEDの世界を!!

 

数多の光がきらめく戦場へ、一機のメビウスが飛翔する。まるで流星のようにかける光は、死にゆく者たちを鼓舞し、戦場に掛かる一条の閃光と化した。

 

 

 

 

 

 

 

後、エンデュミオン・クレーターで勃発した決戦「グリマルディ戦線」は、連合軍の大敗で終わった。

 

しかし、連合軍の中でも数少ない勝利はあった。

 

モビルアーマーでモビルスーツを撃破した勝利。

 

それを成したエースパイロットの片割れは「エンデュミオンの鷹」と呼ばれ、そのエースパイロットを上回る撃墜数を出したメビウス乗りは「白き流星」という異名で称えられることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




気が向けば続きます


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第1話 グリマルディの生き残りたち

 

地球連合軍が英知を結集して開発したG兵器。

 

そのパイロットとして着任する新兵5名を乗せた輸送艦の護衛として、俺はメビウスのコクピットに潜り込んでいた。

 

『どうだい、「流星」さんよ。前のミッションに比べたら楽なもんだろ?』

 

「ムウさん。その呼び名、勘弁してくださいよ。こっちも「エンデュミオンの鷹」さんって呼びますよ?」

 

『あーむず痒くなってきた。やれやれ、エースパイロットっていうのは楽じゃないねぇ』

 

着艦した輸送艦と並行する艦船。そのハンガー内で、俺は隣に鎮座する「メビウス・ゼロ」のパイロットであるムウ・ラ・フラガと言葉を交わした。

 

彼は今、部隊の隊長として輸送艦の艦長と最後のあいさつをし終えたばかりだ。

 

G兵器を操るパイロットたちの護衛任務。それが今回、俺やムウが所属する部隊に告げられた任務だった。

 

たしかに、前回の非武装なおかつ非支援下で敵情偵察を行う任務より、今回の護衛任務は遥かにマシだ。

 

二隻のザフト艦がこちらをトレースしてるとはいえ、ヘリオポリスの港に入るまでは実に穏やかな航路であった。

 

敵が現れなければ、こうやって艦船のハンガー内でだべれるし、なにより衣食住に申し分ない。寝られる場所と、決まった時間にちゃんとした食事さえあれば、天国だろう。

 

そんな言い草に、通信機越しで、ムウやこれまで共に戦ってきた隊の面子がこぞって頷いては、笑い声を上げた。

 

 

////

 

 

「グリマルディ戦線」。

 

苛烈とも言えた、壮絶な決戦を、俺は生き残った。そこで、このリアルすぎる夢ともおさらば…かと思ったが、「現実」は甘くなかったらしい。

 

ボロボロに疲弊して、なんとか母艦へ帰還した俺を待っていたのは、モビルスーツを15機撃墜した賞賛の嵐と、猜疑の眼差しだった。

 

俺がメビウスを駆っていたのも、この決戦で編入されたのも、間違いはないのだが、それ以前の記録がなかったのだ。そりゃそうだろう。俺が確かに持ってる記憶は、すでにグリマルディ戦線へ投入された戦場の記憶しか無いのだから。しかし、書類は偽造の痕跡は一切なし、編入手続きも軍の上層部も確認しているのだから間違いはない。

 

真っ先に疑われたのは、プラントからのスパイ容疑だった。

 

しかしながら、メビウスというやられ役代名詞の機体でモビルスーツを15機撃墜しているという肩書きがある俺を、スパイ容疑で連行するのは、士気の低下や、軍内部の信用問題にもなるため、俺への尋問は秘密裏に行われた。

 

まずは、俺がコーディネーターであるかの検査。血液検査に、簡単な医療的検査。薬物反応の検査など、さまざまな検査が行われたが、結果は「ナチュラル」だった。

 

結果を再三確認した上官から「貴様のようなナチュラルがいるか」とぼやかれたのは、地味にショックだった。

 

次に、諜報的な尋問。

 

ナチュラルでありながら、コーディネーターの味方をし、あまつさえ諜報活動すらする輩も少なからずいる。

 

自分もそうではないかと疑われたが、探せど探せど、自分の過去を記したデータがどこにもないのだ。抹消とか、偽造とか、そんなチャチなもんじゃねぇ…もっと恐ろしい物の片鱗を味わったぜ…みたいなポルナレフ状態な監査員が可哀想に思えるほど、何も出てこなかったのだ。

 

では、どうするか?

答えは簡単だった。

 

グリマルディ戦線を生き残ったエースパイロットとして、プロパガンダに利用すればいい。軍上層部が出した結論はそれだった。

 

同じくグリマルディ戦線を生き残った「メビウス・ゼロ隊」の唯一の生き残りであるムウ・ラ・フラガや、同じメビウス編隊にいた数名の戦友が共に賞賛、英雄視され、連合軍のプロパガンダに利用される事となった。

 

「メビウスライダー隊」。

 

俺たちをまとめて監視し、軍として運用するために創設されたその隊に、俺たちは放り込まれた。

 

「俺はムウ・ラ・フラガだ。よろしくな、ルーキー」

 

「ルーキーって名前じゃないですよ」

 

「じゃあ、お前の名前はなんだよ」

 

初めてムウと顔を合わせた時の会話だ。グリマルディ戦線では、ともに敵と戦うことで精一杯で、落ちていく仲間を気遣うこともできなかった。そんな中で、互いに名前を聞かずに背中を守りあって生き延びたのだ。

 

俺は歴とした日本人。だが、SEEDの作中では、ナチュラルに日本人名は少ない印象があった。

 

俺は自分に付けられた新たな名を発した。

 

「ラリー。ラリー・レイレナード。よろしく、ムウさん」

 

軍の上層部に提出された書類に記載された俺の名。

 

この名は、俺が好んで使っていたキャラ名だ。ロボットアクションゲームで、パイロットに名前を付けられるのは全部これで通している。

 

なぜレイレナードかって?そりゃ好みだからさ。アクアビットかトーラスも迷うな…。いや、いけない。SEEDの世界にコジマを持ち込んだら収拾つかなくなる。

 

最終局面で、プロヴィがソルディオス・オービット(空飛ぶ変態玉)持ってきたら絶望で水没しちゃう。

 

まぁそんなわけで、グリマルディ戦線のあと、俺たちは監視されながら戦場を渡ることになった。

 

何度か死ぬ思いはしたが、愛機となったやられ役機「メビウス」でなんとか生き残っている。しかし、なぜやられ役機であるメビウスでモビルスーツと戦えるのか?

 

それは俺にもよくわかっていない。俺は思い描くままの機動で飛んでいるだけだが、それがなんとモビルスーツ戦と相性が良かったらしい。まぁそれで済む話ではないけれど。

 

一度、戦闘データをモニタリングしていたオペ子ちゃんから「何これ、ふざけてるの…?(呆れ)」なことを言われたのは記憶に新しい。

 

話によれば、俺はメビウスの操縦をオートとマニュアルを切り替えながら行っているらしい。元来、複雑な操縦技術についていけないナチュラルの操作OSは、単純なものだった。

 

ことメビウスに関しては、「前進」「後退」「上昇」「下降」「旋回」という工程がそれぞれ独立しており、パイロットはこのどれかの操作しか行えないといったものだ。

 

すなわち、メビウスは進んだり曲がったりはできるけれど、進みながら旋回するなどの曲芸飛行は、オート操作では限界があるということ。

 

俺はそれをマニュアルモードにし、メビウスの機動力を最大限に引き出しているようだ。曲がりながら後退し、上昇しながら旋回し、それらを組み合わせ、相手が予測する航路から大幅に外れたりと、そんな飛行を行っている。

 

『あ、あれがモビルアーマーの動きだと?じゃあ俺はなんだ!?』

 

とか、ドン・だれーネルさんが言いそうなセリフを言って、撃墜されたモビルスーツパイロットを思い出す。

 

ちなみに、相手の声が聞こえる理由は俺にもわからない。オペ子ちゃんに話しても「何言ってんだコイツ」という目しかされない。ムウからはお酒を奢ると言われた。何故だ。

 

一度、ムウが駆るメビウス・ゼロとの機動力勝負をしたことがあったが、勝負にならなかった。何故か?開始30秒で俺が振り切ってしまったからだ。流石のムウでも、マニュアルとオートを使い分ける操縦には付いてこれなかったようだ。

 

しかし、俺の操縦法には大きな欠点がある。

 

それは燃費の悪さ。

 

本来はオートで制御されているものを、マニュアルで無理やりぶん回して使っているのだから、ノーマルのメビウスではすぐにエンジンがイカれ、燃料が底を突いてしまうのだ。由々しき事態だった。軍としても、士気向上やプロパガンダ役を背負わせている以上、俺の機体の問題に対処するしかない。

 

そこで作られたのがーー

 

 

 

 

『警告!警告!敵機の反応を確認!!第一次警戒態勢!!パイロットは発艦準備を』

 

『リークとゲイルは船で待機だ!ラリー!お前さんはもう出れるな!!俺もすぐに出る!艦長は船を出してください!!』

 

鳴り響く警告に、俺の神経は鋭敏になる。

 

ムウの怒号のような声に、待機していたメビウス隊の面々も顔が引き締まったようだった。

 

俺たちが護衛する輸送艦をトレースしていたザフト艦。間違いない、彼らが動き出したのだ。ここからは避けられない戦場が待っている。

 

俺やほかのメビウス乗りと同様に船が出撃準備を整えて行く。ハンガーの中が一斉に騒がしくなった。

 

 

G兵器が開発されているヘリオポリスまで、あと数刻。

 

運命の日は、すぐそこに迫っていた。

 

 



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第2話 メビウスライダー

「これでこの船の最後の任務も無事終了だ。貴様も護衛の任、御苦労だったな。フラガ大尉」

 

そう言ったのは、遥か航路を護衛してきた輸送艦の艦長殿だった。ムウは当たり障りのないようにうすら笑みを浮かべて相槌を打つ。

 

「いえ、航路何もなく幸いでありました。周辺にザフト艦の動きは?」

 

「2隻トレースしておるが、な~に、港に入ってしまえばザフトも手が出せんよ」

 

なんとも、楽観的な。

輸送艦の艦長の言葉に、ムウは呆れを感じた。ザフト艦がトレースしてきてる以上、なんらかの疑惑の目を向けられているに違いない。

 

連合に残った唯一のメビウス・ゼロや、メビウス数機が護衛する輸送艦。

 

それがなんの脅威もないと思う方がおかしい。

 

「中立国でありますか。聞いて呆れますが」

 

本当に、聞いて呆れる。中立を謳うヘリオポリスで、オーブと密約を交わした地球連合は、ザフトの新型兵器「モビルスーツ」に対抗できるG兵器をせっせと開発しているのだ。大勢の無関係の市民がいる、このコロニーでだ。

 

「はっはっは。だがそのおかげで計画もここまでこれたのだ。オーブとて地球の一国ということさ」

 

高笑いする艦長に、ムウの傍から数名のパイロットが敬礼をしながら現れた。

 

「では、艦長」

 

うむ、と輸送艦の艦長も勇ましく敬礼で返す。すると現れたパイロットたちは踵を返して輸送艦を後にしていった。

 

「上陸は本当に彼らだけでよろしいので?」

 

「ひよっこでもGのパイロットに選ばれたトップガン達だ。問題ない。貴様等がちょろちょろしてるほうがかえって目立つぞ…」

 

艦長のその言葉には、流石のムウも苦笑を返すしかできなかった。

 

 

////

 

 

そのやり取りが数刻前だ。

 

現在、自分たちをトレースしてきていたザフト艦2隻が、この「中立国」であるヘリオポリスに攻撃を仕掛けようとしてきていた。いや、すでに攻撃は始まっているのだろう。いくつかの港とは既に通信が取れなくなっているのだ。

 

「くそったれ!ラリーの嫌な予感があったっていうのに!!」

 

パイロットスーツを着込むムウは悪態を吐いた。

 

自分と同じく、グリマルディ戦線を生き抜いた若きパイロット、ラリー・レイレナード。

 

彼は偶然、生き延びたのではない。圧倒的性能差であると考えられたモビルアーマー、メビウスを自在に…いや、変幻自在に操ってモビルスーツに対抗し、撃破し、生き残ったパイロットだ。同行してくれるリークやゲイルも、ラリーが救ったメビウス乗りだ。

 

かくいう自分は、有線式ガンバレルで、四苦八苦しながら戦い、死んでゆく仲間を看取ることもできなかった。

 

共に生き残ったパイロットではあるが、ラリーと自分とは天と地の差がある。

 

そんな彼を率いて、自分はメビウスライダーという部隊の隊長なんてものをしている。

 

皮肉だな。ヘルメットをかぶりながらそんなことを思った。

 

「ラリー、お前の嫌な予感。また大当たりだったな」

 

遅れてメビウス・ゼロに乗り込んだムウは、先に発進準備を整えたモビルアーマー「メビウス・インターセプター」を駆るパイロットに語りかけた。

 

『まぐれですよ、ムウさん。ここからは冗談を言ってる場合じゃなさそうです』

 

ラリーから送られてきたデータを見て、ムウは低く唸った。既にほかの港には、モビルスーツ「ジン」が侵入していて、しかもそこが秘密裏に建造されたG兵器類がある工廠の近くと来た。

 

下手をすると、自分たちがここまで送り届けたパイロット達も、何らかの被害を受けている可能性がある。

 

「この様子じゃ、何もかも筒抜けだったかもしれないな」

 

『例のモノを掻っ攫おうって狙いですかね』

 

ついで答えたのは、ラリーのメビウス・インターセプターの次に発進する予定のゲイルだ。

 

その通りだろう。自分たちと輸送艦は、まんまと敵をG兵器があるここまで案内したということなのだろうか。いや、ここで開発していることを既に知っていて、出来上がったそれを奪うつもりで泳がせていたのか…。

 

『どちらにしろ、俺たちがすることは決まってます』

 

熟考していたムウの思考を、ラリーが断ち切る。そうだとも、やることは変わらない。

 

生きて、生き残って、任務を果たす。

メビウスライダー隊の目的はそれに帰結するのだ。

 

『こちらにも何らかの攻撃が来るはず。ラリー・レイレナード。メビウス・インターセプター、発進します!!』

 

ガシュゥッと、射出機がスライドし、ラリーが駆るメビウスは軽やかに宇宙へと飛翔していった。

 

 

////

 

 

従来のメビウスでは、俺がオートとマニュアルでぶん回して乗る航法だと、すぐにエンジンがダメになる&燃料が持たないという問題があった。

 

そこで急ごしらえで技術部から提出されたのが、メビウスの改修案だった。

 

従来から存在した、長距離偵察用のメビウス用の増槽型プロペラントタンクとサブブースターを、俺のメビウスにくっ付けるというモノだ。

 

もちろん、長距離用のユニットなので、戦闘能力は落ちる。それを防ぐために、プロペラントタンクを小型化、サブブースターも最適化する手間はあったものの、その強化改修は、すぐに施されることになった。塗色は間に合わず、太陽光と紫外線を跳ね返す塗料しか塗られていないため、真っ白なメビウスとなったが。

 

名付けて、メビウス・インターセプター。

 

兵装は、バルカン砲に、レールキャノンが一門、そしてミサイルポッドが4基。機動力を殺さない最低限の武装だ。

 

インターセプターは要撃機などの意味があるが、俺が駆る機体の意味合いは局地戦闘機の意味合いが強い。

 

オート操縦なら、航続距離は通常のメビウスの2倍だが、俺がぶん回した場合は通常タイプとどっこいどっこいだ。だが、その航続距離の改善だけでも充分だった。しかも増設したサブブースターのおかげで機動性も増しているので言うことは無い。

 

ヘリオポリスの港を出て、すぐに敵モビルスーツが接近しているのが見えた。後続で出撃したゲイルとリークのメビウスも、すぐに編隊飛行へ加わる。

 

「ライトニング1、スタンディングバイ」

 

『ライトニング2、スタンディングバイ』

 

『ライトニング3、スタンディングバイ』

 

コールサイン「ライトニング」の呼び声に、ライトニング2であるゲイルと、ライトニング3であるリークが応答する。

 

俺はライトニング1、ムウはライトニングリーダーだ。

 

「各機、規模は不明だがやることは変わらない。いつも通りで行こう」

 

『けど、ラリーはインターセプターに乗れていいよな』

 

『ゲイル、お喋りはしない』

 

メビウスとモビルスーツ。

普通なら、圧倒的な戦力差で、戦いになると絶望感が漂うが、俺たちの隊は違う。

 

その絶望感を幾度となく、ひっくり返してきた。ライフルを携えたジンが人型ならではの機動力でぐんぐん近づいてくる。

 

「ライトニング1、交戦開始!!」

 

その人型の機動に自ら近づく。敵のパイロットは、逃げ惑うと予測していたのか、近づく俺のメビウスに驚いた様子で、銃口を向けてくる。

 

「当てる気の無い銃口など!!」

 

頭の中で思い描く機動。体は慣れたものでフットペダルと操縦桿を素早く動かし、俺の機体は大きく旋回した。両サイドに着く巨大なスラスターを自分の手のように操りながら、ジンが放ったライフルの弾丸を紙一重で避けて、更に接近する。

 

《こ、この機体…今までのモビルアーマーの動きじゃ…!!》

 

そう呟く頃にはもう遅い。もっとも良い場所まで近づいたところで、懐に抱えているミサイルを放った。射出から一気に加速するミサイルは、最大速度に達する前に、ジンの頭部と腕部に着弾する。

 

《あの機体のマーク…そして色…奴は…流星…!!》

 

途絶えかける敵の声が耳に入ってくるが、爆散を免れ大破したジンは、そのままヘリオポリスの宙域を漂っていく。

 

『嘘だろ…たった一機のメビウスが、モビルスーツを…』

 

『信じられねぇ…』

 

混線する味方艦から聞こえるどよめき。

それに応えるように、真っ白なメビウスと、二機のメビウスが編隊飛行で宙を駆ける。

 

『流石だな、ライトニング1』

 

その編隊飛行の後ろから、メビウス・ゼロ。ムウが駆るライトニングリーダーが加わった。

 

「まだまだこれからですよ。南側の港は、ザフトに完全に制圧されてます」

 

『よぉし!なら、反撃と行こうか!』

 

正史では、本来撃墜される護衛艦と輸送艦ではあったが、彼らは生きている。

 

生きて、飛び立っていくメビウスの編隊に手を振っているのだったーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第3話 G兵器奪取

感想からの指摘を受けて何回か書き直したりしとります…

あと次で誰か死ぬかも


 

「ザフト軍モビルスーツ2機、第7エリアに侵入!」

 

ラリーやムウの予感通り、別の港口から侵入したザフト兵やモビルスーツ「ジン」は、ヘリオポリスの港に停泊していた連合軍の船や、新造艦のドッグで破壊の限りを尽くした後に、一般市民がいる市街地へとその姿を現していた。

 

「モ、モビルスーツ!?」

 

何も知らされていない一般市民たちは、突如として現れたザフト、そして連合のすずめの涙のような地上勢力の戦闘に否応なく巻き込まれていく。

 

「あれだ。クルーゼ隊長の言ったとおりだな」

 

地獄絵図となったコロニーの惨状には目もくれず、赤いパイロットスーツに身を包む青年、イザーク・ジュールは、電子双眼鏡を離して、その視線の先に鎮座している兵器群を見つめた。

 

「突けば慌てて巣穴から出てくるって?やっぱり間抜けなもんだ、ナチュラルなんて」

 

イザークの隣。彼と同様の赤を着るディアッカ・エルスマンが、地上でなんとか抵抗している連合の兵士たちを、まるで侮蔑するかのような目で見下ろしている。彼の目には、イザークと同じように、コロニーで戦禍に巻き込まれる何の関係もない一般市民は入っていない。

 

 

////

 

 

少し離れた市街地。

市民を巻き込んで、地球連合の地上勢力の掃討を担当する二機のジンは、逃げ惑う市民を一切気にせずに、ライフルの弾丸を地上で応戦する対空砲や、戦車に無情に撃ち込んで行く。

 

「お宝を見つけたようだぜ。セクターS。第37工場区!」

 

地上の戦力をあらかた片付けたところで、一機のジンがイザーク達から受け取った報告を、僚機へ告げた。

 

コクピットの中で、『黄昏の魔弾』という二つ名を持つパイロット、ミゲル・アイマンは、ヒュウと口笛を鳴らした。

 

「了解。流石イザークだな。早かったじゃないか」

 

 

////

 

 

 

「ラミアス大尉!艦との交信途絶。状況…不明…!!」

 

状況は最悪だった。

完成したG兵器の5機を、新造艦であるアークエンジェルへ輸送する最中に襲われ、進路も退路も断たれた。

 

ジンが出てきている以上、ここがザフト兵によって制圧されるのも時間の問題だ。アークエンジェルの副官であり、技術士官でもあるマリュー・ラミアスは、緊迫する状況の中で、最善の選択を模索していた。

 

完成したG兵器をザフトの手に渡せば、連合軍の反攻の手立てが断たれることになる。それだけは何としても防がなければならない。

 

「ザフトの!!」

 

ふと顔を上げたら、森林地帯に潜伏していたザフト兵が、降下してくるのが見えた。近くにいる兵達が抵抗を試みるが、肉体的ポテンシャルも、能力的にも、ナチュラルはコーディネーターに大きく劣る。兵達も次々と討ち取られていく。

 

「X-105と303を起動させて!とにかく工区から出すわ!」

 

これしかない。輸送の道が断たれたなら、G兵器そのものを運用して、運ぶしかない。しかし、できるのか?完成したばかりのモビルスーツの操縦を、ナチュラルである自分たちが?OSもまだまだ未完成だというのに。

 

思考を巡らせるたびに、自分たちの置かれてる状況の悪さに、マリューは顔を歪めるばかりだった。

 

「けれど、希望はあります!」

 

同行していた連合兵であるハマダが、ザフト兵と撃ち合いながら叫んだ。

 

「ここには、流星が…彼らがいます!!」

 

マリューは、ハマダが言った言葉に、一筋の希望を見た。技術士官でしかない自分でも聞いたことがある、神話や与太話のようだと思えた話。

 

流星。

 

モビルスーツの脅威に喘ぐ地球連合で唯一、モビルスーツを撃破し、ザフトに幾度となく煮え湯を飲ませたメビウス部隊。

 

連合の稲妻と恐れられる彼らが、ここに?

 

そうだ。彼らがいればーー。

 

そう誰もが信じたかったが、現実はそれほど甘くはなかった。

 

 

////

 

 

 

「オロール機大破、緊急帰投。消火班、Bデッキへ」

 

「オロールが大破だとっ!こんな戦闘で!」

 

ザフト艦に何とか帰投したのは、ラリーによって撃墜されたジンだった。何ら障害なく任務を遂行できると思って発艦したジンが、頭と腕を無くし、機体に爆創を負った状態で帰投したのだ。

 

状況を伝えたオペレーターや、艦長のアデスですら予見してなかった事態に驚きを隠せないでいた。

 

だが、この中で一人。それを予見していた人物がいた。

 

「そうか、やはり一筋縄ではいかなかったか」

 

白い軍服に身を包み、その素顔を仮面で覆い隠した人物、ラウ・ル・クルーゼ。彼は輸送艦をトレースしていた時から、ある感覚を覚えていた。

 

居る。このコロニーに、この戦場に、奴が。

それだけは、はっきりと断言できた。

それは同時に、ムウと行動を共にする部隊も、この戦場にいるということになる。

 

「オロールからの報告です。『戦場で流星を見た』。艦長…これは…」

 

「くそっ、なんてタイミングだ…!」

 

その報告はザフトにとっては吉報であり、凶報でもあった。

 

これまで散々煮え湯を飲まされてきた「流星」の部隊が、このヘリオポリスにいる。

 

これまでの借りを返すチャンスであるが、逆にこちらはG兵器を奪取するために、最低限の兵やモビルスーツしか用意していない。不用意に手を出せば、こちらが食われる可能性もある。

 

相手取ろうとする『流星』は、そんな相手だ。

 

「どうやらいささか五月蠅い蠅が一匹…いや、群で飛んでいるようだ」

 

判断をしかねる艦長を他所に、悠々と座していたクルーゼは席を立った。呆気に取られるブリッジのメンバーを他所に、クルーゼはうっすら笑みを浮かべてハンガーへと向かうのだった。

 

 

////

 

 

南側の港に向かった俺たちであったが、大当たりだ。

 

港入り口には、モビルスーツが一機。その遥か先には、自分たちをトレースしていたザフト艦か、星空の大海の中を漂っている。

 

俺は編隊を離れて、加速する。

 

戦術は至ってシンプル。

 

機動力がある俺が敵に接敵し、撹乱。

俺の動きに目を奪われたモビルスーツを、外から攻撃するというものだ。

 

モビルスーツが二機いる場合は、もっとマシな戦術を展開するが、コロニー内部にモビルスーツが侵入しているとなると、事態は一刻を争う。

 

《この機体…まさかオロールが言っていた、流星…!!》

 

「知っててもらってどうも!!」

 

ぐんと、ハイGターンへと移った俺に、照準を失ったとジンが虚空へ銃口を彷徨わせる。その間にも、俺の機体はジンへと接近していた。

 

《な、なんなんだ…この軌道は…!!なんで中に乗ってるやつはどうにもならないんだ!!?》

 

敵が吐いたセリフを、オペ子にも言われたことがあった。あんな無茶な軌道を取って、貴方の体はどうにもならないんですか、と。

 

ああ、まぁ、なんというか。

 

めちゃくちゃ苦しい。

 

「う…が…ぐぅ…!!」

 

言葉にできないほど苦しい。

意識が飛ばないだけマシだが、その苦痛は鮮明に意識を保ってる状態で体感してるので、もうとにかく苦しい。それでも、操縦桿やフットペダルの操作に淀みが無いのが唯一の救いだ。

 

あとは、この苦痛を歯を食いしばってどこまで耐えられるかの勝負になる。

 

『いつ見てもとんでもねぇ軌道をしてるよな、ラリー…』

 

そういうなら早く仕留めてくれませんかねえ…!!心の声を聞いてくれたのか、翻弄された敵のライフルや腕を、ムウの操るガンバレルが撃ち抜く。

 

即座に、反対側の腕で対艦刃を引き抜いたジンだが、ムウの攻撃直後に方向転換し、銃口を向けた俺のメビウスによって撃ち抜かれることになった。

 

しかし、ジンの装甲は分厚く。メビウスに搭載されたレール砲では、対艦刃を持ったもう片方の腕を肩から吹き飛ばす程度しか叶わなかった。

 

両腕を失ったジンは、まだ立ち向かおうと一瞬、闘志をこちらに向けてきたが、すぐさま反転して帰投して行く。

 

「引き上げる…」

 

モビルアーマー程度に負けるという汚名を嫌うザフト兵の多くは、両手が無くなろうとも自爆特攻をしかけてくる者が多かった。だが、今の敵は違うらしい。

 

俺は負荷のかかった体をシートに預けて、大きく息を吐いた。

 

ふと、いつもはここで軽口をいうムウが、いやに静かだということに気がついた。

 

「ムウさん…?」

 

「引き返した…だが…まだ何か…これはっ!」

 

誰かに告げるわけでも無く、ただ一人でそう呟く彼を、俺は知っている。グリマルディ戦線や、他の戦場でも、彼がそういう反応をした時は、後に必ず現れる。

 

白い、モビルスーツが。

 

 

 

 

 

 

私がお前を感じるように、お前も私を感じるのか?不幸な宿縁だな。ムウ・ラ・フラガ。

 

 



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第4話 アークエンジェル

誤字報告、ありがとうございます


白き閃光。

 

それはジンでは無くシグーと呼ばれるジンの後継機たる特殊なモビルスーツ。戦場でも僅かな目撃情報しか無い機体ではあるが、俺たちはその機体を知っている。

 

グリマルディ戦線から、今日に至るまでの、我が部隊の宿敵。

 

「くそー!ラウ・ル・クルーゼかっ!」

 

こんなときに、と叫びそうなムウが高機動戦闘をしながら喘いだ。俺もムウとは違う機動で、クルーゼが操るシグーと接戦する。

 

「クルーゼ!!今日こそ引導を渡してやる!!」

 

ムウと共にいる以上、彼と出会うことは必然だった。SEED史上、最悪の戦争を泥沼化させ、人類悪として憎しみに駆られて散った相手。コーディネーターでもなく、ナチュラルだというのに、主人公であるキラ・ヤマトに迫る操縦技術を持つ相手と、俺たちは幾度となく相見えてきた。

 

「お前はいつでも邪魔だな!ムウ・ラ・フラガに、メビウスライダーたち…!!尤もお前にも私が御同様かな!?」

 

「戯言を!!」

 

シグーから放たれるライフル弾を避け、俺とムウはクルーゼとの戦闘に熱中して行く。この機動やメビウス・インターセプターの力を使っても、クルーゼを落とすことは叶わない。せいぜい接戦、互いに消耗戦へ縺れ込ませることしかできない。

 

いや、もしかすると手加減されているかもしれない。ラウ・ル・クルーゼに。

 

「フランツの仇ー!!」

 

「ゲイル!?だめだ!!」

 

熱中していた戦闘の最中、僚機が無謀にもクルーゼの許へ接近して行く。引き返すように叫ぶが、そうする前に俺の直感が告げる。

 

「ゲイル!!避けろーーッ!!!」

 

メビウスの突貫を容易くいなしたクルーゼは、腰に携えた重斬刀を抜き、すれ違ったメビウスのコアブロックーーコクピットへ無情に突き刺す。

 

通信機越しに、くぐもった声が聞こえた。

 

斬撃を受けたメビウスは、黒煙を上げることなくしばらく宙を漂い、そして爆発した。

 

「ゲイル!!くそが!!馬鹿野郎!!リーク!!俺とエレメントを組め!!勝手な行動はするなよ!!」

 

『りょ、了解!!』

 

クルーゼをバルカン砲で牽制しつつ、俺は乱れた編隊を再編する。フランツ、ミハエル、リョウ、ーーそしてゲイル。

 

メビウスライダー隊で戦死した仲間の名前がまた増えた。その全てがクルーゼによって落とされている。

 

許しはしない…!!!確実に、ここで殺す!!!

 

その時の俺もまた、戦争の憎しみによって、未来を見ることができなかった。

 

クルーゼが操るシグーは、ムウのガンバレルのオールレンジ攻撃を難なく避けて、ヘリオポリスの中へと侵入して行く。

 

「ええーい!ヘリオポリスの中にっ!追うぞ!!各機、続け!!」

 

それを追うように、メビウス・ゼロを先頭に三機の編隊がヘリオポリスの中へと突入してゆくーー。

 

 

////

 

 

「やはりムウは居たか。そして奴も…」

 

複雑なヘリオポリス内部へ続くトンネルを飛びながら、クルーゼは過去、そしてグリマルディ戦線から続く因縁の相手に思いを馳せていた。

 

ムウ・ラ・フラガ。

 

言うまでもなく、自分の因縁、憎しみの源とも言える相手の一端だ。彼との決着は付ける時は来るが、まだその時では無い。

 

問題は、だ。

 

グリマルディ戦線から突如として現れたメビウス乗り。ジン一機にモビルアーマー三機という絶対条件を覆し、それどころかメビウス一機に多くのジンが撃破されるという、偉業を成し遂げたパイロット。

 

ムウを感じる時、必ずそのパイロットがいる。

 

部下を落とし、自分をも喰らおうとする「流星」。その脅威と出会うたびに、クルーゼは歓喜した。

 

絶望しかない世界に光が灯ったような気がした。

 

自分のような「成り損ない」でも、「誰もが願った理想像」でもなく、己が力だけでその極地へと至った存在。命を削る戦いを重ねるたびに、その高ぶりは憎しみではない、別の何かに変わっていくようだった。

 

「全く…厄介な相手だよ…流星は…」

 

その呟きに応えるように、クルーゼの背後からムウを先頭にメビウス隊が迫る。

 

 

////

 

 

「この野郎!!もう逃がさないぞ…!!」

 

シグーとメビウスが、通気トンネルを抜けてヘリオポリス内部に入った瞬間だった。

 

眼下に、ランチャーパックを装備したG兵器、ストライク。そしてそれを確認したと同時。

 

外壁をビームが穿ち、白い巨船が姿を現して行く。

 

《今のうちに沈んでもらう!》

 

「うわぁぁ!ビーム兵器!?」

 

味方の通信が混線する中、白いシグーがこちらを狙ってくる。下にいるストライクは、巨船が放ったであろうビーム兵器にたじろぐばかりだ。

 

「させるか!!」

 

俺は少なくなったエネルギーをフル活用して、シグーに接敵する。もつれ合うように飛びながらも、クルーゼの意識は眼下のストライクに向いていた。

 

「ん?新型か!仕留め損ねたか!?」

 

「戦艦?コロニーの中にか!」

 

クルーゼも、そしてムウも、目の前で起こる展開について行けていない。その中で唯一、状況を把握しているマリューが、空に姿を現した巨艦を見て叫んだ。

 

「アークエンジェル!」

 

 

 



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第5話 ヘリオポリス内戦

 

ヘリオポリス内部への侵入を果たした新造艦「アークエンジェル」。その全てを司るブリッジは混乱の渦の中にあった。

 

本来のスタッフや、操舵を行う艦員のほとんどがザフトの急襲により戦死し、今のアークエンジェルを操るのは、コンピュータに従う不慣れな人員しかいない。代行で艦の指揮をとるナタル・バジルールも、艦を動かすだけで四苦八苦だった。

 

「開口部を抜けました!コロニー内部に進出!」

 

操舵を担うノイマンが、やったと安堵するようにナタルへ告げるが、状況は切迫している。

 

「モルゲンレーテは大破!ストライクが起動中!…いや、戦闘中です!」

 

アークエンジェルの周辺は、ザフトのシグーにストライク、そしてメビウス編隊が戦闘を行なっている最中だ。

 

しかも、アークエンジェルも閉じ込められた造船ドッグから出たのは良いものの、閉鎖されたコロニー内での航行は前代未聞。不慣れな艦員が気を抜いてる間に、コロニーを支える柱が艦の鼻先へ迫ってきていた。

 

「回避!面舵!」

 

ナタルの叱咤に似た指示に、慌ててノイマンが舵を切っていく。

 

////

 

「やりやがった馬鹿野郎…!!コロニー内に戦艦を入れるなど…!!」

 

爆煙と共に現れたアークエンジェルを旋回して見渡しながら、俺は原作通りに隔壁をぶち抜いて現れたアークエンジェルの所業に毒づいた。

 

シグーとの戦闘、戦友の死で激昂していた俺だが、アークエンジェルの出現により、僅かにだが冷静さを取り戻しつつある。

 

アニメを見ている時は、ナタルの判断も、コロニーにアークエンジェルを入れたことも特には気にしなかったが、それが現実となると話は変わってくる。

 

アークエンジェルが進むコロニーには、大勢の人々が住んでいる。シグーやストライクが戦闘をする場所も、俺が飛んでいるここも、多くの人々が生活する場だ。

 

そんな場所は、戦艦や、モビルスーツが戦闘していい場所ではない。自分たちの眼下には、多くの人が避難したシェルターがあるのだ。にも関わらず、戦闘は続いている。

 

「くそ…!!コロニー内での戦闘は、避けられないのか…!!」

 

俺はフットペダルを踏み込み、下でストライクの性能をテストするかのように戦闘を行うシグーめがけて下降する。

 

《フェイズシフト。これはどうだ》

 

「伏せて!」

 

クルーゼが放った弾丸は、フェイズシフト装甲を前に弾き飛ばされる。だが、その跳弾した弾丸は側にいるキラの友人たちへと襲いかかった。

 

周辺の音を拾うマイクから、誰かの叫び声が聞こえた。

 

《チッ!強化APSV弾でも…》

 

「ここでそんな物を撃つなバカヤローー!!」

 

シグーの直上から一切減速せずに、その機体の目の前を通り過ぎる。

 

《なに…!!》

 

交差する直前に放ったレール砲が、シグーが構えていたライフルを撃ち穿ち、クルーゼは思わず後退する。俺は地表に当たるスレスレで、追加で装備されたサブブースターを全開に吹かして、機首を上へ上げ、再度クルーゼへ接敵する。

 

《来るか、流星のパイロット!!》

 

すかさずクルーゼも、ライフルの残骸を投げ捨て、対艦刃を装備する。まだ、戦う気なのか…!!

 

「ここには人が住んでるんだぞ…!!コロニーに住む人たちが!!そんな場所で、こんなものを撃っていい訳がないんだ!!」

 

速度を一切落とさずに、まっすぐとクルーゼのシグーへ突貫する。

 

「ライトニング1!!まさか特攻を!?」

 

置き去りにされた僚機であるリークが、絶望するように叫んだが、俺の答えは違う。

 

「射角よし、安全距離カット…分離セット」

 

メビウス・インターセプターに追加されたサブブースターは、エンジンが停止した場合や、燃料が切れた場合、身軽になれるように任意で切り離しができるように設計されている。

 

俺はメビウスの動力を切り、サブブースターの全てを点火。

 

燃料が三割残ったサブブースターを切り離して、シグーめがけてミサイルのごとく打ち出した。

 

《その程度の攻撃が、私に通じるとでも?》

 

所詮はサブブースター。加速量はミサイルに劣るし、大きさもある。クルーゼほどの技量を持つ相手なら、当てることは困難だ。現に、クルーゼのシグーは、軽やかに飛来したサブブースターを避けた。

 

「避けたな。それが狙いだ」

 

今の俺の機体は動力を落とし、真上を向いたまま失速している。しかし、それで都合が良かった。射角は計算通り、クルーゼを横切ったサブブースターに狙いを定めている。

 

レール砲が一撃。

 

それは、クルーゼの背後に到達したサブブースターを貫き、残っていた燃料全てに火をつけた。

 

「ぬ…おぉ!?」

 

シグーの真後ろで爆発したサブブースターは、自由に飛び回るシグーの翼にダメージを与える。モビルスーツにとって、背部スラスターは機動力の要だ。大破まではいかなかったが、その影響はすぐに出る。

 

《やはり…素晴らしいな…流星のパイロット…!》

 

「アンタに褒められても、なんにも嬉しくないけどな…!」

 

クルーゼも、自分の呟きに返答が来ているとは思うまい。

 

傍から見ても、クルーゼのシグーは戦闘を続行することは出来ない。そして、それはこちらもだ。ムウのメビウス・ゼロも推力が限界。俺に至ってはサブブースターを無くした以上、燃料も底を尽きかけている。リークのメビウスも、俺やムウに付いてくるだけで限界ギリギリだ。

 

ゲイルや、仲間の仇を取れないのは残念だが、コロニーに無駄な被害を出すわけには行かない。ここは相手が引くのを祈るしかーー。

 

そう考えた矢先、アークエンジェルの武器管制官から退避の信号が送られてきた。

 

「敵機は被弾している!アークエンジェルの情報を持ち帰られるのは厄介だ。艦尾ミサイル発射管、7番から10番まで発射準備!目標、敵モビルスーツ!レーザー誘導!いいな、間違えてもシャフトや地表に当てるなよ!」

 

ナタルがブリッジで指示する光景が、頭によぎった。

 

「バカ!!撃つな!!」

 

「てぇ!」

 

俺の叫びも届かずに、アークエンジェルから艦尾ミサイルが放たれる。

 

スラスターに被弾しようが、相手はクルーゼだ。逃げ足も一級品。サブスラスターも使って艦尾ミサイルを地表スレスレで避けて行く。

 

そして避けられ、目標を失ったミサイルは、コロニーの地表や建物へ着弾した。そして、その爆風は、地上にいたストライクや、キラの友人たちを襲った。

 

「じょ!冗談じゃない!!」

 

「待って!それは!」

 

ランチャーパックを背負っていたストライクが、条件反射のように、逃げるシグーへ砲身を向ける。その光景が俺の視界の端に映った。

 

「撃つなーーー!!!!」

 

超高インパルス砲「アグニ」の一閃は、回避したシグーの片腕を消し飛ばし、コロニーの地表に大穴を穿つ。

 

「ああ…」

 

その恐怖の声が、誰の声かはわからない。しかし、酸素が急激に抜けていく大穴を前にして、誰もが愕然としていた。

 

《…これほどまでの火力、モビルスーツに持たすとは》

 

その言葉を最後に、クルーゼは機体を反転させてヘリオポリスの外へと離脱していった。

 

 

 



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第6話 束の間の休息

誤字報告ありがとうございます




G兵器を奪取したザフト艦の中では、押さえたG兵器四機、イージス、バスター、デュエル、ブリッツの解析が急ピッチで行われていた。

 

「第5プログラム班は待機。インターフェイス、オンライン。データパスアップ、ウィルス障壁、抗体注入完了」

 

連合軍が威信をかけて手がけたモビルスーツ。ジンやシグーに対抗し、持てる技術を惜しげもなく投入して完成させたそれは、ザフトの技術者たちにとっては宝の山だ。

 

ナチュラルが作った物など、と見もせずに粗悪品だと唾棄する者もいるが、そう言った技術を軽視する者から時代や技術に取り残されていく。現場で解析を続ける技術士官たちはそれをよく理解していた。

 

現に駆動系や装甲面の技術は、ザフトのジンやシグーを上回っているのも確かだ。

 

「データベース、コンタクトまで300ミリ秒。外装チェックと充電は終わりました。そちらはどうです?」

 

「こちらも終了だ。…しかしよくこんなOSで…」

 

技術者と共に、G兵器の一つ「イージス」を解析していたザフトの赤服であるアスラン・ザラは、自分が再設定する前のOSのデータを眺めながら眉を顰めた。よくもまぁ、こんな粗末なOSでこれほどの機体を動かそうと考えたものだ。

 

これのOSを設計したものは現場やモビルスーツを知らなすぎる…いや、現に知らなかったのだろう。なにしろ、連合は今までモビルスーツなんてものは持っていなかったのだ。

 

自分が所属するザフトも、モビルスーツ「ジン」の展開力や汎用性、その機能性が連合軍が持つ既存兵器を大きく上回っていたから、戦争を有利に進められたのだ。

 

ジンがあれば、連合軍のモビルアーマーなど、敵ではない。誰もが開戦当初はそう思っていた。

 

「クルーゼ隊長機帰還。被弾による損傷あり。消火班、救護班はBデッキへ」

 

艦内のアナウンスの直後、腕と背部を損傷したシグーが、ハンガーへと戻ってきた。拘束ケーブルに受け止められたシグーの損害具合は、傍から見ても明らか。しかも搭乗していたのは、アスランやイザークの隊長であるクルーゼだ。

 

「隊長機が腕を…」

 

装甲冷却開始!という合図と共に、シグーの装甲が開き冷却が始まる。機内に篭っていた熱も相当な高さを保っていた。普段のクルーゼ隊長ならば、ここまで追い詰められたような姿にはならない。

 

帰投してから、仲間伝いに聞いた、流星の話をアスランは思い出した。

 

グリマルディ戦線で十機以上のモビルスーツを撃破し、その後の戦場でも多くのモビルスーツを撃破した、メビウス部隊。

 

両手足をもがれて、なんとか生き残ったパイロットから得られた情報。

 

それは、純白のメビウスが捕捉不能な軌道を描き近づき、パイロットを翻弄し、精神を追い詰めた上で、コクピットをレール砲で穿った事実。帰還したパイロットの僚機だったが、純白のメビウスが現れた途端、為すすべもなく撃破されたという。

 

そこから、ザフト兵に恐れられて付けられた二つ名「流星」。

 

しかし、それよりもアスランには気になることがあった。戦火の炎に包まれた場所で再会した、自分の幼馴染。

 

(…まさか…でもあいつなら…)

 

破損したシグーを見つめながら、アスランの思考の中には、遠い昔に別れた幼馴染の事しか浮かんでいなかった。

 

 

////

 

 

「ラミアス大尉!」

 

「バジルール少尉!」

 

なんとかヘリオポリス内部に降下したアークエンジェルは、一時の休息の中にあった。ブリッジからハンガーへ降りてきたナタルは、連絡が取れなかったマリューとの再会を心から喜んでいた。

 

「御無事で何よりでありました!」

 

「あなた達こそ、よくアークエンジェルを…おかげで助かったわ」

 

にこやかにマリューがそう言うと、あたりからざわつきが起こる。ナタルも、周りが騒ぐのに気がついて、全員が目をやるストライクへ視線を向けた。

 

コクピットから降りてきたのは、正規兵ではなく、まだあどけなさが残る子供だ。

 

「おいおい何だってんだ?子供じゃないか!あのボウズがあれに乗ってたってのか」

 

整備長であるマードックが、無精に伸びきった髪をガシガシとかき、呆れたように言う。G兵器は連合軍の機密中の機密。だというのに、それを操っていたのが子供?

 

「ラミアス大尉…これは?」

 

ナタルは軍人らしい面構えで、戸惑うマリューを見つめた。マリューも答えを渋るように声をくぐもらせたが、彼女が答える前に、ハンガーの奥からヒューっと口笛が響く。

 

「へー、こいつは驚いたな」

 

そこに居たのは、メビウス・ゼロから降りたムウと、その後ろの純白のメビウスから降りたパイロット、ラリー・レイレナードだった。

 

 

////

 

 

「地球軍、第7機動艦隊所属、メビウスライダー隊、隊長ムウ・ラ・フラガ大尉、よろしく」

 

「同じく、メビウスライダー隊、二番機のラリー・レイレナード中尉」

 

「メビウスライダー隊、四番機のリーク・ベルモンド少尉です」

 

俺を含めた三人のメビウス乗りは、疲れ切っている表情をした女性、マリュー・ラミアスへ敬礼で自己紹介を行った。

 

「あ、貴方達が…流星…」

 

消えそうな声で、マリューがそう言ったのが聞こえた。ザフトだけではなく、連合内でも名声はあるようだな、とムウは気恥ずかしそうに頷く。

 

「第2宙域、第5特務師団所属、マリュー・ラミアス大尉です」

 

「同じく、ナタル・バジルール少尉であります」

 

マリューとナタルもビシッとした敬礼で返してくれた。うむ、生で見ると二人ともかなり美人さん。何事もなければ、SEEDファンである自分はこの運命の出会いに心を打ち震わせていただろう。

 

しかし、今の俺にそんな戯言を言う余裕などなかった。グッと力拳を握るのが、ムウにバレたのか。彼はにこやかに俺の肩を叩いて、二人へ向き直った。

 

「補給を受けたいんだがねぇ。この艦の責任者は?」

 

ムウの言葉に、ナタルの表情が沈痛なものになっていく。

 

「……艦長以下、艦の主立った士官は皆、戦死されました。よって今は、ラミアス大尉がその任にあると思います…。無事だったのは艦にいた下士官と、十数名のみです。私はシャフトの中で運良く難を」

 

「艦長が…そんな…」

 

ナタルから言われた現場に、マリューは深いショックを受けている様子だった。しかし、悲しみに暮れている暇はない。とにもかくにも、今は補給をしなければ話にならないだろう。

 

「やれやれ、なんてこった。あーともかく許可をくれよ、ラミアス大尉。俺たちが乗ってきた船は、反対側の港に待機はしているが、ここから戻るにも燃料が厳しいから」

 

自分たちの船は無事。その言葉を聞いたマリューもナタルも、目を見開いて驚いていた。あれだけの急襲作戦だ。ヘリオポリス周辺の連合艦は、根絶やしにされているものだと思っていたというのに。

 

さっきのシグーが撤退してからというもの、ザフトからの追撃も止んでいる。外に居たであろうモビルスーツを、彼らが追い払ったというのか。

 

そんなことを考えていると、ムウが催促するようにマリューを見つめる。やっとこちらが焦れているのがわかったのか、マリューは姿勢を正した。

 

「あ…はい、許可致します」

 

「で、あれは?」

 

さらにと、ムウの射抜くような目がマリューを貫く。あれというのは、ストライクから降りて友人達に囲まれている少年、キラ・ヤマトを指しているのだろう。

 

「御覧の通り、民間人の少年です。襲撃を受けた時、何故か工場区に居て…私がGに乗せました。キラ・ヤマトと言います」

 

「ふーん」

 

そう何気なく言うムウの言葉の中には、明らかに呆れや、侮蔑のような色が混ざっていた。それはナタルのような、一般人にG兵器と関わらせるなど、といった軍人的な呆れではない。

 

もっと人間性や、倫理観に基づいたものだ。

 

「…う、彼のおかげで、先にもジン1機を撃退し、あれだけは守ることができました」

 

「ジンを撃退した!?」

 

「あの子供が!?」

 

マリューの言葉に下士官や、ナタルが驚いたように声を上げた。連合の兵器では全く歯が立たなかったジンを、少年が撃破した。その真実がどれほどの衝撃を与えたか。すげぇと歓喜した下士官を俺は睨みつけた。

 

「だが、そんな甘い決断と指揮で、ヘリオポリスの外壁に穴を開け、戦艦をコロニー内部で飛ばすことになったんでしょうがね」

 

俺が放った言葉は、ナタルとマリューを突き刺した。ナタルは明らかな敵意に満ちた眼差し、そしてマリューはぐうの音も出ないと言う罪悪感にまみれた瞳だ。

 

「護衛任務に、俺たちが来ていたことは知っていたはずです。ならば、何故俺たちに通信をしなかったんですか。貴方達が勝手な判断をしなければ、ヘリオポリスへの損害は防げてたはずなのに…!!」

 

「それは、そちらの言い分だ!!こちらの事情も知らないで…!!」

 

売り言葉に買い言葉で、ナタルが怒り心頭な表情でこちらに詰め寄ろうとするが、ムウが間に入って制する。いや、制してきたのは俺に対して、だろう。肩口で覗くムウの瞳が「落ち着け」と言っている。

 

「まぁまぁ。――俺たちは、あれのパイロットになるヒヨっこ達の護衛で来たんだがねぇ、連中は…」

 

「くっ…ええ、ちょうど指令ブースで艦長へ着任の挨拶をしている時に爆破されましたので…共に…」

 

ナタルの言葉に、ムウは暫く何も言わず

 

「…そうか」

 

そう小さく言った。

ムウは、実際に護衛をしていた俺たちと違って、パイロットたちと交流を持っていた。少なからず面識がある新人たちが、こうも呆気なく散ったことが、彼の心を痛めたのだろう。

 

ムウは、ゆっくりと友人に囲まれているキラの下へ歩き出した。俺はただ、ムウの行く先を見つめる。アークエンジェルに着艦する前に、ムウが言った「可能性」。それを確かめるのだろう。そしてそれは必要なことだ。

 

ムウがキラの前に立ち止まり、まるで品定めするような目でキラを見つめる。

 

「な、なんですか?」

 

「君、コーディネイターだろ」

 

メビウスライダー隊を除いて、その場にいた全員に衝撃が走った。

 

 

////

 

 

「ミゲルがこれを持って帰ってくれて助かったよ」

 

ザフト艦のブリッジで、クルーゼはミゲルが持ち帰ったストライクのデータを眺めていた。彼の前には、規則正しく直立したミゲルと、オロール、そしてアスランがいる。

 

「いくら言い訳したところで、地球軍相手に機体を損ねた私は、大笑いされていたかもしれん」

 

今度はクルーゼが自分のデータを三人に見せる。言い訳がましいかもしれないが、そこに映っていたのは、三人が見たこともない軌道で接近してくる純白のメビウスと、オレンジ色のメビウス・ゼロ、そして後方から支援してくるメビウスの編隊との戦闘データだった。

 

いくつものモビルスーツ部隊を食らった「流星」との詳細な戦闘データ、それだけでも機体を損なった言い訳になるはずでは…?とアスランたちは考えていたが、クルーゼにとっては、「流星」との戦闘で損なう機体が二機目なので、言い訳のしようがなかった。

 

「オリジナルのOSについては、君らも既に知っての通りだ。なのに何故、この機体だけがこんなに動けるのかは分からん。だが我々がこんなものをこのまま残し、放っておく訳にはいかんと言うことは、はっきりしている」

 

そこで、クルーゼが提案したのは殲滅戦。

 

「捕獲できぬとなれば、今ここで破壊する。戦艦もな。侮らずにかかれよ」

 

装備を見ても、コロニー近郊で使っていいものではない。そんなものをコロニー内で使えば、ヘリオポリスは簡単に崩壊するだろう。しかし、彼らにとって、そんな事はどうでもよかった。ヘリオポリスは中立と謳いながら、連合に尻尾を振っていた裏切り者だ。

 

そんな奴らが住むコロニーがどうなろうが、知ったことではない。そう言うがごとくの思考だったのだ。

 

正義だと信じ、分からずと逃げ、聞かず、知らず。

 

まさに戦争というものは、そんなことを平然と行える人間を生み出す。クルーゼは内心で、敬礼して任務に赴く部下に失望していた。唯一、クルーゼが心を踊らせるのは、「流星」だ。

 

彼ならば、もしかすれば、この過ちや業を拭えるのかもしれない。そんな淡い期待に、クルーゼは思いを馳せていた。

 

 

 



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第7話 嵐の前の静けさ

誤字指摘、ありがとうございます




まさに嵐の前の静けさ。

コロニーの外壁の向こうでは、敵はせっせとこちらに攻め入る準備をしているだろうに、とムウは考える。

 

しつこいことで有名なクルーゼ隊だ。G兵器を四機奪ったから御の字で撤退…なんてことは無いだろう。第一、クルーゼ本人にストライクとアークエンジェルを見られた以上、どんな手段を使ってでも攻撃してくる。

 

たとえ、それでコロニーが壊れようともだ。

 

「はぁー。コロニー内の避難はほぼ100%完了しているということだけど、さっきので警報レベルは9に上がったそうよ」

 

マリューの落胆のような言葉に、ムウは意識を外から現実に引き戻す。

 

今、ムウは「メビウスライダー隊」を代表して、アークエンジェルのブリッジにいる。彼が相手するのは、現在、実質的な艦長であるマリューと、副艦長であるナタルだ。

 

レベル9の警戒レベルなんて言えば、コロニー内に人が居られる状態では無いことを示す。酸素も薄れて、まともに生活できる状態じゃ無い。まさに戦争状態だ。

 

こんな惨状を招いてしまった責任感からか、ムウには、マリューの両肩には重苦しい何かが載っているようにも見えた。

 

「シェルターは、完全にロックされちまったって訳か。あー、けどそれじゃぁ、あのガキどもはどうすんだ?」

 

「え?」

 

ムウの言葉に、マリューが呆けた声を出した。なんだ、考えてなかったのか?と、信じられないような表情をしてから、ムウもめんどくさそうに改めて言う。

 

「もう、どっか探して放り込むって訳にも、いかないじゃないの」

 

キラ・ヤマトをはじめとした、ヘリオポリスのカレッジで学ぶ学生たち。臨戦状態となった今では、彼らも避難民だ。軍とは無関係である彼らを安全な場所に連れて行きたいところだが、レベル9となれば、シェルターは外部からの出入りが完全に遮断される。

 

しかし、軍人としての資質もない彼らをアークエンジェルに乗せるとなれば、それは完全にお荷物となる。

 

いっそコンテナに押し込めて、反対側に隠れている自分たちの母艦へリークに運ばせるか?なんて考えていると。

 

「彼らは、軍の機密を見たため、ラミアス大尉が拘束されたのです。このまま解放するわけには…」

 

軍人らしい物言いをするナタルに、ムウは表情には出さずに苛立ちを覚えた。軍の機密?体良く完成したところを、まんまと敵に奪われるような醜態を晒しておいて、よくもぬけぬけと…。

 

「じゃぁ、アークエンジェルの脱出にも付き合ってもらうってのか?ヘリオポリス外に出てきゃぁ、ド派手な戦闘になるぞ」

 

まぁ、それだけならまだ良い。

 

しかしだ。自分たちじゃ対応できないからと、民間人を引きずり込む。そしていち段落したら、機密を知ったから拘束。さらに次にくるのは、軍人ならではの強制。

 

「ストライクの力も必要になると思うのですけど」

 

「あれをまた実戦で使われると!?」

 

「使わなきゃ、脱出は無理でしょ?」

 

マリューとナタルのやり取りを、ムウは冷ややかな目で見つめた。

 

こんな光景を、以前も見たことがある。

 

多くのパイロットが戦死した戦いだった。メビウスは余っていたが、パイロットが居ない。そこで取られたのが、メカニックをパイロットとしてあてがい、戦場に出すと言う愚かな決断だった。

 

メビウスライダー隊が宙域に到着するまでの間で、そんな愚かな命令で戦場に放り出された素人が何人も犠牲になった。艦を守る肉の盾となって。

 

「それこそ、機密機密という軍からしたら、民間人にすがるなんてできないでしょうよ」

 

「今度はフラガ大尉が乗られれば…」

 

思いついたように言うナタルに、ムウはお手上げという感じにジェスチャーをする。

 

「おい!無茶言うなよ!あんなもんが俺に扱えるわけないだろ!あのボウズが書き換えたっていうOSのデータ、見てないのか?あんなもんが、普通の人間に扱えるのかよ」

 

「…なら、元に戻させて…別の誰かに」

 

「それでノロノロと出て行って的になれってその「別の誰か」に命令するつもりか?」

 

ムウの言葉に、マリューもナタルも黙ってしまった。ふぅーと深いため息をついて、ムウは二人を見る。

 

「とにかく、メビウスライダー隊への補給を済ませてくれ。済み次第、俺たちは宙に出る」

 

「フラガ大尉?」

 

マリューの声に応えず、フラガはブリッジの出口へと歩み出した。

 

「もうごめんなんだよ。死なれるのも、死にに行かせるのも。だから、俺たちがここにいるんだ」

 

自分一人だけでは、どうにもできなかったかもしれない。しかし、ムウは今一人じゃない。頼もしい仲間たちがいる。

 

数々の戦場を巡り、こんな惨状に飛び込んで、戦況をひっくり返す様を、ムウは何度も目の当たりにしてきた。

 

「死にに行くようなものです」

 

ナタルが困惑した目でムウに語りかける。振り返ったムウの顔に悲壮感はない。人懐っこい笑顔で答えた。

 

「死ぬつもりはないさ。俺たちは"生き残る。生き抜いて、任務を果たす"。ただそれだけ。だが、それが【白き流星】の部隊だ」

 

こういう時だからこそ、俺たちはいる。

 

味方には絶望の中でも輝く流星として。

 

敵に対しては悲運を告げる凶星として。

 

 

////

 

 

 

「この状況で寝られちゃうってのもすごいよな」

 

アークエンジェルの食堂で、避難民であり、キラの学友であるカズイ、ミリアリア、サイは、さっき疲れ切って寝たキラのことをそれぞれ考えていた。

 

「疲れてたのよ。キラ、本当に大変だったんだから」

 

「大変だったか…ま、確かにそうなんだろうけどさ…」

 

「何が言いたいんだ。カズイ」

 

本心からキラの心労を労わるミリアリアやトールと違って、カズイが言う言葉には「別の感情」が入り混じってるようにサイには感じられた。

 

「別に。ただキラには、あんなことも大変だったで済んじゃうもんなんだなって思ってさ。キラ、OS書き換えたって言ってたじゃん、あれの。それっていつさ?」

 

「いつって…」

 

サイからの非難の目に、カズイは目を背けながらも、思ったことを口にしてしまう。言い淀んだサイに、カズイは畳み掛けるように自分の臆病でひ弱な心に従った言葉を紡いでいく。

 

「キラだって、あんなもんのことなんか知ってたとは思えない。じゃあ、あいつ、いつOS書き換えたんだよ。キラがコーディネイターだってのは知ってたけどさ、遺伝子操作されて生まれてきたやつら、コーディネイターってのはそんなことも大変だったで出来ちゃうんだぜ?」

 

カズイの言葉の中にある感情は「劣等感、確執」。ナチュラルであるカズイ達と、さっきまでモビルスーツで戦っていたキラ。キラは学友を守るために戦っていただけだが、そんな純粋な思いでも、劣等感や確執といったフィルターを通して見たら、抑鬱的にもなる。

 

「ザフトってのはみんなそうなんだ。そんなんと戦って勝てんのかよ、地球軍は…」

 

カズイがそう呟く直前、食堂に二人の人影が入ってくるのが、ミリアリアには見えた。

 

ミリアリアの視線に気づいた面々がその先を見たら、地球軍のパイロットスーツ姿のままの男性二人が、こちらを見ている。

 

カズイはしまったと言わんばかりに視線を彷徨わせたが、二人のパイロットは何も言わずに食堂の窓口へ歩いて行った。

 

「すまないけど、水を一杯貰えないかな」

 

そう給仕スタッフに声をかける人物を、サイ達は知っていた。キラにコーディネーターか?と問いかけた軍人と共にいた人だ。

 

オレンジ色の一般パイロットスーツを着る人物と、白と青のパイロットスーツを着る人物は、トレーに水が入ったカップを乗せて、サイ達から離れた場所に座る。

 

すると、そのうちの一人が胸元からネックレスを取り出して机に置き、水を少しずつかけ始めた。

 

「すまない、ゲイル。本当は酒で弔ってやりたかったが…今はこれで我慢してくれ」

 

最初は不可思議なことだと思ったが、二人の沈痛な面持ちを見て、サイやミリアリアは二人が誰かを「悼んでいる」のだと察した。

 

「ゲイルの軽口をもう聞けないのが、残念でならないな…まったく、馬鹿野郎が」

 

「俺も同感です、ラリー…」

 

涙は流していなかったが、二人が泣いているようにミリアリアには見えた。

 

と、その時。

 

『お断りします!』

 

廊下から、キラの怒号のような声が聞こえた。

 

 

////

 

 

「僕達をもうこれ以上、戦争になんか巻き込まないで下さい!」

 

「…キラ君」

 

眠りから覚めたキラが通路で鉢合わせたのは、彼にもう一度、ストライクに乗るよう交渉をしにきたマリューだった。

 

コーディネーターとわかった時に、銃口を向けてきておいて、敵が来たから戦えだって?その説得の言葉に、キラの怒りは沸点を超えた。

 

「貴方の言ったことは正しいのかもしれない。僕達の外の世界は戦争をしているんだって。でも僕らはそれが嫌で、戦いが嫌で中立のここを選んだんだ!それを…」

 

キラの言葉を遮って、艦内に警報音が鳴り響く。警報音の合間に、ナタルの焦ったような声が響き渡った。

 

『ラミアス大尉!ラミアス大尉!至急ブリッジへ!』

 

通路に壁に備え付けられた通信モニター越しに、マリューが応答すると、今度はナタルの強張った声がスピーカーから発せられる。

 

『モビルスーツが来ます!早く上がって指揮を!』

 

「わ、私が?」

 

『先任大尉はフラガ大尉ですが…』

 

「…分かりました。では、アークエンジェル発進準備、総員戦闘第一戦闘配備」

 

マリューの一声で、艦内にアナウンスが流れ始める。戦闘配備が始まる。またーー戦争が始まる。

 

「シェルターはレベル9で、今はあなた達を降ろしてあげることもできない。どうにかこれを乗り切って、ヘリオポリスから脱出することができれば…」

 

なんて、なんて白々しい。申し訳ないように言うマリューの姿が、今のキラにはそうしか見えなかった。

 

「卑怯だ!あなた達は!そしてこの艦にはモビルスーツはあれしかなくて、今扱えるのは僕だけだって言うんでしょ!」

 

「いや、君は出なくていい」

 

そのキラの言葉を、真っ向から叩き切る声が、キラの後ろから発せられる。キラが振り返ると、そこには自分の学友達と、二人の地球軍のパイロットが立っていた。

 

 

////

 

 

「ラミアス艦長。今すぐ俺たちが出れば、港の前で敵を捕捉できます。俺とフラガ隊長、リーク少尉で撹乱しますので、アークエンジェルをコロニー外へ離脱させて下さい」

 

さっき、スピーカー越しから聞こえたナタルの言い草からして、ムウはすでにメビウス・ゼロの下へ向かったのだろう。慣れないモビルスーツとモビルアーマーへの補給で手一杯だった作業員に混じって、俺やリークも自機の整備や補給作業を手伝い、なんとかギリギリで作業は終えていた。

 

俺のメビウス・インターセプターは、サブブースターがなくなっているものの、あれは航続距離とブースターの耐久性向上のために付けていたに過ぎない。無くても、局地迎撃戦なら、やりようはいくらでもある。

 

「む、無茶よ!モビルアーマー二機でどうにかできる状況じゃないわ」

 

「けど、どうにかしないといけないんです。下手をすればコロニーが崩壊する危険もある」

 

無謀だと難色を示すマリューだが、俺は頑なに出撃すると答えた。

 

「敵のザフト艦は二隻。G兵器を四機鹵獲され、俺たちが撃退したモビルスーツは三機。G兵器を戦線に投入するとは考えられない。よって、敵がモビルスーツを満載していたとしても、出てきて四機ほどだ。四機の撹乱なら、なんとかできるかもしれない」

 

「そ、そんな予測論で…」

 

むしろ、ここまで状況が掴めている方が珍しいとも思える。普段のミッションはレーダーも無し、敵情報も不確定と来たものばかりだ。

 

ジン10機を相手取り、艦を守るために大立ち回りをしたこともある。

 

ザフト艦が腹に抱えたモビルスーツと死ぬ気で戦っていれば、その懐に何機格納できるかも、おのずと予測はできる。

 

それに彼女は大事なことを忘れているようにも思えた。

 

「それでも戦わなきゃならないのが軍人なんですよ、ラミアス艦長」

 

マリューは元々、技術士官であり、艦長として大成するのはかなり先の話だ。今の彼女は軍人というよりも、技術者の側面が強い。

 

故に伝える。

 

軍人というものはそうだと。俺はグリマルディ戦線から今まで、それを何度も、嫌という程体感した。仲間の死をもって。

 

「君はキラ・ヤマトと言ったね」

 

先ほどまで、マリューを睨んでいた少年を、俺は目にする。

 

「は、はい」

 

たどたどしく答えた彼こそが、この物語の主人公であり、この戦争に終止符を打つ鍵となる人物であり、ラウ・ル・クルーゼが憎む根源である存在。

 

俺はSEEDを何度も見ている。キラが逆境や戦場を乗り越えるたびに強くなり、そしてフリーダムに乗る時を知っている。

 

だからこそ、俺には彼の「自分たちは関わりはない」と叫んだ言葉が我慢ならなかった。

 

「友人と共にここで休んでおくといい。敵は俺たちがなんとかする」

 

「だ、だけど!敵はザフトで…モビルスーツなんですよ!?」

 

「自惚れるな、小僧ども」

 

キラの学友であるトールがそう言ったのを、俺は目つきを鋭くして叱咤した。

 

「俺は、お前の身を案じて言ってるんじゃない。戦う気もない奴に戦場に出られ、足を引っ張られた挙句、仲間を殺されることを懸念して、お前に出るなと言ってるんだ」

 

この物語を見ている者達にとって、キラは主人公であり、このガンダムという作品は娯楽のアニメでしか無いだろう。

 

だが、俺にとっては紛れもない現実であり、リアルだ。

 

共に戦う戦友がいる。

散っていった仲間がいる。

その仲間達から託され、果たすべきだと思った使命がある。

 

キラが出れば、原作通りに撃退はできるだろう。しかし、それはヘリオポリスの崩壊を招く。多くの人々の住む場所を奪うことになる。軍とは何ら関係の無い人々が、生活を根こそぎ奪われ、裏切り者とプラントから指を差されながら宇宙を漂流することになる。

 

なによりも恐ろしいのは、キラが和を乱すことで仲間が死ぬことだ。

 

防げるのならば、それは防ぎたい。

 

「引き金を引いておいて、自分は関わりないですという君よりも、俺たちの方が戦えるだけだ。か弱い民間人を守るために命を張るのも軍人の務め。君たちは居住区に避難していてくれ。行くぞ、リーク」

 

「了解!!」

 

呆気に取られたキラを一瞥し、俺たちはメビウスが待つハンガーへと走った。

 

 

 



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第8話 決死の脱出戦(前半)

 

 

ムウのメビウス・ゼロを先頭に、俺たちはアークエンジェルから飛び立つと、そのまま一直線にヘリオポリス外に出られる出口へと舞い上がった。

 

「コロニー全域に電波干渉。Nジャマー、数値増大!」

 

「チィ。やっぱこっちが出てくまで、待つ気はないか、あの野郎~」

 

レーダー解析を行ったリークからの報告に、ムウは苛立ちを隠さずに毒づく。クルーゼとムウの因縁は深い。そして俺とも。俺たちは多くの仲間をあいつに墜とされている。毒づきたくなる気持ちも充分に理解できた。

 

「最大推力なら、入り口付近で捉えることはできます」

 

それだけが幸運だった。

ヘリオポリスに侵入されてから戦闘となれば、今通っているトンネル内か、コロニー内での戦闘になる。そうなれば、ヘリオポリスへの被害は免れなかっただろう。

 

「隊長、やはり奴ら…またヘリオポリス内で仕掛けてくるつもりですか?」

 

リークがそう言う。普通ならばコロニー内の戦闘など戸惑うはずだ。いくら巨大なコロニーと言えど、それは酸素が入った筒でしか無い。内側で戦い外壁が壊れれば、それは風船のように破裂して崩壊するだろう。

 

そんな多くの人命を危険にさらす場所で戦闘なんて…実行する人間の気がしれない。

 

「でも楽だぜ?こっちは発砲できない、向こうは撃ち放題だ」

 

ムウはそんな人間性が相手にあるという期待は早々に捨てていた。そもそもの話、G兵器を奪取するにしろ、奴らは港やコロニー内の主要な設備に攻撃を行なっているのだ。そんな倫理観を持っているなら、あんな作戦を実行しようとも考えないはずだ。

 

つまり、ザフトにとってこのヘリオポリスはすでに敵地。破壊してもなんの痛みも覚えない。そんな感覚で攻撃してくるのだろう。

 

「くそが、コロニーの人はどうなっても構わないって言うのか…気に入らねぇ」

 

「口が悪いぞ、ライトニング1。と言っても、気持ちは分かる。けど、奴らにとってヘリオポリスは裏切り者だ。コロニーが危ないから外で戦いましょう、なんて交渉は通じないぜ?」

 

「わかってますよ、ライトニングリーダー」

 

「各機、そろそろ出口だ。エレメントを組め。フォーメーション、「スターダスト」。反対側にアークエンジェルが出るまで、奴らを端から食っていくぞ…!!」

 

ムウの言葉に答え、俺たちは編隊を整える。出口で待ち伏せをしているであろうザフトのジンに対応するため、俺はメビウスのコアユニットだけ反転させて、後方の警戒に入った。

 

「前方に敵反応…!?いえ、ミサイル!?」

 

ムウと俺に挟まれるように編隊を組んでいたリークが、慌てた様子で告げた。

 

「ブレイク!ブレイク!!」

 

俺たちは編隊を解き、各機で回避行動に移る。港と言っても物資運搬用の出入り口だし、正規の入り口以外にも、先のザフトからの攻撃でジンが侵入するために爆破したであろう細い抜け道が出来上がっていたので、俺たちはミサイルの剛熱を避けてヘリオポリス外へ出ることが出来た。

 

「なんてこった!港が吹っ飛んだぞ!!」

 

ミサイルが着弾したヘリオポリスの港は完全に破壊されていた。あれじゃ、戦闘が終わっても物資の搬入機能は絶望的だ。

 

《ちぃ!ハエどもがぞろぞろと!!入り口で潰せはしなかったか!!》

 

《気をつけろ、ミゲル!!奴ら、流星だ!!》

 

編隊を組み直す俺に、二機のジンから発せられた声が聞こえた。ミゲル・アイマン…確かSEEDの冒頭で、キラに落とされたパイロットの名だ。

 

《たかがナチュラルのくせに二つ名など…生意気なんだよ!!沈めー!!》

 

一機のジンが、肩に背負うほどに大きいビーム砲の銃口をこちらに向け放った。

 

「ビーム砲!?うわっ!!」

 

ギリギリのところでリークが野太いビーム砲を避けたが、それは俺たちの背後にあるヘリオポリスに直撃し、コロニーの外壁に大きな穴を穿つ。

 

「なんてこったい!拠点攻撃用の、重爆撃装備だぞ!あんなもんをここで使う気かっ!?」

 

「もっとコロニーから引き離さないと…!!」

 

ムウとリークの叫びが聞こえる。だが、俺はそれよりも、もっと恐ろしい物と目が合っていた。

 

赤を基調にした可変型モビルスーツ。

 

作中で幾度となく、ストライクと激闘を繰り広げたモビルスーツ。

 

「G兵器…!?もう実戦投入してきたのか!」

 

しまった…!!あれはアスランのイージス…!!くそぉ、完全に失念していた…!!俺は自分の記憶力の無さに失望した。グリマルディ戦線からの戦いで、過去の現実だった世界の記憶が薄れていたとは言え、こんな初歩的な出来事を忘れていたとは…!!

 

「コロニー外壁に直撃!!」

 

「野郎!!」

 

メビウスライダー隊が迎撃をするが、その攻撃をジン二機やイージスはひらりひらりと避けていく。こちらは、敵機がヘリオポリス内部に侵入しないように翻弄するので手一杯だった。

 

ある瞬間、ミゲルのジンを攻撃しようとしたムウの手が止まった。

 

《ん…?ははっ!奴らめ!!各機!!コロニーを背にして戦え!!あいつら、コロニーの損害にビビって撃ってこないぞ!!》

 

ムウが攻撃を躊躇ったのは、敵がコロニーを背にしていたからだ。攻撃が外れれば、コロニーに被害が及ぶ。それに気づいたミゲルが、勝利を確信したような高笑いを上げた。

 

「この、ゲス野郎が!!」

 

ミゲルの声に応じて、コロニーに近付こうとする一機のジンに、俺は接敵した。メビウスの機動力を最大限に引き出して、俺は敵機を翻弄して行く。

 

《み、見えない…!!どこに行った!!》

 

《オロール!!右だ!!》

 

誰の声か、ちょうど俺が敵機の右後ろを取ったタイミングだった。右か!!と、オロールは聞こえた声に従って、ジンの矛先を俺へ向けていく。

 

「もう遅い…!」

 

その瞬間、オロールのジンが持っていたミサイル、そして機体の中心部にレール砲が直撃した。手元にあったミサイルが爆発し、さらに胴体を穿たれ、ジンは閃光へ包み込まれて行く。

 

《うわぁああああ!!!》

 

爆散したジンを屠ったのは、外側から狙撃したリークのメビウスと、ムウのメビウス・ゼロだった。

 

二人は旋回するように飛行しながら、俺が翻弄するオロールのジンを狙撃できるポイントへ向かい、わずかな間で敵機を撃ち抜いたのだ。

 

《オロール!!!クッソーー!!!》

 

怒り狂ったミゲルはビーム砲を連射する。

 

それらはことごとく外れてはいたが、何発かがヘリオポリスの外壁へ直撃していた。

 

「くそ、このままじゃヘリオポリスが…!」

 

なんとかしてビーム砲を止めなければならない。だが、他のジンや、タイミングよく妨害してくるイージスが邪魔で、ミゲルのジンに近づくことは困難だ。仮に近づいたとしても、オロールのジンを落としたような手はもう使えない。

 

どうする…!

 

その時、俺たちが出てきた物資搬入用の港とは違う、整備用のドックが併設してある港から、派手な爆発が起こった。

 

なんだ?アークエンジェルは反対側の港から脱出する手はずになっているので、ここで爆発が起こるなど…。新手か、と意識を集中するが、そこから現れたのはーーー。

 

「アークエンジェル…!!?」

 

反対側へ脱出しているはずの、アークエンジェルだった。

 

 

////

 

 

ブリッジの艦長席にはマリューが座り、慣れない様子で下士官へ指令を発していた。

 

「これより、メビウスライダー隊を援護します。ヘリオポリス隣接宙域からの脱出を最優先とする。戦闘ではコロニーを傷つけないよう留意せよ!」

 

アークエンジェルの各兵装が臨戦態勢を整えて行く。本来ならば、アークエンジェルはメビウスライダー隊が囮になっている間に、同隊の母艦が待っている反対側の港へ脱出、ヘリオポリスを離脱する予定だった。

 

だが、マリューもナタルも、戦場で起こり、自分たちが耳にした眉唾物の噂話を信じられるほど、楽観主義者ではない。

 

所詮はモビルアーマー編隊に過ぎない彼らだ。まともにやりあっても勝算は限りなく低い。

 

メビウスライダー隊が全滅すれば、すぐにでも敵はコロニー内を突っ切り、こちらを追ってくる。ジンだけではなく、整備やデータ収集が終われば、G兵器も追撃に投入してくるだろう。

 

そうなった場合、こちらには艦の兵装と、パイロット不在のG兵器しかない。その後に待ち受ける未来を予想するのは容易かった。

 

アークエンジェルを援護に向けようと、マリューに進言したのはナタルだった。

 

今なら戦力に余力があることを利用し、敵部隊に打撃を与えることができる。それが出来なくとも、不意を突いた攻撃ならば、ザフトの攻勢を崩すこともできるだろう。そのあとは味方戦力を回収し離脱すればいい。ならばと、ナタルはそうするべきだと考えたのだ。

 

そして、マリューがそれに同意したのは、もう一つ理由があった。

 

《3番コンテナ開け!ソードストライカー装備だ!》

 

アークエンジェルのハンガーで、マードック指揮の下、ストライクへ武装が装着されていく。

 

「ソードストライカー?剣か。今度はあんなことないよな」

 

そのコクピットに乗っていたのは、戦争は自分たちとは関わりがないと、戦うことを拒絶していたキラだった。

 

 

////

 

 

「キラ!!本当に行くのかよ!!」

 

ラリーたちが出撃した後、攻勢に出るべきだと進言するナタルとマリューのやり取りを見たキラが、何を思ったのか「僕がモビルスーツに乗れば、戦えるんですよね」と言い出したのだ。

 

さっきまで、モビルスーツに乗ることも、戦争に加担させられることも拒絶していたはずなのに、なぜ?キラを止めようとするサイの疑問はそれだけだった。

 

「そうだよ、軍人さんもここに避難してろって」

 

「言い方は最悪だったけどな」

 

カズイもトールもミリアリアも、止めるサイと同意見だ。出なくていい、足手まといだと言われたのに、なぜキラは出ようとするのか。

 

「みんな…うん、確かに僕も避難しておきたい。だけど…」

 

キラの脳裏に、ラリーが言った言葉が反復する。

 

【引き金を引いておいて、自分は関わりないですと言う君より戦える】

 

その言葉は、自分は戦争とは無関係、巻き込まれた哀れな民間人だと思っていた自分に、重い罪悪感を思い出させた。

 

「僕は、引き金を引いたんだ。そしてコロニーに穴を」

 

仕方がない、命令されたんだ、皆を守るためだった、敵を撃つ為だったんだ。そういって自分に言い訳をして、あの大穴を開けた罪悪感から逃れていた自分がいた。

 

冷静に考えれば、あの場所には民間人がいるシェルターがあったかもしれない。誰かが避難していたかもしれない。

 

あの一撃で、無関係な誰かを殺しているのかもしれない。

 

それを自覚して、考えるだけで、キラの手は震えた。

 

「それは、お前が責任を感じることじゃないって!軍人が無理やりお前を…」

 

「けど撃ったのは僕なんだよ、サイ。みんながこんな目にあったのも、僕がここに居るのも、僕が、あのモビルスーツに乗って、引き金を引いたからなんだ」

 

この罪悪感を知った以上、あの軍人から言われたように、ここにうずくまって避難していたら、自分はこの罪悪感を一生背負っていくことになる。そんな気がした。

 

それに、キラにもナタルの言い分は、共感はできないが理解はできていた。

 

「ここにあるモビルスーツを動かせるのは僕しか居ないから。それに、もし、あの人たちが負けたら、僕が出ないと、皆が危険な目に遭う。だから…」

 

誰かに頼っていても、どうにもならなかったから、自分はOSを書き換えて、モビルスーツの席に座った。そうしようと決めたのは他でもない、自分だった。

 

だから――。

 

「キラ…」

 

サイから見ても、その時のキラは普段見せないような顔をしていた。

 

キラは自分の中では、自己責任や罪悪感を理由にして、論理的に戦おうと言う気持ちを整理しているようだったが、サイから見れば、キラはーー。

 

 

////

 

 

「接近する熱源1。熱紋パターン、ジンです!」

 

出てきたアークエンジェルへ、一機のジンが迫る。

 

「チッ、ストライク、発進させろ」

 

「ナタル!!」

 

「周辺迎撃だけです!!行けるな!!」

 

《は、はい!》

 

ナタルの声に応えて、キラが駆るソードストライクがアークエンジェルから飛び立つ。

 

それと同時に、オペレーターがメビウスライダー隊と交戦する一機のモビルスーツを見て、息を呑んだ。

 

「はっ!一機はX-303、イージスです!」

 

「…もう実戦に投入してくるなんて!」

 

《アークエンジェル!!聞こえるか!!動揺してる暇はないぞ!今は敵だ!あれに沈められたいか!》

 

音声回線で叫んだムウの言葉に、マリューは動揺を抑えて指示を頭の中で整理した。

 

「…コリントス、発射準備。レーザー誘導、厳に!フェイズシフトに実体弾は効かないわ!主砲、レーザー連動。焦点拡散!」

 

 

////

 

 

「ライトニング1!!ラリー!!アークエンジェルから!!」

 

何もかもが予想外だった。いや、ある意味原作知識の通りではあったが、そうならないために自分たちが港で囮役をやっているというのに…こうもうまくいかない物なのか…!!

 

「ストライク!!あのバカ…なんで出てきたんだ!」

 

おまけに釘を刺したはずのストライクも、原作同様にソードストライカーで出てくる始末だ。

 

原作でのキラは、まだ民間人。

パイロットとしても、人間性でも不安定だ。

 

俺やメビウスライダー隊といった特異要素がある以上、彼が原作通りに生き抜く保証はどこにもないのだ。

 

ああ言えば出てこない、こうすれば何とかなると考えた自分たちのプランが全て水泡に帰した。

 

「ムウさん!!援護に向かえますか!」

 

俺やリークが向かうよりも、原作でヘリオポリス内で戦闘していたムウとの方が、生存の可能性は上がるはずだ。

 

なにより、俺は接近戦特化でストライクのようなモビルスーツのサポートには向かない。

 

「だけど、お前!!」

 

「ここは俺が押さえます!出てきた以上、やるしかないです!ムウさんはストライクのサポートを!リーク!お前と俺でエレメントだ!行けるな!」

 

「しんがりは任せて下さいよ!!」

 

「…ちぃっ、生き残れよ、お前ら!」

 

それだけ言って、ムウは編隊から離れ、アークエンジェルとストライクの下へと飛び立っていく。

 

さて、俺たちの仕事は、目の前の二機のモビルスーツの足止め。そして出来るなら撃破だ。

 

 

 

 

「ボウズ!!聞こえるか!!」

 

「は、はい!」

 

「なんで出てきたかはこの際聞かん!俺とエレメントを組め!!」

 

「エレメント…?」

 

「あぁもう!とにかく、俺と連携するぞ!!生き残るぞ!!」

 

 

ヘリオポリスでの戦闘は、さらに混乱を極めていく――。

 



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第9話 決死の脱出戦(後半)

誤字指摘ありがとうございます




ヘリオポリス戦の少し前。

 

それはラリーとリークがアークエンジェルにて自機の整備を行っていた時の話だ。

 

「おいおい、お前さんマジでこんなもんを付けるつもりか?」

 

二機のメビウスを眺めていたマードックが呆れたように言った。

 

ラリーのメビウス・インターセプターの武装は、バルカン砲とレール砲、そして4基のミサイルだ。だが、先の戦闘でラリー機のミサイルは2基消費し、そのミサイルハンガーは空になっている。

 

「バジルール少尉には許可を頂いてます。おそらく、極度の混戦と接近戦が予測されますから」

 

ラリーの機体をせっせと弄るのは、元々整備員だったリークだ。基本的な補給は完了していたが、不足したミサイルを補う事と、ラリーからの指示もあって、リークはミサイルラックに「ある物」を固定する作業に勤しんでいる。

 

「だからって、こんなのをモビルアーマーに付けてどうにかなるもんなのか?」

 

マードックから見ても、リークが取り付けようとする「ある物」は、モビルアーマーから見て無用の長物。宇宙航空戦で戦闘をするメビウスにはあまりにも不似合いに思えた。

 

「自分はもともと、マードックさん達と同じ整備員でした。パイロット不足でメビウスに押し込められて、ザフトのモビルスーツがウヨウヨいる戦場に放り出されたんです」

 

「あんた、よく生きてたよな」

 

「でしょう?もともと整備員でしかなかった自分が、今は助けてもらった恩人たちと同じ部隊でメビウス乗りをやってるんですよ」

 

リークは手を止めずに、淡々と自分の過去を思い出していた。死んでこいと言われたような作戦に放り出された素人が、今こうやって生き残って戦っている。それが何を意味するのか。

 

「つまり、どういうことだ?」

 

「あの人たちが凄いってことです。自分は、仲間を信じるだけですよ」

 

自分は、彼らに付いて行っただけ。もちろん、運良くパイロット適性があって、そして死ぬ気で追従してきたわけだが。それでも付いて行っているだけ。

 

そんな自分がこうやって生き残れているということは、それだけ彼らが自分を生きながらえさせているのだ。

 

今なら流星と呼ばれる彼らの凄さが分かる。

 

「リーク、付けられたか?」

 

ふと、後ろから補給作業を終えたラリーが声をかけてきた。リークは最後に動力ケーブルが露出しないようにカバーを付けて作業を終えた。

 

「ばっちりですよ、ラリー。けど使用はなるべく控えて下さいね?バッテリーに直結してるとは言え、テストなしの使用になりますから。使うときは天使のように繊細に、悪魔のように大胆に、ですよ?」

 

「了解だ」

 

リークの言葉と、彼が取り付けてくれた「ある物」を見て、ラリーは満足そうに答えた。

 

 

////

 

 

ヘリオポリス外壁部。

 

《チィー!!素早い!!なんなんだよ、コイツ!!》

 

ミゲルが操るジンと、俺のメビウスは高速度の接近戦をしながら絡み合うように飛び回っていた。

 

《気をつけろ、ミゲル!!アイツらはクルーゼ隊長と戦って生き残ってる!!迂闊な真似は…》

 

《うるさい!たかが、ナチュラルのモビルアーマーなど!!》

 

ナチュラルを軽視するミゲルは、あくまでも自分の方が優位だと考えて戦闘を行なっている。それに、しつこく絡み合って手に入れた攻撃のチャンスも、ミゲルがコロニーを背にしている為、迂闊に攻撃ができないときている。

 

「くそー!!コイツ強い!!ライトニング1!!」

 

「ぐぁぁあ…くっ、ライトニング3は現状を維持!落とされるんじゃないぞ!」

 

高速度域のハイマニューバは人型であるジンは易々と行えるが、俺の駆るメビウスは違う。推力方向を四方八方へ向け直し、前進や後退、反転、旋回を入り混じらせて軌道を描いている。体に掛かる負荷も想像を絶するものだ。

 

「もっとだ…もっと近づかないと…!」

 

それでもまだ届かない。

 

射撃をすれば、敵を怯ませることはできるが、コロニーを傷つけてしまう。コロニーを傷付けず、敵を屠るには方法は一つしかない。リークが取り付けてくれた「アレ」を使うしか…!

 

ミゲルも、得体の知れないメビウスを近づけさせないように、射軸が重なればビーム砲を放った。なんとかコロニーの外側へ逸らそうとはいるが、それでも何発かはコロニーにビームが直撃している。

 

「ちぃ…!あのビーム砲が無ければ…ビーム?」

 

そこで、俺はあることを閃いた。

ビームは光学兵器であり、直線方向にしか進まない。曲がるビームが出るのはまだ先だ。

 

「ならば!!」

 

俺は一気にミゲルから離れ、コロニーを背にする相手へ一直線に進む軌道を取る。

 

《なにぃ!射線正面だとぉ!!死にに来たのか!!》

 

直線上にいる俺めがけて、ビーム砲が火を吹いた。それは俺がイメージし、望んでいた理想のラインで。

 

「ぐっ…がぁ…う…おおおお!!!」

 

俺はフットペダルと操縦桿を全力で引きしぼる。途端に、機体は螺旋を描くような軌道を描き始める。

 

バレルロール。

進行方向を変えないまま、軌跡を螺旋のようにズラして敵機の攻撃を避けるマニューバ。

 

俺は全神経を研ぎ澄まし、ミゲルが放ったビームを紙一重で避け、相手の許へと迫った。

 

《ば、バカな…今のを…避け…!?》

 

兵装選択、動力バッテリーに接続、電圧定格値…!!メビウス下部に設けられたミサイルラック。そこに取り付けられたのは、ミサイルでも、ビームライフルでもない。

 

本来ならばエールストライクの背部に取り付けられている近接用のビーム兵器。俺は機体を半回転させて、腹をジンに見せるように接近して行く。

 

「いけぇーー!!!」

 

メビウスのバッテリーから供給されたエネルギーで、本来の半分ほどではあるがビームサーベルの柄から光刃が出現する。

 

ミゲルのコクピットカメラを鮮やかに照らした刃は、そのままジンの上半身と下半身を引き裂き、真っ二つにした。

 

《うわぁああああああ!!!》

 

交差した背後で、ミゲルの叫び声が響き、ジンの爆発とともに、それは聞こえなくなった。

 

 

////

 

 

黄昏の魔弾、落ちる。

 

それは相手勢力を混乱に陥れるには充分な効力を発揮した。

 

《アスラン!ミゲルがやられた!》

 

《ミゲル…!!くそっ!!》

 

すぐにでも、ミゲルを落とした忌々しいモビルアーマー部隊を追撃したいところではあるが、自動迎撃とは言え、ハリネズミと化しているアークエンジェルの対空能力に加え、モビルアーマー部隊からこちらへ迎撃に出たメビウス・ゼロ、そして地球軍側のG兵器「ストライク」の連携が、マシューのジンと、アスランのイージスを釘付けにしていた。

 

《くそー!!ミゲルとオロールをよくも…!》

 

ビーム砲を装備したマシューのジンが、ビームを連射しながらストライクへ接近して行く。

 

「これ以上、コロニーを傷つけさせるわけには…!」

 

二度目の戦場。そして宙域での戦闘だというのに、キラの精神面はともかく、操縦は淀みなく、そして冷静であった。放たれる乱雑なビームを避け、肩に装備されたビームブーメラン「マイダスメッサー」を引き抜き、投げ放った。

 

《なに!?》

 

放たれたブーメランは湾曲した軌跡を描き、がむしゃらに接近してきていたジンの両足を引き裂く。ジンは足に備わるスラスターの姿勢制御を失い、ストライクめがけ、背後を見せるようにくるりと回転した。

 

「僕は…僕は…うわぁあああああ!!」

 

躊躇う心を振り払って、キラはジンの肩口から腹部へなぞるように対艦刃「シュベルトゲベール」で切り裂く。ジンはしばらく稲妻を迸らせ、閃光と化す。

 

《マシュー!!》

 

アスランの悲痛な叫びも、キラには届かなかった。コロニーに穴を穿ち、戦いは嫌いだと言いながら、自分は再びストライクに乗り、そしてまた引き金を引いた。今度は明確に、誰かの命を奪った。そんな罪悪感から、キラの思考はわずかな間だが、空白に落ちる。

 

僕は、一体、なにをやっているんだ…。

 

「ストライクがやったのか!やるじゃないか、ボウズ!」

 

側を飛行するムウが、呆然としたキラに呼びかける。キラの体は即座に反応し、呆ける思考とは別にストライクを的確に操っていく。

 

《キラ…お前は…その機体に…》

 

僚機すべてを失ったアスランは、圧倒的とも言える地球軍の勢力と、幼馴染が乗っているかもしれないG兵器を歯がゆい瞳で眺める。

 

《撤退しろ、アスラン》

 

そんなアスランの機体へ通信をしてきたのは、自分の後方で待つザフト艦の艦長アデスだ。

 

《艦長!ですが…》

 

《ええい!見てわからんか!お前一人ではどうにもならん!》

 

アスランの抗議をアデスは一蹴して、これは命令だとさらに語気を強くして言い放つ。ジン二機を落とされ、さらに敵のモビルスーツも戦闘ができるとなれば、いくらなんでも分が悪すぎる。

 

《くっ…了解…!》

 

アスランはモビルアーマー形態に変形すると、ヘリオポリスの宙域から一気に離脱していく。ストライクに乗るキラも、メビウスライダー隊も、それを見送るだけだ。

 

誰から見ても、ザフトの敗北だった。アデスは悔しそうにアスランが捉えたメビウス編隊を睨みつける。

 

《モビルアーマー三機でジン二機…そしてG兵器か。くそ…凶星"ネメシス"め…!!》

 

この日、「流星」に加え、メビウスライダー隊にもう一つの異名が加わることになったのだったーー。

 

 

////

 

 

「ひ、引いていくのか…」

 

「そりゃな。相手も鹵獲したばかりのG兵器を残すようなバカな判断はしないさ」

 

撤退していく紅いG兵器を見送るキラは、ムウの声を聞いた途端、ずるずるとコクピットシートの中でずり落ちる。今回も全く余裕が無かった。

 

見送ったあのモビルスーツに、もしかして自分の幼馴染が乗っているかもしれない。

 

そんな思考すら、今湧いてきているのだから、自分がどれだけ切迫して操縦していたのか、今更になって自覚する。

 

「ライトニング1、お見事でした。しかし、あれはヒヤヒヤものでしたよ」

 

「あそこで引いてくれて良かったよ。こっちも燃料がギリだ。まったく、ビームサーベル一回でバッテリーの三割が削れるなんてな…」

 

敵が引いたことで、少し離れていた場所で戦闘を繰り広げていた二機のメビウス編隊も、キラやムウの下へ集った。あれだけの戦闘の後だというに、通信越しに聞こえた声は、穏やかなものだった。

 

これが、戦争。

 

自分を叱咤したパイロットや、隣にいるムウも、こんな戦闘を何回も経験しているのだろうか。

 

「ほんとに、モビルアーマーでジンを…凄いな…この人たち…」

 

気がつくと、キラはそんなことを呟いていた。

 

ストライクのコクピットで、ほんの僅かに見たラリーのメビウス機の動きは、キラから見ても尋常では無かった。彼が言った言葉は嘘じゃ無かったのだ。もしかしたら撃ち落とされるかもなんて考えた自分がやけに恥ずかしく思う。

 

「ストライク。乗っているのは君だろう?キラ・ヤマト」

 

「は、はい」

 

純白のメビウスが自分に近づいていることに、キラは気づかなかった。通信機越しに聞こえた声は、まさに自分を叱咤したパイロットの声だった。

 

「君が何で出てきたのか、俺はそれを聞かない。だが――」

 

また何か言われるのだろうかと、キラは身構えていたが

 

「君が出てくれて、俺たちは生き残ることができた。礼を言わせてくれ」

 

掛けられたのは、感謝の言葉だった。

あまりの予想外の言葉に、キラは言葉を失う。

 

「まったく素直じゃねーな、ラリーは」

 

「全くです。自分がメビウスライダー隊に入ったときも、確かこんな感じでした」

 

「茶化すなよ、二人とも」

 

はっはっは、と笑うムウ。やれやれと言った風なリーク。そして茶化されて照れ臭そうに反論するラリー。

 

これが。

 

この人たちが――地球軍のパイロット。

 

知らないうちにキラが抱えていた罪悪感や、喪失感のようなものは薄れていた。

 

「よし、帰投しよう」

 

ラリーの声に反応して、三機のメビウスはアークエンジェルへの帰還軌道に入る。キラも慌てて、ストライクを追従させていくのだった。

 

 



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第10話 拾い物と今後の方針

誤字指摘ありがとうございます。

次回から、ラリーたちが乗っていた地球軍艦が出てきますよ。
オペ子ちゃんと、艦長も出てきます


 

アークエンジェルへ帰投し、軽い水分補給と推進剤の補給を受けたあと、隊長であるムウを除いたメビウスライダー隊は、ボロボロになったヘリオポリス近域の哨戒任務に出発した。

 

「すまないね、キラくん。周辺警戒に付き合わせてしまって」

 

エネルギーにまだ余裕があったキラも、なぜかこの哨戒任務に付き合うことになった。ナタルやマリューは難色を示したが、ムウが「いざという時に手足のように動かせないと。だから慣れておけ」と言ったのがきっかけだ。

 

もっとも、それでついて行くと決めたキラの決断があったからだが。

 

「いえ、大丈夫です。ベルモンド…さん。けど、ザフトは撤退したんですよね?」

 

メビウス二機とストライクは、スラスターを最小限に吹かして、破壊された港やドックから溢れたデブリを避けながら宙を漂う。

 

ナタルやオペレーターが言うように、近辺にモビルスーツなどの反応はない。それでも、当たり前のようにラリーたちは哨戒任務に出た。

 

「ああ、見た目はな。だが相手はあのクルーゼ隊だ。引いたように見せかけて…なんてことも、よくある話だ」

 

キラの問いにラリーがすんなりと答えた。

 

以前にも、撤退したと思っていたらNジャマーとモビルスーツの低出力モードで巧みに近づいてきていた部隊の奇襲を受けたことがあると、ラリーの隣を飛んでいるリークが付け加える。

 

「しかし、なんとかヘリオポリスは守り切れましたね」

 

「外壁に何発も穴が開いて、港の多くが機能不全に陥っていて守れたというならな。これじゃあ復旧に何十年かかるやら…」

 

辺りを見渡せば、たしかにヘリオポリスは原型を留めてはいたが、いたるところにビーム兵器によって穿たれた穴から、土砂や酸素や瓦礫が吹き出しているのが見える。それらを修理するためにやってくる船が接舷できる港も、軒並み破壊されているため、復旧の目処は立ちそうになかった。

 

「すいません…僕も」

 

そう言ってキラは肩を落とした。

彼もまた、自分が引いた引き金でコロニーを傷つけてしまった。その罪悪感を感じているのだろうか。重苦しい雰囲気の中で、リークがゴホンと咳払いを打つ。

 

「あー、まぁ気にしても仕方がないよ、ヤマト君。君はヘリオポリスを守るために戦ったんだ。今はそれでいいんだ」

 

「ぼ、僕は…艦に乗る友達を守るために…」

 

「それでいいんだよ。逆に大義名分を背負って戦うやつの方が信用ならんもんさ。身近な仲間を守るために戦うのも立派な理由だよ。それが結果的に良い方に向かえばそれで御の字さ」

 

リークの慰めの言葉に、キラは呆気に取られた様子だった。

 

「どうしたの?キラ君」

 

「いや、もっと軍人って堅苦しい人だと思ってたんで」

 

ナタルのような軍人らしい人物や、コーディネーターだからという理由で自分に銃口を向けた軍人たちのような、ピリピリとした威圧感や不快感は、この部隊の人間からは感じられない。素直にそう言ったキラの言葉に、ラリーは吹き出した。

 

「はっはっはっ、これくらいじゃないとやってられないさ、パイロットってやつは」

 

「同感です、ライトニング1」

 

さっきまで命をかけた戦闘をしていたというのに…。キラはメビウスライダー隊のパイロットとしての生き様を見ていた。

 

先の戦闘や、彼らの行動を見る限り、メビウスライダー隊は大義名分を掲げた者や、愛国主義の軍人ではない。

 

戦い、生き残り、任務を果たす。

それを第一に考えて戦っているように見えた。

 

コーディネーターであるキラに頼ることもせず、誰に強要される訳でもなく、誰かに当てつけるわけでもなく、彼らは自分たちの生存と、仲間と共に生き抜く、そのために戦っている。

 

その部隊の人間を見て、自分が感じている感情は一体なんなのか。キラにはまだそれが理解できなかった。

 

「さて、哨戒もこれくらいに…いや、待て。前方に熱源反応…それにこの電文…」

 

帰還しようとしたラリーが何かを見つけたようだ。途端に、隣にいたリークのメビウスが鋭く軌跡を描き、索敵行動に移る。キラもストライクのコクピットから外を見渡した。

 

「レイレナードさん!あれ!」

 

そして見つけた。

飛散したデブリに混ざる、一隻の救命ポッドを。

 

 

////

 

 

「で、これからどうするんだ?」

 

ラリーたちが哨戒任務に出てる間に、ムウはアークエンジェルのブリッジで、マリューやナタルを交えた今後の方針について話し合っていた。

 

「本艦はまだ、戦闘中です。ザフト艦の動きは掴める?」

 

「引いていくのは確認できましたが、素直に引いたとは…」

 

「だよなぁ。相手はクルーゼ隊だ。絶対追ってくるだろうなぁ。どう思う?艦長さん」

 

ムウの言葉は、事実だろう。鹵獲したG兵器すら投入して攻撃を仕掛けに来たのだ。確かな損失は与えたが、そんな相手が引き下がるとは考えにくい。

 

「追撃はあると想定して動くべきです。…今攻撃を受けたら、こちらもただでは済みません」

 

マリューの判断に、ムウも同意見だと肩をすくめた。

 

「反対側の港で待つ俺たちの船と合流したとしても、搭載してるのはメビウスライダー隊の補給分しかないから、アークエンジェルへ充分な補給は無理。それに艦もこの陣容じゃあ、戦闘はなぁ。いっそ詰め込めるだけ詰め込んで、最大戦速で振り切るかい?かなりの高速艦なんだろ?こいつは」

 

「向こうにも高速艦のナスカ級が居ます。振り切れるかどうかの保証はありません」

 

「なら素直に投降するか…?」

 

ムウの一言に、マリューはつかの間、硬直する。ムウはバツが悪そうにブロンドの髪を片手でかき回した。

 

「ここはザフトの庭みたいなもんだ。向こうが戦力を整えたらジリ貧になって、すり潰される。投降っていうのも一つの手ではあるぜ?」

 

「なんだと!ちょっと待て!誰がそんなことを許可した!」

 

その時、哨戒任務から帰還したメビウスライダー隊とストライクの収容状況を聞いていたナタルが悲鳴のような声を上げた。

 

「バジルール少尉、何か?」

 

「ストライクとメビウスライダー隊が帰投しました。ですが、救命ポッドを一基保持してきています」

 

「えっ!」

 

ナタルの呆れたため息と、マリューとムウの驚いた声が重なって、無重力に飛散して行く。

 

 

////

 

 

ヘリオポリス崩壊は回避できた。

しかし、無事とは言い難い。とくに港付近はこっ酷くやられているため、救命ポッドが危険を感知してヘリオポリスから離脱したのだろう。

 

キラや俺たちが見つけた哀れな救命ポッドは、エンジンをデブリにやられて漂流していた。

 

「認められない!?認められないってどういうことです!推進部が壊れて漂流してたんですよ?それをまた、このまま放り出せとでも言うんですか!?避難した人達が乗ってるんですよ!?」

 

《すぐに救援艦が来る!アークエンジェルは今戦闘中だぞ!避難民の受け入れなど出来るわけが…》

 

報告をしたキラの反論に、噛み付くかのように言い返すナタル。なんとまぁ軍人らしい言い分ではあるが、彼女には人間的な道徳心は無いのだろうか、そんなことを考えてしまう。

 

不満げに瞳を揺らすキラに黙って、俺はナタルではなくブリッジに居るであろう隊長に聞こえるように通信を開いた。

 

「それが、そうも言ってられないようですよ、フラガ大尉、この電文を見てください」

 

バジルールと絶賛言い合いを繰り広げてるキラは放っておいて、俺はムウへ哨戒中に拾った電文の全文を見せた。

 

《我、アルスター殿のご令嬢を乗せた避難船である。流星の保護を願う…おいおい、まじかよ》

 

アルスターと聞いて、ムウは眉をひそめる。俺やリークも似たような感じだった。

 

名前の主は、ジョージ・アルスター。

 

穏健派だが反コーディネイター運動を行うブルーコスモスの一員であり、外務次官という立場を利用して地球連合各加盟国にコーディネイターの排斥を呼びかけているブルーコスモス内でも相当な権力を有する人物だ。

 

地球軍に所属していれば一度は聞くブルーコスモスだが、俺やリークやムウもブルーコスモスの理念には賛同できない。しかし、そんな相手でも第八艦隊の宇宙戦艦に乗っているとなれば、嫌でも噂が耳に入るものだ。

 

そして、物語の重要人物でもあるフレイ・アルスターの実父。劇中同様に、漂流していた救命ポッドにはフレイが乗っているのだろう。

 

「おそらく、誰かが俺たちをメビウスライダー隊と知ってわざわざ光学通信を」

 

「まったく人気者も辛いものですね」

 

《冗談を言ってる場合じゃねーぞ、リーク。どうすんのよ、まったく…》

 

ナタルが言うように外に放り出せば、全員仲良くブルーコスモスからの嫌がらせが待っているだろう。嫌がらせと可愛く言ったが、正確には「身に覚えのない処罰」、「突然の左遷」、下手をすれば前線送りか―――体にナニカサレルコースだ。

 

《いいわ、許可します》

 

うむむむ、と唸るムウに、凛とした声でマリューが答えた。

 

《…艦長?》

 

《今こんなことで揉めて、時間を取りたくないの。…収容急いで!》

 

《…分かりました、艦長》

 

艦長の一声で、モビルスーツの収容に加えてポッドの搬入も始まり、ハンガーは一気に慌ただしくなっていく。俺やリークがハンガーに入れるようになるのはもう少し先になりそうだ。

 

《…この艦とストライクは絶対にザフトには渡せません。我々は何としても、これを無事に大西洋連邦司令部へ持ち帰らねばならないんです》

 

《艦長、私はアルテミスへの入港を具申致します》

 

「アルテミス?それって、確かユーラシアの軍事要塞だったか?」

 

「通称、傘のアルテミスですよ。ライトニング1」

 

俺とリークの会話に、ナタルが鋭い視線を送ったように見えた。いや、音声通信だから見えないけれど。

 

《現在、本艦の位置から最も取りやすいコースにある友軍です》

 

《でも、Gもこの艦も、友軍の認識コードすら持っていない状態よ?それをユーラシアが…》

 

《アークエンジェルとストライクは、我が大西洋連邦の極秘機密だと言うことは、無論、私とて承知しております。ですが、このまま月に進路を取ったとて、途中戦闘もなくすんなり行けるとは、まさかお思いではありますまい。物資の搬入もままならず発進した我々には、早急に補給も必要です》

 

たしかにそうだな、とムウもぼやいた。裏の港からすでに俺たちメビウスライダー隊の母艦も、アークエンジェルに向けて出航している。幸いにも、ヘリオポリスに到着するまでは小競り合いもなかったので、船には多くの物資が残っている。

 

ただし、それはあくまで「メビウス用」だ。食料や水は何とか分かち合えるが、機密の塊のようなストライクや、アークエンジェル用の弾薬は期待できない。

 

《事態は、ユーラシアにも理解してもらえるものと思います。現状はなるべく戦闘を避け、アルテミスに入って補給を受け、そこで月本部との連絡を図るのが、今、最も現実的な策かと思いますが》

 

《アルテミスねぇ…どう思う、お前ら》

 

「補給を受けられれば御の字でしょうが」

 

「そうこちらの思惑通りにいきますかね」

 

俺とリークの答えに、ムウもだよなぁ、とブリッジで天を仰いだ。

 

《でも…今は確かにそれしか手はなさそうね》

 

不安げなマリューの声を聞きながら、俺たちはただ、搬入作業に沸くハンガーを見つめるだけだった。



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第11話 護衛艦クラックス

 

ザフトのクルーゼ隊に所属する黒服で、同隊の母艦・ナスカ級高速戦闘艦ヴェサリウスの艦長を務めるアデスは、G兵器奪取に伴った自分たちの損失を見て、頭を抱えた。

 

最重要任務である地球軍が開発したG兵器の奪取。5機の内の4機を手中におさめたとは言え、引き換えにした損失があまりにも痛すぎた。

 

ジン4機喪失、さらに1機はスクラップに近い。クルーゼ隊の指揮官機であるシグーも、腕部と背部スラスターに損害を受けているため、修理するには一度帰還するしかない。損傷した武装も入れれば、クルーゼ隊のモビルスーツ戦力はゼロに等しくなる。

 

それに加えて、アデスの頭を悩ませるのは目の前に浮かぶ巨大なコロニー、ヘリオポリスだ。

 

「このような事態になろうとは…。いかがされます?中立国のコロニーを攻撃したとなれば、評議会も…」

 

黙っては居ない。戦時とは言え、反戦争派もいるわけだから、中立を謳うコロニーにモビルスーツで攻撃をしたなんて知られたら、どうなるか分かったものではない。

 

しかし、焦燥するアデスと違ってクルーゼはやけに冷静であり、余裕を感じさせた。

 

「地球軍の新型兵器を製造していたコロニーの、どこが中立だ」

 

「しかし…」

 

「住民のほとんどは脱出している。さして問題はないさ。血のバレンタインの悲劇に比べれば」

 

それを引き合いに出されたら、アデスは何も言えなくなる。地球軍が決行した核によるプラントへの攻撃。多大な死者や損失を出した「血のバレンタイン」は、未だにプラントの多くの人の心に残っていて、それは憎しみの源泉ともなっているからだ。

 

「敵の新造戦艦の位置は掴めるかね?」

 

「掴めてはいますが、こちらとの距離はかなり開いてます」

 

クルーゼの言葉に、オペレーターは困ったような声で答える。そのやり取りを見て、アデスは驚いたように無重力のブリッジを漂ってクルーゼの元へ詰め寄った。

 

「まだ追うつもりですか?しかしこちらには既にモビルスーツは…」

 

「あるじゃないか」

 

淡々というクルーゼに、アデスはまさかと思って息を呑む。

 

「地球軍から奪ったモビルスーツ、それが4機も」

 

なんてことを言うのだ、このお方は。アデスはクルーゼの冷酷さを目の当たりにしたような気がした。あの4機を手に入れるまでに、一体どれほどの血が流れたというのか。にも関わらず、クルーゼという男は、奪ったばかりの武器で敵を討つという。

 

正気とは思えないが、今は戦時だと割り切れてしまう自分も、すでに正気ではないのだろう。

 

「データを取ればもうかまわんさ。使わせてもらう。宙域図を出してくれ。ガモフにも打電だ」

 

 

////

 

 

 

「第七艦隊所属、ドレイク級宇宙護衛艦クラックスの艦長、ドレイク・バーフォードです」

 

メビウスライダー隊の母艦である宇宙護衛艦クラックスは、補給の受け入れ準備を整えた状態でアークエンジェルと合流することができた。

 

「第八艦隊所属、アークエンジェルの艦長、マリュー・ラミアスです」

 

補給物資の受け渡しに賑わうハンガーを見下ろしながら、アークエンジェルのブリッジで、クラックスの艦長であるドレイクは、マリューと敬礼を交わし合う。

 

第7艦隊(ナンバード・フリート)とは言え、ハルバートン提督が指揮するような有力な戦力は無く、ムウ率いるメビウスライダー隊を除いて、その戦力おおよそがザフトによって叩かれているーー言わば、死に体の艦隊だ。

 

ドレイク・バーフォードという男は、そんな死に体の艦隊の中で唯一の戦力であるメビウスライダー隊を取り仕切る艦長。彼の危機察知力は凄まじく、ヘリオポリスでの戦闘で損傷を受けなかったのも、ムウたちが即座に迎撃に出たのと、彼らを信用し後衛に徹したことが大きく影響している。

 

「君たちの話は、メビウスライダー隊から聞いている。大変な思いをされたようだ」

 

「いえ、我々は幸運なだけでした」

 

「謙遜は良くない。君たちはこうしてアークエンジェルを守り通した。それが純然たる結果だ。君たちの無事を、同じ軍の人間として嬉しく思う」

 

ドレイクはそう言って微笑んだ。「運も実力のうち」というのが、彼がよく口にする言葉だった。運良く生き延びたことも多くある。しかしそれが幸運だと言うならば、長くは続かずに撃沈されていただろう。彼の戦歴はそんな危ない橋と共にあったのだ。

 

「ありがとうございます…」

 

それでも謙遜するマリューに、ドレイクは笑みを送る。一番大変な思いをしているのは君だと言うに、とでも言いたげな瞳で。

 

「さて」

 

そう言ってドレイクは、自艦から搬出されていく物資のリストをマリューへ見せた。

 

「燃料や食料の物資はそちらにも供給はできるが、やはり本格的な補給を受けなければジリ貧になる」

 

ドレイクの艦、クラックスは何もザフトから隠れ続けていた訳じゃない。アークエンジェルやメビウスライダー隊が苛烈な撃退戦や、迎撃戦を行なっている最中、彼らはヘリオポリス内部にある水や食料の搬入、そして比較的に戦闘の被害がないエリアに居たコロニーに住む住人の避難誘導や、コロニー公社への救援隊の派遣要請を行なっていた。

 

「はい、我々もG兵器やこの艦の弾薬補給も受けなければなりません」

 

それ故に食料に関しては、アークエンジェルで働く下士官に、メビウスライダー隊が保護した避難民たちの分は賄うことができる。

 

「問題は水だな」

 

飲料水だけではなく、生活用水や冷却用にも用いられるそれだけは、どうあっても満足な量は無い。

 

アルテミスで補給が受けられるなら潤沢に用意できるが、仮にアルテミスの高官どもが首を縦に振らない場合は、地球軍の虎の子の艦であるアークエンジェルは、水不足のまま地球への長い旅に出ることになるだろう。

 

「デコイ用意。発射と同時に、アルテミスへの航路修正の為、メインエンジンの噴射を行う。後は艦が発見されるのを防ぐため、慣性航行に移行。第二戦闘配備。艦の制御は最短時間内に留めよ!」

 

二人の後ろ側では、ナタルがブリッジの下士官たちに指示を飛ばしている。そこには自分の艦の部隊長でもあるムウも同席していた。

 

「アルテミスまでのサイレントランニング、およそ2時間ってとこか。…後は運ってところですね、ドレイク艦長」

 

「まぁ見つかった場合は、宇宙護衛艦として、貴艦の護衛を全うするとしよう」

 

ドレイクの何気ない一言に、マリューは首を傾げた。

 

「どういうことですか?バーフォード艦長」

 

ああ、そうでしたな。とドレイクは改めてマリューへ敬礼を行う。

 

「我々の次の任務が決まりましてな。第八艦隊からの直々の要請で、貴艦の護衛の任を仰せつかった。メビウスライダー隊共々、よろしく頼む」

 

 

////

 

 

先に搬入を終えたラリーのメビウスを追って、リークは自機をハンガーに収容する作業に従事していた。ハンガーとは言っても、ドレイク級である母艦でのモビルアーマーの運用は、艦体外部にドッキングする形になり、運用可能数は4機と限られている。

 

機体の修繕や武器弾薬の補給も、船外作業になるため、周りにいるスタッフも全員ノーマルスーツを着用している。

 

ドッキングを終えたリークは、居住性の悪いメビウスのコクピットから宇宙空間へと出る。アークエンジェルのハンガーとは違い、宙へむき出しの中に出るので、命綱であるマグネットワイヤーを船体に固定して、クラックスへ降り立った。

 

「いやぁ、まさに間一髪てところで。俺がサブブースターを射出しなかったら新型のG兵器も、アークエンジェルも危なかったというかー、なんというかーあっはっは」

 

クラックスのデッキ。そこには先にドッキングしていたラリーが、機体の前でしどろもどろになっていた。彼の前に立っている女性は腕を組んで、歯切れ悪く説明するラリーの言葉をじっと聞いているようだった。

 

リークから見てもわかる。ノーマルスーツ越しに伝わってくるピリピリとした感じ。そう、ラリーの相手は間違いなく怒っていた。

 

「言い訳はそれで全てですか?」

 

「正直すまんかったと思ってる」

 

ラリーの言葉で堪えていた怒りが沸点を超えたようで、彼女はボロボロになったメビウス・インターセプターの上でわかりやすく地団駄を踏んだ。

 

「思ってるなら、な ん で サブブースターをミサイルよろしくと打ち出したんですか?!バカなんですか?!死ぬんですか?!」

 

「死ぬ気だったらここには居ないというか」

 

「ならもっとマシな言い訳をしなさい!!」

 

いつもは飄々としているラリーが縮こまっていた。初めて見たときは驚いたが、彼と共に数回飛べば、その光景にもすっかり慣れていた。

 

プリプリと怒る彼女は、ハリー・グリンフィールド。通称、オペ子。そう呼んでいるのはラリーだけだが。

 

グリマンディ戦線の後に、ムウと共に口封じと監視の名目で、第7艦隊への転属を言い渡されたラリー。そんな彼の監視役として、彼女はオペレーター兼技術士官の肩書で同部隊へ配属された。

 

もともと、彼女も地球軍内で「モビルアーマーでの格闘戦術案」、「メビウスの強化プラン案」、果ては「局地戦対応型のマルチタイプメビウスの開発案」などを提言するという異端児。メビウス・インターセプターの開発を主導したのも彼女だ。

 

ラリーの監視という名目で、彼女も第7艦隊へ左遷させられた。今思えば、この第7艦隊はそういった爪弾き者が多いような気がした。リーク自身を含めて。

 

「私が丹精込めて調整したサブブースターを跡形も残さずとは…一体調整に何時間かけたと思ってるんですか!?」

 

「あーもう、悪かった悪かったってぇー!オペ子ぉ!頼むから機嫌なおしてもっかいサブブースター付けてくれよ頼むからさぁ」

 

「オペ子って呼ぶな!それに、いっそのことご自分で付けたらどうですかね!全く!」

 

そんな二人のやり取りを見て、ふとリークは思った。いつもなら、僚機のパイロットだったゲイルが、そんな二人を茶化していたな、と。

 

怒涛の戦いが一段落して、リークは改めて自分の心に空いた穴を自覚するのだった。

 

 



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第12話 戦う理由

誤字修正、ありがとうございます

次回からG兵器との戦闘です


「どこに行くのかな、この船」

 

アークエンジェルの食堂でぼやいたのはカズイだった。

 

キラの友人であるサイやトール、ミリアリアたちは、同じく学友であるフレイ・アルスターとの再会を喜んだが、彼らの身は未だにアークエンジェルに置かれたままだ。

 

ヘリオポリスは無事なのだから戻してほしいと、下士官に声をかけたが、ヘリオポリス内部は致命的な酸素不足と、隔壁が閉鎖されている状態のため、下船するのは不可能だと告げられた。彼らはこの船の行く末に身を委ねることになっている。

 

「まだザフト、居るのかな?」

 

「この艦と、あのモビルスーツ追ってんだろ?じゃあ、まだ追われてんのかも」

 

先の戦闘の一部始終を目撃していたトールとサイがそんな話をしていると、隣で水をあおっていたフレイが心底嫌そうに眉をしかめる。

 

「えー!じゃあなに?これに乗ってる方が危ないってことじゃないの!やだーちょっと!」

 

フレイの叫びに、誰も何も答えなかった。彼女の叫びが、サイたちにとってはどこか軽い声に聞こえたからだ。ヘリオポリスの中で、まだ逃げ回っていたか、フレイと同じく避難船に乗っていたら、彼女の悲鳴に共感できただろうが、サイたちは見てしまった。

 

命をかけて戦う者たちと、戦争によって破壊されるコロニー。そして、死んでゆく者たちを。

 

「壊された救命ポッドの方がマシだった?」

 

普段は見せない怒気をたぎらせたミリアリアの瞳が、フレイを射抜く。

 

「そ、そうじゃないけど…」

 

「親父達も無事だよな?」

 

「避難命令、全土に出てたし、大丈夫だよ」

 

サイたちが話題を変えようと、気になることを思い思いに口にしていたら、食堂に疲れた様子のキラが戻ってきた。後からパイロットスーツ姿のムウも入ってくる。

 

「キラー」

 

水を飲むキラへ、トールが呼びかける。

そのままキラは無重力の浮遊感を使って、トールたちが陣取る席へと向かった。

 

「さっきから戻っても来ないで何をやってたんだよ?」

 

「うん…モビルスーツの整備を、ね」

 

そう答えるキラは、なんとも言えない微妙な顔をしていた。顔では嫌そうな表情をしているものの、どこか使命感のようなものを抱いてる…そんな複雑な表情だ。

 

「そりゃ、そうだろ?今のストライクはボウズの機体なんだからな」

 

その会話にムウも加わった。ムウはラリーたちと違い、アークエンジェルで補給と整備を受けていたのだ。メビウス・ゼロはガンバレルという特殊兵装があるため、ドッキングして整備するクラックスよりも、アークエンジェルで整備した方が効率が良かった。

 

「僕の機体…?え、ちょっと僕の機体って…」

 

キラの動揺する声に、ムウは何を今更といった風に呆れたように答える。

 

「今はそういうことになってるってことだよ。実際、あれには君しか乗れないんだから、しょうがないだろ」

 

「また…戦闘が…けど、僕は…」

 

「"アイツは、引き金を引いた重みをわかってる男だ"」

 

「え?」

 

ムウが語った言葉は、彼の意思で発せられた言葉には聞こえなかった。キラのこぼれた声に、ムウは微笑む。

 

「ラリーがそう言ったんだよ。お前のことを見てな」

 

「レイレナードさんが…」

 

それは哨戒任務から帰還した後のことだ。

 

ラリーとしても、民間人に戦場をウロウロして欲しくない気持ちはあったのだろう。

 

過去にも軍人じゃないゲリラや民兵が、簡易な武装を施した作業用ポッドで出てきたことがあった。

 

その時、ジンは無情な眼差しでそれを蹂躙した。統率も取れない、指示を出しても聞かない、そして殺されそうになったらこちらにすがりついてくるが、そうなった時にはもう遅いのだ。

 

ムウやラリーは何もできずに、無線機から聞こえてくる断末魔の叫びを浴びながら任務を遂行した。

 

戦うことも、戦争に加担することも拒絶するキラを、モビルスーツに乗せるのはどうかという考えはあった。しかし、ラリーはムウと別れる前に言ったのだ。

 

アイツは引き金を引いた重みをわかっている、と。

 

「勇んで戦ってくれとは言わん。けど、今は、出来ることをやるんだ。敵が待ってくれるような、時間はないぞ。悩んでる時間もな」

 

そう言って食堂を後にしようとしたムウに、サイが問いかける。

 

「あの!この船はどこに向かってんですか?」

 

「ユーラシアの軍事要塞だ。ま、すんなり入れればいいがな。ってとこさ」

 

ユーラシアの軍事要塞。そんなところに船は向かっている。その現実がサイたちに重くのしかかった。

 

「おい!キラ!」

 

キラもムウに言われた言葉に何か思うところがあったようで、水を飲み終わるとフラフラと食堂を後にしていった。

 

「え?なに?今のどういうこと?あのキラって子、あの…」

 

一人だけ状況についていけないフレイに、ボーイフレンドであるサイは、深く息を吐いて気持ちを切り替え、戸惑うフレイを見つめた。

 

「君の乗った救命ポッド、モビルスーツに運ばれてきたって言ってたろ。あれを操縦してたの、キラなんだ」

 

えー!あの子…?とフレイは意外なものを見るように、キラが出て行った食堂の出口を見つめる。

 

「でもあの…なんでモビルスーツなんて…」

 

フレイは父に聞いたことがある。地球軍はモビルスーツを持っていない。モビルスーツを操るのは人理に反した存在であるプラントのコーディネーターたちだけだと。

 

自分が保護されたのは、地球軍の船だ。

じゃあ、モビルスーツを動かしたキラという人物は何者なのか?

 

「キラはコーディネイターだからねー」

 

その答えは、カズイの軽率な一言で得ることができた。トールに咎められ、首をすくめるカズイだが、フレイの中には父から影響を受けてコーディネーターへの拒絶が生まれつつあった。

 

「うん…キラはコーディネイターよ。でもザフトじゃない。あたし達の仲間。大事な友達よ」

 

そう言うミリアリアとサイだが、フレイは表面上で頷きながら、心の奥底で差別的な感情が渦巻いていくのだった。

 

 

 

 

 

その一方、避難用として割り当てられたベッドの上で、キラはムウや、ラリーから言われた言葉を頭の中で反復させていた。

 

「ただ、モビルスーツを動かせたって…戦争が出来る訳じゃないのに…なんで僕は…クソっ」

 

戦いは嫌いだ。怖いのも、辛いのも嫌だ。

戦争になんて関わりたくもない。

 

けれど、この船には大切な友人がいる。

そして、ラリーたちと飛んだ時に感じた感情。あれは充実感だったのか、それとも感謝された喜びだったのか。

 

キラはその答えを出すことができずに、ただ広がる目の前の現実を重く受け入れるだけだった。

 

 

/////

 

 

 

「大型の熱量感知。戦艦のエンジンと思われます。距離200、イエロー3317、マーク02、チャーリー、進路、0シフト0」

 

レッドアラート。

 

突如として飛び込んできた情報を掴んだのは、アークエンジェルだった。

 

「やはり追ってきたか、クルーゼの野郎…」

 

ブリッジでいつでも出られるよう臨戦態勢を整えていたムウが恨み言を言うかのように呟く。

 

「目標、本艦とクラックスを追い抜きます。艦特定、ナスカ級です」

 

「チィ!先回りして、こっちの頭を抑えるつもりだぞ!」

 

「ローラシア級は?」

 

「待って下さい。…本艦の後方300に進行する熱源!…いつの間に…」

 

「このままでは、いずれローラシア級に追いつかれるか、逃げようとエンジンを使えば、あっという間にナスカ級が転進してくるぞ」

 

アークエンジェルの索敵範囲は、現行の艦船のものを遥かに凌駕している。先行して行ったナスカ級の動きと、ローラシア級の動きを見る限り、サイレントランをしているこちらを完全には捉えきれていないようだった。

 

《悪いが、2番のデータと、宙域図、こっちに出してくれ。ムウを含めたメビウスライダー隊は直ちに第一戦闘配備で待機だ》

 

静寂に包まれていた中で、口火を切ったのはクラックスの艦長であるドレイクだった。その目つきには焦りはなく、どこか余裕すら感じられる。

 

「バーフォード艦長、なにか策が?」

 

マリューの不安げな声に、ドレイクは小さく笑って言った。

 

《それは、これから考えるのだよ》

 

 

////

 

 

《各員、第一戦闘配備!メビウスライダー隊は出撃できるように待機せよ!》

 

「もー!こっちの気も知らないで!まだ調整が済んでないのよ!!」

 

予想はしていたが、あまりにも早い敵の出現に、メビウス・インターセプターにサブブースターを取り付けていたハリーは、苛立ったようにオペレーターに叫び返した。聞こえてはいないだろうが。

 

「オペ子!コントロールをこっちに繋いでくれ!出力調整は飛びながらやる!」

 

コクピット内で出力調整の入力を行なっていた俺は、ハリーへ早く艦の中に引っ込むようにとそう言った。第一戦闘配備ともなれば、相手の艦からいつ砲撃が飛んできてもおかしくないからだ。調整をするとき、むき出しの甲板上でやっている作業員たちにとっては致命的だ。

 

そんな俺の進言を、ハリーは真っ向から反抗する。

 

「バカ言わないで!モビルスーツとの戦闘なのよ!?そんな真似したら今度は生きて帰ってこれないわよ!」

 

「今からサブブースターを外す時間はない。やるしかないんだよ、ハリー」

 

いつもは呼ばない彼女の名前を呼ぶ。

それは本気の時だ。ハリーは少しだけ口を噤んだ。

 

「…せめてギリギリまで調整させて。アンタの腕は信じてるけど、機体が言うこと聞かないとどうにもならないんだから。だから今回も生き残って帰ってきて」

 

彼女は、ゲイルの機体の調整もしていた。

自分が手がけた機体が帰ってこなかったのは何度目だろうか。何度重ねても、その喪失感や悲しみに慣れることはない。

 

刺々しい言葉の裏側に隠れた彼女の悲しみを汲み取り、俺はいつものように答える。

 

「了解した」

 

 

////

 

 

 

「ほぉー」

 

ムウはアークエンジェルのブリーフィングルームに現れた、パイロットスーツ姿のキラを見てそんな声を出した。

 

キラは居心地が悪そうに目を泳がせているが、部屋から逃げ出すような真似はしなかった。それだけでも、ムウからすれば合格だ。

 

「やっとやる気になったってことか。その格好は」

 

「友達が、船の仕事を手伝うからって…だから、僕も」

 

キラの友人たちも、できることを成そうと人手が足りないアークエンジェルのオペレーターや、観測官の手伝いを申し出たのだ。

 

お前ばっかりに戦わせて、守ってもらうわけにはいかないと、笑顔でそう言って。

 

《キラ君、本当に良いのかい?》

 

ブリーフィングルームに設けられたモニターには、出撃準備を整えたラリーとリークが映し出されている。リークの優しい声が、キラのことを本気で心配していることを窺わせたが、キラはそれに頷いて答えた。

 

「今この船を守れるのは、僕たちだけだって。戦いたい訳じゃないけど、僕はこの船は守りたい。みんな乗っているんですから」

 

《…それでいい。戦うよりも、生き残ることを考えればいい》

 

それにいざとなれば逃げ回っていれば死にはしない、とラリーも冗談ぽくそう言った。

 

「俺達だってそうさ。意味もなく戦いたがる奴なんざ、そうは居ない。戦わなきゃ、守れないから戦うんだ」

 

殺しあうために戦うんじゃない。

大切なものを守るために戦う。

 

キラはムウの言葉に力強く頷いた。

 

《よし、全員揃っているな。じゃあ、作戦を説明するぞ》

 

ドレイクが立案した作戦。

 

それは大きな危険が伴うものだが、今のアークエンジェルとクラックスには、他を選ぶ時間も戦力もない。

 

それでも、生き残る。

 

その場にいる全員が、その気持ちを強く心に抱いていたのだった。

 

 

 



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第13話 駆けるガンダム

 

ドレイクが提案した作戦は戦力を二つの役割に分けることになる。

 

単独で高火力を発揮するムウのメビウス・ゼロが、隕石群に隠れながら隠密行動を取り、前方に布陣したナスカ級を急襲。敵の足を奪う。

 

その間、アークエンジェルならびにクラックスの護衛兼、囮役としてメビウスライダー隊とキラのストライクが敵と交戦する筋書きだ。

 

《くれぐれも落とされるなよ?いざとなれば逃げ回ればいい。相手がそれを追えば仲間がフォローしてくれる。メビウスライダー隊を信じろ》

 

ドレイクの言葉を、キラはストライクのコクピットで静かに聞いていた。ブリーフィングを終えたキラとムウは、ハンガーへ赴き、それぞれの機体へと乗り込んで待機している。

 

アークエンジェルの射出カタパルトにムウのメビウス・ゼロが運び込まれて行くのが見えた。

 

《という訳だ。キラ、君のコールサインは一時的だがライトニング3になる。リークはライトニング2、俺はライトニング1だ。モビルアーマーとモビルスーツの混成隊だが、うまく連携していこう》

 

アークエンジェルの左側で並行する護衛艦クラックスでも、同じように出撃準備が整えられていた。

 

ギリギリまで続いた調整を何とか終えたメビウス・インターセプターに乗るラリーが、短距離レーザー通信でキラにそう告げる。

 

あくまで軍属でないから仮だな、というムウの声。りょ、了解とキラはぎこちなくラリーの通信に答えた。

 

《キラ君、とにかく、艦と自分を守ることだけを考えて。戦闘は俺たちがフォローする。君は君ができることを精一杯するんだ》

 

「は、はい!ありがとうございます、ベルモンド少尉」

 

ゆっくりと開いて行くゲート。その先には漆黒の宇宙が広がっている。ふと、キラはストライクに乗る寸前に出会った、幼馴染のことを思い出した。

 

アスラン・ザラ。

 

彼はたしかに、ザフトのノーマルスーツを着ていた。そして、そのままG兵器へと乗り込んで、コロニーを無茶苦茶にして、飛び去っていった。

 

(…アスラン…本当に君なのか?…コロニーを攻撃したのも…この船を沈めに来るのも…)

 

《メビウス・ゼロ、フラガ機、リニアカタパルトへ!》

 

そんな考えに耽っていると、ハンガー内に管制官の声が響く。カタパルトを見ると、ムウの機体が既に射出態勢に入っていた。

 

《了解!ムウ・ラ・フラガ、ライトニングリーダー、出るぞ!ボウズも、アークエンジェルも、戻ってくるまで沈むなよ!》

 

「は、はい!大尉もお気をつけて…!」

 

ガシュゥッという金属のスライドする音ともに、メビウス・ゼロが宇宙へと放たれた。

 

《ローラシア級、後方50に接近!もうまもなくだ!》

 

《こちらメビウスライダー隊、ラリー・レイレナード、ライトニング1、発艦する!》

 

《同じくメビウスライダー隊、リーク・ベルモンド、ライトニング2、出撃します!》

 

《メビウスライダー隊の配置が完了し次第、メインエンジン始動!ストライク、発進位置へ!カタパルト接続。システム、オールグリーン!》

 

戦闘が始まる…。ヘリオポリス近域で戦った時とは別の緊張感がキラを包み込んで行く。隠密先行、そして前の敵を討つ。その間、自分たちが敵を引きつけながら後方の敵から艦を守る。

 

果たして、うまくいくのか。

自分の出来ることは、なんなのか。

ただ、モビルスーツを動かすことしかできない自分に何が出来るのか。

 

呼吸が荒くなっていくのが自分でもわかった。

 

《キラ!》

 

コクピットに響いたのは慣れ親しんだ声。キラはバイザー越しに通信モニターを見ると、そこにはインカムをつけたミリアリアが写っていた。

 

「ミリアリア!?」

 

《以後、私がモビルスーツ及びモビルアーマーの戦闘管制となります。よろしくね!》

 

《よろしくお願いします、だよ》

 

学友に対してだからか、ラフに喋るミリアリアを同じく管制官を務める下士官が優しく窘めた。

 

《そんな可愛い子が戦闘管制官か、キラ君が羨ましいよ》

 

《何か言ったか?ライトニング2》

 

レーザー通信から聞こえたリークのぼやきに、クラックスの管制官が「ほほう」と、やや怒気を含んだようにリークに詰め寄る。リークは《あー》とか《うー》とか言いながら、返答に困っているようだった。

 

《こちらは早期警戒管制室のAWACS、「オービット」だ。キラ・ヤマトくん、君は軍属ではないが、メビウスライダー隊に所属するならこちらの指揮系統は理解しておいてもらいたい》

 

「AWACS…ですか?」

 

《あー。簡単に言えば、目標の探知、敵機の判別や友軍機への指示といった、「データ・リンク」という役割を果たす事になる。前回までは突発的なトラブルだったため、メビウスライダー隊が指揮を取っていたが、今回からはこちらから指示を出す。各機は戦闘に集中してほしい》

 

《へそ曲げるなよー、ニック》

 

《ライトニング1、本名で呼ぶのはやめてくれ》

 

そう言って冗談めいたように笑うメビウスライダー隊の面々。キラの抱えていた緊張感もどこかに抜け去っていて、出撃前とは思えない穏やかな空気が流れる。

 

そんな空気を、ナタルが咳払いをひとつ零して、改めて引き締め直した。

 

《私語は慎むように!ストライクの装備はエールストライカーを。アークエンジェルが吹かしたら、あっという間に敵が来るぞ!いいな!》

 

「…はい!」

 

《キラ・ヤマト!ストライク発進だ! 》

 

カタパルトにストライクが乗り、背部にエールユニット、そして両腕に武装と盾が装備されて行く。カタパルトの先に広がる宙を見つめて、キラはさまざまなことを思い返す。

 

今、この艦を守れるのは、俺たちだけなんだぜ?

 

お前にばっか戦わせて、守ってもらってばっかじゃな。

 

こういう状況なんだもの、私たちだって…

 

みんな、戦ってる。大切なものを守るために。

 

だから…!

 

「キラ・ヤマト!ガンダム!行きます!!」

 

 

////

 

 

「よーし、出たなライトニング3。まずは俺たち三人でエレメントを組むぞ」

 

アークエンジェルから飛び出したストライクを挟むように、俺とリークがキラの両隣を飛ぶ。今回のメビウスライダー隊は、俺たち三人で1小隊という扱いになる。

 

《わ、わかりました!》

 

ぎこちなくキラは答えるものの、その操縦に淀みはなくしっかりと俺たちの飛行に合わせて飛んでいる。

 

《オービットより、メビウスライダー隊へ!後方より接近する熱源3、距離67、モビルスーツだ》

 

来たな。俺は来るべき敵との遭遇を目前にして意識を研ぎ澄ます。今回の敵は今までのモノとは比べものにならない。リークもキラも、同じように意識を鋭く、あたりを警戒しているようだった。

 

《対モビルスーツ戦闘、用意!ミサイル発射管、13番から24番、コリントス装填、リニアカノン、バリアント、両舷起動!目標データ入力、急げ!》

 

《イーゲルシュテルン対空迎撃用意!こちらもミサイル発射管、6番から13番へ、ヘルダート装填!急げよ!》

 

アークエンジェルも、それを護衛するクラックスも後方から迫る敵艦に備えて迎撃準備を整える。そんな中で、アークエンジェルの管制官は最悪の情報を入手した。

 

《機種特定…これは…Xナンバー、イージス、デュエル、バスター、ブリッツです!》

 

《なにぃ!?》

 

管制官の報告に、ナタルが信じられないような声を上げた。艦長であるマリューも、敵が打ってきた最悪のカードに動揺するしかない。

 

《奪ったGを全て投入してきたというの…?》

 

《なんてこった!ライトニング1!敵はこちらの新兵器だ!警戒レベル最大に引きあげろ!》

 

その場にいる誰もがパニックだった。

 

俺を除いて。

 

G兵器が出てくることは想定済みだ。だが、想定できたところで変わることはない。今はただ、最善の策を講ずるしかないのだ。

 

 

 

////

 

 

赤服が駆るG兵器を見送ったクルーゼは、仮面の下で笑っていた。

 

敵もまさか奪われたばかりのG兵器と戦うことになるとは思うまい。

 

強化APSV弾でも傷一つ付かないフェイズシフト装甲に、ジンを遥かに上回る機動性。

 

そしてそれを操るのはコーディネーター。

 

さて、どう凌ぐ?流星のパイロット。

 

クルーゼの関心はそこにあった。イザークやアスランたちの戦果よりも、それと相対した敵の戦いぶりの方に興味がある。

 

地球軍がモビルスーツに対抗するために準備した「対モビルスーツ戦」に特化した機体。まともに考えれば、ジンどころか、シグーでも苦戦は必至。モビルアーマーなど手も足も出ないはず。

 

この戦いで、自分が一目を置く「流星」は生き残ることができるのか?または、それ以上のことを成すのか?それともここで沈む程度の器なのか。

 

見定めさせて貰おう。

 

クルーゼはただそれを思い、小さく笑うだけだった。

 

 

 

 



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第14話 エースの真髄(前)

《オービットからメビウスライダーへ、前方から一機!急速にそちらに接近してくる!注意せよ!》

 

キラには見えていた。遥か向こうから一つの光がこちらに近づいてくるのが。それは徐々に輪郭を帯びて行き、機体の色も鮮明に見えてくる。

 

「紅い…モビルスーツ…」

 

《ナンバー特定…イージスだ!》

 

モビルアーマー形態で高速巡航するイージスの中で、アスランは目前に捉えたストライクを見据える。

 

《キラ…本当に、君なのか…!》

 

炎に包まれた中で再会した幼馴染。優しくて、優秀で、ぼーっとしている…自分のよく知る親友。

 

彼が、モビルスーツに乗って自分の前に居るのか。そんなことを信じたくはない…だから確かめなければ…。

 

「あのモビルスーツに乗っているのか…アスラン…!」

 

それは相対するキラも、同じ気持ちだった。

 

 

 

////

 

 

 

《ヴェサリウスからはもうアスランが出ている。後れを取るなよ!》

 

《ふん!あんなやつに!》

 

接近してくるモビルスーツ。

地球軍が開発した「対モビルスーツ用」兵器。

 

デュエル、バスター、ブリッツ、そしてイージス。

 

アークエンジェルと行動を共にする以上、避けては通れない敵だ。

 

《敵、迎撃可能域に突入!》

 

《弾幕!艦首回頭!アークエンジェルの後方に着く!敵機を近づけさせるな!ミサイル発射管、6番から9番、スレッジハマー、てぇ!13番から18番へビーム撹乱剤装填!1番から5番へコリントス装填!スレッジハマー再装填急げ!残ったミサイルも時差で発射しろ!》

 

鋭く反応したのは、護衛艦クラックスだ。モビルスーツが射程距離に侵入した瞬間に容赦のない迎撃行動を取っている。

 

モビルスーツの迎撃戦では、どれだけ早く迎撃できるかが要になってくる。反応が少しでも遅れれば、懐に潜り込まれてしまう。そうなれば、近接攻撃能力を持たない艦船は、モビルスーツの良い的にしかならない。

 

《敵、モビルスーツ群、散開!》

 

クラックスの迎撃を避けて散開するG兵器。

それらの投入に動揺するアークエンジェルは、まだ迎撃行動をとっていない。

 

《アークエンジェル!!CIC!何をしてる!死にたいのか!》

 

オービットからの叱咤で、アークエンジェルのCICは慌てて司令系統を取り戻して行く。

 

《敵機へレーザー誘導!ミサイル発射管、13番から18番、てぇ!続いて、7番から12番、スレッジハンマー装填!19番から24番、コリントス、てぇ!》

 

ナタルの声と共に、アークエンジェルもモビルスーツの迎撃行動を開始して行く。

 

 

////

 

 

散開したモビルスーツを相手取りながら、俺たちは高速機動で相手の出方を窺っていた。こちらが機動戦で不利なのは明白。ならば、先攻するよりも相手の行動を観察し、後攻で打って出る方が理にかなっていた。

 

「あの紅いモビルスーツ…。アスランが、乗っているのか…?」

 

《キラ…君なのか?そのモビルスーツのパイロットは…》

 

互いに交差するように飛び回りながら、キラもアスランも、互いの出方を観察しているようだった。だが、彼らと違って他のザフトの面子は好戦派が多い。

 

《ディアッカとニコルは飛び回るモビルアーマー共を!俺はアスランとモビルスーツをやる!》

 

《分かりました》

 

《ええー?》

 

《文句はなしだディアッカ。相手は流星、でかい獲物だろ?》

 

そのやり取りを皮切りに、イザークのデュエルが戦闘の口火を切った。放たれたビームライフルを避けはするが、デュエルとイージスの動きは、完全に編隊からストライクを引き剥がすものだ。

 

「チィッ!」

 

俺はハイマニューバを用いて、無防備に近づいてくるデュエルへ、バルカン砲を命中させるが、怯むどころか何食わぬ顔でこちらに反撃をしてくる。

 

「くそったれ!やはり豆鉄砲ではどうにもならんか!」

 

「ライトニング1!敵機が6時の方向から!ブレイク!」

 

リークの言葉で、操縦桿を絞り、俺は死角から攻撃してきたイージスのビームを避けて、二機の元から離脱する。

 

《避けるのか!?今のを!?》

 

イザークとアスランの驚愕の声が聞こえるが、今はそれどころじゃない。モニターを見ると、着いてこれないストライクがみるみる編隊から剥がされていく。

 

「くそー!やはり分断しに来たか!」

 

ある程度のところで、デュエルとイージスが、バトンタッチするようにストライクの元へと向かっていく。俺たちの目の前には、バスターとブリッツがいた。

 

「ライトニング3!そっちに二機のモビルスーツが行った!とにかく逃げ回るんだ!こっちの2機はなんとかする!」

 

「けど!アークエンジェルが!!」

 

ちらりと、クラックスとアークエンジェルを見るがあちらは後方から迫る敵艦との対艦戦闘へ突入していた。もし、デュエルかイージスが二隻の戦艦へ向かえば、ひとたまりもない。

 

故にだ。

 

「ライトニング3!なるべく敵機を船から離すんだ!動き続けろ!自分のできることを精一杯やるんだ!」

 

その刹那、バスターから放たれたビーム砲が俺の脇を掠める。通信機の向こうで、リークとキラが何かを言っているが、それを聞く余裕はなかった。

 

「チィ!G兵器…バスターか!」

 

《流星とか偉そうに呼ばれてるけどさ!》

 

バスターを駆るディアッカが、そう偉そうに言葉を放つ。

 

二つ装備された武装。その一つである350mmガンランチャーが俺へ砲口を向けている。めいいっぱいブースターを使って旋回するが、そう簡単に逃してはくれない。

 

《モビルスーツに、モビルアーマーが勝てる訳ないでしょ!》

 

それはどうかな。俺はヘルメットの中で呟いた。旋回で圧迫される体をなんとか動かして、バスターの周りを飛び回る軌道から、攻撃してくる相手に向かう軌道へ、機体を急制動させた。

 

「ぐぁああ…175…105…94…射出可能速度…安全距離カット…微速点火…!!」

 

急制動で機体が震えるが、モニターの正面にはバスターが写った。その瞬間に、バスターから電磁レールガンの散弾が放たれる。

 

「こりゃまた、オペ子に怒られるな…!」

 

そして俺も、指にかけていた引き金を引いた。

 

ドガァン!派手な音と閃光。そして爆炎が上がり、ディアッカが見ていたモニターは真っ白になった。

 

《グゥレイトォ!流星もチリ星に…》

 

「ーーーぐぁあ…!!しかし…散弾ではなぁ!!」

 

モニターにザザっとノイズが走る。散弾が爆風で逸れ、機体の表面を舐めるように跳弾し、甲高い音を奏でる。散弾のカーテンと爆煙を切り裂いて、俺はバスターに接敵する。

 

その一部始終を見ていたブリッツのパイロット、ニコルは戦慄した。

 

敵のモビルアーマーがやったこと。それは散弾を放ったバスター目掛けて、同タイミングでミサイルを放つことだった。

 

本来、宇宙用の巡航ミサイルは、投下後に自機へ接触しないために、安全距離を空けてからブースターへ点火し飛翔する仕組みになっている。

 

だが、モビルアーマーから放たれたミサイルは、投下と同時にブースターに火がついたのだ。モビルアーマーの鼻先でバスターの散弾とミサイルがぶつかり合い、ミサイルは爆散。

 

モビルアーマーは、ミサイルが開けた散弾のトンネルを抜けて、バスターの目の前へと出たのだ。

 

《ディアッカ!》

 

《いぃ!!?》

 

俺は目前に迫ったバスターへ、レール砲を向けた。

 

現行の兵器では、ランチャーストライクのアグニとソードくらいしか、フェイズシフト装甲には太刀打ちできない。

 

だから、俺は装甲にダメージを与えることを考えていなかった。

 

「いくら外装が硬かろうと…!」

 

距離はほぼゼロ距離、レール砲から放たれ、弾丸が最高速に達する位置にバスターを捉えている。そのタイミングで俺は引き金を絞った。

 

《ハッ!!モビルアーマーの攻撃程度で…!》

 

いつもよりも大きい反動で暴れるメビウスを制御しながら、俺はバスターを見つめた。バスターに直撃したレール砲の弾頭は、ただの炸裂弾ではない。G兵器投入も視野に入れていたからこそ、ハリーやドレイク艦長が承認した特殊な弾頭を使っている。

 

《うあぁあああ!!》

 

着弾の衝撃波は凄まじく、ディアッカの情けない叫びと共に、バスターは上半身をのけぞらせ、宇宙空間でクルクルと舞った。

 

「フェイズシフト装甲…化け物染みた硬さだな。だが、HEIAP弾は有効のようだ!」

 

HEIAP弾。

 

旧世紀から実在するこの弾頭の用途は装甲目標の破壊であり、直撃したときにのみ、その特殊な効果が発揮される。

 

着弾時に先端部に内包された焼夷剤に火をつけ、爆薬の起爆を誘発させる。ここまでは通常の榴弾と変わらない。

 

重要なのは、焼夷剤に加えて非常に可燃性の高い化合物にも同じく引火するというところだ。炸裂によって燃料が一気に熱エネルギーに変換され、爆発的に膨張する圧力と3,000℃の高温を発生させる。

 

さらに砲弾内部のタングステン弾芯が標的の装甲を貫通し内蔵されている炸薬に点火し被害を拡大させるというものである。

 

バスターを見る限り、フェイズシフト装甲の破壊はできなかったが、高熱によるダメージとタングステン弾芯による衝撃は充分な効果を発揮したようだった。

 

《ディアッカ!下がって!》

 

《くそ…熱でセンサーが…》

 

一時的なショックで操作がおぼつかないバスターを庇うように、ブリッツが前衛に出る。しかし好機を逃すつもりはない。今度はリークの機体がバスターへ標準を定めている。

 

「もう一発!」

 

《舐めるな!そう何度も当たるかよ!》

 

リークの放った砲弾をひらりとかわしたバスターは、すぐさま体勢を整える。HEIAP弾の弱点は構造が複雑な上に化合物を内包しているため、弾速が著しく低下するところにある。G兵器並みの運動性があれば、簡単に避けられてしまうため、確実に当てるためには、さっき俺がやったように超至近距離から打ち込むしかない。

 

「チィ!!素早い!」

 

バスターとブリッツ、そして二機のメビウスの戦いは高速戦へ突入していく。バスターもブリッツもビーム兵器で応戦するが、高速域での戦闘ではモビルアーマーに分がある。

 

《当たんねー!なんだよ、コイツの機動性は!》

 

《これが、モビルアーマーの動きなんですか!?》

 

そういう二人の声を聞くこちらとしては、かなり辛い消耗戦を強いられていた。ハイGマニューバは負担が大きい。俺もリークも無駄口を叩く余裕すらない。

 

「…撃て!撃ち続けろ…!装甲は丈夫でも中身は人間だ!衝撃で怯ませるしかない!」

 

俺の声に、リークが苦しげな声で了解と答える。早く、状況を打開し、ストライクに…キラを援護しなければ…。

 

 

 

 

 

 



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第15話 エースの真髄(中)

メビウスライダー隊が、G兵器2機を相手取っている間に、ストライクに乗るキラも苛烈な戦いを繰り広げていた。

 

「チィ…ちょこまかと…!逃げの一手かよ!」

 

デュエルが放つビームライフルの閃光を、エールストライカーの出力を駆使して避けるが、追い詰められている事実に変わりはない。

 

「逃げ回っていれば…けど!!」

 

キラは遠くで戦っているメビウスライダー隊の動きを見た。

 

彼らはモビルアーマーで、モビルスーツそれも新兵器であるG兵器から逃げ回るどころか、ほぼ互角に渡り合っている。

 

その光景が、無意識にキラの心を鼓舞した。

 

今、アークエンジェルを、仲間を、友達を守れるのは自分しかいないんだ…!デュエルの猛攻を避け、キラも負けじとトリガーを引く。

 

「そんな戦い方で!!」

 

しかし、おぼつかない照準でやられる敵ではない。デュエルは鮮やかに攻撃を避けていく。明らかに消耗させられている…しかし、戦いに必死なキラには、その戦略を理解することはできなかった。

 

「くそ!くそ!ハッ!?」

 

無作為にビームを乱射していたキラのストライクの死角から、イージスが盾を構えて突貫した。押し出されるように衝突した2機は、宇宙の中でクルクルと舞った。

 

「ぐぅうう…!!イ、イージス…!」

 

《接触回線で聞こえているな?ストライクのパイロット…》

 

衝撃の中にあったキラは、回線で聞こえた声に硬直する。この声は自分の知っているものだ…。

 

《答えてくれ。君は、キラ・ヤマトなのか…?》

 

イージスのパイロット、アスランは震える声でそう言った。

 

「アスラン…!アスラン・ザラ!!」

 

《キラ、本当に君なのか!?ならばやめろ!銃をおろせ》

 

アスランは信じたくなかった。

 

どうか知らない誰かであってほしい。どうか憎いナチュラルの誰かであってほしかった。それならば、ためらいなく討てるというのに。

 

なぜだ。なぜ、自分の親友が、討たなければならないモビルスーツに乗っているんだ。

 

《僕達は敵じゃない、そうだろ?何故僕達が戦わなくちゃならない!》

 

アスランは叫んだ。恥も外聞もない。ただ、親友を討ちたくない一心で叫んだ。

 

《同じコーディネイターのお前が、何故僕達と戦わなくちゃならないんだ!?お前が何故地球軍に居る?何故ナチュラルの味方をするんだ!?》

 

「僕は…地球軍じゃない!」

 

そう叫んだキラは、何故か自分自身を嫌悪する。引き金を引いて、戦って、誰かを傷つけ、殺しておいて、なにを都合の良いことを…そして、そんなことしか言えない自分の情けなさを嫌悪した。それを振り払うようにキラはかぶりを振って叫ぶ。

 

「けど、あの船には仲間が…友達が乗ってるんだ!君こそ!なんでザフトになんか!?なんで戦争したりするんだ!戦争なんか嫌だって、君だって言ってたじゃないか!その君がどうしてヘリオポリスを…!」

 

《状況も分からぬナチュラル共が…こんなものを造るから…》

 

「ヘリオポリスは中立だ!僕だって!…なのに…あっ!」

 

絡み合ってるストライクとイージスを引き裂くように、デュエルがビームサーベルを振りかざす。キラもアスランも咄嗟に避けるが、二人の会話もそこで途切れてしまう。

 

《何をモタモタやっている!アスラン!》

 

《イザーク…!》

 

「X-102、デュエル!くそー!!」

 

ストライクを討たんとするイザーク。

親友を助けたいアスラン。

そして、大切なものを守るために戦うキラ。

 

三機のモビルスーツの戦いはさらに混迷の中へと突入してゆく。

 

 

////

 

 

「敵、戦艦、距離740に接近!ガモフより入電。本艦においても確認される敵戦力は、モビルアーマー2機と、モビルスーツ1機のみとのことです」

 

アークエンジェルの前方にいるナスカ級高速戦闘艦ヴェサリウスの艦長を務めるアデスは、オペレーターからの報告を受けて、ふむと顎に手を添えた。

 

「出ているモビルアーマーは2機か。では、オレンジ色のモビルアーマーはまだ出られんということか」

 

アデスはちらりと横に座るクルーゼを見た。

 

いつもは戦闘中でも仮面越しに余裕そうな雰囲気をしているというのに、今の彼は4機のG兵器から送られてくる映像を食い入るように見つめている。いや、4機というより、バスターとブリッツから送られてくる映像をだ。

 

誰かに話しかけられることすら拒むように、クルーゼはその映像に見入っていた。

 

アデスもその映像を眺めている。たかがモビルアーマー2機に、何を手間取っているのだとも思ったが、その2機を見ていて、その考えは宇宙のどこかへ消えてしまっていた。

 

2機のモビルアーマー、特にその内の1機である純白のメビウスの動きが、アデスやヴェサリウスのクルー達の想像をはるかに超えていたのだ。

 

はっきりいって、常軌を逸している。

 

ニコルから見た映像でも、ディアッカから見た映像でも、2機のモビルアーマーをターゲットに捉えることが叶わずに、画面の端から端へ横切っていくだけだ。映像から見ても、ニコルとディアッカが手玉に取られているのがわかる。

 

こんなことができるナチュラルがいるのか?

 

アデスは2機のモビルアーマーに乗るパイロットがコーディネイターではないかと疑うほどだった。むしろそう願っている自分もいた。あれがナチュラルの真の力だというなら、ナチュラルより優れるために人工的に作られたコーディネイターは一体…なんだというのだろうか。

 

クルーゼはその映像を誰にも見えない仮面の下で歓喜の瞳で眺めていた。

 

もっとだ。もっと私に見せてくれ。私が絶望した世界を覆すその力を…。私の絶望を拭い去るまでどうか落ちてくれるなよ。

 

 

////

 

 

《くそー!!いい加減にしつこいんだよ!落ちろよ!》

 

「しつこいのはお互い様だろグレイト野郎!!」

 

俺はバスターの攻撃を避けて、股下を通り抜けるが、バスターも負けじとAMBACで人型ならではの旋回を行い、俺の背後を取ろうとする。

 

機体制動を目一杯かけて機体を反転させて、バスターが放ったビーム砲を避けて、敵機の頭上を抜き去る。

 

《避けるのかよ!今のを!》

 

俺は堪えていた息を吐き出して、わずかに体を労った。こんなハイGターンを何度も繰り返しているため、身体中が悲鳴を上げている。けど、ここで苦しみに負けたら絶対的な死があるのもわかっていた。

 

「ライトニング1!!このままでは、ライトニング3のエネルギーが!!」

 

同じくとは言わなくても、リークも類を見ない軌道を描き、ニコルのブリッツを翻弄していた。彼はそんな中でも、デュエルとイージスに弄ばれているストライクの心配をしていた。

 

「わかってる!!ライトニング3の位置は…そこっ!!」

 

俺は位置を確認する最中で、バルカン砲の射線がブリッツと交差した瞬間に引き金を引いた。豆鉄砲とは言え、高軌道戦をしてる最中で食らえば意識は揺らぐ。

 

そしてその影響を受けて、ブリッツの軌道が乱れた瞬間に、リークがブリッツへ迫った。

 

「当たれー!!」

「しまった!?うわぁあああ!!」

 

レール砲から射出されたHEIAP弾がブリッツに直撃し、機体に閃光がほとばしる。真っ赤に染まったブリッツは、衝撃と高温に晒されて無防備に宙に舞った。

 

《ニコル!?ええい!!》

 

身動きできないブリッツを庇うようにバスターが前に出る。その攻撃を掻い潜り、俺たちは苦戦するストライクの元へ急ぐ。

 

「そこをどけぇー!!」

 

 

////

 

 

 

(…まだか…)

 

ムウは暗礁宙域を低出力モードで飛行しながら、焦れる心をじっと堪えていた。自分が強襲できなければ、持久戦になる。そうなれば、物資が少なく、戦力も少ないこちらはジリ貧になる。

 

この戦いを潜り抜けるには、自分がザフト艦を叩くことが絶対だ。故にムウは焦れる心を必死に静めた。

 

(なんとか耐えてくれよ…ラリー…!)

 

 

////

 

 

「前方ナスカ級より、レーザー照射感あり!本艦に照準!ロックされます!!」

 

ムウやドレイクの予想通り、前を抑えたザフト艦が、アークエンジェルを迎撃する位置に着いた。オペレーターの声で、マリューはぎりっと歯を食いしばる。

 

「艦長!」

 

ナタルの叫びにもじっと耐えた。が、ナタル自身の自制が利かない。

 

「ローエングリン、発射準備!」

 

ドレイクの言った作戦を無視して、ナタルは敵艦の攻撃準備をしろと命じたのだ。

 

「待って!大尉のゼロが接近中です!回避行動を!」

 

「危険です!撃たなければ撃たれる!」

 

「後方!ローラシア級!急速接近!」

 

こちらが手をこまねいてる間に、相手は確実に手駒を進めている。ナタルの言う通り、敵艦に攻撃をするべきなのか…マリューがそう思った瞬間、アークエンジェルの目の前に一隻の影が現れた。

 

《アンチビーム爆雷を継続展開!弾幕絶やすな!ラミアス艦長、本艦が盾になる!!》

 

「バーフォード艦長!?」

 

護衛艦クラックスは、ナスカ艦の砲撃から守るように、アークエンジェルの前に躍り出た。アンチビーム爆雷を辺りに散らしながら、悠然とナスカ級から放たれる砲撃の中を突き進んで行く。

 

《バジルール少尉、貴女にひとつ大切なことを教えておきたい》

 

モニターに映ったドレイクからの言葉に、ナタルは何も言わずに深くかぶった帽子の下でモニターを見据えた。

 

《艦に乗る部隊は、その艦の剣であり、艦は剣の鞘だ。鞘が剣を折る道理がどこにある?》

 

「し、しかし!今反撃せねば…」

 

《仲間を信じられない船乗りなど、そこいらの魚に食わせたほうがマシだ!!》

 

ドレイクの怒号に、アークエンジェルのブリッジが静まり返る。ドレイクはくたびれた帽子を深くかぶり直して、優しげな口調で続ける。

 

《我々船乗りは、できうる最大限の敬意と尊重の心を持って船を発つパイロットを送り出してきた。その敬意に彼らは応えてくれた。だから、私も彼らを信じるのですよ》

 

「…バーフォード艦長」

 

《進路維持!加速最大!弾幕絶やすなよ!6番から12番のスレッジハマーは自動発射にセットしろ!ここが山場だ!敵を寄せ付けるな!!》

 

 

////

 

 

 

(…捕まえた!)

 

同時刻、ついにムウは眼前にザフトのナスカ級を捉えた。低出力モードを解除し、4基のガンバレルからなるエネルギーを全開放し、一気に目標へ迫る。

 

「うおりゃぁぁ!!」

 

ムウの接近は直前まで成功していた。

だが、彼を感知する者がその船には乗っていた。メビウスライダー隊の戦いに夢中になっていたクルーゼは、寸前のところで突貫するムゥの気配を察したのだ。

 

「機関最大!艦首下げ!ピッチ角60!」

 

「は!?」

 

「本艦底部より接近する熱源、モビルアーマーです!」

 

クルーゼの突然の言葉と、オペレーターが報告した情報が完全に一致した。真下から迫ってくるモビルアーマーと言うなら、出てないと思い込んでいたオレンジ色のモビルアーマー…メビウス・ゼロだ。アデスの顔色が青くなっていく。

 

「ええい!CU作動!機関最大!艦首下げ!ピッチ角60!」

 

だが、時は遅かった。ムウの操るガンバレルから放たれた弾頭は、ヴェサリウスのエンジンを完全に捉えた。感じたことのない強い振動に、ブリッジにいた誰もが何もできずにシートにしがみついた。

 

「いーよっしゃぁぁ!!」

 

ムウの機体はヴェサリウスの装甲にアンカーを打ち込み、スイングバイで宙域を離脱していく。

 

「機関損傷大!艦の推力低下!敵モビルアーマー離脱!第5ナトリウム壁損傷、火災発生、ダメージコントロール、隔壁閉鎖!」

 

(…ムウめぇ!)

 

推力を奪われた艦は的に過ぎない。

クルーゼは苦虫を噛み潰しながら、撤退命令を出すのだった。

 

 

 



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第16話 エースの真髄(後)


誤字指摘ありがとうございます。

感想はすべて目を通させて頂いてます、とても励みになっております。次でアルテミスに入れればいいなぁ(無計画)


「フラガ大尉より入電、作戦成功、これより帰投する!」

 

オペレーターからの報告により、アークエンジェルとクラックスのブリッジが沸き立つ。ナタルは大きく息を吐き、マリューは深く椅子にもたれて安堵する。

 

クラックスの艦長であるドレイクはニヤリと笑みを浮かべながら、くたびれた帽子を深くかぶった。

 

《機を逃さず、前方ナスカ級を討とう。ラミアス艦長、あとはお任せします》

 

ドレイクはそれだけ言って、クラックスをアークエンジェルの前から移動させる。

 

マリューは安堵した気を引き締め直して、毅然とした面持ちで指示を出した。

 

「ローエングリン、1番2番、斉射用意!フラガ大尉に空域離脱を打電!メビウスライダー隊、ストライクにも射線上から離れるように言って!」

 

「陽電子バンクチェンバー臨界!マズルチョーク電位安定しました!発射口、開放!」

 

アークエンジェルのカタパルトデッキの下に設けられたローエングリン砲台が姿を現し、エネルギーを充填して行く。

 

 

////

 

 

『ヴェサリウスが被弾!?』

 

『俺達に撤退命令!?』

 

ムウの攻撃を受けた衝撃は、メビウスライダー隊と交戦するイザークたちにも影響を及ぼした。自分たちの母艦が機能不全に陥った以上、深追いするのは危険だ。

 

《オービットよりメビウスライダー隊へ、我、任務を達成。我、任務を達成!》

 

そして、それはメビウスライダー隊にも伝えられた。AWACSのオービットから、ムウとあらかじめ決めておいた合言葉を受けて、G兵器と交戦していたメビウスライダー隊は、ハイG機動の苦痛の中で笑みを浮かべた。

 

「ライトニング3!俺の機体に掴まれ!ライトニング2も急速離脱!隊長がやってくれた!離脱するぞ!」

 

「ライトニング2、了解!」

 

ヴェサリウスの被弾に動揺するモビルスーツ隊の意表をついての離脱。離脱速度が劣るストライクを回収するには今しかチャンスはない。

 

俺はリークを離脱させて、疲弊するキラの元へ向かう。

 

「ライトニング3、キラ!生きてるか?」

 

「ハァハァ…なんとか…」

 

「なら俺の機体に掴まれ。離脱するぞ」

 

弱々しく答えるキラは、ストライクの腕を俺の機体にかける。加速度をストライクの比重に合わせて、俺たちはローエングリンの射線上から急いで退避した。

 

《ローエングリン、1番、2番!てぇー!!!》

 

その瞬間に、俺たちが退避した射線上をまばゆい光が疾る。イザークたちも勘が良いのか、射線上からしっかりと退避しているのが見えた。

 

「うひょーー!」

 

そしてそれは、帰還するムウのメビウス・ゼロを通り過ぎて、エンジンに深刻なダメージを負ったヴェサリウスへ迫る。

 

『熱源接近!方位000、着弾まで3秒!』

 

『右舷スラスター最大!躱せっ!』

 

ヴェサリウスは、辛くも攻撃を免れた右舷のエンジンを最大出力で動かし、ローエングリンの射線上からなんとか離脱する。が、もはや彼らには戦う力は残されていない。

 

《オービットよりメビウスライダー隊へ!ナスカ級、本艦進路上より離脱!帰還命令が出たぞ!アークエンジェルと本艦はこのまま最大戦速で、アルテミスへ向かう》

 

 

////

 

 

『帰還信号!?させるかよ!こいつだけでもっ!』

 

ローエングリンの射線から離脱した後も、G兵器4機の追撃は続いていた。ストライクをぶら下げるメビウス・インターセプターが出力を上げても、それを追うイザークが駆るデュエルの射程範囲から脱するにはまだ時間がかかった。

 

『イザーク!撤退命令だぞ!』

 

『五月蠅い!腰抜け!』

 

アスランの制止も聞かずに、イザークはさらに追撃する。ストライクの中にいるキラは、デュエルの放つビームライフルの閃光を見ながら焦っていた。

 

デュエルの出力から見ても、そこから連なるG兵器を見ても、ストライクとメビウス・インターセプターが追いつかれるのは時間の問題だ。

 

「このぉー!!4機同時だとこうも違うのか!!」

 

「ライトニング1!3時の方向から敵機!うわっ!」

 

離脱しようとするラリーを助けに入ろうとするリークだが、バスターとブリッツの妨害を受けてうまく近づけない。

 

「キラくん!?」

 

そのとき、リークが叫び声のような声を上げた。ラリーの機体に掴まっていたストライクが、しがみ付いていた手を離して向かってくるデュエルと相対したのだ。

 

「こ…の、馬鹿野郎!キラ!何をしてる!さっさと離脱しろ!」

 

ラリー機も即座に反転して、デュエルと交戦し始めたキラへ援護に入る。

 

「キラくん!!僕らが抑えるから君だけでも離脱するんだ!!」

 

「ベルモンド少尉!でも貴方達が!」

 

「生意気言うな!モビルアーマーなら最大加速で離脱できる!!」

 

「でも!!僕は!!」

 

キラの心にあったのは、守りたいという思いだった。

 

ローエングリンが発射される間際、メビウスライダー隊は、2機ですぐにでも離脱できたというのに、キラを迎えに来た。

 

自分はコーディネーターであるというのに、自分はモビルスーツに乗っているというのに、自分は軍属じゃないというのに。

 

彼らは一切の嫌味も傲慢さも見せずに、仲間であるキラを助けに来た。

 

戦える力を持っているというのに、彼らを危険に晒してまで何もしないで逃げてしまう自分に我慢できなくなったのだ。

 

 

////

 

 

「キラ!」

 

管制官であるミリアリアは、悲鳴をあげたい気持ちだった。モニターから映るものは、敵機に囲まれているキラのストライクと、メビウスライダー隊の姿だ。

 

「メビウスライダー隊、囲まれてます!これではっ!」

 

「援護して!」

 

「この混戦では無理です!」

 

アークエンジェルやクラックスの武装では、混戦した状況下で的確に敵勢力だけを叩くすべはない。仮に武装があったとしても、それを成す練度がアークエンジェルのクルーには無い。

 

「ストライクのパワー残量が心配です。フラガ大尉は?」

 

《戻れない?チィ!あのバカ!》

 

ムウのメビウス・ゼロも推進剤がギリギリだ。合流できてもモビルスーツとの戦闘を行う余力は残っていない。

 

マリューは苦い思いを噛み締めながら、シートの肘掛の上で握りこぶしを作るしか無かった。

 

 

////

 

 

「でやぁぁぁ!!」

 

ビームサーベルで接近戦をするストライクとデュエル。そしてイージスにバスター、ブリッツと交戦するメビウスライダー隊。それぞれの限界は徐々に迫ってきていた。

 

「…パワー切れ!?しまった!装甲が!」

 

そして、最初に崩れたのが消耗戦を強いられていたストライクだった。フェイズシフト装甲の色合いが褪せていき、無機質な暗色に覆われていく。その機を逃すまいと、ビームサーベルを振りかざしたデュエルが迫る。

 

「くそ!!キラ!!」

 

「キラくん!逃げて!!」

 

ラリーとリークの声。キラも残った僅かなエネルギーでデュエルから逃れようとするが、その動きは緩慢で、懐にデュエルが潜り込む。

 

『もらったぁ!!』

 

トドメだと言わんばかりにデュエルがビームサーベルを振り抜く寸前、紅いモビルアーマー形態となったイージスが、ぐわんと口のような脚部を開いて色あせたストライクを確保し、飛び去っていく。

 

《こちらオービット!なんてこった!捕獲された。ストライク、イージスに捕獲されてる!フェイズシフト、ダウン!》

 

////

 

 

赤い非常用ランプが灯るコクピット。省電力モードに切り替わった為、サブモニターしか映らなくなった映像には、高速で星々が流れていくのが見える。

 

『何をする!アスラン!』

 

『この機体、捕獲する!』

 

『なんだとぉ!?命令は撃破だぞ!勝手なことをするな!』

 

『捕獲できるものならその方がいい。撤退する!』

 

接触回線で僅かに聞こえてくる会話に、キラは困惑する。その声色に、自分が知る幼馴染の姿は重ならなかった。どこまでも冷たく、兵士に徹するザフトのモビルスーツパイロットが、キラの目の前に立っているような気がした。

 

 

////

 

 

ストライクを奪われたメビウスライダー隊も困惑の中にあった。

 

「ライトニング1!キラ君が…!」

 

リークが叫ぶ中で、俺は余ったバッテリーと推進剤で、飛び去った敵をどこまで追えるのかを計算するが時間がない。このまま撤退を許せば、キラはどんな目にあうか…アスランが居る以上、手荒な真似はされないだろうが、クルーゼがキラの正体に気がついたら…。

 

とにかく追うしかない。俺は後のことを考えずにメビウス・インターセプターのブースターを吹かす。

 

「ライトニング3!生きてるのなら返事をしろ!聞こえてるか!」

 

なんとか肉眼で捉えられる位置には居るが、Nジャマーのせいで一定距離上でしか通信できないレーザー回線が安定しない。この速度のまま追いついても、こちらの推進剤が底を尽きる方が早いかもしれない。

 

どうすればいい…!!

 

《オービットよりメビウスライダー隊へ!フラガ大尉より入電!ライトニング2は別行動、アークエンジェルはランチャーストライカーをハンガーに準備せよ!》

 

「何!?」

 

俺はオービットから送られてきたムウの案に目を通す。たしかに可能性がある作戦ではあったが、誰かが遅れれば致命的なミスが起こる。そんな不安は頭の隅に押しやり、俺は更にエンジンを吹かした。

 

後方にいるリークのメビウスも、母艦であるクラックスへ全速力で向かっていく。

 

「間に合えよー!キラ!!」

 

俺はただそれを叫んで、愛機を飛ばすことに専念するのだった。

 

 

////

 

 

《ライトニング2、ベルモンド機がドッキング》

 

「ハリー技師!」

 

ムウからの指示を受けてクラックスにドッキングしたリークは、補給しようとするノーマルスーツ姿のスタッフを制して、その中に混じるハリーの両肩を掴んだ。

 

「何!?どこか痛むの!?」

 

ハリーは一人で戻ってきたリークの体を見渡して彼の体を心配するが、リークはそれどころではなかった。

 

「メビウス用のマルチアーム!どれくらいで取り付けられますか!?」

 

「5分…いえ!3分でやるわ!」

 

ハリーは特に質問することなく、スタッフたちに準備するよう連絡を回し、自身も取り付け作業に加わっていく。

 

《オービットよりアークエンジェルへ!ランチャーストライカーをハンガーへ出すよう!フラガ大尉からの指示です!詳細はーーー》

 

次いでリークはアークエンジェルのハンガーにいるマードックに詳細を伝える為、通信を回した。

 

《おいおい、お前さん、それまじで言ってんのか!?》

 

「時間はありません!とにかくはやく!!」

 

マードックの驚愕した声を一言で封殺して、リークもコクピットへ再び潜り込む。作戦の要は自分だ。一分一秒でも遅れることは許されない。船外で行われる取り付け作業を行うハリーたちを見ながら、リークは焦る気持ちを必死に抑え込んだ。

 

 

////

 

 

「アスラン!どういうつもりだ!?」

 

キラはコクピットの中で叫んだ。接触回線が聞こえるなら、キラの声もアスランに届くはずだ。キラの声に、アスランは少しの沈黙を置いて、口を開く。

 

《…このままガモフに連行する》

 

連行。その言葉がキラの中で反復した。

そして考えた。自分が居なくなることで、どうなるのか。

 

アークエンジェルは?

友達は?

それに、メビウスライダー隊のみんなは…?

 

いったい誰が、みんなを守るって言うんだ?

 

「ふざけるなっ!僕はザフトの船になんかいかない!」

 

気がつくとキラは、そう口走った。動く力も残っていないということも忘れて、ストライクを動かそうと操縦桿やペダルを踏んで抵抗する。

 

《お前はコーディネイターだ!僕達の仲間なんだ!》

 

「違う!僕はザフトなんかじゃぁ…」

 

《いい加減にしろ!キラ!》

 

抵抗するキラに、アスランは強く叫んだ。

 

《このまま来るんだ。でないと僕は、お前を討たなきゃならなくなるんだぞ!》

 

「アスラン…」

 

その声の中には、さっきまでは見えなかった幼馴染の顔があった。優しくて、トリィを作ってくれた、幼き日の情景の中にいる親友の顔がキラの中に蘇る。

 

しかし、くぐもった声の中には彼の知らない憎しみに突き動かされたアスランの顔があった。

 

《血のバレンタインで…ナチュラルどもが撃った核で、母も死んだ》

 

自分たちを異端だと決めつけて、まるでさも当然のように、それを使う権利を持っているかのように、地球に住むナチュラルたちは、プラントに核を撃った。

 

何の罪もない、軍事力すら持たない無力な人々が核に焼かれ、宇宙で溺れ、死んでいった。

 

そんな悲しみや絶望や怒りを繰り返させないために、自分たちは戦っていると言うのに。

 

《だから僕はっ!……あ!うわっ!》

 

アスランの呟きの最中、ストライクを鹵獲するイージスの頭上から弾丸が降り注ぐ。

 

「ボウズ!」

 

「フラガ大尉!?」

 

そこに居たのは、帰投するアークエンジェルを通り過ぎて、こちらに追いついたムウのメビウス・ゼロだった。

 

《モビルアーマー!?》

 

《アスラン!》

 

ガンバレルの弾丸に続き、ムウが放ったレール砲が無防備なイージスに直撃する。その拍子で、ストライクを鹵獲していた拘束が緩んだ。

 

《くそっ!》

 

キラが最後に聞いたのは、悔しげにそう吐き捨てるアスランの声だった。イージスから逃れたキラの耳にもうアスランの声が届くことはなかった。

 

流されていくストライクの背後に流星が輝く。

 

「うおおお!!」

 

ストライクを抜き去って、イージスやデュエルに攻撃を仕掛けたのは、キラを追ってきていた純白のメビウス・インターセプターだ。

 

「ラリー!?お前!!」

 

ムウの作戦では、ストライクを回収した自分がアークエンジェルへ機体を連れて帰還する予定だった。ラリーがこちらにくる計画はない。

 

「ムウさんの機体も限界です!殿は俺がやります!二人はアークエンジェルへ!!」

 

ラリーは一度、ストライクを掴ませて飛んだが、計算通りの推力が得られなかったことが気になっていた。ムウのガンバレルにストライクが掴まって離脱しても、追いつかれる可能性が充分にある。

 

だから、ラリーはここにきた。

二人を確実に逃がすために。

 

「離脱しろ!キラ!後方からお前にプレゼントがある!」

 

「え!?」

 

困惑するキラを捨ておき、ラリーはムウが映るモニターへ敬礼を向けた。

 

「ムウさん、頼みましたよ」

 

ムウは何かを言おうとしたが、ぐっと口を噤んで操縦桿を握りしめる。

 

「チッ、死ぬんじゃねぇぞ!ボウズ!俺の機体に掴まれ!」

 

それを合図に、ムウとキラがアークエンジェルに向かって離脱していく。

 

『キラ!!』

 

それを追おうとするイージスやデュエルの前に、純白のメビウスが立ちふさがる。

 

モビルスーツの数は4。

 

モビルアーマーが1。

 

状況はどうみても絶望的だ。

 

だがーーー

 

「悪いがここからは通すわけにはいかないんだよ…流星の意地を見せてやろう…!」

 

ラリーの頭の中に逃亡の文字など、存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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第17話 流星

 

 

 

「フラガ大尉!!待ってください!レイレナード中尉が!!」

 

キラは掴まるムウに向かって叫んだ。どうしようもないと頭でわかっているのに、心が拒絶しているように感じた。

 

サブモニターに映る純白のラリーのメビウスはどんどん離れていく。ラリーが対するのは、4機のモビルスーツ。それも苦戦するほどの手練れが乗った新兵器だ。

 

いくらラリーが凄腕だと言っても、4機の新型モビルスーツを相手にして、ただで済むはずがない。メビウスの輪郭が見えなくなり、遠くで光が瞬くのが見える。

 

何も答えないムウに歯がゆい気持ちを抑えきれずにキラは再び叫んだ。

 

「フラガ大尉!」

 

「今他人の心配してる状態じゃないだろ!!それに、奴はこんな簡単に落とされる奴じゃない…!!そんな奴じゃないんだ!!」

 

その声には、今までどこか飄々としていた雰囲気は無かった。ギリっとムウはメビウス・ゼロの操縦桿を握りしめる。キラと同じように、ラリーが残った事実に納得できていない心を、ムウは歯を食いしばって抑え込んでいたのだ。

 

絞り出すような声に、キラはそれ以上何も言えずに、くたびれた体をシートに預けることしかできなかった。

 

「それにまだデカいのが残ってる。お前は早く後方に戻れ!リークが準備して待ってる!」

 

「…ベルモンド少尉が?」

 

一体何を準備しているのだろうか?

 

そんな疑問よりも、キラはただ一人で殿に残ったラリーの身を案じるのだった。

 

 

 

////

 

 

G兵器との戦いは、なんとかこなせる。

 

そう思った俺の目論見はあまりにも甘かったことを思い知らされた。

 

『くそー!!なんなんだよコイツはー!!』

 

『どけ!!俺はキラを!!』

 

宇宙を乱反射するように迸るビームの閃光。迫るミサイル。バルカン砲。どれもが俺の駆る機体を叩き落とす危険性があり、どれか一つでも直撃すれば俺の命などあっさりと刈り取られてしまうものだ。

 

「ぐっ…あーくそ、あっはっは!!今日で死ぬのかな俺。モビルスーツ…しかもG兵器4機にどこまでやれるのか…」

 

殿に出た以上、撤退の二文字はない。

 

しかし、4機の連携はまさに苛烈だ。取り付く島もない。一機の背後を取れば、すぐにでも横槍が飛んでくる。しかも隙を見せれば敵は逃げたストライクやアークエンジェルを追うだろう。

 

こんな中では、時間稼ぎすら至難の業だ。

だが、やらねばならない。

 

やらなければ、あとが無くなる。

 

自分自身にも、クラックスにも、アークエンジェルにも。

 

「まぁこうなったら最後まで足掻いてみるか!」

 

俺は後のことを考えるのをやめた。

 

推進剤?そんなもの知ったことか。

 

こうなったら意地だ。俺は持ち前の生き残ることへの執着心と集中力に全てを注ぐ。弾薬と俺の体が耐えられるまで、とことんやってやる。

 

付いてこれるか?ザフトの赤服たちよ

 

 

////

 

 

地球軍のモビルアーマーと、こちらのモビルスーツ隊の戦いが始まってしばらく。状況を解析するヴェサリウスのモニターには、未だに健在のモビルアーマーの反応と、それに苦戦するモビルスーツの様子が鮮明に映し出されていた。

 

「なにをやってる!たかがモビルアーマー1機に!」

 

艦長のアデスは、エンジンが仕留められたことと、これまでの失態が重なり苛立ちのピークに達していた。

 

いくら流星と言えど、モビルアーマー1機がモビルスーツ4機に勝てるはずがない。

 

そんなことはあってはならないのだ。

 

だが、アデスの苛立ちは募るばかりで、モニターの反応は今もモビルスーツが翻弄され続けている様子が写っている。

 

「素晴らしい…これが、本物か」

 

「は?」

 

隣にいる仮面を付けた男、クルーゼの呟きに、アデスは思わず間抜けな声を上げてしまった。クルーゼはその呟きをしまったというふうに誤魔化して、無重力の中を緩やかに漂った。

 

「いや、なんでもない。しかし、彼らでは落とせんよ。あの機体は」

 

クルーゼの言葉に、アデスは信じられないというような目をした。さっきまで流星を落とすことに躍起になっていたというのに、一度狙った獲物は逃がさないという言葉を体現するクルーゼが、そんなことを言うなんて…。

 

「しかし、モビルアーマーですよ…?」

 

アデスの言葉を、クルーゼは首を横に振って否定する。彼には確信があった。あれは落とせない。たとえ自分でも、誰であろうと、生半可な覚悟ではアレを落とすことは叶わないだろう。

 

それでも納得できないアデスに、クルーゼはひとつ例え話をした。

 

「君は、モビルスーツで流れ星を撃ち落とせると言うのかね?」

 

その言葉に、アデスもヴェサリウスのクルーの誰も答えることはなかった。

 

 

////

 

 

ストライクを牽引するメビウス・ゼロは、アークエンジェルの下へは向かっていなかった。

 

いや、アークエンジェルの反応を感知できる距離までは戻ってきていた。問題は、予定していた到着時間より大幅に遅れていると言う点だ。本来なら、もうアークエンジェルのハンガーに着艦する準備に入っていたはずだ。

 

「フラガ大尉、アークエンジェルに向かってたんじゃ…」

 

不安げに言うキラの声に、ムウはニヤリと笑みを浮かべて答えた。

 

「ここが俺の目標位置だ。ランデブー開始まであと10秒…来た!」

 

キラのモニターに、光が映る。アークエンジェルから近づいてくるその光は、リークが操るメビウスだ。

 

「ベルモンド少尉!」

 

「リーク!よくやった!時間通りじゃないの!」

 

「ハリー技師やみんなのおかげですよ。キラくん!今から指定座標を送るからそこで待機してくれ。同調速度は200だ!」

 

途端に、メビウスは反対方向ーーつまり、ラリーが孤軍奮闘する宙域に向かってゆっくりと加速し始める。キラはモニターから、リークのメビウスの変化に気がついた。

 

下部のレール砲とミサイルが取り外され、代わりに作業アームのようなものが取り付けられている。そして、そのアームが抱えるものは…

 

「それは…!」

 

「君へのプレゼントだよ。ドッキングシークエンスに入る!」

 

キラのストライクと、リークのメビウスが重なる。彼がアークエンジェルから運んできた物は、力をなくしたストライクを再起させるものだった。

 

 

////

 

 

『なにをしてる!さっさとストライクを追わないか!』

 

『追おうとしているんだが…このモビルアーマーが!』

 

仲間に怒鳴り散らすイザークも、それに文句を言いつつ反論するアスラン達も、目の前で起こる現実を信じられなかった。

 

当たらない。

 

4機で攻め込んでいると言うのに、攻撃が一切当たらないのだ。

 

「う…ぐぁあ…!!ッハァーーッ!!」

 

ラリーの描く軌道は、戦いの数を重ねていくごとに無駄がなくなり、そして洗練されていった。同時に、その躍動にも一種の制約があった。

 

モビルアーマーを動かす以上、出撃から会敵までの燃料、そして交戦する燃料、最後に帰還するための燃料を考えなければならない。

 

燃料を多く消費するラリーの機動は無意識のうちに抑制的になり、その機動力には枷が嵌められていた。

 

そして、今のラリーは帰還する燃料のことを考えるのを止めた。

 

メビウスのエンジンと、オプションで取り付けられたサブブースターをフル稼働させて、宇宙に流星を描く。いくらビームライフルを放とうが、いくらミサイルを放とうが、その流星を捉えることは叶わず、宙の藻屑へと帰していく。

 

「ミサイル分離…待機タイマーセット…起爆距離セット…弾頭調整良し…」

 

上に旋回してる最中に、ラリーのメビウスが懐に抱えていたミサイルを次々と投下するように切り離していく。ミサイルは火を噴くことなく宇宙を漂っている。

 

『逃げ回るのが辛くなって身軽になろうってか!?』

 

ミサイルの重量分を無くして、機動力を増そうとしているのかとイザークは推測し、焦りをにじませる。これ以上、動き回られたら厄介この上ない。

 

『次は落とす!』

 

イザークは後方から追従するディアッカと連携してラリーを落とすことを考えた。頭部に備わったイーゲルシュテルンで牽制し、ディアッカのビーム砲で始末をつけるつもりだ。

 

イザークのデュエルの頭部が火を噴くと同時に、ディアッカが狙撃体勢に入る。その時、二人を見ていたニコルが異変に気がついた。

 

さっきまで漂っていたミサイルが消えているのだ。

 

『ディアッカ!はっ!?』

 

切り離された二発のミサイルの内の一発は、狙撃体勢で無防備になったディアッカのバスターに。

 

そしてもう一発は、状況の管理に徹しようとしたニコルのブリッツにだ。

 

「そこぉっ!!」

 

ミサイルの衝撃と同時に、バスターとブリッツを射線軸に捉えたラリーの機体から、HEIAP弾が放たれる。高速機動からのゼロ距離射撃は、二機を完全に捉えた。

 

『うわぁ!!き、機体のエネルギーが!?』

 

HEIAP弾の衝撃を受けた途端、まだ余力があったはずのブリッツのエネルギーが一気に危険域まで削り取られた。

 

フェイズシフト装甲は、一定のエネルギーを消費することにより、物理的な衝撃を無効化する効果を持つが、その一定エネルギーが過剰な電力消費を生ませることもある。ラリーが放ったHEIAP弾は、フェイズシフト装甲の破壊はならずとも、装甲の電力消費を大きく発生させるには充分な威力を発揮した。

 

『まじかよ!!当ててくるのかよ!?』

 

ディアッカの乗るバスターも、ブリッツと同じ状況に陥っていた。2機のエネルギーはもう危険域に達している。

 

『まさか、乗ってるのはコーディネーター…とか』

 

泣き言のように零すディアッカの言葉に、イザークは苛立ちを隠しもしないで怒鳴りつけた。

 

『ふざけるな!!たかがモビルアーマーごときに遅れを取るなど…!うわぁ!』

 

バルカン砲越しのHEIAP弾がデュエルに命中し、イザークはくるくると宇宙を舞う。

 

しかし、それがラリーにとって最後の抵抗だった。

 

「HEIAP弾、残弾ゼロ。バルカン砲も使い切った。ミサイルもない。推進剤も…ダメか」

 

さっきからメビウスのコクピットはアラームで溢れかえっていた。ギリギリまで追い込んで、追い詰めて、絞り出したモノも、さっきの攻撃で全て尽き果てた。

 

もうアークエンジェルに帰る余力も残っていない。いや、慣性飛行ならたどり着けるかもしれない。アークエンジェルがその場で待っていてくれたのならば。

 

『コイツゥ!!』

 

イザークが負け惜しみに放ったビームが、メビウスを掠める。しかし掠めるだけでも此方には大ダメージだ。計器が更に警報を搔き鳴らし、出力がみるみる落ちていくのが分かった。

 

ちっ…エンジンに当たったか。

 

ラリーは心の中で毒づく。スロットルを回しても、フットペダルを踏んでも推力が保てない。さっきまで軽やかに飛んでいた流星が、失速していく。

 

『落ちろ!!モビルアーマー風情が!!』

 

トドメとデュエルがビームライフル下部に備わるグレネードランチャーを構えた。なけなしのバッテリーを使ってコクピット内にレーダー照射を伝えるアラームが光る。わずかに見えた光が、最後に見る光景のように思えた。

 

ここまでか…!!

 

だが

 

俺はまだ…

 

死にたくない…!!

 

気がつくと手は勝手に動いていた。自動ドッキング用に残っていた補助スラスターを手動に切り替えて、ラリーの機体が僅かに反転する。デュエルの放ったグレネードランチャーが、ラリーのメビウスの脇を紙一重で通過したと同時。

 

遥か後方から白と赤のエネルギーの帯が走った。

 

ビームライフルを構えたデュエルの腕が閃光に巻き込まれ、フェイズシフト装甲もろとも、みるみると溶解して爆散した。

 

フェイズシフト装甲を破れる武器は限られる。ということはーー。

 

「間に合ったか…!」

 

「うわぁああああああ!!!!」

 

キラの雄叫びと共に、ランチャーストライカーに換装したストライクがラリーを後ろから追い抜いていく。

 

「これ以上、やらせるもんかー!!!」

 

イザークの驚愕に見向きもせず、キラはラリーの機体を守るように立ち回り、ランチャーストライカーに備わるアグニを連射していく。

 

『引け!イザーク!これ以上の追撃は無理だ!』

 

『何ぃっ!?』

 

『アスランの言うとおりです。このままだとこっちが危ない!』

 

『くっ!凶星"ネメシス"め!こんな結果…俺は認めないぞ…!』

 

ストライクのアグニに耐えかねたのか、右往左往していたG兵器群が離れていく。それを見送ったあと、ラリーはストライクの背中を見て、堪えていた全てを手放してシートに深く座り込んだ。

 

間一髪だった。

 

だが、メビウスライダー隊のメンバーや、キラが計画通りに事を進めてくれた。

 

今回の生還と成功は正にチームワークの賜物。

 

そしてこれが成功したと言うことは、キラ自身にもチームに対する何かが目覚めているはずだろう。

 

不安は無くなった。キラは間違いなく、自分の仲間だ。

 

ラリーはその安堵感を噛み締めながら宇宙を漂うのだった。

 

 

////

 

 

「敵、モビルスーツ群、離脱しました!」

 

オペレーターのその言葉で、アークエンジェルとクラックスのブリッジが沸き立った。何人かは立ち上がってガッツポーズをし、生き残ったストライクや、メビウスライダー隊に賞賛を送っている。

 

その中で、ナタルもマリューも、信じられないものを見たせいで軽い放心状態に陥っていた。

 

自分たちが極秘に開発したG兵器。

 

能力も、機能性も、現存するどのモビルスーツよりも優っているはずだった。

 

にも関わらず、ライトニング1であるラリーは、その全てを相手取り、互角…いや、それ以上の戦いを繰り広げた上に、生還したのだ。

 

奇跡…そんな簡単な言葉で片付けていいものではない。彼の操るメビウスの動きは、まさに流星。誰をも寄せ付けない機動と軌跡を描いて飛ぶ、真っ白な流星だ。

 

誰もが絶望視した戦いで、彼はまぎれもない勝利を掴んだのだ。

 

《はぁー、なんとか乗り越えましたな》

 

驚愕する二人を見て、ドレイクはにこやかに笑ってそういった。さも当然のように、さも彼が成し遂げることを知っていたかのように。

 

「バーフォード艦長、ありがとうございました」

 

マリューは慌てて敬礼をし、見事に護衛艦の役目を貫いたクラックスのクルー全員に感謝を述べる。その感謝を、ドレイクは手で柔らかく制して言葉を綴った。

 

《ここにいる誰一人が欠けても、成し得ない勝利でした。今は、共に生き残ったことの喜びを分かち合いましょう》

 

ドレイクの後ろにいるクルーも喜びを分かち合っていた。

 

マリューは思う。

 

彼らは、一体どれだけの修羅場をくぐり抜けてきたのだろうか。そして、メビウスライダー隊とクラックスを一介の部隊と軽視していた自分を恥じた。

 

彼らは強い。

 

自分が出会ってきたどんな軍人、どんな部隊、どんな艦隊であろうとも、彼らに勝る軍を、マリューは知らない。

 

クルーたちを窘める訳でもなく、共に生き抜いた喜びを分かち合うドレイクの姿に、マリューは再び、畏怖と尊敬を宿した敬礼を送るのだった。

 

 

////

 

 

《レイレナード機、着艦!!》

 

歓喜に沸くアークエンジェルのハンガーでは、作業員たちが忙しなく動き、ラリーのメビウスの着艦作業に従事していた。

 

クラックスにドッキングするためのサブスラスターすら使い切ったメビウス・インターセプターは、キラのストライクと、後から追いついたリークのメビウスにより牽引され、アークエンジェルへ帰投していた。

 

姿勢制御すらままならない状態であったメビウス・インターセプターは、ストライクの補助を受けて、なんとかアークエンジェルのハンガーに着艦したのだ。

 

「ラリー!!」

 

解放されたエアロックから飛び出したのは、ハリーだった。彼女はメビウス・インターセプターの前に降り立つと、開いたコクピットハッチをじっと見つめる。

 

「ハリー…」

 

いつもは見せないような、心身ともに疲れ果てた様子のラリーが、コクピットから這うように出てくる。ハリーはふわりと浮き上がって、棺桶のようなコクピットから出るのに苦労しているラリーの手を握って手伝った。

 

「機体、今回は無事ね…」

 

ラリーの体と、機体を一回り見渡して、ハリーは安堵のため息と共にそう言った。その言葉にラリーは、うげぇと顔をしかめる。

 

「そこの心配からかフツー。まぁそれもそうか、4機のG兵器とやり合ったんだ。生きてるのが不思議だわな」

 

我ながら不思議な気分だとラリーは笑った。

ふと、胸に何かがのしかかる。視線を下ろすとハリーが、彼の胸元に頭を預けていた。

 

「私、疑ってなかったから」

 

いつも強気な声色ではなく、とても弱々しく、消え入りそうな声で、ハリーは呟く。

 

「中尉は帰ってくるって…疑ってなかったから!」

 

それを言って、彼女は突き放すようにラリーから離れていった。彼女の去った軌跡には、無数の水玉が無重力の中を漂っている。

 

ラリーは自分の下にたどり着いた水玉をそっと握りしめた。

 

過去の作戦の中でも、何度か「あ、これ死んだ」と思うような事はあったが、今回感じたものはそれらの経験を遥かに上回る強烈な死の予感だった。

 

しかし、ラリーはその度に、その感覚に抗ってきた。死ぬものか。死んでたまるものか。生き残る。生き抜いて、使命を果たす。そう何度も自分に言い聞かせて、奮い立たせてきた。

 

今回は最後にそれが折れかけたが、体が自然と動いてくれたことで、生き残ることができた。偶然かもしれない。たまたま運が良かったかもしれない。だが、ラリーにとってそんなことは大した問題ではない。

 

自分は生きている。

 

生き残っている。

 

それこそが、自分の勝利だ。

 

生きていれば構わない。

 

それだけが、ラリーというパイロットを形作る全てだった。

 

 

////

 

 

「おーい!こらボウズ!」

 

機体から降りてしばらく休憩していると、ハンガーにマードックの怒声が響き渡った。何事かと彼を探すと、マードックはストライクのコクピット付近をガチャガチャといじっているのが見えた。

 

「あ?どうした?」

 

同じく帰還したムウや、ラリーを牽引したリークも、ストライクのそばで喚くマードックの側へと向かう。ラリーも勿論、二人の後に続いた。

 

「いや~、なかなかボウズが出てこねぇえんで…」

 

マードックの言葉を受けて、ラリーたちは顔を見合わせた。

 

「おやおや」

 

ムウがわざとらしく肩をすくませているのを、リークが咳払いをして黙らせた。

 

新人が戦場に出ると、たまに起きる現象だ。とくに、戦死者がでるような苛烈な戦いの後だと起こりやすい。リークは意を決したように、ストライクのコクピットハッチに手を添えて、優しく語りかけた。

 

「キラくん、聞こえるかい?」

 

《ベルモンド…少尉…?》

 

震えるようなキラの声が、その場にいた全員の耳に届いた。リークは口調を変えることなく、ゆっくりと伝わりやすいように話を続けた。

 

「もう戦闘は終わったよ。敵もちゃんと撤退した。俺も、ラリーも無事だ。大丈夫だ」

 

《僕は…僕は…》

 

それでも震えるキラに、今度はラリーがコクピットハッチに手を添える。

 

「キラ、またお前に助けられたよ。ありがとう」

 

「ほら、もう、とっとと出てこいよ。ドレイク艦長が食事を用意してるって言って待ってるぜ?」

 

最後に言ったムウの言葉を皮切りに、ストライクのコクピットハッチがゆっくりと開く。そこにはまだ荒い息でコクピットシートに座るキラの姿があった。

 

ラリーたちは全員で微笑んでキラを見た。

 

「お前も俺たちも死ななかった、船も無事だ。上出来だったぜ」

 

ウインクを交えたムウの言葉で、やっとキラの震えは止まった。

 

「あっ…ありがとう…ございます…」

 

そして、キラは震える手足でなんとかコクピットから這い出た。受け止めたリークがすぐさまヘルメットを脱がせ、ラリーとムウが両脇からキラの肩を支える。

 

「ラリーにもムウさんみたいに人を褒められる素養があればよかったのに」

 

「あーはいはい、どうせ俺は口下手ですよ」

 

いつもの軽口を叩くラリーとリークを見て、キラの表情は幾分か柔らかくなった。

 

アークエンジェルと、クラックスのサイレントラン。

 

傘のアルテミスへの入港まで、残り十分を切ったところだった。

 

 

 

 



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アルテミス編
第18話 策謀の傘


 

アークエンジェルとクラックスは、長いサイレントランを終えて、地球軍の軍事要塞「アルテミス」に到着することができた。

 

アークエンジェルが抱える避難民や、物資の問題。そして新造戦艦と新兵器であるG兵器の処遇の答えが、ここで得られるとマリューやナタルは期待を抱いていた。

 

「ああぁ……」

 

「何これ…?何なの?ねぇサイ!」

 

突然の出来事に、誰もが反応できなかった。アルテミスに入港を終えてから待っていたのは、期待とは裏腹の手酷い扱いであった。

 

アークエンジェルの艦内は、入ってきたアルテミスの武装兵によって即座に制圧されたのだ。

 

「よーし!そのままだ!」

 

「動くなっ!」

 

居住区や、機関室、そしてブリッジに武装兵が詰めかける。味方だと思っていた相手に銃を向けられる恐怖で、その現実を目の当たりにしたミリアリアが悲鳴を上げた。

 

「キャァァァッ!」

 

まだ年端もいかない彼女にも、地球軍の兵士は容赦なく銃口を向けるのだった。

 

 

////

 

 

「全員一カ所に集まれ!」

 

ブリッジや居住区にいた全ての下士官や避難民が、アークエンジェルから追い出される形で、入港したアルテミスの一角に集められていく。

 

銃口を向けられている以上、こちらは言うことを聞くしか無い。

 

「ビダルフ中佐!これはどういうことか説明していただきたい!我々は…」

 

「保安措置として艦のコントロールと火器管制を封鎖させていただくだけですよ」

 

不満を爆発させるナタルに、卑しい笑みを浮かべながら答えたのは、アルテミスの高官であるヒダルフ中佐だった。彼の周りには何人もの武装兵がおり、その銃口は未だにアークエンジェルのクルーに向けられている。

 

「封鎖?…し、しかし、こんなやり方…」

 

「貴艦には船籍登録もなく、無論、我が軍の識別コードもない。状況などから判断して入港は許可しましたが、残念ながら、まだ友軍と認められたわけではありませんのでね」

 

遠くでは、次々と機材を持った技師たちがアークエンジェルに乗り込んでいくのが見える。ナタルから見ても、彼らがアークエンジェルに何らかの手を入れようとしている事は明らかだった。

 

「しかし…!」

 

「バジルール少尉。彼の言うことは正しいよ。残念ながら今は戦時中でもある」

 

収まりがつかないナタルを宥めたのは、同じくアルテミスに入港したクラックスの艦長、ドレイクだった。彼らもアークエンジェル同様に武装解除と封鎖を名目に船から降ろされている。

 

「バーフォード艦長」

 

ドレイクの鋭い視線は、ニヤニヤと卑しく笑うヒダルフに向けられる。厳粛さを宿すその瞳に、ヒダルフは笑みを収めて、高慢そうな顔つきに変わる。

 

「軍事施設です。このくらいのことは、ご理解いただきたい。では、士官の方々は私と同行願いましょうか。事情を伺います」

 

 

////

 

 

「ドレイク・バーフォード少佐、マリュー・ラミアス大尉、ムウ・ラ・フラガ大尉、ラリー・レイレナード中尉、ナタル・バジルール少尉か…。なるほど、君達のIDは確かに、大西洋連邦の物のようだな」

 

アルテミスの実権を握るジェラード・ガルシア少将は、通された士官の書類に乱雑に目を通しながら、前に立つ彼らを値踏みするような目で眺めている。

 

マリューやナタル、ムウは表面上にこそ出さないが、非常に不満を抱いている雰囲気があり、ドレイクはくたびれた帽子を脱ぎ、疲れた様子でガルシアに一礼する。

 

「お手間を取らせて、申し訳ありません。ガルシア少将」

 

「いや、なに…。メビウスライダー隊。それを率いる輝かしき君の名は、私も耳にしているよ。バーフォード少佐。グリマルディ戦線には、私も参加していた」

 

ガルシア少将はドレイクを見て、すこし懐かしそうに目を細めた。あの戦いは、地球軍にとっても、そして自分にとっても痛すぎる過去の思い出だ。

 

「存じております。少将はビラード准将の部隊に」

 

グリマルディ戦線当時、ドレイクの艦は第7艦隊の前衛として出ていた。そのおかげで多くの戦死者を出したが、同時に彼がムウや流星と出会う大きな転機ともなった。

 

ガルシアもドレイクの言葉に頷く。

 

「そうだ。戦局では敗退したが、ジンを20機落とした君らの活躍には、我々も随分励まされたものだ。そして今も励まされているよ」

 

「ありがとうございます」

 

そこで、ガルシアの目が変わった。

 

「しかし、その君が、あんな艦と共に現れるとはな」

 

それは失望…いや、残念と言うような目つきだった。ドレイクはそんなガルシアの目つきを気にもしないで淡々と言葉を続ける。

 

「特務でありますので、残念ながら、子細を申し上げることはできません」

 

特務…そう言ったドレイクではあったが、アークエンジェルの存在や自分の指揮する船、そしてメビウスライダー隊が、その特務の中身を隠すことなくさらけ出しているように思える。

 

今度はガルシアが鋭い視線のまま思考を巡らせた。

 

「なるほどな。だがすぐに補給をというのは難しいぞ」

 

ガルシアの言葉に、マリューがすぐさま食い下がった。

 

「我々は一刻も早く、月の本部に向かわなければならないのです。まだ、ザフトにも追われておりますので…」

 

「ザフト?ザフトとはアレの事かね?」

 

そう言うとガルシアは絢爛な机にあしらわれたボタンを押す。すると四人の後ろにあるモニターが光り、そこに一隻の船がアルテミスの周域を航行している様が映っていた。

 

「あれは、ローラシア級?」

 

ナタルの声に、ガルシアは自信たっぷりに頷いて答えた。

 

「見ての通り、奴等は傘の外をウロウロしているよ。先刻からずっとな。まぁ、あんな艦の1隻や2隻、ここではどうということはない。だがこれでは補給を受けても出られまい」

 

「奴等が追っているのは我々です!このまま留まり、アルテミスにまで、被害を及ばせては…」

 

「はっはっは!被害だと?このアルテミスが?奴等は何もできんよ。そして、やがて去る。いつものことだ」

 

ムウの焦りにも似た声を、ドレイクは手を上げて制した。横目でチラリとムウを見る。それだけでドレイクが何を言おうとしているのか、ムウは察することができた。

 

「ともかく君達も少し休みたまえ。だいぶお疲れの様子だ。部屋を用意させる。奴等が去れば、月本部と連絡の取りようもある。全てはそれからだ」

 

話は終わりだと言わんばかりに、部屋の中にガルシアの部下が入ってくる。それも銃を携えて。穏便を装っているが、服従しなければどうなるか、などという脅しをかけられているようなものだ。

 

「最後にひとつ」

 

ドレイクが静かにそう呟く。

 

「ガルシア少将。このアルテミスは、そんなに安全ですかね?」

 

「あぁ。まるで母の腕の中のようにな」

 

ガルシアの答えにドレイクは帽子を深く被ると、一礼し部屋を後にした。マリューたちも戸惑うようにドレイクの後に続いて退室していく。

 

「大西洋連邦。極秘の軍事計画か…よもやあんなものが転がり込んでこようとはな」

 

ガルシアは温和な司令官の顔を脱ぎ捨てて、舞い込んだ幸運に笑みを浮かべた。

 

「ヘリオポリスが噛んでるという噂、本当だったようですね」

 

「まぁいい、連中にはゆっくりと滞在していただくことにしよう」

 

この情報があれば、こんな宇宙の片隅に押し込められる自分も地球に返り咲くことができる。ガルシアはその事だけを考えて不敵な笑みを浮かべるのだった。

 

 

///

 

 

「はぁ!?メビウスはもう使えない!?」

 

ボロボロになったメビウス・インターセプターの前で、ラリーは素っ頓狂な声で叫んだ。その声に、くまなく点検を行なったハリーが、何食わぬ顔でラリーを見る。

 

「ラリー?あなたが乗って帰ってきたメビウス・インターセプターの状態はどうなってたと思う?」

 

「弾薬切れに推進剤切れ?」

 

その即答に、ハリーはわずかに頭を抱えた。よくまぁそんな曖昧な機体状況の把握で、あそこまでの戦いができたものだと思う。

 

「エンジン機関部に損傷、バランサー大破、おまけにそんな状態でサブスラスターを使った無理な姿勢変更で、エンジンもオイルも真っ黒こげになってるの」

 

「こりゃ、一度エンジンをばらして組み直すしかないなぁ」

 

ハリーの点検に付き合っていたリークが、装甲を外した場所にあるメンテナンススペースから這い出てくる。手と作業服は焦げ付いたオイルだらけで、手拭いで汗を拭った。

 

「というか、どんな操縦をしたらこうなるんだよ全く…信じらんねぇ」

 

続いて、エンジンユニットをいじっていたマードックも呆れたような声を上げる。

 

「残りのメビウスはリークの1機だけ。ラリーは母艦待機ってことになるか?」

 

「おいおい、今の戦力でパイロットを遊ばせておく余裕なんてねーぞ?」

 

アークエンジェルのクルーや、クラックスのクルーたちが、あーでもない、こーでもないと、ラリーのメビウスを囲みながら議論を始めだす。

 

「あるわ。ひとつだけ解決策が」

 

答えの出ない議論に終止符を打ったのは、ハリーだった。彼女は手に持つタブレットを操り、一つのデータを全員に見せるように向ける。

 

「なんですか、グリンフィールド技師。この座席と砲塔がついたモノは」

 

画面を覗くキラに、ハリーは得意そうに胸を張った。

 

「私が過去に考案したメビウスの複座ユニットよ。メビウスのコアユニットの背部に取り付けるように設計したのはいいけど、人材コストが掛かるっていう理由でお蔵入りになったユニット。今はクラックスの貨物倉庫に眠ってるわ」

 

メビウスは本来一人乗りだが、モビルスーツの無限軌道に追従するには限界がある。よって、ハリーが考案したのが「物理的に後ろにも目を付ける」といったモノだ。複座型とは言え、ユニットの視界は完全にメビウスの背後を中心に収めており、後方への敵機へ迎撃を行うために低威力だがバルカン砲も装備されている。

 

「ま、まさか。それをメビウスに取り付けて…?」

 

「そ。死角も減るし、情報解析も複座のパイロットがリアルタイムで行うから、パイロットは本当に戦闘に集中できるの」

 

ハリーの言葉に、リークが顔を青くした。

 

「あぁ、安心して。取り付け自体も30分もあれば終わるし、実戦実績もちゃんとあるから」

 

「あるから心配なんですよ!知ってますからね!以前、ラリーとそれを使って相乗りしたゲイルが、全身高圧迫症でグロッキーになって一日寝込んだ話!」

 

「お前さん、どんな操縦してん?マジで」

 

満面の笑みのハリーに、オーマイガッ!ぽく頭を抱えるリークを眺めながら、マードックや、アークエンジェルの操舵を行うノイマンがあきれた様子でラリーにそう言った。流石のラリーも誤魔化すように苦笑いをこぼすしかない。

 

「で、俺たちはいつまでここに居ることになるんでしょうね」

 

ノイマンのつぶやきは、高くそびえるアルテミスの港の中に溶けていく。

 

「アークエンジェルもクラックスのブリッジも封鎖されてる以上、ここに居るしか無いでしょ?」

 

彼らが居るのは、アークエンジェルでも、クラックスでもない。だだ広いアルテミスの港の一角だ。

 

今のアークエンジェルからは、邪魔でしかないメビウス・ゼロや、メビウス・インターセプターが運び出され、ストライクや艦の調査がアルテミスの技師によって行われている。

 

どうみても、技術を抜き出そうとしているようにしか見えないが、下手に文句を言えば何をされるか分かったものじゃない。

 

そして、手持ちぶさになったハリーやラリーたちは、メビウスを開けた場所に置いて勝手にメンテナンスを始めることにしたのだ。何人かの武装兵が目くじらを立てていたが、こちらがメビウスライダー隊と知ると、大慌てで敬礼し持ち場に戻っていった。

 

「ドレイク艦長は、ああ言ってたけど真相はどうなのやらだな」

 

「そうだよな。俺たちは第7艦隊の認識コードを持ってるっていうのに」

 

「これじゃ幽閉状態だ」

 

「艦長達が戻らなきゃ、何も分からんよ。とにかく、俺たちは俺たちにできることをやらなくちゃ」

 

「かといって、友軍相手に暴れるわけにもいかないしなぁ」

 

メビウスのメンテナンスにかこつけて、アークエンジェルのクルーと、クラックスのクルーの交流会状態になりつつある場所で、各々が現状を憂いて語り合う。

 

「ユーラシアにとっては、舞い込んできた千載一遇のチャンスと言ったところかしらね」

 

タブレットで機体のチェックをしながらぼやくハリーに、リークは首を傾げた。

 

「どういうこと、ハリー技師?大西洋連邦とユーラシアって友好関係でしょ?」

 

「表面上はね?けど、今回のアークエンジェルやG兵器の開発は、大西洋連邦とオーブのモルゲンレーテが主導していた。G兵器の開発が上手くいけば、地球軍の中で兵器革命が起こる。じゃあここで問題。その時に覇権を握ってるのは?」

 

ハリーの問いに、両艦のクルーが顔を見合わせる。

 

「そりゃ、大西洋連邦だろ」

 

「そ。それを気にくわない道理がユーラシアにはあるわけ。つまり、私たちをここから出したく無いのはーー」

 

「G兵器の成果とデータを自分たちの懐に取り込んで、差がついた技術レベルを同じ水準に引き上げようって魂胆か」

 

ハリーが言わずとも、ラリーも誰もが理解できた。モビルスーツの技術は、今はどの勢力も喉から手が出るほど欲しいに違いない。その抜きん出た技術を手に入れれば、莫大な富と権力を得ることができる。

 

「あーあ。政治とか情勢とかヤんなっちゃうわ。ただでさえNジャマーでエネルギー問題が深刻だっていうのに」

 

ハリーの言葉に、リークが暗い顔を浮かべる。ラリーはリークの肩を叩き、うんざりしたように言った。

 

「その先を見据えて動くのが、政治家さんの仕事なんだろうよ」

 

たとえ、その利益が世界を大きな混沌に陥れることになったとしてもーー。

 

 

 



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第19話 爪弾き部隊

「いくら不明艦といっても、この扱いは不当です!」

 

部屋をあてがうと言われたが、どう考えても幽閉されてるとしか思えんな。ドレイクは部屋の前に居るであろう武装兵のことを考えながら、アルテミスの外を一望できる窓を眺めていた。

 

大きな一室の片割れでは、不満を爆発させて折り目正しく被っていた帽子を握り潰すナタルが喚いている。

 

「仕方ないだろー?連中は今、我々を艦に帰したくないんだからさ」

 

めんどくさそうに、ベッドにだらし無く寝っ転がるムウは、怒り心頭なナタルにそう言ってあくびをかいた。なんと緊張感がないのか、マリューが視界の端で額に手を当てているのが見える。

 

だが、ここに閉じ込められている以上、自分たちにはどうすることもできないというのは、ドレイクも同意だった。

 

「おそらく、彼らは今はストライクやアークエンジェルの技術の盗用に躍起になってることだろう。ユーラシアにとってはまたと無い機会なのだからな」

 

「そんな!軍法会議ものですよ!?」

 

ナタルが驚いたように言う。たしかに、大西洋連邦とユーラシアは友好国ではあるが、完全に味方という訳ではない。大金を投じた機密技術を横取りされれば、大西洋連邦も黙ってはいない。

 

しかしだ。

 

「現場にはそんな書類めいた事は通用しないぞ、バジルール少尉。要は手に入れたものが勝者だ。あとはいくらでも誤魔化しは利く。宇宙に瞬く星が一つ増えようが誰も騒ぎしないだろう?そんなものさ」

 

ここは、ユーラシアの掌中だ。

 

大西洋連邦側の人間は居ない。つまり、自分たちの口さえ封じてしまえば、どうにでもなるという魂胆だろう。

 

そこに軍法会議もへったくれもない。

 

アルテミスに入った以上、こうなることを予測できなかった訳ではないが、ここまで強引だとは…自分の考えの甘さにドレイクは我ながら呆れた。

 

「だが、我々は敗北してはいない」

 

ドレイクはニヤリとくたびれた帽子の下でほくそ笑む。

 

自分の部隊の人間が、機密を横取りしようとするハイエナを、はいそうですかと言って見過ごす訳がない。相手が軍法会議も厭わないと言うならば、こちらも同じ手段を取るまでの話だ。

 

「そんなことよりもザフトの動向が気になるところだな」

 

ドレイクの呟きに、ムウは起き上がって頷く。

 

「ええ、ドレイク艦長。俺が気になるのは、連中がこのアルテミスだけは、絶対に安全だと思いこんじまってるってことです」

 

「全く同感だな。歴史上、難攻不落の城など戦争が作り出した与太話に過ぎないというのに。足をすくわれなければ良いのだがな…」

 

ドレイクの予見は漆黒の宇宙に溶けていく。遠からずして、この嫌な予感は当たるだろう。

 

こんな感覚を覚えた日は特に。

 

 

////

 

 

ザフト艦ガモフの艦長、ゼルマンは、プラント評議会に呼び戻されたクルーゼとアスランに代わって、イザークたちの指揮を取っていた。

 

目標は、望遠カメラに映る傘を展開したアルテミスだ。

 

「傘は、レーザーも実体弾も通さない。ま、向こうからも同じことだがな」

 

まさに強力な防壁だ。ザフト艦が幾度となく攻撃をしかけても落ちなかった地球軍の難攻不落の要塞。ゼルマンには、アルテミスがザフトのテリトリーである宇宙で、そのテリトリーを蝕む害虫の巣のように感じられた。

 

「だから攻撃もしてこないってこと?バカみたいな話だな」

 

「だが防御兵器としては一級だぞ。そして重要な拠点でもない為、我が軍もこれまで手出しせずに来たが、あの傘を突破する手立ては、今のところない。やっかいなところに入り込まれたな」

 

イザークの苛立つ声に、ゼルマンもまるで打つ手がないように顔をしかめる。

 

「じゃぁどうするの?出てくるまで待つ?」

 

「ふざけるなよディアッカ!お前は戻られた隊長に、何も出来ませんでしたと報告したいのか?」

 

それにーーとイザークの顔が苛立ちから、明確な怒りに変わる。いや、怒りというより悔しさを孕んだ表情と言えた。

 

「凶星"ネメシス"を目の前にして、指をくわえて見ているだと?それこそいい恥さらしだ!」

 

今の自分たちは、モビルアーマー1機に手間取る程度の赤服と言われている。ガモフもヴェサリウスも、流星の異常な機動性を観測していたので、誰もイザークたちを中傷したりはしないが、イザークにとってモビルアーマー1機に手玉に取られたことが、何よりの屈辱だった。

 

「ふん」

 

それはディアッカも同じだ。ここにいる赤服三人は、流星にきっちり煮え湯を飲まされている。

 

「傘は、常に開いてるわけではないんですよね?」

 

「ああ、周辺に敵のない時まで展開させてはおらん。だが閉じているところを近づいても、こちらが要塞を射程に入れる前に察知され、展開されてしまう」

 

ふむと、話を聞いたニコルは暫く考え込むと、やがてモニターに照らされた顔に、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「僕の機体、…あのブリッツなら上手くやれるかもしれません。あれにはフェイズシフトの他にもう一つ、ちょっと面白い機能があるんです」

 

 

////

 

 

アルテミス近域を漂っていたローラシア級を見送ったヒダルフ中佐の元に、部下が無重力を漂いながら近づいていく。

 

「どうだ?」

 

嫌らしく笑うヒダルフは、部下が伝えに来た情報を心待ちにしていた。アルテミスに逃げ込んできたアークエンジェルとG兵器は、まさに宝。ガルシア少将と同じく、彼もまた転がり込んできた好機に舌なめずりしながら集ろうとしているハイエナだ。

 

しかし、部下の報告はヒダルフが待ち望んだものとは違っていた。

 

「それが…艦の方の調査は順調なのですが、モビルスーツの方が、OSに解析不可能なロックがかけられていて、未だに起動すら出来ないということで…」

 

「なに?」

 

ヒダルフの表情が、笑みから苛立ちに変わる。

 

「今、技術者全員で解除に全力を挙げているところなんですが…」

 

「チィ!小癪な真似を…」

 

あともう一歩のところまで来ているのだ。こうなれば、乗組員たちに吐かせるしかない。ヒダルフは武装した部下を引き連れ、急ぎ足でアークエンジェルのクルーが居る場所へ向かう。

 

 

////

 

 

「アルテミスとの距離、3500。光波防御帯、依然変化なし、か」

 

ニコルは、ブリッツのコクピットで静かにつぶやく。今のブリッツは、漆黒の機体色が鏡のように変化し、機体の全てを宇宙の闇に溶け込ませている。

 

「ミラージュコロイド、電磁圧チェック、システムオールグリーン。…ハァ…テストもなしの一発勝負か…大丈夫かな…」

 

不安げな声とは裏腹に、彼は低出力でグングンとアルテミスへ接近する。ニコルは感情をあまり表には出さないが、イザークと同じく苦汁を飲まされたモビルアーマーには、苛立ちを覚えていた。

 

リベンジできるのなら、あの雪辱を果たしたい。優しげな表情の裏側で、ニコルの闘争本能はギラギラと燃えていた。

 

 

////

 

 

ヒダルフが到着したとき、アルテミスの港の一部はメビウスのメンテナンススペースと化していた。メビウス・インターセプターは、早々に修理が諦められて片隅に寄せられて、今はリークのメビウスに、アークエンジェルのクルーと、クラックスのクルーで運んできた複座ユニットが着々と取り付けられている。

 

最初は怯えていたはずの避難民や、アークエンジェルのクルーたちも、クラックスのクルーや技師たちとの交流でどこか明るさを取り戻しているようだった。

 

「この艦に積んであるモビルスーツのパイロットと技術者は、どこだね?」

 

ごほんと咳払いをして、ヒダルフは高慢な声を轟かせる。

 

「パイロットと技術者だ!この中に居るだろ!」

 

誰も答えずに、じっとヒダルフを見ている状況が気にくわないのか、ヒダルフの副官が怒鳴り声を上げる。

 

「何故我々に聞くんです?」

 

最初に声を出したのは、アークエンジェルの操舵を担当するノイマンだった。

 

「なにぃ?」

 

「艦長達が言わなかったからですか?それともーー聞けなかったからですか?」

 

苛立つヒダルフの声に、今度はハリーがそう呟く。クラックスのクルーが、自然とキラをヒダルフから隠すように移動していく。

 

キラが声を出そうとしたが、横からきたラリーがシッ、と口元に指を立ててキラを黙らせた。

 

 

 

「キラくん、ストライクの、起動プログラムをロックしておくんだ。君以外、誰も動かすことが出来ないようにな」

 

「なんでそんなことを?ドレイク艦長」

 

「なに…何か嫌な予感がしてな」

 

 

 

アルテミス入港前に、メビウスライダー隊と食事を摂っていたキラは、やってきたドレイクにそう言われ、ストライクにロックを掛けたのだ。

 

キラは気づく。

 

ドレイク艦長が言った嫌な予感とはこの事だったと。

 

「なるほど。そうか!君達は大西洋連邦でも、極秘の軍事計画に選ばれた、優秀な兵士諸君だったな」

 

「ストライクをどうしようってんです?」

 

「別にどうもしやしないさ。ただ、せっかく公式発表より先に見せていただける機会に恵まれたんでね。で、パイロットは?」

 

「チッ…白々しい言い訳だぜ…」

 

誰かが言った言葉に、副官が目をギラつかせるが、クラックスのクルーは皆そっぽを向いてごまかす。

 

「パイロットはーー」

 

そう言いかけたマードックを押しのけて、ラリーがヒダルフの前に出た。

 

「俺ですよ。お聞きになりたいことがあるならどうぞ」

 

キラは、前に出たラリーを固唾を飲んで見守る。ヒダルフは値踏みするようにラリーを見て、ハッと鼻で笑った。

 

「先ほどの戦闘はこちらでもモニターしていた。あれほどのメビウスの軌道を実現できるのは、流星と名高い君くらいだ。もう一人のメビウスライダー隊のメンバーもな。それにメビウス・ゼロを操縦できるのもフラガ大尉に限られるくらい、私でも知っているよ」

 

「チッ」

 

どうやら騙し合いはアルテミス側の方が上手のようだった。ヒダルフは再び卑しい笑みを浮かべる。

 

「ふむ、答えないならこちらにも考えはある」

 

彼が目配せをすると、周りにいる武装兵の一人がアークエンジェルのクルーであるミリアリアの腕を掴み上げた。

 

「ミリアリア!」

 

ボーイフレンドであるトールが駆け寄ろうとするが、すぐさま別の武装兵に阻まれてしまう。

 

「女性がパイロットということもないと思うが…この艦は艦長も女性ということだしな…」

 

ヒダルフのその下劣な言葉に、ラリーは…

 

「おい、それ以上するならこちらにも考えはあるぞ…!」

 

いつもの人当たりの良さそうな顔を豹変させ、鋭い眼差しでヒダルフを睨みつけていた。

 

「何をするつもりかね?メビウスライダー隊ともてはやされてはいるが、所詮、君達は爪弾き者の寄せ集めに等しい部隊だろう?」

 

ドガっと音が響く。キラが音がした方を向くと、作業服姿のリークが工具でミリアリアを掴んでいた武装兵のヘルメットを思いっきりぶん殴ったのだ。

 

「ほほう、言ったな?じゃあこっちも御構い無しだ」

 

リークの言葉を皮切りに、クラックスのクルー全員が制服の袖をまくったり、拳を握りしめて臨戦態勢に入っていく。まさに一触即発だ。

 

「それが本性か。野蛮だな。出世したいなら利口であるべきだぞ、貴様。軍法会議ものだぞ?」

 

ヒダルフの言葉を、ラリーはくだらないと吐き捨てた。

 

「あいにく俺たちは出世に興味は無いもんで!」

 

それを合図に、アルテミスの武装兵とクラックスのクルーの乱闘が始まった。彼らも同胞に銃を撃つ気は無かったようで、突然襲いかかってきたクラックスのクルーたちに泡を食ったようだった。無重力の中に鈍い音が響く。

 

たじたじになる部下を使えないと一瞥すると、ヒダルフはラリーに懐から取り出した拳銃を向けた。

 

「ならば、ここでーー」

 

「止めて下さい!」

 

港に、声が響く。

 

乱闘騒ぎになっていたメンバーも、ヒダルフも、ラリーも、その声の発生元に目をやった。

 

「ボウズ…!」

 

声をあげたのは、キラだった。

自分を守るために、多くの人が危険な目にあったり、傷ついたりいく様を見ることを、キラは我慢できなかった。

 

「キラ!お前は良いんだ!」

 

「あれに乗っているのは僕ですよ!」

 

あちゃーとラリーが顔を手で覆って、ヒダルフは笑みをうかべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第20話 ラリーの葛藤

 

 

「キラくん、大丈夫かなぁ」

 

武装したアルテミスの兵により、出入り口が封鎖されたクラックスの艦内で、そう呟いたハリーは体育座りをしながら空中を漂っている。

 

「とりあえず、パスワードはアイツしか外せないんだ。悪いようにはされないと思うぞ?」

 

「けど、あたしたちは最悪だけどね」

 

ぶーたれてそう言うハリーの気持ちはもっともだったが、自業自得とも言えた。

 

キラがヒダルフに連れていかれた後、ラリーを含むクラックスのクルー達は、整備していたメビウスと一緒にクラックスに押し込められて、アークエンジェルとは別の港に追いやられた。

 

しかも邪魔だと言わんばかりにアークエンジェルの避難民も一緒に押し付けられてだ。

 

「わざわざここまでするかね?」

 

「それほど手に入れたいんでしょーねー、モビルスーツの技術」

 

「権力欲に溺れた軍人さんは困ったもんですね」

 

くっだらないわーというハリーの言葉に、クルーの全員が頷く。本当ならば、ヒダルフ辺りにでも銃を一発撃ってもらって、手当たり次第の手段で反抗し、なんとか誤魔化すつもりだったが、当事者であるキラが名乗りを上げてしまった以上、こちらはどうすることもできなかった。

 

「素直なんですよ。心が薄汚れてるよりはよっぽどいいです」

 

リークの言葉は、クルー全員の本心でもあった。憎しみが憎しみを呼ぶこんな戦争だ。心が汚れていくのは仕方がないことでもある。そんな中でも、キラのように正しいことを正しいと信じられる素直さは貴重だ。

 

そして、避難民がこちらに押し付けられたのは幸運だった。これならば、キラがコーディネーターであることはバレはしないだろう。アークエンジェルの誰かが口を滑らさなければ、だが。

 

ラリーは物言わぬ置物になってしまった愛機を見上げる。自分にできること、その範囲の狭さに、彼は人知れず落胆していた。

 

 

////

 

 

「艦長!」

 

ラリーはアルテミスに向かうことが決まった時、誰にも言わずに一人でドレイクに具申をしに行ったのだ。アルテミスに潜む危険性を示唆するために。

 

「ラリー、お前の予感は当たるが、今回ばかりはどうにもならん」

 

ドレイクは困ったように眉間をペン先で突っつきながら、ラリーの言葉をやんわりと受けている。

 

「けど、ユーラシア直轄のアルテミスですよ?下手を打つと、アークエンジェルもストライクも取り上げられてしまいますよ!」

 

「だが、アークエンジェルにも我々にも補給は必要だ。生きるためには水がいる。アルテミスを逃せば、我々は水に飢えながら大海を進まねばならない」

 

そう、ドレイクが気にする問題はそこだ。

 

アルテミスでの補給を諦めれば、圧倒的な水不足がアークエンジェルのクルーを苦しめることになる。飲料水の制限は、クルーやパイロットに想像を絶するストレスを与えることになる。ドレイクやクラックスのクルーはそれを何度も経験してきた。

 

それに、ザフトがG兵器を導入してきた以上、武器弾薬の補給も必要不可欠だろう。

 

ドレイクはそう言って、鋭い視線でラリーを見つめる。

 

「私には、アークエンジェルのクルーがそれに耐えられるとは思えん。それとも、何か腹案があるのか?ラリー」

 

ドレイクの言葉に、ラリーは何も言えなかった。アルテミス以外に、今後補給を受けられる場所は月しかない。現実的に直近で水の補給を受けるのは不可能だ。そう、正規の方法ならだが。

 

ユニウスセブンの残骸から水を取りましょうなど、ラリーは口が裂けても言えなかった。まだアルテミスという希望がある以上、非道徳的な真似はしてはならない。

 

それに、自分たちというイレギュラーがある以上、どのようにに転ぶかもわからなかった。

 

ラリーはすごすごと下がり、敬礼をして艦長室を後にしようとした。

 

「そうだな。とにかく、今は打てる手を打つしかあるまい。いざという場合に備えてな。その時は、お前が指揮を取るんだぞ?ラリー」

 

ドレイクはラリーの背中にそう言った。

 

振り返るが、彼はラリーを見ずにアルテミスに入港する手続きに戻る。彼はいつもそうだ。基本的な指針は示すが、それが頓挫した時の予防線を張るのも非常に上手い。誰もが気付かない場所に最後の手綱を張り巡らせることが異様に巧みなのだ。

 

「好きに暴れろ。いつもそうやって、我々は生き延びてきたのだからな」

 

アルテミスへの書類をさばきながら、彼はニヤリとほくそ笑む。危険な橋を渡るたび、彼らは強くなって生き残ってきたのだ。

 

 

////

 

 

ドレイク級宇宙護衛艦であるクラックスのモビルアーマーハンガーは船外に設けられていて、それを整備するだけでも少し大きな規模の船外作業となる。

 

酸素がある艦の港に入っている以上、ハンガーの整備にはうってつけの環境で、整備班がわらわらとハンガーの整備に勤しみ、暇を持て余した避難民たちが、物珍しいのかそれを見学していた。

 

「しかし、まぁどうしたもんかなぁ」

 

ラリーは避難民や整備班クルーで賑わうクラックスのハンガーデッキを眺めながら一人で呟いた。

 

自分は、SEEDの外の世界からやってきた存在だ。ヘリオポリスの件や、アルテミス、そしてこの先に待つ戦いについての流れや、知識は持っているつもりだ。

 

だが、この世界に来て、それが明確に役立ったことは無かった。

 

一介の地球軍のパイロットでしかないラリーには、戦いやその結末を知っていても、それを止める手段も権力も無かった。いっそ、目が覚めたら高官にでもなっていられたらと何度思ったことか。

 

悲劇的な結末になるとわかっていても、パイロットでしかない自分には何もできない。それに赴く戦友を救うことも叶わずに、何人もを見送ってきた。

 

自分にできることは、せいぜいそんな絶望的な戦いに対して、覚悟を決めることくらいしかない。それがラリーの本質的な強さだった。

 

突然訪れた絶望の中でも、ラリーは覚悟を持って戦うことができた。それが戦場での冷静な判断や決断力に直結している。

 

嫌と言っても、戦わなければならない。

 

そんな状況でラリーは生きてきた。

 

未来を知りながら、それを変える力を持たずに、ただ流れに沿うことしかできない。

 

ならば、生き残ろう。

 

戦いの中で、多くの戦友の死を目の当たりにして、ラリーは次第にそう考えるようになった。たとえ苦しくても、悲しくても、絶望の中にあったとしても、生き残るために戦う。

 

生きて、生き延びて、使命を果たすと。

 

「ねぇ、軍人さん」

 

ふと、声をかけられてラリーは声の主の方へ顔をあげる。そこに居たのは、赤髪を揺らす少女だった。

 

「どうしてあの子を庇ったの?」

 

物語のキーマンでもあるフレイ・アルスターは、ラリーと同じように宙を漂いながら疑念に満ちた目でそう言った。

 

「はぁ?」

 

「あの子よ!キラ・ヤマト!コーディネーターの!貴方、地球軍なんでしょ?なんでコーディネーターを庇ったりするのよ。あそこであの子を突き出してれば…」

 

とぼけるラリーに、フレイは苛立ったようにまくし立てた。

 

そもそもフレイは、アークエンジェルにいるボーイフレンドのサイや、友人であるミリアリアと引き離された今の状況に不満を持っていたし、何よりコーディネーターを庇うように立ち回ったクラックスのクルーに囲まれて居心地が凄く悪い。

 

感情的に語るフレイに、ラリーは深々とため息を吐いた。

 

「お前さん、やっぱりバカだな」

 

突然投げつけられた言葉に、フレイは呆気に取られた。ラリーは気だるげにしていた体を宙に漂いながら整えて、フレイを見つめる。

 

「フレイ・アルスター。あんたにとって敵って何だ?」

 

その目は、フレイの全てを見透かしているようだった。ラリーの深い眼に魅入られ、フレイの体は無意識に強張る。だが、彼女の頑なな考えは変わらなかった。

 

「それは、プラントに住むコーディネーターが…」

 

その答えに、ラリーは興味なさげに目を細める。

 

「そこからそもそも違うんだよ。俺たちの敵はコーディネーターじゃない。プラントだ」

 

「けど!コーディネーターさえ居なければ、戦争なんて」

 

「起こってたさ。コーディネーターが存在しなくて、プラントに住むのがナチュラルだったとしても」

 

この世界に身を置き、この世界を知れば知るほど、その事実が浮き彫りになってくる。事も無げに言うラリーを、フレイは信じられないものを見るような目で見つめる。

 

その視線に気づいたラリーは、改めてフレイを見た。

 

「たしかに、コーディネーターが生まれてから、人種的な差別や偏見は根強くなったかもしれない。けれど戦争ってのは、もっとどす黒いモノから生まれてくる。人種差別だとか、至上主義とか、そんなものは戦うための大義名分で、誰かが言い出したものに過ぎん」

 

人種差別、経済の不振、そして不特定多数による扇動。そのどれかだけでは条件が足りないとも言える。三つの全てが揃い、尚且つそこに政治的な思惑や権力が絡んだ時に、戦争の火種ができる。

 

「散々地球におんぶに抱っこで、やっとプラントという宇宙の生活圏ができたっていうのに、今度は自由や独立と来たもんだ。それがたまたま、住人がコーディネーターだったって話だ。ナチュラル同士だったとしても、こんな戦争は起こってた。まったく、もっとゆっくりと事を進められんもんかね」

 

戦場で戦えば、コーディネーターの能力の高さを目の当たりにするものの、彼らが人工的に生み出された存在だからという理由で、憎しみだとか殺意だとかが沸くことはない。そんな思想で戦うのはナチュラル主義者くらいだ。

 

生き残るため、愛するものを守るため、大切な人を殺された憎しみを晴らすため。そして戦友を守るため。戦場で戦う兵士というのは得てしてそんな存在が多い。

 

「嘘よ…だってお父様はコーディネーターが…」

 

フレイが吐き出すようにそう呟いた時、アルテミスが揺れた。

 

「お、おいなんだってんだよ…!」

 

避難民の誰かが叫んだ。

 

この揺れをラリーは予見している。彼は揺れに戸惑うフレイを気にせずに、一人クラックスのブリッジへ急いだ。

 



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第21話 虚像の崩壊

 

アルテミスの司令室は混乱の極みにあった。

爆音と振動が立て続けに起きては、絶対的な防御力を有するはずのアルテミスを揺さぶる。

 

「管制室!この振動はなんだ!?」

 

司令室に慌てて飛び込んできたガルシア少将が、無能だと心の中で唾棄しながら管制室へ怒声を放つ。

 

「不明です!周辺に機影なし!」

 

管制室にいる下士官も慌てふためくばかりで、ガルシアが期待した答えは一向に返ってこない。苛立ちのあまり、彼は司令室のテーブルをダンっと叩き、喚いた。

 

「だがこれは、爆発だぞ!超長距離からの攻撃かもしれん!ええい!はやく傘を開け!何をしている!?」

 

その時、一際大きな振動が司令部に伝わった。管制室は外部カメラから送られてくるデータをつぶさに確認し、見つけた。

 

まだ開いていないリフレクターモジュールを、緑色の閃光が穿つ光景を。

 

「ぼ、防御エリア内に、モビルスーツ!リフレクターが落とされていきます!」

 

「なんだとっ!!」

 

アルテミスが気付いた時はすでに手遅れだった。爆発の元凶であるブリッツはすでに傘の内側への侵入に成功していたのだから。

 

 

////

 

 

爆発の揺れが大きくなっているというのに、クラックスのブリッジは未だにアルテミスの武装兵によって封鎖されていて、ラリーがブリッジの入り口に到着した頃には、クラックスのクルーが武装兵を取り囲んでいた。

 

「おい!なんだよ!この爆発は!」

 

「明らかに攻撃されてるだろうが!わかれよ!」

 

感じたことのない揺れに戸惑っているのか、武装兵は互いを見ては、しどろもどろに言葉を繋ぐことしかできない。しかし、彼らがブリッジを閉鎖している以上、こちらもアルテミスと一連托生なのだ。

 

ラリーはブリッジから少し離れた場所に設置されてる艦内通信用の端末を立ち上げて、システムを艦内放送へ切り替える。

 

「総員第一戦闘配備!避難民は居住区へ避難を!弾薬装填!メビウスも発進準備だ!」

 

ついでに、艦内の警報機も作動させる。とにかく今は一分一秒でも早く、戦う準備を整えるしかない。

 

「お、おい!貴様!勝手な真似は…」

 

と、一人の武装兵が銃を携えてラリーの元へ向かう。ラリーは端末を閉じると、振り向きざまに向かってきた武装兵の首根っこを掴んで、通路の壁に押しやった。

 

「じゃあここで何もしないでアルテミスと心中するかい?」

 

武装兵はその言葉に何も答えられなかった。何事もなければ、「アルテミスは堅牢だ」とか「傘の守りは鉄壁」だとか言い返せたが、今アルテミスは未曾有の事態に直面している。

 

クルーに囲まれている他の武装兵も、銃をただぶらさげてるだけで、誰もクルー達の睨みに対することはしなかった。

 

彼らの目の前にいるのは、ただの荒くれ者たちではない。モビルスーツを何機も撃ち落とし、絶望的な戦いをくぐり抜けてきた猛者たちだ。

 

「何もしないで死ぬなら、俺たちは足掻いて生き残る。生き抜いて、使命を果たす。それが俺たちメビウスライダー隊だ」

 

生き抜く。

 

その統一された意識を前に、アルテミスの武装兵はただ、彼らの指示を受けるしかなかった。

 

 

////

 

 

 

「うわぁー!今の爆発で!部屋に亀裂が入った!空気がぁ!」

 

ムウは部屋を隔てるドアの前で、そんな間抜けな叫び声を上げた。マリューやナタルは、その姿を見て呆気に取られている。

 

「はやく開けてくれ!このままじゃ窒息してしまう!」

 

ドレイクも続くように扉を叩きながら、外へ呼びかけるように叫んだ。まだ呆けているマリューたちを見てムウが切羽詰まった様子で言葉を投げる。

 

「ほら!叫べよ!ドア開けさせるんだ!」

 

ムウが手招く。実のところ、部屋には何の変化も無いが、揺れは続いていた。彼がいうように、扉を開けさせないと二人が叫んでいる嘘が本当のものになってしまう可能性があった。

 

「キャ、キャーー!助けて!死んじゃうぅ!」

 

マリューは覚悟を決めて、自分でもらしく無い叫び声を上げた。この際恥ずかしいなどとは言っていられない。ドレイクも、ムウも、マリューも、恥や外聞を捨ててただただ叫んだ。

 

「ぬわぁー!早く開けてくれ!」

 

「さぁ、バジルール少尉。あなたも」

 

「私もですか?!し、しかし…」

 

「我々は一連托生。それでも聞けないというなら…そうだな。上官命令としよう」

 

「…キャ、キャーーー!早く助けてー!」

 

「よーし、いいぞ!…うわぁぁ!酸素がー!出してくれー!うわぁぁ!!」

 

大の大人四人がみっともなく叫び声をあげる。なんともシュールな光景だが、背に腹はかえられぬ。しばらく四人の乾いた叫びが響いた後に、武装兵の二人組みが扉を開けた。

 

「あー!来て!早くぅー……」

 

二人が入ってきた時、ちょうどナタルが叫んでいたタイミングであり、ナタルはしばし無表情になった後に、耳まで真っ赤にして俯いてしまった。ムウは後に語る。

 

カメラを持っておけばよかった、と。

 

「なんだ?壁に亀裂なんて…」

 

「失礼」

 

手刀一閃。ドレイクが壁を見渡している武装兵一人の首筋にお見舞いし、怯んだところで足払い。顔の正面から壁へ叩きつける。

 

「な…貴様…」

 

片割れの武装兵が、ドレイクに銃を向けようとしたが背後からムウが現れると、ドレイクと同じ手際の速さで武装兵を沈黙させる。

 

「…バーフォード艦長!?」

 

「悪いね、先を急ぐんだ」

 

扉の外を確認すると、ドレイクは三人へ手招きをして、外へ飛び出した。

 

三人は思わず顔を見合わせる。

 

「確かに、アルテミスと心中はごめんね!」

 

マリューの言葉に頷き、三人も外へ飛び出した。

 

 

////

 

 

 

「傘が破られた!?そんなバカなっ!?」

 

ストライクの解析をさせていたヒダルフは、部下が伝えてきた情報に、信じられないと言った声をあげた。ヒダルフはキラから目を離し、外で宙を漂いながら部下と何かを話している。

 

《キラ、聞こえるか?》

 

ふと、コクピットに通信が入った。通信元はアークエンジェルではなくクラックス。音声だけの通信であったが、キラは慌ててヘルメットを被り、メット通信へ切り替える。

 

「レイレナードさん?」

 

《よう、キラ。パスワード解除前には間に合ったようだな》

 

その言葉で、クラックスがキラの機体をモニタリングしていることが分かった。この振動や爆発音からして、外部から攻撃を受けているのは容易に想像できる。

 

クラックスがモニタリングし始めたということは、戦闘配備が始まっているということだろう。

 

《こちらAWACSのオービットだ。キラくん、緊急だが君にミッションを伝えたい。出られるか?》

 

「は、はい…ストライクはロックされてないので…」

 

《そうじゃない。君に戦える覚悟があるか聞いているんだ》

 

キラは音声越しにだがオービットの管制官…ニックという人物が、自分を心配していることに気づいた。声質はやや硬いが、モニターの向こう側で彼は自分を気遣っているのだ。

 

生き残る。生き延びて、使命を果たす。

 

ラリーやリークが言っていた戦う理由を、キラは思い返した。自分にできることを精一杯果たすこと。引き金を引いた自分の責任。それと向き合って、キラは眼を開いた。

 

「ヒダルフ中佐!」

 

副官が叫んだ時にはもう遅かった。キラが突き飛ばしたヒダルフは、くるくると無様に無重力の中を漂う羽目になった。

 

「だーっ…貴様…!」

 

「攻撃されてるんでしょ?こんなことしてる場合ですか!?」

 

キラはそれだけ吐き捨てて、ストライクのハッチを閉める。外で呪詛のような叫びを上げるヒダルフを見向きせずに、キラは音声通信に答えた。

 

「キラ・ヤマト。ストライク、行けます!!」

 

《よし!これから君のコールサインはライトニング3だ!作戦を説明する!困難ではあるが、俺たちなら出来る!》

 

AWACSの簡潔なミッションの説明を受けて、キラはストライクを飛翔させ、港を飛び出した。

 

港を出ると、直ぐに見つけた。

 

黒を基調にした敵のモビルスーツ、ブリッツを。

 

『居た!あいつ!今日こそ!』

 

「くっそー!もうこんなところまで!やらせるもんかー!!」

 

キラはブリッツを引きつけながら、ビームライフルの閃光を走らせる。

 

 

////

 

 

「艦長!」

 

キラが飛び立った直後に、マリューたちはアークエンジェルにたどり着くことが出来た。アークエンジェルもクルーが武装兵を押し退け、ブリッジを奪還。発進態勢を整えている最中だった。

 

「よくやったなぁ!ボウズ共!」

 

「ここでは身動きが取れないわ!アークエンジェル発進します!」

 

マリューの言葉であったが、操舵を担うノイマンがその言葉に眉をひそめる。

 

「しかし艦長、実は…」

 

 

////

 

 

「はぁ!?アークエンジェルが出られない?!」

 

アークエンジェルからの通信を取ったラリーが聞き返したが、応じているムウやマリューも困り果てた顔をしていた。

 

《ボーディングブリッジと固定ビットが外れないの!アークエンジェルは身動きが取れないんです!》

 

「力任せに引き剥がせば?」

 

ハリーが提案するが、ノイマンが首を横に振った。

 

《それが、うんともすんとも…!》

 

「がめつい奴らの根性みたいだな」

 

《リーク!冗談を言ってる場合じゃないぞ!このままじゃアルテミスと心中だ!》

 

ムウが絶望したように叫ぶが、固定を解除しようにも外部からアクセスするしかない。

 

しかし、肝心の制御システムはブリッツの攻撃で使い物にならなくなっていた。

 

《外部からボーディングブリッジとビットをどうにかしねぇとな…》

 

結論、ムウが言うそこに行き着く。作戦としては、メビウスにミサイルを積み込み、制御が利かなくなったボーディングブリッジとビットを破壊する、または直接の制御系統を操作して解除を試みる二択に限られる。

 

「けど、どうやって!?アークエンジェルの港まで回り込んでる暇は…」

 

クラックスが停泊している港は、アークエンジェルがある港の反対側にあたる。本来なら、アルテミス内部を通れるのだが、ブリッツの攻撃により、指令系統は完全に麻痺している。

 

しかし、アルテミス近域を回り道して行くには距離が遠すぎる。

 

《じゃあ中を通ればいいんじゃないかな?》

 

「…え?」

 

ドレイクの提案に、アークエンジェルのクルーも、クラックスのクルーも、そんな間抜けな声を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第22話 射出

今回は短め


ミッションを説明する。

 

アルテミス南側の港に停泊するアークエンジェルは、現在ボーディングブリッジとビットに固定され出航ができない状況にある。

 

ボーディングブリッジとビットの制御システムだが、残念だがブリッツによる奇襲攻撃により機能を停止しており、解除するには外部からのアクセスが必要となる。

 

外部からのアクセスだが、南側の港の中央管制センターに集約機が設置されているので、これらを手動で操作し、解除を試みるしかない。

 

しかし、ザフト軍の奇襲もある。ライトニング3ことストライクが時間を稼いでいるが、残された猶予は少ない。

 

ライトニング1、2の両名は、北の港から南の港へ抜ける貨物物資搬送用の通路を通り、アークエンジェル救出任務にあたる。

 

通路は狭く、搬入中の物資が点在しているため正確な経路が割り出せない。したがって、複座式のライトニング2のメビウスに搭乗し、ライトニング2が状況をリアルタイムで監視、マッピングを行いながら最短時間でアークエンジェルの元に向かうことになるだろう。

 

到着し次第、集約機に向かうか、アークエンジェルのボーディングブリッジおよびビットの破壊を行う。どちらを選ぶかは戦況に従ってライトニング1に委ねる。

 

アークエンジェル救出後は、混乱に乗じて物資を積めるだけ積め込み、アルテミスを離脱する。

 

時間との勝負になる。各員、健闘を祈る。

 

 

////

 

 

リークはただ、自分の置かれた状況を憂いて十字を切った。

 

おお、神よ。どうか我を救いたまえと、都合のいい時だけお願いする神に安っぽい祈りを、棺桶より更に棺桶らしいメビウスの複座オプションの座席の中で捧げた。

 

《オービットより、ライトニング1。射出体制が整うまで待機せよ》

 

現在、リークの愛機である標準型のメビウスには、ラリーとリークが二人で乗り込んでいた。

 

ラリーのメビウス・インターセプターはエンジンが焼けているため出撃は叶わない。

 

ムウのメビウス・ゼロは整備済みであるものの、ガンバレルの操作などできるわけもなく、肝心のムウもアークエンジェルに合流しているので、パイロットがそもそも存在していない。

 

リークのモニターには、ラリーから見える光景が映し出されていた。

 

真っ暗で縦に長い横穴が見える。それは、アルテミス内を行き交う物資搬送用の通路だ。天井は高いが、本来は小型作業ポッドが往来する通路であるため、モビルスーツやモビルアーマーが飛び回れるような大きさではない。せいぜい通れても、モビルアーマーが1機くらいだ。

 

そんな中に、自分たちは飛び込もうとしている。

 

しかも通路上には搬送途中の物資が点在している上に、位置もバラバラだ。リークはラリーの後ろで前方をモニタリングし、マッピングを行なう役目を担っている。

 

リークはため息を吐いた。いや、マッピングなどは出来なくは無いので、そこまで憂いていない。

 

問題は操縦するのがラリーというところだ。

 

「なんだよ、リーク。リラックスしろよ?リラックスー」

 

モニターで設定を続けるラリーがにこやかに言うが、こっちはそれどころではなかった。

 

ラリーの操縦は常軌を逸している。筋トレを欠かさずにやっていたゲイルでさえ、ラリーと相乗りしたあとは、グロッキーに陥ったのだから、間違いはない。

 

リークは今まで、ラリーやムウを追いかけてはきたが、実際に後ろに乗るとなると話は変わってくる。

 

「あーラリー?なるべく安全運転でお願いしたいんですけど」

 

「ああ、安全に急いで正確に向かうとするよ」

 

ああ、これはダメなやつだ。リークがそんな絶望を味わってる最中でも、クラックスはラリーの操るメビウスをサポートしていた。

 

メビウスが乗っているものはハンガーではく、カタパルトだった。一機しか搭載できないのが難点だが、その指向性は正確で、向けた方向に電磁カタパルトによって打ち出されるのだ。

 

スタート、5秒前。

 

そのアナウンスを聞いて、しばらく沈黙を守っていたリークが口を開いた。

 

「あー、ラリー?僕ちょっとトイレに…」

 

「残念だが、それを言うのは5秒遅かったな」

 

《メビウス、発艦!!》

 

横穴めがけて打ち出されたメビウス。

叫ぶリークの声は、穴に入ったあとすぐに聞こえなくなるのだった。



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第23話 アルテミスを穿て

アルテミス内部に張り巡らされた物資搬送用の通路は、無重力下で効率よく物資を運搬するため、作業用ポッドがコンテナを引き連れて移動したり、自動走行の運搬車が通ったり、果ては下士官が移動するための交通網まで兼ねている。

 

つまり、それがどういうことかと言うとーー

 

「狭ぇえええ!!!」

 

そう。クラックスのブリーフィングで伝えられた通路幅より圧倒的に狭いのだ。いや、狭いだけならまだいい。それは許せる。問題はもっと他にある。

 

「ライトニング1!前方右側に作業ポッドあり!!」

 

目の前に固定も何もされずに浮遊しているコンテナが迫ってくる。ブリッツの攻撃により、作業員が持ち場を離れ、物資搬入通路の有様は、まさに散らかり放題だった。

 

「どりゃああああ!!」

 

「ひぃいいいい!!」

 

固定されてる突起物を避けるならまだしも、無重力に浮かぶコンテナとなると難易度は跳ね上がる。しかも回転などしていたら目も当てられない。ラリーは卓越した操縦技術で通路内デブリと化したコンテナを避けては、スラスターを吹かして、とてつもなく狭い通路を突き進む。

 

「擦れる!!擦れる!!」

 

リークは迫る壁を見ながらギョッとした様子で喚いた。作業員が置き忘れた工具が装甲に当たり、甲高い音を奏でる。すぐ横を見れば通路の壁が凄まじい速さで後ろへ流れていくのが見えた。

 

「うぐぁあ…!!作業ポッド前方に機影2!距離350!続いて物資コンテナ!!」

 

「ふぬぐうううう!!」

 

腹の底から出す踏ん張り声と共に、ラリーが操るメビウスは常軌を逸した軌道を描き、迫り来る障害物の全てを紙一重で避けていく。リークに至っては、ぶつかるだとかそんな心配をするのをやめている。とにかくラリーの軌道にどう耐え忍ぶか、それしか頭になかった。

 

《AWACS、オービットよりライトニング2!生きてるか?》

 

「身体中のあらゆるものが口から飛び出しそうです!!」

 

《無駄口を叩けるなら大丈夫そうだな。今で丁度3分の1の工程をクリアしている!そのままのペースで進め!》

 

「まじかよ、パーティには間に合いそうだな!」

 

オービットの軽口に軽口で返すラリー。だが、その前方にはコンテナが3〜4つ入り乱れた区間が見えてきていた。

 

「ライトニング1!ラリー!前!前!」

 

「見えてるヨォ!!」

 

がくんと体を押さえつける重みが、前から横、後ろ、真上、真下と目まぐるしく入れ替わり、視界がひっくり返り、胃がひっくり返った。

 

「ひょああああああ!!」

 

ラリーがどんな操縦をしたのか、リークには一切理解できなかったが、かすかに開いた視界が捉えたのは、入り乱れたコンテナ群を通り過ぎた光景だった。

 

《そこから先は分岐がある。進路を間違えるなよ!少しでもそれたら外に飛び出すことになる!》

 

了解!とラリーは叫んで更にスピードを上げていく。リークは恐怖を覚える思考を止めて、ただいく先にある障害物をラリーに伝える機械になろうと心に決めたのだった。

 

「うお!!」

 

「なんだ!!?」

 

通路を飛んでいくメビウスを、たまたま目撃したアルテミスの作業員がいた。救命ポッドに乗り込む直前、彼らの頭上を一機のモビルアーマーが軽やかに飛び去っていったのだ。

 

「あれ、モビルアーマー?」

 

そう言って二人は顔を見合わせた。仮にモビルアーマーだったとしても、この狭い通路で出す速度とは思えない速さだった。

 

「信じられねぇ…こんな場所を、アレで通れるのか?」

 

もう一人の作業員がぼやく中、呆然とモビルアーマーが飛び去っていった先を見つめる片割れは、ただ頷くことしかできなかった。

 

 

////

 

 

ラリーたちがアークエンジェルに急ぐ最中、キラもまた懸命に戦っていた。ブリッツの変則的な攻撃を避けながら、キラも負けじと応戦する。

 

「ええい!」

 

オービットから伝えられたキラのミッションは単純に一つ。アークエンジェルとクラックスがアルテミスから発艦できるようになるまでの時間稼ぎだ。ブリッツを撃破する必要はないとオービットやラリーからも釘を刺されている。

 

逃げ回っていれば死にはしない。とにかく敵を港に近づけず、こちらに引きつけることだけに神経を研ぎ澄ましていく。

 

『この…!前に戦った時よりも最適化されてる…!?』

 

ブリッツを操るニコルは、ストライクと相対して戦慄していた。

 

前回戦った時は、ただがむしゃらに戦っているようにしか見えなかったが、今の相手は攻守を適切に選び、臨機応変に戦闘に順応しているではないか。

 

「くそー!4機もG兵器を手に入れれば満足だろ!?もう僕たちを放っておいてくれー!!」

 

ストライクのビームライフルの閃光が、ブリッツの脇をかすめる。射撃精度も上がっているように思える。

 

恐ろしい成長スピードだ。

 

《ライトニング3!聞こえるか!こちらもミッションを継続している!もう少しだ!持ちこたえてくれ!》

 

「ハァ…ハァ…了解…!」

 

キラは途切れそうになる集中力を何とか繋ぎ止めて、スロットルを操る。キラをそこまで持ちこたえさせていたのは、自分の後方にいる仲間たちの存在だった。

 

後方には次なる一手を打つために仲間が、自分と同じように戦っている。そう思うだけで、不思議と力が湧いた。戦う気力が、キラに操縦桿を握らせて行くーー。

 

 

////

 

 

ラリーたちの飛行も残り工程を3分の1としていた。そこで、前方をマッピングしていたリークが、通り抜けてきた通路の先の異変に気付く。

 

「ラリー!前方が!」

 

最後の難関であり、出口でもある南側の港だが、出口付近がコンテナと乗り捨てられた作業用ポッドによって塞がれていた。今までは針の穴を通すように僅かな隙間をくぐり抜けてきたが、今回ばかりはくぐり抜ける余地がない。

 

「どうやら回り道をしている暇はなさそうだ」

 

ラリーはそう言うと、メビウス下部に抱えたレール砲の照準を合わせに入る。今回の弾頭は、ボーディングブリッジなどの構造物を破壊するため貫通性の高い弾頭を選択した。

 

しかし、弾頭の搭載数は少なく、目標であるボーディングブリッジやビットの耐久性も未知数だ。目標にたどり着くまでは、武器弾薬の使用は最低限に留めたい。

 

つまり、チャンスは一度きりだ。

 

「開口部として最も機能する着弾位置を計算…ラリー!あとは頼みます!!」

 

「どりゃあああ!!」

 

リークが解析した弾着位置へ、ラリーは寸分の狂いもなく命中させる。そして躊躇いなく、メビウスは穿って出来た穴へ突入した。

 

一際大きい振動が、二人を襲った。暗闇の中、突如として、メビウスは広い空間へ飛び出した。目の前には、白き戦艦がそびえている。

 

「抜けた!!」

 

《来た!ライトニング1!!》

 

ラリーは操縦桿を傾けて、停泊しているアークエンジェルの周りを旋回した。港の状況は思っていたよりもひどい。司令部が混乱しているためか、持ち場を放棄している兵士が多々見受けられる。集約機があろう場所は兵士でごった返している。

 

ラリーの判断は早かった。

 

「ボーディングブリッジとビットを破壊する!!」

 

機体をするりとアークエンジェルの下部へ潜り込ませると同時に、ミサイルとレール砲の照準を合わせていく。

 

《総員!対ショック姿勢!!》

 

マリューの言葉の直後、アークエンジェルの真下が燃え上がった。通り抜け様に船を固定するビットを次々とミサイルで爆破し、船底を抜けると、軽やかに反転してボーディングブリッジをレール砲で撃ち抜いた。

 

「イヤッホゥウウウ!!!」

 

砕け散ったボーディングブリッジの間を通り抜けて、ラリーが歓声を上げる。

 

《ボーディングブリッジ、およびビット大破!これなら行けます!》

 

《アークエンジェル発進!!対空戦闘用意!ストライクの援護に向かいます!反対側の港にいるクラックスと合流後、全速力でこの宙域を離脱!》

 

枷を引きちぎったアークエンジェルは、宇宙へと飛び立つ。その戦艦を追い越して、ラリーは一足先にストライクの元へ急ぐ。

 

彼らの作戦はまだ終わっていないーー。

 

 



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第24話 逃げるは恥だが役に立つ

 

 

アルテミス近域。

 

ブリッツと交戦するキラは、背後から迫ってくる機影に気がついた。

 

ストライクの背後から軽やかに飛び出し、モビルスーツ戦に没頭していたブリッツへ、貫通性の高いレール砲を直撃させる。

 

「無事か!ライトニング3!」

 

交戦宙域にたどり着いたのは、キラも手伝って複座ユニットを取り付けたリーク・ベルモンドが愛用するメビウスだった。

 

「レイレナード中尉!」

 

映像通信で、メビウスのパイロットを務めるのが本来のリークではなく、ラリーであることに気がつく。

 

「僕もいるけどね!ウェップ…喋ると吐き気が」

 

リークは複座ユニットの座席に座りながら、虚ろな目でキラに手を振って答える。どう見てもグロッキーで体調が悪そうだった。

 

「キラ、作戦通りか!?」

 

そんなリークを棚に上げて、ラリーは作戦の進捗をキラに問う。

 

「はい!機体のエネルギーも温存してます!」

 

「バッチリだな!では仕上げと行こう!」

 

ラリーはそう言って、ストライクの脇を追い抜き、攻盾システム「トリケロス」を構えたブリッツへ接敵していく。

 

『アイツ!凶星"ネメシス"!』

 

また新しいあだ名か!?勘弁してくれよ!ニコルの怒気の孕んだ声を聞いて、ラリーはうげぇと声をあげたくなった。だが、そんなことを言ってる場合ではない。

 

トリケロスから放たれたビームライフルの閃光を機敏な動きで避け、真下をくぐり抜けて宙に「O」を描くように舞い上がる。

 

「なぁリーク、知ってるか!?超古い映画なんだけど、『帝国の逆襲』ってやつ!氷の惑星で、ウォーカーにこうやってた!」

 

Gに必死に耐えるリークに、同じGを受けているはずのラリーはそんな軽口を叩く。機体の鼻先が、ブリッツへ向いてゆく。ラリーは狙いを定めた。今回のメビウスには、ミサイルとレール砲、そしてバルカン砲を取り外して「あるもの」が代わりに搭載されていた。

 

バシュっと、メビウスから射出されたそれは、トリケロスの盾に当たる部分に突き刺さった。

 

『なんだこれ…ワイヤー?』

 

ラリーが放ったのは、ムウがヴェサリウス強襲時に、スイングバイで逃げる為に用いたアンカーワイヤーだった。トリケロスに突き刺さったワイヤーの先端は、引っこ抜けないように楔がせり出し、完全に固定される。

 

過去にも、モビルスーツをワイヤーで捉えようという試みが行われたことがある。しかし、結果はAMBACを自在に操るモビルスーツの機動性の前に大敗。ワイヤーは振りほどかれて、試みは失敗に終わった。

 

『この…!振りほどけない!?』

 

しかし、それは一定方向にしか進むことができないメビウスでの話だ。ラリーはオートとマニュアルを巧みに使い分けて、AMBACで振りほどこうとするブリッツの動きに合わせてワイヤーをさらに機体に絡めていく。

 

「リーク!どうだ!!」

 

「あと一周ぅううー!!」

 

強烈な力で挟み込まれているような、そんな苦悶に満ちた声でリークは、ラリーの問いに答える。そして、メビウスはブリッツの周囲を旋回し終えると、ワイヤーが機体を縛り付けるように締め上げていく。

 

「HEIAP弾が証明したからな。フェイズシフト装甲の弱点を!」

 

破壊することは困難を極めるフェイズシフト装甲。

 

その弱点は、装甲の堅牢さを無視できる高温を発揮するビーム兵器。内部への衝撃を伝えることによりパイロットへ直接ダメージを与える手法。

 

そして、マリューやハリーの指摘を元に考案されたもう一つの手法。

 

「バッテリーの3割持ってけ!」

 

ラリーがワイヤーを切り離す寸前に、リークはそう言って、メビウスの動力源であるバッテリーに内蔵された電流をワイヤーへ流し込んだ。

 

ワイヤーは帯電性に特化したものを選んでおり、それは切り離したあとでも流された電流を逃すことなく、ブリッツの装甲に張り付き続けた。

 

『電流!?うわぁあ!!』

 

ニコルはモニターが告げる情報に目を疑った。エネルギーがみるみる減っているのだ。機体の制御システムもその影響が顕著に現れていて、思うように動かすことができない。

 

フェイズシフト装甲は、攻撃を受けた時にエネルギーを流すことで無効化する装甲だ。じゃあ装甲そのものにワイヤーを巻きつけて高圧電流を浴びせ続けたらどうなるか?

 

答えは簡単だ。

 

装甲は高負荷状態に陥り、莫大なエネルギーが供給される。HEIAP弾が着弾した後も、モビルスーツの動きが一瞬怯んだのも、フェイズシフト装甲に過剰なエネルギー供給があった為に、モビルスーツの機能そのものがオーバーヒート気味になる。

 

「この方法は、一対一の中でも、ほんの僅かな隙でしか使えないし、フェイズシフト装甲の利点は消えないが、動きを止めて時間を稼ぐには充分だ!」

 

「レイレナード中尉!どうするんですか!?」

 

未だに帯電する電流によって身動きが取れなくなったブリッツを見て、キラは指示を仰ぐ。

 

ブリッツだけならば良かったが、ラリーたちが到着する前に、デュエルやバスターの反応も確認されている。アルテミスからの援護を期待できない今、ここでG兵器三機と戦う事になれば、ジリ貧になるのはこちらだ。

 

「キラ!メビウスに掴まれ!」

 

ラリーの指示に従って、キラはストライクのマニピュレータでメビウスに掴まる。今回は前のようにエネルギーがギリギリの訳でも無いので、メビウスの加速性を損なうことはないだろう。

 

「策はある!たったひとつだけ策はある!」

 

ラリーが堂々と勇ましくそう言った。

 

「策…ですか?」

 

「あぁ!とっておきのやつだ!」

 

「と、とっておき…!」

 

キラがゴクリと息を呑む。

今までキラが見てきた人とは、一線を画すラリーだ。きっととてつもない作戦に違いない。と、キラは思っていたが、ラリーの機体に同乗するリークは嫌な予感をピリピリ感じていた。

 

「ま、まさか。ラリー」

 

用心深いラリーが自信満々に言う。その状況をリークは体験したことがある。自分が彼らに救われたときや、絶体絶命の局面に陥ったときだ。そんな時、ラリーやクラックスのクルーは自信満々になるときがあるのだ。

 

「いいか!息が止まるまでとことんやるぜ!」

 

「息が止まるまで!?いったいどういう」

 

キラの戸惑いにラリーは、フフフと不敵な笑いを浮かべてーーー機体をグルリと反転させた。

 

ブリッツや迫るG兵器とは逆方向へ

 

「逃げるんだよぉおおぉおーー!!」

 

「うわぁあああ!!やっぱりそうだったぁああああ!!」

 

ラリーは目一杯にフットペダルでスロットルを解放して、メビウスを最大加速させる。彼らが向かう先には、アルテミスから脱したアークエンジェルとクラックスが悠々と宙を突き進んでいる。彼らもまた、G兵器とは逆方向にだが。

 

『ま、待て!!逃げるのかぁ!!』

 

ニコルの怒号が聞こえるが、ラリーは知ったことかという風に速度を上げていく。

 

逃げるが勝ちという言葉がある。ここでG兵器と戦闘を行っても、不利益を被るのはこちらだ。ならば、ブリッツを無力化した今しか離脱のチャンスはない。

 

アークエンジェルやクラックスも、アルテミスを挟んで反対方向に逃げているのだから、それを追うとなると、ザフトは必然的に、ほんの僅かに復活したアルテミスの防御兵器と戦闘を行う羽目になる。

 

せいぜいできたとしても、交戦宙域に到着したデュエルとバスターは、身動きが取れなくなったブリッツを回収することで手一杯だろう。

 

「ふはははは!!逃げるは恥だが役に立つんだよバーカ!!おとといきやがれ!!」

 

ラリーはお行儀悪くふはははと笑い声を上げて、アークエンジェルに逃げ込んで行く。

 

キラはぽかんと呆気に取られるしかなかった。

 

《メビウスとストライク回収確認!アークエンジェル!クラックス!現宙域を全速力で離脱します!》

 

こうして、策謀に塗れたアルテミスから、アークエンジェルとクラックスはまんまと逃れる事に成功するのだったーー。

 

 

 

 

 



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ユニウスセブン編
第25話 アルテミス脱出後


 

「再度確認しました。半径5000に、敵艦の反応は捉えられません。完全にこちらをロストした模様」

 

逃げる、という作戦はどうやら上手くいったようだった。ブリッツを戦闘不能にしたラリーたち、メビウスライダー隊を回収したアークエンジェルとクラックスは、静寂に包まれた星の大海を進んでいる。

 

「しかし、ブリッツを回収できなかったのは残念です」

 

残念そうにいうナタルに、ムウがこいつマジかよ、という目を向けた。

 

「うげぇ、バカ言うんじゃないよ。ただでさえストライクに避難民に不慣れなクルーでやってるし、武器弾薬も補給物資もない。そんな中でブリッツの面倒なんて見れるわけがないだろ?」

 

ムウの言葉に、白と青のパイロットスーツを着たままのラリーが頷く。あの状況でブリッツを確保したとしても、捕虜の処遇やブリッツの解析など、負担ばかりが増える。それに、ブリッツを牽引して離脱していたら確実にデュエルやバスターに捕捉され、ジリ貧の追いかけっこが始まったに決まっている。

 

「それに、ヘリオポリスからわざわざ追ってきた奴らだ。まったくG兵器四機も捕獲したんだからさっさと帰れば良いものを。がめつい連中だ」

 

きっとブリッツを奪還し、ストライクとアークエンジェルを落とすまで地の果てまで追いかけてきたに違いないぜ?とラリーはめんどくさそうに呟く。

 

「Gを戦場に投入してきている以上、あの機体にもう用はないのかも知れんな。データを抜き取られてるなら、あれはもう兵器としての価値しかないからな」

 

ドレイクの言葉がトドメになったのか、ナタルは残念そうに目を伏せてしまった。

 

「とにかく、離脱にはアルテミスが、上手く敵の目を眩ませてくれたってことかな?」

 

「少なくとも、北側の港にいた奴らは対応したはずですよ。傘もギリギリ開けてたようですし」

 

アルテミス脱出前に、生き残る事を選択したクラックスのメンバーに触発されて、アルテミスの兵も同じように動いたのだ。本格的な傘の起動は難しいだろうが、対空迎撃装置などの起動は叶ったはずだ。

 

「しかし、事実上の崩壊とも言えるな。あの有様は」

 

ドレイクが残念そうに呟く。何度かアルテミスに通信は試みたが、返ってくる言葉は無かった。アークエンジェルの港もブリッツの攻撃により大きな打撃を受けた。

 

ストライクやアークエンジェルの技術を盗もうとした者たちは、その抜き取ったデータごと、爆炎の彼方に消えたのだろうか。

 

「とにもかくにも、アルテミスに残った残存兵が抵抗をしてる限り、奴らは俺たちを追ってこれないことにはなるな?」

 

「だったら、それだけは感謝しないといけませんね」

 

切り替えるように帽子のツバに指を添えたドレイクの言葉に、マリューは頷いた。が、その表情は安堵よりも不安の影に揺れているように見える。

 

「ローラシア級がロストしてくれたのは幸いだけど…こちらの問題は、何一つ解決していないわ」

 

「やはり、水か」

 

核心をついたドレイクの言葉に、マリューの影はさらに濃さを増したようだった。

 

「はい……。アルテミス脱出時に、運び込める物資は運び込んだのですが、肝心の弾薬と水は心許ないものです」

 

アルテミスで期待していた補給が受けられなかった以上、アークエンジェルが向かう次の目的地は「月」だ。地球軌道圏内に入れば、少なくとも地球軍からの援助も受けられるし、機密であるアークエンジェルの行先も定まるはずだろう。

 

しかし、その道のりはあまりにも険しい。

 

「これで精一杯か?もっとマシな進路は取れないのか!?」

 

「無理ですよ。あまり軌道を地球に寄せると、デブリ帯に入ってしまいます。こう進路を取れれば、月軌道に上がるのも早いんですが…」

 

マリューたちとは別の場所で、ナタルとオペレーターがそんな会話をしていた。ラリーもノイマンが示した進路を見たが、それはあまりにも無謀極まりない航路だ。

 

「そこの突破は……無理よね……?」

 

「デブリ帯をですかっ!?」

 

ノイマンが示した進路は、デブリベルトを突っ切るものだ。たしかにデブリ帯を迂回するよりも、真ん中を突き抜けたほうが道のりは早いし、仮にザフトが追ってきたとしても振り切ることができるかもしれない。

 

だがーー

 

「ラミアス艦長。焦る気持ちはわかりますが、現実に可能な解決策と、机上の空論に縋った解決策を履き違えてはなりません。後者を選んでしまえば、遅かれ早かれ綻びがでるぞ?」

 

ドレイクの言う通り、事前準備も検討もない机上の空論での作戦は多くのほころびを抱えている。現に、それに頼った作戦を敢行した地球軍は、ザフトのモビルスーツに手痛い代償を支払う羽目になったのだ。

 

「それに、アークエンジェル級になるとなぁ。この速度を維持して突っ込んだら、この艦もデブリの仲間入りですね」

 

「人類が宇宙に進出して以来、撒き散らしてきたゴミの山か…」

 

ラリーの言葉に、ムウが意味深にそう呟く。デブリ帯に浮かぶデブリは、この戦争が起こるもっと前から漂っているものが多い。

 

「矛盾ですね。人は新たなフロンティアを宇宙に見出したというのに、誰にも汚されてない宙を人は自らの手で汚していく。これじゃ、我々が害虫のようだ」

 

ラリーの言葉に、ムウは何も言わずにモニターに映るデブリを眺める。このデブリ帯は、人が人であるが故の業を知らしめてるようにも見えた。

 

「レイレナード中尉。冗談を言ってる場合じゃないですよ」

 

「わかってるよ、バジルール少尉。けど、この先にある物を知れば、害虫と思える気持ちも少しは理解できるはずですよ」

 

そう言うラリーにナタルは首を傾げた。それはマリューも同じであり、唯一ドレイクはくたびれた帽子を深く被り直した。

 

「ラリー…」

 

「ムウさん、このデブリ帯、見覚えはありませんか?」

 

多くの戦場を転々としてきたメビウスライダー隊。ムウにも、そしてラリーにも、このデブリ帯の中にある巨大な墓場には見覚えがある。

 

「はは…確かにな。俺たちは害虫かもしれん」

 

人類の業。人が生きていけない世界に浮かぶ、人が住まうために作られた大陸。死んだ大地。それにすがる自分たちは、紛れもなく害虫だ。

 

しかし、ムウはあえて視線を逸らさずにいた。

 

「つくづく、不可能を可能にする男かな?オレたちは」

 

その業を背負って、自分たちは生きているのだからーー。

 

 

////

 

 

 

「うっ……うっ……水を!もっと水をー!」

 

「止めなよ、状況に合ってないギャグ」

 

アークエンジェルの食堂で、水の入っていないコップを目の前において唸ってるトールに、呆れたようにサイがため息をついた。

 

「ギャグじゃねぇよ!…ったく~」

 

トールはふて腐れたように、机に突っ伏した。彼が言うように、現在のアークエンジェルやクラックスでは水制限が掛かっていたのだ。飲料水はもちろん、シャワーや手洗い、果てはトイレの水すら制限されてる有様だ。

 

サイは隣に座って、ぼんやりとしているガールフレンドを見る。この厳戒な水制限だ。シャワーも浴びられない現状にかなりのストレスを感じているのか、いつもの明るい彼女は身を潜めており、何か物思いに耽っているようにも見える。

 

「フレイ?なに?どうしたの?」

 

「え?あ、ううん。なんでもない…」

 

サイが何度かそう声をかけたが、フレイの回答はいつも同じだった。なんでもないと言って取り繕うが、しばらくするとまた物思いに耽る。そんなやり取りを、サイとフレイは何度か繰り返していた。

 

「お!キラー!それにベルモント少尉も!ストライクの整備、完了か?」

 

突っ伏していたトールが立ち上がる。それに釣られてサイもフレイも、食堂の入り口に目をやった。そこには、作業服姿のキラと、リークが水を飲みに訪れているところが見えた。

 

「うん。でも、パーツ洗浄機もあまり使えないから、まいっちゃうよ。手間ばっかりかかって」

 

そういうキラの手は油ですっかり汚れている。よくみると、普段は制服で作業をしてるはずなのに、今日のキラは作業服姿だった。身につける作業服もところどころに油ヨゴレが目立っていた。

 

「お疲れ様、キラくん。けど、整備に妥協はダメだよ?機械ほどメンテナンスしないとヘソを曲げるモノはないんだから」

 

二人分の水を持ってやってきたリークも、キラよりも油ヨゴレにまみれていて、手に持つコップに汚れがつかないように、わざわざ紙タオルを手とコップの間に挟んでいる。

 

「わかってますって」

 

そう答えてキラは喉を潤す。トールがそれを羨ましそうに見ていて、キラは困ったように眉をひそめた。

 

「お、リーク!もう大丈夫なのか?」

 

キラたちが話している下へ、パイロットスーツ姿のラリーが無重力の中、壁を蹴って食堂に入ってきて、キラたちの前に綺麗に着地する。

 

ラリーが部屋に入ってきたのを見たフレイが、わずかに目を見開き、そして顔を背けたのがサイには見えた。

 

「おかげさまで。今回は軽いムチウチ程度で済みましたよ」

 

リークはわざとらしく首筋に手を添えて、軽く肩を回すような仕草をする。

 

アルテミス脱出の際に、ラリーと相乗りしたリークだったが、脱出直後のリークの有様は酷いもので、しばらく複座のコクピットから出ることができなかった。

 

メディカルチェックも受けたが、極度のG環境に晒されていたというのに、軽いムチウチ程度という診断を受け、事なきを得たのは幸いだった。

 

「なら、次はもっと受け身の練習をしないとな?」

 

「勘弁してください…」

 

はっはっは、と笑うラリーにうなだれるリークの様子を見て、キラは乾いた笑いをこぼすだけだった。

 

「ところで、艦長たちとの話し合いは終わったんですか?」

 

「んー、あーまぁな。とりあえず補給は受けられるはずだ」

 

その言葉に、疑問を投げたサイとトールがラリーに詰め寄った。

 

「補給を?」

 

「受けられるんですか?どこで!」

 

「受けられると言うか…まぁ…勝手に補給すると言うか…」

 

ラリーがしどろもどろに説明しようとすると、今度はマリューやムウ、ドレイクたちが食堂に入ってくる。

 

「私達は今、デブリベルトに向かっています」

 

「でぶりべると?って…」

 

「ちょっと待って下さいよ!まさか…」

 

サイの戸惑いの声に、ムウがほうと唸る。

 

「君は勘がいいねぇ~」

 

「デブリベルトには、宇宙空間を漂う様々な物が集まっている。そこには無論、戦闘で破壊された戦艦等もあるわけでーー」

 

「まさか…そっから補給しようって…」

 

頷くドレイクに、トールとサイがうげぇという顔をする。気持ちはわからないわけではないが、好き嫌いを言ってる場合でもない。

 

「仕方ないだろ?そうでもしなきゃ、こっちが保たないんだから…」

 

「あなた達にはその際、ポッドでの船外活動を手伝ってもらいたいの」

 

マリューの言葉に、サイたちはさらに嫌そうに顔をしかめる。そんな彼らに、リークがにこやかに肩に手を置いて励ました。

 

「まぁ、護衛に僕もでるし。ラリーが作業の先陣を切るから。ね?」

 

「えぇ、俺が作業すんの?リークでいいじゃん?」

 

「あれは僕の機体なんですけど?まったく」

 

呆れたようにため息を吐くリークに、ラリーはちぇーと口を尖らせた。ごほんと、ドレイクが咳払いをする。

 

「あまりいい気持ちがしないのは同じだ。だが他に方法は無いのだ。我々が生き延びる為にはな…」

 

ドレイクの言葉のあとに、ラリーも続くようにサイやトールに向かって言葉を繋いだ。

 

「宇宙では、とにかく明日を生き抜く事を真っ先に考えろっていうのが鉄則だ。だから利用できるものは何でも使う。例えそれが、骸が握っている剣であったとしても、な」

 

そうやって自分たちは生き延びてきたとも付け加える。ふと、ラリーはフレイと目があったが、彼女は苦しげに顔を歪めてから、顔を背けた。

 

「喪われたもの達を漁り回ろうと言うんじゃないわ。ただ……ほんの少し、今私達に必要な物を分けてもらおうというだけ。生き抜くため。生きて、使命を果たすために、ね」

 

マリューやラリーの言葉は、たしかにもっともだ。現に今のアークエンジェルは、深刻な水不足に悩まされている。サイたちは、仕方なくではあるがその作業を引き受けることを決めた。

 

しかし、それは安易な決断だったと思い知らされることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第26話 ユニウスセブン

 

 

 

「こんなものを造り上げるとは…!ナチュラル共め!」

 

プラントに帰還したクルーゼとアスランは、荒れ狂う査問会の様子をただ呆然と見つめていた。

 

クルーゼの説明、そしてアスランが持ち帰ったG兵器の概要を聞いて、直前まで余裕すら醸し出していた議員達が一斉に議論を始めたのだ。

 

誰かが叫ぶ。

 

ナチュラルごときがモビルスーツなどと。

 

しかしナチュラルにそんなものを作れるはずがないと。

 

「でも、まだ、試作機段階でしょ?たった5機のモビルスーツなど脅威には…」

 

「だが、ここまで来れば量産は目前だ。その時になって慌てればいいとでもおっしゃるか!?」

 

ほら、またそんな楽観的なことを…そう思ってクルーゼは、心の中であざ笑う。

 

「これは、はっきりとしたナチュラル共の意志の表れですよ!奴等はまだ戦火を拡大させるつもり…」

 

「静粛に!議員方、静粛に…」

 

議長が場を鎮めようとするが、議論のーーいや、議員達の不安が払拭されることは無かった。

 

認めようが、認めまいが、現に地球軍はモビルスーツを作り出してしまったのだ。その揺るぎない事実に、誰もが不安を抱いている。

 

「戦いたがる者など居らん。我らの誰が、好んで戦場に出たがる?」

 

議会の喧騒を遮って言葉を放ったのは、最高権限を持つ、パトリック・ザラーーアスランの父親だ。

 

「平和に、穏やかに、幸せに暮らしたい。我らの願いはそれだけだったのです」

 

彼は紡ぐ。偽りに満ちた平和の虚像を。

 

「だがその願いを無惨にも打ち砕いたのは誰です。自分達の都合と欲望の為だけに、我々コーディネイターを縛り、利用し続けてきたのは!」

 

彼は語る。その虚像を壊した敵対者の行為を、歴史を。

 

「我らは忘れない。あの血のバレンタイン、ユニウスセブンの悲劇を!」

 

デブリベルトに浮かぶ、失われた宇宙の大陸。多くの人に、悲しみと憎しみをもたらした象徴を、パトリック・ザラは演説に織り込んで、滔々と語った。

 

「24万3721名…それだけの同胞を喪ったあの忌まわしい事件から1年。それでも我々は、最低限の要求で戦争を早期に終結すべく、心を砕いてきました。だがナチュラルは、その努力をことごとく無にしてきたのです」

 

嘘だな。とクルーゼは一人、心の中で呟く。

そもそも、本当に最低限の要求に留めておけば、ユニウスセブンの悲劇など、端から起こってないのだ。地球からの資源がなければ、今住む生活圏すら確立できなかったというのに、彼らは自らの優性遺伝子を過信し、盲信して、戦争の導火線に万雷の拍手の下、火を放ったのだ。

 

それが如何程の代償を生むのかということを、知りながらだ。

 

「我々は、我々を守るために戦う。戦わねば守れないならば、戦うしかないのです!」

 

クラインとザラの血統の統合。そこから生まれる光を守らねばならない。詭弁で言っておきながら、自分自身の言葉に鳥肌が立つ。

 

そんな光、守るつもりもない癖に。

そんな光など、自分の手で葬り去りたいほどに、クルーゼは世界を憎んでいる。

 

しかし、彼の憎しみに一筋の光が差し込んだ。

 

握りつぶそうと手を伸ばしても、決して消えない光。なんど繰り返しても、なんど試しても消せない光。その光を何度も見せつけられ、クルーゼは「本物」を見つけた。

 

今や、彼の興味はその本物にしかない。クラインもザラも、そんなものどうでもいい。この戦争すらーーいや、戦争はなくてはならない。でなければ、自分が見つけた本物は、嘘で塗り固められた世界の中に消えてしまうだろう。

 

逃さない。決して。

 

その光を逃さない。

 

この憎しみを、見つけた本物が消し去るまで、逃すことはない。

 

 

////

 

 

 

「あそこの水を!?本気なんですか!?」

 

デブリベルトで停泊するアークエンジェルとクラックスは、自分たちが求めていた壊れた宇宙船ではなく、深淵の宇宙に浮かぶ大陸、ユニウスセブンを発見してしまったのだ。

 

大慌てで逃げた二隻は、アルテミスで僅かに補給した物資を交換しつつ、宙に浮かぶ戦争遺跡となったユニウスセブンへの調査上陸を行なった。

 

回収任務に参加するキラや、その友人達を引き連れて。

 

キラが怒気を込めて言うのは、そこで見た光景に由来していた。

 

戦争のせいで、復興や遺体の回収すら行われなかったユニウスセブンには、多くの被災者の遺体があった。大人に子供、老人も含めて、ありとあらゆる無関係な一般市民が、宇宙の冷たさに凍りつき、ミイラとなってユニウスセブンに漂っている。

 

同行したミリアリアも、あまりの衝撃でしばらく部屋に閉じこもってしまったほどだ。

 

「ーーあそこには、一億トン近い水が凍り付いているんだ」

 

ナタルの言葉は、あまりにも合理的だった。ユニウスセブンはもともと農業用のプラント。牧草地帯や田園地帯を維持するための莫大な水が、氷となって埋まっている。

 

アークエンジェルとクラックスは、その氷から水を補給しようと言うのだ。

 

「でも!…ナタルさんだって見たでしょ?あのプラントは何十万人もの人が亡くなった場所で…それを…」

 

「水は、あれしか見つかっていないの」

 

キラの言葉を、マリューが無慈悲に遮る。

水は、あそこにしかない。

その現実が、重くのしかかる。

 

クラックスに戻り、補給の指示を出していたドレイクは、モニター越しに陰鬱そうにうなだれるキラを一瞥する。

 

彼が感じ、彼が億劫になる感情は正しいとドレイクは思った。だが、その正しさでどうにかなるほど、現実は甘くない。

 

「誰も、大喜びしてる訳じゃない。水が見つかった!ってよ…」

 

「フラガ大尉…」

 

フラガの言葉に同意するように、ドレイクはくたびれた帽子を整える。

 

「誰だって、できればあそこに踏み込みたくはないさ。けどしょうがねぇだろ。俺達は生きてるんだ!ってことは、生きなきゃなんねぇってことなんだよ」

 

その言葉が、今の全てだった。

 

自分たちが呼吸をし、生きている以上、ユニウスセブンから取り出さなきゃならない物資がある。それを、道徳的な感情を優先して無視すれば、今度はこちらが死に直面する。

 

生きるためには、必要なことだ。

 

そう、言い聞かせるしかないんだと、誰もが言った。

 

キラは、ショックに揺れる仲間とともに、アークエンジェルの展望室からユニウスセブンを眺めた。色々な思いが巡る。

 

調査時に見た遺体の数々。

ボロボロになったぬいぐるみ。

 

そんな場所から、水を取るという行為。

 

自分たちがーーー。

 

「悪いな、こんなことに加担させちまって」

 

そんなキラ達のそばに、同じくユニウスセブンの調査に同行したラリーが、寄り添ってきた。

 

「レイレナード…中尉」

 

「アークエンジェルのクルーも、クラックスのクルーも、そんで俺も、何ともない顔してさ。てきぱきとあそこの水を回収する準備しちゃってるの。まったく、嫌になっちまうな」

 

そう口ずさむ彼も、キラから見たら合理的に考えるマリューやナタルや、ムウ達と同じように見えた。人の死や、悲惨な事故を悼まない、薄情な人のように見えた。

 

「中尉は、なにも…なにも感じないんですか?」

 

気がつくと、キラはそんなことをラリーに問うていた。キラの友人、サイやトール、カズイも同じような眼差しで、ラリーを見つめる。

 

「あまり感じない…というより、そういう感覚が退化したのかもしれないな」

 

ラリーは少し、窓からユニウスセブンを眺めて思考を巡らせてから、静かに答えた。

 

「退化…?」

 

「ユニウスセブンの事故。24万3721名が亡くなった地球軍が行った最大の虐殺事件。そういう数字でしか、俺たちはそれを知覚することができなくなったのかもしれんな」

 

それはまるで、歴史の教科書に載っている例文を丸暗記して喋ってるようで、悲惨な事故を悼んでいるようには見えない。しかし、ラリーの表情はどこか悲しげだった。

 

「ーー俺たち兵士ってのは、そんな大きな事を考えてる余裕なんてないんだ。昨日まで隣のベッドでだべっていた戦友が、目の前で死んだり、その戦友が使ってたベッドに新任のパイロットがすぐに来て、よろしくなんて握手したりして。人の死を悼む時間も無くて、戦って、戦ってーー」

 

そう言ってラリーは、ユニウスセブンを眺める。その瞳は、どこか遠くを見ているように思えた。

 

「ある時、被弾した僚機を俺は牽引してた。くぐもった通信機から聞こえる仲間の声をじっと聞いて、大丈夫だ。もうすぐ着く、なんて励ましながら母艦に到着した。自分の機体から降りて見たら、連れてきた僚機のコクピットの半分が消し飛んでて。半身を失ったソイツは、俺の励ましの言葉に頷きながら事切れてた」

 

はぁーーと深く息を吐いて、ラリーはガラスに手をつく。

 

「そして俺の部屋は、また一人部屋になった」

 

それに、キラ達は何も言えなかった。

 

この世界に来てから、ラリーはそんな思いを何回、何十回と繰り返してきた。時には、手を握りながら励ましたこともあったし、死体になった戦友を担いで戦線を離脱したこともある。

 

そんなことを繰り返していくうちに、ラリーの中にあった人の死に対する意識は、ゆっくりと、確実に侵され、気がついたら悼む感覚が退化しているように思えた。

 

だから、ラリーは戦友の死を悼むよう意識している。戦友が居なくなれば葬い、慰めの言葉をつむぐ。そうやって、死んだ者との絆を忘れないようにしている。

 

たまにそれが、自分が自分を保つためにやっている儀式のようにも思えてならない。

 

ラリーは窓から手を離して、そんな考えを思考から追い払った。

 

「お前たちの反応が正しい。正しいんだ。それを忘れたらダメなんだ」

 

自分にとって薄れてしまった素直な感情を、どうか失わないでほしい。

 

これから彼らには酷なことをさせる。そんなことをわかっているのに、ラリーにはそんなことしか言えなかった。

 

「俺を軽蔑してくれて構わない。嫌ってくれてもだ。だから、その想いだけは忘れないでいてほしい。辛い事を言ってると思うがな」

 

生き抜く。生きて、使命を果たす。死んだ仲間の分まで。

 

そのためになら何だってする。生きるために。ラリーはそう心に誓っているのだ。

 

「さ、辛気臭い話は終わりだ。作業ポッドの使い方を説明するから、担当者はハンガーまで来るように」

 

そういうと、ラリーはいつものような人当たりのいい笑顔を見せて、キラ達から離れた。ラリーが展望室から出た時、その扉の脇でフレイが聞き耳を立てて、呆然と立っている様子には気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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第27話 果たす使命

今回はオリジナルキャラ要素強めです。


 

 

「折り紙ぃ?」

 

クラックスで食事を取っていたハリーが言った言葉に、AWACS「オービット」の管制官を務めているニック・ランドールが、パンをかじりながら聞き返した。

 

ハリーはアークエンジェルから受けた通信内容をもう一度告げる。

 

「キラくんたちが、『僕らにできることってなにかを考えて、せめて、ユニウスセブンに住んでいた人たちを悼もう』って」

 

大勢の人が亡くなったユニウスセブン。そこから水を取ろうということだから、せめてのもの葬いと礼節をと言う気持ちなのだろう。

 

今では、アークエンジェルに再び移った避難民たちの協力のもと、花を象った折り紙を製作しているとのことだ。

 

「葬い…ね」

 

ニックはそう呟き、少し遠くを見るような目をした。

 

ニック・ランドールは、元々アガメムノン級宇宙母艦ルーズベルトの管制官を務めていた。

 

乗組員のほとんどがブルーコスモスのシンパではあったが、彼は戦場の動向を即座に見抜き、適切な対応が取れる熟達した能力を買われたのと、ブルーコスモスが独断行動をしないための歯止めとして送り込まれた地球軍兵でもあった。

 

そして戦争が始まり、ルーズベルトはブルーコスモスのシンパである艦長、ウィリアム・ザザーランドの指示のもと、プラントへの核攻撃を実行した。

 

血のバレンタイン。

 

それを目の当たりにしたニックには、忘れられない光景だ。

 

『AWACSからメビウス部隊へ!おい!何をやっている!プラントに核攻撃だと!?正気か!!』

 

核攻撃命令は、ブルーコスモス内で完結された指示であり、地球軍からのお目付役であったニックは、その指令を把握していなかった。

 

発艦した核装備の部隊も、「モビルスーツを有するプラントに対する圧力による抑止力」という名目しか聞いていない。警戒はしていたものの、本気で核を打つとは思っていなかった。

 

攻撃目標である農業用プラント。

ユニウスセブンは違法改造コロニーだ。

 

地球側が支援で作ろうとした工業用コロニーを、プラントは自国の自給自足のために農業用に違法に改造した。ユニウスセブンに住む科学者や住人も、ブルーコスモスシンパから見れば全てがテロリストに近い存在。そのコロニーを核攻撃の目標にするのは必然でもあっただろう。

 

しかしだ。

 

その核攻撃が正しいかと問われたら、ニックの答えはノーだ。それで何が起こる?戦争が終わるというのか?少なくとも、その場にいたニックは、『戦争の早期終結のために尽力する兵士』だった。断じてコーディネーターを根絶やしにするために戦っているわけではない。

 

結果、ニックによる管制指示は聞き入られずに核は打たれた。ただ一介の管制官に過ぎない彼は、止めることもできずに、その光景を見ることしかできなかった。拳をモニターに叩きつけることしかできなかった。

 

なぜ撃った!なぜ核を!なぜだ!と、ニックはザザーランド艦長に問いただしたが、帰ってきたのは侮蔑の眼差しだけだった。

 

そして、エイプリルフールクライシスが起こった。約24万人を殺した結果は、より多くの犠牲をもたらす報復が、地球を深刻な危機に陥れるものとして返ってきた。

 

たった一発の核で、世界情勢は互いを憎しみ合う根絶戦争へと転がり落ちたのだ。

 

そんな世界に失望しながら、ニックは第一線の管制官から外されて、この部隊へ配属された。

 

彼は宇宙に漂うユニウスセブンに思いを馳せる。

 

「いいんじゃない?折り紙」

 

ふとそう言ったのは、ニックの斜め後ろに座っていたクルーの一人だ。他のクルーもうんうんと頷いたり、パンをかじりながら同じく賛成だと手をあげたりする者も居た。

 

「そうそう、そういうのは大歓迎ですよ。俺たちは」

 

そういうクルーたちを見て、ニックは小さく笑う。

 

あれから、多くの戦場を見てきた。ナチュラルとコーディネーターの殺し合いを見てきたが、この部隊にやってくる人間は、一癖も二癖もある者たちだ。

 

だが、やってくる者たちには一種の共通点がある。

 

それは、別段コーディネーターを憎んでないということだ。開戦当時から戦う強者もいれば、開戦してから徴兵でやってきた者もいる。その全員が、『戦争の早期終結』を胸に軍に志願した者ばかりだ。コーディネーターを嫌悪する士官による無差別な虐殺に反発した爪弾き者が、ここに流れ着いてくるのだ。

 

もちろんコーディネーターに仲間や友を殺された者もいる。

 

だが、それでも彼らは、こんな戦争は早く終わらせることが最大の葬いだと言うのだ。それが叶わない、今の戦争。

 

だからこそ、生きのびなければならない。生きて、戦争を一刻でも早く終わらせる。その使命を果たすために、彼らは互いを支えあいながら戦っている。

 

そんな彼らと戦えることを、ニックは誇りに思うのだった。

 

 

////

 

 

アークエンジェルのハンガーでは、ユニウスセブンでの氷塊回収の際に使用する作業用モビルアーマーMAW-01ミストラルの整備が、マードック指揮の下、作業員の手によって進められていた。

 

「キラくん、そこの2番のスパナと電工セットを取ってくれないか?」

 

その中には、メビウスとストライクの整備を終えたキラとリークの姿があった。二人はもともとストライクの整備をしていたのだが、マードックたちが6機のミストラルの整備に手こずっているのを見て、応援に加わったのだ。

 

「ーーベルモンド少尉」

 

「んー?」

 

「ベルモンド少尉は、なんで僕に優しくしてくれるんですか?その…僕は…コーディネーターで」

 

作業用アームのセッティングをしてたリークは、その言葉を受けて機体下部に潜り込んでいた体を起こして、キラの方へ顔を向けた。

 

「コーディネーターであっても、君は君だろう?」

 

さも当然のことのように言うリークに、キラは困惑の表情を向ける。彼の言いたいこと。それはキラが如何に、ナチュラルとコーディネーターの差別を目の当たりにしてきたかを物語っていた。リークはよいしょ、と言いながら、ミストラルの上に持っていた工具類を入れる腰ベルトを引っ掛ける。

 

「確かに、僕にできないことを君は容易くやってしまったり、モビルスーツを動かす力があるのかもしれない。けどさ」

 

彼は人当たりのいい笑顔を見せながら、トントンと親指で胸の中心あたりを指し叩く。

 

「ここは、君なんだろう?」

 

いくら能力の差があろうが、筋力の差があろうが、感じる心や、感情は一緒だとリークは言う。それが無くなれば、コーディネーターは悲しんだりしないし、怒ったり、恨んだりもしない。そこも違うと言われれば、リークにとってコーディネーターは機械と変わりない存在になってしまう。

 

「僕は、コーディネーターが悪だとか、コーディネーター差別とか、そんな思想的なもので戦ってるわけじゃないよ」

 

ブルーコスモスの過激思想は合わないし、とも続ける。だが、その表情は困ったようになっていった。

 

「ただ、プラントは…嫌いかな」

 

一旦休憩、と手袋を脱いだリークは、キラに持ち歩いていた水のパックを差し出した。

 

「キラくんは、エイプリルフールクライシスって知ってるかい?」

 

キラは頷く。

 

「このユニウスセブンが、核によって攻撃された報復としてプラント側が地球に行った作戦。僕にとったら、それが地球に住む人々への無差別殺人に思えた。いやーーそこからプラントを憎んでいるのかもな。僕は」

 

自分でもよくわからないんだよ、とリークは苦々しい声で言う。

 

「僕には妹達が居てね。彼女たちは今は東アジア共和国の学校に通ってるんだ。僕は、妹たちを安全な場所で学校に行かせるために、地球軍で働いてる」

 

「そう…なんですか」

 

たどたどしく答えるキラに、リークは端末に入っている妹たちの写真を見せた。上が中学生で、下が来年から姉と同じ中学に行くんだと言って。

 

「ーーエイプリルフールクライシスで、地球のエネルギー供給網はズタズタにされて、原子力発電に頼っていた国では軒並み暴動や、市民が暴徒になる事件が起こった。発電所に勤めていた両親はーー」

 

そこから先を、リークは言わなかった。キラは、リークの横顔を見た。その顔はいつも見せる優しいものではなく、思わずゾッとしてしまうような黒い影が宿る横顔だった。

 

「いやぁ、暗い話をしてしまったね」

 

キラの視線に気がついたリークは、いつもの優しげな笑顔に戻った。しかし、暗い影を落とした表情を見てしまったキラは、恐る恐るとリークに、こんな言葉を問う。

 

「リークさんは、コーディネーターを恨まないんですか?」

 

その言葉にリークは、うーんとわざとらしく顎に手を添えて唸った。

 

「キラくん、この戦争は国と国が起こしてる戦争だよ」

 

リークは、まっすぐキラを見てそう答えた。

 

「たしかに、プラントがやったことは許されない。けど、それを理由にコーディネーターも滅ぼすーなんて言ったら、それは戦争じゃない。どちらがどちらを滅ぼし尽くすまで戦うーー破滅だよ」

 

青き清浄なる世界。

コーディネーターの独立。

その二つの思想の元に加速していく血濡れた戦争。

 

その在り方は、リークが何より嫌悪する物だった。

 

「客観的に見ても、プラント側にも責任を果たさずに独立しようとした無理やりさはあるし、それを武力で押さえつけた地球軍にも問題はある。お互いがもっと歩み寄らなきゃならなかったはずなのに、誰もがそれを蔑ろにした結果、今の憎しみ合う戦争が起こってるように思える」

 

そこまで言って、リークはなーんてねとおどけるように笑った。

 

「とまぁ、ここまで大人みたいに答えてはみたけどさ。僕らにとっての敵は、僕らに攻撃してくる者だよ。それ以下でもそれ以上でもない」

 

リークはミストラルに添えていた手に力をいれて、ゆっくりと無重力の中を漂う。そしてキラを見据えた。

 

「僕はね。そうやって殺すこと、殺されることを良しとする戦争なんて、嫌いなんだ。僕自身の命も蔑ろにされて、戦ったこともないのに戦場に放り出されて。死んでたまるか、って妹たちの顔を思い浮かべながら必死になって戦ってきた」

 

リーク自身も、整備員だったにも関わらず上官の命令でメビウスに押し込まれ、ろくな戦闘知識もないまま宇宙に放り出され、囮役にさせられた経験がある。

 

次々と無抵抗ーーいや、何もすることができずにザフトに蹂躙されていく仲間を見て、それを命令した上官に途方も無い怒りを覚えた。そして、この戦争そのものにも。

 

「だから、僕らは攻撃してくる相手から仲間を守る。自分を守る。そのために戦うんだ」

 

リークは今でも覚えている。

 

そんな絶望的な状況の中、颯爽と現れて襲いかかってきた敵をなぎ倒した流星の姿を。

 

自分も、そんな流星のようになりたい。流星になって、助けを求める仲間を守りたい。

 

流星であるラリーと共に飛ぶことによって、リークはそんな夢を抱くようになったのだった。

 

 



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第28話 補給作業

 

 

 

ミストラルについての操縦講習を終えたラリーは、一人で展望室を訪れていた。さっきまで、アークエンジェルにいる避難民や、キラ達、そして通信機越しに折り紙の教えを乞うクラックスのクルーと共に、葬いの花を折っていたのだがーー。

 

「いつまで、そうやってるつもりなんだ?」

 

ラリーは展望室からユニウスセブンを眺めながら、後ろに隠れていた人物に聞こえるようにそう呟く。すると、通路の陰から一人がふわりと無重力の中を泳いで、ラリーの前に現れた。

 

出てきたのは、フレイだった。

 

彼女は何かをいいたげにしながらも、どこか戸惑った様子で、ラリーと床と、視線を行ったり来たり彷徨わせている。

 

「今でもコーディネーターは気味が悪いか?」

 

確信めいたように、ラリーは言う。彼女が戸惑っている問いの真ん中を射抜くように。

 

「聞いてたんだろ?リークとキラの会話を」

 

リークとキラがミストラルの整備をしていた時、ラリーは離れたところで、ミストラルの作業用ロボットアームの制御を司るOSの調整を行なっていたのだ。そして、ふと見つけた。隠れてキラとリークの会話を盗み聞くフレイの姿を。

 

「そんなの……わかんないわよ!」

 

フレイは、いつものお嬢様のようなフワフワした表情を捨て、吐き捨てるようにラリーに叫ぶ。

 

「コーディネーターが居なければ、戦争なんて起きてなかったってずっと信じてたのに……なのに……」

 

ずっと、父の語っていた言葉を信じてきた。ナチュラルが正しく、人工的に生み出されたコーディネーターは化け物だと。体の全てが手を加えられた、人ならざるものだと蔑視する見方が、絶対だと信じていた。

 

けど、その信頼はもろくも崩れ落ちた。

 

アルテミスでの地球軍の対応や、睨み合うクラックスのクルー達の姿を見て、フレイはラリーが語った言葉を頭で繰り返していた。

 

〝ナチュラル同士でも、戦争は起こってた〟

 

今よりもずっと時間をかけてナチュラルがコーディネーターのように宇宙に進出したとしても、ナチュラルとナチュラルの血で血を洗う戦争は起こっていたのではないか?単なる私利私欲に突き動かされて、何のためらいもなく仲間に銃口を向ける地球軍を見て、フレイはそれを想像してしまったのだ。

 

けれど、彼女の根底にあるブルーコスモスの父の思想が、辿り着いた想像を否定する。その間に揺れて、フレイは戸惑っていたのだ。

 

「君は言ったな?なぜコーディネーターを庇ったのか、と」

 

フレイが初めてラリーに声をかけたきっかけ。

 

なぜ、地球軍であり、ナチュラルである彼が、コーディネーターであるキラを庇ったのか。ラリーは何の衒いもなく、簡潔に答える。

 

「コーディネーターである前に、キラは俺たちメビウスライダー隊の仲間だ。仲間だから、庇ったんだ」

 

ただ、それだけ。ラリーやクラックスのクルーがキラを庇った理由はそれだけだ。それ以上も、それ以下もない。

 

フレイは、ラリーの答えをどこかで見当を付けていた。故に驚くこともなく、淡々とラリーの言葉を心に落として行く。そして、フレイは意を決して思ったことをぶつけた。

 

「アンタ…コーディネーターが憎くないの」

 

急に口当たりが強くなったところを見て、これが彼女の素の状態なのだろう。ラリーは睨みつけてくるフレイにただ小さく笑った。

 

「そう思ったほうが、兵士としては正解なのかもね。けど、俺は真っ平ごめんだ」

 

コーディネーター憎しで戦う兵士はごまんといる。しかしそうした兵士は、憎しみを原動力に動く歯車のように見えた。憎しみで己を支え、憎しみで争い続ける戦争を動かす歯車。

 

全く嫌になる。

 

「こういう戦争を後押しするのは、そういう憎しみと拒絶だ。そんなんじゃ、憎しみに支配されたこの戦争が終わったあとに何が残る?」

 

「この戦争が、終わった後…?」

 

コーディネーター憎し、ナチュラル憎し、プラント憎し、地球憎し。その憎悪をエネルギーにして膨らむ戦争のいく末を、ラリーは知っている。けれど、まだ誰もその先を考えていないのが現実だった。

 

だから、ラリーはフレイにそれを伝えた。

自分の感情に赴くままになる前に。

 

「それをよく考えてみることだな」

 

ラリーはすれ違いざまにフレイの肩に手を置いて、そっと呟く。しばらく通路を進んでから振り返ったが、そこに追ってくるフレイの姿は無かった。

 

 

////

 

 

「総員、敬礼!!」

 

ユニウスセブン。トン単位の水が眠る氷塊を前にして、アークエンジェル、クラックスの両クルーは、腕いっぱいに抱えた葬いの花を解き放つと同時に、黙祷と敬礼を捧げた。

 

静寂の宙に浮かぶ死んだ大地。数多くの沈没船。ここにある全てが、人が残した戦禍の跡だ。

 

その業を前にして、誰もが口を閉ざし、哀悼を送る。

 

ふと、ヘルメットの通信機から音楽が聞こえてきた。

 

古い曲。

 

まだ人類が宇宙に上がる前に、とある大国で愛唱されていた賛美歌だ。

 

その歌詞中では、黒人奴隷貿易に関わったことに対する悔恨と、それにも拘らず赦しを与えた神の愛に対する感謝が歌われている。

 

ラリーは思った。遠くから聞こえるこの曲のように、神はこの光景を見ても、人を赦してくれるのだろうか。

 

ふと、ラリーの隣に立っていたリークの肩が震える。クラックスのクルー達の多くが、この哀悼の中で涙を流していた。彼らもまた、多くの仲間や友を、このくだらない戦争で失っている。

 

ラリーも瞳を閉じては、過去に散っていった戦友を想う。

 

フランツ、ミハエル、リョウ、ーーそしてゲイル。メビウスライダー隊で戦死した仲間。

 

彼らを想うたびに、自分たちは生きているのだと実感する。実感し、そして彼らが望んだことを果たすために今を生きている。

 

今はまだ、自分には何もできない。何の力もない。だが、必ずこの醜い戦争を終わらせる。ラリーは、目を開き、氷塊と景色を眺めながら、深くそう心に刻みつけた。

 

 

////

 

 

「後、どのくらい?」

 

「後4時間ってとこですかね?弾薬の方は後1往復で終了ですが……」

 

オペレーターであるトノムラの言葉に、マリューはそうと小さく言ってシートに沈み込んだ。

 

正直に言えば、時間は惜しいものであった。アルテミスで撒いたとは言え、近くの宙域にはローラシア級のザフト艦がいるのだ。もし、補給中に居場所が知られれば、こちらに打つ手立てはない。

 

マリューにとって、この補給は命がけの補給であった。

 

《ラミアス艦長、そう焦るものでもありませんよ》

 

そんなマリューを落ち着かせるように、隣で同じく補給作業を行うクラックスの艦長、ドレイクが優しげな口調でそう言った、

 

「顔に、出てましたか…」

 

《ええ、美人の顔はよく見ていますので。まぁこんな老いぼれに口説かれても嬉しくは無いでしょうが》

 

片目を閉じて冗談っぽく言うドレイクの言葉に、マリューは固くこわばっていた表情をすこし和らげた。

 

《貴方は実に実直な艦長だ。化かし合いには向いていないように見える。しかし、その実直さが船乗りには何よりの宝なのですよ》

 

ドレイクは、マリューの未熟ながらも真っ直ぐな指揮を気に入っていた。腹のなかであれこれ考えたところで、策を弄すれば弄するほど、人は深みへとはまっていくものだ。その深みにはまり、沈んでいった多くの艦長をドレイクは知っている。

 

《長年、戦場にいるとこういう運頼りな場面に出くわす機会があります》

 

例えば、エンジンの修理中にザフトの艦隊を捕捉してしまったとき。例えば、エンジンを最小限の出力にして敵勢力の偵察を行ったとき。戦略も戦術も戦力もない、単なる運で勝負しなければならない時が来る。

 

《そういったときの艦長の心構えはーー》

 

ドレイクは深く帽子をかぶり直して、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

《敵に見つかりはしないと虚勢をはる事です。そう思い込めば、敵は避けて通るものですよ》

 

その言葉に、マリューは呆気にとられたが、反対にクラックスのブリッジは僅かにだが湧いていた。

 

《違いないですね》

 

《実に艦長らしい!》

 

ヒューと口笛も飛ぶなかで、ドレイクは恥ずかしそうに咳払いをする。その光景を見て、マリューはただ苦笑を返すしかなかった。

 

しかし、彼女はまだ気づいていない。彼女が指揮をするアークエンジェルこそが、地球軍の不沈艦伝説を築くと言うことを。

 

 

 

 



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第29話 氷の戦い

 

 

ユニウスセブン。

氷塊の平原。

 

アークエンジェルから出た作業用モビルアーマー、ミストラルは弾薬回収と、氷の回収の二班に分かれて作業にあたっていた。弾薬回収にはリークが駆るメビウス、そして氷回収には、キラが乗るストライクが護衛の任に就いている。

 

氷の回収には、アークエンジェルのスタッフや回収アームの操縦に、キラの友人たちであるサイやトールも協力してくれている。回収を陣頭指揮するのは、作業用のモビルアーマーの中で唯一、バルカン砲の武装をしているラリーが操縦するミストラルだ。あくまで目印たる武装なので、ラリー機も氷を回収する作業に従事しているが。

 

そんな作業の中、それを護衛するキラは氷の平原と、無数に浮かぶデブリをつぶさに観察していた。

 

瓦礫に紛れて敵が近づいて来れば、気がつく前にミストラルが撃墜される危険性がある。それに、リークやラリーも、出撃前にキラにその事を何度も念押ししていたので、自然と索敵する目にも力が入る。

 

「…民間船?」

 

デブリを見ていたキラは、その中に浮かぶ民間船を見つけた。デブリの多くが撃沈してから時間が経っていたものが多かったが、キラが見つけた民間船は真新しく、受けている傷も古びた様子が無かった。

 

「撃沈されたのか?これ……あ!」

 

キラは咄嗟に、手近なデブリにストライクを隠した。ゴクリと息を呑む。キラが視界の端で見つけたのは、一機の人影だった。

 

キラは大慌てで記録したデータを呼び出し、自分が目にしたのが何なのかを調べて行く。

 

「強行偵察型…複座のジン!なんでこんなところに… 」

 

ローラシア級から出た偵察機か、それともまた別の目的を持ってここにいるのか。キラにはそんな判断はつかない。ただひとつわかっていることはーー。

 

「アークエンジェルが見つかって、応援を呼ばれたらアウトだ!」

 

キラは音声通信で作業に従事するラリーに連絡を取ろうとしたが、スイッチを押す寸前で指を止めた。もし、このレーザー通信が強行偵察型に探知されたら?それこそ、敵の思う壺だ。

 

キラは伸ばしていた手を引っ込めて、狙撃するためにターゲットスコープを引っ張り出す。

 

「行け…行ってくれ……」

 

ターゲットスコープ越しに強行偵察型を見つめて、キラは祈るように呟く。できれば、こんなところでは敵を撃ちたくはーー、そこでキラは、改めて自分が添えている引き金の重さに恐怖した。

 

ユニウスセブンの偵察で見た、宇宙に浮かぶ人の死。ボロボロになったぬいぐるみ。それが嫌で拒絶して、葬いと言って折り紙を手向けたのにーー、今ここで引き金を引けば、自分のそう言った思いが全て嘘になるように思えた。

 

そんなキラの思考に応えたように、強行偵察型ジンはひらりと反転して、遠くへ飛び去っていく。そのまま進んでいけば、アークエンジェルやクラックスとは反対側へ向かうことになる。

 

「そのまま……よし……」

 

キラはふぅーーと息を吐き出した。

 

その時、ストライクのモニターを一機のミストラルが横切る。キラはハッとして、強行偵察型を見た。

 

反転している。

敵は、ストライクの前を横切ったミストラルを見つけたのだ。

 

「バカやろう!何で気付くんだよ!」

 

大急ぎで、キラはビームライフルの銃口を強行偵察型へ向けたがーー。

 

「あぁ!」

 

相手が放った狙撃ライフルの方が早かった。弾頭は遠くからミストラルへ迫りーー、そして

 

「うぉおお!!?」

 

当たる直前に、ミストラルがスラスターを吹かして、迫った閃光を紙一重で避けたのだ。

 

強行偵察型が狙ったミストラルは、ラリーが操る機体だった。ミストラルは作業用ポッド特有のスラスターを巧みに使い、即座に機体を安定させる。

 

「うわぁあああああ!!!死にたくないいいい!!!」

 

「喚くな!!とにかくアームが持ってる荷物を離せ!くそっ!あれはザフトの強行偵察型か!?こんなときに!!」

 

アームの操作のために同乗していたカズイが悲鳴のような声を上げるが、ラリーは気にも止めずにアームが持っていた氷を捨てるよう指示を出す。

 

迫り来る強行偵察型に、ラリーの駆るミストラルが臨戦態勢を整えるが、情けで付けたようなバルカン砲では、モビルスーツに太刀打ちできるはずがない。

 

「僕は…!」

 

キラは、ぎゅっと目を細める。引き金を引くのかーー自分は。その僅かな思考の中で、キラは重くのしかかった圧力を振り払い、引き金を引いた。

 

放たれた一閃は、強行偵察型のコクピットを貫いた。機体は僅かに氷の平原を漂ったのち、爆発してデブリの中へ消えていった。

 

「ハァ…ハァ…」

 

吐きそうな気分だった。自分の中にある良心の全てが嘘のように思える。そんな気分を追い出すために、キラの呼吸は荒くなっていた。

 

そんなキラのそばに、ラリーのミストラルが近寄る。

 

「ありがとう、キラ。また助けられたな」

 

「レ、レイレナード中尉…」

 

優しげに語りかけてきたラリーの声に、キラは僅かにだが冷静さを取り戻した。すると、遠くから光が向かってくる。

 

「キラくん!大丈夫かい!?」

 

「ベルモンド少尉…」

 

駆けつけてきたのは、リークが操るメビウスだった。音声通信であるラリーとは違って、映像通信で会話するリークには、キラが酷く怯えてるように見えた。

 

「おいリーク、お前持ち場はどうした?」

 

「搬入作業が終わったので。モビルスーツの爆発を感知して急いで飛んできたんですよ」

 

そういってから、リークの表情が何とも言えない微妙なものへ変化する。キラではなくラリーの映像通信の中で、なにかを見つけたのだろうか。

 

「それより、ラリー?後ろでキラくんのスクールフレンドが白目向いてるんですけど…まさかミストラルでモビルスーツ戦をしようとしてたってことはありませんよね?」

 

「ーー必要だったから多少はな」

 

あくまで護身だよ、護身!と反論するラリーに、リークは懐疑的な視線を向け続ける。

 

「メビウスに続いてミストラルで撃破スコアを出したら、今度こそ地球軍の上層部がひっくり返りますよ…まったく人外め」

 

「おい何か言ったか?」

 

「いえ、ナンデモナイデスヨー」

 

そうやって話を切り上げると、リークはキラへ向き直った。そして優しく語りかける。

 

「キラくん」

 

「ベルモンド少尉。僕は…」

 

「キラくん。それでいい。今はそれでいいんだ」

 

〝僕らは攻撃してくる相手から仲間を守る。自分を守る。そのために戦うんだ〟

 

その言葉をキラは思い出した。

 

今、自分が撃たなければ、誰かが死んでいたのかもしれない。

 

リークとラリーは、その場をキラに任せてそれぞれの任務に戻っていく。

 

キラは氷の平原を眺めた。

 

この揺れ動く気持ちを納得させる答えは見つからない。けれど、その気持ちを落ち着かせることはできる。

 

大切な、仲間を守るために。

自分はーー。

 

ふと、キラはモニターの中に宇宙に浮かぶ「それ」を見つけた。それはデブリでもなく、船の瓦礫でもない。三つの赤い光点が瞬くそれを見つめて、キラは小さく呟いた。

 

「救命…ポッド…?」

 

 

 

 



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ラクス・クライン編
第30話 拾い物と探し物


 

「ポッドを拾っていただいて、ありがとうございました。私はラクス・クラインです」

 

キラが拾ってきた救命ポッドに乗っていたピンクの髪を揺らす少女、ラクス・クライン。

 

彼女は救命ポッドが置かれたハンガーから、マリューやムウに連れられて艦長室へと通されていた。ラクスの周りでは、手に収まるほどの丸い形をした自立型ロボットが、両耳のように付いた羽をパタパタと動かしている。

 

「ハロ!ラクス、ハロー」

 

「これは、お友達のハロです」

 

「ハロハロ。オマエモナー。ハロハロ?」

 

戦場ではかけ離れ過ぎた、その危機感と緊張感の無さに、マリューもムウも、地に着きそうなため息を漏らした。

 

「頭痛薬を貰っても?」

 

ナタルに至っては、どうやら致命傷だったようだ。

 

 

////

 

 

そんな艦長室の前では、ブリッジの非戦闘員である下士官や、氷回収作業に従事していたサイやトールが、中の様子を窺おうと奮戦していた。

 

「なんて言ってる?」

 

「聞こえない。黙ってよトール」

 

扉に聞き耳を立てるサイに、トールが問いかけ、ミリアリアが静かにと宥める。その三人の下あたりには、アークエンジェルのオペレーターや操舵手まで、中の様子を窺おうと必死だった。

 

「おーい、お前ら何してんの…」

 

その様子を呆れた風に見ながら、ラリーが呟く。彼の肩を借りているカズイは完全にグロッキー状態で、そんな友人を気遣うキラがあわあわしていた。

 

「カズイ?大丈夫?」

 

「か、身体中が死にそう…」

 

カズイはそれだけ言い残すと、がくりと再び意識を失くす。

 

「どういうことなのそれ…」

 

表情を引きつらせるキラはさておき、死に体のカズイを支え直しながら、ラリーは呆れ顔で呟いた。

 

「まったく、あれくらいで情けない」

 

「それはラリーだけが言っていいセリフだからね?」

 

キラの後ろにいたリークが、なんとも言えない表情で窘めた。

 

ラリーの急制動は、言ってみればゼロから100近くへ出力が全開で上がる。その負荷を生身で味わう感想を言うなら、見えない力で身体中のありとあらゆる臓器が真横へ押し込められるような苦痛を受けるのだ。

 

訓練を受けているリークや、コーディネーターであるキラなら耐える事もできるが、なんら訓練を受けてないカズイにしてみれば、それはまさに地獄のような苦しみだったに違いない。

 

「おいお前ら、静かにーー」

 

そんなラリーたちのやり取りを注意しようとしたノイマンだったが、体を預けていた扉が開き、その言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 

「うわぁああ!」

 

扉が開いたことで、盗み聞こうとしていたサイたちは雪崩のように艦長室に倒れこむことになった。もちろん、その先には扉を開けた張本人がいるわけで、サイたちが油の切れた歯車のように上を見上げると、仁王立ちしたナタルが帽子の下から鋭い眼光を向けていた。

 

リークやキラは苦笑し、ラリーは言わんこっちゃないと顔を手で覆って天を仰いだ。

 

「まったく…お前達にはまだ、積み込み作業が残っているだろう!さっさと仕事に戻れ!」

 

その一喝に、雪崩れ込んだ下士官たちは即座に飛び起きると、我先にと艦長室を後にしていく。ナタルがため息をつきながら扉を閉める直前、ラリーは保護された少女と目があった。

 

彼女は人懐っこい笑顔を浮かべ、手を振りながら扉の向こうへ消えていく。

 

ラクス・クライン。

 

後のSEEDの世界で絶大な力を持つことになる少女。

 

そしてキラの思いと運命を決定づけた人物でもある。

 

前世では、賛否両論だった彼女の所業であるが、劇中で彼女がなぜ、そんな道を選んだのかという根本的な答えは語られていない。

 

故に、ラリーは気になっていた。だから、キラが救命ポッドを見つけた時もあえて何も言わずに、船に運び込ませた。

 

確かめなければならない。

彼女がターニングポイントだ。

 

もし、彼女が単なる戦争嫌いという理由だけで、戦場をかき乱す厄災であるならばーー、その時は。

 

ラリーはそんな思いを一旦仕舞い込んで、肩に担ぐカズイを支える。

 

今はとにかく、彼を医務室に運ぶことだ。

 

 

 

////

 

 

 

「クラインねぇ~。彼の、プラント現最高評議会議長も、シーゲル・クラインといったが…」

 

それぞれの自己紹介を終えたところで、行儀悪く艦長席の机の上に腰掛けるムウは、自分のおぼろげな記憶をたどってそう言った。

 

その瞬間、ラクスの顔が「まぁ!」と言わんばかりに華やぐ。

 

「シーゲル・クラインは父ですわぁ。御存知ですの?」

 

ラクスの爆弾発言に、ムウはやっちまったと天を仰ぐ。通信機越しに話を聞くドレイクも、同じように深いため息をついた。

 

「そんな方が、どうしてこんなところに?」

 

気を取り直したマリューが、ラクスに問うと、彼女の表情に陰が差していく。

 

「私、ユニウス7の追悼慰霊の為の事前調査に来ておりましたの。そうしましたら、地球軍の船と、私共の船が出会ってしまいまして…」

 

そう、それはとても不運なことと言いたげに、ラクスの表情は曇っていく。

 

「臨検するとおっしゃるので、お受けしたのですが……地球軍の方々には、私共の船の目的が、どうやらお気に障られたようで…些細ないさかいから、船内は酷い揉め事になってしまいましたの。そうしましたら、私は、周りの者達に、ポッドで脱出させられたのですわ」

 

「なんてことを…」

 

マリューの落胆した声が響く。ドレイクは通信機の前で顎に手を添えて思考を深める。地球軍が何ら事前連絡もなく民間船を臨検するなど、異例だ。少なくとも、臨検を実行する宙域の連絡くらいはするはずだろう。

 

と、なれば。その臨検は仕組まれたもの。その民間船にラクス・クラインが乗っていると知って過激な手段に出たのかもしれない。

 

問題は、地球軍がそれをどこで知ったかだ。

 

「それでー、貴方の船は?」

 

「分かりません。あの後、地球軍の方々も、お気を静めて下さっていれば良いのですが…」

 

ラクスの悲壮な声に、誰も答えることはできなかった。

 

なんて言っても、その民間船は撃沈されている。そこに残っている資材や食料を回収する作業を行なっていた時に、キラがポッドを見つけたのだから。

 

 

////

 

 

《ヴェサリウス発進は、定刻通り。搭乗員は12番ゲートより、速やかに乗艦》

 

プラントの艦船用ターミナルの放送を聴きながら、アスランは心に焦りを抱いていた。

 

自分の婚約相手であるラクスが、行方不明。

 

そして自分の親友が、地球軍でモビルスーツを動かしている。

 

頭がどうにかなりそうだった。

 

アスランは、感情の螺旋の中で揺れ動いていた。

 

ふと、顔を上げると、ターミナルの入り口からクルーゼと、パトリック・ザラーー自分の父親が現れたのが見えた。

 

「アスラン。ラクス嬢のことは聞いておろうな」

 

「はい。しかし隊長…まさかヴェサリウスが?」

 

アスランの問いに、クルーゼはいつものように表情が見えないマスクの下で笑みを浮かべた。

 

「おいおい、冷たい男だな君は。無論我々は、彼女の捜索に向かうのさ」

 

「でも、まだ何かあったと決まったわけでは……民間船ですし…」

 

流石の地球軍も、そこまで手荒な真似はしないであろうーーとアスランは信じたかった。しかし、現実は残酷であった。

 

「公表はされてないが、既に捜索に向かった、ユン・ロー隊の偵察型ジンも戻らんのだ」

 

えっ、とアスランは溢れるように声を漏らした。偵察型とは言え、モビルスーツだ。相当な熟練度がなければ撃ち落とすのは容易ではない。故に、誰が落としたのかーーその推測は簡単であった。

 

「ユニウス7は地球の引力に引かれ、今はデブリ帯の中にある。嫌な位置なのだよ。ガモフはアルテミスで足つきをロストしたままだ」

 

まさか!キラが?

その思考で、アスランは顔をしかめる。

そんな様子に気づきもしないで、パトリックは不安に揺れる息子の肩へ手を置いた。

 

「ラクス嬢とお前が、定められた者同士ということは、プラント中が知っておる。なのに、お前の居るクルーゼ隊がここで休暇という訳にもいくまい。彼女はアイドルなんだ。頼むぞ、クルーゼ、アスラン」

 

「は!」

 

クルーゼの敬礼と、ぎこちないアスランの敬礼に満足したのか、パトリックは悠々とターミナルを後にしていく。

 

「ーー彼女を助けてヒーローの様に戻れと言うことですか?」

 

父がいなくなったことで、仮面を外したようにアスランの表情に不安が現れる。そんなアスランの言葉に、クルーゼはふむと考えた。

 

「もしくはその亡骸を号泣しながら抱いて戻れ、かな」

 

その言葉に、アスランの肩が震える。母をユニウスセブンで失ったアスランには酷な言い方だっただろうか。しかし、クルーゼにはどうでもいい話だ。ラクス・クラインが生きていようが、死んでいようが、この戦争が終わることはない。

 

この戦争が終わらない限り、自分は希望を見ていられる。クルーゼの本質的な興味はそこにしかなかった。

 

「どちらにしろ、君が行かなくては話にならないとお考えなのさ、ザラ委員長は」

 

故に、今は与えられた役割に徹する。

クルーゼはそう言葉を締めくくると、一足先にヴェサリウスへ乗艦するのだった。

 

 

 

 

 



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第31話 バレなきゃセーフ

アークエンジェル。

 

艦長室で、事のあらましを語り終えたラクスが案内されたのは、居住区の奥にある部屋だ。部屋の前まで武器を持った兵に送られ、彼女は部屋の中、一人で祈りを捧げていた。

 

「ハロ、ゲンキ?ハロ?オマエ、ゲンキカ?」

 

そんな彼女の周りを小さなハロが飛び回る。

 

「ハロ」

 

自分の婚約者が作ってくれた友達。ラクスはそれを手にとって、優しく撫でる。自分が乗っていた民間船から持ち出せたものは、この友達だけだった。

 

船を襲った地球軍。彼らの様子は一目見て、おかしいものだと思った。臨検と言いながら、彼らがやったことは船の完全な制圧。そこに居合わせた一般人を装った護衛や、士官がどうなったかなんて、簡単に想像がつく。

 

ラクスは一人、小さくため息をついた。

 

今、自分は破滅的な終局へ向かおうとしている地球とプラントの歩みを止めさせるため、父であるシーゲル・クラインと共に水面下で事を進めている。

 

おそらく、今回の襲撃はそれを疎ましく思うプラント側のどこかの勢力によって情報が漏洩したか、それとも地球軍の誰かが嗅ぎつけたか。

 

ラクスには見えない敵が多すぎる。

ただ、こんな醜い戦争を止めたいだけなのに。

 

「マイド!マイド!アカンデェ~」

 

そう電子音声で跳ねるハロを見つめる。ラクスは、この船に乗ってから「世間知らずなアイドル、ラクス・クライン」を演じている。その方がずっと建設的で、ひとまずの安全を確保するには有効だから。

 

とにかく、こうなってしまった今はどうすることもできない。ラクスはただ、自分の本来の目的を果たそうと思った。

 

「祈りましょうね、ハロ。どの人の魂も、安らぐことの出来るようにと」

 

自分の中にある思惑とは別に、ラクスがユニウスセブンで犠牲になった人々を悼むのは、本物の気持ちなのだから。

 

 

////

 

 

グロッキーだったカズイを送り届けたキラたちは、アークエンジェルの通路にいた。

 

ひとまず、ユニウスセブンから運び込んだ弾薬や、氷の整理と、アークエンジェルとクラックスの武器弾薬量の調整が必要だ。アークエンジェルで余った余剰分の物資をクラックスへ運搬する任務が、キラやラリーたちには残っている。

 

「あのジン、もしかして…」

 

通路をライトニング隊の三人で歩いていたとき、ふと、キラが呟く。自分が落とした複座のジンは、保護された少女を探していたのではないだろうかと。

 

「キラくん、あの複座のジンが彼女を探していたとしても、君が撃たなかったらこちらがやられていたんだ。仕方なかったんだよ…いろいろと」

 

間が悪かったんだよ、とリークがキラを慰める。戦場ではよくあることだとも付け加える。たとえば、負傷兵を運んでいた船をモビルスーツが撃破したり、またその逆だったり。そんな事は望んでいないのに、戦場の不条理によって起こる悲劇だ。そう割り切るしかない。

 

「とはいえ、あの子の扱いをどうするかだね。ザフトの要人の娘と来たもんだ。僕らじゃ判断つかないし」

 

リークもクラインの名が、ザフトの要人であるということは知っていた。キラや他のクルーはそこにまだ気づいてはいないだろうが、地球軍にそれがバレれば、彼女はきっと軍事的な取引に利用されることになるだろう。

 

「レイレナード中尉?」

 

ふと、キラが何も言わずにいたラリーの顔を覗き込んだ。その表情は険しく、何かを考え込んでいるようで、覗き込んでいるキラに気づくには少し間がかかった。

 

「ん?いや、あー、すまん。少し考え事をな…」

 

ラリーは誤魔化すように言って、にこやかに笑う。彼女がこの先、どうなるのかを考えているのはラリーも同じだった。もっとも軍事利用されることを憂いているリークとは別の方向ではあるが。

 

「フレイ?」

 

食堂近くに差し掛かったところで、通路の向こう側からフレイが歩いてきてるのが見えた。

 

「あ、キラ…それに…」

 

「ラリー・レイレナード。いい加減、兵隊さんとかじゃなくて名前で呼んでくれ」

 

「僕はリーク・ベルモンド。よろしくね」

 

軍人らしくない人当たりのいい笑顔をする二人に、フレイは軽く会釈を返す。

 

「フレイ、その食事…」

 

キラはフレイが手に持つ食事を見つめる。自室で食べるつもりなのだろうかと思っていると

 

「さっき、キラが保護した子。その子に食事を届けることになってね」

 

だから持っていくのよ、と答えるフレイをキラは少し間の抜けた表情で見つめた。彼女がコーディネーターを毛嫌いしてるのはわかってはいたが、なぜそんな彼女が食事を…。

 

「何よ、食事を持ってくのがおかしい?」

 

「い、いや…えっと…」

 

キラの視線に気がついたのか、フレイは不満げに口を尖らせる。そんな彼女にしどろもどろになるキラだったが、フレイの顔はいつもの年頃の娘のようなあどけなさが薄れているように思えた。

 

「…私も、いろいろ知りたいことがあるのよ。いろいろとね」

 

フレイはそう言いながら、キラの隣にいるラリーを見た。なんでも知ってるような気にくわない顔をするラリーは、いつもよりニコニコと笑っていて。その表情はどこか、フレイのわずかな変化、しかし確かな変化を喜んでいるように見えた。

 

思わずフレイはそっぽを向く。どこか悔しくて。

 

「一応、俺たちも付いていっていいか?相手は保護してるとはいえ、ザフトの人間だ。俺たちもいた方がーー」

 

「何が居た方がいいのでしょうか?」

 

「え?」

 

ラリーの言葉を遮って聞こえた声に、ライトニング隊は思わず振り返り、食事を持っていたフレイはラリーの横から覗き込む。

 

「ハーロー。ゲンキ!オマエモナ!」

 

そこには、小さなハロを携えた少女、ラクス・クラインが居た。

 

 

////

 

 

「しっかしまぁ、補給の問題が解決したと思ったら、今度はピンクの髪のお姫様か。悩みの種が尽きませんなぁ。艦長殿!」

 

《冗談を言ってる場合じゃないぞ、フラガ大尉》

 

まったくと言って、ドレイクはくたびれた帽子のツバをなぞる。マリューからあらかたの事情を聴き終えたドレイクは、頭を抱えたくなった。

 

マリュー・ラミアス。

 

彼女はどうも、トラブルを呼び込む星の下に生まれているらしいと心の中で呟く。

 

「あの子もこのまま、月本部へ連れて行くしかないでしょうね」

 

苦しそうに言うマリューに、ムウが頷く。

 

「もう、寄港予定はないだろ?」

 

「ええ。でも、軍本部へ連れて行けば彼女は、いくら民間人と言っても…」

 

「そりゃー大歓迎されるだろう。なんたって、クラインの娘だ。いろいろと利用価値はある」

 

そうよね、とマリューは顎に手を添えた。月の本部に連れて行ったとしたら、彼女の身柄は取引材料として扱われることになるだろう。ラクスの意思を完全に無視した形で。

 

《ラミアス艦長は、どう考えている?》

 

ドレイクの言葉に、マリューは顔を上げた。

 

「できれば、そんな目には遭わせたくないんです。民間人の、まだあんな少女を…」

 

「そうおっしゃるなら、彼らは?こうして操艦に協力し、戦場で戦ってきた彼らだって、まだ子供の民間人ですよ」

 

マリューの甘い言葉を斬ったのは、ナタルだった。

 

「バジルール少尉…それは…」

 

「キラ・ヤマトや彼らを、やむを得ぬとはいえ戦争に参加させておいて、あの少女だけは巻き込みたくない、とでもおっしゃるのですか?」

 

なんとも都合のいい、と嘲笑うかのような言葉で、ナタルはマリューを追い詰めていく。

 

「彼女はクラインの娘です。と言うことは、その時点で既に、ただの民間人ではない、と言うことですよ?」

 

その言葉に、マリューもムウも何も答えなかった。しかし、その沈黙を破る人物がいた。

 

《バジルール少尉は、彼女を軍事的に有効利用した方がいいと?》

 

映像通信越しのドレイクは、その鋭い眼光をくたびれた帽子の下から光らせ、ナタルを見据えながら問う。

 

「…軍人として、全うすべき事はあるはずです」

 

《しかし、それは修羅道だよ。君の言うことを客観的に見れば、君は兵士は単なる駒であるべきだと言っているかのようだ》

 

たしかにその考えは、戦場を生き抜く指導者として必要ではあるだろう。しかし、それはあくまで正規部隊での話である。ナタルは一つ大きな間違いをしている。

 

《少なくとも、キラ・ヤマトや、その友人たちは我々の手助けをするために協力してくれている。彼らと、今回保護した彼女を同列視はしてはならないと思うがね》

 

今のアークエンジェルは、経験豊富な正規軍人で運用されているわけでない。不慣れな下士官たちと、それに協力してくれている彼らの力で成り立っている。その中で厳格な軍人思考を持ち込むのは、ナンセンスだと思えた。

 

《戦略に感情を含めれば負ける。しかし、向かう指針に道徳心を欠くようになっては、最早殺戮者と大差ない。そこを忘れてはいけないよ。バジルール少尉》

 

戦闘になれば、非情に徹する必要があるのが軍人だ。しかし、非戦闘時も非情になるというなら、それは軍人ではない。

 

「ラミアス艦長。とにかく、彼女をどうすることもできない。この件は深く話し合う必要があるが、今は補給作業が優先だ。備蓄の確認と物資の整理が終わってから改めて話し合いをしよう」

 

しかしドレイクは知らない。自分たちが抱えたものが、幼気な少女ではなく、この世界における起爆剤であるということを。

 

 

////

 

 

 

「わぁー…驚かせてしまったのならすみません。私、喉が渇いて……それに笑わないで下さいね、大分お腹も空いてしまいましたの。食堂はどちらですか?なにか頂けると嬉しいのですけど…」

 

のほほんと言った口調でそう語る少女、ラクス・クラインに遭遇した四人は、全員が頭を抱えることになった。

 

「っで、ってちょっと待って!?」

 

「鍵とかってしてないわけ…?」

 

「くそ、ほんとにガバガバだな!こりゃブリッツ捕獲しなくて本当に良かった…」

 

「え、やだ!なんでザフトの子が勝手に歩き回ってんの?!」

 

各人各様の反応を見て、ラクスは可愛らしく小首を傾げた。

 

「あら?勝手にではありませんわ。私、ちゃんとお部屋で聞きましたのよ。出かけても良いですかー?って。それも3度も」

 

「衛兵さーん!仕事してくださいマジで!」

 

ラクスの言葉を聞いて、リークが絶望したように言った。その言葉にキラもラリーも、うんうんと頷く。

 

「それに、私はザフトではありません。ザフトは軍の名称で、正式にはゾディアック アライアンス オブ フリーダム…」

 

「な、なんだって一緒よ!ザフトはザフトで、アンタはコーディネーターなんだから!」

 

フレイの狼狽ぶりを見て、ラクスの表情は少女らしいものではなく、少し真剣みを帯びたものに変わった。

 

「同じではありませんわ。確かに私はコーディネイターですが、軍の人間ではありませんもの」

 

その言葉に、フレイが目を見開いて反応する。それをお構いなくと言った風に、ラクスは手を差し出した。

 

「貴方も軍の方ではないのでしょう?でしたら、私と貴方は同じですわね。御挨拶が遅れました。私は…」

 

「ねぇ。アンタ…」

 

ラクスの言葉を遮って、フレイは呟くように彼女を見た。少し視線を細めて、苦々しいものを噛み潰すように。

 

「アンタはそう言ってるけど、ナチュラルが怖くないの?憎くないの?」

 

パタパタと、ラクスが持つハロの羽のようなパーツが揺れる。キラは驚いた表情でフレイを見て、ラリーとリークは黙って事の行く末を見守っていた。

 

「ふざけないで…。答えてよ。アンタも、友達とかをナチュラルに殺されてるんでしょ?なんでそんな…ナチュラルと握手なんてしようとできるの?なんで?なんでなの?」

 

心のどこかで、父が言っていたことを信じたい自分がいて、けれどラリーとの話でそれが真実じゃないと気づき始めてる自分がいて。フレイはそんな不明瞭な心境の中で、ラクスの言葉を待った。

 

しばらく、ラクスはフレイを見つめてから、にこりと優しく微笑む。そこには少女のようなあどけなさはなく、どこか慈愛に満ちた表情であった。

 

「私は、コーディネーターである前に、ひとりの人間ですもの」

 

ラクスはそう言って、フレイの固く握られた手をそっと掴んだ。

 

「助けてくださった方々と仲良くしたいと思う気持ちは、間違ってるのでしょうか?」

 

その言葉に、フレイはひどく動揺した。父が言っていたバケモノのコーディネーターとはかけ離れていて、まだ自分がヘリオポリスに居たころに仲良くしていた友達となんら変わりのない…ただの人と同じような思いに。

 

「そんな…子供みたいな…こと」

 

「ま、それが普通なんじゃないの?」

 

震えるフレイの肩へそっと手を置いたのはラリーだった。フレイの隣に並ぶように、彼もラクスと視線を交わす。

 

「俺だって、戦争なんてテレビの向こう側で起こってて、自分たちには関係ないと思えたら、その国の人間とも仲良くできるもんだ」

 

生前、ラリーにとって戦争は自分の世界とは別の話のように思っていた。だから、世界の大半から疎まれているような国の人間とも友達なんていう平和ボケに浸っていたのかもしれない。

 

「戦争してる人間同士は憎しみ合ってるのに、それを知らないから仲良くできる…都合のいい考え方だぜ」

 

「ラリー!」

 

これはまずいことを…と言いたげなリークがラリーを止めようとしたが、彼はわかってるという風に手でリークを制した。

 

「ーー戦争ってのは、憎しみを人の心に植え付ける力を持ってる。それもキモいくらい根深くな。フレイがコーディネーターに対して感じていた嫌悪感のように。けど、それを跳ね除けない限り、この腐った戦争も終わらないんだよ」

 

この世界に来て、多くの戦場で、ラリーはそれを見た。人の心に憎しみが植え付けられる瞬間を。どうしようもない怒りを抑えられずに、コーディネーターを否定し、罵声を浴びせ、死んでいく兵士を。

 

ラクスも悲しげに視線を落とした。

 

「悲しい日々が続きますもの。私も、こんな戦争は嫌いです」

 

ラリーはしばらく、そんなラクスを観察していた。全てを見逃す事のないように。

 

今はまだ、彼女の本心に判断はつかないが、この破滅的な戦争に悲しみ、嘆いてるのは確かだった。今は、それで充分だ。

 

「さぁて、じゃあ姫さま。部屋に戻ってもらいたいのですが如何でしょうか?」

 

ラリーはごほんと咳払いをして、わざとらしくラクスにお辞儀をしてそう言う。

 

「もうすこし、この船を見て回りたいのですが…」

 

「バジルール少尉が許可しないでしょうね」

 

「だよねぇ」

 

ラクスの希望は、キラとリークの言葉で水泡に帰した。が、ラリーは違う。

 

「ま、こんなザル警備だ。きっとこのお姫様、また抜け出すに決まってる。それにな、フレイ、キラ。世の中にはこんな言葉がある」

 

ラリーは二人の肩を抱いて引き寄せると、小さな声と悪そうな笑顔で言った。

 

「バレなきゃ犯罪じゃないんですよ」

 

「うわぁ…」

 

リークが頭を抱えてドン引きな声を上げる。キラはただ困ったように笑って、フレイは見たこともないジト目でラリーを見つめた。

 

「見習っちゃだめよ、キラ。アンタがそんな事言ったら引っ叩くんだから」

 

「み、見習わないよ!」

 

「まぁ!ふふ」

 

そんなやりとりを見て、ラクスはただ小さく笑った。ほんの僅かにだが、ラクスが望んだ未来がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第32話 吉報

 

 

バレなきゃ犯罪じゃないと言ったな?

 

「で、アンタたちは…一体何を考えてるのかしら…?」

 

結果、即行でバレた。

 

クラックスにドッキングしたメビウスから降りたリークと、調整分の弾薬を持ってきた作業用モビルアーマー、ミストラルから降りたキラは、正座するラリーを仁王立ちで見下ろすハリー・グリンフィールド技師を見て僅かに震えていた。

 

「いやぁ、この子、軍人じゃないし!アークエンジェルもドタバタと忙しそうだったろ?下士官も手が離せなかったみたいで、この子をアークエンジェルの中をうろつかせる訳にも…なぁ?」

 

「言い訳はそれでいいですか?」

 

「すまん。正直、やりすぎたと思ってる」

 

ドゴォッという鈍い音が響き、ラリーは痛みのあまり「んごぉおあぁ…」と聞いたことのないうめき声を上げてのたうち回る。

 

正確に言うなら、ハリーが船外作業用で使っていたヘルメットで、ラリーの頭を思い切りぶん殴ったのだ。

 

怒りのあまり、ハリーはそのままのたうち回るラリーのお腹をポスポスと小さな音を立てて殴るが、それよりもヘルメットでぶん殴られたのがよほど効いているようだった。

 

「ラミアス艦長や、バジルール少尉の確認も無しに!なんでアンタは保護したこの子を!!この艦に連れて来てんのよ!!」

 

ハリーがビシィッと指差したのは、キラが操縦してきたミストラルから降りてきたラクスだ。その隣で、まるで自分は関係ないですよと言いたげに、成り行きでついて来たフレイが居心地悪そうに立っている。

 

「だって、アークエンジェルに残したってこの子またうろつくしさぁ」

 

「へー、じゃあこっちに連れて来たほうがよかったわねぇ〜って、んな訳あるかバカ!!アンタバカでしょ!?もしくはアホか!?」

 

痛みから復活したラリーは、わかりすい猫なで声で怒り心頭のハリーに懇願する。なんとも恐れ知らずな…。

 

「あーもう悪かったてー頼むよードレイク艦長に一緒に説明するのはつきあってくれよー」

 

「お一人で報告に行ってどうぞ!!」

 

そんな二人のやりとりを、キラは呆然と見守るしかできなかった。すると、メビウスに乗って来たリークが、またやってる…と呆れ顔でそう呟いてるのが聞こえた。

 

「ベルモント少尉…」

 

「あーうん、気にしないで、あの二人はいつもあんな感じだから」

 

じゃれあいみたいなもんだよ、とリークは言うが、全面的に悪いはずなのに開き直っているラリーに、ハリーが振り回されているようにしか見えなかった。

 

「あーー!!」

 

そんなやり取りの後ろから、フレイの声が上がる。振り返ると、クラックス内にひらひらした人影が。ラクスは誰の許可なくエアロックの入り口から物資格納庫の中へ飛び出していったのだ。

 

「もう!こら!勝手にウロウロと!」

 

すぐにフレイも飛び出して、宙をひらひら舞うラクスを捕まえる。フレイも私服なので、ラクスほどとは言わないがひらひらした服を着ている。よって格納庫の下にいた作業員が上を見れば見えるのだ。何がとは言わないが。

 

だが、誰も上を見ようとしない。うん、モラルは守られているのだ。そんな下品な乗組員は居ない。ギラギラと男どもを睨みつけるハリーが怖いわけでない。ほんとに。

 

「私、軍艦を見学するなんて初めてですわ」

 

「アンタ…課外学習じゃないんだから…」

 

そんなことを他所に、ラクスはキャッキャッと年頃の娘のようにクラックスの艦内を見渡す。フレイはアルテミス脱出の際にクラックスに乗艦しているので、物珍しいことはなく、そんなラクスの調子に頭を抱える様子だった。

 

「よぉー嬢ちゃん。ライトニング3が拾ってきた子だろ?」

 

ラクスたちが着地したのは、格納庫の内側をぐるりと囲む通路だ。その通路は艦内の至る所へ繋がる出入り口と繋がっていて、二人の最寄りの通路からひとりの男性がひょっこり顔を出してそう言った。

 

「ライトニング…3?」

 

男性が言った言葉に、フレイとラクスは首をかしげていると、説教と説得が終わったラリー達が近くに降りてきた。

 

「ニックー、この子にコールサイン伝えても分かる訳ないだろー?」

 

「知ってるからあえてそう言ったんだ」

 

ラリー、リークと握手を交わしたニック・ランドールは、ついて来ていたキラとも握手を交わした。

 

「実力は買っているが、その拾い癖はなんとかしたほうがいいかもな。キラくん」

 

いたずらっぽく笑うニックに、キラは苦笑を返すしかできなかった。

 

「おーこの子があの有名な…」

 

すると、少し目を離していた間にラクスとフレイの周りにクラックスのクルーの人だかりが出来ていた。

 

「俺!CD持ってます!サインください!」

 

「あ、握手をお願いしてもいいですか!?」

 

「写真はだめだぞー、みんなの心のアルバムに焼き付けるんだ」

 

サインをねだる者や、握手をお願いする者、そしてその人だかりを整列させる者。そんな相手にラクスは嫌がる様子を一つも見せずにファンサービスをしていて、ちょっとしたアイドルのイベントのような有様になりかけていた。

 

人だかりから逃げ出して来たフレイは思わずラリー達を見た。

 

「案外、アンタたちって何も考えてないミーハー集団なのかもしれないわね」

 

「あははは…」

 

否定はできなかった。何人かはラクスの歌を知っているだろうと思っていたが、よもやここまでとは…。宇宙で戦う以上、娯楽は少ない。手に入る娯楽があるなら選り好みしないのがクラックス流だと、ラリーは後で知った。

 

「何を騒いでいる」

 

人だかりの喧騒が、その一言でピタリと止む。まるでモーゼの奇跡のように人だかりが割れると、ニックが出てきた通路の入り口に、くたびれた帽子を被ったひとりの男性が立っていた。

 

「ど、ドレイク艦長」

 

「あら、この艦の艦長さまですか。初めまして、私はラクス・クラインと言います」

 

誰もが静まり返る中、ラクスは割れた人だかりを進んで、佇んでいるドレイクに握手を求めた。すげぇ、これがアイドル力か、とか小さく聞こえるが、ドレイクの咳払いひとつで誰もが再び黙った。

 

「地球軍第7艦隊所属、宇宙護衛艦クラックスの艦長、ドレイク・バーフォード少佐です。我が艦へようこそ」

 

ラクスの握手に応じたドレイクは、優しい声で彼女を迎える。まるでエスコートするようにラクスを導いて、クラックスのクルーに彼女を案内するように指示を出す。

 

と、ドレイクは優しげな表情から、あきれた様子に変わり、今回の騒動の戦犯であるラリーとリークを見た。

 

「…バジルール少尉が見たこともない顔をしていたぞ。ちゃんとクライン嬢をアークエンジェルへ送ったら、少尉の元へ出頭するように」

 

ちぇーと言うラリーと、絶望したようなリークを見て、ドレイクは「これでもまだマシになったほうなんだがな」と、困惑していたキラにそう呟いた。マシじゃなかった頃は何をしていたのだろうかとキラは思いを巡らせたが、すぐにやめた。きっとロクな事じゃないだろう。

 

「クラインさん!これから船外活動をするんですが、良かったら見学していきます?」

 

「まぁ、それは楽しそうですわね」

 

向こうは向こうで、すっかり舞い上がったクラックスのクルーが、ラクスにノーマルスーツの着方を教えている。なんとも、まるでお祭り騒ぎのようだ。

 

と、キラが思っているとフレイが疲れた様子でとなりに着地してきた。

 

「フレイは付いていかないの?」

 

「わ、私は成り行きでついてきただけだから」

 

そうそっぽを向いて言うフレイに、そっと移動してきたラリーがにやりと笑みを浮かべた。

 

「素直じゃないなぁ…ってぇ!!」

 

言い終わる前に、向こうずねを蹴り上げられていた。

 

「アルスターさん、ですね。艦長のドレイクだ。君に知らせておきたいことがあってね」

 

飛んで痛がるラリーへ、ふんと怒りをあらわにするフレイに、今度は紳士的にドレイクが帽子を脱いで声をかけた。

 

 

////

 

 

「間違いないの!?」

 

時を同じくして、その吉報はアークエンジェルにも届いていた。

 

「間違いありません!これは地球軍第8艦隊の、暗号パルスです!解析します!」

 

《こちら…第8艦隊先遣…モントゴメリー…アー…エンジェル…応答…》

 

その音声を聞いたマリューは立ち上がって叫んだ。

 

「ハルバートン准将旗下の部隊だわ!」

 

その言葉に、アークエンジェルのブリッジは「うわぁあ」と歓喜の声で湧きあがった。

 

「探してるのか!?俺達を!」

 

「位置は!?」

 

「まだかなりの距離があるものと思われますが…合流できれば…!」

 

「ああ!やっと少しは安心できるぜ!」

 

そう言って、下士官全員が安堵する。この長い旅路もようやく終わろうとしているような気がした。

 

 

////

 

 

「ええ!パパが!?」

 

ブリッジに案内されたフレイは、ドレイクの言葉を聞いて飛び上がるように驚いた。

 

「あぁ、先遣隊と一緒に来ている」

 

第八艦隊のモントゴメリー。アークエンジェルとは別に、光学通信を受け取ったクラックスには、その船にフレイの父親であるジョージ・アルスターが乗艦していることを知らされていた。

 

もともと、フレイを回収したのはアルスターの出した電文が理由だ。メビウスライダー隊の旗艦であるクラックスに、娘が乗っているのだろうと踏んでの通信だ。なんとも運がいい。ドレイクは優しい笑みをフレイに向ける。

 

「君が乗艦していることを心配しておられたよ。君宛の伝言も預かっている」

 

ドレイクが差し出したメモを受け取って、フレイはそこに書かれた父の言葉を追って、僅かに涙を流した。

 

「パパが…よかったぁ」

 

「よかったね。フレイ」

 

そう笑いかけるキラに、フレイは嬉しそうに頷くのだった。

 

 

////

 

 

モントゴメリーの通信もあり、キラ達は艦内見学を終えたラクスを連れて、アークエンジェルへ戻った。ラリー達と事情を説明してから、キラはハンガーを訪れる。

 

「すみません、遅れました」

 

キラを呼び出したのはマードックだった。彼はタブレット端末をいじりながら、やってきたキラに視線を向けた。

 

「バジルール少尉にこってり絞られたって?」

 

「あはは、僕はまだマシで、今はレイレナード中尉とベルモント少尉が叱責を受けています」

 

キラの言葉にマードックはあきれた様子で、長く伸び後ろで一括りにした髪を、タブレットを操作していたタッチペンの先でかいた。

 

「怖いもん知らずにほどがあるだろ…あー、規律ジオメトリーのオフセット値変えといたから、ちょっと見といてくれ」

 

「はい」

 

マードックの指示を受けて、キラもすぐにストライクの調整に入る。

 

「ま、もう用はねぇかもしんねぇけどな。こいつも」

 

マードックが呟いた一言に、キラは動かしていた手を一瞬止めた。

 

第八艦隊と合流できれば、自分はもう戦わなくて済むのだろうか。そう思うとどこか安心して、それと同時にラリー達のことが頭に浮かんだ。

 

この護衛が終わっても、彼らは今までくぐり抜けてきたような戦場へ赴くのだろうか。

 

そう思うと、キラの心はなぜか、酷く痛むように思えた。

 

 



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第33話 変化

 

 

 

地球軍、第八艦隊。

 

デュエイン・ハルバートン准将が率いる艦隊の先遣隊であるモントゴメリは、来たるアークエンジェルとの合流に向けて準備を進めていた。

 

「本艦隊のランデブーポイントへの到達時間は予定通り。合流後、アークエンジェルおよびクラックスは本艦隊指揮下に入り、本隊との合流地点へ向かう」

 

アークエンジェルから先行する形で、護衛と周辺警戒を行うクラックスは、一足早くモントゴメリとの長距離レーザー通信の回線が繋がり、クラックスは中継機としてアークエンジェルとの通信補助を行う形となった。

 

《コープマン大佐。お久しぶりです》

 

モントゴメリ、アークエンジェル、クラックスの三隻による回線上での顔合わせで、クラックス艦長であるドレイクは、久しく見なかった戦友であるコープマンに敬礼をする。マリューも見習うようにコープマンへ敬礼を向けた。

 

「久しいな、ドレイク。君の第7艦隊の話は我々にとっても大いに心を奮い立たせるものだよ」

 

コープマンも、先のグリマルディ戦線をドレイクたちと共に戦った歴戦の猛者の一人だ。そして、ラリーたちの活躍を誰よりも先に確認した人物でもある。

 

《いえ、彼らのおかげですよ。我々がこうやってまた会うことができたのも》

 

「メビウスライダー隊か…。すさまじいものだな」

 

コープマンは素直にそう思っていた。ザフトに対抗するため、モビルスーツの開発を推し進めてきたハルバートン准将一派だが、メビウスライダー隊の実力も確かな物だ。一部の上層部の人間には、メビウスでの戦力増強を望む者がいるほど、彼らが与える影響力は強い。

 

故に、彼らが特別であるということをコープマンは理解していた。

 

メビウスで流星のごとく駆ける彼らが、戦場で生まれた特異的な存在であるということ。それを盲信して、モビルアーマーでの戦力増強を進めても、状況は何も好転しないということも。

 

そして、それはメビウスライダー隊指揮を担うドレイクも分かっていた。

 

《アークエンジェルの護衛の任、引き続き継続いたします。コープマン大佐も、どうかご無事で》

 

そう言ったドレイクに、コープマンは敬礼で答える。

 

「互いに後わずかだ。無事の到達を祈る!」

 

そして、コープマンの次に控えていた人物が、モニターに映る。

 

「大西洋連邦事務次官、ジョージ・アルスターだ。まずは民間人の救助に力を尽くしてくれたことに礼を言いたい」

 

彼はフレイの父であり、アークエンジェルを出迎える先遣隊に自ら名乗りを上げた人物。彼の目的は、アークエンジェルの出迎えの他にあった。

 

「それと…救助した民間人名簿の中に我が娘、フレイ・アルスターの名があったことに驚き、喜んでいる。娘を保護してくれたメビウスライダー隊の英雄たちにも、感謝を伝えて欲しい」

 

出来れば顔を見せてもらえるとありがたいのだが…と続けるフレイの父に、マリューやナタルは困惑した表情を浮かべ、コープマンはやれやれといった風で、ドレイクはくたびれた帽子を深くかぶった。

 

「事務次官殿、合流すればすぐに会えます」

 

そういうコープマンの言葉に、ジョージは渋々といった風にうなずく。

 

「こういう人だよ、フレイのお父さんて」

 

オペレーター室で、サイが隣にいるミリアリアにそっと告げた言葉は、ミリアリアの他に聞こえることはなかった。

 

 

////

 

 

アークエンジェル。ストライクが格納されるハンガーの逆側には、ついさっき調整が終わった一機のメビウスがあった。

 

純白には塗装されていないが、各箇所が入念にレストアされていて、メインエンジンの両サイドには同じく修理されたサブスラスターが取り付けられている。それを眺めながら、ラリーは感心したように頷く。

 

「エンジンが焼けてたのに、よく修理できたよな」

 

名付けて、メビウス・インターセプターパッチワーク。

 

ヘリオポリス脱出の際に、エンジンが焼けたラリーのメビウスから部品取りをして、リークがユニウスセブンで見つけたメビウスの残骸を突貫工事で修理した機体だ。

 

よく見ると装甲も、純白と本来の標準色である薄い桃色が入り乱れていて、唯一統一されているのは武装とエンジンユニットくらいだ。

 

「リークが拾ってきたメビウスの機体が良かったのよ。コクピットは使い物にならなかったけどね」

 

そう言って、油まみれの手を拭うハリーに、ラリーは頭を下げた。

 

「すまないな、オペ子」

 

ハリーが言う通り、リークが見つけたメビウスの状態は酷いものだった。コクピットは潰れていて、そこにはもちろんパイロットも居た。クラックスのクルーで丁重に宇宙葬をしたが、そのショックは大きい。

 

「オペ子って言うなっての…」

 

ハリーはラリーに向き直ると、少し不安げな影を残しながらも何とか笑顔を見せてくれた。

 

「ねぇ、ラリー」

 

「ん?」

 

「私が調整したんだから。だから、次の出撃も、ちゃんと生きて帰ってきてよね」

 

そう言う彼女は、少し震えていた。思い出しているのだろう。誰かが帰ってこなかった日のことを。ラリーは少し、沈黙を守ってから穏やかな笑顔で答えた。

 

「あぁ、頑張るとするよ」

 

 

////

 

 

「キラくん、8番から順番に接続ラインのチェックプログラムを走らせるからコクピットで反応を見てくれないかな?」

 

「了解です」

 

ラリーたちがいる反対側のハンガーでは、ナタルの叱責から解放されたリークが、キラと共にストライクのメンテナンスに勤しんでいた。

 

水制限が解除されたので、洗浄しなければ見られなかった部分を改めてチェックするためだ。

 

「ベルモンド少尉もすっかりモビルスーツのメンテナンスに慣れたもんだな」

 

点検する二人に、戻ってきたミストラルの片付けを終えたマードックが話しかけてくる。彼の言葉に、リークは困ったような顔で答えた。

 

「わかりませんできませんじゃ、戦場じゃ死んじゃいますからね。とにかく覚えることが大事ですよ」

 

「ちげぇねぇや、パイロットにしておくのは勿体ねぇなぁ」

 

今からでもこっちに来ないか?と職人気質な笑顔でそういうマードックに、リークは考えておきますと、手を止めずに言った。すると、コクピットに入っていたキラが顔を出した。

 

「少尉。正常値でした、8番から26番のラインは問題ないですね」

 

そう言うキラと一緒に、リークも計測結果を確認する。その後ろからマードックが覗き込んできた。

 

「なんです?」

 

「いや、どうかなぁって思って」

 

「オフセット値に合わせて、他もちょっと調整してるだけです。あっ。でも…もういいのかなぁ…」

 

「8番ラインがオーケーなら100番ラインも見ておいたほうがいいね。データの位相が合ってなかったら反応も鈍るし」

 

「ですね。じゃあ100番のチェックプログラムを作って…」

 

マードックはそれをみて、愉快な気持ちになった。ここは戦場ではあるが、自分のような妥協しない職人が育っていくのは楽しいことだ。そう思って思わず笑いがこみ上げてくる。

 

そんなマードックを、キラとリークは不思議そうな顔で眺めていた。

 

「やっとけやっとけ。無事合流するまでは、お前さんたちの仕事だよ。何ならその後、志願して残ったっていいんだぜ?」

 

マードックの言葉に、キラの表情が陰った。少し前の自分なら、冗談じゃないと思っただろう。

 

「残る…か…」

 

「キラくん?」

 

「い、いえ、なんでもありません」

 

リークの心配そうな声に応えて、キラは作業を再開する。自分でも驚きだった。

 

残るということに、嫌悪感を抱いていない自分がいたことに。

 

 

 

 

 

 

 



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第34話 分岐点

 

「地球軍艦艇の、予想航路です」

 

プラントを出発していたナスカ級、ヴェサリウスは、任務であるラクス・クラインの捜索と並行して、イザークたちが見失ったアークエンジェルーー通称、足つきの行方も追っていた。

 

デブリベルト宙域付近に息を潜めていたヴェサリウスの警戒網に、モントゴメリを含めた艦船の影が映ったのは、ついさっきのことだ。

 

「ラコーニとポルトの隊の合流が予定より遅れている。もしあれが、足つきに補給を運ぶ艦ならば、このまま見逃すわけにはいかない」

 

ふむ、と指揮を執るクルーゼは思考を深める。アルテミスから逃げるように去った足つきを見る限り、逃げ込んだ要塞での補給は満足に受けられなかったと見るべきだろう。デブリベルトに身を潜めて、友軍からの補給を待っているとするなら、その希望を断つことが最優先になる。

 

「仕掛けるんですか?…しかし、我々は…」

 

「その前に我々は軍人だ、アスラン。いくらラクス嬢捜索の任務があるとはいえな」

 

アスランの言葉を、最後まで聞くことなくクルーゼは遮った。捕捉した三隻がアークエンジェルにつながっていると言うなら、ひとりの少女の捜索よりも、そちらの優先順位が高くなるのは必定だ。

 

「それに戦いが起これば出てくる気がするのだよ」

 

「ーーなにがです?」

 

不敵に笑みを浮かべるクルーゼに、アスランは戸惑いながらその真意を聞いた。

 

「凶星〝ネメシス〟が、だよ」

 

クルーゼにとって、捕捉した三隻は餌でしかない。足つきをおびき出すものでも、自分の戦績のためでもなくーーただ、戦場で相見える流星へ繋ぐために。

 

 

////

 

 

「レーダーに艦影3を捕捉、護衛艦、モントゴメリ、バーナード、ローです!」

 

アークエンジェルのオペレーターの言葉に、ブリッジが沸き上がる。この閉鎖的な環境と、張り詰めた緊張感から解放されるとなれば、その喜びは大きい。

 

「フゥ…」

 

マリューも同じ気持ちだった。ようやく、この荷が重すぎる役目から解放される。その安堵の気持ちから、彼女は深く艦長席に体を預けた。

 

「ん?あ!…これはっ!」

 

喜びに満ちていたブリッジは、オペレーターのその声で再び静まり返った。つぶさにモニターを見ながら、耳につけるヘッドホンで音声とデータを確認していく。

 

「どうしたの?」

 

マリューの言葉に、オペレーターは顔色を悪くさせながら、正確に自分が観測した情報を伝えた。

 

「Nジャマーです!エリア一帯、干渉を受けてます!!」

 

安堵から一変し、アークエンジェルに再び張り詰めた緊張感が広がっていく。

 

 

////

 

 

「やっぱり隊長の勘は当たるな」

 

「ということは、流星も?」

 

「かもな」

 

捕捉した三隻の地球軍艦船に向けて出撃するモビルスーツ。そのパイロットたちは楽観的だった。彼らは最前線とはいえ、ザフトの大勝で終えた戦場しか経験しておらず、メビウスライダー隊の話など眉唾物と思い、信じてはいなかった。

 

流星を落とせば、俺も赤服の仲間入りだ等と言う始末で、アスランは深くコクピットの中で息を吐いた。

 

「アスラン!そいつの性能、見せてもらうぜ?」

 

「ああ」

 

そう答えて、アスランはヴェサリウスのハンガーから見える宇宙を見つめた。クルーゼ隊長が言うように、足つきは出てくるのだろうか…そうなれば、必ず流星も出てくる。キラが操るストライクも。

 

イザークたちと四人で挑んで落とせなかった敵を、自分は倒せるのだろうか。アスランはそんな不安を頭から振り払って、発進シークエンスに入った。

 

「アスラン・ザラ!イージス、出る!」

 

 

////

 

 

「モビルアーマー、発進急がせ!ミサイル及びアンチビーム爆雷、全門装填!」

 

モントゴメリ艦内はパニックに陥っていた。コープマンの指示のもと、迎撃準備を何とか始めてはいたが、先に打って出た敵の方が何もかも圧倒的に早い。

 

「熱源接近!モビルスーツ4!」

 

ヴェサリウスから放たれる艦砲射撃を何とか避けていれば、いつの間にか敵機に囲まれている。ちぃ、とコープマンは小さく舌打ちをした。

 

「一体どういうことだね!何故今まで敵艦に気づかなかったのだ!」

 

ブリッジに同乗していたジョージ・アルスターが狼狽えた声で叫んだ。コープマンは、戦闘の素人である彼をさっさとブリッジから追い出したいところであったが、ジョージの肩書きと、彼がブルーコスモスの一員であると言うことがそれを許さなかった。

 

そもそも、敵艦と遭遇するのは大きく分けて二パターンだ。一つは航行中にお互い相手を察知する場合、そしてもう一つは息を殺して張った罠に一方が引っかかる場合だ。

 

今回の奇襲は明らかに後者だ。

 

「艦首下げ!ピッチ角30、左回頭仰角20!」

 

野太いビーム砲がブリッジの横を通過する中、コープマンは的確な指示を出しながら思考を巡らせる。

 

「アークエンジェルへ、反転離脱を打電!」

 

「なんだと…それでは…」

 

ジョージが絶望したように顔色を悪くさせていく。コープマンの判断は、アークエンジェルを逃し、自らを盾とする戦略だった。

 

「合流しなくてはここまで来た意味がないではないか!」

 

「あの艦が落とされるようなことになったら、もっと意味がないでしょう!」

 

ジョージの喚きを、コープマンが軍人らしい怒声の一喝で黙らせる。自分たちの役割は、新造艦であるアークエンジェルを無事に地球軍へ届けることだ。それはなんとしても完遂しなければならない。

 

「艦長!」

 

そんな中、モントゴメリのオペレーターが電文を受け取って、慌てた様子で艦長へ叫んだ。

 

「アークエンジェル護衛艦、クラックスから入電!」

 

 

////

 

 

 

「前方にて、戦闘と思しき熱分布を検出!先遣隊と思われます!」

 

観測した情報に、それを聞いたマリューは絶望したように呟く。

 

「戦闘って…!」

 

「敵の戦力は?」

 

ナタルの声に、オペレーターは観測データを確認しながら読み上げていく。

 

「イエロー257、マーク40にナスカ級!熱紋照合、ジン3、それと、待って下さい…これは…イージス!?X-303、イージスです!」

 

その言葉に、アークエンジェルブリッジの誰もが押し黙った。

 

「では…!あの…ナスカ級だと言うの!?」

 

なんと、しつこい…。マリューは敵の諦め悪さに半ば呆れていた。ヘリオポリス脱出から、敵は諦めもせずに追いすがってくる。

 

「でも…あの船には…」

 

サイが苦しそうに呟いた。今の距離なら、アークエンジェルとクラックスだけでも逃げる事は可能だ。しかし、それをするということは、モントゴメリ含む三隻の友軍艦を見捨てると同時に、ガールフレンドであるフレイの父を見捨てるということになる。

 

「今から反転しても、逃げ切れるという保証もない。この状況では…」

 

マリューの呟きに答えるように、アークエンジェルの正面モニターに明かりが瞬いた。

 

《ラミアス艦長、我々が救援に向かいます》

 

「バーフォード艦長?!」

 

そう告げたのは、クラックスの艦長ドレイクだった。

 

《ここで反転しても、敵は追ってくるでしょう。ここで追い払わない限り、敵の思う壺だ》

 

それに反転して逃げたところで、第八艦隊と合流できる保証もありませんしな、とドレイクはくたびれた帽子を深くかぶる。

 

《本艦は先行してナスカ級を迎え撃つ!アークエンジェルは後方支援を!それと一つ、手を借りたいことがある》

 

 

////

 

 

《総員第一戦闘配備!アークエンジェルならびに護衛艦クラックスは、先遣隊援護に向かいます!総員、第一戦闘配備!繰り返す!総員、第一戦闘配備!》

 

「僕を…ですか?」

 

アラートと共にミリアリアの艦内放送が流れる中で、キラは通路に設けられたモニターに向かって静かに呟いた。

 

《すまない、君が戦いを嫌っているのは分かるが、今はどうしても戦力が欲しい。メビウスライダー隊の一員として、作戦に参加してもらえるか…?》

 

モニターの先に映るのは、クラックスのクルーであり、AWACSの担当管制官でもあるニックだった。彼は申し訳なさそうではあるが、眼差しは真剣だった。キラはその眼差しに射抜かれ、答えを出し渋っていたのだ。

 

「僕は…」

 

もう、戦わなくてもいいと安堵していたのに、再び戦争に立ち戻ったことに、キラは戸惑っていた。自分はいったいどうするべきなのだろうか、と。

 

「モシモシ?モシモーシ!」

 

そんな中で、キラの足元に小さなハロが転がってきた。ふと視線をあげると不安そうな表情をしたラクスが通路をゆっくりとこちらに向かって進んできているのが見える。

 

「何ですの?急に賑やかに…」

 

穏やかにそういうラクスにキラはため息を漏らしながら、伸ばしてきた手を掴んだ。

 

「戦闘配備なんです…さぁ中に入って…全く、ここの鍵は一体どうなってんだ?」

 

「ハロハロ、ハロハロ、ミトメタクナイ、ミトメタクナーイ!」

 

「戦闘配備って…まぁ…戦いになるんですの? 」

 

「そうですよ…ってか…もう…とっくにそうです」

 

そう嫌そうに呟くキラに、ラクスは首を傾げた。

 

「キラ様も戦われるんですか?」

 

「えっ…僕は…」

 

ラクスの問いに、答えあぐねいているところに、今度は反対方向からピンクのひらひらした服が浮かんで飛んでくるのが見えた。

 

「キラ!ラクス!」

 

「まぁ、フレイさん」

 

飛んできたフレイを、ラクスとキラが二人で受け止めた途端、フレイは不安げな瞳でキラにすがりついた。

 

「戦闘配備ってどういうこと?先遣隊は?!」

 

フレイの問いに、キラはわずかに視線をそらす。それが決定打になり、彼女の冷静さが失われることになった。

 

「大丈夫だよね!?パパの船、やられたりしないわよね?ね!?」

 

フレイの声に、キラはわずかに口を開きーー

 

《まかせろ、フレイ!》

 

その時、繋がりっぱなしだった通信モニターからそんな声が響いた。三人がモニターを見ると、メビウスのコクピットの中にいる二人の顔がサブモニターで映っていた。

 

「ラリー…さん」

 

《僕らも出るから、ラクス嬢と二人で安心して待っていてくれ》

 

不安げに揺れるフレイに、ラリーとリークはモニター越しにサムズアップしてみせた。キラも意を決して、フレイの肩へ手を置く。

 

「キラ…」

 

「大丈夫だよ、フレイ。僕も行くから」

 

そう言って微笑んでから、キラはくるりと反転してハンガーへと急いだ。

 

 

////

 

 

それでは、ミッションを説明する。

 

現在、合流予定にあった第八艦隊所属の護衛艦モントゴメリが、ザフト艦からの奇襲を受け戦闘状態に陥っている。

 

戦場では、モビルスーツによる戦闘が観測されている為、残された猶予はごく僅かだ。メビウスライダー隊は、可及的速やかにモントゴメリの援護に向かい、ザフト艦、および敵モビルスーツの迎撃任務を行う。

 

尚、アークエンジェルは後方支援を行う為、今回の任務はメビウスライダー隊と、隊に編入されたストライクを主軸とした迎撃作戦となる。

 

困難な任務であるが、友軍を見捨てるわけにはいかない。メビウスライダー隊、発艦せよ!

 

 

////

 

 

 

《対モビルスーツ戦闘、用意!回避運動は任せる!イーゲルシュテルン対空迎撃準備!ミサイル発射管、14番から24番、コリントス装填!6番から13番へ、ヘルダート装填!3番から5番はアンチビーム爆雷!急げよ!》

 

ドレイクの指揮のもと、先行するクラックスは戦闘準備を整えていく。そのデッキには、ハンガーから解放されたメビウス2機が管制官の指示に従って待機している。

 

《進路クリア!メビウスライダー隊、発艦どうぞ!》

 

「ラリー・レイレナード。メビウス・インターセプター。ライトニング1、発進する!」

 

「リーク・ベルモンド。メビウス、ライトニング2、発艦します!」

 

その瞬間、クラックスと並走していたメビウスは、エンジンを煌めかせて戦闘宙域へと飛翔していく。

 

《メビウスゼロ、フラガ機、リニアカタパルトへ!》

 

「了解!ムウ・ラ・フラガ、ライトニングリーダー、出るぞ!」

 

後方にいるアークエンジェルも同じだった。開放されたハッチから、ムウの駆るメビウス・ゼロが閃光のように飛び出していく。

 

《敵は、ナスカ級に、ジン3機。それとイージスが居るわ。気を付けてね》

 

《キラ、先遣隊にはフレイのお父さんが居るんだ。頼む!》

 

「分かった!」

 

《システム、オールグリーン!カタパルト、接続!エールストライカー、スタンバイ!》

 

メビウス・ゼロに続いてキラのストライクもカタパルトへと運ばれていく。その背中には機動戦を重視したエールストライクパックが装着された。キラは深く息を吐き出して、ハッチから見える漆黒の宇宙を見据えた。

 

《進路クリア!ストライク、どうぞ!》

 

「キラ・ヤマト、ストライク…ライトニング3、行きます!!」

 

その声とともに、四機の「流星」は、勇ましく船から飛び立ち、窮地に立たされる味方を救うべくその行く道を急いだ。

 

 

 



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第35話 凶星〝ネメシス〟

 

 

 

「護衛艦、バーナード大破!航行不能!」

 

窮地に立たされている。

 

コープマンは劣勢になる自軍を見つめながら、そう確信していた。発艦したモビルアーマー隊は全滅。迎撃しようにも、突発的な戦闘に慣れていないローとバーナードは、的確な対空迎撃姿勢を取れていない。

 

「X-303イージス!ローに向かって行きます!」

 

敵はその隙を的確に突いて、こちらの構築した守りを崩しつつある。バーナードやロー、そして自艦も、轟沈するのは時間の問題だ。

 

「くそ…なんて機体性能だ…!」

 

モントゴメリに乗るクルーは、相応の戦場を戦ってきた兵士であるが、ジンはまだしも強奪されたイージスを捉えることは叶わなかった。

 

モビルアーマー形態となったイージスの機動力はこちらの手元にある僅かな情報とは比べものにならないほど高い。

 

ナスカ級から放たれる艦砲射撃を回避しながら、ジン3機とイージスの攻撃から逃れるなどーー物理的に不可能だ。

 

「奪われた味方機に落とされる、そんなふざけた話、あるか!」

 

ジョージの苦虫を噛み潰したような声に、コープマンはギリっと奥歯を食いしばる。

 

「このままでは…!」

 

「か、艦長!!後方より、高熱源体急速接近!」

 

オペレーターの声に、コープマンはハッとなり、振り返った。彼の目に入ったオペレーターの顔は、まるで信じられないものを見るように引きつっている。

 

「数は1…いえ!メビウス2機!ゼロ式が1機で…これは…!!」

 

その言葉の直後に、コープマンが指揮をとるモントゴメリのブリッジの真横を、一陣の光が過ぎ去る。ローに攻撃を仕掛けようとしていたイージスを牽制し、その光は艶やかな曲線を描いて戦場を駆け抜けていく。

 

「あれは…なんだ…?」

 

ジョージの呟きに、コープマンは口をわずかに震わせて答えた。

 

「流星…」

 

 

 

////

 

 

 

「各機、散開!!」

 

ライトニングリーダーであるムウの言葉を合図に、編隊で飛行していたメビウスライダー隊はそれぞれ離れ、各自が戦闘準備を整えていく。

 

「ライトニング1、スタンディングバイ」

 

「ライトニング2、スタンディングバイ」

 

「ライトニング3、スタンディングバイ」

 

各機の答えに、ムウはよし!と景気付けてフォーメンションを組んでいくよう指示を飛ばした。

 

「全機、フォーメンション、ストライダー!」

 

メビウスライダー隊は、まるで矢じりのような隊列を維持しながら、敵が優勢だった戦場の状況分析を行っていく。

 

「ジン3機、目視で確認!イージスの位置は…ローの近くか!」

 

《AWACS、オービットよりメビウスライダー隊へ。敵は俺たちの登場にまだ反応できていない。お前たちはモビルスーツを!最大の獲物はこちらで頂く!》

 

先行したメビウスライダー隊に続いて、全速力で航行していたクラックスも、交戦宙域へと到着する。この救出作戦は、モビルスーツはメビウスライダー隊、敵艦船はクラックスという割り振りになっている。

 

「各機、作戦通りだ。ライトニング2はライトニング3とエレメントを組め!俺とライトニング1で敵を撹乱する!」

 

「ライトニング2、コピー」

 

「ライトニング3、了解!」

 

リークとキラの答えを聞き、ムウとラリーの機体が編隊から離れて、宇宙に浮かぶ巨人に向かって飛翔していく。

 

『へへ、ほんとに来やがった!』

 

『ジン3機相手に正気か?』

 

ラリーだけに聞こえる敵の声は、傲りに満ちていた。モビルスーツに絶対的な自信を持っている故の傲り。しかし彼らは知らない。これから相手をする敵が、どんな存在なのかを。

 

ラリーは唇を少し舐めてから、スロットルを全開に吹かしていく。ハリーが調整したメビウス・インターセプターパッチワークは、つぎはぎとは言え、ラリーが求める挙動に即座に応えてくれる。

 

行ける。この機体ならーー!!

 

「ライトニング1、エンゲージ!」

 

 

 

////

 

 

 

メビウスライダー隊が敵モビルスーツとの戦闘を開始し始めた頃、後方ではクラックスが被弾したバーナードとロー、そしてモントゴメリの退避支援を行っていた。航行不能になったバーナードからは、使える物資を詰めたコンテナと、クルーが乗る脱出艇が射出され、随時クラックスに収容されていっている。

 

《コープマン大佐、ご無事ですか》

 

モニター越しにそう言うドレイクに、コープマンは困惑した眼差しを向けた。

 

「バーフォード!なぜお前が!」

 

なぜ、逃げずにここにきた。アークエンジェルと共に逃げればよかったものを…とコープマンの苛立った目に、ドレイクは小さく笑った。

 

グリマルディ戦線でも、彼は自軍の撤退のためにしんがりを務めた。ドレイクはそんな彼を手助けするために、メビウスライダー隊と共に戦場に残ったことがある。その時も、コープマンは今と同じような目をしたのだ。

 

その時と同じ言葉を、ドレイクはコープマンへ伝える。

 

《説明は後にしましょう、今は目の前の敵を討つ事だけに集中を!》

 

そう伝え、ドレイクは自分の役割に戻った。クラックスのクルーも彼の言葉を静かに待っている。

 

《弾幕展開!艦首急速回頭!モントゴメリに敵機を近づけさせるな!》

 

彼の指揮は、窮地に立たされた中でも鋭く、的確に状況を立て直しにかかる。モントゴメリの前に出たクラックスは、迫るナスカ級の砲撃を悠然とくぐり抜けていき、戦闘態勢へ移った。

 

《ミサイル発射管、6番から9番、ヘルダート。13番から20番、コリントス、てぇ!!1番から5番、アンチビーム爆雷展開!時間を稼ぐ!》

 

こちらの任務は、敵艦の撃退、もしくは撃破だ。それまではメビウスライダー隊がモビルスーツの相手をする。

 

短時間での電撃作戦。

作戦の鍵を握るのは、時間だ。

 

敵は自分たちの出現に対応できておらず、また勝利を確信して傲っている。この状況下で戦況をひっくり返すには、短時間で敵の網に穴を穿つしかない。

 

ドレイクは深く、くたびれた帽子を被る。

 

この時、この瞬間が、彼にとっての勝負どころであった。

 

 

////

 

 

『う、嘘だろ…!』

 

三機の内、一機のジンに乗るパイロットは、目の前で起こった出来事に戦慄していた。いや、三機というのは、もう過去の話だ。

 

『こっちは3機だったんだぞ…!それを…!』

 

ラリーとムウの2機が三機のジンを翻弄し始めてから、彼らの傲りは吹き飛ぶことになった。今まで相手にしてきた地球軍のモビルアーマーとは動きが別格だったのだ。

 

普段ならば、何回かの交差をすれば、敵機をターゲットに捉えることができたのに、今相手取る二機は、まともな交差すら許さない。

 

それどころか、モニターに捉えることもできず、レーダーとモニターへ視線を行き来してる間に、メビウスの動きを見失っているのだ。

 

最初の一機が落とされたのは、そんな矢先の出来事。下方へ逃げたラリーのメビウスを追ったところで、真下からストライクのビームライフルに撃ち抜かれたのだ。

 

「まずは一機」

 

ラリーはそれで喜ぶこともせずに、冷静に次の目標へと移る。

 

さて、ラリーたちが操るメビウスだが、それは今まで使っていたものから少しだけマイナーチェンジが施されている。

 

ラリーの機体は言うまでもなく、ユニウスセブンの残骸にあったメビウスを流用した継ぎ接ぎ機体だ。

 

しかし、その表現は適切だろうか?

 

メビウスだけではなく、地球軍の戦艦や、不運にも撃破されたザフトのモビルスーツ、戦艦の残骸、放置された豊富な物資と武器弾薬。

 

それらを目の当たりにして、クラックスのメカニックを牛耳るハリー・グリンフィールドが黙って修理だけをするだろうか?

 

答えはノーだ。

 

メビウスの汎用タイプの開発案出や、局地戦闘仕様であるインターセプターの仕様開発を行った彼女が、『機体の修理および点検』の大義名分のもと、豊富な実験材料であれやこれやを試さなかったわけがない。

 

結果、ラリーの機体やリークの機体はとんでもないワンオフ仕様に仕立て上げられることになった。

 

メインエンジンの両サイドに付いたサブスラスターを軽快に吹かしながら、独特なリズムと艶やかな機動を駆使して、残りの二機を翻弄する。

 

『な、なんなんだよ!こんなの見た事ないぞ!』

 

『速い!動きが!ついていけない…!!』

 

泣き言のように叫ぶジンのパイロットを尻目に、アスランはラリーたちの機体から離れて、状況を観察する。

 

モビルアーマーの持つ爆発的な直線エネルギーを、左右の動きや旋回に活かし切ってるラリーの機動力は、近くにいればいるほど脅威になる。それから脱するには、相手から離れなければならない。だが、離れたところでーー

 

『くぅ…!!』

 

ムウの駆るメビウス・ゼロのガンバレルを用いたオールレンジ攻撃や、リークのメビウスの迎撃に晒されることになる。アスランはその攻撃を掻い潜りながらも、ラリーのメビウスの動きを見ていた。

 

『何をやってる!後ろだ!』

 

アスランの叫びに反応したジンが、背後から迫るラリーのメビウスをギリギリで捉えた。ライフルの銃口を迫るメビウスの鼻先へさし向ける。

 

『このぉ!!!』

 

バララッと打ち出されたライフル弾であったが、ラリーの機体はそれがわかっていたかのように鋭く旋回し、弾の合間を縫うようにバレルロールをしながらジンの脇を通り過ぎていく。

 

『あ、相手はモビルアーマーなんだぞ!?』

 

敵パイロットの叫びは、目の前に現れたリークの機体の前では無意味だった。

 

リークの駆るメビウスは、複座システムはデータ取りのためにそのままにされているが、武装面が大幅に強化されている。なんと言っても、二つのバルカン砲が搭載されている場所にあるのが、ザフトのジン用のモビルスーツライフルなのだ。

 

地球軍とは弾頭の大きさや供給システムすら違うと言うのに、ハリーは徹夜で作業を敢行し、メビウスのバルカンユニットを全てザフトのライフル規格に取り替えたのだ。

 

機体後部にはミストラルに付けられていたマルチアームが折りたたまれた状態で取り付けられており、唯一の課題であったカートリッジの自動交換を行う役目を果たしている。全体的な機動性は低下するが、火力向上は充分達成している。

 

『う、うわぁああああ!!』

 

すれ違いざまに放たれた弾頭は、先の戦闘でアスランたちを追い詰めたHEIAP弾だ。

 

フェイズシフト装甲のエネルギーですら大幅に削り取る弾頭の直撃を受けては、ジンではひとたまりもない。パイロットは情けない叫び声をあげながら宇宙の藻屑と化した。

 

『た、助けてくれ!!こ、こんな化け物!!く、くるな…!!』

 

残り一機になったジンだが、もはやメビウスライダー隊の術中にはまっていた。目まぐるしく入れ替わるメビウスの機影に目を奪われ、パイロットは冷静な判断すらままならない状態に陥っていた。

 

『ど、どこだ!?上か!?』

 

過ぎ去ったメビウスを追って上を向くが、その先に機体は見えない。そして、呆然とするパイロットの真横から鮮やかな桜色の閃光が迸った。

 

『よこーーーーー』

 

その言葉を紡ぎ終わる前に、ジンは閃光のもと一刀両断にされた。

 

ラリーの機体は機動性を最大限に生かした超近接格闘仕様だ。重量のあるレール砲は、バルカン砲に置き換えられている。最大の特徴は機体下部に設けられたラックに備わる武器だ。

 

ストライクのビームサーベル。

 

ユニウスセブンで回収したメビウスのバッテリーを増築移設して、ビームサーベル専用のエネルギー供給ラインを確立。ハリーがウキウキしながらマリューたちから許可を得て譲ってもらったビームサーベルを取り付ける様子を見て、マードックが引きつった顔を浮かべていた。

 

え?ビームサーベルなんて当たらない?

一回当ててるから、二回も三回も一緒。

 

そう言ったのはほっこり顔で手を拭うハリーだった。

 

『ジン、3機が…5分も経たずに…』

 

アスランはその様を見て、手を震わせていた。

ジン一機に、モビルアーマー三機。そんなモビルスーツの不敗伝説が、アスランの中で音を立てて崩れ落ちた瞬間だった。

 

『ば、化け物…!!』

 

そう呟いたアスランの機体を、大きな衝撃が襲う。

 

「アスラン!!」

 

接触回線で聞こえたのは、なんとか連れ出そうと心のどこかで考えていた親友の声だった。ストライクは盾を前に出して、アスランのイージスへ体当たりをしていたのだ。

 

『…キラ!!』

 

「もう引くんだ!!こんなことをして、何になるっていうんだ!!」

 

ジン三機の撃墜、そして残るは自分と後方にいるヴェサリウスだけ。対する相手は航行不能になった護衛艦一隻、中破に留まった護衛艦一隻、そして無傷で健在の護衛艦二隻と、凶星〝ネメシス〟だ。

 

勝てない。

 

心のどこかで、そんな確信を覚えてしまった。しかしその気持ちを振り払ってアスランはキラを睨みつけた。ナチュラルが母を殺した。ナチュラルが戦争を…その憎しみだけを糧に、自分を奮い立たせる。

 

『お前は…まだそんなことを…!』

 

「キラ!!一人じゃダメだ!エレメントをーーー」

 

そう叫んで近づこうとしたラリーのメビウス・インターセプターの脇を、ビームの閃光が通り過ぎていく。

 

「くっ!?」

 

急制動でビームの余波を免れたラリーは、その閃光が走った元へと視線を鋭く向けた。

 

『前菜にしては、やはり物足りなかったか?流星…!!』

 

そこには、悪鬼がいた。

白き機体。拠点襲撃用で用いるビーム砲を肩に背負った鬼。

 

「白いシグー…クルーゼか!!」

 

真っ先に反応したのは、ムウだった。

ラリーよりも早く、メビウス・ゼロを駆ってクルーゼのシグーへと迫る。しかし、クルーゼは迫るムウになんの興味も示さず、撃ち尽くしたビーム砲をムウに向かって乱雑に放り投げた。

 

「この野郎!!」

 

それを躱した先に待っていたのは、腰に懸架していたライフルを手に持ったクルーゼの機体だった。

 

『ムウ、今はお前に用は無いのだよ!』

 

打ち出された弾丸は、ムウのガンバレルやエンジンを捉える。

 

「ぐぁっ!!」

 

「フラガ大尉!!」

 

キラの声に、ムウは大丈夫だと叫んで、なんとか体勢を立て直すが、当たり所が悪かったのかメビウス・ゼロは黒煙を吹き上げながらみるみる出力を落としていった。

 

「くっそー!!これじゃ立つ瀬無いでしょう、俺は!!」

 

「ライトニングリーダーは退避!!こいつの狙いは俺だ…だから、俺だけでやる!」

 

「ラリー!!」

 

リークの声を最後に、ラリーは無線機の電源を落とした。ふぅーと、深くヘルメットの中で息を吐き出す。

 

『さぁ、もっとだ…もっと私に見せてくれ!!』

 

聞いたことがない、歓喜したようなクルーゼの声に、ラリーは目を閉じて思い出す。彼に落とされた仲間たちの無念を。

 

「クルーゼ!!お前との因縁も今日までだ!!ここでカタをつける!!!」

 

『来い!!ネメシスゥウウウ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 



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第36話 巴戦

「イエロー145、マーク24にローとモントゴメリの反応を確認!無事に撤退できたようです!!」

 

クラックスとの計画通り、アークエンジェルは後方で待機していた。観測員であるオペレーターが、レーダーに捉えた二隻の先遣隊の安否を継続して確認していく。

 

もう一隻であるバーナードは、四つある内の二つのエンジンが停止し、航行不能となっていたが、生存した乗組員はローに移り、モントゴメリと共にアークエンジェルが待つ後方へ退避を完了している。

 

「ゴットフリート1番、照準合わせ、てぇ!」

 

ナタルの指示のもと、遠くに見えるナスカ級と交戦するクラックスへ援護射撃を行うが、牽制が精一杯で当てることは叶いそうになかった。

 

「フラガ大尉は?!」

 

「ゼロ、帰還します!機体に損傷!アークエンジェルへ着艦誘導します!」

 

「ナスカ級よりミサイル、クラックスへ向かっていきます!」

 

その報告を聞き、ナタルがちぃっと歯を噛みしめる。今回の作戦は、完全にクラックスの戦力に頼ったものであり、アークエンジェルはあくまで後方待機というのが、ナタルの腑に落ちないところであった。

 

「くそっ、ここからではまともな援護も…!」

 

「ーーフレイ?」

 

観測オペレーターをしていたサイが、ふとそんなことを呟く。ブリッジにいた誰もが振り返ると、その入り口には顔色を悪くしたフレイが、震えた瞳で遠くに見える戦場の光を見つめていた。

 

「え!?」

 

「クラインも!」

 

そんなフレイに寄り添うように、ラクスも居たことに誰もが驚いていたが、フレイはそんなこと御構い無しに、ブリッジへと体を浮かべて乗り込んでいく。

 

「パパ…パパの船は?」

 

「フレイさん、落ち着いてください」

 

「今は戦闘中です!非戦闘員はブリッジを出て!」

 

マリューの咎める声にも怯まず、フレイは叫んだ。

 

「パパの船はどれなの?どうなってるのよ!」

 

あきらかに冷静じゃない。そう判断したサイが席を離れてフレイの肩に手を置いて、怯えた彼女を見据えた。

 

「フレイ!大丈夫だよ!大丈夫だ!お父さんの船は戦線を離脱してる!」

 

ほら、と言ってサイが指差す先には、戦域から離れたモントゴメリとローの二隻を表すレーダーが表示されている。フレイはしばらく黙って、そのモニターを見つめていた。

 

「フレイ?」

 

「…キラは?…ラリーさんやリークさん…メビウスライダー隊のみんなは!?」

 

その言葉に、サイは咄嗟に口を噤んだ。

 

「頑張って戦ってるよ。…でも、向こうにもイージスが居るし…なかなか…」

 

「大丈夫だって、みんな言ったの!僕たちも行くからって!パパだけが無事だなんて、私はーー」

 

許さないーーそう言いかけたところで、アークエンジェルが震えた。戦域から逃げる二隻を逃すまいと、ヴェサリウスが放った艦砲射撃がアークエンジェルの脇を掠めたのだ。

 

「あぁ!」

 

揺れに耐えられなかったフレイを、サイが受け止めようとしたがそれは叶わずに、咄嗟にラクスがフレイを支える形となった。

 

遠くでは、二隻を追わせないようにクラックスがヴェサリウスとの艦隊戦へ突入しているのが見える。

 

「フレイ!さ、行こう。ここに居ちゃ駄目だ!」

 

サイが差し出した手を、フレイが手に取った時だった。

 

「敵モビルスーツ、シグー1機とライトニング1が交戦…え、なんだよ…これ」

 

いつもはっきりと状況を知らせる観測オペレーターが、困惑した声を出した。

 

「どうしたの!?」

 

マリューがそう問いかけるが、観測オペレーターは歯切れ悪く、うまく自分が観測した情報を伝えることができずにいた。ただ、わかっていることはある。

 

「センサーが、なんだこの反応…こんな動きが、モビルアーマーで可能なのか…?」

 

まるでテレポーテーションするように、入れ替わる敵と味方の反応。最新鋭である観測装置が、捕捉しきれない速さで、彼らは戦闘を行なっている。

 

そのモニターした戦闘が、常軌を逸しているということだけは、はっきりと断言できた。

 

 

////

 

 

息すら、まともにできない。

そんな状態が、何時間も続いているような感覚だった。

 

「ぐぅう…がっ…ハァーーッ」

 

インメルマンターンや、ハイGマニューバ、ありとあらゆる機動を以って、ラリーは攻め入るシグーとの攻防を繰り広げていた。その軌跡は数を増すことに鋭さと速さを増していく。

 

互いに放つ攻撃は僅かでありながら、複雑に交差し合う機動戦の中で見えた針の穴のようなチャンスに全身全霊を込めて、しのぎを削る。

 

『ぬ…ぐぁ…』

 

クルーゼも同じだった。彼が本気でラリーに追いつこうとしているのは事実であったが、その機動戦はクルーゼが味わったことのない前人未到の戦いだった。

 

戦争が始まってから、血の滲むような努力と経験で培った操縦能力を駆使しても、相対する流星への決定打につながる道筋すら掴めない。

 

『こうまでして、手が届かないというのか…!なんとも…これは…!!』

 

その信じられない光景は、乾ききっていたクルーゼの心に潤いをもたらした。相手はモビルアーマー。モビルスーツの下位に座する存在だというのに、その相手は自分の手が届かない領域にいる。

 

これほど、心が躍ることはあるだろうか?いや、無い。クルーゼにとって、ラリーと戦う今、この瞬間がなによりも充実した時間となりつつあった。

 

「いい加減にしつこいんだよ…!!クソッタレ!!」

 

メビウスの出力調整をマニュアルで操作し、急旋回を繰り返すラリーだが、クルーゼの背後を捉えることは至難の技だ。捉えたとしても、1秒にも満たない時間しかない。決定打を打ち込むには、もっとしっかり敵の背後に取り付くしかない。

 

『この力…誰もが望んだ理想でもないはずの…ただの人が身につけた力…』

 

機体の外へ体が持っていかれそうな感覚に、歯を食いしばって耐えながら、クルーゼの口元は歓喜に歪んでいた。

 

『素晴らしい…やはり、君は本物だ…!!』

 

その瞬間、ほんの僅かにだがシグーとメビウスが正面同士になった。ヘッドオン。互いに攻撃を繰り出すには絶好のチャンス。

 

「うぉおあああああーー!!!!」

 

ラリーの機体はぐるりと反転しながら、ビームサーベルを出現させ、迫るシグーへ接近する。対するシグーもライフルを放ちながら近づいていきーー

 

「くぅ…!!」

 

先手を取ったのはクルーゼだった。ヂュイーンとメビウスの装甲にライフルが掠める音が響く。だが、ラリーもタダでは済まさない。シグーとすれ違う間際に機体を僅かに傾けて、ビームサーベルでシグーの持つ盾の端を切り裂いた。

 

『はっはっは!!もっとだ!!もっと見せてくれ!!』

 

すれ違ったラリーのメビウスを反転して見つめながら、クルーゼは高らかな笑いを上げて戦闘を楽しんでいく。

 

 

////

 

 

メビウスとシグーの戦闘を間近で見ることになったモントゴメリのブリッジは、静寂に包まれていた。

 

「観測員!!」

 

コープマンの怒声に、あんぐりと口を開けて戦闘データを見ていたオペレーターが慌てて端末を操作していき答える。

 

「記録してます!!」

 

コープマンも、その隣にいるジョージも、頭上に映るモニターの中で繰り広げられる激闘に見入っていた。観測員がカメラを操作しているが、2機の動きが速すぎて捉えることは叶わず、とにかく戦闘を記録するために全体望遠で2機の機動戦を映し出している。

 

「嘘だろ?あんな機動が、モビルアーマーにできるのか?」

 

ジョージの言葉に、誰も答えなかった。

モントゴメリの中には、ジョージを含めメビウスライダー隊の戦闘を初めて見るものが多くいた。その信じられない挙動や機動力に、誰もが驚愕している。

 

「これが、メビウスライダー…流星の異名を持つ者の力か…」

 

コープマンは、感慨深くそう呟く。

 

グリマルディ戦線で聞いた功績、そして宇宙のどこかで戦っている彼らの勇姿を、誰かの言葉ではなく、目の当たりにしたことがある彼は、その鬼神のような闘いぶりに敬意を表していた。

 

「くそ、我々は見てるだけで、何もしてやれないとは…!!」

 

故に歯がゆさもあった。先遣隊で出てきたというのに、自分たちは撤退しかできない。そう思うと自分が情けなくて仕方がなかった。

 

《しかしーー彼らの手助けはできます》

 

その声に、コープマンは顔を上げた。音声通信で届いたのは、自分たちを逃がすためにナスカ級と艦隊戦を繰り広げているクラックスの艦長の声だった。

 

「ドレイク!」

 

《コープマン大佐。あなたに準備してもらいたいものがあります》

 

音声の向こうで、ドレイクは帽子の下で鋭い眼光を光らせていた。彼の中にはすでに目算はあった。

 

この状況を打開するための奇策の一手が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第37話 決着

『ええい!たかが護衛艦一隻も落とせんのか!!』

 

ナスカ級高速戦闘艦ヴェサリウスの艦長を務めるアデスは、いつになく苛立っていた。

 

プラントで補給を受けたばかりだというのに、受領したジンを早くも3機失い、指揮をとるはずのクルーゼは独断でシグーを駆り、メビウスとの戦闘に興じているときている。

 

しかも、自分たちの前に立ちはだかる地球軍のドレイク級宇宙護衛艦も、その驚異的な回避運動と、的確な撹乱で、こちらの読みの裏を突いてきている。

 

『艦尾ミサイル、てぇ!!主砲も発射しろ!!』

 

コーディネーターとしての彼のプライドが、いつもの冷静な判断を鈍らせていた。発射されたミサイルはクラックスへたどり着く前に、展開されたチャフにより光学カメラの誘導機能が使い物にならなくなり、主砲もまた空を切る結果に終わる。

 

そんな攻防をドレイクは三度ほど繰り返していた。

 

綱渡りな戦法であったが、クラックスより速力が勝るヴェサリウスを確実に止めるには、耐え忍ぶしかなかった。そして、ドレイクの目的をクラックスのクルーは全員が理解していたし、それに付き従う度胸も持っていた。

 

三度目の攻撃をくぐり抜けて、ドレイクはヴェサリウスを自分が思い描いた場所へーーー誘導したのだ。

 

『か、艦長!』

 

ヴェサリウスのオペレーターが叫ぶ。その瞬間、ヴェサリウスの頭上を何かが横切り始めた。それは巨大な、ところどころに致命的な被弾を受けた船だった。

 

『な、なんだと!?ーーこれは!?』

 

ヴェサリウスの頭上に来たのは、メビウスライダー隊が到着する前に航行不能となった護衛艦、バーナードだった。

 

なぜ感知できなかったのだ!と、アデスは喉元まで言葉をせり上がらせたが、そこでハッとなる。

 

なぜ、あの護衛艦はヴェサリウスに張り付き攻撃を掻い潜り続けたのか。その理由をアデスは理解した。こちらがミサイルを打ち出すたびに、クラックスはチャフを撒き散らしていたのだ。

 

短距離の範囲だが、クラックスが展開したチャフはNジャマーよりも強力に電波障害を引き起こす。つまりそれは、こちらの観測機器にも影響を及ぼしていたということだ。

 

『く、くそ…!!』

 

アデスが苦虫を噛み潰したようにそういった時には、もう手遅れだった。クラックスはすでに、航行不能となったバーナードのエンジンと燃料部分に照準を合わせていた。

 

「スレッジハマー、全ミサイル発射管、てぇ!!!」

 

『か、回避!!総員!!対ショック姿勢!!』

 

ヴェサリウスは持ち前の加速力を発揮し、バーナードから離れようとしたが、クラックスが放ったミサイルの方が早かった。

 

『うわぁああーー!!』

 

爆炎を上げて吹き飛ぶバーナードの残骸をモロに受けたヴェサリウスに、凄まじい衝撃と共に吹き飛んだ破片が突き刺さっていく。

 

振動が収まった時、ヴェサリウスは辛くもエンジンへの被弾は最小限で済んだが、各ブロックに深刻なダメージを負う結果になっていた。

 

黒煙を上げて宇宙に落ちていくヴェサリウスを横目に、クラックスは勝鬨をあげてその沈みゆく船の脇を過ぎ去っていくのだった。

 

 

///

 

 

アスランも、ヴェサリウスが黒煙をあげる様を目撃していた。

 

『ヴェサリウスが!隊長!!』

 

部下であるアスランの叫びも、超高機動戦をするクルーゼには届かなかった。アスランがヴェサリウスの支援に行ければよかったのだがーー。

 

「アスラン!!」

 

リークの駆るメビウスと、何よりもキラが操るストライクによって行く手を阻まれていたのだ。モビルアーマーとモビルスーツの連携がここまで厄介だとは…。アスランはバイザーを上げて溢れた汗をヘルメットの外へ追いやる。

 

想像以上に体力も集中力も消耗しているようだった。

 

そのわずかな気の緩みを、敏感に感じ取ったキラが、無防備となったイージスへと接敵する。

 

『くっ…キラ!!』

 

ビームライフルの銃口を向けたまま近づくストライクだったが、あと少しというところで、鋭く動いていた挙動が衰えた。

 

キラの動きが急に鈍くなる。それはまるで止まっているようだった。

 

アスランはその様子を見て、わずかにトリガーにかけた指を強張らせた。

 

「キラ君!!」

 

そんなキラの機体に、横から援護に入ったリークが叫んだ。ほんのわずかに逸れたライフルの軌跡が、イージスの脇を掠め、アスランは制御を取り戻したようにイージスを飛翔させる。

 

その先は、自分たちではなく、被弾したヴェサリウスの援護に向かうようだった。

 

「キラくん!戦場で立ち止まるな!!止まったらーー」

 

飛び去ったイージスの行く先を見つめながら、リークは立ち止まったキラの元へ近づく。その言葉を言い終わる前に、開いた通信回線で、リークはキラが震えていることを直感的に気づいた。

 

「僕は…僕は…!!」

 

引き金から指を離して、キラはヘルメットの中で呼吸しようと喘ぎ、そしてわずかに涙を流していた。自分は何をしようとしていた?あの機体に、誰が乗っているのか、知っているはずなのにーー。

 

「キラ君?」

 

リークの心配そうな声を気にも止めないで、キラは心の中に浮かんだ事を、絞り出すように呟いた。

 

「僕は…アスランを…撃てない…」

 

それだけは、できなかった。自分を許せなかった。あそこで、激情に駆られたまま、引き金を引いたら自分は、今まで保っていた何かを捨ててしまうような、そんな気がしたのだ。

 

今更になって、アスランに銃口を向けたことに恐怖したキラは、ヘルメットのバイザーを上げて、嗚咽を上げてうずくまった。

 

「キラ君…」

 

その様子を見て、リークはただそこに立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

////

 

 

「でやああああー!!!」

 

『はぁああーーー!!!』

 

キラ達から離れた宙域では、ラリーとクルーゼの死闘が続いていた。互いの機体は、かすり傷が積み重なりボロボロになっていたが、有効打を与えきれず、混戦にもつれ込んでいる。

 

クルーゼの操るシグーのコクピットでは、警告を知らせるブザーが先程から鳴りっぱなしであった。

 

『シグーの稼働限界か…!やはり今の性能ではここまでか…!』

 

撃ち尽くしたライフルは、とうの昔に捨て去り、対艦斬刀を手に持ちながら、クルーゼは自身の駆る機体の貧弱さを嘆いた。

 

すると、ラリーの駆るメビウス・インターセプターが凄まじい速さでひねり込み、ビームサーベルを出現させる。

 

咄嗟にクルーゼも回避したが、対艦斬刀とビームサーベルがわずかに触れ合い、その衝撃で大きく後退する事になる、

 

『流星の残エネルギーは、なんともないのか…?』

 

焦げ付く刃を見て、そう毒づくクルーゼであったが、相対するラリーの機体も限界寸前だった。

 

「くそ、ビームサーベルはもうダメか!!」

 

残りわずかになったビームサーベルのバッテリー供給ラインを、メビウスのエンジンへ切り替えながら、ラリーは顔をしかめた。

 

さっきの制動で、推進剤もギリギリ一杯で、メインエンジン用のバッテリーも空っぽに近い。ビームサーベルの予備電源を使っていたが、それもこれ以上頼ることはできない。

 

『ネメシスぅう!!!』

 

それでも、二人は戦いを止めようとしなかった。再度、接敵したラリーのメビウスは、ボロボロになったクルーゼのシグーに体当たりし、対するクルーゼも機体にしがみつきながら対艦斬刀を振りかざす。

 

ラリーは巧みにブーストの出力を調整し、しがみつこうとするシグーを反動をつけて吹き飛ばした。

 

「クルーゼぇええ!!!」

 

そして再びぶつかり合おうとした瞬間だった。

 

どこからか飛来した弾頭が、シグーの前に現れ、閃光と共に爆散する。クルーゼは咄嗟に機体を下がらせたが、閃光の次に広がった爆煙幕によって視界を遮られることになった。

 

《オービットよりライトニング1へ!我々の任務は達成した!任務完了!!直ちに帰投せよ!繰り返す、直ちに帰投だ!!》

 

息絶え絶えにラリーが辺りを見渡すと、離脱準備をするクラックスと、キラのストライクを牽引するリークのメビウスが見えた。

 

「…」

 

《ライトニング1…?》

 

「いや、なんでもない。…帰投する!」

 

ラリーは爆煙幕に消えたクルーゼの方を一瞥すると、そう答えてクラックスの元へ帰還していく。

 

シグーが煙幕を切り裂いて現れた時には、クラックスとメビウスライダー隊は慣性航行へと移り、戦闘宙域から離れた後だった。

 

クルーゼは深く息を吐いて、自機の有様を確認する。手に持った対艦斬刀は、焦げたところから折れ、推進剤もエネルギーも空っぽになる寸前であり、どうあがいても逃げていく敵を追う術は持っていなかった。

 

クルーゼはコクピットの中で、小さく、そして歓喜したように笑う。

 

『ネメシス…はっはっは…素晴らしかったよ。君との戦いは…!』

 

ここまで純粋に戦いに興じたことはない。クルーゼは心から、ラリーの操る流星に喜びを抱いてーーそして同時に、次なる期待へ胸を高鳴らせた。

 

『次は、逃がさない…!』

 

願うならば、この喜びの中で死ぬことを祈るーー、クルーゼの中にあった邪悪なものは、その希望に塗りつぶされつつあったのだった。

 

 

 



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第38話 告白

 

ザフトの襲撃を退けたアークエンジェルとクラックスは、第八艦隊所属のコープマン大佐指揮の下、モントゴメリとローの二隻の護衛艦と合流を果たすことができた。

 

だが、合流した二隻に搭載されていたモビルアーマーも、先の襲撃により失われており、戦力補充には充分とは言えずにいた。

 

「急いでくれよー。これで、終わったって訳じゃないからなぁ」

 

そんな中で、ムウはメビウス・ゼロの修理を急がせていた。マードックや、アークエンジェルのクルーが総出でメビウス・ゼロの修復に当たっているが、ムウが予感する嫌な感覚に間に合うかどうかと言ったところであった。

 

「分かってまさぁー。…しっかし、疫病神なんじゃないですかねぇ、この船は!」

 

「クルーゼの方だろう?そりゃぁ…」

 

マードックのぼやきに、ムウもうんざりした様子で答えた。クルーゼのしつこさは重々承知していたが、彼がここまで執着心をむき出しにするのはムウにとっても珍しいことであった。

 

まるで何かに取り憑かれているかのように、執拗にラリーの駆るメビウスと戦闘を繰り広げていたように思えてならない。

 

《ラリー機、格納庫へ》

 

ミリアリアのアナウンスの元、今度はアークエンジェルに着艦したラリーのメビウス・インターセプターが格納庫へ運び込まれてくる。

 

「あらら、アイツもまたボロボロにしちゃってまぁ」

 

ムウの言った通り、ラリーのメビウスはエンジン部分はさして問題は無かったが、装甲パーツの殆どがボロボロになっていた。メビウスが固定されてから、クラックスからやってきたハリー率いるメビウス専門の技師たちが、手早く装甲を外していき、内部フレームなどの点検作業に入って行く。

 

アークエンジェルにも、これだけの手際があればなぁと考えながら飲料水の入ったパックをすするムウは、この場にいない二人の存在に気がついた。

 

「そういえば、中尉と少尉は?」

 

「ん?そういや、見てないですや」

 

普段なら、点検をするハリーに付き合ったり、リークに至っては点検作業に加わったりするのだが、ムウが見渡す限り、この格納庫に二人の姿は無かった。

 

 

////

 

 

「このまま付いていったとて、ズタズタにされた今の戦力では、どうにもなりますまい」

 

ヴェサリウス艦長であるアデスは、今自分たちが置かれている状況を正確に把握していた。逃げたアークエンジェルを追うために、被弾した箇所を封鎖して騙し騙しで後ろをついて行ってはいるが、戦力も削られ、こちらにできることはほぼ限られている状況だった。

 

「連中も月艦隊との合流を目指すだろう」

 

ボロボロになったシグーで帰投したクルーゼは、戦闘時に見せた驚喜を潜ませて、いつものように冷静な指揮官の役割に徹していた。

 

アデスとしても、独断で出撃したクルーゼに物申したいことはあったが、事実、彼がいなければこの艦がネメシスの餌食になっていた可能性も否定できなかった為、ネメシスを退けたということで事を収めることにした。

 

「しかしー…みすみすこのまま、足つきを艦隊には…」

 

ここまで追ってきたというのに、敵新造艦が地球軍本部と合流するのを、指をくわえて見送るのは面白くない。

 

「ガモフの位置は?どのくらいでこちらに合流できる?」

 

ガモフが合流できれば、必然的にイザークたちが合流するので、奪取したG兵器で再度攻撃を仕掛けることは可能だ。しかしーー

 

「現在、6マーク、5909イプション、0,3です。…合流には、7時間はかかるかと」

 

7時間後。それはザフトにとって致命的だった。くわえて、本来の任務であるラクス捜索も再開しなければならないため、アークエンジェルだけに意識を向けるわけにはいかない。しかしだ。

 

「それでは手を打つ前に合流されてしまうか…難しいな…」

 

クルーゼは考えを巡らせる。

 

このまま、逃すものか。

必ず捕まえてみせる。

 

その意思だけを心の奥にグッと隠して、彼は冷静な指揮官の仮面を被った。

 

 

////

 

 

「第八艦隊、護衛艦モントゴメリ艦長、トン・コープマン大佐だ」

 

アークエンジェルのブリッジでは、無事に合流を果たしたコープマン大佐と、ローの艦長、そしてアークエンジェル、クラックスの艦長が一堂に会し、挨拶を交わしていた。

 

「第2宙域、第5特務師団所属、マリュー・ラミアス大尉です」

 

「同じく、ナタル・バジルール少尉であります」

 

二人の紹介の後、クラックスの艦長であるドレイクはくたびれた帽子のツバをつまみながら、困ったようにコープマンに言う。

 

「無事に合流できたことを喜ぶべきか、どうするべきか、と言ったところですな」

 

その言葉にコープマンも困ったような顔をして答えた。

 

「まぁーー我々の任務は、新造艦であるアークエンジェルを無事に第八艦隊へ合流させ、月の本部へ向かわせることにあります。あれだけの襲撃があったとはいえ、合流できたのは御の字でしょう」

 

失った戦力の痛手は確かにあるが、とコープマンはぼやいた。

 

今の戦力で言えば、敵残存戦力のイージスにザフトの増援が合流した場合、まともな迎撃行動ができるのは、アークエンジェルとクラックスくらいで、コープマンの指揮するモントゴメリは後方からの支援が精一杯だろう。

 

今の自分たちとしては、第八艦隊に合流するまでに敵が増援を引き連れて襲ってこない事を願うばかりだ。

 

「我々の処遇は、どうなるのでしょうか」

 

不安げにそう言うマリューの言葉にコープマンはふむと顎に手を添えた。

 

「ああ、そうだな。アークエンジェルに乗艦する各士官は月の本部に到着し次第、再配置が行われることになるだろう。メビウスライダー隊の任もそこで終わることになるはずだ」

 

事実上の任務達成。その言葉にマリューは安堵するように息をついた。ただの技術屋である自分に艦長などという役目は荷が重すぎたのだ。ほかの下士官も同じことを思っているだろう。

 

そして同時に、メビウスライダー隊も、この長い旅路に終止符を打つことになる。まぁ彼らにとっては、また新しい戦場で飛び回る生活に戻るだけの感覚ではあったが。

 

すると、コープマンは安堵するマリューをジッと見据えた。

 

「ところで、X-105ストライクのパイロットは誰だね?先の救出任務について感謝を伝えたいのだが」

 

その言葉に、マリューもナタルも口を閉ざした。コープマンは、ストライクに正規の地球軍パイロットが乗っていると思っているだろうが、それと異なる事実をどう伝えるべきか、二人には考えがつかなかったのだ。

 

「大佐殿、これには深い事情がありましてな」

 

そんな二人に助け舟を出したのはドレイクだった。いつもは被っている帽子を脱ぎ、ドレイクは真剣な眼差しでコープマンを見た。

 

「ーー話を聞こう」

 

その真剣な目に答えるように、コープマンの視線も真剣みを帯びて行く。ドレイクはコープマンにもわかるように事のあらましを説明して行く。

 

ストライクを操るのが、民間人であり、偶発的に戦争に巻き込まれた、なんの罪もない少年でありーーーコーディネーターであるということを。

 

静かにドレイクの言葉を聞くコープマン。そんなアークエンジェルのブリッジの扉の前では、ひとりの男が驚愕を目に浮かべていた。

 

地球軍の機密であるストライクに乗る人物が、コーディネーター。その言葉だけが、彼の心の中に水音のように反響して行くのだった。

 

 

////

 

 

アークエンジェル、展望室。

 

キラはストライクから降りて、誰にも告げずに一人きりでこの場所にやってきていた。宇宙を眺めながら、一人で考えている。アスランに銃口を向けてしまったときのことを。

 

気がつくと、手が震えていた。

 

自分のやってしまったこと、そしてやってしまうまでその恐怖と嫌悪感に気付かなかったことが、キラの純粋な心を傷つけていた。

 

いつか自分は、戦場の激情に流されてーーほんとうにアスランを撃ってしまうのではないか?

 

友や仲間を守るために取った剣で、自分の親友であり、幼馴染であるアスランを殺してしまうーー血濡れたナイフを持って、横たわるアスランを無機質な目で見下ろす自分。

 

そんなことを考えるたびに、心はひどい拒絶反応を示した。

 

「キラ!」

 

その声にキラは肩を震わせた。展望室にやってきたのは、ラリーとリークだった。

 

「こんなところにいたのか」

 

「レイレナード中尉、ベルモンド少尉…」

 

そう言うキラは、明らかに気分が落ちているのがわかった。ラリーはパイロットスーツのままガジガジと頭をかいてキラにかける言葉を考える。

 

「とにかく、さっきの作戦。おつかれさんだったな。お前はうまくやったよ」

 

そう言ってみるが、キラの反応は思わしくない。ラリーは意を決したように息を吐いて、真剣な眼差しで俯くキラを見つめた。

 

「話は、リークから聞いた。アスラン、とか言ったな。イージスのパイロットと面識があるのか?」

 

その問いかけに、キラの表情は暗く陰った。リークは、そこで確信する。キラの中の葛藤に自分たちが気付けていなかったことを。

 

「僕は…」

 

「キラくん、僕らは軍人であるけど、それよりも君の仲間だ。君が辛い思いをするのは、僕らも辛い。だから、できるなら、教えて欲しいんだ」

 

リークは、戸惑うキラの肩に手を置いて自分の本心をキラに伝えた。責めるわけでもなく、咎めるわけでもない。ただ、何かに悩んでいる姿を知りながら、それを無視することも、そのまま仲間が死んでいくのも、リークには我慢ならなかったのだ。

 

キラの過去と、これから先のことを知るラリーも、余計なことを言わずにキラの紡ぐ言葉を待っていた。ここで、彼が本心を隠すなら、自分たちは何もしてやれない。

 

ラリーも、今のキラの心を信じた。

 

そして、キラは少しの沈黙をおいてから、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「イージスのパイロットはーー僕の幼馴染みなんです…」

 

その言葉に、ラリーもリークも、声をなくした。しばらくして、リークが「なんてこった」と小さく呟く。それは、キラを、相手が大事な友達だということがわかっていないまま、戦いを強要してしまった自分に対しての自責の言葉だった。

 

「まだ小さい頃…月で通っていた学校で知り合って、ずっと一緒でーーこのトリィをくれたのも、アスランなんです」

 

キラが肩に乗せる鳥型のロボット。それを作った相手がーー自分たちを落とそうとするザフトのパイロットだったとは。リークは心の中で嘆いた。キラの肩も、震えている。よほど、辛かったのだろう。

 

「僕は…僕は…みんなを守りたい…けど、僕は…」

 

「キラ」

 

肩を震わすキラに、ラリーはまっすぐと目を見つめて彼の名を呼んだ。そして、まだ年端も行かない彼を、しっかりと抱きしめた。

 

「辛かったな。よく、話してくれた」

 

「レイレナード…中尉…」

 

キラは戸惑った目をして、隣にいるリークを見たが、彼もラリーと同じように穏やかな瞳でキラに微笑みかけた。

 

「キラくん、ありがとう。ちゃんと言ってくれて」

 

それが、決壊の瞬間だった。

 

キラはだらりと垂らしていた手をラリーの胸元に置いて、パイロットスーツに爪を立てるように拳を握りしめた。

 

「う、ううう…うぁあああ…!!」

 

本当は、アスランと戦いたくない。

 

けど、状況がそれを許してくれない。そんな板挟みの状況の中で、何のために戦うかを示してくれた二人の兵士が、キラの心の中にあった苦しみを優しく受け止めてくれた。

 

キラは自分の中で堪えていたものを吐き出すように涙を流す。しばらく嗚咽をあげて泣くキラを、ラリーはぎこちない手つきで頭を撫でたり、背中をさすったりした。

 

「おーよしよし、泣け泣け。おっさんの胸ならいくらでも貸してやるよ」

 

無重力の中に涙を浮かべていくキラを見ながら、ラリーはこれから先のことを考えた。

 

この役目は、本来ならラクスが負うのだが、フレイの父を救ってしまった以上、これから先ーーラリーが知るシナリオとは少なからず乖離していくことになるだろう。

 

自分やリークが、イージスのパイロットがアスランであることを聞いた以上、何か解決策を考えなければならないのだがーーラリーの中に具体的な案は浮かばずにいた。

 

「どうせなら、フレイちゃんの胸のほうが良かったのかもね?」

 

「誰の胸が、なんですって?」

 

リークの茶化した声に、三人の背後から声が響いた。リークがぎこちなく振り返り、キラは咄嗟にラリーから離れ、ラリーは困ったように頬をかいた。

 

そこにいたのは、不満そうに腰に手を当てながらこちらを睨むフレイだった。

 

「あーー」

 

「俺知らねーっと」

 

「いや、これはーーうわっ!」

 

三人がそれぞれ言い訳をしようとした時、フレイは一足で三人の真ん中へ飛び込み、腕をめいいっぱい広げて、ラリーたちを抱きしめた。

 

「おおっ!?」

 

いきなりの抱擁に、ラリーたちは驚いた声を上げたが、フレイは構わずに抱きしめる力を強めた。

 

「ーー本当に、ありがとう…約束を守ってくれて。キラも、ラリーも、リークさんも、三人とも、ちゃんと帰ってきてくれて、嬉しい。ほんとに大好き」

 

フレイの心からの感謝の言葉。予想していなかったそれを受け止めて、ラリーたちはお互いの顔を見合わせてから、気恥ずかしそうに笑った。

 

フレイもまた、変わっていこうとしている。それがなにより、ラリーには嬉しいことでもあった。

 

「ところで、キラはなんで泣いてるの?」

 

目元を腫らしながら笑うキラを見つめて、フレイはラリーたちに首を傾げる。キラはさっと目元を拭って、ラリーたちはうーんと唸った。

 

「あーー」

 

「まぁこれには深い訳がだな」

 

キラの葛藤を、フレイにも話すべきかーーとラリーが悩んでいたところだった。

 

「フレイ!」

 

通路の向こう側から、床を蹴ってひとりの男性がこちらに近づいてくる。フレイは振り返ると、パッと花を咲かせたような笑顔になり、向かってくる男性の胸に飛び込んだ。

 

「パパ!!」

 

飛び込んだフレイを、ジョージ・アルスターもまた強く抱きしめる。

 

「無事でよかった…!」

 

「パパも、よかった…!」

 

親子の再会に、ラリーたちも心に温まるなにかを感じながら、二人の抱擁を黙って見届けていた。すると、ジョージがフレイを離して、佇んでいるラリーたちに視線を移した。

 

「君たちは…」

 

ジョージの言葉が終わる前に、ラリーとリークは規則正しい敬礼を行う。キラも二人に倣ってぎこちなく敬礼をした。

 

「メビウスライダー隊所属、ラリー・レイレナード中尉です」

 

「同じく、リーク・ベルモンドです」

 

「す、ストライクのパイロットの、キラ・ヤマトです」

 

その三人を眺めて、ジョージは感慨深く呟く。

 

「そうか、君たちが…」

 

ジョージの傍にいるフレイが笑顔で三人を見つめた。そうだ、彼らが父を救い、自分たちを守って戦ってきてくれた英雄だと言いたげに。

 

そんなフレイを見ずに、ジョージは緩やかに片手を上げた。

 

「そして、ストライクのパイロット…」

 

ジョージが手を上げたと同時、二人の背後から武装した地球軍兵士が現れる。武装兵は、手に持ったアサルトライフルの銃口を、ジョージが向ける視線の先へ差し向けた。

 

「コーディネーターの、キラ・ヤマト…」

 

咄嗟の出来事だった。ラリーとリークは素早く、キラを庇うように武装兵の前に立ち、隣にいたフレイは呆然とその光景を見ているだけだった。

 

「パパ…?」

 

わずかに呟いた言葉も、ジョージの耳には届くことはなかった。

 

「アルスターさん!何を!」

 

「最初は素直に感謝したよ。私たちを助けてくれた君たちに。けど、驚いたよ。ストライクのパイロットが、まさかコーディネーターだったとはね」

 

「パパ!キラはパパの言ってるようなーー」

 

「フレイ、コーディネーターは危険なんだ。今は大人の話をしている。わかるね?」

 

フレイの反論も、優しい口調で制するが、ジョージがキラに向ける視線は明らかに嫌悪と侮蔑の眼差しだった。ラリーは視線を鋭くして、ジョージと向き合う。

 

「キラをどうするつもりなんですか」

 

「彼は、ストライクの情報を知りすぎている。故に、月に到着し次第、然るべき処置をさせてもらうつもりだ」

 

然るべき処置ーーブルーコスモス派である彼のその言葉に、ラリーとリークは小さく舌打ちをして毒づいた。

 

「くそ…」

 

「これだから、ブルーコスモスは…」

 

そんな反発の目を気にもせずに、ジョージはフレイの肩を抱いて踵を返した。

 

「それまでは、モントゴメリの地球軍の監視が付く。そのつもりでいて欲しい。申し訳ないがね。さぁ、行こうフレイ。ここまできた話を聞かせておくれ」

 

そう言って、ジョージはフレイを連れて通路の奥へと向かっていく。フレイは何度もこちらに振り返り、キラに申し訳ないというような瞳を向け続けていた。おそらく、父に逆らったことがないフレイは、どうすればいいのか分からなかったのだろう。

 

ジョージがいなくなったと同時に、武装兵がキラを連行しようと近づいてくる。

 

そんな彼らの前に、ラリーとリークは殺気をみなぎらせて立ち塞がった。

 

「おい、お前ら。キラを連れて行くつもりか?」

 

「それなら、僕らを倒してからいくんだね」

 

二人の気迫に、武装兵は戸惑いながらも語気を強くして言い返した。

 

「わ、我々は命令を受けてーー」

 

「そんな命令糞食らえだ!!」

 

助けてやった恩を仇で返しやがってー!!っとラリーは叫んで、歩み寄ろうとした武装兵の鼻っ柱に拳を叩き込んだ。リークも同じようにもう片方の武装兵に容赦なく肘打ちや膝蹴りを叩き込んで、問答無用で無力化していく。

 

「キラくん!クラックスへ行くよ!」

 

リークは戸惑っているキラの手を掴んでそう言った。このままアークエンジェルにいるよりは、クラックスにいた方が百倍安全だ。

 

「え、でも…」

 

「仲間を黙ってナチュラル至上主義者どもに渡せるかってんだ!!」

 

そう二人は叫んで、キラの手を掴みながら、通路の先でジョージの指示のもと待機していたモントゴメリとローの下士官を「恥知らず」と罵りながらボコボコにして、クラックスへ逃げ込むのだったーー。

 

 

 

 

 



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第39話 作戦会議

いつも感想ありがとうございます。
すべて読ませていただいてますが、仕事もあるので返事ができなくて申し訳ありません。とても励みになってますし、細かい修復の材料にも使わせてもらってます。

とりあえず、シードの終わりまでは構想は練れてるので、ぽちぽち書き上げていくつもりです。ウチのクルーゼさんはキマってますよ笑

ラリーさんの機動力は、エースコンバットのフギムニにアーマードコアネクストのクイックブースト使ってるイメージをしてもらったら有難いです。エンジン壊れちゃうぅうってなってる。





「どういうことか、説明してもらえるかな?」

 

アークエンジェル護衛艦クラックス。

その艦の指揮を執るドレイク・バーフォードは抱えた苛立ちを表すように深く帽子を被り、ツバの下から鋭い眼光を放って、モニターに映る弁明者を見つめていた。

 

《すまない、我々の管理不足だ》

 

その視線の先にいるコープマンも、申し訳なさそうに目を細めては、ドレイクに謝罪の言葉を返す。

 

事の発端は、コープマンが連れてきたジョージ・アルスター事務次官の独断行動だった。

 

彼は地球の政治家であると同時に、コーディネーターを忌み嫌う、ナチュラル主義を掲げる組織「ブルーコスモス」のメンバーでもあった。

 

穏健派として有名であったからこそ、第八艦隊の指揮をするハルバートン提督もコープマンも、彼が先遣隊の船に乗り込むことを承認した。

 

だが、その判断は間違いだったと思い知らされる結果となった。

 

「艦長!!」

 

艦長室で、プライベートチャンネルを使ってコープマンと通信をするドレイクに、ラリーは机を手のひらで叩いて訴えた。彼とリークが、怒り心頭の様子でアークエンジェルからクラックスに戻ってから、こうなるまでは時間はかからなかった。アークエンジェルで伸されたブルーコスモス派の下士官の回収に、モントゴメリのクルーはてんてこ舞いだ。

 

「落ち着け、ラリー。確かにアルスター事務次官の行動は認められないが、彼の言い分にも一理はある」

 

故に、ブルーコスモス派の士官も同調したのだろう。ドレイクは呆れたようにため息を吐いた。ここ近年になり、ブルーコスモス上層部の人間と、地球軍の癒着の噂は聞いていたが、ここまで深刻だったとは。コープマンも苦虫を噛みつぶすように、己の人を見る目の無さを呪っていた。

 

「じゃあ、キラを黙って差し出せと言うのですか!!」

 

再び、ラリーは机を叩く。一理あるからハイそうですかといって、キラをブルーコスモス派の人間に引き渡すことは、なんとしても認められなかった。

 

「月にキラが連れていかれたら、俺たちには打つ手が無くなる。軟禁で済めばまだいいが、最悪の場合はーー」

 

そこから先を言わずとも、ドレイクもコープマンも大方予想はついていた。秘密を知ったコーディネーター。カバーストーリーはいくらでもでっち上げられる。そのまま事が最悪の方に向かえばーースパイ容疑で銃殺刑なんてものもあり得る話だ。

 

「おそらく、我々が会話していた情報を、アルスター氏は何らかの方法で知ったのでしょうな」

 

《ああ、いくらハルバートン提督が、反ブルーコスモスとは言え、アルスター氏が乗艦している以上、一定数の配下の人間も紛れ込んでいたんだろう》

 

モントゴメリの通信は、もう使い物にはならないだろう。グリマルディ戦線から愛用している秘密通信ができる、このプライベートチャンネルしか安心できる通信手段は無いと見た方がいい。唯一の救いは、アークエンジェルの通信網は何とかこちらが押さえることができたくらいだ。

 

「まったく、政治家というのは愚かな生き物だ…」

 

《ドレイク…そう言ってやるな。彼らも必死で》

 

「必死なら、地球のエネルギー供給網があんな馬鹿な事になる前に、誰かが核の発射を止められた筈ですよ、大佐」

 

プラントが強硬姿勢を見せていたのも原因ではあるが、核は撃つべきではなかったと、ドレイクは今でも思っている。

 

核が当然の報復であり、プラントを服従させる手段だと言う輩もいるだろう。

 

しかしだ。

 

核が撃たれてどうなった?そこから広がったのは、底深い憎しみに駆られて倫理を失った、軍と兵士による虐殺だ。地球をボロボロにされても、その憎しみを原動力に、この殲滅戦争はまだ加速を続けている。

 

「とにかく、今はキラくんをこちらに置くしかないだろう。秘密裏に、こちらにお越しいただいた姫にもな」

 

ドレイクは深みに入ろうとした思考を切り替えて、ラリーを見た。キラをこちらに連れてくる時、同時進行でクラックスの整備クルーが引き上げる際に、ブルーコスモスの魔の手からひとりの少女をこちらに保護していたのだ。

 

 

////

 

 

クラックスの物資ハンガーを眺めながら、キラは作業服の上を脱いで、腰に袖をくくった姿で宙を漂っていた。

 

キラは、ラリーと共に乗り込んだメビウス・インターセプターの格納作業と、他メビウスの弾薬の補給作業を手伝っていたのだ。何もせずに部屋にいるより、手を動かしている方が気分も楽になるだろう、と提案したリークの言った通り、アークエンジェルにいた時よりも、キラの心は少しだけ軽くなっていた。

 

しかし冷静になる分、考えることも増える。キラは作業を終えた体を漂わせながら、自分のこれから先を考えていた。

 

「はぁー僕、どうなっちゃうんだろうなぁ…」

 

ここは軍であり、戦場。このままクラックスに居続けるという訳にもいかないだろう。

 

考えても、考えても、答えは出ない。

 

サイからも聞いていたように、フレイの父親がブルーコスモス派だということは分かっていたが、実際にああいうことをされると、堪えるものはあった。

 

すぐにラリーやリークが庇って助けてくれたものの、キラの中には少なからず、ジョージから発せられた言葉へのしこりがあった。

 

「マイド!マイド!」

 

思いにふけってると、キラの横を愉快な電子音を響かせながら球体状の何かが横切っていった。

 

それにキラは見覚えがある。

 

続いて、その球体状の何かを追いかけるように、宇宙空間ではナンセンスなヒラヒラした服装をした少女がキラの横に現れた。

 

「あら、キラ様もここにいらしてたんですのね」

 

「えっ」

 

何事もないような風に、ラクスはキラに微笑んだ。あまりの唐突さに、キラは素っ頓狂な声を出してしまう。

 

「お散歩をしてましたら、こちらからお声が聞こえたものですから」

 

「ええ…駄目ですよ…勝手に出歩いちゃぁ……スパイだと思われますよ?」

 

そう言って周りを見渡してみるが、クラックスのクルーはあまり気にしていない様子だった。それどころか、ラクスに向かって手を振ってる者もいる。軍人とは一体…とキラは小さく頭を抱えるのだった。

 

キラは知らないが、ラクスの件を請け負ったのはドレイク本人だった。

 

先の戦闘が終わり次第、ラクスをクラックスに移すことを提案したのもドレイクであり、コープマン率いるモントゴメリ艦隊と通信が繋がった際に送った避難民名簿の中から、保護したラクスの名前を消させたのも彼だ。

 

地球軍内で、AWACSシステムを初めて導入した先見の明は、遺憾無く発揮されていること、キラは後で知ることになる。

 

「このピンクちゃんは…お散歩が好きで…というか、鍵がかかってると、必ず開けて出てしまいますの」

 

「ミトメタクナイ!」

 

ハロの元気な声に、ラクスは微笑むが、その表情から明るさは見えなかった。

 

「ーー戦いは終わりましたのね」

 

その言葉に、キラはアスランに銃口を向けたことを思い出して、わずかに息を詰まらせた。

 

「ええ…まぁ…」

 

「なのに、悲しそうなお顔をしてらっしゃいますわ」

 

キラは驚いて目を見開き、ラクスを見た。まるで心のうちを見透かしているような…。ラクスもその言葉の後、悲しそうに目を細めている。

 

「僕は…僕は、わからないんです。確かに、メビウスライダー隊の皆のように、大切なものを守るためには戦うしかないって、わかってるんです。けれど、それ以前にアスランは…とても仲の良かった友達なんだ…」

 

気がつくと、キラはそんなことを言い出していた。ラクスに言ってもしょうがないというのに、無意識にアスランへの懺悔が言葉に溢れた気がした。

 

「アスラン?」

 

「アスラン・ザラ。彼が…あのモビルスーツの…イージスのパイロットだなんて…」

 

ラクスの問いにキラはそう返すと、彼女はそうでしたのーーと儚げに顔をうつむかせた。

 

「彼も貴方もいい人ですもの。それは悲しいことですわね…」

 

「アスランを…知ってるんですか?」

 

意外だった。軍人であるアスランと、プラントの歌姫であるラクスが知り合いだったとはーーそんなキラの思いにラクスはさらに情報を上乗せした。

 

「アスラン・ザラは、私がいずれ結婚する方ですわ」

 

その言葉に、キラは思わず固まった。

 

「アスランの…恋人…?」

 

少しの沈黙の後に、再起動したキラは確認するようにラクスに言葉をつなぐ。彼女は笑顔で頷いた。

 

「優しいんですけども、とても無口な人」

 

「ハロ!」

 

「でも、このハロをくださいましたの!私がとても気に入りましたと申し上げましたら、その次もまたハロを」

 

お庭にはこの子の兄弟が沢山いますの、とラクスは楽しそうにそう言って笑った。キラもそんなアスランを想像する。彼は褒められたら舞い上がってしまう性格だったからーー、きっとラクスにハロを喜んでもらえて嬉しかったのだろう。

 

作業机に向かって夜も眠らずにハロ作りに没頭する親友の姿を想像して、キラは小さく笑った。

 

「そっかぁ、相変わらずなんだな、アスラン。僕のトリィも彼が作ってくれたものなんです」

 

「まぁ!そうですの?」

 

では、この子はハロのお兄さんですね。と言って、ラクスはキラの肩にとまっているトリィの頭を優しく撫でた。

 

「ぁぁ……でも…」

 

キラの表情に暗い影が差す。自分がここにいる限り、アスランとはまた戦う運命にあるだろう。恋人であるラクスの目の前で、彼と戦うーーーそれがどれほど残酷なことなのか。

 

「お二人が、戦わないで済むようになれば、いいですわね」

 

ラクスもそんなキラの考えと同じように、この悲しい戦争の行く先を憂いては、瞳を細めていた。

 

 

 

////

 

 

 

《ラクス・クラインをザフトに返す!?》

 

「バジルール少尉!しーっ!しーっ!!」

 

その頃、クラックスの艦長室では、アークエンジェルと、モントゴメリからローに移ったコープマン大佐を交えたプライベートチャンネルの通信が行われていた。

 

ドレイクが提案した今後の方針に、マリューの横にいたナタルが信じられないような顔つきで頭を抱えた。

 

《し、しかし、彼女はクラインの娘で…》

 

そんな彼女の言い分を、ドレイクはくたびれた帽子のツバをいじりながら一睨みして黙らせる。

 

「我々が迎撃したナスカ級は、すでに死に体に等しい。モビルスーツもイージスと、ラリーが中破させたシグーの二機程度だろう。しかし、なぜ彼らは撤退せずにこちらについて来てると思う?」

 

バーナードの爆発を至近距離から受けたナスカ級は、外から見てもわかるほどの損害を受けていたはずだ。加えて、先の戦闘で敵は三機のモビルスーツを失っている。

 

にも関わらず、敵は自分たちの後方をぴったりと付いてきてるーーということは。

 

《ーー増援を待っているのですか》

 

マリューの言葉に、ドレイクは頷いた。死に体の船でも、敵さえ観測していれば味方を呼び、挟撃することも追撃することも叶うだろう。

 

「ハルバートン提督の待つ第八艦隊にたどり着く前に、ザフトの増援が来たら厄介な事になる」

 

最悪の場合は、ザフトの大軍と第八艦隊との艦隊戦闘に発展しかねない。

 

「だったら、彼らのアイドルである彼女を保護要請のもと、ザフトに送り届ければいい。そうなれば、彼らも囚われの姫を助け、ザフトに帰還する大義名分と、帰らなければならない理由ができるだろう?帰った後のカバーストーリーは、ザフト側次第だがね」

 

プラントも一枚岩ではあるまいと、ドレイクは考えていた。要人の娘である彼女を連れたまま、追撃という愚かな真似をすれば、有力派閥からの批判で、ザフト軍の評判も悪くはなるはずだ。

 

それに、敵はまだ現れていない。引き渡しを申し出ても戦闘を強行してくるならば、死に体の船を沈めるしかあるまい。

 

《し、しかし、彼女は軍事外交での大きなカードになります!ここでみすみす返還するわけにはーー》

 

「じゃあどうするね?このまま拉致して拷問してザフトを脅すか?」

 

ドレイクの冷たい眼差しが、ナタルを貫いた。しばらくの沈黙の後、彼は深く息を吐いて改めてナタルを見つめる。

 

「ーー恨み辛みで、この戦争は泥沼化している。そんなことをすれば、火に油を注ぐ事態になりかねん。ここは人道的に、彼女をザフトに返し、追ってくるナスカ級を追い払うのが賢明ではないか?」

 

たしかに、ある程度の損害に目を瞑れば、死に体の船を沈めることはできるだろう。しかし、それでは悪循環を断つことはできない。ドレイクにとって、その悪循環を断つことが何よりも優先だった。

 

《私も、ドレイクの意見に賛成だ》

 

コープマンも、ドレイクと同様に頷く。

 

《我々の戦力は乏しい。できる限り戦闘は避けて、傷を付けずにアークエンジェルを第八艦隊へ合流させたい思いはある。それにこの船に、プラントの要人の娘が乗ってるとブルーコスモスの連中にバレたら、厄介な事になるのは確かだからな》

 

彼もまた、反ブルーコスモス派の人間だ。自分が指揮する船の中で勝手な真似をされたのだから、少なからず怒りを覚え、納得もしてないのだろう。

 

《私も、バーフォード艦長とコープマン大佐の意見に賛成です》

 

続いてそう言ったのは、マリューだった。そんなマリューをナタルは信じられないような目で見つめてる。

 

《ラミアス艦長!》

 

《今は一刻を争う事態なの。先の戦略を考えるのはわかるけれど、ここで私たちが落とされたら元も子もないわ》

 

とにかく、今は戦力を温存したまま第八艦隊に合流することが優先だということは、三人の中でも共通の意識だった。

 

「俺も艦長の意見に賛成だ。悪役になるよりは正義の側でありたいのが世の常だしな」

 

ドレイクの隣にいたムウがそう言って締めくくり、三隻の艦長の意思疎通はこれにて終了となった。

 

次は、どうやって彼女をザフトに保護させるかーー。

 

「決まりだな。では、作戦を練るとしよう。送り届けるパイロットについてだがーーー」

 

 

////

 

 

「僕がですか!?」

 

格納庫でラクスと話をしていたキラを捕まえたドレイク達は、ハンガーでメビウスの修理をしていたラリー達も引き連れて、作戦会議で決まった内容を伝えた。

 

「そうだ。全会一致でキラに決まった」

 

ドレイクの言葉に困惑するキラへ、AWACS「オービット」のオペレーターであるニックが肩へ腕を回しながら軽口を叩いた。

 

「なぁに、安心しろ。部隊運用はメビウスライダー隊でやるし、ストライクの護衛にはラリーとリークが付くしな。」

 

すると、キラと同じく作業服姿のリークが頷く。

 

「キラくん、君にはザフト艦へアプローチを取って、クライン嬢を丁重に返還する役目を担ってもらう」

 

「今作戦は、アークエンジェルとクラックスで敢行する。モントゴメリとローのクルーに気取られるなよ?奴ら何しでかすか分かったもんじゃないからな」

 

ドレイクの言葉に、ラリーもリークもニックも、うんうんと頷いた。すると、ドレイクは帽子を脱ぐと、キラの隣にいたラクスへ、紳士的に頭を下げた。

 

「クライン嬢、我々が責任を持って貴方をお送りいたします」

 

「まぁ、ありがとうございます」

 

ラクスもそれに答えるように、無重力の中でスカートの両端を掴んで会釈で返す。すると、ニックがラクスへ近づいた。

 

「だから、その前に」

 

一枚いいですかとジェスチャーをし、ラクスと共にピースをしたニックが、いつの間にか出したカメラのシャッターを自分たちに向けて押した。

 

カメラのフラッシュが瞬き、光が冷めてから少し沈黙。

 

「あーーーー!!!!」

 

そして周りに人だかりと化していたクラックスのクルー達から、一斉にブーイングの嵐が起こった。

 

「ニック!ズルイですよ!!写真はダメだって!!」

 

「うるせー!!今日を逃したらこんな機会無いだろ!?」

 

「こないだは、思い出は心の中に焼き付けとけとか言ってたくせに!俺我慢してたんスよ!?」

 

「この人ツーショット撮った!!ラクス・クラインとツーショットだよ!?ツーショット!!」

 

「まったく、少しは慎みというものを持てんのか、お前たちは…」

 

ギャーギャーと騒がしては、取っ組み合いに発展するクルーの様子を見て、ドレイクはくたびれた帽子を被りなおして呆れたように呟く。

 

そんな喧騒をキラの隣で眺めていたラクスは、ふーむと考え込むような顔つきをしてから、思いついたように手を叩いた。

 

「では、皆さんでお撮りになればよろしいのでは?」

 

 

しばらくしてから、ラクスはノーマルスーツに着替えて、キラの操縦するアークエンジェルとの連絡船に乗り込むことになった。

 

彼女の傍に置かれたバッグには、その後、小さなお別れ会でクラックスのクルーから渡された思い出の品々と、別れ際に撮った、クラックスクルーの集合写真などが詰め込まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第40話 秘密の出撃作戦

 

「マイド、マイド!」

 

「しーっ、ハロ」

 

手筈通り、開けっ放しにしていた側面のドッキングベイに接続した連絡船から降りたキラとラクスは、何も知らない下士官たちが眠っている中、ひっそりとストライクがある格納庫へ向かっていた。

 

「なぜこんなに忍足ですの?」

 

「テヤンデイ!」

 

「と、とにかく黙って、一緒に来て下さい。…静かに…」

 

シッと口に指を立てるキラに倣って、ラクスも小さく手で口を塞ぎ、もう片方の手でハロを抱えた。

 

本当なら、あのまま連絡船でザフトへラクスを渡しに行ければ良かったのだが、あくまで相手は敵。もし攻撃を受ければ、連絡船ではひとたまりもない。

 

かと言って、居住性が最悪の一言では済まないメビウスのコクピットに、ラクスを乗せようものなら、彼女を乗せたラリーかリークが、クラックスクルー全員からのブーイングを受け、もしザフトにバレようものなら破廉恥の罪でその場で銃殺されても文句は言えないほど狭いのだ。

 

敵が反撃してきても応戦できる戦力を持ちながら、ラクスを乗せても大丈夫な機体となると、アークエンジェルで鎮座するストライクしか思いつかなかった。

 

しばらくラクスと通路を進んでいると、行く先にある食堂に明かりが灯っているのが見えた。消灯時間はとっくに過ぎてるはずなのにと思いながら近づいていくと、食堂から二人の話し声が聞こえてきた。

 

////

 

 

深い深いため息。サイはそのため息の主の話に耳を傾けていた。

 

「ねぇ、サイ…私どうしたらいいんだろ」

 

何度目か忘れた同じ言葉に、サイは机にだらしなく頬杖しながら唸る。

 

「どうしたらって…」

 

そう答えると、その問いを投げかけたフレイが困惑するように顔をしかめた。

 

「だって、パパが言ってることが…昔みたいに、スッて心に入ってこなくなっちゃったんだもん」

 

キラとの一件があって、あれからフレイは自分の父と話した。ここまでたどり着く道中で何があったのかを。しかし、彼女はあえてラクスのことは口にしなかった。

 

当然だろう。もし父にラクスのことを話せば、彼は真っ先に彼女を拘束するに決まっている。ただのコーディネーターではなく、プラントの要人の娘となれば、バカでも少し考えればどうなるか分かるものだ。

 

その思いを胸に隠して、フレイは極力笑顔を絶やさないように父の言葉に耳を傾けていた。だがーーー。

 

「パパが言ってることが間違ってるように思えて…コーディネーターだって、キラやラクスみたいな人もいるのに…そもそも、パパを助けてくれたのはキラたちなのに…」

 

そうポツリポツリと呟くフレイの手は目に見えて震えていた。なにが『コーディネーターは危険』だ。危険だと非難しているくせに、助けられたお礼の言葉も言えないのかと。

 

「フ、フレイ?落ち着いて?」

 

フレイの気性の荒さを知っているサイは、今まで見たことがない苛立ちを見せる彼女を宥めようと肩に手を置いたが、全くの無駄だった。フレイはダンっと机を叩いて苛立ちで燃え上がった感情を外に吐き出す。

 

「考えたらだんだんムカムカしてきたわ…もうっ、本当になんなのよっ、まったく…!」

 

自分自身のためではなく、キラやラクスを思って怒りを露わにするフレイを、変わったなーと思う反面、やはり怖いものは怖いと思うサイだった。

 

「あ…?キラ?」

 

「え?」

 

対するキラは、「ここだ」と見計らって、閉まっていた食堂の扉を横切ろうとしたのだが、扉のセンサーが予想外のものをーーー突然迫った球体状の物体を感知して、扉が開いてしまった。

 

「マイド!」

 

「げっ!!」

 

羽のようなパーツをパタパタとはためかせながら、ハロは元気よく電子音を流しながら食堂の中へと入っていく。完全に姿が丸見えになったキラは、今まで出したことがないような声を上げて、その後ろでーーー

 

「あらごきげんよう、フレイさん」

 

ノーマルスーツに身を包んだラクスが、呆けたまま彼女を見つめるフレイに手を振っていた。

 

あちゃーとキラは手で顔を覆って、二人の反応を窺うように顔を上げた。すると、キラの予想通り、サイもフレイも「何やってんだこいつ」と言いたげに顔をしかめている。

 

「な、何やってんだ?お前」

 

いや、サイに至っては直接そう聞いてきた。フレイも、頭痛を労わるように額に指を添える。

 

「ラクスを、どうするつもり?」

 

フレイには、なんとなく、キラが今からやろうとしていることの想像はついた。自分の父の浅ましい考えを、笑顔の仮面をかぶって聞いていたのだから、その迫り来る魔の手を、何もせずに黙って見ているわけはないだろう。特にクラックスのクルーがキラの味方をしているなら尚更だ。

 

「えっと、機密事項で…」

 

案の定の答えに、フレイはやっぱりと呆れたようにつぶやく。そのやり取りを見ていたサイも、ようやく合点がいったのか、驚いた様子でキラを見た。

 

「まさか!」

 

「黙って行かせてくれ。ーーフレイのお父さんに気づかれると不味いんだ。サイ達を巻き込みたくない。…ごめんね」

 

サイの声を遮って、キラは真面目な口調で二人にそれだけを伝えた。フレイの父を知る二人にとって、キラのこれからの行動に対する感情はあまり良いものではないーーと思っていたが。

 

「まぁ…女の子を人質に取るなんて、本来、悪役のやるこったしな」

 

サイは少し、間をおいてから「手伝うよ」と、キラに笑顔を向けた。フレイも、キラの予想とは裏腹に優しい手でキラの肩にそっと手を置いて、悲しそうに目を細めた。

 

「ごめんね、キラ。アンタを庇ってあげられなくて」

 

フレイの言葉は、まっすぐだった。それを聞いたキラの胸の中に、熱がともってくる。コーディネーターであることに、自分とサイ達はどこかが確実に違うということに、どこか後ろ指を指されている感覚が、無くなったような気がした。

 

フレイはそれからいつものような花を咲かせたような笑顔に変わって、キラの背中をバンッと叩いた。

 

「さぁっ!さっさとラクスを送るわよ!サイとも話はしていたんだけどーーやっぱり、こんなの間違ってるもん」

 

「サイ…フレイ…ありがとう」

 

そう言ってくれる二人に、キラはただ深く頭を下げて感謝した。頭を下げてからしばらくそのままだったのは、瞳から溢れたものを抑えるのに必死だったからだ。

 

そんな様子を後ろから見ていたラクスは、ただ優しく、その理想のあり方に美しさと尊さを感じ、微笑むのだった。

 

 

////

 

 

格納庫に着いてからは、先に準備をしていたマードック指揮の下、オフラインでのストライクの発進準備が進められていく。キラもヘルメットを被って出撃準備を整えている中で、サイのエスコートを受けてラクスがストライクのコクピットへ乗り込んだ。

 

「ありがとう」

 

手を離して、ラクスはサイに感謝の言葉を送る。そのラクスの容姿に魅入られたのか、サイはしばらく惚けてからハッと我に帰った。

 

「あ…いえ、痛っ!!」

 

突然跳ね上がったサイの腰あたりを、フレイがつねっている様子が見えて、ラクスは小さく笑った。

 

「またお会いしましょうね。フレイさん、サイ様」

 

「はっはっは…それはどうかな?」

 

腰あたりをさすりながら困ったように笑うサイに、ラクスも「まぁ」と言って笑顔を返した。すると、彼女は思い出したかのように肩にかけていたバッグの口を上げて、一枚の写真をフレイに差し出す。

 

「フレイさんに、これを」

 

「何よ、これ」

 

「私と貴女の思い出ですよ」

 

フレイが受け取って見ると、それは最初にフレイとラクスがクラックスに乗艦したときの写真で、自由に歌うラクスに振り回されるフレイといった様子だった。

 

ラクスが言うには、クラックスのクルーが隠れて写真を撮っていたらしい。ちなみに他の写真は、ハリーやドレイクによって押収、処分されることとなった。

 

「ありがとう、大事にするわ」

 

フレイは、その写真とラクスを交互に見てから彼女に微笑む。

 

「キラ、ちゃんと帰って来るよな?」

 

「うん、帰ってくるよ。僕は」

 

そう言って、キラはサイと拳をぶつけ合って挨拶を交わす。その様子を、フレイはどこか羨ましそうに眺めていた。

 

「いいわねぇ、男の子って」

 

すると、フレイの体が突如としてひきよせられた。視線を動かす前に、フレイの頬に柔らかい何かが当たる。見てみれば、バイザーが上がったノーマルスーツに包まれたラクスが笑みを浮かべている。

 

「ら、ラクス!?」

 

すぐに離れようとしたが、頭をラクスのノーマルスーツにぶつけてしまって、コツンと音が響く。恥ずかしさからか、フレイの頬は真っ赤に染まっていた。

 

「私たちも、また会いましょう。今度もまた、友達として」

 

そんなフレイに、ラクスは改めて握手の手を差し出した。少しだけ惚けていたフレイは、気を取り直すと差し出された手をしっかりと握り返す。今度は純粋に、解り合うために。

 

「うんーー約束するわ、ラクス」

 

「さようなら、ありがとう…」

 

手が離れ、ストライクのハッチが閉まっていく。その間も、ラクスはフレイとサイが見えなくなるまで手を振り続けていた。

 

「おい!さっさとしろ!モントゴメリに気づかれるぞ!」

 

マードックの怒声が響き渡り、ストライクはゆっくりとエアロックされたカタパルトゲージに入っていく。サイとフレイは、安全な通路まで下がってからも、ストライクの行く先を見つめていた。

 

「ちゃんと帰ってこいよな!!俺達んところに!」

 

サイが叫んだ。聞こえているかもわからない。しかし、それでもサイは放った。心が思う、キラへの言葉を。

 

「ハッチ開放すっぞ!!」

 

「きっとだぞ!キラ!俺はお前を信じてる!」

 

真空の海へと飛び出していくストライクを、サイとフレイはただ見送るのだった。

 

 

 

 

 



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第41話 接触

誤字指摘や、感想ありがとうございます。
今日にはラクス編を終わらせたい…。



モントゴメリの第2管制室では、艦長であるコープマンからブリッジを降ろされたブルーコスモス派の士官達が、アークエンジェルとクラックスの動向に目を光らせていた。

 

コープマンもそうなることを予想していたし、案の定、彼らはバーフォードたちが講じた策に反応を示した。

 

「なんだ、どうした?」

 

ブルーコスモス派の中でも1番の地位を持つ大尉が、反応を検知したオペレーターに問いかける。

 

「ストライク!何をしている!?アークエンジェル!応答しろ!」

 

「事前通告なしに、ストライクが発艦を…あっ、メビウスライダー隊も発艦するようです!!」

 

「なんだと…?」

 

ちなみに、彼らの発する通信に軍事的な拘束力は一切ないと、この作戦を立案した時にコープマンが宣言している。ブルーコスモスとは言え、彼らは軍属。そういった権限を許可するのも、行使するのもコープマンの一存であった故だ。彼が関知しない命令など、今はなんの役にも立たない。

 

彼らがアークエンジェルに通信を試みる中、コープマンは締め切った艦長室でバーフォードとの昔話に花を咲かせているのだった。

 

 

////

 

 

《こちら宇宙護衛艦ローの管制官、トーリャ・アリスタルフだ。メビウスライダー隊、貴殿らの出撃任務について問いたい》

 

おいでなすったな、とメビウス・インターセプターのコクピット中で、ラリーは顔を強張らせる。

 

モントゴメリの第1管制室は、ブルーコスモス派の手の及ばない区域だ。第2管制室は、船の異常事態と当直の後方警備のために、最低限の設備しか積まれておらず、こうやってモビルアーマーとの直接的なやり取りは出来ない。

 

となると、こういったことで探りを入れてくるのは、コープマンの手が及ばないローに限られてくる。

 

「こちらメビウスライダー隊、ライトニング1のラリー・レイレナード中尉だ」

 

ラリーは硬い口調でローからの通信に応じた。

 

この作戦で、キラのストライクを移送手段として採用したのも、理由がある。

 

メビウスライダー隊の現有戦力として、ストライクの存在を地球軍に認知させること。

 

ーーー軍属ではないキラにとっては災難だろうが、第八艦隊にさえ合流できれば、厄介な機密保持の手続きなどは必要だろうが、キラを避難民として・・・協力していた民間人として軍から離すことも可能になる。

 

要は、第八艦隊に合流するまで、キラをメビウスライダー隊の一員として認めさせることが重要であった。

 

そうすれば、キラを拘束しようとしてもバーフォード艦長、そしてそれを容認したコープマン艦長から抗議を申し入れることができるし、強行しようものなら、民間人協力者への不当な拘束として、軍事的な方法を取ることも可能になる。いくら事務次官とは言え、簡単にキラに手出しはできなくなるだろう。

 

だからこそ、ラリーはここで強気にでる必要があった。ここで弱みを見せれば、相手は増長するからだ。

 

「これより我々は後方から追跡してくるザフト、ナスカ級戦艦に威力偵察を行う。これは宇宙護衛艦クラックス艦長、ドレイク・バーフォード少佐の決定事項でーー」

 

《ああ、そこまで警戒しなくても大丈夫だ。ここにブルーコスモス派の者はいない》

 

ローの管制官、トーリャのあっけらかんとした言葉に、ラリーは強張っていた身体を思わず傾けた。彼はゴホンとわざとらしく咳をして、人のいい声で言葉を続けた。

 

《一応、これも形式だからな。形に残る証拠も必要だろう?》

 

トーリャの言い分に、ラリーは言葉にせず納得した。ローの艦長もコープマンと同じような人物であるということに安堵する。するとトーリャは真面目な口調で告げる。

 

《君たちに、先ほどの救助、ローのクルーを代表して礼を言いたい。威力偵察の件、了解した。我々はローのクルーとして全霊を以て返礼し、メビウスライダー隊の無事を祈っている》

 

音声通信であったが、彼がマイクの向こうで敬礼しているように感じられた。ラリーは毒気を抜かれた様子で頬をかき、気さくな同僚へ小さく笑った。

 

「了解。ーー恩にきるよ、トーリャ」

 

《なに、気にするな。戻ってきたら一杯奢らせてくれ。最高のワインを用意してある》

 

その言葉への返事を聞かずに、彼は通信を切るのだった。せっかちな奴だとラリーは思いながら、帰還したらとびきりのつまみを持って、ローに会いにいこうと決めるのだった。

 

 

///

 

 

ローとの通信後、発進したストライクが、慣性飛行に入ろうとしていたメビウスライダー隊へ合流した。キラの映像通信が入ると、ラリーとリークは、キラと、彼の膝の上に乗るラクスへ敬礼をする。

 

「キラ、時間通りだな」

 

「ええ、友達が手伝ってくれましたから」

 

嬉しそうに言うキラに、ラリーも自然と笑顔になる。

 

「そうか、良かったな」

 

《こちらAWACS、オービット。ザフト側も我々の存在は既に察知してるだろう。いいか?慎重に行くんだ。無意味な戦闘に価値はないからな》

 

「了解!メビウスライダー隊、出撃する!」

 

オービットからの通信後、ラリーとリークはメインエンジンの出力を緩やかに上昇させていく。

 

「行きます。掴まってて下さい」

 

「オマエモナー」

 

キラもそれに続くように、エールストライクの出力を緩やかに上げ、アークエンジェルから離れていった。

 

 

 

////

 

 

 

『足つきからの、モビルスーツ、モビルアーマーの発進を確認!』

 

『ちぃ!やはり潰しにきたか!対空迎撃用意!』

 

『第一戦闘配備発令!モビルスーツ搭乗員は、直ちに発進準備!繰り返す!モビルスーツ搭乗員は…』

 

徐々に見えてきたナスカ級から、ラリーにしか聞こえない声が聞こえてくる。メビウスライダー隊は速力を落としていくと、作戦の準備を始めた。

 

「よーし、キラ!準備オーケーだ!」

 

ラリーとリークのメビウスに積まれた電波中継器は、ナスカ級の周波チャンネルに入り込んで、ブリッジや艦内放送に繋がるよう周波数を調整していく。

 

本来は、敵の通信の傍受を目的にハリーが作った代物だったが、敵の暗号回線の解読には一定時間レーザーを照射しなければならないため、実戦には不向きだった。しかしこんな状況には持ってこいの代物だ。

 

「あとは頼むよ、キラ君!」

 

リークの声にキラは頷いて、ストライクの全チャンネルをオープンにした。

 

《こちら地球連合軍、アークエンジェル所属のモビルスーツ、ストライク!》

 

キラのその一声に、騒めき立っていたナスカ級の声が消えた。

 

《我々は今、プラント最高評議会議長、シーゲル・クラインの娘であるラクス・クラインを保護している!》

 

『ーーなにぃ!?』

 

誰が言ったのかわからなかったが、その言葉を皮切りに、ナスカ級の声が混乱した様相を見せ始めていた。しかし、キラには聞こえるわけもなく、そのまま言葉を続けていく。

 

《我々は彼女の保護を貴艦へ要請する!応じる場合はナスカ級は艦を停止して下さい!それと…イージスのパイロットが受け取りに来ることが条件だ。この条件が破られた場合、我々は…彼女に相応の対応をするつもりだ》

 

そんな気はないのにな、とラリーはリークの顔を見ると、リークもわかってますよと言わんばかりに肩をすくめた。

 

『…キラ?』

 

その呟くような声が、ラリーにはハッキリと聞こえた。そうか、この声がアスランか。ラリーは意識を集中して、ナスカ級から小さく聞こえる声に耳を傾けた。

 

『どういうつもりだ、足つきめ!』

 

『隊長…行かせて下さい…』

 

喚く声を遮って、アスランがそう言う。しかし、他の声がアスランの申し出を許そうとはしなかった。

 

『敵の真意がまだ分からん!本当にラクス様が乗っているかどうかも…罠かもしれないんだぞ!?』

 

『隊長!』

 

隊長ーーその言葉を聞いて、ラリーは固唾を飲んだ。しばらくの沈黙の後に、自身の宿敵の声が聞こえる。

 

『分かった。許可する』

 

透き通るように聞こえた声に、ラリーは無意識に操縦桿を握る手に力を込めた。

 

 

 

////

 

 

「よろしいのですか?」

 

さっきまで喚いていたナスカ級、ヴェサリウスの艦長であるアデスは部下の進言を認めたクルーゼに問いかけた。クルーゼはいつものように冷静な表情と声で、アデスに答えた。

 

「これがストライク1機なら考え様はあったがね。周りを見てみろ。2機のモビルアーマーがストライクを護衛している。どうやら本気のようだ」

 

見てみろ、と言われ、アデスはクルーゼが指差す望遠映像を見つめると、ストライクの後方に武装を施したメビウスと、純白と紫色のつぎはぎ装甲が目立つメビウスが、護衛するように行く末を見守っている。

 

「ここで勘ぐって、下手に抵抗すれば…」

 

「向こうはこちらを沈めに来るだろうな」

 

目の前にいる相当な手練れとして名高いクルーゼでも仕留めきれないモビルアーマー部隊。そこにストライクと考えるとーーアデスの背中に嫌な寒気が走った。

 

「…たかが2機のモビルアーマーだと、普段の私なら鼻で笑うでしょう。しかし今は、あの2機のモビルアーマーが酷く恐ろしい化け物に見えますよ」

 

アデスの本心からの言葉に、クルーゼは満足したように微笑むと、出ていったアスランに続くようにブリッジの床を蹴った。

 

「ふっ、違いないな。艦を停め、イージスの発艦準備を!私もシグーで出る」

 

「隊長も出るのですか?」

 

ブリッジを後にしようとするクルーゼの背中にそう問いかけると、彼は振り向きざま、わずかに高揚したような表情を見せた。

 

「向こうは受け渡し役にアスランを指名してきたんだ。なら、護衛役に私が付いていっても差し支えあるまい?」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第42話 それぞれの覚悟

 

 

「艦長!どういうことなんだ!」

 

居留守を決め込むコープマン相手では意味がないと踏んだのか、ジョージ・アルスターはアークエンジェルに乗り込んでいた。

 

ブリッジにブルーコスモス派の下士官をつれて来たジョージに、マリューもナタルも戸惑った表情を見せていたが、ジョージが問い詰めている当人であるドレイクは、まるでどこ吹く風のようにうそぶいていた。

 

《さて、なんのことですかな》

 

「とぼけないでもらいたい!クラインの娘がこの艦に乗っていただと!?ならば、なぜ返す!彼女は貴重な…」

 

そこで、ドレイクの鋭い眼差しが気迫をまとってジョージを射抜いた。それはまるで、そこから先のことを言ったらどうなるか、という威圧のように思えてしまって、ジョージはぐっと続けようとしていた言葉を飲み込むしかなかった。

 

フレイには言った、コーディネーターはコーディネーターらしく、隔離して有効利用するといったナチュラル主義者らしい考え。

 

普段なら、声を大にして賛同を求めていたのに、今目の前にする男には、肩書きも、道理も、なにも通用しないように思えた。

 

「いい加減にして!!」

 

ふと、ブリッジの中に人影が飛び込んできた。ひらひらした服を着地とともに整えながら、入ってきた彼女は息巻いてジョージを睨みつける。

 

「フ、フレイ…」

 

ジョージは戸惑った。愛娘にここまで怒りを露わにされたことがなかったからだ。フレイの隣に立つボーイフレンドのサイも、フレイの怒気に恐れているようだったが、ジョージに対して物怖じしている様子はなかった。

 

困惑するジョージに、フレイは勢いと溢れた怒りのまま、生まれて初めて父へ詰め寄った。

 

「なんで分からないの!?あの子、私とそんなに変わらないのに、コーディネーターだからって誰にでも酷いことをしていいの!?こんなこと、間違ってるって思わないの!?そう思わないなら…コーディネーターならどうなっても良いっていうなら、私、パパのこと大嫌いになるんだから!!」

 

一息で言い切ってから、フレイは肩を荒い息で揺らした。彼女にとっても、父への反抗は一大決心だったのだろう。労わるようにサイがフレイの肩に手を置く。

 

ジョージは、愛娘の反抗にショックを受けた様子で、サイと同じようにフレイに触れようとしたが、彼女は父の手を柔らかく払いのけた。

 

「それに、そんなことしたら今度はストライクがこっちを撃ってくるに決まってるじゃない」

 

ラクスはコーディネーターだから、有効に利用したい。そんなことをここで、キラにでも言ったら、キラだけではなく、共に出撃しているメビウスライダー隊も敵に回しかねない。

 

地球軍が手こずるモビルスーツを打ち倒し続けてきた部隊。その鬼神の如き強さを目の当たりにしてきたクルー全員が、彼らが敵に回った時を想像して顔を青ざめさせた。

 

《まぁ、多分だがね》

 

トドメと言わんばかりに、ドレイクがジョージに釘を刺したことで、彼の主張は完全に封殺されることになった。

 

「ナスカ級、エンジン停止。制動をかけます。イージスとシグーが接近!」

 

今自分たちにできることは、この受け渡し交渉が何事もなく終わることを祈ることだけだった。

 

 

 

////

 

 

ストライクの目の前に、ゆっくりと進んでくるイージスが見えた。キラはゴクリと息を呑んで、自分の目の前に停止したイージスを見つめる。イージスは、武装はしているものの、その銃口をストライクに向けることはなかった。

 

おそらく、背後にいる2機のメビウスを意識してのことだろう。

 

「アスラン…ザラか…?」

 

《…そうだ》

 

全周波数に乗せたキラの声に、アスランは硬い声で応じた。 その声に応じて、キラの声も硬く曇る。

 

「コックピットを開け!」

 

キラの指示に従って、イージスはコクピットを開いた。シートから身を乗り出して、赤いヘルメットのパイロットが姿をキラの前に姿をあらわす。キラも、ストライクのコクピットを開いた。

 

ヘリオポリスから、はじめてキラとアスランがお互いの姿をその目で認識し合う。

 

「話して」

 

キラは、アスランと言葉を交わしたい気持ちを押し殺して、膝の上にいるラクスにそう言った。彼女はなぜかと首をかしげる。

 

「顔が見えないでしょ?ほんとに貴方だってこと、分からせないと」

 

「あ~。そういうことですの。こんにちは、アスラン。お久しぶりですわ」

 

そう陽気な声で、ラクスはストライクのコクピットからアスランへ手を振って見せた。

 

「テヤンデイ!」

 

ついでに、ハロもストライクのコクピットの中で羽をはためかせる。

 

《…確認した》

 

「ーー我々は、正式にこの女性の保護をそちらに願う。受け入れるならば、彼女を連れて行け!」

 

そう言って、キラは優しくラクスの手を取った。彼女はハロと、肩にクラックスのクルーからもらった品々が入ったバッグを持って、ストライクの外へと出る。

 

「さぁ…」

 

キラの手をゆっくりと離して、ラクスは二人の間を漂っていく。しばらくの浮遊のあと、今度はアスランがしっかりとした手でラクスを抱きとめた。

 

《いろいろとありがとう。キラ。アスラン、貴方も》

 

音声通信で聞こえる声に、キラは様々な思いを乗せて手を振った。ラリーに、リーク、そしてクラックスのクルー、最後に手を取り合ってくれたサイとフレイ。全員の別れの思いを、キラは代弁して別れの手を振る。

 

そんな中で、アスランは声を荒らげた。

 

《キラ!お前も一緒に来い!》

 

その言葉に、キラはわずかに手を震わせた。アスランのヘルメットに、ヴェサリウスの艦長であるアデスからの声が響いたが、アスランは気にせずに通信を切った。

 

恥も外聞もない。ただ、アスランは親友と戦いたくない一心でそう叫んだのだ。

 

《キラ!お前が地球軍に居る理由がどこにある!?一緒にこい!ラクスもーー》

 

「ありがとう。アスラン」

 

そのアスランの叫びに、キラは優しく微笑んでそういった。

 

《キラ…?》

 

戸惑ったようにアスランが、親友の名を呼ぶ。キラの背後にいるリークは、何も言わなかった。アスランが幼馴染であるということを告白したキラが、どうするかを、ただ見届けるつもりだった。

 

「僕だって、君とは戦いたくない。君に銃口を向けたあの時を思い出すと、今も手が震える。でも…あの船には守りたい人達が…友達が居るんだ!!」

 

それは、キラの覚悟だった。

 

引き金を引いて、それでも戦いから逃げようとした自分への決別。

 

引き金を引いて、崩れ落ちそうになっていた自分の手を取ってくれたラリーやリークに応える戦士としての覚悟。

 

大切な人、守りたい人のために戦う信念。

 

その全てが、今のキラを形作っている。

 

「僕は君を撃ちたくない。けど、君が僕の大切な人や、友達を傷つけると言うならーー僕は、君と戦う。大切な人を守るために」

 

そして生き残る。生きて、己に与えられたまだ見えぬ使命を果たす。キラの中で、ずっと悩んでいたことが、形を成した瞬間だった。

 

《キラ…》

 

アスランは、何も言えなかった。キラが言った戦う意味に対して、アスランは答えられるモノを持っていなかった。

 

母がナチュラルに殺され、その憎しみでただがむしゃらにザフトへ入隊し、憎しみのままに戦っている自分にとって、キラの在り方はあまりにも眩しくて、相対した自分がいかに汚れているのかがハッキリとわかってしまった。

 

だから、アスランには負け惜しみしか、口に出せなかった。

 

憎しみを晴らすために。母の無念と、父の思いに応えるために。それでキラが邪魔をすると言うならーーー。

 

《ならば仕方ない……次に戦うときは…俺がお前を討つ!》

 

そんなアスランの言葉に、キラは真っ直ぐな眼差しで答えた。

 

「僕もだ…アスラン」

 

 

////

 

 

キラとアスランの対峙の最中、ラリーの目の前にはクルーゼが駆るシグーがいた。護衛役で出てくると言ったくせに、アスランのイージスを放ったらかして、このシグーは真っ直ぐとラリーの元へやってきたのだ。

 

目の前で止まったシグーは、先の戦闘でボロボロのままだった。装甲には亀裂と弾痕が刻まれていて、マニピュレーターの指の何本かが欠損していて、特徴的なトサカのようなアンテナも途中で折れている。

 

そして、それはラリーの機体も同じだった。シグーから受けた傷を、余った装甲で何とか隠してはいたが、至る所に亀裂と穴が開いていた。

 

ふと、シグーのコクピットが開いた。

 

そこには、シートからすでに出た白いパイロットスーツ姿の男が、開いたコクピットハッチの上に佇んでいる。普段からノーマルスーツを着ないクルーゼが、そこに居たのだ。

 

《君と直接話すのは、初めてだったな。流星》

 

ラリーも、メビウスのコクピットハッチを開いた。本来なら出るべきではないだろうが、二人の中で何かが共鳴しているような感覚があった。

 

「ラウ・ル・クルーゼ…」

 

《ほう、流星に名を覚えていてもらって光栄だ》

 

「感謝するなら、ムウさんにしとくんだな。おれはあの人から戦場のイロハを教わった」

 

《ほう、ムウが、な》

 

ラリーの言葉に、クルーゼはわずかにだが反応した。遠く離れた上に、マスクで隠れた素顔は、歓喜に打ち震えていた。

 

明らかに、他とは違う何かを感じる。歴戦の勇者、戦士とは違う、別格の何か。それを上手くは言えなかったが、それだけはハッキリとわかった。

 

《どうやら、君は本当に本物のようだな》

 

「何のことだ?」

 

クルーゼの言葉に、ラリーはあえてはぐらかした。クルーゼが何故自分を特別扱いしているのかはわからないが、わかる気も無かった。そんなラリーに、クルーゼは上ずった上機嫌な声で言う。

 

《直にわかるさ。きっとな》

 

《クルーゼ隊長、ラクス・クラインを保護しました》

 

《わかった》

 

ヘルメット内の通信を終えて、クルーゼはメビウスの上に佇むラリーをみつめた。

 

「どうする?俺たちは目的を果たしたが、ここらでケリを付けるか?」

 

《大変魅力的な誘いではあるが、まだその時ではない。今戦っても、お互いに不完全燃焼で終わるだけだろう》

 

そりゃそうだな、とラリーも同意する。お互いに乗っている機体はボロボロだし、ここで戦闘をすれば、うやむやになるのは必至だ。だからこそ、クルーゼはラリーに会いに来たのだ。

 

《次だ》

 

マスクの下で、殺気をみなぎらせながらクルーゼはラリーに告げる。

 

《次にあった時に、お互いに最高の生死を交わそう。その時を楽しみにしているぞ…流星》

 

そう言い残して、シグーのコクピットに戻ろうとしたクルーゼを、ラリーは呼び止めた。

 

「ラリーだ」

 

クルーゼが振り向く。そんな彼を見据えてラリーは自分の中の覚悟を決めた。

 

「ラリー・レイレナード。覚えておけ。貴様を殺す男の名前だ」

 

この男だけは、仲間を殺して楽しんでいるこの男だけは、かならず、自分の手で殺すと。

 

そんなラリーに、クルーゼは期待するような眼差しで応じる。

 

『ラリー…ありきたりな名前だが…確かに覚えたぞ』

 

それだけ言って、クルーゼのシグーと、イージスはヴェサリウスとともに、ラリーたちから離れていく。

 

ラリーは、リークに呼ばれるまでただ離れていったクルーゼのことを睨みつけていたのだった。

 

 

 



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低軌道会戦編
第43話 合流


 

 

「180度回頭。減速、更に20%。相対速度合わせ!」

 

アークエンジェルと隣接して宇宙空間を飛ぶのは、アガメムノン級宇宙母艦。

 

地球連合軍の中で最大級のサイズを誇る宇宙母艦であり、艦船色はブルーに塗装されている。

 

地球連合軍艦艇として初めてリニアカタパルトを搭載した艦であり、大量のモビルアーマーを搭載し、両舷には艦載機射出用カタパルトを備えているなど、母艦としての能力は高い。あくまでモビルアーマーに対してだが。

 

艦首両舷にはアークエンジェルにも採用された「ゴットフリートMk.71」を有していて、地球軍の中でも母艦としての攻撃能力、防御能力は群を抜いて高い。

 

「しかし、いいんですかねぇ。メネラオスの横っ面になんか着けて…」

 

アークエンジェルの操舵を担うノイマンがそんなことをぼやいた。すると、いつもよりも緊張感の抜けたマリューがその疑問に答えた。

 

「ハルバートン提督が、艦をよく御覧になりたいんでしょう。後ほど、自らも御出でになるということだし。閣下こそ、この艦と、Gの開発計画の一番の推進者でしたからね」

 

一方、アークエンジェルの食堂では交代で休憩に入っていたミリアリアやトールたちがテーブルの一角を占領している。

 

「民間人はこの後、メネラオスに移って、そこでシャトルに乗り換えだってさ。あ!でも俺達どうなるんだろ…?」

 

「降りられるに決まってるでしょう?こんなの着てたって、私達民間人だもの」

 

トールの言葉に、ミリアリアはやれやれといった風に答えた。

 

ラクス・クラインを返還してから第八艦隊に合流するまで、ザフトの目立った攻撃は行われなかった。はるか後方にローラシア級が、こちらの動きをトレースしていたようだが、別段攻撃を仕掛けてくる気配もなく、嫌な沈黙を守っている。

 

しかし、第八艦隊は大きな艦隊だ。アガメムノン級のメネラオスを旗艦として、ネルソン級のモントゴメリ、カサンドロス、プトレマイオス。ドレイク級のクラックスにローと、加えて三隻から構成されている。

 

モビルアーマーも、メビウスライダー隊に加えて数多くの小隊がメネラオスに収容されているのだから、ザフト側も迂闊に手は出してこないだろうと、第八艦隊の誰もが楽観視していた。

 

アークエンジェルと、クラックス、モントゴメリとローを除いて。

 

 

 

 

////

 

 

 

 

「艦隊と合流したってのに!」

 

その頃のアークエンジェルのハンガーは、まさに戦場だった。マードック筆頭のアークエンジェルに所属する整備班に加えて、クラックスのハリー筆頭の整備班が、忙しなくハンガーの中を行き来している。飛び交う声は、もはや怒声に近い。

 

「キラくん!8番と6番の電子工具と融着セット!あと補強材とテープを!あぁ、あと結束バンドと軟化材も!!大至急!!」

 

「は、はい!」

 

リークとキラもペアとなって、次々と搬入されてくるメビウスやストライクの整備に動き回っていた。

 

モビルスーツとは言え、それは電子部品の塊だ。ユニット化されてるとは言え、それを伝える配線が一本でもダメになれば、ストライクは単なる鉄の塊ーースクラップと化す。

 

モビルスーツに不慣れなマードックたちと共に、モルゲンレーテから持ち出され、アークエンジェルに残されたストライクの僅かな資料を元に、装甲をバラしては機材の確認、機材をバラしてはユニットの確認、ユニットをバラしたら配線の確認と、やることは山のようにある。

 

最初にそれをやったときは、最終確認がまだだったのか、それとも初めて作るモビルスーツに不慣れだったのか、重要な配線類も仮止めで固定されていて、外したマードックとリークは冷や汗を流したという。

 

「この排熱材の置き方したの誰だぁ!貴重な資源を乱雑に置くんじゃあない!!」

 

「弾薬と推進剤は入れとけ!!何があるかわからんからな!!」

 

「装甲は6番から付けてくぞ!!23番と30番は後だ!!」

 

「とにかく人手だ!人手!あと飯!!飯をもってこい!!」

 

リークたちとは向かい側のハンガーでは、搬入されたメビウスの修復作業が行われていた。なんだかんだ言って、ユニウスセブンで入手した資材には限りがある。

 

被弾したムウのメビウス・ゼロや、クルーゼとの戦闘でボロボロになったラリーのメビウスの整備も資材不足で後回しにされていた為、第八艦隊から融通してもらった修復資材で、ハリーの指揮のもと突貫工事で修理が行われていた。

 

ハンガーの端っこでは、ラリーたちの手伝いのために、サイやフレイが休憩している作業員に簡単な食事と飲み物を配り歩いている。

 

「なんでこんな急がなきゃならないんです?!」

 

目が回りそうな状況にキラが悲鳴のように、ストライクの装甲の下に潜り込むリークに問いかけた。すると、メビウス用のコンテナ搬入作業に指示を飛ばしていたハリーが大声で答えた。

 

「艦隊からの補給物資もあるし、備品調整もあるんだから!とにかく、メビウスの備品類はこっち!それはそっち!あれは16番ブースに運んで!!」

 

「不安なんだよ!壊れたままだと!!」

 

「第8艦隊っつったって、パイロットはひよっこ揃いさ!なんかあった時には、やっぱメビウスライダー隊が出れねぇとな!」

 

「それにメビウスの改造案を試せるのはこれが最後なんだから!!」

 

「あーもう!このくそ忙しい時に自分の趣味を持ち込むんじゃないよ!!」

 

最後のハリーの個人的な主張は置いておいて、そんな訳で作業はクラックスのハンガーではどうにもならなかった為に、ハリーたちは必要な機材を持ち込んでアークエンジェルでの作業を余儀なくされていたのだ。

 

そんな嵐のような激務の中で、キラはある視線を感じた。感覚に従って視線を追うと、自分に向かって手招きをする人影を見つけた。

 

「ラミアス艦長…!?」

 

「あらら、こんなところへ」

 

メビウス・ゼロのセッティングを終えたムウが、キラに近づいていくマリューを見て呟いた。無重力の中を緩やかに進むマリューをキラは優しく受け止めた。

 

「ごめんなさいね。ちょっと、キラ君と話したくて…」

 

 

 

////

 

 

 

アークエンジェル展望室。

ラリーやリークに自分の心の内を打ち明けた場所に、キラはマリューと二人で訪れていた。

 

「ごめんなさい、キラ君。私自身、余裕が無くて、貴方とゆっくり話す機会を作れなかったから。その…一度、ちゃんとお礼を言いたかったの」

 

「え?」

 

戸惑うような声を上げるキラに、マリューは心からの感謝と謝罪を込めて頭を下げた。

 

「貴方には本当に大変な思いをさせて、ほんと、ここまでありがとう」

 

いろいろ無理言って、頑張ってもらって、感謝してるわ、とマリューはいつもの緊迫した表情とは違った穏やかで優しい笑顔をキラに向けた。

 

「いや、そんな…艦長…」

 

戸惑いの中で、キラもマリューの優しさを素直に感じることができた。自分で戦うことに覚悟を決めたから余裕があるのか、マリューの感謝の言葉を何の疑いもなく受け取ることができたのだ。

 

ストライクの事を知ったとき、アークエンジェルで戦ってほしいといったとき、マリューはいつも苦しげで、悲しげな表情を浮かべていた事をキラは今になって思い出す。本当の彼女は、今目の前にいるような、優しい女性なのだろう。

 

「みんな貴方には感謝してるのよ?」

 

ブリッジのクルーに、マードックさんや整備班のみんなに、フラガ大尉に、艦を動かす下士官もみんな。そして私もよ?とマリューは優しく笑って、展望室から第八艦隊の船の尾が引く光を眺めた。

 

そして、少しの沈黙の後、彼女はまた苦しそうな声で、キラに問う。

 

「キラくんは、本当に残るの?アークエンジェルにーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第44話 ハルバートン提督の決断

キラやリークたちによって何とか片付いたアークエンジェルの2番ドックには、メネラオスから発進した移送用のランチが着艦していた。

 

デュエイン・ハルバートン提督。

 

彼がアークエンジェルにやってきたのはつい先ほどのことだ。

 

「ヘリオポリス崩壊の知らせを受けた時は、もう駄目かと思ったぞ。それがここで、君達と会えるとは…」

 

「ありがとうございます!お久しぶりです、閣下!」

 

クルー総出で出迎える中、ハルバートン提督は険しい航海をしてきたアークエンジェルのクルーや、クラックスの乗組員を労わるように見渡してから、自分の前に出て敬礼をするマリューの手を優しく握った。

 

「先も戦闘中との報告を受けて、気を揉んだ。大丈夫か?」

 

ハルバートン提督の言葉に、マリューは目尻に涙を溜めながら頷いて答える。すると、ほかの乗組員の中から、何名かが前に出て敬礼を打った。

 

「ナタル・バジルール少尉であります!」

 

「第7機動艦隊、メビウスライダー隊所属、ムウ・ラ・フラガ大尉であります」

 

「同じく、メビウスライダー隊所属のラリー・レイレナード中尉であります」

 

「同隊所属のリーク・ベルモンド少尉です」

 

「第7機動艦隊、ドレイク級宇宙護衛艦クラックス艦長、ドレイク・バーフォード少佐です」

 

敬礼し名を述べた者から順に、ハルバートン提督は固く握手を交わしていく。

 

「皆、ご苦労だった。バーフォードくん、久しいな。それにメビウスライダー隊。君たちが居てくれて幸いだったな」

 

その言葉に、ドレイクはくたびれた帽子を脱いで頭を下げた。するとハルバートン提督は乗組員たちの一角にいるサイやトールたちを見た。

 

「そして彼らが…」

 

「はい、艦を手伝ってくれました、ヘリオポリスの学生達です」

 

おお、そうかとハルバートン提督は笑顔でサイたちとも握手を交わした。その笑顔には軍人らしい強張った気配も、作り物のような張り付いた雰囲気もなく、心から彼らに感謝をしているような、そんな笑顔だった。

 

「君達の御家族の消息も確認してきたぞ。皆さん、御無事だ!とんでもない状況の中、よく頑張ってくれたなぁ。地球連合軍を代表して礼を言う」

 

まくし立てるようにハルバートン提督が学生グループに声をかけていくが、提督の側近であるホフマンが耳打ちするように声をかけた。

 

「閣下、お時間があまり…」

 

「うむ。後でまた君達ともゆっくりと話がしたいものだなぁ」

 

そう言って笑顔で挨拶を交わして、ハルバートン提督はマリューやナタル、ドレイクと共にハンガーを後にした。

 

 

////

 

 

「ツィーグラーとガモフ、合流しました」

 

第八艦隊から遥か後方。アークエンジェルをトレースしていたローラシア級ガモフに、同じくツィーグラー。そして、クルーゼが指揮を執るナスカ級のヴェサリウスが集結していた。

 

「発見されてはいないな?」

 

クルーゼの言葉に、ヴェサリウス艦長のアデス が頷く。こちらとしては、捕捉できるギリギリの位置で合流したので、第八艦隊やアークエンジェルに発見されることはまず無いと考えていいだろう。

 

「敵艦隊は、だいぶ降りていますね」

 

そう言いながら、二人は軌道計算をした第八艦隊の予想航路図を見ながら唸る。

 

「月本部へ向かうものと思っていたが…奴等足つきをそのまま地球に降ろすつもりか」

 

「降下目標はアラスカですか」

 

地球連合軍統合最高司令部がアラスカ。地球軍虎の子の技術であるアークエンジェルとG兵器の生き残りをそこに運び込むことは、一種の道理でもある。

 

「なんとかこっちの庭に居るうちに沈めたいものだが…どうかな?」

 

不敵な笑みを浮かべるクルーゼに、アデスは現在こちら側が保有する手札を確認するように答える。

 

「ツィーグラーにジンが6機、こちらに〝隊長のモビルスーツ〟と、イージスを含めて5機、ガモフも、デュエル、バスター、ブリッツは出られますから」

 

抜かりはありませんとは、アデスは続けなかった。ラクス・クラインをプラントに送る中で、ガモフの戦力でアークエンジェルに奇襲をかけることも考えたが、相手は小規模ながらも艦隊を編成できるほどだ。しかも守りに立つのはG兵器と、メビウスライダー隊。

 

迂闊に手を出せば、どう転ぶか判断が付かない以上、戦力を十分に補充し、機を捉えた奇襲で持てるカードを切り、総力戦を仕掛けなければ落とせないと、クルーゼもアデスも判断していた。

 

「盤石な布陣だな。イザークたちに耐え忍んで貰った甲斐もあったというものか…」

 

「存分に暴れさせるとしましょう。凶星〝ネメシス〟との決着も」

 

これまで飲まされた煮え湯を倍返しにすると言わんばかりに、アデスの目は鋭くなっていた。クルーゼも当然だなとだけ答えて、ブリッジを出た。

 

プラントで知人に無理を言って用意させたモビルスーツ。現行の標準機では、あの純白のメビウスに追いすがり、追い抜くことはできないとクルーゼは確信している。

 

そのモビルスーツとのフィッティングを終わらせるために、クルーゼはハンガーに向かっていた。

 

「ラリー、約束の時だ。決着をつけるとしよう」

 

そう呟き、歓喜で待ちきれないと悦に浸った笑みを浮かべながらーー。

 

 

 

////

 

 

 

ヴェサリウスの私室の中で、アスランは寝転がりながらラクスを送り届けた日々を思い返していたーーー。

 

 

 

「何か?アスラン?」

 

連合軍から引き渡された時に持っていたカバンから取り出した端末映像を眺めているラクスが、同じく後ろから覗こうとしていたアスランへ振り返りながら微笑んだ。

 

その微笑みにアスランは息を呑む。

 

「あっ…いえぇ…あ…何を見てるのかと思いまして……その…人質にされたりと、いろいろありましたから…」

 

「私は元気ですわ。あちらの船でも、皆さんや、貴方のお友達が良くしてくださいましたし」

 

見てくださいなと、ラクスが差し出した端末をアスランは眺めた。

 

地球軍の制服をきた何人かがラクスたちと話に花を咲かせる映像。

 

趣味でギターをやっている乗組員とラクスが即席のセッションで歌を披露している様子や、食堂で小さなライブが始まっている様子が映っていたり。

 

くたびれた帽子を被った壮齢の男性がラクスに食事を振舞ったり。

 

ノーマルスーツを着たラクスが、地球軍艦の甲板で船外作業を手伝ったりと、色々な映像が流れていた。

 

その中にはキラもいて、地球軍の制服をきた何人かの男性乗組員とじゃれ合ったり、笑顔で話をしたりしている様子も映っている。

 

「キラ様はとても優しい方ですのね。そして、とても強い方」

 

その映像を見て、ラクスの言葉を聞いて、アスランは固く拳を握りしめた。

 

「あいつはバカです!軍人じゃないって言ってたくせに…まだあんなものに…あいつは利用されてるだけなんだ!友達とかなんとか…あいつの両親は、ナチュラルだから…だから…」

 

「貴方と戦いたくないと、おっしゃっていましたわ」

 

気がつくと、ラクスは悲しそうな目をしてアスランを見ていた。その目を見ていると今まで押し殺していた感情が溢れ出し、アスランは堪らずに心の縁から溢れた思いを口にする。

 

「僕だってそうです!誰があいつと…」

 

戦いたいと思うものかーー。そこで、アスランはキラの言葉を頭の中で反復させた。自分の大切な人を傷つけると言うならーー。アスランは、すでに大事な母をナチュラルに殺されていた。その死の苦しみからも、苦難からも、立ち直れていない自分がいる。

 

その弱さを、自分はザフトの赤服で覆い隠しているのではないかーー?

 

「失礼しました。では私はこれで」

 

ハッと意識を切り替えて、アスランはラクスに敬礼を向けた。

 

「辛そうなお顔ばかりですのね。この頃の貴方は」

 

扉から出る直前に言われた言葉を今でも覚えている。そして返した言葉も。

 

「ニコニコ笑って戦争は出来ませんよ」

 

笑って戦争をするなんて、そんなもの狂人の考えだと思ってアスランは部屋を後にした。ラクスは悲しげに目を伏せる。

 

ニコニコ笑って戦争をしてほしいなんて、思っていない。できることなら、笑顔で、あの船の乗組員たちのようにーーナチュラルもコーディネーターも分け隔てなくいられる世界を、ラクスはアスランに願って欲しかった。

 

 

 

////

 

 

アークエンジェルの艦長室に入った四人は、それぞれの立ち位置に立ち、今後の方針をどうするかを話し合うことになった。

 

「しかし、ヘリオポリスの被害とアルテミス…全く復旧に何年かかることか」

 

「説教は後にしろ、ホフマン。彼女らがストライクとこの艦だけでも守ったことは、いずれ必ず、我ら地球軍の利となる」

 

ハルバートン提督の言葉に、反ブルーコスモス主義とは一線を画したホフマンは、眉を釣り上げる。

 

「しかし、アラスカはそうは思ってないようですが」

 

ホフマンの指摘に、ハルバートンは簡素な造りの机を拳で叩いて怒りを露わにした。

 

「奴等に宇宙での戦いの何が分かる!ラミアス大尉は私の意志を理解してくれていたのだ。問題にせねばならぬことは、何もない」

 

第一、地球のアラスカ基地の地下で秘密裏に製造すれば良かったものを、モビルスーツ否定派の一声で宇宙の辺境、ヘリオポリスに追いやられた。今回の事件の大本の責任は地球に踏ん反り返る上層部にある。それにハルバートン提督にも含む思いはあった。

 

G兵器の情報漏洩は、単にザフトに察知されたわけではなく、地球軍の上層部の誰かが流したのかもしれないという疑いがある。

 

「ストライクのパイロットであるコーディネイターの子供の件は…これも不問ですかな?」

 

報告書を眺めるホフマンの目には、僅かにだが疑いと非難の色があった。その言葉に真っ先に反応したのはマリューだった。

 

「キラ・ヤマトは、友人達を守りたい。ただその一心でストライクに乗ってくれたのです。我々は彼の力なくば、ここまで来ることは出来なかったでしょう。ですが…成り行きとはいえ、自分の同胞達と戦わねばならなくなったことに、非常に苦しんでいました」

 

マリューの記憶にあるキラは、いつも悲しげな眼差しをしていた。メビウスライダー隊や、クラックスのクルーの交流が無ければ、その瞳はもっと荒んだものになっていたのかもしれない。

 

だから、マリューは今自分にできることを進言した。

 

「誠実で優しい子です。彼には、信頼で応えるべき、と私は考えます」

 

「しかし…」

 

「軍規については、我々が保証しましょう」

 

マリューの言葉に渋るホフマンへ、援護射撃を買って出たのはドレイクだった。くたびれた帽子を被り、鋭い眼差しでホフマンを見つめる。

 

「彼は、第八艦隊と合流するまでこちらの艦で生活しておりました。理由は言わずともわかりますな?」

 

ドレイクの言葉に、ホフマンは黙るしか無かった。彼がいう理由とは、モントゴメリに乗艦していたブルーコスモス派の士官たちのことだ。彼らが指示系統に従わず、勝手な行動をしたがために、キラをクラックスで保護することになったことは、彼が手に持つ報告書にもしっかりと記載されている。

 

「彼は幾度となく我々を危機から救ってくれました。そして仲間としても重要な存在になっています」

 

「彼はーーキラ・ヤマトくんは船に残ると?」

 

ハルバートン提督の言葉に、ドレイクは静かに頷いた。

 

「私にはそう告げました。ラミアス艦長にも。もちろんメビウスライダー隊の一員として、ですがね」

 

ドレイクの言葉に、ハルバートン提督は深く息を落として、背もたれに体を預けて虚空を見上げた。

 

「既にザフトに4機渡っているのだ。今更機密もあるまい。となるなら、君にもアークエンジェルと旅路を共にして貰わねばならないな」

 

旅路を共にーー?その言葉に、マリューもドレイクも疑問を覚えた。こちらの予想としては、月本部に合流して任務は終わりだと思っていたのだから。

 

「どういうことでしょうか?ハルバートン提督」

 

ハルバートン提督は体を起こすとしっかりとした眼差しで二人の艦長を見据えた。

 

「この後、アークエンジェルは、現状の人員編成のまま、アラスカ本部に降りてもらうことになる」

 

 

 

////

 

 

 

その頃、アークエンジェルのハンガーでは、メネラオスから搬入されてきた物資のリストと実物を確認していたマードックが、素っ頓狂な驚きの声を上げていた。

 

改造したメビウスの調整をしていたクラックスのクルーたちも、ハリーを先頭に驚いてるマードックの元へ集まっていく。

 

「グリンフィールド技師…こいつは…」

 

そう言って、マードックはハリーにリストを渡した。くまなくチェックしていくと、ハリーの表情に驚きが滲み出てくる。

 

「これって…」

 

「スカイグラスパー2機と、スピアヘッドが4機?おいおい…大気圏用の機体じゃねぇかよ!」

 

長く続いた航海は、新たな局面を迎えようとしていたーー。

 

 

 

 

 



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第45話 大人の気概





 

「残念ながら、今の我々にはもう、アークエンジェルに割ける人員はないのだ」

 

ハルバートン提督は語った。

 

今の地球軍で宇宙に属する者たちの窮地。膠着状態であった戦況は、徐々にだがザフト優勢で事が進んでいる。地球軍の宇宙艦隊とは言え、アラスカに本拠地を置くブルーコスモス派や、ナチュラル主義者に体良く宇宙に放り出された者も多いのが事実である。

 

しかも、肝心の地球本部は、地上の戦闘に躍起になって宇宙への兵站は細るばかり。頼りのユーラシアが有するアルテミスの部隊も、自軍の要塞に引きこもって当てにならないときた。

 

「ヘリオポリスがザフトに制圧された今、アークエンジェルとGは、その全てのデータを持って、なんとしてもアラスカへ降りねばならん」

 

残されたモルゲンレーテの設備や機材も、突然の災難でデータ消去もできずにザフトに接収されたに違いない。プラントがヘリオポリスにあったモルゲンレーテのことに何一つ言及しないのがその証拠だ。

 

自分たちの持ち場である宇宙を飛び越え、秘密計画を宇宙の隅に追いやった地球本部。またプラントは機体とデータを奪った後、事を荒立てぬよう黙っているこの状況。ハルバートンにはそれらが酷く苛立たしく思えた。

 

「G計画の開発は、なんとしても軌道に乗せねばならん!ザフトは次々と新しい機体を投入してくるのだぞ?なのに、利権絡みで役にも立たんことばかりに予算を注ぎ込むバカな連中は、戦場でどれほどの兵が死んでいるかを、数字でしか知らん!」

 

目先の金や利権と引き換えに、戦場では家族や友人、地球のために戦う若い兵が次々と死んでいることが、ハルバートン提督には我慢ならなかった。

 

彼もまた、この泥沼化した戦争を一刻も早く終わらせることを願っている人物だ。そのために、宇宙という敵地の眼前に押し出されても、兵器の開発を完遂しようとしたのだ。

 

「ーー分かりました。閣下のお心、しかとアラスカへ届けます!」

 

ハルバートン提督の心に真っ先に応えたのは、マリューだった。その顔には「自分になんて艦長など」といった弱々しさはない。キラも、決断したのだ。大切なものを守るためにと。

 

なら、軍人である自分にできることは何か?そう考えて辿り着いた答えに、マリューは心を決めた。その姿を見て、ナタルもまた覚悟を決めた面持ちでハルバートン提督へ敬礼をする。

 

それに頷いて答えて、提督は彼女らの隣に立つドレイクへ視線を向けた。

 

「君たちには、困難な道を言い渡すことを、承知で頼む…。バーフォード。第7艦隊からも許可は取った。勝手な物言いだが、君も彼女たちを手助けしてやってくれ」

 

ドレイクはそれに言葉で答えることはなく、ただ帽子を脱ぎ、ハルバートン提督へ敬礼をするのだった。

 

 

////

 

 

 

「もう!離してってば!」

 

「聞き分けなさいフレイ!さぁ、パパと一緒に地球に降りるんだ!」

 

メネラオスを経由して地球に降りるシャトルの前で、フレイは頑なに父の引っ張る手を拒んでいた。アルスター事務次官が、そのシャトルに乗り地球に降りるから一緒に付いて来るように言っているのだ。

 

シャトルはアラスカとは別の地球軍勢力地帯へ降り、そこで保護を受けることになる。その勢力が、アルスター事務次官が所属するブルーコスモスが権力を振るう地域だと聞いて、フレイはさらに父への反発を強めていた。

 

「い・や!!パパがキラに謝るまでは絶対に一緒に行かないんだから!!本気よ!本気!!」

 

父の手を振り払って、フレイが意固地に睨みつけると、娘からの反抗にどうすればいいのか分からず、ジョージは「好きにしなさい!」と捨て台詞を言って、カバンを抱えてシャトルへ歩いていくのだった。

 

「はぁ、とりあえずお前たちにはこれを渡さなければならないな」

 

そんなやり取りを遠巻きで見ていたキラの友人たちへ、ナタルはため息をつきながらもある書類を渡して回った。

 

「除隊許可証?」

 

「私達…軍人だったの?」

 

「第8艦隊、アークエンジェル所属…」

 

トール、ミリアリア、カズイの順番で想い想いの言葉を綴る。サイも書類に目を通していたが、なんとも言えない表情をしていた。ナタルの隣にいたホフマンがわざとらしく咳払いを放つ。

 

「例え非常事態でも、民間人が戦闘行為を行えば、それは犯罪となる。それを回避するための措置として、日付を遡り、君達はあの日以前に、志願兵として入隊したこととしたのだ。なくすなよ?」

 

「尚、軍務中に知り得た情報は、例え除隊後といえ…」

 

「あの……」

 

トールたちに説明をしようとしていたナタルの言葉を遮って、父と別れたフレイがひとつ気になったことを問いかけた。

 

「なんだ?どうしたアルスター」

 

「キラは…?」

 

溢れたように放たれた言葉に、ナタルは顔をわずかに伏せて、トールたちは互いに顔を見合わせるのだった。

 

 

////

 

 

 

そんなトールたちから離れた場所で、キラはメネラオスに向けて発進準備をしているランチを眺めていた。特に、今になってあの船に乗りたいなどという後悔の念は無いが、ヘリオポリスの戦いでストライクに乗る決断をしなければ、自分もランチに乗ろうとするあの喧騒の中に居ただろう。

 

今になって思うことはたくさんある。

 

コクピットに乗って、戦って、引き金を引いて。

 

辛いことは沢山あった。けど、得られたものも確かにあった。心のどこかでいつも感じていた自分自身に対する疎外感や、異物感を、メビウスライダー隊のみんなといるときは感じない自分がいる。それが心地よいとも思うし、こんな頼りない自分を仲間だと言って信頼し、助けてくれる。そんな相手がいるだけで、キラはほんの少し、強くなれたような気がした。

 

「キラ・ヤマト君だな?」

 

ふと、横から声をかけられて、キラは泡を食ったように振り向く。そこには、優しげな笑顔をしたハルバートン提督がいた。

 

「なに、驚かないでくれ。報告書で見ているんでね」

 

ノーマルスーツ姿の提督は、「隣、いいかね?」とだけ言って、何も言わずにキラと同じようにランチに乗り込む人々の喧騒を眺めていた。

 

「しかし、改めて驚かされるよ。君が所属するメビウスライダー隊にはな」

 

「レイレナード中尉たち、ですか?」

 

ハルバートン提督の言葉に首をかしげると、どうやら君たちは自覚してないらしいなと小さく笑った。

 

「彼らはーーいや、君たちはたった4機の編隊で、モビルスーツ部隊を幾度となく撃退し、ナスカ級の撃沈目前までも行った存在だ。G兵器は、ザフトのモビルスーツに、せめて対抗せんと造ったものだというのに、まったく。君たちのお陰でモビルスーツの有用性を上層部はあまり認めようとしないようだ」

 

「えっと…ご迷惑をおかけします」

 

思わずそう答えたキラに、ハルバートン提督はしばし驚いた様子をした後に、豪快に声を上げて笑った。

 

「はっはっはっ!すまない、冗談だよ」

 

そんなハルバートン提督を見て、こういう裏表がない人が上司だから、マリューもまた裏表がない人間なのだろうと、キラはある種の納得をした。

 

「君の御両親は、ナチュラルだそうだが?」

 

「え!…あ…はい」

 

思わず、胸が鳴った。

自分の両親のことを、この人は知っている。一気に心の中に暗いイメージが湧き上がった。まさか両親を人質にして自分をーーと、思ったが。

 

「どんな夢を託して、君をコーディネイターとしたのだろうな」

 

ハルバートン提督は遠くを見ながら、どこかへ語りかけるようにそう呟いた。

 

「私は、コーディネーター憎しで戦ってるわけじゃない。地球とプラントの関係で戦争が起きているのだし、コーディネーターが絶対的な悪ということは無いのだよ。君のような、真面目な青年がなによりもその証拠だ」

 

そう快活に笑って、ハルバートン提督はキラの肩を叩いた。思わず、キラは自分の中に生まれたイメージを恥じた。彼は、自分のことを本気で心配して声をかけてくれているのだ。メビウスライダー隊のみんなと同じように。

 

「何にせよ、早く終わらせたいものだな、こんなくだらん戦争は!」

 

そう言った矢先、奥の通路から提督と同じノーマルスーツをきた連合兵が敬礼をしながら近づいてくるのが見えた。

 

「閣下!メネラオスから、至急お戻りいただきたいと」

 

「やれやれ…君や君の友人達とゆっくり話す間もないわ!」

 

ではな、と言ってハルバートン提督は柵を乗り越えて下で待機するランチへ向かおうとした。

 

「提督!!」

 

キラは、思わず提督を呼び止めた。もっとハルバートン提督と言葉を交わしたい。自然とそう思ったのだ。しかし、提督は振り返るとさっきまで見せていた笑顔とはちがう、真面目で澄んだ眼差しをキラへ向けた。

 

「アークエンジェルとストライクを守ってもらって感謝している。そしてこの艦に残るというのなら、私は止めはしない。だが、君が居れば勝てるということでもない。戦争はな。決してうぬぼれるな!」

 

提督の言葉に、キラは言葉を模索した。

自分一人だけで、ストライクに乗って戦っていたなら、提督が言うように心のどこかで増長していたかもしれない。けど、キラの心にある覚悟はそうじゃないと叫んだ。

 

「大切な人を守るため。大切な仲間を守るため。生きて、生き抜いて、出来るだけの力があるなら、出来ることをして、使命を果たす。僕はメビウスライダー隊のみんなに、それを教えてもらいました」

 

そのキラの答えに、提督は満足そうに笑みを浮かべた。

 

「その意志があるなら、君は立派な戦士になれる。ただ忘れるな、良い時代が来るまで、死ぬなよ!」

 

彼はそう言って敬礼をすると、自分の役目を果たすためにランチへと向かっていくのだったーー。

 

 

 

 





いつも感想ありがとうございます。
ラリーとリークやドレイク艦長を気に入ってもらえて、とても嬉しいです。これから地球編に入っていくのですが、みなさんが言ってるようなスカイグラスパーにラリーたちを乗せるほど、紅さんは優しくないので悪しからず。

あと一言。僕の好きな作品は、機動戦士Vガンダムです(ゲス笑み)


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第46話 ラウ・ル・クルーゼ



今回は短め


 

 

「キラが残る!?ふざけないで!」

 

ハンガーの一角で、フレイの声が反響した。そんな彼女を見て、ナタルも複雑な表情を見せる。

 

「彼は、ふざけた気持ちで言ってるんじゃない」

 

少なくとも、キラの目は戦うことを決意した人の目をしているとナタルは感じた。軍人としてではないが、戦う戦士としての素質が花開こうとしているように思える。

 

しかし、フレイが感じていたものは、ナタルのような軍人らしい思考ではない。

 

「私は、この船に乗るまで父と同じ考えでした!コーディネーターは悪だと、コーディネーターがいるから戦争が起こるんだと」

 

ずっとそうだと思っていた。ずっとそうだと信じて疑わなかった世界と自分の価値観。それが、この船に乗ってから根底からひっくり返されたように思える。

 

「けど、違いました。コーディネーターを滅したら平和になるの?…そんなこと全然ない!そんなの、虐殺と一緒よ!」

 

ラクスのように、戦争を悲しむコーディネーターも、キラのように仲間のために命をかけて戦うコーディネーターもいる。そんな人たちも悪と一括りにして、滅ぼした世界に何が残る?

 

「世界は、コーディネーターが居ても居なくても、ナチュラル同士だったとしても!いがみ合って、依然として戦争のままでーー私…自分は中立の国に居て…全然気付いていなかっただけなんだって、思い知らされた」

 

フレイはただ、父の思想が絶対だと思っていた自分を恥じた。そんなこと、正しくないという視点が持てた故に、自分の醜悪さや、人としての未熟さを思い知らされて、苦しんでーー。

 

「でも、キラはそんな私たちを命がけで守ってくれてた。父のこともそうだし、そして今もーー。そんな彼を一人にして…私は…!」

 

そんなキラを残して、この噛み合わない違和感を忘れては、また自分はブルーコスモスの思想に染まってしまうのではないか。それがフレイにとっては何よりも苦しく、辛いことだった。

 

「フレイ…」

 

サイも、フレイの変化に気がついていた。彼女の心の在り方が変わっていく様子を間近でみていたのはサイだ。悩み、苦しんでいる姿も知っている。

 

フレイは伏せた眼差しをしっかりと上げて、ナタルに高らかに言い放つ。

 

「私も、アークエンジェルに残ります!」

 

 

 

////

 

 

ハルバートン提督を見送っていたキラに気がついて、ランチに乗り込む喧騒の中から小さな影が、キラの足元へ歩み寄ってきた。

 

「エルちゃん?」

 

足元にたどり着いた少女は、ヘリオポリスの避難民の一人で、ユニウスセブンではキラやクラックスのクルーのみんなと共に折り紙を折った。その少女がポケットから、あの時に折った折り紙の花を取り出し、キラに差し出す。

 

「今まで、守ってくれてありがと」

 

キラは、しばらく目を見開いてから、ゆっくりと屈んで少女から花を受け取った。そうすると少女は花のようにパッと笑顔を浮かべて、ランチの入り口で待つ母の元へと帰っていく。

 

そうか。これがーー僕が守った、大切な人なんだ。

 

心の中で、キラは完全に区切りをつけた。ランチに入っていた少女に「ありがとう」と告げて、キラも出発しようとするランチから離れていく。

 

僕の向かう場所は別にあるのだからーー。

 

 

 

////

 

 

 

フレイの言葉を聞いて、サイはーーナタルから貰ったばかりの除隊許可証を折りたたんでポケットに突っ込んだ。

 

「サイ!」

 

「フレイの言ったことは、俺も感じてたことだ。それに…キラだけおいていくなんて、出来ないしさ…」

 

キラはコーディネーターだから。キラがモビルスーツに乗れるから。そう言って、友達であるキラが戦っているのをただ見ているだけで、彼が悩んだり、苦しんでいることに何もしてやれなかった自分に、サイは腹が立っていた。

 

ただ、フレイが残ると言ったから、サイも残る決断をしたのではない。自分にできることを精一杯やって、命をかけて戦うキラに応えたいと、本気で思った。

 

「トール?」

 

サイと同じように除隊許可証をポケットに突っ込んで、トールもサイと肩を並べた。

 

「アークエンジェル…人手不足だしな。この後落とされちゃったら、なんか…やっぱやだしよ」

 

「トールが残るんなら…私も…」

 

「みんな残るってのに…俺だけじゃな…」

 

結局全員、同じ気持ちだった。友達が一人で大切なものを守るために立ち上がった姿を、戦いも、人の生き死にも目の当たりにした。それらを知らないふりをして、ヘリオポリスの頃のような生活に戻るイメージを誰も持てなかったし、それで納得できるほど子供でもない。

 

キラが大切なものを守るために立つなら、自分たちもそれに付き合おう。それがトールたちの間で共有された思いだった。

 

「みんな…バカ…」

 

「フレイこそ」

 

「みんながだよ」

 

「あ、そっか…」

 

そういうと、フレイもサイもトールもミリアリアもカズイも、なんだか自分たちが滑稽で、バカバカしくて、けれどどこか清々しくて、ちょっぴり切なくて、みんな揃って笑った。笑って、全員が残る決断をしたのだった。

 

 

 

////

 

 

 

《モビルスーツ、発進は3分後、各機、システムチェック!全隔壁閉鎖。各艦員は、至急持ち場に就け!繰り返す!全隔壁閉鎖。各艦員は、至急持ち場に就け!》

 

クルーゼはコクピットの中で、騒がしくなっていく通信の声をただ聞いていた。白く塗装されたモビルスーツは、新品のように輝いている。

 

シグー・ハイマニューバ、クルーゼスペシャル。そう付けられた名に、クルーゼは少しだけ気恥ずかしさを覚えた。

 

ラリーの駆るメビウスとの戦闘で中破したシグーをプラント本国に持ち帰り、戦闘データを技術者や評議会のメンバーに見せて、自分がネメシスを討つと公言した結果、この機体を手にすることができた。

 

グリマルディ戦線でクルーゼが駆っていたジン・ハイマニューバのエンジンを補助機関として、武装はライフルと斬刀のみ。シグーの徹底的な高機動化と関節部の強化、そしてカリカリにまでチューンしたエンジン出力のおかげで、クルーゼしかまともに扱えない超ピーキーな性能に仕上がっている。

 

クルーゼとしては、この機体を大切に扱うつもりは毛頭なかった。全ては、ラリーのメビウスを落とすため。彼と全身全霊をかけた殺し合いをするためだけに使う。この戦いで自分の命ももろとも失うことも厭わない。

 

その覚悟を持って、クルーゼはコクピットに乗り込んでいた。

 

「アデス、艦の指揮は任せたぞ」

 

《ーー隊長》

 

「ん?」

 

《ご武運を》

 

アデスの言葉に、クルーゼは小さく笑って珍しく敬礼で答えた。今ここにいるのは、戦術の鬼才でも、クルーゼ隊の隊長でもない。

 

ただのパイロット、ラウ・ル・クルーゼだ。

 

「ラウ・ル・クルーゼ、シグー・ハイマニューバ、出るぞ!」

 

ナスカ級ヴェサリウスから飛び出した閃光は、一陣の光となって宇宙を切り裂く。その軌跡は皮肉にも、流星のそれと酷似していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第47話 戦いの幕開け

 

 

 

「ナスカ級1、ローラシア級2、グリーン18、距離500。予測、15分後!!」

 

ザフトの動きを真っ先に探知したのは、クラックスだった。艦隊の後方に位置するアークエンジェルへの人員移動の最中でも、ドレイクは周辺警戒を怠っていなかった。

 

「クルーゼ、やはりここで仕掛けてきたか!」

 

「通達!第一戦闘配備!各艦の担当官を叩き起こせ!!対空戦用意!」

 

そして、その一報はアークエンジェルにも届いていた。

 

「搬入中止、ベイ閉鎖!メネラオスのランチは?」

 

マリューの問いかけに、オペレーターは首を横に振って応えた。

 

「まだです!」

 

その答えにマリューは落ち着いた様子で次の指示を出していく。

 

「急がせて!総員!第一戦闘配備!対空戦用意!ゴットフリート1番2番、起動!ミサイル信管、6番から13番へヘルダート装填!バリアント展開させて!アンチビーム爆雷の準備を!」

 

マリューの指示に、ナタルも特に何も言わずに従っていく。歴戦のクラックスを見て、マリューもアークエンジェルのクルーもまた、成長を遂げていた。

 

「了解!各CIC接続完了、フィールドネットワークコンタクト可能です!」

 

アークエンジェルが構築したのは、クラックスと連携を密に取るための戦術データリンクだ。すぐにそのデータを旗艦であるメネラオスにも送信する。

 

すると、ハルバートン提督から電子文書でこう届いた。

 

《奴らに宇宙艦隊の戦い方を見せてやろう》

 

 

 

////

 

 

 

 

「キラ!」

 

ランチを後にしたキラは、ハンガーに集まっていた友人たちとばったり出くわしていた。

 

「みんな!なにをやってるんだ!早くしないとランチが…」

 

「俺達さ、残ることにしたからさ」

 

ランチが出てしまうと言うつもりだったが、サイの放った言葉でキラの思考は停止した。

 

「え?」

 

「だから残るんだよ。アークエンジェル、軍にさ」

 

サイに続いたトールの言葉も、キラは理解できていないようで、その様子がおかしかったのか、みんな困ったように笑っていた。

 

「残るって…どういう…」

 

「フレイが残るって。キラを置いていけないからって」

 

「ええ!?フ、フレイ…なんで…?」

 

ミリアリアの言葉に、キラは反射的にフレイの方へ顔を向けると、彼女は照れるように顔をうつむかせながら、キラと向き合った。

 

「キラは残って戦ってるのに…私だけまたコーディネーターを差別するような世界には、もう戻りたくないのよ」

 

命をかけて戦っているキラの姿を知ってるのに、それを忘れてヘリオポリスと同じ感覚で、同じ生活になんて、戻れる気がしなかった。その言葉に、サイたちも頷く。

 

「それで…俺達も…な」

 

《総員、第一戦闘配備!繰り返す!総員、第一戦闘配備!》

 

そんな空気を引き裂くように、アークエンジェルの艦内に音声放送が流れ始めた。

 

来たっーー。

 

キラは直感的にそう感じた。敵がくる。この船や艦隊を落とすためにーー。

 

「キラ!」

 

そんなキラの肩を掴んだトールに、彼は笑みを送った。真剣な眼差しに光を灯して。

 

「ストライクには僕が乗る。みんなを守る。そのために戦うから」

 

もう、逃げない。決めたんだ。大切なものを守るって。この戦争を終わらせなきゃって!だから。

 

「なら…私たちの想いは…貴方を守るわ」

 

その心の声を汲み取ってくれたように、フレイが優しい声でそう言ってくれた。みんなが、キラを信用して、信頼してくれてる。そんなみんなを守るためにーー僕はーー。

 

「とにかく、みんなはブリッジに!僕はーー行ってくるよ!!」

 

キラは走り出した。振り返らない。ただ前を向いて走り出す。自分の背中を見てくれる友達を守るために。

 

 

 

////

 

 

 

アークエンジェルのハンガーは各モビルアーマーの出撃準備に向けて慌ただしく動き始めていた。

 

「フラガ大尉はゼロで出るんだよ!大丈夫だ!準備は終わってる!」

 

マードックが激励の言葉を飛ばしながら指示をする中で、ハリーたちは使い終わった資材をバンド固定機で壁に固定したりと片付けに奔走している。

 

「もう!こっちはまだ準備してるってのに!」

 

「ハリーたちはこのままアークエンジェルに!どうせあとでみんな来るんだ!留守番してろ!」

 

作業服からノーマルスーツに着替えたラリーは、純白に塗装し直されたメビウスのコクピットハッチを開いて中に潜り込もうとした。

 

「レイレナード中尉!」

 

そんな彼を、上から降りてくるキラが呼び止めた。ラリーたちは唖然とした。降りてきたキラが、艦を降りる格好ではなく、ノーマルスーツだったことに。

 

「キラ!?」

 

「なんで!?」

 

驚くリークやハリーに、キラはヘルメットを脇に抱えたままで照れたように笑って言った。

 

「僕も、メビウスライダー隊の一員ですから」

 

その言葉に一同がぽかんと呆けたが、いち早く反応を示したのはラリーだった。

 

「この…ばかやろう!」

 

メビウスから降りて、やってきたキラの首へ手を回して脇に抱えると、乱雑にノーマルスーツのごつい手袋でキラの頭をわしゃわしゃと撫で回した。抵抗することなくそうされていると、ラリーはキラを離して、ストライクの方へと送り出した。

 

その先には、同じくノーマルスーツ姿のリークがいた。

 

「ストライク、システムチェックは終わってるよ」

 

「ありがとうございます、ベルモンド少尉」

 

コクピットに乗り込んだキラを覗き込みながら、リークは本当に嬉しそうに笑っている。

 

「地球に降りたらキラくんの歓迎会だね」

 

秘蔵のお酒を準備しとかないとと、リークは告げて、ストライクから降りた。ハッチを閉めて、キラは深く息を落とす。

 

「とにかく、無事に降りることだけを考えろよ!生きて帰るぞ!みんな作業しながら聞いてくれ!ブリーフィングをはじめる!!」

 

 

 

////

 

 

 

緊急事態だ。

 

現在、第八艦隊は地球圏の低軌道上に位置している。本来ならば、このまま第八艦隊はアークエンジェル、そしてヘリオポリス避難民を乗せたシャトルが地球へ降りるのを確認してから離脱する予定だったが、我々はザフトのローラシア級二隻とナスカ級一隻に捕捉されてしまった。

 

敵艦からはモビルスーツが発進したという情報も入った。おそらく、地球圏の軌道上ギリギリでの戦闘になるだろう。史上類を見ない特殊な作戦だ。

 

メビウスライダー隊は、メネラオスから発進したモビルアーマー部隊と合流し、第八艦隊の防衛任務を遂行する。

 

低軌道上の戦いとなるため、地球圏への高度には充分留意せよ。メビウスに大気圏突入能力は無い。重力に捕まれば大気の摩擦で燃え尽きることになる。

 

メビウスライダー隊は、低軌道ギリギリになった頃合いを見て、アークエンジェルに帰投。アークエンジェルと共に地球へ降下してもらう。

 

クラックスからアークエンジェルへの人員移動は済んでいないが、可及的速やかな地球降下が求められている。メビウスライダー隊の力に誰もが期待している。

 

各員、無事の帰還を祈る。メビウスライダー隊、発艦せよ!

 

 

////

 

 

「フラガ大尉!」

 

「ああ、分かってる!バジルール少尉!ここから出て何分ある?!」

 

《フェイズスリーまでに戻れ!ストライクはスペック上大気圏へ突入はできるが、やった人間は居ないんだ!中がどうなるかは知らないぞ!メビウスライダー隊、各員も高度とタイムは常に注意しろ!》

 

「了解!!」

 

《進路クリア!メビウスライダー隊、発艦どうぞ!》

 

ラリーはコクピットでこれから向かう先を見据える。クルーゼもこの戦場にいるのか。だとするならーー今日が約束の日だ。ぐっとラリーはメビウスの操縦桿を固く握りしめる。

 

「ラリー・レイレナード。メビウス・インターセプター。ライトニング1、発進する!」

 

「リーク・ベルモンド。メビウス、ライトニング2、発艦します!」

 

2機のメビウスがアークエンジェルから飛び立つと、間髪を入れずにミリアリアが次のシークエンスへ移っていく。

 

《続いてメビウスゼロ、フラガ機、リニアカタパルトへ!》

 

「こんな状況で出るなんて、俺だって初めてだぜ…!ムウ・ラ・フラガ、ライトニングリーダー、出るぞ!」

 

解放されたハッチから、ムウの駆るメビウス・ゼロが閃光のように飛び出した。残るはキラのストライクだけだ。

 

《オービットよりメビウスライダー隊へ。敵は、ナスカ級一隻にローラシア級が二隻。すでに10機のモビルスーツの反応が確認されている。これは艦隊戦になるぞ!》

 

《カタパルト、接続!エールストライカー、スタンバイ!システム、オールグリーン!》

 

メビウス・ゼロに続いてキラのストライクもカタパルトへと運ばれた。ハッチからは眼下に青い地球が広がっているのが見える。

 

《進路クリア!ストライク、どうぞ!》

 

「キラ・ヤマト、ストライク、ライトニング3、行きます!!」

 

 

 



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第48話 低軌道の戦い 1

漆黒の宇宙の中で、アラームがメネラオス中に響き渡っていた。慌ただしくブリッジではクルーが行き来し、到着したハルバートン提督も艦長席へ腰を下ろす。

 

「全艦、艦隊戦用意!!密集陣形にて、迎撃体勢!アークエンジェルは陣形の中心へ!!各艦!!ハリネズミになれ!!敵を一機たりともアークエンジェルに近づけさせるな!」

 

「ワルキューレ1、ワルキューレ2、発進!アンチビーム爆雷、用意!補給艦は直ちに離脱せよ!ランチ収容、ハッチ閉鎖!」

 

側近のホフマンの指示のもと、メネラオスのハンガーから搭載されたメビウスの小隊が発艦していく。戦場は刻一刻と近づいてきていた。

 

メネラオスの後方に位置するアークエンジェルも、来たる戦闘に向けて武装を整えていく。クラックスやロー、モントゴメリは艦隊の左側を担当しており、迫るザフトのモビルスーツ軍とかち合う先鋒となる。

 

「イーゲルシュテルン、起動!敵はすぐくるぞ!ゴットフリート、ローエングリン、発射準備!」

 

アークエンジェルは戦闘する艦の援護と、地球に降りる準備を進めなければならない。人手はいくらあっても足りなかった。そんな中で、ブリッジの扉が開き、四人の人影がブリッジへ入ってくる。

 

「すいません!遅れました!」

 

入ってきては、素早く持ち場に滑り込むように座ったサイやトールたちに、アークエンジェルのクルーは驚いたようにどよめく。

 

「ぁ……貴方達!?」

 

一番衝撃を受けたのはマリューだったが、今は一時も無駄にする時間はない。

 

「志願兵です。ホフマン大佐が受領し、私が承認致しました!」

 

間髪を入れずに言ったナタルの言葉に、マリューはただ状況を飲み込むしかなかった。

 

その頃、メビウスライダー隊が出撃したハンガーでも、引き続き物資の片付けなどが、マードックやハリーの指揮のもと、急ピッチで進められている。

 

「大気圏に入るんだから宇宙とは勝手は違うからね!!はやく固定急いで!」

 

「グリンフィールド技師!」

 

指示を飛ばしていたハリーに、地球軍の制服ーーではなく、ハンガー内作業用のノーマルスーツを着たフレイが近づいて声をかけた。

 

「フレイちゃん!?ランチに乗らなかったの!?それにその格好…」

 

「志願しました!私にも何か手伝わせてください!」

 

フレイの言葉に、ハリーは一瞬戸惑った。事務次官の娘であるフレイが、なぜ軍に志願したのか。ブルーコスモスの一件で、父と揉めていたのは知っていたが、ハリーにはフレイの真意を知る術がなかった。しかし、手伝うというなら話は別。やることは山のようにある。

 

「あぁもう!!ここに来て後悔しても知らないからね!」

 

そういうハリーに、フレイは元気よく答えて指示を受ける。ミリアリアやサイたちのようにオペレーターや電子機器に慣れていないフレイにとって、ハリーやリークたちがやっている作業の方が親しみやすかったし、なによりある程度の基本的な知識があれば手伝いくらいなら出来ると踏んで、フレイは整備班の方へやってきたのだ。

 

しかし、そんな甘い考えはハリーの激しい指示を受けてから跡形もなく吹き飛ぶことになった。

 

 

 

////

 

 

 

「ちぃ、抵抗が激しい…やるな、ハルバートン 。目標はあくまでも足つきだ。他の雑魚は任せる」

 

モビルスーツの編隊を率いて艦隊に近づこうとするクルーゼだったが、相手の抵抗が思った以上に大きく、そして異様に粘り強かった。モビルスーツの数で中央突破を行い、指揮系統の撹乱を狙ったが、一箇所に釘付けにされたら数の優位も何もあったものではない。

 

クルーゼは各機へ分散の指示を出して、飽和状の攻撃を行うように作戦を練り直していく。

 

「隊長!凶星〝ネメシス〟は自分も…!」

 

そんな中で、クルーゼの後ろにデュエルを駆るイザークが付いてきた。彼もまたメビウスライダー隊に煮え湯を飲まされた、因縁のあるパイロットだ。クルーゼはイザークの言葉を聞き、しばらく沈黙してから答えた。

 

「いいだろう。だが、待つつもりは無いぞ?私も、そして凶星〝ネメシス〟もな」

 

「は?」

 

待つつもり?というクルーゼの言葉が、イザークは理解できなかった。そんなイザークに、クルーゼは隊長の仮面をかぶる。

 

「なに、気にするな。それにハルバートンは、どうあってもあれを地球に降ろす気だ。大事に奥に仕舞い込んで手出しさせないつもりらしい」

 

クルーゼは、モニターを操作して先程からリアルタイムで収集したデータを眺める。

 

「しかも直衛はモビルアーマー部隊と、ストライク…」

 

合理的であり、守りに徹した陣形だ。仮に先鋒の艦隊を突破したとしても、今度はアガメムノン級の戦艦からの対空攻撃に晒されることになる。むやみに突っ込むのは悪手だ。

 

「戦艦とモビルアーマーでは、もはや我らに勝てぬと知っている。良い将だな。あれを造らせたのも、彼だということだしな。ならばせめて、この戦闘でその説を、証明して差し上げるとしよう」

 

 

////

 

 

《ジェントルマンがこうも集まると壮観だな》

 

メビウスライダー隊を先頭に、メネラオスから発進した合計10機のメビウスが編隊を組んで、飛んでいる。

 

《こちら、ワルキューレリーダーのオスカー1だ。メビウスライダー隊、君たちと共に飛べて光栄だ》

 

そう言って来たのは、メネラオスから発進したワルキューレ隊の隊長だった。気さくな言葉とは裏腹に、その声色はやや硬い。眼前では、ローやモントゴメリを散開して抜けてきたモビルスーツの光が見える。

 

《くそ!手が震えてやがる!ただの作戦。たかが戦争。だから、やられても死ぬだけだ》

 

《落ち着け、モビルスーツ1機にモビルアーマー3機というジンクスは、メビウスライダー隊がとうの昔に砕いてくれてる》

 

《ここからはペイバックタイムだ。ザフトの連中に一泡吹かせてやろう》

 

ワルキューレ隊が口々にそう言って、自分たちを鼓舞していく。メビウスライダー隊の輝かしい功績とは裏腹に、モビルアーマーとモビルスーツの戦力差は歴然としている。出撃するたびに死を覚悟している彼らにとって、この戦闘がいかに恐怖であるかーー計り知れないものであった。

 

《こちらAWACS、オービット》

 

そんな中で、戦術データリンクで繋がったAWACSからの通信が、飛行するメビウス全機に響いた。

 

《全機へ、我々は、後方から君たちをモニターするだけで、戦場に立ってる側じゃ無い。だから、偉そうな事を言える立場ではないが、一言だけ言わせてくれ》

 

一息ついて、オービットは真面目な声で言い切った。

 

《全員、必ず生きて帰ろう。以上だ》

 

それを皮切りに、メビウスライダー隊が動き出す。先頭を飛ぶムウが、各メビウスへ適切に指示を飛ばし始めた。

 

「メビウスライダー隊よりワルキューレリーダー!エレメントを組め!決して離れるな!ライトニング2、3は俺と来い!それとライトニング1!!」

 

最後に呼ばれたライトニング1であるラリー。彼の役目はすでに決まっている。

 

「大物はお前に任せるぞ」

 

そう言って飛び去っていくムウを見つめて、ラリーは瞳を細めた。

 

「ライトニング1、委細承知…!」

 

 

////

 

 

先鋒を任されたクラックス、ロー、モントゴメリの戦闘は苛烈を極めていた。

 

「敵機4!グリーン23、距離500!」

 

「6番からスレッジハマー!斉射〝サルボー〟!!」

 

「ランダム回避運動!アンチビーム爆雷展開!弾幕!敵を寄せ付けるな!」

 

三隻の中で最も戦闘経験があるクラックスは前衛に立ち、ブリッジでは目まぐるしく移り変わる戦況を伝える情報が飛び交っている。それらの情報に鋭く応じ、ドレイクは指示を投げていった。ここで一瞬でも気を抜けば、落とされるのはこちらだ。

 

「艦長!!ローが!!」

 

そんな中、一人のオペレーターが悲鳴のように声を張り上げた。第3モニターに映るドレイク級宇宙護衛艦であるローが、モビルスーツに取り付かれていて、船体から煙を上げているのが見えた。次いで、船体の四方に伸びるミサイル発射装置が火を吹き上げて爆発していく。

 

「なんてこった…!」

 

《ドレイク艦長、聞こえるか?》

 

ノイズ混じりながらも、ローの艦長からの通信がクラックスに届く。向こうはこちらの音がもう聞こえないのだろう。ローの艦長は驚くほど穏やかな声でドレイクに言葉を繋いだ。

 

《ローはもうダメだが、乗組員は退艦させた。それに腕のいい奴らはそちらに向かわせてる。頼りになる士官たちだ、きっと力にーーー…》

 

彼の言葉が終わる前に、通信音声は酷いノイズに晒され、第3モニターに映るローは、船体の真ん中から火が上がって、やがて動かなくなった。

 

「ロー、沈黙…!!」

 

「ーーコープマン艦長に繋いでくれ」

 

モントゴメリは、ローとクラックスの後方に位置しており、まだモビルスーツからの本格的な攻撃に晒されていない。

 

《バーフォード!》

 

モニターに映るコープマン大佐に、ドレイクは単刀直入に言った。

 

「大佐。ローの退艦員の収容と、戦域の離脱を頼みます」

 

《何を馬鹿な…!》

 

「今下がらなければ、我々は退路を失うことになる。艦隊の全滅だけは阻止しなければなりません…」

 

《ーー私に、また逃げろというのか。グリマルディ戦線の時のように》

 

コープマンは、苦しげな表情でモニターに映らぬ拳を握りしめる。また、逃げると言うのか。友軍を見捨てて、勝てない戦いから、勝てない戦場から逃げろとーー。

 

「あの時は負け戦でしたが、この戦いは私の勝ちです」

 

そんなコープマンに、ドレイクはくたびれた帽子を被りなおして呟く。その言葉には、なんの迷いも無かった。

 

《何?》

 

コープマンの声に、ドレイクは鋭い眼差しと優しげな笑みを浮かべて頷く。

 

「アークエンジェル。そして、メビウスライダー隊が健在な限り、我々に敗北はないのですから」

 

彼らが健在な限り、この戦いに勝利したのは自分たちだ。だから、自分たちは為すべきことを為そう。果たすべき使命を果たそう。

 

今までやってきたことと、同じように。

 

《ーー了解した》

 

コープマンはそう言って、モントゴメリを後方へと下げていく。ドレイクは通信を切り、大きく声を張り上げた。

 

「ローからこちらに向かっている船には、アークエンジェルに向かうように言え!その方が早い!我々はここを絶対防衛線とする!!離脱する艦の退路を確保し、一機たりとも後ろへ通すな!!」

 

 

 

 

 

 



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第49話 低軌道の戦い 2

 

 

 

「ゴットフリート1番、2番、バリアント、レーザー誘導!捕捉次第撃て!!イーゲルシュテルン!弾幕絶やすな!ミサイル発射管、13番から18番、てぇ!続いて、7番から12番、スレッジハンマー装填!19番から24番、コリントス、てぇ!」

 

艦隊の中を飛び回るモビルスーツ群に、ナタルが的確な指示を出して迎撃行動を繰り広げていく。アークエンジェルの周囲にいるメネラオスや、他艦船も迎撃をしてはいるものの、モビルスーツの圧倒的な機動性について行けていなかった。

 

艦隊戦とは言え、そこから出てくる搭載機との航空戦で圧倒的に劣ってしまえば、それは艦隊の防衛力を徐々に削がれることにつながなる。

 

一機でも敵の足を止めさせて、引きつけなければ、第八艦隊は瞬く間に壊滅することになるだろう。

 

「ラミアス艦長!!クラックスが!!」

 

そんな中で、アークエンジェルのオペレーターが前衛に出ているクラックスの異常に気がついた。望遠でカメラで見るクラックスは、4基あるミサイル発射管ユニットの内、一つから火が上がっていた。

 

即座に分離して誘爆は逃れたが、戦力が著しく落ちているのは火を見るよりも明らかだった。

 

「チィ…こんな混戦状態では…!!」

 

「クラックスより通信!!」

 

オペレーターの声と同時に、通信チャンネルを開いてきたクラックスからの映像が届いた。

 

「バーフォード艦長!!」

 

マリューがそう叫んだが、ドレイクにその声は届いていなかった。ザフトが発するNジャマーのせいで、向こう側からの通信しか受け取られないのだ。

 

《聞こえるかね、ラミアス艦長》

 

ドレイクはいつものように、くたびれた帽子を深くかぶっていた。

 

《今、私の友人が君たちに援軍を送ってくれた。古い友人でな。信頼できる友だ。彼のお墨付きなら、きっと君たちの力になるだろう》

 

「バーフォード…艦長…?」

 

《すまない。君たちの行く末を見ていたかったが、私はこの船の艦長だ。我々は、この場で戦い続けよう。だから君たちは、君たちの使命を果たせ。生きろ。生きて、使命を果たすんだ》

 

そういうと、ドレイクはマリューに向かって敬礼を向ける。とても真っ直ぐとした瞳で、マリューは、ドレイクのその姿を目に焼き付けた。

 

《ラミアス艦長、そちらにたどり着いたクルーや、メビウスライダー隊のことを頼む。いい艦長になれよ》

 

「そんな、待ってください!!バーフォード艦長!!」

 

マリューが思わず席を立った瞬間、映像は途切れ画面が暗闇に落ちた。

 

「クラックスとの通信途絶…艦長…」

 

望遠カメラに映るクラックスは、三機のモビルスーツに取りつかれながらも、懸命に防衛線を死守している。

 

自分たちの使命ーーマリューはドレイクの言葉を反復させて、真っ直ぐと前を向いた。ドレイクと同じように。

 

「回線をメネラオスに繋いで」

 

 

 

////

 

 

 

モビルアーマー隊もまた、決死の防衛戦を展開していた。ムウは単機ながらも、戦場を駆け抜けて味方機の援護と敵の迎撃を担っていた。

 

「ワルキューレ隊!聞こえるか!」

 

《こちら、オスカー3!フ、フラガ大尉!ワルキューレリーダーが…!!》

 

撃破された艦船の近くにいたメビウスに近づき、ムウは叱咤を飛ばした。

 

「2機はメビウスライダー隊の指揮下に入れ!立ち止まるな!足が頼りのモビルアーマーで止まれば死ぬぞ!」

 

《りょ、了解!!》

 

「各機!編隊を維持!ここが正念場だ!切り抜けるぞ!!うおりゃああああああ!!」

 

ムウは新たに加えた2機の友軍機を引き連れて、瓦礫と化した艦船から敵に向かって飛び出す。戦いはまだ、終わっていない。

 

 

////

 

 

「敵ナスカ級、及びローラシア級接近!セレウコス、カサンドロスに突撃照準!」

 

「ええい、突破してきたか!迎撃!弾幕を絶やすな!!」

 

メネラオスも防衛網を突き破ってきたザフト艦と、対艦戦に移っていた。ナスカ級の主砲斉射を掻い潜り、ハルバートン提督も負けじと応戦していく。だがーー。

 

「ああ!」

 

「カサンドロスが…おのれ!」

 

数では優ってはいたが、利は向こうにあった。やはりモビルスーツの性能というのは恐ろしいものだとハルバートン提督は心の中で毒づく。この絶望的な状況をアラスカ基地で踏ん反り返っている上層部の馬鹿どもに体感させてやりたかった。

 

「Xナンバー、接近!ライトニング2、3が交戦開始します!」

 

ザフトが鹵獲したG兵器は、さきほどからメビウスライダー隊が取り付き、足止めをしてくれている。コーディネーターが乗るG兵器に奇襲でもされたら、たまったものではない。

 

「援護射撃だ!射線はリアルタイムで伝えろ!ゴットフリート照準!相手はフェイズシフト装甲だ!ビームを使え!なんとしても落とせ!」

 

ホフマンの指示のもと、艦への攻撃を継続しながら、メビウスライダー隊の援護も行なっていく。その時だった。

 

「アークエンジェルより、回線が入ってます」

 

「ーーなんだ?」

 

オペレーターの言葉に、ハルバートン提督は当惑した面持ちで通信用の映像モニターに視線を向けた。そこには、提督と同じように、まっすぐな目をしたマリューが映っている。

 

《閣下。本艦は艦隊を離脱し、直ちに、降下シークエンスに入りたいと思います。許可を!》

 

なに!?とハルバートン提督の隣に座っていたホフマンが声を上げた。

 

「自分達だけ逃げ出そうという気か!」

 

《敵の狙いは本艦です!ここで敵の増援でも来たら、このまま艦隊は全滅です!敵部隊はクラックスがーーバーフォード艦長が食い止めてくれています…!》

 

最後の言葉を言う時、マリューはひどく悲しそうに目を細めた。だが、その弱さをすぐに振り払い、マリューは気丈に振る舞っていた。己の使命を果たすために。

 

《アラスカは無理ですが、この位置なら、地球軍制空権内へ降りられます!突入限界点まで持ち堪えれば、ザフト艦は振り切れます。閣下!》

 

そういうマリューに、ハルバートン提督は小さく息を吐いた。

 

「マリュー・ラミアス。相変わらず無茶な奴だな。全く、誰に似たのやら」

 

《部下は、上官に習うものですから》

 

「はっはっは!これは一本取られたな!ーーいいだろう。アークエンジェルは直ちに降下準備に入れ。きっちり送ってやる。送り狼は、1機も通さんぞ!」

 

 

 

 

 

 

 



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第50話 低軌道の戦い 3

地球を眼下に見下ろす激戦の戦場。

戦況はモビルスーツを多数有するザフトの優位に見えたーー。

 

だが、彼らの目算は甘かった。

 

地球というゆりかごが持つ重力に引かれ、自由に空を舞っていた機体は鎖に繋がれたように重くなっていく。

 

そして、その鎖に囚われた彼らを、ゆりかごを背に現れた流星が食らっていく。

 

『今、俺を撃った奴を確認してくれ!』

 

『あれは、流星のマークだ!』

 

火を上げたザフトのモビルスーツ、ジンの横を鮮やかに過ぎ去る。光が尾を引いて宙を切り裂き、動きが鈍るジンを食らう。足のつま先からゆっくりと、咀嚼していくように。

 

『1機相手に何をてこずっているんだ?! 』

 

『なんて動きをしやがる…あれは人間ができる動きか!?当たらない!』

 

僚機がタングステン製の弾丸に貫かれるのを目の当たりにしながら、宇宙が自分たちの庭だと自負していた彼らは成す術もなく落ちていく。

 

光は急制動をかけ、捻り、回り、人型の軌道に慣れ親しんだ彼らの視界から光の瞬きのように消えては、現れる。

 

『くそ、こっちは5機以上のモビルスーツが出てるんだぞ!?戦局があの1機に塗り変えられるのか!? 』

 

『あれはただのモビルアーマーだ!撃てば落ちるモビルアーマーのはーーー』

 

わめいていたパイロットの音声が、くぐもった声と共に途切れ、胴を貫かれたジンが宇宙を力なく漂っていく。ある機体は制御を失い地球の重力圏に引かれて、青い星へと落ちていく。

 

『撃っても当たらない!やっぱり奴は…』

 

流星ーー自分たちが散々落とし、バカにしてきたモビルアーマーの動きがつい先日、ザフトの名将の一人であるラウ・ル・クルーゼによって公開された。彼の壮絶な戦闘記録とともに、だ。

 

その動きと軌跡は、ザフトの技術者でも理解できない軌道を描いており、彼らの計算上、中に人がいるなら、それはもう人ではないと断言するほどの異常性があった。

 

その映像を見ながら、誰かが呟いた。

 

〝人に、流れ星を撃てるか?〟

 

『黙れ!そんなはずは…そんなはずがあるか!そんなはずはーーー』

 

その言葉を否定しながらも、目の前に描かれる軌跡に魅せられ、ザフトの名もなきパイロットは打ち込まれたタングステン製の弾丸によって、その短い生涯に終止符を打つのだった。

 

 

 

////

 

 

 

「このぉ!!!」

 

メネラオスを目前にしたディアッカとニコル、アスランは、その前に立ち塞がったキラとリークのメビウスライダー隊によって、釘付けにされていた。

 

《メビウスライダー隊の任務は、第八艦隊の護衛と、アークエンジェルと共に地球へ降下し、アラスカまでの道のりを護衛することだ。お前たちの使命を果たせ》

 

クラックス中破の一報にどよめいたキラとリークだったが、ドレイクから届いた電文命令を読み、二人は覚悟を決めていた。

 

故に、今の二人は強い。G兵器の足止め?そんな優しい表現で済むものではない。

 

『ストライク…前より出来るようになってる!!』

 

ニコルが悲鳴のような声を上げながら、回避運動を繰り返している。一切攻撃に転じるチャンスが無いのだ。アスランも何度かストライクに取り付こうと試みるが、信じられない反応速度で振り切られてしまう。

 

そして、問題はモビルスーツとモビルアーマーの連携の良さだ。

 

ストライクの隙を狙おうとしたらメビウスが。

メビウスを落とそうとすればストライクが。

 

そうやって絶妙な連携のバランスを保ちながら、メビウスライダー隊は迫るG兵器と大立ち回りを演じている。

 

「こっちも忘れてもらっちゃ困るよ!」

 

機動がわずかにでも緩めば、HEIAP弾を搭載したメビウスからの銃撃が飛んでくる。しかも、相手が装備しているのは、ザフトのジンが有するはずのライフルだ。

 

どこであんなものを手に入れたーー!!

 

『この、今日こそ撃ち落としてやる!ネメシスめ!!』

 

しびれを切らしたディアッカが、急制動をかけてリークの機体の真上を捉えた。ストライクはニコルとアスランが釘付けにしている。しとめるなら今しかない。

 

ディアッカは「落ちろぉ!」と叫んで、腰に構えた砲身の火をリークのメビウスへ放った。

 

『よっしゃあ!直撃コースーー!?』

 

リークのメビウスに直撃する瞬間、メインエンジンのサイドに備えられた四角いモールドが施されたシールドのようなものから閃光が瞬き、ディアッカの放ったビームは、宇宙の霧へと消えた。

 

『ビームが拡散した!?』

 

炸裂装甲ーーまたの名を、リアクティブアーマー。

 

旧世紀から実在し、戦車などの補助装甲として使用される装甲板。

 

リークのメビウスのメインエンジンを囲うように取り付けられた2枚の鋼板は、その間に爆発性の物質を挟んだ構造になっている。

 

具体的には、リアクティブアーマーに敵弾が命中すると、爆発反応により弾頭が浮き上がり、爆発が分散され、本体の装甲には傷が付く程度にダメージを下げる物である。

 

本来ならば、実弾運用を想定しており、ジンの携行火器であるライフルなどには全くの無力として誰も見向きしなかった代物だが、ハリーは着弾時の爆発反応により、高威力レーザーの収束体であるビームを霧散させる特性に目をつけたのだ。

 

ただし、装甲にも限りがあり何度も受けることは出来ないため、リアクティブアーマー機能が限界に達した場合、自動的にパージされる。また、パイロットが任意でパージすることも可能だ。

 

『ちぃ!!モビルアーマーごときが味な真似を!!』

 

再び乱戦に戻っていく中で、ディアッカは悠然と飛び立つリークの機体を睨みつけながら呟く。

 

「まだまだぁ!!」

 

ここが正念場だ。味方を鼓舞しながら踏ん張るムウや、メネラオスのメビウスパイロットたちと同じく、キラもリークも戦闘に集中していく。

 

 

////

 

 

予定より早い大気圏への降下準備。その報は、ブリッジにいる者たち以外にとっては突然の出来事だった。

 

《総員、大気圏突入準備作業を開始せよ》

 

「降りるぅ?この状況でか!?」

 

重力に備えて、工具や作業道具の固定や配置の変更をしていたマードックは、艦内放送で流れた情報に悲鳴をあげた。

 

降下するにしろ、大気圏内用の装備や機器の調整が全くできてないと言うのに。

 

「とにかく準備するしかないでしょ!」

 

なり振り構ってる暇も猶予もない。ハリーたちも人海戦術で大急ぎで準備を整えていく。

 

「重いぃいい!!」

 

そういうフレイは、まだ無重力であるが、運搬を頼まれた部材をコンテナに運び込むのに四苦八苦している。

 

ブリッジも、担当する下士官のほぼ全てが大気圏突入シークエンスは初めて扱うことになるため、はっきり言えばぶっつけ本番も良いところだ。

 

「降下シークエンス、再確認。融除剤ジェル、噴出口、テスト」

 

「降下シークエンス、チェック終了。システム、オールグリーン。修正軌道、降下角、6,1、シータ、プラス3!」

 

いつでも行けます!というノイマンたちの声に頷いて、マリューは再びメネラオスとの回線を繋いだ。

 

「閣下!」

 

《うむ。頃合いだな。アークエンジェル、降下開始!無事に降りろ!これは命令だ!また宇宙で会おう!》

 

「降下開始!機関40%。微速前進。4秒後に、姿勢制御」

 

アークエンジェルはメネラオス旗下の艦隊から離れ、徐々に地球へとその艦体を下ろしていく。

 

《メネラオスより、各艦コントロール。ハルバートンだ!》

 

残存する各艦へ向けて、ハルバートン提督は声を荒らげた。

 

《本艦隊はこれより、降下限界点までの、アークエンジェル援護防衛戦に移行する。厳しい戦闘であるとは思うが、彼の艦は、明日の戦局の為に決して失ってならぬ艦である!》

 

ザフトとのくだらない戦争を終わらせるため。軍の上層部の腐敗を食い止めるため。そして、明日に繋ぐ命を守るため。アークエンジェルが降りることは提督にとって何よりも重要な事だった。

 

《戦える艦は陣形を立て直せ!第八艦隊の意地に懸けて、1機たりとも我らの後ろに敵を通すな!地球軍の底力を見せてやれ!》

 

 

////

 

 

 

「足つきが動く!?チィ!ハルバートンめ!艦隊を盾にしてでも、足つきを降ろすつもりか!追い込め!降下する前に、なんとしても仕留めるんだ!」

 

メネラオスが自ら最終防衛線を張る中で、ネルソン級のプトレマイオス、ドレイク級の三隻が援護に回るも、ヴェサリウスを含めたザフト艦三隻は釘付けにされていて、取りつく島もない。

 

「し、しかしーー」

 

オペレーターが弱音を吐こうとした瞬間、ディアッカたちの母艦たるローラシア級ガモフのブリッジが、突然燃え上がるように爆発した。

 

トドメと言わんばかりに機関部にも弾丸が打ち込まれ、ガモフは完全に沈黙することになる。

 

クルーが最後に見たのは、船の横側から現れた閃光が、ビームサーベルを輝かせてブリッジ側面に突撃してきた光景だった。

 

ブリッジを引き裂いた閃光は、散らばった地球軍艦の瓦礫の間を凄まじい速さで潜り抜け、同じローラシア級のツィーグラーに接敵していくと、間髪を入れず機体の下部に設けられたレールガンを撃ち放った。

 

「ツィーグラー被弾!機関停止!航行不能!」

 

恐ろしい速さ。その光は尾を引いて、さらにヴェサリウスに接近してくる。瓦礫とNジャマーが作用し、レーダーを見ているオペレーターには、敵がワープしながらこちらに近づいてくるように見えた。

 

「りゅ…流星…!!」

 

アデスが顔を真っ青にしながら呟く。あの尾を引いて近づいてくる光はーー純白の装甲を魅せる機体はーー間違いなく、流星だ。

 

その瞬間、ラリーの駆るメビウスの行く手を遮るように、頭上からいくつもの弾丸が降り注いだ。

 

《ようやく見つけたぞ、ラリー・レイレナード》

 

急制動で姿勢を立て直すラリーの前に現れたのは、同じく純白に塗装されたシグー・ハイマニューバを駆るクルーゼと、彼と共に流星を追っていたイザークのデュエルだ。

 

「クルーゼ…!」

 

《無駄弾は使って無いだろうな…》

 

普段から聞こえる敵の声ではない。クルーゼはわざわざ周波数をこちらに合わせて語りかけている。ラリーはぐっと操縦桿を握る手に力を込めた。

 

「ここでケリをつける…!!」

 

彼らの背後では、煙を上げたガモフがゆっくりと地球圏へと落ちていき、そして火が機関部に達したのか、爆発し、光が瞬いた。

 

《さぁ、行くぞぉ!!ラリィィイイーー!!!!》

 

それを合図にするように、クルーゼが流星へ飛びかかるように襲いかかった。

 

「来い!!クルーゼェェエエーー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 





推奨BGMは、アーマードコアfor ANSERのお好きなものを。

この時のラリーの動きは、ホワイトグリント並みです笑


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第51話 低軌道の戦い 4

「バーフォード艦長が言ってた増援は!?」

 

「いえ、まだーー来ました!イエロー52!脱出シャトルです!」

 

目前に迫った地球への降下作戦。オペレーターが軌道計算をし、ノイマンが重力に引かれる中、操舵を全力で行なった結果、土壇場になってドレイクが伝えたローからのクルーが乗ったシャトルと合流することができた。

 

マリューは僅かに望遠カメラを見つめたが、ドレイクが指揮する宇宙護衛艦クラックスは、磁気とNジャマーで乱れたレーダーにも望遠カメラにも映ってはいない。

 

「着艦を急がせて!時間がないわ!」

 

〝君たちの使命を果たせ。生きろ。生きて、使命を果たすんだ〟

 

ドレイクが最後に送ってくれた言葉と、彼らからの激励でもある増援に、マリューは感謝しながら自分の成すべきことを果たそうと心を引き締めた。

 

「ベルグラーノ、撃沈!」

 

まだ戦いは終わっていない。

 

大気圏ギリギリまで護衛を強行するメネラオスと、第八艦隊は、どこまでも追いすがってくるザフトのモビルスーツ群と激戦を繰り広げ、その戦力は静かに削り取られていく。

 

「限界点まで、あと5分!」

 

オペレーターの言葉に、ハルバートン提督はある覚悟を決めた。アークエンジェルは、この戦争を終わらせるために必要な力を持っている。ならば、宇宙に追いやられた自分にできる最大限のことをする。その覚悟を決めたのだ。

 

「すぐに避難民のシャトルを脱出させろ!それと、総員に退艦命令を出せ」

 

ここで下ろせば、アークエンジェルと道は違えど、地球軍の勢力下の航空施設へ降りることは可能だ。彼らも、そして自分について来た部下にも、自分の覚悟に付き合わせる必要はない。

 

そう思った故の発言だったが、誰も船から降りる様子は見せなかった。

 

「シャトルは発射させますが、我々は降りませんよ、提督。ここまで来たなら、最期まで貴方に付き合います」

 

側近のホフマンの言葉と共に、ブリッジのクルー全員がハルバートン提督へ敬礼を打った。彼は僅かに目を伏せて呟く。

 

「すまん。みんなの命を、私が預かる」

 

 

////

 

 

 

地球の重力が及ぶ中で、ラリーとクルーゼは死闘を繰り広げていた。シグーの時とは違い、ハイマニューバとなったクルーゼの機体は、飛び回るラリーの機体に完全に追従していた。

 

だが、それはラリーと同じ土俵へ、クルーゼが上がっただけにすぎない。

 

制動の中で掛かる負荷も、ラリーは歯を食いしばって耐えるだけで操縦に淀みはないが、クルーゼは違う。意識が遠のきそうになるようなハイG機動の中でも、クルーゼは操縦桿から手を離すまいと気力と気迫で意識を繋ぎ止める。

 

交差する中ラリーのメビウス・インターセプターに取り付けられたやや大振りになったレールガンから放たれる亜光速のタングステン弾頭を、クルーゼは極限状態の中で見極めて回避していく。

 

ハイマニューバとして取り付けられたエンジンが、高熱を発して宇宙に鮮やかな燐光を煌めかせた。

 

「う…ぐがぁ…ッハァー…くそぉ!!やるな!クルーゼ!!」

 

《ぐぅ…お、お前のために用意した機体だ!ッハァー…楽しまなくては勿体ない!!》

 

目まぐるしく地球と宇宙の光景が入れ替わる中で、ラリーは歯を食いしばって通信機越しにいるであろうクルーゼに向かって叫んだ。

 

「…ぐぅ!…俺は、楽しまない!俺はお前を殺しに来たんだ!!」

 

《そうだ!!それでいい!!》

 

そうでないと困るとクルーゼは笑う。恥も外聞も、今まで自分が積み上げて来た「ラウ・ル・クルーゼ」という虚像を壊してまで、自分はこんな機体を手に入れて、ここに来たのだ。ボロボロになっていた体も、きちんと調整して、今現在で臨める最高の状態で、クルーゼはラリーと相対している。

 

《それでこそ本物だ!!》

 

本物と戦う。暗闇しかなかった瞳に映った光に手を伸ばして、クルーゼは今この瞬間、ひとりの純粋な人として、パイロットとして、闘争本能の赴くまま、戦いを楽しんでいた。

 

 

 

////

 

 

地球の重力というものは凄まじいものだ。

青い地球が見える宇宙にいると思いきや、そこがすでに地球の中ということもある。

 

旧世紀の大国では、高度が80kmに達した時に、そこは宇宙と定義されていた。

 

そして地球と宇宙の狭間には大気圏と呼ばれる層が存在する。

 

大気圏は対流圏、成層圏、中間圏、熱圏、外気圏に分けられ、外気圏は高度500kmを超える。つまり学術的には、高度400kmあたりはまだ大気圏内ということになるのだ。

 

地球帰還時に高度を下げてきて高度120kmに達すると、大気による機体の加熱が始まる。そうやって、地表から遙か宇宙空間までが、無段階につながっているため、どこからが宇宙という境は実は存在しないのだ。

 

そこで一般的には、大気がほとんど無くなる100kmから先を宇宙と定義されている。

 

つまり、高度としては250kmに位置するアークエンジェルはーーすでに地球の戸口の前にいるのだ。

 

「ぬがあああああ!!操縦桿が重いいいい!!!」

 

リークの叫びがメビウスのコクピットと、それが繋がるストライクのコクピットに響き渡った。

 

「ベルモンド少尉!!これは…地球の重力に引かれてるのか!?」

 

まだ宇宙だと思っていたそこは、もう地球の内側だと、キラは今更になって気がつくことができた。ナタルが言ってきたフェイズ3は、高度120km直前、つまり機体が大気との摩擦熱で加熱が始まる寸前を意味している。

 

『くっそー!マジでそろそろやばいぜ!』

 

そういうディアッカたちも、すでに地球の引力に引かれていた。フェイズ3までに船に戻れれば、ナスカ級に備わる強力なエンジンで引力圏を脱出できるがーー目の前に動きが鈍っていく敵を残して、彼らは撤退することはない。

 

「あーくそ!!しつこいんだよ!お前らぁ!」

 

リークの悪態に応じるように、バスター、ブリッツ、イージスは重力に機体を引かれながらも、ストライクとメビウスの戦闘を続けていく。

 

 

 

////

 

 

 

 

ギリギリまで降下したメネラオスは、いよいよ限界を迎えつつあった。装甲外温度は既定値をとっくに上回っており、この重力から抜け出せなくなる最終ラインへ刻一刻と近づいて行っている。

 

それでも、とハルバートンは前を見つめた。この役割だけは完遂せねばならないとーー。その時だ。

 

「アークエンジェルから通信!!」

 

大気圏ギリギリの影響なのか、酷いノイズが走る中で、マリューの声がメネラオスのブリッジに響く。

 

《もうここまでで充分です、閣下。ありがとうございました》

 

「だが、まだ敵機はーー」

 

驚愕するように言うハルバートン提督に、マリューは落ち着いた声で彼に伝える言葉を紡いだ。

 

《バーフォード艦長の受け売りですが、閣下にも果たさねばならない使命がおありだと思います。なら、生きてください。生きて、その使命をーー》

 

生きて、使命を果たせ。

ふと、そんな声が聞こえた気がした。

 

第八艦隊の提督として、地球軍のいち将官として、そして、この戦争に嘆く1人の人間として、自分の果たすべき使命をーー。

 

「ーーわかった。必ず、必ず降りろよ。落とされたら、軍法会議ものだ」

 

そう言って、ハルバートン提督はマリューには見えない敬礼をする。側近のホフマンや、ほかのクルーもモニターに見えるアークエンジェルへ敬礼した。

 

《了解しました。閣下も、どうかお元気でーー》

 

きっと、彼女たちも同じことをし、同じ思いを持っているのだろう。ハルバートン提督はそれだけわかれば充分だと言い、部下に指示を出した。

 

「メネラオス、機関最大!!現宙域から離脱する!!」

 

 

 

 

 



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第52話 宇宙の底

 

 

 

 

《帰還命令!?》

 

メネラオスが離脱を開始したことにより、旗艦に所属するワルキューレ隊にも撤退命令が発令されていた。

 

ムウが駆るメビウス・ゼロは、降下していくアークエンジェルを追うために、最短距離で大気圏に向かって降りていくことになる。

 

《ライトニングリーダー!!我々も!!》

 

そう言ってムウに着いて行こうとするワルキューレ隊のパイロットへ、ムウは叱咤を飛ばした。

 

「馬鹿言うな!!アークエンジェルにこれ以上入るわけ無いだろ!!それに、お前たちには帰るべき船があるはずだ!!」

 

《しかし!!》

 

「生きろ!!人の死に慣れるな!!生きてお前たちの使命を果たせ!!」

 

俺たちはいつもそうやってきた。ムウはそう言って、メビウスの若いパイロットを諭す。

 

ムウ自身も、誰かの死に慣れすぎていたことがあった。戦争だ。戦場だ。敵はモビルスーツで、こちらは不利だから仕方がないと割り切って、自分を偽って。

 

そんな中で、ラリーと出会った。彼は、誰かの死を常に悼んで、出来うる限りを尽くして弔った。

 

そんな彼の姿を見て、ムウは自分の死にも無頓着になってしまっていたことを思い知らされる。自分の命を部品にして、戦場に出たならば、それは死ににいくことと大差がない。あまりにも無責任だ。仲間にも、そして兵士としても。

 

メビウスライダー隊に入って、そう思えるようになったからこそ、ムウは若いパイロットに言う。生きろと。

 

ワルキューレ隊のパイロットはしばらく沈黙してから、ムウに向かって敬礼をした。

 

《ーーまた宇宙で会いましょう。エンデュミオンの鷹》

 

それだけ言って、彼らは離脱していくメネラオスへ帰還していく。そうだ。それが正しいんだ。そうムウは繋がっていない通信機に向かって呟くと、自分も為すべきことを果たすために、フットペダルを踏みしめてアークエンジェルめがけて降下していく。

 

フェイズ3に移行するまで、あと10分ーー。

 

 

////

 

 

『な、なんだ…この動き…』

 

クルーゼに同行していたイザークは、自分の隊長が純白のメビウスーー凶星〝ネメシス〟と出会った瞬間に、何かが変わったことを見抜いていた。

 

いつもの余裕を保った機動ではなく、なりふり構わずにネメシスへ飛びかかるように飛翔して、対するメビウスも見たこともない独特な機動と速度を維持して、クルーゼのシグーと接敵しては離れ、そして交差を繰り返している。

 

イザークが感じた異常性は他にもあった。

 

すでに地球の引力に引かれているというのに、彼らの動きにまったくブレが無いのだ。こちらは重くなっていく操縦桿を握り、姿勢を維持するので必死だというのに、あの二機の削り合いは、まったく淀むことなく高機動の中を争いあっている。

 

『付いていけない…くそぉー!!こうも何も出来ないなんて!!』

 

銃口を向ける隙すらない彼らの攻防に、イザークはただ自分の無力さを噛み締めながら、見守っているしかなかった。

 

「でああああぁぁあああ!!」

 

そんな中で、ラリーは操縦桿とフットペダルの感覚に全神経を注ぎ込んで、クルーゼの猛攻に応戦していた。火力を下部に設けたレールガンと、左右にあしらわれたビームサーベルに絞ったメビウス・インターセプターは、出力調整を施したエンジンをふかして、驚異的な機動を見せる。

 

《はぁあああああぁああ!!》

 

そのラリーの機動に、クルーゼも命を削る覚悟で応えた。

 

この戦いの中に、不純物はない。

 

思想も、信念も、戦いに対する意味もない。

 

ただ、互いが全力を出し、命をかけ、技量を出し切り、離れ、近づき、削りあって戦う。

 

ただ純然たる戦いが、クルーゼとラリーの間に展開されていた。

 

 

////

 

 

「降下シークエンス、フェイズツーに移行!大気圏降下限界点まで、あと4分!」

 

「シャトル、着艦確認!」

 

なんとか間に合ったと安堵するのも束の間、マリューはシャトルの乗員はそのまま待機させておくようにと伝えて、すぐにハンガーにいるマードックたちへ連絡を取った。

 

「場所を開けさせて!すぐにでもメビウスが飛び込んでくるよ!」

 

マードックがマリューの通信を受けた最中にも、ハリー指揮の下、ローからのクルーを乗せたままのシャトルの移動が始まっていた。

 

フレイは着艦したシャトルが持ち込んだ宇宙デブリを掃除機で吸い取っていく。メビウスが着艦した時に余計な部品で傷がつけば、大惨事のタネになりかねない。

 

迫る大気圏。地球ーー重力の底に降りるまでもう時間はなかった。

 

「もういい加減に止めろぉぉ!!」

 

迫るフェイズ3の領域。それでも、ディアッカたちG兵器は引こうとはしなかった。重くなるストライクの挙動を必死に動かしながら、キラはアークエンジェルに取り付こうとするバスターやブリッツを蹴散らしていく。

 

「キラくん!深追いはダメだ!大気圏に捕まるぞ!」

 

『くそ!機体が重い!』

 

リークの機体も、そしてG兵器も、その挙動は限界を迎えようとしていた。

 

「艦長!フェイズスリー突入限界点まで、2分を切ります!」

 

「融除剤ジェル、展開用意!メビウスライダー隊を呼び戻せ!」

 

ナタルの声に応えて、メビウスライダー隊各機に、撤退信号が送信される。

 

「くっそー…限界かぁ!」

 

アークエンジェルの底が大気の熱で赤くなっていくのを目で見て、ムウはなんとかギリギリのところでアークエンジェルのハンガーに飛び込むことに成功した。

 

「撤退だ!キラくん!もう限界だ!」

 

リークの声に、キラは咄嗟に問いただした。

 

「レイレナード中尉は!?」

 

 

 

////

 

 

 

《ラリィイイ!!》

 

二機の純白の装甲が徐々に赤くなる中で、クルーゼは大気圏のわずかな気流に乗り、滑るような機動でラリーの背後を取った。

 

取った!!クルーゼがそう確信した瞬間、前方を向いていたはずのメビウスが、瞬時に背後にいたクルーゼの方へ向く。

 

ーーー!!

 

「お前なんかにぃ!」

 

タングステンの弾頭はクルーゼが咄嗟に反応した為、シグーのコクピットを捉えはしなかったが、代わりに特徴的なモノアイの頭部を貫くことになる。

 

そして、ほぼ同時に放たれたクルーゼからの弾丸は、メビウスの左エンジンとボディを繋ぐジョイントに直撃する。地球の重力の影響で、直撃で生じた亀裂は瞬時に広がり、砕けた。

 

「このぉおお!!」

 

それでも、ラリーは諦めなかった。最後に断裂しかけた左側エンジンに設けられたビームサーベルの起動スイッチを叩き、残ったエンジンで機体を力任せに旋回させる。

 

エンジンを制御する配線だけで繋がったユニットは、ビームサーベルを煌めかせて頭部が無くなったシグーへ迫る。

 

《ぐぅ…がっ…!!》

 

直後、衝撃と鉄が焼ける音がシグーのコクピットに響いた。展開したビームサーベルは、不運にもシグーのライフルを持った腕部の肩を捉え、そのまま肩先から脇にかけて切り裂いたのだ。

 

背部に備えられた主翼ごと切り裂かれたシグーと、片側のエンジンユニットを失ったメビウスは、機体制御を失いながら青い地球へと落ちていくーー。

 

 

 

 

 

 



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第53話 大気圏の中で

 

アークエンジェルで、ナタルが叫んだ。

 

「フェイズ3!融除剤ジェル、展開!大気圏突入!」

 

底面から、アークエンジェルが真っ赤に染まっていく。大気の断熱圧縮による加熱は、人の想像を軽々と超える代物であり、ついに戦いの場は宇宙から地球へシフトしようとしていた。

 

『ディアッカ!イザーク!隊長!!』

 

情報索敵を担当していたニコルはいち早く大気圏外へ離脱していたものの、ストライクを追って重力圏に飛び込んだディアッカや、凶星〝ネメシス〟の相手をしていたクルーゼとイザークも、応答はもうできない状態だった。

 

ニコルの叫びも、足を引きずりこむように働く重力と、磁気嵐の中でかき消された。

 

「中尉!!」

 

大気圏突入。フェイズ3は、キラもリークも直ちにアークエンジェルに戻らなければならない段階だったが、あろうことかキラはシールドを前面に構えてアークエンジェルから離れる方へ舵を切ったのだ。

 

「ボウズ!?何やってんだ!戻れ!」

 

「キラくん?!」

 

アークエンジェルに既に着艦したムウと、着艦態勢に入っていたリークはキラが起こした行動に驚愕の声を上げる。キラが向かった先は、僅かにだがラリーの駆るライトニング1の反応を示した場所だった。

 

アークエンジェルも大気圏の摩擦熱を防ぐため、視界を確保していたブリッジの監視窓の耐熱シャッターを次々に降ろしていく。

 

サイやミリアリアの必死の呼びかけにも、キラは答えずに飛び出してしまった。

 

「キラ君…!」

 

マリューは不安に満ちた声をくぐもらせて、ただ彼の無事を祈るように手を握りしめる。

 

 

////

 

 

辺りが真っ赤に染まっていた。宇宙の黒と地球の青を映していたモニターの全てが赤く染まり、その光が非常灯のようにコクピットに座るラリーとクルーゼを鮮明に浮かび上がらせていた。

 

《相討ちか…》

 

ポツリと、クルーゼが呟く。互いの機体が最早制御ができない状態に陥っており、クルーゼのシグー・ハイマニューバは頭部と右腕、そして背面のバックパックウイングの大破。ラリーのメビウス・インターセプターは片方のエンジンが損失し、懐にあったレールガンやビームサーベルも、大気熱によるオーバーロードを恐れてパージしてる状態だった。

 

まさに相打ち。2人とも、もう戦う手段が残っていなかった。そして脱出する手段も。

 

「みたいだな。このまま大気圏で燃え尽きるのも、運命なのかもな」

 

上がり続ける機体温度を眺めながら、ラリーは諦めたように呟く。どうやら年貢の納め時というものらしい。グリマルディ戦線から数多くの戦いを生き抜いてーーよくもまぁここまで持ったものだと、自分なりに感心する。

 

《ふっ…最高の戦いだったよ、ラリー・レイレナード》

 

その言葉に、ラリーは驚いた。クルーゼからそんな言葉を聞くなんて想像もしていなかったからだ。原作での彼のことだから、大気圏で燃え尽きながら人類への呪詛でも吐き続けるかと思っていたが、今のクルーゼの声はとても静かで、満ち足りてるように思えた。

 

そんな予想外の言葉に、ラリーは柄にもなく小さく笑ってしまう。

 

「そうか?最低な戦いだったがな。こうもお互いボロボロになるなんて」

 

かたや地球軍の流星ともてはやされ、かたやザフトの優秀な指揮官として名を馳せていたというのに、こうも泥臭い戦いを繰り広げて、ボロボロになるとはとラリーが呆れながらも思っていたら、無線機の向こうでクルーゼが聞いたこともない笑声を上げた。

 

《はっはっは…久しぶりに、心から笑えた気がするよ》

 

このまま、燃え尽きるのも、まぁ悪くはないかーー。全てを出し切った。全ての闘争本能をくべて燃え上がらせた体は、深い満足に包まれている。これまで抱えていた闇も、妬みも、怒りも、憎しみも、悲しみも全てを包んで死ねるならーーそれでいいとクルーゼは瞳を閉じて思った。

 

そんな中で2人のモニターに一つの光が現れた。重力圏に捕まった味方艦や敵のデブリ?とも思ったが、その機体は独特なシルエットを露わにし、ラリーのメビウスへと近づいてくる。

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

ヘルメットのレーザー通信から聞こえてきたのは、雄叫びを上げながら重力で重くなった操縦桿を操るキラの声だった。

 

「キラ!?」

 

「生きてますか!?レイレナード中尉!!」

 

やっとメビウスに接近できる位置まで来たキラは、ラリーの機体の状態を見て戦慄した。二連のメインスラスターの片割れが根元から損失しており、ラリーの機体は外から見てももう使い物にならないものと化していた。

 

「バカやろう!なんできた!もう大気圏に入ってるんだぞ!?」

 

クルーゼとの戦闘で、ラリーは覚悟は決めていた。彼との本気の戦いになれば、周りを気にしている余裕はなくなる。大気圏で燃え尽きることもありえると思っていた。だから、ラリーは単独で行動する道を選んだ。仲間をこの男との戦いで道連れにするわけにはいかないからーー。

 

「貴方を置いて行けませんよ!!」

 

だが、キラはそんなラリーの覚悟に真っ向から抗った。

 

「仲間を守るのが、僕の戦う理由です!だから助けにきたんです!!」

 

そう言ったキラに、ラリーは目を見開いた。

そうか、キラ。お前はそこまでーー自分の行く道を信じられるようになったんだな。ストライクの腕に抱え込まれるように掴まれたメビウスの中で、ラリーはキラを見つめた。

 

「すまない、キラ。いつも助けられてばかりだな」

 

「僕もですよ。さぁ、帰りましょう。アークエンジェルに」

 

そう答えてキラが機体を反転させようととした時だった。

 

「キラくん!」

 

ストライクの後を追ってきたリークのメビウスが、真っ赤に赤熱しながらもこちらに向かって降下してきているのが見えた。

 

「ベルモンド少尉!」

 

「全く、ラリーもキラくんも無茶するよ!!僕とキラくんの出力ならアークエンジェルには辿り付ける!早く離脱するよ!!」

 

メビウスライダー隊の背後では、クルーゼの機体を追ってきたデュエルが、大破したシグーを抱え込もうとしていた。

 

『クルーゼ隊長!!』

 

《イザークか!》

 

何もできなかった怒りに加えて、自分の隊長をここまで追い詰めた凶星〝ネメシス〟に怒りをあらわにするイザークは、離脱を試みているメビウスライダー隊へ銃を構えた。

 

『ちぃ!ストライクと凶星〝ネメシス〟だけでも…!』

 

ストライクの中でロックオン警戒信号がけたたましく鳴り響く。だが、ラリーのメビウスを抱えている事と、大気圏突入による機体制動の低下により、キラはうまくデュエルへ防御姿勢が取れなかった。

 

「くっそぉぉ!!あ、あれは…メネラオスのシャトル!?」

 

イザークとクルーゼ、そしてメビウスライダー隊の間を一機のシャトルが通り過ぎていく。ふと、キラはそのシャトルの窓からこちらを見る少女と目があった気がした。

 

シャトルが通過したことで、ストライクを捕捉できなかったデュエルは、何発かビームを放つが、そのどれもがキラのストライクの脇を通り過ぎるだけだった。

 

『くっそー…よくも邪魔を…!』

 

それは若さゆえの怒りだったのか、傲慢だったのか、イザークは事もあろうに通り過ぎたシャトルへ狙いを定めたのだ。

 

それを見たキラの顔が青ざめる。とっさにストライクで届かないシャトルへ手を伸ばした。

 

「止めろ!!それにはぁぁ!!」

 

キラの叫びが宇宙にこだましーーイザークが怒りの声を上げた。

 

『逃げ出した腰抜け兵がぁぁ!!』

 

放たれたデュエルのビームが煌めき、その光がシャトルを貫こうとした瞬間。

 

一機の影が、シャトルと閃光の間に滑り込んだ。

 

『なっ…!?』

 

「え…!?」

 

シャトル前に躍り出たのは、リークのメビウスだった。機体に施されたリアクティブアーマーを前面に押し出してビームを受け凌いだリークによって、シャトルはデュエルの射程圏外へと離脱していく。

 

デュエルも耐えられなかったのか、クルーゼの機体を抱えたままキラ達から遠ざかっていく。

 

「ベルモンド少尉!!」

 

ビームを受けたリークのメビウスが応答しない。キラが叫んでみるも、リークからの音声通信には大気圏で生じる磁気の砂嵐しか聞こえてこなかった。

 

「リーク!おいリーク!返事をしろ!!おい!!」

 

「ーーラリー」

 

ラリーの怒声に似た声に、ノイズにまみれたリークの声がやっと返ってきた。

 

「リーク!!無事か!!はやく最大出力でアークエンジェルにーー」

 

「ベッドに隠してある酒。飲んでくれて構わないよ」

 

それは、ノイズが邪魔をしているというのに、キラにも、ラリーにも、よく聞こえる声だった。

 

「リーク…?」

 

「あと、僕の工具はキラくんが使ってくれ」

 

その言葉の意味を理解できずに、キラは何も言えないで固まっていると、ラリーがコクピットの機器を殴って怒声を上げた。

 

「馬鹿野郎!リーク!!諦めるな!!まだーー」

 

「出力系統がやられてる。この速度じゃどうしようもない」

 

リークの目には、メビウスの異常アラームを知らせるモニターが映っていた。おそらく、デュエルのビームを受け止めた衝撃で、エンジンに何らかのトラブルが起こったのだろう。ペダルを踏んでも、エネルギー供給網をバイパスさせても、出力が上がることはなかった。

 

つまりーー打つ手がない。

 

「ベルモンド少尉!!」

 

状況をようやく理解したキラが、泣きそうな声で無線に叫ぶ。そんなキラに、リークは優しい声で答えた。

 

「キラくん。君は強い子だ。僕らの大切な仲間で、僕らの誇りだーー」

 

出会って共にいた時間は少なかったが、それでも自分たちと共に戦ってくれる道を選んだキラに、リークは心から感謝し、そして頼れる仲間であろうと思いを決めた。彼の前では、彼が見てきた理想の兵士であり続けようと思えた。

 

だから、さっきも体がとっさに動いて、メビウスを避難シャトルの前に出せた。

 

「…だから、真っ直ぐ進むんだ。君が選んだ道を、君が見つけた使命を果たすために、ただ、信じたものを見て真っ直ぐにーーー」

 

そして、リークの声は完全にノイズの彼方へと去っていく。キラがモニターに目を彷徨わせたが、リークのメビウスも、脱出したシャトルも、もう見ることは叶わない。

 

「リーク!!」

 

「少尉…ベルモンド少尉ぃぃいい!!!」

 

ストライクと、それに抱えられた大破したメビウスしか、この宇宙には居ないと思えるほど、そこには誰もいない。キラのストライクがアークエンジェルへ流されていく。

 

「うあ゛あ゛ぁぁぁぁ!!!」

 

ヘルメットの中を涙で濡らしながら、一つになってしまった流星は、大気圏の中を重力の底に向かって落ちていくのだったーー。

 

 

 

 



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地球編
第54話 戦いのあと


 

 

アークエンジェル。

 

大気圏を突破したこの艦は、ひとまずの休息をとっていた。

 

目的地から逸れた場所に腰を下ろした船は、大気圏で失った多くのものを癒すため、僅かにだがその羽を休めていた。

 

「うぅぅ…」

 

ストライクから大急ぎで運び出されたキラは、戦闘後から発し始めた熱と体調不良に苦しめられて、アークエンジェル艦内にある医務室のベッドで呻き声を漏らしていた。

 

「大丈夫?キラ…。汗びっしょりだわ…どうしよう…」

 

それを見舞うミリアリアは、彼の額に流れる汗をぬぐいながら心配そうな目を向ける。後ろでは、冷たい水やタオルを用意するトールやサイ達が、忙しなく動いている。

 

「熱…全然下がんないな。先生どこ行っちゃったんだろう…」

 

そう不安げに言うカズイの言葉を裏付けるように、キラの容態は一向に改善に向かわなかった。

 

 

/////

 

 

 

「宇宙護衛艦ローの管制官、トーリャ・アリスタルフ准尉、以下、25名の乗組員。アークエンジェルに合流し、これより貴官の指揮下へ入ります」

 

ローからアークエンジェルへ移乗してきた乗組員の代表として、トーリャは艦長室の中でマリューやムウと敬礼を交わしていた。

 

「ごめんなさいね、こんな状況で」

 

申し訳なさそうにいうマリューに、トーリャは首を横に振って答える。

 

「いえ、先の戦闘では仕方がなかったことです。我々も、第八艦隊も、使命を全うするために軍務に徹したまでですよ。ラミアス艦長」

 

そういうトーリャも、ドレイクからの言葉を聞いていたのだ。使命を全うし、生き残る。ローの艦長であり、ドレイクとは旧友でもあった男が見込んだ精鋭部隊、といったところだった。

 

「ありがとう…」

 

「では、我々はAWACSシステムの構築と各士官への挨拶がありますので、これにて」

 

すでにアークエンジェルの管制室でシステム構築の準備に入っている仲間の元へ向かうため、トーリャは再び敬礼を打つと部屋を後にした。

 

「フラガ大尉。ごめんなさい。貴方にも」

 

「2人の時はムウでいいよ、マリュー。俺も今はアークエンジェル所属となった身だ」

 

そうね、と弱々しく言うマリューを見て、ムウはやるせなさそうに息をついた。ハルバートン提督の前や、降下指揮の間は気丈に振る舞っていたが、ドレイク艦長や多くの仲間を失ったことに、マリューが気を落としているのは明白だった。

 

「バーフォード艦長は…」

 

「あの艦なら大丈夫さ」

 

そう言ってムウは笑ってマリューを励ますように肩に手を置いた。

 

「なんたって、不可能を可能にする俺が乗ってた船だぜ?そう易々と落とされて堪るかってんだ」

 

「そうね…」

 

それでも、マリューの表情は暗い。おそらく、彼女がショックを受けているのはもう一つのことだろう。ムウはしばらく、自分の心を律してから口を開いた。

 

「リークのことは、あいつが選んだ道だ」

 

仲間のために飛び出し、避難民を守るために飛び出してーー。リークは常に、誰かのために戦う男だった。彼が選んだ選択なら、ムウには咎めようもないし、嘆くこともしない。ただ見送り、それを受け止めるだけだ。だからーー。

 

「悲しくないといえば嘘になるが、皆が悲しみに暮れてたら、誰も前に進めなくなる。だからっていう理由じゃねぇけどさ。俺がしっかりしないとな。あいつらの隊長は俺なんだから」

 

そう言ってムウは笑った。悲しさとあの時なにもできなかった自分の無力さを押し殺して。

 

「全く、上に立つってのは辛いことばっかなもんだね」

 

そんな諦観に似た笑みの裏にある思いに、マリューも気づいた。目の前にいる彼も、誰かの命を背負った責任を負っているということを。

 

「それよりもだ。ここがアラスカ、そしてここが現在地。嫌なところに降りちまったねぇ。見事にザフトの勢力圏だ」

 

切り替えるように言ったムウの言葉に、マリューはコーヒーが入ったマグカップを手にとって呟く。

 

「仕方ありません…あのまま、ストライクと離れるわけにはいかなかったのですから…」

 

マリューが思い出すのは、大気圏の中であった事だった。

 

《ベルモンド機…信号途絶…!!》

 

《キラ!レイレナード中尉!》

 

《メビウスを抱えたまま降りる気か!?》

 

彼らの戦いの一部始終を観測していた自分たちは、嘆き、悲しむ彼らに何もしてやれなかった。ただ、大気圏の中で落ちていく彼らを見ていることしかできなかった。

 

《本艦とストライク、突入角に差異!このままでは降下地点が大きくずれます!》

 

《キラ!レイレナード中尉!戻れないの?艦に戻って!》

 

《ストライクの推力では…もう…!》

 

そんな誰もが諦めそうになっていた中で、マリューは大きな決断を下した。

 

《艦を寄せて!アークエンジェルのスラスターならまだ…!》

 

《しかし!それでは艦も降下地点が!》

 

《ストライクを見失ったら意味がないわ!早く!》

 

大気圏の中で行った軌道変更は、ストライクとラリーのメビウスを受け止めることになんとか成功したものの、結果的にアークエンジェルの降下ポイントは大きく逸れ、ザフトの勢力下である中東方面へ流れることになった。

 

「ともかく…本艦の目的、目的地に変更はありません」

 

アークエンジェルと、ストライクを無事にアラスカ本部へ送り届け、G兵器計画を完成させる。それが、ハルバートン提督の意思であり、ドレイクやリークという多くの犠牲を払って進んだ道の行く先だというのならーー。

 

「大丈夫か?」

 

そう言って考え込んでいたマリューを覗き込んだムウに、彼女は大丈夫と言って、疲れた笑みを浮かべてうなずいた。

 

「なら、オッケーだ。さてと、ちょっとラリーとボウズの様子聞いて、俺は寝るよ。マリューも、もう寝な。艦長がそんなにクタクタのボロボロじゃあ、どうにもならないぜ?」

 

艦長室を出て行くムウは気だるげにしていたが、その姿勢は立派に部隊の長を表している。部屋を出て行ったムウへ、マリューは小さくありがとうと言って、疲れを少しでも癒すためにシャワールームへ向かうのだった。

 

 

////

 

 

 

「感染症の熱じゃないし、内臓にも特に問題はない。おそらく高温による熱中症と、重度の疲労からくる発熱だな。今はとにかく水分取らせて、出来るだけ体を冷やしておくしかないな」

 

医務室に戻ってきた軍医は、困ったようにペンで額を掻いては、サイやミリアリアたちにキラの容態を説明していた。だが、軍医といえど、その答えは明らかに歯切れが悪いものでもあった。

 

「まぁ俺だって、コーディネイター診るのなんて初めてなんでね…あまり、自信持って診断出来るわけじゃないけど。とにかく医学的に見て、コーディネーターは俺達より遙かに身体機能は高いんだ」

 

見た目は同じに見えるが、中身の性能は全然違うと軍医は説明する。コーディネーターは人が望むように遺伝子を操作して作られた存在だ。肌の色、瞳、毛髪、身長と、人体のほとんどを自分の望むままに組み替えて生み出される存在。

 

簡単に死ぬような病気にはならない、抵抗力は高い、撃たれれば死ぬが、そういったリスクはナチュラルより遙かに低い。その片鱗を、今になってまざまざと見せつけられる。

 

「彼が乗ってたコックピットの温度、何度になってたか聞いたか?」

 

軍医の問いに、サイたちは首を横に振ると、彼は神妙な面持ちで言った。

 

「俺達だったら、助からない温度だったそうだ」

 

今キラが寝込んでる理由もそこにある。高温に熱せられたコクピットは、人が長時間耐えられる温度を超えていたらしい。運良く助かったとしても、重度の高熱病で下手をすれば死に至っても不思議ではないのだ。

 

だが、そんな軍医の言葉に、サイたちは首を傾げた。

 

「けど、レイレナード〝大尉〟は…」

 

そう言われるとなぁーという風に軍医は頭を抱えるようにして、ため息を吐いた。

 

「まぁ、そこなんだよなぁ」

 

もぬけの殻になったベッドを見つめていると、ドアから来客を伝えるブザーが小さく鳴り響いた。

 

「フラガだ。入るぞ」

 

そう言って入ってきたムウは、微妙な顔をしている室内の面々を見て、困惑した表情を浮かべた。

 

「あー、どうかしたのか?」

 

「ああ…いや…別に…。今彼らにも話したんですが…」

 

そういう軍医の言葉を聞きつつ、ムウは気がついたことがあった。部屋を見渡しても、一人しか患者がいないのだ。ここに運び込まれたのは二人だと言うのに。

 

「ラリーは?」

 

「それが…さっき目を覚まして部屋を…」

 

「なにぃ!?」

 

そういって詰め寄るムウに、軍医の私もわからないんですって!と戸惑いながら答える。信じられねぇ!!と言って、ムウはそのまま部屋を飛び出して行った。

 

「うぅ…うぅ…」

 

静まり返った部屋の中で聞こえるのは、寝苦しくて呻いているキラの声だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第55話 それぞれの痛み

 

 

「マニュアルは一応見たけど、なかなか楽しそうな機体だな」

 

地球に降り立ったアークエンジェルのハンガーの中で、地球軍の制服に着替えたラリーは、目の前に鎮座するスカイグラスパーを眺めていた。

 

元になったのは、ラリーの背後にある流星のマークが描かれた「F-7D スピアヘッド」。こちらはコックピット前方にカナード翼を持つクロースカップルドデルタ方式を採用した双発のVTOL戦闘機だ。

 

スカイグラスパーは、ストライクの大気圏内支援を目的とした戦闘機だが、アラスカ本部を中心とした軍上層部においてMSが主力兵器となることを疑問視する声も挙がっていた。そのためにこの機体は、次期主力戦闘機としての運用も視野に入れて開発されているらしい。

 

「しかしまぁ、ストライカーパックも付けられますって…戦闘機は宅配便か?」

 

マニュアルに書いてあった通り、この機体にはストライカーパックをノンオプションで装備可能となっている。

 

直接スカイグラスパーの武装として使用することもできると記述されているが、パックシステム対応を含めた翼端マウントラックの採用や、各種火器類の搭載によって、航空力学的には理想的なフォルムとは言い難い。

 

カタログスペックでは、素早いピッチ・ロール能力を有しており、運動性は高いとされているが、ラリーはイマイチ信用できなかった。

 

「はっはっはっは。レイレナード中尉なら…じゃねぇや。大尉なら、どんなとこにもお届けできますってね」

 

「戦闘機で配達なんて、ストライクは金が掛かる兵器だとつくづく思い知らされるよ。全く。俺はスピアヘッドで充分だけど」

 

背後に鎮座するスピアヘッドのボディを軽く叩いて、ラリーはそう言ってくれるマードックに答えた。おそらくこの機体は、ハルバートン提督が試験的にアークエンジェルへ運び込んだものだろう。

 

しかし、ここは戦場だ。実戦経歴がない兵器より、確実性のあるスピアヘッドのほうが、迅速に対応することができるだろう。その不安要素を解消するために、提督はわざわざスカイグラスパーに加えて、スピアヘッドも四機も搬入してくれた。

 

「おい!ラリー!」

 

そう叫んでハンガーに入ってきたのは、ムウだった。まだ重力に慣れていないのか、肩で息をしながらラリーの元へ駆け寄ってくる。

 

「フラガた…じゃなかった、少佐!」

 

「んなことはどうでもいい!お前、体はどうにもないのか?」

 

そう言って、ムウはラリーの両肩を掴んで凄むようにラリーを見つめた。そんなムウに、ラリーは手をムウと自分の間を遮るように上げて、困ったように笑った。

 

「まぁ少ししんどい程度ですけど、動けないわけじゃないんで」

 

「あのなぁ…お前はモビルアーマーで大気圏に入ったんだから、こういう時くらいしっかりと…」

 

そこまで言って、ムウは自分が掴んでいるラリーの体の異変に気がついた。

 

微かにだが震えている。よく顔を見ると、目の下にはクマができていて、顔色も悪そうだった。違和感に気がついたのも、ムウがラリーの肩を掴んだ時に、彼が一瞬よろめいたように見えたからだが、それも恐らく…。

 

だが、ラリーの目はいつもよりも冴えて見えるような気がした。

 

それはまるで、溢れ出そうになる殺気や怒気を必死に押さえ込もうと我慢する目だ。

 

「すいません、今はこうさせてて下さい。手を止めると、自分がどうにかなってしまいそうで」

 

そう言って、ラリーはムウの手を払いのけた。

 

明らかに体調が悪いのに、ラリーはその狂気じみた精神力で、迫りくる痛みや苦痛をねじ伏せている。ねじ伏せてしまえてるのだ。ムウはその異常な強さに愕然とした。

 

果たして自分は、ラリーと同じ状況に立って、彼と同じように振る舞えるのか…それを察してしまったムウは軽く頭を掻いてため息をついた。

 

「まぁ、気持ちは分かるけどな。落ち着いたら寝ろよ?」

 

「はい…ありがとうございます」

 

それだけ言ってムウは頷くと、ラリーの隣に並んで立った。

 

「しかし、ハルバートン提督の計らいとはいえ、この状況で昇進してもなぁ。給料上がんのは嬉しいけどさぁ、いつ使えんの?」

 

ムウもラリーも、メビウスライダー隊は、ハルバートン提督の計らいで一階級昇進ということになっていた。昇進による給金の増加は、隊員たちの生活の安定に繋がると常々言っていたドレイクや、妹たちのためにお金を貯めるリークなら、手放しで喜んだだろうが、今の状況ではそれを使うことすら怪しいものだ。

 

「アラスカに着いたら結構な金持ちになってそうですね」

 

「勘弁してくれよ…」

 

ラリーはその後、自機の点検があるからと言ってムウの隣を離れていった。そのおぼつかない足取りを見ながら、何も言ってやれないムウは自分に腹が立っていた。

 

あの時、リークを止めることも、大気圏で燃え尽きようとするキラとラリーを助けることもできなかった。ただあの時、何かをしてやることは不可能だったという思いもあり、それを仕方ないと肯定している自分に、ムウは悔しさを噛み締めている。

 

もっと、自分に何かを成す力があればーー。

 

「ガキ共は野戦任官ですかい、ボウズは少尉ですって?ま、パイロットですからねぇ」

 

そう考えにふけっているムウに、マードックが疲れた顔をしながらも笑顔でそう言ってくれた。言ってくれた内容は何一つとして笑えないものだが。

 

「ああ。その他も、まとめて二等兵さ。やれやれ…」

 

キラはメビウスライダー隊の功績があったこともあるし、ストライクのパイロットでもあるので、楔の意味を込めて少尉に位置付けたのだろうと、ムウは邪推する。

 

戦争ってのは、何から何まで、関わった全てを飲み込んでいくものだなとムウは心の中で毒づく。人としての感情も、道徳心も、戦争なら仕方ないで片付けられる世の中だ。なんとも気分が悪い。

 

「ははは。すぐに一人前になりますよ。そういや、ボウズの熱は?」

 

「朝には下がったってさ。まったくストライクが凄いんだか…あいつの体が凄いんだか…ラリーもそうだけどな」

 

コクピットは到底耐えられる温度では無かったというのに、キラは寝込んでいるだけで、ラリーはふらつきながらも歩き回っているーー

 

とうとう自分の仲間は人外にでもなろうとしてるのですかね?と、ムウの記憶の中にいるリークがいつもの困った笑顔でそう言ってるような気がした。

 

「そういやさ、キラはなんで時々、あれのことを、ガンダム、って呼ぶんだ?」

 

メビウスライダー隊で出撃した時も、キラは度々ストライクのことを「ガンダム」と呼んでいた。その度にオペレーターもムウも首を傾げていたのだが、一体キラは何を見てガンダムなどと呼んでいるのかーー少し興味が湧いた。

 

「あー、起動画面に出るんですよ。ジェネラル…ユニラテラル…ニューロリンク…なんたらかんたらってねぇ。その頭文字を繋げて読んでんでしょう。軍の方じゃぁ、一番最初のGだけで…」

 

「ふっざけんじゃないわよ!!」

 

ムウとマードックがそんな話をしてると、ラリーが歩いて行った先から怒声が響き渡った。

 

何事かとハンガーにいたスタッフが怒声の先を見つめると、スピアヘッドをいじっていたラリーに、休憩から戻ってきたハリーがバケツの水をぶっかけている光景があった。

 

「いやぁ、目が覚めたら動けたからそのまま」

 

水が滴りながらも、ラリーはいつものように開き直った様子で頭を掻いて、ハリーにそう説明すると、彼女はズンズンとラリーに歩み寄って、オレンジの作業用つなぎから溢れる豊満な胸元を揺らしながら、ラリーの襟首を掴み上げた。思わず硬直する。ラリーの足元が数センチ浮いていたのには、本人しか気づかなかった。

 

「アンタ!自分がどんな状態だったかわかって言ってるの?!大気圏に突入する!?機体は全損する!?それに…!!」

 

そこまでまくし立てて、ハリーは鋭い怒気を孕んだ目を下へ落とした。ラリーの足が地について、襟首をつかんでいた手が緩んでいく。

 

「それに…!!」

 

ハリーの声が震えていた。肩も、そして手も、同じように震えている。それは、怒りからくるものではなくーー悲しみと恐怖が溢れた反応だった。

 

「自分をもっと、大切にしてよ…」

 

そう言って、ラリーを見上げたハリーの目から、大粒の涙がハラハラと落ちていた。普段は滅多に泣かない彼女が、感情を溢れさせて、制御できずにいた。

 

「もう嫌だよ…昨日まで話してた相手がもう居ないなんて…そんなの嫌だよぉ…!」

 

なんで、どうして、リークを…!!そういってハリーはラリーの胸元に顔を埋めて、嗚咽をあげて泣いた。リークの名前を叫んで。

 

ラリーは、そこで改めて実感した。

 

自分たちが失ったものの大きさを。

 

ただ、彼にしてやれることは、泣きじゃくるハリーの肩をしっかりと抱いてやることだけだった。

 

 

////

 

 

 

「キラ、気が付いたの?」

 

「うん、ちょっと前にね」

 

食堂で食事を取っていたミリアリアたちの元に戻ってきたサイの答えに、トールや、ミリアリア、カズイはホッと胸を撫で下ろした。

 

「大丈夫らしいってんで、もう部屋に戻ってる。食事もしたし、昨夜の騒ぎが嘘みたいだな。まぁ先生には今日は寝てろって言われてたけど…」

 

それでも、キラの容態は芳しくないといった様子のサイに、ミリアリアがコップに入った水を見つめながら呟くように零した。

 

「ベルモンド少尉…か」

 

その言葉に、カズイやトールの表情に影が差した。リークの人当たりの良さに救われていたのは、キラだけではない。サイたちも緊迫するオペレーター業務の中で、通信機越しにリークに何度も励まされていたのだ。

 

「ショックだったろうな、キラ。いつもストライクの点検、一緒にやってたし」

 

カズイがキラのことを思って、気遣うように言う。なにはともあれ、リークと多くの時間を過ごしたのは、キラとラリーだ。

 

「レイレナード大尉は、大丈夫かな?」

 

「大丈夫なわけ無いじゃない」

 

トールの疑問に答えたのは、地球軍の制服姿ではなく、オレンジの作業用ツナギに身を包んだフレイだった。重力の中で邪魔になったのか、長く綺麗な後ろ髪は乱雑に頭の後ろで括り止められている。

 

「フレイ…」

 

フレイの辛そうな表情に、その場にいた全員が何かを察した。きっと、この船の誰もがリークやクラックスのことを悼んで、悲しんでいるのだろう。

 

「そっか…」

 

「でも、よかったじゃない、キラも、レイレナード大尉も元気になって」

 

無事にアークエンジェルも、ザフトの勢力圏とはいえ地球に降りることができたのだ。悲しんでばかりはいられない。自然と、ミリアリアたちもそう思って席を立った。やるべきことは山のようにあるのだ。

 

「フレイも疲れたろ。昨夜はずっとハンガーでハリー技師の手伝いをしてたし、少し休んだ方が…」

 

入れ違いになったフレイに、サイは労わるようにそう言ったが、彼女は煤で汚れた顔を横に振って応えた。

 

「私は大丈夫よ。食事もとったし、それにーーベルモンドさんは私にも良くしてくれてたから…今は手を動かしておきたいの。ごめんね、サイ」

 

彼女もまた、リークの死を悼んでいる一人だ。そんな彼女の思いを尊重して、サイはなるべく笑顔でフレイの肩に手を置いた。

 

「フレイ…わかった。けどあまり無理はしないでね」

 

「うん、サイもね」

 

 

////

 

 

 

看病してくれたサイが部屋を去った後、キラは呆然と自室の天井を見上げていた。うっすらと灯る明かりに揺られる影を目で追って、疲れ切った体がまどろみに落ちていくような、そんな感覚を覚えた。

 

「っ…」

 

そして、意識が落ちる寸前に、キラの脳裏に焼き付いた映像が溢れた。

 

デュエルに撃たれたリークのメビウス。

 

手を伸ばしても届かない流れ星。

 

いつも隣で、笑顔で手を貸してくれた、彼の姿をーー。

 

「うう゛…ぅぅ…」

 

気がつくと、何度流したか分からない涙が、キラの頬を濡らしていた。堪えられない悲しみが、想像を絶する苦しみを伴って、キラの心を締め付けていく。

 

「僕は…守れなかっ…ぅ…ぅ…」

 

大切な人を守るために戦っていたと言うのに。自分はコーディネーターという自信があったのに、なにもできなかった。なにひとつとして、できなかった。

 

なにがコーディネーターだ。

なにがモビルスーツだ。

 

大切な仲間も守れない自分に、そんなものーー。

 

「僕は…ぅ…ぅ…う゛わ゛あ゛ぁ…」

 

そこで、キラは気がついた。今まで自分が持っていた自信の全てが驕りだったということ。ただ、自分はモビルスーツーーストライクの力に依存していただけのちっぽけな兵士であったことを、キラは今更になってようやく自覚することができたのだ。

 

だったら、今の自分には何ができる?何が成せる?その問いが、地球に降りてから何度もキラの中で繰り返されてきた。

 

そして、一つの答えに、キラはたどり着く。

 

「ーー守るんだ…今度こそ…必ず!もう…誰も…大切な人を失わないために…僕は…ザフトを…アイツらを…!!」

 

ベッドの中の拳を、キラはひたすら硬く握りしめていく。

 

次は絶対に撃たせはしない。撃たせる前に、僕がーーこの手で撃つ。

 

胸の中に渦巻くどす黒い感情に気づくことなく、キラの思考は黒く、緩やかに染め上がろうとしていたーー。

 

 

 

 



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第56話 弔い

 

「メンテナンスはスピアヘッドから優先的にやっていくよ!一号機と二号機は武装オプションの装備と弾薬補給も!敵はいつ来るか分からないんだからね!」

 

散々泣きはらしたあと、ラリーを蹴飛ばす勢いでハンガーから追い出したハリーは、手をパンパンと叩き、乾いた音を響かせながら大声で指示を出していく。

 

「ハリー技師!スカイグラスパーはどうするんで?」

 

マードックからの問いかけに、ハリーは最新鋭機2機を眺めながら困ったように顔をしかめた。なにせ、実戦経歴なしな上に、砂塵が舞うアフリカでの実装運転だ。どんなトラブルが起こるかわかったものじゃない。一緒に持ち運ばれたマニュアルも、こんな劣悪な環境下ではトラブルシューティングも役立たずだ。

 

「とにかく、スカイグラスパーはボックスディスカッションしながら、整備手順を決めていくんだから!最新鋭機をおいそれと触れるわけないでしょ!マードックさんたちはストライクの修復に専念してください!」

 

ハリーの言葉に、マードックはガッテン!と腕をまくり上げてストライクの整備へ取り掛かっていく。

 

配備されたとはいえ、最新鋭機の運用よりは、実績のあるスピアヘッドを優先的に整備した方が、有事の時に役立つ可能性は遥かに高い。

 

それに、スカイグラスパーのマニュアルの点検手順はあくまで開発側が提案してきたもの。現場で使うとなれば点検の手順がガラリと変わったりするので、そこはひとまず全員の考えを聞き取った上で、手順を組んでいくしかないだろう。

 

「ハリー技師!冷却剤を持ってきました!」

 

搬入コンテナから冷却剤が入ったタンクを台車に乗せて持ってきたのはフレイだった。大気圏突入から着陸、そして大気圏内用機材の設置や点検などなど、フレイは宇宙にいた頃では考えられないほど泥臭い仕事を率先して行っていた。

 

今時の女性らしさもあるものの、根が真面目で一度決めたことはやり遂げる信念や頑固さもあったため、ハリーの無茶振りやマードックの怒声にも、今になってはすっかり慣れてしまっていた。

 

「お疲れ様、あとはウチの連中にやらせるから、フレイちゃんも少しは休みなさい」

 

タブレットで進捗管理していたハリーが顔を上げると、フレイは煤で汚れた顔をあからさまに不機嫌にさせていた。

 

「いえ、まだ頑張れます」

 

そう言って、重さ数十キロある冷却剤のタンクを荷台から降ろそうとするフレイを、ハリーの優しい手がやんわりと制した。

 

「口ではそう言っても、体がついてこないもんなの!シャワー浴びて、ぐっすり寝るのも作業員の仕事よ」

 

今は大気圏突入から続く緊張状態がもたらすアドレナリンで、疲れを感じなくなっているだろうが、スイッチが切れた時に負担が重くのしかかってくるものだ。自覚してから療養するのと、自覚する前にこまめに休息をとるとでは、あきらかに後者の方が回復が早いものだ。

 

すると、フレイが持ってきた冷却剤のタンクをガタイのいいハリーの部下が軽々と肩に抱える。

 

「そうだぞ、アルスター。手伝ってくれるのは嬉しいけど、倒れたら元も子もないからな」

 

続くようにやってくるのは、スピアヘッドの武装取り付けや点検を行っていた作業員の面々だ。

 

「戻ってくるときに手作りの差し入れでも持ってきてくれ」

 

「アンタたちの一言は余計なの!」

 

ウインクを飛ばす作業員たちに、ハリーが全くと言わんばかりにそう言うが、誰もが悪びれる様子もなくにこやかに笑っていた。こんな状況だ。誰もが暗くなる中で、彼らが笑ってくれるから、この場は成り立っているのかもしれない。

 

「ありがとうございます…」

 

フレイは後ろで束ねた髪を解いて、サムズアップしてくれる作業員たちに頭を下げた。その途端に、体が鉛のように重くなる。

 

とにかく今はシャワーを浴びて、一刻も早くこの体をベッドに放り出そうと心に決めたフレイが、ハンガーを出ようとしたところだった。

 

「キラ…?」

 

ハンガーの入り口で鉢合わせたのは、作業員のつなぎに身を包んだキラだった。彼の手には、宇宙でよく使っていたリーク専用の工具箱がぶら下がっている。

 

「ボウズ!!」

 

「キラくん!」

 

突然現れたキラを見つけて、マードックやハリーもキラの元へ集まってきた。

 

「もう動いて大丈夫なのか?」

 

マードックが心配そうに言うが、キラはいつものように幼さが残る笑顔を作って応えた。

 

「はい、ご心配をおかけしました」

 

そう言って歩き出そうとするキラをマードックが肩を掴んで呼び止める。

 

「お、おい。ボウズ!」

 

「ストライクの整備をしないと…大気圏突入でボロボロになってますから」

 

振り返って見た笑顔は、フレイから見ても分かるほど張り付いたような笑顔で、とてもじゃないが大丈夫のようには思えなかった。

 

それでも、マードックの呼びとめを振り切ってストライクの元へ行こうとするキラに、フレイは両手で頬をパンと叩いて、鉛のようになっていた体に活を入れた。

 

「キラ!」

 

そう言って、今度こそキラを呼び止める。振り返るキラは、フレイの格好を見て目を丸くした。どうやら、ハンガー入り口で鉢合わせた時は自分がフレイだと認識していなかったようでーーフレイは何故か小さな怒りを覚えた。

 

「ーーフレイ?なんでそんな格好…」

 

「ここで手伝いをしてるのよ、悪い?」

 

無意識に強くなる語気に気づいたのか、キラは慌てて取り繕うようにわたわたと手を振って言う。

 

「悪くは無いけど…」

 

そのキラの顔には、張り付いたような笑顔はなく、いつも突然行動するフレイに戸惑ったような表情をしていて、それを見て機嫌を直したフレイは、キラが持っていた工具箱の一つをひったくるように受け持った。

 

「私も手伝うわ。ストライクの整備」

 

「ええ!?フレイが!?」

 

「そ、だからやり方教えてよ。私だって、手を動かすことくらいできるんだから」

 

これでも、スピアヘッドの武装取り付けの配線処理などは、ガタイのいい作業員の指示を受けながらもきっちり繋いで防塵対策までやり切ったのだから、ストライクもキラがしっかり教えてくれれば何かの手伝いはできるはずだとフレイは思った。

 

それに、今一人でキラを放っておいたら何か嫌なことが起こるーーそんな予感がしたのだ。いわゆる女の勘というものだ。

 

「どうしたの?キラ?」

 

そんなフレイを見るキラの様子が、どこかおかしいことに気づく。まるでフレイを見ずに、フレイを通して別の誰かを見ているようなーーそんな目をしていた。

 

「あ、なんでもないよ…ほんとに」

 

フレイの疑問を覆い隠すように、キラは首を横に振って答える。今心にある黒い感覚をフレイにぶつけるわけにも、悟らせるわけにもいかないと、キラは意固地になっていた。

 

そんな中でーー。

 

「キラ」

 

背後からキラを呼んだのは、ハリーに追い出されて少し仮眠を取ってきたラリーだった。

 

「レイレナード中尉…」

 

ラリーを見た瞬間、キラは顔を曇らせる。そして誤魔化すように平静な顔をしようと取り繕っていたが、ラリーから見ても、その心の動きは丸分かりだった。

 

故に、ラリーはキラを呼び止めたのだ。

 

「ちょっとこっちに来てくれ」

 

 

////

 

 

夜の帳が下りた中、アークエンジェルの艦内を進んでいくラリーは終始無言だった。キラはただ進んでいくラリーの後をついていき、聞こえるのは二人分の足音だけだ。

 

「どこに行くんですか?」

 

「すぐそこだよ」

 

つい無言に耐えれなくなったキラがそういうと、ラリーは答えると同時に立ち止まった。そこは暗く消灯された食堂であったが、ある一角の照明だけは煌々と輝いていた。

 

「フラガ大尉…」

 

「今は少佐だ。ラリーは大尉で、リークは中尉になるはずだったけどな」

 

そう答えたムウの言葉に、キラは顔を曇らせる。ラリーも無意識に拳に力が入っていた。ムウは二人を呼ぶように手招きして、ラリー、キラという順番に食堂に入っては、ムウと向かい合う形で席に腰を下ろした。

 

「レイレナード大尉…?」

 

「ラリーでいい。キラ、お前は俺たちの仲間だ。だから、この〝しきたり〟を教える」

 

そう言ったラリーは胸元から二つのネックレス状のものを取り出すと、テーブルの上に丁寧に並べ始めた。

 

「ラリー…さん、それは?」

 

恐る恐る聞くキラに、ラリーは率直に答えた。

 

「ゲイルとーーそして、リークの認識タグだ」

 

それは、キラが今1番聞きたくないことだった。二人の遺品となった認識票を見つめながら、ムウが深く息をついて小さく呟く。

 

「やっと、まともに弔えたな、ゲイル。リークとはもう会えたか?」

 

ヘリオポリスで戦死したゲイルは、同じくアークエンジェルの食堂で水をかけてやるだけの弔いだったが、ここでしっかりとした弔いができることにムウは感謝した。

 

「アイツの腕前を見られないのが、辛いな。ラリー」

 

リークの飛んでいた姿を思い出して言うムウにラリーも頷いて懐かしむように目を細めて答えた。

 

「リークは俺の知る中で、もっとも最高にイカした整備士であり、パイロットでしたよ」

 

そんな二人の言葉を、キラはしっかりと聞いていた。聞いていたはずだったが、その意味を理解することを心が拒んでいた。

 

今、ラリーとムウはーーリークの死を悼んでいると事実を、キラは頑なに認めようとしなかった。

 

「やめてください…僕は…」

 

キラは逃げ出したい気持ちで心があふれていた。

 

認めてしまったら、戻れない気がした。

 

認めてしまったら、耐えられない気がした。

 

認めてしまったらーー僕はアスランたちを許せない気がした。

 

だからーー。

 

「キラ」

 

そんなキラに、ムウが厳格な声で伝えた。

 

「これが、俺たちにできることなんだ」

 

そう言ったムウの瞳は、食堂に灯るわずかな明かりで揺らめいてるように見えた。

 

「戦場ってのはひどく合理的にならないと生き残れない世界だ。仲間が死んだことを、すぐに割り切って次の戦場に気持ちを向けないと、俺たちは死んじまう」

 

以前、ユニウスセブンで氷の改修作業をしようとした時に、ラリーが戸惑うキラたちに同じようなことを言っていたことを、キラは思い出した。

 

〝ーー俺たち兵士ってのは、そんな大きな事を考えてる余裕なんてないんだ。昨日まで隣のベッドでだべっていた戦友が、目の前で死んだり、その戦友が使ってたベッドに新任のパイロットがすぐに来て、よろしくなんて握手したりして。人の死を悼む時間も無くて、戦って、戦ってーー〟

 

そうやって、人としての心がすり減っていく中で、自分たちは兵士として、やるべきことを果たさなければならないということを。

 

「だから、俺たちは仲間を弔うんだ。戦場ではここで、悼むんだ。そうやって、アイツらのことを思い出して、思い続けるんだ。アイツらが果たせなかった使命を受け継ぐために」

 

ムウの言葉が、メビウスライダー隊のあり方の全てだった。戦友の死を悼むよう意識して、戦友が居なくなれば葬い、慰めの言葉を紡ぐ。そうやって、死んだ者との絆を忘れないようにしている。

 

それが、自分が自分を保つためにやっている儀式のようにも思えても、辞めてはいけないことなのだから。

 

ラリーはムウの言葉を待ってから、ここに来るまで傍に抱えていたある箱を机に置いた。

 

「それは…」

 

「リークの言った通り、アイツのベッドから拝借してきた」

 

木箱を開けて、上品な布を外すとそこからは年代物のウイスキーが姿を現した。銘柄を見ただけでムウは小さく口笛を鳴らす。

 

「こりゃ滅多に見れない上物じゃねぇか」

 

栓を外して、ムウが用意していたコップへ酒を注いでいく。そこでラリーの手が止まった。

 

「キラは水でーー」

 

まだ酒を知らないキラには、キツすぎるものだ。そう判断して、コップには水を入れようと立ち上がったラリーを、今度はキラが制した。

 

「僕も飲みます。これは、ベルモンド〝大尉〟が僕に送ってくれた、歓迎の意志ですから」

 

「キラ…いいだろう」

 

そういうキラに笑顔を浮かべながら、ラリーはウイスキーを注ぐ。誰もいない食堂の中で、つまみも何もない中で、キラたちは小さくグラスを付き合わせて、中に入った小麦色の液体を煽った。

 

「…っ!にがっ」

 

真っ先にキラが根をあげると、ムウとラリーが可笑しそうに笑った。

 

「はっはっはっ!この旨さがわからないってなら、まだまだキラは子供ってことだな!」

 

そういうとムウはぐいっとウイスキーを煽って飲み干す。それを見よう見まねでキラも飲もうとするが、明らかにペースは遅いものだった。

 

「ほんとに…苦いですね…ほんと…」

 

グラスをテーブルに置いて、キラはそっと顔を伏せた。ポタリ、ポタリとキラの持つグラスへ雫が落ちる。それは止まることなく、小さな雨のようにキラのいるテーブルを濡らしていく。

 

「うっ…ううっ…」

 

〝コーディネーターであっても、君は君だろう?〟

 

〝キラくん、ありがとう。ちゃんと言ってくれて〟

 

〝地球に降りたらキラくんの歓迎会だね〟

 

過ぎ去るのは、リークと過ごした思い出ばかりで、その一つ一つがキラの胸をどうしようもなく締め付けて離さない。溢れる涙も、溢れる嗚咽も、止めることなど叶わなかった。

 

「うぁぁあ゛ぁあ…!!」

 

泣きじゃくるキラに、ムウもラリーも何も言わなかった。ただ静かに、二人はリークの残した酒を煽る。

 

「ほんとに、苦いな…この酒は…」

 

ムウの言葉に、ラリーは何も答えなかったし、ムウの方を見ようともしなかった。ただ、酒を口にしてラリーは天井を仰ぎ見る。

 

「まったく…泣かせやがって…馬鹿野郎が…」

 

同時刻。

 

アークエンジェルクルーの名簿にあったリーク・ベルモンドは、行方不明者名簿へ、その名が刻まれたのだった。

 

 

 

 



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砂漠の虎編
第57話 砂丘の夜


北アフリカ・リビア。

 

深刻な砂漠化が進む砂丘の稜線の間を縫うようにして、一台のジープに乗る男性が、双眼鏡でその先に鎮座するアークエンジェルを見つめている。

 

「さてと。どうかなぁ?噂の天使の様子は?」

 

そんな男性の上官にあたる男は、まるで緊張感がない様子でコーヒーの準備をしながら、つぶさに監視している部下へそう問いかけた。

 

「は!依然なんの動きもありません」

 

「地上はNジャマーの影響で、電波状況が滅茶苦茶だからなぁ。彼女は未だスヤスヤとおやすみか」

 

砂漠の虎と恐れられるザフト北アフリカ駐留軍司令官であるアンドリュー・バルトフェルドは、部下であるマーチン・ダコスタにそう告げて、準備していたコーヒーを口にする。

 

と、その目を驚いた様子で見開いた。

 

「今回はモカマタリを5%減らしてみたんだがね…こりゃぁいいなぁ」

 

ごほん、とダコスタが咳払いをして、バルトフェルドは困ったように笑った。レセップス艦内では匂いが篭ると苦情を受けたから、こうやって外でコーヒーに舌鼓を打っているというのに。そう呟いてから彼はジープから砂漠へ降りた。

 

目の前にはパイロットスーツ姿の隊の面々が揃っている。

 

「ではこれより、地球軍新造艦、アークエンジェルに対する作戦を開始する。目的は、敵艦、及び搭載モビルスーツの、戦力評価である」

 

「倒してはいけないのでありますか?」

 

そう言った部下につられるように、何人かが笑い声を上げたが、バルトフェルドは妙に真剣な眼差しだった。

 

「その時はその時だが…あれは遂にクルーゼ隊が仕留められず、ハルバートンの第8艦隊が多大な犠牲を払ってまで地上に降ろした艦だぞ?」

 

それに、とバルトフェルドは気になることを呟く。あのクルーゼ隊が三度も苦渋を飲まされた挙句、ほぼ無傷で地球に生還を許したとなれば、戦場の与太話だと思っていた存在にも信憑性が生まれる。

 

「宇宙で暴れまわった流星が合流しているらしい。それを忘れるな。一応な」

 

その言葉で、パイロット全員が真剣になった。聞く話では、モビルアーマーで幾度もモビルスーツを撃破した化物だ。だが、それは宇宙での話。ここは地上だ。重力があり、大気がある。そして何よりも、この地は自分たちが制した場所だ。

 

そう易々とは好きにはさせない。そんな覚悟が窺える表情だった。

 

「では、諸君の無事と、健闘を祈る!」

 

「総員、搭乗!」

 

ダコスタの声とともに、パイロットたちは後ろに鎮座するモビルスーツ、バクゥへ乗り込んでいく。

 

ここでは、この機体が王者だ。

 

空から落ちた流星に、地上の洗礼というものを受けてもらおうじゃないか。

 

「ん~コーヒーが旨いと気分がいい。さ、戦争をしに行くぞ!」

 

 

////

 

 

「ふー、ハリー技師!今日はこれくらいにしときましょうや。あとの調整は、実際に飛ばしてみないと、分からねぇですよ…」

 

夜が深まった時間の中で、マードックは疲れたように背中を伸ばすと、背骨がポキポキと気持ち良さげに音を立てた。どうやら自分も相当疲れているようだ。

 

「そうねぇ。やれるところまではやってはみたけど、ここから先は予測論になってくるから」

 

エンジン周りをいじっていたマードックとは違い、フラップなどのウイングや、武装関係のチェックをしていたハリーは、疲れた様子でまとめていた資料用のタッチパッドの電源を落とす。

 

「確実性の無い兵器なんて聞いて呆れますよ、まったく」

 

「まぁそう文句を言うなって」

 

ハリーの愚痴に答えたのは、コクピットで制御モジュールの確認をしていたムウだ。この機体はメビウスライダー隊の隊長であるムウが使用するので、ペダルの硬さや、操縦系統のマッチングを手伝ってもらっていたのだ。

 

「キラもラリーも、なんとか元気になったし、明日は移動するかもしれんからなぁ。あいつらの為にもとっと仕上げたいところだが…」

 

飛ばして見ないと甲も乙も付けられないとなると、ここまでが限界だろうなとムウはガシガシと頭を掻いた。なんとも不慣れな兵器を寄越してくれたものだと、内心で毒づく。

 

「当面はメビウスライダー隊はスピアヘッドですね。スカイグラスパーは慣らしも必要ですし」

 

そういうハリーの視線の先には、完璧に仕上げられたスピアヘッドの二機が格納されている。そのお膝元には、補給と整備で疲れ果てた作業員たちが雑に毛布だけ被って眠っていたのだった。

 

 

////

 

 

 

「ふわぁぁ…はぁぁ…眠い…」

 

そう言いながらも制服に腕を通したトールは、しっかりと身支度を整えているミリアリアに連れられてアークエンジェルのブリッジへ向かっていた。

 

夜が更けているとは言え、ここはザフトの領域。監視を疎かにすることもできないので、少ない人員の中、二直交代制で周辺警戒を行なっている。

 

今夜の担当はミリアリアとトールだった。

 

「もう、ちゃんと着なさいよー。そんな顔でブリッジに入ったら、バジルール中尉に怒鳴られるわよ?」

 

そう言ってだらし無く着流すトールの制服を整えていたら、ちょうど食堂の入り口からサイとフレイが二人で食事を取っているのが見えた。

 

トールは口元に指を当てて、ミリアリアと共に談笑する二人の様子を見守る。

 

「サイとフレイが婚約者だったってのも驚いたけどなぁ…」

 

「婚約者じゃないわよ、まだ話だけだって…」

 

「同じようなもんじゃん?」

 

そう言って首で二人の様子を指し示すトールの言う通り、サイもフレイもまんざらでもない雰囲気だった。トールはキラが、フレイのことを少し意識していたことを知っていたが、あれは勝ち目ないぜ…と、心の中で友人を慰めた。

 

「フレイ…変わったよね」

 

「うん。いい意味でな」

 

「ほんとね。前はキラのこと、嫌ってたって訳じゃあないけど…」

 

そういうミリアリアの言葉も頷ける。今のフレイは初めてアークエンジェルに来た頃に比べて随分と変わった。適応力が高いというべきか、最初はおしゃれにも気を使っていたようだが、今はシャワーを浴びた後に髪を乱雑に纏めているように見える。

 

しかし、それが逆に大人な女性のような雰囲気を出していて、前に座るサイもどこか上機嫌のようだった。

 

そんなフレイに見とれていたのがバレたのか、ミリアリアがボーイフレンドの鳩尾に肘を打ち込んだ。

 

「いてて…コーディネーターが居なくても、ナチュラル同士でも戦争になってた、かぁ」

 

「フレイの言ってた言葉?」

 

首をかしげるミリアリアに、トールは頷いて応えた。

 

「俺たちってコーディネーターとかナチュラルとか言ってるけど、一体何と戦争してるんだろうな」

 

この戦局になっても、ハルバートン提督が言っていたように地球軍内部の意見は二分されていて、それでも、相手はプラントで、コーディネーターで。しかしキラのような味方をしてくれるコーディネーターも地球軍にはいて。

 

はたして、自分たちは何と戦って、何を勝ち取ろうとしてるのか。トールには見えない答えだ。

 

「そうねぇ」

 

ミリアリアも同じだったが、とにかく今はできることをやるしかない。よく励ましてくれたリークの言葉を借りるなら、大切な人に攻撃をしてくる相手を、倒すことだけが全てだった。

 

 

 



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第58話 攻撃準備

 

 

「いい?VTOL機の特徴として、まず一つ目に、他の固定翼機と違って滑走路を必要としない、もしくは短距離の滑走路で済むことがあるの」

 

シミュレーションルームでハリーの説明を受けながら、ラリーはVTOL〝垂直離着陸〟機の特性と長所、短所を体感するために操縦桿を握っていた。

 

「アークエンジェルだとか、既存の艦船の狭い場所や不整地においても離着陸できることが特徴で、艦載機としては優秀なものね」

 

ハリーの言葉に頷きながら、ラリーはシミュレーションの中で短い滑走路しかない空母から仮想空間のスピアヘッドを離陸させていく。

 

「そして二つ目に、滑走路が破壊された状況下でも離着陸が可能であること。ただし滑走路を使用して離陸する場合、燃料を節約でき離陸重量の制限も緩和されるわ」

 

けど、とハリーは言葉を濁す。それはラリーにも薄々感じられたところだ。滑走路が短い場所で離着陸をすれば、その濁したところが顕著に現れてくる。

 

「垂直離陸時に大量の燃料を使用してしまうのが欠点ね。かつ離陸の重量制限もある。航続距離や搭載量で固定翼機に大きく劣るわ。それに、同等の固定翼機と比較しても、最高速度、加速性能に大きく差が出るの」

 

燃料計を見れば一目瞭然だった。パイロットに必要なのは、適切な燃料管理。戦場に向かうための燃料、戦闘するための燃料、そして帰投するための燃料。

 

ラリーの中でイメージしていたそれは、シミュレーション上だけでも大きくコストオーバーをしてきた。これでは、戦場に到着しても長時間の戦闘は困難になるだろう。

 

更に!とハリーは声を上げて短所を指摘し始めた。

 

「固定翼機やヘリコプターに比べ、構造的に複雑になるから、高負荷が掛かるG機動では劣る特性があるの!」

 

その様子からしてワナワナと手が震えているのは容易にイメージできた。メビウス・インターセプター然り、ラリーの持ち味である高速高G機動が、VTOL機では致命的に不可能だったのだ。

 

「最高速度で劣るモビルスーツとの戦闘セオリーは一撃離脱だけど、それは一対一を想定したとき!モビルスーツ複数に囲まれた場合や、すれ違いざまの交差で機動が稼げなかったら良い的でしかないわ!!」

 

実際、スピアヘッドは少数戦では立派な戦績を残している傑作機だ。しかし、ザフトも甘くはない。モビルスーツという3次元的な空中戦をすることが出来る機体の数を増やして、スピアヘッドの短所を明確に突いて来ている。

 

ラリーはそれをイメージしながら、シミュレーションのスピアヘッドを操っていく。シミュレーションはあくまでシミュレーション。重力も高負荷も無いので、ラリーは遠慮なしに操縦桿を操っていく。

 

宇宙で出来ていたことが、どこまで出来るか。ラリーはそれを確かめるために仮想空間の中で飛ぶスピアヘッドで鮮やかな軌跡を描く。

 

それを隣で見ていたハリーの顔色がどんどん青くなっていくのを見たのは、たまたま覗きに来たアークエンジェルのクルーや、シャワーを浴び終えたムウだけだった。

 

 

////

 

 

 

「船の排熱は、排気システムを通じて冷却されるから、衛星からの赤外線探査さえ誤魔化せれば何とかなるし、レーダーが当てになんないのは、お互い様だろ?」

 

ミリアリアたちがブリッジに入った時に、オペレーターと操舵手であるノイマンがそんな話をしているのが耳に入ってきた。

 

「交代でーす」

 

「あぁ、お疲れさん」

 

話をしていたオペレーターと通信制御権を交換して、ミリアリアは慣れた手つきでアークエンジェルの管制モニターを操っていく。

 

操舵席の方では、トールがノイマンに変わって船の制御の補佐を行おうとしていた。

 

「替わります」

 

「すまないな」

 

トールが操舵輪に手をかけてから、ノイマンは手を離してゆっくりと伸びをしていく。索敵に敵は居ないとはいえ、緊張状態であるのは確かだった。

 

「ニュートロンジャマーかぁ…撤去できないんですか?」

 

さっきの話を聞いていたトールがそんなことを呟いたが、オペレーターがあからさまに肩をすくめる。

 

「無理無理。地中のかなり深いところに打ち込まれちゃっててさぁ、数も分かんないんだぜ?出来りゃやってるよ」

 

その言葉に頷いて、ノイマンも座席に肘を当てながら考え込むように唸る。

 

「電波にエネルギー、影響被害も大きいけどなぁ。でも、核ミサイルがドバドバ飛び交うよりはいいんじゃないの?ユニウスセブンへの核攻撃のあと、核で報復されてたら、今頃地球ないぜ?」

 

その未来を想像して、トールはゾッとした。自分たちが見たユニウスセブンの光景で地球が埋め尽くされていると考えたら、それはもう地獄としか言いようがない。

 

「ご苦労、異常はないか?」

 

しばらくしてから、身支度を整えたナタルがブリッジに入ってくる。彼女は軍人ではあるが、冷酷な人間ではないということを、トールやミリアリアも何となく理解し始めていた。

 

彼女も、メビウスライダー隊や、ドレイクと交流していくうちに、自分の軍人としてのあり方を少し考えるようになっていたのだ。

 

その証拠に彼女の腕には、ブリッジにいるメンバー分のボトルが抱えられている。

 

「先刻の歪みデータは出たか?」

 

「簡易測定ですが、応力歪みは許容範囲内に留まっています。詳しくは…うわぁ!」

 

ナタルから受け取ったボトルを無重力でいた頃と変わりなく、何気なしに離してしまい、ノイマンの制服が水で濡れてしまった。その様子を見て、ナタルは少し笑ってから、ごほんと咳払いを放つ。

 

「少尉…いつまでも無重力気分では困るな」

 

「す、すみません…」

 

いつもは仏頂面のノイマンが赤面しているのは珍しいと、トールがながめていると、それに気づいたノイマンが鋭い目でこちらを睨んでこようとしたので咄嗟に視線を外した。どうやら間に合ったらしい。トールは小さく息をついた。

 

「重力場に斑があるな。地下の空洞の影響が出ているのか?」

 

ナタルの言葉に、トールやミリアリアは首をかしげる。

 

「なんです、それ?」

 

「戦前のデータで、正確な位置は分からないんだが、この辺りには、石油や天然ガス鉱床の廃坑があるんだ。迂闊に降りると大変なことになる場所だよ」

 

ナタルのかわりに、辺りにスキャンをかけていたオペレーターが答える。石油や天然ガスといえば、簡単に連想されるのは爆発や火だ。もし、今ここでザフトに襲撃されてもしたら、たまったものではない。

 

「ここは、大丈夫なんですか?」

 

「ですよね?」

 

ミリアリアとノイマンの言葉に、ナタルは小さく頭を抱えてから呟く。

 

「さて、どうなることやら…」

 

その時、ミリアリアの視線に警告表示が映った。

 

「本艦、レーザー照射されています!」

 

咄嗟に叫んだ言葉に、ナタルやノイマン、トールも反応して、穏やかな雰囲気を一変させ、即座に対応へ移っていく。

 

「照合!測的照準と確認!第二戦闘配備発令!繰り返す!第二戦闘配備発令!」

 

砂漠の夜はまだ明けそうにない。

 

 

 

////

 

 

 

「おいでなすったか!」

 

警報と同時にシミュレーション室から飛び出したムウとラリーは、直ぐに更衣室へ直行して、パイロットスーツへ着替える。

 

キラはまだ来ていないようだったが、出るとしても戦闘機組が先に発艦することになるので問題はない。

 

「フラガ少佐!」

 

先に着替えたラリーが更衣室を飛び出る前に、隊長であるムウへ指示を仰ぐ。

 

「ラリーは一号機で待機だ!俺は二号機で出る!」

 

了解!と叫んで、ラリーは更衣室からハンガーへ一直線に走り出した。ムウも続こうとしたが、ブリッジからモニター通信が入る。

 

《少佐!スカイグラスパーは?》

 

ナタルの言葉に、ムウは首を横に振って答えた。

 

「あんなもんで出れるわけないでしょうが!」

 

まだ飛行テストも終わってないんだから!と叫んで、ムウはハンガーへ駆け出していく。

 

 

////

 

 

「艦長がブリッジに!」

 

マリューがブリッジに到着した頃には、穏やかだったその場は戦場のように慌ただしくなっていた。まぁここが戦場であるのだが、とマリューは気の抜けた自問自答をして、艦長席へ腰を下ろす。

 

「状況は?」

 

「第一波、ミサイル攻撃6発!イーゲルシュテルンにて迎撃!」

 

「砂丘の影からの攻撃で、発射位置、特定できません!」

 

上手い。こちらを見つけてから闇雲に出てこずに、まずは牽制を兼ねた攻撃といったところだろう。マリューはアークエンジェルにある手札が何かを即座に考えて、対応策を打ち立てていく。

 

「総員、第一戦闘配備発令!機関始動!メビウスライダー隊各員は、搭乗機にてスタンバイ!」

 

アンチビーム爆雷や、チャフ、フレアの展開準備も急がせる。敵は地球の環境を知り尽くしているだろう。

 

神経をすり減らす戦いに、マリューは気を引き締めていくのだった。

 

 



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第59話 出撃

 

 

 

「よーし、始めよう」

 

双眼鏡で戦況を眺めていたバルトフェルドの一言で、攻勢は本格化する。砂丘の稜線を利用したザフトの攻撃ヘリが、まだ無防備なアークエンジェルへと徐々に距離を詰めていく。

 

「航空隊、攻撃開始」

 

状況は整ったと言わんばかりに、ダコスタの一言で攻撃ヘリは砂丘から飛び出して、懐に抱えた火器から存分に銃撃を放っていく。

 

「5時の方向に敵影3、ザフト戦闘ヘリと確認!」

 

砂丘から姿を現した攻撃ヘリをいち早く探知したアークエンジェルであるが、向こうには地の利があった。一度は捕捉しても磁気嵐とNジャマー、そして稜線へ直ぐに隠れてしまう敵機のせいで、識別信号の確認すらできない。

 

「ミサイル接近!」

 

残っているのはこちらに向けて放たれた敵のミサイルだけだ。イーゲルシュテルンで迎撃するものの、アークエンジェルからすれば酷い消耗戦を強いられている。

 

「ええい!こちらの兵装を知って…!フレア弾散布!迎撃!敵は実弾攻撃で来るぞ!」

 

ナタルの一声で、アンチビーム爆雷を下げ、フレアを装填していく。早々に離床したいところであるが、敵戦力が判明しない以上、焦れて出てくるのを待つ罠の可能性もある。とにかく今は、彼らに頼るしかない。

 

〝艦に乗る部隊は、その艦の剣であり、艦は剣の鞘だ。鞘が剣を折る道理がどこにある?〟

 

〝我々船乗りは、できうる最大限の敬意と尊重の心を持って船を発つパイロットを送り出してきた。その敬意に彼らは応えてくれた。だから、私も彼らを信じるのですよ〟

 

ふと、ナタルの脳裏にドレイクから言われた言葉が過った。アークエンジェルは鞘であり、メビウスライダー隊は剣。そう考えると、いつもは緊張感と名状しがたい焦りのような気持ちで満ち溢れていた心が、どこか落ち着くようだった。

 

 

////

 

 

ハンガーでハリーと作業員たちが機器の最終チェックを行なっていると、遅れましたと大声で言いながらパイロットスーツへ着替えたキラが走りこんできた。

 

「キラ!」

 

そのままストライクへ向かおうとするキラを、ラリーがスピアヘッドのコクピットから呼び止める。

 

「出れるか?大丈夫か?」

 

そういつも声をかけていたのはリークだった。彼はいつでも、キラの心のあり方を大切にしていた。だからラリーもそんなリークの在り方を受け継ごうと決めていたのだ。

 

そんなラリーの言葉に、キラは優しげな笑みを浮かべてうなずく。

 

「ありがとうございます…だけど、僕は受け取った使命を果たします。ベルモンド大尉や、バーフォード艦長の分も」

 

今はザフトの勢力圏で、宇宙との連絡も取れない状態だ。ムウも言っていたが、あの艦長の指揮する船だ。そう易々とは落ちはしないだろう。そう信じているラリーたちにできるのは、艦長から最後に伝えられた《使命を果たす》こと、ただそれだけだ。

 

キラに向かってラリーは親指を立てて告げた。

 

「よし、背中は任せとけ」

 

「はい!」

 

ストライクへ再び駆け出したキラを見送っていると、スピアヘッドの通信機の受信合図が灯った。

 

《こちらAWACS。トーリャ・アリスタルフ中尉だ。メビウスライダー隊、聞こえるか?》

 

《アリスタルフ中尉か!》

 

トーリャ・アリスタルフ中尉。

 

彼は以前、モントゴメリと共に航行したローの管制官を務めていた男であり、ラリーとリークは彼と酒を飲み交わしたことがある。

 

《トーリャで構わないよ、ライトニング1。これより君たちをサポートする。コールサインは「エンジェルハート」。まだシステムが完璧ではないができる限りのサポートは行う。よろしく頼む》

 

クラックスのAWACSであるオービットに変わって、今後は彼らがその役割を担ってくれる。ドレイクが大気圏突入間際に渡してくれた餞別だ。

 

トーリャはそれを深く理解していたし、彼が選んだスタッフも第八艦隊では優秀と言われた人員ばかりだ。

 

《では、コクピットで申し訳ないがブリーフィングをはじめよう》

 

改めてそういうと、トーリャが今回の作戦を説明していく。

 

 

 

 

 

 

場所はアフリカ共同体領土の北アフリカ・リビア。

 

砂漠化が進む地域であるが、敵は砂丘を利用して死角からアークエンジェルを攻撃しようとしている。我々の作戦は、稜線に隠れる敵と発射位置を特定し、これを迎撃することだ。

 

重力下での飛行であるため、高度と風向きには注意を払え。

 

敵の保有戦力は未知数だ。

 

最悪の場合、敵モビルスーツの出現も予測されるため、ストライクは地上初のモビルスーツ戦へ突入する危険もある。

 

よって今回のストライクは後方支援も兼ねたランチャーストライカーパックで出撃してもらう。敵モビルスーツが展開した場合は、ライトニング1がストライクの援護に回ってくれ。

 

各員、慣れない地上での戦闘ではあるが我々には果たさなければならない使命があることを忘れないでほしい。

 

健闘を祈る。メビウスライダー隊、発進せよ!!

 

 

 

 

 

 

《ハッチ開放、各機発進態勢へ移行!メビウスライダー隊は敵戦力を排除せよ!重力に気を付けろよ!》

 

ナタルの声にメビウスライダー隊の全員が頷く。ここは地球。宇宙とは勝手が違う。それを自分に言い聞かせて、誰もが操縦桿を固く握っていた。

 

「下がってろ!宇宙と勝手が違うんだから!吹き飛ばされてもしらねぇぞ!」

 

マードックたちが発艦に伴って邪魔な機材や人員を奥へと追いやっていく。

 

《進路クリア!発進どうぞ!》

 

「ラリー・レイレナード、ライトニング1、スピアヘッド一号機、発艦する!!」

 

リニアカタパルトではなく、ランディングギアを出したスピアヘッドは、双発エンジンを軽快に吹かして短い滑走路を進み、機体を飛翔させていく。

 

《続いて二号機、発進どうぞ!》

 

「全く慣熟運転もまだだってのに!ムウ・ラ・フラガ、ライトニングリーダー、スピアヘッド二号機、出るぞ!」

 

ラリーに続いてムウも、夜の闇が支配する砂漠の空へと飛び立っていく。最後に出るのはキラのストライクだ。

 

《カタパルト、接続。APU、オンライン。ランチャーストライカー、スタンバイ。火器、パワーフロー、正常。進路クリア!》

 

背部にランチャーストライカーを背負ったストライクは、デュアルセンサーを瞬かせて出撃準備を整えていく。

 

《ストライク、発進どうぞ!》

 

「誰も死なせない…。死なせるもんか!キラ・ヤマト、ライトニング3、ストライク、行きます!!」

 

 

 

 



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第60話 地上の流星

 

 

 

「戦闘機が二機発艦を確認…あっ、出てきました!あれがX-105ストライクですね」

 

双眼鏡から見える光景。二機の戦闘機がアークエンジェルから飛び立ち、続いて人型であるストライクが砂漠へと降り立った。だが、スラスターを吹かしても上手く砂の上に立つことが出来ない様子だ。

 

それを冷静に眺めながら、バルトフェルドはダコスタへ次なる指令を伝える。

 

「よし、バクゥを出せ。反応を見たい」

 

 

////

 

 

眼下で膝をつくストライク。それを見ながらも、ラリーもムウも慣れない地球での飛行に顔をしかめる。

 

「これが地球か…!くそ!思いのほか気流が不安定だな」

 

機体が横へ流れていくような浮遊感がある。計器では正常でも、機体は大気の流れに正直なものだ。ラリーは操縦桿を操るも、機体のふらつきを抑えることができない。

 

《エンジェルハートからメビウスライダー隊へ。こちらでも観測した。気象情報を送信する。それを参考に軌道修正をしてくれ》

 

トーリャから送られてきたデータが、コクピットの気象モジュールへ送られ、機体コントロールの補助が入り始める。その分、握っていた操縦桿が鈍重になっていくように思える。

 

「宇宙よりも繊細に扱えよ?ここじゃ下手をすれば地面とハグすることになるぞ!」

 

ムウに言われて、ラリーは鈍重な舵を切って機体を旋回させていく。

 

「キラは!」

 

その視線の先では、ストライクが砂丘の稜線から現れた攻撃ヘリのミサイル攻撃に晒されている。機敏に躱そうとキラもフットペダルを踏み込んだが、流体状の足場で踏ん張りが利かず、ストライクは再び地に膝をついてしまう。

 

「くそっ、足場が…!くぅぅっ!」

 

フェイズシフト装甲があるとはいえ、ミサイルの被弾で伝わる衝撃はキラへ多大な負荷を与えた。歯を食いしばって耐えるキラへ、AWACSであるエンジェルハートからの追い討ちが入った。

 

《敵反応多数!!》

 

その通信に顔を上げたキラの視界に入ったのは、砂丘を飛び越えて現れた独特なフォルムをしたモビルスーツーーバクゥだ。

 

「キラ!」

 

ラリーが舵を切り、スピアヘッドのミサイルを放つが、バクゥは鮮やかに砂漠を疾走し、迫るミサイルを素早く避けていく。

 

《TMF/A-802…ザフト軍モビルスーツ、バクゥと確認!》

 

三機のバクゥは四つ足での疾走から、脚部に設けられたキャタピラに動作を切り替え、砂漠を滑るように移動し始める。背部に設けられたミサイル砲とリニアキャノンを駆使して、自由に動けないストライクへ猛攻を加えていく。

 

『宇宙じゃどうだったか知らないがな』

 

そう言って飛び上がったバクゥは、もがくストライクをあざ笑うように蹴り飛ばして、倒れ伏させる。

 

『ここじゃこのバクゥが王者だ!』

 

《スレッジハマー、撃て!ストライクに接敵するバクゥを足止めするだけでいい!》

 

ナタルの声が響き、アークエンジェルから放たれたミサイルは苦戦するストライクを守るよう的確に周辺へ着弾する。しかし、バクゥはそれすら躱して動けないストライクへじわじわと攻撃を繰り出していた。

 

「くっ!機体の旋回が…!」

 

ラリーが鋭く舵を切ってもスピアヘッドの反応は今一つだった。宇宙でやっていたような鋭い機動ではなく、だらりとした円弧を描いて旋回し、キラに襲いかかるバクゥへと飛翔する。

 

だが、ミサイルを撃とうとも、バルカンを撃とうともバクゥはなんら怯むこともなく、ラリーを無視してストライクへ攻撃を集中していく。

 

「くっそー!」

 

キラも負けじとアグニを振り回すが、砂漠を素早く移動するバクゥへ照準を合わせるなど至難の技だ。ムウも、稜線の向こう側にいるザフトのヘリの相手で手一杯だ。

 

「くっ…キリがねぇ…」

 

ラリーは情けなさを懸命に嚙み殺して、スピアヘッドを操る。その光景を眺めながら、戦場の後方にいるバルトフェルドは冷笑を浮かべながら追い詰められていくストライクを眺める。

 

「確かにいいモビルスーツだ。パイロットの腕もそう悪くはない。が、所詮人型。この砂漠でバクゥには勝てん」

 

////

 

 

「ぬああああ!!」

 

アークエンジェルのハンガーは攻撃の衝撃で嵐と地震が一緒に来たような状態にさらされていて、壁に掴まっている者や、成すすべなくハンガーの床を転がる者で溢れかえっている。

 

出撃前に大慌てで工具などの重量物は固定したので、荷物に押しつぶされることはないが、衝撃だけはどうしようもなかった。

 

「宇宙じゃそんな気にならなかったけど、地球だとかなり揺れるのね…いたた」

 

尻餅をついてるハリーは腰をさすりながら立ち上がると、壁沿いでひっくり返ってるフレイを見てギョッとした。

 

「ハリー技師、大変です世界が逆さまになってます」

 

出撃を聞きつけて手伝いに来たフレイも、その衝撃の餌食になっていた。彼女は前転している途中のようなーー股から顔を逆さに覗かせて、尻をハリーに向けてうずくまっていた。

 

「嫁入り前の子がそんな格好をすんじゃありませんっ」

 

そう言って目を回すフレイを立ち上がらせる中ーー。

 

「少しいいかな?」

 

少し、渋めの声がハリーの背後から発せられた。

 

「はぁい?どちらさまでーー?」

 

ハリーが振り返ると、そこにはパイロットスーツを来た一人の男性が肩にヘルメットをかけて立っていた。彼は固定されているスカイグラスパーを親指で指しながら、平然と言い放った。

 

「この機体、空は飛べるのかな?」

 

 

////

 

 

「ぬぐぁああ!」

 

バクゥの気を引こうと飛ぶラリーは、鬱陶しさから放たれるリニアキャノンをなんとか躱しながら作戦を練っていた。

 

キラのストライクは、砂漠に足を取られて動きが鈍っている。このままでは良い的だ。だから、やられる前にバクゥを何とか足止めして、キラの持つアグニで屠るしかない。

 

しかし、こんな鈍重な機動しかできない機体でできるのか?ラリーは自問する。せめてこの旋回機能に指向性があれば、どうにかーー。

 

そこで、ラリーはシミュレーターでハリーが言っていたことをふと思い出した。

 

VTOLは〝垂直離着陸〟だ。ということは、エンジンの噴射口を真下に向けて離陸することができる。ーーエンジンの向きを任意で変えられるということを。

 

「旋回…そうか!!」

 

ラリーは閃いたように叫ぶと、消極的だった機動を煌めかせて、一気にバクゥへと速度を上げて突っ込んでいく。

 

「ラリー!?」

 

その様子を見たムウは驚きの声を上げたが、ラリーの機体は止まることはない。進路を変えることもだ。

 

「ぐぅうう…!!おりゃあああああ!!」

 

ラリーの雄叫びに呼応するように、キラも自分の置かれた状況の打破へ踏み切る。砂漠という流体状の地形のせいで、脚部へ与えられる接地圧が逃げる。それならば、とキラは横に収納していたキーボードを取り出して目にも留まらぬ速さでデータを更新していく。

 

「逃げる圧力を想定し、摩擦係数は砂の粒状性をマイナス20に設定!」

 

地質調査などはしていないが、暫定的なデータを仮に立てて、それを数値へ当てはめていく。そんなキラのストライクへ、一機のバクゥが迫った。

 

『もらった…!』

 

そう言ってストライクを格闘戦の距離に捉えた時に、共に出ていた僚機からの通信が届く。

 

『メイラム!敵の戦闘機が!』

 

視線をストライクからあげると、一機のスピアヘッドが自分の元へと突っ込んでくるではないか。

 

『たかが戦闘機が…!!』

 

そう毒づいて邪魔をして来ようとするスピアヘッドへミサイルを放つが、ミサイルの信管が作動する前に戦闘機がその下をくぐり抜けて、バクゥの元へ至った。

 

目くらまし程度のバルカンがバクゥの頭部を揺らすと、スピアヘッドは足元ギリギリを過ぎ去り、バクゥの背後へ飛び去っていくーーーはずだった。

 

「ーーーッハァッ!!」

 

想像を絶する力が、ラリーの体にのしかかった。

 

ラリーはバクゥの足元を通過した瞬間、エンジンの向きを水平離着陸する際の方向へ無理やり向けたのだ。

 

機体はもちろん、推進方向が変わり不安定になる。ガタガタと鳴る翼の音は、歪な歪む音へ変貌していき、スピアヘッドは高度を維持したまま、機首を水平から垂直へ上げていく。航空力学からかけ離れた状態の機体に風が当たり、白い煙となって尾を引いた。

 

バクゥを操っていたパイロットは、戦闘機の後を見ようと後方モニターへ視線を向かわせて、戦慄した。

 

モニターに映っていたのは、飛び去ったはずの機体がこちらに逆さになって向いている光景だった。

 

「ポストストールマニューバ…!?」

 

ムウが驚愕の声でそう言ったと同時に、逆さまになったスピアヘッドのコクピットの中で、ラリーは慣性を殺さないまま射線上にバクゥを捉え、その瞬間にミサイル発射の引き金を引く。

 

放たれたミサイルは、バクゥの背後から背部ミサイルポッドにめり込み、爆散させる。

 

ラリーは機体の姿勢を戻すと、大急ぎで機体を上昇させた。

 

今だ、キラ!!

 

「このぉ!!」

 

心の叫びが通じたのか、安定性を取り戻したキラが放ったアグニの一閃が、ミサイルポッドを破壊されたバクゥを穿ったのだった。

 

 

////

 

 

その光景を目の当たりにして、バルトフェルドは目を見開いた。なんだあの機体は。短時間で、運動プログラムを砂地に対応させたストライクもそうだがーー、問題は戦闘機だ。

 

バルトフェルドも幾度となく地球軍との戦闘機と相見えたが、あんな機動をしたスピアヘッドは見たことも聞いたこともなかった。

 

自分の目に間違いがなければ、あの戦闘機は飛行してる最中にエンジンの向きを変えたように見えた。そんなバカなと信じられない自分がいる。そんなことをしたら、機体は制御を失うどころか、急激な軌道の変化で空中分解してもおかしくないはずだ。

 

だが、そんなことしてもその戦闘機は平然と空を飛んでいる。その動きも、さっきと比べたら鋭さが増しているように思えた。

 

ふと、頭によぎるのは宇宙で暴れまわっていた流星の話。彼の部隊は、ザフトでも理解できない機動でジンを翻弄して撃破したという。

 

あれが本当にナチュラルなのか?

 

そんな弱気を見せた心をバルトフェルドは厳しく律して、ダコスタへ次なる指令を出した。

 

「レセップスに打電だ。敵艦を主砲で攻撃させろ!」

 

 

 

 

 



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第61話 シードの目覚め

バルトフェルドの指令からレセップスの砲撃が始まった。その反応をいち早くオペレーターが感知する。

 

「南西より熱源接近!砲撃です!」

 

その一報を聞いてから、マリューの判断は早かった。

 

「離床!緊急回避!」

 

そこからアークエンジェルは空へと浮かび上がる。しかしここは地球。水平に離床できるほど操舵は慣熟されていない。したがって傾きが生まれ、そしてその被害を受けるのは他でもないハンガーだった。

 

「ばかやろー!!ここは宇宙じゃねぇんだぞ!!」

 

柱にしがみつきながらマードックが誰にも伝わらない怒声を上げた。いや、ハリーやフレイには伝わってるが、彼女らは何も言わなかったし、言えなかった。なぜかと言うと自分たちも固定された工具棚やハシゴに掴まるので精一杯だったからだ。

 

「どこからだ!」

 

「南西、20キロの地点と推定!本艦の攻撃装備では対応できません!」

 

正確な射撃だなーーということは、こちら側を見ている何者かがいるということか?そんな事をナタルは考えるが、今は晒されている主砲の攻撃をどうにかするのが先決だ。

 

《こちらライトニングリーダー!俺が行って、レーザーデジネーター照射する。それを目標に、ミサイルを撃ち込め!》

 

砲撃を何とか躱したアークエンジェルに、ムウからの通信が入る。

 

「今から索敵しても間に合いません!」

 

《やらなきゃならんだろうが!それまでは当たるなよ!》

 

それだけ言って、ムウは相手艦船への索敵へ移っていく。だが、それにナタルは難色を示した。

 

「しかし!それでは攻撃ヘリの相手が…」

 

そこで、ナタルの後ろにいたオペレーターが素っ頓狂な声を上げた。

 

「こ、これは…スカイグラスパーが発進シークエンスに入ってます!!」

 

「ええ!?」

 

スカイグラスパーはまだ慣らし飛行もしていないので出す予定はない、そう伝えられていたはずなのに。驚くマリューとは違って、ナタルはイレギュラーすぎる報告に怒りを露わにしていた。

 

「誰が乗っている!」

 

それを調べていたAWACS担当であるトーリャは、ヒットした認識番号を見て思わず頭を抱えた。

 

「あのバカ…なんてタイミングで…!」

 

良くも悪くも、タイミングがいいのか、悪いのか。思わず拳で自分の膝を叩いたトーリャは意を決して立ち上がり、マリューへ敬礼する。

 

「ラミアス艦長!発艦許可をお願いしたい!」

 

「アリスタルフ中尉!?」

 

「彼は行動はアレですが、第八艦隊では信用できるパイロットです!」

 

そう言うトーリャの目は真っ直ぐなものだった。それに、現状ではヘリからの攻撃を防ぐ術がない。できることなら防衛網に穴を開けたくなかったマリューは、その進言に頷く。

 

「わかりました。許可します!」

 

「艦長!?」

 

「今は時間が惜しいわ!それに切れる手札があるなら切るしかない!」

 

抗議を一喝したマリューにナタルは驚きながらも、立ち上がりかけた腰を下ろして、トーリャへ視線を向けた。

 

「ーー発艦させろ!」

 

よし!と言った風にトーリャが座席に座りなおすと、ミリアリアが手順通りに発艦準備が整ったスカイグラスパーをデッキへ誘導していく。

 

「スタンバイ。進路クリア。システム、オールグリーン!」

 

「スカイグラスパー、発艦!!」

 

 

////

 

 

新たに飛び立った機体を見つめてバルトフェルドは首を傾げた。

 

「なに?報告にはなかった機体だな」

 

すると遠くの方でレセップスが主砲を放つ音が聞こえる。遠くから打ち上がった閃光が夜空を駆け上がり、頂点に達して緩やかに落ちてくる。

 

狙いはもちろん、離床したアークエンジェルだ。

 

《第二波、接近!》

 

《回避!総員衝撃に備えて!》

 

《直撃…きます!》

 

無線機越しに聞こえた言葉に、キラの呼吸は無意識に早くなっていった。思い出すのはーー大気圏での出来事。何もできなかった自分の無力さ。そして、聞こえなくなっていくリークの声。

 

もうたくさんだ。

 

あんな思いはもう嫌だ。

 

だから、守るんだ。

 

その為に僕はアークエンジェルに、ラリーさんや、ベルモンド中尉と同じメビウスライダー隊に残る事を決めたんだ。

 

だから、僕が、ベルモンド中尉の分も。

 

全部、守ってみせるーー!!

 

自分の中で何かが弾けたような気がした。頭は今まで感じたことがないように冴えていて、滑るように操縦桿を操る手が動き、迫る砲撃の閃光へ狙いを定める。

 

「あたれぇえええ!!!」

 

キラの咆哮と、アグニの閃光が走り、アークエンジェルに向かっていた砲撃は、その光の向こうへ消えていった。

「やるなぁ!!キラ!!」

 

正に夜空に光る星と化した砲撃に口笛を鳴らして、ラリーは軽快にスピアヘッドを飛ばす。その機動は最初の覚束なさが消え、鋭さを徐々に増していった。

 

『なんでだ!?なんで当たらないんだ!?』

 

リニアキャノンやミサイルで応戦していたバクゥのパイロットたちは、徐々に自分たちが相手している者の異常性に気がつき始めていた。

 

今まで自分たちが相手にした戦闘機というのは、一撃離脱が当たり前であり、捉えられない速度で突入しては、バルカンやミサイルで横槍を入れてくる鬱陶しい存在でしかなかったはずなのに。

 

目の前で相手をする戦闘機はどうだ?こちらが捉えられる低速域で飛んでいると言うのに、何を撃ってもカスリもしない。ロックはしているのに、ミサイルやリニアキャノンが不思議と逸れていくのだ。

 

直撃コースだと確信しても、戦闘機では考えられない軌道を描いて躱して、地上ギリギリで息を吹き返してはこちらに向かってミサイルやバルカンを撃ち込んでくる始末だ。

 

なんだこれは。

 

なんだコイツは。

 

こんなやつが本当にナチュラルなのか?

 

宇宙で暴れまわる流星の噂を聞いたことはあったが、その噂の方が可愛げがあるように思えた。

 

しかし、しかしだ。

 

こちらにも地上を制圧したザフト兵の意地がある。砂漠の虎と恐れられる自分たちの指揮官の前で、はいそうですかといって手玉に取られるのは、意地とプライドが許さなかった。

 

故に、彼らは戦闘機よりもストライクに狙いを定めた。

 

いくら回避に優れているとは言え、戦闘機である以上、攻撃面は頼りない。こちらに致命打を与えるには、貧弱な火器でダメージを積み重ねなければならない。その間に地上のストライクを落とせば、この場の勝利はこちらのものになる。

 

だから、バクゥの攻撃はストライクへ集中した。

 

「キラ!!ええい!!邪魔だ!!どけぇー!!」

 

もちろん、攻撃ヘリも黙ってはいない。バクゥの援護をするように稜線から現れたヘリは、バクゥの気を引こうとするラリーのスピアヘッドを執拗に狙う。

 

ラリーはヘリから放たれるミサイルやロケット砲を巧みに躱しては返り討ちにするが、肝心のストライクの援護に手が回らなくなっていた。

 

それに、無理な機動が祟ってスピアヘッドのコクピットは各所に異常を知らせるアラームが鳴りっぱなしだ。

 

《ストライクのパワーが危険域に入ります!》

 

そして、その消耗戦はストライクを操るキラにも影響を及ぼし始める。ミリアリアの通信からキラはハッとしてエネルギーゲージに目を向けた。もうほんの少しでストライカーパックのエネルギーが尽きる。キラは小さく舌打ちをした。

 

「アグニを使いすぎたか!くっそー!」

 

その様子を眺めながら、肝を冷やしたがとバルトフェルドはニヤリとほくそ笑む。

 

「確かにとんでもない奴のようだが、情報ではそろそろパワーダウンのはずだ。悪いが沈めさせてもらう。メイラムの仇だ!」

 

消耗し始めたラリーとキラへ、バクゥと残ったヘリが猛攻を仕掛け始める。残エネルギーを気にしたストライクは、後手に回るしかない。コクピットに響く衝撃をキラは耐え忍んだ。

 

『これでぇ!!』

 

そんなストライクへ飛びかかろうとしたバクゥの横っ腹に、閃光が走った。横殴りの攻撃を受けたバクゥは、煙を上げてストライクの目の前から横へと吹き飛んでいく。

 

『なんだ!?』

 

「ハァ…ハァ…!?」

 

驚愕するバクゥとストライクの頭上を一機の戦闘機が過ぎ去った。

 

スカイグラスパー。

 

それは星空の僅かな光の中、バブルシェルター型のキャノピーを光らせて悠然と空を駆けていく。

 

その飛び方は、ムウのような大空を舞う飛行や、ラリーのような異質な機動ではなく、鮮やかな羽ばたきのように思えた。

 

「全く、何という飛び方をしてるんだ。無茶をするなぁ」

 

突如として通信が入ったことに驚いたラリーは、残った戦闘ヘリを振り切って空を飛ぶスカイグラスパーの後ろに編隊飛行で追従する。

 

「スカイグラスパー?誰が乗ってるんだ?」

 

《こちらエンジェルハート。よく聞いてくれたライトニング1。彼は第八艦隊からの増援だよ》

 

その問いに答えたのは、トーリャだった。スカイグラスパーは尾を引いて旋回するとバクゥへの攻撃態勢に入った。

 

「俺のことは今はいい!とにかくストライクを下がらせるぞ!」

 

『くそっ!!戦闘機風情が…うわっ!!』

 

後ろを飛んでいるラリーから見ても、名も知らぬ誰かが扱うスカイグラスパーは、大気圏飛行に特化した性能を存分に活かしているように思えた。ピッチの上げ方やロール、そして加速減速まで無駄が見当たらない。

 

まるで、それは地球での飛び方を熟知したーーそんな技術だ。

 

「スピアヘッドでポストストールマニューバをやるとは、一体どんな技術だ?」

 

バクゥを翻弄するだけすると、満足したように飛翔するスカイグラスパーからそんな通信が飛んできた。あんな飛行をしたというのに、パイロットの声はまだまだ余裕そうだった。

 

「あんたは…」

 

「申し遅れた。アイザック・ボルドマン大尉だ。ローからアークエンジェルに合流したが挨拶はまだだったな?よろしく頼む」

 

そう言ってアイザックは、スカイグラスパーを乱れる大気の中でラリーよりも鋭く旋回させて、再びバクゥへの攻撃態勢にはいる。

 

「地球には地球での戦い方がある。エンジンで無理を通そうとするな!風を読むんだ」

 

まるで付いて来いと言わんばかりに言うアイザックに、ラリーはどこか刺激されたような感覚に陥った。

 

面白い。なら学ばせてもらおうじゃないか。

 

ふつふつと湧いた闘争本能の赴くままに、ラリーはバクゥへ突っ込んでいくアイザックのスカイグラスパーへ追従していくーー。

 

砂漠の夜は、まだ明けない。

 

 

 

 

 



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第62話 レジスタンス

 

アイザック・ボルドマン。

 

彼は地球軍所属の軍人であると同時に、空を飛ぶパイロットであった。卓越した操縦センスは幼い頃から同じパイロットである父に憧れて始めた曲芸飛行を経て更に磨かれ、地球での飛行に必要なセンスを生まれ持って獲得していた。

 

しかし、彼の技術が平和な世界で使われることは無かった。

 

パイロットを目指して軍に志願した彼を待ち受けていたのは、ザフトによるエイプリルフールクライシスだった。

 

多くの戦友を失いながら、彼はカーペンタリア制圧戦から始まり、珊瑚海海戦、第一次カサブランカ沖海戦、そしてスエズ攻防戦という、地球専用のモビルスーツを投入してくるザフトに対して、戦闘機で戦い抜いた。

 

その功績が認められ、ハルバートン提督推薦のもと、第八艦隊へ配属されることになり、地上でのG兵器テストパイロットの教官を務めた経歴もある。

 

しかし、宇宙に上がってからはメビウスの慣熟訓練もままならなかった。

 

それどころか、彼は宇宙を飛ぶこともできなかった。

 

ローのパイロットとして配属されたものの、大尉という肩書きだけを与えられ、奪われたG兵器に撃ち落とされる戦友を見ることしかできなかった。

 

本来ならば、そのままローと共に運命を散らす人物であったが、この世界に紛れ込んだ流星によって命を繋ぐことができた。

 

ローの艦長の判断により、地球に降りるアークエンジェルの戦力として、彼が選ばれたのは必然か、または運命だったのか。それを知る者は誰もいない。

 

エンジェルハートであるトーリャから聞いたスカイグラスパーのパイロットの経歴に、ラリーは改めて舌を巻いた。

 

宇宙の飛び方のスペシャリストがラリーと言うなら、地球での飛び方のスペシャリストはアイザックだった。

 

旋回一つにしろ、ラリーとアイザックの間には確実に差が開いていく。焦れば焦るほど、その開きは顕著に出た。

 

アイザックは、エンジンの出力だけではなく、気流も、風も、地球の大気全てを駆使して飛んでいるのだ。

 

それにより、機体の燃費や耐久性にも如実に差が出る。

 

そして、不謹慎ではあるが。

 

ラリーは戦場の中で、アイザックの後ろを飛ぶことで彼から多くのことを学んでいた。

 

アイザックの飛行をトレースするだけで、どれだけ機体に負担をかけてマニューバーや旋回をしていたのかが改めて把握できた。

 

バクゥの足止めをしながらも、ラリーは今まで宇宙で築き上げた感覚全てを打ち砕かれ、そして新しい技術を身につけていく感覚を楽しんでいたのだ。

 

そんな最中に、キラやラリーの通信にある周波数が割り込み、音声が流れ込んでくる。

 

《そこのモビルスーツと戦闘機のパイロット!死にたくなければ、こちらの指示に従え!そのポイントにトラップがある!そこまでバクゥを誘き寄せるんだ!》

 

聞いたことがない声だ。ラリーもアイザックも、動揺を悟られないように機動を描きながらこの通信相手の真意を測りかねていた。

 

アークエンジェルブリッジも同じように通信を受けて、混乱状態にあった。IFF要求に応答はない。だがザフト特有の周波数ではない。となると、考えられる可能性は限られてくる。

 

「レジスタンス…?」

 

マリューのつぶやきに、ナタルはそんなバカなと顔をしかめるが、真実は思いのほか単純なものであった。

 

双眼鏡を覗いていたダコスタが、砂漠で砂煙をあげる一団を発見する。

 

「隊長、明けの砂漠の奴等です」

 

ダコスタの報告に、バルトフェルドはチッと悔しげに顔をしかめて頭を掻いた。全く良いところで邪魔をしてくれる…!

 

「地球軍のモビルスーツを助ける気か?」

 

 

////

 

 

エネルギーが底をつきかけ、後手にしか回れないストライクにとって、レジスタンスらしき組織からの提案は魅力的なものだった。

 

引きつける程度ならまだパワーには余力がある。キラは頭を振って伝った汗を外へ追いやると、ストライクを巧みに操作しながら敵を案内されたポイントへ誘導していく。

 

『えーい!逃すものか!』

 

ここが勝機と踏んでいる敵は、時折攻撃を仕掛けてくる戦闘機はこの際無視だと言わんばかりに、逃げ始めたストライクに目標を定めた。

 

「食い付いたな」

 

レジスタンスの少女の隣で、褐色肌で筋肉質な男性が無機質な声と表情でそう呟く。隣にいた少女はそんな仏頂面の男性にしてやったりといった笑顔で答えた。

 

「餌が上等だからな」

 

その視線の向こうでは、ストライクがついにレジスタンスが指定した場所へモビルスーツをおびき出すことに成功する。ポイントを通り過ぎたキラは、なけなしのアグニを虚勢で構え、突っ込んでくるバクゥを迎え撃つ体勢に入った。

 

(信じるしかない!)

 

迫り来るバクゥへの恐怖心をなんとかねじ伏せてキラは目の前を見つめていた。すると、バクゥ群がポイントに突っ込んだ瞬間、土煙が盛大に上がった。

 

落とし穴。

 

古典的なやり方であるが、ここは過去の石油や天然ガスの採掘施設があった場所だ。そこらに穴を掘ればモビルスーツを落とす穴くらい簡単にこしらえられる。

 

「よし!タスク隊!攻撃を開始せよ!」

 

ガッツポーズをした少女はそのまま無線機の相手にまくし立てる。すると相手からも「待ってました!」と言わんばかりに通信が入る。

 

《タスク隊!攻撃を仕掛けよ!今日の朝飯はバクゥの丸焼きだ!!》

 

その瞬間、空に轟音が鳴り響いた。

 

下に折れ曲がったウィング・チップを持つ長スパンの直線翼が特徴の戦闘機が、低高度空域を4機の編隊を組んで砂漠の水平線から姿を現す。

 

A-10、サンダーボルトII。

 

旧世紀の戦闘機が、このコズミックイラの世界で悠然と空を飛んでいたのだ。

 

《こちらタスクリーダー。これより気化爆弾での爆撃を開始する》

 

《タスク2、コピー》

 

《タスク3、コピー》

 

《タスク4、コピー》

 

4機は高速を維持したまま、穴にハマったバクゥの頭上で次々と燃料気化爆弾を投下していき、彼らが過ぎ去った頃には巨大な爆音と煙が上がり、穴に落ちたバクゥの全てを吹き飛ばしていた。

 

《こういう仕事ならいつでも歓迎なんですがねぇ、お姫様》

 

「うるさいぞ。金は払ってやってるんだからしっかりと働け」

 

オペレーターのぼやきにそう言い放って、少女は通信を切った。

 

 

////

 

 

呆然とするダコスタを余所に、バルトフェルドは即座に撤退の旨を伝えた。

 

「撤収する。この戦闘の目的は達成した。残存部隊をまとめろ!」

 

「了解!」

 

バクゥ隊の損失は手痛いものであったが、相手の手札のほとんどを知れたことは十分な成果であった。バルトフェルドはジープに乗り込んでから、黒煙に散っていった部下たちに哀悼の敬礼を捧げて、その場を後にするのだった。

 

突然のレジスタンス、そして旧世紀の飛行隊に驚かされてばかりのアークエンジェルのブリッジに一報が入った。

 

「フラガ少佐より入電です。敵母艦を発見するも、攻撃を断念。敵母艦はレセップス!」

 

「レセップス!?」

 

驚きのあまり再起動したマリューの言葉に、ミリアリアは一瞬詰まった様子だったが構わずに続きを読み上げていく。

 

「敵母艦は、レセップス!これより帰投する。以上です!」

 

「ラミアス艦長、レセップスとは?」

 

ナタルの問いに、マリューはやや疲れた様子で頭を抱えながら答えた。

 

「アンドリュー・バルトフェルドの母艦だわ。敵は――砂漠の虎と言うことね」

 

 

 



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第63話 夜明けの砂漠

 

「レジスタンスぅ?」

 

「らしいですぜ、ハリー技師」

 

怪訝な顔をしてブリッジからの連絡を聞いたハリーに、マードックも同じように肩をすくめた。

 

「信用できるんですか?」

 

砂埃の掃除をしていたフレイが、モップに手をかけながら不安そうにハリーにそう言うが、対する彼女も困った様子で頭に手を置いた。

 

「んー、そればっかりは私じゃ判断できないからね」

 

地球とプラントと言っても、そこに属する勢力は多岐にわたる。一部の無法地帯では、この機を逃さず独立を掲げようとしたり、政治に不満を持った小国ではクーデターが起きたりと、地球の勢力だけでも正に群雄割拠だ。

 

おそらく、自分たちを助けてくれたのもそういった勢力の一つなのだろう。

 

「はぁい!仕事仕事!今にもスピアヘッドとスカイグラスパーが戻ってくるんだから準備する!!」

 

パンっと手を叩いて乾いた音を立てたハリーの一言で、ハンガーは慌ただしく動き出した。戦闘が終わったのだから、出撃した機体が戻ってくるのも時間の問題だ。

 

フレイもモップを使って大急ぎでハンガーから砂を追い出すと、作業つなぎの袖をまくって点検道具がぶら下がった腰道具を装着していく。

 

「艦長。味方、と判断されますか?」

 

ブリッジでは戦闘状況から解放された中で、ナタルがマリューの隣に立って指示を仰ごうとしていた。ナタルの言葉に、マリューも考えるように顎先へ指を添える。

 

「銃口は向けられてないわね。ともかく、話してみましょう。その気はあるようだから。上手く転べばいろいろと助かるのも確かだし」

 

例えば物資面。宇宙では事足りていたことが、地球では不自由になる事もある。そんな中で補給を受けられる可能性があるなら、乗らない手は無いとマリューは判断した。

 

「そうだ。ホルドマン大尉の機体は帰投だ。ストライクとレイレナード機は念のためにーー」

 

その二人の後ろでは、管制室でエンジェルハートこと、トーリャがメビウスライダー隊への指示を出していく声が静かに響いていた。

 

 

////

 

 

「先程は助けていただいた、とお礼を言うべきなんでしょうかね。地球軍第8艦隊、マリュー・ラミアスです」

 

アークエンジェルから砂漠に降りたマリューは、深くかぶった軍帽の下から相手の様子を注意深く窺っていた。

 

黒い肌に、恰幅のいいガタイ、そして目つきはギラギラしていて、とても人相がいいとは言えない相手であるが、今はこちらに対してどう出てくるか。マリューの興味はそこにあった。

 

「第7艦隊のメビウスライダー隊、ムウ・ラ・フラガだ」

 

「同じく、メビウスライダー隊のラリー・レイレナードです」

 

ナタルも同行していたが、相手の出方がわからないので、砂場に着陸したスピアヘッドからムウとラリーも護衛の名目でマリューたちと合流していた。

 

「俺達は明けの砂漠だ。俺はサイーブ・アシュマン。メビウスライダー隊、あんたらの噂は予々聞いとるよ」

 

まさか地上にも知ってるやつがいるなんてな、とムウはすこし困ったように笑ったが相手は愛想笑いさえ返さなかった。

 

「まぁ謝礼なんざ要らんが、分かってんだろ?別にあんた方を助けた訳じゃない。こっちもこっちの敵を討ったまででねぇ」

 

無愛想を通り越して敵意を感じるレベルだ。そんなレジスタンスに切り込んだのはムウだ。

 

「あんたらは砂漠の虎相手に、ずっとこんなことを?」

 

「それに情報もいろいろとお持ちのようね。私達のことも?」

 

続くように言うマリューの言葉に、レジスタンスのリーダー格であるサイーブの目つきが鋭くなっていく。

 

「ーー地球軍の新型特装艦アークエンジェル、だろ。クルーゼ隊に追われて、地球へ逃げてきた。そんで、あれが…」

 

「X-105。ストライクと呼ばれる、地球軍の新型機動兵器のプロトタイプだ」

 

そんなサイーブの隣に立つ、この場には似合わない少女が恨めしさを含んだ目でストライクを見上げていた。なんでこんなところに少女が?と疑問に思うムウの隣で、ラリーはその少女の姿を吟味していた。

 

カガリ・ユラ・アスハ。

 

ヘリオポリスでの戦闘後、無事にオーブに帰国を果たすも、あくまで中立の立場を貫く父親に反発した彼女は、今ある世界をその眼で見るため国を飛び出していた。

 

その後、護衛のオーブ陸軍第21特殊空挺部隊キサカと共に、彼の故郷である北アフリカに行き、そこでレジスタンス「明けの砂漠」に加わり、対ザフト軍抵抗活動を続けている。

 

銃を手にする事だけが守る事では無いということをまだ知らぬ彼女のあり方は、まるで抜き身の刀身のように思えた。

 

「さてと、お互い何者だか分かってめでたしってとこだがな、こっちとしちゃぁ、そんな厄の種に降ってこられてビックリしてんだ。こんなとこに降りちまったのは事故なんだろうが、あんた達がこれからどうするつもりなのか、そいつを聞きたいと思ってね」

 

「力になっていただけるのかしら?」

 

「ーー話そうってんなら、まずは銃を下ろしてくれ。あれのパイロットも」

 

サイーブが指差す先を見て、マリューは小さくため息をついた。

 

「ふぅ…分かりました。大尉、お願いできる?」

 

これも艦長のお願いだ。キラを出したら十中八九厄介なことになるだろうが仕方がない。ラリーは小走りでストライクの元へ向かって、音声通信でコクピットで待機するキラへ語りかけた。

 

「キラ!艦長のお許しが出たぞ!降りてこれるか?」

 

すると、ストライクのハッチが開きヘルメットを脱いだキラが姿を現した。

 

「…ああっ!」

 

「ああ?あれがパイロット?まだガキじゃねぇか。ほんとかよ…」

 

ワイヤーウィンチに掴まって降りてくるキラの顔を見て、カガリの顔が豹変するのを横目で見ながら、ラリーは気にしない様子でキラの肩を抱いた。

 

「キラ、さっきはナイス判断だったな。どんなことやったんだ?」

 

「大したことは…ただ、砂漠の流体の運動に機体設定を合わせてーー」

 

「お前…!」

 

取り付く島も与えないようにしたつもりだったが、猪突猛進なカガリの前では無意味だったのか、彼女はラリーを押しのけて、キラの顔を一発殴った。それもグーで。

 

「お前…お前が何故あんなものに乗っている!?」

 

「う゛ぅっ…!?」

 

思わず呆けるキラの胸ぐらを掴み上げるカガリをラリーも慌てた様子で羽交い締めにして押さえつけた。

 

「あー待て待て!!」

 

「あっ!?君…あの時…モルゲンレーテに居た…」

 

キサカが胸にかけたガンベルトに手をかけたのを目視したが、羽交い締めをとけば彼女は間違いなくキラに飛びかかるだろう。事実だから仕方ないとは言え、仲間がいいように殴られるのは正直気に食わなかった。

 

「ええい!離せこのバカっ!」

 

「どっちがだ!とにかく落ち着け!それに、仲間に暴力を振るう相手を簡単に離せるかっての!!」

 

俺の言い分にも屈せずに、暴れウナギのような動きをするカガリ。

 

「カガリ!」

 

「うわぁ!!」

 

いい加減にしろと言わんばかりに、今度はキサカがカガリを押さえつけた。すれ違いざまにラリーを凄まじい形相で睨みつけていたが、どこ吹く風と言った風にラリーも無視して、頬を押さえるキラをいたわる。

 

「何なんだ?一体…」

 

そんなムウのつぶやきをフォローするものは誰もおらず、隣ではマリューとナタルが頭を抱えているのだった。

 

 

////

 

 

「OK、引っ張って!」

 

しばらくしてから、アークエンジェルは夜明けの砂漠が拠点を置く岩山の合間に鎮座することになった。人型を模したストライクの協力の元、アークエンジェルには防塵処理や、カモフラージュ処理が施されていく。

 

「了解!けどこんなものでカモフラージュになるんですか?」

 

「地球のレーダー網はNジャマーでズタボロだからってさ。やった本人でもあるザフトもその影響から逃れられないんだって。赤外線レーダーにさえ引っかからなければ、割と何とかなるらしいよ」

 

そう答えてくれるトールに、キラはふーんと感心したような声を上げた。たしかに、目視による監視に頼るこの世界では、カモフラージュの効果は絶大なものだろう。

 

「ところで、キラ。さっきの女の子は?」

 

「え?」

 

トールの問いに、今度はキラが間抜けな声を出した。すると、トールの隣にいたミリアリアが不思議そうに小首を傾げる。

 

「殴られてたじゃない。もしかして元カノ?」

 

「ええ!?違うよ!?」

 

過剰と言えるキラの反応を見て、トールたちとは別にカモフラージュの作業をしていたクラックスの整備員が思わず噴き出した。

 

「やめとけ、キラはその辺は純情だからな」

 

「え?もしかしてバカにされてます?」

 

「はっはっはっ、どうかな?」

 

まあ、あっちよりはマシだろうよ。と整備員が親指で指すと、視線の先には荒野に正座させられているラリーと、それを仁王立ちで見下ろすハリーという、なんとも言えない光景が広がっていた。

 

「で?言い訳はそれで終わり?」

 

「いやぁ、まさか出来るとは思ってなくて」

 

あははーと惚けるラリーに、ハリーは苦虫を100匹まとめて噛み潰したようなしかめ面を作って地団駄を踏む。

 

「VTOL機でポストストールマニューバをやろうって人はまず居ないわよ!バカなの!?下手すると機体が空中分解するところだったのよ!?」

 

「正直、やり過ぎたと思ってる」

 

開き直って言ったラリーの頭を思いっきりひっぱたく。思ったよりダメージがなさそうで、それが余計ハリーの心を苛立たせた。

 

「少しは機体の事も考えなさい!宇宙とは違うんだから!!」

 

「うっそぉ、これ出撃前はピカピカだったのに、こんなに汚れるものなんですか…?」

 

反対側では、ラリーの乗ってたスピアヘッドから外した消耗品を眺めながらフレイが目を剥いていた。エンジン周りの部品だが、すでに煤にまみれていて、汚れもひどいものだった。

 

「はっはっはっ、それはコイツが異常だからさ」

 

「笑い事じゃないわよ!!」

 

それを面白そうに見物していたアイザックの言葉に、ハリーの叫びが荒野にこだまするのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第64話 脱出会議

 

 

 

「ひゃー、こんなとこで暮らしてるのかぁ…」

 

マリュー達、アークエンジェルの責任者組が案内されたのは、レジスタンスが根城にしている砂漠の中にある荒野。緑のない岩肌の山。その横穴を開拓した場所が、ムウ達がいる基地の内部だった。

 

「ここは、前線基地だ。皆家は街にある。…まだ焼かれてなけりゃな」

 

「街?」

 

「タッシル、ムーラン、バナディーヤ…まぁ色々な所から来ている。俺達は、そんな街の有志の一団だ。コーヒーは?」

 

サイーブはそう言って、くたびれたマグカップへインスタントのコーヒーを注ぎ、三人分差し出した。

 

「ありがとう。船のことも、助かりました」

 

マグカップを受け取りながら礼を言うマリューへ、別に善意で助けたわけじゃない。互いの利害が一致しただけだとサイーブは鋭い目つきのまま答えた。

 

「で、彼女は?」

 

ムウの一言に、サイーブのコーヒーを飲む手が止まる。彼女ーーレジスタンスにいるには異質な女性。その並ならぬ雰囲気をムウは鋭く察知していたのだろう。

 

「…俺達の勝利の女神」

 

サイーブは淡白な声でそれだけ言ったが、ムウはまだ食い下がった。

 

「へぇ~。で、名前は?」

 

そう言った矢先、サイーブからほんの僅かにだが、鋭い殺気が放たれる。相手を威圧するような、そんな気配だ。うまいものだとムウは内心で感心した。

 

この気配はパイロットという極限状況を体感したムウくらいしか感じられない。相手もあえてそうしてるのだろう。

 

「そう睨むなよ。女神様じゃぁ、知らなきゃ悪いだろ」

 

そう言ってサイーブの出方を見ていると、彼は渋々といった様子でムウの言葉に答えた。

 

「…カガリ・ユラだ。ところで、あんたたちゃぁ、アラスカに行きてえってことだよな」

 

そしてすぐに話題も逸らした。

 

 

 

////

 

 

 

「ふぅ」

 

その頃、キラはアークエンジェルのカモフラージュ作業を終えて、小高い丘の上で一息ついていた。

 

人型を模したストライクだからこそ、カモフラージュ用の布を覆いかぶせる作業や、大きなテントを張るにも重宝され、キラはいつもの戦闘での操縦とは違った繊細な操作に少々疲れを感じていた。

 

「ご苦労さん」

 

そんなキラへ、後ろからやってきたサイがミネラルウォーターが入ったボトルを手渡して労った。

 

「ありがとう、サイ」

 

ボトルを受け取って一口煽る。うん、美味しいとキラは疲れた心に染み渡っていく冷たさを味わっていると、サイも隣に腰を下ろしてボトルを呷った。

 

「なぁキラ。地球の戦いって、やっぱ大変か?」

 

しばらくして、サイはそんなことをキラに聞いた。キラは昨日の戦闘を思い出しながら困ったように笑う。

 

「うん、モビルスーツって重いから、地球の重力にもろに引かれちゃって」

 

例えば、自由落下速度の計算。例えば、大地を踏みしめた時のバランサーの計算。例えば、大気の影響による出力値の調整。もっと言えば、砂漠でのモビルスーツの接地性の計算と、昨日だけでもいじった値は多岐に渡る。

 

あれだけの物を重力環境下で使おうと思えば、やることは膨大だ。キラの説明を聞きながら、サイは自分たちがスクールに通っていた時に、締め切り間際に作品の作り込みに追い詰められたような感じだなと笑った。

 

「しかし、重力に縛られる、か」

 

サイがポツリと呟く。キラも、地球に降りてからそれは感じていた。重力というものでこうも勝手が違うものなのかと。

 

しかし、戸惑うキラには指針があった。

 

重力に縛られる。そんな中でもラリーは変わらなかった。ラリーの操る機体の機敏さと異常とも思える機動は、宇宙と地上で驚く程差が無い。

 

彼にできるなら、自分もやらなければ。そんな気持ちがキラの中にはあった。

 

「フレイ、変わったろ?」

 

唐突にそう言ったサイの視線の先を見ると、作業員のツナギの上半分を脱いで、黒のタンクトップ姿のフレイが、作業用のタオルなどを干している光景があった。

 

「うん、変わった」

 

フレイもまた、随分と快活になった。職人気質なクラックスのクルーに当てられたのか、はたまたハリーの教育が良いのか、お嬢様のように思っていたフレイは、今では随分と身近な存在に思える。

 

「お前や、メビウスライダー隊のおかげかもな」

 

「だね」

 

そう言って恥ずかしそうに笑うサイを、キラは羨ましく思った。と、同時に二人には仲良くしていてほしいと思う自分もいる。そんな彼らを守るために、自分はストライクに乗っているのだから。

 

「じゃあ、俺も仕事あるし。キラもあんまり無理するなよ?」

 

「大丈夫、ありがとう。サイ」

 

サイは腰を上げると、アークエンジェルへ戻っていく。キラももう少し休憩したらストライクへ戻ろうと考えていると、サイと入れ替わるようにひとりの少女が坂道を上がってきた。

 

「君は…」

 

覚えている。ヘリオポリスで、自分がストライクを見つけるきっかけになった少女であり、そして地上で思わぬ再会をして、出会い頭に殴られたことを。

 

彼女は居心地悪そうに視線を彷徨わせてから口を開いた。

 

「さっきは…悪かったな。殴るつもりはなかったーー訳でもないが…あれは…弾みだ。許せ…」

 

なんとも、ぎこちない言葉だ。謝っているのだろうけど、それを伝える言葉にすら戸惑いを感じる。勝気に見える彼女の容姿からは想像もできなかった言葉に、キラは思わず吹き出してしまった。

 

「何が可笑しい!」

 

「いや…だってさ…」

 

しばらく笑っていると、少女は安心したように目を細めた。

 

「ずっと気になっていた。あの後…お前はどうしただろうと」

 

ヘリオポリスで、自分だけをシェルターに入れてくれた少年。悲惨な戦場、破壊されたヘリオポリスの港や外壁は、少ないながらも死傷者を出すことになった。

 

もしかして、彼も死んでしまったのでは無いか?オーブに戻るまでのシャトルの中で、少女は何度もそんなことを考えていた。

 

しかしーー。

 

「なのに!こんなものに乗って現れようとはな。おまけに今は地球軍か?」

 

まさか、その少年が事もあろうに父が作ったモビルスーツに乗っていたとは。一体どんな思惑で乗っているのか、気になって仕方なかったが、対するキラの瞳はどこか、遠い存在のように思えるほど澄んでいるように見えた。

 

「うん、そうだね」

 

「なんだよ、遠い目して」

 

「いろいろとね…。あったんだよ。君こそ、なんでこんなところに居るんだ?オーブの子じゃなかったの?」

 

ヘリオポリスで、彼女は泣いていた。ストライクを見て、父を裏切り者と罵って嘆いていた。そんな彼女を知っているからこそ、今レジスタンスにいる少女のあり方が妙に噛み合わないようにキラには思えた。

 

「それは…」

 

たじろぐ少女に、キラは立ち上がって彼女の目を見据える。

 

「ねぇ」

 

少女は、キラの眼を見て何も言えなくなってしまった。彼の目は、幼く憂う少年の眼差しでも、無理やり戦わされているような不満に満ちた目でも無い。

 

キラの目には意思があった。キサカと同じような、自分の言葉程度では覆らないようなーーそんな明確な兵士としての意識。それが瞳の奥に宿っている。

 

キラはその眼差しで少女ーーカガリを見つめて問うた。

 

「君は何のために、この戦場でレジスタンスなんてやってるんだ?」

 

 

 

////

 

 

 

「そらぁザフトの勢力圏と言ったって、こんな土地だ。砂漠中に軍隊が居るわけじゃぁねぇがな。だが、3日前にビクトリア宇宙港が落とされちまってからこっち、奴等の勢いは強い」

 

「ビクトリアが?」

 

「3日前?」

 

サイーブの言葉に、ムウはなんてこったと小さく、腹ただしそうな声で呟く。サイーブはなんとも無いような様子でコーヒーに口をつけた。

 

「アンタらを助けたタスク隊も、元々はビクトリアから逃げてきた傭兵だ。ここ、アフリカ共同体は元々プラント寄り。頑張ってた地球軍派の南部統一機構も、遂に地球軍に見捨てられちまったんだ。せめぎ合うラインは日に日に変わっていくぜ?」

 

「そんな中で頑張るねぇ、あんたらは」

 

ムウの嫌味にも似た言葉に、サイーブの表情に影がさした。

 

「ーー俺達から見りゃぁ、ザフトも、地球軍も、同じだ。どっちも支配し、奪いにやって来るだけだ」

 

もともと、このアフリカという土地は侵略と略奪にまみれた世界だ。開拓という名目で土地を奪われ、物のように扱われ、そして今も都合のいい戦場として利用されている。

 

地球軍もザフトも、現地で静かに暮らす人々のことなどこれっぽっちも考えずに、大量に人が死ぬ戦争をしているのだ。

 

それを黙って見ていられるほど、サイーブたちは臆病者にはなれなかった。

 

「あの船は、大気圏内ではどうなんだ?」

 

気を取り直したように言うサイーブに、ナタルが姿勢を正して答えた。

 

「そう高度は取れない。低空での移動になる」

 

「じゃあ山脈が越えられねぇってんなら、あとはジブラルタルを突破するか…」

 

イベリア半島ジブラルタルのザフトの軍事基地。

 

第一次カサブランカ沖海戦においてユーラシア連邦艦隊を破ったザフトは、イベリア半島の最南端ジブラルタル海峡を望める地にジブラルタル基地を建設した。以後ヨーロッパ・アフリカ侵攻の橋頭堡としてザフトの重要拠点となっている。

 

「この戦力で?無茶言うなよ」

 

向こうは豊富な資源とモビルスーツ、こちらはスピアヘッドとスカイグラスパーとストライクだ。戦う前から結果は火を見るよりも明らかだ。

 

「となると残された道は、頑張って紅海へ抜けて、インド洋から太平洋へ出るっきゃねぇな」

 

「太平洋…ですか」

 

「補給路の確保無しに、一気にいける距離ではありませんね」

 

「大洋州連合は完全にザフトの勢力圏だろ?赤道連合はまだ中立か?」

 

太平洋に出てからのことを考え始めるマリューたちに、サイーブは困ったように顔をしかめながら話を引き戻した。

 

「おいおい、気が早ぇな。もうそんなとこの心配か?バナディーヤにはレセップスが居るんだぜ?」

 

「あ…頑張って抜けてって、そういうこと?」

 

引きつった笑顔を浮かべるムウに、サイーブは無表情で頷く。この地を安全かつ素早く離れるには、砂漠の虎と恐れられるアンドリュー・バルトフェルドとの一戦は避けられないものだった。

 

 

 

 

 



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第65話 傍観者と当事者

 

 

 

「レジスタンスの基地に居るなんて…なんか、話がどんどん変な方向へ行ってる気がするな」

 

レジスタンスのメンバーが物資などの荷物を運び込んだり、テントで野営の準備をしている様子を眺めながら、手持ち無沙汰になったサイはポツリと呟いた。今のブリッジはノイマンたちが変わって周辺警戒をしており、サイたちはいっときの休憩時間を、地球の景色を眺めることに費やしていた。

 

「ハァ…。砂漠だなんてさ…あ~ぁこんなことならあん時、残るなんて言うんじゃなかったよ」

 

見渡す限り砂、砂、砂。そしてあったとしても岩肌が露出した山ばかりで、どうせ降りるなら緑があるところにしてよ、とカズイが疲れ切った体を下ろしながら嘆いた。それを聞いたトールが、顔をしかめる。

 

「それ言うなよ、暑いのも辛いのもみんな同じだって。けど、フレイ元気だよな。今もハリー技師の仕事手伝ってるんだろ?」

 

学生メンバーの中で、キラに次いで多忙を極めているのは、なんとフレイだった。それもそのはず、サイたちが忙しくなるのは戦闘中であって、フレイが手伝う整備部隊は戦闘じゃない時間の殆どが仕事だ。

 

ストライクの整備、スピアヘッドなどの戦闘機類の整備、それに加えてアークエンジェルの防塵、防爆仕様へのシーリング作業や、損傷した艦の修理と消耗品の交換、そしてそれら部品の管理や調整と、やることは山ほどある。

 

「もともとそういう素質があったのかもね」

 

しかし、そんな多忙の中でもフレイは生き生きしてるようにサイには見えた。いつも学校で同じような女子たちに囲まれて高嶺の花だった頃とは違って、がさつで油っぽい世界にいるというのに、サイにはヘリオポリスにいた頃よりも何倍もフレイが魅力的に見えた。

 

けれど、喜んでばかりもいられない。

 

サイはキラとも話して、少しは自分たちの置かれている状況を理解していた。今はザフトの勢力圏内、ここからアラスカに行くには戦闘は避けられない。今は何気ない時間でも、死という言葉が自分のすぐ後ろに張り付いてるように思える。

 

「これから…どうなるんだろうね…私たち」

 

トールの隣にいるミリアリアがそっと呟く。戦争の行く末が見えない中、自分たちはどうなるのか?そんな不安がサイたちの心に重くのしかかっている。

 

そんな時だった。

 

「驚いたな。地球軍はこんな子供も戦場に駆り出してるのかい?」

 

野営テントから夕食のプレートを持って出てきた、褐色肌で髪を後ろで束ねた女性が、コンテナに腰掛けるサイたちを値踏みするような目で見渡しながらそう言った。

 

「貴女は…」

 

「アタシはタスク隊の通信員をしてるモニカ・マスタングよ。アタシらも今はこの基地で世話になってるからね」

 

ミリアリアの問いに答えた女性、モニカ・マスタングは、んっと顎でサイたちの後ろ側を差す。振り返ると、少し離れた場所にある滑走路に、何機かの戦闘機が引っ張り出されているのが見えた。サイが見た「A10」とかいう戦闘機とは姿形が違ってはいたが、見た目からしてかなり古い年代モノのようだ。

 

あからさまにガッカリした顔をするサイに、モニカは自慢げな笑みを見せた。

 

「見た目は旧世代のロートルだけど、中身で勝負ってやつね。ウチには腕のいい整備がいてくれるからね」

 

モニカはどかっと乱雑に、サイたちとは反対側にあるコンテナに腰を下ろしてプレートに乗るパンをかじりはじめた。他のレジスタンスは、まだ準備などでウロウロしてるというのに。

 

「レジスタンスじゃないんですか?」

 

トールの問いかけに、啜っていたスープの手を止めて、モニカは顔を上げた。

 

「アタシたちゃ傭兵だよ。依頼を受けて作戦を遂行するPMCさ。もっとも会社もビクトリア宇宙港の戦いで吹っ飛ばされたから渡り鳥みたいなもんだけどね」

 

「お金をもらって、戦争をしてるんですか?」

 

カズイの言葉には、明らかに嫌悪する色が含まれていて、それを聞いたモニカは困ったように笑ってから、真剣な眼差しでサイたちを見つめた。

 

「アンタたちが宇宙と、この地球で何を見てきたのかは知らないけど、戦場で綺麗事を語っていれば死ぬよ?」

 

そういうとモニカはプレートに乗った葉野菜の盛られたサラダを持って、サイたちに見えるように突き出す。

 

「いいかい?戦争ってのは複雑性の権化よ。ビジネスに始まり、個人の事情から国家の陰謀まで混じり合ったサラダボウルさ。ザフトが敵で地球軍が味方、そんな状況が時間単位でひっくり返るなんてのもザラよ」

 

そして戦況も一刺しで変わる、とモニカはサラダにフォークを突き刺す。平らげた後に残ったのはボロボロになった僅かな野菜だけ。

 

ビクトリア宇宙港で辛くも逃げだせた自分の味わった地獄を思い出して、モニカはわずかに口を噤んだ。

 

「人として生まれた以上、戦争とは無関係ではいられないもんよ。この戦争を傍観してる奴も、当事者であるアタシたちも同じ穴の狢さ」

 

ビクトリア宇宙港の周りで反戦運動をしていた団体も、宇宙港の兵士たち相手に商売をしていた人間も、ザフトの攻撃で吹っ飛んでしまった。自分たちは無関係なんて言葉が届くことなんてなかった。今も、昔も。

 

「そこまでわかってるなら…!」

 

「だからビジネス、利益を求めるのさ。こんな時代だ。そうするのが最善だとアタシたちは考えて動いてる。けどアンタたちは?」

 

すっと冷えるモニカの目を見て、サイは何も言えなくなった。彼女たちは最善が何かを考え、得られた答えを元に歩んでいる。けれど、俺たちは?偉そうに綺麗事を言うだけで、兵士としての在り方にすら考えの及ばない自分たちは、一体なんだと言うのか。

 

そんなサイの動揺を見て、モニカはため息をつきながら空になったプレートを下ろしてこう言った。

 

「ただ惰性でここにいるなら、悪いことは言わない。さっさと軍をやめて田舎にでも逃げることだね」

 

 

 

////

 

 

アフリカを牛耳る砂漠の虎こと、バルトフェルドは次なる一手を打とうとしていた。

 

「ではこれより、レジスタンス拠点に対する攻撃を行う」

 

点在するレジスタンスの基地は分からなくとも、彼らが守ろうとしているものはわかる。ならばそこを叩くのが、レジスタンスへの打撃になる事を、バルトフェルドは充分に理解していた。

 

「昨夜はおいたが過ぎた。悪い子にはきっちりとお仕置きをせんとな」

 

自分たちの守るものを攻撃されたら彼らは出てくる。まるで女王アリを守る働きアリのように。

 

「目標はタッシル!総員、搭乗!」

 

 

 

////

 

 

 

「おー、また何やってんだ?」

 

夜のとばりが落ち始めたアークエンジェルのハンガーでは、キラがコクピットを開け放ったまま、ストライクの調整を続けていた。ぶら下がったワイヤーウィンチを使って登ってきたマードックが、不思議そうにキラがやっている内容を見つめる。

 

「昨夜の戦闘の時、接地圧弄ったんで、その調整とかですよ」

 

「で、あれは?」

 

下を見てみろと、親指でマードックが差す方向を見ると、ラリーが乗っていたスピアヘッドの周りがやけに騒がしそうだった。内容に耳を傾けてみるとーー。

 

「だから!翼面積とフラップを稼げばラリーの高機動にも耐えられる訳よ!エンジンの出力よりも機動力よ!機動力!バジルール少尉にエールストライカーの予備翼を使う許可を貰ったんだから、これを元に改造すればいいじゃない!わかった?!」

 

「それほとんど翼からの作り直しなんですけど!?」

 

うん、いつものことだ。そう慣れてしまったキラは自分自身に若干呆れていた。そもそも、スピアヘッドにエールストライカーの予備を使うとは、一体なにが出来上がるのか。考えてみたが、きっとロクでもないものが出来る未来が見えて、キラは早々に考える事をやめた。

 

言い合いをしてるハリー技師たちの後ろで、部品を磨いてるフレイが困った様子でそれを眺めている。

 

「これ現地改修で効くかなぁ…どう思う?」

 

「私に聞かれても困りますよ」

 

それを眺めていたアイザックのつぶやきに、フレイもお手上げといった様子で返している。うん、彼女も中々に毒されてるんだなと、キラは心の中でげっそりしているフレイに手を合わせた。

 

「あとミサイルラックか翼の先端にビームサーベルとかシュベルトゲベールを取り付けるとか!!」

 

「だからそういうのをやめろってんだよ!!」

 

さらにとんでもない事を考え始めたハリー技師の声をシャットアウトして、キラは本来の作業へ戻る。それを見てマードックは、困ったように笑いながら聞いてきた。

 

「止めなくていいのか?」

 

「あはは…」

 

僕では無理ですと言わんばかりの様子に、マードックもだよなぁーと顔をしかめる。ああなったハリー技師は余程の理由がない限り止まらないのは、ハンガースタッフの間で周知の事実だ。

 

「まぁボウズもあんまり無理するなよ?飯でも持ってきてやるから、それまでには一区切りつけとけ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

手をひらひらとさせて、マードックがストライクのハンガーから出て行く。夕食はレジスタンスが支給してくれるとは言っていたが、一体どんなものだろうと想像を膨らませる中で、キラはふと気がついた。

 

「ラリーさんは?」

 

 

 

////

 

 

 

「カガリ!何やってんだ?お前も食えよ」

 

レジスタンスのキャンプで夕食をとっていたカガリの手は、いつの間にか止まってしまっていた。隣でガツガツと食べるアフメドに言われて、ようやく自分が考えにふけっていたことに気がついた。

 

「あー…うん…」

 

カガリはどこか上の空のまま、豆のスープを口へ運ぶ。頭の中はキラに言われた言葉でいっぱいだった。

 

〝「君は何のために、この戦場でレジスタンスなんてやってるんだ?」〟

 

その言葉に、自分は答えを返せなかった。あくまで中立を貫く父。けれど裏では地球軍へモビルスーツ開発に協力していて、結果的に膠着していた戦況は変化し始めている。

 

そんな父に反発して、自分はオーブを飛び出して、今の世界を見てみたいと思った。けど、そこに自分の戦う理由があるわけではなかった。

 

父の部下であり、自分の護衛を買って出てくれたキサカの故郷がザフトに虐げられていて、キサカや隣にいるアフメド、レジスタンスの激情に引きずられ、自分も戦場に出ている。

 

ただそれだけ。自分の意思を考えてみれば自分に戦う理由なんて無かった。ただ、キサカたちの辛い顔を見たくなくて、協力しているだけ。

 

そんな認めたくない現状に思考が至って、カガリは頭を振って落ち込みかけた気持ちを立て直した。

 

そうだとも。キサカやアフメドが辛いから一緒に戦っているのだ。それ以上の理由がいるだろうか?そう思うと、今すぐにでもキラへそれを伝えたくなってきた。

 

「そういえば地球軍のモビルスーツのパイロット、見かけたか?」

 

「いや?何か用か?」

 

食べる手を止めて答えたアフメドが不思議そうに首をかしげる。

 

「用ってことの程じゃないが…また名前を聞くの忘れたんだ」

 

「はぁ?知り合いなんじゃなかったのかよ」

 

「え!あぁ…ぁ…そうだな…。知り合いと言えば知り合いで…」

 

アフメドの問いかけにカガリがどんどんしどろもどろになってきている。そんな彼女を見かねたのか、反対側に座っていたキサカが声を上げた。

 

「カガリ!」

 

そう言ってキサカは立ち上がると、外へと顎でテントの出口を差す。

 

「あ…悪い、アフメド」

 

そう一言謝って、カガリは逃げ出すようにテントを後にするのだった。

 

 

 

////

 

 

キサカは疲れた様子で、悪びれることもなく不貞腐れるカガリを見ていた。まったく、彼女には随分と手を焼かされるものだと心の中で深くため息をついた。

 

「気を付けて下さい。バレますよ?」

 

「すまん…」

 

レジスタンスとはいえ、カガリがオーブの人間、しかも政治の中枢を担うアスハの人間だとバレたら厄介なことになるのは確かだ。なんとかサイーブには話を通したが、ほかのメンバーにバレるのはよろしくない。キサカは気苦労からか、目つきがいつもよりも鋭くなっていた。

 

「貴方はすぐに周りが見えなくなる」

 

「五月蠅いな」

 

つい小言を言ってしまって、機嫌を損ねたカガリが不機嫌な足取りでその場を後にしていく。キサカはまったくと腕を組んで一息ついた。

 

「で、貴方はいつまでそこにいるのですか?」

 

その不機嫌さからか、鋭くなった感覚が、岩肌の陰にいる異質な気配を捉えた。問いかけると、隠れていた気配は姿を現す。

 

「悪いな、たまたま近くを通りかかってね」

 

出てきたのは、ラリーだった。キサカもカガリを取り押さえたラリーのことをよく覚えていた。

 

「嘘ですねーーどこまで知っているのですか?」

 

そう呟いて、キサカは脇下にあるガンベルトから銃を引き抜いて、銃口をラリーへ向けた。今は協力関係、そして相手は地球軍ではあるが、こちらはあくまでレジスタンス、やりようはいくらでもある。それに、これをザフトの仕業に見せることも可能だ。

 

「脅し…というわけだな?それを見ると」

 

だが、キサカは知らなかった。その程度の脅しでラリーが怯むことはないということを。しげしげと銃口を見つめながら、ラリーはおどけた様子で答えを返す。

 

「さてな、とにかくカガリって子がレジスタンスにいるべきような人間ではないってことくらいか。いいのか?力ずくで止めなくて。死ぬぞ?」

 

突然の言葉にキサカは内心で驚いたが、持ち前の自制心で表情を押し殺す。

 

「彼女を死なせない為に、私が付いている」

 

心からの忠義と覚悟の言葉だ。しかし、ラリーはそのキサカの言葉を鼻で笑って切り捨てた。まるで侮蔑するような目で。

 

「はっ!それで死ななければ御の字だがな。悪いことは言わん。痛い目を見る前に彼女を連れ帰れ」

 

その目を見て、キサカは背中に冷たい何かを感じた。今自分が相手にしている者は誰か?単なる地球軍の兵士なのか?それともーー。

 

ラリーは腕を組んで深く息をついてから再びキサカを見つめた。

 

「感情論で走るなとは言わん。世界を知るために身を投じることが愚かだとも言わん。だから聞く。お前たちがやってることは戦争か?それとも興味本位で醜い争いを見物してるのか?」

 

深淵を覗く者は深淵からも覗かれているーーだとか。戦争とはそんなものだ。外側から見ているだけなら、そこは戦場の遙か後方だ。だがカガリやキサカがやっているのは、戦争を最前線で見ることだ。

 

それが何を意味するか?ラリーはそれをよく理解していた。多くの戦友の命と引き換えにして。

 

「俺たちは感情論でも、遊びで戦争をしているんでもないんだよ。俺は成すべきことも見出さずに戦いに身を投じるなら、早死にするだけだと言ってる。崇高な目的すら憎悪に塗り替えて飲み込むのが戦争だ」

 

だから、できるなら早く後方へ戻れとラリーは言う。この憎悪にまみれた戦争に飲まれる前に。ラリーはキサカに背を向けてその場を離れる。そして去り際に念を押すように言った。

 

 

「だから、あまり戦争を舐めるなよ?」

 

 

 

 



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第66話 慈悲なる暴力

「うわぁぁ!」

 

「街が…!」

 

炎に包まれるタッシルの街。プレハブや木材で作られた家屋は、打ち込まれた焼夷弾で簡単に燃え上がり、そこに住む人々の全てを根こそぎ奪い、燃やし尽くしていく。

 

しかし、そこには慈悲があった。家と共に焼き払われる人の姿はなく、人々は逃げおおせた後に、安全な場所から自分たちの住んでいた街が燃える光景をただ呆然と眺めている。

 

それはどこか、罰を与えられる者たちのごとく。それはまるで、自分たちの無力さを思い知らされている者たちのごとくーー。

 

「岩山の洞窟には、食料や、武器、燃料が保管してあるはずだ。それも焼き払え!」

 

バルトフェルドは、そんな罰を与える執行者だった。神を気取っているのかと思われるだろうが、そんな高尚なことを彼は決して考えていない。いたって平凡な力の差を見せつけるだけ。自分たちに歯向かえばどうなるか、命を刈り取らずに見せしめているだけ。

 

故に容赦はしない。命という戦果を求めずに、彼はレジスタンスの要である本拠を燃やし尽くすことを選んだ。

 

彼の部下は何人もレジスタンスに殺されていると言うのに、なんとも軍人らしく、公私を混同しない人だ。部下であり、側近であるダコスタはそんなことを考えながらスピーカーに向かって大声で叫んだ。

 

「今から洞窟内を焼く!死にたくない者は早くそこから離れろ!」

 

 

 

////

 

 

「くっそー!駄目だ、通じん!」

 

タッシルへザフト軍現る。その一報を受けてから、前線基地であるこの場は慌しくなった。タッシルへの通信が繋がらないことに苛立ちながら通信機を叩きつけたサイーブの後ろでは、レジスタンスが粗末なジープに武器や弾薬を詰め込んでいる姿がある。

 

「急げ!弾薬を早く!」

 

「早く乗れ!モタモタすんな!急いで戻るぞ!急げ!早く!」

 

そんな喧騒の中で、まだあどけなさが残るカガリと、その後ろに控えるキサカが、レジスタンスのリーダーであるサイーブへ指示を仰いだ。

 

「サイーブ!」

 

「半分はここに残れと言っているんだ!落ち着け!別働隊が居るかもしれん!」

 

むしろそれが敵の狙いだと、サイーブは虚実定かならぬ情報の中から予測を立てていた。タッシルへ全戦力が戻れば、空になった基地が壊滅する。それは何としても防がなければならない。歯がゆい思いの中で、サイーブは部下へ指示を出していく。

 

「どう思います?」

 

そんなやり取りを遠巻きから、まるで他人事のように眺めるマリューは、隣で気だるげにコンテナに背中を預けるムウへ問いかけた。

 

「んー…。砂漠の虎は残虐非道、なんて話は聞かないけどなぁ。でも、俺も彼とは知り合いじゃないしね」

 

予測と憶測にまみれた情報ほど、信用に値しないものはないということを、マリューもムウも弁えていた。それに、残念だが今回の件は完全にレジスタンスへの報復ーーいや、お灸を据える為の行為のように思える。いくら最前線基地とはいえ、あるのはジープと人力操作に頼った対空兵装くらいだ。具体的に言えば、バクゥ3機ほどで蹂躙して壊滅させることなど容易いだろう。

 

相手がこちらではなくタッシルへ向かったのは、アークエンジェルとストライクを警戒してか、はたまたさっき言ったようなお灸の意味があるのか…。

 

「とにかくアークエンジェルは動かない方がいいでしょう。確かに、別働隊の心配もあります。少佐、大尉と共に行っていただけます?」

 

そんなマリューの提案に、ムウは意外そうな顔をして自分の顔を指差した。

 

「え?俺たち?」

 

「スカイグラスパーとスピアヘッドが、一番速いでしょ?」

 

アークエンジェルにとっても、慣れない地球での戦い。相手の戦力や戦闘データを採取する必要はある。でなければ作戦も対策も打ち出せないのだから。そんなマリューの思惑を読み取ったのか、ムウは小さく笑って雑な敬礼で答えた。

 

「だねぇ。んじゃ、行って来るわ」

 

「目的はあくまでも救援です!情報次第ではバギーでも、医師と誰かを行かせます!」

 

そんなマリューの声に、ムウははいはーいと答えてテントからアークエンジェルへ向かっていった。

 

 

////

 

 

「しかしまぁ、毎度ながら慌ただしい出撃だな!」

 

ラリーはムウが乗っていたスピアヘッドの調整に勤しんでいた。隣にはフレイが教わった点検手順に従ってラリー機の最終チェックを行いながら、ラリーがぶつくさ言う文句に付き合っている。

 

「仕方ないでしょ!ハリー技師が大尉のスピアヘッドをバラしに入っちゃったんだから!大尉は一号機で出撃を頼みます!!」

 

「しかし、まだ地理の登録すら終わってないっていうのに!ナビゲーターが居てくれれば…」

 

地球に降りて感じた気流の変動差に加えて、この一帯の地形すらマッピングできていないのが実情だ。まだここが地球軍の勢力圏だった時のマップデータは残っているものの、戦闘やら占領やらで新たにできたクレーターや軍事施設のデータがこれっぽっちも無い。本来なら偵察飛行でマップデータを更新するのだが、そんな暇すらなかった。

 

困り果てているラリーだったが、ハンガーで休憩していたキラの学友メンバーの一人がおずおずと手を挙げた。

 

「あ、俺ナビゲーターなら出来ますよ?」

 

手を挙げたのはトールだった。そんな彼を見て、隣にいたミリアリアがギョッと目を剥く。

 

「トール!?ちょっと正気!?」

 

「いつもノイマン曹長にしごかれてたし、それに今ここに居てもやれる事はないだろ?」

 

たしかに残ったとしてもアークエンジェルが動くことはない。仮にラリーたちの留守中にバクゥが来たとしても、周辺のマッピングデータがなければ、マリューもナタルも地形を利用した戦術を考案できない。

 

ラリーは少し考え込んでから、納得したように自分の後ろ座席に指を向けた。

 

「よし、じゃあパイロットスーツに着替えて複座に座ってくれ」

 

「了解!」

 

「トール」

 

更衣室へ向かおうとしたトールを、顔を真っ青にしたカズィが呼び止める。

 

「ん?なんだよ、カズィ」

 

「死なないでね?物理的に…」

 

「縁起悪すぎ…いや、そうでもないか」

 

事実、カズィはユニウスセブンでラリーの破天荒なモビルアーマー機動に当てられて、モントゴメリと合流する前まで全身圧迫症で医務室で安静にしていた身だ。そこいらの者よりもたしかな説得力があった。

 

「ラリーさん!」

 

発進準備を整えるラリーの元へ、パイロットスーツに着替えたキラが駆け寄ってくるが、今回は彼の活躍はない。ラリーはコクピットから乗り出して、キラへ指示を出した。

 

「キラはボルドマン大尉と共に待機だ!こちらが手薄になったのを見て、相手が来るかも知れん!そうなったときはアークエンジェルを頼むぞ!」

 

「了解…!」

 

ほんのわずかだったが、キラの表情に陰りが見えた。それはラリーと共に行けない悔しさか、それともまた別の理由なのかーー。

 

《エンジェルハートよりメビウスライダー隊へ。こちらの準備が整った。これよりブリーフィングを行う》

 

 

 

 

 

 

 

 

緊急事態だ。

 

レジスタンス構成員の家族が住む街タッシルが、ザフトの急襲にあっている情報を掴んだ。我々とレジスタンスは同盟関係では無いが、今後の戦略のため、砂漠の虎ことアンドリュー・バルトフェルドが率いる部隊の動向も知っておかなければならない。

 

メビウスライダー隊はライトニングリーダー、ライトニング1の二機編成で、傭兵部隊タスク隊と共にタッシルへ急行し、情報収集と事態の把握を頼みたい。ライトニング3は敵モビルスーツとの交戦も予想されるため、装備編成はAユニットで待機。これを基に任務を遂行する。

 

レジスタンスには悪いが、我々の目的はあくまで敵勢力の動向偵察が主題だ。無用な戦闘は避けるようにしてくれ。

 

各員、無事の帰還を祈る。メビウスライダー隊、発進!!

 

 

 

 

 

《ここの滑走路はアタシ達の持ち分だからね。先に出撃させてもらうよ》

 

通信機越しに響いたのは、タスク隊の管制官であるモニカ・マスタングの声だ。粗暴な言い草ではあるが、彼女の指示通り、自分たちがタキシングする駐留所の前をタスク隊の4機の航空機が滑走路へと進んで行く。

 

「お先にどうぞ!まったく、おっかねぇ嬢ちゃんだことで」

 

《聞こえてるよ、ライトニングリーダーさんよ!帰ったらその尻に蹴り入れてやるんだからね!》

 

「はいはーい!!」

 

《タスク小隊、滑走路へ!楽な仕事だ。さっさと終わらせて帰ってきなよ!!》

 

目の前の滑走路に出ていくのは、先日目撃したA-10サンダーボルトIIではなく、多用途戦闘機であるSu-35ーー通称、フランカーだ。

 

《タスクリーダー、了解。仕事の時間だ》

 

《タスク2、コピー》

 

《タスク3、コピー》

 

《タスク4、コピー》

 

通常尾翼形式ながらカナード翼が追加されたのが大きな特徴であるフランカーの機体には、複合材料やアルミ・リチウム合金、垂直尾翼には炭素繊維が使用されている。

 

それにより機体重量は軽量化され、更には垂直尾翼は大型化、内部にはインテグラルタンクが設けられた。これにより、航続距離が4,000kmに延長されており、今回のような偵察および対地空戦が予想される戦場にはもってこいな機体だった。

 

その動く博物館を眺めながらムウが口笛を吹く。

 

「フランカーとか、どんだけ骨董品を持ち出してくるんだよ…」

 

そう呟くと、聞こえているはずがないのにタスクリーダーからこちらへ通信が飛んできた。

 

《地球軍さん、宇宙でどれだけやってきたかは知らんが、ここは地球だ。だから地球流に従ってもらうぞ。タスクリーダー、発進する!》

 

ジェットエンジンが轟音を発して、四機のフランカーが夜明け前の空へ飛び立っていく。地球流があるというなら見せてもらおうじゃないのと、ムウも珍しくパイロットとしての琴線に何かが触れた様子だった。

 

《続いてメビウスライダー隊、滑走路へ出な!》

 

「まったく、どうなっても知らんぞ!ライトニングリーダー、ムウ・ラ・フラガ!スカイグラスパー出る!」

 

誰に対してなのかわからない悪態をついて、ムウのスカイグラスパーが空へ飛び立っていく。続いて行くのはラリーだが、ちらりと後ろを見るとすっかり顔を青くしたトールと目があった。

 

「トール、地形ナビゲーターは頼むぞ」

 

「りょ、了解!」

 

その返事を聞いて、ラリーはヨシと操縦桿を握った。昨日の戦闘で試せなかった「気流を生かした飛び方」でやりたいことが色々ある。トールには悪いがそれに付き合ってもらうとしよう。

 

「あと口は閉じて歯を食いしばっとけ!ライトニング1、ラリー・レイレナード、スピアヘッド、発進する!!」

 

ラリー機が滑走路を離れた瞬間、機体は鋭く煌めき、昨日まで手こずっていた気流の流れを手繰り寄せるように加速する。スピアヘッドの両翼が白い糸のような煙を引き、機体は鋭さを維持したまま空へと舞い上がった。

 

もちろん、機内に想像を絶するGをもたらしながら。

 

「トール?どうだ?」

 

きっと気絶してるだろうと踏んで振り返ると、トールはパイロットスーツに内蔵された加圧装置に頼りながらも、なんとか意識を保っていて、ラリーの問いかけにこう答えた。

 

「いやぁ…もう…最高ですね…」

 

あ、こいつ素質あるわ。

 

そうラリーが思った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 



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第67話 戦争

 

 

「隊長!」

 

夜が明ける。

 

東の空が明るくなり始めた頃に、ダコスタがタッシルの街から少し離れた場所にあるジープでコーヒーを楽しんでいたバルトフェルドへ報告しに来た。

 

「終わったか?双方の人的被害は?」

 

「はぁ?あるわけないですよ。戦闘したわけじゃないですから」

 

ダコスタが呆れたように言うのも当然だ。無抵抗な街を燃やした程度だ。実際に使ったのは数発の焼夷弾と可燃性のガスや、火炎放射器くらいで、バクゥの火器弾薬に消耗はなく、パイロットも全員が健在だ。

 

だが、バルトフェルドの問いの意味は違っている。

 

「双方だぞ?」

 

それに気付いたダコスタが、飽き飽きしたように改めて報告をし始めた。

 

「そりゃまぁ、街の連中の中には、転んだの、火傷したのってのはあるでしょうが」

 

「よし、上出来だ。では、引き上げる。グズグズしてると、旦那方が帰ってくるぞ?」

 

そう言ってジープに乗り込むバルトフェルドに、ダコスタは疑問を抱いた様子で聞き返した。

 

「それを待って討つんじゃないんですか?」

 

「おいおい、そりゃ卑怯だろ?誘き出そうと思って街を焼いたわけじゃないぞ」

 

仮にやってきたとしてもジープ数台だ。バクゥの相手にすらならないし、こちらがまともに相手をするほどでもない。下手をすればバクゥの火器弾薬すら消耗せずに蹂躙できるだろう。それではあまりにも不条理であり、バルトフェルドの言うところの卑怯にあたる。

 

「しかし…」

 

尚も食い下がるダコスタに、あのなぁとバルトフェルドは眉間を指で掻いた。

 

「我々の目的は昨夜のお灸据えだ。よって、ここでの戦闘目的は達した。帰投する!」

 

その言葉を最後に、ダコスタもジープに乗り込み、バクゥを筆頭にレセップスへ帰還していく。願わくばこれで自分たちの身の丈を知ってもらえるとありがたいのだがなと、バルトフェルドは顔も知らないレジスタンスたちへ思いを馳せるのだった。

 

 

////

 

 

待機しているストライクの足元で、エールストライカーを装備した愛機を見上げながら、キラはぼんやりとしていた。

 

何故か、ラリーについて行けなかったことに不満を抱いている自分がいた。

 

作戦の内容はわかっているし、自分がここに残る意味もわかっているというのに。それでも心に不満が渦巻いていることに、キラは戸惑っていた。

 

その理由を探していると、今はなきリークの声が脳裏をよぎる。彼を撃ったデュエルの姿を思い出す。それだけでキラは無性にむかっ腹が立ち、その不満を吐き出せないことに苛立ちを感じていた。

 

「なんだ?置いてけぼりにされた子供のような顔をしてるな。少年」

 

そんなキラに声をかけたのは、彼と同じく待機命令を受けたパイロット、アイザック・ボルドマン大尉だ。

 

「貴方は…」

 

「面と向かっては初めましてだな、アイザック・ボルドマン大尉だ。みんなからはアイクと呼ばれてる。よろしく頼む」

 

そう言って差し出された手とアイクの顔を交互に見て、キラは彼の手を握り返した。

 

「ストライクのパイロット、キラ・ヤマト少尉です」

 

「疲れてるみたいだな、ちゃんと休んでるか?」

 

すかさずそう言ってくるアイクに、キラはやや戸惑った様子だったが、事実キラの目元にはうっすらとではあるがクマができており、目つきにも疲れの色が出始めていた。

 

「ええ、大丈夫です…」

 

そう誤魔化してみるものの、嘘だなとアイクに見破られてしまう。

 

「地球には宇宙に無い物がたくさんある。たとえば空気とか、ほこりとか、花粉とか。コロニー内はそれらが最適化されているが、地球ではそうもいかんくてな。宇宙から帰ってきた奴が空気酔いするなんて話もよくあるもんだ」

 

たしかに、キラにも砂塵の煙たさや息のしづらさ、そして暑さと、思いあたる節はあった。アークエンジェルのメンバーもまだ無重力の感覚が抜けてないのか、よく床が水まみれになっていることがある。

 

アイクは心配そうな目をしてキラの肩へ手を置いた。

 

「あまり気負うなよ、少年。君一人でメビウスライダー隊じゃないのだからな」

 

〝君が居れば勝てるということでもない。戦争はな。決してうぬぼれるな!〟

 

アイクの言葉を聞いて、キラは第八艦隊の提督であるハルバートンの言葉を思い出した。うぬぼれるな、自分一人が戦ってるわけでないと。

 

「今はそうだな。とりあえずサンドイッチでもどうだ?保存食料で作ったもんだが、なかなかの味でな」

 

そう言って手に持っていたアルミホイル巻きのサンドイッチをキラへ渡そうとした時だった。

 

「アンタらが地球に降りてきたから、タッシルが!!」

 

積み上げられたコンテナの向こう側から、そんな怒声が聞こえてきた。

 

「言いがかりはやめなさいよ!それに貴方達はザフトと戦ってるんでしょ!?」

 

たまたま外にいたミリアリアやサイたちが、残ったレジスタンスに謂れのない非難の言葉を浴びせられていたのだ。

 

レジスタンス側の男たちは怒りをあらわにした表情でミリアリアたちへ詰め寄る。

 

「俺たちは俺たちの自由を勝ち取るために戦ってるんだ!!」

 

その瞬間、レジスタンスの後ろから盛大に水が被せられた。血走った目でレジスタンスたちが振り返ると、そこには空のバケツを肩にかけたフレイが、怒気を孕んだ瞳で彼らを睨みつけている。

 

「大の大人がみっともない!!そう言うなら命をかけて守るために戦いなさいよ!!」

 

「なんだと、この娘!!」

 

レジスタンスの内の一人がズンズンとフレイへ迫り、バケツを持つ手を強引に掴み上げる。

 

「きゃっ!!痛いって!!」

 

苦悶の表情を浮かべたフレイを見て、今度はサイがレジスタンスへ駆けていく。

 

「この!!」

 

後ろから羽交締めしようとするが、曲がりなりにも相手はレジスタンス。その屈強な身体を前にしてサイ程度の力ではどうにもならなかった。

 

「うわっ!!」

 

逆に投げ返されたサイを、ほんの僅かに邪気が混ざった視線でレジスタンスの男が見下ろす。

 

「サイ!!」

 

「躾がなってないガキには仕置がいるな!」

 

フレイの悲鳴なような声と共に振り上げられたレジスタンスの拳が、倒れているサイの腹部へ振り下ろされようとした時だった。

 

横から割って入った影が、レジスタンスの拳を掴むとそのまま相手の力を活かして、サイを通り過ぎるように投げ飛ばす。

 

目を瞑っていたサイが見たのはーー二倍近い屈強な男を投げ飛ばしたキラの姿だった。

 

「キラ!?」

 

「なんだ、このガキ!!うがっ!?」

 

キラは凄まじい速さで離れていたレジスタンスに近づくと、鳩尾に強烈な肘打ちを打ち込んで即座に悶絶させると、タンクトップを掴み上げて深く腰を落とした。

 

「でぇええい!!」

 

気合い一閃と、キラがレジスタンスを背負い投げし完全に無力化する。

 

「いてててて!!」

 

「やめとけってそこらで」

 

その後ろにいた最後のレジスタンスも、一緒にいたアイクによって手首をひねり挙げられていた。

 

「やめてください!!本気でやって、貴方達が僕に敵うわけないじゃないですか!!」

 

鳩尾に手を添えながら、まだ立ち上がろうとするレジスタンスをキラが一喝する。

 

「ザフトが来るかも知れないのに、何をやってるんですか!貴方達は!!気持ちだけで、誰かを守れるわけないじゃないですか!!暴力に使うくらいなら、やるべきことに手を使ってください!!」

 

凄まじい剣幕でレジスタンスを睨むキラに、完全に怯んだ相手は、重たい足を引きずりながら持ち場へとすごすごと退がっていく。

 

「サイ!!怪我は!?フレイも」

 

キラはすぐに倒れていたサイへ手を差し出した。起き上がらせてもらう自分が情けないなと思いながら、サイはキラへ礼を述べた。

 

「キラ、ごめん…助かったよ…けど、凄いよな。お前って」

 

「ラリーさんや、リークさんから、もし差別で暴力にさらされた時のためにって、護身術というか、そういうものを教えてもらっててね」

 

そう言うキラに、フレイはズキンと心が痛んだ。心無いコーディネーター差別は無くなっていない。自分たちはキラを仲間だと思っているのに、他の誰かから見たらキラはコーディネーターで、自分たちはナチュラルで。

 

そんな考え方にフレイはひどく怒りを覚え、同時に締め付けられるような悲しみを感じた。

 

「キラ…その…」

 

「とにかく、今はザフトだ。いつ攻めてくるかわからないから、みんなも安全な場所に居てね」

 

そう言ってキラはストライクへ戻っていく。その背中は、今まで知っていたはずのキラが、どこか遠くに行ってしまいそうな、そんな風に見えてしまって。

 

「キラ…」

 

そんな呟くような声は、キラに届くことはなかった。

 

 

////

 

 

地球軍の最新戦闘機であるスカイグラスパーは、タスク隊のフランカーを追い抜いて、抜群の機動性を見せながらタッシルの街の上空へ辿り着いていた。上から見る限り、街のほぼ全てが焼き払われていて、人が生きている気配は感じられなかった。

 

「あぁ…酷え…全滅かな?これは…。ん?」

 

ふと視線を郊外に向けると、街から外れた場所に大勢の人だかりが見えた。しばらく観測すると、どうやら非戦闘員の集まりーーつまりだ。

 

「ライトニングリーダーより各機へ、街には生存者が居る。ーーと言うか、かなりの数の皆さんが、御無事の様だぜ。こりゃぁ一体どういうことかな?」

 

《エンジェルハートよりライトニングリーダーへ、敵の姿は見えるか?》

 

「もう姿はない」

 

《ということは…》

 

本当に砂漠の虎は、レジスタンスにお灸を据えにきただけなのだろうか。

 

 

////

 

 

 

「動ける者は手を貸せ!怪我をした者をこっちに運ぶんだ!」

 

サイーブ指揮の元、レジスタンスが街の外へ逃げていた人々の状況確認に精を出していた。少し離れた場所に自機を着陸させたムウとラリーは、そのやり取りを遠巻きに眺めている。

 

ちなみにトールはスピアヘッドの中でマッピングデータの解析をしながら、加圧装置で痺れた足の感覚が戻ってくるのを待ちつつ、ラリーが繰り返した凄まじいG機動で疲弊した体の回復に努めている。

 

「ーーどのくらいやられた?」

 

暗い顔をしたサイーブの言葉に、タッシルの長老はなんとも言えない顔をしながら答えた。

 

「死んだ者は居らん」

 

「え?」

 

「最初に警告があったんでな。今から街を焼く、逃げろ。とな」

 

「なんだと!?」

 

その言葉に反応したのはカガリだ。

 

そして焼かれた。食料、弾薬、燃料…全てが。確かに死んだ者は居ない。だがーー。

 

「じゃが…これではもう…生きてはいけん」

 

焼け野原になったタッシルの街を眺めながら、長老が暗い声で呟いた。そんな長老の表情を見たカガリは年相応な癇癪を起こしたような、そんな怒りの表情で眼下にある砂の大地を蹴り飛ばした。

 

「ふざけた真似を!どういうつもりだ!虎め!」

 

「だが、なんとかできるだろ?生きてればさ」

 

そんな怒りに震える皆に冷や水を浴びせるように、ムウが呟く。ついでと言わんばかりにラリーも腕を組んで、言葉を加えた。

 

「どうやら虎は、あんたらと、本気で戦おうって気はないらしいな」

 

「どういうことだ?」

 

ムウとラリーの言葉に、明らかに怒った目つきでサイーブが尋ねた。他のレジスタンスや、街の住人たちも同じような目をしていたが、ムウは気にする様子もなく堂々としていた。

 

「見てわからないのか?こいつは昨夜の一件への、単なるお仕置きだろ。こんなことぐらいで済ませてくれるなんて、随分と優しいじゃないの、虎は…」

 

「なんだと!こんなこと!?街を焼かれたのがこんなことか!?こんなことする奴のどこが優しい!!」

 

詰め寄ってくるカガリに、ムウはため息を吐いた。激昂しているカガリ達には分からなかったが、ムウの瞳には明らかな呆れと諦めが浮かんでいた。

 

「…失礼。気に障ったんなら、謝るけどね…けど、あっちは正規軍だぜ?本気だったら、こんなもんじゃ済まないってことくらいは、分かるだろ?」

 

「あいつは卑怯な臆病者だ!我々が留守の街を焼いて、これで勝ったつもりか!我々は、いつだって勇敢に戦ってきた!この間だってバクゥを倒したんだ!だから、臆病で卑怯なあいつは、こんなことしか出来ないんだ!何が砂漠の虎だ!」

 

そう言葉を荒らげてカガリがムウに更に近づこうとした瞬間、彼女のジャケットをラリーが引っ掴んでたぐり寄せた。

 

「いい加減にしろよ、小娘」

 

何人かのレジスタンスや、キサカが身構えたが、誰も何も言えなかった。

 

「ひっ…」

 

それは当事者であるカガリもだ。ムウはまだ優しい方だったが、ラリーは違う。その目は単にカガリたちのような怒りを帯びたものではない。暗く、闇のような静けさを持ちながらも、雷のような恐ろしさがある目だった。

 

カガリを地上から数センチ持ち上げたラリーが静かな声で言う。

 

「向こうはゲームでも、勇敢な戦士同士で勝敗を決める戦いをしてるわけでもない。戦争をしてるんだ。わかるか?戦争をだ。何がバクゥを倒しただ?ストライクが居なければ気付かれないところで黙って指を咥えて見てただけだろ」

 

「だが!事実として我々がーー」

 

「戦争は遊びでも、ゲームでも、ましてやお前たちのような感情で左右されるような奴らが生き伸びられるほど甘いもんじゃない!住民に勧告してから火で街を焼く?優しいに決まってるだろ!非道なら勧告もせずにバクゥで村を蹂躙して終わり!お前たちのジープも蹂躙して終わり!わかるか?それが、戦争なんだよ!!」

 

そう言って、ラリーは乱雑にカガリを離して、レジスタンス全員を見渡した。

 

「お前たちは、砂漠の虎と対等に戦う相手としての土俵にも乗れていない。それを分かれよ!!戦争はヒーローごっこなんかじゃない!!」

 

全員が、何も言えなかった。怒りに震えていた誰もが、心の奥底で気付いていたことを、ラリーが白日のもとに晒したのだ。特に、バクゥや敵のモビルスーツを前にした者達なら尚更。自分たちの持つ火器やジープが、モビルスーツの前では全くの無力であることを知っていた。

 

戦わなければメンツが立たない。しかし、本気の戦いになれば蹂躙される。ただ、今は砂漠の虎の情けで生かされているという立場がわからないほど、彼らは愚かではなかった。

 

カガリは反抗的な目をラリーに向けていたが、その反論をラリーは許さなかった。ただ腰を落とした地面の砂を握りしめることしか、カガリにはできない。

 

「サイーブ!」

 

「…なんだ?」

 

「来てくれ!」

 

リーダー格であるサイーブが他のレジスタンスに呼ばれたのをキッカケに、止まっていたように感じた時間が動き出す。ラリーは深く息を吐いて、通信端末を開いた。

 

「とにかく、怪我人もいる。アークエンジェルからの救援もある。タスクリーダー、周辺で難民のキャンプはあるか?」

 

《ここから東に100キロのところが最寄りだねぇ》

 

答えてくれたモニカに礼を言って、ラリーは通信を切った。

 

「今はとにかく生きることを考えよう。そこから始めるしかないだろ」

 

避難民のキャンプに連絡を取ってみる、とラリーは苛立たしさを隠さないまま、愛機であるスピアヘッドへ戻っていく。息が詰まりそうなくらいに静まり返ったレジスタンスの面々を見ながら、ムウは困ったように呟いた。

 

「えーと…まぁ…嫌な奴だな、虎って…」

 

その声に応える者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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第68話 井の中の蛙 大海を知らず

 

 

タッシルの住人たちが集まる場所から離れ、小高い砂丘の上でサイーブを呼び出したのは、双眼鏡で一点を見ているレジスタンスのメンバーだった。

 

「なんだ?」

 

「奴等、街を出てそう経ってない。今なら追い付ける!街を襲った後の今なら、連中の弾薬も底を突いてるはずだ!」

 

指差した方を見ると、たしかにモビルスーツらしき影が砂煙をあげて離れていく様子が見える。サイーブが双眼鏡を下ろすと、呼び出したレジスタンスのメンバーは荒い息遣いでサイーブへ詰め寄る。

 

「俺達は追うぞ!こんな目に遭わされて黙っていられるか!」

 

「…バカなことを言うな!そんな暇があったら、怪我人の手当をしろ!女房や子供に付いててやれ!そっちが先だ!」

 

そもそも、虎が弾薬を使い果たすまで街を焼こうとしたなら、ここに住民がいるわけないじゃないか。そんな簡単なことをわかっているはずなのに、レジスタンスのメンバーは聞く耳を持とうとしなかった。

 

「それでどうなるっていうんだ!見ろ!タッシルはもう終わりさ!家も食料も全て焼かれて、女房や子供と一緒に泣いてろとでもいうのか!」

 

そんな負け犬のような真似はごめんだと、彼らは制止の言葉を切って捨て、さらに蔑んだ目でサイーブを見つめ出した。

 

「まさか、俺達に虎の飼い犬になれって言うんじゃないだろうな。サイーブ!」

 

憎悪と怒りにまみれた言葉に、サイーブは最早何も言えなかった。

 

「行くぞ!」

 

脇を通り過ぎてジープに向かうレジスタンスのメンバー。くそっ、と心の中で毒づいて、サイーブもジープに向かったメンバーの後を追う。

 

「行くのか?!サイーブ!」

 

「放ってはおけん!」

 

サイーブの動きを知ったカガリも、ライフルを肩に下げてサイーブのジープへ駆け寄る。

 

「サイーブ!私も!」

 

「駄目だ!お前は残れ!」

 

「サイーブ!!うわっ!!」

 

聞く耳を持たぬと行った様子でサイーブがジープを発進させる。途方にくれたような表情をするカガリの目の前に、今度は若いレジスタンスのメンバー、アフメドが運転するジープが砂埃をあげて停車した。

 

「乗れ!」

 

アフメドの言葉に頷いたカガリは、すぐさま乗り込み、それを見ていたキサカもアフメドのジープに乗り込む。

 

「なっ!カガリ!アフメド!駄目だ!残れ!」

 

「この間バクゥを倒したのは俺達だぜ?」

 

「こっちに地下の仕掛けはない!戻るんだ!アフメド!」

 

並走しながら必死に叫ぶサイーブに、アフメドは陽気な笑顔を見せて答えた。

 

「戦い方はいくらでもある!」

 

 

 

////

 

 

 

「なんとまぁ…風も人も熱い御土地柄なのね」

 

土煙を上げて爆走していくジープを見送りながら、ムウは心底呆れたように呟いた。

 

「全滅しますよ?あんな装備でバクゥに立ち向かえるわけがない!」

 

先程、アークエンジェルから到着したナタルがムウに物申すが、ムウもただ困ったように苦笑を漏らす。

 

「だよねぇ。どうする?」

 

「ーー軍の使命としては、武力を以てしても制止するのが倫理的かと」

 

「見殺しにはできんよな。まったく素人どもめ」

 

すると、ムウの通信端末が赤く光り、音声通信が流れた。無線の先にいるのはスピアヘッドを離陸準備させたラリーと複座に座るトールだ。

 

「ムウさん、俺は先に行きます!」

 

「どうぞ、タスク隊は?」

 

《ウチは契約外なのでパス。燃料もヤバイし一度帰投するとするよ》

 

モニカの言葉と同時に、上空には四機の飛行機雲が、自分たちがやってきた前線基地へと伸びていく。

 

「りょーかい。やれやれ、こっちはリアリストなのね」

 

 

////

 

 

「なんですって!?ザフトを追ってったなんて…なんてバカなことを…何故止めなかったんです、少佐!」

 

ムウからの報告に、マリューは頭を抱えた。出て行った彼らの装備を見たが、どう考えてもザフトに太刀打ちできるものではない。

 

マリューの苦言に、ムウも少々腹ただしさを宿した目で答えた。

 

「止めたらこっちと戦争になりそうな勢いでねぇ…。一応、ラリーが後を追ってくれてる。それよりこっちも怪我人は多いし、飯や、何より水の問題もある。死にに行った奴らよりも生きてる奴らの方が大事だ」

 

マリューはそこで知った。ムウは出て行ったレジスタンスをとうの昔に見捨てているのだ。ただの一般市民なら守りもするが、自分たちの力の程度すら弁えない武装勢力にまで善意を振りまく必要はないと、彼の態度が物語っている。

 

「東へ100キロのところに避難民のキャンプがあるらしい。どうする?艦長」

 

マリューは少し考えたが、いくら見捨てると言っても、自分たちの生命線はレジスタンスからの補給と情報だ。仮にここでリーダー格であるサイーブが亡くなれば、今後のアフリカ横断に支障が出かねない。

 

「…ヤマト少尉とボルドマン大尉に行ってもらいます。見殺しには出来ません…。残っている車両で、そちらにも水や医薬品を送らせます」

 

「やっぱそうなるよなぁ。了解!」

 

ムウとの通信を終えたマリューはすぐに行動に出た。

 

「ハウ二等兵!ストライクとスカイグラスパーの発進を!」

 

「はい!ヤマト少尉、ボルドマン大尉、発進願います!」

 

 

////

 

 

 

艦内放送で流れたミリアリアの言葉で、アークエンジェルのハンガーが一気に慌ただしくなる。

 

「推進剤と冷却剤は大目に入れとけ!大気機動は予測できねぇからな!」

 

マードックとハリーの指揮の元、スカイグラスパー二号機と待機していたエールストライクが、発進準備を整えていく。

 

「キラ!」

 

コクピットへ繋がるワイヤーウィンチに掴まろうとしたキラを、作業服姿のフレイが呼び止めた。

 

「ちゃんと帰って来なさいよ?」

 

そう言ってコクピットでも飲める飲料水を渡すと、キラは優しく微笑んでフレイの言葉に頷いた。

 

「ありがとう、行ってくるよ」

 

コクピットに登っていくキラを見上げる傍で、スカイグラスパーが発艦デッキへとたどり着く。

 

《進路クリアー、スカイグラスパー二号機、どうぞ!》

 

「了解。ヤマト少尉、あまり無理はするなよ?アイザック・ボルドマン、スカイグラスパー、発進する!!」

 

タイヤを軋ませて飛び立つスカイグラスパーを見送ってから、キラのストライクもカタパルトへと運搬されていく。

 

《APU起動。カタパルト、接続。エールストライカー、スタンバイ。システム、オールグリーン。進路クリアー。ストライク、どうぞ!》

 

「キラ・ヤマト、ライトニング3、ストライク、行きます!!」

 

 

////

 

 

 

「ハァ…もう少し急ぎませんか?」

 

バクゥの先頭でジープを運転するダコスタは、後ろでくつろぐバルトフェルドへ進言するが、彼にその気はなさそうだった。

 

「早く帰りたいのかね?」

 

「追撃されますよー…これじゃぁ…」

 

タッシルからでも、彼らの装備ならこちらを捉えることはできる距離だ。装備が貧弱とは言え、街を焼かれた恨みから彼らが追ってくる可能性も考えられる。

 

「運命の分かれ道だな」

 

「はぁ?」

 

呟くようなバルトフェルドの言葉に、ダコスタは思わず首を傾げた。

 

「自走砲とバクゥじゃぁ喧嘩にもならん。死んだ方がマシというセリフは、けっこう良く聞くが、本当にそうなのかねぇ?」

 

死んだ方がマシというのはーー?そう聞き返そうとしたダコスタの言葉を、バクゥに乗るパイロットからの通信が遮った。

 

《隊長!後方から接近する車両があります!6…いや8!レジスタンスの戦闘車両と戦闘機が1機!》

 

それを聞いて、バルトフェルドはわずかに顔をしかめる。できるなら、これで懲りて欲しかったがーー仕方あるまい。

 

「ーーやはり死んだ方がマシなのかねぇ。仕方ない!応戦する!」

 

 

 

////

 

 

 

「止まれ!止まれと言ってるのが聞こえないのか!!これは命令だ!!」

 

バルトフェルドたちが眼前に迫る直前、ジープに追いついたラリーは拡声器から大声でレジスタンスたちへ停止命令を発し続けたが、誰も止まる気配はなく、それどころか速度を上げる始末だ。

 

「虎を倒すんだ!」

 

何かに取り憑かれたようにいうレジスタンス。すると、眼前の砂丘から転進してきたバクゥが飛び出してきた。

 

『うわぁ!』

 

たまたまロケット砲を構えていたレジスタンスからの攻撃が、バクゥの一機を捉える。それが功を奏したのか、レジスタンスたちの士気が更に高まったように見えた。

 

「やった!当たったぞ!」

 

「やりやがった!馬鹿どもが!」

 

これでもう引っ込みはつかない。ラリーは拡声器から声を発するのをやめて、対モビルスーツ戦闘準備へ入る。

 

『ええい、ちょこまかと!五月蠅い蟻が!』

 

ザフトのパイロットの声が響いた瞬間、開幕一発目を命中させたジープが宙を舞っていた。人がまるで糸の切れた人形のように空を舞って、バクゥによって蹴り上げられ、ひしゃげたジープと共に砂漠に叩きつけられる。一目見ただけでわかった。あれは即死だ。

 

「ジャアフル!アヒド!」

 

「サイーブ!聞こえてるなら止まれ!!ミイラ取りがミイラになるぞ!!」

 

低空でサイーブのジープに聞こえるようにラリーは声を荒らげた。

 

「しかし!」

 

何かをサイーブが叫んでいたようだが、もう戦闘は始まっている。四の五の言ってる場合ではない。ラリーは構わずに大声で怒鳴った。

 

「うるさい!喧嘩になってないのもわからないのかド阿呆!!さっさと止まらんと俺が撃つぞ!?」

 

「くっ…」

 

ようやくサイーブが戦線を離脱していく。戦場を見れば、7台は居たはずのジープがもう3台に減っており、あたりにはぐちゃぐちゃになったジープが転がっていて、更にその先に事切れたレジスタンスのメンバーも地面に倒れていた。

 

そして、バクゥが次に目をつけたのは、アフメドのジープだ。

 

「くっそー!」

 

『この雑魚がぁ!』

 

土煙を上げて蛇行するジープに、バクゥがそれを上回る機動で追いすがってくる。カガリはその光景を見て恐怖した。肩からぶら下がっているライフルも、キサカが背負うロケット砲も、迫るバクゥには何ら意味を成さないのだ。

 

「飛び降りろ!カガリ!」

 

そう言って、バクゥの射線がそれた瞬間にキサカがカガリを引っ掴んで飛び降りようとする。しかし、もしバクゥが旋回したら足についてるキャタピラで即座にミンチだ。

 

「馬鹿やろう!!」

 

「レイレナード大尉!?」

 

すると、上空にいたラリーがとんでもない事を始めた。スピアヘッドのジェットエンジンの推進方向を変えて、ジープに迫るバクゥ目掛けて一気に接近する。複座に座るトールはただ情けない叫び声を上げることしか叶わない。

 

「うおりゃああああ!!」

 

『なにぃ!?』

 

バクゥのパイロットが気付いた時にはもう遅い。スピアヘッドの腹を向けて、ラリーは信じられないことにバクゥへ体当たりしたのだ。

 

「うわぁああ!!?」

 

とてつもない衝撃で、カガリたちは体勢を崩したジープごと横転して砂漠に放り出される。

 

バクゥは機体から黒煙を上げて後退していき、ラリーの駆るスピアヘッドはーー腹部に致命的なダメージを負ってカガリたちから見た砂丘の向こう側へ、バクゥと同じような黒煙を上げて消えていく。

 

そして、轟音が響きラリーの機体は砂漠へ落ちた。

 

〝まさか俺達に、虎の飼い犬になれって言うんじゃないだろうな!〟

 

その光景を後方から眺めていたサイーブは、己の無力さを味わいながら、ジープのハンドルに拳を叩き下ろすのだった。

 

 

 

 

 



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第69話 鬼神の片鱗

 

 

ラリーのスピアヘッドが地に落ちた時、レーダーを監視していたダコスタが妙な反応を掴んでいた。

 

「接近する熱源2!隊長…これは…!」

 

すかさず、バルトフェルドも双眼鏡で近づいてくる熱源の方向を見た。そこには、空を舞う一機の戦闘機と、人の形を模した影が砂漠の上を駆けてきていた。

 

「…ストライク?」

 

バルトフェルドが呟いた瞬間、すぐ脇をビームが横切った。思わずダコスタが過ぎ去った閃光に顔を覆う。

 

コクピットの中で、キラはレジスタンスを蹂躙するバクゥへ照準を定めていたが、予想に反してビームの行く先が変わったのだ。

 

「逸れる?そうか、砂漠の熱対流で…」

 

『地球軍のモビルスーツめ!』

 

近づくキラのストライクに気がついて、一機のバクゥが反転して迫ってくる。すぐさまキラはキーボードを叩き、さっき計測した熱対流の相違値を元にパラメーターを変更し、そのままビームライフルのトリガーを引いた。

 

ビームはわずかにバクゥから逸れたが、キラにとっては誤差の範囲内。逸れた値を更に加算して、ビームの射線へ完全な修正を加える。

 

そんなストライクへ再度飛びかかろうとしたバクゥだが、側面から受けたミサイル攻撃により大きく体勢を崩した。

 

『なにぃ!?』

 

「モビルスーツばかりに目を向けると痛い目に遭うぞ!」

 

バクゥの脇をアイクが乗るスカイグラスパーが飛び去ると、目標を射程距離に捉えたストライクと、バクゥの乱戦が始まる。

 

「ほぉ、救援に来たのか?地球軍が?先日とは装備が違うな。それにビームの照準、即座に熱対流をパラメータに入れたか…いよいよもってそうなるかねぇ」

 

バルトフェルドの呟きに答えるものはおらず、一方的だった戦場の天秤は徐々にだが動き始めていた。

 

「えぇい!ラリーさん!!無事で…えっ」

 

サブモニターでラリーのスピアヘッドを探していたキラは、砂丘の尾根の光景を見て息が止まったような感覚に陥った。

 

そこにあるのは、砂漠にコクピットの先端を埋めている、黒煙を上げたスピアヘッドの姿だった。

 

「ラリー…さん…?」

 

キラが目を見開いたまま、その光景に釘付けになっていると、バクゥの一機がストライクへ体当たりし、呆然と立ち尽くしていたストライクは地面へ膝をついた。

 

「ヤマト少尉!!くそ!!」

 

追撃をかけようとするバクゥをアイクが何とか足止めするが、余裕はあまりない。ストライクのコクピットの中でキラは何も考えられず、落ちたスピアヘッドの姿だけが頭を埋め尽くす。

 

聞こえなくなっていく、リークの声。

 

助けられなかった後悔。

 

そして、それを嘲笑うような敵。

 

…敵。

 

敵っ!!

 

「お前たちが…ラリーさんを…ベルモンド中尉だけじゃ飽き足らず…お前たちはっ!!」

 

顔を上げたキラの目から光が消え、ただ深い闇が心を覆い隠していく。

 

 

////

 

 

「しっかりしろ…!アフメド!」

 

ジープで戦場から離れたカガリたちは、怪我を負ったアフメドを地面におろした。出血はなかったがかなり辛そうだ。どこか骨折してるかもしれない。

 

「げっほげっほ…カガリ…俺…お前…うっ……」

 

「喋るな、アフメド!」

 

アフメドの手を握るカガリにキサカが声を荒らげた。

 

「身体を強く打ってるだけだ、あまり動かすな!」

 

すぐそばの砂丘に墜落しているスピアヘッド。黒煙をあげているそれは、しばらく沈黙していたが、突如としてバブルウィンドウであるキャノピーが開き、コクピットからラリーが立ち上がった。

 

「ぶはぁ!!死ぬかと思った!!生きてるか?トール?」

 

不時着時に機首をなんとか上げて胴体着陸をしたものの、砂漠の流体の大地には抗えず、自重で沈んだスピアヘッドは機首が砂丘に食い込み、急減速して停止した。

 

その衝撃でラリーもトールもしばらく気を失っていたが、意識を取り戻したラリーが歪んだキャノピーを蹴り開けたのだ。

 

「次やるときはちゃんと言ってくれたら、生きてるって答えますよ…」

 

這うように複座から出てきたトールが、砂漠に身を放り出して、乱れた息でパイロットであるラリーに苦言を呈した。

 

「それだけ軽口が叩けるなら上等だな、次はイジェクトの仕方を教えてやるよ」

 

「勘弁してください…」

 

ほら後方にいるサイーブのところへいくぞ、とラリーの差し出した手を握って、トールも立ち上がる。普通なら倒れたまま起き上がれないのだがなぁ、という感想は心の内に収めるのだった。

 

 

////

 

 

 

ラリーに体当たりされたバクゥも後方に下がり、自機のダメージコントロールを行なっていた。幸いなことに背部の火器系統がショートしたくらいで、バクゥの機動性にはなんら影響は見受けられなかった。

 

『よし、まだ行ける!』

 

そう言ってパイロットであるカーグットが操縦桿を握ろうとした時、通信が入ってきた。

 

「カーグット!バクゥを私と替われ!」

 

モニターを見ると、バクゥの足元で無線機を待つバルトフェルドの姿があった。隣には戸惑った様子の副官であるダコスタもいる。

 

「ちょっと!隊長!」

 

「撃ち合ってみないと分からないこともあるんでねぇ」

 

少しやり合う程度さ、とだけダコスタに言うと、降りてきたカーグットに代わってバルトフェルドはバクゥへ乗り込んでいく。

 

一方その頃、2機のバクゥはストライクの機敏な動きに翻弄されっぱなしだった。エールとは言え、ずっと滞空できるわけではないため、バクゥのパイロットたちもキラが着地する瞬間を狙うのだが、的確なタイミングでアイクのスカイグラスパーが邪魔をしてくる。

 

そんな攻防の最中にキラが片割れのバクゥを射程圏内へ捉える。いけるーー、そう確信めいた気持ちでトリガーを引こうとした瞬間、モニターの死角から新手のバクゥが飛び出してきた。

 

「しまった!」

 

咄嗟に盾で防御するものの、機体重量が乗った体当たりにキラのストライクは大きく後退する。

 

「…!!3機目!?まだ動けたのか!」

 

飛びかかってきたバクゥはあきらかに、他のバクゥと動きが違っていた。着地するときは無駄にエネルギーを逃さないように姿勢を変えていて、それはまるで野生の獣のように見えた。

 

『フォーメーションデルタだ!ポジションをとれ!』

 

『隊長!』

 

『行くぞ!』

 

バルトフェルドが操るバクゥが乱入することにより、旗色が一気に変わっていく。ストライクの周りを旋回するバクゥの動きを捉えるのは並大抵のことではない。

 

「ちぃ…上手く動き回る…!」

 

近づいてきたバクゥへライフルを構えた瞬間、死角を突いた背後からの攻撃でストライクは大きく揺さぶられた。

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

ついでと言わんばかりに他のバクゥが背部に設置されたリニア砲で体勢を崩したストライクに集中放火を浴びせる。その光景を見てバルトフェルドはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「通常弾頭でも、76発でフェイズシフトはその効力を失う。その時同時にライフルのパワーも尽きる。さぁこれをどうするかね?奇妙なパイロット君!」

 

ストライクーーならびに地球軍が開発したG兵器のデータは、クルーゼ隊からすでに全ザフト軍へ送信されている。あとはそのデータを元に作戦を遂行すればいいだけのことだ。バルトフェルドはそう楽観的に考えていた。

 

そして、その安易な考えは大きな代償を呼んだ。

 

「お前たちだけは、許さない…!!」

 

溢れるような小さな声でキラが言うと、目の前を横切ろうとしたバクゥの進行方向先へ、片手に装備していたシールドを投げつけた。

 

直線運動をするバクゥは砂漠に突き刺さったシールドに反応できず、突如として現れた壁にボディを激突させた。

 

「なに!?各個に当たれ!奴を攪乱しろ!」

 

次に近づいてくるのは動きにキレがないバクゥだ。キラは片手にビームライフルとサーベルを装備して、迫るバクゥに真っ向から向かい合った。

 

正気か?砂漠では絶対的な機動性を持つバクゥ相手に正面勝負とは、とバルトフェルドが考えたがそれはすぐに裏切られる。

 

迫ったバクゥのリニア砲を最低限の動きで躱し、ならばと体当たりしようとするバクゥをストライクは片足を軸にひらりと避けて、片手に持っていたビームサーベルで、滑走するバクゥの右手足を根本から切断した。

 

『うわぁぁぁ!!』

 

バランスを崩したバクゥは地面に激突して土煙をあげるーーその直前に振り返ったストライクの銃口は横転したバクゥのコクピットを捉えていた。

 

閃光が走り、バクゥのコクピットを的確に貫く。片足とコクピットを焼かれたバクゥはしばらく転がってから爆発四散した。

 

シールドとの激突から復帰したバクゥのパイロットが見た光景は、爆煙を背景にこちらへ飛んでくるストライクの姿だ。エールストライカーを最大出力でぶん回して、キラはシールドの脇で動きをとめていたバクゥをすれ違いざま、頭部を首から切断する。

 

『なんだ!?あの動きは!?』

 

真っ暗になったモニターの前でうろたえるパイロット。キラは地面に突き刺さっていたシールドを持ち上げて、そのまま首を無くしたバクゥへ叩き付けた。さらに地に伏せるバクゥへ、とどめのビームを放つ。

 

わずか数秒の出来事に、バルトフェルドは背中に冷たい何かを感じた。

 

爆煙にさらされたストライクの顔は、まるで悪魔のように見えてーーその目がバルトフェルドのバクゥを捉えると一気に体をかがめて、こちらに向かおうと態勢を整える。

 

「こぉのぉぉぉ!」

 

「キラ!深追いはするな!!」

 

その声が響いた瞬間、キラの瞳に光が蘇った。そんな、嘘ではないだろうかとキラは震える声で聞き返す。

 

「ら、ラリーさん…?」

 

「俺は無事だ!トールもな!機体はダメになったが、それ以上砂漠の虎を追う必要はない!」

 

後ろのサブモニターを見ると、レジスタンスのジープの隣で無線機を持つラリーの姿がある。その隣ではパイロットスーツ姿のトールが座り込んでいるのが見えた。

 

「…後退する!ダコスタ!」

 

ストライクの見せた隙に、バルトフェルドはバクゥを転進させて離脱する準備へ入った。ダコスタたちのジープや予備のバクゥ部隊も、指示通りのルートで撤退していく。

 

振り返ると、逃げるこちらなど気にもしないでストライクが後退していくのが見えた。

 

あれだけの力を持っていながら引き際も鮮やかとは。バルトフェルドの中で、ストライク、そして戦闘機でバクゥへ体当たりをしたパイロットへの関心はより高まっていった。

 

「ふっ…とんでもない奴だなぁ…久々におもしろい…」

 

 

////

 

 

戦闘終了。

 

そしてラリーは砂漠に正座させられていた。有無を言わさずに言ったのはキラで、そんな彼は正座するラリーの前で仁王立ちして佇んでいる。

 

「ラリーさん!死にたいんですか?!」

 

誰から見ても同じ意見だった。戦闘機という格闘戦を一切考慮していない機体でモビルスーツに体当たりなど、死にたいのか命知らずなのかそれともバカなのか、皆目見当もつかない。

 

「戦闘機でモビルスーツに体当たりするなんて前代未聞…というか、モビルアーマーでやってたよこの人」

 

キラの隣で腰を下ろすトールが、宇宙での戦いを思い出して肩をすくめた。そんなキラに怒られながらも、ラリーは困ったように頭を掻いて誤魔化すように笑った。

 

「いやぁ、無我夢中でつい」

 

「ついでやるもんじゃないですよ!?全く!!」

 

怒っている様子から擬音が聞こえてきそうな迫力を出すキラに、ラリーは思わず頭を下げた。そんなやり取りを眺めながらトールは親指である方向を指した。

 

「で、彼らどうするんですか?」

 

トールが言った先は、ひしゃげたジープがあちこちに転がっていて、サイーブとキサカによって亡くなったレジスタンスメンバーの亡骸が集められている光景だった。

 

「全く手痛くやられたもんだな」

 

「こんなところで…なんの意味もないじゃないですか…」

 

墜落したスピアヘッドの光景を思い出して、キラの心は深く沈み、否応無くリークのことが頭を駆け巡っていく。

 

そんなキラの呟きに、アフメドを介抱していたカガリが怒りを露わにした目で近寄ってきた。

 

「なんだと…貴様!見ろ!みんな必死で戦った…戦ってるんだ!大事な人や大事なものを守るために必死でな!」

 

「必死で戦った結果、相手にもされなかった訳だがな」

 

綺麗事だなと、ラリーはカガリの声を真っ向から切り捨てる。その言葉にカガリは何か反論しようとしたが、ラリーはそれを許さずに言葉を紡いだ。

 

「お前たちが焚き付けて、お前たちが煽って、お前たちが制止を聞かずに進んだ先の結果がこれだ。そうやって、誰かのせいにしてこの現実から目をそらすのか?」

 

俺やサイーブは止まれと言ったはずだぞ?と鋭い目つきで言うラリーに、カガリは顔をそらした。だが、何かは自覚しているようで、その肩や手は怒りとは違う震え方をしているように見えた。

 

それを見て、ラリーは深くため息をついてカガリの隣に立つキサカを睨みつけた。

 

「だから、さっさとこの小娘を連れて帰れと言ったんだ。手痛い目に遭う前にと」

 

その言葉に、キサカも何も言えなかった。甘かったとか、そんな話以前だ。自分たちの思慮の浅さが招いたことだとラリーに突きつけられて、カガリもキサカも黙るしかない。

 

「限界だな」

 

そんな沈黙の中で口を開いたのはサイーブだった。

 

「サイーブ…」

 

「こんなことはやめて、難民キャンプにでもいくさ。俺たちじゃ戦争はできん」

 

帰る場所もなくなってしまったのだから当然だなと、自嘲するサイーブは手に持っていた武器をラリーに向けて放り投げる。

 

「だから、アンタらがどうにかするんだろう?この戦争を」

 

サイーブの声に、ラリーは真っ向から答えた。

 

「ああ、そのための軍だ」

 

 

 



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第70話 虎の街

 

 

「じゃぁ、4時間後だな」

 

賑わっている街並みに停車したジープから降りたカガリは、残っているサイーブやキサカに小さな声でそう告げると、同乗していたキサカも頷いた。

 

「気を付けろ。どこにザフトの目があるかわからんからな。ヤマト、そしてレイレナード殿、カガリをよろしく頼む」

 

カガリに続くように降車したラリーとキラに、キサカが囁く。地球軍の制服から目立たない現地住人の服装に変わったラリーとキラは了解、と小さく答えた。

 

「そっちこそな。アル・ジャイリーってのは、気の抜けない奴なんだ」

 

「キラ、準備はいいか?」

 

「オーケーです」

 

カガリの後ろで互いに準備をするキラとラリー。二人が動きやすいシャツよりも民族着を選んだのは、懐にしまったものを目立たせないようにするためでもある。

 

「ヤマト少っぃ…しょっ少年……た…頼んだぞ…」

 

「バジルールさん、リラックスリラックス」

 

「わ、わかってる…ます」

 

最低限の挨拶を交わして、サイーブやキサカ、そしてアークエンジェル側の人間としてやってきたバジルール達を乗せたジープは街の喧騒へ消えていく。

 

「よし、行くぞ」

 

「へぇ…これはまた…」

 

カガリの後を付いて歩き始めてみるが、街は賑わいや活気にあふれていて、とてもザフトの勢力下とは思えない穏やかな空気を漂わせている。

 

「どうした?ぼさっとして、一応お前らは護衛なんだぞ?」

 

「ほんとに、ここが虎の本拠地?随分賑やかで、平和そうなんだけど」

 

キラの疑問に、カガリは小さく息をついて歩いていた進路を変える。

 

「…付いて来い」

 

カガリに連れられてきたのは、砲撃でボロボロになった瓦礫で覆われた場所。そしてその先には砂漠の虎の城とも言えるレセップスが街のすぐそこに鎮座していた。

 

「平和そうに見えたって、そんなものは見せかけだ。ーーあれが、この街の本当の支配者だ。逆らう者は容赦なく殺される。ここはザフトの、砂漠の虎のものなんだ」

 

そう言うカガリとキラは気付かない。街角のテラスで陽気なシャツと帽子、そしてサングラスをかけた男性がその黒いレンズ越しにこちらを観察していることを。

 

ここは砂漠の虎が手中に収める街。

 

ラリー達は敵の本拠地たる場所で、残り少なくなった物資の補給をしようとしていた。

 

 

////

 

 

「あーあぁ…たっくもう…こんなもん持ち込んでよぉ…何だってコックピットで寝泊まりしなきゃ、なんねぇんだよぉ…」

 

ハンガーを走り回るタッシルの避難民や子供達を眺めながら、マードックは恨めしそうに呻く。そんなマードックに、バラしていたスピアヘッドを組み直しながらハリーが戒めるように言葉を発した。

 

「文句言わないの。子供は宝よ?若い人が居ないと戦争が終わってから大変なんだから」

 

「わかってますよぉ…」

 

スカイグラスパーの整備を終えたマードックは工具箱を持って立ち上がると、ハンガーの一角で10歳ほどの子供達が輪になっている光景に目を向けた。

 

「おねーちゃん、これどう?」

 

「んー、もうちょっと磨かないとだめかなぁー」

 

「はぁーい」

 

フレイや手隙の作業員たちが、砂埃や煤で汚れた部品の洗浄や磨きを行なっていて、特にフレイの周りには子供達が集まって、それを手伝っていた。

 

「けど、いいんですか?子供に部品磨きとかさせて」

 

「働かざるもの食うべからずですよー。それに無償で助けるよりこういった対価を求めたほうが納得してもらえますし」

 

そんなもんですかね、というマードックに、そんなもんなのよ、とハリーも答える。そのほうがこれからの不安とかも紛れますからね、とハリーはハンガーのあちらこちらで物資の片付けや簡単な作業を手伝うタッシルの住人たちを眺めた。

 

無償で船に乗せるよりは、ある程度の対価を求めたほうが収まりがいいのだろう。今、ラリーやキラたちが砂漠の虎が牛耳る街へ出ているのも、サイーブからの対価とも言える。

 

なんでも、知り合いの商人からアークエンジェル用の物資を調達するのだとか。ついでに墜落したスピアヘッド一機分を持って帰ってきてくれれば言うことはないのだけど。

 

出発前に、満面の笑顔でラリーにそういうと、ハリー、フレイ、作業員、そしてミリアリアのビンタという類を見ないお説教コンボを食らったラリーが、驚くほど鮮やかに土下座を決めていたことを思い出して、ハリーは小さく笑った。

 

 

////

 

 

艦長室で、昨日のストライクの戦闘記録を見ていたマリューとムウは、深刻そうに息を吐いて事の重大さを噛み締めていた。

 

「でも…いつからそんな…」

 

「おそらく、大気圏の出来事からだろうな。それまで…そんな余裕なかっただろ?おかしくなってそうなったのか…そうなったからおかしくなったのかは知らんが、ともかくうまくないな、ボウズのあの状態は…」

 

類稀なる戦闘能力と、砂漠への対応能力、そして何よりも目を見張ったのが、敵パイロットへの容赦の無さだ。キラが打ち込んだ攻撃のほぼ全てが、ザフトのパイロットを即死させるものだった。ムウからの報告を受けたマリューは、普段見せない弱々しい顔をして頭を抱えた。

 

「キラくんはーーパイロットとしてあまりにも優秀なものだからつい、正規の訓練も何も受けてない子供だということを私は…」

 

「君だけの責任じゃないさ。俺も同じだ。いつでも信じられないほどの働きをしてきたからなぁ、必死だったんだろうに…」

 

ムウも、宇宙、そして地球でのキラの活躍を思い返しながら顔をしかめる。たしかに、自分たちはメビウスライダー隊として戦ってきたが、パワーレートとしては、ラリーとキラに頼っている側面も否めない。

 

「いつ攻撃があるか分からない。大切なものを守るって言って、リークの分も、艦長の分も背負って、そう思い詰めて、追い込んでいっちまったんだろうなぁ…自分を…」

 

そうならないように配慮しようとしたが、やれやれ、リークのように上手くは立ち回れないなとムウは自分の不器用さを噛み締めていた。

 

「解消法に、心当たりは?先輩でしょ?」

 

マリューの純粋な言葉に、ムウは咄嗟に浮かんだ邪な考えを誤魔化すようにぎこちなく笑った。

 

「え?…あ…ん~…あまり…参考にならないかも…」

 

それがどうやら、マリューの地雷を踏み抜いたらしい。弱々しかった彼女の表情はみるみる不機嫌になり、最後にはフンっとムウから視線を逸らした。

 

「のようですわねぇ。取り敢えず、今日の外出で少しは気分が変わるといいんですけど!」

 

私もデッキでの洗濯物干し、手伝ってきます!とマリューは怒った様子で立ち上がり艦長室を退室していく。ムウは困ったように頭を掻いて、天井を仰いだ。

 

「ハァ…いいよねぇ若者は…!」

 

 

////

 

 

街での買い出しを終えたカガリたちは、道端にあるテーブルについて休憩していた。ラリーやキラの周りには、アークエンジェルや難民たちで使う日用品や物資が紙袋てんこ盛りでいくつも並んでいる。

 

「これでだいたい揃ったが、このフレイって奴の注文は無茶だぞ。高精度トルクレンチと電動式ドライバーとか。ここにあるのはジャンク品ばかりだし、そんなもの探すならサイーブたちに連絡を取らないと」

 

フレイからのリストを見ながらカガリは困ったように顔をしかめた。書かれているものは殆どが工具や、消耗剤などの部品ばかりで、とてもじゃないが街に売っているものではなかった。

 

これを揃えようとすると、一度サイーブやキサカに合流しなければならない。

 

「ハリーの奴はリスト見た瞬間に全員から却下されてたな」

 

「ゴッドフリート用の冷却装置とビーム兵器用の発電機なんて普通に無いからな?バカなのか?そいつ」

 

「あながち間違ってない」

 

他にもビームサーベル用の出力操作ユニットや、ガトリング砲、果てには飛行用のホバーユニットまで、書くだけなら自由とは言ったが、ここまで己の欲に忠実に書くとはーーリストを見たキラが見たこともない真顔で、目をキラキラさせるハリーとリストを見比べて、最後にラリーを見た。

 

結局、メモは破られてハリーのスピアヘッド魔改造計画は頓挫することになったのだが、一体どんな兵器になるのか、逆に気になって作業員たちがソワソワしていたのは無視している。

 

「というかフレイもかなり毒されてますよね」

 

ハリーが異質すぎてアレだが、フレイの注文もかなり斜め上を行ってる。たぶん化粧品かなとサイに渡されて二人で見てから、しばらく無言になったほどだ。

 

「お待たせネー」

 

そんなキラたちの間に割って入って白いコックスーツを着た店員が、どっかりとテーブルに皿を置いた。

 

「何、これ?」

 

白い包み、そしてドンと置かれた赤と白のソースを見つめながら、キラが首をかしげる。

 

「ドネルケバブさ!あー、疲れたし腹も減った。ほら、お前も食えよ。このチリソースをかけてぇ…」

 

カガリは包みを開けると、満遍なくケバブに赤いチリソースをかけていく。するとーー。

 

「あーいや待ったぁ!ちょっと待ったぁ!」

 

となりの席に座っていた男性が突如として立ち上がり、チリソースをかけるカガリに待ったをかけたのだ。

 

「ケバブにチリソースなんて何を言ってるんだ!このヨーグルトソースを掛けるのが常識だろうがぁ」

 

陽気なシャツと帽子を着たサングラスの男性は、テーブルに置かれた白いヨーグルトソースを持って高々と宣言する。

 

「いや、常識というよりも…もっとこう…んー…そう!ヨーグルトソースをかけないなんて、この料理に対する冒涜だよ!」

 

「なんなんだお前は!見ず知らずの男に、私の食べ方にとやかく言われる筋合いはない!ハグッ…」

 

「あーなんという……」

 

チリソースたっぷりのケバブにかじりついたカガリを見て、男性は絶望したようにうつむき、胸で十字架を切った。

 

「っんまーーーーいーーー!ほぅらお前も!ケバブにはチリソースが当たり前だ!」

 

「んー、俺はヨーグルトソース派だな。辛いのは苦手だ」

 

戸惑うキラの横で、すでにヨーグルトソースをかけたケバブを口するラリーに、男性はぱぁっと笑みを浮かべてはバンバンと肩を叩く。

 

「お、君はよく分かってるじゃないか!」

 

「ふふーん、アンタでも苦手なものがあるんだな」

 

「なに勝ち誇った顔をしてるんだよ…」

 

だいたい、こいつのせいでハリーたちからお説教グルメレースを食らう羽目になったラリーは、不機嫌そうにケバブを食べすすめていく。

 

「じゃ、じゃあ僕はチリソースを」

 

白と赤を交互に見ていたキラは、おもむろにチリソースは手を伸ばすと、男性が掴もうとしていたチリソースをパッと奪い取った。

 

「だぁぁ待ちたまえ!邪道に堕ちる気か!?」

 

そういう男性の手にあるヨーグルトソースを、今度はカガリがひったくった。

 

「何をするんだ!引っ込んでろ!」

 

「君こそ何をする!ええい!この!」

 

揉み合う二人に、キラが助けを求めるようにラリーを見るが、彼は視線を合わさずに遠くを見ながらケバブを食べている。

 

だめだ、ハリーさんたちからの説教の後遺症がーーいや、ミリアリアとフレイのビンタが効いたのだろうか。そんな現実逃避をするキラのケバブには、赤と白のソースがドバドバと振りかけられていた。

 

 

 

////

 

 

 

「チッ!いい気なもんだぜ」

 

そんなカガリたちのやり取りを物陰から見ていた怪しげな男が、怒りを含んだ声で毒づく。

 

「あのテーブルに居る子供は?」

 

「その辺のガキだろ、どうせ虎とヘラヘラ話すような奴だ。殺しても何ら問題ない」

 

彼らの手には黒く光る銃が握られている。この時のために何日もかけて潜入したのだ。失敗は許されない。

 

「では行くぞ。開始の花火を頼む」

 

「ああ。魂となって宇宙へ還れ!コーディネイターめ!」

 

 

 

////

 

 

 

「いや~はっはっはっ。悪かったねぇ~」

 

「ええ…まぁ…ミックスもなかなか…」

 

2種のソースまみれになったケバブを食べるキラに、割り込んできた男性は快活な笑い声をあげながら先ほどの行為を謝罪してきた。

 

なんでもケバブとコーヒーのことになると黙っていられないらしい。割り込んできたのに彼の席にはいつのまにかコーヒーカップが置かれていた。

 

そんな彼の隣にいるカガリは絶賛不機嫌状態である。

 

「しかし凄い買い物だねぇ。パーティーでもやるの?」

 

「五月蠅いなぁ、余計なお世話だ!大体お前は何なんだ?勝手に座り込んであーだこーだと…」

 

男性とカガリが言い合いのような言葉を交わす最中、ラリーは街の異変に気がついていた。さっきまで現地住人で賑わっていたはずの街が、妙に静かだった。

 

あたりには住民らしき人がちらほらといるが、街を歩いているというよりは何かを観察しているようにも見える。

 

そして、何よりラリーはこの先に起こる出来事を知っている。知っているからどうこうできる訳ではないが、起こることに対する覚悟は持っていた。

 

「キラ」

 

言い合う男性に聞こえないように、ラリーはテーブルの下でハンドサインをキラへ見せた。ケバブを食べながらキラも、何度も覚えたそのハンドサインを見て小さく頷く。

 

「伏せろ!」

 

途端、カガリと機嫌よく話していた男性がカガリの首根っこを掴むと、勢いよくテーブルを上へ蹴りあげた。

 

銃声が響いたのは、それと同時であった。何発かの弾丸が男性が蹴り上げたテーブルを貫いたのだ。

 

「な…なんなんだ一体…うわぁ!」

 

首根っこを掴まれて倒されたカガリが立ち上がろうとするのを、ラリーがぐっと抑え込む。チュイーンと、すぐ後ろで金属製の看板に弾丸が跳弾する音が聞こえた。

 

「暴れるな!死にたいのか!」

 

ラリーの有無を言わせない言葉に、カガリは抵抗せずに地面へ伏せる。

 

「無事か君達!」

 

テーブルを蹴り上げた人物も無事だったようだ。まぁ当たり前だがとラリーは思いながら、テーブルの陰から撃たれた方向を見た。

 

「死ね!コーディネイター!宇宙の化け物め!」

 

「青き清浄なる世界の為に!」

 

それを見てからすぐに顔を引っ込めて後退する。隠れていたテーブルには弾を防ぐ能力は無く、離れてからすぐにテーブルは木片へと化した。

 

「ブルーコスモスか!」

 

「あぁ、これだからブルーコスモスは!これじゃテロリストと変わらん!キラ!緊急事態だ、俺とエレメントを組め!」

 

「はい!」

 

そういうと二人は隣にいる男性など気にせずに、民族衣装に忍ばせていた拳銃とマガジンを取り出して、動きやすいようにそれらを脱ぎ去った。

 

「あ、おい!お前!」

 

地面に伏せるカガリを放置して、ラリーはキラをすぐ後ろに付けてテーブルの間を通り敵の死角へと移動すると、間髪入れずにサブマシンガンを連射するブルーコスモスの足を撃ち抜いた。

 

「うわぁぁ!!」

 

痛みで叫び声を上げながら崩れ落ちた仲間に気を取られた他のテロリストへ、ラリーは小さな歩幅で移動しながら狙いを定めて肩や足を撃ち抜く。

 

「カバー!」

 

遮蔽物が多い場所から広場へ出た瞬間、キラがラリーの死角を補助するように銃を両手で持ちながら小さく小回りして辺りを確認する。

 

「クリア!」

 

「付いて来い!」

 

伏せていたカガリを立ち上がらせるラリーと、キラの声と同時に、街の四方からザフトの軍服を着た兵士が現れて、暴れるテロリストたちを射殺していく。

 

「構わん!全て排除しろ!」

 

ブルーコスモスの巻き添えを食らうのはごめんだと、ラリーたちはすぐに広場から離脱を試みる。

 

「二時の方向にボギー、3。一人は壁の影です!」

 

路地に入る前に前後でカガリを挟むラリーとキラは、音を立てずに壁際にすっと忍ぶ。するとラリーの目の前に、息を殺したブルーコスモスのテロリストが、壁側から広場の様子を見ようと身を覗かせてきた。

 

即座に、無防備に出た足の甲を打ち抜き、叫びを上げる前にテロリストの後頭部を銃把で殴りつけて沈黙させると、奥にいた他のメンバーの足と肩を撃ち抜く。

 

「走れ走れ!」

 

路地を駆け抜けるラリーたちは、少し進んだ先にある広場で立ち止まった。

 

「クリア」

 

「クリア!」

 

銃を構えたまましばらく周辺警戒をしてから、ラリーとキラが同時に言って、銃を下ろす。

 

「エリアクリア。…ふぅ、上出来だったぞ、キラ」

 

「お前!銃の使い方知っていたのか?」

 

キラは宇宙でのブルーコスモスとの一件のあと、第八艦隊に合流するまで多くの時間をクラックスで過ごしていた。

 

同時に、アークエンジェルよりも軍用艦であるクラックスでは、艦内白兵戦を想定した軍事演習などもあって、キラはラリーやリークとともに、軍人としての一通りの銃火器の訓練を受けていたのだ。地上に降りてからも、ラリーとは時間を見つけては訓練をしている。

 

「それにしてもーー」

 

カガリは後ろを振り返る。そこにはラリーたちに付いてきていた先ほどの男性が立っていた。すぐに男性の後ろからザフト兵が駆け寄ってくる。

 

「隊長!御無事で!」

 

「ああ!私は平気だ。彼のおかげでな」

 

すると、さっきまで人の気配がなかった路地からゾロゾロとザフト兵が現れる。不思議なことに全員が銃を構えていなかった。

 

そんな男性を眺めながら、カガリが震える声で言った。

 

「アンドリュー・バルトフェルド…砂漠の…虎…」

 

「どうやら、俺たちが何者か知った上で話しかけてきたな?この狸親父め」

 

「狸親父とは酷いな、せめて虎親父と呼んでくれないか?ラリー・レイレナード」

 

ラリーの名を呼んだ瞬間に、彼はウゲェと心底嫌そうな顔をしてから手に持っていた銃をあっさりと捨てた。キラも同じように銃を捨てる。

 

「いやぁ~しかし助かったよ。ありがとう」

 

「これが礼を言う奴の態度とは思えんがな」

 

両手を上に上げながら悪態を吐くラリーたちの上空には、迎えに現れたヘリが降りて来ようとしていた。

 

 

 



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第71話 戦争問答

 

 

「さ、どうぞ~」

 

ヘリから降りたらそこは豪邸でした。

 

なんて冗談を言う暇もなく、ラリー達はザフトの警備兵に退路を塞がれたまま、バルトフェルドの案内の元、彼が住まう豪邸へ足を踏み入れることになった。

 

正直に言おう、嫌な予感しかしない。ラリーは平静を装いながら頭を抱えたい気持ちを必死に抑えていた。

 

史実でも、この邂逅はロクなことに発展しないと言うのに、今回は自分という不確定要素がある。間違いなく、何か面倒なことになるのは間違いない。

 

個人的にはここに来ることは避けて、穏便に済ませたかったが、所詮は自分一人でしかなく、歴史の歩みという強大な力の前には無力だ。

 

そして何より、ラリーがここに入りたくない理由としては、バルトフェルドが自分の名前を知っていたことだ。機密管理が徹底されている中で、自分のフルネームを知るとなると、頭の中で仮面の男がチラつく。

 

部屋に入ったらソファにクルーゼが座っていた。なんてことになったら卒倒する自信があった。

 

「ほら、何を遠慮する?お茶を台無しにした上に助けてもらって、彼女なんかチリとヨーグルトのソースで服グチャグチャじゃないの。それをそのまま帰すわけにはいかないでしょう。ね?僕としては」

 

善意と良心の塊のような笑顔を向けるバルトフェルドに、3人は不審な表情をしながらも、結局退路もない為、彼が入っていく豪邸へ足を踏み出したのだった。

 

 

////

 

 

「こっちだ」

 

豪邸の中はとにかく広く、玄関から邸宅をぐるりと回る通路を歩いていると、いくつもある扉の一つから、お洒落な服に身を包んだ女性が出てきた。

 

「あら、この子ですの?アンディ」

 

ひょこっとバルトフェルドの横に立って、覗くようにカガリやキラを見る女性。

 

「アイシャ。彼女をどうにかしてやってくれ。チリソースとヨーグルトソースとお茶を被っちまったんだ」

 

「あらあら~、ケバブねー。さ、いらっしゃい?大丈夫よ、すぐ済むわ。アンディと一緒に待ってて」

 

カガリの返事を聞かずに、アイシャと呼ばれた女性は彼女の手を掴んで現れた部屋の中へと消えていく。扉越しにカガリの不機嫌な声が響くのを呆然と聞いていると、

 

「おーい!君たちはこっちだ」

 

さっさと先に行ったバルトフェルドが、通路の向こう側から手を振っていた。

 

「コーヒーには、いささか自信があってねぇ。まぁ掛けたまえよ。くつろいでくれ」

 

執務室のような部屋に通された二人は、さっそくコーヒーメーカーにかじりついたバルトフェルドの背中を見ながら、豪勢なソファへ腰を下ろした。部屋を見渡してみると至る所に監視カメラが付いていて、更に部屋の外には武装した警備兵が控えている。

 

指示に従ったほうが賢明だな、とラリーは戸惑うキラにアイコンタクトしながら、バルトフェルドへ言葉を投げた。

 

「どういうつもりだ?砂漠の虎…アンドリュー・バルトフェルド」

 

そう告げると、バルトフェルドは出来上がったコーヒーを手に顔を上げて、それをキラとラリーへ渡し、反対側の壁に掛けられている大きな額縁の前へ歩いた。

 

「エヴィデンス・ゼロワン」

 

壁に掛けられていたのは、クジラに翼が生えたような生物の化石。ジョージ・グレンが木星探査中に発見した、明らかに地球のものでは無い生物の化石だ。

 

「宇宙で流星と呼ばれた君らは、実物を見たことは?」

 

そんな問いかけに、キラもラリーも首を横に振った。なにせ実物があるのはプラントだ。流石のラリーもそこに足を踏み入れたことはない。

 

「何でこれを鯨石と言うのかねぇ。これ、鯨に見える?これどう見ても羽根じゃない?普通鯨には羽根はないだろう」

 

「でも、それは外宇宙から来た、地球外生物の存在証拠ってことですから…」

 

「私が言いたいのは、何でこれが鯨なんだってことだよ」

 

「じゃぁ、何なら満足するんだ?」

 

バルトフェルドとキラのなんの脈略もない会話にラリーも加わると、バルトフェルドはうーんと考えるようにあご先に指を添えた。

 

「ん~~…、そう言われても困るが…、ところで、どうだ?コーヒーの方は」

 

「苦い」

 

ズズッと飲んだラリーの回答はその一言だけだ。続くようにキラも口をつけるが、何とも言えない表情を浮かべる。

 

「おっと、配合を間違えたかな?それともここいらの豆は体に合わなかったのかな?」

 

まぁ私は嫌いではないのだがねと、バルトフェルドは自分の分のコーヒーに舌鼓を打つと、再び壁に掛けられたエヴィデンスゼロワンを眺める。

 

「ま、楽しくも厄介な存在だよねぇ、これも。こんなもの見つけちゃったから、希望って言うか、可能性が出てきちゃった訳だし」

 

それにはラリーも同感だった。これが発見されてから世界は劇的に動き出したとも言える。コーディネーターが容認されて、ナチュラルとコーディネーターの確執が生まれ出したのも、これが発見されてからだ。

 

「人はまだもっと先まで行ける、ってさ。この戦争の一番の根っ子だ。コーディネーターの根源。人が神の領域へ足を踏み込んだ証拠…とでも言うべきか」

 

コーヒーに口をつけながら、バルトフェルドの表情には街で見せたような陽気さは無く、どこか暗い影があった。

 

「私は思うよ、こんなもの見つからなければ良かった、とね」

 

「アンディー」

 

少しの沈黙が降りた時、部屋の扉が開けられると、先ほどのアイシャが部屋へ入ってくる。すると、扉の陰からカガリが少しだけ顔をのぞかせた。どうやら入室するのを躊躇っているようだ。

 

「あーほら。もう」

 

そうやってアイシャに手を引かれてカガリが入室すると、彼女は街でいた時とは打って変わって、女性らしさを強調するようなドレスを身にまとっていた。顔は不機嫌そうであったが。

 

「ああーー」

 

キラが言葉を探している隣で、ラリーがまじまじとカガリを見て一言。

 

「馬子にも衣装ってやつだな」

 

「くっ…なんだとぉ!?」

 

「ラリーさん!そこは女の子らしくなったとか他の言い方が…」

 

「お前ら同じだろうがぁ!それじゃぁ!」

 

殴りかかろうとすればドレスの裾がひっかかりそうになるし、一応、借り物でもあるので普段のような粗暴な行動ができないカガリは悔しそうに地団駄を踏む。

 

そのやり取りを眺めていたバルトフェルドとアイシャは、可笑しそうに笑うだけだった。

 

 

 

////

 

 

 

「なんですって!?カガリさん達が戻らない?」

 

通信を受けたマリューは座席から立ち上がりながら、驚愕の表情を浮かべていた。

 

《ああ…時間を過ぎても現れない。サイーブ達はそちらに戻ったか?》

 

街で指定していた合流場所に現れないカガリたちに、キサカはすぐにアークエンジェルへ連絡を取っていた。もしかすると先にサイーブたちと合流して…と、想像してみるが、

 

「いえ、まだよ」

 

マリューの言葉で、彼女たちの安否は分からないままとなる。気性が荒い彼女のことだ。下手な真似はしないと思いたいがーーふと脇を見ると、無造作に捨てられたブルーコスモスのテロリストたちの遺体があった。もしかすると、彼女たちもあの中に…そんな考えを他所へ追いやり、キサカはとにかく手がかりを見つけようと思考を切り替える。

 

「Nジャマーのせいで電波状態が悪い。彼らと連絡が付いたら何人か戻るように言ってくれ。市街でブルーコスモスのテロがあったのだ。だが、何をするのにも手が足りん」

 

そういうキサカに、マリューもわかりましたと答えて通信を終える。ここにきて、キラやラリーを失うのは手痛いどころの話ではない。

 

彼女もすぐに行動を起こした。

 

「バジルール中尉を呼び出して!」

 

 

 

////

 

 

 

 

「ドレスもよく似合うねぇ。と言うか、そういう姿も実に板に付いてる感じだ」

 

落ち着いたカガリはキラとラリーに挟まれるように、バルトフェルドとアイシャが腰掛けるソファの対面に座っていた。

 

キザな笑みを浮かべる砂漠の虎に、カガリは明らかな敵意を持った眼差しで答えた。

 

「勝手に言ってろ!」

 

「うん、しゃべらなきゃ完璧」

 

「そう言うお前こそ、ほんとに砂漠の虎か?何で人にこんなドレスを着せたりする?これも毎度のお遊びの一つか!」

 

カガリの言葉をバルトフェルドは聞き流しコーヒーカップに手をつけながら首をかしげる。

 

「ドレスを選んだのはアイシャだし、毎度のお遊びとは?」

 

「変装してヘラヘラ街で遊んでみたり、住民は逃がして街だけ焼いてみたり。ってことさ」

 

そこで、バルトフェルドの手が止まった。さっきとは違い、真剣な眼差しでカガリを見つめる。というより、品定めし、観察する目のように思えた。

 

「いい目だねぇ。真っ直ぐで、実にいい目だ。君も死んだ方がマシなクチかね?」

 

「くっ!ふざけるな!」

 

そのまま立ち上がろうとするカガリを、隣にいたラリーが無言で抑えた。肩に置かれた手にラリーを睨もうとするカガリだったが、有無を言わせずに「静かにしろ」と命じるラリーの視線に、すごすごと腰を下ろした。

 

「街の住人に恩情をかけてくれたことは感謝したい。まぁ村は生活源を失い、住民は難民キャンプに移り住むことになったけどな」

 

皮肉めいたラリーの言い草に、バルトフェルドは肩をすくめた。

 

「命あっての物種、ってやつさ。君はどう思ってるんだ?」

 

どう?とは?ラリーはバルトフェルドの言葉の真意を図っていた。彼のみが持つ知識だけではなく、言動や視線、五感で感じる全てで、バルトフェルドが次に繋ぐ言葉を聞く。

 

「どうなったらこの戦争は終わると思う?そして君も。モビルスーツのパイロットとして」

 

その言葉に、今度こそカガリが立ち上がり驚愕の声を出した。

 

「お前どうしてそれを!」

 

「はっはっはっは。あまり真っ直ぐすぎるのも問題だぞ。まぁ迷ったがね。流星のパイロットか、それとも共にいる少年かでな」

 

カマをかけられたな、とラリーはカガリをわずかに睨んだ。感情豊かなのは大事だが、場をわきまえなければそれは子供と変わらない。座れと静かに言われたカガリは再び腰を下ろす。

 

うまく手のひらで転がされてるなと、ラリーは深いため息をついた。

 

「一応聞くが、なぜ俺の名を知っている?」

 

「教えてもらったのだよ、クルーゼ隊長にな」

 

それに、彼と君の戦闘データもザフトには出回ってるからなと付け加えられて、ラリーは何にも言えずにただ天井を仰ぎ見た。

 

クルーゼが関わってるとは思っていたが、まさか戦闘データまで出回ってるとは…彼の狂気を甘く見ていた自分のせいだろうが、それでもウゲェという最悪な気分には変わりはない。

 

「奴は生きてるのか?」

 

「さぁねぇ。地球に降りたとは聞いたが…そこから先は音沙汰無しだ」

 

どこで何をやってるのやら、とバルトフェルドも肩をすくめる。それを見る限り、今のクルーゼは水面下で事を進めようとしているのだろうか?しかし、あの変わりようを見た以上、原作通りに裏工作をしているとは考えづらい。

 

まったく厄介な相手だ。

 

「で、話を戻すとしようか。戦争には制限時間も得点もない。スポーツの試合のようなねぇ。ならどうやって勝ち負けを決める?どこで終わりにすればいい?」

 

すると、バルトフェルドは懐に閉まっていた拳銃を抜き、3人へ銃口を向けた。

 

「敵である者を、全て滅ぼして!…かね?」

 

ふと、キラの腰がわずかに沈む。それを見たラリーが鋭い声でキラを制した。

 

「キラ、やめておけ」

 

やろうとしたことはわかる。武器がなければ徒手と教えたのは他ならぬラリーだ。当てる気のない銃の向け方をされ、しかもこんな無防備な相手なら、懐に飛び込んでしまえばこちらに分があると思うだろう。

 

しかし、ここは腐っても砂漠の虎の城。つまりザフトの手中だ。こちらが道端に転がるゴミのように殺されても文句は言えない。

 

「ほう、賢明だな。ラリー」

 

「気安く俺の名を呼ぶな」

 

「つれないなぁ。まぁ、ここに居るのはみんな同じ、コーディネイターなんだからねぇ」

 

バルトフェルドの発した言葉に、カガリが驚愕の表情を浮かべてキラとラリーを交互に見た。

 

「お…お前ら」

 

「俺はナチュラルだぞ」

 

ラリーの抗議を無視して、バルトフェルドは机の上に置いてある資料を手に取った。

 

「君らの戦闘を二回見た。戦闘機での空戦機動、そしてバクゥへの体当たり。砂漠の接地圧、熱対流のパラメーター。君らは同胞の中でも、かなり優秀な方らしいな」

 

「だから俺はナチュラルだって」

 

「あのパイロット達がナチュラルだと言われて素直に信じるほど、私は呑気ではない。そして君らの立ち回りだ」

 

「話を聞けよオッサン」

 

「え、マジか?」

 

原作では聞いたことがない間抜けな声で、バルトフェルドはラリーを二度見した。深くため息をついて、ラリーは両手を広げる。

 

「なんなら検査でもするか?」

 

そう言うラリーを見て、バルトフェルドは怪訝な表情をしながらザフト軍から集めた流星に関する資料に改めて目を走らせる。

 

ひとつ、クルーゼ隊長自らチューンしたシグーとサシでやり合って引き分けている。ひとつ、ビームサーベルをマウントしたモビルアーマーでジンを3機撃破、過去のデータをまとめたら30機以上のモビルスーツが撃破されている。ひとつ、はじめての空戦飛行でポストストールマニューバーを行い、先日はバクゥへ戦闘機で体当たりを敢行し、生き残っている。

 

はっきり言おう。

 

「クルーゼ隊長が頑なに否定していたのは確かだが…君のようなナチュラルが本当に存在するのか」

 

心底、本心からの言葉に、ラリーは膝をついた。おっと失言だったかとバルトフェルドは思わず手で口を押さえた。

 

「あーラリーさん。元気出してください」

 

そんな彼の功績を目の当たりにしてきたキラも、なんとも言えない表情でうなだれるラリーを慰めようとするが、ナチュラルですよ、と自信を持ってバルトフェルドに反論することはできなかった。

 

「まぁ、うん。そこはいい。じゃあアンタはどう考えてるんだ?バルトフェルド」

 

気を取り直して立ち上がったラリーの言葉に、バルトフェルドはふむと考えるように銃のグリップで頭を掻いた。完全に毒気を抜かれている。そんな様子を見て、カガリは開いた口が塞がらない様子だった。

 

「さてなぁ。どちらかが滅びなくてはならんのかねぇ」

 

「そうしないために、俺たちに問答を投げかけてきたんじゃないのか?」

 

ラリーの台詞にバルトフェルドは何も言わなかったが、まるで意表を突かれたような表情をしていた。ラリーは呆れたようにため息を吐くと、腰に手を当てて言い放つ。

 

「少なくとも、俺はそのつもりで戦っている。戦争を終わらせるために」

 

「ほう?ではどうやって?」

 

「それを具体的に教えるとでも?敵であるアンタに」

 

そう切り返すと、バルトフェルドの目にも真剣味が増していく。銃を懐にしまって、バルトフェルドはラリーと向き合った。

 

「戦争を終わらせたいと思う同志なら、どうかね?」

 

その言葉が何を意味するか、キラやカガリには分からなかったが、ラリーには十分すぎる言葉だった。しばらくの無言の後に、ラリーはもう少し欲を出した言葉を紡ぐ。

 

「少なくとも、俺たちはアフリカの地から出なければならない。見逃してくれると言うなら話してやる」

 

「それはできない相談だな。私にも軍人としての矜持はあるつもりだ」

 

バルトフェルドは決してストライクやアークエンジェルを落とすとは言わなかった。それが何よりの答えだ。

 

行く手は遮るが、切り抜けるか出し抜くかは好きにしろという言葉が、どこかから聞こえてくるようだった。

 

「ま、今日の君は命の恩人だし、ここは戦場ではない。帰りたまえ。話せて楽しかったよ、奇妙な少年と流星。よかったかどうかは分からんがねぇ。また戦場でな」

 

すると、背後で閉じていた扉が、ザフト警備兵によって開かれる。アイシャが出口まで送るわと先導して扉へ歩いていく。

 

「キラ達は先に出ていてくれ」

 

しかし、ラリーは部屋から出なかった。そんな彼を不思議さと不安さを交えた目で見つめるキラに、ラリーは大丈夫だと微笑む。

 

アイシャたちが出て行ったのを確認すると、ラリーはポケットにしまっていたあるものを取り出してバルトフェルドへ投げ渡した。

 

「これは?」

 

聞くまでもなく、それは通信端末だった。それも軍のものではなく、街の電化製品店で買えるようなプリペイド式の通信端末。金を払い、一般回線で話すので、軍関係者からの横槍も気にしなくて済む代物だ。

 

「後になって必要になる。わかってるだろ?戦争を終わらせるために必要なことだ」

 

物怖じすることなく言ってのけたラリーに、バルトフェルドの視線は鋭くなっていくが、それでもラリーは言葉を続けた。

 

「アンタが俺たちをここに招いたということは、そういうことだろ?少なくとも、ここに居る連中は〝あっち側〟のようだしな」

 

「君はーーどこまで知っている?」

 

確信が真実に変わった瞬間だった。

 

部屋に監視カメラがありながらも、招いた客が流星とストライクのパイロットと知ってなお帰した事実。それに疑問を持たない方がおかしい。ザフトの主戦派なら、間違いなく自分たちは殺されているだろう。

 

つまり、バルトフェルドたちはこの段階から未来で起こる「三隻同盟」の一員ということだ。

 

ラリーは悪いことを考えるような笑みを浮かべてバルトフェルドの静かな問いに答える。

 

「さてな。けど、ラクス・クラインの友達、とだけ答えておくとするさ。また会おう。砂漠の虎」

 

そう言って部屋を後にするラリーに、バルトフェルドは困ったように額に手を添える。

 

「まったく、厄介なものだな。流星というのは」

 

 

 

 

 



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第72話 戦闘休題

 

 

 

「気をつけろよ?この辺りは、廃坑の空洞だらけだ」

 

アークエンジェルのモニターに表示された地図の赤い光点で場所を示すサイーブの言葉を、マリューやムウ、ナタルは静かに聞いていた。

 

サイーブ含めたレジスタンス協力のもと、補給を終えたアークエンジェルは次なる目的地を目指すことになった。まずはアフリカからの脱出。そして紅海を抜けて、アラスカへ向かう旅路が待ち受けている。

 

最初の目的地は、タルパディア工場区跡地。

 

立ちふさがるであろう砂漠の虎を相手にするには絶好の場所だ。それに、レジスタンスにとってもそこは重要な拠点でもある。

 

「こっちには俺達が仕掛けた地雷原がある。戦場にしようってんならこの辺だろう。向こうもそう考えてくるだろうし。せっかく仕掛けた地雷を使わねぇって手はねぇ」

 

地走するバクゥやレセップスに対して、地雷というのは割と効果的だ。うまくハマってくれれば撃破することも可能な炸裂爆薬を多く埋めてある場所なので、迎え撃つにしても理想的な立地だ。

 

「アンタたちは、この先の難民キャンプで下ろす手筈になってるが…サイーブ、アンタは本当にそれでいいのか?俺達はともかく、あんたらの装備じゃ、被害はかなり出るぞ」

 

タルパディア工場区跡地の手前には、連合軍が支援する中規模の難民キャンプがある。そこにいけば、物資と引き換えにタッシルの住人を受け入れてもらう手筈にはなっているが、サイーブたちはあくまで砂漠の虎と戦う覚悟を持っていた。

 

「始めたからには、それにケジメをつける責任が俺にはある。本当なら、虎に従い、奴の下で、奴等のために働けば、確かに俺達にも平穏な暮らしは約束されるんだろうよ。バナディーヤのように」

 

サイーブが目を細めながら言う。たしかに、権力のある者にひれ伏せば、安全と豊かな暮らしを得られることだろう。しかし、そこに自由は無い。抑圧されて軍の思惑に踊らされ、戦火が広がれば焼かれるのは一時の平穏にあやかっていた住人たちだ。

 

「女達からはそうしようって声も聞こえる。だが、支配者はきまぐれだ。何百年、俺達の一族がそれに泣いてきたと思う?」

 

奴隷、植民地、解放からの民族紛争、それに見せかけた国家間の代理戦争、そして資源の争い。

 

アフリカという地は、戦争の遊技盤として扱われてきた。その地に住む全ての人々の命や人生を犠牲にして、海の向こう側、大陸の向こう側にいる者共の良いように扱われてきた。

 

そんなのはもうゴメンだと言う事に、なんの罪があるのか。ただ間違っていることを間違っていると言うだけで、どれだけの同胞が死んでいったのか。サイーブの手には無意識に力がこもっていた。

 

「支配はされない、そしてしない。俺達が望むのはただ自由に、誰かの力に怯えずに暮らす生き方それだけだ」

 

それに、虎に押さえられた鉱区を取り戻せば、こんな生活も少しはマシになるだろう、とサイーブは小さく笑う。

 

難民キャンプとはいえ、いつかはタッシルに帰りたいと願う住人もいるだろう。そんな彼らの資金源として鉱区が解放できれば、自分たちのやってきた事にも少しは意味が出てくるだろう。

 

「俺たちはアンタらがこの地を抜けるタイミングで最後の攻勢に出る。難民キャンプまでの移送とか、今まで世話になったな」

 

ぎこちなく握手を求めるサイーブの覚悟が決まった目を見て、ムウは小さく息を吐いた。そんな目をされるのは堪える、と心の中で毒づく。宇宙で見たその目をした奴らはみんな死んでいったのだから。

 

ムウもサイーブの手を握り返して、肩を叩いた。

 

「こちらこそだよ。なぁ艦長?」

 

ムウのアイコンタクトを受けて、渋っていたマリューも悲しげな目でサイーブを見つめて、頭を下げた。

 

「分かりました。では、レセップス突破作戦へのご協力、喜んでお受け致します」

 

 

 

////

 

 

そのころ、アークエンジェルの格納庫では壁際に設置された戦闘機のトレーニングマシンの前で何人かの人だかりができていた。

 

「おっと!」

 

仮想空間の戦闘機を飛ばすのはカガリだ。彼女の操るスピアヘッドは空中に弧を描きながらシミュレーターの空に飛行機雲を描く。

 

「何やってんの?」

 

「あ、トール。今日のトレーニング終わったの?」

 

マシンの前に居たミリアリアとカズイに声をかけたトールの姿は、いつもの地球軍の制服ではなくトレーニングウェアだった。

 

ラリーとの相乗りの後、今後のマッピングのために複座に乗る機会が増えるだろうとのことで、トールはラリー監修のアイザック編集により考案されたパイロット用のトレーニングをこなすようになっていた。

 

「今夜の当直はケーニヒだぞ?」

 

もちろん、ノイマンの操舵補佐をしながら。その激務にトールは思わず顔をしかめながらため息をついた。

 

「筋トレにランニングに…体力作りって大変なんだなぁ」

 

「なんだ?楽しそうなことをしてるじゃないか」

 

ぼやいたトールの後ろから今度はアイクがトレーニングマシンへ歩み寄ってくる。いつもの鬼教官の影響か、気だるげにしていたトールの姿勢が自然と伸びて、ピシリと敬礼を行う。

 

「ボルドマン大尉!」

 

気を使いすぎだと敬礼するトールを小突くと、アイクもカガリの空戦を眺める。

 

「確かにやるな。カガリ・ユラか?実戦経験あるのか?空中戦」

 

「何度かはな、よっと」

 

そう言ってカガリの機体は宙返りを打って、敵からのミサイル群を鮮やかに躱していく。思わず、それを見ていたアイクを除く全員から「おおぉ~」と感心する声が上がる。

 

「二発喰らっちゃったかな」

 

シミュレーターを終了して肩を回しながら降りるカガリは、どこか不機嫌そうにそう呟く。

 

「でもすごいじゃん、俺なんか戦場に入った途端落とされたもん」

 

「あたしも」

 

「なになに?もうみんなやったの?」

 

まるで学生のようにはしゃぐミリアリアたちを見て、カガリは呆れたように息をついた。

 

「戦える力があって困ることは無いからな。んなこっちゃ死ぬよ?」

 

〝向こうはゲームでも、勇敢な勝敗を決める戦いをしてるわけじゃない。戦争をしてるんだ。わかるか?戦争をだ〟

 

〝お前たちは、砂漠の虎と戦う相手として、同じ土俵にも上がれていないんだよ!戦争はヒーローごっこなんかじゃない!〟

 

カガリの頭の中で、ラリーに怒鳴られた声が反復する。サイーブがレジスタンス活動を諦めたのも、アフメドが大怪我をしたのも、きっと戦えば良い方向に向かっていくと盲信した自分にも責任がある。

 

戦う力がなければ、死ぬ。戦場で見た現実は、単純な原則だった。

 

「ーー戦争してんだろ?」

 

そう言って、カガリはミリアリアたちの元を後にした。ほんのわずかに空気が悪くなった中で、ノイマンが両手を後頭部に回して上を向いて呟いた。

 

「確かに」

 

「ふん!なによ、威張れるようなことじゃないわよぉ」

 

「軍人なのに銃を撃ったことないってのも、威張れることじゃぁないぞ?」

 

「俺やってもいい?ねぇやらせて」

 

お願いします!と両手を合わせるトールに、ノイマンは頬杖をついて答えた。

 

「あのなぁ、ゲーム機じゃないんだぞ?」

 

「は!分かっております!訓練と思い、真剣にやらせていただきます!」

 

「そんならよーし!撃墜されたら飯抜き!」

 

「えーーー」

 

「じゃあ被弾したらトレーニングメニュー追加も乗せようか」

 

「ウゲェ。勘弁してくださいぃ」

 

ノイマンとトールのやり取りに悪ノリしだしたアイクの言葉に、悪くなっていた空気は吹き飛び、みんなで笑い声を上げた。

 

「教えた通りにやれば大丈夫だ。彼女の前だろ?いい格好を見せてみろ」

 

「大丈夫だって、がんばれ!」

 

よーし!と操縦桿を握って意気込むトール。アイクは、彼に意識させずに地球での空戦に必要な筋肉や技術を教えていた。マッピングで複座に乗るくらいなら必要は無いが、ラリーが言った「こいつにはセンスがある」という言葉を信じてみたくなったのだ。

 

かの流星が認めた訓練生。しごくには申し分ない。

 

アイクは教え子の空戦を見ながら、ハンガーの隅で腰を下ろしたカガリを見た。彼女の瞳に揺らめくものも、どこか危険なものだとアイクは直感していたのだった。

 

 

 

////

 

 

 

「なんでザウートなんて寄こすかねぇ、ジブラルタルの連中は。バクゥは品切れか?」

 

レセップスの司令室で、バルトフェルドは搬入された補給物資のリストに目を走らせながら顔をしかめる。

 

ストライクにバクゥを撃破されたのは痛いが、その代わりが足の遅いザウートとなると敵を仕留め切れるか怪しいものだ。

 

「これ以上は回せないと言うことで…。その埋め合わせのつもりですかねぇ。あの二人は…」

 

部下のダコスタが見るリストには、デュエルとバスターの欄がある。アークエンジェルを追って地球に降りたクルーゼ隊だろうが、彼らが増援にきたところでーーというのがバルトフェルドの感想だった。

 

「かえって邪魔なだけのような気がするけどなぁ、宇宙戦の経験しかないんじゃぁ」

 

「エリート部隊ですからねぇ」

 

「大体クルーゼ隊ってのが気に入らん。僕はあいつが嫌いでね」

 

建前で敬意は払ってはいるが、あの底の見えないマスクや言動に、バルトフェルドは名状しがたい不信感を感じていた。

 

 

////

 

 

「うわっ!」

 

「なんだよこりゃ…酷えとこだなぁ」

 

輸送機から降りてきたイザークとディアッカを出迎えたのは、地球の環境だった、ノーマルスーツで地に足を踏み出せば、砂漠に足を取られてすぐに体勢を崩してしまう。

 

そんな二人のおぼつかない足取りを見て、バルトフェルドは可笑しそうに笑った。

 

「砂漠はその身で知ってこそってねぇ。ようこそレセップスへ。指揮官のアンドリュー・バルトフェルドだ」

 

「クルーゼ隊、イザーク・ジュールです」

 

「同じく、ディアッカ・エルスマンです」

 

「宇宙から大変だったなぁ。歓迎するよ」

 

「ありがとうございます」

 

形だけの挨拶を済ませて、バルトフェルドはさっそく気になる事を尋ねてみた。

 

「で?肝心の隊長どのは?」

 

共に来ると聞いていたが、輸送機からはあの気にくわないマスクをした男は降りてこなかった。大気圏の熱に晒されたとは聞いたが、まさかそれで重傷を?と、考えているとイザークの隣にいたディアッカが答えた。

 

「機体の調整が済んでないので、後日にこちらにくると…」

 

「機体?ディンか、ジンか?」

 

「いえ、それが…」

 

そう口ごもるディアッカがバルトフェルドへデータシートを渡す。それを見て、バルトフェルドも感慨深いような声を出した。

 

「ほう、なるほどねぇ。考えたもんだ」

 

「そんなことより、足つきの動きは?」

 

データシートを見つめるバルトフェルドへ、イザークが眉間に皺を寄せて詰め寄るように言う。せっかちだなぁとバルトフェルドも受け流して、地図を広げてアークエンジェルがいる場所に指をさした。

 

「ここから南東へ180kmの地点、レジスタンスの基地にいるよ。無人偵察機を飛ばしてある。映像を見るかね?」

 

それから、バルトフェルドはレセップスの艦内やアークエンジェルの映像を見せて回っていると、搬入されてくるデュエルとバスターの姿が目に入った。

 

「なるほど、同系統の機体だな。あいつとよく似ている」

 

「バルトフェルド隊長は、既に連合のモビルスーツと交戦されたと聞きましたが」

 

そういうディアッカの言葉に、バルトフェルドの顔はやや曇った。

 

「ああそうだな。僕もクルーゼ隊を笑えんよ」

 

あの鬼神のようなストライク。

 

そして流星相手には、ね。

 

 

 

 



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第73話 迎え撃つ刃

誤字指摘、修正ありがとうございます!

最近疲れが溜まりすぎて誤字脱字とコピペミスが多すぎて本当に申し訳ないです…更新は頑張りますので、皆さん生暖かい目で見守っていてくだせぇ…おこさないでやってくれ、死ぬほど疲れてるんだ…


避難民キャンプのはずれに降り立ったアークエンジェルから、非戦闘員や、タッシルの住人、そして怪我人やレジスタンスから脱退した者を乗せたいくつものジープがキャンプに向かって走っていく。

 

カガリはすっかり広くなったハンガーを眺めながら考えにふけっていた。彼女は、こちらに残ることを選択した。もともとは、キサカが紅海を抜けるまでの道案内を務めることになったので、必然的にカガリもアークエンジェルに残る事にはなっていたが、自分だけキャンプに向かうという選択肢もあった。

 

キャンプにさえ行けば、あとは定期便でオーブに戻ることもできたし、そこで見つけられるものも多くあるとキサカには言われていたが、レジスタンスを煽った自分がキャンプに行くことは間違っているとも思えたし、何よりその事で迷惑をかけたアークエンジェルや、サイーブたちにも責任を取らなければならないと思った。

 

砂漠の虎への最後の攻勢。アークエンジェルが無事に逃げられるかの分水嶺だ。その結末を見ることが、自分がオーブから飛び出した意味にも繋がる。

 

「それは?」

 

隣にいたキサカが、カガリが握りしめている鉱石を眺めて聞いてきた。

 

「アフメドが、いずれ加工して私にくれようとしていた物だ」

 

「マラカイトの原石か。大きいな」

 

彼はジープから投げ出された際に、体を強く打って療養の身となっている。車椅子姿のアフメドから鉱石を渡されたとき、カガリの胸の中には言い難い複雑な感情が渦巻いていた。

 

 

〝君も死んだ方がマシなクチかね?〟

 

〝いい目だねぇ。真っ直ぐで、実にいい目だ〟

 

〝戦争を止めるために俺たちは戦ってる〟

 

〝わかるか?戦争をしてるんだよ。戦争はヒーローごっこなんじゃあない!〟

 

 

この地で出会って、聞いた言葉がカガリの中に蘇る。

 

もっと戦争というものは単純なものだと思っていた。虐げるものと苦しむもの。強者と弱者の戦い。理不尽を強いるものと、理不尽に苦しむもの。そんな正と邪で成り立つものが戦争だと思っていた。

 

けど、現実は違った。

明確な悪は戦争には無い。

ルールも無い。

 

どちらかが滅ぶまで戦い続ける戦争が目の前に広がっていて、自分の力などそんな大きな渦の前では全くの無力だ。

 

アフメドからもらった鉱石を握りしめて、拳を額に当てながらカガリは思考の渦の中で喘ぐ。

 

「今の私には、一体何ができるのだ…くそっ」

 

 

////

 

 

 

「えー、動き出しちゃったって?」

 

「は!北北西へ向かい進行中です」

 

難民キャンプで止まっていたアークエンジェルが、ついに動き出した。その一報を受けて、バルトフェルドは顔をしかめる。

 

「タルパディア工場区跡地に向かってるかぁ。ま、ここを突破しようと思えば、私が向こうの指揮官でもそう動くだろうからなぁ」

 

遮蔽物が多い場所だ。上手くやればこちらを出し抜くこともできるし、戦闘での数的不利をモビルスーツの機動力で覆す可能性もある場所だろう。

 

ラリーの言った言葉も気になるところだがな。バルトフェルドは机にしまってある通信端末のことを思い出しながら頬をかいて立ち上がった。

 

「ん~、もうちょっと待って欲しかったが、仕方ない」

 

「出撃ですか?」

 

「あぁ。レセップス!発進する!ピートリーとヘンリーカーターに打電しろ!」

 

 

////

 

 

アークエンジェルの食堂で、キラはぼんやりと自分のトレーに乗った食事を眺めていた。

 

戦争には制限時間も得点もない。スポーツの試合のようなねぇ。ならどうやって勝ち負けを決める?どこで終わりにすればいい?

 

敵である者を、全て滅ぼして!…かね?

 

思い出すのはバルトフェルドの言葉だ。キラは大切な人を守るために軍人の道を選んだが、この果てない戦争の終わりが何なのかは深く考えたことがなかった。

 

ラリーやリークのように、戦争を終わらせるために戦っているという気持ちはあるが、具体的にどうすれば戦争は終わるのかーー、考えても答えは出ない

 

「なんだ遅いなぁ。早く食えよ。ほら、これも」

 

考えに耽っていると、正面にムウが座り、呆けてるキラのトレーに追加で白い紙に包まれたケバブを置いた。

 

「フラガ隊長、ありがとうございます…」

 

そう言ってキラも包みを開けて、ケバブを食べる。すると、ムウが目の前で白色のヨーグルトソースをケバブにかけて頬張っていた。

 

「ん~。やっぱ、現地調達のもんは旨いねぇ。とにかく俺達はこれから戦いに行くんだぜ?食っとかなきゃ力でないでしょ。ほら、ソースはヨーグルトのが旨いぞぉ」

 

その様子を、キラは戸惑った様子で見ていた。もう一口いこうとしたムウが、そんなキラの様子に気がついて手を止める。

 

「どうした?」

 

「いえ…虎もそう言ってたから。ヨーグルトのが旨いって」

 

「味の分かる男だな。気になるか?」

 

ムウの言葉に、キラはドキリと肩を揺らす。その動揺した様子を見て、ムウは確信したように手を下ろした。

 

「俺たちは、これからその虎と命のやり取りをしようってんだ。知ってたってやりにくいだけだろ」

 

向かってくる敵機に誰が乗っているのか。それを考えたり、分かったりしてしまうと、人を殺めたときの感情で心は大きくすり減ることをムウはよくわかっていた。

 

だから、キラにはなるべくその傷を負わせたくは無い。ただでさえ無理をさせているのだ。そんな人殺しの烙印を背負うのは自分たちだけで十分だ。

 

そんなムウに、キラは悩みを抱えた目線を向けて問いかける。

 

「隊長は、どうやったらこの戦争が終わると思いますか?」

 

「ん?どうって…」

 

「向かってくる敵をすべて滅ぼして…とか」

 

「なんだよその覇道的な考え。怖いんだけど」

 

そこでムウも、砂漠の虎と会ってからキラに何かがあったのだと確信する。顔を知ってるだけでは無い、キラが戦う意思そのものに揺らぎを与える何かを虎は言ったのだろう。ムウは最後の一口を飲み込んで、不安に揺れるキラの目を見た。

 

「戦争ってのは、お互いの利益や不利益に納得がいかないから起こる国家間の争い。だから、お互いに納得できる妥協点を見つけたり、そもそも戦える力を削いで、戦争を終わらせたりするもんだ」

 

戦争は子供の喧嘩とは訳が違う。国益、利潤、領土、民族、植民地や資源、さまざまな要因が複雑に絡み合って戦争は続いている。どちらかが滅ぶまで戦うのは、終局になればなるほど、それは戦争とは言わずに虐殺や侵略という一方的なものになっていくだろう。

 

「早く戦争を終わらせるなら、妥協点を見つけるべきだろうが…見つかると思う?」

 

この均衡を維持し、互いの国家の威信や在り方を保ったまま戦争を終わらせるには、それが1番の落とし所ではあるがーー

 

「難しいですね…」

 

少し考えただけのキラでも、それがいかに難しいかが分かった。伸びきった戦線、膠着する戦場、憎しみによる制御できない戦いが、あちこちで起こっている。

 

そんな中で、互いが納得できる妥協点となると難易度は計り知れないものだった。

 

「だろ?だから俺たちは戦うんだよねぇ。今を生き残るためにな」

 

だから飯食って力を付けとけ。そう言って、ムウはもう一つケバブを口にしたとき、アークエンジェルが凄まじい揺れに見舞われて、思わずムウはケバブを吹き飛ばし、キラは無駄にコーディネーターの反射神経を駆使して、散らばったケバブを回避するのだった。

 

 

////

 

 

「レジスタンスの地雷原の方向です!」

 

アークエンジェルで観測していたサイが叫ぶ。マリューやナタルが見るモニターの向こうには、派手に爆煙が上がっており、続くように砂漠から爆発が巻き起こっている。

 

「ピートリーより、スコーピオン隊、全機発進。ヘンリーカーターはどうか?」

 

「所定の位置に向かっております。敵に察知された兆候は、認められません」

 

レセップスから攻撃ヘリとバクゥが発進していき、艦砲射撃が地面に唸りを響かせる。

 

「始まったか!」

 

アークエンジェルから降りて迷彩テントに身を潜めているレジスタンスが、浮き足立っていた。目と鼻の先で爆発が起こり続けている。

 

「サイーブ!」

 

「狼狽えるな!攻撃を受けた訳じゃない!」

 

息を殺して、爆発が収まるのを待つ。目を凝らすと、敵の艦砲射撃が砂漠に放たれていた。おそらく、艦砲による衝撃で自分たちが仕掛けた地雷を一掃しようと言うのだろう。

 

爆発が収まると、数発の艦砲射撃が砂漠に叩きつけられ、やがて静かになった。

 

「地雷すべてを無力化したのか…?」

 

絶望したように言うレジスタンスの仲間を見ながら、サイーブは双眼鏡であたりを見つめる。そこには、レセップスと数機のバクゥ編隊が陽炎を纏ってこちらに向かってきている光景があった。

 

「虎もいよいよ本気で牙を剥いてきたようだな」

 

 

////

 

 

でたらめな地雷の破壊が行われてる最中、アークエンジェルでは警戒を知らせるアラームが鳴り響いている。

 

「あーもう、まだテスト飛行もできてないのに!」

 

組み立てたばかりのスピアヘッドから這い出てきたハリーが苛立ったようにザフトの来襲を嘆いていると、コクピットで設定をいじっていたラリーが振り返った。

 

「システム上は問題ないはずだろ?」

 

「確実性の話をしてるの!確実性の!」

 

そう言いながらハリーはスピアヘッドのタンクへ冷却材を投入していく。そんな二人の後ろでは、マードック指揮の元、着々と出撃準備が進められていた。

 

「1号機、2号機共にランチャー装備だ!バルカンで敵は落ちないんだから仕方ないだろ!」

 

すでにスカイグラスパーに乗るムウが叫んだ。フレイも大急ぎでスカイグラスパーの出撃前チェックを行っていく。そんな彼女の横を駆け抜けてパイロットスーツ姿のキラが現れた。

 

「隊長!ラリーさん!」

 

「キラはエールストライクで出てくれ!俺はこいつで出る!!」

 

「ええ!?無茶ですよ!?」

 

まだ試運転でエンジンに火を入れたばかりでしょ!?と叫ぶキラに、ラリーはシートベルトを着用しながら言葉を返した。

 

「この状況じゃ、飛ばさんとどうにもならんでしょ!」

 

《各員は搭乗機へ!繰り返します!各員は搭乗機へ!》

 

ああもう!と言わんばかりにキラが右往左往していると、もう一人のパイロットがメビウスライダー隊に加わった。

 

オレンジの一般用パイロットスーツを着て、アイザックがムウやラリー、キラに挨拶する。

 

「ほんとはゆっくり挨拶をしたかったが、本日からメビウスライダー隊付けになった。よろしく頼むぞ、少年」

 

「ボルドマン大尉!」

 

すると、ラリーがスピアヘッド改良機から降りてきて、キラの肩に手を置く。

 

「キラ、お前がライトニング2だ。できるな?」

 

ライトニング2。

 

かつて、リークが務めたラリーの相棒の称号。

 

ラリーの言葉が何を意味するか。それを知った上で、ラリーはキラにそのナンバーをキラに預けようと言うのだ。それを自分が名乗る…キラはさまざまな思いが胸に溢れた。

 

〝真っ直ぐ進むんだ。君が選んだ道を、君が見つけた使命を果たすために、ただ、信じたものを見て真っ直ぐに〟

 

その不安をかき消し、キラの背中を押すのは、あの時に聞いたリークの言葉だ。

 

「ーーはい!」

 

キラの決意に満ちた眼差しに満足したようにラリーも頷く。

 

「よーし、ブリーフィングを始めるぞ!」

 

 

 

 

 

 

今回の任務は、我々の進行方向を塞ぐザフト軍との戦闘だ。場所はタルパディア工場区跡地、多くの廃墟が混在する地形的に極めて複雑な場所だ。おそらく敵は地上戦力で我々に攻撃をしてくるだろう。

 

メビウスライダー隊の役割は、ザフト軍モビルスーツ「バクゥ」の進行阻止と迎撃だ。アークエンジェルがこの区域を抜けるまでが勝負どころになる。

 

今作戦では、ボルドマン大尉もメビウスライダー隊として参加することになる。コールサインはライトニング3。ヤマト少尉はライトニング2となる。

 

フラガ少佐、ボルドマン大尉のスカイグラスパー、そしてヤマト少尉のストライクが攻撃の要となる。敵機の撹乱と、攻撃ヘリの迎撃も忘れないでくれ。レジスタンスのタスク隊も、合流する予定だ。

 

ここがアフリカ最大の戦いになるだろう。各員、健闘を祈る。メビウスライダー隊、発進せよ!!

 

 

 

 

 

 

《こちら、エンジェルハート。レーダーに敵機とおぼしき影。Nジャマーによる撹乱酷く、数、確認不能!予測では1時半の方向だ》

 

《その後方に、大型の熱量2。敵空母、及び駆逐艦と思われます!》

 

トーリャとサイの言葉に、メビウスライダー隊全員が頷きながら発進準備を整える。甲高いエンジンの音がハンガーに響いた。

 

《対空、対艦、対モビルスーツ戦闘、迎撃開始!メビウスライダー隊、発進!メビウスライダー隊、発進!》

 

コンソールパネルを操作していると、音声通信がわずかなノイズを上げて、援護に駆けつけた者達の音声が届く。

 

《タスク隊、交戦エリアへ侵入。これより作戦行動に入る!》

 

フランカー4機で駆けつけたタスク隊は、主に攻撃ヘリや足の遅いレセップスなどへの攻撃が任務となる。メビウスライダー隊の任務はバクゥなどのモビルスーツの迎撃だ。

 

《スカイグラスパー1号、フラガ機、発進位置へ。進路クリアー、フラガ機、どうぞ!》

 

「ムウ・ラ・フラガ、スカイグラスパー、ライトニングリーダー、出るぞ!」

 

《続いて、スカイグラスパー2号機、ボルドマン機、発進位置へ!》

 

「新顔だが、よろしく頼む。アイザック・ボルドマン、スカイグラスパー、ライトニング3、発進する!」

 

2機のスカイグラスパーが発艦した後、通常のスピアヘッドとはかけ離れた外見を有する機体が発進位置へと進んでくる。

 

《ラリー機、発艦位置へ!》

 

増設されたエールストライカーの補助ウイング、そして、ラリーが墜落させたスピアヘッドのエンジンを丸ごと追加ブースターとして機体背面に接続するという大胆な改修が加えられており、本体のエンジンにもチューンを施した結果、通常時の推力は20パーセント増しという破格の推進力を手にしている。

 

スピアヘッドの面影を残しているのはコクピット付近くらいだった。

 

「気をつけてね、ラリー!まだ調整は完全じゃないんだから!」

 

ハリーの忠告に敬礼で返しながらラリーは操縦桿を強く握った。

 

「あとは空に出てから確かめるさ!ラリー・レイレナード、スーパースピアヘッド、ライトニング1、発進する!」

 

スピアヘッドと補助ブースターを唸らせて、ラリーの機体もアークエンジェルから飛び出していく。続いて入ってくるのはストライクだ。

 

《APU起動。カタパルト、接続。ストライカーパックはエールを装備します。エールストライカー、スタンバイ》

 

「本当にエールでいいのか?」

 

直前まで調整に付き合ってくれたマードックの言葉に、キラもキーボードを片付けて答えた。

 

「バクゥ相手には、火力より機動性ですから」

 

「分かった。気をつけろよ、ボウズ!死ぬんじゃねぇぞ!」

 

《システム、オールグリーン。続いてストライク、どうぞ!》

 

「キラ・ヤマト、ストライク、ライトニング2、行きます!」

 

 

 

 



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第74話 砂漠の決戦1

 

 

 

「まず、墜落したスピアヘッドのエンジンを全部載せます」

 

「バカじゃないのか?」

 

スピアヘッドの具体的な改造案が纏まったと言われて話を聞いてみれば、ハリーから開口一番に出た言葉がそれだった。

 

すでに、墜落したラリーのスピアヘッドはレジスタンスとストライクの協力のもと、部品取り用としてアークエンジェルに引き上げられていたが、取り外されたエンジンをスピアヘッドの背面へ取り付ける準備が、マードック指揮の元、着々と進められている。

 

「ついでにバジルール中尉とラミアス艦長から許可を頂いてバラしたエールストライカーの部品も取り付けます」

 

「ほんとにバカじゃないのか?」

 

「翼面積を稼いだことでフラップ展開時の減速率を大幅に稼ぎつつ、高出力ターボファンジェットを丸ごと追加ブースターとして機体背面に接続し、本来のスピアヘッドのエンジンにもチューンを施した結果、通常時の推力は20パーセント増し、アフターバーナー使用時は90パーセント増しとなります」

 

「ほんとにほんとにバカじゃないのか?」

 

ちなみに、エールストライカーの翼は高速機動時は折りたたまれ、本来の堅牢なスピアヘッドの翼を用いた高速を発揮し、高速域からの急減速、ストールを用いたマニューバー時はエールストライカーの翼が展開し、減速、マニューバー時の補助翼として機能するとの事。

 

もともとモビルスーツの地上での空中戦を想定したエールストライカーだ。部品強度も人型を飛ばすとなると相当な強度となっているはず。

 

そこにハリーは目をつけ、高速域と低速域の翼面の変形システムを考案したのだ。

 

はっきり言って、もはやスピアヘッドではない。

 

スピアヘッドの形をした別の何かだ。

 

さらに武装面も強化されており、追加装備としてバスターの肩部に設けられたミサイルポッドと、翼先端部に取り付けられた旋回可能なビームサーベル、メビウスで装備されたレール砲などなど、それらと燃料タンクを兼ねたファストパックが装着されている。

 

しかも取り付けられた全てが任意でのパージが可能となっており、ハリーの持つ技術全てが余すことなく注ぎ込まれている。

 

そのため極端な重量バランスと、限界近くまでオーバーチューンしたエンジンの極端な出力特性を持っておりーー結果。

 

「なんじゃ…こりゃあ!」

 

機体の挙動予測は非常に困難になった。

 

シミュレーションで行われた飛行特性データの投入や、スピアヘッドにもともと搭載されていた空戦機動システムの補助は有るものの、出力がそれらのデータをはるかに上回っていた為、飛ばした後はパイロットの技量に任せざるを得なかった。

 

「ラリー!大丈夫か!?」

 

「こいつ、かなり…じゃじゃ馬で…!」

 

ムウが焦るほど、外から見る限りのラリーの機体軌道は歪で、かろうじて空路は取れているものの、機体の姿勢は上下左右にブレまくっている。

 

「ラリーさん!?」

 

後から出たキラも、ラリーの普段では考えられない軌道に焦ったような声を上げたが、すぐ後ろでレセップスからの艦砲射撃が砂柱を巻き上げた。

 

「チィ!アークエンジェルが!やらせるかよ!」

 

ムウとアイクのスカイグラスパーが鋭く弧を描き、好き放題に撃ってくるレセップスへと向かっていく。

 

アークエンジェルも黙っていない。始動し始めた艦は武装を展開してゆっくりと敵へと向かっていく。

 

「バリアント、てぇ!」

 

ナタルの一喝で放たれた弾頭により、レセップスとアークエンジェルの艦戦が始まると、砂丘の向こうからバクゥの連隊が姿を現した。

 

「バクゥは何機居るんだ?4…5機か!」

 

キラも素早く反応し、ビームライフルを構えてストライクを飛翔させる。

 

////

 

 

「バルトフェルド隊長!どうして我々の配置が、レセップス艦上なんです!?」

 

パイロットスーツ姿のバルトフェルドに、艦上からの支援攻撃を指示されたイザークが不満そうに噛み付く。すると、バルトフェルドは隠す様子もなく嫌味な笑みを浮かべた。

 

「おやおや、クルーゼ隊では、上官の命令に部下がそうやって異議を唱えてもいいのかね?」

 

「いえ、しかし…奴等との戦闘経験では、俺達の方が!」

 

「負けの経験でしょ?」

 

「な…なにぃ?」

 

逸るイザークを、白いパイロットスーツを着るアイシャがバッサリと切り捨てる。宇宙が庭と豪語する赤服が重ねたのは、敗北の記録だ。

 

凄まれたところで、なんら実績がない以上、負け犬の遠吠えに等しい。

 

「アイシャ」

 

「失礼」

 

悪びれる様子なく愛機へ乗り込んでいくアイシャに、バルトフェルドはやれやれと肩をすくめた。

 

「君達の機体は砲戦仕様だ。高速戦闘を行うバクゥのスピードには、付いて来れんだろ?」

 

「し、しかし…!」

 

「イザーク!もうよせ!命令なんだ!失礼致しました」

 

そうディアッカに半ば強引に連れ戻されていくイザーク。そんな二人を見送っていると、ディアッカの小声が聞こえた。

 

「気にするなよ、な~に、乱戦になればチャンスはいくらでもあるさ」

 

聞こえてるんだがなぁ、とバルトフェルドは若さゆえの無謀さというものかと、イザークとディアッカの面従腹背にあえて目を瞑った。

 

あの少年のような真似、誰にでも出来るというものではないだろう。きっと砂漠に落ちれば足を取られる。そうなったときはーーまぁなるようになる。

 

「では、艦を頼むぞ、ダコスタ君」

 

「は!」

 

ゆっくりとハンガーの扉が開いていくと、ほかのバクゥとは根本的に違う、オレンジを基調としたモビルスーツ、ラゴゥがその姿を現した。

 

「さて、凶と出るか吉と出るか…バルトフェルド、ラゴゥ、出る!」

 

 

////

 

 

「ゴットフリート、バリアント、てぇ!」

 

レセップスからの艦砲射撃に応戦するアークエンジェルだが、敵は強力な実弾兵器だ。まともに直撃すれば、いくら装甲の厚いアークエンジェルでもただでは済まない。

 

「ECM、及びECCM強度、17%上がります!バリアント砲身温度、危険域に近づきつつあります!」

 

サイからの報告に、ナタルは今手持ちにある札を頭の中で整理しながら、的確な攻撃指示を出していく。

 

「ミサイル発射管、6番から12番、コリントス、てぇー!砲身温度の冷却に時間を稼ぐ!!」

 

「ローエングリンは地表への汚染被害が大きすぎるわ!バリアントの出力と、チャージサイクルで対応して!」

 

地上ではレジスタンスが、バクゥやレセップスに対して最後の攻勢に出ている。その様子を映し出すモニターだが、いくらヘリやバクゥをメビウスライダー隊が引きつけているとは言え、その戦力差は歴然としており、突撃したジープは次々とスクラップと化していた。

 

その戦場を、一筋の流星が駆け抜ける。

 

地面をスレスレに飛ぶ機体は、驚異的な加速性能を見せて、脇を通り抜けるだけで四つ足で地面に接地しているはずのバクゥを激しく揺らした。

 

『な、なんだあの機体!』

 

振り返ろうとした矢先、スーパースピアヘッドから発生した衝撃波で足が止まったバクゥを、キラが的確に撃ち抜いていく。

 

そんな中でラリーは暴れる操縦桿を必死に両手で操りながら、コクピットの中で四苦八苦していた。

 

「くそ!安定させようとしたらフラつくってどういうことだよ!」

 

従来までの手足のように動く感覚がまるでない。機体は急に傾き、折りたたまれたエールストライカーの翼がわずかに地面と擦れて、砂の壁を巻き上げながら地表スレスレを通っていく。

 

手こずるラリーの元へ飛びかかってきたバクゥを、盾で受け流してビームサーベルで叩き切ったキラが通信を発した。

 

「ラリーさん!翼面荷重の設定を上目に設定してみて下さい!外から見た意見ですけど!」

 

キラが言ったように翼面荷重の設定を大雑把に上目に設定し直すと、機体の揺れが少しずつなくなっていく。さらに値を調整すると、機体の挙動がますますラリーの腕とリンクしていくようになった。

 

「急に言うことを聞くようになったな!!」

 

嬉しそうに言うラリーは、操縦桿を鋭く倒して、機体の機動を確認して、叫んだ。

 

「いくぞぉ!うおりゃああああ!!」

 

 

 

 



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第75話 砂漠の決戦2

 

 

ムウとアイクのスカイグラスパーから放たれるアグニが、艦砲射撃を行っていたレセップスの脇を掠める。掠めた程度だが、その威力は計り知れない脅威を艦に与えていた。

 

「機関区に被弾!速力50%にダウン!」

 

ビーム砲は掠めただけでも膨大な熱エネルギーに晒される。機関区ギリギリに通ったアグニの威力は、たったそれだけでレセップスの足を奪うほどだった。

 

「消火急げ!転進して残骸の影に入るんだ!」

 

言うことを聞かなくなりつつあるエンジンを庇いながら、ダコスタの指示のもとレセップスは艦砲射撃をやめてアグニの脅威から脱しようと試みる。

 

スカイグラスパーも、ザウートの対空防御と攻撃ヘリにより行く手を阻まれていた。

 

「なんて強力な砲だ!間もなく、ヘンリーカーターが配置に付く!持ち堪えろ!」

 

その瞬間、ブリッジのすぐそばを、今度はアークエンジェルのゴットフリートが横切った。思わず目を腕でかばい、ブリッジ要員が悲鳴のような声を上げた。

 

「ええい!」

 

攻めているのは、立ち塞がっているのはこちらだというのに…!ダコスタは先の戦闘から感じていたアークエンジェルの並ならぬ勝負強さに拳を握りしめる。

 

このままでは、抜けられるのも時間の問題だ。

 

 

////

 

 

砂漠の大空。

 

地球軍の戦闘機が悠々と青空を駆け抜けて、地上をうろつくバクゥを手玉に取っていた。ミサイルとバルカンで援護をしていたタスク隊だが、一機の戦闘機の目覚めにより、彼らは戦闘空域から待機空域へと一旦機体を上げる羽目となる。

 

「タスクリーダー、あれ。見えてるか?」

 

「ああ、しっかり見えている」

 

僚機からの通信に答えながら、タスク隊の全員が機体を旋回させながら眼下で繰り広げられる戦闘に目を奪われていた。

 

ストライクが人型を存分に活かした戦闘を行う中で、その一機は異様なまでの軌道を描く。尾を引く飛行機雲の軌跡が、その異常性をはっきりと表していた。

 

「クルビット、フックにポストストール…なんだありゃ、複合マニューバか?」

 

高速機動で離脱するスーパースピアヘッドを、数機のバクゥがミサイルやリニアカノンで狙い撃つ。だが、その全てをスーパースピアヘッドは、急減速から織りなす様々なストールマニューバで躱していた。

 

降下し始めると一気に速度を出して、バクゥの死角からバルカン砲やミサイルを当てているのが見える。

 

その軌道を表すなら、まるで空から落ちる木の葉、桜の花びらのような規則性のない動き。

 

それでありながら高速機動で旋回し、近づこうものならアフターバーナーを用いた音速機動により発する衝撃波で機体を揺らされるというーー、あれは本当に戦闘機なのだろうか?

 

「とにかく、人間業じゃないのは確かですね」

 

タスク3の言葉に全員が頷く。今まで多くの戦場と戦闘機パイロットを見てきたが、あの機体だけは異質だ。そもそも比べる次元が違うのだ。

 

ただ、ひとつだけ分かっていることはある。

 

彼を敵に回すのだけは止めておこうということだ。

 

 

////

 

 

 

超絶機動をするラリーのスピアヘッドを他所に、キラのストライクも鬼神めいた動きをしていた。

 

ビームライフルの消費を抑えるため、飛びかかってきたバクゥを引き抜いたビームサーベルで切りつけ、別方向から向かってきたバクゥにはシールドを突き立ててコクピットを潰すという戦法を取り、キルスコアで言えばラリーの補助もあってかなりのものとなっていた。

 

しかし、キラの心の中には重く苦しいものがのしかかっている。

 

〝ならどうやって勝ち負けを決める?どこで終わりにすればいい?敵である者を全て滅ぼして、かね?〟

 

バクゥのコクピットを両断するたびに聞こえてくるバルトフェルドの言葉に、キラは頭を振って思考を追いやる。

 

「くそぉ!!うわぁああ!!」

 

今は、攻めてくる敵を倒す。大切な人を傷つけようとする相手を倒す。ただそれだけを考えてキラはストライクの操縦桿を握りしめていた。

 

すると、攻勢に出ていたアークエンジェルの周辺に砂の柱が乱立する。

 

《6時の方向に艦影!敵艦です!》

 

《なんですって!?》

 

サイの言葉とマリューの驚きに満ちた声で、キラはアークエンジェルの背後、砂丘から現れた敵艦を目で捉える。

 

「もう一隻?伏せていたのか!アークエンジェルが!」

 

援護に向かおうにも、バクゥがまだ残っている。このまま下がれば、敵艦の気は逸らすことはできるが、アークエンジェルがバクゥの攻撃に晒されることになる。

 

どうする…!

 

「ライトニング2!俺とエレメントを組むぞ!」

 

ラリーからの通信が入ると、キラの周辺に群がっていたバクゥに、スーパースピアヘッドからのバルカンとミサイルの嵐が降り注ぐ。

 

「アイク!俺と来い!敵艦を引きつける!」

 

「了解!」

 

攻撃ヘリを退けたムウたちが、バーニアの火を放ちながらアークエンジェルの後方へと戦場を移動していく。

 

そうだ、戦っているのは自分一人ではない。

自分一人が、戦おうとしているんじゃない。

ここには頼もしい仲間がいる…!

 

キラは焦りを捨て、向かってくるバクゥにその銃口を構えた。今、自分にできること、やるべきことを確実に果たすだけだ。

 

すると、交戦の最中にバクゥとは違う特殊なカラーリングのモビルスーツが、戦場に現れた。

 

その動きは他のバクゥとは雲泥の差であり、容易にビームライフルで狙うこともできない。

 

「くそ!こいつは…!」

 

『君の相手は私だよ、流星に…奇妙なパイロット君!』

 

アンドリュー・バルトフェルド。

彼が操るラゴゥが、ラリーとキラの前に立ち塞がった。

 

 

 

 

 



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第76話 砂漠の決戦3

誤字指摘、編集ありがとうございます!!
感想もとても励みになってます!!体調崩しながらも更新です!!





 

 

突如として現れた伏兵に、アークエンジェルの対応は後手に回っていた。

 

「艦砲、直撃コース!」

 

放たれた砲撃の弾道予測をしたオペレーターが悲鳴のような声を上げる。そんな中でもマリューは冷静さを保っていた。

 

「反転!ランダム回避運動!躱して!」

 

即座にノイマンが舵を切り、波のように襲いかかってくる砲撃を掻い潜る。しかし、敵はそれで止まってはくれない。今度は目を離したレセップスからの砲撃が放たれてくる。

 

「撃ち落とせ!6番からヘルダート、斉射〝サルボー〟!!」

 

ナタルの言葉に従い、ミサイル発射管からヘルダートが斉射され、撃ち降りてくる艦砲と激突し、相殺されていく。その衝撃波にアークエンジェルの船体が揺れ、工場区の廃墟へその翼を接触させてしまった。

 

「くっそー!やってくれるじゃないの!虎さんよ!」

 

到着したムウとアイクのスカイグラスパーが、伏兵で現れた敵艦へ迫り、アークエンジェルへの追撃を許さない。しかし、外から見た状況は悪いもので、ジープに乗っていたキサカとカガリが、煙を上げて廃墟に着底したアークエンジェルを見て叫びを上げた。

 

「アークエンジェルが!」

 

本来はサイーブたちの後方支援をする役目を負っていたカガリたちだったが、こうも乱戦状態になっては前線に出るには危険すぎるため、レジスタンスは廃墟の遮蔽物に後退していたのだ。

 

「これでは、狙い撃ちだぞ!ストライクは?…カガリ!?」

 

キサカが周りを見渡してる間に、カガリはジープから飛び降りると真っ直ぐにアークエンジェルへ駆け出していた。キサカが止まるように叫んだが、彼女は聞くことなく走り続ける。

 

あとを追おうとキサカも動くが、逸れた艦砲射撃が辺りに落ちて、彼もまた身動きが取れなくなるのだった。

 

 

////

 

 

一方で、キラたちは現れたラゴゥとの戦いに身を投じていた。

 

「バクゥとは違う…隊長機?あの人か!」

 

他のモビルスーツとは色も動きも違う。明らかに秀でた存在に、キラの脳裏にはバルトフェルドの顔がちらつく。

 

ラゴゥは不規則な機動を行い、それを捉えきれないキラの横っ腹を強靭な四肢で蹴りつけ、ストライクは地面に倒れ伏す。

 

トドメと言わんばかりにビーム砲の銃口をストライクに向けるが、それをラリーが乗るスーパースピアヘッドが妨害した。

 

ファストパックに備わる小型のミサイルを放って、ラゴゥの足を乱れさせながら、ラリーは倒れるキラに向かって叫んだ。

 

「キラ!敵の動きに惑わされるな!近づいた瞬間を予測するんだ!」

 

「はい!!」

 

答えたキラは素早くストライクの体勢を立て直し、エールストライカーの揚力を存分に活かしてラゴゥとの距離を取った。

 

『なるほど、いい腕ね』

 

そんな二人の戦い振りを狙撃スコープから眺めながらアイシャが少し嬉しそうに言う。そんな彼女の声に、バルトフェルドも自慢げに頷いた。

 

『だろ?今日は冷静に戦っているようだが、この間はもっと凄かった』

 

ストライクの鬼神めいた動き。

スピアヘッドの常識から逸脱した機動。

 

そのどれを見てもバルトフェルドを飽きさせることはない。そんな彼に、アイシャは少し悲しそうな声で問いかけた。

 

『なんで嬉しそうなの?』

 

その言葉に、バルトフェルドは何も言えなかった。

 

少年が戦いに迷いながらも、信念を持って銃を取っていること。流星が確かな思いを持って兵士として戦っていること。

 

バルトフェルドにとって、二人の在り方はとても好ましいものであり、願わくば同胞として彼らと出会いたかったと心から思っている。そんなセンチメンタルな気持ちをアイシャは的確に汲み取っていた。

 

『辛いわね、アンディ。ああいう子たち、好きでしょうに』

 

『ーー投降すると思うか?』

 

『いいえ』

 

故に、はっきりと彼女は答えた。彼らは投降することはない。するとすればアークエンジェルを落として、ストライクとあのスピアヘッドを戦闘不能にしたときくらいだ。

 

そして、仮にできたとしても彼らから憎しみを受けることになるので、こちらの仲間になるとは到底思えない。

 

ならばやることは一つだ。

 

バルトフェルドは操縦桿を握り、アイシャは引き金に指をかけた。

 

 

////

 

 

ラゴゥと交差するキラは、相手の技量の高さに歯を噛み締める。正確な射撃だ。着地の瞬間を的確に狙ってくる。宇宙でもXナンバーと幾度と剣を交えたが、そのどれとも違う感覚がラゴゥにはあった。

 

まるで戦場をよく知るベテランとの戦い。ラリーやアイク、ムウとの模擬戦で感じる緊張感やプレッシャーが相手には備わっていた。

 

だからこそ、いやらしい戦い方に対しての対処はしっかりと叩き込まれている。

 

「このぉ!!」

 

着地間際にスラスターを吹かしてタイミングをずらし、虚を突かれれば焦らずにシールドで受け流し、正攻法でくるならば回り込んで相手の隙を突く。

 

ラリーとの仮想空間での模擬戦で嫌という程叩き込まれた経験から、キラは最適解を引っ張り出してラゴゥとの大立ち回りを演じる。

 

そして、ラリーもストライクを支援しながら高速で動き回るラゴゥと交差した。ビーム砲を横に滑るように避けてはミサイルを放ち、ストライクに好機を作る。

 

その連携にバルトフェルドも思わず舌を巻いた。

 

『戦闘機でよくやる…!!』

 

上空に舞い上がった途端に旋回して、こちらに銃口を向けるスーパースピアヘッド。その驚異的な機動とストライクを相手取りながら、彼もまた激戦にのめり込んでいくのだった。

 

 

////

 

 

「ヘルダート、コリントス、てぇ!」

 

二隻の敵艦からの砲撃に晒されるアークエンジェルは、粘り強く抵抗を続けていた。バリアントとミサイルを吐き出しつつ、飛んでくる砲撃やミサイルを撃ち落としていく。

 

すると、索敵を行なっていたサイが宇宙で見た識別ナンバーを見て、目を見開いた。

 

「こ、これは…レセップスの甲板上にデュエルとバスターを確認!」

 

「なに?!」

 

最大望遠で敵艦を捕捉すると、そこにはビーム砲台となるデュエルとバスターの姿があった。

 

「スラスター全開!上昇!ゴットフリートの射線が取れない!」

 

「やってます!しかし、船体が何かに引っかかってて…」

 

ノイマンが顔をしかめながら舵を動かすが、船体が言うことを聞かない。おそらく、工場区の跡地に落ちた際に、瓦礫の何かが引っかかったのだろう。

 

すると、ノイマンの補助を行なっていたトールが急に立ち上がった。

 

「あ、ケーニヒ二等兵!どこにいく!?」

 

「船体が何かに引っかかってるんでしょ!?外さないと!!」

 

「どうやって…おい!ケーニヒ!!」

 

ノイマンの制止も聞かずに、トールは走り出した。向かう先はアークエンジェルのハンガー。あそこにはまだ使われていないスピアヘッドが一機、眠っているはずだ。

 

 

////

 

 

整備員は、戦闘状態になると割と暇になる。いや、言い方は悪いが非戦闘員である彼らにやれる仕事がないのだ。しかも戦闘中は艦内が揺れるため、部品の整備や清掃もままならない。

 

そんなことを考えているマードックの脇を、入り口から走りこんできたカガリが通り過ぎる。

 

「う、う…ん?おい!なんだ!お嬢ちゃん!」

 

奥で眠っているスピアヘッドに被せられたシートを引き剥がすカガリに、思わずマードックは声を上げた。

 

「機体を遊ばせていられる状況か!こいつで出る!」

 

「なんだって!?馬鹿野郎!これは子供のおもちゃじゃねぇんだぞ!」

 

そう言ってマードックは機体を出そうとするカガリを羽交い締めにして取り押さえる。いくら状況が悪かろうとそれは許可できない。それにラリーからも『彼女が無謀に出ようとするなら何としても止めてくれ』と釘を刺されているので尚更だ。

 

「だいたい、貴方正規兵でもないのに!」

 

「黙ってやられろと言うのか!?そんなこと言ってる場合か!」

 

それにアークエンジェルが落ちれば、ザフトがこの地の支配を更に強固なものにする。そうなればレジスタンスもタダでは済まないし、地球軍が支援する難民キャンプの立ち位置はもっと危ういものになりかねない。

 

カガリにとって、ここでの戦いは絶対に負けられないものだった。

 

そうして騒ぐ傍で、パイロットスーツに着替えた一人の影が、スピアヘッドの複座に乗り込んだ。

 

「トール!?」

 

悲鳴をあげたのはフレイだった。アイクに習った通りにスピアヘッドの電源立ち上げ手順を行いながら、トールは押し問答するハリーたちに大声で言った。

 

「俺も出ます!」

 

「はぁ!?」

 

「アークエンジェルが何かに引っかかってるんだ!とにかくそれを外さないと!早く!」

 

瓦礫さえ撤去できれば、あとは後方へ大急ぎで下がればいい。逃げ回っていれば死にはしないと言ったのはアイクだ。カガリはトールよりも操縦経験がある。マッピングしながら飛ぶには理想的な相手だ。

 

正規兵であるトールが乗り、アークエンジェルに引っかかった瓦礫を破壊するミッション。

 

「って、ことだが…どうするよ、アリスタルフ准尉」

 

《仕方がない。こちらエンジェルハート、これより君たちの管制サポートを行う。ミッションは瓦礫の撤去だ。有事の時以外の敵との交戦は認めない。コールサインはオメガ1だ》

 

「こちらオメガ1、了解した!」

 

コクピットに滑り込んだカガリも、トールから渡された予備のヘルメットを被り、スピアヘッドを発進位置へと移動させる。

 

「あーもう!今時のガキどもは!ハッチ開けろ!落としたら承知しねぇからなぁ!」

 

飛び立っていくスピアヘッドの後ろ姿に、マードックはそう怒鳴り声を上げて見送るのだった。アークエンジェルから出てきたスピアヘッドはそのまま旋回して、船体に引っかかっている瓦礫に一直線に向かっていく。

 

「うひょー!やるねぇ、落ちるなよ!」

 

ムウもアイクも、出てきたスピアヘッドに敵が向かないように戦艦の注意をそらしつつ、攻撃を続行していくーー。

 

 

////

 

 

『チィ!ビームの減衰率が高すぎる!大気圏内じゃこんなかよ!』

 

レセップスの甲板上で砲台となるバスターの中で、ディアッカは本来の威力が発揮できないことに苛立ちの声を上げた。それに外気温も高い。砂漠の環境にビーム兵器というのはあまりにも扱いづらい代物となっていた。

 

『くっそー!この状況でこんなことをしていられるか!』

 

遠くで見えるストライクとラゴゥ、流星の戦闘を見ていたイザークは痺れを切らしたように甲板上からスラスターを吹かして飛び上がる。

 

『イザーク!』

 

そんな独断行動を取るイザークを放っておけないと、ディアッカもバスターを艦上から飛び立たせた。

 

 

////

 

 

「くそー!!」

 

ラゴゥの不規則な動きと消耗戦に苦しめられるキラはコクピットで悪態をつきながらも、必死にストライクを動かし続けていた。しかし、いくら最小限の動きをしていたとしてもエネルギーは減るものだ。

 

不規則な動きで消耗戦にもっていくバルトフェルドの狙いもそれだった。

 

『そろそろパワーが心許ないのではないかな?』

 

ヘルメットの中でニヤリと笑みを浮かべるバルトフェルドに、ラリーの戦闘機が迫る。アイシャが放つビームをひらりと躱して、少しでもストライクから離そうとミサイルとビームサーベルでの格闘戦に乗り出した。

 

そんなラゴゥの後方に、レセップスから飛び立ったデュエルが降り立つ。砂漠に足をつけた瞬間、流体の大地に踏ん張りが利かずにデュエルはすぐに膝をついた。

 

『うわ!くっそーなんなんだこれは!』

 

降り立ったイザークが不満の声を上げる。そのはるか前方、消耗し息を切らしたキラが、砂漠の大地にもがくデュエルの姿を見た。

 

「ハァ…ハァ…デュエ…ル…?」

 

その瞬間、キラの中で何かが弾けた。

 

 

 

 

 



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第77話 砂漠の決戦4

 

カガリが操るスピアヘッドは、アークエンジェルから飛び出して工場跡の廃墟の間を縫いながら、件の障害物を探していた。

 

「引っかかってる残骸はどれだ!」

 

複座に座るトールに怒鳴るように言うカガリに、彼も負けじとモニターパネルを操作して周辺をスキャンする。そして見つけた。

 

「あれだ!船体の下!煙突部分!!」

 

崩れた煙突がアークエンジェルの翼に引っかかっているのを、操縦するカガリもはっきりと確認すると、よーしと握る操縦桿を傾けた。

 

「どうだ!」

 

翼に備わるミサイルを放ち、爆煙から飛び去るスピアヘッド。その振動に揺さぶられるアークエンジェルで、ノイマンは軽くなった舵を握って叫んだ。

 

「外れた!」

 

「面舵60度!ナタル!」

 

「ゴットフリート、照準!」

 

浮き上がったアークエンジェルは、ゴットフリートを旋回させて、後方から出現した敵艦の横っ腹を極大の閃光で貫いた。

 

 

////

 

 

『足つきめ!あれだけの攻撃でまだ!?』

 

陸上戦艦二隻を投入して、艦砲射撃を加えたと言うのに、息を吹き返したように反撃してきたアークエンジェルの図太さに、バルトフェルドは苦虫を噛み潰す。

 

『まずいわよ、アンディ!』

 

そう叫んだアイシャの言葉に、バルトフェルドはハッと目の前の光景を見た。ストライクが浮き上がり、こちらに向かって真っ直ぐ飛んでくるのが見える。

 

アイシャが何発かビーム砲を撃つが、その全てをひらりと躱して、さらに距離を詰めてくる。バルトフェルドはラゴゥの頭部に備わるビーム刃を展開させようとしたが、ストライクは速度を落とさずに、そのままラゴゥの頭上を飛び去っていった。

 

「キラ!?おい!どこにいく!?」

 

ラリーの言葉にも反応を示さず、光をなくしたキラの目には、砂漠に足を奪われるデュエルしか映っていなかった。

 

「デュエル…デュエル…!!」

 

////

 

『おいおいおい!何が砂漠の虎だよ!うおぉ!』

 

そう悪態をつくディアッカが駆るバスターも、着地と同時に砂漠に足を飲まれる。ふらつく機体を立て直そうとしていると、高熱源の接近を知らせるアラームが鳴り響いた。

 

『ストライク!!』

 

イザークのデュエルの前に降りたディアッカは、咄嗟にバスターの銃口をストライクに向けたが、足場が悪い砂漠で狙いが定まるはずもなく、明後日の方向にビームが打ち出される。

 

キラはそれを躱す素振りも見せずにスラスターを抑えると、体勢が整っていないバスターの肩を足場にするように高度を一気に落とした。

 

『うわぁああ!!』

 

結果、バスターはストライクを受け止めきれずに砂漠に叩きつけられる。キラは用済みと言わんばかりにバスターを踏み台にして、デュエルへ肉薄した。

 

「デュエル…お前…お前だけは!!」

 

頭部に備わるイーゲルシュテルンで動けないデュエルを抑えて、キラはビームライフルの銃口を向けると躊躇いなく引き金を引いた。

 

『な、なんだコイツ!?』

 

イザークはシールドで何とかビームを防いだが、間髪入れずにストライクが残弾が無くなったビームライフルを捨て、シールドごとデュエルを蹴り飛ばす。

 

『うわぁああああ!!』

 

尻餅をついたデュエル。そのシールドを持つ腕を、キラは蹴り飛ばしながら抜いたビームサーベルでたやすく両断した。まずは防ぐ手段を断つ。キラはデュエルを逃がすつもりはなかった。

 

『イザーク!離れろ!なんかヤバイぞ!』

 

「ええい…!おめおめと逃げられるか!」

 

負けじとイザークはプライドの赴くままビームライフルをストライクに向けたが、その銃口が向けられる前に一閃がきらめき、今度はビームライフルごと残った片腕が両断された。

 

「お前だけは、落とす!!」

 

キラはシールドを装備したもう片方の手でもサーベルを引き抜くと、両腕を失ったデュエルの頭部を吹き飛ばした。

 

『うわぁあ!!』

 

遠くで情けないイザークの叫び声が響く。

そんなことには構わず、ラリーは操縦桿を握ってスーパースピアヘッドを操る。

 

ラゴゥのビームを紙一重で避けて、反撃に最後のミサイルを撃ち放つ。背中のビーム砲に着弾した衝撃で、アイシャのコクピットパネルが過負荷で火を吹いた。

 

『熱くならないで!負けるわ!』

 

『分かっている!』

 

頭部に備わるビーム刃を振り回して、バルトフェルドは降りてきたスピアヘッドと交差した。

 

「この野郎!!」

 

ラリーもスピアヘッドを起こして、旋回する。できれば高度を取りたいところだが、大きく回ればその分の燃料消費も増える。バッテリーも燃料も限界があるため、ラリーも最低限の動きでバルトフェルドと対峙していた。

 

『こりゃぁまずいぜ!くっそー!』

 

砂に埋もれたバスターを四苦八苦しながら起き上がらせようとするディアッカの目に、なす術を失ったデュエルに、ビームサーベルをぶら下げたストライクがゆっくりと歩み寄っていく光景が映る。

 

『こいつ!足場さえ…うわぁ!』

 

サブモニターしか使い物にならなくなったコクピットの中で喘ぐイザークだが、ストライクが腕を振り上げたことで残っていた肩から先の腕が切り裂かれる。

 

サブモニターに映るストライクは、逆光で顔が影になり、その黄色のデュアルカメラアイを光らせながらデュエルを見下ろしている。その光景に、イザークは感じたことがなかった圧倒的な恐怖と、べったりとした死を意識することになる。

 

『イザーク!飛べ!』

 

ディアッカからの音声を聞いて、イザークは咄嗟にフットペダルを踏み込んで上空へと舞い上がる。とにかく今は距離を取るしかない…!

 

しかし、そんな安直な考えをキラは許さなかった。

 

「逃すものか!!」

 

サイドアーマーに格納されたアーマーシュナイダーを引き抜くと、上へ逃げようとするデュエルへ投擲する。それは腹部へと突き刺さり、火花を上げた。

 

そして怯んだイザークには見えなかった。

 

投擲した瞬間に飛び上がったストライクの姿が。

 

キラは言葉を発さずに、デュエルに突き刺さったアーマーシュナイダーめがけて膝蹴りを放ち、デュエルを地にいるバスターめがけて吹き飛ばした。

 

 

////

 

 

「第4、第9区画消失!第3区画大破!

 

「火災発生!機関、及び振動モーター停止!」

 

残されたレセップスに、もう戦う力は残っていなかった。バルトフェルドの代理を務めるダコスタは自身が置かれている状況に拳を握りしめる。

 

このままで狩られるのはこちらだ。

 

「くっそー!」

 

《ダコスタ君》

どうするべきか考えていたところに、バルトフェルドから通信が入った。ダコスタはその通信を受けて身を固める。

 

《退艦命令を出せ》

 

「隊長…!?」

 

《勝敗は決した。残存兵をまとめてバナディーヤに引き揚げ、ジブラルタルと連絡を取れ》

 

それは事実上の敗走だった。逃げ切れよ、とバルトフェルドは言葉を続けると通信を切った。ダコスタの声に反応はない。

 

おそらく、指揮官である彼は殿を務めるつもりだ。ダコスタは強く瞼を閉じてから、総員に退艦命令を伝えるのだった。

 

 

////

 

 

「君も脱出しろ。アイシャ」

 

煙に包まれるコクピットの中で、バルトフェルドが静かに言う。おそらく、ラゴゥも持たないだろう。重火器すら使えなくなった以上、彼女の補佐に頼ることはない。

 

ここから先は自分だけで充分だとも思ったが、アイシャはきっぱりと断った。

 

「そんなことするくらいなら、死んだ方がマシね」

 

「君もバカだな」

 

「なんとでも」

 

その言葉に後押しされて、バルトフェルドは深く息を吐いた。レセップスから乗員が退艦するまで、自分のやるべきことを果たすために。

 

「では、付き合ってくれ!」

 

 

////

 

 

『イザーク!イザーク!!しっかりしろ!』

 

腹部から火を上げて沈黙するデュエルを受け止めながらディアッカは何とか機体を立て直す。

 

『痛い…痛い…痛いぃい』

 

デュエルからの接触回線で悲鳴のようなイザークの声が聞こえた。どこか怪我をしてるに違いない。ディアッカは心の中で毒づきながらスラスター吹かそうとしたが、途端モニターに暗い影が落ちた。

 

『ハッ!』

 

見上げるとシールドを構えたストライクが急降下しており、バスターと満身創痍なデュエルごとシールドで殴り飛ばした。

 

倒れる二機に、キラは心に溢れるどす黒いに何かに導かれるまま、ビームサーベルを構える。

 

そこで、アークエンジェルから通信が入った。

 

《キラ!深追いはするな!エネルギーももう無い!戦略的には目的は達成している!》

 

サイの声に、キラの瞳に光が戻った。ふとエネルギーゲージを見れば、すでに危険域手前でこれ以上動けばフェイズシフト装甲を保つこともできなくなる。

 

《キラくん!!》

 

キラはもう一度、デュエルとバスターを見てから、深く瞳を閉じてマリューやサイの言葉に頷いた。

 

「くっ…了解…!」

 

飛び去っていくストライクを見て、ディアッカは大きく張り詰めていた息を吐いた。

 

『引いていく…助かったのか…?イザーク!』

 

労わるようにデュエルを支えながら、ディアッカも後方へ退避する準備に入ったレセップスへと後退していく。

 

痛がっていたイザークの声は聞こえなくなっていた。

 

 

////

 

 

レセップスが後退し始めたとの報告を受けて、ラリーは素早く相対するラゴゥへの通信を試みた。

 

「バルトフェルド!」

 

《まだだぞ!流星!》

 

ラリーの声に、バルトフェルドも答えるがラゴゥは停戦の意思を見せずにビーム刃を展開して迫ってくる。

 

「このバカが!さっさと退がれよ!」

 

《言ったはずだぞ!戦争には明確な終わりのルールなどないと!》

 

「命あっての物種とアンタも言っただろうが!」

 

突貫してくるラゴゥを上昇でやり過ごそうとしたが、バルトフェルドは地を蹴ってラゴゥを回転させながら突っ込んでくる。不規則な攻撃に対応できなかったラリーの翼の一部にビーム刃の切り傷ができ、機体は大きく揺れた。

 

「くぅぅ!!」

 

《ここが戦場であり、我々が戦争をしているなら、戦うしかなかろう。互いに敵である限り!どちらかが滅びるまでな!》

 

「それは憎しみに囚われた軍人の台詞だろうが!退がれよ!それをやめさせるために、俺は!!」

 

二度目の交差。バルトフェルドが再びラゴゥを飛び上がらせた瞬間、ラリーは機体を鋭く回してキャノピーが真下にくるような背面飛行を行いながら翼先端に設けられたビームサーベルを展開させる。

 

「でやぁああ!!」

 

《なにぃ!?》

 

《アンディ!》

 

ビームサーベルはラゴゥのコクピットをーー両断することなく、その四肢全てを切り裂いた。足をなくしたラゴゥは着地することができずに、砂漠へと横たわる。

 

交差を終えて上昇したラリーは、地に落ちたラゴゥを見ながら一息つく。

 

その時、スーパースピアヘッドのコクピットにアラームが鳴り響いた。レーダーを見ると戦場とは反対方向からミサイル群がこちらに迫ってきていた。

 

「うっくぅうう!!」

 

ラリーはフレアを撒きながら機体をストールマニューバさせ、ミサイル群をやり過ごした。

 

「何だ!?」

 

機体を立て直してミサイルが来た方向を見る。そこには太陽を背にした、見たこともない一つの影が空を飛んでこちらに向かってきていた。

 

そして、音声通信が入る。

 

 

 

 

《会いたかったぞ…流星!!》

 

 

 

 

 

 



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第78話 祝福の狂気


今回は短め。
みんなからのクルーゼさん大人気感想がほんとにすこ

うちのクルーゼさんはこうだから許して




ラウ・ル・クルーゼは、これまで経験したことがない苦痛と死をイメージした。

 

部下達と違って、クルーゼはナチュラルだ。イザーク達はG兵器での大気圏突破時に掛かるGや高温に耐えることはできるだろうが、クルーゼは違う。大気の熱に焼かれながら、彼は苦しみ、もがいた。

 

地中海付近に不時着したクルーゼ一行は、ディアッカのSOS信号によりジブラルタル基地へ運ばれることとなった。

 

高熱による熱中症と火傷、そして高Gによる圧迫症を併発し、クルーゼはジブラルタル基地での療養を余儀なくされた。

 

だが不思議と死ぬ気にはならなかった。テロメア遺伝子の減少短縮問題により、自身は余命が短く早期に老いがくるのはわかっていたというのに、ジブラルタルでの療養の日々、クルーゼは清々しい気持ちで過ごしていた。

 

イザークの銃声の後、遠く離れていく流星。彼は生きている。それだけは確信が持てた。普段感じるムウへの直感ではない。

 

クルーゼは、確かな感覚でラリーの生を感じていたのだ。

 

自らのようなものを生み出しながら科学の叡智や進化した種を謳う人間を憎み、それを滅びに導くべく、地球連合対プラントの戦争を利用し、総力戦をエスカレートさせて共倒れに追い込むことも考えたがーーそれは一旦止めだ。

 

科学では説明できない、純然たる本物が自分を殺そうと戦場にいる。その真実以外に何がいるだろうか?

 

コーディネーター?ナチュラル?そんな生まれ、生み出された者たちのいがみ合いが馬鹿馬鹿しくなるほど、彼は強く、本物だ。

 

故に、クルーゼはその身を癒してすぐに行動を起こした。彼を倒せるのは他でもない自分だけだという確信も同時にあったからだ。

 

ラリーを殺した先に何があるのかはわからない。いや、おそらく絶望と失望の世界だろう。もし、彼を殺したら自分は世界を絶滅の渦へと投げ入れて彼と同じく死を選ぶに決まっている。

 

だから、彼が自分を殺すことを切に願い、それに期待しながらも彼を殺すことに自分も喜びを見出してしまっている。

 

矛盾した思考だなと、クルーゼは自らがオーダーした機体を眺めながら自分を笑った。

 

ディン・ハイマニューバ。

 

大気圏内で大破したシグー・ハイマニューバのデータを基に全身の関節部構造を見直し、オプション用ハードポイントを増設した空中戦用量産型MS。

 

音速では飛べないこの機体は、最高速度は地球連合軍の主力ジェット戦闘機F-7D スピアヘッドに劣る。それに彼のことだ。単なるスピアヘッドで現れるとは考えづらい。

 

故に対策を考えた。それが、目の前にあるディン・ハイマニューバ・フルジャケットだ。

 

戦闘機であるスピアヘッドと同等の機動性を確保するために、機体各所に設けたハードポイントにエンジンなどを搭載したファストパック、フルジャケットユニットを外付けした形態だ。

 

フルジャケットユニットは、インフェストゥスと呼ばれる大気圏内用VTOL戦闘機のエンジンを補助エンジンとし、メインエンジンにはモビルスーツ支援空中機動飛翔体グゥルという大気圏内用のサブフライトシステムのエンジンを可変式ピボットに増設してある。

 

これにより推力が大きく向上し、モビルスーツの人型ならではの機動性に加え、亜音速での飛行が可能。背部に設けられたパージ可能なプロペラントタンクにより、航続距離も大幅に延長されている。

 

武装面でも、脚部に増設されたスラスター側面に6連装ミサイルランチャーが二つ、腰部にはJDP8-MSY0270試製指向性熱エネルギー砲、

両肩部に計2基装備される。10メートル近い全長を持ち、ユニットの多くには冷却システムが内蔵される。

 

そして近接格闘専用の重斬刀が二本、フルジャケットユニットを分離した時に使用できるようになっている。

 

ユニットを纒うディン・ハイマニューバはもはや上半身のわずかな部分と頭部しか出ておらず、全体で見ればディンとは思えない。むしろモビルアーマーと呼ばれた方がしっくりくる外見となっていた。

 

しかし、クルーゼにとってはそれが正解だった。モビルスーツで倒せなかった。運動性能を底上げしたモビルスーツでも一手先を行かれた。となれば、やるべきことは、流星と同じ土俵に上がるしかない。

 

破格の機動力を示すデータシートを渡してきた作業員に感謝を表しながら、クルーゼは輸送機に繋がれて戦場に運ばれるこの機体で、流星ーーラリー・レイレナードに挑む。

 

自分が憎しみ、焚きつけ、戦火を広げ、互いに憎しみ合わせ、互いの正義を信じさせ、互いを分かり合わせず、知らせず、聞かせずに終末戦争を笑いながら見ているつもりだった。

 

そんな戦争の中で現れた本物。

 

誰が望んだわけでもなく、誰が作り出したでもなく、生まれたわけでも、生み出されたわけでもない。

 

純然たる力を持った本物。

 

そんな彼と果たし合う。

 

その狂気に、身を委ねよう。

 

あとのことは、彼を殺した後に考えればいい。

 

そして、彼が自分を殺すか、戦い続ける限り、この狂気は続くのだ。

 

なんと素晴らしい。

 

なんと清々しい。

 

彼と戦っている時だけ、自分は過去を捨て、ラウ・ル・クルーゼという男として生きていられる。

 

その瞬間を、クルーゼは何より楽しみ、慈しんだ。

 

 

 

 

 

さあ、流星。

 

私は君の存在を歓喜して迎え、認めよう。

 

殺せるのは私だけ。

 

殺されるのは流星だけだ。

 

聞こえているか?

 

続きを始めよう。

 

この短き命をかけた戦いを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第79話 空中ノスタルジー

 

 

太陽を背に現れた巨大な影。その陰影がはっきりとし始め、機体色が見えた瞬間、ラリーの中に渦巻いてた直感が確信に変わった。

 

「クルーゼか!?」

 

真っ白なカラーリング。上半身と背中から広がる翼は明らかにディンであるが、腰回りから下半身、そして背面にかけて施された武装やオプションパーツは、ラリーが知るどの機体ともマッチしない。撃ち終わった二つのミサイルポッドをパージするその影から、ラリーに再び通信が入った。

 

《大気圏以来か…新しい力を手に入れたようだな、ラリー・レイレナード》

 

「そういうお前もな…なんだそれは?モビルアーマーもどきか?」

 

《君を倒すために準備したモノだ!存分に味わってもらおう!》

 

その言葉を皮切りに、クルーゼが操るディン・ハイマニューバは、フルジャケットユニット全ての性能を活かした高速戦をラリーに仕掛ける。対するラリーも、背部に設けられたジェットエンジンを豪快に吹かして応じる。二機は青空が広がる砂漠で壮絶な空戦を繰り広げた。

 

「この野郎!いつもいつもいつも…俺の前に現れやがって!」

 

ハイG機動を行いながら、クルーゼの機体の背後を取ろうとするラリーだが、人型ならではの機動力と、戦闘機が持つ加速性能を生かすクルーゼの機体は強敵だった。

 

《うっ…がぁ…ーーッ!はぁっ!君と戦ってないとつまらないからな!》

 

高負荷と圧迫に押しつぶされそうになりながら息を吐き出すクルーゼは、笑いそうになる声を押さえ込んで叫び、ラリーに向けて再び6連装ミサイルを放つ。

 

ラリーも操縦桿を鋭く操り、機体をひらりと機動させながらフレアをばら撒く。フレアに誘われて狙いが逸れたミサイル群の間に出来た僅かな穴を突き破ってクルーゼに追いすがろうとする。

 

「戦いを楽しむなよっ!」

 

《楽しいさ!ラリー!君との戦いは!心が踊る!》

 

迫るラリーのスーパースピアヘッドに、空になったポッドをパージすると、クルーゼは両肩部に備わる二基のエネルギー砲からビームをばら撒く。その弾幕に反応してラリーの機体もコブラからポストストールマニューバを繰り出し、ばら撒かれたビームの全てをマニューバのみで躱し切った。

 

「言ってろ!このぉっ!!」

 

機体を起こして、ラリーも反撃と言わんばかりにバルカンを放つ。増加装甲で受け止めたクルーゼだったが、そのまま翼端に備わるビームサーベルを展開しながらフルスロットルで突貫したラリーの機体と交差する。

 

《ーーっ!!》

 

スーパースピアヘッドからのソニックブームの中。迫ってきたビームサーベルをクルーゼは機体を傾けて避けた。すれ違いざまにビームを放つがラリーを捉えることはできない。

 

そうだとも、お互いにこの程度で終わるわけがない。そんなことはあり得ないのだ。クルーゼは無意識にヘルメットの中で笑みを浮かべていた。

 

《やるな!だが、まだまだこれからだっ!!》

 

コブラの機動をし始めたラリーのスーパースピアヘッドを追いかけながら、クルーゼも流れる汗を忘れて闘争に没頭していくのだった。

 

 

////

 

 

 

「アイシャ、あれ見えてるか?」

 

「ええ、見えてるわ」

 

四肢の全てを切断されたラゴゥから脱出したバルトフェルドとアイシャは、眩しい太陽に目を細めながら頭上で繰り広げられる空戦を見つめていた。

 

彼らが描く飛行機雲は奇怪。真っ直ぐとした雲が一つとしてなく、ジグザグに折れ曲がったものから鋭角に旋回する雲がいくつも交差して溶け合っている。

 

「あんな動きが、ナチュラルにできると思うか?」

 

「そもそも、人ができる動きではないわね。あれは」

 

ラリーの機動も、後から合流すると聞いていたクルーゼが操る見たことのないモビルスーツらしき兵器の機動も、二人の常識の範疇を軽々と超えるものだった。激しい応酬はまだ続いていて、轟音と空を裂くような破裂音を響かせながら空の戦いを繰り広げている。

 

あんなものを見せられると、自分が戦っていた相手は手を抜いていたのではないかと思えるほどだった。

 

「ーーだろうなぁ。さて、我々に退路は無くなったわけだが、どうする?」

 

「私、ストライクのボウヤや、あのパイロットの事が気になるわ」

 

「ここで抵抗しても砂漠の露と消えるだけか…、とりあえず発煙筒でも焚くか。クルーゼ殿は我々を助けてくれる様子もないしな。捕虜になるのは癪だが、もとより覚悟の上だ」

 

そんなやり取りをしながら、ラゴゥのコクピットシートの裏にあるサバイバルキットを肩にかけて、バルトフェルドは立ち尽くして空を見上げているストライクとアークエンジェルに向かって歩き出した。

 

「そういう割に嬉しそうね?アンディ」

 

「どうかな」

 

そうやって、彼らの運命もまた大きく動き出そうとしていた。バルトフェルドはアイシャに微笑むと再び空を見上げるのだった。

 

 

////

 

 

「カガリちゃん、あれ見えてる?」

 

スピアヘッドの複座から戦況を観察するトールとカガリは、ラリーのスーパースピアヘッドと、クルーゼのディンの戦闘を1番近くで見る事となった。

 

「ああ」

 

「そっか、幻覚かと思ったよ。俺」

 

「ああ」

 

素っ気ないカガリの返事に、トールは気にしない様子で外で繰り広げられる異次元の空戦を眺めながらポツリと呟いた。

 

「戦闘機ってあんな動きできるんだなぁ…」

 

「ああ」

 

まるで自動応答のようにそれしか言わないカガリをトールは複座から覗き込むと、彼女は一定周期で旋回するように操縦桿を傾けながら、スピアヘッドのコクピットから戦いを見つめていた。

 

常識はずれもいいところの機動をしながらせめぎ合う二機の戦闘は、今までカガリがレジスタンスで体感し、胸を張って答えていた戦闘とは根本的に次元が違っている。先日、ラリーに胸を張って言ったバクゥを倒したという戦いが子供の喧嘩のように思えるほど、その戦いは洗練されていて、まるで芸術作品を見ているような感慨すら感じられる。

 

目がいいカガリだからこそ、その凄さを垣間見れるが、アークエンジェルで観測するサイやオペレーターから見れば、ラリーとクルーゼの二人の機動はまるで短距離のワープをしながら戦っているかのようだった。

 

「うん、わかるよ。その反応」

 

アークエンジェルで、ラリーの戦闘を初めて見た時も、トールはカガリと同じような反応しかできなかった。ただ度肝を抜かれて、驚くことしかできず、彼らがやっていることを頭で理解するのに必死だ。

 

「あれが、流星の本気なのか…?」

 

カガリの絞り出すような声に、トールは何も答えなかった。あれがラリーの本気かどうか、同乗したことがあるトールにも判断できなかったのだから。

 

 

////

 

 

 

レジスタンスは今作戦で多大な犠牲を払った。血の気の多い戦士たちが乗るジープのほぼ全てがスクラップとなり、勇敢に、そして無謀に相手に立ち向かった男たちは、この砂の大地に還っていく。

 

「サイーブ!無事だったか!」

 

額から血を流しながら、呆然と空を見上げるサイーブにキサカが駆け寄った。戦闘が終わって一息ついたのも束の間、頭上で繰り広げられる戦闘は轟音を響かせていた。

 

「あぁ、なんとかな…それよりも、キサカ」

 

「見えているよ」

 

そうか、とサイーブは再び空を見上げた。とても遠い空。自分たちが抵抗していた戦闘とは世界が隔絶しているような戦い。あれが今の世界の戦闘なのだろうか?となると、今まで自分たちがやってきたものとはなんだったのか?

 

サイーブは改めて自分たちの愚かさを痛感していた。

 

「あれは、本当に現実に起こってることか?」

 

「間違いなく現実だな」

 

そう言ってる間にも、スーパースピアヘッドは戦闘機では考えられない機動を行いながら、空を駆ける敵の背後を取ろうと空を縦横無尽に巡り飛ぶ。

 

自分たちが雇っていたタスク隊も、そんな彼らの戦闘に割って入ることもできずに、ただその苛烈な空戦を見るギャラリーと化していた。

 

「そうか。ああも見せつけられると信じてみたくなるよ」

 

「何をだ?」

 

「アイツが言った戦争を終わらせるって言葉さ」

 

いつか、ラリーがサイーブに言った言葉。こんな戦争を終わらせる、そのための軍だと彼は断言した。

 

彼ならば、本当に終わらせてくれるかもしれない。

 

サイーブは空を仰ぎ見ながら、前人未到の戦いの中にいるラリーの身を案じた。どうか、彼がそれを成し遂げてくれるように、力も、気概も、プライドも失くした今のサイーブにはそれを願うことしかできなかった。

 

 

////

 

 

けたたましいアラーム。地上ギリギリの高度を知らせるアラーム。ハイGを警告するアラーム。アラーム、アラーム、アラーム。スーパースピアヘッドの中は警告音のパレード状態だった。

 

加えて、ラゴゥやバクゥとの戦闘で消耗していた為、燃料もバッテリーも最早限界ギリギリだ。

 

「くそっ…!エネルギーが限界か…!」

 

クルーゼのディンの手持ち武装から放たれる弾丸を避けながら、ラリーは迫り来る限界に毒づく。ここでガス欠になれば、地面に激突するか、動きが鈍ったところにクルーゼが弾丸とミサイルを撃ち込んでくるに決まっている。

 

《この程度か?君の力は!もっと見せてくれ!》

 

そんなことを考えていると、クルーゼは一足先に最後の6連装ミサイルをばら撒いてくる。チャフもフレアも尽きたラリーは、なけなしの燃料を燃やしながら機体を翻し、ミサイル群から逃れようと空を裂く。

 

そして、旋回しながら機体背面がクルーゼのディンの方向に向く瞬間を、ラリーは待ちわびていた。

 

「くっそー!しつこいんだよ!アンタは!」

 

背面部、エアインテークを守るように備わるファストパックの一部をパージすると、そこにはバスターの肩部に備わるミサイルポッドが四基格納されており、ラリーは背面がクルーゼを捉えた瞬間にトリガーを引いた。

 

ミサイルの全てが打ち出され、一部が6連装ミサイルのいくつかを撃破しながら、クルーゼの元へ向かっていく。

 

《やるな!ーーっぐっ!!》

 

クルーゼはディンの脚部を前方に向けて急制動を掛けては機体を空中で静止させる。そして両肩部に備わるビーム兵器で、ラリーから放たれたミサイルを次々と撃ち落としていく。

 

そんなことをしながらクルーゼはラリーの機体がレーダーから、突如として消失したのに気がついた。

 

どこだ?どこに消えたと言うのかーーー。そう思考がぐにゃりと歪んだ瞬間、どこかから腹の底から響くような音が聞こえる。そしてそれは、徐々にこちらに近づいてきていた。

 

「便利な兵器だな!だが、懐が空いたぞ!」

 

真下に目を向けると、バスターのミサイルを撃ち出したラリーのスーパースピアヘッドが、こちらに向かって上昇してしているのが見えた。

 

それもビームサーベルを展開させてだ。

 

「チィッ!!」

 

クルーゼは咄嗟にディンを旋回させたが、ラリーの爆発的な速度には追従できず、残っていたミサイルポッドがラリーによって引き裂かれる結果となった。

 

『クルーゼ隊長!レセップスの退艦、撤退が完了しました!至急離脱を!撤退してください!』

 

その直後に、レセップスの副官であるダコスタからの通信が入った。爆煙にまみれてラリーから離れるクルーゼのディンは、そのまま速度を殺さずに戦線を離れていく。

 

《潮時か…君も万全では無いようだな。勝負は次に預けるとしよう》

 

「ああ、とっとと行けよ…もう追う元気もないわ」

 

ラリーは見えない相手にひらひらと手を追い払うように振っていると、まるでそれを見ているかのように、ふっと微笑むクルーゼが居た。

 

《また会おう、流星。次はもっと心踊る戦いをな》

 

そう言い残して、クルーゼの操る機体はどんどん速度を増していき、すぐに地平の彼方へと消えっていった。

 

「ーーできれば会いたくないんだけどなぁ」

 

思わず本音が漏れたラリーは、ハイGでボロボロになった体をどっかりとスピアヘッドのシートに預けて、大きく息を吐くのだった。

 

 

 

のちに、レジスタンスが記録したこの戦闘のデータは『戦闘機での機動力を最大限生かして戦った』記録データとして多くの謎と伝説と共に保存されている。

 

その戦闘は専門家から見ても、地上最高峰の空戦記録であり、アフリカ諸国で戦闘機を持つ国にとっては貴重な勉強材料となるのだった。

 

 

 

 



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第80話 アフリカの裏側で

 

穏やかな木漏れ日が、窓から差し込んでいる。目を覚まして見た光景は、意識を失う直前に見ていた狭いコクピットではなく、清潔感が溢れた部屋の天井だった。

 

緩やかに覚醒していく意識を感じながら、違和感に従って手を口へ持っていくと呼吸器用のマスクが付けられていた。腕を確認するといくつもの検査用の線や、点滴の管が繋がれている。

 

意識は混乱することもなく、自然とここが病院か、それに準じた医療施設であるということを理解する。

 

腕を下ろして体を起き上がらせてみると、しばらく動いていなかったのか体の節々が痛みを発し、関節の骨がポキポキと音を奏で、今まで感じたことのない倦怠感が全身を襲った。

 

「目が覚めたか?」

 

起き上がって痛みに顔を歪めていると、目の前からそんな声が投げられた。顔を上げると、そこには簡素な椅子に座りながら本を読んでいた初老の男性が優しい笑みを浮かべていた。

 

自分は、その男性をよく知っている。痛みではっきりとした意識でなんとか体を起き上がらせてから、こちらも笑って久々の再会の言葉を述べる。

 

「お久しぶりです、ドレイク艦長」

 

病院着で起き上がったリーク・ベルモンドは、いつもの地球軍の軍服ではなく私服姿のドレイクと挨拶を交わした。

 

リークはしばらく窓から外の景色を眺める。すぐそこは病院の中庭で、宇宙では見なかった木々が風に揺られながら穏やかな陽気を浴びている。

 

その下には看護師が患者の車椅子を押していたり、患者同士がベンチに腰掛けて談笑している様子も窺えた。

 

「天国にしては、やたら現実的な風景ですね」

 

「残念ながらここは現実だぞ?命拾いしたな、お互いに」

 

リークの軽口にドレイクは笑いながら、ベッドの脇に水を置いた。リークは久々に飲む水を煽る。自分の記憶にあるのは、大気圏の熱に晒されたコクピットの蒸し暑さと、それに耐え続けて遂に意識を手放したことだけだ。

 

「ドレイク艦長ーー俺はどうやってここに?」

 

「メネラオスのシャトルの貨物ユニットに回収されて、ここに降下したんだ。運が良かったとしか言いようがないな」

 

リークが大気圏に突入したのは、デュエルが放った攻撃からシャトルを守るためだった。

 

その光景を見ていたシャトルのパイロットは、恩人を見殺しにできないと独断で機体表面に備わる貨物ユニットを解放し、乗客の荷物全てを大気圏にばら撒いた上で、リークのメビウスを格納したのだ。

 

しかし大気熱の受け皿となったシャトルだが、リークのメビウス全てをカバーできることが出来ずに、リークは高温に晒され続け、地上に降りてから今まで熱射病の後遺症で昏睡状態にあったのだ。

 

何度か意識が持ち直しかけたことはあったが、こうやって動くことができたのは今日が初めてだった。

 

「重篤化が危惧されていたが、後遺症も特に無いようだ。メビウスライダー隊で体が鍛えられたようだな」

 

ドレイクの言う通りに、リークは体を動かしてみるが倦怠感はあるものの、触感や感覚は正常で、動かないような違和感はなかった。

 

「ドレイク艦長たちは…?」

 

「ザフト艦がラリーに撃たれてから、モビルスーツが撤退してな。大破よりの中破で済んだくらいだ」

 

「さすが、不可能を可能にする男が乗っていた船ですね」

 

「私としては、流星の加護があったと言いたいところだがな」

 

そう談笑していて、リークはひとつ気になることがあった。

 

「ドレイク艦長、ここは一体どこなんですか?」

 

そう聞くと、ドレイクはわずかに顔を強張らせる。たしかシャトルの降下先は、フレイの父親であるジョージ・アルスターが指定したブルーコスモスの本拠地でーー。

 

そこで、病室の扉にノックが響いた。

 

応答をする前に扉が開かれると、使用人か看護師かに扉を開けさせた金髪のスーツ姿の男性がそこに立っていた。

 

「おや、お目覚めになられましたか」

 

にこやかにスーツ姿の男性はそういうと、病室に入ってくる。リークもドレイクも、その男性には見覚えがあった。

 

反コーディネイターを掲げる政治団体「ブルーコスモス」の盟主、ムルタ・アズラエル。

 

「ヤダなぁ、そんな怖い顔をしないでくださいよ」

 

アズラエルは強張った表情をするドレイクとリークを見て、困ったように笑った。

 

「こう見えても僕は貴方方、メビウスライダー隊のファンでしてねぇ。年甲斐もなくはしゃいじゃって、ベルモンド中尉のお見舞いには何度も来てるのですよ?」

 

リークが入院する病院は、デトロイトに本拠を置くアズラエル財団直営の病院でもあり、大気の熱に晒されて意識を失っていたリークを先立って引き取ったのもアズラエルの指示であったのだ。

 

「戦闘データや低軌道上の戦いのことは聞きましたよ。いやはや、モビルアーマーにあれだけのことができるとは思ってもみませんでした。レイレナード大尉も素晴らしい技術を持ってらっしゃる」

 

そう言ってアズラエルがリークに端末を見せると、そこにはグリマルディ戦線から続くメビウスライダー隊の戦いの全てが記されていた。彼がいうファンという言葉はあながち嘘ではないらしい。

 

「で、ミスターアズラエル。なぜ貴方は一介の兵士である俺に、ここまで手厚い対処をしてくれたのですか?」

 

しばらくアズラエルのまくし立てるような言葉に受け答えをしたあとに、リークはベッドの上で姿勢を正し、改めて問いかける。

 

そう言うリークに、アズラエルも緩んでいた笑みを仕舞って、真剣な眼差しでリークを見つめた。

 

「実は貴方にお願いしたいことがありましてね。まだ極秘なのですが、とあるプロジェクトに参加して欲しいのですよ。もちろん、ドレイク艦長やクラックスのクルーたちにも」

 

もう上層部とは話はついていますと言うアズラエルに、ドレイクは顔に出さないようにしながら、急すぎる地球降下に納得がいった。深傷を負ったクラックスは第八艦隊と共に月に入港し、ドレイクたちも今後の指令を待つ身となるはずだったが、急遽地球降下、それもブルーコスモスの本拠地であるデトロイトに向かえという指示が上層部から出されたのだ。

 

今この場には居ないが、クラックスのメンバー全てがデトロイトに到着している。

 

なるほど、アズラエルの極秘プロジェクトに参加させるためということかーーしかし、そこで疑問が生まれる。宇宙でも爪弾き部隊として揶揄されていたメビウスライダー隊が何故?

 

その答えを、アズラエルは緩やかな声で教えてくれた。

 

「使えるものは使う。方針に従わないからと力を持つ者を他所にやるなんて、愚の骨頂です。貴方方は強力な兵士なんですよ。兵士は使わなきゃ」

 

言い方は気にくわないが、確かにとドレイクは思う。そうやって自分たちも力を持っていたから生き残れたのだ。軍の下らない方針や指針に従って命を落とす若者を何人も見ているのだからなおさらだ。

 

「ですから、協力をして頂きたいのですよ。勿論断って頂いても構いません。しかし、受けてくださるなら貴方の妹さんたちにも我々は補助を出すことをお約束します。契約書も用意してますよ」

 

パチンと指を鳴らすと、病室外に控えていた使用人が書類一式を持って部屋に入ってくる。そこには確かに、リークの妹たちの情報と多額の補助金の話が書いてあった。

 

そして、リークはこれに嫌な汗を流す。

 

ブルーコスモスは嫌いだ。しかし、こうやって自分の大切な者たちの情報を握られている以上、ここで断った場合に何をされるかわかったものじゃない。

 

アズラエルは非常に上手い男だとリークは感じる。断ってもいいと前置きで言っておきながら、断った時のリスクをそれとなく理解させるのだ。こうされた以上、リークの答えは一つだった。

 

それに軍属である以上、上層部の命令は絶対でもある。

 

「貴方方とはいい仕事が出来そうですよ。お互いに楽しくやりましょうーーー僕の理想の為にも、ね」

 

そう言って微笑むアズラエルを、ドレイクは鋭い視線でただ見つめているのだった。

 

 

 

 

 



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紅海編
第81話 紅海へ


 

 

アフリカでの戦いを終えたアークエンジェルは、ザフトの攻撃を退けた後、アラスカに向けての航海を続けていた。そしてーー。

 

「海へ出ます。紅海です」

 

ついに、アークエンジェルはアフリカの地を離れ、海へと出た。アークエンジェルのブリッジが「おぉ」という歓声に包まれる。地球軍とは言え、宇宙暮らしが多いアークエンジェルのクルー達も、久々、または初めて見る海に大きく心を躍らせていた。

 

そんな中でマリューは戦闘時の毅然とした声とは違う、柔らかな女性らしい口調でブリッジでざわつく各クルーへ伝える。

 

「少しの時間なら交代でデッキに出ることを許可します。艦内にもそう伝えて」

 

それを聞いたトールやミリアリアたちが顔を見合わせた。

 

「やったぁ!」

 

あとは任せとけと、ノイマンが言うとトールたちは一礼して席を離れて、デッキへと向かっていく。そんな中で、副長の仕事を全うするナタルはハンガーへ繋がる通信を開いた。

 

「マードック曹長。ソナーの準備はどうなっているか?」

 

《今やってまさぁー。ハリー技師とボウズが最後の調整中です。もう少し待って下さい》

 

ハンガーでは、サイーブたちが別れ際に色々と渡してくれた海で役立つ機材を組み立てる作業でてんてこ舞いだった。マードック含め、作業員は各部へ下ろすソナーの準備を行い、肝心のシステム構築はハリーとキラが行なっている。

 

「急げよ。それと、自分より上の階級の者をボウズと呼ぶのはどうかと」

 

ふと呟くように言うナタルの声に、応答していたマードックは《え?》と返す。そこでナタルは自分の考えていることがいかに矛盾ーーというか、今の状況に合ってないかに気付いた。

 

今のアークエンジェルはもともと指揮系統が違う下士官が溢れて、足りないところは有志で志願した学生や、不慣れな別部署の人間も手伝っており、さらには無理やり同乗してきたレジスタンスの少女もいる始末だ。

 

そんな中で正規軍の規律など、ちゃんちゃら可笑しい話だ。ナタルは何度か咳払いをして自分自身の発言をもみ消した。

 

「いや、なんでもない。二人には調整が終わり次第休むように伝えてくれ」

 

デッキにはヤマト少尉の学友たちもいるからそれを伝えてくれ、と言ってナタルは通信を切る。ハンズフリーにして通信を聞いていたのだから、マードックのすぐ横にいたキラたちにはそれが聞こえていたわけで。

 

「だってよ」

 

「んー、そう言われても…これ…ザフトのなんですから、そう簡単には繋がりませんよ?」

 

探知ソナーのシステム構築をするキラは、ザフトのシステムを解読しながら作っているため、その作業は難航していた。その隣で同じようにシステムを作るハリーの手は、キラとは違って軽快だった。

 

「何事も基本は一緒だから、手順が違うだけでやり方は一緒ってことよ…よっと」

 

「あ、繋がった」

 

これぞ経験値の差よ!とドヤ顔でいうハリーに、キラもマードックも「おぉー」と感心の声を上げるのだった。

 

 

////

 

 

 

「砂漠の流星に乾杯ーー!!」

 

時は、アフリカでの戦闘後に遡る。

 

あの後は大変であった。まず、キラたちが帰投したらレジスタンスたちの熱烈な歓迎と、ラリーのスーパースピアヘッドの様子を見て顔を青ざめさせる作業員たちが待っていた。

 

そこから、一方ではレジスタンスたちの勝利の宴、他方ではスーパースピアヘッドのエンジンオーバーホールを行う作業員たちという奇妙な光景が広がることになった。

 

索敵を終え、フレイの様子を見にきたサイは、油まみれで疲弊しきった顔と死んだ目をするフレイに「…手伝って」と懇願されて、今も作業服に身を包んでフレイの指示に従いながら作業に従事している。

 

その隣では、正座するラリーと、その前に仁王立ちするハリーが「何故初飛行であんな無茶苦茶な機動をしたのか」、「何故敵のモビルアーマーもどきが現れた時は無意味な戦闘を避けるために撤退しなかったのか」、「機体の悪かったところはどこか?」などなど、機体のヒアリングをしながらにこやかに説教を行うという高等テクニックを見せるのだった。

 

サイーブたちの話では、鉱山を解放できたことにより、アル・ジャイリー主導のもとでザフトとの不可侵条約の締結が水面下で進められているらしい。

 

ザフトからすれば、バルトフェルドを失ったとしても鉱山を奪還することは容易いが、アル・ジャイリーが牛耳るマーケットを失うのは地球に伝手を持たないザフトからすると相当な痛手だ。

 

マリューいわく、地球軍としても、アフリカのザフトにはまだ手が回らないため、アル・ジャイリーの行動には口を出さない方針らしい。

 

アル・ジャイリーも元はアフリカの民だ。彼もこういう機会を虎視眈々と狙っていたのだろうと、サイーブは感慨深い表情をしながら語っていた。

 

タスク隊は、これまでの非礼を詫びて、改めてラリー含むメビウスライダー隊に礼を述べた。彼らはレジスタンスの防衛の要として、これからも傭兵としての職務を続けていくらしい。

 

モニカには「アフリカに寄る時があれば連絡をくれれば力になる」と、名刺とちゃっかり口座番号まで渡され、別れ際ではタスクリーダーから空戦機動やマニューバの操作方法のコツなどを聞かれ続けていた。

 

そして、アフリカで出会ったそれぞれの人間と別れの挨拶を交わす中、ラリーはある問題に直面していた。

 

 

////

 

 

「とりあえず、捕虜とするしか無いでしょ?それともここに放って出しておく?」

 

呆れたように、悩むように、顔をしかめながらムウは頭を抱えたい気持ちを抑えた。アークエンジェル帰投後に、こちらに投降してきた人物たちに、ラリーは思わず顔を覆った。

 

アンドリュー・バルトフェルド。

 

そしてアイシャという愛人。

 

そんな二人は、顔を覆うラリーに代わって、今後の処遇を口にしたムウの言葉に肩をすくめる。

 

「2日と持たずに死ぬだろうなぁ、砂漠をあまりなめないほうがいい」

 

砂漠は昼間は暑いが、夜は想像を絶するほど冷えるという。パイロットスーツ姿の二人を放り出せば、その先に待つ結末は容易に想像できる。

 

「アンタに言われてもなぁ…」

 

呆れたように頭を掻くムウに代わって、今度はマリューが口を開いた。その目は凛として毅然さを持っている。

 

「我々は、これから紅海へ出ます。貴方ならザフトの航路や敵の勢力関係を誰よりも詳しく知っているのでは?」

 

そこでバルトフェルドの表情も飄々としたものではなく、真剣な眼差しに変わる。

 

「ーー協力しろと言うのかな?」

 

「捕虜になりたいのならば、ですけどね」

 

私たちも慈善事業で、貴方達を捕虜にするわけではない、捕虜にするということに見合ったメリットを提供してほしいとマリューは言うのだ。そんなマリューの顔つきを見たムウは「だんだんドレイク艦長に似てきたなぁ」と内心で思っていたりした。

 

「フッ、気に入ったよ。アドバイス程度だが話はしよう」

 

「良いのか?ザフトから見たらアンタらは裏切り者扱いだぜ?」

 

そういうムウの言葉に、バルトフェルドは何を今更といったふうに頭を掻いて唸った。

 

「別に構わんよ、今のザフトに私は未練などないのでな」

 

「砂漠の虎が…案外潔い良いことで」

 

「私は部下のために軍人として戦っていたに過ぎんよ」

 

その部下も今はジブラルタルへ撤退してるだろう。事が上手く進めば、そのまま宇宙に上がって準備を進める要員として、彼らの手助けをすることになる。

 

それまでは、こちらはこの奇妙な地球軍艦がどこへ向かうのかを見極めようと思った。

 

「ゲッ…」

 

そう言ったのはストライクから降りてきたキラだった。

 

「やぁ、奇妙なパイロットくん」

 

砂漠の街で会った時のようにフランクで快活な笑みを浮かべて、バルトフェルドは改めてキラに握手を求めた。キラは何度かラリーとバルトフェルドを見つめてから、おずおずと差し出された手を握る。

 

「ーーキラ・ヤマトです。さっきまで殺しあってたのに…」

 

「はっはっは、戦争とはそんなものさ。君もさっきまで凄まじい戦いをしてたじゃないか。それも一方的に」

 

ラゴゥから見ていたキラの戦い振りは、まさに鬼神めいたものがあった。そのことに言及すると、キラは思わず言葉を濁す。

 

「それは…」

 

そう言いかけた時、ハンガーの向こう側から少女の大声が聞こえた。

 

 

////

 

 

「だから私を連れて行けと言っている!あんた達よりは情勢に詳しいし、補給の問題やら何やらあった時には、力になってやれるしな!」

 

「いや、しかしだな」

 

ラリー達が目を向けると、そこではタジタジのナタルに詰め寄るカガリとその後ろで圧倒的な威圧感を放つキサカが立っているのが見えた。

 

普段のナタルなら、カガリのそんな言い分を軍人らしい言葉で一蹴するだろうが、砂漠の街以来、何故か彼女や、その背後にいるキサカに苦手意識を持ってしまっているらしい。

 

「無論、アラスカまで行こうってんじゃないし、地球軍に入るつもりもないが、今は必要だろ?」

 

「お前がか?」

 

ナタルとの会話に割って入ったラリーの言葉に、カガリはウッと言葉を詰まらせる。ナタルがカガリ達を苦手とするように、カガリもまたラリーが苦手だった。

 

「ぁいや…だからその…いろんな助けがだ!」

 

「助けって言われても…なぁ?」

 

「女神様ね」

 

ラリーとムウが怪訝な目でカガリを見つめる。カガリの正体を知るラリーに続き、ムウも何となくだがカガリが単なる少女ではないということは薄々感づいていた。

 

あくまで、どこかの令嬢か、上流階級の人間なのだろうという漠然としたイメージでしかないが、サイーブたちの武器の羽振りの良さや、彼女に対する対応を見ていれば誰でも気付くものだ。

 

しかし、彼女がいればサイーブたちの援助や、海洋上でも何らかの物資を調達するには便利ということだけは事実だ。故にマリューやナタルたちも困っている。口は悪いが、それに見合う価値を持ってしまってるがために。

 

「ともかく、私はアークエンジェルと共に行くぞ!もう決めたからな!」

 

そう言って両手に抱えた荷物を持ちながらズンズンとアークエンジェルの居住区に歩いていくカガリを全員が見送る。

 

「で、あの子、ほんとは何者なの?」

 

ムウの問いかけに、キサカは特に答えることは無かった。

 

 

 

 

その後レジスタンスが下船する際に、捕虜となったバルトフェルドとレジスタンスとの間で一悶着ありそうになったが、「彼は捕虜として俺が責任を持って監視する」とラリーが宣言したことにより、「砂漠の流星が言うなら」とレジスタンスが身を引いたことがあったり。

 

そして、サイーブが息子に聞かせ、その息子が後に出版した「砂漠の流星」は瞬く間に大ヒットし、アフリカ空軍関係者の間で伝説として語り継がれることになるのは、戦争が終わってしばらく経ってからの話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第82話 海上の憂鬱


誤字修正ありがとうございます

盟主王を英雄にするかどうか、ゴールは決まってるけど色々と悩み中





はるか遠くまで広がる青空。

 

そこに悠々と漂う白い雲。

 

波打つ音と、ほのかな塩と水の香り。

 

「あーーー!気持ちいいぃ!」

 

紅海を進むアークエンジェルのデッキの上で、ミリアリアはいつも閉めている胸元のボタンを外して、その陽気と海の恩恵を体いっぱいで味わっていた。

 

「地球の海ぃ!すんげー久しぶりー!」

 

そんなミリアリアの隣で、上着を脱いだトールが同じように手を広げて、大海原に叫んだ。敵影なし、影もなし、穏やかな陽気と波。バカンスで来たのなら最高のロケーションだ。

 

そんなミリアリアとトールの後ろでは、サイとフレイがハンガーに置かれていた長椅子を持ってきて、ぐったりと日陰で微睡んでいる。

 

アフリカから紅海に出るまで、スピアヘッドのメンテナンスに加えて、ストライクやスカイグラスパーの点検に、弾薬の管理と備品整理まで終えた二人は、叫んでいるミリアリアやトールにも何一つとして反応を示さなかった。

 

マードックや他の作業員は、デッキで風を感じていたり、どこから持ってきたのか釣竿を垂らしたりと思い思いの休息を取っていた。

 

ちなみにハリーはハンガーで、ラリーからのヒアリングを元にスーパースピアヘッドの調整とオプションユニットの改造をせっせと行なっている。

 

「でもやっぱ、なんか変な感じだね」

 

デッキの手すりから真っ青な海を眺めながら、カズイがポツリと呟く。

 

「そっか、カズイは海初めてか。ヘリオポリス生まれだったもんなぁ」

 

コロニーにも、リゾート地区やそういう目的で作られたプラントもあるらしいが、やはり本物のスケールの大きさや、自然の力強さには勝てない。コロニー生まれ、コロニー育ちのカズイにとっては、地球に来てからは驚きの連続だった。

 

「砂漠にも驚いたけどさぁ、何かこっちのが怖いなぁ。深いとこは凄く深いんだろ?」

 

「怪獣が居るかもよぉ?」

 

ふざけた様子で言うミリアリアの言葉に、臆病者気質のカズイは「ええ…」と顔をしかめた。そしてトールも同じような顔をする。意味は違うが。

 

「何言ってんだよ、ミリィ。そんなこと言うとーー」

 

「お?興味あるかい?地球の海には多くの怪獣の伝説があってだな」

 

「ほらぁ!興味満々な人が!ほらぁ!!」

 

古い日本の特撮映画雑誌を見ながら寛いでいたアイクが立ち上がり、にこやかにトールたちの会話に加わってくる。トールは訓練でも、アイクがそういう類の話が好きなのを知っていたから、ミリアリアの言葉に顔をしかめたのだ。

 

そして、案の定アイクの話に火がついて、結果カズイは地球の海には入らないと固く心に決めるのだった。

 

 

////

 

 

「で?どうするのさ、この人たち」

 

ムウとラリーもデッキに上がっていたが、表情はミリアリアたちとは違って、少し疲れた様子だった。その原因が、自分たちの真後ろにいるのだから無理もない。

 

「んー、良い天気だなぁ。私も海は久々だよ」

 

「バルトフェルド。それに…」

 

「ハーイ」

 

大きめのTシャツを腰あたりで絞るように着流すアイシャと、サングラスをかけて長椅子で寛ぐバルトフェルドに、ラリーは何度目か分からないため息を地の底を突き破る勢いで吐いた。

 

「引き取ったのはラリーなんだから、監視役はしっかりとな?」

 

レジスタンスを宥めるためとは言え、しっかりとマリューやナタルに言質を取られてしまっているので、ラリーも文句は言えなかった。

 

「はいはい」

 

「レイレナード君、できればコーヒーを貰えないかな?アイスで」

 

「俺はアンタの召使いじゃないんだけどな!?」

 

そう言いながらも、ラリーは食堂で準備してきたアイスコーヒーをバルトフェルドとアイシャの分を注ぎ、氷も入れて渡す。アイスコーヒーは軍艦用の徳用品を使っているのがせめてもの抵抗だ。

 

「だって私は自由に動けないのだから、仕方ないだろう?」

 

そう言いながら、バルトフェルドはコーヒーを楽しみ、アイシャは日焼け止めクリームを塗って日光浴を楽しんでいる。というか、どこから持ってきたんだろうか…聞かない方が心の平穏になりそうなので、ラリーはあえて無視をした。

 

「あー、まったくなんでこんなことに…」

 

そう呟きながら空を見上げるが、答えてくれるものは誰もいなかった。

 

 

////

 

 

バルトフェルド一行をラリーに押し付けたムウがブリッジに帰ってくると、レジスタンスのキサカが、マリューたちと今後の話をしていた。

 

「しかし呆れたものだな、地球軍も。アラスカまで自力で来いと言っておいて、補給も寄こさないとは…。水や食料ならどうにかなるだろうが、戦闘は極力避けるのが賢明だろうな」

 

海図を広げながら、キサカは思い悩むように唸る。一介のレジスタンスに過ぎない彼であるが、まぁ言っていることは的を射ているとマリューもナタルも思った。

 

いくら最新鋭のアークエンジェル級とは言え、アフリカからアラスカへ自力で向かうとなると、一隻で許容できる負荷を容易に越えることとなる。

 

故に、今ではザフト製だろうが、ジャンク品だろうが、使えるものは使うという方針になっているし、アラスカへたどり着けるならノーサイドで使える情報をかき集めるしかあるまい。

 

「しかし、インド洋のど真ん中を行くと言うのは、こちらにとっても厳しいぞ。何かあった場合には、逃げ込める場所もない」

 

ナタルの言葉に、ムウはブリッジの扉を抜けながら「だからだよ」と言って、広げた海図のとある航路を指でなぞった。それは、インド洋を横断し、アラスカへ真っ直ぐと伸びる線だ。

 

「この航路がアラスカへの最短航路となる」

 

癪だが、今頃デッキで寛いでいるアンドリュー・バルトフェルドの言った情報は正しかったようだ。アクティブソナーで索敵しても、敵が現れないのは、彼が言った情報の裏付けにもなっている。

 

「ザフトは領土拡大戦をやっているわけではないんだ。海洋の真ん中は、一番手薄だ。あとは運だな」

 

「だが、見つかるとちと厄介な相手がいるのも確かだけどねぇ」

 

そういうと、ムウは端末からとあるデータを読み出す。地上は宇宙と違って地球軍のテリトリーだ。だから、地球で暴れ回れば必然的にその当人の顔は知れ渡ることなる。デッキにいるバルトフェルド然りだ。

 

ムウが映し出したディスプレイには、髭面で強面の男性が地球軍の潜水艇を撃破した時の写真が写っている。

 

「紅海の鯱…マルコ・モラシムねぇ…たしかに見つかればややこしそうだ」

 

そして、そんなムウの言葉は現実のものになるとは、今この場にいる誰も知らなかった。

 

 

////

 

 

《バルトフェルド隊長が行方不明になった報。地球に足つきを降ろしてしまったのは、元より私の失態。複雑な思いです》

 

そう言って謝辞を述べるクルーゼに、髭面の男は行儀悪くブーツを履いた足を机に投げ出しながら通信音声を聞き、時折苛立ったように鼻を鳴らした。

 

「ふん!」

 

《オペレーション・スピットブレイクで、私も近いうちにそちらと合流できるかと。その折りにはどうか、モラシム隊長にも、いろいろとお力をお貸しいただきたく思っております》

 

そう淡々と告げたクルーゼが通信を切った途端に、髭面の男こと、マルコ・モラシムは苛立ったまま拳で机を叩いた。

 

「ふんっ!クルーゼめ。こんな通信を送ってくること自体が、下手な挑発だぞ」

 

クルーゼの言葉を解釈すると、足つきはモラシム隊では厳しいので、クルーゼ隊が合流してから合同で討とうと言うところだ。

 

たかがナチュラルが作った船がそこまで脅威があるとは、モラシムには考えつかなった。そもそもの話、モラシムはバルトフェルドが苦手だった。妻子の敵であるナチュラルを根絶やしにせずに、理想的な戦闘や戦争を模索する男に、嫌悪感が募る。

 

ナチュラルは鬼子だ。老若男女構わずに皆殺しにできる核を攻撃手段も、迎撃手段も持たないプラントに撃ち込んだ悪鬼だ。

 

彼の原動力は、その悪鬼を討ち取ることだけに特化している。そこで、モラシムは卑しく顔をニヤつかせた。

 

「まぁーよかろう」

 

かのクルーゼ隊が取り逃がし、やり方はアレだが実力はあった砂漠の虎を撃破して、あの船は紅海に出ている。となるなら、あれを打ち取れば多大な損失を地球側へ与えられるということだ。

 

「乗ってやろうじゃないか。その流星とやら、足つきと共にインド洋に沈めてやる…!」

 

そう言って立ち上がるモラシムのことを想像しながら、クルーゼは瞳を閉じた。

 

彼のことだ。こちらが挑発すれば、事が整う前に撃破して憂さ晴らしと、手柄にしようとでも考えているのだろう。

 

だが、甘い。

 

そんな邪心であの流星が落とせるわけがない。

 

そして、流星を落とせるのも自分だけだ。

 

その世界に、声だけ大きくて自我で動く兵隊など要らないのだ。クルーゼは笑う。こんな最低最悪で愚かで醜い世界が、あの流星にはどう見えるのだろうか。

 

一つ言えるのは、モラシム隊が辿る末路がひどい結末ということだけだった。

 

 

 

 

 



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第83話 少年と戦士の狭間で

スーパースピアヘッドが最後だと言ったな?

アレは嘘だ




 

 

「次はモビルスーツを乗せて戦闘機を飛ばそうと思います」

 

「本当にもうバカじゃないのか?」

 

デッキでの休憩を終えて戻ってきたラリーたちに、ハリーがドヤ顔で言って、即座にラリーに言い返されたのが事の始まりだった。

 

なんでも、ハリーが夜なべしてせっせと準備していたスーパースピアヘッドのオプション追加装備の構想が纏まったらしい。興奮気味なハリーを宥めようとしたが、第一声がそれだったためラリーは思わず額に手を添えて項垂れる。

 

しかし、そんなことではハリーは止まらない。端末とスクリーンを併用しながら集まったスタッフやラリーに説明を開始する。

 

「スーパースピアヘッドは文字通り、一機のスピアヘッドのエンジンを丸ごと補助エンジンとして乗せてるわけで、そのエンジンに指向性を持たせたらモビルスーツを乗せても航空戦ができるとは思いません?」

 

そのセリフを聞いてフレイとサイが白眼を剥いていた。トールとアイクは聞こえないふりをして、作業員たちは顔をひくつかせる。

 

「思わない…思わないよ…!」

 

唯一、ツッコミを入れられたラリーだったが、次の一言でその場にいる全員の心の平穏は完全に打ち砕かれた。

 

「ちなみにもう出来てます」

 

ジャジャーンと言わんばかりに、ハリーが様変わりしたスーパースピアヘッドを紹介する。その瞬間にラリーが膝から崩れ落ちた。

 

「ちくしょう手遅れか!!」

 

「ハンガーに戻ってきたら、やたらとゴツいオプションが付いてると思ったら!思ったら!!」

 

「この人怖いよー目を離すとゲテモノ作り出してるから怖いよぉー!」

 

フレイ含めた作業員たちが、ハリーが作り出した化け物戦闘機に阿鼻叫喚の叫びを思い思いに上げる。その一部始終を見ていたバルトフェルドも、その余裕そうな表情はなりを潜めて見たこともない真顔になっていた。

 

「あーはいはい、怖くない怖くない。機体説明するよー」

 

作っちゃったんだから諦めなさい!と、言わんばかりにパンパンと手を叩いて発狂する作業員たちの意識を無理やり起こしていくハリー。

 

彼女の説明から、信じられないがスーパースピアヘッドは、汎用戦闘機を目指したスピアヘッドのコンセプトの延長線上に位置するモノということがわかった。

 

昨日、ラリーが出撃した際の装備は「突貫迎撃突撃仕様」ということで、そこからもたらされた性能データから、今度はモビルスーツを乗せて飛行するユニットの役割を持たせようとハリーは判断したようだ。

 

モビルスーツが乗る土台部分には、アークエンジェルで使用されているカタパルトの予備が装着されており、スーパースピアヘッドに乗る形になるストライクの脚部をしっかりとロックできるようになっている。

 

また、背面に装備された補助ブースターは取り外され、新たに機体下部に指向性を持たせたフレキシブルピボットブースターが装着されている。このブースターはバラしたエールストライカーのメインエンジンを流用したらしい。

 

また、このスピアヘッドに乗せるためのストライクのストライカーパックも用意したと言って見てみたが、明らかに部品取りして、大型翼と上部エンジンがごっそり無くなったエールストライカーでしかなかった。

 

はっきり言おう。

 

これはスピアヘッドではない。

 

スピアヘッドの形をした別の何かだ。

 

「まぁザフトでもモビルスーツを乗せる航空戦略機はあるからなぁ。強度があるなら、あとはデータ取りじゃないか?」

 

あらかた説明を聞き終えたバルトフェルドが、真面目なトーンでそう言ってみたが、ラリー含めた作業員たちにとっては爆弾発言でしかない。

 

「おい余計なことを言うなよ、バルトフェルド!!ハリーもそれだっみたいな顔をしない!!」

 

「じゃあ早速テストね!キラくんを呼んできてちょうだい!」

 

それ見たことか!とラリーが辺りを見渡すと、誰もが「キラを呼びに行ってきてくださいよ…」とラリーを見つめている。バルトフェルドに目を向けたが、にこやかな笑顔で首を横に振られた。フレイとサイは関わらないように奥で部品の整理を始め、マードックたちは早々に昼飯を取りに行った。

 

とんだ貧乏クジを引かされたものだ、とラリーはただただ肩を落とすのだった。

 

 

////

 

 

デッキで紅海を眺めながら、キラはアフリカでの日々を思い出していた。

 

 

 

 

〝ならどうやって勝ち負けを決める?どこで終わりにすればいい?〟

 

〝敵である者を、全て滅ぼして!…かね?〟

 

〝デュエル…お前だけは…〟

 

 

 

 

 

〝殺してやる…!〟

 

 

 

 

初めてだった。

 

ここまで明確に、誰かに気持ちをぶつけたのは。それも殺意という、自分が今まで1番無縁だと思っていたどす黒い感情だ。

 

デュエルを見た瞬間、様々な思いが溢れて、リークの思い出で心が締め付けられて、大切な人を守りたいという思いも、こんな戦争はしたくない、引き金はできれば引きたくないと思っていた自分の全てを、自分自身が裏切ってしまったようなーーそんな感覚がキラを苦しめていた。

 

僕はどうすればいいんだろうか…。

 

戦いを終えて紅海に出てから、キラは自分が戦う為に考えていた原動力の全てを失っていることに気がついた。

 

デュエルに殺意を向けて、殺してやると自覚した時から、キラの戦い方は破綻しているのだった。

 

「なんだ、お前もデッキに出てたのか」

 

そう思い詰めてるところに、防弾ジャケットを脱いでTシャツ姿のカガリがキラの横に現れた。

 

「カガリ…」

 

「お前、泣いてたのか…?」

 

そう言われて、キラはハッと自分の目元に触れた。すると手にははっきりと湿った感触があり、思わずカガリから顔を背けた。まさか泣いているとはーー軟弱な精神だなと思いながら袖で涙を拭っていると、ふいにカガリにその手を握られた。

 

「ちょっとこい」

 

見上げて目に入ったカガリの不機嫌顔、そして次の瞬間には自分の顔が彼女の胸元に押し付けられている感覚があった。

 

「あぁ…え?あ…ちょ…ちょっ…」

 

うわ、思いのほか柔らか…じゃない!とキラが突然のことに戸惑っていると、カガリはゆっくりとキラの背中をさすり始める。

 

「よしよし。大丈夫だ。大丈夫だから。大丈夫だ。大丈夫」

 

何が大丈夫なのかーー、そんな普段の自分なら浮かんだ疑問も出ずに、キラはカガリの優しい声にスッと耳を澄ました。波が弾ける音と相まって、カガリの声は自分でも驚くほどに穏やかで、心が安らぐように感じられた。

 

「ーー落ち着いたか?」

 

どれほどの時間、彼女の声に微睡んでいたのだろうか。気がつくとカガリはキラを離して顔を覗き込んでいた。我に返ったキラはバッと顔を上げ、真っ赤にした顔で頷く。

 

「ああ…ご、誤解するな!泣いてる子は放っておいちゃいけないって…ただ!そう言うことなんだからな!これは…」

 

そう言いながら、顔を赤らめるカガリを見て、キラは思わず吹き出すように笑った。それにつられて、カガリも声を出して笑った。お互いに笑ったのは久々のように思えた。

 

「あっはっは…ありがとう、元気でたよ」

 

「お前も大変だよな」

 

紅海を眺めるカガリが言った言葉に、キラは首をかしげる。

 

「メビウスライダー隊だろ?あんな奴と同じ隊なんて、身がもたないんじゃないか?」

 

あんな奴、とカガリが言うのは十中八九、ラリーのことだ。地球に降りてからその操縦テクニックに更に磨きがかかっているように思える彼の破天荒さには、キラはいつも振り回されっぱなしだ。

 

「うん、振り回されてる気はするけど…だけど、僕を仲間と信じてくれてるから、僕は戦えるんだ」

 

そう言って、キラは改めて自分の戦う理由を思い返す。たしかに、キラは大事な人を守りたいと思って戦っていた。

 

しかし、キラがヘリオポリスで二度目にストライクに乗る決意をしたのも、それからストライクで戦い続けたのも、その原動力になったのがラリーの言葉だった。彼のきつく、強い言葉と、心からの感謝の言葉がキラを突き動かしたと言っても過言ではない。

 

「ふーん。まぁいいけどな、もう…。大体なんでお前、コーディネイターなんだよ?」

 

「え?」

 

「あー…じゃないじゃない。なんで、お前コーディネイターのくせに地球軍に居るんだよ?」

 

「やっぱおかしいのかな。よく言われる」

 

アルテミスでも、地球軍の高官に言われた。第八艦隊でも、そしてバルトフェルドからも。

 

「おかしいとか、そういうことじゃないけどな。けど、コーディネイターとナチュラルが敵対してるからこの戦争が起きたわけで、お前には、そういうのはないかってことさ」

 

「君には?」

 

キラの問いかけに、カガリは呆れたように肩をすくめる。

 

「私は別に、コーディネイターだからどうこうって気持ちはないさ。ただ、戦争で攻撃されるから、戦わなきゃならないだけで」

 

攻撃されるから。守るべきものを守るために、大切な人を守りたいと思うから戦う。ただ、知っている人の笑顔を守りたいだけなのに。そんな単純なことすら、この世界は許してくれない。

 

「あはは。コーディネイターだって同じなのに」

 

キラはそこでようやく気がついた。

自分は、誰かに褒められたくて、戦う道を選んだのだと。コーディネーターだからできて当たり前と、心のどこかで思っていた自分を打ち砕いたのは、ラリーだった。

 

そんな彼の期待に応えたいと思って、キラは戦いを選んだのかもしれない。大切な人を守るというのは所詮後付けなのかもしれないと思えるほどに。

 

怖い病気には掛からない、何かの才能とか体、いろいろ遺伝子を操作して生まれたのが、コーディネーターだ。でもそれは、元を辿ればナチュラルの夢だったんじゃないか?

 

だからコーディネーターは生まれたと言うのに。

 

なのに…なんで…

 

「難しい話をしているなぁ、キラ・ヤマトくん」

 

そんなキラとカガリの後ろから、声が掛かる。振り返ると、そこにはアイシャを連れたバルトフェルドとラリーが居た。

 

「砂漠の虎!」

 

「アンディでも構わんよ。あ、アイシャが怒るな。んー、それに今は海だし、私は捕虜だからね」

 

そう言って腕に巻かれた捕虜を示すタグをカガリに見せる。それ以外は至って自由な素振りを見て、カガリは呆れたような目を向けた。

 

「まったく、いい身分だな」

 

「まったくだよ。それとコーヒーが自分で淹れられたら安泰の隠居生活なのだがねぇ」

 

そういうバルトフェルドの言葉を、ラリーが咳払いで一蹴する。

 

「どうしたんですか?ラリーさんも」

 

突然訪ねてきたラリーたちに、キラが顔をかしげるとラリーがかなり、慎重な面持ちになりながらキラの両肩を掴んで、こう言った。

 

「キラ、お前。悪魔と相乗りする覚悟はあるか?」

 

「ーーはい?」

 

 

 

 

 

 

 



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第84話 海と戦闘機とモビルスーツと

 

 

 

あー今回の任務だが、あくまで機体性能テストだ。

 

場所はインド洋南西部、任務内容は「スピアヘッド・フローター」の性能実験だ。くれぐれも空戦機動は控えるようにとハンガーの作業員たちからの要望を受けている。

 

ライトニング1は発進後に速やかにストライクとのドッキングモードに切り替えてくれ。ライトニング1にはドッキングシークエンスの補佐として、複座に対応可能な人員を搭乗させる。無茶な操縦はしないことだな。

 

ライトニング1のスピアヘッドが発進したのちに、ストライクも発進する。今回のストライクのパックは、「エールストライカー・ローニン」。エールストライカーの大型翼はないが、フレキシブルスラスターでの短時間のホバー機動は可能だ。

 

ストライクは発進後に、レーザー通信でのドッキングシークエンスに移行、そのあとはストライクを乗せた状態での飛行テストに移り、データ収集を行う。

 

いいか?今回はデータ収集が目的だ。空戦機動は原則として禁ずる。わかってるな?空戦機動は禁止だ。

 

今回はライトニング2もいる。これ以上やると作業員が発作を起こしかねん。とにかく無傷と燃料消費くらいで戻ってきてくれ。

 

無事の性能テストを祈るよ。メビウスライダー隊、発進!

 

 

 

////

 

 

 

《ラリー機、発艦位置へ!》

 

可変翼だったエールストライカーの補助ウイングは、低速域で飛行するスピアヘッド・フローターに合わせて翼角度は固定化されている。

 

追加ブースターは機体下部に設けられており、本体のエンジンチューンはスーパースピアヘッドと同等の値をとりあえず設定されているため、低速域での飛行とはいえ、通常時の20%増しという性能に変わりはない。

 

そして、コクピットの中で機体の各部チェックを行うラリーの複座に座るのは、地球軍のノーマルスーツを着たバルトフェルドだった。

 

「お手柔らかに頼むよ、流星殿?」

 

バルトフェルドがラリーの機体に同乗することに、マリューやナタルは当初は難色を示していたものの、ハリー曰く、ストライクとのドッキングシークエンスには相対速度の調整や機体制御の補佐が必須であり、その項目を見た段階でムウやアイク、トールも搭乗拒否をしたため、コーディネーターであり、ラゴゥのパイロット経験があるバルトフェルドが起用されるに至った。

 

そして、ラリーの監視下から放たれたバルトフェルドのフリーダムっぷりを聞いて、ナタルが早々にサジを投げたのも、バルトフェルド搭乗の要因だったりする。

 

「気をつけてね、ラリー!まだ調整は完全じゃないんだから!」

 

「ラリーさん、無茶はしないでくださいね!」

 

「もうエンジンのオーバーホールは勘弁ですからね!」

 

ハリーの忠告と、作業員たちからのクレームに、はいはいと敬礼で返しながらラリーは操縦桿を強く握った。

 

「とにかく、安全操縦を心がけますよ!ラリー・レイレナード、アンドリュー・バルトフェルド。スピアヘッド・フローター、ライトニング1、発進する!」

 

スピアヘッドと補助ブースターを唸らせて、ラリーの機体もアークエンジェルから飛び出していく。

 

続いて入ってくるのは歪なエールストライカーを背負ったストライクだ。

 

《APU起動。カタパルト、接続。ストライカーパックはエールを装備します。エールストライカー・ローニン、スタンバイ》

 

ミリアリアのアナウンスがハンガーに響き渡り、戦闘時の緊張感がない中で、サイやフレイがストライクの発進を見守っている。

 

エールストライカー・ローニンは、文字通り大型翼と上部エンジンが外されたエールストライカーだ。下部のフレキシブルスラスターにストライクの出力が集中するため、機体制御は困難を極める上に、用途としてもホバー機動が限界だろう。

 

念のためにビームではなく、実弾兵装であるモビルスーツ用のバズーカとシールドを装備したストライクがカタパルトへと運ばれる。

 

それを操るキラは、あまり乗り気ではなかった。これはあくまでも性能テスト。それを頭に叩き込んでストライクの操縦桿を握る。

 

《システム、オールグリーン。続いてストライク、どうぞ!》

 

「キラ・ヤマト、ストライク、ライトニング2、行きます!」

 

 

/////

 

 

「相対速度、200、180、160ーー相対速度クリア」

 

飛び立っていったスピアヘッドが、ぐるりとアークエンジェルを一周したタイミングでストライクがハンガーからホバーで飛び出していく。

 

バルトフェルドからリアルタイムで送られてくる情報を見ながら、トーリャことAWACSであるエンジェルハートが、スピアヘッドとストライクの状況をブリッジの各員に知らせていく。

 

「ストライク、スピアヘッドに着地します」

 

その言葉と同時に、ブリッジの前でレーザー誘導を行いながら、ストライクがスピアヘッドの上に着地した。ストライクが乗ったことで、スピアヘッドはやや揺れたものの、すぐに体勢を立て直してストライクを乗せたままアークエンジェルの外周を飛行し始める。

 

その様子を見ていたブリッジのメンバーから「おぉー」と小さな歓声が響いた。

 

「バルトフェルドさん、状況は?」

 

マリューがスピアヘッドの通信に問いかけると、前のモニターにはキラ、ラリー、そしてバルトフェルドの顔が映像通信で映し出される。

 

《快適な物だよ。現地改修でこれほどの物を作るとは恐れ入ったな》

 

戦闘機にモビルスーツを載せようというのだから、耐久性に疑問はあったものの、実際にやってみればハリーの計算通り、安定した出力を維持してスピアヘッドは飛行を続けていた。

 

「よーし、次はフローターのテストだ。機体姿勢を維持したままストライクをーー」

 

「レ、レーダーに反応!」

 

全員が安堵し、エンジェルハートが次のテスト項目に移ろうとした時、モニターを監視していたカズイが大声をあげた。

 

「また民間機とかじゃないのか?」

 

そう言って他のオペレーターがモニターを監視すると、その異変にすぐ気がついた。捉えた反応が民間機にしては異常に速いのだ。

 

「これは!攪乱酷く、特定できませんが、これは民間機ではありません!」

 

その異変に対して、マリューは素早く反応する。

 

「総員、第二戦闘配備!機種特定急いで!」

 

その瞬間に、ナタルが慌ただしく対空迎撃の準備を始め、ミリアリアが艦内へ放送を流した。

 

《総員、第二戦闘配備!繰り返す!第二戦闘配備!》

 

その声に、さきほどまでスピアヘッドを見送り穏やかな時間が流れていたハンガーが、一気に慌ただしくなった。

 

「戦闘配備だ!さっさと準備だ!急げよ!」

 

マードック指揮の元、スカイグラスパーの発進準備が大急ぎで行われていく。更衣室へ駆け込んだムウとアイクも、軍服からパイロットスーツに着替えながら思わず毒づいた。

 

「ザフトは居ないんじゃなかったのか!?」

 

 

////

 

 

「よーし!足つきを確認した!グーン隊、発進準備!」

 

指揮官仕様のディンから、潜水母艦クストーヘ指示を出すのは、マルコ・モラシムだ。彼らはアークエンジェルのソナー範囲外まで潜水母艦で近づき、機会を窺っていたのだ。

 

海を進むアークエンジェルを睨みつけながらモラシムは呟く。

 

「足つきめ、悠々と航海ができると思うなよ?」

 

なにせ、この紅海の鯱である自分に見つけられたのだからなーー。

 

 

 

 

 



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第85話 紅海の激戦1

紅海の戦いでは、エースコンバット要素を入れました!
皆さん大好き潜水艦です



 

「ええ!?トールをですか!?」

 

出撃準備が進む中で、通信に出たミリアリアがアイクの言葉に絹を裂いたような悲鳴を上げる。

 

パイロットスーツに着替えたアイクの出した指示は、トールを複座の管制パイロットとして乗せるというものだった。驚くミリアリアに、アイクは畳み掛けるように言葉をつなぐ。

 

「敵が一機とは思えん!索敵とマッピング要員でこちらに寄越してくれ!」

 

ミリアリアがマリューへ顔を上げると、彼女も頷いて操舵手であるノイマンに確認の視線を向けた。

 

「行けるか?ケーニヒ」

 

「はい!」

 

よし、死ぬんじゃねぇぞ!と言うノイマンに、トールは敬礼をして更衣室へと駆け出していった。

 

「ライブラリー照合…ザフト軍、大気圏内用モビルスーツ、ディンと思われます!」

 

サイの言葉により、いよいよ戦闘が目前に迫ってきていることがわかる。第二から第一戦闘配備に繰り上がると、ミリアリアがすぐに艦内放送を流した。

 

「総員、第一戦闘配備!フラガ少佐、ボルドマン大尉、ケーニヒ二等は搭乗機へ!」

 

「ディン接近!距離300、グリーン16!」

 

「対空防御!敵を近づけさせるな!ミサイル発射管、7番から10番、ウォンバット装填!順次発射!イーゲルシュテルン、バリアント、ゴットフリート起動!」

 

ナタルの指揮のもと、アークエンジェルの武装は覚醒していき、迫り来る敵を迎え撃つ。

 

 

////

 

 

《スカイグラスパー1号、発進位置へ。スカイグラスパー、フラガ機。進路クリアー。発進どうぞ!》

 

発進位置へ着いたムウのスカイグラスパーは、機動戦を想定したエールストライカー装備だ。コクピットの中でバイザーを下げながら、ムウは自分自身に気合いを入れる。

 

「よっしゃぁ!スカイグラスパー1号機、ムウ・ラ・フラガ、ライトニングリーダー、出るぞ!」

 

タイヤの軋む音を響かせながらスカイグラスパーはアークエンジェルから飛び出していく。

 

《スカイグラスパー2号、発進位置へ。スカイグラスパー、ボルドマン機。進路クリアー。発進どうぞ!》

 

アイクの駆るスカイグラスパーは、機動戦をするムウを援護するために、ランチャーストライカー装備となっている。

 

「ケーニヒ、訓練通りにやるんだ。できるな?」

 

「はい!」

 

複座で計器の設定をするトールにそう言って、アイクは良しと頷いて前を見据えた。

 

《スカイグラスパー2号機、アイザック・ボルドマン、トール・ケーニヒ、ライトニング3、発進する!!》

 

二機のスカイグラスパーが出て行った後、ハンガーのクルー達は帰投する際の準備を始めていく。そんな中で、カガリはハンガーの奥に固定されたスピアヘッドを見つめながら、何か焦れるような、そんな表情をしている。

 

それに気がついたハリーが、カガリの肩をそっと掴んだ。

 

「落ち着きなさい。今は状況を見るしかないでしょう?」

 

そう言うハリーの言葉に、カガリは「わかっている」と答えながらも、その目には何かが燃えるように映っているのだった。

 

 

////

 

 

「バリアント、てぇ!」

 

轟音、爆音。打ち出された黄色の弾丸をひらりと躱すディンの動きは、明らかな力量を示していた。

 

「えぇぃ!カーペンタリアの奴か!」

 

ストライクを乗せたラリーのスピアヘッド・フロートは、普段の異次元的な空戦機動ではなく、ディンの攻撃を旋回で躱しつつ、相手との一定距離を保ちながら攻撃の機会を窺っていた。

 

ストライクに装備されたバズーカだが、威力が強力な分、弾頭の重さから速度が遅いため、空戦を得意とするディンには当てることは難しい。

 

頭部のイーゲルシュテルンで応戦するものの、戦況は思わしくなかった。そんな中、ムウ達のスカイグラスパーが合流しようとする時だった。

 

《エンジェルハートより、メビウスライダー隊へ!これは…!アクティブソナーに感あり。4、いや2!》

 

「なにぃ!?」

 

ソナーからの音を聞く音響機器を耳元に当てるクルーとその情報を元にデータを更新するトーリャが、顔を青くさせた。

 

《このスピード…推進音…モビルスーツです!》

 

ムウが機体を反転させて海面を見ると、エンジェルハートから報告があった場所に、明らかに海の生物とは違う影がアークエンジェルに向かって進んで行く様子が見えた。

 

「水中用モビルスーツ…!」

 

《ソナーに突発音!今度は魚雷です!》

 

その言葉に、マリューは即座に反応する。

 

《面舵30!回避!》

 

《間に合いません!》

 

《くっ!推力最大!離水!》

 

その指示にノイマンは戸惑いながらもすぐに答えた。重い舵を引き上げて、海を走るように進んでいたアークエンジェルを浮き上がらせていく。

 

そして、その揺れはダイレクトにハンガーにも伝わった。

 

「うわっうっ…何やってやがんだぁ!」

 

通告なしに行われた離水により、ハンガーの傾斜がみるみる急になり、マードックたちは坂道になっていく床の上で絶叫した。

 

その様子をつぶさに観察していたディンのパイロット、モラシムは思惑通りに動くアークエンジェルに向けて、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

『浮上したか!SWBM装填!』

 

浮上したアークエンジェルで、索敵を行なっていたカズイが、即座にレーダーが捉えた反応を捕捉する。

 

《艦長!南西の方角より何かが打ち出されました!これはーーミサイルです!》

 

それは、ラリーのスピアヘッドからも見えた。

 

遥か先の海から打ち上げられた何かが、白い帯を引いて青い空へと伸びていく。それはアークエンジェルを狙うわけでもなく、ただ大空に向かって飛翔していくようにも思える。

 

そして、それを見たバルトフェルドが途端に顔をしかめて、通信を開いた。

 

「アークエンジェル!早く着水しろ!」

 

《バルトフェルドさん!?一体なにをーー》

 

「言い合いをしてる時間はない!戦闘機は極低空飛行を!高度は30メートルまで下げるんだ!」

 

「ライトニング1より各機へ!急降下!高度は30メートル以下だ!」

 

バルトフェルドがなにを知ってそう言ったのはわからないが、戦場では情報というのは絶対だ。彼がそういう以上、空に伸びるあの軌跡がどのような脅威なのか想像することは容易い。

 

ラリーの怒声に近い声により、ムウもアイクも自機を低空飛行へ移行させる。

 

《推力最大!着水!総員、衝撃に備えよ!》

 

アークエンジェルが着水した瞬間、空に火の玉が走った。白い大きな光点が大空で咲いた瞬間に、凄まじい衝撃波がアークエンジェルを襲う。

 

《うわああああ!》

 

「おいおいおい、マジかよ!!」

 

衝撃波で機体が煽られそうになるのを必死に押さえ込みながら、ムウは起こった出来事に驚愕の声を上げる。

 

「チィ!モラシム!あれを持ち出したのか!」

 

「バルトフェルドさん!今の衝撃は!?」

 

激しい揺れに耐えた機体の中で、キラがそう問いかけるとバルトフェルドは顔をしかめたまま、打ち上げられた兵器について情報を口にした。

 

「ザフトが地球軍の航空戦力に対して開発した、SWBMと呼ばれる特殊な燃料気化爆弾を弾頭とする弾道ミサイルだよ。あれのおかげでインド洋の制空権がひっくり返ったんだ」

 

「なんてこった…!カーペンタリアの悪夢のあれか!」

 

アイクが言う「カーペンタリアの悪夢」の話は、ムウもラリーも耳にしたことがあった。

 

ザフトがまだジンで地上戦略を行なっていた時、唯一の対抗手段であった航空機大隊での反攻作戦を行った際、出撃したほぼ全ての戦闘機が、ザフトの新型兵器により撃ち落とされ、大敗したと言う出来事で、使用されたのが、バルトフェルドが言うSWBMだ。

 

その言葉に続くように、ライブラリーからデータを引っ張ってきたエンジェルハートが、代わりに敵の兵器の詳細を伝える。

 

《SWBMは、弾頭の燃料気化爆弾が水平方向に広く拡散する様に指向性を持たせている!水平方向数十キロに及ぶ範囲で強力な衝撃波を発生させ、一定高度にいる戦闘機を根こそぎ撃墜する兵器だ!》

 

おそらく、敵潜水空母に備わってるのだろう、とバルトフェルドは続けた。

 

《数十秒から数分の飛翔の後、指定座標及び高度で炸裂する。大気を瞬間的に熱膨張させ非常に広範囲にわたり航空機をその圧力で粉砕する仕組みになっている》

 

原理としては簡単なものだが、その威力は凄まじく、ある一定の高度に存在する航空戦力の全てを根こそぎ撃破するに相応しい破壊力を持っている。

 

「そんなもん、どうやって避けろって言うんですか!?」

 

「空域制圧を目的として開発された為、大気の密度や温度の関係上地表付近では威力が大きく減退する。そのため極低空を飛行する航空機には効果が低いという欠点がある!」

 

「飛翔体が確認されたら全速力で極低空飛行をするしかないでしょ!」

 

悲鳴のような声を出すトールに、バルトフェルドもラリーが大声で返すと、今度はアークエンジェルが悲鳴を上げた。

 

《ソナーに突発音!魚雷!来ます!》

 

《回避!推力最大!離水!》

 

さっき着水したばかりだと言うのに、アークエンジェルは再び魚雷を避けるために海面を離れる。その度に、ハンガーは阿鼻叫喚の地獄絵図に変貌する。だが、紅海の鯱は容赦がなかった。

 

《距離500 グリーン14 マーク18アルファ!飛翔体確認!》

 

《くっ…!魚雷回避後に緊急着水!総員、対ショック姿勢!》

 

《しかし、これを繰り返せばアークエンジェルにも甚大な被害が…!》

 

海面を離れては着水、離れては着水を続ければ大質量を持つアークエンジェルはひとたまりもない。しかし、それをしなければ魚雷の餌食になるか、SWBMの衝撃波に晒されるかのどちらかだ。

 

「うわぁあああどうなってんだよぉぉお!!」

 

まるで絶叫マシーンと化したハンガーの中で、マードックたちはそんな叫び声をあげながら転がり回っている。ハリーたちは早々に準備していたコクピットシートの予備を改造した固定シートに体を預けて考えることをやめていた。

 

しかし、このままではジリ貧だ。消耗してしまえば、いつかはどちらかの攻撃によりアークエンジェルは被害を受けるだろう。

 

「駄目だ…このままじゃ!ラリーさん!」

 

「わかってる!こちらライトニング1、エンジェルハート!敵潜水母艦の位置は!?」

 

《雑音が多い!正確な位置はわからんが、距離おおよそ800 グリーン16へ移動…いや、潜水してる!》

 

「バルトフェルド!SWBMの発射準備時間は!」

 

「排水からサイロ展開までのおよそ三分だ」

 

その情報で、ラリーとキラの方針は固まった。

 

「ライトニング1から各機へ!こちらは敵潜水母艦の撃破に向かう!行けるな!ライトニング2!」

 

「了解!なんとかしなきゃ、アークエンジェルが!」

 

 

 

 

 



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第86話 紅海の激戦2

 

エールストライカー、ランチャーストライカーをそれぞれ装備したムウとアイクのスカイグラスパーだが、予想していた相手は航空戦力であるディンであり、水中のグーン相手に、ムウ達が装備する兵装ではあまりにも苦しかった。

 

「ええぃ!あいつら!水中から好き勝手に!」

 

海面に頭を出して、浮遊するアークエンジェルにミサイルを放ち、SWBMを避けるために着水すればすぐ様魚雷を放ってくる。ムウ達にとってグーンに攻撃できるチャンスは、海面に浮上し、アークエンジェルへミサイル攻撃をしているタイミングしかない。

 

『ふん!たかが戦闘機で!』

 

そして、その事情は相手にも丸わかりであり、海面に出たグーンは、まるでモグラ叩きのように不規則的な位置に出現しては、撃つだけ撃って海中に戻るという挙動を繰り返している。

 

『水中のグーンに勝てるものか!』

 

アークエンジェルの中で、マリューは唇を噛みしめる。水上ではグーンの魚雷、そして浮けばSWBMと海面のグーンからのミサイル攻撃。見事にモラシムの両面作戦にはまっている構図となる。

 

それに、紅海を行く航路の中で、魚雷による船体の損傷は致命的だ。下手をするとアラスカにたどり着く前に沈没する恐れもある。

 

SWBMの発射間隔は潜水からの浮上、排水、サイロ展開でおおよそ十分だ。これがアークエンジェルがどちらかの脅威を排除するタイムリミットともなる。

 

「推力最大!離水!敵モビルスーツを海面に誘い出す!敵艦からのミサイルには充分に注意して!」

 

SWBMの衝撃を受けた直後からアークエンジェルは離水する。手荒な真似だが今はこうするしかない。

 

「バリアント、ウォンバット、てぇ!回避しつつロール20!グーンを取り付かせるな!ヘルダート、斉射〝サルボー〟!」

 

海面に浮上する位置がわからないならば、範囲攻撃で牽制するまでだと、ナタル渾身の弾幕展開に、グーンは浮上することができずに海中を進む。

 

「くっそー!どうにか足を止めないと…!」

 

眼下の海を眺めながら、アイク機の複座に座るトールは、管制官であるミリアリアから貰った海図データと海の状況をつぶさに観察している。

 

「ケーニヒ!敵水中モビルスーツの位置は把握してるか!?」

 

「三時の方向!海面に影!数は2です!」

 

アイクは機体を鋭く旋回させて、浮上したグーンめがけて後部に備わるランチャーストライカーの武装、アグニの火を吹かせた。

 

しかし、着弾する前にはグーンは海中に潜っており、そこにはアグニから発せられる強力な熱により、水蒸気と海水のタワーが築かれた。

 

「くそ!海面に出てもこれじゃあ間に合わない!」

 

地球に降りてからというもの、今まで相手にしてきた汎用機とは違う、特化型のモビルスーツに翻弄されるアークエンジェルの戦闘部隊。

 

そんな中で、モラシムは高みの見物をしていた。

 

クルーゼが通信まで寄越した「流星」が乗る船を、こうも手玉に取れるとは。それが向こうが地球の戦いに不慣れだからであろうが、モラシムにとってはどうでもいいこと。

 

眼下で喘ぐ地球軍の新鋭軍艦に泡を吹かせてるという優越感こそが、モラシムがもっとも欲する愉悦だ。

 

ふと、敵の戦闘部隊に目をやると、最初に出てきていたモビルスーツを乗せたゲテモノ戦闘機の姿がないことに、モラシムは気がつく。あたりを素早く索敵すると、その機体は海面すれすれを水を切るように飛行しながら、ある方向に向かっていた。

 

それは、モラシムが母艦とする潜水軍艦の方角だ。

 

『なにぃ?!モビルスーツを乗せた奴が抜けたか?逃すものかよ!!』

 

モラシムはディンの翼を展開して、先を行くモビルスーツを乗せた戦闘機に向かって飛び立つ。

 

『こいつは私がやる!お前達は船を!』

 

グーン隊にそう伝え、了解の意を聞いてからモラシムは髭面の乾いた口元を舌で舐め、目を細めた。

 

『流星とやら…その機体、バラバラにしてくれるわ!』

 

 

 

////

 

 

 

「だから!なんで機体を遊ばせておくんだよ!私は乗れるんだぞ!」

 

大揺れするアークエンジェルのハンガーの中で、カガリはマードックに摑みかかる勢いで食ってかかっていた。

 

「でもあんたは」

 

レジスタンスだろ!?と言いかけたところで、アークエンジェルが離水し始める。さっきまで転がっていたが、感覚を掴んでくるとマードックたちは何かに掴まりながら、足を踏ん張る程度で耐えられるようにはなっていた。

 

「アークエンジェルが沈んだらみんな終わりだろ?!なのに何もさせないでやられたら、私が化けて出てやるぞ!!」

 

ハンガーの柱に掴まりながら、カガリが大声で叫んだ。彼女は向こう見ずなところはあるが、本質的には誰かを守りたいという気持ちで動いている。それを見ると、まるで感情が尖ったキラのように見えて、ハリーは思わず笑ってしまった。

 

「あっはっはっは。カガリちゃんの勝ちだねぇ、マードックさん、フレイちゃん。スピアヘッド、用意しますよ!」

 

「この揺れの中の出撃ですか!?正気じゃありやせんぜ!?」

 

「けど、出さないとこちらがやられますよ!」

 

幸い、アークエンジェルは離水してしばらくは安定する。カガリのスピアヘッドを出すには今しかない。一部始終をハリーが、AWACSであるエンジェルハートに伝えると、その返事をしたのはトーリャではなくムウだった。

 

《そりゃ、火力は多い方がいい。だが、遊びじゃないんだぜ?お嬢ちゃん。言い出した以上は分かってるんだろうな?》

 

「カガリだ!分かってるさ、そんなこと!」

 

そう勇ましくカガリが答えてから、準備は早かった。ハリー、マードック、フレイの3人がかりでスピアヘッドのエンジンに火を入れ、兵装を詰め込み、そして発艦準備を整えていく。

 

《スピアヘッド3号機、発進位置へ。スピアヘッド、ユラ機。進路クリアー。発進どうぞ!》

 

ミリアリアの誘導に従って、カガリがスピアヘッドを発艦位置へと移動させていると、今度は困ったように頭を掻くトーリャが通信を開いた。

 

《エンジェルハートよりユラ機へ。全く君というやつは…、とにかく戦況は混乱している。君のコールサインはオメガ1だ。出撃後はライトニングリーダーの指揮下に入れ。補佐はこちらがする!》

 

「了解した!カガリ・ユラ──んんっ、スピアヘッド、オメガ1、発進する!」

 

ギュア!とタイヤから甲高い音を立てながら、スピアヘッドは戦場空域へと飛び立っていく。

 

「落としたら承知しねぇからなぁ!!うわぁ!」

 

それを見送った瞬間に、マードックたちは急激な浮遊感に襲われる。アークエンジェルが降下し始めたのだ。

 

《SWBM確認!》

 

《緊急降下!着水間際で止めて!》

 

マリューの悲鳴のような声が艦内放送で響き渡る。いくらアークエンジェルとは言え、何度も着水と離水を繰り返していれば、翼やボディに計り知れない影響が及ぶ。3発目のSWBMでおおよその危険な空域は判断できた。

 

計算上では水面ギリギリまで降下すれば、被弾は免れるはずだ。あくまで、できればの話だが。

 

《ええい!ままよ!》

 

ノイマンの気合の入った声と操舵により、アークエンジェルは海面ギリギリまで降下する。次に襲いかかってきたのは、SWBMによる衝撃波の余波だ。

 

 

////

 

 

「ちぃ!しつこい奴!」

 

ラリーはエールストライク・ローニンを乗せたまま、モラシムからの攻撃を掻い潜り、敵潜水母艦が潜伏している海域へと急いでいた。

 

『行かせるか!』

 

ディンの両腕に備わるライフルから放たれる弾丸を機体を旋回させて躱していくが、さっきからアラームが鳴りっぱなしだった。

 

「流星!翼端面に想定以上の荷重がかかっている!これ以上の旋回は危険だ!」

 

複座で機体のコントロールの補佐をするバルトフェルドが、機体の限界を告げる。ラリーは普段よりもデリケートになったスピアヘッドを丁寧に飛ばしながら、後方のディンに気取られないように巧みに機動を変えていく。

 

「ラリーさん!パージしてください!水中でもストライクなら!」

 

上に乗るストライクから、キラの声が響くがラリーはその提案を即座に却下した。

 

「そんなことしたらここまで来た意味がないだろ!!」

 

このスピアヘッド・フロートに付く武装はバルカン砲と、スーパースピアヘッドから変わらずに付いている翼端のビームサーベルくらいだ。

 

本来はミサイルも付くはずだったが、今回はあくまでテストであり、機動性を重視した為、武装も最低限しか積んでいない。

 

つまり、敵母艦にたどり着いても有効な攻撃手段がないのだ。敵の船を落とせるカギを握っているのは、キラが乗るストライクだ。

 

「ライトニング1より、エンジェルハートへ!目標の海域に到着したが、敵艦の姿が見えない!パッシブソナーで追えるか!?」

 

通信でそう問いかけてみるが、帰ってきた答えは芳しいものではなかった。

 

《雑音が多すぎる…!必ず見つけ出す!それまで持ちこたえてくれ!》

 

信じるぞ!とラリーは伝えて、迫るモラシムのディンを避けては逃げ、避けては逃げを繰り返していく。旋回するたびにアラームは大きくなり、コクピットから僅かに見える翼端も普段で考えられないほどの揚力を得ていて、跳ね上がってるように見える。

 

翼端が限界を迎える数値になる前に、バルトフェルドの合図に従って、ラリーは機体を操る。しかし、執拗にモラシムはラリーのスピアヘッドを追い立てた。

 

『落ちろよ、野蛮なナチュラルめ!』

 

「ええい!しつこい!紅海の鯱は!」

 

紅海の戦いに、まだ終わりは見えてこないーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第87話 紅海の激戦3

 

マルコ・モラシムという男は、軍人と呼ぶには些か人間味が強い人物であった。

 

カーペンタリア基地所属であり、グーン隊やディン隊を擁する隊を率いる彼は、「紅海の鯱(シャチ)」の異名を持つ。

 

開戦当時、モラシムは僚機のジン・ワスプらと共に、珊瑚海海戦にて、地球連合海軍艦隊と交戦。艦隊を構成していた旧式駆逐艦を全て撃沈する戦果を上げている。

 

そして、カーペンタリア基地に対する地球軍による一大反攻作戦では、非人道兵器としてザフト内でも敬遠されていたSWBMをボズゴロフ級潜水母艦に搭載し、向かってくる地球軍航空戦力のほぼ全てを撃墜する作戦を展開。

 

ザフトも地球軍も、その並ならぬ執念から、モラシムを紅海の鯱と恐れるようになった。

 

そんな彼を修羅へ駆り立てる原動力。それは妻子家族の死だ。血のバレンタイン事件で自分の愛する家族を失っており、地球連合への恨みは人一倍強い。

 

そんな彼が、地球軍に容赦なく非人道兵器を使う決断をしたのは必然であった。そもそも、地球降下作戦に参加するコーディネーターには、そういったことに躊躇しない傾向が強い。

 

敵地に攻め入り、憎しみを晴らすために戦う軍人が、あまりにも多いのだ。

 

そんな相手に、世界情勢や、戦争が起こったのはお互いに悪いところがあっただとか、血のバレンタインよりも、その報復と行われたエイプリルフールクライシスの方が、死者が多いだとか、そんな論理めいた言葉が届くか?

 

答えは否だ。

 

彼らにとっては、家族が奪われたことが全てであり、それが答えだ。

 

自分の愛するものを奪った相手に、一矢報えるなら、僅かに見える針の穴のようなチャンスに全身全霊をもって突撃する。憎しみを原動力にした人間の底知れない覚悟とパワーは、時には常識すら吹き飛ばす強さがあった。

 

しかし、今回ばかりはモラシムにとって致命的な誤りがあった。

 

憎しみを原動力にしても勝てない相手を、モラシムはまだ知らない。そして知ったときには、その授業料は高すぎるものになるのだ。

 

そして彼がもっとも犯してはならないミスがもう一つ。

 

ストライクを乗せてふらつくような飛行をする流星を見て、それが流星の実力だと見下してしまったことだ。

 

 

////

 

 

 

《聞こえた!座標計測…距離950、グリーン18アルファ!敵艦、潜航中ーーいえ、浮上します!!》

 

エンジェルハートから待ちわびた言葉が届いた。ラリーは振り向くと、バルトフェルドも頷く。機体を切り返した先には、穏やかだった海が泡立ち、巨大な船影が徐々に海面に上がってくる。

 

《浮上までのカウント合わせ!浮上まで10、9、8ーー》

 

通信から聞こえるカウントダウンに合わせて、ラリーはディンを振り切るために、わざと海面スレスレを行くと、下部に設けられた補助エンジンを全開に吹かして、水柱をディンへさし向ける。

 

大した効果はないだろうが、数秒間こちらの動きを察知させなければ上出来だ。

 

「キラ!カウント合わせておけ!パージする準備だ!」

 

「了解!」

 

キラの返事に、ラリーは船影が浮き出す海域の上へまっすぐ、上へ上へと登っていく。すると、ラリーにしか聞こえない声が聞こえてきた。

 

『よーし!敵は虫の息だ!SWBM発射後、ディン隊出すぞ!浮上!』

 

ここだ。と、ラリーは機体を翻すと登っていた機動から潜水母艦に向けて急降下する形へ入った。

 

『海上レーダーに感!機影1ーーいえ、2!足つきの艦載機です!』

 

『なにぃ!?』

 

潜水母艦の艦長らしき野太い声が、驚愕の色に染まっているが、最早遅い。5、4、3ーーーとエンジェルハートからのカウントがあと僅かになった瞬間に、なす術なく浮き上がってきた潜水母艦が姿をあらわす。

 

「見つけた!うおりゃあああ!!」

 

今だと言わんばかりに、ラリーは速力に難があるスピアヘッド・フローターをフルスロットルで急降下させていく。水柱から逃れたモラシムのディンがこちらを狙ってくるが、腐ってもこちらは戦闘機。爆速で急降下する戦闘機をディンのライフルが捉えることは無かった。

 

「1!ストライクパージ!」

 

「パージ!」

 

バルトフェルドの合図に従って、キラもストライクを固定するカタパルトを解除し、まるで見送るように、ラリーのスピアヘッドから後方へ降りていく。

 

『敵機よりモビルスーツが降下してきます!』

 

エールストライカー・ローニンから得られるホバー機動で、キラは降下しながらも安定した機体制御を手にしていた。

 

シートの側面にあるターゲットスコープを引っ張り出して、キラは冷や汗をかきながらスコープを覗き込んだ。

 

「SWBMのサイロはーーあそこか!チャンスは一度!!」

 

ここで逃せば、潜水母艦はより深い深海に潜り、またどこからSWBMをアークエンジェルに打ち込んでくるだろう。もう一度、ソナーを使って探すことはできるだろうが、その前にアークエンジェルが限界に達してしまう。

 

ミサイルの脅威を排除するには、今しかない。

 

『サイロのハッチを閉めろ!緊急潜航!躱せ!』

 

『間に合いません!』

 

集中力が極地に達した瞬間、キラの中で何かが弾ける。スコープでぶれていた発射口が鮮明に見えて、キラは雄叫びをあげながらバズーカの引き金を引いた。

 

「当たれええ!!」

 

放たれたバズーカは、吸い込まれるようにサイロへ入っていき、その後にトドメと言わんばかりに放った弾頭は潜水空母の表面を蹂躙していく。キラのストライクは一度、浮上した潜水母艦に着地し、すぐに飛び上がる。

 

すると、サイロから大きな煙が立ち上り、潜水母艦各所で小さな爆発と揺れが発生し始める。

 

『SWBM、1番サイロに被弾!続いて右舷にもです!』

 

『くっそー!消火急げ!引火したら最後だ!浮上してディンを出せ!叩き落とすんだ!』

 

艦長の言葉通り、サイロとは別のハッチが開くと、そこから出撃準備をしていたディンが次々と空へと打ち上がってくる。まるで、蜂の巣を突いたようだとキラは思った。

 

しかし、事態はより深刻な方向へ転がっていく。

 

『SWBM発射シークエンスに異常発生!ミサイル…発射されます!』

 

『なんだと!?』

 

キラがサイロを破壊したものの、誘爆を免れたSWBMが誤作動で打ち上げられたのだ。轟音を響かせて、大破したハッチから不規則な機動で打ち上がっていくSWBM。

 

それを見たラリーとバルトフェルドは、不味いと顔をしかめた。

 

SWBMは高度に制御された弾道ミサイル。起爆位置も、範囲も計算された上で運用することが大前提の兵器だ。それが、誤作動、しかも不規則な軌跡で飛び上がっていくSWBMは破裂寸前のポップコーンに等しかった。

 

「キラ!戻れるか!?」

 

焦った様子でホバー移動するキラを迎えに行こうとするラリーの前に、モラシムが駆るディンが立ちふさがった。

 

『させるかよ!!足を奪わせてもらう!』

 

「さっきのディンか!!」

 

『ふん!たかが戦闘機ごときが、ディンに勝てると思うなよ!!』

 

そう言うモラシムは、ヘッドオンしたラリーのスピアヘッド・フローターに向けて両手に持ったライフルの銃口を突きつける。

 

普段なら、マニューバーでライフルを躱すことができるが、今回は機体がコブラやクルビットなどのマニューバーに耐えられるものではない。

 

機体下部に付く補助ブースターにより、フローターのような準ホバークラフトもどきの動きができるものの、大きな空気抵抗を受ける機動をすれば、広げたエールストライカーの大型翼が空中分解する恐れがある。

 

どうする…!

 

そうバルトフェルドが考えていた中で、ラリーは「マニューバーをしない」という選択肢を即座に選んでいた。

 

準ホバークラフトもどきの動きができるならーーそう考えた軌跡を、ラリーの手は何のロスもなく操縦で表し、機体は鋭く反応した。

 

「うおおおお!!」

 

凄まじい横G、コーヒーカップに乗り込んだようーーなんて生易しいものではなく、瞬間的に脱水をする洗濯機に放り込まれたような凄まじい衝撃とGがバルトフェルドに襲いかかる。

 

目を開けることもままならない中で微かに見たのは、両足を翼端に備わるビームサーベルで両断されたディンの哀れな姿だった。

 

『な、なんだ!?その機体の動きは…!!』

 

少しのストールからラリーは何事も無く機体を持ち直し、軽く振り返りながら聞こえないであろう声をかける。

 

「悪いな、先を急いでるんだ!」

 

なんだ?

 

何が起こったんだ?

 

バルトフェルドは急激なG変化に僅かに呆けながらも、ぼやける視界で複座に備わるオペレーションモニターを見た。そこには、翼端の限度値を測定するために表示していたスピアヘッド・フローターの機動モニターがあった。

 

それを見て、バルトフェルドは言葉を失う。

 

この機体は、コブラやクルビットという特殊な機動をしたわけじゃない。動きとしては単純。

 

ラリーは、この流星と呼ばれる男はーー

 

ホバークラフトのように自由機動で、スピアヘッドをその場で旋回させ、その旋回力でモラシムのディンの脚部を両断したのだ。

 

それはまるで、モビルスーツがビームサーベルを横薙ぎに振り回すような動きでーーそんな動きが戦闘機に可能なのかとバルトフェルドは表示された現実を疑うしか無かった。

 

『くそ!脚部が!おのれナチュラルがぁ!!』

 

背面と脚部のスラスターに機体制御を依存しているディンは、両足を失ったことで機体を持ち直すことができなくなっているようだった。

 

喚き散らすモラシムを無視して、ラリーは空中で滞空するキラのストライクの元へと急ぐ。

 

「キラ!!バルトフェルド!いいな!!」

 

チャンスは一度だと言うラリーの声に、呆けていたバルトフェルドは自分のやるべきことへ意識を向け直した。

 

「捉えた!レーザー誘導!!」

 

「相対速度、コンタクト!!決めろよ、キラ!!」

 

脚部からのレーザー誘導に従い、速度を合わせたストライクが再びスピアヘッド・フローターのカタパルトへ足を着地させる。

 

ストライクが着地した瞬間、アラームが忙しく鳴り響いたが、今は構ってる暇はない。

 

「よしっ!受け止めた!下がれ下がれ!!」

 

キラを回収したラリーは、機体を極低空飛行へ移行し、アークエンジェルに逃げるように飛び去っていく。

 

キラが打ち上がったミサイルを見上げた瞬間、不規則な軌跡で打ち上がっていたSWBMは閃光を放ち、大きな音を上げて空に花を咲かせた。

 

「うひょおおおお!!」

 

閃光がストライクのコクピットのモニターを覆い隠し、衝撃波の余波はスピアヘッドを大きく揺さぶる。何度か翼が海面に接触したが、ラリーは類稀なる操縦技術で、なんとかスピアヘッドを海面着水させずに飛ばすことができた。

 

そしてーー

 

『おのれ…こんな奴らに…ぬぁあああ!!?』

 

機体制御を失ったモラシムの機体と、射出されたばかりのディン隊は発進直後に、皮肉にも自らが導入したSWBMの衝撃を、もろに受けることになった。

 

膨大な気化燃料から発せられる衝撃波は、モビルスーツをいともたやすく鉄くずへと変え、潜航が間に合わなかった潜水母艦を撃沈するには十分な威力を誇っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第88話 紅海の激戦4

 

 

「くっそー!!水中から好き勝手撃ちやがってー!!」

 

無線から流れてくるムウの苛立った声を聞きながら、トールは複座に備わる観測モニターをつぶさに観察していた。

 

「ボルドマン大尉!二時の方向!ボギー!」

 

「ちぃ!!」

 

トールの声にアイクは直ちに反応して、スカイグラスパーを大きく旋回させる。すると、さっきまで自分たちがいた場所に水面から顔を出したグーンが放つビームが通り過ぎていく。

 

それに安堵することなく、トールは顔すら上げずに観測モニターを見つめて、再び潜水を始めたグーンの動きを注視する。トールからしたら、ザフトが駆る水中用モビルスーツはおおよそのパターンで動いているところまでは見当がついていた。

 

観測モニターでも分かるグーンの熱量は、水中用モビルスーツの特徴の一つだ。いくら水の抵抗を少なくしたとはいえ、人型の物を水中で動かすとなると、膨大なエネルギーを要する。

 

そのエネルギーの痕跡を辿れば、敵がどのタイミングでこちらを狙ってくるのか。海上の戦いが始まってしばらく、なんども見せつけられればパイロットの癖や感覚が自ずとわかってくるものだ。

 

しかし、そのばらつきが致命的だった。

 

「くそ…これじゃラチがあかねえ!」

 

戦闘機でグーンを狙い撃ちにしようにも、海面に出たところを撃ち抜かなければ、水中で圧倒的な加速性を誇るグーンを射抜くことはできない。

 

そして、そのタイミングがバラついているためムウ達は攻めあぐねいていたのだ。

 

そんな焦れる戦いの中で、アークエンジェルが広域通信で回線を開けた。

 

《こちら、地球連合軍、第7艦隊所属のアークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスです》

 

『ーーなんだ?』

 

その声が響いた途端に、グーンのパイロットたちが戸惑った声を出し、打ちあがっていた攻撃が止む。ムウやアイクたちも戦闘状態から抜け出して、戦闘空域上空を旋回するように飛びながらマリューの声に耳をすました。

 

《交戦中の水中用モビルスーツのパイロットに告げます。貴方達の母艦である潜水母艦は、こちらが撃沈しました。無駄な戦闘はやめて、投降して下さい》

 

それを聞いて、アイクがエンジェルハートに確認を取ると、それが真実であるという答えが帰ってきた。

 

ラリーたちが紅海の鯱を仕留め、そして敵潜水空母を撃沈し、こちらに帰投中とのことだ。そして、マリューは投降の猶予を与えた。

 

いくら水中用グーンとは言え、このインド洋の真ん中で帰る場所が無くなれば、戦闘を終えた後は海底に沈むしかないだろう。

 

マリューは繰り返して、毅然とした声で言った。

 

《このまま戦闘を続けても、無意味です。繰り返します。無駄な戦闘はやめて投降をーー》

 

その瞬間、アークエンジェルのモニターに警報が映し出される。とっさにナタルがマリューに向かって叫んだ。

 

「艦長!」

 

「面舵20!!」

 

まるで分かっていたように、アークエンジェルは舵を切ると海面から出たグーンが放つビームを鮮やかに躱す。それを見たザフトのパイロットは、生じた疑念を振り払うように吐き捨てた。

 

『なにが投降だ!でまかせを!』

 

『ナチュラルの分際でぇ!』

 

静まっていた戦いに再び火がついた。海面に現れては消えるグーンの攻撃が再開し、旋回していたムウたちの機体も迎撃を再開する。

 

「艦長」

 

アークエンジェルのブリッジで、ナタルが真っ直ぐとした軍人らしい瞳でマリューを見上げると、彼女も分かっていますと落ち着いて言葉を返す。

 

「ナタル、約束通り勧告は一度だけよ。残念だけどね」

 

慈悲を見せるのは一度だけだ。マリューは投降勧告をすると決めた時、ナタルとそう約束を交わしたのだ。ザフトは敵ではあるが、互いに軍人だ。帰る場所を失い、漂流に近い状況に相手がいるというなら、それを救う言葉をかけるのも軍人の在り方だ。

 

しかし、ザフトはそれに応じなかった。ならば、やることは一つだ。マリューは悲しさに満ちる心を一喝し、前を向く。

 

生き残る。生きて、生き延びて、使命を果たす。

 

ドレイクが口癖のように言っていたその言葉を真意を、マリューはようやく理解し始めていたのだった。

 

 

////

 

 

カガリはスピアヘッドの操縦桿を握り締めながら、機体の行く先と海面を交互に見ては、自分のできることを模索していた。

 

単に空に上がればどうにかなると思っていたが事はそう簡単には運ばない。浮上するグーンはこちらの行動をセンサーで探知してるのだろう。いやらしいタイミングで浮上しては攻撃し、そして潜航を繰り返している。

 

今はまだ被害は酷くはないが、消耗戦になれば空を飛ぶこちらの燃料が先に尽きはじめ、後手に回り、形勢は傾いていくだろう。

 

「くそぉ!やってくれるじゃないの!」

 

「せめて敵を海上に釘付けにできれば…」

 

無線機からのメビウスライダー隊の言葉に、カガリはふと一案を思いついた。過去の戦闘でも、敵がある特定の場所に籠城するときに、そこから叩き出す、またはあぶり出すためにとられてきた代表的な手法を。

 

「海面…そうか!オメガ1より各機へ!」

 

通信でカガリは思いついた案を整理し、ムウやアイクに伝える。最初は反対されるかと思ったが、この埒があかない状況に苛立っていた二人は、カガリの提案を快く迎えた。

 

「なるほど!それはナイスなアイデアだ!」

 

そうムウが言うと、ムウ、アイク、そしてカガリの機体はそれぞれ三方向からグーンが潜む海域へと侵入し始める。

 

「信管設定完了!いつでもいけます!」

 

トールの声に、アイクは満足げに頷く。

 

「よし!ミサイル投下しろ!!」

 

スカイグラスパーの腹が開き、スピアヘッドの両翼に搭載されたそれぞれのミサイルが、無誘導、推進装置を起動せずにまるで爆弾のように海へとばら撒かれていく。

 

機影が過ぎ去り、ザフト兵がグーンを水面に上げようとしたところで、2機のグーンは衝撃に襲われた。

 

『うわぁああ!』

 

『なんだ!?機雷か!?そんなバカな!』

 

そう叫ぶザフト兵が、あたりをソナーで調べるが既存の機雷反応は見受けられなかった。しかし、再び衝撃がグーンを襲う。

 

その時に、彼らは見た。水中をゆっくり落ちてくるミサイルの姿を。

 

『ちがう!奴らミサイルを…うわぁ!!』

 

カガリが提案したのは、ミサイルを信管起爆タイマーをセットした状態で海へ投下すると言う、単純な作戦であった。単純な故に効果は絶大。予期していなかった戦闘機からの攻撃により、グーンはバラストタンクや姿勢制御装置を損傷し、海面に出ざるをえなくなる。

 

「ラミアス艦長!」

 

ムウの声がアークエンジェルに届く。敵は海面に釘付けにした。それに頷いたマリューは即座に判断し、命令を出した。

 

「わかりました。上部の砲の射線をとります!ノイマン少尉!一度でいい、アークエンジェルをロールさせて!」

 

「えぇ!?」

 

「艦長!?」

 

マリューの判断に、操舵を担うノイマンとナタルが驚いた声を上げた。たしかにスカイグラスパーで海面に釘付けになったグーンを攻撃すればいいが、この消耗戦の中でアイクのスカイグラスパーに搭載したランチャーストライカーパックのバッテリーは危険域に近づいている。

 

万が一外して、敵が再び海底に逃げたら今度こそこちらが不利になる。

 

「一撃で勝負を付けます。ゴットフリートの射線を取る。一度で当ててよ、ナタル」

 

「…分かりました!」

 

「ノイマン少尉!やれるわね?」

 

「はい!」

 

 

////

 

 

アークエンジェルからの艦砲射撃の予告を受けて、ムウたちに与えられた任務は海面に釘付けになったグーンを逃さずに引きつけることだ。

 

『ナチュラルのくせにっ!!おちろぉ!!』

 

しかし、彼らも大人しくはしていない。7連装の魚雷が搭載された腕を戦闘機に向けて放つ。ロケット推進を持つ魚雷は狙いはお粗末だが、カガリの操るスピアヘッドを驚かせるには十分な威力を発揮した。

 

「お嬢ちゃん!チョロチョロすんなよ!俺が撃っちゃうじゃないか!」

 

魚雷に驚いてふらつくカガリをムウが強い口調で窘める。その言いように、気性が荒いカガリも負けじと言い返そうとしたが。

 

「うあぁ!」

 

ミサイルの後に打たれたビームがスピアヘッドの脇をかすめる。装甲をわずかに溶かされたせいで、スピアヘッドの後部から黒煙が吹き上がり始めた。

 

《エンジェルハートよりオメガ1へ!大丈夫か?》

 

「ナビゲーションモジュールをやられただけだ!大丈夫!」

 

そう答えてカガリは再び操縦桿を傾けようとしたが、それを抑えるようにムウのスカイグラスパーが鼻先に現れる。

 

「ライトニングリーダーよりオメガ1、帰投できるな?早く離脱しろ!下のやつらはこちらが抑える!」

 

「大丈夫だ!まだ…!」

 

そう。まだ戦える。まだ飛べるとカガリが答えようとした瞬間、いつもの調子のいい穏やかな声とは違うムウの怒声がスピアヘッドのコクピットに響いた。

 

「フラフラ飛ばれてても邪魔なだけなんだよ!それぐらいのこと、分からんか!」

 

「くっ!分かったよ!」

 

言い方は気に入らないが、ふらふら飛んでるのはカガリの技量不足だ。それを自覚しているからこそ、カガリはムウの怒声に反抗せずに従い、戦闘空域から離れていく。

 

それを見送ってからムウは小さく息を吐いた。

 

自分は、ラリーやリーク、キラのように誰かを気遣いながら飛ぶ余裕はない。自分の戦いをすることだけで手一杯だ。このまま行けば、彼女がグーンに落とされる可能性もある。

 

ただそれを指をくわえて眺めるくらいならばーー自分の戦いを貫こう。彼女を逃す時間を稼ぐなど器用なことは考えない。ただ、ひたすらに敵を撃つ。それだけを考えてーー。

 

「くぉぉりゃぁぁ!!」

 

ムウは雄叫びを上げて、海面から腕を出したグーンをめがけて急降下していく。

 

 

 

////

 

 

 

《本艦はこれより、180度ロールを行う!!》

 

ナタルが直接艦内放送で乗組員全員にこれからする事を伝える。そして、その報を聞いて1番叫び声が上がったのはハンガーだった。

 

「えー!?嘘でしょ!?」

 

フレイが信じられないと声をあげながら、体は慣れたものでまだ固定されていない工具箱や台をベルトでしっかりと固定していく。

 

ほかの作業員も手早く重量物や精密機械を固定していく。

 

《総員、衝撃に備えよ!繰り返す!本艦はこれより、ロールを行う!》

 

ただ、彼らは機材のことだけを考えていて肝心なことを忘れていた。

 

「グーン2機、来ます!」

 

「ゴットフリート照準、いいわね!」

 

「いつでも!」

 

「行きますよ!!」

 

ノイマンが舵を傾けていくと、アークエンジェルはゆっくりとその巨体を反転させていく。

 

「ゴットフリート、てぇ!!」

 

船体が反転し、ゴットフリートがグーンを捉えると間髪入れずにナタルが叫んだ。緑色の極光は海面を穿ち、そこで足掻いていたグーンを海水もろとも蒸発させる。

 

そしてハンガーも阿鼻叫喚に包まれていた。

 

ギリギリ最後の工具箱を固定したフレイが一息ついたとき、傾きは始まっており、そこからは早かった。

 

「うわわ…うそぉおお!!」

 

咄嗟に工具箱にしがみつくが足は完全に地を離れて、視界はさっきまで見ていた景色が90度傾いていた。

 

「無重力じゃねぇんだぞぉおお!!」

 

そう叫びながらマードックが急勾配になったハンガーの床を転がり落ちていき、すぐそこでは固定したベルトにかじりついてぶら下がっているハリーが見える。

 

作業員って大変だなぁ、とそれだけの感想で済ましてしまうフレイも、自身が相当毒されていることに気づく様子はなかった。

 

 

////

 

 

 

 

 

 

インド洋、どこかの無人島。

 

「こちらオメガ1、エンジェルハート、アークエンジェルどうぞ。アークエンジェル…。あぁ!くそ!」

 

そしてカガリは運命の出会いをする。

 

 

 

 

 



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第89話 南国の捜査網1

 

 

カガリ機こと、オメガ1の行方不明。

これに最も顔を青くしたのはキサカだった。

 

紅海での戦闘を終えて帰投したメビウスライダー隊の中に、彼女が乗り込んだスピアヘッドの姿はなく、それを確認したのも、ムウがナビゲーションモジュールが破壊されたことを聞いて帰投を命じた時が最後だった。

 

今にも倒れそうな顔をするキサカを、フレイが付き添って医務室に送った後で、ムウ達はアークエンジェルのブリッジにパイロットスーツのまま集まっていた。

 

「ロストしたのはどこなの?無線は?」

 

「距離1200 イエロー53 アルファまでは捕捉できていたのですが…駄目です。応答ありません」

 

マリューの疲れた声に、オペレーターも暗い声色でそう返した。ムウ自身も、あれ以降はレーダーも攪乱酷く、戦闘空域を離脱したところまでしか確認できていない。

 

「MIAと認定されますか?」

 

「何です?それ」

 

ナタルの言った言葉にサイが反応すると、ラリーが腕を組んだまま唸るように答える。

 

「ミッシング イン アクション。戦闘中行方不明…まぁ確認してないけど…戦死でしょ、ってことだな」

 

「えぇ!?」

 

つまりは、生きていようが死んでいようが、行方不明になったのだから早々に見捨てるということだ。ナタルの軍人的合理性による考えでは、この紅海で見失った味方を探すよりも、さっさとアラスカへ舵を切ったほうがいいと言ったところなのだろう。

 

「それは早計ね、バジルール中尉。撃墜されたとは限らないのよ?日没までの時間は?」

 

そのナタルの言い草に、マリューは目くじらを立てることもなく、困ったように笑っていた。時刻は夕刻。日が沈むまではおおよそ約1時間程度だ。

 

「捜索されるのですか?一応申し上げますが、ここはザフトの勢力圏で…」

 

「わかってるわ。ところでナタル。上空からはもう辛そうなので、簡単な整備と補給が済んだら、ストライクに海中から探してもらうしかないと思うのだけど、どうかしら?」

 

マリューの切り返しに、ナタルは自身に染み付いた軍人的な思考に従った言葉を引っ込めて、わかっていたというように肩をすくめる。ここから先は、軍人名家の人間ではなく、ナタル・バジルール個人としての意見と言葉だ。

 

「…アフリカを出る際にサーチライトを融通して貰った記憶があります。ストライクだけではなく、スカイグラスパーでの三面捜索のほうが効果的かと」

 

「では、整備班には戦闘機各機に取り付けを急がせて。高度は50メートルに制限し、交代で出撃させましょう」

 

それでいいわね?とマリューがラリー達に確認すると、パイロットたちも「ういーす」と気の抜けた返事をしてブリッジを後にしていく。

 

なんとも規律のないーーしかし、それよりも仲間としての絆の暖かさを感じるものでもあった。

 

「…艦長は、それでよろしいとお思いですか?」

 

「バーフォード艦長がここに居たら、きっと探すと思っただけよ。ナタルは?」

 

そういうのは、ずるいな。そうナタルは思い小さく笑う。本当に、だんだん自分の艦長が、あのくたびれた帽子を被る歴戦の艦長に似てきていると思えた。

 

「悔しいですが、同感です。各パイロットには私が通達します」

 

「頼むわね」

 

 

 

////

 

 

 

インド洋、名もなき無人島。

 

ナビゲーションモジュールが破壊されて、自身の位置を把握できなくなったカガリが出会ったのは、不運にもザフトの輸送機だった。

 

残った燃料と弾薬で何とか撃破できたものの、ナビゲーションモジュールを破壊された傷も浅いものではなく、機動力が鈍ったところに反撃を受け、彼女もまた墜落する羽目になった。

 

そして、流れ着いた無人島。

 

そこには、輸送機から脱出したもう一人の漂流者がいたのだった。

 

「お前、本当に地球軍の兵士か?認識票もないようだし」

 

不幸な出会いを重ねて、さらにはザフト兵に拘束されるという絶体絶命な状態に陥ったカガリであったが、持ち前の気性の荒さと図太い精神力でなんとか平常心を保ちつつあった。

 

「俺は戦場でああいう悲鳴は聞いたことがないぞ」

 

ザフト兵の言葉で、相手が自分の胸を触ったこととそのことで自分が女々しい悲鳴をあげたことを思い出して、カガリの顔はかぁっと赤く染まった。

 

「わ、悪かったな!」

 

「俺達の輸送機を落としたのはお前だな。向こうの浜に機体があった」

 

親指で指す方向には、たしかに不時着したスピアヘッドがある。思わずカガリはそういうザフト兵を睨みつけた。

 

「私を落としたのはそっちだろうが!」

 

「質問に答えろ。所属部隊は?何故あんなところを単機で飛んでいた?」

 

「私は軍人じゃない!所属部隊なんかないさ!誰がこんなところ来たくてなぁ…」

 

そこまで言い合って、カガリは戦闘と墜落で疲れ切った体を砂浜に投げた。横になりながら見上げる。そこには、ザフト兵が乗っていたであろうモビルスーツーーしかも、よりにもよって見覚えのある機体が灰色に染まって地に膝をついていた。

 

モルゲンレーテと地球軍が共同開発したーー父が生み出したカガリ自身の楔。

 

「ーーお前、あのモビルスーツ。あの時ヘリオポリスを襲った奴等の一人か?」

 

紅いモビルスーツ、イージスを恨めしく見上げながらカガリはザフト兵に問いかける。彼は黙ったまま縛られたカガリを見つめていた。

 

その目が、カガリは気に食わなかった。何も悪いことをしていない、まるで自分たちが正義の体現者と宣う様な顔が、心底気に入らなかった。

 

「私もあの時あそこに居たんだ。お前達が無差別に襲ってきたーーあのヘリオポリスの中にな」

 

多くの人の叫び、避難民たちの不安、それを肌で感じたからこそ、カガリは当事者と同じような怒りを抱き、それをぶつける。

 

そんな彼女の姿を見て、イージスのパイロット、アスラン・ザラは何も答えずに、誰もいない無人島から見える海を眺めていた。

 

 

 

////

 

 

 

 

みんな、疲れているところ悪いが今回のミッションを説明する。

 

ミッション内容は紅海の戦闘後、行方不明となったカガリ・ユラことオメガ1の捜索だ。

 

ラミアス艦長指揮の元、作戦は展開される。彼女は非正規員だが、貴重な戦力でもある。それに、バーフォード艦長ならこうしていただろう。我々、メビウスライダー隊は、オメガ1が消息を絶ったエリアから重点的に、3つに分かれて捜索を行う。

 

ストライクは海中からソナーを用いての捜索になるが、戦闘機組は機体先端にサーチライトを装備して捜索にあたる。古典的なやり方だが、目が頼りだ。しっかり見張ってくれ。オメガ1を発見し次第、こちらから救援用の小型艇を出す。

 

加えて、今回はザフトとの無用な戦闘を避けるためにレーダー反射率が低い低高度を飛行してもらう。高度制限は高度50メートル。それ以上にならないように注意をしてくれ。こちらの弾薬は乏しい。くれぐれも不必要な戦闘は避けてくれ。

 

探索時間は二時間厳守だ。

 

我々も先の戦闘で疲弊している。オメガ1を発見できなかった場合は夜明けを待ってから再度探索を行う予定だ。君たちにも休息は必要だ。

 

全員、生き残ることだけを考えて任務に当たってくれ。無事の帰還を祈る。メビウスライダー隊、発進せよ!

 

 

 

////

 

 

 

「スピアヘッドはオプションをパージさせてから出撃なんだから!エンジンの点検は後回しにすること!」

 

ハンガーでは、ラリーが乗って帰ってきたスピアヘッド・フローターのオプション装備の取り外しが着々と進められている。

 

機体下部に装備されたフレキシブルピボットブースターは、ラリーが横薙ぎのような動きをしたお陰でエンジンが強烈に磨耗しており、外したブースターを見た途端、フレイたちが顔を青くし、ハリーは本格的にどう対応するべきか頭を悩ませていた。

 

そんな中であるが、カガリの捜索任務が優先だ。先に発進準備を整えるアイクとトールのスカイグラスパーや、他の戦闘機にナタルとマリューからの通信が入った。

 

《救難信号も出ているはずだが、こう電波状態が悪くては、何の役にも立たん。予測されているエリアには、小さな無人島も多い。案外そっちに落ちているかもしれない》

 

《疲れているところ悪いけど、みんな頼むわね》

 

二人の上官に敬礼で返すと、アイクは複座から操縦桿を握るトールに語りかける。

 

「高度制限は50メートルだ。いけるな?ケーニヒ」

 

「問題ないです」

 

疲れを感じさせない口調でトールは答え、発進準備を整えた。今回は戦闘行動は考えづらいため、アイクはあえて後ろへ乗り、以前から教導していたトールをパイロットに据えて交代したのだ。

 

「よし!では発進しよう」

 

アイクの一言で、スカイグラスパーは発進位置へと進んでいく。心なしか、トールはパイロットスーツの中が汗ばんでるように思えた。

 

《ケーニヒ機、発進位置へ!無茶はしないでね?トール》

 

「了解!トール・ケーニヒ、アイザック・ボルドマン、スカイグラスパー、ライトニング3、発進します!」

 

緩やかに加速して飛び立っていくトールとアイクのスカイグラスパーは、アークエンジェルを離れてしばらくしてからサーチライトを点灯させ、割り振られたエリアの捜索へと飛翔していく。

 

《続いて、レイレナード機、発進位置へ!》

 

《ラリー、俺のスカイグラスパーを壊すんじゃねぇぞ?》

 

「わかってますよ、ムウさん。では、またあとで」

 

ムウは先の戦闘でカガリを逃す殿を務めたのと、アイクたちの戦闘指揮を行なっていたので、今回は後方待機となる。代わりに、自機が点検のために使用できないラリーが、ムウのスカイグラスパーに乗り込むことになった。もちろん、複座にはバルトフェルドが搭乗している。

 

「全く、戦闘が終わったと思ったら今度はお姫様の捜索か。ここは退屈しないねぇ」

 

そう困ったようにいうバルトフェルドに、ラリーも同感であった。アイクとトールが二人で出た理由も、操縦と広範囲の索敵を同時に行えないからだ。

 

「人手不足なのが痛いところだけどな。行けるな?バルトフェルド」

 

「アンディで構わんよ」

 

「死んでも呼ばねぇ!」

 

即答で返したラリーに、硬いやつだなぁと笑うバルトフェルド。そんな二人にナタルは咳払いをして割り込んだ。

 

《んんっ、私語は慎めよ?ライトニング1》

 

了解、と軽く返すと、今度はハリーが発進準備を進めるラリーの元へと歩み寄ってくる。

 

「帰ってきたら説教とフローターでやった機動の説明だからね!ラミアス艦長とノイマン少尉も!」

 

《ええ!?私たちも!?》

 

通信機越しに聞こえていたのか、マリューが驚いたような声を上げて、後ろの方ではノイマンの唸り声が聞こえたような気がした。だが、無視した。

 

「どこのバカが戦艦でロールするんですか!ラリーじゃないんですから、そんな無茶はダメですよ!」

 

「俺だったらいいのかよ」

 

「何か言った!?」

 

ラリーのつぶやきに鋭い目を向けるハリーに、思わずに閉口すると、今度はトーリャが困ったような声を出した。

 

《いい加減に私語は慎めよー、俺の後ろでバジルール少尉がすごい顔に》

 

《なってない!全く!》

 

「わっはっはっはっ!」

 

もはや軍人らしい規律もあったもんじゃないなと思っていると、後ろで黙っていたバルトフェルドが快活な笑い声をあげた。

 

「はいはい、わかってますわかってますよ!ラリー・レイレナード、アンドリュー・バルトフェルド、ライトニング1、スカイグラスパー、発進する!」

 

ムダ話を切り上げて、ラリーもさっさと離陸していく。そして次に入ってきたのはキラのストライクだ。

 

《続いて、APU起動。カタパルト、接続。ストライカーパックはランチャーを装備します。ランチャーストライカー、スタンバイ》

 

《キラ、あまり無理はするなよ?》

 

アークエンジェルのブリッジにいるサイからの通信に、キラは頷きながら答えた。

 

「ありがとう、サイ。僕は大丈夫だから」

 

「キラ、さっき渡した荷物の中に軽く食べられる物を入れてあるから、ちゃんと食べなさいよね?」

 

今度は開けたハッチを見上げる位置にいるフレイが口元に手を添えて大声でそう言ってきた。座席の足元には、たしかにおにぎりや水筒が手ぬぐいに包まれて置かれている。

 

キラはフレイに見えるように手を振った。

 

「ありがとう、フレイ。行ってくるよ」

 

《何にも手掛かりが得られなくても、2時間経ったら一度帰投して。その時は、また別の策を考えます。貴方にも休んでもらわなくちゃ困るのよ。こちらもね。だから、2時間で必ず戻って》

 

「わかりました。キラ・ヤマト、ライトニング2、ストライク、行きます!」

 

 



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第90話 南国の捜査網2

 

 

カーペンタリア基地。

 

オーストラリア、ヨーク岬半島とアーネムランド半島にまたがるカーペンタリア湾に位置するザフトの軍事基地であり、エイプリル・フール・クライシスの混乱に乗じてザフトは軌道上から基地施設を分割降下させ、48時間でカーペンタリア基地の基礎を建設した。

 

カーペンタリア制圧戦において、地球連合軍太平洋艦隊が迎撃したが大敗し、続いて航空大隊を投入した奪還戦では、SWBMを用いたミサイル迎撃により地球連合軍は大きな痛手を負うことになった。

 

以後、カーペンタリア基地はザフトの地球侵攻における地上最大の基地としてグーンやディンの配備や、ボズゴロフ級潜水母艦を受領できるなどの重要拠点になっている。

 

「アスランの消息は?」

 

そんな基地の一角で、ブリーフィングルームに集まった赤服であるニコルとディアッカは、モニターに展開した海図を見ながら行方不明になった仲間であるアスランを探していた。

 

「やれやれ、栄えある我が隊の、初任務の内容は…これ以上ないと言うほど重大な、隊長の捜索ってか。うははははは…」

 

「笑い事じゃありませんよ」

 

顔をしかめるニコルも、アスランと同じく先日宇宙から降下してきたばかりだ。運が良かったのは、ニコルのブリッツが先行してカーペンタリア基地に到着していたことであり、アスランは1日遅れでこの基地に到着する予定だった。

 

「ま、輸送機が落っこちまったんじゃ、しょうがないな。本部もいろいろと忙しいってことらしい。自分達の隊長は、自分達で探せとさ」

 

ディアッカが言う通り、今のカーペンタリア基地は混乱の渦にあった。主力部隊であるマルコ・モラシムこと紅海の鯱が、たった一隻の地球軍艦によって部隊を全滅させられたのだ。

 

ディンを6機と、グーンを2機失い、同時に熟練したパイロットも失ったことで、カーペンタリア基地が握る戦力図が大きく描き変わろうとしている。こんな中で地球軍に侵攻でもされたら、被害は計り知れないだろう。

 

そんな対応に追われているので、ニコルたちに人員を割いてる余裕は無いと言ったところだ。

 

「イザークの事と言い、アスランの事と言い、なかなか幸先のいいスタートだねぇ」

 

「ーーイザークは大丈夫なんでしょうか?」

 

心配そうに目を伏せるニコルに、ディアッカはため息で答えるしかできなかった。イザークはストライクから受けた攻撃により、今はカーペンタリアの医療室で療養している。

 

「怪我自体は大したことはないんだろうが…なにせ初めて死にかけたんだ。思うところもあると思うぜ?」

 

せいぜい、打撲と衝撃による肋骨の骨折、機材が爆発した時に受けた裂傷と、命に関わる傷ではなかったが、その受けた精神的な恐怖が傷を上回っていた。

 

デュエルの損害も酷いもので、内部骨格が大きく変形してしまい、帰投後もコクピットが歪んでハッチが開けなかったほどだ。イザークは全身に怪我を負った状態で三時間も電源が落ちたデュエルの中に閉じ込められることになった。

 

なんとか救出されたイザークの姿に、出撃前まであった気迫やプライドの高さは感じられなかった。

 

「現に、あのストライクの動きはヤバかったしな…あのまま戦闘が続いていたらと思うと、ゾッとするぜ」

 

ディアッカもそう言って顔をしかめる。あのストライクの動きは今データで見ても異常だ。

 

ビームを使って攻撃するより、物理的な衝撃を以てパイロットをいたぶり、嬲り殺しにしているようにも思える。最後のアーマーシュナイダーの投擲と膝蹴りによる内部への食い込みがなによりも致命的だった。

 

そんなことを思い出していると、今は隊から外れたクルーゼがブリーフィングルームへと入ってきた。

 

「揃ってるな?アスランの捜索だが、もう日が落ちる。捜索は明日からになるだろう」

 

「そんな!」

 

クルーゼの言葉にニコルが悲鳴のような声を上げたが、すかさずディアッカがフォローに入る。

 

「イージスに乗ってるんだ。落ちたって言ったって、そう心配することはないさ。大気圏、落ちたってわけでもないし」

 

「今日は宿舎で各自休息を取れ。明日になれば母艦の準備も終わる。それからだな」

 

 

 

////

 

 

 

突然のスコールと満ち潮に晒されたアスランとカガリは、逃げるように無人島の内陸へと足を進めて、程度のいい洞窟で一夜を過ごすことになった。

 

インド洋とは言え、日が落ちれば気温も下がる。スコール前にアスランがイージスから持ってきたサバイバルキットの中にあるガスバーナーで火を起こして、なんとか迫る寒さを凌いでいた。

 

「わ、私を縛っておかなくていいのかよ!隙を見てお前の銃を奪えば、形勢は逆転だぞ!?」

 

「はぁ?」

 

そう勇ましくカガリは言うが、彼女は今満ち潮で海水まみれ、ダメ出しと言わんばかりにスコールにも見舞われて身につけている衣服がダメになっていた。

 

なんとか服を乾かしてはいるが、彼女は今、色気のない下着姿の上にサバイバルキットの毛布を被っているだけだ。

 

「そうなったらお前、バカみたいだからな!」

 

そう言われても、あまり迫力はない。むしろ滑稽すぎて、気がついたらアスランは笑っていた。

 

「なんで笑うんだよ!」

 

「いや、懲りない奴だと思ってね」

 

そう言いながらアスランは、ガスバーナーで温めていたお湯をマグカップに注いで、体を冷やしているであろうカガリへコーヒーを差し出した。

 

「…銃を奪おうとするなら、殺すしかなくなる。だからよせよ?そんなことは…ヘリオポリスでもここでも、せっかく助かった命だろ?」

 

「…ザフトに命の心配をしてもらうとは思わなかったな」

 

「俺だって心配はするさ。ーーヘリオポリスは…俺達だって、あんなことになるとは思ってなかったさ」

 

「え?」

 

マグカップから立ち上る湯気の向こう側にいるアスランの表情はとても悲しげだった。アスランはまるで自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

「モルゲンレーテが開発した地球軍のモビルスーツ。それだけ奪えればよかったはずだった…なのに、地球軍が抵抗をするから」

 

「どう言おうがコロニーを攻撃して壊したのは事実だろうが…」

 

「中立だと言っておきながら、オーブがヘリオポリスであんなものを造っていたのも事実だ」

 

そもそも、オーブは自国が保有するモルゲンレーテの高い技術力で中立を貫いていたと言うのに、ここにきて地球軍に手を貸すとなると、パワーバランスが一気に傾くのは目に見えていた。

 

そこから先にあるのは、オーブを危険視して排除しようとするザフトと、更なる技術を要求する地球軍との板挟みになることくらい、たやすく想像できただろうに。

 

「すまない。ここで言い合ってもお前に責任なんてないんだけどな。けれど俺達は、プラントを守るために戦ってるんだ」

 

アスランの言葉に、カガリは何も言えなかった。

 

《やっぱり…地球軍の新型機動兵器…お父様の裏切り者ー!》

 

中立を謳いながら、自分の父はその立ち位置を裏切った。それが父が主導でやっていたのか、それとも他の勢力の介在があったのかはわからない。しかし、オーブがG兵器の開発に関わった事実がある以上、それが裏切り以外の何であるのか。

 

オーブには、戦いを逃れたい一心で移住してきた人もいるというのに。父は何を思って、G兵器の開発に手を貸したのだろうか。

 

「俺の母はユニウスセブンに居た」

 

そう思いふけってるカガリに、アスランはポツリと呟くように言った。

 

「本当にただの農業プラントだった。避難勧告すら無く、何の罪もない人達が一瞬のうちに死んだんだぞ。大人も子供もーー無差別に」

 

何故?どうして?母の死を聞いて、ユニウスセブンの惨状を見てアスランが思ったことはそれだけだった。何故、核を撃ったのか。何故、母が死ななければならなかったのか、誰がやった、誰を吊し上げればいいんだ。

 

気がついたら自分は憎しみに突き動かされて、ザフトでパイロットをやっている。

 

そんなアスランの独白をカガリは真っ向から受けて立った。

 

「私の友達だって沢山死んだよ。数え切れないほど多くの人が死んでる。地球とプラントの戦争でな」

 

家族を失って、自分たちが住む場所に核を撃ち込まれたからって、憎しみに駆られて誰かを殺したり、侵略したり、虐げたりすることは、間違ってる。それが正しいこととは言わせない。

 

アスランを見据えるカガリの目には、たしかにそんな気持ちがあった。そんな彼女の目を見て、アスランは疲れたように息をつく。

 

「ーーよそう。ここでお前とそんな話をしても仕方がない」

 

「あ!お、おい!敵の前で寝ちゃう気かよ!」

 

思わず横になったアスランに、カガリは驚いたように声を上げたが、それに力強く返す気力は残っていなかった。

 

「え?あ…いや…まさか…けど、地球に降下して…すぐ…移動で…ぜんぜん…」

 

そのままアスランの意識はまどろみに落ちていく。傍に置かれている黒く鈍い光を放つ銃を、無造作にカガリの前に置いたままで。

 

 

////

 

 

「見つかりません。やはり小島が点在してる海域の方が正解かもしれませんね」

 

スカイグラスパーの操縦桿を握るトールは、サーチライトが照らす海面を見つめながら、痕跡すら無い大海原を飛んでいた。

 

複座では感知モニターや、広域センサーを用いてアイクがカガリの捜索をしているものの、良い成果は得られていなかった。

 

おそらくトールが言う通り、小島が点在するラリーが担当しているエリアに落ちた可能性が高い。アイクにとってはその方が都合が良かった。

 

「ケーニヒ…いや、トール」

 

「はい?」

 

操縦に集中するトールに、アイクは真剣な口調で告げた。

 

「お前、本格的にパイロットになる気はないか?」

 

「え!?」

 

振り返ろうとするトールだったが、夜間飛行で海面から50メートルしかない場所で余所見などしたら墜落する危険があるため、動揺しながらもしっかりと前を見据えていた。

 

そんなトールを見て、アイクの中にあった考えが確信に変わっていく。

 

「お前には素質がある。俺もラリーも認める素質がな。だが、まだまだひよっこだ。今までのトレーニングもお遊びに近い」

 

ラリーの超高速機動にも耐え、自分が教えることを瞬く間に吸収するトール。アイクは以前からトールを一人前のパイロットにできないかと考えていたのだった。

 

「だからあえて聞きたい。お前はパイロットになりたいか?」

 

上司陣には話は通せるが、問題はトールの意識だ。彼が望まなければ、アイクやラリーが思い描く理想のパイロットにはなれない。だから、アイクにとってはトールの意思はなによりも重要だった。

 

「俺は…俺が戦闘機にーー初めてレイレナード大尉の後ろに乗るって決めたのは、キラ一人に戦わせてるのが悪いと思ったからなんです」

 

しばらく、風を切る音とエンジン音に包まれるコクピットの中で、トールは意を決したようにアイクに答える。

 

「あいつ一人に背負わせて、戦わせて、俺たちはブリッジで見てることしかできなかったから。だからーー乗ると決めたんですよ」

 

誰よりも危険な場所で、誰よりも勇敢に、誰よりも強くキラはあり続けてくれた。だから、トールもキラの隣に立ちたいと願って、ラリーの複座に乗ることにしたのだ。故に、答えは決まっている。

 

「俺は、パイロットになりたいです。キラと一緒に俺も大切なものを守りたいです」

 

トールのはっきりとした答えを聞いて、アイクは満足そうに頷いた。

 

「なら、答えは決まったな。ラミアス艦長やバジルール少尉には俺から話を通しておこう。これからの訓練はひと味もふた味も違うからーーまぁ頑張れよ?」

 

「お、お手柔らかに…」

 

そう言ってスカイグラスパーは暗闇を光で切り裂きながら、海面すれすれを飛んでいくのだった。

 

 

 

 



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第91話 南国の捜査網3

 

 

 

捜索開始から二時間後。

 

何の手がかりも得られなかったメビウスライダー隊は、一度アークエンジェルへ帰投する流れとなった。キラが海中ならまだいけると言っていたが、ラリーからの一声で全員揃っての帰還となった。

 

「カガリ、大丈夫ですかね」

 

ハンガーに急遽用意された寝袋に寝そべりながらキラが天井を見上げたまま呟く。

 

「さてなぁ。とりあえず、戦闘機の残骸は見つかってないわけだから。まだ望みはあると考えるしかないだろ」

 

それに答えるのは、キラの隣で横になるラリーだ。順番としては、バルトフェルド、ラリー、キラ、トール、アイクの順で寝袋が置かれて、それぞれが床についてる状態だ。

 

部屋に戻って睡眠することも考えたが、キラが一人でも探しに行くような雰囲気を見せたことと、小型のドローンが何かを発見した時にすぐに出撃できるようにスタンバイするためでもある。

 

「海といっても気温は高いからな。一晩くらいなら何とかなるだろう。サメの餌になってなければだがな」

 

「バルトフェルドさん!」

 

「おっと、失言だったな」

 

そう言って起き上がったキラに頭を下げながら、バルトフェルドはアイシャが淹れてくれたインスタントのコーヒーに舌鼓を打つ。ちなみにアイシャの監視役として抜擢されたのはフレイとミリアリアだ。

 

こうやってアイシャとバルトフェルドがハンガーにいるときはバルトフェルドはラリーが、アイシャはフレイが監視することになっている。

 

とはいえ、フレイ自身も帰投した機体の点検があるため片手間の感じになるわけだが。

 

「とにかく、今闇雲に探しても俺たちが消耗するだけだ。救難信号も射程圏に入れば届くはずだしな」

 

「元気出せって、キラ。前向きに考えようぜ?」

 

そういうアイクと、隣で戦闘機教本を見るトールが笑顔でキラを励ます。

 

「あと5時間もすれば、日も昇る。そうすりゃまた捜索に出られるからな」

 

そう言うのは、ハリーと共にスカイグラスパーの調整をするムウだ。ラリーたちが探索に出ている二時間の間、休息を取ったムウはラリーたちが眠ってる間にカガリを見つけた時に飛び立つ先遣隊となる。

 

そんなムウの表情はどこか暗かった。

 

「俺もたいがい、情けねぇよ」

 

カガリに退けと言ったのはムウだ。そんな彼女が行方不明になった原因には自分がカガリをフォローできなかったことにあると、ムウもまたパイロットとしての責任を感じていた。

 

もう少し、自分にも誰かを手助けできる余裕があればいいんだけどな、とムウは力なく笑った。

 

「少佐…」

 

「フラガ少佐。あまり背負い込まないでください。あの子も強い子です。日が昇ればきっと見つかる。きっと大丈夫ですよ」

 

アイクからの言葉に、ムウもそうだなと答えてハリーとの調整作業へ戻っていく。とにかく、今は寝て休息を取ることが重要だとラリーと話してから、キラは瞳を閉じるのだった。

 

 

 

 

////

 

 

 

夢を見ていた。

 

母が死んだ時の夢を。

 

父が怒りに震えて、悲しみに涙を流していた姿を。

 

そんな光景を見て、自分の中に生まれた憎しみに従って、ザフトに入った。必死にモビルスーツのパイロットになる訓練を受けて、母を奪ったナチュラルどもに復讐するために、刃を磨いた。

 

そして、復讐を果たそうとした時に「それ」は自分の目の前に現れた。

 

真っ直ぐとした瞳で、大切なものを守るために戦うという彼の目が、あり方が自分にとって眩しくて。

 

振り返って、何も残っていない自分が怖くて。

 

俺はーーー。

 

 

 

 

ハッと、そこでアスランは目が覚めた。ガバッと上体を起こすとそこは見慣れた自室ではなく岩肌が露出した洞窟だ。

 

また、あの夢か。キラと相見えてから何度も見る夢。キラの言葉がこびりついて離れない。そんなことを考えても何もならないというのに。

 

汗ばんだ額を拭おうとしたら、洞窟の隅で下着姿の少女がこちらを見ていた。

 

その手にーー銃を握って。

 

「ーーお前!」

 

銃を見て一気に覚醒したアスランは体勢を整えて腰に備わるナイフを抜く。なんと迂闊な真似をしてるんだ俺は!眠気に負けて敵の前で熟睡してしまうなんて!

 

今更になってアスランは自分の未熟さに呆れる。そんなアスランに、カガリは驚いたような眼差しを向けたまま叫んだ。

 

「ごめん!お前を撃つ気はない!でも…あれはまた地球を攻撃するんだろ!?造ったオーブが悪いってことは分かってる!でもあれは!あのモビルスーツは地球の人達を沢山殺すんだろ!?」

 

言ってることが無茶苦茶だな、とアスランは目の前でこちらに銃口を向ける少女にそんな思いを浮かべた。銃は持っているが撃つ気はない。だが、大勢を殺すことは認められないから、引き金を引くなんてーー。

 

そこでアスランは気がついた。

 

この少女がやっていること。戦う者の素質としてはどうとして、それが自分の親友が言った言葉と同じ言葉だったということを。

 

「なら撃てよ!その引き金を引いているのは俺だ!俺はザフトのパイロットだ。機体に手を掛けさせるわけにはいかない。どうしてもやると言うのなら、俺はお前を殺す!」

 

そして、そんな答えしか出すことができない自分に腹が立つ。何も成長していないじゃないかと反吐が出そうになるが、アスランはそれでも、そんな事しか言えなかった。

 

まだ、彼はザフトの軍人でしかないのだ。

 

 

〝あのモビルスーツのパイロットである以上、私と君は、敵同士だと言うことだな?〟

 

 

カガリは、震える銃口を向けたままアスランを見捨てた。脳裏でバルトフェルドの言葉が蘇る。

 

 

〝やっぱり、どちらかが滅びなくてはならんのかねぇ〟

 

 

滅びるまで戦って、戦って、戦ってーーーそんな事しかできない惨めな自分を偽って、誰かを煽り立てて、戦って、失わせてーーーどうすればいい?何をすればいい?最善の行動はなんだ??そんな疑問がカガリの中でぐるぐると回り始めて、ついに答えが出なくなったカガリはーーー。

 

「くっそーー!!」

 

「はぁあぁ!?」

 

銃をアスランめがけて投げつけた。予想だにしてなかった行動に度肝を抜かれたアスランは迫ってくる銃を避けることもできずに頭部へ直撃を受ける。カチャンと、岩肌に銃が落ちる音が響き、しばらくの沈黙が続いた。

 

「っつー…馬鹿野郎!オープンボルトの銃を投げる奴があるかっ!」

 

「う……ご…ごめん…」

 

「ったくぅ…どういう奴なんだよ、お前は」

 

「いや…だから…その…あ!それ!…今ので!」

 

驚くカガリを見て額に手をやると、銃があたったところが切れて血が流れ出ていた。アスランは何度か拭ってから素っ気なく、大したことないとカガリにいう。

 

「手当しなきゃ…」

 

しかし、そんなこと聞いてないようにカガリはのろのろとアスランの元へと歩んでくる。その姿を見てアスランはギョッとした。

 

「気にしなくていい!」

 

「いいって!」

 

「いいからやらせろよ!このまんまじゃ私、借りの作りっぱなしじゃないか!少しは返させろ!」

 

そう言って振り払おうとするアスランの手を掴んだカガリが真っ直ぐとした目で見つめてくる。アスランはわずかに視線を彷徨わせてからふいっと横へ顔をずらした。

 

「その前に…服着てくれないか…」

 

溢れるように顔を真っ赤にしていうアスラン。カガリはそこで自分の格好を改めて思い出した。毛布すら脱いで、今の自分は下着姿でしかない。かぁーーっと顔が赤くなるのを感じて、カガリはすごすごとアスランの手を離して、さらに距離も離した。

 

 

////

 

 

 

「なぁ、どうやったらこの戦争は終わると思う?」

 

「え?」

 

服を着たカガリに包帯で手当てをしてもらうアスランは、そんなカガリの呟きに間抜けな声で返した。

 

「私は、ただお前たちを宇宙に追い出したら終わりだとーー思ってた。けど、違ったんだ」

 

カガリはアフリカで見た光景を思い返す。レジスタンスに加わり、殺して、殺されて、奪って、奪われて、ただそれだけだと思っていたのに。

 

「憎しみだけじゃない。ビジネスや政治的な思惑。そうーーそこには憎しみ以外にも色々な物が混ざり合って、この戦争を形作ってるんだ」

 

この戦争で財を成した者、この戦争で全てを奪われた者、この戦争以前から戦っている者。そんなあらゆる要因がいびつに、複雑に絡み合って、この戦争を長引かせているように思えた。

 

だから、カガリは聞いた。

 

「なぁ、どうやったら戦争って終わるんだ?」

 

そこには主張や主義もない、単なる疑問があった。そんなカガリの問いに、アスランは小さく息を吐いて、揺れる薪の火を見つめる。

 

「俺はーー、母をユニウスセブンで亡くしてからずっと憎しみを原動力にしてザフトのパイロットとして戦ってきた。最近になって、憎しみで自分が動いていると自覚するようにはなったけど……だけど……」

 

どうすることもできない。そんな声がカガリには聞こえた気がした。アスランの背中がそれを物語っている。できるなら、こんな虚しいだけの戦争など終わってくれればいいと思う、その一方で母や家族を奪われた憎しみが消えることなく燃えたぎっている感覚があるのも事実だ。

 

そして、そんな自分の前に、キラは現れた。

 

「昔、俺の親友だった奴が今は敵なんだ」

 

「えっ」

 

「笑えるだろう?そいつとは幼馴染だったんだ。なんで地球軍にお前はいるんだって、何度も思った。何度も叫んだ。できることならこちら側に引き込んで仲間になってほしいとも思って、規律さえ無視して飛び出した」

 

ただ純粋に、もう失いたくなかったから。大切な人を。自分の過去を彩ってくれた相手を。しかし、キラは変わっていた。

 

「あいつは俺の言葉を聞いた上で言ったんだ。大切なものを守るために戦うって。俺が幼馴染の大切なものを傷つけるなら、その時は俺を討つってな」

 

「そんなーー」

 

「けど、そう言われて俺は自分の後ろを振り返ったんだ。そこには大切なものなんて無かった。ただ憎しみしかなくて、大切な誰かを守るなんて気持ちも、考えもなかった」

 

振り返った先には、誰もいない。ただ憎しみにとらわれる父と、それと同じ自分の姿を写す鏡だけがある。そんな虚しさが今のアスランを包んでいた。

 

「そう思うと、俺はこの戦いが終わった後、壊れてしまうんじゃないかって不安で不安でたまらないんだ。おかしいよな、敵であるお前にそんなことを言うなんて」

 

「私も同じだよ」

 

そう即答するカガリに、今度はアスランが目を見開いた。

 

「私は、大切なものを守ってるつもりで戦って、お前たちを宇宙に追い出したら戦争は終わるって信じ込んで、多くの人を戦いに駆り立てたんだ。その駆り立てた先にあったものは、戦争でも、ましてや喧嘩なんかにもなってなかった。私はそれがわかってなかったんだ。駆り立てた責任も持たずに、私は多くの人を死地へと誘ったんだ。無責任甚だしいよな……」

 

そういうカガリの手は震えていた。大怪我をしたアフメドを見たとき。物言わぬ屍になったレジスタンスのメンバーを見たとき。そして、そんな虚しさに立ち向かえない無力な自分を痛感した。

 

今なら、ラリーが言った言葉を理解できる。

自分たちがやっていたことの虚しさを、今なら理解できた。

 

「それを私は破天荒な戦闘機乗りに教えてもらったんだ」

 

「破天荒な戦闘機乗り…?それって」

 

そうアスランが心当たりのあった相手を言おうとした瞬間だった。

 

《ア…ラン…アスラン…こえますか…応答…がいます…》

 

洞窟の脇に置いてあったアスランのヘルメットから音が聞こえる。アスランは立ち上がってヘルメットをもちあげた。

 

「ニコルか?!」

 

《アスラン!よか…た…今電波から位置を…》

 

返答を聴いてるアスランへ、カガリが立ち上がり寄ってくる。

 

「どうした?」

 

「無線が回復した!」

 

「え!?」

 

 

////

 

 

「救難信号?捉えたぞ!バルトフェルド!」

 

「捕捉してる!」

 

夜が明けて飛び立ったラリーとバルトフェルドは、捜索を開始して三十分たってからカガリからの救難信号をキャッチした。

 

おそらく、モラシム隊が展開したNジャマーの効力が薄れたのだろう。

 

「こちらライトニング1!オメガ1の救難信号を捕捉した!そちらから距離はわかるか?」

 

《こちらエンジェルハート。把握した。ブルー45、アルファ。今から救助隊を発進させ…あ!こら!キサカまて!あのバカ!》

 

無線の向こうですぐに出発しようとする救助隊の騒ぎを聴きながら、ラリーは先に急行すると言って救難信号が出ている先へと急いだ。

 

 

////

 

 

 

「こっちは救援が来る。他にも、海から何か来るぞ。お前の機体がある方角だ。俺はこいつを隠さなきゃならない」

 

そう言ってパイロットスーツに着替えたアスランはイージスのコクピットから伸びるワイヤーウィンチを掴んでカガリを見た。

 

「出来れば、こんなところで戦闘になりたくないからな」

 

「私も機体のところへ戻るよ。どっか隠れて様子を見る」

 

「ーーそうか」

 

もう会うことはないだろうとアスランは思う。なんとも奇妙な体験をしたものだとも。サバイバルキットが入ったカバンを背負い直すと、カガリも居心地が悪そうに手を振った。

 

「じゃぁ…」

 

浜辺の向こう側へ歩き出していくカガリの背中を見て、アスランは思わず叫んだ。

 

「お前!地球軍じゃないんだな?」

 

「違うー!」

 

そう言い返して、カガリは砂浜の向こうへと行ってしまった。

 

「……軍人でもないくせに、変なやつ」

 

そう呟いてイージスに乗ろうとすると、今度は向こう側から大きな声が聞こえた。

 

「ああ!聞き忘れていた!私の名前はカガリだ!お前は?」

 

砂浜の向こうから走ってきたのか、カガリの肩はわずかに上下していた。忙しないやつだとアスランは小さく笑ってから彼女に聞こえるように声を上げる。

 

「アスラン!」

 

「わかった!!じゃあな!アスラン!」

 

大きく手を振って今度こそ向こうへと走っていったカガリ。

 

二人はまだ知らない。これが運命の出会いであったということを。

 

 

 

 



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番外編 スーパーコーディネーターvs流星 1

 

ローとモントゴメリ、クラックスに囲まれるように中規模の艦隊編成を維持しながら、アークエンジェルは第八艦隊主力と合流するために、地球圏に向けて星の大海を進んでいた。

 

「ババン!バンバン!」

 

「バンバン!!ババン!!」

 

そんな艦隊の先頭に立つクラックス艦内。物資倉庫の一角をパーテーションで区切った小規模な訓練スペースで、乗組員達は弾倉を抜いた拳銃を持ちながら大きな声で叫び、お互いに壁に隠れては撃ち合いをする訓練に励んでいた。

 

クラックス、ロー、モントゴメリは若手の乗組員で構成されるアークエンジェルとは違い、れっきとした軍用艦。よって、艦内での白兵戦を想定した訓練も定期的に行なっている。

 

区切られたパーテーションの中は、クラックスの通路と同じ間隔で区切られており、無重力の中での白兵戦訓練で、メビウスライダー隊を始め、AWACS担当のオービットの通信官たちも汗を流していた。

 

「模擬戦……ですか?」

 

そんなクラックスのメンバーに混ざって訓練を受けていたキラが、休憩がてら水分補給をしていたときに、息を荒くしたハリーからそんな提案を受けたのだ。

 

「そうそう。ラリーのメビウスもかなり完成度が上がってきた訳だから、ここらで実戦的なデータが欲しいわけなのよ」

 

ハリーの肩越しにキラが見ると、彼女の後ろにはデータ取り用のケーブルに繋がれている純白のメビウスが鎮座している。

 

先日、ユニウスセブンで回収したメビウスの残骸から組み立てたパッチワークは、モントゴメリ救出時に大破よりの中破となったため、ローとモントゴメリのメビウスの予備パーツをかき集めて、ハリーが新たに組み上げたのだ。

 

今ハンガーにあるメビウスは、まるで新品同様となっており、しかもユニウスセブンで回収されたザフトや地球軍の武器兵装がハリーの手によって惜しげも無く搭載されている。

 

しかし、あくまでデータも机上のものだ。ハリー含む技術屋としては、一度飛ばしてみて機体の具合や性能のテストをしておきたいところだった。

 

「そこで、キラくんに白羽の矢が立ったわけだよ。地球軍はホラ、まだマトモなモビルスーツの実技訓練とかが完成してないから、ストライクのデータ取りとしての目的もあるみたいでね」

 

ハリーと同席していた作業着姿のリークが疲れたように肩をすくめる。おそらく、制止をしたのだろうが、ハリーの押しの強さに負けたのだろう。

 

「やっぱり対モビルスーツ戦が望ましいからね!この通り!お願い!」

 

「いえ、まぁ…構いませんけど」

 

「やったぁー!」

 

じゃあ艦長たちに確認してくるねと、ハリーはクラックスのブリッジへと飛んでいく。それと入れ違いになったラリーがキラに首を傾げたが、キラ自身困った笑いしか浮かべられなかった。

 

唯一の救いは、「まだザフトの勢力圏内だから艦長が許すわけないよ」というリークの励ましの言葉だけだった。

 

 

////

 

 

そして結果から言えば、リークの励ましの言葉は無に帰することになった。何を考えているのか、クラックスの艦長であるドレイクが許可を出し、しかもそのままアークエンジェルやロー、モントゴメリにまで許可を取り付けてしまったのだ。

 

ローとモントゴメリからすれば、これから戻る第八艦隊への手土産として実戦データを入手できれば申し分ないだろうが、よくアークエンジェルのマリューが許したものだと、キラは頭を抱えたくなった。

 

「けど、レイレナード中尉との模擬戦か…」

 

「キラ、大丈夫か?」

 

「あ、サイ。うん、大丈夫だよ」

 

パイロットスーツに着替えてブリーフィングルームに向かう道中で、サイと合流したキラは、学友からの心配の声に笑みで返した。気持ち的には実戦では無いので、敵を迎え撃つための出撃と比べれば心は穏やかだ。

 

「キラ、あんまり無理はするなよ?」

 

「ありがとう、カズィ」

 

ラリーの無茶苦茶な機動戦を肌で感じているカズィから割と真顔で伝えられた言葉を受け止めて、キラはブリーフィングルームに入る。

 

そこには、いつもは居ないアークエンジェルのブリッジのクルーも集まっていた。

 

「キラ!レイレナード中尉にギャフンと言わせてやれよ!お前に今月分の給料賭けてるんだからな!」

 

「ハイ!精一杯がんばーーえ?」

 

ノイマンからの言葉に精一杯答えたキラの声が最後で間抜けな色に染まる。よく見ると、何人かがA4判サイズの端末を持っていて多くのクルーがそれを覗き込んでいる。

 

「レートとしては6:4か。まぁまぁ成り立ってるな」

 

「流石に中尉でもストライク相手じゃ苦戦するでしょ?」

 

「いや、流星の名は伊達じゃないって」

 

それだけでわかった。おそらく、ラリーと自分、どちらが勝つかを賭けているのだ。しかも隠れてではなく大々的にだ。

 

「ええ……賭け事……しかもビジネスとして成り立ってる……」

 

よく見るとアークエンジェルのクルーだけではなく、ローやクラックスのクルーも何人か紛れ込んでいる。そんな人混みの中で、喧騒を眺めるマリューをキラは見つけた。

 

「いいんですか!?ラミアス艦長!!」

 

「えっ……まぁ、艦内でも、娯楽は必要ですから」

 

そう答えるマリューの目は明らかに泳いでいる。ジト目で見つめるキラの視線に耐えられなくなってついにマリューは視線を外した。

 

「それ、本心ですか?」

 

「…ええ!もちろん」

 

「バーフォード艦長ぉ?」

 

マリューじゃ話にならないとキラが繋がってるはずの通信音声でクラックスの長にそんな声を投げかける。しばらくの沈黙の後………。

 

《聞こえんな》

 

《やっぱり主犯はあんたか!》

 

悪びれる様子のないドレイクの声。それ見たことかと声を上げるラリー。そして頭を本当に抱えるキラ。道理で模擬戦申請がすんなり通ったわけだ。

 

《ちなみに私はラリーに賭けてる。一応、流星の指揮官としてな?》

 

そういう問題じゃねぇ!とラリーが反論するが、歴戦の艦長はどこ吹く風だ。もっとも、娯楽半分、そしてどこかで隠れて見ているであろうザフトに対する牽制半分と言ったところだと聞いたのは後の話になる。

 

この小規模な艦隊の二頭首であるラリーとキラの模擬戦を見せつければ、手を出しにくくなるだろうと言う思惑があったらしい。

 

「ナタル?夕食のプリン、忘れないでね?」

 

「ヤマトが勝つに決まってますよ、ラミアス艦長」

 

そんなやり取りをするマリューとナタルを見て、キラは早々に深く考えることを諦めるのだった。

 

 

////

 

 

あー、とりあえず、ミッションの内容を知らせる。

 

今回の目的は、ライトニング1のメビウス・インターセプターの実戦テストだ。ストライクの機能、能力、そしてモビルスーツの教導目的のデータ集めの一環であることを忘れないでくれ。

 

実弾は使用しないが、バルカン砲には水性ペイント弾、ライトニング3のビームライフルには照射型のポインターを取り付けているので、被弾箇所はそこから判定する。

 

暗礁宙域の近くだ。くれぐれも機体に傷はつけるなよ?

 

兵士の心得に則り、可能な限りのベストを尽くしてくれ。ちなみに俺はキラくんに賭けてる。

 

互いの幸運を祈るぞ。メビウスライダー隊、発進!

 

 

////

 

 

《進路クリア!メビウスライダー隊、発艦どうぞ!》

 

「先に行って待っておくぞ、キラ。ラリー・レイレナード。メビウス・インターセプター。ライトニング1、発進する!」

 

クラックスの船外ハンガーに固定されていたラリーのメビウスは、エンジンを煌めかせて予定される暗礁宙域へと飛翔していく。

 

対するアークエンジェルからは、模擬戦のデータ取りとモニタリングのため、ムウのメビウスゼロの発進準備が整えられていた。

 

《メビウスゼロ、フラガ機、リニアカタパルトへ!》

 

「了解、今回は特等席から観戦させて貰うよ。ムウ・ラ・フラガ、ライトニングリーダー、出るぞ!」

 

開放されたハッチから、ムウの駆るメビウス・ゼロが大海に向かって飛び出していく。

 

《シチュエーションは遭遇戦よ。予定宙域でレイレナード中尉のメビウスを捕捉してから模擬戦がスタートするわ。逆も然りだから暗礁宙域に惑わされないように注意してね》

 

「了解」

 

《カタパルト、接続!エールストライカー、スタンバイ!システム、オールグリーン!》

 

キラのストライクもカタパルトへと運ばれていく。状況は説明通り「遭遇戦」だ。先に相手を見つけることが勝敗を分かつと戦術指導をしてくれたオービットのニックの言葉をキラは思い出す。

 

それに相手はあの「流星」だ。近くで見ていたからこそ、その脅威は身にしみて理解している。

 

《進路クリア!ストライク、どうぞ!》

 

「キラ・ヤマト、ストライク…ライトニング3、行きます!!」

 

その声とともに、キラが操るストライクは船から飛び立ち、流星が網を張って待つ暗礁宙域へ進んでいくのだった。

 

 

 



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番外編 スーパーコーディネーターvs流星 2

地球圏へ至る旅路の途中。

 

そこには、過去の戦いや旧世紀から人類が出し続けた宇宙ゴミに加えて、ユニウスセブンから流れてきた瓦礫や残骸が地球圏の引力に捕まり、人工的に作られた暗礁宙域を形成していた。

 

通称、宇宙のゴミ箱。

 

安直な呼び名だが、実に的確だ。そんなことを考えながら、キラは暗礁の中で操るストライクのスラスターを最低限に吹かしながら進んでいた。

 

モニターに映るのはゴミやユニウスセブンから流れてきた土砂が固まって出来た岩石ばかりで、視界はあまりにも悪い。

 

しかも細かい欠片がストライクにあたり、いたるところから金属と金属がぶつかるような音が聞こえてきており、キラの集中力を削いでいく。

 

「暗礁宙域って…案外見えにくいんだな…」

 

目視に頼っていてはラチがあかないので、キラは広域センサーの感度を調整する。Nジャマーが台頭する今の情報戦では外から聞こえる音や熱というものは非常に重要な情報源となるため、広域センサーが拾う宇宙ゴミのデータを省略して、キラは今回の相手であるラリーのメビウスを探すことに専念した。

 

今回のシチュエーションは遭遇戦。

 

いつ、どこで、ラリーの機体が出てくるかわからない。キラは辺りを警戒しながら浮遊物の漂う暗礁宙域を飛んでいく。

 

そして、その行為そのものが迂闊だということをキラはまだわかっていなかった。

 

キラが通り過ぎた岩石の裏側。

 

回転の力がかかっていないそれには、キラには見えない位置に、エンジンを低出力状態にしたメビウスがワイヤーアンカーでその機体を岩石へ固定していた。

 

モビルアーマー。ことメビウスに関しての利点としては、その大きさがモビルスーツよりもやや小さいこと、そしてモビルスーツよりも簡素なシステムで運用されているため、動力源を低出力にし、息を潜めれば彼らの広域センサーを掻い潜ることも容易であるということだ。

 

ラリーは音を立てずに開けたコクピットから僅かに体を出して、手慣れた手つきで腰のベルトに備わる機材を引き抜くと、スイッチを入れてキラが通り過ぎて行った方向へと投げた。

 

規則的な光点を瞬かせるそれを見送って、ラリーはアンカーを外してデブリの流れに沿ってメビウスを流していく。キラの後方へと飛んでいくと、それに反応したのかキラのストライクがAMBACを利用して器用にその場で反転する。

 

「なんだこれ…付いたり、消えたり…」

 

設定した広域センサーの反応に従ってキラが戻ってくる。ラリーが投げたのは、余ったミサイルの信管で作った即席のデコイだ。こういった複雑な地を活かした戦いの中で、ラリーたちメビウスライダー隊が油断しきった敵モビルスーツに幾度と行った戦術。

 

そして、その戦術はキラに対しても大きな効果があった。

 

「うわぁっ!」

 

キラのモニターの目の前をいくつもの銃弾が通り過ぎていく。ストライクのデュアルカメラを真上に向けたが、メビウスらしい反応は見当たらなかった。

 

しかし、今の真上からの銃弾をよく躱せたものだとキラは胸をなで下ろすと同時に、違和感を抱えることになる。

 

「避けられた…?いや、違う!」

 

キラは隣で見てきたラリーの戦い振りを思い出す。彼は高速で人型ならではの動きをするジンに対して、的確に銃弾を当て、ましてやビームサーベルで両断するほどの技量を持つ存在だ。

 

いくらデブリで重力場に差異があるとはいえ、キラの目の前を銃弾が通り過ぎるような愚行を起こす相手とは思えない。

 

となるとーー。

 

「うわぁ!!」

 

今度は右か!?と再び銃弾がストライクの目前を過ぎ去る。耐えかねてスラスターを吹かしていれば、腕や足に直撃を受けていたかもしれない。

 

そして今ので確信した。

 

ラリーは、キラに対して寸止めをしているのだ。手を伸ばせばすぐに急所に入る攻撃をわざと寸前で止めている。

 

それを理解したキラは思い切ってスラスターを吹かし、銃弾が飛んできた方へと突っ込む。あのまま銃弾に晒されていれば、被弾をするのは時間の問題だし、自分の集中力が削がれて撃破判定を受けても文句を言えないからだ。

 

デブリの隙間から僅かに見えるブーストの光。そして横切る純白のメビウス。それを追いながらキラは苦しむようにあえいだ。

 

「くっそー!速すぎる…!右か…!?いや、下!!」

 

そう察知して後退すると、今度は真下から銃弾が飛んでくる。一歩間違えればすぐにゲームオーバー。そしてその弾頭の軌道は僅かにだがストライクに近づいている。

 

「うくぅう!!」

 

このままではジリ貧だ!とキラがスラスターを全開にしてまだ見えないメビウスから逃れようと飛び立つ。しかしーー。

 

「やるなぁ!キラ!だが、まだ脇が鈍い!」

 

キラが飛び立とうとした行先、そこにある瓦礫の陰からラリーのメビウスが姿を現した。宇宙空間ならではの機動を用いて、メビウスの両翼に備わるバルカン砲を放つ相手に、ストライクの盾は鮮やかなペイント弾に染められていく。

 

負けじとキラもビームライフルをメビウスに向けるが、瓦礫に隠れながら移動するラリーの機体を捉えることは敵わない。そもそも、移動速度に差がありすぎるのだ。

 

「モニターが追いつかない…!ターゲットモニターが反応できていないのか…!なら…!!」

 

状況から見て、あきらかにストライクのパラメータが適応していないことを察知すると、キラは迷いなくキーボードを引っ張り出して、ラリーの攻撃を躱しながらパラメータを更新していく。

 

「可視化領域を再設定、予測データを最適化、メタ運動野パラメータを最適化データに合わせて更新、ニュートラルリンクゲージ再構築、コリオリ偏差修正、運動ルーチン再接続、システムオンライン、ブートストラップ再起動!」

 

ストライクのデュアルカメラが瞬き、今度はキラからラリーに攻めかかる。

 

「そこだぁ!!」

 

瓦礫から飛び出してきたラリーへ即座に反応したキラのストライクは、それまでの鈍重さが嘘のように軽やかな軌道を描き始める。さっきまで掠りもしなかったビームライフルのポインターがラリーのすぐ脇を通り過ぎる。

 

「反応速度が上がったか…?面白い、さすがはキラだなーーだが、これはどうする!」

 

ラリーは速やかに、今まで徹底していた戦術を放棄して、今度はメビウスの爆発的な加速力を存分に活かした空戦機動へ移行する。

 

向かう先はストライク。

 

モニターの反応速度を上げたキラのストライクは、真正面から高加速で飛び込んでくるメビウスに度肝を抜かれた。

 

「ぶ、ぶつかる!」

 

避けられないとキラが叫んだ瞬間、メビウスの両翼に備わるフレキシブルブースターが後方から前方へぐるりと回転して、メビウスの移動方向が驚異的な速度で変化する。

 

その軌跡はまるで雷。急速に減速、横への移動の結果、キラから見てみればメビウスが煙のように消えたとしか言えなかった。

 

「消えーーうわぁああ!」

 

戸惑いと衝撃。キラは横から与えられた衝撃に思わず体を竦めた。外から見れば、ストライクの側面に回り込んだメビウスから放たれたペイント弾によって、ストライクの頭部と右肩、そしてエールストライカーの大型翼にいくつもの被弾痕があった。

 

だが、フェイズシフト装甲というのは頑丈なものでペイント弾で当てようがデータ上の被弾扱いにはならない。

 

故にラリーはコクピットで竦むキラに檄を飛ばした。

 

「もっと人型の長所を活かせ!まだ二次元的な戦いに頼ってるぞ!」

 

左右、前後、上と下。キラの戦い方はセオリーとしては間違ってないが360度自由な角度から攻撃を仕掛けるラリーのメビウスに対応するにはあまりにも拙い戦い方だ。

 

キラもラリーの檄に答えるようにストライクのスロットルを上げて、三次元的な動きへ挑む。しかし、その移動によって起こる負荷はキラの予想を遥かに上回っていた。

 

「くぅうう!なんて負荷だ…!こんな中であの人は動いてるのか!?」

 

締め付けられる負荷は、キラの体力を容赦なく奪っていく。体は軋み、内臓は押しつぶされそうになり、息も満足にできない。そんな中で柔軟に飛翔するラリーのメビウスにキラは付いて行くだけでやっとだ。だと言うのに、相手はそんな高負荷の中でぐるりと機体を素早く反転させてこちらに銃口を向けてきた。

 

「このぉ!」

 

AMBACの姿勢制御で弾丸を避けたキラは、通り過ぎようとするメビウスの背後に迫り、ビームライフルを向ける。

 

すると、ラリーのメビウスは機首をぐんと上げたかと思うと、機体を横に向けて滑らせるように姿勢を変えていく。

 

なんだ、あの動きはーー。キラは目の前で起こるメビウスの機動を理解できなかった。それがいわゆるポストストールマニューバと知るのは、模擬戦が終わった後のデータ説明の場だ。

 

「これもダメか!?」

 

ビームライフルを避けたメビウスはキラの背後へと飛び去る。すぐに振り返ったが、そこにはメビウスの姿はなく、瓦礫とゴミの暗礁宙域が広がっていた。

 

しまったーー見失ったか!

 

「今のはヒヤリとしたよ、キラ!」

 

そして、瓦礫を縫ってキラの背後から姿をあらわすメビウス。狙いはエールストライカーのエンジン。

 

足を奪えばどうにでもなるとラリーは操縦桿を握ったが、突如として名状しがたい違和感と悪寒を感じた。

 

パイロットの勘というものだろうが。こちらに背を向けているキラの姿が、やけに恐ろしいものに見えた。

 

すると、今まで反応できていなかったラリーの奇襲に、キラは驚くほど早く反応した。モニターでメビウスを捉える瞳はわずかに光を失っている状態で。

 

「背後!」

 

「とったぁ!!」

 

ここまできたらお互いに引けない。ラリーはスロットルを全開にして超至近距離からエールストライカーに狙いを定める。

 

対するキラは、ビームライフルを捨てて、模擬戦用に設定されたビームサーベルを引き抜き、使ってくるメビウスに突貫する。

 

「でやああああ!!」

 

ラリーとキラが交差する。ポインターと化した極低出力のビームサーベルが煌めき、メビウスの背部スラスターの推力が光の尾となって線を描く。

 

《ストライク、ストライカーパック大破、エネルギー臨界点!メビウス、エンジン部破損、航行不能!よってこの勝負、引き分け!》

 

しばらくの沈黙の後、データを取っていたムウが大声で模擬戦の終わりを告げた。

 

キラが放ったビームサーベルはメビウスのコクピットとエンジンを結ぶ稼働ユニットを見事に切り裂き、対するラリーはエールストライカーのエンジンにきっちり2発弾丸をぶち込んだ上に、バッテリーユニットも破壊して見せたのだ。

 

「はぁ…はぁ…はぁーー…っ」

 

キラはバイザーを上げて流れる汗を外に追い出して新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。すると、横にはさっきまで雌雄を決しようとしていたラリーがゆっくりと近づいてきた。

 

「流石だな、キラ。驚くほど成長するんだな、お前は」

 

少し悔しいよと笑うラリーに、キラは自分のやったことを信じられずにいた。どうやって、背後から迫るラリーのメビウスを察知した上に、迎え撃つことができたのか。

 

自分の中で何かが弾ける感覚。

 

そのイメージに対して、キラはまだ明確な答えを出すことはできなかった。

 

 

 

 

 

結果として引き分けになった模擬戦。

 

帰れば文句を言われるかと思っていたが、凄まじいデータに全員が歓声を上げており、コクピットから降りたキラとラリーは乗組員に揉みくちゃにされながら祝福されることになる。

 

賭けで生じた配当金は、そのまま宴会費にあてられ、各乗組員との交流に大きな貢献を果たした。

 

また、それで得られたデータはすぐに本部へと送られ、モビルアーマー対モビルスーツな戦略に多大な影響を及ぼすかと思われたが、モビルアーマーのパイロットが異常すぎるということで、地球軍の正規データとして扱われることはなかった。

 

だが、名だたる地球軍のエースパイロットたちに大きな影響を与えることになったのは言うまでもない事だろう。

 

またこれを見た某名盟主は、外科的措置やマインドコントロール、特殊な薬品投与でのパイロット強制強化プランを取り止め、代わりに高負荷下での操縦スキルの育成と、それを間近で見たパイロットを教官とする計画をスタートさせたのであったーー。

 

ちなみに初めてそれを見た盟主の部屋からは半日ほど笑い声が聞こえたらしい。

 

 

 

 

 




というわけで番外編でした。

低軌道での戦闘や地上に降りたところの段階で、キラの反応速度のベースはラリーのメビウス機動準拠となっております。


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ソロモン諸島編
第92話 追う者と迎え撃つ者


 

南太平洋、ソロモン諸島の南西沖。

 

絶対中立を歌うオーブ首長国連邦の領土が目と鼻の先に迫る海域に、アークエンジェルが差し掛かった頃だった。

 

「ランダム回避運動!躱して!」

 

「バリアント、ウォンバット、てぇ!」

 

緊急事態だ、とブリーフィングが始まったのがついさっきのことだった。マルコ・モラシムを撃破したアークエンジェルは、このまま難なく太平洋を横断できると踏んでいた。

 

理由としては、バルトフェルドが教えてくれたインド洋を取り巻く制空権事情にある。モラシム隊が紅海の鯱と恐れられていた通り、彼らの部隊がインド洋確保の要となっていたのは確かだ。その部隊がたった1日で壊滅ーーーいや、全滅したとなれば、勢力図がひっくり返るのも必然だ。

 

今のカーペンタリア基地は、モラシム隊の穴埋めと情報隠蔽に必死なのだろう。

 

故に、この海での追撃をする余裕はないと踏んでいたが………ことはそう簡単に運ばなかった。

 

現れたのは宇宙からわざわざ追ってきたG兵器。

 

そして、たった一人のために部隊を離れ《一人部隊〝ワンマンアーミー〟》と化した白きザフトの鬼人だ。

 

『何をやっているイザーク!』

 

『くっそー!』

 

内部フレームが歪み、本国へ修理のために送り返されたデュエルに代わって、指揮官用のディンに乗るイザークに、隊長であるアスランが大声で怒鳴る。

 

いくらG兵器で無いとは言え、イザークは赤服を着るザフトのエースだ。そんな彼の操るディンは、以前の軽やかさが見る影もなく、よたよたと空を飛ぶまで落ちぶれている。

 

PTSDと診断されたにもかかわらず、プライドと自尊心で己を奮い立たせて無理矢理でも着いてきた彼だったが、やはり現実は甘くは無い。

 

『とにかく足を止めないと…!うわぁ!』

 

そう呟くブリッツの胴体にミサイルが直撃する。すぐ脇を、ランチャーストライカーを装備したムウの駆るスカイグラスパーが通り過ぎる。

 

「とぉぉりゃぁぁ!!」

 

雄叫びを上げながら応戦するムウのスカイグラスパーから距離を取りながら、アスランは再度隊のメンバーに通信を回した。

 

『各員!一人で出過ぎるな!エンジンを狙うんだ。ニコル!俺と共に左から回り込め!』

 

『はい!』

 

こいつさえ沈めれば!アスランの中にはその言葉がぐるぐると回っている。親友であるキラと戦うことになったのも、こうやって地球に降りてきたのも、自分が戦いに迷い苦しんでいるのも、元はと言えばこの船が現れたからだ。

 

この船さえ沈めれば、何かが変わるように思えた。ストライクも帰る場所を失い、そこからどうにかできればーーあるいはキラを説得できればーーそんな考えがアスランを突き動かす。

 

だが、思惑通りには行かないものだ。

 

『はっ!』

 

突如として眼前に迫ったのは、死角から飛び上がり、現れたストライクの機影だった。シールドを前に突き出して、ストライクは容赦なく無防備なイージスへ体当たりを行う。

 

『くぅうう…!!キラ!!』

 

「アスラン!やめろぉ!!」

 

何度か取り付こうとするが、このストライクの鉄壁の守りでなかなか取り付けない。体当たりのあとに間髪入れずに放つストライクのビームライフルの閃光を躱しながら、アスランは足踏みする状況に苛立ちを覚えていた。

 

そんな彼らの戦いから少し離れた場所。

 

誰にも邪魔されない空の中では、いくつもの歪な飛行機雲が空に描かれている。

 

「くそー!!いい加減にしろよ!お前!!」

 

スーパースピアヘッドに換装された機体を振り回しながら、ラリーは相対するモビルスーツもどきたる、クルーゼのディン・ハイマニューバ・フルジャケットと二人だけの空戦を繰り広げていた。

 

出撃前から捕捉されていたクルーゼの機体であったが、キラやムウ、アイクではあの機体の対処は難しいため、クルーゼ機の足止めと引き付けを行うために、ラリーが単身で挑む羽目となっていた。

 

だが、クルーゼにとってはむしろ僥倖。

 

ラリーと戦うためだけに、アスランに部隊を押し付けて、ディン・ハイマニューバを手配した甲斐があったというものだ。

 

《君の相手は私だ!そして、私の相手をできるのも君だけだ!》

 

高機動戦の中で、体にかかる想像を絶するGに耐えながらクルーゼは笑いながら言う。フルジャケットユニットから放たれたミサイルがラリーに迫ると、スーパースピアヘッドは旋回しながら、ボッ、ボッ、と空気の膜を作って急加速していくつかのミサイルを振り切り、残ったものも急減速から織りなすマニューバで全てくぐり抜けていく。

 

「くっ…がっ…ーーっ!!はぁっ!!…悲しいが、たしかにそうだとしか言いようが無いな!!」

 

《ーーはぁっ!ならば!やることは一つだろう!》

 

ミサイルをくぐり抜けた先に先回りしたクルーゼは、ビーム砲の銃口を態勢を立て直していないスーパースピアヘッドへ向ける。

 

「言ってろ!毎回毎回直接通信してきやがって、この変態がぁあ!!」

 

ラリーはそれを目視するや、フラップを最大展開、低速域でも安定させるために取り付けたエールストライカーの大型翼も起動して機体を無理矢理ストールへ導く。

 

紙一重の差で乱れ打たれるビームの弾幕を避けて、海面ギリギリで速度を立て直しては、今度はこちらの番だと真下からディンに向かって飛翔する。

 

《君との戦いは素晴らしい…!!ラリー・レイレナード!!もっとだ!!もっと私に見せてくれ!!》

 

空になったミサイルポッドをパージしながらクルーゼも真下に向かって速度を上げる。

 

その戦いは常軌を逸していた。

 

ラリーの後ろに座るバルトフェルドは、改めて流星の異常さを肌で痛感する。人よりも遥かに高負荷に耐えられるように作られたコーディネーターであるはずなのに、バルトフェルドはマニューバの中で何度か意識を持っていかれかけた。

 

操縦テクニックを見る限りでも、ラリーはそんな高負荷の中でオートとマニュアルを巧みに使い分けて、ゲテモノディンから放たれる攻撃を避けている。

 

これをナチュラルがやっているのか?

 

そんな疑問がバルトフェルドの中で浮かんだが、迫るミサイルを避けるために行われたマニューバで、思考を刈り取られていくのだった。

 

 

 

////

 

 

 

しかし、そんな猛攻により、アークエンジェルにも少なからずのダメージは入っていた。バスターからのミサイル、ブリッツからの攻撃。

 

わずかな攻撃ではあるが、歴戦に歴戦を重ねたアークエンジェルの船体には大きく響く。

 

「はっうっ!」

 

「イーゲルシュテルン、4番5番、被弾!損害率25%を超えました!」

 

モラシム隊のSWBMの攻撃がここに来てアークエンジェルを苦しめ始めていた。船体強度もギリギリで、このままでは装甲がやられるのも時間の問題だ。

 

「イージス、ブリッツ、接近!ヤマト機とボルドマン機が向かってますが…!!」

 

「フラガ少佐は!?」

 

「バスターの相手で手一杯です!」

 

「ウォンバット、バリアント照準!グゥルを狙うんだ。メビウスライダー隊にも伝令!」

 

「モビルスーツが乗って飛んでる奴だ!よくねらえよ!!」

 

アークエンジェルのブリッジが怒声のような指示に包まれる中で、船体近くを飛んだスカイグラスパーは、複雑な機動ですり抜けるイージスとブリッツの機動にしびれを切らしていた。

 

「うっうぅ…くっそー!こんなところまで追いかけてくるなんて、あいつら!」

 

「ケーニヒ!前を見ろ!戦場で泣き言を言えば死ぬぞ!」

 

操縦桿を握るアイクが泣き言をこぼすトールをどやした。わかってますよ!とトールはターゲットモニターを引っ張り出して、前を飛ぶブリッツに狙いを定める。

 

今回から、トールは武器管制を、アイクが操縦をという役割に切り替わっている。何度かトールも操縦訓練ーーーと言うの名の曲芸飛行をやらされているが、実戦での飛行はまだアイクが受け持っていた。

 

そんな中で、アスランはしつこく足止めをしてくるストライクを相手に、ビームサーベルでの接近戦を挑んでいた。

 

『下がれアスラン!こいつは危険だ!』

 

『ディアッカ!しかし…イザーク!』

 

ストライクの異常性を肌で感じているディアッカからの忠告を聞いていたら、脇を通り抜けてイザークのディンが、ストライクめがけて飛び込んでいく。

 

『おのれ、ストライクぅう!!』

 

『イザーク!迂闊に!』

 

クルーダウンのためにアークエンジェルの甲板に着地したキラは、無防備に突っ込んでくるディンを捉えた。

 

「迂闊な…そんなに前に出て、死にたいのかー!!」

 

甲板を蹴り、飛び上がるストライクはそのまま真っ直ぐディンに突撃する。なんだこいつは、ぶつかる気か?とイザークがディンに備わるライフルを構えた瞬間。

 

『う…はっ!?』

 

ストライクはいつぞや、ラリーのメビウスにやられた事と同じことをやった。

 

突如として上へ進路を変えて、スラスターを全開で吹かして飛び上がったのだ。その驚異的な加速による上昇は、イザークの意表を突くには充分だった。

 

完全にストライクを見失ったディンの真上から、キラは思いっきり荷重をかけてディンの背部スラスターを踏みつける。

 

『う…くぅ…こんな奴に…こんな…奴にぃ…!!』

 

態勢を崩したイザークは機体を反転させて上空を見ようとしたが、そこには目と鼻の先の距離にストライクが迫っていた。

 

逆光で影となったストライクの頭部で、デュアルアイが鋭く光る。それは、イザークに、砂漠で味わった死を思い出させるものだった。

 

体は汗ばみ、言うことを聞かず、ただ恐れ戦いてストライクを見るイザークから、殺意も戦意も抜け落ちていた。

 

『うわぁあああああ!!!』

 

『イザーク!』

 

「ブリッツか!邪魔だ!!」

 

叫び声を上げるイザークを庇いに来たブリッツに向かって、キラは固まったディンを蹴り飛ばし、さらにビームライフルを放つ。

 

『くっそぉぉー!』

 

『う、うわぁぁ!』

 

ディンをぶつけられたニコルのブリッツは、運良く構えていたシールドにビームが当たり、そのまま太平洋へ落ちていく。

 

『ニコル!イザーク!退け!今は無理だ!』

 

(こ、これほど腕を上げてるなんて…キラ…)

 

アスランは恐怖した。

 

甘い考えをする自分よりも、キラは兵士ーー戦士として覚醒している事実。あの優しかった幼馴染の面影など、そこにはもう無かった。

 

 

////

 

 

《御覧いただいている映像は、今、まさにこの瞬間、我が国の領海から、わずか20kmの地点で行われている戦闘の模様です!》

 

オーブ首長国連邦、その首長たちが集まる部屋で流れているモニター映像は、鮮明にアークエンジェルとザフトの戦いを映していた。

 

《政府は、不測の事態に備え、既に軍の出動を命じ、緊急首長会議を招集しました。また、カーペンタリアのザフト軍本部、及びパナマの地球軍本部へ強く抗議し、早急な事態の収拾、両軍の近海からの退去を求めています》

 

「ウズミ様」

 

モニターを見ていたウズミ・ナラ・アスハは、語りかけてきた弟であるホムラを見た。その顔色は芳しくない。

 

「許可なく、領海に近づく武装艦に対する我が軍の措置に、例外はありますまい。ホムラ代表」

 

「はぁ…しかし…」

 

サハク家が独断で行った地球軍への技術供与とG兵器群の共同開発。後で知ったといえば都合の良すぎる話であるが、自分なりにケジメはつけて、政権を弟に譲ったつもりだった。しかしホムラは、今の状況に決定的な判断を下せずにいるようだった。

 

「テレビ中継はあまりありがたくないと思いますがな。国民へ不安を与えるばかりだ」

 

「そうですな」

 

ただ願わくば、かの戦艦がこのままオーブを離れていくことを願うばかりだ。そう思うウズミであったが、それは不可能であると言うことも彼は悟っているのだった。

 

 

////

 

 

一方で、アークエンジェル艦内にいるカガリも自分の無力さを痛感していた。彼女は今回、出られる戦闘機が無いため、この艦を守るために戦うことはできない。

 

戦うこともできないただの小娘でしかない自分を、嫌と言うほど味わう。カガリは揺れる船の壁にしがみついて、己の未熟さに業を煮やしていた。

 

「うっ!くっそー!」

 

「カガリ!待て!どうするつもりだ!」

 

部屋を飛び出そうとするカガリを、キサカは必死に抑える。しかし、カガリの目に迷いはなかった。

 

「離せ!これではアークエンジェルが!ここはオーブのすぐ傍だと言うのに!ここで何もできなかったら、私はーー私は本当の愚者になってしまう!!!」

 

その悲痛な叫びと瞳に、キサカは何も言えなくなった。元はと言えば、そんな彼女を止められなかった自分にも大きな責任がある。そう感じて力が抜けた隙に、カガリはブリッジに向かって駆け出して行った。

 

自分にできることを、なすために。

 

 

 

 



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第93話 死中に活

主人公のビジュアルがやっとまとまったので上げます

リークやハリーのキャラデザも上げていこうかと思いますがどうでしょうか?アンケートとったほうがいい?


【挿絵表示】





 

アークエンジェルの頭上で繰り広げられる空中戦は、苛烈を極めていた。

 

飛び抜けるスカイグラスパーと、アークエンジェルの甲板に離着陸を繰り返すエールストライク、そしてグゥルに乗るG兵器群。

 

意気揚々と奇襲してきたザフト側であったが、アークエンジェル所属の戦闘部隊の抵抗は激しく、未だに大きな一手を打てずに、手をこまねいていた。

 

「アスラン!退け!」

 

『くぅうう!!』

 

一瞬の隙を突かれてシールドで払い打たれたイージスは、グゥルから落ちそうになりながらも、なんとか機体制御で踏みとどまる。しかし、その無防備さをキラが見過ごす訳もなく、両足を断とうとビームサーベルを構えてイージスへ迫った。

 

『アスラァーン!』

 

と、そこでストライクのいく先をバスターの拡散弾が遮る。驚異的な反応速度でその乱れ弾を避けたキラは、サイドモニターに映るバスターを捉えた。さらに引き離そうと、バスターは両肩に備わる小型ミサイルを発射する。

 

「バスターか!そこっ!!」

 

キラはストライクの頭部に備わるイーゲルシュテルンで、直撃コースにあるミサイルを的確に打ち抜き、腰アーマーに格納されているアーマーシュナイダーを引き抜くと、両肩のハッチが解放されたバスターめがけて投擲した。

 

『こいつ!こんな芸当まで!?うわっ!』

 

ミサイルポッドにアーマーシュナイダーが深々と突き刺さり、残っていたミサイルが小さく誘爆する。いくらフェイズシフト装甲が優秀とは言え、内部から爆破されたらひとたまりもない。右肩のアーマーを失ったバスターは、大きく後退することになる。

 

『ディアッカ!』

 

『くそー!こいつ…マジでヤバいぜ!』

 

残った片腕で拡散砲とビーム砲を連結させようとするバスターに、一機のスカイグラスパーが迫る。

 

「キラー!!」

 

「トール!!ボルドマン大尉!!」

 

バルカン砲、ミサイル、そして背部に備わったランチャーストライカーから放たれるアグニの連打で、バスターは好機を失いアスランと共に一度離脱する。

 

『くそ!戦闘機まで…こうも手こずるとは…!!』

 

キラはコクピットの中で流れ落ちる汗を拭う。事は優勢に運んでいるが、パイロットであるキラにかかる負荷はごまかせない。集中力が切れるのも時間の問題だ。

 

「ライトニング2!あまり一人で出過ぎるな!消耗してはどうにもならんぞ!」

 

トールと共に乗るアイクがキラに忠告するが、ここで下がれるほど相手が甘くないのも確かだ。

 

「はい!ですが、このままじゃジリ貧で…!!なんとかしないと…!!」

 

「ボルドマン大尉!あれは!」

 

そんなキラとアイクの言葉を遮ったトールが指差した先。そこには、ザフトでも地球軍でもない艦隊が洋上に姿を現していた。

 

 

////

 

 

「領海線上に、オーブ艦隊!」

 

「なに!?」

 

サイの発した言葉にナタルが焦ったように振り返る。モニターを確認すれば、確かにオーブ艦隊が領海線上に集結しているのが見えた。

 

「助けに来てくれたの…?」

 

「そんなわけないだろ!」

 

カズイの言葉をオペレーターが一喝して黙らせる。オーブといえば絶対中立を謳う国家だ。そんな国家の目と鼻の先でザフトと空中戦を繰り広げてるのだから、艦隊を引き連れて現れるのも当然。おそらく、「中立である我が国から離れて戦闘をしろ」という態度の現れなのだろう。

 

「領海に寄り過ぎてるわ!取り舵15!」

 

「しかし!それでは敵の方に…!!」

 

「これ以上寄ったら、あの艦隊に撃たれるわよ!オーブは友軍ではないのよ?平時ならまだしも、この状況では…」

 

「構うことはない!」

 

マリューの指示を遮ったのは、ブリッジに入ってきたカガリだった。扉の方には遅れてキサカも入ってくる。

 

「このまま領海へ突っ込め!オーブには私が話す!早く!」

 

「カガリさん…!?」

 

あまりにも突拍子の無い言葉に戸惑うマリューたちクルーを他所に、通信管制を務めるミリアリアの方へけたたましいアラームが鳴り響いた。

 

「展開中のオーブ艦隊より、入電!」

 

モニターに出します!と言い、映し出された映像には、オーブ軍の制服に身を包んだ老歴の軍士官が苛立った様子で投影された。

 

《接近中の地球軍艦艇、及び、ザフト軍に通告する。貴官等はオーブ連合首長国の領域に接近中である。速やかに進路を変更されたい。我が国は武装した船舶、及び、航空機、モビルスーツ等の、事前協議なき領域への侵入を一切認めない。速やかに転進せよ!》

 

マリューはその通告に歯を食いしばった。このまま転進すれば、せっかく逃げてきたザフトの方へ戻ることになる。しかも無視して進めばオーブ軍の砲撃の餌食だ。

 

《繰り返す。速やかに進路を変更せよ!この警告は最後通達である。本艦隊は転進が認められない場合、貴官等に対して発砲する権限を有している!》

 

「攻撃って…そんなぁ…」

 

「何が中立だよ。アークエンジェルはオーブ製だぜ?」

 

カズイとノイマンの言葉も尤もだが、この船はあくまで地球軍保有の軍艦だ。オーブ軍が保護する理由はどこにもない。かといって、匿ってもらう交渉のカードもこちらにはない。

 

ーーーどうする。

 

マリューが考えあぐねている間に、カズイの座席に回り込んだカガリは乱暴にマイクを奪って叫んだ。

 

「構わん!このまま領海へ向かえ!」

 

続いて、誰の制止も聞かずにカガリはモニターに映る士官を睨みつけて更に叫ぶ。

 

「この状況を見ていて、よくそんなことが言えるな!アークエンジェルは今からオーブの領海に入る!だが攻撃はするな!」

 

《な!?なんだお前は!》

 

「お前こそなんだ!お前では判断できんと言うなら行政府へ繋げ!父を…ウズミ・ナラ・アスハを呼べ!」

 

こういった時に、自分の立場をひけらかすことをカガリは嫌っていたが、状況が状況だ。とやかく言ってる時はない。故にカガリは、自分が信じる最善の答えを声高らかに発した。

 

「私は…私はカガリ・ユラ・アスハだ!」

 

 

////

 

 

《アスハ…か。まさかそんな人物が足つきに乗っていたとはな。面白い》

 

広域放送で聞こえたカガリの声に反応して、戦闘をやめたクルーゼとラリー。カガリの正体を知って可笑しそうに笑うクルーゼを見ながら、ラリーは絶え絶えな息を整えてクルーゼに問いかける。

 

「どうするよ、クルーゼ。このまま決着をつけるか?」

 

《ふん、余計な横槍が入ってはつまらんからな。ここが退き時のようだ》

 

確かに、このまま戦闘を続けてもオーブ軍からの介入を受ける可能性が高い。クルーゼにとってラリーとの戦いに邪魔が入るのは面白くはないようだ。

 

次の戦いを楽しみにしているよ、と言い残して、クルーゼはディン・ハイマニューバの出力を上げて、ラリーの前から後退していく。

 

また、腕を上げたな。クルーゼ。

 

それを見送りながら、ラリーは疲弊した体をどっかりとシートへ預けた。

 

「ほんと、自由だよな…あいつ」

 

「んはぁっ!!なんだ!?どうなった!?」

 

「おう、おはよう。バルトフェルド。とりあえずこっちの戦闘は終わったよ」

 

腕を上げたクルーゼの機動は凄まじく、ラリーはミシミシと鳴る体に鞭を打って、最大限の機動で応戦していた。バルトフェルドはどこからか意識を失っていたようだが、ラリーにとっては、あの機動に耐えられるクルーゼのしつこさに飽き飽きしているところだった。

 

「君たちの戦闘はいつも…ああなのか?」

 

「んー、割とな」

 

「君は本当にナチュラルなのか…?」

 

「言うな。自分でも最近疑いだしてるんだから。とにかくアークエンジェルの空域に戻るぞ」

 

それだけ言うと、ラリーはスピアヘッドの出力を上げてキラたちが戦う空域へと戻っていく。クルーゼは退いても、戦いはまだ終わっていない。

 

 

////

 

 

 

「アスハって…」

 

「代表首長の?」

 

カガリの発言により、ブリッジは一時的に混乱の中にあった。マリューはカガリを見る。アフリカでレジスタンスに加わり、戦場を走り回っていた彼女がオーブの姫君だったとは……彼女が特殊な存在であるとは思っていたが、つくづく現実とは小説よりも奇なりと思い知らされる。

 

《何をバカなことを、姫様がそんな船に乗って居られるはずがなかろう!》

 

「なんだと!」

 

まぁ当然だなとブリッジクルーが全員頷いた。仮に姫君だったとしても、それを証明する証拠が少なすぎるのが痛い。

 

《仮に真実であったとしても、何の確証も無しにそんな言葉に従えるものでは…!!》

 

そこでアークエンジェルは再び揺れに襲われた。マリューがモニターを見ると、まだ空中戦が繰り広げられている中で、バスターが包囲網を抜けてこちらに向かってくるのが見えた。

 

『ご心配なくってね!領海になんて入れないさ!その前に決める!』

 

「毎度毎度ぉ!」

 

包囲網を抜けたバスターに追いすがるムウのスカイグラスパー。進路を阻まれたバスターはオーブ軍が展開する海域へ近づくように距離を取ってしまう。あわててアスランがディアッカに通信を投げた。

 

『ディアッカ!オーブ艦に当たる!回り込むんだ!』

 

『そんなこと!くそっ!はっ!?』

 

バスターのコクピットにアラームが響く。とっさにサブモニターを見ると、翼端からビームサーベルを展開したスーパースピアヘッドがバスターの脇を通り過ぎていった。

 

「ほら!お前らもさっさと退くんだよ!」

 

グゥルの翼を切り裂かれたバスターは、姿勢制御を失いながらゆっくりと落ちていく。

 

『凶星〝ネメシス〟か!?くそ!クルーゼ元隊長は仕留めきれなかったのかよ!!』

 

「よそ見!!」

 

すかさず態勢を崩したバスターに、キラのストライクが飛び蹴りをお見舞いし、耐えきれなくなったバスターは太平洋に向かって落下していった。

 

『うわぁああ!!』

 

『ディアッカ!!くそ…バケモノめ!!』

 

そう言ってアスランは、悪あがきと言わんばかりにモビルアーマー形態に変形し、胴体部に備わるスキュラにエネルギーを充填していく。

 

狙いはもちろん、アークエンジェルのエンジンだ。

 

「このままでは…!艦長!」

 

「取舵20!!」

 

「え!?」

 

マリューが放った言葉にノイマンは驚いたような声を上げたが、訳を話す時間もマリューにとっては惜しかった。

 

「急いで!!うまくやってよ…!」

 

その言葉でノイマンは察したのか、アークエンジェルの船体を傾けていく。その姿勢はイージスのスキュラの射線上に被っていた。

 

放たれたアスランの攻撃は、アークエンジェルの脇を掠めてエンジン部の端を焼け焦がす。

 

「1番2番エンジン被弾!48から55ブロックまで隔壁閉鎖!」

 

「推力が落ちます!高度、維持できません!」

 

わかっていた結果だが、揺れは激しいもので。あとはノイマンがいかに衝撃なく着水できるかに掛かっている。マリューはふぅと艦長席へと身を下ろした。

 

「これでは、領海に落ちても仕方あるまい」

 

してやったりと言うふうに、キサカがマリューに話しかける。それを聞いて、マリューは脇に置いてあった地球軍の帽子を深く被って彼を見つめた。

 

その姿はどこか、飄々としてるドレイクの風貌を感じさせるものだ。

 

「ええ、けど、言ったからにはどうにかしてくれるのでしょう?」

 

「第二護衛艦群の砲手は優秀だ。上手くやるさ」

 

「分かりました。今はこの手しかありませんものね」

 

そう微笑んで言うマリューに、キサカはいつもの仏頂面で頷く。その言葉を聞いて、アークエンジェルはメビウスライダー隊を引き連れたまま、遠慮なくオーブ軍が展開する海域へその身を落としていくのだった。

 

 

 

 

 



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第94話 中立という幻影

 

「さて、とんだ茶番だが、致し方ありますまい。公式発表の文章は?」

 

執務室から記者会見場へ向かうウズミとホムラは、忙しく付いてくる側近から今回の事態に対する対応をまとめた書類を受け取りながら、歩みを進めていた。

 

「既に草稿の第二案が出来ています」

 

「いいでしょう。そちらはお任せする。あの船とモルゲンレーテには私が」

 

「は!」

 

そう頭を下げて側近は別の部屋へと入っていく。記者会見に向かうホムラと、オノゴロ島のモルゲンレーテに向かうウズミはここで別れることになる。

 

「どうにもやっかいなものだ、あの船は」

 

「今更言っても、仕方ありますまい。どういう経緯があれ、あれを作ったのは我々なのだから」

 

別れ際に疲れたように眉間に指を添えるホムラの肩を叩いて、ウズミは踵を返してモルゲンレーテに向かう。この決断が吉と出るか凶と出るか……実質、サハク家の独断専行の尻拭い的な処置にはなるものの、ウズミにはそれを見定める義務と責任があった。

 

 

////

 

 

《指示に従い、船を18番ドックに入港してください》

 

「オノゴロは、軍とモルゲンレーテの島だ。ザフト、地球軍からの衛星からでも、ここを窺うことは出来ない」

 

モルゲンレーテ社。

 

オーブ連合首長国のオノゴロ島に本社と工場施設を置き、兵器などの開発、製造を行っている国営企業だ。

 

航空機開発などを行うグループ企業を自社で揃えており、複数の軍需企業と取り引きしている地球連合軍・ザフト軍とは異なり、オーブは国内のみで艦船の開発・製造を行っているーーと、マリューは上辺の情報は知っていた。

 

実際は大西洋連邦との初期GAT-Xシリーズの開発にあたっているほか、Gシリーズの母艦となるアークエンジェルなどの宇宙用艦艇も開発しているが、国営企業であるためオーブの政府との繋がりも強く、その存在は謎に包まれている。

 

モルゲンレーテ社の専用ドックは巨大で、ほかのドッグは閉鎖されているものの、アークエンジェル級の宇宙用艦艇が、あと数隻は収まるほどの規模だ。

 

「そろそろ貴方も、正体を明かしていただけるのかしら?」

 

そう問いかけるマリューに、キサカはピシリと敬礼を行い自分の正体を明かした。

 

「オーブ陸軍、第21特殊空挺部隊、レドニル・キサカ一佐だ。情けない話だが、これでも護衛でね」

 

「あっちゃ~、じゃあやっぱり本物…」

 

悪い予感があったように髪の毛を掻き上げるムウを他所に、マリューは真っ直ぐとした瞳でキサカを見据えた。

 

「それで?我々はこの措置を、どう受け取ったらよろしいのでしょうか?」

 

モルゲンレーテの心臓部とも言えるオノゴロ島に連れてきたのだ。無償でーーなどといううまい話はあるまい。

 

そう問いかけるマリューに、キサカは繋がれた連絡橋から入ってくるオーブ兵士と共に、マリューとムウに手を差し伸べる。

 

「それは、これから会われる人物に、直接聞かれる方がよろしかろう。オーブの獅子、ウズミ・ナラ・アスハ様にな」

 

 

////

 

 

 

アークエンジェルで待機を命じられたクルー達は、出て行ったマリュー達の身を案じながら、自分たちがこれからどうなるか思いを巡らせていた。

 

特に、オーブに家族がいるキラの学友たちは思うところがあった。

 

「まさか、こんなふうにオーブに来るなんてなぁ」

 

「こういう場合どうなんの?やっぱ降りたり、って出来ないのかな?」

 

カズイの言葉に、サイは顔をしかめる。その言葉にはどこか、この船から逃げ出したいような、そんな感情が含まれていたからだ。

 

「降りるって…カズィ、さすがにさ」

 

「いや、作戦行動中は除隊できないってのは知ってるよ。けどさぁ、休暇とか…」

 

「可能性ゼロとは言わないがね。どのみち、船を修理する時間も必要だし」

 

サイたちの会話に加わったノイマンは、「とりあえず食っとけ、何か食べれば気は紛れるさ」と、ミリアリアたちに食堂から持ってきたサンドイッチと飲み物を渡していく。

 

「ですよねぇ」

 

受け取りながら、ミリアリアは少し寂しそうにため息を吐いた。

 

「でもまぁ、ここは難しい国でねぇ。こうして入国させてくれただけでも、けっこう驚きものだからな。オーブ側次第ってところさ。それは、艦長達が戻らないと、分からんよ」

 

「父さんや母さん…この国に居るんだもんね」

 

「会いたいか?」

 

そうノイマンが聞くと、全員が微妙な顔をする。仮にここで降りれたとしても、キラは残るだろうし、フレイも残るだろう。彼らを残して降りるのは心苦しい。それに、戦場での命のやり取りを見ていた以上、すぐに戦争とは無関係な生活に戻れるとは考えられなかった。

 

ただ、親に会うことは悪いことではない。ノイマンはすでに戦争で母を亡くしている。家族に会える時に会えるというのは、幸せな事だとノイマンは思った。

 

「まぁ会えるといいな」

 

励ますようにかけられた言葉に、サイたちは戸惑ったように頷くことしかできなかった。

 

 

////

 

 

 

アークエンジェルのハンガーでは、先ほどの戦闘から戻った戦闘機やストライクの整備が行われていた。こういう時だからこそ、いつも通りの仕事に徹するべきと、ハリーとマードック指揮の元、スカイグラスパーとスーパースピアヘッド、そしてストライクの点検が、それぞれのチームに分かれて進められていく。

 

「フレイはどうするの?」

 

「え?別に何も。あ、キラ。36番の電工セットを頂戴。あとテープと軟化剤も」

 

「36番の電工とテープと軟化剤ね」

 

ストライクのコクピットの周りの配線チェックをするフレイに話しかけながら、キラは指示された工具を素早くフレイに渡していく。

 

「ありがと」

 

作業着の上を脱いで、黒のタンクトップ姿になっているフレイは、軍手を黒く汚しながらキラから工具を受け取って、再び装甲の隙間に潜っていく。

 

「オーブに上陸…出来るかもしれないって」

 

「ふーん、そうなんだ。んー、ここはもう少し直した方がいいかなぁ。8番から16番は綺麗に纏まったんだけどなぁ……また配線し直しかなぁ」

 

キラが話しかけていてもフレイの手は休まらない。ストライクの各所に張り巡らされた配線のチェックをし、絡まっているところや劣化してるところはアダプターを付け替えて随時交換していく。

 

「フレイも、オーブに家あるんでしょ?降りなくていいの?」

 

その言葉に、フレイの手は止まった。彼女はストライクの隙間から体を起こした。

 

「オーブにもあるけど誰も居ないもの。ママは小さい時に死んだし、パパも今はどこにいて何をしてるのか」

 

「そっか…」

 

「それよりも!」

 

手袋を脱いだフレイは、前かがみになりながらしゃがんでいるキラの顔を指差した。

 

「キラはどうしたいのよ?」

 

「え、僕…?」

 

視線を彷徨わせると、タンクトップからフレイの胸元とわずかにはみ出した下着が見えて、キラは表情をわずかに強張らせてスッと視線をそらした。

 

そんな年頃なキラの反応に気づかないまま、フレイは言葉を続ける。

 

「キラは自分のことになるとからっきしなんだから、たまにはわがまま言いなさいよ?抱え込むのは良くないって言ったのはキラでしょ?」

 

作業員の仕事に慣れていない時に、よくキラとサイが手伝ってくれたり、教えてくれたりしたものだ。わからないことは溜め込まずに聞くようにと、二人はよくフレイに言ってくれたのを今でもよく覚えている。

 

「うん…ありがとう、フレイ」

 

「わかればいいのよ」

 

あとそこの新品の配線を取ってくれると嬉しいな、とフレイは笑顔で言って、キラもまた彼女の点検作業を手伝っていく。

 

ふと、下をみるとボロボロになり、並べられた消耗品の前で正座させられているラリーと、その前で仁王立ちするハリーが見えたが、キラはあえて見て見ぬ振りをするのだった。

 

 

 

////

 

 

 

「御承知の通り、我がオーブは中立だ」

 

モルゲンレーテ社の会議室に招かれたマリュー、ムウ、ナタルは、関係者とともに椅子に座るウズミ・ナラ・アスハとの会談に臨んでいた。開口一番にそういうウズミに、マリューは地球軍の帽子を手に持ったまま頷く。

 

「公式には貴艦は我が軍に追われ、領海から離脱したということになっておる」

 

「助けて下さったのは、まさか、お嬢様が乗っていたから、ではないですよね?」

 

斬りこむようにウズミに問いかけるマリューに、ナタルは少し驚いていた。状況に流されやすかった彼女の姿が嘘のように、今のマリューは立派な地球軍の艦長としての貫禄を持っていた。その背中には、かつて自分を叱り飛ばした歴戦の第7艦隊の艦長の姿が、おぼろげにだが見えている。

 

そう斬り込まれたウズミは、少し頭に手を添えて深く息をつく。

 

「国の命運と甘ったれたバカ娘一人の命、秤に掛けるとお思いか?」

 

「失礼致しました。しかし状況が状況でしたのでーーそれに、この船の出自のこともあります」

 

「すまない。まぁ…そうであったならいっそ、分かりやすくて良いがな。ヘリオポリスの件。巻き込まれ、志願兵となったというこの国の子供達。聞き及ぶ、戦場でのXナンバーの活躍」

 

聞けば聞くほど、この国がもたらした災厄というのは計り知れないものだった。地球と宇宙の均衡は目に見えて崩れて、新たな局面を迎えようとしている。今になって嘆くのは愚かなことだとわかっているが、嘆かずにはいられない。

 

おかげで、オーブとしても変わりゆく情勢に備えて、軍備を整えなければならない羽目になった。

 

「正直に言えば君たちの人命のみ救い、あの船とモビルスーツは、このまま沈めてしまった方が良いのではないかと大分迷った。今でもこれで良かったものなのか分からん」

 

「……ヘリオポリスや子供達のこと、地球軍の軍人として私などが申し上げる言葉ではありませんが、一個人としては、彼らや、巻き込んでしまった被災者方には、本当に申し訳なく思っております」

 

「ーーすまんな、あの件は我々に非のあること。国の内部の問題でもあること。我等が中立を保つのは、ナチュラル、コーディネイター、どちらも敵としたくないからだ」

 

強すぎる力は、どちらに加勢したとしても大きな流れの変化を生む。この国の成り立ちは、まさに真ん中だ。どちらにも属さず、どちらにも媚びず、どちら側にも傾かない。そうやって、ナチュラルとコーディネーターの共存を生み出した。

 

どちらかに付くということは、今まで国を支え、国を愛し、国で生きるどちらかの種族を見捨てるにほかならない。

 

「ーー力無くば、その意志を押し通すことも出来ず、だからといって力を持てば、それもまた狙われる。軍人である君等には、要らぬ話だろうがな」

 

しかし、時代は望む望まぬを差し置いて、力こそが全ての様相を呈している。力というのは、持っているだけで相手からは魅力的に見えるのだろう、それがどんな力であったとしてもだ。

 

「ウズミ様のお言葉も分かります。ですが…」

 

マリューはそこで目を細めた。地球に降下するとき、敬愛する第八艦隊のハルバートン提督は、心の底からこの戦争のあり方を憂いていた。

 

 

〝ザフトは次々と新しい機体を投入してくるのだぞ?なのに、利権絡みで役にも立たんことばかりに予算を注ぎ込むバカな連中は、戦場でどれほどの兵が死んでいるかを、数字でしか知らん!〟

 

 

若い人が多く死んでいる。あまりにも多く、あまりにも痛ましい犠牲が。だから必要だったのだ。この戦争を膠着を打開する、活路を切り開く強大な力が。

 

「我々にも果たすべき使命がありますので」

 

得た力で、使命を果たす。生きて、生き延びて、この戦争を早急に終わらせる。その使命を果たすために、マリューはウズミを前にしても引くつもりはなかった。

 

そんなマリューを見て、ウズミは小さく笑みを浮かべる。

 

「ふっ、どんな艦長があの船を操ってるかと思ったがーーいい艦長じゃないか」

 

さて、本題に戻ろうと、ウズミは深く腰掛けていた椅子から立ち上がると、改めてマリューたちを見据えた。

 

「こちらも貴艦を沈めなかった最大の訳を、お話しせねばならん」

 

一体どんな要求なのか。マリューとナタルは少し心当たりがあったが、どうか金銭的な欲求であってほしいと願うばかりだった。

 

だが、ウズミの言葉は見事に悪い予感の的を射抜いた。

 

「ストライクーーならびに流星。二人のこれまでの戦闘データと、パイロットであるコーディネイター、キラ・ヤマト、ラリー・レイレナード。そして流星の機体を改造したハリー・グリンフィールド。彼らのモルゲンレーテへの技術協力を我が国は希望している。叶えば、こちらもかなりの便宜を貴艦に図ることとなろう」

 

マリューの横でムウが頭を抱えそうになったが、マリューも深く思考を巡らせている。彼らが要求しているものはーーーつまりーーー。

 

 

////

 

 

「ぶぇーーっくし!!」

 

「うひゃあ!汚い!」

 

空戦のエグザンプルデータを用いたシミュレーションをするトールに、ラリーは容赦なくクシャミを飛ばした。それに思わず体をすくめたトールの機体は、データ上のイージスに体当たりして撃墜判定を貰うことになった。

 

「悪い悪い、なんか鼻がね」

 

「風邪ですか?最近、無理な出撃が多かったですから。それにクルーゼの相手も」

 

隣でトールの空戦データをまとめるキラが心配そうに言ってくるが、ラリーは大丈夫と手をひらひらさせて答えた。

 

トールがやっているシミュレーターは、ラリーとキラ、そしてアイクが共同でデータを出し合って作った模擬戦データだ。通常のシミュレーターに備わるデータよりも、より実戦的でリアリティを追求している。

 

だが、いかんせん難易度がめちゃハードだ。ハードを通り越してハーデスト、もしくはインフェルノモードと言っても過言ではない。

 

テストで出撃したカガリが会敵五秒後に撃墜されたのだ。トールに至っては最初の頃は保って三秒が良いところだったが、今では何とか食いついてミッションの半分くらいまでは到達できるようになっている。

 

ラリーとキラ、アイクは順列でスコアランクを占めていますが何か?

 

「あれは、まぁ、あれだから…とにかく俺は平気だ。けど、なんか嫌な予感がするんだよなぁ」

 

「えぇ…」

 

その嫌な予感がよく当たるから困るとキラは顔をしかめるが、深く考えてもどうしようもないので、二人は教導に熱が入るアイクとトールの姿を見つめているのだった。

 

 

////

 

 

「私は反対です」

 

アークエンジェルの艦長室に戻ってくるや否や、久しく見てなかったナタルの仏頂面をマリューとムウは見ることになった。

 

「そう言われたって…。じゃどうする?ここで船降りて、みんなでアラスカまで泳ぐ~?」

 

「そう言うことを言っているのではありません!修理に関しては、正当な地球軍からの金銭での代価をと!」

 

「分かるけどさぁ、どう?艦長」

 

そうムウからのパスに、マリューは考えるようにあご先に指を添える。

 

「それで済むものかしら。何も言わなかったけど、ザフトからの圧力も、もう当然あるはずよ?それでも庇ってくれている理由は、分かるでしょ?」

 

それほどまでに欲しいのだろう。他にはないG兵器の実戦データとOSを。マリューとナタルが1番恐れていた事態ではあるが、目の前に良質なモビルスーツの運用データがあると分かるなら、オーブ側がそれを提供してほしいというのは必然であっただろう。

 

それに、地球軍中最強のモビルアーマー乗りと言っても過言ではない流星、ラリーの実戦データ。そして彼の機体を手がけたハリーも加わるとなるとーーと、マリューはそこで考えを区切った。

 

それ以上想像することが叶わなかったから。

 

「しかし、ヤマト少尉とレイレナード大尉の戦闘データと技術的協力とは…まったくどこまで技術力に貪欲なのですか、この国は」

 

プリプリと怒りをあらわにするナタルにマリューも同感する。どこまでも技術に貪欲であり、それによりもたらされるものは大きい。

 

「故に作れたのでしょうね。モビルスーツとか、アークエンジェルを」

 

そう、そこに行き着くからマリューは困っているのだ。元を正せば、このアークエンジェルもオーブが関わっている。それに自分たちがいるのは、衛星でも探知できないモルゲンレーテのドックだ。下手を打てばアークエンジェルから荷物をまとめて放り出されてもおかしくない。

 

ここはおとなしく、向こうの要求を飲み、早々にここを発つのが先決とマリューは判断したのだ。

 

「私は、艦長がそう仰るなら反対する気はありません。ですが、この国は危険です。それだけは心に留めておいてください」

 

そう言ってナタルは「艦の指揮がありますので」と艦長室を後にしていった。

 

「丸くなったよなぁ、彼女も」

 

「ふふ」

 

ムウの言葉に、思わずマリューも小さく笑うが、状況は芳しくない。

 

「まぁ、ボウズとラリーには、悪いけどな」

 

「ええ。はぁ…また貴方達に迷惑をかけちゃうわね」

 

彼らにかかる負担が大きいのはわかっているが、それでも頼るしかできない自分が情けないとマリューは肩を落としていた。そんな彼女にムウは静かな声で言葉を紡ぐ。

 

「いい艦長だってよ」

 

「え?」と聞き返すマリューに、今度は微笑みながら、ムウは改めてマリューに敬意を払った。

 

「俺もそう思うぜ?ラミアス艦長」

 

「ふふ、先生が良かったからかしらね」

 

「はっはっは!違いないや」

 

 

 

////

 

 

 

オーブ、オノゴロ島。

人気のない海岸に着いた船から降りた四人の人影は、そこに待機していたモルゲンレーテの社員と闇夜に紛れて密会していた。

 

社員が船から降りた数人に近づくと、規律良く敬礼を打つ。それに倣って船から降りた内の一人が敬礼を返した。

 

「クルーゼ隊、アスラン・ザラだ」

 

「ようこそ、平和の国へ」

 

 

 

 

 

 

 



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第95話 それぞれの思惑

 

 

《第6作業班は、13番デッキより作業を開始して下さい。機関区、及び外装修理班は、第7ブースで待機》

 

翌日。

 

早朝からアークエンジェルが入港するドッグは、作業員と指示を出すアナウンスの喧騒に包まれていた。ノイマンやナタル達も、早朝から行われる整備や補給、修理作業に立ち会うためにブリッジに集まっている。

 

「驚きました。もう作業に掛かってくれるとは」

 

「ああ。それは本当にありがたいと思うが」

 

ノイマンの言葉に、ナタルはそこまで言って言葉を濁した。アラスカまでの単身の道のりの中で、補修や修理、補給を受けられるのはありがたいことではあるが、いかんせんその対価が大きすぎる。

 

昨日のうちに、招集がかかったキラとラリー、ハリーらの各員には「なるべく本気を出さずにある程度で技術協力をするように」と釘は刺してはいるが、どうにも不安は残っていた。

 

「おはよう」

 

そんな不安に苛まれていると、身支度を整えたマリューがブリッジに上がってきた。

 

「おはようございます」

 

「御苦労様、ナタル」

 

昨晩遅くまで事態の報告書などを作成していたマリューに代わって、ナタルが今回の補給整備の監督を受け持っている。ナタルはマリューへ敬礼すると、作業開始前にモルゲンレーテのスタッフが持ってきた書類をパラパラとめくりながら状況を報告する。

 

「既にモルゲンレーテからの技師達が到着し、修理作業に掛かっております」

 

マリューもナタルの横から彼女が目を通す資料を見るが、かなり手厚い修理と補給が行われてるようだ。ただ、その対価として支払ったものが気になる。

 

「ヤマト少尉とレイレナード大尉は?」

 

「先刻、迎えと共にヤマト少尉はストライクで、レイレナード大尉とグリンフィールド技師は迎えの車で工場の方へ向かいました」

 

「そう。何事もなく終わってくれればいいんだけどね…」

 

同感ですとナタルが答えると、ブリッジに何人かのモルゲンレーテのスタッフが訪ねてくる。挨拶を交わすと、ナタルは再びマリューへ敬礼を打った。

 

「ではこの際に、内部システムの点検修理を徹底して行いたいと思っておりますので」

 

「お願いね」

 

そう言って、ナタルはトーリャやAWACSのシステム技師達に混ざって内部システムの点検の立会いに向かう。

 

マリューは持ってきたボトルに入れたコーヒーを口にしながら、これからのことを考えていた。かなりの便宜を図ってもらっている。後日になれば制限付きでオーブへの一時的な入国も可能になるとの話だ。

 

キラ達には申し訳ないことをしたと心の中で悔やみながら、マリューはどうか、何事もなく事が終わることを祈るばかりであった。

 

 

 

////

 

 

 

「ここって…」

 

アークエンジェルが収容されているドックから、車で三十分ほど走った先にある大きな工廠に着いたキラ達は、見上げるほど高い機材や設備の数々に圧倒されていた。

 

見渡せば、アークエンジェルのハンガー内にある固定用のフレームや、ストライクを牽引するクレーン、そしてそれらを点検するのに必要な機器の全てが揃っている。

 

「すごーい!」

 

「あんまりはしゃぐなよ、ハリー」

 

後から合流したラリーとハリーもその大きさに目を見開いていた。特にハリーは、普段はお目にかかれないモルゲンレーテの内部に入っているというだけで、テンションが常時振り切れている始末だ。

 

「ここならストライクの完璧な修理が出来るわよ。いわば、お母さんの実家みたいなもんだから」

 

ここまで案内してくれたのはエリカ・シモンズ主任設計技師だ。彼女はストライクの技術にも精通しており、今回の技術協力に関しては彼女主導で執り行われるようだ。

 

「こっち!貴方たちに見て貰いたいのは」

 

エリカに手招きされるままに工廠の奥へと進んでいくと、先程のがらんどうだったハンガーとは打って変わって、そこにはいくつもの見慣れないモビルスーツが鎮座していた。

 

「あっ!これ…」

 

「モビルスーツ…?けど、見たことがない機種だわ」

 

「そう驚くこともないでしょ?貴方もヘリオポリスでストライクを見たんだから」

 

胴体部の黒、そして赤と白を基調にしたモビルスーツを見上げるキラたちに、エリカはあっけらかんと言う。たしかに、地球軍と共同開発といっても、G兵器の主要部品やフレームの設計は、ほとんどがモルゲンレーテ社が受け持っていたのだから、その企業が自社製のモビルスーツを用意しててもなんらおかしいことはない。

 

まぁ、この機体はG兵器の技術盗用で作られたものだがなと、ラリーは胸の内で皮肉めいた言葉を浮かべる。

 

「これが中立国オーブという国の本当の姿だ」

 

そうキラたちの後ろから声をかけたのは、オーブの制服に着替えたカガリだ。その彼女は、頬を少し腫らしている。

 

「M1アストレイ。モルゲンレーテ社製のオーブ軍の機体よ」

 

「で?」

 

自信満々そうに言うエリカに、パイロットであるラリーはわずかに顔をしかめたまま問いかけた。

 

「これをオーブはどうするつもりなんですか?」

 

意を汲み取ったキラも、ラリーが思っていることと同じ質問を投げかける。

 

「どうってーー」

 

「モビルスーツの新型を作っちまったんだ。この情勢で。それが何を意味するか、わかってるのか?と聞いてるんですよ」

 

ラリーの言葉にエリカは何も答えずにただ考えるように目を細める。しばらく沈黙が続いた後に、ラリーの問いに答えたのはカガリだった。

 

「ーーこれはオーブの守りだ。お前も知っているだろ?オーブは他国を侵略しない。他国の侵略を許さない。そして、他国の争いに介入しない。その意志を貫く為の力さ」

 

「なんとも甘っちょろい理想だな」

 

「厳しい言葉だな。だけど、オーブはそういう国だ。いや、そういう国のはずだった。父上が裏切るまではな」

 

そう言ってカガリの顔に影が差す。そもそも、オーブが地球軍にモビルスーツを作る手助けをしたのが間違いだったんだ。戦況は硬直化していたとは言え、そこに新たな局面を開く一石を投げ入れると言う事がいかに危険なことかを、カガリから見たらオーブの首脳陣は軽視しすぎているように思えた。

 

「あ~ら、まだ仰ってるんですか?そうではないと何度も申し上げたでしょ?ヘリオポリスが地球軍のモビルスーツ開発に手を貸してたなんてこと、ウズミ様は御存知…」

 

「黙れ!そんな言い訳通ると思うのか!国の最高責任者が、知らなかったと言ったところでそれも罪だ! 」

 

「だから、責任はお取りになったじゃありませんか」

 

事実、ウズミはオーブの首相を辞して、後任のホムラに全権を渡して、そのサポートへと回るようになってはいるが、それでもカガリは納得できなかった。

 

「職を叔父上に譲ったところで、常にああだこうだと口を出して、結局何も変わってないじゃないか!」

 

「仕方ありません。ウズミ様は、今のオーブには必要な方なんですから」

 

「あんな卑怯者のどこが!」

 

「ああ、言い合いをしてるところ悪いけどな」

 

カガリとエリカの言い合いを遮ったラリーの方を見ると、ヒートアップしていた言葉と感情が急速に冷めていく。鋭い目つきのまま、ラリーは二人を見つめていた。

 

「その迂闊な言葉でどれだけの人が危険な目にあったか、わかって言ってるのか?」

 

ヘリオポリスで培った技術。モビルスーツを自国で建造できるノウハウ。そして資金と潤沢な資材。

 

それでモビルスーツを作るなと言うのは難しい話だ。技術者というのは作れるなら作ってしまう。それが(〝さが〟)だ。現にハリーも、できる事があったからこそメビウスやスピアヘッドの改造を行なっている。

 

ただ、ラリーから見ればハリーと彼女たちは、技師としてのあり方に決定的な違いがあった。

 

ハリーは自分の作ったもので相手を殺し、相手を傷つける事を承知した上で、改造や技師としての職務を全うしている。

 

だが、モルゲンレーテはただ作って、その先にある戦いの責任を放棄しているように見えてならなかった。

 

ただ作り、責任を取らずに自国の軍備を拡張しているとはどれだけ能天気なのか。そして彼らは更なる技術を求めようとしている。それで生じる大いなる責任を、この国は背負う覚悟があるのか、ないのか。ラリーは自分の目でそれを見定めるつもりだった。

 

「俺は地球軍のパイロットでしかない。しかしだからこそ、俺にはこの二人を守る義務がある。それは分かっておけよ」

 

もし、キラやハリーに少しでも強硬な態度を見せた場合、ラリーは如何なる手段を使ってでも二人を守る腹づもりでいた。

 

そんな覚悟の目を見たのか、カガリはただ黙って頷くしかできなかった。

 

 

 

////

 

 

 

「起動電圧正常。システム…」

 

「アサギ、ジュリ、マユラ!」

 

モルゲンレーテ保有の屋内モビルスーツ試験場。ドーム状に広がる広大なモビルスーツの試験場では、今まさにテストパイロットによるM 1アストレイの稼働試験が行われようとしていた。

 

管制室に入ったエリカは手早く端末を立ち上げると、すでにモニターに映っていた3人の若いテストパイロットたちに呼びかけた。

 

「はーい!あ!カガリ様?」

 

「あら、ほんと」

 

「なーに、帰ってきたの?」

 

「悪かったなぁ」

 

モニター越しに遠慮なく呆れたように言う3人のテストパイロットたちの声に、カガリは居心地が悪そうに口元を尖らせて顔をそらした。

 

「じゃあ、始めて」

 

エリカの号令後、アストレイはハンガーロックが外されてゆっくりと歩き出す。いや、歩いていると言うか、ずりずりと前進してるような感じだ。しかも、どの動作もストライクと比べたら圧倒的に遅い。

 

「相変わらずだな」

 

「でも、倍近く速くなったんです」

 

「けどこれじゃ、あっという間にやられるぞ。何の役にも立ちゃしない、ただの的じゃないか」

 

カガリの言うことは尤もだった。ガワだけ立派でも中身が伴っていないのだ。これじゃあ旧世紀の二足歩行型のロボットの方がマシに見える。

 

「あ!ひっどーい!」

 

「ほんとのことだろうがー」

 

「人の苦労も知らないで」

 

無線越しにギャーギャーとカガリとテストパイロットたちが言い合いを始める。ラリーは呆れたように頭を抱えて、キラは困ったように苦笑いをこぼしている。ハリー?さっきからエリカとシステムのアラ出しをすでに始めてるが?

 

「敵だって知っちゃくれないさ、そんなもん!」

 

「乗れもしないくせに!」

 

「言ったな!じゃぁ替わってみろよ!」

 

女性3人寄れば姦しいと言うが、これでは会話のドッジボールだなとラリーは繰り広げられる口論ーーカガリが一方的に弄ばれているだけーーの様子を眺めていると。

 

「はいはいはい、止め止め止め!でも、カガリ様の言うことは事実よ。だから、私達はあれをもっと強くしたいの。貴方のストライクの様にね」

 

エリカが手を叩き、水を打ったように静かになった。今のアストレイは額縁だけ立派な真っ白なキャンパスといっても差し支えはない。要は、そこにキラの力で美しい絵を描いて欲しいと言うことだ。

 

「技術協力をお願いしたいのは、あれのサポートシステムのOS開発よ。パイロットはレイレナード大尉に。グリンフィールド技師には、アストレイのオプションパックでいくつか意見が欲しいの」

 

「え!?レイレナード大尉が?」

 

「俺か?」

 

キラが驚いたようにエリカとラリーを交互に眺める。ラリーにしても、モビルアーマーはなんとかなったが、さすがにモビルスーツをどうにかできるようには思えなかった。事実、この世界に来てからラリーはモビルスーツに一度も乗ったことがないのだ。

 

だが、エリカにとってはそれでも貴重なデータには変わりない。なにせーー。

 

「コーディネーターが調整したナチュラル用OS。それに乗る流星のパイロットのデータ。貴重じゃない?」

 

そうエリカが口にした途端、カガリと小声で言い合っていたテストパイロットたちの声がパタリと止む。なんだろうかと見ると、3人の視線はラリー1人に注がれていた。

 

「え、じゃあ貴方が…」

 

「流星のパイロット?!」

 

「あ、あとでサインください!!」

 

三者三様の反応に、ラリーはただ戸惑うばかりだった。

 

ナチュラルで、地球軍でも屈指の撃墜王。そんな彼がパイロットの中で有名じゃないわけないでしょう?とエリカが面白そうに言う隣で、ハリーはどこか面白くなさそうな顔で戸惑うラリーを睨みつけていた。

 

「どうした?キラ?」

 

「いや、なんかデジャヴが…」

 

そんな光景を見ていたキラが、少し疲れたように肩を落とす。どこかで見た事がある光景だなと思っていたら、思い出した。ラクスがクラックスに来た時の、ミーハーな乗組員に囲まれた光景とよく似ているということを。

 

 

 

 

 



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第96話 今と未来の邂逅

 

 

オーブ、オノゴロ島。

 

モルゲンレーテ本社が鎮座するその島には、社の保有する軍事兵器製造工廠や関連企業が集約されている。さらにそこに勤務する職員、作業員、研究員達が住む社宅や住居エリア、果てには休日を楽しむためのショッピングモール、子育てに必要な学校施設まで揃い、島というよりは、その全体が一つの街を形成しているとも言える発展ぶりだった。

 

「見事に平穏ですね。街中は」

 

そんなオノゴロ島の繁華街を、モルゲンレーテ社の一般作業員のつなぎを着て歩く一行。その1人であるニコルが、賑わう街並みを見ながら呟いた。

 

「ああ。昨日自国の領海であれだけの騒ぎがあったって言うのに」

 

「中立国だからですかねぇ?」

 

「平和の国、か」

 

先頭を歩くアスランが、この島に潜入するときにかけられた言葉を思い出す。たしかに、上辺だけ見れば平和の国と言えるが、その腹の中が闇に閉ざされている以上、楽観的な考えは禁物だ。

 

この街に入る前に、ニコルとディアッカ、そしてアスランたちで島のあちらこちらを偵察してみたものの、アークエンジェルにつながる手かがりは何一つとして得られていなかった。

 

「そりゃ、軍港に堂々とあるとは思っちゃいないけどさぁ。あのクラスの船だし、そう易々と隠せるとは思えないよな」

 

ディアッカは露店で買った飲み物で喉を潤しながら恨めしそうに呟く。アークエンジェルはザフトの既存の軍艦よりも大型だ。そんな巨大なものを覆い隠せるほど、オーブの力は絶大な物なのか、アスランたちはまだ測りかねていた。

 

「まさかぁ、ほんとに居ないなんてことはないよねぇ。どうする?」

 

「とにかく欲しいのは確証だ。ここに居るなら居る。居ないなら居ない。軍港にモルゲンレーテ、海側の警戒は、驚くほど厳しいんだ。なんとか、中から探るしかないだろ」

 

外の後衛としてイザークが艦に残ってくれてはいるが、いつ探知されたとしてもおかしくはない。もし母艦がバレれば、自分たちの身元も危うい。下手をすればプラントとオーブ間の大きな外交問題になる。故にアスランたちは慎重にならざるを得なかった。

 

「言えてる。しかし厄介な国の様だなぁ、オーブってのは。もう元隊長もオーブに入ってる頃だろ?」

 

そう言って飲みきったドリンクをゴミカゴに捨てるディアッカの言葉に、アスランもただ肩をすくめる。

 

「ああ、そういう手筈にはなっている。けれど、あの人にはあの人の目的があるからな。あまり当てにはしてないさ」

 

「ワンマンアーミーねぇ…よく認めたもんだよ。ザフトの上層部も」

 

自分たちの元隊長は、全く別系統の命令で動く。今彼がどこで何をしているのかーー。アスランたちにはそれを推測することすら困難であった。

 

 

////

 

 

モルゲンレーテ、第六工廠。

 

厳重に隠匿されたその工廠内に格納されるストライクの中で、キラは凄まじい速さで、先ほどラリーの操縦で得られたデータの解読とデータ適合のプログラム作成、そして各種パラメータを設定するためのデータサンプル作成を行なっていた。

 

「うはー、速いなお前、キーボードーーって、なんだキラか。誰がストライクに乗ってるかと思った」

 

コクピットのすぐ前に設けられた空中通路から覗き込んできたのは、オーブの制服を脱いでだらしなくシャツを着流したカガリだった。

 

「工場の中、軍服でチョロチョロしちゃぁまずいってさ。でも…君も変なお姫様だね。こんなとこにばっか居て」

 

オーブの技術員用の作業つなぎに着替えているキラを見て、カガリは不機嫌そうに口元を尖らせる。

 

「悪かったなぁ。あと姫とか言うなよ…、全然そう思ってないくせに。そう言われるのほんと嫌いなんだ」

 

その姿を見て、あぁほんとに嫌なんだなとキラは納得する。彼女の気性の荒さーーもとい、豪胆な性格を考えれば、お姫様だの首長の娘だともてはやされるのは、何とも居心地の悪いものだったに違いない。

 

「けど、やっと分かったよ。あの時カガリが、モルゲンレーテに居た訳」

 

そう懐かしそうにいうキラに、カガリは少し目を細めて言葉を選んでつなげていく。

 

「……モルゲンレーテがヘリオポリスで、地球軍のモビルスーツ製造に手を貸してるって噂聞いて、父に言ってもまるで相手してくれないから、自分で確かめに行ったんだ」

 

「それであれか…。でも、知らなかったことなんだろ?お父さん…てか、アスハ代表って」

 

「内部ではそういう者も居るってだけだ。けれど、父自身はそうは言ってない」

 

「え?」

 

「知っていた知らなかった、そんなことはどうでもいいと。ただ全ての責任は自分にある。それだけだと。それでも私は、父を信じていたのに…」

 

「カガリ…」

 

そう寂しそうに言うカガリに、キラは思う。彼女はただ、父親に本当のことを話して欲しかっただけなのだろうと。たとえそれが知らなかったことであったとしても、それすら自分の責任にして背負ってしまう父に、頼って欲しかったのだろう。

 

今振り返ると、彼女の無鉄砲さはいつもどこかに、誰かに認めてもらいたいと言う承認欲求があったようにも思えた。

 

「ヤマト技術士!」

 

通路の端から小走りでやってきた若い女性と男性の技師が、端末から印刷したてのデータシートを両手に抱えて、キラのコクピットを覗き込んできた。

 

「ちょっとこれを見て欲しくて。電磁流体アクチュエータの負荷が、今までのデータとは違うんですよ」

 

「駆動系はどこもかしこもですよ。限界超えて機体が悲鳴上げてるような感じですね」

 

そう言って、データシートの要点をまとめた紙を差し出してくる2人からキラは受け取ると、素早く速読してデータの規則性やバラツキの数値を暗算で弾き出していく。

 

「ありがとうございます、確認しますね」

 

一応、規定に則ったアストレイの稼働試験だったので、負荷が掛かる割合などには均一性があった。データを手早く入力していくキラに、2人は一礼して元の道を戻っていった。

 

「すっかり人気者だな」

 

「はじめての試みばっかりだからね…アストレイもボロボロになっちゃってるし」

 

キラが視線をあげると、四肢がバラされている試験用のアストレイの姿があった。試験用にばらしやすく作られた装甲からは、負荷データなどを読み取るコードがタコ足のように繋げられており、下ではハリーとエリカの2人を軸に、忙しなく作業員が動き回っているのが見える。

 

「モビルスーツってあんな動きができるんだな。まぁデータとしてはあまり応用が利かないけど」

 

カガリが遠い目をしながら角が折れたアストレイを見つめる。

 

歩行や四肢の稼働、重心移動などのテスト動作は順調に行ったが、途中でラリーが「マニュアルも使っていいか?」と聞いてきてエリカが了承した途端。

 

アストレイは今までの鈍重な動きが嘘のように加速して、各部スラスターを全開で使用しながら数回ステップを踏んでから、バランスを崩して頑丈なドームの壁に突っ込んだのだった。

 

カガリたちが事態を把握できたのは、アストレイから聞いたこともない異音が鳴り響き、ズゥンと倒れ伏せる音が轟いたあたりだった。

 

「あはは…」

 

その光景を見て、ハリーは頭を抱えて、キラは乾いた笑いしか出せなかった。というか、ストライクでもあの速度は出せないような気がする。結果、各部モーターやアクチュエータが信じられない負荷を受けることになり、アストレイは絶賛総点検中となっている。

 

「カガリは、お父さんに反発してレジスタンスに入っちゃったの?頭来て、飛び出して」

 

気を取り直して、キラはカガリに改めて問いかけた。カガリははたと止まったように目を見開いてから、少し考えるような仕草をしながらキラに答える。

 

「父にお前は世界を知らないと言われた。だから見に行ったのさ」

 

初めは父への反抗心ーーというより、父の言葉を鵜呑みにして飛び出したと言った方が正しいだろう。現に、アフリカに渡れたのも、父からの言付けでついてきてくれたキサカのおかげだ。

 

「砂漠ではみんな、必死に戦っていた。戦いにすらなっていなくても、守るために必死に」

 

「カガリ…」

 

「私は運が良かったのだなと、つくづく思い知らされたよ。キラ達に出逢えてなかったら、きっと今頃砂漠の中で眠っていたさ。私が焚きつけた戦士たちと一緒に」

 

そう答えたカガリの表情には暗い影が差す。

 

父が言った世界を知り、そこで何かを守れると思っていた浅はかな自分のせいで、多くの人が犠牲になった。砂漠の上で冷たくなっていく幾人もの戦士を見送って、カガリは今ここにいる。

 

「なのにオーブは……これだけの力を持ち、あんなこともしたくせに。未だにプラントにも地球軍にも、どっちにもいい顔をしようとする。それで本当にいいのか?」

 

それは父への不満ではなく、単に自分の納得できない疑問であった。プラント、地球、それぞれが多くの命をチップにして戦争をしているというのにーーまるで、オーブは賭け事を見る観客、もしくはそれを調整する死のディーラーのようにも思えた。

 

「カガリは戦いたいの?」

 

そうキラに言われて、カガリはすぐに首を横に振った。

 

「違う!私はただ、戦争を終わらせたいだけさ」

 

戦争を終わらせたいだけ。ただそれだけなのに、それが如何に難しいか。キラはヘリオポリスから今までで嫌という程痛感していた。ラリーに問い、リークの生き様を見て、そしてムウの言葉を聞いても、まだ答えは得られていない。自分が為すべき使命さえも。

 

「そうだね。…でも、がむしゃらに戦っても終わらないよ。この戦争は、色々なものを飲み込みすぎてるんだ」

 

ただ討って討たれてを続けても戦争は終わらない。それだけははっきりとわかっている。

 

「じゃあどうやって終わらせるんだよ」

 

カガリのまっすぐな問いに、キラは砂漠の決戦前にムウから聞いた言葉を思い出しながら答えた。

 

「僕たちはそれを探さなきゃならないんだよ。地球もプラントも納得できる落とし所ってやつをね」

 

「落とし所…か…」

 

結局、最後は政治なんだよなぁと、カガリはうんざりしたような声で言い、キラは困ったように笑う。まだまだ彼女の父のあり方を、カガリは掴めずにいるのだった。

 

 

////

 

 

「やばい。迷った」

 

巨大なオノゴロ島のモルゲンレーテ社内。

 

ハリーとエリカからの説教を受け終えたラリーは、少し休憩と近くの売店を目指して工廠から出てきたのだが、完全完璧まごうことなく道に迷っていた。

 

案内してくれるはずのテストパイロット三人娘は、少し歩いた途端に呼び出しを受けて他の工廠に行ってしまったし、近くにいる武装した監視員はおっかなくて声はかけられないため、ラリーは案内板を頼りに歩き回ってみたのだが、見事に道に迷ってしまった。

 

「オノゴロ島全部がモルゲンレーテの施設だもんなぁ…広すぎるだろ…」

 

しばらく歩いて疲れた足を止めると、カランと軽いプラスチックの音が、足先に当たって響いた。

 

「ん?携帯電話…?」

 

ピンク色の曲線的なデザイン、そして一昔前の宝石チックなストラップが付いた二つ折りの携帯を持ち上げながら、ラリーは首を傾げた。

 

はて、この携帯のデザインーーどこかで。

 

すると、向かいの歩道から若い男女の声が聞こえてきた。

 

「マユー、ここは探したんだろ?とりあえず守衛室とかに問い合わせてみようぜ?」

 

「んんー、たしかにここで最後に使ったんだけどなぁ…どこにいったんだろう、マユの携帯」

 

あっと喉に声が出そうになって詰まる。まさかーーこんなところで会えるとは。

 

なんとも自分の運命というのは不可思議なものだとラリーは小さく笑うと、2人揃って歩道の脇や整えられた街路樹の根元を見渡す2人に向かって声をかけた。

 

「失礼、君の探してるものはこれかな?」

 

まず若い男の子が女の子の前に素早く回り込み、声をかけたラリーをわずかに警戒しながら見つめる。だが、庇われた少女の目は、すでにラリーの手に握れるものへ注がれていた。

 

「あーー!マユの携帯!」

 

そこで拾ったんだよ、と答えるラリーに、マユと自分を指した少女は、かばう男の子の脇を飛び出して、手渡すラリーから携帯を受け取った。

 

「ありがとうございます!!お兄さん!!」

 

「大事なものらしいから、もう落とすんじゃないぞ?」

 

「うん!」

 

天真爛漫に笑う少女が元気よく答える隣で、警戒していた男の子は申し訳なさそうにラリーに頭を下げた。

 

「あの、ありがとうございます」

 

「いや、ただの偶然だったからな。君たちもモルゲンレーテの関係者?」

 

そんなラフに話しかけるラリーに面を食らったのか、男の子は小さく数回頷いて、遠くにある真っ白な建物を指差した。

 

「え、まぁ両親があそこで研究をやってて…」

 

「そうか。じゃあ俺はこれで」

 

そう言って、ラリーは2人の脇を通りすぎる。振り向くと少女が「バイバーイ!」と大きく手を振っているのが見える。男のはラリーに小さく会釈していた。

 

「よかったな、マユ。親切な人に拾って貰えて」

 

「うん!」

 

そう言って、2人も指差した白い建物に向かって歩き出していく。しばらく歩いてからラリーは再び振り返る。小さくなって見えなくなっていく兄妹の姿をみて、ラリーは小さく呟いた。

 

「もう、落とすんじゃねぇぞ」

 

この物語の中で不運に合う2人の運命。

 

シン・アスカ

マユ・アスカ

 

願わくば、あの家族が不運に見舞われることなく無事でいてくれるようにと思うばかりだ。

 

「ハァ、それにしても、第六工廠ってどこだよ…広すぎ」

 

解決していない悩みに頭を抱えるラリー。そんな彼の後ろから、1人の人影が近づいてきた。

 

「どうやら道に迷っている様子だな、君は」

 

ラリーは声をかけられた方を一瞥する。ラリーが着るオレンジ色の技師用作業着とは違う、一般作業員の装いである相手は、ラリーを見てにこやかに語りかけてきた。

 

「ええ、まぁここが広くて…」

 

「実は私も、人を探していてね」

 

ふと、ラリーは立ち止まる。この声ーー聞いたことがある。しかもつい、最近。戦闘機の中の無線機越しにだ。

 

「地上に身を置く、流星を」

 

改めてラリーは相手を見る。

 

普段はマスクをつけるその顔には、どこぞの偽名を使ったノースリーブ彗星と同じような、馬鹿でかいサングラスが備わっている。

 

そして、相手は驚くラリーを見てさらに笑みを深めた。

 

「ラウ・ル・クルーゼ…!!」

 

「少し、話をしたいのだよ。ラリー・レイレナード」

 

そう言って辺りを見れば、ラリーを囲むように何人かの作業員が行く手を遮っているのだった。

 

 

 

 





▼ラウ・ル・クルーゼがオーブにログインしました。


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第97話 世界を変える弾丸

 

 

モルゲンレーテ社内には、その広大な敷地内に、無数の売店や作業員用の休憩所を兼ねたカフェなどが併設されている。

 

カフェではモルゲンレーテ社の社員証で支払いなどを行うが、それさえごまかして仕舞えば絶好の隠れ場所となる。基本的なサービスは社員のセルフサービスに任されているし、そこで働く給仕員も外部から雇われた者がほとんどで、忙しなく行き交う作業員の顔を覚えていることはまず無い。

 

そして何人かの作業員が給仕員の目をそらせれば、完全に休憩中の社員の仲間入りだ。

 

社員の出入り口で出待ちするよりも最も安全な場所。まさに木を隠すなら森の中といったところだ。

 

「予想はしていたが…こんなにもザフトの内通者がいるとは思わなかったな」

 

その鮮やかな手際を見せられて、ラリーは呆れたように目の前に座るクルーゼにそう呟くと、彼は手持ちぶさだったのか、腹が空いていたのか、頼んだカレーライスを頬張りながら、ラリーの問いに答えた。

 

「いや、彼らは半々だよ」

 

役目が終わると早々に自分の持ち場に戻っていった作業員たち。彼らの約半分がザフトの内通者であるが、残りの半分はその内通者の部下や後輩だ。その答えにラリーはあぁ、と納得したように頷く。

 

「技術者というのは、いつの時代でも上下関係がはっきりとしているからね。まぁ彼らが上手く言いくるめたのだろうな」

 

クルーゼの言う通り。おそらく、「自分たちの知り合いがお見えになるからうまく誤魔化すのを手伝え」と言われたのだろう。アストレイなどを作る超機密区画の作業者ならいざ知れず、内通者が務められるレベルの区画ならば、そういうことがあっても別段不思議ではないだろう。

 

リークも妹たちの最寄りの港に寄港したときは、なんとかうまく渡りをつけて、メビウスの格納庫やハリーたちを紹介していたものだ。

 

それに、いくらモビルスーツ、いくらAI、いくらオートマチックが成長しようとも、それを作るのは人間。それを管理するのも人間だ。

 

簡単な流れ作業ならいざ知れず、モビルスーツという小ロットの量産品、しかも細密機器の塊となれば、それを組み立てるだけでもかなりの技術レベルが必要となるだろう。

 

現に、今ではストライクの配線取り替え作業など目を瞑ってでもできるフレイでも、まだアームの駆動軸の交換などはおぼつかない。技術というのは一朝一夕で培われるものではないのだ。

 

それを行う、それを成すためには莫大な労力と時間、そして金がかかる。それを弁えているからこそ、彼らの下に部下や弟子がつく。その上下関係はたとえ立場が変わろうが揺るがないものだ。職人というものはそういうものなのだろう。

 

「食べないのか?」

 

クルーゼが顎でしゃくる先にあるのは、簡単なサンドイッチとコーヒーだ。

 

「いや、普通にできるほど俺は神経図太くないぞ」

 

「はっはっはっ。流石の私でも、ここで騒ぎを起こそうとは思わんよ」

 

なんだ、警戒してるのは丸わかりかとラリーは力んでいた体から力を抜いた。

 

ここでクルーゼと一悶着起こすことは容易だが、自分もクルーゼも、オーブにいることが知られたら後が大変まずいことになる身だ。ここは大人しくするしかあるまい。

 

「それで?なんだ?俺に会いにここまで追ってきたのか?」

 

「そうだと言ったらどうするかね?」

 

カレーを食べ終えて微笑むサングラスをつけたクルーゼに、ラリーは盛大に呆れため息をつきながら、机に頬杖をついた。

 

「底なしの阿呆だなと言ってやろう」

 

それを聞いてクルーゼは、おかしい様に口元を手で隠して含み笑いをする。そうだろう、そうだろう、そんな単純な目的でこんな所に来るわけがない。ラリーはそう思って、彼が言うかもしれない目的を知るために身構えた。

 

「では、その底なしの阿呆から流星に質問だ」

 

ガクンとラリーは机に顔を落とした。額を真っ赤に染める勢いでぶつかったラリーは恨めしそうにクルーゼを見る。そんな相手は、ラリーとの会話を楽しみ、噛みしめる様に彼の目を見つめながら言葉を出した。

 

「君は、この世界の先に何を見つめている?」

 

それはクルーゼがラリーに惹かれてから、心の中にあった疑問だった。

 

「国、言葉、価値観、生まれ、信ずるもの。様々な多様性、すべてが違うこの世界に君は何を見ている?」

 

何を見て、何を感じ、何を信じてその力を身につけ、戦っている?人を蹴落とし、不平等と嘆きながら不平等を愛するこの矛盾した世界で、ラリーは何を見つめているのか。クルーゼの興味はそこにしかない。

 

「他者より強く、他者より先へ、他者より上へ。競い、妬み、憎んで、その身を食い合う世界を身をもって知ったとて、時は既に遅い」

 

自分がそうであったように。優劣を求めて、それを維持するため、権力、力、金、この世のすべての唾棄すべき下らない執念の下に生み出された自分には、その世界しか見えなかった。

 

「ナチュラル、コーディネーター、人としての根源。そこまでを手にしたと言うのにーーーなぜか人の心は満たされず、変わらない。持つ者に持たざる者の思いは分からず、持たざる者は持つ者を妬む」

 

そして戦いが起こり、破滅が呼ばれた。互いを見ようともせず、知ろうともせず、聞かず、知らずーーーそうやって互いの身を燃やし合う世界。そんなくだらない世界。

 

己と違う者、だが愛せようもあるはずの者。しかし世界は変わらずに人と人とを撃ち合わせる。

 

「そんな苦しいだけの世界で、君はーーー」

 

「それでも、人は前に進んでる」

 

そんなクルーゼの独白に、ラリーは一刀のもと、その闇を断ち切った。

 

「明日がほしいからーーなんて俺は大それた事は言わない。だが断言できる。そんな世界が続いても人は滅びない」

 

ラリーは、人の胆力の強さを知っている。あらゆる意味で、人は根強く、しつこいのだ。

 

「たとえ種の数を減らしても、文明を後退させても、すべてをゼロからやり直すことになっても、人は営みを続けていく。それは絶対だ」

 

今、この瞬間、この時、この時代、この歴史が黒に覆われても、世界は続く。新しいステージとなって、新しい誰かに引き継がれて、世界は動き続けていく。

 

そういう世界を、ラリーは知ってるから。

 

「俺が何を見てるか。ーーまぁ強いて言うなら」

 

そこで一息置くようにコーヒーを口に含んで、ラリーは少し恥ずかしそうに笑った。

 

「こんな俺の力で何かを変えれるなら。そうだな……俺の手が届く範囲の人のこの先を、どうにかマシなものに変えたい……くらいだな」

 

そんなラリーの答えを聞いたクルーゼは。

 

「ふふふ…はっはっはっは!!」

 

心底、楽しそうに笑った。何人かの給仕員がこちらを見たが、それも気にしない様子でサングラスの奥の瞳を細めて、クルーゼは心から笑った。

 

「君は…君ほどの本物の力を持ちながら!周りのものしかマシにしないか!これは傑作だな!」

 

人が憧れ、望み、切望するほどの「本物」でありながらーーそう言うクルーゼにラリーは肩をすくめる。

 

「俺にとって人類の救済なんてどうでもいいからな。ただ、もしもあの時ーーと、後悔するくらいなら、俺はマシになる道を選ぶ。そのために戦っている」

 

なんの躊躇いもなく言うラリーに、クルーゼはまた可笑しそうに笑みを浮かべてあえて問いかける。

 

「それがイバラの道だったとしてもか?」

 

「踏み倒して歩くさ。そのための力だ」

 

そう真っ直ぐと言うラリーを見て、クルーゼは沸き立つような狂喜に襲われながらも、どこかで疑っていた自身の感情を完全に確信した。

 

この男は、自分の闇を、拭い去ることができる器を待っている、と。

 

「面白い」

 

そう言ってクルーゼは、決意表明をするようにラリーの前で、瞳を覆い隠していたサングラスを外した。

 

ムウと同じ青い目、そしてテロメアの影響で老いたその顔でラリーを見つめる。

 

「ならば、私を倒してみろ。君が言うマシになる行き先…それを実現する覚悟があるならな」

 

その言葉にラリーは驚いたように目を見開いた。その言葉を発したクルーゼが、今まで知っていた「ラウ・ル・クルーゼ」と決定的に違っていたのだから。

 

「私が君を討ったなら、私はこの身にある憎悪とともに、世界に終焉の鐘を鳴らそう。だが、君が私を討ったなら、私は君の言うマシな未来に全霊を以って協力すると誓おう」

 

「なんとも……大げさだな」

 

「だが、事実だ。こんな世界に灯った君と言う希望に、私は賭けてみたくなったのだよ」

 

この手で、あるいは誰かの手によってラリーを失ったなら、自分は思い描いていた終局に向かって歩き出すだろう。だが、自分の前にこの男がいる限り、あまつさえ、自分を討つというなら、これほど信頼できる楔はあるまい。

 

クルーゼにとってラリーは、この腐りきった世界を壊すためのたった一つの弾丸なのだから。

 

「さて、そろそろ迎えが来る。私はここで失礼するよ」

 

そう言ってサングラスをかけ直して立ち上がるクルーゼ。外を見ると、先ほど自分のいく先を遮っていた作業員の何人かが迎えに来ているのが見えた。ラリーは分かっているように首をかしげる。

 

「おい、俺のことをどうにかしなくていいのか?仲間に示しが付かんだろ」

 

そう言うラリーに、クルーゼもわかっているように鼻を鳴らすように笑った。

 

「構わんよ。次会う時は戦場だ。楽しみにしているよ、流星」

 

次もまた、最高の戦いをしよう。

 

そう言って、クルーゼはラリーの元から去っていく。カフェの窓から小さくなっていくクルーゼの後ろ姿を眺めながら、ラリーは自分の席に残ったサンドイッチを頬張りながら呟いた。

 

「ほんと、自由なやつだな……アイツ」

 

 

////

 

 

アークエンジェルで、二等兵であるミリアリアと同室であるフレイに与えられた個室に招かれたアイシャが、フレイのタンクトップ姿に鼻下を伸ばしたオーブの作業員に強請って持ってきてもらった茶菓子とコーヒーに舌鼓を打っているとーー。

 

「ええ!?バルトフェルドさん、オーブで降りるんですか!?」

 

部屋にやってきたバルトフェルドが、マリューから貰った承認書類を見せながらフレイたちにそう告げたのだ。

 

「ああ、ラミアス艦長からも正式に許可は出たからな。明日の出港前に私はオーブから民間航空を利用してプラントに戻ることになる」

 

まぁ戦死扱いになってるだろうから、入国には一手間か二手間はかかるだろうがなと、バルトフェルドは肩をすくめた。

 

「あくまで私たちは捕虜扱い。オーブで降ろせるうちに、厄介な種をどうにかしておきたかったのでしょうね」

 

「ええーせっかくアイシャさんとも仲良くなれたのに…」

 

「私もフレイちゃんに会えなくなるのは悲しいわぁー」

 

そう言って悲しげにフレイと抱き合うアイシャ。それを見ていたミリアリアも悲しくなりそうな心を抱えながら、本当に懐かしそうにフレイに語りかける。

 

「けど、フレイもかなり変わったよね。前なら嫌だーコーディネーターなんかーとか言ってたくせにぃ」

 

「い、いいじゃない別に!昔は昔!今は今よ!」

 

キラにコーディネーターがどうとかなんとかーとミリアリアが言うと、そんな昔のこと忘れたんだから今度言ったら許さないわよ!とフレイが真っ赤な顔で言い返す。すると、ミリアリアは心から嬉しそうに目を細めた。

 

「まぁ、私も今のフレイの方が好きだけどね」

 

そう言われ、一瞬言葉に詰まったフレイは誤魔化すように、目の前にあった茶菓子をミリアリアに差し出す。

 

「ふ、ふふーん!正直者なミリィにはこのクッキーを分けてあげよう!」

 

「わーうれしいなぁー」

 

そんな2人を見ていたバルトフェルドとアイシャは、いつものように快活な笑い声を上げた。

 

「はっはっはっ!君たちと馬鹿騒ぎしたのはーーまぁ楽しかったよ。礼を言わせてくれ」

 

そう言って頭を下げるバルトフェルドに、フレイは少しだけ悲しそうに顔を沈めた。

 

「次に会った時はーーまた敵同士なんですか?」

 

彼がプラントに戻ると言うことは、そういう事なのだろう。アークエンジェルで捕虜として過ごした彼は、この船を追う任を任されるかもしれない。そう思うと、フレイの手はわずかに震えた。

 

するとバルトフェルドは不思議なまでに何気ない声でこう言った。

 

「さてなぁ。あとは君たち次第と言ったところだな」

 

こちら次第?そういう言い方に、フレイもミリアリアも首をかしげると、アイシャが得意のアイコンタクトでバルトフェルドを見た。彼も失言だったと咳払いをして誤魔化すように続ける。

 

「なんでもない、気にしないでくれ」

 

彼女らがそうなるかは、バルトフェルドには分からなかった。だが、この船に流星がいる限りーーバルトフェルドと、彼が協力する者が描く未来に、この船も加わるということは何と無くではあるが想像できたのだった。

 

 

 

 

 

 



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第98話 葛藤と揺らめき

 

 

 

「あぁ…すごい!」

 

アサギ・コードウェルは、ただひたすらに自分の思うように動くM1アストレイの挙動に感動していた。最初に見たぎこちない挙動はなく、難なく歩行や稼働をする機体の様子をモニタリングしながら、キラは自分が何をしたのかをエリカ・シモンズへ解説していた。

 

「ーーというわけで、新しい量子サブルーチンを構築して、シナプス融合速度を40%向上、一般的なナチュラルの神経接合に適合するよう、イオンポンプの分子構造を書き換えました。今回のバージョンアップでやったことは以上です」

 

「よくそんなこと、こんな短時間で。すごいわね、ほんと」

 

キラがOSの書き換えと並行して作っていた解説資料を眺めるシモンズは、その短文にまとめられた膨大な知識量とデータに感服する。並みのナチュラルの技師なら、このデータを揃えるために、一体どれだけのトライアンドエラーをしなければならないことか。

 

「俺が乗っても、あれくらい動くってこと?」

 

整備を終えたストライクのチェックをするために、マードックを連れてきたムウは、ついでに見学しながら軽快に動くアストレイを親指で指差す。

 

「そうですわ少佐。お試しになります?」

 

「んやぁ、遠慮しておくよ。ラリーはどうする?」

 

そう話を振られて、何食わぬ顔で戻ってきていたラリーは考えるように唸る。

 

「俺はーー」

 

「「レイレナード大尉はダメです」」

 

答える前にエリカとキラにダメと言われた。「ええー」と不満そうに顔をしかめるラリーに、キラは困ったように顔をしかめる。

 

「まぁ一応、大尉用のエグザンプルデータから、乗って何とかなる程度のプログラムは作ってますが」

 

それでもダメよ!とエリカが更に釘を刺した。

 

「あの時のスラスター瞬間加速度の値知ってます?なんと驚異の7.8G!7.8よ!?これ言うならば、時速60キロの輸送車と、正面衝突した時に生じる衝撃よ!?そんなの繰り返してたらパイロットがミンチになるわ!」

 

「あははー…ミンチは嫌だなぁ…」

 

エリカの言葉に、アサギもすっかり呆れた様子で呟いた。普段受けている対G訓練でも、良くて3Gくらいだ。7.8Gなど想像もできない。普段彼が操縦する戦闘機では、一体どれほどのG負荷が掛かっているのか…。キラは少し考えたが、すぐにやめた。だめだ、それを知ると、ラリーの操縦に訓練と称して嬉々としてついていくトールがやばい。色々な意味で。

 

「ということもあって、脚部アクチュエータだけを突貫強化改修をしたアストレイがこちらです」

 

そんなM1アストレイの訓練施設の反対側。ハリーがじゃじゃーんと言う風に紹介するのは、ボディを天井から吊るされたアストレイの試験機だった。ラリーが壁に向かって突撃させたアストレイの故障部品を全て取っ払った上で、ハリー監修の下、なんちゃって強化駆動アクチュエータとなったアストレイが、そこに鎮座している。

 

「作っちゃってるのかよ!!」

 

「足がかなり太いな。というか足しかねぇなこりゃ」

 

ラリーのツッコミと、技師として見学しにきたマードックが、宙づりにされてるアストレイだった何かを見ながら感想を呟くと、ハリーは豊富な胸を張って、えっへんと満足そうに微笑む。

 

「腕なんて邪魔です。むしろ翼をつけたいくらいです。偉い人にはそれがわからんのです」

 

「いや、普通にいるからな?ていうか翼つけるなよ?絶対だぞ?」

 

というか、これで翼をつけたらもう何かわからない。とりあえずアストレイではない別の何かになるのは確実だ。そんな不安を覚えるラリーの背中を、ハリーはぐいぐい押していく。

 

「とりあえず、ラリーにはこの機体の耐久テストをやってもらいます!!さぁ乗った乗った!」

 

宙吊りにしているのは、ラリーのステップ操作がまだ不安定であるのと、それで壁に突っ込んだときを恐れているためだ。宙吊りにしておけば、アクチュエータにかかる負荷を的確に測定もできる。

 

「アサギ、あの機体完成したら乗ってみる?」

 

「死んでもお断りです」

 

真顔で言うアサギに、エリカはそうよねぇと同意するように肩をすくめる。とは言え、エリカも一枚噛んでいるので深くは追求できない。

 

作れるから作った。まさにこれだ。

 

あの機体が完全なものになったとしても、誰もがおいそれと扱えるものではないと言うことは、データを見るだけでわかってしまう。

 

「お疲れ様、アサギはもう上がっていいわよ」

 

「はーい」

 

そう言ってアストレイの仕様試験を終えると、騒がしいラリーたちとは別に、エリカたちは試験内容のまとめに入っていく。

 

「じゃぁ僕、ストライクの方へ行きますから」

 

キラはそう言ってエリカに頭を下げると、ハンガーへと降りていった。ストライクも消耗が激しく、機体各所の駆動軸や消耗部品を交換してもらっていたのだ。マードックがやってきたのも、ストライクの最終引き渡しに伴う実戦向けの調整のためだ。

 

「キラ、お前さ」

 

「なんですか?隊長」

 

そんなキラについて来たムウは、心配そうにストライクに向かうキラに言葉を使う。

 

「家族との面会も、断ったっていうじゃないか。どうしてだ?」

 

そう言ったムウの言葉に、キラの足取りは止まった。

 

「今会ったって……僕は軍人ですから」

 

しばらくの沈黙の後、キラは誤魔化すようにそう呟いた。奥からマードックが手を振っているのが見える。

 

「おーボウズ。ハリー技師がオーブで支給されたスラスターの推力を18%上げたんで、モーメント制御のパラメーター見といてくれ!」

 

すぐに確認しますよ、とキラが歩き出そうとすると、黙っていたムウが思わずキラの肩を掴んだ。

 

「軍人でも、お前はお前だろうが。御両親と会える機会に会っとかないと……あとで後悔するぞ?サイもフレイも、お前のことを心配してたぞ?」

 

サイもカズイたちも、両親とは面会している。とても短い時間であったが、生きているうちに会えると言うのはとても大切なことだとムウは思った。

 

自分のようには、なるな。

 

そうムウはキラの目に訴えかけると、キラは観念したのか戸惑ったように目を潤ませる。

 

「ーーありがとうございます、隊長。けど、今会うと、言っちゃいそうで嫌なんですよ」

 

「何をだ?」

 

「なんで僕を…コーディネイターにしたの、って…」

 

その言葉を聞いて、ムウは何も言えなくなった。コーディネーターであるということが、どれほどキラ自身を苦しめたか、ムウはラリーたちと共にそれを見て来たからわかる。

 

どうして?なぜ?自分をコーディネーターにしたのか。それを聞いてしまう。その答えによっては、キラをまた深く傷つけることになるかもしれない。

 

それをキラ自身もわかっているのだろう。世の中にはわからなくてもいい答えがあるのだ。

 

そんな考えを巡らせていると、キラの肩に止まっていた鳥型ロボットであるトリィが急に飛び立った。

 

「あ!こら、トリィ!」

 

「トリィ!」

 

工廠から開けられた窓から飛び立っていくトリィを、キラは思わず追いかけていく。アスランから貰った大切なものだ。そんなトリィはキラの制止を聞かずに飛んでいく。

 

まるで何かを感じ、導かれるようにーー。

 

 

////

 

 

モルゲンレーテの区画外で、端末を弄るニコルに、アスランは画面を覗き込みながら問いかけた。

 

「軍港より警戒が厳しいな。チェックシステムの攪乱は?」

 

「何重にもなっていて、けっこう時間が掛かりますよ、これ。通れる人間を捕まえた方が早いかも知れないですね」

 

造船や既製品の製造ラインは難なく入れたが、この区画から機密エリアに入るのはかなり骨だ。ディアッカも何度かアタックをかけたが、全てが徒労に終わっている。

 

陽も落ちて来たし、今日はここで引き上げかとアスランが考えているとーー。

 

「トリィ!」

 

見上げていた夕暮れの空に一羽の鳥が舞っていた。それを見つけて、アスランは驚愕し、言葉を無くした。

 

「ん?アスラン?」

 

「……トリィ?」

 

消えそうな呟きだったが、飛んでいた鳥型ロボットはまるでアスランの声を感じたように降下し始め、その肩に止まった。

 

「ん?なんだそりゃ?」

 

「へぇ、ロボット鳥だ。可愛いですねぇ」

 

ディアッカとニコルが降りて来たトリィに目を向けているとーー。

 

「トリィー!」

 

区画されたフェンスの向こうで、オレンジ色のツナギを来た人影が、辺りを見渡しながらトリィを呼んでいる。

 

「ん?あー、あの人のかな?」

 

ニコルがそう言うと、アスランは何も言わずに腰掛けていたジープから降りる。足取りは重い、ただその人影に向かうことはやめなかった。

 

「あぁもうどこ行ちゃったぁ…ん?」

 

辺りを見回していた相手も、アスランに気がつく。夕暮れの光で見えなかった顔が、はっきりと見えた。

 

キラだ。

 

キラ・ヤマトがそこにいた。

 

アスランは乾いていく口で喉を鳴らしながら歩み寄っていく。

 

(アス…ラン?)

 

キラもアスランと同じように歩む。2人は区画されたフェンス越しに、久しぶりの再会を果たした。

 

「君…のかい?」

 

「うん。ありがとう…」

 

お互いに触れず、知らない誰かを装う。アスランの手から、トリィが元気よくキラの元へと帰った。それはまるでーーアスランと別れを告げることになった遠いあの日のようでーー。

 

「おーい!行くぞ!」

 

ハッと気がつくと、アスランの後ろにはジープに乗った何人かの姿が見えた。アスランを呼ぶように手を振る彼らに、アスランも「あぁ」と答えて、こちらを少し見てから踵を返した。

 

「これは昔、友達ーー親友に!」

 

キラは思わず声を上げた。アスランの足が止まる。

 

「大事な親友に貰った、大事な物なんだ…」

 

「そうか…」

 

「僕は……僕は今でも、彼を大切に思ってる。いつも心から。だからーー」

 

そう言うキラを背に、アスランは何も答えずに歩んでいく。彼がジープに乗り込むと、隣にいたニコルがキラに会釈してから車はどこかへ走り去ってしまった。

 

キラはその行く先をただ見送りながら、トリィを優しく撫でる。

 

「だから、僕は戦うよ。君とも、この戦争とも」

 

大切なものをーー守るために。

 

 

////

 

 

アラスカ基地。

 

アラスカのユーコン・デルタに建設され、地球連合軍の統合最高司令部が存在し、地球連合加盟国の一つである大西洋連邦の領内にある。

 

その施設の多くは地下に存在し、内部には「グランド・ホロー」と呼ばれる広大な地下都市までも建設されている。

 

地上部は全体に対空砲や対空ミサイルが配置され、単体でも強固な防衛力を持ち、核兵器の直撃にも耐えるとも言われている。

 

《これより、新型弾道兵器「モルガン」の最終試験運用テストを開始します》

 

そんな基地の隔離施設では、基地の上層部の人間が集められ、ある実験が行われようとしていた。

 

《「モルガン」の起爆までのカウント、10、9、8ーーー》

 

もともと、核実験場であったそこでは、ひとつの新型燃料気化爆弾がセットされており、その下には、ザフトのモビルスーツであるジンを模した模型がいくつも並んでいる。

 

《2、1ーーー起爆》

 

弾頭はカウント共に起爆し、起爆直前に拡散された気化燃料は急速に膨張、その衝撃波は下方に向けられ、下にあったジンのオブジェクトは、その全てが強力な衝撃波によって粉砕されていった。

 

《仕様工程、全てクリアです。最終試験を終了します》

 

おぉーと感銘の声が起こり、多くの上層部の人間から拍手が起こる。何人かの高官と握手を交わしたウィリアム・サザーランドは、自分が主催したこの実験結果に大変満足していた。

 

「ふっ、野蛮なコーディネーターどもが作った兵器だが……解析した甲斐があったというものだな」

 

マルコ・モラシム隊によって使われたSWBM。それによって被った損害は多大だったが、得られたものはあった。現に、その兵器の理論を用いて、こちらも対抗手段を用意することができたのだから。

 

「アズラエルは、かの流星部隊にお熱だ。そちらに目を向けているなら逆に好都合だ」

 

そう言ってサザーランドは、薄暗い鑑賞席で足を組んでほくそ笑む。この兵器があれば、地上を犯す害虫たるモビルスーツなど目ではない。

 

「次は奴らが、自らが作った兵器に焼かれる番だ。目にもの見せてやるーー青き清浄なる世界のためにな」

 

 

 

 

 



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第99話 戦士の意味

「目下の情勢の、最大の不安材料はパナマだ」

 

アークエンジェルの修理が進む中、キサカはオーブの軍人として、マリューやナタルと今後の行き先についての話し合いの場を設けていた。

 

オーブの外交筋が入手した情報によれば、ザフトに大規模作戦の兆候有りという。そしてインド洋に空いた戦力の穴のせいで、カーペンタリアの動きはかなり慌ただしい。

 

「どの程度まで分かっているのですか?」

 

「正直に言えば状況は不透明だ。オーブも難しい立場にある。情報は欲しいが薮蛇はごめんでね」

 

パナマ基地を除くと、地球軍の宇宙へと繋ぐ橋であるマスドライバーは存在しない。もし、ザフトがパナマを落としでもすれば、地球軍はマスドライバーを保有するオーブに圧力をかけてくるのは明白だ。そんな危険な相手に関わろうとするのは愚の骨頂でしかない。

 

「だが、アラスカに向かおうという君等にはかえって好都合だろう」

 

そういうキサカに、マリューとナタルは頷く。

 

「たしかに、万一追撃があったとしても北回帰線を越えれば、すぐにアラスカの防空圏ですからね。奴等もそこまでは、深追いしてこないでしょう」

 

「ここまで追ってきた例の部隊の動向は?」

 

ナタルの質問にキサカは首を横に振った。

 

「一昨日から、オーブ近海に艦影はない」

 

「引き揚げた、と?」

 

「外交筋ではかなりのやり取りがあったようだからな。そう思いたいところだが…油断はできんな」

 

あのしつこさは、キサカもアークエンジェルに乗っていた時に体感している。砂漠で出会い、そしてオーブ近海。宇宙から追ってきたとすれば、あまりにも執念深い。まるで何かに取り憑かれてるようだ。

 

そんな中で、ナタルは胸の中に抱えていた疑問をキサカに投げかけた。

 

「アスハ前代表は当時、この艦とモビルスーツのことはご存知なかったという噂は、…本当ですか?」

 

そう言われてキサカは僅かに顔を硬ばらせる。この数日、アストレイのOS更新でキラやラリーはカガリたちと深く関わっている。おそらく、ナタルたちも彼らの報告を聞いてそんなことを聞いてきたのだろう。

 

そう思い、キサカは重いため息をついて答えた。

 

「確かに前代表の知らなかったことさ。一部の閣僚が大西洋連邦の圧力に屈して、独断で行ったこと…と言うことにして置いてもらえると助かる。いかんせん、こちらも対応で必死でね」

 

実際のところ、今回の件はサハク家の独断専行を察知できず、見過ごしていたこちらに非がある。意図せずして投げ入れられた石は、予想外のところで波紋を立てるものだ。

 

「モルゲンレーテとの癒着。オーブ陣営は真相解明し是正措置をとるべき、と言う者達の言い分も分かるのだがな。そうして巻き込まれれば、火の粉を被るのは国民だ。ヘリオポリスの様にな」

 

このまま下手を打てば、せっかく調和を保っている国内のナチュラルとコーディネーターの軋轢は決定的になる。

 

それだけはしたくないと、前代表は無茶を承知で今も踏ん張っておられるのさ。と、キサカは自嘲するように言う。

 

「ところで、修理の状況は?」

 

「明日中にはと連絡を受けております」

 

「あと少しだな。君たちには世話になった。メビウスライダー隊にもな。礼を伝えておいてほしい」

 

そう言ってアークエンジェルのブリッジを後にしようとするキサカを、マリューは呼び止めた。

 

「本当にいろいろと、ありがとうございました」

 

そう言ってマリューとナタルはキサカに敬礼を打つと、彼も身を翻して2人へ敬礼で答えた。

 

「こちらも助けてもらった。既に家族はないが、私はタッシルの生まれでね。一時の勝利に意味はないとは分かってはいても、見てしまえば見過ごすことも出来なくてな。暴れん坊の家出娘を、ようやく連れ帰ることも出来た。こちらこそ、礼を言うよ」

 

無事にたどり着けよと言うと、彼は振り返って今度こそブリッジを降りていくのだった。

 

////

 

 

〝これは昔、友達ーー親友に!大事な親友に貰った、大事な物なんだ…〟

 

〝僕は今でも、彼を大切に思ってる。いつも心から。だからーー〟

 

(だがお前はフェンスの向こう側だ)

 

そう思い返すアスランは、地球に降りてから膨れ上がっていく自分の心の声に、ジッと堪えていた。

 

このままで本当にいいのか?このまま戦って、それが本当に正しいことなのか?

 

そう考える裏側で、憎悪に叫ぶ自分がいる。

 

母を殺したのはナチュラルどもだ。ナチュラルどもが核を撃ったから、多くの人の人生が無茶苦茶になったんだ。自分たちにはその恨みを果たす責任があるーーと。

 

〝造ったオーブが悪いってことは分かってる!でもあれは!あのモビルスーツは地球の人達を沢山殺すんだろ!?〟

 

その言葉の雑音をかき消して、洞窟の中で過ごした少女との会話が頭に蘇ってくる。

 

「カガリ・ユラ・アスハか…。確かに地球軍ではなかったな…」

 

この戦争はどうやったら終わる?カガリからの問いに、アスランは答えを出せずにいた。

 

自分の恨みの心が晴れたら?

 

ザフトが地球軍を全滅させたら?

 

彼らが誠意ある謝罪をしたら?

 

そのどれもが想像できずに、ただ状況に流されていく自分に、アスランは言いようのない焦りのような感覚を覚えていく。

 

「アスラン」

 

そう呼びかけられて顔を上げると、そこにはザフトに入隊した時からの知り合いであるニコルが立っていた。輸送船からの補給に立ち会っていたアスランの隣に、ニコルも腰掛ける。

 

「補給、終わったんですね。あ、向こうのデッキから、飛び魚の群れが見えますよ?行きませんか?」

 

そう笑顔で言ってくれるニコルに、アスランは情けないが気が抜けた返事しかできなかった。笑顔で心配していたニコルは、ふいに悲しげな顔をする。

 

「不安…なんですか?」

 

「え?」

 

まるで心の迷いを言い当てられたような気がして、アスランは目を見開いてニコルを見た。そんなアスランの肩に手を置いて、ニコルは再び微笑んだ。

 

「大丈夫ですよ。僕はアスラン…じゃない、隊長を信じてます」

 

そう言うニコルに、アスランは戸惑ったがすぐに気持ちを切り替えて頷く。そうだとも。今は彼らの隊長が自分だ。迷っていられる立場じゃない。

 

アラスカに入る前に何としてでも足つきを落とす。それが自分たちに与えられた任務だ。

 

「ニコルはどうして軍に志願したんだ?」

 

「え?」

 

アスランの中で沸いた疑問の声に、今度はニコルが驚いたような顔をする。

 

「あー、いやすまない。余計なことだな」

 

「いえ。戦わなきゃいけないな僕も、って思ったんです。ユニウス7のニュースを見て。アスランは?」

 

そう問われ、アスランは少しの葛藤を感じた。キラのこと、カガリのこと、そして自分の迷い。とにかく今はそれを抑え込もう。

 

「……ニコルと同じだよ」

 

そう言ってアスランは、偽りの笑顔を顔に貼り付けた。彼らの隊長であるために。

 

 

////

 

 

「サザーランド大佐。モルガンの性能ですが、いかがなさるおつもりですか?現在、カーペンタリア基地などは、主戦力を撃破されたことで浮き足立っているようですが」

 

執務室でそう問いかけてきた側近に、ウィリアム・サザーランドは技術部から提出された弾道ミサイル「モルガン」の仕様を眺めながら、思考に耽っていた。

 

「モルガンは、あくまで長距離弾道ミサイルだ。基地に打ち込みでもすれば、迎撃されて着弾前に破壊されるのが目に見えている。迎撃されて回収された部品から性能を解読されてみろ、あの野蛮人たちは、すぐにでも報復兵器を作るぞ」

 

仕様書にも書かれているように、モルガンの最大の泣き所は、上空から下方に掛けての威力は絶大だが、その上を行かれた場合、威力を発揮できないことにある。

 

ザフトも一昔前と比べれば、ディンなどと言った羽根つきのモビルスーツを開発している。簡単に手の内を見せれば、あっという間に攻略される。故に、この兵器は電撃的かつ隠密に放つ必要があった。

 

「だからこそ、都合のいい実験相手がいるじゃないか」

 

「は?」

 

「アークエンジェル……例の部隊はオーブから出る手筈だろう?」

 

「はっ!明日には出航の予定と聞いております」

 

今まで適当に流し読んでいた報告書だが、モルガンが完成した今、彼らほど都合のいい相手はいないとサザーランドはほくそ笑む。

 

「今まで好きに動いてきたのだ。こう言う時に役に立ってもらわねばな」

 

連合軍の最新兵器であるストライク。

 

ジョージ・アルスターの報告で、それをコーディネイターが操縦していること。

 

まったくもって連合軍の汚点だ。忌々しい。

 

ストライクとその母艦アークエンジェルがアラスカ基地に到着しない方がいいと考え、アークエンジェルが地球に降下した後も、サザーランドは他の高官の意見を封殺し、一切の補給や増援を送らず孤立無援の状態に陥れていた。

 

にも関わらず、彼らはアラスカに到達せんばかりに行動しているではないか。なんとも気味が悪い。

 

「彼らはザフトに奪われたG兵器を保有するザフトに追われているのだろう?ならば、彼らこそがモルガンの効果を検証する、良い撒き餌になってくれるではないか」

 

それに、この兵器を提供してくれたジブリールにも、ある程度恩は売っとかねばならんしなと、サザーランドは心の中に芽生えた野心に猛る。

 

ブルーコスモスの盟主として名高いアズラエルだが、彼はコンプレックスから反コーディネーターを掲げているに過ぎないのを、サザーランドはかねてから見抜いていた。

 

彼にとってコーディネーター……いや、何かに突出した才を持つ者の全てが脅威なのだ。アズラエルがご執心な「メビウスライダー隊」。彼らを爪弾き者に仕立て上げたのも、サザーランドや彼に賛同する高官の力があってこそだ。

 

戦争に力は必要だが、終わればその力は危険な物でしかない。その点を言えば、アズラエルの後釜を狙うジブリールの方が、サザーランドにとっては幾分興味深かった。愚者ではあるが、その持つ力と財は、サザーランドの興味を引く。

 

ザフトを打ち破り、コーディネーターを抹殺して出来上がる世界に、特異な存在は必要ない。

 

アズラエルには悪いが、アークエンジェルと共にいる流星にもここらでご退場願おうか。そんな思惑に、サザーランドは卑しく笑みを浮かべるのだった。

 

 

////

 

 

「えー、ではぁ、トール・ケーニヒが晴れてメビウスライダー隊に入隊したことを祝して、乾杯!!」

 

ピカピカに磨き上げられたスーパースピアヘッドとスカイグラスパーを背に、エンジェルハートのオペレーターであるトーリャの掛け声と共に、ハンガーでは小さいながらも新しい力が加わる歓迎会が執り行われていた。

 

ムウとラリーが少しずつ飲んでいたリークの形見である酒や、ボルドマンやキラが買ってきたモルゲンレーテの売店にある菓子やジュースを広げて、マードックやハリーたちも加えて歓迎会は大いに盛り上がっている。

 

そんな喧騒を、キラは遠巻きから一人で眺めていた。

 

オーブに、アスランがいた。

 

その事実にキラは一人で心を震わせている。ラリーには既に話をしており、彼も遠回しながらマリューたちに警戒するように呼びかけている。

 

それでも、キラにとってアスランと戦うことは心がズンと重くなることに変わりはない。

 

「キラ?大丈夫か?」

 

そう声をかけてきたのは、喧騒から抜け出してきたトールだった。彼の後ろには教官であるアイクや、ラリーも付いてきていた。

 

顔をしかめるキラに、トールは困ったように笑って、特徴的なウェーブがかかった頭に手を置いた。

 

「大丈夫だって!シミュレーションだって、レイレナード大尉や、ボルドマン大尉の訓練もバッチリ。やれますよ!」

 

そう自信満々に言うトールに、後ろにいたアイクも頷いていた。

 

「安心しろよ、キラ。複座には俺が乗る。コイツが無茶しないようには監視しておくから」

 

そう言う酒の入ったグラスを持ったムウが、だらしなく笑いながらトールと肩を組んで、グリグリと指を頬へ押し当てる。

 

「なにより、ラリーのお墨付きだ。そう簡単にやられるほどヤワな育て方はしてないぜ?」

 

あーもう酒臭いですよ隊長!とトールが嫌がると、アイクもムウもラリーも可笑しそうに笑う。そんな光景を見てると、今度はトールが真面目な目をしてキラを見つめた。

 

「俺だって、キラの助けになりたいんだよ」

 

だから、任せてくれ。そういうトールに、キラは視線を外してラリーを見ると優しげに頷く。きっと、みんなが大切なものを守りたいから、手を取って戦うんだ。

 

僕も、大切なものを、守りたい。

 

それができる力があるのだから。

 

キラは立ち上がって、喧騒に戻っていくラリーたちの後に続く。

 

もう迷わないよ、アスラン。

君が戦うなら、僕は戦う。

 

自分が守るべきものは、いまここにあるのだから。

 

 

 

 



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第100話 成長と旅立ち


祝!100話記念!!

感想で要望があったので雑ですが書いてみました。

スーパースピアヘッドのイメージ図です

【挿絵表示】





注水が始まっていくアークエンジェルのドック。その光景を眺めながら、見送りのためにオーブの制服に身を包んだカガリは感慨深い表情で、出発準備を整えていく自分が乗っていた船を見つめていた。

 

「カガリ」

 

ふと、同じくアークエンジェルの見送りにやってきたウズミが、後ろから声をかけてくる。父はカガリの隣に緩やかに立って、同じように船を眺めながらカガリに問いかけた。

 

「あの船と共に行くつもりか?」

 

そう言われて、カガリは手を添えていた手すりにグッと力を込めた。しばらくの沈黙の後、カガリはウズミと向き合った。

 

「正直に言えば、迷っています」

 

「ほう?お前にしては珍しいな」

 

きっと付いていくと言って聞かん坊になるだろうと予想していたウズミは、迷っているカガリの様子を見て少し驚いた様子だった。

 

カガリはずっと考えていたことを、頭の中で整理しながら、黙って話を聞いてくれる父に思いの内を話し出した。

 

「プラント、コーディネーター。地球、ナチュラル。立場が変われば、状況が変われば、戦う相手も変わる。こんな複雑な戦況の中にいる彼らを助けたいのです!そして、早く終わらせたい!こんな戦争は!」

 

「ーーお前が戦えば終わるのか?」

 

ウズミの言葉に、カガリはグッと力が篭る。自分が戦場に出れば、戦争は終わるか?そんなもの、考えるまでもなく答えは分かっている。

 

「終わりません。この戦争はそんな単純なものじゃないんです…お父様…」

 

アフリカ、紅海、そしてオーブ。父の言葉にがむしゃらになって、祖国を飛び出して見てきた世界は、カガリの幼い考えを覆すには十分な力を持っていた。そして知ったことも多い。

 

なによりも、そんな戦争に多くの人を駆り立てたのは自分だ。

 

その誰かが誰かを討てば、討たれた者を大切にしている人が相手を憎み、銃を手に取り、そして戦場に向かう。

 

政治、暴力、憎しみに私情、ビジネスが絡み合う、この複雑な戦争に飛び込んでいく。

 

「あの船の友人に言われました。この戦争を終わらせるには、プラントも地球も納得できる落とし所を探さなければならないと」

 

結局、その時の勝利のために戦っても何も変わらない。もっと根本的な何かを変えなければ、この破滅的な戦争は終わらないのだ。

 

「どうすれば、戦争は終わるのでしょうか…お父様…」

 

そう迷うように言うカガリに、ウズミは優しく頭を撫でてやり、微笑みを向けた。

 

アフリカに行き、レジスタンスをしてるという報告を受けた時は、思わず卒倒しそうになったが、自分の子供は、そんな中で何かを見つけれたようだ。

 

キラ・ヤマト。

 

彼とカガリの出会いは、皮肉な運命とも言えるがーーそれでも、その出会いから得られた得難い教訓は、きっとカガリを成長させ、強くさせることだろう。

 

「銃を取るばかりが戦いではない。お前は見てきたものを芯に、私と共に戦争の根を学べ、カガリ。撃ち合っていては何も終わらん」

 

頷くカガリを見て、ウズミは自分の居なくなったオーブで縦横に才を振るう、カガリの理想の姿を見つめるのだった。

 

 

////

 

 

「オーブ軍より通達。周辺に艦影なし。発進は定刻通り」

 

「了解したと伝えて」

 

アークエンジェルのブリッジでは、注水が行われる中での最終チェックが行われていた。ナタルやエンジェルハートの管制官たちは、更新した内部機器の調整などで動き回り、作業員やオペレーターも忙しなく働いている。

 

「護衛艦が出てくれるんですか?」

 

そんな中で、オペレーター業務を遂行しながら、サイは首を傾げた。

 

「隠れ蓑になってくれようってんだろ?艦数が多い方が特定しにくいし、データなら後でいくらでも誤魔化しが効くからな」

 

そんな問いにノイマンが答える。このまま単身で出ることも考えられただろうが、そうなればアークエンジェルはすでに出港したとメディアに報じているオーブとしても、面倒なことになりかねない。

 

木を隠すなら森の中、船を隠すなら艦隊の中と言った具合だろう。

 

すると、通信を受けたミリアリアがマリュー宛に頼まれた伝言を伝える。

 

「ドック内に、アスハ前代表がお見えです。ヤマト少尉とレイレナード大尉を上部デッキへ出して欲しいと言われてますが」

 

 

////

 

 

「キラー!!ラリー!!」

 

キラとラリーが上部デッキに出ると、目と鼻の先にある作業用の橋の上で、カガリがこちらに手を振っているのが見えた。

 

「カガリ!バルトフェルドさんも!」

 

そう手を振るカガリから少し離れた隣には、すでにアークエンジェルから下船していたバルトフェルドとアイシャの二人が、こちらを見下ろしていた。

 

「見送りにとね。私も形はどうであれ、あの船に乗った身だからな」

 

「まったく、よく許しが出たな」

 

仮にもザフトの軍人だろうに、ラリーが呆れたように言うと、バルトフェルドもわざとらしく肩をすくめた。

 

「まぁ特例だがね?君の後ろにもう乗らなくて済むと思うと、なんだかホッとするよ」

 

「言ってろ」

 

そう返して快活に笑うバルトフェルドは、ポケットに入れていた小さな小型端末をラリーに向かって放り投げる。

 

「君にこれを渡したくてね」

 

受け取ったラリーは端末をひっくり返すと、「From Mr.K」と書かれたラベルだけが貼られていた。

 

「餞別だよ。きっと役に立つ」

 

そうウインクを飛ばすバルトフェルドに、ラリーは端末をポケットに突っ込んでからサムズアップを向けた。

 

「あぁ、ありがたく使わせてもらうよ」

 

向こうでは、アイシャがキラと最後の別れをしている様子が見えた。

 

「体には気をつけなさいよ?良い男になるのよ」

 

「ありがとうございます。バルトフェルドさんも、アイシャさんもお元気で」

 

「君たちと過ごした時は、楽しかったよ。じゃあな、少年」

 

「はい、バルトフェルドさん」

 

そう言って、バルトフェルドとアイシャはドックの奥へと消えていく。残ったのはーー。

 

「カガリ」

 

カガリただ一人だ。彼女は少し悲しげに目を伏せてから、立派に前を向いてキラに微笑んだ。

 

「私はここに残るが、気持ちはお前たちと一緒だ」

 

「うん。ありがとう、カガリ。色々と」

 

「気にするな。だからまぁ…お前…死ぬなよ?」

 

「ん…大丈夫。もう大丈夫だから」

 

そう言葉を交わしていると、キラとラリーの端末が淡く光った。そろそろ出航の時間だ。

 

「ありがとう、さようなら。カガリ」

 

キラはカガリに優しい声で伝えると、ラリーと共にアークエンジェルへ戻っていく。

 

さざ波を立ててドックから出て行くアークエンジェル。それを見送りながら、カガリはアフメドから貰った鉱石のネックレスをぎゅっと握り、旅立って行く船の先に幸あれと願うのだった。

 

 

 

 

 



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第101話 ソロモンの戦い 1

 

 

「オーブ軍の演習ですか?」

 

アスランは太平洋に潜む潜水艦の中で、艦長から情報を聞き終えたクルーゼの言葉に目を見開く。

 

数日待ってようやく掴んだオーブの動き。しかもそれが演習となると期待値は上がる。クルーゼも同様なのか、少し気分を高揚させたような声で下士官へ指示を出していた。

 

「スケジュールにはないがな。おそらくブラフだ。読みが当たったな、ザラ隊長。艦隊は北東へ向かっている」

 

私は先にコクピットで待機しておくよ、とクルーゼはアスランの脇を通り過ぎて格納庫へ向かって行く。この船の巨大なドックの三割を占領しているクルーゼのディン・ハイマニューバ・フルジャケットが出撃するには、前もっての準備が必要だ。

 

ブリッジを出て行ったクルーゼの代わりに、アスランは索敵を続ける船のクルーに声をかけた。

 

「戦闘準備入ります。特定、急いで下さい」

 

戦いは近い。アスランの思考にはわずかにキラの声がよぎったが、熱くなっていく思考を止めることは無かった。

 

 

 

////

 

 

 

アークエンジェルは、オーブの艦隊に囲まれながらゆっくりと大海を進んでいた。演習を装って向かうのはオーブの領海線の外だ。

 

「間もなく領海線です。周辺に敵影なし」

 

「警戒は厳に!艦隊離脱後、離水、最大戦速。一気にアラスカを目指します」

 

マリューの指示に舵を握るノイマンは了解と答えて指をパキパキと鳴らして準備を始める。オーブ領海線を出れば、アラスカまでノンストップ航行になるだろう。

 

邪魔が入らなければだがーー。

 

「オーブ艦隊旗艦より入電。我是ヨリ帰投セリ。貴官ノ健闘ヲ祈ル」

 

サイの言葉に、マリューは隣をいくオーブ艦隊の旗艦へ敬礼を打つ。

 

「こちらもエスコートに感謝する、と返信を」

 

 

////

 

 

「スピアヘッド、スカイグラスパーはいつでも発進できるように準備を!もし会敵すれば長期戦が予想されるわ!」

 

ハリーの指揮のもと、アークエンジェルのハンガーは慌ただしさに包まれていた。作業員たちはスカイグラスパーとスピアヘッド、ストライクの出撃前チェックを忙しなく行なっており、フレイは出された点検用の工具や備品を大急ぎで片付けていく。

 

「スカイグラスパーにはランチャー、ソードストライカーを装備させて!ストライクは作戦通りに!!ほら急ぐ急ぐ!」

 

「各パイロットはコクピットで待機だ!!もし会敵すればすぐに発進することになるぞ!」

 

パンパンと手を叩いて全員へ指示を出すハリーたちをコクピットのバブルキャノピーから眺めながら、ラリーたちはコクピットの中でのブリーフィングを始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

エンジェルハートよりメビウスライダー隊へ。今回の作戦は至ってシンプルだ。

 

オーブ領海線を突破したのち、予想されるザフトとの戦闘では、ライトニング2であるストライクを主軸にした正面突破作戦を行う。

 

おそらく、例のゲテモノディンも出てくるだろう。その時はライトニング1が相手をする。他パイロットは行く手を阻むG兵器の突破のみに集中してくれ。スカイグラスパー各機はライトニング2の援護だ。くれぐれも無茶はするなよ?

 

そして今回、ケーニヒ機がライトニング3となる。初陣であるが落ち着いて任務についてくれ。何事も無ければ良いが、ザフトもそこまで甘くはないだろう。

 

これがアラスカへの最後の戦いとなる。全員、生きてここを突破し、アラスカへ向かえることを願う。

 

以上、ブリーフィングを終了する。

 

各員の健闘を祈る。

 

 

 

////

 

 

 

「敵艦隊より、離脱艦あり。艦特定、足つきです!」

 

その言葉を聞いて、アスランたちは自機のコクピット内でパシンと拳と平手にした腕を合わせた。

 

「ひゅ~~♪」

 

「当たりましたね、アスラン」

 

バスターとブリッツに乗るディアッカとニコルが、アスランの我慢勝ちだと賞賛するが、問題はここからだ。あの足つきをいかに落とすかは、これから出撃する自分たちに懸かっている。

 

「今日こそ、あの日の雪辱を果たしてやる…!」

 

補修された指揮官用のディンの中で顔を憎悪に歪めるイザーク。PTSDの心配もあるが、今は何より手勢が欲しい。それにイザークは入院して心身疲労を回復できるタイプではないということを、ここにいる全員が理解していた。

 

「出撃する!今日こそ足つきを落とすぞ!」

 

《排水確認よろし!ハッチ開放!進路クリア。射出始め!》

 

真上へ伸びる射出口から、四人の機体は次々と打ち上げられていく。そして最後に、潜水艇の上甲板が持ち上がるように開くと、大型のディン・ハイマニューバ・フルジャケットが姿を現した。

 

「では、クルーゼ隊長」

 

「あぁ、足つきは任せる。私は流星をやろう」

 

アスランの声に応えて、クルーゼはヘルメットのバイザーを下げて操縦桿を握りしめた。さて、今回で決着になるかーーそれとも、まだ果てないダンスは続くのか。

 

「ラウ・ル・クルーゼ、ディン・ハイマニューバ…出るぞ!!」

 

クルーゼは高揚する心を抑えて、エンジンのフットペダルを踏みしめる。

 

 

////

 

 

その反応はすぐにあった。

 

領海線を出て離水した途端に、サイが目を光らせるモニターにいくつもの光点があらわれたのだ。

 

「艦長!レーダーに反応!数は5です!機種特定、イージス、バスター、ブリッツ!ディンが二機ーー1機はモビルアーマーもどきです!」

 

「やはり潜んでいたか!網を張られたのか!?」

 

ナタルが信じられないと言った声で叫ぶ。たしかに、オーブを出るときはザフトがくるかもしれないと、ラリーからも忠告は受けていたが、それを回避するためにアラスカから少し遠回りするルートを選んだわけだがーーそれが完全に裏目にでる事となった。

 

「各員落ち着いて!対船、対モビルスーツ戦闘用意!ミサイル信管、1番から18番へコリントス装填!アンチビーム爆雷展開、ゴットフリート、1番、2番起動!バリアントも準備を!逃げ切れればいい!厳しいですが、各員健闘を!」

 

マリューの鋭い指示で、アークエンジェルは即座に戦闘準備を整えていく。それを見習ってナタルも「いざという時のため」に準備していたものの利用を決断する。

 

「ECM最大強度!スモークディスチャージャー投射!両舷、煙幕放出!」

 

アークエンジェルの両脇から煙が上がり始める。Nジャマーで情報の目が潰される以上、目視での視覚情報が全てだ。

 

できればこの煙に乗じて、相手を煙に巻ければいいのだがーーナタルはそんな安直な考えをすぐに捨てて戦闘に備える。

 

敵はすぐそこだ。

 

 

////

 

 

《メビウスライダー隊発進!メビウスライダー隊発進!》

 

ハンガーでミリアリアの声が響いた瞬間に、静寂に包まれていたストライクのコクピットの中で、キラは目覚めたように各部システムを起動していく。

 

「コンジット接続。補助パワーオンライン。スタンバイ完了!ストライク、いつでも出れます!」

 

「気をつけろよボウズ!」

 

「はい!マードックさんも!」

 

轟音を響かせながら歩き出すストライクの足元で、マードックが「総員退避!!」と叫んで隔離エリアへと走り込んでいく。キラはストライクをカタパルトに乗せると、ストライカー装備を装着する準備が始まった。

 

《ハッチ解放!APU起動。ストライカーパックはエールストライカー・ローニンを装備します。ストライク、スタンバイ!》

 

今回の作戦は、待ち伏せた相手を逆に待ち伏せる奇襲作戦だ。エールとは違い、ホバーでの滞空時間を重視したエールストライカー・ローニンならではの作戦を実行するために、キラは装備を整えていく。

 

《ストライカー装備はスカイグラスパーからの支援を受けてください!ストライク発進、どうぞ!》

 

「ではお先に行きます!エールストライク・ローニン、キラ・ヤマト、ライトニング2、発進します!」

 

そう言って、キラはハッチから太平洋の海へとストライクを下ろした。海中に沈んでいったストライクに変わって、今度はソードストライカーと、ランチャーを装備する二機のスカイグラスパー、そしてラリーのスーパースピアヘッドが発進待機位置へと移動し始める。

 

「そう緊張するな。トール」

 

いつもよりも息が大きく聞こえると自覚していたトールは、そう声をかけたアイクがいる複座の方へ振り返って困ったように笑った。

 

「ボルドマン大尉…あはは、バレちゃいました?」

 

「硬くなるな。いつも通りにすればいい」

 

訓練でやったことができれば、それは必ず実戦でも活きるものだとアイクは初出撃で緊張するトールの肩を複座からシート越しに軽く叩いた。

 

《スカイグラスパー1号、発進位置へ!》

 

すると今度は通信機越しから発進位置へ向かうムウの声がトールへ届く。

 

「アイクの言う通りだ。俺たちの役目は、敵の注意をそらすことと、上空からのストライク支援だ。できるな?」

 

「はい!」

 

《スカイグラスパー、フラガ機。進路クリアー。発進どうぞ!》

 

「よっしゃぁ!スカイグラスパー1号機、ムウ・ラ・フラガ、ライトニングリーダー、出るぞ!」

 

タイヤをきしませてアークエンジェルからムウのスカイグラスパーが飛び立っていく。続いて発進位置へ着くのはラリーのスーパースピアヘッドだ。

 

《スーパースピアヘッド、発進位置へ》

 

「あー、エンジェルハートよりライトニング1へ。お客さんがお見えだ。広域放送で流星を待っていると言ってるぞ」

 

トーリャの言葉に、ラリーは思わずウゲェと顔をしかめる。ついに名指しで指名してくるようになったのかよーーと。

 

「ほんとに自由だな、あいつ!」

 

「ラリー!気をつけてね、アラスカはすぐなんだから。それにピカピカにしたスピアヘッドを壊したら承知しないからね!」

 

ハリーからの言葉に、ラリーは彼女に見えるように親指を立ててみせる。

 

「まかせておけ!」

 

《スーパースピアヘッド、レイレナード機。進路クリアー。発進どうぞ!》

 

「スーパースピアヘッド、ラリー・レイレナード、ライトニング1、発進する!!」

 

両翼に備わるスピアヘッド1機分のエンジンを轟かせて、ラリーの機体も大空へに向かって飛び立った。

 

最後に出るのはトールが乗る、ソードストライカー装備のスカイグラスパーだ。

 

《スカイグラスパー2号、発進位置へ。スカイグラスパー、ケーニヒ機。進路クリアー。トール、気をつけてね!発進どうぞ!》

 

ミリアリアからの言葉に大丈夫と軽い敬礼で返して、トールは振り向く。アイクも大丈夫だという風に大きく頷いた。

 

「よーし、スカイグラスパー2号機、トール・ケーニヒ、アイザック・ボルドマン、ライトニング3、発進します!!」

 

 

 

 



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第102話 ソロモンの戦い 2

 

 

『煙幕!?姑息な真似を!』

 

グゥルに乗るアスランたちが、出撃してまず目撃したのは、両舷からスモークを吹き出すアークエンジェルの姿だった。煙はかなり濃く、その巨体の一部を完全に覆い隠している。

 

『あれだけの図体だ!当てればどうということはーー』

 

そう言って、アスランのイージスがビームライフルの閃光を瞬かせる。

 

その光線が煙へと吸い込まれていくと、まるで反撃するようにビームの直線上を鮮やかに翻して、二機のスカイグラスパーが煙の中からアスランたちの前に姿を現した。

 

「おっと!」

 

「なんの!」

 

咄嗟に出てきた二機のスカイグラスパーに、アスランたちは火力を向けたが、亜音速で飛ぶ二つの影を捉えることは叶わずに、そのまま二機はG兵器群の真上へと飛翔していく。

 

「よし!悪くないぞ!俺は注意を逸らす!ライトニング3はストライクの支援を任せる!」

 

「はい!」

 

「落ちるなよ!うおりゃあああああ!!」

 

ここまでは作戦通りだ。ムウは機体を鋭く反転させると、索敵と後で現れるストライクの支援を任せたトールを後ろに、再びG兵器群へ突撃を仕掛ける。

 

今回の作戦は、敵の奇襲を逆手に取った逆奇襲による迎撃戦だ。ムウの役目はトールから目を離させ、次なる一手を打つための時間稼ぎだ。

 

それを理解した上で、ムウはランチャーを背負うスカイグラスパーの出力を上げて、敵めがけて交差を繰り広げていった。

 

 

////

 

 

オーブでのメンテナンスで、今まで使っていたスピアヘッド一機分の補助ブースターは、格段に安定性を増した。消耗品の全てが交換され、更にはエンジンまでも新品同様。

 

モルゲンレーテの子会社であり、スカイグラスパーの開発を担っていた担当者がスーパースピアヘッドの性能テスト評価を見て、見たこともない顔をしていたことは記憶に新しい。

 

現行の航空兵器の全てを凌駕してると言っても過言ではないモンスターマシーンを駆るラリーは、それと同等の性能を持つ、クルーゼのディン・ハイマニューバ・フルジャケットと相対していた。

 

《待っていたぞ、ラリー!》

 

互いがヘッドオンした瞬間、普段のように慣れた様子でクルーゼからの音声通信が入ったと同時、二機の挙動は一変する。

 

晴れ渡った太平洋の空で風に乗り、雲を切り裂き、そしてもつれるように二つの影は交差を繰り返していく。

 

「クルーゼ!!」

 

《言ったはずだぞ、君の成すべきことを果たすには私を倒せと!!それが嫌ならば…!!》

 

私が君を殺す、とクルーゼの言葉にならない思いと共に、フルジャケットに備わるミサイルとビーム砲でラリーのスーパースピアヘッドへ迫る。

 

「上等!!ここでケリを付けてやる!!」

 

ラリーはその全てを鮮やかなマニューバで躱し、避け、機体を翻しては最短ルートでクルーゼの背後を取ろうと速度を上げる。二機の背後からは雲が生まれて、鋭い円を描くように雲は細く、艶やかに伸びていく。

 

《ッーーハァ!!そうだ!それでいい!!》

 

体にかかる想像絶する負荷に歯を食いしばって耐えながら、クルーゼは背後を取り合う機動を繰り返し、ラリーとの戦いに持てる全てを費やす。

 

機体にバルカン砲が掠めようが、ミサイルポッドがビームサーベルで切り裂かれようが構わない。まだ自分は飛べている。ラリーと同等に戦えている。まだ自分は終わっていない。

 

テロメアが短い?老化が早い?そんなものどうでもいい。自分のベストが出せて、それでラリーに着いて行けている。

 

それが全てだ。

 

その結果こそが、今のラウ・ル・クルーゼだ。

 

《最高だ!!はーーはっはっ!!》

 

気分は最高潮、体は全開に調子がいい。故に出し惜しみはしない。クルーゼは機体を翻し、ラリーのスピアヘッドへ仕掛ける。

 

楽しい楽しい戦いは、まだ始まったばかりだ。

 

 

////

 

 

ムウのスカイグラスパーからの攻撃に晒されながら、アスランたちはアークエンジェルに攻め入る隙をなんとか見出そうとしていた。

 

しかし、気を抜けば近くを飛ぶスカイグラスパーからのアグニに晒され、距離をおけばソードストライカーを装備したスカイグラスパーに牽制され、二機から離れたらアークエンジェルからの攻撃がくる。

 

まさに鉄壁の防御だ。これを切り崩すには飛び回る戦闘機をなんとかする他ない。

 

それに、アスランにはもう一つ気になることがあった。

 

『さっきから戦闘機部隊ばかりだ!ストライクはーーー』

 

周りを見渡しても戦闘機しか居ない。キラが乗るストライクは?まさかオーブに残したのか?それとも腹のなかに隠しているのか?

 

そんな焦らすような思いを逆手に取って、トールは牽制しながら四機の敵モビルスーツの位置や情報を随時監視していた。

 

「ライトニング3よりライトニング2へ!聞こえるか?敵の座標と、射撃データを送る!」

 

来た!とトールは敵がまんまと罠を張り巡らせた位置に来たことを、まだ身をひそめるキラへ伝える。傍受を恐れて返事をしないキラのストライクに、トールは構わずに声を張り続けた。

 

「タイミング合わせ!5、4、3、2ーーー今!」

 

カウントと同時に、敵G兵器群の真下からド派手に水柱が上がった。敵の機体が戸惑ったように足を止めると、水柱の中からエールストライカー・ローニンを装備したストライクが、アスランたちに向かって飛びかかった。

 

『なっ…ストライク!?水中から出てくるなんて…各機散開!』

 

「でぇえい!」

 

放ったビームライフルを紙一重で避けるアスランとニコル。まずは距離を置かねばーーと二機はグゥルの出力をあげて、ストライクとの距離を取る。

 

「逃すか!!」

 

『くっ!ストライクっ!!』

 

ここで僅かでもダメージを負わせたいと、キラも後退するアスランたちを追おうとするがーー。

 

『こっから先へは行かせねぇよ!』

 

そんなキラの目の前にバスターが滑り込む。すでに腰に備わるビーム砲の銃口を構えているディアッカは、躊躇うことなく引き金を引いた。

 

「邪魔だぁ!!」

 

意表を突いた攻撃だったはずだがーーキラはもう片方の手に持っていたシールドでバスターのビームを弾くと、シールドがマウントされる腕に隠し持ったビームサーベルを起動させる。

 

シールドを横へ薙ぐように腕振るうと、ビームを構えていたバスターの自慢の固定兵装を、キラは難なく切り裂いたのだ。

 

突然の出来事に対応できていないディアッカのバスターに、キラは姿勢を変えて、容赦なく飛び膝蹴りをコクピットめがけて叩き込んだ。

 

『うわぁぁ!!』

 

フェイズシフト装甲で大した傷は与えられなかったが、その衝撃は間違いなくパイロットの四肢と頭を揺らした。

 

『ディアッカ!こいつぅ!』

 

落ちていくバスターを庇いながら、アスランはストライクへビームライフルを放つが、ローニンのホバー性能を活かした海面ギリギリの飛行を行うストライクは、難なくその攻撃を避けていく。

 

(ええい!キラ…前より明らかに強くなってる…!!)

 

後退するアスランは、徐々に開いていく自分とキラの戦い方の差を噛み締めながら、操縦桿を握りしめたのだった。

 

 

////

 

 

「コリントス、斉射〝サルボー〟!弾幕絶やすな!ゴットフリート、1番!バリアント、てぇ!味方には当てるなよ!!」

 

アークエンジェルから指示を出すナタルは、後退したG兵器群をさらに近づけさせないように采配を振るう。

 

ストライクも海面から上昇して、離水しているアークエンジェルの甲板へと着地した。それを見届けてからマリューは新たな指示を示す。

 

「ベクトルデータをナブコムにリンク!ノイマン少尉、操艦そのまま!」

 

「了解!」

 

「フラガ機、来ます!」

 

サイの言葉通り、アークエンジェルの後ろからムウのスカイグラスパーが近づいてくる。

 

「ストライク!ランチャーへの換装、スタンバイです!」

 

ミリアリアの声に応じて、キラはその場でエールストライカー・ローニンを分離して、ムウの持ってくるランチャーストライカーを受け取る準備を始めた。

 

「ライトニング2!プレゼントを落とすなよ!」

 

「任せてください、隊長!どうぞ!」

 

そう答えてキラはストライクを上昇させると、ムウから投下されたランチャーストライカーを受け取りに空を飛翔する。

 

『あいつ、空中換装を!?やらせるわけにはーーはっ!?』

 

それに気付いたニコルが、換装を阻止しようと動き始めるが、意識の外からトールのスカイグラスパーが正面に現れた。

 

「戦闘機だからって甘く見るな!」

 

『こいつぅ!!』

 

ニコルはトリケロスに装備されているビームライフルとランサーダートを射出し、トールのスカイグラスパーを落とそうとしたがーー。

 

「大尉たちの動きに比べればーー遅いっ!!」

 

トールは操縦桿を鋭く傾ける。すると、機体は楕円を描くような軌跡で回転し始めた。

 

これはラリーとボルドマンから教えられた、敵の攻撃を避けた上で正面から突撃するマニューバーーーバレルロールだ。

 

トール機はバレルロールを行いながら、緑色の閃光と射出されたランサーダートを紙一重で躱していく。

 

『嘘でしょう!?正面突破ーーー!?』

 

距離に入った!と、トールは後部に繋がるソードストライカーの大剣、シュベルトゲベールを展開する。大剣が展開されたことで空気抵抗が生まれて、回転していた機体は一気に水平方向に固定される。

 

目指すのは、ブリッツだ。

 

「チェストォオオオオオ!!!」

 

トールの雄叫びと共に、シュベルトゲベールの刃はトリケロスを持つブリッツの肩関節を捉えて、火花を散らしながら切り裂いた。

 

『くっそー!片腕が…!!姿勢が保てない…!!』

 

片腕を失い、さらにグゥルまで大剣の餌食になったニコルの機体は、ゆっくりと点在する岩肌の無人島へと落ちていった。

 

「やったぜ!」

 

「油断するなよ、トール!まだ敵は残っているからな!」

 

ガッツポーズをするトールを、後ろに座るアイクが抑えて、敵の位置を伝える。キラの近くにイージス、そして空にはディン、下にはバスターとブリッツがいる。

 

「了解です!」

 

トールは大剣を収容し、機体を旋回させて次なる戦闘に備える。ラリーやアイクにも言われたが、戦闘が終わるまでは油断は禁物だ。

 

「アグニの火力ならーーそこっ!!」

 

一方、その頃ではランチャーストライカーに換装したキラのストライクが、アークエンジェルの甲板上から片腕で構えたアグニの砲撃を放っていた。

 

赤と白の閃光はまるで吸い寄せられるようにイザークのディンへ向かい、展開された飛行ユニットの羽を焼き落としていく。

 

『ぐあああっ!!なんなんだよ…アイツ!!』

 

黒煙を上げるイザークの機体を見て、アスランは意を決してアグニを撃ち放つキラのストライクへ向かって急接近する。

 

「迂闊な…死にたいのか!アスラン!!」

 

イージスの急接近に勘付いたキラは、アグニの射線をイージスへ合わせる。

 

〝大事な友達から…親友から貰ったんだ〟

 

オーブのフェンス越しのやり取りがキラの脳裏に蘇る。キラは僅かに奥歯を噛み締めて、自分が思い描いた射線から僅かに逸らせてアグニを放った。

 

放たれた砲火は、接近するイージスの片腕を飲み込み、完全にそれを破壊した。

 

『ぐああ!、くっそー!!懐に飛び込めば!!ええい!』

 

それでもアスランは止まらない。グゥルを飛翔させて、残った片腕に持つビームライフルすら捨てると、刃を煌めかせてキラへと突撃した。

 

「アスラン!!」

 

『キラァああ!!』

 

振り下ろされようとするビームサーベルを、イージスの腕を掴んで止めたキラ。

 

イージスとストライクが交差し、キラとアスランの雄叫びが太平洋にこだましていく。

 

戦いはまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 



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第103話 ソロモンの戦い 3


キャラデザが出来たので掲載します!

アイザック・ボルドマン

【挿絵表示】


ドレイク・バーフォード

【挿絵表示】





 

トールにとって、ラリーこと流星の機動戦という概念が、彼にとってのパイロットのスタートだった。

 

誰もが驚く異常性。絶対に耐えられないと思うような機動と負荷。そこから得られる爆発的な機動力。その全てがトールにとってのパイロットとしての一歩だった。

 

砂漠で初めてラリーの後ろに乗った時の感覚。それに耐えられてしまったのがトールだ。普通なら、その爆発的な機動力に不安を覚えるものだ。

 

機体の負荷、破損。そして自分への負担。暗くなっていく視界。そんな不安要素など、トールは知らない。その全てを置き去りにする速さと機動戦を知っている。そして自分はそれに耐えることができる。

 

あとは、自分の技術を背中を追う彼らに追いつかせるだけだ。

 

「キラ!ソードを射出するぞ!」

 

イージスの足から伸びるビームサーベルをスウェーバックで躱し、そのままカウンターをするようにアグニの後部で殴り飛ばしたストライクの背後に、ソードストライカーを投下する準備を整えたトールがキラに向かって叫んだ。

 

「トール!!いいタイミングだ!!」

 

グゥルから落ちたイージスを見下ろしてから、キラはエネルギーが僅かになったランチャーストライカーをパージすると、そのままレーザー通信でソードストライカーに難なく換装し、イージスが墜落した岩肌が剥き出しの無人島へ降下していくのだった。

 

 

////

 

 

戦況としては申し分ないものだった。

 

ブリッツとイージスは中破、ディンはその飛行能力を失い、被弾したバスターに抱えられる形で退いている。ナタルは改めてメビウスライダー隊の力に感服する。相手はコーディネーター。しかも宇宙から追ってくるほどの手練れだというのに、こちらの損害はほとんど無いのだ。

 

「撃ち方止め!敵は敗走気味だ。メビウスライダー隊も深追いするな!」

 

故に、ここで深追いと欲を出してはいけない事をナタルは理解していた。敵は打ち倒すよりも被弾させ、疲弊させた方が効果的に退かせることができるというのを、ナタルはドレイクのやり方から学んでいたのだ。

 

生かさず、殺さず、そして相手が諦めるのを待つか、無闇に突っ込んできたところを撃つか。どちらにしても、こちらとしての損害は少なくて済む。

 

戦いもひと段落ついたと肩から力を抜いた時だった。

 

「中尉!南西から飛翔体を確認!」

 

その声に、ナタルの肩は即座に固まりモニターを見るオペレーターの方へと視線を向けた。

 

「なんだと!?ザフトの攻撃か!?」

 

「いえ!この方位…地球軍の勢力地からです!!」

 

「なに!?」

 

飛翔体。その言葉を聞いてナタルの思考によぎったのは、ザフトが使ったSWBMだった。Nジャマーで正確な座標ロックができないため、今現在打ち出される弾道ミサイルなどの飛翔体があるとするなら、それは広範囲に被害をもたらす兵器以外考えられない。

 

しかし、なぜ地球軍が?ザフトも交戦するこちらに向かって打ったのか?そこで思い当たるのがーーー体の良いミサイル性能のテスト。ナタルの顔から血の気が引いていく。

 

「飛翔体!高度を上げてます!弾着予測地点は…この海域です!!既存爆撃範囲から位置を出します!」

 

そう言って効果範囲が表示されるが、あくまでそれはSWBMのデータから算出された憶測でしか無い。未知のミサイル。それに地球軍側から打ち出されたとなると、予測などあてになるものでは無い。

 

どうするーーー!!

 

「ナタル!艦を退かせて!何か嫌な予感がするわ!」

 

そんなナタルの迷いを読み取ったのか、マリューが大声でそう伝えてきた。取舵!高度を上げて空域を離脱!そう指示を出すマリューにナタルは待ったをかけた。

 

「しかし艦長!メビウスライダー隊が!」

 

特にストライクがまずい。弾着予定位置のほぼ真ん中にいるのだ。ミサイルがSWBMと同じ性能なら何とかやり過ごせるだろうがーー。、

 

「ストライクには防御を!空中からの炸裂弾に注意するように通達を!戦闘機も緊急離脱!!」

 

 

////

 

 

鉄が切り裂かれる音が辺りに響いた。

 

シュベルトゲベールを構えたストライクが、満身創痍になりながらもまだ戦おうとするイージスの頭部と残った腕、そして足を切り飛ばしていたのだ。

 

「もう下がれ!君達の負けだ!」

 

刃を構えながら、キラはあえてイージスのコクピットへ通信を繋げた。敵はまさに崖っぷち。ブリッツの装備は無くなり、ディンも空を飛ぶ術を失い、バスターは得意の間合いを潰されている。

 

キラがそれでも通信を繋げたのは説得するためではない。最後通告だ。

 

「止めろアスラン!これ以上戦って何になるっていうんだ!」

 

「何を今更!討てばいいだろう!お前もそう言ったはずだ!お前も俺を討つとーー言ったはずだ!」

 

そのアスランの言葉に、キラは異様に腹が立った。まるで命を何とも思っていない。自分の命も、相手の命も。キラはその沸き立つ感情のまま、アスランに向かって叫んだ。

 

「この分からず屋!アスラン!ここで僕らが殺しあっても戦争は終わらないんだぞ!!人が死んでいくんだぞ!これからも!この先も!!」

 

ここでアスランを討つ。それで何が変わる?何が起こる?戦争は終わる?戦争の終わりに近づくか?

 

答えはノーだ。

 

何も変わらない。何一つとして、変化はしない。ただ、キラにとって自分の手で親友を殺したという真実だけが残る。その真実はキラを死ぬまで苛むだろう。そんなことに何の意味があるんだ。

 

「だがーー俺には…俺にはこれしか残っていないんだ!!」

 

その声色は、今まで聞いた兵士であるアスランの物ではなかった。最後に別れてしまったーー親友であったアスランの心の叫びだった。

 

「母を殺された憎しみで引き金を引いた俺には…もうこれしか!!」

 

残っていないんだ。そう絞り出すようにアスランは灰色に染まっていくイージスの中で頭を下げた。父の悲しむ姿を見て、母が居なくなったことから逃げるように憎しみに走って。

 

何も残らない。何も変わらない。何も帰ってこない事をわかっているのにーー自分にはそれしか残っていない。それ以外に生きる道を見失っているのだから。

 

そんなアスランを黙って見つめるキラの元へ、通信が入った。

 

《エンジェルハートよりライトニング2!!聞こえるか!?ライトニング2!!南西から飛翔体を確認した!脅威は不明!すぐに防御態勢に入るか離脱しろ!》

 

トーリャの言葉を聞いて、キラはすぐに遠い空を見上げた。そこには、まだクルーゼと死闘を繰り広げるラリーのスピアヘッドの姿があった。

 

 

////

 

 

「うりゃああああ!!」

 

《でやぁああああ!!》

 

二人の戦いはまさに死闘だった。

 

ラリーの放ったミサイルを、クルーゼは着弾寸前にフルジャケットユニットのパーツをパージし、ミサイルにぶつけて避ける。

 

その爆炎から浮き上がると、お返しと言わんばかりにビーム砲の雨をラリーに向けるが、その嵐をラリーは卓越した機動力で全て躱し、さらにバルカン砲でビーム砲を穿った。

 

火を上げたビーム砲をクルーゼはすぐさま切り離すと、空いた隙間からディンのライフルを構えて、今度はスーパースピアヘッドの代名詞と言える補助ブースターを撃ち抜く。

 

「ーーーっ!!はぁ!!」

 

《このぉ…!!ぐはぁ!!》

 

火を噴く補助ブースターの最後の残り火を吹かして、ラリーはクルーゼのディンへ急接近して、グゥルのブースターを使った巨大な推進ユニットを、翼端に備わるビームサーベルで切り裂く。

 

お互いにユニットを切り離して飛翔すると、離れたユニットは同じタイミングで爆散して空の彼方へと散った。

 

「いい加減にしろよ!お前!!」

 

《そちらこそ!そろそろ苦しいのではないか!?私は平気だがな!!》

 

ディン・ハイマニューバとスピアヘッドとなった二人の機体は、雲の間を猛スピードで切り抜けて、互いの武器を駆使し、命を削っていく。

 

きりもみ、旋回し、マニューバを使い、AMBACを使って、回り込み、追い抜き、背後を取り、射線に入った時、ほんの僅かでも相手を仕留められる瞬間があるならば、弾丸を撃ち合う。

 

「嘘言え!この変態がぁ!!!」

 

《君に言われたくはないなぁ!!流星ぃ!!》

 

貰った!!とラリーの射線がディンの翼を捉えるが、クルーゼはとっさに身を翻す。しかし完全に避けることは叶わずに、ディンの足がラリーのビームサーベルによって切り裂かれる。

 

そのまま切り揉むかと思ったら、クルーゼは姿勢が崩れた状態から、なんとラリーの機体に狙いを定めてライフルを打ち込んだ。弾丸はエンジンとボディを貫き、片側のエンジンが黒煙を上げて、掠めた弾丸のせいでビームサーベルが爆散する。

 

「まだまだぁ!!!」

 

《もっとだ!もっと私に魅せろ!!流星ぃいい!!》

 

黒煙がコクピットの中に舞い始めた時、ラリーの機体に緊急通信が入った。

 

《エンジェルハートよりライトニング1へ!聞こえるか!?今すぐその空域を離脱するんだ!いいか!?今すぐにだ!》

 

「なんだと!?けど、今はそれどころじゃ…!!」

 

応答する間もなく、ラリーの機体にクルーゼが迫る。鋭く機体を奔らせて、同じく煙を上げるクルーゼのディンと交差を繰り広げていく。

 

《南西から謎の飛翔体が来る!弾着まであと1分もないぞ!!》

 

歯を食いしばってクルーゼとの機動戦に挑むラリーは、その切羽詰まったトーリャの言葉に応えることができなかった。

 

 

////

 

 

「キラ!早く離脱するんだ!」

 

「とにかくアークエンジェルの元へ行け!高度はあまり上げるなよ!SWBMなら俺たちはおじゃんだ!!」

 

ムウとトール達の機体が退避していく中で、キラはアスランをどうするべきが考えを巡らせていた。

 

四肢のほとんどを失い、フェイズシフト装甲すら失ったアスランの機体を回収することはできるが、こちらもソードストライカーのため全開の出力を以ってしたとしても、アスランを連れて指定範囲まで離脱することは難しい。

 

そう考えを巡らせていたらーー。

 

『アスラン!下がって!』

 

片腕を失いながらも、ランサーダートを手に持ったブリッツがミラージュコロイドを解除して、キラのすぐ近くに姿を現した。

 

アスランの驚いた声が聞こえたが、今は迷ってる時間はない。

 

「ブリッツか…なら!!」

 

キラはブリッツの攻撃を避けると、カウンターを決めるようにパンツァーアイゼンを装備した腕でブリッツの頭部を殴り飛ばした。

 

頭部を殴られて倒れるブリッツを確認して、キラはパンツァーアイゼンのアンカーを射出し、転がっているイージスを掴むと大きく振り回して倒れているブリッツめがけて投げつけた。

 

『うわぁああ!』

 

アスランの叫び声が聞こえるが、とにかく今は退がらせることが先決だ。

 

「早く退け!死にたいのか!」

 

そうキラが叫んだ瞬間、真上の空がパッと明るく咲いたように光った。

 

『アスラン!ニコル!』

 

復旧したグゥルで飛んできたバスターが、イージスを抱えて何とか起き上がったブリッツを半ば抱えるように回収すると、地面に擦れることも構わずに光とは逆方向に向かって速度を上げた。

 

『なんだ!?あの光は…!!』

 

光は雲を打ち払い、空を覆い隠すように広がっていく。今までみたSWBMと似た光だが、明らかに規模が違う。光はそのまま、真下にいたストライクを包み込むと、轟音を響かせて衝撃波をアスラン達に届けた。

 

『うわぁああ』

 

あまりの衝撃にグゥルから投げ出されたディアッカとアスラン達は無様にも岩肌の島を転がっていく。

 

 

////

 

 

その光はトール達にも眩く映った。バブルキャノピーから見える光は信じられないほど明るくてーーそして大きくなっていった。

 

「トール!!衝撃に備えーーー」

 

アイクの叫び声が聞こえた瞬間、機体は横殴りの衝撃波に襲われて、備えていなかったトールの意識を簡単に刈り取った。

 

「クルーゼ!!」

 

光を背にしたラリーのスピアヘッドは、あろうことかその満身創痍な機体の機首を上げて、制御が不能になりつつあるクルーゼのディンへ体当たりを行う。

 

《なにぃ!?》

 

クルーゼは皮肉にも、ラリーに守られる形で衝撃波から逃れていたのだ。スピアヘッドの後部のパーツが衝撃波によって吹き飛んで行き、機体の装甲がディンの頭部に激突していく。

 

《ふざけるな!流星!!私は貴様を討ち!貴様は私を討つのだろう!?庇われるのも、守られる義理もない!!やめろ!ラリー!!》

 

「だが!こんな形でお前と決着などーーー」

 

その声を最後に、ラリーの通信は砂嵐に飲まれていく。

 

《流星!!応答しろ、ラリー!!》

 

突如として起こったその驚異的な爆発は、その海域一帯を光に包んで飲み込み、やがて消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イージスの中で目が覚めたアスランがみた光景は、信じられないものだった。

 

さっきまであった岩肌の島が、光が満ちた場所を中心に巨大なクレーターを生み出していたのだ。

 

まだ意識を失っているディアッカ、ニコルを置いて、アスランはイージスから降り立つ。

 

宇宙用のノーマルスーツを着ていたから良かったものの、あたり一面の空気中の酸素は、気化燃料の爆発によって枯渇している状態だった。

 

アスランはのろのろと、キラの乗るストライクがいた場所の近くに行くと、そこで膝をついた。

 

ストライクのいくつかの部品を残して、キラの乗っていた機体は跡形もなく消えていたのだがらーー。

 

「キラ…!キラぁああああ!!」

 

 

 

 

 

 



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第104話 狂気の光

 

 

風を感じる。

叩きつけられるようなその風圧に抗って首をもたげながら、トールはコクピットの中でゆっくりと意識を取り戻していく。

 

「…ぅ…ここは…俺は…どうなって」

 

重い瞼を上げた先に見えた光景。それは、雲を突き抜けて急接近する太平洋の海原だった。

 

「ーーはっ!!」

 

いくつも水面に反射する光点をみて、トールははっきりと意識を取り戻す。無意識に操縦桿に手が伸びて、目一杯引き上げると、機体は緩やかに水平へと戻り始め、水面に叩きつけられる前にスカイグラスパーは上昇姿勢へと機首を上げた。

 

「くぅうう!!い、今のはヤバかった…」

 

水面から離れながら、トールは自分の身に起こったことを思い返す。空が明るく光り、その光が大きくなったところまでは覚えているが、そこから強い揺れを受けてトールは意識を失っていたのだ。

 

バブルキャノピーは吹き飛んでおり、キャノピーを支える柱だけが太平洋の潮風に晒されている。操縦桿を操りながら目を通した機材もひどい有様だった。

 

「…高度計、各種測定装置は…ダメか…。通信機器とナビゲーションモジュールは生きてる。ボルドマン大尉!生きてますか!?返事してください!」

 

ハッと気づいてトールは複座に乗るアイクの安否を確認した。

 

キャノピーが吹き飛んだことで、時速400キロの風がダイレクトにトールに襲いかかっている。ノーマルスーツを着用していたのが唯一の救いで、息苦しさはなかったが顔を後ろに動かすことは叶わなかった。

 

声を上げてみるが、アイクからの返事はない。

 

「くそぉ…こんな状態じゃあ…」

 

トールはアイクからの教わった手順通りに、異常時のマニュアルを頭の中で呼び起こしながら、スカイグラスパーの状態をチェックしていく。

 

「エンジンもメインが死んでる…使えてサブスラスター…保って30分か…くっそー!なんなんだよ!」

 

はっきり言って今の状態で飛んでいるだけでも奇跡に近かった。高度計も水平器も機器のほとんどがダウンしている上に、Nジャマーのせいで通信もできない。頼りになるのはナビゲーションモジュールだけだ。

 

「トール」

 

途方にくれているトールに、後ろからアイクが緩やかな口調で語りかけた。

 

「ボルドマン大尉!」

 

「前を向け。サブスラスターを使えば何とかなる。出力調整は細かく行えよ?大丈夫だ。アークエンジェルまではたどり着ける」

 

アイクの言葉に従ってナビゲーションモジュールを見ると、なんとかアークエンジェルを捕捉できていた。うまく機体を飛ばせば、残った燃料でアークエンジェルに帰投することは可能だろう。

 

しかしそれは、あくまでもザックリとした計算でしかない。

 

「けど、大尉!俺…こんな操縦は…」

 

不安げに言うトールに、アイクは小さく笑って後ろの座席からトールの肩へ手を置いた。

 

「やれるさ、お前なら。なんたって俺が育てたパイロットだ。できるはずだ。信じろ、トール」

 

「はい…!俺、やります!見ていて下さい!」

 

アイクの励ましに答えるトールは、なけなしのサブスラスターのスロットルをゆっくりと動かし始める。

 

「いいか?スロットルは慎重に、なおかつ大胆に扱え。天使のように優しく、悪魔のように鋭くだ」

 

アイクの教導にトールは返事をしながら、懸命にボロボロになったスカイグラスパーを飛ばしていく。

 

必ず生き延びる。生きて、使命を果たす。

 

トールがメビウスライダー隊に入って教えられた信条。それに従ってトールも生へ執着し、操縦桿を握りしめるのだった。

 

 

 

////

 

 

 

「キラ!トール!レイレナード大尉!誰か聞こえますか?応答して下さい!メビウスライダー隊!応答願います!みんな!」

 

アークエンジェルからミリアリアが各パイロットに呼びかけるが、その返事は無かった。

 

想像以上の威力と範囲で、アークエンジェルもメビウスライダー隊も完全に意表を突かれていた。直撃とは言わないが、アークエンジェルも余波を受けていて、搭載された火器のほとんどが使用不能といった状態に陥っている。

 

《なんだったんだ、今の爆発は!》

 

なんとか飛んでいるムウも、南西で光った巨大な爆発に目を剥いていた。あんな兵器、誰も知る由もなかった。紅海でザフトが使ったSWBMよりも、もっと凶悪で強力であるようにも思えた。

 

「何の爆発かは分かりません。ですが現在、ストライク、スピアヘッド、スカイグラスパー2号機、共に、全ての交信が途絶です」

 

《なにぃ!?》

 

マリューの暗い返事に、ムウはただ驚くことしかできなかった。マップを見れば、たしかにキラもラリーも爆心地近くで反応が途絶えていて、トールのスカイグラスパーも自分よりも爆発範囲側で消息を絶っていた。

 

「キラ!キラ!応答して!レイレナード大尉!トール!ボルドマン大尉!」

 

「呼びかけ続けろ!艦長!」

 

ナタルの不安げな声に、マリューは静かに頷く。

 

「分かってます…艦の被害の状況は?ここで惚けていても、どうにもなりません!マードック曹長!」

 

「そう酷くはねぇです!ホースブラケットの応急処置さえ終わりゃぁ飛べまさぁ!」

 

ハンガーもまたひどい有様であったが、幸いにして死傷者は居なかった。マードックとハリーの指揮のもと、アークエンジェルの復旧作業が急ピッチで進められていく。

 

「ろ、6時の方向、レーダーに機影!数3!」

 

そんな中で、カズイが悲鳴をあげるようにレーダーが捉えた影を指差した。

 

「ディンです!会敵予測、15分後!」

 

「こんな時に!迎撃はできますか!?」

 

マリューの言葉に、ナタルはただ首を横に振るしかできなかった。

 

「無茶です!現在半数以上の火器が使用不能です!これではディン3機相手に10分と保ちません!」

 

「キラ!キラ!聞こえる!?応答して!ディンが!」

 

「ディン接近!会敵まで11分!」

 

「嘘!…ぅぅ…」

 

何度呼びかけても応じない仲間たち。どこか漠然と、絶対に大丈夫だと思っていた自分がいて、通信が途絶えたラリーやキラ、トールの姿を想像して、ミリアリアはひどく取り乱していた。

 

「ミリィ!」

 

サイが心配そうな声をかけるが、彼女は涙を拭きながらも必死にキラたちに呼びかける。

 

「パワー、戻ります!」

 

「離床!推力最大!2号機とストライク、スピアヘッドの最後の確認地点は?」

 

「7時方向の、小島です!」

 

マリューの問いに、今度はナタルが驚いたように目を見開いた。

 

「艦長!この状況で戻るなど出来ません!」

 

「フラガ少佐!」

 

ならば戦闘機で状況確認をと思ったが、通信に応じるムウも力なく首を横に振った。

 

《駄目だ!こっちも翼がやられてる!》

 

「艦長!離脱しなければやられます!」

 

「でも…もしかして脱出してたら…!」

 

情報が足りない。そのことにマリューは苛立ちを覚えながら、ミサイルが上がってきた方向にあるアラスカへの通信結果を聞いてみた。

 

「アラスカ本部とのコンタクトは?」

 

「応答ありません!」

 

全く!一体どうなっているんだ!そんな苛立ちを心の内に飲み込んで、マリューは一息吐くと今できる最善の策を言葉に紡いた。

 

「打電を続けて。…それと、島の位置と救援要請信号をオーブに!人命救助よ!オーブは請けてくれるわ!責任は私が取ります!」

 

ナタルが怪訝な顔をするが、もし彼らが生きているなら、オーブに頼るしかあるまい。

 

「ディン接近!距離8000!」

 

もう敵も目と鼻の先だ。マリューがフラガ機の回収を急がせようと指示を出した時だ。

 

《こ…ら……トニング3……アーク……ジェル……応…》

 

「ーートール?」

 

ミリアリアのヘッドホンに、かすかに声が聞こえてきたのだ。ボリュームと周波数を調整して、ミリアリアは必死に聞こえた声を手探りで探し出す。すると、かすれていた声はしっかりとした口調に変わった。

 

《こちら!ライトニング3!アークエンジェル!無事ですか!?》

 

「ケーニヒ二等兵!」

 

「トール!!良かった!!無事だったのね!」

 

《キャノピーが吹き飛んでいて計器もやられてるけど、何とか!着艦します!》

 

マリューがブリッジから外を見ると、ボロボロになったスカイグラスパーがふらつきながらも、何とかアークエンジェルへ帰投しようとしている姿が見える。

 

「微速前進!フラガ機とケーニヒ機を回収し次第、最大船速でこの空域を離脱します!!」

 

 

////

 

 

「ゆっくり…そのまま…!!」

 

アークエンジェルのハッチに飛び込んだトールのスカイグラスパーは、何とかランディングギアを下ろして着陸したが、ランディングが途中で折れて、機体は傾き、胴体着陸となっていく。

 

「うっ…ぐぅ!!」

 

「やりやがった!なんつー機体で帰ってきてんだ!」

 

マードックが心配から解放されたような笑みを浮かべて、ネットによって停止したトールの元へと走り出す。

 

「無事か!トール!」

 

すぐあとに着陸したスカイグラスパーから、ムウも飛び降りて破損したトールの機体によじ登る。

 

「隊長!俺…!」

 

ハシゴをかけてコクピットに登ったフレイは、トールの後部座席をみて、思わず口元を覆った。

 

「ボルドマン大尉!俺!やりまーー」

 

シートベルトを外して重くなった体を立ち上がらせたトールは複座でずっと励ましてくれていたアイクの元へ向き直った。

 

そこで、トールは初めて複座の状態を目にすることになった。

 

「ボルドマン…大尉…?」

 

複座は、トールの座っていた操縦席よりもひどい有様だった。

 

観測パネルは完全に吹き飛んでいて、ボディをえぐるように受けた損傷は、シートを根こそぎ吹き飛ばしていて。

 

ーーーそこには血まみれのシートベルトと、シートの残骸しか残っていなかった。

 

「そんな…」

 

「大尉が…」

 

顔を青くするフレイを、ハリーはしっかりと胸で抱きとめ、マードックやムウも悲痛な眼差しで、めちゃくちゃになった複座だった場所を見つめている。

 

「そんな…嘘だ…さっきまで俺を励ましててくれたのに…そんな…嘘だ」

 

トールはただ立ち尽くしていて、ふらふらになりながらも、後ろからずっと励ましてくれていたアイクの言葉を思い出していた。

 

あの時から、複座は、こうなっていたことが、トールには信じられなかった。

 

補佐として複座に座っていた時も、まだパイロットになる前に体力作りと称してトレーニングを指導してくれたことも、パイロットになってからもずっと気にかけてくれていた時も。

 

自分を一人のパイロットとして認めてくれたアイクの姿はどこにも無かった。その遺体すらもーー。

 

「嘘だ…嘘だぁ!!ボルドマン大尉!!大尉ぃいい!!!」

 

トールは、自分の座っていたコクピットシートにしがみついて、自分が目にした現実を受け入れられずに、ただ大声で泣き叫ぶことしかできなかった。

 

 

 

 

 



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第105話 失ったもの

 

 

 

「艦長!」

 

オーブ領海線から逃げるように移動する潜水空母。その中で意識を取り戻したイザークは、体や頭に包帯を巻いた痛々しい姿でブリッジに現れるや、指揮をとる艦長の元へ歩み寄った。

 

「もう、いいのかね?」

 

イザークのディンは翼を焼かれており、ディアッカの乗っていたグゥルで何とか飛行していたが、無人島に落ちたブリッツとイージスを救援しに行ったディアッカを見送った直後に、謎の爆発に巻き込まれたのだった。

 

幸いにも、薄れゆく意識の中で何とか空母にたどり着いたイザークだったが、ディンは破損がひどく回収も叶わなかったため、海中に投棄することになった。

 

「アスラン達は?艦が動いているーーチィ…状況はどうなっている!」

 

意識を取り戻したとは言え、イザーク本人はどうやって自分がここに戻ってきたかすらも、記憶があやふやになっている。

 

そんなイザークに、艦長は少しため息を吐いて今の状況を伝えた。

 

「クルーゼ隊長を含めて、四名は不明だ。我々にはカーペンタリアより帰投命令が出ている」

 

その言葉を聞いて、イザークの思考は固まる。

 

「不明…?不明とはどういうことだ!」

 

「詳しい状況は解らん。大きな爆発を確認した後、ディンにイージス、バスター、ブリッツとの交信が途切れた」

 

「エマージェンシーは!?」

 

「どこからも出ていない」

 

「ストライクと足つきは!?」

 

「足つきはオズマン隊が追撃している。ストライクはわからんが、足つきは逃げ切るだろうな。アラスカの戸口が目の前だ」

 

矢継ぎ早に出た質問の答え、その全てに納得が出来なかった。全てはあの爆発だ。あの光の後から全てがわからない状態になっている。イザークは怒りなのか、苦しみなのか、よくわからない感情に顔を歪めながら艦長に物申した。

 

「すぐに艦を戻せ!そう簡単にやられるか!伊達に赤を着ている訳じゃないんだぞ!」

 

「ならば、状況判断も冷静に出来るはずだがね」

 

そう切って返されたイザークは、反論の言葉も無かった。艦がカーペンタリアに戻っているということは、そういうことだと、言葉ではなく態度で示されているようだった。

 

「残念だが、我々は帰投を命じられたのだ。捜索には別部隊が出る。それに、オーブが動いているという報告もあるのだ。解ってもらえるかな?」

 

それだけ答えて自らの職務に戻って行く艦長に、イザークは何も言えなかった。そんなはずはないんだ。アイツらはーーこんな簡単にーーあっけなく居なくなるような奴らじゃーー。ただその想いだけが、弱っていたイザークの心に重くのしかかっていた。

 

 

////

 

 

 

オーブ近海。

 

波に打たれて形成された、無数の岩ばかりの小島が点在する海域。

 

アークエンジェルからの要請に応えたオーブ軍は、アークエンジェルを見送るために偽装した演習部隊をそのまま捜索隊として派遣しており、そこには、ウズミに許可を得たカガリとキサカの姿があった。

 

「一体何があったんだ。弾道ミサイルからの大規模な爆発は確認されたが…」

 

ヘリから降り立ったキサカは、大規模な熱量が観測された場所を見て愕然とした。まさに島の形が変わるほどの威力と言えた。

 

無数に点在する島の中でも一際大きい島であったそこは、地図に表示されているはずの観測拠点から、小さな岩山すらも消し飛んでいる有様だった。

 

科学研究所の見解では、熱量からしてザフトのSWBMと同じ気化燃料を用いた爆弾らしいが、その威力はキサカの想像を遥かに超えていた。

 

気化熱を衝撃波に変える爆弾は、炸裂した周辺の酸素を一気に燃え上がらせる特性を持つため、爆発後も酸素濃度が著しく下がるらしい。その証拠に、爆心地からかなり距離がある海域でも、海鳥の死骸などが確認されている。

 

キサカの隣にいたカガリも、その凄惨な状況に言葉を失っていた。

 

すでに到着していた救急隊員に案内されるまま、カガリたちが島の沿岸部に移動すると、そこには胴体のみになった灰色のストライクの残骸が転がっていた。

 

「ストライクの残骸?よせ!カガリ!」

 

キサカの制止を聞かずに走り出したカガリは、ボロボロになったストライクのコクピットを覗き込む。そこには無人のシートと、ボロボロになったコクピット内装しか無かった。

 

「居ない!蛻けの殻だ!飛ばされたのかも知れない!いや、脱出したのか!?」

 

そう一人でつぶやいて走り出そうとするカガリを捕まえるキサカ。そんな二人から少し離れた場所にいた隊員が、無線機を持ったままキサカに敬礼を打った。

 

「キサカ一佐!向こうの浜に!」

 

キラだ!と叫んでキサカの腕を逃れたカガリは、隊員が言った浜の向こうへと走り出した。

 

そして、そこに居たのはストライクと同じくらいボロボロになった3機のG兵器と、パイロットスーツ姿で気を失っている3人のザフト兵だった。

 

 

////

 

 

「守備隊、ブルーリーダーより入電。我是ヨリ、離脱スル」

 

「援護に感謝すると伝えてーーはぁ…」

 

北回帰線を超えたアークエンジェルは、地球軍の護衛として出てきてくれた守備隊のおかげで、何とかアラスカの傘の元へ入ることができた。

 

ここまでくれば完全に地球軍の勢力圏内だ。ザフトからの攻撃も心配せずに済む。これで一安心ーーと言えるところだが、マリューの心はどんよりと重いものだった。

 

「しかし助かったぁ。あとちょっと守備隊が遅かったら、やられてたなぁ」

 

そんなマリューの心情を察したのか、操舵を担うノイマンが明るい声でそう声を出した。それに応じるように、オペレーターをするサイもなるべく笑顔で頷く。

 

「でも、随分あっさり退いてくれましたね。ディン」

 

「3機でアラスカの防空圏に突っ込んで、やりあってやろうって気はないだろ?向こうも」

 

三機は無茶だろ!?とブリッジのメンバー全員が笑うと、マリューも少しだけ笑顔になる。ナタルも心配そうな目を向けていたが、そんな彼女にマリューは大丈夫と言わんばかりに頷いた。

 

「追っ手も居なくなったわ。これより半舷休息とします」

 

「第二戦闘配備解除、半舷休息。繰り返す。第二戦闘配備解除、半舷休息」

 

各員は交代で休憩を、と指示を出すマリューの元へハンガーからの通信が入ってきた。

 

「艦長!」

 

モニターを見ると、どこか慌てた様子のマードックが、マリューに助けを求めるようにうろたえている。何事かと思えばーー。

 

「艦長から止めて下さいよ!フラガ少佐、とにかく機体修理しろって…増装付けてボウズ等の捜索に戻るって聞かねぇんすよぉ」

 

すると、マードックを押しのけてパイロットスーツ姿のムウが姿を見せた。

 

「ほら、頼むよ」

 

「少佐…発進は許可致しません。整備班を、もう休ませて下さい」

 

整備する作業員たちは、有事の時に対応できるために、アークエンジェルの火器管制システムや破損した機材の修理に動き回っている。指揮するマードックまで作業に回ってしまったら、全体を見る人間がいなくなり、整備は滞ってしまうだろう。

 

そんなこと、考えればわかるだろうに、ムウは頑なに指示に抗っていた。

 

「オーブからは、まだ何も言ってきてないんだろ?」

 

「ええ、でも…」

 

「船はもうアラスカに入った。大丈夫なんだ。ならいいじゃねぇかよ」

 

「いえ、認めません!」

 

ガンっとマリューの通信機に金属を殴りつけるような音が響いた。さっきまで穏やかに話していたムウが、見たこともない形相を浮かべてモニター越しにマリューを睨みつけている。

 

「アイツらは……俺の部下だ!!部下なんだよ!!」

 

グリマルディ戦線から今まで、ムウは多くの戦友を失ってきた。アークエンジェルと行動を共にしてからは、リークにクラックスの乗組員たち、そしてアイク、キラ……ラリー。

 

多くを失った。あまりにも大きすぎる犠牲だ。

 

仲間であるはずの者たちに後ろから撃たれて。そんな時も自分は何もできずにーー。

 

唇を血が出るほど噛み締めたムウは、怒りの形相を抑えて懇願するような顔をマリューに向ける。

 

「すまない…だが、もし脱出してたら…」

 

「解ります、少佐…私だって出来ることなら、今すぐ助けに飛んでいきたい。でも!それは出来ないんです!」

 

ここで引き返せば、また同じことの繰り返しになる。ザフトに追われながら、不確定要素を助け出すために飛ぶのは無謀すぎる。それに、自分たちの使命は、この船をアラスカに持ち帰ることだ。

 

マリューは個人の感情を必死に押し殺して、軍人として、ハルバートン提督の意思を継ぐ決意を胸に、気丈に振る舞うしかなかった。

 

「今の状況で、少佐を一機で出すようなこともできません。それで、貴方まで戻ってこなかったら、私は…」

 

そう言って暗く陰を落とすマリューに、ムウは何も言えなくなった。隣にいるマードックや、ほかの作業員も同じように顔を落としている。ギリギリに立ってるのは、自分だけではないと思い知らされる。

 

「すまない…意地になっていたよ…全く…」

 

「こちらこそ…すいません。けれど今はオーブと…キラ君達を信じて…留まって下さい…」

 

「…了解した」

 

通信が切れて、マリューはこめかみに手を当てて息をついた。そんな彼女の手に、副官席から立ち上がったナタルが優しく自らの手を重ねた。

 

「ナタル…」

 

弱々しいマリューに、ナタルは頷いてから遠くに見えるアラスカの地を睨みつけた。

 

「あのミサイルは、たしかにアラスカ方面から打ち出されたものでした」

 

そう。あの正体不明のミサイルは、あきらかに地球軍の勢力下から打ち上げられたものだった。避難勧告も退避勧告もなく、まるでアークエンジェルという餌に食いついた獲物を、餌ごと葬り去ろうとするような行為だ。

 

〝艦に乗る部隊は、その艦の剣であり、艦は剣の鞘だ。鞘が剣を折る道理がどこにある?〟

 

かつて宇宙でまだ慣れない戦闘をしていた頃に、ドレイクから叱咤された際の言葉だ。

 

「もし、あのミサイルが地球軍の物だったら…私は…」

 

それが事実なら、彼らがやったことは、己の剣ごと相手を葬る火を放ったということ同義だ。ナタルにはそれが我慢ならなかった。

 

敵に撃たれることは覚悟している。

 

だが、味方から撃たれることが許されるのか?味方から切り捨てられることが許されるのか?

 

答えは否だ。

 

そんなもの、すでに軍としての意義すらも放棄しているのと同じだ。

 

そんなナタルの言葉に頷いて、マリューもアラスカの地を見つめた。

 

「確かめるしかないわね」

 

「えぇ」

 

 

////

 

 

鉄の天井が見える中で、アスランは目を覚ました。体に鈍痛はあるが、動けないことはない。朦朧とする意識をなんとか覚醒させ、アスランはゆっくりと上体を起こす。

 

「気が付いたか?」

 

虚ろな目をするアスランに話しかけたのは、隣に座ってアスランの目覚めを待っていたカガリだった。辺りを見れば、オーブの軍服を着た兵士が銃を携えて警戒しているのが見える。

 

「ここはオーブの飛行艇の中だ。我々は浜に倒れていたお前たちを発見し、収容した。イージスとブリッツ、バスターもな。どれもがひどい損傷を受けていて、まともに動きはしないだろうが」

 

「オーブ?中立のオーブが俺に何の用だ?それとも……今は地球軍か?」

 

自嘲するように笑うアスランに、カガリは普段の粗暴さを見せずに理性的に話しかけた。

 

「そんな皮肉を言う元気があるなら、聞きたいことがある。あの場所で……一体何があったんだ」

 

そう問いかけるも、アスランは何も答えなかった。数刻の間、虚ろな目をするばかりで何も言わないアスランにしびれを切らしたのか、ベッドのマットレスに拳を打ち付けて、再度語気を強くして問いかける。

 

「ストライクのパイロットはどうした!お前の様に脱出したのか?…それとも…」

 

殺したのかーー?そんなことを口から発しようとして、カガリはひどく動揺した。ストライクは見つかった。少し離れたところに、ラリーが乗っていたであろう戦闘機の残骸も見つけた。

 

だが、見つからない。どこを探しても…。

 

「見つからないんだ!ラリーも…キラも…!!おい!!なんとか言えよ!」

 

「わからない…」

 

首根っこを掴まれかけたところで、アスランは弱々しく声を出した。

 

「本当に、わからないんだ。弾道ミサイルが打ち上げられたのを知った時には、空が光って…キラが…俺を投げてくれなかったら…俺も…。凄まじい衝撃だった。おそらく燃料気化爆弾だろう。脱出できたとは思えない…」

 

そう答えたアスランの言葉に、カガリは力なく簡素な椅子に背中を預けた。やっぱりそうなのかーーとカガリの顔にも暗さが宿る。

 

「あのミサイルは…地球軍の勢力圏から打ち出されたんだ」

 

「えっ!?」

 

アスランは驚いたように目を開いた。たしかに不審な点はいくつもあったがーーまさか地球軍が?

 

最新鋭機であるストライクと、アークエンジェルがいるというのにも関わらず?そんなことがあるのか?

 

「オーブ軍が居たのは知っていただろう?ミサイルが来たのはわかっていた。しかしーーあの威力は見たことがない」

 

状況から見ても、生存は絶望的だ。とまで言ったところでカガリの肩が震え出した。

 

「キラは…!危なっかしくて…訳分かんなくて…すぐ泣いて…でも優しくて…強くて…いい奴だったんだ…!」

 

「あぁ…知ってる…やっぱり変わってないんだな…昔からそうだ…あいつは…」

 

カガリは顔を上げる。そう呟くアスランは、どこか遠くをみているようだった。

 

「泣き虫で甘ったれで…優秀なのにいい加減な奴だ…」

 

「キラを知ってるのか?」

 

「知ってるよ…よく…。小さい頃から…ずっと友達で…いや、親友だった」

 

そう答えるアスラン。そこでカガリは察した。あの洞窟で過ごした時に、アスランが語った人物はーーキラだったということを。

 

「俺には解らない…解らないんだ!別れて…次に会った時には敵だったんだ!」

 

そこから、アスランは止めることができなかった。吐き出すように、心の内にあった思いを言葉にしていく。

 

「一緒に来いと何度も言った!あいつはコーディネイターだ!俺達の仲間なんだ!地球軍に居ることの方がおかしいと!!」

 

なにより戦いたくなかった。あんなに仲が良かった相手と。あんなに一緒だった相手とーーなんで?どうして?そんな疑問で頭がいっぱいだった。

 

「なのにあいつは…大切なものを守ると言って聞かなくて…俺達と戦って…仲間を傷つけて…そして…俺を…」

 

〝僕は……僕は今でも、彼を大切に思ってる。いつも心から。だからーー〟

 

結局キラは何も変わっていなかった。あの言葉は本当だった。一人で逃げられたはずなのに、その場に留まって、動けなかったイージスをわざわざ遠くへ投げてーー。

 

キラは、最後まで自分をーーなのに。

 

「敵なんだ!今のあいつはもう…そう思って戦っていたのに…そう言い聞かせて戦っていたのに…!!なのに!俺には何もできなかった!」

 

それしか残ってないと自分に言い訳をして、キラと戦うことを肯定して、そしてーー俺はキラを見捨てた。アスランは拳を自分の膝に叩きつける。痛みで顔を歪めるが、その目からは涙が溢れていた。

 

「こんなのってあるのかよ!アイツは最後まで、俺を俺として見てくれていたのに!俺にはそれしかできなくて…キラを…くそっ!!」

 

母の無念を。

父の悲しみを。

そして自分の怒りを。

 

そんな独りよがりな思いで戦っていた俺に対して、大切な人を守るために戦っていたキラーーなのになんで殺されなきゃならない。それも同じ地球軍に!

 

「これが!!こんなことが!!俺が望んでいたことなのか!!こんなーーこんな結果で…俺はっ…っ!!」

 

気がつくと、カガリがアスランの頭を胸に抱えてくれていた。周りのオーブ兵が驚いた顔をしたが、そんなことを気にしないで、カガリは優しくアスランの頭を撫でながら抱きしめる。

 

その優しさに当てられて、アスランは決壊したダムのように心にあった苦しみを吐き出し、涙をただ流した。

 

 

 

 

 



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アラスカ・パナマ編
第106話 新たなる夜明け


2話連続投稿です




「ハリーさん、少しは休んだほうがいいです」

 

ゴットフリートの制御ユニットの修理をするハリー。それを補佐するフレイは、ラリーが消息不明になってから、不眠不休で働き通しのハリーを見つめながら、ハッキリとした口調でそう言った。

 

「大丈夫、フレイちゃん。私は大丈夫だから」

 

壊れたラジオのようにそれしか言わないハリーの手を、フレイは無理やり掴み上げた。

 

「どう見ても大丈夫じゃないじゃないですか!」

 

ハリーが作業していた箇所は、修理というにはあまりにもお粗末なもので、配線を繋ぐユニットは無茶苦茶だし、漏電を防ぐ処置も満足にできていない有様だ。

 

そう言うフレイに、ハリーは深い隈を作った目で、申し訳なさそうにフレイを見つめる。

 

「ごめん…でも、止まったら…もう何もできなくなりそうなのよ」

 

だから、ごめんね。と、ハリーは再び、おぼつかない手つきで工具を掴もうとする。

 

「MIA…戦闘中行方不明。未確認の戦死…」

 

フレイの言葉に、ハリーの手は止まり、肩が震えた。今は1番聞きたくない言葉。顔を上げると、フレイは困ったように笑いながら、ハリーの肩に手を置いた。

 

「ハリーさん。ラリーさんなら、きっと大丈夫です。キラも」

 

「……フレイちゃん」

 

「だって私想像つきませんもん。あの二人が怪我をしてるところさえ」

 

かたや機体がボロボロになるまで乗り回して、ケロリとしている流星と呼ばれるパイロット。かたやストライクを操るコーディネーターだ。不死身じゃないかと思える二人が、そんな簡単に居なくなるとはフレイには思えなかった。

 

むしろ、こんなときこそコーディネーターの底力というものを発揮して欲しいものだと、フレイは心の中で頷く。

 

「きっとオーブ軍に保護されて、いつものように何もなかったように帰ってきますよ!その時は、今までで1番長い説教をしてやりましょう!」

 

そう笑いかけるフレイに、ハリーは目に涙を溢れさせた。そうだ。彼は約束してくれたのだ。必ず帰ってくると。ならば、信じよう。自分が信じるラリーという一流のパイロットを。

 

「そうね…ありがとう、フレイちゃん。少しだけ、休むわ」

 

そういってふらふらと自室に戻っていくハリーを見送って、フレイはよし、と腕まくりをすると、仕様書を片手にハリーがやっていた仕事の続きをし始めるのだった。

 

 

////

 

 

半舷休息の中で交代で休息に入ったサイは、トールの自室から出てくるミリアリアとばったり出くわした。

 

「トールは?」

 

「今は寝てるわ。ーーよほどショックだったのね、ボルドマン大尉のこと。レイレナード大尉と、キラは?」

 

ミリアリアに、サイは少し顔を強張らせてから首を横に振った。

 

「わからない…でも、艦長がオーブに捜索を頼んで…本部へ行けば、なんか解るかも知んないし」

 

「そう…そうよね……そんなはずないもの…」

 

トールが生きていたのは嬉しい。けれど、ボルドマン大尉も、レイレナード大尉もーーそしてキラも帰ってこなかった。

 

あまりにも大きくて、あまりにも悲しいことだ。ミリアリアにとってもショックが大きいのだろう。

 

「食堂行こ。何か食べれば気分も和らぐからさ。フレイも待ってる」

 

 

////

 

 

「なんともまぁ…不思議な感じだよな」

 

包帯だらけのディアッカは、待合用に置かれたベンチに腰を下ろしたまま、疲れたように呟く。

 

「何がですか?ディアッカ」

 

「いや、あんな風に、俺たちが追ってきた奴らと決着が着くなんてさ」

 

わざわざ宇宙から降りてきたと言うのに、散々な目にあわされた上で、ミサイルの爆発に巻き込まれて、怪我をするわ、機体を失うわで、ロクな目に遭わなかった。

 

そんな不満を漏らすディアッカに、アスランは虚ろなままで、カガリから聞いたことを話した。

 

「あのミサイルはーーアイツらの味方から打ち上げられたんだ」

 

その言葉に、ディアッカもニコルも驚いたように目を剥いた。

 

「マジかよ」

 

「地球軍も…一枚岩ではないということでしょうか」

 

そんなにまでしてこちらを倒したかったのかねぇ、向こうは。と、ディアッカは呆れたように空を見上げた。

 

「ほんと、嫌になるよね…こんな戦争なんてさ」

 

その呟きに、アスランとニコルも何も言えなかった。

 

すると、飛行艇の入り口から、話を終えたであろうカガリと護衛の兵士が姿を現した。

 

「おい、迎えが到着した。アスラン、あとそこの二人。迎えだ」

 

そう言って3人それぞれに、着ていたパイロットスーツが入ったカバンを渡す。それとカガリを交互に見るアスランに、カガリは困ったように笑った。

 

「ザフトの軍人では、オーブには連れて行けないんだ。お前、大丈夫か?」

 

「やっぱり…変な奴だな、お前は…。ありがと、って言うのかな。今よく解らないが…」

 

世話になったよ。と、ディアッカたちと船を後にしようとするアスラン。

 

「ちょっと待て」

 

そんなアスランをカガリは呼び止めた。立ち止まったアスランを心配したのか、ディアッカたちも足を止めたが、アスランが手でジェスチャーをすると、二人は先に飛行艇を降りていく。

 

カガリは首にかけていたネックレスを外すと、アスランに手渡す。

 

「ハウメアの護り石だ。お前、危なっかしい。護ってもらえ」

 

その言葉を聞いて、アスランは弱々しくカガリを見た。

 

「俺はキラを…見殺しにしたのにか?」

 

そう言うアスランに、カガリは優しく微笑む。

 

「もう、誰にも死んで欲しくない。ただそれだけさ」

 

さぁ、もう行けよとカガリが催促して外に出ると、すでにそこにはザフトの輸送機が到着していて、入り口から伸びるタラップにはイザークが立っていた。

 

アスランは振り返ったが、そこにはカガリの姿はもう無かった。

 

 

 

////

 

 

 

眼が覚めると、そこは白い大理石でできた天井があった。僅かに香る花の匂い。草、土の匂い。キラは意識を取り戻しながら、そのおかしさに気がついた。自分はさっきまで、オーブの近海にいたというのに。

 

最後に見た島の光景には、花などなかった。あったのは白く光る大きな爆発だけだ。

 

体を起こすと、身構えてなかった痛みが全身を襲った。その痛みに、キラは顔をしかめる。すると、遠くの方から何かが跳ねる音が聞こえてきた。

 

「テヤンデー」

 

ピンク色の球体が飛び跳ねながら、こちらに向かってくる。そのすぐ後ろを、人影が追ってきていた。

 

「ぁ…ピンクちゃん、いけませんよ、そちらは」

 

聞いたことがある声だった。かすれる目を凝らしてみると、そこには久しぶりに見る少女の顔があった。

 

「あ!おはようございます。お二人方!目を覚まされましたわ」

 

ピンクの髪を揺らす少女ーーラクス・クラインは、そう言って来た道を戻っていった。キラがあっけに取られていると、すぐにラクスは二人の人物を連れて戻ってくる。

 

「やぁ、少年。こっぴどくやられたものだな」

 

そこには、オーブで別れたばかりのバルトフェルドがいた。ザフトの軍服姿でなく、私服姿だったのが気になったが、優しく肩に手を置くバルトフェルドに、キラは小さく会釈を交わす。

 

「バルト…フェルドさん…それに」

 

そして、バルトフェルドよりも驚いくべき人物が隣に立っていた。バルトフェルドと同じく私服姿だが、その老齢に似合う気品が感じられる。

 

「久しぶりだな、キラ・ヤマトくん。無事で何よりだ」

 

そう言って微笑みかける人物に、キラは戸惑ったように声を出した。

 

「ハルバートン…提督…?」

 

 

 

 

 



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第107話 流れる流星

 

 

さわやかな風。

 

暖かな木漏れ日。

 

管理され尽くした世界の片隅で、ラリーは目を覚ました。

 

知らない天井だーーなんてことを考えながら体を起こす。不思議と痛みはない。倦怠感も。まるで普段通りに眠りについて、そして普段通りに起床したような感覚。心地良さまである。

 

ただ、普段と決定的に違うのは、自分が地球軍の制服の下に着るアンダーウェア姿ではなく、治療しやすそうな病院服であること。そして手首に繋がれた大層太い点滴の管だ。

 

さて、外を見ればどこか遠くから人の喧騒が聞こえてくる。さらに目を凝らせば、ここが地球ではない証ーーー砂時計型のコロニーである、プラント特有の建造物が見てとれた。

 

つまり、ここはオーブでも、地球でもなくーープラントなのだ。

 

「目が覚めたか?」

 

ぼんやりと外を眺めているラリーの後ろから、静かに声がかけられる。

 

振り返ってみれば、ザフトの軍服でも、オーブの作業着でもない、私服のクルーゼが、たった今マーケットにでも行ってきましたとでも主張するような紙袋と、それに満載された食料を携えて、ラリーの後ろに立っていた。

 

それを見た途端、ラリーは惚けていた顔から一気にウゲェという顔に変わった。

 

「ラウ・ル・クルーゼ」

 

咄嗟に身を動かして、クルーゼとは反対方向の床へと着地したラリーは、点滴を外すと外からここが何階なのかを確認する。よし、3階くらいなら何とか飛び降りても生きてはいるだろう。クルーゼが自分を始末しなければだが。

 

そんな警戒心むき出しなラリーを見て、マスクを外しているクルーゼは少し可笑しそうに笑ってから、紙袋を近くのテーブルに置いた。

 

「その怪我でよく動けるな。だが無理はしないほうがいい。動けなくなっても知らんぞ?」

 

それだけ言ってから、クルーゼは見舞い人用に置かれたソファに座って、なにかの報告書を端末で見始めてしまった。

 

「……あれから、どうなった」

 

しばらくの沈黙の後、大人しくベッドに腰掛けたラリーが、クルーゼに問いかける。まるでラリーの言葉を待っていたかのように、クルーゼはラリーと向き合った。

 

「地球軍の新型弾道ミサイルーーモルガン」

 

ふと、クルーゼが言った言葉で、ラリーの脳裏にある光景が蘇ってくる。突如として空が光って、膨大な熱と衝撃にさらされた時のことを。彼は端末を閉じて呆れたように言葉を続けた。

 

「スパイからの調査で得られたのはコードネームだけだったが、それにしても凄まじい威力だったな。君の機体、そしてストライクは、あの攻撃で致命的なダメージを負ったのだよ」

 

「キラは…みんなはどうなった」

 

そこまで知っているなら、とラリーは構わずに、クルーゼにストライクのパイロットであるキラの安否を聞いた。

 

自分がここにいる以上、クルーゼがここに自分を連れてきた以上、知らないはずがない。するとクルーゼは、少しばかり悩むように額に手を当てた。

 

「キラ・ヤマトーーか。驚いたよ。まさかあの機体に乗っていたのが、彼だったとはね。運命とは実に皮肉だ」

 

「まぁ今の私にとってはどうでもいいことだがね」と、あっけなく言うクルーゼに、ラリーは肩透かしを食らったようだった。あれだけ固執していた自分の生まれを、まるで他人事のように話すなんて…。

 

気を取り直してと、クルーゼはキラの痕跡をラリーに語った。

 

「彼はマルキオ導師が回収したのちに、オーブにいたバルトフェルドがプラントに運んだ。君は私が匿っているがね?なにせ賞金すらかかっているのだからな」

 

君をここに運び込むのにはそれはもう、苦労したものさと笑うクルーゼに、ラリーは自分の体にかかっていたシーツを握り締めながら問うた。

 

「なぜ、俺を助けた」

 

その言葉に、クルーゼの表情が固まる。そうだとも、おかしいんだ。クルーゼにとって、自分は倒すべき相手だ。

 

彼が言う通りなら、俺がなんらかの方法で死ねば、クルーゼは本来のあり方のように世界を憎み、世界を破滅へと向かわせるように動けると言うのにーーなぜ、彼は自分を助けたのか。

 

「言ったはずだ。俺を殺せるのはお前だけだと。なら、なぜ助けたんだ。答えろ」

 

目の前に落ちる勝ち星をなぜ捨てたのか。自分の味方すらも欺いて、自分をここに匿ってまで…。

 

「言葉通りさ。君を倒せるのは私だけだ。故に、あんな卑怯な結末を私は認めない」

 

クルーゼは真っ直ぐな目をしてラリーの言葉に答えた。

 

「ブルーコスモス、地球軍。そんなくだらない思惑に乗って君という楔を失うことなど……私には耐えられなかった」

 

あの兵器はアラスカで開発されたと聞く。アークエンジェルがアラスカを目標としているにも関わらず、彼らは同胞めがけて、あの非情な兵器を放ったのだ。

 

そんな下劣な相手にラリーを殺させる?そんな真似、クルーゼは許さなかった。

 

もし、あのミサイルでラリーが死んでいたら、いかなる手段を用いてもアラスカを陥落させ、ミサイル発射を主導した高官を血祭りにあげて、ブルーコスモスすべてを皆殺しにする自信もあった。

 

「君が死ぬ時は、私と満足した戦いの中で私に討たれるときだけだ。それ以外は認めない」

 

少し前までなら、戦場で誰かに殺されたなら、それも仕方がないと思えていたがーーあの爆発の中でも、殺すと明言した自分すら庇おうとしたラリーを見て、クルーゼは考え方を変えたのだ。

 

この男を殺す権利、それを許されているのはこの世界で唯一、自分一人だけだ。

 

「ふん、とんだ変態だな」

 

「それは君もだろ?ラリー」

 

少し引いたように笑うラリーに、クルーゼもまるで少年のような笑みを浮かべて答えた。

 

「目が覚めたようだね。ラウ」

 

ふと、病室にもう一人の客人が現れる。その人物はクルーゼの隣に立つと、その特徴的な長い髪を揺らしながら、ベッドに腰掛けるラリーに会釈をした。

 

まさかーーとラリーが目を見開いていると。

 

「紹介するよ、君の治療に協力してくれた人物だ。そして、君が私を討ったときに、君に全面協力を約束してくれる人物でもある」

 

「はじめまして、流星。私の名はギルバート。ギルバート・デュランダルだ」

 

突然の訪問、失礼するよ。患者の容態が気になってねと、張り付けたような笑みを見せるデュランダルの言葉に、ラリーはただ固まっていた。

 

この先の未来で、政治手腕を振るう重要な人物と、こんな形で邂逅を果たしてしまうとは……。

 

そんな風に戸惑っているラリーの元へデュランダルは歩み寄ると、腰を下ろしてラリーの顔を覗き込んで、こんなことを聞き出した。

 

「さて、出会って早々に悪いが単刀直入に聞こうーーー君は、〝宇宙人〟なのかな?」

 

 

////

 

 

「入港管制局より入電。オメガスリーにて誘導システムオンライン。シークエンス、ゴー」

 

アラスカに入港していくアークエンジェルを、地下深くにある司令室から見つめるのは、この基地の司令塔である上層部の人間たちだった。

 

《シグナルを確認したら、操艦を自動操縦に切り替えて、少尉。後は、あちらに任せます》

 

《誘導信号確認。ナブコムエンゲージ、操艦を自動操縦に切り替えます》

 

通信をするアークエンジェルの音声を聞きながら、一人の高官が呆れたように、アークエンジェルを侮蔑の瞳で見つめる。

 

「アークエンジェルか、よもや辿り着くとはな。厄介な船だよ、あれは…今まで討ってきたザフトの怨念でも取り憑いているのかね」

 

「ふん!護ってきたのはコーディネイターの子供ですよ」

 

そう吐き捨てたのは、ウィリアム・サザーランドだ。

 

「そうはっきりと言うな、サザーランド大佐。だがまぁ、土壇場に来てストライクとそのパイロットが、MIAと言うのは幸いでしたな」

 

あぁ、その点だけは感謝している。サザーランドは捗々しい成果を挙げられなかったモルガンの性能結果を思い返しながら、それだけは自分たちにとって利になったと納得している。

 

「……悔しいですが、GATシリーズからもたらされるデータは今後、我等の旗頭になるべきものです。しかしそれが、コーディネイターの子供に操られていたのでは話にならない」

 

「確かにな。所詮奴等には敵わぬものと、目の前で実例を見せられているようなものだ」

 

「全ての技術は既に受け継がれ、更に発展させていきますよ。今度こそ、我々の為に」

 

コーディネーターなどという野蛮人の台頭する時代は終わる。アークエンジェルがもたらしたデータがあれば、ナチュラルでもモビルスーツは動かせるはずだ。

 

そうなれば、あとはこちらのものだ。宇宙で苦言を呈するハルバートンも、兵士の中で憧れである流星の逸話も必要なくなる。

 

(それに、宇宙の動きも気になるところだ。こんなときに視察だと…?ハルバートンの奴め、何を考えている)

 

アークエンジェルが砂漠の虎を撃破してから、宇宙の様子はてんで情報が入手できなくなっていた。元から宇宙と地上は足並みが揃っていなかったとはいえ、ここまで不透明な動きを見せるのは初めてだ。

 

「大佐、アズラエル氏にはなんと?」

 

側近の言葉で思考を一時切り上げる。モルガンの成果の中に、ストライクだけではなく、流星のメンバーも含まれていたようだが……まぁ、仕方あるまい。新しい力には犠牲がつきものだ。

 

それに、モルガンを打ち上げたのは、アラスカから離れた古いミサイルサイロからだ。そこの職員を切り捨てれば、ここに繋がる手かがりなどすぐに消える。あとは好きなようにカバーストーリーを用意すればいいさ。

 

「問題は全てこちらで修正する、と伝えてあります。不運な出来事だったのですよ、全ては。そして、おそらくはこれから起こることも。全ては、青き清浄なる世界の為に」

 

 

////

 

 

デトロイト。アズラエル財団、秘密工廠。

 

「はい、はい。あぁ、その件はよくわかってますよ…ええ。わかりました」

 

その一画にある専用の執務室で連絡を受けていたアズラエルは、少し疲れた様子で受話器を置いた。

 

「よく言いますね。不運な出来事だったとは…」

 

ペラリと内部通報者が持ってきた弾道ミサイルの情報を眺めながら、アズラエルは全く興味がないような目をサザーランドの写真に向けていた。

 

「全く…やるならやるで完璧に隠し通せばいいものを…これだから軍人というものは嫌いなんですよ…」

 

「アズラエル理事、そろそろ」

 

扉から入ってきたのは、普段のスーツ姿ではないアズラエル財団の作業服姿の側近だ。

 

どうやら自分の期待するような成果を見ることができるようだ。そうでなければ、側近がわざわざ呼びに来るようなことはしない。

 

「ああ、わかってますよ」

 

アズラエルはスーツの上着を羽織ると、少し髪を整えて執務室を後にするのだった。

 

 

////

 

 

宇宙空間。

 

慣れ親しんだその戦場で、リークは自分の息遣いだけを感じて宇宙を駆けていた。

 

操るはメビウス。

 

それも、自分がメビウスライダー隊にいた時に施していた特別チューンを施したものだ。設定を技術者に教えると「本当にこんな数値で、メビウスを飛ばしていたのか?」と、呆れられたが、リークにとってそれが当たり前だったのだ。

 

《くぉんのぉおおおお!!!滅殺!!》

 

目の前を黒い影が横切ると、大型の可変翼を持った黒いモビルスーツが、リークめがけて手に装備する鉄球を射出する。

 

「遅い!!」

 

リークは素早くメビウスを切り返すと、まるでツバメのように、軽やかでありながら鋭い軌道を描き、鉄球を撃ち放ったモビルスーツの背後へ回り込む。

 

《ちぃ!!背後を取られた!!シャニ!!》

 

《任せて……》

 

今度現れたのは、緑色の大型モビルスーツだ。覆いかぶさる形で備わるユニットには、高密度のエネルギーが蓄えられており、それは曲線を描くビームとして放たれる。

 

取った!と緑色のモビルスーツが確信するも、メビウスはフレキシブルなブースターを回転させるや、曲がるビームを紙一重でかわして、そのビームに沿って最短距離で詰めてきたのだ。

 

《嘘だろ!?》

 

思わずそんな言葉が出てしまう。緑色のモビルスーツまであと少しと言うところで、メビウスとモビルスーツの間に幾多の砲線が通過する。

 

《うらぁああああ!!落ちろおおおお!!》

 

紺色のモビルスーツは両肩、腕、シールドに備わるビーム兵器をこれでもかと乱射しているが、姿勢を立て直したメビウスは、その一線一線を軽やかに躱して魅せる。

 

「吐き出すだけじゃ落とせるものも落とせないよ!!もっとよく狙うんだ!敵は待ってくれないぞ!」

 

《くっそー!!なんで全然当たんねぇんだよ!!》

 

がむしゃらに撃っているわけではない。紺色のモビルスーツはしっかりと狙って撃っているというのに、その全てが掠りもしない。

 

やがて砲戦をくぐり抜けたメビウスは、一瞬だけ紺色のモビルスーツの視界から消えると、真下からパイロットの眼前に姿を現したのだ。

 

《なにぃ!?》

 

断末魔の声を放つ間も無く、HEIAP弾を改良した弾頭が、紺色のモビルスーツのコクピットを容赦なく貫く。

 

『オルガ・サブナック。コクピット直撃。撃墜判定』

 

《くっそぉー!!》

 

《オルガ!この間抜けーーはっ!!》

 

可変して悠々と飛びながら余裕を見せていた黒色のモビルスーツーーいや、モビルアーマーの上空。パイロットが気付いた頃には、すでにメビウスがこちらの無防備なエンジン部分を目指して突貫してきていた。

 

いつのまにーーとパイロットは考えたが答えは簡単だ。

 

紺色のモビルスーツがやられた混乱に乗じて、すぐさま離脱したメビウスが旋回して戻ってきただけだ。

 

「よそ見しない!!」

 

そう叱咤して打ち込まれた弾丸は、黒いモビルスーツのエンジンを易々と吹き飛ばした。

 

『クロト・ブエル。エンジン直撃、撃墜判定』

 

《こんのぉおおお!!》

 

最後に残った緑色のモビルスーツがメビウスを追いかけるが、モビルスーツとモビルアーマーでは、加速性も機動性も圧倒的にモビルアーマーの方が上だ。銃撃戦になれば、緑色のモビルスーツがメビウスを捉えるのは至難の業だった。

 

曲がるビームも打ってみるが、カスリもしない。お返しと言わんばかりに打ち返されるビームライフルの閃光を、覆いかぶさるユニットで防いでいるとーー。

 

「シャニ!もっと機体の特性をよく理解して動け!ビームを弾くシステムは完全な防御壁じゃないぞ!」

 

その言葉にハッとしてレーダーとモニターを見たが、すでにメビウスの機影は見えなくなっていてーー。

 

《ど、どこに…うわぁ!!》

 

まるで眼前にクモ糸で降りてきたかのように現れたメビウスによって、緑色のモビルスーツはコクピットを閃光に包まれるのだった。

 

『シャニ・アンドラス。コクピット直撃、撃墜判定』

 

 

////

 

 

「くっそー!!今日も全敗かよ!!」

 

「やられた…」

 

そう言ってシミュレーター機器から這い出てきた二人、クロト・ブエルと、シャニ・アンドラスは疲れ切った体を冷たいフロアに投げ打った。

 

すると、先に出ていたオルガ・サブナックが疲れ切った二人にペットボトル飲料水を手渡す。

 

「いやいや、3人ともあのOSでよく動かせてるよ」

 

3人が喉を潤していると、格納庫に吊るされたメビウスからリークが意気揚々と降りてきた。

 

ここはアズラエル財団が保有する、新型モビルスーツの実験場だった。機材は豊富にあるし、このようにシミュレーターまで完備されている。

 

 

ただ、メビウスだけは標準機しか登録されていなかったため、レスポンス設定を合わせたリークのメビウスを直接シミュレーターに繋いで、3人の教導を行なっていたのだ。

 

「兄さんにそう言われても、全然実感わかねぇんだよなぁ」

 

まだ不完全なOSとはいえ、かなりの精度になった自信はあったが、この2日に一度の模擬戦で、毎回毎回伸びてきた鼻をへし折られた上に、金槌で打たれているように思えた。

 

「兄貴の動きが異次元すぎるんだよ…ほんと…」

 

「兄ちゃん、人外」

 

「こら、シャニ。人にそんなこと言うんじゃ……いや、僕も割と使ってたか…」

 

3人からのブーブーというクレームを受け流していると、リークの背後から一人の拍手が鳴り響く。

 

「素晴らしいですねぇ、やはり僕の目に狂いはありませんでしたよ」

 

「アズラエル理事」

 

スーツ姿で現れたアズラエルに、リークは敬礼を打つと、やめてくださいよと彼は困ったように笑った。

 

「アズラエルさんで良いと言ってるでしょう?ベルモンド中尉ーーいえ、上級大尉と言いましょうか」

 

そう言うアズラエルに、リークは驚いた顔を見せた。

 

「階級上がったんですか?」

 

デトロイトの病院で目が覚めてからリハビリをして、この3人の教導を始めてから、自分は一度も戦場に出ていないというのに。するとアズラエルはリークの肩に軽く手を置いた。

 

「ブーステッドマンとはいえ、3人の隊長を務めるのが中尉というのは、貫目が足りないでしょう?」

 

3人はアズラエルが兼ねてから用意していた生体CPU。いわゆる強化人間ーーブーステッドマン。幼い頃からの洗脳染みた教育と訓練、そして投薬によって、空間認識や処理能力を後天的に向上させる処置をした、生きる兵器ーーーだったわけだが。

 

「しかし…よくぞここまで育てたものです。投薬処置を打ち切ったというのに、彼らの戦績は前よりも良くなってきている…」

 

リークが教導する条件として出したのが、「彼らをモルモット扱いしない」、「投薬治療はしない」、「自分と彼らを親しみやすい関係にする記憶操作をしたのち、記憶改竄はしない」、「教導内容は口出ししない」といったもの。

 

彼の要望通りに、オルガたちにとって彼を兄という位置付けにしてから、その全てをリークに一任したわけだがーー結果はすぐに現れた。

 

まず彼がやったのは、スピアヘッドによる高G、高負荷内での状況判断の訓練だった。最初の頃はすぐに失神していたが、リークの献身的な態度と良好な関係性から信頼が生まれ、慣れた頃にはマニューバをしながら数学の問題を解けるくらいの情報処理能力が身についていた。

 

アズラエルからしたら、絶対体験したくないことだが。

 

そこからは、モビルスーツの知識だけではなく、戦場でのチームワーク、状況によって変動する戦況の見分け方、空戦時のフォーメーション、地上戦でのフォーメーション、あらゆる知識を彼は3人に教え始めたのだ。

 

そのどれもが、流星たるリークが体験し、実感したもの。そのすべてが地球側に圧倒的に足りていない知識として、高純度の成果をもたらすものとなった。

 

「3人とも、今日の訓練はここまでだ。食堂に行っておいで」

 

「兄貴!あとでゲームで白黒つけるからな!」

 

「新しいCDの感想会…」

 

「映画化されたジュブナイル本!一緒に見るの忘れんなよ!」

 

そうしたそれぞれの言葉に「はいはい、忘れないから行った行った」と返しながら、リークは三人を食堂へと向かわせた。

 

「ベルモンド上級大尉、君は一体どんな魔法を使って彼らを育てたのですか?」

 

「〝目で見えるものに頼るな。見えるものを別のものに例えて認識すれば、処理の時間が減る〟」

 

「ほう、興味深い言葉ですね?」

 

「僕の上官の言葉ですよ。流星ーーラリー・レイレナードの」

 

そういう時、リークは決まって寂しそうな顔をする。ここに入ってからと言うもの、唯一連絡ができるのは、アジアで暮らす妹たちとの定期通信くらいだ。

 

早くラリーに、自分の無事を伝えたいものだ。

 

「一度、会ってみたいものです」

 

アズラエルが静かな声でそう言ったのを聞いて、リークは緩やかに微笑んだ。

 

「会えますよ。破天荒な人ですけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第108話 先駆者の役目

SEEDを持つ者。

 

それが提唱されたのは、C.E.71年以前ーーこの戦争が始まる前のことだ。

 

それは、かつて一度だけ学会誌に発表され、議論を呼んだ概念。

 

Superior(優れた) Evolutionary(進化論) Element(因子) Destined(運命)=「優れた種への進化の要素であることを運命付けられた因子」の頭字語を取って名付けられた名。

 

ナチュラル、コーディネイターを問わず現れるものであり、発現した人間によって、人類は一つ上のステージに進む可能性が高まるとされる。

 

発現状態の人間は全方向に視界が広がり、周囲のすべての動きが指先で感じられるほど精密に把握できる。これによって運動神経と反射神経、並びに空間認識が大幅に向上し、戦闘やその他において多大な力を発揮するーーーと言ったものだ。

 

「その力が、俺にもあると?」

 

デュランダルの説明を聞き終えたラリーがそう問い返すと、彼は沈痛な面持ちで深く頷いた。

 

「それで済めば、事なく終わったのだがね」

 

見たまえ、とデュランダルはラリーが眠ってる間に検査した資料を見せる。隣に立っていたクルーゼも、その情報を覗き込んだ。

 

そこにあったのは、ラリーの遺伝子情報。これは高値で売れるな、とクルーゼがほくそ笑むのをラリーが睨むと、彼は数回咳払いして黙った。

 

SEEDを持つ者。

 

その因子を持つ者は、遺伝子に何かしらの特徴があるということは、マルキオ導師の研究の結果で明らかになっている。

 

たとえば、人間の設計図たるDNA。塩基配列などなど。

 

先天的、後天的を問わずに、そう言った特殊な遺伝子の起伏というものは観測されるものだがーーラリーのものは異常だった。

 

「はっきり言えば、君もSEEDを持つ者と言える。それも桁違いのものだ」

 

それを発見した時、デュランダルは自分の目を疑った。彼の遺伝子は正真正銘のナチュラルであったし、普通の科学者ならそこから先に踏み込んだ検査など行わない。

 

デュランダルが驚いたのはその塩基配列だ。

 

「個人差はあれど、SEEDという因子は人が極限状態に陥るか、過度な負荷やストレスを受けるかすることによって発現すると言われている」

 

人という種が極限に達した時。それは生き残ろうという意志からなのか。それとも何かをなすためなのか。はっきりとした起因は分からないが、少なくとも、 SEEDという物は人の精神状態に極端に左右される不安定な物でもある。

 

ただし、例外も存在する。

デュランダルは改めて、その例外を目にした。

 

「ラリー。君の場合は、常にSEEDが目覚めている状態なんだよ」

 

僅かな情報、僅かな因子。それがほんの少し人から検出されたのが始まりだというのに、ラリーの塩基配列の形は、それが夥しい数で発現していたのだ。

 

それは今まで見た事がない輝き。

 

まるでSEEDから生まれてきたような存在だとも言える。デュランダルが、ラリーに宇宙人なのかと尋ねたのはそれが理由だ。そして、その世界的な異例は、デュランダルとクルーゼしか今は知らない。

 

ただ、彼という存在が何かの〝トリガー〟であるということは間違いない。デュランダルは体を休めるように、取り出した端末を閉じて、背もたれに体重を預けた。

 

「今はまだ、君はその力に気付いていない。故に半分以下ほどの力しか発揮できていないのだよ」

 

検査でわかったことは、その因子のうち活性化しているのは半分以下であるということだ。もし、その全てを解き放つ事ができたなら、彼はーーいったい何になるというのだろうか?

 

「ただ、わかっていることは、君が自分の力を知った時、世界が大いなる選択を迫られることになる」

 

デュランダルは人という遺伝子の限界があると判断して、「願いが叶わぬ」という悲劇を回避するため、人間は「初めから正しい道」を選んでいるべきだと考えるようになっていた。

 

すなわち、人が人生の最初に予め、失敗や挫折、無用な争いや叶う可能性の低い目標への努力といったリスクが無い進路ーーつまりは運命を与えられていたほうがよい、と考えるに至っていたのである。

 

そういう道を見出したというのにーークルーゼはとんでも無いものを自分に見せたものだと、恨めしく思う。

 

人の可能性。遺伝子を解析した故に思い込んでいた種としての限界。目の前にいる男は、デュランダルが絶望したそれを、一足で飛び越えている。

 

そして彼に続く者たちも。

 

SEEDの中で生まれた彼を追って、進化しているのかもしれない。

 

隣にいるクルーゼも、あるいはーー。

 

「私は君に聞きたい。君は、その力を得たら何をするんだい?」

 

SEEDにより作られた存在。ジョージ・グレンが望んだ次のステージに至る人間の体現者。まさに変革者とも言ってもいい彼が、何を、どうするのか。

 

〝我々ヒトにはまだまだ可能性がある。それを最大限に引き出すことが出来れば、我らの行く道は果てしなく広がるだろう〟

 

そう掲げて、最初にコーディネーターを作った科学者たちが願った、行く道の水先案内人たる彼を、デュランダルは心の中では危険視していた。

 

彼の決断で世界は大きく変わる。彼が導く事で、人はまた五里霧中の世界へと歩み出していく。その先にある果てない闘争と苦しみをから目を背けて。

 

もし、彼がそれを先導するというならばーー。

 

「何もしないさ」

 

ラリーははっきりとした口調で、デュランダルの言葉に即答した。その言葉に、思わずデュランダルは目を見開く。彼には夢は?理想は?野心は?こうでありたいという願いはないのだろうか?そんなことがーーありえるのか?

 

「ーー何もしないのか?」

 

戸惑った風に言うデュランダルに、ラリーは困ったように笑った。

 

「正直、SEEDに目覚めていると言われても実感湧かないし、それで?俺が偉くなるわけでもないしな」

 

「君という存在そのものだけでも、世界を大きく変えることができるのだぞ!?」

 

立ち上がったデュランダルはそう声を荒げたが、ラリーは変わらない口調でこう答えた。

 

「たとえ俺の存在が世界を変えるとしても。俺は俺の周りに居てくれた人の先をマシにするために戦う」

 

たとえそれが間違った道でも、茨の道でも、踏み倒していくための力だ。

 

SEEDが目覚めていたからといって、自分がこの世界に来て何が出来た?グリマルディ戦線から今まで、何が出来たというのだ?

 

死地に向かう戦友を救うことはできたか?

 

死ぬとわかっている戦いに赴く船を守れたか?

 

ゆっくりと背中で息絶えていく戦友の命を救うことはできたか?

 

何も出来なかった。何一つとしてだ!

 

SEEDで世界を変えられる?そんな虫のいい話があるならーーあの時、こうしていれば、そう何度も自分を悔やみ、呪い殺したくなる気持ちに襲われることもなかったはずだ。

 

結局のところ、自分にどんな力があろうと、この場所に立つ自分というーーラリー・レイレナードという人間は「一兵士でしかない」という本質をラリーは弁えている。故に、ラリーは真っ直ぐと答える。クルーゼはその言葉に満足そうな笑みを浮かべて、デュランダルは呆れたように椅子に腰を下ろした。

 

「言っただろう?俺にとって人類の救済なんてどうでもいいからな。ただ、もしもあの時ーーと、後悔するくらいなら、俺はマシになる道を選ぶ。そのために戦っている」

 

それだけは変わらないと、ラリーはハッキリと断言する。その言葉にデュランダルは苦笑を浮かべた。

 

「なんとも…身勝手な先駆者だ」

 

「いつだって世界はそうだろう?身勝手で理不尽。人のことなんて構いはしない。だから、それくらいが丁度いいんだよ」

 

そう答えるラリーに呆気にとられるデュランダルへ、「疲れたから寝る」と布団を被ったラリーは、すぐに寝息を立て始めた。

 

やはり無理をしていたのだなと、クルーゼが思っていると、名状しがたい顔をするデュランダルがこちらを見ていた。

 

「だから言っただろう?面白い男だと」

 

 

 

////

 

 

 

「報告は聞いた。君たちはよくやってくれたよ」

 

カーペンタリアに帰還したアスランたちを出迎えた基地司令の賛辞が、アスランの心に突き刺さる。

 

「対応が遅れてすまなかったな。確かに犠牲も大きかったが、それもやむを得ん。それほどに強敵だったということだ」

 

そう続ける基地司令は、プラント本国から送られてきた資料を眺めながら、戦いに疲れているであろうアスランたちを労わるように声をかけるが、その全てがアスランにとっては逆効果だった。

 

「辛い戦いだったと思うが、ミゲル、バルトフェルド隊長、モラシム隊長、他にも多くの兵が彼によって命を奪われたのだ。それを討った君の強さは、本国でも高く評価されているよ。君には、ネビラ勲章が授与されるそうだ」

 

親友を見殺しにしてーー今度は勲章か。おめでたいやつだな。そうアスランは心の中で、冷たく自分自身を罵る。無意識に怪我をした手を握りしめていて、包帯にはわずかに血が滲んでいた。

 

「基地司令である私としては残念だが、本日付でアスラン・ザラには国防委員会直属の、特務隊へ転属との通達も来ている」

 

その言葉で、おぉと驚いたような声が響く。振り返るとイザークは不機嫌そうに腕を組み、ディアッカとニコルは祝福するような目を向けてくれていた。

 

「ひゅーー」

 

「やりましたね、アスラン」

 

「まさにトップガンだな、アスラン。君は最新鋭機のパイロットとなる。その機体受領の為にも、即刻本国へ戻ってほしいそうだ」

 

本国に?アスランが基地司令の方に向く。地球軍が放ったであろう、あの新型ミサイルの調査すら十分でないというのに?

 

「しかし…」

 

「お父上が、評議会議長となられたのは、聞いたかね?」

 

アスランの言葉を遮る基地司令の言葉に、アスランは頷くしかなかった。

 

「……ザラ議長は、戦争の早期終結を切に願っておられる。本当に早く終わらせたいものだな、こんな戦争は」

 

嘘だ。

 

基地司令の言葉に、そのセリフが喉元まで出かかったが、アスランは必死に噛み殺す。カガリが言った戦争を終わらせたいという言葉と、基地司令が言う言葉には明らかな重さの違いがあった。

 

彼は何を考えているのか?ナチュラルの全てを滅ぼして、地球軍を抹殺してーー自分がやったように、親友すら見殺しにしてーーそれで平和になると、本気で思っているのか?

 

「その為にも、君もまた力を尽くしてくれたまえ」

 

肩に置かれた手が、ひどく冷たいように思えた。ただ、アスランの中で渦巻く疑問をぶつける術はない。

 

彼は黙って、その言葉に敬礼を打つことしかできなかった。

 

 

 

 

 



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第109話 戦争のその先を

 

「そうか、そんなことがあったのか……」

 

デュエイン・ハルバートン提督は、クライン邸の広大な庭で紅茶のカップを傾けながら、地球、オーブ経由で戻ってきたバルトフェルドの一連の話を黙って聞いていた。

 

アフリカの実情、紅海での戦い、そしてオーブ近海。

 

傷だらけのキラの様子を見てただ事ではないと予想はしていたが、ハルバートンは激変していた地球の情勢を憂うように髭をなぞった。

 

「長距離弾道ミサイル、モルガン。ザフトのSWBMの原理を利用した、対地上用燃料気化爆裂弾とも言えますね」

 

かの戦闘が起こった時、バルトフェルドは懇意にしているコーディネーターを介して、プラントに戻る段取りをつけている最中だった。計測されたという膨大な熱量の波形は、モラシムが使っていたSWBMと酷似していることから、あの爆弾の威力は容易に想像できる。

 

そして、それが地上に使われた時に生じる災害も。

 

「ブルーコスモスとの癒着が懸念されてはいたが…そこまで堕ちていたか…サザーランドめ。このまま進めば、どちらかの種が滅ぶことになりかねん」

 

そう苛立ったように顔をしかめるハルバートンに、バルトフェルドはあえての言葉を投げかけた。

 

「提督はそれをお望みでは?」

 

戦争を終わらせる。1軍人として彼がそう宣言するなら、それを成すために必要なことは、敵の完全なる撃滅というのも一つだ。アラスカの地球軍が強行している道も、それだと言える。

 

彼もまた、そう言った戦争の終わらせ方を考えているのか…それ見定めようとするバルトフェルドに、ハルバートンは困ったように目を細めた。

 

「このくだらん戦争の終結は急務だが、どちらかを滅ぼしてなど、戦争終結以前の問題だ」

 

ナチュラルとコーディネーター。

 

いがみ合い、差別しあい、憎みあっているとはいえ、二つの種はすでにこの世界に存在しているのだ。それは変わることのない事実。そして、コーディネーターを求めて生み出したのは、自分たちナチュラルだということも忘れてはならない。

 

「どちらかが滅べば世界のバランスは大きく崩れる。その先は?誰が担う?そんなことを想像もできぬ馬鹿どものせいで、どれだけ大勢の若者が死んでいったと思う」

 

種と種の争いが進化に繋がってきたと言う者もいるが、それで犠牲になるのは、そんな言葉に踊らされて、命をチップに盤上に並べられた若者達だ。

 

遺伝子操作にまで足を踏み入れたというのに、人の争いの形は、石器時代から何一つ変わっていない。

 

そのおぞましさ、誰もが見て見ぬ振りをしているのが、ハルバートンには我慢ならなかった。

 

「すまないな」

 

語気を強めていたハルバートンは、バルトフェルドに謝ってから、部屋の中で療養するキラの身を案じた。

 

「彼らには、苦労をかけた」

 

「いえ、よくやってくれましたよ。彼らは」

 

アフリカでは自分を打ち倒し、紅海ではモラシムを倒し、ザフトの追跡を振り切ってオーブにたどり着き、そしてーーその先で彼らは大きな傷を負った。

 

今は休む時だ。次に来る大きな波に備えて。

 

小さな波は、大人達である自分たちが踏ん張って受け止めるまでだ。

 

「では、私はこれにて失礼するとしよう」

 

ハルバートンはそういうと立ち上がり、帽子を深々と被り、コートを羽織る。遠くにはクライン議員が信頼する警護兵の何人かが、ハルバートンを迎えにきていた。

 

何も彼は、キラの様子を見るために第八艦隊を抜けて、わざわざ身を隠しながらプラントに来たわけではない。ここに来たのはついでの側面が強かった。

 

「クライン議員とはいい会談でしたね、ハルバートン提督」

 

バルトフェルドがそういうと、ハルバートンは困ったように笑って頷いた。

 

「よしてくれ、今ここにいるのはステキなお髭のおじ様だよ」

 

そう言って自慢のヒゲを撫でるハルバートン。クライン議員との秘密会談で会ったラクスから言われた事が、よほど気に入ったのだろう。

 

「さては気に入りましたな?」

 

「ふふ、ではな。砂漠の虎よ」

 

ハルバートンはバルトフェルドに背を向けると、迎えの車に乗って港へと出て行く。彼の仕事はここから始まっていくのだから。

 

さて、とバルトフェルドは明かりが灯るクライン邸を眺めた。プラントの空は暗く陰っている。

 

もうすぐ、雨が降る時間だった。

 

 

 

////

 

 

 

「どうしようもなかった…僕は…」

 

キラはラクスと別れてから、自分の辿ってきた旅路をぽつりぽつりと話していた。

 

アスランとの戦い。

 

低軌道でリークを失ってしまったこと。

 

アフリカでのレジスタンスとの出会い。

 

バルトフェルドとの戦い。

 

紅海での戦い。

 

ーーそしてオーブ。

 

大切なものを守るために…戦って、戦って、戦い続けてきた。

 

今になって思う。

 

この戦いで自分は確かに強くなった。心のあり方も、なにもかも。だが、キラの本質的なところは変わっていない。

 

できるなら戦いたくない。争いなんてしたくない。けれどーー。

 

「空が光ってーー無我夢中で……アスランを遠くに退かせてから記憶は曖昧で……」

 

そして気がついたらここにいた。まるで、ヘリオポリスから今までのことが嘘のように思えるほど、夢だったのではないかと思えるほど、ここは静かで、戦争とはかけ離れすぎていた。

 

「それは仕方のないことではありませんか?戦争であれば」

 

真剣な眼差しと、優しい声でいうラクスの顔をキラは見上げる。その目は、クラックスで見た時と同じ目だった。

 

「キラは、敵と戦われたのでしょう?違いますか?」

 

「敵…」

 

ラクスが言った敵。

 

敵ーー。

 

〝引き金を引いておいて、自分は関わりないですという君よりも、俺たちの方が戦えるだけだ〟

 

〝アイツは、引き金を引いた重みをわかってる男だ。ラリーがそう言ったんだよ。お前のことを見てな〟

 

〝死んでたまるか、って妹たちの顔を思い浮かべながら、必死になって戦ってきた。だから、僕らは攻撃してくる相手から仲間を守る。自分を守る。そのために戦うんだ〟

 

〝あまり気負うなよ、少年。君一人でメビウスライダー隊じゃないのだからな〟

 

〝君が居れば勝てるということでもない。戦争はな。決してうぬぼれるな!〟

 

キラの中に、ラリー達が話してくれた過去が蘇ってくる。大切な人を守るために、それを傷つける相手から守るために、戦っているんじゃなかったのか。

 

じゃあ、背後から撃ってきた味方は?

 

地球軍はーー?

 

敵って……なんだ……?

 

キラの中に生まれた疑問は、尽きることなく、彼の頭に留まり続けていく。

 

ここは遠い前線の果て。

 

戦いは、まだ終わりを迎えてはいない。

 

 

 



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第110話 疑惑の城

 

 

「嫌です」

 

その一言に、ハンガーにいる全員が静まり返っていた。

 

同行していたマリューとムウも、フレイの表情を見て固まるばかりであったし、現場主義のマードックは逆鱗に触れないように、ひたすらにスカイグラスパーの整備をしているし、サイはあまりのフレイの怒気の強さに、メガネにヒビが入りそうになっていた。

 

フレイは低軌道から今まで、ハリーとマードックの隣で技術者として大きな成長を見せていた。それと同時に、荒事の多い職人連中の仲裁に入ったり、ハリーと一緒にラリーを説教したりと、そんな事が積み重なった為、彼女の本来の持ち味である「母性の強い姉御肌」が完全覚醒していた。

 

ハリーの次に怒らせたらやばい相手にまで上り詰めたフレイが、眉間にしわを寄せて明らかな怒りに震えている。そんな姿を見て、おいそれと話しかける命知らずなど、ハンガーの作業員達には存在しない。

 

ハリーはその行く末を、ただ奥でじっと腕を組んで見守っていた。

 

その中で唯一、臆することなくナタルが不機嫌全開のフレイを見て深いため息をついた。

 

「はぁー、いい加減にしろ、アルスター。これは本部からの命令だ。君は従わねばならない」

 

たしかに、オーブのミサイルの件では知らぬ存ぜぬの一点張りで、会話すら成り立たなかった上層部相手の査問会であったが、ブルーコスモスであり大西洋連邦事務次官でもあるアルスターの一人娘を、戦艦に乗せ続ける判断は下せなかったのだろう。

 

共に船を降りるように命じられたナタルは、言ってしまえばフレイのお目付役。僻地での教官を命じられたムウは、さしずめメビウスライダー隊を他所にやって監視しておきたいーーという思惑でもあるのだろうか。

 

しかしながら、軍本部から出た命令は絶対だ。その覆しようのない現実に、ナタルはほとほと嫌気がさす。

 

そんな軍人の都合など御構い無しに、フレイは溜め込んでいでいた怒気を爆発させた。

 

「ふざけないでください!キラを、レイレナード大尉をーーーボルドマン大尉を!!背後から撃った相手の命令に従え?本気で言ってるんですか?!」

 

見てくださいよ!周りを!とフレイが指をさすのは、未だにボロボロのままコクピットにシートが被せられた、ボルドマンが最期に乗っていた痛ましい姿のスカイグラスパーだ。

 

それが答えであり、真実だ。

 

相手がどう言い繕おうと、あのミサイルのせいで自分たちが必死で整備した戦闘機は、敬礼で見送ったパイロットは、無事に戻ってこれなかったのだ。

 

それを知らぬ存ぜぬで通す軍を、ブルーコスモスを信じろ?ふざけるのも大概にしろ!とフレイは怒りを露わにしている。

 

「やっぱり、そう言うことになってしまうわね」

 

「ラミアス艦長」

 

単なる子供の癇癪ではない。彼女の目は、完全に地球軍を信用していないのだ。後ろから撃ってきた相手をどう信用しろという話だ。

 

しかし、相手は地球最大級の組織だ。そんな疑いを持っても、その組織に属する自分たちではどうすることもできない。

 

「……軍本部からの命令では…私にはどうすることも出来ないの。ごめんなさい。異議があるのなら、人事局に申し立てをします」

 

「しかし、今の軍部が取り合うわけが…」

 

そこまで言って、ナタルは口を噤む。あの上層部の態度を見る限り、人事局も彼らの手中なのだろう。フレイの顔にも暗い影が差した。

 

「ーーナタル」

 

「アルスター二等兵、我々が反抗的になれば、どうなるか予測できん。何せ相手は味方がいるにも関わらず、弾道ミサイルを撃った相手だ」

 

そう。

 

ナタルが恐れているのはーー次の段階だ。

 

命令に従わない目の上のタンコブ。そしてここは、彼らのお膝元であるアラスカだ。

 

外はそのまま、中身だけをごっそりすり替えるなどーー造作もないことだろう。カバーストーリーなど、いくらでもでっち上げられる。

 

あとでバレようが、すでに自分たちが処理されているなら何の意味もなさなくなってしまう。マリューがハルバートンとドレイクから受け継いだ、果たすべき使命もーー。

 

「バジルール中尉…」

 

怒気を納めて不安げな目で揺れるフレイの肩に、ナタルは優しく手を置いた。

 

「いざとなれば、私が守ってやる。それでいいですね?艦長」

 

そういうナタルの目には、今まで見たことのない燃える何かがあった。彼女もまた、今の地球軍を信用していないのだろう。そんなナタルに、マリューは頷いて敬礼を行った。

 

「ありがとう。バジルール中尉。また、会えるといいわね」

 

「その時は、またあなたの下で働きたいものです」

 

「貴方こそ、いい艦長になれるわ。彼女をお願いね」

 

任せてくださいと握手をしてナタルは、荷物を持ってフレイと共に行こうとしたがーー。

 

「待ってください。ハリー技師や、整備班の皆さんにも挨拶だけでも」

 

そう懇願するフレイに、ナタルは優しく微笑んで頷いた。

 

「わかった。終わったら第八エリアに来てくれ。そこで待っている」

 

皆さんもどうかお元気で、とナタルはハンガーにいる整備員達にも敬礼をして、ハンガーを後にしていった。フレイは気丈に振る舞いながらも、ハリーの元へと歩んでいく、

 

「さぁて俺も、言うだけ言ってみっかな。人事局にさ」

 

感慨深く見守っているマリューの隣で、ムウがフレイの怒気で強張った頬をほぐして、気だるげな声で呟いた。

 

「ーー取り合う訳…ないそうよ」

 

「しかし、何もこんな時にカリフォルニアで教官やれはないでしょ。トールもほっぽり出してさ」

 

肝心のトールは、ミサイルの影響で負った怪我とメンタル面のケアのために、ミリアリアの付き添いの元、まだ療養の身だ。そんな隊のメンバーを置いて自分だけ後方に行くなど…。

 

「貴方が教えれば、前線でのルーキーの損害率が下がるわ」

 

そんなことを言っても慰めにもならないということを分かりながらも、マリューはそれしか言葉を掛けられなかった。不満そうな顔をするムウに向き合って、彼女は笑顔を作った。

 

「ほら、遅れますよ」

 

「あぁもう!くっそ!」

 

その無理して張り付けたような笑顔に観念したのか、ムウはガシガシと頭を掻いて、隣に置いてあった荷物を担いだ。

 

「今まで、ありがとうございました」

 

「…俺の方こそ、な」

 

部下を任せたぞ、と言って、ムウもまたアークエンジェルを降りていくのだった。

 

 

 

////

 

 

 

雨。

 

ヘリオポリスで見てきた、規則正しい雨が、庭園の外を濡らしている。

 

キラは窓から見える景色と雨音を聞きながら、静かに息をひそめるように、自分の思考と向き合っていた。

 

「キラは…雨がお嫌いですか?」

 

紅茶を持って入ってきたラクスがそう言って、キラは力無い笑顔を貼り付けたまま振り返った。

 

「いや…不思議だなって思って。今まで拒んでいたプラントが、こんなにも平和で…」

 

〝ふざけるな!僕はザフトになんか行かないぞ!〟

 

〝良い加減にしろ!キラ!お前は俺たちの仲間なんだ!俺がお前を討たなくちゃならなくなるんだぞ!!〟

 

アスランの言葉が蘇ってくる。自分は、親友の声を聞かずに、ただ大切なものを守るために、我武者羅に戦ってきたというのにーー多くの命を、奪ったというのに…なのに。

 

「そんな場所にーー僕は居ていいのかなって」

 

そう呟くキラの近くに、ラクスは腰を下ろした。

 

「キラは、どこに居たいのですか?」

 

えっ、とキラは言葉に詰まった。できることなら、メビウスライダー隊のみんなの元へ戻りたい。自分を信じてくれた仲間の元へ。

 

けれどそれでいいのか?

 

同じことを繰り返して、また大切なものを守るためと言って、敵と、味方と、区別をして、そして味方からも撃たれて、それでもザフトを敵と決めつけて戦うのか?

 

そもそも、敵と味方ってーーいったい何なんだ。

 

「……わからない」

 

気がつくと、そんなことを口走っていた。

何をどうすればいいのか。何を信じて?何のために?何を成すために、自分は戦う場所に戻るというのか?

 

もしかすると、このままいっそ、戦いから遠ざかってしまえばーー。

 

「ここはお嫌いですか?」

 

ラクスの言葉に、キラは息を飲んだ。それはまるで、甘美な色で染められた誘惑のようで。

 

「ここにいて…良いのかな」

 

そう呟くキラに、ラクスは微笑んでーー。

 

「私はもちろん、とお答えしますが、それを決めるのはキラですわ」

 

そう言ったのだ。

 

決めるのは、自分だと。

 

キラは目の前に生まれた甘美な景色から遠ざかって、また思考の海に沈んでいく。

 

「うんーーそうだね」

 

ひどく雨の音が聞こえる。地球でも激しい雨が降った時はあったというのに。

 

みんなで干したばかりの洗濯物を、ずぶ濡れになりながら取り込んでーーフレイとも、ラリーとも、みんなで笑いあってーー。

 

僕は……僕が……果たすべき……使命は……。

 

 

 

////

 

 

 

「状況は?」

 

アークエンジェルのブリッジの中で、マリューは補給を受ける船の様子をサイに確認する。

 

「順調です。全て予定通りに始まり、予定通りに終わるでしょう」

 

サイが答えている最中に、司令部にいる将官から連絡が繋がった。

 

《暫定の措置ではあるが、第8艦隊所属艦アークエンジェルは、本日付で、アラスカ守備軍第5護衛隊付きへと所属を移行するものとする。発令、ウィリアム・サザーランド大佐》

 

「は!」

 

マリューはひとまず、相手の機嫌を損なわないように敬礼を打つが、モニターから見えないところでは、クルーからの不満が爆発していた。

 

「アラスカ守備軍?」

 

「アークエンジェルは宇宙艦だぜ?」

 

司令部は素人の集まりか?とぼやくクルー達に、マリューは咳払いを打ってひとまず黙らせる。この会話が向こうに聞こえたら、少々まずい。

 

《それを受け、1400から貴艦への補給作業が行われる。以上だ》

 

「ひとつ、よろしいでしょうか?」

 

通信を切ろうとした将官を、マリューは毅然とした声で呼び止めた。

 

《なんだ?不服か?》

 

「そうではありませんが、こちらには休暇、除隊を申請している者もおります。処理したいこともありますので」

 

まっすぐ、相手の顔を見ながら伝えるマリューに対して、将官はあからさまにめんどくさそうな顔をして、聞こえないように舌打ちをするとマリューに向き直る。

 

《こっちはもう、パナマがカウントダウンのようで大変なんだよ。大佐には伝えておく》

 

通信終わり、と一方的に切った将官に、再びクルー達の不満が溢れ出した。

 

「まるで腫れ物を扱うような言い方だな」

 

「やな感じ…きな臭いぜ」

 

その言葉に、マリューも同感だった。正直に言えば、万全の補給を受けれれば、この船を使う道などいくらでもあるというのに、わざわざアラスカ専属の守備隊に配属するというのも腑に落ちない。

 

「ラミアス艦長、やられっぱなしでいいんですか?」

 

そう振り返るノイマンに、マリューはくたびれ始めた地球軍の帽子をかぶりながら、ツバの下で目を光らせる。

 

「わかってるわ。そう簡単に事が進むと思うのは大間違いよ」

 

自分のクルー達をここまでコケにした代償は、必ず払わせる。マリューもまた、上層部への不信感を募らせて、覚悟を決めていくのだった。

 

 

////

 

 

《作戦開始は定刻の予定。各員は迅速に作業を終了せよ》

 

その頃、アラスカの北回帰線線付近では、ザフトの地上戦力が集結しつつあった。目標はパナマ。

 

ザフトは、地球軍の重要拠点であるパナマを陥落させ、地上制圧への大きな一手を打とうとしていた。

 

《降下揚陸隊、配置完了。作戦域オールグリーン。レーザー通信回線、最終チェック。0300現在、気象部報告。第25管区は晴、北北西の風4.2m。気温18.7度》

 

いつでも行けます!と通信官からの報告を受けて、旗艦の艦長兼司令官が、今作戦の開始の合図を出した。

 

「この作戦により、戦争が早期終結に向かわんことを切に願う。真の自由と、正義が示されんことを。オペレーション・スピットブレイク!開始せよ!」

 

「スピットブレイク発動!目標アラスカ……!」

 

その言葉に、ザフト中に衝撃が走った。目標はパナマではなくーーー。

 

《事務局発、第6号作戦開封承認。コールサイン、オペレーション・スピットブレイク、目標、アラスカ、ジョシュア!》

 

この時、歴史は大きく、動き始めようとしていた。

 

 

 

 

 

 



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第111話 指令、スピットブレイク 1

 

 

「スピットブレイク発動されました。目標はアラスカ、ジョシュアです!」

 

「なに…?!ジョシュアだと!?」

 

「地球軍本部?パナマじゃなかったのかよ!」

 

出撃が目前に迫ったザフトの潜水母艦の中は、混乱に満ちていた。

 

スピットブレイク。事前に言われていたのは、パナマに侵攻し、地球軍最後のマスドライバーを破壊して、膠着した戦局を打開するという内容であったが、直前に開封された作戦書で、パナマがブラフであったことが判明したのだ。

 

「頭を潰した方が、戦いは早く終わる…ってことかね。へぇ~面白いじゃないか。流石ザラ議長閣下。やってくれる」

 

イザークはコクピットの中で、この電撃的な作戦を考案した議長に感心したような声を出したが、その隣にある指揮官用ディンに乗るディアッカが、咎めるような声を上げた。

 

「イザーク」

 

そんなディアッカの声を聞いてか聞かずか、イザークは高揚した様子で言葉を紡ぐ。

 

「奴等は目標をパナマだと信じて、主力隊を展開させてるんだろ?まさに好機じゃないか」

 

たしかにその通りで、戦争はそうやって動く側面もある。相手にどこを攻めるかあらかじめ察知させておき、主力部隊同士の大攻防戦を経て戦局を変えていく。

 

しかし、今回はそのセオリーを逆手に取った奇襲とも言えた。それほど、ザフトも形振り構っている余裕がないのだろうか。

 

「アサルトシュラウドも届いたわけだし。これで終わりだな、ナチュラル共もさ」

 

本国で修理を受けていたデュエルが、新しい装いとなって手元に戻ってきたことにより、イザークはPTSDから元の精神状態へと復帰しつつある。

 

そんな好戦的な様子を見て、偵察用ディンを改修した隠密型の機体に乗るニコルは、不安そうな声を出した。

 

「本当に、そんな単純に進むことなんでしょうか…」

 

「ニコル」

 

ディアッカも、どこかそんな様子があった。相手は、あのストライクの部隊ーー足つきを後ろから撃った奴らだ。こんな簡単に運ぶ事を許すのだろうか?

 

「どうした?ニコル」

 

「いえ、何でもありません」

 

イザークの問いかけに誤魔化すように答えて、ニコルは出撃準備を進める。心に生まれた疑心と、拭えない不安を抱えたまま。

 

 

////

 

 

ザフト統合設計局。

 

モビルスーツ開発の大元とも言えるそこでは、ある一機のモビルスーツの最終確認テストが終わろうとしていた。

 

「お疲れさまです、クルーゼ隊長」

 

テスト用の装甲に覆われたモビルスーツのコクピットから降りてきたクルーゼに、設計当初から機体のセッティングに関わってきた技師が駆け寄る。

 

無重力の中、汗だくになったクルーゼにタオルを渡していると、ラボに放送が流れた。

 

《これにて、ZGMF-S07のテスト工程の全てを終了する。得られたパラメータデータはフリーダム、ジャスティス両機に反映させ次第凍結。ZGMF-S09は装備換装だ。急げよ!》

 

ZGMF-S07、開発コードネームーーホワイトグリント。

 

元々は、パトリック・ザラ主導のもと開発された「フリーダム」と「ジャスティス」の骨格フレームの限界性能をテストする為に開発された機体であり、当時はコードネームすら存在しなかった。

 

この機体が実用段階に引き上げられたのは、目の前にいるクルーゼと、地球軍の流星との戦闘データが原因だった。

 

機体内部に人が乗っていることを想定していないような機動をする流星を目の当たりにした、設計局の技師たちが、「フレームの強度を限界まで引き上げる」ことを名目に、スラスターを増築した限界性能試験機の開発を行い始めたのだ。

 

結果、流星と唯一張り合い、世界樹戦役で白い機体を操り、閃光と一時期呼ばれていたクルーゼの専用機として調整と装備の設計が行われ、機体のコードネームもクルーゼの二つ名にちなんで「白き閃光=ホワイトグリント」となった。

 

「どうですか?新型の感想は」

 

「たしかにレスポンスはいいが、これではまだ流星には届かんよ」

 

飲料水を飲みながら答えるクルーゼの感想に、技師は顔をしかめた。今の駆動系や、機体性能も限界値まで上げているというのに。

 

「それほどなんですか…何者なんですか?」

 

「さてな。空の化け物……などとザフトの兵は言ってるらしいが、あれはもしかすると、人間の可能性そのものかもしれん」

 

「は?」

 

遠くを見るように呟くクルーゼに、技師は首をかしげるが、クルーゼは気にしないでくれと手を振って話題を遮る。

 

「とにかく、各部アクチュエータの設定は指示した通りに。出力調整もな」

 

「しかし、あんな機体……扱えるのは隊長くらいしかいませんよ」

 

データシートを見る限り、現実的には可能だが、中に人を乗せることを考慮したら躊躇してしまうようなセッティングが書かれている。そんな仕様にして、まともに扱える者などーークルーゼ以外には考えられない。

 

だが、クルーゼはまるで子供のように笑みを浮かべながら、技師の言葉を否定した。

 

「かもしれんな。だからこそ、それでいいのだよ」

 

 

////

 

 

アークエンジェルのハンガー。

 

いつもは作業員の怒声や、機体を整備する工具の音が鳴り響く場所であるが、今はひとりの少女の泣き声がこだましていた。

 

「絶対嫌ですぅうう゛!!私、このまま゛この船と別れるなんて…ハリーさんたちと別れるなんて、絶対嫌!!」

 

さっきまでの気丈な振る舞いの面影はなく、そこにはハリーの胸に抱きつきながら、年相応に泣きじゃくるフレイの姿があった。

 

怒気を溢れさせた姿も本心であったし、ナタルの言い分も頭では理解している。ここで自分が嫌だと突っぱねれば、父やブルーコスモスは強硬手段で自分をここから連れ出そうとするだろう。

 

そう。わかっているのだ。

フレイは賢い女性だ。

 

故に、彼女は心から抵抗していた。

この船と、仲間から離れたくないと。

 

「けど、軍本部の指令じゃ…」

 

そういうマードックをハリーが凄まじい目つきで睨み付けると、彼は首を引っ込めて口を噤む。しかし、それを聞いたフレイが、鼻水と涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げてハリーに懇願した。

 

「じゃあ私軍をやめます!!バイトでも良いんでハリーさんの下で働きたいんです!!」

 

まだまだ学び足りないことがたくさんあるんです!!ハリーさんやみんなの元でそれを学びたいんです!!と真摯に言われて、心を打たれない者は居ないだろう。事実、ハリーは心底困ったように目を細め、マードックたち作業員たちは感動のあまり鼻をすすっている。

 

しかし、しかしだ。

 

ここは軍。軍では命令が絶対。

 

そう心を鬼にして、ハリーは口を開いた。

 

「そうしたいのは山々なんだけどなぁ…ほら、バジルール中尉も待ってるんだし…」

 

早く行ってあげないとーーと言葉が出る前に、戦闘態勢を知らせるアラームと、大きな警鐘がアラスカ基地を包み込んだ。

 

 

////

 

 

「統合作戦室より緊急入電!」

 

「統合作戦室!こちらアークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスです!これはいったい!」

 

警報を聞いてすぐさまブリッジに駆けつけたマリューたちの元に、さきほど会話していた将官が顔を青くした様子で通信を繋いできた。

 

《守備軍は直ちに発進!迎撃を開始せよ!》

 

「状況を説明していただきたい!!」

 

《ええい!見てわからんのか!宇宙の野蛮人が攻め入ってきたのだ!!》

 

そう答える将官に、マリューはオペレーターに目配せをする。確かな情報ですと、オペレーターはレーダーに映るザフトの幾多もの機影を捉えていることを、マリューに伝えた。

 

《してやられたよ、奴等は直前で目標をこのジョシュアへと変えたのだ》

 

とにかく、防衛部隊は早く出撃しろ!それだけ怒鳴り散らすように言って、将官は早々に通信を切ってしまった。

 

状況としては最悪だ。

 

火器管制システムはまだ不完全で、ハリーたちが応急処置で直した部分もまだ正式な修理はできていないし、武器弾薬の補給も途中だ。

 

これで出撃しろというのか…マリューは心に浮かんだ不満をぐっと噛み殺した。

 

「ーーこれで戦えと言うのも酷な話だけど、本部をやらせるわけにはいかないわ」

 

「艦長!」

 

「総員第一戦闘配備。アークエンジェルは防衛任務の為、発進します!」

 

「そんな!補給もまだ途中で…メビウスライダー隊も居ないのにどうやって…」

 

副官を暫定で兼任するノイマンの言葉に、マリューは気丈な声で切って返した。

 

「とにかく、やれることをやるしかありません!」

 

 

////

 

 

雨は上がった。

 

プラントのガラスから太陽光が差し込み、雨に濡れた花々を優しく照らし出している。

 

キラはベッドから出ると、立ち上がって近くに掛かっていた上着を羽織った。

 

「キラ?」

 

「僕は…行くよ」

 

驚くラクスに、キラは真っ直ぐとした目で答える。

 

「どちらへ行かれますの?」

 

「地球へ。メビウスライダー隊にーーみんなの元に戻るんだ」

 

「何故?貴方お一人戻ったところで、戦いは終わりませんわ」

 

ラクスも臆することなく、キラを見据えて問いかける。また戦場に戻るのか?敵も味方も入り乱れて、命をやり取りをするあの世界に。

 

声にならない言葉でそう言われている気がした。だが、キラはそれでもと、前を向いた。

 

「でも、ここでただ見ていることも、僕には出来ない。何も出来ないって言って、何もしなかったら、もっと何も出来ない。何も変わらない。何も終わらないから」

 

多くの人が死んで、多くの人が悲しんで、多くの人がーーただ、大切な人と一緒に居られる優しい世界を望んでいる。

 

始まりはきっとそうだった。

 

今を良くしたい。

 

大切な人と幸せにいたい。

 

それが積み重なって、大きくなって、複雑に絡み合ってーーコーディネーターが生まれて、プラントができてーーそして戦争になった。

 

だから。

 

「また、ザフトと戦われるのですか?」

 

ラクスの問いかけに、キラは首を横に振る。

 

「では地球軍と?」

 

それも違うとキラは否定する。では何と?

 

何を敵としてーー戦うのか。そうじゃない。敵として見定めるんじゃない。もっとほかの何かをーー僕らは止めなくちゃならないんだ。

 

キラは、その答えを闇の中で手にしていた。

 

「戦いをーー戦争を終わらせる。終わらせたいんだ。大切な人たちを守るために。僕達は、何と戦わなきゃならないのか、少し、解った気がするから」

 

そう答えたキラに、ラクスは満足そうに微笑んだ。

 

「解りました」

 

そう言うと、彼女は部屋の外へと出て行き、すぐに戻ってきて大きな紙袋をキラに渡した。

 

「とりあえず、キラはこれに着替えて下さいな」

 

そう渡されたのは、ザフトの軍服だった。それを見て、キラはいつかのーークラックスでラクスに地球軍のノーマルスーツを渡して、着替えるように言った時のことを思い返した。

 

あの時とは、逆になっちゃったな、と。

 

「バルドフェルド隊長、あちらに連絡を。ラクス・クラインは平和の歌を歌います。と」

 

そう伝えると、部屋の外にいつのまにか立っていたバルドフェルドがラクスに敬礼を打って、外へと向かって行くのだった。

 

 

////

 

 

緊急発進したアークエンジェルの艦内で、ミリアリアはもらってきたミネラルウォーターを持って、トールの部屋へと急いでいた。

 

ミリアリアもオペレーターとして、ブリッジへの招集がかかっている。せめて戦闘になる前に、まだ傷つく彼に何かをしてあげたいと、ミリアリアの心は自然と急いでいた。

 

彼女が部屋に入ると、ベッドには横になっているトールの姿はなく、そこには額に包帯を巻きながらも、ノーマルスーツに着替えたトールの姿があった。

 

「トール?」

 

「ごめん、ミリィ…俺は行くよ」

 

ぎゅっと手袋を装着して、トールはヘルメットを持ち上げると、ミリアリアの横を通り過ぎてハンガーへと向かおうとした。

 

咄嗟に、ミリアリアはミネラルウォーターを放ってトールの手を引き止める。

 

「そんな…トール!まだ無理よ!怪我も…それに…」

 

それに、またトールが落ちるようなことになったら……私は……そう暗く俯くミリアリアに、トールは向き合って、真剣な眼差しで彼女を見つめた。

 

「……ずっと考えてた。ボルドマン大尉の言葉の全部を。だから、行くんだ。あんなことをもう繰り返さないために」

 

彼は、最後まで仲間のために戦っていた。それが戦争を終わらせる道だと信じて疑わなかった。彼は、トールをパイロットにすることに、何も迷わなかった。

 

だから、自分はここに居られるということを、トールは深く理解していたから。

 

「果たすべき使命…レイレナード大尉や、ボルドマン大尉が俺を選んでくれた」

 

あの二人が素質があると認めてくれたんだ。だったら、ここで応えられなくてーーなにがメビウスライダーの隊員だ。

 

不安げに瞳を揺らすミリアリアに、トールはにこやかに笑ってみせる。

 

「だから、こんな戦争を終わらせるために、戦うことが必要ならーー俺は戦う。それを教えてくれたボルドマン大尉の分も」

 

そう言ってミリアリアの手を離れたトールは、ハンガーへと歩き出した。歩みは次第に早くなり、やがて風のようにアークエンジェルを駆け抜けていく。

 

ただミリアリアは、大きくなった自分の思い人の背中を見送ることしかできなかった。

 

 

////

 

 

「ああ、そうか。わかった」

 

戻ってきたクルーゼは、早々に特殊回線の電話を受けて、数回手短に頷いてすぐに電話を切る。その携帯は、以前、ラリーがアフリカでバルドフェルドに渡したプリペイドカード式の携帯端末と同じものだった。

 

「出られるか?ラリー」

 

そう問いかけるクルーゼの先には、ザフトの制服に着替えたラリーが、肩を回しながら臨戦態勢を整えていた。

 

「当たり前だ。もう全快のバリバリだぜ」

 

それを見て、クルーゼもデュランダルも満足そうに頷く。ザフトが恐れる流星の完全復活だ。

 

「よし、我々が出来るのはここまでだ。あとは君次第だよ。ラリー・レイレナード君」

 

そう言うデュランダルに、ラリーは「世話になったな」と握手を交わす。次もまたこういう風に会えるといいな、とデュランダルも笑みを返した。

 

すると、クルーゼは最後にと、先程持ち帰った情報保存端末をラリーに投げつける。

 

「クルーゼ…」

 

「私色に染め上げた機体だ。君になら扱えるだろうーー次はまた、戦場でな」

 

そう言うクルーゼを見てから、ラリーは手にしたデータに目を落とす。

 

オーブの別れ際に、バルドフェルドから貰ったデータ。療養しながらそれに目を通していたが、どうやらこれが最新データらしい。

 

「ああ、必ずモノにしてやる。そしてーー」

 

ああ、とクルーゼはにこやかに微笑んで殺意を隠さずにラリーにぶつける。

 

「全力で戦おう。次こそな」

 

もうモビルアーマーとモビルスーツという、くだらない垣根もいらない。人型と人型にこだわることはない。ラリー・レイレナードという個人と、ラウ・ル・クルーゼという個人のスペックを最大限引き出せる武器を使って戦う。

 

それがどれほど心が踊るものか。クルーゼは今から想像するだけでも鳥肌が立つような感覚を覚えた。

 

「迎えが来た。さぁ、早く行け」

 

建物の下についた車を見て、クルーゼは半ば追い出すようにラリーを送り出す。

 

さぁ、舞台はこれで整う。

 

同じ場所に立った私と君ーーどちらが強いか。どちらが本物か。

 

その決着をつけるのが楽しみだよ…ラリー・レイレナード。

 

 

 

////

 

 

 

「くっそー!!敵はわんさか!戦闘機は1機あるが、パイロットが!」

 

ハンガーでとりあえずの出撃準備を進めるアークエンジェルの作業員たちだったが、肝心のそれを飛ばす人物がこの船には居ない。

 

「こんなときにフラガ少佐がいてくれたら…」

 

ぼやくようにつぶやかれた言葉に、ハリーは声を荒げて叱咤を飛ばした。

 

「泣き言言わない!とにかく、機体は万全の状態にしておいて!」

 

とにかく、ムウが乗っていたスカイグラスパーをすぐに飛ばせる状態にするしかない!そう言って、誰もが作業に集中している。

 

成り行きで手伝うことになったフレイが、油圧計の点検をしているときだった。

 

「トール!?」

 

ハンガーに走りこんできた学友の姿を見て、フレイは驚いた声を上げる。

 

「ケーニヒ二等兵!!」

 

マードックやハリーが、肩で息をするトールの元に集まる。トールはしばらく荒く息を吐いていたが、姿勢を上げてスゥと息を吸い込む。

 

「出れます!!スカイグラスパーの準備を!!」

 

力強い言葉。ハンガーに響いたトールの言葉に、作業員全員が思わず静まり返る。

 

その中で最も早く反応したのは、ハリーだった。

 

「ーーわかったわ!!」

 

そこから時間が動き出したように、急ピッチで出撃準備が進められ、トールはコクピットに乗り込んで機体のシステムチェックを、アイクに叩き込まれた手順通りにこなしていく。

 

「スカイグラスパーにはランチャー装備を!スーパースピアヘッドのファストパックは、同型品だから取り付けられるわ!!急いで!!」

 

ハリー指揮のもと、ノーマル状態だったスカイグラスパーに次々と装備が施されていく中で。

 

「トール!!」

 

コクピットの中を覗き込んだフレイは、すぐに取りに行ってきた軽食と飲料水をトールに渡す。その目にはどこか、ミリアリアと同じような不安があった。だから、トールはヘルメットをかぶってから笑った。

 

「大丈夫だよ、フレイ。必ず帰ってくるから」

 

「約束よ。もう見送るのは嫌なんだからね」

 

任せろ!と答えると、ハリーが準備よし!!と大きな声を響かせ、トールはスカイグラスパーのバブルキャノピーを閉じていく。

 

《こちらエンジェルハートより、ライトニング3。すまない、トール。君に負担をかけることは承知の上だ。だからこそ、君を、メビウスライダー隊を信じている。これより、我々は君の補佐を全力で行う。厳しい戦いになるだろうがーー死ぬなよ》

 

エンジェルハートのトーリャの言葉に敬礼で答えると、今度はオペレーターであるミリアリアの顔がモニターに映った。

 

《スカイグラスパー、発進位置へ!スカイグラスパー、ケーニヒ機。進路クリアー。トール!気をつけてね!》

 

「行ってくるよ、ミリィ」

 

発進位置についたスカイグラスパー。外に見えるのは、まだ遠い敵の姿と、晴れ渡った太平洋の海の空だ。トールはぐっと操縦桿を握りしめる。

 

〝よし、トール。油断せずに行こう〟

 

ふと、後ろから声がかけられた気がしてトールは振り返ったが、そこには誰もいない。少しだけ視線を下げてから、トールは小さく呟いた。

 

「…行きます、ボルドマン大尉。見ていて下さい。ーースカイグラスパー、トール・ケーニヒ、ライトニング3、発進します!!」

 

 

 

 

 



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第112話 指令、スピットブレイク 2

 

 

第一戦闘配備。

 

そう放送が流れる中、ムウは司令室からの伝令を伝える詰所に向かって走っていた。

 

ついさっき、後方へ向かうための船に乗ろうとしていたところで、この戦闘がはじまったのだ。状況が何も掴めない。

 

とにかく、詰所か作戦室か、どこかに行って今の状況を把握しなければーー!!

 

そう一心不乱に走っていたムウは、ある部屋を通り過ぎたことに気がついた。足を止めて、部屋を覗いたムウの表情は驚愕に染まる。

 

「くっそー!どうなってんだ、こりゃ…蛻けの殻だ」

 

そこはアラスカ基地の通信を担う重要区画だった。こんな戦闘中だというのに、席のすべてがもぬけの殻。部屋に入ると、いたるところに放置されている通信機から声が聞こえてきた。

 

《こちら、イーストエリアのハインド隊!敵の攻勢強く、援護を求む!》

 

《伝令室は何をやってるんだ!航空支援を!》

 

無人の部屋で助けを求める声が鳴り響く。ふと、ムウは一際大きなモニターに映る映像に目が止まった。よほど急いで部屋を後にしたのか、そこには信じられない事実が記されていた。

 

「なんだよ…これは…!!」

 

 

////

 

 

「でええい!」

 

トールが出撃した空は、グゥルに乗ったモビルスーツや、ディンで溢れかえっていた。アークエンジェルや、ほかの護衛艦からのミサイル攻撃による援護はあるが、敵を落とすには充分と言える物量ではない。

 

トールはスカイグラスパーを鋭く旋回させて、ディンの攻撃を避けながらアグニでグゥルを撃ち抜き、近づくものにはファストパックに備わる小型ミサイルで応戦していく。

 

ディンを除いて、ジンなどはグゥルにその飛行能力を頼っている。足を止めるつもりなら積極的にグゥルを狙うべきだと、教導されている中でアイクから教わったことを、トールは忠実に守っていた。

 

深追いはせず、されど機体は鋭く動かし、射線が敵を捉えた瞬間のみ引き金を引く。

 

機動力はラリーが、射撃や地球の風を読むことはアイクがそれぞれ教え、学んだことはトールの中でしっかりと活かされていた。

 

その証拠に、ザフトのコーディネーターたちは弾がカスリもしないトールのスカイグラスパーに目を剥いていた。

 

『なんだ!?あの機体!!』

 

『気をつけろ!敵に一機、動きが違うやつがいる!!』

 

警戒したディンの編隊が、トールの行く手を阻む。

 

「くそー!!なんでここに攻めてくるんだよ!!」

 

打ち出されたそれぞれのライフル弾の隙間を縫って躱したトールは、アグニとバルカン砲でディンを牽制しながら叫んだ。

 

「ランダム回避運動!1番から6番、ウォンバット、バリアント、てぇ!!」

 

アークエンジェルも負けじと残った弾薬で応戦していくーーしかし、敵の攻勢は凄まじいものだった。

 

突破されるのも時間の問題だというのに、要請した増援は未だに姿を現そうとしない。

 

マリューは艦隊の指揮を執りながら、言いようのない不安に駆られていた。

 

 

////

 

 

第八エリアでフレイを待っていたナタルは、非常事態で隔壁が閉まったことで、行先を遮られてしまっていた。

 

ナタルと同じ境遇の地球軍兵士たちと共に、一旦基地内部へと戻り、現状を知ろうと行動をしていたがーー。

 

「くそ!司令部との連絡が…これは!?」

 

通路を抜けてたどり着いたナタルが目撃したのは、閉まっていたはずの隔壁が爆破物でこじ開けられ、その穴からザフト特有の緑色のノーマルスーツを着た兵士たちが基地内に侵入してくる様子だった。

 

「ザフト兵だ!」

 

「侵入されているぞ!」

 

士官たちは携帯している拳銃で応戦していくが、相手はアサルトライフルやバズーカなど、装備が桁違いだ。

 

「応戦しろ!!ええい!なぜこうも簡単に!!」

 

こちらの応戦では足止めも難しい。徐々に後退しながら、ナタルたちは攻め入るザフト兵に手をこまねいていた。

 

壁際に隠れて応戦していたナタルの隣で、仲間の一人が胸を撃ち抜かれて倒れた時だった。

 

「無事か!バジルール中尉!」

 

いきなり肩に手を置かれたため、反射的に拳銃を構えようとしたが、相手の顔を見た途端、ナタルは安心したように強張った顔を緩めた。

 

「フラガ少佐!!」

 

「とにかく戻るぞ!こんな状態じゃどうにもならん!!」

 

途中で拾ってきたウェポンバックを漁るムウに、ナタルは反論気味の言葉を返す。

 

「しかし!私は転属を!!」

 

「早くしろ!死にたいのか!?それともこのまま訳もわからん軍に付き従うか!?」

 

いくつかの手榴弾を取り出して、ムウは一気にピンを抜くと、ザフト兵が侵入してきている通路めがけて投げ放った。大きな炸裂音と轟音が、ナタルたちのいる場所を大きく揺らした。

 

ここで行くか!ここで死ぬかだ!とムウがナタルに手を差し出す。

 

「ーー行きましょう!!」

 

ナタルは迷うことなく手を掴み取り、ムウと一緒に格納庫に向かって走り出した。

 

 

 

////

 

 

キラはラクスとバルドフェルドと共に乗り込んだ車で、過ぎ行くプラントの景色を眺めていた。

 

一体、自分たちはどこに向かっているのだろうか。ラクスが言うには、キラに損はさせないという話であったがーー確証が得られないキラはやきもきした気持ちのままで。

 

そんなキラを乗せた一行の車は、とあるビルの一角で緩やかに停止する。ふと外を見れば、何人かのザフト兵士の姿が見えて、キラは咄嗟に窓から身を伏せて隠れるような仕草をした。

 

そんなキラにお構いなく、ラクスは扉を開け放って笑顔を向ける。

 

「こんにちは。さぁ、どうぞ」

 

ラクスに導かれるまま、乗り込んできたザフト兵士。呆気に取られたが、その兵士の顔を見た途端、キラは目を見開いた。

 

「ラリーさん!?」

 

「おお、キラ。元気だったか?」

 

「元気だったかって……」

 

まるでついこないだ会ったような態度を見せるラリーに困惑していると、隣に座っていたバルドフェルドが意地悪そうな笑みを浮かべてラリーに話しかけた。

 

「たしかに、君にもらったものは大いに役だったよ。いけ好かない奴だったが、お前さんを匿うとは大した奴だ」

 

「政治ごとは興味がないから、あとの尻拭いはまかせる、だってさ」

 

そう言って肩をすくめるラリーに、バルドフェルドは愉快そうに笑い声を上げた。

 

「はっはっは!こりゃあ手厳しいな」

 

そう会話が盛り上がったところで、ラクスは真剣な表情をしたまま、口元に人差し指を当てた。

 

「静かに。今はこちらに集中を」

 

ラクスたちが到着したのはーーザフトの設計局だ。ザフト兵に連れられるまま、敷地内から施設の中へと入っていく。

 

エレベーターで深く、深く降りていく。そしてたどり着いた場所は、モビルスーツを格納するハンガーだった。

 

「これはーーガンダムと…モビルアーマー?」

 

「ちょっと違いますわね。これはZGMF-X10A、コードネームはフリーダム。あちらは、ZGMF-S07、コードネームはホワイトグリント。でも、ガンダムの方が強そうでいいですわね」

 

キラは機体を見上げたまま、ラクスの言葉を聞いていく。

 

フリーダムと呼ばれた方は、どこかストライクを彷彿とさせるシルエットと、大きな背中の翼が特徴的でーー対するホワイトグリントと呼ばれた機体は、フリーダムよりも一回り大きな戦闘機を模したモビルアーマーのようで、そのシルエットはどこか、ラリーが乗っていたメビウス・インターセプターと似通った点を感じられた。

 

「この二機は、奪取した地球軍のモビルスーツの性能を取り込み、ザラ新議長の下、開発されたザフト軍の最新鋭の機体だそうですわ」

 

そう説明するラクスに、キラは振り返って視線を向ける。

 

「これを、何故僕らに?」

 

「今の貴方達には、必要な力と思いましたの」

 

即答するラクスが、今度はフリーダムとホワイトグリントを見上げた。

 

「想いだけでも…力だけでも駄目なのです。だから…お二人の願いに、行きたい場所に、望む場所に、これは不要ですか?」

 

想いだけでも。

戦いなんて嫌だ。けれど戦わなければ大切なものは守れない。

 

力だけでも。

守るために手に入れた強大な力。けれど、その力で多くの人を傷つけ、悲しませる。

 

だから、どちらかだけではダメだし、両方を持っていてもまだ足りない。

 

その先にある、もっと大切なものを、自分たちは見つけなければならないーー。

 

「キラ」

 

ハッとして、キラはラリーを見た。彼の目はいつもと変わらないままで、迷いもなく、淀みもない。ラリーはいつも、真っ直ぐにキラの行く道を指し示してくれた。

 

だからーー。

 

「行くぞ。俺たちの使命を果たすために」

 

生き残る。

 

生きて、使命を果たす。

 

この戦争を、地球とプラントを、ナチュラルとコーディネーターを、お互いを滅ぼし切る前に止める。この戦争を終わらせるためーー。

 

「わたしも歌いますから。平和の歌を」

 

そう微笑むラクスに、キラとラリーは敬礼をした。

 

「ありがとう、ラクス。気を付けてね」

 

「ええ、キラも、ラリーさんも。私の力も共に」

 

そう言って、ラクスはスカートの両端を持って美しく頭を下げてお嬢様ーーいや、姫のような仕草で二人に挨拶を送った。

 

「では、行ってらっしゃいませ」

 

 

////

 

 

「Nジャマーキャンセラー?凄い!ストライクの4倍以上のパワーがある…ラリーさん!そっちは!」

 

自分用にOSを書き換えるキラは、乗り込んだフリーダムの性能に驚きながらも、隣のモビルアーマーに乗り込んだラリーに問いかけた。

 

ラリーはクルーゼが組み、キラが最適化してくれたナチュラル用OSを把握しながら、ホワイトグリントの性能を確かめていた。

 

こっちにはNなんちゃらは無いが……あの野郎、とラリーは顔をしかめる。機体のスペックを見る限り、これはモビルアーマーではない。そのカスタマイズを見て、ラリーはまさに〝対流星用〟の機体だなと納得する。

 

「ああ、これなら……行けるな?キラ!」

 

「はい!ーー想いだけでも…力だけでも…!」

 

その答えを互いに聞いて、キラとラリーは機体の出力を上げていく。閉まっていくエアロックの向こうには、バルドフェルドとラクスが手を振っているのが見えた。

 

『おいなんだ?』

 

『フリーダムとーーホワイトグリントが…動いている?』

 

その言葉を聞いたラリーが、キラに急ぐように伝える。エアロックを止めろ!と誰かが叫んでいたが、それはもう、もはや手遅れだ。

 

機体にかかるワイヤーを振りほどいて、キラのフリーダムは格納庫の外へと飛び出しーーラリーのホワイトグリントはブースターを噴かして機体を固定するシャトルともに宇宙へと登っていく。

 

無事にプラントから飛び立ったキラとラリーだが、そこにはすでに最初の障害が待っていた。

 

『誰だ貴様!止まれ!』

 

2機のジンがこちらに銃口を向けてきたが、キラのフリーダムがビームサーベルを抜き放ち、ジンのライフルを切断したあとに、ラリーのホワイトグリントが機体を吹き飛ばしながら、キラの後を追従していく。

 

『うわぁああ!なんだあのモビルスーツは!』

 

「キラ!掴まれ!地球圏までアフターバーナーを焚くぞ!!」

 

ラリーの指示に従って、ホワイトグリントの背面部にある牽引用のブラックをキラが掴むと、流星は凄まじい速さで地球圏へと進み出した。

 

「なんだよあれ…速い!!」

 

自分たちを足止めしていた敵のモビルスーツすら追い抜き、キラとラリーは懐かしき地球に向かって飛翔していくのだった。

 

 

 

 

 

 



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第113話 指令、スピットブレイク 3

地球軍。

 

アラスカ地上本部。

 

本部から僅か数キロ離れた海上沖ーー。

 

「ウォンバット、てぇ!」

 

「ミサイル、来ます!」

 

「弾幕!回避!」

 

アークエンジェルを筆頭とした守備隊は、迫り来るザフトの軍勢に対して、その数では大幅に劣りながらも何とか防衛網を構築し、迎え撃っていた。

 

だがーー。

 

「右舷フライトデッキ、被弾!オレーグ、轟沈!」

 

「取り舵!オレーグの抜けた穴を埋める!ゴットフリート、てぇ!」

 

「尚もディン接近!数6!」

 

状況は悪くなる一方だ。マリューは奥歯を噛み締めながら、真綿で首を絞められていくような予感を振り払って指揮を続ける。

 

だが、現実は非道だ。押し寄せるザフトの大群は数を増やすばかりで、こちらの援軍は姿すら現してくれない。

 

「ライトニング3は!?」

 

「孤立した守備部隊の援護に!しかし、この陣容じゃ対抗し切れませんよ!」

 

出撃したトールは、航行不能になった友軍艦や、戦闘継続困難となった船の護衛、そして孤立しつつある味方の援護に飛び回っている。

 

ほかの戦闘機部隊も数を減らしつつあり、友軍艦の穴や綻びも目立ち始めていた。

 

「くっそー!やられたもんだぜ司令部も!」

 

そう毒づくオペレーターに、サイは震える声をなんとか押さえつけて、唯一の希望である援軍のことを聞いた。

 

「主力部隊は全部パナマなんですか!?」

 

「ああ、そう言うことだね!こっちが全滅する前に、来てくれりゃぁいいけどな!」

 

パナマが襲われると想定して、主力はすべて向こうだ。こちらの異変に気付き、戻ってきてくれればいいがーー。

 

その僅かな希望に縋って、守備隊は決死の防衛戦を展開していたが、マリューは言い様のない不安と不信を募らせつつあった。

 

 

////

 

 

「す、すごい加速性能だ!」

 

キラはフリーダムでラリーのホワイトグリントに掴まりながら、その加速性能に驚きを隠せずにいた。

 

「これなら…デートの時間には間に合いそうだぜ…!!」

 

感じたことない加速性とその負荷に耐えながら、ラリーはホワイトグリントを操り、宇宙を駆け抜けていく。

 

ホワイトグリントは、その全てがオプションパックによって構成されている機体であり、固定兵装はビームガトリングとビームサーベルくらいだ。

 

設計局でロールアウトされたこの機体に備わるオプションは、外套式のアーマード形式であり、これはディン・ハイマニューバ・フルジャケットで得られた、モビルスーツに亜光速の機動力を与えるフルジャケットユニットが元となっている。

 

ディンでは、機体の軽量化のせいで高負荷に耐えられなかったが、この機体には制約はない。

 

 

爆発的な加速性を叩き出す全てのパーツが任意でパージ可能であり、メインブースターユニットは左右両翼に装備されている。

 

エンジンは兵器設計局ハインライン局が設計した、シグーの背部スラスターと同型品。

 

更に可動式ノズルが上下に備わり、上部前方、側面上方、側面下方、下部にそれぞれ高機動バーニアが設けられていて、左右で合計10基からなる加速性能は、キラの想像を遥かに超えていた。

 

「キラ!俺たちはこのまま最短ルートで地球に向かう!振り落とされるなよ!」

 

「りょ、了解!!」

 

元々、クルーゼに譲渡されてから、プラントから地球圏へ向かうため、大気圏突破能力まで兼ね備えた本機は、外套式ユニットに燃料を外付けすることによって、長距離の航行距離を確保してある。

 

更に、ホワイトグリントのバッテリーには、G兵器で開発されたバッテリーを再構築したパワーエクステンダーの初期型が搭載されており、戦闘継続時間は格段に向上しているため、地上に到着し次第、エネルギー供給源を切り替えれば継続して飛行、戦闘が可能だ。

 

ラリーはアラスカで起こる惨劇を思い返しながら、操縦桿を握りしめる。

 

せっかく、それをマシにするために手に入れた力だ。ここで使えなくてどうするーー!!

 

どうにか間に合ってくれよ、とラリーは願いながらアフターバーナーで更に加速していくのだった。

 

 

////

 

 

「バリアント、1番2番沈黙!艦の損害率、30%を超えます!」

 

「イエルマーク、ヤノスラフ、轟沈!」

 

いよいよもって不味くなってきた。補給と整備すらままならないままのアークエンジェルは、対抗手段を徐々に失いつつあり、友軍艦のSOSも引っ切り無しに通信に流れてきている。

 

「司令部とのコンタクトは?!」

 

「取れません!どのチャンネルもずっと同じ電文が返って来るだけですよ!各自防衛線を維持しつつ、臨機応変に応戦せよ、って…」

 

これほど粘っているというのにーーマリューは刻々と自分の嫌な予感に近づきつつある状況に、内心で舌打ちをしながら、どうするべきか打開策を頭の中で考えていく。

 

ローエングリンで敵を薙ぎ払う?しかし、撃てばこちらにも負荷はかかる。そうなった時に攻め切れなかった敵に撃たれたらアウトだ。

 

しかし、このまま防戦一方では結果は分かりきっている。

 

「既に、指揮系統が分断されています!艦長…これでは…」

 

ノイマンからの苦しい声が響く。とにかく今は自艦を守り、防衛網を死守することしかできない。そんな中で、最悪の情報が飛び込んできた。

 

「後方より敵機接近!これは……デュエルです!!」

 

こんな時にG兵器が来るとはーーデュエルはアフリカでキラが大破させたはずだが、こんなにも早く修理をしてもってくるとはーー。

 

『足つきめ!今日こそ仕留めてやる!』

 

「ヘルダートをーー」

 

マリューがミサイルでの応戦を指示しようとした時だった。アークエンジェルとデュエルの間を、一機の戦闘機が横切る。

 

「うおおおあ!!やらせるかよぉおお!!」

 

何とか友軍を安全域まで護衛したトールは、間一髪のところでアークエンジェルに戻ってくることができた。

 

傷付いた友軍艦に、まるでアリのように群がるディンやグゥルに乗ったジン。それらをトールはたった一人で蹴散らし、追い払ったのだ。

 

照準はディンならば羽、ジンならばグゥルに定める。コクピットを狙うよりも、空を飛ぶ手段さえ奪ってしまえば、相手は海に落ちるしかなくなるわけで。トールが撃ち抜いた敵のほとんどは海に落ちた。

 

友軍艦が離脱したのを見送った時、上空で旋回するトールは、落ちた敵のモビルスーツに浮き輪を投げる地球軍兵士を見た。

 

彼らもまた、こんなくだらない戦いを終わらせたいと願う仲間だ。

 

背後から撃たれたとは言え、まだ地球軍には道徳心を忘れていない人たちがいる。それがわかれば、トールは味方を救う力が湧いてきた。

 

「アークエンジェルはやらせない!!」

 

『イザーク!!』

 

デュエルの後ろにいたディアッカのディンが、即座に応戦したが、現れたスカイグラスパーはマニューバーを駆使してディンのライフル弾を躱すと、アグニとミサイルをもって応戦していく。

 

『流星か!?しかし機体が…!!イザーク!突っ込みすぎるな!!』

 

正確な射撃だーーアグニが機体の脇を通り過ぎていく。ディアッカは慢心を捨てて、警戒心を最大限に引き上げたが、イザークは聞く耳持たずとスカイグラスパーへ突っ込んでいく。

 

トールはビームサーベルを振りかざしたデュエルを鮮やかに躱すと、翻した機体をそのまま傾けて、バルカン砲をデュエルが乗るグゥルへ撃ち放つ。

 

『ちぃ!舐めるな!今までのとは違うんだよ!!』

 

すぐに機体を移動させるイザーク。トールは機体を立て直しては、ファストパックのミサイルハッチを開けて再びデュエルへと突っ込んでいく。

 

「このぉおお!!」

 

 

////

 

 

ボロボロになったジョシュアの格納庫で見つけたスピアヘッドに乗り込んだムウとナタルは、海上沖で戦闘を繰り広げるアークエンジェルを何とか捕捉することができた。

 

「よっしゃぁ!まだ粘ってたな!こちらフラガ、アークエンジェル応答せよ!アークエンジェル応答せよ!くっそー!」

 

「少佐!右翼から火が!」

 

ナタルが怯えたように複座から叫び声を上げる。もともと被弾していたものを無理やり飛ばしているのだ。エンジンの調子もすこぶる悪い。

 

「見りゃわかるよ!!」

 

ムウは怒声を上げて返事をすると、不安的な出力に揺れるスピアヘッドを傾けて、アークエンジェルに近づいていく。

 

「友軍機接近!被弾している模様!」

 

いち早く察知したサイが報告する。マリューもブリッジから外を見たが、今にも落ちそうなふらふらした飛行で飛んでくるスピアヘッドが見える。

 

「着艦しようとしているの!?そんな無茶な…!」

 

しかし、見捨てるわけにはいかない。マリューはすぐさまハンガーにいるマードックへ通信を回した。

 

「整備班!どこかのバカが一機、突っ込んで来ようとしているわ!退避!」

 

わかってますよ!!とマードックは手動でアークエンジェルの格納庫を開けていく。ゲートを開け切った鼻先には、もうスピアヘッドが墜落しそうな勢いでこちらに突っ込んでくるのが見た。

 

「どいててくれよ!皆さん!うおらぁ!」

 

「しょ、少佐!!?む、無茶だあああああああああ!!?」

 

いや、もはや墜落といっても差し支えのない強引な不時着。ナタルの甲高い悲鳴がコクピットに響き渡り、強靭なワイヤーで受け止められたスピアヘッドは、バブルキャノピーを割りながらも、何とか止まることができた。

 

すぐにフレイがハシゴをかけてパイロットの様子を見に行ったがーー。

 

「フ、フラガ少佐!?バジルール中尉も!!」

 

驚くフレイが見たのは、しこたまコンソールに頭を打ち付けたムウと、気絶しそうになっているバジルールの姿があった。

 

ムウはふらつくナタルをフレイと共に何とか下ろしてから、そのままブリッジへと直行する。時は一刻を争うのだ。

 

「艦長!」

 

「少佐!?バジルール中尉も!?あ、貴方たち一体何を!?転属は…?」

 

突然入ってきたムウたちに、マリューは最近はあまり見せなくなった、心底驚いた顔を向けた。

 

「そんなことはどうだっていい!それより、すぐに撤退だ!くそったれ!こいつはとんだ作戦だぜ!守備軍は、一体どういう命令受けてんだ!」

 

ムウは怒りに満ちた声で、自分の見てきたものをマリューたちに伝える。

 

「いいか!よく聞けよ!本部の地下に、サイクロプスが仕掛けられている!データを取ってきたが、こいつが作動したら、基地から半径10kmは溶鉱炉になるってサイズの代物だ!!」

 

それは、マリューの想像を上回ったーー最低最悪な事態の始まりだった。

 

 

 

 

 




ホワイトグリントの開発経緯

流星相手じゃジンじゃ太刀打ちできないし、シグーでも厳しい!

とりあえずシグーの限界速度を出せるハイマニューバで対抗、大敗

シグーハイマニューバのデータを元にディンハイマニューバ作ったけど何かが足りない。そうだ、相手のモビルアーマーの速度に合わせてオプションを作ろう

ディン・ハイマニューバ・フルジャケット完成。しかし、ディンの耐久性が紙なので出力はあくまでディンの限界性能付近

ドロー

いっそ機体をめちゃんこ高速仕様にした上でフルジャケットユニット取り付ければ良くない?(名案)

作ってみたけど人を乗せることを想定していない速度を叩き出す機体なので、クルーゼ本人にデータを調べてもらおう

完成したけど、データの値がやばすぎたため、フリーダム、ジャスティスの関節出力データは期待値範囲内で上めで登録。ホワイトグリントは凍結される予定だった

クルーゼが染め上げた機体をラリーに渡す

こんな感じ


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第114話 指令、スピットブレイク 4


2話連続です。


 

 

「この戦力では、防衛は不可能だ!パナマからの救援は間に合わない!やがて守備軍は全滅し、ゲートは突破され、本部は施設の破棄を兼ねて、サイクロプスを作動させる!」

 

マリューは、ムウから聞いた内容に衝撃を受けたが、考えれば考えるほど、この無茶苦茶な戦闘状況と辻褄があうのだ。

 

まるで当てにされてもいない。各員が臨機応変に防衛せよという、まるで他人事のような命令。

 

それもそうだ。

 

すでにアラスカを脱出した軍の高官からしたら、自分たちの戦いなど他人事に他ならないのだから。

 

「それで、ザフトの戦力の大半を奪う気なんだよ!それがお偉いさんの書いた、この戦闘のシナリオだ!」

 

くそったれが!命を何だと思ってやがる!!そうムウが吐き捨てた姿に、マリューは悲痛な目を向ける。

 

「俺はこの目で見てきたんだ。司令本部は、もう蛻けの殻さ。残って戦ってるのは、ユーラシアの部隊と、アークエンジェルのように、あっちの都合で切り捨てられた奴等ばかりさ!」

 

その言葉に、マリューは最後まで堰き止めていた何かが外れたような気がした。信用、軍としての機能、そして戦争を終わらせるために戦っている者達。

 

アラスカを早々に逃げ出した彼らはーー軍に、必死に戦う若者達に、戦争を憂う軍人に向かって、唾を吐きかけ、捨て駒になれと言ったのだ。

 

「どこまで…どこまで腐っているというの…!!」

 

バン!!と艦長席の肘掛に拳を落とすマリュー。怒りを露わにするマリューに続くように、アークエンジェルの士官達も驚愕の声を上げた。

 

「俺達はここで死ねと!?」

 

「こ、こういうのが作戦なの…?戦争だから…私達が軍人だから…そう言われたら…そうやって死ななきゃいけないの…?」

 

「ミリィ…」

 

このままでは、自分たちは囮になって、ザフトを道連れにしてサイクロプスの火に焼かれるのを待つだけだ。

 

果たして、それでいいのか?

 

ハルバートン提督に託されて、ここまで戦ってきた自分たちの終わりが、そんな呆気ないものでいいのか?

 

軍人としてーー利用されてーー殺されていいのか?

 

《諦めるな!》

 

暗い空気に苛まれていたアークエンジェルのブリッジに、トールの大きな声が響き渡った。

 

「トール…!」

 

ミリアリアがモニターを見ると、トールはまだデュエルや、ディン2機と空中戦を繰り広げていた。ハイG旋回の負荷に歯を食いしばりながら、トールはアークエンジェルに向かって叫んだ。

 

《ーーくっ!!キラや、レイレナード大尉……ボルドマン大尉は諦めなかった!!だから、俺は最後まで足掻く!!生きて!使命を果たすんだ!!》

 

〝君たちは、君たちの使命を果たせ。生きろ。生きて、使命を果たすんだ。ラミアス艦長、メビウスライダー隊のことを頼む。いい艦長になれよ〟

 

トールの言葉を聞いて、マリューは低軌道で最後に聞いたドレイクの言葉を思い出した。

 

そうだ。自分たちは託されたのだ。

多くの者から何かを預けられて戦っている。

使命を引き継いで、それを果たすために。

 

ならば、今ここで自分ができる最善の行動とは?マリューは目を閉じると、傍に置いていた帽子を深くかぶって、大きく息を吸った。

 

「ーーザフト軍を誘い込むのが、この戦闘の目的だと言うのなら、本艦は既に、その任を果たしたものと判断する!!」

 

勇ましくそう言うマリューの姿に、ムウもナタルも、歴戦の艦長の姿がダブって見えた。

 

「アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスの独断であり、乗員には、一切この判断に責任はない!!」

 

彼女は覚悟したのだ。

 

船を預かる者として。1軍人として。そして、戦争を終わらせることを願う者としての覚悟を。

 

「ラミアス艦長…」

 

声をかけたナタルに、マリューは振り返って笑みを向けた。

 

「付いてきてくれるわよね?」

 

その言葉に、ナタルもムウも、アークエンジェルクルー全員が敬礼で答えた。

 

「当然」

 

「では、本艦はこれより、現戦闘海域を放棄、離脱します!僚艦に打電!我ニ続ケ。機関全速、取り舵!!」

 

 

////

 

 

「キラ!アークエンジェルの位置は!!」

 

地球圏に到着したラリー達は、自分たちが降りるための適正コースを模索していた。

 

闇雲に大気圏に突っ込んでも、肝心のアークエンジェルがいない場所に行ってしまってはなんの意味もないのだ。

 

「位置アラスカ!適正コース!このままーーえ!?大尉!!この反応は…!!」

 

キラの驚いた声に、ラリーはどうしたと返事をすると、しばらくの沈黙のあとに、キラは焦った様子で計測した反応の正体を伝えた。

 

「戦闘中です!!それも大部隊相手に!」

 

その言葉を聞いて、ラリーの操縦桿を握る手に力が篭る。ド派手な帰還になりそうだ。

 

「キラ、どうやら俺たちは鉄火場に突っ込んでいくことになりそうだな!!」

 

青く光る地球に向かって降りていくフリーダムとホワイトグリント。その途中で一機のシャトルとすれ違ったが、キラはそんなことも気づかずに通信先のラリーに頷いた。

 

「もとより覚悟の上です!!」

 

「上等!!しっかり掴まっておけよ!!」

 

その言葉を皮切りに、フリーダムを乗せたホワイトグリントは大気圏に突入し始め、機体下部に設けられた断熱材と、摩擦熱を防護するシールドが赤く染まり始めるのだった。

 

 

////

 

 

アークエンジェルを旗艦にした守備隊の脱出劇は困難を極めていた。持ち場を放棄したとはいえ、引き返せばザフトの追撃と、サイクロプスの熱が待っている。

 

そのため、守備隊に残された脱出経路は、ザフト軍を正面突破し、安全圏に逃れることだ。だが、敵もそこまで甘く通してくれるはずもない。

 

「10時の方向にモビルスーツ群!」

 

「クーリク、自走不能!ドロ、轟沈!64から72ブロック閉鎖!艦稼働率、43%に低下!」

 

揺れが収まらないアークエンジェルは、まさに風前の灯だった。守備隊も次々とザフトに襲われていく中で、エンジンに損傷を受けたアークエンジェルもまた、その翼を折られつつあった。

 

「ううわぁぁもう駄目だぁぁ!!」

 

「落ち着け!バカやろう!」

 

あまりの恐怖に頭を抱えるカズイを、背中越しに座るオペレーターが一喝する。

 

「ウォンバット!てぇ!機関最大!振り切れぇ!!」

 

「このぉおお!!」

 

『でぇええい!!』

 

敵陣突破。その言葉しかない。トールもイザークを筆頭としたデュエルとディンの攻撃隊と激戦を繰り広げながら、アークエンジェルの周辺から離れないように飛び回っている。

 

しかし、限界は近づきつつあった。

 

「推力低下…艦の姿勢、維持できません!」

 

ノイマンが必死に舵を操ろうとした時だった。

 

一機のジンが、弾幕をくぐり抜けてアークエンジェルのブリッジに迫ったのだ。黒光りする銃口が向けられて、マリューは目を見開く。

 

ナタルが何かを叫んで、ムウがエンジェルハートのインカムを外してこちらに駆けてくるのが見える。

 

逃げ出そうとする者。

 

死を覚悟する者。

 

そして、それでもーーー

 

こんなところでやられるわけには……!!

 

マリューの中にその言葉が波紋のように広がったとき。

 

 

 

空から閃光が走ってきた。

 

構えていたはずのライフルは熱で溶けて爆散して。

 

気がついたらアークエンジェルのブリッジの前に、一機のモビルスーツがいた。

 

 

「なんだ!あのモビルスーツは!?」

 

青と黒を基調にし、大型の可変翼を持ったそのモビルスーツは、神々しく光を瞬かせながら、大空を舞うために、翼を広げてその場に存在を知らしめた。

 

 

 

《こちら、ライトニング2、キラ・ヤマト!援護します!》

 

 

そして、懐かしい声がアークエンジェルの艦内に響き渡ったのだった。

 

 

 



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第115話 舞い降りた自由と閃光

 

《こちら、ライトニング2、キラ・ヤマト!援護します!今のうちに退艦を!》

 

「キラ…君…?」

 

アークエンジェルに届いた映像を見て、誰もが固まっていた。

 

ブリッジの目の前に降り立ち、翼を広げてアークエンジェルを守ったそれに乗っていた人物がーー紛れもなく、自分たちの知る人物であったから。

 

「キラ…?」

 

ミリアリアの戸惑うような声が響くと、サイが嬉しそうに目を細めた。間違いない。見間違えるわけがない。ザフトのノーマルスーツを着ているが、彼は間違いなく、自分たちが知る友人だ。

 

「キラだよ!」

 

キラ!生きてたのかよ!こんちくしょう!とブリッジから喜びの声が上がると、クルー全員が沸き立つように喜び合う。

 

キラはその様子を見て、ホッと胸を撫で下ろす。よかったーー今度は間に合った。そして、キラは前を向いた。

 

まだ戦いは終わっていない。すぐ近くでは大気圏を突破してから別れたラリーが、孤軍奮闘するスカイグラスパーの援護に向かっていた。

 

 

////

 

 

グゥルに乗るデュエルと戦闘を繰り広げるトールの目の前を、見たこともない影が横切った。

 

それは、戦闘機にしてはあまりにも大きく、モビルスーツにしてはあまりにも速い。影は鋭く旋回すると、そのシルエットを露わにする。

 

純白の装甲に、両翼についたブースターが特徴的で。その機体ーーホワイトグリントは、推進剤が尽きた両翼のブースターユニットをパージすると、折りたたまれていた翼を展開して、大気圏内用の飛行形態へと変形した。

 

「そこのスカイグラスパー!今のうちに早く離脱を!」

 

トールは、コクピットに備わる通信モニターに映った人物を見て驚愕した。パイロットスーツはザフトのものであったが、その顔と目を見間違えることはない。

 

「レイレナード大尉…?」

 

死んだと思っていた相手が、いきなり現れた。それも見たこともないーー戦闘機ーーいや、モビルアーマーに乗ってだ。

 

「お前…ラリーか!?」

 

キラの通信を受けて、まさかと思い、AWACSであるエンジェルハートの通信を使ってムウがホワイトグリントに通信を繋げる。見知った顔を見て、ラリーは安心したのか嬉しそうに笑った。

 

「隊長!?良かった……無事だったんですね!!」

 

「ばっかやろう!!そりゃあこっちのセリフだ!!心配かけやがって!!」

 

「ラリーさん!!」

 

三人はその再会を心から喜んでいた。特にムウは、目尻に涙まで浮かべてラリーの無事を喜ぶ。あんな簡単に死ぬやつではないと思ってはいたがーーまさかこうやって戻ってくるとは思いもしなかった。

 

すると、ラリーは戸惑うデュエルを牽制しながら、トールの方を見て問いかける。

 

「トールか!!アイクも一緒か!?」

 

トールがパイロットなら、複座にはアイクが乗っているはずだ。そう問いかけるラリーに、トールは表情を曇らせる。

 

「いえ…ボルドマン大尉は…」

 

暗く言葉を濁したトールに戸惑い、ラリーはムウの方を見たが、ムウも顔を悲痛に歪めて首を横に振った。そうかーーと、ラリーは顔を伏せて瞑目する。

 

「トール」

 

そして顔を上げて、トールに微笑みかけた。

 

「よく頑張った。ここから先は任せろ」

 

「…はいっ」

 

トールは込み上げてくるものを必死に噛み殺して頷く。悲しむのはまだ後だ。今は、目の前の状況をどうにかするのが先だ。

 

ラリーは機体を旋回させて改めて今の状況を精査し始めた。

 

「マリューさん!早く退艦を!」

 

突然の二人との再会に呆気にとられていたマリューは、キラの声を聞いて冷静になるように自分を律し、今の状態を明確に伝えるために、思考を整理しながら口を開いた。

 

「ーー本部の地下に、サイクロプスがあって、私達は…囮にっ…!作戦なの!知らなかったのよ!だからここでは退艦出来ないわ!もっと基地から離れなくては!」

 

「アークエンジェルの損害は!?外から見たら酷い有様だぞ!!」

 

「エンジェルハートよりメビウスライダー隊へ!状況は最悪だ!損傷がひどい!稼働率も40パーセントを切った!このまま範囲外に逃げられるかどうか…!!」

 

ラリーの言葉に答えたのは、再会に喜ぶ心を抑えていつもの声色に戻った、エンジェルハートオペレーターであるトーリャだ。

 

「守備隊には俺たちと同じように、切り捨てられた連中も多くいる!このまま見捨てるわけにも…」

 

ムウが言うように、ここに残っているのは非主流派や、反ブルーコスモスの人間。サザーランドからしたら目障りな捨て駒でしかない人員ばかりだ。仮にアークエンジェルだけ逃げ切れたとしても、足が遅い彼らは間違いなくサイクロプスに巻き込まれるだろう。

 

ラリーは少し思考を巡らせてから言葉を紡ぐ。

 

「ライトニング1より、エンジェルハートへ!隊長!そのサイクロプス、データは取ってきたんですか?!」

 

「あ、あぁ!概略図だが、規模を測定するための配置データならある!」

 

「制御ユニットはそこから割り出せますね!?敵の情報は!!」

 

「メインゲートに取り付かれたところだ!突入されるまでもう時間は!ーーまさか!?」

 

ムウの驚いた声と、マリューの「えっ」という間の抜けた声が通信機越しに聞こえてくる。地球に降りてきて早々だが、この危機的状況を打開するにはこれしかない。

 

「逃げられないなら、止めるまでだ!!」

 

ラリーはなんと、アラスカ本部に突入してサイクロプスを止めようと提案したのだ。

 

「むーー無茶だ!?状況から見て、起爆スイッチを握ってるのはアラスカ本部の上層部の人間……いつ作動するかもわからないのに!」

 

「なら、ここで諦めるか?!」

 

悲観的なナタルの言葉に、ラリーは一喝する。ここで諦めて、逃げられるかわからない道を進むか、それとも、諦めず足掻き全員が助かる道を選ぶか。まだザフトの主力は、アラスカのゲートで止まっている。

 

姑息な連中のことだ。半分以上が誘い込まれない限り、サイクロプスは起動しないだろう。つまり、チャンスは今しかない。

 

「俺はゴメンだ!!もうたくさんだ!!だから戻ってきたんだ!!」

 

ラリーはそう叫ぶと、デュエルを蹴散らしてホワイトグリントを旋回させる。アラスカ本部を行き先に定めた。今は議論してる時間すら惜しい。

 

「俺はアラスカ本部へ!隊長は持ち込んだデータ解析を!!トールとキラはアークエンジェルの援護!!この機体なら間に合わせられる!!」

 

「了解……って、トール!?」

 

キラがフリーダムを舞いあがらせようとした最中、トールが引き止める間も無く脇を抜け、飛び出していったラリーの機体に追従していく。

 

「俺も行きます!!この機体ならついていけます!!それだけ広大な装置なら、二手に分かれた方がいい!!」

 

「よぉし!落ちるなよ、ルーキー!!ラミアス艦長は脱出した守備隊の救助を!!」

 

それだけ言い残して、ラリーは追従するトールと共にアラスカ本部へと機体を飛ばしていくのだった。

 

 

////

 

 

《ザフト、連合、両軍に伝えます!アラスカ基地は、間もなくサイクロプスを作動させ、自爆します!》

 

ラリーたちを背に、キラはフリーダムの翼を展開すると、すぐにマルチロックシステムを起動させる。ハイマットモードになったフリーダムは、四つの武器を展開するや、閃光を走らせてザフトのモビルスーツの武器や腕を破壊し、戦闘力を奪い取っていく。

 

《両軍とも、直ちに戦闘を停止し、撤退して下さい!繰り返します!アラスカ基地は間もなくサイクロプスを作動させ、自爆します!両軍とも直ちに戦闘を停止し、撤退して下さい!!》

 

広域放送で呼びかけながら、キラはフリーダムを舞いあがらせた。その声はアークエンジェル艦内にも響き渡る。

 

「この声は…!」

 

ハンガーでトールの帰りを祈っていたフレイが、ハリーと顔を合わせた。この声は間違いなくキラだ。となるとーー

 

「アラスカに飛んでいった機体ーーまさか」

 

ハリーは胸を高鳴らせる。

 

どうか、どうか、自分の描いた思いが本当であるように願う。フレイはキラが生きていたことに喜び、今まで聞いたこともない黄色い声を上げている。

 

そんなアークエンジェルのブリッジで、敵の戦闘力を奪う戦いをするフリーダムを見つめながら、マリューはその背中に見とれていた。

 

「キラ君…」

 

彼は一体、どこで何を見て、あの戦い方と力を手に入れたのか。淀みも迷いもないキラの声に、マリューは心に浮かんだ疑問に揺れるばかりだった。

 

『下手な脅しを!!』

 

そんなフリーダムに、急に現れたホワイトグリントに弄ばれていたデュエルが迫る。キラはすぐにフリーダムを反転させて、デュエルと相対した。

 

「デュエル!!」

 

〝逃げ出した腰抜け兵がぁぁ!!〟

 

その叫びで、大気圏に落ちていくリークのメビウスの姿が、キラの脳裏に蘇る。

 

デュエルから放たれたビームサーベルをシールドで受け止めて、キラは黒い感情が湧いた自分の心を見つめた。

 

『イザーク!!』

 

すぐ後ろには指揮官用のディンに乗ったディアッカと、隠密仕様のディンに乗るニコルがいる。イザークは雄叫びのような声を上げて、フリーダムに斬りかかる力を強めていく。

 

『このおおお!!訳の分からないことをおお!!』

 

《止めろと言ったろ!死にたいのか!》

 

接触回線で、自分と変わらない若い声がデュエルのコクピットに響くや否や、フリーダムはデュエルのサーベルを弾き飛ばした。まだまだぁ、とイザークが肩に備わるリニアガンを撃ち放つと、フリーダムは即座に宙返りでリニアガンを躱し、ビームサーベルを抜き放って無防備になったデュエルへ迫った。

 

『なにぃ!?ううわぁぁ!!』

 

やられる……!!悪魔のようなストライクのデュアルアイがフラッシュバックし、金縛りにあったような感覚に陥ったイザークだったが、フリーダムのビーム刃は下に逸れて、デュエルのグゥルを叩き切った。

 

『ぐわぁぁ!』

 

真っ二つになったグゥルの上で体勢を崩したデュエルを、フリーダムは後方にいる二機のディンの元へと蹴り飛ばした。

 

《早く離脱しろ!もう止めるんだ!》

 

デュエルを受け止めた二機のディンにも聞こえるように叫んだキラは、ほかのザフト陣営を止めるために再び飛翔していく。

 

『イザーク!!無事ですか!?』

 

ニコルの呼びかけに、イザークは視線を落としたままだった。フリーダムのビームサーベルが迫った瞬間、相手はまるでコクピットを避けるように切り返して、グゥルを破壊した。

 

(あいつ…何故…)

 

こちらは殺すつもりでいたのに、なぜ?

 

そんな疑問がイザークの中に芽生え、止むことのない自問自答が繰り返されていくのだった。

 

 

 

////

 

 

エンジェルハートよりメビウスライダー隊へ!こちらでのアラスカ基地の構造解析が完了した!

 

サイクロプスはジョシュア最深部、その中心部に配置されている。最深部に到達して、サイクロプスを破壊することは不可能だが、それを停止させる手立てはある。

 

サイクロプスを起動させる発動機が、グランド・ホロー外周に8箇所設置されていて、起爆モジュールによりその全てが点火されることで、サイクロプスが稼働する仕組みになっている!

 

つまり、8箇所の発電機の内、半分以上を破壊すれば、サイクロプスへ送られる電力は半減し、本来の威力は発揮できなくなるだろう。

 

簡易的な計算だが、最低5箇所の破壊が必要だ!

 

8箇所の発動機へは、メインゲートの脇にある、地下へ続く搬入トンネルから近づくことができる。

 

ライトニング1、ライトニング3はグランド・ホローのメインゲートへ突入。搬入トンネルの入り口を破壊し突破、内部に侵入して二方向から発動機を破壊してくれ!

 

構内は広いが、遮蔽物が多い。それに、トンネルはそれぞれの入り口から一本で繋がっているため、中でライトニング1とライトニング3がすれ違うことになる。

 

チャンスは侵入してから一度きりだ。

 

まともに考えれば成功率は限りなく低い。だが、達成できなければここにいる全員が死ぬことになる。

 

君たちが最後の望みだ。

 

頼んだぞ、メビウスライダー隊!!

 

 

 





トール・ケーニヒの一人で出撃初任務

・守備隊とアークエンジェルの護衛と敵モビルスーツへの迎撃
・アラスカ基地の搬入トンネルに突入して発動機を破壊し、トンネル内でホワイトグリントとすれ違って脱出する

うーん、この



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第116話 サイクロプスを討て 1

 

 

ズタズタになった守備隊の防衛網を抜けた、シグーとジンで構成されたデルタ隊は、アラスカ基地の代名詞とも言える地下都市「グランド・ホロー」に続くゲートを確保しつつあった。

 

『こちらデルタ隊!たった今ゲートを突破した!これより内部へ侵攻をーー』

 

隊長機であるシグーに乗るパイロット、パトリック・J・ホークは、後方の司令部に通信を飛ばしていると、今まで適切な経路を指示していたオペレーターが何かを感知したようだった。

 

《待て、デルタ隊。後方より熱源二つーーこれは、戦闘機か?速いぞ》

 

『ああ?外の守備隊は全員が降伏した筈だが…』

 

後方の部下が肩をすくめてそう答える。

 

確かに、指令系統も崩壊した外の戦車隊などの多数が白旗を上げたことで、デルタ隊は欠員を出すことなくここに辿り着けた訳だが、そんな後方から敵機が来ているだと?

 

『地球軍の戦闘機とーーあれはなんだ!?』

 

振り返ると、グランド・ホローに続く狭い通路トンネルの中を、二機の戦闘機ーーいや、一機は戦闘機よりも大きく、シルエットからしてもモビルアーマーに近い。

 

そんな二機がこちらめがけて突っ込んできていたのだ。

 

《聞こえるかザフト兵!!アラスカ本部に突入するな!この基地の下にはサイクロプスが仕掛けられてる!!》

 

『なにぃ!?』

 

『でまかせを!』

 

部下たちが噛み付くようにそう言うが、広域通信で喋りかけてきた相手は気に留める様子もなく、シグーとジンの頭上を飛び越えていく。

 

《ただちに戦闘を中止して離脱しろ!アラスカ基地はすでに地球軍にとっては戦略的価値なんて残っていない!いいか!!離脱するんだぞ!!》

 

部下のジンがライフルを構えたが、2機は鋭く旋回するとメインゲート脇にある封鎖された通路トンネルへミサイルやビーム兵器を打ち込み、空いた隙間から飛び込んでいった。

 

それも目にも留まらぬ速度で。

 

『は、速い!捉えられない……!!』

 

『奴ら、あんな狭いトンネルに突っ込んでいったぞ!!追うか!?』

 

やけに好戦的な部下に、ホークは叱咤を飛ばす。こちらの任務はあくまでグランド・ホローの制圧だ。それにーー。

 

『バカ言え!あんな狭いところで、あの速度で飛べるわけないだろ!?俺だったら1分も保たない!!』

 

見る限り、モビルスーツが一機通れるかどうかの狭さだ。そんなところに高速域で突入などすれば、いくらモビルスーツとは言え一溜まりもあるまい。そう答えたもう一人の部下の言葉に、ホークはただ頷くだけだった。

 

 

////

 

 

《エンジェルハートよりメビウスライダー隊へ!概算だが、ザフト勢力のグランド・ホローへの侵攻率をHUDに表示した》

 

トーリャの言葉に続くように、ラリーとトールが目にするヘッドアップディスプレイに、新しいゲージが追加される。すでに5パーセントと表示されているゲージが、サイクロプス起動までのカウントダウンだ。

 

《この侵攻率が50パーセントを越えるまでに発動機を最低5箇所、破壊してくれ!》

 

トールは機体を維持しながら、なんとかトンネル内を突き進んでいる。ラリーが提供してくれたアルテミス内部の飛行訓練などをシミュレーションでは行なっていたが、実際にやってみれば感覚が大違いだ。

 

長く続く通路上で街灯や表示板を避けながら、二人はトンネルを突き進んでいく。

 

《一つ目がもう近くに迫ってきている。発動機と言っても巨大な蓄電池の様なものだ。破壊すれば膨大な電力が放出されるため、機体の電子機器になんらかの影響が及ぶ可能性がある。その時は機器ではなく、目視に頼って飛行してくれ》

 

 

////

 

 

「本当にサイクロプスが地下にあるのか!?」

 

地下施設の防衛をする戦車隊は、通信を聞いていた若い士官の言葉に驚きを隠せないでいた。

 

「あぁ、俺たちは見たんだ!ここに残されたのは、主流派じゃない奴らばかりだし」

 

キラの通信を聞いた士官は、確認のために最寄りの指令詰所に向かってみたが、中はもぬけの殻で、すでにサイクロプスの遠隔起爆のシークエンスが開始されていることに気がついたのだ。

 

「くっそー!サザーランドの奴め!地上にいる邪魔者を餌にしてザフトを葬るつもりかよ!」

 

隊のメンバーが怒りをあらわにして、停止している戦車の履帯を蹴り上げる。

 

ここには、前線の防衛で傷ついた負傷兵も運び込まれているというのに、その全てがザフトをおびき寄せるための餌でしかないとはーー上層部の連中は、どうやら自分たちの命など微塵も興味がないのだろう。

 

「だが、メビウスライダー隊がいる!彼らが今、この地下でサイクロプスを止めるために飛んでいるんだ!!」

 

通信を聞いていた士官には希望があった。なんと、メビウスライダー隊がサイクロプスを止めるために、こちらに来ていると言うのだ。

 

「はぁ!?嘘だろ、ここは地下だぞ!?」

 

「ああ、しかもグランド・ホロー外周の、物資搬入トンネルの中を飛んでるらしい」

 

その情報を聞いて、隊のメンバーは更に目を剥いて驚いた。

 

「正気か!?あんなところ、戦闘機で飛ぶようなスペースがあるのか!?」

 

搬入トンネルとはいえ、あそこは陸路からの物資を配達するための通路でしかない。あるのは整備された舗装道路を通すためのトンネルくらいだ。

 

そんな中を戦闘機で飛んでいるだと?それを想像しても、正気とは思えなかった。

 

そんな中で、戦車隊の隊長はある決断を下す。

 

「信じられないが、彼らが飛んでいるなら、我々にもやれることをやるしかない!」

 

しばらくして、グランド・ホローに侵入してきたザフトのモビルスーツは、背に備わるスラスターを吹かしながら都市部へと降下してきた。

 

よし、前進と、戦車隊が建物の陰からモビルスーツ部隊の前へと姿を現して行く。

 

何機かのジンが戦車隊に銃口を向けたが、隊長機であるシグーが手を上げてそれを制した。出てきた戦車隊の全てが白旗を掲げていたのだ。

 

《侵入したザフト軍!直ちに引き返せ!!ここにはサイクロプスがある!!溶鉱炉に飛び込んでるようなもんだぞ!!》

 

隊長はハッチから身を乗り出すと、戦車に備わる拡声器を使ってザフトのモビルスーツ部隊に呼びかけた。

 

『ちぃ!!でまかせを言ってるだけだろ!?』

 

そう接触回線で話すザフト兵たちだが、デルタ隊のメンバーが、ざわざわと自分たちの置かれている状況の不味さを理解し始めていた。

 

『しかし、彼らの教えてくれている情報ーー搬入トンネルに飛び込んでいった戦闘機の言ってたこと…辻褄は合います!』

 

『だが、敵拠点の中心部だぞ?!』

 

そう言う部下たちに、隊長であるホークは自分が今まで感じてきた違和感を伝える。確かに、敵の守りも手薄で、統率も取れていない。地球軍最大の地上拠点だと言うのに、ここまで来るのに何ら苦労はなかった。

 

確かに、我々には誘い込まれたようにも思える。

 

『くそ!味方すらも囮にしてーーナチュラルどもめ…なんて作戦を立てやがる!!』

 

ダンっとコクピットに手を打つジンのパイロット。彼が見たのは、安全を確保した戦車隊の兵士たちが建物の中から負傷兵を運び出している姿だった。

 

 

////

 

 

狭いトンネルを飛び抜けるホワイトグリント。掠りそうになる機体をなんとか維持しながら、ラリーは目的の場所を目指していた。

 

「トール!!遅れるなよ!」

 

「言われなくとも!!」

 

反対側から突っ込んでいるトールも、ラリーと同じように経路を進んでいた。すると、長く続いた細いトンネルの一部が開けた場所へと飛び出た。

 

「見つけた!!一つ目の発動機!!」

 

外周部の壁に埋まる発動機を確認すると、二人はそれぞれに備わった兵装を展開して、発動機に狙いを定める。

 

《破壊しろ!だが、破壊後の電波障害には留意しろよ!》

 

ホワイトグリントに備わるミサイルと、スカイグラスパーに接続されたランチャーストライカーのアグニが火を吹き、その火線は真っ直ぐと発動機を捉えた。

 

「よぉし!直撃だ!」

 

ほぼ中心を撃ち抜いた攻撃により、発動機は火を噴く。そして内包された電力が行き場を失い、ひらけたトンネル内に凄まじい電力が放出されていく。さながら、雷をその身に受けたような衝撃だ。

 

「う、うわぁああ!?ディスプレイが!!」

 

放電を受けて機体は傾き、復帰してもディスプレイの表示がまるで砂嵐のようになっている。戸惑うトールにラリーは声を発した。

 

「落ち着け、ルーキー!前をよく見ろ!機器に頼らず目で飛ぶんだ!」

 

「りょ、了解!!」

 

バブルキャノピーから見える景色を食い入るように睨みつけて、トールは機体を飛ばした。ラリーのホワイトグリントも、少なからず影響を受けており、モニターに視界を頼るコクピットは、時折映像が乱れていたが、ラリーは映像から距離感を頭にインプットし、機体を狭いトンネルへと突っ込んでいく。

 

《侵攻率が20パーセントを超えた!残り6つ!!目標の破壊を急いでくれ!!》

 

トーリャの焦る声に了解と返して、二人は更に奥地へと進んでいく。サイクロプス起動までの、残された時間は僅かだ。

 

 

 

 



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第117話 サイクロプスを討て 2

 

 

誰がやり始めたのか。

 

いつの間にか、グランド・ホローに侵入していたザフト兵たちは、負傷した地球軍の兵士たちの脱出の手伝いをしていた。

 

『とにかく乗せられるだけ乗せろ!グランド・ホローから脱出するんだ!!』

 

どこかから持ってきた大型搬送車の荷台に、負傷兵を詰め込むだけ詰め込んで、ジンがそれを両手で抱えてグゥルに乗り込むと、グランド・ホローの外へと飛び立っていく。

 

《無理だ!!今から出てもサイクロプスの効果範囲からは逃げられない!!》

 

負傷兵の誰かがそう言ったが、シグーに乗るホークはそんな泣き言を拡声器で一喝した。

 

『黙っていろ、ナチュラル!!俺たちは諦めない!!こんなところで死んでたまるか!!俺には故郷に残ってる家族がいるんだ!!』

 

まだ年頃の二人の姉妹を、妻に託して自分はここにいる。こんなところで死ぬ気など、ホークには更々無かった。

 

負傷兵の救助のためにジンから降りていた部下が、白旗を上げている戦車隊の兵士にふと言葉をこぼした。

 

『血のバレンタインーー俺はあの日に、恋人を亡くした。正直に言えば…お前たちを憎んでるが…』

 

《それを言うなら、俺やこいつも、エイプリルフールクライシスで家族を亡くしたんだ》

 

お互い、知らないところで傷ついている。知らないところで癒えない傷を抱えて、この戦争に加わっているのだ。三人がそれぞれ目を合わせていると、ザフト兵が疲れたようにため息をついた。

 

『よそう。俺たちが辞めない限り、こんなことが続くんだ。くそっ!胸糞悪いぜ!!』

 

とにかく、今はここから逃げることが先決だと、ザフト兵はジンに乗り込むと、満載になった負傷兵の搬送車を持ち上げて、グランド・ホローから後退していく。

 

《怪我人から順に搬送しろ!大丈夫だ!メビウスライダー隊がやってくれる!!》

 

そう言って現場の指揮をする戦車隊の隊長は、心の中で願った。

 

神よ。もしこの世界に貴方がいるのなら、どうか。どうか。我らに時間をお与えください。

 

 

////

 

 

《目標2!破壊確認!侵攻率、40パーセント!!》

 

互いが二つ目、計4つを破壊したラリーたちは、電子機器を狂わせながらも更に奥へと機体を飛ばしていく。

 

「飛ばせ飛ばせ!!ここで死のうが、間に合わなければ全員死ぬぞ!!」

 

ラリーの言葉を受けて、トールも更に速度を上げていく。ここで間に合わなければ、自分たちだけではない。アークエンジェルや取り残された守備隊も全滅する。

 

この瞬間、この時に、彼らの全てが懸かっている。

 

「うおりゃああああああ!!」

 

急げ。

 

急げ急げ急げ!

 

逸る気持ちをグッとこらえて、トールは正確な操縦でトンネルの中を飛行していく。最後の目標まで、あと少しだ。

 

 

 

////

 

 

パナマの暗い司令船の中で、ウィリアム・サザーランドはザフトの動向を見つめながら、卑しい笑みを浮かべていた。

 

そうだ。集まってこい。宇宙の野蛮人たちめ。

 

そちらが必死に制圧しようとしているそこなど、もはや何の戦略的価値はない。残してきたのは、サザーランドが厄介だと思っていたハルバートン側の将官たちだけだ。

 

彼らを葬れれば、地上から宇宙にシフトしていくであろう戦いを、自分の手の中で操ることができる。戦争が終われば、権力は思うがままだ。

 

「そろそろですな、よろしいですか?」

 

ザフトの侵攻具合が半分に達しようとしている頃合いで、サザーランドは各上層部の人間たちに目配せをした。彼らもサザーランドと同じように、サイクロプスの起爆キーを手に持っている。

 

「この犠牲により、戦争が早期終結へ向かわんことを切に願う」

 

そして、自分にとっての輝かしい未来へのスタートを。

 

 

////

 

 

もう限界だ!と泣きそうな声を出すトールに、ラリーは落ち着けと怒声を発する。

 

《侵攻率、48パーセント!!》

 

ギリギリ首の皮だ。いつ足元からサイクロプスが発動するかもわからない。けれど、ここで諦めたら全てが終わる。

 

まだ動いている。まだ飛べている。

まだ生きている。

 

だから、ラリーは足掻くと決めた。

これから先を、少しでもマシにするために。

 

「目標確認!!見つけた!!」

 

トールも同タイミングで最後の発動機を捕捉している。

 

「ターゲット、ロック!!」

 

目標の射程距離まであと少しだーー!!

 

遠くでは、サザーランドたちが起爆キーをスイッチに挿入していく。

 

「蒼き清浄なる世界の為に」

 

ターゲットアイコンが赤へと切り替わった。ラリーはミサイルを、トールがアグニを同タイミングで放った。

 

「当たれええええ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「3、2、1………」

 

パナマのオペレーターのカウントがゼロになった。全員がモニターを注視する。サザーランドはニヤリとほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

だがーーー。

 

《エンジェルハートより、ライトニング1!!最終目標、破壊確認!!発動機の電力不足で、サイクロプスの出力は足りていないぞ!!繰り返す!サイクロプスは不発だ!!》

 

 

 

間に合った。ラリーとトールは深く息を吐いて、コクピットシートに体を埋める。

 

しかし、まだ油断はできない。残り二つの発動機には、起爆シークエンスが入っているのだ。

 

「よっしゃあああ!!残り一つも破壊するぞ!トール!!」

 

「了解!!」

 

二人は機体をグンと加速させると、最後のエリアにあった発動機も完全に破壊したのだった。

 

「な、なぜだ?サイクロプスが……」

 

「そんな、バカな!!」

 

サザーランドは不発に終わったサイクロプスを見て、司令を下すテーブルに拳を叩きつけた。

 

なんということだ。どこまでも忌々しいコーディネーターどもめ。どんな手段を使ったかわからないが、そちらがサイクロプスを食い止めたというならばーーーこちらにも奥の手はある。

 

「すぐにミサイル艦を呼び出せ!!」

 

サザーランドはその時、後の彼の命運を大きく分ける、悪魔の決断を下したのだった。

 

 

////

 

 

《やった!!やったぞ!!サイクロプスが止まった!!メビウスライダー隊がやったんだ!!》

 

グランド・ホローが沸き立つ中、エンジェルハートのトーリャとムウたちは、まだモニターの中でトンネルを飛行するラリーたちに意識を集中していた。

 

《いや、喜ぶのは早い!!ライトニング1!!もう少しでブレイクポイントだ!!ライトニング1!ライトニング3!!聞こえるか!?》

 

そう声をかけるが、返ってくるのは発動機からの放電影響を受けた雑音だけだ。それはラリーとトールも同じであり、お互いの通信をする手段が、最後の最後で失われてしまっていたのだ。

 

「くそ!電子障害で通信機もダメか!!トール!!ちゃんと避けろよ!!」

 

「レイレナード大尉!!どうか避けてください!!」

 

二人が交差するポイントはすぐそこだ。それまでに通信の回復は間に合わない。ラリーとトールは真っ直ぐに前を見据えてトンネルを突き進んでいく。

 

《交差する!!3、2、1ーーー!!!》

 

互いが迫ったのは、ほんの一瞬だった。トールのバブルキャノピーすれすれを、ラリーのホワイトグリントがクリアしていくーー。

 

その瞬間は、世界の全てが止まっているかのように思えた。

 

 

「「イィイイヤッホォオオオウ!!!!」」

 

 

歓声を上げて二人はついにすれ違った。一つになり、離れていく反応を見て、今度こそトーリャとムウたちは歓声を上げたのだった。

 

《やったぁ!!》

 

《ふぅーー…見事だ、メビウスライダー隊》

 

搬入トンネルを飛び出した二人を待っていたのは、負傷兵を運んでいるザフトのモビルスーツ隊だった。

 

《ホントだ!!本当にやりやがったぞ、あの大馬鹿野郎ども!!》

 

『あんな狭いところに平然と入っていけるなんて…なんて技量だ』

 

地球軍の兵士も、ザフトの兵士も、それぞれの立場を忘れたかのように、偉業を成し遂げたラリーとトールに賞賛を浴びせていく。

 

『信じられねぇ…これがメビウスライダー隊…』

 

『なぁお前ら、こんな狡い手を使う地球軍なんか辞めてザフトに来ないか?歓迎するぜ!!』

 

軽口すら叩くザフトのパイロットたちや、ラリーたちに口笛を吹いて賞賛する負傷兵たち。そこにはもはや、敵と味方という垣根など存在しなかった。

 

全員の脱出を確認した地球軍の将官が、広域通信で地球、ザフトそれぞれに宣言をした。

 

《アラスカ基地は放棄!地球軍、ならびにザフト軍も戦闘停止!速やかに撤退だ!!》

 

『ここは奴らに免じて戦いはやめだ!』

 

『いつか会えたら、一杯奢らせてくれ!!』

 

鳴り止まない歓声の中で、ザフトと地球軍に囲まれた二人は、アークエンジェルが待つアラスカ沖へ、ゆっくりと飛んでいく。

 

 

 

 

だが、戦いはまだ終わっていなかった。

 

 

 

 

////

 

 

 

「全軍、撤退を開始ーーーいや、待って下さい。これは…?パナマより、複数の飛翔体を確認!!」

 

負傷兵やザフトのモビルスーツを受け入れるアークエンジェル。そのブリッジで異変を察知したサイが、搬入作業を見守るマリューへ声を荒げて報告した。

 

「なんですって!?」

 

「この速度……弾道ミサイル!!」

 

《モルガンか!!》

 

周辺警戒も兼ねてアークエンジェルの外を飛んでいたホワイトグリントから、ラリーが顔を強張らせて、打ち上げられたミサイルの正体を見抜く。

 

「モルガンってーーまさかあのミサイルか!?」

 

ムウが驚愕の声を上げる中、いち早くミサイルへ向かって飛び上がったのは、キラのフリーダムだった。

 

「キラくん!?」

 

《くっそーー!もうやめろー!!そこまでして、敵を滅ぼしたいのかーー!!》

 

《トール!!まだ行けるな!?あのミサイルを落とすぞ!!》

 

《了解です!!あのミサイルはボルドマン大尉の仇だ!!》

 

フリーダムに続いて、ホワイトグリント、スカイグラスパーもモルガンの迎撃に向かう。マリューはすぐに広域通信を開いた。

 

《撤退中の全部隊に告げます!!パナマ方面から放たれたミサイルは、強力な対地ミサイルです!!直撃したら、島の形が変わるほどの威力を有してます!!迎撃可能な隊はミサイルの撃破を!!繰り返します!!》

 

その声を聞いたデュエル、そして補給を受けていたディアッカたちのディン。

 

『あのミサイル…!!』

 

その威力を肌で感じていた三人は、コクピットに滑り込んで、イザークは新たに乗り込んだグゥルで、ディアッカたちはディンで大空へと舞い上がっていく。

 

『撃ち落とせー!!』

 

誰かの号令が。ザフト軍と地球軍の艦船からハリネズミのような迎撃砲が、飛来してくるモルガンの群れへと放たれていく。

 

《くそー!!サイクロプスを止めたと思ったのに!!》

 

『パナマにいる奴らは、どうあっても俺たちを消したいようだぜ!!』

 

メビウスライダー隊や、イザークたちの奮戦のおかげか、空には大きな青白い玉がいくつも浮かび上がったが、撃ち漏らしたミサイルが次々とアラスカへ着弾していき、土地の形を大きく変えていくのが見えた。

 

『とにかく撃て!!残弾全部吐き出せ!!撃ち落とせ!!銃身が焼き付いても構わん!!』

 

《対空ミサイル!!斉射〝サルボー〟!》

 

《ザフトも地球軍も関係ない!今は生き残ることだけを考えろ!!》

 

『撃て撃て撃て!!』

 

海上に集結していた二つの軍勢は一致団結して、ミサイルの迎撃に全神経を集中させていく。各艦では、負傷兵の受け入れが急ピッチで進められていた。

 

『撤退だ!!急げ!!』

 

『急げ急げ急げ!!』

 

そんな中、1発のミサイルはアラスカ基地のほぼ中心点に着弾。それはモルガンの威力を表した揺れから、さらなる大きな揺れへと変貌していく。

 

「アラスカ基地に直撃!!これは…うわぁ!!」

 

大規模な熱量を観測したオペレーターのデータを見て、マリューは戦慄した。モルガンが直撃したのはーー地上最大規模の地球軍拠点が誇るーー巨大な武器庫だ。

 

「基地の武器庫に打ち込んだのか!?総員!対ショック姿勢!!」

 

そう叫んだ瞬間、二つの勢力は大きな揺れに襲われーーーアラスカには巨大な爆発の煙が空高く上がるのだった。

 

 

 

 

 



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第118話 大罪の爪痕

 

 

 

 

「何をしている!ジブラルタルからも応援を出させろ!」

 

「無人偵察機じゃ駄目だ。今欲しいのは詳細な報告なんだよ!」

 

「そんな話は聞いてないぞ!どこからの情報だ、それは!」

 

地球からプラントの作戦本部に戻ってきたアスランは、錯綜する情報に混乱するザフトの将校たちを目にしながら、自分が目指す目的地に向かって歩みを進めていた。

 

「失礼します!」

 

たどり着いた場所は、プラント最高評議会の議長に就任した人間が座する議長専用の執務室だ。中に入ると、父であるパトリック・ザラを中心に、ザフトの上層部の人間がずらりと顔を揃えているのが見える。

 

「ハァ…ともかく、残存の部隊をカーペンタリアに急がせろ!」

 

「は!」

 

「浮き足立つな!欲しいのは冷静且つ客観的な報告だ!クライン等の行方は!」

 

議長の鋭い言葉に反応して、控えていた側近が頭を下げて報告する。

 

「まだです。かなり周到にルートを作っていたようで。思ったより時間が掛かるかも知れません」

 

「……司法局を動かせ。カナーバ等、クラインと親交の深かった議員は全て拘束だ」

 

「し、しかし…ザラ議長閣下…」

 

「スパイを手引きしたラクス・クライン!共に逃亡し行方の解らぬその父!漏洩していたスピットブレイクの攻撃目標!」

 

バンッと机を叩いて怒声を上げる議長の様子は、明らかに冷静さを欠いていた。ここに来るまでに聞いたオペレーション・スピットブレイクの出来事。

 

目標をパナマに定めていたのを急遽、アラスカに変更したザフトの電撃的な作戦だったが、地球軍はあろうことか、アラスカ本部でサイクロプスを起動させる暴挙に出ようとした。

 

しかし、間一髪のところで地球軍側のメビウスライダー隊がサイクロプスを停止させ、難を逃れたというがーーー例のミサイルのせいで状況が掴めなくなってしまっているのだ。

 

「何よりも、スピットブレイクの目標がバレ、あまつさえもサイクロプスなどという非道な兵器を持って待ち構えていた地球軍!それが不味いのだ!アラスカが攻撃目標だったと、どこから情報が漏れたかわかるか!?子供でも解る簡単な図式だぞ!あのクラインが裏切り者なのだ!」

 

父であるパトリック・ザラの怒りは収まらず、顔を上げて報告した側近たちを睨みつけるように低い声で唸る。

 

「なのにこの私を追求しようとでも言うのか、カナーバ等は!!奴等の方こそ!いや、奴等こそが匿っているのだ!そうとしか考えられん!」

 

「…解りました!」

 

敬礼を打って早々に退室していく将校や側近たち。その脇を抜けて、アスランは恐る恐る、自分の父に話しかけた。

 

「ち、父上…」

 

そんなアスランに、パトリックは深いため息をついた。

 

「なんだ、それは」

 

まるで他人に向けるようなーーまるで、自分の思うように動く駒を眺めるような目つきで、アスランに細めた視線を向けた。

 

その目に気がついたアスランは、戸惑いながらも敬礼を打って、パトリックの息子ではなく、ザフトのパイロット、アスラン・ザラの仮面を被った。

 

「あ、いえ、失礼致しました!ザラ議長閣下!」

 

それに満足するようにパトリックは頷くと、さっきのやり取りから目の前のパイロットがどれほど察せられたかを期待して、言葉をかけていく。

 

「状況は認識したな?」

 

「は!…いえ、しかし、私には信じられません。ラクスがスパイを手引きした等と…そんなバカなことが…」

 

すると、パトリックはテーブルに設けられた起動キーから、監視カメラの映像を、アスランに見えるように表示していく。

 

「見ろ。設計局の極秘地下工廠の、監視カメラの記録だ」

 

そこには、見知らぬザフト軍服を着た人間と、微笑みながら話をするラクスの姿が映っていた。

 

「フリーダム、およびホワイトグリントの奪取はこの直後に行われた。証拠がなければ誰が彼女になど嫌疑を掛ける。お前がなんと言おうが、これは事実なのだ」

 

アスランが言葉を発する前に、パトリックはまるで洗脳するかのように、強い力でアスランの心を掌握していく。

 

いつものように。

 

自分の妻がナチュラルどもに殺された、あの時のように。

 

「ラクス・クラインは既にお前の婚約者ではない。まだ非公開だが、国家反逆罪で指名手配中の逃亡犯だ」

 

そういうと、パトリックはプラント最高評議会議長としての署名をしたザフトの命令書を、アスランの前に差し出す。

 

「アスラン、お前は奪取されたX10Aフリーダムと、X07Sホワイトグリントの奪還と、パイロット、及び接触したと思われる人物、施設、全ての排除にあたれ。工廠でX09Aジャスティスを受領し、準備が終わり次第任務に就くのだ。奪還が不可能な場合は、フリーダムとホワイトグリントは完全に破壊せよ」

 

機体だけではなく、施設も、人物も…?湧いた疑問に従って、アスランは震える声で父にその真意を聞いた。

 

「接触したと思われる人物、施設までをも全て排除…ですか?」

 

「X07Sホワイトグリント…あれはあくまで、フリーダムとジャスティスのフレーム実証試験をする機体だ。もともと人が乗ることを想定していない。開発完了後に凍結する予定だったため、奪われても痛手は少ないが、X10Aフリーダム、及びX09Aジャスティスは致命的だ。あの二機は、ニュートロンジャマー・キャンセラーを搭載した機体なのだ」

 

「ニュートロンジャマー・キャンセラー…?そんな…何故そんなものを!プラントは全ての核を放棄すると…!」

 

母を殺したのはナチュラルだが、放った核も許してはならないと強く言ったのは父のはずだ。

 

故に、二度と核を使えなくするニュートロンジャマーという楔を地上に放ったというのにーー。それで地上に起こる被害に目を瞑ったというのに…!!なのに…!!

 

「勝つ為に必要となったのだ!あのエネルギーが!」

 

揺れるアスランの心をパトリックは感じ取ることなく、激情に任せて執務用のテーブルに拳を落としながら叫んだ。

 

しばらく沈黙が続き、パトリックは深く息を吐いて、アスランの肩に手を置いて、優しげな笑みを浮かべた。

 

「お前の任務は重大だぞ。心して掛かれ」

 

だが、そこにはアスランが見てきた父の眼はなく、議長という役目を担った、冷たく張り付いた瞳しか見えなかった。

 

 

 

////

 

 

 

太平洋沖。

 

アラスカ、パナマからも離れた海上では、モルガンの脅威から生き延びた地球軍とザフト軍の混在艦隊が、その傷ついた互いの傷を癒やすために、手を取り合っていた。

 

「とにかく、怪我人の手当てが先だ!地球軍の医療班はこっち!ザフトはあっちだ!」

 

「薬はナチュラルとコーディネーターで成分が違うから、取り間違いには要注意だぞ!」

 

両軍に残った僅かな医療船は接舷しあい、互いに不足している薬品や治療器具を融通しあって、傷ついた兵士たちの治療に専念している。

 

「大丈夫だ、これくらいの怪我どうってことない!コーディネーターの底力を見せてやれ」

 

「ほら、水だ。ゆっくり飲め」

 

「ああ、すまない」

 

さっきまでは考えられなかったなと思いながら、怪我をしているザフト兵に水を飲ませる地球軍の兵士。今は互いに助け合う時だと、誰もが理解していて、そこにいがみ合う気持ちなど存在しなかった。

 

「海に放り出された奴らの捜索だが…」

 

「今、手隙のディン隊が捜索に出てくれている。何かあったらそちらの周波数に連絡を」

 

「助かるよ」

 

モルガンの衝撃で海に投げ出された両軍の兵士もいる。すでに何班にも別れた戦闘機とモビルスーツの捜索隊が編成されており、発見し次第、地球軍の海兵隊が小型艇で救援に向かっていた。

 

「各整備班は船の整備だ!動かせるやつだけを何とかするぞ!牽引船は応急修理だけにしろ!」

 

船の修理も、手を動かせる者達が自然と加わっていて、両軍の工作兵達が隣同士で船を修理したり、協力して点検などを行なっていた。

 

そんな状況の中、傷ついたアークエンジェルのハンガーには、地球軍とザフトの小型VTOL機が着艦しており、それらを降りたそれぞれの指揮官が挨拶を交わした。

 

「地球軍、ユーラシア連邦所属のハインズ・ボルドマン中佐だ」

 

「ザフト軍所属の、パトリック・J・ホークです。PJと呼んでもらって構いません」

 

敬礼した二人に、艦を預かるマリューとナタルも敬礼で答えた。

 

「第八艦隊所属のアークエンジェル艦長、マリュー・ラミアス少佐。副官のナタル・バジルール中尉です」

 

形式ばった挨拶を交わしていると、ハインズを乗せてきたVTOL機を操縦してきたトールが、おずおずとハインズの前に歩みを進めた。

 

「あの…ボルドマン中佐って…」

 

そう問いかけるトールに、ハインズは向かい合って優しく微笑んだ。

 

「ああ、アークエンジェルに所属していたアイザックは、私の息子だ」

 

それを聞いたトールの顔に、深い影が差した。前髪で目元が隠れるほどに俯いて、ハインズに敬礼を打つ。

 

「ボルドマン中佐…お…自分は、ア、アークエンジェル所属、メビウスライダー隊のトール・ケーニヒ二等兵です!」

 

それを聞いていたホークが、「まさかトンネルに入った戦闘機のパイロットか?」と聞くと、トールは言葉を発さずに頷く。それを聞いて彼はマジかよと顔をしかめた。

 

「おいおい、あの飛び方で二等兵だと?冗談キツイぜ」

 

きっと佐官クラスのベテランだと思っていたのに、とホークは自分のパイロットとしての自信が崩れ落ちてしまったような気がした。

 

けれど、それは自分の力ではないんです、とトールは言葉を紡ぐ。

 

「ボルドマン大尉に、自分は育てられました……彼のおかげで、俺は…」

 

ハインズはアークエンジェルが到着した時に、自分の息子の戦闘中行方不明の一報を聞いていた。彼もパイロットであり、自分もそうであった。その覚悟はしていたがーー。

 

「そうか。息子が君を…」

 

トールの敬礼を見て、ハインズは改めて息子の死を思い知らされた。

 

自分に憧れて戦闘機パイロットになった息子。

 

本心では、そんな道に進んで欲しくないと思いながらも、どこかで喜んでいる浅はかな自分がいて、ハインズはこの日までそんな自分を恥じていた。

 

「見ての通り、私は目を悪くしてな。空は諦めたがーーあいつは私と同じように空が好きなやつだった」

 

ハインズは戦闘機パイロットの命とも言える眼と、それを補正する眼鏡にそっと手を添えた。色素の判断ができなくなった彼の意思を継いで、アイクは空を飛んでいたのかもしれない。

そう思っていたが、そんなことは無かったのだと、ハインズは安心してトールに微笑む。

 

「アイクは、これと決めたことに対して妥協しない奴だった。そんなアイツが君を選んだんだ。きっと満足だったろう」

 

彼はきっと渡せたのだろう。

 

若い頃、自分が息子にした事と同じように。

 

技術ややり方では無い。

 

空を飛ぶ者の心の在り方を。

 

「今の君を見ればわかる。アイクの決断は、本望だったはずだ。だから君は誇れ。息子から引き継いだものをな」

 

涙を湛えた目で顔を上げたトールを見て、その姿にハインズは、アイクの面影を確かに見たのだ。

 

「はい…ありがとうございます……!!」

 

肩を揺らすトールの肩を叩き、僅かに抱き寄せてからハインズは父の顔から、将校の顔へと戻った。

 

「で、だ。これから我々はどうする?それに彼らのこともある」

 

ハインズが見る視線の先。

 

「キラ・ヤマト少尉と…ラリー・レイレナード大尉のことですね」

 

そこには、フリーダムと、格納されたホワイトグリントが静かに佇んでいた。

 

 

 

////

 

 

 

「間に合って、本当に良かった」

 

フリーダムから降りたキラは、集まってくれたアークエンジェルのクルー達を見て、安心するようにそう呟いた。

 

「お前……一体どうして?ほんとに…ほんとに…幽霊じゃないんだな?足はついてるよな!?」

 

真っ先に駆けつけたのは、サイとカズイ、ミリアリア、そしてフレイと、キラの学友たちだった。

 

「サイ…フレイ…カズイ…ミリアリア…」

 

「よく生きてた…お前…本当に良かった」

 

「ほんとに……キラなのね…」

 

全員がキラを抱きしめる。そんな彼らにキラは戸惑いながら、困った笑みを浮かべた。

 

「…うん、ただいまって言えばいいのかな」

 

そう呟いたキラに、フレイは全く!!という風に腰に手を置いて顔をしかめた。

 

「当たり前じゃない!もう!全く!心配したんだから!」

 

そうだそうだ!心配かけやがって!とマードックやノイマンたちが、キラの頭を撫で回してしっちゃかめっちゃかになっていく。ひとしきり落ち着いてから、キラは全員に向き直って頭を下げた。

 

「ごめんなさいーーでも、ありがとう」

 

笑顔で答えるキラに全員が暖かな気持ちになっている時、キラの後ろに格納されているホワイトグリントのコクピットから、ザフトのノーマルスーツ姿のラリーが姿を現した。

 

「レイレナード大尉!!」

 

「おう、良かったな。何とかなったよ」

 

ワイヤーウィンチで降りてくるラリーに全員が近づこうとしたが、パタリと足が止まる。ふと、ラリーが横に目をやると。

 

「ハリー」

 

そこには俯いたハリーが立っていた。彼女はおぼつかない足取りでラリーの元へ歩み寄っていく。全員が静かになる中で、ラリーは両手を広げて彼女を抱き留めようとしてーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完全に無防備だった顔面に、手袋越しの全力正拳突きを食らうのだった。

 

「おごふぅ!!!」

 

ハリーから繰り出された遠慮なしの全力全開の打撃に、ラリーは無防備だったその体をハンガーに叩きつけられて、ピクリとも動かなくなってしまった。

 

「「「ええぇええ!!?」」」

 

驚愕したアークエンジェルのクルーたちを放っておいて、ハリーは「まだ私のバトルフェイズは終了してないわよ!」と言わんばかりに、完全に白目を剥くラリーの首根っこを持ち上げて、今度は平手を打ち込んでいく。

 

「バカ!バカ!!バカ!!!バカァ!!!!」

 

もちろん、作業用手袋をしたままで。

 

しばらく呆けていたキラとフレイは、気を取り直すとすぐに、ラリーに馬乗りになっているハリーを取り押さえようとした。

 

「し、死ぬ!!待って!?ハリーさん待って!?ラリーさん死んじゃうから!!死んじゃう!!」

 

「グリンフィールド技師!お、抑えて!抑えて!!」

 

しばらくもがいていると、ピタリとハリーの動きが止まる。何事かとキラがハリーの顔を覗き込むと、彼女は怒ったままの表情で、瞳から涙をハラハラと落としていたのだ。

 

「うえええーん……ほんとに死んだと思ったんだからぁぁあぁばかぁああ!うわぁああああん!!」

 

そう泣きじゃくって気絶するラリーの胸元に顔を埋めるハリー。その様子を見ていたキラは、ふとフレイと目があって、可笑しそうに笑うのだった。

 

「キラ君!レイレナード大尉…は置いときましょう!」

 

「ラリー…は、まぁいいや!無事だったかキラ!」

 

「いえ、ダメでしょう!?」

 

そんな三者三様な反応をしながらやってきたマリューたちに、キラは改めて向き直った。

 

「ラミアス艦長、隊長、バジルール中尉…皆さんに、お話ししなくちゃならないことが沢山ありますね」

 

そう静かに言うキラに、マリューやアークエンジェルのクルーたちも頷く。

 

「僕もお聞きしたいことが沢山あります」

 

「そうでしょうね」

 

「なぁ、お前とラリーは、ザフトに居たのか?」

 

ムウの問いかけに、キラは頷いて答えた。

 

「…ザフトというより、プラントにですね。それに僕もレイレナード大尉も、ザフトではありません。うまく説明はできませんけど」

 

「…分かったわ。とりあえず話をしましょう。あの機体は?私たちはどうすればいいの?」

 

マリューの質問に、キラはフリーダムとホワイトグリントを見上げた。

 

「整備や補給のことを仰っているのなら、フリーダムは今のところは不要でしょう。ホワイトグリントはラリーさんが目を覚ましてから情報を聞くとして…」

 

「フリーダム?っていうのは、なんなんだ?バッテリーの補給とか、いらねぇのか?」

 

首をかしげるマードックやフレイの疑問に、キラは少し考え込んでから意を決して答えた。

 

「細かい日常点検は従来のモビルスーツと変わりませんが……あれには、ニュートロンジャマー・キャンセラーが搭載されています」

 

「ニュートロンジャマー・キャンセラー?」

 

聞き直して、アークエンジェルのクルーやマリューたちは互いの顔を見合わせた。その名前が通りのことならばーーー地球に打ち込まれたニュートロンジャマーを打ち消す効果があるということか?ならばーー。

 

「じゃぁ核で動いてるってこと?そんなもんどっから…」

 

「ーー艦長たちが、フリーダムのデータを取りたいと仰るのなら、お断りして、僕はここを離れます。奪おうとされるのなら、敵対しても守ります」

 

真っ直ぐとした目でそう言うキラに、マリューは思わず顔を硬らせる。

 

「キラ君…」

 

「それがーーあれを託された、僕の責任です」

 

そう答えるキラに何かを感じたのか、マリューは頷いてすぐに指示を出した。

 

「解りました。機体には一切、手を触れないことを約束します。いいわね?」

 

「ありがとうございます」

 

とにかく、今は状況を整理するのが先決だ。マリューはキラたちを交えて、地球軍とザフトの両軍との話し合いの場に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第119話 正義の劔

ハリー・グリンフィールド技師のイメージイラストです。

「ハリーグリフィンドール!みたいな名前だな」つって言われてた頃が懐かしい

キャライメージ

【挿絵表示】


作業中などイメージ

【挿絵表示】




 

「ーーそれが作戦だったんですか」

 

ハリーが張り付いたままのラリーを医務室に運んだあと、マリューに案内されたキラはユーラシア連邦のハインズと、ザフトのホークが待つアークエンジェルのブリーフィングルームに案内されて、今回の作戦内容を、両軍側からの意見を交えて説明を受けたところだった。

 

「ええ…状況から見れば間違いないし……私達には、何も知らされなかったわ」

 

「アラスカ本部はザフトの攻撃目標が、アラスカだってことを知ってたんだろうさ。それもかなり以前から。でなきゃ地下にサイクロプスなんて仕掛け、出来るわけがない」

 

マリューとムウの見解に、ハインズも頷く。

 

「きっと、どちらかに内通者が居たのだろうな……あるいは両方か……」

 

「都合のいい話すぎるからな。ザフトにとっても、そして地球側にとっても」

 

地球軍側からすれば、ザフトがアラスカに来ると分かれば戦略を立てられるし、ザフト側も電撃作戦として、各隊の統率よりも敵陣を突破することに躍起になるだろう。

 

どちらにしても、隙が多く生まれ、不審な点があっても誤魔化しが効くカバーストーリーを、いくらでもでっち上げることができる。

 

しかし、問題はどちらに利があるかだ。

 

今回の件では、アラスカで不穏分子…または非主流派の目障りな存在を消し去りつつ、ザフトの勢力を根こそぎ刈り取ることができる、サイクロプスを用意した地球側に利があっただろう。

 

となれば、内通者は地球軍側か……どちらにしろ、ザフトと地球軍を股にかけたダブルスパイがいることは確かだろう。

 

なんとも気にくわない話だ。

 

「それでアークエンジェル、マリューさん達は、これからどうするんですか?」

 

キラからの問いに、マリューは少し考え込む。

 

「たしかにーーーこのまま地球軍にって話にはならないわね」

 

「Nジャマーと磁場の影響で、今のところ通信は全く。PJたちのザフト軍はともかく、地球軍側は各艦の応急処置をして、自力でパナマまで行くんですかって話だな」

 

「それで?両手を上げて歓迎してくれんのかねぇ、いろいろ知っちゃてる俺達をさ」

 

ハインズとマリューにそう言葉をかけるムウに、二人は何ともいえない沈痛な面持ちになる。

 

「パナマに逃げ込んだサザーランドたちは、サイクロプスの不発で難を逃れた俺たちを、例の弾道ミサイルで消そうとまでしてきたんだぞ?」

 

一体何を考えてるやら……大して頭を使わなくても、彼らがやろうとしていることは、薄々想像がつく。

 

「そんな船が生きたまま地球軍の懐に帰還するとなれば……」

 

「少なくとも、命令なく戦列を離れた本艦は、敵前逃亡艦、ということになるんでしょうね」

 

きっと……いや、確実に事実無根な罪を上塗りされて。

 

「そして原隊に復帰しても、軍法会議からの銃殺刑。良くて罪状が追加される訳ねぇ…あーやだやだ」

 

ムウの見解に一同が首を縦に振る。つまり、この船に帰るべき基地も場所も、最早無いのだ。マリューは疲れた様子で椅子に座り込んだ。

 

「なんだか…何の為に戦っているのか解らなくなってくるわ」

 

アラスカに着けば、ハルバートン提督の意思を地球軍に伝えることができると信じていたのに。まるで用済みだと言わんばかりの仕打ちだ。本当に、提督が望んだストーリーなのだろうか?

 

すでにパナマに逃げた地球軍の上層部に対して、不信感を抱いているマリューには、到底受け入れられないことばかりだった。

 

「マリューさん。こんなことを終わらせるには、何と戦わなくちゃいけないと思いますか?」

 

ふと、投げかけらたキラの言葉に、マリューは「え?」と首を傾げた。

 

「何のために戦うのか。どうやってこの戦争を終わらせるのか…。僕達はーー僕は、それと戦わなくちゃいけないんだと思います」

 

そう呟くキラの瞳はーーここではない、どこか遠くを見つめているように見えた。

 

 

 

////

 

 

 

ザフトと地球軍の即席艦隊は、未だに休息の時を迎えられずにいた。

 

負傷兵の収容など、緊急を要する事の処理はできたが、肝心の点検作業などを後回しにしていた為、二つの勢力の心臓部とも言える整備クルーは、目が回る忙しさで作業に従事することになった。

 

「整備が終わったモビルスーツは、グレゴリアからモンテールに移動。余剰品は全てザフト艦のスプレッドに搬入だ」

 

「あぶれたモビルスーツは、甲板にしゃがめて格納だ。こっちにモビルスーツ用のハンガーなんて無いんだからな!」

 

地球軍の誘導員がディンを誘導して、甲板上に均等に格納していく。パイロットは降りるなり疲れたようにへたり込んだり、補助クルーから水分補給用のボトルを受け取ったりしている。

 

その格納されたモビルスーツの下では、ザフトと地球軍の作業着を着たクルーたちがぐるりと円を組んで、今後の段取りなどの打ち合わせを行っていた。

 

「とにかく、今は人手が足りん。とにかくそのマニュアル通りに、既製品の交換を手伝ってくれ」

 

「まかせろ。これくらいなら目隠ししてもできる」

 

「とにかく人手だ人手!!手を貸せ!!あと飯!!」

 

各班に分かれてそれぞれが点検作業に入る。給仕をするクルーも、代わる代わる入ってくる腹を空かせたクルーの食事を用意するために、てんてこ舞いだ。

 

そんな中で、日常消耗品などが入ったダンボールを運んでいたイザークは、モビルスーツの配線チェックをするニコルの足元に、大雑把にその荷物を降ろした。

 

「ニコル!とりあえずこの船のリストはこれで全部だ。確認しておいてくれ。ディアッカはあっちの手伝いだから、戻ってきたら休むように」

 

ニコルがイザークが親指で刺す方向を見ると、そこには各ディンのパラメータチェックをするディアッカの姿が見えた。

 

イザークは地球軍からの輸送物資を運び終えて、疲れた体を物資コンテナの上に下ろすと、さっき貰った水で喉を潤していく。

 

いくら海上とはいえ、赤道に近いここは暑さがキツイのだ。

 

「なんだか、変わりましたね。イザーク」

 

水を煽る彼に、ニコルは配線チェックのプログラムを走らせながら、何となくそう呟いた。

 

「ふんっ!そんなことはない!ただ……必要だと思うからやってるんだ」

 

「前なら、ナチュラルなんぞの手伝いなどできるか!馴れ馴れしくしやがって!くらい言ってたと思うのですが?」

 

「ぐっ…まぁ…たしかにそうだ」

 

赤面しながらも、自分の在り方を認めるイザークに、ニコルは微笑む。

 

「変わることは良いことだと思いますよ。僕も、それにディアッカも」

 

それからしばらく、潮の音とニコルが叩くキーボードの音だけが鳴り響き、二人の間に沈黙が降りた。

 

「アイツは……俺を撃たなかったんだ」

 

ふと、イザークが呟いた言葉に、ニコルの手が止まった。

 

「俺たちは戦争をしてるんだぞ!なのに…アイツは……くそっ!なんなんだよ…!」

 

そう言って、イザークは飲み終えた水が入っていたボトルを握り潰して苛立ったーーというより、戸惑った目で甲板を睨みつけた。

 

「今まで、ナチュラルなど俺たちコーディネーターに劣る存在だと信じて、悪だと信じて戦ってた。だと言うのに!くそっ!!」

 

なのに、彼らはーーナチュラルはーー物資搬入を手伝った時に、「ありがとう」と言ってくれたのだ。あれだけ憎み合っていたナチュラルとコーディネーターなのに。なのに、なぜ?感謝の言葉を言えるのだ?なぜ、敵と信じて戦っていた相手と酒が飲めるんだ?同じ釜の飯を食えるんだーーー?

 

そして、なぜ俺も、そんな日々を良いものだと心の中で思ってしまってるんだ!?

 

ザフトの赤服というプライドと、自分の目で見てきたもの。その差異が激しすぎて、イザークは自分の心に湧いた矛盾を処理しきれずにいた。

 

「僕たちも、何も知らなかったら、あのままサイクロプスに巻き込まれていたのでしょうか……あの兵士たちと同じように……」

 

ニコルの静かな声に、イザークはハッと顔を上げる。自分たちの直面するーーこの戦争の不明瞭さを、それを見て見ぬ振りをしてーーこれからも自分は戦っていけるのか?

 

「何が正しくて…何が間違っているか…か……」

 

ただ、状況に流されて、プライドと自尊心に従って戦っていたイザークの心に湧いたその疑問にーー簡単に答えは出なかった。

 

 

////

 

 

「オーブ?」

 

キラを解放したマリューたちは、そのままブリーフィングルームでこれから先のことを話し合うことにした。

 

ムウの発した言葉に、マリューは疑問の声を上げて、ナタルはさらに顔をしかめる。

 

「ああ。PJたちはともかく、俺たちは軍に戻りたいって気分じゃないだろ?」

 

そう言うムウに、マリューを含める地球軍側の士官たちは、戸惑いながらも頷く。

 

「まぁ、銃殺刑は確定しているようなものですものねぇ」

 

「我々も軍の部隊として機能させるには、なによりも補給と救援が急務となるな。PJはどうだ?」

 

ハインズの問いに、ホークはやや肩をすくめてから首を横に振る。

 

「我々はカーペンタリアへの帰投命令を伝令としては受け取っているが……まだ返事はしていない」

 

一応、生存している節は伝えてはいるが、航行不能が多いということで合流はまだ難しいと答えてはいる。

 

向こうとしても、救援班を出したいらしいが、サイクロプスとモルガンの影響で指揮系統がズタズタになったあげく、何機かがモルガンに巻き込まれたので、そちらの対応に必死なのだろう。

 

それに、ホークには気になることがあった。

 

「キラ・ヤマトーーあの少年が言ったこと。それに今回のこと。あのままアラスカ本部に侵攻していたら、我々も無知のまま、サイクロプスに焼かれるか、例のミサイルに粉砕されるかの運命を辿っていたんだ」

 

「内通者や、ザフトも一枚岩ではないということか」

 

「ああ。正直、我々の隊の者でも、宇宙に不信感を覚えてる者もいるからな」

 

不信、不明、不明瞭ーーーわからないことだらけだ。この戦争は、一体どこに向かって、何を成そうというのだろうか。

 

「何と戦わなくちゃいけない、か」

 

ハインズの言葉に、マリューたちは何も答える事はできなかった。

 

 

 

////

 

 

父との謁見のあと、アスランは何気なく訪れたオペラハウスで、偶然にもラクスにあげたピンクのハロを見つけ、その中へと歩みを進めていた。

 

片手に銃を携えて。

 

オペラハウスの劇場に入ると、そこには瓦礫をモチーフにした背景の中で歌う、ラクスがいた。

 

アスランは戸惑いながらも、舞台へと足を進めていく。

 

ラクスの透き通るような歌が聞こえる。

 

それはまるで、走馬灯のように記憶を蘇らせていきーー

 

 

〝これは昔、友達ーー親友に!大事な親友に貰った、大事な物なんだ…〟

 

〝僕は……僕は今でも、彼を大切に思ってる。いつも心から。だからーー〟

 

ふと、あのオーブで最後にキラを見た時を思い出した。幾度も剣を交えたというのに、まだ友達と言ってくれるキラに、自分は銃を向けた。

 

〝何を今更!討てばいいだろう!お前もそう言ったはずだ!お前も俺を討つとーー言ったはずだ!〟

 

〝この分からず屋!アスラン!ここで僕らが殺しあっても、戦争は終わらないんだぞ!!人が死んでいくんだぞ!これからも!この先も!!〟

 

〝だがーー俺には…俺にはこれしか残っていないんだ!!母を殺された憎しみで、引き金を引いた俺には…もうこれしか!!〟

 

それしか言えなかった。そんな自分を庇ってまでーーあの光の中に消えていったキラにーー俺は何をすればいいーーどうすればーー何が正しいと言うのだ!!

 

母の無念を晴らすために、核にまで手を出した父に従えばいいのか?

 

ザフトの軍人らしく、何も考えず、何も聞かず、何も知らないまま、ただ戦って、地球のナチュラルを滅ぼせばいいのか……?

 

自分は一体ーーどうすればいいんだ?

 

そんな答えのない問答を繰り返していると、手に収まっていたハロが飛び出して、歌い終わったラクスの元へと飛び跳ねていく。

 

「あら~ピンクちゃん!やはり貴方が連れてきて下さいましたわねぇ。ありがとうございます。ーーーお久しぶりですね、アスラン」

 

「ーーラクス」

 

「はい?」

 

いつもと変わらない様子のラクスに、アスランは戸惑う心のままに、声を出して問いかけた。

 

「……どういうことですか?これは」

 

「お聞きになったから、ここにいらしたのではないのですか?」

 

「では本当なのですか!?スパイを手引きしたというのは!何故そんなことを!?」

 

「スパイの手引きなどしてはおりません」

 

アスランの言葉を、ラクスは真っ直ぐとした声で否定した。

 

「私は、キラとラリーさんにお渡ししただけですわ。新しい剣を。今の彼らに必要で、彼らが持つのが相応しいものだから」

 

キラとラリー…?

 

キラ……?

 

アスランには、ラクスが言った言葉の意味が理解できなかった。

 

「キラ…?何を言ってるんです!キラは…あいつは…俺が……」

 

「生きていますよ、アスラン。貴方は彼を殺してはいません」

 

優しげに微笑むラクスに、アスランは肩の力が抜けていくような感覚に陥る。そんなーーあの光の中でーーキラは生きていたのかーー?

 

「キラは、貴方を心配していました。無事なのだろうかと……ずっと」

 

その言葉を聞いて、アスランは自分の中にある自己嫌悪の思いに思考を混乱させた。片手に収まっていた銃をラクスに向けて、大声で叫ぶ。

 

「うぅ…嘘だ!一体どういう企みなんです!ラクス・クライン!…そんなバカな話を…俺は……俺は……!アイツを!!」

 

「言葉は信じませんか?ではご自分で御覧になったものは?戦場で、久しぶりにお戻りになったプラントで、何も御覧になりませんでしたか?」

 

ハッと顔を見上げると、そこには優しげなラクスの笑顔はなく、真っ直ぐとした目でこちらを見るーーアスランの知らないラクスの顔があった。

 

「ーーラクス」

 

「アスランが信じて戦うものは何ですか?戴いた勲章ですか?お父様の命令ですか?そうであるならば、キラは再び貴方の敵となるかもしれません」

 

そう言って、彼女はやや顔を下げてから溢れる雫のように呟く。

 

「そして私も」

 

ラクスとーー敵になる。その意味を噛み砕いて飲み込んでーーアスランの中で、何かが音を立てて崩れたような音がした。

 

俺は、何をーー母の憎しみを晴らすためにーー親友ともーーそれに婚約者ともーー剣を交えることになるというのかーー?

 

戸惑うアスランに、ラクスは容赦なく真実の言葉を投げた。

 

「敵だというのなら、憎しみに任せて私を、その憎むもの全てを討ちますか?ザフトのアスラン・ザラ!」

 

「俺…俺は…」

 

気がつくと、銃を持っていたアスランの手は下がっていた。

 

俺はーー今の俺はーーー一体誰だ?

 

父の命令に従い、フリーダムとそれに関わる全てを破壊する殺戮者か?ただ命令に従うだけのザフト兵ーーアスラン・ザラか?

 

「ラクス様!!」

 

その声にアスランは反応すると、オペラの舞台裏から、若いザフト兵がラクスの元に駆け寄ってくるのが見えた。

 

それと同じように、オペラ壇上を囲うように黒服の男たちも姿をあらわす。その全員の手には銃が握られていた。

 

「御苦労様でした、アスラン・ザラ」

 

「ーーなんだと!?」

 

ひとりの黒服がアスランの前へと歩みよってくる。サングラスで姿を隠す男は、卑しく笑みを浮かべてアスランに手を差し出した。

 

「流石婚約者ですな。助かりました。さ、お退き下さい」

 

アスランは自然と、警戒するように銃に力をかけて、ラクスと黒服の間を隔てるように立つ。その様子を見て、黒服は「いけませんねぇ」と肩をすくめた。

 

「なにをするつもりですか?ーー相手は国家反逆罪の逃亡犯です。やむを得ない場合は射殺との命令も出ているのです。それを庇うおつもりですか?」

 

「父がそう言ったのか……?ラクスは……まだ俺たちと同じ歳で……ふざけるな!」

 

「君たちの歳には、まだ分からない話もあるのですよ」

 

さぁ、はやくどいて下さい。あなたを殺すと議長への説明が少々めんどくさくなる。そう言って銃を向ける黒服の男に、アスランは舌を打った。こいつらーー自分を殺すことすら想定済みということなのかーーあるいは、父も?

 

「それが、貴方たちの本性ですか?ザラ派の皆様」

 

そんなアスランの後ろで、ラクスは毅然とした態度で黒服の男に問いかける。

 

「ええ、我々の目的のためーー貴方たちにはここで果てて頂きます」

 

ガチャリと撃鉄を起こす音がして、アスランはとっさに銃をあげる。

 

その瞬間、銃声が響いた。

 

「うぐぁ…!」

 

目の前にいた黒服の男の手から銃が跳ね上がると、何発もの銃声が鳴り響き、ラクスを取り囲んでいた黒服たちを撃ち抜いていく。

 

アスランが周りを見渡すと、すでに何人かーーいや、一個小隊はあろうか、そんな人数のザフト兵が、黒服たちを蜂の巣にしていたのだ。

 

「お…おのれ…ナチュラルに加担する売国奴どもが………!」

 

そう途切れ途切れに呟く目の前の黒服の男は、手から流れた血に顔を歪めながら、懐からナイフを取り出す。

 

「しねぇ!!!!」

 

そう叫んで疾走しようとした黒服の男は、アスランが放った弾丸を額に受けて、まるで糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

 

ふーっとアスランが息を吐きだし、しばらくの沈黙に包まれたあと。

 

「ラクス様」

 

振り返れば、彼女の名を呼んで手を取るザフト兵と、伏せていたラクスが起き上がる様子が目に入った。

 

「ありがとう、アスラン」

 

立ち上がると彼女はアスランに頭を下げる。若いザフト兵は焦るように、ラクスに耳打ちをした。

 

「もうよろしいでしょうか、ラクス様。我等も行かねば…」

 

「はい。貴方の隊長をお待たせるわけにもいきませんからね。ではアスラン、ピンクちゃんをありがとうございました」

 

「マイドマイド」

 

それだけ言って、アスランの横を過ぎ去ろうとするラクスをーー。

 

「ラクス!俺は……俺は……」

 

呼び止めたアスランは、上手く言葉が見つからずに、しどろもどろにラクスと壇上の床へ視線を彷徨わせる。

 

「キラは地球です」

 

言わなくてもわかるーーそう言うように、ラクスはアスランの方に振り返って言葉を紡いだ。

 

「アスラン。貴方は、貴方の心に従いなさい」

 

「俺の……心」

 

「父親の言葉でもなく、ザフトのアスラン・ザラでもない。貴方の心に」

 

自分の心にーー従う。そんなラクスの言葉が、アスランの思考の中で反響していく。

 

「俺は……」

 

「私は、その答えが出た先で待っておりますから」

 

「ラクス…!」

 

その言葉を最後に、アスランの前からラクスたちは姿を消していたのだった。

 

 

 

////

 

 

 

《A55警報発令、放射線量異常なし。進路クリアー。全ステーションで発進を承認。カウントダウンはT-200よりスタート》

 

ザフト設計局の工廠。フリーダムやホワイトグリントとは別口のそこでは、X09Aジャスティスの発進準備が着々と進められていた。

 

 

〝殺されたから殺して、殺したから殺されて、それでほんとに最後は平和になるのかよ!〟

 

〝アスランが信じて戦うものは何ですか?〟

 

〝貴方は貴方の心に従いなさい〟

 

 

《T-50。A55進行中》

 

コクピットの中で、アスランはこれまで見てきたもの、感じたもの、それで自分が何を思い、何を成したいのかを必死に考えていた。

 

そして、きっとそれは、難しいことではないのだろう。自分は、あまりにも遠回りをしてしまった。長い、長い遠回りをしたのだ。

 

だからーー。

 

(キラ…俺は、お前に話をしなきゃならないことがたくさんあるんだよな)

 

《X09A、コンジット離脱を確認。発進スタンバイ》

 

(だから、聞かせてくれ。お前の思っていることを……お前が何を成そうとしているのか)

 

送電用のケーブルが外され、灰色だった機体が赤く染め上げられていく。きっと自分が選ぶ道は険しいものだろう。だが、進まねばならない。

 

この思いにーー答えを出すためにも。

 

《進路クリアー、我等の正義に星の加護を》

 

「了解、アスラン・ザラ、ジャスティスーー出る!」

 

 

 

 

 

 

 



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第120話 戦争の理


いつも誤字指摘、修正ありがとうございます!!!!

感想も励みになっております!!!

次あたりにパナマいきたいな




 

オーブにアークエンジェルが入港する。

 

その一報を受けて、カガリは気がついたら走り出していた。アラスカ基地での一件は、近隣諸国であるオーブもある程度の情報は入手していたし、生き残った守備隊の存在も察知はしていた。

 

アークエンジェルがオーブにやってくるのも想定の範囲内とも言える。

 

カガリが駆け出した理由が、入港してくるアークエンジェルのクルーのリストだった。そこには、死んだと思っていた人物の名が記されていたのだからーー。

 

「キラ!!」

 

アークエンジェルから降りてきた士官の中に混ざっているキラを見つけて、カガリはすぐに飛びついた。

 

「カガリっ…ぅうわ…!」

 

キラは急に飛びついたカガリを受け止めようとしたものの、バランスを崩して通路に腰を落としてしまう。起き上がってカガリを見ると、彼女は泣きじゃくった顔を上げてキラに怒鳴った。

 

「ぅ…このバカァ!お前…お前…ぅぅ…死んだと思ってたぞ!このやろう!」

 

そう言って、カガリは再びキラの胸元に顔を埋める。しばらく肩を揺らすカガリの頭を撫でてから、キラは小さく「ごめん」と呟いた。

 

そんなキラたちの行く先では、アークエンジェルから降りたマリューたちが、出迎えにきてくれたウズミや、オーブの首脳陣と挨拶を交わしていた。

 

「私どもの身勝手なお願い、受け入れて下さって、ありがとうございます」

 

「事がこと故、各艦のクルーの方々には、しばらく不自由を強いるが、それはご了解いただきたい。ともあれ、ゆっくりと休むことは出来よう」

 

「ありがとうございます」

 

そう敬礼するマリューに、ウズミは複雑そうな面持ちで言葉を続ける。

 

「ーー地球軍本部壊滅の報から、再び世界は大きく動こうとしている。一休みされたら、その辺りのこともお話ししよう」

 

これからあなた達が何を選ぶのかもね、と言うウズミに、マリューは何も答えられずにその場に立ち尽くしている。

 

「見て聞き、それからゆっくりと考えられるがよかろう。貴殿等の着ているその軍服の意味もな」

 

 

////

 

 

「では、我々はこれで」

 

オーブ近海。領海線の手前で、地球軍のハインズはザフトの代表者であるホークと握手を交わした。

 

「すまないな、色々と。世話になったよ」

 

「お互い様ってやつですよ」

 

そう答えてくれるホークに、ハインズは表情を曇らせた。彼は、これからカーペンタリアに帰投する予定だ。ザフトと地球軍。さすがにオーブにこれだけの勢力を匿う力は無い。それにホーク達にはザフト軍人としての考えもある。このまま離反して共にーーというわけにもいかなかった。

 

「しかし……辛いものだな、PJ。我々はひと時であったとはいえ、わかり合うことができたと言うのに」

 

「我々にも、守るものがあるとしかーー答えられません」

 

そう答えるホークも、どこか悲しげな表情だった。二人は改めて握手を交わして、互いの健闘を祈った。

 

「そうだな。それを守るために、互いに存分に生きよう」

 

「ええ。そうですね」

 

ハインズとホーク以外にも、見送りにやってきた地球軍人とザフト軍人が、それぞれ想い想いの別れを告げていた。

 

「向こうに帰っても元気でな」

 

「お前に一杯奢ってもらったこと、俺は忘れないぜ」

 

あるいはパイロット同士で。

 

「ああ、元気でな…次会うときは、平和な時がいいな」

 

「そうだな、お前もお袋さんに、ちゃんと顔を見せるんだぞ」

 

あるいは作業員同士で。

 

「お前もな。ーーじゃあな」

 

そう言って離れていく。次会うのは再び戦場かもしれない。しかし、ここで心を通わせあったことはーー決して嘘ではないのだから。

 

 

////

 

 

オーブ領海へ入り、離れていく地球側の守備隊を眺めながら、ニコルは呟いた。

 

「このまま戻っていいんですかね、僕たちは…」

 

さっきまで手を振ってくれていた相手の軍人。そんな彼らに見送られた自分たちは、カーペンタリアに戻る。きっと、パナマ進攻部隊に加えられる事になるだろう。

 

ふと、後ろに腰を下ろしていたイザークが立ち上がると、船の奥へと入っていこうとした。

 

「イザーク」

 

「命令には従わなきゃならないだろ」

 

呼び止めたニコルの声に、イザークは背を向けたまま、抑揚のない声でそう言って、船の奥へと消えていった。

 

「イザーク!だけど!」

 

「ニコル。わかってるよ、あいつも」

 

そんなイザークを追おうとしたニコルを止めたのは、ディアッカだった。

 

「ディアッカ…でも」

 

そう言って落ち込むニコルに、ディアッカはため息をついて言葉を続けた。

 

「納得できないけど、納得できるまで立ち止まれないのが、俺たちパイロットの辛いところだよな」

 

生きるのも殺すのも、殺されるのも上層部の胸一つーーあーヤダヤダ。そう言って日陰になっている甲板で寝転がるディアッカを見て、ニコルはこの先に待つ異様な雰囲気に息を飲むのだった。

 

 

////

 

 

「ねぇこれで…これからどうなんの?」

 

アークエンジェルの食堂で、ひとまずの休息に入っていたキラの学友達。その中のカズイは、全員が食事を口に運ぶ中で、ふとそんなことを呟いた。

 

「え?」

 

「俺達、もう軍人じゃぁないんだよね?軍から離れちゃったんでしょ?アークエンジェル。だったら…」

 

そう弱々しい声で言うカズイに、スクランブルエッグを頬張ったトールが、淡々とした口調で答えた。

 

「敵前逃亡は軍法では重罪。時効無し」

 

バジルール中尉も言ってたでしょ?とミリアリアも付け加える。軍から離れたとはいえ、軍属であることは変わりない。見つけ出されたら、全員もれなく銃殺刑という悲惨な運命が待っているだろう。

 

「…俺さ、実はこれ持ってるんだけどさ、前の除隊許可証」

 

そう言って、カズイはポケットから、低軌道戦前にナタルから貰っていた除隊許可証を取り出す。もちろん、ここにいる全員が持っているものだが、カズイ以外は思いもつかなかったものだった。

 

「カズイ…」

 

「前に、アフリカで女性の管制官に言われたことが、ずっと離れなくてさ…」

 

〝ただ惰性でここにいるなら、悪いことは言わない。さっさと軍をやめて田舎にでも逃げることだね〟

 

アフリカで出会った、タスク隊の管制官をしていたモニカ・マスタングの言葉だ。

 

カズイにとって、キラが残る、みんなが残るからというので、ここまで踏ん張ってきたが、そこに自分の命を賭してーーという気概が、自分の中にない事を薄々感づいてはいたのだ。

 

「ずっと考えてたんだ。俺…俺は…本当はどうしたいんだろうって…」

 

アフリカのときも。紅海の時も。そしてソロモン諸島ーーアラスカ。

 

凄惨たる戦場で、自分の命すらも危険に晒されてーー。

 

「あの光景を見てさ…なんか、それがわかったような気がしたんだよ」

 

そう申し訳ないようにいうカズイの言葉に、誰も否定的な言葉は向けなかった。わかっているからだ。ここにいて、本当に自分の命を危険に晒してもいいのだろうか、と。

 

「カズイの気持ちはよくわかるよ……けど、俺は残るつもりだ」

 

そんな重苦しい空気の中、食事を食べ終えたトールが、真っ直ぐとした声色でそう言った。

 

「俺にとってーーこの船で受け継いだものを、俺は捨てることはできないんだ」

 

この船で過ごした日々。戦闘機に乗った日々。そしてーーボルドマン大尉と過ごした日々。その全てが、今の自分を形作っている。これを捨ててまでアークエンジェルを降りようなど、トールには考えられなかった。

 

「俺やキラは、みんなとはちょっと思いが違うだろ?だから、みんなもそこはよく考えた方がいいぜ?」

 

それだけ言ってトールは立ち上がると、食堂の外へと出て行ってしまった。

 

何のために、この船に、戦場にいるのかーー。

 

サイとミリアリアは、その疑問にまだ答えを出せなかった。

 

 

////

 

 

アークエンジェルの修理を見守りながら、キラはカガリに、これまであったことを話し、カガリもキラに、ソロモンでの戦いの後のことを話していた。

 

「そっか。アスランに会ったんだ」

 

カガリの言葉に、キラは少し暗い声で頷く。

 

「お前を探しに行って見つけたのーーあいつだったんだ。滅茶苦茶落ち込んでたぞ、あいつ。お前を見殺しにしたって、泣いてた」

 

そう言うカガリも、辛そうな顔をしていた。おそらくアスランも、負った傷がそれぞれに深いのだろう。

 

「あの時は、どうしようもなかった。僕も…きっとアスランも」

 

あの爆発があったとき、キラは咄嗟にアスランを退がらせることしかできなかった。それが最善のことだと思えたし、それが正しいと信じたからーー。

 

「小さい頃からの友達だったんだろ?」

 

アスランから聞いたのか、カガリの問いにキラは頷いて、懐かしそうに目を細めた。

 

「アスランは昔から凄くしっかりしててさ、僕はいつも助けてもらってた」

 

「なんで…その…アスランと戦ってまで、地球軍の味方をしようとなんて思ったんだ?」

 

「え?」

 

カガリの唐突な疑問に、キラは目を見開く。

 

「いや…だってさ、お前…コーディネイターなんだし、そんな…友達と戦ってまでなんて…なんでだよ」

 

〝お前はコーディネイターだ!僕達の仲間なんだ!〟

 

戦闘中に何度も言われたアスランの言葉がフラッシュバックする。たしかにコーディネーターとしては、自分はアスラン達の仲間だろう。それにアスランとは正真正銘の親友同士でもある。

 

だからこそ、だ。

 

「僕はーーラリーさんや、ムウさん…ベルモンド少尉が居たから。やれるべきことをやる。大切なものを守るために戦う。ただ、それだけを考えて戦ってたんだ」

 

〝僕は君を撃ちたくない。けど、君が僕の大切な人や、友達を傷つけると言うならーー僕は、君と戦う。大切な人を守るために〟

 

ラクスを引き渡したときに、一緒に来いと言ってくれたアスランに向けた言葉。その言葉に嘘はない。

 

アークエンジェル、クラックス、そしてメビウスライダー隊の仲間。彼らを守りたいと心から思ったから、キラはそう答えた。

 

「けど…」

 

そこで、キラは今になってわかった自分の浅はかさを憂いた。

 

「ほんとはーーーほんとのほんとは、僕がアスランを殺したり、アスランが僕を殺したりするなんてこと、ないと思ってたのかも知れない」

 

溢れるように呟くキラの言葉に、カガリは何もいえなかった。自分もそうだったから。戦争は止められる。自分は死なない。そんなアテにならない自信で、アフリカの地で戦っていたのだからーー。

 

 

////

 

 

翌日、マリューたち指揮官クラスに呼び出されたキラは、ウズミを含めたオーブ首脳陣との会談に臨むことになった。

 

マリューたちとともに会議室へ入室すると、ユーラシア連邦のハインズを含めた指揮官たちも顔を揃えている。

 

「サイクロプス…そしてモルガン、か。しかし、いくら敵の情報の漏洩があったとて、その様な策、常軌を逸しているとしか思えん」

 

事のあらましを聞いたウズミは、呆れるような、憂いるような目で、各指揮官が出した資料を眺めながら息をついた。

 

なんとも、杜撰な作戦とも言えよう。まさに人の命を生贄に捧げた作戦だ。

 

「立案者に都合がいい犠牲の上に。机の上の…冷たい計算ですが」

 

「それでこれか…」

 

そう言って、部屋にある全員が、モニターに映し出されている映像に目をやった。

 

《守備隊は最後の一兵まで勇敢に戦った!我々はこのジョシュア崩壊の日を、大いなる悲しみと共に歴史に刻まねばならない。だが、我等は決して屈しない。我々が生きる平和な大地を、安全な空を奪う権利は、一体コーディネイターのどこにあるというのか!》

 

そこには、パナマ基地で演説をする地球軍上層部の人間が映し出されている。後ろに控えるメンバーの中には、ウィリアム・サザーランドの姿も見て取れた。

 

《この犠牲は大きい。が、我々はそれを乗り越え、立ち向かわなければならない!地球の安全と平和、そして未来を守る為に。今こそ力を結集させ、思い上がったコーディネイター共と戦うのだ!》

 

「サイクロプスとモルガンの件は、マスコミに圧力をかけているのか……そもそも公表されてないのか」

 

ナタルの推測はおそらく当たっているだろう。先日からラジオやテレビ、軍の通信網まで、徹底した箝口令が敷かれ、サイクロプス、モルガンの情報は闇に葬られている。

 

「少なくとも、ここにいる守備隊の生き残りは、皆戦死したことになってるのは間違いないな」

 

ハインズの言葉に、巡洋艦グレゴリアの艦長は、バシッと手のひらに拳を打ちつけて苛立ったように声を荒げた。

 

「ふざけるなよ…!証拠隠滅のためにミサイルまで撃ってきたくせに!!」

 

「俺たちが戻っていたら銃殺刑どころか、賊軍として味方に撃ち殺されてたかもしれんな」

 

「解っちゃいるけど堪らんねぇ」

 

そこでモニターを切ったウズミが、改めて地球軍側へと視線を向ける。

 

「大西洋連邦は、中立の立場を取る国々へも、一層強い圧力を掛けてきている。連合軍として参戦せぬ場合は、敵対国と見なす、とまでな。無論、我がオーブも例外ではない」

 

「奴等はオーブの力が欲しいのさ」

 

後ろで控えていたカガリが呆れたようにそう言うのを、ウズミは視線だけで黙らせる。

 

「御存知のことと思うが、我が国はコーディネイターを拒否しない。オーブの理念と法を守る者ならば、誰でも入国、居住を許可する数少ない国だ。遺伝子操作の是非の問題ではない。ただコーディネイターだから、ナチュラルだからとお互いを見る。そんな思想こそが、一層の軋轢を生むと考えるからだ」

 

生まれの違い、民族の違い、種族の違い、大昔から戦争の発端など、あまり変わらないものだ。

 

「カガリがナチュラルなのも、キラ君がコーディネイターなのも、当の自分にはどうすることもできぬ、ただの事実でしかなかろう」

 

生まれや民族、そういったものを選んで生まれてくる生命はいない。生まれたときから人は違うのだ。しかし、それを超えて人は分かり合える。助け合った地球軍とザフトのように。

 

だがーー。

 

「なのに、コーディネイター全てを、ただ悪として、敵として攻撃させようとするような大西洋連邦のやり方に、私は同調することは出来ん。一体、誰と誰が、なんの為に戦っているのだ」

 

誰に利があり、誰が損をし、何を求めて戦うのだ。今のあり方は、ただいたずらに互いの種族を疲弊させ、滅ぼし合おうとしているようにしかウズミには見えない。

 

「しかし、仰ることは解りますが…失礼ですが、それはただの、理想論に過ぎないのではありませんか?」

 

マリューの率直な意見に、ナタルも頷く。

 

「それが理想とは思っていても、やはりコーディネイターはナチュラルを見下すし、ナチュラルはコーディネイターを妬みます。それが現実です」

 

「解っておる。無論我が国とて、全てが上手くいっているわけではない。が、だからと諦めては、やがて我等は、本当にお互いを滅ぼし合うしかなくなるぞ」

 

何も全てを許し合うことはない。折り合いをつけるのが大切だとウズミは言う。互いの意思を折らずに押し通すなどーー肉食獣の縄張り争いのように単調で、理がない戦いだ。

 

折り合いをつけられるから、人は戦争と呼んでいる。そうでなければ、それは殺戮だ。

 

「そうなってから悔やんだとて、既に遅い。それとも、それが世界と言うのならば、黙って従うか?どの道を選ぶも君達の自由だ。その軍服を裏切れぬと言うなら、手も尽くそう」

 

そう言ってウズミは、立ち並ぶマリューたちを見渡した。軍に従い、戦うと言うならばーー彼らのあり方を尊重しよう。しかし、心から今を憂いるなら、選択は他にもたくさんある。

 

「君等は、若く力もある。見極められよ。真に望む未来をな。まだ時間はあろう」

 

そう静かに言うウズミに、各指揮官は何も答えられなかった。誰もが正しい答えを探しているのだ。

 

そんな中、キラは真っ直ぐとした目でウズミに問いかける。

 

「ウズミ様は、どう思ってらっしゃるんですか?」

 

この果てしのない憎しみで成り立つ戦争を。その問いかけに、ウズミは少し瞑目してから、答えた。

 

「理念や信念を守るためには、ただ鑑賞や芸術のために剣を飾っておける状況ではなくなった。そう思っておるよ」

 

 

 



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第121話 パナマの狂気

 

パナマ基地。

 

北米大陸と南米大陸の境にある、パナマ運河付近にある地球連合軍の基地だ。

 

マスドライバー施設「ポルタ・パナマ」がある基地で、月面プトレマイオス基地に対する補給路の一つであり、C.E.17年に大西洋連邦と南アメリカ合衆国の共同国家プロジェクトとして建設された。

 

《ハラルド隊、ハリソン隊発進完了。セリザワ隊、クリューガー支援隊、発進開始します》

 

東アジアのカオシュン宇宙港、アフリカのビクトリア宇宙港が陥落し、地球連合軍に残された最後の大規模宇宙港。

 

そのパナマ運河の沖合。

 

地球軍の基地から目と鼻の先に集結していたザフト軍は、パナマ基地攻略作戦に向けて、着々と準備を推し進めていた。

 

「しかし、これだけの戦力でパナマを落とせだなどと、本国も無茶を言う」

 

集まったザフト勢力を眺めながら、作戦司令官はそんなことを口走る。先のアラスカ基地への電撃作戦「スピットブレイク」が失敗に終わり、受けた混乱は計り知れない。

 

昨日合流した生き残りの突入部隊も、少なからず損害は出しているし、火器管制やモビルスーツの整備も間に合っていない。

 

そんな浮き足立った状態でパナマの基地を抑えに行くとはーープラントの最高評議会も無理難題を言ってくれるものだ。

 

「しかたありますまい。調子に乗った奴等の足下を掬っておかねば、議長もプラントも危ない」

 

そう答える他の指揮官の言葉に、わかっていると司令官は返す。地球軍にとって、ここが最後の宇宙と地上の橋渡し場だ。今潰しておかなければ、後々に厄介なことになるのは目に見えている。

 

「宇宙への門を閉ざし、奴等を地球に閉じこめる。その為にもパナマのマスドライバーは潰しておかねば……」

 

「グングニールは?」

 

そう問いかけると、モニタリングしていた下士官が頷いて答える。

 

「予定通りです」

 

グングニールは、強力なEMP発生装置であり、電離層の乱れを引き起こす事により、通信や精密機器を使用不能にする対電子機器用特殊兵器。

 

パナマに閉じこもるモグラ叩きには打って付けの兵器だ。

 

しかし、それを運用するにも問題はある。

 

「降下までにグングニールの目標地点を制圧できるかね?」

 

その問いかけに、司令官は僅かに帽子を深く被って呟く。

 

「ーーーアラスカの二の舞を演じることだけは避けねばな」

 

 

 

////

 

 

「なんですって!?パナマが!?」

 

オーブの諜報部から受けた連絡に、マリューは驚愕した声を上げる。確かに、パナマにザフトの目標が移るとは考えてはいたが、いくらなんでも早すぎる。

 

「未明から攻撃を受けている。詳細は、まだ分からんが」

 

「やはり目的はマスドライバーか……くそ!」

 

「アラスカで…あんなことがあったのに…!」

 

ムウの苛立つような声も尤もだ。ここで地球軍の最後のマスドライバーを取られたら、地上組は後がなくなる。それこそ形振り構っていられなくなるほどに。

 

「地球軍の主力隊も、今はパナマだ。ザフトも必死さ。君等には、複雑だな」

 

そう言うキサカの顔も複雑だった。

 

なにせ、もしもパナマが陥落したら、地上に残っている最大のマスドライバーは、オーブの物になるのだから。

 

その一報は瞬く間のうちに広がり、アークエンジェル艦内のみならず、避難してきた守備隊にも伝わることになる。

「PJたちは!?」

 

「時間的にも、合流していておかしくないはずだ」

 

ハインズの元に集った地球軍の下士官たちは、伝えられた情報に思わず顔をしかめていく。

 

「くそー!!アラスカであんなことがあったのに……ザフトは何を考えてやがる!!」

 

「おちつけ!!とにかく、今は情報を待つしかないだろう!!」

 

しかしながら、アラスカで総崩れになった指令系統が建て直されていない今、パナマの地球軍主力部隊とザフトがぶつかれば、泥沼の戦闘が起きることは明白だ。

 

そうなれば、傷つくのは誰だ?否応無く戦線に向かっていくザフトの兵隊たちの顔が、彼らの脳裏から離れようとしなかった。

 

「中佐!!彼らのことを知らないふりなんてできませんよ!!」

 

スピアヘッド部隊の空母であるスプレッドの艦長が、ハインズの前に出てそう叫んだ。周りを見ても、今にも飛び出して行きそうな面構えをした下士官ばかりだ。

 

ハインズは深く息をついて、地球軍の帽子を被ってから姿勢を正した。

 

「ーーー動ける艦を集結し、パナマに向けて出る。私はウズミ様と交渉する。各艦はSOS信号を!白旗を上げ、ザフト、地球軍双方の救出にあたれ!敵対するなら撃て!これは命令だ!」

 

了解!!という答えで、オーブのドックは騒がしくなっていく。

 

あとは、指揮官である自分の仕事だ。

 

ハインズは責任を取るため、すぐにオーブの首脳陣へ繋がるホットラインへ連絡し、これから自分たちが向かおうとする意味と、行く先をウズミに伝えるために喉を唸らせるのだった。

 

 

////

 

 

 

「敵モビルスーツ部隊、第2防衛ラインへ到達!」

 

「第3中隊!第3中隊!どうした!?応答せよ!」

 

ザフトがパナマに侵攻して僅か一時間。地球軍主力部隊は劣勢に立たされていた。

 

いくら指揮系統が乱れているとはいえ、相手は自由度が高いモビルスーツ、こちらは戦車と高射砲、良くて戦闘ヘリと戦闘機部隊だ。

 

物量で押し返そうとしても、向こうの方が戦闘に対してのレスポンスが遥かに良い。

 

「くっそー!第13独立部隊を展開しろ!」

 

そこでパナマの司令官は決断を下した。その指令を聞いて、側近が複雑そうに表情を歪める。

 

「よろしいのですか?」

 

その問いに、司令官は当然だと答える。すでに上層部の連中は宇宙へ逃れている。となると、自分が宇宙に向かうためには、何としてもこの基地を死守し、ザフトを追いかえさなければならない。

 

彼にとって背水の陣だ。手段を講じるために思考を巡らせる暇はなかった。

 

「何のために作ったモビルスーツ部隊だ!奴等に我々の底力を見せてくれるわ!」

 

そして同時刻。

 

《コースクリア!グングニール、投下されます!》

 

パナマの遥か上空にある軌道上では、惨劇を引き起こす悪魔の兵器の投下準備が完了しようとしていた。

 

 

////

 

 

PJを含めたアラスカ突入部隊は、パナマ沖合に集結していたザフト軍に合流したのち、制圧目標地点を確保するための、上陸作戦を言い渡されていた。

 

モビルスーツの機動性に物を言わせてパナマ基地沿岸部に上陸したPJが操るシグーは、同僚のジン2機と共に、異様な空気に満たされたパナマ基地へ続く森林区域を見渡していた。

 

何度か、こういった空気を味わったことはあったが、この空気が漂う場所では決まって良いことなど無かった。

 

例えば戦車部隊に待ち伏せされたり、隠れている歩兵部隊が設置した罠に遭遇したりと。

 

「ホーク隊長…これは…」

 

「迂闊に飛び込むなよ。何があるか分からん」

 

冷や汗を流す同僚を落ち着かせつつ、PJたちはゆっくりと森林区域を進んでいく。

 

すると、自分たちから南に逸れたところで、逃げる戦車隊をなぶり殺しにするようにライフルを放つジンが、意気揚々と森林区域を突き進んでいるのが見えた。

 

「ふん!叩き甲斐のないーーなんだ!?」

 

レッドアラート。それに気づいた段階で手遅れだった。

 

森の影から放たれた緑色の閃光にジンの上半身が包まれると、パイロットの叫びが聞こえる間も無く、ジンは爆散した。

 

「あれはっ!モビルスーツ!?」

 

僚機のジンがカメラで捉えたのは、明らかに人型を模した影だった。PJは素早く機体を翻して、現れた人型の影にライフル弾を打ち込むと、影は容易く倒れて爆散した。

 

「ストライクとか言う地球軍のモビルスーツか?」

 

何も知らない他のジンも集まってくる。しかし、それが罠だと気がついたのは、先ほど目にした人型の影に、辺りを囲まれている光景に気付いた時だった。

 

「いや、違う!こいつらは……!!」

 

その瞬間、四方八方から緑色の閃光が走り、取り囲まれたPJたちに襲いかかってくるのだった。

 

 

////

 

 

ストライクダガー。

 

ザフトの前に現れたのは、地球連合軍初の量産型モビルスーツであるダガーの簡易生産型だ。

 

小型で取り回しの良いビーム兵器を標準装備している事により、ザフトのモビルスーツに対して大きなアドバンテージを持った機体は、操縦面もGAT-X型に比べて大きく改善されていた。

 

OSもナチュラルが操縦可能な新型を搭載。

 

これによって、低錬度のパイロットでも充分に性能が発揮できるようになっている。

 

『へ!もう好きにはさせないぜ!』

 

教導訓練も途中ではあったが、ナチュラル初のモビルスーツとあって、与えられた第13独立部隊の士気は高かった。

 

『調子に乗るなよ!コーディネイターが!』

 

取り囲んだ陣形から逃げ出したジンに、ビーム刃を展開したストライクダガーが迫り、今まで手こずっていたジンをあっけなく撃破していく。

 

しかし、相手もやり手がいる。すぐに状況を理解した隊長機であろうシグーは離脱しながら、僚機の退路を確保するために、練度の低い機体を優先的に狙って行っているのが分かる。

 

しかしだ。

 

こんな短期間の教導で、自分たちはザフトのモビルスーツと渡り合えている。

 

勝てる。憎きコーディネーターどもに。

 

その湧き上がる勝利への渇望と憎悪がパイロットたちを鼓舞し、モビルスーツを躍動させていく。

 

 

////

 

 

「ほぉ、地球軍のモビルスーツ部隊。フォスター隊の前面に展開されたな?」

 

モニターを眺める司令官は、その突発的な事態にも関わらず冷静さを保っていた。たしかに、地球軍が量産型のモビルスーツを建造している情報は、ザフトの諜報部から連絡を受けていたし、あれだけ脅威となったストライクを有した足つきがアラスカにたどり着いたのだ。

 

その豊富な戦闘データを元に、急造したモビルスーツのOSを間に合わせたのだろう。

 

しかし、それも想定の範囲内。作戦内容に変更は無かった。

 

「ーーかえって有り難いですな。地球軍、虎の子のモビルスーツ、共にグングニールの餌食にして差し上げよう」

 

多少のEMP対策が施してあるといっても、程度は知れたものだ。それすら食い尽くすグングニールが発動すれば勝負は決する。

 

そして、その駒はすでにチェックへと差し掛かっていた。

 

しかし、司令部が状況を予測していたとしても、そのしわ寄せが来るのはいつも前線で戦うパイロットたちだ。

 

「くっそー!!地球軍のモビルスーツだと!?情報には無かったぞ!!」

 

PJを含めたザフトのモビルスーツ隊は、連絡に無かった地球軍のモビルスーツ相手に動揺を隠せずにいた。

 

「でえぇえええい!!」

 

そこで活躍したのが、地球軍から奪取したデュエルを操るイザークや、ストライクとの戦闘経験があるニコルやディアッカ達だった。

 

押され気味なPJたちよりも前に出た彼らは、押し入る地球軍のストライクダガーを次々と撃破して行く。

 

「舐めるなぁ!ブリキのモビルスーツがぁ!」

 

ストライクや流星に比べたら動きが単調だ。ニコルたちも素早い反応でストライクダガーから放たれるビームライフルの閃光を躱して、コクピットにライフルを打ち込んでいく。

 

そんな地球軍とザフトの激戦が繰り広げられる最中ーー。

 

「よし!キャニスター12番装着完了!たっぷり喰らえナチュラル共!」

 

地上に降りたグングニールは、ひとりのジンのパイロットの命と引き換えに起動されたーー。

 

 

////

 

 

起動したグングニールから強烈な電磁衝撃波が発生した瞬間、事態は決した。

 

ザフト側の兵器はEMP対策を施しており影響を受けないが、連合軍は即時に施設、兵器が使用不能となったのだ。

 

『機体が!』

 

『動かない…!動きません!隊長!』

 

まるで糸が切れた人形のように立ち尽くすストライクダガーたち。そして司令部やマスドライバーすらも、強力な電磁波の影響を受けて、全てがブラックアウトしていく。

 

「決まったな……艦隊、艦砲射撃開始!目標は敵司令部だ!!」

 

その指令がザフト全軍に通達される。動けなくなった敵の中枢部を、パナマ運河に展開したザフトの艦隊で制圧するのが、今作戦の最後の仕上げだ。

 

「なに!?艦砲射撃だと!?グングニールは!」

 

その一報を受けたPJは、驚愕して伝令に来たジンの肩を掴み、接触回線で声を荒げた。湾岸部から来たパイロットも戸惑った様子で頷く。

 

「はい!正常に作動し、パナマ基地の指令系統はもう…」

 

グングニールが発動した以上、パナマの電子機器はすでに使い物にならない。Nジャマーでレーダーの目さえ潰されて、頼りの電子機器すら潰したというのにーー。

 

PJはバンっとコクピットのモニターに拳を打ち付けた。

 

「勝負は決した。なのに撃つのか…我々は…!」

 

その懺悔のような呟きは、遠くから放たれた艦砲射撃の砲音と、地球軍の司令部が轟音を上げて破壊される音によってかき消されていくのだった。

 

 

 

 

そうして、パナマの攻略作戦は終了した。

 

 

 

 

グングニールの電磁衝撃波の影響で、パナマのマスドライバーも超電磁レールが破壊されており、これで地球軍の宇宙へかかる橋は全て落とされたことになる。

 

電子機器も破壊されたので、満足にコクピットも開けないストライクダガーを前にして、PJは今後のことを考えていた。

 

宇宙に上がるすべを無くしたとはいえ、地球軍はこんなにも短期間で自分たちと張り合えるモビルスーツを用意したのだ。しかも、実弾に頼るライフルではなく、ビーム兵器の量産も成功させている。

 

今はとにかく、パナマの状況の確認と、停止した地球軍のモビルスーツの解析が先だ。

 

そんなことを考えていた時。

 

 

 

 

ジンのライフルの撃鉄が弾けた。

 

 

思わず、銃声がなった方向に視線を動かすとーーー1機のジンが、無防備に立つストライクダガーのコクピットを、ライフルで蜂の巣にしていたのだ。

 

「はっはっはっは。いい様だな、ナチュラルの玩具共!!」

 

広域通信で発せられた声。

 

抵抗もできず、コクピットから血を流して倒れるストライクダガー。

 

なにを……やっているんだ……!!

 

そうPJが声を荒げようとした瞬間、隣にいたもう1機別のジンが、ストライクダガーに構えていたライフルの引き金を引く。

 

「血のバレンタインで、姉が死んだんだ!報いを受けろ!ナチュラルどもめ!」

 

それを皮切りに、至る所で銃声が鳴り始めた。

 

なんだ?

 

なにが起こっている。

 

なにをしている。

 

一体ーーーなにをーーーしているんだ!!!

 

「やめろ!敵はもう動けない!勝負はついた!」

 

そう言って棒立ちのストライクダガーを撃とうとするジンを、僚機とともに押さえつけて止めようとするが、接触回線から相手の反論する声が聞こえてきた。

 

「なんだとぉ!?貴様ぁ!ナチュラルの味方をするのか!?裏切り者め!」

 

その声に、冷静さなど無い。まるで狂気に取り憑かれたような声だ。到底、ザフトの軍人とは思えない憎悪にまみれた声に、PJは驚きを隠せずにいた。

 

「違う!こんなことをして、何になるんだよ!!」

 

何もならないはずのにーーーそれでも、放たれた最初の一撃から狂気は湧き上がり、止められなかった。

 

「はん!ナチュラルの捕虜なんか要るかよ!」

 

白旗を上げて施設から出てくる地球軍の兵士たち。中には負傷兵もいる。そんな相手に銃口を向けるジンを、アラスカから生き延びたジンが横から割って入って阻止した。

 

「やめろ!相手は人間だぞ!!」

 

武器も持たず、降伏しているんだぞ!!それを撃つのか!!正気か!!!

 

そう叫んでも、相手は聞く耳を持とうともしなかった。

 

「ナチュラルに人権なんかあるかよ!!」

 

「そうだ!あいつらは滅ぼさなければならないんだ!!」

 

そこにあったのは凄まじい憎悪だった。

 

最初の一発が始まりのように、決壊したダムのように。投入されたザフト兵たちの心にある憎悪が溢れ出したように思えた。

 

彼らには最早、軍規も何も無かった。条約を無視し、投降する兵士たちに発砲する。それはもう戦争ではなく、一方的な虐殺だ。

 

「お、お前たち……なにを……」

 

狂気に塗れていくザフト兵を目の当たりにしたPJは、止めることすら忘れてしまいそうになった。

 

そんな中ーー。

 

「やめて下さい!こんなこと……こんな……!!」

 

ニコルの声が、広域通信であたりに広がる。気がつくと、アラスカの生き残りたちと、憎悪に暴走するザフト兵の間で争いが起こっていた。

 

邪魔をするならお前たちも敵だ!!誰かのそんな怒声が響き、こちらにも凶弾が飛んでくる。

 

「くそ!!見境なしかよ!!馬鹿どもが!!」

 

僚機とともに飛び上がったPJは、改めて混迷するパナマの様子を見渡すことになる。あるところでは、並べられた地球軍の兵士たちがライフルで撃ち殺され、あるところでは歩き廻りながら逃げ惑う兵士を撃ち殺していくジンがいる。

 

「くそぉ!やめろよ!!お前ら!!」

 

ディアッカもディンで接近して、虐殺を行うジンを取り押さえる。しかし、相手は向こうの方が多い。一機止めても他がすぐに兵士たちに襲いかかっていた。

 

「俺たちは……赤服の俺たちは……こんな……くそっ、くそぉおおおお!!!」

 

イザークは叫びながら、デュエルのビームライフルで殺戮を楽しむジンのライフルを打ち抜き、頭部を破壊したりと、行動不能に追いやるように行動していく。

 

アラスカを生き延びた誰もが、その暴走を必死に止めようとしていた。

 

その時、僚機から信じられない通信が入った。

 

「隊長!!島の南東から飛翔体が!!」

「何!?」

 

パナマの南東ーーー山脈地帯を挟んだ場所から、何かが打ち上げられていくのが見えた。あれは、基地から発射されたものではない。そもそも、電子機器を破壊されたパナマ基地からミサイルを発射するなど不可能だ。

 

となれば、答えは最悪の回答に行き着く。

 

PJはすぐに広域通信でザフト軍へ呼びかけた。

 

「こちら、パトリック・J・ホーク!聞こえている全機に告げる!!モルガンが来る!!繰り返す!!モルガンが来る!!残存戦力は緊急上昇!!高度を上げて離脱せよ!!」

 

それを聞いたアラスカの生き残りたちはすぐに持ち場を放棄し、グゥルや僚機のディンに掴まってパナマの沖合や上空へと大急ぎで退避していく。

 

「イザーク!!」

 

「あのミサイルをまた!?」

 

「パナマにはまだ兵士がいるんだぞ!?」

 

イザークたちも上空へ避難するが、眼下では狂気に飲まれ、殺戮を楽しむザフト兵たちがまだ残っているのが見えた。

 

そして、一定高度に上がったと同時。パナマと、ザフト指揮官たちが乗る艦隊の真上で、まばゆい光が花火のように広がった。

 

 

 

////

 

 

 

「よろしかったので?」

 

パナマを脱し、宇宙へと逃れたサザーランドに

結果を報告しにきた側近は小さな声で問いかけると、サザーランドは何でもないような顔で答えた。

 

「あそこまで制圧されれば、我々にとっての戦略的価値はあるまい。それならばーー尊い犠牲をもってして、成果を残して貰わねば…ね」

 

結果を見て、彼は満足する。

 

パナマは見事にザフトを釘付けにし、そこに放たれたモルガンによって、のうのうとパナマを制圧しにきたザフト軍を一掃できたのだが。

 

 

 

////

 

 

ハインズが許可を取り付けて出航したユーラシアの救助隊は、変わり果てたパナマの姿を目撃することになった。

 

「あ、あぁあ……」

 

島の形は変わり、そこにマスドライバーや、軍施設があった形跡はほとんど残っていない。まるで写真で見た核が打ち込まれた後のような、そんな凄惨たる状況が眼前に広がっている。

 

「こんな……こんなことが……!!」

 

ここまでするのかーーー地球軍は。

 

こんな酷いことを、平然とできるのかーー。

 

そんな思いが誰もの中にあった。こんなことが許されるのかと。その光景を見て、誰もが生存者は絶望的だと思い始めていた時。

 

「おい!向こうに救難信号が出ているぞ!!」

 

通信官が甲板に駆け上がってきて、そう叫んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第122話 守る力

 

 

アークエンジェルの医務室で目覚めたラリーは、ぼんやりと天井を見上げていた。

 

この体験は何度目だろうか。

 

室内の内装から見て、ここがアークエンジェルの艦内である事は分かっているが、すぐそこの扉から私服姿のクルーゼが入ってきたら、卒倒する自信がある。

 

そこで、ラリーは自分の後頭部が程よく硬い医療用ベットではなく、高めの体温と肉の感触に触れていることに気がついた。

 

「起きた?」

 

上下逆さになったハリーの顔がそこにあった。

自分が今、彼女に膝枕をされているのだと数秒遅れて悟る。

 

自分に正拳突きを叩き込んでおいてよく言えるよと、ラリーは半ば呆れたような目つきをしながらも、包まれる柔らかな感触から離れようとはしなかった。

 

「心配した」

 

「ごめん」

 

僅かな言葉ではあったが、その言葉には幾重にも重ねられたハリーの思いがあった。

 

オーブ近海での出来事、プラントでの出来事、そしてホワイトグリントを授かった事。

 

言葉にすれば言いたいこと、伝えたいことは山のようにあるというのに、今の二人はそれ以上の言葉を交わそうとはしなかった。

 

「……そのー、ところでハリーさん?」

 

「なに?」

 

「ちょっと顔が近過ぎると思うんですが」

 

ラリーは徐々に降りてくる逆さまのハリーの顔を見ながら呟く。もう鼻と鼻がつきそうな距離で、ハリーは穏やかな表情を一転させ、悪戯っぽく微笑む。

 

「私気がついたの。ラリーが私にとってどれだけ大事な存在なのか」

 

「お、おい……ハリー?ハリーさん?」

 

痛んでいた頬の痺れも忘れて、鼻腔をくすぐる女性特有の匂いに平静をなくす。ハリーの顔が間際まで迫ってくるーー。おいおい、こんなムードもへったくれもない状況でーー!!そう思ったラリーは思わずぎゅっと目を閉じてしまった。

 

「ラリーしか、私の作った機体を自在に操れる人は居ないって!」

 

「いやこういうことはもうすこし段階を踏んでーーーええ?」

 

そう言うや、ハリーは顔を上げてこぶしを握り締めながら、天井に視線を移して声高らかに告げる。

 

「そう!メビウス・インターセプター然り!スーパースピアヘッド然り!私の理想を叶えるためには、ラリー!!あなたと言う最高のパイロットが必要なのよ!!」

 

ズビシッと言わんばかりに指をさしてくるハリーの言動に、ラリーは何とも言えない顔になりながら、黙って彼女の膝から顔を上げた。

 

「はいはい、そうですね。別に特に?何にも思ってませんよ、俺は」

 

「何をブツブツ言ってるのよ」

 

「な ん で も な い ! !」

 

ホワイトグリントの資料を持ってくるから、さっさとハンガーに来いよ!と言って、ラリーは耳まで赤くして医務室を出て行ってしまった。

 

入り口で水を持ってきたフレイとすれ違うが、彼は足を止めずにさっさと出て行ってしまう。

 

「ハリーさん、またラリーさんがなにかをーー!?」

 

そう言ってフレイが入室すると、医務室のベッドに腰掛けるハリーを見て思わずギョッとする。彼女もまたラリーと同じくーーーいや、それ以上に赤くなって、両手で顔を覆って縮こまっていたのだ。

 

「うう、これならいっそヘタれずに本当にしちゃえば良かった」

 

顔を覆いながら無念そうに呟くハリーの声は、フレイには聞こえなかった。

 

 

////

 

 

キラはアークエンジェルが鎮座するドッグの端で一人、フリーダムのデータと格闘していた。

 

いくらアラスカで戦闘が出来たとはいえ、まだパラメータ設定の細かいところの微調整は必要であったし、なにより、キラ自身がフリーダムの特性を完全に把握できていない。

 

行き交う人々の靴音と、キラが操るキーボードのタップ音だけが響く中。

 

「キラ、少し良いか?」

 

顔を上げると、そこにはメビウスライダー隊の隊長であるムウが立っていた。

 

キラがどうぞと横を開けると、ムウは座ってキラに買ってきたばかりの缶コーヒーを差し出した。

 

「お前ら二人が戻ってきてくれて、俺は嬉しかったよ。何もしてやれなかったこんな隊長だけどな」

 

コーヒーを煽りながら、ムウはそんなことを弱々しく呟く。マリューやアークエンジェルのクルーの前では毅然とした態度を崩さない隊長も、きっとモルガンの直撃の後、アラスカで色々なものを見たのだろう。

 

その横顔には、見るからに疲労の影が浮き出ていた。

 

「キラ、お前は一人でも戦う気か?」

 

そんなムウの言葉に、キラのキーボードを叩く手が止まった。その言葉の意味を、きっとキラは推し量っているのだろう。

 

アラスカでの戦闘、パナマでの戦闘。この局面に来て、地球とプラントとの戦いの在り方は大きく変わろうとしている。そんな中で、地球軍から離脱した自分たちが出来ることは何かを、考えているのかもしれない。

 

キラは端末を閉じて、ムウと向き合って答えた。

 

「出来ることと、望むことをするだけです。それにラリーさんも、戦ってくれます」

 

「アイツも、か」

 

まるでわかっていたような口調でムウは小さく笑った。ラリーもきっとわかっている。フリーダムとホワイトグリントを受け取った時から、そんな簡単な答えではないと言うことを。

 

「僕らも、このままじゃ嫌だし、僕自身、それで済むと思っていませんから」

 

大きな変化の波が来る。この戦争を続けていく先に待つものを、キラは薄っすらとだが捉え始めていた。

 

自分は、それを何とかして止めなければならない。止めなかったら、大変なことになるーー人類を二分する戦いじゃ済まない、もっと大きな闇が溢れ出すことになるーー。

 

「キラ!」

 

話していたキラとムウの元にやってきたのはカガリだった。いつものラフなシャツとカーゴパンツ姿の彼女は、親指で後ろをさしながらキラに伝える。

 

「エリカ・シモンズが来て欲しいってさ。なんか見せたいものがあるって」

 

 

////

 

 

「戻られたのなら、お返しした方がいいと思って」

 

エリカとカガリに連れられてやってきたのは、アストレイのOS調整をしていた第六工廠だ。大きな格納庫に入ったキラたちは、そびえるモビルスーツをみて思わず目を剥いた。

 

「ストライク…!それに、ブリッツとバスターも!!」

 

まるで新品同様となったストライク。その隣には回収され、修繕されたバスターとブリッツの姿もあった。

 

「イージスも回収はしたのだけど、あれはフレームも特殊で、何より破損状態が酷かったから、余剰品として保管してるわ」

 

そう答えるエリカは、こっちよと案内して、ストライクの内部パラメータのデータをキラたちに見せる。

 

「モルガン直撃後に回収したのよ。一応、貴方のOSを載せてあるけど、その、今度は別のパイロットが乗るのかなぁと思ったもんだから」

 

そう困ったように言うエリカに、キラは思わず苦笑いを浮かべた。それもそうだ。自分はつい先日まで戦死扱いだったのだから。

 

「では、例のナチュラル用の?」

 

キラの問いかけにエリカは頷く。あれからオーブなりにも手を加えて、その完成度はかなり上がっている。ストライクを動かすにしても、申し分ないレスポンスを発揮できるだろう。

 

「私が乗る!」

 

全員が考え込む中で、真っ先に声を出したのはカガリだった。

 

「あ、もちろんそっちがいいんならの話だけど」

 

そうおずおずと言った感じで言うカガリに、キラは付いてきていたメビウスライダー隊のみんなや、アークエンジェルの下士官たちに目をやる。

 

「トールは乗らないの?」

 

「俺はパス。戦闘機乗りになって間もないんだから、今はーー俺はこのままがいい」

 

そう感慨深く言うトールに、キラはそっかと頷く。きっとトールは、ボルドマン大尉の思いを考えているのだろう。彼が戦闘機乗りであり続けたなら、その背中を追おうと決めているように見える。

 

では、アークエンジェルでも持て余すからーー。とマリューが声を出そうとした時。

 

「いいや、駄目だ」

 

ムウがぴしゃりとカガリの提案を却下する。パイロットになることに浮き足立とうとしていたカガリは、出鼻が挫かれたのか、不満そうにムウを睨みつけた。

 

「なんで!」

 

「ーーー俺が乗る」

 

その言葉に、その場にいる全員が声を無くした。

 

「えー!?」

 

「ちょ、ちょっと…少佐!」

 

「じゃないんじゃない?もう…。マリューさん?」

 

驚きを隠せないマリューにウインクをしながらムウは答える。それに、とムウはストライクを見上げながら思うのだ。

 

この機体をモノにできたのならばーー、自分はきっと、今度こそ、守りたいものを守れる。

 

そんな気がしたのだ。

 

 

////

 

 

「いきなり僕と模擬戦は、いくらなんでも早すぎると思いますけど…」

 

「うるせー!生意気言うんじゃないよ!いくぞ!」

 

その後、ソードストライカーを装備したストライクに乗るムウが、調整を兼ねたフリーダムとの模擬戦を、数十時間に渡って繰り広げることになるのだったーー。

 

 

 

 

 

 



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第123話 闇の胎動

 

 

 

「見ればわかるでしょ!!担架を早く持ってきて!!」

 

急遽出航し、翌日の朝に戻ってきたユーラシア連邦で構成された救援隊は、被弾したザフト艦や損傷したモビルスーツ、そして負傷したザフト兵を向かった人数の倍乗せて、オーブへと帰還を果たしていた。

 

「重症者はタグをつけてある!このリスト順に運び出してくれ!」

 

「医療班が来るぞ!さっさと退くんだよ!!」

 

入港した空母スプレッドからは、ノーマルスーツ姿の者や、艦内で応急手当てを受けたザフト兵が、重症ランク順に運び出されていく。

 

そんな中でも、やはり一刻を争う状態の負傷者もおり、その横では負傷兵の血で汚れた地球軍兵士が力強く、相手の手を握り励ましながら治療に当たっていた。

 

「大丈夫だ!この程度なら死にはしない!お袋さんに顔を見せるんだろ!!気張れ!」

 

そんな喧騒に包まれるドックの中で、地球軍兵士は、救助されたザフト兵からパナマ基地であった出来事を聞いて、苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。

 

「くそぉ……!!ザフトも、地球軍も無茶苦茶しやがる!!」

 

「どうなってるんだよ……この戦争は……」

 

誰もがそんな不安に苛まれていた。

 

パナマの惨状を目の当たりにしたスプレッド艦長からの報告を聞き終えたハインズは、疲れたようにこめかみに手を添える。

 

写真から見てもわかるように、パナマ基地には最早基地と呼べる機能は残っていない。それどころか、地形がわずかに変わってしまうほどの爆発だったのだ。

 

残っていた地球軍兵士も、それを虐殺していたザフト兵たちも、指揮していた者たちも、モルガンの炎で焼かれてこの世を去っているのだろう。

 

生き残っていたPJと予想外すぎる再会を果たしたハインズは、彼の証言から、パナマがこの世の地獄と化していた様相を想像した。

 

ただ、その想像を絶する狂気は味わった者にしかわからない。想像はできても、それを共感することは不可能だ。しかし、少なくとも、PJを含めた生還者の皆が、心身ともに相当のダメージを負っていたのは一目でわかった。

 

とにかく、今は彼らの精神面と肉体面の休息が必要だ。そうハインズが考えていると、部屋にノックが鳴り響く。一声で答えると、先ほど連絡を取った人物が姿を現した。

 

「ウズミ様」

 

立ち上がって敬礼をするが、ウズミはやんわりと手で制した。ハインズが与えられた臨時執務室はドッグ近くの部屋で、そこからは運び出されていくザフト兵の姿もはっきりと見える。

 

「辛いものですな…こういう事は」

 

「すいません、我々の無茶を聞いていただいた上に、負傷者の搬入まで許可していただけるとは」

 

事実、オーブは自分たちの行動を後押ししてくれていたのも確かだ。オーブ領海線に帰還してからはすぐ救急艇がやってきて、危険な状態であったザフト兵たちの治療を開始してくれたし、ドックの搬入もすぐに対応してくれた。

 

出航時、もし地球軍、またはザフトに捕捉され砲撃されても、こちらは手助けはできないと言われた時は、戻るまでが自分たちの使命だと思っていたが、ここまで手を貸してくれるとはハインズは考えてもなかった。

 

「私は、オーブの理念と在り方に従ったまでですよ。それに、貴方方の行動、私は誇りに思います」

 

「そう言って頂きありがたいです」

 

柔らかく微笑むウズミに一礼すると、彼はザフト兵に肩を貸す地球軍兵士の姿を見て、感慨深くため息を漏らしてから、呟いた。

 

「貴方方は、この戦争の先にーー何を見ますか?」

 

果たして、パナマの出来事が戦争と言えるのだろうか……いや、この戦争自体が、そう言った方向に転がり落ちて行っているようにハインズには思えた。

 

だが、自分たちは地球軍の制服を脱げていない。これを脱ぐことに、抵抗を感じている自分がいるのも事実だった。

 

「まだ……わかりません。ただ、ひとつだけ言えることはあります」

 

ウズミはこちらに目を向ける。その目に臆さず、ハインズは真っ直ぐと言葉を紡いだ。

 

「ーーこの戦争の行き着く先は、深い闇だと言うことです。人の業が生み出した、底知れぬ闇へ……と」

 

 

 

////

 

 

 

「これから、どうするんですか?イザーク」

 

ボロボロになったデュエルの下で、疲れた体をコンテナに預けていると、水を持ってきたニコルが不意にそんなことを言い出した。

 

「どうするって?」

 

「このままオーブに居ても、しょうがないじゃないですか…」

 

確かに、自分たちは地球軍でもオーブ兵でもない、ザフトの人間だ。

 

パナマ出撃前に、ビクトリア宇宙港付近で地球軍の不穏な動きをキャッチしているという情報を聞いてはいたが、肝心の指揮系統は完全に寸断され、各部隊は身動きを取れないでいる。

 

こんな状態で戻るというなら、カーペンタリアくらいしか思いつかないが。

 

「で?ザフトに戻って虐殺の手伝いをしてこいって?」

 

そう皮肉そうに言うディアッカに、ニコルは困ったように視線を外した。

 

「そ、そうじゃありませんけど……」

 

「狂ってるんだよ。どっちもがな」

 

イザークはそう言って立ち上がってから、地球軍のドックに屈むデュエルを見上げながら、ギュッと手に力を込めた。

 

「何が青き清浄なる世界だ。何が下等なナチュラルを滅ぼして、真のコーディネーターの世界を作るだ。戦場で命をかけて戦う、兵士たちの覚悟を踏みにじりやがって!!」

 

イザークはその有様を見てきた。自分の目で。

 

ザフトは憎しみに身を任せて、無防備なパイロットや基地の兵士すら虐殺し、地球軍は敵が集中しているのを良い事に、まだ兵士たちがいるにも関わらずモルガンを使用し、多大な犠牲を払ってザフトの侵攻部隊を一掃した。

 

結局のところ、互いの憎しみと相容れない考えが蔓延していてーーー今までイザークが考えていた戦争らしい思考など、そこには存在していない。

 

あるのは、ただ互いを滅ぼしたい憎しみと、怒りだけだ。

 

そんなもの、合理性の欠けた戦いなど戦争ではない。決して、戦争なんかじゃあないのだ。

 

「でも、どうするよ?クーデターでもしちゃう?アスランのお父様とやらに」

 

「ええ!?」

 

そういうディアッカに、ニコルは驚いた声を上げる。たしかに、今の状況はプラント最高評議会から出された命令に背いている状況だ。

 

ザフトから離れてしまった自分たちが、この戦争が間違っていると言うならば、それは紛れもない離反。ディアッカの言う通り、プラント最高評議会の議長に反旗をひるがえす事と、なんら変わりはない。

 

イザークは、この行動が今後の自分の在り方にどう影響してくるのか、そんな事がわずかに思考をかすめていく。いっそ自分の母のように、ナチュラルを徹底的に見下せればと思いもするがーーー助けに来てくれたユーラシア連邦の地球軍兵士を見てしまっては、そんな気など起きやしなかった。

 

「とにかく、今は怪我人の救助が先だ。相手があのオーブってのが気に入らんが……今は頼るしかあるまい」

 

ため息をついてから、とにかく物資の運び出しとモビルスーツをどうするかの指示を仰いでくると言って、イザークは立ち上がり艦橋へと歩いていく。

 

そんなイザークの背中を見ながら、ニコルとディアッカはひそひそと小声で話し出した。

 

「ツンデレ……ですかね?」

 

「救援に来た地球軍の兵士に、真っ先に礼を述べてたのにな」

 

「聞こえてるぞ!ムダ話をするくらいなら手を動かせ!!」

 

そう振り返って不満そうに言うイザークに、二人は「はいはい」とやる気のない返事をして。

 

 

場所も在り方も変わりつつあると言うのに、この三人のやり取りは変わらないなと思って、三人は小さく笑うのだった。

 

 

////

 

 

「いやぁ、しかし、ほんとに作っちゃうなんてさ」

 

ストライクを含むG兵器の修理が行われた第六工廠で、アストレイのテストパイロットであるアサギ・コードウェルは、完成した「特殊仕様」のアストレイを見上げながら呟いた。

 

「アストレイ、タイプR……か。流星から取ったのか、それともパイロットから取ったのやら…」

 

マユラ・ラバッツも、カタログスペックの資料を眺めながら、脚部と旋回性能を底上げしたアストレイを見つめる。

 

この機体は、アストレイのOS改修の際、地球軍のラリー・レイレナードが出したデータを元に、強化改修されたモビルスーツだ。

 

「けど、性能は折り紙つきよ?」

 

そう答えたジュリ・ウー・ニェンは、端末から三人の前にそびえる強化型アストレイのデータを説明していく。

 

重点的に強化した脚部を中心に、強化型電磁回路を利用したアクチュエータを2基ずつ、レスポンスを上げるためにスラスターも増築、おまけにモニターも手を加えてあるという機体だ。

 

基本武装は変わらないが、その反応速度と加速性能は、他の標準型のアストレイは比べ物にならないほどだ。

 

「けどぉ、扱いきれないわよ。こんなモンスターマシン」

 

「当のテストパイロットの出したデータより三割ほどデチューンしてるんだから、文句は言わない」

 

ラリー・レイレナードが操ったと言う初期型のRタイプのデータを流用してテストをしたが、パイロットがついていけずに移動させることすらままならなかったという。

 

本当に、これを操縦したラリーという人間はナチュラルなのだろうか?そんな疑問が三人の中に浮かんでいる中。

 

「ふざけんじゃないわよ!!!」

 

第六工廠の奥から、そんな怒声が響き渡ってきた。

 

 

////

 

 

三人が奥にやってくると、そこには人だかりができていて、オーブ側ではエリカ・シモンズを含めた技術士たち、それにカガリもやってきている。

 

彼女らが見つめる先には、スパナを持って今にも暴れ出しそうなハリーを止めるフレイとキラとマードック、そして当のRタイプを監修したラリーが居た。

 

「ハ、ハリーさん!!抑えて!!抑えて!!」

 

「どうしたんですか?!」

 

ほぼ羽交い締めにされるハリーに、なぜそんなに怒っているのかとキラが問いかける。

 

「ホワイトグリント……」

 

「え?」

 

「ホワイトグリントよ!!何よこれ!信じらんない!!作ったやつ頭おかしいんじゃないの!?」

 

うがーーっ!!と言わんばかりに言うハリー。その先には、一回り大きいメビウス・インターセプターに翼を付けたような機体、ホワイトグリントが鎮座していた。

 

マードックや技師たちが、ハリーが見ていた端末を覗き込む。

 

「えー、なになに?……ホワイトグリント……外装……パージ不可!?」

 

彼らからの驚きの声を聞くと、ハリーは暴れ出しそうな気持ちを沈めて、自分が調べた内容を整理し始めた。

 

「パイロットからの承認がなければ、パージは出来ない上に、その仕様も内容もパスワードがかかってて見れないのよ。もう!!頭に来るわ!!」

 

硬い安全靴のつま先で地面を蹴りながら、ハリーは苛立つ心をなんとか抑え込む。

 

「つまり、この……モビルアーマー?」

 

「モビルスーツよ、これでもね」

 

「ええ!?」

 

これで!?と言わんばかりにマードックがホワイトグリントを指差す。ハリーも最初は驚いたが、どうやらこのメビウス・インターセプターのような外見は、高機動ユニットの役割を果たす「外装」らしい。

 

高機動ユニットはパイロットの任意でパージはできるが、このパーツには機密保持のための爆弾が仕掛けられているため、パージさせたら元に戻せないのだ。

 

「つまり、このデカ物は外装で、中にモビルスーツがいるってことですかい?」

 

「そう。カタログスペックではね。けど、にわかには信じ難いわ。なにせこの機体のレスポンス、既存のどのモビルスーツの3倍以上の出力を出してるもの」

 

「3…!?」

 

驚愕するマードックたちに、それでも呆れているのか、困っているのか、ハリーはガシガシと束ねた髪を掻き回して、ウンザリしたように呟く。

 

「動力源は従来と変わらないけど、パワーエクステンダーとか増強処置まで施されてるのに、データを抜き取る事は疎か、この外装が外れた姿すらロックを掛けられてるなんてねぇ。私じゃあ手の施しようがないわ。ちょっと、トールのスカイグラスパーの点検してくる」

 

「あ、ハリーさん。手伝います」

 

そう言って、補修されているスカイグラスパーの方へ向かったハリーは、それについて行ったフレイと共に工廠の奥へ姿を消していく。

 

「おいおい、ラリー。お前こんな機体振り回してんのかよ」

 

ムウが驚いた顔でそう言ったが、ラリーもラリーで困った様子で言葉を紡ぐ。

 

「まぁ……けど、ほかのシミュレーションじゃ遅く感じて……モビルスーツならモビルスーツの動かし方を覚えとかないと」

 

「え?これ、モビルスーツなんだろ?操縦系統は?」

 

「操縦系統は戦闘機寄りのモビルアーマーに近くて。メビウス・インターセプターと感覚が似てるというか」

 

そして、操縦を重ねていくたびにクルーゼの顔が浮かんでくるような気がした。あいつ、流星のこと好き過ぎだろ……なんで操縦パラメータが、自分の設定と大差ないくらいに作り込まれているのか……。

 

「まさに、対流星用に作りこんだら、流星の機体に近づいたって感じか。コイツァ骨が折れるぞ」

 

マードックが言ったことはおおよそ当たりだった。もともと、フリーダムとジャスティス用のフレームとして作られたこの機体は、稼働試験時はザフトが回収した流星のデータから再現されたパラメータが入っていたのだが、クルーゼが「これでは足りん」とパラメータをさらにカリカリに仕上げていたのだ。

 

まさに、対流星用に作られたザフトのモビルスーツと言える。

 

だが、既存のモビルスーツよりも反応速度や加速性能を大きく上回っているホワイトグリントの操縦訓練をするには、既存機のデータを使ったシミュレーターでは満足な訓練ができないのだ。

 

困ったものだとラリーが悩んでいると。

 

「お困りのご様子で?」

 

オーブの技師たちの前に出てきたエリカ・シモンズが、得意げな表情をしながら悩んでいるラリーの元へとやってきた。

 

「ちょうど今からアストレイのタイプRのテストをしようと思ってたんだけどーー」

 

と、エリカが視線を違う方向に向ける。釣られて見ると、そこにはアサギたちアストレイのテストパイロットの姿があった。

 

エリカは親指で彼女らを指して、にこやかに微笑む。

 

「ちょっとこの子達を揉んでくれないかしら?」

 

「ええ!?」

 

「エリカさん!死ねって言ってるんですか!?」

 

アサギ、マユラ、ジュリの抗議をやんわりと受け流しながら、エリカは楽観的な口調で答える。

 

「大丈夫、手加減はしてくれるはずよ……たぶん」

 

「目を見て話をしてくださぁい!!」

 

「タイプRは貴方とハリー技師が集めたデータで構成されてるわ。カリカリのセッティングをすれば、きっと気にいるわよ」

 

「それはいい訓練になりそうですね」

 

「ちょ、ちょっとぉ!!話を聞いてくださいぃいいー!!!」

 

そんな三人を気にしないで、アストレイが置かれている訓練エリアに向かっていくエリカとラリー。それを見届けたキラたちは、心の中で合掌をする。

 

その後、第六工廠からは三人の若い娘の叫び声が響き渡るのだった。

 

 

 

 

////

 

 

 

地球軍、プトレマイオス基地。

 

地球連合軍の月面基地の1つでプトレマイオス・クレーターに建設された軍事拠点であり、最大規模の連合宇宙軍基地。複数の艦隊が駐屯している。地球連合宇宙軍の総司令部であるため、月本部とも呼ばれる。

 

「何たる様だこれは!ジョシュアが成功しても、パナマを落とされては何の意味も無いではないか!」

 

その基地内の会議室では、月本部の上層部とパナマから上がってきた地上の上層部との会議が行われていたが、事態は深刻だった。

 

「パナマポートの補給路が断たれれば、月基地は早々に干上がる。それでは反攻作戦どころではないぞ!」

 

「ビクトリア奪還作戦の立案を急がせてはおるが…無傷でマスドライバーを取り戻すとなると、やはり容易にはいかぬ」

 

アラスカ基地とパナマ基地が「ザフトの攻撃」により壊滅した今、宇宙で展開する拠点は窮地に立たされている。

 

補給路が寸断されれば、武器、弾薬、人員だけではない。水も食料も、更には空気すらも枯渇していく。

 

「オーブは…オーブはどうなっている!」

 

そういった彼らには、もはや体裁はなかった。一刻も早く、この危機的状況を打開しなければならない。

 

「再三徴用要請はしておるが、頑固者のウズミ・ナラ・アスハめ!どうあっても首を縦に振らん」

 

そう苛立ったようにいう上層部の人間を見ていたウィリアム・サザーランドは、その重たい口をゆっくりと開く。

 

「それは中立だからか?いかんな、それは。皆命を懸けて戦っているというのに。人類の敵と」

 

「サザーランド大佐。そういう言い方はやめてもらえんかね。我々はブルーコスモスではない」

 

そう言う月の指揮官に、サザーランドはわずかに眉間に力を込めてから、穏やかな表情の仮面をかぶる。

 

「これは失礼致した。だがーーこの期におよんでそんな理屈を振り回しているような国を、優しく認めてやる必要があるのか?もう中立だのなんだのと、言ってる場合じゃない」

 

「オーブとて、歴とした主権国家の一つです。仕方あるまい」

 

「地球の一国家であるのなら、オーブだって連合に協力すべきだ!違うか!」

 

ダンっと拳を落として、サザーランドは力説する。宇宙からの脅威に対抗するには、地球の連合諸国が協力し合わなければならないと。

 

「今はともかくマスドライバーが必要だ。早急に。どちらかが、或いは両方か」

 

「それはそうだが…」

 

「皆様にはビクトリアの作戦がある。ならば分担した方が効率いいーーーそれに」

 

 

 

 

 

 

「私の用意した、「黄色部隊」。あのお披露目には打ってつけだろう」

 

 

 

 

 

 



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登場人物紹介 2

 

ラリー・レイレナード

階級:中尉→大尉

コールサイン:ライトニング1

 

 

【挿絵表示】

 

 

転生した主人公であり、グリマルディ戦線からメビウスに乗って活躍するエースパイロット。

 

数々の激戦を生き抜いてきた結果、「世界を変える、救うよりも、身近な人の行く先を少しでもマシにするために戦う」という信条を持つようになる。

 

ヘリオポリスで物語の主人公、キラ・ヤマトとアークエンジェル陣営に合流し、更なる頭角を現し、抜群の操縦センスと類稀なる機動戦闘にて、宇宙、地球とモビルアーマー、戦闘機で戦い抜いていたが、オーブ近海のソロモン諸島で地球軍が開発した対地上ミサイル「モルガン」の直撃を受けて墜落。

 

意識不明、コクピットの破片が腹部に突き刺さり、内臓損傷という大怪我を負うがクルーゼにより回収され、バルドフェルドがクライン派経由でプラントへ運び込み、デュランダルの手で治療が施される。

 

治療時の検査により、SEEDの因子が桁外れに多く、常時SEED覚醒状態となっている結果がわかったが、体内の因子の半数以上が未だに覚醒していない状態であることが発覚する。

 

回復後は、クルーゼが「自分と対等な力で純粋な戦いをするため」に調整した機体「ホワイトグリント」を秘密裏にクライン派経由で譲渡し、ラクスから機体を手渡され、回復したキラと共に地球へと舞い戻ってきた。

 

 

 

ハリー・グリンフィールド

 

 

【挿絵表示】

 

 

メビウスライダー隊の技術士であり、現場指揮もしながらメビウスの改造や新規強化プランなども立案する技術者。

 

地球軍の設計局を首席で卒業しながらも、地球軍内で「モビルアーマーでの格闘戦術案」、「メビウスの強化プラン案」、果ては「局地戦対応型のマルチタイプメビウスの開発案」などを提言するという異端児として扱われ、グリマルディ戦線で驚異の撃破スコアを出し、上層部から警戒されるラリーを監視するという名目で、クラックスへ左遷させられた。

 

だが、本人として自身が設計、回収したメビウス・インターセプターのポテンシャルを最大限に発揮するラリーがいるので、クラックスに居るのが1番居心地がいいと認めている。

 

その破天荒さと、確かな技術で作られる装備に、クラックスやアークエンジェルでも割と自由に資材を使った改造を許されている。しかし、暴走すると「ゴットフリート用の冷却器」などの規格外な部品を用いたオーバーウェポンを作り出そうとするので、その度に各技術者から止められている。

 

涙もろく、情に熱い性格で、飛び込んできたフレイ・アルスターを整備士として1から鍛え上げる教育力も兼ね備えている。

 

 

 

 

 

リーク・ベルモンド

階級:少尉→中尉→上級大尉

コールサイン:ライトニング2

 

 

【挿絵表示】

 

 

メビウスライダー隊の一員であり、ライトニング2。元々は整備員であったが、パイロット不足を理由に戦場に投入され、絶体絶命のときにラリーに救われた。

 

その後、整備員として戻ろうとも考えたが、パイロット適性もあり、ラリーの姿に憧れてメビウスライダー隊に志願し、幾多の戦闘を経てパイロットとしての頭角を現す。

 

アークエンジェルと合流後は、キラの良き兄貴分として共にストライクの整備や、エレメントを組んだ戦闘を行い、モビルスーツや戦闘に戸惑うキラをサポートした。

 

低軌道会戦にて、デュエルから民間シャトルを庇ったことで操縦不能に陥ったメビウスと共に行方不明となっていたが、シャトルのパイロットに助けられ、奇跡的に生還。

 

重度の熱中症で療養していたが、ラリーたちがアフリカを出た頃に目覚める。

 

その後、リークを保護したムルタ・アズラエルにより、クラックス艦長のドレイク・バーフォード共に極秘プロジェクトに参加。

 

ブーステッドマンであるオルガ、クロト、シャニの教官として日々を過ごしているがーー。

 

 

 

 

 

ドレイク・バーフォード

階級:少佐→中佐

 

 

【挿絵表示】

 

 

ラリーたちの母艦であるドレイク級宇宙護衛艦「クラックス」の艦長。

 

グリマルディ戦線で戦死するはずだったが、ラリーによりその命を救われており、地球軍上層部から危険視されたラリーとムウの受け皿となった。

 

以降はメビウスライダー隊と共に数々の戦闘を経て、持ち前の冷静な判断力と状況分析力、大胆な作戦の立案の手腕を高めていく。

 

アークエンジェル合流後は、マリューやナタルの良きアドバイザーとして艦長の職をサポートしながらも、アークエンジェルの護衛任務を全うする。

 

しかし、低軌道会戦で友軍の退路を確保するために3機のモビルスーツ相手に奮闘。大破よりの中破となるが、何とか生還し、第八艦隊と共に月の本部へ帰投するが、上層部からの指示によりクラックスのクルー共々地上へおり、アズラエルの元で極秘プロジェクトに参加している。

 

 

 

 

 

アイザック・ボルドマン

階級:大尉

コールサイン:ライトニング3

 

 

【挿絵表示】

 

 

パイロットを目指して地球軍に志願した戦闘機乗り。ザフトによるエイプリールクライシスで戦友を失いながら、カーペンタリア制圧戦から始まり、珊瑚海海戦、第一次カサブランカ沖海戦、そしてスエズ攻防戦という、地球専用のモビルスーツを投入してくるザフトに対して、戦闘機で戦い抜いた歴戦のパイロット。

 

ハルバートン提督推薦の元、第八艦隊へ配属されることになり、地上でのG兵器テストパイロットの教官も務めた経歴もある。宇宙に上がってからは護衛艦ローのパイロットとして配属された。

 

イージスによりローと共に運命を散らせる人物であったが、メビウスライダー隊によって命を繋ぐことができた。

 

低軌道会戦にて、轟沈したローから脱出した他クルーと共にアークエンジェルに合流。アフリカの戦闘にて地上での戦闘経験を生かし、メビウスライダー隊のライトニング3として入隊。

 

アフリカからラリーの目に止まったトールを訓練しながら戦闘に参加していたが、オーブ近海のソロモン諸島戦闘中に、地球軍が発射した対地上ミサイル「モルガン」の直撃を受けて、コクピットからシートごと投げ出されてしまう。遺体は見つからなかった為、戦闘中行方不明となる。

 

 

 

 

トール・ケーニヒ

階級:二等兵

コールサイン:オメガ1→ライトニング3

 

ヘリオポリスにおけるキラ・ヤマトの工業カレッジでの友人。友人の中では、キラが最も心を開いていた人物である。トール自身もキラをコーディネイターであることをを承知の上で良き親友として彼と接していた。

 

アークエンジェルに避難した後、副操縦士を担当する事になる。ミリアリアとは恋人同士の仲。かなり強く、冷静な精神面を持っている。

 

が、そんな彼の転機となったのがアフリカでのレジスタンスの拠点へ偵察に出る任務で、ラリー・レイレナードの複座にナビゲーターとして搭乗したことだった。

 

搭乗早々に行われたラリーのマニューバに意識を飛ばさないどころか、「最高ですね」と答えたことにより、ラリーに資質を見出され、ナビゲーターパイロットとして訓練を受ける名目のもと、戦闘機パイロットとしての基礎訓練をアイザック・ボルドマンから教導されることになる。

 

紅海でのカガリ・ユラ・アスハの捜索中に本格的な戦闘機パイロットとしての訓練を受ける決意をし、暇さえあればラリー、リーク、アイザックの戦闘データから作られたシミュレーションで戦闘訓練をし、飛行訓練もラリーの複座に乗って対G訓練などを行なっていた。

 

ソロモン諸島戦でアイザックを複座に乗せた状態で初陣を果たし、キラが駆るストライクのアシストをしつつ、マニューバを駆使しニコル・アマルフィが操るブリッツの片腕を「ソードストライカー」の大剣「シュベルトゲベール」で切断し、中破に追いやる。

 

その後、地球軍の放ったミサイル「モルガン」の直撃を受け意識を失うものの、墜落寸前に覚醒し機体を安定させる。

 

ナビゲーションモジュール以外の機器が破壊された状況の中で、アイザックの声に励まされながらアークエンジェルに見事帰投したが、帰投後に後部座席が吹き飛んでいることを知り、深いショックを受ける。

 

アラスカ戦では、怪我とショックから立ち上がり、孤軍奮闘でアークエンジェルや守備隊の護衛を行い、ディン6機、ジン5機を撃破するスコアを出す。

 

その後、宇宙から帰還したラリーと共にアラスカ本部内の地下都市「グランド・ホロー」の搬入用トンネルに進入し、サイクロプス起動用の発動機を4基破壊。トンネル内で電子機器が不安定な状況下の中、ラリーとすれ違うという紙一重な飛行を行う。

 

トンネル脱出後は、証拠隠滅に躍起になったパナマの地球軍から放たれたモルガンを迎撃し、見事に生還している。

 

 

 

 

フレイ・アルスター

 

ヘリオポリスがザフト軍の攻撃を受けた際に救命ポッドで脱出するが、推進器の不調により難破状態になっていた所をキラを含めたメビウスライダー隊に救助され、アークエンジェルにおいてサイらと再会し、以降行動を共にする。

 

難攻不落の要塞アルテミスにて、地球軍からの不当な扱いを目の当たりにしながら、コーディネーターであるキラの味方をするラリーたちの在り方に惹かれ始め、ブルーコスモスの思想と、種族に分け隔てなく接するクラックスのクルーの姿の間で葛藤してゆく。

 

遭難していたラクスを救助した際に、彼女をクラックスへ輸送するラリーたちに手を貸したことで、コーディネーターへの意識が変わり始めることになる。

 

父親ジョージ・アルスターがいる先遣艦隊との合流を目前に、クルーゼ隊との戦闘に巻き込まれた際は、メビウスライダー隊の活躍により父と再会することができたものの、ブルーコスモス思想の父との考えのギャップに戸惑い、ラクスを逃す選択をしたキラたちを支持し、父に反発。

 

低軌道会戦間際には、地球に降りることを強いる父に反論しながらも、アークエンジェルに軍人として残る決意をしたキラを置いてはいけないという意思で、自身も地球軍に志願。

 

オペレーターなどの電子機器操作が不得意という安易な考えで、ハリーたち整備班の仕事を手伝うようになるが、ハリーのスパルタ教育と、マードックの職人気質な教えにより、タフな整備士としての資質を現していく。

 

地上に降りてからは戦闘機やモビルスーツの点検作業にも加わるようになり、アフリカ出発時には、目をつぶってでもストライクの配線交換作業ができるまでに成長している。

 

オーブではハリーからモビルスーツ改造に必要な知識を学び、アラスカ到着時には戦闘機のエンジンをバラして組める技術を習得、資格勉強も並行して行うという勤勉さを見せている。

 

アラスカにて、ブルーコスモス派閥への異動をナタル・バジルールと共に言い渡されるが、異動直前にザフトのオペレーション・スピットブレイクに巻き込まれ、なし崩し的にアークエンジェルに残留することになる。

 

 

 

 

 

 



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オーブ会戦編
第124話 それぞれの分岐路へ


 

 

オーブ連合首長国。

 

その国の行政を担う首脳陣が集まる首都、オロファトの首相官邸。

 

そこでは、早朝から自家用のVTOL機で極秘に入国した人物と、ウズミが臨時の会談に臨んでいた。

 

「最後通告……ですか」

 

「ええ、そういうことになります」

 

相手はブルーコスモスの盟主、ムルタ・アズラエル。

 

彼が持ってきた地球軍からの書簡に目を通したウズミは、険しい表情でアズラエルを見つめている。

 

書簡の内容はこうだ。

 

世界情勢を鑑みず、地球の一国家としての責務を放棄し、頑なに自国の安寧のみを追求し、あまつさえ、再三の地球軍からの協力要請にも拒否の姿勢を崩さないオーブ連合首長国に対し、地球連合軍はその構成国を代表して、以下の要求を通告する。

 

一、オーブ首長国現政権の即時退陣。

 

二、国軍の武装解除、並びに解体。

 

48時間以内に以上の要求に対しての対応が実行されない場合、地球連合はオーブ首長国をザフト支援国家と見なし、武力を以て対峙するものである。

 

「パナマを落とされ、もはや体裁を取り繕う余裕すらなくしましたか?」

 

ウズミの痛烈な一言だったが、アズラエルはその余裕そうな表情を崩さずに、組んだ足の上に置いていた手で大げさなジェスチャーをしながら答えた。

 

「痛いところを突いてきますね。しかし事実、その通りでもあります」

 

パナマを落とされて、地球軍側は本格的に尻に火がついたと言える。はたから見ていたアズラエルでさえ、今の情勢で言えば地球軍がいくら量産型モビルスーツを開発できたとは言え、宇宙に上がる足かがりが潰えた以上、宇宙の軍備が干上がるのも時間の問題だ。

 

となれば、残された道は早期のビクトリア宇宙港の奪還か、あるいはすでに使える施設を使えるようにするかだ。

 

「既に、太平洋を連合軍艦隊が南下中であり、事はもはや止めようがありません。火を起こさずに事を収束させるには、条件を飲んでもらうしか」

 

アズラエルがここに来たのは、地球軍からの正式な要請があったからだ。遠回しな文面ではあったが、極秘プロジェクトや、保護した流星隊のメンバーばかりにかまけていないで、こちらの仕事も手伝えーーなんていう内容だ。

 

本来ならば、アズラエル本人がわざわざ時間を割いて、オーブ連合首長国に足を運ぶ必要など無かったのだが、彼は軍人ではなくビジネスマンだ。

 

ビジネスとは、取引。

 

取引とは、互いが納得した条件で、金や物資、施設、人員等々をトレード、売買を行う一種のマネーゲーム。

 

大量の物資と人員を消費しては補充するという戦争経済は、マネーゲームには打ってつけではあるが、現状で敗戦続きの地球軍にとっては、大規模な作戦行動に伴う軍事費用の捻出は、自らの組織の首を絞める行為に近い。

 

そこでアズラエル本人が前に出てきたのだ。ブルーコスモス盟主でもなく、地球軍の関係者でもない、ビジネスマンとして。

 

「我々が欲しいのは、マスドライバーとモルゲンレーテだけです。接収後は、オノゴロ島のみを我々の管理下に置き、ヤラフェス島は地球軍が認可したオーブ暫定自治区として、あなた方がこれまで通りに統治して頂いて結構です。ザフト軍に備え、艦隊も護衛に駐留させましょう」

 

オーブが懸念しているのは、どちらかの政府に属することで、属しなかった勢力から攻撃を受けることだ。

 

そこで、アズラエルが提案したのは、オーブが所有する軍事施設であるオノゴロ島の接収だ。首都があるヤラフェス島は、オーブの暫定的な自治国として認め、オーブの理念とやらはそこに集約する。

 

ザフトが来たとしたも、オノゴロを手隙にする訳にもいかないので、フリーゲート艦隊とモビルスーツを配備すればカバーできよう。

 

この提案は、ほかの国と比べたら破格の譲歩だった。

 

「ーーいくら筋の通らぬことと声高に叫んでも、もはや大西洋連邦に逆らえる国もない。ユーラシアは既に疲弊し、赤道連合、スカンジナビア王国など、最後まで中立を貫いてきた国々も既に連合に組み伏せられている」

 

「我等も選ばねばならぬ時、ということですか」

 

アズラエルの目論見通り、首相陣営の配下たちは口々に不安と焦りを露わにしてきている。ぶら下げた条件に首を縦に振れば、ビジネスマンとしてのアズラエルは勝利することになる。

 

「地球の一国家であるのなら、オーブだって劣勢に立たされている連合に協力すべきですよ。違いますか?」

 

地球というゆりかごの中にオーブがあるというなら、なおのこと。そうアズラエルがトドメを刺したところで、首相陣営は声を潜めた。

 

さぁ、どうする?アズラエルはそう問いかけるようにウズミを見つめるとーー。

 

「それで、どうあっても世界を二分したいのですか?貴方は。敵か味方かと」

 

毅然とした口調で、ウズミはアズラエルを見返す。その目には意思があった。幾度も難解な取引をしてきたアズラエルには直感的に分かった。

 

この話は「決裂」する、と。

 

「連合と組めばプラントは敵。プラントと組めば連合は敵。例え連合にひれ伏し、今日の争いを避けられたとしても、明日はパナマの二の舞になるのは目に見えている」

 

「しかし、オーブは選ばなければならない。選ばなければどちらからも滅ぼされる。そういう場面なのですよ、今は」

 

ウズミの言葉を遮って、あくまでもこれは選択なのだとアズラエルは強調した。オーブの理念とやらは結構だが、それで敵が銃を引き下げてくれることなどないのだ。

 

戦っている者の前に悠然と腕を広げて、戦うことをやめてくれと言ったらどうなるか。答えは撃ち殺され、ボロ雑巾のように道端に捨てられ、何事も無かったかのように死ぬのだ。

 

それが今の世界の在り方であり、戦争の在り方なのだから。

 

「とにかく、我々が用意できる時間はここまでです。それ以降に答えが出ないのならば、通告通りに地球軍はオノゴロ島へ侵攻します。あと、こちらをお渡しします」

 

そう言って、アズラエルは脇に置いてあった高級感のあるファイルをウズミの前に渡す。中には膨大な資料が綺麗にまとめられ収まっている。

 

「これは?」

 

「軍事協定、非戦闘員の保護および不可侵宣言などなど、オノゴロ島以外のオーブ領土に侵攻しない誓約書です。戦うのは私ではありませんが、それを成すのは地球軍の軍人。通す義は通さなければならないでしょう?」

 

それでは、よき返答をお待ちしております。そうアズラエルは立ち上がり、ウズミに一礼してから部屋を退出していく。

 

「ふー、やれやれ。困ったものですね……」

 

取引を終えて窮屈そうにネクタイを緩めるアズラエルは、黒服とサングラスといった、いかにもな護衛たちと共に、オーブの兵士に見送られて自家用のVTOL機へと戻ってきた。

 

その疲れた様子を見てか、機体の前で待機していたパイロットは顔をしかめる。

 

「アズラエル理事。やはりオーブを?」

 

アズラエルが最も信頼し、彼が持つ手札の中で最強のカードの一枚であるパイロット、リーク・ベルモンドは、VTOL機のタラップに来たアズラエルに小声で話しかけた。その不安そうな声に、アズラエルは困った顔をしながらも頷く。

 

「ええ。最近、なにやら腹黒い算段をしているサザーランドの片棒を担ぐのは癪ですし、なるべく穏便に済ませたいものですがーーもしかしたら、あれのテストをすることになるかもですね」

 

その言葉でリークの顔はさらに険しくなった。

 

「あの機体を使うつもりなのですか……しかし」

 

「分かってますよ、ベルモンド上級大尉。今回の件は相応の譲歩をしたつもりです」

 

アズラエルが直接、オーブとの交渉に臨んだ理由としてはリークの存在があった。彼はナチュラルでありながら、卓越した操縦技術と戦闘能力を持つ「流星」の一員だった男だ。それに加えて、地球軍が蔑ろにしている軍人たる潔さを兼ね備えている。

 

交渉のカードでオノゴロ島以外には侵攻しないと宣言したのも、彼が民間人への被害を懸念していたからだ。

 

アズラエルとしても、この作戦でリークに不信感を持たれることは避けたいことでもあったし、軍事的な宣言であれば、大西洋の中枢を握ったサザーランドもおいそれとは口出しできないし、ここ最近、何か暗躍する彼への牽制にもなる。

 

強力な対地ミサイル。アズラエルの情報網を持ってしても、数発使用されたそのミサイルの情報を得るのは骨が折れた。

 

この件には同組織のメンバー、ロード・ジブリールも噛んでいるというが、証拠はすべて爆心地の情報だけ。ミサイルの性能や製造元すら掴めない為、アズラエルも深くサザーランドを言及できない。

 

パナマの件もアラスカの件も、大西洋としてはザフトに多大な被害を与えられたの一点張り。不可思議な点が多いというのに、探りすら入れるのが困難なほどに情報隠蔽がされている。

 

リークを含めた彼らの協力の元進む、極秘プロジェクトに注力しすぎたか、とアズラエルは顔をしかめるが仕方ない。

 

とにかく今は、オーブをどうにかするのが先決だった。

 

「我々の意向を伝えてから、向こうの出方次第ですけど。アスハさんが噂通りの頑固者なら、ちょっと、凄いことになるかもしれませんねぇ」

 

言葉を濁すように言っていたが、アズラエルにとっては確信に近いものがある。

 

この先は、凄いことになる。

 

ただそれだけは自信を持って答えられることだった。

 

////

 

「ウズミ様……」

 

アズラエルが後にした官邸の執務室では、幾人かの有識者とオーブ名家の当主たちが集まり、今後の方針に関して話を続けていた。

 

「陣営を定めれば、どのみち戦火は免れぬ」

 

言い訳にも聞こえるだろうが、事実だ。現に今は、ザフトからカーペンタリアでの会談の申し入れがきている。おそらく、ザフトに協力した時の対価とそれに伴う補償の話であろう。

 

しかし、ここからカーペンタリアに行ったとしても、48時間以内に地球軍に対抗できるザフト部隊を、このオーブに揃えるなど不可能だということは、誰の目からも明らかだった。

 

「解っております。しかし…」

 

「ともあれ、オノゴロ島全域に避難命令を…ヤラフェス島には外出禁止令を」

 

狼狽える当主陣に、ウズミの後ろに控えていたホムラが口を開く。

 

「ホムラ代表…」

 

「子供等が時代に殺されるようなことだけは、避けたいものだが……」

 

どこか遠くを見ながら、ホムラはこのオーブのいく先がどこになるのか、思いを巡らせているのだった。

 

////

 

 

「おーい!全クルー集合だってよ!」

 

アークエンジェルとユーラシア連邦艦隊、そして救助されたザフトの部隊が入港するドッグの大型ミーティングルームには、連絡で伝えられた各陣営の兵士たちがすし詰めになるように集まっていた。

 

《間もなく、政府より重大な発表があります。国民の皆様はどうか、どなたもこの放送をお聞き逃しのないようご注意下さい》

 

ミーティングルームに複数設置されたモニターには、緊急速報と名を打たれた臨時ニュースが映し出されており、国民やこの場に集まったクルーたちへ、記者会見の準備をする様子が生中継で放送されている。

 

そんな中、正面の壇上にマリュー、バジルール、ハインズ、PJと、各勢力を代表する面々が並んで現れた。

 

「現在、このオーブへ向け、地球連合軍艦隊が侵攻中だ」

 

ハインズの一言に、その場にいる全員がざわめき出した。地球軍がオーブに?そんな疑問を抱くものはここには居ない。アラスカとパナマの地獄を知っているからこそ、あの地球軍がここに侵攻してくることに容易に納得できてしまったからだ。

 

「目的はオノゴロ島のモルゲンレーテとマスドライバー。地球軍に与し、共にプラントを討つ道を取らぬというのならば、ザフト支援国と見なす。それが理由です」

 

「なんだそりゃぁ…」

 

「ふざけてやがる…」

 

ハインズに続いたマリューの言葉に、全員のざわめきがさらに大きくなっていく。パナマであれだけのことをしておきながら、尻拭いを中立に押し付けるのか。それも逆らえば武力で無理矢理奪い取るなどーーやっていることに、もはや軍としての規律や道理など存在しなかった。

 

「オーブ政府は、あくまで中立の立場を貫くとし、現在も外交努力を継続中ですが、残念ながら、現状の地球軍の対応を見る限りにおいて、戦闘回避の可能性は、非常に低いものと言わざるを得ません」

 

「オーブは全国民に対し、オノゴロ島の都市部、及び軍関係施設周辺からの退去と、ヤラフェス島全域に外出禁止令を命じ、不測の事態に備えて、防衛態勢に入るとのことだ。回避不能となれば、明後日0900時に、戦闘は開始される」

 

そのPJの言葉で、ミーティングルームがシンと水を打ったように静まり返る。つまりはーーそういうことだ。

 

「我々もまた、道を選ばねばなりません」

 

マリューの言葉が、この場にいる全員に、自分たちがある意味での分岐路に立っているということをはっきりと自覚させていく。

 

「現在、アークエンジェルを含めたユーラシア連邦艦隊、ならびにパナマで救助されたザフト軍は、陣営も立場も定かでない状況にあります。

この事態に際し、我々はどうするべきなのか。命ずる者もなく、また我々もあなた方に対し、その権限を持ち得ません」

 

今の自分たちは明確な軍属にいる軍人ではない。ザフト組が集まる壁際に立つイザークは、ゆっくりと瞑目して、自分の立場を見返していた。

 

オーブを守るべく、大西洋連邦と戦うべきなのか。またはそうではないのか。

 

いや、一人の人間として、この状況でどんな答えを出すべきなのか。それを問われているような気がした。

 

「我々は皆、兵士としてではなく、個人で判断せねばならん。よってこれを機に、この艦隊を離れようと思う者は、今より速やかに退艦し、オーブ政府の指示に従って避難してくれ」

 

ハインズの言葉で、誰もが息を飲んだ。

 

「地球軍兵も、ザフト兵も、分け隔てなくオーブは引き受けてくれるとのことです」

 

ここだ。ここで自分の答えを出さなければーーもう後戻りはできない。現実を見ずにまた陣営に分かれて戦うのか、それとも現実を見て真に戦わなければならないものを見極めるか。

 

道は二つに一つだ。

 

そんな中で、アークエンジェルの艦長であるマリューはハインズとPJの前に出て、アークエンジェルのクルーたちに敬礼を打った。

 

「この場を借りて、アークエンジェルクルーに伝えます。私のような頼りない艦長に、ここまで付いてきてくれて、ありがとう」

 

そう言って微笑むマリューに、目を背けるものは少なく、毅然と真っ直ぐとした瞳で敬礼を返したクルーたち。

 

オーブの戦いは目前に迫っている。

 

だが、まだ答えを出せない者も多くいるのだった。

 

 

////

 

 

「キラー!」

 

ミーティングが終わった後、フリーダムの調整や、アサギたちが訓練するアストレイの微調整のために工廠へ向かっていたキラを、オーブの正装姿のカガリが大声を上げて呼び止めた。

 

キラが振り返ってカガリを受け止めると、カガリは戸惑った様子でキラの名前を呼び、その手は微かに震えているように思えた。

 

「ちょっと落ち着きなよ。そんな服着てる人が慌ててると、みんなが不安がるよ?」

 

「え!?あっ、そ…そうか…そうだな。いやでも…オーブが戦場になるんだ!…こんなこと…」

 

目に見えてカガリは困惑していた。それもそうだ。自分の国が、これから戦場になるかもしれないのだ。恐れない方がおかしい。震えるカガリに、キラは優しい声で語りかける。

 

「でも正しいと思うよ。僕は」

 

キラの言葉に、カガリが驚いたような顔をした。たしかに、オーブのとった道は、一番大変だと思う。

 

けれど正しい道だ。

 

正しい道、正しい真実に向かうことは、決して間違っていないのだ。

 

それで深く傷つこうとも、それで大切なものを失うことになっても。

 

「キラ…」

 

「だから、カガリも落ち着いて。出来るかどうか分かんないけど、〝僕ら〟も守るから。カガリのお父さん達が守ろうとしているオーブって国をさ」

 

 

////

 

 

「そっか。カズイ、降りるんだな」

 

あのミーティングのあと、アークエンジェルから退艦するクルーは少なからず居た。その中には、サイたちがよく知る学友であるカズイも。

 

「…サイは降りないの?」

 

見送りにきたサイやミリアリア、トールを不安そうな目で見渡しながらカズイは弱々しく呟く。その言葉にサイは首を横に振った。

 

「俺は残るよ。キラやトールも……フレイだって放っておけないし。それに攻撃されんのオーブなんだし。今、俺にも出来ることあるから。さっき、家にも電話して、そう言ってきた」

 

「けどさぁ…あ、ミリィは降りるよね?女の子なんだし…」

 

そう言って今度はミリアリアに目をやるが、彼女も困ったような笑みを浮かべて首を横に振る。ミリアリアも、トールを放っておけないし、気持ちとしてもサイと同じだった。

 

それを見て肩を落とすカズイに、サイはため息をついて肩に手を掛ける。

 

「カズイ」

 

「な、なんだよ」

 

「他の奴のこと、もう気にすんなよ。自分で決めたことなら、それでいいじゃんか。みんな違うんだから」

 

「けど…俺だけ降りるって言ったら…みんな臆病者とか卑怯者とか…俺のこと思うんだろ!?どうせ、そうだろうけどさ…でも…だって俺、出来ることなんかないよ…戦うなんて!そんなことは出来る奴がやってくれよ…!!」

 

そう泣きそうな声で零すカズイの言葉は、ずっと隠してきた本心だった。ずっと本心をひた隠して、アフリカも、ソロモン諸島も、アラスカも戦ってきた。けれど、割り切れもしないし、その想いは大きくなる一方だ。

 

誰もが使命のために殉じられるわけじゃない。自分の命が大切なんだとカズイはサイの目を見て訴えかける。

 

その言葉に、サイの隣にいたトールは、「卑怯者なんて思わねぇよ」と優しく微笑む。

 

「解ってるよ。向いてないだけだよ、お前に戦争なんてさ。カズイは優しいから」

 

「トール…」

 

そう言って、トールもカズイの肩に手を掛ける。別れる時は笑顔だろ?と言ってトールは笑うと、サイもミリアリアも微笑んだ。

 

「平和になったら、また会おうな。それまで、生きてろよ」

 

「サイ…。みんな…俺…ごめん」

 

何もできない、弱い自分でごめん…そう言ってカズイは、みんなに支えられながら涙を流して、アークエンジェルを降りていくのだった。

 

 

////

 

 

アズラエルは南下してくる大西洋連邦の艦隊と合流したのち、自身の執務室である艦の一室で、オーブからの返答が記載された書類に目を通していた。

 

「はぁー、要求は不当なものであり、従うことは出来ない。オーブ連合首長国は、今後も中立を貫く意志に変わりはない、と」

 

バサッと執務室へ書類を投げ出したアズラエルは、ニヤリと笑みを浮かべて、自分の商才のカンに鈍りはないと再確認する。

 

「いやぁ流石、アスハ前代表。期待を裏切らない人ですねぇ。ほんとーーー僕としては、これでよかった……とでも言えたら楽なんですが」

 

いっそ力で全てを奪い取れたらーーとも思うが、それでは空から降りてきた野蛮人たちとなんら変わりはない。自分はビジネスマン。利益を出すためにスマートに仕事をこなすのが流儀だ。

 

故に、無駄な遠回りはしない。

 

「ベルモンド上級大尉をここに」

 

テーブルに設けられた受話器で側近にそう伝えて、アズラエルは席へと座る。

 

今までは大手を振って前に出すことはできなかったが、ここで存分に見せつけることができる。サザーランドや、好き勝手している大西洋連邦への牽制も兼ねて。

 

「さて、約束は約束。ここまで譲歩しても引き下がらないのならば、我々が取る道は一つです」

 

それに、あの機体のテストもできるなら、一石三鳥くらいの利があるでしょう。そうアズラエルはほくそ笑んで、まだ見えないオーブの島に手をかざして呟いた。

 

「さぁ、お披露目と行きましょうか。僕が作った『流星』を!」

 

 

 

 

 

 



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第125話 開戦の音

 

 

「なに黄昏れてんの?艦長さん」

 

アークエンジェルのブリッジで、着々と進む出航準備の様子を眺めていたマリューに、ブリッジに上がってきたムウが話しかけてきた。

 

ムウも新しい機体であるストライクの慣熟訓練を終えて、今は指令を待つ身ーーというより、自分で考えを持って、この場に留まっている人員の一人だ。

 

「結局、アークエンジェルからの退艦は11名。ユーラシア連邦の艦隊のほとんどが残ってるし、ザフトの動ける奴らも迎撃に参加するんだって?」

 

あたりを見渡せば、地球軍の侵攻を食い止めるために出発準備と出撃準備をする船が多くあり、眼下ではオーブ軍と地球軍、さらにザフト軍の制服を着た兵士や技術者たちが忙しなくひしめいていて、それぞれが協力して準備に取り掛かっている様子が見える。

 

「みんな凄いじゃないの。ジョシュアとパナマがよっぽど頭に来たのかねぇ」

 

アラスカとパナマの悲劇ーーいや、惨劇を見て心を動かされた人々が多かったということだろうか。逃げようと思えば逃げられるというのに……それでも歯を食いしばって立ち止まり、自分たちが正しいことを為すために奔走している人々。

 

マリューは、こんな自分に付いてきてくれる下士官たちへの責任感や、これから為す自分自身の行いを見つめながらも、アラスカからずっと気になっていたことに想いを馳せていた。

 

好都合なことに、ここには誰もいない。マリューは意を決して、ムウの方へと振り返って問いかけた。

 

「…少佐は、なんで戻ってらしたんですか?その…ジョシュアで」

 

その問いかけに、ムウは今まで見たこともない間の抜けた表情をすると、困ったような顔をして頬をかいた。

 

「今更…聞かれるとは…思わなかったぜ」

 

なにを…とマリューが声を発しようとした瞬間、ムウは数歩マリューの方へ歩み寄ると、そっと優しくマリューの腰へ腕を回した。

 

これはーーと問うまでもなく、マリューは吸い込まれるようにムウの瞳を見つめた。ああ、こんな眼をした人を、自分は知っている。そんな考えが頭をかすめて、マリューはすこし悲しそうに眼を細めた。

 

「……私は…モビルアーマー乗りは嫌いです」

 

過去に、そんな瞳を向けてくれた人は、戦争で死んでいる。それもモビルアーマーに乗って。マリューの中には、いつも失う恐怖が付きまとっていた。ムウの気持ちに気付いていながら、そんな自分が答えることを邪魔している。すると、マリューの顎先へ指を添えながら、ムウは優しく微笑んだ。

 

「俺今、モビルスーツのパイロット」

 

その言葉の後、ムウはマリューへと吸い寄せられていく。影が一つになって、マリューは戸惑っていた手を、そっとムウの背中へと回していく。

 

その光景は二人だけのものーーーーだと思っていたが、管制システムを見ていたナタルが、その一部始終をバッチリ目撃してしまっていたことを二人が知ったのは、オーブ戦のあとだった。

 

 

////

 

 

オーブ守備隊への参加を表明したイザークたちは、キサカの案内の下、第六工廠へと足を踏み入れることになった。

 

理由は簡単で、キサカが志願したパイロットのデータを整理していた時に、イザークたちがG兵器に乗っていた経歴を見たことだった。

 

「マジで?これを俺たちに?」

 

「まさか君たちがGのパイロットだったとはな。驚いたが、君たちが扱っていたものだ。元鞘、というのはおかしいが、君たちが乗った方が戦力になるはずだ」

 

キサカの返答の後、改めてディアッカは改修されたバスターの姿を見上げる。それもただ直された訳ではない。稼働時間の問題を解決するため、動力源も最新型のバッテリーに交換されており、関節の駆動軸も互換性のある上位機種へ変更されているという。

 

カタログスペックだけでも、1.5倍ほどは機動力が増しているのがわかった。

 

「切って貼って直してたバスターが、新品同様とはなぁ」

 

「ブリッツの片腕は新造したが、武装面は間に合わなかったため、デュエルと同等のシールドとビームライフル、ビームサーベルを装備してある。うまく使ってくれ」

 

「了解しました」

 

それでは、システムの説明をと、ディアッカとニコルが技師からの説明を受けようとしていた時だった。

 

「イザーク?」

 

二人と共に呼ばれていたイザークは、少し離れた場所でフリーダムの調整を行なっているキラの方へと向かっていた。

 

「貴様が、あの機体のパイロットか」

 

そう問いかけられてキラが振り返る。なんだ、自分たちと変わらないじゃないかとイザークが少し驚いたが、すぐに気を取り直した。

 

「あっ…貴方は…」

 

「俺は、デュエルのパイロット。イザーク・ジュールだ」

 

そのイザークの言葉に、キラは一瞬、低軌道会戦の記憶がフラッシュバックした。

 

「デュエ…ル…」

 

コイツが、無関係な民間のシャトルを狙いーーあまつさえベルモンド少尉を撃ったパイロット…。そんな思いが湧き出して、キラの手に無意識に手に力がこもった。そんなことなど知らずに、イザークはキラの元へと歩み寄って、その不機嫌そうな目でじっとキラを見つめる。

 

「正直な話、俺は貴様のことを信用してはいない。戦場で相手を殺さないなんて、おかしいと思うからな」

 

イザークが言っているのはアラスカでの戦いだ。フリーダムは、決定的に自分を討てるタイミングだったというのに、わざと逸らして自分の命を見送ったのだ。その行為がイザークの中でずっと引っかかっていた。

 

「相手を殺さなければ、そいつはまた新しい機体に乗ってやってくる。元を断たねば、終わらないと思っているからな」

 

これはザフトの軍事学校で教わったことだ。敵を完全に倒す。でなければ、敵は傷を癒して新しい兵器に乗ってやってくる。それで同胞が傷ついたらどうなる?それで戦友が殺されたら?あるいはーーー自分自身が殺されたら?

 

故に、イザークは逃げ出した腰抜けたちが乗る船を狙ったし、それでも立ち向かってくる相手に銃を向けたのだ。

 

「今でも…そう…思うんですか…」

 

震えるキラの言葉に、イザークは鎮座するフリーダムへ視線を動かした。

 

「わからん」

 

「えっ」

 

予想していなかった返答にキラが驚くと、イザークも、自分でも戸惑っているのだがなと付け加えて、言葉を紡いだ。

 

「ただ、今までそうやって兵隊をやって、教えられたことを守り、敵を殺して殺されて、役目を果たして勲章をもらって……そこに俺は、意味を見出せなくなっている。今まで散々、コーディネーターの誇りだ、ナチュラルは下等だと宣っていたのにな」

 

アラスカだけじゃない。オーブで仲間ごと葬ろうとした地球軍にも。武器を持たない兵士に銃を放ったザフト軍にも。そして、そんな惨状の中でも手を互いに握ることができた両軍の兵士を見て、イザークは思ったのだ。

 

自分は、なんのために戦っているのだ、と。

 

「俺が受けるべき、罰はあると思う。この戦争に加担した誰にでも。だが償うのは今じゃない。今はやるべきことをやる。それだけだ」

 

「ジュール…さん…」

 

「イザークでいい。これから貴様とも共同戦線を張るのだからな。それが言いたかっただけだ」

 

邪魔をしたなと言ってニコルたちの元へ戻っていくイザーク。気がつくと、キラの手にこもっていた力はすっかり抜け落ちていたのだった。

 

 

 

////

 

 

 

 

 

 

 

各員、傾聴。

 

まずは、ここに残りオーブのため、そして自分たちが戦うべき相手を見定めるために剣を手にしてくれた諸君に感謝する。

 

これより、ミッションを説明する。

 

場所はオーブ首長国連合、オノゴロ島。敵の目的はモルゲンレーテの本社とマスドライバーだ。

 

島のほぼ中心部に位置する2箇所の防衛目標を守備するため、オーブ軍はアップル、バター、チャーリー、ダフの4つのエリアに展開し、防衛を行うことになる。

 

我々を含めたユーラシア連邦所属の地球軍、カーペンタリア所属のザフト軍も今作戦へ参加し、メビウスライダー隊は、敵勢力が最も侵攻してくると予想されるエリアが担当となる。

 

オーブ軍も自国産の量産型モビルスーツ、M1アストレイで迎撃を試みるが、実戦が初めてな新兵が多い。よってモビルスーツ隊の中核としてザフト兵、地球軍の混成部隊で部隊指揮を行う事になった。

 

ラリー。君はライトニング1として、チャーリーエリアのモビルスーツ隊の中核を担ってもらう。メンバーはキラのライトニング2、トールのライトニング3。

 

ダフはフラガ少佐のストライクを中心に、オーブ軍のモビルスーツ部隊を展開。沿岸部からの上陸部隊を阻止する。

 

アップルは、ザフト軍と地球軍の戦闘機、モビルスーツの混成部隊だ。隊長はホーク殿を中心にした手練れで行ってもらう。また連絡した通り、味方からの誤射を防ぐために、ザフト軍にもM1アストレイに搭乗してもらうことになる。

 

バターには、ジュール殿のデュエルを中心とした部隊を中核に、敵の迎撃に出てくれ。

 

よってこれより、メビウスライダー隊は四つの小隊で運用することになる。

 

チャーリーを、ライトニング隊。

 

ダフはグリフィス隊。

 

アップルはアンタレス隊。

 

バターはガルーダ隊だ。

 

AWACSも二手に分かれて、アークエンジェルを主軸としたエンジェルハート隊、空母スプレッドを主軸にしたカノープス隊となる。

 

エンジェルハートはライトニング、グリフィス。カノープスはアンタレスとガルーダを担当する。通信時は、それぞれの小隊のTACネームを使用してくれ。

 

各員。

 

我々の目的は、オーブの技術力とマスドライバーを地球軍に渡さないことだ。それを渡してしまえば、戦火はより広がり、宇宙では血みどろの戦いになるだろう。

 

それだけではない。奴らにはモルガンがある。

あの火でオーブの無関係な市民たちを焼くことは、絶対に避けなければならない。

 

苦しい戦いになるだろうが、我々ならやり遂げられるはずだ。

 

この戦いで、我々が為すべき事を果たそう。

 

幸運を祈る。

 

メビウスライダー隊、発進せよ!!

 

 

 

 

 

 

 

////

 

 

 

オーブ、オノゴロ島南西部。

 

そこにあるモルゲンレーテのモビルスーツ格納庫では、ムウが乗るストライクを始め、ラリーの訓練を受けたアサギたちが乗るアストレイR型が発進準備に入っていた。

 

「嬢ちゃんたち!エレメントを組んで、しっかり付いて来いよ!」

 

グリフィス隊である彼女らのリーダーとして、ムウが隊長らしく声をかける。だが、彼女たちは軍人ではない。あくまでモルゲンレーテのテストパイロットだ。故にーー。

 

《うう、タイプRの慣熟訓練は終わったとは言え》

 

《不安が残るなぁ》

 

会話も非常にラフだ。M1アストレイよりも遥かに鋭いレスポンスを持つR型に乗り込みながら、三人はこれから出ていくことへ不安を露わにしている。

 

「戦場に出たらそんな言い訳通用しないぞ?しゃんとしろよぉー」

 

《 《 《了解ー》 》 》

 

気の抜けた返事だぜ…とムウが小さく呟くと、思い出したようにコクピットモジュールの空いたところへ一枚の写真を貼り付けた。

 

そこには、マリューとナタルを両肩に寄せたムウという、苦労を共にした三人の姿が映っていた。

 

守ってみせるさーー今度こそな。

 

《進路クリアー。グリフィス隊、フラガ機!どうぞ!ご武運を!》

 

「よっしゃあ!グリフィス隊、グリフィス1、ムウ・ラ・フラガ、エールストライク、出るぞ!!」

 

 

 

////

 

 

オノゴロ島の中腹部の格納庫でも、同じように発進準備が進められている。誘導員に従ってモビルスーツ用のエレベーターに乗るのは、M1アストレイを駆るPJと、同じ機体に乗る彼の長年の部下たちだ。

 

「M1アストレイ…ザフトの機体よりも、かなりデリケートな操作感覚ですね」

 

「マニュアルは読んだんだ。慣熟訓練も終わっている。あとは実践あるのみだな」

 

そう言って肩を回してからベルトを装着するPJ。そんな彼に、長年付き従ってきた部下がとぼけたように笑ってみせる。

 

「あまり無理はしないでくださいよ、隊長」

 

「娘たちに会うまでは死ねんよ」

 

そういう彼も、コクピットに故郷にいる家族の写真を貼り付けていた。

 

そうだとも。こんなくだらない戦争で死んでたまるものか。

 

そして見つけなければならない。この戦いの中で、自分たちーー地球もプラントも真にやらなければならない、戦わなければならないことを。

 

それを後の世に伝えるためにーー。

 

《進路クリア!アンタレス隊!発進、どうぞ!》

 

「了解した。アンタレス隊、アンタレス1、パトリック・J・ホーク、M1アストレイ、出るぞ!!」

 

 

////

 

 

「守備隊は東側に配置だ!他の奴らも抜かるなよ!」

 

モルゲンレーテ本社から出撃することになったイザークたちは、展開する迎撃部隊に指示を出していく。おそらく相手も地球軍製のモビルスーツでくるはずだ。

 

ならば、敵が嫌がるところに迎撃部隊を配置すればいい。ガルーダ隊では、事細かな指令系統もイザークの指揮に噛み合っている。

 

陸戦のミサイル部隊だというのによく動くものだと感心しながら、イザークもデュエルの発進準備を進めていく。

 

「まさかこの機体で、しかも流星隊で出ることになるなんてなぁ」

 

「人生とはわからないものですね」

 

両隣にいるバスター、ブリッツから二人の戦友の声が聞こえる。

 

「ふん、ナチュラルどもはモビルスーツに乗ったばかりだ。経験の差という物を見せつけてやる!」

 

「はりきってるねぇ、イザーク」

 

「無茶はしないでくださいね!」

 

「ちぃ!わかってる!」

 

そもそも心配というなら、一度落とされているお前たちの方がなぁーーーといいかけたところで、管制官からの合図が入った。

 

《進路確認!ガルーダ隊、発進してください!ハウメアの加護があらんことを!》

 

「ガルーダ隊、ガルーダ1、イザーク・ジュール、デュエル、出るぞ!!」

 

 

////

 

 

「いいな!発進は戦闘機からだ!!各作業員はさっさと配置につけよ!!」

 

マードック指揮の元、アークエンジェルでも忙しなく発艦準備が進められていく。ノーマルスーツに着替えたトールは、コクピットへかけられたハシゴを登って、〝やや形が変わった〟スカイグラスパーのコクピットに搭乗する。

 

「トール、スーパースカイグラスパーの調子はどう?」

 

「いい感じですよ、ハリー技師。レスポンスはバッチリです」

 

そうトールがにこやかに答えると、彼女は得意気に胸を張ってみせる。

 

ハリーがホワイトグリントを諦めて、トールのスカイグラスパーの点検をし始めてから数時間。

 

今作戦、唯一の戦闘機だからとハリーが気合を入れて弄った結果、そこにはラリーが乗っていたスーパースピアヘッドのデータを踏襲しながら、ノンオプションのストライカーパック装備システムを活かした、新たなるスカイグラスパーが完成していた。

 

「当然!なんたってオーブから新品を貰ったもんね!ガツンとやっつけてきてよ!」

 

何度かのテストで度肝は抜かれたが、すっかり乗り馴れた機体であるスーパースカイグラスパーの中で、トールは手を振るハリーへ敬礼を打って答えた。

 

「了解!」

 

《進路クリアー、スーパースカイグラスパー、どうぞ!トール、気をつけてね!》

 

「まかせて!トール・ケーニヒ、ライトニング3、スーパースカイグラスパー、行きます!!」

 

ランチャーストライカーを装備し、防護壁と増槽、小型ミサイルを搭載したファストパックを装備したスーパースカイグラスパーは、外付けのブーストユニットを吹かしながら、アークエンジェルを飛び立っていく。

 

続いて運び込まれてきたのは、ラリーのホワイトグリントだ。

 

「ラリーさん、よく聞いて。その機体は外装を任意でパージはできるけど、中身は誰にもわからない。もし宇宙用の機体だったら、すぐに帰還してくださいね」

 

フレイの忠告を聞き入れながら、ラリーもコクピットの中で発進準備を整えていく。

 

「了解した。まぁパージしないように気をつけるよ」

 

「いっそパージしてくれた方が、手を付けやすいんだけど!?」

 

「今度はモビルスーツと戦闘機を合体させようとか言うんじゃないだろうな?」

 

「はっはっは!そんなまさかぁ」

 

「そのまさかがあるんだよなぁ…」

 

《無駄口は終わりか?ライトニング1。敵はすぐに来るぞ》

 

トーリャの辛口の言葉に苦笑を洩らしながら、ラリーは操縦桿を強く握りしめた。

 

「はいはーい!んじゃあ、ラリー・レイレナード、ライトニング1、ホワイトグリント、発進する!!」

 

ガシュゥッと射出スライドにのって飛び出していくホワイトグリントは、空に飛び出すと畳んでいた翼を展開して、トールのスーパースカイグラスパーの後へと続く。

 

「次はフリーダムだ!さっさと動けよ!!」

 

《キラ、気をつけろよ。絶対、無理はするなよ!》

 

ハンガーから射出位置へ運ばれるフリーダム。そんなキラへサイが通信を繋ぐ。サイの表情はとても心配そうで、一度キラを失ったと思ったから余計に不安なんだろう。そんな彼に、キラは優しく微笑んだ。

 

「了解、サイ。無理はしないよ。大丈夫」

 

「キラ!」

 

発進シークエンス間際に、フレイがキラのフリーダムを見上げて叫ぶ。

 

「フレイ」

 

「今度も、守ってね」

 

そう言ったフレイに、キラは力強く頷いた。

 

今度こそ守る。自分の大切なものを、大切だと思えた全てをーー!!

 

「キラ・ヤマト、ライトニング2、フリーダム、行きます!!」

 

 

////

 

 

オーブ、オノゴロ島沖合。

大西洋艦隊のフリーゲート艦に守られるように配置されるアズラエルが乗るモビルスーツ用の船の中では、カラミティ、レイダー、フォビドゥンの発進準備が進んでいた。

 

《あー、君達?マスドライバーとモルゲンレーテの工場は壊してはいけません。分かってるね?》

 

各機体に届けられたアズラエルの言葉に、フォビドゥンに乗るシャニは小さな笑みを浮かべる。

 

「他はいくらやってもいいんだろ?兄ちゃん」

 

「向かってくる敵はね。とにかく自分たちを守ることだよ。無理に戦って怪我をするのも馬鹿らしいしね」

 

そう答えるのは、アズラエルが用意した機体に乗るリークだ。三人にとって隊長であり、兄であるリークの言葉は、ほぼ絶対だ。

 

「了解了解」

 

「兄さんは心配症だからな」

 

「オルガ、これが初出撃ってこと忘れないでね?無茶をしたら今度の新作の本、買わないから」

 

カラミティの中で呆れたようにいうオルガに釘をさすと、彼はうげぇと心底嫌そうに顔をしかめる。テストと勉強の間の唯一の娯楽が!と言わんばかりに、オルガは焦ったように言葉を出した。

 

「えー!そりゃねぇぜ!」

 

「やーい、兄貴に怒られてんの」

 

「ダッサ」

 

「うるせーぞお前ら!」

 

クロトとシャニのまるで指をさして笑うような言い草に、半ば切れるように返すオルガ。そんなやりとりをアズラエルは通信越しにパンっと手を叩いて制した。

 

《はいはい、お話はそこまで。では、ベルモンド上級大尉、あとは任せます》

 

「了解。じゃ、行こうか」

 

すると、四人の機体へ訓練時から聞き慣れたオペレーターの声が届いた。

 

《こちら、AWACS「スカイキーパー」のニック・ランドールだ。メビウス隊、通信時はコールサインで。敵情報はこちらでモニタリングする》

 

船の側面が開く。朝焼けが迫っていた海は徐々に明るくなっていて、扉が開いた瞬間に一筋の光がオルガたちの元へ届いた。

 

《作戦時間丁度。日の出だ》

 

さぁ、始めましょう。アズラエルの一言を合図に、各艦からモビルスーツ部隊と戦闘機隊が一斉に飛び立ち始める。

 

「了解っと!オルガ・サブナック、メビウス1、カラミティ、おらぁ!!行くぜぇ!!」

 

「クロト・ブエル、メビウス2、レイダー、発進しまーす」

 

「シャニ・アンドラス、メビウス3、フォビドゥン、出るよ」

 

3機も同様に船から飛び出して、ほかの部隊と同じようにオーブのオノゴロへと進行していく。

 

《ベルモンド上級大尉、その機体はあくまでテストです。つまらないことで撃墜は許しませんからね?》

 

遅れて発進するのは、先に出た三機よりもオーソドックスな機体で、地上での滞空時間を獲得するために装備された、フォビドゥンと同様のフライトユニットを背中に背負ったG系の機体だ。

 

「わかってますよ、アズラエル理事。リーク・ベルモンド、メビウスリーダー、〝リベリオンガンダム〟、発艦します!!」

 

そう答えて、リークも出撃していく。

 

オノゴロ島を目指す地球軍勢。戦いはすぐそこに迫っていた。

 

 

 

 

////

 

 

 

 

「メビウスライダー隊?ああ、例の時代遅れか」

 

極秘にオーブに向かう空母の中で、ブリーフィングを受けている壮年の男性はつまらなさそうに呟く。

 

《君たちに下った命令は、事実を知るもの全ての破壊だ。これはどの命令よりも優先される》

 

「戦闘機、モビルアーマー乗りで名を馳せたようだが、今はモビルスーツの時代だ。戦闘機などと言うロートルにはさっさとご退場願おう」

 

そう吐き捨てる男性の隣では、麗しい女性パイロットが立っていて、こちらもメビウスライダー隊の情報を、特に興味もなさげに眺めながら呟く。

 

「宇宙の野良犬の駆除には番犬ってね。いいじゃない。ひさびさに楽しそうで」

 

《カテゴリー15、レッドキャップ。カテゴリー5、プロメシュース。君ら黄色部隊のモビルスーツには、多額の金がかかっていることを忘れるな。戦果を出さねば意味がないのだからな》

 

「了解している。では、時代遅れを狩るとしよう」

 

 

 

 

 

 



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第126話 エースたちの戦い1

 

 

 

「オーブ軍、戦闘開始しました!」

 

オーブ軍司令部のオペレーターが発したその言葉を皮切りに、オノゴロ島近辺では侵攻してきた地球軍と、オーブ軍による激しい戦闘の火蓋が切って落とされた。

 

「グリフィス隊、敵機と交戦開始!!」

 

まず地球軍が足がかりにせんとして侵攻したのが、ムウたちが任されているエリア、ダフだ。オノゴロ島の南西部に位置するダフエリアには、地球軍の上陸部隊が展開し、敵防衛網を突破するための爆撃が苛烈さを増していた。

 

「とりゃああああ!!」

 

そんな爆撃の中をムウのストライクが先行し、上陸しようとしている先遣隊を各個撃破していく。

 

「アサギ!」

 

「任せて!」

 

敵の船から降りてくる戦車や装甲車を、海岸に釘付けにするように配置された迎撃砲と連携して、アサギたちもムウに続いて上陸しようとする船をビームライフルで撃ち抜き、撃破していく。

 

この船を大量に上陸させてしまえば、物量で負けているオーブ軍の目と鼻の先に、地球軍の即席拠点が展開されてしまう。そうなれば、沿岸部を占拠されたと同義だ。

 

ムウたちの任務は何としても沿岸部を死守し、地球軍をオノゴロ島に踏み入れさせないことだった。

 

「マユラ!左!」

 

ハッとマユラが横へ目を動かすと、そこには輸送船から出た数台の戦車が起動を終えて、マユラのアストレイに照準を向けている光景が見えた。

 

すると、背後から頭上を飛び去ったムウのストライクが、上空からビームライフルで戦車部隊と輸送船を一掃していく。

 

「グリフィス3!ボサッとするな!地球軍のモビルスーツ部隊が来るぞ!」

 

「りょ、了解!」

 

先遣隊の生き残りはまだ沖合にウヨウヨとひしめいている。今まで秘匿されていたオーブ軍のモビルスーツの性能を目の当たりにした彼らだ。すぐに地球軍のモビルスーツ隊へ援護の要請をしているに違いない。

 

歴史に名を残すことになろう、壮絶なモビルスーツ同士の戦いがすぐそこまで迫っていた。

 

 

////

 

 

モビルスーツを乗せた巡洋艦から、いくつもの影がオノゴロ島へ向かって進行していくる。その光景を見つめながら、M1アストレイを駆るPJは回線越しに各部隊へ指示を出していく。

 

「アンタレス隊は東に展開する!!各機、敵の足を止めろ!ここを通すな!!」

 

「了解!!」

 

飛行能力が乏しいモビルスーツにとって、海上での戦闘は困難だ。先に迎え撃つために、PJたちの頭上を地球軍とオーブ軍のパイロットで構成されたオーブ軍のカラーリングをしたスピアヘッドの編隊が飛び抜けて行く。

 

「戦闘機隊も攻撃開始だ!」

 

「雁首揃えて来やがったな!」

 

沿岸部を抜けた彼らは、そのままオノゴロ島へ向かってくる輸送船へ攻撃を仕掛け、輸送船を守る護衛艦とも交戦を開始する。

 

こちらも、沿岸部から届く特科射撃隊からの援護射撃をして行くが、物量で言えば地球軍が圧倒的に有利だ。

 

「アンタレス隊、遅くなったが我々も攻撃に参加する!」

 

その通信が届いたと同時に、別方向から上がってきたザフト軍パイロットが操る攻撃ヘリ部隊も合流し、戦闘は一気に激しさを増していった。

 

「やっと軍隊らしくなってきたな!」

 

誰かの通信が聞こえる。戦闘機部隊の攻撃を抜けた輸送船から飛び立った地球軍のモビルスーツが見えると、PJたちも沿岸部へ前進し、モビルスーツ同士の戦闘が苛烈さを増していった。

 

 

////

 

 

「ガルーダ隊は南側からくる敵艦とモビルスーツの相手だ!!各個に迎撃せよ!!」

 

イザーク指揮のガルーダ隊は、オノゴロ島の沿岸都市部からモルゲンレーテの工廠エリアの防衛を任されていた。

 

オノゴロ島の防衛施設としても、このエリアが1番堅牢だった。その理由としては、このエリア自体が、地球軍が目標とするモルゲンレーテ社に最も近いエリアの一つだからだ。

 

イザークを中心に、モビルスーツを操る部隊も手練れが多く、防衛部隊の守りも固く構築されている。

 

「アラスカとパナマではやられっぱなしだったが、ここからはペイバックタイムだ!!」

 

ジンを操っていた古強者のパイロットたちは、乗り換えたアストレイを難なく乗りこなして、上陸しようとしてくるモビルスーツや敵艦を迎撃して行く。

 

その先頭に立つのは、ディアッカのバスターと装いを新たにしたニコルのブリッツだった。

 

「このぉ!!」

 

「数だけ揃えたってねぇ!!」

 

装備は標準的なものになったブリッツだが、元よりステータスの高いG兵器だ。ニコル自身の経験値も相まって、圧倒的な機動力と反応性を見せながら地球軍のモビルスーツを蹴散らしていく。

 

バスターに乗るディアッカも、両腰に備わる砲塔でモビルスーツをなぎ払い、離れた場所にいる護衛艦を連結したビーム砲で撃ち抜く。撃破した船の残骸を踏みつけながら、隊を率いるイザークは次の目標を倒すためにデュエルを飛翔させた。

 

 

////

 

 

交戦開始から変化はすぐにあった。

 

「敵モビルスーツ部隊、イザナギ海岸に上陸!グリフィス隊とアンタレス隊、交戦開始!」

 

最初に来た上陸部隊はまるで小手調べと言わんばかりに、今度はモビルスーツの大部隊がオーブへと押し寄せてきていた。

 

「第8機甲大隊をグリフィス隊の援護に回せ!」

 

「オノゴロ上空に大型機接近!」

 

司令室にいるカガリが不安げに隣にいるウズミを見上げる。海、そして空からも降下してくる地球軍のモビルスーツ。

 

地球軍とザフト軍の援軍が加わってるとは言え、オーブの人員は限られている。そのわずかな戦力で、地球軍が展開する圧倒的な物量戦にどこまで耐えられるか。

 

ここからが苦しい戦いになる。

 

ウズミは動いて行く戦況を見極めながら、この先に自分がとるべき道を見定めようとしていた。

 

 

////

 

 

「物量が……!」

 

「これが実戦なの…!?」

 

海から。そして空からも敵がやってくる。倒しても倒してもキリがない。そんな絶望感すら感じる地球軍の物量戦に、アサギたちは驚愕していた。

 

こちらが四機いるのに対して、向こうは10機は優に超える量を投入してくる。

 

そこまでして、オーブの技術とマスドライバーが欲しいのか!そんな思いが頭をよぎった時、空から大きな翼を広げた二つの影が舞い降りてきた。

 

あっという間の出来事だった。

 

ほんの僅かの閃光が迸った瞬間、周りにいた地球軍のモビルスーツの四肢や頭部が両断され、いくつものビームが他の敵を穿って行く。

 

「ライトニング2!次行くぞ!」

 

「はい!!」

 

嵐のように現れたフリーダムとホワイトグリントは、そのまま何事もなかったかのように飛び去って、別のエリアへと進んでいった。

 

「凄…」

 

「おーおー、かっこいいねぇ。どうせ俺は新米だけどさ!ボーっとしてると次が来るぞ!お嬢ちゃん達!」

 

 

////

 

 

ライトニング隊が任されているチャーリーエリアは、オーブのマスドライバーを守備するエリアであり、沿岸部にも隣接しているため、海洋からの敵の侵攻をもろに受け止めるエリアとなっていた。

 

「バリアント、てぇ!」

 

「右舷より敵フリゲート艦、接近!」

 

アークエンジェルを含めた守備艦隊は、侵攻してきた地球軍の艦隊と小規模ながら艦隊戦を繰り広げることになった。

 

「面舵20!敵艦隊をオーブに近づけるわけには行かないわ!我々が先陣を切って、敵艦隊を切り崩します!行けるわね?ナタル」

 

「おまかせを!」

 

マリューの指示に答えたナタルは、CICでアークエンジェルの火器管制官へ指示を発して行く。

 

「6番から12番、ウォンバット、てぇ!弾幕!敵戦闘機部隊を寄せ付けるな!ゴットフリート照準!目標、敵艦隊!我々は敵艦隊を切り崩す!」

 

そんなアークエンジェルが相手をする艦隊の中から、四機で編成されたモビルスーツ隊が海面を飛び迫ってくる。

 

「アークエンジェル!?なんでオーブに……!?」

 

その隊長機であるリベリオンの中で、リークは見間違えようのない特徴的な戦艦を目にして驚愕していた。

 

「兄貴、あれやるよ?白いの!」

 

「同型戦艦か、それとも……!!」

 

クロトのレイダーを先頭に、四機のモビルスーツ隊はフォーメーションを崩さないまま、オーブ艦隊の先陣を切るアークエンジェルを捉えた。

 

「敵モビルスーツ、いや、モビルアーマー接近!」

 

「おらぁぁぁ!!」

 

射撃範囲に捉えた瞬間、オルガのカラミティが全身の火器砲塔を撃ち放っていく。

 

「回避!」

 

マリューの的確な判断で、アークエンジェルはビームを避けたが、その攻撃は後方にいたオーブ艦の上空すれすれまで届くほど強力であった。

 

「チィッ!」

 

「外れ!下手くそー!」

 

アークエンジェルが横へ逸れたと同時、カラミティの脇に赤と白の閃光が着弾する。上空を見上げると、そこにはランチャーストライカーを携えたトールのスーパースカイグラスパーが姿を現していた。

 

「地球軍の新型か?!アークエンジェルはやらせない!」

 

アグニと機体下部に設けられたバルカン砲を放ちながら急降下するスーパースカイグラスパーは、リベリオンの編隊を乱した後に、海面ギリギリで旋回して空へと舞い戻っていく。

 

「でぇりゃああああ!!撃滅!!」

 

その隙を逃すまいと、レイダーはモビルアーマーから変形して、即座に片手に持つ鉄球を上昇するスカイグラスパーめがけて撃ち放つが。

 

「そんな単調な攻撃で!!」

 

上昇していたはずのスカイグラスパーは、突如として鋭く機体を回転させ、白い空気の膜を作りながらマニューバを行う。

 

機体は滑るように機首をレイダーに向けながら姿勢を変えて、鉄球を紙一重で避けた時にはアグニの銃口がレイダーを捉えていた。

 

「なにぃ!?うわぁ!!」

 

鉄球を打ち出した体勢のままだったレイダーの中で、クロトは迫り来るアグニの閃光に驚愕する。油断はしていなかったが、まさかーーーそう思考が掠めた瞬間、目の前にリベリオンが躍り出てアグニをシールドで受け止めた。

 

「クロト!飛び込みすぎだ!迂闊だぞ!」

 

高耐性アンチビームコーティングが施されたシールドによりアグニは四散し、替わりにリベリオンに備わるビームカービンが火を噴く。

 

吐き出されたビームの嵐はスカイグラスパーの元へ向かうが、相手は鋭く機体を振り回して、迫ったビームの嵐を掻い潜って魅せた。

 

「避けた!?」

 

驚きの声をあげたのは後ろで見ていたクロトだった。たしかに直撃射線で隊長は撃ったというのに、敵ーーそれもただの戦闘機は鮮やかに避け切って見せたのだ。

 

「あの機体は……シャニ!」

 

「なら、これならどう?」

 

次に飛び出したシャニのフォビドゥンが、上半身を覆うような背部ユニットからレールガンを放つ。が、これも旋回とヨーを織り交ぜたマニューバで回避される。

 

「レール砲!何機いるんだ!?そっち!!」

 

再びビームカービンを撃とうとしたリベリオンに、トールは射線がかぶった瞬間にバルカンとミサイルを放つ。

 

「くぅう……!」

 

高耐性アンチビームのシールドを即座に看破して実弾に切り替えたのか……!?交差と攻防を繰り返すたびに、リベリオンのコクピットの中で、リークの疑問は確信めいたものへと変わっていく。

 

オーブに現れたアークエンジェル。そして、手練れの戦闘機。見覚えのある機動。もしかして、あの機体を操るのはーー!!

 

「兄貴!?てめぇぇ!!抹殺!!」

 

リークの後ろから飛び出たクロトが吠えながらスカイグラスパーへ突貫していく。それを皮切りに、四機のモビルスーツと一機の戦闘機の激しい攻防が繰り広げられていくのだった。

 

 

 

 

 



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第127話 エースたちの戦い2

 

 

 

「こぉのぉぉ!!」

 

イザークたちが戦うエリアは、まさに孤軍奮闘と言えた。

 

押し寄せるはモビルスーツの波、波、波。

海と空からやってくる敵の数は減るどころか、まるでバケツで投入される水のごとく押し寄せる量を増やしていく。

 

まだアストレイ隊での防衛網は維持しているが、奮戦していた陸上部隊や、新兵が駆るM1アストレイでも撃破されていく者が現れ、少しずつガルーダ隊の首は締まりつつあった。

 

「ガルーダ1より各機へ!戦線を押し戻せ!!物量は多いが敵の動きは大したことはない!!」

 

そんな中、敵の攻めを押し返す勢いで戦うイザークが怒声に似た声で隊員を奮い立たせていく。まだ全員の戦意は落ちていない。ここが勝負どころだった。

 

「イザーク!友軍が!」

 

ニコルの叫びに視線を彷徨わせると、左側面で防衛していたオーブ軍パイロットたちのアストレイが囲まれつつあった。

 

「俺とディアッカで援護する!ニコルは沿岸部のフォローだ!!」

 

撃破されたアストレイのビームライフルを両手に構えたニコルのブリッツが、次々と地球軍のストライクダガーを穿つ。

 

「でぇえい!!」

 

「こんな奴らに!!」

 

囲まれたアストレイの前に出て、イザークとディアッカが息を揃えたコンビネーションで敵を一掃していく。だが、均衡していた戦況は刻一刻と傾きつつあった、

 

 

////

 

 

トールが駆るスーパースカイグラスパーは、ハリーから言えばラリーのスーパースピアヘッドのデチューンモデルだった。航空力学的に多少の無茶ができたスピアヘッドに対して、スカイグラスパーは加速性と安定性を目指した機体だ。エールストライカーの可変翼もない為、低速域での安定性はスーパースピアヘッドより大きく劣るものとなっている。

 

その代わり、スーパースカイグラスパーでは、背部に同型エンジンによるブースターユニットを搭載し、抜群の加速性と加速時と減速時の安定性を手に入れており、フラップ展開も従来の物よりも可能な限り大型化し、揚力を稼ぐ効率を上げているため、急制動のレスポンスも向上している。

 

また、武装面でもノンオプションのストライカーパック装備と、標準装備のビーム砲とミサイルコンテナを搭載したまま、翼端に大型ミサイルを懸架できるミサイルラックと、機体下部に兵装選択型の武装用ハードポイントが追加されている為、戦況に応じてスカイグラスパーの兵装を変更でき、更なる汎用性を獲得している。

 

今回の兵装は、ストライカーパックにランチャーストライカー、翼端に大型ミサイル、ハードポイントにはオーブ製の80ミリ重突撃機銃が装備されている。

 

その機体性能に加え、姿勢制御と空戦CPUにはラリーとアイクのデータから得られた情報がエリカ・シモンズとキラの手によって組み込まれている為、機体の扱いは極端にピーキーとなっているが、手懐ければ驚異的な機動力を発揮するモンスターマシンへと変貌したのだ。

 

「ぐぅ……がぁ……ーーはあっ!!」

 

トールはその高機動性の代償に、旋回時に発する高負荷を一身に受けながら、視線は迫る四機のモビルスーツを捉えたままだった。

 

どんな環境でも、敵機から目を離すな。

 

これは恩師であるアイクからの教えであり、この旋回のテクニックは未だに教えを乞うラリーから伝授されたものだ。

 

紅海で訓練を受けた最初の頃は意識を飛ばしていた旋回Gだったが、ラリーの「やっていれば慣れる」という言葉通り、今は何とか飛びそうになる意識を繋ぎ止めることが出来るようになった。

 

急旋回でカラミティからの連射撃から逃げ果せたトールは、機体をすぐさま安定させて、反撃に出る。

 

「あの戦闘機……動きが似ている……はっ!!」

 

トールからのアグニの砲撃を躱したと同時に、側面から新たに加わる敵機の反応をリークはキャッチした。

 

「無事か!ライトニング2!ありゃあ地球軍の新型機か!?」

 

現れたのは、大西洋連邦からの報告書にあった未確認のモビルスーツとーーー。

 

「なんだ!あれは……モビルアーマー…似ている…メビウスに!!」

 

リークの目に間違いがなければ、現れたもう一機の影ーーモビルアーマーとも言える外観をしたそれは、あきらかに自分がよく知る人間が駆っていた機体と酷似していた。

 

すると、合流したフリーダムを追ってきたであろう、地球軍のモビルスーツの編隊が、リークたち四機のモビルスーツの援護に入ろうと戦場へと加わってくる。

 

「く……ぐぅ……はぁっ!!このぉお!!」

 

しかし、そのストライクダガーたちは運が悪かった。シャニの攻撃を躱したトールの前方に彼らは布陣してしまったのだ。

 

急制動を繰り返したトールは、眼前に現れたストライクダガーの編隊を見てすぐに行動に出る。翼端に備わる大型ミサイルを放ち、アグニとビーム砲を用いて直線上に無防備に立つダガーを次々と穿ったのだ。

 

「なっ!モビルスーツが戦闘機に!?」

 

直撃を免れた敵機のパイロットが驚愕の声を上げたが、トールはそれに答える余裕など無かった。

 

「くぅう……!この機動は!!」

 

合流したフリーダムとホワイトグリントも、即座に地球軍の新型機であるリベリオンたちへの迎撃行動を開始していた。

 

その動きを見て、リークは更に驚くことになる。さきほどまで確信に似た感覚があったスカイグラスパーの動きよりも、目の前にするホワイトグリントの動きが何倍もキレがあり、そして速く、力強かったからだ。

 

まだリベリオンの操縦に慣れていないリークにとって、ホワイトグリントとフリーダムの動きは、異次元的な感覚を覚える。

 

「兄貴!くっそおお!シャニ!右側から回り込め!」

 

「はん、了解」

 

二機の翻弄を受けるリベリオンに気がついたクロトたちは、リークに叩き込まれたフォーメーションを組み、即座に反撃を開始する。

 

52ミリの高速射撃砲を放ちながら立ち回るクロトの横から、シャニがフリーダムに向けて誘導型プラズマ砲「フレスベルグ」を放った。キラは向かってくる閃光を避けようと飛翔したが、その真下を通ったビームは曲線を描いて曲がったのだ。

 

「この機体…ビームが…曲がる!?」

 

あのまま横に避けていたら…そう思うと背中に嫌な汗が伝う。垣間見た自身の運の良さに思考が固まりかけるが、キラはすぐに振り払って戦いへ集中する。

 

「上手く動くな…!よく訓練されている…それに…!」

 

「てぇりゃああああ!!必殺!!」

 

「おらおらおらぁ!!」

 

レイダーからの放たれるツォーンの閃光と、カラミティからの吐き出されるビームの嵐を変速マニューバで避けながらラリーは相手の旨さに舌打ちをした。

 

そしてその動きは、自分もキラも、そして訓練を受けていたトールもよく知っている。よく分かっていたし、直感的に次に何が来るか予測できた。

 

それほど似ているのだ。驚くほどに。

 

「うぐぅうう!!に、似ている…!俺たちの動きに…!!」

 

キラも、戦線に加わったトールも、驚くラリーと同じ感覚だった。相対するお互いの織りなす戦術が異常なまでに噛み合ってしまっている。今まで感じたことのない異常さに全員が戸惑っていた。

 

「よく狙うんだ!敵の動きを見ろ!」

 

リークの指示のもと、悪の三兵器はさらに動きに磨きがかかっていく。

 

「わかってるよ!オルガは兄貴の援護だ!」

 

「うっせーよ!わかってる!」

 

そう答えながら放ったビームは、旋回していたトールのスーパースカイグラスパーのファストパックのギリギリを通り過ぎていく。

 

「ちぃ……!!」

 

直撃はしなかったが、熱伝導でミサイルパックだった外装は溶け始めており、トールはすぐさま両翼に備わるパックをパージし、離れる。空中に投げ出された二つのパックは程なくして誘爆し、海の藻屑と消えた。

 

「このぉおお!!」

 

もつれ合う七機の空中戦は、苛烈を極めようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 



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第128話 エースたちの戦い3

 

 

「第二防衛ライン、突破されました!」

 

司令部からの報告に、アークエンジェルのブリッジの緊迫感が更に増した。戦線は徐々に押し込まれつつあり、チャーリーに展開するオーブ艦隊も少なからず被害を受け始めていた。

 

「カンナヅキ、航行不能!ミナヅキ、轟沈!」

 

前衛に出ていたミサイル艦と迎撃用の戦艦が潰され、穴が空いたエリアから一気に敵が流れ込んでくる。マリューは即座に面舵を命じ、空いた穴のフォローへとアークエンジェルを配置させる。

 

「ヘルダート、てぇ!弾幕!!友軍の援護に入る!」

 

断続的だった地球軍のモビルスーツの攻勢が、ここにきて一気に勢いを増したように思えた。その波はバターからチャーリーへと流れてきており、勢い付いた敵のモビルスーツ隊の編隊が、こちらの艦隊を食い破ろうと部隊を集結させているという報告も届いている。

 

「敵増援、来ます!」

 

来た…!

 

サイの声に、マリューは敵の部隊の先頭で旗を振る強者の気配を敏感に感じ取る。

 

アークエンジェルのモニターが捉えたのは、地球軍の量産型、ストライクダガーとは異なる外見を持つ二機が、こちらに向かってくる映像だった。

 

『ふん、雑魚が!死に腐れ!』

 

『基本もできていないのね、坊やたち』

 

一機は片腕に大型のビームサーベル、他にもスナイパーライフルを中心とした遠距離武器、ECMを装備した狙撃に特化した機体、もう一機はライフルと狙撃用スナイパーライフルを装備したシンプルな武装構成の機体だ。

 

共にシンプルな機体ではあるが、調整には膨大な資材が投じられており、機体のレスポンスは他のダガー系のモビルスーツを圧倒的に凌駕している。

 

彼らこそが、サザーランドが用意した黄色部隊のパイロットたちだった。

 

「なんだあの機体…!オーブ艦隊とアストレイ隊が!」

 

二機は異様な風体と、ほかの地球軍のモビルスーツとは違う動きを見せながら、次々と輸送船の甲板上で戦うアストレイ隊や、艦船へ狙撃攻撃を行い、それらを撃破していく。

 

あの二機に好き勝手にされれば、オーブ艦隊の全滅もありうる。しかし、頼みのモビルスーツ部隊は物量戦に押されて身動きが取れない。

 

どうする…!!

 

《カノープスからエンジェルハートへ!戦局はチャーリーとバターが重なりつつある!こちらから艦隊へ援護支援を送る!》

 

考えあぐねているところに、バターを守備するガルーダ隊を補助しているAWACS、カノープスからの通信が入った。すると、通信の直後に暴れまわっていた二機のモビルスーツへ、ビームライフルとビーム砲の閃光が降り注いだ。

 

「でぇえええい!!」

 

バターから援護に来たのは、イザークの駆るデュエルとディアッカのバスターだった。二機は輸送船の合間を飛び交いながら二機へ攻撃を仕掛け、アークエンジェルの甲板上に着地する。

 

「デュエルとバスター!?援護に来てくれたのか…!」

 

今の攻撃に刺激されたのか、オーブ艦隊を的に暴れまわっていた黄色部隊の二機のモビルスーツが、こちらへと照準を定める。

 

『ほう、少しは骨のあるやつが来たか!』

 

『ふん、相手をしてあげるわ。光栄に思いながら死になさい』

 

向かってくる二機を見て、イザークもディアッカも、相手は手練れだと空気を張り詰めさせる。気を抜けば食われるのはこちらだ。

 

「とっとと下がれよ!アークエンジェル!」

 

そう叫んで飛び立った二機は、迫り来る黄色部隊と激闘を繰り広げていくーー。

 

そして、戦況が劣勢になっているのはチャーリーやバターだけではない。

 

「ええい!!数だけは一丁前にぃ!!」

 

ダフでは、断続的に投入される際限ない地球軍のモビルスーツ部隊相手に、グリフィス隊が大立ち回りを強いられていた。

 

降り立ったストライクダガーをビームサーベルで引き裂きながら、ムウは流れ出る汗をヘルメットの外へと追いやる。休んでる暇など有りはしない。

 

「少佐!?マユラ!ジュリ!援護するわよ!!」

 

「了解!!」

 

アストレイR型を駆るアサギたちにも疲労が目に見えて現れ始めており、戦況は悪い方へと動き出していた。

 

 

////

 

 

(リーク…その機体に乗っているのは、お前なのか?)

 

ラリーはホワイトグリントの中で、幾度も交差するリベリオンの影を見つめながら、そんなバカバカしいことを考えてしまった。

 

自分とキラは、たしかに大気圏へ落ちていくリークを見たというのに、リベリオンと交差を積み重ねていくごとに、信じられないと思っていたことが現実味を帯びてきているのが分かった。

 

飛び方、交差の仕方、そして何よりも戦況の見極めがうまい。憎らしいほどにタイミングがリークと似ているように思えてしまう。

 

時折聞こえる、ラリーにしか聞こえない声。それすら頭の中でリークだと叫ぶ自分がいるほどに、ラリーの思考は混乱状態にあった。

 

「くそっ!!確証が持てないとこんなものか…!!」

 

声だけでは、やはり判断は難しい。もし、リークではなかったら?その場合のデメリットがあまりにも大きするのだ。彼らの背後にはブルーコスモスに通ずるムルタ・アズラエルもいる。

 

迂闊な真似をすれば、自分だけではなく、キラやトールーーそしてオーブそのものを危険に晒してしまう危険性があった。

 

「ええい!こいつら!手強い!」

 

旋回とマニューバーを繰り返し、トールやキラとのコンビネーションを織り交ぜても、あの四機を落とすことはできない。そんな確信めいたものすら感じるほど、相手にする四機は強者であった。

 

「いい加減に!」

 

「ウザい!!」

 

「できるな!!このぉお!!」

 

鉄球と曲がるビームを避けて、ラリーは更にホワイトグリントを加速させていく。翼が軋もうが関係ない。ここで出し惜しみをすればすぐさま落とされるのは自分だ。

 

キラとトールも同じ気持ちだった。一瞬たりとも気は抜けない。そんな緊張感が、ラリーたちを支配していた。

 

「フリーダム…キラ!」

 

そんな〝箱庭〟と化した空戦空域を見つめながら、ジャスティスに乗るアスランは苦しげに声を詰まらせる。

 

フリーダムがオーブに降りた情報を早々に掴んだアスランは、マルキオ導師をたまたま訪ねる事になり、目と鼻の先で始まってしまったオーブ会戦を見つめることになってしまっていたのだ。

 

目まぐるしく飛び交いながら苦戦を強いられるメビウスライダー隊を見つめながら、アスランは操縦桿を握りしめる。

 

〝アスランが信じて戦うものはなんですか?戴いた勲章ですか?お父様の命令ですか?〟

 

それとも母の無念のため?

 

それとも父の気持ちを守るため?

 

それとも…自分がナチュラルを憎んでいるから?

 

アスランは瞑想するように目を閉じて、自分の思考をたどる。答えはーー自分が本当に果たすべき使命はーー。

 

〝アスラン、あなたの心に従いなさい〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつらぁああ!!」

 

それはほんの僅かな油断だった。フォビドゥンの背後から影のように現れたレイダーが放つ鉄球を、キラは捌き切れなかった。

 

「でぇえええい!!」

 

シールドで何とか受け止め、致命傷は避けたが、そこで生まれた隙はどうしようもない。目の前に迫るフォビドゥンが、ビーム砲へエネルギーを収縮させていくのがわかった。

 

「キラ!!」

 

ラリーとトールもキラの窮地に気がつくが、モビルアーマーと戦闘機では、その間に飛び込んで庇うことはできない。ラリーはホワイトグリントの高機動ユニットをパージするために、トリガーに指をかける。

 

間に合え…!!

 

 

その瞬間、上空から紅い閃光が飛来し、フリーダムの前へと割って入ってきた。

 

その影はフォビドゥンから放たれたビームを受け止め、シールドで弾かれたビームの閃光は大空の中へと飛散していく。

 

「なにぃ!?」

 

驚くクロトが目にしたのは、紅い…新たなモビルスーツだった。

 

(な、なんだ……このモビルスーツは……!)

 

一番驚愕しているキラへ、現れたモビルスーツはデュアルアイでフリーダムを一瞥すると、すぐさま戦闘態勢へと入る。

 

「このぉ…なんだてめぇは!」

 

「へぇー、まだ居たんだ、変なモビルスーツ」

 

驚いていたのか、二機の動きもわずかに単調になっていたものの、思考を切り替えてすぐに四機によるフォーメーションへと戻り、再び激しい空中戦が始まった。

 

《こちら、ザフト軍特務隊、…アスラン・ザラだ。聞こえるか、メビウスライダー隊!ホワイトグリント!フリーダム!乗っているのはキラ・ヤマトだな?》

 

そんな空中戦の中、現れた機体ーージャスティスは、フリーダムを援護しながら機体専用の通信チャンネルへアクセスをしてきた。

 

相手は、アスラン・ザラだ。

 

「アスラン…!?」

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

キラの驚きを、レイダーの鉄球が引き裂く。

 

「どういうつもりだ!ザフトがこの戦闘に介入するのか!?」

 

《俺は…軍からはこの戦闘に対して、何の命令も受けていない!!》

 

レイダーを翻弄したジャスティスの傍から、トールのスーパースカイグラスパーが通り抜け、迎撃し、ジャスティスには今度はカラミティが迫る。目まぐるしく戦う相手が入れ替わっていた。

 

「うらぁぁ!!」

 

「ちぃい!しつこいんだよ、お前らぁ!!」

 

《この介入は…俺個人の意志だ!》

 

カラミティのビームを弾いて、アスランはフリーダムに乗るキラに向かって大声で伝えた。従った自分の心の答えを。

 

《キラ!今度ははっきりと言ってやる!俺は…お前を助けたい!!助けに来たんだ!!》

 

「アスラン…!」

 

「なんだか知らねぇが!てめぇも瞬殺!!」

 

アスランが加わり4対4となった空戦は、激しく、激流のようにビームとスラスターの軌跡を空へ刻み、近くで戦っていたオーブ、地球軍のモビルスーツのパイロットたちの視線を釘付けにしていた。

 

「おい、なんだよあれは?!」

 

「友軍機か!?」

 

本来なら戦わなければならないというのに、その八機の戦闘に魅入られて、両軍のパイロットは戦闘中だというにも関わらず、戦いを忘れてしまっていた。

 

「紅い……モビルスーツ」

 

「くそったれが!なんて機動戦をしてやがる!」

 

「別の連合軍機か?」

 

「いや、違う…だが、フリーダムを…メビウスライダー隊を援護しているぞ!」

 

スーパースカイグラスパーとホワイトグリントを追い立てるリベリオン、フリーダムとジャスティスを相手取るレイダーとフォビドゥン、そんな戦況を判断するために補佐に回っていたカラミティに乗るオルガは、苛立ったように叫んだ。

 

「何遊んでんだよ、お前ら!」

 

胸部のビーム砲が火を吹き、その一閃がホワイトグリントの高機動バーニアをかすめる。

 

「くっ!」

 

「レイレナード大尉!!」

 

ラリーもまた、このめまぐるしい空戦の中で消耗していた。トールは空になった増槽とバルカン砲を捨てて、黒煙を上げたホワイトグリントの援護へ入る。

 

「相手は手強い!オルガ!クロト!シャニ!フォーメーションを組んでやるんだ!!」

 

「了解!!」

 

四機が集結する隙に空域のギリギリへ後退したラリーは、高機動ユニットのダメージを確認しながらモニターを見つめた。

 

「くそぉ!!さすがにあの三人は…それにあの機体も…あれは!?」

 

それはたまたまだった。オノゴロ島、モルゲンレーテ社のはずれにある山道。避難民を乗せる海岸線まで続く一本道を、四人の人影が必死に走っているのを、ラリーは目撃したのだ。

 

 

////

 

 

「ハァハァハァ…父さん!」

 

シンは必死に走っていた。先頭を行く父から離れないよう、後ろを走る母と妹を離さないように、ただ必死に走っていた。

 

「あなた…」

 

「大丈夫だ、目標は軍の施設だろ。急げ、シン!」

 

攻撃開始時間に遅れる形で、シンの家族は脱出船に向かって走っていた。父と母の研究データを持ち出し、要らぬものは消去するためにモルゲンレーテの研究施設に立ち寄ってしまったのが、致命的なミスであった。

 

頭上にはモビルスーツが降下しているのが見え、遠くでは信じられない速さで交戦する八機のモビルスーツの姿が見える。

 

「キャー!」

 

その八機のうちの一機が、自分たちの上空すれすれを飛び去っていく。父と母が庇うようにシンたちをしゃがませるが、その風圧は戦争の恐怖を思い知らせるには十分だった。

 

「母さん!」

 

「ハァハァ…マユ!頑張って!!」

 

震える足を懸命に動かして走る妹と母親。ふと、走っている振動で、妹が肩から下げるポーチから、折りたたみ式の携帯端末が山道の下へと落ちてしまった。

 

「あー!マユの携帯!」

 

それに気付いた妹がとっさに足を止めてしまう。

 

「そんなのいいから!!」

 

「いやー!」

 

母が手を引くが、まだ幼い妹は言うことを聞かずにその場に佇んでしまった。シンは自然と山の斜面を降りる選択をした。大事な妹の携帯だ。避難船にたどり着いてから文句を言われるのも面倒くさい、そんな感覚だった。

 

パッと空が光った。

 

えっとなりシンが振り向くと、モビルスーツから放たれたビーム兵器が、この山道の近くに着弾する様子が一瞬だけーーしかし、鮮明に見えた。

 

直後、衝撃。轟音。

 

吹き飛ばされたシンは、そのまま山道から崖下まで落ちていき、地面に体を打ち付けられた。

 

「だ、大丈夫かい!?君!!」

 

崖下はすぐに、オーブ軍の避難船乗り場だった。シンは強く頭を打っていて、意識が朦朧とする。

 

あれ?今の衝撃は?

 

父は?

 

母は?

 

妹はーー?

 

その思考が駆け巡った瞬間、シンは立ち上がり、家族がいるであろう山道を見上げる。

 

すると、そこにはーー

 

 

 

「モビル……スーツ…?」

 

 

そう呼称するにはあまりにも大きく、あまりにも硬い。

 

まるでそれはーーーー城壁だった。

 

 

 

 

 

 

 



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第129話 エースたちの戦い4

拝啓、読者の皆様

コミトレの原稿が辛いです。

ぷぇええ

けど小説も頑張ります

感想はガソリンだぜ!!!!
ありがてぇありがてぇ……






「あれは…シンの家族か…!こんなタイミングで!」

 

くそ!最悪なタイミングだ!そうラリーは心で吐き捨てる。Destiny冒頭でシン・アスカはこの戦闘に巻き込まれ、家族を失い孤独の身となる。いわば、彼はこの戦争の被害者だ。Destinyでは、このヤキンドゥーエの戦役で多くの傷を負った者たちのその後を描いている作品でもあり、それがこの世界の行く末を暗く陰らせることになる。

 

自分が加わり、トールが加わり、状況は大きく変わったというのに、彼の運命は変わらないというのだろうか。ふと、ラリーの中でモルゲンレーテで出会った二人の兄妹の姿が浮かぶ。

 

気がつくと手足は勝手に動いていた。

 

迷いは、なかった。

 

「レイレナード大尉!?」

 

「ラリーさん!?」

 

絡み合う空戦域に背を向けて、ラリーはオノゴロ島の上空めがけて進路を変えたのだ。高機動ユニットから黒煙をあげる機体を降下させながら、ラリーは戦線を離れた自分に驚いているキラとトールへ通信をつなぐ。

 

「一般人だ!俺たちの真下に避難しようとしてる人間がいる!!」

 

「なんですって!?」

 

空戦域を離れるラリーの機体。それは同時に敵に背を向けるということと同じだった。

 

「とりゃあああ!!撃滅!!」

 

「背中を見せるなんて、撃ってくださいって言ってるようなもんだぜ!!」

 

背後から追ってくるクロトのレイダーと、オルガのカラミティに目を向けて、ラリーは顔をしかめた。ここで撃たれたら進行方向にいるシンの家族に被害が及ぶのは明白だ。

 

「くっ…迷ってる時間は無いか…!」

 

操縦桿から手を離して、コンソールパネルに備わるパネルを操作する。途端、黒煙を上げていた高機動ユニットの接合部が炸裂剤によって弾け、細かいパーツがホワイトグリントからパージされていく。

 

「頼むぜ、宇宙用だけは勘弁してくれよ……!!」

 

各部の隙間を防御するアーマーが外れ、姿勢制御用のスラスターが外れ、大型翼、黒煙を上げるブースター。次々とホワイトグリントを形作っていた外装が外れて、真後ろにいるクロト達の方へと流れていく。

 

「な、なんだこりゃあ!?」

 

「装甲を切り離し……いや、外装を脱いでいるのか!?」

 

パージした部品がクロト達の機体に当たり、機密保持用に備わった爆薬によって爆発する。それは一種の攻撃の役目も果たした。

 

「逃すかよ!!おらあぁあああ!!」

 

そんな金属片の嵐を抜けたカラミティが、外装を外したホワイトグリントに向かって腹部に備わるエネルギー砲、スキュラを放った。モビルアーマー形態に格納されていた影は、まだ起動ができていない。

 

「ラリーさん!!」

 

「動けぇええええ!!」

 

キラの叫び、その中でラリーはモビルスーツ用の操縦桿を握りしめ、フットペダルを存分に踏み込んだ。

 

 

 

////

 

 

シンは、目の前に現れた巨大な影に見ほれていた。スキュラを見事に受け止めた機体は、空中から緩やかに降り立ち、その重厚な体を地へと下ろしている。

 

「な、なんだ……あのモビルスーツは……」

 

「というか、モビルスーツ…なのか?」

 

たしかにそれは人の形をしていた。

 

だが、全身に多重装甲を装着し両腕部に多重盾、両腕には装甲から銃身のみが出ているビームマシンガンを装備している。

 

ゴテゴテに鎧を武装した上半身。

 

腕部以外は実質稼働不可であり、本来の格闘性能は80%もダウンしているが、高機動ユニットと同じく手動で外装パージ可能であり、フリーダムとジャスティスの同系列の強靭なフレームによって構成されている機体だ。

 

その容姿は動く城壁。

 

周囲の見解からすれば「立ってるだけで異常」なほどだった。

 

「この野郎!!飛行機になったりモビルスーツになったりと!!てぇええりゃああ!!」

 

呆然と見上げるシンの頭上から、猛る声を上げたクロトが鉄球を地に降りたホワイトグリントに向けて射出しようとした時だ。

 

《待て!!》

 

立ち上がったホワイトグリントから、広域通信で声が響く。その一瞬、空戦を繰り広げていたメビウスライダー隊と、メビウス隊の動きは止まった。

 

《ここにはまだオノゴロ島の避難民がいる。オーブ軍、地球軍、両軍とも戦闘を停止し、非戦闘員の保護を行う義務がある!違うか!》

 

リベリオンに乗るリークも、ホワイトグリントの足元にいる避難民の家族を捉えた。アズラエルが提出した地球軍の軍事協定の中には、確かに非戦闘員の保護の項目が記載されている。

 

《たしかに、その通りだ》

 

「兄貴!」

 

武器を下ろしたリベリオンに、クロトが食い下がるように通信を入れたが、リークの見解は変わらなかった。

 

「そういう決まりで、この戦争は成り立ってるんだよ。ここで僕たちが戦闘を継続すれば、地球軍はルールを守らない無法者の集団に成り下がることになる」

 

優しく論するように言うリークの言葉を聞いて、カラミティもフォビドゥンも構えていた武器を下ろしていく。

 

「わかったよ、兄さん」

 

「兄ちゃんの言うことなら」

 

「ちぇー、良いところだったのにさ」

 

しぶしぶ、といった風に武器を下ろしたクロトのレイダーを見て、ホワイトグリントはオーブ軍の回線も繋ぎ、広域通信でさらに声を上げる。

 

《オーブ軍も良いな?避難船が離脱するまでは戦闘は禁止だ!》

 

艦砲射撃やミサイル迎撃をしていた船も、それに迫っていた地球軍のモビルスーツ隊も、通信を受けて一斉に戦闘を中断する。

 

「ぷっはぁあ……助かったぁー…」

 

「一時的な休戦…ですね」

 

その様子を見て、キラとトールは、強張っていた体をシートに預けた。アラスカやパナマとは違って、ここに攻め入ってきた軍人達は、軍人としての矜持を大事にしているらしい。その事に安心したのだ。

 

形はどうであれ、オーブと地球軍の戦闘は一旦の節目を迎えようとしていた。

 

 

////

 

 

「マユー!!!」

 

「お兄ちゃん!!」

 

避難船の乗り場にたどり着いたマユをシンは力一杯抱きとめた。

 

戦闘が落ち着いたオノゴロ島では、取り残された避難民の救助がオーブ軍によって進められていた。

 

地球軍は協定に従って、その場で待機か、海上で戦闘をしていた者たちは各母艦や輸送船へ一時的に撤退している。

 

「よかった…無事で…!!」

 

シンの両親も爆風で吹き飛ばされたシンの無事に安堵して、涙を流しながら四人で抱き合っている。その様子を見ていたラリーに、ひとりのオーブ軍人が敬礼を打った。

 

「オーブ軍所属のトダカ三佐です」

 

トダカ。天涯孤独となったシンをザフトに送り届けるまで世話をした人情深い人物。そんな彼の敬礼に、ラリーもヘルメットを脇に抱えながら敬礼で答えた。

 

「メビウスライダー隊のラリー・レイレナードだ。貴艦が最後の避難船か?」

 

「はい。乗客リストでも、逃げ遅れた一般市民が多く……」

 

そう暗い顔をするトダカ。おそらく、すでに巻き込まれた市民もいるのだろう。ラリーは上空にいるトールに通信を繋いで指示を出してから、トダカに向き直った。

 

「とにかくこのエリアは非戦闘エリアとなる。逃げ遅れた避難民への呼びかけは、我々が引き受けよう」

 

「助かります」

 

そう敬礼をするトダカを見送ると、抱き合っていたシン達がこちらに向かって駆け寄ってくるのが見えた。

 

「あ、あの!」

 

シンが戸惑ったように声を出す。彼が戸惑うのも無理はない。ラリーが身につけていたノーマルスーツは地球軍の物だったからだ。

 

地球軍が攻めてきているのに、地球軍が自分たちを助けてくれたのか?そんな混乱に似た考えの中で、とにかく家族を助けてくれた相手に何か声をかけようとしどろもどろする。

 

「あ、ありがとうございま……」

 

「あー!!あの時、マユの携帯を拾ってくれたお兄ちゃん!!」

 

感謝の声を出そうとした瞬間、隣にいたマユが思い出したようにラリーの顔を指差した。妹の言葉通り、シンも記憶を辿ると確かに目の前にいる人物は、モルゲンレーテの敷地内で妹の携帯端末を拾ってくれた人物と同じだった。

 

「あなた……パイロットだったんですか」

 

「まぁ、色々あってな」

 

シンの言葉に困ったように笑いながら答えて、ラリーは二人の頭をノーマルスーツでゴワゴワした手で優しく撫でた。

 

「次は絶対に落とすんじゃ無いぞ?」

 

「うん!助けてくれてありがとう!」

 

「さ、早く避難船に。君らのご両親も待ってるよ」

 

マユは元気よく頷くと、後ろで待っている両親の方へと走っていく。シンはまだ何か言いたいのか、ラリーの方へ視線を向けていた。だが、ラリーにも知りたいことがある。そんなシンへ背を向けようとした時。

 

「あ、あの!!」

 

意を決したように声を出すシンを、ラリーは振り返って見つめた。するとシンは深く頭を下げてラリーに今度こそ、感謝の言葉を伝える。

 

「ありがとうございました!なんて、お礼を言えば良いのか…」

 

「俺は軍人として市民を守る、その当たり前のことをしただけだよ」

 

ハッと思い、シンは顔を上げたがラリーはすぐに歩いて行ってしまった。その背中がシンの中で強く焼き付いて、親や妹に呼ばれても、シンはしばらくそこに立ち尽くしてしまうのだった。

 

 

 

 

 




ホワイトグリント第二形態のイメージは、ブレイクブレイドのデルフィングの第三形態みたいな感じです

あれが二段クイックブーストしながら空を動き回って両手のマシンガンで蜂の巣にしてくるイメージです

マッハで蜂の巣にしてやるぜ(真顔)



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第130話 束の間の停戦と再会

 

ラリーはオノゴロ島の避難船の近く、休戦のために着陸した地球軍のモビルスーツ隊の側に来ていた。

 

キラが乗るフリーダムとアスランが乗るジャスティスも、四機のモビルスーツが不自然な動きをしないか監視するために近くに着陸しており、その場は、地球軍、オーブ軍、ザフト軍の最新鋭モビルスーツが揃い踏みになるという異様な空間が形成される事になった。

 

「その機体のパイロット!!聞きたいことがある!!」

 

ラリーは地球軍のモビルスーツ隊の隊長であろう機体、リベリオンの足元でコクピットに向かって大声を出した。

 

《……僕も聞きたいことがあります》

 

リベリオンのパイロットも外部音声でラリーの声に応える。しばらくの重苦しい沈黙のあと、ラリーは意を決してリベリオンのパイロットに問いかけた。

 

「リーク……お前なのか?」

 

その言葉に応えるように、リベリオンのコクピットハッチが開くと、中からヘルメットを外したパイロットが現れ、下から見上げるラリーを見下ろす。

 

その顔は見間違えようがない。キラもフリーダムのコクピットで目を見開いた。

 

「ラリー……ラリー・レイレナード……。まさか、ラリーが…」

 

そこ居たのは紛れも無い、二人が大気圏で別れたーーーリーク・ベルモンド、本人の姿だった。

 

「リーク、生きていたのか……」

 

「ベルモンド……少尉?」

 

フリーダムもコクピットをせり上がらせて、シートから立ち上がりながらキラはヘルメットを脱いだ。隣でアスランが驚いたように同じくコクピットから出てくるが、驚愕しているキラは、ただリークを見つめて立ち尽くすだけだった。

 

「キラくん、君だったんだね」

 

そんなキラを見て、リークは優しく微笑む。その顔を見て、キラはやっとリークが生きていたことを実感できた。無意識に視界が霞み、涙が溢れ出す。

 

「無事……で……本当に……」

 

《おいおいおい!》

 

そんな感動の対面の中で、いきなりカラミティの外部音声が響き渡る。キラが視線を動かすと、残りの三機のコクピットも開き、パイロットがハッチの上に飛び出してきていた。

 

「兄貴は今は上級大尉なの!!」

 

「ていうか、お前ら、兄ちゃんの知り合い?」

 

レイダーとフォビドゥンから出てきたクロトとシャニが、まるで大事なものを守るために威嚇する動物のように、キラとラリーをギラギラとした目つきで睨みつける。

 

オルガは出てこなかったが、二人が不穏な動きをしたらカラミティで蹂躙できるように、臨戦態勢を取っていた。

 

そんな三人を宥めるように、リークはキラとラリーが何者なのかを簡潔に伝えた。

 

「メビウスライダー隊のパイロットたちだよ」

 

「 「 「まじで!?」 」 」

 

普段、喧嘩のようなじゃれ合いをする三人が珍しく息を揃えて驚いた。リークがもともと所属していたメビウスライダー隊の話は、アズラエルからもよく聞いていたし、なによりリークという隊員本人の技量の高さを、三人は深く理解している。

 

そんなリークが一目を置いている隊のメンバーが揃っていることに、三人は変な汗を流しつつ、道理で手こずった訳だと先ほどの戦闘内容を納得してしまったのだった。

 

「あの戦闘機は?」

 

リークが空を見上げてラリーに問いかける。空にはトールが駆るスーパースカイグラスパーが周辺警戒のために悠々と飛んでいる姿があった。初めはあの戦闘機にラリーが乗っているのだと思っていたのだが……では誰が?

 

そう首をかしげるリークに、ラリーは聞いて驚くなよ?と前振りをしてから答えた。

 

「トールが乗ってるよ」

 

「キラくんの友人が?」

 

リークも宇宙で何度か話をしたことがあるキラの学友だ。まさか彼が?自分が隊を離れている間に一体なにがあったのだろうか?

 

「まぁこっちも色々あってな」

 

そう言うラリーも、リークに語りたい多くのことがあった。大気圏を降りたあとのこと、アフリカでの戦い、紅海での戦い、そしてオーブ、ソロモン諸島、アラスカーー。

 

「……僕も、聞いていた話との食い違いに戸惑ってる。ラリーとキラくんはソロモン諸島で行方不明に。そしてアークエンジェルもアラスカでーーって話だったんだけどね」

 

つまりアラスカで全滅したと言われていた守備隊の多くもここにいるのだろう。身なりはオーブ軍になっているかもしれないが、アークエンジェル、そしてなによりラリーがここにいると言うのがその証だ。

 

彼が居るなら、守備隊を見殺しにはしない。宇宙空間になにも知らないまま放り出された自分を助けてくれたように、彼はきっと戦ったのだろう。大切なものを守るために。

 

「その割には驚いてないな?」

 

行方不明の相手がお互いに目の前に現れたのだ。こちらはリークの姿に驚いたが、リーク自身はどこか納得したような……そんな落ち着きすらある。そう問いかけたラリーに、リークはいたずらっぽく微笑んだ。

 

「この程度で死ぬ玉?人外であるラリー・レイレナードが?」

 

そう言われて、ラリーはしばらく固まったあと、膝を叩いて大笑いをした。

 

「わっはっはっはっ!違いねぇな!!」

 

自分を人外だとか、人間じゃないと散々言っていた相手が、早々に死を信じるはずはないか。それを聞いて、ラリーは長年の戦友との会話で久々に笑えたような気がした。

 

すると、リークはヘルメット内の通信に応答する。誰かからの指示を受けたようだ。

 

「地球軍からも、正式な撤退命令が発令された。メビウス隊は母艦へ帰還する。はいはい、みんな、帰るよ!乗った乗った」

 

うぃーと、きだるげな返事をするオルガたちがコクピットに乗り込む様子を見て、リークもリベリオンのコクピットへ戻ろうとラリーに背を向けた。

 

「リーク!」

 

その声に、リークはコクピットに潜り込もうとしていた身体を止めた。そして振り返る。

 

「ーーわかってるでしょう?ラリー。僕らは軍人」

 

語り合いたいこと、話したいこと、聴きたいこと。多くがある。けれど、今の二人の立ち位置がそれを許さなかった。

 

形はどうであれ、ラリーたちメビウスライダー隊は、地球軍を離れた離反者。そしてリークは地球軍の軍人だ。プライベートであれば話は別だが、今は互いが組織に従って動いている。

 

身勝手に動けば、自分だけではない。周りにも大きなデメリットが降りかかることになる。

 

「リーク。お前は……地球軍を信じているのか?」

 

そのラリーの問いかけに、リークはヘルメットを被りながら答えた。

 

「ラリーとキラくん、それにアークエンジェルが生きていたことで、地球軍は信じられなくなりつつあるけど、僕や妹たちを助けてくれた恩人は信じている」

 

「そうか……そうだったな」

 

そう言ってラリーは納得したように声を繋ぐ。

 

リークがオルガたちの隊長をやっているというなら、バックにいるのはアズラエルだ。方法はどうであれ、彼が大気圏に落ちたリークを何らかの形で救助し、そしてオルガたちブーステッドマンを託したのだろう。

 

うまく育てているのは戦いを見てすぐにわかった。三人ともとても穏やかであったことから、きっとリークが三人を守っているのだろう。あるいは、アズラエルが何か変わったか……。

 

少なくとも、彼が不満を言わずに三人の隊長をやっているということは、リークはきっと自分の信条に従っているはずだ。

 

「これを知った上も何か動いてくれるはずだよ。今は……僕らは戦うしか無いだろうけどね」

 

そう少し悲しそうに言うリークに、今度はラリーが意地悪っぽい笑みを浮かべる。

 

「ならば、手心を加える必要があるかな?」

 

すると、リークは表情を笑みに変えて受けて立つように答えた。

 

「したら許さないよ」

 

「わかった」

 

会話を終えたリークはリベリオンに搭乗すると、四機のモビルスーツはゆっくりと上昇し始め、海上に浮かぶ母艦へと帰還していく。

 

「ラリーさん!良いんですか?!ベルモンドしょ…上級大尉と!!」

 

降りてきたキラが驚いたようにラリーに詰め寄る。そう言われても仕方ないが、とラリーは困ったように頭を掻いた。

 

「ここまで来ると、俺たちみたいに内輪で解決できる簡単な話じゃ無いんだ。それに」

 

「それに?」

 

「あいつと俺、どれだけ強くなったか、俺自身としては興味が…」

 

《エンジェルハートよりライトニング1!!ラリー!!東だ!!》

 

ヘルメットの通信機に、トーリャの大声が響く。通信に答える前にキラとラリーが東側の海上を見ると、遠くから二つの影がこちらに向かってきているのが見えた。

 

『こんな時に撤退?敵が無防備な今がチャンスだろうが』

 

『気は進まないけど、私たちの任務はあなた達とは別だからね』

 

黄色部隊の二機が、停止しているホワイトグリントとフリーダム、そしてジャスティスに標的を定めて徐々に距離を詰めてきた。

 

《すまない!流星!そちらに抜けられた!》

 

《あいつら!!協定を無視して!!》

 

停戦協定を無視して、二機はデュエルとバスターを騙し討ちし、チャーリーの主力であるメビウスライダー隊めがけて奇襲をかけてきたのだ。

 

帰還しようとしていたリベリオンが、二機の機影を捉えて即座に反転。規定を無視する二機へ通信をねじ込んだ。

 

「あいつら……どこの所属だ!!このエリアは停戦協定の範囲内だぞ!」

 

『アズラエルのおもちゃが!お前らでは話にならん!!』

 

『まぁ、アズラエルの坊やとの話が終わる頃には、メビウスライダー隊なんていう時代遅れは死んでるでしょうけどね?』

 

「貴様ら……!」

 

アズラエルから聞いていたデータに、あんな特異な存在は無かった。おそらく、大西洋連邦が潜り込ませた者たちだろう。アラスカでの出来事、そしてパナマで起こった、大西洋連邦にとって知られては不味い事を握りつぶすためにーー!!

 

「トール!?」

 

そんな二機へ正面から立ち向かう機体、スーパースカイグラスパーが、黄色部隊からオノゴロ島を守るために立ちふさがる。

 

「レイレナード大尉とキラは避難民を!こいつらは俺がやります!!」

 

『はっ!現れやがったな時代遅れが!』

 

『へぇ、調子に乗って殺されに来たのね?野良犬が。死になさい』

 

そう言って武器を構える二機を目にして、トールはぐっと歯を食いしばり、操縦桿を握る。

 

「やれるものなら、やってみろよ…!」

 

もうあんな思いはーーボルドマン大尉が守ったものを、こんな奴らに汚させはしない。

 

流星たちに鍛えられた腕。

 

ここを易々と通れると思うな……!!

 

 

 

 

 

 

 



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第131話 ドミナント

「ドミナント」

英語で書くと「dominant」となります。

辞書には「支配的な、有力な、優勢な、支配する、主要な」という意味が載っています。




 

オーブ首長国連合、オノゴロ島。

 

休戦状態となった島の中では、逃げ遅れた非戦闘員の保護が続けられている。

 

グリフィス隊も、アンタレス隊も多くの仲間を失いながらも、生き残った隊員たちが引き上げていく地球軍を見送りながら、非戦闘員の捜索のために住宅地やシェルターがある場所を重点的に捜索していた。

 

そんな中で、隊員の一人が何かに気がついた。

 

「隊長!アンタレス1!東側の沖合に反応が…!」

 

陣頭指揮を取っていたPJが部下が言った方向へ目をやる。そこには、信じられない光景があった。

 

「戦闘の光…?今は休戦協定のはずだぞ!?」

 

「戦っているのは……ライトニング隊です!」

 

のちにグリフィス隊も、アンタレス隊も、ガルーダ隊の誰もが、その光景を目撃することになる。そこで繰り広げられていたのは、歴史に名を残すことになる戦闘機パイロットと、モビルスーツとの戦闘だった。

 

////

 

 

 

『…どうなってんだよ…おい…!』

 

『離れられない……この私が!?』

 

奇襲をかけたはずだった二機は、逆に劣勢に立たされていた。

 

交戦当初の余裕も、一般兵相手のモビルスーツ戦で見せていた力強さも、相手取る二機の前では全くの無意味だと、二人は心の奥底で理解していた。だが、納得できないから戸惑いを隠せずにいる。

 

トールが相手取ってから数分で、レッドキャップとプロメシュース、その二機のパイロットは相手の異常性を感じ取り始めていた。

 

動きが違う。

 

戦い方が違う。

 

戦いに挑む心が違う。

 

在り方も、素質も、何もかもが違う。

 

こちらはモビルスーツ。それも通常のダガータイプよりも遥かにチューンされた特別機だったはずだ。狙えば逃すことのない銃を与えられたはずなのに、そのスコープに敵の姿すら映らない。

 

戦闘機だと侮っていた敵は、信じられない変則的なマニューバを繰り返し、迫り来る弾丸を紙一重で避け、交差するタイミングでは、的確にこちらが撃たれたくない場所に弾丸を叩き込んでくる。

 

削られていく精神。弾丸が跳弾し、徐々に破壊されていく機体の装甲に否応無く神経を擦り減らされていく。

 

そんなトールの足止めに時間が取られているうちに、奇襲の目標であった敵が合流した。

 

データではモビルアーマーだったはずのそれは、多重装甲に覆われた人型へと変貌しており、外見からは想像もできない機動性でこちらに接近してきたのだ。

 

「テスト運転には申し分ない」

 

そう呟いたホワイトグリントのパイロット、ラリーは、トールが追っていた内の一機、プロメシュースに狙いを定めた。

 

この機体に格闘性能は無いが、代わりに抜群の加速性と機動力、防御性がある。

 

まるで城壁のように機体を覆う多重装甲には、対ビーム兵器用のコーティングが施されており、まだ拙い地球軍製のビームライフルを受けたくらいではビクともしなかった。

 

なにより驚くのは、高機動ユニットを装備していた時よりも圧倒的に短距離間のブーストレスポンスが向上していることだった。

 

機体は左右に振られるように機動を繰り返しながら、従来のモビルスーツにはない加速性を維持しながら敵に接触していく。それはまるで、瞬間的にワープしているような感覚をプロメシュースのパイロットに与えることになる。

 

亜音速で尚且つ、超重量を誇るホワイトグリントに掠りでもしたら、普通のモビルスーツではひとたまりもない。

 

狙撃してもビームは弾かれ、ビームサーベルで接近戦をしようとすれば、多重装甲に覆われた亜音速のタックルをくらい、パイロットごと粉砕されるのは目に見えている。

 

けれど、近づかなければ勝機はない。

 

プロメシュースの女パイロットは、そんな戦闘に身を投じることになった。

 

そしてトールもまた、メビウスライダー隊の先輩たちからもらったものをしっかりと引き継いでいる。

 

ラリーから教わった変則マニューバを繰り返し、アイクから教わった大気の気流を読み取り、機体をわざと流して敵に視覚的な錯覚を起こさせるトールの操縦は、見事にレッドキャップの背後を取り、有利な位置を保持したまま、敵の忍耐力をゴリゴリと削り取っていく。

 

シールドで防御しようものなら、ストライカーパックに備わるアグニが火を吹き、近付こうにもマニューバで躱され、さらに真横を交差して飛び去っていくのだ。

 

これほどの屈辱があるのだろうか?

 

二機のコクピットに座るパイロットは悔しそうに歯で下唇を噛み締めた。

 

「トール……短期間でここまで……」

 

偶発的に起こった戦闘だ。それを見つめていた地球軍の同僚であるリークは、戦闘映像を記録しながら、自分が知っていたキラの学友の成長ぶりに驚きを隠せずにいた。

 

あの動きは完全にラリーと同じ……とは言え、高負荷を要求する変則機動の多用は控えている様子で、その代わりに、ラリーの飛行には無い気流を読んだ卓越した操縦技術が見て取れる。

 

装甲を脱いだラリーの機体も、モビルアーマーの時とは全く違った方向性の動きを見せていた。

 

あんな鈍重な多重装甲を全身に纏っているというのに、その重さを感じさせない身軽さを体現している。一瞬、相対するプロメシュースの機体と接触したが、明らかにラリーの機体は傷つかず、プロメシュースの装甲の一部が吹き飛んでいるのが見える。

 

それほど、ラリーの振り回す機体は重いのだろう。まともにぶつかれば砕かれるのは確実だ。

 

「マジかよ、これが流星隊ってやつか?」

 

さっきまで戦っていたオルガたちも、第三者の視点から見た戦闘の様子に目を奪われていた。戦っていた時は必死だった為、状況を把握することは無理であったが、外側から見てわかる。自分たちが相手をしていた部隊は、今まで見てきたどんな相手よりも圧倒的に強く、強烈だった。

 

「すげぇ」

 

「華麗だ…」

 

思わずそういうクロトとシャニの様子に、リークは小さく笑った。メビウスライダー隊の話になると割と早口になるアズラエル理事も、自分たちの過去の戦闘を見ては、こんな反応をしていたのだろうか。

 

 

////

 

 

「キラ」

 

フリーダムに乗りながら戦闘を見つめていたキラに、ジャスティスに乗るアスランが問いかける。

 

「あのパイロットたちは…何者なんだ?」

 

アスランから見ても、二人の動きはソロモン諸島で戦った時よりも洗練されているように思えた。特に、あの戦闘機だ。あの動きはコーディネーターの中でもそうそう再現できるものでは無いだろう。

 

「大丈夫だよ、アスラン。すぐに慣れるよ」

 

キラの言葉の意味を理解できずに、アスランは空を見上げた。敵として相対していたら恐怖を覚えていたが、味方になるとこうも頼もしいとはーー。

 

「はっはっ!トール!あんなマニューバまでやれるようになったのか!」

 

「大尉たちに仕込まれましたからね!」

 

二機のモビルスーツの相手をしながら、トールはラリーの声に大声で答える。

 

〝いいか?トール。無理に機体を動かすな。風を見極めれば、空は俺たちパイロットの味方になってくれるということを忘れるな〟

 

アイクの言葉が、トールの中に蘇る。

 

気流を読み取って行う無動力の上昇方法ーー機体の揚力の使い方を後ろに乗りながら叩き込んでくれた。そんな彼のあり方に、トールは憧れ、そうなりたいと思うようになった。

 

だから、こんな相手に負けるわけには行かない。

 

『くそが!この俺がーーこんな時代遅れなどに!!』

 

トールは残弾が僅かになった重突撃機銃を見つめる。相手はモビルスーツだ。気を抜けばこちらがやられる。故にトールは最善の策を講じた。

 

レッドキャップと交差をした直後に、トールは機体を反転させて敵モビルスーツの直上へと位置を取ると、操縦桿に備わるオプション装備のパージ操作を行う。

 

残弾を吐き出しながら重突撃機銃はスーパースカイグラスパーから切り離され、その本体はレッドキャップめがけて投下された。

 

『ちぃ…姑息な真似を!』

 

もちろん、敵は80mmという弾丸を避けるために回避行動を行う。左右どちらに避けてもトールにとっては関係ない。

 

敵がこちらから機銃へ意識を向けてくれた段階で、勝負は決まったのだから。

 

レッドキャップのパイロットがその罠に気付いた時には、すでに手遅れだった。避けて機体を立て直し、姑息な手を使った戦闘機を捕捉した瞬間、コクピットにはアグニの閃光が迫っていたのだから。

 

『くそが!俺のせいーーー』

 

機銃を投下したあと、海面すれすれで待ち構えていたトールのスカイグラスパーが放つアグニは、レッドキャップのパイロットの哀れな言葉を言い終わらせる前に、コクピットを貫くのだった。

 

『そんな!レッドキャップ!?』

 

僚機を予想外に撃ち落とされたことに衝撃を受けたプロメシュース。それが彼女の運命を決定付けた。

 

超高機動型のホワイトグリントの前で足を止めてしまった彼女の僅かな隙を、ラリーは見逃さなかった。

 

「これで最後だ、外道どもが!!」

 

フットペダルを踏み込み、操縦桿を操るラリーの機体は、足を止めたプロメシュースめがけて突貫する。彼女はすぐに気付いて、自慢の高出力狙撃ライフルでホワイトグリントを撃ち抜こうとした。

 

閃光が放たれ、弾丸はホワイトグリントへ向かいーーーそして多重装甲に阻まれ空へと弾き飛ぶ。

 

『うそ……でしょ……』

 

ホワイトグリントの超加速により生まれた体当たりによって、構えた狙撃ライフルごとプロメシュースは四肢と機体本体を粉砕された。コクピットは原型をとどめないほど大きくひしゃげ、海中へと没していく。

 

それが皮肉にも、犬と揶揄していた彼女の最期の言葉となったのだったーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第132話 thinker


thinker=思想家





 

 

タラワ級、モビルスーツ搭載型強襲揚陸艦、パウエル。その船のブリッジで、アズラエルはオーブと地球軍の戦闘をみつめていた。

 

「メビウス隊、帰還しました」

 

パウエルのクルーのほとんどは、宇宙護衛艦「クラックス」の元乗員であり、AWACSを担当するニックからの報告を受けて、アズラエルはふむと顎先で指を遊ばせた。

 

「どうします?アズラエル理事」

 

「あー止め止め、ちょっと休憩ってことですよ、艦長さん。一時撤退です。全軍撤退。休戦協定の中では、24時間という制限があります。そこからオーブに打診し、再度攻め込む形になるでしょうね」

 

そう言うアズラエルの言葉通り、パウエルの艦長を任されている人物、ドレイク・バーフォードは、開戦前にオーブと締結した軍事協定の資料に目を落とす。

 

「オーブからはすでに会談の打診が届いてますが?」

 

オペレーターからの報告に、アズラエルは今回の戦闘で算出された損害率を見ながら、肩をすくめる。

 

「これだけの戦力を浪費して、それで手打ちにして、手ぶらで帰って上が納得します?」

 

そう言うアズラエルに、答える者は誰もいなかった。そもそもアズラエルが思うビジネス的な感覚で言えば、ここでオーブと不可侵の契約を結んだところで、この戦闘で失ったものを補填できるとは思えない。

 

ここで折れてオーブと話をしても、ビジネス的に見ても、戦争という軍事面で見ても、こちらが敗北となるだろう。

 

「それに、どうせストライクダガーだけじゃどうにもなりません。オーブの底力、思っていた以上のものだ」

 

出てきたオーブの虎の子である量産型モビルスーツ、アストレイ。それにアズラエルが満を持して出した手札であるリークたちを抑えた謎の機体と戦闘機ーー。アラスカから持ち込まれたデータが正しいなら、彼らは紛れもなく強者だろう。

 

むしろ、彼らを相手にしてほぼ無傷で帰ってきた、リークたちメビウス隊を賞賛するべきとも言える。

 

「信号弾撃て!一時撤退!」

 

ドレイクの言葉で、すぐさま撤退信号が打ち上げられた。そんな中、ブリッジの座席から立ち上がったアズラエルは、不敵な笑みを浮かべて指揮をドレイクに任せる。

 

「それに確認しておきたい事もありますしねぇ」

 

それだけ言って、彼は自身の執務室へと戻っていくのだった。

 

 

////

 

 

「急げ!こっちだ!また攻撃してくるぞ!軽傷者は向こうのテントだ!」

 

「整備班は動けるアストレイの点検だ!工具持ってこい!」

 

「パイロットは各自休息を!水でもなんでもあるぞ!」

 

オーブ軍は非戦闘員の保護を名目になんとか劣勢から脱することができていた。だが、受けた被害は大きい。虎の子であるアストレイ隊も少ないとは言えない損傷を受け、防衛網を構築する陸戦部隊も多大な被害を受けている。

 

ザフトと地球軍の兵士が互いに労わりながら休息を取っている中、カガリはキサカを連れて現状を把握するために現場へ出張ってきていた。

 

「みんな!良くやってくれた!撤退理由はよく解らないが……」

 

そこで、疲れ切った兵士たちの中を急ぎ足で歩んでいたカガリの足が止まる。その視線の先には、着陸したメビウスライダー隊と、一機の紅いモビルスーツが向かい合っていた。

 

トールとラリー、そしてキラが見つめる中、紅いモビルスーツからザフトのノーマルスーツを着たパイロットが降りてくる。

 

地に足をつけた彼は、ヘルメットを脱いでキラと向かい合った。

 

「あの時のザフト兵…」

 

キサカも気づいたようで、カガリもまた驚いたように顔を強張らせていた。

 

(アスラン!)

 

するとアスランはゆっくりと歩き出していく。キラも向かい合うアスランと同じように彼に歩み寄っていく。

 

「援護は感謝する。だが、その真意を、改めて確認したい」

 

向かい合って、あと数歩で触れられる距離で立ち止まった二人。立ち尽くすアスランに、キラは硬い声で問いかけた。

 

「俺は…その機体、フリーダム奪還、或いは破壊という命令を本国から受けている。だが今、俺はお前と、その友軍に敵対する意志はない」

 

「アスラン…」

 

「話が…したい…お前と」

 

そう言って、アスランは困ったように笑った。まるで、月でアスランと別れた時のようにーートリィを渡しながら、困ったように笑うアスランの顔と重なってーー。

 

「お前らぁぁあ!!」

 

そんなことをキラが思っていたら、横から飛び込んできたカガリが、キラとアスランの首へ腕を回して抱きかかえた。

 

「カガリ!?」

 

「この、ばっかやろう!!!」

 

そう言って泣いてるのか、笑っているのかわからないカガリの様子を見て、キラもアスランも、小さく笑うのだった。

 

 

////

 

 

アスランが合流したあと、キラたちはモビルスーツの補給のためにアークエンジェルのハンガーまで戻ってきていた。

 

「しかし…それは…」

 

キラがアスランに、今オーブがどんな状態なのか、地球軍とザフトの状況、そしてこの戦闘の理由と意味を説明し終えたあと、アスランは戸惑った様子でキラに声をかけた。

 

そんなアスランの心配そうな眼差しに、キラは微笑みを返す。

 

「うん。大変だってことは解ってる。ありがとう。アスラン」

 

「…すまない」

 

「でも、僕もそう思うから。カガリのお父さんの、言う通りだと思う」

 

選んだ道の過酷さは、すでに身に染みてわかっている。共に来てくれたラリーやトール、アークエンジェルの仲間、そしてアラスカとパナマで、自分と同じように正しいことを手探りで探そうとしてくれる人たちがいる。

 

それだけでも、キラにとっては強い励みになっていた。

 

「オーブが地球軍の側に付けば、大西洋連邦は、その力も利用してプラントを攻めるよ。ザフトの側に付いても同じことだ。ただ、敵が変わるだけで」

 

「だが、他にもやりようはあるはずだ…こんなことをすれば…」

 

「わかってる。だけど、それじゃあダメなんだ。ここで折れたら、きっと止まらなくなる」

 

そう言って、キラは自分自身の手のひらの中にあるものを見つめた。ここで確かに、オーブがどちらかに属せば、生きながらえることはできるだろう。地球軍側が提示してきた条件を飲めば、形はどうであれ、オーブの心を次につなぐことはできる。

 

けれど次は?ザフトが攻めてきたら?地球軍とザフトがオーブで戦うことになるのか?そのときの市民たちは?

 

きっと、今よりも苛烈な戦いに無関係な人々が巻き込まれることになるだろう。今はオノゴロ島という定められた場所でしか地球軍は戦闘を行っていない。しかし、ザフトが介入した瞬間、その軍事協定がうやむやになる可能性だってある。

 

すでに、地球軍内部でも分裂が起こり始めているのかもしれない。キラは、トールとラリーが戦った正体不明の二機の敵を思い返しながら、そんな不気味さに心を曇らせる。

 

「キラ…」

 

「僕は、多くの人を殺した」

 

この手で、多くの人を殺めた。兵士だからと割り切って、大切なものを守るためと言って、振り返ればそこには無数の屍がある。

 

「…僕は、僕が殺した人を知らないし、殺したかったわけでもなかったんだ。ただ、大切なものを守るために必死だった」

 

ただ、必死で戦っていた。ザフトとも、アスランとも、自分自身とも。

 

「大切な人に傷付いて欲しくなかっただけなんだ。大切だと思えたものが笑ってくれていたら、それでよかったはずなんだ」

 

なのに、どうして僕たちは、こんな場所まで来てしまったのだろうか。憎しみと悲しみを引き連れて。

 

「俺は…お前を殺そうとした…見殺しにも…」

 

「僕もさ…アスラン」

 

懺悔するようにいうアスランに、キラも悲しげな笑みを浮かべて同じように辛い声を重ねる。

 

「君に銃口を向けた時を思うと、今でも手が震える」

 

悲しくて…つらくて…そんな今から逃げたくて…けど憎しみは捨てられなくて、大切なものも捨てられなくて。

 

始まりは、本当に小さな願いだったのに。

 

「アスラン。僕らが戦わないで済む世界なら、それでいい。そんな世界に、ずっと居られたんなら……」

 

それはどれだけ、幸せなことだろう。あの月で過ごした日々の中に戻れたならと、何度も思った。けれど、それだけじゃ何も変えられない。

 

「戦争はどんどん広がっていく。武器も、人も、憎しみに囚われて」

 

 

〝勝つ為に必要となったのだ!あのエネルギーが!〟

 

ふいに、アスランの中で父の叫びがこだました。きっと、父も囚われているのだ。母を失った悲しみに。母を殺したナチュラルへの憎悪に。

 

「このままじゃぁ本当に、プラントと地球は、お互いに滅ぼし合うしかなくなる。止めなくちゃ。今ならまだ、止められる」

 

キラは、そうはっきり言う。今ならまだ引き返せると。この破滅と憎悪に向かって歩む足を止められると。

 

「キラ…」

 

「僕は戦うよ。僕が選んだんだ」

 

まるで決意するようにキラは言葉を紡ぐ。

 

「甘い戯言だって分かってる。そんなに世界は単純で優しくないってことも。そんな理想だけで何ができるんだって」

 

そんなことを言っている間にも多くの人が死んで。無関係な人が巻き込まれて。憎しみが憎しみを呼んで、折り重なって、動けなくなってーー声も出せなくなっていく。

 

「だからって、それでしょうがないんだって諦めたら、本当に僕たちは、取り返しのつかない場所まで行ってしまうから」

 

だからーーーそう言ってキラはフリーダムを見上げる。その横顔には、迷いはない。アスランが初めて見るその横顔に、不思議なくらいに魅せられて。

 

「止めたいんだ。こんな戦いを。つらくて、悲しいこの気持ちを、戦争をするために割り切ってーー僕は、明日を無くしたくないんだ」

 

例え守るためでも、もう銃を撃ってしまった僕だから。そんな自分が何をなせるのかーーー生きてきた今までの中で、多くの人に託された使命を果たすために。

 

「キラ」

 

「もう作業に戻らなきゃ。攻撃…いつ再開されるか分かんないから」

 

そう言ってキラはアスランの元を離れてフリーダムの方へと歩いていく。

 

〝敵だというのなら、私を討ちますか?ザフトのアスラン・ザラ!〟

 

〝貴方は、貴方の心に従いなさい〟

 

ぐっとアスランの手に力がこもった。

 

「キラ!」

 

ハンガーの中で叫んだアスランの声に、キラは振り返る。

 

「俺も、戦えるかな。昔みたいにーーまたお前と一緒に」

 

アスランの目にもまた、迷いはなかった。心に従おう。キラの言葉と覚悟とーーその背中に魅せられた自分自身の心に。

 

「できるよ。アスラン。君なら絶対」

 

そう言ってキラはアスランに微笑んだ。

 

 

////

 

 

「そうですか、はいはい。わかりましたよ」

 

不満そうに通信端末を切ったアズラエルに、パイロットスーツのままのリークが不安そうな目を向けた。

 

「アズラエル理事」

 

「あーもう駄目駄目です。大西洋連邦は知らぬ存ぜぬ。ベルモンド上級大尉が言うように、あの船が『アークエンジェル』なら、裏切り者としてそちらで処理しろとのことですよ」

 

予想通りーーいや、そうなってほしくない方向に、予感していたことが見事に的中した。どうやら、パナマから空に逃げた連中は、何があっても口を割らないらしい。

 

「しかし、現に彼らが生きていたということは…それに、協定に従わなかった二機のデータ不明の機体も」

 

「裏があるのはわかりきってますよ。けれど、こちらにはそれを指摘する材料が無いのですよ。あの訳の分からない二機も落とされちゃったわけですし、運んできた船も知らぬ存ぜぬ…てね」

 

そう言って書類を放るアズラエル。再三の要請にも知らぬ存ぜぬを貫く船。大西洋連邦の応援という部隊もこの艦隊には混ざっているが、これで一気に信頼できなくなった。

 

「きな臭いですな」

 

ドレイクの言葉に、アズラエルも同意するように頷く。

 

「まったく困った困った。惚れ惚れする戦闘データと実戦データを得られただけでも、僕としては儲けモノなので、何か理由をつけて早々に撤退したいのですがねぇ」

 

リークたちが持ち帰ったデータを見て、アズラエル自身も相手が流星だという確信を持てた。あの変則的で人ならざる機動をするパイロットなど、コーディネーターでも、ましてやナチュラルの中でもありえない。

 

僕の目には狂いはない。あの動きは正真正銘のメビウスライダー隊の物だ。

 

そんな相手との激戦の戦闘データ。そして乱入してきた不届き者たちとの戦闘映像とデータ。そのふたつだけでも、アズラエル財団にとってお釣りがくるほどの利益があった。

 

試作した新型G兵器の実戦データもさることながら、彼らと対等に撃ち合える人員を、薬物投与や膨大な金をかけた研究費をかけずに育成できることを、目の前にいるリークが証明したのだから。

 

だが、軍というのはそこまで単純なものじゃあない。

 

「けれど、この戦力で攻めて制圧できなかった国なんて、消えてもらった方が後の為…なんて言ってるんですよ、向こうは。簡単に言ってくれますよ、全く」

 

「アズラエル理事、こちらの準備は間もなく終わる。どうするのかね?」

 

そう答えるドレイクの目には、補給を終えた各部隊の報告が上がってきている。

 

ここで足踏みをすれば、アズラエルにとっても地球軍上層部から得られる〝情報〟のパイプラインに悪影響が及ぶ。なんとかして、ここでは相手にいい顔をしなければならなかった。

 

「きな臭い上を納得させるために、泥仕合に縺れ込ませて、なんとかマスドライバーの使用権だけでももぎ取りたいものですが…」

 

「我々が引いても、ザフトが来るということですか」

 

そういうリークの言葉に、アズラエルは頷くとモニターを起動させた。

 

「情報筋では、すでにカーペンタリアからザフトの一個大隊が出航したようです。ビクトリアの事もあるのに、勤勉な事ですよ」

 

「それほどまで、我々を地球に閉じ込めておきたいのでしょうな」

 

「そういうことです。今は、全体的な視野を持ってみれば攻めるのが最善なんですよ」

 

ザフトにとっても、ここがこの戦争の分かれ目だということはわかっているのだろう。それに、ビクトリアを仮に守りきれなかった場合、戦局は更に不透明さを増していくことになる。

 

「アズラエル理事」

 

すると、アズラエルは立ち上がり、自分よりやや背の高いリークを見つめながら、小さく笑った。

 

「貴方たちが死ぬことは許しませんよ?ドレイク艦長も、うまくやってください」

 

そう二人に指示を出すと、ドレイクもリークもアズラエルに敬礼をして部屋を後にする。さて、部下を活かすのは上司の役目。では、社長の役目は?高い革の椅子に踏ん反り返って毛並みのいい猫を撫でながら葉巻でも吸う?

 

残念ながら、アズラエルは違う。

 

彼が思い描くビジネスマンの流儀。それに従って今は腐り切った上に媚びへつらおう。大丈夫。相手を謀るのは自分の十八番だ。

 

「さ、お仕事の時間です」

 

そう言って、アズラエルは遠くに輝くオーブの島々を見つめるのだった。

 

 

 

 





トール君はミリアリアからの正座説教を受けています



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第133話 暁の空

 

 

「しかし、お前がオーブに加わるなんてな」

 

ガルーダ隊の中核を担うイザークたちの機体は、遭遇した黄色部隊との交戦で少なからずの損傷を受けていた。

 

とくに、バスターの損傷は肩部のミサイルコンテナに右腕とひどく、ビームライフルを破損したイザークのデュエルもモルゲンレーテの第六工廠に運び込まれ、応急的な修理を受けていた。

 

「俺も驚いたよ、イザーク」

 

「パナマの一件があって、僕らもこちらに加わったんです」

 

キラと共にいたアスランも、訪れたイザークたちと予想外の再会を果たすことになった。パナマ攻略作戦に参加していたとは聞いてはいたが、まさかザフトから離れオーブに身を寄せていたとは思いもしなかった。

 

ニコルの言葉に頷きながら、アスランはジャスティスの横に並ぶG兵器群を見上げた。

 

「オーブの戦いに参加してるのは成り行きだけどな」

 

不機嫌そうにいうイザークは、破損したデュエルのビームライフルの代わりに融通されたストライク用のビームライフルとの同調率を調整しながら呟く。

 

「俺はパナマでの借りを返してるだけだ。事が済めば俺は…」

 

「ザフトに戻って、また言うこと聞く兵隊さんに戻るか?」

 

そうディアッカが言うと、イザークの手は止まり口も閉ざした。

 

「今は、俺の父に…イザークの母にも、俺たちの声は届かない」

 

まるでトドメを刺すように言うアスランに、イザークは「そんなこと、言われなくてもわかっている!」と打ち込んでいた端末を閉じてアスランを睨みつけた。

 

母や、アスランの父の在り方はイザークもよくわかっている。コーディネーターより劣るナチュラルと見下している以上、自分たちの行動を親が理解するわけがない。

 

「本当に…俺たちの親はナチュラルを滅ぼしたいのかねぇ」

 

「滅ぼして…その先に何があるんですかね」

 

それはディアッカもニコルも同じだった。ザフトに入ったのも親の影響があったからとはいえーー戦場で傷ついた仲間たちと、それを命を投げ打ってまで助けに来てくれた、敵だった地球軍の兵士。

 

親が言う価値観の一言で片付けられる問題じゃない。

 

「いっそ聞いてみるかぁ?コーディネーターが統治する素晴らしい世界とか?」

 

「俺たちだけになっても、また戦争は起こるさ」

 

ディアッカの皮肉げな予想を、アスランはバッサリと切り捨てた。

 

「ナチュラルを破滅させた急進派と、ただ平和に暮らしたい穏健派との小競り合いとか?」

 

そんな簡単なものじゃないさ。とアスランは物憂げな顔つきで言う。もしナチュラルを滅ぼしてしまえば、後はコーディネーターだけで仲良く暮らして世界は良くなる?答えはノーだ。きっと生まれた軋轢は形と概念を変えて自分たちを縛り、戦いを強制し続けるだろう。

 

「ここで止まらなければ、きっと繰り返しになる」

 

同じことの繰り返しだ。滅ぼそうとして、滅ぼされて、また繰り返す。そうやって人は進化してきたとも言われるが、そうして流された血の量は計り知れず、如何にしても拭いさることはできない。

 

「ふん、貴様がどう思おうが勝手だ」

 

「イザーク」

 

そう言ってイザークは立ち上がると、デュエルを見上げた。

 

「俺はただ、手を取ってくれた相手の敬意に答えるだけだ。それに、俺を信じて付いてきてくれる奴らに、コーディネーターだの、ナチュラルだのと言って足踏みなどしてみろ。それこそ顔向けできんだろうが」

 

そう言うイザークを、アスランは驚いた顔で見つめていた。ニコルとディアッカは、それを聞いて小さく笑っている。

 

ここに来てーーいや、地球軍との共闘を目にしてから、イザークの在り方は少しずつ、しかし決定的なまでに変わってきている。

 

「今はとにかく、次の戦闘に備えるしかあるまい。アスラン、貴様にも働いてもらうぞ。その新型とやらでな」

 

メビウスライダー、ガルーダ隊の隊長として貫禄がついてきたイザークを見て、アスランは困ったように笑ってからイザークへ手を差し伸べた。

 

「わかってるよ、イザーク隊長」

 

差し出されたアスランの手を、イザークは顔と交互に見比べてから手早く握り返してすぐに振りほどく。

 

「ふんっ」

 

鼻を鳴らして、彼は「データをシモンズ女史に見てもらう」と言って急ぎ足でアスランの元を離れた。

 

「そもそもアスランがガルーダ隊に来るかどうかも…」

 

「待てよーイザークー」

 

その後をニコルとディアッカも追いかけていく。変わらないなぁ、あいつらはーーそんな安心感に似た感覚を、アスランはゆっくりと噛み締めてから、後ろでじっとこちらを見てくる人物へ振り返った。

 

「で、お前はなんでずっとくっついている?」

 

物陰からのぞいていたカガリは、バレたと言った風に一旦隠れたが、すぐに咳払いをしながら堂々とアスランの前へと姿を現した。

 

「気にするな。見張ってるだけだ」

 

「……そうか」

 

そう答えると、アスランもジャスティスの戦闘データを元に調整を施していく。専用機としてOSの改修はしたが、実戦データ不足でレスポンスを合わせる必要がある。そんなアスランの元に近づいたカガリは、少し離れた場所にあるフリーダムを見ながら呟いた。

 

「キラが生きてて、良かったな」

 

「え?あぁ…あの時、俺は礼も言わなかったな」

 

アスランもオーブに救助された時のことを思い出していた。恥ずかしくも、カガリの前で大泣きしてしまった身だ。礼の一言も言えなかったと今になって恥ずかしい気持ちになる。

 

そんなアスランにカガリは柔らかい笑みを浮かべて答えた。

 

「言ったさ、ちゃんと。一応な」

 

「そうか?」

 

「ボケてたからなぁ。覚えてないんだろ?」

 

「ふ…ああ」

 

すると、フリーダムのコクピットが開いてキラが降りてくるのが見えた。足元ではマードックやハリー、フレイと円を作ってなにかの打ち合わせを真剣な眼差しで行なっている。

 

「キラ、変わったろ」

 

「…いや」

 

そう言うカガリに、アスランは遠くを見る目で答える。

 

「……いや、やっぱりあいつはあいつだよ」

 

月で別れた時から変わってない。分からず屋で、優しそうに見えて頑固で、けれど手を抜くどこか間抜けな頃のキラ。今でもその本質は変わっていない。そんなことを思っているアスランに、カガリは少し言い淀んだ声で問いかけた。

 

「お前…どうするんだ…これから?」

 

その言葉の意味を、アスランはよく考えた。きっと彼女としても、自分がキラと共に戦うことを望んでいる。そして、自分も──。

 

「俺は、俺の心に従うよ」

 

「なんだよ、それ」

 

そう問い返したカガリを見て、アスランは笑った。たしかに答えにはなっていない。

 

「さぁな。だが…もう答えは出ているのかも知れない」

 

そう言ってアスランは遠くにいるキラを見つめた。いつのまにか現れたメビウスライダー隊のパイロットたちに揉みくちゃにされている姿を見て。

 

そして、自分の父のことを思い返した。

 

父はーーこの心になんと言うだろうか。そんなことを思うと、心が苦しくなる。あの熱のない機械のような目を思い返して、手が震えそうになる。

 

そんなアスランのとなりにカガリは腰を下ろした。

 

「苦しいな」

 

そう言ってカガリはそっとアスランの震える手に、自分の手を重ねてやるのだった。

 

 

 

////

 

 

 

「メビウスリーダーより各機へ」

 

夜が明ける。朝焼けを待つパウエルのモビルスーツハンガーの中で、リークはリベリオンのコクピットに乗りながら、残りの三機に搭乗するオルガたちへ通信を繋いだ。

 

「敵の戦力は昨日で把握したね?僕らの役目は、メビウスライダー隊の足止めだ」

 

その言葉の後、通信用のモニターには細分化されたオーブ、オノゴロ島の見取り図が、立体映像として表示される。

 

《第1目標であるマスドライバーの制圧。これが今作戦の要となる》

 

ドレイクの声が通信機に響いた。夜明け前だと言うのにピリリとした鋭い声が、オルガたちの中にあった眠気を素早く追いやっていく。

 

「モルゲンレーテはどうなんだ?」

 

オルガの返答に、ブリーフィングに加わっていたアズラエルが「あー」と声を通してから言葉を繋ぐ。

 

《モルゲンレーテは、とりあえず無視しましょう。地球軍にとっても今は宇宙への足がかりが必要です。今回の作戦ではマスドライバー施設の確保と、それをカードにオーブとの使用権の交渉に持っていくのが第1目標となります》

 

「第2目標は?」

 

《昨日のオーブ製量産型モビルスーツ。あれで全てだと言うなら各個に制圧し、モルゲンレーテ社を目指す。こちらはストライクダガー隊の仕事だ》

 

シャニの問いに答えたニックの返答を聞いて、クロトはレイダーのコクピット中、ヘルメットの後ろで手を組んだ。

 

「で、俺たちの仕事は、ストライクダガーに邪魔がいかないように、メビウスライダー隊を足止めするってことか」

 

「落としてもいいの?」

 

そう言うシャニに、リークは困ったような笑みを浮かべる。それが簡単にできれば苦労はしないだろう。ザフトも、それに地球軍も。

 

「落とせるものならね。けど相手は僕の古巣だ。手加減もしてくれないだろうし、昨日よりもヤバくなるかもね」

 

「じゃ、死なないように頑張りますか」

 

「しぶとく生き残るのが僕ららしいし」

 

「聴きたい新曲も出る」

 

そういう三人の乗るモビルスーツのデュアルアイが光り輝く。満足な答えを聞いてリークは頷いた。

 

「そういうことだ。生きて、生き抜く。それがメビウス隊の第1モットーだよ」

 

メビウスライダー隊にいた時の教訓だ。生きて、生き延びて使命を果たす。それが兵士であり、戦士である自分たちに与えられたミッションなのだ。

 

《スカイキーパーよりメビウス隊へ。発艦準備が整った。これよりオーブ攻略作戦を開始する。時間を合わせろ》

 

《では、始めましょうか》

 

ニックとアズラエルの声が響くと、モビルスーツハンガーのハッチも緩やかに開いていく。

 

「メビウス隊、発艦します!!」

 

「 「 「昨日のリベンジマッチだ!」 」 」

 

パウエルから飛び出した四機の機影は、そのままオーブのマスドライバー目掛けて暁の空を舞い上がっていくのだった。

 

 

////

 

 

〝我々としても体裁的にはマスドライバーは確保したいところです。それに、こちらにも曲げられぬ事情がありましてね〟

 

停戦協議に臨んだ時にアズラエルから言われた言葉だ。ウズミは彼の言葉を素直には信用していない。しかし、地球軍側から提案された休戦協定を律儀に守った相手だ。逆に深く読み過ぎれば深みに嵌る危険性もある。

 

(ムルタ・アズラエルめ…何を考えている)

 

弄ばれている感覚が否めない。そう歯がゆい気持ちを押し殺しながら、ウズミは司令室で地球軍の動向に目を見張っていた。

 

「レーダーに機影!」

 

「ミサイル接近!計画通り、マスドライバーが優先して狙われています!」

 

やはり勧告通りかーーそうウズミはモニターを見つめてから、的確に防衛陣地を構築していくよう指示を飛ばした。

 

「モビルスーツ群、ならびに航空機隊、オノゴロを目標に侵攻中!」

 

「迎撃!モビルスーツ隊発進急げ!チャーリーの部隊を展開しろ!一機たりとも通すな!!」

 

夜明けとともに、また新しい戦いが始まろうとしていたーー。

 

 

////

 

 

「くっそー!おいでなすったか!」

 

アークエンジェルの食堂で簡単な作戦会議をしていたムウとPJたちは、第1戦闘態勢の連絡を聞き、すぐにハンガーへと飛び出していく。

 

オーブの第六工廠でも、整備を終えたキラたちのモビルスーツの発進準備が進められていた。

 

「キラ!」

 

パイロットスーツを着用したキラがフリーダムの足元まで駆け寄った時、となりに格納されているジャスティスのパイロット、アスランが呼び止めた。

 

「行くのか」

 

「……うん。大切なのは、何の為に戦うかで。だから僕も行くんだ。戦わなきゃ守れないものもあるから」

 

そう言って、ワイヤーウィンチに掴まってコクピットへ上がっていくキラを見上げているアスランに、白いノーマルスーツに身を包んだパイロットが語りかけた。

 

「まいったねぇ」

 

「あなたは…」

 

アスランに声をかけたのは、ホワイトグリントのパイロット、ラリーだった。彼はアスランの目を見つめながら、計るような口調で声を紡いだ。

 

「アスラン・ザラ。お前は、キラのフリーダムと俺のホワイトグリントの奪還命令を受けてるんだろ?」

 

お前はどうする?そう言われているような気がした。己の何に殉じて行動するのかーーーそんなもの、アスランの中ではとっくに答えは出ていた。

 

「俺はあいつを…あいつらを死なせたくない!」

 

そう答えると、ラリーはニッと微笑んで、アスランの肩を叩いてホワイトグリントへと向かっていく。

 

「めずらしく意見が合うな。アスラン」

 

「ディアッカ…それに…」

 

ラリーを見送ったアスランが振り向くと、そこにはザフトの軍事学校時代から苦楽を共にした戦友たちがいた。

 

「気持ちはみんな一緒ですよ。だからここにいるんです」

 

「ニコル…」

 

「足を引っ張るなよ?アスラン」

 

「そっちこそ」

 

「なにをぉ!?」

 

そう言って突っかかりそうになるイザークを、手を叩いて意識をこちらに向けるように、ヘッドインカムを付けたハリーが声をあげた。

 

「はいはい、静かにする!さて、では各員!搭乗機へ!コクピットでブリーフィングを始めるわよ!」

 

 

 

////

 

 

 

これよりオーブ防衛作戦の概要を説明する。

 

我々の任務は、昨日と同じくオーブ軍と合同で、敵の目標であるマスドライバーと、モルゲンレーテ社の防衛だ。

 

避難民の全退避は完了しているため、昨日のように相手が止まってくれることはない。今回は総力戦となる。

 

開戦前の意見交換により、地球軍の第1目標はマスドライバーだという情報も入っている。よって、我々は二班に分かれてマスドライバーとモルゲンレーテ社への二段防衛網を構築。

 

敵への尖兵隊はラリー、君のライトニング隊に頼みたい。

 

また、昨日合流したアスラン・ザラの処遇だが、ウズミ様の進言もあり、メビウスライダー隊預かりとなった。アスラン、君はライトニング4としてライトニング隊に参加してくれ。

 

おそらく、昨日の新型機たちも出てくるだろう。ライトニング隊は、あの機体との戦闘になる。相手は同郷の者たちだがーーー我々にも守るものがあるということを忘れないでほしい。

 

ガルーダ隊はマスドライバー。グリフィス隊、アンタレス隊はモルゲンレーテ社への防衛エリア担当だ。敵のモビルスーツ部隊を食い止めてくれ。

 

アストレイ隊も増員されているが苦しい戦いになるだろう。だが、我々がここで折れればオーブを始め、世界に戦火が燃え広がることになる。

 

ここが防波堤だ。

 

我々の後の世界のため、諸君らの健闘を願う。

 

以上、ブリーフィングを終了する。

 

 

 

 

メビウスライダー隊、発進せよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 



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第134話 流星と流星 1

 

 

《進路クリアー!アンタレス隊、発進!ハウメアの守護があらんことを!》

 

「ではフラガ少佐、お先に!アンタレス1、パトリック・J・ホーク、出るぞ!各機、俺に続け!」

 

オーブ所有の格納庫から、ザフトのパイロット達とオーブ兵のパイロット達が乗るM1アストレイ隊を率いて出撃していく、PJのアンタレス隊。

 

彼らはモルゲンレーテ社の南側防衛を担当する手はずになっている。合流するとしたら作戦を完了したあとだ。

 

その時も、出て行ったメンツが居てくれることをムウは切に願うばかりだ。

 

「次は俺たちだ!準備はできてるな?お嬢ちゃんたち」

 

ストライクのコクピットでヘルメットを被ったムウが、通信機越しに後ろにいるアストレイR型三機へ声をかける。

 

「お嬢ちゃんじゃありませんよ!グリフィス1!グリフィス2、アサギ・コードウェル、発進準備よし!」

 

「昨日何度も助けましたしね!今日はしっかりしてくださいよ、おじさん」

 

そこには、昨日の戦闘でしっかりと基礎能力の高さを発揮した三人のパイロットたちが、順次、発進準備を整えていっている。

 

「はっ!言うようになったじゃないの、グリフィス3!」

 

「グリフィス3、マユラ・ラバッツ、発進準備よし!ジュリ、いくよ!」

 

「了解!グリフィス4、ジュリ・ウー・ニェン、発進準備できました!」

 

浮気は許しませんからね?なんてマリューの言葉が頭を過ぎる。この三人と連携を取ると、どうしても打ち合わせなどもやらなければならない為、その度にマリューの冷たい視線を背中に感じながら、ムウは隊長としての役割に徹する。

 

あとでマリューのご機嫌取らないとなぁ。そんなことを考えながら、三機がそれぞれ武装を装備したところで、ムウは改めて自分たちに与えられた役割を確認するように告げた。

 

「いいな!俺たちとアンタレス隊は、モルゲンレーテ本社北側の守備だ!マスドライバーは他の奴に任せておけばいい!」

 

「了解!!」

 

北側は工廠の他にもモビルスーツのテスト場や開発エリアもあるため、ここを抜けられると技術盗用をされる危険性がある。南も北も、防衛の重要度は同じだ。

 

《グリフィス隊、進路クリアー!発進どうぞ!幸運を!》

 

機械的な電子音と出撃ゲートが開いたことを確認して、ムウは片方の拳を手のひらに打ち付けて気合を入れる。

 

「了解!よっしゃあ!グリフィス1、ムウ・ラ・フラガ、ストライク、出るぞ!!」

 

ムウのエールストライクを先頭に、アストレイR型と、他のアストレイ隊も続いて大空へと飛び立っていく。

 

 

////

 

「我々の任務はマスドライバーの死守だ!奴らの第一目標はここになる!後方支援隊は艦船への迎撃、残りは俺たちについて来い!」

 

イザーク率いるガルーダ隊は、マスドライバー付近にある飛行場に集結していた。昨日より、アストレイ隊の部隊員は何名か職に殉ずることになったが、結果的に言えば多くの手練れが残っていた。補給を受けたアストレイ隊の中には、慣れ親しんだジンのライフルや、剣を装備した者までいる。

 

そんなツワモノ達を集めた部隊を、イザークは気迫に満ちた声で一括し、統括していた。

 

だがーー。

 

「なんだか、いつにも増して気迫がありますよね…イザーク」

 

「アスランがライトニング隊に行って拗ねてるんだよ」

 

そんな彼の気迫の裏側を知るニコルとディアッカは、三人だけのプライベート通信でわざとらしく小声でそう語り合っている。イザークはぐぬぬ、と顔をしかめて、後ろに控えている高射砲を持つブリッツとバスターへ振り返った。

 

「拗ねてなどいない!全く!」

 

《エンジェルハートよりガルーダ隊へ》

 

そんなやり取りをするイザーク達の元へ、AWACSであるエンジェルハートから通信が入った。トーリャは困ったように笑いながら、先ほど筒抜けだった会話に訂正を入れていく。

 

《そう拗ねてくれるな。敵の最初の目標はマスドライバーだ。ライトニング隊が例の新型を抑えるとは言え、敵の戦力を受け持てるのは貴殿のモビルスーツ技能しかないという、ラリーや艦長たちの判断だ》

 

アズラエルが宣言したのは、マスドライバーの奪取が最優先ということ。ならば、敵の主力はそれを護衛する湾岸の守備艦隊と、ガルーダ隊に集中することになるだろう。

 

《頼むぞ、ガルーダ隊。君たちの踏ん張りで、この戦局は大きく変わるのだからな》

 

ライトニング隊の次にツワモノ達であると、俺は信じているからな、と通信を締めくくったトーリャに、イザークは恥ずかしげに鼻をふんっと鳴らす。

 

「誰に言ってるんだ?俺たちの実力、甘く見るなよ!いくぞ!ニコル!ディアッカ!」

 

「ほんと、乗せられるの上手いんだからさ」

 

「ははっ、この方がいつもらしいや」

 

やかましい!とイザークが声を張り上げると、エンジェルハートの通信を介してやりとりが聞こえていたのか、ガルーダ隊のメンバーも笑い声を上げている。

 

《ガルーダ隊、進路クリアー。発進どうぞ!頼みましたよ!!》

 

オーブの管制官からの声を受けて、全員がビリっとスイッチが切り替わった。相手は万、こちらは精鋭。相手にとって不足はない。

 

「了解、ガルーダ1、イザーク・ジュール、デュエルアサルトシュラウド、発進する!!」

 

イザークの声を皮切りに、飛行場からも幾機ものモビルスーツが地を鳴らして出撃していくのだった。

 

 

////

 

 

オノゴロ島、マスドライバー施設へ繋がる海の沖合。

 

「敵機捕捉!これは……速い!?」

 

同施設を守備するために展開していた艦隊は、接近する機影をキャッチしたが、その速度はモビルスーツにしてはあきらかに速かった。

 

『オラオラ、退かないとぶち殺すぞおぉおお!!』

 

カラミティを乗せたレイダーが先行し、艦隊の前へと迫ってきたのだ。戦艦が主砲で迎撃を試みるが、モビルアーマー形態になったレイダーの機動について行けず、その距離を目と鼻の先まで詰めさせてしまった。

 

『はぁあああ!!』

 

カラミティが放つ圧倒的な火力を前に、行く手を阻もうとした巡洋艦が瞬く間に火だるまになっていく。

 

「ホタルビ、大破!アストレイ隊が…!」

 

巡洋艦の後ろにいるモビルスーツ用の輸送艦の上では、ビームライフルを構えたアストレイ隊が、迫ったカラミティとレイダーに向かって攻撃を開始しようとする。

 

「このおおお!」

 

だが、放たれる閃光はひらりひらりとレイダーに躱され、少しでも隙を見せようものなら、上に乗るカラミティが的確な射撃を打ち込み、アストレイのコクピットがビームに穿たれていった。

 

「ああっ!ジャン・ルイがやられた!」

 

「マルヤマ一尉!」

 

僚機たちがやられたアストレイのパイロットは、ハッと目の前でビーム砲を構えるカラミティと目があった。あ、圧倒的すぎる…!!ビームライフルを構えるよりも、向こうの銃口に光が満ちるほうが早い。

 

パイロットは残してきた恋人のことを思い出しながらギュッと目を瞑る。

 

しかし、いつまでたっても死は来なかった。

 

パイロットが恐る恐る目を開けると、さっきまで目の前にいた二機の敵はいなくなっており、代わりに青と白を基調にした戦闘機が、悠々と海面から空へと舞い上がっていく様子が映っていた。

 

「見つけた!地球軍の新型!」

 

装いを新たにしたスーパースカイグラスパーを駆るトールは、見つけたカラミティとレイダーを相手取って、空戦機動へと切り替える。

 

『来たな!羽根つき!』

 

『へへ、見つけたぜ、昨日の強い奴!』

 

カラミティが旋回するスーパースカイグラスパーへビームの嵐をお見舞いするが、新調した追加ブースターを吹かして、トールは機体を鋭くロールさせ、ビームを掻い潜る。

 

懐に備わるのは、昨日の重機関銃ではなく、オーブ製の100mm無反動砲だ。素早く動くレイダーが射線へ入った瞬間に、トールは引き金を引く。

 

撃ち放たれた弾頭は、HEIAP弾。

 

装甲目標の破壊を目的とし、直撃したときにのみ、その特殊な効果が発揮される弾頭であり、着弾時に先端部に内包された焼夷剤に火をつけ、爆薬を起爆する。

 

更に、焼夷剤に加えて非常に可燃性の高い化合物にも、同じく着火する。炸裂によって燃料が一気に熱エネルギーに変換され、爆発的に膨張する圧力と3,000℃の高温を発生させる。

 

さらに、砲弾内部のタングステン弾芯が標的の装甲を貫通し、内蔵されている炸薬に点火し、被害を拡大させるというものだ。

 

宇宙空間でラリー達がメビウスに搭載していた弾頭と同じものだが、ここは地球だ。着弾すれば、炸薬に点火することで生じる熱エネルギーの力も、宇宙空間の比ではない。

 

事実、トールが撃ち放った弾丸を避けた先では、海面が派手な水柱を吹き上げている様が見える。

 

しかし、トールの機体も無事では済まない。無反動砲ではあるが、備えるのは空飛ぶ戦闘機だ。充分な姿勢保持と減速を行わなければ、射撃時に機体制御ができない上に、翼端が空中分解する恐れもある諸刃の剣なのだ。

 

『うげぇ!?なんつー武器を持ってきてやがるんだ!?』

 

立ち上った水柱を見たクロトが、顔をしかめながらそんなことを呟く。その脇では遅れて到着したフォビドゥンと、リークのリベリオンも姿を現していた。

 

「リークさん!」

 

空を駆けるようにトールの後から出てきたフリーダムは、広域通信でリベリオンへ呼びかけを行う。できればーー戦いたくはないーーそんな思いがキラの中にあった。だが…。

 

《悪いがこちらにも退けない理由があってね…手を抜くと落とすよ!!キラ君!!》

 

キラの声に答えながらビームカービンを撃ち放つリーク。彼から逃れたと同時に、飛び上がったフォビドゥンとキラは空戦を行う。

 

「くぅうう!!」

 

『今日こそやらせてもらうよ』

 

大鎌を振るうフォビドゥンの動きは、昨日よりも洗練されており、なんとか避けることができていた斬撃がフリーダムの装甲を掠めていく。

 

「昨日より動きが良く…!?ちぃ!手強い!」

 

離れようとすればリークからの攻撃。しかし、このままではフォビドゥンとの戦闘で消耗していく。なんて手強いんだ…!キラは歯を食いしばりながら、なんとか打開しようと機体を飛翔させる。

 

「キラ!」

 

「アスラン!」

 

リベリオンの横から舞い降りるように出てきたのは、アスランの乗るジャスティスだ。アスランは機体をひらりと回転させると、分厚いリベリオンの盾に回し蹴りを放つ。

 

キラもアスランに倣って、フォビドゥンのビーム偏向シールドを足場にして一気に距離を離した。

 

『このぉぉ!滅殺!』

 

クロトが海面を滑るように近づいてくる新たな機影にミョルニルを撃ち放つが、空気を吸い込む呼吸音のような音が響くと、近づいてきた「城壁のような機体」は、左右へ素早く機体を滑らせて、難なく鉄球を避けてレイダーの周りを旋回する。

 

「鉄球ごとき!」

 

第1の枷から解き放たれたホワイトグリント。その機体は全身を多重装甲に覆われてはいるが、背面はこれでもかというほど、多重装甲の隙間という隙間に、小型バーニアから大型スラスターが仕込まれていた。

 

エネルギー制限はあるものの、省エネルギーで地面や海面をホバー移動し、加速すればある程度の空戦を行えるほどの機動力を有している。

 

「火力だけでは何もできない!遅すぎるぞ!」

 

ホワイトグリントを操るラリーは、高速域でレイダーの周りを旋回しながら、両腕に備わるビームマシンガンで敵の動きを封じ込めていく。

 

『紅い奴!今日こそ!』

 

『盾野郎も!』

 

一度距離をとった敵は、リベリオンを中核に集まり、こちらは合流したラリーのホワイトグリントを中心に睨み合う。

 

『ラリー…!』

 

「リーク!互いに新しい機体だ。手加減は無しだぞ!」

 

『全員揃ったなぁ!』

 

上空から急降下したトールのスカイグラスパーの攻撃を皮切りに、止まっていた戦いがまた動き始めた。アスランとキラはカラミティとフォビドゥンを相手取り、激しい空中戦を繰り広げる。

 

「解ってるさ!戦ってでも守らなきゃいけないものがあることぐらい!」

 

『ええい!こいつらぁ!!』

 

カラミティからの一斉射撃を躱して、フリーダムとジャスティスは背を合わせた。

 

「アスラン!」

 

「蹴散らすぞ!」

 

「うん!」

 

その上空では、モビルアーマー形態になったレイダーとスーパースカイグラスパーの空中戦が熾烈を極めている。雲の合間を縫って飛ぶトールに痺れを切らしたクロトは、モビルアーマーからモビルスーツに切り替わり、エネルギー砲「ツォーン」を放った。

 

『とりゃああああ!!瞬殺!!』

 

「お前の相手は俺だぁあ!!」

 

そのビームをカウンターマニューバで避けたトールは、無反動砲で人型となったレイダーを捉える。2連装52mm超高初速防盾砲で弾頭を受け止めるクロトだが、その高熱と衝撃は、盾の役割を果たす箇所を容赦なくえぐっていた。

 

『ぐぅう…ちっくしょぉー!!戦闘機のくせに!!なんて動きすんだよ!』

 

おまけだ!と、トールが放った小型ミサイルを初速砲で撃ち落として、クロトもレイダーをモビルアーマーへ変形させて、雲の合間へ消えていったスーパースカイグラスパーを追いかけた。

 

そして、海面では高速で動く二機が雌雄を決しようとビームサーベルと盾で激突していくーー。

 

「くぅう…リーク!!お前は…!!」

 

多重装甲はビームコーティングを施されているとはいえ、ビーム刃を直接受ければダメージは免れない。赤くなった装甲を庇うように距離をとったラリーは、肩部の装甲の隙間に備わったミサイルポッドからいくつもの小型ミサイルを発射していく。

 

《僕にもラリーと同じように…守りたいものがあるんだ!!》

 

リークのリベリオンも、ビームカービンライフルでミサイルを撃ち落としながら、フォビドゥンの背部ユニットに似た機動装置で、距離を取ろうとするホワイトグリントへ近づいていく。

 

昨日の戦いでわかったことは、相手取るホワイトグリントに遠距離の戦いは不向きだということだ。あの加速性能を見る限り、今の自分では狙撃することなど不可能だ。仮に距離を取れたとしても、抜群の加速性で接近されればリベリオンといえどタダでは済まない。

 

ならば張り付くまでだ。

 

リークはビームカービンライフルを捨てて、腰に懸架してあった85mmHEIAP機銃を取り出して、ラリーの多重装甲を削る作戦へとシフトする。

 

「上手いな…流石だ」

 

重い弾丸と灼熱を装甲で受けながら、ラリーはモニターを眺めてニヤリと笑う。ここまで強くなっていたのか…リーク!

 

《ずっと追っていたんだ…その背中をぉおお!!》

 

リークにとっても、これは挑戦だった。ずっと追いかけていた背中にどこまで近づけたのか。戦闘機、そしてモビルスーツに乗って前に立ちふさがる相棒に、リークは全てをさらけ出して挑んだ。

 

目標だった男に並び立つために。

 

「リィイーク!!!!」

 

《ラリィイイーー!!!》

 

海面を波立たせながら立ち回る二機。そして空で繰り広げられる空戦。その洗練された戦いの場は、容易に立ち入れる様子ではなかった。

 

 

 

 

 

 



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第135話 流星と流星 2

 

 

 

リーク率いる地球軍の新型機部隊と、ラリー率いるメビウスライダー隊の激闘が目と鼻の先で繰り広げられる中。

 

後方から上がってきた戦艦アークエンジェルは、完全に先手を取られたオーブ艦隊の先頭へと躍り出て、士気を鼓舞しながら、オーブ艦隊旗艦へ通信をつなげた。

 

「アストレイ隊と艦隊はモビルスーツの戦闘から後退してください!」

 

指揮はジーン三佐へ!アストレイ隊も立て直せ!そんな怒声に似た指示が、旗艦を指揮する老歴の艦長の元から飛ばされており、オーブ艦隊は次第に混乱を収めながら、本来の役割へと戻っていく。その様子を見たマリューも、アークエンジェルを艦隊の前へ配置して指揮をとった。

 

「アークエンジェルは艦隊の護衛に回ります!取り舵30!ナタル!」

 

目の前に広がる地球軍の艦艇。マリューが声を出すや、後方の火器管制システムを仕切るナタルが、間髪入れずに指示を放った。

 

「1番から12番、コリントス、15番から18番、ウォンバット、てぇ!アンチビーム爆雷展開!バリアント、ゴットフリート、敵艦照準、順次打て!弾幕薄いぞ!敵を近寄せるな!!」

 

まさに阿吽の呼吸だ。艦長と副艦長の多くを必要としないコミュニケーションにより、アークエンジェルの防備はハリネズミのように強固になり、その危機察知力はどの艦よりも鋭くなる。

 

戦いはまだ始まったばかりだ。

 

マリューは前方で切り結んでいるモビルスーツ隊同士の戦いを見つめながら、傍にあった地球軍の帽子を深くかぶった。

 

 

////

 

 

「メビウス隊、メビウスライダー隊と交戦開始しました!よろしいですね?アズラエル理事」

 

AWACS担当であったニックが、艦長席に座りながらすぐ後ろにいるアズラエルへ問いかける。その声に、アズラエルは頬杖をついて戦局を見つめながら、緩やかな声で答えた。

 

「ええ、データの測定は任せますよ。ランドール艦長補佐」

 

アズラエルが見つめるのは、拡大望遠で映し出される流星と流星の戦いだ。武器商人であり、武器を売ることに長けていても軍人としては素人であるアズラエルでも、一目見てその戦いの異常性が理解できた。

 

速いのだ。とにかく速い。今まで何度かリークの行う訓練を視察したことはあるが、いざ実戦になってみてどうだ?訓練の時に見せていた動きよりも格段に速い速度で、向かってくるオーブの流星と切り結んでいるではないか。

 

リークが鍛えたあの三人。強化措置をしていたときは、これが商品になるかと言う不安があったものだが、彼らも素晴らしい戦いを繰り広げている。だが、敵も一筋縄ではいかない。

 

あの盾で全身を覆った機体。いびつな姿をしているくせに、切り結ぶどの機体よりもずっとキレがある動きをしている。見たことがない青い機体と紅い機体はオーブの新型だろうか?あの二機も息を合わせたコンビネーションで、カラミティとフォビドゥンに迫る気迫を見せている。

 

なにより、アズラエルが予想してなかったことは、戦闘機にレイダーが抑えられていると言うことだ。これは屈辱?いいや、とんでもない。はっきり言ってあの敵の中で最も異常なのは、レイダーが追う戦闘機の動きだ。

 

なんだあれは?あんな動きが戦闘機に、ましてや戦闘機がモビルスーツを凌駕できるのか?

 

素晴らしい。とても美しい。

アズラエルが焦がれて、待望した存在が目の前にあった。自分が抱えていたナチュラルのコンプレックスなど吹き飛ばすほどの衝撃だ。ナチュラル、コーディネーター。そんな些細な種族の違いすら超越した戦い。まさにエース同士の戦いだ。

 

頬杖をつきながら平静を装うアズラエルの手には、汗が流れている。

 

まさに手に汗を握るとはこのことだと思い、アズラエルは沸々と湧く自分の中の歓喜を表情の内に押し込める。

 

まだだ。まだ気を緩めるわけにはいかない。

 

アズラエルは自分の役割をよく理解している。こんなところで気を緩めるのはスマートなビジネスではないのだ。

 

(バーフォード艦長…頼みましたよ)

 

水面下で動く自分の部下たちと思惑に思いを乗せて、アズラエルはぐっと汗がにじむ手を握りしめる。

 

「やれやれ、ザフトが来る前には、なんとか終わらせたいところですがねぇ」

 

そう呟き、戦闘が激化していくオーブの戦いを、アズラエルはその眼差しで見つめているのだった。

 

 

////

 

 

「くぉのおおお!!」

 

「数だけぞろぞろと!!」

 

「その程度で落とされるわけにはいかないんですよ!!」

 

マスドライバーから僅か数十キロの地点では、ガルーダ隊と上陸した地球軍のモビルスーツ隊との激しい戦闘が行われていた。

 

イザークのデュエル、ディアッカのバスター、武装を高射砲に変えたニコルのブリッツによるチームにより、敵を一掃していくが、投入される物量差があまりにも大きい。

 

「PJ!!」

 

モルゲレーテ社にも軍勢は押し寄せていた。戦線が重なったPJと合流したムウは、苦戦するアンタレス隊とグリフィス隊を連携させながら、PJが駆るM1アストレイと背を合わせる。

 

「フラガ少佐!!そちらは!?」

 

「なんとか保ってるが南側の戦線がまずい!手は回せるか!?」

 

「活きがいい男たちを回しますよ!!」

 

では、期待しようか!そう言って二人は離れては、向かってくるストライクダガーのコクピットへ風穴を開けていく。

 

「このぉおお!!」

 

海岸沿いでは、アサギが乗るアストレイR型で編成された小隊が防衛網を構築していた。機動力と航続力があるエールストライクは穴が開きそうな戦線に向かい、臨機応変に立ち回っている。

 

「甘く見ないでよね!!」

 

「てえええい!!」

 

マユラとジュリのコンビネーションも加わり、防衛網は一定の均衡を保っていたが、押し寄せる物量の差は広がる一方だった。

 

 

////

 

 

「はい、はい、戦闘は西アララギ市街に移動…」

 

「ヒイラギ市に医療班を回せ!負傷兵はそこに集めさせろ!」

 

「第六迫撃砲隊、通信途絶!」

 

オーブ軍司令室で戦況を見つめていたカガリは、悔しそうに握りこぶしを震わせていた。

 

「カガリ…」

 

「わかっている…!けれど、自分だけこんなところで見ていていいのか…!」

 

キサカの言わんとしてることを察して、カガリは苦しい声で答えた。指揮官として、カガリは父にここを任されたのだ。アフリカで見てきたこと、アークエンジェルに乗ってから見てきたことを活かすために。

 

今にも現場に走り出してしまいそうな気持ちを必死に押し込めて、カガリは目の前のモニターを見つめた。

 

「指揮官は…」

 

父の助言を、カガリは小さく呟く。そうだ、銃を撃つだけが戦いではない。そう父は言っていたではないか。

 

「指揮官は…持ち場を離れてはいけない…!私は…!」

 

ガンっと震える拳を額に打ち付けて、カガリは熱くなった自分を冷ます。ここで冷静さを失ってどうすると言うのだ。

 

「…アンタレス隊に応援を!西アララギ市街にはガルーダが向かう!我々は他施設の防衛だ!みんな!苦しい戦いだが……敵は一人たりとも通すな!!」

 

響いたカガリの声に、オーブの指揮官隊は勇猛な声で答えた。オーブはまだ折れていない。それだけははっきりとわかっていた。

 

 

////

 

 

司令室をカガリに任せたウズミは、国を動かす首脳陣と共に地下の施設へと足を運んでいた。

 

「ウズミ様。準備は整いました。作業には2時間ほどあればと…」

 

作業員がそう伝えると、ウズミは難しそうに顔をしかめる。自分がしていることは、地球軍から見れば愚かな真似だろう。しかし、オーブという灯火を守るために、後の世に暴力による支配と悲劇を及ぼさないために、自分がなそうとしていることは必要であった。

 

「掛かりすぎるな。既に時間の問題なのだ。よい、私も行こう。残存の部隊はカグヤに集結するよう命令を」

 

ウズミの言葉を重く受け止めて、作業員は敬礼をして部屋を出て行く。彼は首脳陣を見渡すと、志は同じと言わんばかりに首脳陣も皆が頷いて答えた。

 

「現時刻を持ってオノゴロは、放棄する!」

 

 

 



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第136話 流星と流星 3

「オーブはよく持ち堪えていますな」

 

ナスカ級高速戦闘艦ヴェサリウスの艦長を務めるアデスは、共に地球へ降りてきたクルーゼと共に、カーペンタリアから出航したザフト軍艦船の中にいた。

 

遠くに見えるオーブの戦いの火を眺めながら、隣に座するクルーゼを窺う。彼もまた、最大望遠で映し出されている映像を見つめていた。

 

「あの物量では時間の問題だろう。しかし侮れん国だよ。地球軍がムキになるのも解る。あの見慣れぬモビルスーツどものデータは?」

 

「最優先で取らせておりますが、この位置ですから…」

 

艦の下士官が申し訳なさそうに言うが、たしかにここから見る限りでは、戦闘データとして映像を残すことくらいしかできないだろう。クルーゼはブレて霞む映像の中、モビルアーマーを模した高機動アーマーを脱ぎ捨てたホワイトグリントの姿を見た。

 

ホワイトグリント。白き閃光。

 

数々の戦いの中で呼ばれた自分の二つ名がついた機体。

 

その機体性能は、フリーダムやジャスティスと比べると、動力であるNジャマーキャンセラーからもたらされる無尽蔵に近い動力源では劣るが、加速性能や旋回レスポンスは、二機を上回るものになっている。

 

それに、あのアーマーも高機動ユニットも、クルーゼが手ずから指揮をして組み込んだ〝後付〟だ。

 

(そうか、第1の枷を外したか。まぁ当然だな、ラリー。あるいは君なら…)

 

乗りこなせるかもしれんな、その機体の真の姿を。そう心の中で呟きながら、クルーゼは存分に戦うラリーを眺めて仮面の下でほくそ笑む。

 

あの機体の真価は、まだ先にある。カタログスペックでも、クルーゼですら扱えなかった機体だ。まさに人が乗る事を想定していない機体と言える。あの盾が人の領域に留まる楔というなら、その先は人理を超えた物になる。

 

ああ、ラリー。

 

君が乗りこなせたならば、私にも乗りこなせよう。

 

君と私は常に対等だ。どちらかが上でどちらかが下ということが決定付けられるのは、どちらかの手によって一方が葬られたその時だ。

 

クルーゼはそっと立ち上がると、アデスの脇を通り過ぎて用意された私室へ向かおうとした。

 

「いずれどちらかと相見える時が来るまでお預けか…まぁいいさ、ザラ議長の喜びそうな土産話にはなる。何か変化があったら知らせてくれ」

 

「面白くなさそうですね?クルーゼ隊長」

 

ブリッジから出る通路の縁に手をかけたと同時に、アデスの刺すような言葉がクルーゼに届いた。

 

「そうみえるかな?」

 

振り返るクルーゼに、アデスはややため息をついて、飄々とする彼を見つめた。

 

「自分もあの中に飛んでいって戦いたいですか?あの新型機を引っ提げて、流星と」

 

宇宙からわざわざ持ってきた新型。

 

話を聞く限りでは、地球軍に奪取されたホワイトグリントと同型機であり、高機動ユニットなどを付けられたホワイトグリントとは違ったアプローチをした機体だ。

 

名はーープロヴィデンス・セラフ。

 

仕様を見るだけでも、ホワイトグリント同様に人が乗る事を想定しない機体とも言える。

 

クルーゼはしばしの沈黙を保ってから、アデスに向き直った。

 

「ーーオーブはザフトからの支援も拒否しているからな。仕方あるまい。ある程度見届けたら、私はひとまずカーペンタリアへ帰投する」

 

「また宇宙へ上がるのですか?」

 

そう問いかけるアデスに、クルーゼは頷く。じきに舞台は地球から宇宙へ移るだろう。銃を撃ち合うばかりが戦争ではない。状況や戦況によって、目まぐるしく事柄は変わってくる。

 

すると、クルーゼは普段見せないような笑みを浮かべてアデスに向かって言葉を紡ぐ。

 

「私は探していた。そして手に入れ、芽は育ったのだよ」

 

それはまるで、自分に言い聞かせるように。

それはまるで、歓喜を覆い隠すように。

 

クルーゼはただ、笑みを浮かべてから遠くに見えるオーブの戦いを見た。そうだとも。まだ芽は出たばかりだ。

 

だからーー。

 

「あとは私が、それを刈れるか、どうかさ」

 

 

////

 

 

「離脱命令!?」

 

艦隊の護衛をしていたアークエンジェルの中で、マリューは突如として通達された情報に目を剥いた。地球軍の物量差で戦局は徐々に傾いているというのに、こんなタイミングで撤退?

 

思わずマリューはナタルと顔を合わせたが、彼女もオーブの真意を図りかねていた。

 

「アスハ代表より、アークエンジェルとメビウスライダー隊は直ちに戦線を離脱し、カグヤへ降りろと!」

 

「カグヤ?ってことは…」

 

ノイマンの言葉通り、アークエンジェルに指定されたポイントはーー。

 

「オーブの、マスドライバー施設です!」

 

宇宙へと掛かる架け橋の麓だった。

 

////

 

 

『はあぁぁ!』

 

シャニの雄叫びと共に、屈曲する偏向ビームがフリーダムとジャスティスの合間を走った。

 

「ーーぐぅ…はぁっ!!」

 

その閃光をくぐり抜けたフリーダムは、ビームが通用しないフォビドゥンの武装へシールドを突き出して叩きつける。味わった事のない戦術だが、シャニは冷静に吹き飛ばされた姿勢を立て直す。

 

『チィこいつらぁ…ーーぐはぁっ!!いい加減にぃ!』

 

フォビドゥンへ向かおうとするジャスティスを砲撃で牽制しながら、オルガはヘルメットの中に流れる汗をバイザーを上げて振り払う。シャニも大鎌を構えてシールドバッシュを繰り出すフリーダムと鍔迫り合いを繰り広げていた。

 

『しぶとい!』

 

クロトはモビルアーマー形態でトールのスーパースカイグラスパーを追っていたが、マニューバと気流を併用した複合マニューバのせいで、なかなか攻めきれない。

 

すると、カラミティのコクピットで急に警告音が響き始める。視線をコンソールへ向けると、カラミティの残存エネルギーが危険域手前まで迫っていたのだ。

 

『くっそ!兄さん!もう機体のパワーがヤバい!』

 

『お前はドカドカ撃ちすぎなんだよバーカ!』

 

『んだとぉ!?』

 

『喧嘩はあとでやってくれないかな!?』

 

クロトとオルガの言い合いに釘をさすリークの前では、リベリオンに肉薄するホワイトグリントの姿があった。

 

「よそ見は感心しないな!リーク!はぁあああ!!」

 

ビームマシンガンを連射しながら、その巨体でリークのビームカービンなど御構い無しに、驚異的な速度で突撃してくるラリーに、リークは分厚いシールドを構えて受けて立つがーー。

 

『くぅうう!!』

 

多重装甲と超重量から織りなされるタックルによって、シールドは凹み、リベリオンの腕は高負荷で火花が散る事態に陥っていた。

 

『兄貴!?こんのぉおお!調子にのりやがって!撃滅!!』

 

上空からリークの危機を察して急降下してきたクロトのレイダーが、モビルアーマーから人型へと姿を変えて鉄球を打ち出す。しかし、目標であるホワイトグリントは逃げも避けもしない。

 

「何度も同じ手を喰らうかよ!!」

 

すると、ホワイトグリントはぐるりと宙返りを打つ要領で、迫ってきたレイダーのハンマーを、装甲のついた足で蹴り飛ばしたのだ。

 

『んなぁっ!?蹴り上げやがった!?』

 

真っ直ぐ向かっていたはずのハンマーは明後日の向きへ進み、クロトは慌ててハンマーの方向制御を行っていく。

 

『くそ!この機体の強度…普通じゃねぇぞ!?はっ!!』

 

「そこだぁあ!」

 

ハンマーを戻す僅かな時間。トールはその隙に全神経を注いだ。機体を鋭く旋回させると、ランチャーの代わりに装備していたソードストライカーの武装、ロケットアンカー「パンツァーアイゼン」を射出し、レイダーのエンジン部を捉えた。

 

『ぐはぁっ…羽根つき!!こいつぅ!!』

 

クロトは機体をぐるりと回して、パンツァーアイゼンを振りほどこうとしたが、それは得策ではなかった。トールは、回ったレイダーの動きに合わせて動力を絞り、意図的な失速状態を作ると、機体を反転させてレイダーの真上に陣取ったのだ。

 

ガコンッと、スーパースカイグラスパーの背部のシュベルトゲベールが稼働して、大剣が現れる。

 

「チェストォオオオォオオ!」

 

そのまま急降下したスーパースカイグラスパーは、破砕球「ミョルニル」を持つレイダーの片腕を閃光と共に断ち切ったのだ。

 

そのまま姿勢を崩したレイダーを見て、オルガは目を見開いて叫んだ。

 

『クロト!?おいクロトぉ!!大丈夫か!?』

 

すると、オルガの声に応じるように、レイダーは動きを取り戻してモビルアーマー形態へと変形する。

 

『はっ!僕がこの程度でやられるわけないじゃん!!』

 

『ーーけ!バカが!心配させやがって!』

 

『なんだと!くっ!勝手に乗んなよ!このやろう!』

 

『うるせぇ!とっとと補給に戻れよ!お前もそれじゃぁしょうがねぇだろ!兄さん!!』

 

片腕を失ったレイダーの上にカラミティが着陸する。ブーブー文句を言うクロトを無視して、オルガはホワイトグリントを相手取るリベリオンへ通信を繋いだ。

 

『だね!良い引き際だ!シャニ!引き上げるよ!』

 

迫るホワイトグリントを避けて、ビームカービンで距離を稼いだリベリオンは、フリーダムとジャスティスを牽制していたフォビドゥンと合流する。

 

『ん?終わり?兄ちゃん』

 

シャニの声に頷いて、二機は先に撤退したレイダーとカラミティを追うように太平洋の沖へと飛翔し、姿を小さくしていくのだった。

 

「ハァハァハァ…退いたのか?」

 

「て、手強い…」

 

キラもアスランも、オルガとシャニの相手にすっかり疲弊していた。上空を飛ぶトールも、使い切ったミサイルポッドや増槽を分離してから、深くシートへと埋もれるように息を吐いた。

 

「ぜぇ…ぜぇ…体…重…」

 

そんな疲弊する三人の前で、ラリーは海面に浮かびながら、去っていったリークたちの部隊を見つめる。

 

「リークのやつ…腕を上げたな…」

 

決定打を打てなかったことに、ラリーは驚きを隠せずにいた。互いにモビルスーツには乗り始めたばかり。きっとまた、戻ってくるだろう。

 

そんなことを考えながら、ラリーは疲れ切ったライトニング隊へ帰投命令を出すのだった。

 

 

 

 

 

 



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第137話 宇宙への架け橋

コミトレ原稿を脱稿できたので脱稿ハーブガンガン効かせて投稿です。

誤字修正と指摘、ありがとうございます
少し修正を!!

ユニバァァァァアス!!!!



 

 

 

「オーブを離脱!?」

 

カグヤ島。

 

オノゴロ島と本島であるヤラフェス島の間にある、マスドライバー施設を有する宇宙への玄関口となる島であり、イザークたちガルーダ隊が配備された守備エリアの一つだ。

 

オノゴロ島からほど近いこの島には、モルゲンレーテ社への物資搬入用のドックの他に、イズモ級戦艦の艦橋ブロックの格納庫など、宇宙との連絡に必要とする設備を備えている。

 

そのカグヤのドックに帰港したアークエンジェルの眼下で、ウズミとの再会を果たしたマリューたちは戸惑った声を上げた。

 

「我々に脱出せよと、そう仰るのですか、ウズミ様!!」

 

「…あなた方にも、もうお解りであろう。オーブが失われるのも、もはや時間の問題だ」

 

しかし…!とマリューは言い澱み、唇を噛みしめる。戦力差といい、物量差といい、オーブが地球軍に敗れるのも時間の問題ということは、火を見るよりも明らかだ。

 

「人々は避難した。人道支援も友好国からの救援の手もある。ーー後の責めは我等が負う」

 

ウズミもまた覚悟の上の決断なのだろう。ここまで激しく抵抗したのだ。いまさら降伏しても、国の指導部は極刑になり、オーブは地球軍の傀儡とされるだろう。

 

しかし、今ならばまだ、残された希望を宇宙へと放ち、全ての責任を一身に負って始末が付けられる。

 

「それに、例え国としてのオーブを失っても、失ってはならぬものがあろう。地球軍の背後には、ブルーコスモス…それに底知れぬ深い闇。そしてプラントも今や、コーディネイターこそが新たな種とする、パトリック・ザラの手の内だ」

 

ウズミが頑なに両軍からの誘いを拒んだのは、そこに理由があった。

 

パナマの惨状を鑑みても、例え地球軍の要求を呑んだところで、国内に在住するコーディネイターはプラントに渡らざるを得ない。残った場合、その場で殺される恐れもある。

 

それでは、パナマの二の舞だ。

 

そしてザフトがマスドライバーを潰しに来れば、ナチュラルの市民を相手に虐殺を働く恐れがある。組み伏せた相手は、ほぼブルーコスモスそのものと化した地球連合軍なのだ。

 

どのみちオーブ軍によるコーディネーターのプラント移送後でも、残ったオーブ国民への虐殺行為という事態が迫ることになるだろう。

 

逆にプラントと手を結んでも、コーディネーターが追放される事はなくとも、連合の攻撃で多くの国民が危険に晒されるという、さして変わらない未来が待っている。

 

「このまま進めば、世界はやがて、認めぬ者同士が際限なく争うばかりのものとなろう。そんなもので良いか?君達の未来は」

 

そう問いかけられ、マリューは強く首を横へ振った。ナタルやこの場に残った地球軍も、ザフト軍のクルーたちも同じ思いだ。そんな未来を阻止するために戦っている。

 

「別の未来を望む者たちよ。君たちは希望だ。今ここにある小さな灯を抱いて、明日へ向かえ。過酷な道だが、君たちの果たすべき使命はその道の先にあるのだろう。わかってくれるな?マリュー・ラミアス艦長」

 

マリューの肩へ手を乗せて諭すように言うウズミに、マリューは少し目を細めて頷いた。

 

「…小さくとも強い灯は消えぬと、私達も信じております。その灯を持って、我々もまた使命を果たしましょう」

 

その答えに満足したようにウズミも頷いて、集まった多くのクルーを見渡してから、腕を伸ばし、彼らの行く先を指し示した。

 

「では、急ぎ準備を」

 

「ウズミ様、今まで本当にありがとうございました」

 

敬礼するマリュー。それに倣うようにナタルや他のクルーたちも敬礼を打った。

 

「元気でな。君たちの良き航海を祈っておるよ」

 

そう言ってウズミも敬礼を打つ。その後ろでは、娘であるカガリが不安げな瞳を揺らしているのだった。

 

 

////

 

 

「ブースター取付作業急げ!」

 

「ジャンクション結合。カタパルト接続確認しました!」

 

「投射質量のデータに変更がある!すぐにデータを合わせるんだよ!」

 

オーブ連合首長国軍が保有するイズモ級2番艦、宇宙戦艦「クサナギ」は、急ピッチでマスドライバーでの出航準備が行われていた。アークエンジェルの原型となった艦船であり、青と白のコントラストが映える外観を持ち、その火力と性能はアークエンジェルと同等に近い。

 

「宇宙へ出ることになるなんてね…」

 

艦への搭乗準備が進む中、アサギは大きく開いたクサナギのハッチを見つめながら静かに呟く。その隣にいるマユラは、コクピットの中で手のひらに拳を当てて、顔を強張らせながら呟いた。

 

「望むところよ…!」

 

「各機、速やかに乗艦せよ!」

 

アナウンスに従って、各パイロットたちは船へと乗船していく。そんな中、クサナギの横に鎮座する同型艦である「ヒメラギ」でも、搬入作業が急ピッチで進められていた。

 

本来、番外艦であるヒメラギは、イズモ、クサナギの性能試験的な意味合いと、二隻の予備としての役割を担った余剰船だったが、オーブの人員とザフト、地球軍の人員を運用するため、急遽武装処置が施され、出航することになった。火力的な要素はイズモ、クサナギに劣るものの、速力と機動性は試験的に取り付けられたエンジンのお陰で、それ以上の性能を発揮する。

 

艦長はハインズ・ボルドマン、副艦長、オペレーター陣は空母スプレッドのクルーが務めことになる。

 

「デュエルとバスター、ブリッツはヒメラギに回せ!アストレイR型はこのままでいい!」

 

搬入されるアンタレス隊とガルーダ隊は、ヒメラギとクサナギの二隻に分かれることになる。その運搬作業を眺めながら、ザフトと地球軍のノーマルスーツをそれぞれ着るパイロットたちが、他愛のない話に花を咲かせていた。

 

「なぁ、お前たちが乗っていたジンとかはどうなるんだ?」

 

「モルゲンレーテで解析を受けた後に爆破処理されるんだとよ。結構愛着あったんだけどねぇ」

 

そういうザフト軍のパイロットは、残念そうに肩をすくめる。

 

「こっちの船も同じさ。まぁ仕方ねぇよ、宇宙に上がるんだ。オーブの機体じゃなきゃ味方からも撃たれちまう」

 

攻め込んでくるのは地球軍、さらにはザフトもありえる。それぞれのパイロットも同郷の者たちとやり合うのは気がひけるが、向こうの大義名分に疑問を抱いている以上、素直に従う気持ちもなかった。

 

「…俺たちはこのままでいいのかな」

 

ふと、一人の若いザフト兵が呟いた。誰もが思っていることだった。この戦い、この抵抗の先に何があるのか。まだ誰にも答えは見えていない。ずっとそうだったのだ。互いが互いの陣営で戦っていた時から、ずっと答えなんて知らなかった。ただ、命令を聞いて戦っていただけだった。

 

「ーーとにかく、今は俺たちの正しいと思える方へ、心を向ければいいんじゃないか?」

 

その不安を、地球軍の兵士が気楽な声で払いのけた。俺たちがここにいるのは、この戦う意味が正しいと思えたからだろう?と言葉を紡ぐ。

 

「そうだな…」

 

「お互いに生き延びようぜ、こんなくだらねぇ戦争なんかで死んでたまるかってんだ」

 

「ああ、生きて…生き延びて…使命を果たす…か」

 

グリフィス隊の隊長が叫んでいた言葉を、ザフトと地球のパイロットたちは思い返す。そうだとも、自分たちはそれを探し始めたのだ。誰かの命令を聞いて、不条理に悪意と殺意を振りまくことに疑問を抱いたから。

 

パイロットたちはただ、それを噛み締めながらお互いの顔を見つめる。ここにはナチュラルもコーディネーターも関係ない。

 

間違っていることを正す。

 

それを探すために集まった仲間たちだからだ。

 

 

////

 

 

アークエンジェルのハンガーでは、帰投したメビウスライダー隊の機体とストライクの点検が、急ピッチで行われていた。

 

「ホワイトグリントは強制冷却!各武装と、バッテリーと推進剤を補給!敵は来るよ!すぐに出撃になるんだから!ほらほら!急ぐ急ぐ!」

 

「フリーダムとジャスティスは同規格ですよね!?ならチェックは私が!マードックさん!手伝ってください!」

 

「あいよ!」

 

インカム越しに指示を出すハリーと、マードックと数名の技師を引き連れて、長いコードを巻いたものと工具を軽々と持ったフレイが、フリーダムとジャスティスの足元へと駆けていく。

 

「ラリー!」

 

そんな光景を眺めながら、ホワイトグリントから降りてきたラリーの元へ、作業着の上を脱いで袖を腰で結んだ姿のハリーが駆け寄った。

 

「また、リークと戦うことになるの?」

 

ノーマルスーツのヘルメットを脱ぐラリーに、ハリーは不安げな瞳を揺らしながら問いかけた。

 

リークは生きている。そして、あの新型のパイロットをしている。

 

それを聞いた時、ハリーはラリーが何を言っているのか理解できなかった。リークは確かに、大気圏で行方不明になったというのにーー生きていることに喜ぶ間も無く、ラリーの銃口の先にリークが立ちふさがったという事実に、ハリーは動揺した。

 

「かもしれないな。アイツが俺たちを追ってくるなら」

 

何気なくいうラリーの言葉に、ハリーは自分の肩を両手で抱きながら震える体をなんとか抑えていた。

 

「私は、ラリーが生き残るために武装や装備の改装はしてきた。けど、戦友を……リークを討つためには……私は…」

 

今までハリーが数々の改良を加えていたのも、全ては乗り込むパイロットの生存率を高め戦うすべを与えるため。しっかりと送り出したパイロットが、ちゃんと帰ってこれるように、ハリーはがむしゃらに自分の思いついた全てを試して、ラリーに、トールに、力を与えた。

 

けれど、それは戦友に向けるための力ではない。戦う相手の命を奪うことを覚悟してハリーは機体改造に携わってきたが、戦友を殺させることなど、覚悟なんてしていない。

 

ラリーがリークに銃口を向ける。

 

それを想像しただけで、頭がどうにかなりそうで、震えが止まらなかった。

 

そんなハリーの肩に、ラリーはそっと手を置いた。

 

「心配するな。アイツだぞ?上手くやるさ」

 

「ラリー…」

 

そう言ったラリーの顔は笑っていた。そうだ、彼もまた「流星」なのだ。窮地に立たされても、たとえ戦友を失っても、何度もラリーとともに立ち上がった仲間なのだ。

 

「機体の整備だけでいい。万全じゃなければ、足元をすくわれるのは俺かもしれんしな」

 

そう真剣な眼差しでホワイトグリントを見上げるラリー。彼に並んでハリーも機体を見上げた。

 

「そうね。強いもの、リークは」

 

「ああ、そうだな。強いよ、あいつは」

 

 

////

 

 

「採取したデータは暗号化し、クサナギへ運びこめ!ここに残るものはすべて削除する!」

 

カグヤの司令室でも、着々とアークエンジェルとクサナギ、ヒメラギの出航準備が進められていた。

 

今回のことでザフト、地球軍、そしてやむを得ないとはいえフリーダムの断片的なデータをキラから受け取ることになったウズミは、その責任を果たそうとしていた。

 

「アークエンジェルに装備するのは、クサナギの予備ブースターを流用したものだ。パワーは十分に稼げる。ローエングリン斉射と同時に、ポジトロニックインターフェアランスを引き起こし、それで更に加速する。アークエンジェルの方はどうか?」

 

そう指示を飛ばすウズミの横では、カガリが悲壮な表情を浮かべたまま、必死にウズミの腕を引こうと手を伸ばしていた。

 

「お父様!脱出は皆で!お父様達を残してなど行けません!」

 

「現在、ブースターの最終チェック中です」

 

「急がせい!時はそうないぞ!」

 

「お父様!!」

 

娘の慟哭をあえて無視する。ウズミは張り裂けそうな痛みを隠したまま、毅然と首長という役割を果たそうとしていた。自分を大切に思い、涙を流してくれる娘。それだけでウズミは充分だった。

 

責めは自分が背負う。

 

あとはカガリに託す。その覚悟を胸に、ウズミは淡々と自分のやるべきことを推し進めていく。

 

 

////

 

 

「そりゃぁ、俺たちはこのままカーペンタリアに戻ってもいいんだろうけどさ。けど、本当にそれでいいのかよ?」

 

カグヤのドックの中に集まっていたのは、メビウスライダー隊の各部隊のメンバーだ。そんな中で、ディアッカは改めて確認するように、アスランやイザークたちへ問いかける。

 

「僕たちの戦ってる相手…宇宙に上がれば、ザフトも…プラントとも…戦うことになるかもしれないですしね」

 

ニコルの言う通り、宇宙に上がれば敵は地球軍だけではなく、ザフトも出てくることになるだろう。果たして、そんな相手と自分たちは戦えるのだろうか。

 

「だが、誰かが止めなければならない」

 

そう静かに声を発したのはPJだった。彼の部下である二人も、首を縦に振って頷く。

 

「ホーク隊長…」

 

「止めなければ、またパナマのようなことが繰り返される。プラントでも地球でも、永遠にな」

 

そしてまた憎しみは広がる。参加していたムウとハインズも、この先にある底知れぬ闇の姿をおぼろげではあるが見通し始めていた。故にだ。

 

「我々が始めたことだ。それを止めるのも、落とし所を探るのも、我々の使命だ」

 

人間が始めたことを終わらせられるのも、また人間だ。誰に責任があるわけではない。始めた以上、誰もが当事者なのである。

 

「ザフトのアスラン・ザラか。ーー彼女には…ラクスは解ってたんだな」

 

「アスラン?」

 

自らを嘲笑うように言うアスランに、キラは首をかしげる。だが、今がまさにそれだと、アスランは言葉を繋いだ。

 

「国、軍の命令に従って敵を討つ。それでいいんだと思っていた。仕方ないと。それで、こんな戦争が一日でも早く終わるならと。でもーー」

 

ヘリオポリスから始まった戦い。親友との命の奪い合い。幾度も見てきた理不尽な死。消えない憎しみと怒り。それに目をくらませられてーー自分は大切なものを見ようともしなかった。

 

「俺達は本当は、何と、どう戦わなくちゃいけなかったんだ?」

 

ナチュラル?コーディネーター?地球?プラント?そんな単純なものではない。もっと、もっと深いところに、自分たちが戦わなくてはならないものがある。それが何かは見えないがーー心がそう叫んでいるんだ。

 

「一緒に行こう」

 

ハッと、全員がキラを見つめた。

 

「みんなで一緒に。僕らの使命を果たすために」

 

生きて、生き抜いて、使命を果たす。

 

それがメビウスライダー隊の在り方だ。絶対変わらない、無二の在り方。その使命を果たすために、自分たちは武器を取り、戦場へと赴くのだから。

 

「はっ!ハナからそのつもりだ、馬鹿たれめ」

 

そう言葉を吐いたのは、コンテナの上に座っていたイザークだった。

 

「イザーク…ふっ、そうだよな」

 

「部下を見捨てて逃げる隊長など、そんなもの隊長などではない!」

 

「いいねぇ、その気概。俺は嫌いじゃねぇよ?」

 

そうイザークの言葉にムウが賛同する。その隣にいたトールも違いないやと笑った。

 

「隊長歴だったら、フラガ隊長のほうが長いですもんね」

 

「トール」

 

「俺も探すよ、キラ。ボルドマン大尉から受け取ったものをどう使うべきなのか、それを知るために」

 

そう言って、トールは手に握っていたペンダントを見つめる。ラリーたちが戻ってきてからやった、弔いの儀式。涙を流しながら、ボルドマン大尉のタグへ酒を注いだ。そのタグを、トールは首へと取り付ける。

 

見つけるんだ。彼が何を思って、この力を自分に託したのかを。

 

「それくらい単純な方がいいかもな、俺たちも」

 

そういうディアッカの言葉に、全員が小さく肩を叩き合いながら笑った。

 

「ね?アスラン。みんなで一緒に探せばいいよ。僕たちが果たすべき使命を」

 

キラの言葉に、アスランも小さく笑みを浮かべて「そうだな」と答えた。その時、ドックにアラームが鳴り響く。

 

《カグヤ周辺の地形データは全て許容範囲内ーーあっ!レーダーに機影!モビルスーツ部隊です!》

 

戦いはまだ終わっていない。キラとアスランも顔を見合わせて、全員が各持ち場へと走り出した。

 

 

////

 

 

「さて、どうしますか?サザーランド大佐」

 

黄色部隊を運んできた空母の艦長は、その卑しいダミ声を響かせながら、モニターに映るサザーランドへ指示を仰いだ。

 

《決まっているだろう?アズラエルが消耗するのを見ていたが……チッ、役に立たん小僧だ。我々の秘密を知る奴らが、宇宙に逃げることだけは避けねばならぬからな》

 

オーブが消耗したのを見計らってから、横からマスドライバーと、ヤラフェス島にあるオーブの政治の中心である首長官邸を制圧しようと考えていたが、あの御曹司め、何の役にも立たんではないか!そうサザーランドは静かな怒りを露わにしていた。

 

空母の艦長が各艦へ合図を出す。

 

「モビルスーツ隊、発進を急がせろ!目標はカグヤのマスドライバー、オーブ首相官邸だ!」

 

指示になかった軍事協定を、勝手に結んだのはアズラエルだ。この際だ。監督不行き届きなり何らかの名目をもって、ヤラフェス島を制圧の後、アズラエルの地位を引き摺り下ろそう。流星にかまけていた責任だ。

 

(私の影を知る存在は、生かしてはおけんのだよ…アークエンジェル、そして流星どもめ)

 

そうサザーランドは宇宙の一隅で怪しく笑みを浮かべる。だが、彼は知らない。この場所には二つの流星がいるということを。

 

 

////

 

 

「カグヤに集結している?」

 

上着を羽織ったアズラエルは、ニックからの報告に眉を寄せた。

 

「あちらも背水の陣といったところですね。どうしますか?アズラエル理事」

 

「頃合いですね。先ほど、バーフォード艦長からも連絡が入りました」

 

そう答えるアズラエルに、ニックも、待機していたリークもニヤリと笑みを浮かべる。

 

「では、こちらも?」

 

「ええ。我々も動くとしますか。例の黄色部隊とか言うのを運んできた艦隊も、動き出しています。おそらくサザーランド大佐殿の指示でしょうね。彼らにも囮になってもらいます」

 

モニターに映る多くの機影は、かの謎の部隊が出てきた空母から現れたものだ。どこに戦力を隠していたのか。だが、こちらにとってはいい目くらましになる。

 

「しかし、オーブもまた疲弊してますが…」

 

「相手は流星隊ですよ?そこらの有象無象で勝てるわけないじゃないですか」

 

リークたちだから足止め程度で済んだんですよと、アズラエルはきっぱりと断言した。あの機体の性能、色眼鏡なしでも、並のストライクダガーが束になって掛かってもどうにもならない。

 

それほどの力を持っているからこそ、彼は流星と呼ばれる伝説なのだ。

 

「責任はあちらにとってもらいましょう。今まで散々振り回されたんです。ここら辺で仕返しといきますよ」

 

そう言ってアズラエルは、「あとは任せます」とニックに告げてハンガーへと降りていく。

 

「僕って案外、根に持つタイプなんでね」

 

 

////

 

 

オノゴロ島。

モルゲンレーテ社、機密管理室。

 

カグヤへの指揮で手薄になったモルゲンレーテ社で、その部屋を警備するオーブ兵の前に、一人の人物が歩み寄ってきた。

 

「あなたはセイラン様?こんなところに何の御用で…」

 

相手はオーブの士族であるセイラン家の当主だった。こんな時になぜこんなところへ?同郷であるが故か、あるいは人が疎らになっていたことへの気の緩みか、それが銃口を下ろしていた彼の運命を分けた。

 

小脇に抱えられたサプレッサー付きの銃で胸を穿たれた兵士は、何が起こったのかも知る間も無く崩れ落ちた。撃ち殺した当人は彼の胸からカードを抜き取り、何事もなかったかのように機密管理室へと入っていく。

 

「オーブはこれで終わりだが、私はこんなところで終わるつもりはないさ」

 

オーブが抱える数々の秘密。セイランはそれを眺めながら、メガネを光らせてほくそ笑んだ。

 

「ウズミめ……貴様がもたらしたもの、私がうまく使ってやろう」

 

 

 

 

 

 



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第138話 カグヤの光 1

諸君、緊急事態だ。

 

沈黙していた地球連合艦隊からモビルスーツを乗せた輸送部隊が北上し始めた。目標はオノゴロやカグヤではなく、ヤラフェス島。軍事協定外の市街地へ侵攻している。

 

敵数は不明だが、万が一にも上陸された場合、ヤラフェス島にいる一般市民への被害は免れないだろう。彼らも体裁を整えている余裕が無くなっていると見える。

 

ヤラフェス島には、カグヤを護衛していたオーブ艦隊が守備に向かう予定だ。

 

ライトニング隊、君たちには手隙になったカグヤ周辺の護衛を願いたい。おそらく空中戦になるだろう。

 

各艦の発進まで機動力を持って迎撃できるのは君たちの部隊しかない。それに地球軍の例の新型が出てくる可能性もある。

 

発進シークエンスが整うまで、なんとか護衛を果たして欲しい。時間との勝負だ。くれぐれも乗り遅れないように時間には気を配ってくれ。困難な作戦であるが君たちならやり遂げられるはずだ。

 

ライトニング隊、貴官たちの戦いに健闘を祈る。メビウスライダー隊、発進!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《敵機の機影、依然としてヤラフェス島へ向かってます!奴ら…完全に協定違反ですよ!?》

 

「ついに本性を現したか!地球軍め!」

 

《地球軍のモビルスーツはオーブ軍艦隊が引き受けてくれます!各艦は発進を急いでください!》

 

喧騒に包まれるアークエンジェルのハンガーの中で、補給を終えて間もないフリーダムのコクピットに乗り込んだキラは、艦長であるマリューへ通信を繋いだ。

 

「マリューさん!発進を!」

 

「解りました!」

 

マリューはすぐにアークエンジェルの発進準備を促す。あまりにも迫られれば宇宙に昇る道が閉ざされ、自分たちは後がなくなる。ウズミの気持ちを汲むと言うのならば、一刻も早くオーブから離脱する必要があった。

 

そのフリーダムの隣では、タキシングをするトールのスーパースカイグラスパーが大気圏最後の飛行に飛び立とうと、艦内の滑走路へと向かっていた。

 

《トール!キャノピーには耐熱耐爆フィルムが付いてはいるけど、大気圏用の戦闘機が宇宙に上がるなんて誰もやったことはないんだから、きっちり帰って来なさいよ?!》

 

トールのスーパースカイグラスパーには、翼端に大型ミサイル、バルカン砲、機体各所にフル積載のファストパック、そして近接用のソードストライカーが搭載されている。

 

防衛戦のタイムリミットはごくわずかだ。ヒメラギとクサナギの発進シークエンスの前に帰還できなかった場合、フリーダムとジャスティス、ホワイトグリント同様、ソードストライカーのパンツァーアイゼンで船外に掴まって空に上がることになる。

 

大気圏外に出れば、トールはキャノピー越しに太陽光と宇宙線に晒されることになる。防止処置と宇宙用のノーマルスーツがあるとは言え、そんな状況で良いことなど何もない。ミリアリアからの忠告に、トールは敬礼をしながら笑みを返した。

 

「了解!心配するなよ、ミリィ。必ず帰るさ!ライトニング3、トール・ケーニヒ、スーパースカイグラスパー、出ます!!」

 

「次はホワイトグリントを出すわよ!邪魔なものは退ける!」

 

スーパースカイグラスパーが発進してからすぐさま、案内員がモビルスーツデッキへホワイトグリントを誘導していく。

 

「フリーダムとジャスティスも発進を援護します。アークエンジェルは行ってください。僕たちは後で追います!クサナギは!?」

 

《すぐに出す!すまん!》

 

「空中戦になる。イザークたちでは無理だ!アンタレス、グリフィス、ガルーダ隊はそれぞれの艦へ!」

 

《ちぃ!了解した!ディアッカ!ニコル!!》

 

《はい!!》

 

《わかっている!!》

 

動き出したアークエンジェルの中で、各員がそれぞれの役目を順調にこなしていく。マリューは艦内放送に切り替えて声を上げた。

 

「アークエンジェルは先行します!!ライトニング隊の皆さん、必ず宇宙で会いましょう!」

 

「任せてくださいよ、ラミアス艦長!ライトニング1、ラリー・レイレナード、ホワイトグリント、発進する!!」

 

ガシュッと電磁レールを滑って、多重装甲に覆われたホワイトグリントがオーブの空へと飛び立つ。そのすぐ後ろにフリーダムとジャスティスが控えた。

 

「みんな、じゃあ宇宙で!ライトニング2、キラ・ヤマト、フリーダム、行きます!!」

 

「アスラン・ザラ、ライトニング4、ジャスティス、発進する!!」

 

飛び立った四機を見送ると、アークエンジェルは転進して速力を上げていく。ついに宇宙へと上がるのだ。

 

「アークエンジェル発進!!離水後、艦首上げ20!」

 

「ローエングリン、斉射スタンバイ!振動に留意しろよ!!」

 

宇宙へと登っていくアークエンジェルを背に、ライトニング隊はカグヤ防衛へと向かう。その光景をブリッジで見つめながら、ムウは祈るように呟いた。

 

「ええい、なにもしてやれないとは…ちゃんと上がってこいよ。坊主ども!」

 

空に出たフリーダムとジャスティス、スーパースカイグラスパーの眼下では、ホワイトグリントが海面を滑るようにホバー移動で目的の場所へと向かっている。そんな中で、ラリーは左に見える遠くのヤラフェス島をただ見つめていた。

 

オーブ艦隊がヤラフェス島の防衛に向かっているとはいえ、相手はモビルスーツ部隊だ。まともに考えれば数に圧倒され、すり潰されるのが目に見えている。

 

その後に犠牲になるのはーー。

 

「キラ!そっちは任せた!」

 

「ラリーさん!?」

 

海面で急旋回したラリーの行動にキラは驚いたが、モニターに映るラリーの目を見てすぐに納得できた。

 

「放っておけん!」

 

「……わかりました!ご武運を!」

 

ライトニング隊から離れていくホワイトグリントは、推力を上げて海面を滑り、目一杯空気を吸い込むとその重い体を空へと飛翔させていくのだった。

 

 

////

 

 

「お父様!嫌です!お父様も共に!」

 

カグヤの司令室で、カガリは心からの叫びをあげながら、立ち止まらない父の手を引き止めるように掴んでいた。だが、逆にカガリが引きずられて、ウズミは足早に司令室から出て行く。

 

「お前はいつまでグズグズしておる!早くクサナギに行かぬか!」

 

向かう先は艦船のドックだ。父が言うならば、自分は尊敬する人々を見捨てて船に乗り込めということなのだろうか?

 

「しかし…!!」

 

カガリは納得できなかった。自分が逃れて父が残ることに、何一つとして納得などできはしなかった。

 

《ヤラフェス島にモビルスーツ隊接近!これは…敵数は100!?》

 

《例の新型もくるぞ!!》

 

騒がしくなる司令室を後に、ウズミは嫌がるカガリを連れてドックへと足を進めていく。その覚悟は揺らぐことはなかった。

 

「我等には我等の役目。お前にはお前の役目があるのだ!想いを継ぐ者なくば!全て終わりぞ!何故それが解らん!」

 

父の言葉を、カガリは理解はしていた。理屈もわかる。しかし、心がそれを拒むのだ。父を見捨てたくないという心が、カガリを頑なに拒ませる。そんな娘を連れて、ウズミは自分の心を殺して役割に徹しようと歩みを続ける。

 

決断の時はすぐそこに迫っていた。

 

 

////

 

 

『オーブ艦隊、撃破しました』

 

地球軍、大西洋連邦から出たモビルスーツ隊は、疲弊していたオーブ艦隊を瞬く間のうちに撃破していた。

 

こちらは力を温存していた部隊、向こうはアズラエルが有する部隊との戦闘で、消耗しきっていた艦隊だ。勝負をする前に結果など見えていた。

 

大人しく引き下がっていればいいものを…とモビルスーツ部隊の隊長は舌打ちをして、轟沈した船達を見つめた。

 

『よし、このまま我々はヤラフェス島へ侵攻する』

 

隊長が単調な声でそういうと、部隊はオーブ艦隊の残骸を横目に進軍を再開する。ここを越えればヤラフェス島までは目と鼻の先だ。

 

『ふん、他愛のないものだな、オーブの艦隊め』

 

そう隊長にいうのは、部下のストライクダガーとは違った形状をする特殊な機体。

 

ベースは中量系のストライクダガーのフレームだが、外観は全くの別物だ。

 

エネルギー消費が軽微な武装に、各部にスラスターモジュールを搭載しており、ほかのダガー系より高い機動性を実現している。また、背面には動力用に追加エネルギーパックが設けられており、機動性とビーム兵器の利用を維持しながら、長い稼働時間を獲得している機体だった。

 

パイロットはかなり自意識の強烈な、ある意味で最も〝調整された〟男だった。

 

オーブ艦隊をほぼ一人で撃破した実力は確かだが、権力志向の強い危険分子でもあり、黄色部隊でも彼の運用に細心の注意を払っている。

 

『黄色部隊。我々の目的はモルガンを知る者たちの排除でありーー』

 

ダガー輸送艦の上で指揮をとる隊長機は、改めて黄色部隊へ釘を刺す。あくまでも自分たちの目的はーーー。

 

《そこまでにしてもらおうか》

 

突如として部隊の前に飛来したのは、連絡にあったアズラエル一派が所有する新型モビルスーツ、リベリオンだった。大型のスラスター翼を振り回しながら滞空するその機体は、ビームカービンの他にミサイルポッドや電磁レール砲が、新たに背部ユニットに装備されている。

 

おそらく、カグヤに進撃する途中で自分たちを追ってきたのだろう。

 

地球軍の回線を使わず、わざわざ広域通信で進撃する全モビルスーツ部隊に通告するあたり、かなり憤りを感じているらしい。

 

《何の用かな?アズラエルの飼い犬が》

 

黄色部隊を引き連れているダガー隊の隊長は、まるで挑発するようにリークへ言葉を投げた。

 

《わかっているはずだ。我々は軍事協定を結んでいることくらい。すぐに引き返せ。これは軍事的な行動ですらないのがわからないのか?》

 

そう返したリベリオンに、隊長は薄く笑いを向ける。各パイロットたちも同じだ。自分たちはブルーコスモス。コーディネーターと共に暮らすナチュラルなど、存在するだけで忌まわしいものだ。

 

《我々はサザーランド大佐からの直々の命によって動いている。貴様ら外野にいるもの達とは違うのだよ。わかったら退きたまえ、我々が君を反逆者として捕らえる前にな》

 

こちらは100、相手は1。

 

勝ち目があると思うのか?答えはノーだ。戦いは物量と数で決まる。そんなことすらわからない相手に、アズラエルは何故入れ込むのか、サザーランド大佐は何故警戒するのか、隊長の器量では推し量れない。

 

その通信を聞いて、リベリオンの名を冠するモビルスーツから感じ取れる鋭い意思が、強い殺気へと変貌したのに気づけたのは、黄色部隊の男だけだった。

 

《ですって。どうしますか?ラリー》

 

そうリベリオンのパイロット、リーク・ベルモンドが呟いた瞬間、目の前に一機、高速で接近する機影を、部下が捕捉した。

 

『た、隊長!!』

 

現れたのは海面を滑るように飛ぶ機体。モビルスーツと呼ぶにはあまりにも異様な、多重装甲を全身にまとった黒い大きな影だ。

 

「通信を繋げたぞ、リーク。わざわざ広域通信でこっちまで回線回しやがって……まさかお前が居るとはな」

 

そう言って映像通信を繋げたラリーにリークは「当然ですよ。アズラエル理事にも許可を取ってます」と自信満々な声で答えた。

 

「軍事協定を結んだアズラエル理事と、僕らの部隊に泥を塗らせるつもりはありませんからね」

 

そう言って武装を展開するリベリオンを見つめて、ラリーも同じように身構える。

 

「なら、やることはひとつだな」

 

そう言って互いにニヤリと笑みを浮かべるラリーとリーク、ホワイトグリントとリベリオンは100に登る敵のモビルスーツ部隊と相対した。

 

『なんだ?正気か?貴様らのそんな戦力でなにができる!!』

 

ホワイトグリントの通信から、オペレーターが何かを叫んでいるのが聞こえるが、この際は無視だ。

 

退けば虐殺、逃げれば憎しみが広がる。この背に背負うものはーーー敵味方である前に、守るべき市民の命。

 

「 「残念だが、ここから先は通行止めだ!!」 」

 

二人の流星の咆哮がオーブの空に響き、二機の全く異なる機体は線を重ねて迫り来る軍勢へと足を踏み出していくのだった。

 

 

 

////

 

 

 

 

『あーあーあー。兄さんの言った通り、大西洋連邦の奴ら、モビルスーツ引き連れて攻め込んでるよ』

 

カラミティの中で「野暮用がある」と言って部隊を離れたリークを見送ったオルガは、彼が言っていた野暮用の先を見つめながら呆れたような声を上げた。

 

『数はおおよそ100か。まったくどこに隠し持っていたのやら』

 

『見慣れない機体もいるね』

 

オルガもシャニも、カグヤに向かって飛びながらモニタリングしたデータを見つめる。ほとんどが大西洋連邦所属のダガー系だろうが、中身は皆、自分たちの古巣のブルーコスモスと同じだろう。対人用兵器まで搭載しているのを見る限り、相手はまともな戦争をするつもりはないらしい。

 

故に、リークが放っておけずにアズラエルに直訴して向かったわけなのだが。

 

『けど、おかげで盾野郎は向こうにかかりっきりだ』

 

リークからの情報ではホワイトグリントとも合流したということだ。それを聞いてアズラエルも満足そうに頷く。

 

〝やってもいいですが、撃ち漏らしのないように。死人に口なしと、上手い言葉があるようにして下さいね?〟

 

それを聞いたリークは、“自分は外道を相手に手抜きをする気はありませんよ”と笑っていた。おそらく、ホワイトグリントのパイロットも同じなのだろう。リークと同じ部隊にいたというなら尚の事、こんな常軌を逸した行為を見過ごすわけがない。

 

『さぁて!兄貴のことは任せておいて、僕らも僕らでやることをやらないとさ!!』

 

『そういうことだ。各機、目立つように動け!落とされたら承知しねぇぞ!』

 

そういうクロトが操るレイダーの上で、リークから指揮を任されたオルガが声をあげた。こちらもこちらで、やるべきことがある。

 

『はん!そんなヘマしねぇよ』

 

『兄貴に怒られるのはオルガだけにしてよね?』

 

『んだとぉ!?』

 

気をぬくとすぐに言い合いになる三人の前方からは、トールのスーパースカイグラスパーを先頭に、フリーダムとジャスティスがすぐそこまで迫ってきていた。

 

「来るぞ!キラ!トール!」

 

「クサナギ、ヒメラギは発進急いで下さい!新型は僕らが押さえます!」

 

「ええい!こんな時まで!しつこいんだよ、お前らぁ!!」

 

それぞれが思い思いに声をあげながら、マスドライバーのレールのすぐ脇で激突する。

 

『おらぁあああ!!いくぜええええ!!』

 

カラミティのビーム砲が空を走る。それを鮮やかに躱したトールのスカイグラスパーへ、レイダーがすぐに迫った。

 

『こないだの礼だ!!抹殺!!』

 

破砕球では戦闘機を捉えられない。クロトはレイダーの頭部に備わる「ツォーン」でトールの機体の進路を遮ると、モビルアーマー形態となって空へ舞い上がる。

 

『うらぁあああ!!』

 

「キラ!蹴散らすぞ!」

 

「うん!アスラン!!」

 

眼下ではフリーダムとジャスティスが、フォビドゥンとカラミティの連携を掻い潜りながら戦闘を開始していく。互いに隊長がいない中、それでも譲れない戦いの幕が切って落とされた。

 

 

////

 

 

《こちらヒメラギのカノープスだ!ライトニング1!ラリー!オーブ艦隊はやられてる!》

 

通信が聞こえる。ラリーはホワイトグリントの挙動の中にいながら、その焦ったようなオペレーターの声をはっきり聞いた。すると、ヘルメットに備わるスピーカーから回線に割り込まれたようなノイズが走る。

 

《ラリー!退きなさい!作戦は失敗してる!このままじゃオーブ艦の打ち上げに間に合わなくなるわ!!》

 

聞こえてきたのはハリーの声だった。当然だろう。ヤラフェス島とカグヤ島の距離はオノゴロよりも遠い。このままここで戦えば、発進シークエンスの中で艦に飛び乗ることすら困難だ。

 

それでもーーー。

 

『な、なんて速さだ…』

 

ラリーは操縦桿を握りしめた。すぐそこにリークのリベリオンがいる。二人は相も変わらない自身の長所を生かして、戦っていた。

 

ラリーは超接近型。

 

リークは射撃補佐型。

 

宇宙で培ってきたもの。地球に降りてから培ってきたもの。それを互いが出し合い、まるでブランクを感じさせないコンビネーションを生み出していた。

 

『こ、こいつら…敵同士じゃないのか!?』

 

「よそ見は感心しないな!!」

 

そう焦ったように言うダガーの一機を、リークは射撃で牽制しながら蹴り飛ばす。その動きはメビウスライダー隊にいた時よりも洗練されていたが、本質的には変化は見られない。

 

『つ、付いていけな…ごっ』

 

故に合わせられる。蹴り飛ばした先で待っていたラリーのホワイトグリントが、その重厚な多重装甲と加速性を駆使してリークの下から吹き飛んできたダガーを打ちのめす。

 

「やるな?リーク。腕は衰えてないらしい」

 

「そういうラリーこそ、相変わらずエグい機動をしてますよね!」

 

コクピットは紙くずのようにひしゃげ、衝撃で四肢は吹き飛び、ダガーだったものがまた海中へと没していく。

 

『ひぃい!く、来るな!来るなぁ!盾が…迫ってーー』

 

リークの支援に翻弄されながら、気がつけばホワイトグリントの射程内。ダガー系はことごとく的確にコクピットが潰され、海の藻屑へと散っていく。

 

『正面に立つな!弾かれるぞ!』

 

そう言ってラリーのホワイトグリントから距離を取ろうとした機体を、リークはビームサーベルで容赦なく両断する。

 

『がはっ…!?』

 

宇宙空間で培ってきた三次元的な戦闘を、ラリーとリークは抜群のコンビネーションで織り成して地球軍のモビルスーツ隊を圧倒した。

 

『損害率…65%!?こんな短時間で…!?』

 

隊長はその信じられない光景を目にして、自分の言葉と行為に歯を噛み締めた。なんだ?何が起こっている?目の前で縦横無尽に駆け巡る二機のモビルスーツの動きに、隊長は全く追いつけていなかった。

 

知らない。こんなモビルスーツの動きを人間が可能にしているのか?

 

そんな恐怖に似た感覚に急かされて、隊長は音声通信で怯む仲間たちへ声を荒げた。

 

『くそ!!たったニ機に何を手こずっている!!ええい!』

 

ランドセルに備わるビームサーベルを引き抜き、前線へと躍り出た隊長機。だが、その判断はあまりにも甘かった。

 

目の前に現れる赤のデュアルアイ。隊長のコクピットを影が覆ったかと思った瞬間、彼の人生は幕を下ろした。彼の不運はただ一つ。高速機動をするホワイトグリントの軌道上に出てしまったことだ。

 

『ば、バカな…たかが二機のモビルスーツに…がっ!!』

 

まるで巨大な大型車に轢かれる小型車のように、隊長が操っていたダガーは鉄くずへと返った。

 

よし、あと残りの敵はーー!!隊長のダガーを粉砕したラリーは、足を前に出して咄嗟に急制動をかける。

 

海面で止まったラリーの機体と、空にいたリベリオンの脇を、ビーム兵器の閃光が走ったのだ。

 

「くっ…!このエネルギーは…!!」

 

『へぇ、存外やるものだ…』

 

肩部に備わる大型のビーム砲から煙をあげながら、そんな声をかける機体。それはほかのダガー系とは違う異質さを持っていた。

 

『メビウスライダー隊。モビルアーマー乗り風情が…古くさいんだよ』

 

そう言って、四割の戦力を失った地球軍モビルスーツ隊の前へ、その機体が躍り出てくる。

 

『黄色部隊、カテゴリー9、ラムダ。先のレッドキャップやプロメシュースとは俺は違うぞ?教えてやるよ、格ってやつをな…!!』

 

 

 

 

 

 

 



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第139話 カグヤの光 2

 

上下前後左右、あたりから眩い光がいくつも交差する。カラミティから放たれる圧倒的な火力、フォビドゥンが援護射撃に放つ曲がるビーム砲、それらをギリギリで避けてはフォビドゥンの振るう大鎌をシールドで受け止めて、距離を稼ぐためにビームライフルを放つ。しかし、フォビドゥンのエネルギー偏向装甲のせいで、フリーダムとジャスティスの攻撃は相手2機を捉えることはできない。

 

「ええい!こいつらぁ!!」

 

「こんのぉおおお!!」

 

迫るビームの嵐を、キラとアスランの駆る機体は鋭く躱した。しかし離れようとしても、カラミティのビーム砲がそれを阻止し、迂回して回った先にはフォビドゥンが大鎌を構えて退路を絶ってくる。キラとアスランは二機に釘付けにされていた。

 

『てりゃあああ!!滅殺!!』

 

そんな二人の真上では、トールとクロトの空中戦が苛烈さを増していた。モビルスーツとモビルアーマー形態を駆使して機動戦を仕掛けるクロトに、戦闘機という利点を最大限生かしながら、トールはマニューバを駆使して迫る。人型に変わる間際の隙を突くようにトールがファストパックに備わる小型ミサイルを発射すると、クロトは破砕球を振り回してミサイル群を破壊する。

 

その背後に回ったトールは、レイダーの背中めがけてバルカン砲を叩き込むが、トランスフェイズ装甲の前では装甲を凹ませるほどくらいしか効果は与えられない。

 

『こんのぉおお!!ちょこまかと!!』

 

「しつこいんだよ、お前ら!!いい加減に!!」

 

レイダーの高初速砲の合間を縫って躱したスーパースカイグラスパーは、打ち尽くしたミサイルコンテナをパージして雲の合間へと機体を翻す。

 

『おらおらおらぁああ!!』

 

ビームの閃光が雲を裂き、海に柱を打ち立て、風を切る。絶え間なく空を色鮮やかに照らし、三人の流星に属するパイロットは互いの全てをぶつけ合う。それを観測していたオペレーター達は、戦場に居る事も忘れその戦闘に魅入られてしまっていた。

 

思考は半ば、体に染み付いた動作で記録を撮り続けながら、その場にいる誰の意識も流星の戦いに向けられていた。

 

 

 

////

 

 

カグヤの艦船ドックの中で、クサナギとヒメラギの打ち上げ準備が進められる中、ウズミに半ば無理やり手を引かれて連れてこられたカガリは、乱暴にクサナギへ繋がるタラップへと放り込まれる。中でカガリを待っていたキサカが咄嗟に飛び込んできたカガリを受け止める。

 

「ウズミ様!」

 

「急げキサカ!このバカ娘を頼むぞ!」

 

そう言うウズミに、カガリはすがりつく力すら無くしていた。ただ瞳に涙を浮かべて、共に居たいという心と、離れがたい苦痛でカガリの思考はぐちゃぐちゃになっていた。

 

「お父様!うぅ…」

 

声が震える。手も、体も。とても冷たいものに体が包まれていくような感覚。そんな震える子供のようなカガリを見て、ウズミは小さく笑みを浮かべた。

 

「そんな顔をするな。オーブの獅子の娘が」

 

「でも!私はぁ…!」

 

こんな自分を見て、父は失望するのだろうか、また突き放すような言葉を言われてしまうのだろうか。ーー父がいなくなる。そんな未来を想像し、想像しただけで絶望感が込み上げて来る。

 

そう思考が暗くなるカガリの頭をウズミはそっと撫でると一枚の写真をカガリへと渡した。

 

「ーー父とは別れるが、お前は一人ではない。兄妹もおる。そなたの父で、幸せであった」

 

戸惑うような声で「え?」と言うカガリの言葉は、閉まる防護壁によってウズミに届くことは無かった。扉の向こうで窓を叩く娘を見るウズミには、もう別れを惜しむ時間がない。故に声高らかに言った。

 

「行け!若き希望たちよ!あとは頼んだぞ!」

 

ゆっくりと動き出していく二つの灯火は、先に登った光を目指して共に宇宙へと上がっていくだろう。それを見届けることがウズミにとっての最期の仕事だった。

 

 

////

 

 

緊急避難命令が発令されているヤラフェス島では、オノゴロから避難してきた住民も含めた多くの市民達が、オーブ軍の指示に従ってシェルターへと避難を行なっていた。だが、あまりにも遅すぎる避難だった。地球軍のモビルスーツ部隊は、協定を無視し、真っ直ぐにこちらに向かってくる。住人への被害は免れないものだと誰もが思っていた。

 

そんな中で、避難に必死だった市民達の足は止まっていた。天災が多い南国のオーブならではの島の高台に設けられたシェルターに登る道中、あるいはリニアレール、あるいは階段、あるいはそこに至る道中。

 

多くの市民も、そして誘導していたオーブ軍の兵士も、ヤラフェス島から目と鼻の先である沖合で光る光景に目を奪われていた。

 

「お兄ちゃん!あの光はなに?」

 

マユを連れて家族と共にシェルターへと向かっていたシンもまた、その光景に見とれる者の一人だった。

 

遠くで朧げにしか見えないが、人型のモビルスーツ群が戦いを繰り広げている光景が見える。群のようにひしめいていた中でも、肉眼でもはっきりと見える二機は異常なまでに動きが異なっていた。

 

その二機はほかの機体を寄せ付けない圧倒的な速度と機動力を以て、ヤラフェス島に攻め入ろうとしていた部隊をすり潰していく。蹂躙、翻弄、そんな言葉が生ぬるくなるほど、その二機の力は圧倒的だった。

 

流れ弾すら飛んでこない状況の中、その異様な戦闘の光景に気づいた市民達が足を止めたのも必然だった。

 

シンは、目まぐるしく動く一機に見覚えがあった。多重装甲に覆われ、人型と言うよりは城壁と比喩してもいい機体。その機体は凄まじい速度を以て敵を叩き、砕き、潰している。

 

家族を救ってくれた英雄の力を目の当たりにして、シンは何も言えないまま、ただその光景に魅せられていたのだった。

 

そして、その光景を別の場所で眺める者たちもいる。ザフトの船の中で広域通信を拾ったクルーゼたちも、偶発的であるがその戦闘を目の当たりにすることになる。

 

ザフト兵が、その圧倒的な力の暴風に潰されていく地球軍の精鋭モビルスーツを見つめながら絶句する姿を横目に、クルーゼは一人、その空戦を見つめながらほくそ笑む。

 

着実に、ラリーは何かに目覚め始めている。

 

デュランダルが言っていたSEEDの目覚め?それとも人類の新たな先を体現した変革者?それともーーそれ以外の別の存在…。

 

どうでもいい。クルーゼは仮面の下でそう切り捨てる。そんなこと、どうでもいい。ラリー・レイレナードがどんな存在になろうと、在り方は変わらない。現に市民がいるであろうヤラフェス島に進路を向けた地球軍をすり潰しに来た彼だ。

 

守れる範囲の者たちの未来をもう少しまともなものにするため。

 

彼はそう言って今も戦い続けているのだ。

 

それでいい。

 

それだけわかれば十分だ。

 

それで新しい力に目覚めていくなら、それもいいだろう。手の届くものに挑んでも面白くはない。潰されるか、潰すか。殺すか、殺されるか。滅ぼすか、滅ぼされるか。

 

ラリーとクルーゼの戦いに、思想も、理由も、信念も、理念も、ましてや大義名分などもいらない。

 

どちらが強く、どちらが殺せるか?

 

それだけの理屈でクルーゼは感じたことのない思いを漲らせることができるのだから。

 

 

////

 

 

『損害率…98…!?』

 

僅かに生き残ったダガーのパイロットは、すり潰され尽くした味方機のデータを見て恐怖に慄いた。

 

ありえない…こっちは100機いたんだぞ?

 

100機という圧倒的な自軍を、二機は個にしてすり潰して行ったのだ。それも圧倒的な速さと力を以てして。ふと、ダガーのパイロットは言葉をつぶやく。

 

『ば、バケモノ…』

 

その言葉を最後に、前方から迫ったホワイトグリントの突貫をその身に受けたダガーは、機体の前方を大きく歪め、凹ませ、潰されたまま海へと叩き落される。

 

その光景を見つめた黄色部隊のカテゴリー9 ラムダは、自身の置かれている状況をまるで理解できなかった。

 

『そんな馬鹿な…何かが違う…何かが違いすぎる…!!』

 

おぞましいものに対する恐怖とも言える叫び。彼が乗るモビルスーツは、すでに風前の灯だった。片腕はひしゃげ、頭部の半分がすでに機能せず、脚部もボロボロ。武装は破壊され、背中に背負っていたユニットも煙を上げて大破しており、コクピットには許容限界を超えつつあるとアラームが響きわたっていた。

 

そんなラムダの前で、残りの抵抗するダガーを屠ったホワイトグリントに乗るラリーは、潜在的な危険性を孕む自己顕示欲の高いラムダのパイロットに、通信で言葉を発した。

 

「失せろ、俗物。貴様では話にならん!俺を殺したければ、ザフトのクルーゼを呼んでこい!!」

 

その言葉を皮切りに、両手に備わるビームマシンガンがラムダめがけて火を吹いた。ビームの雨を受ける機体は赤く染まり、火が上がる。コクピットの中にいる彼はシートから立ち上がって、目の前で悠然と攻撃してくるホワイトグリントの姿を殴りつけた。

 

『そ、そんな…私がこんな…!なぜ?なぜだぁ…!!』

 

認めない。たかがモビルアーマー乗りの時代遅れに、この自分が負けるなどーーあってはならないのだ!!

 

その言葉を最後に限界を超えたラムダはコクピットから火を吹き出し、部品を燃え上がらせながら糸が切れた人形のように海へと没していく。

 

リークも最後のダガーを仕留めたようだった。コクピットがビームサーベルで穿たれ、残骸と化したダガーは水しぶきをあげて海に沈む。

 

そして、ラリーとリークだけが残った空に静けさが戻ってきた。

 

「リーク…」

 

まだ通信が繋がったままだった。目の前にいるのはかつての相棒であり、戦友であり、刃を交えた敵という立ち位置にいるかけがえのない存在。そんな彼は、海面に浮かぶラリーを見下ろしながら、深く息をついた。

 

「ラリー、互いに果たすべき使命を果たそう。向かう道の先は繋がってるはずだよ」

 

多くは語らない。けれど、メビウスライダー隊で受け継いだものをリークは捨てずに今も持っている。きっと、リークと共にいる多くの戦友にも、それは伝わり、繋がっているのだろう。

 

その言葉だけで、ラリーは彼の言いたいことを理解した。

 

「わかった、お前を信じてるぞ、リーク」

 

それだけ言ったラリーに、リークは何を思ったのか。映像通信を切った彼の機体は、くるりと反転するとエンジンの出力を上げて、ヤラフェス島を背にして空域を離脱していく。

 

ラリーはただ、その去っていく背中を見えなくなるまで見つめていた。

 

《ラリー!!急いで!!打ち上げが始まる!!》

 

急に思い出したかのように耳に届いた、オペレーターとハリーからの声に気がついたラリーも、機体を急反転させて、ヤラフェス島からカグヤに向かって機体を奔らせた。

 

「クサナギは……マスドライバーはあっちか!」

 

「レイレナード大尉!」

 

遠くに見えるマスドライバーの柱に向かって出力を上げていくと、前方から一つの影がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。

 

「トール!?」

 

それは、重い武装をほとんどパージし、加速性能に特化する形となったトールのスーパースカイグラスパーだ。

 

 

////

 

 

『ちっきしょー!どうなってんだよ!あの戦闘機は!』

 

クロトは黒煙をあげるスーパースカイグラスパーの武装パックを振り落とし、悪態をつきながら飛び去っていった機影を睨みつける。

 

さきほどまでレイダーと巴戦をしていたスーパースカイグラスパーだったが、発進間際だというのにまだ戻らないラリーのホワイトグリントを気にかけ、行動に出たのだ。

 

まずは機体を急反転させてレイダーの直上に合わせると、躊躇いなくトールは背負っていたソードストライカーのシュベルトゲベールをビーム武装を有効にしてパージしたのだ。

 

気流の影響でランダムな挙動をするシュベルトゲベールを躱したレイダーへ、さらに武装満載のファストパックをパージしてぶつける。まとまった質量と爆発をぶつけられたレイダーは、その衝撃でトールの機体を見失い、捕捉した頃には遥かに向こうへと逃げられていたのだ。

 

悔しがるクロトの視線の先で、三つの信号弾が水平線の向こうに打ち上げられるのが見える。

 

『信号…クロト!シャニ!そろそろ頃合いだ!』

 

それはフリーダム、ジャスティスと戦闘していたオルガとシャニにもはっきりと確認できた。

 

オルガの声に合わせて、二人は切り結んでいたフリーダムとジャスティスから離れてわざとらしく隙を作る。

 

「アスラン!」

 

「ああ!」

 

その隙を知ってか知らずか、発進準備完了の連絡を受けたキラたちもマスドライバーのレールめがけて飛び出していく。

 

その二機をオルガたちは追うことなく、ただ見送るのだった。

 

 

////

 

 

《リビジョンC以外の全要員退去を確認。オールシステムズ、ゴー。クサナギ、ヒメラギ、ファイナルローズ!》

 

《クサナギ、続いてヒメラギのシークエンススタート!ハウメアの護りがあらんことを!》

 

「お父様!お父様ぁぁ!!」

 

カガリの慟哭が響く中、クサナギとヒメラギがマスドライバーを突き進んでいく。どんどん離れていくカグヤの島を見つめながらカガリはとめどなく涙を流した。

 

「キラ!」

 

最初に出たクサナギの側面に追いついたフリーダムが取り付く。その後にはジャスティスがスラスターを吹かしてフリーダムから伸ばされた手を掴もうと必死に出力を上げていく。

 

「アスラン!」

 

なんとかたどり着いたジャスティスの手を掴んだフリーダムは、同じようにジャスティスを側面へと導く。そんな彼らの後方。続け打ち上げられるヒメラギの横に、トールのスーパースカイグラスパーとラリーのホワイトグリントが追いつこうと加速し続けている。

 

「うおおお!!」

 

「トール!!ラリーさん!!」

 

キラの呼び声に答える余裕もない。速度はいっぱいいっぱいだが、ヒメラギの方が出力が高い。その距離はじわじわと広がろうとしていた。

 

《ラリー!!》

 

《ラリーさん!!》

 

ハリーたちの声がコクピットに響く。くそ…追いつかないのか…!!そうラリーが目を細めた瞬間、隣にいたスーパースカイグラスパーから、残していたパンツァーアイゼンが放たれ、ヒメラギの側面に取り付いた。

 

「掴まって!」

 

トールの言葉に有無を言わずに従う。同調速度など細かな調整もせずにトールのスーパースカイグラスパーに掴まると、機体のフラップが大きくひしゃげた。そんなこと関係ないと、トールはエンジンが焼き切れるほどスロットルを上げてサブスラスターとメインスラスターを全開にした。

 

「いけえええええ!!!」

 

ラリーのホワイトグリントも全ての推進剤を出し切る出力で加速し、パンツァーアイゼンが火花を散らして巻き上げられ、二機は息も絶え絶えに何とかヒメラギに乗り込むことができたのだった。

 

 

////

 

 

『うひょー!!上がった上がった!』

 

打ち上がった二つの光を見上げながら、クロトが興奮したように言う。自分たちのミッションは打ち上げという一大オペレーションの間、オーブ軍と地球軍の目を引きつけるための〝囮役〟だったのだ。

 

『これで仕事終わり?』

 

汗をぬぐいながらいうシャニに、オルガは疲れた肩を回すような仕草をしながら言葉を返した。

 

『まじ疲れた。帰ってシャワー浴びてぇところだが、まだ一仕事残ってるぜ?俺たちには』

 

そう。まだ終わっていない。

アズラエル理事からのオーダーはまだ残っている。そう言って三機はカグヤから離れる方へと進路を取った。

 

 

////

 

 

「種は飛んだ。これでよい」

 

カグヤの司令室で打ち上がったクサナギとヒメラギを見つめるウズミ。彼の周りにはウズミに付き従ってきた高官たちがずらりと並んでいた。

 

残っているのは地球軍が喉から手が出るほど欲しがるマスドライバーとオーブの技術、そして自分たち老いぼれだ。後任である弟、ホムラには戦後に必要であろう情報の引き継ぎ全てを終えている。

 

「オーブも、世界も。奴等のいいようには…」

 

あとは、この老人たちが責めを負うためーーー。

 

「そこまでですよ、ウズミ・ナラ・アスハ様」

 

司令室に声が響いた。赤い起爆スイッチに手をかけようとしていたウズミたちが見上げると、そこには地球軍の軍服を着た初老の男性が、数名の兵士を引き連れてウズミたちを見つめていた。

 

「存外、早いものでしたな」

 

そう単調な声で言うウズミに、この司令部へたどり着いた軍人、ドレイク・バーフォードは被っていたくたびれた帽子を脱いで、敬礼で敬意を示した。

 

「ルートを確保するには苦労はしましたよ。けれど、それに見合う成果は得られました」

 

そう言う彼の両隣には、オーブ軍の兵士の姿をした者たちがいる。おそらく、裏ルートで潜入していた地球軍の兵士なのだろう。ウズミは眼光を鋭くして対するバーフォードへ、強い口調で言葉を放った。

 

「だが、オーブは貴様らの好きにはさせん」

 

「いいえ、私としてはオーブにもう興味はありません」

 

その言葉はバーフォードの声ではなかった。彼が体を横へとズラすと、バーフォードの影から淡い色を基調にしたスーツを身にまとう男が現れる。その男ーーームルタ・アズラエルを見てウズミは目を見開いた。

 

「アズラエル…!?いったいどうやってここに!?」

 

「バーフォード中佐が言ったでしょう?ルートを確保したと。Nジャマーというのは便利でしてね。潜水艦までは許容していなかったようだ」

 

バーフォードが艦を離れてやっていたことは、潜入だけではない。第7艦隊時代から培い、アズラエルの元でさらに豊かになった人脈を駆使して、オーブのこの場へ、アズラエルを案内する道筋を用意していたのだ。

 

アズラエルが乗り付けてきた潜水艦も、オーブの正規ドックに着艦しており、彼は堂々とオーブ軍の正面玄関からここへ乗り込んできたのだ。

 

ウズミの周りにいた高官たちが懐から拳銃を取り出して構える。だが、彼らは兵士ではなく政治屋。武器を手に持っているとはいえ、その手は明らかに震えていた。それをみて、アズラエルは小さな笑みを浮かべる。

 

「おっと、怖い怖い。私は軍人としてここに来たわけじゃありませんよ。あくまでビジネスのためです」

 

「どういうつもりだ?なぜ宣言通り、マスドライバーを狙った?目的はなんだ?」

 

この戦争すらビジネスというのか!?そうアズラエルの不可解な行動を問い質すウズミに、アズラエルは指を鳴らすと、打ち上がったクサナギらを映していた司令部の大型モニターが別の映像に切り替わった。

 

「ビジネスに必要なのは先を見る目ですよ。泥船となった大西洋連邦にもはや価値など残ってません。戦争の先すら見据えられない奴らに良いように使われては、こちらとしても堪ったものじゃありませんからねぇ。それに話の続きは、こちらの方としてもらった方が早いかと」

 

そう言って礼儀正しく一礼をするアズラエルの頭上。モビルスーツを中継機として、宇宙から傍受されにくいレーザー回線を用いた通信が繋がっていて、そこには勲章と少将を示す階級章を胸にぶら下げている一人の地球軍高官が映っている。

 

《お初にお目にかかります。私は、地球連合軍、第8艦隊司令官、デュエイン・ハルバートンです。映像越しですが、お会いできて光栄ですよ、アスハ代表》

 

地球連合軍第8艦隊を指揮する司令官。彼はアガメムノン級戦艦「メネラオス」からこのオーブに語りかけていた。

 

「地球軍…第8艦隊…?」

 

《オーブの獅子である貴方方に、ここで果てられては困るのですよ。貴方方にもまた、使命があるはずだ。来るべき時の、ね》

 

戸惑うウズミに、ハルバートンは笑みを浮かべながらそう告げる。彼らにはまだやってもらうこと、できることがある。アズラエルは満足そうにネクタイを緩め、バーフォードはそっと司令部の扉を閉じた。

 

 

 

 

 

 

その日、オーブ軍はマスドライバーの一部破壊とモルゲンレーテ社のデータ廃棄を行うと同時に、首脳陣が乗り込んでいたとされる輸送ヘリは、太平洋上で行方不明となるのだった。

 

 

 

 

////

 

 

 

『ええい!黄色部隊め…役立たず共が!作戦変更!ミサイル艦へ〝モルガン〟の発射準備をーー』

 

黄色部隊の母艦、ヘンリーグレスビーのブリッジでダミ声の艦長が苛立ったように喚き散らしていた。あれだけの戦力を投入したというのに、オーブの島にすらたどり着けないだと?これでは、サザーランド大佐に合わせる顔がないではないか。

 

モルガンと自分たちの秘密を知る者たちは、何があろうと排除しなければならない。

 

そう指揮をとっていた艦長に、青い顔をしたオペレーターが声を上げた。

 

『か、艦長!』

 

その瞬間、隣にいたミサイル艦のブリッジをビーム砲が貫いた。続いて放たれるビームの嵐を浴びて、ミサイル艦は音を上げて轟沈する。

 

『なんだ!?何が起こった!?』

 

『み、味方機からの攻撃です!これはーー例のアズラエル財団の新型…!?』

 

なんだとぉ!?そう癇癪を起こしたように叫んだ艦長は受話器を持ち上げる。

 

『通信を繋げ!』

 

『ダメです!Nジャマーがひどく…!!』

 

そう言ったのもつかの間、周りにいる護衛艦のブリッジにもフォビドゥンとカラミティから放たれるビーム砲が突き刺さった。

 

「死人に口なしってね」

 

砲台と化したカラミティを乗せながら、クロトはレイダーのコクピットの中でアズラエルが言った言葉を反復した。

 

彼からのオーダーは通信回線を封じた上での軍事協定違反者たちの粛清。地球軍ではないアズラエルが下せる決断ではないが、彼のバックにいる宇宙の地球軍が、サザーランドたちの暴挙を見過ごすわけがなかった。

 

「アンタらは超えちゃならない線を超えたんだよ」

 

シャニの小さなつぶやきとともに、輸送艦に取り付いたフォビドゥンが大鎌でブリッジを両断する。

 

「あとは兄さんやアズラエル理事たちの筋書き通り、サザーランドのおっさんにはオーブ軍に返り討ちにあったってことでさ。まぁここで沈んでいけや!!」

 

そう吐き捨てるオルガの放つ閃光が、ヘンリーグレスビーの船体を穿つ。隣で轟沈したミサイル艦に積まれたモルガンにも火がついていた。

 

『くそ!!ナチュラルの裏切り者どもめぇえええ!!』

 

艦長の呪詛のような断末魔は誘爆したモルガンの閃光によって太平洋の深淵へと散っていくのだった。

 

 

 

 



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宇宙編
第140話 ムルタ・アズラエル


地球軍、ビクトリア基地。

 

旧国家体制だった頃にケニア、タンザニア、ウガンダに囲まれた、アフリカ最大のビクトリア湖。その付近に建造された地球連合軍の基地だ。

 

地上の要所に建造されたマスドライバー施設の一つ、「ハビリス」が設置されている基地で、月面プトレマイオス基地に対する補給路の一つであり、プラントとの戦争の際は度重なる攻撃の対象になった。

 

元々はユーラシア連邦と南アフリカ統一機構の共同国家プロジェクトで、C.E.21年にビクトリア湖の一部を干拓して建設されたため、広大な敷地を有している。

 

宇宙へと繋がるために、人々の希望と祈りを込められて作られたマスドライバーは、いつしか地球と宇宙との争いの象徴になった。

 

C.E.70年3月8日。

 

ザフト最初の地上侵攻である第一次ビクトリア攻防戦。

 

それは、プラント側の地上戦の経験不足と、降下作戦のみで地上支援を考慮しなかったことから失敗に終わった。

 

ザフトは作戦の失敗を踏まえて、Nジャマーの散布と、建造したジブラルタル基地を中心とした戦力によるアフリカ戦線を構築する事で、盤石の態勢を整えることになる。

 

C.E.71年2月13日。

第二次ビクトリア攻防戦。

 

民間人の被害も厭わずに展開されたその作戦では、地球連合軍がザフトの攻勢を抑えきれずに基地は陥落。地球連合軍は地上に順応したモビルスーツの脅威の前に為す術なく敗走した。

 

逃げ遅れた地球連合軍兵士の多くがザフトにより射殺され、両陣営の憎しみは一層深いものとなる。

 

 

 

 

そしてーーーC.E.71年6月18日。

 

第三次ビクトリア攻防戦。

 

 

 

アフリカを手中に収める立役者となったアンドリュー・バルドフェルド、そして紅海の鯱と恐れられたマルコ・モラシム隊の全滅。

 

アラスカ・パナマ攻略戦でアフリカ戦線を縮小したため、大きく弱体化したザフト軍。

 

それに対してモビルスーツを一斉投入した大西洋連邦と、ユーラシア連邦を中心とする地球連合軍の攻撃により、戦闘は地球連合軍有利に動いた。

 

ザフトは「ハビリス」を自爆させようとするが、地球連合軍特殊部隊の突入で失敗。

 

暫定オーブ政府が停戦協定に応じた僅か6日後。6月25日に基地は奪還された。

 

////

 

《いやいや、お見事でした。流石ですな、サザーランド大佐》

 

ビクトリア宇宙港に向かう艦船の中から通信に応じていたアズラエルは、まずビクトリアを押さえたサザーランドに労わりの言葉を投げかけた。

 

「いえ、ストライクダガーは良い出来ですよ。オーブでアズラエル様が苦戦されたのは、お伺いした、予期せぬ機体のせいでしょう」

 

皮肉めいた言い方をするものだと、サザーランドは内心の疑念をやんわりと表して、アズラエルの上辺だけの世辞に切り返した。

 

なにが流星だ。

 

あれほど自慢げに公言し、自分の資源を潤沢に投入した部隊だというのに、敵側に現れた不明機を落とすこともできなかったと聞く。流星も噂ほどではない。聞いて呆れるものだ。

 

《いやぁ、まだまだ課題も多くてねぇ。こっちも。しかしよもや、リベリオン、カラミティ、フォビドゥン、レイダーで、ああまで手こずるとは思わなかった。本当にとんでもない国でしたねぇ》

 

サザーランドの言葉になんら気を悪くした様子もなく、さも「あれに勝てないのはあたり前です」と言わんばかりに、相手の力量をアズラエルは賞賛した。

 

たしかに、サザーランドが莫大な予算を投じて建造した黄色部隊のモビルスーツの三機が、手も足も出ずにやられたという。

 

まぁいい。投入した奴らは黄色部隊でも跳ねっ返り扱いされていた厄介者たちだ。

 

手札はまだ残っている。自分の闇を知るものたちを逃したのは痛いが、オーブの首脳陣が行方不明になったというなら、なんとか体面は取り繕えたというところだろう。

 

「上手く立ち回って、甘い汁だけ吸おうと思っていたんでしょう。コーディネーターを匿う卑怯な国です。プラントの技術も相当入っていたようですからなぁ」

 

地球ともプラントともパイプを持っていた国。あるいはプラントにすでに囲い込まれ、それをひた隠していた裏切りの国。どちらにしろ、厄介なことこの上ない。

 

「いや、もしかしたらその不明機、実は、ザフトのものだったのかも知れないですな?」

 

そう言うザザーランドに、アズラエルは表情を変えずに「推測でしかありませんが」と肩をすくめる。

 

《まぁ、どちらにしろあれは何とかしなきゃねぇ。今後のことも含めて、ね》

 

「ーーそれでアズラエル様もご自身で宇宙へと?」

 

そう問いかけるサザーランドに、アズラエルは頷く。

 

《あの機体もしかしたら、核エネルギー、使ってるんじゃないかと思ってさ。確証はないけど。でもあれだけのパワー、従来のものでは不可能だ》

 

彼らと戦った僕の部隊のデータを見る限り、現存のもので、あれだけの戦闘時間を可能にする技術は考えられませんよ、と言うアズラエルに、サザーランドは目を見開いた。

 

Nジャマーを無効化できる?そんなものが存在するのか?あの宇宙の野蛮人たちは…そんなものまで作っているのか?

 

「たしかに、Nジャマーも、コーディネイターの作ったものです。奴等なら、それを無効にするものの開発も可能でしょうが…」

 

震える声でサザーランドは呟く。

 

もし、Nジャマーを無効化できるとしたら?

奴らがこの地球に核を打ち込んできたら?

 

Nジャマーで目隠しをされた自分たちを、滅ぼすには充分すぎる力だ。

 

なんとかしなければならない。奴らに滅ぼされる前に、なんとしてもーー。

 

《どちらに転んでも、核エネルギーを再利用できる技術があるというのが問題なんですよ、サザーランド大佐》

 

真っ直ぐとした目でそう言うアズラエルに、ハッとサザーランドは思考の海から目の前の通信へと意識を切り替えた。そんなサザーランドを見て、アズラエルは小さく息をつく。

 

《我々、人間という種族は元来から弱い生き物なんだからさ。強い牙を持つ奴は、ちゃんと閉じこめておくか、繋いでおくかしないと危ないもんですよ》

 

その言葉には、サザーランドも同感だった。

 

「宇宙に野放しにした挙げ句、と言ったところですかね?」

 

あの宇宙人どものいいようにはさせまいよ。そうほくそ笑むサザーランドに、アズラエルはええと肯定しつつ、細くした眼差しでサザーランドを見つめる。

 

《仮に、それが高級な革椅子に腰掛けて、葉巻を吸ってる偉そうなおじさんでも、ですよ》

 

なにか。なにかを鷲掴みにされた。そんな嫌な感覚がサザーランドの中に流れ込んできた。

 

なんだ?この若造はーーこの男はなにを言っているんだ?そんな思考の渦に陥ったサザーランドに、アズラエルはいつもの商人めいた笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

《貴方も、ひとりの地球軍人として、この戦争の行く先に思考を向けるべきだと僕は思いますがねぇ》

 

この…小僧…!!

 

サザーランドの中に植え付けられたのは、確信には届かない自覚。こいつはーーあろうことか、自分の闇を知っていると言うのか?だが証拠は?彼が自分のなにを知っていると言うのだ?なんだ?なにを知っている…!!

 

「言ってることの意味がよくわかりませんが、前向きに考えさせて頂きますよ」

 

そんな混乱にも似た心を覆い隠すように、サザーランドは帽子を深くかぶった。それを見たアズラエルは、満足したように足を組んで笑みを浮かべる。

 

《では、御機嫌よう。サザーランド大佐》

 

通信が切れ、真っ暗になったモニターを数秒眺めていたザザーランドは、肩を震わせて執務室の机に置かれていた通信機器を地面に叩きつけた。

 

くそっ!!あの小僧めが!!

 

もし、彼がなんらかの証拠を、手かがりを、モルガンに関する事を知っていたとしたら、自分はどうなる?戦争が終わった後、兵器と軍は切っても切り離せないものとなる。いずれはジブリールとの癒着をダシに使われ、高官としての自分はアズラエルのいい傀儡に成り果てることになるだろう。

 

そんなのはごめんだ。自分は、あんな若造に使われるつもりなど毛頭ない。青き清浄なる世界に、そんな不純物などあってはならないのだ。

 

どうする?

 

どうすればいい?

 

「サザーランド大佐」

 

「なんだ!!」

 

思考の堂々巡りに陥っていたサザーランドの元へやってきたのは、彼の秘書を務める士官だった。いつもは見せない怒りに満ちた表情と怒号に、士官の顔は恐怖に染まったが、それでも彼は自身の仕事を全うした。

 

「通信が入っておりますが…機密回線に」

 

「なにぃ?」

 

そう訝しんでから、サザーランドは士官が持ってきた通話内容より、データをひったくるように奪って目を通す。それを見て、怒りと混乱に満ちていたサザーランドの思考は一気に加速した。

 

「なんでも、オーブの心臓を持ってきたとか…」

 

そう億劫そうに伝える士官に、サザーランドは帽子の下で目を細ばせながら声を紡いだ。

 

「 ……通信をつなげ、今すぐにだ」

 

 

////

 

 

タラワ級、モビルスーツ搭載型強襲揚陸艦、パウエルのブリッジで、通信を終えたアズラエルはめんどくさそうにネクタイを解いた。

 

「いやぁ、カマをかけるだけで出てくる出てくる。彼は政治屋には向かなさそうです。ビジネスマンにもですけど」

 

隣で艦の指揮を執る立場に戻っていたドレイクは、そう呟くアズラエルにくたびれた帽子のツバをなぞりながら声をかけた。

 

「お疲れ様でした。アズラエル理事。しかし、あの反応を見る限り、やはりパナマとアラスカで起こった正体不明の爆発はーー」

 

「同族に放った口止めの火と、同族を餌に放った火ですねぇ。どちらも下衆さで言えば大差はありませんが」

 

そう答えるアズラエルに、ドレイクのとなりに並ぶウズミ・ナラ・アスハは大きく息をついた。

 

「青き清浄なる世界。言葉は立派だが、そのために人を核で焼こうというのならば、その言葉は欺瞞に満ちていると言わざるを得ませんな」

 

ウズミは、結論から言えばアズラエルーーひいては彼の背後にいる宇宙の地球軍、デュエイン・ハルバートンの言葉を了承したのだ。

 

彼を除く首脳陣の人間は、アズラエル財閥の保護のもと、比較的戦火が無いアジア地域へと雲隠れすることになった。

 

ウズミの役目は、自身の存在を適切な時期まで隠しつつ、その身を宇宙へと上げる事だった。特徴的な長髪と髭を切った彼は、身分を偽ってアズラエルとともに宇宙へ向かうことになる。

 

よもや行方不明になった首脳陣のトップが、アズラエルの側近に扮するなど、大西洋連邦も思うまいよ。

 

「コーディネーターが滅んだ世界。ナチュラルによる世界の再編。宇宙開拓。その野望を求めて、人はまた禁忌に触れる」

 

「そうやって繰り返されるのですよ。戦争と虐殺の歴史というものは」

 

ウズミの言葉に、アズラエルは感情のない言葉で返す。分かり切っている事だ。そうやって多くの血を流し、大国の秩序やら安定がもたらされてきたのだ。自分たちが向かうビクトリア宇宙港も、そうやって繰り返されてきた歴史を持つ湖の上に建設されているのだから。

 

「そんな中で核がまた使える、その事実が敵の手に渡ったら、今度は同族すら燃やしますよ、彼らなら」

 

青き清浄なる世界のために、とか言ってね?そう肩をすくめるアズラエルにウズミは疑問を抱いた。

 

「ムルタ・アズラエル。君はブルーコスモスの盟主のはずだ。なぜそのようなことを言う?」

 

そう問いかけるウズミに、アズラエルは「当然ですよ」と呆れたような顔をして返した。

 

「優れたものが生き残り、劣るものは死ぬ。その理屈が通ずるのは、動物社会くらいだ。だが、我々は人間。足りないものを補い、支え合うことができる生き物。彼らが作ろうとする未来はーーもはや人という種族が機能する世界ではないのですよ」

 

そう言うアズラエルの言葉に、ドレイクは小さく笑みを浮かべる。それを彼に言ったのは、他ならぬ自分の部下だ。ドレイクの表情に気がついたのか、アズラエルも少し気まずそうに顔をしかめる。

 

憧れの英雄に否定された自分のコンプレックス。それを上塗りする力を見せつけてくれる同族の星。自分ではありえないと思っていた鎖と柵を引きちぎり、こじ開け続ける彼らだからこそ、アズラエルは魅入られていたのだ。

 

「我々は思い出さなければならないんです。守りたかった世界を。優劣でしか事が計れない世界ではなく、足りないものを補い合い、新しい場所へ向かうために」

 

そう言葉を繋げたドレイクに、ウズミは驚いたようにアズラエルと彼の顔を見渡す。

 

「この話をしたときの貴方の反応。私は今でも覚えてますよ」

 

そう言って懐かしそうにブリッジから海を見つめるドレイク。彼の受けた命令は、なにもアズラエルの秘密プロジェクトに参加することだけではなかった。

 

月面基地で、地球に降りる間際に言付かったハルバートン提督からの依頼だ。

 

できることなら、アズラエル理事をこちら側に引き込みたい、と。

 

その真意を彼に伝えた時、リークと三人のパイロットの成長に驚きを隠せない日々を送っていたアズラエルの心は揺れた。

 

〝なんでだ…なんでだよ!!アイツらは野蛮で、傲慢で、ナチュラルをあざ笑うんだぞ!!〟

 

人払いした執務室の中で、ドレイクに銃口を向けながら取り乱したように叫ぶアズラエル。その言葉が、彼をブルーコスモスの盟主へと押し上げた心であり、彼の弱点でもあった。

 

〝そんな奴らを…!!僕を笑い者にした奴らを!!許せと言うのか…!!ふざけるな!!僕は勝ってきたんだ!!いつだって!!アイツらに二度と負けないために…僕は…!!〟

 

その言葉を、コンプレックスを超えて、アズラエルはハルバートンの要求を飲んだのだ。鎖と柵を無くしたアズラエルは、元から培ってきたビジネスマンとしての矜持を持ってして、彼らの思惑に加担することにした。

 

〝私は、悪党ですからね。〟

 

そう言ってハルバートンに微笑むアズラエルの潔さを、ドレイクはよくわかっていた。だからリークも自分も、腐らずに彼に付き従っている。彼に取り入るためじゃない。彼のあり方を信じ、二人は従うことを、守ることを決めたのだ。

 

「やれやれ、バーフォード艦長には流石の僕も敵いませんよ。まぁ、若気の至りってことにでもしておいてくださいよ」

 

そう困ったように笑うアズラエルに、ドレイクはあの時、アズラエルに銃口を向けられながら伝えた言葉を繰り返す。

 

「許さなくてもいいんですよ、アズラエルさん。ただ、信じましょう。彼らを」

 

そう静かに言ったドレイクに、アズラエルは震える銃口を下ろしながら、乱れた髪の合間に悲しげな目を浮かべて問いかける。

 

〝コーディネーターもナチュラルも、ですか?〟

 

いいや、違いますよ、そうドレイクは静かに否定した。コーディネーター?ナチュラル?地球?プラント?そんなもの、ドレイクにとっても、ハルバートンにとっても取るに足らないことだ。

 

アズラエルの肩に手を置いて、ドレイクは微笑んだ。

 

「いいえ、人間ってやつをですよ」

 

 

 

 

 

 




アズさん「ナチュラルだからって馬鹿にしやがって!アイツらヌッ殺す!!」

流星「モビルアーマーでジンを撃破しました」

アズさん「えっ」

流星「ザフトのエースたちを退けました」

アズさん「あの…」

流星「理事のパイロット育てるねー」

研究者「投薬なしでこの記録…私たちの研究はいったい…」

アズさん「えっと…」

ドレイク&ハルバートン「ウェルカム」

アズさん「ひえ」


流れ的にはこう


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第141話 空と宇宙の間で

リーク・ベルモンドのイメージが固まりましたので!!


【挿絵表示】





青く光る地球を眼下に見下ろせる軌道上。オーブからの脱出に成功したアークエンジェル、クサナギ、ヒメラギは急ぎ羽ばたいたその翼をほんのわずかな時間ではあったが、休めることができていた。

 

《距離200、軸線よし。ランデブー軸線、クリアー、アプローチ、そのまま。ナブコムをリンク。各員退去。アプローチ、ファイナルフェイズ。ローカライズ、確認します》

 

艦橋とモビルスーツ搭載格納庫のみで上がってきたクサナギとヒメラギは、軌道上で待っていたオーブ宇宙軍と合流、推進部・カタパルト部分を受領し、軌道上でのドッキングシークエンスへと移行していた。

 

《全ステーション、結合ランチ、スタンバイ》

 

PJたちやほかのオーブ軍のM1アストレイが周辺警戒や護衛をする中、船外に取り付いていたフリーダム、ジャスティス、ホワイトグリント、そして翼が折れてしまったスーパースカイグラスパーはすぐに格納庫へと搬入されていく。

 

 

////

 

 

「了解した。クサナギ、ヒメラギ、両艦のドッキング作業が終了したそうだ」

 

ブリーフィングのため、アークエンジェルからランチでクサナギへと乗り込んだマリューとムウに、キサカはオペレーターからの報告を伝える。

 

「キサカ一佐、カガリさんの様子は?」

 

「だいぶ落ち着いてはいるが……いろいろあってな。泣くな、とは言えぬよ、今は」

 

自室に引きこもってしまったカガリを案じているのか、キサカの表情はどこか暗いものだった。降りてきたキラたちが様子を見に行くとは聞いてはいるが、当面はメンタル面のケアも必要だろう。

 

「オーブは事実上の敗北、停戦協定も残られた氏族による暫定政権によって締結されたようだ」

 

暗号通信で届いた伝聞では、オーブはあの後すぐに降伏。首脳陣営はヘリコプターで脱出を試みたらしいが太平洋上で行方不明となっている。カガリが引きこもってしまった理由の一つだ。

 

暫定政権は、残った氏族たちが立ち上げ、今は協定に応じた地球軍との向後のことについての取りまとめを急いでるらしい。戦後の復興や賠償金、やることは山積みだ。

 

「しかし、問題はこれからだな」

 

そう言ってブリッジに身を浮かせるキサカは顔をしかめる。この宇宙に上がった以上、下は残ったものたちに任せるしかあるまい。

 

「このクサナギは以前から、ヘリオポリスとの連絡用艦艇として、そしてヒメラギは試作艦、臨時連絡艦艇として運用されていた代物だ。モビルスーツの運用システムも、武装も、それなりに備えてはいるが、アークエンジェルほどではない」

 

そう言うキサカに倣うように、マリューもムウもクサナギのブリッジの姿を見渡している。

 

「アークエンジェルと似ているわ」

 

「アークエンジェルが似ているのだ。親は同じモルゲンレーテだからな」

 

そう笑みを浮かべながら言うキサカ。そんな中、ブリッジには続々とメビウスライダー隊やオーブ軍の指揮官たちが集まり始めていた。

 

「集まってるようだな?」

 

ディアッカとニコルを連れて入ってきたイザークも、オーブの作業用ジャンパーを身につけながら足をつける。

 

「各隊の分隊長と指揮官は全てここに」

 

「助かる。シモンズ博士、宙域図を出してもらえるか?」

 

そうキサカが問いかけるとヒメラギに乗艦しているエリカがモニターに映った。

 

「エリカ・シモンズ主任?」

 

《こんにちは、少佐。慣れない宇宙空間でのM1運用ですもの。私が居なくちゃしょうがないでしょ?》

 

驚いたように言うムウに、エリカは悪戯っぽく微笑みを送りながら言葉を交わした。隣にいるマリューが少し不満そうに目を細めたのをムウは困った笑みを浮かべてなんとか誤魔化す。

 

ほどなくして、ヒメラギとリンクするモニターに地球圏からプラント圏への宙域図が展開された。

 

「現在我々が居るのはここだ。知っての通り、L5にはプラント、L3にはアルテミス。だからここに向かう」

 

「L4のコロニー群?」

 

キサカがポインタで示した場所を見つめて

マリューは首をかしげる。

 

「クサナギ、ヒメラギーーそしてアークエンジェルも、当面物資に不安はないが、無限ではない。特に水は、すぐに問題となる」

 

顎に手を添えながら、目先の問題である項目をキサカは表にまとめてモニターに出した。やはり宇宙に出てきた以上、水というものはどこにでも付いてくる問題となる。

 

すると、閉まっていたブリッジの扉が開き、キラとアスラン、ラリーとトールに続いて、オーブのジャンパーに腕を通したカガリがブリッジに現れた。

 

「カガリ、大丈夫なのか?」

 

キサカの問いかけに、カガリは小さく頷く。

 

「ああ、心配かけたな…大丈夫だ」

 

「キラ」

 

確認するようにムウに問いかけられたキラは、困ったように笑った。

 

「側についてたんで、大丈夫だと思います」

 

「おい、ラリー。私ってそんなに信用ないのかぁ?」

 

そんなやりとりを見て不満を覚えたのか、カガリは隣に立っているラリーの小脇を肘で突く。カガリを横目で見ながら、ラリーはわざとらしくため息をついた。

 

「ああ、ぎゃーぎゃーうるさい姫君だもんな」

 

「なんだと!?」

 

お返しと言わんばかりに言うラリーにカガリはさらに突っかかる。その光景を見ていたイザークがワナワナと腕を震わせて声を荒げた。

 

「うるさいぞ貴様ら!ブリーフィング中くらい静かにできんのか!」

 

「はいはいストップストップ」

 

イザークとトールの仲裁を受けて、ヒートアップしそうになっていたカガリとラリーはようやく全員から視線を集めていることに気がついて肩をすくめ、閉口する。

 

「はぁ、続けるぞ?L4のコロニー群は、開戦の頃から破損し、次々と放棄されて今では無人だが、水庭としては使えよう」

 

その内容を聞いてマリューは少し懐かしそうな顔をした。

 

「なんだか思い出しちゃうわね」

 

「大丈夫さ。ユニウスセブンの時とは違う」

 

そう言ったムウの言葉を聞いて、ディアッカはうげぇと驚いた様子で「ユニウスセブンから水を取ってたのかよ、そりゃあ見つかんないわけだ」と呟いた。あの時はデブリ群をくまなく探してはいたが、まさかユニウスセブンで水を取っているとは夢にも思わなかった。

 

「貴様ら、いつか祟られるぞ…」

 

「イザークって割とそういうの信じますよね?」

 

青い顔をしながら呟くイザークに隣にいるニコルが思わず口にする。

 

「こ、怖がってなんかない!!何事にも礼節があると言ってるだけだっ」

 

変に強がってみるが、顔色が悪いのは一目瞭然のイザーク。そんな彼を見て、ニコルとディアッカはやれやれといった様子だった。

 

「まぁ、コロニーなら非常貯水施設とかもあるはずだから、それさえ押さえれれば…」

 

「待ってくれ」

 

ラリーの言葉を遮ったのはアスランだった。

 

「L4にはまだ、稼働しているコロニーもいくつかある」

 

「マジかよ、初耳だぜ?」

 

ディアッカの言葉に、アスランは頷きながら宙域図を更に拡大して、とあるコロニーの場所をいくつかマーキングしていく。

 

「極秘任務だったからな。俺たちがヘリオポリスに乗り込む前の話だ。不審な一団がここを根城にしているという情報があって、当時パトロール隊に研修配属していた俺は、調査したことがあるんだ。住人は既に居ないが、設備の生きているコロニーもまだ数基あるはずだ」

 

なぜ電力が供給されているかは謎だが、おそらくコロニー再利用計画の一環だったんだろうとアスランが結論づけたところで、ひとまず今後の方針というものが決まった。

 

「じゃあ決まりですね」

 

そういうキラに、ムウは少しだけ真剣な眼差しでキラの隣にいたアスランを見つめた。

 

「しかし、本当にいいのか?アスラン」

 

「え?」

 

ムウの突然の言葉に戸惑うアスラン。そんな彼とムウを交互に見て、キラは戸惑ったように声を上げる。

 

「隊長!」

 

「聞いておきたいとは思っていた。イザークたちのガルーダ隊はとにかくとしても、君はフリーダムの奪還を命じられているんだろ?」

 

キラの声を遮って、ムウは言葉を続ける。それを聞いて、アスランがどんな反応をするのかがムウには気になっていた。

 

「オーブでの戦闘は俺だって見てるし、状況が状況だ。だから着ている軍服に拘る気はない。だが…俺達はこの先、状況次第では、ザフトと戦闘になることだってあるんだぜ?オーブの時とは違う。そこまでの覚悟はあるのか?君はーー言いたくはないが、パトリック・ザラの息子なんだろ?」

 

「だ、誰の子だって関係ないじゃないか!アスランは…」

 

ムウの言葉に、カガリが俯くアスランを庇うように声を返したが、ラリーもその点で言えばムウに同感でもあった。

 

「カガリ。軍人が自軍を抜けるってのは、お前が思ってるより、ずっと大変なことなんだ。ましてやそのトップに居るのが、自分の父親じゃ尚更だ」

 

自分の陣営を抜けること。それがなにを意味するのか、この場にいる爪弾き者たちはよく理解していた。ラリーは無重力の中でわずかに浮く体を地に着かせて、言葉を紡ぐ。

 

「確かに、俺たちは自軍の大義を信じられなくなった。だから探しているんだ。大義を見失った戦争なんて碌なもんじゃない。今まで自分が戦っていた意味そのものがひっくり返るんだ」

 

大量虐殺、大量破壊兵器、味方の命をなんとも思わない命令。戦争末期になればなるほど、兵士が思考停止しなければ従事できないような命令が平然と下されるようになる。その歪みに気がついたから、自分たちはここにいる。

 

だがアスランは?

 

その歪みを前にしても、それでもと言って戦う覚悟があるのだろうか?ムウが危惧をしているのはその点だった。

 

「ひとりの隊長として、俺は一緒に戦うんなら、君を当てにしたい。どうなんだ?」

 

ムウの言葉に、その場にいる全員の視線がアスランへ集まる。しばらくの沈黙の後、彼はゆっくりと自分の思いを話した。

 

「俺はオーブでーーいや、プラントでも地球でも、見て聞いて、思ったことは沢山あります。それが間違ってるのか正しいのか、何が解ったのか解っていないのか、俺が探すべきものは何か、果たすべき使命も……それすら、今の俺にはよく分かりません」

 

ただ、漠然としか見えていなかった未来。ただ、妄信的に付き従ってきた自分の中の憎しみ。それが消えているかと聞かれたらNOだ。まだ母を殺された痛みはある。それは父も同じだとアスランは信じたい。

 

だからこそだ。

 

「ただ、俺は俺の心に従ってます」

 

真っ直ぐとした目でムウに答えるアスラン。その憑き物が落ちたような様子を見てイザークは小さく笑った。

 

「俺はもうキラを撃ちたくない。撃たれたくも…殺し合うのも。だから、自分が願っている世界は、あなた方と同じだと、今はそう感じています」

 

「ふっ、しっかりしてるねぇ君は。キラとは大違いだ」

 

嬉しそうにいうムウに、キラも笑顔で頷いた。

 

「昔からね、アスランはしっかりものだから」

 

「どこかボケてるけどな」

 

「あ、それわかるかも」

 

「アスランはそそっかしいから」

 

カガリのツッコミに思わずキラもニコルも同意する。そんなアスランの前にイザークは組んでいた腕を解いて向き合った。

 

「甘っちょろい戯言だと、昔なら切り捨てていたがーーーそれを見つけないとダメなんだな、俺たちは」

 

「違いないな」

 

ディアッカも肩をすくめながら息をつく。ザフトから離れて、地球軍とオーブ軍と共に、自分たちは探さなきゃならない。この世界が、本当は何と戦い、どこに向かうべきなのかを見定めるために。

 

「さて、俺達がオーブから託されたものは大きいぜ?こんなたった3隻で、はっきり言ってほとんど不可能に近いーーーでも、行くんだな?」

 

ムウの言葉に、その場にいる全員が頷いた。

 

「信じましょう。小さくても強い灯は消えないんでしょ?」

 

ムウの隣にいるマリューがそう言って微笑む。

 

「俺たちは生きる。生きて、生き延びて、使命を果たす。その先の道を切り開くために」

 

「全く、揃いも揃って頑固者の集まりだな、ここは」

 

「そういう少佐こそ」

 

「あれ?バレてた?」

 

そんなやりとりの中で、ブリッジに笑い声が響いた。ひとしきり落ち着いたところで、アスランは切り替えたように話を切り出す。

 

「みんな。プラントにも同じように考えている人は居る」

 

「ラクス・クラインか」

 

「あのピンクのお姫様?」

 

ハインズとムウの言葉にアスランは頷く。

 

「彼女が俺とキラに、ホワイトグリントとフリーダムを託してくれた。その未来を切り開くための力としてな」

 

ラリーの言葉が何よりの証拠だった。事実、彼女がいなければ自分たちはアラスカの作戦に間に合わなかっただろうし、今の状況にもたどり着けなかったはずだ。

 

「そしてアスランの婚約者だよね」

 

「ええ!?」

 

キラの一言に素っ頓狂な声を上げるカガリ。そんな二人を見るアスランの顔はどこか浮かないものだった。その理由、彼女がやったことがすでにプラント最高評議会のーーー父の元へ入っているということだった。

 

「彼女は今追われている。ホワイトグリントとフリーダムを敵に渡したプラントの反逆者として。俺の父に…」

 

 

 

////

 

 

 

《私達は何処へ行きたかったのでしょうか?何が欲しかったのでしょうか?》

 

街灯の映像モニターには、花畑をバックにしたラクスが映っていて、その優しげな語り口でプラントの市民へ語りかけていた。

 

《戦場で今日も愛する人達が死んでいきます。私達は一体いつまで、こんな悲しみの中で過ごさなくてはならないのでしょうか。戦いを終わらせることが…》

 

そんなラクスの問いかけは雑踏に紛れ、人々の行く先には演台が設けられた広場。そこには万雷の拍手の元、壇上へと上がるプラント最高評議会、最高議長であるパトリック・ザラの姿があった。

 

「ラクス・クラインの言葉に惑わされてはなりません。彼女は地球軍と通じ、軍の重要機密を売り渡した反逆者なのです!!」

 

拳を握り、掲げ、勇ましく演説する彼の言葉に、コーディネーター至上主義に傾倒する人々は心を酔わせていく。

 

「戦いなど誰も望みません。だが、では何故このような事態となったのでしょうか?思い出していただきたい!」

 

それをザラ議長は巧みな話術で人々の心から憎悪を引きずり出していく。今の苦しみを与えたのは誰か?取り戻せない苦痛を味合わせたのは誰か?敵は誰か?滅ぼさなければならない相手は誰か?それを彼は人々の心に刷り込んでいく。

 

「自らが生み出したものでありながら、進化したその能力を妬んだナチュラル達が、我等コーディネイターへ行ってきた迫害の数々!にもかかわらず、我等の生み出した技術は強欲に欲し、創設母体であるプラント理事国家から連綿と送りつけられてきた、身勝手で理不尽な要求!それに反旗を翻した我々に、答えとして放たれたーーユニウスセブンへ放たれた一発の核ミサイル!」

 

全てはそこに帰結する。放たれた狂気の光の矢は、ザラ議長の言葉に正当性を持たせてしまった。いかなる蛮行もその正当性の前では霞み、判断力を鈍らせ、価値観も狂わせていく。

 

撃たれたのはこちらだ!ならばこちらにも相応にやり返す権利がある!

 

そう言わんばかりに、その憎しみの火を灯していく。

 

「この戦争、我々はなんとしても勝利せねばならないのです!敗北すれば、過去より尚暗い未来しかありません!!悪意に満ちた情報に惑わされてはなりません!!我等はもはや、ナチュラルとは違う新たな一つの種なのです。現状を抱える様々な問題も、いずれは我々の叡知が必ず解決する!!」

 

問題は先送りされていることに誰も気がつかない。今よりもより良く、ナチュラルという蛮族が滅んだ世界が理想郷であるように語る。そんな怒りと憎しみに満ちた演説の彼方。

 

そこには、祈りにも似たラクスの声が響く。

 

《地球の人々と私達は、同じ人という種族の同胞です。コーディネイターは、決して人という種族よりも進化した存在ではないのです。婚姻統制を行っても尚、生まれてこぬ子供達。既に未来を創れぬ私達の、どこが進化した種だと言うのでしょうか?》

 

憎しみに囚われてはいけない。

 

憎しみをバネにナチュラルを滅ぼせ。

 

ナチュラルもコーディネーターも同じ人なのだ。

 

ナチュラルは非力でコーディネーターがより進化した種族だ。

 

戦いをやめてください。

 

戦わずして我々には未来はない。

 

ナチュラルと共にーーー

ナチュラルに破滅をーーー

 

《戦いを止め、互いに認め合える道を探しましょう。そこに誰かがいることを認めることから始めましょう。共に、新しい場所へ向かうためにーーー》

 

その二極化された思想に、プラントは覆い尽くされようとしていた。

 

 

 

 



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第142話 人の在り方

 

 

 

 

「シーゲル様、こちらです。お急ぎを」

 

「うむ」

 

護衛にガードされながら車に乗り込んだシーゲル・クラインは、プラント最高評議会の元議長であり、ラクスの父。

 

現プラント議会穏健派の中心人物であり、専門は宇宙生命学と天文学だ。

 

シーゲルは、C.E.68年にザフトの最高意思決定機関であるプラント最高評議会議長に選出。彼の議長任期は3年。その3年は激動の時代に大きな遺恨をもたらすものになった。

 

 

C.E.70年2月18日。

血のバレンタイン事件。

 

 

農業プラントであるユニウスセブンに打ち込まれた核は、世界を大きく変えてしまった。

 

シーゲルの議長任期が残り一年となった時の出来事であり、この事件を境に、地球圏のうちプラント利権を得ていた理事国と、その経済格差から軋轢を生んでいた非プラント理事国との断絶を利用し、友好や中立の姿勢を持つ地球圏の国家に対しては優先的製品輸出を行い、プラント独立の橋頭保を作る根回しも怠らなかった。

 

そして、パトリック・ザラを中心にした過激派の発言力が増していくことも、一種の必然であった。

 

核を撃ったナチュラルへの報復をという憎しみに扇動された声に、歯止めが効かなくなったプラント。ついにシーゲルは紛争の早期終結のため、赤道封鎖作戦「オペレーション・ウロボロス」を可決。これによりNジャマー投下による地球圏の徹底的な経済制裁を敢行することになりーーー

 

その結果は、シーゲルの予想を大きく裏切り、地球圏へ癒えることのない傷を残すことになった。

 

「パトリックからの追っ手はどうか?」

 

「はい、どうやら保安部と公安部も動いているようでして。捜査範囲は大きくなる一方、港へのアクセスも厳重に封鎖されています」

 

「パトリックめ…そうまでして私を葬り、ナチュラルを根絶やしにしたいのか…なんと愚かな…」

 

シーゲルは元より、早期の和平を求めており、地球連合の親書を持参したマルキオ導師を入国させるなど、いち早く殲滅戦へ転がり落ちていく地球とプラントの関係を良好なものにするために、お互いが交渉のテーブルに付けるように外交努力を重ねていた。

 

彼は友好的な姿勢を示した国家には優先的にエネルギー供給をする事で、一気にプラント優位の情勢を確定させるエネルギー外交を推進し、プラントの要求を実現させる可能性を高めつつ、相手を妥協に追い込む交渉を行う手腕を持ち合わせていた。

 

だが、後任のパトリックが政権を握ってからは、彼は議長退任後、評議会議員そのものも辞することになり、自由条約黄道同盟を離党、組織の制服である青服も紫服も着なくなった。

 

パトリック・ザラとは公私に密接な間柄であり、二人でザフト創設の中心となったが、コーディネイター同士の出生率低下を目の当たりにし、その優生思想に疑問を持つようになった。

 

そして、自然交配による出生率が低下しているコーディネイターは安定した新たな種などではなく、今後ナチュラルと交雑を続けることでナチュラルへの回帰を迎えるべきという結論に至った。

 

「命は生まれるものであり、造り出す物ではない」

 

そんな主張も、過激派へと傾倒したパトリックから「そんな概念、価値観こそが、もはや時代遅れ」と一蹴される。

 

「我々は間違えてしまっていたのだ。ウロボロスで地球を縛ってからーーずっとな」

 

その軛を打ち込む事が何をもたらすか。わからなかった訳ではなかった。ただ、少しでも早く、地球との戦争が終わるのならーーそう信じて、誰もが口を揃えて言った言葉に流されて、シーゲルもまた、時代の波に流されてしまった。

 

「ーーこれは、我々が始めたことだ。受けるべき罰もあろう、背負うべき罪もあろう。私は、その責任が少しでも取れるなら、それを償えるなら、それに尽くしたい」

 

たとえそれが、絞首台に登ることになるとしても、この戦いを始めてしまい、互いの種族を討ち亡ぼすまで戦争を加速させるスイッチに手をかけたのは、まぎれもない自分だ。

 

「技術によるコーディネイター存続」を標榜し、強硬になっていくパトリックを諌めたが、それも叶わなかった。

 

地球連合軍との徹底継戦を主張するパトリックからは政敵と見なされるようになり、評議会の強硬世論を十分抑えきれないまま、シーゲルはパトリックに評議会議長の座を明け渡すことになった。

 

娘であるラクスが起こしたフリーダム、ホワイトグリント強奪事件の際には、状況証拠から政敵の謀略と断定したパトリックの指示により指名手配され、今のような逃亡生活を強いられている。

 

だが、それは間違いではないのだろう。

 

フリーダムとホワイトグリントを託したパイロットたち。ユニウスセブンで行方不明になっていた娘から、彼らの在り方を聞いた時、シーゲルは自分が望む世界の未来を垣間見たような気がした。

 

コーディネーター、ナチュラル、そんな区別も関係ない。互いができることを懸命にこなし、生き抜くために使命を果たす姿。それこそが、シーゲルが望んだ共に生き、共に新しい場所へと歩む人々の姿だ。

 

故にだ。自分は行かねばならない。

 

「シーゲル様」

 

「今更というのもわかる…。だが、我らはその間違いを正さなければならない。コーディネーターが生まれて半世紀以上…進化を急ぎ過ぎた我々の増長した傲りを、誰かが留めなければならないのだ」

 

極秘裏に手配した民間宇宙船が待つ港にたどり着くと、護衛の何名かがシーゲルの周囲を守備しながらメインゲートへと進んでいく。ここはもともと、プラントからの極秘入国用に使われていたドックだ。保安部とはいえ、ここを知る者は少ない。

 

足早に搭乗ゲートへ歩んでいくシーゲルの前に、突如として人影が飛び出してきた。

 

護衛の何人かが懐に手を入れるが、すでに影はシーゲルの前へ横たわっている。

 

そこにいたのは、胸から血を流して絶命しているザフトの若い兵士だった。

 

前を見渡すと、隠れられそうな至る所に、頭や胸を的確に撃ち抜かれて絶命しているザフト兵が何人も横たわっており、シーゲルを待っているはずの民間船の前には、黒を基調にしたノーマルスーツと、サプレッサーを付けたカービンライフルを持った数名の兵士が、拳銃を取り出したシーゲルの護衛たちにその銃口を向けている。

 

その統率された動きにシーゲルが息を飲む。

 

 

ここで果てるのか、私はーーまだ何も償えていないというのに…!!

 

 

 

そんな思考がよぎったと同時に、黒い特殊部隊の先頭に立つ一人が握り拳を作ったまま腕を小さく挙げた。

 

バイザーは透過防止モードになっており顔は見えないが、その合図のような手の動きに従って、後ろでライフルを構えていた兵士たちが一斉に銃口を下げる。

 

『シーゲル・クラインだな?』

 

くぐもったヘルメット越しの声に、シーゲルは「そうだ」と臆することなく答える。

 

すると、腕を上げた一人の兵士は、通信機器でどこかへ連絡を取ると、すぐにヘルメットを脱ぎ、その勇ましい顔つきのまま、シーゲルへ〝地球軍式の敬礼〟を打ったのだ。

 

「地球軍特殊部隊ファントムペイン、ワルキューレ隊、隊長のカルロス・バーン大尉です。ご無礼をお許し願いたい、シーゲル・クライン様。アズラエル理事とハルバートン提督の命により、貴方をお迎えに上がりました」

 

 

////

 

 

「シーゲルはまだ見つからんのか。それに…はぁ…こんなふざけた放送を、お前達は一体いつまで許しておくつもりかね?」

 

プラント最高評議会の議長執務室で、パトリック・ザラは苛立った様子で、目の前の小さなモニターに映る少女を見下ろす。

 

《求めたものは何だったのでしょう。幸福とは何でしょうか。このように戦いの日々を送ることこそ、愛する人々を失っても尚、戦い続けるその未来にーーー》

 

その言葉が連なる前に、パトリックは握りこぶしを叩きつけて、モニターを闇へ落とした。

 

「コーディネーターは人という種を進化させた存在なのだ。ナチュラルと同列であるわけがない」

 

「しかし、ザラ議長閣下…」

 

「滅ぼさなければならないのだよ。我々を脅かす旧種族など。古代の人種の進化の中で、多くの猿人類がしのぎを削り、今の形へと導かれたように、我々もその決断を下す時が来たのだ」

 

そうだとも、そうやって人類は進化してきたのだ。空に浮かぶ箱舟に愚かにも核を撃ち込んだ、地球にすがりつく旧人類とコーディネーターが同族だと?そんなもの、笑い話にもならない。パトリックは疲れたように、どっしりとした椅子へ体を預けた。

 

「しかし、私には信じられません…彼女が反逆者などと…」

 

アスラン達の訓練校時代の教官であり、アラスカ基地攻略戦の失敗とフリーダムの強奪をアスランに伝えたレイ・ユウキが、戸惑ったように疲れているパトリックに声をかけたが、彼は顔をしかめることなく侮蔑するような目でユウキを見つめる。

 

「そう思う者が居るからこそ、彼女を使うのだよ、クライン派は。君達までがそんなことでどうする。我々が何と戦わねばならぬのか、見誤るなよ」

 

パトリックにとって、すでにクラインは敵だった。高貴なるコーディネーターをナチュラルへと回帰させるなど言語道断だ。そんな戯れ言をのたまうから、彼らは増長し、核を撃ったのだ。

 

クラインーーー何故それがわからないのだ。

 

 

////

 

 

「8号機はこっちだ!格納数も限られてるんだから、残りは予備機扱いだ!」

 

クサナギのモビルスーツデッキでは、周辺警戒から帰投したアンタレス隊のアストレイの格納作業が進められていた。格納庫があるとはいえ、非常時にすぐに動けるよう待機状態にしていられるモビルスーツの数にも限りはある。

 

帰投したM1アストレイの数機は予備機扱いとなり、点検作業の後に格納庫の奥へと収納される手はずとなっていた。

 

「データは各自で取っておけよ!誰がどの機体で出るかなんてわからないんだからな!」

 

各機のパイロットに合わせたデータを各自の端末に保存することにより、パラメーターやフィッティングを即座にダウロードできるよう、アストレイの規格は統一化されている。

 

そんなアストレイの一機。片方の肩に赤い星のマークとサソリが描かれた機体は、アンタレス隊の隊長、パトリック・J・ホークの専用機だ。

 

「ホーク隊長、フィッティング設定はこれで完了です」

 

PJの機体から出てきたキラは、外で待っていた当人にそう伝えると、PJは受け取ったデータシートを眺めながら満足げに頷いた。

 

「すまないな、ヤマト。あとはこちらでやっておく」

 

では僕はアークエンジェルに戻りますので、とキラはPJに挨拶を交わして、ハンガーの壁沿いに設けられた通路へと、無重力に体を浮かばせながら戻ってきた。

 

「アスラン。こっちも落ち着いたみたいだから、アークエンジェルへ戻ろう」

 

「ただでさえホワイトグリントが嵩張るんだから、それにトールの機体のこともあるし、こっちM1でいっぱいでーー…アスラン?」

 

ちょうどトールとラリーも通路で待っていたアスランの元へと戻ってきたが、キラが見たのは、どこか遠くを見て考えに耽っているアスランの姿だった。そんなキラたちに気がついたのか、アスランも取り繕うように答える。

 

「あ、あぁ。聞いてるよ」

 

「大丈夫か?アスラン」

 

疲れからか呆けてるようにも見えるアスランの様子に、ラリーと共に通路へ降り立ったトールが心配の声をかける。そんなトールにアスランが驚いたような顔をするので、「キラの大事な友達は俺にとっても大切な友達だぞ?」と何食わぬ顔で言い放ったところ、キラもラリーも可笑しそうに笑った。

 

「うん、平気だよ。俺は」

 

そんなトールに元気をもらったのか、アスランも気疲れしていた顔に笑みを浮かべた。

 

「キラ!」

 

そんなライトニング隊の元へ、艦橋へ繋がる通路からカガリが姿を現した。その目は少し戸惑っている様子で、モジモジと指を胸元で遊ばせながら、うつむき気味でキラを見つめる。

 

「ちょっといいか?」

 

いつものガサツな雰囲気から一転したカガリの様子を見て、アスランは目を見開き、トールとラリーは何かを察知した様子で。

 

「レイレナード大尉、俺たちは向こうで」

 

「そうだな、邪魔しちゃ悪い」

 

「じゃあ俺も…」

 

気を利かせてその場を離れようとするラリーとトール。そしてよくわからない気まずさから二人についていこうとするアスランの三人を、カガリは後ろからむんずッとジャンパーを掴んで引き止めた。

 

「ちょっちょっちょっ…いいから…みんな居ろって…いや…居てくれ…」

 

「え、わ、わかったよ」

 

余計にわからない行動をするカガリの懇願に従って、三人は向こうへ行こうとした体を引き戻した。

 

「どうしたの?カガリ」

 

「これ…」

 

キラの言葉に、カガリは胸元から写真を取り出してゆっくりとキラへと手渡した。

 

「ん?写真?誰の?」

 

「裏を…見てくれ」

 

赤ん坊を優しげな笑みを浮かべて抱いている女性の写真。カガリに促されるままに裏面を見た途端、キラの顔は驚愕に染まった。

 

「え!?カガリ…え!?」

 

驚いて言葉を無くすキラに続いて、ラリーたちもキラの傍から写真の裏面を覗く。そこに書いてあったのはーー。

 

「キラ……カガリ……二人の名前ってことは…」

 

「クサナギが発進する時…お父様から、渡されたんだ…お前は…一人じゃない…兄妹も居るって」

 

トールの言葉にカガリも困惑した様子で答える。ラリーたちは互いに顔を見合わせた。

 

「つまり?」

 

「カガリとキラは…」

 

「兄妹ぃぃいい!?」

 

トールの一際大きい叫び声が、クサナギのドックへ響き渡った。

 

 

////

 

 

放送を終えたラクスは、護衛であるマーチン・ダコスタと数人の護衛に囲まれながら、深くフードをかぶって外へと足早に出てきた。

 

「また移動ですのね?」

 

「はい。申し訳ありませんが…」

 

申し訳なそうにいうダコスタに、ラクスは疲れた顔をしながら優しげな笑みを向けた。

 

「いいえ、私は大丈夫ですわ。何か新しいお話は?」

 

「ビクトリアとオーブが、地球軍の攻撃を受け、マスドライバーに関しては、オーブのものは部分的に破壊、ビクトリアのものは地球軍に奪還されました。オーブは地球軍との停戦協定を結んでいます」

 

ダコスタの話を聞いたラクスの顔には、少し影が射した。

 

「ビクトリアには、ザフトのかなりの部隊が配置されていると聞きましたが…」

 

「地球軍は、新型のモビルスーツを投入したようです。また、逃げ遅れた部隊は…」

 

言葉にせずとも、ダコスタの言わんとしていることは理解できた。パナマ基地で、地球軍が友軍ごとザフトのモビルスーツを焼き払った忌まわしい事件。その情報がどうであれ、地球軍に良くない感情を持つパイロットが多くいるのも事実。ビクトリアで起こった事は、その憎しみをさらに加速させるものになるだろう。

 

「…また、悲しい出来事が起こっていますのね。憎しみは憎しみしか生み出さないというのに」

 

「ラクス様…」

 

「私達も急がねばなりません」

 

そう言ったラクスを車へ誘導しようとした瞬間、ダコスタのもとへ連絡を知らせる通知音が響く。

 

「はい、こちらアルファ1」

 

《ハァイ、ダコスタくん》

 

通信官からの受話器を受け取ったダコスタは、久しぶりに聞く隊長の隣にいる女性の声に笑みを浮かべた。

 

「アイシャさん!ということは…」

 

《無事にシーゲル様は、こちらに合流したわ。ハルバートン提督もやり手よねぇ。港で待ち伏せてたザフト兵、みんな先回りしてやっつけてるんですもの》

 

担当の人に代わるわねぇ、といつもと変わらない声色でアイシャがそういうと、端末にやや雑音が入って、すぐに男性の声が聞こえてきた。

 

《こちら、地球軍第八艦隊所属、ファントムペインのカルロス・バーン大尉だ。ザフトのダコスタくん、活躍は聞いている。シーゲル様は我々が預かろう。君たちも指定ルートでプラントの脱出を》

 

「了解しています。では、L 4の指定コロニーで」

 

《君たちの武運を祈っているよ》

 

そう言って通信は終わる。急がなければならない。シーゲルが脱出できた以上、作戦の第一段階はクリアできたとも言えるが、ラクスたちにはまだやらねばならないことがあったのだった。

 

 

////

 

 

「とにかく…でも…これだけじゃ全然判んないよ」

 

写真を見てから、しばらく推測をライトニング隊は飛び交わせたが、結局明確な答えは出ずじまいだった。

 

「まぁそうだよなぁ…いきなり言われたってさ」

 

あるのは一枚の写真だけ。それが事実なのかを調べるには、相応の検査と時間を要することになるだろう。本当にーーキラと自分は兄妹なのだろうか。そんな疑問に満ちたカガリに、キラは肩に手を置きながら優しく声をかけた。

 

「今は考えてもしょうがないよ、カガリ。それにそうだとしても、カガリのお父さんは、ウズミさんで、カガリはカガリだよ」

 

「キラ…」

 

そうだとも。キラと自分が兄妹であったとしても、自分は何があろうとカガリ・ユラ・アスハで、誇り高いウズミ・ナラ・アスハの娘だ。その事実だけは何があろうと決して揺らぐ事はない。

 

「違いないや」

 

「カガリはどこまでいってもカガリだしな」

 

そんなカガリに、トールとラリーは面白そうに笑いながらそんなことをつぶやく。二人の言葉が不満なのか、カガリは不服そうに顔をぶつたらせた。

 

「なんだよ、それ…バカにしてるのか?」

 

「褒めてるんだよ」

 

そう言ってラリーは乱雑にカガリの頭を撫で回す。その光景を横目で見ていたキラに、アスランは真剣な眼差しを向けた。

 

「キラ」

 

「アスラン?」

 

どこか、覚悟を決めたような目をするアスランに、キラは僅かに首をかしげる。

 

「アークエンジェルへ戻ったら、シャトルを一機、借りられるか?俺は一度…プラントに戻る」

 

それを聞いて、キラはもちろん、ラリーもトールも、そしてカガリも驚いたように目を剥いた。

 

「おいおいおい」

 

「アスラン…でもそれは…」

 

引き留めようとするカガリを目で制したアスランは、絞り出すような声で自分の心を伝える。

 

「父と一度、ちゃんと話がしたいんだ」

 

「アスラン…でも…」

 

「分かってる!でも…俺の父なんだ!!ーーわがままを言ってるのはわかってる…だが、どうか頼む」

 

そう言ってキラへ頭を下げるアスラン。その姿を見たキラは、どこか助言を求めるような目でラリーを見た。

 

「ーーラリーさん」

 

「行かせてやれ。それでもと信じるなら、行く価値はある」

 

簡潔に答えたラリーの返答を聞いて、キラは僅かに瞑目してから、頭を下げるアスランに向き直った。

 

「ーーー解った。マリューさん達に話す」

 

「すまない…みんな」

 

そう言うアスランに、キラたちは「心に従うんだろ?」と言って小さく笑ったのだった。

 

 

////

 

 

《第2輸送船団、ランディングシークエンススタンバイ。B班は第5船団を早くパッドから移動させろ。第22輸送船団は軌道で待機だ》

 

月の軌道上に上がってきた輸送船は、そのまま月の月面基地へと、ゆっくりとガイドビーコンに従って入港していく。

 

《N11作業グループは、パッドの作業を支援せよ。ゾラ、ドミニオンの出航が最優先だ》

 

その輸送艦の隣には、アークエンジェルとほぼ同じ姿をし、純白の体を黒く染め上げた戦艦が静かに鎮座していた。

 

 

 

 

 

「第8艦隊、ドレイク・バーフォード中佐。君に、アークエンジェル級2番艦、ドミニオン艦長を命ずる」

 

 

 

 

物語はまた、大きく動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 



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第143話 アスランの決意

 

 

 

 

「これが、メビウス?」

 

アークエンジェルに帰還したトールが見上げたのは、白とオレンジ色に塗りあげられた一機のモビルアーマー、メビウスだ。ボロボロになったスーパースカイグラスパーから使える部品を載せ替えて完成した機体を見上げながら、ハリーは満足そうに胸を張る。

 

「正確には、メビウス・インターセプターの改修機ーーーメビウス・ハイクロスね。元々はラリー用のメビウスだったけど、大気圏で大破したやつをコツコツと直してたのよ。フレイちゃんの勉強がてらね?」

 

メビウス・ハイクロス。

 

元々はラリーが乗りこなしていたメビウス・インターセプターであったが、低軌道上でクルーゼとの戦いによりフレームが断裂し、摩擦熱でエンジンはオーバーロードし、コクピットカメラもぐじゃぐじゃになるという廃品一歩手前の代物となっていた。

 

それを、ハリーは整備員になったフレイの教育ついでに少しずつ修理できるところは修理して、オーブに入港した際には、実験データとして地球軍から提供されていたメビウスのテスト機からフレームを借り入れ、修復したのだ。

 

「で、二人とも直していくうちに興が乗っちゃって…」

 

「で、こんな有様になったと」

 

わはははと笑うハリーの横で、ラリーは額に手を添えてため息をついた。メビウス・インターセプターはまだメビウスらしさが残っていたものだったが、スーパースピアヘッドといい、スーパースカイグラスパーといい、今回のハイクロスも外見のほとんどに手が加えられている有様だった。

 

「でもでも、性能面では格段にパワーアップしてるわよ?」

 

そう自慢げに言うハリーは、フレイと貫徹テンションで作ったプレゼン資料をラリーとトールに渡す。

 

スラスターはアストレイR型の物。

 

バッテリーはオーブで貰ったモビルスーツ用を搭載。そのおかげで加速性能も伸びて、ビームライフルも難なく搭載できるようになった。

 

加えてスーパースピアヘッド、スーパースカイグラスパーで使ったファストパックを踏襲したスーパーパックも装備している。

 

標準装備で小型多連装ミサイルとオーブ製の80ミリ重突撃機銃を搭載。翼端に高速域と低速域で稼働するウェポンラックを設け、オプションでビーム兵器か大型ミサイルを四基搭載可能。

 

もはやモビルアーマーに積載する武装ではない。なんだろうか、ハリネズミでも作ろうというのか?はたまた宙飛ぶ武器庫か。

 

「で、機体下部には大型リニアカノン、100mm無反動砲または、アグニとシュベルトゲベールの装備ーーーこれは?」

 

オプションの中にある武装とは異なる存在。目で見てわかるが、下部の武装を外したメビウスに、モビルスーツが横たわるように備わっている。しかもシールドやビームライフルをマウントできるハードポイントまで拵えてある。

 

そんなわかりやすいものをあえて指差すラリーに、ハリーはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「モビルスーツ搬送用のオプションね。下部の武装はできなくなるけど、メビウスの下部にモビルスーツを格納して航続距離をぐんとあげてるの」

 

その言葉を聞いてラリーは更に顔をしかめた。オーブでハリーに言った言葉が頭の中でリフレインする。

 

「合体ってやつか」

 

「懸架よ、懸架」

 

手をひらひらさせて言うハリーに、再びラリーは「バカじゃないのか?」と言葉を漏らし、トールはこれが自分の愛機になるのかと思うと気が遠くなるような感覚に襲われるのだった。

 

「発進前点検、全部完了したわ。これなら月の裏側だって行けるくらいバッチリよ」

 

そんなメビウス・ハイクロスの横に置かれているのは、オーブ製の一人乗りシャトルだ。アークエンジェルにも地球軍のシャトルがあるが、敵対関係にある地球軍よりも中立の方が良いだろうというキサカの計らいで、オーブのシャトルをあてがってもらうことができたのだ。

 

点検を終えたフレイが、工具一式を担いでシャトルから離れると、ザフトのノーマルスーツに着替えたアスランが、見送りに来たメンバーを見渡し、その中にいるイザークを見つめた。

 

「イザーク。俺が戻らなかったら、お前がジャスティスを使ってくれ」

 

その言葉に、イザークは一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに眉をひそめて鋭い目線でアスランを見つめ直した。

 

「断る。あんなもの、そうそう乗りこなせるものか」

 

「…イザーク」

 

彼なら快諾してくれるだろうと予感していたアスランは、予想外の答えに少し戸惑ったが、イザークは「それに」と言葉を続けた。

 

「帰って貴様が責任を持って乗れ。俺にはデュエルもある。託されたものだって…蔑ろにはできんよ」

 

「そうだな…すまない」

 

わかればいいんだと言って不満げに顔を背けるイザークに、アスランは黙って頭を下げた。彼が見てきたものも、アスランの想像を絶するものなのだろう。故にイザークは大きく成長できたのかもしれない。

 

そんなアスランに、人混みをかき分けて出てきたカガリが、涙を浮かべた目で彼のノーマルスーツにすがりつく。

 

「アスラン!お前、どうして!!なんでプラントなんかに戻るんだよ!」

 

「ごめん。けど、俺はまだ諦めたくないんだ」

 

「けど…だって…お前、あれ、置いて戻ったりしたら…」

 

なんとか引き止めようと言葉を探すが、カガリの声は少しずつ力をなくしていく。そんな弱々しいカガリの手を取ってアスランは微笑んだ。

 

「ジャスティスはここにあった方がいい。本当にどうにもならない時は、キラがちゃんとしてくれる」

 

「そういうことじゃない!私はお前のことを心配してるんだよ!バカ!!」

 

「ありがとう。でも…俺は、行かなくちゃならないんだ。俺が前に進むためにも」

 

「アスラン…」

 

「分かり合えないまま…このままには…できないんだ…」

 

そう溢れるように言うアスランに、今度はキラがカガリの手に自分の手を重ねた。

 

「カガリ。君にだって解るだろ?」

 

「キラ…」

 

そう言って、カガリは少し思考を巡らせてから、ゆっくりとアスランのスーツから手を離した。

 

「大丈夫、僕らが送って、そして連れ帰ってくるから」

 

そう力強く言うキラの言葉に、カガリはただ頷く。

 

アスランの言う通り、このまま戦い続ければ彼は自分の父の真意を知らぬまま、戦場に立ち、父と戦うことになりかねない。これまで繰り返してしまった過ちを清算するための、アスランなりのけじめなのだろう。

 

ラリーはヘルメットを肩にかけると、当然のようにキラとトールに言葉を放った。

 

「うっし。じゃあ、いくぞ。キラ、トール」

 

「 「 「了解!」 」 」

 

 

 

////

 

 

 

作戦を説明する。

 

今作戦は、ライトニング4、アスラン・ザラのプラントへの帰還に伴う護衛任務だ。

 

彼はオーブ軍のシャトルで帰還をするが、道中にザフト兵に撃たれるわけにはいかない。ライトニング隊は彼をヤキンドゥーエ防衛網前まで護衛し、確実にプラントへ送り届けて欲しい。

 

その後の判断はライトニング隊に一任する。こちらからのオーダーは全員が無事に帰還すること。

 

ライトニング4、我々は君たちと幾度と交戦はしたが、今は共に心を重ねる同志だと信じている。君が帰らなければ、キラも、そして我々も悲しむ。何があろうと生き延びることを考えて欲しい。

 

生きて、生き抜いて、君の使命を果たせ。

 

幸運を祈っている。

 

メビウスライダー隊、発進せよ!!

 

 

////

 

 

《ライトニング隊は、アスランのシャトル護衛のため、発進します。APU起動。カタパルト、接続。発進スタンバイ》

 

真空状態となった発進デッキで、アスランはヘルメット越しに感謝の言葉を紡いだ。

 

「艦長、そしてみんな。今までありがとう」

 

《必ず戻ってきなさい。いいわね?》

 

そう笑顔で言うマリューの言葉に、アスランはやや驚いたような顔をするが、隣にいるムウも同じように頷いて、笑みをアスランに向けた。

 

《お前が居ないとキラが寂しがるからなーーそれに、俺も寂しい。少しだけ、な》

 

そう、だな。アスランも心で思う。ここには、自分の無事を願い、帰りを待ってくれる人たちが大勢いる。そんな人を守るために、キラは戦っていたんだなーーーあの頃の俺には、想像できなかった。

 

アスランは操縦桿を強く握りしめて力強く答えた。

 

「了解した、アスラン・ザラ、発進する!」

 

ガシュっとリニアレールに牽引されたアスランのシャトルはアークエンジェルから飛び立ち、深淵の宇宙へと飛び立っていく。

 

続くように発進シークエンスに入ったのは、整備を終えたラリーのホワイトグリントだ。

 

《メビウスライダー隊、発進!ホワイトグリント、発進位置へ!進路クリアー!ホワイトグリント、どうぞ!》

 

《よーし。なるべく揉め事は起こすなよ?ラリー》

 

ここでザフトと戦闘になったらシャレにならんからな!と釘をさすムウに、ラリーは敬礼を打った。

 

「わかってますよ、フラガ隊長。じゃあ行ってきます!ラリー・レイレナード、ライトニング1、ホワイトグリント、出るぞ!」

 

《続いて、メビウス・ハイクロス、ケーニヒ機、発進位置へ!トール!無理はだめよ?》

 

「了解、なぁにテストだよ。まだ本調子じゃないからな」

 

発進デッキへと移動する中、ミリアリアの声にトールはそう言ってグッとノーマルスーツに包まれた手を握りしめる。はじめての宇宙。幾度とモビルアーマーの教導もラリーから受けているトールは、不安なくメビウスの操縦桿を握った。

 

「トール・ケーニヒ、ライトニング3、メビウス・ハイクロス、行きます!!」

 

最後に出てくるのは、キラのフリーダムだ。カタパルトに搬入されながら、マリューが心配そうな顔でキラを見つめる。

 

《キラくん、気を付けて》

 

「了解です、マリューさん。キラ・ヤマト、ライトニング2、フリーダム、行きます!!」

 

そう言って飛び立ったフリーダムは、先行するシャトルと、ホワイトグリント、そしてメビウス・ハイクロスとともに、ヤキンドゥーエがあるザフトの勢力内へと足を踏み入れていくのだった。

 

 

////

 

 

《ラクス・クラインは利用されているだけなのです!その平和を願う心を。そのことも私達は知っています!》

 

プラントの市街にはエザリア・ジュールによる放送がライブ映像で配信されていた。彼女は壇上にあがり、女性らしい言葉を重ねながら市民へと声を響かせる。

 

《だから私達は、彼女を救いたい。彼女までをも騙し、利用しようとするナチュラル共の手から。その為にも、情報を、手掛かりを、どうか彼女を愛する人々よーーー》

 

うまく言うものだな、そう思いながらパトリックは中継映像を切る。あくまで彼女が綴る言葉は真実だ。だが、救うにしても彼女はすでに罪を犯し、フリーダムという国家レベルの秘匿に値する新兵器を、事もあろうに他勢力へ譲り渡したのだ。

 

これを裏切りと言わず、なんと呼ぶ!!

 

「ああそうだ。クルーゼが情報を持ち帰った。何故フリーダムがオーブに渡ったのかなど分からんよ。アスランが何か掴んだかもしれんが、あのバカめ、報告一つ寄こさん!!」

 

《極秘で命じられた任務でありましょう?迂闊な通信も、情報漏洩の元ですからな》

 

まるで不満を爆発させるような言い草のパトリックに、通信機越しに映る男、アンドリュー・バルトフェルドは困ったように肩をすくめる。

 

「調子に乗ったナチュラル共が、次々と月に上がってきておる。今度こそ叩き潰さねばならんのだ。徹底的にな!」

 

そう握りこぶしを作って熱弁するパトリックに、バルトフェルドは砂漠の虎という異名らしい邪悪な笑みを浮かべて彼の期待に言葉を投げた。

 

《解っております。存分に働かせてもらいますよ。俺の様な者に、再び生きる場を与えて下さった議長閣下の為にもね》

 

そう言って通信を切ると、バルトフェルドは深く息をついて艦長席へともたれかかる。

 

地上にいた時とは勝手が違うが、宇宙の船というのはこうも居心地がいいものだとはね、そう思ってバルトフェルドはその身を無重力に浮かせるのだった。

 

 

////

 

 

宙域をしばらく飛行していると、キラの元にアスランからの通信が入った。

 

「キラ、そろそろヤキン・ドゥーエの防衛網に引っかかる。戻ってくれ」

 

モニターに映る、PJたち戦争離反派が教えてくれた正確なヤキンドゥーエの防衛網を見つめる。たしかに、これ以上進めば偵察しているジンに捕捉される可能性もあった。

 

「分かった」

 

即答したキラにアスランは安堵の顔を浮かべたが、次の言葉でその安堵はもろく崩れ去る。

 

「じゃぁこの辺で待機する」

 

一瞬、キラは何を言ってるんだ?という顔になったアスランは、シャトルを止めて続けて通信を発した。

 

「え?…いや、戻ってくれ」

 

「アスラン」

 

戸惑うアスランにキラは真剣な眼差しで彼を見つめる。そんなキラに変わって、ラリーが改めて声を出した。

 

「まったく、水臭いこと言うなよ?ちゃんと簡易トイレも食料も持ってきてるしさ。2日くらいは待てるって」

 

「みんな…」

 

「アスラン。ライトニング隊に入った以上、お前は俺たちの仲間だ。だから俺はお前を諦めない。お前も、諦めるな」

 

これは俺を鍛えてくれた先輩の受け売りだけどね。そう言ってトールは人懐っこそうな笑みを浮かべた。

 

「トール…」

 

「アスラン、君はまだ死ねない。解ってるよね?」

 

「キラ…」

 

ここが死に場所じゃない。キラはそんな確信に似た気持ちのまま、アスランを戒める。諦めるな。まだそんな時じゃない。まだ、アスランが死ぬことは許されない。それはキラも、ラリーも、トールも、オーブとともに来た全員が同じ気持ちだ。

 

まだ使命を僕たちは見つけていない。それを見つけて、果たすまでーー。

 

「君も、僕も、まだ死ねないんだ」

 

「分かった。覚えておく」

 

「忘れないで」

 

モニターに映るキラに頷いて、アスランがザフトの防衛網へと入っていこうとした時、それを見つめていたラリーがアスランへ繋がる通信機に向かって声を荒げた。

 

「ライトニング4!どんな結果になろうと、俺たちはお前の仲間だ!!」

 

父との再会。ラリーはそれがアスランにどんな決断を迫るか、その未来の一端を知っている。しかし。故にラリーはアスランの行いに希望を持っている。

 

もし、ここで彼の父が息子の声を聞いて立ち止まってくれたなら…そう思うからこそ、ラリーはアスランを見送る決断をした。それがアスランに深い傷を負わせることになる可能性があるのを知りながら。

 

「必ず生きて戻ってこい!ライトニング隊の隊長としての命令だ!」

 

「隊長……あぁ了解した。行ってくる…!」

 

声を上げたラリーに、アスランは強く頷いてシャトルのスロットルを引いた。後部モニターに映っているライトニング隊がどんどん離れていき、やがて星々が瞬く宇宙しか映らなくなった。

 

「ーーーこちら国防委員会直属、特務隊、アスラン・ザラ。認識番号285002。ヤキン・ドゥーエ防衛軍、応答願う!」

 

アスランは意を決してザフトへのアプローチを試みる。確かめるんだ…自分の声で、自分の意思で、父が心に思う全てをーー。

 

 

 

 



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第144話 父と子

 

 

 

「アスランが戻った!?」

 

公安部が急ぎ足で執務室に入ってきた時、ついにクラインを捕らえたかと期待が膨らんでいたパトリックの思惑は、予想外の言葉によって打ち砕かれた。

 

「はっ!特務隊、アスラン・ザラが、単身オーブのものと思しきシャトルにて、ヤキン・ドゥーエへ帰投致しました」

 

「なに!?オーブのシャトルだと!!」

 

聞き間違いではなかろうか、そんな馬鹿げた考えにもすがりたくなるような事態だった。オーブのシャトルで戻ってきたーーージャスティスは?フリーダムは?同じくオーブで確認されたザフトの最新鋭機。連絡を寄越さなかったアスランの予想外の帰還に、パトリックの思考は漂白された。

 

「事態が事態ですので、身柄を拘束しておりますが…」

 

「ええい!すぐここへ寄こせ!」

 

狼狽える公安部の人間に、パトリックは投げつけるように言葉を吐いた。漂白された思考でいくら考えようとも推測でしかない。とにかく息子に確認を取らねばーーー事と場合によっては。そう考えるパトリックの顔は険しさを増していくのだった。

 

 

////

 

 

テヤンデイ!

 

薄暗い部屋の中で、ラクスのハロが飛び回っている。部屋の各所には臨時で設置された映像機器とネットワークが構築されており、多くの人間がそのデスクへと向かって情報収集に精を出していた。

 

「御苦労様です。どうですか?街は」

 

そんな中で、オペレーターたちに声をかけるラクスもまた、姿を隠しやすい服装に身を包んでいる。彼女が声をかけたのは、そんな情報を取りまとめているマーチン・ダコスタだ。彼はラクスからの問いかけに、映像に視線を固定したまま深いため息を吐き出した。

 

「上手くないですねぇ。エザリア・ジュールの演説で、市民はかなり困惑しています」

 

ダコスタが言うように、今のプラントはあらゆる手を使ってクラインの行く先を血眼で探すものたちが跋扈している状況だ。メディア、映像媒体、街を歩く監視人たちによって、もはやプラントの街はラクスたちを囚える牢獄と化している。

 

「…そうですか」

 

「予定より少し早いのですが、動かれた方がいいだろうと」

 

先程、暗号通信で受け取った電文に目を通しながら、ダコスタはラクスへ内容を伝える。どうやら、自分たちを待っている者たちの準備も整っているようだ。

 

「分かりました。時なのでしょうね。私達も行かねばなりません」

 

ミトメタクナイ!そうハロが飛び回っている通路から、ひとりのオペレーターが血相を変えてラクスとダコスタの元へと駆け込んできた。

 

「ラクス様!これを!」

 

そう言ってノートパソコン型の端末を開くと、ラクスは目を見開いた。そこに映っていたのは監視カメラをハッキングした映像であり、映し出されていたのは手錠を嵌められ、銃を持った公安部の兵士に連行されるーーアスランの姿だった。

 

「まぁ、これはいけませんわね。どうにか出来まして?」

 

そう言うラクスの問いかけに、ダコスタはすぐさま連絡端末を取り出して暗号通信を発信し、数名の武装兵を連れて部屋を飛び出していった。

 

 

////

 

 

シャトルから降り、公安部の兵士に連行されてすぐさま通されたのは、やはりと言うべきか、父が座す議長執務室だった。扉を抜けてアスランの目に飛び込んできたのは、扉に背を向けてエヴィデンス・ゼロワンを見つめる父の背中だった。

 

「ーーアスラン」

 

「ーー父上」

 

ゆっくりと振り返る父と、アスランは久しく顔を合わせていなかったような気がした。険しい顔をする父は、そのままアスランの両隣にいる公安部の人間に合図を送る。

 

「お前達はよい。下がれ」

 

カツン!と規律ある足踏みと敬礼をし、公安部の人間はアスランを置いて部屋を出て行く。扉が閉まる音の後、父と息子がいる空間はやけに静かで、ひどく冷たく感じられた。

 

「ーーーアスラン。どういうことだ。何があった!ジャスティスは!フリーダムはどうした!!」

 

開口一番に怒ったように声を荒げるパトリックをアスランはただ黙って見つめる。今のアスランにとって、フリーダムとジャスティスのことなど、二の次だ。

 

「……父上は、この戦争のこと、本当はどうお考えなのですか?」

 

しばらくの沈黙の後、アスランは溜め込んでいた枷を外して、ザフトに入ってから、母が死んだあの日から、初めて父親に自分の心の内を打ち明ける。

 

「…なんだと?」

 

「何のためにこの戦争を続けるのですか。俺達は、コーディネーターとナチュラルは、一体いつまで、戦い続けなければならないんですか?」

 

どうか、答えて欲しい。その真摯な眼差しを送るアスランの声に、パトリックは震える手で机を叩き、金切り声で空気を震わせた。

 

「何を言っておる!そんなことより命じられた任務をどうしたのだ!報告をしろ!」

 

「ならば!父上も答えてください!!俺は、どうしてもちゃんと一度、父上にそれをお聞きしたくて戻りました!!」

 

激昂する父にアスランは一歩も引かず、臆することなく問いを、父の真意を聞く言葉を投げ続ける。その瞳にパトリックは嫌悪感を感じたのか、怒りを宿す目をさらに鋭くさせていく。

 

「アスラン、貴様ぁ!いい加減にしろ!何も分からぬ子供が何を知った風な口を利くか!!」

 

「何もお解りでないのは父上なのではありませんか!俺は人を撃った!子供だからといって、その事実から目を背けることなんてできません!!アラスカ、パナマ、ビクトリア!!撃たれたら撃ち返し、撃ち返してはまた撃たれ、今や戦火は際限なく広がるばかりです!!父上!!これ以上、憎しみを増やして、一体何になると言うのですか!!」

 

「何処でそんな馬鹿げた考えを吹き込まれてきた!あの女、ラクス・クラインにでも誑かされおったか!」

 

「送り込まれた戦場で見てきたからですよ!!撃つ苦しみも、憎しみも、死への恐怖も知ったんです!!父上!!力と力で、ただぶつかり合って、わからずといって聞かず!!自分たちが正しいと盲目的に信じて戦って!!それで本当にこの戦争が終わると本気でお考えなのですか!?」

 

「ああ、終わるさ!ナチュラル共が全て滅びれば、戦争はすぐにでも終わる!!」

 

そう言い放った。重ねた言葉で出てきた父の思いーー考えーー思惑。言葉は少ないが、アスランにはわかってしまった。

 

「ち、父上…」

 

自分の唯一の肉親だ。父が言う言葉が本心であるかどうかなど、直感的に分かる。

 

少なくとも、ナチュラルを滅ぼすと豪語した父の言葉には、嘘の色は見られなかった。それが、アスランの気持ちを急速に冷ましていくことになる。

 

パトリックは足取りを強くし、手を封じられたアスランの襟首を掴み上げた。

 

「言えアスラン!ジャスティスとフリーダムをどうしたのだ!返答によっては、お前とて許さんぞ!!」

 

乱暴に掴まれるアスランには、パトリックの姿が父のように見えなかった。何を言っている。いったいーー何を成そうとしている。そんな父の荒れる言葉にも、アスランは臆する事なく疑問を投げかけた。

 

「父上…本気で仰ってるんですか?ナチュラルを全て滅ぼすと!」

 

「アスラン!お前もわかっているだろう!?これはその為の戦争だ!我等は、その為に戦っているんだぞ!ナチュラルを滅ぼし、あの野蛮な種族をこの世から抹消するために!!それすら忘れたか!お前は!!」

 

そう言ってパトリックは、呆然とするアスランの頬を平手で殴って地面へと叩き落とした。為すすべもないアスランは、受け身も取れずに床に転がる。

 

「父上…!!うぐっ…!」

 

「奴らが撃ったのだ!!あの野蛮人どもが核をな!!妻を殺したのだ!!この愚か者が!!そんなことも忘れてーーーちっ!!くだらぬことを言ってないで答えろ!」

 

パトリックは執務室の机から拳銃を取り出すと、床に転がるアスランの元へと歩み寄り、愚かな思考に傾倒した息子を見下しながら、拳銃の撃鉄を起こして銃口を向けた。

 

「ーージャスティスとフリーダムはどこだ!!答えぬと言うなら、お前も反逆者として捕らえるぞ。それともこの場で撃ち殺されるのが望みか!?」

 

その眼を見て、その姿を見て、アスランの脳裏にウズミが言った言葉がリフレインする。

 

〝そしてプラントも今や、コーディネイターこそが新たな種とする、パトリック・ザラの手の内だ。このまま進めば、世界はやがて、認めぬ者同士が際限なく争うばかりのものとなろう〟

 

父が目指す世界…。それがまさにウズミが懸念していた未来だ。誰の存在も許さず、コーディネーターがこの世界を統治する優秀な人種であると言うことを信じてやまない狂気の目が、そこにあった。

 

「父上…そんなになのですか…!!」

 

だからこそ、アスランは諦めなかった。膝の力でなんとか上体を起こしたアスランは、光のない眼をする父を見上げる。

 

「そんなに…そんなに認められないんですか…滅ぼさないと気が済まないんですか…母さんのことを…悲しいことを起こさせないために…悲しくならないようにするために…!!」

 

あんな思いはたくさんだ。あんな思いは二度と起こさせてはいけないんだ。そうやって、そう感じたからこそ、命をかけて皆が戦ってきた。イザークも、ニコルも、ディアッカも、ラスティも、ミゲルもーーーキラも、トールも、ラリーも、そしてアスラン自身も。

 

「俺は父上がそのために戦っているのだと信じてきました!!けど、間違ってる!!誰かに悲しみを、怒りを、憎しみを押し付けるのですか!!人の命を、踏みにじって!!その先にある明日なんて、俺はーー!!」

 

慟哭するアスランの叫びを、銃声がかき消した。咄嗟のことで何が起こったか分からなかったアスランだったが、立ち上がろうとした身体が仰向けに倒れてしまった。肩から燃え上がるような痛みが広がり、血が赤服へと染み渡っていく。

 

アスランは、父に、撃たれたのだ。

 

「小賢しいことを口にするな!アスラン!!」

 

硝煙を上げる拳銃を我が子に向けるパトリックの怒声が、頭が真っ白になったアスランの胸にこだまして、何も残さず消えていった。

 

銃声を聞きつけたパトリックの側近と、待機していた公安部の兵士が部屋へと走りこんできて、肩を撃ち抜かれたアスランを無理やり立たせる。状況だけ見れば、息子が錯乱し、父を襲った。そうとも受け取れるし、父の権力があればカバーストーリーなどいくらでも用意できる。

 

「殺すな!これにはまだ訊かねばならんことがある!!ジャスティス、フリーダムの所在を吐かせるのだ!!多少手荒でも構わん!!」

 

そう公安部の兵士に伝えて、パトリックは側近に拳銃を預けてアスランの横を通り過ぎる。

 

「ーー見損なったぞ、アスラン…恥さらしめ」

 

すれ違ってから呟かれた父の言葉に、アスランは何も映ってない眼差しでパトリックを見つめて、力なく答えた。

 

「俺もです…俺の知っている父は…もう完全に、死んだのですね…」

 

「ーーー連れて行け」

 

半ばひきずられる様に連れて行かれる息子の背中を見て、パトリックはただ、名状し難い感覚に襲われ、その震える手で顔を覆い隠したのだった。

 

 

///

 

執務室から公安部の本部へと連行されるアスランは、議事堂を出た先に止まっている公安部の車の前に歩かされていく。

 

「乗れ!」

 

肩を押されて無理やり後部座席へと乗せられそうになるアスラン。だが、今の彼には抵抗する気力など残っていなかった。このまま連れて行かれれば、自白剤、尋問、あらゆる手を使ってフリーダムとジャスティスの所在を探られーーそして処刑されるだろう。父の手によって。

 

父の真意を聞いたアスランは、虚無感に包まれながら暗闇の様に広がる車内を見つめる。このまま乗ればーーいっそーー。

 

 

〝アスラン。ライトニング隊に入った以上、お前は俺たちの仲間だ。だから俺はお前を諦めない。お前も、諦めるな〟

 

〝必ず生きて戻ってこい!ライトニング隊の隊長としての命令だ!〟

 

〝君も、僕も、まだ死ねないんだ。忘れないで〟

 

ふと、ここに戻る直前にかけられた言葉がアスランの中で蘇る。そうだ。自分はまだ死ねない。こんなところで、諦めていいはずがない…!!

 

アスランは折れかけた心を奮い立たせて、抵抗をやめていた身体を再起動させた。振り返れば公安部の人間が周囲を警戒する様な挙動をしている。アスランから見れば隙だらけの様子だった。

 

「…でええい!!」

 

その直感に従ってアスランはすぐに行動した。キョロキョロとする兵士の足を払い、そのまま体重をかけたタックルを炸裂させ、転倒させると、歩道沿いを縫うように全速力で走り出した。

 

「ああ!?」

 

誰かが驚いた声を上げた様だったが関係ない。アスランは振り向かずにただ前を向いて走った。

 

「あ!止まれ!!待て!!」

 

そんなアスランの後ろで面を食らった公安部の兵士は手に持つライフルを人混みへと逃げていくアスランの背中に向けて構えた。

 

「えええい!」

 

すると、公安部に混ざっていた一人の男が、銃を構える他の兵士に向かって銃を放つ。足や手を撃ち抜かれた兵士はうめき声を上げてその場に倒れこむ。銃を放った兵士の脇を素早く駆け抜け、両手が縛られながらも走るアスランの背中を捉える。

 

「ああもう!何だってんだよ!アスラン・ザラ!早くこっちへ!」

 

公安部に紛れていたマーチン・ダコスタは、戸惑うアスランを連れて、人目のない裏路地へとその身を押し込める。

 

「背中をこっちに向けて下さい!手錠を撃ちます!無茶な人ですねぇ、あんたも。死ぬ気ですか?こっちのメンバーも一人蹴倒しちゃって…」

 

サプレッサー付きの拳銃でアスランの手錠を撃ち抜いたダコスタに、アスランは声をくぐもらせながら首を傾げた。

 

「き、君等は?」

 

保安部のヘルメットを脱ぐダコスタは、呆れた様子でアスランを一瞥する。

 

「所謂クライン派って奴ですよ。あーまったくもう、段取りが滅茶苦茶だ」

 

「すまない。知らなかったからって…」

 

「そりゃぁそうでしょうけどねぇ…まぁ、こちらの被害は蹴飛ばされた構成員だけでーー」

 

タタンッ!!と乾いた銃声が響くと裏路地に隠れていたダコスタたちの元へ、ほかのクライン派の兵士が合流する。どうやらこちらも勘付かれた様だ。

 

「ダコスタ!どうした!?早く!!」

 

「行きますよ!走って!!」

 

手で呼ばれながら走り出すダコスタ。壮大な鬼ごっこが始まる中、アスランは痛む肩を庇いながら、ダコスタに続いて走り出すのだった。

 

 

 

 



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第145話 エターナル

 

 

 

 

ギシッと座り心地のいい席から、寄りかかるバルドフェルドの体重を支えるために変形する金属板音が、漆黒の中で響き渡った。

 

彼が座する船、エターナル。

 

この艦船は、ザフトがフリーダムとジャスティス、そしてホワイトグリントの専用母艦として建造した新造艦だ。

 

核エンジンを採用した2機のモビルスーツ、そしてフリーダムとジャスティスの限界性能を追求したホワイトグリントへの整備に必要な専用設備や機材を搭載し、在来MSのスペックを大きく上回った三機の行動に随伴するため、これまでのザフト艦で最も高速であったナスカ級を超える速力を持っている。

 

一方で、核動力の運用母艦としての機能を優先したために、攻撃力は現存のナスカ級や、地球軍の母艦アークエンジェルよりも劣り、補助的なものに留まっている。

 

本来ならば、ザフトのトップガンが乗り込む2機を連れて地球軍を討つために作られた船だ。その艦長として起用されたのが、地球軍からの卑劣な攻撃から奇跡の生還を果たしたと言われる砂漠の虎、アンドリュー・バルドフェルドーーと。

 

パトリック・ザラの言葉を聞きながら、バルドフェルドは彼らのコーディネーターに対する盲目的な自信が来るところまで来てしまったように思えてならなかった。

 

だらしなく背を預けていたバルドフェルドは自分を律する様に背筋を伸ばすと、薄暗いブリッジに集まった同志たちを見渡してニヤリと笑みを浮かべた。

 

「さてと、頃合いかな?アイシャ」

 

《いつでも行けるわよ、アンディ》

 

エターナルを介さない通信機器から聞こえる愛しい声を聞くと、バルドフェルドは満足したように艦長席に設けられた通信用受話器を持ち上げて声を調えた。

 

「では……あーあー。本艦はこれより、最終準備に入る。いいかぁ、本艦はこれより最終準備に入る。担当の者は作業にかかれ!」

 

エターナルに乗り込む者たちに、バルドフェルドのこの言葉の意味を理解できた者は何人いたのだろうか?勧告なしの艦内放送に、エターナルの最終チェックを行っていた作業員たちは首をかしげるばかりだったがーー

 

「あぁ!」

 

誰かが気付いたのか、作業員たちは自分たちが置かれている状況を今になって思い知る。彼らはすでにザフトの士官たちに包囲され、銃口を突きつけられていたのだ。

 

「貴様等…」

 

「抵抗するな、ただ降りてくれればいいんだよ」

 

撃つつもりのない銃口でも、それを判断できる洞察力を持った作業員は居らず、彼らは銃を突きつける士官たちに従い、エターナルを速やかに退艦していく。

 

残っているのは明るくなったブリッジにいるバルドフェルドと、艦内に引き返した士官たち。彼らは素早く持ち場へと付く。機関室の制圧指揮を執っていたアイシャもバルドフェルドが待つブリッジへと戻ってきた。

 

彼らは機が熟すのを待っていたのだ。綿密な計画を立て、過ごした日々を隠して、パトリックの元へと立ち戻ったふりをして。

 

今日はエターナルが処女航海に出るための最終チェックを行う予定だった。乗船するのは艦の関係者と作業員。警備は手薄で「船をジャック」するには格好の日取り。バルドフェルドはこの時を待つために仮面を被り続けてきた。

 

アカンデー!

 

そんなエターナルの入り口に向かって進む人影。ピンク色のハロが羽をパタパタと動かしながら無重力の中を進む。

 

「シィー。駄目ですよ、ピンクちゃん。寝てなさい」

 

そのハロを優しく手で包んだラクスは護衛に囲まれながら、まだ静かなエターナルの中へと進んでいくのだった。

 

 

////

 

 

執務室で額を揉んでいたパトリックは、さっき出て行ったはずの公安部の人間が顔色を変えて戻ってきたことに驚くと、さらに告げられた言葉によってその顔を怒りの表情へと変貌させた。

 

「なんだと!?逃げられたで済むと思うか馬鹿者!すぐ全市に緊急手配しろ。港口封鎖、軍にも警報を出せ。あれを逃がしてはならん!ええい、アスランめ!」

 

息子の重ね重ねの裏切りに、ついにパトリックの腹は煮えたぎることになる。彼はあろうことか、逃亡した息子への射殺命令を出したのだ。ここで逃せばジャスティスとフリーダムを手に戻すことは難しいだろうが、出所がオーブにあるというならやりようはいくらでもある。

 

今のパトリックは自身から溢れる憎悪に歯止めが効かない状態に陥っていた。

 

そんな父のことを知らずに、粘着テープで最低限の止血を施したアスランは、ダコスタと数名のクライン派の兵士とともに、港に停泊していたシャトルを奪取することに成功していた。

 

「急がないと!」

 

そう言ってコクピットに乗り込むダコスタに続くアスランは、自分がこれから何を成そうとしているのかを考えていた。

 

父の考えには最早賛同できない。このままでは、ザフトと地球軍で際限ない殺戮と殲滅戦争が起こっていくことになる。Nジャマーキャンセラーをザフトが作ってしまった以上、今度はザフトが地球へ核を打ち込むことすら可能なのだ。少し前なら、そんなことはあり得ないと断言できたが、今は違う。

 

止めなければならない。

 

なんとしても、その凶行だけは阻止しなければならない。たとえそれが父を討つ事になったとしても。アスランは出発したシャトルの中で、深淵の宇宙を見る。

 

〝ならばーー次は、俺がお前を討つ〟

 

かつてキラに発した言葉をアスランはただ噛み締める。次に会った時ーー父がその凶行に及ぶと言うならばーーナチュラルを滅ぼすと叫ぶならばーー。

 

その時は、俺が自らの手で討つ。

 

覚悟を表す様に、アスランは小さく片腕の拳を握りしめるのだった。

 

 

////

 

 

「お待たせ致しました」

 

着替えを終えたラクスが、アイシャや護衛とともにエターナルのブリッジへと入ってくると、バルドフェルドが艦長席から肩を覗き込む様に振り返って、笑みを見せた。

 

「いえいえー。御無事で何より。では、行きましょうか」

 

艦長の言葉にラクスが頷くと、薄暗かったブリッジに火が灯り、持ち場についた士官たちによって出発シークエンスが行われていく。

 

「出航プランCをロード!強行サブルーチン、1920、オンライン!ロジックアレイ通過。セキュリティ解除確認。システムオールグリーン!」

 

《おい!何をしている!貴艦に発進命令など出てはいないぞ!どうしたのだ!バルトフェルド艦長!応答せーー》

 

エターナルの起動を感知した管制塔からの声が響くが、バルドフェルドはすぐに通信を切って、仰々しくかぶっていたザフト制服の帽子を脱ぎ捨てた。

 

「すまんが下手な演技はこれで終いだ」

 

「あら、割と名演技だったと思うけど?」

 

そうかね?なら引退したら俳優でも目指すかと、エターナルの火器管制を担うアイシャに笑ったバルドフェルド。そんな艦長に、オペレーターが振り返りながら報告を発した。

 

「艦長!メインゲートの管制システム、コード変更されました!」

 

「ははーん。優秀だねぇ。そのままにしてくれりゃぁいいものを。ちょっと、荒っぽい出発になりますなぁ。覚悟して下さい」

 

「仕方がありませんわね。私達は行かねばならないのですから」

 

困ったように言うラクスに了解したバルドフェルドは、エターナルを微速前進させるよう指示を出して、固く閉じられたメインゲートへ手をかざした。

 

「よーし、主砲!発射準備!照準メインゲート!出力最大!発進と同時に打て!アイシャ、頼むぞ!」

 

「主砲発射準備、照準、メインゲート!派手に行くわよ!アンディ!!」

 

エターナルの推力が最大限に達した瞬間、艦橋前方に装備される単装ビーム砲が放たれ、閉じられていたメインゲートは赤く燃え上がって貫かれた。

 

「エターナル、発進して下さい!」

 

爆煙を切り裂いて飛び立っていくエターナル。その緊急事態に管制塔の連絡系統はパニック状態だ。

 

「ダコスタは?」

 

そうバルドフェルドが問いかけると、すぐ横の港口から一機のシャトルが飛び出してくる。

 

「隊長!!」

 

「あの船は…?」

 

コクピットからエターナルの姿をみたアスラン。いいタイミングだと、バルドフェルドはニヤリとほくそ笑む。

 

「ダコスタは後部ハッチへ!機体収容後、推力最大!こいつは速い!振り切る!」

 

 

////

 

 

「何?エターナルが?アスランも?」

 

カーペンタリアから宇宙へと戻ってきていたクルーゼは、ヴェサリウスの艦長、アデスからの報告に興味深そうに息をついた。

 

「追撃命令が出ていますが…」

 

「ーーこのヴェサリウスでも、今から追ってあの速度に追い付けるものか」

 

なにせ核搭載モビルスーツ用の船だ。いくら高速艦とは言え、ヴェサリウスでもここからエターナルを捕捉することは不可能と言える。

 

(しかし傑作だな。ザラ議長殿)

 

愛するものを失ったからこその狂気か。はたまたコーディネーターという矜持から溢れた魔物か。どちらにしろ、まんまと出し抜かれたパトリックの姿を想像して、クルーゼは心の中で冷笑する。

 

彼ではない。世界を変える力を持つ者は、少なくともパトリックではない。それに相応しいものがいる。そして、エターナルの行く先には必ずそれが待っているのだ。

 

クルーゼは立ち上がると、目の前にいるアデスへ声をかけた。

 

「アデスーーー〝セラフ〟は、出せるか?」

 

カーペンタリアに下ろしたのは、機体の最終調整のため。宇宙に上がった以上、クルーゼ専用に宛がわれたあの機体は、いつでも臨戦態勢となっている。

 

シグー、シグー・ハイマニューバ、ディン・ハイマニューバ・フルジャケット。クルーゼとアデスは、ことごとく流星に煮え湯を飲まされてきた。しかし今度はーープロヴィデンス・セラフはそうはいかない。

 

流星に太刀打ちできるのは自分だけ。

 

それを証明してみせよう。

 

「いつでもですよ、クルーゼ隊長」

 

指揮官から一人のパイロットへと変わるクルーゼの姿をアデスは好んでいた。いつも何を考えているのかわからない仮面の男よりも、たった一人のライバルを倒すために必死になるラウ・ル・クルーゼのほうがよっぽどわかりやすい。

 

そんなアデスに、クルーゼはニヤリと笑みを浮かべると、ブリッジの床を蹴ってモビルスーツハンガーへと向かうのだった。

 

 

 



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第146話 叛逆の旗船

 

 

 

 

宇宙に二つの閃光が走る。

 

一つは多重装甲を身に纏いながら、背面に設けられたスラスターを噴かせて。

 

もう一つは機体の推力器を後ろに集約させた飛行形態で。

 

「その機体…!クルーゼか!!」

 

幾度も交差した瞬間に切り結ぶ二機に、フリーダムも、メビウス・ハイクロスも身動きが取れず、ただ二人の死闘に見守るばかりだ。

 

《一の枷は取り外したようだな、ラリー。だが、それではこの機体には勝てんよ!》

 

ラリーの返答に答えたクルーゼは、高速機動を繰り出す機体を操りながら、背面と肩に設けられたミサイルポッドから垂直方向へとミサイルをいくつも放つ。そのミサイルはラリーの頭上で曲線を描くと、そのまま雨の様にホワイトグリントへと降り注ぐ。

 

まじかよ…!!

 

そうラリーは心で悪態をつきながら、ホワイトグリントの操縦桿とフットペダルを感覚に従って捻り、傾け、押し込んだ。

 

「ーーーぐっ…がっーーーはぁっ!!」

 

その動きは驚異的と言えた。フリーダムとジャスティスの限界性能を引き出すために作られたホワイトグリントの四肢は、ラリーの頭で思い浮かべた軌跡をなぞりながら、垂直に降り注ぐミサイルの隙間を針で縫うように躱していく。

 

しかし、機体が重く、その反動はダイレクトに体へと伝わり、ラリーは今まで味わったことのない頭の苦痛に悲鳴を上げそうになるのを必死にこらえた。

 

「ラリーさん!」

 

「手を…出すなよっ!!お前ら!こいつは俺が相手をする!!」

 

キラの叫びを、ラリーは封殺する。

 

すると、飛行形態から人型へと姿を変えたクルーゼの機体は、変形時は格納されていたリニアガンを向けて、足が止まったラリーへと放った。

 

「容赦ねぇな!!」

 

咄嗟に多重装甲で受け止めたのが不味かった。リニアカノンの閃光と衝撃は、ラリーの視界からクルーゼを見失わせるには充分すぎる効果をもたらしーーー、次の瞬間、ラリーは目の前に迫ったビームサーベルの塊に目を剥くことになる。

 

「隊長!?」

 

トールの叫びに反応した様に、ラリーは咄嗟に機体を反転させて迫ってきた極光のビーム刃を紙一重で躱す。

 

「あっぶねぇ!!」

 

ビームの切っ先がシールドに爪を立てるように触れると、その部分が真っ赤に熱を帯びた。

 

《ーーはぁっ!!よく言ったぞ、ラリー!それでこそ、私のライバルだ!!》

 

片腕に備わる超大型のビームブレード発生器を振り抜き、クルーゼは膨大な背面スラスターを展開してラリーへ肉薄する。

 

「ほざけ、この変態がぁああ!!」

 

プロヴィデンス・セラフ

 

この機体。洒落にならないくらい強い。

 

本当にクルーゼが乗っているのか?と問いかけたくなるほど、その機体は異常だった。

 

セラフの機体フレームは、他核搭載機の物と同等であり、動力源はNジャマーキャンセラー。背面の高出力バックパックと、脚部スラスターも充実しており、素体の状態でもフリーダムとジャスティスとほぼ同スペックを誇る。

 

そこに追加スラスターを乗せたサブブースターユニットに加え、武装はチェーンビームガンにリニアキャノン、多連装ビームサーベルから発する超強力ビームブレードに、両肩と背面に装備された垂直ミサイルと充実。

 

ラリーのホワイトグリントが着痩せする機体なら、クルーゼのプロヴィデンス・セラフはレスポンス性能はホワイトグリントに譲るが、ホワイトグリントが脱ぎ捨てた性能の良いところを搭載した汎用発展機という代物だった。

 

中でも、機体出力を後方に集約させるという簡易飛行形態を持ち、ラリーの変態軌道に劣らない程の機動力で駆け回り、回避困難の垂直ミサイルとチェーンビームガンをバラまく。

 

人型になればチェーンビームガンで装甲をガリガリと削られ、止まればリニアキャノンが火を噴き、コクピットの視界と装甲を奪われ、その隙に最大出力からビームが残留して放たれるブレード光刃が容赦なく飛んできて機体が溶断される。

 

正直、人間のままだと勝てる気がしない。

 

ラリーはヘルメットの中で顔をしかめながら、迫ってくるプロヴィデンス・セラフにビームマシンガンを放つが、相手はその合間を縫う様に飛び、牽制なんて知らんと言わんばかりに、最短距離をカットして飛び込んでくる。少しでも判断を誤れば、多重装甲ごと極大のビームブレードで切り裂かれかねない。

 

さらに、史実通りに事が進むならドラグーンが追加されるというまさに狂気の沙汰だ。

 

人型から飛行形態に変形したプロヴィデンス・セラフ。通信から聞こえるクルーゼの笑い声を聞きながら、ラリーは目の前に現れた悪魔と相対するのだった…。

 

 

////

 

 

時はエターナル発進後まで遡る。

 

「アスラン。お久しぶりですね、大丈夫ですか?」

 

「ラ、ラクス!」

 

ダコスタに案内されてブリッジに上がってきたアスランは、座席に座るラクスの姿に目を見開いた。叛逆の旗船となったエターナル。その船の奪取を目論んだのは、他でもないクライン派と呼ばれる勢力であった。

 

シーゲル・クラインは、このヤキンドゥーエ戦役が早々に人類の殲滅戦争へと発展することを懸念しており、彼自身と〝彼に手を貸す同志〟の協力もあり、綿密に計画を立て、パトリックの権力が肥大し、民意を扇動し最悪の方向へ歩き出した時の歯止めとして機能するように計らっていたのだ。

 

「よぉ!初めまして。ようこそ歌姫の船へ。アンドリュー・バルトフェルドだ。こっちはアイシャ」

 

「よろしく、ジャスティスの坊や」

 

驚くアスランに同じように挨拶をするバルトフェルドに、アイシャ。彼らもまた大戦当初からシーゲルの考えに賛同していたメンバーだ。

 

バルトフェルドも、彼を愛するアイシャもまた、無益な殺生は好まない。なるべく殺さないようにはするが、戦場で向かってくる以上は殺しても仕方がないという精神であるからこそ、互いの憎しみを増長させて滅ぼすことに血眼になる戦いを良しとできなかったのだ。

 

そんな二人に呆けていると、隣にいたダコスタが素早くオペレーター席へと座り、モニターに視線を走らせた。

 

「隊長!挨拶は後にしてください!前方にモビルスーツ部隊!数50!!」

 

「艦長だぞ、ダコスタ。やれやれ、ヤキンの部隊だな。ま、出てくるだろう。主砲発射準備!対モビルスーツ戦闘用意!」

 

ここはプラントのお膝元。ヤキンドゥーエを護衛していた部隊が、プラントからの連絡を受けて前にも立ち塞がる。やれやれ勤勉なことだ。バルドフェルドは困ったような顔をしながら、迫ってくる敵部隊を見据えた。

 

「この艦にモビルスーツは?!」

 

「それが、あいにく出払っててねぇ。こいつは、ジャスティスとフリーダム、ホワイトグリントの専用運用艦なんだ」

 

それでは、打つ手が…!焦るアスランを、ラクスは手で制して、優しげな声で言葉を紡ぐ。

 

「バルドフェルド艦長、全チャンネルで通信回線を開いて下さい」

 

「ーーラクス?」

 

アイ、マム。バルドフェルドがそういう時、オペレーターもすぐに全チャンネルに向けて周波数を合わせた。

 

《私はラクス・クラインです》

 

毅然としたラクスの声が、ザフトのパイロットたちへ響き渡る。

 

《願う未来の違いから、私達はザラ議長と敵対する者となってしまいましたが、私はあなた方との戦闘を望みません》

 

ほんの僅かであったが、進行していたザフトのモビルスーツ隊が止まったように見えた。

 

ラクスーー君は本当に。

 

呆然とラクスを見つめるアスランは、彼女の決意と強い意志をその瞳に感じ取っていた。

 

《どうか船を行かせて下さい。そして皆さんももう一度、私達が本当に戦わなければならないものは何なのか、考えてみて下さい》

 

凛とした声が響く。その場でエターナル捕縛を命じられていた誰もが困惑していた。

 

『た、隊長!』

 

『ええい!惑わされるな。我々は攻撃命令を受けているのだぞ!』

 

戸惑うザフト兵に隊長機が叱責する。その声で時が動き出したように、ほかの機体もエターナルに向かって進み出す。今は戦場、自分たちが兵士である以上、命令は絶対だ。

 

たとえそれが歪んでいたとしてもーー。

 

「難しいよなぁ、いきなりそう言われたって。んー…迎撃開始!」

 

「コックピットは避けて下さいね」

 

「ラクスさまのオーダーは難しいものですわね。主砲、てぇ!」

 

ラクスの要望通り、コクピットを避けた迎撃がアイシャの指揮のもと行われていく。だが、いくら高速船とは言え、モビルスーツ単騎の速度にはどうにもならない。それにヤキンドゥーエを護衛するパイロットたちもベテラン揃いだ。迂闊に手を出せばこちらがやられかねなかった。

 

「ブルーアルファ5、及びチャーリー7より、ジン6!」

 

「来るぞ!弾幕!」

 

ジンから放たれるミサイルを何とか迎撃するが包囲網は徐々に厚くなり、エターナルの行く手が遮られていく。

 

「ブルーデルタ12に、尚もジン4!ミサイル、来ます!迎撃、追いつきません!」

 

「ええい!数ばかり揃えて!!」

 

迫るジンから放たれた大型ミサイル。その幾つもの刃がエターナルの鼻先を捉えようとした瞬間、向かってきていたミサイルを緑色の閃光が穿った。

 

「ライトニング隊!各機攻撃開始!姫さまのオーダーだ!コクピットは避けろよ!」

 

「ライトニング2、了解!」

 

「ライトニング3、了解!」

 

白き閃光を先頭に、モビルアーマーであるメビウス、そしてフリーダムが続き、隊長の声にしっかりとした声で答えた。

 

ヤキンドゥーエとは別方向。

 

編隊を組んで現れたのは、アスランの帰りを待っていたラリー率いるライトニング隊だ。

 

「艦長!ライトニング隊です!!」

 

「わかっている!攻撃中止!彼らに任せればいい!」

 

ラリーの指示のもと、編隊を組んだままエターナルの前を横切ってから三つの流星はそれぞれに分かれて、50機いるザフトのモビルスーツ隊へ攻撃を仕掛ける。

 

『げぇーー!?流星!?』

 

ジャーンジャーンジャーンと、まるでどこかの三国志武将のような青い顔をして、悲壮感漂う叫び声を誰かが上げた。

 

『宇宙に上がっているっていう噂は本当だったのか!?』

 

『各機!慎重に対応を…』

 

『すでにホワキンとジュリアの機体がやられてます!!うわぁっ!!』

 

『なんだと!?ええい!バケモノどもめ!!ぐわっ!?』

 

会話を交わす間もなく、動揺を隠せないザフトのモビルスーツたちは、フリーダムのマルチロックにより次々と機体の主要部品が撃ち抜かれたり、武装を破壊されたりし、行動不能となっていく。

 

『隊長!!』

 

「よそ見!!」

 

周りで穿たれていく仲間に気を取られたジンを、トールのメビウス・ハイクロスがシュベルトゲベールを展開して切断する。大剣を格納すると、次は両翼に備わる四門のビームライフルで迫ってくるジンを圧倒し、武装を破壊していった。

 

その姿を見たラリーが思わず「Xウイングみたいだ」とハリーに呟いたのが、ハイクロスの所以になっていたりする。

 

『は、速すぎる…!!』

 

ハイクロスの挙動についていけないジン。その傍からまるで陽炎のように現れたホワイトグリントが、鈍重な多重装甲でジンの半身を捻り潰すように吹き飛ばした。

 

「ほぉー壮観だな。また腕を上げたようだ」

 

まさに千切っては投げ、千切っては投げと、トラウマ必至な蹂躙のされ方を見つめながらバルトフェルドが感心したように呟く。

 

自分は過去にあんなのを相手していたのかと、改めて見せつけられるアスランは呆然と見つめ、ラクスはニコニコと笑い、ダコスタはトラウマを刻まれたであろうヤキンドゥーエのパイロットたちに向けて胸で十字を切った。

 

《こちらフリーダム。キラ・ヤマト。貴艦は…》

 

あっという間に片付けられてしまったモビルスーツ隊の死屍累々の中で、フリーダムがエターナルと並走して通信を入れる。モニターに映ったキラに、ラクスが少女らしい笑みを向けて答えた。

 

「キラ!」

 

《ラクス…!?》

 

「はい!」

 

嬉しそうに頷くラクスに、通信に加わったラリーもトールも安心したように笑みを送った。

 

《元気そうでよかったよ。お姫様》

 

「お久しぶりですね、ラリーも!」

 

《アスランだけかと思ったらラクス・クラインも…こりゃあ帰ったら怒られますね》

 

《その時はその時の俺が頑張ってくれるさ》

 

「よおー少年。助かったぞ」

 

《バルトフェルドさん!アイシャさんも!!》

 

「久しぶりね、坊や」

 

それぞれが思い思いに再会を喜び合う。バルトフェルドもトールとキラの成長に喜んでいる様子だ。そんな中、オペレーターの一人が警戒を怠らず周囲の索敵を行なっているとーー。

 

「周囲に敵反応なしーーいえ、待ってください!!後方に熱源!!数1!!凄い速さで追いかけてきます!!」

 

モニターに出します!とオペレーターが叫ぶと、たしかに一つの熱源がプラント方面からこちらに向かって高速で接近してきているのがわかった。明らかに巡航ミサイルのそれだ。

 

「艦船用ミサイルか!?迎撃!!」

 

「間に合いません!!こ、これはーーモビルスーツ!?そんな、こんな速度で巡航できるモビルスーツなんて…!!」

 

ラリーはすぐにエターナルの後方に回って望遠カメラで迫り来るものを見つめた。高速で迫るそれは、摩擦熱で機体を赤く染めながらブースターを緩めずにこちらに近づいてくる。

 

あの形は、明らかにミサイルではない。しかし、ラリーが見てきたどのモビルスーツにも該当しない姿をしていた。

 

その物体はエターナルとヤキンドゥーエのパイロットたちの真上を通り抜けて、彼らの前に立ちふさがる。

 

 

 

《待っていたぞ、流星。宇宙に上がってくるのをな……!!!》

 

 

 

そこには、ひとりの閃光がいた。

 

 

 

 





げぇー!!クルーゼ!!
by ラリー・レイレナード


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第147話 セラフ

 

 

 

「でやぁああああ!!」

 

《はぁあああああ!!》

 

二人にしか聞こえない、耳に入らない咆哮を上げながら、二つの光は宇宙に絡み合うような線を描いて交差を繰り返し、火花を散らし、閃光を放ち、刃を翻し、装甲に覆われ巨大な城壁と化した体を翻す。

 

「ーーっがぁっ!!この野郎!!」

 

幾度めなのか、それすら数えることをやめた中で、ラリーは機体にかかる負荷を一身に受けながら目の前にいるクルーゼを睨みつけた。その目は高負荷による影響か、真っ赤に充血し始めている。

 

《アーハッハッハッ!!どうだ、ラリー!!私は!!君と同じ場所にいる!!この私を見ろ!!》

 

対するクルーゼも、手足の感覚がすでに無いものになっていた。

 

セラフを操るために特注で作られた対高圧ノーマルスーツを着用し、しっかり着膨れしてしまっているクルーゼだが、レスポンスの一歩先を行くホワイトグリントに追いすがるために負ったダメージは計り知れない。

 

その殺人的な加速力に内臓は圧迫され、末端には血液が行き渡らず、交差を繰り返すたびに手足は痺れ、今では感覚すらない。込み上げてくる痛みと吐き気。視界がわずかにブレる。

 

まさに命を削る操縦。

 

だが、クルーゼにとってはそれがちょうどよかった。

 

どうせ短い命だ。座して待つ死ならば、その間に充足した生を謳歌しようではないか。

 

アデスやクルーから再三忠告されたプロヴィデンス・セラフのスペックを十二分に理解した上で、クルーゼは前人未到の脅威のモビルスーツをスペック限界まで振り回している。

 

「しっつこいんだよ!貴様はぁあ!!ーーーぐっ…はぁ!!いつもいつも、俺の前に現れやがってぇ!!」

 

《本物だからだよ!!私も!!君も!!それ以外何もいらない!!》

 

ラリーのビームマシンガンの隙間を最短距離でカットし、ホワイトグリントに肉薄しながらクルーゼは恍惚とした笑みを浮かべながら叫んだ。

 

《理由?!主義!?そんな生ぬるい幻想など、我々には必要ないのだよ!!我々の戦いには、そんなものは不必要だ!!》

 

そんなくだらないものなんて、もう必要はない。私は見つけたのだ。私を充足させる芽を。息吹を。それが芽吹き、花をつけて私の前にいる。まだ蕾ではあるが、刈り取るには充分なほど育った。

 

あとは、それを自分が狩れるかどうか。

 

「ああ!それは同感だ!!」

 

ラリーもクルーゼの言い分に同感だった。この機体を渡したクルーゼは、なにも戦争を止めるためにホワイトグリントを託したわけでも、なんでもない。

 

ただ、単純明快に。

 

ホワイトグリント。

 

プロヴィデンス・セラフ。

 

ラリー・レイレナード。

 

ラウ・ル・クルーゼ。

 

 

 

 

ただ、どちらが強いのか。

 

 

 

 

まったく同じ力、能力、性能を持つ二人が競い、殺しあった先にある結論。クルーゼはそれを欲している。そして同時にラリー自身も。

 

 

 

《私と君、どちらが強いか!!どちらが本物か!!》

 

「ああ、はっきりさせようじゃないか!!この野郎!!」

 

 

 

 

極光のビームブレードの一閃が薙ぐ。

 

その振られた閃光の根本であるプロヴィデンス・セラフの腕を多重装甲が備わった肩で牽制し、ラリーはさらにクルーゼへ肉薄した。

 

やはりこの距離は不利か!

 

そう判断したクルーゼは、咄嗟にセラフで宙返りを打つように飛び上がりながらホワイトグリントを蹴り飛ばした。乱れた姿勢にチェーンビームガンとリニアカノンを叩き込むが、堅牢なホワイトグリントには傷一つ付きはしない。

 

《やはり硬いな!!それに……機体をわずかに傾けて衝撃を逃しているのか…!!》

 

「盾だからって甘く見るんじゃない!!」

 

乱れ撃たれるチェーンビームガンの嵐に盾を前面に押し出して、ラリーは再びクルーゼへ突貫。身を翻して避けようと試みるも、その爆発的な加速性能に間に合わず、セラフとホワイトグリントは腕を交差させながら超接近戦を繰り広げた。

 

《ぐうぅう!!正面からか!!思い切りのいい…!!だが、これを忘れてないか!!》

 

膝蹴りでホワイトグリントをかち上げると同時に、真下から極太のビームブレードがラリーの首元に迫った。

 

「やっば…!!」

 

止まるな!止まるな、止まるな、止まるな!!動き続けろ!!思考を続けろ!!反応を上げろ!!神経を研ぎ澄ませ!!熱を感じ、逃すな!!前を見ろ!!まだ戦いは終わっていない!!!

 

「でやぁああああ!!」

 

頭の中で高速に駆け回る思考に従うまま、ラリーは装甲に覆われた片足をビームブレードに突き出した。ビームブレードは装甲に食い込むが、難を逃れた脚部はそのままクルーゼが居るコクピットハッチへ叩きつけられる。

 

《がっは…!!なんと…やるな!ラリー!!》

 

苦しみに耐えながら負けじとクルーゼも刃を振るう。蹴りで姿勢が崩れたホワイトグリントの片腕装甲とビームマシンガンを削ぎ落とす。

 

二人は息を合わせたように距離を開けた。

 

「片腕のシールドがやられたか!だが、これで身軽にもなる!!武装は!!」

 

片腕の稼働を妨げていた装甲と溶断されたシールドとビームマシンガンをパージして、ラリーは腰部に格納されていたビームサーベルを身軽になった片腕に装備させる。

 

《やはり君は素晴らしい…!!こうも私の予想を凌駕するか!!ラリー・レイレナード!!》

 

クルーゼもホワイトグリントの体当たりで破損した予備スラスターをパージし、多連装ビームブレードの出力を上げて再びラリーに向かって飛び出した。

 

「クルゥウウーーゼエェエエ!!!」

 

《ラリィイイイーー!!!》

 

残骸だらけになったヤキンドゥーエの中で、二機の光が再び激突していくーー。

 

 

////

 

 

そんな二人の攻防をヤキンドゥーエから離れた場所から観測するエターナルの周辺では、あの戦いに加わるか、加わるまいかでトールとキラが言葉を交わしていた。

 

「キラ!!援護は出来ないのか!?」

 

「あんな機動で交戦されたら、狙いが定まらない!!」

 

動きが異質。戦いが異質。キラもトールも、まだ見たことない壮絶な戦いがそこには繰り広げられていた。2機が肉薄し、交差するたびに凄まじい量の光量の閃光が発生し、ビーム同士で起こる稲妻が辺りに轟く。

 

「バルトフェルド艦長!!エターナルで援護はーー」

 

ブリッジにいるアスランも、なんとかラリーの援護をできないかと手をこまねいているとーー。

 

「手出しは無用です」

 

凛とした声で、ラクスが動揺するキラやトール、そしてアスランに対してそう言葉を紡いだ。

 

「ラクス!?」

 

「そういう約束なのだよ」

 

驚いたアスランたちの疑問に答えたのは、艦長席に座って二人の戦いを見守っていたバルトフェルドだった。

 

「ラウ・ル・クルーゼ。彼が我々にホワイトグリントの譲渡に協力してくれた見返りとして、ラリー・レイレナードとの一騎打ちには決して介入しない。それを条件として、彼は我々と交渉しに来たのだ」

 

なにもただで、ザフトの最高機密であるフリーダムとジャスティス、そしてホワイトグリントを手に入れた訳ではない。特にホワイトグリントは、データ取りが終わった後は凍結される予定だったものだ。

 

あれをクライン派が押さえられた理由としては、クルーゼの協力があった故だろう。

 

「クルーゼ。何を考えてるか分からん胡散臭い奴だと思っていたが…存外、単純な奴かもしれんな」

 

バルトフェルドはモニターから二人の死闘を見つめながら、クルーゼがこちらに交渉しに来たときの言葉を思い返した。

 

〝主義も主張も憎しみもない。私はただ、彼と戦いたいのだよ。ひとりの兵士として、人間として。それをわかってほしいとは言わんよ、バルトフェルド隊長。だが、流星と私。どちらが本物で、どちらが強いか。私にとっての興味はそれ以外、ありえないのだよ〟

 

ただ単純。それがクルーゼが動いた理由だ。腹黒さも裏も表もない、純粋な闘争心と自分に従った行動だと言える。

 

「あのとき、まるで新品のおもちゃを前にした子供のような純情さがありましたよね」

 

その場に共にいたラクスも可笑しそうに眼を細める。その様子を見てアスランが呆れたように息をついた。

 

「そんな楽観的な…」

 

「けど、実際にあそこまでやられてしまうと、こちらとしても任せるしかないのだよ」

 

そうバルトフェルドに言われて、キラもトールもアスランもなにも言えなかった。仮に、あの激闘に横から入ったとしても、戦って勝てるビジョンがまったくイメージできないのだ。

 

良くて流れ弾が突き刺さって大破。最悪、二人が気付かぬ合間に流れ弾に当たって戦死になりかねない。

 

「地球の流星とザフトの閃光。果たして強いのはどちらか…か」

 

すっかり静かになったエターナルの中で、バルトフェルドは感慨深そうに因縁深い二人の戦いの行く先を見守っていた。

 

 

////

 

 

『た、隊長…』

 

キラたちにこっぴどくやられたヤキンドゥーエのパイロットたちは、偶発的にも奇怪な場面を目撃することになった。

 

突如として現れたザフトのIFF信号を発する謎の可変モビルスーツと、どこからやってきたのかーー流星の盾を体に備えたようなモビルスーツが目にも留まらぬ速さで激戦を繰り広げている。

 

『ああ、見えているよ』

 

若手の部下の言葉に、宇宙を漂うしかなくなった隊長はモニターに映る二人の戦いを見つめながら、気のない返事を返すだけだった。

 

『頭部をやられたパイロットは不運よね。記録は?』

 

真っ先にやられたジンに乗るジュリアは、二人の戦いに感銘を受けたように息を吐きながら食い入るように見入っている。

 

『撮ってる。けど、凄いやつだな…あの二機』

 

『私じゃ10秒も持たないよ』

 

ジュリアの言葉に、誰もが頷いた。よくもまぁ、あんな動きをするバケモノと戦って、生き延びて戦場を漂えるものだ。

 

『流星…まさか、ここまでとは…しかし相手をしているあの機体は一体…』

 

《先発隊!第二部隊の出撃準備が終わった!これより向かう!》

 

隊長のつぶやきをかき消すように、ヤキンドゥーエの司令部から通信が入る。どうやら手配していたシグーとジンの第二部隊が出撃するらしい。

 

そんな言葉を通信機越しに聴きながら、隊長はふと思っていた。

 

果たして止められるのだろうか。我々の力だけで。

 

 

////

 

 

軽くなった片腕でビームサーベルを振りかざし、クルーゼの多連装ビームブレードにヒットアンドアウェイで切り結んでいくラリーは、ヘルメット内に浮かぶ大粒の汗も気にせずに眼を血走らせて再びセラフへと突っ込む。

 

「このぉおおお!!」

 

《はぁああああ!!》

 

ラリーのホワイトグリントが、クルーゼのプロヴィデンス・セラフが、それぞれにビーム刃の突きを放ち、その一閃は互いのモビルスーツの頭部の横を掠めて交差する。

 

《くそっ!!うまく避ける!!》

 

すれ違ってから振り向くクルーゼは、同じく振り返ったホワイトグリントへ垂直ミサイルの嵐とチェーンビームガンの咆哮を浴びせた。

 

その迫り来る暴風雨を、充血したラリーの眼はしっかりと捉えていた。血で滲む視界の中、迫る全てがラリーには何故かスローモーションのように見えた。

 

「なんだ…これは」

 

クルーゼの存在を、息遣いを、キラたちの気配を、ここに漂うパイロットたちの存在。ラリーの中に流れ込んできたもの。今まで感じたことのない生々しい命の感覚。

 

「見えた…!!」

 

ラリーはホワイトグリントと自分自身の息遣いを感じながら、操縦桿を巧みに操る。微かに見えた水の一雫のようなイメージ。点は線となり、線が連なり、ホワイトグリントは垂直ミサイルとチェーンビームガンの隙間を思い描いた通りに通り抜けてーーークルーゼの眼前に迫った。

 

クルーゼは戦慄した。

 

さっきは自分も、ラリーのビームマシンガンを掻い潜って迫ったが、今の動きはそれを遥かに上回る動きだった。まるで飛んでくるものがどこを通るのか、その全てを察知しているかのように、ラリーは驚くほど直線的に、真上と真正面からの挟撃を避けて来たのだ。

 

《なにぃ!?だがーー読んでいたよ!!》

 

それくらいできなければなーー!!戦慄がさらにクルーゼの熱に拍車をかける。突撃してきたラリーが突き出すビームサーベルの腕を、リニアカノンを犠牲にいなしたクルーゼは、空いたもう片方の腕に備わるビームブレードで、ラリーが構えようとしていたビームマシンガンの銃身を叩き切った。

 

《軽くなった分、威力も下がる!!》

 

「武装が!?しかし、そっちも同じだろうがぁ!!」

 

両手でもつれ合った機体を大きくのけぞらせて、ラリーはプロヴィデンス・セラフの頭部へ装甲で覆われたホワイトグリントの頭部を、まるで頭突きをするように叩きつける。プロヴィデンスの頭部のカメラアイは大きくひしゃげ、特徴的だったブレードアンテナも大きくへし折れる。

 

そしてクルーゼも、受けた衝撃のお返しと言わんばかりに、半壊したプロヴィデンスの頭部で逆に頭突きし返し、ラリーの機体と額をガリガリとぶつけ合った。

 

《ラリィイイイーー!!!》

 

「クルゥゼエェーー!!!」

 

両手を互いに掴みながらスラスターを噴かして押し相撲になっていく両者。そんな二人の通信回線に、ノイズが走りながら声が響く。

 

《そこの二機!!》

 

ふと、ラリーがその声に耳を傾けた。さっきまで見ていなかったサブモニターを見れば、ヤキンドゥーエ方面から更なる部隊がこちらに向かって飛んできているのが遠くに見える。

 

《こちらはヤキンドゥーエ所属部隊である!速やかに停戦し、武装を放棄せよ!さもなくば撃墜する!!》

 

エターナルとフリーダムたちは先に退避したのだろう。機体が破損しているとはいえ、今から逃げれば充分ラリーも逃げ切れる距離にいる。

 

《ーーどうやら邪魔が入ったようだな》

 

クルーゼも同じように迫るザフトの軍勢に眼を向けたのだろう。鍔競り合っていた2機は徐々に出力を落としていっている。

 

「どうした、来ないのか?」

 

《やめだ。邪魔が入っては楽しみが無くなる》

 

そういうクルーゼの声には敵意は感じられなかった。彼は音声通信越しに、ヘルメットの中でニヤリと笑みを浮かべる。

 

《君との戦いは私だけのものだ。横槍は認めない。ここで出てきた奴らを落とすのも後々に面倒だからな》

 

「そうかい…!!」

 

そう返したラリーは、反動をつけるようにプロヴィデンスの機体を跳ね返して、その反動を利用して大急ぎでヤキンドゥーエの防衛圏内から離脱していった。

 

こっ酷くやられたものだ、とクルーゼは疲れ切った体を脱力させて機体のチェックを行う。

 

リニアカノン破損、垂直ミサイルの三番ポッド全壊、補助スラスター破損、機動力が40%も落ちており、各部アクチュエータにも大きな負荷が掛かっているようだった。

 

『フフフ……アーーハッハッハッ!!!』

 

ボロボロになったセラフの中で誰にも聞こえない笑い声をあげるクルーゼは、遠くなり、宇宙に瞬く一つの星のようになったラリーのホワイトグリントを見つめながら、口元を歪め、笑みを作った。

 

『最高だ。最高だよ…ラリー。やはり君を殺せるのも…私を殺せるのも…!!』

 

私と、君しかいない。

 

この戦いで自分の体がどうなっているかなんて、知ったことではない。生きて戦い、そして生き残った。またあの戦いをすることができる。体の筋が動かなくなるまで、息が止まるまで、心臓が止まるまで、自分はあの戦いに身を投じられるならーーー

 

もはやクルーゼに、迷いはなかった。

 

 

 

 

 



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番外編 オーブ温泉物語 1

UA200万超記念で、前から温めてたネタを!!


 

「 「 「温泉?」 」 」

 

オーブ、オノゴロ島。

 

パナマの危機を脱したザフト軍が合流してしばらくの頃。モルゲンレーテの工場でデータ取りをしていた各々は、カガリが言い出した言葉を反復するように問いかけ直した。

 

「ああ!オーブは活火山の島国だからな!軍事産業の中心であるオノゴロでも、天然の温泉がなんと20箇所もあるんだ」

 

そう胸を張っていうカガリ。

 

このオノゴロ島も、活火山で形成られた島国であり、目立った火山はないが地脈には真っ赤に熱せられたマグマが幾十も根を張っており、その影響か、オノゴロを始め、ヤラフェスや、オーブの島々には温泉が多く点在しているのだ。

 

「あー、そのオンセンって、つまりお風呂ってこと?」

 

「自然に湧き出るお湯ってイメージ?」

 

地球にはいたものの、温泉文化に触れたことないトールや、フレイの手伝いをしていたサイは顔を見合わせながら疑問を投げ合う。

 

すると、ホワイトグリントから降りてきたラリーが咳払いをして説明し始めた。

 

「間違ってはないけど間違ってるな。温泉というのはつまるところ、地下のマグマや地熱で暖められた地下水だ。その地域の地層に含まれる栄養源が熱で溶け出し、それがお湯に含まれて湧き出てくる」

 

正確には、地中から熱水泉が湧き出している現象や場所、湯そのものを意味する温泉。

 

その熱水泉を用いた入浴施設やそれらが集まった地域も一般に温泉と呼ばれ、地下水を熱した人工温泉と対比して「天然温泉」と称する場合もある。

 

正確に熱源で分類すると、火山の地下のマグマを熱源とする火山性温泉。火山とは無関係に地熱などにより地下水が加温される非火山性温泉に分けられる、

 

そして肝となるのは、必ずしも水の温度が高くなくても、普通の水とは異なる天然の特殊な水やガスが湧出する場合に温泉とされるというところだ。

 

ちなみに旧アメリカ合衆国では21.1度。旧ドイツでは20度以上と定められていたりする。

 

「古来より、湯治なんてのもあってな。傷や疲れにも効く効能がある」

 

「なんだよ、やけに詳しいじゃないか」

 

ラリーの言い草に、ムウが感心したように言う。もともと現代日本人であるラリーにとって温泉とは故郷を思い返す上で切っては切れない情景であり、宇宙にいる間も、幾度となく文献や資料で調べるほど、その存在は恋い焦がれるものであった。

 

「まぁ、そんなわけだ。ここのところ皆張り詰めてるからな!温泉でもどうかと思って」

 

そう言うカガリに、全員が顔を見合わせる中、モビルスーツの調整を行なっていたディアッカがそれとなく手を挙げた。

 

「俺、賛成。宇宙じゃ湯船に風呂はってなんて贅沢、なかなかできないもんなぁ。ニコルは?」

 

「僕も入ってみたいです」

 

ニコルの同意を得て、ディアッカは隣にいるイザークに視線を打つ方がーー。

 

「俺は作戦指揮の資料があるからーー」

 

そう言ってそそくさと逃げようとするイザーク。だが残念、ニコルとディアッカに回り込まれてしまった!!

 

「はいはい、オーブの姫さんがわざわざ言ってくれてんだ。うだうだ言うなってイザーク」

 

「くっ!離せ、ディアッカ!!わかった!わかったから!!」

 

「根詰めすぎなんですよ、イザーク。たまには休むことを覚えたほうがいいですって」

 

そう言って強制連行されるイザークを横目に、アークエンジェル組もトールが手を挙げていた。

 

「キラも行くよな?」

 

「うん、僕も少し疲れたからね」

 

そう言った結果、工廠で作業をしていたほとんどクルーが参加することに。これは貸切で用意しないとな、とカガリが内心でどうするか考える。まぁ当てはいくらでもある。こう言う時くらいには首相の娘という特権を充分に生かさせて貰おうではないか。

 

「よし!フラガ少佐やラミアス艦長たちはすでに誘ってあるからな!送迎はオーブ軍の車を使ってくれ!ラリーは…」

 

そう言ってカガリが振り返るとーー。

 

《よーし!全員、タオルと洗面用具を持って1800時に集合だ!ルールとマナーを守って楽しく温泉だ!!》

 

「率先して指揮を執ってる!?」

 

拡声器を持ったラリーが作業を切り上げた地球軍、ザフト軍の作業員たちに温泉の入り方や、用意するものをテキパキと指示しているのだった。

 

 

 

////

 

 

 

 

「うおー!!でっけー!!」

 

「ゴージャスゴージャス!!」

 

淤能碁呂の湯畑。

 

オノゴロ島の中でも市街地からほど近い保養施設で、ヤラフェス島の温泉地の次に大きい温泉街と言えた。

 

「こんなにお湯を使った保養地があるなんてな…」

 

その中でも海が一望できる屈指の露天風呂施設を貸切にしたカガリたち一行。脱衣所から出てきたディアッカとイザークはあまりの大きさに感銘のような息をつくばかりだった。

 

「まさに地球の自然様々だな」

 

そう言うイザークに、ディアッカもニコルも頷く。その隣を、年相応にはしゃいだトールが走り抜けた。

 

「俺が一番だー!!」

 

「はーい、ストップ。まずはかけ湯で体の汚れを落としてな?」

 

「 「 「うぃーす」 」 」

 

走り出そうとしたトールをヘッドロックで固定しながらマナーを口にしたラリーの一声に全員が気の緩んだ返事を返した。

 

 

////

 

 

地球とザフトの兵士たちが入り乱れた温泉御一行だが、夕方と夜の二班に分かれて温泉を堪能することになった。

 

夕方は、モビルスーツの調整や修理、データの移行を担当する作業員スタッフ、夜は近隣の警戒任務に出ているパイロットを中心にした班にわかれることになっており、希望者は全員入れるようにカガリが手配したのだった。

 

「あっちー!!ぁああああーー」

 

「けど、慣れたら気持ちよくなるな。これ」

 

初めて入る温泉におっかなびっくりなザフトの兵士たちであったが、お湯に慣れてきた頃にはすっかり温泉の心地よさに魅入られることになっていた。

 

「まさか温泉にありつけるなんてなぁ…いやぁ、極楽だぁ」

 

「なぁ、肩こりとかにも効くって?俺の古傷にも効くかな」

 

地球軍とザフト軍の作業員たちが肩を並べて湯船に使っている。少し前までは考えられなかったことだが、この時間で二つの勢力に属する彼らの信頼関係はより近いものへと強化されたに違いはなかった。

 

「ゆっくり入っとけ入っとけ。効く効く」

 

「それより見ろよ!すべすべ!コロニーのお湯じゃこうもならねぇぜ?」

 

はしゃぐもの、寛ぐもの、暑さを和らげるために岩場に腰掛けるもの、多種多様の楽しみ方で全員が温泉を堪能している中ーー。

 

「んぁあーーー染みるぅう……」

 

ラリーは肩まで浸かって温泉を全身全霊で堪能していた。ひさびさーーいや、もう二度と入ることはないだろうと諦めていた温泉に浸かる。それがどれほど幸せなことだろうかーー。ラリーはただ今はこの幸せをゆっくりと噛みしめている。

 

「なんかおっさんくさいな、ラリー」

 

そんなラリーの隣で、タオルを頭に乗せて寛ぐムウと、キラ。ムウは呆れたように溶けているラリーを見つめた。

 

「いいじゃないですかぁ…足を伸ばせて浸かれるお湯ってこうも有り難みがあったんですねぇ…」

 

「はっはっは!そりゃ違いないな」

 

普段は立ってシャワーを浴びるだけ。ムウ自身も、こうやって足を伸ばして入る入浴は久々だった。ここで誰の目もなくマリューと一緒に入りながら酒を飲めたら言うことはないが…。そんな邪なことを考えると、メガネを外したサイとトールが近づいてくる。

 

「トールもラリーさんたちも、結構筋肉ありますよね?」

 

そう言うサイに、溶けていたラリーはザバッと音を立てて姿勢を正した。

 

「ああ、戦闘機乗りには必要不可欠だからな」

 

ラリーが言うとおり、トールもラリーもムウも、標準的に筋肉が発達しているキラと大差がないほどーーいやそれ以上に鍛えられた肉体をしていた。

 

トールに至っては、訓練の時からアイクに伝えられていた筋トレメニューを毎日欠かさずこなしているので、その肉体はアークエンジェルに乗り込んだ頃と比べると見違えるほどだ。

 

「いいなぁ、俺も筋トレしようかな」

 

「オペレーターの仕事に筋肉使わないだろ?」

 

そう言いながら力こぶを作るサイ。少しでも彼女には良いところ見せたいだろ?と困ったように笑うサイに、今度はムウが言葉を紡ぐ。

 

「筋肉はいいぞぉ、肩こりにもなりにくいしな」

 

「そうなんですか?」

 

「いや、多分だけどな、肩こりとか意識したことないし」

 

「うちの隊長は適当だからなぁ」

 

「なにをぉ!?このやろ!」

 

トールの言葉に、ムウは笑みを浮かべたままお湯を手で掬ってトールの顔へと浴びせた。

 

「ぶわっち!やりましたねぇ!」

 

そうして、トールやラリーたちのお湯かけ合戦が勃発。被害は広がるばかりで、ラリーの一撃が不運にも隣でくつろいでいたディアッカの頭から顎先にかけてびしょ濡れにする被害をもたらした。

 

「うわー!!こっちにも掛かったぞ!いくぞ!ニコル!!」

 

「ちょっと皆、子供っぽいからやめ…わぶっ!」

 

次々と被弾しては合戦に参加していくメンツを眺めて、肩まで行儀よく浸かっていたイザークの苛立ちは頂天に達した。

 

「ええい!貴様ら!大人しく浸かってられんのか…ぶっはぁ!」

 

「あ、やべ」

 

勢いよく立ち上がったイザークの上半身と顔に、ラリーとトール、キラのコンビネーションお湯かけが見事に命中。その威力侮るが如し。お湯は顔を濡らすだけではなく、イザークの体内にまで突入することになった。

 

「げっほ!ごっほ!!……くぉのぉ…やったなぁ、貴様らぁ!!」

 

「わー!!イザークがオコだ!オコ!!」

 

「逃げろー!」

 

「待たんか貴様らぁ!!」

 

バシャバシャと大股で逃げていくメンツを怒り心頭な顔で追いかけ回すイザーク。周りのザフトや地球軍の作業員たちも「いいぞー!」、「もっとやれやれ!」、「そこだ!ああ惜しい!!」と声を出し始めて、男湯はお祭り騒ぎのような喧騒に包まれた。

 

 

「まったく、元気だねぇ」

 

そんな喧騒を滝湯が落ちる湯船で見守るPJとハインズ。

 

イザークが盛大に足を滑らして顔から湯船に突っ込んでいく様を見て、みんなが大笑いし、捕まえたぞ!とラリーの手を掴んで道連れにし、今度は道連れ合戦が始まる。

 

やれやれ、元気なものだとPJは岩場に手を組んだ上に顎を乗せて寛ぎながら眺めた。

 

「はっはっはっ、若者はあれくらい元気じゃないとな」

 

滝湯に打たれながら笑うハインズの言葉に、PJ

も同感ですと相槌を打った。

 

「それにしても良いところですね、ここは。戦争が終われば、娘たちも連れて来たいものですよ」

 

静かな場所でお湯のせせらぎや、湯けむりの美しさ。どうにかしてこの神秘に溢れる光景を宇宙で待つ家族に伝えたい。PJは自然とそう思うようになっている。

 

「連れてこれるさ。直に戦争も終わる」

 

そんな彼に、ハインズは優しげな声で答える。そうだとも。こうやってみんなが楽しく笑いあえる。それだけでも、自分たちがここにいる意味があるというものだ。

 

「そうですね。俺たちはそのために動いてるんですから」

 

そんなハインズにPJも答えながら、喧騒が続く未来の希望たちを見つめているのだった。

 

 

 

 

 



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番外編 オーブ温泉物語 2

 

 

 

 

「ぜぇ…ぜぇ…案外、水の中って疲れるんですね」

 

広大な露天風呂で道連れ合戦から追いかけっこに発展した一行は、迷惑になるからと寛ぐ他のメンツから離れてかなり端のエリアまで行き流れていき、今ではスタミナには多少の自信があったトールが湯に身を投げ出してプカプカと浮かび上がっている。

 

「だらしないぞーお前らー」

 

そんな中、平然と湯船を堪能しているムウが、バテているトールや赤服組を見つめながらヘラヘラと笑って、どこからか持ってきた低アルコールのお酒をチビチビと飲んでいる。

 

ムウは曲りなりにしてもメビウスライダー隊の隊長を務めてきた男だ。粘り強さと持久力でいえば、ラリーにも引けを取らない。怪物の長も怪物ということだ。

 

「卑怯だぞ…貴様ぁ」

 

「戦略的撤退と言わせてもらおう」

 

バテているイザークやアークエンジェルの面々が恨めしそうに岩場に腰を下ろしているのを見て、フラガは調子良さそうに笑った。

 

「それにしても、ほぼ僕らの貸切だね。こんなに広いのに誰もーーー」

 

そう言ってあたりを見渡したニコルがポツリと呟いたときーー。

 

 

 

『わぁーー広ーい!』

 

 

すぐ横の竹で編まれた壁の向こう側から、黄色い女性らしい声が響いた。

 

『だろ?オノゴロ自慢の天然露天風呂だ!』

 

『カガリさん、少しは隠したほうがいいんじゃない?』

 

『オーブにあることわざだ!裸の付き合いも大事とな!』

 

『…立派な理念だと思います。ええ』

 

『ラミアス艦長、早々に考えることを放棄しないで下さい』

 

『じゃあかけ湯をしてからゆっくり湯船に浸かるんだぞ』

 

そう言ってペタペタと濡れた岩場を歩く足音まで聞こえる。そんな距離だ。さっきまで年相応にはしゃいでいた誰もが黙って、その歩く足音にじっと息をひそめる。

 

間違いない。

 

この壁の向こうは――間違いなく――

 

女湯だ。

 

「ちょ、隊長!!そんなに近づいたらマズイですって!!」

 

気がつくと湯船を音を立てずに移動するムウが壁際に近づいていくのをトールは見つめ、小声で口元に手を当てて独断専行するムウに声を投げた。

 

「大丈夫だって!壁で隔たれてんだ!聞き耳くらい立ててもバチは当たらんでしょ!!」

 

「で、でも」

 

「ほーん、じゃあお前ら興味ないのね。いいさ、俺一人で聞き耳立てるから」

 

そう冷めたような目をこちらに向けてから、ムウは壁際に耳を傾けてじっと動かなくなる。どうしたものかと全員が押し黙っていると、グループの中から離反者が現れた。

 

「誰も興味ないなんて言ってないだろ、おっさん」

 

ディアッカ・エルスマン。真面目で名が通るザラ隊1のプレイボーイの名は伊達ではない。その奇行に隣にいたニコルが小さく悲鳴のような声を上げる。

 

「ディアッカ!?」

 

「ふん!ふしだらな!鍛錬が足りんぞ!」

 

「そう言って興味深々なクセしてさぁ」

 

「くっ…!」

 

そういうイザークも、さっきからチラチラと竹の壁に視線を彷徨わせ、挙動もどこかソワソワとしている。このムッツリさんめ。そう言ってムウが手招き。

 

「トール!?」

 

「え、サイは気にならない?フレイの話とか」

 

トールの何気ない一言に、サイは外していたメガネをぐいっと上げてトールの隣へ着く。紳士協定はさっさとゴミ箱にぶち込まれ、気がついたら騒いでいた全員がドミノ倒しのように壁際に集まっていた。

 

 

////

 

 

『はぁーーー気持ちいいーーー眺めも最高ぉーーー』

 

湯船に浸かりながら、オーシャンビューな絶景を楽しむフレイは、巻いてあげた髪の毛を蒸気にしっとりと晒して気持ち良さそうに岩肌に腕をついた。その豊富な胸は、岩場と自身の間で程よく潰れ、その感触も自身の快感となって全身に溶けていく。

 

『まさに命の洗濯ってやつね』

 

『日頃の疲労が抜けていくわぁー』

 

その横では足を存分に伸ばして温泉を楽しむマリューとハリー。大きな天然露天風呂を売りにするここには、カガリに声をかけられたアサギたちやシモンズたちも来ており、カガリもまた心地好さそうに岩場に両ひじを預けて湯の波に揺られている。

 

『わ、わたしには少々熱い気もしますが…』

 

そう言って体にタオルを巻き、ガチガチに防御しているナタルは、少し顔を赤らめながらそう呟くと、カガリが思い出したように体を起こした。

 

『あっちにぬる湯の温泉があるぞ?あとで皆で行ってみようか』

 

『というか全部制覇よ!制覇!せっかくの貸切なんだし!!』

 

なにせ大露天風呂の他に打たせ湯や足湯、薬事湯や釜湯などなど、ここには数十種類の温泉施設が揃っており、屋内ではジャグジーやマッサージ湯なども完備されている。ここにきて試さない手はないだろう。

 

『わたしはもう少しここでゆったりと浸かっていようかしら』

 

そう言って、ふぅーと日頃の疲れを癒すように湯船に浸かるマリュー。ふと、彼女は視線に気づく。周りを見ると、その湯にいた全員の視線がマリューの一点に注がれていた。

 

『な、なに?』

 

『ラミアス艦長って、その、本当に大きいですね』

 

ちゃぽん、と水の一雫が落ちる音が妙に鮮明に聞こえた。だって、ほら、浮かんでるしーー誰が言ったかわからない言葉であったが、マリューを赤面させるには充分すぎる威力を持っていた。

 

『ちょ、ちょっと!どこ見て言ってるんですか!!』

 

バッと胸元を隠して姿勢を正しながら、マリューは狼狽えた目を辺りに向けた。

 

『フラガ少佐はこれを好きにしてるんですかぁ、羨ましい限りですなぁ』

 

そんなマリューの背後から、ハリーがぐわしっと胸をガードするマリューの腕を持ち上げる。ずっしりとしなる豊富な胸が弾み、お湯にささやかな波を立てたのが、マリューの羞恥心をさらに煽った。

 

『ハリーさんも!!そんな目で見るものじゃないですよ!?』

 

『そう?んーー私も大きいつもりなんだけど、ラミアス艦長にはさすがに…』

 

マリューの手をパッと離して、自身の胸を下から持ち上げて上下させるハリーの行動に、今度はマリューが両手で手を覆った目を塞いだ。

 

『ハリーさんは堂々とし過ぎなんですよ…』

 

そう呆れたように言うフレイに、ハリーはニヤリと笑みを浮かべてこう言葉を放った。

 

『そう?私フレイちゃんもいい線行ってると思うよ?まだまだ発展途上というか』

 

『ハリーさん、最近では女性同士でもセクハラって適用されるんですよ?』

 

『申し訳ございませんでした』

 

完敗ですと言わんばかりの即謝罪に、マリューは、ハンガーの勢力図が徐々に徐々に変わりつつある様子をここにきて垣間見るのだった。

 

『……ナタル?』

 

ふと、自身の副官を見ると彼女は何やら自分の胸と周りを比べて、その視線を行ったり来たりさせているようで。マリューが声をかけた瞬間、どきんっという効果音が聞こえてきそうなくらい肩を震わせたナタルは、あっちこっちに泳いだ目をしながら赤面を隠した。

 

『え?あ、いや!なんでもないぞ!なんでも!!』

 

『ほほーん、バジルール中尉のものは大きいというより、形がいいですからなぁ』

 

そういってフレイからナタルに標的を変えたハリーがすいーっと湯船を走ってナタルの元へと近づいてくる。

 

『そういうのを口にするのはどうかと思うぞ!?』

 

『隠さなくてもいいじゃないですかぁ、同性同士だしぃ』

 

『い、いや!ちょっとま…こら!タオルを返せ!ら、ラミアス艦長!!』

 

奪われたタオルを必死に取り返そうと右往左往しているナタルに、マリューはどこか聖母のような優しい目と笑みを向けてこう言った。

 

『ナタル、時には諦めという言葉も私は大事だと思うの』

 

『そんな遠い目をして言わないでください!!あ、ちょっ!!どこを触っている!!』

 

かっちり固めていたと思っていた防御は障子の紙のよりも脆く崩れ去り、あられもない姿にされたバジルールは、しばらくの間、精密機器のエキスパートであるハリーの手つきに晒されるのだった。

 

 

////

 

 

「盛り上がってるじゃないのぉ、ま、マリューのものは確かに良いものだがーー」

 

「隊長、隊長ってば」

 

うんうん、女性が集まれば姦しいと言うしなと一人で納得しているムウに、抑揚のない声で腕をツンツンと突くトール。

 

「なんだよトール」

 

そう言ってムウが振り返ると、トールとサイ、アークエンジェルクルーを除いた全員が顔を赤面させて呆然としていた。とくに赤服組はひどく、プレイボーイであるディアッカですら、その威力にタジタジで、ニコルは顔を赤くしたまま硬直。イザークは何もいえずにおかっぱの前髪で目元を隠して湯船に沈んで行ってる。

 

「あらら、まだこのステージは、坊主どもには早かった?」

 

「まぁ兵士って基本的に禁欲的な生活を送ってますからね」

 

そう言ってアークエンジェルの操舵を担うノイマンも岩場に腰をかけて一息ついた。若手のパイロットには少々刺激が強かったらしい。

 

「そういうノイマンこそ、さっさと中尉に告白の一つでもーー」

 

「わーわー!!何を言ってるんですか!!」

 

知ってるんだぜー?お前がラブレターを隠してる場所とかも、とムウが呟くと、いつもは冷静沈着なノイマンも見たこともない顔をして必死に動こうとするムウの口を手で押さえ込む。

 

「俺はミリィくらいのサイズが好みだけどなぁ。サイはどうなの?」

 

そんな中、アークエンジェルで当初から彼女持ちであるトールとサイは、持ち同士ならではの会話に興じていた。

 

トールの言葉に、サイはぐいっと上げたメガネを夕日に白く反射させながらこう呟く。

 

「フレイのものが一番に決まってるじゃないか」

 

「よーし、こいつを沈めよう」

 

「賛成ー」

 

その一言で再起動した面々がサイを担ぎ上げ始める。中にもディアッカやイザークまで加わっている有様だ。

 

「ちょっ!!なんでだよ!正直に言っただけだろー!?」

 

「うるせー!!あんないい女を射止めやがった!このリア充め!!」

 

「俺たちの気持ちも考えろ!!」

 

「やめてよね!僕らに敵うわけないじゃないか!(憤怒)」

 

わーわーと再びお祭り騒ぎのように騒ぐ面々を見て、ムウがこりゃあバレてるよなぁと呟きながらサイの神輿を下ろそうと声を出したときだった。

 

「あーあーあー!もうやめろって!暴れるとーー」

 

「あ」

 

ザバァン!と、誰かがバランスを崩したのか、神輿は崩れて祭囃子の終わりが響く。倒壊した人力神輿は固定が甘い竹の壁を容易に押し倒してーーーいとも容易く男湯と女湯の垣根を取っ払った。

 

「え?」

 

恐ろしいほど静まり返った時間が流れた。それこそ、聞こえるはずのない遠くのオーブの海岸から聞こえる白波の音が聞こえてくるほど。夏の終わりを告げる鈴虫たちの鳴き声が聞こえてくるほど。

 

「ま、まて!これは覗きとかじゃなくて不可抗力で……」

 

「あ、イザーク、鼻血」

 

「なにぃ!?」

 

「 「 「い、いやぁああああああ!!!!!」 」 」

 

弁明虚しく、女性の叫び声に駆けつけた男湯の作業員たちもおこぼれを目撃し、動ずることなく滝湯に打たれていたPJとハインズを除いたほぼ全員が、お風呂場の岩場で部屋着に着替えた面々に冷たい目で見下ろされながら極めて痛みのある正座を仰せつかるのだった。

 

 

「あれ?ラリーさんは?」

 

「よそ見しないの、トール♪」

 

「はい、イエスマム!!大変申し訳ありません!」

 

 

 

 

 

 



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番外編 オーブ温泉物語 3

 

 

トールたちが温泉で硬い岩場を足全体で味わっている頃ーーー。

 

「ロウリュウ?」

 

「ロウリュな。これは旧フィンランドに伝わるサウナ風呂の入浴法の一つだ」

 

キラとラリーは喧騒から離れて二人、露天風呂の一角に建てられている木材家屋の中にいた。

 

そこは所謂、サウナというものだ。

 

ラリーが熱く熱せられた石に水をかけると、ジュワッと心地よい音を立ててかけられた水が瞬時に熱せられ、水蒸気となって部屋を満たしていく。

 

「こうして、熱したサウナストーンに水をかけて水蒸気を発生させると、体感温度を上げて発汗作用を促進する効果がある」

 

「へぇ、確かに暑いですけど、気持ちいいですね」

 

蒸し暑い…というよりは、水蒸気に含まれるアロマやサウナストーンから発せられるマイナスイオンで、苦痛をあまり感じさせない程よい暑さが部屋を満たしている。腰にタオルを巻いたラリーはキラの少し隣に腰掛けて懐かしそうに目を細めた。

 

「一度、クラックスでサウナを出来ないかって、リークやゲイルと一緒に浴室を密閉して水蒸気を出したんだが、無重力の水蒸気ほど危険なものは無いなって知った瞬間だったな、あれは」

 

宇宙空間でサウナができれば、効率のいい風呂の機能が獲得できるのでは?と3人で画策して試してみたが、結果としてサウナストーンもどきから舞い上がった水が熱せられた水玉になって、3人に襲いかかることになったのは言うまでもない。

 

「ハリーさんに怒られました?」

 

「ドレイク艦長にしこたま怒られたよ、うははは」

 

まさかドレイク艦長に正座させられるとは思ってなかったな、と言って今になっては笑い話の過去を語るラリーに、キラも可笑しそうに笑った。

 

「ところで、キラは好きな子とか居ないのか?」

 

「え?!」

 

ひとしきりサウナの熱に慣れてきた頃合いで、ラリーは唐突にキラへそう切り込んだ。驚いているキラに、ラリーは首を傾げる。そんなに驚くことか?と。

 

「何を驚いてんだよ。年頃だろ?ほれほれ」

 

「あ、あはは……いや、まぁ…気になる子は居たんですけど…」

 

そう言ってしどろもどろと話すキラに、ラリーは焦ったそうに肘でキラの肩を突いた。

 

「なんだよ、歯切れ悪いな。あ、もしかしてモルゲンレーテで離れ離れに…?」

 

「いや、そういうわけじゃ…その子と仲良くなりたいと言うよりは…その子も、その子の彼氏も、僕の大事な友達ですから」

 

そういうキラに、ラリーは彼がいう相手のイメージを容易に想像できてしまった。

 

そういえばキラはもとよりフレイに気があったわけでーーー本来なら、二人は今よりもずっと暗鬱な関係になっていたと思うが、ここにイレギュラーがいることによって、本来たどる未来とは随分と違う場所に来てしまったものだとラリーは改めて自覚する。

 

「ああーー…そりゃあ…なんというか…」

 

そう言って目を泳がせるラリーに、今度はキラが焦ったような素振りで口を開いた。

 

「誤解しないでくださいよ!?僕は二人が仲良く居てくれる場所を守りたいって思ってるだけですから!」

 

「そういうのはなぁ、お前苦労するぞ?いい人見つかっても『あ、この人いい人だな』くらいで終わっちまうぞ?」

 

そうやって大事なタイミングで大事な事を言えないまま終わってしまう関係が一番辛いんだぞ?と、ラリーは少し遠い目をしながらキラを論する。

 

それがなんとなくわかってしまう故、キラの中にもどうにもできないしこりはあるのだろう。

 

「うぐ…。そういうラリーさんこそ、グリンフィールド技師とはどうなんですか」

 

逆に問いかけるキラの言葉に、ラリーは快活に笑ってないないと言葉を吐いた。

 

「うははは!ありゃだめだ!俺を生体兵器かなんかと思ってるからな!……もう少し可愛げがあってもいいんだけどな」

 

「何か言いました?」

 

「いいや、何も…」

 

そこまで言って、二人はしばらく水蒸気に満たされた部屋の中で沈黙を保った。

 

「お互い、苦労しそうですよね」

 

「お前には言われたくねぇわ。あ、そうだ」

 

思い出したようにラリーが立ち上がると、部屋の隅にかけられていたある物を取ってキラの元へと戻ってくる。

 

「これだよ。このヤシの葉っぱで体を扇ぐとより効果が出るんだとかさ。ほれほれ」

 

バッサバッサと防腐加工されたヤシの葉をふるってキラへ熱波を送る。その熱を受けて、キラから流れていた汗はどっと量を増させた。

 

「あぁーーあついぃー」

 

「はっはっはっ!まぁ汗をかき始めてからが始まりだからな」

 

ただやり過ぎると熱中症や脱水症状になるから、ほどほどにな?とラリーはヤシの葉を下ろして元の場所へ戻そうとした。

 

「そこの君、すまないがこちらにもヤシの葉を」

 

と、壁にヤシの葉を置こうとしたラリーと、キラの後ろから声をかけられる。はて、ここに入った時は自分とキラしかいなかったはずだが?そう思って水蒸気の湯けむりの中、目を凝らしながら、置こうとしていたヤシの葉を差し出す。

 

「あ、はい。どうーーー」

 

「君たちもサウナか?奇遇だな」

 

受け取った相手は、ヒゲを蓄え、髪を束ねている姿をした壮麗な男性ーーーウズミ・ナラ・アスハだった。ヤシの葉を差し出したラリーと、振り返ったキラの表情が思わずフリーズする。

 

「う、ウズミ様!?」

 

「実は私もここによく通う常連でな。健康の秘訣とは?と聞かれたらサウナと答えるほどだ」

 

そう言ってどっかりとキラの二段目に座るウズミは、ラリーから手渡されたヤシの葉を自分に向かって仰ぎながらそう答えた。

 

「娘から君やキラ君に世話になったと聞いていてな。一度話を、とは思っていたのだがーー存外、君たちも年相応の子供のようだな」

 

そういうウズミの言葉に、ラリーは乾いた笑みを浮かべ、キラはどこか気まずそうな、なんとも言えない表情を浮かべる。

 

「ウズミ様は、それでここを?」

 

「いや、後日正式な場を設けるつもりだったが…。権威という否応無しに着なければならない長物も、ここでは服とともに脱ぎ捨てられよう。ここにいるほうが、一人のバカ娘の親でいられそうだ。重ねて感謝する。娘を無事にオーブに連れ帰ってくれたことに」

 

そういうとウズミはヤシの葉を横へと置いて、両手を膝に起き、ラリーとキラへ深く頭を下げた。

 

「ウズミさん…」

 

彼にもきっと、背負うものが多くあるのだろう。こうやって一人の親として誰かに頭を下げるだけでも、とやかく言う相手がいる。カガリもまた、その大衆の目にさらされ続けていたのだ。

 

だからこそ、ウズミはカガリを愛していた。一人の父親として、血は繋がっていなくとも家族として。故にラリーとキラに頭を下げることは、ウズミにとっては当然と言えることだった。

 

「君と出会えて娘は変われたような気がするよ。ーーーどうもありがとう」

 

そう言って、いつもは威厳に満ちた顔をにこやかに微笑ませるウズミに、キラとラリーは互いの顔を見合わせてから、可笑しそうに笑った。

 

 

 

「すまない、こちらにもヤシの葉を」

 

 

 

と、そんなやり取りをしてる中、今度はラリーの後ろから声がかけられる。

 

「ああ、どうぞ」

 

ウズミが頷いてヤシの葉を取り、ラリーに渡すと、まるでバケツリレーのように彼は後ろへ振り返ってヤシの葉を差し出しーーーーそして固まった。

 

「ーー元気そうで何よりだな、ラリー」

 

そこにいたのは、くたびれたブロンドの髪の上からタオルを被り、青い目でこちらを見つめる壮麗な男性。年は取ってはいるが、どこか色気があるその風貌と声。そして普段はマスクに隠されている素顔は、ここに居る者の中ではラリーしか知り得ない人物であった。

 

「ラ、ラウ…」

 

げぇ!!クルーゼ!!、とそこまで出かかって、ラリーはぐっと込み上げてきた言葉を飲み込む。

 

「らう?」

 

隣にいたキラが顔を青くするラリーを見つめて首をかしげる。ここで彼が宿敵であるラウ・ル・クルーゼであるということがバレるのは現状では非常にまずい…!!どうする!どうする!!どうするーーー!!!

 

「ーークラウドさん…」

 

ラリーは咄嗟にそう弱々しい声で呟くと、素顔のクルーゼが思わず顔を下に下げた。肩を震わせるな!笑うな!こちらは必死なんだぞ!という声をラリーは乾いた笑いをする顔の下へ押し込める。

 

「ラリーさん、知り合いなんですか?」

 

「あ、あぁ。前にオーブでたまたま知り合って…まぁ顔見知り程度だけど…本当に、まじで…はっはっはっ」

 

そう言ってラリーは、「すまないが彼と久しぶりに話をしてくるよ」とキラとウズミから離れてクルーゼの隣へとどっかりと腰を下ろした。

 

(おい!なぜお前がここにいる!!)

 

顔は笑顔だが小声でいう言葉には、明らかに怒気と驚きと戸惑いがあった。そのラリーの表情をタオル越しから見つめながら、何食わぬ顔でクルーゼは答える。

 

(湯治だよ。君との戦いは骨が折れるからな)

 

(そういう意味で言ってんじゃねぇよ!どうやって入った!)

 

(正規の手段でだが?)

 

現にクルーゼは正規の手段でオーブへと入港し、温泉で体を癒してから出国、そのまま大陸を経由してカーペンタリアへ向かう手はずとなっている。開き直るクルーゼに、ラリーは思わず叫びたくなった。

 

(このやろっ…!)

 

(ははは、まぁこうやって会えたのは偶然さ)

 

そう言って笑みを向けるクルーゼに、ラリーは笑顔の仮面を被りながら青筋を浮かべる。

 

「二人はかなり親しそうな仲だが、どこで知り合ったんだ?」

 

「あ、あーーそれは」

 

ヒソヒソと話す二人に、ウズミがなんら疑いない声で問いかける。それにしどろもどろとするラリーに変わって、頭にタオルをかぶせたままだが、隣にいるクルーゼこと、クラウドが答えた。

 

「私は宇宙からこちらへの輸送担当を任されておる者でして。以前、モルゲンレーテへの搬入作業で、ラリーさんが手助けしてくれたんです」

 

「あはは!そう!そうなんです!あの時は大変だったな!!はははは!!」

 

「そうか、ふむ。しかし、君も疲れているようだ。無理はせずに励みなさい」

 

「私は先に出るとするよ」とサウナ室から出て行くウズミ。彼の美徳は信じた人にはとことん甘くなるところだが、それが弱さだとも思う。少しは疑えよと、内心でホッとしながらそう思わざる得ないラリー。

 

「ラリーさん、僕も先に出ますね」

 

「あ、ああ。また後でな」

 

サウナの暑さで汗をかいたのか、そう言ってキラも出て行き、今度こそラリーはこの部屋でクルーゼと二人きりとなった。

 

「さて、邪魔者はいなくなったな。ラリー」

 

そう言うクルーゼは頭に乗せていたタオルを取って、ニヤリとラリーを見つめる。

 

「はぁ?」とラリーが不機嫌そうなクルーゼを睨み付けると、彼は満足そうに笑みを浮かべて言葉を紡いだ。

 

「君と私、どちらが本物か…どちらが長く、ここで我慢できるか」

 

「おう、そういうことなら乗った」

 

クルーゼとの勝負事と聞いて引く訳には行かない。真剣サウナ持久対戦。暑さで潰れるのはどちらか。こちとら大気圏の中を耐えた実績があるのだ。負ける訳にはいかない。

 

「私のライバルならば、そうでなくてはな!」

 

「うるせー!いつもいつも俺の前に現れやがってこの変態が!!」

 

そう言ってサウナストーンに水をぶっかけるラリーに、クルーゼは高笑いをあげ、その声がサウナ室から響き渡り、水風呂の良さをウズミから教えてもらっていたキラの肩を震わせる。

 

 

 

 

 

その後、正座メンバーの中にラリーが居なかったことに気づいたハリーがラリーを探していたところ、スタッフとキラに担がれたラリーを発見。

 

誰かの高笑いが響く中、大慌てでゆでダコになったラリーを介抱するために部屋へと持ち帰ったという噂が立ったとか、立たなかったとかーー。

 

クルーゼは何事もなくオーブから出国、迎えにきたアデスが見たこともない健康そうなクルーゼに驚いたということをここに記しておこう。

 

 

 

 



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コロニーメンデル編
第148話 動き出す変革


 

 

強襲機動特装艦、アークエンジェル級「ドミニオン」

 

モルゲンレーテと地球軍が共同開発した1番艦である「アークエンジェル」のデータを元に、地球連合軍が建造したアークエンジェル級の2番艦だ。

 

原作では第2次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で、アークエンジェルと激戦を繰り広げた果てにそのローエングリンを艦橋部に受け、ナタルやアズラエルと共に爆沈する悲運を持っていた船ではあるがーーここにはメビウスライダー隊がいる。

 

彼らがもたらした変化は芽を出し、まさに大きく世界を変えようとしている。

 

艦長はグリマルディ戦線から数々の戦いをメビウスライダー隊と共に切り抜けてきた名将、ドレイク・バーフォード。

 

外装は塗装は黒を基調としているため、アークエンジェルとは対照的なイメージを与える外観を持つ艦であり、ブリッジ付近のセンサー強化、MSデッキのレイアウト変更、艦尾両舷の垂直翼などに多少の形状違いが見られるが、基本的な性能面ではアークエンジェルとほぼ同じ性能を持つ。

 

月面の地球連合軍基地に配備されたドミニオンは、地球軍から離脱した叛逆艦であるアークエンジェルの追討任務を受領。

 

これによりL4コロニー群宙域に向けて発進。宇宙の大海を緩やかに航行しているのだった。

 

「ーー無事にドミニオンを受領出来たとはいえ、やはりというか何というか」

 

ドミニオンの中で、地球軍の制服を着流すリークが呆れたような、困ったような声で唸った。その後ろで、すっかり悪名高くなってしまったアークエンジェルの動向を調べる書類に目を通しているバーフォードも、どこか疲れた様子で息をつく。

 

「クラックスのクルーで事は足りたのですが、明らかに手持ち無沙汰になる増員数ですな」

 

そんな彼らに同意するように、アズラエルは目の前のモニターから目を離さないまま頷いた。

 

「名前を見る限りでも、ブルーコスモスの名簿で見た士官がちらほら…やはり、我々の監視が目的のようですねっと」

 

ドゴォッとモニターから音声が響くと、閃光と共にモニターの中を飛び回っていたキャラクターが画面外へと吹き飛ばされた。

 

「あ、ズリィぞ!アズラエルさん!」

 

吹き飛ばされたキャラクターを操作していたクロトが悔しそうにコントローラを上下させるが、アズラエルはチッチッチと言わんばかりに首を横に振る。

 

「あーだめだめです。迂闊に空中に上がったのが運の尽きですよぉ」

 

「欲をかいた理事もですけどねー」

 

敵を倒したのに油断したのか、迂闊に着地したアズラエルの持ちキャラクターを、リークが操る剣を備えたキャラクターが容赦ない重い一撃を入れて、画面外へと吹き飛ばした。

 

「ああ!僕の残機が!やってくれますねぇ…ベルモンド上級大尉!僕は勝ってきたんだ!いつだって!」

 

「けど、ここに最後の切り札が来るのは読んでいたよ」

 

そう悔しがるアズラエルを尻目に、誰もいない場所に現れたアイテムを、漁夫の利を狙っていたニックが即座に回収する。

 

「ニック!!ああ!まずい、くそ!!」

 

リークの声も間に合わず放たれたニックからの攻撃は、復帰したクロトとアズラエル、そしてリーク自身のキャラクターを巻き込んで画面いっぱいに光を照らし、3人を吹き飛ばす。

 

「はっはっはぁ!スカイキーパーの戦況予測を甘く見ないでほしいな!」

 

画面を見ながら高笑いするニックを、悔しがりながら意地になった3人が手を組んで画面外へと追い出していく。

 

そんな光景を見つめながら、イヤホンから宇宙に上がる前に手に入れた新曲のCDを聞くシャニが抑揚のない声で呟く。

 

「みんなバカばっか」

 

「早く終わらせて、映画見ようぜー?」

 

「ーーお前ら、ここが艦長室ということを忘れてないか?」

 

約束通り、リークに買ってもらった映画の順番待ちをしているオルガを横目に、バーフォードは見ていた資料を下ろして呆れたように呟いた。

 

ここはドミニオンの艦長室。アズラエルとリーク、そしてメインパイロットであるオルガたちが、楽そうな格好で無重力の中、思い思いの娯楽を楽しんでいた。

 

「だってしょうがないじゃないですか。ここくらいしか機密性が無いんですから」

 

そう開き直って言うアズラエルの言う通り、ドミニオンの艦内はクラックスのクルーだけではなく、サザーランド指示のもとやってきたブルーコスモスシンパの士官たちが歩き回っているのだ。

 

おそらく、アズラエルの牽制と監視が目的だろう。クラックスのクルー達にも負担をかけているのはわかるが、どうあってもサザーランドはアズラエルに好き勝手動かれたくはないらしい。

 

「お仕置きと称して医務室を封鎖して、事前に録音してた僕らのうめき声をエンドレスで流し続けるって」

 

「そうでもしないと、あの過激派たちは納得しないでしょ?」

 

今頃、医務室の中では音声機器をリピート再生しながらクラックスの軍医がベッドで寛いでいることだろう。もともと、オルガ達はブーステッドマンだ。リークが来る前はそれなりの投薬処置などを行なって、やっとモビルスーツを扱えるレベルになっていたほどだ。

 

オーブの戦闘を見たブルーコスモスシンパたちに、「あれは過剰な投薬の結果で行えた戦闘なんですよ」と説明すれば、誰も疑うことなくその事情を隠れ蓑にすることができた。バレるのは時間の問題だろうが、準備を整えるまでの時間稼ぎにはちょうどいい。

 

「いやこえーよ、普通にこえーよ」

 

「アズラエル理事?」

 

そうにこやかに微笑むアズラエルに恐怖の表情を向ける3人と、目が笑っていない笑顔を向けるリークに、アズラエルは咳払いをして誤魔化した。

 

「んんっ!まぁ冗談は置いておいて、とにもかくにも、今は予定通りアークエンジェルを討ちに行くしかないでしょう?のんびりいきましょうよ。準備もまもなく整いますし」

 

地球軍の虎の子の艦であるドミニオンを手中に収めることができたことで、アズラエルが思い描く計画の八割は条件がクリアされたことになる。

 

あとはL4コロニー群に向かっているであろうアークエンジェルを捕捉できれば、ハルバートンと自分が思い描く計画のほぼ全ての要素が揃うわけだ。

 

「ウィリアム・サザーランド。彼らは宇宙では好き勝手にできないと思い知ることになるでしょうねぇ。僕を出し抜こうとしたツケは尻の毛まで毟り取って払わせてあげますよ」

 

「悪い顔してるなぁ、ホント」

 

ニヤリと笑みを浮かべるアズラエルを見て、可笑しそうに笑うリークに、アズラエルは当然とウインクしながらこう返した。

 

「ーー僕は悪党ですから」

 

 

////

 

 

「久しぶり、と言うのは変かな。エターナル艦長のアンドリュー・バルトフェルドだ」

 

L4コロニー群に向かう航路の中、アークエンジェルとクサナギ、ヒメラギの艦隊に合流したエターナルの中で、ランチで乗艦してきたマリューとキサカ、ハインズにバルトフェルドは気さくな雰囲気の中、敬礼をした。

 

「しかし驚きました。貴方があの船で飛び出してくるとは」

 

バルトフェルドの後ろにはアフリカ時代からの副官であるダコスタや、相変わらず綺麗なアイシャが控えており、その様子を見てマリューも笑みを浮かべる。

 

「そちらも色々あったようだし、お互い様さ。まさか、ザフトの赤服くんたちもこちらにいるとは…メビウスライダー隊もよく守ってくれたな。ありがとう」

 

そんな中、エターナルからクサナギに移ったアスランは、オーブ軍の医務室で応急処置のままだった肩の治療を受けたあと、カガリに連れられてクサナギのドックへやってきていた。

 

「いつも傷だらけだな」

 

「石が護ってくれたよ」

 

右肩を包帯で固定されながら、アスランは首から下げていたハウメアのお守りをカガリに見せるように取り出す。

 

「そっか…良かったな。しかし、あんなもんで飛び出してくるとはね。すごいな、あの子」

 

「ああ…」

 

そう言ってハンガーから眼下を見下ろすと、そこではラクスと再会を喜ぶキラたちがいる。あとでアークエンジェルにも乗船するらしい。

 

「いいのか?お前の婚約者だろ?」

 

ラクスと親しげに話すキラやラリーを見つめながら、カガリは少し微妙な顔つきでアスランにそう言った。

 

そんな様子を見つめながら、アスランもまた困ったような、自分自身に呆れているような顔をしながらカガリを見つめる。

 

「……元、婚約者ね」

 

「え?」

 

「ほら、俺はバカだから…」

 

そう言ってアスランは視線を彷徨わせた。

理由はどうであれ、自分は彼女を疑い、銃口を向けた。好意を抱いていたかと聞かれれば、イエスと答えられるが、父と、ラクスの父であるシーゲルの思惑もあって築いた関係だ。

 

ユニウスセブンで彼女を探していた時も、駆り立てられるような焦りや不安もなかったし、彼女を探すことよりも兵士として戦うことを優先したこともある。

 

そんな自分が、今さら彼女の婚約者だと言い張るのは、ちゃんちゃらおかしいものだと思えた。

 

そんなアスランの様子を見て、カガリはさっきまでの微妙な顔つきを引っ込めて安心したように笑みを浮かべる。

 

「ま、今気付いただけ、いいじゃないか。でも、キラもバカだと思うぞ。うん。やっぱコーディネイターでもバカはバカだ。しょうがないよ、それは」

 

「そうか。そうだな」

 

快活に笑うカガリを見つめながら、アスランも同じように思う。そしてどこか、カガリのような考え方をできたらもっとマシな人間になれていたのではと、感じる思いもあった。

 

 

////

 

 

《各隊、配置に着きました》

 

ドミニオンとは別に、地球から月を経由して上がってきたアガメムノン級艦。予定されていた航路に乗ったその船の中で、数名のパイロットたちはブリーフィングルームに集まっていた。

 

「やれやれ、サザーランドの親父さんも無茶を言う。奴らが化け物だと言うことは早々にわかっていたことだろうに」

 

黄色部隊。

 

ウィリアム・サザーランドが手ずから組織した独立遊撃部隊であり、配備されるパイロットのほぼ全員がエースパイロットであり、ブーステッドマンなどを参考にした簡易的な強化措置を施された半強化人間と言える。

 

その中でもトップナンバーを有する男性パイロットは壁にもたれながら、自身を指揮する愚かな上官への嫌悪感を露わにしていた。

 

「されど、戦わねばならぬだろう。彼らが我々の敵であると言うなら」

 

そう呟くのは、パイロットの中でも年齢が一番上の男だ。彼は強化要素は少ないものの、長年の経験や知識を武器に老練な強さをもつ。

 

「相変わらずだな、お前は」

 

「ここに居る者にブルーコスモスの理念をわかれと言われても、無茶があるのはわかっていることだろ?」

 

そう答える男に、部屋の端にいた黒い長髪を無重力に遊ばせる女性パイロットが静かに頷く。

 

「違いないわね。私たちがここにいる理由はあんな堕落した思惑ではない」

 

黄色部隊に志願したパイロットの多くは、コーディネーターへの憎しみも強いが、それと同じほどに求めているものがある。

 

「強者と戦う。ただそれだけのことよ」

 

《黄色部隊、諸君にミッションを説明する》

 

音声アナウンスとともにモニターが光る。それを見つめて、リーダーであるトップナンバー、ベルリオーズは、傷痕にまみれた体を無重力に浮かばせた。

 

「よし、では行くとしよう。我々が変える、我々の戦争のために」

 

 

 

 



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第149話 陰謀と策略と猛進

 

《ボーンブロワーは第7軌道にて待機》

 

《スターリン、メゲラ、ベックイズは第2軌道に移動せよ》

 

地球軍、プトレマイオス基地。

 

ビクトリアから次々と上がってくる艦隊を司令室にある大きな窓から一望しながら、ウィリアム・サザーランドは軍服に身につけられた勲章を煌めかせながら、宇宙の大海を舞う悠然とした自分の力を満足そうに眺めていた。

 

プトレマイオス基地。

 

地球軍の月面基地の1つでプトレマイオス・クレーターに建設された軍事拠点であり、地球側が所有する宇宙基地の中では最大規模の連合宇宙軍基地だ。今、そこにはビクトリアから打ち上がった複数の艦隊が駐屯している。

 

月本部とも呼ばれるこの基地は、まだ宇宙に希望を持っていた時代から、大西洋連邦により極秘裏に建造が進められてきた。

 

しかし、C.E.35年に月面軍事拠点建造の事実が発覚し、国際的非難を浴びることになるものの、一方で大西洋連邦は開き直り、「宇宙の警察署」であると主張した。

 

結果、プラント側であるザフトが最も警戒し、地球軍が彼らに攻勢を成すための最大の軍事拠点としても恐れられている。

 

宇宙軍の中核を成す大規模な主力基地であったが、地球からの補給路に頼り切っているため、力の利害関係では地上のパナマやアラスカが主導権を握っていた。

 

故に、宇宙港の陥落により大規模補給路が絶たれたため、基地が干上がりかかったがビクトリア奪還により基地を維持する事に成功した。

 

 

そして、C.E.71年9月11日。

 

 

地上から宇宙へ上がり、プトレマイオス基地の主導権を乗っ取った地球軍最高司令部により、エルビス作戦が発令される。

 

これにより各方面の主力戦力がプトレマイオスに集結。

 

対プラント侵攻を目的として、ウィリアム・サザーランド自らが再編成した第六、第七機動艦隊もプトレマイオスから発進することになる。

 

《第8空母群、加速3.7ポイントでホライズオと合流して下さい。第4補給班到着、定刻より10秒遅れです》

 

《軌道を上げろマグナム!第51戦闘群が発進するぞ!》

 

続々と宇宙へと上がる船を見つめながらサザーランドは、自分がこの宇宙の中で唯一、この船たちを動かす実権者であるという錯覚を持っていた。

 

それは甘美で魅力的であり、なによりも人を盲目的にさせる。善と悪の境目など簡単に取り去り、自身の全てが神の意思であり、正しいのであるという感覚を植えつけられる。

 

今の彼には、恐れるものなど存在しなかった。アズラエル?例のメビウスライダー隊?そんなもの、取るに足らないものだ。気をやる価値もない。

 

彼はその傲慢な目つきをギラつかせながら思惑に耽る。オーブの裏切り者から齎されたものは実に有意義なものだった。まさに戦争を根底からひっくり返す力を、その者はよりにもよってサザーランドに渡してしまったのだ。

 

人為的に作られたコーディネーターを蔑み、人より秀でた能力を持つ者たちへ異常者という烙印を押して、自身の権力に影響のない場所へと閉じ込めるような男に、その力は渡ってしまったのだ。

 

後ろで忙しく動き回る士官たちは気づかない。誰にもわからせないまま、大きな防熱窓に仄暗く映るサザーランドの顔は緩やかに、しかし狂気を孕んだ笑みを浮かべる。

 

その視線の先には、いくつもの禁断の刻印が打たれた兵器が艦船へと運び込まれていくのだった。

 

 

 

////

 

 

 

早期警戒管制システム、通称「AWACS」。

 

大型レーダーで一定領域を監視し、敵性・友軍機などの空中目標等を探知・追跡し、なおかつ友軍への航空管制や指揮・統制を行うシステム。

 

空中警戒管制システムや空中警戒管制機とも呼ばれ、「AWACS」は「エーワックス」と読まれることが多い。

 

旧世紀の航空戦において、防御対象や重要地域より、遠距離から如何に迅速に正確で敵性航空機を探知するのかという命題が付きまとってきた。

 

警戒・探知はレーダーを用いることが航空戦では最も優位であり、固定レーダーによる探知距離の関係や脆弱性、再配置の容易さの点などにより、旧世紀では航空機にレーダーを搭載し、警戒することが考えられた。

 

そして、それはC.Eとなった今でも健在たる理由のひとつだ。

 

Nジャマーというジャミング作用をもたらす装置の開発により、異常発達していた電子の目のほぼ全てが死に絶えた今の戦局の中で、後方または前線へ出る宇宙艦船そのものにレーダーを配置することによるレーダー範囲の増大・探知距離の拡大や、必要地域へ移動し警戒を行なうことができるなどの利点があった。

 

宇宙戦争という人類戦争史の新たなステージへ移行したC.E.51年に、地球軍の第7艦隊、メビウスライダー隊を指揮するドレイク・バーフォードからグリマルディ戦線からテスト的に使用してきたAWACSを提示し、第7艦隊内でのAWACS「オービット」が設立された。

 

彼はドレイク級宇宙護衛艦「クラックス」へ大型レーダーと複数の領域拡大用のドローンを射出。戦闘という場面に特化する形で、早期警戒を行なっている。

 

警戒任務についているオービットだが、初の実戦投入から今日まで、ザフト軍機に対する要撃を警戒管制し、地球軍の制空権優勢獲得に貢献した。

 

「セ、センサーに感!距離500、オレンジ14、マーク233アルファ、大型の熱量接近しつつあり!戦艦クラスと思われます!」

 

そしてその能力は、アークエンジェル2番艦である「ドミニオン」にも搭載されている。ザフトとのモビルスーツ戦闘に特化した強襲機動特装艦であるドミニオンならば、従来の艦船よりもモビルスーツ戦闘に対応することが多いことを見越して、ドレイクが進言したのだ。

 

そんな中、CICの司令席に座るニックは、たどたどしくパネルに指を走らせる士官たちに目を光らせながら、艦長席に座るドレイクの言葉を待った。

 

「対艦、対モビルスーツ戦闘用意。面舵10、艦首下げ、ピッチ角15」

 

「イーゲルシュテルン起動、バリアント、照準敵戦艦、ミサイル発射管、1番から4番コリントス装填、アンチビーム爆雷、射出!牽制射撃!制空権をまず奪う!バリアント、てぇ!」

 

ドレイクの一言から、彼が求める最善手に必要な武装の展開と、その順暇をニックは一声で号令に出した。

 

早期警戒管制ということは、必然的に遭遇した敵との戦闘を行わなければならない。管制官を務めるニックのスキルというものは、状況判断能力と確かな情報の精査、そして効果的な攻撃手段をメビウス隊に伝えることが求められる。

 

故に、ニックは戦闘状態になった場合、あらゆる対応を行う知識と見聞が必要になった。今彼が座るCICも、ニックにとってはAWACSにいるときと何ら変わりはない。それほどの知識量がいるのだ。

 

クラックスのクルーはそういった人材が多い。何か一つに特化してる者も確かにいるが、ほぼ全員が二つの持ち場をトレードできるように訓練されている。

 

人員が少なく、戦闘機よりも早く飛び回るジンに艦船で戦いを挑むには、一人が一つの仕事をしては対応できないのだ。

 

それほど、艦を動かすというのには人手がいる。いくらオートマシンとして進化したとしても、最後に決断を下すのは人間だ。そしてその決断にはさまざまな要素が加わり、それを成すためには多くの人員が要することになる。

 

ニックの一声に反応すらできなかった上層部から配属された士官たちを見て、ドレイクは小さく息をついた。ーー落第だな、と。

 

「何をやっているか!貴様等!対応が遅すぎる!これでは初陣で沈められるぞ!分かっているのか!」

 

「あーだめだめですねぇ…」

 

普段は穏やかな性格をしているニックからは想像もできない怒声に、士官たちは思わず首を竦める。今の様子をブリッジで共に見ていたアズラエルも、呆れたように肘掛についた腕の指先に額を預けた。

 

「やはり、彼らにはまだブリッジに入ってもらうのは無理のようですな」

 

そう言って席を立つバーフォードに、CICから登ってきた中尉が異論を唱える。

 

「し、しかしバーフォード艦長!我々は上層部の命によりブリッジの担当管制官に任命され……」

 

「それで船が落とされたら誰が責任を取るのかね?君らを推薦した司令部かな?」

 

冷たいとも思えるバーフォードの言葉の刃に、いきり立った様子の中尉は喉に声をとどめて押し黙った。その様子を見て、バーフォードは確信したように、哀れなものを見るような顔つきで中尉を見つめる。

 

「ーーいいかね?ここは基地ではない。君たちがどんな命令を受けて、どんな思いを持ってここにいるかは知らんが、戦場では状況を把握して決断することに一分一秒の暇もない」

 

特にモビルスーツに取り付れたら尚更だと、バーフォードは付け加える。低軌道会戦で、三機のジンに取り付れたとき、あれはクラックスのクルーが一つの機関となって十全と自身の役割に徹した結果、後部ミサイル装置と外装への破損を抱えながら、三機を撃墜するという偉業を成し得たのだ。

 

彼らはカモだと思っていたドレイク級の船に手も足も出ず、逆に討ち取られるなど思いもしなかっただろう。

 

その戦闘データを見たアズラエルは思う。あの連携がすぐ可能なクラックスのクルーと比べれば、彼らはーーー。

 

「はっきり言おう。君たちのようなヒヨコが殻を被って歩いてるような未熟者たちに、船のすべての命を預けることは単純に難しいと言ってるだけなのだよ」

 

アズラエルの考えよりも先に、バーフォードが中尉とただCICの座席に座る下士官たちを見下ろしながら、はっきりとした口調でそう告げたのだ。上がってきていた中尉の顔と手がみるみると怒りに震えていくが、それすらバーフォードは手玉にとって封殺する。

 

「悔しいか。ならば、口だけではなく真摯に力をつけることだ。それが嫌ならば船を降りてもらって構わん。我々はそうやって戦場を生き延びてきたのだからな」

 

いくらいきり立とうが、いくら巻くし立てようが、艦長が自分であり、彼らに能力がないという事実は変わらない。その事実を突きつけられた中尉は青筋を浮かべる顔を伏せて、手早く敬礼を打った。

 

「し、失礼します」

 

そう一言だけ言った中尉が無重力に体を飛ばしてブリッジから出て行くと、ほかの士官たちも複雑そうな顔をして各々がブリッジを出て行った。その様子を見届けてから、アズラエルはわかりやすく肩をすくめてため息を吐く。

 

「相変わらず本質を突いてからの封殺ですねぇ。バーフォード艦長との交渉で勝てるわけがないのに」

 

「私は事実を言っているまでですよ、アズラエル理事」

 

凛とした声で返すバーフォードに、アズラエルは満足そうに口角を上げて自身が座る席へ肘を落ち着かせる。

 

「それがメビウス隊の強さでもあります。今の情勢じゃそれを言うのも一苦労ものですから。まぁ、私としてもそこには大いに賛同しますがね。ハリボテの階級とごますりをすれば、人間って誰でも上に上がれます。しかし、本当に必要になるのはその時の最大人間能力ですから」

 

彼は理事であると共に一流のビジネスマン。人間個々の能力を重要視しない軍とは違い、彼は1人の人間能力を重視している。

 

局面的な状況を迎えたとき、歯車でしかない人間は単なる歯車に成り下がるが、そこで人間性を持つとなるなら、群として成す軍人の能力を上回る力を発揮することができる。メビウスライダー隊こそ、その体現者だとアズラエルは思えた。

 

「艦長」

 

そう言ってブリッジに上がってくるニックに、バーフォードは初めからそうするであろうと思っていた言葉を口にした。

 

「ニック。至急、クラックスのクルーをここに集めてくれ。それと、「信号弾」の準備を。そろそろ頃合いになるだろう」

 

「了解しましたよ、艦長」

 

今頃、彼らも暇を持て余してることだ。休暇はここまでにしようと、ニックは通信インカムを取り付けて自室に待機しているクルーへすぐに通信を入れた。

 

信号弾。

 

軍上層部からやってきた彼らには悪いが、ドミニオンを手中に収めた段階でシナリオが進むルートは確定したのだ。バーフォードが軍の帽子を深くかぶる中で、アズラエルはまるでオペラ座の公演を観るかのように緩やかに座して深淵の宇宙を見つめた。

 

隣に立つバーフォードもニックも思う。

 

このシナリオを作り上げ、第八艦隊司令官であるハルバートン提督を納得させ、承認を得た彼は「悪党になる」よりも、「悪党を演じる役者である」ことに長けている、と。

 

「さて、バーフォード艦長肝いりのアークエンジェル。僕の求める能力があるか無いか、面接の時間といきましょう」

 

超えるものを超えた男は強いぞ、そう思いながらバーフォードは、目先に映るであろうアークエンジェルの艦長に期待を寄せるのだった。

 

 

 

////

 

 

 

「はぁーー」

 

ヤキンドゥーエ宙域から帰還したクルーゼは、研究施設に併設された個室に漂うようにたどり着くと、今まで聞いたことない呻き声のような声で息を吐き、普段使っているものよりも一回り大きい耐圧ヘルメットを脱ぎ捨てた。

 

「疲れてるようだね、ラウ」

 

その部屋で待っていた白衣姿のギルバート・デュランダルに、目の下のクマを濃くしたクルーゼは疲れながらも笑みを浮かべる。

 

「私とて生身の人間さ。あの機体性能は中々堪える」

 

「それほどの機体ということなのか。プロヴィデンス・セラフと言う機体は」

 

そう言ってデュランダルは、最寄りの窓から見えるドッグに佇むプロヴィデンス・セラフを見つめた。すでに各部ハッチが解放された機体は、セラフを設計した主任設計士の指示のもと、手際よく点検作業を施されていく。

 

「それでも、戦いたいのだろう?流星と」

 

「当然だよ」

 

デュランダルの問いかけに、クルーゼは疲れ切った体から耐圧スーツを脱ぎ捨てながら答えた。指先は青く滲んでいて、体の至る所にも壮絶な負荷を物語る傷跡がまだら模様になって、クルーゼの肉体を蝕んでいた。

 

セラフへの搭乗は間違いなくクルーゼの寿命を削る。

 

幾十にも備えた新型の耐圧スーツでも、これほどの負荷をクルーゼに与える代物。ただでさえ肉体的にハンデを抱えるクルーゼにとっては、乗り込んで扱うだけでも血反吐が出るほどの苦痛を味わうことになる。

 

それでも、とクルーゼはセラフに乗ることを諦めなかった。

 

「私の命は彼と共にある。彼が私を殺せば、私はこの絶望した世界に、自分の生まれた意味を抱きながら死ぬことができるだろう。だが、彼を殺してしまったとき。私は君と出会った頃の自分に立ち戻ってしまうかもしれん」

 

「…ラウ」

 

わかっている。自分の生まれた意味の証明など、答えはないことくらい。しかし、クルーゼは見つけてしまったのだ。自分が、この人間の業にまみれた肉体が作られた意味を。

 

偽りの肉体で閃光ともてはやされた紛い物でしかない自分。その鬱屈さと恨みを晴らすために生きてきた過去がどうでもいいと思えるほどの力を、本物を、クルーゼは見つけたのだ。

 

故に戦う。

 

故に殺しあう。

 

闘争の赴くまま。

 

自身の気持ちの赴くまま。

 

自分の望む夢の果てへ。

 

「その為に手にしたプロヴィデンス・セラフだ。だが、このままではギルバート、君が言うラリーの「SEED」の扉はまだ開かんな。早く開けてやりたいものだがね」

 

その扉を開いてからこそ見えるのだ。クルーゼが求めた世界が。その狂気とも言える渇望を欲して貪欲に歩む友を見て、ギルバートもまた、その狂気に同調し、取り込まれていくのだった。

 

もう止まらない。

 

もう誰にも止められない。

 

この命を取れるのは寿命でも過去の怨念でもない。この命を取れるのも、命を奪えるのも、この世界でたった2人だけ。

 

そう思うだけで、クルーゼは自身の体の遺恨などに死ぬ気などさらさら起きなかった。

 

 

 



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第150話 宿命の前夜

 

 

 

「ーーーコロニーメンデル。こいつは開戦前にバイオハザードを起こして破棄されたコロニーだ」

 

L4コロニー群も目と鼻の先に迫ったところで、アークエンジェル、クサナギ、ヒメラギに合流したエターナルに乗るバルトフェルドは、自分たちの行く先を開示した。

 

「このメンデルの事故はオレも記憶にある。けっこうな騒ぎだった。でもま、そのおかげか一番損傷は少ないし、とりあえず陣取るにはいいんじゃないの?」

 

そもそもL4コロニーは開戦前のバイオハザードに加えて、開戦後にアジア共和国が管理下に置く資源衛星「新星」ーー後のボアズを巡って苛烈な攻防戦が繰り広げられ、その影響はL4コロニー群に致命的な損害を与えた。

 

いわば宇宙の戦場跡。一時的に隠れるにはうってつけの場所だろう。

 

「当面の問題はやはり月でしょうか?現在、地球軍は奪還したビクトリアから次々と部隊を送ってきていると聞いています」

 

そう呟くPJにマリューも不安そうに頷く。

 

「プラント総攻撃というつもりなのかしらね?」

 

《虎の子のモビルスーツの量産と、ナチュラルでも扱えるOSが手に入ったんだ。当然だろうな》

 

ヒメラギの艦長の任に就くハインズも、マリューの抱く不安と同じことを考えていた。付け加えるようにハインズの部下たちも怒りの声をあらわにする。

 

《元々それがやりたくて仕方ない連中がいっぱい居るようだからな。青き清浄なる世界の為にってな》

 

《味方を焼き殺そうとしてまで、なにが青き清浄なる世界だ。そんなもの糞食らえだ》

 

アラスカ、そしてパナマ。同胞の命すら省みらずに殺戮兵器を投じた地球軍、戦えぬ無力な者に銃を突きつけて虐殺するザフト軍。その凄惨たる現状を眺めながら、ラクスは暗い影を落としながら溢れるように呟いた。

 

「皆さまも、とてもお辛い目に遭われたのですね」

 

そういうラクスに、それでもとPJは笑顔を見せた。

 

「それで探すきっかけができたんだ。俺たちが信じる、俺たちの信じた明日を」

 

何が正しいか、間違っているかじゃない。自分たちは何のために戦い、何を求めて戦っているのか。その先の答えを見つけるために地球軍やザフトを離れ、自分たちはここにいる。その想いにハインズや仲間たちも頷いた。

 

「それにコーディネイターを討つことのどこが、青き清浄なる世界の為なんだかな。そもそも、その青き清浄なる世界ってのが何なんだか知らんが、プラントとしちゃあ、そんな訳の分からん理由で討たれるのは堪らんさ」

 

《互いの憎しみが、連動して動く歯車になってるようにも思えるな。この戦争そのものが》

 

バルトフェルドの呟きにハインズも同じように言葉を紡いだ。

 

「プラントもナチュラルなんか既に邪魔者だっていう風潮だしな、パトリック議長は。当然防戦し、反撃に出る。二度とそんなことのないようにってね。それがどこまで続くんだか」

 

「酷い時代よね」

 

「でも、そうしてしまうのも、また止めるのも私達、人なのです。いつの時代も、私達と同じ想いの人も沢山居るのです」

 

誰もが目を覆いたくなる世界の惨状を前に、ラクスは毅然とした言葉で自身の行く先とあり方を示す。

 

《憎しみを原動力にするなら、誰かがその連鎖を歯を食いしばって断ち切らなければならない。それが我々、大人の役目だと自負しているよ》

 

それが、このどうしようもない戦いを始めてしまった俺たちの世代のケジメだと、ハインズは呟く。そうしなければ、この連鎖は延々と続くだろう。

 

「創りたいと思いますわね、憎しみのない時代を」

 

ラクスの小さな呟きに、その場にいる誰もが望む未来の姿を思い描いて、彼らは向かう先であるL4コロニーを見つめた。

 

 

////

 

 

エターナルの後部にある展望ルームで、アスランは1人、流れていく星空の大海を眺める。その視線は不安に揺れ動いていて、アスラン自身の顔色も良いものではなかった。

 

「こんなとこに居たのかよ」

 

そんなアスランを見つけたのは、カガリだった。オーブの赤いジャンパーを袖に通した彼女は、ふわりと無重力に体を浮かべてアスランの隣へと降り立った。

 

「お前、頭ハツカネズミになってないか?」

 

しばらく、沈黙するアスランの横顔を眺めていたカガリは怪訝な表情を浮かべて思わず呟いた。

 

「は、ハツカネズミ?」

 

「こう、一人でグルグル考えてたって同じってことさ。だからみんなで話すんだろ?だから、自分で抱えずにちゃんと来いよ」

 

今頃エターナルのブリッジで行われている作戦会議。この四隻の今後を決める大事な話し合いの場だ。そんな中で、自分の考えを抱え込んで黙られてると、気にしたがりのカガリにとっては心配のタネとも言えた。

 

「…すまない」

 

そう言ってアスランは包帯に巻かれた肩に手をやる。それを見たカガリも、悲しげな顔をしてアスランを気遣った。

 

「…痛むのか?」

 

「大丈夫だ」

 

そう即答するアスランに、カガリは呆れたように息をついて「あのなぁ」と口を開く。

 

「それ。やせ我慢っていうんだぞ?」

 

カガリは手すりを持っていた手を離して、優しくアスランの肩から腕にかけて撫でる。その手からはたしかに、暖かさがアスランへ流れ込んできた。

 

「痛いよな…お父さんに撃たれたんじゃ」

 

そんなカガリの言葉は、凝り固まったアスランの心を優しく解し、彼自身の中で繰り返していた言葉のダムをいとも容易く決壊させた。

 

「俺は…父を止められもしなかった。今更ながらに思い知る。俺は何も出来ない。何も解ってなかったと…」

 

思い出すのは憎悪に塗れた父の顔。銃口を向ける冷たい父の瞳。まるで物を見るような心のない視線。それをつぶさに思い出すたびに、アスランの心は酷く磨り減っていく。

 

「そんなの、みんな同じさ!解った気になってる方がおかしい!」

 

そんなアスランのネガティブさを吹き飛ばすように、カガリは無重力の中へ浮かぶと、大げさなジェスチャーをしてアスランの前に立った。

 

「カガリ?」

 

「お父さんのことだって諦めるのは早いさ!まだこれから、ちゃんと話し出来るかもしれないじゃないか!」

 

彼女の言葉に、アスランは目を見開く。

 

そうだ。

 

何を勝手に諦めている。

 

何を勝手に失望している。

 

まだだ。

 

まだ話して一度目でしかないじゃないか。

 

父と息子。心で会話すると言えど、長年互いに心を知ろうともしなかった関係だ。そんな相手に一度の話でわかり合おうとするなんて、無理な話だ。

 

だから、話さなければならない。

 

もっと多くを。もっと時間をかけて。

 

そう思えば、アスランの中にあった暗い影のような気持ちは、すっかり無くなってしまっていた。

 

「だからこんなところで一人ウジウジしてないでな…ってうわっちょ……!」

 

そう言葉を続けていたカガリを、アスランは何も言わずにただ抱きしめる。無重力の中で、行き場を見失ったカガリの手が宙を彷徨う。そんな中で、アスランは優しげな声でカガリに言葉を繋いだ。

 

「ごめん。カガリ…ありがとう。元気、出たよ」

 

その一言で、カガリの戸惑っていた様子は消える。彼女は優しげに微笑むと、アスランの背中に手を回して、強く抱きしめてくれるアスランの頭をゆっくりと撫でた。

 

「そうか…よかった」

 

 

 

////

 

 

 

「クロト・ブエル。強化インプラントステージ3。X-370の生体CPU。個人データは全て削除」

 

ブリッジを出た中尉は、艦内の閲覧可能の資料を眺めながら、アズラエルが所持する戦力の見極めに精を出していた。

 

「オルガ・サブナック。X-131の生体CPU。ステージ2。やはり個人データは無し」

 

画面をスクロールして、アズラエルが連れてきたあのパイロットーーメビウス隊の情報を見つめる中尉は、サザーランド大佐の指示を受けて、彼の動向を監視する役目を任されている。

 

サザーランド大佐にとって、ビジネスパートナーであったアズラエルが裏切ろうとしている。その証拠を見つけてきてほしいと。

 

ブルーコスモスシンパの中でも比較的に若く、中尉という立場を持つ自分を信頼して、大佐はこの密命を命じてくれた。そのプライドと精神力で、中尉はバーフォードの詰るような言葉を耐えて、ここにいる。

 

「シャニ・アンドラス。ステージ4。X-252の生体CPU。個人データ無し」

 

ブーステッドマン。

 

地球連合軍がコーディネイターとの殲滅戦争にあたり、投薬、特殊訓練、心理操作により兵士としてコーディネイター以上の身体能力を持たせたナチュラルを作り上げる計画。

 

好戦的で、一般的なナチュラルのパイロットをはるかに凌駕し、身体能力も高く、そして特殊な兵装を搭載した搭乗機の高機能性を制御可能となる、まさに万能のパイロット製造と言えた。

 

彼らは例外なく、地球連合軍の上層部にMSの部品の1つ「生体CPU」と見なされ、過去の経歴はすべて抹消されることになっている。

 

「パイロットではなく装備か。消耗パーツ扱いとはな」

 

そう言っておぞましい実験内容を見つめながら、中尉は口元に手を覆った。

 

たとえば、外科手術で脳内や分泌腺内にマイクロ・インプラントを埋め込む。

 

たとえば、人工的に調剤された物質である「γ-グリフェプタン」は、若い青年の頭蓋骨を麻酔なしで切り開いて、切開した時に分泌されるホルモンから生成される。

 

たとえば、時には手足を切り落としたパイロットをモビルスーツに搭載した。

 

などなどーー表に出せば社会問題どころではない人外非道なことが行われている。

 

しかしその結果、超人的な能力を有することができるが、反面、脳内麻薬とほぼ同じ効果を持つグリフェプタンは凄まじい禁断症状を起こす。

 

作戦中に突発的な発作を起こして作戦継続が困難になる場合があり、兵士として運用する上では致命的な問題点も抱えている。

 

そして、この点は地球連合軍にとってブーステッドマンの脱走や裏切りなどを防ぐ効果が期待でき、実際に薬物投与を受けられず禁断症状に苦しむことを恐れ、嫌々ながらも命令に従う姿がこの資料には克明に描かれていた。

 

ここまではアズラエルがオーブ侵攻前までに提出していた経過報告と同じだが、問題はこの先の情報だった。

 

「そして、リーク・ベルモンド。元メビウスライダー隊所属パイロット。後期インプラントステージ4。X-001、リベリオンの生体CPUであり、3人の指揮機能をもつ、と」

 

これだ。この情報に中尉は頭を悩ませていた。

 

彼は元々、グリマルディ戦線を境に設立されたメビウスライダー隊に所属するトップガンだ。

 

ブーステッドマンは戦災孤児などを幼少期から洗脳教育、外科的な手術を行って作られる強化人間。

 

どうにも矛盾が生じるのだ。なぜ、宇宙のトップガンであった彼がブーステッドマンになったのか。そして、どうやってインプラントステージ4へとたどり着くことができたのか。

 

詳細は他の3人と同じものであったが、中尉はどこか納得できない様子だった。

 

「こそこそと調べ回るのが趣味なんですかね?」

 

資料室に佇む彼の背後から、そんな声が轟く。驚いて後ろを見ると、護衛の兵士と艦長を後ろに引き連れたアズラエルが、逆光となった通路の光を後ろに背負いながら、笑みを浮かべて自分を見ていた。

 

その表情に、中尉は一種の恐怖を覚えた。

 

「アズラエル理事」

 

「後どのくらいですかね、L4は」

 

何事もないように呟くアズラエルに、中尉は周辺図を展開して今の航路がどこなのかを何故か必死になって探した。さっきまで見ていた狂気の産物を忘れようとするように。

 

「間もなくです。しかし、自分は未だ賛成しかねますが。その、何の根拠もなくL4へ向かうというのは」

 

中尉は話題をそらすために、ドミニオンに赴任してからずっと考えていた疑問をアズラエルに投げかける。すると、彼はまるで見下すような、嘲笑うような笑みを浮かべては肩をすくめた。

 

「僕の情報は確かですよ。それが根拠だ。別に何の根拠もない訳じゃあない」

 

「しかし!プラントからの情報など罠かもーー!!!」

 

「フリーダム、ジャスティス、ホワイトグリント。それが例の機体のコードネーム」

 

中尉の声を、アズラエルは手にした情報のままに伝えて言い終わる前に黙らせた。

 

「そいつ絡みでナスカ級が3隻、L4へ向かっているっていうんです。ほんとだったらお終いでしょ?だから行くんですよ」

 

そう言葉を続けてアズラエルは、片目を閉じて品定めするような目つきで中尉を見つめた。

 

「いいですか?貴方がどう上から指示を受けて僕らのところに来たのかは問いません。けどね、その上にはもっとこの戦争全体を見ながら、考えたり指揮したりする人間が居るんですよ」

 

まるで彼の意思など眼中にないと言うように。まるで彼の尊厳などあるわけないと伝えるように。アズラエルははっきりとした声でそう伝えると、呆気にとられて呆然と立ち尽くす中尉の元へと歩み、肩に手を置いてにこやかに微笑む。

 

「僕の要請を聞くようにって言われたでしょ?そこんとこ、忘れないでほしいもんですけどね」

 

じゃ、せいぜい頑張ってくださいね、とアズラエルは踵を返す。呆けてしまった中尉を一瞥したバーフォードは、つくづくアズラエルは上手いものだと心の中で賞賛した。

 

今頃、隔離された部屋の中で4人でクロトの好きなゲーム、オルガが見たがっていた映画、シャニが3人のためにチョイスした、さまざまなミュージシャンのライブ映像を見るなど、ポッと出た休暇を楽しんでいるであろうリークたちをバーフォードは想像する。

 

暗い資料室の中で、中尉が目を通していたのは、アズラエルがわざわざ研究者を呼びつけて精巧に作らせた嘘の報告書だ。しかも、アズラエル財団と中央研究所、地球軍の上層部まで目を通し、判子も刻印されているという真実とも言える虚像。

 

中身はどうあれ、リークの教導の元、目覚ましい活躍を見せる3人の性能に疑う余地は無く、ナチュラルはそういうものだと決めつけている上層部を騙すには打って付けの代物だ。

 

そんなものを堂々と提出するアズラエルの肝の太さと言えばーーー彼が悪党と自負する一幕をバーフォードは肌で感じながら、その可笑しさを心の中で嚙み殺すのだった。

 

 

////

 

 

《弾薬や物資はエターナルに突っ込めるだけ持ってきてはある。その後の補給ルートも、プラントに残ってる連中が繋げてくれる手はずになってるからな》

 

L4コロニー群、メンデルの港に入港した四隻は、まだ出たばかりの翼の調整をするエターナルと、アストレイのOSを宇宙用に調整するオーブ軍、そして周辺警戒と偵察を担うアークエンジェルと役割が別れることになった。

 

「偵察隊が出たぞ!敵が来るとしたら港の正面だ!各員、いつでも出れるようにスタンバっておけよ!!」

 

偵察を任せられた機体がアークエンジェルから宇宙へと飛び立っていく。彼らはコロニーメンデルの港の反対側に展開して、死角になりやすいエリアをカバーする役目を負うことになっている。

 

「艦の最終調整はあとどのくらいかかりますか?」

 

そんな喧騒に紛れる中、エターナルへやってきたフレイ率いる整備班に、ラクスが無重力に髪を遊ばせながら降り立ってきた。

 

「ウチのクルーでも最低でも5時間ってところね」

 

エアロックの中で、作業用ツナギの上を脱いで袖を腰に巻きつけ、タンクトップ姿というワイルドさを出しているフレイは、引き連れてきたクルーを見渡して簡潔に答えた。

 

「そうですか、しかし驚きました。フレイさんが整備員をしてらっしゃるなんて」

 

地球、オーブ、ザフトの混成整備班がそれぞれの持ち場に飛んでいくのを見つめるフレイに、ラクスが驚いた様子で問いかけると、フレイは照れ臭そうに困ったように笑った。

 

「パパが知ったら卒倒しちゃうかもね」

 

たしかに、ラクスと別れた頃はまだ高官の娘、いわゆるご令嬢という側面が強かったが、低軌道から地球に降りて、フレイもすっかり快活になったものだ。

 

点検項目で質問してくる作業員へ的確に指示を出すフレイの姿は、もはやプロの整備員と言えた。

 

「ーーお元気そうでよかったです」

 

「ラクスも。大変だったみたいだけど、またこうやって会えて私も嬉しいわ」

 

そう言って、フレイは持っていた工具を腰に巻いてあるベルトへ、矢継ぎ早に差し込んでいく。

 

「ねえ、フレイさん」

 

「んー?」

 

「私たち、お友達、ですよね?」

 

そう弱々しく呟いたラクスを、フレイは目を見開いて見つめる。しばらくの沈黙の後、フレイは真剣な眼差しでラクスを見つめて、手を差し伸ばした。

 

「そこに置いてある工具セットを取ってくれたら、だけどね?」

 

そう言ってウインクを飛ばすフレイにラクスは呆気に取られてから、可笑しそうに目尻に涙を貯めるほど笑ってしまう。

 

「ふふ、そういうところ私は好きですわ」

 

ひとしきり落ち着いたラクスへ、世界の歌姫にお褒め預かり恐悦至極でございます、とフレイは腰から垂れる作業着の上着をスカートのようにたくし上げて、令嬢らしく頭を下げると、それが面白かったのかラクスはまた堪らずに吹き出して、少女らしく鈴をコロコロと鳴らすように笑うのだった。

 

 

////

 

 

《はあ、凄いもんだね。ピンクのお姫様》

 

そう言ってムウ率いるモビルスーツ部隊は、エターナルからクサナギ、ヒメラギへ、そして港から少し離れたアークエンジェルに向かって運び出した物資を輸送している。

 

「少佐!そんなことは私達がやります!」

 

宇宙用の調整を終えて出てきたアサギが駆るアストレイが、そんな作業に従事しているムウたちを見てギョッと目を剥いた。そんなアサギにムウは大丈夫大丈夫と手を振る。

 

《いいんだよ。これも訓練の一つでね》

 

そう言うムウの後ろには、ナチュラル用に書き換えたOSが搭載されたアストレイに乗る、地球軍のパイロットたちがいた。

 

《そうそう、機体も動かさないとデータも取れないからさ》

 

《君達だって宇宙でのシミュレーション経験あるんだろ?子供にばっかデカい顔させとけるかってね》

 

そう言って親指を立てて笑うパイロットたちは、アサギたちを横目に慎重に物資を各艦へと運び込みながら、自らのパイロットとしての技量を高めていくため、訓練に励んでいくーー。

 

 

////

 

 

アークエンジェルのモビルスーツデッキでは、フレイと別れたハリー率いる整備班が忙しく動き回っている。

 

そんな中で、ラリーの隣に降り立ったハリーは、姿を少し変えたホワイトグリントを見上げていた。

 

「装甲をパージしたホワイトグリントは、胴体部の装甲を残して他もパージさせることになりました」

 

そう覇気のない声で呟くハリー。なんだか不満げな彼女の言う通り、ホワイトグリントは先のクルーゼとの戦闘で破損した片腕、片足の装甲を両手両足共々取り払い、わずかに格闘性能を取り戻した姿となっていた。

 

ホワイトグリントが手に渡ってから使用されていたビームマシンガンはクルーゼ戦で破壊され、今は応急的ではあるが、フリーダムとジャスティスの予備ビームライフルを両手に備えている状態だ。

 

「ハリーにしては控えめな改良点だな」

 

率直なラリーの感想に、「私も不本意だよ」と苛立ってるようにハリーは呟く。

 

「その鬱憤をトールのメビウスに回してるだけよ。それに、ホワイトグリントはまだ本当の姿になっていない」

 

トールの魔改造メビウスはさておき、ハリーの言う通り、ホワイトグリントはまだ本当の姿にはなっていない。今の姿も完全なパージを施していないハリボテのような姿だ。

 

しかしながら機動性は高く、反射能力も申し分ない。ハリーが手ずから改造を加えようにも、非常に取り扱いに困る機体であるには変わりはなかった。

 

「ここで武装面を充実させても、ラリー用にセッティングされてる機体なんだから、本来のスペックを妨げる不安もあるんだからね」

 

「すまないな、何から何まで」

 

ハリーの話を聞いていたラリーは、ホワイトグリントを見上げながら小さく呟く。そんな改まって言うラリーに、ハリーは驚いたように目を点にして隣に立つラリーを見つめた。

 

「何を唐突に…これが私の仕事なんだから」

 

そう。これが自分の仕事だ。

 

パイロットが帰って来られる可能性を少しでも上げるために、ハリーは機械弄りをするのだ。

 

だからーー。

 

「だから、次も無事に帰ってくるのよ。そうじゃなきゃ、許さないんだから」

 

「ああ、了解した」

 

そう弱々しく言うハリーに、ラリーは柔らかく笑みを浮かべながら、そのくしゃくしゃになった頭を優しく撫でてやる。

 

運命のコロニーメンデルの戦いは、すぐそこに迫ってきているーーー。

 

 

 

 

 

 



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第151話 The Unsung War 1

 

 

 

「コロニーメンデル。港内に戦艦の艦影4です。うち1隻をアークエンジェルと確認!」

 

L4コロニー群に入ってしばらく、低出力の慣性航行をしていたドミニオンのレーダー網が、ついにアークエンジェルやエターナルが座するコロニー「メンデル」を射程に捉えた。

 

「どうやら我々の方が早かったようですね。これはラッキー」

 

艦長席の隣に悠々と座するアズラエルが上機嫌に言うと、捕捉したと同時に低出力航行をしていたドミニオンが一気に活気付く。

 

「総員、第一戦闘配備!現時点を持ってブリッジは完全封鎖!各パイロットはモビルスーツデッキへ!各員、持ち場に付けよ!」

 

なにせ相手はラミアス艦長だ。バーフォードがクラックスでアークエンジェルを護衛していた頃から、彼女は類稀なる艦長としての資質、その頭角を現し始めていた。

 

こちらとしてもアークエンジェルと同等の力を持つドミニオン。うまく立ち回らなければ、討ち取られるのはこちらということもあろう。

 

「さぁ。では、バーフォード艦長。手筈通り始めて下さい」

 

そんなバーフォードに、アズラエルは全幅の信頼を込めてそう告げると、彼も深く軍帽を被って頷く。

 

「オーダー、承知しました。アズラエル理事」

 

バーフォードは座席に設けられた通信用受話器を取り上げ、喉をうならした。

 

「艦長のドレイク・バーフォードだ。本艦はこれより、戦闘を開始する!」

 

その言葉にドミニオンのブリッジに集ったクラックスのクルー達も即座に対応していく。

 

「イーゲルシュテルン、バリアント起動。ミサイル発射管、1番と2番へチャフ、フレアの装填!3番から6番へアンチビーム爆雷!残りはスレッジハマーだ!ゴットフリート、照準!」

 

ドミニオンは船ではなく、個の生命のような連携感に包まれていく。そんな中で、ドレイクは捕捉し、視界の中へと映り始めたコロニーメンデルを見据えながら、静かに、そして力強く言葉を紡ぐ。

 

「目標、アークエンジェル級1番艦…アークエンジェル!」

 

 

////

 

 

「接近する大型の熱量感知!戦艦クラスのものと思われます!」

 

その異変はアークエンジェルにも届いていた。オペレーターであるサイが、コロニーメンデル周辺をスキャニングしていると、その反応は突如としてレーダー網へと現れたのだ。

 

「距離700。オレンジ11、マーク18アルファ、ライブラリ照合…有りません!」

 

「総員、第一戦闘配備!」

 

すぐさまマリューはアークエンジェル艦内へ指示を送る。

 

《総員、第一戦闘配備!繰り返す、総員、第一戦闘配備!》

 

「ええい!こんな時に!」

 

作業と訓練を終えたムウも、さっき出たばかりの更衣室へとんぼ返りすると、脱いだばかりのノーマルスーツへ再び腕を通した。

 

アークエンジェルからの通信を受けて、エターナル、クサナギ、ヒメラギの艦内も慌ただしくなる。

 

フリーダムなどをエターナルに持ち込む作業に当たっていたキラたちは、すぐにノーマルスーツのヘルメットを被った。

 

「ラリーさん!」

 

「おう!出撃だ!」

 

「アスラン!」

 

「ああ!」

 

その返答と共に、各々は各持ち場であるモビルスーツへと無重力の中を泳いでいく。

 

 

////

 

 

「牽制でいい!ゴットフリート一番、てぇ!」

 

バーフォードの指示のもと、ドミニオンから放たれたゴットフリートはアークエンジェル等が停泊する港の外壁に直撃し、補給作業を行う四隻全てに猛烈な揺れを与えた。

 

「怯えないで!まだ敵は当てられる距離じゃないわ!アークエンジェル発進!港の外へ出る!」

 

そんな揺れに動じることなく指示を出すマリューに従って、アークエンジェルは背部のエンジンを点火し、港から大急ぎで深淵や宇宙へと飛び出した。

 

《ラミアス艦長》

 

「そちらの状況は?」

 

繋がった残りの艦艇の艦長たちに、マリューは今の状況を問いかけるが、クサナギ以外は良くない反応を示していた。

 

《ヒメラギは物資搬入中だが、クサナギは出られる。大丈夫だ》

 

《エターナルはまだ最終調整が完了していない!》

 

「分かりました。では港の中で待機を。敵がザフトか連合か分かれば、その狙いも分かります」

 

《解った!すまん!》

 

通信を終えるとマリューも軍帽を被って思いを固めた。今動けるのは自分の船とクサナギだけだ。ここを抜けられれば、こちらの戦力と今後の補給についても後手に回ることになる。消耗戦になると勝ち目はないのは明確にわかっていた。

 

「出航後、取舵20!メンデルと敵艦の間に入る!ナタル!」

 

「イーゲルシュテルン、バリアント、ゴットフリート1番、2番、起動!アンチビーム爆雷展開後、艦尾ミサイル発射管全門へ、ヘルダート装填!」

 

マリューの指示に、副官であるナタルは即座に最適な解を出してCICへ命令を伝達する。もはやこの2人の考えは阿吽の呼吸そのものとなっていた。

 

そんな時、はるか先にいるはずの敵艦から、一本の通信が入った。

 

《こちらは地球連合軍、宇宙戦闘艦ドミニオン。アークエンジェル聞こえるか?》

 

地球軍固定の通信回線。その映像が割り込むと、マリューは息を飲んだ。目の前にいるのは、低軌道会戦のときと変わらない、艦長たる貫禄を持つ人物が映し出されている。

 

《ドミニオン艦長、ドレイク・バーフォード中佐だ。念のためではあるがーー本艦は反乱艦である貴艦に対し、即時の無条件降伏を要求する》

 

「バーフォード艦長…!それにアズラエル理事…ということは」

 

バーフォードの背後には、余裕そうな表情で席に着くムルタ・アズラエルの姿も見える。

 

「例の三機も来てるということか」

 

「艦長、敵艦の光学映像です!これは…アークエンジェル!?」

 

「同型艦か…!」

 

アークエンジェルのクルーたちが、自分たちが乗り込む船と全く同じ姿形をした船が目の前に立ちふさがっていることに動揺している中、マリューとナタルは、狼狽えることなく動ずることなく、落ち着いた顔つきでバーフォードと相対している。

 

《久しぶりだな、ラミアス艦長、バジルール中尉》

 

《バーフォード艦長も、お久しぶりです》

 

真っ直ぐとした瞳で答えるマリューを見たバーフォードは、いい艦長になったなと心の中で感じ取りながら、彼女と同じく被る軍帽の下から青い瞳でマリューを見つめる。

 

《アラスカでのこと、パナマで起こった地球軍の蛮行。その数々を私は聞いている。それは確かに唾棄すべき事実だ。このまま討って討たれる戦いを続けても、我々地球にもプラントにも先行きはない》

 

その言葉に、ブリッジの外に追い出されているブルーコスモスシンパである士官たちが騒いでるように聞こえたが、バーフォードは無視を決め込み、ドミニオンのクルーも同じような態度だった。

 

あーあー、言っちゃいましたねぇ。そう小さく笑うアズラエル。こういう場面に来た以上、こちらのシナリオはすでに完成したのだ。ここでサザーランドが寄越した士官たちが反抗をしようが、船をハイジャックしようと奮闘しようが関係はない。

 

自分たちがこの場に来て、アークエンジェルやエターナルと合流できた時点で、何もかもが完結したのだ。

 

「バーフォード艦長」

 

そんなことを考えるアズラエルを尻目に、映像の向こう側にいるバーフォードへ、マリューは真剣な眼差しを注ぎ、意を決したように前を向く。

 

「私達は、地球軍ーーいえ、この戦争そのものに対して疑念があります。よって降伏、復隊はありません!」

 

そのマリューの言葉を聞いて、アズラエルは思わず堪えようとしていた笑いを漏らした。

 

《あっはっはっは。思い切りが良すぎて呆れますね、艦長さん。気に入りましたよ》

 

さすがはバーフォード艦長が見込んだ人物だ。そう言ってアズラエルは足を組み直して映像に映るマリューを見つめる。

 

《言って解ればこの世に争いなんて無くなりますよ。だから、こちらとしても確かめねばならないことがあるのです。言っても解らずに破滅に向かおうとするバカな人たちを止めるためにね》

 

そうだとも。言ってわかればそもそも戦いも、戦争も成立しない。人という種族がそれに長けていたなら、今頃外宇宙へ進出して新たなる進化を模索する、そんな偉大な種族になれていたかもしれない。

 

しかし、それは叶わないものだとアズラエルは諦めかけていた。そんなことは無理だ。人は進歩しない。技術は進歩しようが、人のあり方、醜さ、獰猛さは、旧世紀からも、石器時代からも一ミリたりとも進歩しない愚かで矮小な種族であると。

 

そんな諦めの中で、アズラエルはメビウスライダー隊を見た。

 

その力と光は、アズラエルの諦めていた心に火をつけた。その火は小さいものであったが、たしかにアズラエルを変え、今では自身のコンプレックスすら乗り越えさせる大きな炎となったのだ。

 

《僕が持てるすべてのチップを賭けるに値するかどうか。手札の強さは一度は確認しておかないと》

 

故にアズラエルは慢心せずに、慎重に事を進めるシナリオを選んだ。急ぎすぎて良いことなどないのはわかっている。だから、アークエンジェルを見定めるという結論に至ったのだ。

 

《リベリオン、カラミティ、フォビドゥン、レイダー、メビウス隊、発進》

 

そう静かに命令を下すバーフォード。そんな彼の隣で、アズラエルはにこやかに微笑んだ。

 

《さて、ラミアス艦長。あなたの素質をここで見極めさせてもらいましょう》

 

 

////

 

 

「メビウスリーダーよりスカイキーパーへ、これより発艦準備に入る」

 

《了解した、メビウス隊は機器のチェックを実施してくれ》

 

アークエンジェルとはレイアウトが変更されたモビルスーツハンガーの中で、リークは宇宙用の装備へ換装したリベリオンのコクピットからあたりを見回していた。

 

「メビウス1から各機へ!今回は単純なモビルスーツ、モビルアーマーとの戦闘になる!各員は予定通りに!」

 

「了解!」と、担当するモビルスーツへ乗り込むオルガたちが返事をする。そんな中、ハッチが開け放たれたフォビドゥンのコクピットからシャニが乗り出してきて、リークへ通信を飛ばす。

 

「兄ちゃん、落としちゃった場合は?」

 

「コクピットはなるべく避ける方向で!」

 

その答えに満足したのか、シャニも素早くコクピットへ体を放り込む。たしかにこちらも充分に力を養ってきたつもりだが、相手はラリーとキラたちだ。一筋縄ではいかない。

 

彼らを地に着かせることができたら、オルガたちにとっても大金星と言えるだろう。

 

「オーブでは引き分けみたいだったからな、ここらで白黒はっきりさせようじゃないの」

 

そう息巻くオルガの言葉に呼応するように、AWACSを担当するニックから通信が帰ってきた。

 

《スカイキーパーよりメビウス隊へ!進路クリアー、メビウス隊、発進!どうぞ!》

 

「では、行こうか。メビウスリーダー、リーク・ベルモンド、リベリオン、発艦します!!」

 

「オルガ・サブナック、メビウス1、カラミティ、おらぁ!!行くぜぇ!!」

 

「クロト・ブエル、メビウス2、レイダー、発進!とりゃああああ!!」

 

「シャニ・アンドラス、メビウス3、フォビドゥン、出るよ」

 

アズラエルが育て、アズラエルが手に入れた流星が、ドミニオンから飛び立っていく。

 

さて、この戦いで真価がわかる。自分の憧れたものにどれだけ近づけたか、はたまたまだ遠いのか。アズラエルは飛び立っていくメビウス隊を見送りながら、純粋な楽しみを心に描き、その行く先を見つめた。

 

 

////

 

 

《ドミニオンより、モビルスーツ発進しました!》

 

《進路クリア!メビウスライダー隊、発進!どうぞ!》

 

レーザー通信でアークエンジェルからエターナルへ送られてくるサイとミリアリアの言葉に応じて、メビウスライダー隊も発進準備を整えていく。

 

「キラ!先に行くぞ!ライトニング1、ラリー・レイレナード、ホワイトグリント、発艦する!」

 

両腕と両足の装甲をなくし、わずかに軽量化と戦闘能力を向上させたラリーのホワイトグリントが、ビームライフルを二丁携えてエターナルから飛び立っていく。

 

「バルトフェルドさんたちは補給を急いでください!ライトニング2、キラ・ヤマト、出撃します!」

 

キラのフリーダムに続いてカタパルトへ運び込まれたアスランのジャスティス。コクピットでモジュール調整を行うアスランへ、クサナギにいるカガリから通信が入った。

 

《アスラン!お前は病み上がりなんだから、あまり無茶はするなよ!!》

 

「わかっているよ、ライトニング4、アスラン・ザラ、ジャスティス、発進する!」

 

ガシュ!と電磁レールが滑りカタパルトと共にジャスティスが射出される。

 

アークエンジェルでもモビルスーツ出撃用ハッチが開くと、すでに待機していたムウのストライクが射出位置へと運び込まれて来た。

 

《電磁圧、パワーフロー正常。ストライク、発進どうぞ!》

 

「よっしゃあ!グリフィス1、ムウ・ラ・フラガ、ストライク、いくぜ!」

 

ミリアリアのアナウンスに従って飛び立っていくムウのランチャーストライク。それを見届けてから、マリューは振り返りながら通信を担うクルーへ問いかける。

 

「他の部隊は!?」

 

「アンタレス隊、ガルーダ隊のアストレイは宇宙用の調整がまだ終わっていません!バスターとデュエルは出られます!」

 

メンデルの港の中で搬入作業が続けられる中、モビルスーツデッキからイザークのデュエルと、ディアッカのバスターがカタパルトへ搬入されていく。

 

「ヒメラギ!ガルーダ隊、発進するぞ!」

 

《お願いします!ジュール隊長!ガルーダ隊!ガルーダ1、ガルーダ2、発進してください!ハウメアの加護があらんことを!》

 

がしゃん、とデュエルの足がカタパルトへ連結し、発進シークエンスを示す青と赤のランプの全てが青く輝いた。

 

「よぉし!偵察に出ているニコルが帰って来る場所を守るぞ、ディアッカ!ガルーダ1、イザーク・ジュール、デュエル、出るぞ!」

 

「オーライ!ガルーダ2、ディアッカ・エルスマン、バスター、出るぜ!」

 

ヒメラギから発進した二機も、先行するラリーたちの後を追うように出撃したアークエンジェルの後を追いかけていく。

 

「ライトニング隊以外はアークエンジェルとクサナギの援護を!」

 

「ラリーさん、アスラン、あの3機だ!」

 

「わかっている!」

 

コロニーメンデル。

 

そこで行われようとしている歴史に残らない激戦の火蓋が、切られようとしていたーー。

 

 

 



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第152話 The Unsung War 2

「よぉし、出てきたな。牽制射撃後、面舵20、仰角3、頭を抑えるぞ」

 

メンデルから出てきたアークエンジェルを確認すると、バーフォードは深く帽子を被りなおして、モニターに映る白き天使を見つめながら声を紡ぐ。

 

「チャフ、フレア展開!こちらも敵も電子の目に頼る傾向がある!この距離ならば、自分の目で判断した方が早い!」

 

まずは小手調べ。

 

バーフォードが行うのは、相手の目を潰すことだ。それは、メビウスライダー隊を率いていたクラックスの頃から、変わらずに受け継がれている基本戦術。

 

Nジャマーというジャミング作用を持つ兵器の登場で、この戦争の兵士の武器となるものは騎馬戦を行っていた中世時代まで退化ーーーしたわけではない。

 

Nジャマーといえど、強力なジャミング、核分裂反応を強制的に飽和分解する機能を持つ化学物質にしか過ぎない。

 

つまり、抜け道は探せばあるのだ。

 

特に無難なものが、高濃度レーザー回線またはレーザー標準システム。その値を持って目的の場所に攻撃を仕掛けることができる。通信回線も制限は受けるが、使えるものは使える。

 

Nジャマーはあくまで広範囲のジャミング。

 

局地的な扱いには向いていないのは、この戦争の中で誰もが理解し始めているだろう。

 

 

故に、バーフォードはそれを逆手に取った。

 

 

「あの動き、ナタルはどう思う?」

 

そんな彼を相手取るマリューは、ドミニオンの動きをつぶさに観察しながら、軍帽の奥で鋭い眼光を滾らせる。

 

彼は言った。

こちらの資質を見極めると。

 

ならば、それに答えずして何が艦長か。マリューの思いが伝わっているのか、ナタルの顔も真剣そのものであった。

 

「バーフォード艦長は、接近型の対艦戦闘戦術に長けています。迂闊に距離を詰めればこちらが不利になるかと」

 

彼女自身も一軍人として、バーフォードの迅速な指揮と的確な状況判断、必要とあれば味方艦の残骸すら敵を嵌める罠に使う大胆さに尊敬を抱いている。

 

バーフォードが得意とする間合いは、「乱戦」だ。情報は錯綜し、身近なデータも目まぐるしい速度でアップデートされていく距離でこそ、彼の先読みの目が活かされる。その距離は絶対の間合いだ。無策で飛び込めば即座に擦り殺されるだろう。

 

アラスカから飛び立った際ーー自らも地球軍から離反すると決めたあの日から、ナタルもマリューもあらゆる事を想定した艦戦シミュレーションを行って来た。

 

そのたびに、彼女らが最も警戒を想定する相手がバーフォードなのだ。起こることはないと思いながら想定していた相手が、目の前に立ち塞がっている。

 

「ここは相手の挑発に乗らずに座して待つべきです。相手は攻め、こちらは守り。誘いには乗らずに距離を取り、電子戦を逆手に取ったローカルな戦いを展開した方が良いと、私は具申します」

 

「そうね。あの人のことです。確実に電子の目も潰しに来る。各員、自動照準はセミオートへ!貴方たちの目が頼りになるわ!浮遊するデブリに気を付けて!」

 

方針は決まった。マリューの一声でCICを担当する全員が、オートマチックからセミオートへと切り替える。

 

手順が簡略化されたアークエンジェルだからこそ、「ローカルな戦闘」が弱点となる。

 

自動迎撃?自動照準?自動操舵?

 

そんなもの、電子の目とそれを担う標が無くなれば何の役にも立たない。それが失われ、自分たちが何もできなければ、この船は無駄に人を詰め込んで、宇宙を漂うただの棺桶と成り下がるだろう。

 

故に、このブリッジにいるクルーの全員がその弱点を理解しており、対空迎撃、ミサイル迎撃、レーザー照射装置と、各々が担当する装備の弱点を無くすために訓練を重ねている。

 

《クサナギも出るぞ!出港後、最大戦速!アークエンジェルの左舷に付く!》

 

アークエンジェルから一足遅れて、発艦準備が整ったクサナギもメンデルの港から出てくる。マリューはすぐに通信に応じ、キサカらに迂闊に追わず、こちらは防衛に徹するよう説明していく。

 

「艦長!アークエンジェル、及び不明艦1、港口から出て停止。進路グリーン94、マーク3、ブラボー」

 

そんなアークエンジェルの動きと変化を、バーフォードはその鋭い観察眼と、マリュー達には無く、自身にはある圧倒的な戦闘経験と勘から、彼女らが何を企ているのかは大体予想ができた。

 

結果としても、勇ましく前進してくると予想された二隻は、まるでこちらを待ち構えるようにある程度進んでから、すっかり停止しているのだ。

 

「勇ましく出ず、守りに徹するか。なるほど、こちらに警戒して前に出ることを早々に絶ったか、ラミアス艦長」

 

すでに彼女の前では何度か戦術を見せてはいるし、彼女への教育や知識の共有を兼ねて、何度かこの戦術の有効性と打開力の高さを説明したことはある。向こうがそれを警戒してくるのは必然であっただろう。

 

しかし、それを踏まえての戦術だ。

 

「プラン25、想定ケースは6を適用する。行けるな?ニック」

 

さて、とバーフォードが切り出した言葉に、副官を務めるニックは数秒のズレもなく頷いて切り返した。

 

「アイアイ、キャプテン!プラン25、想定ケース6!ミサイル発射管6番から10番、スレッジハマーの終端誘導を自律制御パターンBにセットして装填。照準、オレンジアルファ17から42まで、5ポイント刻みの射角で発射。発射後はコリントスを装填!同時に転進!」

 

ニックの指示が淀みなく遂行されるドミニオンは、火の付いていないスレッジハマーを存分に吐き出した後、大きくその機体を転進させる。

 

それは攻め立てようとしていたメンデル、ひいてはアークエンジェルとクサナギに大胆にも背を向ける行為に他ならない。向こうで驚くマリューを尻目に、ドミニオンは何の躊躇いもなく、浮遊するコロニーの残骸であるデブリ郡へとその姿を覆い隠していった。

 

「進路インディゴ13、マーク20チャーリー、機関最大!」

 

「バーフォード艦長、そんな明後日の方向にミサイルを撃ってどうするんです?」

 

航路の指示を出すバーフォードに、アズラエルは不思議そうに問いかけた。

 

彼がやってることは、見る側からすれば敗走とも捉えられぬ行為だ。それでアークエンジェルを討ち取るというのか。ビジネスマンであるアズラエルの素人目から見ても、バーフォードの行為は不思議でならない。

 

そんなアズラエルに、バーフォードは航路図と周辺の磁場観測の結果を見つめる。

 

ドミニオンが突入したデブリは、停滞しているわけではない。メンデルを含めたL4コロニー郡の、重力場によって生まれた流れに沿って移動するデブリだ。たとえアークエンジェルが座して待とうとも、彼らが望む、望まざるに関係なく、このデブリ郡は直にメンデルのあるポイントへ流れていく。

 

その情報を確かめたバーフォードは、ニヤリと笑みを浮かべてアズラエルの問いかけに答えた。

 

「艦戦とは詰め将棋のようなものです。相手には情報を錯乱させ、こちらは正確な情報を握る。つまりは敵の裏をかくんですよ。アズラエル理事」

 

 

////

 

 

「敵は1隻だ、エンジン部を…うわ!」

 

バーフォードの読みは的中する。

 

「なんだ!?」

 

「解りません!いや…何かケーブルの様な物が船体に!」

 

まず最初に被害にあったのは、流れてきたコロニー外周部の残骸だ。

 

外周部から伸びるさまざまなワイヤー、たとえば電線、たとえば通信用配線、たとえば空気を送るための配管と、上げればきりがない設備が外周部には詰め込まれている。

 

その残骸からワイヤーが、まるで無数の足のように伸びまわり、それがアークエンジェルの斜め後ろ側にいたクサナギの船体へ絡みついたのだ。

 

「引きちぎれ!」

 

「出来ません!」

 

めいいっぱい出力を上げてみるものの、クサナギの出力ではコロニー全体の送電を支えたワイヤーを引きちぎることは叶わない。

 

ハッとキサカが横をみると、デブリの残骸がメンデルの下側へと流れ始めていた。その小さな残骸はアークエンジェルにも、クサナギにも少なからずの影響を及ぼすことになる。

 

「アサギ、船体に何か絡んだ。外してくれ!」

 

「了解!」

 

カガリの問いかけに答えたアサギは、書き換えたばかりの宇宙用OSでアストレイR型を操作しながら、船体に絡みつくワイヤーの元へと急いだ。

 

 

////

 

 

「クサナギ!」

 

『よそ見をしてる場合かよ!!』

 

その様子を見ていたアスランの前に、オルガの操るカラミティが立ちふさがる。

 

ワイヤーに絡みとられたクサナギを見ることなく、オルガはアスランとの戦いを第一優先とする。ビームという極光の連射に、アスランは思わず引き下がった。

 

「くうっ!」

 

肩の傷が痛むことを歯を食いしばって耐えながら、アスランは目の前の戦闘に集中する。

 

隣を見れば、クロトのレイダーとシャニのフォビドゥンを相手取って、キラのフリーダムが苦しげな立ち回りを強いられているのが見えた。

 

『シャニは横から回り込め!俺はこっちだ!』

 

オルガからの適切な指示で、三人は前衛から後衛へ、攻めから守りへ切り替わる。その驚くべき正確なコンビネーションは、機体性能では上回るはずのフリーダムとジャスティスを翻弄した。

 

『てりゃああああ!!撃滅!!』

 

「このぉお!!」

 

レイダーから放たれた鉄球を受け流しながら、キラは叫んでビームサーベルを腰から引き抜く。こうも乱戦になっては、取り回しに制約があるビームライフルよりもこちらの方が対応しやすいからだ。

 

キラはカラミティから放たれるビームの嵐を、シールドとビームサーベルの磁場反応を利用しながら相殺していく。

 

《身軽になったみたいだね!ラリー!》

 

その裏側では、宇宙用の装備に切り替わったリベリオンと、軽量されたホワイトグリントが、宇宙に交差のリボンを描きながらぶつかり合っていた。

 

「リークか!お前のしつこさは堪らないな!!」

 

リベリオンの装備は地上で使っていたものではなく、完全に宇宙用として開発された専用のものだ。地上の装備など、残りの3機をテストするための急増品にしか過ぎない。

 

リークは背中から肩へ貫き出てきてるビーム砲のレンジを調整しながら、ターゲットにホワイトグリントを映し出して、ニヤリと往年の戦友へ邪悪な笑みを浮かべた。

 

《そっちこそ!!》

 

放たれたビームは線ではなく巨大な球の形をしていた。まるで柔らかいゴムボールが高速で投擲されたように、緩やかな楕円をしたビームはラリーの元へも迫る。

 

当たってやるつもりはないーー!!

 

ラリーはすぐさまホワイトグリントのスラスターを吹かしてその光球を躱す。そして次の瞬間、ラリーのコクピットは閃光に照らされることになった。

 

 

////

 

 

「さてと、どうしたものかな。既に幕が上がっているとは」

 

ふむ、と顎に指を添えるクルーゼは、始まってしまっている戦闘の光を見つめながら、顔につけた仮面の奥で思考を巡らせていた。

 

「エターナルの他に4隻。一つは足つき、オーブ軍のものです。交戦している相手の地球軍側は1隻のようですな」

 

ヴェサリウスの艦長であるアデスも、考えをこまねいている様子だった。議長閣下のオーダーは、エターナルとそれに関わる艦船の捕捉、可能であるなら鹵獲もしくは撃破といった、なんという横着さと無茶振りであった。

 

しかし、彼のクルーゼに対する信頼は厚い。このヴェサリウスやクルーゼにオーダーが来たのも、議長の意思と信頼があってこそなのだろう。

 

「ともあれーーこうも状況が解らぬのでは手の打ちようがない。私ともう一人で潜入し、まずは情報収集にあたる」

 

「隊長、自らですか?」

 

クルーゼの言葉に、アデスは「あ、これはダメなやつだ」と直感的に理解しながらも、形式的と化した問いをクルーゼに投げかける。すると、彼はいつもと同じような笑みを浮かべて答えた。

 

「ああそうだ。それに戦闘となればセラフの新装備のテストにもある。アデス、ヘルダーリンとホイジンガーはここを動くなと伝えろ」

 

そう言って、ブリッジの床を蹴って通路へと飛んでいくクルーゼ。彼の笑顔。

 

ヘリオポリスの時、クライン嬢捜索の時、低軌道会戦、そしてアフリカ、オーブ、と。

 

その全てに流星が絡んでいるときに見せる笑顔だ。きっとあれが、本来の彼の笑顔であり素顔なのだろう。ああなると自分の言葉程度では止まらない。

 

そんなアデスの憂鬱をどこへやら、クルーゼは耐圧服に着替えるために更衣室に向かいながら、自分の宿命の場所であるメンデルのことに思いを馳せ、ゆるかな笑みを浮かべた。

 

「コロニーメンデル。やはり忌むべき遺恨は断ち切れぬ、か。しかし、上手く立ち回ればこの遺恨にも片が付く…」

 

《隊長のセラフが出るぞ!随伴機は、ハーネンフースを!》

 

更衣室の前にたどり着いたあたりで響いたアデスの艦内放送を聴きながら、クルーゼは「わかってきたじゃないか、アデス」とニヤリと笑みを浮かべながら、その扉をくぐっていくのだった。

 

 

 

 

 

 



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第153話 The Unsung War 3

 

 

 

浮遊していたデブリ群は、バーフォードの読み通りにドミニオンを覆い隠してコロニーメンデルへ流れていく。クサナギが浮遊するデブリに絡みつかれてる脇で、周辺警戒を厳にしてきたマリューだが、肝心のドミニオンはまるで神隠しにあったように姿を現さない。

 

「ドミニオンは!?」

 

「電子撹乱が激しい上に、デブリが多くて…は!グレー19、アルファにドミニオンです!」

 

サイの言葉にマリューは目を剥いた。

 

大急ぎで座標の特定を行い、ドミニオンの姿を確認すると、漆黒のその船はデブリの合間を縫うように現れ、アークエンジェルの武装面が手薄な左側面の後方に狙いを定めている。

 

「いつの間に!?」

 

「よーし!側面を取った!バリアント、てぇ!アークエンジェルの足を止める!」

 

「回避!」

 

間髪入れずに放たれた攻撃であったが、回避は難しくはない。電磁レールから放たれた閃光をアークエンジェルは減速と転回を巧みに利用して、難なく避ける。

 

だが、それがアークエンジェルにとっての致命的なミスでもあった。

 

「なっ!オレンジデルタよりミサイル急速に接近!」

 

向かってきたドミニオンに対して、アークエンジェルが艦の鼻先を向けようとした最中、機関部、後方側面部が無防備になったのを見計らったように、デブリの中に潜んでいたスレッジハマーが火を吹いて、アークエンジェルへ襲いかかる。

 

「仕込んでいたのか!?座標計測!即時に迎撃!!」

 

デブリにミサイルを紛れ込ませていたとはーー!!ナタルの怒号のような指示に対して、CICのオペレーター達はチャフで目を塞がれた自動迎撃では間に合わないと判断し、目視での確認と座標を素早く測定、入力して迎撃のトリガーに指をかけた。

 

「当たれー!!」

 

放たれた対空防御用のミサイル、イーゲルシュテルンによって、デブリから現れたミサイルの多くは撃破したものの、その衝撃はアークエンジェルの船全体を激しく揺さぶった。

 

「ほう、自動照準ではなくセミオートを併用しているのか。反応がいい」

 

「休憩してる暇を与えるなよ!ゴットフリート、コリントス、てぇ!!継続射撃!テンポは装填速度に合わせろ!」

 

ドミニオンの中で、ニックが矢継ぎ早に指示を出す中、バーフォードは対応と判断力の早さに感心しながら、敵艦の動きを観察している。

 

奇襲で心を折るつもりだったが、これは仕留めるとするなら時間がかかる上に、もっと作戦を練らなければならない。それと同時に、成長を見せるマリューとアークエンジェルのスタッフたちに、バーフォードはニヤリとほくそ笑んだ。

 

「相変わらず、えぐい戦術を考えてらっしゃる」

 

「戦場とは非道ですからね。正攻法だけでは勝てませんよ。このくらいの戦術、ザフトとの戦闘では日常茶飯事です」

 

手際の良さと思い切りの良さに、アズラエルが感心したような言葉を投げる。それはバーフォードにとって賞賛と等しい。優勢はドミニオンに傾きつつある艦戦。その光景を一瞥したキラは、なんとも言えない感覚を噛み締めながら苦しげに声を発した。

 

「バーフォード艦長…!うわっ!」

 

アークエンジェルの援護に向かおうと身を翻そうとするフリーダムを、カラミティとレイダーの連携が引き止める。

 

『そっちに行かせねーよ!』

 

オルガの叫びと同時に、二機はアスランのジャスティスにも狙いを定めた。何とか態勢をーーそう思った矢先に、頭上から大鎌を振りかざしたフォビドゥンが舞い降りてくる。

 

「くっそぉー!!」

 

ハイマットモードで自在に軌道を変化させるが、三機の連携に隙はない。武装を展開しようとすれば、実弾とビームの嵐で、点ではなく面で制圧されそうになる。

 

フリーダムの強みであるマルチロックシステムが完全に封じられ、キラはビームライフル、サーベルと言ったモビルスーツの基本的な戦闘に釘付けにされていた。

 

 

////

 

 

《黄色部隊!すでに戦闘は始まっている!我々の任務はアークエンジェル、そしてそれに同伴している艦と目撃者の排除だ!!》

 

メンデルの戦闘を目の前に置く黄色部隊の母艦、アガメムノン級艦「シンファクシ」は、モビルスーツデッキへと誘うハッチを解放していく。艦長の声が艦内に響き渡るのを聞き流しながら、黄色部隊のパイロットは特殊に作成されたダガー系のモビルスーツに乗り込みながら声を響かせる。

 

『まさか、こうも立ち回りが変わるとはな』

 

長い黒髪をヘルメットにしまい込んで、バイザーを下げる女性パイロットは混戦している戦場を見つめながら憂いるように呟いた。まさかアズラエルの船が先にたどり着くとはーーー期待していた一対一での戦いは叶いそうにない。

 

『敵機の数は多いが、こちらは足で翻弄する』

 

そんな女性パイロットに、後方で準備をする黒いダガー系の機体に乗る男性パイロットが諌めるように指示を出した。女性は短く「了解している」と答えて、電磁レールのカタパルトに機体が乗せられる感覚を歯で噛み殺した。

 

《進路クリアー!黄色部隊、発進!青き清浄なる世界のために!!》

 

『カテゴリー3、オルレア、発進するぞ』

 

『カテゴリー1、シュープリス、出る』

 

オルレアとシュープリス。黄色部隊が誇る虎の子のトップランカーたち。オーブで散った黄色のパイロットは、遊戯に等しいほど貧弱で、惰弱で、見るに耐えない無様さでモビルスーツを動かしていたが、彼らはそれを遥かに上回る別格の強さを有していた。

 

『さて、黄色部隊でのトップランカーたち、実力を拝見するとしよう』

 

そう言って2機のモビルスーツの光を見つめる同じ部隊のパイロットたち。彼らもまた居残り組ではあるが、ザフトの歴戦の猛者と大差ない実力を有しているのだった。

 

 

////

 

 

リークが持ち出したビーム兵器は、言わば拡散型のビーム弾頭砲だ。

 

楕円状のビーム球が連続して放たれるビーム砲だが、これが如何に厄介か、ラリーは戦闘を継続しながらその厄介さに冷や汗を流していた。

 

通常、ビーム砲とは直線的な射撃であり、装甲を融解させ、相手の装甲概念を無視した打撃力を有する光学兵器だ。ただし、それは当たればの話。掠めたビーム砲は終息するまで直線上を走り続ける一本の線でしかない。

 

たが、リークの武器はビームには無かった概念を取り入れていた。

 

それは信管だ。

 

いや、正確には機体の熱エネルギーに応じて臨界点が変わる反応をビームに持たせているだけなのだろうが、それがこの上なく厄介なのだ。

 

楕円状のビームを紙一重で避けようとしたら、ビームが突如として炸裂したのだ。楕円状のビームは細かい花火のように辺りに散らばり、紙一重で避けていたホワイトグリントの装甲に降り注ぐ。

 

微量とは言えビーム兵器。降り注いだ光はホワイトグリントの装甲を赤く染め上げるには充分な力を有していた。

 

リークが持ち出してきたこれは対空用のビーム兵器。近くで避ければ炸裂し、その余波でこちらを捕まえる。機動力を生かすホワイトグリントにとっては最悪の組み合わせだった。

 

『今度こそ勝ちを貰った!!』

 

そう言ってビーム砲を連射するリークのリベリオン。ラリーは早々に最短距離で詰めることを諦めて、ビーム兵器から距離を取れる位置へと旋回して避ける。

 

なんとも厄介な兵器ではあるが、対策がないわけではない。こうやって距離を取れば単なるビームの嵐でしかない。それにあの弾頭構造、消費するエネルギーに限りはあるはずだ。

 

「まだまだぁあああ!!」

 

ラリーは叫びながら、楕円状のビーム網を駆け抜ける。ビームの連射間隔、斜軸の修正速度、連射のタイムロス、信管の役割を果たす作用の許容範囲を見極めながら。

 

そうはさせまいとリークもビームを打ち止めて、サーベルを引き抜き向かってくるホワイトグリントとぶつかり合う。

 

「リークゥウウ!!」

 

《ラリィイー!!》

 

互いに雄叫びを上げながら機体は前進と後退を繰り返し、薙ぎ、叩きつけ、袈裟斬り、突き、様々な攻防をシールドとビームサーベルを駆使して激闘を繰り広げる。

 

長く共に歩んだ戦友である二人の戦士。彼らの1個人、戦士としての戦いは、稲妻を轟かせながら佳境を迎えようとしていた。

 

 

////

 

 

「いいかな、ハーネンフース。あくまで偵察だ。無理について来なくていい」

 

「はっ!」

 

そういうクルーゼに、青く染め上げられた最新型量産機「ゲイツ」に乗るザフトの赤服の一人、シホ・ハーネンフースが規律正しい返事を返した。

 

ゲイツは、ザフトの主力モビルスーツであるジンの後継主力機として開発された機体で、クルーゼ隊が地球連合軍から鹵獲したGAT-Xシリーズによって、連合の本格的なMS配備を想定する必要性に迫られ、奪取した技術も導入し、量産化されようとしているモビルスーツだ。

 

だが、その技術導入と地球軍が製造したダガー系のモビルスーツに対応するために、設計局から急遽スペックの見直しが入り、量産機の配備は遅れる一方で、シホが乗るゲイツもまた、先行して開発されたゲイツの試験運用機を急拵えで彼女用に調整したものだった。

 

この偵察は、ゲイツの運用データ取りも含め、クルーゼの操るプロヴィデンス・セラフのオプション装備のテストも兼ねている。

 

「ラウ・ル・クルーゼ、プロヴィデンス・セラフ・ヴィクトリア、発進するぞ」

 

補助スラスターユニットを取り外し、特殊な大型翼を追加したプロヴィデンス・セラフは、電磁射出機内で圧力を上げて大海へと飛び立っていく。

 

そう、あくまでこれは偵察。無用な戦闘は行うべきではない。そう口ずさみながらも、クルーゼの目は鋭い光を帯びて、交差し合う閃光の彼方を見据えていた。

 

そしてその感覚は思わぬ相手にも届くことになる。

 

「この感じ!?まさか!?」

 

ランチャーストライクを操るムウも、この戦場に近づいてくる親しくありながら不愉快な感覚を、鋭敏に感じ取っていた。

 

ドミニオンからの対空ミサイルを払いのけながら、デブリを処理していたムウは、同じく防衛していたイザークとディアッカを尻目に、役立たずなレーダーを捨て置き、あさっての方向へ飛翔した。

 

「な…おい!おっさん!」

 

思わずディアッカが呼び止めると、ムウは振り向きもしないで怒号のような声を上げた。

 

「おっさんじゃない!ザフトが居る!」

 

「え!?」

 

その言葉は確かか?そんなことを問う以前の問題だ。ここはドミニオンによってチャフが撒き散らされており、レーダー網なんて既に無いものと同義だった。

 

そんな状況下でザフトのモビルスーツを感じられるのか?ディアッカの疑問を、隣からムウを追うように飛び立ったイザークが吹き飛ばした。

 

「ディアッカ!」

 

イザークの声には焦りがある。

 

理由はどうあれ、ここでザフトに見つかれば不味いことになるのは間違いない。エターナルはまだ調整中、ヒメラギもまた物資の搬入で動けない。

 

アークエンジェルの後ろ側からザフトに撃たれればアウトだ。

 

「くっそー!見つかったらマジでヤバイぜ!」

 

そう言ってアークエンジェルへ通信を入れると、ディアッカは一人アークエンジェルの側に残り、ドミニオンとの攻防の補佐に集中していくのだった。

 

 

 





クルーゼ「ところでハーネンフース。つまみ食いという言葉を知っているかな?」

シホ「はい?」



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第154話 The Unsung War 4

 

 

 

 

「そらあ゛ぁ!!滅殺!!」

 

キラはフリーダムのコクピットの中で神経を研ぎ澄まし、呼吸を忘れてしまいそうなほどの集中力を絞り出していた。

 

相対する2機のモビルスーツ。リークが隊長を務めるという地球軍のモビルスーツだが、今まで見てきたザフトや、地球軍の量産型モビルスーツの動きとは別格に鋭く、機敏に動きまわりながら、確かな命中率でこちらを削り取ってくる。

 

各機の対応ならば点での攻撃で回避はしやすいが、相手は2機でまるで一つの生き物のような動きをするのだ。どちらかに集中した途端に片側に食いちぎられかねない。

 

「オラオラオラァ!!オーブでの威勢はどうした!!」

 

オルガの咆哮が轟く。鉄球を避けた先に張り巡らされたカラミティによる面制圧のビーム砲をかいくぐりながらキラはヘルメットのバイザーの中に浮かぶ汗を外へと追いやった。

 

「うぐうう!!くっそーー!!」

 

「キラ!このおお!!」

 

「はっ!あまいね、そんな攻撃」

 

手強いなんてものじゃない。

 

均衡を保っていられるのはアスランとキラで三人を手分けして相手取っているからだ。アスランもアスランで、キラの援護に向かおうとするが、シャニの駆るフォビドゥンによって行く手を遮られていた。汎用性よりも格闘戦、近中距離を想定した武装が豊富なジャスティス相手に、シャニもまた近過ぎず、離れ過ぎずと言った間合いで牽制と攻撃を織り交ぜている。

 

上手い。まるでまだ地球に降りる前のリークやラリーを相手にしているような。まるで相手の掌の上で踊らされているような圧迫感があった。

 

「ちぃいい!!」

 

「上手く躱すもんだな!!クロト!右側から回り込むぞ!」

 

「今度こそぉ!!」

 

手足は破壊してもいい。オルガたちはアズラエルからそうオーダーを貰っている。

 

アズラエル自身も、フリーダムとジャスティス、メビウスライダー隊が抱える部隊の戦力を明確に知る必要もあったしーーー何より、リークが育てた三人の本当の力量を知りたいという欲もあった。

 

故にコクピットは狙わない、リークが模擬戦時に敷いているルールに則った原則の中、三人のパイロットを好きに動かしているのだ。

 

そんなオルガとクロトの連携が冴える。レイダーの頭部に備わる収束砲を避けたキラは、頭上からレイダーの前へと割り込んできたカラミティに目を見開く。

 

カラミティに備わるいくつものビーム砲がフリーダムへ銃口を向けていた。

 

「キラ…!!」

 

フォビドゥンを相手取りながら、その光景を目撃したアスランの中で、さまざまな思いがよぎる。

 

ヘリオポリスのこと。

 

ユニウスセブンのこと。

 

オーブでのこと。

 

そして父ーーラクス。

 

〝自分の心に従いなさい。アスラン〟

 

その声が胸の奥で響いた瞬間、陰っていた視界が弾けたように広がった。

 

「うおぉおお!!」

 

アスランは今までに無いような反応を見せ、距離を詰めようとしていたフォビドゥンへ、背に備わっているファトゥム00を迫っていたフォビドゥンめがけて射出する。

 

「なにぃ!?うわぁああ!!」

 

「シャニ!!」

 

質量兵器とかしたファトゥムの突貫に虚を突かれたシャニは、受け身を取る間も無く宇宙に機体をぐるりと舞いさせることになる。

 

その攻撃に驚いたオルガが気を緩ませたのか、息のあった連携に綻びが生じ、その隙にアスランのジャスティスがフリーダムの前へと躍り出て、クロトのレイダーへビームの閃光を走らせた。

 

「アスラン!!」

 

「大丈夫だ!!蹴散らすぞ!」

 

ファトゥムとドッキングしたジャスティスは、態勢を立て直したフリーダムと共に再び三機の相手へと立ち向かっていく。

 

 

////

 

 

「ああ惜しい!!」

 

その光景の一部始終を見ていたアズラエルは、まるでスポーツ観戦をしている熱狂的なファンのように残念そうにシートの肘掛を叩いた。

 

「相手のモビルスーツもやるようですね」

 

そう答えるバーフォードに、アズラエルも納得したように頷く。その表情には悔しさや憎しみは一切なく、互いに闘う二つの流星を賞賛しているようにも見えた。

 

「ええ、あの3人の連携を2機で凌ぐとは……正直、甘く見ていたようだ」

 

「どうします?アズラエル理事」

 

まぁ手こずるのは想定の範囲内だ。そう言ってアズラエルはシートに座り直すと、興奮して地につけていた両足を組み直しながら、考えるように指先で前髪をいじる。

 

「とにかく仕掛けるしかないでしょう。あちらも黙ってるようには思えませんし」

 

そう言って目を向ける先には、先制攻撃を掻い潜ったアークエンジェルの姿だ。

 

「アークエンジェル接近!」

 

見ればわかりますよ、とアズラエルは苦笑気味に呟く。向こうもこちらの目的を弁えているようだ。こちらの攻撃も、あちらの攻撃も、致命打にはならないが、迎撃しなければならない攻撃に留めている。まるで絵に書いた模擬戦とも言える。

 

「ゴットフリート照準、てぇ!」

 

アークエンジェルの中でナタルが檄を飛ばし、その砲塔から放たれる緑色の極光はドミニオンの脇を綺麗に逸れて通過していく。

 

「ランダム回避運動!バリアント、てぇ!!ミサイル信管、斉射〝サルボー〟!」

 

こちらも呼応するように、わざわざ曲線を描くような軌道を入力した対艦ミサイルを放ち、アークエンジェルは見事にそのミサイルのことごとくを撃ち落としていく。

 

「ちぃい!!」

 

いいようにあしらわれている…!マリューは実弾を使った演習と化した今の戦いを見つめながら、バーフォードの戦局運びの巧さを肌で感じていた。デブリから現れたドミニオンの奇襲を潜り、背後に付こうとしているが、優勢は一向にこちらに向かない。

 

ここぞというタイミングで上手く抜かれ、そして思わぬところから反撃がくる。

 

巧い。その全てが相手を翻弄する。故にマリューも食らいつく。艦船だろうが、戦闘機だろうが、モビルスーツだろうが、巴戦になれば根負けしたほうが勝ち星を失う。

 

「バリアント、照準!!ここで振り切られるな!!ヘルダート、てぇ!!」

 

ナタルもそれを重々承知しているようだ。矢継ぎ早に指示を出して、逃げ果せようとしているドミニオンの背後に何としてもかじり付こうとしている。

 

何としても離れない。必ず一矢をーー来ると分かれど避けられぬサジタリウスの矢を打ち込む!!

 

マリューにとっても、ナタルにとっても、アークエンジェルを動かす全てのクルーにとって、ここが今まで培ったものを吐き出し、自分たちの指針を決める分水嶺となっていた。

 

 

////

 

 

《ザフトが居るって言うんだ!グリフィス1が!マジだったらヤバい!》

 

そう言ってエターナルに通信を入れたディアッカに、バルトフェルドは仕掛けてくる相手のタイミングに顔をしかめる。

 

「ザフトに地球軍…!三つ巴か!」

 

ただでさえ、地球軍の相手にいっぱいだと言うのにーーそれに、この混乱状態の中、的確に自分たちがここにいることを割り出し、追ってきているとなると、考えられる相手は一人しかいない。

 

「エターナルは兎に角発進を急いで下さい。騒いでいたって動けないのでは、お任せするしかありませんわ」

 

「ごもっとも。ダコスタ!」

 

ラクスの言葉に頷きながら、バルトフェルドは丁度エンジンブロックの点検を行なっているエリアへ通信をつなぐ。

 

《わかってますよ!》

 

《急かすもんじゃないですよ!これでもいっぱいいっぱい!!》

 

通信の先では、作業着姿のダコスタと、身の丈ほどある工具を点検口に突っ込みながら作業をするフレイが大声で叫んでいた。

 

 

////

 

 

研ぎ澄ました感覚に従ってメンデルの反対側の港口付近に来たムウと、それに追従してきたイザークは、深淵の宇宙の中で光天を瞬かせながら辺りを索敵していた。

 

「グリフィス1!本当にザフトが来るのか!?」

 

いまだ反応を感知しないことに徐々に懐疑的になってきたイザークは同じく索敵を行うムウのランチャーストライクに通信を投げる。

 

「ああ、間違いない…はっ!来た!!」

 

二時の方向!!二つ!!ボギー〝敵機〟だ!!

 

ムウの言葉にイザークも彼が示した方へと視線を向けると、レーダーに反応がない中で、確かな光がこちらに向かって近づいてきているのが見えた。

 

あの機影、あの光ーーー間違いない。あれはモビルスーツだ。

 

『ストライク!それに、デュエルも…!ジュール様の機体…!!』

 

蒼いゲイツのコクピットで、シホ・ハーネンフースは驚いたように目を見開いた。こちらはNジャマーの影響下の中、戦闘が行われている港からわざわざ反対側まで来たというのに、まるで待ち構えていたかのようにストライクとデュエルがいたのだ。

 

それも、訓練学校時代に多くの恩を与えてくれた人が駆っていたモビルスーツ。なにも思わないはずもなく、無意識に握っている操縦桿に力がこもった。

 

『ほぉ、今度は貴様がそれのパイロットか。ムウ・ラ・フラガ!』

 

怒りに震えるシホの隣で、蝙蝠のような大きな翼を広げるプロヴィデンス・セラフ・ヴィクトリアを操るクルーゼは、自身の存在を敏感に察していたムウの存在に頬を歪める。

 

あの機体に誰が乗っているかは、クルーゼには見えない。だが、確かに感じられる。ラリーほどではないが、あの機体には確実に自分の知る存在が乗り込んでいるのだ。

 

「クルーゼ!ちぃ!例の新型か!!」

 

大きな翼を広げ迫る新型機。

 

ラリーが死ぬ気で挑んでも落とせなかった機体ーーー果たして自分がどうやって戦えるのか。そんな不安を拭い去るかのように、今までイザークの声が響いていたはずの通信回線に、一人の男が割り込んでくる。

 

まるでいつも気軽に話しかけている相手からのように、クルーゼは流星の通信へ割り込んできたのだ。

 

《ムウ・ラ・フラガ。貴様の相手も悪くはないが…果たして務まるかな?このセラフ・ヴィクトリアの相手を!!》

 

大きな翼に見えていたそれがムウの目に鮮明に映った。あれは翼ではない。あれはーーー背中に施された巨大な武器だ。

 

「このぉおお!!」

 

腕に装備された極光のビームブレードを振りかざしながら距離を詰めてくるクルーゼのプロヴィデンス・セラフにムウも覚悟を決めてアグニを構えて咆哮を轟かせた。

 

 

////

 

 

「シャニ!!無事か!?」

 

フリーダムとジャスティスから一度距離を取ったオルガとクロトは、ファトゥムの突撃を受けて宇宙を舞ったシャニを気遣うように態勢を整える。

 

「…まだいけるよ、アイツぅ!」

 

「感情的になるなよ!理詰めでいかねぇとやられるのはこっちだ!!クロト!!」

 

アスランの行為に怒りを覚えているシャニをなだめながら、オルガはクロトヘ指示を出した。ここで感情的になれば、あの高機動性を持つ二機にこちらは対応できなくなることは明白だ。

 

今こそは点ではなく、面で制圧しようとしてるが故に2機の動きを封じられているものの、ここで足並みが乱れれば、即座に突破されることになる。

 

「わかってるよ!!てぇりゃあああ!!」

 

そうはさせまいと、場をかき乱すことを担当するクロトが高初速弾頭を並んでいるフリーダムとジャスティス目掛けて吐き出した。

 

「キラ!」

 

「うん!アスランーーー新しい反応!?上!!」

 

レイダーを相手取ろうとした時だった。キラの高濃度レーザーレーダーが、頭上から迫ってくる新たな機影を捕捉していた。咄嗟にアスランも、それを攻めようとしていたオルガたちも、上から迫ってくる反応に視線を向ける

 

「なにぃ!?」

 

そこに居たのは見たこともないフォルムをした機体だった。一機は暗い群青色に染め上げられた機体であり、メインブースターに牽制用の小型マシンガン、相手の目を奪うフラッシュロケットとビームキャノン、そしてその機体を象徴するかのように、腕には大型のビームブレードを装備した近接戦闘特化型の機体だ。

 

『奇襲にはなるが致し方ない…!貴様らが流星……できると聞いている、いくぞ!』

 

『気を付けろよ、オルレア。メビウスライダー隊のモビルアーマー乗り達。伊達ではないぞ』

 

そう言ってオルレアを諫めるシュープリス……別名、ベリルオーズの機体はフォーミュラマシンを思わせる曲線主体、かつ鋭角・シャープなフォルムと、 特注で作られた複眼のようにカメラアイが集合して列をなしているという独特の頭部を有する。

 

ベースは漆黒のダガー系だが、その武装は凄まじく、中距離用の通常型ライフル、近距離用の突撃型ライフル、高火力のグレネードキャノン、対ミサイル兵装のフレアを装備し、対応力が高い。

 

その2機はこちらの都合など知ったものかと言わんばかりに膠着していたキラとオルガたちのもとへと突っ込んでくる。

 

「新型!?おい、アズラエルのおっさん!」

 

《スカイキーパーよりメビウス隊へ!情報には無い機体だ!作戦は中断!作戦中止!!各機、迎撃に当たれ!》

 

「んなこと言ったって!!」

 

2機からの先制攻撃を躱しながらクロトは突然の横槍に苛立ったように声をくぐもらせる。

 

この戦闘は前哨戦でしかなかった。

 

アズラエルーーひいては、ハルバートン提督たちの思惑とは別に、さまざまな思惑が混ざっては溶け合う世界は大きく動き出そうとしていた。

 

 

 

 



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第155話 The Unsung War 5

 

 

 

「ラミアス艦長!!」

 

「地球軍の新型!?それも別方向から…バーフォード艦長の動きは!?」

 

「同じく困惑している模様!あっ!ブルー25、チャーリーに艦影確認!ライブラリ照合ーーアガメムノン級です!」

 

いきなり現れた地球軍の信号反応を示す新型機。付け加えるように現れたのは、その新型の母艦であろうアガメムノン級の宇宙戦艦だ。

 

「こんなところに!?」

 

そう言ってマリューはすぐさま思考を走らせる。おそらく、あの船はアズラエル理事やバーフォード艦長の指揮するドミニオンとは、別口でこちらにやってきている。

 

ドミニオンは囮?この新型機の攻撃が本命というなら、まだ消耗していないこのタイミングで攻めてくる理由が説明できない。

 

となればーー。

 

《ラミアス艦長!》

 

そんなマリューの思考を止めたのは、急遽映像通信をよこしてきたバーフォードだった。

 

「バーフォード艦長!これは一体!」

 

普段見せない怒りの形相をするバーフォードに戸惑うマリューだったが、向こうは「戦闘は停止だ!」と力強く言葉を紡ぐ。

 

《それより暗号通信だ!コードは送った!くそ!やつらめ!》

 

すぐさま通信オペレーターが暗号コードを受け取ると、一瞬くぐもった声を発して、驚愕の表情を浮かべながらマリューの方へと振り返った。

 

そこに記されていた一文。

 

 

〝地球軍がNジャマーキャンセラーを手に入れた〟

 

 

その一報は、アズラエルの持つ裏側の情報筋からもたらされたものだった。

 

「バカな…!!どうやって手に入れたんだ!?」

 

そう言って戸惑うクルーを横目に、アズラエルは握り拳を作って送られてきたデータの詳細を見つめる。出所ははっきりしないが、今はそれは問題ではない。1番まずいのは地球軍側が核を使えるという事実だ。

 

「アズラエル理事!」

 

「くそ!最悪の相手に最悪の情報が回った!やつらめ!容赦なく核を使うつもりだぞ!?」

 

情報によれば、地球軍の主力艦隊に核が搭載され、明朝にはプラントに向けて進行が開始されるということだ。ただ、目的地は不明、地球軍側も今回の作戦には細心の注意と機密性を持たせてる。それほどまでに打つというのかーーーあの愚かな核を!!

 

「なにが青き清浄なる世界だ!何が野蛮なコーディネーターを浄化するだ!!こいつらの方が遥かに野蛮だ!!その世界を核で汚しては元も子もないじゃあないか!!」

 

アズラエル自身、高価な兵器を作って飾っておくより、それは使うためにあるという持論は持っている。だが、それはあくまで自身の身を守るため。立つ場所すら失う兵器を平然と使うなどーーそんなことをさせないために、自分はこの博打にチップをかけたというのに。

 

「アークエンジェルに通信を繋げ!それに〝彼ら〟にも!!僕らに与えられた時間はもう無いぞ!」

 

「了解!」

 

もはや試験などいう猶予すら無くなった。紳士的な模擬戦はここまで。ここから先、時間の猶予はない。

 

 

////

 

 

黄色部隊、ウィリアム・サザーランド直轄の特殊部隊である彼らの母艦、シンファクシのブリッジで、艦長は黄色部隊のメンバーが投入され、混乱状態となりつつある戦場を眺めながらニヤリと笑みを浮かべる。

 

『さて、では終幕と行こう。ゴットフリート、照準!目標、アークエンジェル、ドミニオン!てぇ!』

 

艦首に備わったゴットフリート2門が、容赦なく動きが鈍っているアークエンジェルとドミニオンへと向けられ、その砲口から緑の極光が宇宙へ線を描いた。

 

「回避!」

 

「撃ってきた!?アイツらも地球軍じゃないのか!?」

 

距離もあったのか、間一髪で避けることができたが、戸惑っている二隻への攻撃の手は緩めない。艦長はサザーランドから受けた指示を実直に遂行していく。

 

『アズラエル理事、貴方にはここで果てて頂く。青き清浄なる世界のためにね』

 

ブルーコスモス盟主であるムルタ・アズラエル。彼の一族が築き上げたアズラエル財団とはいえ、流星に対する財団の私的利用に、その無茶な要望を聞く財団関係者の中にも不満を持つ者はいるわけで。

 

財団の運営を牛耳るアズラエルが居なくなれば、都合がいい財団関係者とは、すでに契約は交わしてある。彼が居なくなれば、財団はブルーコスモスが望む形へと立ち戻ることになるだろう。

 

『ロベルタ隊、発進。目撃者は全て抹消せよとのオーダーだ!』

 

そう命令を発し、黄色部隊の機体の他に搭載されていた、特殊攻撃用の漆黒のダガー隊が発進していく。すぐに後援の部隊も合流する。

 

彼は邪魔なのだよ、我々が望む青き清浄なる世界にはな。そう言ったサザーランドを思い返しながら、艦長は飛び立っていく部隊を見つめた。

 

そうだとも。

 

すでに我々は戸口に立っている。

 

青き清浄なる世界へ連なる道筋に。

 

 

////

 

 

 

「このぉ!」

 

降って湧いたように現れた黄色部隊とダガーの軍勢に、出撃したアサギとマユラは苦戦を強いられていた。

 

まだM1アストレイも整備が完全じゃないというのに。R型を先行して整備していたおかげで、なんとか出撃できた二人だが、こうも数を投じられると戦いにくい。それに数機相手にしただけだが、アサギには理解できた。

 

このパイロットたちは、相当の手練れだ。

 

「アサギ!」

 

そんな思考が頭を掠めた最中、アサギの前に一機のダガーが迫る。ジュリの悲鳴のような叫びに目を見開く。向けられた銃口が物語る自分の死ーー指が、あれだけ訓練したというのに、まるで石になったかのように動かない。

 

固まったアサギの前に光が広がっていく。迫る死の恐怖にギュッと目を瞑ったアサギだったが、身を包むような熱さや苦痛は、いつまで経ってもやってはこなかった。

 

《よく持ち堪えた、グリフィス隊!これよりアンタレス隊も合流する!!》

 

その通信音声にアサギが目を開くと、目の前にいたはずのダガーはコクピットに大穴を上げて宇宙を漂っていて、やがて爆発した。

 

入れ替わるように現れたのは、宇宙用のOSに書き換えられたM1アストレイの編隊を連れた、PJの機体だ。

 

《各機、敵機をメンデル港に近づけるな!!連携して撃破しろ!》

 

自身たちの後ろからは、搬入作業を終えたヒメラギが、ハインズの指揮のもと港から出ては、戦線に加わっている。デブリのワイヤーから脱したクサナギも合流した。

 

中規模の三隻からなる艦隊編成によって、戦況の混乱は少しずつではあるが回復の兆しを見せ始めていた。

 

「リーク!どういうことだ!?」

 

キラたちとは離れた場所で切り結んでいたラリーとリークも、突如として現れた新型機の対応に回ることになる。

 

地球軍はお前の管轄だろ!?と叫ぶラリーに、リークも怒声のような声で言い返した。

 

《詳しい説明はあとだ!ラリー!とにかくエレメントを!オルガ!プラン4を適用!すぐにフリーダムたちと連携をとって!》

 

《了解!おらぁ!聞こえたか!戦闘はやめだ!》

 

そう言ってメビウスライダー隊の通信回線へ割り込んだリークとオルガたちも、さきほどまで散々キラたちを苦しめていた戦闘をやめて、隣に並び立つように向かってくる黄色部隊とダガーの軍勢を前に体制を立て直した。

 

「そんなの信じられーーキラ!?」

 

突然のことに動揺するアスランを他所に、キラのフリーダムはオルガたちのもとへ戻ってきたリベリオンの元へと向かう。

 

咄嗟にオルガがフリーダムから守るようにリベリオンの前へと出ようとしたが、リークはそれをシールドを使って柔らかく制した。

 

「ベルモンド大尉!」

 

《キラくん…》

 

「僕らは、メビウスライダー隊。ですよね」

 

リークと別れてから起こったこと、まるで今までのことを全て話すような声色で、キラは瞳を潤ませながらリークへと言葉を紡ぐ。

 

それを聞いたリークは少し口を開いて声を潜めてから、優しく笑みを浮かべて頷いた。

 

《ああ、そうだ。僕らはメビウスライダー隊。生きて、生き延びて、使命を果たす…!だから!》

 

リークの言葉を聞いて、キラも納得したのか、すぐに踵を返してアスランのジャスティスの隣へと並んだ。

 

「アスラン!エレメントを!新しくきた相手を叩く!」

 

「ああもう!どうなってもーーー」

 

乱戦状態へと陥り始めた戦場で、アスランが全くと言った様子で前を見据えた時だった。

 

背後にあるメンデルのコロニー外壁部で爆発が起き、その爆煙と炎を突き抜いた光が真っ直ぐとこちらに向かって飛び込んできた。

 

「ぐわあああぁーーー!!!」

 

通信機越しに聞こえたのは、ムウの苦しげな声だ。高速でやってきた光が押し出すように連れてきたのは、片足と腕を吹き飛ばされたランチャーストライクだ。

 

「隊長!?」

 

《ストライク!?被弾してる…!はっ!》

 

誰もが戸惑う中、ボロボロになったランチャーストライクの頭部をアイアンクローのように持ちながら、一機のモビルスーツが星空の海を背に、ラリーのホワイトグリントを見下ろしている。

 

その輪郭はまるで悪魔のような翼を広げたバケモノのように、その場にいる誰の目にも見えた。

 

《やぁ、会いたかったぞ、ラリー…!!》

 

「げぇ!!クルーゼ!!!」

 

そう言ってプロヴィデンス・セラフ・ヴィクトリアのコクピットの中で、クルーゼはニヤリと笑みを浮かべた。

 

さて、前菜は終わった。ここからがお楽しみだ…!!!

 

 

 

 



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第156話 勢力のフルーツバスケット

 

 

『貴様っ!よくも…よくも!ジュール様の機体でっ!』

 

苦しむような、呻くような声を発しながら、自制心を失ったシホ・ハーネンフースは、目の前にいるデュエルへと飛びかかっていた。

 

二連装ビームクローを閃光と化して、デュエルの装甲を食い破らんと蒼いゲイツは何度も何度もその腕を振るうが、デュエルを操るイザークは巧みにその刃をひらりと避ける。

 

「青い機体…鳳仙花!?ハーネンフースか!?」

 

シホ・ハーネンフース。

 

ザフトの赤服の一人であり、訓練学校時代では、イザークが彼女の戦闘技術と蒼い機体を好んでいることについて、彼女の特徴を鳳仙花の種に例えたことがあった。

 

その後、イザークは赤服として数々の任務に従事することになり、ソロモン海峡の戦いを経て、デュエルを再受領した際に、運んできたメンバーの中にシホの姿があり、それっきり連絡も取れずにオーブへと渡ることになったのだった。

 

もともと実験機であるシグー・ディープアームズを与えられていた彼女の腕前は本物であり、新型であるゲイツの攻撃を避けることにイザークは全神経を総動員しなければならないほどの技量であった。

 

「イザーク!!」

 

気がつけばシホとイザークも、突貫していったクルーゼのセラフ・ヴィクトリアと同じように港口へと流れ込んでしまい、ヒメラギを護衛するディアッカの言葉で、背後から漆黒のダガー隊が近づいてきているのがわかった。

 

『こんのぉおおおーー!!』

 

「ちぃい!こんなところでぇ!!」

 

シホの咆哮と共に振り下ろされたビームクローをシールドでいなしたイザークは、そのままシホを傷つけないようにシールドバッシュで弾き飛ばすと、後ろから迫るダガー隊へビームライフルを放った。

 

《そうか、メビウスライダー隊が揃い踏みか!!ここでこうして戦えるとはな!はっはっは!!私も嬉しいよ、ラリー!!》

 

そんなイザークたちに見向きもしないで、クルーゼはセラフ・ヴィクトリアに備わる大口径砲塔を展開して、宇宙に驚愕して浮かぶラリーのホワイトグリントへ狙いを定めた。

 

ヴィクトリアユニットに備わるのは、単純な火力だ。多武装なプロヴィデンス・セラフに加えて、200mmサイズの巨大な砲弾を多連装式に詰め込んだ装備であり、その姿はまさに悪魔の翼だ。

 

しかもその大型弾頭は、ラリーたち流星とクルーゼ隊の戦いで集められたデータから導き出されたHEIAP弾の技術が応用されており、直撃時は摂氏3000度の高温と、180mmのタングステン弾核がモビルスーツのフレームごと食いちぎると言ったものだった。

 

それを多連装で両翼からバカスカと撃ってくる上に、セラフに元々備わる垂直ミサイルや、チェーンビームガンに、ビームキャノン砲まで襲いかかってくる鬼畜仕様だ。しかも弾のほとんどがラリーの元へと撃ち込まれている。

 

『よそ見をしている暇があると思っているか!流星!!』

 

そして目を離せば鼻先まで迫ってきては、ビームブレードを煌めかせてスライスしてこようとする奴と、逃げようものなら中近距離のライフルで牽制し、隙があればそれで突き刺そうとしてくる黄色部隊のモビルスーツ二機。

 

オーブで相手をした機体だったら、クルーゼのセラフ・ヴィクトリアの砲撃と波状攻撃に巻き込まれてやられているだろうが、この二機は別格に強い。ちゃんとクルーゼの攻撃を掻い潜った上で、隙があったら容赦なく攻撃を叩き込んでくる猛者だ。

 

「右も左も敵だらけだ!!」

 

付け加えるように攻撃を放ってくるダガー隊の攻撃をなんとか凌ぎながら、リークはオルガたちを指揮しながら悲鳴のような声でそう叫んだ。

 

右を向けばザフト、前を向けば黄色部隊、左を向けば地球軍の艦船とダガーの群れ。こちらもアストレイ隊とキラやアスランたちも対応しているものの、現場は完全な混乱状態に陥っていた。

 

『はぁああ!!』

 

「くっそー!!ハーネンフースならよせ!!」

 

ゲイツから放たれるビームライフル、背後のダガー隊からくるビームの嵐。その中でディアッカのバスターと背中合わせをしながら、イザークは思考を高速で回していた。

 

「イザーク!こうも敵が多いと!」

 

わかっていると、ディアッカの泣き言のような声を黙らせる。こうも混戦状態では、シホに気を使いながら戦闘をするなんて不可能だ。

 

しかし、ここで彼女を撃ってしまうことになるのは、イザークにとってはどうしても許せないことだった。敵だからと、知らぬから撃ててしまうことを考え直さなければならない。その答えを探すためにここにいるというのに、ここでシホを撃ってしまったら、ここに残った意味が消えて無くなってしまいそうな気がした。

 

彼は知っている。彼女の女性らしい笑顔を。それを敵だからと言って撃つのはーーー。

 

「ボサッとすんなよ!!邪魔!!」

 

二人の回線に声を割り込ませながら現れたのは、クロトのレイダーガンダムだった。

 

鉄球を高速で回転させ、アンチビームコーティングされたワイヤーでシホからのビームを防ぎながら、迷っているイザークの前に滑り込んだのだ。

 

「なにをぉ!?」

 

邪魔と言われて怒りを露わにするイザークを尻目に、クロトはビームの嵐の隙間を見極めると鉄球を一度戻して大きく息を吸い込んだ。

 

「でりゃあああ!!撃滅!!」

 

振り抜かれた腕から放たれる鉄球は、驚くほど早くシホのゲイツへと叩き込まれた。

 

『きゃあああー!!』

 

鉄球の当たりどころが良かったのか、シホのゲイツは片腕を大きくひしゃげさせて、コロニーメンデルとは別方向へと吹き飛んでいく。

 

「貴様…」

 

「アレ、撃ちたくなかったんだろ?邪魔だったからね」

 

それだけ言葉を交わすと、クロトはモビルアーマー形態へ変形し、すぐさまオルガたちとのフォーメーションへ戻っていく。

 

ぶっきらぼうな物言いではあったが、クロトの行動は足が早いレイダーを巧みに使い、戦場を観察、解析できている証拠だった。

 

レイダーは、その基本設計も対艦戦を重視したイージスに比べ、対MS戦を重視したものとなっている。

 

後期GAT-X機のフォビドゥン同様に、MS形態においても機動戦闘を行え、可変機構と機体特性を生かし、MAの機動性で敵を撹乱しつつ接近、瞬時にMSに変形して打撃を与え、再びMAに変形して離脱するという、レイダー(襲撃者)の名の通りの一撃離脱戦法を基本戦術としている。

 

加えて、リークの教導の中で見出された戦場での情報収集能力の向上も、パイロットであるクロトによって付加されており、その収集された情報はリアルタイムでドミニオン、AWACSであるスカイキーパーへと伝達される仕組みになっていた。

 

クロトがデュエルに加勢したのも、情報収集の中でシホのゲイツに困惑しているイザークの姿を目撃したからだろう。わざわざオルガの指示を無視し、隊列を離れて援護に来たほどだ。

 

そんなクロトの後ろ姿を見つめて、イザークはアラスカやパナマで見た、ナチュラルもコーディネーターも関係ない、人の善意による心の通じ合った瞬間を思い出した。

 

ーーきっと、彼もまた善意で動いたのだろう。

 

そう思いながら、イザークはディアッカと共にダガーをあしらい、中破したシホのゲイツを回収するべく動き始めた。

 

 

////

 

 

まさにめちゃくちゃだ。

 

前からはクルーゼ。気を抜けば新しく出てきた新型モビルスーツたち。そして距離をおけば湧いたように現れたダガー隊が襲いかかってくる。

 

ラリーは針の穴に糸を通すような作業を何十も繰り返すように、枝垂れ桜のような弾幕の合間を掻い潜りながら額から汗を流れさせる。

 

リークやオルガたちも応戦はしているが、目まぐるしく相手が入れ替わり、立ち代わり、攻守と機動戦と砲撃戦と、迎撃に追撃に、撃ち、撃ち、撃ち撃ち撃ち。

 

「くそー!!少しは落ち着けよ!お前らぁあ!!」

 

幾分か軽くなったホワイトグリントの驚異的な機動力に物を言わせて、クルーゼの背後に回り込んだラリーは、ビームサーベルを引き抜きながら、絶望的なまでに混迷する乱闘状況に声を上げる。

 

『よし、ここでーーッ!?』

 

そんなラリーの背後から近づいていたオルレアは、ビームブレードを構えながら襲い掛かろうとしていたところ、頭上から放たれた大型のミサイルの閃光によって行手を阻まれることになる。

 

「スレッジハマー、もう二発持って行け!!」

 

乱闘と化した戦場の遥か頭上。ラリーたちが捕捉できる範囲外から現れた機体は、ニコルのブリッツを懸架しながら、両翼のオプションに備わる4つのスレッジハマーの残りを更に吐き出した。

 

「間に合ったか!!ニコル!」

 

クルーゼとの切り結びから距離を開けたラリーは、上から降りてきたトールのメビウス・ハイクロスを見つめながら笑みを浮かべた。

 

「パージを!ここまでくれば!!」

 

ニコルの言葉通りに、トールは偵察のために懸架していたブリッツをミサイルのようにパージして離脱する。

 

ニコルのブリッツは、複合武装であるトリケロスを失った代わりに両手の改造が可能になり、そこに目をつけたハリーによって、高火力支援効果が期待できるガトリング砲と、180mm無反動砲を二問ずつ搭載することになった。

 

両手にガトリングと無反動砲を一門ずつ固定武装として取り付けられたブリッツは、トールのメビウスから離れると、群のように向かってきているダガー隊へ、その砲火の矛先を向けた。

 

「でえええい!!」

 

腰と脚部にも追加装備された小型ミサイルポッドも展開して、弾丸の嵐をお見舞いするブリッツに、ダガー隊はたまらずと言った様子で隊列を乱していく。

 

「トール!!時間通りだな!」

 

「遅れました!トール・ケーニヒ、メビウス・ハイクロス、ニコル・アマルフィ、ブリッツ・アサルトシフト、これより戦線に参加します!!」

 

アストレイ隊によってアークエンジェルへ運び込まれていくストライクの中にいるムウに、トールは敬礼をしながら答えた。

 

トールとニコルは、隠密性があるブリッツと共に偵察任務に出ており、メンデルが攻撃されている一報を受けて大急ぎで帰還を果たしたのだった。

 

偵察行動用の増槽をパージしたトールのメビウスの前に、黄色部隊の二機のモビルスーツが立ちふさがる。

 

『メビウス…つまり、奴が流星ーーモビルアーマーで戦い抜いてきた伝説か!!』

 

シュープリスから発せられた言葉と共に、トールは操縦桿を操り、モビルアーマー独特の機動を描いて二機と接敵していく。

 

面白い。伝説と呼ばれた流星ーーどれほどの力か、身をもって体感しようではないか!!

 

 

////

 

 

「うわぁ!」

 

「距離20、オレンジ15マーク1アルファ!アガメムノン級、来ます!」

 

シンファクシから放たれるゴットフリートが脇を掠める。アークエンジェルとドミニオン、クサナギは隊列を組んで、迫る黄色部隊の母艦との艦戦へ突入していた。

 

「ゴットフリート照準!3番から6番、ヘルダート、てぇ!!この距離では対モビルスーツ戦闘

だ!弾幕!!ラミアス艦長!!」

 

素早く指示を出すナタルの言葉に頷きながらマリューも艦の行く先を的確に指示していく。その後ろでは、クサナギを指揮するキサカもシンファクシに対して攻撃を放っていた。

 

《ゴットフリート、1番2番、てぇ!》

 

《しかし、敵の数が…!!ブルー52、アルファにドレイク級!二隻!》

 

向こうの艦長もやり手だ。ゴットフリートの予想を的確にした回避を見せるシンファクシを見つめながら、マリューは嫌な汗を流す。

 

加えて右から挟撃するようにドレイク級も追加されているとなると、長期戦になればこちらが不利になることも明白だ。

 

《やれやれ、サザーランド大佐め。本格的にすり潰しに来たようですね!!》

 

ドレイク級から放たれてくる対艦ミサイルを迎撃するドミニオンの中で、アズラエルは顔をややしかめながらそんなことを口走る。

 

どうやら、地球本部はナチュラルとコーディネーターでは飽き足らず、ナチュラルの中でも、ナチュラル至上主義者と二分したいようだ。

 

そんな愚かな思考にマリューは歯を噛みしめながら、後手に回り始めた状況の中、懸命な迎撃行動を仕掛ける。

 

そんな時だ。

 

「あっ、新たな反応多数!!イエロー45!我々のーー後ろ!?」

 

サイの報告にマリューとナタルは目を見開く。後ろから敵が来るということは、まさか別の艦隊がーーー!?

 

そんな焦りに飲み込まれそうになっているマリューを横目に、アズラエルは待ってましたと言わんばかりに顔に笑みを浮かべる。

 

《来ましたね、待機依頼をしていて正解でした》

 

そう静かに呟くアズラエル。

 

その反応は後部モニターにはっきりと写るほど近づいてくる。星の大海を横一列に飛ぶ無数の光。その光は徐々に煌き、はっきりとした輪郭を持ってアークエンジェルやドミニオンの後方から戦場に向かって飛び立っていった。

 

「アズラエル理事!彼らは?」

 

《ーーレジスタンス、ですよ。我々とハルバートン提督が用意した、ね》

 

マリューの声に、アズラエルはにこやかに答える。

 

飛び立っていったのは無数のメビウス。

 

それもただのメビウスじゃない。

 

ラリーのメビウス・インターセプターのデータを用いて、アズラエル財団と宇宙の第八艦隊の力をもってして作り上げ、教導にはリークが作ったカリキュラムと、オルガたちを育てた教育データ、そしてOSもまた、リークのメビウスのデータを用いたものを使用している。

 

彼らはもう弱小のモビルアーマー部隊ではない。

 

彼らは、アズラエルが作り上げた。

 

もう一つの流星隊だった。

 

 

 

 



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第157話 流星群


誤字修正報告、いつもありがとうございます!

感想もいつも励みになっております!

ここから一気に最終局面へ走っていきますので、よろしくお願いします!!


 

 

レジスタンスと呼ばれたメビウス小隊。

 

十二機の特殊兵装を搭載したMA、メビウスが隊列を組んで星の大海を進む。目の前にはアークエンジェルとドミニオン。さらにその先には敵味方が入り乱れる戦場が光天を瞬かせながら、その戦場の苛烈さを物語っていた。

 

「ブラックスワン1より各機へ!フォーメーションデルタ。各機、戦闘準備!」

 

隊の先頭を飛ぶ小隊長、ファントムペイン所属の地球軍大尉、カルロス・バーンは、元々第八艦隊の旗艦であるメネラオスに乗艦していた、ワルキューレ隊に所属していたパイロットだ。

 

低軌道会戦にて、隊長を失いながらもムウと共に最後まで戦い切ったワルキューレ隊は、そのままハルバートン提督の元でアズラエルと共に立案した流星プロジェクトに参加。

 

リーク監修の特別訓練と、選抜された各隊員に合わせてセッティングされたメビウスを受領し、今この場にいる。

 

《ブラックスワン2、準備よし!》

 

《ブラックスワン3、準備よし!》

 

そう言って返事をする隊員たちも、ハルバートン提督やアズラエルが選抜した選りすぐりのエースパイロットたちであり、機体はメビウス・インターセプターを土台にした標準機でありながら、武装面は隊員それぞれの特性に合わせてチューンアップされている。

 

カルロスの機体も、標準的なリニアキャノンとバルカン砲に加えて、ミサイルポッドや翼端にビーム砲が二門備わる武装となっている。

 

コクピットもストライクダガー用に作られたモジュールを採用しており、居住性が悪かったメビウスの内装から一新。周囲を見渡せる高感度カメラから送られる映像がモニターに写り、索敵性能も向上していた。

 

「よぉし。全機、これより戦場へ突入する!ビビるな!モビルアーマーの特性を最大限に活かして戦え!」

 

そう言って指示を出したカルロスに、各隊員が了解と答えながらアークエンジェルとドミニオンの頭上を通過していく。

 

『隊長!前方よりメビウス小隊が!』

 

『なにぃ!?たかがメビウスでモビルスーツに挑んでくるか!』

 

目の前にいるダガー隊に対して、流星隊は即座に散会。モビルスーツにはないモビルアーマー独自の加速性と旋回性を用いて、ダガー隊を撹乱していく。

 

『しかし動きが!ぐぁっ!?』

 

通常のメビウスの倍以上のレスポンスで飛び回る機影に戸惑っている間に、さっそく一機のダガーのコクピットが赤と白の極光に打ち抜かれ、宇宙のチリへと帰っていく。

 

「普通のメビウスと思うなよ?こちとら流星仕様だ!」

 

ダガー隊を真っ先に打ち抜いたのは、流星隊の中でも最年少を行く三機の小隊の一機。

 

伊達眼鏡をかけた青年は、ヘルメットの中で口笛を吹きながら機体をくるりと旋回させる。

 

その機体は緑と赤を基調にし、翼端には荷電量効率を最適化したアグニの小型版二門を装備している。

 

「スウェン、無理はしないようにね」

 

その隣を飛ぶのは、空色と白で塗装され、小型化された対艦斬刀であるシュベルトゲベールを装備した機体。幼い歳に似合わない派手めの化粧をした少女はヘルメット越しに先頭を飛ぶメビウスへ意識を向けた。

 

その先頭の機体は、黒と灰色を基調にした機体であり、近遠距離をバランスよく対応できるリニアキャノンとバルカン砲、ビームサーベルを翼端に装備し、機体下部に装備したワイヤーアンカーを撃破したダガーに突き刺すと、遠心力を使ったスイングバイで旋回し、次なる目標へ狙いを定めた。

 

「了解。ミューディー、シャムス、訓練通りに。編隊は崩すな」

 

「了解了解!」

 

ブラックスワン6、7、8に当たるスウェン・カル・バヤン、シャムス・コーザ、ミューディー・ホルクロフト。

 

三人は孤児であり、ブルーコスモスの施設にて電極によるバイオフィードバックを用いた洗脳教育や、ある程度の投薬こそ受けてはいるが、原作では、より強力な薬物投与や強化手術を施されることになるブーステッドマン以前に養成された兵士だ。

 

基本的にその身体は普通のナチュラルとほとんど差は無いが、特殊訓練で培ったその実力は弱冠16歳という年齢でありながらも、ナチュラルの一般兵はもちろんのこと、ザフトの一般的なコーディネイターパイロットすら軽く凌ぐ高い戦闘能力を誇る。

 

投薬を辞め、リークによる教導により、潜在的な戦闘能力を開花させたオルガたちの実績から、アズラエルの提案により能力の高いスウェン達が抜擢され、第八艦隊のパイロットと共にリーク監修の流星プロジェクトに参加。

 

今のコールサインを手に入れ、戦列に加わることになったのだ。

 

 

////

 

 

「あの部隊は…」

 

目の前の戦場でこちらの援護に加わっているメビウスの編隊に呆気にとられるマリューのもとへ、ドミニオンとアークエンジェルに向けた広域通信が届いた。眼前のモニターに映るのは、低軌道会戦以来ぶりに顔を見る艦長だ。

 

《こちら第八艦隊、モントゴメリ艦長、トン・コープマン大佐だ》

 

「コープマン大佐!」

 

映像に出たコープマンの姿に、マリューもナタルも敬礼を打つ。バーフォードにとっては月面基地で別れた以来だ。

 

《久しいな、ラミアス艦長、バジルール中尉。無事で何よりだ》

 

「コープマン大佐、彼らは一体」

 

マリューの言葉に、コープマンは自身のドレイク級であるモントゴメリと、メビウス輸送艦隊、護衛艦の指揮を取りながら答えた。

 

《彼らは、我々と目的を共にしてくれる兵士たちだよ。主にアズラエル理事が推薦したパイロットと、第八艦隊からのエースパイロットで構成されているがね》

 

コープマンの言葉を聴きながら、アズラエルが手元に表示した資料は、ハリーが設計局で提言していた軍事開発に関するものだ。

 

「モビルアーマーでの格闘戦術案」、「メビウスの強化プラン案」、果ては「局地戦対応型のマルチタイプメビウスの開発案」。

 

安価なメビウスというモビルアーマーのレスポンスを追求した彼女の論文を目にしたアズラエルは、そこに記されていた文言にとても興味をそそられた。

 

メビウスは、メビウス・ゼロのデチューン機?とんでもない。アズラエルにとって、メビウスは確かに乗り手を選ぶゼロよりも進歩した機体であった。

 

グリマルディ戦線においてメビウス・ゼロが大多数損失した事から、急遽大量生産が行われたのがメビウスだ。その機体コンセプトもモビルスーツを参考にしており、両翼のフレキシブルスラスターは自由度が高く、機動性に関しても扱い方を考えればモビルスーツに匹敵する代物だ。

 

故に、メビウスがデチューンと言われる所以としては、その低コストさにあった。機体コスト自体が低いため、そこに更なる追及をしようとすること自体に関心がいかなかったことが、メビウスの敗因の一つだ。

 

さらに拍車をかけたのは、フレキシブルスラスターを扱い切れるOSが地球軍になかったことにある。自由度が高いはずのスラスターに制限をかけ、単一方向にしか使えないように組み上げていたシステムのせいで、メビウスの強みが消えていたのだ。

 

「月の訓練施設で調整はしていたんですけど、いやはや、サザーランドたちに気付かれないように遠回りをしてしまいましたねぇ。遅れて申し訳ない」

 

そう抑揚の良い声でアズラエルは微笑む。

 

目下の課題であったOSの改善は、リークの戦闘データや、ラリーが乗っていたメビウス・インターセプターのデータから解決策が見出されており、今戦場を飛ぶ流星隊のメビウスには、フレキシブルスラスターを自在に制御する補助システムが組み込まれた専用OSが搭載されていて、戦闘機動を行う際は、半自動的に補助が入ることにより、モビルスーツ以上の機動力を見せたラリーやリークの運動性を再現することができているのだ。

 

ただし、操作性の難易度は上がることになったため、アズラエルやハルバートンが見繕ったエースたちでもモノにするには多くの時間を費やすことになったが、それでも多くの実のなる実績を積むことはできた。

 

そして、ブルーコスモスでもアズラエルに反対する者たちばかりでない。コープマンの隣にいたスーツ姿の男性が、映像通信へと身を映すように乗り出してきた。

 

《大西洋連邦事務次官、ジョージ・アルスターだ》

 

その人物を見て、アークエンジェルとドミニオンのクルーの誰もが目を見開く。

 

「アルスター事務次官…」

 

彼もまた、低軌道会戦にてモントゴメリから降りた人物であり、コーディネーターであるキラを拘束しようと画策し、ラクスを返還したバーフォードたちへ強い反感を抱いていたブルーコスモスのメンバーの一人であった。

 

だが、今映像に映る彼の顔からは侮蔑や怒り、恨みを抱いたような感情は感じられず、かわりに罪悪感や深い悲しみに満ちたような目をして、マリューやバーフォードたちへ一礼した。

 

《アラスカ、パナマのことは私も存じている。ブルーコスモスの一人…いや、あの凶行を止められなかった愚かな政治家の一人として、君たちに謝罪をしたい。そしてキラ・ヤマトくんにもーー娘にも、な》

 

《詳しい話はあとだ。とにかく目の前の敵を蹴散らすぞ!全艦、目標は前方の地球軍艦!攻撃始め!》

 

話を一旦区切ったコープマンの声に頷きながら、マリューたちも大勢が整った艦を敵へと向かわせる。今は何より、この混乱した戦場を打開することが先決であった。

 

 

////

 

 

「メビウス!?こんなにたくさん…増援か!」

 

二機の黄色部隊からの猛攻を凌ぎつつ、トールはメビウス・ハイクロスのエンジンを唸らせながら辺りに現れて、ダガーを追い立てるメビウスを見ながら呟く。

 

接近してきたオレルアから放たれるビームマシンガンを躱して、両翼のフレキシブルスラスターをラリー譲りの操縦で自在にコントロールし、機体を傾かせる。

 

突如としてこちらに砲塔を向けたメビウスを見て、オレルアの女性パイロットは戦慄した。モビルアーマーにこんな動きができるというのか…!?

 

放たれたビーム砲はオレルアの肩装甲を射抜き、マシンガンが備わる腕の肩フレームごと溶解させる。煙を上げて後退したオレルアに代わって、次はシュープリスがトールの元へと突貫してきた。

 

《聞こえるか、流星のパイロットよ…!!》

 

「敵機からの通信!?」

 

何度か交差を繰り返す最中、回線からシュープリスのパイロットであろう男性からの通信が入ったことに、トールは驚愕した表情を浮かべたが、通信先の相手はそんなことお構いなしに言葉を続ける。

 

《強いものだな…さすが伝説、伊達ではない…!!》

 

「だったら諦めて引き上げろよ…!くっそ…!」

 

正確な射撃だ。近中距離を想定した二つのアサルトライフルから放たれる弾丸の軌跡を、トールはバレルロールしながら躱すが、その隙間はまさに紙一重。集中力が途切れれば蜂の巣にされる。

 

ギリギリを通すような防衛をした後に、負けずとトールも打ち返すが、シュープリスはまるで風に乗るかのようにフワリと浮かび上がって、トールの放ったビームの閃光を軽やかに避けた。

 

《そうはいかない。私は倒さなければならない。倒して、帰るのだ。私を待つ者の場所へ!》

 

「くぅぅう!このぉおお!」

 

ならば、と翼端のビームサーベルを起動させてモビルアーマー独特の加速力で一気に距離を詰めるが、これもまた円を描くような鮮やかな軌跡で避けられる。

 

《甘い!その程度の動きでは!》

 

右へ、左へ、上へ、下へ。シュープリスはまるでトールの動きの全てを知っているように動き回る。その動きを見て、トールは嫌に嫌悪感に似た感情を抱いた。

 

《固いな。まるで凝り固まった油のようだ…!》

 

「ちぃいい!!」

 

聞こえてくる通信の声もやけに感に触る。トールはメビウスを振り回しながら、なんとかシュープリスに食らいつき、ついにその胴体をターゲットアイコンに捉えた。

 

その時だった。

 

《ーーもっとスロットルは慎重に、なおかつ大胆に扱え。天使のように優しく、悪魔のように鋭くだ》

 

まるで一陣の風が、コクピットに吹き抜けてきたような感覚をトールは味わった。コクピットのバブルキャノピーが割れて、計器の全てが壊れた中を飛ぶーーーあの時のような感覚を。

 

「くっ…!?」

 

その感覚とともにやってきたシュープリスからの攻撃。なんてことだ、とトールは自身の浅はかさに舌打ちをする。アサルトライフルの弾が掠めたファストパックをパージして旋回しながら、まるで縄張り争いをする獣のように互いを牽制して行く二機。

 

《シンファクシより黄色部隊へ》

 

ふと、シュープリスの機体へ母艦であるシンファクシから通信が入る。一文を聞いたシュープリスは、すぐさまトールとの戦闘機動をやめて、片腕を破損したオルレアの元へと急いだ。

 

『オルレア!一時撤退する!信号弾!』

 

シュープリスの背部と、シンファクシから放たれた色鮮やかな信号弾は、周辺のダガー隊へ撤退の合図を送る。

 

『状況は既にこちらに不利だ。ダガー隊の消耗もある。何より後から出てきた部隊が厄介すぎる。それに、我々の機体のパワーもそろそろ危険だ』

 

シュープリスの通信に、オルレアのパイロットは不承不承ながらも了承し、シュープリスと共に撤退を開始するのだった。

 

 

 

////

 

 

「引いていく…ラリーさんは!?」

 

鮮やかな引き際だ。シンファクシと共々撤退していく黄色部隊を、疲れた体をコクピットシートに埋めながら見送るキラは、思い出したかのように辺りを見渡す。

 

メンデルの外周部付近。そこでは、ダガー隊との戦闘が終わった各機から見守られるような形で、二つの光が交差し、閃光を瞬かせていた、

 

「でやぁああああ!!」

 

《はぁあああああ!!》

 

通信機越しに、ラリーとクルーゼの咆哮が宇宙に響き渡る。ヴィクトリアユニットから放たれる幾十の弾幕を掻い潜ってビームサーベルを叩きつけるホワイトグリントに、クルーゼは笑みを浮かべながら、他連装ビームブレードを翻して対峙する。

 

《邪魔は無くなったな!!…はぁ!!ラリー!!君のために作った装備だ!堪能したまえ!!》

 

数度、シールドとビームブレード、サーベルを用いた斬り合いを繰り返し、距離を置くと容赦無く弾幕を叩きつける。そんなクルーゼの猛攻を驚異的な機動力で避けながら、ラリーもプロヴィデンス・セラフ・ヴィクトリアにシィイイと歯を剥き出し、殺意を込めた目つきで睨みつけながら叫ぶ。

 

「バカスカと打ち込みやがって!!嬉しくねぇーんだよこのやろぉおおお!!」

 

そのやり取りを何度も繰り返しながら円弧を描いて激突する二機を見つめーーーオーブ軍も地球軍もザフト軍も、はっきり言って引いていた。

 

「なぁ、兄貴。あれどうすんの?」

 

「手を出したらどうなると思う?」

 

クロトからの質問に、リークはあえて質問で返した。クロトはすこし考えてから、すぐに考えるのをやめた。

 

「俺はパス。めんどくせぇ」

 

「すり身になるのはゴメンだ」

 

オルガもシャニも同じような意見で、興味なさげにカラミティとフォビドゥンをリベリオンの周囲へと移動させる。

 

途中から参加してきた流星隊も、その異様な戦闘風景に呆気に取られた様子で、シホのゲイツを支えるイザークやディアッカも、戦闘を終えたトールやニコルも、PJやハインズ、アークエンジェルやドミニオンの艦長たちも、それを眺めるアズラエルもーーー最早その場にいる誰もが、その戦闘に口出しできずにいた。

 

「アスラン、僕らも一旦退こう」

 

モビルスーツが出してはいけない凄まじい音をたててぶつかり合う二機を遠い目で見つめながら、キラはフリーダムを反転させてコロニーメンデルの港へと撤退していく。

 

そんなキラの反応に、僚機であるアスランは驚いたように目を剥いた。

 

「お、おい!キラ!いいのか!?」

 

「うん、落ち着いたら戻ってくると思うし」

 

そんな、まるでテンションが上がりすぎて言うことを聞かなくなった飼い犬に対する対応でいいのか…とアスランが半ば呆れた様子でキラを見つめていると、リークが通信機越しに手を叩いて呆けるメンバーに声をかけた。

 

「はぁい!撤退だよ!撤退!あの部隊、まだ諦めて無さそうだ。それに僕らにも積もる話がある」

 

「うぃーす」とそれぞれが艦へと戻っていく中、トールは飛び去っていった黄色部隊の方向を少し見つめた。

 

ふと先程の戦闘の不快感を思い返す。

 

あまりにも似ていたのだ。

 

あまりにもーーー似すぎていたのだ。

 

自分に託してくれた、あの人の戦い方に。

 

 

 

 

////

 

 

 

 

「黄色部隊の補給はあと1時間もあれば完了します。どうしますか?」

 

そう問いかけるブルーコスモス所属の研究員である士官に、シンファクシの艦長であるホアキン中佐はにべもなく答える。

 

「まもなくしてボアズに向けた進行部隊が出撃する。我々はその護衛にとサザーランド大佐から要請を受けている」

 

「ーーよろしいのですか?あの船は」

 

「あとから出てきたメビウス隊。ハルバートンめ、どうやら本格的に我々へ反旗を翻してきたらしい。サザーランド大佐も存じておられる」

 

サザーランドが兼ねてから懸念していたことが表面化してきたということだろう。

 

宇宙を主戦場とする第八艦隊と、地上の地球軍本部との折り合いは兼ねてから悪かったものだし、アークエンジェルが地球に降りてからというもの、第八艦隊の動きはブルーコスモス派であるこちら側にとっては不明瞭なものが多かった。

 

彼らが離反し、勢力図のバランスが変わることを懸念していたが、Nジャマーキャンセラーが手に入った以上、内部勢力図にこだわる必要は無くなったのだ。

 

核さえ使えるようになれば、モビルスーツを手に入れたこちらにはいくらでもやりようがある。あとはどれだけ最短にコーディネーターーーひいてはプラントを根絶やしにできるかが問題だ。

 

「ここは無駄に手をかけずに、我々の真なる目的のためへ行動するべしとのことだ」

 

そう答えるホアキンは、艦内の研究室ブロックへ到達する。一室に入った彼は、椅子に縛られたパイロットの様子を見つめた。

 

「調整はどうか?」

 

「ハッ!しかし、脳波に変動が見られます。それに戦闘中に敵機へ信号を出すなんて…」

 

「構わんよ。何事も最初には不確定要素があるものだ」

 

そうやんわりと答えたホアキンは、椅子に座らされている人物ーーーベリルオーズの前へと歩み寄る。片腕、片足を義手義足になっている彼は、投薬により色素が変化したオッドアイを虚に濁らせながら、まるで微睡の中にいるような表情でホアキンを見つめる。

 

「御加減は如何かな?ベリルオーズ」

 

「お、俺は…俺は…」

 

そう震える口で言う彼は、なにかを思い出そうとするように、戦場で見つけた白とオレンジのメビウスのことを示した。

 

「あの戦闘機に見覚えがあるのか…?」

 

「いや、何もありはしない。君には記憶も、存在する心も無いのだからね」

 

そう答えるホアキンに、ベリルオーズはひどく焦燥した顔で首を横に振った。覚えているーー思い出したのか、それとも思ったのかはわからないが、確かにベリルオーズは覚えていた。

 

「だが、俺は…俺は帰らなければならない…そんな場所があったような…気がする。だからーー」

 

「そうか、わかったよ。とにかく今は休め」

 

そうホアキンがベリルオーズの肩に手を置いて優しく微笑む。それに安心したのか、脱力したベリルオーズ。ホアキンは立ち上がり、後ろに控えていた研究者に小声で言葉を紡ぐ。

 

「ーー記憶のリセットを行え」

 

その言葉に頷いた彼らは、電極が仕込まれたヘッドギアをベリルオーズに取り付け、苦痛を堪えるための猿轡を口に嵌める。

 

エクステンデッド。

 

ブルーコスモスのメンバーであるロード・ジブリールによってもたらされた、ブーステッドマンの発展型である強化人間の試作第一号であるベリルオーズ。

 

ホアキンが部屋から出た瞬間、室内から強烈な叫び声が響き渡る。まだ調整用のゆりかごすらない状況。それに彼は幼少期からの訓練された者ではない。しかし、アズラエルに従う前例があった。やりようはいくらでもあろう。

 

ソロモンで拾ったモノを少しでも使えるようにするために。

 

「君にはまだまだ活躍してもらわなければならないのだよ。ーー元、流星のパイロットくん?」

 

そう言って資料を冷めた目で見つめるホアキン。その資料にはーーーーアイザック・ボルドマンという過去の死人の名が刻まれていた。

 

 

 

 

 



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第158話 サンクチュアリ

 

 

 

コロニーメンデル外周で激闘を繰り広げていたラリーとクルーゼは、爆破により空いた穴からコロニーの外壁内部へ突入し、狭い通路内でビームの閃光を瞬かせる。

 

幾十にも重なり、せめぎ合い、交差する閃光の末に、ラリーの駆るホワイトグリントの胸部装甲を多連装ビームブレードで剥ぎ取ったクルーゼは、そのまま脚部で蹴りを撃ち込み、ラリーを壁へと叩きつける。

 

「ぐっは!…クルゥーゼェ!!!」

 

瓦礫と壊落していく外壁。吹き飛ばされた衝撃により、ホワイトグリントは劣化した壁面を突き破り、錆と鉄に覆われたコロニー内部へと落下していく。

 

ラリーは落下しながらも機体を立て直し、手に持ったビームサーベルを起動させたまま、見下ろしているセラフへと投げつける。

 

ビームサーベルはセラフの背負うヴィクトリアユニットの片翼へ深く突き刺さると、200mmという巨大な弾頭に火を付けた。

 

《ぐぅう…ラリィー!!!》

 

片や弾切れ、片や誘爆したヴィクトリアユニットをパージしたクルーゼもまた、ラリーと同じようにコロニー内部へと落ちていく。

 

「ちぃ!!コロニー内部か!!この野郎!!」

 

着地したと同時に、ホワイトグリント内部にエネルギー残量僅かを知らせるアラームが鳴り響く。そんなことお構いなしに、ラリーは残っているビームサーベルを引き抜くと、着地したばかりのセラフへ容赦なく斬りかかった。

 

《ーーここで果てるならまた運命とも思ったがな!!だが、まだだ!!まだ足りん!!私を滅ぼすにはまだまだ足りないぞ!!ラリー!!》

 

「ほざけ!!貴様を殺すのは俺だ!!ここで引導を渡してやる!!」

 

何度か切り結び、ホワイトグリントの装甲が剥がれ、セラフのビームブレードが吹き飛び、エネルギーが僅かになったホワイトグリントはビームをオフにして、端末を握ったままセラフの頭部を殴りつける。

 

《アーッハッハッ!!ならば付いて来るがいい!!来たまえ!!私も貴様に引導を渡してやろう!!》

 

カメラの半分が殴打によって機能しなくなる中、クルーゼは盛大な笑い声を上げてスラスターを吹かし、コロニーの中を滑るように飛んでいく。

 

「上等だ!!ここで死ねぇえええ!!」

 

エネルギー残量など知ったことか!ラリーもまた、飛んでいくセラフを追うようにコロニーの奥へーーー聖域と呼ばれたメンデルの奥へと足を踏み入れていくのだった。

 

 

////

 

 

「ハルバートン提督が合流されるのは約3時間後だ。なによりも、核の使用権が相手に渡った以上、我々も悠長にしている場合ではないと言うことだ」

 

メンデルの港へ入ったモントゴメリが率いる第八艦隊。先遣隊と合流したアークエンジェル、ドミニオン、クサナギ、ヒメラギ、エターナルからは、それぞれがランチでモントゴメリへ乗艦。

 

バルドフェルドとラクス、コープマンとバーフォード、マリューとナタル、アズラエルとニック、キサカとカガリは初めて対面を果たしていた。

 

「僕の知ってる情報筋では、彼らはまずボアズを抑えにいく。そしてヤキンドゥーエとプラント。ボアズはプラント防衛圏の鼻頭だ。そこさえ抑えて仕舞えば、あとは核なり何なり、やりようはいくらでもある」

 

そう言うアズラエルも、情報筋から提供されたデータを各艦長や関係者へ配布していく。渡された端末には、たしかに核の刻印が押された兵装が船に詰め込まれている様子が写っていた。

 

アズラエルがいう情報が確かなら、早ければ数日以内にボアズへの侵攻作戦が開始されることになるだろう。

 

「我々はハルバートン提督の命令で、アズラエル氏と共に水面下で準備を進めてきたのだ。来るべき、破滅を阻止するべく抑止力として、な」

 

「そうだったのですね…」

 

バーフォードの言葉に、マリューも言葉静かにうなずく。敵として現れた時から、何か裏があるとは思っていたが、まさかハルバートン提督が地球軍本部へ仕掛けるとは想像すらしていなかった。

 

「やり方はアレでしたが、敵を欺くにはまず味方と言うでしょう?彼らも納得して戦ってはくれました」

 

そう付け加えるアズラエルに、マリューの隣にいるナタルが不満そうな顔をしていた。アズラエルも「わかってますよ」と困ったように笑みを浮かべる。

 

オーブ会戦でアズラエルやバーフォードが指揮していた兵士たちもまた、こちらと同じ思いを持った者たちだ。あの戦いで散っていった者たちの数も相当数にのぼる。ならば、最初から話を通していればやりようはあったはずだ。

 

ナタルの不満はそこにある。兵士は戦うための力ではあるが、好き勝手に命を踏みにじっていいコマではないと教えてくれたのは、他ならぬバーフォードその人だ。

 

「我々はその責任を、罪を償わなければならない。だが、それは今ではない。それだけだ」

 

「バーフォード艦長」

 

苦しげな表情をし、くたびれた軍帽を深く被るバーフォードの姿は、どこか懺悔しているようにも見えた。彼らもきっと、覚悟の上でバーフォードやアズラエル、ハルバートン提督に付き従ったのだろう。その命の代償を積まなければ、アズラエルもバーフォードも、ここに届かなかったはずだ。

 

「物資面はアルスター事務次官と第八艦隊が面倒を見てくれる。それに、シーゲル・クラインの後押しもあるだろう」

 

「まぁ、お父様もこちらに?」

 

コープマンの言葉に、ラクスは安堵したような表情を浮かべた。自分たちもプラントから脱出し、ここに来るまで一息吐く間もなかったのだ。脱出した父の所在をつかめて、ラクスも胸に一息吐けたのだろう。

 

「ええ、ハルバートン提督と共にいます。そろそろ通信も繋がるかと」

 

メネラオスはすでに月から出立し、艦隊を連れてこちらに向かっているはずだ、と言うコープマン。そんな彼らの中で、キサカは自分の隣で表情に影を落とすカガリの様子に気がついた。

 

「カガリ?」

 

「い、いや。なんでもない。大丈夫だ」

 

そう言うものの、カガリの顔は優れなかった。父の無事に安堵するラクスを見て、今まで押し殺していた感情が振り返したのだ。父を思って悲しげに目を潤ますカガリの肩に、キサカが手を置いた。

 

それと同じタイミングで、モントゴメリにメネラオスからの通信が届く。

 

《こちら、第八艦隊旗艦、メネラオス艦長、デュエイン・ハルバートンだ》

 

「ハルバートン提督!」

 

映像回線に映ったハルバートン提督の姿に、マリューやナタル、バーフォードやバルドフェルドも敬礼を打った。

 

《ラミアス艦長。無事に会えたな。地球での戦い、ご苦労であった》

 

「ハッ!閣下も…よくご健在で」

 

《ああ。まぁ大変ではあったが、何とかここまで辿り着けたよ》

 

そう言って笑うハルバートンの隣から、ザフトの議会オフィサーが着る制服姿のシーゲルが姿を表す。

 

《シーゲル・クラインだ。諸君には娘の手助けをして頂き、感謝の言葉しか無い。ありがとう》

 

そう言って頭を下げるシーゲルの姿を見た後、ハルバートンが画面外にいる人物へ合図を送った。

 

《そしてもう一人がーー》

 

そう言葉を続けた最中、カガリは今まで見たことがないほど目を見開いていた。画面脇から現れた人物。特徴的な長髪や髭は無くなっていたが、その顔つきや表情を見間違えるはずはない。

 

「お、お父…様…」

 

《久しいな、カガリ。ああやって別れた手前……ふむ、どんな顔をすればいいのかわからんな》

 

そう言って照れ臭そうに顔をしかめる、ウズミ・ナラ・アスハ。カガリはそんなことどうでもよかった。

 

誰の目も気にかけず、大粒の涙を流してその場で立ち尽くす。どんな形でもいい。どんな理由があってもいい。ただ、今は父の無事を。カガリはそれを喜ぶことだけで精一杯だった。

 

 

////

 

 

「ラリーさんがまだ戻らない?」

 

ブリッジにいるミリアリアから通信を受けたキラは、モニターがある壁面を見つめながらそう言葉を返した。

 

《うん。コロニーにもつれて突入したのは観測できたんだけど…》

 

コロニー内は経年劣化による錆と鉄に覆われ、加えてNジャマーの影響で電波状況が最悪を突き抜けている。ラリーが、あの新型ーークルーゼと戦い、コロニー内に突入した以上、放っておけば帰ってくるなんて悠長なことは言ってられないだろう。

 

「トール、俺と一緒に来てくれ。アイツとは因縁がある」

 

「了解」

 

ストライクは絶賛修理中であるムウは、ノーマルスーツのままで、帰還したトールのメビウス・ハイクロスに無理やり同乗して向かうつもりらしい。居住性は最悪らしいが、中腰で戦闘をしないなら問題はないだろう。

 

そのやり取りを見ていたリークも、アークエンジェルに一時的に帰還していたオルガたちを見渡した。

 

「僕はこのままリベリオンに。オルガたちと共に周辺警戒を」

 

「えー」

 

「僕らの帰る場所や、アズラエル理事を守るんだ。任せるよ?」

 

「兄貴に言われたらしようがねぇなぁ!」

 

「ったく、調子いいやつだぜ」

 

リークに頼りにされて、嬉しさを隠し切れていないクロトに呆れた顔をするオルガ。シャニは気怠そうに、イヤホンからお気に入りの音楽を垂れ流させながら、補給を受けているフォビドゥンへと飛んでいった。

 

「僕も行きます。みんなは今のうちに、補給と整備を」

 

そう言ってキラも脱いでいたヘルメットを被ると、ジャスティスから降りてきたアスランも声を上げる。

 

「ジャスティスも問題ない。オレも行く」

 

「いや、敵はまだ完全に引き揚げた訳じゃないから、アスランはこっちに残って。大丈夫、無茶はしないから」

 

そう言うキラに、アスランは心配そうな目を向ける。そんな中で、モントゴメリから通信が入る。

 

《各艦は、補給、整備を急いで下さい。事態は再び切迫します》

 

そうだ。あの謎の新型機部隊が完全に引き上げたわけではない。それにクルーゼや、イザークたちが保護したザフト兵がいるということは、母艦も近くに身を潜めていると言うことだろう。

 

その放送を聞いてから、全員が各持ち場へと向かうために無重力の中へと体を浮かせていく。

 

「キラ・ヤマトくん」

 

フリーダムへ向かおうとしたキラが、通路脇を飛び去ろうとしたとき、通路から現れた人物に声をかけられた。

 

振り返ってから、キラは驚いたように目を剥く。語りかけてきた相手が、過去に自分へ、険しい言葉を目を向けてきた人物だったからだ。

 

「アルスター…さん…」

 

震える声でそういうと、通路から宙へと浮かび上がったフレイの父、ジョージ・アルスターは、困ったような顔を浮かべる。キラの反応が、まるっきり先ほど再会を果たしたフレイと同じものだったからだ。

 

「警戒されても仕方がないことをしたという自覚はある。だが、言わせて欲しい。よく今まで、アークエンジェルをーーーフレイを守ってくれて、ありがとう」

 

そう言って、ジョージはキラへ頭を下げた。その様子を見てキラが呆気にとられていることに気づかないまま、ジョージは懺悔するように言葉を続けた。

 

「娘を残して私は戻った。親失格だな。そして、そんな娘に気付かされたよ。私自身も、君もまた、一人の人間なのだということを」

 

彼もまた、アズラエルと同じく自身の考え方の幼稚さに気がついた人物だった。アズラエル財団のあるデトロイトへ降りた彼は、しばらくアズラエルの側で働いてはいたが、その心にあったのは宇宙で別れてしまった娘への想いだけだった。

 

そんな中、バーフォードと出会い、アークエンジェルに襲いかかる地球軍の狂気や戦争のおぞましさを目の当たりにした彼は、周囲の反対を押し切ってアズラエルと共に宇宙に上がり、月面でコープマン大佐と合流し、こちらに到着したのだ。

 

「気をつけて行ってくるんだ。君はここで死んではいかん」

 

そう言ってキラの肩へジョージは手を置く。その目や手からは、殺意や恐怖はなく、純粋に娘を守ってきてくれた兵士に対する労りの心があった。

 

「わかりました」

 

そう言ってキラも敬礼を打つと、壁側から離れて改めてフリーダムへ向かっていくのだった。

 

 

////

 

 

ヒメラギのモビルスーツハンガーでは、回収されたゲイツから降りたシホが、イザークやディアッカ、パナマで戦死したと報じられていたパイロットの面々と再会を果たしていた。

 

「そんな…ジュール様…」

 

イザークを筆頭に、シホはザフトの面々を見渡すと、絶望したような表情で言葉を切り出す。

 

「皆さんは、プラントを裏切ったのですか?私たちの…敵に…」

 

「ここにいる誰もが、お前の敵になった覚えはない。プラントを裏切ったつもりもな」

 

「ですが!」

 

「けど、ただナチュラルを…黙って軍の命令に従って、ただナチュラルを全滅させる為に戦う気も、もうないってだけだ」

 

そう言うディアッカの言葉に、その場にいる誰もが肯き、否定しなかった。シホの前へと歩み出たイザークは、真剣な表情のままシホの目を見つめる。

 

「多くを見てきた。アラスカ、パナマ、そしてオーブ。もはやこれは戦争じゃない。こんなの…戦争なんて言わん!」

 

「ジュール様…」

 

そう言い切ったイザークは、片腕がひしゃげた蒼のゲイツを見上げる。

 

「貴様のゲイツは動かせる。データも取っていないし、誰も近寄っていない」

 

中破したから撤退したと言えば、体裁も取り繕えるだろう?というイザークに、シホは視線を下げたまま何も言えなかった。

 

「ハーネンフース。貴様が戻るというなら誰も止めん。そのまま軍に従って戦うというのも、また正しい道なのだろう」

 

プラントを守りたい。その思いはここにいる誰もが同じだ。だが、そのためにナチュラルを滅ぼすのは間違っていると思えるから、イザークたちはザフトを離れ、ここにいる。

 

「考えてくれ。何のために戦っているのか」

 

そう静かに言うイザークの言葉に、シホは何度か声を発そうと喉を震わせたが、彼女はザフトの兵士という役割しか担っていない。多くの命が理不尽に、憎悪に突き動かされるままに失われていく惨劇を目の当たりにしたイザークたちとは、悲しいほどに価値観が違っていて。

 

結局、シホは何も言えぬまま、その場に立ち尽くすしかなかった。

 

 

////

 

 

コロニーメンデル。

 

L4宙域において、他のコロニーと共にC.E.30年に建造が開始されたコロニーであり、完成後は「禁断の聖域」、「遺伝子研究のメッカ」と呼ばれ、コーディネイター作成を一大産業とする遺伝子企業「G.A.R.M. R&D」所有の研究所施設も所在していた。

 

先進的なコーディネイターを生み出す研究。呼び名の通り、まさにサンクチュアリという名称に相応しい場所だ。

 

この戦争が開戦される前。C.E.68年に発生したバイオハザードにより、多数の死者を出し放棄された。プラントによるX線照射により全域が消毒されたため、コロニー内環境は無害となったが、その爪痕は至る所に残ることになり、同時にナチュラルとコーディネーターの軋轢をより一層強めることとなった。

 

 

 

 

 

「ここが何をしていた場所か知っているかね?」

 

遺伝子企業「G.A.R.M. R&D」所有の研究所施設の廃墟の前に降りたクルーゼは、同じくホワイトグリントから降りて銃口を向けるラリーに穏やかな声で問いかける。

 

専用の耐圧ノーマルスーツによって着膨れしていたクルーゼは、何も答えないラリーの目を見て、呆れたように、それとも安心するかのように息をつく。

 

「やはり、君は知っているのだな。私も、そして彼のことも」

 

そう小さくクルーゼが呟くと、頭上から轟音が降りてきた。見上げると、フリーダムとメビウス ・ハイクロスが緩やかにこちらに降りてきているのが見える。

 

「ラリーさん!」

 

キラがコクピットモニターから見た光景は、ボロボロになったセラフとホワイトグリントの下で、クルーゼとラリーが銃を突き付けあっている様子だった。

 

「ーー君たちまで来てくれるとは嬉しい限りだ」

 

降下したフリーダムとメビウスから、キラとムウが降りてくるのを見て、クルーゼは感慨深そうに呟く。

 

「キラ!?何で来たんだ!」

 

ホワイトグリントがエネルギー切れとなり、最後の悪あがきでクルーゼのセラフに取り付いて、もみあいながら施設に墜落したラリーは、バイザーが割れたヘルメットを後ろにかけながら、降りてきたキラに思わず声を上げる。

 

「反応が無くなったんで見にきたんです。それにハリーさんに、なんて報告すればいいんです?」

 

「生意気なやつめ」

 

「トールは周辺警戒を!何かあれば連絡する!」

 

そうムウがトールに指示を出すと、ムウを下ろしたメビウスは緩やかに上昇していき、コロニー内に残存兵力がいないか索敵へと飛び立っていく。

 

「クルーゼ!」

 

ラリーと共に、ホワイトグリントの影から銃を構えて身を乗り出そうとしたムウのすぐそこを、クルーゼが放った弾丸が掠める。乗り出そうとしていた身を一気に屈めるムウたちに、クルーゼは笑い声を上げて、愉快な様子で言葉を紡いだ。

 

「さぁ遠慮せず来たまえ。始まりの場所へ!ムウ、それにーーキラ君。君にとっては、ここは生まれ故郷だろ?」

 

生まれ故郷…?クルーゼの言葉にキラが戸惑っていると、当の本人は、まるで楽しい場所に出掛けるかのような足取りで、研究施設の廃墟へと入っていく。

 

「引っかかるんじゃない!奴の言うことなんか、一々気にすんな!あ、おい!ラリー!」

 

ムウとキラの返答を待たずに、ラリーは銃を下げたまま廃墟に消えていったクルーゼの後を追う。その目にはひどく静かに、しかし真っ赤に燃え滾るような殺意を孕んで。

 

一人で進んでいってしまったラリーの後ろ姿を見たキラとムウは、お互いの顔を見合わせると、立ち上がってラリーの後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 



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第159話 人の夢ー人の業ー。

 

 

 

「何だここは?」

 

先に行ったラリーについて行く形となったムウとキラは、軍事訓練で培ったクリアリングと周辺警戒を怠らずに施設内を進んでいく。

 

外側の廃墟は酷いものであったが、中はほぼ手付かずのまま放置されているという、なんとも不気味な空間だ。

 

ジャリ、とムウが何かを踏みつける。足元を見ると、何か濁った液体が入った試験管が、自分が踏んだことによって、どろりとその液体を地面へ染み渡らせていた。

 

そのまま奥へたどり着く。そこは通路とは違っていて、何かをモニタリングするための施設のようだった。その奥側に耐圧仕様のノーマルスーツを脱いだクルーゼが、逃げも隠れもせずに悠然と立ちはだかる。

 

「懐かしいかね?キラ・ヤマト君。君はここを知っているはずだ」

 

クルーゼの穏やかな声が、人気のない施設ないに響き渡る。その言葉を理解したキラが、戸惑ったように思考を鈍らせる。なんだ?何を言ってるんだーー?

 

「知っている?僕が…」

 

その瞬間、クルーゼは片手に持っていた銃を真上に上げて、何の脈絡もなく一発の弾丸を頭上へと放った。条件反射で咄嗟に物陰に身を隠すムウとキラだったが、先に到着していたラリーは逃げる様子も見せずにクルーゼを見つめていた。

 

「ちぃい!」

 

「ムウさん!大丈夫ですか!?」

 

天井に当たった弾丸は跳弾し、クルーゼのすぐそこを掠めて音を響かせる。その様子を見て、クルーゼは残念そうに真上に向けた銃口を下げた。ここで死ねなかったのだ。ならばーーと彼は口を開く。

 

「殺しはしないさ。せっかくここまでたどり着いたのだから。ーーこの場所で生まれたすべての者たちと、切っても切れない因縁を持つ君たちに、全てを知ってもらうまではね」

 

そうして、クルーゼはもう片方の手に持っていた写真立てを、ムウが隠れている物陰の裏に投げ込む。手榴弾かーーと身構えたムウは、ちょうど表が向く形で落ちた写真を見つけて驚愕する。

 

「ーー親父!?」

 

「ムウさんの…お父さん?」

 

そこに写っていたのは、若かりし頃の父親の写真だ。何故こんなものが宇宙の、それも廃棄され、廃墟となったこの施設にあるんだ?そんな疑問がムウの中で沸き起こって行く。

 

「ムウ・ラ・フラガ。君も知りたいだろう?人の飽くなき欲望の果て、進歩の名の下に狂気の夢を追った、愚か者達の話を。君もまた、その息子なのだからな」

 

そこにとどめを刺すように言葉を紡いだクルーゼに、ムウもキラも、彼の語る言葉を聞くしか無くなった。

 

「ここは禁断の聖域。神を気取った愚か者達の夢の跡」

 

銃を机に置いたクルーゼは、寂れた机を指先でなぞる。埃は溜まらない。コロニーの管理はまだ行われているからだ。こんな偽りの世界で、偽りの箱の中で、彼はーー本物を目指したのか。

 

「キラ・ヤマト君。君は知っているのかな?今の御両親が、君の本当の親でないということを」

 

「えっ…?」

 

「貴様!何を…」

 

ムウが立ち上がろうとした瞬間、置いていた銃を素早く取って、再びムウたちとは違う明後日の方向へ銃弾を放つ。それはラリーの横を掠めて、施設の奥底へと反響していった。再び物影に隠れたムウを見て、クルーゼはそれでいいと微笑む。

 

「ーーだろうな。知っていればそんな風に育つはずもない。何の影も持たぬ、そんな普通の子供に。アスランから名を聞いた時は、想いもしなかったのだがな。君が彼だとは…」

 

アスランから聞いたストライクのパイロットの話。あの時はラリーに夢中で、さして興味も止めなかったが、まさか彼がそうだったとは。

 

ラリーと言い、キラと言い、つくづく自分の運命というものは神に嫌われているようだ。叶うなら、今すぐにでも頭に銃を突きつけて、死んでしまいたいほど惨めな気持ちにもなる。

 

「ああ。てっきり、このメンデルが破壊された時に死んだものだと思っていたよ。特に君はね。その生みの親であるヒビキ博士と共に、当時のブルーコスモスの最大の標的だったのだからな」

 

「な、何を…言って…」

 

「だが君は生き延び、成長し、なんの因果か戦火に身を投じてからも、尚存在し続けている。何故かな?」

 

戸惑うキラの声など知ったことかと言わんばかりに、クルーゼは言葉を続ける。それに向き合うラリーは何も言わなかった。

 

何も言わない。そうだとも。ラリーは何も言わないと決めていた。

 

クルーゼには、その資格があると、独断と偏見ではあるが、ラリーはそう思ったからだ。世界を裁くなんていう大それた権利はないが、ここで吐き出す権利はクルーゼにはある。

 

キラ自身も、ムウ自身も、それを知る義務と責任もある。知らなければいい。そんなものを知っても二人を苦しめるだけだとも思う。

 

だが、二人は奇しくも、この場にきた。

 

そしてクルーゼがここにいる。

 

それだけでも、二人には知る義務があるはずだ。

 

黙っているラリーを見て狂気に満ちた笑みを浮かべながら、クルーゼは声を発した。

 

「それでは私の様な者でも、つい信じたくなってしまうじゃないか。彼らの見た狂気の夢をね!」

 

「僕が…僕が何だって言うんですか!?」

 

「キラ!!」

 

銃をまるで祈るように抱えて、キラは叫んだ。何を言ってる?何を知っている?この男はーー自分の何をーー一体何をーー!!

 

「貴方は僕の何を知ってるんですか!!」

 

「ーー知っているさ。何もかも、すべてを」

 

キラの慟哭に似た叫びに、クルーゼは笑みを収めて、水を打ったような静けさを孕んだ音色で言葉を綴る。

 

「君は人類の夢、最高のコーディネイター。人間種が想像できる最高峰の生命体」

 

あるいは人の夢。

あるいは科学の叡智。

あるいは神を超えた存在。

 

あるいはーーー人の業。

 

「そんな願いの下に開発され、ヒビキ博士の人工子宮によって生み出された唯一の成功体だ。数多の兄弟の犠牲の果てにね」

 

見たまえ。そう言ったクルーゼが照らした先。そこにはおびただしい数の培養槽と、何かが液の中に沈んでいる。照らされたモニターには人のような何かが映し出されており、そして…それが生きていることを証明する情報がモニターに表示されていてーー。

 

キラは突如として嘔吐感に見舞われて口元を手で覆い、その場に崩れ落ちた。

 

「キラ!キラ!おい!しっかりしろバカ!奴の与太話に飲まれてどうする!」

 

ムウの声も、キラには届かなかった。

 

ずっと思っていた。ずっと疑問だった。ずっと感じていた。

 

孤独。疎外感。違和感。何かが外れてしまっている感覚。何かがズレている感覚。

 

なぜ両親は自分を月へ、ヘリオポリスへ送り出したのか。なぜ、両親と会う気が起きないのか。なぜ僕はーーーストライクに乗ったのか。

 

培養槽に浮かぶアレを見て、キラの中で何かが繋がった気がした。今まで目を向けなかった自身の根源と、何かがーーー繋がったような気がした。

 

 

////

 

 

「キラまで…遅すぎる。ラクス!」

 

ジャスティスのコクピットの中で落ち着きがない様子で言うアスランは、急かすようにエターナルに戻ってきたラクスへ声を投げた。だが、帰ってきたのは自分の望むものとは異なるものだった。

 

「認めません。アスランは指示があるまで待機していて下さい」

 

「しかし…!レイレナード大尉を含めて、全員が戻ってこないと言うのは…」

 

「ならば尚のことです。これ以上迂闊に戦力は割けません。あの部隊からの攻撃もいつ再開されるか…分からないのです」

 

そう淡々というラクスに、アスランは冷たさを感じた。キラに…フリーダムに何かあったら…そうやって逸るアスランの心がある。この心に従うべきなのか?そんなことを思った時、モニターに映るラクスの手の様子に気がついた。

 

赤い。肘掛けに赤い何かが伝っているのが見える。ラクスは爪が皮膚に食い込むほど、握りしめていた。

 

「例え…例え、キラ達が戻らなくても、私達は戦わねばならないのですから」

 

そう言って前を見据えるラクス。彼女は忍耐強い。耐え忍ぶ力が一人よりも少し強いだけで、心は少女となんら変わりない。必死に、自分の心を律しているのだ。

 

今にも探しに行きたい心を押し殺して、キラが戻ってくるのを信じている。たとえ帰ってこなくとも、キラやみんなが望んだ明日を手に入れるために戦う覚悟を持っているのだ。

 

「ラクス…」

 

キラは言った。アスランはここに残ってみんなを守ってほしいと。

 

ならば、それに従おう。

 

アスランはそれ以上、何も言わずにただじっと目の前に広がるモニターの映像を見据えるのだった。

 

 

////

 

 

「ラリー・レイレナード。私は、私の秘密を今、君に明かそう」

 

クルーゼはそういうと、顔を覆い隠していたマスクをなんの躊躇いもなく脱ぎ捨てる。その姿を見たムウは驚愕した。

 

青い瞳。顔つきは自分よりも年上のように見えるが、あまりにも似ている。

 

自分にーーそれに若かりし頃の父に。

 

「私は人の自然そのままに、ナチュラルに生まれた者ではない。受精卵の段階で人為的な遺伝子操作を受けて生まれた者だ」

 

淡々と自分の生い立ちを話し始めるクルーゼに、ラリーは動ずることなく彼が発する言葉の全てを受け止めている。マスクを机に置いたクルーゼは、コツコツと足音を奏でながら、培養槽が浮かぶ部屋を一望できる窓際へと歩んだ。

 

「人類最初のコーディネイター、ジョージ・グレン。奴のもたらした混乱は、その後どこまでその闇を広げたと思う?」

 

ガラスに手を当てて、クルーゼはまるで多くの人へ問いかけるような声で。

 

「あれから人は、一体何を始めてしまったか知っているのか?」

 

静かにそれを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目はブルーがいいな、髪はブロンドで…

 

子供には才能を受け継がせたいんだ…

 

優れた能力は子供への未来の贈り物ですよ

 

流産しただと!?何をやってたんだ!せっかく高い金をかけて遺伝子操作したものを!

 

妊娠中の栄養摂取は特に気を付けて下さい。日々の過ごし方もこの指示通りに…

 

完全な保証など出来ませんよ。母胎は生身なんですし、それは当然胎児の生育状況にも影響します

 

目の色が違うわ!

 

なんだ!才能なんてないじゃないか!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだとも。ここはサンクチュアリ。人を金で買えることが可能だった世界」

 

自分で言葉にするだけでも反吐が出そうだ。クルーゼはガラス面に接する手を握り拳にしていき、その表情をしかめさせて行く。

 

「生まれてくる命に高い金を出して手を入れて、買った夢だ。誰だって叶えたい。誰だって壊したくはなかろう?」

 

金、金、金。

 

欲望のまま、願いのまま、理想を追い求めて、理想に陶酔して、そして夢は叶う。人の夢は叶うと業の炎へ薪をくべて行くーーー。

 

そして人は、ついに手を出してはいけない領域へと踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最大の不確定要素は、妊娠中の母胎なんだ…。それさえ解消できれば…

 

3号機、エマージェンシーです!

 

くそ…っ!濾過装置のパワーを上げろ!

 

心拍数上昇、血圧200を超えます。これ以上は胎児が危険です!

 

もう止めて!あれは物ではない!命なのよ!?

 

解っている。だからこそ完成させねばならないんだ!

 

命は産まれ出るものよ!創り出すものではないわ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人は何を手に入れた?その手に、その夢の果てに、人は何をやったんだ?!」

 

全てが手に入る。全て。命も魂もあり方もーーー人という全てを手に入れ、好きに作り替えられると勘違いした愚か者たちが辿った末路。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘つき!嘘つき嘘つき嘘つき!!!!

 

返して!あの子を返して!返してよ!!もう一人の…!

 

私の子供だ!最高の技術で、最高のコーディネイターとするんだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして銃声は鳴り響く。

人が人であらんとするために。

 

それを盾にして、人を縛る愚かな思想を引き下げて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青き清浄なる世界の為に!

 

青き清浄なる世界の為に!

 

青き清浄なる世界の為に!

 

青き清浄なる世界の為に!

 

青き清浄なる世界の為に!

 

青き清浄なる世界の為に!

 

青き清浄なる世界の為に!!!

 

アオキセイジョウナルセカイノタメニ!!!!

 

コーディネーターヲホロボセ!!!!!

 

異教徒ヲ弾圧セヨ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー知りたがり、欲しがり、欲という泉を掘り進めることによって、人は、やがてそれが何の為だったかも忘れ、命を大事と言いながら弄び殺し合う」

 

そうしてこの聖域は終わりを迎えた。人が人の枠を越えようとした結果。人が断罪したのだ。その愚か者たちを。まるで数百、数千年前に起こった異教徒の断罪をするかのように。

 

偶像的な神という愚かで矮小な存在を信仰するが故にーーー。

 

「まったくもって最高だな!最低で!最悪で!命を弄ぶ底辺のゴミ屑ども!何を知ったとて!何を手にしたとて変わらない!何百年も前から、人は、何も学ばず、前にも進めず!!私も、世界も、人と言う存在は度し難い!!」

 

そう言って地獄の釜の底から響き渡る笑い声を上げるクルーゼは、その青い目を物陰から立ち上がり、こちらを茫然と見つめているムウへと向ける。

 

「さて、この顔を覚えてないかな?ムウ」

 

そう。まるで遠い昔に分かれた友に語りかけるように言うクルーゼに、ムウは息を飲んだ。誰だコイツはーーー俺は、コイツを知っているのか。

 

「私と君は遠い過去、まだ戦場で出会う前、一度だけ会ったことがある」

 

「ーー!?」

 

その言葉に、既に捨てたと思っていた幼い頃の記憶がムウの思考を駆け巡る。

 

 

ほんとにこれが私かね?

 

まあいい。兎も角あとはこれに継がせる。あんな女の子供になど…しっかり管理して教育しろ。あのバカの二の舞にはするなよ

 

旦那様と奥様がまだ中に!

 

父さん、母さん…!!

 

 

 

 

燃え盛る家。助けることもままならなかった両親。自分を人としても見てなかった父親。

 

そして向かい合った。同じ顔をした自分ーーー。

 

「ふふふ…はっはっはっ!!私はね、ムウ。己の死すら、金で買えると思い上がった愚か者である貴様の父ーーーアル・ダ・フラガの出来損ないのクローンだ」

 

カラン、とムウの手から銃が滑り落ちた。

 

 

////

 

 

「コロニーメンデルの外周部にナスカ級が3隻…これでは先に動いた方が不利です」

 

辺りをサーチしたナタルは、アークエンジェルへ視察しに来たアズラエルに簡潔に今の状況を伝えたが、アズラエルは眉を片方上げて不満そうに顔をしかめる。

 

今頃ドミニオンは、ブルーコスモス派の士官たちが救援艇に押し込まれている頃合いだろう。こちらの行動目標が筒抜けになっても困るし、使えないチップを手元に置いておくほど、アズラエルも愚かではない。

 

抵抗せずに働いてくれれば文句はないが、それは難しいだろう。適当な宙域で放り出せば、運良ければ誰かに拾ってもらえるはずだ。

 

「無理を無理と言うことくらい誰にでも出来ますよ。それでもやり遂げるのが優秀な人物。これ、ビジネス界じゃ常識なんですけど?」

 

「ここは戦場です。失敗は死を意味します」

 

「ビジネス界だって同じですよ。貴方ってもしかして、確実に勝てる戦しかしないタイプ?」

 

グサっ、とナタルの心情をアズラエルは容赦なく打ち抜いた。たしかに確実な戦術の方が好きではあるし、消費を少なく利益を上げることは大切。それはビジネスにも言えることだ。

 

しかし、それはこちらが安定的な状態にある時だけだ。

 

「それもいいですけどねぇ。ここって時には頑張らないと勝者にはなれません。ずっとこのままじゃいられないんだ。時間はもう無い。指を咥えてプラントが核の炎に焼かれれば、いよいよもってどちらかを滅ぼすしかなくなる」

 

なによりアズラエルのビジネスマンとしての勘が囁いている。今動かずしていつ動くのか。ここを逃してチャンスはいつ来るのか?

 

「だから、私たちは行くんですよ。虎穴に入らずんば虎児を得ずってね」

 

もともと目に見えない明日を得るための戦いなのだからね。とアズラエルは続けて言った。

 

勝てて当然の戦いではない。不確定で不安定で不安要素満載の戦いだ。だから楽しい。だから心が躍る。ビジネスマンとしての血が騒ぐ。

 

そうだとも。僕は負けたことがない。いつだって勝ってきた。

 

だから、今回も勝たせてもらうさーーーこの一世一代の大博打をね。

 

 

////

 

 

「親父のクローンだと!?そんなおとぎ話、誰が信じるか!」

 

「私も信じたくはないがな。だが残念なことに事実でね」

 

声を荒げて反論するムウの言葉を、クルーゼは真っ向から否定した。

 

「まったく、愚かだよ。君も私も。あの男の幻影に惑わされ続けた結果がこのザマだ」

 

プラントに流れ着き、復讐のためにこの醜い罪の証のような体を引きずって戦って、戦って、戦ってきた。何度憎んだことか。何度憎悪に飲まれたことか。

 

「この果てしのない欲望にまみれた世界で生まれた私にはーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなこと、どうでもいい」

 

 

 

 

 

 

 

クルーゼの言葉を、切って捨てたのは

 

ラリーだった。

 

「そんなこと、どうでもいいんだよ。クルーゼ」

 

重ねて、まるで言い聞かせるような、論するような口調で、ラリーはクルーゼの言葉に、言葉を重ねて行く。

 

「ラリーさん…?」

 

ラリーの澄んだ声に吐き気がおさまったキラは、弱々しい目で悠然と立ち、クルーゼを見据えるラリーを見つめる。

 

「お前は、ラウ・ル・クルーゼ。こいつはキラ・ヤマトだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

その言葉を聞いて、キラはいつか言われたリークの言葉を思い出した。

 

〝ここは君だろう?〟

 

そう胸に親指を押し当てて言うリーク。そうだ。そうだった。この人たちの前には、何もかもーー。

 

「クローン?最高のコーディネーター?それがどうした。それがなんだ。そんなもん、俺にとってクソほどの興味もないし、お前に対する感覚も感情も何も変わらん」

 

そう言ってラリーは銃を投げ捨ててクルーゼに向かって歩み出して行く。

 

「たしかに過程はクソだ。だが、すでにお前はお前で、キラはキラだ。そこで生まれた思想も、考えも、気持ちも、感情も、人間性も、すべてはここで決めたお前たち二人のものだ」

 

グローブを外して、バイザーにヒビが入ったヘルメットも床に投げ捨てて、ラリーは声を絶やさずに歩む。

 

「生まれ?出生?そんなものどうでもいい。心底どうでもいい。心の底から興味も湧かん。お前がお前である限り、ラウ・ル・クルーゼが、ラウ・ル・クルーゼである限り、そんなこと些細なこと以下だ」

 

「ーーそうだな。私もそう思う」

 

そんなラリーに呼応するように、クルーゼも銃を床に放り投げて歩み寄るラリーに向かうように足を進め始めた。

 

「私は憎んだ。こんな世界を。欲望に思い上がり、命を大事にと言いながら命を弄ぶ、嘘に塗れたこの世界が、憎くて憎くて仕方がなかった」

 

憎しみに突き動かされ、憎しみに育てられ、そして憎しみに浸かりきった心。それを引きずり続けてきた。

 

「故に思っていた。私には唯一、この世界を裁く権利があると」

 

そうして、ラリーとクルーゼは互いに目の前に立ち尽くす。もう一歩歩けば相手に触れるような距離だ。

 

「だが、今はそんなこと!どうでもいい!どうでもいいのだよ!!」

 

クルーゼの咆哮とともに、二人はまるで息を合わせたように握った拳を振り上げ、振りかざし、振り子のように体をバネにしてーーー互いの頬を殴打で撃ち抜いた。

 

「ぶっーーーぐっ…!!見たまえ、キラ・ヤマト君!人の夢を超える存在を!ヒビキ博士が抱いた夢など、所詮は人の想像力の限界でしかない!!」

 

落ち着いた老を刻む顔つきからは想像できないような水々しい若さ。それに満ち溢れた顔つきで、クルーゼは口や鼻から鮮血を撒き散らしながらキラに向かって叫んだ。

 

「そんなもの本物ではない!紛い物だ!それが限界だと感じていた私の絶望も!スーパーコーディネーターなんていう夢も!!人が本物たる存在を夢見た幻想だ!!それを超えずして何が最高の存在か!!」

 

もう一度、振りかぶって拳を打ち、振り抜く。ガゴン、と鈍い音が鳴り響き、二人の顔は首振りおもちゃのように跳ね上がる。

 

「がっーーーー!!…っ!!私はここにいる!!ラウ・ル・クルーゼという一人の人間として!!」

 

殴る。殴る。殴って叫ぶ。クルーゼの様子はまるでおもちゃで遊んでいるかのような、純粋に戦いに興じる目をしていた。

 

「アル・ダ・フラガのクローン?そんなものではない!断じて!!私は私だ!!私だ!!そうだろう?!ラリー!貴様を殺す人間として、私はここにいる!!」

 

「そうだ!俺が貴様を殺す!俺しかお前を殺せないのなら!!」

 

クルーゼと同じほど、鼻や口、切れた頭から血を流しながら、ラリーもクルーゼとの拳の応酬を止めようとしなかった。同時だったものは、順序がつき始め、ラリー、クルーゼ、ラリー、クルーゼ、殴って殴られてを繰り返して行く。

 

二人の立っている床には鮮血がばらまかれて行く。

 

「ああ!私も君を殺そう!!私以外が殺すなんて認めん!!認めてたまるものか!!」

 

そう叫んで、クルーゼはラリーのノーマルスーツの襟首へ指を滑らせ掴み上げる。

 

「ああ!そうだ!!そして!!ここで満足して死ね!ラウ・ル・クルーゼェエ!!」

 

ラリーも負けじと鮮血で染まったクルーゼの襟首を引っ掴んで、互いに握り拳を掲げる。

 

「君こそ、ここで殺してやろう!!私のこの手で!!ラリー・レイレナードォオーー!!」

 

二人の拳が交差し、互いの顔に拳が叩き込まれたタイミング。キラたちの頭上で、その鈍い音を打ち消すほどの轟音が轟いたーーー。

 

 

 

 

 



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第160話 オルレア

 

爆音が響く。

 

鉄が打たれたように響く。

 

鉄と錆で覆われていたコロニーが激しく揺さぶられ、茶色い粒子と化した残留物が辺りに舞い上がり、その上を飛ぶトールの視界を酷く遮っていた。

 

「隊長!レイレナード大尉!キラ!くっそー!!コロニー内では通信はダメか!」

 

爆音は壁面内で轟いているが、あきらかにこちらに向かって近づいていていることを、トールは直感で察知していた。最初はラリーとクルーゼの戦いで破壊された箇所が崩落したかと思ったが、その破砕音は規則的に響き続け、移動している。

 

施設に入ったまま連絡が取れなくなったキラたちに伝えようと、トールは何度か通信を試みたものの、結果は音信不通。

 

舞い上がった残留物が、Nジャマーに加えて高精度レーザー通信すら阻害するチャフのような働きをしてしまっていた。

 

ただでさえ錆が反響して、コロニー外にいる艦船との通信すらままならないというのにーー。

 

「アークエンジェルにも繋がらない…くぅっ!!」

 

突如として外壁から走ったビームの閃光を、トールは鋭く機体を旋回させて躱した。外壁から空気が抜けることによってできた人工的な気流を見極め、宇宙用の機体であるメビウスを難なく気流へ乗せて、ふわりとした挙動で機体を操る。

 

『ほう、今のを避けるか。面白い…行くぞ!』

 

その無動力で舞い上がったトールのメビウスを、突き破った外壁の淵から見上げる機体。

 

黄色部隊のオルレア。

 

前回の戦闘で破損した片腕にビームライフルを無理やり装備した彼女の機体は、健在な大型ビームブレードを展開して、攻撃を躱したトールの元へと殺意を剥き出しながら降下してくる。

 

「ちぃい!!こんなところに!!なんであの新型がぁっ!!」

 

まさかコロニーの外壁部に空いた穴から侵入してくるとはーー!!トールは装備したシュベルトゲベールにエネルギーを供給し、両翼に備わるバルカン砲を展開する。

 

一眼でわかる敵の近接戦闘武装。

 

前回の戦いの記憶。

 

前は宇宙空間での戦いであったが、ここは閉鎖的なコロニー内部だ。近接戦闘を行う向こうからしたら格好のフィールド。

 

加えて、こちらがビーム兵器をバカスカ使えばコロニーに深刻な被害を出すことを、トールはよく理解している。

 

迂闊に攻撃をすれば、施設からまだ出ていていないキラたちが無事で済まない。

 

『戦場の摂理ならば…私を興じさせて見せろ!流星!!』

 

そんなトールの心配を汲み取ったのか、オルレアは突入用に使っていたビームライフルを下ろして、シュベルトゲベールを構えるメビウス・ハイクロスへ、ビームブレードを振りかざしながら突貫していくのだった。

 

 

////

 

 

「良かったのですか?クルスト隊とオルレアを残して」

 

黄色部隊の母艦、シンファクシの中で副官がそう問いかけてくるのに、ホアキンは緩やかな笑みを絶えさぬまま答えた。

 

「構わんよ。どうせ彼女たちは性能実験用のモルモット。正規のエクステンデッドと比べれば出来損ないさ。それに中破した機体を復旧するより、応急処置だけして戦場に投入した方が、遥かに安上がりだ。力は温存しておくのが常さ」

 

エクステンデッド。

 

アズラエル財団がもたらしたブーステッドマンの技術を応用した、強化人間による生体CPU。

 

薬物投与や外科手術、幼少期からの訓練などを施した兵士。だが、アズラエル財団のブーステッドマンは致命的な精神的問題があり、コミュニティや連携など取れたものではなかった。

 

そこで、エクステンデッドを発案し、それを主導するロゴスのロード・ジブリールは、精神的な安定性を保つため、「ゆりかご」と呼ばれるシステムを提唱。定期的な記憶の操作が行われることにより、ブーステッドマンに比べてコミュニケーション能力にも優れ、個体同士の連携を行えるようになっていた。

 

唯一の成功例は、現行のカテゴリー1であるシュープリスこと、ベルリオーズだけだが。

 

記憶を操作するという技術は並大抵のものではない。アズラエル財団の特定の条件を記憶に付け加える技術とは根本的に違っていて、脳内に特殊なパルス信号を流し、電圧を駆使して脳の中身を都合のいいように書き換える。

 

そしてそれには、想像を絶する苦痛が伴うのだ。実験体はことごとく廃人。もしくは自身の過去を失い、人格そのものが変わってしまうケースも相次いだ。

 

その残骸が、黄色部隊だ。今戦っているオルレアも過去を失った被験体にすぎない。データを取る上では十分な戦いをしてくれた。

 

ホアキンは爆発が起こるコロニーメンデルを見つめながら、卑しく頬を歪める。

 

「さて、ボアズへの侵攻も始まる。我々には我々の果たすべき責務があるさ。なに…ブリキの兵士でも、少しくらいなら足止めもできよう」

 

 

////

 

 

港に停泊しているのは、アークエンジェルやドミニオンだけじゃない。オーブのクサナギやヒメラギ、ザフトのエターナル。

 

加えて、第八艦隊の艦隊や、地球軍の暴虐やプラントの暴走を止めるために集まった同志による勇士艦隊が駐留しており、コロニーメンデルの港は大規模な軍港と言っても間違えではなかった。

 

「艦長!!前方より熱源多数!これはーーモビルスーツです!!」

 

メンデルに裏側から突入したオルレアとは違い、駐留する艦隊に向かって無謀にも向かってくるのは、ホアキンや黄色部隊によって「足止め」として切り捨てられたダガー隊だ。

 

「総員、第一戦闘態勢!キラくんたちは?!」

 

「まだ連絡も…コロニー内の磁気嵐では…!」

 

観測する微細なデータからでも、コロニー内で何かしらの戦闘が行われているのは明白だった。微細な振動ではあるが、コロニー内壁から港にまで伝わってくる振動だ。内部では苛烈な戦闘が継続しているはずだ。

 

「トール!返事をして!キラ!少佐!大尉!」

 

「呼びかけ続けろ!他部隊は迎撃!パイロットは出撃だ!」

 

CICの指令座席に座ったナタルも指示を出すと、待機していたアスランが向かってくるダガー隊に向けて発進し、レジスタンスのメンバーも補給を終えた者たちから出撃していくのが見える。

 

そんな中、アークエンジェルよりも前に出ていたクサナギを指揮するキサカから連絡が届いた。

 

《ラミアス艦長!アークエンジェルとドミニオンは補給がある。ここはクサナギとヒメラギが出よう》

 

「頼みます!」

 

出撃していく勇士部隊の前方。ドミニオンから半ば追い出される形で出航した救助船の中では、向かってくるダガー隊を見て安堵する中尉の姿があった。

 

「我々の救難信号を受けて迎えにきてくれたのか!ありがたい…これで憎い裏切り者たちをーーー」

 

その言葉まで発した中尉は、ダガー隊の隊長機が放ったビームの閃光によって蒸発する。

 

救助船の先頭から後部を撃ち抜いた極光。

 

ダガー隊の面々は、稲妻を走らせて爆散した、同胞たちが乗っていたはずの救助船に目もくれず、虚な目つきで向かいゆく先にいる艦隊を見つめて声を漏らした。

 

『命令は目撃者の排除だ。例外はない』

 

それを目撃したレジスタンスやアスランは驚愕の表情を浮かべた。

 

《やつら!離脱した救命艇を…!!》

 

《どこまでも腐ってやがる!》

 

仲間すらーー同胞すらーーどうでもいいというのか!コーディネーターを駆逐するためだけに、人としての人理すら…!!

 

そんな思いをクサナギに乗るM1アストレイの全パイロットが感じていた。ここにいるのはザフトだけではない。地球軍のパイロットも、多くの両軍の士官がいる。そんな彼らの命すら弄ぶ者たちにーー!!

 

「クサナギ!アンタレス隊、発進するぞ!ジュール隊長!お先に!」

 

そう叫んで、クサナギからPJの駆るM1アストレイ隊が出撃していく。ヒメラギでは、保護されたシホのゲイツが出撃準備を進めるイザークのデュエルの背中にいた。

 

「ハーネンフース」

 

《ジュール様…》

 

ビームライフルとシールドを装備したイザークは、背後に佇むシホへデュエルの頭部を向けた。空いたコクピットハッチからは、イザークの姿がはっきりと確認できる。イザークは少し言葉を探してから、シホの方へと向き、改めて頭を下げる。

 

「心配をかけてすまない。だが、貴様にも俺にも、やるべきことがあるはずだ。兵士として、信じられる責務を果たせ」

 

顔を上げたイザークの表情に最早迷いは無かった。彼は彼のーー信じた使命を果たすためにここに残るだろう。では、自分にできることは何か。シホは考えるが答えは出なかった。いや、これから探さなければならないのだろう。自らの手で、この星の大海から得られる答えを。

 

《…はっ!ジュール様も…どうか無事で…》

 

そうはっきりとした声で、シホは目の前にいるイザークへ敬礼を送った。彼が行く先は地獄かもしれない。しかしーーどうか無事で。そんなシホの言葉を聞いて、イザークは小さく笑った。

 

「ふっ…当たり前だ。ガルーダ隊、出撃する!ディアッカ!ニコル!」

 

「いつでも!」

 

「やってやりましょう!」

 

そう言ってバスターと、火力強化されたブリッツも発進ベイへ、機械的な足音を響かせながら向かっていく。

 

《ガルーダ隊、進路クリア!発進どうぞ!ハウメアの加護があらんことを!》

 

ハンガー内に響いたオペレーターの声と、彼らが発艦した後に離脱するシホのゲイツに見守れながら、イザークたちはダガーが迫る宇宙へと飛び立っていくーー。

 

 

////

 

 

「ラリーさん!しっかり!」

 

キラとムウに両肩を担がれて施設から出てきたのは、片目の目蓋を大きく腫れ上がらせて、顔中に青痰や打撲跡を残した満身創痍のラリーだ。

 

「くっそー…あと一発…当てていれば…伸びてたのはアイツのはず…げほっ」

 

恨み言のようにボソボソと切れた口内を動かしながら呟くが、鼻水と血が喉に絡んで、ラリーはひどく咳き込み、血を床に撒き散らす。

 

ここまで弱々しく傷付いたラリーの姿をキラは見たことがなく、内心動揺していたが、ムウがピシャリと俯くラリーを一喝する。

 

「この馬鹿野郎!無茶するからだ!」

 

そう言ってラリーを担ぎ直し、ムウとキラはクルーゼが先に出て行った出口へと急ぐ。

 

「キラ…隊長…すまん…俺は…」

 

そんな2人に、ラリーは弱々しい声で懺悔のような言葉を紡いだ。

 

ラリーは知っていた。

 

ムウの過去を。そしてキラの原点を。

 

それを知っていながら、この体たらくだ。他にもっとマシなやり方はなかっただろうか。もっと2人を傷つけずに済む方法はあったのではないか。

 

全てを知りながら、何もできない自分の無力さに腹が立つ…!!

 

戦友を失った時も。信頼する兵が死ぬと分かっていながらも送り出すことしかできなかった時も。そしてーー今日と言う日も。何一つとして、できなかった。

 

何が変革者だ。何がSEEDから生まれた者だ。

 

そんなものーー失われていく命を目の前にして、なんの役にも立たなかったというのに。俺は……

 

「ーーなんで知っていたかは、俺は聞かん」

 

ラリーを担いでいたムウは、歩みを止めぬままラリーにそう答えた。思わず顔をあげるラリーに、付け加えるようムウは言葉を注ぐ。

 

「お前は昔からそうだった。知っていながらもどうしようもできなかったことを、全部自分で抱えて、背負っちまって…。俺はお前の隊長だ。だったら、隊長らしいことくらい、させろよ」

 

伊達にお前らの隊長をやってきたわけじゃねーよ、とムウは呆れたような口調で言う。

 

そういう時を、ムウは誰よりも近くで見てきた。自分の無力さに憤って、何かにぶつけるように自分を追い詰めるラリーを。その度に、その破滅的な罪悪感から救い上げてきたのもまた、ムウやリークといったメビウスライダー隊の仲間だった。

 

そしてキラも…その救われた者の1人だ。

 

「隊長…」

 

「ラリーさん」

 

「僕も言われました。心は君だろう?ってベルモンド大尉から。だから、僕も大丈夫ですから」

 

たとえ、この身が自然から生まれなかったコーディネーターであったとしても。たとえ、この身が人の形をした紛い物であったとしても。たとえ、この身が人の業が生み出した罪深いものであったとしても。

 

僕は僕だ。

 

この心は、僕だけなものだからーー。

 

「へへ…強くなったな。キラ」

 

そう言って、ラリーは血だらけの顔でニカっとキラに笑いかけると、キラも応じて二カッと笑みを浮かべた。

 

「大尉たちのおかげですよ。だから、行きましょう。僕らの使命を果たすために」

 

2人に担がれて施設から外へと出ると、すでにクルーゼが乗り込んだプロヴィデンス・セラフは飛び上がっており、少し上空から施設から出てきた三人の姿を見下ろしていた。

 

《ラリー。君との戦いは次で決着となりそうだ。楽しみにしているよ。君が「ホワイトグリント」の鎖を解き放って、私の前に現れてくれることをな》

 

「クルーゼ…」

 

ラリーと同じように顔中に傷をこさえたクルーゼもまた、ハマらなくなったマスクやヘルメットを脱いだままで、乾いた鼻血と吐血をベットリと纏う顔を歪めて呟く。

 

そうだ。そうだとも。

 

時は近い。

 

この生に、この命に、このラウ・ル・クルーゼがけじめを付けるときはすぐそこだ。扉は目の前だ。だが、まだ開かない。開いてもいいが、もったいない。まだだ。ラリーが、彼が、自分を殺すに値する力に目覚めたとき。その時こそが、自分の命を終わらせるか、この世界の火を終わらせるのにふさわしい。

 

クルーゼは笑みを浮かべて、セラフを反転させるとコロニーの出口に向かって緩やかに飛び立っていく。

 

その刹那、ラリーたちの上空をトールのメビウス・ハイクロスが横切った。

 

「キラ!隊長!くっ!!」

 

「トール!!」

 

ビームの閃光を躱して飛ぶトールの背後には、驚くほど正確な飛行で追従するモビルスーツが一機。

 

「ええい!手強い上に、しつっこいんだよ!お前はぁああーー!!」

 

そう叫びながら、ビームが掠めたミサイルコンテナをオルレア目掛けてパージするトール。彼を追うモビルスーツ、オルレアはパージしたミサイルコンテナをビームブレードで一刀両断する。爆煙と衝撃が背後から伝わる中、トールの機体はストールを起こして、強制的なクイックターン、「ポストストールマニューバ」を駆使して機体を反転させる。

 

コロニー内で空戦機動だと!?そう驚愕するオルレアを横目に、トールは空気が排出されていく際に生まれる気流を読み取って機体を操る。

 

急降下爆撃よろしくと言った突撃。同時に展開したシュベルトゲベールは、迂闊に飛び込もうとしていたオルレアの片腕に固定されたビームライフルを切り裂いた。

 

『くぅ…はははっ!この感覚…このプレッシャー!!なるほど…できる!これが流星の力か…!!面白いっ!!』

 

ビームライフルが切り裂かれる瞬間、オルレアはすぐに増設された片腕の存在を諦めた。切り裂かれた衝撃と反転を利用した横なぎのビームブレードによる斬撃は、シュベルトゲベールを展開したトールの機体に迫る。

 

「あっぶねぇ…なぁ!!」

 

前フラップ展開、そしてフレキシブルスラスターを反転させて急ブレーキをかけるような制動。ハイG機動を歯を食いしばりながら耐えたトールは、迫るオルレアの斬撃を交わした上で、傾いた機体を横へ流し、ビームブレードを振り抜き、無防備となったオルレアへバルカン砲を叩き込む。

 

『私が…引いた?』

 

バルカン砲を数発あげながら後退したオルレアは、自身の行動に戸惑っていた。近接特化型のオルレア。近づかなければ有利にならない機体性質上、オルレアは近付きはするが、意識して後退することは無かった。

 

もう一度、トールのメビウスを見る。とても理想的な動きだ。挙動、機動、操縦、すべてに意味があり、それがうまく絡み合っている。

 

『理に適った動きね…面白いわ』

 

シミュレーターの中でも、そして実戦でも、そんな動きをするパイロットは少ない。それも説明してどうにかなる技術でもない。

 

彼は進化している。自分との戦いの中で。早く、素早く、圧倒的な吸収力で技術を身につけて、自分の手足として試して、試して、試し続けて、そして自分の力に変えていこうとしているのだ。

 

勝てない。

 

そんなヴィジョンがオルレアの頭の中を過ぎる。違いすぎるのだ。

 

人としての性能としては充分でしょう。

今が我々ができるスキルの到達点です。

 

そうのたまっていた技術者たちが、いかに見聞が狭いかよく理解できる。彼はーー今、自分が相対している流星は、そんなものをハナから気にかけてないのだ、

 

限界?到達点?それを決めつけた段階で、自分の負けだ。彼らはそんなものを考えていない。前を向くことだけを考えている。そんな気がした。

 

『逃げる?』

 

次浮かんだのは敵前逃亡だった。本質的な敗北を自覚してしまった以上、これ以上戦っても自分が得るものは何もない。帰る場所もないし、このオルレアを降りてからも、普通の人間のように生きていける自信がない。

 

『それもいいわ…過程は関係ない。最後に立っていれば…』

 

そうだ。たとえ全てを失っていたとしてと、最後に立っていれば、勝負はどうであれ、勝利は自分のものだ。生き残ればーー卑しくーー地を這いずってーープライドも捨ててーーただ生にしがみ付くようにーーつくようにーーつくように。

 

『いいえ、それでは生きていけない。私たちは…!』

 

オルレアは操縦桿を強く握った。

 

そうだ。たとえ生きても、自分はそれを認められない。我慢して生きていくこともできない。きっと何十、何百、何千、何億と後悔をして、ヘルメットを外し、この空気のない死の宇宙へと身を投げ出すだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな死をするために私はーーー戦っているわけではない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《前を向かぬ者に、勝利はない!!》

 

「女…!?ぐっはっ!!」

 

広域音声通信を起動したオルレアは、驚くトールへ問答無用で攻撃を放った。視界を覆い隠すフラッシュロケットと牽制用の小型マシンガンを放ちながら急接近し、トールのメビウス・ハイクロスの翼をビームブレードで斬りつける。

 

《浅いか…!!》

 

「トール!!」

 

切り裂かれたところから火が吹き上がる。見上げていたキラが悲鳴のような声をあげる中、コクピットにアラームが響き渡る。

 

トールは衝撃と苦悶に満ちた顔つきから目を見開くと、すぐにコントロールパネルへ指を走らせた。

 

「くっそ!ダメージコントロール!重りになるものはパージ!予測イメージをすべてカット!」

 

バキンッ!と火を拭いていた予備の推進剤タンクと不必要、または機動の妨げとなるファストパック全てをパージしたトールの機体は、さっきとは違う鋭さを持って旋回し、オルレアとの戦闘に弾き戻った。

 

《動きが変わった…!?この動きは…!!》

 

知っている…この動きはーーベルリオーズと同じ動き!?

 

その動きを見て戸惑っているオルレアに応じるように広域音声を有効にしたトールは、動きを変えたメビウスの中で負荷に耐えながら声を上げた。

 

「くぅっ…たとえ…たとえ…お前たちが何者であろうとーー。たとえ、お前たちの中に、俺が尊敬する人が居たとしても!俺は!!」

 

既視感を覚えるほど、鋭く切り揉むメビウスから放たれたバルカン。

 

それはオルレアの小型マシンガンとフラッシュロケットの本体を捉えて、小さく爆発させる。オルレアのコクピットの中にも、アラームと電気機器のオーバーロードによる稲妻が走った。

 

トールは目を細めて、コロニーの空を見た。そこには、何もないはずなのに、彼には見えた。

 

青い空を飛ぶ、アイクの戦闘機の姿をーー。

 

「俺はメビウスライダー隊の…アイザック・ボルドマンの意思を継いだ、流星のパイロットだ!!」

 

フラッシュロケットの暴発。一つのロケットはトール目掛けて打ち出され、メビウスのエンジンにあたり、光が瞬く。衝撃に揺れて、トールは深くコントロールパネルにヘルメットをぶつけた。

 

まだだ…!まだ…

 

「まだああああああーーーっ!!!」

 

《すごい…。これが本物か…流星…美しい》

 

稲妻とアラームが響く中で、オルレアのパイロットは感銘したように、目を光らせながら目の前にいるメビウスを見つめた。

 

強い。まさに本物だ。

 

そう思える自分の潔さに笑みを浮かべながら、オルレアは最後のエネルギーを費やしてビームブレードを展開する。

 

次の一撃…おそらく最後になるであろう私の…戦士としての誇りを…!!

 

《私の…たったひとつ残された…意思を込めて、押し通る!!》

 

トールのメビウスも、シュベルトゲベールを展開し、両機は直線状にーー互いに向かい合うようにーーまるで騎馬兵で一騎討ちをするように死合いへ臨む。

 

「でああああああ!!」

 

《はぁあああああ!!》

 

鉄と鉄がぶつかり合ったような音がメンデルに響いた。そのときは永遠だったか。または刹那だったのか。どちらにしろ、トールもオルレアも、互いに感じた時間ははるかに遠く、長く感じられた。

 

メビウス・ハイクロスの片翼に備わる四門のビームライフルを抱える武装が空で爆散しーーーオルレアは胴体に深く大剣が突き立てられた状態のまま、地へと落ちた。

 

《ごほっ…ギリギリだったが…お前の勝ちか…流星》

 

重い墜落音が響き、辺りがシンと静まり返った時、オルレアのコクピットの中で、血を吹き出しながらーーーけれど、そのパイロットは満足そうに声を漏らした。

 

トールのメビウスも消耗しきったように、半ば墜落するかのように地面へと着陸し、息苦しさを覚えるヘルメットを脱いで、トールは激しく呼吸を荒立たせていた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁっーー…!」

 

《差は刹那…どちらが勝っても、おかしくなかった。だがーーー運で戦いは決着などしない》

 

パチリと、稲妻の音が響く。オルレアのパイロットは、ノイズに塗れるモニターに映るメビウスを愛おしそうに指でなぞってーー血の輪郭を刻む。

 

《どうか誇ってくれ…それが…手向けだ》

 

臨界に達した光はオルレアを飲み込むと、緩やかな炎となって燃え上がった。エンジンに点火しないように、オルレアが果てる前に動力を遮断したのだ。

 

轟々と燃え上がる機体。その中で満足そうに焼かれていくパイロット。その姿は、オルレアの名に由縁あるジャンヌダルクを連想させるものであった。

 

トールは這うようにコクピットから上がると、視線の先で燃え上がるオルレアをしばし見つめてーー静かに目を瞑り、鎮魂の敬礼を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇敢にも挑んだオルレア率いるダガー隊は、イザークやPJたちによって呆気なく撃退。勇士艦隊はサザーランドの暴虐と、パトリックの暴走を止めるべく動き出す。

 

この戦いもまたーーー終局に向けて動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 



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ヤキンドゥーエ編
第161話 集う勇者たち



Meteor -ミーティア
意味「流星」


 

 

 

「VOB?」

 

エターナルの格納庫に吊るされるように設置された〝それ〟を見上げたラリーは、隣で手拭で油を拭き取るハリーへそう問いかけた。

 

「そう、正確にはヴァンガード・オーバー・ブースターね。強襲用追加推進器と言ってもいいわ」

 

まだホワイトグリントがプラントから地球に来たとき。モビルアーマーの外装を身につけていた際に、地球とプラント間を高速移動するために用いられた補助ブースターもこの理論と同じもので作られていた。

 

改めて見上げると、ブースターを最大限稼働させるためのプロペラントタンクを4本搭載し、それから伸びる推進剤の供給パイプや配管が剥き出しの状態で敷き詰められ、ホワイトグリントと接続するためのユニットも急拵えで準備されている。

 

つまりアレだ。剥き出しのブースターとエンジンブロックと言っても差し支えがない。

 

「要は一回限りの使い捨て装備ってやつね」

 

「よく再現できたな」

 

「ハルバートン提督とクラインさんが資材をありったけ用意してくれたからね」

 

そう目の下にたっぷりのクマを抱えて笑うハリー。オルレアやクルーゼとの戦闘の後、ホワイトグリントの回収から整備、調整。フリーダム、ジャスティスの整備と調整、G兵器の修理と整備と調整。そして必要な機材の整備、調整エトセトラ、エトセトラ…。

 

ハルバートン提督や各部隊からの要望に加え、資材提供や必要物資の調達に尽力してくれたアズラエル理事に笑顔で馬車馬のように三日三晩働かされたハリーたち技師団は、文字通りすべてを出し尽くしたように真っ白に燃え尽きているように見えた。

 

奥では、死んだ目をするマードックやフレイが、こちらに気が付いたのかピースサインを無表情で送ってくれていた。

 

「基本的なメビウスの宇宙用スラスターと、艦船の離脱用ブースターで構成されているわ。ずばり、推進力だけでいえば時速2000キロを優に超える代物よ」

 

「モビルスーツで時速2000キロかよ…」

 

「ちなみにトールのメビウスにも同規格の物を取り付ける予定よ?」

 

なにさも当然のように言ってるの?この子怖い。

 

説明を聞きにきていたイザークたちは絶句しており、当事者となってしまったトールは何も言わないまま遠い目をしていた。強くなったなトール。あとで祝杯を上げようとラリーは心に固く誓った。

 

そうしてから、ハリーはVOBからモビルスーツハンガーに収納されたホワイトグリントを見上げた。

 

機体を覆い隠していた多重装甲の外装は、そのほとんどがクルーゼのセラフとの戦闘で消失し、残った装甲も逆に機動性を妨げる要因となるため、全てラリーの手によってパージされている。

 

「ホワイトグリントには、もともとビームランチャーや副武装も付いていたみたいだけど、ラリーとクルーゼの戦闘の衝撃でほとんど使い物にならなくなってるわ」

 

そう言って倉庫の奥を見つめると、ぐしゃぐしゃになって部品取りをされ尽くしたホワイトグリントの〝元パーツ〟たちが瓦礫のように山積みされている。おそらく、汎用性を求めた結果、搭載された武装だろうが、そのほぼ全てが活躍することもなく、セラフのヴィクトリアユニットによる攻撃でひしゃげ、使い物にならなくなっていた。

 

とは言うものの、とハリーは咳払いをして説明を続けると。

 

「ラリーは近接戦が得意だから、ビームサーベルと取り回しの良いビームカービンライフル、そして小型のシールドを装備させてる」

 

腰にマウントされたビームサーベルは、フリーダムやジャスティスと同系列品で、ビームカービンライフルはホワイトグリントの武装の中で唯一生き残っていた小回りの効く代物だ。シールドもフリーダムなどの機体と比べると最低限なサイズ感であるが、高いビームコーティング処置が施されている。

 

一眼で見る限り、瞬間的ではあるがフリーダムを上回る圧倒的な機動力とジャスティスと同等の格闘性能を持つ機体だ。

 

多重装甲を身に纏っていた時も相当な速度を有していたが、装甲がパージされたことで覆い隠されてきたスラスターが更に追加されている。暫定的に作成したカタログスペックに虚な目を向けるハリーは、簡潔に注意点をラリーに伝える。

 

「基本的なスペックは今までと変わりはないでしょうけど、外装が完全に外れた以上、速力は今までの三割増しと覚悟して乗ってね」

 

「了解した」

 

ラリーのホワイトグリントを説明し終えると、エターナルの一角に設置されたメビウスの説明へと切り替わる。オレルアとの戦闘でオプションユニットが破壊されたメビウス・ハイクロスであったが、その破損したパーツは別の物へとすげ変わっていた。

 

「メビウスは破損したハイクロスユニットを改修、加えてVOBとモビルスーツ懸架用のハンドルをつけてるわ。側面に1機ずつ、下側に1機、最大3機まで搭載可能よ。目的地に到着し次第、パージするように設定はされてるわ」

 

横に膨れるように増築されたブースターユニット。配線や配管が剥き出しの機体の横には、モビルスーツ用のハンドルと片足を乗せれるフラットベースが取り付けられている。

 

今までは機体下部の武装を外して、専用アームでモビルスーツを固定させていたが、やり方としてはこちらのほうがスマートに見えた。

 

「まさに合体ってやつだな」

 

「懸架よ、け・ん・か!」

 

まったくもう、と言って、ハリーは説明用に操作していた端末を指先で操り、新たなメビウスの機体説明を続ける。

 

「パージ後の武装面もアグニとビームサーベル、ファストパックに増槽と申し分ないものは詰め込んだつもり。さしずめ、ハイブラスト…最終決戦仕様ね」

 

ただでさえハリネズミだったメビウス・ハイクロスの武装を強化した上に、長距離巡航用のブースターとモビルスーツを3機を運搬できる能力を与えた代物。

 

これは最早モビルアーマーと言えるのだろうか?と機体資料を眺めていたイザークたちは頭にクエスチョンマークを浮かべていたが、大丈夫です、ハリー技師がモビルアーマーといえばモビルアーマーなのでと、ハリーと入れ替わるように出てきたフレイが笑顔でそう呟く。

 

「少佐のストライクも、破損した箇所と脚部をアストレイ・タイプRのものと取り替えてあります。それと面白いものも」

 

クルーゼとの戦闘で破損した脚部にアストレイ・タイプRの部品を流用した姿。その背部にはグリマルディ戦線からムウと馴染みのある武装が施されたストライカーユニットが装備されている。

 

「へぇ、ガンバレルストライカーね。提督も粋なことをしてくれるじゃないの」

 

メビウス・ゼロと同じく有線式ガンバレルを4基装備しているストライカーユニットだ。

 

パイロットが搭乗することにより独立したMAへの変形機構を持つが、今回は装着後はデッドウェイトとなる為、機首部は切り離されて装備されている。

 

グリマルディ戦線に参戦したメビウス・ゼロ部隊唯一の生き残り、ムウ・ラ・フラガ専用装備として開発され、ハルバートン提督により裏ルートで入手したユニットを、物資と共に運び込んできたらしい。

 

「余っているメビウスには残りのVOBを取り付けて、他隊のモビルスーツ運搬用に運用します。操縦権はモビルスーツに持たせますので、目的地に到着したら任意でパージをして下さい」

 

エターナル周辺では、余剰品で組み上げた簡易的なモビルスーツ2機を搬送できる使い捨てVOBが組み立てられる分だけ用意されており、これから先に展開される作戦に向けて各自が準備に取り掛かっていた。

 

「私たちの…裏方で出来る仕事は最善を尽くしたわ。あとは、貴方達パイロットに任せます」

 

そう言ってハリーたちを含める作業員たちは疲れた体の身嗜みを整えて、集まったパイロットたちへ向き直った。先頭に立つ、ハリーとフレイが、不安な瞳を伏せ毅然とした面持ちでラリーたちパイロットを見つめる。

 

「共に戦場で戦うことができない私たちですが、あえて言いますーーー生きてください。生きて、必ず帰ってきて」

 

全員がパイロットたちの帰還を願っている。作業員たちが敬礼を打ってその願いを、思いを伝える。ハンガーは少しの静寂に包まれた。

 

「当然だ」

 

そう答えたのは、赤いパイロットスーツに着替えたイザークだった。当たり前だと言わんばかりに答えたイザークに、ディアッカやニコルたちも頷く。

 

「やってやろうぜ!」

 

「世界を終わらせてたまるかってんだ!」

 

その言葉に呼応するように、ザフトも、地球軍のパイロットも、同じ思いであると声を揃えた。生き残るーー生きて、この戦いを、このくだらない終末戦争を終わらせよう。

 

その光景こそが、コーディネーターやナチュラルといった楔を取り払い、互いにやれることに全力を尽くす彼らの姿こそが、ラクスたちが望む〝明日〟そのものだ。

 

「行こう、みんなで。僕たちが望む明日のために」

 

キラの言葉に、リークやオルガたち、その場にいる全員が頷く。

 

守りたい人たちのため。

 

守りたい世界のためにーー。

 

「よし!これよりブリーフィングを開始する!!」

 

 

 

////

 

 

 

各員、傾聴。

 

第八艦隊司令官のデュエイン・ハルバートンだ。これより、我々のミッションの内容を説明する。

 

世界は、今や窮地に立っている。地球軍が核を持ち出したことで、この戦争は全面的な終局戦争へと転がり落ちることになるだろう。

 

我々は、その過ちをなんとしても阻止しなければならない。

 

ミッションは三段構えだ。

 

まず第一段階は、メビウスライダー隊とメビウス隊が先行してボアズへと進行。後衛にはエターナルが随行する。進行する部隊は地球軍の核保有部隊を迎撃し、これを撃滅する。

 

プラントへ及ぶ核の被害を何としても食い止める。再びプラントが核の炎に焼かれることになったら、我々はいよいよもって歯止めが効かなくなるだろう。

 

そして、第二段階は地球軍艦隊の制圧だ。こちらは第八艦隊とザフト有志艦隊の共同戦線を張る。アークエンジェル、ドミニオン、クサナギとヒメラギ、モントゴメリ旗艦の護衛艦隊によって編成された先方艦隊、そしてメネラオスを旗艦とした第八艦隊も作戦に加わる。

 

第三段階はザフト軍との停戦への呼びかけだ。シーゲル・クライン、オーブ首相のウズミ・ナラ・アスハ、そして私の三名でプラントへ乗り込み、直接的に交渉のテーブルを作る。あとは向こうがそれに乗るかどうかだ。

 

我々がプラントへ乗り込むには、地球軍を止める必要がある。呼びかけはするが、応じるとは考えづらい。大規模な戦闘になることが予想される。

 

各員。

 

ここまでよく我々と共に歩んでくれた。

 

第八艦隊の司令官として…いや、ひとりの人間として、諸君らの心に礼を言わせてほしい。

 

我々の信条は「生き残る。生きて使命を果たす」ことにある。生きることを、生き残ることをどうか諦めないでほしい。

 

たとえ己が使命に殉じることになったとしてもだ。ここにいる全員が共に、この戦争を終わらせるために。

 

メビウスライダー隊。

 

諸君らの働きに大きな力が掛かっている。君たちがこの最悪な状況を打開するための切り札となろう。

 

頼んだぞ、メビウスライダー隊。

 

全艦、これよりオペレーション「ミーティア」を始動!

 

出撃せよ!!

 

 

 

////

 

 

《私たちは道を踏み違えた場所を歩いています。しかし、今ならまだ引き返せます。今ならまだ、間に合います》

 

ラクスの清らかな声が、深淵の宇宙に響きわたる。音が無いはずの宇宙でも、その声は水を打ったように響き、その場にいる誰の心にも届くようだった。

 

《その道を終わらせないため、核を、例え一つでもプラントに落としてはなりません》

 

血のバレンタイン。エイプリルフールクライシス。人は、多くの血を流した。流しすぎて、もう歯止めが効かなくなりつつある。

 

そこに、再び核の火が灯ったらーー。

 

《討たれる謂れ無き人々の上に、その光の刃が突き刺されば、それはまた果てない涙と憎しみを呼ぶでしょう》

 

終わりのない戦いが始まる。互いを認められず。自己を保てずに。憎しみと種族意識に囚われて、人はこの小さな檻の中で破滅的な最後を迎えるかもしれない。

 

《私たちはそれを止めるために、ここに集い、剣を手にして立ち上がりました》

 

ここに集うは、破滅から世界を救うために集った勇者たち。

 

聖剣も、女神の加護もない。

 

しかし、ここにいる全員は、紛れもなく勇者達だった。

 

「進路クリア!各部隊、発進どうぞ!どうかご無事で!」

 

エターナルのデッキの上で、M1アストレイ隊に接続を補助してもらったホワイトグリントは、大型のVOBを背負って緩やかにエターナルを離れていく。

 

「ライトニング1、ラリー・レイレナード、ホワイトグリント、出るぞ!」

 

「ライトニング2、キラ・ヤマト、フリーダム、行きます!」

 

「ライトニング3、トール・ケーニヒ、メビウス・ハイブラスト、発艦します!」

 

「ライトニング4、アスラン・ザラ、ジャスティス、出る!」

 

そのホワイトグリントに続いて、キラやトール、アスランがエターナルを飛び立っていく。

 

その後方では、アークエンジェルとドミニオンが肩を並べながら、モビルスーツの発艦ハッチを開いていた。

 

「グリフィス隊、ムウ・ラ・フラガ、ガンバレルストライク、出るぞ!」

 

ムウのストライクに続いて、アサギたちのアストレイ・タイプRも追随して出撃する。

 

「ベルモンド大尉。貴方には金をかけてますので、死んだら許しませんからね?」

 

「了解です、必ず戻ります。アズラエル理事」

 

そう答えるリークに、ドミニオンのブリッジにいるアズラエルは小さく微笑む。

 

「メビウスリーダーよりスカイキーパーへ、これより発艦準備に入る」

 

《了解した、メビウス隊は機器のチェックを実施してくれ》

 

「メビウスリーダーより各機へ!僕らの任務はプラントへ一発たりとも核を降らせないことだ!邪魔をする敵は容赦なく撃滅するぞ!」

 

「了解!」と、担当するモビルスーツへ乗り込むオルガたちが返事をする。その言葉に呼応するように、AWACSを担当するニックから通信が帰ってきた。

 

《スカイキーパーよりメビウス隊へ!進路クリアー、メビウス隊、発進!どうぞ!》

 

「では、行こうか。メビウスリーダー、リーク・ベルモンド、リベリオン、発艦します!!」

 

「オルガ・サブナック、メビウス1、カラミティ、おらぁ!!行くぜぇ!!」

 

「クロト・ブエル、メビウス2、レイダー、発進!とりゃああああ!!」

 

「シャニ・アンドラス、メビウス3、フォビドゥン、出るよ」

 

アズラエルが育て、アズラエルが手に入れた流星が、ドミニオンから飛び立っていく。

 

「ガルーダ隊、イザーク・ジュール、デュエル、出るぞ!」

 

オーブ艦であるヒメラギのハッチからも、イザークのデュエルが射出され、続くようにアストレイ隊も発進していく。

 

「ガルーダ2、ディアッカ・エルスマン、バスター発進する!」

 

「ガルーダ3、ニコル・アマルフィ、ブリッツ・アサルトシフト、行きます!」

 

「アンタレス隊、パトリック・J・ホーク、アストレイ、出るぞ!」

 

出撃したライトニング、メビウス、グリフィス、ガルーダ、アンタレスの部隊は、それぞれが所定のVOBに近づき、M1アストレイ隊は上下に分かれて簡易VOBへ乗り込み、システムを接続していく。

 

イザークたちは、トールのメビウスへと近づき、側面に設けられたハンドルを掴み、ブリッツは機体下部の固定ユニットへ接続された。

 

「ミーティア、リフトオフ!」

 

「ドッキングシークエンス、システムオールグリーン、エンジンスタート、ゴー!」

 

分離したミーティアは、母艦であるエターナルによって運用される、ジャスティスやフリーダム専用のアームドモジュールだ。

 

ミーティアは現行MSの稼働時間・飛行性能・機動力・火力を向上させる武装プラットフォームであり、その基本戦術は大火力によって複数敵を一気に殲滅するというものだ。

 

戦艦数隻分の火力を有し、高推力エンジンの搭載によって戦艦並の出力と戦闘機並の機動性は得ており、今回の作戦で要となるフリーダムとジャスティスに打ってつけの追加武装であった。

 

《平和を叫びながら、その手に銃を取る。それもまた悪しき選択なのかも知れません》

 

ラクスは悲しげに瞳を潤ませる。きっと、全てが正しくはない。間違いだらけの道なのだろう。

 

けれどーーそれでも。

 

《でもどうか今、この果てない争いの連鎖を、憎しみの連鎖を、断ち切る力を!》

 

 

 

ーーーメビウスライダー隊、出撃!!

 

 

 

 





挿入歌
Meteor -ミーティア- - T.M.Revolution



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第162話 ボアズ、進攻

 

 

月面基地、プトレマイオス基地の会議室に集まった地球軍高官たちは、今や主力軍隊の中枢部で権力を掌握していたウィリアム・サザーランドの提案した作戦書を眺めながら、顔をしかめていた。

 

「Nジャマー・キャンセラーのデータを手に入れたというのは見事です、サザーランド大佐。しかし…プラントを核で総攻撃というのは…」

 

一人の高官が、おずおずといった様子で口を開いた。その控えめな言葉に席の中央ーーまるで議長席のような場所に座るサザーランドの顔がぴくりと反応した。

 

「それよりも深刻となっている地上のエネルギー問題の解決を優勢させた方が…」

 

そう言ってもう一人の高官が続くと、他にも何名かの軍閥の人間が同意するように、サザーランドの作戦に難色を示した。

 

彼らの受け持つ場所は、今もなおエイプリルフールクライシスによって打ち込まれたNジャマーによって、深刻な経済危機に陥っており、その地に住む住人たちは、糧食を得るためだけの労働に従事するばかりだった。

 

だが、そんな懇願するような高官たちの言葉を、サザーランドは嘲笑うように一蹴する。

 

「何を今更仰っているのですか、この期に及んで」

 

それは常人の言葉の音色ではなかった。サザーランドは戸惑いに染まる高官たちを見渡しながら、さらに言葉を重ねた。

 

「撃たなければ撃たれる。撃たれれば我々は終わりだ。敵はコーディネーターだぞ!徹底的に、壊滅的な打撃を与えねば、あの野蛮人どもはどこからともなく現れ、我々に牙を向くのだ!」

 

エイプリルフールクライシスでNジャマーを打ち込んだのは誰か?そもそもNジャマーを作り出したのは誰か?そもそも、目先の困窮よりも自分たちはその根源を絶たなければならない。それは必要であり、絶対だ。揺るぎはしない。サザーランドは張り上げた声を落ち着かせて、緩やかに高官たちを見渡す。

 

「それに、すでに我々がもう前にも撃ったのだ。それを何で今更躊躇う?」

 

「あれは君達が…」

 

それでもなお、反対しようとする高官の一人へサザーランドが手をあげると、控えていた地球軍の士官が、乱暴に高官を立たせて会議室から引きずり出して行った。その様子を見て、賛同していた誰もが閉口した。

 

「わからない人たちだ。核は持っていて嬉しいただのコレクションじゃない。強力な兵器だ。兵器は使われてこそ、その真価を発揮する。高い金かけて作ったのは使うためだろう?」

 

抑止力と昔は言っていたが、撃ってしまった以上、その力は使わずにして意味を為さないのだ。その言葉に誰も反対しないことに満足したサザーランドは、満を待して自身が提案した作戦を発令する。

 

「第六ならびに第七機動艦隊は、月周回軌道を離脱。プラント防衛要塞ボアズ、及びプラント本国への直接攻撃を開始する!」

 

飛び立っていく艦隊を展望室から悠然と眺めるサザーランド。すでに彼の目には人としての道理など写っていなかった。底知れぬ憎悪と、怒り。その全てが孕んだどす黒い目と、笑みを浮かべて、艦船の光点を見つめたのち、副官が呼びにきたことにより、彼もまた自艦であるアガメノムン級艦、シンファクシへと足を向かわせていく。

 

「さあ。さっさと撃って終わらせるとしようーーこんな戦争は」

 

その先にある、自分の思うままの世界を夢見て。

 

 

////

 

 

「エターナル、発進!推力最大!」

 

バルトフェルドの号令で、飛び立ったメビウスライダー隊へ随伴するために、エターナルも最大船速でL4コロニー群から離脱を開始していく。フリーダム、ジャスティスのミーティアと、VOBに付いて向かえるのは、この艦隊の中でもエターナルしか居ない。

 

「行っちゃいましたねぇ、バーフォード艦長」

 

飛び立っていったリークやオルガたちを見送ったアズラエルが隣に立つバーフォードへそんな声をかける。すでに彼らは遥か彼方。目で追っていても、周りに瞬く星光と変わらない光点となってしまっていた。

 

「アズラエル理事。今回の戦い、私の勝ちです」

 

「はい?」

 

ふと、沈黙していたバーフォードがそんなことを呟く。思わず聞き返してしまったアズラエルに、彼は珍しく笑みを浮かべ、くたびれた帽子を脱ぐと星の大海を見据えた。

 

「見たまえ」

 

バーフォードが指差すのは、メビウスライダー隊が飛んで行った行く先だ。すでに星空となった場所。そこを見つめて、バーフォードは笑みを見せる。

 

「彼は飛び立った。白き流星の如く。彼らが宇宙にある限り、私たちに敗北はない」

 

その言葉と共に、どこかで一人の光が流れた。それはアズラエルが見た幻なのか、それとも本当に流星だったのか、それは定かではない。だが、そんなこと、アズラエルたちにとってはどちらでも良かった。

 

たしかに、この宇宙には流星がいるのだ。

 

「ですね。信じましょうか、我々が信じた流星の力を」

 

なにせ、悪党の僕を認めさせたんだ。簡単にはおちませんよ?そう言ったアズラエルにバーフォードは帽子を深く被りながら頷く。ブリッジから見える隣に並んでいたアークエンジェルがゆっくりと進み出した。

 

「アークエンジェル、発進します!」

 

「ドミニオン、発進」

 

マリューとバーフォードの声に応えて、二隻は加速していく。その後方に待機していた艦艇も次々とエンジンへ火を灯した。

 

「クサナギとヒメラギもあとに続くぞ!」

 

「モントゴメリより各艦、防衛陣形!主力艦に指一本触れさせるなよ!」

 

オーブ艦隊、そしてコープマン大佐とジョージ・アルスターを乗せたモントゴメリを旗艦にした防衛艦隊もアークエンジェルの前に出るように艦隊へ加わる。残っているのは、ハルバートン提督のメネラオスと、地球軍、ザフトの混成艦隊だ。

 

「メネラオスも発艦します。良いですな?提督」

 

「うむ、全艦発進!目標、プラントへ!」

 

メネラオスを始めた艦艇も、第三波として出撃していく。今の地球軍でも、ザフトでもない勢力。アークエンジェルから始まった同盟ーーいや、三隻艦隊は、その足を地球軍の凶刃が迫るボアズへと向けた。

 

「食い止めるぞ!こんな馬鹿げた戦争を終わらせるために!!」

 

ハルバートン提督の声に、その場にいる誰もが同じ気持ちでそれぞれの艦の指揮を取るのだった。

 

 

////

 

 

《作戦コード、レッジオックワン!展開フォーメーションはシシリアン3。以後、指示はゴーメンガスト暗号によって伝達される。全機、ナチュラル共の細胞を真空にぶちまけてやれ!》

 

プラントは混乱の中にあった。まだ先だと予想されていた地球軍の総攻撃が、かなり前倒しとなって今や総力と言える地球軍艦隊がボアズに向けて進行していると言うではないか。

 

エザリア・ジュールも急すぎる報告を受けてすぐにプラント最高評議会へと足を運んだ。そこにはすでに報告を受けて集まった議員たちがおり、その誰もが驚愕と困惑の表情に染まっている。

 

「ボアズへの侵攻が始まった?!」

 

「ザラ議長閣下!」

 

「狼狽えるな!!!」

 

動揺が広がる議員たちへ、パトリック・ザラは一際響く深い声色で一喝した。静まり返った議員たちを一瞥し、パトリックはすぐさま左右に控えているザフト軍高官へ声をかける。

 

「月艦隊のボアズ侵攻など想定外のことではなかろう!全軍への招集は?」

 

「完了しております!」

 

「報道管制!」

 

「は!既に」

 

「状況を詳細を報告しろ」

 

パトリックの声から、議員たちは冷静さを取り戻していく。そうだとも。想定はしていたのだ。宇宙に上がったナチュラルどもがプラントに攻め入るには、まずはボアズを抑えなければどうしようもない。

 

ボアズを制圧したのち、彼らは最終防衛ラインであるヤキンドゥーエへ進行していくるだろう。ただ、まぁ上手くいけばの話だがーー。

 

『ナチュラルどもめ!こんなちゃちな人形で!』

 

『ボアズ守備軍を舐めるなよ!』

 

先鋒として展開された地球軍のモビルスーツ部隊を、新型のゲイツで蹂躙していくザフト軍。だが、数で勝る地球軍は、力量はわかったと言わんばかりに大量のダガー隊をボアズへと送り込んでいた。

 

「敵艦、左翼に展開!ムーア隊、チェリーニ隊より支援要請」

 

「砲火を左翼に展開させい!支援にはネール隊を!中央はどうなっているか!」

 

「アイザー隊が防衛しております!」

 

「ネール隊、発進は五番ゲートから!進路クリア!発進よろし!」

 

ボアズの司令室も、地球軍の物量に驚きを隠せずにいた。複雑な反応も熟れるザフトのモビルスーツに比べ、地球軍のモビルスーツはひとつひとつの脅威度は低い。だが、数は膨大だ。防衛網ひとつでも空きがあれば、まるで蟻のように群がって蹂躙してこようとする。数に飲まれれば、ザフトとは言えひとたまりもない。

 

「このボアズ、抜けるものなら抜いてみろ!思い上がったナチュラル共め!」

 

たが、ここはボアズ。プラントの防衛網の要だ。そう易々と明け渡すつもりもないし、地球軍よりも宇宙はこちらのテリトリー。負ける道理も、譲る道理もありはしない。現に地球軍の数の暴力を、ザフト軍は見事に耐え切って見せていた。

 

「議長閣下。ボアズ突破が容易でないことくらい、地球軍とて承知のはず。何の勝算もなしに侵攻を開始したりはしますまい。今踏み切った、そのわけが気になります」

 

そこでひとつの疑問が、評議会の中で起こった。なぜこうも前倒しで地球軍は総力戦を仕掛けてきたというのだろうか?計算では、地球軍の全戦力が集結しているとも考えにいく。

 

「戦局を急いだか、それとも、何か別の理由が…?」

 

パトリックの不穏な呟き。その時はまだ誰も気付いていなかった。誰もが「まさか」と思っていたことを、地球軍が実行しようと画策していたことに。

 

////

 

《インディゴ13、マーク66、ブラボーに新たな機影!》

 

ボアズへの攻撃が膠着状態となり始めた頃合い。ザフトのパイロットたちにも疲労が出始めた時に、司令室のオペレーターが反応を感知した。近くのエリアにいたローラシア級が反応に応じて応戦態勢に入ったが、敵の速さは他のモビルスーツの群を抜いていた。

 

《モビルスーツです。数4!クルーゼ隊より報告があった例の部隊かと!》

 

ジンとゲイツの混成部隊が前線へ出ると、すぐさま宇宙に白い光が瞬く。迎え撃とうとしたザフトのモビルスーツ残骸を跳ね除けながら、4機のモビルスーツはローラシア級へ迫った。

 

《その後方!アガメムノン級4、距離500!》

 

ローラシア級を手早く蹂躙した四機は艦艇を縫うような戦闘機動を繰り返し、船が燃え上がったのを確認すると、再び密集体型となってボアズへ飛び立つ。

 

「なんだ?新手か?」

 

そう言って迎え撃とうとしたジンの頭部、脚部、そして最後にコクピットを刺突で貫いた機体、シュープリスは特徴的な頭部の複眼を輝かせて周りにいる三機へ通信をつなげる。

 

『各機。目標は指示通りだ。我々の任務は神の鉄槌をボアズに打ち込むこと。それの邪魔をさせんことにある!』

 

『やれやれ、まぁ仕事はしますよ』

 

『存外、ザフトもこの程度ということね』

 

『この機体のデータも貴重だしな』

 

その四機はサザーランドにとっての虎の子の部隊とも言えるし、実験的な部隊とも言えた。要は使える機体にはしているが、大事に扱うつもりのない部隊といったところだ。

 

彼らも洗脳教育や若干の投薬処置によって強化されている半強化人間と言っても差し支えないのない存在。エクステンデッドと比べたら劣化品といってもいいほど。だが、戦場で兵器と使えるなら使う。それだけの金を掛けているのだから。

 

「うわぁぁ!」

 

防衛網のザフトモビルスーツへ切り込む四機を眺めながらサザーランドは特に何ら感情を浮かべていない顔つきでふむと顎先へ指を遊ばせる。

 

「露払いとしては役に立つか。存外、まだまだ使えるようだな。黄色部隊も」

 

そう呟くサザーランドへ、ホアキンはまるで家臣のような素振りで頭を下げた。すると、シンファクシのオペレーターが席を立ち上がってホアキンへ報告した。

 

「ワシントンより入電です!我!進路確保したり!」

 

よぉし、とサザーランドが笑みを浮かべた。そうだとも。ボアズを制圧するつもりなんてない。ただ一箇所、防衛網に穴を開かせれればいいのだ。サザーランドは立ち上がると、手を正面のボアズへ指し示した。

 

その悪魔の号令を発しながらーー。

 

「道は開いた!ピースメーカー隊発進させい!」

 

 

 

 

 



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第163話 閃光の狭間

 

 

 

「急げ急げ!エンジンが焼き切れても構わん!」

 

フリーダム、ジャスティスの隣に同等の速度で並んで飛ぶホワイトグリントの中で、ラリーはのしかかる加速の重圧を奥歯で食いしばりながら声を出した。それはフリーダムの中のキラたちも同じく、トールの脇に捕まるイザークたち、ムウやPJたちも同じような状況だ。

 

そんな中、なんとかレーザー回線内で付いてきているエターナルより、アイシャの声が響く。

 

《エターナル、AWACS「スカイウォーカー」より、各機へ!VOBの挙動に留意しなさい!目標まであと6000!》

 

「くっう…!さすがに堪えるな…これは!」

 

メビウス・ハイブラストのコクピットの中で耐えるトール。コーディネーターのキラたちも辛さを感じるほど。ムウやナチュラルであるアサギたちも、軽口ひとつ叩けないほどにその重圧に苦痛を感じていた。

 

「気張れトール!核が撃たれれば、世界は終わるぞ!」

 

そんなトールの声を励ますように返すラリー。ここで間に合わなければーー1発でも核がプラントを貫いたら、本当に人は取り返しのつかない領域へと足を踏み入れることになる。

 

そうなってしまっては、たとえハルバートンやシーゲルが手を結ぼうとも、世論がそれを許しはしないだろうし、ザフトも地球軍も、核による応酬を開始して、世界は審判の日も真っ青になるほどの終末的な戦いに転がり落ちていく。

 

「間に合え…間に合ええーー!!」

 

今はただ、この手がそれを防ぐことに間に合うことを。どうかーー神よーーそんなものがこの世界にいるというならーーどうかーー。

 

この手をどうか、間に合わさせてください。

 

 

////

 

 

《ピースメーカー隊、目標まであと400》

 

悪魔の兵器を抱えたメビウスの大軍が、空いたボアズの防衛網から続々と侵入していく。モビルスーツが混ざっていない、明らかに不審なモビルアーマーの部隊に気がついた防衛部隊の一機が、最大望遠にしてメビウスの詳細を調べようとした。

 

「なんだ…あれは!?」

 

そのデータを友軍機へ送信しようとした瞬間、パイロットは背後から差し込まれたビームの閃光によって、断末魔の叫びを上げる間も無く、その身を宇宙へ蒸発させていった。

 

『すまないな、あれに近づけるなというお達しでね』

 

そう言ってメビウスに近づこうとするモビルスーツを次々と撃破していくシュープリスや黄色部隊。メビウスはそのまま前進し、ついにボアズを射程圏内へ捉えた。

 

《安全装置解除、信管、起動を確認》

 

冷たい声でそう告げたオペレーターに、メビウスに乗るブルーコスモス派のパイロットたちは、卑しくその顔を狂気に歪ませた。なんの躊躇いも、迷いも、葛藤もなく、憎しみに囚われた彼らはトリガーに指をかけた。

 

『おおし!くたばれ!宇宙の化け物!』

 

『青き清浄なる世界の為に!』

 

煙と対放射能性のケースから光を照らしながら飛び出した無数のミサイル。その光をとらえたザフト観測員たちは、思わず息を呑んだ。

 

「くっそーあれは!?核か!?」

 

はっきりと刻印された核物質を示すマークを見て、ジンと数機のゲイツが、ダガー隊の封鎖線を突破し、飛来するミサイル群へと一直線に向かった。

 

「あのミサイルを落とせ!ボアズが!核に焼かれる!!!!」

 

その刹那、隣にいた僚機が、頭上から降り注いだビームの雨に穿たれて爆散する。自分の目の前にも雨が降り注ぎ、ザフトのパイロットは煮湯を飲み込むごとく、その場で急制動に応じるしかない。見上げると四機の新型機がこちらに向かってきているのが見えた。

 

なんとか応戦するものの、相手の方が反応がいい。こちらの攻撃はことごとく躱されて、仲間が次々と打ち落とされていく。横目で見えるのは、ボアズへと向かっていくミサイル群。

 

くそ…ナチュラルどもめ…!

 

その恨み言を呟きながら、最後に残ったゲイツのパイロットは閃光に溶けていった。

 

もう直ぐだ。もうあと少し。鼻先一つで届く。

 

届く。

 

届く届く届く届く!!

 

憎きのコーディネーターどもを駆逐する、人類の叡智の光が、あの蛮族どもを抹消するのだ!!サザーランドは今にも上げたくなる笑い声を必死に堪えながら、悠然とブリッジの座席に肘を置いて、その光景を愉悦を覚えながら眺めていてーーー。

 

 

 

 

そして、光がはじけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その光は、サザーランドの予想よりも早かった。着弾までまだ時間があるというのにーーまさか誤作動?

 

そんな憶測が脳裏をかすめたと同時に、今度は横並びに光がはじけていく。

 

なんだ?なにがおきているーー!?

 

「艦長!高熱源体、多数接近!この速度は…速すぎます!!」

 

「なに!?」

 

そう言ってサザーランドは立ち上がると、顔を怒りで充満させながら、オペレーターを押し除けてレーダー網を見つめた。そこには、明らかにモビルスーツ、モビルアーマーから逸脱した速度で接近してくる機影が無数にあった。

 

ハッとして正面を見つめると、自分たちのちょうど直上にあたる場所から、ミサイルとビームの雨が降り注ぎ、先程の比ではない数の核ミサイルが、ボアズにたどり着く前に弾けていく。

 

「発射された核ミサイル…すべて迎撃されました!」

 

なっーー。サザーランドは声を発することなく、喉を唸らせることしかできなかった。なぜだ?あと少しで届いたというものをーー!!

 

「モニターに出ます!」

 

ギロリと、サザーランドが怒りに染まった目をモニターに向けると、そこには幾つもの影が映し出されておりーーー偶然にも、太陽光が差し込んだことで、闇からその姿が一気に照らされる。

 

まさしくそれは、純白。

 

星光と見間違えそうな白。

 

その機体を先頭に、憎きオーブのモビルスーツと、見たこともないユニットを装備した機体が、その姿を露わにした。

 

「あの機体は…!!」

 

知っている。私は知っているぞーー。

 

あれは、流星ーーー!!

 

 

////

 

 

「各機、VOBパージ!!」

 

間に合った!!ひとまずは安堵を胸に押し留めたラリーは、起爆剤を仕込んだVOBの残骸を、目の前に展開するダガー隊へ降り注ぐようにパージした。重圧から解放されたトールや、ムウたちも次々とVOBをパージし、機体の残骸をダガー隊へと叩きつけていく。

 

《地球軍は直ちに攻撃を中止して下さい。繰り返します。地球軍は直ちに、核による攻撃の中止、一切の戦闘行為を停止しなさい!》

 

次に響いたのは、後方からフリーダムやジャスティスを中継して発せられるエターナルからの声だった。ザフトにいる誰でも、その声には聞き覚えがあった。

 

「この声!?」

 

「ラクス様!?」

 

その戸惑いで、ザフト側の動きが鈍る。VOBをパージし、敵対する地球軍モビルスーツを一蹴するラリーたち、メビウスライダー隊の背後より、エターナルもその姿を二勢力の前に表した。

 

《あなた方は、その手で何を撃とうとしているのか本当にお解りですか!?》

 

そう言って地球軍に止まれというラクス。その声と言葉に、耳を傾けていたザフトのパイロットは混乱する。

 

「どういうつもりだ、ラクス・クライン!」

 

我々を裏切っておきながらーーー何を今更!!

 

ただ、そんな声はどこにも届かない。広大な宇宙で繰り広げられた暗黒の思惑を前にしては、一個人の意思など、無意味に等しい。

 

故に、ラクスは用意したのだ。苦しみに喘ぐ人々の声を、届けさせるためにーー。

 

《もう一度言います。地球軍は直ちに攻撃を中止して下さい!これはもはや、戦争などではありません!!》

 

その放送を聞いていたサザーランドは、モニターへ何度も拳を打ち付ける。液晶は割れ、サザーランドの手が鮮血に染まろうとも、彼の怒りと憎悪は留まる先を知らない。

 

「おのれ、おのれぇ…!どこまでも我々の邪魔をすると言うか…!丁度いい!一緒に消えて貰おうか!!プラントと共に!!」

 

そして同時刻ーーー。プラント最高評議会も、最悪の方向へと動き始めた。

 

「こ…この熱量は…核…!!」

 

観測手の言葉を聞いていたパトリックもまた、怒りの形相に表情を染め上げていた。ダンッと机を叩いて立ち上がったパトリックは、モニターを憤怒の目で睨みつけた。

 

「おのれ…おのれ、おのれナチュラル共!」

 

「議長閣下!」

 

エザリアの声にも耳をかさず、パトリックは次の指示をザフトの高官たちへと伝えた。

 

「直ちに防衛戦を張れ!クルーゼ隊を呼び戻せ!私はヤキン・ドゥーエへ上がる!」

 

ハッと誰もがパトリックに敬礼する。その背中を見て、エザリアは何か言い表せない悪寒ーー寒気を感じ取った。彼はーー何をするつもりなのだ?

 

そんな声に出ない疑問。

 

だが、その寒気は正しかった。

 

ザフトの高官たちを連れて宙を進むパトリックは、怒りの形相のままシャトルに乗り込むと、すぐに通信回線を開いた。

 

「愚かなナチュラルどもめ…思い知らせてくれる!ジェネシスを使うぞ!」

 

彼もまた、憎悪の闇に染まりつつあった。

 

 

////

 

 

「サザーランドめ…なんという愚かなことを…!」

 

エターナルのブリッジでバルトフェルドが思わず顔を覆いたくなる惨状を目の当たりにしていた。核がボアズにたどり着く前に阻止したとは言え、ボアズ近域にいた防衛隊の被害も甚大だった。鼻先一つで阻止できたとはいえーーこれではボアズの戦力は維持できない!!

 

「各機!攻撃開始!これ以上、奴らに、一発たりとも核を撃たせるな!敵ミサイル搭載艦を叩く!」

 

ラリーの言葉に了解して、メビウスライダー隊で特に足が速いトールのメビウス・ハイブラスト、ミーティアのフリーダム、ジャスティス、そしてレイダーが密集体型をとって地球軍艦隊の中へと切り込んでいく。

 

『なにをやっているか!さっさと打ち落とせ!!落とせぇええ!!』

 

誰の怒号かわからない声が聞こえる。だが、宇宙に出て日も浅い地球軍の対空防御に捕まるはずもなく、ラリーたちはミサイル艦へ当たりを付けていく。

 

「核搭載艦は…あれか!ハッ!?」

 

咄嗟に、ラリーが機体を傾けるとさっきまでいた場所にライフルの閃光が走った。それと同時に、四機の機影が足を止めたラリーたちの前に、まるで幽鬼のように通り過ぎようとしていたドレイク級の影から飛び出してくる。

 

『いかせんよ、流星!』

 

『君たちが流星か。なるほど、噂通り…だが、残念。君たちの闘いもここまでだ!』

 

ビームライフルとミサイル、そして蹴り。矢継ぎ早に打ち出される攻撃を巧みに躱しながら、ラリーは予想よりも早く現れた手練れに舌打ちをした。

 

「ちぃ!!サザーランドの部隊のやつか!!」

 

そうこうしているうちに、キラやレイダーを駆るクロトも、黄色部隊のモビルスーツに捕まり、すぐに乱戦へと突入していく。

 

そして、トールの操るメビウスの前に現れたのはーーーシュープリスだ。

 

『メビウス…ふっ、面白い…行くぞ!』

 

特徴的な複眼を煌めかせながら突貫してくるシュープリスをあしらいながら、トールは操縦桿を握る手を強めた。まだ誰にもーーミリアリアにすら言っていない疑問。その答えを、目の前にいる機体は持っている。

 

「あの機体…ボルドマン大尉…なのか!!」

 

信じたくはないが、シュープリスの動きをつぶさに観察していると嫌でもその予想が現実味を帯びているような気がした。交差するたびに、優しかったアイクの顔が、トールの中でリフレインする。

 

「…くっ!くっそおおおーー!!」

 

それでもトールは操縦桿に込める力を緩めない。たとえ、たとえ目の前にいるのがアイクだとしても、自分は戦わなければならない。使命を受け継いだから。使命を引き受けたから。

 

だからーーー俺はーーー!!

 

その先では、手練れのモビルスーツと、ダガー隊を相手取るラリーが苦しげに相棒へ声を出した。

 

「キラ!リーク!」

 

「もうやめろ!本当に撃つのか!こんな兵器をー!!」

 

ミーティアに備わる大型ビームサーベルを繰り出すキラ。その一刀と打ち出されるビーム兵器、ミサイルに、幾つものダガー隊がその四肢をもがれていく。

 

「わかってる!このぉ!!」

 

リークも同じようにリベリオンを操り、ダガー隊をあしらうと、新型機に取り付かれたレイダーを援護するように態勢を整えていく。

 

「クロト!」

 

「わかってるよ!!」

 

背後につかれていたクロトは、モビルアーマー形態からモビルスーツ形態へ変形し、急制動をかける。

 

『なんと!?』

 

クロトを追いかけていた黄色部隊のパイロットは、その思い切りの良さに目を剥き、迂闊にクロトたちの前へと躍り出てしまう。

 

「おらぁあああ!!落ちろぉお!!」

 

「うらぁああああ!!」

 

「てりゃあああ!!滅殺!!」

 

『ちぃいい!アズラエルのおもちゃどもがぁ!』

 

狙い定めたカラミティとフォビドゥンの閃光、そしてクロトが放った鉄球を高速マニューバで躱した敵は、イーゲルシュテルンで牽制しながら四人から距離を置いていく。

 

ムウたちも戦線に加わるが、ダガー隊に行く手を遮られて、肝心のミサイル艦に届かない。ひとまずは食い止めれたかとサザーランドが一息つくのも束の間。

 

「熱源接近!これはーー艦隊です!」

 

「別方向から!?おのれ、ハルバートンめ!!」

 

サザーランドが振り向いた先には、アークエンジェル、ドミニオンを先頭にした先鋒艦隊が、はるか先から姿を見せようとこちらに近付いてきていたー。

 

 

 

 

 

 



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第164話 混迷の宇宙〝そら〟

 

 

「アークエンジェル、ドミニオン、作戦域に到達!」

 

ボアズの防衛宙域へ入ったアークエンジェル、ドミニオン。その後方には支援に徹するクサナギとヒメラギが控えており、周辺には防衛布陣を完了したモントゴメリ旗艦の護衛艦隊が配置されている。

 

そんな中で、アークエンジェルを指揮するマリューが無重力に髪を踊らせながら指示を放った。

 

「機関最大!我々は地球軍本陣へ斬り込みます!ナタル!」

 

「イーゲルシュテルン起動!バリアント、ゴットフリート照準!ミサイル発射管、アンチビーム爆雷展開!ヘルダート、ウォンバット装填!!」

 

ハリネズミのような武装を起動していくアークエンジェルの隣で、バーフォードが指揮するドミニオンも同じように武装を展開。

 

牽制射撃と言わんばかりに、各艦からもビームの極光がボアズへ侵攻しようとするサザーランドの艦隊を足止めしていく。

 

「では、頼みますよ。バーフォード艦長」

 

まるで何も心配していないように優雅に座席で寛ぐアズラエルに、バーフォードはくたびれた帽子を深くかぶって答えた。

 

「全艦、対モビルスーツ戦闘用意!ブラックスワン隊、出撃!なんとしても地球軍を止めろ!」

 

ドミニオンの発艦ハッチが開く。その中では、複数のメビウスが発進態勢へ入り、出撃の時を待ちわびていた。エアロックから作業員が退避したのを見届けたパイロット、カルロスは自機であるメビウス・インターセプター2のサブスラスターを僅かに吹かして、ふわりと浮かび上がり、発進デッキへと緩やかに飛んでいく。

 

「ブラックスワン1、カルロス・バーン、発進する!」

 

電磁レールに乗ることなく、自身の推進力でドミニオンから出撃していくメビウスたち。ドミニオンの右翼側にいるドレイク級護衛艦からも、甲板に固定されていた三機のメビウスがふわりと宙へと浮かび上がった。

 

「ブラックスワン6、スウェン・カル・バヤン、メビウスノワール、出るぞ」

 

「ブラックスワン7、シュムス・コーザ、ベルデメビウス、行くゼェ!」

 

「ブラックスワン8、ミューディ・ホルクロフト、ブルメビウス、行くわよ!」

 

その三機もほぼ同時にエンジンの出力を上げて、重なり合うように編隊を組み、先に出撃したカルロス機の後へと続く。

 

「ゴットフリート照準、てぇ!M1アストレイ隊を出せ!」

 

キサカとハインズが指揮するクサナギとヒメラギも戦列へ加わり、腹に収めていたM1アストレイ隊も出撃する。

 

「もう核なんて撃たせるもんかよ!」

 

「プラントを守るぞ!地球軍人の誇りにかけてな!」

 

ナチュラル用OSに書き換えられたアストレイを操るのは、生き残った地球軍のパイロットたちだ。

 

先行するザフトパイロットを中心に構成されたアンタレス隊と合流しながら、二つの種族が駆るアストレイ隊が、ダガーや艦艇との激戦を繰り広げていく。

 

その激戦の後方。第三波として飛来したメネラオスを旗艦とする第八艦隊。彼らも遠巻きではあるが、サザーランド指揮下の艦隊の後ろを取っており、後方からビーム砲や艦艇用ミサイルで動きを封じようと攻撃を開始していく。

 

くそ!ハルバートンのやつめ!!アークエンジェルと裏切ったドミニオンだけでも厄介だというのに、背後からも攻めてくるのか。

 

後一息というところで、邪魔どころではない事態に陥っているサザーランドの怒りは頂点に達していた。血で染まった拳は震え、今のサザーランドには冷静さのかけらもない。

 

そんな彼に止めと言わんばかりに、メネラオスからの広域通信が入ってくる。

 

《こちら、地球軍第八艦隊司令官、デュエイン・ハルバートン提督である。貴官らは地球軍規定を遥かに逸脱した行為を行なっている》

 

ハルバートンの壮麗な声が、ダガー隊や、サザーランド指揮下の艦艇の内部へ響き渡った。それが影響したのか、交戦を繰り返していたダガー隊や、敵艦艇の動きが止まる。

 

妙に鎮まった艦隊を前にして、ハルバートンはさらに言葉を重ねた。

 

《重ねて聞きたい。地球軍の将校たちよ。君たちは本当に核を打つのか?君たちは本当にそれでいいのか!?》

 

明らかな戸惑い、混乱が見える。どうやらサザーランドの奴め、核の攻撃を全ての艦艇に知らせてはなかったな?防衛しなければならないというのに、サザーランド指揮下の艦艇の何隻かはまるで戒めを受け入れるように攻撃をしていない船も見受けられた。

 

そんな中、サザーランドは艦隊内の放送用受話器を乱雑に取り上げて、声を荒げた。

 

『艦隊各艦に告ぐ!地球とプラントの間には憎悪しか存在しない!!ハルバートン提督は敵についた。これを敵と認め、敵艦もろとも宇宙へ没セシメヨ!!』

 

その言葉で更に困惑が広がった。ハルバートン提督は、大戦初期から宇宙の戦いを支えてきた功労者だ。その厳格な在り方と、人を思う人格者として敬意を払う地球軍人も少なくない。それに、ここが彼のホーム〝宇宙〟であるから尚更だった。

 

『ーー司令官!核を使うことはエイプリルフールクライシスの再来を意味します!我々だって 理不尽な戦いは御免なのです!ハルバートン提督の戦力も見過ごせない以上、ここは戦闘の中止をーー』

 

『我に従う艦は攻撃の邪魔するドレイク級宇宙護衛艦『ピトムニク』を撃沈せよ!撃ち方始め!』

 

そう具申しようとしたドレイク級護衛艦に対して、サザーランドは無慈悲にもそう声を上げた。シンファクシ、ならびにブルーコスモス派閥に属する艦艇が砲塔を向けて、その護衛艦はすぐに火ダルマにされていく。

 

凄惨な光景を目の当たりにしたカルロスは、悲鳴のような声を上げた。

 

「なんてこった!味方同士で撃ち合ってるぞ!?」

 

その様子を目撃したサザーランド指揮下の艦隊の中でも動きがあった。何隻かの船が艦隊を離れ、ハルバートン提督指揮下の艦隊に向けて転身したのだ。広域通信が入り、メネラオスに映像が入ってくる。

 

《こちら栄えある地球軍第四宇宙師団のミサイル駆逐艦『グムラク』だ》

 

映像に映ったグムラクの艦長へ、ハルバートンは敬礼を持って返す。彼の表情もまた怒りと後悔の念に押し潰されそうな複雑なものを織り成していた。グムラクの艦長は意を決したようにハルバートンへ敬礼を打つ。

 

《戦術核を用いた作戦を上層部のみで決定した現地球連合軍の腐敗、ならびに同僚の撃沈を命じる艦隊司令官。我々はこれ以上、サザーランド大佐指揮下では行動を共に出来ない。我々はハルバートン提督を護る。同意する艦は我に従え!》

 

『旗艦に従わぬ艦は撃沈する!!』

 

それは無謀な挑戦とも言えた。艦隊から転身したとはいえ、サザーランド指揮下の艦隊には背中を向けているようなものだ。怒りに我を忘れたような声が艦隊放送で響き渡り、ハルバートン提督側へ向かおうとする船に、ビームの閃光が突き刺さっていく。

 

グムラクの背後にいたドレイク級も火を吹いて機関が停止していく。

 

「全機!彼らを手助けしてくれ!」

 

「ブラックスワン隊、了解!行くぞ!」

 

メネラオスのオペレーターが叫ぶように言うと、カルロス率いるブラックスワン隊は編隊を維持したまま良いように撃たれている離脱艦艇の援護へ回る。

 

《今、我々の味方をしようとする心が現れた!勇気ある彼らを守れ!我々の思いは孤独ではない!》

 

ハルバートン提督の言葉が、彼らの思いを後押しする。必死にサザーランド指揮下の艦隊から離脱する船を、カルロスたちは決死の抵抗で防衛していく。地球軍内の戦いでも混迷を極めようとしている最中ーー。

 

《ナチュラル共の野蛮な核など、もうただの一発とて我等の頭上に落とさせてはならない!》

 

エザリア・ジュールの言葉が、ボアズ防衛隊の全てのザフト兵へ届く。彼らもまた、核を使われたことに対する怒りを煮えたぎらせていたのだ。

 

《血のバレンタインの折、核で報復しなかった我々の思いを、ナチュラル共は再び裏切ったのだ!もはや、奴等を許すことは出来ない!》

 

彼らもまた動き出す。アークエンジェルの中でサイが、反応を示したボアズ防衛隊の動きを捉えた。

 

「グリーン28、マーク13アルファ、距離350にザフト軍主力部隊発見」

 

核を通すためにばらけさせられたザフトの戦力が再集結し、複数のナスカ級、ローラシア級、そしてジンとゲイツで構成された部隊が、内乱に発展した地球軍艦隊や、アークエンジェル、ドミニオンへ迫る。

 

「迎撃開始!プラントに核を通すな!!」

 

《ザフトの勇敢なる兵士達よ!》

 

「敵艦隊、主砲射程に入ります」

 

「ナチュラルどもにこれ以上好き勝手させるな!全艦、攻撃開始!」

 

《今こそ、その力を示せ!奴等に思い知らせてやるのだ!この世界の、新たな担い手が誰かということを!》

 

地球軍、勇士艦隊、そしてザフト軍。

 

混迷の宇宙ーーー事態は更に悪化の一途を辿っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第165話 いくつもの光を重ねて 1

戦場はまさに乱戦の有り様だった。

 

右を向けば地球軍、左を向けばザフト、自身の周辺や背後には僚機やオーブ軍のモビルスーツ。

 

遅れてやってきたアークエンジェル、ドミニオン筆頭の艦隊は、サザーランド指揮下の艦隊と激戦を繰り広げ、運良くザザーランドの艦隊から離脱した船も転身、後退しつつ陣形に加わろうとしている。

 

「アンタレス4!ミサイル接近!ブレイク!ブレイク!」

 

《ブラックスワン8!三時の方向に2機!敵機〝ボギー!〟》

 

《躱してみせる!くぅ…!》

 

《援護するぜ、ミューディ!》

 

「右も左も敵だらけだ!!」

 

その周りには地球軍、ザフト軍のモビルスーツと出撃したモビルアーマー部隊が飛びかい、アストレイ隊も戦闘に加わるという非常に混乱した戦場と化していた。

 

『くそ!回線が混線してるぞ!!』

 

《地球軍、ザフト軍は直ちに戦闘をやめ、退きなさい!核を撃ってはなりません!貴方はその手で、再び取り返しのつかないことを行おうと言うのですか!?》

 

「ラクス様を騙る偽物を打て!!正義は我々、ザフト軍にある!」

 

《ブラックスワン2、被弾!ダメだ、敵艦にぶつかーー!!》

 

混乱、騒乱、戦い。

 

光っては消える命の灯火。それが幾十にもなって戦況をより混沌としたものへと変えていく。

 

しかし、現れたメビウスライダー隊の目的に変わりはない。ラリーたちは横槍を入れるザフトや地球軍のモビルスーツを蹴散らしながら、核ミサイルを腹に抱えたアガメノムン級戦艦へと進路を急ぐ。

 

「くっそー!!こいつらぁ!!」

 

「どけよ!!この野郎!!」

 

複雑に勢力が絡み合う戦いの最中。

 

黄色部隊と地球軍のダガー隊が、ミサイル艦への行く手を遮る。メビウスライダー隊がひしめく艦船と対空砲を潜り抜け、たどり着くための露払いとして躍り出たのはオルガたちだった。

 

ダガー隊をことごとく撃墜していく彼らの前に、両腕に高火力を誇るランチャーとガトリング砲を備えた黄色部隊の機体「フィードバック」が立ち塞がった。

 

《アズラエルの玩具どもがよく吠えたものだ!!》

 

ビーム兵装とバズーカを装備するカラミティと同じ高火力兵装のフィードバックであるが、その巨体に似合わない高速性を持ち、装備するシールドにもリベリオンと同じく高耐久ビームコーティングが施されている機体だ。

 

実弾兵装のガトリングを唸らせながら、フィードバックはカラミティとフォビドゥンへ距離を詰めていく。

 

《所詮、貴様らも俺たちと同じ穴のムジナよ!弄ばれて生きてきた命だ!だが、それ以外の生き方を知らん哀れな人形め!!》

 

黄色部隊に属する人間も、元を辿ればオルガたちと同郷の人間だ。洗脳、投薬ーーただ、オルガたちはアズラエルに拾われ、黄色部隊はサザーランドに拾われた。それだけの違い。だが、それが決定的な違いでもあった。

 

《戦争の道具になる道すら拒んだ貴様ら模造品に、私が負ける道理など、ありはしない!》

 

絶え間ない実弾の嵐に晒されるフォビドゥンに狙いを定めたフィードバックは、さらに距離を詰めてシャニの動きを磔にしていく。

 

「くぅう!!」

 

《ビームを弾くのだな?それが命取りだ!!》

 

片腕の連射を止めず、空いた手でアーマーシュナイダーを鉈形状に大型化させた物を腰から取り出したフィードバックは、防戦一方のフォビドゥンの特殊装備「ゲシュマイディッヒ・パンツァー」へ叩きつけた。

 

「シャニ!!」

 

「ぐうぅ!!」

 

火花を散らしながら装備を断ち切っていくフィードバックへ、モビルアーマーから人型へと変形したレイダーが突撃する。

 

「このぉ!!落ちろぉおお!!」

 

《所詮はこの世は弱肉強食!貴様らのような玩具ではなぁあ!!》

 

飛来した鉄球をシールドで受け流し、フォビドゥンを足蹴にしたフィードバックは、全武装で三機を捉えながら高笑いして叫ぶ。

 

そうだとも、この世界は残酷なのだ。故に力がなければ生き残れない。苛烈な生の中にいる自分が、兵器の道具にもなれなかった三人に負けるはずがない!!

 

その憎悪に似た砲火の中で、オルガは衝撃に耐えながら前を見据えた。

 

「それでも…!俺たちは…玩具でも、人形じゃねぇ!!」

 

「僕らは…僕はね!!兄貴に!!」

 

「俺たちは、兄さんにーーリーク・ベルモンドのお陰で、人間になれた!!」

 

砲火を潜り、背部の胸部のビーム砲を吐き出しながら、オルガたちは雄叫びを上げてフィードバックと交差し、接近戦を繰り広げていく。

 

《はん!書き加えられた偽りの記憶など!!》

 

「ああ!そうさ!俺たちは知ってるさ!あの人が本当の兄じゃないことくらい!!」

 

知っているとも…オルガは薄れていた記憶を思い返す。兄という刷り込みを施されてーー本当の兄だとは思ったことはなかった。

 

きっとそれも、研究所や偉そうな高官たち、喚くしか能がない教官の気まぐれに違いないと、すべてを諦めていた。

 

けれど、リークは、今まで見てきたどんな大人よりもずっと違っていた。

 

「あの人は、俺たちを人として扱ってくれた!!」

 

「優しくしてくれた…楽しいことも、苦しいこともともに乗り越えてくれた!!」

 

共に笑い、共に飯を囲み、共に困難に立ち向かい、立ち止まったら共に考えてくれた。リーク・ベルモンドという人格者に、オルガたちがどれだけ救われてきたか。その恩は計り切れない。

 

「家族としてーー俺たちを大切にしてくれた!それに答えられなくて、何が強化人間だよ!!笑わせんな!!」

 

リークは自分たちを信じてここに共に来たのだ。共に地球軍の暴虐を止めるために。そのために、何もできなくてーーーあの人の弟を名乗る資格などありはしない!!

 

「俺たちは、もう人形なんかじゃない!!」

 

《何を甘っちょろい戯言をぉ!!》

 

そんな幻想など、この世界にありはしない!あってたまるものか!!フィードバックはレイダーの火線を避けて、大鎌を構えるフォビドゥンへ再び距離を詰める。

 

「シャニ!?」

 

オルガが反応した頃には手遅れだった。振り払わられた鉈型のアーマーシュナイダーが、フォビドゥンの特殊装備の駆動部へ深々と突き刺さっていた。

 

《獲った!!ここで死ね!!模造品が!!》

 

火花を走らせて爆散するフォビドゥン。オルガの顔が絶望に染まりそうになった刹那ーー。

 

「うらぁあああ!!」

 

咄嗟に特殊装備をパージしたフォビドゥンが、爆煙の中から姿を現し、近接武器を失ったフィードバックの懐へと飛び込んだのだ。

 

超接近戦の間合いでは不利が生じると、リークの提案で備わったビームナイフを引き抜き、シャニはそのままフィードバックのコクピットへ刃を深く突き立てる。

 

《ごっ…な…にぃ!?》

 

ナイフで腹部を貫かれたフィードバックは、その出来事を理解できないまま血を吐き出し、機能停止した機体とともに漂流し始める。しばらく漂ったのち、フィードバックはどの陣営が放ったかわからないビーム砲の光に包まれ、宇宙へと散った。

 

「シャニ!!おい、シャニ!!」

 

背部の特殊装備を失ったフォビドゥンに触れながら、オルガは接触回線でシャニへ呼びかけた。

 

「大丈夫、まだ戦える」

 

さっきの雄叫びとは打って変わった感情のこもってない声で返事をしたシャニは、地球軍の残骸からビームライフルとシールドを拾って応急処置でフォビドゥンに装備していく。

 

「オルガ!兄貴がやべぇ!」

 

ハッとしてオルガは地球軍艦隊を見た。そこには、対空砲とモビルスーツの攻撃を避けながら突破口を探すリークたちの姿がある。

 

「よし!いくぞ、お前ら!!」

 

オルガの声に二人が頷くと、三機は光の尾を作ってリークたちのもとへと飛んでいく。戦いはまだ終わっていないーー。

 

 

 

////

 

 

 

「ラクス様を騙る偽物が!核を撃ったことには変わりはないぞ!この蛮族どもめ!!」

 

地球軍のダガー隊でも手強いというのに!!そう思いながら、イザークは無闇矢鱈と突撃してくるザフトのゲイツやジンの脚部や武装、頭部を打ち抜き、戦闘不能へ追いやる。

 

「くっそー!!ザフト軍まで!!」

 

その後ろではダガー隊を砲線でなぎ払うバスターと、高火力支援で敵を一掃していくブリッツの姿がある。

 

「地球軍もザフトも、相手にはできねぇぞ!!」

 

「イザーク!ここは分かれましょう!ザフト隊を引き受けます!」

 

たしかに、このままでは足止めしようとしている敵の思う壺だ。それに敵艦隊の中でどの船に核が搭載されているのか判明もしていない。現状のまま、核が再び放たれでもしたら、今度こそアウトだ。

 

「ジュール隊長!核搭載艦は俺たちが!」

 

そう声を上げたのは、ガルーダ隊に属する地球軍、ザフト軍のパイロットたちだった。彼らもヒメラギからアストレイを駆り、先行していたイザークたちに合流していたのだ。

 

「お前たち…!」

 

核搭載艦となれば、防衛網の戦力も大きいはずだ。そんな相手に部下たちだけを行かせるわけにはーーそんな葛藤をするイザークに、ガルーダ隊の隊員たちはにこやかに声を紡ぐ。

 

「任せてくださいよ、隊長!」

 

「ガツンとやっつけてきますって!」

 

そう答える隊員たちに、イザークは一瞬唇を噛み締めてからーーゆっくりと言葉を出した。

 

「ーー死ぬなよ!これは命令だ!」

 

「アイアイ!」

 

「お任せあれ!」

 

見えないはずなのに、彼らはイザークへ敬礼して艦隊へと飛翔していく。それをレーダーで見送ったイザークは、接近してきたダガーをビームライフルで穿つ。

 

彼らが向かうというなら、自分たちにできることを果たす。ディアッカもニコルも同じ気持ちだった。

 

「かかってこい、この馬鹿どもが!!ここから先へは一歩も通さんぞ!!」

 

 

 

 



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第166話 いくつもの光を重ねて 2

地球軍艦隊。

 

サザーランドの指揮下にある艦隊は、死に物狂いでボアズーーひいてはプラントへ侵攻しようと躍起になっている様子が窺えた。

 

中には核を搭載したメビウスを無理やり飛ばそうとする艦まであるほどだ。この乱戦の中、護衛もつけず、核という荷物を持ったメビウスが戦線を抜けることなど不可能であり、流れ弾に当たって落ちるか、発見されて撃破されるかの二つだ。

 

それに伴って、艦隊の宙域には臨界に達さず、安全装置が解除されずに核が漂うという一級危険地帯へと陥っていた。

 

幸いなことに、安全装置が解除されない限り、誘爆しても核分裂をしないようセーフティが有効になるので、戦ってる最中に気がついたら核に巻き込まれている…なんてことはないが、それでも核弾頭が何発も漂う宙域で戦闘を継続するなどーー正気の精神力では不可能だ。

 

「このぉおお!!」

 

そんな中を、トールが操るメビウス・ハイブラストが轟沈した船や、取り付こうとするザフトのモビルスーツへ決死の抵抗を見せる船の合間を縫って飛行している。その背後には、武装を展開し、味方の船ごとメビウスを撃ち抜こうと攻撃してくるシュープリスが、ぴったりとその背後に張り付いていた。

 

『この動き…できるな!』

 

ガゴンとライフルの弾倉を入れ替えた隙を突いて、フレキシブルスラスターを逆噴射して方向転換。トールの弾丸が数発シュープリスの装甲を掠める。その絶好のチャンスを、トールは即座に捨てて機体を旋回。さっきまでいた場所にビームの線が描かれる。

 

『行けるぞ、ベリルオーズ』

 

援護にきた黄色部隊の機体、ヒラリエスが必殺の威力を誇る高出力ビームライフルを武器腕として両手に装備した機体で援護に飛び込んでくる。

 

「くぅう!」

 

2対1か…!!トールは現れた援軍をみて苦虫を噛み潰していると、弾倉を交換したシュープリスからの攻撃に晒される。ひらりひらりと弾丸を躱してはみるが、消耗戦になればこちらが不利になるのは明白だ。

 

「トール!このやろう!!」

 

その光景をみたムウが、ガンバレルストライカーから四機の遠隔操作ガンバレルを飛翔させる。有線式ではあるが、四機から生み出されるオールレンジ攻撃に、シュープリスもヒラリエスも後退を余儀なくされた。

 

その脇を、一閃の流星が飛び込んでいく。ヒラリエスをシールドバッシュで殴りつけると、ひらりと宙返りを打ち、距離を離させるように今度は蹴りをヒラリエスの頭部へ叩き込む。

 

「ラリーさん!」

 

『白いモビルスーツか!!』

 

シュープリスから発せられた声に、ホワイトグリントを操るラリーはわずかに指が震える。明らかに知っている声。だがーーその思い浮かんだ人物はすでに死亡しているはずだ。

 

(この声は…!!)

 

その戸惑いを振り払って、ライフルを放ってきたシュープリスに、ラリーは機体を躍動させる。サイドステップを踏むように弾丸を躱して接近しようとするが、吹き飛ばしたヒラリエスが復帰し、ホワイトグリントを背後から押し出した。

 

押し出された場所には、ダガー隊が戦列を組んで向かってきているのが見える。ムウは他のグリフィス隊のメンバーと共に、すでにやってきていたザフトと地球軍のモビルスーツ相手に大立ち回りをしていた。

 

『貴様はあとだ!俺はメビウスをやるぞ!』

 

『悪いがお前の相手は私だよ、白いモビルスーツ!』

 

完全に分断された…!!ラリーは混戦状態となった現状をみて奥歯を噛み締める。ここまで混乱状態となったら、トールやリークたちと合流するにもかなりの時間と手間がかかってしまう。

 

「ちぃ!トールはあの機体を頼む!リークは船を!俺はこいつを蹴散らす!」

 

そう言ってラリーはビームサーベルを引き抜き、ビームカービンライフルを構えた。幸いにもここは敵の後方。正面からはリークたちが乗り込んでいる。ならば、こちらは後ろから食い破るまでだ!

 

「了解!」

 

ラリーの指示を受けたトールは機体を操り、迫ってくるシュープリスと向かい合った。

 

『俺は帰るのだ…俺を待っている人のもとへ!』

 

そこからは苛烈だった。トールが躱せばシュープリスが。シュープリスが隙を見せればトールが。打ち、放ち、斬り抜き、交差して、目を眩ませて、持てる戦術や知識をフルに活用して戦況を目まぐるしく動かし続ける。

 

開いたミサイルハッチを的確に撃ち抜かれたトールは、誘爆の恐れがあるミサイルたちを明後日の方向へ放出していく。

 

「ボルドマン大尉なら…うおおおお!!」

 

まるで自分に喝を入れるように叫んだトールは、今まで見せていた複雑なマニューバをやめて一直線にシュープリスへと向かう。

 

『その程度の攻撃などーー!?』

 

当たるものか、と言葉を続けようとした瞬間、ベルリオーズの肩を大きな力が揺らした。バックモニターを見ると、さっきトールが捨てたと思っていたミサイルが鼻先にまで迫ってきている。

 

まさか、これを狙っていたのか…!?

 

『なにぃ!?』

 

ベルリオーズは驚愕しながら、ライフルでミサイルを撃ち落とそうと試みるが、内数発が肩装甲や脚部に直撃。

 

機体状態は機体制御用のユニットが大きく破損する結果となった。

 

「貴方の飛び方なら、俺はよくわかってますからね!!」

 

そう呟きながら空になったミサイルコンテナをパージするトール。メビウスを眺めているベルリオーズは、片手で顔を追い、いくつもフラッシュバックしてくる痛みに苛まれた。

 

なんだこれは…この光景は…これは!!!

 

『この攻撃…俺の動きを知っているのか…?こいつは…こいつは…なんだ…!?』

 

戸惑うシュープリスの動きは完全に止まっていた。そこでトールは決死の作戦に出る。

 

「引いたら負ける!攻めろ!!釘付けにするんだ!!でやあああああ!!」

 

怖い。怖いさ。けれど、それで臆してしまっては俺は前に進めない!!そう心で声を上げて、トールはメビウスの操縦桿を握りしめて出力を上げていくーー。

 

 

////

 

 

敵核兵器は、アガメノムン級宇宙母艦、ワシントンに有り。その情報がアークエンジェルに届いたのはつい先ほどであった。

 

送り主はガルーダ隊の隊員たちであり、彼らはハリネズミのような対空防御を決死の覚悟で突破し、その情報をマリューたちへ届けたのだ。

 

ーー自分たちの命と引き換えにして。

 

届いた映像も、イーゲルシュテルンに貫かれる間際に撮影されたモニターの映像であり、それが送信されて以降、機体の反応も消失している。

 

「ザフト艦、ローラシア級接近!後方にもナスカ級が二つ!!」

 

「取舵20!回り込んで攻撃を!」

 

「ヘルダート、てぇ!!装填急がせろ!アンチビーム爆雷、チャフ展開!バリアント、排熱時間に留意しろよ!」

 

その情報を入手してからの判断は素早かった。とにかくサザーランド指揮下の艦隊の前衛を突破する他ない。敵の母艦は奥へと引き込んでいるが、前衛を抜ければ射程距離内へ収めることができる。

 

しかし状況は混迷状態だ。ザフト艦も本格的に動き始め、彼らはこちらもサザーランド指揮下の艦隊も容赦なく攻撃してくる。ザフトのモビルスーツも然りだ。

 

「ゴットフリート、てぇ!!」

 

クサナギとヒメラギの援護や、周辺に展開するネルソン級やドレイク級で構成された護衛艦隊も奮闘しているものの、その進みはあまりにも遅い。このままで、核の第二射が始まるのも時間の問題だった。

 

せめて、ローエングリンの射線にワシントンを捉えることができればーー!!

 

「正面にネルソン級2!距離、600!!」

 

抜かった!左右から遊撃してくるザフト艦に気を取られてる間に、目の前に陣取ったサザーランド指揮下のフリゲート艦がこちらに照準を合わせてきていた。

 

「ミサイル来ます!」

 

「回避!弾幕!」

 

「間に合いません!」

 

総員、衝撃に備えよと艦内に声を轟かせた瞬間、アークエンジェルの前に一隻の護衛艦が覆い被さるように進路を取った。

 

「モントゴメリが盾に!?」

 

コープマン指揮のモントゴメリが前方の敵艦との間に割り込み、その身には敵から放たれたミサイルが突き刺さっていく。

 

「コープマン大佐!」

 

悲鳴のようなマリューの声に、通信を繋いでいたコープマンは怒声に似た声で応答する。

 

《護衛艦の役割を全うしたまでだ!損傷は!ダメコン急げ!》

 

そうは言うものの、敵からの攻撃は苛烈だ。飛来するミサイルをなんとか迎撃するものの、ビームの極光が船体をかすめる度に、船は尋常じゃない揺れと衝撃に襲われていく。

 

「第八、第六区画に火災発生!」

 

「推進剤タンクにも被弾!」

 

「ええい!エンジンを切り離せ!」

 

被害は増すばかりだ。前方には密集するように護衛艦が並び、こちらの行手を遮っている。あれを突破するには並大抵の力じゃ無理だ。

 

「ハビルトン、沈黙!バーナードも損傷を受けてます!このままでは…!」

 

護衛艦隊も相手の物量差に押され始めた。このまま時間を費やし、こちらの攻める勢いが無くなれば、敵はすぐにでも核の第二射へ移行する。もう残された時間はないーー!!

 

「コープマン大佐、そろそろ、覚悟をするときかな!」

 

そんな絶望的な状況の中で、コープマンの隣でノーマルスーツを身に纏って座る男性、ジョージ・アルスターが〝笑み〟を浮かべてそう言ったのだ。

 

いつもは悲鳴や情けないことを言っていた彼だったが、再び船に乗り宇宙へと帰ってきてからその姿は見ることがなくなり、フレイと再会してから自身から共に船に乗ることをコープマンに頼んだほどーー彼の姿は〝覚悟を持った大人の姿〟であった。

 

「…アルスター事務次官殿もそうお考えなら!」

 

しばらくの熟考の末、コープマンもジョージが言わんとしていることを察し、頷いて答えるとすぐに艦内放送の端末を起動する。

 

《総員、退艦準備!退艦完了し次第、モントゴメリはこれより守備陣から前へ出るぞ!》

 

その声にモントゴメリで懸命に戦う下士官や、マリューたちも驚きの声を上げた。

 

《コープマン大佐!なにを!?》

 

「退艦した者たちを頼むぞ、ラミアス艦長!ドレイクもな!この戦争は我々老人が始めたことだ。ならば、我々がケジメをつけなければならんではないか?」

 

そう言って通信に答えるコープマンに、マリューもドレイクも、彼らがやろうとしていることを感じたのか、声を失った。

 

その一声で、モントゴメリから下士官たちは速やかに退艦させられていく。あるものはケツを叩かれながら、あるものは涙を堪えながら、あるものはまだ戦えると仲間に引きずられながら船を後にして行った。

 

「若いものは退艦できたか?」

 

コープマンがそう問いかける。そこにいたのは、管制官チーフや、機関長、火器管制責任者など、コープマンと歳が変わらないものや、長く軍属に勤めた者たちだけだ。

 

「ええ、ここにいるのは我々だけです」

 

そこにいる全員が、自分たちがやろうとしていることに覚悟を決めていた。ジョージは全員に見えるようにおぼつかない敬礼をして、言葉を紡ぐ。

 

「良いところ何一つなかった我々だが、ここに来て働きもしなかったらブルーコスモスの一人…いや、一人の大人として、アルスター家の名が泣くものさ」

 

被弾したエンジンを分離して、モントゴメリは護衛艦隊を離れていく。行く先は、前方。立ち塞がるサザーランド指揮下の迎撃陣営。

 

「時代は若者が作っていく物だ。娘のような柔軟な考えを持った若者がね。ーーだからこそ、彼らが生き延びてくれれば、この戦いの記録も、この名前も彼らの中で語り継がれる。今ならそう思える!行っていいぞ!コープマン大佐!」

 

「了解した!奴らに目にもの見せてやれ!」

 

三つの大型ビーム砲とミサイルを射出しながらモントゴメリは傷ついた体を張って悠然と、力強く敵の陣営に向かって突撃を敢行した。

 

『敵艦が一隻!こちらに突っ込んできます!』

 

『ええい!たかが一隻に何を手こずっているか!!落とせ!!』

 

突っ込んでいくモントゴメリに敵からの攻撃が集中する。自ら操舵を担うコープマンの手により、回避運動をする船に敵艦からのビーム砲が掠めるが、それでもモントゴメリは速度を落としはしなかった。

 

「推力最大!全ミサイル信管起動!タイマーは合わせろよ!」

 

しかし、ついに敵の攻撃がモントゴメリの船体を捕らえる。ブリッジは激しく揺れ、船の中に炎が広がっていく。そんな中でも、誰も後悔や恐怖を抱いた表情をしなかった。

 

「くっーーーグリマルディ戦線から逃げ続けの私だったが…今度はもう、どこにも逃げん!!」

 

コープマンの言葉は、自身の後悔だった。グリマルディ戦線、そして先の低軌道会戦でも、自分の船がおめおめと生き残り、そして逃げてしまっていた。故に今度はーー今は逃げない。

 

後に続く者たちの道標となるために。

 

「ダガー隊が突貫するモントゴメリへ接近!」

 

「やらせん!!」

 

突撃するモントゴメリにダガー隊の群れが襲いかかってくる。ブラックスワン隊も応戦するが、敵の物量の方が増している。

 

コープマンは後方にいるドミニオンを指揮する戦友に言葉を紡ぐ。

 

「ドレイク!!あとは任せたぞ!!」

 

《コープマン!!》

 

その刹那、ブリッジの眼前にビームライフルを構えた一機のダガーが現れた。誰もが息を飲む中、コープマンはしてやったりと言った顔つきで叫ぶ。

 

「遅かったな!!!!」

 

閃光。衝撃。モントゴメリのブリッジは吹き飛んだが、コープマンの言葉通り、もう遅い。艦に抱える全てのミサイル信管をタイマーセットしたモントゴメリは、まるで意思を持ったように迎撃するネルソン級へと突っ込んでいく。

 

『ええい!躱せんのか!!躱せぇえー!!』

 

『き、きます!!』

 

敵のネルソン級のブリッジへ激突したモントゴメリの船首。それを皮切りに船の内部から爆散。飛び散った破片やミサイルの生き残りは、逃げ遅れた他の迎撃艦へ襲いかかり、アガメノムン級を守護していた壁が大きく乱れた。

 

「モントゴメリ大破!バーフォード艦長!!」

 

「…ローエングリン照準、目標、敵核搭載のアガメノムン級!!」

 

大破し、破片と戦死した乗組員の体が浮かぶブリッジの残骸の中で、ジョージは薄れゆく意識をなんとか繋ぎ止めた。

 

アークエンジェルのハンガーの中で、傷ついたメビウスの修理をするフレイの姿が、ジョージの中にスッと入ってきた。懸命に作業をするフレイの後ろ姿を見て、ジョージは満足そうに微笑む。

 

(幸せになれよ、フレイーーー)

 

父として、何もしてやれなかったかもしれない。そうやって生きていくことを否定した愚かな父ではあるがーーこの思いだけは本物だった。フレイが幸せに生きていけれるなら、ジョージの心には恐怖なんてひとかけらもありはしない。

 

「てぇええーー!!!」

 

悲しみを堪えて慟哭するように叫ぶドレイクの言葉に従い、ドミニオンとアークエンジェルからローエングリンの閃光が宇宙を照らした。

 

「お父さん…?」

 

ふと、フレイは誰かに呼ばれたような気がして振り返る。そこには誰もいない。ただーーージョージの声は、たしかにフレイに届いていた。

 

彼は満足した笑みを浮かべ、光に包み込まれていきーーー神の世界へと旅立っていくのだった。

 

 

 

 

 

 



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第167話 いくつもの光を重ねて 3

 

 

状況は最悪だった。

 

「ワシントン、航行不能!敵艦、尚も進軍してきます!」

 

そんなもの!見ればわかる!

 

炎に包まれるアガメノムン級ワシントンを見て、発狂したような声を上げたい気持ちを必死に押さえ込むサザーランドは、目前に迫るアークエンジェルや、ハルバートン提督率いる艦隊を目にやる。その表情には怒りにも似た焦燥が窺えた。

 

「ええい…!よくも…よくもやってくれたな…!地球軍の面汚しが…!!」

 

ワシントンに積載した核の数は膨大ではあるが、それが全てではない。月からの補給艦が合流できれば、体勢を立て直して仕切り直すこともできただろう。

 

だが、その希望は潰えた。

 

自分の指揮下にある艦隊もほぼ壊落状態。離反する船もあり、すでに艦隊としての指揮系統は麻痺一歩手前まで来ていた。このままでは、敗走するかーー負ける。そう冷静に判断を下す自分の内面を封じ込め、サザーランドは最後の策に打って出た。

 

「サザーランド大佐!何を!?」

 

オペレーターを押し退けて端末を操作するサザーランド。彼が探しているのは、まだ手元に残っている核だ。正規の物はすべてワシントンともに沈んだが、まだ核はある。そうだとも。

 

戦場にごまんと漂う核があるではないか。

 

「全軍に伝えろ!まだ核はある!そうだ!宙域に漂流している核弾頭をプラントに向けて発射するのだ!」

 

幸いにも、核ミサイルの発射装置はコンテナにモビルスーツが扱えるサイズで搭載されている。本来はモビルスーツで運用する予定ではあったが、時を急いだためモビルアーマー下部に設置するという苦肉の策を呈したのだ。

 

まだ残存戦力は残っている。そうだとも。まだ私は負けてはいない。戦える手札を持っているのだ。それを使わずにしていつ戦いに勝つと言うのだ!

 

そんな狂気じみた表情をするサザーランドに、ギョッとしたオペレーターは咄嗟に言葉を返してしまった。

 

「き、危険です!ここで安全装置を解除してはーーー」

 

パン、と乾いた銃声がシンファクシの中に響き渡る。誰もが視線を向ける中で、サザーランドは反論してきたオペレーターを躊躇いなく銃殺したのだ。

 

頭部のバイザーごと撃ち抜かれたオペレーターを宙へ放って、サザーランドは冷たい眼差しで「代わりの者を座らせろ」と声を発した。

 

「モビルスーツでも狙いは付けられるだろう!さっさと命令を出せ!」

 

まるで何かに取り憑かれたように喚くサザーランドに、副官であるホアキンを除いた誰もが恐怖を抱いた。

 

彼がやろうとしていることは、無茶苦茶だ。

 

けれど、この船に乗っている者たちも、心の中でコーディネーターを滅ぼすことを志して付き従ってきたのだ。その恐怖はあれど、サザーランドの言葉に同調する感覚もあるのは確かだ。

 

「撃たなければ、奴らの暴挙を止められぬのだぞ!!何を考えている、この期に及んで!!」

 

何のために貴様らはこの船に乗った?何のために核まで持ち出してここに来た?

 

そうだ!全ては!コーディネーターを滅ぼすためだ!それだけのために自分たちは倫理など核を打った時に捨てたというのに、何に縋っているというのだ。

 

誰もが狂気にのまれた。敵を滅ぼさなければならないという一つの目的に向かって、理性を捨てて、倫理を捨てたのだ。

 

サザーランドの艦隊に残った者たちに、ここまで来て引き下がるなどという発想はサザーランド自身によって切り捨てられたのだ。

 

《全軍に通達!宙域に漂流している核弾頭を回収、狙いはマニュアルで定めろ!安全装置はこちらで解除する!!》

 

《はぁ!?モビルスーツでやれってのか!?》

 

通信先のパイロットはそんな言葉を返してくるが、それは核を使うことに関する否定的な思いからではない。核をモビルスーツで撃とうというのだ。その作業に従事したものは完全に無防備になるし、そんな訓練をしてもいないので素早くできることなどあり得ない。

 

そこでザフトかオーブに攻撃されたらアウトだ。そんな命を何とも思わない作戦を本当にやれというのか?と言った疑念の声を、サザーランドに言われ席を移ったオペレーターは、狂気的な笑みを浮かべながらうなずき、答える。

 

《ああそうだ!宇宙のバケモノどもを倒す唯一のチャンスなんだぞ!!》

 

 

////

 

 

「はぁあああー!!」

 

戦っている者よりも残骸の方が上回り始めた戦闘中域の中で、二つの光が交差し、ぶつかり合っていた。トールの操るメビウス・ハイブラストと、ベルリオーズが操るシュープリスは、互いの装甲を削ぎ合いながら剣撃と閃光を受け渡し合う。

 

人を模すシュープリスは、特有のAMBAC軌道と体が覚えている制御と相まった驚異的な機動力を誇り、トールの機体を少しずつであるが削り取っていた。ただ、ベルリオーズは攻撃を交わすたびに起こる変化を正確に察知していた。

 

『やつの…あの動きは…風…?』

 

攻撃を受けるたびに、トールの機体の動きは更に鋭く、無駄を無くし、最適化されていくのだ。とんでもない吸収力と精神力ーーそして並のパイロットならすでに切れているはずの集中力が一切澱まずに研ぎ澄まされているのだ。

 

しかし、どれだけ鋭くなろうが劣勢なのは変わりない。それはトールが1番理解していた。

 

このまま受け続ければ、消耗し必ず動きが鈍る。その時が自分の最後だというイメージがくっきりと見えていた。

 

故に、トールは最後の勝負に出た。

 

「無理やりにでも交差をした甲斐を、ここで活かす!!」

 

数えきれない交差の中で見出したシュープリスの弱点。彼は交差したあと、AMBACでこちらへ姿勢を向けてくる。そのAMBACに入る直前に腕を振って反動を付けるクセがあった。

 

そんな針の穴のような突破口に、トールは勝負を掛けた。

 

交差した瞬間にフレキシブルスラスターを前方へ反転。体の中身が飛びでそうな急制動をかけ、機体を反転させる。驚くベルリオーズだが、すでにAMBACの準備動作に入った彼にはどうにもできない。それに、仮にメビウスがこちらに狙いを定めたとしても、火線が届く前に姿勢は整うのだ。

 

そうなった時にカウンターでビームランチャーを打ち込み、この勝負に終止符を打つ!!

 

そうイメージしたベルリオーズの眼前に、信じられない光景が写った。メビウス・ハイブラストに取り付けられていたサブブースターを、トールは最大出力でミサイルのように打ち出したのだ。

 

『その程度の攻撃など!』

 

いくら出力を全開にしようとも放たれたのはサブブースターだ。その一閃を難なく受けたベルリオーズに、トールはニヤリとほくそ笑む。

 

「ああ!それが目的だったからな!!」

 

ハッとベルリオーズが気がついたのは、宇宙に放出された推進剤。トールはサブブースターの推進剤タンクの弁を空けたまま打ち出したのだ。下手をすれば打ち出し直後に引火して爆発するような自殺行為。

 

だが、トールの目的はそこ一点にある。

 

そして、メビウス・ハイブラストに備わるアグニが火を吹く。反射でベルリオーズも充填したビームランチャーを放ち、アグニの砲火はベルリオーズにぶつかって背後に流れたサブブースターに、ベルリオーズの放った閃光はアグニの砲身を吹き飛ばした。

 

「くぅう!!アグニが!くっそー!」

 

使い物にならなくなったアグニを即座に捨てて、トールはスロットルを全開にした。ベルリオーズも背面でサブブースターが爆発したことにより、機動力に致命的なダメージを負っている。

 

距離は500。

 

この突撃を逃せば自分にチャンスはない!!

 

『世界は俺たちが変える…俺が帰る場所のために…邪魔を…するなぁ!!』

 

距離400。

 

アグニの横に備わっているシュベルトゲベールを展開するトールに、ベルリオーズはなけなしのビームサーベルを引き抜き、残った唯一の武装である中距離ライフルをメビウス目掛けて放った。

 

距離300。

 

その数発が機体を掠めるが、トールは臆することなくシュープリス目掛けて突貫する。

 

「貴方は言っていた!使命を果たせと!なら!俺はーー俺のやるべき使命を果たす!」

 

距離200。

 

大剣をぶら下げているというのに…!!ここにきて、トールの操るメビウスの動きは一層のキレを魅せる。銃弾の雨を掻い潜るその姿を見て、ベルリオーズの背中に怖気が走った。

 

『当ててくるか…不味い!この動き…!!』

 

距離ーー100!

 

遂に近接戦闘領域まで迫ったメビウスに、ベルリオーズはビームサーベルを振るった。だが、それは空を裂くに至る。

 

ベルリオーズは目を見張った。

 

消えた。

 

メビウスが消えたのだ。

 

まるで、雷鳴の如き光と化してーーー。

 

「チェエエストォオオオオオオ!!!!!!」

 

シュープリスのビームサーベルを軸にするようにバレルロールをしたトールは、肉体にかかる負荷を雄叫びを上げながら耐え、機体をぐるりと宙返りさせる。

 

下から掬い上げられるような一閃はシュープリスの下半身から胴を捉えて、機体を縦一線に切り裂いたのだったーーー。

 

 

 

 

 



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第168話 いくつもの光を重ねて 4

 

アガメノムン級ワシントンの轟沈により、消極的な動きを見せていた地球軍の艦隊であったが、なにかの通信を受けた境に、ハルバートン指揮下の部隊を足止めするダガー隊と、ある宙域へと飛び立つ部隊の二分に分かれて動きを活発化させた。

 

「奴ら何をするつもりだ!?」

 

部下を失った焦燥感を噛み締める暇もなく戦い続けるイザークが見たのは、無理やり発進させようとしたピースメーカー隊の残骸。そこに浮かぶ未使用の核弾頭に群がるダガー隊の姿だった。

 

その光景を見て、イザーク背筋にゾッとするような冷たさが走る。

 

「核を回収している…!まさか!」

 

モニターを望遠モードにして確認すると、奴らはモビルスーツのマニピュレーターで核の発射シークエンスを行なっていたのだ。メビウスでの発射が困難である故に外付けの起爆シークエンスをしようとしているのかーー!

 

「止めろ!奴らを止めるんだ!ふざけやがって!」

 

イザークの怒りは限界を超えていた。帰れないと分かりながらワシントンの情報を収集しに向かった部下たち。彼らの命がけの戦い。そんな姿を見てもなお、プラントを討たんとする敵に、イザークは言葉にならない怒りを持って、デュエルの出力を上げていく。

 

「そんなに滅ぼしたいのか!!そんなに、そこまでなのか!!くそーーっ!!」

 

ディアッカとニコルも随伴して核を構えるダガー隊に迫る。だが、事態はすでに間に合わない場面まで来ていた。

 

『そらぁ行け!青き清浄なる世界のためにーー!!』

 

射出機から放たれる数十発の核弾頭。イザークが放ったビームライフルの閃光は、それをプラントに向けていたダガーのコクピットを穿つが、すでに核は発射されている。

 

この混戦状態。ザフトも地球軍も敵も味方も入り乱れた戦場の中を、幾つもの光がプラントに向かって伸びていく。

 

「ラリー!核が!プラントに!」

 

それを捕捉したのはラリーたちだった。オルガたちと共に二勢力を相手取って大立ち回りを演じるリークが、眼下を過ぎ去っていく核弾頭を目にして驚愕したように声を上げた。

 

「キラ!アスラン!!」

 

ダガーとゲイツの四肢を達磨にしたラリーは、火力支援で艦隊を相手にしているキラ達へ呼びかける。彼らも核を補足したのだろう。ミーティアに備わる大型ビームサーベルでネルソン級のブリッジを断ち切り、そのままプラントに前進する核をロックしていく。

 

「当たれぇええ!!」

 

全身武器庫とも言えるミーティアの一斉射撃によって、核は艦隊とプラントの間で大きな光となった。サザーランド指揮下の船も何隻かが核に巻き込まれ沈んでいく。しかしーー。

 

「何発か抜けるぞ!くそ!」

 

先程のピースメーカー隊の斉射とは違って、今回は時差の攻撃もある。遅れて飛んでいた数発の核が生き残り、それらは閃光をくぐり抜けてプラントへと飛来し続けていた。

 

ラリーが持てる機動力を持って抜けた核を追おうとしたが、その前に黄色部隊の一機であるヒエラリスが立ち塞がった。

 

『待て!流星!貴様は私がーー』

 

「馬鹿野郎どもが!核がプラントに行ってるんだぞ!さっさと退け!!ぶち殺すぞ!!」

 

相手に聞こえるわけもない咆哮をあげるラリーに、ヒエラリスは退きさがることもなく向かっていく。

 

ラリーはすぐに行動を起こした。

 

片手に備わる小型シールドを腕を振るった遠心力を使ってヒエラリスに向けて投擲。そんなコケ脅しなどーー!ヒエラリスは飛んできたシールドを腕で弾くつもりだった。

 

そして、彼女が目にしたのは眼前に迫った閃光。

 

『がっーー!!』

 

ラリーが行ったのは至極単純。

 

シールドを投擲したことで相手の視界を封じ、その上でビームサーベルを引き抜いて投げたシールドごと相手を刺し殺すという戦術。

 

目の前に迫ったシールドを貫いた光は、何が起こったかわからないヒエラリスのコクピットを容易く貫き、パイロットは断末魔の声をあげる間も無く宇宙の藻屑へ消えた。

 

「少佐!!」

 

ラリー達とは違う後方で、アークエンジェルやドミニオンに取り付こうとするダガー隊を蹴散らしていたムウ率いるグリフィス隊は、前線から飛来する物体をとらえた。

 

アサギが困惑した声で叫び、ムウが飛来する物体をモニターで確認する。それは、邪魔をされたことに恨みを覚えた地球軍パイロットが放った一発の核弾頭。そのミサイルは弾幕やモビルスーツの乱戦の合間をすり抜けて、真っ直ぐにアークエンジェルに向かっている。

 

「なっ…アークエンジェル!!」

 

ムウは戦慄した。この乱戦だ。反応が多すぎてアークエンジェルは核を察知していない。サイが核の飛来物を補足したときには、すでに目と鼻の先に核が接近している時だった。

 

「核が!?」

 

「回避!面舵!!」

 

「間に合わない!!」

 

真っ直ぐと突っ込んでくる核ミサイル。誰かが叫ぶ声が聞こえる。オーブやハルバートン提督からの通信が飛んできていたが、アークエンジェルは無限と思えるような時の中にあった。全てがスローモーションに見える。

 

ブリッジ正面に迫る一つの光。

 

決定的な死をもたらす光を前にして、マリューは恐怖で喉を引きつらせた。

 

そんな光景に、一機のモビルスーツが飛び込んでくる。

 

「マリュー!!アークエンジェルはやらせん!!」

 

ガンバレルストライカーを展開したムウのストライクだ。彼はガンバレルを四方へ飛ばして、亜音速で飛来する核ミサイルを捕らえる。

 

「当たれえええ!!」

 

オールレンジで放たれた弾丸は核ミサイルを的確に捉えた。即座に広がる光の玉。その広がっていく余波の範囲にーーームウは入ってしまっていたのだ。

 

「へへ…やっぱり…俺は不可能を可能に…!」

 

ムウはアークエンジェルを肩越しに振り返りながらそう笑みを浮かべる。逆光の中、輪郭を保っていたムウのストライクは、広がっていく光に飲まれーーその姿を消した。

 

「ムウ…ムウゥウゥーー!!」

 

アークエンジェルの中でマリューの悲鳴が響き渡った。無重力に涙がこぼれ落ちていく。

 

ドミニオンからその光景を目にしたドレイクも、普段は冷静さを保ってあるその表情を悲しみと困惑に満ちさせていた。

 

「こちらアンタレス隊!展開している部隊で核を食い止める!!」

 

状況は最悪だ。抜けた核を追うキラたちであったが、ほかの核の爆発によってミサイルを捕捉することが叶わなかった。そんな中で、前衛に展開していたPJ率いるアンタレス隊がスラスターを最大に吹かして何とか核ミサイル群へ追いつく。

 

《出力を上げろ!核でプラントを焼かせるな!!》

 

《撃て撃て撃て!!》

 

追いついたM1アストレイ隊がそれぞれの武器でなんとか撃ち落とそうとするが、核の余波範囲外の攻撃を行おうにもM1アストレイの性能では捕捉が不可能だ。ビームライフルを放つが、そのどれもが当たらない。

 

その時、長年PJの相棒として戦場を駆けていた二機のアストレイがさらに速度を上げて核へと追いつく。しかし、その距離はあまりにも近い。核を撃ち落とせたとしても、余波に巻き込まれて自身の機体が保たない間合いだった。

 

「キース!ダメだ!その距離じゃ核の余波に巻き込まれる!間に合わなーー」

 

《パトリック!お前の下で働けて俺は満足だったぞ》

 

音声通信で答えた僚機は、満足そうに言葉を伝えて躊躇わずに核を穿った。パッと広がった閃光は、僚機の影を飲み込み跡形も無く消し去るーー。

 

《キース!ーーすまん!》

 

それを見届けたアンタレス隊は突っ込んだ機体に倣って核へと追いつき、ビームライフルで穿っていく。アンタレス隊の反応は核を食い止めるたびに減っていった。

 

《隊長、お先に!》

 

《プラントを守れ!俺の故郷は…焼かせはーーー》

 

核と運命を共にする隊員達。彼らの勇気。彼らの生き様。彼らの殉じた使命ーーー。PJもまた、抜けた核弾頭へ取り付く。覚悟は決まっていた。

 

《うおおお!!》

 

「PJ!!」

 

《プラントは、やらせん!!》

 

ハインズの声が聞こえる。ビームサーベルで核弾頭の側面を切り裂いたPJの目の前に光が広がった。

 

「PJさん!!」

 

「パトリック!!」

 

皆んなの声が聞こえる。PJは後ろを振り返る。そこには、青く美しく聳えるプラントがあった。自分の故郷ーーーそして、その場所には愛する家族がいる。

 

PJの唯一の心残りは、残してしまった家族への想いだった。

 

《ルナ…メイリン…》

 

二人の愛娘の名を呟きながら、PJの機体は核の光へ飲み込まれーーーーそして宇宙へと帰った。

 

 

 

 



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第169話 いくつもの光を重ねて 5

 

 

 

声が聞こえる…。

 

遠くから…声が…聞こえる。

 

風が吹いている。

 

嵐のような風が。

 

吹き荒れる風が、その声を遠のけていくようにも思えた。

 

だが、聞こえてくる声はその嵐に屈せずに近づいてくる。

 

一歩。また一歩と。

 

嵐の中にいる自分の元へと歩み寄ってくる。

 

声が聞こえる。

 

はっきりとした声がーーー

 

「ーー大尉…ボルドマン大尉!!」

 

くぐもった声に呼び起こされたように、シュープリスのコクピットの中でベルリオーズーーーアイザック・ボルドマンであったはずの男は目を覚ました。

 

コクピットは酷い有り様で、計器類は幾つかは生きてはいるが、機体装甲とモニターが連なるハッチは溶断されたような爪痕が付いている。おかげで隙間から深淵の宇宙は見えるが、正面のメインモニターは完全に死んでいた。

 

「ああ…やっぱり…貴方だったんですね…大尉…」

 

そんなハッチをこじ開けて自身の心配をしてくれていた人物、トール・ケーニヒは敵であるはずのシュープリスの横へメビウスを横付けし、さらにこちらの機体にしがみ付いているではないか。

 

そういう彼の顔もまた、敵に向けるものではなく、心から心配するような眼差しと、どこか後悔を抱いた目をしている。

 

その様子を見たベルリオーズはボロボロになったコクピットへ視線を落とし、しばらくの沈黙を保った。

 

「俺はーーアイザック・ボルドマンではない」

 

はっきりと、分かりやすいように努めたつもりだ。その単調な言葉に、トールの顔は驚愕に染まる。

 

「違う!!貴方はたしかにーー」

 

洗脳なのか?それとも薬物を投与されたから?それとも何かしらの方法で操られているのか?幾つもの選択肢がトールの中で乱立し、声を荒立たせる中で、ベルリオーズは戸惑うトールに向かって掌をかざした。それはまるで、全てを拒絶するようでーー。

 

「…そう言う意味じゃない。俺は、アイザック・ボルドマンだった……ただの残骸だ」

 

そう。この肉体は違えることなくアイザック・ボルドマンのものあったが、すでに魂は抜け落ちているーー抜け殻だ。

 

ソロモン諸島で受けたモルガンの余波の影響で失った左半身の大部分を人工臓器と義手に挿げ替えられている。

 

魂は失っても、この肉体に宿る技術に目をつけたブルーコスモスの研究者達によって、ベルリオーズは生まれ落ちた。

 

肉体にかすかに残った残光から生み出された残骸の精神だ。

 

魂とも言えないものに縛られて、朽ちていくことも許されない。この世のすべての傷みと苦痛を味わってきた。そして今も、苦しめられ続けている。

 

「記憶を植え付けられようと…アイザックの記憶がフラッシュバックしようと…俺はもう彼ではない。彼は死んだ。だから、俺はそれの残骸なんだ」

 

くぐもった声でそう声をこぼすベルリオーズに、トールは悲しげに目を伏せた。

 

「大尉…」

 

きっと、きっと大丈夫。ベルリオーズが洗脳されていたら、ラリーやみんなで何とかできるはず。そんな根拠もない想いに突き動かされてきたトールの思いは崩れ去った。

 

わかってしまうのだ。彼がーーベルリオーズが言ってることが真実だということ。きっと、彼の体のどこにもアイクはいない。

 

彼はたしかに、ソロモン諸島で死んだのだ。

 

ーー泣くな、少年。

 

その言葉にトールはハッと顔をあげる。そこには、バイザーの奥で微笑むベルリオーズが居た。

 

「君の知る男はここには居ない。だが、誇れ。お前は強かった。俺は分からなくても体が覚えている。それに、俺が負けたのだからな」

 

そういうと、彼はトールを突き放す。コクピットハッチに手を添えていただけのトールは、自身のメビウスの方へと突き飛ばされて無重力の中に浮かんだ。

 

「大尉!!なにを!?」

 

がむしゃらに手を伸ばすが、突き放された力によってトールはベルリオーズからどんどん離れていく。最後に見たのは、ベルリオーズが何かの言葉を口にした光景で、それはトールの耳に届くことはなかった。

 

けれど、聞こえたような気がした。

 

〝生きろ、生きてお前の使命を果たせ〟

 

そう聞こえたような気がした。

 

ベルリオーズは、両サイドのサブモニターでトールがしっかりとメビウスに辿り着けたのを確認すると、ボロボロになったコクピットを操作し、唯一生きているスラスターを吹かし、トールを残して飛び立つ。

 

「ただの残骸でしかない俺だがーーそれでも、成すべきことはわかっている」

 

もう、焦がれるような気持ちは無い。

 

不思議と、あれだけ執着していた帰る場所への思いは湧いてこなかった。いや、帰れたのかもしれない。そう思って、ベルリオーズは小さく笑う。

 

彼が向かう先ーーそれは、黄色部隊の母艦であった。アガメムノン級宇宙母艦、シンファクシ。真っ直ぐと向かう彼をオペレーターは補足していた。

 

『艦長!前方より友軍機の反応ーーシュープリスです!』

 

『おめおめと逃げ帰ってきたのか?』

 

そう言うホアキンの声を通信から聞いて、ベルリオーズはスロットルを引いた。片方のスラスターを巧みに操り、ボロボロのシュープリスは速度を増していく。

 

「アイザック…お前のことはよく思い出せんが…これが正しいんだよな」

 

そう呟いて、ベルリオーズはゆっくりとライフルの銃口をシンファクシのブリッジへ向けた。

 

『なっ…ロックされています!!』

 

悲鳴のようなオペレーターの声に、ホアキンとサザーランドは思わず席から立ち上がる。すぐそこにシュープリスが迫っているが、同時にこちらに飛来する閃光も垣間見えた。

 

『馬鹿な!施術は完璧だったはず…!撃ち落とせ!!あんな役立たずなど…!!』

 

シンファクシの大口径を誇るゴットフリートとイーゲルシュテルンが火を放つ。弾幕を躱す余裕なんてない。シュープリスは徐々に削り取られ、構えていたライフルも吹き飛んだ。コクピットもロクに作動しないため、ベルリオーズは衝撃でコンソールに頭を打ち付ける。

 

バイザーにヒビが入り、空気が抜けていく。

 

「俺は残骸でしかない…だから。だからこそ、俺がお前たちを連れて行く…!!」

 

ベルリオーズは止まらなかった。薄れゆく意識をなんとか繋ぎ止めて。肩で押せなくなったスロットルを両手を使って押し込む。なんとか保っていたスラスターも火を拭いて、イーゲルシュテルンの弾核がシュープリスの頭部を吹き飛ばした。

 

だが、充分だ。ベルリオーズは残った片腕を上げて、銃口を前に突き出したままブリッジへと突っ込んでいく。

 

「ぐぅ…うおおおおーー!!!」

 

シュープリスの構えた銃は先端部からブリッジへ突き刺さり、オペレーターたちを幾人か押しつぶしてーーーそして、サザーランドの目の前で止まった。

 

『馬、馬鹿な!私が!私がこんなーーこんなぁあああーー!!!』

 

地獄の底のような銃口を前にして叫んだサザーランドは、打ち出されたライフルの閃光によって体を粉微塵に吹き飛ばされる。連射された弾はブリッジを即座に燃やし、ホアキンもろとも爆発の炎に焼かれた。

 

炎に包まれていくシンファクシ。そのブリッジに腕を突っ込んだまま、ベルリオーズは酸素欠乏により、意識を手放しかけた。

 

その時だった。

 

 

 

 

〝どうだい?俺の教え子は、強かっただろ?〟

 

 

 

 

声が聞こえた。後ろから肩に手を置かれ、穏やかな口調でそう言う〝誰か〟。

 

ベルリオーズは自分以外、誰もいないコクピットで振り返る。

 

「ああ、強かったよ…アイザック」

 

彼は満足したような顔を浮かべてそう答えた。シュープリスもまた、シンファクシの放つ炎に包まれてゆきーーその姿は白き世界へと旅立っていくのだった。

 

 

 



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第170話 宇宙が光る

 

 

《こちら、メネラオス。作戦は第3段階へ移行した。メネラオスはアプリリウス市へ入港。これより、クライン、アスハ、ハルバートン提督を護衛しプラント政府へ交渉に向かう》

 

心ここにあらず。そんな様子のイザークのデュエルに、通信が入ってくる。

 

作戦としては第二段階を完了し、メネラオスを中心にした停戦師団がシーゲル・クラインが懇意にしていたプラント「アプリリス市」へ入港を果たした。

 

しかし、議会やザフトからの抵抗も鑑みて、地球軍とザフト軍の混成部隊で設立されたシーゴブリン隊による制圧作戦も並行して執り行われるため、まだまだ気を抜けない状態が続くことになる。

 

サザーランド旗艦の艦隊はことごとく敗走。

 

艦隊としての指揮系統すら維持できなくなった地球軍は、個々の判断によってボアズの宙域を右往左往する羽目になっていた。

 

ザフト軍は核の余波とサザーランド指揮下の艦隊が崩壊したことにより、体勢を立て直すために攻勢をやめて撤退。

 

一時的ではあるが、激戦と乱戦の渦にあった宇宙には静けさが戻りつつあった。

 

「終わった…のか」

 

「イザーク…」

 

静寂に包まれた宇宙に浮かびながら、イザークは小さく呟く。数多の残骸。沈んだ船。そして息絶えたパイロットたち。イザークは宙域に浮かぶアストレイの残骸を目にすると、視線を落として手を握り締めながら呟いた。

 

「無力だな…俺は…」

 

生き残れと言ったのに、その言葉しかかけられなかった自分に腹が立つ。彼らはーーナチュラル、コーディネーター関係なく、ガルーダ隊の隊員たちは決死の覚悟で核を見つけて、それを成したのだ。

 

たしかに核はプラントには落ちなかった。しかし、もっと他にマシなやり方があったのではないか?もっと犠牲を出さずにできる方法があったのではないか?

 

もっと…他に…。

 

そんな「もしも」な思考がイザークの中で駆け巡っていく。焦燥するイザークに、ディアッカとニコルが近づき、モビルスーツ越しではあるが、その肩に手を添えた。

 

「そんなこと、ありませんよ」

 

僕らは最善を尽くしました。そう言ってくれるニコルに、張り詰めていたイザークの心は少しだけ救われたような気がした。

 

まだ戦いは終わっていない。イザークはそう自分に言い聞かせて前を向く。地球軍は壊落したが、まだ戦意を失ったわけではない。

 

彼らが再びプラントに向かうと言うなら、止めるまでだ。

 

 

////

 

 

「クラインどもが?…小賢しいことを。構わぬ、放っておけ!こちらの準備も完了した」

 

戦線が変化を見せる中、パトリックはヤキンドゥーエの司令室の中で、報告してきた士官を手であしらう。

 

シーゲルが今更になって和平や停戦を進めようと、すでに核は打たれたのだ。ならばこちらも防衛のため、自衛のために撃たなければなるまい。

 

「ジェネシスは最終段階に入る。全艦、射線上から退避!」

 

「部隊を下がらせろエザリア!我等の真の力、今こそ見せてくれるわ!」

 

そう往々しく叫ぶパトリックの号令によって、ザフト全軍へ通達が送られる。ボアズの防衛に参加しようとしていたシホも、蒼いゲイツの中でその通達を目にした。

 

「全軍射線上より退避?なによ…これ…ジェネシス!?」

 

「ジェネシス、照準用ミラー展開。起動電圧確保。ミラージュコロイド解除」

 

ヤキンドゥーエの後方。ザフトが極秘裏に開発していた最悪の兵器が、そのベールを剥がしていく。

 

「ーーフェイズシフト展開」

 

灰色だったその姿は、皮肉にも地球軍からもたらされた技術によって、その色を迸らせていく。

 

 

////

 

 

 

《各機は補給のために帰投せよ!残存戦力は第一警戒態勢!周辺のモニタリングを厳にせよ!》

 

アークエンジェルとドミニオン、クサナギ、ヒメリギもまた、戦線の後方へと艦を下げていた。メビウスライダー隊、メビウス隊の損傷は軽微であったが、ガルーダ隊、アンタレス隊、グリフィス隊、そしてブラックスワン隊の負った被害は多く、その傷も深かった。

 

アンタレス隊は唯一生き残ったアストレイ二機を残して壊滅。

 

ガルーダ隊も、デュエル、バスター、ブリッツを残して撃破された機体が多数あり、ブラックスワン隊も隊長機と数名の生き残りしかいない。

 

グリフィス隊は、隊長機であるストライクが核の余波を受けて大破。アサギたちのアストレイ・タイプRは健在であるが、隊員たちにも未帰還者が多数あった。

 

「ムウ…!」

 

アークエンジェルを核から守ったガンバレルストライクは、核の余波の影響で四肢と頭部、ストライカーパックが全損。パワーエクステンダーの電力を空になるまでフェイズシフト装甲を展開し、更にはセーフティシャッターまで併用したが、機体はスクラップ寸前と言っても差し支えはない状態だった。

 

帰還時にトールにより発見されたストライクは、そのまま牽引され、首の皮一枚で耐爆防護壁で守られたムウが、這うように焼きただれたストライクから降りてくる。

 

「言ったろ?俺は不可能を可能にするって」

 

放射能除去とその対策でノーマルスーツ着用必須でハンガーが封鎖されており、ハンガーへの連絡口で待っていたマリューは、疲れ切ったムウの体を抱きしめた。

 

よかった。生きていてくれて。

 

マリューはその思いだけを噛み締めて、生き延びてくれたムウの温もりを確かめるように、その唇を重ね合わせる。

 

ドミニオンでも、ブラックスワン隊の回収が進む。そんな中、管制官からバーフォードへ報告が上がった。

 

「ザフト軍、撤退していきます!この動きーーどこか妙ですよ」

 

そう言われ、ニックとバーフォードが正面に出されたモニター見る。確かに、ボアズに撤退すると言うより、なにかの射線上から逃げるような退き方をしているようにも見えた。

 

「艦長!ヤキン・ドゥーエ後方に巨大な物体を確認!」

 

そう敵の動きを予測していると、彼らの動きの答えをオペレーターが捕捉した。データを見る限り、巨大な建造物ーー要塞?そんな姿をした何かがヤキンドゥーエの後方に〝突如として〟姿を現した。

 

その姿は、ヤキンドゥーエから離れたここからでも肉眼で確認できる。ちょうど差し迫った太陽を背中に、歪な形をしたその姿がくっきりと浮かび上がっていた。

 

「なんだ…あれは?!」

 

アズラエルがそんな声を漏らす。嫌な予感、身の毛がよだつような感覚が走る。バーフォードの判断は素早かった。

 

「全軍に至急連絡を回せ!!」

 

 

////

 

 

ボアズの宙域を警戒するように飛ぶメビウス。そのコクピットの中で、トールは名状し難い息苦しさと怒りに似た感情を胸に、宇宙を飛行していた。

 

「トール…」

 

メビウスの横についたラリーは、口ごもるトールに心配そうに声をかけた。そんなラリーの心を感じ取ったのか、トールはぎこちなく笑みを浮かべながらラリーの通信に答えた。

 

「大丈夫です、レイレナード大尉。ボルドマン大尉はーーあの時に逝かれました。彼は、大尉の残骸だと」

 

ベルリオーズとの戦闘。そこで知った自身の恩師の成れの果ての姿。そんな鬼畜の所業をした地球軍に怒りや憎しみを感じないと言えば嘘になるが、今は彼の言った言葉と、自分の心を整理する方が先だった。

 

「そうか…すまない。お前にそんな役目を与えることしかできなくて」

 

ラリーは、情けないものだと自身を罵る。あの時に感じた懐かしさを、なぜトールにおしつけてしまったのか。彼の心に傷をつけてしまうことになったのは、間違いなく自分の責任だ。

 

そう自身を責めるラリーに、トールは心配しないでください、と声をかけた。

 

「大丈夫ですよ。あの時は、仕方がありませんでした」

 

そう言うトールに、ラリーはこれ以上言及するのも野暮かと判断し、そうかと声をかけることしかできなかった。

 

「リークや、キラたちも補給を受けている。このままザフトが交渉についてくれればいいんだがな」

 

《サザーランド指揮下の地球軍に告げる!全ての戦闘行為の中断、ならびに武装を解除し、投降せよ!》

 

そう呟く二人の機体には、第八艦隊から発せられる降伏勧告の公開音声が鳴り響いていた。サザーランド指揮下の艦隊が崩壊した以上、帰る場所がない地球軍のモビルスーツに選択の余地はない。

 

何機かはまだ抵抗を続けているが、核の事情を知らなかった艦船や、モビルスーツは次々と降伏し、サザーランド指揮下の艦隊はほぼ解体状態にあった。

 

《繰り返す、地球軍艦隊は全ての戦闘行為をやめ、速やかに武装を解除!投降をーー》

 

 

 

そう勧告を続けようとした時だった。

 

 

 

「Nジャマー・キャンセラー起動。ニュークリアカートリッジを撃発位置に設定。全システム接続オールグリーン」

 

「思い知るがいいナチュラル共。この一撃が我等コーディネーターの創世の光と成らんことを!」

 

 

焦燥するイザークや、退避したアークエンジェル艦隊、そして降伏勧告をする第八艦隊へ通信が届く。

 

《ジュール様!アークエンジェル!》

 

それは以前、メンデルでイザークが教えたこちらの極秘回線番号による通信だった。声の主は、あの時に分かれたザフトの兵士の一人。

 

「シホか!?」

 

シホ・ハーネンフースは、焦りと戸惑いを混ぜ合わせたような声で叫ぶ。

 

《早く離脱を!!ジェネシスが来ます!!》

 

その瞬間、宇宙に

 

 

光が走った。

 

 

 

 

 

 



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第171話 破滅の声

 

 

「取り舵いっぱい!ロール角、左35、全速!宙域を離脱!」

 

第八艦隊の先遣隊であるネルソン級ライオットの艦長は、迫りくる高熱源を目の前にしながらも賢明な指揮を執った。バーフォードからの通信を受けて、味方艦隊をザフトが退く方向と同じように舵を切らせる指示を執り、自身の艦は殿として残り、飛散していくサザーランド指揮下の艦隊へ呼びかけを続けていた。

 

そんな彼の船がジェネシスの火に焼かれたのは、あまりにも不運であった。

 

「うわぁあああ!!」

 

サザーランド指揮下の艦隊の大多数と、退避し損ねた第八艦隊の先遣隊の一部を飲み込んだ宇宙の火は、その閃光を遥かに伸ばしてゆき、やがて一閃となって消え失せる。

 

「こんな…」

 

「父上…!!」

 

キラとアスランが目にした残骸はあまりにも酷いものだった。高熱…いや、もっと別の何かに焼かれた船は姿を保ったまま焼け爛れており、そこには生命の痕跡など何一つとして残っていなかった。

 

無数の稲妻を内包したような光は、その威力を存分に見せつけて宇宙を割いたのだ。

 

「ジェネシス、最大出力の60%で照射」

 

「敵主力艦隊は半数が撃破されました」

 

ヤキンドゥーエの司令室の中で、パトリックは提示されたデータを見て満足そうに座席に体を預ける。

 

たった60%。

 

それだけで、首を失ったヒドラの体を残すことなく消し去る兵器を、自分たちは有しているのだ。別のところから生え変わる隙すら与えない絶死の光。その極光を見つめる彼の思考は、すでに取り返しが付かないほどの狂気に飲まれていた。

 

「流石ですなザラ議長閣下。ジェネシスの威力、これ程のものとは」

 

そんな彼の隣で、ノーマルスーツ姿のクルーゼは呟く。シホを行かせたまでは良かったが、まさかヤキンドゥーエの防衛に名指しで駆り立てられるとは思いもしなかった。

 

そんなクルーゼの言葉に、パトリックは自慢げな声を出して答える。

 

「戦争は勝って終わらねば意味は無かろう」

 

そう言って視線をモニターに戻すパトリックを、クルーゼは何ら感情がない目で見つめていた。

 

ジェネシスになど、興味はない。

 

それがクルーゼの本心だった。

 

あんな大量殺戮兵器に何の美学があり、なんの理念があるというのだ。憎しみの果てを体現したような兵器に、クルーゼの心は動かされることはない。別にジェネシスが破壊されようが、ヤキンドゥーエが壊滅しようが、知ったことではない。

 

ただ、戦っている相手にラリーが居るなら話は別だ。

 

彼があの閃光の先にいると言うなら、必ずここに来る。必ず、この兵器を破壊するために全力を注いでくるだろう。メビウスライダー隊も、みんなみんな、必ず来る。

 

それを思うだけで、さっきまで無音だった心に火が灯る。

 

最高の舞台ではないか。最高のシチュエーションではないか。シホだけを行かせたのはなんたる僥倖!!

 

ジェネシス。

 

世界を破壊しうる力を持った兵器。

 

それを破壊せんとする白き流星。

 

世界をかけた運命の戦い。

 

 

 

 

 

 

ならば、やることは一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

私はその前に立ち塞がろう。

 

彼の道を阻み、彼の行手を遮る者として立とう。私を倒さねば世界は滅ぶ。私を倒さねばラリーが守ろうとしていたものが全て台無しになる。

 

素晴らしいじゃないか!

 

ああ、なんとも素晴らしい!!

 

まさに命をかけるに値する戦いだ。そうだとも、自分とラリーの戦いに終止符を打つには世界をかけるなど容易いことだ。世界を救うためにこちらに挑むラリー。

 

ああ、なんと官能的で素晴らしいことか!!

 

クルーゼは落ち着きがないのを悟らせないように掌を握りしめ、そして離すことを繰り返す。

 

そう、すべてはそのための道具。すべてはそのため瞬間を感じるために利用する道具。

 

パトリックも、ジェネシスも、コーディネーターとナチュラルのいがみ合いも、憎しみ合いも、この戦いを織りなす、すべてがラリーと自身の戦いに決着をつけるための余興だ。

 

さぁ。

 

早くこい、ラリー・レイレナード。

 

世界の命運をかけて、早く来い。

 

私は、その行手を阻む者として、君を待とうではないか。

 

薄暗いヤキンドゥーエの司令室の中で、クルーゼはマスクの下でほくそ笑む。

 

はやく来い。はやく来い。はやく来い。

 

その狂気に満ちた心を噛み殺して、クルーゼはこの戦いの行く末を見守るのだった。

 

 

////

 

 

《ヘラズドビッツ!応答せよ!》

 

《LSSをやられてるんだ!緊急着艦の許可を!》

 

あの閃光は…!!バーフォードは隊列が乱れる第八艦隊からの通信を聞きながら、目の前で起こった出来事を勤めて冷静に分析する。

 

あれは間違いなく、ヤキンドゥーエの後方から現れた巨大建造物から放たれたモノだ。つまり、ザフトからの攻撃。規模からするに、核を打たれることに対する抑止力に近い何かなのだろう。

 

「艦長…サザーランド指揮下の艦隊が…」

 

「浮き足立つな!残存艦の把握急げ!」

 

オペレーターからの弱々しい声を一喝して、バーフォードは隊列を立て直すことを優先する。ここで浮き足立てば相手の思う壺だ。

 

「クルック、及びグラント、反応ありません!」

 

「第八艦隊にも損傷が出ています!」

 

くそ!あまりの状況の悪さにバーフォードは普段見せない苛立ちを顔に貼り付けながら帽子を深くかぶる。

 

その影響力は離れているプラントにも及んでいた。

 

「シーゲル様!!」

 

港口から通路に至る照明が不規則に光点を瞬かせていた。シーゴブリン隊に護衛されるシーゲルは揺れに足を踏ん張りながら、外部端末から送られてきたジェネシスの姿を見て戦慄する。

 

「パトリックめ…なんというものを!!」

 

あの光。自分の考えが正しいのなら、ジェネシスの大元に関わる部分にシーゲルが大きく関わっていた。

 

外宇宙を探査するために開発を進めていたソーラーセイル装置。

 

それを太陽光ではなく核をエネルギー源としたなら、外宇宙に飛び立つために蓄えられるエネルギーは一気に増大し、それは死の光となって放射することも可能になるだろう。

 

そんな予想をすぐさま考えてしまうコーディネーターの情報処理能力をシーゲルは今になって疎ましく思えた。

 

「シーゴブリン隊!議事堂の制圧急げよ!」

 

「シーゲル様、ハルバートン提督、アスハ代表はこちらへ!我々から決して離れないで下さい!!」

 

とにかく今はアプリリウス市の議会を制圧するのが先だ。シーゲルたちはシーゴブリン隊に続いて道を急ぐ。あの光を武器を使わずに防ぐ手立てを、自分たちは持っているのだ。

 

ならば、ここが自分たちの戦場だ。ハルバートン提督やウズミも、先をゆくシーゲルに続いて議事堂への道を急ぐ。

 

時は、一刻の猶予すら残されていない。

 

 

////

 

 

「信号弾撃て!残存の艦隊は現宙域を離脱!本艦を目標に集結せよ!」

 

バーフォードが広域通信で呼びかける中、ヤキンドゥーエ司令部にいるパトリックが、ジェネシスの炎の前に狼狽るザフト兵に向かって演説を開始した。

 

《我等勇敢なるザフト軍兵士の諸君》

 

後方にいたアークエンジェルも事態の深刻さに驚きを隠せずにいた。エターナルにいるバルトフェルドも叫ぶ。

 

「ラミアス艦長!こちらも一旦退くしかない。モビルスーツ全機呼び戻せ!」

 

「バーフォード艦長!」

 

「全機帰還!敵の新兵器だ!情報が何もわからん以上、下手に手を出すわけにもいかんぞ!」

 

「ブラックスワン隊、帰還せよ!メビウス隊もだ!」

 

矢継ぎ早に出されていく指令。そんな混乱状態の中でも、驚くほどに戦闘は続いていた。

 

《傲慢なるナチュラル共の暴挙を、これ以上許してはならない。プラントに向かって放たれた核、これはもはや戦争ではない!虐殺だ!》

 

「ふざけやがって!!」

 

「あの兵器…何だったんだ!?核か!?」

 

ヒメラギとクサナギに帰還するM1アストレイ。この混乱の中だ。指揮系統が作動しているだけでも奇跡的と言えた。

 

《このような行為を平然と行うナチュラル共を、もはや我等は決して許すことは出来ない!》

 

前方にナスカ級!そう叫ぶサイの言葉に反応して、マリューはすぐに艦長席に腰を下ろした。

 

「アンチビーム爆雷発射!」

 

「取り舵40!」

 

「ローエングリン1番2番、敵の先鋒を狙え!発射と同時に取り舵80!てぇ!」

 

どうやら相手はこちらを逃すつもりは無いようだ。ナスカ級とローラシア級の砲撃を掻い潜りながら、アークエンジェルとドミニオン、クサナギとヒメラギは、ほかに生き残った船を後ろへ下げるために防衛網を構築していく。

 

『うおぉぉ!よくも再び核など!』

 

ボアズ宙域では、戻ってきたザフトのモビルスーツによる残存兵狩りが始まっていた。指揮系統が麻痺したサザーランド指揮下のダガー隊にアリのように群がるザフトのモビルスーツ隊。

 

『ひぃい!やめろ!こちらには武器がっーー!!』

 

そんな地球軍の兵士の声など届かずに、ゲイツのシザーアンカーによってコクピットは砕かれ、臓物を撒き散らしながらパイロットが果てていく。

 

「止めろ!戦闘する意志の無い者を!」

 

「くっ!お前たちはまだ足りないと言うのか!」

 

その光景を見たキラとアスランは、撤退すらおぼつかないダガー隊を守るように出て、襲いくるザフトのモビルスーツ隊相手に立ち回っていく。

 

「ええい!」

 

「止めろ!地球軍はすでに戦力を失ってるんだぞ!?」

 

武器すら持たずに敗走する地球軍。それを討たんと追うザフト。こんなモノ、もはや戦争ではない…!!狂気に満ちた戦場の中ーー。

 

『邪魔をするな!ナチュラルめ!!』

 

「くっ!!」

 

一機のジンが、アスランを背後から急襲する。抜かった…!!アスランが衝撃を覚悟して歯を食いしばった時。

 

ビームの一閃がジンの下半身を貫いた。

 

「キラ!アスラン!撤退だ!」

 

現れたのはホワイトグリント。ラリーは、本来の姿となった自機を駆って、キラとアスランの前に出る。

 

「ラリーさん!!」

 

飛来するビームを、失った小型シールドのかわりにビームサーベルで切り払いながら、ラリーは後ろにいるキラに向かって声を出した。

 

「お前ら二人と三兄弟は消耗が激しい!殿は俺とリークがする!」

 

すると、ホワイトグリントの手首を高速で回転させて、ビームサーベルを回転させるラリー。簡易的なビームシールドとなったそれは、迫るザフトの閃光全てを跳ね除けていく。そんなラリーの前方では、オルガたちと分かれたリークが、ビームランチャーを使って次々とザフトのモビルスーツを戦闘不能に追いやっていく。

 

 

 

 

 

《新たなる未来、創世の光は我等と共にある!この光と共に今日という日を、我等新たなる人類のコーディネーターが、輝かしき歴史の始まりの日とするのだ!》

 

そんな混乱する戦場の中、パトリックの演説は宇宙を揺らし、ヤキンドゥーエのパイロットたちも、その言葉に酔いしれた。

 

《プラントの為に!ザフトの為に!》

 

そうやって声を上げるザフトを背中に、アークエンジェルやラリーたちは、なんとかギリギリのところで撤退することに成功するのだったーー。

 

 

 

 



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第172話 ジェネシス

 

 

 

「バイタル低下!誰か手を貸してくれ!」

 

ボアズ、ヤキンドゥーエから一時的に退いたアークエンジェルを含める第八艦隊の状況は酷いものだった。

 

「負傷兵はこちらに!救護艦は!?」

 

「すでにいっぱいだ!ここで応急処置を!!メディック!!」

 

「お湯と清潔なタオル!急げ!!」

 

放射性物質を隔離するため、ハンガーから艦内へ追いやられたスタッフたちは、居住区画で負傷兵の治療に追われ、ハンガー内では損傷した機体の復旧作業が急ピッチで進められている。

 

「艦長。チャーチルより救援要請です」

 

「ーー解った。すぐに救援部隊を向かわせると返信しろ」

 

どこも人手不足といった様子だ。地球軍の核を抑えたとは言え、ダガー隊との戦いで出た損失も無視することはできない。傷ついた負傷兵も多く、船も何とか航行できるものもあれば、牽引して何とか保っている船もある始末だ。

 

そこにダメ押しをするように放たれたあの光。一息付いたばかりの艦隊にとっては致命的な攻撃とも言えるものだった。

 

「やられましたね…まさかあんな兵器を用意しているとは…くそっ」

 

そう言って苛立つようにシートに拳を下ろしたアズラエルは、無重力の中へと浮かび上がってブリッジの外へと向かう。

 

「アズラエル理事」

 

「……しばらく一人にしてください。頭を冷やしてきます」

 

このままでは他を見捨てて、あの狂気的な兵器を破壊することを命じてしまいそうだと、心配するバーフォードに小さくこぼすと、気分を落ち着かせるためにアズラエルは食堂を目指して通路を進んで行った。

 

「サザーランド指揮下の艦隊は全滅。我々の艦隊も少なからずの損傷が出ています」

 

「補給と整備を急げよ!」

 

バーフォードの声に、スタッフが了解と答えると、彼も疲労を隠せない様子で座席に腰を落とす。ふと、モニターに目をやると部隊の残存戦力を示すモニターが写っており、そこには未帰還になった機体の情報が赤く光点を瞬かせながら表示されていたのだった。

 

 

////

 

 

第八艦隊所属のアガメノムン級宇宙戦艦、ケストレルには、中破したアストレイが着艦し、サザーランドから離反したダガー隊がその警護に当たっている。

 

「ここはもう一杯なんだよ!使えるモビルスーツが優先だ!モビルアーマーはサンディエゴに収容!船外作業員が補給してくれる!」

 

後衛の整備部隊でもあるケストレルだが、そのキャパシティはすでに大きく上回っており、応急修理した機体を外に追い出しては次を受け入れるという整備のドライブスルー状態と化している。

 

ネルソン級のサンディエゴにドッキングしたブラックスワン隊も、出撃時からその数を大きく減らすことになった。シャムスは自機であるベルデメビウスから降りると、船外作業に従事する整備員たちと言葉を交わすミューディーを見つけた。

 

「ミューディー!」

 

「シャムス、全く…お互いに手ひどくやられたものね」

 

そう困った様にいうミューディーのブルメビウスは、片方のエンジンに大きな損傷を受けており、武装面も撃ち尽くしている満身創痍と言った具合だ。

 

「ああ、しかしーーあれはなんだったんだ?」

 

「あの光は…凶悪すぎる」

 

その二人の会話に参加するのは、着艦したメビウスノワールから降りてきたスウェンだ。三人の隊長的な役割を果たす彼もまた、普段は見せない様な疲れた様子を見せている。

 

「スウェン?」

 

「あの光は、この宇宙にあってはいけないものだ。それだけは…はっきりとわかる」

 

あの宇宙を横切った光は、明らかな憎悪を孕んでいるように思えた。幼い頃、かすれた記憶の中で見上げた星空とは明らかに違う邪悪な光。核も、さっき放たれた光も、同じだ。

 

スウェンは無意識に手に力がこもった。あんな光をこれ以上、許すわけにはいかない。

 

その様子を見てたシャムスとミューディーも同じように、人手が足りない整備に自分たちも名乗りを上げて、自機の修理へと乗り出すのだった。

 

 

////

 

 

アークエンジェル、ドミニオン、クサナギ、ヒメラギーーそして、あの光から生き残った艦隊の艦長たちは、今後の方針と放たれたザフト軍側の兵器のことを踏まえて、各艦の通信でブリーフィングを行うことになった。

 

ザザーランド指揮下の艦隊から名乗りを上げてアークエンジェル側についたミサイル駆逐艦「グラムク」を始め、多くの艦の艦長たちは、大型モニターに映される現状を見つめる。

 

「一度引けたとは言え、我々の位置はここ。すでにハルバートン提督たちが、停戦協定の準備に入っています。ガルーダ隊とアンタレス隊が合流していますが…」

 

マリューが囲った宙域は、ヤキンドゥーエとボアズの防護範囲からわずかに外れた場所であり、月からの地球軍本面の進路からもわずかに離れた位置に第八艦隊は集結している。

 

停戦協定のために乗り込んだアプリリウス市付近では、残ったメネラオスと数隻の護衛艦。プラントに詳しいイザークや、アンタレス隊の生き残りが護衛のためにアプリリウス市に入ったが、状況は最悪と言える。

 

「ザフトは撃ってくるでしょうな。あれを持ち出した以上は」

 

そういうのはエターナルの艦長であるバルドフェルドだ。ヤキンドゥーエの後方に現れた巨大な構造体。あれを出してきたということは、ザフトも形振り構っている場合ではないということだろう。

 

「そんな!無茶です!現在我が軍がどれだけのダメージを受けているのか…!」

 

ナタルの悲鳴の様な声は最もだった。ただでさえ地球軍との戦闘で受けた傷も大きいというのに、ここでさらにザフト軍との全面戦闘となればーー被害は計り知れない。

 

「サザーランド大佐が要請した月本部からも増援と補給が来ますが…」

 

「それを指を咥えて見てる相手でもあるまい。必ず手を打ってくる」

 

指揮下を離れる前で通達があった月からの増援部隊。あの兵器はそれらを遠距離から一方的に破壊するために作られたものだ。核をこさえて悠々とやってくる敵を、あの兵器を持ち出したザフトが黙って見てるとは考えにくい。

 

「わかっていることはひとつだ。あそこに、あんなもの残しておくわけにはいかない」

 

そう口火を切ったのはアズラエルだ。一人になって理性的に頭を冷やしてはいたが、あの光を見て怒りを覚えない彼ではない。震える拳を握りしめ、アズラエルは怒りを抱いた声を張り上げる。

 

「くそっ!!何がナチュラルの野蛮な核だ!あのとんでもない兵器の方が遙かに野蛮じゃないか!!」

 

一瞬目にした光。あの光にのまれた船がどうなったか。生きたまま体に光が突き抜け、船は原型を残したまま溶けたのだ。無数の叫びと共に。そんな船の中がどうなったなど、想像することは容易い。

 

「もう、いつその照準が地球に向けられるか解らない。核も、あの兵器も、撃たれてからじゃ遅い!」

 

もし、あの極光が地球に届くというならーーアズラエルにはそれが我慢ならなかった。自分たちも地球の恩恵をあやかりながら、ナチュラルと見下し、排除し、差別するだけじゃ飽き足らず、今度は地球という方舟を滅ぼそうというのだ。

 

そんなことを許していいはずがない。あんな兵器を、作れることを分かりながらも、あんな兵器はこの世に生み出してはならない筈だ。それを知りながら作った者たちに、アズラエルは吐き気が出そうな気分になる。

 

「…私たちは、遅すぎたのかもしれません…」

 

「ラクス…」

 

そんな最悪の未来を見つめて、ラクスは今までの気丈さとは打って変わって弱々しい一面を見せる。自分の父が停戦に乗り出しているとは言え、地球に撃たれればそんなもの意味をなさない。その先にあるのは避けようのない滅びへの道だ。

 

《あの兵器の解析結果が出ました》

 

そんな中、クナサギにいたシモンズ博士からの解析結果が各艦長たちの元へと届けられる。映し出された資料を少し見るだけでも、あの兵器がいかに危険なものかを窺わせるものだった。

 

《発射されたのはガンマ線です。線源には核爆発を利用した、巨大なγ線レーザー砲。そしてあの大きさ…照射範囲は計り知れません。仮に地球に向けられれば強烈なエネルギー輻射は地表全土を焼き払い、あらゆる生物を一掃してしまうでしょう》

 

「撃ってくると思いますか?地球を…」

 

そう不安げに言うマリューや艦長たちに、ヒメラギの指揮を預かるハインズが悲しげに目を伏せながら呟いた。

 

「ーー旧世紀でも、強力な遠距離大量破壊兵器保持の目的は変わらん。互いの武力を行使させないための抑止だ。だがもう、撃たれちまったからな。核も、あれも…どちらももう躊躇わんだろう」

 

その言葉に、バルドフェルドも同意する様に肯く。

 

「戦場で、始めて人を撃った時、俺は震えたよ。だが、直ぐ慣れると言われて…確かに直ぐ慣れた」

 

そこにあったはずの倫理や感情、道理や情が削ぎ落とされてゆき、最後には引き金を引くことが作業へと成り下がる。

 

流れ出る血も臭いも、それが仕事だと割り切れれば何ら心に遺恨を残すものではなくなるのだ。

 

「あれのボタンも核のボタンも同じと…」

 

「撃つ当事者たちにとってはな。そして誰もが後になって言うのさ。ここまで酷いことになるとは思わなかったとね。違うか?」

 

その言葉に誰もが押し黙る。軍人なら誰もが知りながら通る道だからだ。バーフォードは帽子を深く被りながら嘆く。

 

「人は愚かにも忘れる。だから慣れるんだよ。戦い、殺し合いにも」

 

誰もが突きつけられた現実に口を閉ざす中ーーだけど、とキラは口を開いた。

 

「アズラエル理事の言う通りです。核にもあの光にも、絶対に互いを討たせちゃ駄目なんですよ」

 

「キラ…」

 

そう前に出るキラに、隣にいたラリーやリークも頷いた。

 

「そうだよな。そうなってからじゃ、全てが遅い。俺たちは、それを止めるためにここに来た」

 

「ーーやるべきことは変わらん」

 

「バーフォード艦長」

 

バーフォードは小さく息をついて、ドミニオンのブリッジから星の大海を見据える。

 

「多くの…多すぎる犠牲を出して、地球軍の核を止めた。だが我々の戦いはまだ終わっていない。あの兵器を破壊せねば、この戦いは終わらん」

 

きっと、PJやコープマン…あの戦いで散っていった仲間たちも同じことを言っただろう。どれだけ絶望的な状況であろうとも、彼らは諦めずに気高く戦った。

 

だからこそ、自分たちも前に進まねばならないのだ。

 

「戦力は乏しい。失ったものも、悲しみもある。だが、彼らが我々に託してくれた使命を果たさなければならん。この戦いを止める使命をーー」

 

彼が散る価値があると見定めた世界を守るために、まだ自分たちの戦いは終わっていない。そういうバーフォードの言葉に、マリューやハインズたちも同じ気持ちだった。

 

 

////

 

 

「ミラーブロックの換装は?」

 

「あと1時間ほどであります」

 

ヤキンドゥーエの司令室の中で、偵察型ジンから送られてくるデータを見つめながらパトリックは指示を出していく。

 

「急がせろ。地球軍…いや、クライン派の動きは?」

 

「未だありません」

 

アプリリウス市に入ったとは聞いたが、今頃停戦協定を結ぶなどと言っても、もう遅い。

 

「彼らも必死でしょうから。あの威力を見た後では。こちらから仕掛けますか?」

 

そう口を出したのはクルーゼだ。いつもは座して馬を見るタイプであるはずの彼であるが、どこか焦りにも似た声色で防衛範囲の外側にいるクライン派を叩くかと言葉を投げてる。

 

そんなクルーゼにパトリックは手をひらひらとかざして答えた。

 

「そのようなことをせずとも二射目で全て終わる。我等の勝ちだ」

 

地球軍の増援が来ようとも無意味だ。ここにたどり着く前にジェネシスの炎に焼かれて絶えるのだから。

 

「では地球を?」

 

そう最後に疑問を投げたクルーゼに、パトリックはぐっと息を飲む。しばらくの沈黙の後、彼は答えた。

 

「ーー月基地を討たれてもなお奴等が抗うとなればな」

 

 

 

////

 

 

 

「母上!」

 

アプリリウス市。プラント最高評議会の議事堂があるプラント郡の一つであるこの地の港には、すでにメネラオスと関係各艦のが集結しており、その船の護衛としてイザークを含めたガルーダ隊も、このプラントへ到着していた。

 

シーゴブリン隊によって制圧された議事堂。イザークは投降した最高評議会の面々の中で自らの母を見つけた。

 

「イザーク!?貴方は…」

 

パナマでの戦いから行方が分からなくなっていた息子の帰還に驚くエザリア・ジュールに、イザークは青ざめた顔で問いかける。

 

「母上…答えてください。あの兵器は…」

 

きっと息子も地球軍に捕らえられたのだろう。緊急時だというのに、そんな思考に陥っていたエザリアは、大丈夫よとイザークを安心させる様に声を紡ぐ。

 

「ーー間もなくジェネシスの二射目が行われます。そうすればこの長かった戦争もようやく終わるわ」

 

「撃つと言うのですか…!!」

 

そう言って更に顔色を悪くしたイザークの頭を、エザリアは優しく撫でる。

 

「あなたは疲れているのですよ。停戦協定などするまでもなく、未来は私達のーー」

 

「ふざけないでください…!」

 

その手を、イザークは自ら払い退けた。激情に駆られるイザークの顔を見て、エザリアはただ戸惑うばかりだ。

 

「イザーク…?」

 

「ふざけるな…ふざけるな!!!一体、どれだけの人間が犠牲になったと思ってるんだ!?」

 

そんなこともわかっていないのですか!?そう怒声のような声を響かせるイザーク。蘇ってくるのは、絶望的な状況の中で地球軍艦隊へ挑んだ部下たちーーそして、飛来する核ミサイルを身を挺して防いだPJたちの勇敢な姿だ。

 

「俺の部下は!!俺たちの仲間は!!そんな悲しいことを起こさないために、身を挺して核からプラントを守ったんだ!!それなのに…まだ足りないと言うんですか!?まだ犠牲を出すと言うのですか!?」

 

現れたジェネシス。あれは、ただ一つ自分たちの故郷を守りたい、こんな戦いを終わらせたいと願って戦ってきた彼らへの侮辱だ。あんなものを許していいはずがない!!

 

「イザーク…」

 

息子の変わり様に驚くばかりのエザリアを、イザークは改めて見据える。

 

「母上ーー。俺たちはジェネシスを止めます。もう、あんな兵器を、あんな凶悪なものを、憎悪にまみれたものを、もう一発たりとも撃たせてはならないのです!!」

 

あれを撃てば、全てが無駄になる。直感的ではあるが、それだけは確信できた。あの兵器は危険すぎるーー。

 

「ナチュラルもコーディネーターも関係ない!俺たちは、俺たちの果たす使命のために戦う!」

 

それが、散っていった仲間や部下への最大の手向けなのだ。イザークは言葉を投げてから、踵を返し屈むデュエルへ向かう。その両脇に、二人の戦友が並んだ。

 

「ああ!」

 

「そうですね」

 

ディアッカとニコルに後押しされ、そしてあの戦いのあとでも付いてきてくれる部下を引き連れて、イザークは歩む。手渡された使命を果たすために。

 

そんな息子の背中を見つめなら、エザリアは戦地に赴く息子にかける言葉が見つからなかったーーー。

 

 

 

 

 

 

 



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ジェネシス攻防戦編
第173話 帰す刃


 

 

 

各員、傾聴。

 

これより作戦を説明する。とは言っても、この戦力だ。作戦らしいものかは怪しいものだが…。

 

我々の目的に変更はない。地球軍の核攻撃は阻止できたが、問題はヤキンドゥーエから現れた兵器だ。情報によれば名はジェネシスと呼ばれている。

 

その威力は諸君らも知っての通り、我々の想像を絶するものだ。

 

仮にあれが地球に撃たれれば、地球は生命が住むことができない死の星となるだろう。そうなれば、地球に住む人々は疎か、プラントも滅びの一途を辿ることになる。

 

我々はなんとしても、ジェネシスを破壊し、地球への攻撃を防がなければならない。

 

技術部のエリカ・シモンズです。ジェネシスは連射がきかないのが唯一の救いです。おそらく、一射毎にこのミラーを交換しなければならないのでしょう。

 

おそらくジェネシス本体はフェイズシフト装甲で守られている。我々があんな巨大な構造物を発見できなかった理由としても、ミラージュコロイドを使用していたのだろう。

 

そして、その前にはヤキン・ドゥーエと何重にも張り巡らされた防衛線だ。サザーランドが要請した月から来る地球軍も総力戦を仕掛けるだろうが、こりゃ容易じゃないぜ?

 

ミラーの交換に要する時間は?

 

概算ですが1時間…いえ、45分を切る可能性もあります

 

残されたリミットは僅かだ。我々はヤキンドゥーエへ突入し、ジェネシスを破壊。及びその使用権限を停止させる。

 

メビウスライダー隊、諸君らが主力隊となる。

 

メビウス隊、ライトニング隊を以てヤキンドゥーエの防衛線を突破。グリフィス隊は内部に侵入するシーゴブリン隊の援護。敵の中枢部を叩く。ガルーダ隊、アンタレス隊は部隊を再編成、シエラアンタレス隊としてブラックスワン隊と共に各艦の護衛を頼む。

 

無謀な作戦だということは分かっている。だが、我々は果たさなければならない。先の戦いで散っていった仲間から託された使命を。

 

諸君。こんなことしか言えん無能な艦長で、申し訳なく思う。

 

アークエンジェル、ドミニオンを旗艦とした残存艦隊は、外部からジェネシスを攻撃、ミラーの交換時間を引き伸ばせ。

 

作戦は以上だ。

 

貴官らの健闘を祈る。

 

各部隊、発進せよ!!

 

 

 

////

 

 

 

《全艦発進準備、繰り返す、全艦発進準備!》

 

アラームと共に艦内放送が響く。エターナルの中にアイシャの声が届き、ハンガーの中でノーマルスーツに身を包んだアスランは、整備を終えたジャスティスへ向かう道中にあった。

 

ザフトーーー父が放った稲光。いや、そんな優しい光ではない。もっと凶悪な何かを内包したジェネシスの閃光。

 

そこまでなのですか。そこまでして滅ぼしたいのですか。自分が認められない、納得できないから全てを滅ぼしていいはずがない。

 

アスランは、ブリーフィングを終えたときに一つの覚悟を決めていた。あの光を地球に撃つというなら、父はーー自分は、親殺しも厭わないと。

 

「アスラン!」

 

そんなどす黒い何かを抱えようとしていたアスランを、カガリが呼び止めた。

 

「カガリ、なんだよ…その格好」

 

振り返ったアスランはギョッと目を剥いた。彼女が身につけていたのは、作業用ノーマルスーツではなく、パイロット用のノーマルスーツだったからだ。

 

「いや…今度は私も出られる。パーツのまま持ってきたストライクルージュがどうにか間に合った」

 

ストライク…ルージュ?カガリの言葉の意味を理解できずに硬直するアスランを尻目に、「じゃあな」と軽く挨拶を投げてカガリが通路からハンガーへと飛び立とうとした。

 

「ちょ、ちょ…!ちょっと待て!出るって…ストライクルージュ?!」

 

思わずカガリの肩を引っ掴んでこちらに引き戻す。引っ張られたカガリはどこか不満げにアスランを見つめた。

 

「なんだよ!モビルスーツの訓練は受けている。アストレイの連中より腕は上だぞ」

 

「そういう問題じゃないだろ!?」

 

ここは戦場。そしてヤキンドゥーエの目の前だ。オーブや地球、メンデルでの戦闘とは訳が違う。核を止めたとはいえ、こちらの損害はあまりにも大きい。そんな戦場に出る?カガリの操縦期間はあまりにも少ないのだ。それで引き留めない方がおかしい。

 

アスランがそう捲し立てようとした時、カガリは手を前にかざしてアスランの言葉を止めた。

 

「ーー出来ること、望むこと、すべきこと。みんな同じだろ?アスランも、キラも、ラクスも。それに、私もさ」

 

「カガリ…」

 

「戦場を駈けても駄目なこともある。だが今は必要だろ?それが。そんな顔するな。私よりお前の方が全然危なっかしいぞ?」

 

なにより人手が足りないのだ。そんな中で無茶な作戦をしようとする以上、危険なことも付きまとってくるのは承知の上。そんな中でも、アスランの動きはあまりにもわかりやすかった。

 

ブリーフィングを終えたアスランの目を見て、カガリは直感したのだ。彼は差し違えてでも父を止めようとするだろう、と。

 

「私が死なせないからな?お前を。それに弟かも…しれない、あいつもな」

 

故にカガリはルージュで出ることを決めた。戦いたい。戦争を止めたい。そんな大それた大義名分はない。ただ、アスランを死なせたくない。キラを死なせたくない。

 

二人がどこか遠くへ行ってしまうのを止めるために、カガリ宇宙へ出るのだ。

 

「ーー弟?兄さん、じゃなくて?」

 

そんなカガリの言葉を聞いて、彼女の優しさに触れたアスランは小さく笑みを浮かべ、そう言葉を紡ぐ。そんなアスランに、カガリは鼻で笑って腕を組んだ。

 

「ふん!あり得ん!あいつが弟だ」

 

そう断言できるのがカガリの強さであり、アスランをここまで奮い立たせた力でもあった。

 

「ふ…そうだな」

 

アスランはそう呟くと、腕を組むカガリの腰に手を回して抱きしめる。放射能防止のため、バイザーが開けられないのが残念だが、五感全てでカガリの存在を確かめるように、強く抱きしめる。

 

「ふぁ…ぁぁ…ぇ?」

 

「俺、カガリに会えて良かった」

 

呆けるカガリの耳元でヘルメット越しにアスランは言う。カガリがいなければ、自分はきっと、もっと酷い道を進んでいただろう。キラを殺していたかもしれないし、きっとこんな道を選ぶこともなかった。すべてはーー彼女と仲間たちのおかげだ。

 

「アスラン…」

 

「君は俺が守る。必ず」

 

そう言って腕を解いたアスランとカガリは、しばらく見つめ合ってから、ヘルメットを小さくぶつけ、無重力の中を漂うのだった。

 

 

////

 

 

更衣室の中、白いノーマルスーツに腕を通すラリーに、点検を終えたハリーが入り口から中へと入ってきた。

 

「ラリー」

 

いつもはもっと力強い彼女の声が、いやにか細く聞こえた。作業用ヘルメットを脱ぎ捨てて、ノーマルスーツの上を脱いだハリーは、無重力の中を滑るように移動し、ラリーの前へと降り立つ。

 

「ホワイトグリントの補給、終わったよ」

 

そう言って更衣室に設けられた分厚い窓からハンガーの中を眺める。二人の前にあるのは、充分に整備され、多重装甲もオプションも何もない、本来の姿となった純白のモビルスーツ、ホワイトグリント。

 

多重装甲が装備されていた時は使用できなかったスラスターや駆動軸の数値もリミッターが外れて、フリーダムやジャスティスの基本性能を凌駕する機動力を発揮するであろう閃光の機体。

 

それを手ずから整備したハリーの顔つきは、暗く沈んでいるように見えた。

 

「いっぱい…帰ってこない人が多かった」

 

PJにアンタレス隊のパイロットたち。

 

ガルーダ隊やグリフィス隊に参加していた地球軍、ザフト軍のパイロットたち。

 

そしてモントゴメリや第八艦隊の船。

 

フレイは自身の父の最後を聞いて、ハラハラと涙を落とした。サイに肩を支えられながら、悲しみに飲まれようとするのに、フレイは気丈に振る舞い、「泣くのも悲しむのも、こんな戦いを終わらせてから」と言って、今もメビウスや他の機体の整備に従事している。

 

けれど、ハリーは、そこまで強くなれなかった。

 

「私…怖いよ、ラリー。ラリーも帰ってこなくなるんじゃないかって…すごく怖い」

 

そう言って何も言わないラリーの背中に抱きつく。ハリーの声は震えていた。ここに来るまで、多すぎる犠牲があった。それを目の当たりにするのは整備をするハリーたちだ。

 

悲惨な状況も多く見ているからこそ、ハリーにとってラリーが帰ってこなくなることが何よりも恐ろしかった。

 

震えるハリーに、ラリーはヘルメットを宙に捨てて向き直ると、彼女以上の力を込めてその体を抱きしめた。

 

「大丈夫。帰ってくる。俺は必ずな」

 

帰ってくる。

 

ヤキンドゥーエで待っているであろう、あの男との決着をつけて必ず帰ってくる。

 

リークやキラたちも残らず守り切って、帰ってきてみせる。

 

そうラリーは断言して、ハリーを抱きしめた。

 

すると、彼女は少し身動ぎをしてラリーの抱擁から抜け出すと、床を背伸びするように蹴ってーーーラリーへ口付けを落とした。

 

「ーー約束」

 

そう言って人差し指をラリーの口へ当てがう。ハリーは目尻に涙を溜めながらも、笑っていた。

 

「約束破ったら、承知しない。だから帰ってきて。みんなで」

 

「ーーああ、任せておけ」

 

そう答えて、ラリーは宙を舞うヘルメットを掴み、更衣室から出て行く。その背中をハリーはただ見送る。

 

そうだとも、彼は帰ってきた。

 

多くの戦場を駆け抜ける流星という二つ名と共にーー。

 

 

 

 



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第174話 オペレーション・メビウス

 

 

「ジェネシスとザフト、戦いながらどっちも防げったってさぁ」

 

アプリリウス市の港口に集結したガルーダ隊とアンタレス隊。

 

補給を受けたM1アストレイや、サザーランド艦隊から離脱した船からもたらされたダガーへ乗り換えたパイロットもいる。

 

いよいよツギハギ部隊となってきた中で、屈んでいた姿勢から立ち上がるバスターのコクピットでディアッカが困ったような口調でそう吐いた。

 

「やることは山積みですよ、ディアッカ」

 

「ったく、わかってるよ」

 

その隣にいるのは、大型火器が弾切れとなって、片手にビームライフル、背部にソードストライカーのマイダスメッサーと、シュベルトゲベールを装備したニコルのブリッツが立ち上がる。

 

混戦になる以上、後方支援はディアッカのバスターに任せて、突破口を開く役目をニコルが買って出たのだ。ニコルもディアッカも、評議会に親が関わっている身だ。思うところはイザークと同じなのだろう。

 

「各員いくぞ、俺たちの使命を果たすためにな!」

 

ガルーダ隊と、隊長を失ったアンタレス隊を率いるイザークは、バイザーを下ろしながら背後に立つ部隊の全員へ語りかける。イザークのデュエルも、各部装甲に損傷を受けており、デュエルの素体が露出している部分もあった。

 

そんな状態でも、イザークは向かうことをやめなかった。

 

「了解!」

 

そう答える隊員たちも同じだ。

 

まだ動かせる手足がある。まだ動かせる武器がある。武器を手に持って戦うことができる。ならば、果たさなければならない。友がそうしたようにーー命を賭して国と市民を守った彼らから受け取ったものに、答えるために。

 

「イザーク・ジュール!…シエラアンタレス隊、発進する!」

 

失ったアンタレスの光を途絶えさせないため。その星光を翼で包む鷲。イザークはPJの意思を継ぎ、この戦いを終わらせるために灯火を連れて宇宙へと飛び立ってゆくーー。

 

 

////

 

 

「メビウスには残りのファストパック、全部載せたから!」

 

アークエンジェルの中では、フレイが調整したファストパックが詰め込まれたメビウスだ。ハイブラストとは言えないものであったが、携行火器でいえば、ビームライフル4基、対空ミサイル8基、小型ミサイルポッド4基、近接用ビームサーベルが翼端に、そして機体下部には最後のシュベルトゲベールが装備されている。

 

「ありがとう、フレイ」

 

コクピットの入り口で腰掛けながら、機体のフィッティングを確認しながらそう答えるトールのヘルメットを、フレイは手に持っていたレンチで軽く小突いた。

 

「帰ってきなさいよ。ミリィを泣かせたらただじゃおかないんだからね!」

 

当然だよ、そう答えたトールに満足したように、フレイがメビウスから離れると、トールはコクピットハッチを閉めた。

 

《トール!》

 

起動したモニターに、すぐさまミリアリアの顔が映る。その表情は今にも泣き出してしまいそうで、トールはらしくないやと小さく笑って見せた。

 

「ミリィ、大丈夫。帰ってくるよ、俺は…必ず」

 

《どうか、気を付けて…》

 

エアロックが解放されて、射出デッキへと運搬されて行くトールのメビウス。開いた発艦デッキから見つめる宇宙。まだ穏やかさがあるその光景を見つめながら、トールは遠くにいる誰かに向かって口を開いた。

 

「ボルドマン大尉ーー俺は、やります。生きて、貴方から渡してもらったものを受け継ぐ」

 

《メビウス、ケーニヒ機、発進どうぞ!》

 

ミリアリアの声を受けて、トールはグッと力を込めてスロットルを引き絞った。

 

「ーーライトニング3、トール・ケーニヒ、メビウス、行きます!!」

 

 

////

 

 

ドミニオン。モビルスーツハンガー。

 

普段は袖を通すことのないノーマルスーツに身を包んだアズラエルは、前に整列するリークやオルガたちから、困惑したような目を向けられていて、困ったように眉をひそめる。

 

「アズラエル理事」

 

「いや、まぁアレですよ。出撃前の激励ってやつです」

 

リークの声にアズラエルは、いつものように手をひらひらさせて答える。そんなアズラエルの隣にいるバーフォードが、敬礼を打ってメビウス隊へ言葉を紡ぐ。

 

「メビウス隊、君たちは目覚ましい力を持って多くの危機的状況を打開してきてくれた。だから、俺は信じている。君たちなら為してくれると」

 

「僕からは一言。死ぬことは許しません。あなた方には金をかけてますからね。必ず僕の元へ帰ってきなさい。いいですね?」

 

そう付け加えたアズラエルの言葉に、オルガたちは互いの顔を見合わせて、おかしそうに笑った。

 

「へ、アズラエルさんらしいや」

 

「図太く、長く太く、生きてみようかね!」

 

「好きなアーティストのライブもあるし」

 

「あ、ズリーぞ!俺だって新作のゲームがなぁ!」

 

「はいはい、やめやめ」

 

そうやっていつものように言い合いをして、いつものようにリークが仲裁して、そしてなんだかんだ言って仲のいい姿を見せてくれる彼ら。どうか、無事で帰ってきてくれ。アズラエルは口には出さないが、確かな思いを持ってメビウス隊を見つめていた。

 

「じゃ、行こうか。みんな」

 

ピリッとした空気に切り替え、二人に敬礼を打って踵を返したリーク。

 

「 「 「了解!!」 」 」

 

そんな隊長に従って、オルガたちもそれぞれの機体へと歩み出していった。

 

 

////

 

 

トールが出撃したあと、反対側のモビルスーツハンガーでは、裏方から引っ張り出してきた機体にマードックは目を剥いて、それに乗り込もうとするムウを引き止めていた。

 

「少佐!無茶ですって!これで出るなんて!」

 

「しょうがないじゃないの。ストライクはああなっちゃったんだからさ」

 

ムウが出してきたのは、低軌道会戦から使用していなかったメビウス・ゼロだ。

 

機体はハリーやフレイによって修復、整備ーーそして動力源をパワーエクステンダーに交換されたことにより、有線式ではあるがガンバレルがビーム兵器に換装されており、動力部分やコクピットモジュールもモビルスーツと同規格にするなど、大幅に手を加えられている魔改造品となっていた。

 

しかし、あくまで二人が手を加えただけであり、ろくな運用テストもしていない上に、ついさっきまで倉庫で埃をかぶっていた代物だ。

 

こんな戦いにそんなもので出るとは、正気の沙汰とは思えなかった。

 

「ラミアス艦長!」

 

そんな機体で出撃準備をするムウの元へ、ノーマルスーツに身を包んだマリューが近づいてくる。マリューが来ようとも、ムウはセッティングする手を止めようとはしなかった。

 

「行くのね、ムウ」

 

マリューの静かな声に、ムウの手が止まった。だがすぐに動き出す。

 

「悪りぃな。モビルアーマー乗りに戻っちまって」

 

「戻ってきてくれるんでしょ?」

 

文句や止める言葉が出るかと思っていたムウは、そう言ったマリューの方へ今度こそ視線を向けた。マリューの顔は微笑んでいたが、その表情の裏側にはムウを失ってしまうかもしれない恐怖がべったりと張り付いているのが見える。

 

ムウはメビウスゼロから降りて、マリューをそっと抱きしめた。

 

「任せとけ。俺は直ぐに戻って来るさ。勝利と共にね」

 

そうウインクをして浮かび上がるムウ。そんな二人のやり取りを見ていたマードックや整備士たちは、口々に「いいな…」や「爆発すればいいのに…」と呟きながらも、ムウのメビウスゼロ改を発進できるように調整して行く。

 

《フラガ機、発進位置へ!》

 

モビルスーツ発艦位置へ搬送されて行くメビウスゼロを、モニター越しに眺めながらマリューは胸元で祈るように手を合わせた。

 

(待ってるわ、ムウ)

 

《進路クリアー、フラガ機、どうぞ!》

 

「よっしゃあ!グリフィス1、ムウ・ラ・フラガ、メビウス・ゼロ、出るぞ!」

 

慣れ親しんだメビウスゼロを駆って、ムウは宇宙へと飛び出して行く。

 

 

////

 

 

「照準ミラーブロック換装、0100には終了します」

 

ヤキンドゥーエの司令室も慌ただしくなっていく。ジェネシス二射目。そのミラーブロックの換装が、残り30分へ差し迫ろうとしていた。

 

「目標点入力。月面プトレマイオスクレーター、地球軍基地!」

 

パトリックから発せられた命令に、司令部は一時、しんと静まり返る。だが、誰もが予想できたことだった。

 

「目標点入力開始、座標、月面プトレマイオスクレーター、地球軍基地」

 

入力されたデータを再確認し、正面のモニターにはジェネシスから発せられる閃光の軌道が表示されていた。打たれれば、間違いなく月の司令部は崩壊する。

 

「ーー奴等の増援艦隊の位置は?」

 

「グリーンアルファ5、マーク3であります!」

 

新たに追加された反応。今は亡きサザーランドから要請された月からの援軍は、見事なまでにジェネシスの軌道上に乗ってくれている。その真実を目にして、パトリックは小さく笑みを浮かべた。

 

(我等の勝ちだな、ナチュラル共)

 

ヤキンドゥーエ付近に下がった地球軍の残存部隊やクライン派の部隊が気がかりではあるが、あの程度の戦力でヤキンドゥーエの防衛網を抜けられるとは考えにくい。

 

「あと僅かだ。持ち堪えさせろ」

 

そう命令を下すパトリックの横にいたクルーゼが、ついに動き出した。

 

「ーーでは私も出ましょう」

 

そう告げてパトリックに敬礼を打つクルーゼ。

 

「ああ。クルーゼ。これ以上の失態、許さんぞ?エターナルを討てなかった貴様の責任においても、奴等にプラントを討たせるな!」

 

「アスランを討つことになってもよろしいので?」

 

「ーー構わん!」

 

一瞬、わずかな迷いが垣間見えたが、パトリックは自らの恨みと怒りに任せて息子を切り捨てた。その事実を見つめて、クルーゼは内心でパトリックを切り捨てる。

 

こいつにはもう用はない。

 

せいぜい、私の邪魔をしないことだ。

 

仮面の下で鋭く侮蔑するような眼光を光らせながら、それを悟らせないようにクルーゼは笑みという仮面を更に被る。

 

「了解しました。では」

 

それだけ言って、彼は足早に司令部を後にする。技術士官が満を侍して取り付けた装備。プロヴィデンスの完成形とも言える姿を目にするために。

 

ああ、ついにだ。クルーゼは通路の中で震える手を握りしめる。これが体の老いからくる震えなのか、それとも武者震いなのか、そんなものどうでもいい。

 

ついに決着がつく。

 

クルーゼとラリー。どちらが強いか。

 

はっきりさせようじゃないか。

 

 

////

 

 

《ジャスティス、フリーダム、出撃スタンバイ》

 

エターナルは忙しなく発進準備が進められていた。クサナギから搬送されてきたストライクルージュの中で、カガリは技師からの説明を受けながら機体をマッチングさせていく。

 

《ストライクルージュ、パワーエクステンダー、フロー正常です。支援AIの確認願います》

 

「オレンジ25、マーク12、アルファにザフト軍艦隊です!」

 

ついにきたか!バルドフェルドは総員に戦闘態勢を発令する。アイシャやダコスタもすぐさま持ち場へと着いた。後方にいるアークエンジェルやドミニオン艦隊も敵反応を捕らえたようで、迎撃武装を展開していく。

 

「モビルスーツ、発進して下さい」

 

「全艦、モビルスーツ、モビルアーマー部隊、発進!」

 

クサナギのハッチが開くと、整備を終えたアストレイ・タイプRが深淵の宇宙を見下ろす。コクピットに座るマユラは深く息を吐いて、操縦桿を握りしめた。

 

「行くわよ!アサギ!」

 

「お先に!」

 

マユラやジュリが先に出ていくのを見つめて、アサギも二人へと続くようにクサナギから飛び立つ。

 

「グリフィス隊、出ます!」

 

その前方に位置するアガメノムン級ケストレルからも、アストレイや加わったダガーが発進していく。

 

「ブラックスワン1、カルロス・バーン、発進する!」

 

《エンジェルハートよりブラックスワン隊へ!トーリャ・アリスタフだ!各機、隊列を組め!先頭にはメビウスライダー隊の二人がいる!》

 

ブラックスワン隊も、ネルソン級サンディエゴから分離し、隊列飛行へと移行していく。先頭を飛ぶのは、ムウのメビウスゼロと、トールのメビウスだ。

 

「ブラックスワン6、スウェン・カル・バヤン、メビウスノワール、出るぞ」

 

「ブラックスワン7、シャムス・コーザ、ベルデメビウス、行くゼェ!」

 

「ブラックスワン8、ミューディー・ホルクロフト、ブルメビウス、行くわよ!」

 

生き残ったブラックスワン隊も発進し、モビルスーツとモビルアーマーの混成部隊は向かいくるザフト艦隊へ進路を取った。

 

「軍隊らしくなってきたな!」

 

「ここからがペイバックタイムだ!」

 

そう各々が声を上げる光景を目にして、ムウは低軌道会戦の時を思い返す。あの時はいいようにやられたが、今回は違う。必ず止めてみせる!その思いは誰もが同じだ。

 

「メビウスリーダー、リーク・ベルモンド、リベリオン、発艦します!」

 

開かれたドミニオンのモビルスーツハンガーから発艦するリークのリベリオン。ビームランチャーと対ビームコーティングが施されたシールド、そしてビームカービンを手に持って宙を飛んでいく。

 

「メビウス1、オルガ・サブナック、カラミティ、行くぜ!!」

 

「メビウス2、クロト・ブエル、レイダー、行くよ!!」

 

「メビウス3、シャニ・アンドラス、フォビドゥンリペア、出るよ」

 

その背後にはオルガのカラミティ、クロトのレイダー、そして背部武装へリベリオンの予備パーツを取り付けたシャニのフォビドゥンがいた。

 

本来は手を取り合うことなかった力がここに集う。打つは憎しみ。殺すは怨念。彼らの行く先には、それを象徴する権化が立ちふさがる。

 

《進路クリア!ストライクルージュ、発進どうぞ!ハウメアの加護があらんことを!》

 

「オメガ1、カガリ・ユラ・アスハ、ストライクルージュ、いくぞ!」

 

赤く染められたストライクが発艦する。それに続いてアスランたちも電磁カタパルトへ足を預けた。

 

「ライトニング4、アスラン・ザラ、ジャスティス、出る!」

 

「ライトニング2、キラ・ヤマト、フリーダム、行きます!」

 

「ライトニング1、ラリー・レイレナード、ホワイトグリント、出るぞ!!」

 

 

 

 

 

 

《カウントダウン開始。射線上の全軍に退避勧告!》

 

残された時間はあとわずか。

 

これが最後の戦い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クルーゼ隊長、理論はお解りと思いますが」

 

ヤキンドゥーエのモビルスーツハンガーで、慣れ親しんだ技師から説明を受けながら、クルーゼはプロヴィデンスのコクピットへと滑り込んでいく。

 

「ああ。使ってみせるさ。それでこそ、戦う価値がある」

 

そう答えたクルーゼに、技師は不安げに瞳を潤ませてから敬礼を打って離れていく。プロヴィデンスに装備された兵装。ーーあの男が扱えたのだ。ならば、やってみせるさ。

 

(ラリー、これが最後だ。存分に戦おう)

 

スロットルを緩やかに上げつつ、プロヴィデンス・セラフは高機動形態に変形した姿のまま、出力を上げていきーー臨界を迎える。

 

「ラウ・ル・クルーゼだ!プロヴィデンス・セラフ、出るぞ!」

 

向かいくる勇者たちに応じるよう、その行手を遮ることを決めた黒い翼は、大きく光を放ってヤキンドゥーエの要塞から飛び立っていく。

 

 

 

ジェネシス発射まで

 

残りーーー30分。

 

 

 

 

 

 



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第175話 ある記者が見た光景

 

C.E.71年9月26日。

 

その演説はプラント国民全員に向けて発信された。

 

《私は地球連合軍、第八艦隊司令官、デュエイン・ハルバートンです》

 

当時、地球からプラントへ訪れていた私は、広域映像通信越しに映る、デュエイン・ハルバートン提督の姿を初めて目にすることになった。

 

第八艦隊提督。宇宙の司令官。さまざまな異名を持つ彼が、このプラント国内にて、異例の演説を行ったことを、私は今でもはっきりと覚えている。

 

ふと、曾祖父から受け継がれてきたカメラを、私はモニターに向けて構えた。今時、高精度カメラなど出回っているのだが、写真に現像するなら曾祖父から受け継がれてきたカメラでも問題なく現像できる。それどころか、フィルムデータだからこそ、その色あせない光景を切り抜けることもあったのだろう。

 

《戦場にいる両軍将兵の皆さん。銃を置いて戦場を後にしましょう》

 

はっきりとした口調でそういうハルバートン提督。おそらく通信は、今騒がしいヤキンドゥーエ宙域に向けても流されているだろう。

 

地球軍が核を持ち出したという事実。それに怒りを覚えるプラント国民は多い。だが同時に、それを食い止めるために立ち上がった勢力のことを、我々はよく知っていた。

 

戦場カメラマンや、クライン派に属する通信機関が、ザラ派や保安部の目を掻い潜り戦場の映像をプラントへ発信した。

 

多くの人が、混迷した戦場を目にしていた。

 

私もその一人だ。

 

《地球連合軍の大きな権力、そして軍事力を専断し、核を持ち出した者たちから、本来我らが指針としてきた地球連合軍は解放されました》

 

彼は言う。私は壮麗に語るハルバートン提督の姿を再びカメラに捉えた。

 

《コーディネーター、ナチュラル。我々は種族という壁に大きく惑わされ、時代もその奔流の中に飲まれ、深く傷つきました。このまま戦い続ければ、互いに認め合えずに、人という存在はこの世から消え去ることになるでしょう》

 

核によるプラントへの攻撃。

 

血のバレンタイン事件。

 

あれから戦争は泥沼化の道へと転がり落ちていった。エイプリルフールクライシスで約10億人の犠牲者を出しながらも、戦いは激化する一方だった。

 

誰もが疲れ切っていた。殺し殺され、憎しみに憎しみを重ねて戦い続ける日々に。

 

思考は停滞し、感覚は鈍り、倫理も無くなっていく日常の中ーーー映像に映った彼は、勇敢に戦い、そして散って行った。

 

《それを阻止するため、人としての自由と正しいことを伝えるために、今こうして私は初代プラント最高評議会議長、シーゲル・クライン閣下と、オーブ首長国連邦首相、ウズミ・ナラ・アスハ様と共にあります》

 

そう言ってハルバートン提督は、両側に立つ人物と肩を寄せ合い、笑顔で握手を交わした。その姿を見て、多くの人が驚く。

 

パトリック・ザラが反逆罪で処刑したと発表したシーゲル・クラインと、地球軍の攻撃により行方不明となっていたはずのオーブ代表のウズミ・ナラ・アスハがハルバートン提督と肩を並べて立っていたからだ。

 

私は再びカメラを構えて、その光景を切り抜いていく。

 

《我々はまた、道を踏み誤ろうとしていました。ですが、暗黒の時代は人の手で終えることができるのです》

 

そうハルバートン提督が声をくぎると、今度はシーゲル・クラインが壇上の前へと歩み出してくる。

 

《私は初代プラント最高評議会議長、シーゲル・クラインです。戦場にいる両軍将兵の皆さん、ハルバートン提督と、アスハ首相と、私とが、肩を並べ手を取り合う姿をご覧いただきたい》

 

光が瞬き、その中で三人は硬く手を取り合っている。歴史的な瞬間だった。今までいがみ合っていたはずの、地球勢力、プラント、そしてオーブの権力者たちが、互いを戒め合うわけもなく笑みを浮かべて手を取り合っているのだ。

 

《ハルバートン提督の今の言葉は真実です。私もまた、プラントの勢力によって身を追われました。だが、我々にはなさなければならない戦いがある》

 

そう言った瞬間、モニターには一つの大きな建造物が表示される。近くに映る要塞、ヤキンドゥーエが小さく見えるほどの大きさ。その兵器を見つめる誰もの心に、黒い何かがスゥと入り込んできたような気がした。

 

《そのとおりです。我々の間に憎しみを駆り立てた者たちは食い止めることができました。ですが、我々のゆりかごでもある地球すらも破壊しうる力を持った兵器を用意しつつあるといいます》

 

核を身を呈して止めた彼ら。そんな彼らの戦いすらも無に帰そうとする兵器。それがどんなものかーー少なくとも私には、その映像に映る兵器の姿が核よりも恐ろしいものに見えた。

 

《しかし、我々の友人たちが今その大量破壊の使用を阻止するための、少ない戦力の中、行動を始めています》

 

ハルバートン提督は、真っ直ぐとした目でプラント国民やヤキンドゥーエ宙域にいる全ての人へ声を紡ぐ。

 

《もし地球が焼かれることになれば、ナチュラルもコーディネーターも関わりなく被害を被ることになる。種族の壁はもう重要ではない。どちらの勢力が被る被害も共通の大きな痛手となる》

 

アスハ代表が言うように、プラントも地球からの恩恵に頼る部分がある。鉄など資源を失うことになればーー数年も持たずにプラントは死の国となってしまうだろう。

 

《ーー両国将兵の皆さん。どうか心あらば、あなたがたの持てる道具を持って彼らを手助けしてやって欲しい》

 

そう言って、ハルバートン提督はどこか遠くを見つめる。彼の見る先に「戦いを止めようとする者たち」がいるのだろうか?

 

《ーー彼らは今、ザフトの要塞、ヤキンドゥーエに向けて飛んでいる》

 

私はカメラを構えながらその映像を食い入るように見つめた。どこかで風を切る音が聞こえる。多くの戦列が並び、少ない力を持ってして巨大な力に挑もうとする彼らーー。

 

《尚も、まがまがしい武器の力を使い、己が私欲に邁進しようとする者たちよ!》

 

シーゲルの力強い声が、プラントに響いた。

 

《平和と融和の光の下に、ひれ伏したまえ!》

 

 

 

 



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第176話 閃光の刻 1

 

 

 

 

《ザフトは直ちにジェネシスを停止しなさい!!》

 

幾つもの砲火を潜りながら、エターナルの席に座するラクスは声高らかに叫んだ。深淵の宇宙の中に浮かぶ無数のヒカリ。彼らには届いているはずの声だが、ラクスの悲鳴のような声に応えるものは居なかった。

 

「ええい!取り舵20!弾幕!!」

 

帰ってくるのは極光だけ。触れれば焼けてしまうような憎しみの業火。彼らはもはや言葉では止まらない。しかしーーそれでやめてしまっては意味がない。

 

ラクスは揺れる体を歯を食いしばって耐えて、声を張り続けた。

 

《核を撃たれ、その痛みと悲しみを知る私達は、それでも同じことをしようというのですか?討てば癒されるのですか?!》

 

失ったもの。失いすぎたもの。傷ついて修復できない心の傷。だが、それを盾に相手に同じことを仕返す。それではただの怨念返しだ。そんなものに、理念も道理もーーましてや正義なんてものもない。

 

《同じように罪無き人々や子供を。これが正義と?互いに放つ砲火は何を生んでいくのか、まだ解らないのですか!?まだ犠牲が欲しいのですか?!》

 

どれだけ積み上げれば満足するのですか!?どれだけの物を捧げればーー!!

 

その言葉も、ザフトからの閃光でかき消されて行く。言葉では、もうどうにもならない。故に、エターナルの前に出ているパイロットたちは覚悟を決めた。

 

《エターナル、AWACS「スカイウォーカー」より、各機へ!目標まであと6000!敵の防衛網に入るわ!作戦通りにライトニング、メビウス隊は敵の陣営に穴を!》

 

管制官を務めるアイシャからの声に、リークを筆頭としたメビウス隊と、ラリーを先頭にしたメビウスライダー隊が、迫りくるザフト軍に向けて迎撃を開始する。

 

「敵の防衛網を貫くぞ!各機!続け!」

 

目標はヤキンドゥーエの司令部。他には構わない。幾十にも重ねられた防衛網を縦に貫き、敵の最大防衛施設へと攻め入る。立ち止まることは許されない。突き進んで一気に勝負を付けなければ、ジェネシスの発射を食い止められない上に、立ち止まれば四方八方から狙い撃ちされてしまう。

 

「おらぁあああいくぜえええ!!」

 

「てえりゃああああ撃滅!!」

 

「うらぁああああ!!」

 

ビームランチャーで敵陣に切り込んだリークに続いて、オルガたちも迫るザフト軍へと突っ込んでいく。混戦もさせない。とにかく前に進むのだ。

 

ラリーもホワイトグリントを鋭く挙動させると、近くにいたローラシア級のビーム兵器とエンジンをビームカービンライフル、ビームサーベルを駆使して航行不能へと貶める。

 

その戦場は苛烈を極めていた。

 

 

////

 

 

「急げー!こっちが先だ!バカやろう!」

 

アークエンジェルのハンガーでは続々と運び込まれてくる機器の改修や、傷ついた船の修理に追われる作業員の姿であふれていた。

 

「このラインはダメだわ!158番からバイパスさせて繋げるわよ!」

 

「補給に戻ってきたモビルスーツは2番デッキに!予備のバッテリーはすぐ出して!急ぐ急ぐ!」

 

マードックが怒声のような声を上げる中で、アークエンジェルの修理にも駆り出されたハリーとフレイが、矢継ぎ早に技師たちに指示を出して行く。

 

「125から144ブロックまで閉鎖!」

 

「推力50%に低下!」

 

「センサーの33%にダメージ!」

 

アークエンジェルもドミニオンも、深く傷ついていた。核の余波は避けたとはいえ、ダガー隊や地球軍艦隊との戦闘により、傷は多く、機能不全に陥っている箇所も多い。特に区画へのダメージは深刻で、すでに多くの箇所で火の手が上がり始めていた。

 

「くぅ…!!」

 

《ラミアス艦長!》

 

ダメージを必死に補おうとするマリューの元へ、バーフォードからの通信が入る。その顔つきは普段の余裕さからはかけ離れたものだった。

 

《踏ん張り所だぞ!弱さは気概でカバーしろ!ドミニオンはアークエンジェルのカバーに入る!弾幕!ヘルダート、斉射〝サルボー〟!ゴットフリート照準!バリアントを絶やすな!》

 

砲身が焼き切れても構わん!打ち続けろ!そう指示を出すバーフォードに続いて、クサナギやヒメラギ、残存戦力も迫るザフト軍へ決死の攻撃を仕掛けて行く。

 

《スカイキーパーより各機へ!敵モビルスーツ部隊接近。距離450!》

 

艦隊戦が熾烈さを増す中、外側を回り込んでくるようにザフトのモビルスーツが向かってくるのを、ディアッカが捉えた。

 

「イザーク!敵だ!2時の方向!」

 

「シエラ2とシエラ3は、ヒメラギとクサナギの援護を!」

 

了解!と答えたディアッカとニコルは、機体を横に逸らして隊列を離れる。目の前には艦隊から発進してきたジンの小隊とゲイツが迫っている。

 

「来るぞ!散開!」

 

イザークの指示のもと、アストレイとダガーはすぐさま散開し、それぞれの敵を相手取って巴戦を仕掛ける。イザークたちシエラアンタレス隊の仕事は、モビルスーツを船に近づけないことだ。勝てなくとも、相手を翻弄して釘付けにする必要がある。

 

イザークはボロボロになっているアサルトシュラウドに喝を入れて、迫りくるゲイツ三機を相手取り大立ち回りを演じていく。

 

『ブルー117、マーク52アルファにアークエンジェル。接近してきます!』

 

『足つきめ!今日こそ落としてくれる!!全艦、攻撃開始!』

 

しかし、敵艦も黙ってはいない。接近した艦隊から飛んでくるビームの嵐は止むことを知らなかった。

 

「アンチビーム爆雷発射!ヘルダート装填!」

 

「ナスカ級接近中!距離9000!」

 

邪魔をするな!!そうバーフォードが怒声を上げ、敵のエンジンをゴットフリートで撃ち抜く。だが、すぐにかわりのローラシア級がやってきて穴を埋めてしまう。

 

このまま長期戦になれば、すり潰されるのは明白だった。

 

 

////

 

 

敵陣営を貫かんと突入したメビウスライダー隊。キラは、敵のゲイツと切り結びながら、接触回線越しに叫び声を上げた。

 

「何故そんなことを!平然と出来る!」

 

あの光に打たれた人間がどうなるか、考えればわかることだというのにーー!!フリーダムの閃光がジンやゲイツの四肢を叩き切っていく。

 

『なんなんだよ!お前達は!』

 

ジャスティスでゲイツと揉み合うアスランは、そんなザフト兵の声に耳を疑った。

 

「お前たちこそ何だ!お前たちは、一体何のために戦っている!」

 

『ナチュラルどもが核を撃ったんだ!やらなきゃやられる、そんだけだろうが!!』

 

打たれたから打ち返して、殺されたから殺してーーそして核を打たれたから打ち返す。それを繰り返した先を考えもせずに、よくもそんな向こう見ずな戦いをする!!

 

「だから滅ぼしてもいいってのかよ!お前たちが認めない全てを!!」

 

オルガもまたその声を聞いて声を張り上げた。過去の自分たちもそうだった。全てが壊れればいいと思っていた。けれど違う。壊れたらもう戻れない。リークやクロトたちと過ごした日々が帰ってこなくなる。それが嫌だからーー!!

 

「そんな世界、僕はごめんだね!」

 

クロトもオルガの思いと同じだった。そんな世界はごめんだ。そんな憎しみしかない世界ーーリークから貰ったものを踏みにじるような世界など、認められない!射出された鉄球で、ゲイツを砕き、クロトは頭部から極光を放つ。

 

「そんなもんで、止まるもんかよ!!」

 

「オラオラオラぁ!!どかねぇとぶち殺すぞぉおお!!」

 

フリーダム、ジャスティス。

 

カラミティ、レイダー、フォビドゥン。

 

その五機の力は、まさに圧倒的だった。敵のモビルスーツを千切っては投げていくその力強さ。ザフト兵は困惑するばかりで、彼らの暴風のような猛威を食い止めることは叶わない。

 

前へ、前へ!!

 

五人が目指すのはジェネシス、そしてヤキンドゥーエ。なんとしても止めてみせる!!その思いだけが彼らを前へと突き進ませていた。

 

 

////

 

 

「ヘルダートてぇ!ローエングリン2番てぇ!」

 

片側のモビルスーツハッチとゴットフリート、バリアントを損失したドミニオンは、その死に体を奮わせて、ローエングリンを放ち、向かってくるナスカ級を大破させた。

 

だが、代償も大きい。側面からローラシア級に穿たれたビームにより、ドミニオンのエンジンは深く傷ついた。

 

「第二ブロックに火災発生!第六ノズルが停止します!」

 

「くぅうう…!!」

 

座席にしがみ付いて必死に耐えるアズラエル。その隣で、深く帽子を被ったバーフォードの目の先には、ザフトの艦隊が迫っていた。

 

『ここまでだな!足つきめ!!』

 

向こうの一斉砲火が始まる。アズラエルとバーフォードも拳を握りしめた。この推力では躱せない。

 

通信機からマリューの声が聞こえる。

 

くそーーここまでというのか…!!

 

砲塔が緑の極光に満たされようとした瞬間、ザフト艦隊の側面から、思いがけないものが襲いかかってきた。

 

『なんだ!?』

 

放たれたのは、ビーム砲だった。しかし、ザフト艦隊の側面に友軍艦はいなかったはず。驚いたバーフォードのもとへ、暗号通信で声と映像が届いた。

 

《無事か?黒い足つき!》

 

その顔をみたイザークは、思わず声を上げる。

 

「アデス艦長!?」

 

望遠モニターへ切り替えると、ザフト艦隊の側面から、アデスが指揮するヴェサリウスを筆頭に、ザフトの艦船とモビルスーツ隊が向かってきているのが見えた。

 

《こちら、ザフト軍ナスカ級ヴェサリウス、ならびにローラシア級のザウエルだ。シーゲル様の声を聞き、これより貴艦の援護に加わる!》

 

その一団から飛び出した蒼いゲイツ。シホの駆る機体が、イザークのデュエルを守るように戦場へ飛び込んでくる。

 

「ハーネンフースか!?」

 

「ご無事でしたか!ジュール様!シホ・ハーネンフース、これよりこちらの援護に加わります!」

 

「イザーク!あれを!」

 

驚愕するイザークへ、シュベルトゲベールでジンを叩き切るニコルが、声を上げる。ヴェサリウス側から、次々とモビルスーツ隊が戦列へ加わってきたのだ。

 

《アプリリウス護衛の15師団だ!上官を殴ってきた!これより貴艦の援護に入る!》

 

《モビルスーツ、ハードロック隊!PJたちとは戦友でな!核を止めた彼らの名誉のため、あんな兵器を見過ごす訳にはいかない!》

 

ジンや改修された機体で現れた援軍は、そう口々に答えて、ヤキンドゥーエの防衛隊と戦闘を開始していく。

 

「みんな…!」

 

「アラスカで俺の弟はナチュラルに助けられた!今度はこちらが彼らを助ける番だ!」

 

「もう俺たちは戦争はごめんだ!あんな兵器、この世界にあってはならない!」

 

彼らもまた、アラスカで地球軍に助けられたり、その光景を目の当たりにした者達だった。核の脅威からプラントを命がけで守ったPJやイザークたちに応じて、彼らは持てる力を持って馳せ参じた。

 

ふと、イザークたちはヴェサリウスのブリッジと視線が交差する。アデスの敬礼に、イザークたちも敬礼で答える。

 

「さぁ、ここからが本番だ!!」

 

なんとしても、ジェネシスを食い止めるぞ…!!イザークの声に呼応するように、ザラ派へ反旗を翻したザフトの兵士たちも激戦の中へと飛び込んでいくのだった。

 

 

////

 

 

「は!なんだ?」

 

モビルスーツと艦隊が集中する宙域を抜けたとき、メビウスゼロを駆るムウは何かを察知して、メビウスライダー隊から離れていく。

 

「ムウさん!」

 

その動き、キラには身に覚えがあった。ムウが何かを感じ取った先には何かがある。

 

「キラ!?フラガ少佐も!」

 

「アスランは、カガリを頼む!何かが!」

 

ヤキンドゥーエの司令部は目と鼻の先だ。すでに先行したエターナルから制圧部隊が発進し、ヤキンドゥーエへ乗り込もうとしている。アスランたちにはそれを護衛する任務があった。

 

「解った!いくぞ、カガリ!」

 

その先、ヤキンドゥーエ近域では、白き閃光が歪な光の尾を引き連れて防衛するモビルスーツ隊を蹴散らしていく。

 

「地球軍の白い奴!?」

 

そう反応した瞬間、機体の頭部と腕部がビームランチャーの光に飲み込まれた。

 

「ラリーの邪魔はさせない!」

 

リークと共に先行するラリーは、高速で機動するホワイトグリントの中で、辺りを細かく見渡していた。

 

「どこだ!どこにいる!クルーゼ!!」

 

奴のことだ。必ずこの近くにいる。ラリーはその確信だけを持って、辺りにいるモビルスーツを千切っては投げて、クルーゼの機体を探した。

 

 

 

 

「ラリー、私はここだ。はやく来い!ここに!!ふふっ、ふははは、あーーーっはっはっはっ!!!!」

 

 

 

 

ジェネシス発射まで、残り15分。

 

 

 

 

 

 



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第177話 閃光の刻 2

 

 

ヤキンドゥーエの目と鼻の先。

 

その周辺には集ったザフトや地球軍の艦艇に続き、オーブ製のクサナギ、そしてヒメラギが備わる武器から火を放ちながら、ヤキンドゥーエの要塞、そしてジェネシスに向かって猛然と前進していた。

 

だが、その勢いにも待ったが掛かる。ヤキンドゥーエの防衛網はそれほど柔ではない。メビウスライダー隊がこじ開けた道は、じわじわと閉じ始め、こちらに気づいたザフトのモビルスーツ隊が、船を沈めようと躍起になっていたのだ。

 

「アサギ!?」

 

その中でモビルスーツの迎撃に奔走していたマユラが、片腕を撃ち抜かれたアサギのアストレイを見て悲鳴のような声を上げた。

 

ついさっきから現れたザフトの精鋭機部隊に翻弄されつつあったグリフィス隊は、ついにその動きを捉えられてしまった。

 

マユラの機体も飛来したミサイルによって大きく揺れる。ジュリもなんとかビームライフルで応戦しているが、その動きはすでに後手に回っていた。

 

アサギ機のコクピットにも、ビームの熱でオーバーロードした回路から稲妻が流れており、撃ち抜かれた衝撃でアサギの手はまるで石のように固まっていた。

 

目の前にはモノアイを輝かせたザフトのモビルスーツ。手には二本のビーム刃が備わっており、それを振りかぶってアサギのいるコクピットを貫こうとしていた。

 

マユラやジュリの叫び声が聞こえる。

 

ふと、アサギの目にオーブにいる家族の顔が浮かんだ。

 

母さん、父さんーーーごめん。

 

迫り来る閃光はアサギのヘルメットのバイザーを光に包み込んでゆきーーー。

 

「てぇりゃああああ!!」

 

突如として過ぎ去っていった。

 

友軍機の通信音声に、アサギは半ば諦めかけていた意識を覚醒させて、視線を目の前へ向けた。そこには、投げ放った鉄球を引き戻しながら、中破したアサギの機体を守るように位置を整えたレイダーの後ろ姿があった。

 

「貴方…」

 

「ボーッとすんなよ!死ぬ気か!?」

 

死にそうになったアサギに対して、クロトは容赦なく声を荒げる。途端に鉄球を再び振り回して、飛来するミサイルやビームを次々と弾いていく。

 

突然現れたレイダーに動揺するザフトのモビルスーツの横っ腹を、鮮やかなビームが貫いた。胸部からのエネルギー砲を放ったカラミティが、その武装を駆使して敵を次々と撃滅していってるのだ。

 

「うらぁああ!!」

 

マユラのアストレイに取り付こうとしていたゲイツを大鎌で一刀両断するフォビドゥン。ちょうど三人は、前線から一度戻り、エネルギーや武装の補給を受けたばかりだった。

 

「フォビドゥンも…!」

 

驚いているアサギに、カラミティのパイロット、オルガから通信が届いた。

 

「お前らは船の護衛を!敵はこっちがやる!」

 

そう簡潔に告げると、三機はスラスターを閃かせて迫り来るザフトのモビルスーツを鉄球で叩き潰し、ビームで粉砕し、鎌で両断。それら全てを圧倒していく。

 

「アサギ!無事なら船の護衛に行くよ!」

 

「りょ、了解!」

 

しばらく、その姿に見惚れてしまったアサギは、マユラにそう告げられると大急ぎでクサナギへ向かう。モビルスーツの大部隊を三機で引き受けてくれているのだ。今のうちに補給を受けて、こちらも前線に復帰しないとーー!!

 

アサギはコクピットの中で、逸る気持ちを抑えながらクサナギを目指す。

 

(どうか、無事でいてよ…お礼も言えずになんて、ごめんだからね!)

 

 

////

 

 

《こちらヤキンドゥーエ上陸制圧部隊、シーゴブリン!要塞からの対空防護が厚い!誰か援護してくれ!こちらの強襲艦が持たんぞ!》

 

ヤキンドゥーエには、エターナルから発艦した強襲艦が編隊を作って突入せんと進路を進めていた。アスランやカガリ、カルロス率いるブラックスワン隊も護衛をしているが、敵の対空防護が想像以上に硬い。

 

このまま進めば、上陸部隊の半数が落とされかねない。そうなれば、ヤキンドゥーエの制圧が不可能になってしまう。

 

そんな強襲艦の編隊の脇で鮮やかな旋回を行い前に躍り出たのは、メビウスを駆るトールだ。

 

「ライトニング3より、ブラックスワン隊へ!これより敵施設の対空防護施設の破壊に入る!各機、対応できるものは続け!」

 

「ブラックスワン6、コピー」

 

「ブラックスワン7、了解!」

 

「ブラックスワン8、ついていくわ!」

 

「ブラックスワン1よりライトニング3へ!流星隊と飛べるのは光栄だ!これより突入する!」

 

護衛の手を緩めるわけにもいかない。ブラックスワン隊からは数機がトールのもとへ集い、三角形の編隊を組んで飛行していく。その機体を見つめたトールは、よしと頷いて機体を鋭く動かしていく。

 

メビウスが突入作戦に起用されたのは、機体出力にある。武装面のエネルギー供給を極端に控え、推進剤も極力控えれば、機体はNジャマー影響下ならば、かなりの隠密性能を発揮出る。

 

「ブラックスワン隊!要塞の壁面部を飛べ!離れたら捕捉される!ギリギリまで維持しろ!」

 

機体エネルギーを抑えつつ、ヤキンドゥーエの要塞壁面に取り付いたメビウスは、トールの指示のもと、低推力と惰性飛行を行いながら要塞の壁面部すれすれを飛行していく。

 

上陸部隊の突入予定場である港口、そしてその近辺の迎撃装置を破壊しないと、今作戦は失敗に終わる。

 

《スカイウォーカーより、各機へ!ヤキンの防護施設はオートマチックで行われているわ!どこかに制御施設がある!そこを叩いて!》

 

エターナルのアイシャからの連絡を受けて、トール率いるメビウス編隊は、岩肌から飛び出して大口を開けているヤキンドゥーエの港口へその姿をあらわにした。

 

「よし、各機散開!怯むな!」

 

了解!、と声が響き各機は解散。それぞれが対空防護兵器の破壊を行なっていく。

 

『反応捕捉!そんな!?13番港に敵です!』

 

『馬鹿な!なぜ捕捉できなかった!ええい!撃ち落とせ!』

 

対するザフトの指揮官は驚きを隠せなかった。敵がこちらを攻めるために使ってくるのはモビルスーツだと予測していたが、それは大きく裏切られた。今モニターには、停止状態のゲイツや対空機器を軒並み破壊していくメビウスの姿が写っている。

 

「ええい!倒しても倒してもキリがない!」

 

低出力のアグニでモビルスーツやビーム兵器を破壊していくシャムスは、次々と出てくる敵や兵器にうんざりした様子で機体を反転させる。

 

「早く見つけないと、こちらの弾薬が持たないわよ!」

 

ブルメビウスを駆るミューディーもシャムスと同意見だった。このままでは敵を潰し切る前にこちらの兵装が底を尽きる。

 

トールの隣にいたブラックスワン隊の機体がビームの直撃を受けて火を吹き、キリもみながらヤキンドゥーエの発進ベイへと墜落していく。その様子を見たトールは、声を荒げた。

 

「ブラックスワン6!俺とエレメントを!」

 

「ブラックスワン6、コピー」

 

スウェンのメビウスノワールと連携し始めたトールは、真っ直ぐとザフトの発進ベイに向かって機体を直進させていく。その後ろからはスウェンが露を払うように入り口付近の対空機器を破壊していく。

 

トールの機体は開いた武装を閉じ、弾切れの余計な武装をパージするとモビルスーツ一機が通れるような隙間へ、全速力で躊躇いなく突入した。カルロスの機体からトールの機体反応が消える。

 

「ライトニング3の反応が消えた!?落とされたのか!?」

 

「いや、違う!要塞内に突入したんだ!」

 

「なんで技量だ!信じられねぇ!」

 

一部始終を見ていたシャムスはあまりのことに思わず笑い声を上げてしまった。

 

トールは狭い通路内を巧みに潜り抜けながら、あたりのマッピングを行なっていく。構造物や物資、そして部品状態のモビルスーツーーそして。

 

「制御施設は、あれか!」

 

目的のものを捉えると、トールのメビウスはするりするりと柱の合間を抜けて、目的地へと機体を飛ばしていく。

 

制御施設にいたザフト兵は、ふと目に入ったそれを見て目を細める。そこには、まるでよく知った場所を飛び交うようなメビウスが、武装を展開してこちらに向かってきている光景があった。

 

『お、おい、なんでこんなところに地球軍のモビルアーマーが!?』

 

迎撃!そう叫んだがすでに遅かった。

 

「当たれぇええ!!」

 

開かれた翼端に備わるミサイルと、ビームライフルが極光を打ち出し、いくつもある制御施設を的確に捉えた。制御を担っていたオペレーターたちは、直撃したミサイルやビームの衝撃で後ろへと吹っ飛んでいく。

 

『制御施設が…!ば、バケモノめ!』

 

そう呟いた区画長が最後に見た光景は、ほんの僅かな隙間でインメルマンターンを決めるメビウスと、迫り来るミサイルの姿だけだった。

 

「敵、防護兵器の沈黙を確認!」

 

火に包まれるヤキンドゥーエの防衛施設。突入した発進ベイから飛び出したトールは、機体をくるりと回転させてコクピットの中で雄叫びを上げた。

 

「出てきやがった!あんな狭い場所をよく飛び回れる!」

 

「凄まじい腕前ね!」

 

「流石だな、流星!」

 

そんなトールの機体に合流したブラックスワン隊が口々にそう言う中、アスランたちと残りのブラックスワン隊に護衛された強襲艦が、次々とヤキンドゥーエの港口へと強行突入していく。

 

《こちらシーゴブリン!仕事が早いな、ライトニング3!これより上陸する!》

 

《行け行け行け!時間との勝負だ!司令室までの最短ルートを進むぞ!》

 

《コンタクト!!》

 

強襲艦のコンテナが開くと、黒い地球軍のノーマルスーツを着た兵士たちが無重力の中へと飛び上がっていき、手にした特別製のカービンライフルで遭遇したザフト兵を次々と排除していく。

 

目指す場所は司令室、ただひとつだ。

 

「トール!こちらも上陸するぞ!」

 

そう叫んだアスランは、ジャスティスを下ろしてコクピットから飛び出していく。その後ろを何か叫び声を上げながらカガリが付いていく様子が望遠カメラに写っていた。

 

「俺とブラックスワン隊は周辺の確保だ!」

 

目の前には異変に気づいたザフトのモビルスーツ隊だ。全機、続け!そう叫んだトールに従って、ブラックスワン隊も戦闘機動へ切り替えていく。

 

もう残された時間は少ない。

 

 

////

 

 

ヤキンドゥーエ宙域。

 

ジェネシスと要塞の狭間。

 

激戦の火から僅かに遠下がったその場所では、二機のモビルスーツと、一機のモビルアーマーが火を吹いてぶつかり合っていた。

 

「見つけた!クルーゼぇえ!」

 

《ムウか!しかしそんな機体で!》

 

ムウが放つメビウスゼロのガンバレルを、高速機動形態で躱すクルーゼは、お返しと言わんばかりに垂直ミサイルをムウめがけて撃ち放つ。

 

「これが望みか!貴様の!」

 

《私の望みなどではない!だが、必然でもある!人が人である故のな!》

 

ミサイルを避ける最中にも、クルーゼは人型へと変形してリニアカノンを打ち出す。ガンバレルを回収したムウは、それを避けるのに精一杯だった。

 

「チィ!何を!!」

 

「ムウさん!」

 

ギリギリを縫うムウの機体をカバーするため、キラもフリーダムで応戦を試みるが、放たれたハイマットバーストもクルーゼを捕らえることはない。速度も反応も、明らかにクルーゼが優っていた。 

 

モビルスーツ…フリーダムやジャスティスと同型とは言えない奇怪な四肢をした機体は、ブゥンとカメラアイを光らせながら、暗い宇宙の中を縦横無尽に駆け巡る。

 

その機体に備わるチェーンビームガンが容赦なくキラのフリーダムとミーティアを襲った。

 

《君も知っているだろう!!憎しみに縛られた人の末路だ!そして、それを食い止めるのは私ではない!そんな者たちの末路など知ったものか!》

 

その役目は別の誰かのことだ。世界の憎悪を一身に受けて、その呪いと共に世界を滅ぼす?馬鹿馬鹿しい。そんな下らない妄言に付き合うほど、〝今の〟私の命は安くはない。

 

「ふざけるな!」

 

そう叫んでムウがガンバレルを放つが、撃ち出されたビームを、クルーゼは片手に備わる多連装ビームブレードで難なく切り払った。

 

すかさずキラもミーティアの大型ビームサーベルでクルーゼを捉えようとしたが、軽々と躱された上に、切り払いでミーティアユニットを〝両方〟切り裂かれた。

 

(な、なんだ…何をしたんだ!?)

 

その動きは、キラにも見抜けなかった。ただビームブレードを半月状に振るって、片方はビームブレードで、片方は余波で出来た斬撃を飛ばしただけ。だが、その動きが見事すぎてキラには何をされたのか判断できなかった。

 

《競い、妬む、憎んでその身を喰い合う!その光景こそが、この戦争だ!その戦争を終わらせようとしない者たちに何を救いだと言う!?何を救済だと伝える!?そんなもの、慰めにもならないことを君が1番知っているだろう!?》

 

「でも、僕たちはそれを止めるために、ここに来たんだ!」

 

キラは諦めずに残ったミーティアユニットを駆使してクルーゼに肉薄しようとするが、リニアカノンとチェーンビームガン、近づけばビームブレードの斬撃と、ハリネズミのような攻守一体の戦い方に手も足も出なかった。

 

《君もまた、その光景から生まれてきた者だろう!!誰よりも強く、本物であらんとするために!そうだろう!?》

 

フラッシュバックするのは、メンデルの光景。

 

本物を目指さんとするために生み出された理想。

 

コーディネーターの最高峰たる肉体。

 

ヘリオポリスから今まで、図られたように戦いに身を投じてきた全てが、定められていた事だったとしたら…。自分は、こんな戦いの中でしか生きられない存在だとしたら…。

 

ーーそれでも!!

 

「僕は…!それでも僕は!力だけが!僕の全てじゃない!!」

 

その暗い闇をキラは打ち払う。種を砕いたキラの動きは格段に鋭さを増して、クルーゼ目掛けてありったけのミサイルを放った。突然の咆哮に、クルーゼは距離を取ってビームブレードとリニアカノンを使って向い来るミサイルを撃ち落としていく。

 

「たくさんの人がそれを教えてくれた!だから僕は、明日のために戦ってるんだ!!」

 

たくさんの、多くの人と出会い、別れ、そして託され、手渡されて、言葉を貰った。

 

たとえ自分が最高のコーディネーターだったとしても、一人では何もできないから。一人ではここに立っていられないから。だから、僕はーー!!

 

「僕は、一人なんかじゃない!!」

 

「ええい!クルーゼ!貴様の理屈を!!」

 

形勢を押し戻しつつあるキラとムウ。

 

だが、二人は気付いていなかった。

 

クルーゼが背中に備えている武装。このヤキンドゥーエで完成した最新鋭の武器を、全く使わずに二人を圧倒していたことを。

 

《ああそうとも!私も君も本物には程遠く、真理も知らぬ!だからこそ、私はそれに興味はない!君たちという業にもな!勝手にやっていてくれたまえ!私は……》

 

「ーークルーゼエエエエエエエ!!!!」

 

刹那、三人の頭上から怒声が降りてくる。キラが上を見上げると、一つの流星が落ちてきた。

 

《私は、この戦いに身を投じる!!!!遅かったじゃないか……ラリー・レイレナードォォォォ!!!!》

 

クルーゼは途端に二人への興味を無くしたように飛び上がると、真上から降ってくるラリーのホワイトグリント目掛けて、リニアカノンとチェーンビームガンを放ちながら、ビームブレードを振るった。

 

「ここで死ねえええええ!!!!」

 

その全てをラリーが駆るホワイトグリントは、避けた。押し寄せる攻撃全てをさばいたラリーは、すれ違い様に放たれたビームブレードを紙一重で避けて、かわりにクルーゼのリニアカノンをビームサーベルで切り落とす。

 

《ちぃい!!流石だな、ホワイトグリント!!だが貴様こそ、ここで私が葬ってくれる!!!》

 

満面の笑みを浮かべるクルーゼは、出し惜しみせずに背中に背負った武装を展開する。

 

放たれた八つの球体。それは宇宙に放られた瞬間に稲妻を放ち出し、その対流したエネルギーを纏って機敏に動き始めた。

 

ラリーは迫る球体にビームカービンを放つが、その攻撃はことごとく曲面の装甲を流れるように逸れてゆく。球体はラリーの眼前に迫る。咄嗟に抜いたビームサーベルで一閃。そして、それも躱された。

 

「なっ、この武装は…!!!」

 

まるで瞬間移動のような速度で飛ぶ球体。真横に避けたそれが放つのは、ビームとは言い表せれないエネルギーの放流。構えたシールドに歪な赤い線が穿たれていく。

 

この武装…この動き…!!

 

マジかよ…!!

 

ラリーは心の中で叫び声を上げたくなった。デザインといい、動き、攻撃の全てが、薄れていた最悪の変態兵器の記憶を呼び覚ましていく。

 

「ソルディオス…オービット…!!」

 

放つ攻撃を尽く無効化していく空飛ぶ変態球。クルーゼが放った八つの武器はまさにそれだった。

 

《ソルディオスオービット…か。いい名前だ。ドラグーンシステムよりも歯切れもいい!!!》

 

くっそ!厄介な武器を!!!ラリーの愚痴も響く間も無く、クルーゼはオービットの隙間から飛び出してラリーと肉薄した。離れればオービット、近づけばクルーゼ。まったくもって最悪の布陣だ!!

 

「キラ君と隊長はジェネシスを!!こいつは僕とラリーで倒す!!」

 

さっきまでとは比べ物にならない挙動でラリーと切り結ぶクルーゼに茫然とするキラとムウ。その二人へ合流したリークは的確に声をかけた。

 

「ラリーさん!!」

 

「また…あとで会おう!!」

 

キラの声に、ラリーは閃光の狭間で声を絞り出した。その声に弱さはない。いつものラリーの声だ。

 

負けるはずはない。彼は、とても強いのだから。

 

「ーー行くぞ!キラ!」

 

ムウが踵を返すようにジェネシスへ矛先を向ける。飛び立っていくムウに続くキラは、通信範囲ギリギリのところで言葉を紡いだ。

 

「はい!ベルモンド大尉も、ラリーさんも、どうかご無事で!!」

 

《二人の流星が相手か!面白い!!歓迎しよう、盛大にな!!!》

 

八つのソルディオスオービット。

 

その先にいるのは、ハリネズミのような武装を持つプロヴィデンス・セラフ。

 

高笑いするクルーゼを前に、ラリーとリークは操縦桿を強く握りしめた。

 

「言ってろ!今日こそ貴様を殺してやる!!」

 

「サポートは僕がやる!ラリーはクルーゼに集中して!」

 

そう言ったリークを背に、ラリーはセラフすら上回る機動性を持ったホワイトグリントを飛翔させて、ソルディオスオービットを纏うクルーゼ目掛けて突貫する。

 

「うおおおおおおお!!クルゥーゼェエエエ!!!!」

 

《来い!!ラリィイイーー!!!!》

 

二人の、二人だけの最終局面が、始まろうとしていた。

 

 

 

ジェネシス発射まで、残り十分ーー。

 

 

 

 

 

 

 





やっと出せた❤︎

ちなみにソルディオスオービットの動力はプロヴィデンスのNジャマーキャンセラーから送電されてます。つまりプロヴィデンスが落ちない限りラリーを追いかけるモノ。なにこれふざけてるの?(憤慨


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第178話 閃光の刻 3


お気に入り1万超え、ありがとうございます!!!




 

 

 

「戦況は混乱している!今のうちにヤキンドゥーエに進むぞ!」

 

アデスやアプリリウス市の防衛師団が加わったことで、形勢は大きく傾きつつあった。そもそもメビウスライダー隊によって、陣営を真っ直ぐに貫かれることとなったヤキンドゥーエ防衛隊の焦りは凄まじく、分隊単位の現場指揮によって統率が乱されたザフト軍は、物理的にも戦力を分散せざるをえない。

 

それに月から近づいてくる地球軍の増援もある。

 

《動けるものはヤキンドゥーエへ!》

 

地球軍、ザフト軍の寄せ集めとなった艦隊から声が上がり、ジンやシグー、ダガーやアストレイの混成部隊が、ザフトのゲイツ隊を退けてヤキンドゥーエへ向かって前進していく。

 

「でえええい!」

 

「ジュール様!」

 

敵に捕捉されそうになったシホの機体を庇うように、イザークはデュエルのビームサーベルで襲いかかってきたゲイツを切り払った。

 

「迂闊だぞ、ハーネンフース!」

 

そう言ってシホの盾になるイザークだが、アサルトシュラウドの装甲も限界であった。敵からのバルカン砲に耐えかね、破損した装甲をパージしていく。

 

「イザーク!無理をすんな!」

 

「援護します!」

 

そんなイザークの機体をディアッカのバスターと、マイダスメッサーを投擲するニコルのブリッツが護衛に入る。

 

《みんな!死ぬなよ!生きろ!!》

 

クサナギからキサカの声が響く。その声に応えるように、補給と応急修理を受けたアサギたち、グリフィス隊が再度出撃した。

 

「当然!!」

 

「ここまで来たら生きて帰ってやるわよ!!」

 

飛び立ってすぐに敵のモビルスーツが迫る。アサギは機体で丁寧に位置を取りながら、迫る敵のモビルスーツを討ち取っていく。マユラやジュリも同じだ。

 

「ええい!!」

 

ゲイツの近接攻撃を潜り抜けて、引き抜いたビームサーベルで敵を切り裂く。戦いはまさに激戦を成していた。

 

「ぐうぅ!!」

 

その部隊の最前線で道を切り開いていたオルガたちにも、疲労と限界の色が出始めていた。長距離ビームの被弾を受けたカラミティが、背部に備わるビーム砲から煙を上げていく。

 

「オルガ!?」

 

気づいたクロトとシャニが援護に入るが、それを好機と捉えた敵の動きが早い。このままでは、こちらも押し潰されて、後退を余儀なくされる。そして下がれば、敵が再び艦隊を襲いかねない。

 

どうするーー!!

 

「ライトニング3!俺とエレメントを!」

 

集う三機の脇を、白い流星となった三機が敵めがけて飛び出した。

 

ムウの操るメビウスゼロ、そして前線から一度後退したトールのメビウスが一本の光の筋のようになり、敵のモビルスーツ部隊を翻弄していく。

 

「行くぞ!アークエンジェルの邪魔をさせるな!」

 

「了解!!」

 

凄まじい機動でモビルスーツを圧倒するモビルアーマー。それを見つめるオルガたちの前に、フリーダムが降りてくる。

 

「オルガたちはアストレイ隊の援護を!!」

 

バイザー越しに叫んだキラは、クルーゼとの戦いで破損したミーティアの最後の弾薬を使って敵を薙ぎ払った。

 

「フリーダム…悪りぃ…!!」

 

煙が舞い上がるコクピットの中で、オルガがそう告げると三人は一度ドミニオンへと後退する。キラは使い切ったミーティアユニットをパージして、その自由の翼を雄々しく広げる。

 

「これ以上…これ以上皆をやらせるもんかぁああ!!」

 

マルチロックシステムで敵を捕捉すると、ハイマットフルバーストで敵を次々と行動不能にしていく。

 

「誰も死なせない!死なせてたまるもんか!!」

 

それはキラの心の叫びだった。

 

もう守れないのはこりごりだ。クルーゼが言うように自分が人類が生み出した英知の極みで、大きな力を持つ存在だと言うなら…!!

 

「人の英知が生み出した力なら…人を救ってみせろぉぉーー!!!」

 

深淵の宇宙の中、キラは声を上げて閃光を煌めかせる。人が生み出した力を、この時、この瞬間に全てを出す。全てを使って、守りたいものをーー守るために!!

 

 

////

 

 

《カウントダウン開始。射線上の全軍に退避勧告。Nジャマー・キャンセラー起動、ニュークリアカートリッジに接続、全システム接続オールグリーン》

 

ジェネシス発射は目前だ。ドミニオンのブリッジで巨大で最悪な兵器を見つめるバーフォードは、目を細める。

 

「第8閉鎖バンク閉鎖!サブ回線オンライン!弾薬ノッシュ進行中!!」

 

「火器管制システムをこちらに回せ!ダメコン!!」

 

ドミニオンも満身創痍と言っても過言ではなかった。三人が着艦しようとする出入り口の片方が敵の艦砲に抉られており、バリアントも破損、巡航速度も三割以上落ち込んでいる。

 

それでも、ドミニオンのクルーたちはーー護衛艦クラックスで戦い抜いてきた仲間たちは諦めようとはしなかった。

 

「なんとしても止めてください!あれを撃たせたら…世界は…!!」

 

バーフォードの要請でノーマルスーツを身につけたアズラエルが強張った顔で告げる。あんなものを残して、もし地球が撃たれでもすれば戦後の処理など言ってる場合じゃなくなる。月からくる地球軍の艦隊も、プトレマイオス基地もやられれば、地球圏の経済的立て直しの目処も立ち行かなくなるのは明白だ。

 

撃たせてはならない。放たれれば世界に終焉をもたらすことになる。

 

「これ以上あれを撃たせてはなりません!!」

 

「矛先が地球に向いたら終わりだぞ!!」

 

エターナルにいるラクスも、この艦隊に集った全ての艦艇の艦長たちも同じ思いだった。

 

「ジェネシス、射程距離に入ります!」

 

「フェイズシフトとて無限じゃないんだ!ローエングリン!斉射!てぇ!」

 

ナタルの声に合わせて、アークエンジェルと随行するクサナギからローエングリンの閃光が迸るが、ジェネシスの外壁はその攻撃を難なく跳ね返してみせた。

 

「くっそー!厄介なもんを!」

 

あれだけ大規模なフェイズシフト装甲だ。動力源である核融合炉から送られる膨大な電力のせいで、ダメージを与えても即座に無効化されてしまう。

 

「照射口を狙え!撃てぇえーー!!」

 

バーフォードの声が響き、片方のローエングリンでドミニオンがジェネシスの照射口を撃つ。全体がフェイズシフト装甲で覆われてはいるが、ガンマ線が放出される箇所を重点的に攻撃すれば時間稼ぎくらいにはなる。

 

「撃て撃て撃て!なんとしても破壊するんだ!」

 

アデスの指示に従って、ナスカ級やローラシア級からも閃光が放たれていく。

 

「ローエングリン、ゴットフリート1番、2番、てぇ!!ミサイル斉射!!」

 

アークエンジェルとドミニオンの連携を持ってしても、傷一つ付けられない堅牢さを持つジェネシス。唯一の希望は、それを制御するヤキンドゥーエに突入した部隊だけだった。

 

 

////

 

 

「くぅう!!」

 

閃光が走るジェネシスの反対側では、クルーゼの機体と揉みあいながらジェネシス外壁部へ接近したラリーのホワイトグリントと、リークのリベリオンの姿があった。

 

《はっはっはっ!使えるじゃないか、この新装備!!》

 

ラリーとリークは、辺りを不規則に浮遊するソルディオスオービットの対応に追われていた。機体装甲はおそらくフェイズシフト装甲。その上にプロヴィデンスから送られる電力を展開して、擬似的な「プライマルアーマー」を作り上げていた。

 

おかげで、ただでさえ頑丈なフェイズシフト装甲に加えて、遠距離からのビーム兵器による攻撃は、全てがプライマルアーマーによって逸らされていく凶悪さを持っている。

 

加えて、機動力はラリーの駆るメビウス・インターセプターと同等かそれ以上の力を持っており、ほぼ瞬間移動と言ってもいい動きをしながら大口径のビーム砲を放ってくるのだ。

 

「こんなものを浮かべて喜ぶかよ…!!」

 

前世で「変態兵器」と称されていた武装だが、相手にすると本当にヤバイ代物だ。対処するとしたら超接近戦でビームサーベルを突き刺すくらいしかない。

 

そんな兵器に囲まれながら冷や汗を流すラリーに、クルーゼは高笑いしながら多連装ビームブレードを振るって距離を詰めていく。

 

《喜ぶさ!君との戦いがより楽しくなる!!これほど愉快なことはない!!》

 

何度かの攻防を繰り返す中で、プロヴィデンスの腰部から小型のドラグーンが射出されるのを目撃したラリーは、すぐさま距離を取った。

 

途端、ビームの嵐がホワイトグリントへ襲いかかってくる。

 

「くっ!こいつ…こんなものまで」

 

《本来ならこちらが主軸だったがな!あれに比べたら面白味も少ない!君を滾らせる程度にはなるかな!?》

 

「言ってろ!この変態があああ!!」

 

展開したビームサーベルで小型ドラグーンから放たれるビームを切り払い、ソルディオスオービットから放たれるビーム砲を、ビームサーベルを回転させることで防ぎつつ、ラリーはプロヴィデンスへビームカービンを放った。

 

《あーっはっはっ!!楽しいな、ラリィイーー!もっと見せてくれ!!その先を!!私にぃい!!》

 

攻守を目まぐるしく入れ替えるラリーとクルーゼの戦い。それを横目に、リークもなんとかラリーの援護に入ろうと試みるが…。

 

「ラリー!!くっそ!こいつ!」

 

8基のうちの4基のオービットがリークの前へ立ちふさがる。ビーム兵器で応戦するものの、その全てが無効化されていく。

 

「ビーム兵器は…だめか!ならば!!」

 

バキン、と背部のビームランチャーをパージしたリークは、腰部に備わる大型無反動砲を取り出し、HEIAP弾頭の実弾兵器をオービットへ向けた。

 

「こいつでぇ!!」

 

薬莢を排出して放たれたそれは、ソルディオスオービットへ直撃し、その装甲を大きく揺らす。ぐらついた隙を突いたリークは、ビームサーベルを抜き放って最大出力で足が止まったソルディオスオービットへ突貫する。

 

「そこだぁああ!!」

 

弾頭を受けて再構成がままなっていない箇所へビームサーベルを突き立てると、オービットは鈍い光と爆発を吹いて、機能を停止していく。

 

「あと3基…!止まるな、攻めろ!!でやあああ!!」

 

針の穴を通すような戦術ではあるが、それしか今は対処する方法はない。リークは自身を鼓舞するように雄叫びをあげると、再び他のオービットに向かって飛翔していくのだったーー。

 

 

 

 

 

ジェネシス発射まで、残りーー。

 

 

 

 

 



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第179話 閃光の刻 4

 

「ジェネシス外装70、相転移変動率!」

 

「フェイズシフト装甲への負担が大きすぎます!」

 

バーフォードたちによる艦隊規模の攻撃は、無限とも言える動力を持つジェネシスに、少なくはない被害を及ぼし始めていた。

 

ソーラーセイル機構を基にしたガンマ線の照射装置であるジェネシスにとって、照射口への損傷は致命的とも言えた。エネルギーの充填値としては申し分はないが、装甲の熱エネルギーによって、ガンマ線がうまく照射されない危険性がある。

 

このままジェネシスを打った場合、下手をすれば、照射されたエネルギーが拡散し、プラントや自軍にも被害が及ぶ可能性がある。

 

「あんな小娘やナチュラル共の艦、さっさと叩き落とさんか!」

 

そう苛立った声で指揮をとるパトリック。部隊規模のモビルスーツがアークエンジェルなどの敵艦隊に向かっているが、撃破どころか近づくことすらままならない状況。

 

加えて、ザフト軍からの離反者により戦況は混乱状態に陥っているのだ。こんな状態ではまともな指令系統が構築されているかも怪しい。

 

(ラクス様…)

 

モニターに映るエターナル。そのブリッジで声を上げるラクス。こんな兵器は打ってはならない!地球を滅ぼせば、ナチュラル、コーディネーターなどという場合じゃなくなり、人類種は滅びると彼女たちは叫ぶ。

 

そのことに、誰もが少しずつ気づき始めていた。盲目的に戦争行為を行う者たちが、自分で考え始めている。はたして、このままで良いのだろうか。そんな違和感が、ずっと付き纏っているのだ。間違いだと思えた者たちは、離反してクライン側へと付いていっている。

 

プラントの内情が分断されつつあったのだ。

 

「ちぃ…やはり元を叩かねば終わらんか!愚か者め…!!照準入力を変更!新規目標、北米大陸東岸地区だ!!」

 

そんなことも、憎しみと憎悪の火はかき消してしまうのだろうか。パトリックがもはや最高議長とは思えない感情的な声を上げて、叫んだ。

 

地球を撃て、と。

 

その言葉に、ヤキンドゥーエの司令室はざわつく。それが彼らにとっての大きな分かれ道でもあったーー。

 

 

////

 

 

ヘルメット内に浮かぶ大粒の汗。それを気にせずにラリーはスロットルを踏み込み、プロヴィデンスへと突っ込んだ。

 

「このぉおおお!!」

 

《はぁああああ!!》

 

それぞれにビーム刃の突きを放ち、その一閃は互いのモビルスーツの頭部の横を掠めて交差する。超至近距離となった二機は、ビームサーベルがなければと、手隙の腕で殴り合い、機体を揺らして距離を取った。

 

距離が開けばと、クルーゼは垂直ミサイルの嵐とチェーンビームガンの咆哮、そしてソルディオスオービットと小型ドラグーンによるオールレンジ攻撃を放つ。

 

まさに死の嵐だ。ミサイルにビームの雨。距離を取ろうにもあたりにはオービットとドラグーンが舞い、退路を絶たんとビームを吐き出してくる。

 

その暴風雨を、充血したラリーの眼はしっかりと捉えた。今度は勘違いではない。迫る全てがラリーには何故かスローモーションのように見える。

 

「クルーゼ!!貴様ぁああ!!」

 

その閃光全てを紙一重で避ける。

 

フリーダムでもジャスティスでも、ましてやクルーゼのプロヴィデンスでも出来ない超高速の機動性。

 

ラリーの駆るホワイトグリントは、武装も特殊兵装も何もかも捨てて、それに能力を振り込んでいたのだ。

 

クルーゼはその姿を見て狂喜する。確実に避けられない網の筈だったのに、その僅かな隙間を彼は見極めて、類稀なる技術を持って隙間に潜り込み、最短ルートを駆け抜けてきた。

 

そうだ。そうだとも。

 

そうでなければ退屈だ。

 

そうでなければーーー!!

 

《どうした!?その程度か!!私にもっと見せろ!!私に!!》

 

抜けたラリーの前にソルディオスオービットを差し向けたクルーゼ。帯電した稲妻を走らせて、ビーム口にエネルギーを蓄えながら瞬間移動のような動きでラリーに迫る。

 

そのオービットの不可思議な機動へ、ラリーはまるでわかっているかのようにビームサーベルを持った腕を差し出す。

 

「でやあああああ!!」

 

吸い込まれるようにオービットはラリーのビームサーベルに貫かれた。蓄えたビームの発射口からサーベルを叩き込まれたオービットは、稲妻を走らせて火を噴く。

 

ラリーはその球体を突き刺したまま、クルーゼへ突貫した。たどり着く寸前でビームサーベルを引き抜き、火がついているオービットを、サッカーボールのようにクルーゼへと蹴り飛ばした。

 

《その程度の攻撃など!!》

 

爆炎を纏い始めたオービットを軽やかに躱したクルーゼ。そして目の前に視線をーーー。

 

彼の眼前にはツインアイを煌めかせたホワイトグリントがいた。馬鹿な、そんな早く…!!クルーゼが息を飲むまもなく、オービットを蹴り飛ばして瞬間的な爆発力を持ってして接敵したラリーは、容赦なくビームサーベルを奔らせた。

 

《ーーっがっ!!はぁ!!》

 

チェーンビームガンが内蔵された兵装が一刀のもと分断される。2撃目は辛うじて避けたが、クルーゼが感じた感覚は、それ以上の恐怖と感激をもたらした。

 

仕留めきれなかったことに舌打ちをしたラリーは、コクピットのモジュールへ手を伸ばして、設定データを変更していく。

 

「挙動制御のリミッター解除、不要なイメージは全てカットだ!!持ってくれよ…俺の体!!」

 

挙動制御は、あくまでラリーとクルーゼが検証した上限値で設定されている。彼らの中で行える軌道の中で設けた制約を、ラリーは解き放ったのだ。

 

その瞬間を持って、ホワイトグリントはついに人が体感したことがない領域へと足を踏み入れる。スロットルを吹かすと、今まで味わったことがない殺人的な加速性に身体が締め付けられる。

 

だが、ラリーの目は死んでいない。込み上げてくる鉄の匂いを抑え込んで、目の前にいるクルーゼへ向かって突き進む。

 

前へ。

 

前へ。

 

ただ、ひたすらに。

 

《素晴らしい…これこそが、本物だぁ!!》

 

残ったオービットを掲げて、クルーゼも大いに笑う。そうだとも。これくらいしてもらわなければーーー賭けるものに不相応だ!!

 

クルーゼもまた、機体や自身への負担を度外視してプロヴィデンスを挙動させていく。

 

光の尾を連れて重なり合う両者の軌跡はーーーまさに流星のような速さだった。

 

 

////

 

 

ヤキンドゥーエ要塞の内部では、シーゴブリンとアスランたちが要塞内のザフト兵と銃撃戦を繰り返しながら、パトリック・ザラがいる司令室を目指して前進していた。

 

「はやく司令室へ!ヤキンドゥーエのコントロールを潰せば、あのくそったれな兵器は止まる!」

 

「グレネード!」

 

シーゴブリン隊の隊長の声と、前衛に出ていたアタッカーの声が重なる。次の瞬間には、ザフトから放たれたグレネードの衝撃により、アスランの聴覚は激しい音を受けることになった。

 

「くぅっ!アスラン!!」

 

「カガリ、前に出すぎるな!」

 

そんなアスランを庇うようにハンドガンで応戦するカガリを無理やり引っ込めて、アスランもザフト兵から奪ったアサルトライフルで応戦していく。

 

「ぐぁっ!!」

 

『コンタクトォ!!』

 

シーゴブリン隊にも被害は出ていた。貫かれた隊員が無重力の中へ浮かび上がり、隊員たちはそれを後ろへ下げて前進を続けた。

 

「くっそぉ!!」

 

タタン、タタン、と的確にザフト兵を撃ち抜く。アスランにとっては、心苦しいものではあったが、電子戦を仕掛けるシーゴブリン隊の隊員から驚愕の事態が知らされていた。

 

『ジェネシス照準変更、新規目標、地球大西洋連邦首都、ワシントン!!』

 

その声を聞いて、誰もが立ち止まることをやめたのだ。冗談ではない。ジェネシスが地球に撃たれれば、本当に世界は滅ぶ。一刻の猶予もない。アスランも、それに応じるようにザフト兵を無力化していく。

 

打って、打って、打ち続けてーー。

 

「止めろ!もう止めるんだ!こんな戦い!本当に滅ぼしたいのか!?君達も!全てを!」

 

気が付けばアスランは叫んでいた。どこから声が聞こえる。ザフトのーーー怨念に似たような声が。

 

『ーー奴等が先に撃ったのだ!』

 

『ーーユニウスセブンには家族が居たんだ!』

 

撃たれた苦しみ。撃たれた怒り。失った悲しみ。それが帰ってこないと知りながらも、植え付けられた憎しみに従って戦う。

 

本当に?それで誰もが喜ぶのか?

 

そんな戦いを続けてーー満たされるのか?

 

そんなわけがない。そんなことが、あっていいはずがない!!

 

「その憎しみを憎しみで返して…怨念返しをして…滅ぼすのか!すべてを!!」

 

それで何かが帰ってくるわけがないというのにーー!!

 

そのアスランの悲痛な叫びは、もう届かない。司令室の中で目を血走らせたパトリックは、目標に指定した場所を睨みつけて、声を発した。

 

「何をしている!急げ!これで全てが終わるのだぞ!」

 

そんな議長に、側近のザフト兵は声を上げて静止の言葉をかける。

 

「議長!この戦闘、既に我等の勝利です!撃てば、地球上の生物が死滅します!もうこれ以上の犠牲は…がっ!?」

 

そんな悲痛な説得の言葉を、パトリックは懐から出した拳銃で封じた。そんな言葉など、何も意味がないのだ。そう言わんばかりに、絶望の色に染まったザフト兵の顔を見つめる。

 

「奴等は…奴等が敵はまだそこにいるのに、何故それを討つなと言う!!討たねばならんのだ!討たれる前に!!」

 

そう言って、彼は自ら操作パネルを操り出した。呪詛と化した心に突き動かされるように。

 

「敵は滅ぼさねばならん。何故それが解らん!!」

 

その言葉に、答えられるものは司令部には誰も居なかったーー。

 

 

////

 

 

「残り二つ!!」

 

リークが2つ目のソルディオスオービットを破壊する。代償にリベリオンの片腕を失ってはいたが、まだ戦える状況にあった。背部にビームを受けてビームランチャーが破損する。

 

衝撃に踏ん張りながら、リークは無反動砲を構えて迫るオービットと向き合った。

 

《そうだ!もっとだ!もっと見せてくれ!君の扉はまだ開ききっていない!!》

 

そこから僅かに離れた場所で、異次元的な戦闘機動をするクルーゼとラリー。追従するドラグーンや、オービットも彼らの動きにはついて行けず、的確に捉えていたはずのビームも横へと逸れていっていた。

 

「くっそおお!!この野郎!!」

 

ビームブレードでえぐられたビームカービンを投げ捨てて、両の手にビームサーベルを持ったラリーは怒声を轟かせながらクルーゼへ迫る。

 

「この野郎!!この野郎おおおおお!!」

 

躱し、振りかざし、凪ぎ、突き、切り裂く閃光の応酬を繰り返し、ついにホワイトグリントは、プロヴィデンスの片腕を切り裂く。

 

《ぐうう…はぁっ!!君との戦いの中でこそ、私はこの世界に生まれた意味を実感できる…!!》

 

その腕に持たれていた兵器が火を吹いて、ホワイトグリントの片足を吹き飛ばした。

 

「ちぃいい!!何を!!」

 

《これが定めさ!知りながらも突き進んだ道だとも!!ああ!!そうだ!!そうでなくては…!!》

 

クルーゼは全身をむしばむ痛みすら忘れて笑みを浮かべて叫んだ。

 

《君は示した!この偽りだらけの世界で、グリマルディ戦線から今まで、その本物たる力を!私にな!!その果ての終局だ!この戦い、もはや止める術などない!!!》

 

「ちぃい…!!」

 

足が止まったラリーの後ろへオービットが忍び寄るが、ラリーは凄まじい旋回力で逆にオービットの背後へ回り込むと、その装甲へビームサーベルを穿ち、そのまま切り裂く。

 

一瞬、動きが止まったオービットは、閃光を放って宇宙のチリへと帰った。

 

《私と君、どちらかが滅び、どちらかが生き残る!!そうなる運命の中でな!!》

 

「滅びるのは貴様だ!クルーゼェエエ!!」

 

クルーゼのビームブレードが、ホワイトグリントの頭部を捉えて、カメラの半分を吹き飛ばす。コクピットに稲妻が走った。データを処理しきれなくなったモジュールから煙が上がる。

 

《この憎しみの目と心と、引き金を引く指しか持たぬ者達の世界で!私は君を信じることができた!!故に、私が君を殺そう!私が信じたものが嘘か真か…それではっきりする!!》

 

振りかざされたプロヴィデンスの腕を掴んだラリーは、空いた手でコクピットを貫こうとしたが、咄嗟に膝蹴りのようにあげたプロヴィデンスの脚部へ誘導され、それを貫いた。

 

《君が本物なら、私を倒せるはずだ!!ならば倒してみせろ!!この私を!!!》

 

片足を犠牲にして振り払ったクルーゼは、ドラグーンをラリーへ差し向ける。

 

「くぅう…それしか知らないお前が!!」

 

迫る小型のドラグーンをビームサーベルで切り裂きながら、充血した目でラリーはクルーゼを睨みつけた。爆発的な加速性で突っ込んだホワイトグリントは、破損した脚部でプロヴィデンスを突き刺す。

 

その衝撃は大いにクルーゼの体を揺らし、痛みを思い出させた。その隙を突いて、ラリーはビームサーベルを突き出してプロヴィデンスへ迫る。

 

《がっ…!!…ああ、知らぬさ!所詮人は己の知ることしか知らぬ!!》

 

「それでも、俺たちは!!」

 

そこまで叫んで、ラリーはハッと気がつく。

 

そうだ。

 

それでも、俺たちはーーー

 

 

 

 

分かり合えたはずなんだ。

 

 

 

 

クルーゼが突き出したビームブレードが、ホワイトグリントの頭部を捉え、ラリーが突き出したビームサーベルもまた、プロヴィデンスの下腹部を貫くのだったーーー。

 

 

 

 

 



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第180話 閃光の刻 5

ヤキンドゥーエ司令室。

 

ラリーとクルーゼの戦いが苛烈を極める中、パトリック・ザラも大いなる局面を迎えようとしていた。

 

「議長!射線上にはまだ我が軍の部隊が!」

 

鮮血を散らしながら宙に浮かぶ同胞の死に困惑しながらも、側にいたオペレーターは声を荒げて議長に制止を呼びかけた。

 

ジェネシスの照射角度は、向かいくる地球軍の脇を自軍を巻き込みながら進み、そして地球に到達する射線をとっている。

 

このまま撃ってしまえば、月からの部隊が到着した瞬間に形勢はひっくり返ることになる。そうなれば、ここはもちろん、プラントも無傷では済まされない。

 

そんな言葉に耳をかさず、パトリックは憤慨したように入力し終えたパネルへ手を叩きつけ、制止しようとしてくるオペレーターに向けて、再び拳銃を向けた。

 

「勝つために戦っているのだ!皆、覚悟はあろう!」

 

その瞬間、司令室へ繋がるメインゲートが大きな音を立てて吹き飛んだ。爆発による衝撃で、暗闇の中にあった司令室の光が点滅する。

 

爆煙と衝撃波によろけたザフト兵たちの隙をついて、司令室へシーゴブリンの兵士たちが一気に雪崩れ込んだ。

 

「ーー父上!!」

 

その先頭にいたのは、アスランだった。

 

アサルトライフルの銃口を構えたまま突入したアスランは、同胞に銃を向けていた父を見つけて、すぐさまそばへと降り立ち、ライフルを構える。

 

「アスラン!?」

 

驚愕に染まるパトリックの顔。アスランの背後には同じく銃を構えたカガリも降り立ち、驚きを隠せないパトリックの顔を見つめている。

 

(あれが…アスランの…)

 

そんな考えを起こす間も無く、シーゴブリン隊の隊長が議長を取り囲むように兵士を配置し、各所の制圧体制へと入った。

 

「全員動くな!これ以上の犠牲は不毛だ!今すぐにヤキンドゥーエ、およびジェネシスを停止させろ!これはもう、戦争などではない!」

 

席から立ち上がろうとする者が幾人かいたが、カービンライフルを構えた兵士たちに睨まれたらどうしようもない。凄んだ体をゆっくりとおろしていく。その様を見て、パトリックの怒りは頂点に達した。

 

「何をしている!侵入者を撃退しろ!」

 

怒号を響かせるが、それに答えられる者は居ない。誰もが手を上げて静観する中、パトリックは大きな舌打を打って、拳銃を構え続けている。周りにいる兵士や隊長の手にも力がこもった。

 

「本気なのですか、父上!本気で地球を!!」

 

緊張感に溺れそうになる中で、アスランは悲痛な顔をしたまま心に従って声を上げる。信じたくはなかった。この後に及んでもーー父の愚かさを、直視する勇気がなかった。

 

そんなアスランの淡い思いを、パトリックは狂気を孕んだ目つきで踏みつぶした。

 

「ああ、そうだ!この愚か者め!ナチュラルなどという下等な種族がいる限り、戦争が終わらんのだ!」

 

「それは理屈だ!あなたの独りよがりな!!母を失った気持ちは俺もわかります!けれど、今あなたがやろうとしていることは道理も大義もない、ただの怨念返しだ!!そんな思いに、世界を道連れにしようなど!!」

 

ぐっとライフルを握る手に力がこもり、応じるようにパトリックもアスランに向かって銃を向けた。カガリが叫ぶ。父と子がーーー銃を突きつけ合うなんて…あってはならないんだと。

 

「撃たねば終わらんのだ!!滅さねば!!」

 

それでも、パトリックの思いは変わらない。滅さなければならない。全てを奪ったものを。私を置いて行った者たちを。全てを討ち滅ぼさなければーーこの苦しみが永遠に続く。そんな強迫観念に取り憑かれたまま。

 

彼の目には何も写っていない。写るのはーー暗黒の世界だけだ。

 

「撃ってはいけない!本当に全てを壊すつもりですか!本当に…!!」

 

その闇へ沈もうとする父を、アスランは手を伸ばして掴もうと足掻いた。闇に落ちてはーー戻れなくなる。何もできない。何もーー!!

 

だからーー俺はーー!!

 

「奴らが撃ったのだ!!撃たなければならん!!アスラン!!」

 

「父上ぇぇーー!!」

 

乾いた銃声が響いた。薬莢が無重力の中へと排出され、司令部の薄暗い光に反射しながらくるくると舞う。

 

「がっ…」

 

倒れたのはーーー父だった。

 

そしてーーーアスランは撃たなかった。

 

撃鉄が降りていない銃を手に、アスランは茫然と崩れ落ちていく父を見つめた。

 

「アスラン・ザラ」

 

アスランの隣に出たシーゴブリンの隊長。彼はスモークバイザーをクリアモードにし、年輪と深みを持った顔でアスランを見つめた。

 

彼がパトリックを撃ったのだ。硝煙が上がる拳銃をおろして、隊長はアスランの構えているライフルに手を置く。そのライフルは微かにだが震えていた。

 

アスランを見つめて、隊長は優しい声と温かな手を持って震えるアスランに言葉を紡ぐ。

 

「どんな理由があっても、親殺しは君の心に大きな傷を落とす。君は、あの男を撃ってはならないんだ」

 

そう言われて、アスランは初めて自分の心の傷に気づくことができた。震えていた手を今になって実感すると、構えていたライフルを投げ捨てて、後ろへとへたり込む。真っ青な顔で宙に身を投げたアスランを、カガリがしっかりと受け止めてくれた。

 

その様子を見てから、シーゴブリン隊の隊長は声を荒げてヤキンドゥーエ司令室の全ての人員へ言葉をぶつける。

 

「ここにいる全員に告げる!直ちにジェネシス、ヤキンドゥーエを停止させよ!司令部は我々が制圧した!これに従わない場合、武力を持って君たちを制圧する!」

 

反抗する者も、抗議する者も居なかった。誰もが項垂れて声を出さない。全ての兵士たちがその言葉を受け入れた瞬間だった。すぐさまヤキンドゥーエ宙域へ停戦信号弾と、攻撃中止命令、撤退命令が勧告される。

 

アスランは預けていた体をなんとか立たせて、宙に浮かんでいる哀れな父のもとへ向かった。

 

「撃て…ジェネシ…我等の…世界を奪っ…報い…」

 

肩と足。赤く染め上げられた痛々しい傷痕。うわ言のように呪詛を刻む父に、アスランはかける言葉が見つからなかった。

 

「…父上」

 

「アスラン」

 

後ろに付き添うカガリにもかける言葉が見つからない。そんなアスランの肩をシーゴブリン隊の隊員たちが叩いた。

 

「急所は外してる。大丈夫だ…助かってもどうなるかわからんが…今は、な」

 

「ありがとう…ございます…!」

 

アスランが震える声でそういうと、メディック班がパトリックの体に応急処置を施し、手足を拘束して無重力の中を連行していくのだった。

 

 

////

 

 

ヤキンドゥーエ防衛隊も、目まぐるしく変わる状況を飲み込めずにいた。流星隊にこっぴどくやられた経験がある第一分隊は、突っ込んでくる流星隊の猛威に押されて、攻撃が少ないエリアへと後退し、後方支援に回っていた、

 

『て、撤退なのか?』

 

ゲイツに乗るジュリア大尉が、戸惑った様子で通信回線を飛ばした。隣にいるジンを操るホワキンや、副隊長も不安を隠せていない。

 

『隊長!』

 

『本部!命令を!』

 

急かす部隊の声を遮りながら、司令部へ通信を投げるが、さっきから応答がない。まさか、さっきの流星隊にーー。

 

そんな不安が頭をよぎった瞬間、ジュリアが悲鳴を上げる。ハッと顔をあげたら、ジンと地球軍の量産機、そしてオーブのモビルスーツに周囲を包囲されていた。

 

「退きなさい!これ以上の戦闘は無意味よ!」

 

アストレイ・タイプRに乗るアサギが声を発すると隊長の言葉に従ってヤキンドゥーエ防衛隊は手に持っていた兵器や火器をすぐに捨てて、投降信号を発した。

 

「アークエンジェル!」

 

戻ってきたムウも、ヤキンドゥーエを制圧した報告をまだ受けていない。

 

「キラ君達は?」

 

「東側の敵を撤退させている!」

 

キラはフリーダムで、トールはメビウスとブラックスワン隊を引き連れて散り散りになったザフトのモビルスーツ部隊を撤退させて行っていた。

 

「ヤキン・ドゥーエは放棄されたのですか?ジェネシスは!?」

 

戦場の混乱はまだ終わっていないが、事態は収束に向かっている。そう、誰もがそう思っていたーーー。

 

 

////

 

 

《総員、武装を解除し投降を。非戦闘員は16番港へ指示に従って行動を願います。抵抗はやめてください、これ以上無意味な争いを我々は望んでいません!繰り返します!》

 

ヤキンドゥーエ内部に流れる放送に従って、武装解除したザフト兵や負傷兵、非戦闘員がシーゴブリンの隊員たちに監視されながら退避用のランチへと乗り込んでいく。

 

司令室の制圧も完了し、各方面への撤退命令が順調に行われている最中だった。

 

「こ、これは!」

 

父が触れていたコンソールを見たアスランは、目をむいてパネルを高速で操作し始める。その様子を見たシーゴブリン隊やカガリも彼の元へと集まっていく。

 

「どうした!?」

 

凄まじい集中力で解析を進めるアスランの顔がどんどん歪んでいき、最後のロジックを解除したと同時に、顔を怒りに染めて、拳をモニターに振り下ろした。

 

「ヤキンの自爆シークエンスに、ジェネシスの発射が連動している!!」

 

「ええ!!」

 

「なんだと!?」

 

解除はできないのか!?と問いかける隊長に、アスランは首を横に振った。メイン回路がジェネシスの発射シークエンスへ直結で繋がれていた。ヤキンドゥーエのメイン動力を落とせば、ジェネシスの発射は食い止められるが、自爆までの時間があまりにも短いのだ。

 

自爆までの残り20分。おそらく、父は撃たれる前にはすでにシークエンスを開始させていたのだろう。

 

今からヤキンドゥーエ最深部の動力源に向かったとしても、自爆前にたどり着けるかも怪しい。

 

「くっそー!ええい!こんなことをしても戻るものなど何もないのに!!」

 

そこまでやるのか…!!アスランが言い表せない心の痛みと怒りに震える中、シーゴブリン隊の隊長はすぐさま通信回線をオンラインにしてマイクに向かって声を荒げる。

 

「ーー総員、脱出する!艦隊へ救護艇を回すように通達を!あるだけ全部だ!おい、貴様ら!」

 

そう声をかけたのは、まだ部屋の中に残っていたザフト兵の面々だ。隊長は銃すら構えずに彼らの元へと飛んでゆき、ヘルメットのバイザーをあげる。

 

「この施設は自爆する!武器を捨てて、助かりたいものは俺たちと共に来い!3分以内だ!」

 

そう言った隊長に、シーゴブリン隊の面々はわざとらしく驚いたような顔をして隊長にわざわざ聞き直す。

 

「全員ですか!?」

 

そう言った隊員に、隊長は笑みを浮かべて頷く。

 

「当然だ!俺たちはもうごめんだ!見捨てるのも、切り捨てるのも!!」

 

アラスカ、パナマ。もうあんな卑劣な行為は許さない。シーゴブリン隊のメンバーも同じ思いだ。隊長の指示に従って、ザフト兵たちも銃を次々と捨てて司令部から脱出していく。

 

「アスラン!私たちも…アスラン?」

 

カガリがコンソール前にいたアスランを連れ出そうとしたがーーーそこにはすでにアスランの姿は見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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第180話 命輝かせて

 

 

 

「カラミティ、レイダー、フォビドゥン、帰還します!」

 

ドミニオンに、三つの光が帰ってきた。

 

頭部と両足を失ってもクロトとシャニの前に出て戦い続けたオルガと、鉄球ごと片腕を失ったレイダー。そして折れた大鎌を持ったフォビドゥン。

 

三機はろくな操縦も効かないため着艦せずに、ドミニオンに接舷すると待機していた作業員たちが手際よくワイヤーで機体を固定していく。

 

「三人とも、よく無事で」

 

ブリッジからそう言ったアズラエルは、どこか安堵した様子だった。コクピットから出てくる三人は疲労の色と大粒の汗をヘルメットの中に浮かべていたが、命には別状はない。

 

「ああ、けど、こっぴどくやられちまったけどな」

 

「レイダーもフォビドゥンも、もう限界だ」

 

そう言うオルガたちの背後では、帰投したダガーやブラックスワン隊のメビウスも傷ついた機体を預けている。吹き飛んだゴットフリートの残骸の上に立ったアサギのアストレイが周辺警戒を行っていたときだった。

 

「リーク!!」

 

バーフォードが驚愕した声を上げる。

 

彼の視線の先には、頭部と腰までの胴体部、片腕を残して吹き飛び、まるで漂流するようにこちらに流れてくるリベリオンの姿があった。

 

機体は応答反応を示さずに、そのままハンガーへと入り、火花を上げてデッキにちぎれた四肢を着底させて、見事とは言えない着艦を果たした。

 

「兄さん!」

 

「兄貴!」

 

「兄ちゃん!」

 

作業員に混ざって外にいたオルガたちも着艦したリベリオンに近づく。音すら発しないリベリオンの姿に、誰もが息を呑んだ。アズラエルとバーフォードも、除染処理されたエアロックへ運び込まれたリベリオンの元へと急ぐ。

 

沈黙するリベリオンに、切断工具を持った作業員たちがコクピットに取りつこうとしたとき、エアーの抜ける音共に、コクピットハッチが開いた。

 

「生きてるよ!生きてる!大丈夫だから!」

 

両手を上げて出てきたのは、五体満足の姿であるリークだった。誰もが呆気に取られた中、オルガたちが一目散に無事だったリークに飛びついていく。

 

「兄さんをここまで追い詰めるなんて…」

 

ひとしきり兄の無事を喜んだ三人は、ボロボロになったリベリオンを見つめながらそう呟く。残っている武装は片手に持っているビームサーベルくらいで、他の武装は全て破壊されており、ここにたどり着いた段階で電源も底をついている有様だった。

 

「それより、ラリーが見当たらないんだ!僕はあの兵器の相手をしていて…最後の一機が急に動きが鈍くなって周りを見たら、クルーゼもラリーも…」

 

そう言うリークに、バーフォードは苦い顔をして言葉を紡ぐ。

 

「リーク。事態は不味いことになってるぞ」

 

「どいて艦長!リーク!!」

 

今の状況を伝えようとしたバーフォードとアズラエルの間を押し除けて現れたのは、エターナルにいたはずのハリーだった。

 

「ハリー技師?」

 

「アンタの機体、用意できてるわよ!」

 

リークの返事も待たずに彼の手を取ってハンガーの後方へと連れて行くハリー。彼女はラリーが飛び立ってたから、ある目的を持ってドミニオンへ単身移動して、戦乱の中今まであるものの準備を進めていたのだ。

 

「僕の機体…?って、この機体は…!」

 

リークは目を見開く。まさかこれを?そう目でハリーに問いかけると、彼女は満足そうな顔をしながら頷く。

 

「アズラエル理事がいざという時のために持ってきてくれていたから助かったよ。そしてこの機体も」

 

ハリーが指さしたのは、もう一機の機体だ。リークのものは、もともと彼が使っていた機体があったから復旧はすぐにできたが、もう一機に手こずってしまった。だが、問題なく飛べる状態には仕上げている。

 

「ーーハリー技師」

 

「持っていってあげて。そして連れ戻してきて。ラリーは必ず生きている。だから!」

 

ハリーの目には確かな確信があった。必ず、ラリーは生きている。どこかでそれを感じているような確信が。その表情を見て、リークも力強く頷いた。

 

「わかった。約束する」

 

リークはハリーの隣から飛び立ち、彼女が仕上げた機体のコクピットを開いた。

 

「兄貴!俺たちも!」

 

二人についてきたクロトやオルガたちも、リークについて行こうと声をあげたが、兄であるリークは三人へ優しい笑みを浮かべた。

 

「クロト、皆。ここはお兄ちゃんを信じて待っていてくれ」

 

「兄さん…」

 

不安げな顔をするオルガに、彼は親指を上げて答えた。

 

「必ず戻る。それにみんなに、妹たちを会わせなきゃならないからね」

 

地球にいる妹たちに、三人をね。そう笑顔で言ったリークに、オルガたちは顔を見合わせて、諦めたようにため息をついた。

 

「俺は信じてるよ、兄ちゃんを」

 

「帰ってこなかったら迎えに行ってぶっ飛ばしてやる」

 

だから、無事に帰ってきて。三人の思いを受け止めて、リークは改めてオルガたちに向き直って敬礼を打った。

 

「ありがとう、行ってくる」

 

コクピットに乗り込んだリークは手際よく起動シークエンスを行なってゆき、外にいるハリーはオルガたちの手伝いを受けながら、誰も乗っていないもう一機の機体へ牽引用のワイヤーを取り付ける。

 

リークはふわりと機体を浮かべて発進位置へと機体を移動させた。ふと、横を見るとアズラエルとバーフォードの姿があった。二人がリークへ敬礼を打つと、周りにいた作業員や、パイロットたちもリークの機体へ敬礼を掲げた。

 

「メビウス1…いや、ライトニング隊、リーク・ベルモンド、発進する!!」

 

光を吹いて、リークはドミニオンから飛び出していく。すべては感じるままにーー彼は、自身が感じるラリーへの感応を頼りに、機体を宇宙へと飛ばしていくのだった。

 

 

 

////

 

 

 

ハッとラリーは意識を取り戻した。赤い非常灯に照らされたコクピットの中は、アラームの音さえ消えて静寂に包まれていた。

 

電力が尽きて、灰色となった二機のモビルスーツ。片方は腹部へ手を突き刺し、もう片方は片腕と頭部を失ったまま、無重力の中を漂っている。

 

機能を停止したホワイトグリントの中でラリーはコンソールパネルを幾度か叩いてみたが、帰ってくる反応は無かった。

 

「…まったく、ひどい有様だよな」

 

ラリーは、誰かに語りかけるように声を出す。いや、相手がいることをわかっていたのだ。困ったような笑みを浮かべるラリーへ、少しのノイズの後に言葉が返ってくる。

 

《……生きていたか。ならば、この戦い…私の敗北だな》

 

あれから、腹部をホワイトグリントの突き手で貫かれたプロヴィデンスに乗るクルーゼも、同じように赤い非常灯に照らされていた。彼の乗るコクピットも、電源が落ちたように静まり返っていてメインモニターも暗闇に包まれていた。

 

「こっちの機体もパワーセルが吹っ飛んでる。そっちは?」

 

《背部スラスターと推進剤がダメな上に、キャンセラーと核反応を電力化するインバータユニットもダメだ。内部電力も残りわずかだな》

 

何度かスロットルを動かしてみるが、全く反応が帰ってこない。完全に死んでるな、これは。そう役目を終えたホワイトグリントの中で肩を落としたラリーに、クルーゼはしばらくの沈黙の後にこう切り出した。

 

《全てを出し尽くしたんだがな…届かなかったか》

 

「クルーゼ…」

 

戦うことでしか、恨みでしか自分を表現できなかった好敵手。彼は観念したような声で言葉を吐いた。違うーーそうじゃないんだよ、クルーゼ。ラリーは視線を下ろして、今まで感じていた思いを、ポツリと声に落とした。

 

「俺が…俺が一番、行先をマシにしてやりたかった相手は…お前だったんだな…クルーゼ」

 

憎しみに突き動かされて。憎しみに囚われて。それしかないと刷り込まれたようなクルーゼ。彼こそが、1番の被害者だと知っていた。そうだと思った。だからーーー。

 

「俺とお前は…分かり合えたはずだったんだ…」

 

いくつもの光を重ねて、いくつもの刃を重ねて、そして何千という言葉を交わした。彼の戦いには常に悲しみがあった。

 

仲間を殺された悲しみ。戦争という悲しみ。そしてーークルーゼが抱く絶望の悲しみ。

 

そんな悲しみでしか自分を表現できないからこそ、それを変えたいと願って彼と戦い続けてきた自分がいる。クルーゼが固執するなら、それに答えてやるという原動力となった思いの根底。届かなかった自分の思い。

 

《ーーラリー・レイレナード》

 

コクピットや中で項垂れるラリーに、クルーゼは今まで聞いたことがなかった清らかで、落ち着いた声を響かせる。

 

《私には…それが許されない…生まれながら受けた業がある》

 

「だから!それはどうでもいいんじゃなかったのか?!お前が生きてなくちゃ…俺は!!」

 

《見ないフリはできんさ。これは私の体であり、私一人が背負う業だ。故に許されないのだよ…私という存在は》

 

そう言ってクルーゼは自分の掌を見つめる。この手はあまりにも深い罪と業が染み込んでいる。消しても消せない。切り落としても切り落とせないもの。

 

「クルーゼ…!!なんでお前は…そうやって一人で抱え込んで!!」

 

《ラリー。そうやって、綺麗な言葉で片付けてしまうから…人はいつまで経っても変われんのさ。たった百年でここまで来るのが、どだい無理な話だったのだよ…これからは走るのをやめて、歩いていく方がいい》

 

きっと、ジョージ・グレンも、コーディネーターを生み出したものたちも、プラントも地球も、コーディネーターもナチュラルもーーこの世界全てが急ぎすぎたんだ。

 

そう簡単に物事は変わらない。変わってはいけないのだ。そんな簡単に変えてしまうから世界はおかしくなる。

 

変われない人と変われた人によって亀裂は生まれて、やがてそれは、拭えない深い闇になるのだから。

 

「クルーゼ…お前は…」

 

《君ならば、できるはずだ。導ける力を君は持っている。そう私が信じたのだ。ラリー・レイレナード》

 

屈託のない声色でクルーゼは断言した。自身を下し、その手にSEEDを握りしめた男。そしてーーークルーゼは今まで決して口にしなかったことを語ろうと思った。

 

《君は言ったな?身の周りにいる者たちの未来をマシなものに変えるために戦うと》

 

オーブで初めて聞いた時は、痛快だった。デュランダルの前でそう宣言した時は、どこか誇らしかった。そして、その言葉を思い返すたびに…ラリーと初めて出会った宇宙を思い返す。

 

《私の魂は、君に出会った時にすでに救われていたんだ。グリマルディ戦線から今まで…君を感じた、あの時から》

 

戦場で違和感を感じて、戦場で輝きを見つけて、戦場でラリーと出会った。その全てが、今のクルーゼを形作っている。そう思えた。心の底から。

 

 

 

 

《この世の全てを憎んで、恨んで、ただ肉体の老いと苦しみに朽ちていく私は、生き返ったのだ。ーーー君のおかげでな》

 

 

 

 

いつのまにか、二人の間に壁は無くなっていた。ノーマルスーツすら脱ぎ去った二人が、永遠と言える輝きの中にいた。

 

安堵して、満足そうに笑みを浮かべるクルーゼに、ラリーは握り拳を作って、怒りにも似た目を向けた。

 

 

 

「ふざけるなよ…」

 

 

 

 

何が生き返っただ。何が救われただ。何がーー俺はーーお前を救えてなんていない!!

 

 

 

 

「ふざけるなよ、クルーゼ!!そんなことを言うな!俺と戦え!!俺もお前もまだ生きてるんだ!生きてるんだよ!!」

 

 

 

 

初めてラリーは、クルーゼに叫んだ。

 

戦え、と。戦え!生きろ!と。

 

俺はまだ生きている。そしてクルーゼも。俺たちの決着はまだ付いていない。決して、付いてなどいない。どちらもまだ、生きているのだから!!

 

 

 

 

「卑怯だぞ!!俺はまだ、ちくしょう!!お前を…お前とは何も…!!なのに…!!」

 

 

 

 

 

気がつくと、涙が溢れていた。そんなラリーの肩に手を置いて、クルーゼは微笑む。

 

 

 

 

《ーー気にするなよ、ラリー。全てがあるべき場所へと向かうだけだ。あるべき場所へと、な。私は満足だ。ああ…そうとも、私は満足したんだ》

 

 

 

 

 

 

そういうと、クルーゼは背を向けて、空へと登っていく。手を伸ばそうとしたが、ラリーは返って下へと落ちていった。足掻くように手を伸ばすが、届かない。

 

 

 

 

 

「光が…広がってゆく…」

 

 

 

 

 

 

光に向かって登っていくクルーゼ。

 

満足そうに手を広げて、その光の雨を受ける彼は、目蓋を閉じて声を紡いだ。

 

 

 

 

 

《さぁ、人が数多持つ予言の時だ。行け、SEEDから生まれた者よ》

 

 

 

 

 

 

あたりは光に包まれ、何も見えなくなった。白い闇。白い光。

 

その先へ、クルーゼの声は登ってゆきーーー溶けていく。

 

 

 

 

《君ならば…できる》

 

 

 

 

 

その世界へと行ってしまったクルーゼの言葉を最後に、ラリーはひどい落下感を味わいながら、光の中を落ちていくのだったーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クルーゼ!!」

 

気がついたら、ホワイトグリントのコクピットの中だった。赤い非常灯は付いておらず、頭上は天井がビームブレードによって抉られており、すぐそこから宇宙の光が見えるほどだった。

 

ホワイトグリントは、肩から上を切り飛ばされており、その一線はコクピットギリギリを掠めるところで止まっていたのだ。

 

「ラリー!」

 

声が聞こえる。目を凝らすと、宇宙の光に背を向けたリークの顔が見えた。焼け爛れた傷痕からこちらを覗き込んでいて、安堵の笑みを浮かべる。

 

「良かった!無事だった!…クルーゼは?」

 

彼の手を借りてコクピットから抜け出す。周りを見渡してみるが、そこには灰色の残骸に成り果てたホワイトグリントの姿しかなかった。

 

しばらく深淵の宇宙を見つめたラリーは、リークの問いかけに首を横に振って答えた。リークもまた、クルーゼに思うところがあったのだろうか。少し悼むような顔をしてから、残骸となったホワイトグリントから離れていく。

 

「リーク、お前…それは…!」

 

リークが飛んだ方を見て、ラリーは目を見張った。

 

そこには、低軌道状でリークが使用していたメビウスと、ラリーが愛用していたメビウス・インターセプターの姿があったのだ。

 

「ハリー技師が持って行けって。ラリーは必ず生きているからって彼女は信じてたから」

 

そう言って、リークはラリーへ手を差し伸ばした。

 

「行こう、みんなが待っている」

 

ラリーはふと、後ろを振り返る。そこには何もなく、宇宙の静寂さが広がっていた。あの見た光景はーー夢だったのだろうか。ラリーはクルーゼが触れた肩をそっと撫でて、瞳を閉じた。

 

「ああ。そうだな」

 

ホワイトグリントの残骸を蹴って、ラリーもリークへ続く。

 

まだ終わっていない。

 

託されたものも、信じられたものも。全部全部、まだ背負ってもいない。彼が最後に果たした贖罪も。だからーーーここから始めるんだ。

 

ラリーの顔には、もう迷いも憂いもなかった。

 

 

 

 

 



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第181話 出撃、メビウスライダー隊

緊急事態だ。

 

ザフトの要塞、ヤキンドゥーエは降伏。現在、シーゴブリンや手隙のモビルスーツ部隊が、敵残存兵の投降、および離脱の救助に向かっている。

 

だが、更に悪い知らせもある。

 

突入したシーゴブリン隊とオメガ1、アスハ機の報告から、ヤキンドゥーエは自爆シークエンスに入り、自爆と同時にジェネシスが発射されるプログラムが作動しているということだ。

 

くそっ、どうあっても地球を壊したいわけかよ!

 

はいはい。怒るのは後にして、とにかく、今はそれをなんとかするしかないでしょ?バーフォード艦長

 

その通りです、アズラエル理事。ジェネシスの目標は地球、大西洋連邦首都のワシントンだ。もし撃たれれば、文字通り地球の終わりとなる。だが、我々にはまだチャンスがある。

 

ヤキンドゥーエ内部にあったジェネシスの内部構造図を入手した。シモンズ女史が言うには、内部は二重構造となっており、ジェネシスの核動力炉と、そのエネルギーを変換するメインリアクターの部分に分かれているようだ。

 

メインリアクターユニットには、核動力炉区画から更に狭い隙間へと侵入することができる。七つのリアクターを破壊すれば、ジェネシスの機能を無効化できるようだ。

 

ただし、すでに核動力の準備が始まっている。リアクターを破壊すれば、行き場を失った核エネルギーが内部暴走する危険がある。

 

それにリアクターを破壊しても核動力炉は健在することになる。暴走したときに起こる被害は想像できん。なんとか融合炉も破壊したいが…今はリアクターを破壊することだけに集中しよう。

 

時間にして残り15分。その間に内部へ突入し、リアクターを破壊して脱出しなければならない。かなり危険な作戦だ。

 

相変わらず無茶な作戦だな。

 

けど、やらなきゃ世界が終わる。

 

ーーライトニング隊。この速度で任務を達成できるのは君たちしかいない。

 

すまない。君たちにばかり負担をかけてしまって、申し訳なく思う。だが、対応できるのはライトニング隊、君たちしかいない。

 

これが最後の任務だ。

 

頼む。地球をーー世界を滅ぼさないためにも、君たちの手でジェネシスをーーこの戦争に終止符を打ってくれ!!

 

全員、生きてここを突破し、必ず故郷へ帰ろう。

 

以上、ブリーフィングを終了する。ライトニング隊の健闘を祈る。

 

メビウスライダー隊、出撃!!

 

 

 

////

 

 

 

《一緒に行けなくて残念だよ、メビウスライダー隊》

 

アガメノムン級戦艦、ケストレルの上で見つめるブラックスワン隊のシャムスは、アークエンジェルとドミニオン、クサナギとヒメラギ、そしてエターナルに囲まれる形で、待機しているメビウス二機を見つめながらそう呟く。

 

ここにいる全員の通信が一つの回線を通じて行われていた。隣に腰を下ろしていたミューディーは呆れたような笑みを浮かべて、シャムスを見上げた。

 

《ばぁか。アンタじゃ中に入る前に壁にぶつかって死んじゃうわよ》

 

《なにをぉ!?》

 

そんな二人を横目に、スウェンとブラックスワン隊の隊長であるカルロスも、ラリーとリーク、そしてムウが乗り込むメビウス隊を見つめた。

 

《ライトニング隊へ、俺は元ワルキューレ隊のカルロス・バーン大尉だ。低軌道会戦では君たちに命を救われた恩がある。まだ俺は貴官らに何も返せていない。だから帰ってきて欲しい。最高の酒を用意して待っている》

 

カルロスは低軌道会戦時に、隊長を失ったところをムウのメビウスゼロに助けられていた。あの戦いで自分の母艦が沈まなかったのは、メビウスライダー隊の活躍があったおかげだ。

 

地球から持ってきた最高級のワインを持って、彼らの帰還を祈るとしよう。

 

《兄貴!今回もばっちり決めて帰ってきてくれよ!》

 

ドミニオンからはブリッジに移動したクロトたちがマイクでリークへ呼びかける。

 

《新作の映画を一緒に見る約束、忘れんなよ?》

 

《ライブツアーもね》

 

「はいはい、おしゃべりは大概にね」

 

急かすよう、まるで子供のような声でいうオルガたちを宥めると、マイクを横から取り上げたアズラエルがスゥと息を吸い込む。

 

《ベルモンド上級大尉…いや、リーク。落とされるのは認めませんよ?わかっていると思いますが》

 

僕は心配してませんので、そう言って手早くマイクを下ろしたアズラエルに、リークは敬礼を打って答える。

 

「ラリーさん!ベルモンド大尉!」

 

待機していたのは、別エリアにいたキラとトールの合流を待っていたからだ。フリーダムとメビウスがサブスラスターを吹かして、ライトニング隊の編隊へ加わる。

 

「トール!キラも来たな?」

 

そう言ってから、ラリーはもう一人の隊員であるアスランへ通信をつなげようとした時だ。遠くからシーゴブリン隊の救助艇と共に戻ってきたカガリのストライクルージュが切羽詰まったように、こちらに向かってくる。

 

「アスランが居ないんだ!」

 

応答の有無を待たずにカガリが声を上げ、キラたちの顔が驚愕に染まる。

 

「なんだって!?」

 

「たぶん、アイツ…責任を感じて…」

 

きっと何かーージェネシスを止めるために一人で。思い詰めるカガリを見て、ラリーが声を荒げる。

 

「馬鹿野郎!あのハツカネズミめ!」

 

ジャスティスを核爆発させるつもりだとしても、ジェネシスの照射が食い止められなかったら射線上にいる地球軍艦隊に被害が及ぶ可能性がある。

 

ここでまた損害を出せば、今度は地球軍が狂気的な攻めをしてくる危険もあった。

 

「キラ!」

 

「アスランは僕らが必ず連れて帰る!だからカガリは待っていて!」

 

頷いて答えるキラに、カガリはわずかに身動ぎするが、落ち着きを取り戻したのかキラの言葉に頷いて答える。

 

「ーーわかった。弟のことを信用するのも姉の務めだ」

 

「弟?キラが?」

 

カガリの言葉にトールが首を傾げると、ラリーはにやりと笑みを浮かべた。

 

「どう見てもカガリが妹だろ?わんぱくシスター」

 

「なんだとぉ!?」

 

突っかかる勢いでルージュを前に出そうとするが、まぁまぁとリークがいつものように仲裁に入る。うむ、いつものメビウスライダー隊だ。

 

「続きは帰ってから、だよね?ラリー」

 

「ああ、そうだな」

 

そう言ってリークに笑みを向けるラリー。そうだとも、すべては帰ってきてから始まるのだ。

 

《みんな!》

 

通信が入った先は、アークエンジェルだ。フレイやサイ、多くの人がモニター越しにこちらへ声をかけてくれる。

 

「フレイ!みんなも…!」

 

《必ず、戻ってきて。私たちの思いが、皆んなを守るから》

 

《ムウ…》

 

「大丈夫さ、マリュー。必ず戻る。なんたって俺は…いや、俺たちは不可能を可能にする男たちだからな!」

 

《ええ、そうね》

 

不安げに微笑むマリュー。ムウもまた力強く腕を掲げた。

 

《帰ってこいよ!キラ!トール!》

 

《帰還率は100%だ。それ未満は認めんぞ?》

 

《トールも、気をつけてね》

 

《君たちの管制官ができなくなるのは、ひどく退屈だからな》

 

サイやナタル、ミリアリアからも言葉が続くと、アークエンジェルへ着艦していたデュエルからも通信が届いた。

 

《シエラアンタレス1より、ライトニング隊へ。あの馬鹿者を連れ戻してきてくれ。説教は俺がする》

 

ぶっきらぼうにいうイザークに、隣に立つディアッカがやれやれと言ったように肩を竦めた。

 

《ったく、イザークは素直じゃねーんだから。頼んだぜ、キラ》

 

《アスランを頼みます。どうか皆さん、ご無事で!!》

 

ニコルの言葉に、キラもうなずく。せっかくの共有の友達だ。彼が迎えに行けない分、自分が声を繋げなければならない。エターナルのバルドフェルドも、アイシャを横に抱きながらサムズアップで笑みを浮かべた。

 

《戻ってこいよ、少年!》

 

《いい男になるんだから、死んじゃダメだからね?》

 

《後ろは任せておけ!!君たちは信じた道を行けよ!!》

 

クサナギやヒメラギーーー多くの船からの言葉が溢れる。そうだとも。これが、僕が守りたかったものだ。守りたい明日がここにある。

 

《キラ…信じてます。貴方が帰ってくることを》

 

ラクスの声が響く。そんな中で、ラリーへ個人回線からのレーザー通信が届く。顔は映らない言葉だけの通信であったが、ラリーはその送り主が誰か容易に想像できた。

 

《ラリー!機体もアンタも、無事に帰ってくるのよ!》

 

声は掠れていて、どこか震えていたが、しっかりとしたいつもの口調で、ハリーは言葉を紡ぐ。

 

ああ、何も心配はない。ラリーは拳を握りしめて答えた。

 

「ああ、必ず!!帰ってくる!!」

 

《よし、スカイキーパー改め、オービットより!メビウスライダー隊、進路クリア。行ってこい!!》

 

ニックの言葉を受けて、ラリー、リーク、キラ、トール、ムウーーー全員が前を向いた。

 

これが、最後の出撃だ。

 

 

 

「さぁ、いくぞ!!メビウスライダー隊、発進!!」

 

 

 

全てを止めるため。

 

生き残る、使命を果たすためにーー!!

 

 

 

 



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第182話 ジェネシス破壊作戦 1

 

 

 

 

「全機!ジェネシスへ突入するぞ!」

 

ザフトの撤退が第八艦隊主導のもと行われる中、ライトニング隊は抵抗を受けずにジェネシスが存在する宙域へと足を踏み込んでいた。

 

すれ違いざまに見るのは撤退することに必死なザフトの兵士たちばかりで、ヤキンドゥーエが陥落したことによって大きく戦意が失われたのだろう。

 

抵抗する勢力も見当たら無いということは、早々に撤退したか、あるいは本当に戦意をなくしたのか…。

 

「隊長!入り口が…!」

 

ライトニングリーダーとして戻ってきたムウがそんな思考を巡らせている中、周辺をサーチするため、後方を飛んでいたトールがジェネシス内部に至るシャフトのゲートを示した。

 

ゲートはビームで穿たれたように溶解しており、モビルスーツが突入しても申し分ない穴が開けられている。それを見つけて、ムウは小さく舌打ちをした。きっとジャスティスに乗るアスランが内部へ突入したのだろう。

 

「あの馬鹿野郎!各機、遅れるな!」

 

《全機、ジェネシス内部への突入を確認。タイムリミットまで、残り10分!》

 

オービットを務めるニックの声を全員が聴きながら、ムウを先頭に各機が迷うことなくシャフト内へと突入する。最後尾を飛ぶキラのフリーダムでも、シャフト内は余裕を持って飛べる広さがあったが、気を抜くと壁と接触し、墜落は免れない。

 

「なんだか、アラスカの時を思い出しますね」

 

オレンジ色のシャフト内を飛びながら、トールが懐かしそうに言葉を出した。アラスカのサイクロプスを止めるために、電圧装置を破壊する任務。あの時に突入した搬入路のトンネルは今よりもぐっと狭かった。

 

「え、トールもやったのかい?僕はアルテミスのトンネル飛行を思い出すよ」

 

驚いたようにいうリークも淀みなく飛行している。彼はラリーの後ろではあったが、無重量の中を浮遊するコンテナや作業用ポッドを避けながら飛ぶトンネル飛行は生きた心地がしなかったと思い返す。

 

《オービットよりメビウスライダー隊へ。軽口を叩けているなら大丈夫そうだな?今はまだ広めだが、動力炉からリアクターの道はかなり細い。飛行には気をつけるんだぞ》

 

「らじゃーらじゃー」

 

「驚くほどに静かだねぇ。各機、抜かるなよ!」

 

目標であるリアクターは、この通路を通り抜けた先にある動力炉から、さらに狭いトンネルを通る必要がある。設計上ではメビウスが一機通れてギリギリだ。しかも機体を90度傾けた状態で。

 

「キラは動力炉内にいるバカを外に連れ出せ。モビルスーツじゃリアクターには入れん」

 

「了解」

 

よって、最後尾を飛ぶキラの任務はメビウスライダー隊の護衛とアスランの救出になる。このシャフト内で、後方からモビルスーツに襲われでもしたら、自由度が利かないメビウスが圧倒的に不利だ。それでも、ラリーやトールたちなら何とかしてしまうじゃないかとキラは思い、気づかれないように小さく笑った。

 

《よし、予測経路の半分を通過した。このまま先へーー》

 

《シーゴブリンからメビウスライダー隊へ!!》

 

オービットからの報告を、別回線で割り込んできたシーゴブリンの隊長の声が遮る。その声色に落ち着いた様子はなく、ひどく取り乱した様子であった。

 

《こちらオービット。シーゴブリン、何があった?》

 

《パトリック・ザラ議長を護送していた船がザフトに襲撃された!くそっ!隊員は死亡!議長はゲイツに回収されたが…》

 

息を荒げていうシーゴブリン隊。

 

ーー数刻前。

 

満員のザフト兵を救助する彼らの乗る救助艇は、前方にいた友軍機がなす術なく撃破され、接近したゲイツによりまんまとパトリックを取り返す様を見ていることしかできかった。

 

コクピットから簡易的なエアーロックを形成する機材の中、迎えに上がったザフトのパイロットを押し除けて、パトリックがゲイツのコクピットへと乗り込む。

 

『議長!何を!?負傷されていますのに…』

 

『黙って変わらんか、愚か者め!』

 

戸惑うザフトのパイロットを一喝し、パトリックは受けた傷の痛みに顔を歪めながらもゲイツを起動させていく。シーゴブリンが的確に処置した応急手当てだったが、年老いてもコーディネーターであるパトリックが身動きを取るには十分すぎる治療であった。

 

『ジェネシスを…ええい!させるものか、ナチュラルども!』

 

二機のゲイツを連れて飛び立ったパトリックが捉えたのは、ジェネシス内部へ突入したライトニング隊の姿だった。

 

 

////

 

 

《メビウスライダー隊!後方から熱源…これは、モビルスーツだ!!》

 

オービットから発せられた警告と同時に、ライトニング隊の後ろからビームの閃光が放たれる。咄嗟に機体を反転させたキラだったが、狭い通路では武装を展開できないため、シールドで耐えながら何とか応戦してゆく。

 

『ジェネシスをやらせはしない。我らの世界を取り戻すためにな!』

 

追撃するパトリックは、ノーマルスーツも着用せずにゲイツを操り、何かに取り憑かれたように目をすわらせて、ライトニング隊へビームを吐き出していく。

 

「げぇ!!こっちに来たのか!?」

 

「ゲイツが3機だ!くそ!どうなってやがる!」

 

キラが防ぎ漏らした猛攻を狭い通路の中、機体を入れ替わり立ち替わりさせて何とか避けていく。トールやリーク、ムウ、そしてラリーのメビウスたちが入り乱れていく中、新たな通信が届いた。

 

《ヴェサリウスの艦長、アデスだ!その機体はザフト軍の司令系統から完全に逸脱した行為を行っている!ザフト機に告ぐ!直ちに撤退し、指示に従って行動せよ!繰り返す!》

 

ザフト兵を回収していたヴェサリウスから、ザフトの通信回線で声が響く。ザフトの中枢司令部も、第八艦隊やザフトのクライン派が抑えたため、今は正式に撤退命令が発令されている。

 

つまり、後ろにいるゲイツは完全に私情でこちらを追っているのだ。

 

《裏切り者どもの言葉など!!》

 

その声を聞いた瞬間、ラリーは顔を歪める。パトリック・ザラだと!?本来ならあり得るはずのない追手に、彼は心の中で毒つく。

 

「ちぃ!ザラ議長閣下が自らお出ましか!!」

 

《各機、ジェネシスのシャフトを抜ける!動力炉内だ!》

 

いくつもの閃光を潜り抜けた先で、ライトニング隊は大きな動力炉内へとたどり着いた。先行して入ったムウが見たのは、動力炉内に浮かぶジャスティスの姿だった。

 

「アスラン!!」

 

「キラ!?みんなも…なぜここに来た!」

 

自爆シークエンスを開始しようとしていたアスランは目を剥き、現れたライトニング隊を見つめる。戸惑いを隠せないアスランの声を、ラリーが倍の声の大きさで叫んだ。

 

「それはこっちのセリフだ、大馬鹿野郎!!何を勝手なことをしている!!俺は認めてないぞ!!アスラン!!」

 

「来るぞ!各機、散開!!」

 

説教も言葉を交わすのも後だ!ムウの声に従ってライトニング隊は一斉に散開する。そして、動力炉内に突入してきたゲイツ隊。

 

ジェネシス内部での戦闘が始まる。

 

 

 

ヤキンドゥーエの自爆まで、あと8分。

 

 

 

 

 

 



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第183話 ジェネシス破壊作戦 2

 

 

ジェネシス内部。

 

モビルスーツが飛び回るにしても、その閉鎖空間はあまりにも狭い。ましてや直線的な加速性能に優れるモビルアーマーでは尚更だ。

 

初めて入る空間の中、ラリーたちは機体を翻しながら追ってきた手練れのゲイツと戦いを繰り広げていく。

 

《奴らめ、ジェネシスはやらせん!これは我々コーディネーターの礎を築く導なのだ!》

 

その声を聞いて、アスランは愕然とした。装甲をゲイツが放ったビームが擦り、ジャスティスの肩部装甲がどろりと溶ける。

 

「ええい!こうも狭いとガンバレルも飛ばせんか!!」

 

四門のガンバレルの砲塔を展開してゲイツを追うムウ。その脇で棒立ちとなったアスランのジャスティスを、キラのフリーダムが横から押し除ける。さっきまでアスランがいた場所を、パトリックが乗るゲイツが放ったビームの閃光が駆け抜けていった。

 

「父上…!?その機体に乗っていらっしゃるんですか…!!」

 

《アスラン、この愚か者が!!そんなことも理解せずに!!》

 

ジャスティスに乗っているのをアスランだと知りながら!!キラの中には湧き上がる怒りがあった。そこまでしなければ、納得できないというのが!!

 

「ええい!時間がないというのに!!」

 

ラリーは狭い空間の中、フレキシブルスラスターをマニュアル操作で反転させて、機体を無理やり反転させると、迫っていたゲイツの背後を取った。

 

しかし、相手もザフトのパイロット。咄嗟に繰り出したメビウスのマニューバーを予測して、こちらを見ずに予測でビームを放ってくる。いくつかの閃光がメビウスの翼端を掠めた。

 

《撃たねばならんのだ!!撃たれる前に!!なぜそれが理解できん!!》

 

「父上!!」

 

ビームシザーを展開させて迫る父のゲイツに、アスランもビーム刃を繰り出して応戦する。

 

くそ!こんな形でしか、言葉を交わすことができないのか…!!

 

アスランの自分自身に対する不甲斐なさと、憎しみから解放されない父への悲しみ。意識の刃をぶつけ合うしかできない歪な今に、奥歯を食いしばってアスランは向き合った。

 

「それでもーージェネシスを撃ってもーー母さんは戻ってこないんだ!!」

 

《ーーっ!!黙れええええ!!!》

 

一番触れられたくない。一番見ないようにしていた部分を貫かれたパトリックは、ついに発狂したように声を上げた。アスランを払い除けて、がむしゃらにビームを放つ。

 

その閃光は追従してきた部下の機体をも掠め、それで生まれた一瞬の隙を突いたトールのビーム砲が、ゲイツのコクピットを貫いた。

 

「一機撃墜!つぎぃ!!」

 

《ヤキンドゥーエ自爆まで、残り五分!!》

 

しつこく追い立ててくるゲイツの追従を躱しながら、ラリーはグッと操縦桿を引き絞る。半円を描くようにラインを描いたメビウスへ、ゲイツは容赦なくビームを放っていく。

 

目を凝らして弾道を見切ろうとするが、クルーゼとの死闘のあとだ。頭は痛み、充血から治っていない視界が霞む。ビームが擦り、機体が大きく揺れた。

 

「こなくそぉー!!」

 

「ラリー!!」

 

ハッとゲイツが気がついた時はもう遅かった。リークが放った弾頭はタングステンの弾芯をあらわにし、ゲイツのコクピットを容赦なく貫く。

 

ラリーが決死の覚悟で敵を引きつけたおかげで、側面からの隙ができた。それに合わせられたリークが、阿吽の呼吸で敵のコクピットを見事に仕留めたのだ。

 

トール、ラリー、リークが編隊を組み直しながら、機体を丁寧に翻して動力炉内にある小さな穴を目指す。時間はもう残されていない。

 

「先行してリアクター内に突入する!!」

 

そう叫んだラリーが、先頭を切ってリアクターへ繋がるトンネルへと機体を突っ込ませた。トールやリーク、ムウも続こうとするが、影のように現れた敵がメビウス一機が通れるかどうかの通路へと身をねじ込むように突入させる。

 

「ライトニング1!背後に敵機だ!」

 

ムウからの言葉に、後方モニターに視線を向ける。そこには火花を上げるゲイツがモノアイの光点を瞬かせながら、通路の中を無理やり押し通ってきているのが見えた。

 

「トール!!」

 

「ラリーさんはやらせない!!この野郎!!」

 

飛び込んだパトリックのゲイツを追って、再度姿勢を整えて飛び込んだトールは、地を這うように進むゲイツへ、残った最後のビームライフルを放った。

 

『やらせんぞ!!ジェネシスは…コーディネーターの世界ーー』

 

パトリックの声が、一発の光によって遮られた。トールの放った閃光がゲイツの背部ユニットを捕らえる。

 

即座に煙が上がったゲイツは、そのまま姿勢を崩して通路へとつんのめるように転倒しーーー火花をより発生させた。グジャグジャになっていくゲイツの残骸が飛び散りーーその隙間を縫うようにトールのメビウスが飛び越えていった。

 

「父上ぇえーー!!」

 

アスランの慟哭が響きーーーゲイツは火に包まれていく。

 

リアクタールームへ飛び込んだラリーとトールは、機体を鋭く旋回させながら、ヒットアンドアウェイで規則正しく配列されたリアクターユニットをビーム砲で撃ち抜き、炎に包まれたリアクタールームから即座に脱出する。

 

「リアクターの破壊成功!!」

 

炎の中から脱出したラリーとトールの言葉に、誰もが湧き立つ中、アスランは地獄の釜とかしたリアクターへ至る穴を見つめる。

 

「父上…」

 

「アスラン…」

 

言葉を満足に交わすことなくーーわかり合うことなくーー遠くへ行ってしまった父を思っているのか。隣にいるキラには、かける言葉が見つからなかった。

 

《ライトニング隊。敵機はーーどうなったんだ》

 

「ゲイツは…リアクター内で墜落。あれはダメだ…すまん、アスラン」

 

そう言ってオービットとの通信を終えたムウの言葉に、アスランは改めて父を失った感覚を味わった。交わしたかった言葉。わかり合いたかった気持ち。そして、何もできなかった自分への怒り。さまざまな感情がアスランの中に溢れてーーそしてそれは、涙となってヘルメット乗る中を濡らしていった。

 

「…馬鹿…野郎」

 

「ーーアスラン、帰ろう。カガリや、みんなが待ってる」

 

消えそうな声でそう言葉を吐いたアスランの機体の肩を、キラはフリーダムで支える。力を失ったように項垂れるジャスティスに、誰もがかける声を無くしていた時だった。

 

《オービットよりメビウスライダー隊へ!!不味いことになった!!》

 

 

まだ事態は、終わりを迎えていない。

 

 

 

 

ヤキンドゥーエ自爆まで、残り四分。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第184話 終焉の光

 

 

《核動力炉に過剰エネルギーを感知!このまま暴走すれば、ジェネシス宙域にいるザフト軍や我々に多大な被害が出る!!》

 

事態は最悪の展開へと転がり落ちていた。分析結果を見て、ニックは拳をモニターに叩きつける。原因としては動力炉内での戦闘だ。リークのメビウスから送られてくるデータでは、すでに傷付いた動力炉から核物質が流れ始めている。

 

リアクターはあくまで動力炉で生まれた核エネルギーをガンマ線へ変換し、放射する準備をする機構だ。確かにここを破壊すれば、ガンマ線を照射することは防げるだろう。

 

しかしだ。

 

核エネルギーを動力炉が生み出し続ける限り、行き場を無くしたエネルギーは半永久的に生み出され続ける。今はまだ被害は微弱だが、流れ続けることでそれは割れない風船と同じになり、溢れ出た核物質はヤキンドゥーエ宙域ーーそして、いずれはプラントへと到達することになる。

 

耐爆仕様の元、プラントは設計されてはいるが、それはあくまで宇宙での基準値だ。それを上回る膨大な放射能、核エネルギーにさらされた場合、どんな被害が起こるか予測できない。

 

「止める方法はあるか!?」

 

止まることなく暴走したエネルギーを垂れ流し続けるジェネシスの中で、ムウが問いかけるが、ニックは力なく肩を落として口を噛み締めてから、言葉を紡ぐ。

 

《動力炉内の核反応を停止させれれば…しかし》

 

「くそ、爆破した瞬間に俺たちも」

 

動力炉が止まれば、生み出されるエネルギーも止まる。今ならまだ、宇宙での放射能レベルと大差はないほどだ。だが、これ以上引き延ばせばーーー。

 

《ジェネシス発射まで、残り三分!!》

 

猶予は、無かった。

 

プラントーーそして、この怨念にまみれた兵器を止めるためにはーー俺たちの命をもって。

 

「ーージャスティスを自爆させる」

 

最悪の状況の中、肩を震わせていたアスランは、ゆっくりと顔を上げてそう呟いた。その自己犠牲に似た声を発したアスランに、ラリーは思わず声を上げる。

 

「アスラン!!お前はまだ…」

 

「タイマーをセットすれば、俺たちが脱出できる時間は稼げるはずだ」

 

そう言ったアスランの目には、影はなかった。真っ直ぐとした目で、ライトニング隊のみんなを見つめている。

 

「アスラン…」

 

「わかってるさ、キラ。俺はもう自分の命を蔑ろにはしない。それに、カガリが泣くからな」

 

ジャスティスは父から預けられたものだ。ならばーーここで果てさせるのが、恨みと怨念に取り憑かれて死んだ父への葬いになる。そう言ってアスランは、横に備わっている自爆コード入力端末を引き出して、自爆の手順へと入った。

 

ジャスティスは核動力で動くモビルスーツだ。その機体が内部で爆発すれば、ジェネシスの大きさでも耐えることは困難だろう。

 

「ラリーさん。フリーダムもここに」

 

アスランの隣にいたキラも、言葉を繋ぐ。驚いたように全員がキラの方を見つめた。彼のフリーダムは経緯はあれど、こんなくだらない戦争を止めるためにラクスから与えられた力だ。

 

それをーー。

 

「キラ…いいのか?」

 

全てを言わんとし、ラリーが問いかけた言葉にキラは少し考えるように目を伏せてから、笑みを浮かべてラリーへと向き直った。

 

「核エネルギーなんて、あっちゃダメなんだ。ジャスティスもフリーダムも、ここで終わらせた方がいい」

 

血のバレンタイン。

 

核で始まったこの終末戦争。

 

ならば、その核を残したまま戦いを終えるのは、この先の未来に遺恨を残すことになる。

 

それに、核で始まった戦争ならばーー核で幕引きをした方がずっといいに決まっている。今のキラなら、純粋な思いでそう答えられた。

 

「ラクスも…きっとそう言うと思うから。それにーー僕一人であんなものを持っていても、何もできませんから」

 

ラリーが示してくれた。

 

どれだけ本物でも、どれだけ力を持っていても、一人では何もできない。

 

リークが示してくれた。

 

誰かの力を借りて戦うことを。それぞれが与えられる中で、できることに懸命を尽くして立ち向かうことを。力だけでは何もできないことを。

 

アイクが教えてくれた。

 

一人で考えても答えは出ないということ。多くの人の生き様や、戦い、考え方や、その命を見つめて、自分がなすべき事を見つめる事を。

 

バーフォード艦長、トール、フレイ、ムウ、マリュー、ナタル…ここまでくるのに多くの人の手を借りて来た。

 

だから、僕は一人ではない。

 

あの力に、フリーダムにすがり付いて行くことは無いし、あれがなくてもーーーみんながいる。

 

そう満足そうに笑みを浮かべるキラに、ラリーは小さく笑って、コクピットハッチを開けた。

 

「…わかった。二人はタイマーをセット後、俺とトールの機体へ」

 

了解、その言葉と同時にアスランもキラも手早く二機の自爆タイマーのセットしていく。機体のデータを抹消し、起爆モニターを確認すると、二人はコクピットから脱出。

 

アスランはトールの元へ、キラがラリーのメビウスへと到着する。

 

「時間は無いぞ!」

 

「キラ!」

 

「いつでもいいです!!」

 

キラとアスランが狭いコクピットへ収まったのを確認して、ムウを先頭にジェネシスからの脱出が始まる。

 

「飛ばせ飛ばせ!!」

 

「うりゃああああ!!」

 

推進剤の消費量を全開にして向かって来た道をひたすらに遡ってゆく。

 

《カウント合わせ!!10、9、8、7ーーー》

 

長い、とても長いシャフトのトンネル。カウントが迫る中、ラリーの目が小さく光る宇宙の星を捉えた。

 

「しっかり捕まってろよ!キラ!」

 

《5、4ーーー》

 

「リーク!!」

 

「隊長!!ついていってます!!」

 

どんどんと迫ってくる出口。計算した安全領域から脱出するため、全員がスロットルバーを全開に解放した。

 

「出口だ!!いっけぇえええ!!」

 

《3、2、1ーーー!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな爆発が見える。エターナルにいたラクスは思わず立ち上がり、ヤキンドゥーエから発せられた光をみた。

 

それと、同時にジェネシスから光が溢れ出してゆく。

 

「キラ!」

 

「ラリーさん!!」

 

思わず席から立ち上がったアークエンジェルの面々。アズラエルや、バーフォードも食い入るように閃光の先を見つめた。

 

《メビウスライダー隊、応答せよ!ライトニング!!ラリー!!》

 

爆煙と衝撃波に晒される空間の中ーーーそれを切り裂いて、四機のモビルアーマーが宇宙の光背に、こちらへと向かってくるのが見えた。

 

《ライトニング隊、確認!!》

 

《やりやがった!!》

 

《ジェネシスは破壊されたぞ!!》

 

《俺たちの勝ちだ!!》

 

《信じられねぇ!!》

 

《見事だ、メビウスライダー隊!!》

 

誰もが見事に脱出し、核爆発で崩壊していくジェネシスを背にして、編隊を維持したまま、美しい曲線を描いてメビウスライダー隊は宇宙を飛んでゆく。

 

《はぁー、オービットよりメビウスライダー隊へ。肝が冷えたよ》

 

そう言ったニックは、満面の笑み浮かべて、言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

《さぁ、あとは各方面に任せてーー帰ろう。俺たちの帰る場所へ》

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピローグ
第185話 極東を訪ねて


 

 

 

2年前。

 

地球と宇宙を巻き込んだ戦争があった。

 

いや…戦争ならば、遥かな昔から何度となくあった。

 

ナチュラルとコーディネーター。二つの種族。前者は地球、後者は宇宙と別れ、コーディネーターは宇宙というフロンティアを開拓し、そして自らの独立と種族としての威信をかけて、青き地球へと攻め入った。

 

撃てば撃ち返す戦争。彼らは自分たちが疲弊していることに気づかなかった。

 

前進と後退を繰り返しては、自然の豊かさと富を失い続ける戦争。両軍は比類無き工業力を養い、それを武器に最後の戦いを挑んだ。

 

それが2年前の戦争。まさに終末戦争の有り様だった。

 

彼らは猛々しく戦いーーそして散っていった。

 

互いに核兵器を使う愚さえ犯した軍。その無惨を目の当たりにした人々は、自らの武器を捨てようと心に誓った

 

 

 

 

 

世界に平和が訪れた。

 

 

 

 

 

 

オーブ首長国連邦。

 

カグヤ国際宇宙センター。

 

大戦後、混迷する地球の経済状況をユーラシア連邦と共に建て直しのために奔走し、今では地球圏で多大なる影響力を持つことになった島国に、私は足を踏み入れた。

 

季節は夏。

 

照りつける太陽が、宇宙と地球を結ぶ船から降り立った私へ降り注ぐ。その視線の先を、幾つかの戦闘機が横切っていくのが見えた。響くエンジンの音。青い空の中を飛行機雲を作って飛んでゆく。

 

皮肉にも、平和から最も遠いこの島で平和を守って飛ぶ彼ら。

 

現地球連合政府に反発する組織が、跋扈する地球圏。オーブの軍人たちは、その脅威から人々を守るために空を飛び続けている。アズラエル財団や、ブルーコスモスの一派も、地球に撃ち込まれたNジャマーを撤去する作業や、エネルギー事業の復興に注力してるものの、まだ地球圏の再建には時間がかかるようだ。

 

私はポケットに入れていた一枚のメモを取り出して、最寄りのタクシーへと乗り込んだ。

 

向かう先はすでに決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

先祖代々から、ジャーナリストとして生計を立てて来た私が、なぜプラントからこの国へとやって来たのか。

 

大戦時。

 

あの歴史的なアプリリウスの演説が行われた時から、私はヤキンドゥーエ戦役に貢献したあるパイロットの足取りを追っていた。だが、彼らのことを多く語る人物はおらず、その存在も秘匿されるものであった。

 

流星。あるいはネメシス、メビウスライダー隊。

 

いくつもの呼び名を持つ彼らは、地球も宇宙も関係なく、泥沼化した終末戦争を終わらせるために戦った勇者たちだ。

 

大戦から一年と数ヶ月。彼らの痕跡を辿ることすらできなかった私のもとに、ある情報が飛び込んできた。

 

 

 

 

 

始まりはーーーヘリオポリスだった。

 

 

 

 

大戦時。戦争の分岐点となった地球軍のモビルスーツ開発を極秘で行なっていた、オーブ首長国連邦が有するコロニー、ヘリオポリス。

 

ザフトの急襲を受け、モビルスーツは奪取され、コロニーにも深刻な被害がもたらされた。破壊された港口が応急的に復旧し、コロニーの修復が急ピッチで行われている。

 

住人も戻り、中立国として謳歌していた姿を取り戻しつつあるヘリオポリス。

 

流星のことを調べる私の元へ連絡をして来たのは、ヘリオポリスのカレッジで講師をし始めた、元ザフト軍のパイロットだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第186話 ノスタルジア

 

「彼とは長い付き合いだったよ」

 

ヘリオポリス。

 

カレッジから少し離れた住居の中で、語り部を申し出てくれた人物は、杖をつきながらもしっかりとした足取りと姿で、訪れた私を迎え入れてくれた。

 

ソファに腰掛けながら懐かしそうに目を細める。

 

彼は、元ザフト軍のパイロット。

 

ヤキンドゥーエ戦役のあと、ザフト軍を退役した彼は、もともと専攻していたモビルスーツの慣性やAMBACに関する駆動部門の教授としてカレッジに勤めている。

 

杖をついているのも、苛烈な戦いであった2年前の戦争の後遺症なのだろうか。

 

そんなことを考える私をよそに、彼は楽しそうに語った。

 

「流星とは幾度と交えていてね。殺し合いをした相手に対して言い方は悪いが、彼のおかげで今の私があると言っても過言ではない」

 

彼は多くを語り、そして静かに言葉を伝えてくれた。この一年間で集めたこと。

 

例えば、流星は一人で100機近いモビルスーツを撃破しただとか、例えばモビルアーマーで狭いトンネルを縦横無尽に飛び回ったとか、例えばザフトで有名なエースパイロットを圧倒したとか。

 

証拠も確証もない眉唾物の話題ばかりだったが、ヘリオポリスで出会った彼の言葉には、言い表せないが心で理解できる真実があった。

 

「そうか…。私がここに来て、もうそんなに日が経つのか」

 

ふと、過去から今へと想いを戻した時、彼は不思議とそんなことを口ずさむ。

 

「私は、諦めていたのさ。戦いの中で何もかもを」

 

多くを奪い、多くを殺める戦いの中。見せつけられる人の罪や醜さを目の当たりにして、彼は心が死に、すべてを諦めていたという。

 

そんな時に、流星と出会った。

 

彼らとの戦いは、諦めていたものを取り戻すきっかけとなり、ただただそれに没頭した。それこそ、戦争による悲しみや、痛みすらも忘れてしまうほど。

 

そして、彼は流星に敗れたという。

 

「私は彼に生かされ、救われたのさ。戦いに負けたことによってね」

 

こればかりはパイロットの感性だな、と初老を迎えたと思わせる穏やかな顔で彼は笑う。

 

ふと、部屋の奥から女性が出てきた。彼女は私や彼ににこやかに微笑むと、いくつかの言葉を交わして部屋を後にした。どうやら夕食の買い出しに向かうらしい。

 

「妻だよ。ザフトを退役して、ヘリオポリスで結婚したんだ」

 

あの時の私では結婚なんて想像もできなかったがね、と彼は笑う。

 

流星との戦いの後、大破した機体の中で満足した死を受け入れようとしていたとき。地球に降りてから流星と戦うための機体を作り上げてくれたのが彼女だったらしい。地球から宇宙。彼女は全力を尽くしてサポートをし、そして大破し、漂流していた彼を迎えにきたのだ。それも作業用のポッドで。

 

「死を受け入れていた私を、必死に助けてくれた彼女を見てーー彼らとの戦いで見えた未来を少し、歩んでみたくなってね」

 

そう言って彼は、傍に立てかけられている写真を見つめた。そこには小さな教会で式をあげる二人の姿や、どこか綺麗な景色の中で仲睦まじく肩を並べる姿が写っている。

 

「さて、流星のことをこれ以上話すのはやめておこう」

 

ヘリオポリスの内部時間が夕刻を差した頃合いで、彼は急に言葉を切り上げて立ち上がった。

 

待ってください、まだ聞きたいことがーーそう言って同じく立ち上がった私に、彼は笑みを浮かべながら言う。

 

「君がそこまで求めるなら、会ってみるといい。場所なら教えよう」

 

そう言って彼は、メモ用紙へ走り書きで文字を記し、私へと差し出した。

 

「知るなら、真実を追うがいい。私はここにいるーーただの男だ」

 

私はカバンを持ち上げて、長く言葉を交わしてくれた彼へと頭を下げる。

 

〝もし、流星に会えたなら伝えておいて欲しい言葉はありますか?〟

 

ふと、そんな言葉が出た。彼と多くの戦いを重ねてきたからこそ、伝えたいこともあるのではないかと思ったからだ。

 

すると、杖を持って立つ彼は小さく首を横へ振った。

 

「伝える言葉などないさ。彼と私の戦いはもう終わっている。これからは、彼が見せてくれた道を歩んでゆくよ。すこしでもマシになった、この道をね」

 

その言葉を最後に、私はヘリオポリスから離れたのだった。

 

 

 

 

////

 

 

 

オーブ首長国連邦、オノゴロ島。

 

2年前の戦争の爪痕が色濃く残る決戦跡地。そこはすでに、各国の支援のもと元々繁栄していたモルゲンレーテの工場や港が復興の兆しを見せつつあった。

 

そのオノゴロ島南部に位置する基地。オーブ軍と地球軍が駐留するこの基地が、ヘリオポリスの彼が教えてくれた目的地であった。

 

入り口で検査や書類記入を終えた私は、目的の場所である一つの施設を目指す。

 

オーブ軍や地球軍に混じって基地に籍を置く民間軍事会社。

 

もともとビクトリアを拠点としていた彼らは、アフリカを転戦し、終戦後は戦力が落ちたオーブ軍に雇われて、今では戦闘機だけでなくモビルスーツも配備された、業界では大手となる企業だ。

 

受付に入ると、アポイントを取っていた約束通り、対応してくれる人物が待ってくれていた。

 

メガネをかけた優しげな担当者。アーガイルと名札が付いている。

 

「取材連絡していただいたジュネット氏ですね。お待たせしました。今回案内を担当させて頂きます、サイ・アーガイルといいます」

 

にこやかに名刺交換をしてくれた彼は、親切に施設内を案内してくれる。通路の外では、オーブ製のモビルスーツが複数並んでおり、その横には地球軍の戦闘機、スピアヘッドもいくつか配備されていた。

 

「本日は、パイロットへの取材…ということでしたよね?」

 

外の景色に気を取られていると、サイが確認するように言葉をかけてくる。

 

〝ええ、直接会ってみたくて〟

 

そう答えると、彼の顔は笑みから困ったような顔へと変わった。話によれば、何人かのパイロットはすでに空へと上がっていると言うのだ。

 

〝必要ならば待ちます〟

 

フライトとは言え、戻ってくるならばそう時間はかかるまい、待っても1日程度だろう。そう答える私に、彼は困った顔のまま、さらに上にいますと言葉を繋いだ。

 

そう、彼はーーー宇宙にいるのだ。

 

 

 

 

 

 

 



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第187話 宇宙へ

 

 

地球圏から遥か。

 

L3宙域を航行する一隻の船。

 

先の大戦から復旧したカグヤのマスドライバーから打ち上げられたクサナギから離脱し、ヘリオポリスとの連絡船として使われていたそれは、今はプラントを目指して星の大海を進んでいる。

 

「しかし、アズラエルも無茶を言うよな。私に着いてって世界を見てこいだなんて」

 

旅客機のような部屋の中で、オーブの首脳陣が着る正装姿のまま、だらしなく無重力の中で寛ぐのはカガリだった。2年前から容姿は変わってはいないが、今の彼女は父から引き継いだオーブの国政という務めを担う重要人物でもある。

 

アプリリウス市の演説後、影ながら地球圏の傷ついた国や政府の立て直しに奔走した父、ウズミ・ナラ・アスハは、その激務の為か、オーブが落ち着きを取り戻し始めた頃に体を悪くして今は療養中だった。

 

そんな父の隣で激務を共にこなしていたカガリが、次期オーブの心臓部になることは誰から見ても明らかであり、今回の件も父や他の士族からの推薦もあって彼女が選ばれたのだ。

 

「けど、こういうのってワクワクしない?」

 

そんなカガリの隣で、普段は民間軍事会社でツナギとメカと油に塗れているフレイが、綺麗なビジネススタイルで船に同乗していた。

 

彼女は大戦時に父を失っている。

 

フレイは年齢としても、まだ若い。それにブルーコスモスの重役であった父の一人娘だ。そんな使いやすい駒を他のメンバーが黙ってあるはずもなくーーーそう言った政治の闇に彼女を晒さないため、それとジョージ・アルスターからの最期の願いとしてフレイを託されたこともあって、その後見人として、アズラエルがフレイを引き取ったのだ。

 

フレイの拠点はオーブ。

 

大戦後、地球軍からもザフトからも溢れた者達の受け皿としてアズラエル財団や各方面の支援者の協力もあり、アフリカで出会った民間軍事会社をオーブに据え置いたのだ。

 

もともと古株であるタスク隊や、オペレーターであるモニカ・マスタングも、彼らが提示した条件と金額を見てすぐさま了承してくれたのが救いだった。

 

「そうかぁ?私は窮屈だよ。そっちよりは幾分かマシだけど。しっかし、似合わないよなぁ、フレイがスーツなんて」

 

「やめて、自分でも自覚してるからそれ」

 

普段は民間軍事会社でオーブのモビルスーツをはじめ、さまざまな機器の整備や調整を行なっているフレイだが、たまにやってきたアズラエルが、「将来の勉強」と称して会議や商談、立食パーティーなどにフレイを連れ回している。

 

アズラエル自身の考えもあってだろうが、今回一人でプラントに行って情報を聞き出して来いと言うのはあまりにも大それた任務でもあった。

 

「まもなく、プラントの防衛圏内に入りますよ。お二人さん」

 

「お疲れ様、ベルモンドさん」

 

そう言ってコクピットルームから出てきたのは、民間軍事会社特製のノーマルスーツを着るリークだ。

 

「理事からの依頼だからね。オルガたちはお留守番さ」

 

そう言って肩をすくめる。リーク自身、地球軍を退役するつもりだったが、アズラエルが提示した個人契約を見てすぐに鞍替えとなったらしい。

 

理事曰く、「僕の好きな時に動かせる最強の剣とか最高じゃありません?」とのこと。

 

もともとアズラエル財団にいたオルガ達の声もあったこともあり、今はオルガ達と東アジア共和国にいた妹達と共にオーブで緩やかな生活を送っており、アズラエルの要請優先の傭兵として戦いの空を飛んでいる。

 

しかし、普段はオーブ陣営で構築される視察ではあるはずが、今回はアズラエルの口が効くリークやフレイ、そして護衛に選ばれた面々も強者揃いだ。

 

「プラントへの視察、か。やはり…」

 

「作ってるだろうな。新たなモビルスーツ」

 

カガリの呟きに答えたのは、彼女の護衛をウズミ直々に依頼されたアスランこと、アレックス・ディノだ。ヤキンドゥーエ戦役の後、混乱するプラントの火種に巻き込まれるアスランを放っておけなかったカガリが、オーブへも匿うことを決意した結果が今の彼だった。

 

最初はアスランも難色を示したが、戻ろうとするたびに涙目になるカガリに根負けし、オーブの保護を受けることにしたようだ。

 

「全く、抑止力とは言え、作るべきものなのですかね」

 

そういうフレイも不満げな表情だった。たしかに地球の今は、過激ブルーコスモス派と、ハルバートン提督指揮の新生地球軍の間で小競り合いは起きているものの、プラントとの戦闘行為は全面的に禁止されているはずだ。

 

にも関わらず、プラントは新型のモビルスーツを開発し続けている。

 

「全くだな、先の戦争でプラントにも影響は及んでいる。モビルスーツを作るくらいならそちらの修繕の方が先だろうに」

 

「そうもいかないんですよ、このご時世は」

 

いかにもなことを言うリークに、三人は似たように天井を仰ぐ。世界は未だに戦争状態のままーーいつか、フレイが言った言葉は、まだ終わりは見えていない。

 

すると、コクピットシートに座る副官からの通信が入った。

 

「ザフト軍機確認、ブルー25、アルファ。予定より早いな…数も合ってない」

 

後方から現れた三機の熱源。予定では自分たちが良く知る人物が迎えにくるはずだったのだがーーそう言ってコクピットに戻ったリークは、その機体の妙な動きを感知する。

 

明らかに戦闘姿勢をもって近づいているのだ。

 

《ーーどうやら、そういうことらしいな》

 

それを同じく見ていたであろう人物が、後方にある物資コンテナの中からリークに音声通信で声を紡ぐ。

 

「みんな、シートベルトを。ラリー、編成は?」

 

そう言ってシートベルトを取り付けたリークは、声の主であるラリーにどうするかを問いかける。さっきまで薄暗かった物資コンテナの内部に灯が灯ると、うまく偽造されたハンガーが姿を見せた。

 

《まずは俺とトールとキラで出る。三機相手だが、まさか来賓の船から機体が出てくるとは思うまいよ》

 

《ケーニヒ機、準備よし!キラ!》

 

《ヤマト機、準備完了です!》

 

そう言ってすでに機体の中に待機していた二人。今回のカガリとフレイの護衛に選ばれた強者たちは、手慣れた様子で機体を立ち上げながら、迎撃準備に入っていく。

 

後ろではマードックとハリーがせかせかと点検工具や邪魔になるものを片付けて行っていた。

 

ラリーは外していたノーマルスーツのヘルメットを被ると、よしっと気合を入れて床を蹴った。

 

《よぉし、軽く蹴散らすぞ!ライトニング隊、出撃!!》

 

 

 

 

 



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最終話 白き流星の軌跡

 

 

 

『オーブとアズラエルの後継者が乗っている船だ。ここで落とすぞ。コーディネーターの世界のために』

 

ゲイツR型に乗るコーディネーターのパイロットは、抑揚のない声で二人の部下に言葉を告げる。こちらの目的はオーブ首長国連邦の重要人と、ブルーコスモスの中でも知名度のあるアルスターの一人娘の拉致誘拐、それが困難な場合の殺害だ。

 

目標は単なる輸送船。ザフトの警戒領域だと知って警戒もしていない。討ち取るには絶好のチャンスだ。そう考えての作戦立案だったのだがーー。

 

『隊長!敵輸送船から高エネルギー反応!これは…!』

 

突如として、何の変哲もなかった輸送船の後部が動き始める。三つに分かれるハッチがゆっくりと開かれると、そこには三機の機体の姿があった。

 

「ハッチ解放!進路クリアー、ライトニング隊、発進、どうぞ!」

 

《ラリー!せっかくプラントの機体のデータ取りするんだから、壊さずに乗って帰ってくるのよ!》

 

開けっ広げになった偽装ハンガーの中で、調整を担当していたハリーが、一番機に乗るラリーへ声を上げる。彼女もまた地球軍を退き、ラリーやリークらと共に民間軍事会社に勤めるメカニックだ。オーブの潤沢な技術を用いて日々開発や改造に力を注いでいる。

 

「了解了解!じゃ、ライトニング1、ラリー・レイレナード、メビウス・インタークロス、出るぞ!」

 

「ライトニング3、トール・ケーニヒ、メビウス・インタークロス、出ます!」

 

そんな彼女が作り上げた機体。

 

ラリーとトールが乗るメビウス・インタークロスは、先の大戦からハリーが時間をかけて抽出した「高機動モビルアーマー」の到達点の一つとなっていた。

 

駆動源も見直され、機体の重要装甲にはトランスフェイズ装甲を採用。機体各部のモーターも最新フォーマットとなり、武装面も小型化されたビーム兵装が搭載されている。

 

中でも機動性は、破損したホワイトグリントから取れたデータを基に作り上げられているため、瞬間的な加速能力は他のモビルスーツを圧倒的に凌駕する代物となっている。

 

まさに、旧メビウス型の皮を被ったモンスターマシンだ。

 

「ライトニング2、キラ・ヤマト、メビウス・ストライカー、行きます!!」

 

続くようにキラのメビウスも発進する。サイズは三機とも同じだが、兵装や装甲配置が若干違う。ラリーたちは輸送船を離れると、手早く編隊を組んで向かってくるゲイツへと接敵していく。

 

『あの機体…まさか!!』

 

『流星!!』

 

『恐れるな!敵は時代遅れのモビルアーマーだ!こっちはゲイツRだ!各機、落ち着いて落とせ!』

 

ところがギッチョン。

 

隊長は鋭く挙動するメビウスの動きに目を見開く。なんだこの速度は、ゲイツの改良機であるゲイツRよりも機敏に動くではないか。ビームライフルを構えるも、その閃光が機体を掠めることすらない。

 

「そう上手くいくかね!!」

 

『この…はやっ…!!』

 

『旧型のモビルアーマーじゃないのかよ!!』

 

翻弄するトールの動きに全くついていけない部下を横目に、隊長機は向かい来るラリーの機体に狙いを定める。

 

「機体は足回りが生命ってねぇ!!」

 

「この機体反応…ハリーさん、上手く噛み合ってますよ、これ!!」

 

切り裂く円を描き、宇宙に閃光を放つ流星部隊。ザフト軍内でも語り継がれる鬼神の如き強さと、雷のような速さを有する部隊の力は、自分たちが想像していたよりも遥かに高かった。

 

そんな中、鋭く動く二機よりは遅いキラのメビウスへ、ゲイツがビームクローを掲げて迫る。

 

『所詮、モビルアーマーは一本調子で…!!』

 

「それを待ってた…!」

 

キラはニヤリと笑みを浮かべると、機体制御を司るスロットルを横へと倒して引き上げる。機体は急減速し、ゲイツの放ったビームを躱すと同時に、各所に設けられた電動モーターが連動し、機体の形を大きく変えていく。

 

両翼に備わっていたフレキシブルスラスターの下部が分離するのを皮切りに、メビウスのコアユニットを成していた機体形状も可変。

 

コクピット部が胴体に来ると、内部に格納されていた腕と頭部が現れ、折り畳まれていたアンテナが開いた。

 

『なっ…変形した…だと!?』

 

メビウス・ストライカー。

 

オーブが開発した可変量産機ムラサメ。その設計時に技術顧問として参加したハリー・グリンフィールドが考案した可変機の試作型が、メビウス・ストライカーの基になる機体だった。

 

元々は高高度戦闘用に考案された機体構成だったタイプを、ハリーが形状から一新。可変システムはムラサメを基礎として、宇宙空間戦闘に特化した形状であるメビウスへの可変機構を備えた機体だ。

 

「でええい!!」

 

モビルスーツ形態となったキラのメビウスは、ストライクと同等の頭部のデュアルアイを煌めかせて、ビームサーベルを抜き放ち、呆気に取られていたゲイツの武器を持つ腕を切り落とす。

 

『こいつ…!!』

 

ゲイツのパイロットは、残された武装で応戦するものの、キラはすぐにモビルアーマー形態へと変形して一気に距離を取る。

 

メビウス・ストライカーの可変機構はムラサメを基礎にしてるが、複雑な機構はハリーにより簡素化されているため、要する時間が短縮されている。よって、形態変形によるヒットアンドアウェイの戦術が、高速機動戦術を得意とするキラとは相性が良かった。

 

『くっそー!!手強い…やはり先の大戦の英雄…!!』

 

「遅い!!」

 

隊長機のビームライフルがラリーを追う中、突如として意識の外からやってきた閃光が、隊長機のビームライフルを穿ち、爆散させた。

 

『ぐあっ!!なんだ!?新手か!?』

 

索敵のために視線を走らせると、新たに一機の反応。輸送船から遅れて発進した機体が、こちらに向かってきていたのだ。

 

「いいタイミングだ!シン!」

 

そう言うトールに、もう一機のメビウス・ストライカーに乗る若いパイロットは、笑みを浮かべてスロットルを握る。

 

「遅れました!ライトニング4、シン・アスカ、メビウス・ストライカー2号機、作戦領域に参加します!」

 

ドバッと光を溢れさせて、シンの機体がもつれ合う空戦領域へと突入してくる。それを皮切りに敵を振り切った三機も加わると、四機の編隊となったライトニング隊がぐるりとゲイツの周りを旋回し始めた。

 

『四機の編隊だと…!!機体性能ではない…この技量の差は…!!』

 

「世界は平和になろうっていうのに、まだ戦争がしたいのか、あんた達は!!」

 

まるで獲物を狙う肉食獣のように相手の様子を伺った四機は、息を合わせて散開すると、満身創痍になりつつある敵を翻弄しては足や手、頭部を的確にビームで撃ち抜いていく。

 

『ええい、化け物ーー』

 

隊長機がそう呟いた瞬間、頭部から背面ブースターにかけて、モビルスーツ形態となったシンのメビウス・ストライカーによって撃ち抜かれる。爆発はしなかったものの、機能を奪われた機体は宇宙空間で浮かぶただのスクラップとなった。

 

「上手い、さすがはシンだ」

 

撃ち抜いてモビルアーマー形態となったシンの隣に並んだキラが、教え子の力量を素直に褒める。その背後にトール、前方にはラリーが並び、周辺警戒をしつつ編隊組んで宇宙を飛んでいた。

 

「隊長にしごかれてますからね。ザフトの赤服にも引けは取りませんよ!!」

 

「よーし、その意気だ!!」

 

憧れのパイロットの背を追ってきたシンもまた、トールやキラのように訓練に励み、今の実力を手に入れている。そこらにいるザフトや地球軍のパイロットには負けはしない。

 

ちなみにライトニング内の模擬戦ではトールに1勝3敗、キラに1勝4敗、ラリーとリークに0勝5敗と、まずまずの戦績を残している。

 

『くっそぉ!!こいつら…いい気になって!!』

 

《そこの機体!どこの所属だ!!》

 

武装すら失くしながらも戦意を失わないゲイツに、新たな通信が入った。ラリーたちが旋回しつつ新たにきた機体を見ると、新型の青白いザクウォーリアーに乗る旧友がプラントからやってきた。

 

《こちら、シエラアンタレス隊、隊長のイザーク・ジュールだ。迎えにきたぞ》

 

『ちぃ、コーディネーターの恥晒しどもめ!!』

 

恨み言のように言う隊長の背後には、深緑のザクと、漆黒のザクがそれぞれ配置していて、抵抗する余力すらないゲイツ隊へ緩やかに武装を構えていた。

 

《逃げられませんよ》

 

《言い分は、調書室で聞こうか》

 

そう言ったニコルとディアッカ。隊長であるイザークにも囲まれたゲイツ隊は、しばらくの沈黙を守って…。

 

『南無三…!!』

 

自爆レバーを躊躇いなく引いた。四肢をもがれたゲイツは次々と爆散し、宇宙の藻屑へと飛散していく。それを見たイザークは苛立ったようにシートに体を預けた。

 

《自爆したか…これで3件目だな》

 

《プラントも荒れているようだな、イザーク》

 

一部始終を輸送船から見ていたアスランも、どこか感慨深い声で戦友をいたわる言葉をかける。

 

《どちらかというと、ザラ派がな。政治というのは難しいらしい》

 

そう答えるイザークに、アスランの表情は複雑なものになる。現に、シーゲルが政権を奪還し、のちに引き継いだ議長の方針を尊重する兆しはあるものの、旧ザラ派の過激なテロ行為も蔓延している状態でもある。

 

プラントも地球も、新たな道を行く最中だ。

 

《とりあえず、再会を祝う言葉はあとだ。我々が諸君らを護衛する。ふん、ありがたく思うんだな》

 

そう言って輸送船の護衛につくイザーク。その後ろをついていきながら、ニコルは肩を竦めながらラリーに言葉を投げた。

 

《と言っても、イザークはまだ全然ラリーさんに模擬戦で勝ててないんだよね》

 

《うるさい!!聞こえているぞ!!》

 

《はいはーい》

 

《お前もずいぶん変わったよな、ニコル》

 

そんなやりとりをする二人に呆れながらも、ディアッカも船を守るように護衛位置へと着く。本来ならこの三人が出迎えとプラントまでの護衛を担うはずだったが、タイミングが悪かったようだ。

 

そんな三人の横を飛ぶライトニング隊も、これから向かう先に想いを馳せていた。

 

「シン君、プラントについたらどうする?」

 

「マユにお土産をせがまれてるんで…」

 

通信越しに困ったように言うシンに、リークは声を上げて笑う。

 

「はっはっは、僕もさ。任務が終わったら一緒に回ろうか、キラ君もどうだい?」

 

「はい、ご一緒しまーー」

 

そこまで言いかけたキラに、隣を飛んでいたトールが待ったをかけた。

 

「待て待て待て、お前は歌姫と会う約束があるだろ?」

 

そう言うトールに、キラは若干誤魔化すような、照れるような仕草を見せつつ言葉を濁した。

 

「ラ、ラクスとは公務の関係で…」

 

「そう言って、ミリィやアイシャさんに服とか聞いてたのはどこの誰かな?」

 

「トール!!」

 

《え、なにそれ私聞いてないんだけど》

 

お洒落担当だと自負していたフレイが、ショックを受けた様子で通信に加わってくる。たしかにキラは、お洒落のためにミリアリアやアイシャに声をかけたが、フレイには声をかけていなかった。

 

《いやフレイは常にツナギかタンクトップじゃん》

 

隣にいたカガリの言葉に、フレイは目元を険しくして突っかかっていく。

 

《わ、私だっておしゃれのひとつやふたつ!!》

 

《はいはい、お喋りはそこまで。四人とも早く帰投してね。バレると少しややこしいから》

 

そんな会話を聞きながら、マードックと共に帰還受け入れ準備を進めるハリー。この調子はいつも通りだな、とラリーは飛びながら小さく笑った。

 

《相変わらず賑やかだな、貴様ら》

 

《目的地が見えてきましたよ》

 

そう言うイザークたちに習って、ラリーたちも見えてきたプラントの姿を見つめる。

 

「アーモリーワン、か」

 

ラリーは誰にも聞こえない声で呟く。

 

あれから2年。

 

因縁が新たに始まる地に、運命のいたずらか自分はまた向かおうとしている。変化した物語。この先に何が待っているのかーーーラリーにはわからない。

 

けれど、やるべきことはわかっている。

 

「さぁ、いくぞ。俺たちの使命を果たすために」

 

「 「 「了解!!」 」 」

 

そう言って輸送船へ旋回していく四機のメビウス。

 

 

 

 

 

そうだとも。

 

彼らの戦いはまだ終わらない。

 

彼らは宇宙を飛び続ける。

 

引き継いだ多くのものを抱えて。

 

 

 

 

 

 

 

〝生き残り、生きて、使命を果たす。

 

 

 

 

 

それがメビウスライダー隊の在り方なのだから。

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED

白き流星の軌跡

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 





ここまで読んでいただきありがとうございました。

SEED編はこれにて完結となります。これまでの間、この物語を見ていただいたみなさんには感謝の言葉しかありません。感想や、評価も大きな励みとモチベーションの維持にもなりました。ラリーやリークたちの物語を完結させれたのも、一緒に見ていただいた皆さんのおかげです。ありがとうございました。

さて、ここから先はいくつかの番外編を書いていきます。その後のフレイたちの話や、オルガや三人娘、マリュー達も描ければなと思っていますので、よければ楽しみにしていただけると幸いです。

ここまでのお付き合い、ありがとうございました!!




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番外編
次回予告



SEED編は完結と言ったな?

あれは嘘だ


 

Onogoro Island East Bay Coast Base

05°32’17”N 152°16’02”E 1109hrs.

Nov 23, C.E.73ーーー。

 

 

 

 

 

 

 

レッドアラート!

 

その時、私は空中にいた。

 

戦闘機特有のエンジンが唸る音が響き、地鳴りのような揺れが私の体を揺さぶり続けている。

 

メビウスライダー隊への取材。

 

宇宙へ旅立った彼らを待つ間、私もずいぶんとこの軍隊とは顔馴染みになったものだ。行きつけのバーが被った編隊長が、新人の演習の様子を自機の後席からカメラに収めないかと提案され、私はその座席に今座っている。

 

前席が地上に向けて吠えた。

 

「無茶言うなよ!新米の面倒見てんだぜ?こっちは!」

 

そう言う歴戦の猛者である編隊長が、無茶振りをしてくるオーブの司令室へ怒鳴り返したが、聞く限り、向こう側もかなり混乱状態にあるようだ。

 

《通信司令室よりウォードッグ。不明編隊のコース―サガミ岬を基点に、278から302。フラガ二佐。貴方の隊しか間に合わない。こちらからコールは続ける。現地へ急行し、不明編隊へのコンタクトと、アプローチをーー》

 

「ーーはぁ、わかったよ。オルガ、クロト。新人への授業は一旦終わりだ。後ろに付け!教官のみで侵犯機を出迎える!」

 

そう言うなり、編隊長の動きは先ほどとは比べられないほど機敏になり、水平線の彼方に向かって機体を傾けて加速していく。

 

私の見ていた世界がひっくりかえりーー胃が裏返った。

 

 

////

 

 

「すまねぇな」

 

そんな場合でも無いだろうに、隊長は私に謝った。

 

目的地とは大きく外れたオノゴロ島南東部のモルゲンレーテ本社所有の滑走路に着陸した私たちは、大きく動き出そうとしていた歴史の邂逅に立ち会うことになった。

 

正体不明の編隊。

 

彼らがザフト軍であったこと。

 

彼らの船が極秘裏に製造された最新鋭の船であるのと。

 

そして、その船にこの国の重鎮であるカガリ・ユラ・アスハが乗っていたこと。

 

その全てに対して、今やオーブの政治界隈も、軍上層部も混乱状態にあった。なにせ彼らは、地球軍に追われていたのだから。

 

逃げようとするザフト軍を挟撃しようと上がってきた地球軍の前に、訓練生たちが居たのはある種の不幸であった。

 

「しかし、あの訓練生の機体。あの機体の反撃は見事でした」

 

混乱の空の中で、見事に地球軍の機体を撃破した訓練生の機体。その機体を、隊長は横目で見ながら呟く。

 

「あんな危なっかしい飛び方…見てられないねぇ」

 

そして隊長は振り向くと、機体から降りてきたその訓練生に向かって声を発した。

 

「ルナマリア!そんな飛び方してたら死ぬぞ!」

 

そう声を上げる隊長に、ヘルメットを脱いだ彼女は興味なさげに空を見上げていた。

 

 

 

////

 

 

 

ユニウスセブン落下事件。

 

C.E.73年10月3日に、その事件は起こった。

 

100年単位で安定軌道にあると言われていたユニウスセブンが唐突に安定軌道を外れ、地球に向かって動き出したのだ。

 

現在のプラント評議会に不満を持ち戦争継続を訴えるザフト脱走兵が、地球に住むナチュラルを殲滅するために行った作戦であった。

 

これに気付いたプラントは、地球各国に対して警告を通達。

 

宇宙方面の地球連合軍艦隊にも救援要請を行い、落下軌道に入ったユニウスセブンを破砕するため、ザフトのジュール隊とミネルバ。オーブ軍のメビウスライダー隊。地球軍の第八艦隊所属のケストレルとブラックスワン隊による合同破砕作戦が行われる。

 

しかし破砕を阻止するためにユニウスセブンに潜んでいたテロリスト達の妨害を受け、ユニウスセブンの破砕、軌道の変更には成功したものの破片の落下までは防ぎ切れず、大西洋北部地域などで大きな被害を出す事となった。

 

国際緊急事態管理機構は非常事態宣言を行い、同時に地球連合軍及び各国の全軍に、災害出動命令を発令した。

 

後日、大西洋連邦により現地での映像が公表され、プラントもこれを大筋で事実と認めたことから、地球の反コーディネイター感情が再発。さらにコーディネイターによる無差別テロが多発し、世界は混迷の中にあった。

 

そして暗躍する、ザフト、地球軍の謎の部隊、組織ーー。

 

オーブへ寄港したミネルバを追っていたのも、地球軍と言っていた。

 

私は、船から降りてくる面々の顔を見ることができたが、彼らから感じたのは言いようのない焦燥。

 

時代はまた、大きく動き始めようとしていたーーー。

 

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED Destiny

白き流星の双子(ジェミニ)

 

近日、執筆開始。

 

 

 





更新はのんびりやります。

シンくんが主人公だよ!!!!!(迫真



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番外編 守りたかった世界1

正直、これを書きたくて頑張ってきた。

番外編です!



オーブ首長国連邦、ヤラフェス島。

 

島の南端にあるリゾート地区には、多くの人が賑わっていた。先の大戦から一年と少し。そこに集まったのは、あの戦いで共に肩を並べた面々だ。

 

アークエンジェルのクルーに、ドミニオンの元クラックスのクルー。オーブで共に戦ったキサカやハインズ、アサギたちに息子を連れてやってきたシモンズ。

 

パイロットであるキラやトール、ムウと仲睦まじくいるマリュー、リークにオルガや少し前から共に暮らし始めた妹達。

 

ブラックスワン隊の面々。

 

そして、忙しい中時間を作ってプラントからやってきたイザークたちもいる。

 

彼らは今回は軍服ではない。みんなが思い思いの正装やドレスで着飾り、飲み物を片手に談笑している。

 

今日は特別な日だった。

 

『それでは新郎、サイ・アーガイルさんの入場です!』

 

教会の中、扉が開くと純白のタキシードを着こなすサイが、緊張した面持ちで立っていた。両脇に並べられた椅子に座る面々が端末を掲げると、一斉にシャッターやムービーの開始音が鳴り響いた。

 

幻想的なパイプオルガンのメロディとともに、光が差し込む通路を歩み、神父の前に立つ。

 

メロディが止むと、司会進行役のミリアリアがアークエンジェルのオペレーター時代から奮っていた声色で続けて声を紡ぐ。

 

『では新婦、フレイ・アルスターさんの入場となります。皆さま、入り口にご注目下さい』

 

その声の後、扉はゆっくりと開く。

 

そこには、美しく彩られたウェディングドレスを着たフレイが、ベールに包まれて立っている。

 

 

 

 

 

今日は、二人の結婚式だ。

 

 

 

 

 

 

 

「 「 「二人とも、結婚おめでとう!!」 」 」

 

教会の外でフラワーシャワーといっぱいの祝福の声が降り注ぐ中、二人は幸せそうに祝福の花を受けていく。

 

ラリーはハリーと共に、フラワーシャワーをあげて、大きな拍手とともにお祝いの言葉をかけた。フレイがこちらを見ると、嬉しさと思いに感極まった涙を浮かべて、ラリーに頭を下げる。それに当てられて、ラリーも涙目になりながら祝福の拍手を送った。

 

隣にいるキラは、二人が誓いの儀をしてからアズラエル理事と一緒に泣きっぱなしだ。

 

その側には、この式を楽しみにしていたであろう、ジョージ・アルスターの写真が飾られている。

 

アレックスとなったアスランも、今日だけアスランとして、カガリやトールと共にお祝いの声をサイとフレイに掛けていた。イザークたちからも祝いの言葉をかけてもらい、ナタルやお腹が大きくなったマリューとも握手や言葉を交わして、最後に待っていたラクスが、幸せそうなフレイと抱き合って喜びを分かち合っている。

 

この瞬間を見て、ラリーは思った。

 

今までやってきたことは、間違ってなかったと。

 

やっと自分が駆け抜けてきた今を、ラリーは自分自身を認めてやることができたのだった。

 

 

 

////

 

 

 

『二人の馴れ初めはオーブ首長国所属のヘリオポリスでありーーー』

 

教会から披露宴会場に移ってからは、オーブ特産の海産物の食事を楽しみながらの披露宴となった。それぞれが楽しみながら、サイとフレイの馴れ初めを語るビデオが流れており、穏やかな海が一望できる会場は、祝福の空気に染まっていた。

 

あれから、少し変わったことを話そうと思う。

 

あの戦争の後、俺たちは全員が地球軍から離脱した。無責任な行動なのではとも思ったことはあるが、ハルバートン提督自身がそれを推したのだ。

 

現に今は、新生したハルバートン提督の地球軍と、旧体制やブルーコスモス過激派との間での小競り合いが頻発しており、俺たちはあの戦争で起こった責任を背負って空を飛んでいる。

 

リークはオルガたちを正式に家族として迎え、住居が落ち着いた頃にアジアにいた妹たちを迎えに行った。今は、六人家族で楽しげに暮らしていて、オルガたちも妹二人と同じ高等学校へ入学。ブーステッドマンとして失っていた時間を取り戻すように勉学に励んでいる。友達も多く、充実した日々を過ごしているらしい。

 

アークエンジェル組やドミニオン組のほとんどはオーブ軍にお世話になることになった。船も今はモルゲンレーテの秘密ドックに格納されており、クルーたちも忙しく仕事に従事している。

 

マリューとムウは、大戦から半年後に入籍。子供もできており、経過も順調そうだ。ムウ自身もオーブ軍の教官として勤務しており、若手のパイロットを育成する側に回っている。

 

一番驚いたのはナタルだ。なんと、アークエンジェルの操舵手であるノイマンと付き合っているらしい。側から見たらよくわからないが、ハリーやアイシャから見たらよくわかるようだ。

 

バルトフェルドはラクスの副官、シーゲル・クラインの右腕としてプラントに戻り、今は彼の政治活動やラクスの護衛としての日々を過ごしている。イザークたちもザフト軍へ復帰しており、軍事裁判やいろいろとごたついたが、今はプラント防衛部隊の一つを任せられていると言う。

 

トールとミリアリアは相変わらずであり、今は二人で同棲中。ラリーやリークと同じ民間軍事会社に入社したトール自身が、生計を立てれるようになったら正式に結婚すると、日々業務に打ち込んでいる。

 

アズラエルは、戦後の経済立て直しに奔走。書類の高層ビルとの戦いをしながら、軍産複合企業の面倒も抜かりなく見つつ、傷ついた地球圏への資金援助や、プラントの修理費などの手配も行い、アズラエル財団の力を更に高めながら戦後の平和に力を注いでいる。

 

フレイの後見人になったのは驚いたが、本人が父であるジョージから頼まれていたのもあり、今は彼女の良きサポーターとして仕事に連れまわしたりと、彼女の見聞を広げる力を貸しているようだ。

 

アスランもプラントの混乱を危惧してオーブへ移り住み、今はアレックス・ディノと名前を変えてカガリの生活のサポートを行なっている。付き合っているのかとカガリに聞いたが、「アスランが落ち着くまでは待つ」と男気たっぷりな答えが帰ってきた。

 

そしてキラ。彼は今もラリーやリークと共に空を飛んでいる。自分が大切だと思うものを守るために。プラントに帰ったラクスとは何度か話をしているらしいが、彼女も忙しい身であり、二人きりで会う機会はなかなか見つからないらしい。

 

 

そして、流星であるラリー・レイレナードはというとーーー。

 

 

 

「はい、ラリーさん。これ美味しいですよ♪あーん♪」

 

「ちょっと、マユさん?ラリーに近くないかしら?」

 

「そんなことないですよぉ、ねぇ?ラリーさん」

 

マユ・アスカと、ハリー・グリンフィールドに挟まれた修羅場の中にいた。

 

 

教えてくれ

 

 

どうしてこうなった。

 

 

 



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番外編 守りたかった世界2

 

状況を確認する。

 

現在、マユ・アスカに非常に迫られ、ハリーから痛いほどの視線が飛んできている。以上だ。

 

そんな何の救いにもならない状況把握でしかないブリーフィングを脳内で終えたラリーは、頭を抱えたくなっていた。

 

マユーーシンの唯一無二の妹であり、Destinyでは終始、シンの心に深い傷と共に悲しみの象徴でもあった少女が、今自分の目の前で遥かに年上であるハリーとメンチを切り合いながらいるのだ。これみたことあるよ、どこかの青年雑誌で見たことあるくらい絵面がひどいメンチの切り合いである。

 

彼女と出会ったのは大戦末期、アスカ一家を救った件だ。その時は一目見た程度であったが、彼女と再会するにはそう時間は掛からなかった。

 

大戦後のオーブに到着して2日後、道端でシンが土下座して弟子入りを申し出てきたのだ。

 

何を言ってるかわからないと思うだろうが、ラリー自身も何をされているのかよくわからなかった。というか、十代であるシンを道のど真ん中で土下座させて「弟子にしてください」と大声で懇願されているラリーを見て、オーブ住人はなんと思うだろうか?うむ、明らかに変質者か異常な状態と言えるだろう。

 

とりあえず回収し、行きつけのジャンクフード店でシンに話を聞くと、どうやら彼は自分の姿に憧れて追いかけようとしていたらしい。両親に反対されたが、将来的には地球軍を訪ねて、ラリーの元へ弟子入りを志願するつもりだったらしいが、その本人がオーブ島内でばったり遭遇したので、突然そんな奇行に走ってしまったらしい。

 

ラリーは戸惑った。というより、シンの行動に反対だった。

 

これから世界は平和に向かう。シンの家族も無事だというのに、自分から戦いに赴くべきではない。そんなことは自分に任せて、自由に生きるべきだと。

 

それでも頑ななシンに呆れて、ラリーは久しぶりのアスカ一家と再会。シンの説得を申し出たが、ラリーが人格者として両親からも高く評価され、本人の強い希望もあり、とりあえず飛行訓練だけでもと懇願されて、ついに折れることになった。

 

そこからは、教えれば教えるほど、乾いたスポンジが水を吸う如く吸収していくシンの才能に魅入られたように、ラリーは多くのことを教えて行った。ただ、戦闘面についてだけは教えることができなかった。

 

ラリー自身、シンの戦いの中で負うことになる別の未来の姿が目に焼き付いていたからだ。あんなボロボロになるまで戦わなければならない状況に、シンを巻き込みたくない。そんな思いから、ラリーはシンには戦うことを一切教えなかった。

 

そして、事件が起こった。

 

訓練飛行中に、ブルーコスモス派の過激派に急襲されたのだ。当時はラリーとトールでシンの訓練飛行に付き合っていたが、ブルーコスモスの捨て身の特攻にシンが反応し、自分を庇ったのだ。

 

幸い、大事には至らなかったが一歩間違えれば死んでいたかもしれない事件。

 

ラリーはシンの無茶な行動を諫めると同時に、自分の甘さに深い後悔を抱いた。自分の弱さとためらいが、シンを危険な目に合わせることになったのだ。そして、シンはそれでもラリーを信じて付いてきてくれたのだ。自分の甘さで落ちかけたというのに、シンは頑なにラリーを信じたのだ。

 

そこから、ラリーは本格的にシンに教導を行った。持てる全てを全て伝えるつもりで、シンに全てを授けようと決めた。もう彼が危険な目に合わないために。

 

そんな日々の中、ラリーはよくアスカ一家とも付き合うようになった。オーブの紅葉の季節に、メビウスライダー隊も集まってみんなでバーベキューをしたり、夏には海水浴に行ったり、初詣というイベントにはカガリを連れて行ってみんなを驚かせたりして、そして訓練の疲れから泥のように眠るシンを背負って家まで送り届けたりして。

 

そして気がついたら。

 

マユにめちゃくちゃ懐かれていた。

 

 

////

 

 

《では、お二人の共同作業です!ウェディングケーキ、入刀ー!》

 

多くの仲間に囲まれながらウェディングケーキにカットを入れるサイとフレイ。そんな二人を遠目に見つめながら、ラリーは仲が悪いハリーとマユを見てため息をつく。

 

マユの好意に気付いてないわけではない。いや、気付いているからこそややこしいこともある。

 

シンからは「お兄さんになるんですか!?」と言われてすでにお兄さん呼びされ始め、両親からはラリーさんなら是非と言われ、マユの友人たちからも何故か彼氏認定されている始末だ。

 

気が付いたら外堀埋められて、周りに火を付けられてるなんて笑えない話である。

 

では、自分が早くハリーの思いに答えてやるべきだと思うだろう?

 

ラリーもヘタレではない。戦後にちゃんと思いを伝える予定だったのだ。そう、伝える予定だったのだ。

 

ちゃんとレストランも予約し、準備も万端にして挑んだ告白の当日。

 

気がついたら、ハリーが調整したスピアヘッド改で空を飛んでいたのだ。

 

なんでも新規フォーマットで機体を組んだから試して欲しいとのこと。はっはっはっ、やつめ、さては自分を生体テスト機体とでも勘違いしてるのではないか?

 

その話をリークやイザークたちにしてから、彼らから無言で肩を叩かれた時は思わず泣きそうになった。

 

まぁ、そんなこんなで、今に至る。

 

マユとハリーのいがみ合いを遠い目で眺めていると、ふとムウと目があった。そして目を逸らされた。まったく、使えない年長者め!

 

キラは相変わらず感極まってる。なんだかんだ言って、サイとフレイを大切に思っていたのだ。二人の晴れ姿を見て感無量といった様子で。その隣にいるアズラエルも柄にもなく瞳を潤ませている。

 

オルガたちはうまいご飯に舌鼓をうち、リークは妹たちと共に二人との写真を撮っている。

 

そんな中流れるお祝いのビデオ。

 

そこには二人が出会ったカレッジで講師を務めていた優しげな教授が、お祝いの言葉を送っている。

 

《エイフマン教授、何を撮っているので?》

 

《ああ、クラウド教授。実は教え子への結婚祝いメッセージでね。紹介するよ、新しく講師としてやってきたクラウド教授だ》

 

その映像を見ていたムウとラリーは、思わず飲んでいたシャンパンを盛大に吹き出したのだった。

 

 

 

 



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機体解説 1

SEED小説内で出たオリジナル機体の解説をしていきます。
アナログですが、機体イメージイラストも追加していくのでよろしくお願いします。


ホワイトグリント

 

対流星用に調整が施された機体であり、コードネーム、ホワイトグリント(白き閃光)として、フリーダム、ジャスティスと同様の内部フレームを用いられている。クルーゼと流星の戦闘データを元にモビルスーツの可動限界値を見極めるために開発されたザフトのG兵器。

 

ザフト軍内で唯一流星と対抗したクルーゼに譲渡される予定だったが、クルーゼ自身の「対等な力で流星との一騎打ちを望む心」と、ラクス・クラインの計らいによりフリーダム共々、キラとラリーに託される。

 

フレームはフリーダム、ジャスティスと同等でありながら、機体各所の関節部にはマグネットコーティング、さらには格闘性能と耐久性に優れた新型アクチュエータが採用されており、対流星戦での機体反応速度を圧倒的に底上げしている。

 

新型駆動軸採用のため、Nジャマーキャンセラーの搭載は見送られたが、既存のスラスター、バーニアの増設によってMSならではの機動性を重視しており、航続距離などではフリーダム、ジャスティスに劣るが、加速性と運動性能ではこちらが凌駕する。

 

元はフリーダム、ジャスティスのデータ取りを目的に開発された機体を流用しているため、機体各所には汎用性を高めるハードポイントが設置されており、更にその機体特性を活かすために、装備類も近接戦闘重視のビームカービンライフルやビームナイフ、ビームサーベル、小型アンチビームシールドを採用されている。

 

また不足する航続距離は防御性を補うため、「モビルアーマー形態」、「絶対防護形態」と長距離航行機能と、絶大な防御力を兼ね備えたオプションが二重掛けされている。

 

これは、単独で地球圏へ向かうことができるフリーダム、ジャスティスとの合同作戦に追従するための機能であり、地球圏へ到達後はモビルアーマー形態をパージし、絶対防衛形態として艦隊や友軍を防護しつつ、流星と遭遇した際にホワイトグリントが持つ最大の能力を発揮する運用が考えられていた。

 

 

メビウス・ストライカー

 

モビルスーツ形態

 

【挿絵表示】

 

 

モビルアーマー形態

 

【挿絵表示】

 

 

イラスト

 

【挿絵表示】

 

 

オーブが開発した可変量産機ムラサメの設計時に技術顧問として参加したハリー・グリンフィールドが考案した可変機の試作型機を実戦向けに再改修した機体。

 

元々は高高度戦闘用に考案された機体構成だったタイプを、ハリー・グリンフィールドとエリカ・シモンズらが形状から一新。可変システムはムラサメを基礎としつつ、宇宙空間戦闘に特化した形状であるメビウスへの可変機構を備えた機体だ。

 

メビウス・ストライカーの可変機構はムラサメを基礎にしてるが、複雑な機構はより簡素化されているため、要する時間が短縮されている。

 

試作機の二機はデータや実戦能力値をオーブに提供することを条件に民間軍事会社へ売却。キラ・ヤマト、そして素質が高いシン・アスカの二名の専用機として運用されている。

 

武装面はビームライフルと無反動砲、小型アンチビームシールド、腕部ミサイルランチャー、ビームサーベル。モビルアーマー形態では脚部のミサイルコンテナも使用できる。

 

 

 

 



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番外編 3 IF 白き流星と変革者たち


最初に考えていた頃のプロットでお蔵入りになったネタ。

ところがギッチョン!!!!!




 

 

その瞬間は無慈悲に訪れた。

 

《逝っちまいなぁ!!》

 

サーシェスによって強奪されたスローネツヴァイから放たれたGN粒子は、ヨハンの操るスローネアインの機体を尽く穿っていく。

 

すでにGNバスターソードで致命傷を受けていたアインはなす術なく、ヨハンの心も砕けていた。形はどうであれ、ソレスタルビーイングの理念に従って生きてきた今まで全てが、捨て駒だったという事実に絶望していた。

 

「馬鹿な…私達はマイスターになる為に生み出され…その為に…生きてーーー」

 

「ヨハ…!!」

 

手を伸ばしたネーナの声も届く間も無く、アインは赤い光に包まれて爆散する。実力も高く、チームの中でもリーダーを務めていた兄の呆気ない死を目の当たりにしたネーナは、瞳が霞んでいき、足元が暗闇に沈んでいく感覚を味わった。

 

通信で聞いていた通りなら、自分たちは完全な捨て駒だ。ソレスタルビーイングの理念に踊らされて、それを踏み台にして世界が一つになるための生贄ーー。

 

《綺麗なもんだなGN粒子ってのはぁ!》

 

アインの残骸をゴミのように扱いながらサーシェスは一人残ったネーナのスローネドライへと急接近する。

 

「くっ…!!」

 

《そうだろお嬢ちゃん!!》

 

ビームの閃光が迫る。よくもヨハンを!よくもミハエルを!そんな憎悪に似た感覚が、迫りくる死に圧倒されて声も出せない。

 

ダメ。ダメダメダメダメ!!

 

私は、まだ、なにもできてないない!!変革した世界ーーそれを成すためにーー私たちはーー。

 

その瞬間、サーシェスとネーナの間を数発の弾頭が横切った。サーシェスはすぐさまシールドを構えて降り注ぐ弾頭を防ぎ、攻め立てようとしていたネーナから距離を離す。

 

《なんだ!?》

 

反応を見る限り、ガンダムではない。見知った機体だ。空を見上げるネーナは、赤く燃えた装甲をパージした一つの影を見つけた。

 

「このビームの色…」

 

大気圏突入用オプションをパージした機体。AEUのイナクトは、折りたたんでいた翼を展開して大気の風を受けてサーシェスの元へと飛翔する。

 

「でやあああああ!!」

 

フラップを全開にして、コクピットの中で咆哮を上げた。動体先端部に備わるリニアライフルを撃ち放ちながら、サーシェスの狙いをこちらに引き付けていく。

 

《この色のイナクト…!!またお前か!!ソレスタルなんちゃらあ!!》

 

リニアライフルを難なく躱したサーシェスも、お返しと言わんばかりにGNライフルからビームを放つが、その閃光すべてをイナクトは紙一重で躱し、さらにツヴァイへ距離を詰める。

 

「貴様と話す舌など持たん!!このくそ野郎があああ!!」

 

射程距離に入った!下降してる分早さに分があるイナクトは、空中で変形すると人とはかけ離れた長い手足を奮って、ツヴァイの頭部に回し蹴りを叩き込む。だが、ガンダムの装甲に傷は付かない。

 

サーシェス自身も装甲にモノを言わせてGNバスターソードを引き抜くが、刃が触れる前にイナクトは宙返りを打つと再び飛行形態へ変形し、飛び立つ。

 

あとをビームで捉えようとするものの、その類稀なる機動に歴戦の猛者であるサーシェスの狙いは定まらなかった。

 

《くっそがぁ!!相変わらず無茶苦茶な動きをぉ!!》

 

「がっ…ぐぅ…ーーはぁっ!!ネーナ・トリニティ!!無事か!!」

 

イナクトーーーソレスタルビーイングの物資配達を担う部隊に所属するパイロット、ラリー・レイレナードは、呆然と空を見ていたスローネドライへ通信をつなげた。

 

「は、配達人のお兄さん…!?なんで…こんなところに!!」

 

ネーナやヨハンたちへの物資や弾薬の配達を担当していたラリーは、普段は機密性の高いコンテナに乗っていたので、ネーナもここまで技量の高いパイロットとは思っていなかった。

 

ヨハンを軽々と打ち取った敵を、ラリーは空戦機動で翻弄しながら叫ぶ。

 

「決まってる!!」

 

追ってきたサーシェスの目の前でインメルマンターンを決め、失速したイナクトを変形させると背後へ膝蹴りを叩き込む。それだけで、サーシェスの怒りを買うには充分だった。

 

「俺は、お前たちを助けにきたんだ!!」

 

ネーナの目が見開く。彼は言っていた。

 

〝俺たちは大罪人、形はどうであれ世界を変えようとする存在だ。受けるべき罰は必ず来る。だから、ソレスタルビーイングである以上、俺たちは仲間だ。何かあったら助ける。それが俺たちの責任だから〟

 

最初はなんて綺麗事を言う男だろうと軽蔑した。だが、現に彼はそれを実行して、窮地に陥っていた自分を助けるために単身、絶望的な性能差があるスローネに挑んでいるのだ。

 

《ほざけ!このザコがあああ!!》

 

怒り狂ったサーシェスの閃光が、ついにラリーのイナクトの肩を掠める。だが、それはチャンスだった。閃光を最短距離でカットしたため、スローネへの距離は目と鼻の先だ。

 

「いくら装甲が厚かろうが!」

 

ラリーは制御不能になった片腕で前に出して、急降下するようにサーシェスのスローネへと突撃する。

 

《なっ…てめぇ!!》

 

擬似太陽炉を全開にして耐えようとするが、いくら軽量機体のイナクトとはいえ、真上から重力と機体重量によるタックルに耐えれるはずがなく。

 

「うらああああ!!」

 

《がっ…!!》

 

スローネはそのまま孤島の地面へと叩き込まれる。

 

「中のパイロットまでは頑丈じゃねぇだろうがあああ!!」

 

大の字に倒れたツヴァイのコクピット目掛けて、翼に備わるミサイルを放ち、リニアライフルもありったけ放った。いくら装甲が頑丈でも揺れや衝撃にパイロットが耐えれる保証はない。炸裂の衝撃とリニアライフルによる衝撃は、サーシェスの体力を大きく削り取っていく。

 

《げっは…!!》

 

「ネーナ!!退け!エリアは1OBXだ!!」

 

今しかチャンスはない。ラリーはあらかじめ指定したポイントへモビルスーツを宇宙に運ぶことができるコンテナを用意していた。そこにたどり着ければ、こちらの母艦へスローネを匿うことはできる。

 

「でも、ミハ兄が…!!」

 

ネーナの言葉に、ラリーは地上にある反応を見た。きっとそこには、ミハエルの亡骸があるのだろう…あるいはまだーー。

 

「その座標を教えながら行け!!俺が何とかする!!」

 

《調子に乗るなよ…ソレスタルなんちゃらああああ!!》

 

土煙の中をかき分けて、目を血走らせたサーシェスが空へと上がってくる。ネーナの叫び声を「逃げろ!!」と遮って、ラリーはイナクトのエンジンを唸らせた。

 

 

 

 

これは、世界を変革する力に加わった。

 

ひとりのパイロットの物語であるーー。

 

 

機動戦士ガンダムOO

白き流星の煌めき

 

 

 

 

 

 

 






続きません(断言)



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番外編 4 宇宙の彼方から贈る 1

感想ありがとうございます!!シンの不遇っぷり!!畜生!!!!見てろよ!!ちゃんと主人公するからね!!!やってやろうじゃねぇかよ!!!!!

双子には二重の意味があります故に、ストーリーは大まかに決まってるので安定して書けるかと思います(甘い計画)

というわけで番外編です。

今回の話は、地球ではない場所の物語ーー。




 

カチリ、カチリと、木製の部屋の中で時計の音が響く。わずかな間ーーとはいえ、すでに一年間も同じジャケットに袖を通している作業も、ずいぶん板に付いたような感覚を味わう。

 

窓から見える景色。

 

適切に日光調整されたヘリオポリスの中は、夜空の暗さから朝の清々しい日の中に包まれていた。

 

《おはよう、ヘリオポリスにお住まいの皆様!日付はC.E.73年5月28日!朝のゴーゴーヘリオポリスのお時間です!時刻は7時30分、本日の設定気温は19度と過ごしやすい気候にーーー》

 

「貴方ー、朝ごはんですよー」

 

「すぐ行くよ」

 

ラウ・ル・クルーゼーーー。

 

今はクラウド・バーデンラウスと名を変えた彼の1日は、そんな穏やかな言葉で始まりを迎える。

 

 

////

 

 

 

「今日は学会の先生方との会食なんでしょう?いいの?すっぽかして」

 

トーストを口に運ぶクラウドに悪戯っぽく微笑むのは、一年前に結婚した妻だ。

 

リリー・バーデンラウス。

 

今の名前も、戦争孤児となった彼女の古い家の名から貰ったものだった。彼女はザフト軍内でもメカニックとして一流の腕を持っていたが、作るものがあまりにも特徴的すぎて、多くの部隊で持て余していた異端児だ。

 

地球に降りたばかりのころ、手持ちぶさだった彼女は熱中症でリハビリ中だったクルーゼにあてがわれ、そこで耳にしたクルーゼと流星との戦いに魅了され、彼自身に直談判し、専属メカニックとして志願。

 

ーー結果、流星を追い詰めることになったディン・ハイマニューバ・フルジャケットが爆誕するのだった。

 

「ああ。カレッジのゼミもある。そっちをお座なりにするわけにはいかんさ」

 

トーストをコーヒーで流し込みながら、クラウドはお気に入りの特製ドレッシングが掛かったサラダを頬張る。メカニックとしての彼女の腕も一流だが、料理の面でも一流だ。この一年ですっかり彼女の料理に胃を鷲掴みにされてしまったらしい。

 

「今はコンペに向けた駆動部品を作ってる頃ね」

 

ベーコンを切って食べながら、彼女もカレッジの様子を思い浮かべる。

 

ギルバートのおかげで、教授としてヘリオポリスに住うことはできたが、人に教えるなどという器用なことを知らなかったクラウドは、右も左もわからないと言った様子を見せてしまい、彼女に少しばかりアドバイスや、手助けをしてもらった。

 

おかげで、クラウドが受け持つ駆動部門のゼミは他のゼミよりも特色が強く、「合格すれば間違いなし、落ちれば才能なし」と揶揄されるほど、カレッジ内の登竜門として名をはすことになったが、今のクラウドは知る由もなかった。

 

「新任だがみんな良く私の言葉を聞いて頑張ってくれてるよ」

 

そう穏やかな口調で言ってはコーヒーを口に運ぶクラウドを見て、彼女はニッコニッコとまるで子供のような笑みを浮かべている。

 

「何かな?」

 

「いや、数年前の隊長からは聞けない言葉だなーって」

 

そう答えたリリーの言葉に、クラウドは頭を抱えるような仕草をして、困ったように笑った。

 

「ーー隊長はよしてくれ。今の私はしがない教授さ」

 

隊長という肩書も、クルーゼという名も、流星に負けた時に捨てたのだ。今ここにいるのは、単なる「クラウド・バーデンラウス」でしかない。

 

いつものように答えたクラウドの言葉に満足したように、彼女は頬杖をついて笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、今晩は教授様がお好きなシチューでも用意しようかしら」

 

ああ、楽しみにしているよ。そんな言葉を返す今が、昔では信じられないほど幸福だとクラウドは思っていた。今になって、あの殺伐としていた頃のラウ・ル・クルーゼに戻れと言われても、戻れる気はしない。

 

彼ーー流星が言った言葉の意味を今なら理解できるような気がした。

 

結局、今の幸せも、彼が自分へ手渡してくれたものなのだから。

 

「あら、起こしちゃったみたい」

 

ふと、彼女は立ち上がると奥の部屋でふわふわと泣いている声の方へとパタパタと音を立てて歩いていく。木漏れ日が差し込む部屋の中にある、小さな息吹。彼女が優しげに抱き上げると、聞こえていた泣き声はすぐに聞こえなくなった。

 

「では、行ってくるよ」

 

そう言って、クラウドは杖を手に持って立ち上がると玄関へと歩んでいく。

 

「ええ、いってらっしゃい。ほら、貴女も挨拶しなさい」

 

玄関へ通じる入り口でリリーを抱きしめたクラウドは、彼女の両手に収まる大事な宝物をそっと撫でた。

 

「行ってくるよ」

 

家を出たクラウドは手慣れたようにガレージにある車に乗り込む。カレッジまでは十分ほどの道のりだ。

 

 

////

 

 

 

「バーデンラウス教授〜」

 

覇気のない声が、バーデンラウスゼミの中に響く。論文に目を走らせていたクラウドは見上げると、疲労困憊した女子生徒が、まとめ上げた髪の毛すらぐちゃぐちゃにして教授用のデスクの上に突っ伏す。

 

「なんだ?回路系の質問ならさっき答えた通りだが?」

 

「それですよ!何ですか、この回路!こんな回路じゃ駆動系の方が持ちませんよ!」

 

バッと持ち上がった顔には、明らかな怒りがあった。ふむ、とクラウドは渡したデータと彼女が行き詰まっている耐久性を示した各種オシログラフを見て、簡潔に対策を述べた。

 

「それは構造フラクタルが合ってないからだろう?もう一度設計から見直してみたまえ」

 

「ええ…それって徹夜コース…」

 

顔を青くさせる生徒に、クラウドは重要な数値や構造式に赤線や注釈をつけて、気だるげに肩を落とした彼女を設計室へと送り返した。

 

「良いものはいい設計からしか生まれない、らしいぞ?」

 

嫁の受け売りだが、と言葉が出そうになるがすんでのところで飲み込む。彼はゼミ内でも寡黙なイメージを維持していた。

 

「というか、この資料…本当に実在したんですか?こんな数値で動いて耐えれる駆動制御機構って存在するんですか?」

 

ペラペラとデータシートをめくる生徒は信じられないような顔をしてこちらを見ているが、事実としてそのデータは存在する。なんて言っても、〝先日〟とってきたばかりのものだ。

 

「ああ、存在するとも。実体験さ」

 

その言葉に、生徒たちが信じられないものを目にするような顔をするが、クラウドは気にせずに途中で放置した論文へと視線を戻す。そんな時だ。

 

「クラウド教授!」

 

廊下を小走り気味に歩いてきた教授仲間が血相を変えてゼミの扉を開いた。これは…また…。クラウドは小さくため息をつくと、読みかけていた論文データを閉じて、杖を持って席を立つ。

 

「すまない、席を外すよ」

 

はーい、と気怠げな返事を背に受けながらクラウドは飛び込んできた教授とともにゼミの部屋を後にする。足音が遠のいていくのを見計らって、設計室や組み立て室にいた生徒たちは1カ所に集まって雑談を開始した。

 

「ねぇねぇ、バーデンラウス教授がザフトのパイロットって噂、ほんとなのかな?」

 

「バーカ、知らないのか?ありゃデマだよ」

 

「えー?」

 

ロマンがあったのにぃ、と先程まで疲弊した様子だった女子生徒は目をしょんぼりさせて落ち込む。彼女的には、クラウドは歴戦の猛者であり、あの戦争の最終決戦までライバルと凌ぎを削り合い、そして最後には和解して生き残ったというイメージが固まっていたというのに。

 

そんな幻想を打ち砕くように、飲料水を飲んだ男子生徒が口火を開く。

 

「ザフト軍ってのも嘘だな。なんでも輸送部隊にいたとかで、オーブと宇宙資源基地の物資を運搬する仕事とかしてたらしい」

 

「それで、足を?」

 

「さぁな。大まか戦闘に巻き込まれたとか?」

 

そう答えてから、部屋の中に嫌な沈黙が降りる。戦いは終わったとはいえ、まだ一年ほどしか経っていない。ヘリオポリスも、地球軍とザフトのイザコザに巻き込まれて大きな痛手を負ったコロニーだ。

 

あの時の恐怖はまだ彼女たちの心に深い影を落としている。

 

「なんか、怖いな…」

 

「もうあんな戦争はごめんだよ、俺も」

 

故に思うのだ。あんな戦争をもう2度と起こしてはいけない。だから、この中立国コロニーは宇宙の平和の象徴として復興しているのだと。

 

「さ、切り替えて作業を続けるぞ!いい加減にしないとアーム部門もカトウ教授にドヤされる」

 

リーダー格の生徒がパンパンと手を叩いて全員に作業を促す。コンペまであと少し。ここからが正念場だった。

 

 

 

////

 

 

 

《I.F.Fに応答は?》

 

《ありません。おそらく、最近活発になりつつある反政府派のテロリストたちかと》

 

ヘリオポリスの地下深く。元、ヘリオポリス、モルゲンレーテの秘密港があった場所には、多くの私服姿のオペレーターが集まっており、目まぐるしく情報を処理している様子が写っていた。

 

「物資欲しさに海賊行為か…全く、目もあてられんな」

 

無重力空間で、そう言葉を発するのは教授伝にヘリオポリス政府から呼び出されたクラウドだった。

 

《数は2、港口からブルー25、アルファになります》

 

「すまんな、助かる」

 

詳細な情報を貰った彼は、教授の際に着用している私服姿のまま、港のハンガーへと降りていく。靴で降り立った場所から鉄の声が響く。

 

一機のモビルスーツの上に降りたクラウドに、彼と同じ元ザフト軍の将兵であったヘリオポリスの住人が敬礼を持って彼を見送った。

 

《ご武運を。隊長》

 

「隊長はよしてくれ」

 

さっと乗り込んだコクピットは新品同様。この機体の本来のモニターは、先の大戦でグチャグチャになっていたが、よくここまで修復したものだ。手入れが行き届いたコンソールパネルを立ち上げていくと、通信パネルにリリーの顔が映った。

 

あきらかに家で洗濯物を畳みながら、まるで帰りに買い物を頼むような仕草で、彼女はコクピットに座るクラウドに話しかけてきた。

 

《隊長、その機体の整備は万全ですよ》

 

そう言ってえっへんと張れる胸もない胸元とドヤ顔をしてるのを見て、クラウドは笑みを浮かべた。

 

「全く、君も変わらんな」

 

出撃前はこうやって他愛のない話をしたものだ。あの時は、流星との戦いに頭がいっぱいだったため、彼女とのやりとりは適当なところもあったが、今になってからはそれが励みになっていたのだと痛感する。

 

《ふふ。おかげで隊長と出会えましたもの。そう簡単に手放せませんよ》

 

彼女も、暇ができればこの機体のメンテナンスや、カレッジで使える機能を使って何かのデータ取りなどをよく手伝ってくれる。彼女も彼女で、この機体に愛着があるのだろうか。

 

「ふっ…気持ちはわかるがな」

 

そう言って、クラウドはシートベルトを締める。フットペダルに足を乗せて、スロットルレバーに指をかけた。

 

《ほら、貴方の娘も、帰りを待ってるわよ?》

 

彼女が端末を持ち上げると、カメラに向かって嬉しそうに笑う自分の娘の姿がある。驚くだろうなーーいや、信じないか。過去の自分に子供と嫁ができるぞ、なんて伝えても。

 

まぁいいさ。今この幸せは自分だけのものだ。そう切り替えて、クラウドはモニターに写る妻へ言葉を返す。

 

「了解した、晩ご飯は用意しておいてくれ。それまでには帰る」

 

《了解しましたよっと》

 

通信が切れると同時に、正面の大きなゲートが開いていく。すぐそこには見慣れた宇宙が広がっていた。

 

《ハッチ解放!バーデンラウス機。発進、どうぞ!》

 

「クラウド・バーデンラウス。〝ホワイトグリント・リペア〟、発進する!!」

 

そう答えて、彼は飛び立つ。

 

白き閃光でも、ザフトのラウ・ル・クルーゼでもなく、一人のーーーパイロットとして。

 

 

 

 

 



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番外編 4 宇宙の彼方から贈る2

 


 

 

 

『おい、本当にやるのか?』

 

ヘリオポリス宙域に侵入したザフト軍のジンとゲイツ。しかし、彼らは軍属ではない。

 

弱々しい声で言うゲイツのパイロットへ、長年着込んだノーマルスーツで苛立ち気にスロットルを指で叩いていたパイロットが、勇足な声で応答する。

 

『当たり前だ。我々の大義のために、これは必要なことなのだ!』

 

ザラ議長が行方不明となってからと言うもの、今のプラントはシーゲルの政策に則り、地球との協調姿勢を示す、なんとも弱腰な外交となってしまった。

 

コーディネーターの気高さ。コーディネーターの種族としての優位性。そして世界を導く存在としてあまりにも低弱で、見るに耐えない所行だ。

 

故に彼らは軍を離れ、ザラ議長が思い描いたコーディネーターの在り方を示すために、決起の時をじっと待っているのだ。

 

『しかし、こんな略奪のような真似を…』

 

『奴らはコーディネーターの尊厳とザラ議長の思いを裏切った者共だ!我々の大義を理解できぬ愚か者たちを…』

 

そんな中、つぎはぎだらけのジンのモーションセンサーが何かを捉えた。

 

『なんだ?』

 

『前方に反応!ヘリオポリスから出てきたのか…?』

 

僚機のゲイツも反応を捉えたようだ。感知する間は短く、先の対戦で浮遊するデブリの合間を縫うように、その反応はこちらへと近づいてきている。

 

ーーそれも信じがたい速度で。

 

『ふざけるな!奴らは中立国だぞ!』

 

《その中立国に海賊行為をする者の言葉かな?》

 

『なっ…』

 

公開音声で飛んできた声。すると、目の前には純白のモビルスーツが一機現れて、ジンとゲイツの行く先を遮った。特徴的な頭部のモノアイセンサーが光り、その存在を際立たせる純白が宇宙の光を反射しているようにも見えた。

 

《大人しく引き下がれば見逃してやる。口恋しいなら、食料を分けてやってもいい。だが、抵抗するならば…!!》

 

『なんだ、あの機体は…』

 

『データにないぞ。旧型か?』

 

ゲイツのパイロットがコンソールに指を走らせる。

 

ライブラリーにも登録されていない存在。

 

まさかヘリオポリスが自衛のために用意した機体だろうか?しかし、腕部や頭部はザフト軍の機体の特徴がある。おそらく旧型機を改修したオリジナルモデルなのか…?

 

『旧型ごときに…!!』

 

そんな疑問に満ちるゲイツを放って、真っ先にジンが対艦斬刀を抜いて目の前にいる純白の機体へと襲い掛かった。

 

 

交渉決裂だな。

 

 

小さく呟いたクラウドは機体を鋭く反応させると、放たれた一閃を躱して距離を取る。なるほど、相手も相応の手練れというわけか。反応できなければコクピットを潰されていただろう。

 

冷静に相手の動きを分析しながら、クラウドは機体を手足のように操作していく。

 

「ふっ、前は崩壊させても致し方なしと思っていた場所を守る立場になるとはな…」

 

相手の技量をさらに測るため、クラウドは機体を旋回させていく。腕部に内蔵されたバルカン砲を使って、ジンやゲイツを小突きつつ、反撃してくる相手の出方を見る。

 

『は、早い…!!なんだ、こいつは!』

 

「遅すぎるのだよ、君たちがね」

 

『二機で挟むぞ!』

 

「無理だな」

 

ある程度、交差をすれば相手が何をしようとしてくるかの判断材料が揃うものだ。ジンとゲイツが挟撃してこようとするのは火を見るよりも明らかであり、クラウドはその戦略を呆気なくいなし、さらに距離を置いた。

 

『くっそ…!!なんだ、あの動きは!!』

 

「さすがだな、相変わらず私によく馴染む」

 

ホワイトグリント。

 

彼女がこの機体とセラフを持ち帰ったことを知った時は驚いたものだ。

 

ラリーへ渡す前、もともとこの機体の初期設定や最終調整を行なったのも彼女だ。いわく、隊長が流星に貸していたもの。返してもらっても文句はないはず、なんて理由で宇宙に浮遊するこの機体をサルベージしてきたらしい。

 

セラフはギルバートへ渡し、決戦で失われたホワイトグリントの腕部や頭部には、ザフトやヘリオポリスから融通してもらった部品を組み込んで修復している。

 

『な、なんだこれは…や、奴は…なんだ!?』

 

その機動性はあの時と何ら変わらない。

 

自分が見た白い流星と同じ光を放ちながら、クラウドは2機を蹂躙する。

 

さて。

 

底は知れた。

 

あとは狩るだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『白い悪魔だ…真っ白な…悪魔…!!』

 

 

頭部と両腕を切り落としたゲイツを背に、ジンの武装と機体性能を奪い去ったクラウドは、息を乱さずに公開音声で言葉を告げる。

 

《死にはしてないだろう。直にパトロール艦も来る。その時まで生きていればーーだがね》

 

襲ってきた彼らを助ける義理はない。そんな契約もヘリオポリスとは結んでいないので、クラウドは機体を反転させてヘリオポリスへと進路を取った。

 

彼がヘリオポリスに住むことの条件。

 

それはヘリオポリス政府からの要請に応えた自衛のための戦闘行為であった。中立を謳っている以上、表立った戦力を有するわけにもいかないヘリオポリス政府にとって、クラウドは用心棒的な存在だ。近々、オーブ軍がこちらの防衛網を構築するという話もあるが、港も復旧できていないため、万全な防衛は期待できない。

 

クラウド自身も、こう言った略奪や海賊行為からヘリオポリスを守るためにすでに数回出撃を経験している。

 

《隊長、お見事です》

 

ヘリオポリスの指揮管制官から映像通信が流れてくる。そこにはよく見知った顔が映し出されていた。

 

「すまないな、アデス」

 

《構いませんよ。私としても、軍を辞してからいい余生の過ごし方です》

 

ヴェサリウスの艦長であった彼もまた、クラウドと同じく軍を辞して、このヘリオポリスへと移り住んでいた。彼自身、クラウドには偶然と伝えているが、実際のところギルバートからの要請や自身の思いもあったが故に、彼のいるヘリオポリスへと住まいを移した経緯もあった。

 

「ふっ、では戻り次第、私の家に来るがいい。美味いシチューが待っているはずさ」

 

《では、お言葉に甘えますよ》

 

妻も連れて行きます、そう答えて通信を切ったアデス 。クラウドは一度、宇宙を見つめた。

 

絶望と損失感しかなかった宇宙だったが、今は輝いて見える。その光を教えてくれたのは、互いの生き様をかけて戦った流星との日々があったからこそだ。

 

 

 

「ホワイトグリントよりヘリオポリスへ。クラウド・バーデンラウス。帰還するぞ」

 

 

 

だからこそ、彼は歩み続ける。

 

もう迷うことはない。

 

憎しみも悲しみも全てを心に受け止めて歩いてゆく。

 

流星がマシにしてくれた、この未来を。

 

 

 

 

 

 

 




この小説のもう一人の主人公であるクルーゼさん。

彼を本当にどうするかシナオリを組む上で凄く悩みました。しかし、こうやって皆さんに認めてもらえる姿を描けたことに、すごく満足しております。SEEDを視聴していた時から、彼の悲しみがどうやったらマシにできたのだろうと考えていた一つの答えを、ここで出せたのが僕にとってこの小説を続けていた中で得られた宝物の一つです。

デスティニーでは果たして彼は出てくるのでしょうか…?



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番外編 5 兄と妹と恩人と

私はカナミ・ベルモンド。

 

ベルモンド家の長女であり、リーク兄さんの妹。兄と私は6歳違いで、私の妹であるハズミ・ベルモンドとは2歳違い。

 

宇宙と地球の戦争が始まってからすぐに起きたエイプリルフール・クライシス。

 

それがもたらしたものは、核エネルギー網の破壊だった。原発が稼働を停止し、致命的なエネルギー危機に陥った地球。湧き起こる暴動や、デモ、コーディネーターやナチュラルの戦いに巻き込まれ、私たちの両親は亡くなった。

 

兄はまだ幼い私たちのために軍に志願。疎開先であり、地球軍が支援する全寮制の女学園に私たちを預け、宇宙に行ってしまった。聞こえてくる多くの敗戦の報。兄の死が、何ともない一幕の中にあるかと思うと、私は耳を塞ぎたくなる。

 

地球のことをなんとも思っていない宇宙に住む人が嫌いだ。

 

戦争なんて嫌いだ。

 

兄を奪う戦いなんて、大嫌いだ。

 

そんな日々を過ごす中で、突然として兄から連絡が入った。ある任務で地球に降りた兄や、その仲間たちがこの地域近くの港に入るらしい。

 

兄の存命の連絡に、私は心が踊った。手紙にはこちらには来れないと書き綴ってあったが、来れないならば行くまでだと、気がついたら私は妹を連れて寮を飛び出していた。兄から送られてくるお金を崩して電車を乗り継ぎ、私たちは無我夢中で兄がいる港を目指した。

 

今思えば、兄が所属する部隊も、船も、軍の階級や連絡先すら知らない状態で地球軍の港へ向かったものだから、入口の警備室で見事に待ったをかけられたのだ。

 

受付の強面の警備員に説明はするが、機密事項や軍の規定があるからと、何を言っても門前払いされるばかりで、途方に暮れそうになっていた時。

 

「どうした?子供がこんなところに…」

 

警備室から出ようとした時、落ち着いた私服姿の男の人が、そうやって声をかけてきた。これは願ってもないことだと、私は警備員と男の人の会話など気にせずに、声をかけてきた人へ事情を話した。

 

兄に会いたい。その一心だった。

 

事情を聞いていくうちに表情が変わっていく男の人は、端末を開いて何かを操作をすると、すぐにメモを取り出して何かを走り書いていく。

 

「とりあえず、今日は遅い。明日、俺がなんとかするから、このホテルへ向かってくれ。そこまでは俺が送る。お前たちの兄ちゃんとはそのあとだ」

 

反論の余地すら見せない顔つきでそう言った男の人に、私と妹はうなずくことしかできなかった。私たちを門前払いにしていた警備員ともいくつか言葉を交わすと、軍港から市街地に向かうタクシーに私たちを連れて乗り込んでいく。

 

「まったく、とんだ休日になったな。俺はラリー・レイレナード。お前たちの兄の同僚だ」

 

タクシーの中で軽い自己紹介をした男の人。

 

それが、私とラリーさんの最初の出会いだった。

 

 

 

////

 

 

 

オーブ首長国連邦。

 

ヤラフェス島の郊外に位置する一軒家。

 

今の私は、アジアの学園から妹とともに転校し、兄やオルガ兄さんたちと一緒に暮らしている。

 

終戦からしばらくして、兄が学園まで迎えにきてくれた時は嬉しくて涙が止まらなかった。ラリーさんや、トールさんも連れて現れた兄さんは、あの頃から変わらない兄として頼りになる顔で私たちを抱きしめてくれた。

 

戦争の中で家族として受け入れたオルガ兄さんや、クロト兄、シャニ兄さんと初めて会った時は、お互いに緊張しすぎてこの先に不安を抱いていたけれど、兄に対する思いが一緒であり、共に過ごすうちに今ではすっかり打ち解けている。

 

転校した私たちは、兄の勧めや、兄の上司でもあるバーフォードさん、アズラエルさんの提案を受けて、オーブ国際高等学校へ入学。パイロットとして生きてきたオルガ兄さんたちも高等部へ入学し、私たち五人は同じ学園で共に勉学に励んでいる。

 

兄もいる。オルガ兄さんたちもいる。

 

そして、ラリーさんやあの戦いで兄が得た仲間たちも、よく遊びにきてくれる。

 

寮で過ごしていた寂しかった日々。家族で過ごすべき失われた時間を取り戻すように、今、私たちは日々を生きている。

 

ーーそんな日々の中。

 

私は兄が出かけた家のリビングで、オルガ兄さんたちと妹とで、昔のアルバムを紐解いていた。

 

「で、ラリーさんに見つけてもらってからはどうなったんだ?」

 

クロト兄が興味津々に聞いてくる。

 

「あの後、ホテルまで送ってもらってから翌日に兄と会えるように手配してくれたんです」

 

あの時は大変だったと、その話をするたびにラリーさんは懐かしそうに呟いた。翌朝、ラリーさんや、今は亡くなってしまったゲイルさんが車で迎えにきてくれて、そのまま軍港内の施設で数カ月ぶりの兄との再会を果たしたのだ。

 

最初は怒られると思っていたけれど、兄も涙を流して私たちとの再会を喜び、その後に寮へ謝罪の電話もしてくれた。

 

そのあと、こっそり自分たちが乗る船の中を案内してくれたり、バーフォード艦長やハリーさんを紹介してくれたりと、楽しいひと時が過ごせた。

 

けれど、兄たちは明日の夜には出航すると言い、今晩にはもう会えなくなると言ったのだ。

 

まだ子供だった私は、妹共に兄にすがりついて付いていくと駄々を言って帰ろうとはしなかった。

 

途方にくれる兄。そんな兄に助け舟を出したのは、ラリーさんとゲイルさんだった。

 

「俺たちが必ず兄さんをお前たちのもとへ返してやる。だから、もう少し我慢してくれ」

 

約束だと言って、私はラリーさんと指切りを交わした。そして、彼は約束を果たして、兄と共に私たちの元へと帰ってきてくれたのだった。

 

「兄さんは身内には甘いからな」

 

「違いないや」

 

そう言って笑うオルガ兄さんや、クロト兄も、兄の人柄をよく知っているのだろう。三人もなんだかんだとはいえ、兄に全幅の信頼を置いているのだ。

 

「で、カナミはラリーさんのこと好きなの?」

 

学園で軽音部に入部し、練習でギターの音を奏でていたシャニ兄さんの一言に、私は飲んでいたミルクティーを盛大に吹き出した。

 

「なななな、何を言ってるんですか!?私は別に…ラリーさんのことなんて」

 

「それが全てを物語ってるよ、お姉ちゃん」

 

動揺を隠せない私の仕草を見て、妹のハズミが乾いた声でそう言ってくる。

 

「あーあー、ラリーさんも罪深いなぁ。ハリーさんと言い、マユちゃんと言い」

 

「そ、そうですよ!ラリーさんにはハリーさんもいますし、マユも好きだって…」

 

オーブにやってきてからラリーさんに弟子入りしたシン・アスカの妹であるマユとハズミは同級生で、私とも面識がある。ハリーさんも不器用ながらラリーさんのことが好きなようで、この家にラリーさんが遊びにくると、決まってハリーさんとマユが揃うという流れができており、そのたびに私たちはプチ修羅場を目撃している。

 

兄さんは何か鈍感でハリーさんとマユの火花に気づかずーーいや、わざとかもしれないが、煮えたぎる油に火を入れて、ラリーさんが困惑する様子を見て楽しんでいるようにも見えた。

 

あれから何かがあったのだろうか。

 

まぁ、つまるところ、私程度があの中に入るわけにはいかないのだ。

 

「略奪愛」

 

「ねぇ、ハズミ?そんな言葉どこで覚えてくるの?あ、いえ、わかった。わかったから出所は言わなくていい」

 

きっとマユから聞いたのだろう。あの子、ハズミと同じ歳なのに、最近かなり大人びてるから。

 

「既成事実とかもいってーー」

 

「ストォーーップ!!!それ以上言わなくていいから!!」

 

言いかけたハズミの口を塞いで、私は兄に似てきたため息をつく。

 

「けど、ラリーさんも答え出してないじゃん?」

 

閃いたように切り出したクロト兄。オルガ兄さんや、シャニ兄さんも頷いている。

 

「で、でも…」

 

「カナミ、俺たちはお前の味方だぜ?」

 

「略奪愛上等じゃねぇか!邪魔する奴らは馬に蹴られて滅殺!」

 

「カナミを泣かせる奴は許さない」

 

そう口々に言う兄たち。兄さんに似てきたなぁと、思いながら私は自分の心と向き合う。

 

たしかに、ラリーさんが好きかと聞かれたら好きだ。兄を守ってくれたし、なにより私との約束をちゃんと果たしてくれた。けれど、これが恋なのか、憧れなのかはわからない。

 

だからーー。

 

「わかりました。私、がんばる」

 

そう言った私に兄さんたちや妹は笑顔で頷いてくれた。よし、まずはこの思いを確かめることから始めよう。

 

ベルモンド家の教訓は、しぶとく図太くだ。

 

「よぉーし、やりますよ!」

 

そう意気込みを固める私は知らなかった。

 

私が好いた男の人への道のりの険しさをーーー。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだろ、寒気がする」

 

そう呟いて、ラリーはメビウスの操縦に集中するのだった。

 

 

 



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番外編 雷神の軌跡(前編)


久々の投稿!自宅待機でエースコンバットやってたら思いついたので上げます。みんなでエースコンバットやろう。アーマードコアもいいぞ。



 

 

 

 

East Asian Republic. Guangdong

02°139N 113°26’63”E 1580hrs.

 

July 10, C.E.72——.

 

 

 

 

 

 

 

 

東アジア共和国、旧中華人民共和国の広東省奥地。濃霧に包まれる中、隆起上の渓谷がその天辺だけの姿を見せる大自然。

 

その景色の中を、五機の戦闘機が緩やかな速度で飛行していた。

 

「まったく、とんでもない仕事を受けたもんだよ」

 

「ラリーさん、今回ばっかりは、リークさんに同意ですよ」

 

ムラサメのコクピット中、パイロットスーツに身を包んだリークとキラが、先頭を飛ぶ真っ白なスピアヘッドに乗り込んでいるラリーへと愚痴めいた口調で申し立てた。

 

「アズラエル理事からの指名なんだ。断れるわけないだろう?」

 

「そう言っても、この渓谷と霧。こんな中を飛んで、要人を救出しようって言うんだもの。アズラエルさんも無茶いうよ。それを受けたラリーもだけど」

 

傭兵企業「トランスヴォランサーズ」の最大出資者であり、筆頭株主でもあるムルタ・アズラエルから直々に指名された彼らは、クライアントから貸し出された機体を駆りながら渓谷の中を飛行してゆく。

 

軽口を叩くキラたちだが、その操縦技術に乱れはなく、濃霧の中を正確な飛行で渓谷の切り立った山々の合間を飛び抜いてゆく。

 

「借りてきたムラサメがあれば、センサーで目隠ししても飛べるさ。トール、お前は良かったのか?スカイグラスパーで」

 

「俺はこれが一番なんですよ。ムラサメにも乗ったけど、MS変形運用が前提のそれとは反りが合わなくって」

 

ラリーの隣にいるトールが操るのは、前大戦のオーブ離脱時に損傷したはずのスカイグラスパーだ。大戦後、オーブ製でもあるスカイグラスパーのスクラップを、ラリーたちトランスヴォランサーズが格安で仕入れて、ハリーやフレイの手によって修復されたのだ。

 

ついでにと翼面積の見直しも行われ、初期のスカイグラスパーからはあれこれと手を加えられたワンオフ機となってはいるが、気流に左右される地球での運用には、スピアヘッドやムラサメよりも抜き出た性能を発揮することもあった。

 

「お前を育てた師が良かったのさ。バブルキャノピーで、よくこの渓谷を飛べるものさ」

 

「ボルドマン大尉か…僕も会ってみたかったな」

 

リークもトールたちとの話で出てくる「アイザック・ボルドマン」に想いを馳せた。彼はリークと入れ替わる形でアークエンジェルでパイロットとして活躍し、トールの素質を磨き、彼を一流のパイロットへと押し上げた人物でもある。

 

「最高のパイロットでしたよ。俺にとっては」

 

渓谷の合間をロールしながら通り抜けたトールは、穏やかな口調で呟く。アイクと共に飛んだ時間は少なかったが、彼の教えがあったからこそ、あの大戦を生き延びることができたし、今があるのだから。

 

「ケーニヒ教官は風を読むのが最高ですから。俺なんてガタガタ揺れてるのに、教官のスカイグラスパーは揺れてないですよ」

 

そのトールの機体に追従するのは、現在トールのもとで教導を受けている期待の新人、シン・アスカだ。難なく飛ぶトールの飛行ルートにかじりつくように追従するシンは、その安定した飛行に終始驚くばかりだった。

 

ラリーの機体制御は洗練された技術の塊であり、トールの機体制御はまるで風と一体になるような懐の深さが感じられた。

 

「エンジンをこまめに調整して、翼を広げる。風に乗れば、これほど強い味方はいないさ」

 

そう言ってトールはシンの前でエンジンの出力を落とすと、そのまま風に乗って目の前に迫った岩肌をスルリと躱し、再び出力を上げる。一見すれば簡単そうに見えるが、それが実に難しい。一歩間違えればストールを起こして壁に突っ込むことになりかねない。

 

シンも迂闊に真似はせずに、スロットルを上げ、フラップとヨーの操作でトールが飛んだルートを切り抜けた。

 

《エンジンを切って風に乗る、か。戦闘機ならではの発想よね。ムラサメは変形機構のせいで重量がかさむから…あ、そうだ!いっそ変形機構を無くしたムラサメとかさ!!》

 

閃いたと言わんばかりに言うのは、後方にいるハリー・グリンフィールド技師だ。貴重なムラサメの飛行データを収集するために管制機に乗り込んだ彼女は、興奮したようにアイデアをメモリー端末へと書き込んでゆく。

 

《はいはい、ウチの技師が変なことを思いつく前にミッションを説明するぞ》

 

管制機《オービット》で担当を務めるニック・ランドールは、呆れた様子でハリーを見てから各員に通達する。

 

 

 

 

 

 

 

 

ミッションの説明をする。

 

今回の依頼は、東アジア共和国内に囚われているプラント派の要人救出だ。

 

救出対象である彼はエドモンド・ポルワーズ。東ユーラシアの外交官。彼は首都である台北を視察している際、現地の解放軍によって誘拐された。ポルワーズ氏はアズラエル理事やハルバートン提督とも強いコネクションを持っており、コーディネーターへの融和政策にも尽力してくれている貴重な人物だ。その分、東ユーラシアの反ナチュラル主義者からも狙われている。

 

我々の目的は、どこの組織がアジアの解放軍をそそのかして彼を誘拐させたかの原因を突き止める事ではない。

 

君たちの眼前、この岩肌が露出した渓谷地帯にある施設に幽閉されているポルワーズ氏を奪還、救出することが任務の全てだ。

 

作戦は二段階。

 

我々は霧に乗じて敵施設へと接近する。濃霧という天候を待った甲斐がある。君たちは対空兵装、対空用のMSの撃破。後続の救出部隊のための道を確保する。

 

その後、タスク隊が指揮する救出ヘリが上陸。救出部隊がポルワーズ氏を奪還後、離脱エリアまでエスコートできれば、ミッション完了だ。

 

悪天候のため視界が悪い。各機はセンサーやHUDからの情報を頼ってくれ。

 

ミッションの説明は以上だ。

 

君たちの上に流星の輝きがあらんことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、ニック。解放軍はMSまで所持しているのか?」

 

渓谷の合間にある少し開けた場所に出たラリーは、通信先にいるAWACS「オービット」のニックへ首を傾げながら問いかける。クライアントの話では、敵はそれほど潤沢な資金は持っていないと聞いているが。

 

《言っても旧式。だが、かなりカスタマイズされていると聞く。それに、エースパイロットもいるらしい。「梁山泊」と呼ばれているエース集団だ。なんでも、旧式で地球軍の新型機を撃破したとか》

 

「例のウィンダムか」

 

《ダガーより高性能機を旧型機で撃破しているんだ。注意しろよ?君たちが落とされれば、俺の報酬は無しになるからな》

 

大戦時よりも砕けた口調となったニックへ、ラリーも任せろと胸を張って答えた。

 

「安心しろよ、きっちり仕事はこなしてくるさ」

 

《期待してるぞ。さて、そろそろ敵勢力エリアだ。無線封鎖。敵レーダー網を掻い潜るために、高度は500フィート以下を保て。次におしゃべりができるのは、敵対空兵装を全滅させてからだ》

 

了解、とラリーたちは答えると、さらに深い濃霧の中へとその機体を下降させてゆくのだった。

 

 

 

 

////

 

 

 

 

『ん?何か聞こえないか?』

 

最初に異変に気がついたのは、周辺を監視する観測所にいる者だった。濃霧で一寸先が見えない状況下。この時期の渓谷はいつもそうだが、それは濃霧の中に施設を紛れ込ませる格好の幻影として役立つ物だ。

 

この施設が大戦時から不落を誇ったのは、こう言った自然的な要塞性能があったからこそだ。

 

そんな大自然の要塞中で、不穏な音が響き渡っているのを、周波ヘッドディスプレイを付けていた者が察知したのだ。

 

『この濃霧の中だぞ。聞き間違いじゃないか?』

 

『いや、確かに聞こえる。この音はなんだ?』

 

《こ、こちら観測地点アルファ!敵機確認!繰り返す!敵が来たぞ!》

 

観測所に飛び込んできた緊急通信。同時に施設内に警報音が鳴り響き、周りは一気に騒がしくなった。

 

《各対空兵装展開、目標、敵戦闘機群!!》

 

さっさと対空砲を引っ張り出すんだよ!そう叫ぶ現場指示者に従って対空兵装を展開しながら、解放軍の兵士たちは異常な状況に首を傾げる。

 

『冗談だろ?この濃霧だ。こんな中でまともに飛べるはずがない』

 

『それならありがたいものさ。この場所は切り立った渓谷の谷間だ。気流も複雑に入り乱れている上に、濃霧で視界も効かない。こんな中で飛べばあっという間に岩肌とハグができちまうぞ』

 

彼らは楽観視していた。この濃霧と切り立った渓谷の力を信じていたからこそのものだが、それよりも難攻不落である彼らの施設そのものが、その油断を招き入れたのだ。

 

そしてその油断は、致命的な打撃を被ることになって覚める。

 

《各員に通達!ポイントベーターの対空兵装が沈黙した!確認できるものはいないか!》

 

悲鳴のような通信を聞いて、その場にいる者が戦慄した。ポイントβ〝ベーター〟は、この施設の重要な迎撃エリアを担当する場所だ。

 

ベーターはこの施設の制空権を担う〝入り口〟だ。

 

迷宮のような渓谷を抜けて、ノコノコと現れた敵機を対空高射砲や、対空ミサイル(SAM)を用いて迎撃する上で、地理的にも条件でも、おいそれと敵の手に落ちるような場所ではない。

 

常に厳警戒態勢を維持し続けているポイントが、敵が現れてわずか数分足らずに陥落したと言うのか?信じられないと言った気持ちより、得体の知れない存在に真っ先に浮かんだのは、恐怖だった。

 

『嘘だろ?ポイントベーターが落ちたのか?!』

 

《敵、レーダーに反応!だが、霧で何も見えない!》

 

《SAMもダメだ!熱探知に切り替えても霧の影響で精度が半減だ!なっ…SAM2号機、えっ…1号機も撃破だと!?》

 

なんなんだアレは!戦闘機の動きなのか!?それを最後に各地に点在する迎撃施設が次々と撃破されてゆく。敵は施設の中心に向かって外側から削り落としてゆくような攻め方をしていた。

 

まるで縄でじわじわと締め上げられてゆくような…想像を絶する何かが、こちらに向かってきている事だけは、はっきりとわかった。

 

『この視界の中で正確に撃ち抜いてきている…化け物だ…!!』

 

こちら側の対空兵装は、霧の影響で精度が半減しているというのに、空をひらりと舞う敵はその悪条件を無い物とするように的確にこちらの武装を撃破してゆく。管制室から程近いSAMが轟音を上げて爆散する。

 

机の上にあったあらゆるものが揺れで落ちる中、各ポイントマンからの悲鳴のような通信が響き渡った。

 

《対空兵装、さらに撃破された!くっそー!なんて奴らだ!》

 

ふと、施設の窓から何かが見えた。濃霧の中でもはっきりとわかるスラスターの光を灯しながら、それは悠々と空を飛んで、再び濃霧の中へと消えてゆく。再び遠くで爆音が轟いた。

 

『おい、見えたか?今の真っ白な機体…』

 

『ま、まさか…流星か…?』

 

真っ白の戦闘機。

 

それはゲリラ屋や、反政府組織、テロリスト、過激派の間では恐怖の象徴とも言えた。砂漠の流星、メビウスライダー、ネメシス。呼び名は様々あるが、はっきりしていることは、その機体に挑んだどの組織も壊滅に追い込まれていると言う事だけ。

 

そんな話をハンガーで聞いた年老いたパイロットは、興味深そうに目を閉じてから小さく笑った。

 

《ほう、面白いことを言うな》

 

対空兵器の破壊により、ハンガーの中が激しい揺れに襲われるが、その年老いたパイロットは姿勢を一切崩す事なく、使い古したノーマルスーツを着て、撃墜マークがあしらわれたヘルメットを見つめる。

 

《対空兵装ではラチがあかんようだ。我々が出る》

 

彼に付き従うパイロットは4名。年老いたパイロットを入れた五機の機体は、濃霧の中で攻撃を受ける施設の中で、ゆっくりと起動シークエンスを進めてゆく。

 

《砂漠の流星…ついに相見えるか。面白い》

 

誘導員に従って機体を持ち上げる。過去のデータから再現したものだが、存外扱いやすいと男は思った。MSとも言えず、かと言って戦闘機とも言えない〝衣付き〟の機体であるが、敵を屠り、生き残れることができるのならば、それは間違いなく最強の矛と言えた。

 

《システムチェック、オッケーです!発進どうぞ!幸運を祈ります!》

 

モノアイを光らせた機体は、解放されたハッチを見据えながらその出力を最高潮へと押し上げた。

 

《梁山泊、その力を存分に示せ》

 

〝知道了(了解)〟と答えた部下たちを引き連れて、年老いた男は空へと上がってゆく。彼にとって残された唯一の居場所へと。

 

 

 

 

 



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番外編 雷神の軌跡(中編)

 

 

 

 

《オービットよりライトニング隊へ。対空兵装すべての撃破を確認した。無線封鎖解除。これより作戦は第二段階に移行する》

 

濃霧が晴れてきたな。バブルキャノピー越しから見える切り立った山々を見つめながら、トールは操縦桿を感覚の赴くままに絞る。機体は風を捕まえて、山々の合間を縫うように流れる気流に逆らわず切り込んでゆく。

 

燃料消費も無く、翼へのストレスも無い。オールクリア。対空兵装のほとんどを撃破した敵陣地は驚くほど静かであった。

 

《タスク隊よりメビウスライダー隊へ。よくやってくれたわ。これよりタスク隊はパッケージの救出へ向かう。シーゴブリン隊、頼んだわよ?》

 

久しぶりとなる声にトールは耳を傾けた。相手はアークエンジェルがアフリカに降下したとき、サイーブ率いるレジスタンスに雇われていた傭兵企業のオペレーター、モニカ・マスタングだ。モニカの声が届くと同時、山脈の尾根から数基の輸送ヘリが姿を表す。地球軍が保有する救出任務に特化した特殊部隊のヘリだ。

 

《こちらシーゴブリン!要人救出なら慣れたものだ!任せておけ!》

 

「モニカ、久々だな。タスク隊は元気にやってるか?」

 

《アフリカ諸国では相変わらず紛争絶えずって感じ。まぁ、仕方のないことね。タッシルや紅海は落ち着いてるけど、奥地は酷いものよ。種族戦争の次は民族紛争だもの。おかげで、私たちは食いっぱぐれることないのだけどね》

 

各自の自由飛行から編隊飛行へと移行したメビウスライダー隊は、やってくるシーゴブリン隊とそのヘリを預かるタスク隊の護衛へと回った。ここから先の主軸は彼らの降下と救出任務だ。速やかに敵施設を制圧して、ターゲットである外交官の救出が最優先となる。

 

《タスクリーダーより、ライトニング1へ。サイーブたちがよろしくと言ってたぞ。たまにはこちらにも顔を出せ、ともな》

 

「タスクリーダー。地球の裏側まで気軽に行けるようになったら考えると伝えておいてくれ」

 

《タスク隊、ランディングゾーンへ入る!周辺、敵影なし》

 

先に確保した敵のヘリポートの頭上にホバリングするヘリ編隊。側面に備わる重火器が火を吹き、ヘリポートへと出てきた敵勢力を軒並み打ち倒してゆく。その中、制圧隊がヘリボーンで地面へと着地し、周辺の制圧へと乗り出していく。

 

任務は順調に進んでいるように思えた。

 

《…いや、待て》

 

メビウスライダー隊のAWACS「オービット」の管制官であるニックが不審な反応をとらえる。すぐに解析し、矢継ぎ早にリーダー機であるラリーへ声を放った。

 

《緊急事態だ!施設から東に5000!何かが出撃した模様!数は5!なんてこった!隠しハンガーか!?》

 

ニックの声に従ってそちらへ視線を向けると、山脈の一部が開いているのが見えた。人工的に作られた口からは、人型の機影が飛び出してくる。ラリーたちはすぐに機体を翻した。

 

「例の梁山泊とかいう部隊か」

 

《ライトニング隊!こちらは要人救出まで手一杯だ!出てきた敵は任せるぞ!》

 

タスク隊からの声を聞いたラリー。ついてくるリーク、キラ、トール、シンも先頭に立つラリーの機体に連なるよう陣形を崩さずに現れた敵勢力と向き合った。

 

「全機聞こえたな?これよりライトニング隊はこちらに接近してくる未確認機体の対処を行う!相手もこっちも5対5だ!気を抜くなよ!」

 

「ライトニング2、了解」

 

「ライトニング3、了解」

 

「ライトニング4、了解!」

 

「ライトニング5、了解しました!」

 

可変翼機であるラリーたちと、飛び出してきた5機の敵編隊。互いにやじりのような陣形を維持したまま、狭い山脈の中を交差し、戦闘軌道へと突入してゆく。

 

「敵機確認!2時の方向!あれは…!?」

 

リークの戸惑った様子の声に、ラリーが敵機の姿をモニターに捕らえた瞬間、心底嫌そうに顔を歪ませた。

 

「げぇ!!アイツらなんて物を持ってやがる!」

 

《データ照合、敵機はディン!しかし、外部装備が多すぎる!》

 

それをザフトのディンと呼称していいものなのか。外観にはハードポイントが増設され、脚部には補助ブースターや、サブスラスターが増設されている。原型があるなんて背面の翼と頭部くらいだ。そして、ラリーやトール、キラはその機体の姿を1度目にしたことがあった。主にラリーだが。

 

「クルーゼの乗っていたゲテモノディンを真似て作ったのか!目の付け所がヤバイな!無茶をしやがる!」

 

前大戦でクルーゼが駆った「ディン・ハイマニューバ・フルジャケット」の粗悪品。敵の機体を現すならまさにそれであった。ハードポイントに所狭しと並べられた重火器やミサイルポッド。その武装の重さを打ち消すように取り付けられたブースターが火を吹き、敵機は一気にメビウスライダー隊へと接近した。

 

『各機、分散して対応しろ。梁山泊の力を示せ』

 

『我明白了、大師』

 

隊長機から老齢の声色が響く。すると、向かってくる敵編隊が一気に分散し、まるで足を広げた蜘蛛の如くメビウスライダー隊へと襲い掛かった。各機が交差する中、隊長機から感じる別格のプレッシャーを受けたトールは、操縦桿を絞ったまま押し寄せる高負荷を耐え忍ぶ。

 

「く…ッがぁっ!!…こいつら…全員いい動きを…しやがるッ!!」

 

「リーク!後ろに付かれてるぞ!」

 

「わかってる!このぉっ!!」

 

ラリーの忠告に従ったリークのムラサメは、敵が後方から迫ったという絶妙なタイミングで人形へと変形し、空気抵抗を一気に増させると迫っていたディンの頭上を飛び越えて一気に背後へと付いた。

 

『可変式MSなのか!?』

 

敵の焦りを活かして堕とす!変形と同時に構えたビームライフルの銃口が前を飛ぶ敵を捉えていたが、ビームが迸った瞬間、フルジャケットユニットを模して作られた敵は、まるで現在地から避ける場所までを線のように駆け抜け、リークの放った一撃を避けてみせたのだ。

 

「避けた!?」

 

手応えがあったというのに避けられたことに驚くリークを尻目に、敵機はスラスターを無理やり吹かし、その場で反転すると今度はリーク目掛けてミサイルの雨を降らせた。

 

リークは人型の特性を生かしまま山の斜面近くまで降下すると、そのまま体勢を入れ替えて飛行形態へと変形する。スラスターを全開にして離脱した瞬間、向かってきたミサイルは山の岩肌へと直撃し爆散する。

 

息をつく間も無く、次は相手がリークを追い回す番となった。ラリーがリークの背後へと割り込み、分の悪い追いかけっこを強制的に中断させると、ビームの牢獄が二人の周囲へと穿たれてゆく。

 

「簡単には取らせてくれないようだ!」

 

「シン!僕の側から離れないで!」

 

「大丈夫です!逃げ回ってれば死にはしません!」

 

ビームサーベルで放たれるディンの攻撃を捌くキラは、僚機であるシンのムラサメへと後退指示を出した。シンが戦闘に出るのはこれで3回目であるが、キラから見ればまだ不安が多いパイロットだ。シンの見落とした攻撃をビームサーベルで切り払う。

 

その様子を値踏みするように、上空を旋回しながら飛ぶ梁山泊の隊長機が見つめていた。

 

『ほう、やはり別格だな。さすがは流星といったところか』

 

こいつら、手強い!ラリーとリークは連携をとりながら梁山泊のディンと交叉を繰り返しているが、致命的な一撃を与えるには相手が速い。

 

クライアントから支給されたムラサメのセッティングでは無理に振り回すことも叶わない。やれば、帰り道が深い森の中のハイキングとなる可能性が大だからだ。

 

「あんなゴテゴテの機体で、動けるものなのか!?」

 

「キラ!外見に惑わされるな!相手の動きに集中しろ!」

 

腐ってもクルーゼが乗っていたディンの模造品。速度を見るだけでも、超一級の危険性を持っMSであることには間違いなかった。

 

ムラサメのメビウスライダー隊が歯がゆく防戦に引き込まれる中、一機のディンに追われているトールの姿があった。

 

『大師が出るまでもない!俺が流星を落としてやる!』

 

やはり分断させにきたか!

 

つぶさにディンの軌道を観察するトールは、あの敵機体が人型や可変式のMSと相性が悪いことを直感で理解していた。唯一の高速域でアドバンテージを持つ、トールのスカイグラスパーを先んじて潰すことは理にかなっている。

 

だが、相手が悪かったな。

 

コクピットの中で、ラリーはほくそ笑む。その程度で落ちるパイロットなら、ヤキンドゥーエの激戦を勝ち残れるわけがなかろう。

 

「ぐぅ…ハァッ!!ええい!しつこい!!」

 

『馬鹿め!その角度では稜線に引っかかって墜落だ!』

 

敵の嘲りの声。そんなもの、トールには関係ない。教えられた通り、彼がなぞる軌跡を思い返す。

 

〝いいか?トール。風を捕まえるんじゃない。風に身を委ねるんだ〟

 

彼の口癖を思い出す。それがトールの戦闘機乗りとしての人格の基礎のひとつだった。ラリーのような特異性のある機動、その理論を裏付ける技量を駆使した師の言葉。

 

トールはエンジンの火を切って風に翼を預ける。切り立った山の肌を通って巻き上がる上昇気流を、トールは対空兵器を撃破するときに知っていたのだ。シンが操縦桿を操ることに苦労してる中、トールは機体を気流に任せて鮮やかに飛び去ってゆく。

 

その動きに、ラリーの特異性ある機動力を注ぎ込んだ。フラップを全開にし、操縦桿を引き絞り、機体の頭を持ち上げる。コブラマニューバーのような体勢となったスカイグラスパーは、強制的な失速状態となった。

 

その失速した鉄の塊を自然が作り上げた上昇気流が上へと押し上げた結果、機体は追い立てていた敵機の頭上へと至った。

 

『な、にぃ!?』

 

敵がコクピットから見上げた光景は、あり得ない角度でストールマニューバを駆使し、旋回したスカイグラスパーの機首が、こちらに向いているものだった。

 

ノーマルスーツのヘルメット中で、息を鋭く吐く音が響くと同時、機体下部に備わるバルカン砲と、ビームの閃光が奔る。頭上を抑えられたディンは、機体を尽く穿たれ、姿勢制御を失ったまま山の尾根に引っかかった。機体は圧壊し、尾根から滑落しながら爆炎につつまれ、霧の下へと消えてゆく。

 

トールの機体は失速状態から持ち直し、山間の中を切り裂くような旋回で駆け抜け、空へと舞い上がってゆくのだった。

 

まだ戦いは終わっていない。

 

 

 

 



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番外編 雷神の軌跡(後編)

 

 

 

 

『大師!ヤンの機体が!』

 

「よし!一機撃破!次ィ!」

 

 

最初の一手を取ったのはメビウスライダー隊だった。

 

炎と煙に包まれて滑落してゆく残骸。

 

それに乗っていたパイロットは、梁山泊でも中堅に位置するパイロットであった。

 

そんな彼の撃墜に敵の部隊の中で衝撃が走った。

 

悠然と空を飛ぶ隊長機を除いて。

 

 

『この地形の飛行に慣れているわけでもなかろうに…奴らの対応力は、それほどまでに懐が深いのか』

 

 

彼は冷静にメビウスライダー隊や、可変機体に混ざって飛ぶ〝純粋な戦闘機〟の技量を推し量っている。

 

 

 

メビウスライダー隊の噂は前大戦から耳にしていた。

 

 

 

 

梁山泊の隊長機が目を見張ったのは、その中にいる戦闘機乗りであった。

 

MSの汎用化が進み、航空戦略すらもMSが台頭し始めたこの時代に、その戦闘機は他のMSの性能を寄せ付けない能力を発揮して空を飛んでいるように思えた。

 

 

「リークさん!」

 

「わかってる!」

 

 

全員が浮き足立つ隙を見逃さず、今度はリークと連携を組んだキラが仕掛けた。

 

相手は旋回を終えて自分たちの真正面に来ている。

 

ヘッドオン。

 

キラは操縦桿に体重をかけると、相手から放たれるミサイルの網を縫うように躱して飛行してゆく。

 

 

『ヤンの仇!ここで落ちてしまえ!!』

 

 

その隙間の中にある罠が、敵の目的だった。

 

ミサイルの通路を作り、そこにキラをおびき寄せる。進路が定まっていれば、その先へ攻撃を仕掛ければいい。そうすれば弾は当たり、自然と敵は落ちてゆくことになる。

 

梁山泊の基本的な戦術の一つであったそれは、正しく機能していた。

 

だが、あくまでそれは事の寸前まで。

 

 

「一機に集中しすぎるからそうなる!そこっ!!」

 

 

まるで未来でも見えているかのように、ミサイル網を潜り抜けたキラのムラサメは、敵が放った必殺の一撃を人型に変形することによって避けたのだ。

 

一閃を紙一重で抜けたキラは、そのまま機体を翻して取り出したビームライフルを的確に放つ。緑光の閃光は、敵の大型ビームランチャーの本体を焼き飛ばした。

 

 

『な、なんて反応速度なの!?こちらの動きが読まれているのか?!はっ!!』

 

「遅い!!」

 

 

ビームランチャーを失った敵の頭上。

 

ミサイル網を同じく抜けたリークが、ビームサーベルを構えて現れた。

 

速度と突破性を重視したその機体で足を止めるなど!

 

軽量機体であるディンにハードポイントとサブブースターを追加している以上、高機動マニューバをしていない時の動きは鈍重だ。

 

隙だらけとなった敵。

 

そのわずかに飛び出しているディンの肩口からコクピットを通して、脇腹へ。袈裟斬りにビームサーベルを奔らせる。

 

敵の見た最期の光景はビームの閃光だけであり、本体を潰された機体は制御を失ったまま山脈の谷底へと落ちてゆく。

 

 

「三機目、撃破確認!ラリーさん!」

 

「おりゃあああっ!!」

 

 

追従するシンの声に応えるようラリーは機体を持ち上げ、背後から迫る敵機の背後へと回り込むと、眼光を鋭くさせる。

 

高速域での扱いに慣れているように見えるが、その速度のまま〝戦闘機動〟をするには機体とパイロットが粗末すぎた。

 

こちらは従来の航空MSよりもレスポンスのいいムラサメだ。

 

クルーゼと戦っていた頃の高揚感は湧かないまま、ラリーは背後を捉えた敵のディンを撃ち抜き、爆炎に包まれた敵機を視認してから前へと向き直った。

 

 

「残りは2機だ!」

 

 

ラリーたちの視線の先では、トールが最後の隊員となった敵を追い立てていた。

 

亜高速巡航ができるとはいえ、ディンのカテゴリーはMS。

 

純粋な航空機として作り上げられたスカイグラスパーと追いかけっこをすれば、その結果は火を見るよりも明らかだった。

 

バルカンと翼端に備わるビーム砲によって外部装甲と武装をバラバラにされてゆく敵機。

 

 

『大師!』

 

『ふふふ、ここまで追い詰められたのは久々だ。だが、まだ決着は付いていない』

 

『大師!敵に追われています!助けてください!大師!』

 

 

隊員の悲痛な叫びを聞いて、尚も隊長機はメビウスライダー隊の実力を見据えていた。

 

助けられる範囲に部下はいる。

 

だが、助けはしない。

 

安全な距離を保ったまま、生きたまま喰われてゆく部下を、隊長は冷酷な眼差しで見つめた。

 

 

『助けて…大師!!!』

 

 

最後の言葉となったその直後、機体制御を見誤ったディンは聳える山脈の岩肌に衝突した。

 

高機動で飛ぶディンのカスタム機は鉄塊へと成り果てる。

 

エンジンの火は消え、ボロボロとぶつかった衝撃で破損した部品を撒き散らしながら、重力に従って落下してゆく。

 

その背後にいたのは、殺気を漲らせるトールのスカイグラスパーだった。

 

 

「4機目、撃破…。助けられる距離にいたはずなのに、お前は仲間を見殺したのか!!」

 

『戦場では弱い奴は強い奴に負ける。それが道理だ。救える命など、戦場には存在しない』

 

 

 

 

『それを証明してきたのは貴様だ。流星』

 

 

 

雷鳴が響く。

暗雲はすぐそこに迫っていた。

 

聞こえないはずの梁山泊の隊長の声。だが、トールはその言葉に反応するように、停滞する隊長機へと狙いを定めた。

 

 

「トールが一機と競り合ってるのか!?」

 

「トール!」

 

《オービットより各機へ!不味いぞ!雷雲が来ている!トール!ライトニング4!引き返せ!》

 

 

AWACSの忠告を聞かず、トールは切り立った岩山の合間を縫うディン・ハイマニューバの後を追った。凄まじい軌道だ。岩肌スレスレを飛ぶ梁山泊の隊長。それにトールは食らいつく。

 

数度、岩肌を舐めるような軌道をする最中に隊長の機体が背後へビームランチャーを放った。その一撃をトールはひらりひらりと機体を葉が舞うように捩れさせ、旋回し、反転して避ける。

 

お返しだと言わんばかりに、トールはビームの雨が降る中に意識を研ぎ澄まして反撃を撃った。狙いは一直線に伸び、両脇に備わる敵の砲塔を破壊する。

 

 

『雷…雨と共に降りるようになったか』

 

 

爆炎の中、敵隊長は軽くなった機体をふわりと上げて暗雲の中へと逃げ込んだ。

 

 

「雷雲の中に入ったのか?くっ!!」

 

『前大戦で、私は家も、妻も、娘夫婦も…そして、愛する孫娘も失った。私に残されたものは、この老いぼれた体と、戦うことしか無い』

 

 

稲妻がほとばしる。真っ黒な闇が目の前に広がる。バブルキャノピーに水滴がこびりつき、高度が上がるに連れて結露が目立った。

 

視界が最悪になる中で、トールは目を凝らして稲妻の中に飛ぶディンのノズルの光を見据える。

 

 

 

『あの戦いから見れば君たちは確かに英雄だろう。だが、奪われた者たちから見れば、奪われた同じ痛みを味合わせる機会を永遠に失わせた咎人よ』

 

 

復讐も報復も、それで得られる虚しい勝利すら得る機会を奪われた。

 

前大戦が続いていれば晴れていたかもしれない心を奪われた。

 

梁山泊の長として空を飛び続けた隊長の胸に残ったのは、怨みつらみとも言えない複雑な感情だけだった。

 

 

『あの戦いが続いていれば、もっと多くの者に同じ痛みを味合わせれたと言うのに、貴様たちはその機会を永遠に亡き者にした』

 

 

それが許せない。

隊長はうわごとのように言う。

 

 

『だからこそ、私はこの空を飛び続けている。全てを奪われたからこそ、私に残された唯一の居場所を』

 

 

この場所なら続けられる。

あの大戦の続きを。

奪われてしまった未来を。

 

 

 

『どうした、貴様の腕はその程度か』

 

 

雷鳴。

 

稲妻。

 

竜のようにほとばしるそれが、二人の戦いを見つめた。

 

ミサイルを放つ敵隊長と、それに応ずるトール。死がすぐそこにあった。雷が死神の鎌のように見えた。

 

息が詰まる。

 

ヘルメットの中が暑くて暑くて仕方がない。

 

 

『もっと死と近く飛んでみろ。そうすれば見えてくるものもあるはずだ』

 

 

喉の奥を鳴らすような笑い声で隊長は狂気に身を委ねた。稲妻がスカイグラスパーとディンの間を駆けた。外部からの過電流で、二人の機体のHMDや計器類が誤作動を起こす。

 

 

『くっ、電子機器が…だが、見えないことはない』

 

 

敵隊長は嗤った。

 

稲妻が死神の鎌。

 

それが喉元を切り裂くように空を切ったと思えた。死がすぐそこにある。これを嗤わずにいられるか?奪われた未来と見間違う空の中で、彼は狂気に魅了されていた。

 

 

 

 

だが、トールは嗤わなかった。

 

 

 

 

『流星……奴は雷が怖くないのか?』

 

 

節目だった。隊長の中にあった狂気がほんの僅かに揺らいだ。狂気が裏返ったのだ。

 

 

『雷の中を飛ぶのか?あの流星は』

 

 

トールはどこまでも前を見据えている。死神の鎌だと揶揄した稲妻なんて目もくれない。トールには関係ない。死に近づくなんて思いもない。

 

だが、死を恐れているわけではなかった。

死はある。すぐ隣、すぐ後ろ、すぐ目の前に。

 

だが、同時に死というベールに覆い隠されようとしている針の穴のような活路があった。

 

その穴に糸を通すように。

 

トールにはそれしか見えていない。ずっと変わらない。彼の目に映るのは、空を自由に飛ぶ姿。風を掴み、気流を味方につけて飛ぶ理想の姿。

 

空と宇宙で分かれた〝師〟の背中だけだ。

 

 

『貴様たちさえ居なければ、もっと多くを』

 

 

そこで彼はようやく気がついた。

 

稲妻は、決して死神の鎌ではないということを。

 

彼は自らの首に縄をくくりつけていただけ。

 

暗雲の中から突如として現れた岩山。敵隊長は目を見張る間も無く猛スピードのまま岩山に激突し、あまりにも呆気なく、空から消えてなくなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「唯一の居場所だった空からも嫌われた者か…笑えない冗談だ」

 

 

要人を回収したシーゴブリンと共に、ユーラシア所属の空母へ帰還したメビウスライダー隊。

 

夕日が沈む地平線を眺めていたトールの横に、パイロットスーツのままのラリーたちが腰を下ろした。

 

 

「唯一の…居場所…」

 

「あの戦争から立ち直れない者は確かに多い。だが、多くの人が前を向いて歩いてる。時代というのは、時にして残酷なものさ。あれほどの事故があったのに、あれほどの惨事があったのに、なんていう人のセンチメンタルな部分をごっそりと無くしてしまうのだからな」

 

 

そうやって無くしてしまうくせに、やれ風化だとか、やれ未来の若者に託すだとか御託を並べて、さっさと前を向けと世界は言う。

 

キラもリークもラリーも。

 

そうやって目を前を向いているが、そうできない人も多くいる。

 

トールは首からかけていたドッグタグを手の中で遊ばせる。それはトールの師である男の〝形見〟だった。

 

 

「けど、それでも、俺たちは明日に向かって進んでいきます。進まなくちゃあならないんですよ」

 

 

ラリーの言葉に、トールは夕日を見つめながらはっきりと答える。前を向くことが時には辛い時もある。涙を流す時もある。

 

 

「ボルドマン大尉や、あの戦争で死んだ多くの仲間たちが信じた明日のために。俺たちは立ち止まってはいけない。振り向くことはみんなが求めた明日を手に入れてからだ」

 

 

それでも。

 

そう言って誰もが前を向いた。

 

目指した明日があるから。

望んだ明日があるから。

 

それを去っていったみんなが望んでいたから。

 

 

「そうだね、トール」

 

 

その望んだ明日を守るために、トールは空にいる事を選んだ。キラも、リークも、ラリーもだ。膝に抱えてきたヘルメットから通信が聞こえた。AWACSからの帰投命令だ。

 

同時に、空母からの発艦許可が出たとデッキクルーがラリー達に知らせに来る。

 

 

「よーし、状況終了!RTB!」

 

 

ラリーの一声に、全員が「了解」と返事をして機体へと乗り込む。

 

飛び立ってゆく流星の編隊。

 

夕日に翼を輝かせて飛ぶ彼らの背後には、真っ直ぐと飛行機雲が伸びていた。

 

 

 

 

 

 

 



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番外編 雷神vs流星(1)

 

 

オーブ首長国連邦から遠く。

 

小さな島国が点在する片田舎は、苛烈な戦争が始まる以前でも見せなかった熱気に包まれていた。

 

方々から商船、クルーズ船、海上飛行艇などなど。さまざまな移動手段で人が集まり、小さな島は一種のお祭り騒ぎとなっていた。

 

 

「よっと。やっほー、アズラエルさん。首尾はどうですか?」

 

 

簡素な木材で組まれた見渡し台の上によじ登った少女、マユ・アスカは大戦後から何かと懇意になった人物、ブルーコスモス盟主へと話しかける。

 

季節は夏。

 

スーツを脱がないビジネスマンと流石な格好のアズラエルだが、暑さには勝てない。高価なメーカーもののスーツの上を脱いでベスト姿のまま、水着に白衣というとんでもファッションなマユへ振り向く。

 

 

「いやぁーびっくりするくらい順調ですねぇ。わんさかわんさかと集まってます」

 

「うっわぁー、これ全部海賊?」

 

「太平洋中のゴミですねぇ。空賊に海賊、各国のマフィアにギャング、ゲリラ屋。あー、カタギも少しは混ざってるようです。命知らずなもんですね」

 

 

ずらりと並んだ見物人や、今回アズラエルが主催する催し物に〝参加〟する者たち。その全てが軒並み犯罪者。太平洋中の犯罪者を一箇所に集めたのか?とでも言うくらい二人の目の前に、荒くれ者たちが集まっていたのだ。

 

 

「どこかの犯罪者の巣窟の港町が裸足で逃げ出すようなカオスですね」

 

「ま、皆さんお行儀良くしてくれたら主催者である僕に文句はありません。大義名分、主義主張、大いに結構。しかし、先立つものがなければ何にもなりませんから」

 

 

そう言ってアズラエルはこの諸島で作られているラム酒のビンを行儀悪く煽った。彼も彼で今の状況を楽しんでいると言える。

 

そのアズラエルの視線の先。そこには犯罪者たちが蓄えた資金が山のように溢れていた。札束が雪崩のように押し込まれている。

 

この場に来ている参加者が出した〝賭け金〟。その総額は驚くほど巨額で、膨大だ。過疎化が進む諸島が、一夜にして生半可な元金では管理し切れないほどの賭場へと変貌したのだ。

 

 

「巨額マネーは巨額マネーでぶん殴る。ビジネスでは常識です」

 

 

ブルーコスモス盟主であると同時に、アズラエル財団を持つ彼にとっては、あの程度の資金の山など端金と言ってもいい。

 

そんな金に目を輝かせる犯罪者たち…強いて言うなら、彼らの背後にいる組織との繋がりの方が、アズラエルにとって今後の重要な目的となる、

 

 

「アズラエルさん、ほんとに悪い人だね」

 

「そうですねぇ。なにせ僕は悪党ですから」

 

 

マユの悪戯っぽい笑みに、満面の笑みで応える。すると、マユは他の友人に誘われて海へと走っていった。

 

島の大半は賭場を目的にした犯罪者で溢れているが、その一角をアズラエルがプライベートビーチとして貸し切っている。

 

南国の海を楽しむ旧知の仲であるマユらを見つめながら、アズラエルは極上とは言わないものの、今の空気と鼻から抜けるアルコールたっぷりなラム酒を楽しんでいるのだった。

 

 

 

 

 

 

「新型機のエンジンテストのつもりだったんだけど、ラリーとトールの空戦模擬戦にしようって提案して、アズラエルさんが悪ノリして賭場を仕切ったらこんなんになっちゃったね!!」

 

「ほんとにほんとにほんとにバカなんじゃないの?」

 

 

いや、ほんとに何してるの?とラリーとフレイとキラが頭を抱えてうずくまってしまった。

 

傭兵企業「トランスヴォランサーズ」の最大出資者であり、筆頭株主でもあるムルタ・アズラエル。

 

ハリーをリーダーとした技術班とモルゲンレーテ社が共同開発した「フォルゴーレ」と呼ばれる強力なエンジンの試作品がロールアウトし、その試験データを取るためのテスト飛行が企画されたのだが、企画を聞いたアズラエルが場所は任せて欲しいと連絡してきた。

 

それで、たった数日でこうなっていた。

 

どうしてこうなった、と頭を抱えるしかない。

 

・誰にも迷惑が掛からない空。

・試作機が離陸できる滑走路。

 

その二つにひっついて巨大な賭場が出来ているなんて誰が想像できたものか。

 

島についた瞬間に嫌な予感を察知したが、まさかこれほどとは…。トランスヴォランサーズの中では常識人であるキラやアスランが胃痛を訴えてくるレベルである。

 

さて。

 

たかが試作品のテスト飛行だというのに、なぜこんな巨大なマネーゲームが発生したのか?

 

それは目の前でニコニコ笑うハリーのある提案が原因だった。

 

 

「試作機は2機あるから、ラリーとトールを乗っけて模擬戦でもしながらデータ取らない?」

 

 

その一言で全てが決したように思えた。

 

当人のトール?想像以上の惨状に白目をむいて気絶してるぞ。ミリアリアが看病してくれているが、本人からしたらさっさとテスト飛行終わらせて海で遊ぶ気満々だったからな?

 

同行したシンや、マユ。そしてプライベートビーチのようなもんだからと非番だったアサギやマユラ、ジュリ。リークも妹たちやオルガたちを連れてきてバカンス気分だったのに…。

 

これはあんまりじゃないか?

 

 

「ちなみにオッズはラリーに少し軍配が上がってるぞ?さすがは流星だな」

 

 

開き直って言うムウを一睨みして、ラリーは深く深くため息をついた。ちなみに軽い気持ちでムウが金を賭けたら、ほんの一瞬で給料数ヶ月の大金に化けるといった予想が出て引いていた。

 

そのあとマリューにしこたま怒られていたけど。

 

太平洋の荒くれ者たちがなぜ、こんなにも熱狂してラリーとトールの模擬戦に大金をかけるのか?

 

答えは簡単。彼ら自身が傭兵企業「トランスヴォランサーズ」の恐ろしさを見にしみてわかっているから。

 

ある作戦を機に、「雷神」という二つ名を持ったトールと、「白き流星」や「ネメシス」と言った異名を持つラリー。

 

その二人が戦場に到着するや、空を飛ぶものは叩き落とされ、海から攻撃するものは粉砕され、逃げようとしても気がついたら落とされている。

 

しかも彼らは傭兵。状況に応じて味方になる時もあるし、敵になることもある。前者ならこれほど頼りになる者はいないが、後者なら絶望以外の何者でもない。

 

いい子にしないと雷帝と流星が来るぞ、といえば泣く子も黙って地下壕に逃げるとまで言われている。

 

そんな実力を持つ二人が模擬戦をする。

 

しかも賭けができるのだ。

 

元金を聞いた犯罪者たちが我先にと飛びついたのは言うまでもなかった。

 

 

「なぁ、ほんとにやるのか?」

 

「当たり前でしょ?データもいるし、アズラエルさんからの出資がなかったら実現もできないんだから」

 

 

ほんと世知辛いよな、と遠い目をするラリーを横に、ハリーは試作機の1号機の準備を進めていた。

 

スピアヘッドをベースに、新型エンジンである双発のジェットを乗せた機体は、常夏の太陽に照らされながら滑走路に鎮座していた。

 

特にこれといった改造はしていない。揚力を稼ぐために翼を大型化しているくらいで、外見はほとんどスピアヘッドと変わらない。まぁ中身は全くの別物であるが。

 

2本の滑走路。真ん中を挟んで反対側ではトール用の機体をフレイが調整していた。

 

実はこの機体。

 

ハリーとフレイがそれぞれ組んだものだったりする。しかもお互いになんの情報のやり取りもしていないので、二人が渾身のセッティングを施した機体となっていた。

 

 

「フレイちゃんの堅実な腕なら、まず間違いなく食いついてくる。油断はしないでよね」

 

「ハリーさんのセッティングだから何があるか分からない。仕掛けるときは慎重にね」

 

 

ラリーとトールの模擬戦であると同時に、これはハリーとフレイという二人の技師の戦いでもあった。

 

 

「スタート、5分前!!」

 

 

アナウンスが鳴り、見渡し台にパイロットであるラリーとトールが上がった。

 

 

「さて、今回の模擬戦を取り仕切るんだが、まずは簡単にルール説明をするぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は、オーブ首長国連邦から南東。

 

今回の模擬戦は純粋な航空戦となる。

 

同型同エンジン。離陸してからのシチュエーションではなく、発進時から模擬戦はスタートとなる。

 

使用火器はバルカン砲に限定。

 

ルールは至極単純だ。

 

バルカンのペイント弾を相手に当てた数が多い方が勝者だ。また、片方が燃料切れになった場合はその時点で終了。双方被弾がない場合、燃料補給後にサドンデスとなる。制限時内に一発叩き込んだ方が勝者だ。

 

貴重な試作機だ。体当たりなんてして壊すんじゃないぞ?

 

ちなみに俺はラリーに賭けている。

 

お互いの健闘を祈る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スタート、1分前!!」

 

 

滑走路の周りに人集りができていた。

 

最終チェックを終えた技師と交代するように、二人のパイロットが機体に乗り込んでゆく。シートベルトを締めながら、二人は観客席にいる仲間たちにサムズアップや、敬礼を打った。

 

 

「かっこいいっすねぇー」

 

「うむ」

 

 

それを眺めるリークとムウ。

 

多くの観客が固唾を呑んで見守っていた。

 

エンジンに火が入る。出力が上がってゆく音が響き、バブルキャノピーがゆっくりと閉まった。

 

 

「さて、トール。模擬戦であるが手加減はしないぞ?」

 

「もちろんですよ、隊長。やるからには本気で行かせてもらいます」

 

 

無線機でやりとりをし、二人は意識を研ぎ澄ました。フラッグを持ったサイが滑走路の真ん中に立って、二人が乗る戦闘機がうなりを上げた。

 

 

「スタート10秒前!!、9、8、7!!」

 

 

スロットルに指をかけて、フットペダルに置く足を硬らせた。

 

 

「3、2、1!!」

 

 

ゴウっとエンジンが唸る。二機が加速したのは同時だった。フラッグを下ろしたサイを通り抜け、二機はどんどん加速する。

 

先に上がったのは…

 

 

「トールが上を取った!!」

 

 

雷神だった。

 

 

 

 

 

 



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番外編 雷神vs流星(2)

 

 

 

「残念だったな!!私が解説だ!!」

 

 

飛び上がった二機の戦闘機。

 

その滑走路がある島の中央あたりにある解説席には、古くから流星を知る人物が解説役を務めていた。

 

クラウド・バーデンラウス。

またの名をラウ・ル・クルーゼ。

 

アデス夫妻と共に、観光がてら嫁と娘を連れて地球に降りてきたところ、とある伝で流星が模擬戦をやることを聞きつけて爽快と会場入りしたのだった。

 

出会い頭、ラリーとムウから「ゲェッ!?クルーゼ!!?」と心底嫌そうな顔をされたが心外である。

 

そんなこんなで。

 

集まった海賊などなどの太平洋中の犯罪者たち相手に飛び立った二機の凄まじい空戦を解説する予定だったのだが、その戦闘機動は素人から見ても常軌を逸していた。

 

 

「トールが上を取った!!」

「やはり風を読むのはトールの方が上手いな」

 

 

そう言って双眼鏡を覗くサイと、隣にいるのは操舵手の補佐をしていた頃、トールの面倒を見ていたアーノルド・ノイマン。手に汗握るミリアリアがサイの双眼鏡を引ったくって戦況を見た。

 

 

「ラリー機は海面にべったり張り付いてるぞ!!」

 

「今高度を取ったら狙い撃ちだからな。海面スレスレの方が上をとる相手からしたら狙い難いのさ」

 

 

たしかにトールから見たらラリーの上を押さえられたことは戦況を有利に進めるポイントではあった。だが、決定打を入れるには波間を縫うように海面上をスレスレに飛ぶラリー機を上に引き剥がさなければならない。

 

射角を取ろうと距離を取れば、あっという間に変態機動で旋回し始め、すぐさま背後を取られるというイメージが何となくできてしまっていたからだ。

 

 

(上をとる作戦は大成功…!あとはラリーさんの動き次第だけれど…)

 

 

その思考の途端、ラリーの機体はとんでもない行動に出た。

 

急上昇ではなく、推力のセッティングを保ったまま、最大仰角を取ったのだ。

 

海面スレスレでまさかのコブラマニューバーである。失速すれば即座に機体が海面に叩きつけられるというのに、ラリーは躊躇なく機首を飛行方向にたいしてほぼ垂直に起立させた。

 

機体がいきなり立ち上がったことにより、トールはそれを避けるしか選択肢を選べなかった。

 

急激に減速させた後、再び機首を水平に倒し、高い推力セッティングのままオーバーシュートしたトールの機体を追撃する。

 

 

「攻守が入れ替わった!!」

 

「トール!!」

 

 

途端、海面スレスレで繰り広げられていた無音の駆け引きから一変。トールが機体を上昇させ、一気に戦闘機動の幅が増えた。

 

あとは二人の背後の取り合いだ。

 

 

「さぁて、実力の見せ所だぞ」

 

 

解説役のクラウドがにこやかに言うと、二機の動きは更に加速する。変速マニューバーの応酬だ。クルビットからポストストール、コブラにシザース、インメルマンターンからの更なる機動。

 

誰もが思った。

 

飛行機が成せる動きじゃない、と。

 

 

「凄まじい戦闘機動だな。中に乗ってるのは本当に人間か?」

 

 

ひらりと戦闘機が機首を上げたと思ったら真横に滑るように動き、そのままひらりと機体を振り回す。まるで空を舞う葉。動きが変速的すぎて常識という尺で測れたものじゃなかった。

 

しかも二機とも、その類稀なる機動を何の苦もなく繰り出し、挙句追従しているのだ。

 

少しでも空力学に詳しいものがいたら、二人の動きを見て卒倒するだろう。

 

 

「コーディネーターならこれくらい耐えれるんだろうけどな」

 

「馬鹿言うな、あんなのやって平気なのは流星くらいだ」

 

 

そう言う反コーディネーターを掲げるゲリラ屋の言葉に解説のクラウドや、流星を知る者たちはにっこりと笑った。

 

ある時、カガリがラリーの動きを見て、キラとアスランなら着いていけるんじゃない?と言ったら真顔で「着いていけたとしても降りてきた頃には死んでるよ」と返されたとか。

 

試しにマユラたちや、オルガたちが後部座席に座って試しの相乗りをしたが、二日間は医務室から出て来れなくなるほどの有様だったらしい。

 

 

「まぁ、ラリーとトールは昔からああだから」

 

 

そう言って困ったように笑うリークだが、そんな二人に平然と着いていける彼も相当おかしいと思う。

 

師と教官の二人の動きを目に焼き付けるシンだが、実際にあの動きをやろうとすれば技術が追いついてないが故に機体が空中分解するのは明白だった。

 

背後の取り合いを繰り広げるが、進展は芳しくなかった。

 

エンジンをぶん回して機動するラリー。

 

エンジンと風を巧みに扱って機体を翻すトール。

 

どちらの動きも一進一退でキリがない。すると、今度はトールが出力セッティングを維持したまま背後に回ろうとするラリーの前で機首を上に向けた。

 

 

「コブラか!面白い!!」

 

 

応じるようにラリーも機体を上に向ける。

 

二機揃ってコブラという異様な光景。

 

出力を維持しているが機体が大幅な空気抵抗を受けているため、次第に二機は失速。エンジンを吹かしたままひらひらと歪な軌跡を描いたまま空から海めがけて落ち始めた。

 

 

「おいおいおい!!」

 

「このままじゃ二機とも落ちるぞ!!」

 

 

観客たちが響めき出す。そんなこと機にもしないで、ラリーとトールは射線が被ったと同時にバルカンを放ちあっている。海面まで100メートルを切ったあたりで、いよいよ響めきが悲鳴に変わり始めた。

 

 

「馬鹿!!意地張ってないでさっさとエンジン吹かせ!!」

 

 

あわや海面に叩きつけられるかと思った瞬間、二機は合わせたように出力を上げて海面スレスレで止まったのだ。

 

飛沫をあげて停滞する二機は、高度を維持したまま睨み合う。

 

ヒュッ、とエンジンが空気を吸い込む音が響いた同時、二人は同時に機体のエンジンを最大出力にした。ノズルから吹き出す推力が海面を叩きつけて、巨大な水柱を立てる。

 

湧き上がった観客からの歓声を置き去りにしたら二機は高速度でぐんぐんと上昇して再び交差した。

 

 

「まだまだ…ですよぉ!!隊長ぉおお!!」

 

「ぐうぅうぁああっ…!!腕を上げたな…トール!!」

 

 

ここからは持久戦だな。

 

空を見上げたまま、クラウドは空戦機動を再開した二機を見つめてそんなことを思った。

 

 

 

 

 

 



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番外編 雷神vs流星(3)

誰が解説役は戦ってはいけないと言った?


 

 

 

カーン!!

 

渾身の右ストレートと左フックが両者に突き刺さったところで、海辺に集まった海賊たちが出店でかっぱらってきたフライパンを、逆さに持ったハンドガンで叩いた。

 

もう何ラウンド目かわからない。

 

両者、ボコボコになった体をセコンド役が引きずって簡易的に設けられたコーナーへと戻っていった。

 

 

「あの野郎…見たか、リーク。今の右ストレートむぐぅ」

 

 

顔中アザとタンコブにまみれたラリーの口に、リークは問答無用で栓を抜いたラム酒をぶち込む。

 

 

「存外しぶといな…それでこそ、私のライバル…」

 

 

反対コーナーでは焦点が定まらない目でうわ言のように呟くクルーゼ。セコンド役になってしまったアデス が海水で冷やしたタオルを凸凹になったかつての隊長の顔に乗せた。

 

着陸した二機の戦闘機を尻目に、賭けの対象がラリーとクルーゼのステゴロボクシング対決となって数刻。

 

海賊や犯罪者たちが白熱する中、キラやアスランたちは買い込んだ屋台の品々を食べながらトランプなどのカードゲームに興じている。

 

もはや興味がない様子だ。

 

ことの発端は、ラリーとトールの空戦が長期化したことにあった。

 

熾烈な優勢争いを繰り返しているうちに燃料切れになった両者が一度給油のために着陸したのだが、荒唐無稽なラリーの空戦に食らい付いていたトールが、コクピットから降りたと同時に気絶。

 

トールの操る機体が離陸不可能となったことで、明確な決着がつくことなく勝敗が決したのだった。

 

主催のアズラエルからしたら、空戦機動のデータやら出力データやらなどの有益な情報が手に入ったことと、太平洋中の犯罪者元締めとのコネクションもできたので、ここらで切り上げても利益は出たのだが、海賊たちからすれば納得できない終わり方。

 

ブーイングの嵐が起ころうとした時。

 

解説席から降りてきたクルーゼが「流星との勝敗は白黒付けなくてはな!!」と叫び声を上げながら、困惑するラリーの背中にドロップキックを炸裂。

 

売り言葉に買い言葉。

 

ラリーもにこやかに笑うクルーゼに反撃。

 

そんなこんなで、アズラエル主催の模擬戦そっちのけで、二人はヤキンドゥーエ戦で決した戦いのリターンマッチと相なったわけだ。

 

どっちが強いか勝負するならステゴロだろ!と、ラリーとクルーゼも躊躇いなしのパンチやキック、投げ技や関節技などの応酬を繰り広げてゆく。

 

太平洋の荒くれ者たちからしたら、知名度がないクルーゼとの単なる喧嘩だと思っていたが、ところがどっこい。この男、前大戦で最初から最後まで流星とタメを張り続けた男。

 

ラリーが圧倒すると思われていた喧嘩はまさに互角の戦い。生死をかけ、雌雄を決するような戦いぶりに、さすがは太平洋の荒くれ者。

 

速攻で賭場が成立し、流星が勝つか解説が勝つかのトトカルチョが始まった。

 

どっかの誰かが持ってきたフライパンが奏でるゴングの音と、ラウンドが重なるごとにレートがどんどん上がってゆく。

 

ミリアリアに介抱され、気絶していたトールが目を覚ました頃には二人の模擬戦並みの熱狂に溢れかえっていた。

 

 

「やはり、貴様との戦いは胸が躍るな!!ラリー!!」

 

「お前はいい加減にしつこいんだよ!!この野郎!!さっさと倒れろ!!」

 

「あーっはっはっはっ!!その程度では折れぬさ!!あの時みたいには!!」

 

 

疲労困憊ながらも出す手数は変わらず。

 

矢吹ジョーと戦った力石みたいになってるが、お互い避けることもせずにパンチの応酬する。

 

ラッシュ!!ラッシュ!!ラッシュ!!ポタポタと鼻血を滴らせながら、ぶん殴り合う二人。

 

 

「アスラン。それダウト」

 

「くっそ…!このゲーム、キラが強すぎる」

 

「表情が割と平坦だからな、弟くんは」

 

「そういう妹ちゃんは表情わかりやすいよね」

 

「なんだとぉ!?」

 

「はいはい、喧嘩しない喧嘩しない」

 

 

そこから離れたところで机を囲みながらダウトに興じる流星メンバーたち。あんまりの対応である。シン?マユに連れられてプライベートビーチで遊んでます。

 

 

「おーい、馬鹿ども!!そろそろ引き上げんと連合の保安局が来るぞー!!」

 

 

主催であるアズラエルや、プライベートビーチで遊んでいるキラたちはいいが、集まるのは太平洋の荒くれ者たち。

 

片田舎にくる定期巡回を知らせてくれた住人の言葉に全員が振り返ってると、鈍い音を鳴らして殴り合っていたラリーとクルーゼが、渾身のクロスカウンターを放ってぶっ倒れた。

 

 

「どっちが先に立つ!?」

 

「先に立ったやつの勝ちだ!!」

 

 

ピクリとも動かない二人を固唾を飲んで見守る荒くれ者たち。そんな張り詰めた空気の中だった。

 

 

「ちょっとすいません。通してください」

 

 

まだ小さな子供を抱いた女性が荒くれ者たちの合間を縫ってぶっ倒れているクルーゼの元へとやってきた。

 

 

「隊長、また流星に負けるんですか?たまには勝ったらどうです?」

 

 

そう笑顔で言うのは、クルーゼこと、クラウドの嫁であった。嫁の声に反応するように、ボコボコになった顔と口から血を垂れ流し、クルーゼは雄叫びを上げて立ち上がった。

 

この勝負、クルーゼの勝利であった。

 

そしてほとぼりが覚めた後、クルーゼは嫁の前で正座したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、配当金をわけ終わった荒くれ者たちは早々に島から撤退していった。

 

南国の海に夕日が映る。全員が絶景を堪能してある中で、やっとラリーが目を覚ました。

 

その後、アズラエルが用意したバーベキューを堪能することになったが、ラリーとクルーゼは口の中がキレすぎていて味わうことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 



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番外編 時には裸で付き合いを

 

 

 

それは、サイとフレイが結婚式を挙げた翌日だった。

 

イザークとディアッカとニコル。

 

彼らや共に戦ったコーディネーターのパイロットたちにも招待状が送られた結婚式と披露宴は盛大に催され、多くのパイロットたちから祝福の声を浴びた二人。

 

そんな式から翌日たって、ザフトのパイロットたちは思い思いの休日を過ごしていた。ある者はオーブの市街地へ出かけたり、ある者は元地球軍のパイロットと飲みに出かけり。

 

そんな中、イザークはふらりと以前カガリが貸し切ってくれた温泉へとやってきていた。

 

プラントにもシャワーなどはあるが、やはりゆったりと足を伸ばせることができるのは地球の温泉しかない。

 

夕日が沈み、オーブの海が一望できる露天に浸かりながら、イザークは日々パイロットとしての責務や疲れを解きほぐしていた。

 

 

「あっ…」

 

 

ふと、後ろで声が聞こえた。

振り返るとそこにいたのは意外な人物。

 

ラリーやリークに誘われて温泉に英気を養いにきていたキラだった。

 

サウナに入った二人と分かれて、海風で身体の火照りを冷まさせながら露天風呂に入ろうと思っていたキラだったが、先客であったイザークと目線がバッチリあった。

 

しばらくお互いに硬直してから、キラは何も言えないまま室内風呂へと引き返そうとして…。

 

 

「…なぜ遠慮する」

 

 

それをイザークが呼び止める。

 

 

「えっ…いや、でも…」

 

「露天に入りにきたのだろ?なら入ればいい。別に俺が貸し切ってるわけでもないしな」

 

 

ほら、と言って空いてるスペースを顎で指すイザーク。お言葉に甘えて、と言うわけではないがキラはバツが悪そうに頷き、そのままイザークがいる湯船へと足をつけた。

 

少し彼と離れた場所に腰を下ろす。十人程度が入っても余裕なスペースがあろう露天風呂だが、キラにとってはやけに狭く感じられた。

 

 

「キラ・ヤマト…」

 

 

そう言われてびくりと反応する。真っ直ぐとこちらを見るイザーク。色々あったが、オーブや、ヤキンの戦いを経て最初持っていた苦手意識は若干薄れているように思える。

 

 

「アスランからも、いろいろ聞いたよ。あなたの事や、他のザフトの仲間や…友達のことも…」

 

 

これは事実だ。宇宙にいるときにアスランからニコルを紹介された際に話題に上がったのだ。ディアッカやイザークはちょうど哨戒中でいなかったが。

 

話題を絞り出したキラの言葉に、イザークはフンと鼻にかける。

 

 

「アイツは割とお喋りだからな。心を開いた相手には遠慮がないんだ」

 

「ははは、それ分かるかな」

 

 

そこで、再び会話が途切れる。秒殺だった。キラが内心落胆しつつ、新しい話題がないかとスーパーコーディネーターな思考をぐるぐる回していた。

 

 

「あの時…」

 

 

そんなキラより先に口火を切ったのはイザークだった。

 

 

「俺がお前にコテンパンにやられた時。俺は正直、お前が怖かった」

 

 

あの時、と言われてキラは砂漠やオーブ海での戦いが過ぎる。砂漠で足がとられたイザークのデュエルを達磨にした事や、空で煽り倒して叩き落としたこと。

 

うむ、割と容赦がないな僕。

 

思い出して若干の自己嫌悪に陥るキラの様子に気づかないままイザークは続けた。

 

 

「あのストライクのパイロット。どんなおっかない奴が乗ってるんだとずっと考えていた時期もあった。脳裏から離れない時も……。だが、アラスカでの戦い。貴様は俺を殺せたのにわざと見逃した」

 

 

アラスカ沖での戦い。グゥルに乗っていたイザークは間違いなくフリーダムの放ったビームサーベルで両断されたと思っていた。

 

しかし、その一閃はイザークの命を奪いはしなかった。

 

わからなかった。なぜ、トドメが刺せるのにしなかったのか。軍に属する者として、イザークはキラの行動が怖くて、分からなくて、仕方がなかった。

 

イザークは昔からそうやって育てられてきた。やれコーディネーターの誇りだとか、下等なナチュラルなんかに、と。

 

 

「けれど、今は違う。いや…間違ってたんだ。俺の何もかもが」

 

 

パナマの戦い、そしてオーブ戦、宇宙、ヤキンドゥーエでの戦い。イザークの脳裏にはくっきりと焼き付いている。

 

 

〝ジュール隊長!核搭載艦は俺たちが!〟

 

〝任せてくださいよ、隊長!〟

 

〝ガツンとやっつけてきますって!〟

 

 

そう言って、死にに行くような作戦に挑んでいったナチュラルのパイロットたち。決死の覚悟で核搭載艦を見つけ出し、その座標を送ると引き換えに彼らは命を落とした。

 

彼らはコーディネーターも、ナチュラルも関係なく歳下であるはずのイザークの器を信じた。俺たちの隊長なら必ず成し遂げてくれると信じてくれたのだ。

 

 

「〝下等なナチュラルなんか〟…じゃなかったんだよ。アイツらは…」

 

 

あの瞬間から、イザークの中にあった価値観は決定的に変化した。

 

ナチュラルだとか、コーディネーターだとか、本質を突き詰めれば関係なくなる。

 

能力の差なんてコーディネーターでも起こるし、それでナチュラルを下等だと罵る資格など、コーディネーターにありはしないのだ。

 

 

「イザーク」

 

「今ならお前が俺を討たなかった理由も分かっているつもりだ。だから、あえて聞かせろ」

 

 

 

 

 

もし、俺が低軌道会戦で。

 

あのシャトルや、お前の仲間を殺していたとしても、お前は今のように許せたか?

 

 

 

 

 

そう言ったイザークに、キラは息を詰まらせた。オーブの海に沈む夕日が二人を照らしている。

 

しばらく、キラは言葉を無くしてイザークの目を真っ直ぐに見つめた。

 

 

「許せた…許せない…そういう話にはならなかったと思うんだ」

 

「僕も同じだった。守るために戦わなくちゃと言い聞かせて、ラリーさんや皆んなと同じ、軍人だと言い聞かせて。多くのザフトの人たちを殺した」

 

 

キラはそう言って自分の手を見つめる。多くの、多すぎる命を殺めた。人という一生の中で想像もできないような多さの命を、人生を、その人の全てに「引き金を引いた」。

 

その重さをわかっていたつもりだが、未だにキラはその意味を計りかねている。

 

いや、計れるものなんかじゃない。

 

自分の想像なんかではとても考えられないほどの大きなものが、きっと自分の手にこびりついて、決して取れはしない。

 

その中に、イザークや、アスランの知り合いや、友達や、もしかすると家族や、恋人がいたかもしれない。そう考えると、たぶん、失った人たちはきっと自分を許さないんだ、と。

 

 

「悲しみが全部無くなればいい。こんな苦しいなら最初から選ばなければよかったと思った時もあった」

 

 

逃げてしまいたい時もあった。なんで自分が戦わなくちゃといけないんだと自棄になりたいときもあった。殺した人のイメージが忘れられなくて怖くて怖くて仕方がない。

 

それでも、頼れる仲間がいたから。

支えてくれる友達がいたから。

 

守りたいと思えた皆んながいたから。

 

 

「僕は…それでもと言って、守りたい明日のために戦うって決めたんだ」

 

 

だから、アスランやイザークたちと手を取り合えたんだと思う。そう言ってキラは笑った。イザークはその言葉を聞き終える。グッと歯を噛み締める。

 

ああ、俺は…そう思って戦えたから納得できたのか。今まで自分が何のために戦い続けたのか、朧げだった意味が形を成したように思えた。

 

 

「…ふん、やはり…よくわからん奴だな。貴様は」

 

「ははは、アスランやカガリにもよく言われる」

 

「笑い事ではないぞ、まったく…だが、悪くはないんじゃないか」

 

 

夕日を眺めながら言うイザーク。その声にはもう淀みや陰りはない。心からの素直な言葉だった。

 

 

「ありがとう、イザーク」

 

「礼を言われることなど、何もしてない」

 

 

そう答えて、二人はゆったりとオーブの温泉に浸かった。

 

あの低軌道での戦い。あそこから始まった二人の中の戦争は、ようやく終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 



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番外編 IF 宇宙世紀の流星

ノリと勢いと自分の中のハジケリストが書いた。後悔はない。

気が向いたらつづくかも?


 

 

 

 

宇宙世紀0079。12月31日。

宇宙要塞、ア・バオア・クー。

 

 

交戦宙域、Sフィールド。

 

 

 

 

 

「迂闊だぞ、シャア!」

 

 

ジオングを駆るシャアの通信に声が響いた。

 

メインモニター正面。

 

メガ粒子砲を掻い潜りながら一気に距離を詰めてくる白いMS「ガンダム」は、その行手を遮るように放たれたビーム砲によって軌道を上に逸らすことになる。

 

 

「レイレナードか…!?」

 

 

地球連邦軍主力部隊のジムやボールの編隊を瞬く間に蹴散らしてジオングの元へとやってきたのは、真っ白な装甲に覆われた巨大な「戦闘機モドキ」だった。

 

 

『ラリーさんか…!?』

 

 

ガンダムのパイロットであるアムロ・レイ。

 

かつて、地球圏で共に戦ったはずの戦闘機乗りの気配が、その戦闘機モドキから感じ取っていた。

 

迫り来る機影にビームライフルを数発打ち込むが、それは驚くべき機動力で機体を翻し、ビームの閃光を紙一重で避けた。

 

 

「ちぃ…アムロもいるのか!?できるからって前に出てくるんじゃない、そこっ!!」

 

 

高負荷が掛かる機動をする最中、ガンダムを見つけたパイロット、ラリー・レイレナードは旋回の最中でもこちらを包囲しようとしていたガンキャノンを見つけた。

 

さらに急制動。体の全部が外に吹き飛ばされそうな負荷にさらされ、ラリーは歯を食いしばる。その機動にも耐えれるよう設計された機体は、グルリと縦に一回りし、機体下部に備わる無反動砲の一撃を背後にいるガンキャノンに打ち込んだのだ。

 

 

『うわぁ!?あいつ、後ろに目がついてんのか!?』

 

『迂闊だぞ、カイさん…!!』

 

 

堅牢な装甲とはいえ衝撃は凄まじく。被弾したカイのガンキャノンの傍から、ハヤトの機体がするりと出て、ラリーの機体に応戦。

 

 

「…ぐぅ…がぁっ!!」

 

 

放たれたキャノン砲とビームライフル。その弾幕をラリーの機体は、クルビットとコブラを足したような戦闘機動で舞い、掻い潜った。

 

 

『躱した!?うわぁっ!?』

 

『ハヤト!!やめてください、ラリーさん!!』

 

 

斬って返された一撃に怯むハヤトの機体を見て、アムロはスラスターの出力を上げる。二つの光の帯が宇宙に伸びてゆき、やがてそれは複雑な軌跡を生み出していった。

 

 

「アムロ、そうやって話し合いで解決できれば良いこともある。だが、話し合いで解決できないから、戦争っていうものがあるんだ!!」

 

『それはジオンの理屈ですよ!!』

 

「しかし軍人の理屈でもある!!」

 

 

アムロの操るガンダムのスピード。それに劣らない…いや、それよりも早くラリーの機体は飛んでいた。未来予知でもしているようなアムロの正確な射撃でも、高速度域ではブレて捉えきれない。

 

追ってきたと思った瞬間、どちらの陣営の残骸かもわからない影にラリーの機体は突入し、一瞬のうちに機体を翻して応戦してくる。

 

アムロも瞬時に反応して躱すが、反撃する余裕がなかった。

 

 

「一人では無理だ!!下がれ、レイレナード!!第二波も来てるんだぞ!!」

 

『本当の敵はあの中にいるんです!!貴方ならわかるはずだ!!なのに何故、それを邪魔するんです!!』

 

 

後ろから追ってくるシャアのジオングであるが、アムロが向かおうとするア・バオア・クーへの行先をラリーが的確に遮っていたのだ。

 

機体そこらに備わるスラスターを全開に吹かして、戦闘機もどきは白い悪魔と恐れられるMSと互角に渡り合っていた。

 

 

「…くぅ!!俺もお前と同じだからだよ、アムロ!!だが、俺とお前では決定的に違うものがある。軍人としての覚悟だ。お前の言っていることは、全体を見通した単なる楽観論者にすぎない!!」

 

『そんなこと!!』

 

「ここでザビ家を倒してどうする!!ジオンは無くならない。手段は必要だ!ザビ家によるジオンの完全降伏という形が!!」

 

 

その通信越しに聞こえる言葉は、シャアの胸に深く突き刺さる。まだ、父が殺されて間も無くの頃はいい。だがここまでザビ家主導のジオンが膨大に膨れ上がってしまい、あまつさえ地球との戦争を始めてしまったのだ。

 

その責任は誰が取る?

 

ジオニズムの生みの親であるジオン・ズム・ダイクンの遺児である自分か?

 

いいや違うと、自分の正体を知った頃のラリーは言った。

 

この戦争は紛れもなくザビ家が始めた。

 

ならば、ジオンの代表者としてザビ家が罰せられるべきだ。断じて、キャスバルという個人が彼らを罰していい訳がない。

 

そしてこの戦争の終局に至る道で、ザビ家が全ての責を負い、罪を認め、多くの支持者に泣かれ、あるいは罵倒されながら、償いながら死んでゆくことが、キャスバルとしての復讐の帰結ではないのか、と。

 

 

『そのために出る犠牲を見殺せと言うのですか!!』

 

「それはアムロから見た一方的な価値観だ!彼らは祖国のために戦っている!!地球という何十倍もの物量差を持つ相手に!!その気概を彼らは見せているんだ!!」

 

 

今、この宇宙でジオンを支えるために戦っているのは、祖国の平和と独立…愛する人を守るために立ち上がった多くの若者だ。彼らは強制されれたわけでもなく、罪を償うわけでもなく、自らが必要だと感じて戦っている。

 

ジオンという国家を愛するが故に戦っている。

 

そんな彼らの死を、決して無駄とは呼ばせない。

 

 

『それこそ、貴方のエゴだ!』

 

「軍人とは己のエゴを糧にする生き物だ。ひとつ勉強したな!!」

 

『このぉおーー!!』

 

 

アムロの鬼気迫る一撃が、ついにラリーの機体の端を捉えた。黒煙を上げる装甲内のスラスター。コクピットの中で舌打ちをしたラリーに、さらにアムロが迫る。

 

 

「レイレナード!!」

 

 

窮地を救ったのはシャアのジオングであった。5本のメガ粒子砲がアムロの行先を遮る。黒煙を上げるラリーの元へ向かったシャアだが、接触回線でラリーはキッパリと言った。

 

 

「シャア、お前は引け!」

 

「何を!?」

 

「ララァ少尉にはアンタが必要で、アンタにもララァ少尉が必要なんだろ!?」

 

「…!!しかし、私は…」

 

「ええい、パイロットが政治家の真似をするな!見苦しい!!お前はそういう姿が一番お似合いなんだよ!!」

 

 

そう怒号のような声を漏らしたラリーが脇にあるコクピットパネルを操作すると、機体を覆っていた外部装甲が炸裂ボルトと共にパージされてゆく。

 

 

「レイレナード…」

 

「行け、シャア。お前には見届ける義務と責任があるはずだ」

 

 

その言葉を最後に、ラリーはシャアのジオングから離れた。〝戦闘機もどき〟から人型へと変わった機体を翻し、その変化に驚愕するガンダムの前で構える。

 

 

『言葉じゃ、どうにもできないのですね…ラリーさん』

 

「お前の主義があるように、俺にも通すべき義がある。たしかに戦争に終結は必要だ。だが、それにはきっちりとした節目がいる」

 

 

俺はその節目を守るために戦う。

たとえここで、お前に討たれようとも。

 

ラリーはアムロに言葉を伝えた。

 

言葉でも思いでも、どうすることができない事実があるという現実を突きつける。

 

ニュータイプなどという思想的な言葉ではどうにもならない「意地」を。

 

 

「こい、小僧!!軍人の強さを教えてやる!!」

 

 

流星と白い悪魔。

 

一年戦争の局面で、その二つの光は大きな輝きを放ちながらぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 

 




SEEDの前はこんなんも考えてました。


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