やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。 (白大河)
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第1話 始まりの季節に始まるプロローグ

 初めまして、白大河と申します。
 俺ガイル、原作も勿論なんですが。二次創作、特に八色作品が好きすぎて色々読み漁っているうちにとうとう自分で書きたいという衝動にかられ、勢いで書いてしまいました。
 拙い部分も多いと思いますが読んでいただけると幸いです。
 感想、コメント頂けると死ぬほど喜びます。




 4月。総武高校の入学式。

 

 これから始まる新生活に浮かれてしまった俺こと比企谷八幡は一時間も早く家を出た結果、道中で轢かれそうになっている犬を助けようと道路に飛び出し事故にあった。合掌。

 そのまま異世界転生でもすれば話が盛り上がるのかもしれないが、現実は甘くない。気がつけば真っ白い天井、真っ白い壁、開かない大きな窓のある部屋で入院三週間を告げられた。しかも体中を走る激痛のおまけつきだ。

 

 部屋は個室。なんでも相部屋は部屋代が無料だが、ベッドが空いていない場合、有料の個室になるのだそうだ。場合によっては無料になるらしいが、慌てた両親が同意書にサインした時点で有料が確定。一刻も早く退院しろと圧を掛けられている。俺だって早く退院したい。

 一応、部屋が空き次第相部屋に移るということなのだが、両親は見舞いに来るたびに「まだここか……」とこれ見よがしに溜息をついてくる。もういっそ退院するまで空かなければいいのに。

 

 そんなストレスに晒されながらも痛む身体に鞭打って積んでいたラノベを読み、時々「知らない天井だ……」とシ○ジ君ごっこをしながらダラダラと過ごしていた入院生活三日目、味気ない昼飯を食べ終え、一息ついていると、突然扉が開く音がした。

 こんな時間に巡回だろうか?検温は終わっている。今日って何か検査入ってたっけ?小町はまだ学校のはずだし、一体誰だろうと体を起こし、扉の方を見ると。そこにはパジャマ姿でロマンスグレーの髪をした渋い初老のおっさんが点滴スタンド片手に立っていた。

 

「誰だ貴様!!」

 

 ええ……。いきなり怒鳴られたでござる。

 あんたが誰だよ。

 

「ここは儂の部屋だ! 人の部屋に入り込んで何してる! 泥棒か!」

 

 あまりの剣幕に一瞬、俺が悪いのかと部屋を見渡してしまった。

 しかし、そこにあるのは俺の私物、そして小町が持ってきた花が刺さった花瓶とその横には小さなサボテン。小町ちゃん? 入院してる人にサボテンはお兄ちゃんどうかと思うの。

 

「いや、ここ俺の部屋なんで……」

「何を言う! この……ゲホッゲホ!!」

 

 興奮しすぎたのかおっさんが突然咳き込んだ。こういう時は変に話しをするより早々に第三者を呼ぶに限る、鳴り響け! ナースコール!!

 俺はベッドに備え付けられているコードにつながったボタンを押す。

 

「どうしました?」

「あー、なんか、知らない人が来て、すごい咳き込んでるんで急いで来てもらえます?」

「貴様……! 早く出て行け! ゲホッ! ……ゲホ!」

 

 え? 吐血とかしてないよね? 本当に大丈夫? これで何かあったら俺の責任になるの? ベッド譲ったほうがいいのかしら。

 どうにも興奮しているようでこちらの話を聞いてくれる感じではないし、救助は要請した、他にやるべきことはないかと思案しているとバタバタという足音とともにナースがやってくる。この病院のナースは優秀なようだ。

 

「ちょっと! なにやってるんですか!」

 

 咳き込みながら蹲るおっさんに慌てて駆け寄るナースに睨まれた。俺が。

 えぇぇ……俺何もしてませんよ……? 八幡悪くない。

 

「一色さん? 大丈夫ですか? 今車椅子持ってきますからね?」

「うるさい! 儂を病人扱いするなと……ゲホッゲホッ!」

 

 『一色さん』とよばれたおっさんは尚も抵抗する。頑固オヤジさんなんだろうか?

 ぎゃーぎゃーという喚き声が周囲に響き、気がつけば野次馬もできている。ナースに囲まれる一色さんは咳き込みながらも尚「ここは儂の部屋だ」と譲らない。

 少々騒がしいが、まあ後はナースが対処してくれるだろうと俺は我関せずを決め込み、テーブルの上のラノベに手を伸ばした所で、新たな闖入者の影に気がついた。

 

「あなた? 何してるの?」

 

 今度は着物姿の女性が入ってきた、年の頃はおっさんと同じか、それより少し若いぐらいだろうか? 女性はゆっくりと上品な所作で一度俺に目配せをすると軽く頭を下げ、にこりと笑う。思わずどきりとしてしまった。

 いやいや、俺に熟女属性はないはずだ。落ち着け比企谷八幡。深呼吸だ。ヒッヒッフーヒッヒーフー。あ、産まれちゃう。

 

「楓、こいつらをなんとかしてくれ!」

「なんとかするのはあなたですよ。あなたの部屋は一つ上の階です。なかなか帰ってこないと思ったら案の定迷子になって全く……怒鳴り声が上まで聞こえましたよ」

「こ、ここの病院が複雑なのが悪いんだ!」

 

 おっさんに『楓』と呼ばれた着物女性は、はぁと溜息をつきながらおっさんを嗜めている。

 『あなた』という呼称から恐らく二人は夫婦なのだろうと推測はできた。そしてこのおっさんが迷子だという事も。まあ確かにこの病院の入院病棟は階層ごとの構造が似ているというか案内図を見る限りはほぼ同じなので間違えるということもあるだろう。加えるとドラマみたいに部屋の前に名前が書かれてもいないので、部屋番号を忘れるとアウトだ。

ナースに「俺の部屋どこですか?」と聞いてクスクス笑われた日のことはもう思い出したくない。

 

「お騒がせして、すみませんでした」

 

 気がつけば着物姿の女性がまた俺に頭を下げていた。

 

「あ、いえ、べつに」

 

 女性は再びニコリと笑うとおっさんとナースを引き連れ部屋を出ていく。

 真昼の嵐が去った。俺は再びラノベに手を伸ばし黙々とページをめくる。俺の退屈な入院生活が取り戻された。

 

 

 と思ったら、その嵐はまたすぐにやってきた。

 迷い込んできたおっさんとおばさんは翌日、昨日のお詫びだと桃を携え、またやってきたのだ。

 俺が「別に何もしてないから」と遠慮していると。おばさんは笑って桃を剥いてくれた。

 

「どうだ、いい女だろう?」とおっさんが得意気に言ったのをよく覚えている。

 

 おっさんの名前は一色縁継(むねつぐ)

 入院生活を始めたのは俺より一週間ほど前かららしく、早く帰りたいと愚痴を聞かされた。

 おばさんの名前は一色楓。おっさんより若いと思っていたがおっさんとは一つしか違わないらしい。いや、まじで俺のお袋と同じぐらいかと思ったらお孫さんもいるらしく本気で驚いた。

 最初はお詫びに、という事だったが、話し相手がほしかったのか、懐かれてしまったのか、それから二人は毎日のようにやってきた。

 

 時にはおっさんが1人でやってきて、将棋をしたり、昔の話を聞かされたり、おっさんがラノベに興味を示したので、何冊か渡したりもした。異世界転生ものがお好みらしく、凄いスピードで読み漁っている。

 また時にはおばさんが1人で、花や果物や羊羹を手土産に見舞いに来てくれた、最初は「おばさん」と呼んでいたのだが、「楓」と呼んでくれと言われ、「楓さん」と呼ぶことになった。同じく見舞いにきた小町とも意気投合し何やら女子トークに花を咲かせたりもしている。

 

 そして三週間後。

 おっさんより一足先に退院することになった俺はおっさんのところへ挨拶に行った。

 

「今日退院する事になった」

「そうか……」

 

 心なしかおっさんは少し寂しそうだ、友達がいないんだろうか? 俺もいないけど。

 

「退院おめでとう八幡くん、身体に気をつけてね」

「はい、ありがとうございます。楓さんもお元気で」

「おい、俺にはないのかよ」

「いや、入院してる人に『元気で』っておかしいだろ……おっさんはお大事に」

 

 そういえば、おっさんがなんで入院してるのかは聞いてなかったな。しかしおっさんも近々退院するらしいからそこまで悪い病気ではないのだろう。

 まあいいか、と俺はおっさんが気に入っていたラノベの最新刊をベッドテーブルの上に置く。

 

「これ、見舞いの品ってことで」

 

 そう言うとおっさんはニカッと笑う。

 

「一冊じゃすぐ読み終わっちまうよ、退院したら他のおすすめ教えろよ

な、一気読みしてやるからよ」

「好きそうなの見繕っとくよ」

 

 軽い雑談を済ませ「それじゃあ」と俺はおっさんの病室から出ていく。

 

「おい、決めたぞ」

「そう言うかなって思ってましたよ」

 

 閉じた扉から二人の会話と笑い声が漏れ聞こえた、何の話かはわからないが何やら楽しそうだ。

 俺もいつかあんな風に笑い会える相手と巡り会えるだろうか?

 そんな事を考えながら、病院を後にした。




 お読みいただきありがとうございます。
 入院してる方へのお見舞い品として鉢植え等は敬遠されるようですが。元気サボテンという「両手を上げているようにみえるサボテン」だったら見舞い品としても有りという考えもあるみたいですね、私はつい最近知りました。
 さて、とうとう始まってしまいました私の初八色作品……。まだいろはは出てきていないのですが、今後うまくかけるかな……。
 プロット段階では3年で完結を予定しているのですが……実際どうなるかは正直わかりませんw
 生暖かい目で見守っていただければ幸いです。何卒よろしくお願いいたします。


※2019/03/16 指摘いただいた誤字を修正しました。
※2019/03/25 一部表現の修正


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第2話 青天の霹靂を絵に描いたような一日

 一話の時点でお気に入りがろ……ろくじゅっけん……あわわわ。
 思わずひらがなになってしまいました。まだヒロインも登場してないのに……。 なんだかありがたいやら申し訳ないやら……。
 感想も頂き、天にも登る気持ちです。本当に皆さんありがとうございます。


 無事、退院出来たのは良かったのだが、すでに入学式から三週間という時が流れてしまっている。そのまま学校に行こうにもゴールデンウィークという長期休暇を挟むため。学校とも相談し、通学はゴールデンウィーク明けからにすることにした。

 今すぐ留年などという事にはならないが、ほぼ一ヶ月休学しているというのは大きなハンデを背負う事になる。新生活でのぼっち脱却を夢見た俺はもはや虫の息だ。

 

 ならばせめて休み明けに行われるであろうテストで、上位に入り、存在感をアピールする作戦を決行しようと、このゴールデンウィークはそれなりに勉学に励んでいた。

 病み上がりの俺を残し、揃って連日出かけていく小町にもマケズ両親にもマケズ。ただひたすら引きこもる、そういう八幡に俺はなる! あれ? なんか混ざったな? 少し休憩がてらコンビニでも行くか、ありったけの小銭かき集め探し物を探しに行くのさマッ缶。

 

 そして迎えたゴールデンウィーク最終日、なにかつまめる物でもないかとスマホ片手に一階へ降りた俺は何やらニマニマと気持ち悪い笑みを浮かべる小町に捕まった。てっきり今日も出かけてるのかと思ってたわ。

 

「お兄ちゃん。一色さん退院したんだって、お祝いにこれ持って行ってってお母さんが」

 

 そんな事を言いながら高級そうな紙袋を押し付けてくる。

 

「いや、俺一応病み上がりなんだが……? 小町行ってくれよ……俺勉強もしなきゃだし」

「いやいやいや、お兄ちゃんもう一ヶ月もまともに外でてないでしょ? 体力も落ちてると思うよーリハビリも兼ねてここはお兄ちゃんが行ったほうがいいんじゃないかなぁ? これからお世話になるんだし?」

「これからお世話になる?」

「あーうん、こっちの話こっちの話。ほらほら、行った行った。もし行かなかったらお小遣い減らすってお母さんも行ってたよ!」

「んな横暴な……。ってか退院ってことはもう家なんだろ? 俺住所とか知らな……」

 

 ピコン。

 突然、スマホが鳴った。

 

「はい、住所と地図送っといたから!」

「送ったって……急に行っても迷惑かもわからんだろ?」

「そこらへんは大丈夫、もうお兄ちゃんが行くって連絡済み。「楽しみにしてる」って言ってたよ?」

 

 ぶいサインを決めながら言われても……グーを出せば勝てるだろうか?

 

「ほらほら、もういい加減観念して」

 

 そういいながら小町は俺の部屋着を脱がせ、事前に用意していたのかソファの上に置いてある服をテキパキと、まるで着せ替え人形のように着せる。

 

「ほら、お兄ちゃん下も!時間がっ無いんっだかっらっ!」

 

 流れでパンツまで脱がそうとする小町を慌てて止める。

 

「自分で出来るわ!」

 

 下まで着替えさせられるのは流石に兄としてダメすぎだろうと俺も観念して着替えにとりかかった。

 

 

 

「ん、まぁこんなもんかな」

 

 自分が用意していたコーディネートに満足がいったのか、うんうんと頷き俺の背中を叩く。痛い。

 

「それじぁ、ほ~っら……! 行ってらっしゃ~い♪」

「え? おい、ちょっと? 小町ちゃん?」

 

 着替えが終わると、ため息をつく暇もなく玄関までグイグイと背中を押され、あっという間に外に追い出された。え? マジで? 財布も持ってないんだが?

と思ったら再びドアが開いた。

 

「はいこれ、忘れ物。今度小町にも紹介してね♪ 楓さんによろしく~♪」

 

 ドアの隙間からさっと財布を手渡されるとガチャリと鍵が閉まる音がする。

 

「えぇぇ……?」

 

紹介するって誰をだよ……。

 

 仕方なく俺は、スマホに送られてきていた住所を確認し、トボトボと歩きだした。

 割と遠いじゃん……。とりあえず電車? まずは駅に向かわねば。

 一色のおっさんは嫌いじゃない、面白い人だと思うが、正直に言えばもう二度と会うことはないだろうと思っていた。退院のときのやり取りだって社交辞令みたいなものだし。ラノベは見舞いの品として渡したもの。お互いに何かを貸し借りしているわけじゃない。

 

 小町は楓さんと連絡を取り合っているようだが、俺自身は連絡先の交換なんてしていなかった。だからこのまま思い出の一つになるんだろうな、と感じていたのだが。まさか家にまでいくハメになるとは……。

 俺も何か買っていったほうがいいんだろうか、ラノベとか……?

 本屋の前でふと財布を確認すると中には六百円。

 わぁ、お金持ち。ただし幼稚園児なら。という注釈がつく。いや、今日び幼稚園児でももっと持ってるか。

 これではラノベの一冊も買えない。世知辛い。最近は本一冊買うのも楽じゃないのよ? 不況って怖いね。っていうか往復の電車賃足りるかしら? そんな事を考えながら歩いているとまたしてもスマホが鳴った。

 

【紙袋に入ってるお年玉袋を調べるべし】

 

 小町からのLIKEだ。メッセージアプリ『LIKE』。大好きな友達とつながろう! をキャッチコピーに、スマホに登録してある電話番号だけで友達と繋がれるらしいのだが俺がアプリを入れても家族以外表示されなかった。バグってんじゃねぇの?

 とりあえず小町の指示に従い紙袋を覗いてみると「電車賃」と書かれたポチ袋が入っていた。

 中には千円札が1枚。俺の財布事情もきちんと考慮しての行動だったのか。小町恐るべし。

 

 電車に乗り、揺られることおよそ二十分。俺は千葉郊外の住宅地に降り立った。

 田舎というほどでもないが栄えているという程でもない。ただ一軒一軒の家がべらぼうにデカイ印象を受けるその住宅地は小市民の俺にはちょっと場違いな感じがした。

 送られてきた地図を頼りに、目的の家を捜索する。目印などがあまり無いその地区を歩くこと数分。高い塀と広い敷地。和風の屋根付き門の横にある『一色』の表札をみつけた。

 

 どうやらここで間違いなさそうだが、高級そうな佇まいに少々気圧されてしまい一瞬ひるんでしまう、悔しい。これが小市民としての性というものか。あのおっさん金持ちだったのか、何してる人なんだ?

 しかし、いつまでもここで立ち往生というわけにもいかない。俺は気合いを入れ、一度深呼吸をしてから、表札の下にあるインターフォンを鳴らす。べ、別にびびったわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!

 

「はーい? どちらさまですか?」

 

 予想に反し、インターフォンから聞こえてきたのは若い女性の声。

 少なくとも楓さんではなさそうだ。俺と同じ、いや、それより若いぐらいだろうか? まさかメイドさんか? 夢があるよねメイドさん。幼さすら感じるその声に若干の期待と警戒をしながら俺は返答する。

 

「ひ、ヒキがヤと申します」

 

 声が裏返った。死にたい。

 違うの、知ってる人がでてくると思ってたから。ちょっと驚いただけなの、お願いもう一回やり直させて!

 

「あ、お爺ちゃんから聞いてます。もうすぐ帰ってくると思うので中に入って待ってて下さい」

「ど、ども」

 

 お爺ちゃん? ということはお孫さんだろうか? メイドじゃなくて残念なんて思ってないよ? 本当だよ?

 しかし、孫がいるって話は聞いてたけどおっさん何歳なの? てっきり孫は小学生とかだと思ってたんだが……っておっさんいないのかよ!

 連絡済みなんじゃないの? こういうのが嫌だから来たくなかったんだよ! うおおお……こんな事ならやはり断ればよかった。後悔の念が俺を襲う。だが今更どうする事も出来ない。

 中に入って待つって、中だよね? 門の……? 家の……? え? これ入っていいの? 一見さんお断りとかじゃない?

 高級な料亭の雰囲気を醸し出すその門に俺はつい躊躇してしまう。

 だがもうインターフォンは鳴らしてしまったのだ、いつまでもこうしているわけにはいかない。俺は悩んだ末に恐る恐る門を開けると、数メートル先の玄関がすでに開いているのが見えた。

 玄関の扉を開けているのは一人の少女、年の頃は小町と同じぐらいだろうか? 春らしい薄いピンクを基調とした装いでこちらを伺っている。

 やはり俺が想像していたより遥かに大きなお孫さんだ。少なくとも小学生ではないだろう。幼さも感じるが、僅かに大人の妖艶さも垣間見える、一言で言うならゆるふわビッチ系美少女がそこにいた。

 彼女は人好きのする愛らしい笑顔でこちらを出迎えてくれている。しかしそんな笑顔につられる八幡ではない。すでに俺の中の何かが警告音を鳴らしていた。

 アイドルでセンターやってます! と言われても信じてしまいそうな顔立ちに亜麻色の髪の美少女の笑顔なのだが……妙にあざとい、きっとこの笑顔は罠だ。うかつに飛び込むと痛い目を見る、そんな予感がする。

 

 いくら笑顔がかわいくても……ってあれ? 笑顔消えてますね? 気がつけば彼女は怪訝そうな顔でこっちを見ていた。

 あの目は知ってる不審者を見る目だ。親の顔より見たことあるわ、うん。やばいやばい通報されてしまう。

 

「あのー? どうかしました? 比企谷さんですよね?」

「あ、はい。です」

 

 しまった。ついDeath(即死魔法)を唱えてしまった。しかしどうやら彼女には効いていないようだ。ボス級かな? レベルが足りないのかもしれない、やはりもっと装備を整えてから来るべきだったな……小町とか。

 そう反省しながら俺は慌てて門をくぐり抜けると、お孫さんの元へと歩み寄った。

 

「えっと、おっさんが退院したって聞いてお見舞いにきたんだけど……」

「どぞどぞ。お爺ちゃんのお友達……なんですよね? 比企谷さん?」

 

 友達? 友達なんだろうか? 友達ではない気がするが

 

「ああ、ちょっとした知り合い……かな?」

 

 そういうとお孫さんは

 

「はぁ……」

 

 とまたしても不審そうな目で俺を一瞥した。

 

 本当は玄関先で退院祝を渡し帰るつもりだったのだが、それを告げる前に「とりあえずあがってください」といわれ、結局家に上がってしまった。お孫さんに案内されるままに和室に通される。

 和室は俺の部屋の三倍はあろうかという広さで、中央に十人ほどで囲めそうな大きなテーブルと、上座には座椅子がおかれていた。おっさんの席だろうか。

 俺は「どうぞ」と用意された座布団に座り。辺りをキョロキョロ見回す。その部屋には何かの賞状や記念写真やらが飾られていた。

 

「お爺ちゃん、すぐ帰ってくると思うので。ちょっとだけ待っててください」

 

 そう言うと氷が入った麦茶を出してくれた。よく出来たお孫さんだ。

 

「あの、おっさ……縁継(むねつぐ)さんは退院したんじゃ?」

「今日退院だったんですけど、なんか手続きに時間がかかっちゃってるみたいで、比企谷さんが来るっていうから私だけ先にこっちに来たんです」

 

 それは暗に「お前のせいで留守番させられている」と責められているのだろうか?

 

「な、なんかすまん」

「いえいえー、それじゃごゆっくり~」

 

 そう言うと彼女は部屋から出ていった。

 

 

 

 俺は一人、知らない家の、知らない部屋に取り残される。仕方ない、飾られてる写真で「おっさんを探せ」でもするか。俺はここぞとばかりに足を崩し、ため息をつく。しかし見た所、それほど古い写真はなさそうだ。赤ん坊の写真は先程のお孫さんだろうか? あんなに大きくなって……。

 そんな事を考えていると部屋の向こうから声が聞こえてきた。

 

「おーい、いろは戻ったぞー!」

「ただいま、いろはちゃん」

 

 きっとおっさんと楓さんだ。

 俺は崩していた足を戻し、背筋を伸ばす。いや、そんなかしこまる必要もないと思うのだが これは場の空気がそうさせたとしかいえない。

 

「遅ーい! お客さんもう来てるよ!」

「お、もう来てたか! 悪い悪い! で、どうだ? いろはから見て」

「え? うーん? なんか……目が死んでるなぁって……?」

「ガハハ、そうかそうか。よく見てるな! よし、一緒にこい! 楓、荷物は任せたぞ」

「はいはい。まったくもう……」

「え、ちょ、ちょっと待ってお爺ちゃん、私今日は退院のお手伝いで来たんだから荷物なら私が!」

「いいからいいから、来い! 大事な話があるんだよ!」

 

 会話が完全に筒抜けなのだがいいのだろうか?

 というか、そうか、初対面でわかるほどに目が死んでたか俺。ハハ……。

 そんな風になんとなく聞き耳を立てていると、ドタドタという足音が猛スピードで近づき、バンッと勢いよく襖が開けられる。そこにはポロシャツ姿のロマンスグレーなおっさんが立っていた。その手には先ほどの美少女のお孫さんを引き連れている。なんかもう完全に犯罪の匂いしかしない絵面なんだが……本当に血縁なんだよね……?

 

「おう! 久しぶりだな八幡!」

「うす、退院おめでとうございます」

 

 一体なんで入院してたんだ? と思うほど元気な姿を見て、一瞬今日の目的を忘れかけていたが、なんとか立ち上がり、必要な言葉を発する事が出来た。これであとは土産を渡して帰れば初めてのおつかい完了! 小遣いは減らされない。ドーレミファソーラシドー♪ いや、別に初めてではないんだけども。

 

「それで、どうだ八幡? いろはは?」

「いろは?」

 

 ミッションコンプリートでホッとしていた俺の脳裏に突然意味のわからない言葉が投げかけられる。

 いろはってなんだろう? いろは歌? おすすめのラノベだろうか?

 

「なんだお前ら自己紹介もしてないのか?」

 

 そう言うと、おっさんは自分の後ろに隠れてしまっているお孫さんに視線を送る。

 いろは。なるほど、彼女の名前か。なかなかに雅な名前だ。

 

「まぁ……。こんな大きいお孫さんがいるとは思ってなかったんで驚いたと言うか……」

 

 俺はちらっとお孫さんを見る。何故かちょっとかしこまった喋り方になってしまうのは件のお孫さんの前だからだろうか。病院では普通に喋れてたのに。なんだか格好悪い。

 

「かー! 仕方ねぇなぁ、最近の若いもんは初めて会ったのにお互い自己紹介もしないのかよ」

 

 あんたと初めて会った時にも自己紹介された覚えがないんだが……。むしろ怒鳴られたんだが……。

 おっさんはテンションが上がりきっているのか俺の視線の意味に気づく様子もなく、お孫さんの背中を押し、一歩前に出させた。

 

「こっちが俺の自慢の孫娘、一色いろはだ」

 

 一色いろはと紹介された少女は「ども」と軽く頭を下げた、俺もつられるように頭を下げる。

 

「そして、いろは」

 

 おっさんは孫娘から手を離し、今度は俺の方に大きく手を広げると胸を張り、次の言葉を発した。

 

 

「こいつの名前は比企谷八幡。いろは、今日からお前の許嫁だ」

 

「は?」

「え?」

「「はぁぁぁ!?」」

 

 思わずハモってしまった。

 俺は今後の人生で今以上の驚きを感じる事があるのだろうか? と思えるほどの特大爆弾発言。

 このおっさんは一体何を言ってるの? 許嫁? 俺が? 今日会ったばかりのこの子と?

 一体何故? どうして? 様々なクエスチョンが脳裏をよぎる俺達を、おっさんは「やってやった」とでも言いたげな満足げな表情で、見下ろしていた。




 というわけで、我らがヒロイン一色いろは嬢初登場回となりました。
 いかがでしたでしょうか、いろはすらしさを出せたかなぁ……? 出せてるといいんですが……。

 ヒッキーのスマホについて少しだけ言及しておくと。原作準拠の携帯&メールのやりとりの方が良いとも思ったんですが、私自身がメールを普段あまり使わないのもあって、書いているうちにボロが出る気がしたので、この部分は変更させていただきました。
 作中の「LIKE」は皆さんお持ちのスマホに入っているであろう緑のアイコンのアプリに似た何かですw
 創作の世界だと『LIME』とか『RINE』とかになってるのはよく見かける気がしたので同じく一文字モジって『LIKE』ということで……。

 感想、評価お待ちしています。通知がくるだけで作者は小躍りして喜びます!


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第3話 続・青天の霹靂を絵に描いたような一日

お気に入りが100件超……だと……?
ありがとうございますありがとうございます!!


「ちょ、ちょっと待ってよお爺ちゃん! 許嫁って何!」

「結婚を許された仲という事だ。わかりやすく婚約者でもいいぞ」

 

 衝撃の許嫁発言で状況を整理しきれていない俺が再起動するより早くお孫さんは笑うおっさんに詰め寄っていた。

 

「無理! 無理無理無理! 無理だから! 私結婚は好きな人とするし、こんな目の腐った人無理だから! むーりー!」

 

 さて問題です。この子は今何回無理っていったでしょうか? 正解はCMの後。

 頭の片隅でそんな事を考えていると邪念を感じ取られてしまったのかお孫さんに睨まれた。

 

「なんですか、一目惚れだとでもいいたいんですか? どうやってお爺ちゃんを丸め込んだのか知りませんけど、勝手に決められた相手との結婚とか考えられないので諦めて下さいごめんなさい」

 

 ものすごい早口でお断りされてしまった。頭を下げた丁寧な言い方なのに妙に上からなのは俺が振られている体だからだろうか?

 

「いや、諦めるも何も俺も初耳なんだが……」

 

 そんな俺の反論を聞いてか聞かずか、お孫さんは素早い動きでおっさんの左腕を掴む。

 

「ねぇ~、お爺ちゃん本当こういう冗談はやめよう? 高校入ったら彼氏作ってちゃんと紹介するから? ね?」

 

 上目遣いでおっさんの腕を左右にぶんぶんと振り、小さい子がおもちゃを強請るような猫なで声で説得を試みている。あざとい。耐性がなければ今すぐにでも屈してしまうだろう。ソースは俺と親父。小町のオネダリ技の一つでもある。

 見える、俺には見えるぞ、鼻を伸ばし、要求を飲んじゃおうかな? と揺れているおっさんの心の天秤が!

 いや、全然飲んでくれて構わないんだけどね。

 

「いろはちゃん、お客様の前ではしたないですよ。あなたも、話なら座ってしたらどう? ごめんなさいね八幡くん」

 

 陥落寸前のおっさんを助けたのは楓さんだった、おっさん達を嗜めお茶菓子を乗せたお盆を持ち部屋に入ると俺に視線を向け柔らかく微笑みかけてきた。俺は慌てて頭を下げ、挨拶をする。相変わらずの着物美人だ。いや、そんなほのぼのした状況でもないのだけど。

 

「楓さん、お久しぶりです」

「一週間ぶりね、あんまり固くならないで、今日はわざわざ来てくれてありがとう」

 

 挨拶を交わす俺たちを見ながら、おっさんは孫に握られていた手を振りほどくと頭をかきながら上座にある座椅子へと腰を落とす。

 それに倣い俺も座布団の位置を正し座り直すと、楓さんはそれぞれの前にお茶とお茶菓子を出し、おっさんの隣へと座り姿勢を正した。

 

「いろはちゃんも、ちゃんと座りなさい」

 

 楓さんに言われ、一人立っていたお孫さんはお茶菓子が置かれた席から少し離れたお誕生日席に陣取る、今は誰の隣にも座るつもりはないという一種の抗議なのだろう。

 

 

 おっさんは一度コホンと咳払いをすると、それまでの好々爺のような表情から一変、真面目な顔になり、俺とお孫さんを交互に見た後、真っ直ぐな瞳で諭すように語り始めた。

 

「いろは、今どき許嫁なんて古臭いと思うかもしれん、だが儂は本気でこれからの人生を二人で歩いていってほしいと思っている」

「冗談、じゃないの……? お爺ちゃんだってこの人と長い付き合いってわけじゃないんでしょ?」

 

 ちょっといろはさん? 人を指さしちゃいけないって教わらなかった? 全く、祖父母の顔が見たいわ。あ、目の前にいるじゃん。

 

「爺ちゃんは冗談でこんな事は言わん。確かに八幡と過ごした時間は爺ちゃんも短いが、お前に必要な男だと判断した」

「必要ってどういう風に……?」

「それは今は言えん」

 

 言えないのかよ! 思わずずっこける所だったぜ。危ない危ない。

 

「儂が口で説明するよりも、自分自身で八幡という男の存在を感じて欲しいんでな」

 

 おっさんはそう言うと再び俺を見た。

 

「まあ、初めて会った男を信用しろというのは難しいかもしれん。だが、儂がお前を幸せにしたいという気持ちで決めた事だ。押し付けがましいかもしれんが、今は少しだけ、爺ちゃんの事を信じて、とりあえず一年でいい、やってみてくれんか?」

「一年……?」

「ああ、一年。一年後、お前がどうしても嫌だというのであれば、爺ちゃんはもう何も言わん。お前たちの意見を完全に無視するつもりもない、どうしても合わないと分かれば儂の方から責任を持って今回の話をなかったことにしてもらう」

「いや、一年も待たんでも分かる……」

「八幡、お前は口を出すな」

 

 えええぇ……これ俺の事でもあるんじゃないの? おっさんは俺を睨みつけると再びお孫さんの方へ向き直る。相変わらず真剣な表情だ。

 お孫さんはおっさんに黙らされた俺を一瞥すると「頼りにならない」と判断したのか、おっさんの言葉を引き継ぐ。

 

「一年間だけ? 本当に……?」

「ああ、爺ちゃんの最後のワガママだ。頼む」

 

 そう言うとおっさんは胡座をかいたままの姿勢で深々と頭を下げた。一体彼の何がそこまでさせるのだろう。

 俺と出会ってまだ一ヶ月も立っていないというのに。俺の何をそこまで買ってくれているのか皆目検討がつかなかった。俺にそこまでの価値はない。というかちょっと引いてる。

 お孫さんの方を見ると、さすがに実の祖父に頭を下げられたままいられるのはバツが悪いのか「うぅぅ……」と小さく唸り声をあげている。長い沈黙が訪れた。

 

 どれだけ時間がたっただろう? 一分か、それとも十分以上経過したのか、長い硬直状態は続き、今なおおっさんは頭を下げ、その様子をお孫さんがいたたまれない表情で見ている。なんだか見ていて可哀想になってきた。

 時計の針の音だけが室内に響き渡る。俺のことでもあるはずなのに俺が口を出す空気じゃない、耐えきれずチラリと楓さんの方を窺うと首を横に振られた。やっぱり口を挟んじゃいけないらしい。不思議。

 そんな無理してまでなるもんじゃないだろ許嫁なんて……。下手に拗れてこの二人の関係が壊れたら、それこそとばっちりを受けかねない、やはりここは俺から一言言って諦めてもらうしかないか。そう決心し、息を吸い込む。

 

「おっさ……」

「……わかっ、たから……頭あげて……」

 

 俺がおっさんに声を掛けようとしたその瞬間、お孫さんは諦めたようにそう漏らした。きっとこういうのを『断腸の思い』と言うのだろう。とても辛そうだ。聞いている俺も辛い。

 いやいや待て待て、普通に断っていいんだよ?

 お孫さんのその言葉を聞くとおっさんは一瞬ニヤリと口角を上げると

「……ありがとう」と小さく答えながら、ゆっくり神妙な面持ちで頭を上げた。え? 待って? ニヤリって何? 角度的に俺にしか見えてなかったみたいだけど今絶対笑ったよねこのおっさん? 何真面目な顔してんの? ねえちょっと?

 

「きっと、後悔はしないと思う。お前が思うよりよっぽどいい男だよ、彼は」

 

 おっさんは何食わぬ顔でそう言うと、今度は俺の方を見ながらニカッと笑った。

 

「というわけだ八幡。一年頼むぞ」

「頼むぞったって……今笑っ……」

「そうかそうか、頼まれてくれるか」

 

 ガハハと笑うおっさんに俺の言葉は遮られた。えええ……。一体何をどう頼まれればいいのかすら分からん。

 

「年は一つ下だからな、ちゃんとリードしてやれよ。まあお前なら心配いらんと思うが……泣かせるなよ?」

 

 なんでこのおっさんは俺に対する評価がこんなに高いんだろう? 俺は今の状況に心配しかない。マジで何か特別な事をした覚えがないんだがなぁ……そんな本日何度めかの思考のループをしているとおっさんは笑うのをやめ、今度は俺をまっすぐに見つめてきた。

 

「頼んだぞ、八幡」

 

 そう告げてくるおっさんの顔は真剣そのもので、どうにも居心地が悪い。まずい、今ここで俺が断るのも変な感じになってしまった。どうしたものかと逡巡していると横から長く大きなため息が聞こえてきた。

 

「一年! 一年だけですからね! 付き合ってるわけじゃないので彼氏面とかしないでくださいよ! あくまでお爺ちゃんが勝手に決めた許嫁っていうだけですから!」

 

 お孫さんが立ち上がり、ビシッと俺を指差しそう言うと、おっさんはその様子を見て「今はそれでいい」と呟いた。

 

「まぁ、今年は受験で私も忙しいんで、お会いすることはないと思いますけど」

 

 フフンと勝ち誇った顔で腰に手を当てながら彼女がそう告げる、端々に現れる妙にあざとく子供っぽい仕草を可愛いと思ったら負けなんだろうな。

 

「積極的に会いに行こうなんて思ってないから安心しろ……」

 

 なんでこの子は俺が『許嫁になってくれ』って頼んだみたいなスタンスで来るの?

 なぜか話が進んでいるけど。そもそもおっさんが勝手に言ってるだけで俺がお願いしたわけじゃないって事まず理解してもらえません?

 

「それはそれでなんかムカつきますね」

「どうしろってんだよ……」

 

 女子というのはかくも理不尽な生き物である。

 

「機会も口実もないんだ、受験勉強の邪魔してまで会おうとは思わん」

 

 そこまで言ってふとある考えが脳裏をよぎった。

 学校という俺にとって数少ない、家族以外の女子との接点の場で出会う可能性がゼロである以上、仮にこのまま許嫁とやらが成立しても、お互いよくわからんまま一年が経過、気がつけばこの関係もおしまいって事になるんじゃないのコレ?

 お孫さんも渋々とはいえ納得してるなら、下手に俺がゴネるより自然消滅を期待した方が労力を使わなくてすむ気がしてきた。

 これならおっさんのワガママとやらも聞いてもらえて、お孫さんは受験に専念、俺は高校生活を満喫できる(満喫できるとはいってない)。Win-Winだ。三人だからWin-Win-Winか。なんか機械音みたいだな。ウィーンウィーンウィーン。

 勝利の方程式が見えた! だが同時に視界の端でおっさんが不敵に笑うのも見えた。え、何怖い。まだなにかあるの?

 

「ああ、それなら心配ない。八幡にはしばらくお前の家庭教師をしてもらう事になってる」

 

「「はぁ!?」」

 

 本当にまだ何かあった。第二の爆弾投下である。何このおっさん爆弾魔なの? 比企谷八幡は静かに暮らしたい。

 これだとWin-Winじゃなくておっさんの一人勝ちだ。許嫁に続く、俺の知らない俺の新情報に思わず目を見開く。これでは俺の計画が水泡に帰してしまう。なんだろうこの全てにおいて先手を打ってくる感じ。用意周到すぎない……? そこまでする必要ある?

 

「お爺ちゃん!? 聞いてないんだけど!?」

 

 お孫さんがまたしても抗議の声を上げた。

 

「そりゃ、今言ったからな。だが家庭教師はちょうどいいだろう? なに、心配いらん、八幡は現役の総武高生だ、しかも妹もいるから教師としては最適だぞ?」

 

 妹がいるから教師に最適というのは一体どこの国の理論なのか是非詳しく教えていただきたい。何? 世の教師って皆お兄ちゃん属性なの? そもそも俺は家庭教師なんてやったことがないから期待されても困る。

 

「え? 総武!? 本当に?」

 

 俺が『お兄ちゃん教師最適説』について考えているとお孫さんが驚愕の表情で俺を見て声を上げた。

 何その「お前総武入れる頭もってんの?」みたいな顔。なんなら今日一で驚いてない? まだ会ってからそんなに時間たってないけどそこまで頭悪そうに見えた? 期待裏切っちゃってごめんね?

 

「とりあえず、週一だな。八幡には来週からいろはの家に行ってもらう、いろはが気に入れば週二でも週三でも、毎日だっていいぞ。ちなみにこっちは許嫁と違ってバイト代も出る双方の両親の許可を得た『契約』だから、文句はいわせんぞ、八幡?」

 

 そう言うとおっさんは俺たちの抗議の声を掻き消すようにガハハと笑いはじめた。楓さんもつられたのか「おめでたい日になったわね」と笑いはじめる。どうやら楓さんもあちら側らしい。

 

 「両親の許可は得た」という所でこれまでの流れに少し合点がいった。おっさんに入れ知恵をした奴がいる。きっと『こ』で始まって『ち』で終わる名前の天使だ。KMT。小町たんマジ天使。いや、この場合は悪魔だな。兄を貶める悪魔妹小町。矢印尻尾に悪魔の羽。チューブトップにミニスカート。あ、ちょっと可愛いかもしれない。いかんいかん惑わされるな比企谷八幡!

 そう言えば小町の奴、俺がここに来る前も何か知ってる風だったな。帰ったらきっちり問いたださねば。

 

 笑い声は未だやまない、もはや許嫁も家庭教師も断れる雰囲気ではないようだ。

 俺は『お孫さん』改め『許嫁』兼『生徒』と肩書きが一気に増えたJCをちらりと見る。

 どうやら向こうも笑い続ける祖父母の前に抗議する気力が失せたらしい。

 俺たちは同時に息を吸い込むと大きな溜息を付いた。

 恐らくこれが俺と一色いろはの初めての共同作業。もうどうにでもな~れ。

 

 こうして俺と一色いろはの許嫁生活は幕を開けたのだった。




八幡が本気出したらもっと色々難癖つけるんだろうなぁと思う所もあるんですが
あんまり引っ張ってもなぁ……ということでタイミングと縁継さんの強引さを持って無理矢理収めてもらいましたw

というわけで3話にしてやっとタイトルの土台が完成、という感じです。
次回から少しづつ話を動かしていく、いきたい、いけたらいいなぁ……いくつもりですので、更新はちょっと遅れるかもしれませんが読んで頂けると嬉しいです。

感想、評価いつでもどこでもお待ちしてます。お気軽な気持ちでどうかよろしくおねがいします!


※2019/03/17 誤字修正しました。ご報告ありがとうございます.
※2019/03/25 誤字修正しました。ご報告ありがとうございます。


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第4話 長い一日の終わりに

お気に入りが500件……?だと……?
一体何が起こった……?ガクブル

明日死ぬんじゃないか?と思ってしまうほどに
嬉しすぎて吐きそうですw
本当にありがとうございますありがとうございます!


──Hachiman──

 

 それから、俺は契約書にサインをさせられた。

 連帯保証人のサインではないし、奴隷契約とか許嫁契約とかでもない、家庭教師としての契約書だ。

 手書きではなくきちんとした書式の書類が用意されており。おっさんの言った通り、親のサインは記入済み。やはり、かなり綿密に準備された計画だったのだと悟り、背筋に嫌なものが走る。どうにも途中離脱が許されない空気が漂っているんだよな。やっぱ断りたい……。

 しかし、サインというならここは俺の意思に委ねられている。つまり決定権が与えられるということだ。ならばまだまだ交渉の余地は……と思ったのも束の間。楓さんの「ここにサインしてね?」という有無を言わさぬ笑顔の前に俺は為す術なく轟沈したのだった。

 

 個人的な依頼っぽいし、ここまでしなくてもいいのではないか? と、ささやかな抵抗をするも、「バイト代が支払われる以上きちんとしておかないと駄目だ」と怒られちょっとだけ泣きそうになったのはナイショだ。美人に怒られるというのはどうしてこう心に突き刺さるものがあるんだろう? 一部の人にはご褒美らしいが俺にはその素養はなさそうだ。

 あれ? でも待てよ? これ最後に印鑑が必要になってない?

 さすがに今日は印鑑は持ってきていない。うん、これは一度持ち帰るしかないですね。そして帰ってから「あ、ごめーんすっかり忘れてたー」とでも言って回避しよう。なんて考えていたのだが、おっさんに腕を捻られ、力技で拇印を押させられた。

 おっさん今日退院したばっかの病み上がりなんじゃないのかよ、なんだよあの筋肉。ゴリラかよ。

 

「これで晴れて家庭教師ね、おめでとう八幡くん」

 

 俺がおっさんに捻られた腕を擦っていると楓さんにそう頭を撫でられた。これがアメとムチという奴だろうか。あ、ちょっといい匂いがする……。

 正直、おめでとうと言われるほど家庭教師に成ることを熱望していたわけではないのだが、家庭教師についての詳しい説明を聞いているうちに心の中でバイト代が出るなら、とちょっと前向きになる自分がいたのも事実だった。

 高校入ったら多少のバイトはしようと思ってたし、欲しいものも色々あるしな。

 別にむちゃくちゃ稼ぎたいというわけでもなく、適度に欲しいものが買える程度の金が欲しいだけなので、週一で、商品を覚えたりしなくてもよく、上司からのパワハラの心配もないバイトというのは案外悪くないのかもしれない。

 家庭教師なんかやったことないので責任が持てないという主張はしておいたし。おっさんからも「そこまで本腰をいれたものではなく、あくまで分かる範囲で教えてくれれば良い」と言質は取ってある。俺に対する責任はそれほど重くはない。

 「やばそうならちゃんとした家庭教師を雇う」らしいしな。でもそれなら始めからちゃんとした家庭教師雇えばよくない? 俺ちゃんとしてない家庭教師ってことですよ? おっさんの考えてることがわからん……。

 

「いつまで鼻の下伸ばしてるんですか……?」

 

 そんな事を考えながら頭を撫でられ続けていると、JCに睨まれてしまった。自重自重。俺に熟女属性はない。ないはず……ないよね?

 ちなみに家庭教師の契約期間は来年、入試が終わるまでらしい。ただし「許嫁は最低でも来年4月までは続けて貰う」と言われた。まぁ実質入試終了で許嫁とやらの関係も終わるだろう。

 

 家庭教師について一通りの説明が終わった所で、おっさんの提案で不服そうなお孫さん改め許嫁さんと連絡先を交換した。ついでにおっさん達とのLIKEグループも作成。

 別に女子と連絡先交換したかったとかじゃないよ? 本当だよ? 俺からの提案ではないのだから仕方ない。なので俺の過去のトラウマをえぐるような出来事は起こらなかった。見るからに不満そうなのは見ていて辛かったけど。

 おっさん経由での連絡だと二度手間だしな。家に行くのだから連絡先がわからないと困ることもあるだろうとお互いに納得した。多分。

 連絡先交換してる間、ずっと眉間に皺を寄せていたけど、きっとお腹でも痛かったのだろう。胃が弱いのかもしれない。もし授業中にトイレに行きたがったらすぐ行かせてあげよう。

 

 その後は、忘れかけていた小町からの土産を渡し一息ついて、おっさん達と軽く話をしたはずなのだが、それまでの流れが超展開すぎて何を話したか覚えていない。「ああ」とか「わかりました」とか生返事で事務的なやり取りをしたような気もするし、ラノベの話も少ししたような気もする。

 そんな心ここにあらずな状態で、気がついたときには日が沈みかけていたので夕飯の誘いを断りお暇した。

 見慣れない道を戻り、夕日の差し込む電車に揺られながら。今後の身の振り方を考える。

 どっと疲れた。

 

 俺の許嫁さん(期限付)は連絡先を交換した後、早々に部屋を退出していたので、向こうが今どう思っているのかは正直分からない。

 俺が帰る時には一応見送りをしてはくれたが、会話という会話をしてないんだよな。

 そんな許嫁さんの家に、来週から家庭教師として通わなければならないわけだ。

 俺は今日おっさんから聞かされたバイト内容を頭の中で反芻する。

 

 毎週土曜の十七時におっさんの家から電車で数駅離れた一色宅を訪問し、二時間ほど勉強を見る。俺の家から見ればおっさんの家より一色宅の方が近いのは朗報だった。

 バイト代は日給で四千円、時給にすれば二千円と高額。しかも交通費は別で定期を支給された。週一で定期はさすがに勿体なすぎないか? と思ったが。「いつでも会いに行けるように」との事。どうやらこっちは家庭教師としてではなく許嫁としての関係性を重視した結果らしい。どちらにせよ勿体無い。許嫁として会いに行く事なんてないだろうしな。

 加えて「毎回授業が済んだら夕飯も食べていけ」と言われたがそれは流石に遠慮しておいた。

 実績も経験も無い一介の高校生のバイトに対する報酬としては破格と言っていいだろう。一体あのおっさんはどんだけ俺の事を買いかぶっているのか。新手の詐欺なんじゃないかとさえ不安になる。

 いっそ『ドッキリでした』と言われた方が納得してしまいそうだ。もしかして、今モニタリングされてる? 隠しカメラは……眼の前に座ってる女子高生が持ってるスマホですね、あれ? そのカメラマジで俺の方向いてない?「キモイ奴発見www」とか拡散されてたら泣くぞコラ。

 

 とりあえず今のうちに許嫁さん、もとい生徒さんに連絡はしておくか。折角だし。うん、折角だからな。

 俺はスマホを取り出すとLIKEを開き、メッセージを送る。別に女子と連絡先交換したんだからお話してみたい、とか思ってるわけでは決して無く、あくまで仕事上、仕方なくという事を理解してもらいたい。誰に言い訳してんだ俺……。

 しかしこのLIKE、入れておいて正解だったな、なにせ『メーラーダエモンさん』から返ってくる恐れがないのだ。LIKEは良い文明。ただしブロックはされるものとする。されちゃうのかよ。まあそうなったらおっさんに泣きつこう。

 

【改めて……なんだろうな、あまりにも特殊な状況すぎて頭が追いついてないんだが、これからよろしくな。いろは? でいいか?】

 

 まあこの時間なら健康な女子はもう寝てるかもしれないが、と中学の時の女子とのメールのやり取りを思い出しながらメッセージを送信する。

 

【なんですか、許嫁って言われたからってもう彼氏面ですか、男の人に名前呼び捨てにされるのはちょっとキュンとする事もありますけどそういうのはもっと段階踏んでからにしてもらいたいので出直してきて下さいごめんなさい】

 

 予想外に早い返信通知に驚きながらもメッセージを見てみるとそこにあったのはお断りの内容だった。なんかまた振られてない俺?

 

【じゃあなんて呼べば? いろはす?】

 

 そう送ると今度は間髪いれずに、赤い犬が漫画によくある怒りマークをつけ、こちらを睨んでいるスタンプが送られてきた。どうやらお気に召さなかったらしい。どう呼べばいいの? 名字? JC? ゆるふわビッチ?

 

【名字でいいじゃないですか】

 

 本当に名字呼び希望だった。

 

【お前の家、全員一色じゃねぇか】

【でもお爺ちゃんのことは「おっさん」って呼んでましたよね? おばあちゃんは「楓さん」だったし、私が一色でも問題なくないですか?】

 

 おっさんの前で「一色」と呼ぶのは逆にハードル高いとも思うんだが……まぁ本人の希望なら仕方がないか。

 

【まぁ、そっちがそれでいいならいいけど……】

【じゃあそういうことで、あ、許嫁のこと言いふらしたりしないでくださいよ! 秘密厳守でお願いしますね!】

【言わねぇよ、どうせ一年だけだろ】

 

 そもそも言いふらす相手がいない。

 

【そうですね、どうせ一年です……】

【とりあえず家庭教師の方は金貰う以上ちゃんとやるつもりだから、そっちはよろしくな】

【はい、よろしくおねがいしますセンパイ♪】

【先生じゃなくてセンパイなのか】

【えー、センパイって先生って感じあんまりしないじゃないですかー?】

【まあ一つしか違わんしな、先生感出せるように頑張るわ】

【はい、頑張って下さい♡】

 

 っていうかなんで俺が頑張る側なの?受験するのそっちだよね?

 そんな事を考えていると最後に【Fight!】という可愛らしい猫柄のスタンプが送られてきた。あざとい。

 ちょっとドキドキしちゃうだろ。ただでさえ家族以外の女子とのLIKEなんて初めてなのだ。か、勘違いさせないでよね!

 そんなこんなで俺の一色の呼び方が『一色』に決まったのだった。

 

 しかし、先生感を出す……そもそも家庭教師ってなにやるの? 俺やったこともやってもらった事もないんだが……プリントとか用意するもんなのか? え? マジどうしよう? 「気楽にやってくれればいい」とは言われたものの何もしないで金を貰うわけにもいくまい。家庭教師の勉強したほうがいいかしら?

Hey,Si○i! 家庭教師のやり方教えて! あ、俺のスマホiPh○neじゃないじゃん……。

 

 そんな風に家庭教師について考えながら最寄り駅で降り、改札を抜けると見知った顔がそこにあった。

「お兄ちゃ~ん! おかえり~」

 小町だ。妙にニコニコしている。そういえばこいつ全部知ってたっぽいんだよな。トテトテと近寄ってくる小町の頬を軽くつねる。

 

「ひふぁい! ふぁにふんの!」

「お前どこまで知ってたの?」

 

 そう問いかけ、小町の頬から手を離す、小町はつねられた頬を一度なでると、ニヒヒと笑みを浮かべた。

 

「多分、今日お兄ちゃんが聞いたことは全部?」

「いつから?」

「お兄ちゃんが退院してすぐかな、楓さんから連絡が来て。何度かお母さんとお父さんとご挨拶にいったの」

 

 そういえばこのゴールデンウィークはほぼ俺一人で留守番してたな……その時か。

 

「向こうも本人には秘密にするっていうから、家族同士で集まって、当事者はお互い写真だけっていう変なお見合いみたいな感じだったけどね。相手の方には悪いかなぁって思ったんだけど、お兄ちゃんが結婚できるかどうか決まる最後のチャンスだから小町も頑張ったよ! 今の小町的にポイント高い」

 

 妙に上機嫌な小町はその場でくるっと回ってそう俺に告げてきた。ちくしょう、ちょっと可愛い。

 

「いや、最後のチャンスとか言ってる時点でポイント低いから……」

 

 流石に高一で最後のチャンスは悲しい。否定しきれないのが辛いところではあるが……。

 

「えー? 名アシストだと思うんだけど」

 

 小町はブーブーと抗議の声を上げる、いや、抗議したいのむしろこっちなんだが?

 

「それで? 相手の人どんな感じだった? すっごい可愛かったでしょ?」

「ああ、まぁ。そうだな」

 

 言われて一色の顔を思い出す、確かに人類全体からみても上位に入りそうな容姿だ。ただ、本人がそれを自覚している節があるので迂闊に近づくのは危険なタイプでもある。

 

「あー、小町も会ってみたかったなぁ、ね。お兄ちゃん紹介してよ」

「まぁ、そのうち、機会があったらな」

「なーにさ、その適当な返事ー」

「気が向いたら前向きに善処するよ」

「うわぁ、信用できない政治家みたい……もう~捻くれてるなぁお兄ちゃんは」

 

 ぽかぽかと背中を叩きながら抗議をする小町を無視し、俺達は我が家の前へたどり着く。

 

 

 今日はとにかく疲れた。ってか明日から学校じゃん……。もう飯食って風呂入って寝よう……。そう決心しガチャリとドアを開けると玄関には親父とお袋がニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべ立っていた。

 どうやらまだしばらく休ませてもらえなさそうだ。

 恨むぞおっさん。




今回は説明回ですかね。物語あんまり動きませんでした、すいません。
ちょっと今回いろはすの出番が少なめなので次回は多めになる予定です。

いやーまぁでも今はそんな事はどうでもよくて(ぉぃ
きましたね、俺ガイル3期アニメ公式発表!
皆さんキービジュアルみましたか?
いろはすが!両手で!3を作って!舌をだして!
あざとい!!かわいい!!

今回も感想、コメント、誤字報告なんでもお待ちしています。どうか気軽な気持ちでよろしくお願いします。

※3/22 サブタイトル変更しました。


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第5話 長い一日の終わりに──いろは──

お気に入り800……!?
ありがとうございます!ありがとうございます!

予告どおりニ日連続投稿となります。
楽しんでいただければ幸いです。





──Iroha──

 

 比企谷さんが帰った後、ママが車で迎えにやってきた。

 少しお爺ちゃんに文句を言いたかったけど、それはまた今度かー。もう本当に信じられない。突然許嫁だなんて言われても納得出来ないし、したくない。

 そもそも退院のお手伝いにって言われて病院へ行ったのに、お爺ちゃんは「面白い友人が来る」ってずーっとその人の話ばっかり、「退院手続きが終わらないから先に帰っててくれ」って言われた時もてっきりお爺ちゃんと同年代ぐらいの人が来るのかと思っていたのに、現れたのは私より一つ上の頼りない感じの男の人。しかもその男の人と私が……? 許嫁? なんで? 同じ疑問がずーっと頭の中を行ったり来たり。あー、もう! やっぱりありえない!

 

 っていうかお爺ちゃんはあの人の一体どこを気に入ったんだろう?「これからの人生を二人で歩いていって欲しい」って私まだ十五だよ? いくらなんでも先を考えるの早すぎると思う。

 そんな一生の決断さすがに今すぐはできないし、したくもない。

 だけど、これまで風邪を引いたところすら見たことがないぐらい元気だったお爺ちゃんが突然入院なんて言われて驚いたし、折角退院したのに「最後のワガママだ」なんて言われたら、とりあえず一年という事で譲歩するしかなかった。

 うーん、一年かぁ。長いなぁ。あの人と一年やっていけるだろうか? しかも今年私は受験。普通なら集中して勉強しなさいって、余計な事を考えなくていいように周りが配慮してくれたりするんじゃないの?

 

 私にだって理想の恋愛はある。素敵な人と出会って、素敵な人と恋をする。

 でもきっと現実はそんなに甘くないから、今は誰からだってかわいいと思ってもらえるように。自分磨きだって欠かしてはいない。

 ただ、そのおかげで同性の友達は減る一方なんだよね……。ちょっと良いなぁと思ったらとりあえず手を出してみるってそんなに駄目なのかな……?

 まあ中学の男子はさすがに子供っぽすぎるから付き合うとかは考えた事ないんだけどなぁ。

 とにかく! 突然用意された許嫁なんていうよく分からない人に簡単に靡くような私じゃない。私には私の人生があるんだから。

 

 比企谷さんには、あくまで家庭教師を頑張ってもらって、来年には申し訳ないけどサヨウナラ。うん、これでいい。もうこの件は考えるのやめよう!

 そう決意し私は車の助手席で、鞄からスマホを取り出し未読メッセージをチェックする。

 

「で、どうだった? 相手の子は?」

 

 でもそんな私の決意の壁を壊したのはママだった。ママは何故か妙に楽しそうだ。

 

「どうって……ママも知ってたの許嫁のこと!?」

「もちろん、パパだって賛成したのよ?」

 

 ママもグルだったんだ……、そういえば両親の許可は得てるみたいな事言ってたっけ。すっかり忘れてた。

 っていうかパパも賛成なの……!? 普通こういう時は『娘はやらん!』とか言うものなんじゃないの? その発言にぽかーんとする私をママは横目でチラチラと見てくる。

 

「で、どんな感じ?」

「えー……どんな感じって……なんだか頼りない感じの人? あとちょっと目が腐ってた」

「あー、目が腐ってるっていうのは皆言ってたわね、でもお爺ちゃんは磨けばすぐ光るって言ってたわよ」

 

 光る、光るんだろうか? ふと比企谷さんの顔を思い浮かべる。死んだ魚のような目。引きつったような笑い。上ずっていた声。思い出したらちょっと笑えてしまった。

 

「何? 何か面白い事あったの? ママにも教えてよ~」

「なんでもないですー」

「でも、いろはちゃんがそういう反応をするなら、悪い人じゃなさそうね」

 

 いや、今のはそういう笑いではなかったんだけど……。まあ悪い人ではないのかもしれない。でもいい人かと聞かれると……うーん? まだよくわからない。

 

「っていうか、今どき許嫁とかなくない? 何考えてるんだろお爺ちゃん……」

「あら、あなた知らなかったの?」

「知らなかったって……何を?」

「お爺ちゃんとお婆ちゃんも許嫁同士なのよ?」

「え!? ホントに!?」

 

 それは今日何度目かの驚きだった。

 

「ホントホント。それにママとパパもお爺ちゃんが決めた許嫁同士よ? 」

「えええ!?」」

 

 一体今日は何度驚きの声を上げたらいいんだろう? お爺ちゃんとお婆ちゃんはまぁ、時代的にそういう事もあったのかもしれないな。と納得できなくもないけど、ママとパパは全く想像ができなかった。

 

「まぁママも初めてパパを紹介された時はいろはみたいに許嫁なんて嫌だなぁって思ってたんだけどね」

「嘘……」

 

 ママがパパを嫌がっていた時期があったっていうのが信じられない。

 そもそも私はママとパパは初恋同士だって聞いてた、二人が昔話をする時は、いつだって惚気百パーセントって感じで砂糖を吐いちゃいそうなぐらいラブラブだったから、てっきりロマンチックな出会いから始まった結婚だと思ってた。だからこそママとパパみたいな恋愛がしたいって思ってたのに……。ちょっとショック。

 

「それに、お爺ちゃんってそういう相手を見つける目……っていうか直感? みたいなのが優れてるみたいでね。仲人さんっていうの? ほら、親戚のマコトちゃん。一昨年結婚したでしょ? あの相手もお爺ちゃんが見つけてくれたのよ。会って一年で結婚っていうからよっぽど相性が良かったんでしょうね。お爺ちゃんに『誰か紹介して下さい』ってお金包んでくる人だって昔から結構いるのよ?」

 

 またまた驚きの内容だった。お爺ちゃんがそんな事してたなんて。

 「だからこそママ達も賛成してるのよ。お爺ちゃんが選んだ人ならってね」と続けるママの言葉は上手く頭に入ってこなかった。

 ということは、私もあの人とそのまま結婚……なんて事があるのだろうか?

 いや、ないない。だって向こうもこっちの事苦手そうにしてたし、多分お爺ちゃんの間違いだ。どんな凄い人だったとしても百パーセントなんてありえないもん。

 

 そんな事を考えているとスマホが鳴った。噂をすればなんとやらという奴なのだろうか?

 まぶしく光る画面を見るとそこには比企谷さんからのメッセージ通知があった。

 

【改めて……なんだろうな、あまりにも特殊な状況すぎて頭が追いついてないんだが、これからよろしくな。いろは? でいいか?】

 

 減点1。いきなり呼び捨ては無いかなぁ……。仮にも許嫁に名前呼び捨てにされるの、なんだか後々面倒な事になりそうな気もするし。この先変に馴れ馴れしくされても怖いから、相手の人となりも分からない今は、とにかく距離感を取っておきたい。

 

「なになに? もしかして八幡君? ママにも見せてよー」

「駄目! っていうか危ない! ちゃんと前みて運転してよ!」

 

 相手に聞かれる訳でもないのに二人共何故か少し小声だ。私はママに見られないように、ちょっとだけスマホを傾けながらメッセージを打つ。

 

【なんですか、許嫁って言われたからってもう彼氏面ですか、男の人に名前呼び捨てされるのはちょっとキュンとする事もありますけどそういうのはもっと段階踏んでからにしてもらいたいので出直してきて下さいごめんなさい】

【じゃあなんて呼べば? いろはす?】

 

 私は最近お気に入りの赤い犬の怒りスタンプを一つ押した。

 その呼び方は学校の友達もたまに使うけど……と悩み、頭の中で「いろはす」と呼ぶ比企谷さんを想像してみる、ちょっとイメージと違う気がする。一応年上みたいだから『さん』づけもおかしいよね。うーん……とりあえず。

 

【名字でいいじゃないですか】

【お前の家、全員一色じゃねぇか】

 

 思わずふふっと笑ってしまった。特別何かをしたわけではないのだが、まるでこっちの返答を予測してたみたいに早い返信だった。読まれてる? まさかね。

 私が笑ったのに気づいたのか、またママが「見せて見せて」とダダをこねる。

 

【でもお爺ちゃんのことは「おっさん」って呼んでましたよね? おばあちゃんは「楓さん」だったし、私が一色でも問題なくないですか?】

【まぁ、そっちがそれでいいならいいけど……】

【じゃあそういうことで、あ、許嫁のこと言いふらしたりしないでくださいよ! 秘密厳守でお願いしますね!】

【言わねぇよ、どうせ一年だけだろ】

【そうですね、どうせ一年です……】

 

 一年という期限がなんだかちょっとだけ寂しく感じる。あれ? なんか私このやり取り楽しいって思っちゃってる? まだたった数回のラリーなのに?

 

【とりあえず家庭教師の方は金もらう以上ちゃんとやるつもりだから、そっちはよろしくな】

【はい、よろしくおねがいしますセンパイ♪】

【あ、先生じゃないんだ】

【えー、センパイって先生って感じあんまりしないじゃないですかー?】

【まあ一つしか違わんしな、先生感出せるように頑張るわ】

 

 先生感ってなんだろう? ちょっとヒゲをはやして教鞭を持つセンパイを想像し、またしても笑みが溢れる、似合わない。

 

【はい、頑張って下さい♡】

 

 追加でスタンプを送るとそれきり、返信はこなかった。切り上げるのが早い。

 もしかしたら何を打つか悩んでるのかな? と少しだけ画面をつけたまま待っていると、ママに横目で見られているのに気が付き、私は慌ててスマホを仕舞った。

 他の男子とのやり取りはもうちょっと気を使うし、相手の方から話を引き延ばそうとしてくるのに。

 最後にハートマークを入れてしまった私の方が恥ずかしくなってきた。男の人ってこういうのすぐ好意と勘違いするらしいけど、大丈夫かな? 仮にも許嫁という関係を考慮するなら控えるべきだったかも。

 でも、と私は思う。このセンパイとの短いLIKEになんだか物足りさを感じてしまっていたのだ。

 もしかして、本当に相性がよかったりするのかな……?

 まさかね。

 一瞬だけ浮かんだありえない考えを、頭の中から追い出す。きっと今は周りから色々いわれて意識しちゃってるだけだよね。

 

 気がつくともうマンションの駐車場についていた。

 

「で? 比企谷君なんだって?」

 

 車を止めたママがシートベルトを外し、芸能人の熱愛報道に群がる記者のように詰め寄ってくる。

 

「もうママしつこいー!!」

 

 私は慌ててスマホと鞄を抱きかかえ、助手席から降りると一足先に家の中へと避難する。

 こんな調子で来週、センパイが来た時どうなっちゃうんだろう? そうだ、こんな目に遭うのも全部センパイのせいだ。きちんと責任を取ってもらわなければ。一体どうしてくれよう?

「これから、一年かぁ。まずは来週だよね……。何話せばいいんだろ?」

 

 後ろから追いかけてくるママにうんざりしながらも、結局その後もずっと『次にセンパイと会う時の事』を考えていることに、その時の私は気がついていなかった。 




というわけで、初のいろはす視点に挑戦してみました。
そしてママハス登場です。

今回はお爺ちゃんの秘密をちょろっとだけ公開。
皆さん、この事は平塚先生には秘密ですよ!
絶対!絶対ですからね!(笑)

感想、コメントお待ちしています!!


※前話のサブタイトルを変更しました。
サブタイトル考えるのが死ぬほど苦手です……。


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第6話 一色家にいたる道程

お気に入りが3000超……?
え?一体なにがありましたか……?夢?夢なの?
本気でドッキリを疑うレベルで驚いています
先週800だったのに……え?何かあったんでしょうか……?(汗)w
本当に感謝しかありません。ありがとうございます。


 交通事故から始まった、約一ヶ月に及ぶ長い休暇が終わり、晴れて総武高での登校童貞を脱した俺は、早速クラス中の奇異の目に晒されている。もうやだ、帰りたい。

 折角バレないよう朝一で来て自分の席の確認もしたのに、担任がわざわざ教室に来て俺を紹介なんてするから努力が水の泡だ。

 仕方がない、こういう時は寝たフリをするに限る。誰とも関わらないように、手で顔を覆い、自分からも周りからも世界を遮断する。こうする事で「話しかけた方がいいのかな?」と気を使ってくる人間に対して「その必要はない」と伝えることが出来る上、一瞬でクラスに浮くことなく背景として溶け込める、まさに一石二鳥な八幡奥義の一つである。さぁ、早く始業チャイムよ鳴れ。

 

 しかし、そんな俺の思惑とは裏腹に(恐らく)クラスメイトのチャラチャラした長い金髪をヘアバンドで留めている男が声をかけてきた。

「初日に事故とかついてないわー。えーと……ヒキタニ君?  マジどんまいだわー!」

 俺の奥義を破った……だと……!? なるほど、これが高校、中学までとは違うということか、今までのやり方が通用しないようだ。

 妙に馴れ馴れしい男は、バンバンと俺の肩を叩いてきた。「お、おう」とひっくり返った声で返事をする事しかできなかった俺を笑いたければ笑え。 何なの? 急に馴れ馴れしくしないでくれる? 友達かと思っちゃうだろ。

 

 俺が見上げる形でヘアバンド男と視線を交すと、一瞬だけ教室に静寂が訪れる。どうやら遠巻きに見ていた奴らが俺たちの会話に聞き耳を立てているようだ、しかし、期待に応える事もなく俺もヘアバンド男も無言のまま時は流れる。気まずい……。

 だがヘアバンド男はその沈黙を気にした風でもなく、一度ニカッと笑うとサムズアップを決め、何も言わずに去っていった。

 周囲で様子を伺っていた連中もそれで興味を失ったのか、再びザワザワと会話を始め各々の日常へと戻っていく。え、なんなの今の、どういう合図?

 なんとなく、今クラス内での俺の立ち位置が決まった気がする。高校もぼっち確定だな。可哀想なヒキタニ君。ドンマイ元気出せよ。誰だよヒキタニ君。

 

 ──そんな学校での疲れを癒やす貴重な土曜日。

 朝食をすませ、ベッドでダラダラウトウトしていると勢いよく部屋の扉が開く音がした。

 

「お兄ちゃん! 今日いろはさんの所行くんでしょ!」

 

 今日も朝から小町が元気だ。

 

「わかってるよ……夕方からだろ」

 

 先日は「そんなに報酬が貰えるなら」と少し気持ちが動いてしまった家庭教師のバイトだが、いざ初日となると気が重い。畜生、働きたくないでござる。

 正直「忘れてました」でトボけてしまいたい所だ。しかし契約書にサインをしてしまっている。まあ本来ならそんな契約に屈する俺ではないのだが……。

 あれ病気や家庭の事情以外での休みの場合、ペナルティとして俺の小遣いがなくなる契約なんだぜ、おかしくない?

 つまりバイトをきちんとこなせば月の小遣いプラスバイト代が貰える。

 もしサボろうものなら、ペナルティで小遣いが消え、サボっているので当然バイト代も消え、昼飯すらままならない一文無し八幡が完成するのだ。

 比企谷、一色両家による完璧な連携攻撃、こうかはばつぐんだ!

 

「ほらほら、もう三時すぎてるよ!」

 

 言われて時計を見ると十五時半を回っていた、全然朝じゃないじゃん……。

 遅刻するような時間ではないとはいえ流石に驚く。そんなに眠っていたつもりはないのだが、思っていた以上に疲れがたまっていたようだ、長い入院生活で体力が落ちていたのかもしれない。仕方なく俺はのそりと起き上がり体を伸ばす。

 

「はい、着替え用意しといたから。顔も洗わないと駄目だよ?」

「おう……」

 

 まだ少し鈍っている頭で考える。一色の家はおっさんの家よりは近いはずだから、十六時半に家を出るとして。よし、まだ三十分は寝れる。

 

「おーにーいーちゃーん?」

 

 座ったまま瞼を閉じようとすると小町に頬を抓られた。

 

「いひゃいいひゃい」

「もうー……初日ぐらいシャキっとしてよ……」

 

 そう言いながら小町は大げさなほど大きなため息をつく。

 俺は然程痛みもない頬を摩りながら、ベッドから立ち上がろうとした所でふと視界の端に光るものを見つけた。スマホが何かしらの通知を受け、緑色の光を点滅させているようだ。

 おっさんからのLIKEは基本夜だし、この時間なら振込め詐欺のメールだろう……今日は一体どこの業者さんからだろうと腕を伸ばし、チェックしてみると一色からのLIKEのようだった。

 

【今日ってカテキョの日ですけど、ウチ来ますよね? 電車乗ったら連絡下さい。駅まで迎えに行くので】

 

 正直驚いた、まさか迎えに来て貰えるとは思っていなかったからな。むしろ『え? 本当にきたんですか?』と引かれる所まで想像していた。

 俺は【了解】と簡潔に返事をして着替えを始める。

 

「何々? いろはさん? 何だって?」

 

 小町が興味津々という顔で聞いてきた。こら、人の指で勝手に指紋ロックをはずそうとするんじゃありません! もともとロックなんてかかってないから! 全くこの子はどこでこういう事を覚えてくるのかしら、妹の将来が心配だ。やはりお兄ちゃんとして一生俺が見える範囲においておかねば。

 

「なんか駅まで迎えに来てくれるそうだ」

「じゃあ急がなきゃ駄目じゃん! このバカ兄! ほら急いで急いで」

「いや、電車乗ったら連絡くれればいいっていうんだから、そんな急がなくていいんじゃねーの?」

 

 俺の言葉に小町は無言で目を細めた。完全に汚物を見る目だ。はい……急いで支度します──

 

 

 ──小町の視線に耐えきれず着替えを終え、軽く食事をすませると割と良い時間になっており、俺はまたしても手土産をもたされ家を追い出された。出来た妹だと思ったのだが「べつに小町のお金じゃないから……」と目を伏せ、意味深な台詞を告げられ戦慄する。

 え? 待って、まさかこれ俺の小遣いからでてるの? 今月ピンチなんですけど……? 入院中に頼んだ暇つぶしの本、見舞い品かと思ってたら、ちゃっかり代金請求されたんだよな……。来月の新刊買えるかしら……。

 そんな不安を抱えながら歩き、駅についた所で忘れずに一色にメッセージを送った。

 

【今から電車乗る。十分位でそっちつくと思う】

 

 するとすぐに【了解です!】と赤い犬が敬礼ポーズをしているスタンプが返ってきた。前回のと同じシリーズだろうか。何のキャラクターなのこれ? チー○君っぽいけど微妙に違うんだよなぁ……。

 

 俺は事前に渡されていた定期を使い、改札を抜けると電車に乗り込む。時間ぴったりだ。日本の電車は時間に正確で毎度頭が下がる。もし俺が機関車ハチマンだったら週五で休むね。なんなら週七で休むまである。

 土曜の十六時過ぎという半端な時間もあり、人はまばらで、ゆったりと座れた。

 一色宅の最寄り駅までは我が家の最寄りから電車で一本。おっさんの家より近いので助かった、片道一時間以上とかだったら、どんなペナルティを覚悟してでも別のバイトを選択したかもしれない。

 駅につくのが十六時四十分過ぎとして、そこから一色の家までは徒歩で五分ほどらしいので十七時には充分間に合うな。駅から五分ってすげぇな、コンビニなの? いろはすマートなの?

 なんにせよ、近いのはいい事だ、入試までの間はこの電車に世話になる事だろう。座れるのはありがたい。

 しかし、この十分程の時間をなんとかできないものか、眠ったり本を読むには短すぎる、考えた末、俺はスマホを取り出し小町にLIKEを送ることにした。

 

【で、この土産代って誰がだしてんの?】

 

 ……頼むからお袋からだと言ってくれ──

 

 

 ──目的地に到着しても小町からの返信は来なかった。既読はすぐついたのに……。

 俺は諦めてスマホをしまい、改札を出ると、一通り辺りを見回す 一色の姿は見当たらない。まだ来ていないのだろうか。

 この駅で降りるのは初めてだ。それなりに人の出入りもあり、買い物時なのか道路を挟んだ先に見える某大手のスーパーに人が吸い込まれていくのが見える。

 特にやる事もなかったので人の流れに視線を向けていると、見覚えのある人物がスーパーから出てくるのが見えた。一色だ。

 以前会った時とは違い今日はセーラー服姿で何やら大きな買い物袋と背中にカバンを背負い、ヨタヨタと歩いてくる。

 

「センパーイ!」

 

 むこうもこちらに気がついたようだ。横断歩道を小走りで渡ってくる一色に「おう」と軽く手を上げ返事をする。

 

「ふぅ、お待たせしました」

 

 眼の前までやってきた一色は手に持った買い物袋を両手で重そうに持ちため息をつく。一色の狙いを察し、俺は仕方なく買い物袋を受け取ろうとした……のだが、あと僅かのところで避けられた。

 

「は?」

 

 何そのムカつく顔……。別に取って食ったりしねぇよ……。そこまで悪人面してただろうか?

 

「荷物重いから持ってくれアピールじゃなかったの今の……」

「あ、いえ、今のは素だったんですけど……」

 

 俺がそう言うと、一色はモニョモニョと歯切れの悪い言葉をはく。なんだかばつが悪そうだ。案外気を遣える子なのかもしれない……。

 

「あ! もしかして今のって口説こうとしてましたかごめんなさいちょっと一瞬トキメキかけましたが冷静になるとやっぱり無理です」

 

 ……と思ったらまた振られた。

 

「あっそ……」

 

 きっとこれが彼女のスタンスなのだろう。今度は黙って買い物袋を奪い取ると一色は「ありがとうございます」と小さく呟いた。

 

「別に、仕事の範疇だよ」

 

 実際バイト代も高いしな、これぐらいのサービスはしても充分お釣りがくるというものだ。

 一色はやたら棒読み気味に「ワァ、タヨレルゥ」と言うと、タタッと二歩先を行き、くるりと振り返ると

 

「そういう事ならー、次もお願いしますね♪」

 

 と、流れるような動作でウィンクをした。あざとい。

 

「あざとい」

 

 あ、思わず口に出てしまった。

 

「なんですかそれー! あざとくないですー!」

 

 ぷくっと頬を膨らませ、一色が抗議する、そういう所があざといんだよなー……。だが今度は間違っても口にしない。「へいへい」とやる気なく返事をする俺に「まったく……行きますよ!」と一色はゆっくり歩き出した。

 

「学校でも行ってたのか?」

 

 俺はセーラー服姿の一色に問いかけてみた。さすがに休日も制服行動という優等生タイプには見えない。

 

「はい、部活の用事で。私サッカー部のマネージャーなんです。もう引退ですけど」

 

 なるほど、マネージャーだったか。

 なんとなくだが似合うなぁと思ってしまった。あざとく部員にタオルやらドリンクを渡す一色は想像に難くない。

 というよりそんな環境に置かれていたからこそ、こんなあざとい仕草をするようになったのかもしれない。まぁ、環境より性格が一番でかい気がするが……こいつ自分が可愛いこと自覚してるっぽいしな。

 

「……で、その後輩に引き継ぎを……って聞いてます?」

「ああすまん、聞いてなかった」

「も~! ちゃんと聞いてて下さいよ」

 

 足を止め、くるりと俺に向き直り、上目遣いで睨みつけてくる。しかし一色は瞬時にその表情を崩した。

 

「もしかして、重かったですか? やっぱ私持ちましょうか?」

 

 今度は少し心配そうに俺に手のひらを向ける。それはもちろん『手を繋ぎましょう』ではなく『自分で荷物持ちますよ』というアピールだ。か、勘違いなんてしてないんだからね!

 

「うんにゃ、これぐらいどってことない」

「でも……」

 

 ここで問答をするのも面倒だ、俺は足を止めた一色を追い越すと振り返らず横断歩道を渡る。後方から「センパイ……」と一色の声が聞こえたが、ここは止まらない。ちょっと格好つけすぎだったか? しかしこれは八幡的にポイント高い。

 

「あの……そっちじゃなくて、こっちです」

 

 だが、俺はその言葉で慌てて振り返ると、一色は横断歩道の手前で角を指差し、そう俺に告げていた。

 あ、そこ曲がるのね。ポイントなんてなかった。チクショウ。

 

 

 一色は道を間違えてちょっとだけ気まずかった俺をひとしきり笑うと、ほどなく立ち止まった。

 

「っはー、ここです。ぷふっ」

 

 あ、まだ笑い終わってなかったわ。あーあー、そんだけ笑ってもらえりゃ本望ですよ。

 俺は照れ隠しの意味も込め、一色から視線を逸らし目の前の建物を見上げた。そこにそびえ立つのはオートロック式の新築っぽい綺麗なマンション。おっさんの家とはまたひと味違う風格を漂わせている。

 

「1004号室なので、ここで部屋番入力して下さい」

 

 そういいながら一色は慣れた手付きで扉の前のパネルを操作し、説明してくれた。

 つまり「次は迎えに行かねーからしっかり覚えとけよ」という事だ。まあ忘れても問題ないだろう。入れなかったら帰るだけだ。『開かなかったのだから仕方がない』と堂々と言い訳もできる。それならきっとバイト代も小遣いも減らされないだろう。

 

「ただいま」

「おかえりー! 待ってたわ! 八幡くんもいらっしゃい!」

 

 一色がパネルに喋りかけ、スピーカー越しに女性の声が返ってくると自動ドアが開いた。

 俺はカメラに軽く頭を下げ、何やらため息をついている一色と共にエントランスへ入り、先導されるままエレベーターで上へと上がっていく。押されたのは十階のボタン。高所恐怖症じゃなくてよかった。

 全人類共通の敵、黒光りするGは十階以上の高さだと出ないと聞くが本当なのだろうか。まあうちはカマクラという防犯システムがあるので出てもさほど影響はない。カマクラさん超かっけー。強いて難点をあげるなら戦利品のGを見せびらかしにくる事ぐらいだ。マジやめてほしい。

 

「そういえば、これ何? こんなに沢山」

 

 エレベーターで一息ついた所で、俺は買い物袋を持ち上げ、今更な事を聞いてみた。

 

「主にお夕飯の食材ですね、センパイ嫌いなものとかありますか?」

 

 まあ食材であろうことは予想はしていたのだが……。え? 俺の嫌いなもの?

 

「とりあえずトマトだな、あと煩わしい人間関係とかも嫌いだ」

「あ、そういうのは聞いてないんでいいです」

 

 なんだかちょっと慣れた感じであしらわれた。少し悔しい。

 

「というか、俺夕飯は遠慮するって言ったよね?」

「私もそう聞いてたんですけど、ママが張り切っちゃって。とりあえず今日の所は食べていってくれませんか? 私じゃ食べきれないだろうし……」

「ええ……」

 

 もう食材を買ってあるというなら遠慮する方が失礼にあたる……のか……? 

 

「助けると思って! お願いしますよセンパ~イ」

 

 一色が両手で俺の服を軽く引き、そう懇願してくる。近い近い! やめて! 一色が揺れるたび密室にほんのり甘い良い匂いが漂ってくる!

 

「こ、今回だけな、さすがに毎回だと俺も気を使う。食費の問題もあるだろうしな」

 

 べ、別に屈したわけじゃないんだからね! もう食材買ってあるって言うから本当に仕方なくなんだからね!

 

「は~い。ママにもちゃぁんと言っておきます♪」

 

 一色はそう言うと一歩下がり、舌をぺろりと出して敬礼のポーズを取った。くそ、あざとい。

 後で小町に夕飯いらないって連絡しとかなきゃ……。




八幡、小町、いろはに続き登場した原作キャラはムードメーカーのあの人でした! 名前は出してませんが彼らしさがでてたらいいな……w

執筆裏話は聞きたくないという方もいると思うのでその手の話は今後活動報告で行いたいと思います。

メッセージ、感想、評価、誤字脱字報告いつもありがとうございます。
沢山の方に読んでいただけているようなので一週間に一話は投稿できるようにと考えていますので今後とも応援よろしくお願いいたします。

※八幡の嫌いなもの修正 3/29


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第7話 マッドティーパーティー

3月ももう終わりですね。
本日、我らが一色いろは嬢の「中の人」
佐倉綾音さんが新サクラ大戦のメインヒロインになったという情報を発見してテンションが上がったので一気に仕上げてみました。
今回は分割した分の投稿となります。楽しんで頂けると嬉しいです。



 目的階に到着したエレベーターを降り、二人で廊下を歩く。

 ゴミひとつ落ちていないその綺羅びやかな廊下はマンションというよりはまるで高級ホテルのような作りだった。高級ホテル行ったこと無いけど。

 

「つきました」

 

 『一色』のプレートが飾られた堅牢な扉の前で足を止めた一色は俺の返事を待つことなくドアノブを捻る。ちょっとまって心の準備が……!

 

「ただい……」

「おかえりなさーい!!」

 

 ドアを半分ほど開けると同時に出迎えの言葉が掛けられ、パンっと炸裂音がした。一色の頭に細かい紙切れと紙テープがひらひらと舞い落ち、火薬の匂いが周囲に漂ってくる。どうやらクラッカーが鳴らされたようだ。

 突然のことに驚いたのか一色もその大きく丸い瞳をぱちぱちと瞬かせている。正直俺もびびった。だから心の準備が出来るまで待ってって言ったのに! あ、言ってないわ。

 

 硬直している一色に『大丈夫か?』と声を掛けようとすると、その一色を押しのけ、扉の奥から一人の女性が出て来た。姉……? 母……?

「あなたが八幡くんね、初めまして。一色もみじです♪」

 一色と同じ亜麻色の髪に、ヒラヒラとしたワンピースを纏った女性は土産を持っている俺の左手を両手で握り自己紹介をしてくる。

 

「あ、はい。初めまして、比企谷八幡。です……」

「あら? 駄目よいろはちゃん、お客様に荷物もたせちゃぁ……めっ!」

 

 もみじと名乗った女性は俺の右手から素早く買い物袋を取り上げると一色に荷物を渡し、幼い子供を叱るように人差し指でその額を叩いた。それはあくまで自然に、しかし俺に見られていると言うことを意識した動きだった。なんで分かるかって? だってチラチラと俺の方見てるもん。やはりあざとい。確実に一色の血縁であろう。

 

「ささ、入って入って。色々お話聞かせて頂戴?」

「ちょっママ!? 娘を置いて行かないでよ!」

 

 母だったか、一瞬「お姉さんですか?」と聞いてしまおうかと思ったが口に出さなくて正解だったな。そんなテンプレトラップに引っかかる俺ではない。

 かといって母親だという確証もない状態でむやみに言葉を発するような愚も犯さない。数多のラノベを読み漁った俺を舐めるてもらっては困る。『石橋は叩いて、渡らない』が正解だ。叩いて待っていれば不審に思った向こう側から渡ってきてくれる、こちらから渡る必要はない。うむ、完璧な理論だ。

 そうして石橋の前で待っていた俺は一色母に引っ張られ、家の中へと招き入れられた、慌てて靴を脱ぎ、あまりの勢いに転びそうになるのをなんとか堪え、ドタドタと廊下を抜けると、四人掛けテーブルの椅子に座らされる。

 

「アイスティーでいいわよね?」

 

 戸惑う俺に考える暇を与えず、一色母はそう言うとテキパキと茶の準備を始めた、一色はブツブツと文句を言いながら買い物袋の中身を冷蔵庫へと仕分けている。

 俺はそこで小町から渡された(おそらく俺の自腹)の土産を渡す。今度は忘れないと决めていたからな。

 すると「気を使わなくていいのに」と言いながら一色と一色母は「ウソ! これ限定のめっちゃ高いやつ!」と驚愕の声をあげていた。一体中には何が入っていたのだろう? 限定で高いの? ちょっとそこkwsk(くわしく)

 

 少しして俺の前に氷の入ったアイスティーが振る舞われ、皿に盛られたクッキーがテーブル中央に置かれると、一色母は俺の正面の席に座り、両手の指をくみながら笑顔を向けてくる。

 一色は溜息を吐きながら、俺の隣へと座った。

 

「さて、改めまして私は一色もみじ。いろはの母です。これからよろしくね」

「あ、比企谷八幡です。今日から一色……いろはさんの家庭教師やらせてもらいます。よろしくお願いします」

 

 俺の返答にちょっとだけ不服そうな一色が視界に入ったが、まあここで『一色』呼びは流石におかしいだろう……。フルネームぐらい勘弁して欲しい。目の前にいる二人とも一色なわけだし……。と言い訳めいたことを考えていると今度は少し厳しい口調で一色母が次の言葉を投げかけてきた。

 

「『家庭教師』だけじゃないでしょう?」

 

 意地の悪い笑みを浮かべる一色母、そこには逃さないぞ。という確かな意思が感じられる。

 何を言わせたいのかはすぐにわかった、だが……と俺は隣の一色に一度だけ目配せをする。一色もその意図は汲み取ってくれたようで一度「はぁ」と溜息を吐くと諦めたように小さく頷いてくれた。どうやら許可が下りたようだ。許可制なのね、覚えておこう。

 

「えっと……いろはさんの許嫁……ということにもなってます」

「そこ大事よね♪」

 

 一色母はパンと手を叩き、楽しそうに俺と一色を交互に見つめ、うんうんと頷いた。

 いや、別にそんなに大事でもないし、寧ろ今日の訪問で一番いらない部分じゃないですかね? これから家庭教師に来てるのに許嫁感だすとか逆に心配にならないのだろうか? いや、別に心配されるような事をするつもりもないけどね……。

 もし小町がこんな男を連れてきたら俺は断固抗議するし、なんならサスマタ装備で家庭教師中も小町の部屋でずっと監視するまである。は? 小町の許嫁だと……? 許さん!

 

「じゃあ八幡くんは私の義理の息子って事になるのよね、あー、私男の子ほしかったのよね、やっぱり今からでも遅くないかしら? もうひとりふたり子供が欲しかったんだけど、色々タイミングが悪かったのよ。ねぇ、八幡くんは義理の弟と妹どっちがいいと思う?」

 

 俺が脳内『小町の許嫁』と戦っていると。一色母が今度は何やら家族計画めいたことを話始めた、大丈夫かこの人……? 一体俺は何を試されているのだろうか? ごめんなさい私こんな時どんな顔をしたらいいかわからないの……。笑えばいいの?

 

「ちょっとママ! そんな話やめてよ!」

 

 どうやら笑わなくて正解だったらしい。一色の怒号がリビングに響き渡り、ギロリと睨まれる。一瞬ビクッとしちゃったけど、いや、俺なんもしてねぇだろ。冤罪にもほどがある。

 

「あら、いいじゃない、家族なんだから」

「センパイは家族じゃありません!」

「えー、そんな事いったら可哀想よ。ねぇ八幡くん?」

 

 我関せずを決め込んでいるのだから話を振らないで欲しい。何も言うことがない俺は「ははっ」と情けない愛想笑いを浮かべ、目の前のアイスティーで口をふさいだ。

 

「許嫁は一年で終わりだから! 家族にはならないの!」

「えー、そんなの認められませんー! そうだ! 私の事はお義母さんって呼んでね?」

 

 なんでこの人はこう、次から次へと爆弾をぶっこんでくるの? 何なの? ボンバーマンなの? 確実におっさんの血縁だとわかる。そういえば目元なんか楓さんそっくりだな。

 ということは一色父は婿養子だろうか? もし一色父も同じノリだったらどうしよう……? いや、さすがに父親ともなれば娘の許嫁にいい顔はしないか。しかしそれはそれで面倒くさい、一方からは許嫁を推され、一方からは拒否される。うっ……考えただけで気が重くなる。八幡は現代っ子なんだからもうちょっとデリケートに扱って!

 

 ともかく、ここで『わかりました』と『お義母さん』呼びを鵜呑みにするのは悪手だ、娘にもパパはすにも睨まれそうだしな……。

 

「あー……それは……どうでしょう?」

 

 俺は一色に視線を移し助けを求めた。お願い! いろはす! 僕の平和を守って!

 

「ほら、センパイも困ってるじゃん!」

 

 断固反対! と言わんばかりに一色がテーブルを叩き抗議をする。よし、その調子だ! いけ!

 

「うーん……じゃあもみじって呼んで?」

 

 しかし、それを聞いた一色母はさも名案を思いついたとでも言いたげに目を輝かせ代替案を提示してきた。

 楓さんといい、何故一色一族の女性は呼び方を指定するんだろう? 全国共通の知り合いのお母さんを呼ぶあの呼び方では駄目なんだろうか? そう、声を高らかにあの名で呼ぼう。

 

「おば……」

「もみじって呼んで?」

 

 どうやら駄目らしい、食い気味で訂正されてしまった。そして目が笑っていない。怖い、ママはす怖い。背筋に冷たいものが走る。あれ……? おかしいな、手が震えているぞ? 風邪かな?

 

「モ・ミ・ジ、って。呼んで?」

 

 三回目はやけに低音だった。心なしか周囲の温度が下がった気さえする。恐らくこれが最後通告というやつなのだろう。

 『断ったら何をされるかわからない、死にたくなければ従え』俺の本能がそう告げていた。

 

「もみじさん……」

 

 俺は諦めて悪魔に魂を売った。一色が横で「うわぁ……」と声を上げている。仕方ないだろ……。俺はまだ死にたくない。

 

「はい、よく出来ました♪ いろはも名前で呼んでもらえばいいのに」

「うるさいなー! 私はいいの!」

 

 やいやいと言い合う二人に挟まれながら俺は再びアイスティーを胃に流し込む。女三人寄れば姦しいというが、二人でも十分すぎるな。まあうちも小町とお袋が揃うとうるさくなるし、娘がいる家というのはどこも似たようなものなのだろうか?

 

「ねぇねぇ八幡くん、いろはとはLIKE交換してるんでしょ? 私とも交換しましょ?」

「ママは連絡とる必要ないでしょ!」

「あらーそんな事ないわよ。私だって八幡くんとお話したいわ。許嫁だからって独り占めはよくないわよ?」

「独り占めとかそういうんじゃないから! 恥ずかしいことしないでよー!」

「ええー? 恥ずかしくなんてないわよね? 八幡くん?」

 

 もうどうにでもしてくれ。俺は目の前のクッキーに手を伸ばし、口の中に放り込んだ。美味い。小町にも食べさせてやりたいぐらいだ。

 相変わらず言い合いを続ける二人を横目に、続けて二個、三個と口に放り込む。

 

「あ、そのクッキー気に入った? いろはちゃんの手作りなのよ? どう?」

 

 ここにも地雷があった。くそ、迂闊に手を出すべきではなかったか。

 

「あ、美味い……です」

 

 横に座る一色を見るとフフンと鼻を鳴らし得意気だ。なんかむかつく……!

 

「なんですか? こんな美味いクッキーを食える俺は幸せものだとでも言いたいんですか? 家庭教師の初日にプロポーズとかちょっとそういうの考えられないので無理ですごめんなさい」

「いや、そんな事一言もいってないだろ……」

 

 丁寧に膝に手をついて、きっちりお辞儀姿勢でのごめんなさい。もう今日何度目? なんなのこれデジャヴ?

 

「あら、じゃあ私が八幡くん貰っちゃおうかしら? いろはちゃんにクッキーの作り教えたの私なのよ? 食べたかったらいつでも作ってあげるから言ってね?」

「ママっ!」

 

 またしても言い合いを始める二人に思わず隠しきれないほどの大きな溜息をついてしまった。

 こんな調子で一年本当にやっていけるだろうか? やっぱ辞めさせてもらおうかな……。

 

 というか今日って家庭教師に来たんだよね俺? いつまでお茶飲んで談笑してんの? この時間って時給発生してるのかしら? 今はただそれだけが気になった。




というわけでやっとママはすの登場となりました。

一応ここで一色家の人々(オリキャラ)のおさらいをしておきたいと思います。

・一色縁継(むねつぐ)
 いろはの祖父

・一色楓(かえで)
 いろはの祖母

・一色もみじ
 いろはの母

いろは→いろはもみじ→もみじ→楓
という連想ゲームですね(汗)

感想、評価、メッセージ、誤字報告いつもありがとうございます。
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第8話 初めての授業とはいえない授業

いつも感想、評価、お気に入り、誤字報告ありがとうございます。
サブタイトルを自動で考えてくれるアプリが欲しい……。




 結局、ママはす……もみじさんとはあれから一時間ほど話し込んでしまった。

 一色はツッコミ疲れたのか途中で「……先に着替えてきますね」と離席。どうやって切り上げたら良いかわからず悩んでいた所。「そろそろカテキョお願いしていいですか?」と私服で戻ってきた一色に袖を引かれ、無事一色の部屋へと逃げ込む事に成功した。ステージクリア。

 一時間待たないとイベントが進まないとか、昔のクソゲーかよ。さすがにイベントスキップ機能ぐらい着けて欲しい。現代っ子はそんなに忍耐強くないのだ。

 

「なんか、すいません。ママちょっとテンション上がっちゃってて……」

「いや、なんていうか、お前の母ちゃんすげぇな……」

 

 とにかく圧がすごい、もし一色が戻ってこなければ今日はニ時間まるまる比企谷八幡質問コーナーで終わっていた可能性すらある。オールナイト一色だ。ゲストは俺。お便りは全部スタッフの仕込み。リスナーはゼロ。わぁなんて無駄な時間。

 

「さて、じゃぁ何しましょう?」

 

 一色が俺の袖から手を離し、そう問いかけてくる。ちょっと残念なんて思ってはいない。いないんだからね!

 

「そうだな、とりあえず。最近のテストか何かあったら見せてもらえるか? 現状が知りたい」

「はい。ちょっと待ってくださいね。あ、そこ座って下さい」

 

 一色は足元のクッションを指差し、そう言うと、ゴソゴソと机の引き出しを漁りはじめる。俺は指示通り部屋の中央に置かれた丸いローテーブル横のクッションへと腰掛けた。

 よく考えたらここ女子の部屋なんだよな……。小町を除けば初めて入る女子の部屋。女子特有の甘い香りに、パステルイエローを基調としたベッドにはもう一つ大きな薄いピンクのクッション。白い机と椅子。小さな木の本棚からは少女コミックがちらりと顔を覗かせていた。

 

「あんまりジロジロ見ないでもらえますか?」

「す、すまん」

 

 怒られてしまった。いかんいかん、家庭教師に来たのだ。邪念よ去れ。

 

「はい、これが中ニの学年末試験の奴ですね、今学期の中間試験はまだなので」

 

 一色は白い椅子に座りながら、ローテーブルの上に数枚のプリントを並べる。全体的に七十点後半。一番高くて八十点前半。なんというか面白みのない点数で、それほど頭が悪いわけではなさそうだった。少なくとも基礎はできているのだろう。そんな印象を受けた。

 

「ちなみに得意な科目は?」

 

 俺はそう問いかけた。

 一色は椅子に座り、俺がクッションに座っているので話をしようとするとどうしても一色を見上げる形になってしまうので、首が痛くなりそうだ。

 

「家庭科は得意ですよ!」

 

 なにやらドヤ顔で答えが返ってきた。

 首だけじゃなくて頭も痛くなりそう。頭悪くないかもというのは見誤ったかもしれない。

 

「入試関係ねぇじゃん……。苦手なのは?」

「えー……暗記とかですかね? 社会とか」

 

 今度は不満げに足をばたつかせながらそう答える。一体なにが不満なのか、俺にはわからないがテーブルに足が当たるとそのまま俺に衝撃がくるのでやめてほしい。

 

「普段の勉強時間は?」

「平日は部活もあるんで家だと寝る前に一時間位ですね。あ、あとコレやってます」

 

 一色はそう言って椅子から立ち上がると、机の上の棚から一冊の本を取り出し俺に渡してきた。定期的にポストにマンガを入れてくれる某有名通信教育講座だった。真剣なやつ。

 

「ああ、これか。うちは取ったこと無いけど。ダイレクトメールで送られてくるマンガ、毎回読んじゃうのはなんでなんだろうな」

「え……?」

 

 何故かすごく怪訝な顔をされた。え? 読まないの? 読むよね?

 

「で、志望校は?」

「は? なんですか? 私の志望校を聞いて同じ高校に入ろうとかそういう魂胆ですか? 努力して好きな人と同じ学校にとか一見ドラマみたいですけど冷静に考えるとストーカーっぽくて無理ですごめんなさい」

「なんで俺が追いかける話になるんだよ、俺はもう受験終わってんの……」

「えー……? っていうかセンパイって本当に総武行ってるんですかぁ?」

 

 そこ疑われてたの? 次から俺も制服着てきた方がいいのかしら?

 

「次来る時は学生証もってくるよ……場所によっちゃ俺の手に余るから真面目に教えてもらいたいんだが……」

「うーん……でもまだ悩んでるんですよね……」

 

 一色はそう前置きをすると、一度息を吸い込み学校名を告げた。

 

「とりあえず今は海浜総合高校を考えてます」

 

 海浜総合か。総武高ともほど近く、こういう言い方をすると嫌味っぽく聞こえるかもしれないが我が総武高校よりは偏差値がやや下がるもののそこそこの進学校だ。とりあえず俺の懸念は一つ払拭された……。まあだからといって余裕をかましていい所でもないな。

 

「……お爺ちゃんがせめて海浜総合ぐらいは行けって……」

 

 またあのおっさん……。何? 一色家はおっさんの言うことには逆らってはいけない法律でもあるの? 独裁国家なの? 学校ぐらい好きに決めさせればよいのではないか。いや、まず結婚相手を好きに決めさせるべきだわ……。

 

「おっさんの事は抜きにして、他にどこか希望あんの?」

「どこっていうわけじゃないんですけど……、あそこあんまり制服可愛くないじゃないですか?」

 

 どうにも歯切れが悪いと思ったら呆れた理由が返ってきた。え? そんな理由?

 

「そんな理由?」

 

 おっと、どうやらまた口に出てしまったようだ。わざとだけど。

 

「えー? 制服、超! 大事じゃないですか! 三年も着るんですよ?」

 

 一色が『超』の部分をやたらと強調して俺に訴えかけてくる。

 

「でもあそこ設備とか凄いらしいぞ、IDカードで出席取るとか聞いたな」

「そうなんですよね、おかげで人気高いみたいで……」

 

 それから一色はツラツラと海浜総合の事を教えてくれた。まあ志望校ならそれぐらいの情報は抑えてあるか……。

 

「んで、そこらへんの事は担任とかには話してあんの?」

「はい、中三になってすぐ意識調査あったんで。『今の成績のまま油断しなければ多分大丈夫だろう』って言われました」

 

 おっさんはともかく、一番成績を理解しているであろう担任がそういうなら俺の活躍する場はそんなになさそうだ。とりあえず一安心。

 

「まあとりあえず志望校と現状は理解した、まだ変更はきくんだし、のんびり考えればいいんじゃないか?」 

「センパイみたいに頭が良ければもうちょっと選択肢もあるのかなー? とは思うんですけどね、総武も制服可愛いですし? でも高望みして落ちたり、授業についていけなくなったりしても格好悪いかなって」

 

 受験まであと半年以上ある、海浜総合に油断しなければ入れる程度の成績があるなら受験までの努力次第では十分総武も狙えるだろうとは思うが。まあ無理に上を目指して、その後が続かなければ一色の言う通りなので一概にどちらがいいとは言えない。ここはあえて言及しないことにした。俺は責任を持ちたくない。

 

「あとほら……女の子は、ちょっと馬鹿っぽいぐらいのほうが可愛くないですか?」

 一色は自身の頬に人差し指をあて、ウィンクをしながらそうアピールをしてくる。あざとい。しかし、それが一体誰に対する言い訳なのか。俺には皆目見当がつかなかった。

 

「まあ俺には関係ないからいいけどね……」

「なんですかそれー!」

 

 ぶーぶーと文句を言う一色を無視し、俺はテーブルの上のプリントを凝視する。問題文からみても、レベルが低いという訳でもなさそうだな。さて、どうしたものか。

 

「とりあえず授業方針を決めたいんだが、最近困ってる事とかある?」

「目が死んでる人と許嫁にされて困ってます」

「それは俺も困ってるよ、勉強で困ってる所はないかって話だ」

「えー! センパイは困ることないじゃないですかー? だってこんな可愛い子と許嫁なんですよ? 嬉しくないんですか?」

 

 自分で「可愛い子」って言っちゃったよこの子……否定できないけども。 

 

「そもそも付き合ってるわけでもないのに一年だけの許嫁って意味なさすぎだろ……結婚しないのに結婚の約束してるんだぞ? メリットが一つもない」

「メリットが私と許嫁になれるっていうんじゃ不満だっていうんですか?」

 

 何この子、もしかして俺の事好きなんじゃないの? おっといかん、こういうのは中学の時に学んだだろう比企谷八幡。期待するな。俺は学習できる男だ「こいつ俺のこと好きなんじゃね?」なんていう勘違いはもう二度としない。八幡に同じ技は二度通用しないのだ。

 

「それに、友達に自慢したり出来るじゃないですかー?」

「『出来るじゃないですかー?』ってこの間『言いふらすな』って言ってたじゃないですかー?」

「それはそれ、これはこれです」

「え? もしかしてお前友達に自慢してたりするの?」

 

 一色からの返事はない、代わりに『何いってんのこいつ?』という顔で見られた。畜生、知ってたよ。

 

「もういい……教科書出してくれ、授業内容確認しときたい」

「はーい」

 

 椅子に座る一色から後ろ手に教科書を渡されると、俺は一教科ずつ、現在の授業内容と次の中間の範囲を確認していく。多少の誤差はあれど基本的には俺の時と変わらなそうだな。まぁ一年しか違わないので当たり前といえば当たり前だが。

 そんな事を考えていると「そういえば……」と一色が言葉を漏らした。

 

「センパイはなんで総武受けたんですか?」

「俺?」

「はい」

 

 一色は何故か目を輝かせていた。

 

「俺はあれだ、知り合いのいない所に行きたかったんだよ」

「はい?」

 

 今度は眉をひそめ首を傾げる。何突然? フクロウのモノマネ? うまいな。

 

「センパイ……もしかしてイジメられてたんですか?」

「ちげーよ。そもそもイジメられるほどの関係を持った事がない」

「うわぁ……」

 

 一色がまるで波のように引いていくのが分かった。しかしそんな事で動じる俺ではない。

 

「センパイ……お友達いないんですか?」

「それはあれだな、友達の定義にもよるな」

「センパイ……」

 

 憐れむような目で見られているが、それが優しさのつもりでも、ただの押しつけでしかない事におそらくこいつは気がついていないのだろう。友達がいることが幸せだなんて幻想だ。

 俺はその場を楽しく過ごすためだけにお互いを利用する、そんな上辺だけの関係が欲しいとは思わない。どうせ今のこの状況だって一年だけの関係だしな……。

 

「あと、自転車で通学できる距離というのも、かなり重要だな。電車に乗って痴漢に間違われる危険も減る」

「はぁ……」

「まあ入れたっていうのを考えるなら単純に俺の学力に見合ってた学校っていう面もある」

「なんですかそれ、自慢ですか? 嫌味ですか? すいません頭良い人は素敵だなぁと思うのでちょっと手を出してみてもいいかなとか考えちゃいましたけどそういうのは私の受験が終わってからにして下さいごめんなさい」

 

 少しだけ冷静になった俺が、呆れ顔の一色を茶化すようにそう言うと、なぜかまた振られた。もういいけどね……。

 

「……今は俺のことよりお前のことだろ、志望校も決まってるし、成績も問題ないんじゃ、俺がやることはそんな多くなさそうだけどな……」

「えー? なんですかその言い方ー? なんか冷たいー!」

「別に冷たくねぇよ、教師経験なんてないんだぞ俺……」

 

 そう、俺には教師としてのノウハウがないのだ。知識として知っている範囲の事ならば教えてやれるが、その教え方が分かりやすいか? と問われれば自信がない。やり方が合う、合わないというのもあるだろう。

 そんな俺が無理にはりきっても空回りするだけなのは目に見えている。加えて本人の学力にさほど問題がないという、ならば余計な手を加える必要もない。俺はあくまで補助的な役割に徹したほうが良い。おっさんも出来る範囲でいいと言っていたしな。

 

「でもお給料は払ってるんだから、その分はしっかり働いてくださいよ?」

「一応、仕事だし。出来ることはやるさ……」

「まぁ頭良いのは本当なんでしょうから、この際しっかり利用さ……勉強させてもらいますのでお願いします」

 

 今この子「利用」って言わなかった? なんかめっちゃ笑顔だけど絶対誤魔化されないからね? 

 

「ちゃぁんと私を合格させてくださいね? センパイ♪」

 

 しかし一色は、そんな俺の考えを知ってか知らずか、笑顔のゴリ押しで表情を崩さずそう続けると、テーブルに投げ出していた俺の右手をそっとその柔らかい両手で包みこんだ。明らかに演技だと分かっているのにドキドキしちゃうだろ! くそぅ、振りほどけない……!

 数年前の俺だったら確実に告白して振られていただろう。だが危機は未だそこにある、俺は理性を総動員して早鐘のように打つ心臓を落ち着かせようと試みた。

 こういう時は素数だ、素数を数えるよう。

『三神、特級、上級、よりつむぎ、熟成麺』

 八幡、それ素数ちゃう、素麺や。いかん、混乱しているな、ここはまず一度深呼吸を……あ……ちょっと甘いいい匂い……ハッ 駄目だ、ここは完全に敵地だ! 衛生兵! 衛生兵! 至急救助求む! 衛生兵ー!

 

「いろはー? 八幡くーん? そろそろご飯できるけど……あら?なんだか楽しそうね?」

 

 そんなダウン寸前の俺を助けたのは思いがけない外からの呼び声だった、勢いよく部屋の扉が開き、もみじさんが入ってくる。俺はトリップしかけていた脳をリセットし、なんとか現実に戻ってくることができた。

 それにしてももみじさん? エプロンはともかくお玉持ってくるのはさすがに狙いすぎでは……? 

 

「ちょっとママ! ノックぐらいしてよ!」

 

 一色は慌てて俺から離れ、扉を閉めようと立ち上がった。反抗期だろうか? こいつ割と母親には当たり強いよな。家に友人が来ている時の小町の俺への対応と似ている。

 

「えー? もしかしてママお邪魔だった?」

 

 慌てる一色に、もみじさんはニヤニヤとした口元を左手で隠しながら、俺と一色を交互に見てきた。いや、やましいことなんて何もないが、そう見つめられるとちょっと居心地が悪い。

 

「お楽しみ中なら後にするけど……お夕飯どうする?」

「す、すぐ行くから。ほら、センパイも行きますよ!」

「お、おう」

 

 俺は一色に手を引かれながら立ち上がり、そのままリビングへと向かった。

 あ、やばい小町に夕飯いらないって連絡するの忘れてるわ。




今回色々悩みました。裏話は例によって活動報告で……。

それとは別に一点。
感想で
「会話と地の文の間を空けて欲しい」という要望がありましたので
試しに空けてみましたがいかがでしたでしょうか?

今回の形でよければ、これ以降もこの形で行きたいと思いますが。
もし「もっとこうした方が良い」というのかありましたら気軽にご意見頂けると嬉しいです。

感想、評価、コメント、誤字報告お待ちしています!


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第9話 家庭教師初日の終わりに

いつも感想、評価、お気に入り、誤字報告ありがとうございます。
評価数が100件を超えたようです! ありがとうございます!

※4/13 23:00 小町とのやりとりを修正・変更しました。


──Iroha──

 

 あれから、皆で夕食を食べ、またしてもママの質問攻めにあったセンパイが帰ったのは九時を回った頃だった。

 

「ふわぁぁぁぁ……」

 

 私はお風呂から上がり、完全に寝る準備を済ませるとベッドに身を投げ出し、大きなアクビをする。今日は疲れた……。朝からお昼にかけては部活の練習試合。夕方からは家庭教師。

 そして夕食。いつの間にか帰ってきていたパパと会った時のセンパイがビクッとしたのは忘れられない。凄い緊張した声で挨拶してたよね。正直ちょっと近づくのを躊躇ってしまいそうな状況を思い出し。クスクスと笑いが溢れる。

 

 そういえばいつもの四人掛けテーブルが埋まるのもなんだかちょっと新鮮な感じだったなぁ。お爺ちゃん達やお客さんが来る時はテレビの前のローテーブルか、和室を使う。四人掛けテーブルを使うのは本当に家族だけなのだ。まるで本当にセンパイが家族になったみたい。彼氏を両親に紹介するのってこんな感じなのかなぁ? まあセンパイは彼氏じゃないから今日のことは予行演習みたいなものだと思うことにしよう。

 

「でもママはやっぱり張り切りすぎだよね」

 

 今日のメニューはハンバーグだった。それも特大の。一個でもお腹いっぱいになりそうなのにそれがセンパイの目の前には三個。パパでも二個だったのに……。

 センパイもちょっと引いてたよね……。でも全部食べてたのはさすがに男の人っていう事なんだろうか。そんなに食べる人だとは思ってなかったからびっくりした。

 

 私は一個で十分食べ過ぎっていう感じ、明日ちょっと運動しなきゃ……あんなの一個でも太っちゃうよ……朝ご飯は軽めにしてもらおう。

 パパも一個だけ食べて後は残してたからやっぱり普通に多すぎたんだと思う。

 

「そう言えばパパも今日はご機嫌だったなぁ」

 

 やっぱりセンパイがいたせいだろうか? いつもはどちらかと言うと聞き手側なのに、ママと一緒になってセンパイにあれこれと話を振っていた。

 

「でも私の昔話とかはやめて欲しかった……」

 

 やれ『幼稚園の時の先生が初恋だった』とか『パパに抱っこしてもらわないと寝られなかった』とか『おむつが取れたのは何歳だった』とか。本当に信じられない!

 あー……思い出してきただけでも顔から火がでそう。

 そんな風に今日の出来事を頭の中で反芻しながら私は目的もなくスマホをいじり、今日のLIKEでのやり取りを見返していた。

 

 まずは部活関係。

 後輩マネージャーの子やキャプテンから色々連絡がきている。

 みんなから頼りにされるのは嬉しいけど、もう私引退なんだよね、来年とか大丈夫かな?

 今日の試合も三年生がほとんど出てなくて惨敗だったし、ちょっと不安。

 

 次はママ。

 

【八幡くん何時ぐらいに来るかわかる? ちゃんとお迎えに行ってね? あ、でもお買い物もあるしママが行こうか? 八幡くん嫌いなものとかあるかしら? 男の子だしお肉でいいわよね?】

【恥ずかしいことしないで! それにセンパイご飯は食べていかないって言ってたよ】

【ええ~? でも授業終わったら七時回っちゃうじゃない? お腹空いてると思うなあ。もうお米研いじゃったのよ? 残ったらいろはちゃん全部食べてくれる? 太るわよ? だから今日は食べていってって言っておいて? それで何時にお迎えにいけばいい?】

【あー、もう! 私が行くからママは家にいて! 】

【そう? それならお買い物もよろしくね♪】

 

 この後はずらりとお買い物リストが並べられている。我ながらよくこんなに沢山の買い物をしたものだ。正直重たすぎて家まで持って帰れるか不安だった。

 まぁセンパイが持ってくれたんだけど……あれには驚いたなぁ、ああいう事を自然にやる人だとは思わなかった。ちょっとだけ今日の評価をプラスしてあげてもいいかもしれない。でも意外と女性慣れしてたりするのかな?

 

 次にお爺ちゃん。

 

【今日八幡くるんだろ? 暇だし儂も行っていいか?】

【来なくていいから!】

【なんだ? もう二人きりにしてほしいのか? 進展早いな】

【早くないから! 第一あれ以来一回も会ってないよ!】

【なんだつまらん】

 

 全くお爺ちゃんは本当に何考えているんだろう? っていうかお爺ちゃんがセンパイの事好きなんじゃないの? 会いたいなら自分の家に呼べばいいのに……。

 そして次のメッセージが送られて来たのは私達が夕食を食べている頃だった。

 

【蛇々庵なう】

 

 蛇々庵は高級焼肉店だ。

 写真も添付されていて、そこにはお爺ちゃんとお婆ちゃんと、あと暗くて顔がよく見えないんだけど女の子……? が写っていた。すごく美味しそうなお肉をお箸で摘んでいる。

 私でも数年に一回連れて行ってもらえるかどうかのお店なのに! なんで孫の私を誘ってくれないの? っていうか誰この子……?

 拡大してみてみるけれど、やっぱりよくわからない。可愛い子、だと思う。多分私と同じくらいの年……? え? まさか援助交際……!?

 お婆ちゃんもいるし変な関係の子ではないよね?

 また許嫁とか言われたらどうしよう……隠し子とか……? 年が離れてるから隠し孫? 何をするか分からないお爺ちゃんの事だから可能性は十分ありえる。

 いや、多分ないとは思うけど……一瞬脳裏に浮かんだその考えが否定しきれず、その子が誰なのか結局聞く事ができなかった。

 今度お婆ちゃんにこっそり聞こう。

 

 最後にセンパイ。

 

【今日ってカテキョの日ですけど、ウチ来ますよね? 電車乗ったら連絡下さい。駅まで迎えに行くので】

【了解】

【今から電車乗る。十分位でそっちつくと思う】

 

 そして私からのスタンプが一つ。今日のやりとりの中では一番短い。

 この人、仮にも私の許嫁っていう自覚あるのかな? もうちょっとコミュニケーション取ろうとか考えないの?

 別に許嫁らしくして欲しいとかじゃないけど適当に相手されてる気がしてちょっとだけモヤモヤする。

 本当だったら【今日はお疲れ様でした】って送ったほうが良いんだろうけど……どうしよう? うーん、私から送ったら変に思われるかな?

 でも今日は割と楽しかったし、大丈夫だよね?

 そう、楽しかったのだ。目的が家庭教師とはいえ男子と自分の部屋で二人きりなんて初めてだし、会話が続かなかったらどうしようとか、実はちょっと、ううん、かなり警戒していたんだけど、駅に迎えに行ってからずっと自然に話題は出てきたし、授業の一時間も本当にあっという間だと思えてしまったのだ。

 多少挙動不審な所はマイナスだけど、全体でみれば割と紳士的で好印象、授業はほとんどしてないけど、教科書を見ている時の説明の仕方なんかは確かに頭も良さそう。それが家庭教師初日のセンパイに対する感想。

 これだったら来週以降もやっていけるかな?

 私はそんな風に今日の事を振り返りながらメッセージを打ち込む。

 

【今日はお疲れ様でした。お腹大丈夫ですか? 来週はちゃんとした授業お願いしますね? 次はお迎えにはいきませんので、よろしくお願いします♪】

 

 なんだか色々伝えようとすると妙に長くなってしまう、でも『お疲れ様でした』だけじゃ、あのセンパイは返信もしてくれなさそうだし、こんなもんかな?

 さて、センパイの返事は……?

 

【お疲れさん、腹は大丈夫だ、夕飯ご馳走様ですって伝えておいてくれ、んじゃまた来週】

 

 妙にぶっきらぼうな文面はセンパイの喋り方そのもので、何もしなくても頭の中で再生される、きっとあのやる気のない顔でこの文面を打ったのだろうというのが容易に想像できて思わず口元が綻んでしまった。

 

 

 

 

 

──Hachiman──

 

「ごみぃちゃん? ちゃんといろはさんにLIKEした?」

「ちょうど今連絡きたから返したよ、……ほれ」

 

 俺がスマホの画面を見せながらそういうと小町はウンウンと頷いた。

 

「って何これ……? これだけ? もっと色々書くことあるでしょうに……」

「今日は帰る時にも挨拶したんだからいいだろ……」

「ダメ! こういうちょっとしたコミュニケーションが大事なんだから! ちょっと貸して!」

 そういうと小町は俺からスマホを奪い、その場でしゃがみ込むと目にも留まらぬスピードでメッセージを入力し始めた。

 何を打っているのかと俺は小町の肩越しにスマホを覗き込む、すると、ふと鼻が嗅ぎ慣れない匂いを感じ取った。

 

「……お前なんか焼き肉臭くね? 今日焼き肉だったん?」

 

 その言葉で小町は一瞬ビクリと肩を震わせる。

 やばい、妹とは言え女の子相手に『焼き肉臭い』はさすがにまずかっただろうか?

 

 俺が一色の家で食事を摂ることになり、小町に【今日の夕飯いらない】とメッセージを送った後、秒で【え? はじめから作ってないよ?】と返ってきていた。一瞬泣きそうになったが。『作ってない』ということは残り物やインスタント食品、それか外食で済ませたという事だろう。もしひもじい思いをさせてしまったなら詫びをせねばならんが、この匂いは紛うことなき焼肉、焼肉弁当か何かだろうか?

 

「ぐふ……ぐふふ」

 

 しかし、小町からの返答はなくその後頭部から聞こえるのは妙な笑い声……笑ってる、でいいんだよなこれ? どうしよう小町が壊れちゃった。

 

「げへへ、実は小町は今日『蛇々庵』の焼き肉を食べてしまったのです」

 

 小町はとても中二の女の子とは思えない下卑た笑い方で振り返ると、器用に両手にスマホを持ちながらダブルピースを決めそう言った。俺のスマホとは色違いで妙にカラフルなカバーに包まれた小町のスマホを俺に見せつけてくる。そこには『蛇々庵』の看板の前で自撮りをする小町の姿が写っていた。

 

「なん……だと……?」

 

 有名芸能人御用達という超高級焼肉店『蛇々庵』……名前は聞いたことはあるが本当に実在するかどうかも定かではないというあの店にこの兄を差し置いて先に行っただと……?

 

「え? なんで? どう言うこと? 今日何かのお祝いなの? 俺全然知らされてないんだけどおかしくない?」

「おかしくないよ、お兄ちゃんはいろはさんの所でご飯食べてきたんでしょ? だから【はじめから作ってないよ】って返したじゃん」

 

 いやいや。俺出かける前までは、普通に帰って飯食う予定だったからね? たまたま一色の家でご馳走になる事になっただけであって、食べずに帰ってきてたら、俺抜きで焼き肉とか確実に泣いてたよ?

 とはいえ、もし焼き肉じゃなく、家に飯を用意されていても食えなかっただろう。なにぶん今日は食いすぎた。『夕飯いらない』と連絡したのが急だったという負い目もある。

 ここは小町に先見の明があったと褒めるべきなのだろうか? だが俺をハブにして焼き肉に行ったというのも事実だしなぁ、普通に文句を言っていい気もする、非常に判断に悩む案件だ。

 

「めっちゃおいしかった! です!」

 

 俺がこの焼肉娘をどうしてやろうかと悩んでいると、小町はウインクをしながら俺のスマホを放り投げた。

 慌ててキャッチする俺に「ナイスキャッチ」とサムズアップをすると、小町は『この話はおしまいだ』と言わんばかりにダダっと風呂へと走り去っていく。

 まあ、一色の家で出たハンバーグも美味かったからいいけどね……。でも後で親父は問い詰める。ギルティ。俺だって焼き肉は食いたい。そんな事を考えていると、廊下から再び小町の声がした。

 

「ねぇお兄ちゃん?」

「ん?」

 

 声がしたので廊下を覗き込むと、小町が上半身をタオルで隠したまま、風呂へと繋がる洗面所から顔をこちらに覗かせていた。その顔は先程までとは違い、その瞳はまっすぐに俺の目を見据えている。

 

「もう小町も子供じゃないんだから、あんまり気使わなくていいんだからね?」

「どういうこと?」

「ご飯、食べたければ外で食べてきていいんだよって事」

「いや、特別外で食べたいわけじゃ……」

「ま、いいや。それだけ」

 

 それだけ言うと小町は再び風呂場へと消えていった。

 一体なんなんだ……?

 俺は頭にクエスチョンマークをつけたまま、まだアプリが開かれたままのスマホを確認した。

 

【お疲れさん、腹は大丈夫だ、夕飯ご馳走様ですって伝えておいてくれ、んじゃまた来週】

【それはママに直接言ってあげてください。多分喜ぶので】

 

 食べたければってこの事か?

 一色からの返信が来ている以外特になにもおかしな点はない。小町は俺のスマホで何をしていたのだろう?

 俺は小町の意味深な言葉に占拠された頭で一色への返信を考え、文字入力画面を呼び出す、しかしそこには更に打ち掛けのメッセージが一つ残されていた。

 

『可愛い許嫁の手料理も食べたいな。ってお兄ちゃんが言ってました。兄の事よろしくお願いします♪』

 

 何打とうとしてるのあの子?

 危うく送信ボタン押す所だったわ。危ない危ない。トラップすぎるだろ。

 俺は誤送信しないよう慎重に一文字ずつメッセージを削除していく。

 しかし、その瞬間、タイミング悪くピコンと通知音がなり、一度スマホが震え、指先がほんの僅かにすべった。

 

【ママ今日はご機嫌だったのでセンパイが言えばまた作ってくれると思いますよ? 何かリクエストとかありますか?】

【可愛い許嫁】

 

 ああああ!?!!

 削除しきれなかったメッセージの一部が送信されてしまっている。夕飯のリクエストが可愛い許嫁とかこれもうセクハラじゃない……?

 こんなの送ったら一色のことだから……。

 

【え? なんですかリクエストが可愛い許嫁とか告白のつもりですか? 私LIKEで告白とかありえない派なのでせめて直接顔見ながら言えるようになってからにして下さい、ごめんなさい】

 

 ほら、フられた。知ってた。まさか家に帰ってまでフられる事になるとは思ってなかったわ。俺今日だけでフられすぎじゃない?

 

【すまん、妹が俺のスマホで遊んでた、今のは気にしないでくれ】

【はぁ? 都合が悪くなったら妹さんのせいにするのちょっとどうかと思いますよ?】

 

 いや、本当に小町のせいなんだけどね? これはもう明日お仕置きをするしかない。

 俺は一色への言い訳を打ちながら、そう決意し、なんだか色んな意味で痛み始めた胃だか腹だかをさする。

 今日は胃薬を飲んでもう寝よう……。




エイプリルフールネタに関しまして、「本編と直接関係ない(パラレル)なら別作品として投稿してほしい」というご意見をいただきましたので。
取り下げ、後日別作品として投稿しようと思います。失礼いたしました。

来週も土日ぐらいに更新できたらいいなと思っているのですが……
古戦場のためちょっと遅れるかもしれません……(同業の皆様頑張りましょう)

今回も読んでいただきありがとうございます。
ちらほらメッセージも頂きまして本当にありがたい限りです。
感想、評価、コメント、誤字報告お待ちしています!


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第10話 広がる"かもしれない"交友関係

いつも感想、評価、お気に入り、誤字報告ありがとうございます。
平成最後の投稿になります!ありがとう平成!

※前話(第九話)の小町の行動について修正が入っております。前話を投稿直後に読まれた方はお手数ですが一度ご確認いただけると幸いです。


 また一週間が過ぎ、総武高での初のテストが終わった。

 さすがに高校、しかも進学校というだけあってレベルが高い。一応全問埋めたが……数学、大丈夫かしら? 元々数学はそれほど得意ではないからなぁ……受験の時は必死こいて勉強したが、もし今もう一度総武を受験しろと言われたら正直受かる自信はない。

 そういう意味では一色の家庭教師にも不安はある。というか不安しかないのだが。まあその時はその時だ、なんとかなるだろう、きっと、多分。

 

 そんな事をぼーっと考えながら再びやってきた土曜日を 家のソファでダラダラと過ごしていると、俺の周りをドタドタと忙しなく走り回る人物がいた。小町だ。

 俺のテスト期間が終わると入れ替わるようにテスト期間に入ったらしく、今日は友人と勉強会を開くのだそうだ。

 

 先週、妙なフラグを立てた様に感じた小町だったが。特に何か変わったわけでもなく、会話もいつも通りだった、少なくとも表面上は。

 表面上は、というのは今現在も謎が残されているからだ。

 あの日、小町が風呂に行った後。俺は親父に「俺も焼肉が食いたい」と催促に行ったのだが、親父とお袋はリビングでコンビニ弁当を食べていた……。

 どうやら小町と一緒に焼肉を食いに行っていたわけではなく、帰ってきたのも俺より少しだけ前で、何も食っていないらしい。

 そのうえ俺も小町も外食で夕食の準備をしていなかったので仕方なくコンビニで弁当を買ってきたのだそうだ。

 なんだろう、夜中にリビングで両親がコンビニ弁当を食べている図というのは凄く心に来るものがある、物悲しく、罪悪感に駆られるというか、あれが将来の姿かもしれないと考えるとちょっとだけ目頭が熱くなる。

 今度から少し優しくしてあげようと決意し、その日の俺は自室へと戻っていった。

 

 そう、残された謎とは、小町は一体『誰と焼肉を食べに行ったのか?』という問題だ。さすがに一人ということはないだろう。まさか彼氏……? いや、高級焼肉店ということを考えるならば少なくとも年上だろう。まさかパパ活!? ……いかんいかん、小町に限ってそんな事は……ない、と思いたいが……どうなんだろう? 女の子はわからんって言うしなぁ……。

 直接聞いてしまえば済む話なのだが、あの意味深なセリフを残した小町の事を考えると迂闊に聞いてはいけない気がしてしまい、お互いのテスト期間のすれ違いというのもあり、会話のチャンスを掴めないまま時間だけが過ぎてしまっていた。

 

 もしや、今日勉強会に来るというのがその相手なのだろうか?

 それならどんな手段を使ってでも確認したい……! 今日の家庭教師休みにして貰って勉強会の家庭教師しようかしら? しかし小町にこんな兄がいると悟らせるわけにもいかない。今日は一日ステルスモードでいなければ。

 

 そんな事を考えソファに倒れ込むと、ぬっと大きな影が俺の頭の上に落ちてきた。

 

「お兄ちゃん、これ今日食べていい?」

 

 よく見ると小町が紙袋を俺の頭の上に掲げていた。どうやら影の正体はこの紙袋らしい。

 

「これって……何それ?」

 

 俺は見覚えのない紙袋に頭をぶつけないようにソファから起き上がると、その紙袋を受けとった。なんだこれ? 中には包装された……お菓子の詰め合わせ……?

 

「ワンちゃんの飼い主さんがお礼にって持ってきてくれたお菓子」

「ワンちゃんの飼い主? ってあの事故の時の?」

「そそ」

 

 初耳なんですけど? そういやあのワンコどうなったんだっけか。いや、お礼に来たって事は無事なのか? 無事だよな多分? 無事だといってくれ。

 

「お兄ちゃんが入院してる時に来てくれたんだけど、ほら、縁継お爺ちゃんとの話し合いとか色々バタバタしてたじゃん? すっかり忘れちゃってて、小町ってばうっかりさん♪」

 

 テヘっと舌を出し、コツンと自分の頭を叩く。なんだか一色がやりそうなポーズだな、とか一瞬思ってしまう。女子とはかくもあざといものなのか。

 俺は箱の中身を確認しようと紙袋から箱を取り出し、包装紙を丁寧に開けていく。

 

「ちなみに賞味期限が来週までと書いてあるのであります!」

「そういう事は早く言えよ……」

「切れちゃう前にちゃんとお兄ちゃんに渡さなきゃなって……今の小町的にポイント高い!」

「いや、『渡しに来た』んじゃなくて『食べる許可もらいに』きたんだろ、別に高くないから」

 

 中を確認すると確かにお菓子の詰め合わせだった。クッキーやマドレーヌ、フィナンシェといった焼き菓子が中心のようだ。それぞれがきっちり個別包装され、一人ではとても食べきれない程の量もある。割とお高いものかもしれない。俺はフィナンシェを一つ手に取ると、透明なパッケージの封を切り、そのまま一口かじる。うん、うまい。

 

「ほれ、後は好きにしていいぞ」

「やたー! お兄ちゃんありがとー!」

 

 そう言うと小町は箱を頭の上に掲げ、再びドタドタとキッチンへと戻って行く。まあ賞味期限も近いようだし、客がいるならさっさと消費してもらったほうがいいだろう。俺は嬉しそうにお菓子を皿に盛り付けている小町の背中を見ながら「もう一個ぐらい確保しておけばよかったな」とちょっとだけ後悔し、手に残ったフィナンシェを口に放り込んだ。

 

*

 

 夕方に差し掛かる頃には小町の部屋はずいぶんと賑やかになっていた。

 いやいや、君たち勉強に来たんじゃないの? なんかずっと笑い声聞こえるけどちゃんと勉強してる? お兄ちゃんちょっと見てあげようか? と何度かアタックを仕掛けようかと思ったほどだ。まあ行かなかったけど。

 とりあえず、今日招いた客の中に男はいないようなので一安心。

 これで俺も心置きなくバイトに行けるというものだ。もし家に見知らぬ男と小町が一緒にいると考えたら家庭教師どころではないからな。

 俺は相変わらず笑い声の聞こえる小町の部屋をそっと通り過ぎ、家庭教師へ向かうべく家を出る。今日は土産は無しだ。毎回持っていくようなものでもないだろう。

 

 電車に揺られながら、一色の家へのルートを脳内で確認する、流石に今日は迎えにはこないだろうが、流石に迷うつもりもない。部屋番号だけはちょっと不安だ。一○……何番だっけ?

 まあマンションについたらポスト確認するかLIKEを送ろう。と考えながらスマホをいじっているとスマホがブルブルと震え始めた。

 去年までとは比べると、最近のスマホの稼働率は異常だ。二百パーセント超どころではない。

 毎日のように一色家の誰かから連絡が来るのだ。

 頻度が高いのはおっさんで、次に楓さん、そして先週増えたもみじさん、最後に一色と続く。

 そういえば今朝ももみじさんから【お夕食はなにがいいかしら?】って普通に来てたんだよな。一色からも似たようなメッセージがきたが。今日も夕飯食ってくことになるのしら? 一応【今日は遠慮しておきます】とは返しておいたが……。またもみじさんだろうか?。

 

 しかし、予想を裏切って今回のLIKEは一色からだった。

 

【今、駅前のサイゼにいます】

 

 誰かに送るものを間違えたのだろうか? いや、このタイミングにこれが送られてくるということは誰かと一緒にサイゼにいるということだろう。

 授業を遅らせてほしいという事か。どうしよう。

 十分程度の遅れなら一色の家で待っているという選択肢もあるのだが、それより長いなら本屋か何かで時間を潰すか。それともいっそ帰るか。はぁ……面倒くさい。

 

【もう電車乗ってる、今日休みたいなら帰るが?】

【来て下さい】

 

 なんだろう? 単純に「今日は外で勉強したい気分なんですー!」とかならいいんだが、こういうのは嫌な予感がする。というか嫌な予感しかしない。そう考え俺は今自分に出来る最善手を考え、打ち込んだ。

 

【サイゼの前で待ってる】

 

 これなら誰かと一緒なら単純に待っていればいいし、そうでないにしても状況の確認が出来る。

 そして最悪逃げられる、ここ重要。店に入ってしまえば身動きが取れなくなる可能性もあるからな。

 

【なんでもいいから来て下さい】

 

 一体何なの? 理由のわからない呼び出しほど怖いものはない。呼び出しを受けた先で大体待っている事といえば罰ゲームだしなぁ。ソースは俺。用心しなければ。

 

*

 

 駅についたところで、俺はサイゼを探した。前回は目の前のスーパーに気を取られて見てなかったが、そもそもサイゼなんてあるのか? と思ったのだが普通にスーパーの隣がサイゼだったわ。

 とりあえず近くに行ってみるか、恐らく一色は中にいるのだろうから一人なのか、誰かと一緒なのかを把握しておきたい。俺のステルスを活かしたスニーキングミッションの開始だ。

 まずはばれないように人の流れに逆らわず、一度サイゼの前を通り過ぎ、一色の位置を確認する。中の様子を確認し、その後突入のタイミングをはかる。場合によっては即撤退。

 よし、完璧な計画である。

 

 俺は駅とスーパーをつなぐ横断歩道を渡り、サイゼの死角に入ると、一度立ち止まり、息を吐く。次に隣のスーパーから買い物客が出てきたのを確認すると流れに乗り、サイゼへ向かい歩き始めた。

 さて、一色はどこにいるだろうか、割と目立つ奴だから相当奥の席じゃなければすぐに見つかるとは思うのだが……。

 

 いた、一色だ。

 サイゼの入り口を通り過ぎ、半分ほどきたところで、一色を含めた男女三人が窓際のテーブルに座っているのを確認した。そして一色は思いっきり俺の方を見ていた。

 慌てるな、まだ慌てるような時間じゃない、俺のステルスは完璧だ、ここはまず一旦気づかなかったふりをして通り過ぎるのだ。前だけを見つめ慌てず騒がず、自然にサイゼの前を通り過ぎる。大丈夫、俺の計画に失敗などありえない。

 

 計画通り、角を曲がり、一色達が見えなくなった所で俺は一息ついた。

 さて、この後どうすべきか、一色は誰かと一緒だった。少なくとも一人は男。なんだか面倒臭そうだなぁ……。やっぱ先に家行っておくか?

 楽しそうなの邪魔しちゃ悪いし、とりあえず「先に行ってる」と連絡だけはして去ってしまうのがベストな気がする。

 そう思いスマホを取り出すと。ふいに背中を叩かれた。

 

「センパイ何やってるんですか? 不審者ですよ?」

 

 そこにいたのは。当然一色だ。

 

「不審者“みたい”じゃないのかよ」

「いやいや、お店の中ガン見しながら通り過ぎるとか明らかに不審者ですから」

「一色がどこにいるか探したんだが見つからなかったから、先に行ってようかと思ってな」

「さっき私と目、合いましたよね?」

 

 一色はジト目で俺を見てくる。おかしいな、俺のステルス機能は完璧なはずなのだが、こうもあっさり見破られるとは。一色いろは、意外と侮れない奴なのかもしれない。今後は要注意人物として記憶しておこう。

 

「いいから、とにかく来て下さい」

 

 そう言うと俺が何かをいうより先に一色は俺の手を掴み、サイゼへと引っ張り込んでいった、ものすごい吸引力だ。吸引力の変わらないただ一つのいろはす。

 

「ごめんねー、こちら、さっき話してた家庭教師の比企谷先生」

 

 一色に引っ張られ、サイゼの中へと入ると、先程一色が座っていた窓際の席で、立ったまま二人の前で紹介された。なんだろう、何かの宗教勧誘とかかしら? 怖い。俺金もってないよ?

 

「センパイ、こちらサッカー部で私と同じマネージャーの二年、浅田(あさだ)麻子(あさこ)ちゃんと、一年の竹内(たけうち)健史(たけふみ)君です」

 

 俺が固まっていると、今度は席に座る二人を紹介してきた。二年と一年、つまり女子の方は小町と同じ歳か。小町と比べると随分と大人っぽいな、敢えてどこがとは言わないが、すごく……大きいです……。

 んでもうひとりが一年と。やけに童顔だがすでにイケメンに育つんだろうなぁという雰囲気を醸し出している男子。中一ってことはちょっと前まで小学生だったってこと? なんか俺すげぇ老けた気分になるわ……。

 

「どうも」

「よろしくお願いします」

「お、おう、よろしく?」

 

 俺が二人を観察していると二人は軽く頭を下げ、挨拶をしてきた、慌てて疑問形で返してしまったのがちょっと恥ずかしい。

 

「というわけでお迎えも来ちゃったから、私帰らなきゃ」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ一色先輩!」

「いや、でもほら先生に迎えに来られちゃったし、これ以上迷惑かけられないっていうか……」

 

 一色がちらりと俺の顔を見てくる、先生という慣れない呼び方にはちょっとだけ背中がむず痒くなる。いや、別に迎えに来たわけじゃないんだが……?

 

「仕方ないよ健史くん、今日の所はお開きにしよ?」

「でも……」

「まだ時間も少しあるんだし、ね?」

「……わかりました」

 

 渋々、という形で健史くんとやらは頷き、それぞれが荷物をまとめ始めた。

 あ、すいません店員さん、俺の分の水は結構です。もうお開きみたいなんで、何も注文せず申し訳ない。

 

「私達も来週テストですしね、またテスト明けにでも」

「うん、私も先生と少し考えて見るから」

「お願いします」

 

 一色のところも来週がテストなのか、この辺りの中学はどこもこの時期なのかもしれないな。となると今日の授業はそこらへんを中心にすればいいか。などとちょっと家庭教師っぽい事を考えていると

 「よろしくお願いします」と頭を下げられた。いやいや、俺は何考えないといけないの? 勝手に話を進めないで欲しい。俺には何が何やらよくわからないのだから、よろしくされても困る。

 しかし、俺を置いてけぼりにしたまま三人は席を立つと、予め決めていたのか割り勘で会計をすませ、手早くサイゼを後にした。

 

 とりあえず俺が金を払うような事態にならなくてよかった。本当によかった。俺の財布には福沢さんも樋口さんも野口さんもいないからな。もしここで軽く、なんて事になったら一色に金借りる所だったわ。危ない危ない。

 

「それじゃ、またね」

「はい、一色先輩、比企谷さん、お時間取らせてすみませんでした」

「テスト終わったらまたお願いします」

 

 一色が手を振ると、二人はそう言いながら頭を下げ、背を向け去っていく。一年男子の方は少し背中が丸まっており落胆しているような印象も受けた。もしかして一色に振られたんだろうか?

 だが、その様子を見てなんとなくだが俺が呼ばれた理由を理解した。

 恐らくだが俺はこの場を切り上げるきっかけ作りのために呼ばれたのだろう。その証拠に一色が横で小さく溜息を吐いていた。

 

「で、結局なんだったの?」

「あー、その……ほら、私サッカー部のマネージャーやってるじゃないですかぁ?」

 

 そうだったっけ? そういえば先週そんな事いってたような気もする。

 あれ? でも引退とか言ってなかったか?

 

「んー……まあ話すと長くなるので、帰ったら話しますね」

 

 いや、帰ったら勉強するんだよ?

 俺がなんのために来てるか覚えてる?

 

「ほら、急がないと時間なくなっちゃいますよセンパイ」

 

 しかし、そんな俺の考えなどお構いなしというように一色は勢いよく振り返ると俺の手を取り点滅を始めた信号に向かって走り始めた。




いろはす誕生日SSから2週間という時間があいてしまいました。すいません。
次話はもうちょっと早く上げられるよう頑張りたいと思います。
言い訳やなんやらは活動報告にて……。

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第11話 初めての相談事

いつも感想、評価、お気に入り、誤字報告ありがとうございます。
大分遅れましたが令和もよろしくお願いいたします!

前話は過去最高といっていいほどの誤字数でした。(汗)
沢山のご指摘ありがとうございました。



「んじゃ授業始めるぞ、教科書開いて」

 

 おお、まさか自分でこのセリフを言う日が来るとは思わなかったわ。まるで先生みたい。

 いや、家庭教師だから一応先生ではあるんだけどね。

 

「何言ってるんですか! さっきまでの流れ考えてくださいよ!」

 

 しかし、当の生徒様の方はご立腹のようである。

 これは早くも学級崩壊の危機かもしれない。困った、親に連絡とか入れたほうがいいのかしら? モンペじゃありませんように。

 

「お前来週テストなんだろ? 早くやらないと勉強時間なくなるし何より俺のバイト代に関わる」

 

 すでに時刻は十七時半を回っていた。俺達は一色の家につくと、もみじさんとの挨拶もそこそこに一色の部屋に連れ込まれた俺は、テスト前だからさぞや勉強がしたかったのだろうと気を利かせ、授業を始めたのだが。なぜか怒られるハメになっている。全くもって理解不能だ。

 ちなみにもみじさんは、『そこそこの挨拶』がお気に召さなかったらしく扉の向こうで「八幡くーん……」と何やら淋しげな声を響かせている。俺が何かしたわけではないのに妙な罪悪感を覚えるので一刻も早くやめて欲しい。

 

「ママうるさい! とにかく、そんな何事もなかったかのように授業なんてやられても頭に入りませんし、ちょっとは空気読んでくださいよぉ」

 

 全く失礼な話だ、俺ほど空気を読める男はそうはいない。もし空気が読めていなければそもそも俺はここに来ていない。きっと今日は小町のお勉強会に参加していただろう。

 なんなら小町の成長ダイアリーの一つとして録画、永久保存版にしてもいいレベルだ。だが俺は空気が読める男八幡。自重自重。

 そんな空気が読める男八幡だからこそ、サイゼで何があったかなど既にお見通しで、正直あまり関わりたく無いからこそスルーしようと思っていたのだが仕方がない、そんなに解決編をご所望ならばさっさと終わらせて授業に戻ろう。

 

「どうせアレだろ? あの二年のマネージャーっていうのと一年が付き合ってて、部内の誰かにちょっかい掛けられてるから何とかして欲しいとかそういうのだろ?」

「全然違います」

 

 あれ? 違ったみたいだ。

 

「じゃああれか、あの一年に一色が告白されてるけど、二年のマネージャーの方が一年の事が好きとかいう三角関係」

「全っ! 然! 違います!」

 

 あれれぇ? おかしぃぞぉ? どうやらこの件は迷宮入りのようだ。あとは眠りの八幡に任せた方がいいのかもしれない。

 

「あ、でも。健史くんが麻子ちゃんの事好きっていうのはあると思います。なんか幼馴染らしいですよ? 最初に相談したのは麻子ちゃんみたいですし、そこから麻子ちゃんが私に相談っていう流れなのでむしろ私がお邪魔虫みたいな感じで失礼しちゃいますよねー」

 

 幼馴染キャラなのかよ。リア充爆ぜろ。

 

「やっぱ恋愛絡みじゃん……そういうのは俺パス」

「違うんですよ、なんていうか、サッカー部のトラブルなんですけど」

 

 一色はそう言いながらガラリと机の引き出しを開けた。

 どうやらもうこの話を聞かないと授業には戻れないらしい。

 はぁ……仕方ない、これも仕事のうちか……。俺は諦めて先週と同じクッションに腰掛けた。

 

「私と同じ三年はちらほら引退してて、そろそろ次期部長を決めないといけないんですよ」

 

 一色は、開いた引き出しから小さなアルバムらしきものを取り出すと、それを俺に渡してくる。

 見ろ、ということなのだろうか。俺がそれを受け取りペラペラと捲ってみると、中には青春真っ盛りという感じのサッカー少年たちが多数写真に収められていた。所々には一色や、先程サイゼで会った女子も写っている。

 しかし、全体的にイケメンが写真の中心にいる比率が多いのは気の所為だろうか。

 

「それで、その次期部長に一年の健史くんが推薦されてまして」

「推薦?」

「はい、二年のメンバーほぼ全員から」

 

 二年全員というのはまた相当な人望の持ち主なのだろう、あの一年がねぇ……。

 

「あいつそんなにサッカー上手いの?」

「あ……うーん……下手ではないと思うんですけど、一番上手とかではないですね、三年のいない今ならスタメンにギリギリ入れるか入れないかぐらいだと思います」

 

 まあ、そういう事もあるか、部長となるとワンマンでやってくわけにもいかないだろうし、作戦を考えたりするのも必要だろう、実力より人望があるならそれでいいのではなかろうか。

 

「まあ。そんなに推薦されるほどの人望があるなら、それでいいんじゃないの?」

「違うんですよー、人望とかそういうのでもないんです」

「どういうこと?」

 

 俺が問いかけると、一色は俺の手元からアルバムを奪い取り、素早い手付きでページを捲っていった。

 

「ここ、ここ見て下さい」

 

 一色が開いて見せたページにあったのはおそらくはサッカー部の集合写真。隅の方には女子二人、一色と先程サイゼで会った女子も写っている。

 

「この真ん中に写っているのが現部長なんですけど、何か気が付きませんか?」

「部長? ったって会ったこと無いし……」

 

 一色が指さした先にあった集合写真の中央には明るい茶髪を後ろで纏めた妙にちゃらそうな男が写っていた。一体何に気がつけばいいんだろうか? と思った所でふと、どこかで見たような、そんな軽い既視感を覚えた。

 

「さっきの一年に似てる?」

 

 その写真に写ったチャラ男は髪の色こそ違うものの先ほどサイゼであった一年生と全体的に顔の作りが似ている、目元の当たりはクローンかと見紛うほどだ。

 

「正解です! 竹内健大(たけひろ)君、さっき紹介した健史くんのお兄さんなんですよ」

 

 サッカー兄弟なのか、兄弟で同じ事やれるのはメンバー集めに苦労しなくてよさそうでちょっとだけ羨ましい。俺なんて基本一人だったからな。まあ今もだけど……。

 

「実は先週、三年生を抜いた二年中心のチームで初めての試合があったんですけど。見事に惨敗しまして……」

 

 三年生がよっぽど強いチームだったんだろうか? まあ試合なんて時の運ともいうから、そういう事もたまにはあるのだろう。

 

「結果を報告して怒られるのを嫌がった二年生が事前に『やっぱり三年生がいないと駄目だ』とか『部長はやっぱりすごい』とか持ち上げ始めてですね」

「部長の弟も凄いに違いないから次期部長にしましょうとか? まあ流石にないか」

「……正解です」

 

 ちょっとボケたつもりだったのだが、ここにきてまさかの正解を引いてしまった。どうやら俺は意図せず正解を導くタイプの探偵らしい。真実はいつも一つ!

 

「馬鹿なの?」

 

 一色は、こめかみを抑え、溜息をつきながら小さく「はい」と答える。

 

「じゃあその兄貴の部長とやらに直接話してやめてもらえば? 兄弟なら話ぐらい家でできるだろ」

「いやーそれがですねー……、もう話したらしいんですけど、どうせ他に候補もいないし二年も頼りにならないから、このまま健史くんが部長でもいいんじゃないかと言われたそうです」

 

 二年生ダメすぎじゃない? 一人も候補いないのかよ。部長に一年を推す件といい、単純にやる気が無いのかもしれない。

 

「それで、一応話し合いの結果引き継ぎをするときに決をとって、反対多数なら別の人選を考えるって言ってるらしいんですけど……」

 

 つまりは信任投票みたいなもんか、それなら首の皮一枚だが、まだ猶予は残されているという事になる。うまくやれば回避はできるかもしれない。

 

「それなら反対票稼ぐしか無いな、他の三年は?」

「部長の案に賛成してるみたいです……」

 

 二年が言い出しっぺで、三年が賛成してるならほぼ詰みじゃねーか。

 首の皮なんてなかった。

 

「まあ、そんな状況なんですけど、健史くんはまだ中学に入ったばかりだし、それこそ部活に入ってからは一ヶ月たってないので、なんとか辞めさせて欲しいって事で相談されてて……どうしたらいいですかね?」

 

 確かにそんな状況で「お前が部長だ」と言われても困るだろうなぁ。俺だったら断固拒否する。っていうか部活やめるまである。あ、やめればいいじゃん。

 

「部活やめちゃえば?」

「健史君、サッカーは続けたいらしいんですよ」

「別に学校のサッカー部じゃなくても適当に続ければいいんじゃないの? リフティングとか一人でも出来るだろ」

 

 俺がそう言うと何故か一色はまるで地球外生命体を見るような目で俺を見てきた。

 何かおかしなことを言っただろうか?

 もう一度自分の言葉を思い返してみてもシンプルかつこれ以上無い模範解答だと思うのだが……。

 

「センパイ……それ本気でいってますか……?」

「な、なんだよ」

 

 俺は野球を一人でやっていた男だぞ。自分で打ち上げたボールを、自分で取る遊びに比べればリフティングというきちんとした種目名があるサッカーなんて恵まれているじゃないか。と抗議しようと思ったが、一色は変わらず「うわぁ」と明らかに引いているようなので、この件をこれ以上追求するのはやめておくことにしよう。ちくしょう。

 

「じゃぁ一回やめて、部長選考が終わったら戻る」

「それはそれで気まずくないですか? これから三年まであるんですよ?」

 

 いちいち注文の多い依頼人である。サッカーがやりたくて部長にはなりたくないというだけなら、そういった答えもありだと思うのだが、どうもここらへんは納得してもらえないらしいな。ふむ、ここは一つ正攻法で考えてみるか。

 

「一色の目から見て他に部長になれそうなのはいないの?」

「少し前なら最悪次の部長はこの人かなぁ? って思ってた人はいるんですけど、正直今こういう状態なんで、なりたがらないと思うんですよねぇ……」

 

 最悪レベルなのか……。まじ何してるんだ二年。逆にそこまでだと、ちょっと見てみたくなってくるな。

 だがまあ、すでに次期部長候補が噂されている状態でも「自分がやります」なんて主張できる奴がいたら、そもそもこんな話にはなってないのだろう。

 

「どうにかなりませんかね?」

「放っておけば?」

「それが出来ないから相談してるんじゃないですかー、私敏腕マネージャーで通ってるから無視もできなくて超困ってるんですよー、なんとかしてほしいですー」

 

 サッカー部の敏腕マネージャーとか一体何してたらなれるんだろうか。

 パーフェクトコミュニケーション取り続けてんの? いっそトップアイドル育成してみないか? 一色P。いや、一色はむしろ育成される側か。

 亜麻色のきれいな髪、長いまつげ、大きな瞳に小さな口。まさにアイドルにはうってつけだろう。歌が上手いかどうかは知らんけど。

 

 そのアイドルレベルの女の子と今部屋に二人きりなんだよな……。

 

 ふいに脳裏をよぎった現状の再確認。なぜこのタイミングで、とは思うが一度認識してしまった事は消えてはくれない。

 俺はなんだか気恥ずかしくなり、思わず一色から目を反らしてしまった。一色はそんな俺の様子を見て、不思議そうに首を傾げている。

 冷静に、冷静になれ八幡。今まで問題なかっただろう?

 

「こ……顧問は何か言ってこないの?」

「先生は『生徒の自主性を尊重』とかっていって基本放置気味なんですよねぇ」

 

 なんだよそれ……仕事しろよ顧問……。バッドコミュニケーション。

 でも部活の顧問って大して給料にならない割に責任は重く、拘束時間が長いとも聞いたな。一概に顧問が悪いとも言えないのかもしれない。結論、社会が悪い。

 そんな風に俺が一色と二人きりという事実から目を逸しつつ、社会の闇について考えていると、コンコンとドアが叩かれる音がした。

 振り返ると、半分開いた扉から、片手でお盆を持ったもみじさんが手を振っている。

 いや、この距離でそんな振らなくても……え? 振り返さなきゃ駄目ですか?

 

「どう二人共? お勉強はかどってる? 麦茶持ってきたわよ」

「いえ、全然勉強してくれなくて困ってます」

「センパイ!!」

 

 抗議の声を上げる一色だったが、俺はウソは言っていない。文句があるならきちんと勉強をしてからにしてほしい。

 

「あらー駄目よ? 先生の言うことはちゃんと聞かなくちゃ」

「ちゃんとやってるから大丈夫だってば、ほらほら、お夕飯の準備があるでしょ」

 

 もみじさんに窘めれた一色は、すっと立ち上がり、もみじさんを回れ右させると、その背中を押し、部屋から追い出した。あまりにも自然なその動作に少し感心してしまう。

 

「はいはい、邪魔しないで、出ていって」

「えー……? もうー……。 じゃあまた後でね、八幡くん」

「あ、はい、お茶ごちそうさまです」

 

 入ってきた時同様、閉まる扉から、手を振るもみじさんを送り出し、一色が再び自分の椅子へと腰掛ける。

 

「んじゃ、そろそろ勉強始めるか、マジでテスト近いんだろ?」

「うーん……それはそうなんですけどぉ……。センパイ、来週またサイゼで集まりませんか?」

 

 しかし、一色はまだ次期部長問題から頭が切り替わらないのか、妙な提案をしてきた。

 

「は? なんで?」

「また話し合いするので、今みたいに色々アイディア出してくださいよ」

 

 え? なにそれ、やだ面倒くさい。

 

「やだよ、面倒くさい」

「お願いしますよー。頼られるのは嬉しいんですけど、私だけだとプレッシャーも凄くて……このままじゃ解決するまでつき合わされそうですし、さすがにそれはセンパイにも悪いかなって……」

 

 それは暗に俺もつき合わされるという事なのだろうか?

 なんかおかしくない?

 

「そもそも他校の、しかも中学の部活の問題に俺が参加するのおかしいだろ……」

「ぶー……」

 

 一色は頬を膨らませ、顔全体で不満を表現している。

 しかし、それは全力で頬を膨らませたわけではなく、あくまで控えめに子供っぽくそれでいて可愛く見える自分をよく計算された仕草だった。

 

「あざとい」

「あざとくないですー!」

 

 「すー」の口のまま数秒止まる一色、やはりあざとい。

 一体誰がこんなあざとい子に育てたんだろう。

 ふと、もみじさんが持ってきくれた麦茶に視線を貶すと、中の氷がハート型にかたどられていた。なんというか、細かい所まで余念のない人だ。あぁ、この人に育てられたんだなと色々納得してしまえる。

 

「ほら、そろそろ真面目にやるぞ、もう大分時間無駄にしてる」

「女の子との会話を無駄って……センパイ本気で言ってますか?」

「当たり前だろ、こっちは時給貰ってここ来てるんだぞ」

 

 まだ給料は貰ってないけどね。というか時給はどこからカウントされているんだろう? タイムカードみたいな物はないのだろうか?

 遅刻した分がマイナスされているならその分の補填はどこかでしたい。

 

「まぁ、何か思いついたら言うから、とりあえず今は勉強してくれ。じゃないとおっさんに何言われるかわからん」

 

 実際おっさんはそんな事気にしなそうではあるが、一応雇用主だ、ある程度は家庭教師という形に沿ったほうがいいだろう。

 そんな俺の言葉に一色は納得したのか、はたまた諦めたのか、そのまま「はぁ」とこれみよがしな溜息を吐き、ノロノロと教科書とノートを机の上に出し始めた、ようやくやる気になってくれたようだ、よし。

 あ、でも……何したらいいんだっけ?

 

「あー……で、何しよっか?」

「この状況で先生がソレを聞くんですか……?」

 

 本当にこんなんで金貰えるのかしら、俺。




次回!久しぶりにあの人が登場!
(内容は予告なく変更される可能性がございます(保険))

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第12話 おじいちゃんといっしょ

一ヶ月も投稿が遅れてしまいました。申し訳ありません!

そして私はサブタイを考えるのを諦めた……


「よぉ、八幡、やってるか?」

 

 ようやくテスト勉強モードに切り替わった俺たちの静寂を破ったのは、おっさん事、一色の祖父縁継(むねつぐ)だった。

 

「おっさん?」

「お爺ちゃん!?」

「お、やってるな? 感心感心」

 

 派手なアロハシャツと短パンという夏を先取りした風貌のおっさんは、まるで行きつけの居酒屋にでもやってきたかのようなテンションで片手をあげながら満面の笑みで部屋の中へと入ってくる。

 そのガタイの大きさも相まって正直知り合いじゃなかったらちょっと怖いレベルだ。

 

「ちょっと、ノックぐらいしてよー」

「まぁ、そう硬い事いうな」

 

 おっさんはガハハと豪快に笑うと俺の背中をバンバンと叩く。

 いや、なんで俺? 今の流れだったら叩かれるのはどう考えても一色だろう。理不尽だ。

 痛い痛い、昨今は布団を叩く時もそっとホコリを落とす程度の強さでって言われてるでしょ。そんなにしたら中の八幡が痛んじゃう!

 

「それで、今日はどうしたの?」

 

 一色の問いでようやく、おっさんの八幡叩きが終わる。助かった。

 赤くなってないかしら……?

 

「ああ、知り合いから良い魚を貰ったんでな、持ってきた。授業は終わりにして飯にしよう」

 

 そう言うとおっさんは今度は俺の方をみながらサムズアップを決める。

 いや、そんなドヤ顔されても……。

 そもそも、まだあなたに言われた家庭教師の時間終わってないんですけど? 

 時計の針は十九時十五分前を指している。

 正直俺が来てから一時間も勉強してないのではないだろうか? これでいいの? 雇用主が言ってるからいいのか?

 

「……んじゃ、今日はここまでだな。あとはまた来週ってことで」

 

 俺は手にしていた教科書を一色の机に置くと、そのまま帰り支度をしようと、一色に背を向けた。まぁ支度と言っても荷物はないのだが。

 しかし、その瞬間、大きなおっさんの手が俺の左手首を掴んだ。

 

「おいおい、どこ行こうとしてんだ?」

「え……? だって飯なんだろ? 仕事終わったなら俺は帰る」

 

 至極まっとうな事を言ったつもりだったのだが、何故かものすごい呆れ顔で返された。なんだって言うんだ……。

 

「あのな、聞いてたか? お前のために持ってきたって言ったんだぞ? ちゃんと食ってけ?」

 

 おっさんはまるでワガママを言う幼子を諭すような口調で俺の両肩に手を添えながらそう告げてきた……ん?

 いや、言ってなくない? 言ってないよ? 『俺のため』とか一言も言ってないよ?

 現実にバックログが実装されていたら確実に読み返している所だ。どう考えても言ってない。

 っていうか今どきバックログもないゲームってどうなの? 現実やっぱクソゲーだわ。

 

「センパイ、何か用事でもあるんですか?」

「いや、特にはないが……小町一人にもしておけないんでな」

 

 土曜だし恐らく両親どちらかが帰ってくるとは思うが。先週のように急用で遅くなるという事も少なくない。

 今日は流石に帰らねば、また小町が一人でよからぬ輩と外食という事にも成りかねないしな……。

 

「ああ、小町ちゃんなら今日は友達と外食するらしいぞ?」

 

 しかし、俺の心配事に対する解答を口にしたのはおっさんだった。

 

「は? なんでおっさんが知ってんの?」

「なんでって……連絡もらったからなぁ?」

 

 何故かおっさんが「何いってんだこいつ?」みたいな顔をして。自分のスマホ画面を俺に見せてきた。

 そこには『今日は友達と勉強会を兼ねて外食です』というメッセージとともに数人の友達と一緒にファミレスで楽しげにしている小町の写真が添えられていた。

 嘘……だろ……?

 俺は慌てて自分のスマホを開いてみる、だが新着メッセージは無い。

 小町ちゃん……? 連絡先間違えてない?

 

「あれ? この子もしかして先週の焼肉の子?」

 

 俺が少しだけショックを受けていると、一緒におっさんのスマホを覗いていた一色が、何事かつぶやいた。

 ん? 焼肉の子?

 

「ああ。小町ちゃんだ。八幡の妹だぞ可愛いだろう?」

「ええ!? 焼肉の子がセンパイの妹!? 本当に!?」

 

 なんだか凄い驚愕の目で見られているが、紛うことなき事実だ。血縁関係を疑うのはやめていただきたい。そしてその焼肉の子というのもやめてもらいたい。なんか大食いキャラみたいだろ。

 

「っていうか、 焼肉の子ってなに?」

 

 確かに小町は先週焼肉食ったらしいが、なんでそんな有名になってるの? 俺の知らない間に千葉で有名な焼肉娘にでもなったの?

 売れない地方のアイドルみたいだな。

 いや、確かに小町は我が家のアイドルだけども。

 

「なんだ、聞いてないのか? 先週小町ちゃんが夜一人だって聞いて、焼肉連れてったんだ」

「それで、多分その時の写真が私に送られてきました」

 

 そう言いながら今度は一色がスマホの画面を見せてくる、ちょっと薄暗くて顔が判別しにくいが、俺には分かる、このフォルム確かに小町だ。

 って、あんたが連れてったのかよ……。ガチでパパ活とか想像しちゃったよ。

 なんか、色々考えて損した……、そりゃそうだな、うちとは縁のない高級焼肉店にぽんと連れ出してくれそうな人、この人ぐらいしか思い浮かばないわ。

 

「お前、家庭教師の契約する時『遅くまでかかると妹が一人になるから困る』ってごねてただろ? だから一応こっちでもフォローしようと思ってな、ご両親の了承も取ったぞ?」

 

 そういえばそんな事を言ったような気もする。あの時は契約書から逃れるために色々適当な事もいったからなぁ。

 まさかおっさんがそれを覚えているとは、おっさんの記憶力恐るべし。

 っていうか俺、あの時余計なこと言ってないよね? なんかちょっと怖くなってきたな。割と適当にその場しのぎなことを言った気がするが、なんか不利な事言ってたら最悪「言ってない」でごり押そう。現実にバックログ機能ついてなくてよかったわ、現実マジ神ゲー。

 

「まあ、そういう事で今日はこっちに来たってわけだ。沢山あるからしっかり食ってけよ?」

 

 半ば放心状態の俺は、おっさんに引きずられるように、そのままリビングへと向かう羽目になった。はぁ……。

 

「ちょ、ちょっと待ってよお爺ちゃん! 私の事忘れてない?」

 

 そんな俺達を見て、一色も慌てて机の上を片付け、追いかけてくる。

 こいつ片付けるのは早いな……こんなんで本当にテスト大丈夫なんだろうか? あとで点下がったとか言われても俺責任とれないからね?

 

「連れてきたぞー」

 

 一色よりひと足早く、廊下を抜けると、そこには見知った顔があった。

 

「八幡くん、お久しぶり」

「あ、ども、お久しぶりです」

 

 楓さんだ。まあおっさんがいるのだし、居るのが当然といえば当然か。もみじさんと一緒に忙しそうに料理を運んでいる。

 今日は先週とは違い、テレビの前のローテーブルに大量の料理が並べられていた。

 香ばしい食欲をそそる香りが辺りに充満し、テーブルの上には湯気が漂っている。

 

「あれ? ママ、パパは?」

「急なお仕事だって、今日は泊まるかもっていってたわ」

 

 一色の問いに答えたのはもみじさんだった。

 休日出勤だろうか? どうやら一色父もうちの両親同様それなりにブラックな所にお勤めらしい。相変わらず不景気な日本はブラック企業だらけのようだな、働きたくないでござる。

 

「さ、そんな所に立ってないで、座って?」

 

 俺は促されるままに、席に付いた。

 正面におっさん、左側にもみじさんと一色、右側に楓さん。そして俺が一人という並びだ。定位置が決まっているのだろうか?

 そういえば……ここには楓さん、もみじさん、それに一色と一色家の女性が勢揃いしているんだよな……。

 こうやって見ると似ている、というのももちろんだが。ちょっとした進化の過程のようだ、一色は確かに整った顔立ちをしているが、楓さんやもみじさんと比べるとまだまだ幼さが残り、発展途上という印象を受ける。楓さんももみじさんもそれぞれが上位互換のような存在なので、見ていて面白い。ポ○モンの進化図のようだ。イッシキー! ゲットだぜ!

 

「センパイ? 何か失礼な事考えてませんか?」

「べ、別に何も考えてねーよ」

 

 だめだ!、イッシキーはボールから出てしまった。

 なんだろう、こういう所、妙に鋭いんだよなぁ……。

 別に卑猥な妄想をしていたわけではないが、ちょっとだけ恥ずかしくなり俺は一色から目をそらした。 

 

「ささ、いただきましょ? 八幡くんもいっぱいあるから遠慮なくおかわりしてね?」

 

 先週もそうだったけど、俺、フードファイターか何かと勘違いされてない?

 正直そんな食う方でもないので沢山用意されても困るのだが……。

 今日は無理せず、食事を楽しませてもらおう……。

 

「そんじゃ、食うか、いただきます」

「「「いただきます」」」

 

 おっさんの合図で一斉に皆が手を合わせ、食事を始める。

 俺は一拍遅れて、いただきますと呟いた。

 

「それで、どうなんだ? 家庭教師の方は?」

「うーん、どうなんですか? センパイ?」

「俺の評価を俺に聞くなよ……」

「だって、今日だってほとんど勉強なんてしてないじゃないですかぁ?」

「それはお前が変な話ふってくるからだろ……」

「変な話なんてしてませんよ! ちょっと相談に乗ってもらっただけじゃないですか! お祖父ちゃんこの人家庭教師向いてないから他の人にして!」

 

 やいやいと文句をいう一色を無視して、箸を進めると、おっさんは豪快に笑い、もみじさんが「じゃあ私の家庭教師を頼もうかしら」などとよくわからないアピールをしてくる、楓さんはそんなやりとりを「あらあら、うふふ」と眺めている、なんなの? 十七歳なの? おいおい。

 

「それで、相談ってのはなんなんだ?」

「実はね……」

 

 おっさんがビールを片手にそう問いかけると一色はゆっくりと先ほど俺に話した内容を話し始めた……。

 

*

 

「……うっ」

「センパイ、大丈夫ですか?」

「あー……なんとか……」

 

 結局、今日も必要以上に食べてしまった、ただ先週よりはいくらか楽だ。単純に美味かったというのもあるが、肉と魚の差だろうか?

 俺は残っていたお茶を飲み干し、ふぅと息を吐く。

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした、お口にあったかしら?」

「はい、美味かったです……ごちそうさまでした」

 

 俺はもみじさんにそうお礼を言い、食器をキッチンに運び、今度こそ帰り支度を始めると、おっさんが立ち上がった。

 

「んじゃ八幡、行くか?」

 

 え? 何、怖い。

 まだ何かあるの? もう帰りたいんですけど……。

 

「……行くってどこに?」

「帰るんだろ? 駅まで送ってく」

 

 俺が当然の疑問をぶつけると、あっちもまた『当然だろう』という顔で告げてくる。しかも顔が赤い。照れているのではない、酒が入っているのだ。

 

「いや、いいよ。駅近いし」

「まぁ、そう言うな、アイスぐらい奢ってやる」

 

 正直今はもう何も腹に入れたくないし酔っぱらいに送って貰うのも怖いので断ろうとしたのだが、おっさんは慣れた手付きで財布と鍵をポケットにしまうと、さっさと玄関へと向かっていってしまった。

 

「ちょ……!? あ、じゃぁ、お邪魔しました」

 

 俺は慌てて挨拶を済ませ、おっさんの後を追いかける。後ろからはもみじさんと楓さんの「またね」という声が僅かに聞こえた。

 一色は……恐らくもう部屋に戻ったのだろう。少しはテスト勉強していてくれるといいが……。

 

 廊下を抜け、おっさんを追いかけると、おっさんはエレベーターが来るのを待っていた。他には誰もいない。

 俺が横に並び、黙ってエレベーターのランプを見て待っていると、おっさんが背中越しに話しかけて来た。

 

「それで、どうなんだ?」

「どうって?」

「家庭教師とか、いろはの事とか」

「家庭教師は……正直うまくやれてるとはいえない……。というかこの二回分の給料もらうのも悪いぐらいだ」

 

 到着したエレベーターに乗り込みながら、俺は正直にそう告げると、おっさんは大きな声で笑いだした。誰もいないけど防犯カメラついてるからね? あんまり恥ずかしい事しないでくれる?

 

「はっはっは。そうかそうか。それはそれでいいさ。その分いろはとは仲良くできてるみたいだしな」

 

 仲良く、出来ているのだろうか?

 なんだか適当にあしらわれているだけな気もするが。

 

「あいつはな、やたらと人に愛されたがる。まあ、それは儂らのせいかもしれんが……。建前とはいえお前という家庭教師の前で“フリ”でも勉強しないで素の自分を見せているっていう事は心を開いている証拠だろうよ」

 

 なんだそりゃ、っていうかそれだと俺には愛されたくないって事になるんじゃないですかね?

 一階に到着したエレベータを降り、エントランスを抜けると、外は随分暗くなっていた。

 

「しかし、『給料を貰うの悪い』か……お前がそこまで律儀に仕事をこなそうとしてくれていたとはな」

 

 明らかに何かを勘違いしたおっさんが期待した目でニヤニヤと俺を見つめてくる。

 別に律儀ではない、百点満点の仕事をするつもりはないが、金が関わってくる以上、せめて及第点は取っておきたいというだけだ。

 俺がいることで受験生の勉強時間を削っているという事になれば流石に俺も良心が痛むしな。 

 

「そりゃするだろ……金貰うんだし、一応初めてのバイトだし……受験なんて大事な時期じゃ責任も取れない……」

「責任ねぇ……まあ俺としては別の方法で責任を取ってくれりゃいいんだが……」

 

 おっさんがチラリと横目で俺を見てくる。

 別の責任というのは恐らく『教師としての責任』ではなく『許嫁としての責任』という意味なのだろう。だがどちらも御免こうむりたい。

 

「じゃあな、さっきいろはが話してた相談事、アレ解決してみせろ。それで、お前の中の罪悪感はチャラって事で、どうだ?」

 

 相談事。正直俺がその話題には触れる事はもうないと思っていた。

 食卓で同じ相談がおっさん達にされた以上、あとは適当に解決されるだろうからだ。

 もっとも、その食卓では解決案が出ることはなく、一色は不満を漏らしていたが……。

 だが、その状況で俺が恩着せがましく一色を助けようとすれば確実に気持ち悪がられるだろう、ソースは俺。

 一色を助ける理由がない以上、俺が口をだすのは間違っている。

 しかし、その理由が今、目の前に用意されようとしていた。

 

「解決つってもなぁ……俺に何か出来るとも思えないんだが……?」

「でも、ずっと考えているんだろ?」

 

 おっさんが不敵に笑う。図星だった。

 一体このおっさん何が見えているの? ちょっと怖いんだけど。

 そもそも俺は『誰かに相談される』という事自体に慣れていないのだ、解決できるかどうかは別として、相談された時から、助ける理由がなくとも、解決策を考えてしまっている自分は確かに存在していたのだ。これはぼっちの宿命とも言っていいだろう。

 とはいえ、学年、学校が違うからなぁ。手を出しようがないのも事実で、具体的な解決策は思いつかない。俺に出来ることと言ったら……。

 

「……せいぜいアドバイスをするぐらいしか出来ないぞ……?」

「だったら、アドバイスしてやればいいだろう?」

 

 俺の精一杯の抵抗に、おっさんはさも当然という風に答えると、少しだけ歩みを早めた。

 アドバイスでも構わないらしい。では、一体どんなアドバイスをすればいいのか?

 部長にはなりたくないという『竹なんとか弟』は部活をやめるという手段は取りたくないという。

 ならばアプローチすべきはその弟を部長にしたい『竹なんとか兄』と三年連中。こいつらを説得できるような材料が欲しい。

 二年を部長にした方がメリットがある事をうまく提示できればよいのだが、現状ではその二年が癌になっているので、正直詰みではないかと思う。やはり一度部活を辞めて、ほとぼりが冷めた頃に戻ってくるのがベストじゃないだろうか? だがこの案は一色により却下されている。堂々巡りだ。

 何か部長をやれない理由を作るか、部活は続けられるが部長にはなれない理由があれば……

 

「……部長に相応しくないという噂を流して、信用を落とす……?」

「ほう? それで解決するのか?」

「部長候補のやつが実は金遣いが荒くて部費を使い込む可能性があるという噂を流すとか……」

「はっはっは! やっぱ面白いなお前!」

 

 俺の案を聞くなりおっさんは、人目をはばからず手を叩いて笑い始めた。

 完全に酔っぱらいだ。一緒に歩くのが恥ずかしい。

 

「まあ、その方法が成功するかどうかは別として。そもそもお前、その部長候補のなんとかって奴と親しいのか?」

「いや、全然」

 

 今日ちょろっと会っただけだし、なんならもうすでに顔もうろ覚えだ。というか兄と弟の名前がもう区別できる自信がない。『竹なんとか』なのをギリギリ覚えているぐらい。

 

「じゃあ、そいつをどうしても部長職から助けてやりたい?」

「まったく」

 

 ぶっちゃけ、かなり詰められている状況っぽいので、どちらかというと相談された一色が可哀想なんだよな。もし一色が選手であればもう少し方法はあったかもしれないが、顧問が口を出さないという環境で、マネージャーがそれほど強い発言を出来るとも思えない。

 

「だったら、他にもやりようはあるんじゃないか? いろはがやらなければいけない事、お前がやるべき事の優先順位をはっきりさせた上でな」

 

 まるで禅問答のようだ。優先順位? 悩みを解決することが正解ではないのか?

 

「それって……?」

「おっと、忘れる所だったな、約束通り、アイス買ってくか」

 

 俺の疑問をかき消すようにおっさんはそう叫ぶと走り出した。

 気がつけばそこはもう駅前。青信号が灯る横断歩道の先にはスーパーが誘蛾灯のように大きな光を放っている。

 

「いや、俺もう腹いっぱい……」

「若い奴が何遠慮してんだ? ほら、小町ちゃんの分もお土産に買ってけ。あ、でも溶けたらまずいか。なぁ何がいいと思う?」

 

 俺の抗議の声など聞かず、おっさんは勢いよく横断歩道を渡りきると、買い物かごを手に取りスーパーの中へと入っていった。いや、一体どんだけ買うつもりなんだよ……・。

 

「ついでにもう一本ぐらいビール買ってくか。あ、楓には内緒だぞ?」

 

 そう言うと、まるでイタズラを思いついた子供のようにキラキラと顔を輝かせ、おっさんは酒コーナーへと走っていった。

 

「……もう、なんでもいいよ……」

 

 俺は一度ため息をつくと、ソレ以上の会話を諦め、おっさんの後についていく。

 結局、その日はそれ以上「一色の相談事」に関する話をすることもなく俺はマッ缶を奢ってもらうと、小町へのお土産と称した重い買い物袋を持たされ、帰路についたのだった。




と、言うわけで十二話でした。

一ヶ月遅れた言い訳などは活動報告にて……。
次話は解決編となります。
いよいよ二人の関係に進展が……!?

感想、評価、お気に入り、誤字報告いつもありがとうございます!
引き続きいつでもお待ちしています!


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第13話 二度目のサイゼ

先に謝罪しておきます。申し訳ございませんでした!


 この一週間。俺は一色のサッカー部問題の事で頭が一杯になっていた……なんてことは当然ない。

 全く考えていなかったわけではないが、おっさんの助言の意味も踏まえて俺の出した回答が正しいという確証が持てなかったし、そもそもすでに解決済みという可能性もある。

 加えるならそこまで切羽詰まった問題だとも思っていないので、次回以降一色の話を聞きながら適当な事を言って乗り切る案の方が面倒くさくなくて良さそうだとも思っている。

 リアルタイムで情報が降りてこない俺の行動が後手に回るのは仕方のないことで、当事者でもないのだから責められる謂れもない。

 だから、また土曜日がやってきても、その時点では『面倒なバイトの日がやってきた』という認識しかなかった。

 

 そういえば一色は今週がテストなはずだから、早ければ今日にもテスト結果を見せてもらえるかもしれないな。ならば今日の授業内容は決まったも同然だ。色々考えなくて良いので楽ができる。

 そんな事を考えながら冷蔵庫からマッ缶を取り出し、出勤前の一服をしていると、テーブルに置いていたスマホが震えだした。

 こう毎日スマホが鳴ると自分がリア充なのかと勘違いしちゃうから辞めて欲しい。……まあ相手はほぼ一色一族からだけど……。

 

「ん? 一色?」

 

 それは一色一族の中でも珍しく一色いろはからの着信だった。

 こういうめったに掛けてこない奴からの着信って碌でもないお知らせだったりしない? 出るの嫌だなぁ……怖いなぁ怖いなぁ……。

 などと考えていると着信が切れた、諦めたのだろうか? ほっと一安心。

 だが、間髪入れずにピコンとメッセージの通知音が鳴った。

 

『出てください』

 

 そして再びスマホが振動。流れるようなコンボだ。

 着信相手は当然一色。

 えぇ……何なの? 出来れば要件をメッセージで残してほしい……。

 

「お兄ちゃん? スマホ鳴ってるよ?」

 

 俺が鳴り続けるスマホ片手にマッ缶を傾けていると。ひょこっと可愛らしい声の少女が現れた。小町だ。むしろ小町じゃなかったらどうしよう。

 

「なーに画面にみとれちゃって……っていろはさんじゃん! バカ兄! すぐ出て!」

 

 小町は俺の背に回ると肩に顎を乗せ、スマホの画面を確認したと思ったら、すばやく俺からスマホを奪い取り通話ボタンをタッチした。

 

「ちょ、ま!」

「今どき○リのモノマネとか流行らないから! ほら、早く出る!」

 

 それを言うならホ○のモノマネじゃなくてホ○のやってるキ○タクのモノマネだからね?

 だが、俺の抵抗を物ともせず、小町はそのままスマホを俺の耳に押し当ててくる。

 くそぅ……さっさと拒否しておけばよかった。

 

「……しもーし? センパーイ? 聞いてますかー?」

「おう……なんだ」

「あ、よかった。センパイすいませんけど今日もサイゼに迎えに来てもらえませんか?」

 

 電話越しに聞く一色の声というのはどうにもむず痒い。まるですぐ側に一色がいるかのような錯覚に陥り、内容が頭に入ってこない。

 

「お、おう……おう?」

「だーかーら、迎えに来て下さい!」

「何、また捕まってんの?」

「そうなんですよー……ずっと話し合いしてるんですけど、一人だけ帰れる雰囲気じゃなくて……」

 

 時計をみるともうすぐ十六時を回る所だった。行きがけに拾うにしてもまだ少し早いな。

 

「なんか進展あったん?」

「あったと言えばあったんですけど……ちょっと面倒くさい事になってて……」

 

 どうしたもんかと悩み、急ぐ必要があるのか少し情報を引きだしたかったのだが、どうにも歯切れが悪い。

 

「なんかまだしばらく悩まされそうです……」

 

 億劫そうな一色の言葉の後には『ふぅっ』と溜息らしき音が聞こえてくる。

 あの状態から一体何があれば面倒くさいことになるのだろう。すでに面倒くさいのに。

 しかし、毎度この調子では俺も困る。

 毎回迎えにこいといわれても俺にだって予定が……特にないが面倒くさい。

 これは思っているより早く解決しないといけない問題なのかもしれないな……。そう思った瞬間、おっさんの顔が脳裏をよぎった。

 

「……わかった。今から行く」

「へ? 今からですか?」

「なんか問題あんの?」

「いえ、ありがたいですけど、てっきり時間ギリギリまで来てくれないかと」

「それでいいなら、そうするが?」

「あー! 今すぐ! 今すぐ来て欲しいです! お願いします!」

「……んじゃちょっと待ってろ」

「はーい♪」

 

 少しだけ機嫌がよくなった一色との電話を切ると、俺は残ったマッ缶を一気に胃の中に流し込む。

 すぐ横では聞き耳を立てていた小町がニヤニヤと俺の顔を覗き込んでいた。

 

「何その顔?」

「な~んでもな~い。ほら、いろはさんの所行くんでしょ?」

 

 はぁ、と溜息を吐き、重い腰を持ち上げる。

 まだ三十分はのんびりしていられると思ったのに……。何故こんな事になってしまうのか。

 

「お兄ちゃんが自主的に許嫁さんの所に行くなんて……なんだかんだ言って結構仲良くやれてるんだね、小町感激で涙でてきちゃうよ……うう」

 

 小町は事情も知らずそう言うと目元を拭う仕草をした。

 仲良く……? いや、一方的に利用されてるの間違いだろう……少なくともあっちがそのつもりなのは確かだ。

 

「今のお兄ちゃん、ちょっとだけ格好良いよ?」

 

 小町は今度は少しだけ真面目な顔で笑った。

 そうか、格好いいか。

 俺は身支度を整え、財布の中身を確認する。よし。

 

「ところで小町よ、そんな格好いいお兄ちゃんにちょっとお金貸してくんない……?」

 

 ドリンクバーも無理だったわ。

 

「うわぁ……カッコ悪……色々台無しだよ……」

 

*

 

 外に出ると、雨が降っていた。先週の暑さが嘘のように肌寒い。

 結局俺は、小町から三千円ほど借り入れ、サイゼへと向かう事になった。

 サイゼだし千円もあれば十分なのだが、『いろはさんと一緒なんだからこれぐらい持ってきなさい』と三千円を渡された。よくできた妹である。

 中二にとって三千円は大金だろうに、出来るだけ早めに返してあげたい。

 まあ俺にとっても大金だけど。

 

 電車に乗り、十数分かけてサイゼの前に着くと、一色が窓越しにブンブンと手を振っているのが見えた。

 なんだろう、デートの待ち合わせみたいでちょっとだけ顔がにやけてしまう。

 いや、そんな色っぽいもんじゃないのは分かっているのだが。ファミレスで友達と放課後を過ごすってこういう感じなんだろうか。なんか青春っぽい。アオハルかよ。

 

 そんな事を考えながら俺は傘を畳んでサイゼに入り、一色達の元へ近づく。

 一色の他は先週と同じメンツのようだ。竹なんとか君と浅田なんとかさんだっけか。相変わらずでかい。

 

「センパイ、早かったですね。すぐ出るのでちょっとだけ待ってもらえますか?」

 

 一色はあざとい笑顔で俺の袖を引きながらそう言うと、自身の隣の席へと俺を誘導した。

 だが、竹なんとか君と浅田なんとかさんは突然の俺の登場に戸惑っている様子で怪訝そうに俺を見ている。え? 説明してなかったの? 完全にアウェーなんですけど?

 

「先週紹介したよね? 家庭教師の比企谷先生」

 

 一色が戸惑っている二人に俺を改めて紹介する。

 

「あ、覚えてます。竹内です」

「お久しぶりです、浅田です……」

 

 それに習い、二人も自己紹介をしてくれた。なんか先週もみたなこの光景。

 竹内と浅田ね。まあ年下だし呼び捨てで構わんだろ、とりあえず今度は忘れないようにしとこう。

 

「えっと……比企谷さん? はなんでここに……?」

「あー……」

 

 そこからか、まあそれもそうだな。まさか自分たちの部活の問題に関係ない家庭教師が口を突っ込んでくるとは夢にも思わないだろう。

 

「先週と一緒、もう家庭教師の時間だから私帰らないと。それじゃこの話はまた今度ね」

 

 だが一色は俺が口を突っ込む間もなく、飲みかけのミルクティを一気に吸い上げ席を立とうとした。

 あ、まずい。よくよく考えれば当たり前なのだが一色にとって俺はあくまでこの場を去るためのきっかけでしかないのだった。少し話をしようと思ってた俺の完全な勇み足。

 

「さ、行きましょ、センパイ」

「あー……」

「ま、待ってくださいよ一色先輩! デートの件お願いします!」

 

 しかし、俺が言葉を発するより早く一色を止めたのは竹内だった。ところで今聞き慣れない単語が聞こえたんですけどどういう事? デート? え? この子一色の事好きなの?

 

「だから、それは考えさせてって……」

「お願いします!」

 

 椅子から立ち上がり、中腰のままの一色に竹内が頭を下げる。

 状況が読めなさすぎる。

 仕方がない、ちょうどいいしここは俺から話すか……。

 

「あー……とりあえず状況を教えてくれるか? 一色も座れ」

「え? でも……」

「いいから座れ」

 

 その言葉で俺が一緒に出ていかないと悟ったのか、一色は渋々と着席した。そして俺の方をめっちゃ睨んでくる。あれ? 俺の味方いない感じですか? まあぼっちは慣れてるからいいけどね……。

 とりあえず、少し長くなりそうだからドリンクバーを注文しておく。さすがに何も注文せずに長居はできないからな……。

 一色を座らせたまま、今度は俺が席を立ち、ドリンクバーでコーヒーを入れ、再び席に戻った。

 俺のせいだとはいえ沈黙が気まずい……。一色も目を合わせてくれない。なんで俺がこんな事を……ちくしょう。

 仕方がないので俺は竹内と浅田の方を見ながら、話をきりだす事にした。決して一色に睨まれるのが怖いからではない。

 

「あー……っと、お前らのサッカー部の問題について、俺は一色からある程度聞いている。正直俺が口出す問題じゃないのはわかっているんだが、今日は何かアドバイス出来るかもしれないと思ってここにきた」

 

 そう言うと竹内が一瞬チラリと浅田に目配せをした後、俺の方へと視線を向けてくれた。

 一色はグラスに残っている氷をストローでカラカラと回し、『不機嫌です』アピールをしてくる。プレッシャーが凄い。くっ……これがニュータイプか!

 

「えっと、サッカー部の問題っていうのはどこまで知ってるんですか……?」

「お前が部長になりたくないっていう話ぐらいだ、さっきのデート云々については初耳なんで進展があったなら先に説明をしてもらえると助かる」

「センパイ……?」

 

 自分の予想とは違う展開になってしまった事に不安を感じたのか。一色が軽く俺の袖を引く。

 とりあえず不機嫌モードは終わったようだ、良かった。あのままだったらもう帰ろうかと思った。

 

「大丈夫だ、早めに終わらせる。説明を頼む」

「えっと、それじゃぁもう一度おさらいしますね……」

 

 そう言うと一色はゆっくりと説明を始めてくれた。

 

「基本的な事は先週先輩に話した通りです。健史君が部長に推薦されてる状態です。それで先週センパイが帰った後麻子ちゃんから私に連絡がきました」

 

 連絡? 先週の段階で何か動きがあったのか。一色の言葉を引き継ぐように今度は浅田が話し始めた。この子はなんていうか真面目系のトーンだな。どっちかというと文芸部とかの方が似合いそう。

 

「私は私で部長をやってくれそうな人に声をかけてたんです。そこで一人条件付きで部長をやってもいいっていう人を見つけました」

「ああ、そこからはなんとなく予想がつく、つまりその条件が一色とのデートなんだな?」

「はい」

「そうです」

「最悪です」

 

 いろは参上!

 おっと、これは違う作品だったな。

 

「一回デートするぐらい良いじゃないですか! いろは先輩モテるからどうせそういうの慣れてるんでしょうし?」

「別に慣れてるわけじゃないよ……。面倒くさい買い物に付き合ってもらったりは結構あるけど」

 

 買い物に付き合って貰ったことはあるのか。しかも面倒くさいっていう所がいかにも一色らしい。

 ん? でもそれデートとどう違うの? デートってなんだ?

 

「えっと……具体的にはどういう奴なんだ?」

 

 俺は脳のCPU使用率の数パーセントをデートの定義に奪われながら、言い合いをする女子二人を避け、竹内に聞いてみることにした。

 

「葛本和夫先輩。二年のレギュラーなんですけど。ちょっと女の子好きというか……。セクハラっぽいことをしてくるってチアの子達からもクレームが来たりしてて、兄さ……部長にも何度か注意もらってる人です。部のイメージを悪くするからって結構きつく言われてるみたいなんですけど全然堪えてないみたいで……」

「何かって言うと肩に手を回してきたり、しつこく迫ったりしてるんです。自分がモテてるって勘違いしてるんですよね。デートなんてしたら何されるか……」

 

 どうやら絵に描いたようなチャラ男タイプらしい。ホラー映画で真っ先に死にそうだな。

 なんにしても一色がデートをすればそいつが部長になるという選択肢が増えたわけで、竹内にしてみればほぼノーダメージで事が収まる状態か。

 だが、一色が嫌がっている以上、この解決策ではおっさんに出された課題をクリアしたことにはならないだろう。

 ここは一つ、試してみるか……。

 

「一つ確認したい、竹内……でいいか?」

「あ、はい」

 

 俺が話しかけると、飲んでいたメロンソーダらしきコップのストローから口を離し、まっすぐに俺の方を見つめてきた。

 見るからに好青年という印象だ。さすがに同年代とは思わないが、少し前まで小学生だったというのが信じられない程度には大人びて見える、最近の子は発育がいいなぁ……。イエ、浅田サンノ事ジャナイデスヨ?

 きっと将来有望というのはこういう奴の事を言うんだろう。ちくしょう、う、羨ましくなんてないんだからね!

 

「じゃあ、竹内。お前、サッカー好きなんだな?」

「はい」

 

 間髪入れずに答えてきた。よほど好きなのだろう、目がキラキラしていてちょっと俺には眩しい、直視していると目が潰れてしまうかもしれない。

 くそ、これが光属性という奴か。

 

「あー……先の事はどこまで考えている?」

「先?」

「あくまで趣味のレベルで続けていくのか、プロを目指すつもりがあるのかっていう話だ」

「もちろんプロになりたいです。高校は艦橋にいくつもりです!」

 

 艦橋。千葉でも有名なサッカーの強豪校だ。一年のうちからすでに志望校を決めているなら実際入れるかどうかは別として、少なくとも今は本気で考えているのだろう。

 

「じゃあ部活をやめるっていう選択肢はないんだな?」

「はい! 何があっても続けたいです」

「なら、なんで部長にならない?」

 

 その質問をすると、先程までの夢を語る少年は鳴りを潜め、肩を落とし俺から視線を逸した。

 

「フミ君は一年なんですよ? こんなイジメみたいな方法で部長にさせられたって上手くいくわけないじゃないですか!」

 

 だが、意外なことにその問に答えたのは、浅田だった。しかも何故かちょっと怒っている。

 思わず謝ってしまいそうになる剣幕だ。

 ごめんなさい。

 そして、その突然の乱入にショックを受けているのは俺だけじゃないようで、竹内もしょんぼりと肩を落としていた。空になったドリンクの底を悲しそうに眺めている。い、今のは俺のせいじゃないからね?

 でも、なんとなくこいつの性格と力関係が見えてきた。これならいけるかもしれない。

 とりあえずここは浅田は無視して竹内を集中攻撃だな。

 

「お前プロになるんだろ? 実力主義の世界じゃないのか? 俺もそんな詳しいわけじゃないから偉そうな事は言えないが、年下が遠慮してプロになれるような世界ではないと思うぞ」

「……それは……そうですけど……」

「なら……」

「やめてください! 皆そうやってフミ君に押し付けようとするんです! だから私達がこうやって話し合ってるんじゃないですか! いろは先輩からも言って下さいよ」

 

 業を煮やしたとはこういう事をいうのだろうか、浅田は勢いよく立ち上がりテーブルを叩くと、一色に救いを求め始めた。一色も困ったように俺の顔を覗き込んでくる。

 まずい、ここで主導権を奪われる訳にはいかない、俺はまだ半分以上残っているコーヒーを一気に飲み干して立ち上がる。うっ……ちょっと気持ち悪い、来る前もマッ缶飲んできたからなぁ……。

 

「ふぅ……竹内、飲み物取りに行こうぜ」

「ふぇ?」

 

 なんだその声は萌キャラのつもりなら百年早い。一回小町に生まれ変わって出直してこい。

 

「あ、それなら私が行きます!」

 

 場の空気に耐えられなくなったのか、一色が挙手しながら気遣いのできる女の子アピールしてくる。

 だがそれでは意味がないのだ。

 

「私……」

「一色は座ってろ」

 

 浅田もついてこようとしたので少し語気を強めて威嚇しておく。

 ガルルルル。ここは少し俺のほうが立場が上だというのを見せておきたい。

 だが返ってきたのは一色の「は?」という冷たい低音ボイス。

 あれ? 一色さん怒ってらっしゃいますか……?

 

「た、健史、行くぞ」

 

 ここで一色と浅田を同時に敵に回すのはまずい、とにかく一刻も早くここを立ち去らなければと、竹内を名前で呼んで精一杯の不機嫌なお兄ちゃん感を出してみる。

 弟属性なら兄属性の俺が有利なはずだ……。

 少なくとも少し前の小町だったらこれで最後は言うことを聞いてくれた。

 なお今は「はぁ!?」っとキレられるのでもう使えない。

 結局誰にやってもキレられるんじゃねーか。もうこの技は封印だな……。

 

「……はい」

 

 だが今回は成功だったようだ。

 健史はのそりとグラスを持ったまま立ち上がり俺の後をトボトボとついてくる。  

 去り際にチラリとテーブルを見ると浅田にも睨まれているのが見えた。

 ああ、胃が痛い。もうあの席戻りたくないわ。

 まぁとにかく、二人になることには成功した。ここからが勝負だ。

 

「……お前、プロになりたいっていうけど、実力的にはどんなもんなの? まあそんなに部長が嫌だって言うなら少なくとも葛本とか言うのよりは下手なんだろうけど」

「べ、別に葛本先輩に実力で負けてるとは思ってません!」

 

 意外なことに健史は食い下がってみせた。まあ俺にはよくわからんが、やはり多少なりプライドはあるのだろう。

 

「でも、部長になる気はないんだろ?」

「……それはそうですけど……」

「まぁ正直言うと俺はお前が部長になろうとなるまいとどうでもいいんだけどな、どうせ最初にお前を部長に推薦した奴だってお前が本当に部長として相応しいだなんて思ってないだろうし?」

「……」

「そいつら今頃大爆笑だろうな」

「……」

「それで、葛本が部長になって更に爆笑」

「……」

「そういうの……腹立つよな?」

 

 健史は何も言わない。だが伏せていた顔を少しだけ上げた。俺はコーヒーのボタンを押し、カップに黒い液体が溜まっていくのを感じながら、言葉を続ける。

 

「やっぱやられたら、やり返さないとな?」

「……でも、やっぱり僕が部長なんて出来ないです……」

 

 もうひと押しか。

 

「出来る」

「比企谷さんが俺の何を知っているっていうんですか!」

「知らんさ、何もな。だが状況から考えてお前がベストな人選だというのはわかる」

「ベスト?」

「少なくともお前の兄貴はそう判断した。今の二年の奴らよりお前のほうがマシだと推してるんだろ? まあ、お前の兄貴が実はサッカーの素人だというなら話は別だが」

「そんな事は……ないです……兄さんは凄い上手くて僕の憧れで……」

「なら、悩むことないだろ」

 

 カップに溜まったコーヒーを持ち、砂糖とミルクを手に取ると。場所を健史に譲る、だが健史はその場で立ち尽くしていた。

 

「まぁ、確かに色々難しいだろう、だがきっと得るものは大きい、なんだか分かるか?」

「経験とか……内申とかですか?」

「それももちろんだが『大好きなマネージャーと二人きりの時間』だ」

「はひゃ!?」

 

 健史がまたしても変な声を上げた、なんだろうコイツ意外と可愛いやつなのかもしれない。

 

「だ、大好きってなんですか! 別に僕麻ちゃんの事なんてなんとも!」

 

 麻ちゃん……麻ちゃんねぇ……。

 

「まだ浅田の事だなんて一言もいってないんだけどな……一色は眼中に無いってことか」

「あ……だ、騙しましたね!」

「別に騙してはねーよ」

 

 確か先週、一色からそんな話を聞いていた気がしただけだ。まあ半分は賭けみたいなもんだったけどな。でもどうやら大当たりのようですねぇ……。

 

「一色はもう卒業だ、他にマネージャーがいないなら二人きりになるチャンスもあるだろ。なんなら部長としての仕事も手伝ってもらえ」

「……比企谷さんって結構ずる賢いですね……」

「なんで『ずる』なんだよ……」

 

 そこは素直に褒めて欲しい。だがまぁ俺のことはいい。

 今確実に健史の心が揺れ動いているのが分かる。あと少しで落とせる、そんな気がしていた。

 ああ、こうやって打算的に考えているのがいけないのか。だが今更引き返せない。

 

「……僕に出来るでしょうか……?」

「それは知らん、結局はお前次第だ」

 

 健史の指がメロンソーダのボタンの前で止まった。

 どうやら、また同じものを飲むようだ。まあ俺も人のことは言えないけどな。

 ちらりと一色達の席をみると、一色と浅田が睨むようにこちらを見ているのが見えた。

 

「それで、どうする……?」

「……やってみてもいいんでしょうか?」

「推薦する方にだって責任はあるんだ、むしろチャンスだと思って気楽にやってみたらいいんじゃないか? 無理なら無理で大好きな麻ちゃんとやらにでも泣きつけ」

「……なんだか、比企谷さんに乗せられてる感じがしますけど……やってみようと思います」

 

 竹内はそういうと「泣きつくつもりはありませんけど」と軽く笑った。

 どうやら、成功したらしい。

 ふぅ……。

 

「そうか……んじゃそろそろ戻るか、一色が凄い目でこっち睨んでる」

「はい! あ、もしかして、比企谷さんは一色先輩のこと好きなんですか?」

「ちげーよ……これも仕事なんだよ……頼むから受験生をこれ以上引っ張り回さないでやってくれ」

「……すいません……」

 

 そう、これは仕事の一環。

 これで一色の悩みは解消されるだろう。

 俺はおっさんに出された課題をクリアしただけ。

 それ以外の理由を考えてはいけない。一色もこの場を切り抜ける口実に俺を使っただけなのだ、変な勘違いをしたり、家庭教師である事以上の見返りを求めるようなことでもない。

 

「あ、僕が麻ちゃんの事好きだって言わないでくださいよ?」

「……言わねーよ」

 

 飲み物をこぼさないよう、ゆっくりと歩きながら、健史が笑う。

 徐々に近づいてくる一色と浅田は怪訝そうに俺たちを見つめていた。




えー、前回「八幡といろはの関係に進展が!?」なんていう思わせぶりな予告をしましたが、
進展しませんでした、楽しみにしてくれていた方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。

いや、まさかこんなに長くなるとは……。
例によって裏話は活動報告で……。

感想、評価、お気に入り、誤字報告いつもありがとうございます!
一言でもお言葉をいただけると赤子のように喜びますのでお気軽に!


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第14話 雨のち晴れ

ブクマが……6000……?
カウンター壊れたんじゃないかって思うぐらいびっくりしてます。
本当にありがとうございます!!

そして、今回また長くなりました。ごめんなさい。


<iroha>

 

 話は先週まで遡る。

 センパイとの授業、夕食を終えたタイミングで私のスマホに電話がかかってきた。相手は麻子ちゃん。

 正直に言うと今日はもう話をしたくなかったんだけど、一応先輩だし後輩の電話を無視することも出来なかった私は、お爺ちゃん達を残して部屋へ戻った。

 

「もしもし? どうしたの?」

「あ、いろは先輩。見つかりましたよ!」

「見つかったって何が?」

「やだな、部長になってくれる人ですよ」

 

 それはまさに朗報。これで私の肩の荷も降りる。ちょっと電話出るのためらっちゃってごめんね。と心の中でお詫びをしながら私は会話を続けた。

 

「え? 良かったね! もうどうしようかと思ったよ……、優秀なマネージャーもいて来年も安泰だ? 誰になったの?」

「葛本君です!」

「あー……葛本君かぁ」

 

 葛本君は二年の中でも少しだけ問題のある人物、でも調子に乗りやすいタイプだし、確かに頼んだらやってくれそう。ただ素質があるのかといわれるとちょっと疑問だったから私の中では除外している人物だった。

 まあこの際やってくれるなら誰でも良いか、私も引退だしね。

 

「はい、それで。条件が一つあって」

「条件?」

 

 条件? なんだろう条件って? 葛本君が部長になる条件? 三年に逆らう形になっちゃうから何か課題でも出されたかな? 次の試合で勝つこととか? その時の私はそれぐらいの事を思っていた。でも、そんな予想は大きく外れる事になる。

 

「いろは先輩とのデートだそうです。なのでお願いしますね日程はこちらから連絡するって言ってあるので」

「え? ちょ、ちょっと待って!? どういう事!?」

「だから、デートですよ。いろは先輩そういうの得意じゃないですか? 卒業する前に記念に一回ってことで」

「待って待って、全然意味わからないんだけど」

「そうですか?」

 

 慌てる私とは反対に、電話口の向こうからはとぼけた返事しか返ってこない。

 頭が痛くなってきた。

 

「でも、デートしないと部長にはなってくれないっていうから問題解決にならないですよ?」

 

 何故だろう、顔が見えないはずなのに妙にニヤニヤしながら言われているようでちょっとイライラする。

 それから、こちらがどんなに拒否しても、矢継ぎ早に「でも」「だって」とデートを押し付けてくる。 この子、こんな子だったんだ……そんなに仲良くもなかったけど、仕事はしてくれるし良い子だと思ってたんだけどなぁ……。

 流石に疲れたので「……少し、考えさせて」と言ってその日は電話を切った。

 

 誰かに話を聞いてもらいたい、このイライラを誰かにぶつけたい、そう思ってリビングに戻ったが、センパイはもうお爺ちゃんに送られて帰った後だった……。

 

*

 

 結局、翌日以降も心の中にモヤモヤしたものが居座り、勉強に身が入らなかった。

 学校に行けばテスト期間にもかかわらず麻子ちゃんが教室までやってくるし、下校時に葛本君とすれ違えば「ニチャ」っと嫌らしい笑みを浮かべこちらを見てくるので逃げるように家に帰った。

 いっそ部長に連絡してみようかとも思ったけど、それはそれで面倒くさいことになりそうな予感もする、どうしたらいいかわからない。

 なんでこうなるんだろう……? 引退してそれで終わりだと思ったんだけどなぁ……。はぁ……。

 なんだかここ最近溜息ばかり吐いている。

 溜息を吐くと幸せが逃げるなんて言うけれど、本当だったらこの一週間でどれだけの幸せを逃したかわからない。このまま不幸な人生を送る運命なのかな、嫌だなぁ……。

 

 そんな状態で勉強に身が入るわけもなく、結局テスト結果も散々だった。

 五十点台なんて初めてとったよ……。

 はぁ……。

 お爺ちゃんに知られたら怒られそう……。そういえばセンパイにも見せなきゃいけないのかな? はぁ……。

 

*

 

 その週の土曜日はいつもだったらテストが終わった開放感で満たされる祝福すべき週末のはずだった。

 でも今日は違う。

 「テスト期間中だから」と麻子ちゃんを退ける盾が無くなった日。

 集合場所は先週と同じサイゼ。

 最初は十時集合だったけど、長く時間を取られそうだったから十四時にしてもらった。

 これなら最悪でも三時間。十七時には帰れるもんね。

 私は家でお昼ご飯を食べ、気合を入れてサイゼへと向かった。

 外は雨、到着まではたった数分。いつもなら近くて便利という駅前のサイゼが今は恨めしい。

 足取りは重いままサイゼの前に着くと、そこには既に二人の姿があった。

 

「一色先輩、この度はご迷惑かけてすいません! 僕のためにありがとうございます!」

「へ?」

 

 第一声で突然頭を下げてくる健史君に私は思わず変な声を出してしまう。

 

「あ、いや、私まだデートするなんていってないからね?」

「え? でも麻ちゃんが……」

 

 頭を上げながら、麻子ちゃんの方をチラと見る健史くん。どうやら情報が間違って伝わっているようだった。だけど、麻子ちゃんがそれを気に留めている様子はない。

 

「あれ? そうでしたっけ? まあでもいろは先輩なら後輩を見捨てたりしませんよね? とりあえず入りましょ?」

 

 そう言うと、健史君を連れてサイゼの中へと入って行く。

 そんな姿を見て、ここでもまた溜息、だけどこのままじゃ駄目だ。

 私は一度「よし」と気合を入れ直し傘を畳んだ。いざ戦場へ。

 

*

 

 ドリンクバーと軽く摘める物をいくつか頼み。私達は席についた。

 私の前に麻子ちゃん、斜め前に健史くん。なんだか私が面接されてるみたい。

 でも、それはあながち間違いじゃなかった。

 

「じゃあ、日にちイツにしますか?」

「いや、だから私デートとかはちょっと無理っていうか……」

「そんな無理無理いうなら具体的に他の方法を提示したらどうですか? このままじゃフミ君が部長になっちゃいますよ? センパイだってそれは不本意でしょう?」

 

 不本意……不本意なのかな……? 確かにサッカー部に入ったばかりでうちのシステムにも慣れていない状況だし可哀想だとは思う。そもそもやる気が無いのだから、部長になっても部長らしいことは出来ないまま二年生に顎で使われちゃうかもしれない……。

 でも……でもだからって私の『初デート』をこんな形で終わらせたくない!

 

 私はもう一度気合を入れ直して、麻子ちゃんに反論する。

 それからの話は平行線だ、気がつけば三十分経って、一時間が経ち、さらに一時間経とうとしていた。

 正直もうコレ以上の話し合いに意味はない気がする。

 だって麻子ちゃんの中では私は「デートを何度もしているビッチな先輩」なのだ。

 誰々と出掛けているのを見たとか、誰々と歩いているのを見たとか。そんな話を持ち出しては私がいかに「デートに慣れているか」を力説してくる。

 そういうイメージが付いてる私が悪いの?

 でも、本当にデートなんてしたことはない。二人だけで食事に行ったりとかそういう事はしてないのだ。それはお爺ちゃんとの約束でもあるから……。

 

「はぁ……もう今日終わりにしない? 私も別の案含めて考えるから……」

「そんな時間ないですよ。そうだ、なんならもうここに葛本君呼びますか?」

「やめて……」

 

 時計を見ればもうすぐ十六時。まさか本当にこの調子で十七時まで続けなきゃ駄目なの?

 なんとかこの場を切り抜ける方法はないかな?二時間我慢するつもりだったけど、正直このままあと一時間は辛すぎる。私は苦肉の策でほんの小さな嘘をつくことにした。

 

「そろそろカテキョの先生も来ちゃうから、また来週にしよ? ね?」

「カテキョって先週のあの不気味な感じの人ですか? あれ? 十七時からじゃなかったでしたっけ? いろは先輩家も近いしそんなに急がなくても大丈夫じゃないですか?」

 

 不気味な人と言われてちょっとだけムッする。

 あれでも一応私の、いや、これはやっぱ無し。

 

「あー、うん。そうなんだけどね……なんか今日は早く来るって言ってたような……ないような?」

「じゃあ早く決めちゃいましょうよ、それで終わりますよ?」

「だから、私は嫌なの……そろそろ分かってくれないかな?」

 

 正直ここまで面倒くさい子だなんて思わなかった。

 健史君は麻子ちゃんの言いなりだし……私の味方いないの?

 はぁ……。

 

「わかった……じゃあとりあえず電話だけしてくるからちょっと休ませて……」

 

 私はそう言って少しだけ休憩のつもりで席を立った。

 カバンを持とうとした私を逃さないぞと麻子ちゃんが睨みつけてくるので、スマホだけ持って外に出る。

 まだセンパイが来る時間には早いけど、とりあえずセンパイに少し愚痴を聞いてもらいがてら、お迎え要請をしよう。これ以上は身が持たない。

 さすがに迎えが来たら麻子ちゃんもそれ以上食い下がって来ないだろうと望みを託して、私はセンパイにコールした……。

 

*

 

「なんか、機嫌良さそうですね?」

「え……? そう? そんな事ないけど?」

 

 センパイに電話をしたらすぐ迎えに来てくれる事になった。

 正直私が一番びっくりしてる、十七時前に脱出できれば良いと思ってあと一時間の口論を覚悟してたのに、今から来てくれるなら二十分も我慢すれば帰れそうだ。

 センパイには感謝しかない。私は少しだけ持ち直したテンションでセンパイの到着を待ち、窓の外をチラチラと眺めていた。

 それから十五分ほどした頃、窓の外にセンパイの姿が見えた。

 傘をさしているせいで顔が良くみえないけど、あの猫背、間違いないセンパイだ!!

 私は年甲斐もなく窓越しに大きく手を振った。それは子供の頃、幼稚園にママが迎えに来てくれた時みたいに嬉しかった。

 やっと帰れる!

 その時の私はその場で飛び跳ねたいほどの喜びを感じていた。

 でも……。

 

 何故かセンパイは私の隣の席へと陣取った。

 へ? どういう事ですかセンパイ? もういいから帰りましょうよ、センパーイ!

 だけどまさかこの状況で「帰りたい」なんていえない。完全な計算ミスだった。どうしよう……。

 しかもセンパイは状況の説明を求めてきた。

 え……? まさかセンパイもこの話し合いに参加するんですか?

 先週話をした時はすごく興味なさそうだったのに?

 『サッカー部を一度辞めさせて、ほとぼりが冷めたらまた入り直す』なんていう案を平気で出してくる人だ。もし今の状況を伝えたら「デートぐらいしてくればいいじゃないか」なんて言われる可能性もある……。

 そうなったらそれこそ麻子ちゃんの思う壺だ。

 どうしよう……。

 私はなんとかこの話を辞めさせようとセンパイの袖をキュッと握った。

 

「大丈夫だ、早めに終わらせる。説明を頼む」

 

 大丈夫……? 何が大丈夫なんですか?

 全く意味が分からなかった。もう二時間以上、いや、先週から数えればもっと話をしているのにどうにもなっていない問題なのだ。

 大丈夫な要素なんて一つもない、今センパイに出来ることといえば私を連れてこの場から逃げてくれること、それだけだと思っていた……思っていたのにセンパイは私の目を真っ直ぐに見つめて来る。

 それは時間にしてみればほんの一秒にも満たない時間。

 でもその一秒で不思議とセンパイの言う通りにした方が良い気がして、次の瞬間には私は説明を始めていた。

 

 *

 

 説明を終えると、センパイは少しだけ考え込むような仕草をした。

 やっぱり少しだけ不安になった私は、葛本君には悪いけれど、「デートしたら何されるか……」なんて少し大げさな説明も混ぜちゃったけど……いいよね?

 一応年下だし無茶はしてこないとは思うけど、身の危険を感じるのは本当だし、少なくともこれで私が嫌がっているっていう意思は汲んでくれる……はず……。私は祈るような思いでセンパイの横顔を見守る。するとセンパイはそんな私には目もくれず、一拍置いてまっすぐ前を見ながら口を開き始めた。

 

「一つ確認したい、竹内……でいいか?」

「はい」

 

 その時の話はよく覚えていない。不本意だけど、センパイの横顔を見て頼もしいと思ってちょっとだけ見とれてしまっていたみたい。いや、本当にちょっとだけね。

 こんな事お爺ちゃんに知られたら「そうだろうそうだろう」とニヤニヤしながら言われそうだから絶対言わないけどね……。

 私の意識が戻ったのは、バンっという大きな音の後だった。

 

「やめてください! 皆そうやってフミ君に押し付けようとするんです! だから私達がこうやって話し合ってるんじゃないですか! いろは先輩からも言って下さいよ」

 

 突然麻子ちゃんが立ち上がり、そんな事をいいながら私の方を見てきた。

 私は咄嗟に反応できず、目をキョロキョロと多分相当情けない顔をしていたと思う。

 

 チラっとセンパイを見るとセンパイも予想外の出来事に驚いたのかコーヒーを一気飲みして自分を落ち着かせようとしているようだった。

 

「ふぅ……竹内、飲み物取りに行こうぜ」

「ふぇ?」

 

 でもセンパイはそう言って麻子ちゃんを無視して立ち上がる。健史くんはまだ頭が回ってないみたい。

 ならここは私が……! 

 

「あ、それなら私が行きます!」

 

 センパイと二人でドリンクバーに行って作戦会議! これでセンパイの援護射撃も完璧に出来る!

 そう思って提案したのに……。

 

「一色は座ってろ」

 

 センパイはそう言って私を睨みつけてきた。「は?」何ですかそれ、ちょっと酷くないですか? 一瞬でもこの人の事頼れるとか、分かりあえるかもしれないと思った私がバカだったのかもしれない。お爺ちゃんにいいつけてやる。

 だけどセンパイはそんな私を無視して健史君と一緒になってドリンクバーの方へと歩いていった。

 

「なんなんですかあの人! こっちの事情も知らないのに!」

 

 無視されたせいか麻子ちゃんもご立腹みたい。

 

「まぁ、ああいう人なんだよ……」

 

 なんて言いながら、私もよくわかってないけど……。本当、お爺ちゃんはあの人の何が良くて私の許嫁……ううん、家庭教師になんてしたんだろう?

 

「っていうかデートぐらい良いじゃないですか……いろは先輩が他の人とくっついてくれれば……君だって……私に……」

「え? 何?」

 

 麻子ちゃんがブツブツとコップの底に向かって呟くように話しかけてきたが、その言葉は上手く聞き取れなかった。

 そして麻子ちゃんはその事についてはそれ以上語る気もないようだったので、私もそれ以上追求はせず、二人でセンパイ達の背中を視線で追う。

 何か話し込んでいるようだが、遠目には健史君がグラスを置いたまま考え事をしているようにも見えた。

 

「何話してるんですかね?」

 

 麻子ちゃんがストローを咥えたまま、こちらも見ずに話しかけてくる。

 でも会話の内容なんて当然聞こえない。

 正直あの人が何を考えてるかなんてわからないから今すぐにでも近くに行きたいぐらいだ。

 とりあえず、もしセンパイが健史くんを部長に据えるつもりなら、戻ってきた時に援護できるように、もうちょっと説得の材料を用意しておこう、部長になった時のメリットとか……なんて事を考えているうちに話しは終わったみたい。

 二人がそれぞれ飲み物を持ってこちらに向かって歩いて来る。

 私達は慌てて視線を反らし、ちょっとだけ緊張した面持ちで二人を待った。

 

「解決したぞ」

「は?」

「へ?」

 

 センパイが席につくなりそんな事を言ってきたので、私も思わず目をパチパチとしばたかせて、麻子ちゃんと顔を見合わせる。

 

「部長、やるそうだ」

「お騒がせしました、僕、部長やってみようと思います」

「ちょ、ちょっと待ってください!!」

 

 どういう事? たった数分二人で話し合っただけで何か変わるものなの?

 私はまるで映画の大事なシーンを居眠りで見逃してしまったような感覚に陥り、混乱した。

 

「どういうこと? 本当に? それでいいの?」

「はい、一色先輩。色々申し訳ありませんでした!」

「あ、いや私は別に……」

 

 立ったまま丁寧にお辞儀で謝罪され、私はそれ以上追求するタイミングを失してしまう。

 だが麻子ちゃんはそんな事なかったみたいだ。

 

「フミ君?! 一年で部長なんて絶対大変だよ? わかってる?」

 

 バンっと再びテーブルに手を付き、フンっと鼻を鳴らしながら健史君に詰め寄っていく。

 

「うん、色々考えてくれたのにごめんね麻ちゃん、でも僕やっぱりちょっとやってみたい、やってみようと思う!」

 

 だが当の健史君はもう決心してしまっているようでその言葉はあっさりと跳ね返されてしまった。彼の為にと思っていった言葉を彼自身に拒否されたのだ、さぞや居心地が悪いだろう。

 麻子ちゃんは「……そう……」と言って静かに席に座り直し、それ以上何も言うことはなかった。

 

 それから、私達はそれ以上その話題に触れる事なく、テーブルの上に残ったポテトやドリンクを消化していった。

 健史君はセンパイの事が気に入ったのか妙に懐いて色々話しかけている。「LIKEの交換しませんか?」と言われたセンパイは最初は渋っていたけど、何度もお願いされてだんだん面倒になったのか最期には「勝手にしろ」とスマホをテーブルに放った。

 自分のスマホを他人に躊躇なく渡すなんて、私にしてみればありえない光景。いや、別に何か疚しい事があるわけじゃないんだけど。やっぱり人に渡すのは少し怖くない? プライバシーとか。

 麻子ちゃんもその様子を信じられないという表情で無言で見つめていた。

 

*

 

 しばらくして「そろそろ帰ります……」と解散のきっかけを作ったのは居心地が悪そうな麻子ちゃんだった。一人だけ帰す意味もないので「今日はここまでにしよっか」と、私達は席を立ち、会計を済ませ、サイゼを出る。いつの間にか雨は止んでいた。

 

 健史くんと麻子ちゃんに別れを告げると、センパイと私は並んで家へと向かう。

 ほんの少し前まではこの時間も真っ暗だったのに、今はお互いの顔が見える、もう夏も近いんだなぁ。

 ちなみにセンパイの分のお金は私がだした。ドリンクバーだけだったからクーポンもあったし、少しは今日のお礼もしないとね。

 会計中、麻子ちゃんの「出してもらえばいいのに……」という呟きが聞こえたけど無視。これはお礼なのだ。

 でも本当、センパイは何をしたんだろう? 私達が一週間以上悩んでいた事をほんの十数分会話しただけで解決しちゃった。この人何者なの? 実はセンパイ……結構凄い人?

 

「センパイ、健史君に一体何言ったんですか?」

「大したことはいってねぇよ……」

 

 私の問いかけにセンパイはつまらなそうにそう答える。

 何を考えているの本当に読めない。

 先週誘った時、話し合いに参加するの嫌だって言ってたよね?

 社交辞令で私と仲良くするっていう感じでもないし、いつも必要最低限って印象。これはちょっと癇に障るけど、そもそも私に興味がないみたい……?

 そんな頭の中の疑問がぐるぐると回り。沈黙に耐えきれなかったというのもあり、変な形で口から出てしまった。

 

「どうしてあんなに早く来てくれたんですか?」

 

 一体私はどんな答えを期待しているんだろう。

 なんだか勘違いされてしまいそうなその質問に、私は少し焦ってしまった。

 でも吐いた溜息が戻らないように、発した言葉は取り消せない。

 センパイの顔を見ると一瞬「何いってんだコイツ」みたいな顔をしていた。

 私はちょっとだけ失敗したと思い、少しうつむいて自分の足元を見る、でもそれがいけなかったのかもしれない。

 規則正しく視界にはいる私の靴。でも、センパイの靴が視界に入るスピードが少しだけ遅い。

 あれ……? 

 もしかして……私と歩くスピード合わせてくれてる……?

 

「お前が困ってるっていうからだろ……」

 

 トクンと大きく心臓が跳ねた。

 私は思わず足を止め、センパイがそんな私を不思議そうに振り返る。

 まずい。変に思われた? 何か言わなきゃ。

 

「は……は!? 私の為ですかなんですかそれ口説いてるんですか特別扱いって悪い気はしませんし困っているところを助けられるのは嫌いじゃないんですがそれはそれとして色々片付けてからお願いします!」

 

 しっかりと頭を下げ、センパイの顔を視界から消す。

 頭の上から「はいはい……いいから行くぞ」というやる気のない声が聞こえ、センパイの足音が遠ざかっていく。

 

「もうテストそろそろ返ってきてるだろ? 今日は復習するぞ」

 

 げ。やっぱ見せないとダメかぁ……。

 まずいなぁ、正直今回のテストを人に見せるのは少し恥ずかしい。

 そんな事を考えながらゆっくり頭を上げ、自分の胸に手を当てると、いつの間にか心臓は平常運転に戻っていた。

 ……なんだったんだろう今の……?

 

「……一色?」

 その場に立ち尽くす私をセンパイが不思議そうに見つめてくる。

 いけないいけない。

 また変に思われちゃう。そんな事を考えていると天の助けか十七時を告げるチャイムが鳴った。

 

「あ、もう十七時ですよ! センパイ! 急ぎましょう!」

 

 別段急ぐ必要はないんだけど私はそう言って話を逸し、少し先で立ち止まるセンパイをタタッと追い抜いた。

 なんだろう、今この瞬間が不思議と楽しい。

 それが、部活問題が解決したからなのか、それとも他の何かが原因なのか、自分自身でもよくわかっていなかったけど。なぜか頬が緩むのを止められない。

 

「え、ちょ、まてよ」

「今どきホ○のモノマネなんて流行りませんよ? セーンパイ♪」

 

 私はセンパイの静止を振り切り、逃げるようにマンションの中へ入り込む。

 振り返ると、センパイは焦って私を追いかけるでもなく、邪魔そうに傘を持ちながらゆっくりと歩き「お前もか……」と何故か少しうんざりした表情を浮かべていた。




というわけでいろはす視点でした!

感想、ブクマ、評価、誤字報告いつもありがとうございます。
毎回咽び泣いております。本当にありがとうございます!

そして、また古戦場が近づいてきましたね……
六月中に書き貯めできなかったのが痛い……。
ちょっと、がんばります……!


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第15話 連行

──前回までのあらすじ──
 一色いろはの許嫁兼家庭教師となった比企谷八幡はいろはからサッカー部問題についての相談を受け、無理矢理サッカー部の部長にさせられそうになっている一年部員の竹内健史、そして二年でマネージャーの浅田麻子と出会う。
 健史の部長就任を阻止すべく動いていたいろは、健史、麻子ったが。
 八幡はいろはの負担を減らすため、健史を部長にすることで問題の解決を図った。


 六月に入ると、これまで以上に雨の日が多くなった。正直気が滅入る。

 多少晴れ間が見えたと思えば今度はジメジメとした空気が体にまとわり付き、不快感を増大させていく。

 お陰で毎日のように鳴り響くLIKEへの返信をする気分にもなれない。

 え? いつもの事だろって? そんな馬鹿な。

 少なくとももみじさんと楓さんにはきっちり返してるぞ。あと小町。

 最近は健史からのメッセージも多い。大体が部活でこんな事があった、あんな事があったという報告だ。兄貴に『部長を引き継ぐ』と報告してからというもの、色々苦労しているらしい。まぁなんだかんだ俺にも責任がある気がしないでもないので何回かに一回は返すようにはしてる。今回もそろそろ返しておくか……【がんばれ】っと。

 そして、もう一人、ここ最近やけにメッセージのやりとりが増えた相手がいる。一色だ。

 

 先週、中間テストの結果を見せるのを嫌がる一色をなだめながら、なんとか提出させたが。全体的に点数が下がっていた。社会に関しては五十点台という無残な結果で、思わず「テスト中にお腹でも痛くなった?」と気を使ってしまった程だ。体調管理、大事。だが何故か「そういうの、セクハラですよ」と白い目で見られた解せぬ。

 普段なら人様の点数なんて気にしないのだが、これの何が嫌って俺が家庭教師になって最初のテストで一気に下がったっていう所なんだよ。まるで俺の責任みたいじゃん?

 なんなの? 嫌がらせなの? だとしたら大成功だよ。

とはいえ、この結果を見たら流石に放置もできんか。そう思いその日は復習を徹底させた。

 

 以降、本人もテスト結果が悪かった事を内心では気にしていたのか、やたらと細かい部分や授業でのわからない部分をLIKEで聞いてくるようになった。

 はっきり言って面倒臭い。

 放課後に質問される先生ってこんな気分なんだろうか? 頭が下がる。

 出来ればわからない事があっても授業の中で収めて欲しい。今後もし学校の授業でわからない事があっても放課後、職員室に聞きに行くのはやめよう。俺はそっと心に誓った。

 

 ああ、そんな事考えているうちに今日もバイトの時間だ。

 外は今日も雨、鬱だ。先週のバイトは一時間も早く家をでたんだし、今日ぐらい遅刻しても怒られなくない?

 いや、ちょっと待てよ?

 幸いなことに今日はいつも口うるさく言ってくる小町は出掛けている。

 これはもしや、天が与えた休暇のチャンスなのではなかろうか?

 サボったら小遣いが減らされると言われたが、さすがに一発アウトって事はないだろう。

 それに先月末の小遣いはすでに確保済みなので、今はそれほど怖くはない。

 家でゴロゴロして、もし向こうから連絡がきたら「頭が痛くて寝てました」とか言えば何とかなりそうな気もする。うん、我ながらは良い案だ。

 (える)知っているか、頭痛というのは外からでは状況が分かりづらく、原因を突き止めにくいので仮病だとバレにくい。

 

 ここの所俺は少し働きすぎだし、人間には休息が必要だ。

 仮にバレたとしても、あのおっさんの事だ。「しょうがねぇなぁ。ガッハッハ」と許してくれたりするんじゃないだろうか。そんな気がする。よし、今日は休んでしまおう。

 そう決めてしまえば後は楽だった。ベッドに身を投げ、スマホをいじる。よし、今日こそドン勝でも食うか。

 俺は最近入れたゲームアプリを起動し、ゲームが始まるのを待つ。

 だが、その瞬間、インターホンのチャイムが鳴った。

 

 時刻は十六時過ぎ。こんな中途半端な時間に来客とは珍しい。一体誰だろう? 宗教勧誘だったらちょっとおちょくってから追い返すとして、宅配業者? 大手ネットショップのAmazingで何か注文したっけな? いや、俺が買わなくても小町が何か買ったという可能性もあるか。

 そんな事を考えながら、俺は一階に降りインターホンの受話器を上げた。

 

「はい、どちらさん?」

「来ちゃった♪」

 

 は?

 インターホンの液晶画面。そこにはロマンスグレーの長身の男が映されていた。

 何やってんのおっさん……?

 

 

*

 

 

「よぉ八幡。迎えに来たぞ」

 

 玄関を開けると、おっさんはいつものようにニカッと笑う。え? 何? なんでおっさんがいんの? 正直、現状が上手く処理できていなかった、何かのバグだろうか?

 土曜日に自宅でゴロゴロしていると自宅におっさんが出現する不具合発生。即メンテ対応お願いします。詫び石はよ。

 

「ほら、さっさと乗れ」

 

 だがおっさんは処理が追いついていない俺に構わず、グイグイと俺の手を引き外に出そうとする。よく見ると玄関先には見慣れない車があった。おっさんの車だろうか?

 

「ちょ、ちょっと待て、なんで? え?」

「いや、この雨だろ? 迎えに来たほうがいいんじゃないかと思ってな」

 

 おっさんはそう言って「なぁに、これぐらい当然だ」と笑う。あ、これ知ってる。拒否できないやつだ……。居留守使っておくのが正解だったか……。

 直前のセーブデータに戻る。直前のセーブデータに戻る。直前の……やっぱ駄目ですよねー……。

 俺は諦めてため息を尽き「……準備するから待ってくれ」と返し、一度戸を閉める。

 部屋に戻り、財布と鍵を手に取ってから、外に出ると、おっさんは玄関前に止めてあった車の運転席で待機していた。

 黒塗りの高級車に乗せられた八幡の運命や如何に……。いや、黒じゃなくて普通に白のファミリーカーだけど。

 

*

 

「あん? 何してんだお前?」

 

 俺が後部座席の扉を開き乗車しようとすると、運転席から怪訝そうな声が聞こえてきた。

 

「何って……車で行くんじゃないの……?」

 

 もしかしてアレか? 「この車一人乗りで八幡の席ないから!」とかそういう類の奴だろうか? あの国民的アニメに出てくる金持ち坊っちゃんのいじめ方エグいよな……。

 どこからあんな発想でてくるんだろう。

 三人用のボードゲームなら初めから四人呼ばなければいいのに。

 

「こういう時は助手席に乗るもんなんだよ、ほら、こっち乗れ」

 

 そう言っておっさんは、運転席から手を伸ばし、助手席のドアを開けた。

 助手席だとなんか距離が近すぎて嫌なんだが……。

 俺は雨で濡れた靴で車内を汚さないよう気をつけながら、そのキレイに整頓された助手席へ乗り込んだ。中からはほんのりと消臭剤の香りがする。うんちゃらりき~。

 

「よし、行くぞ」

「行くってどこへ……?」

 

 我ながら愚問だと思った、『迎えに来た』というのだから目的地なんて決まっている。

 サボタージュ計画が実行前に頓挫したのだ、これから俺は一色の家に連行され家庭教師の仕事に従事させられるのだろう、

 だが、おっさんは「いい所だ」と歯切れよく言うとニカッと笑い、車を発進させた。

 ドナドナドーナードーナー。

 これ、帰りも送ってくれるのかしら……?

 

*

 

「そういや、『セカセカ』の最新刊読んだか?」

 

 『セカセカ』とは、「世界は異世界人で溢れている」という最近おっさんが嵌っているラノベだ。いわゆる転生もので元々はウェブ小説だったが、今度アニメ化も決定したらしい。

 ただおっさんはアニメは苦手なので興味ないそうだ。『普通に俳優使って映画にすりゃいいのになぁ』とたまに愚痴を言われるが転生アニメが実写化したという例を俺はまだ知らない。

 仮にあったとしてもそれはきっと悲惨な結果に終わるだろう事は想像に難くない。アニメの安易な実写化は断固反対。

 

「いや、まだ買ってないな。あんま金ないし、基本俺ウェブ版派だし」

 

 昨今のウェブ発小説は書籍化が決定した後もウェブ版が残されている事が多く、金のない俺のような金欠学生には非常に助かっている。

 中には書籍化と同時にウェブ版が削除、もしくはダイジェスト化する例もあったりするが。まあそれは仕方ない、どちらにせよ書籍版だけのキャラとか、エピソード変更とかも多いので金さえあれば俺もチェックしたい所だ。

だが実を言うとすでに先月の小遣いの半分以上を、読みたかった文庫本数冊と等価交換をしてしまっている身なのである。これから買う本は慎重に選ばなければならない。

 

 ついでに言っておくと、実は小町から借りた三千円もまだ返していない。

 本来の使用用途であるサイゼでは一色に奢って貰い、一銭も使ってないので、本当なら即座に返すべきなのはわかっている。だが信じて欲しい、決してパクったわけではない。

 特に返却期限は提示されていないので出来れば今月の小遣いまで待って欲しいと思っている。

 

「……ああ、そうだ。忘れないうちにコレ渡しとくぞ」

 

 だが、そんな俺の心境を知ってか知らずか、おっさんは突然そう言ってダッシュボードに置かれていた茶封筒を俺の眼の前にちらつかせた。

 なんだろう? 開けてもいいんだろうか?

 開けたらドカーンなんて事ないよね?

 俺は一瞬躊躇して、よく糊付けされたその封筒を開ける、すると中からは福沢諭吉と野口英世が顔をのぞかせた。

 

「え? これって……?」

「先月分の給料だ、どうだ? 働いて貰う金ってのは重みが違うだろ?」

 

 重み……違うのだろうか?

 俺にはよくわからない。

 だが、一つだけわかる事がある。めちゃくちゃ嬉しい

 やばい、顔がニヤける。

 初めてのバイト代。俺が初めて自分で稼いだ金。ソレが今俺の手元にある。

 俺の普段の小遣いは月五千円。その三倍近い額が俺の手元にあるのだ。これで喜ばないのもどうかしていると思う。

 俺はニヤケ顔をおっさんに見られないように少し顔を背け、もう一度封筒の中を確認する。

 福沢さんが一人、野口さんが一、二、三、……四人?

 あれ……? これ多くね?

 

 契約の時の話ではバイト代は時給で二千円、週一で二時間の授業。これが先週まで通った三回分だとするならば合計一万二千円のはず。

 実際、いつ頃バイト代が入るのかソワソワしながらずっと計算していたので間違いはない。

 べ、別に楽しみにしていたわけじゃないんだからね!

 なので、福沢さんは問題ないとしても俺のシフトで一万五千円はありえないはずなのだ。

 これはどういう事だ? おっさんの入れ間違いか?

 だが、このまま何も言わなければ確実に得をする。俺にとってプラスニ千円はでかい。

 黙っていた方が良いだろうか?

 そう思い、少しだけ罪悪感にかられながら、おっさんの横顔を見た。

 おっさんは前を向き、まっすぐに運転をしている。

 その横顔はどこか嬉しそうにも見え……俺は……。

 

「おっさん……これ多い、間違ってる」

 

 次の瞬間には、その言葉を口にしていた。

 

「あ? なんだ? 多くないだろ」

「いや、バイト週一回二時間で四千円だろ? 一色の家に行ったのは先週までで三回、普通に多い」

 

 意味がわからないとでも言いたげなおっさんに、俺はそう伝え、野口さんニ人を返そうと差し出す。

 運転中のおっさんは不思議そうにちらりと俺を一瞥すると「ふむ」と何かを考え込むような素振りを見せた。

 さらば野口……。

 

「はっはっは。間違ってねーよ、家庭教師代の一万二千、先週は一時間早く出て部活問題解決したんだろ? いろはも相当喜んでたぞ。その分でプラスニ千円だ。なんならもっと入れてやろうと思ってたんだが、楓に怒られてな」

 

 だが、おっさんはまたしても笑いながら、俺の言葉を一蹴する。

 確かに先週は一時間早くでたが……まさか本当に時間外手当が出るとは思わなかった。

 いや、貰えるもんなら貰いたいが……いいのか?

 っていうかこれより多く……? バイト代ってそんなアバウトなの?

 やはり返すべきか? そもそもは俺がちゃんと授業をできていない分の補填で一色の悩みを解決しろといわれたのだ。ならその分は貰うのはおかしいんじゃないか?

 甘い話には罠があるとも言う。これもまたおっさんの策略なのだろうか?

 少しの罪悪感と恐怖を感じながら思案を巡らせていると、おっさんは俺の考えがまとまるのを待たず、いつもの調子で言葉を続けた。

 

「いろはに聞いたぞ。大活躍だったそうじゃないか。先週、電話でずっとお前の話を聞かされたんだぞ? あんなに楽しそうないろはは久しぶりだった」

 

 そう言っておっさんは優しい笑顔を浮かべると、俺の頭にポンと手をおいた。

 頭に手を置かれるなんてイツぶりだろうか。

 だが、相手がおっさんでは正直あまり嬉しくはない。

 

「まさかたった一週間で解決するとは儂も思ってなかったからな、こっちも驚いたぐらいだ」

「いや、おっさんに言われた事をやっただけだし……」

 

 するとおっさんは一瞬、俺を「マジかコイツ」みたいな目で見てきた。

 え? 何?

 

「儂は別に、いろはが悩まなければいいと思ってただけだ、お前みたいに円満解決なんて考えてなかったぞ」

 

 あの方法で円満……だったのだろうか?

 約一名不服そうにしていた奴がいた気もするが。

 まあ、そいつも結局は相談された側の人間だったと考えるなら、一色同様この問題に悩まされなくなったという意味では円満なのかもしれない。

 

「すまんな、まだまだお前を過小評価してたみたいだ。だからそれは儂からの詫びという意味もある。お前はその金額に見合った仕事をしたんだ、胸張って受け取っておけ。あ、でも無駄遣いはするなよ? 大事に使え?」

「いや過小評価も何も……俺授業もちゃんとできてないんだが……?」

「そこらへんは今後に期待だな……。いろはの中間の結果、相当悪かったそうじゃないか」

 

 やはりそっちも聞いていたか。

 そこは今の俺としてはあまり触れてほしくない部分だ、悪い点を取ったテストを隠すなんて事はやった事はないが。こういう心境なんだろうか?

 やっぱさぁ、俺が家庭教師に入った瞬間下がったというのがなぁ……。

 正直俺は悪くないと思っているし、実際悪くないが、まともに授業をやってない以上、俺のせいじゃないと反論する材料もないわけで。

 かといって今後に期待されても、盛り返す自信もなという、ナイナイ尽くしなのだ。

 一体どうしたものか。

 だがおっさんは、そんな俺の考えを遮るように言葉を続けた。

 

「あいつの志望校は聞いているか?」

「……確か、海浜総合? おっさんに言われてるとか聞いたような?」

「ああ、まぁそうなんだがな……」

 

 志望校を聞いたのはつい先月のことだ、間違ってはいないはず。だが、珍しくおっさんの歯切れが悪い。なにかあるのだろうか? そう思っているとおっさんはぽつりぽつりと語り始めた。

 

「いろはの奴、中学に入ってすぐ部活に入ってな。異性にチヤホヤされるのがよっぽど楽しかったんだろう。熱心にサッカーの勉強もしだして段々家に帰ってくる時間も遅くなっていった」

 

 おっさんが呆れたように「ふぅ」と大きく息を吐く、その様子は、まさに「ヤレヤレだぜ」という感じだ。

 

「そのうち『自分磨き』だなんだ、とやたら色気づき始めてな。やれ「ピアスを開けたい」だの、やれ「もっと大人っぽい服が欲しい」だの言っては外見を気にするようになった。そして同時に少しづつ成績も下がっていったんだ」

 

 その様子は容易に想像できた。あの容姿にあのあざとい性格だ、きっと当時は一年のマネージャーというのもあって上級生からもさぞ可愛がられた事だろう。

 まあ同性からは嫌われそうだが……。

 

「もみじ達にとっては大事な一人娘だし、儂らにとっては可愛い初孫だ、それまで甘やかしてきたのもいけなかったんだろう。だが、さすがにそんな状態が続くと心配になってくる。このままじゃ三年になって……つまり今年の受験で後悔するんじゃないかとな。だから、自分磨きをするなら外見だけじゃなく内面もきちんと磨けと注意した。その流れでいくつか約束事をしたんだが。その一つとして、海浜総合に入るぐらいの気持ちで日頃から学力をつけるよう言ったんだ。アソコに入れるレベルなら。いつか行きたい高校を見つけても焦らずに対応できるだろうと思っての事だったんだが……どうも上手く伝わってないみたいでな」

 

 最後の言葉は俺に向けてというよりは独白に近かった。

 おっさんは珍しく苛立たしげに頭を掻き、雨脚の強くなった雨に対抗し、ワイパーのスピードを上げた。

 

 なるほど、そういう理由があったのか。

 てっきり海浜総合がおっさんの母校とかでゴリ押ししたかっただけなのかとか思ってしまっていた。なんなら知り合いが理事長やってるとかいう設定もあるかと邪推してしまったが……さすがにそんなご都合主義ではなかったか。すまんおっさん。

 実際、海浜総合は決してレベルの低い所ではない。

 そこに入れるならおっさんの狙い通り、大抵の高校を目指すことはできるだろう。

 成績が下がった時の一色の学力というのがどの程度かはわからないが、少なくとも現状は部活と学業の両立をして志望校の射程圏内には入っているというのだから、一色は割と凄い奴なのかもしれない。

 

「ま、そんなわけでな、別に海浜総合に絶対入れというわけじゃない、何か目標を持って別の志望校に行きたがるならそこに行けばいいと思ってる、まあ、あんまり適当な理由なら叱るつもりだが、それはいろは自身の問題だ。お前は肩肘はらず今まで通りやってくれ。報酬も払ったんだ、来月もしっかり頼むぞ?」

「……うっす」

 

 「報酬は払った」と言われてしまえば俺の方からは最早何も言えない。

 ずっと手に握りしめていた封筒に改めて視線を落とすと、受け取った直後より少しだけ重たく感じた。これが責任という奴なのだろうか?

 

「ほら、さっさと仕舞え。無くしても補填はせんぞ?」

「……ありがとうございます」

 

 俺は狭い車内で、おっさんに頭をさげ。受け取った金を封筒ごと財布にしまう。

 自信を持ってこの額に見合う働きをしたのか? と聞かれれば確実に「NO」だ。

 だが、だからといって貰わないという選択肢は俺の中には存在しない。

 仕方ない、次からはもうちょっと頑張ろう。

 俺はダイエットを始める気のない女子みたいな事を考えながら、窓の外を見る。

 降りしきる雨の中、目の前に見えるのは高速道路の入り口。

 え? ちょと待って? マジどこ連れて行かれるの?

 小町へ、お兄ちゃんは何時に帰れるかわかりません。心配してください。




長らく更新をお待たせして申し訳ありませんでした。
先月、活動報告で更新が遅れるという報告はしていたのですが。
お気づきにならなかった方もいたかと思います。申し訳ありません。

9月からまた更新を再開していきたいと思いますのでよろしくお願い致します。
取り急ぎ今回の話は前後編なので16話は明日投稿します。

更新停止期間中のあれやこれやはまた活動報告にて!
興味のある方は覗いていただければと思います。

感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます。
皆さんの応援が私の原動力です。今後ともよろしくお願い致します。


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第16話 おじいちゃんとドライブ

いつも誤字報告、評価、感想、お気に入りありがとうございます。

二日連続投稿。
こちら後編となります。

まいどまいど誤字が多くて申し訳ありません。
いつも本当に助かってます……。ありがとうございます。


「っていうかこれマジでどこ向かってんの?」

 

 さすがに心配になった俺は再度おっさんにそう問いかけた。

 すでに車が走り出して三十分以上が経っている。

 雨で視界はどんどん悪くなり、一瞬ガタンと大きく車が揺れた。石でも踏んだのだろうか?

 高齢者ドライバーの事故という嫌な言葉が脳裏をよぎり、不安を隠せなくなってきた俺に、おっさんは口角を上げ、口を開く。

 

「どこだと思う?」

 

 うわぁ、また面倒くさい返しを……。疑問文を疑問文で返さないで欲しい。

 QにはAで返すって学校で教わらなかった? 

 

「……ディスティニーランドとか?」

 

 パンダっぽいキャラクターのパンさんが有名な千葉ナンバーワンの遊園地。

 雨だし多分空いているから行こうぜ! みたいなノリだろうか?

 でもおっさんと二人でディスティニーランドとかゾッとしないな。

 なんならちょっと身の危険を感じるまである。

 

「はずれ、まぁ、大分遠回りしてるからな、走ってる方角は関係ないぞ」

 

 おっさんはそう言うと、また少しだけスピードを上げる。いや、横から結構抜かれているからコレでも遅い方なのか?

 ってか方角関係ないのに「どこだと思う?」とかクイズにしても無理ゲーがすぎんだろ。

 いや、マジどこ連れてかれるの?

 冗談じゃなくドナドナな気分になってきた、俺も売られていくのかもしれない。

 せめて今日中に帰れますように……。

 アレ? ガチで泊まり込みとかいう可能性もある?怖っ!

 

「正直言うとな、今日あたり八幡がサボりたがるんじゃないかって心配して来たんだが。今後の事も真面目に考えてくれているようで安心した」

 

 俺が目的地へと不安を募らせている最中、突然おっさんにそんな事を言われ、思わずビクリと体が震える。

 なんなのこのおっさん、やっぱエスパーなの?

 なんだか全てを見透かされていそうでおっさんの顔を見るのが少し怖い。

 だが、おっさんは俺の心境など知らず「まさかな、すまんすまん」と笑ってる。

 しかし、俺が目線を合わせようとしない事で何か察したのか、その笑いはすぐに止んだ。

 

「あ? 何だ? まさか本当にさぼろうとしてたのか?」

 

 ぐ……。カマをかけられただけか。失敗した。

 

「……いや、サボるというか……ちょっと体調が悪い気がしてたというか……」

「はっはっは、そうかそうか、凄いな小町ちゃんは」

 

 え? なんでここで小町? マイリトルシスター小町が近くにいるの?

 俺は思わず後部座席を振り返る、だがそこには当然誰もいない、車の中にいるのは俺とおっさんの二人だけ、どうやらドッキリの線はないようだ。

 知らない間に後部座席に妹が乗ってたら怖い説。立証ならず。

 

「小町ちゃんからな、「そろそろうちの兄が頭痛がするとかいってサボる頃かもしれません」って連絡があってな。儂もまさかと思いながら迎えにきたんだが。いや、流石兄妹だな」

 

 くそぅ、小町め余計な事を……。今日は出かけるといっていたので油断した。

 帰ったらきっちり問い詰めておかねば。

 

「小町ちゃんはいい子だな、ちゃんとお前の事を見てる」

 

 兄のサボタージュをチクる行為のどこに良い子要素があったんだろうか。

 良い子ならば「お兄ちゃん今日は小町と一緒に遊んで! 家庭教師なんてさぼって!」というべきではないのか。まあそれはそれでウザいが……。

 そういや小さい頃は割とそんな感じだったな、いつ頃からあんなに生意気になったんだったっけ。

 

「やっぱり小町ちゃんにもいい相手をみつけてやりたくなってきたな。八幡は心当たりないのか?」

 

 そんな相手がいたら俺がもうとっくに粛清しているだろう。いないよね?

 そういえば俺、小町の交友関係もあんま知らないんだよな。この間家に勉強会に来た友人とやらの顔もろくに見ていない。男はいなかったと思うが……。まさか、俺の知らない彼氏がいたりするのだろうか? いや、いないはず、いない。小町にはさすがにまだ早いだろう。

 

「小町に許嫁だなんだは勘弁してやってくれ、あいつにはまだそういうのは早いし。そういう相手はその……ちゃんと好きな相手のがいいだろ……」

 

 小町の好きな相手……俺は好きになれない自信があるが。

 発した言葉自体は本心でもあった。

 まあ俺自身も許嫁という関係に思う所もあるし、小町が裏で動いていたという面があるにせよ、わざわざ率先して仕返し……とばっちりを食らわす必要もあるまい。

 だが、おっさんは俺の言葉を聞いてなにやらキョトンとした顔でこちらを見てくる。

 

「やっぱり兄妹なんだな……」

 

 おっさんが感心したように呟いた。

 あれ? 知りませんでした? 何? 似てないから実は血が繋がってないとか、そういう想像でもされてたんだろうか? 実は俺は川の下で拾われてきた子供じゃないかとか、そういう妄想は小学校の頃にした事はあるけどトラウマになるのでやめてください。未だに確証は得られていないのだから……。

 

「何をいまさら……義理じゃなくて正真正銘の兄妹だよ」

 

 ……多分。という言葉は心の中にしまって、口に出さないようにする。ほら、言霊ってあるじゃん?

 間違っていても言い続けてたら本当になる事もあるだろう。きっと。多分。恐らく。

 

「そういう事じゃなくてな……。儂がお前を「いろはの許嫁として迎えたい」って頼みに言った時、小町ちゃんも同じこと言って反対してたんだぞ?」

 

 おっさんの口から発せられた衝撃の事実。

 それは本当に衝撃的で、信じられない言葉だった。

 あの小町が? むしろ積極的にくっつけようとしているようにすら思えたんだが?

 反対? 嘘だろ?

 

「一回目の話し合いの時は梨の礫でな、二回目でようやく条件付きで承諾をもらったんだ」

「条件?」

 

 鳩が豆鉄砲をくらったような顔というのはきっと今の俺のような事をいうんだろう。

 なんだ条件って?

 家庭教師をやること? だがこれは許嫁になった上で接点を増やすという意味合いが大きそうなので『許嫁に反対している側』の条件としては成立しないだろう。

 ならば、「一年だけ許嫁になる」という期限の方か? これなら納得はできるが、しかしあれはあの場で一色の反対を退けるための条件のようにも思える。

 何か聞き逃している事があったか? 思い出せ、思い出すのだ八幡。この関係を終わらせるカードを手に入れるチャンスだ。

 

「なんだ、聞いてないのか? ……失敗したな、この話は忘れてくれ」

「いや、そこまで言ったら言ってくれよ、なんだよ条件って、気になるだろ」

 

 おっさんが話を終わらせようとしたので俺は慌てて言葉を繋ぐ。

 だが、このおっさんにしては珍しく「あー」だの「うー」だのと言葉を濁そうとしているようだった。

 チラチラと俺の方を見ては、俺がなにか言葉を発するのを待っている。しかし俺としてもここは譲れない。

 俺はじっとおっさんの横顔を見つめ、おっさんは気まずそうに前を見て運転をする。

 時間にしてみればほんの一分程の沈黙の後、おっさんは観念したように。口を開いた。

 

「はぁ……小町ちゃんの条件は“他に本気で好きな相手ができたら許嫁を解消する事”だ」

 

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 本気で好きな相手ができたら?

 つまり俺が今ここで、適当に誰かの事を好きだと言えばそこでこの関係は終了するということか?

  

「あ、当然、そこら辺の適当な相手は認めんぞ? 儂を納得させるぐらいの相手ならという意味だ、もしそういう相手が出来たらちゃんと連れてこいよ?」

 

 珍しくおっさんが焦ったように、早口で捲し立てる。

 それはあれか、俺にはどうせそんな相手用意できっこないだろうプギャーみたいな事だろうか? 大正解だよ、くそっ。

 唯一見えていた出口が塞がれていくのがわかる。

 

「なんでもな『お兄ちゃんにはしっかりした相手じゃないと駄目』なんだと、兄思いのいい妹じゃねぇか」

 

 いい妹……なのだろうか?

 完全に俺の退路を断ってくる辺り、割と楽しんでいるようにも思えるのだが……。

 そもそもしっかりした相手ってなんだろう。俺にはよくわからない。

 俺がそういった相手に求めるのはそんな曖昧な言葉じゃなくて、もっと……こう……。

 

「知ってたか? 小町ちゃんなぁ、お前の話をする時、そりゃもう自慢気に話すんだ。お前の失敗談なんかも含めて、楽しそうにな。前に一緒に焼肉食いに行った時も、ずっとお前の話をしてたんだぞ?」

 

 俺の話? なんだろう、そもそも俺の話をする小町というのが想像できない。というか、それは、共通の話題が俺しかなかったというだけではないのか? 失敗談とかいう時点で碌でもない話な気もする。

 

「まぁ、儂が色々聞いたっていうのもあるんだがな。昔、家出した小町ちゃんを迎えに行ったんだって? 『小さい頃はいつでもお兄ちゃんがいてくれた』って嬉しそうに話してたぞ」

 

 それは俺が高校に入るよりもっと前の話だ。

 両親が共働きで必然的に家には子供だけが残る。中学にもあがれば小学校に通う小町との帰宅時間がずれるのは当たり前になり、小町は一人家で留守番という事も多くなった。

 それに不満を持ったのか、ある日家に帰ると、書き置きが一枚。あの時は慌てて探しに行ったなぁ。まあ割とすぐ見つかったが。

 それからというもの俺もできるだけ早く家に帰るようになった。

 小町が家に帰ってきた時、一人にならないように。

 ……といえば聞こえはいいが、実は単に俺が他に予定がなかったからというのが大きい。

 あの時の俺は小町を口実にしたのだ。誰かと放課後を過ごすでもない俺にとって、家にいれば小町が帰ってくるという環境はとても楽だった。

 

「ただな、同時に申し訳なかったとも言っていた……」

「は? それってどういう……?」

 

 おっさんが何を言っているのか全く分からなかった。

 そう、あの時の家に早く帰ったのは俺のためでもあって、小町のためだけに存在したわけじゃない。小町が申し訳なく思う必要なんてないはずだ。

 ならば一体何を申し訳なく思う必要があるのだろう。それともそれは別の話なのか? 正直見当がつかない。

 

「少し喋りすぎたな、これ以上は儂の口からは言えんが。ただ、下の子には下の子なりの苦労ってのがあるもんだ。小町ちゃん、大事にしてやれ? 時には見守るのも優しさだぞ?」

 

 見守る……。見守れていなかったのだろうか。俺にはよく分からない。

 小町には何か不満があるのか? いや、まぁ俺に対する不満は沢山ありそうだが……。

 小さい頃の記憶をたどり、小町のことを思い浮かべる、泣いている小町、怒っている小町、笑っている小町。

 なんだか無性に小町と話をしたくなった。こういうのをシスコンというのだろうか。

 でも俺がそんな事を言っても、きっと小町は嫌そうな顔をして「熱でもあるの?」とか言うのだろうな。

 

「というわけで、小町ちゃんに合いそうな男、探さないとな」

「いや、それ見守ってねーだろ。さっきまでの話台無しじゃねーか」

 

 「見守ってるさ、儂なりにな」と真面目な空気を吹き飛ばすように、おっさんは大きな口で笑う。

 本当ならもう少し追求すべきなのかもしれないが、これで話は終わりだと空気が語っていたので。

 その雰囲気に俺も乗る事にした。

 助手席の背もたれに思い切り体を預け、ふぅと息を吐く。

 あ、この車ドラレコついてるじゃん。今の会話とかも全部録画されてたりするんだろうか?

 悪用されませんように。

 

「……っていうか、その解消条件なら一色にも当てはまるんじゃねぇの?」

 

 一色に好きな人が出来たら許嫁は終了。

 そう一色に伝えたほうが、今の状況も円滑にすすむのではなかろうか。

 実際今の一色にそういう相手がいるのかどうかは分からないが、俺よりは確率が高そうだ、悲しいことにな。

 なぜなら現状俺のスマホに連絡先が入っている異性というのは一色家を除けば、小町とお袋ぐらいしかいないのである。ちくしょう。

 

「その心配はない」

 

 だがおっさんは自信満々に俺の言葉を否定した。

 

「いろはが男を連れてきても、お前以外だったら儂が認めないからな」

 

 不思議そうな顔をする俺に。おっさんはそう言ってニヤリと笑う。なにその笑顔怖い。

 既に何人か殺った的な笑い方だ。

 いや、マジでこのおっさんの中の俺のイメージどうなってんの? さっき俺のことを過小評価してたとか言われたが、評価が高すぎるにも程がある、持ち上げられすぎて逆に降りるのが怖い高さまでいってない? マジ勘弁してほしい、俺は一介の高校生だ。そこまでして俺を一色とくっつけようとする意味がわからない。

 そのうち逆恨みで一色のファンとかから刺されたりしないかしら?

  

 しかし、同時に思う。

 きっと一色に本当に好きな奴とやらが出来て、その本気がおっさんに伝われば、おっさんは俺に「スマン」と一言頭を下げ、場合によっては土下座をしてでも許嫁の解消を頼みに来るのだろうと。その情景は容易に想像がついた。

 まだそれほど長い付き合いというわけではないが、このおっさんは独裁者のようにみえて、本当に一色のためにならないことはやらない人だ。それだけは確かに確信を持って言えた。

 まあ土下座なんてされなくても、用が済んだら関わらないつもりだが……。

 そういった事を今ここで言っても納得はしてもらえなそうなので、俺は口から出かけたその言葉を黙って飲み込み、別の言葉を吐き出した。

 

「なら、俺も小町に許嫁なんて認めない」

 

 そう言うと、おっさんは一瞬驚いた顔をして、その後今日何度目かの大笑いをした。

 

*

 

 それから、おっさんは昔の一色や、ラノベの話をしながら、車を走らせた。

 途中でガソリンスタンドに寄ったり、こんな立地で本当に客がくるんだろうか? と思う広い駐車場のあるコンビニで飲み物を買ったり、見たこともない海岸沿いも走ったりをしたが、未だに目的地は教えてもらえていない、一体どこに向かっているのだろう?

 そんな疑問を何度か口にしながら車に揺られ、すっかり日も落ちきった頃、車が止まった。

 

「さて、着いたぞ」

 

 そこは駐車場。そして眼の前には地元では決してお目にかかれない看板。

 一瞬、こんだけ走ってファミレスか? と少しだけがっかりしながらその看板を見上げた。

 だがそこには大きな文字で知っている漢字が三文字書かれていた。

 

「蛇々……庵……?」

 

 それは以前、小町がおっさんに連れてきてもらったと言っていた高級焼肉店の名前だった。

 来たことはないのにテレビや雑誌で紹介されるので、名前と外観だけは何故か知っている。幻の蛇々庵。それが今まさに俺の眼の前に……!

 夢……? え? 今日の家庭教師は?

 

「お前の初給料と、そろそろ許嫁一ヶ月記念を祝してな」

 

 一ヶ月記念とか付き合いたての面倒くさい彼女みたいな事を言い出した。なんだろう、このおっさんは意外とそういう所があるんだろうか。

 だが、今はそんな事はどうでも良かった。

 幻の焼肉店が俺の目の前にあるのだ。あ、でも手持ちで足りるかしら?

 俺は手早く財布の中身を確認する。

 一人前いくらぐらいなんだろうか、ワンコインのメニューとかがあればいいが……最悪バイト代が全部吹き飛ぶかも知れない。

 

「何を金の心配してんだ? 心配するな、お前に払って貰おうなんて思ってねーよ。奢りだ」

「ま、まじすか!?」

 

 思わず体育会系みたいな返事をしてしまった。

 だが奢り……いいんだろうか? そういえば先週も一色に奢ってもらったんだよな……後輩に奢って貰うのがどうとか考えるのはこの際無しとして、一色家は人に奢りたがる一族なのかもしれない。

 俺はゆっくりと助手席のドアを開け、車の外へと出る。

 雨はまだ少し降っていたが、この程度なら傘をさす必要もなさそうだ。

 何よりこのまま屋内で焼肉だしな。

 おっと、ヨダレが……。

 

「あー、センパイ! お爺ちゃんも遅いー!」

「一色?」

 

 声のした方を見ると。

 そこには一色ファミリーが全員集合していた。

 いろはす夫妻の後ろには楓さんもいる。前方の一色、後方の一色(おっさん)だ。完全に挟まれている。明らかに俺がここにいる事に場違い感があるな。これがオセロだったら俺も一色になっていたかもしれない。

 

「ま、とりあえず今日は一ヶ月お疲れさんってことでな、パーッと行こう」

 

 おっさんは俺の後ろに立つと、俺の背中を押してくる。

 こうやって並ぶとやっぱおっさんでかいな……。何食ったらこんなにでかく……肉か……。

 

「ほらあなた、やっぱりこんなに遅くなって! だから皆で来たほうが良いって行ったじゃないですか」

「はは、すまんすまん、色々寄り道しててな」

 

 だが、そのおっさんは、到着早々楓さんから怒られていた。

 少しだけ大きく見えたおっさんが今ではとても小さく見える。

 この二人、力関係はやっぱり楓さんが上なんだろうか。

 

「センパイ……? どうかしました? もしかして焼肉苦手です?」

「いや、肉は好きだぞ、肉は」

「健康の為にも野菜をいっぱい食べたほうがいいですよ? お肉は私が処理しますんで」

 

 あざと一色さんが、ウインクを決めながらそんな事を言ってくる。

 「ありがとう! じゃあお言葉に甘えて」と返すとでも思っているのだろうか? 焼肉にそんな優しさはいらない。

 

「ほら、予約の時間があるんだから、早く入りましょう」

 

 もみじさんにそう促され、俺たちはやっと駐車場を後にする。

 小町に自慢話をされてからというもの、夢にまで見た蛇々庵が今俺の目の前に……。

 俺は、柄にもなく心を踊らせ、田舎者のように店内をキョロキョロと見回した。

 一体どんな肉が振る舞われるのだろう。期待に胸が膨らむ。

 

「あ、ちなみにうちのお爺ちゃん焼肉奉行で順番とか焼き方とか色々煩いんで、覚悟してくださいね?」

「えぇ……マジで?」

 

 なんだかすごく気分の下がる事を言われた気がする。

 焼肉奉行ってなんだよ……。やっぱり高級店だからか? お奉行様に頼らないといけないシステムが残ってるの?

 第一焼肉の順番ってなんだよ……。好きに食っていいんじゃないのかよ……。

 そういえば、焼肉のタレを白飯にバウンドさせるのはマナー違反とかいうのも聞いたことあるな。そういう厳しさだろうか?

 高級焼肉。俺、楽しめるのかしら?

 そんな一抹の不安を残しながら、俺は一色と並び店内へと入っていった。




というわけで後編でした。

目的地がどこなのか、前半時点で分かっていた方もいたかと思いますが。
皆さんの予想はいかがだったでしょうか?

ヒロイン成分が大分少ないですがこの作品は八色です……w


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第17話 兄と妹

すみません予約投稿ミスりました!
いつも誤字報告、感想、お気に入り、評価、メッセージありがとうございます。 


 焼肉の匂いを充満させながら帰宅した日の翌朝。

 俺は小町の部屋の前に立っていた。

 別に疚しい事をしているわけではない。

 ただ昨日おっさんから話を聞いて。小町に何かを言わなければいけないのではないか、そんな衝動に駆られついここまで来てしまったのだ。

 だが、ドアをノックする手の形のまま早五分。俺は動けないでいる。

 

 小町が昔の事で俺に対して何かを感じているのか、もしそうだとしたら俺に何かしてやれるのか。あるとすれば一体どう切り出せばいいのだろう。

 俺はそこそこ回転の早い頭をフル稼働させ、何度も何度も脳内でシミュレーションを繰り返した。だが一向に答えは出ないまま時間が過ぎていく……。

 ここは一度戦術的撤退を図るべきか。そう思った瞬間、スマホが鳴った。

 くっ、誰だこんな時に……って一色か。すまんが後にしてくれ……。

 

「お兄ちゃん……? 何してるの?」

 

 ドアノブが回ったのに気がついた時には、もうすでに遅かった。

 しまった、逃げ遅れた。

 スマホの音に気がついたのか、それとも部屋の前にいた俺の不穏な気配を察知したのか、小町が開いたドアから顔だけを覗かせる。

 右手はドアをノックする形で、左手にスマホを持つ姿勢のまま固まる俺はさぞや滑稽であろう。

 でもいきなり自分のスマホで写真を撮ろうとするのはやめて欲しい。

 証拠保全は大事だが。そこまで警戒されるとお兄ちゃんちょっと凹む。

 

「あー……その……なんだ。この間借りた金、返そうと思ってな」

「あ! そうだよ! 小町も金欠だったんだからね! 早く返して!」

 

 とっさに思いついた言い訳だったが、金の話と聞いて、小町は勢いよく部屋から飛び出し、俺に詰め寄ってきた。

 文字通り、現金な奴だ。

 俺はスマホをしまい、尻ポケットから財布を取り出すと、その中から昨日貰ったばかりのキレイな千円札を三枚小町に渡した。

 

「はい、確かに……ってお兄ちゃん凄いお金入ってるじゃん……え? まさかとうとう犯罪を……?」

「ちげーよ、バイト代が入ったんだよ」

 

 めざとく、俺の財布の中を物色する小町に俺がそう言うと小町は「ふーん……」と一瞬興味なさげに答えたと思ったら、にこりと邪悪な笑みを浮かべる。

 そして次の瞬間には俺の腕に巻き付いてきた。

 なんだろう、何かは分からないが、ろくでもない事を思いついたに違いない、だが引き剥がせない。その様子はまるで巨大な蛇に巻き付かれたようだ。絶対に離さないという強固な意思がそこには感じられる。

 「離せよ」というと、小町は肩越しに俺を見上げる、媚びた表情でパチパチと大げさに瞬きをして、こう言った。

 

「お兄ちゃん、小町とデートしよ?」

 

 くそっ。可愛いなコイツ。

 

*

 

「ケーキ買うんじゃなかったの?」

 

 小町曰く「初めてのお給料が入ったらケーキを買って家族サービスをするもの」なのだそうだ。

 まあ初給料で親孝行というか、家族にプレゼントをするという話は聞いたことが無いわけではないし、ケーキならそれほど高額な買い物でもない。ちょうどいいタイミングなので入院した時とか、以前のコンビニ飯の件も込みで、親孝行をするのも良いかと家を出たまではよかったのだが。

 何故か今俺たちは電車に乗り、大手のショッピングモールまできている。

 

「コンビニで良かったんじゃないの……?」

「あのね、お兄ちゃん? コンビニはケーキ屋さんじゃないの、ケーキ屋さんはケーキ屋さんなの」

 

 最近はコンビニのケーキも馬鹿に出来ないと思うんだがなぁ。

 だが、小町はそれでは納得してくれないようだ。人差し指をたて、俺にコンコンとケーキのなんたるかを語ってくる。

 まぁ、ここまで来てしまったのだから仕方がないか、さっさと小町の目当てのケーキ屋とやらに行って帰ろう。そう考えながら小町に続き、俺はモール内を歩いていった。

 休日の午前中だがそこまで人は多くない、エレベーターで四階まであがり、小町に引っ張られるままサマーセールと書かれた店に入る。

 

「はい、とりあえずお兄ちゃんコレとコレ試着してみて」

「いや、ケーキは?」

 

 そこはあまり耳馴染みのない店名のメンズアパレルショップだった。

 入り口にはハットを被った小綺麗なマネキンとストールを巻いたオシャレ上級者なマネキンが左右から俺の侵入を拒んでいる。まるで阿吽像だ。

 なんだ? やんのかコラ。動かない奴相手ならいくらでもやってやんぞ。

 阿吽像を睨みつける俺に後ろに控える店員もタジタジだ。

 

「ケーキなんて先に買ったら駄目になっちゃうでしょ? 折角バイト代入ったんだから、ちょっと服も見ていこうよ。お兄ちゃんの服ヨレヨレだよ?」

「ええ……いいよ別に……」

 

 服を買うにしても、もっと俺に合う店があるだろう、ウニグロとか今村とか……。

 ここはどう考えても俺が普段着るような服が置いてあるタイプの店ではない。

 騒がしく店内に入る俺たちの周囲をオシャレな店員が警戒しながらウロウロと歩き始め『商品を手にとったなら即座に話しかけてやるから覚悟しろよ』というオーラを放ってくる。

 いや、買いませんのでお気遣いなく。 

 

「とりあえず見るだけ、見るだけだから!」

 

 小町はそう言うと俺をどんどん店の奥へと引っ張り込み、楽しそうに俺に服を当て始めた。

 やがて、予想通りに店員が近寄ってきて、あーでもないこーでもないと小町と会話を始める。何この子、コミュ力高……っ! ちょっと前までは俺の陰に隠れていた人見知りする子だったのに……小町ちゃん……大きくなったのね……。

 だが、そんな俺はというと、喋る間も与えられず、黙って小町と店員の波状攻撃を受けている。

 小町とお買い物にきたよ! 今日のジョブはこれ! 「マネキン」!

 とでも呟けば慰みでいいねの一つでも貰えるだろうか、呟くタイプのSNSやってないけど。

 いや、チョット待って? そのジャケットの値札おかしくない? そんな高いの買えるわけ無いでしょ? どこのプレミアグッズだよ。絶対買わないからな?

 はぁ……帰りたい。

 

**

 

「はぁ……小町、一生の不覚だよ……」

 

 あれから、数件の店を連れ回された後、昼時になったので近くのフードコートで食事を取る事にしたのだが。二人分のハンバーガーセットを載せたトレーを運び、席につくなり小町が大きくため息を付いた。

 

「いや、別に今まで問題なかったんだからいいだろ?」

「問題大有りだよ! あー、いろはさんに変な人だって思われてたらどうしよう……」

 

 事の発端は直前に入った店で小町がトートバッグを持ってきた所から始まった。

 「……そういえばお兄ちゃんバイトの時、勉強道具っていつもどうやって持っていってるの?」と言われ「手ぶらだけど?」と答えたのが余程お気に召さなかったらしい。小町は大きく目を見開き、ポカンと口を開けるとその場で固まってしまった。

 一拍置いた後、店内で迷惑なまでにぎゃーぎゃーと喚く小町をなんとか宥め、現在に至る。

 

「だって仮にも家庭教師だよ? 筆記用具とか必要でしょ?」

「まぁ、必要になったら一色に借りればいいし、今の所そんなに必要だと思ってないしなぁ」

「必要だよ! 生徒に筆記具借りながら勉強教える先生なんて聞いたこと無いよ!」

 

 そうだろうか? たまに「ちょっと貸してみろ」とシャーペンを借りる教師は学校にもいたと思うが……よく考えれば、確かに完全に手ぶらな教師というのはいなかった気もする。教科書は当然持っているとして、後は最低でも胸ポケットにボールペンとか入れてるイメージだな。

 じゃあ次回からはボールペンぐらいは持っていこう。うん。

 

「まぁ……今の所は問題ないからいいだろ」

「駄目だよ、いろはさんに悪いし。ご飯終わったらまずカバン見に行くからね」

 

 そう言いながら小町は山盛りポテトをつまんだ。

 その振動でポテトの山が少しだけ崩れる。

 棒崩しだったら俺の勝ちだ。あれ? 棒倒しだったっけ? それは大人数でやる競技だっけか。まあ地域差とかもあるだろうし名前にこだわる必要はないだろう。どっちも勝利条件は同じだ。あれ? それも違うんだったか。

 

「っていうか、『いろはさん、いろはさん』って、なんでそんな一色の事好きなの? 直接会ったことは無いんだよな?」

 

 そう、会ったことは無いはずなのだ。

 とはいえ、もし、こいつが一色会っていれば、もっと色々酷いことになる気もしている。

 なんといったらいいか……そう、波長のようなものが合うんじゃないかと思っているのだが、それ故に二人が出会ってしまうことを俺は恐れてもいるのだ。

 きっと、家でもバイト先でも俺のあれやこれやが筒抜けになって、何かあれば二人に攻められ、俺の憩いの場がなくなる。そんな予感がする。

 だが、その問が口からでた瞬間、俺は今の今まで忘れかけていた昨日のおっさんとの会話を思い出し、次の言葉を発していた。

 

「小町は俺と一色が許嫁になるの反対だったんだろ?」

「……え?」

 

 小町が一瞬ビクリと体を震わせ、もう一本ポテトを摘もうした手を止める。

 わかりやすく動揺したなコイツ。

 

「え、えー……? そんな事ないよ? お兄ちゃんが一色さんと結婚したら小町のお義姉ちゃんになるってことだし? 仲良くしたいなーとは思ってるけど、反対なんてするわけ……」

「昨日おっさんから聞いたぞ、許嫁の話『好きなやつが出来たら解消』って条件でOKだしたんだって?」

 

 小町の言葉を遮り、俺が昨日聞いたことを喋ると、小町は観念したように溜息を付いた。

 

「……縁継さん、それ話しちゃったんだ……?」

 

 つい数分前までの楽しそうな表情は消え、小町はまるで叱られるのを恐れる子供のように目線を落とし、ゆっくりと口を開く。

 

「うーん……なんていうかな。別にお兄ちゃんに許嫁ができるのが嫌だ! とかお兄ちゃんを奪られるのが嫌だ! とかそういうんじゃないんだよ? ほら……親同士の決めた結婚とか、政略結婚とかってドラマとかでもいいイメージないじゃん? だからなんとなく嫌だなぁって思ったっていうか……」

 

 小町が足をブラブラさせながら、ぽつりぽつりと語り始めるのを見て、俺は買っておいたコーヒーを一口、口に含み喉を潤す。う……やっぱマッカンにしておけば良かった。あんまり美味くない。

 しかしそうか『お兄ちゃんを奪られるのが嫌』とかじゃないのか、ちょっとだけ期待していたのが残念だ。

 まぁ確かに昨今の許嫁という言葉にそれほどいいイメージはないな。ラノベなんかでヒロインに許嫁がいる場合は大抵が主人公の当て馬だ。

 ヒロインが主人公の元を離れて許嫁と結婚してバッドエンド。なんていうのも見かける。

 俺もそのうち誰かと一色を取り合ってバトルを繰り広げるのだろうか。嫌だなぁ、普通に身を引くから変な事に巻き込まないで放っておいて欲しい。

 

「だからさ、縁継さんの話を聞いた時、お兄ちゃんが可哀想じゃないかなぁって、なんとなく反対しちゃったんだよね」

 

 可哀想だと思うなら、ずっと反対していてくれても良かったのに。

 まぁ、とりあえず話はわかった、

 

「なるほど、つまりツンデレか」

「ツンデレじゃなーいー! ほら、お兄ちゃんにとっては彼女ができる千載一遇のチャンスかもしれないわけじゃん? だからそういう貴重なチャンスを小町が潰しちゃうのも良くないと思ったから、どこかで折れるつもりではいたんだよ」

 

 俺の軽口に、んべっ、と舌をだした小町は、早口でそうまくしたてると買ってきたメロンソーダを一口含み、再び真面目な顔に戻った。

 

「お兄ちゃんだって別に彼女が欲しくないわけじゃないでしょ? 中学の時はちょっと痛い人ながらも女の子に興味持ってたし『俺、近いうちに彼女できるかもしれない』とか言って夜中に気持ち悪く笑ってた事もあったじゃん?」

 

 ちょっと小町さん? なんて話をしてるの?

 いや、まぁ確かに「あいつ俺の事好きなのかも」なんて勘違いをして盛大に盛り上がっていた時期もあったからなぁ……。あの頃の俺は若かった。ぜひとも忘れて頂きたい。

 

「で、実際の所どうなの?」

「どうって?」

「いろはさんだよ。仲良くやれてる?」

 

 まるで初めて幼稚園に通う子供を心配するような顔で、小町が俺に問いかけてくる。

 

「別に、普通」

「普通……ね……」

 

 小町は呆れたようにそう言うと、再びメロンソーダのストローを口を含み。今度はブクブクと空気を吹き込んだ。

 こら、お行儀悪いからやめなさい。

 

「あー、小町もいろはさん会ってみたいなー」

「会わなくていい、お前絶対変な影響受けるだろ」

「えー、何それ?」

 

 いや本当、絶対ろくな事にならないと思う……。

 

「小町お姉ちゃん欲しかったんだよね、お兄ちゃんはこんなだし?」

「こんなで悪かったな……」

 

 そもそも姉が欲しいという件は俺に話すより親父とお袋にでも愚痴ってくれ。

 その辺りに俺の裁量権は皆無だ。

 だが、小町は俺の返答に「ふふっ」と笑うと、俺の口に一本、ポテトを放り込んできた。

 

「それでもね、十四年も一緒にいたらこんなお兄ちゃんでも愛着も湧くものですよ。あ、今の小町的にポイント高い」

「ま、十四年一緒にいればな」

 

 そう言いながら、小町がもう一本俺の口の中にポテトを放り込んでくる。 

 

「……小町は心配なんだよ、お兄ちゃんがどんなに捻くれた事を言っても、こういう人だって小町はわかってる。しょうがないなぁって思える。でも、他の人は違うよ? 全然意味分かんないし凄く面倒くさいと思う。もしいろはさんと喧嘩とかしたらすぐ小町に話してよね? ちゃぁんとどうやって謝ればいいかアドバイスしてあげるから」

 

 何故俺が謝る側になる事が確定しているのか。

 喧嘩の仲裁ならばこちらの言い分も聞いて欲しい。

 だが反論ができない。なぜなら小町は俺の口にポテトを入れるのが楽しくなってきたのか、次々と俺の口にポテトを入れてきていて物理的に喋ることが困難になっているのだ。

 や、やめ、やめろー!!

 

「んぐっ……ん……んっ……ま、まぁ……その……色々考えてくれた事に関しては、感謝しとく、ありがとな……」

「別にー、小町が勝手にしたことだし?」

 

 なんとかそれ以上のポテトの侵入を手で防ぎ、コーヒーで流し込みながらそう答えると。

 小町は、俺に聞こえるか聞こえないか、という声量でそう言って、再びポテトをつまみ、今度は自分の口へと運んだ。

 どうやら『お兄ちゃんの口にポテトが何本入るかチャレンジ』は終わったようだ。助かった。

 まぁ少々鬱陶しくはあるが、小町は小町なりに俺の事を考えてくれたという事なのだろう。

 ほんの少し前まで俺の後ろをちょこちょこついて回りっていたこの妹も、いつの間にか成長していたという事だ。

 まあやってる事はまだまだ子供のようだが……。

 あー、死ぬかと思った。

 

「小町も、悩んでる事とか、俺に何か言いたい事があったら遠慮すんなよ? 一応お兄ちゃんだからな人生相談には乗るぞ」

 

 それは昨日から俺の中でつっかえていた言葉。

 過去、小町が一体何を思っていたのかは、わからない。

 今このタイミングで言うことではないのかもしれない。

 おっさんは「年下には年下なりに苦労がある」と言っていた、もしかしたら兄である俺だからこそ言えない事もあるのかもしれない。

 あの日の夜、小町が言っていた言葉の意味も全てわかったとはいい難い。

 だが、例えそれが俺のエゴだったとしても、それだけは伝えておきたい俺の本心だった。

 まああまり面倒くさいのは勘弁してほしいが……。

 多少のワガママを聞く度量はあるつもりだ。今までも、そしてこれからも。

 

「お兄ちゃんが何でも解決してくれるってこと?」

「俺になんとか出来る範囲で、なおかつ時間的余裕がある時ならな」

 

 つい、怖気づいて予防線を張ってしまう、俺の悪い癖だな。

 いや、しかし今の世の中「なんでも」なんて言ったら「今なんでもっていったよね?」と容赦なく攻められる事もある。予防線大事。

 

「何それ……、凄く範囲狭い気がするけど」

 

 小町は俺の言葉を聞いて呆れたように息を吐く。

 

「でも、ありがとね」

 

 だが、次の瞬間には、穏やかな笑顔を浮かべていた。

 どうやら俺の気持ちは伝わったようだ。

 

「小町も、お兄ちゃんみたいに誰かに認めて貰えるようになりたいな」

 

 最後の言葉は、俺に向けて、というよりは。独り言のような言い方だった。

 一体俺がいつ誰に認めてもらったというのか。

 どうせまたおっさんに何か変なことを吹き込まれたんだろう。

 思いっきり突っ込んでやりたいという衝動に駆られたが、小町の志を否定するのも何か違う気がして、俺は喉元まででかかった言葉をコーヒーと一緒に飲み込んだ。

 

「さ、辛気臭いからこの話おしまい! 食べよ食べよ、午後もいっぱい回るんだから覚悟しといてよね、お兄ちゃん」

 

 もう帰りたいという気持ちは大きいが仕方ない。

 俺は覚悟を決め、すぅっと息を吸う。

 

「……まあ久しぶりに遊んでくか。じゃあさっさと食うぞ、今日はお兄様の奢りなんだ、残さず食えよ?」

「うえー、偉そうだなぁこの人。……でも、ありがたく頂きます」

 

 「ははー」とハンバーガーを掲げ、頭を下げる小町に俺は「苦しゅうない」とふんぞり返る。

 次に目があった時、俺達はどちらからともなく笑い始め、すっかり冷めてしまった残りのハンバーガーにかぶりついたのだった。




兄妹シリアス回(多分)
今回の話は本当自分でも色々あった回なのでよかったら活動報告の愚痴も読んでやってください……。

あと、これから数話は繋ぎ回(?)です……。
物語が動くまでもうしばらくお待ち下さい。

あ、古戦場がまたやってきますね……(震え

ところで今更なんですが
タグ表記方法って「八色」じゃなくて「八いろ」なんですかね?

誤字報告、感想、評価、メッセージいつでもお待ちしています。


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第18話 混ぜるな危険

誤字脱字報告、感想、お気に入り、評価、メッセージ。いつもありがとうございます。

前回予約投稿忘れて慌てていたせいで
大事なことを伝えるのを忘れてました……。

感想数100件超えました!
ありがとうございます!


 小町と食事を済ませた後、俺たちは数件の店を周り、四千円の黒いショルダーバッグを買った。

 そのバッグは黒地に二本の白ラインが入ったシンプルなデザインながら。ラインが右下の方でクロスしており、一見すると時計の針のようにも、十字架のようにも見える、俺の中二心を大いに擽るものだった。

 『これならちょっと欲しいなぁ』と、つい手にとってしまった所で。

 「まぁ、これならお兄ちゃんの服にも合うし、いいんじゃない?」と小町のお墨付きを貰ったのでそのまま購入。

 よし、今日からお前を『クロノクロス』と名付けよう。おっと、こういうのは卒業したんだった、危ない危ない。

 

「まあ、一気に色々買っちゃうとお金なくなっちゃうからね、来月からも少しづつお兄ちゃんに必要なものを買っていこうね……? 次はお財布かなぁ」

「財布? なんで財布?」

 

 別に俺の財布は壊れたりしていないし、中学の頃から使っている物なのだが……。

 あれか、財布はこまめに買い換えないと金が逃げるとかそういうやつか。

 いや、そもそも短期間で財布買い替えてたらソッチのほうが金が逃げてかない?

 

「まぁ、お兄ちゃんにはわからないか……とりあえず見るだけでも見に行こう?」

 

 不服そうな俺の表情を察したのか、小町はちょっと呆れ気味にそういったが、今日の小町はご機嫌だった。胸につかえていた何かが取れた。そんな風にも見える。

 それはただ単に俺にとってそうであって欲しいという願望が込められているだけなのかもしれないが……。まぁ、深く考えるのはやめるとするか。

 とりあえず見るだけならタダだ、今は小町の思うようにさせてやろう。来月になれば忘れているだろうしな。

 

 そんな事を考えながら、下りのエスカレーターを目指し小町の後ろを歩いていると、ふと反対の上りのエスカレーターから上がってくる一人の人物の姿が目に入った。

 徐々にせり上がってくる頭部、顔、肩、全てに覚えがある。

 あれは……一色?

 そう、それは間違いなく一色いろはその人であった。

 こんな偶然もあるものだろうか。

 っていうかアイツこんな所で何してんだ?

 

 しかしまずい。

 このままでは小町と一色が鉢合わせてしまう。

 何度も言うが、この二人は会わせてはいけない、絶対面倒くさいことになる、そんな予感がしているのだ。とにかくこの場はやり過ごさなければ。

 とにかく、一度下の階に向かうのは諦めて、この場を離れよう。

 俺は素早く小町の肩を掴み、無理矢理方向転換させると、エスカレーターから離れるように、だが決して不自然さが出ないように早足で歩く。

 

「ちょ、ちょっと、ドコ行くの?」

 

 小町が抗議の声を上げるが、今はこの場を乗り切るのが先決。

 嫌がる小町を抑え込み、無理矢理肩を抱く。

 なんかこういう言い方だと卑猥に聞こえるが、決してそういった意図はない。ないったらない。

 

「あれー? センパイじゃないですかぁ、こんな所で何やってるんですかぁ?」

 

 だが、そうして小町と共に歩いて数歩の所で、耳元で声がした。一瞬、背筋に冷たいものが走る。

 馬鹿な……この俺が背後を取られるだと……?

 どういうことだ? 俺は一色から離れるように動いた、そのはずだ、だが振り向くと、わずか半歩未満の距離に笑顔の一色が立っていた。何をいってるかわからねぇと思うが俺も 何をされたのか わからなかった。

 早い、いろはす早い、いろはす怖い。

 

「センパーイ♪ どうしたんですぅ? あ! 遊んでるんですかぁ?」

 

 いつも以上に間延びしたあざとい声色で、その大きな瞳をキラキラと輝かせる一色だったが。その笑顔はどこか作り物めいていて思わず一歩たじろいでしまう。

 その言葉の裏には『お前LIKEの返信もしないで、女の子と遊んでるなんていい度胸だな?』みたいな意味を孕んでいそうだ。怖い。

 

「あれ……? そっちの子、どこかで……?」

 

 しかし、一色は俺の陰に隠れる、小町に視線を移すと。その笑顔の仮面を剥ぎ取り、表情を一変させた。

 

「もしかして、いろはさんですか?」

「もしかして、センパイの妹さん?」

 

 お互いの顔を指差し、そう確認しあう。

 それは出会ってはいけない二人が、ついに出会ってしまった瞬間だった……。

 

「あ、私の事も知ってくれてるんだ?」

「ええ、それはもう。あ、初めまして。比企谷小町です。いつも兄がお世話になってます」

「一色いろはです、こちらこそお世話に……なってるんですかね?」

「そこはお世話になっとけよ、一応俺家庭教師だぞ」

 

 俺がそう返すと、一色はクスっと笑い「冗談ですよ」と一言付け加え、小町に向き直った。

 さらば俺の平穏……。

 

*

 

 やはり、というかなんというのか。この二人は波長があうのだろう。

 一色と小町は秒で打ち解け、LIKEの交換を済ませると。

 やいやいと俺を挟んで女子トークを始めた。

 

「あの、良かったらどこかゆっくり座って話しませんか?」

「あ、いいねー」

「いや、お前受験生だろ……帰って勉強しとけよ」

「えー、ちょっとぐらい息抜きしたっていいじゃないですかー? 今日だってマーカー切れちゃったから買いに来ただけなんですよ? ……あと少し夏服も見ておきたいしー……」

 

 こいつの場合息抜きが多いんだよなぁ……。

 マーカー程度なら家の近くのコンビニでも買えるだろ、なんでこんな所まで来てんだよ。……って今夏服って言わなかった?

 俺自身、昨日おっさんとも色々話し、バイト代を貰った直後で家庭教師ももう少し頑張ろうと思っている矢先なのだ。もっと真面目に取り組んで欲しい。

 

「ちょっとだけ、ちょっとだけだから、ね? お願い!」

「お願いしますよセンパイ、帰ったらちゃんとしますから」

 

 二人が俺に両手を合わせ、そう懇願してくる。

 とりあえずセクハラ親父みたいだからその言い方はやめなさい。

 

「三十分だけだぞ……」

 

 なんだか妹と生徒というより、もう一人妹が出来たような気分だ。

 俺の言葉を聞くなり「やったぁ」とハイタッチを決め、並んで歩き出す二人を追い、俺は溜息を吐いた。やっぱこの二人、会わせちゃいけなかった気がする……。

 

*

 

「こことかどうですか? この間出来たばっかりの話題のお店なんですよ」

 

 そう言って小町と一色が入ったのは。女子がわんさかいる妙にトロピカルカラーな看板が目を引くカフェだった。

 え? ここ。男子禁制とかなの?

 敷地内は一見すると某有名コーヒーショップのような、やたら高い椅子とテーブルが並んでいるが、俺以外の男が見当たらない。何の店だココ。怖い。

 レジに並び、メニューを眺めるが黒いブツブツしたものが沢山描かれていて何だかよくわからない。何? 蓮コラ? 集合体恐怖症の人お断りなの?

 

「お兄ちゃんはどれにする?」

「マッカン」

「そういうのは置いてないの、小町こっち飲んでみたいから、お兄ちゃんは無難にこっちね。半分こしよ」

 

 あれ? 俺今何が飲みたいか聞かれたんじゃなかったっけ?

 なのに俺のオーダーが勝手に決められている。

 俺に選択肢があるようで全くなかった。不思議。

 

「じゃあ私はこれにしようかな」

 

 一色がそう言って、財布を取り出すのを見て。

 小町が慌てて一色を制した。

 

「あ、ここは小町が払いますよ」

「いやいや、小町ちゃん私より一個下なんだよね? 初対面で年下の子に奢ってもらうわけにはいかないよ。それなら私が」

「いえいえ、いつも兄がお世話になってますから」

 

「いえいえ」「いやいや」と押し問答をする二人を前に俺は再びため息をつく。

 

「俺が払う、恥ずかしいからレジ前で揉めるな」

 

 俺はそう言うと、有無を言わさず二人の間に割って入り、それ以上の二人の遠慮合戦を封じた。

 その言葉に小町は「は?」と驚き。

 一色は「え?」と目を丸くし、はっと何かに気付いたように、お辞儀をする。

 

「なんですか、もしかして口説いてるんですか? スマートに奢ってもらうのは少し乙女心を擽られますけど、一回奢ってもらったぐらいで靡く安い女だとか思われたくないので無理です、ごめんなさい」

 

 はい、いつもの。

 ほら、他のお客さんの迷惑だからどいてなさい……。小町も固まっちゃってるだろ……。

 

「先週サイゼで奢ってもらった礼だよ……。他意はない」

 

 まあ少しだけ格好つけたかったという気持ちがなかったといえば嘘になるが……。さすがにそれを言う勇気はない。

 

「本当にいいんですか?」

「お兄ちゃん……? 奢ってもらったってどういう事? 小町お金渡したよね?」

 

 きょとんとした表情の一色とは裏腹に、小町の視線が冷たくて怖かったので、目線を合わせないようにしながら、そのまま財布を取り出し、店員に会計を促した。

 

「千六百八十円になります」

 

 高っ!

 嘘!? ドリンク三つで千六百円? あれ一つ五百円以上もすんの?

 マッカン何本買えると思ってるんだろう。

 しかし今更拒否もできない。

 バリバリバリバリ。

 それは張り裂けそうな俺の心中を表現する、財布のマジックテープが剥がれる音。まさに断末魔の叫びと言えよう。

 大きく口を開けた財布から断腸の思いで野口さんと小銭を取り出し、店員に渡す。

 さらば野口。お前のことは忘れない。

 あれ? なんで小町は頭抱えてんの? 体調悪いなら帰る?

 お釣りを受け取り、レシートを備え付けの屑籠に放りながら、小町を心配していると。やがて黒いつぶつぶが沢山入ったちょっとグロそうな飲み物が運ばれてきた。

 

「……何これ……」

「はぁ……。えっと、お兄ちゃんのはシンプルにタピオカミルクティー。小町のはジャスミンミルクティー」

「私のは豆乳です」

 

 何故かため息をつく小町と、楽しそうな一色から説明を受けながら、俺達はテーブルへと向かう。

 これを? 食うの? 飲むの?

 俺がその謎のドリンクの底を覗き込んでいると。二人は既に窓際のテーブルに陣取り。手早く妙に太いストローを突き刺したかと思えば、今度はパシャパシャと写真を取り始めていた。

 

「ほら、お兄ちゃんも早く入って」

「え……あ……ん?」

 

 誘われるまま、よく分からないアングルで写真を撮られたかと思うと、二人はまたキャイキャイと話を始めていた。

 なんだかずっと蚊帳の外だ。まあいいけどね。

 今の写真がネットにアップされたりしませんように……。

 俺はそう祈りながら、目の前の謎の飲み物に口をつけた。

 ズゴゴ……うっ!!!

 喉に思いっきりダイレクトアタックを食らってしまった。効果は抜群だ!

 なんだこれ、飲みにく……。

 これなら普通のミルクティーでも良かったんじゃないの……?

 

***

 

「えー? 本当ですか?」

「そうなの、それでその時なんていったと思う?」

「『焼肉なんて腹に入っちまえば全部一緒だろ』って」

「うわぁ……お兄ちゃん、蛇々庵って高級店なんだよ? 分かってる?」

「わかってるよ……ってかそろそろ出ないか? もう十分話しただろ」

 

 脈絡なく話が飛ぶ女子二人のトークに入るきっかけがやっと訪れたので、なんとかこの場を脱出しようと解散を提案した。

 すでに店に入って一時間は経過している。三十分の約束はどうした。

 

「あー、もうこんな時間だ。いろはさんお時間大丈夫ですか?」

「うーん……そうだね、そろそろお開きにしようか」

 

 渋々、という感じで、小町が椅子からぴょんと飛び降りる。その一瞬、小町がコップを離した隙をつき、一色は空のコップをまとめると、俺の分もまとめて処分しに動いた。こういうのを女子力というのだろうか。

 

「センパイ、ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでしたぁ!」

 

 店を出ると、一色と小町が俺に頭を下げてきた。そうだ、あれ俺が払ったんだった。あまりにも高額すぎる買い物にショックを受けたせいか、すっかり忘れていた。

 

「おう、末代まで感謝しとけよ」

「なんでこの人はそうやって折角上げたポイントを自分で下げちゃうかなぁ……」

 

 呆れたように肩を落とす小町を、一色がクスクスと笑う。

 

「本当に仲が良いんですね」

「そうか? まあ千葉の兄弟なら普通じゃね?」

「千葉の……?」

 

 そこは深く突っ込まないでもらいたい。分からないなら分からないでいいのだ。

 変に理解を示そうとしてくれる方が辛い時だってある。

 

「じゃぁ、私はこれで……。あ、センパイ。さっきのLIKEの返事、今聞いちゃっていいですか?」

 

 LIKE?

 ああ、そういえばそうだった、朝になんか通知が来てたな。すっかり忘れていた。

 

「すまん、まだ見てない」

「お兄ちゃん……?」

 

 小町にジト目で睨まれる。

 どうやらまた小町ポイントを下げてしまったらしい。

 小町が急に出かけようとかいうから見る暇なかったんだが……。

 

「もう、しょうがないセンパイですね……健史君から伝言です」

「伝言?」

 

 健史から? なんだろう?

 

「『再来週、部長として初めての試合があるので良かったら見に来てください』って」

 

 わざわざ伝言なんてしなくても健史が直接LIKEで伝えればよくない?

 間に一色を通す意味がわからない。 

 

「一応私、部活の方は引退なので、行かないつもりだったんですけど。センパイが行くなら私も行ったほうがいいのかなって思ってて……。どうしま」

「行かない」

 

 「どうします?」と言おうとする一色に食い気味で返答する。

 仕事でもないのに、そんな面倒くさい事していられるか。

 そもそもサッカーに然程興味もない。

 

「センパイならそう言うかなって思ってました」

 

 だが一色は俺の返答に渋るでもなく、笑ってそう言うと、一歩跳ねるように距離をとって、振り返る。

 

「それじゃ、センパイ今日はごちそうさまでした。小町ちゃんはまたあとでLIKEするね!」

「はーい、お待ちしてまーす!」

「ちゃんと勉強しとけよ?」

「わかってますよ!」

 

 一色は『ベー』と舌を出し、そのまま走り去っていった。

 なんてはしたない……小町ちゃん、真似しちゃだめよ?

 

「それじゃ、俺らも帰るか……」

 

 一色が見えなくなった所で 俺は小町にそう告げ歩き出す。

 はぁ、今日も疲れた。とりあえず帰ったらシャワーを浴びたい。

 そう思い、歩き出そうとした瞬間俺の腕に妖怪小町がまとわりついてきた。

 これでは歩けない。

 なに? トイレ? 早く行ってらっしゃい?  

 

「もうちょっと遊んで行こうよ、まだ五時前だよ?」

 

 そう言って小町がブンブンと俺の腕を振り回す。

 痛い痛い、そっちには曲がらない! 曲がらないから!

 ギブギブ!!

 

「今日はもういい帰ろうぜ……どうせ来月も来るつもりなんだろ?」

 

 小町曰く色々買わないといけないらしいので、まあどうせ来月は欲しい本もあるしどうせ来るなら小町と一緒でも構わないだろう。

 でも高いもの買わされるのは嫌だなぁ。

 服買うにしても九百八十円のTシャツとかで許して貰えないだろうか?

 

「え? 何? 来月も小町とデートしたいってこと? お兄ちゃんの事は嫌いじゃないけど、さすがに兄妹でそういうのは駄目だと思うの、だからごめんなさい」

 

 だが、小町はさも心外と言わんばかりにそう言葉を並べ、九十度頭を下げた。

 おい、もう悪影響でてるじゃねーか。

 

「何してるの小町ちゃん? 一色のマネはやめなさい?」

「えへへ、似てた?」

 

 似てるか似てないかでいえば似てはいなかったが、小町はそれで満足したのか、ゆっくりと俺の前を歩き出す。

 

「というか、小町よりいろはさんと一緒にお買い物した方がいいじゃない?」

「それはない、ってかあいつ受験生だぞ、そんな暇ないだろ」

 

 ないはずなのだが。

 今日の事を考えると、割と遊び回ったりしてそうで怖いな。

 本当、そろそろ受験生の自覚持って欲しい。

 

「そっか……じゃあしょうがないから、寂しいお兄ちゃんのためにもうしばらくは小町が相手してあげるからね」

 

 小町は手を後ろで組んだポーズのまま、そんな事をいいだす。

 いや、別に、付き合ってくれなくても全然構わないのだが。

 

「あ、今の小町的にポイント高い」

 

 だが小町は、そんな俺の心情を知ってか知らずか。そう言って人差し指をく立て、ウインクを決めた。

 その口調はいつもの小町のそれだが、その仕草は妙に一色めいていて、やはりこの二人を会わせたのは失敗だった。そう感じながら、俺達は帰りの電車の待つホームへと向かった。

 

***

 

 帰りの電車に揺られている間、小町はずっとスマホをいじっていた。きっと相手は一色なのだろう。近くの兄より遠くの一色。お兄ちゃんちょっと寂しい。

 

「今日の晩飯なんだろうなぁ」

「オソバって言ってたよ」

 

 それとなく会話を振っても、視線はスマホに落としたまま、そっけない返答が帰ってくるだけ。これが現代っ子の闇……!

 蕎麦かぁ……嫌いではないが、なんだか今日はガッツリ行きたい気分だったのでちょっとだけ残念でもある。

 

「小町、帰る前にコンビニよってなんかデザートでも買ってくか?」

 

 今日は大分散財したと思ったのだが、やはり財布に大金が入って気が大きくなっているのだろうか。俺は思わずそんな事を口走っていた。単にスマホをいじってばかりの小町の気を引きたかったというのもあるのかもしれない。大事に使えとも言われてるし、少し気をつけよう。

 だが、俺の問いかけに対する小町からの反応がない。

 どうしたんだろう、もしかして寝ちゃった?

 完全に無視は流石にお兄ちゃん傷つくんだが……。

 

「小町?」

「お兄ちゃん、大変……」

 

 俺が小町の方を向くと。小町はまるでこの世の終わりのような顔で、呆然と俺の方を見ていた。

 なんだろう、もしかして漏らしちゃったんだろうか?

 さすがに中二にもなって漏らされるのは困る。

 だが、相変わらず小町はじっとこちらを見つめたまま動かない。

 電車の揺れる音だけが俺たちの間に響き渡り、何かとてつもない事をしてしまったのかもしれないと、俺も思わずゴクリと喉を鳴らした。

 

「ケーキ買うの忘れてる」

「あ」

 

 小町の口からでた衝撃の言葉『ケーキ買うの忘れてる』

 そうだ、そもそもそれでココまで来たんじゃん。

 

「戻ろう? すぐ戻ろう!」

「もういいだろ……コンビニのケーキで」

「ええー! 戻るー! 戻ろうよ! ケーキー!」

 

 俺の肩袖を引っ張り、小町が小声で抗議をしてくる。

 ああもう、電車の中で暴れるんじゃありません。

 

「もう今日は無理だ、諦めろ」

 

 「誰かに認められる人になる」という高い志はどこへ行ったのか。

 まあしょせん、目標は目標だよなぁ……。

 俺がため息をつくと、小町はようやく諦めたのか。再びスマホをいじり始める。

 

 だが次の瞬間、ブルブルと俺のスマホが震えた。

 メッセージの相手は小町。

 そこには怒りマークを付けた猫のスタンプと 

 

『毛ーキーー!!!』

 

 という、謎の暗号が残されていた。




というわけで二人の初対面でした。

実は前回で感想100件ともう一つ
総文字数が10万文字超えをしていました
あれぇ……?
その割には進んでませんよね……
やっぱりペースアップしないと……がんばります!

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第19話 小さな変化、もしくは最初の気まぐれ

いつも誤字報告、感想、お気に入り、評価、メッセージありがとうございます!

古戦場!古戦場ですよー!
古戦場始まってますよー!
(2019/09/19~26)

走ってたら投稿忘れてたなんていえない……。


 その日、いつものように一色の家へバイトに行くと、そこにはお喋りモード全開の一色がスタンバっていた。

 「先週はごちそうさまでした」から始まり、例の店で撮った写真をプリントアウトしたものを見せてくる。

 映っているのは楽しそうな女子二人に囲まれる半目の俺とブツブツドリンク。これが“映える”らしい。よくわからん。

 それを見たもみじさんが「私も八幡くんの写真欲しい!」とスマホを取りに戻った所で、俺達は一色の部屋へと避難した。

 ──が、無駄だった。

 

 あの日以来、一色と小町は大分親しくなったらしく、毎日のようにLIKEでメッセージをやり取りしているようだ。

 今では家にいても小町経由で「いろはさんがどうしたこうした」という情報が入ってくる。

 深夜遅くまで小町の部屋から電話の声が漏れ聞こえてきた時には「相手は受験生なんだから、あんまり付き合わせるなよ」と思わず注意をした事もあった。

 やはりこの二人は会わせない方がお互いのためだったのではないだろうか?

 

 しかもほら、今は俺の目の前で一色が「小町ちゃん可愛いですよねー」とか言ってくるんだけど? 釈迦に説法って知ってる?

 小町が可愛い事なんて俺が一番よく分かってますけど?

 受験に「小町」という科目があるのであれば、ここで全力で講義をしてやりたいところだが、残念ながら、高校入試には実装されていないという現実を理解して欲しい。

 俺だって去年、試験にプリキュアの項目がないのはおかしいと思ったさ。

 だが無いものは無い。だから……この話はここでお終いなんだ。

 

「っていうか……そろそろ模試とか考えてんの?」

 

 もみじさんが写真撮影を終え満足気に退出したところで、やっと机に向かわせる事には成功したが、教科書とノートを開いたというのに、相変わらず「小町ちゃん小町ちゃん」とどうにも集中しきれていない雰囲気の一色に、俺は話を切り上げる意味もこめて、ふとした疑問を投げかけてみた。

 親しくなることを否定はしないが、このままでは俺の存在意義が二人を繋ぐパイプでしかなくなってしまう。ここらで家庭教師としての威厳を復活させなければ。

 

 先日の中間の結果を見て、俺自身反省……とまではいかないまでも、それなりに考える事もあったし。バイト代もきちんと出た以上、今はこれが俺の仕事だという自覚も以前よりある。この辺りで打てる手は打っておきたい。

 そう考えての発言だったが、我ながら良い切り口だったようにも思う。

 実際、受験生ならそろそろ考える時期だろうし、なんなら既に受けたという奴がいてもおかしくない頃だ。

 その辺り、実際どう考えてるのだろう?

  

「いえ、全く。行かないと駄目ですか?」

 

 だが、一色からの返事は予想通りというかなんというか、おざなりなものだった。

 ずっと思っていた事なのだが。

 どうにもこいつは受験を舐めている節がある、それなりに地頭がよいのも原因だろう、塾などに行かずとも平均以上の成績をキープしてきたことが自信になっているのか、危機感が足りない。

 『今がダメでも次がある』とでも思っているのだろうか?

 普段の中間や、期末ならそれで問題はないのだろうが、俺が家庭教師である以上、万が一にでも受験に失敗という事になれば、それこそ何を言われるかわかったものではない。大げさではなく高校受験は一生に関わる問題であり、おいそれと責任を取れるものでもないのだ。

 まあ俺が教師としては素人であることは何度も確認済みなので責任を問われても困るのだが……。

 

「行かなきゃ駄目ってことはないが、行っておいたほうがメリットは多いな」

「例えば?」

「まず、合否の可能性が目に見える形で出てくる」

 

 実際一色の実力で、現状どの程度通用するのか知っておきたい。

 一色の学校の担任の言葉を信じたいが、中間の惨敗を見ているので楽観はしたくない。なんなら俺の独自評価ではちょっとマイナスに寄っている。

 ここらで模試の結果を見て、今のまま一色のペースに合わせるか。もう少し厳しく行くか、判断しても良いだろう。

 

「目に見えるって、A判定とか言うやつですか?」

「まあそうだな。Aを取れるかどうかは知らんけど。あとは本番で緊張しないように練習、という意味もある」

 

 これも意外と大事だ。

 中間の件も考えると、意外とメンタル弱い部分もありそうだし、会場で受けて損をするという事はないだろう。

 模試段階なら失敗してもリスクはないのだ。

 

「へー……。そういえば通信のやつにも似たようなのがありましたね……あ! 学校でも模試の申し込み用紙何通か配ってました」

 

 一色は、わかりやすく人差し指を立てて「思い出しました」というジェスチャーをして、ゴソゴソと引出しからクリアファイルを取り出しその中から何枚かの用紙を俺に渡す。

 日程は……七月開催のものはいくつか申込締切が過ぎているな……。お、去年俺が受けた所のがある。ここならまだ受けられそうだ。開催は八月だし、これから後二ヶ月もあると考えれば勉強へのモチベーションにも繋がるだろう。

 

「ここなら俺も受けたし、そこそこ評判良いぞ、とりあえず行ってみたらいいんじゃないか?」

 

 俺はそう言って一色に有名塾の名前が書いてある申込用紙を返した。

 ちなみに回し者ではないので、俺が紹介したところでマージンは入ってこない。

 評判が良かったのは本当だし、問題の質も良かった、ただそれだけだ。

 

「でもお金かかるんですよね?」

「まあタダじゃないわな」

 

 実際この申込用紙にも申込費用が記入されている。

 あれ? でも模試ってこんなにするんだったか……四千円か意外と高いな。

 普段何気なく受けている学校のテストがありがたく感じる値段だ。

 去年は確か数回受けたと思うが、どうやって捻出したんだったか……。

 損する場所あったわ……。

 

「……ママに相談してきます」

「あいよ」

 

 一色は一瞬悩んだあと、そう言って模試の申込用紙を眺めながら、フラフラと部屋を出ていった。

 どうやら親に頼む算段らしい。ほら、ちゃんと前見ないと危ないぞ。

 小町の友人ポジションを身に着けたのもあってか、なんだか妹がもう一人出来たんじゃないかという気分になる事が多くなっているな。距離感を間違えないようにしなければ……。

 

 俺はそんな事を考えながら一人残された部屋を見回す。

 なんだかんだここに来て一ヶ月、この部屋にも随分慣れたものだ。

 最初の頃は女子の部屋というだけで、少し緊張もしたものだが、今となっては勝手知ったるなんとやら。棚の本を手に取る余裕すらある。

 お、これ小町も読みたいって言ってた少女漫画だな。

 ちょっとだけ読んでネタバレしてやろうか……。 

 そう思い本棚を見回していると、ふと机の上の棚にある通信教育講座の教材に目が止まった。俺は手に取っていた少女漫画を棚に戻し、今度はその教材の一冊をペラペラと捲る。

 表紙には七月号と書かれているので、恐らく今月届いたものなのだろう。

 ならば、今後はこれを授業の教材にするのも良いか。

 

 そう思っていたのだが……予想とは裏腹に、その中身のほとんどは既に埋められていた。

 自分で正誤チェックも済んでいるようで、赤ペンやマーカーでぎっちりと書き込みもされている。

 あいつ……、一人の時は割と真面目にやってるのか……?

 

 そうなってくると話が変わってくる。

 そもそも俺ってなんなんだ?

 毎週ココに来て、適当にだべって、少し勉強を見て、金をもらっている事が果たして一色にとってプラスなのか?

 邪魔をしているだけという可能性もあるのではないだろうか?

 ん? ということは成績下がったのやっぱ俺のせいなの……?

 

「センパイ? 何勝手に見てるんですか? 女の子の部屋の物いじるとか普通に引かれますよ?」

 

 自問している所に突然声をかけられ、俺は思わず、教材を床に落としてしまった。

 振り返ると、帰ってきた一色がジト目でこちらを睨んでいる。怖い。

 イヤ、ナニモシテマセンヨ?

 

「お、おう。早かったな。いや、コレどれ位やってるのかと思ってな、スマン……」

「まぁそれぐらいなら別にいいですけどね……とりあえず、模試OKだそうです」

 

 俺が教材を拾い、棚に戻しながらそう答えると、一色はそう言って右手で丸のジェスチャーを作り、俺に見せながら机に戻ってきた。

 どうやら金銭面の問題はクリア出来たようだ。

 

「なら、しばらくはそこを目標にするか」

「はーい」

 

 あざとく片手をあげ『わかりました』アピールをしながら、一色は再び模試の用紙へ目を落とすと。必要事項を記入し始めた。

 いや、それは別に俺が帰ったあとにしてくれても良いんですよ?

 

「これってA判定がでたら百パー合格なんですか?」

「百パーなんてでねーよ……そもそも、そういう確率とはちょっと違うんだが……」

 

 模試で百パーセントなんていう結果を出してしまったら。それ以降勉強しないで慢心するやつも増えそうだし。落ちた時訴訟ものだろう。

 誰だって他人に対して責任なんて負いたくない。

 俺も負いたくない。

 

「模試の種類にもよるんだが、A判定で八十パーセント以上、B判定で六十五パーセント以上、C判定で五十パーセント以上とか言われてるな」

 

 あくまで一例だが。そんな話を去年聞いた気がする。

 

「AとBで大分差がつくんだ……。でもCでも半分以上なら結構安心ですね」

「おいおい、よく考えてみろ。武器強化成功率五十パーセントで挑む奴なんていないだろ? 無謀にも程があるぞ」

 

 素材ロスト系の武器強化施設で、成功率五十パーセントなんて怖くて手がだせない。やるなら成功率アップアイテムが必須だろう。

 これが命中率だったとしても信用してはいけない数字だ。

 味方の攻撃命中率五十パーセントは外れるが、敵の攻撃命中率五十パーセントは当たると見ていたほうが良い。精神コマンドでの底上げ大事。

 ソースは俺。

 

「えっと……何を言ってるかはよくわかりませんけど。じゃぁ……もしC判定以下だったらどうなるんですか……?」

 

 あれ? かなり分かりやすく例えたつもりだったんだけど伝わってない?

 これがジェネレーションギャップという奴だろうか。

 小町には通じるのにおかしいな、地域差かもしれない。

 そうか、千葉県民にしか伝わらないのか……。ってここも千葉じゃねーか。

 

「まぁ……その時は勉強の時間を増やすなり、やり方を変えるなりするとか。最悪志望校のランクを下げる事も考えたほうがいいかもな」

「……結構シビアなんですね」

 

 そもそも受験というシステムがシビアな世界だ。必ずしも行きたい高校に行けるわけではないのだからな。これで一色も現実がクソゲーだと分かってくれただろうか?

 それでも一色と俺の難易度が同じだとは思いたくないが……。

 

 とはいえ少し脅しすぎたかもしれない。

 申込用紙を見つめる一色の表情はいつになく真剣だ。

 気負いすぎて逆に失敗なんて事にならなければいいが……。

 まぁ、模試だし。そういう事も含めての経験か。

 とりあえずこれで二ヶ月モチベーションを稼げれば良いだろう。

 実際どうなるかはわからないが、そこで良い判定が出れば一色の心にも余裕が出来るというものだ。

 良い結果がでたからと、その後慢心されても困るのだが……。

 

「じゃあA判定以外はダメって事ですか?」

「そこまで厳しく言うつもりはないが、出来ればBぐらいだと安心する。具体的に俺が」

 

 まだ本番まで半年ある、これが冬ならともかく、夏の模試ならC判定以上ならギリギリ許容範囲という所だとは思うが。まあ最初から目標を低く持っても意味はないし、俺の心の平穏のためにもBはとってほしい所である。

 

「センパイを安心させる為なんですか……なんかやる気あんま出ないですね」

「基本的には自分のためだよ。忘れてるかもしれないが、俺家庭教師なんてやったことないんだぞ? 場合によっては別の家庭教師雇うなり、塾通うなりってこともあるんだ、やる気出せ」

 

 しかし、俺がそう言うと、一色は「え?」と素っ頓狂な声を上げた。素っ頓狂って今日び聞かねぇな。

 

「結果悪かったらカテキョやめるつもりなんですか?」

「結果次第ではそういう事にもなるだろうな。……っていうかさっきそこの教材見せてもらったけど……もしかして一人の方が捗るタイプだったりする?」

 

 やめてくれるなら喜んで悪い結果を出す。という意味じゃないことを信じたいが、実際一人じゃないと勉強ができないというタイプもいる。

 あの教材がいつ届いたのかは分からないが、すでに終わらせてあるという時点でそれなりの勉強時間を俺の家庭教師の時間とは別に確保しているという事になる。

 家庭教師の時間でだらけて、それ以外の時間に学習をするというのであれば本末転倒も良い所だ。

 今すぐにでもおっさんに相談すべき案件だろう。 

 

「うーん、そんな事ないですけど、そこらへんの教材は大体新しいの届いたらすぐ終わらせちゃうっていうだけなんですよね、どんどん来るから整理もしなきゃいけないですし、なんていうか習慣みたいな?」

 

 だが一色から帰ってきたのは、そんななんとも言えない回答だった。

 まぁ、すぐ終わらせるという事ができるのはある種の才能と言える。夏休みの宿題を七月中に終わらせられる人間が何人いるのか? という話に近い。

 ちなみに俺は夏休みは他にやることもないので、当然夏休み前半に終わらせる派だ。

 今年もそうなる予定。恐らく来年も。

 でもこれだと判断が難しいな。予め課題を与えてしまったほうが燃えるタイプなのか?

 今はとりあえず教科書とノート。過去のテストを使っての復習をメインにやらせているが、別のやり方を考えてみてもいいのかもしれない。

 

「実際、センパイにわからない所教えてもらえるのは助かってますし? この間LIKEで質問した時は返信なかったですけど……」

「悪かったよ……」

 

 一色がジト目で俺を責めてくるので、ここは素直に謝っておく。

 やはりLIKEでの質問対応も業務に含まれているようだ。

 今後はそこらへんのサポートも考えないとダメか……三営業日以内の返信でなんとか許してもらえるだろうか。

 

「まあ、邪魔じゃないならいいんだが、それならもうちょっと真面目に取り組んでくんない?」

「えー? メチャクチャ真面目にやってるじゃないですかぁ?」

「でもー、思いっきり口動いてるじゃないですかぁ?」

 

 細かいことを言えば、この時間でさえももったいない。

 模試に行けと言ったのは俺なのだし、これぐらいは大目に見るべきかもしれないが。

 まさか模試の説明からしないと行けないとまでは思ってなかったからなぁ……。

 

「とりあえず、しばらくは模試対策ってことでいいな?」

「はーい……」

 

 これでもしC判定以下で、おっさんが家庭教師の変更なり辞めるなりを許してもらえなくて、志望校落ちたらどうなるんだろう……? あぁ、責任取りたくないぃ……取りたくないよぅ。

 

「あの、もう一つ聞いてもいいですか?」

「ん?」

 

 俺がそんな先の不安と戦っていると、一色は一瞬何かを考えるように俺に問いかけてきた。

 真っ直ぐに俺の顔を見つめるその顔は、それまでとは違い、何かを迷っているような、少し自信なさげなそんな表情。

 なんだろう、ちょっと怖い。

 

「模試の志望校判定って、一校だけですか?」

 

 だが、一色の口から出てきたのはそんな言葉だった。

 志望校判定?

 もっと凄い事を聞かれるのかと思って一瞬身構えてしまったじゃないか、ふぅ、驚かせやがって。

 

「いや、そんな事はない、何校かは出せる、それで志望校を変える奴もいるからな。実際、俺も最初の模試の時点では四校出した」

 

 総武と滑り止めと、後はまぁ適当な学校の名前を書いただけだったので進学先で悩んだりはしなかったけど。

 俺がそういうと、一色は「ふーん」と、事も無げに再びペンを回しはじめる。

 一体なんだろう?

 

「海浜総合以外に受けたい所あんの?」

「……そういうんじゃないんですけど、なんていうか……どうなのかなー? って思って」

 

 一色は歯切れ悪くそう答えると、申込用紙を裏返し。そのまま隠すように机の引き出しにしまった。

 本当に海浜総合やめたいとかだったらどうしよう……。

 とはいえどこの高校を受けるかという点において俺に裁量権はない、最終的に決めるのは一色と、その家族だ。

 だから、というわけではないが、俺はそれ以上深く突っ込まないように「ふーん」と軽く返事をするだけに留め、一色から目を逸らした。

 だが、椅子に座ったままの一色はじっと俺を見上げている。

 

「何?」

「いえ、なんでもありません」

 

 後頭部に突き刺さる視線に耐えきれず、俺がそう言うと、今度は一色が目をそらし、そのままノートに視線を落とすと、大きくペンを回す。

 

「さ、続きやっちゃいましょ」

「お、おう」

 

 しかし、その言葉とは裏腹に、一色はボーッと何かを考えるように、教科書を見つめたまま、顎をペン先で叩く仕草をした。

 心ここにあらずというのはこういう事をいうのだろうか。

 「何かわからないとこある?」と聞いても「えっと……じゃぁここ?」と教科書を指差し、投げやりな返事をするばかりで原因もはっきりしない。

 だが、俺が説明を始めると、真剣に聞き入り、まるでロボットのようにノートに黙々と要点を書き加えていく。

 それは今までにない変化で、それまでのように楽しげな会話は一切なくなり、ある意味では俺の希望通りの展開ではあるのだが……。

 これ……モチベーションアップ作戦に成功したってことでいいのか?

 よくわからん。

 いっそゲームみたいにパラメータ表示してくれればいいのに……。

 

 だが、俺の希望も虚しく、そんな少しだけ気まずい状態はもみじさんが部屋をノックしにくるまで続き。

 一色のステータス変化はわからないまま。

 俺は毎度のように夕食に誘われ、リビングへと向かうのだった。

 

 俺、なんかやらかした?




古戦(ry

というわけで19話でした!
今回はちょっと短めですが、まぁたまにはこんな回もね……。

相変わらずサブタイトルを考えるセンスが欠片もありません。
誰か助けて……。

では古戦場走ってきます!


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第20話 もう一人の兄

すいません、今日は朝から出かけてて投稿遅れました!
(古戦場は終わりました!)

いつも誤字報告、感想、お気に入り、評価、メッセージありがとうございます!


 その日は朝からスマホが鳴り響いていた。

 どうやらメッセージではなく電話のようだ、止まることなく鳴り響く軽快なメロディがまだ覚醒しきれていない俺の脳を不快に揺さぶる。くそっ、なんだよこんな朝っぱらから……。

 モーニングコールなんてサービス頼んだ覚えはないのだが、一体どこのどいつだ?

 俺はいまだ開こうとしない瞼をそのままに、手探りでスマホを掴み取る。

 薄目を開けて見てみるが、ぼんやりとしていて文字がよく読めない。

 まあいい、色さえ判別できれば問題はない。

 画面下の方に表示されている、緑と赤の表示、ここをスワイプ。

 拒否。これでよし……。

 俺は静かになったスマホを布団の上に放ると、再び眠りについた……。

 二度寝最高。

 

*

 

 再び目が覚めた時、すでに家には誰もいなかった。

 作り置きされていた焼きオニギリを頬張り、テレビをつけ、王様と一緒にブランチと洒落込む。

 できれば今日も一日ダラダラ過ごしていたいが、夕方にはバイトだ。

 バイト代効果が続いているのか、以前のようにサボりたいという気持ちはそれほど湧いてこない、我ながら現金なものだ。

 だが、出勤まではまだ時間がある、それまで何をしよう。やること無いし、一色の模試対策に合わせて俺自身の復習でもしておくか……。

 そう考え、自室に戻り、着替えを終えた所で、ベッド下に投げ出されているスマホに気がついた。

 何故こんな所に? と思ったが、そう言えば今朝誰かから着信が来ていた気がするな。その時にでも落としたのだろう。

 さて、相手は誰だったのか? 最近の流れを考えるに一色か?

 もしそうだったら早めに返事を返さないとまたごちゃごちゃと文句を言われそうだ。

 若干の危機感を覚えつつ、我が家の愛猫カマクラのスリープ画面を抜け、通知画面を確認する。

 だがそこには、一色ではなく健史からのメッセージが数件入っていた。

 

【比企谷さんおはようございます】

【今日うちの学校で試合をやるんですけど見に来ませんか?】

【俺の部長としてのデビュー戦です、一度見に来てくれると嬉しいです】

 

 ああ、この前一色が言ってたやつか。

 行かないと伝えたはずだったんだが、伝わってないのだろうか?

 そもそも俺はサッカーにさして興味ないので、当然のように見に行くという選択肢は俺の中には存在しない。

 とりあえずお断りの連絡だけしておくか……。

 全く……LIKEというのは既読が相手に知られてしまうのが非常に厄介だと思うのだがこの機能改善されないかしら?

 俺が健史へのメッセージを入力しながら、このアプリへの改善要求の報告書を脳内でまとめ始めると 本日二度目の電話がかかってきた。

 相手は健史。

 まるでどこかから見られているのではないかと思うほどの絶妙なタイミング。

 ああ、見られているのか。俺の「既読」に気付いたのかもしれない。え? ずっとチェックしてたってこと? 怖い。やはりこの機能は即座に滅ぼすべきだと思う。

 

「……なに?」

「あ、比企谷さん! 今日何時頃来られますか?」

 

 まぁ、わざわざメッセージを入力するより電話に出た方が早いか……。そう思い今度は緑の通話ボタンをスワイプさせると、いきなりハイテンションな健史の声が周囲に響き渡った。

 おかしい、スピーカーにはしていないはずなのだが……。ボリューム調整できない子なの?

 

「声がでけーよ、あと今日は行かない」

「す、すいません。……ってなんでですか!?」

 

 健史は何故か断られるとは思っていなかったみたいなテンションで聞き返してくる。

 いや、むしろなんで俺が行くと思ってんだよ。

 

「お願いします! 兄さんも会いたいっていってるんですよ」

 

 兄さん? こいつの兄って例の部長だよな?

 一色と同じ中三なはずだから俺よりはひとつ下。

 そんな男が俺に会いたいって? 意味がわからないし、何より必要性を感じない。

 

「俺は会いたくない」

「そんな事言わずに、お願いします!」

「会う理由がないだろ」

「それは……そうかもしれませんけど、会わせろ会わせろってウルサイんですよ……。俺、比企谷さんに言われたから部長引き受けたんですし、助けてほしいです」

 

 うぐっ……。

 そう言われると少し弱い。

 いや、そもそも、その兄貴とやらが原因で部長になってるんじゃないのか?

 そこに責任があるならその割合はフィフティーフィフティ。いや精々二対八といった所だろう。

 当然俺が二だ。なんなら一でもいい。

 

「今日が無理なら明日でもいいんですけど……」

「要件はなんなんだよ……急に会いたいとか言われても怖いんだけど」

「別に変な話とかではないと思います……多分。大丈夫、もし何かあったら俺が比企谷さんを守ります!」

 

 守られないといけないような状況になるなら、そもそも行きたくないんだが……。

 

「それか、もしこっちに来るのが難しければこちらから伺いますけど……」

 

 何それ、怖い。

 なんでそんな積極的なの? コレが陽キャの行動力という奴なのだろうか。だとしたら俺は陰キャでいいや。

 しかし、面倒くさいは面倒くさいのだが、あまりこの話を引き伸ばしたくもない。

 どうせ今日は一色の家に行くのだし、「うちの学校」ってことは一色の家から通える距離なのだろう。少し早めにいって顔だけ出していけば最低限の義理は果たしたことになるか……。

 

「わかった……今日でいい……何時にどこ行けばいいんだ?」

「本当ですか! ありがとうございます! 試合は十三時からなんですけど、十八時位までは合同練習とかミーティングとかやってると思うので、それまでにうちの学校に来てもらえれば……あ、場所わかりますか?」

「わからん」

「迎えに行きたいんですけど、試合中だと出られないんで、地図送っておきますね。サイゼからそんなに離れてないので迷ったりはしないと思います!」

 

 まあ十八時までやってるなら、適当な所で一色の家に向かうのにも丁度いいだろう。

 昼飯食って、少し休んでから行くか。

 具体的に言うと十五時位。

 

「それじゃぁお待ちしてます!」

 

 健史はテンション高くそう言うと通話を終了させた。

 はぁ……。今日も早めの出勤になりそうだ。

 

***

 

 健史から送られてきた地図に従い、見知らぬ中学校の前までやって来たわけだが……。

 これ、そのまま入っていいのだろうか?

 休日ということもあってか校門は三分の二ほど閉められており、どう見てもウェルカムという雰囲気ではない。

 俺、他校ってあんま入ったことないんだよな。

 とりあえず健史に連絡してみるか……。

 

『校門の前に着いた、迎えに来てもらえると助かる』

 

 スーツ姿の教師らしき眼鏡のおっさんが俺の事を不審げに見てくるから……。ハリーアップ。

 いや、怪しいものじゃないんですよ、ホント。

 スマホをいじりながら、校門の前で待ち合わせをしているだけの一般人を装い右往左往する。

 いや、これは逆に怪しいか。

 おっと、目があってしまった。俺は不審者じゃないですよアピールをするため、再びスマホに目を落とす。

 健史に送ったメッセージに既読のチェックがつかない。くそっ。早く読め。あ、こういう時に使うのか、既読チェック機能結構便利だな。

 だがそうこうしている間に、昇降口の方から眼鏡の教師がガタイのいいジャージ男とともにこちらへと近づいて来るのが見える。

 くそっ、逃げた方がいいか?

 

「あの……」

 

 だが、もう間に合わないようだ。

 とうとう声をかけられた、ちゃんと説明して納得してもらえるかしら?

 えっと……俺と健史の関係ってなんだ? 友達じゃないし、直接の後輩でもない……変な誤解されないといいんだけど……。

 そんなシミュレーションをしながらゆっくりと顔を上げる。

 

「いや、違うんです別に怪しいもんじゃ……」

「何言ってるんです? メチャクチャ怪しいですよ?」

 

 そこには眼鏡男Withジャージ男ではなく、仏頂面の浅田麻子がいた。

 

「史くん今抜けられないんで、代わりにお迎えにあがりました」

「お、おう。サンキュ」

 

 浅田が少し面倒くさそうにそう言うと、視線で俺を誘導し、足早に歩き始める。

 ふと視線を横にずらすと眼鏡男とジャージ男はもうこちらを見ていなかった。どうやら疑いは晴れたらしい。

 俺はホッとしながら、浅田の後を追った。

 

「すまん。他校に入る事ってあんま無くてな……」

「別に関係者なら普通に入ってきていいんじゃないですか? 試合がある日は家族で応援にくる人もいますし」

 

 そういうもんなのか、覚えておこう。いや、次もまた見に来るという意味ではないが。うん。

 

「健史は来られないって、試合中か?」

「ええ、比企谷さんが来るからって、スマホ預かってたんです、道に迷ったりしてたら困るからって」

「でも既読ついてなかったぞ?」

「? 知らないんですか? これ、アプリを直接開かなければ既読つかないんですよ? あと、機内モードにして通信しなければアプリ開いても既読つきません」

 

 まじか、知らなかった……。今度小町にも教えてやろう。

 この機能を使えば色々面倒事も回避できそうだ。

 

「じゃあ、私はまだ仕事があるので、この辺で適当に見てってください」

「ああ、サンキュ。あ、一色は?」

「? 三年生で来てるのはヒロに……健大元部長ぐらいですよ」

 

 そうか、一色は来てないのか、だからどうというわけでもないが、どうやら完全にアウェーへとやってきてしまったらしい。

 やはり長居をするべきではないか気がする。

 

 浅田はそのまま俺をグラウンドの一角へと案内すると、「ここらへんで適当にどうぞ」と言って足早に補欠らしき部員たちがいるベンチへと戻っていった。

 日陰なのはせめてもの優しさだと思いたいが、もうちょっと愛想よく出来ないものだろうか……?

 抗議の意味を込めて浅田の背中を視線で追っていると、ベンチに戻った浅田は、そこに座る部員に対し、何やら声を荒げているのが見えた。何かトラブルか? それともあいつは不機嫌な状態がデフォルトなんだろうか? 健史も苦労しそうだな……まあ、俺が考えることではないか……。

 俺はそれ以上の詮索をやめ。慣れない他校の中学をぐるりと見回す。

 「家族で応援にくる人がいる」という浅田の言葉通り、近くには、レジャーシートを敷いている親子連れや、日傘を差したおばさんが数人試合を観戦していた。

 これ全員関係者なんだろうか? 俺自身が部外者なのであまり偉そうなことは言えないが、セキュリティ甘くない?

 

 そんな事を考えながら今度はグラウンドに目を移す。

 そこには黄色いゼッケンと白いゼッケンに別れた選手たちが声を上げ、右へ左へと走り回っていた。

 今は「1-2」か、どっちが勝ってるのか、よくわからんな。

 とりあえず『タケフミーを探せ』でも楽しむとするか……。

 紅白のボーダーの帽子と服をきた囚人ぽい眼鏡のキャラを探すアレ、割と得意なんだよな。

 あれも違う、これも違う……。もしかしてキーパーか? いや、違うな。

 ああ、いた、アレか。

 思いっきりこっちに手を振っている。

 いや、試合に集中しろよ。

 

 これで最初の任務は完了した。後はどうしたらいいのだろうか、このまま試合を見てるしか無いのか。うわ、退屈すぎる。何か本でも持ってくればよかった。

 そんな事を考え、ふと浅田達がいるベンチに視線を向けると、ベンチに座っている浅田が何やらこちらを指差しているのが見えた。「あの人痴漢です」とかだったらどうしよう。

 ストップ冤罪。

 

 すると、浅田の隣にいた男が一人突然立ち上がり、俺の方へと走リ出してくるのが見えた。

 プリン色の頭をした妙にチャラそうなその男は、ものすごいスピードでこちらに近づいて来る。え? 何? 誰?

 

「あの、比企谷さんですか……?」

「……あ、ああ。比企谷だけど……そっちは?」

「あ、すいません、自分竹内健大っていいます。健史の兄です」

 

 少し緊張した面持ちで話しかけてきた男はそう言うと、丁寧に頭を下げた。

 こいつが健史の兄……?

 言われてみれば確かに目元が似ている……気がする。

 さらによく考えると一色の家で一度写真を見せて貰った……気もする。

 そうか、こいつがサッカー部問題の元凶、元部長か。

 

「あー……俺に何か用? 話があるって聞いてきたんだけど」

 

 そう、健史の言によれば、今日はこいつに呼ばれたからここに来る羽目になったのだ。

 つまり、ここで話とやらを聞けばミッションコンプリート。

 あとは帰っても問題ないという事になる。ならば、さっさと用事を済ませてしまうのが吉だろう。

 

「あ、はい。あの、俺の弟……健史が、比企谷さんに部長になるように勧められたって聞いたんで、一言お礼をと思いまして」

「礼?」

 

 お礼参り的な意味だったらどうしよう。

 「よくも、俺の弟を部長にしてくれたなぁ」みたいな? いや、そもそもお前が最初に健史を部長にしようとしたんだろ、逆恨みもいい所なのでやめてほしい。

 

「はい、俺、あいつは絶対部長に向いてると思ってたんです。まあでも一年で部長っていうのは色々問題あるし、ニ年からも身内贔屓だって思われそうだから、来年ぐらいにはって考えてたんですけど、ちょっとうちの部でゴタゴタがあって……」

 

 そのゴタゴタというのが例の二年が調子に乗って健史を推薦したという話なのだろう。

 なるほど、こいつ自身、初めから部長に健史を推すつもりがあったわけか。

 

「でも、アイツ。責任のある仕事に付きたくないって、全然首を縦に振ってくれなくて困ってたんです」

 

 そりゃそうだろう。入ったばかりでそんな大役を押し付けられるなんて、普通はありえない。

 ありえそうなのは入りたかった部活があると思って入った学校で、すでに廃部になっている事に絶望し、立て直そうとしている一年とかだ。この場合大体まず五人の部員を集めるところから始まる。でも学校には何故か訳ありの天才とかがいて、ひと悶着ありながら、夏ぐらいには昨年の優勝校にライバル視されたりしていくのだ。王道スポ根展開万歳。

 まあ何がいいたいかって言うと、俺だって責任なんて取りたくない。

 

「うち、三人兄弟で俺の上にもう一人姉がいるんですけど、結構男勝りっていうか、昔から家に男友達とか呼んで皆でサッカーしてたりしたんです。そういうのもあって、アイツ年上相手でも物怖じしないっていうか、肝が座ってるっていうか、攻める時はガンガン行くんですよ」

 

 思い返してみれば確かに、健史は年上慣れしてるというか、妙に馴れ馴れしい奴だなという印象を持ったのは覚えている。なんならちょっと失礼な奴だとさえ感じた。それも肝が座っていて物怖じしないという言い方なら利点に聞こえるのだから不思議だ。

 

「だからそういう所を上手く出せれば、一年とか二年とか関係なくサッカー部を盛り上げてくれるって思ってたんです」

 

 随分と弟の事を高く買っているようだ。

 だが、それを言う相手を致命的にまちがっている。

 本人に言ってやれ本人に。俺に言うな。

 弟自慢がしたいだけなら、俺も妹自慢で対抗するぞ。

 

「本当は部長は二年から選ばないといけないんですけど。うちの二年ちょっと調子に乗ってるっていうか、不真面目な所があって困ってたから丁度いいや、ってこういうの職権乱用っていうんですかね」

 

 健大はそういうと、頭を掻きながら笑った。

 その笑い方はとても健史に似ていると思う。

 

「だから、アイツが部長やってもいい、やってみたいって言った時、やっと肩の荷が降りたって感じがしました。……そのきっかけを作ってくれた比企谷さんに、一度お礼をいいたかったんです、本当にありがとうございました」

 

 俺はそんな事まで考えて動いたわけじゃない、あくまで一色に降り掛かった火の粉を払ってやっただけだ。

 なのにその事で他の奴から感謝されるとは、なんともむず痒く、そして居心地が悪い。

 

「良かったらこれからもアイツの相談相手になってやってください」

 

 健大はそう言うと丁寧に九十度のお辞儀をした。

 当然俺としては「いやだ、面倒くさい」そう答えようとしたのだが。

 『部長が頭を下げているあいつは何者だ』という周囲の視線に気が付き「あ……」だの「お……ぅ……」だの間抜けな嗚咽を返すことしか出来なかった。

 

「それじゃあ、ありがとうございました! ゆっくり見ていってください! あ、これ良かったら」

 

 健大は手に持っていた、水滴にまみれたスポーツドリンクを俺に渡し、そのままベンチへと戻っていった。

 さて、お分かり頂けただろうか?

 

 あいつ、自分の言いたいことだけ言って行きやがった。

 自分で何か意味のある言葉を発した記憶がない。相槌打ってただけなんだが……え? まさかこのためだけに呼ばれたの?

 これが体育会系のノリという奴なのだろうか。なんという自己満。

 俺は渡されたスポーツドリンクを一度眺め、健大の背中を視線で追う。

 やはりサッカー部なだけあり、脚が速いのか、健大はすでにグラウンド反対側の自陣のベンチへと戻っていた。座る前に俺の方を見ると、再びお辞儀をし、ベンチへと座る。

 それを見た他の部員達が、先程のように「アイツ誰だ」と少しざわついているのが見える。

 なんかメチャクチャ居心地が悪くなったな……。

 帰りたい……。  

 

***

 

 竹内兄との会話を終えた後、俺は仕方なくボーッと試合を眺めていた。

 試合は、どうやら健史達のチームが負けているようだ。

 俺はサッカーには詳しくないが。どうも健史のチームに一人やたら前に出ている奴が居るのはわかった。健史の指示が上手く伝わっていないのか、それともそういう作戦なのかはわからない。

 突出しているそいつは額に細い鉢巻のような物を巻いて、後ろに回した髪を揺らしながら前に出ては敵陣地の中を駆け抜けていく。

 あれがいわゆるエースという奴なんだろうか。その姿はまるでアニメの主人公のようでもあり、やたらと目を引く。

 その男が最後のシュートをして、ゴールを決めた所で。試合が終了した。

 恐らくは、引き分け。

 選手たちは肩で息をしながら天を仰いだり、グラウンドに寝転がったり各々のやり方で疲れを表現している。

 そんな中、一人の選手が颯爽とこちらへと近づいて来るのが分かった。

 

「比企谷さん! 来てくれたんですね! どうでしたか!?」

 

 キラキラと目を輝かせ、やってきたのは汗だくの健史だった。

 なんだかすごく犬っぽい。

 でも男に懐かれても別に嬉しくないんだよなぁ……。

 しかし、「どうでしたか?」と聞かれても返答に困るんだが……アドバイスでもしてくれるとでも思ったのだろうか? 生憎俺にそんなスキルはない。

 

「あー……まぁ、うん、良かったんじゃね?」

 

 適当にそんな言葉でお茶を濁したつもりだったが、何故か健史は嬉しそうに笑った。

 

「ありがとうございます! あ、すいません。まだやることがあるんでまた!」

 

 健史はそう言うと慌ただしくグラウンドへと戻っていく。

 こちらの意見は聞かず自分の言いたいことだけ言って去っていくあたり、やっぱりあの二人は兄弟なのだろう。

 妙な所で血の繋がりを感じさせないで欲しい。

 しかし、「また」と言われてもなぁ……そろそろ時間だし。これ以上面倒事に巻き込まれたくないし、義理は果たしただろ……帰るか。

 俺は飲みかけのスポーツドリンクをひと飲みして、健史とは逆の方向へと歩き出した。

 

「あー、浅田。ちょっといいか?」

「……なんですか? あんまり話しかけないでほしいんですけど」

 

 悲報:帰りの挨拶をしようと声をかけただけで年下の女子に引かれる。

 ちくしょう。

 どうも俺はこの子に嫌われているらしい。

 だがこの場で声をかけられそうなのがコイツぐらいしかいないのだ。ここは我慢してもらおう。

 

「俺この後バイトあるから、帰るわ、竹内兄弟によろしく伝えといて貰えるか?」

「もう帰るんですか? ……いえ、わかりました、お疲れさまです」

 

 浅田はそれほど興味ないと言わんばかりにそう言うと、軽くお辞儀をする。

 まあ、もう一言ぐらいかけていったほうがいいのかもしれないが、疲れているようだし、まだ部内での話もあるだろう。これ以上は待ってもいられない。

 

「あの……」

「ん?」

 

 そのまま横を通り過ぎて帰ろうとした瞬間、浅田に声をかけられた。

 

「いえ……やっぱりなんでもないです。バイトって一色先輩の家庭教師ですか?」

「ああ、そうだけど……。なんか伝言とかある?」

「そういうのじゃないんですけど……そのニオイ、何とかした方がいいですよ」

「え? 俺、クサい?」

「試合に出てたわけでもないのになんで? って感じです」

「そ、そうか。すまん」

「いえ、それでは」

 

 そう言うと浅田は再び、軽く頭を下げ、ベンチへと戻っていった。

 マジか……俺そんなクサい?

 Tシャツの首元を伸ばし、自分でニオイを嗅いで見る。

 確かに汗のニオイはする気がするが……クサいだろうか?

 自分のニオいは分かりづらいという奴なのか、一回着替えに戻ったほうがいいかしら……?

 いや、流石に着替えに戻る時間はない、俺自身が動いてたわけじゃないしなぁ……試合をやってるあいつらよりはマシじゃね?

 こんな暑い中よく外でサッカーなんてやってられるよな……。俺にはとてもマネできない。

 

 そんな事を思い、ちょっとした不安にかられながら、俺は一色家へと向かった。

 信号で立ち止まるたびに、自分の服の匂いを確認しながら……。

 制汗スプレーぐらい買ってったほうがいいか……?




古戦場お疲れさまでした。

前回「古戦場って何?」っていうお問い合わせを頂いたので軽く説明をしておきます。

グランブルーファンタジーというゲーム内で行われる
期間中7時から24時まで敵を倒し続けないといけないイカれたイベント(褒め言葉)です。(大体あってる)
次回の開催は11月らしいので興味を持った方はどうぞ。

さて、本編ですが。
今回は前後編の前編となります!
そして蛇足多めです。
番外編にしようかとも思っていたのですがそのまま落とし込みました……。
まあこの辺りの話は作者都合でしかないので詳しくは活動報告にて。


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第21話 その匂いの先に

いつも誤字報告、感想、お気に入り、評価、メッセージありがとうございます
蛇足回その2となります。

久しぶりの連続投稿!




<Hachiman>

 

「センパイお疲れさまです、暑くなかったですか?」

 

 一色の家につくと、一色が一人で玄関で出迎えてくれた。

 珍しい、いつもなら玄関にはもみじさんが満面の笑みで迎えてくれるのだが、今日はどうしたんだろう?

 いや、別にもみじさんに迎えて欲しいとかそういう意味ではないぞ。決して。

 

「今日は一人?」

「はい、パパは仕事で、ママは友達の所に行くって朝からでかけてます、お夕飯までには帰ってくるそうですよ。あ、変な事しようとしたらお爺ちゃんに言いつけますからね!」

「しねーよ」

 

 そうか、一色一人か……。

 そんな会話をしながら、一色とともに廊下を抜け、リビングへ向かう。いつもは賑やかな一色家が今日は随分とさみしげに思えた。

 

「センパイは今日どこか行ってたんですか?」

「ん? なんで?」

「そういうの持ってるの珍しいなぁって思ったんで」

 

 そう言って一色は俺の手の中にある、空のペットボトルを指差した。

 さっき健大から貰ったやつだ。

 そう言えば、道中で捨てられるところがないか探すつもりですっかり忘れていた。

 

「健史に呼ばれてな、来る前に試合見に行ってた」

「え?」

 

 一色が一瞬目を見開き、その動きを止める。

 

「試合、見に行ったんですか?」

「今朝電話があってな。どうしても来てくれって仕方なく、浅田にも会ったぞ」

「えー? 言ってくれれば私も行ったのに」

「別に大した話もしなかったぞ? そんな暇あったら勉強しとけ」

 

 試合内容は結局よくわからなかったし、健大とやらは自分の言いたいことを言うだけ行って去っていった。今日の収穫といえばLIKEで既読をつけずにメッセージを読む方法ぐらいだ。

 

「どっちが勝ってました?」

「あー、引き分け? 健史のいるチームのなんか一人やたら突出したやつが最後ゴール決めてなんとかって感じだった」

「誰です?」

「名前まではわからん、ちょっと髪が長い茶髪のやつだった」

「あー、多分、赤星くんですね」

 

 赤星。なんだか通常の三倍のスピードで動いたりしそうな名前だ。

 なんなら角も生えてそう。

 

「ほら、私がセンパイにサッカー部の話をした時『最悪部長になるのはこの人かなっていう人はいる』っていったじゃないですか? それが赤星くんです」

「赤星?」

「赤星亜土夢くん、頭にヘアバンドしてませんでした? 細い鉢巻みたいな」

 

 そういえば、そんなのをつけていた気がする。

 つまりあれが指揮官機のアンテナだったのか。

 しかし、アトム。原子とは親も中々洒落た名前をつけるものだ。

 ちなみに某国のスラングだとオナラの意。これ豆な。

 

「やってくれるならアイツが部長でも良かったんじゃないの? 結構上手い感じだったぞ」

 

 まあ健大は始めから二年を部長にするつもりはなかったらしいが……。

 これは黙っておくか……。 

 

「そうですね。でも私も最近知ったんですけど、赤星くん二学期には転校しちゃうらしいんです、なのでどっちにしろ他の誰かって事にはなってたかと。あー、だから麻子ちゃんも焦ってたんですかね?」

 

 一色はまるで他人事のように顎に指を当てながらそう言うと、キッチンへ向かい、アイスコーヒーをリビングのテーブルへと運んできた。

 そうだ、浅田といえばさっき「臭い」と言われたんだった。

 やばい、一色も臭いと思ってるんだろうか。

 別に好かれようとは思っていないが、やはり自分の匂いというのは気になるものだ。

 小町との邂逅を果たした一色に変な印象を持たれれば、俺の家での立場も危うくなる。

 ここは確認をしておいたほうがいいかもしれない……。

 

「あー、悪い俺、臭いか……?」

「へ? なんですか急に?」

「いや、観戦中暑かったんでな……」

 

 俺は立ったまま再び首元をつまみ匂いを嗅いで見る。

 汗でシャツが濡れるほどというわけではないが、確かにこうしてみると汗の匂いはする。

 やはり臭いのだろうか?

 

「うーん……?」

 

 一色は、少し不思議そうな顔をすると、トテトテと俺の近くへ歩み寄り、匂いのチェックに入った。

 なんだろうコレ、めっちゃ恥ずかしい。

 

「……」

 

 一色が俺の周りを一周して、首元に鼻を近づけた所でスッと目を閉じ動きを止める。

 なにこれ……この状況他の人に見られたらやばくない?

 むしろ距離の問題もあって俺がやばい……女子特有の甘い匂いがもろに……。

 

「い、一色さん?」

「……っ! すいません」

 

 俺が声をかけると一色は、閉じていた目を開き、慌てて俺から離れた。

 何? びっくりするからやめてほしい。

 

「え、えっと、まぁ確かに匂いはしますけど、言われなければ分からないというか、そんなに気にするほどじゃないと思います!」

「そ、そうか、なら良かった」

 

 一色が早口でそう捲し立てるので俺も思わず早口で返す。

 まあ一色があれだけ近づかないと気にならない程度なら問題ないだろう。

 

「サッカー部の部活後なんて酷いですよ? もう鼻が曲がるんじゃないかっていうぐらいですし」

 

 確かに運動系の部活は臭いイメージあるよな。

 剣道部とか。まあ、あれは防具が蒸れるからまた少し次元が違うのかもしれんが。

 

「実際それで何度やめようと思ったことか……だから引退して割とホッとしてるんですよねぇ」

 

 一色はそう言って、軽く笑う。

 

「まぁ、運動部マネージャーの私から言わせてもらえば、この程度の匂いなんて可愛いもんですよ」

「いや、お前と同じマネージャーの浅田からめっちゃ臭いって言われたんだがな……」

「うーん、その場所が臭かったんじゃないですか? 試合中だったんですよね? あ、それか、単純にセンパイの事が嫌いで遠ざけたかったとか!」

 

 クスクスと冗談めいて言う一色だが正直笑えない。

 例え冗談だろうと女子に臭いと言われるのは男としてはクルものがあるのだ。

 女子が軽率に使う「キモイ」「臭い」「うざい」は女子が思っている以上に攻撃力が高く男子を傷つけるということを女子の皆さんにはもっと周知して頂きたい。

 周知していただきたい。大事なことなので二回言った。

 

「気になるならシャワーでも浴びていきますか?」

「いや、さすがにそれは……」

 

 こんな所でラッキースケベを起こすつもりはない。

 いや、この場合覗かれるのは俺か。

 他に誰もいないのにシャワーを浴びたなんて事がおっさんにでもバレたら後々面倒なことにもなりそうだし。

 他に証言してくれる人がいない状態だと、マジで推定有罪が成立しかねないからな……。

 っていうかそうだよ、他に誰もいないんじゃん。

 つまり今、俺はこの家で一色と二人きり……やばい。考えたらなんかちょっと意識してしまう。

 

「別に遠慮しなくてもいいですよ? なんならお風呂も入れます?」

「い、いやいい、そもそも着替えも持って来てないだろ……」

 

 俺が慌てて断ると、一色は。その様子を不審に思ったのか、少しだけ首を傾げた。

 

「そうですか? じゃあ、シャツだけでも着替えます? パパの貸してあげますよ」

「いや、ほんと、いい……一色が気にしないなら……」

「あ……あ、そ、そうですか……そうですね、気には……ならないです」

 

 めっちゃ気まずい。

 女子に匂いを気にされるというのがこんなにも恥ずかしいことだなんて知らなかった。

 いや、相手は一色、妹みたいなもんだ、平常心平常心。

 

「と、とにかく、授業始めるか」

「は、はい」

 

 俺たちはなんとなくふわふわした空気を身にまとったまま、一色の部屋へと移動した、

 今年の夏はちゃんと制汗スプレーを買ってニオイ対策しておこう。

 そう心に決めながら。

 

***

 

 

「んじゃ、今日はここまでだな」

「お疲れ様でしたぁぁぁ」

 

 授業終了を告げると、一色は机に突っ伏し、大げさに息を吐く。

 最初の空気を払拭するように、俺達は勉強に没頭した。今日は気持ち厳し目に休憩なしでやったので、普段自分のペースでしかやらない一色には少し堪えたのかも知れない。

 だが俺としても、模試の前であり期末で挽回してほしいという時期だったので、よいタイミングだったとも言えるだろう。

 

「結局、もみじさん帰ってこなかったな」

「うーん、もうすぐ帰ってくると思うんですけどね、お夕飯ちょっと遅くなっても大丈夫ですか?」

「? いや、今日は帰る」

 

 未だ二人きりというのもあり、変な間を作りたくなかったので、俺は一色が机の上を片付けているの傍目にそそくさと帰り支度をする。

 といってもカバンを持つだけだけどな。

 正直、本当に必要なのか疑問だったカバンだが、自分の筆記具というのは持っていれば使うもので。割とこのカバンは買ってよかったと思っている。小町に感謝。

 

「え? 待ってくださいよ、私、ママに引き止めておいてって言われてるんですけど」

「毎回飯食わせてもらうのも悪いだろ、この間も高い店連れてって貰ったわけだしな」

 

 何度も繰り返すが、そもそも家庭教師を引き受けたときからずっと、『夕飯は遠慮する』という話しだったのだ。

 それなのに今までズルズル来てしまっているので、多少の申し訳なさも感じている。

 やはりどこかで線引きはするべきだろう。

 そういった意味で今日は絶好のチャンスだ。

 

「まあ、今後は俺夕食は家で食うからっていっといて。っつーわけで、帰るわ」

「……本当に帰っちゃうんですか?」

 

 なぜか一色が食い下がる。

 やっぱこいつも一色一族だから「客に飯を食わせたい病」にでもかかっているんだろうか。

 出来ればそういう伝統は早めに断ち切って欲しい。

 

「なんか問題ある?」

「あとでママに文句言われそうだなぁと……センパイ、ママのお気に入りみたいなので」

 

 気に入られたからどうという事もあるまい。

 いや、むしろ気に入られたらヤバイまである。

 

「じゃあせめて送っていきますよ」

「いいよ、一人なんだろ? 戸締まりしっかりしとけ」

 

 玄関で、俺の後を追って靴を履こうとする一色を静止する。

 

「あ、はい。ありがとうございます……」

 

 すると、一色は少し驚いたような表情で、俺をマジマジと見つめてきた。

 

「センパイって意外と紳士ですよね」

「こういうのは紳士とは言わん……本当の紳士ってのは良い子の所にしか現れないんだぞ」

「サンタさんじゃないですかそれ……?」

 

*

<iroha>

 

 センパイが帰ると、家の中は一気に寂しくなった。

 自分の足音がパタパタと響き、一人なのだと実感させられる。

 少し気を紛らわせようとテレビを付け、そのままキッチンに向かい冷蔵庫を開けてみる。

 中身から推測するに今日はトンカツ?

 センパイが来てからというもの土曜の夕食のお肉率が天井知らずに上がっている気がする。

 太ったりはしてないつもりだけど、こう毎週だと私も気をつけないと……。

 時計を見上げると十九時十五分。

 ママもそろそろ帰ってくるだろうし……少し準備しておこうかな。

 そう考え、私はキッチンにかけてあるエプロンを付け。夕食の準備を始めた。

 

『……つまりですね、結婚相手を探すときには匂いも重要になってくるんです』

 

 ふとテレビからそんな声が聞こえてきて、料理の手を止める。

 振り返ると、どうやら未婚の芸能人の婚活番組をやっているようだ。

 「必見!運命の相手の見つけ方教えます!」なんていう大仰なタイトルが付けられたその番組では眼鏡をかけた年配の女性が、その未婚の芸能人に向かって話しかけていた。

 

『良い匂い、好きな匂いだと感じる相手というのは遺伝子レベルで相性の良い相手。だから人間は本能的に運命の相手の匂いを嗅ぎ分ける力を持っているという事でもあるんです』

 

 ドキリとした。

 そういえば、今日センパイに「臭いか?」と聞かれ、匂いを嗅いだ時。

 クサイとは思わなかった、それどころか、ほんの一瞬、本当に一瞬だけだけど。汗のニオイの先にあるほんのりと漂ってくる不思議な香りをもう少し嗅いでみたいとさえ思ってしまったのだ……。

 でもきっとそんなのは気の迷いだし、こんな話もきっと迷信。

 

「ありえないよね」

 

 私はそれ以上考えないよう、手に持っていた菜箸を置いて、リモコンを使ってテレビを消す。

 再び静寂が訪れた家の中に今度はパチパチと油の跳ねる音が響き渡る。

 気にしない気にしない。

 センパイが運命の相手とかありえないから。

 でももし……本当だったら……?

 いやいや。

 でも……。

 

「ただいまー! ごめんなさいね遅くなって、すぐご飯作るから!」

 

 そんな思考のループに嵌っていると。

 タイミングよくママが帰ってきた。

 もうこの件について考えるのやめ!

 やっぱり一人って嫌いだ。自分の頭の中を上手くコントロールできなくなる。

 私は少しほっとしながら、ママを出迎えた。

 

「おかえりー。センパイもう帰っちゃったから急がなくてもいいよ?」

 

 それは私なりに疲れているであろうママを労っての言葉だったのだけど、ママは信じられないという顔をして、こっちを見てきた。

 

「えー!? なんで引き止めておいてくれなかったのー」

「ママが遅すぎるんだよ」

「だってー、帰りの電車間違えちゃったんだもん」

 

 「だもん」と子供っぽく言うママだったが、それは娘にやる事じゃないと思う。

 

「あーあ、折角買ってきた杏仁豆腐無駄になっちゃったわ」

 

 そういって、ママが私に小さな箱を渡してきた。

 中には丸くて可愛い容器に入った白いプルプルの杏仁豆腐。

 いや、私が食べるから別に無駄にはならないよ……?

 

**

 

<Hachiman>

 

【八幡くんなんで帰っちゃうのー!】

 

 電車に乗るなり、スマホにそんなメッセージが入った。

 どうやら、もみじさんはほぼ入れ違いで帰ってきたようだ、もしかしたら道中ですれ違っていたのかも知れない。暗い夜道でよかった。危ない危ない。

 

【帰りが遅いみたいだったので悪いかと思って……】

【悪くないわ! 八幡くんの為に色々買ってきたのに!】

【お気持ちだけ頂いておきます】

 

 あんまり気を使わないで欲しい、その分こちらも気を使うのだから。

 そういや、色々食べさせてもらってるけど初日以降、こっちから何か渡した覚えがないな。

 大人としてそういうのも必要なのだろうか。

 

【八幡くんは私の事が嫌いなんだ……? 私がおばさんだから?】

 

 うわぁ、面倒くさい。これどう答えても俺に損しか無いやつだ……。

 

【いえ、好きとか嫌いとかじゃなく、毎回ご馳走になるのも悪いなぁと……】

【もしかして、私の料理美味しくない?】

 

 無難な返事を返したつもりだったが、再び疑問形でメッセージが送られてくる。

 誰か助けて。

 

【いえ、毎回凄く美味しいです】

【本当?】

【本当です】

【じゃあ、来週は食べていってくれる?】

 

 いや、だからそもそも、俺がそっちで夕食を食べるという設定がすでにおかしい事に誰か気付いてくれないのだろうか。

 だが、そんな事を言えばまた同じような質問のループにハマるのだろう。

 ロールプレイングゲームでたまにある。

 「はい」と答えるまで延々ループするあの現象が今まさに俺の目の前で起きている。

 

【……はい】 

 

 俺は唯一のループ回避手段を取り、ため息を吐いた。

 

【来週は今週の分も張り切って作るからね♪ いっぱいお腹空かせてから来てね♪】

 

 最後にはハートマークを付け、LIKEのやりとりが終わる。

 一体何を出されるのだろう。

 すでに毎回腹を減らせた状態でも、胃袋がはちきれんばかりの量を出されている気がするのだが……。

 ん? まだ通知が残ってるな……?

 未読メッセージがあることを知らせるマークが残っている事に気がついた俺は、もう一度LIKEを開く。

 

【比企谷さんなんで帰っちゃうんですかー!?】

 

 それは健史からのメッセージ。

 こちらはこちらで挨拶もせず帰ったのがお気に召さなかったらしい。

 いや、一応浅田に伝言は頼んだんだが……一色といい浅田といい、あの中学に通う女子は伝言ができなくなる呪いでも受けてるんだろうか?

 はぁ……。

 LIKEやめようかな……。

 

***

 

**

 

*

 

 翌週。俺はその時の会話をすっかり忘れたまま一色家へと向かい、少しだけ後悔することになる。

 何故ならそこには何かのパーティーか? と思うほどの豪華な料理が並べられていたのだ。

 

「だから、先週帰らないで下さいって言ったのに……」

「一回遠慮したぐらいで、こんな事になるなんて普通予想できないだろ……」

「ちゃんと責任取って食べてくださいね? センパイ」




※いろはに匂いフェチ属性をつけようとか、特殊性癖をつけようとかそういうつもりは全くありません。(念の為)

長く辛かった繋ぎ回もこれで終了です……。
次回からは本筋に戻ります、そしてあの人が登場!


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第22話 夏休みに向けて

いつも誤字報告、感想、お気に入り、評価、メッセージありがとうございます。

今回から夏(休み)編スタートです!

(あれ? 投稿日が10月……?おかしいな……? 夏とは……?)


 七月、第一週の家庭教師の日、二度目の給料をもみじさんから渡された。

 今回は茶封筒ではなく、水玉模様の可愛らしい細長い封筒。丁寧に封止にはハートが立体的に膨らんだシールが貼られている。

 いやいや、コレ中身現金ですよね? どうみてもラブレターか何かなんですけど……。

 だがもみじさんは、そんな俺の抗議の視線にびくともせず、ニコニコと笑顔を浮かべるだけだ。

 

 「……ありがとうございます」

 

 何を言っても無駄だ、そう悟った俺は礼を述べつつ、失礼かとも思いながら、体を斜めにし、封筒を隠すようにして中身を確認する。

 何故って? 先月の例があるからだよ。

 自分が思っていたより給料が多いというのは嬉しくもある反面、恐ろしくもある。後で何か請求されるのではないか、何か意図があるのではないか。と勘ぐりたくなる。

 厄介事はゴメンだ。

 

 そしてその予感は見事に的中した。

 また多すぎる。

 計算してみると、何故か焼き肉に連れて行かれた日の分まで換算されているようだ。

 なんなの? もしかして俺が実際に来たかどうかじゃなくて、カレンダー見て、土曜日の数で計算してる? 流石に「これは貰えない」と返したのだが。「家族なんだから遠慮しないで」「お年寄りの道楽に付き合って貰ったんだもの、それぐらい受け取って」と言われた。

 それでいいのか? いやいや駄目だろう。

 そもそも家族じゃないんだよなぁ……。

 

 先月ですら貰いすぎているという自覚があったのだ、これ以上甘えるわけにもいかない。

 毎週夕食を食わせて貰っているので食費だって確実にかかっている。

 未来から青い猫型ロボットが突然やってきたお宅だって、学校にも仕事にもいかない癖に何故か食事だけはするアイツのせいでエンゲル係数は上がっているはずなのだ。

 まあアイツ、意外と短期で金増やす道具とかも持ってるから、いざとなったらどうとでもなりそうだけどな……。

 とはいえ、俺にはそんな道具はないし、一色の未来を変えるために遣わされた訳でもない以上、そんな施しを受ける理由がない。

 後々禍根も残しそうだしな……。

 そう思い、今回は強気で拒否の姿勢を示し、何度目かの応酬で、やっともみじさんにバイト代の一部を返却することに成功した。

 のだが……。

 

「わかったわ、じゃあこれはしばらく私が預かっておきます」

 

 と、何やら不穏な事を言われた。

 いや、預かるんじゃなくて、そっくりそのままそちらのお金ですからね? しばらくじゃなくて永久に。

 金を返して不安になるってどういう事だよ……。

 いっそ自分で受け取ってしまった方が精神衛生上良かったのかもしれない……。

 一色一族怖い。

 

 そんな不安にかられながら、残り時間で授業を行う。

 模試もそうだが、今週は期末考査があったということもあって一色は比較的従順に勉強に励んでくれた。

 本人も中間での汚名を返上しようと頑張っているらしい。

 まあ、俺自身の期末もあるので、楽ができるのはありがたい。

 話は逸れるが、当然この時期だと小町も期末期間に入っているので、先月言っていた買い物とやらにも行っていない。

 また変なもの買わされるのも嫌だし、忘れてくれているならそれでいいのだが……。

 

 しかし、一色も小町も大人しいというのは天国だな、もういっそずっと期末期間だったらいいのに。

 でもそうはならないのが現実……きっとこの夏、また碌でもない事が起こったりして俺の日常が脅かされるのだろう。

 なんとなくそんな予感がしていた。 

 

***

 

 そうして期末も終わり、我が総武高は一学期のイベントが終了、あとは終業式を残すのみとなると、学校内はすっかり夏休みムードへと切り替わっていた。

 今もホームルーム中だというのに教室では「夏休みに何をする」「どこへ行く」という会話が至る所で繰り広げられている。

 

 え? 俺の夏休みの予定? もちろん、しっかりと立てている。

 夏は暑いので、冷房の効いた室内で読書をしたり、アニメを見る予定だ。図書館にいくのもいいな、意外と知られていないが、最近の図書館には普通にラノベも置いてあるのだ。学生には非常にありがたい公共サービスといえよう。ビバ夏休み。

 

「比企谷ー! 比企谷八幡はいるかね?」

 

 ホームルームも終わり、さて、帰るか。と鞄を持ち、立ち上がったタイミングで、教室の前の扉の方から俺を呼ぶ声が聞こえた。

 教室にはまだ多くの生徒が残っており、誰に声をかけられたのか、瞬時には判断できない。

 なんとか人の隙間から声のした方角を覗き見ると、そこには一人の女教師の姿があった。

 担任ではないな、なんだっけ、確か現国の……そう、平塚先生だ。

 平塚先生の方はどうやらまだ俺のことを認識できていないらしくキョロキョロと教室を見回し「比企谷ー?」とこちらを探している。

 なんだろう? 俺なんかしたっけ? 課題の提出忘れとか?

 だが、特に思い当たるフシがない。

 まあいいか、と俺は生徒たちの影に隠れるように教室の後ろの扉から退出した。

 今日は金曜。このまま帰ってしまえば月曜には忘れさられているだろう。

 めでたしめでたし。

 

「なんだ、まだいるじゃないか、ちゃんと返事をしたまえ」

 

 だが回り込まれてしまった。

 俺よりすばやさが高い……だと?

 突如現れた腕に肩を捕まれ、俺は思わず冷や汗を垂らす。

 逃げられないのならばもう対峙するしかない、覚悟を決めろ八幡。

 俺は一度目を閉じ、気合を入れ、ゆっくりと首だけで振り返る。そこには笑顔の女教師がいた。

 

「な、なんすか?」 

 

 平塚先生は、俺が入院している時に二度ほど、見舞いに来てくれた事がある。

 それほど怖い先生だとは思っていなかったのだが……え? 何これ? 肩に置かれた手がはずれない……振りほどけない。怖い。

 

「何故逃げるのかね? 君は期末の成績も悪くなかったと思うが……なにか疚しい事でも?」

「いやだなぁ、気づかなかっただけですよ、早く帰りたいなぁと」

 

 「面倒臭そうだったから」とは流石に言えない空気だったので、とりあえずお茶を濁しておく。

 

「……そうか、まあ時間は取らせんよ、今日は少し様子を見に来ただけだ。生活指導の一環でな」

 

 平塚先生は何かを悟ったのか、それ以上その事は追求せず、ゆっくりと手を離すと本題へと入っていった。

 肩に手形とか残ってないといいんだけど……。

 それにしても様子? 生活指導?

 保護観察処分を受けたつもりはないが、俺はちょくちょく様子を見に来られるほど危険人物認定されていたのだろうか?

 指導されなきゃいけないような事はしていないと思うが……。

 

「もう一学期も残り少ないが……学校には慣れたかね?」

「あー……まぁボチボチですかね」

「ボチボチか……」

 

 そう、ボチボチである。可もなく不可もなく。

 学校に過度な期待もしているわけでも、絶望しているわけでもない。入学式初日から入院というトラブルこそあったものの、どっちみち中学の頃とやることは大して変わらない。俺のクラス内カーストは例年通り最下位。だが、学校内に知り合いがいない分、今のほうが楽でもある。

 ボッチにとって周囲の変化など微々たるものだ。

 

 強いて中学と変わった事といえばバイトで家庭教師をしている事ぐらいだが、それは学校とは関係がないし、バイト代にも不満はない。

 まああの一族に対して色々言いたい事はあるが、あくまで仕事先の関係なので深入りさえしなければ許容範囲だ。

 一応、もう一点許嫁という変化もあったが、こっちは最早あってないようなものだろう。

 一色にしたって、来年高校に入れば「外で見かけても話しかけないでくださいよ」と、関係をリセットしに来るのは目に見えている。

 まあそんな感じなので、少なくとも学校には不満はない。

 まさにボチボチofボチボチ。

 そしてボッチofボッチ。ボッチ舐めんな。

 

「怪我の具合は、どうだ? まだ体育は見学していると聞いたが」

「あー……そうですね……」

 

 実の所、俺は事故を理由にして今学期の体育を全て見学していた。

 「ペアが作れないから、少しでもやってみないか?」と誘われたこともあったが、「医者に止められているので」と、完全に断っていたのだ。

 一応言っておくと退院する時に「体育はしばらくは見学すること」と医者からも言われているので、嘘は言っていない。

 期限は設けられていないし。「今日からやっていい」という許可を受けたわけでもないので、俺に罪はない。医者が悪い。

 実際いつまでが「しばらく」なのかは俺にもよくわからない。

 そして、怪我を特に気にしなくなり、医者からも「何もなければもう来なくてもいいよ」と言われた頃。すっかり日差しも強くなり、運動には適さない季節になっていった。

 これはもう、日陰で見学をしていなさいと言う、神の思し召しに違いない。そう考えた俺はそれとなく体育教師の目を避わし、見学を続け。今日に至ったのである。

 

「まだどこか調子が悪いのかね? 骨折をしたりしたわけではないのだろう?」

「あー、まぁ肋骨にヒビが入ったのと打撲ですかね。頭も打ったりしたんで……あとはちょっとした擦り傷程度です」

 

 そう、折れてはいない。だからこそ小さい傷も含め、とにかくひどい怪我だったというアピールだけはしておく。

 逆にいっそ骨折でもしていれば、もう少しわかりやすくサボれたものを……。人生ってままならないものだ。

 まあ痛いのは嫌なので、そこらへんの加減は難しいところでもあるな。

 

「そうか……まあ大変だったのもわかるし、事故の後で多少不安になるのもわかるが、少しでも動いておかないと体力も落ちる一方だぞ? 問題ないならニ学期からは事故による体育の見学は認められんからそのつもりでな」

「まじすか……」

「大マジだ、ドクターストップが掛かっているというなら診断書を持ってこい」

 

 そう言うと平塚先生は俺の頭を小突く。

 そういうの、今の時代コンプライアンス的にどうなんですかね? 暴力反対!

 ……もう見学は無理か。ペアが必要な授業が終わるまで逃げていたかったんだけどな……。

 

「はぁ……しかし、重大な後遺症があるとかではないなら安心したよ。実は少し心配していたんだ」

 

 平塚先生はそう言って、俺を厳しく睨みつけた後、優しい笑みを浮かべ、今度は俺の肩をポンと叩いた。

 

「学校生活で何か困ったことがあったら気楽に相談してくれたまえ、私達教師はそのためにいる」

「はぁ……」

「ほら、いい若者がそんな背中を丸めるもんじゃない、しゃきっとしないか」

 

 俺の丸まった背中をバンとたたき「それじゃあ、気をつけて帰りたまえ」と、タ

バコの匂いを残して去って行く。

 なんとなくだが、きっといい先生なのだろう。

 だが、できれば俺のことは放っておいて欲しかった……。

 まぁ、どちらにせよ。ずっとサボってるわけにはいかないのだ。見学中のレポートの提出も面倒くさかったし。ここらが潮時と諦めるとするか……。

 

 そうして今度こそ帰ろうと、踵を返した瞬間。背中に何か妙な気配を感じた。

 

「ん?」

 

 だが振り返っても、すでにそこには平塚先生はおらず、廊下で喋っている生徒達も含め、誰も俺の事など見ていない……。

 気の所為……か?

 ボッチの俺が見られてるとか……自意識過剰もいいとこだな、帰るか……。

 

***

 

「えっと……怖い話ですか?」

「ちげーよ……。多分」

 

 七月二週目の授業中、話の流れで、そんな学校での出来事を語ったら。

 一色が目をパチパチと大きく瞬かせてそう聞いてきた。

 実際、あの後しばらく誰かにつけられてるような、そんな気配がしたのだが結局原因は不明なままだ。

 マジでホラーだったらどうしよう?

 違うと思いたいが、お祓いしてもらったほうがいいかしら?

 

「っていうか……センパイって交通事故で入院してたんですか?」

 

 だが一色はそういった話には興味がないのか、それとも怖い話が苦手なのか。

 次の瞬間には、もう次の話題へと意識を移していく。

 

「おっさんから聞いてなかったの?」

「そういった話は全然。入院してたっていうのは聞いてましたけど……まだ痛むんですか?」

「いや、全然?」

 

 そもそも、いまだに痛むような怪我をしていたら最初からここには来ていない。

 じゃあむしろなんで入院してたと思ったんだ。

  

「怪我、治って良かったですね」

 

 しかし、少し呆れた表情の俺とは逆に、一色はこちらを見ずに優しい声色でそう呟いた。

 なんだよ……。ちょっとドキッとするじゃないか。

 こいつは普段はあざとい癖に、急に自然体で優しい言葉をかけるのはやめてほしい。非常に対応に困ってしまう。

 相手が俺だったから良かったようなものの、そういうの、非モテ系男子には勘違いの元だからね? 気をつけようね? 

 

「……ほら、期末返ってきたんだろ? 答案見せろ」

「はーい」

  

 俺は、それ以上その優しさに触れないよう、そう言って、話を逸らす。

 すると、一色は引き出しのクリアファイルから答案用紙を取り出し、机の上に広げた。

 平均七十八点。

 少なくとも中間の時程は悪くない。

 特別悪い教科というのも見当たらなかった。

 恐らくこれが本来の一色の実力なのだろう。

 

「ケアレスミスが多いな」

「……はい、気をつけてはいるつもりなんですけどねー」

「つもりじゃ意味ないんだよ、ほら、とりあえず一個ずつ確認してくぞ」

「はーい……」

 

 一色が不満げにそう答えるのを確認して、俺はプリントへと目を落とす。

 さて、家庭教師のお仕事の始まりだ。

 

*

 

「……センパイは夏、どこか遊びに行くんですか?」

 

 一通りミスした問題のチェックが終わると、一色は「うーん」と伸びをした。

 「センパイはあんまり海って感じしませんよねー」と言いながら、ペンをクルクル回し始める。どうやら集中モードが切れたようだ。

 

「あ、そういえば今年は宿直室も使えないのか」

 

 こちらが口を挟む暇もなく、一色は次々と話題を転換させていく。

 って宿直室? 何やら聞き馴染みのない単語が出てきた。宿直室って生徒が使うものだったか?

 

「あ、うちの学校、旧校舎の方にもう使われてない宿直室があるんですけど」

 

 一色の言葉の意味がわからず首を傾げていると、一色は何やら得意げに語りだした。

 どうやらお勉強モードは本格的に店じまいのようだ。

 

「ほら、夏場サッカーの練習中って暑いじゃないですか? 熱中症対策もしなくちゃだし、部員達のドリンクを冷やすためにも宿直室の冷蔵庫を借りる事にしてるんですよ。だからその宿直室の鍵をマネージャー特権で預かってたんです」

 

 まあ確かに最近は熱中症で倒れる学生とか普通にニュースでやってたりするからな。

 そういう配慮も必要なのだろう。俺にはよくわからんが。

 っていうかマネージャー特権ってなんだ。

 

「それでですね、何気にクーラーも完備してるんで試合に飽きた時とか、ママが煩くて一人になりたい時に使ってたんですけど……今年はもう使えないんですよねぇ」

 

 一色は最後に「ふぅ」と息を吐き「もう麻子ちゃんに鍵渡しちゃいましたから……」と、聞こえるか聞こないかギリギリの声量で呟やいた。

 その物憂げな表情は、たった今サボりを告白した少女のものとは思えないものだったのだが……。

 

「いや、飽きるなよ、応援してやれよ」

 

 サッカー部のマネージャーが試合に飽きて宿直室でだらけてるとか知ったら頑張ってる選手達が報われなすぎるだろ。

 

「そこはまぁほら、可愛いマネージャーがいるっていうだけで頑張れません?」

 

 いや、いないじゃん、宿直室に行ってるんじゃん。

 意外な所で、一色のマネージャー事情を聞いてしまった。

 自称敏腕マネージャーはどこへ行ってしまったんだろうか、聞き間違いかな……?

 

「はぁ……まぁ、そんな事はどうでもいいんだよ……模試までもう時間ないんだぞ、夏休みで部活もないなら夏期講習とかも考えてみたら?」

「あー、模試……そういえばもう来月なんですね……。夏期講習……夏休み中かぁ……」

 

 俺がなんとか、一色の雑談モードを脱しようとそう言うと。

 一色は模試という言葉に一瞬だけ、目の光を取り戻したが。その後はのんびりと、眠たそうな声色でそう答えた。

 やらなきゃいけないという意識はあるが、やる気が出ない。そんな感じだ。

 こいつのやる気スイッチどこにあるんだろう? 常時オンにする方法を教えて欲しい。

 しかし、そんな風に頭を抱えていると、一色は椅子を一度ぐるりと回転させ、俺の目を真っ直ぐ見ながら今度はこう聞いてきた。

 

「そういえば、センパイって夏休みもカテキョ来るんですか?」

 

 それは暗に「来るな」と言っているのだろうか。

 別に来たくて来ているわけではないのだが……。

 俺だって夏休みぐらい休みたい。

 

「よくわからん、おっさんからは何も言われてないし、そうなんじゃないの? なんか予定あるなら来ないけど」

 

 なんなら丸一ヶ月休みをくれてもいいけど……。という言葉はギリギリの所で飲み込む。

 おっさんに知られたらまた面倒くさいことになりそうだからな……。 

 

「実は……八月の第三週の土曜。お休みもらいたいんですけど、駄目ですかね?」

「第三週?」

 

 俺が問いかけると、一色は壁にかけられているカレンダーを指差した。

 

「その日、サッカー部で打ち上げをやろうって話になってて……ほら私、元マネージャーなんで一応顔だけでも出さないとって……」

 

 一色は恐る恐るという様相で、上目遣いに俺にそう訴えかけてくる。

 あざとい。

 この角度が一番男を落としやすいと分かってやっている目だ。

 だが、『どうしても行きたい』という意思は不思議とあまり感じ取れなかった……。

 俺の気のせい……?

 

 打ち上げねぇ……中学の部活にそんなもの必要なんだろうか?

 もし俺なら絶対行かないんだが、一色の場合どう判断したらいいんだろう。

 そもそも俺に「行くな」という権利があるのか?

 第三週なら模試も終わった後だし、少し息抜きも必要……なのだろうか?

 俺は少し考える、模試は確か第二週の平日……八月八日。つまり第二集の土曜にはここにきてどの程度出来たか、自己採点はできる。

 正確な結果が届くのは少し先だろうし、第三週ならそれほどやる事もないか……。

 

「模試の後ならまぁ、いいんじゃないか? ただ俺の雇い主はおっさんなんでな、そっちにも確認とってくれる?」

 

 少なくとも俺が独断で、「行くな」と言っていいレベルの話ではないだろう。

 受験生なのに? と、多少は思わないでもないが、一色の交友関係にまで口を挟むような立場でもないし。

 期末もそれなりの結果はだしているし、あとは本人のやる気の問題で、気晴らしが必要な時がある、というのも理解できないわけじゃないしな。

 

 ただ、このバイト。シフト管理がザルすぎるので、ちゃんと「休み」と申告しておいてもらわないと下手するとその分まで計上されてしまう可能性がある。

 だからこそ、おっさんには最低限の連絡はしてもらいたい。

 

「はい、わかりました。お爺ちゃんに電話しときます」

 

 後からおっさんに文句言われても面倒くさいしな、しばらくおっさんとも会ってないし、俺から連絡を入れるのもいいかもしれない。

 まあ、覚えていたら連絡してみよう。

 

「打ち上げって何やんの?」

「別に特別なことはしないと思いますよ、その日お祭りがあるので少しブラブラしてからカラオケに行くらしいです」

 

 お祭り。そうか、そんな時期なのか。

 去年は完全に受験モードだったから、夏にそんなイベントがある事すら忘れていたな。

 

「八月の第三週だな?」

「はい」

「了解」

 

 俺は再度確認すると、スマホのカレンダーに休みのマークを入れた。

 久しぶりの土曜休みだ。来月のバイト代が少し下がるが、まあ仕方ない。

 どうせ休みは一ヶ月以上あるのだ、どこかで田舎の爺ちゃんの家にでも行って、小遣いをせびれば損失分は取り戻せるだろう。

 

「んじゃ、今日は休みの分までみっちりやっとくか」

 

 残り三十分。

 俺がそう言うと。一色は「うへぇ」と露骨に嫌そうな顔をし、机に突っ伏したのだった。




というわけで平塚先生登場でした!

そして、今話でまた一つ「独自設定」解禁。
(まぁ二次創作なので基本独自設定・独自展開だらけなんですが……)
八幡の足、折れていません。
最初から割と普通に歩いています。
気付いていた方、いらっしゃったでしょうか?
「気付いてたけど二次創作だし……」と思って黙っていてくれた方。ありがとうございます。
実は今話までの間に突っ込まれたらどう答えようかと少しヒヤヒヤしていましたw

細かい言い訳はまた活動報告にて。

誤字報告、感想、お気に入り、評価、メッセージお待ちしてます!


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第23話 いろはの夏休み

いつも誤字報告、感想、評価、お気に入り、メッセージありがとうございます。

「センパイ! やばいですやばいです、ヤバイ台風がきてますよ~」




<Iroha>

 

 夏休みが始まった。

 今年の夏休みは今の所、模試とサッカー部の打ち上げぐらいしか予定がない。

 去年までなら、サッカー部の合宿の準備や、家族旅行の予定も立てている頃なんだけど、今年はそういった話もでていない。

 受験生だし気を使われているのかな?

 勉強に専念しなきゃいけないっていうのは分かるけど、例年に比べると、とても寂しい夏休みだ。花のJCがこんなんでいいの?

 楽しみといえば週末にセンパイが来てくれることぐらい……。

 

 ん? なんでセンパイが来るのを楽しいイベント扱いしてるの私?

 違う違う、勉強するだけで別に楽しくなんて無いから。

 まぁ、でもある意味イベントなのかな……?

 なんだかんだで教え方が上手いというか、記憶に残りやすいエピソードトークなんかも混ぜて教えてくれるのは小町ちゃん風に言うとポイント高い。

 たまに、学校のテストでは全く役には立たない『なんでそんな事知ってるの?』みたいな知識も出してくるけど、そういうのも含めて、やっぱり私より頭が良い人なんだなと実感させられるんだよね。

 お祖父ちゃんはそういうの全部分かってて、センパイを家庭教師にしたのかな?

 

 そうだ、お祖父ちゃんといえば。休みの連絡をしないといけないんだった。

 八月のサッカー部の打ち上げ、センパイの家庭教師の時間と完全に被っちゃってたから、センパイにお休み下さいって言ったんだけど。

 「お祖父ちゃんに言っておけ」って言われたの、すっかり忘れてた。

 まあ確かにセンパイにお給料払ってるのは私じゃないから、それが妥当なのかもしれないけど。

 でも、センパイが行くなって言ってくれたら、別に打ち上げの方キャンセルしても良かったんだけどなぁ……。

 今更言っても仕方ないか。

 とりあえずお祖父ちゃんに電話しとこ。

 

 そうして私は、お風呂上がりにスマホのアプリを立ち上げ。

 お祖父ちゃんに電話をかけた。

 まだ二十一時だから、さすがに起きているだろう。

 ……そう思っていたのだけれど、中々繋がらない。

 あれ? もしかしてもう寝ちゃってる?

 明日かけ直したほうがいいかな?

 耳元から聞こえる呼び出しメロディは軽快にループを繰り返す。

 三回……四回……五回……さすがにこれ以上は迷惑かと、電話を切ろうとした瞬間。メロディが止まった。

 

「あぁ……いろはか、どうした?」

「もしもし? おじいちゃん?」

 

 やっぱりもう寝てた?

 少し眠たそうなお祖父ちゃんの声がスマホから聞こえてくる。

 起こしちゃったなら悪いことをした、お祖父ちゃんもナンダカンダでもう年だから、早寝になってきているのかもしれない。

 でもきっと、コレを言うと怒るから、その言葉はぐっと飲み込んで、次の言葉へと繋げる。

 

「ごめんね、もう寝てた? もしかしてまた具合悪い?」

 

 忘れていたわけではないけれど、センパイ同様、つい数ヶ月前までお祖父ちゃんも入院していたのだ。

 あんまり無理はさせたくない、いつもこれ位の時間なら起きていると思ったけど今度からはもう少し気をつけよう。

 

「ああ、大丈夫。ちょっと寝ぼけてただけだ、どうした? 爺ちゃんが恋しくなったか?」

「ちーがーいーまーすー!」

 

 だけどお祖父ちゃんは、そんな私の心配を一蹴するようにそういって笑う。

 全く、心配して損した。

 お祖父ちゃんの事は大好きだけど、小さい子でもないのだ、お祖父ちゃんの事が恋しくなったなんて思われてるのは困る。ホント、すぐ調子に乗るんだから……。

 「全く……」と私は一度ため息を吐き、話題を切り替える。

 

「夏休みの予定とか考えてたんだけど、お祖父ちゃんの方はどうするのかなー? って思って」

「夏休みの予定? お前受験生だろ、遊んでる暇あんのか?」

「それは……そうなんだけど……」

 

 軽く夏休みの話題から入ろうと思ったのに出鼻を挫かれた。

 お祖父ちゃんの事だから、「一緒に飯でも行こう」とか誘ってくれると思ったのになぁ。

 やっぱり受験生ってそういうものなんだろうか。

 私よりむしろ周りがピリピリしてる感じ。

 心配してくれるのはありがたいけど、ちょっとだけ窮屈にも思う。

 

「……その……夏休みだし、センパイの家庭教師一回お休みしたいんだけど……ダメ?」

「ん? なんだ? 八幡とケンカでもしたのか?」

 

 先程までの眠たそうな声から一転、今度はものすごい食いつきようだった。

 ケンカ……センパイとケンカすることなんてあるんだろうか?

 あんまり想像が出来ない。

 センパイってどんな時に怒るんだろう?

 小町ちゃんとはケンカしたりするのかな?

 まだ二人が並んでいる所を見たのは一回だけだけど、凄い仲良さそうだったし、どうにもケンカをしてるという想像が出来なかった。

 小さい時は「ママー! お兄ちゃんがぶった!」とか言ったりしたんだろうか? 私自身には兄弟がいないから、そういうの実はちょっとだけ憧れたりもするんだよね。

 殴られたいとかっていう意味じゃないけど……。

 でも今はそんな事を考えている時じゃない。

 

「ケンカなんてしないよ。お盆明けの土曜日に、サッカー部の打ち上げが入っちゃって、ちょっと顔出そうかなーって思ってるんだけど……」

「別に打ち上げなら昼間やって、夜は八幡と過ごしてもいいんじゃないか?」

「その日お祭りもあって、集合が夕方からなの」

 

 私がそう説明すると、お祖父ちゃんは電話の向こうで「うーん」と唸り声を上げる。 

 

「うーん? それだと大分帰りが遅くなるんじゃないのか? 八幡とデートっていうんだったら二つ返事でOKだったんだがなぁ……」

 

 お祖父ちゃんは少し悩んだ後、そう言って豪快に笑った。

 いや、笑い事じゃないんだけど……。

 それを私にいうの? お祖父ちゃんが?

 私はついイラっとして、声を荒げてしまった。

 

「中学生のうちに男の子と二人きりでデートしちゃ駄目だっていったのお祖父ちゃんじゃん!」

 

 それは忘れもしない、中学一年生、私がサッカー部に入ってすぐの頃。

 男の子たちに囲まれて、皆が私の事を『可愛い』『美人マネージャー』だと持て囃してくれるので、少しだけ天狗になっていた時の話。

 当時は三年生や二年生が、部活終わりに皆でファミレスに行こうと、声をかける事が多かった。当然私はマネージャーとして参加。男の子たちの間で、誰が私の分を奢るか、なんて言い争いが起きた事もあって。それはもう有頂天だった。まあ奢ってもらう理由もなかったからちゃんと自分で払ってはいたけどね。

 

 そんな風にチヤホヤされるのが嬉しくて。帰りが遅くなる事も多くなったある日、その事を問題視したお祖父ちゃん達に怒られながら、私は反発心もあって学校での事を武勇伝のように語った。

 そうやって、家族に怒られることすら、まるで自分がドラマの主役にでもなったような気分で、呆れた顔のお祖父ちゃん達に自分の行動の正当性を主張しているうちに、調子に乗って「デートのお誘いとか受けたらどうしよう、もうすぐ彼氏が出来るかも」なんて、ふざけて言ったのがきっかけだったように思う。

 お祖父ちゃんは、それまでの表情から一転、一度机をバンっと叩くと、真面目な顔をして「中学生がデートなんて言語道断。今のお前にそんなスキルはない、痛い目を見るだけだから、せめて高校になるまではそういう事は控えろ、そして今のうちに、それ以外の事で、男がどういう生き物か学んでおけ」そう言ったのだ。

 そして、私はデート禁止令を出され、海浜総合への入学を命じられた。

 まぁ、その時は「お祖父ちゃんは頭が固い」なんて思ったりもしたけれど、今考えると特別デートしたい相手がいたわけでもなかったし、冷静になれて良かったようにも思う。

 結局あの時の私は、チヤホヤしてくれさえすれば、誰でも良かったのだ。

 もし、当時のままの私だったら、この間の葛本君とのデートを断る事もできなくなってたかもしれないしね……。

 まあお影で今は初デートに対する期待値も上がっちゃってるんだけど……。

 

「はっはっは、八幡なら問題ないぞ、じゃんじゃんしろ」

 

 だけどお祖父ちゃんは私の気持ちを知ってか知らずか、今は電話口でそんな事を言いながら豪快に笑い飛ばす。

 はぁ……。もはや溜息しかでてこない。お祖父ちゃんがこうなったら何を言っても無駄だってわかってるからだ。

 それにしても、センパイとデートかぁ……。

 頑張って誘っても「めんどくさい」って断られそうで怖いなぁ。

 でも、最後には「……わかった」って、付き合ってくれる。そんな予感もしていた。

 そしてきっと、楽しいんだろうなぁという事も……でも、その時の私はその理由がよくわからなかった。

  

「んで、なんだったか、……そうか休みだったな」

 

 私がセンパイとのデートの妄想をしていると、お祖父ちゃんが不意に話を戻す。

 その時には不思議と先ほどまで湧いていた小さな怒りは収まっていた。

 危ない危ない、本題を忘れる所だった。

 

「お前、成績の方はどうなんだ? 受験対策出来てるのか?」

「期末はいつも通りって感じかな? 平均七十八点だから、そこまで悪くはないと思う。あとセンパイの勧めで模試も受けることになったよ」

「模試か、それはいいな。模試の結果はどうだった?」

「気が早いよ、八月八日に試験で結果が分かるのは一ヶ月後だって」

 

 正直に言うともっと模試に関しては、もっと早く結果が分かるものだと思っていた。

 具体的に言うと一週間か二週間ぐらい。

 でもセンパイにそれを言ったら「受験と一緒で、全国の中三が受ける試験の結果がそんな早く出るわけないだろ」って呆れられたっけ……。

 

「八月八日? 八幡の誕生日じゃないか」

 

 え? 誕生日? 誰の?

 突然お祖父ちゃんから発せられた、その言葉の意味が私の中に上手く入ってこなかった。

 誕生日……? 誰の? 八幡……? ってセンパイの?

 

「え? そうなの?」

「なんだ、聞いてないのか? お前も許嫁の誕生日ぐらいちゃんと覚えておかないとだめだぞ?」

 

 覚えておくも何も今初めて知った。

っていうか模試の日、センパイ知ってるよね? なんで何も言ってくれないの?

 でもあの人、自分から誕生日を言いふらすタイプにも見えないし、そのままずっと知らせないつもりだったのかもしれない。 

 なんだかちょっと胸の中がモヤモヤする。

 お祖父ちゃんも知ってるならもっと早く教えてくれたらいいのに。

 

「プレゼント、ちゃんと用意しておけよ?」

 

 センパイへのプレゼントか、何がいいかな。

 何を贈ったら喜んでもらえるだろう?

 センパイの好きなもの、嫌いなもの。

 トマト?

 あとは……あれ? 私何も知らない……。

 センパイがどんな音楽を聞くのかも、どんな趣味を持っているのか、将来何になりたいかも……。

 その時私は、初めてセンパイの事を何も知らないという事を知った。 

 

「いろは? どうした?」

「う、ううん、なんでもない」

 

 どうしよう、何か、何かしなくちゃいけない。

 そんな漠然とした焦りが私の中を駆け巡る。

 普段だったらこんなに悩んだりしない。

 実際、サッカー部の部員の誕生日にプレゼントを送ったことはあった。

 それはちょっとした筆記具だったり、タオルだったり。そんな小さな物。

 人数が多いというのもあるし、プレゼントに差を着けたくなかったっていうのもあるから、悩む必要もなかった。

 部活以外だって、変な勘違いをされないよう、無難なプレゼントを選ぶセンスはそれなりに磨いてきたつもり。

 でも、ことセンパイのプレゼントとなると、何をあげたら良いか全く見当がつかなかった。

 というか、何をプレゼントしても「おう、サンキュ」と、どうでも良さそうな表情をされる気がする。それはちょっと嫌だ。

 

「まあ、とりあえずその打ち上げとやらは模試の後なんだな? 部活のメンバー複数人で行くって事でいいのか?」

「う、うん。そう」

 

 もはやお祖父ちゃんの言葉も上手く入ってこない。

 センパイが喜んでくれるという想像ができないのだ。

 

「じゃあ仕方ない、許可する」

「あ、ありがとう」

 

 どうしよう、八月八日ってもうすぐだ。

 最早お祖父ちゃんへの返事も適当になりながら、私は思考を巡らせる。

 いや、別に凄い喜ばせたいとかじゃない、センパイは許嫁っていったって、あくまで一時的なものだし、なんていうか私のプライド、そう、プライドが許さないのだ。私があげるものなんだから喜んで欲しい。だからこそ、ここで適当なものは渡せない。

 ああ、もう! 模試の勉強もしないといけないのに……とにかく一度小町ちゃんに電話して、センパイの好きそうなものを聞いて……。

 プレゼント選び付き合ってもらえるかな?

 

「あ、打ち上げに行くことはもみじ達にもちゃんと話して、門限は守れよ?」

「わかってます!」

 

 お祖父ちゃんのその言葉に『中学三年生で門限十九時ってどうなの?』とちょっとだけ冷静な自分が戻ってきた。まだ時間はあるんだから冷静に、冷静に。

 それにしても、お祖父ちゃんは相変わらず過保護だなぁ。

 塾行ってる子なんて二十二時過ぎる時もあるって聞くのに……まあでも私、塾もいってないんだけどね、今更いっても始まらないか。

 

「そういえば、今年の旅行はどうするの?」

 

 例年だと、家族で旅行に行ったりするんだけど、今年はまだどこに行くという話も聞いていない。今年は暑いしできるなら北海道とかがいいなぁ。

 それか、いっそ海外なんていうのもいいかもしれない。

 環境を変えれば勉強も捗る気がする。

 

「ああ、まだ聞いてないのか」

 

 そんな風に私がまだ見ぬ土地への思いを馳せていると、電話口の向こうでお祖父ちゃんがニヤリと口角をあげた気がした。

 

「今年はお前も受験で忙しいだろうからな、儂らは勝手にやってるから、しっかり勉強に専念しとけ」

 

 お祖父ちゃんはまるでイタズラっ子のようにそう言うと、その後ろから「あら、あなた、起きたなら声ぐらいかけてくださいよ」というお婆ちゃんの声。

 でも……寝る前に言うセリフじゃないよね……? 聞き間違い? 

 

「え? 勝手にって……お祖父ちゃん達だけでどこか行くの?」

「行くというか、もう来てる。テレビ電話に切り替えるぞ」

 

 そう言われて、私はスマホを離すと、切り替わったスマホの画面に大きくお祖父ちゃんの顔がアップで映し出された。

 いつものお祖父ちゃんだけど……なんでテレビ電話?

 

「見ろいろは、これがニューヨークの朝の風景だ」

 

 私が不思議に思っていると、お祖父ちゃんがそう言って、カメラから自分の顔をフェードアウトさせる。

 するとそこには、日本とは真逆に明るい空が一面に広がり、巨大な建物が並び立つ景色が見渡せる、ホテルの一室が映し出されていた。

 

「いろはちゃーん、お土産買って帰るからねー」

 

 ニューヨークってどういうこと!?

 

*

 

 お祖父ちゃんはこの夏は日本に戻ってこないらしい。

 ええ……? 海外旅行なんて聞いてないよ。

 羨ましい、私もあれぐらいの年になったら旦那さんと、色々な所に旅行に行ったりするんだろうか?

 一瞬、想像した私の相手の顔は、何故かセンパイ……。

 違う違う。今は、センパイの誕生日の事考えてたから、たまたま、たまたまだから。

 もう本当最近センパイに私の生活領域を侵食されすぎてて、危ない気がする。

 今度あったら文句をいっておこう。

 

 とりあえず、今考えるべきはセンパイの誕生日。

 カレンダーを見ると、もう一ヶ月を切っている。

 何かプレゼントを考えなければ。

 普段、色々手玉に取られている気がするから、ここで何かとびっきりのプレゼントでセンパイを驚かせてみたい。

 

 その為にもまずは情報収集だ。

 私はお祖父ちゃんとの通話を切ったばかりのスマホをいじり、改めて電話を掛ける。

 相手は小町ちゃん。

 まぁ、情報提供してくれそうな共通の友達って小町ちゃんぐらいしかいないしね……。

 

「もしもし? 小町ちゃん?」

「はい、もしもし。どうしました? もしかしてウチの兄が何かやらかしました?」

 

 お祖父ちゃんとは違い、小町ちゃんは二度目のコールで電話に出ると、イキナリそんな事を言ってきた。

 一体自分のお兄ちゃんのことをなんだと思っているんだろう。

 でもきっとこれも仲が良い証拠なのだろうと思うと、ちょっとだけ羨ましくも思う。

 ここらへん、一人っ子の私にはわからない感覚なんだろうな。

 

「ううん、そうじゃないんだけど……センパイの誕生日って……八月八日なの?」

「お兄ちゃんですか? はい、そうなんですよ。八幡だから八月八日、覚えやすいですよね」

 

 覚えやすいならもっと早く教えてほしかった。

 いや、別に小町ちゃんに非があると思っているわけじゃないんだけどね。

 

「小町ちゃんはプレゼント何買ったの?」

「あー……中々良いのが見つからないんですよねぇ。一応明日買い物に行く予定なのでそこで色々みてこようかと」

「それ私も行く!」

「え? でもいろはさん、模試で忙しいんじゃ? あんまり兄に気を使わなくても大丈夫ですよ?」

 

 私のお願いに、小町ちゃんは「大丈夫なんですか?」と、少し心配げに優しく語りかけてくる。どうやら、こっちでも気を使われているようだ。

 受験生ってやっぱり大変なのかなぁ、まだ全然自覚ないんだけど……。 でも、この状況で『誕生日を知っているのに無視をする』という不義理だけはしたくないんだよね……。

 

「センパイには色々助けてもらってるし、何かお礼しなきゃとは思ってたんだよ、それに息抜きもしたいし、ね?」

「うーん……あ、じゃあ、こういうのどうですか?」

「なになに?」

 

 小町ちゃんは少し考えた後、電話の向こうで急に小声になりながら、ボソボソと語り始める。

 ソレにつられて、私もつい息を潜めてしまう。

 それはいわゆるサプライズ。

 小町ちゃんは自分の計画の全貌を語ると、最後にイタズラを達成した子供のように笑った。

 

「……っていうの、どうですか? もちろんいろはさんが良ければですけど」

「え? でもセンパイってそういうの好きな人? 喜んでくれるかな?」

「大丈夫ですよ、あの人捻デレさんですから、女の子からお祝いされるっていうだけでも絶対喜びます!」

「それはそれで複雑なんだけど……。じゃあこういうのはどう……?」

 

 小町ちゃんの計画は、受験生で模試を控えた私への配慮もきちんと行き届いたもの。

 でも、さすがに小町ちゃんの案をそのまま採用するだけだと、私のやる事が少なすぎるので、私もいくつか案を出す。

 そんな風に、小町ちゃんと私による『センパイの誕生日パーティー計画』の話し合いが始まった。

 さて、お小遣い幾ら残ってたかな?




というわけで台風で外が凄いことになってますね……。
皆様の地域はいかがでしょうか?
どうか大きな被害がでず、無事通り過ぎさってくれますように……。


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第24話 八幡の夏休み

いつも誤字報告、感想、お気に入り、評価、メッセージありがとうございます。

今回は思っていたより筆が進んだので、予定を早めて、二日連続投稿とさせていただきました!楽しんでいただけると嬉しいです。


業務連絡:非ログインユーザーの感想を受け付ける設定に変更しました。もしよければご活用下さい。


 夏休みに入ると、いや、夏休みに入る前から、連日三十五度を超すという猛暑日が続いた。

 もはやエアコンは生命維持装置だ。

 天気予報では、『外で運動をしてはいけません』なんていう注意喚起すらなされている始末。

 もう地球終わるんじゃないの? と若干心配になってしまう。

 もしかしたら、エアコン機能付き防護服を着ないと外に出られないという、小説や漫画でよくある世界がもう近くまで来ているのかもしれない。

 実際そうなったら大変だとは思いながらも、ちょっとだけ興味を唆られてしまうのは、やはり俺が元中二病患者だからだろうか?

 

 まあ、外がどんなに暑かろうと、運動禁止だろうと、俺自身には元々外で運動なんてする予定はないから関係ないんだけどな。

 賢い八幡は『夏休みを家で快適に過ごそう計画』を立て、着実に実行にうつしているのだ。

 

 『夏休みを家で快適に過ごそう計画』

 まず一つ目は『高校の授業で分からない所をすべて抑える問題集』

 学生の本分は勉強だ。

 本年度はいきなり入院生活を強いられたということもあり、一ヶ月分、他の連中と比べると遅れを取っている。

 その遅れを取り戻す為に購入したのがこの問題集。

 一色の家庭教師をやっているというのもあるしな、俺自身の成績が下がるのも頂けない。

 実をいうと、夏期講習を受けに行こうかとも思ったが。受講料が高いので、断念したのは内緒だ。

 

 次にこれ、旬が過ぎて少し安くなったゲームソフト。

 これは昔からある人気シリーズで、高難易度を謳って、何度も死にながら進むことを前提に作られたダークな世界観が売りのソウルなゲーム。

 頼れるのは己の実力のみ、人生ソロプレイな俺にまさにうってつけのゲームだ。

 前々からやってみたかったんだよなコレ。

 なんなら動画にとってアップしてみるのも面白いかもしれない。

 そしてジワジワと世界に謎のボッチ配信者の存在が知れ渡っていく。

 広告収入もバンバン入ってきて、チャンネル登録者数はあっという間に十万人を越し、自社のゲームを宣伝してくれと多数のメーカーが俺の所に殺到するのだ、うん、悪くない。

 さあ、ここからソロプレイヤーHachiman伝説の始まりだ……!

 

 *

 

 *

 

 *

 

 あー、無理無理、何これ。クリアとかできないわ。っていうかクリア出来るようにできてないわ。

 クソゲー。クソゲーだね。

 いやおかしいだろ、行く場所行く場所、初見殺しの罠って。しかも今度はドラゴンでてきたんですけど? 明らかに届かない所から火吐いてくるんですけど? こっちは地べた転がるのにも、スタミナゲージが必要というハンデ背負いながら戦ってるんだから、もうちょっと空気読んで欲しい。

 熱っ! ここにも火届くのかよ! やば、回復間に合わん! あー! また死んだー!

 何? 『上手に焼けましたー』って? メーカーが違うんだよなぁ……。

 もしかして俺が買ったのは、モンスターをハントする国民的協力ゲームだった?

 協力する友達なんていねーから、ソロプレイがメインのこっち買ったんだよ。察しろ。

 もうこのゲーム中古屋に売ってやろうか。

 でも、楽しいからもう一回コンティニューしちゃう……悔しい、ビクンビクン。

 きっとどこかに突破口があるはずなのだ、絶対倒してやるからな……!

 あ、なんだ普通に道あるじゃん、あのドラゴン倒さなくていいのかよ……。

 

「お兄ちゃん、またゲームしてるの……?」

 

 そんな風に、一人でゲームに勤しんでいると、小町が声をかけてきた。

 夏らしく露出の多い洋服に身を包み、キャップを被っている、まるで外に行くみたいな格好だ。

 

「ん? この暑いのにどっか行くの?」

「うん、これからちょっとい──」

 

 ちょっとい?

 何?

 ちょっと一騎当千してくるの?

 小町は無双する系武将だったのか……お兄ちゃんびっくり。

 レベルマックスまで育てなきゃ、使命感。

 

「いー……い、今話題のタピオカガム探しに行ってくるー?」

 

 しかし、そんな一騎当千な小町は、棒立ちの敵キャラ一人倒せるかどうかも怪しいほどに動揺し、狼狽えた様子でそう答えた。

 なんで疑問形なんだよ。

 

「タピオカガム? 何それ?」

 

 タピオカってあれだろ? この間飲まされた黒いつぶつぶ。

 そもそもアレは飲む物なの? 食い物なんじゃないの?

 どう考えてもストローで飲むには適してない形をしていると思うのだが……。

 それをガムにしたの……? どういうこと?

 食感的にグミならまだわからなくもないが、ガムて……。

 そもそもアレそのものに味あったっけ……?

 ほとんどミルクティの味しか覚えてないんだが。

 

「話題のお菓子だよ。どこ行っても売り切れなんだって。ほら、これ」

 

 そう言って小町はスマホの画面を見せてくる。

 ソコには確かに『JKに人気! 売り切れ続出! タピオカガム!』という記事が表示されていた。

 なんというかフェイクニュースっぽい。そんな物が売れているとは正直信じがたいし、マスコミの印象操作の気がしないでもないが。世の中何が流行るかわからんからな……。うん、よくわからん。

 

「美味しくなさそう」

「美味しいって話題なの! JKの間で大流行って書いてあるでしょ!」

 

 どうやらウチの小町はいつの間にやらタピオカ教に洗脳されてしまっているようだ。なんなら手遅れかもしれない。

 そのうち「あなたはタピオカを信じますか?」とか言ってくるのだろうか。せめて他所様に迷惑かけませんように。

 

「別に小町はJKじゃないだろ、そんなつまらん流行に流されて無駄遣いすんのはやめとけ」

「失礼な! 小町だってJKだよ! ジャイアント小町だよ!」

 

 何それ、リングネーム?

 いつから小町ちゃんはプロレスラーに転向したの?

 『小さな体に大きな心、ジャイアントーこまーちー』とかコールされて入場してくるの?

 お兄ちゃん妹が殴られたり、投げられたりする所は見たくないなぁ……。

 あと一応言っておくとジャイアントのスペルは「J」じゃなくて「G」な。

 この子、来年受験なんだけど大丈夫かしら……?

 

「あと、マカロンガムもあるんだって」

 

 マカロンガム……マカロンってなんかやたらカラフルな丸い奴だよな?

 それをガムに……? 元の食感を殺そうっていうコンセプトか?

 どうやら世の中には、俺の想像を遥かに超えたアイディアマンがいるらしい。

 そんな商品を企画した奴とGOサインを出した責任者とは仲良くなれる自信がない。まあ俺、誰かと仲良くなったことなんて無いんだけど。

 

「ってお兄ちゃんに構ってる暇ないんだった、早くでないと! んじゃ小町は出掛けてくるから、お留守番よろしくねー!」

 

 どうやら俺は構ってもらってた立場だったらしい。

 小町はそう言って俺との会話を無理矢理切り上げ、逃げるようにそそくさと玄関へと向かっていった。

 

「暑いから水分補給忘れるなよ」 

「分かってるよ、お兄ちゃんこそ。たまには外でないと、体鈍るよ」

 

 失礼な、俺もちゃんと外にはでているだろう、毎週末には一色の家に行っているんだぞ。

 いつからこんな社畜に成り下がってしまったのかと自問するほどだ。

 そもそも俺は働きたくない。

 出来れば。将来も働くのは誰かに任せて、家の中でゴロゴロしていたい。

 具体的にいうなら専業主夫。

 専業主夫万歳。

 

 そんな風に、夏休みの序盤は毎日凝りもせず眩しい太陽の下へ駆け出す小町を見送り、俺自身はエアコンの効いた家の中でゴロゴロしながら、週末には一色の家に行くという日々を送っていた。

 

***

 

**

 

*

 

 八月に入ると、『夏休みを家で快適に過ごそう計画』の第三弾として

 動画見放題サービスというのに加入した。

 毎月千円未満で、動画・アニメが見放題。

 しかも初月無料。つまり、この夏休みの間は無料で動画、アニメが見放題なのだ。

 これはこの夏休みという時間を有意義に過ごすのにうってつけのサービスだと思い、即加入。

 そして俺は驚愕した。

 

 信じられないかもしれないが、プリキュアシリーズが全話見れるのだ。

 なんだこれは……? 一体どういうことだ?

 毎週毎週、楽しみにしていたあのプリキュアが、連続でディスクの入れ替えも、CMカットの必要もなく全話見れてしまう。

 こんな事があっていいのだろうか。

 俺は生まれて初めて神に感謝した。

 これで、今年はこれまでに無いほど充実した夏休みを送れる。

 そうか、俺がこの夏なにか起こるかもと感じていた予感はこれだったのだ!

 うおお、しかも劇場版まである!

 さすがに劇場まで見に行く勇気がなかったからなぁ。

 小町がもうちょっと小さければ良かったのに……。

 もう現実の小町と言ったら……。

 

「お兄ちゃん、そろそろバイトの時間じゃないの?」

 

 あ、はい。そうですね。

 これが今の……現実の小町だ。キッチンに牛乳を取りに来た小町は、俺にそう言うと、行儀悪くコップも使わず、そのまま牛乳パックを傾け、グビグビと飲み干している。

 現実とは非情なものである。

 とはいえ、そろそろ準備をしたほうが良い時間か、夏休みとはいえバイトには行かないといけない、今日のプリキュアはここまでにしておこう。

 

 今日は八月の初週。おそらくバイト代がもらえる日。

 先月までと違い、今月のバイト代は満額貰っても問題ないだろう。

 期末対策に、模試対策、割としっかりやったからな。

 おっさんの邪魔も入らなかったし……そういえばここの所おっさんと会ってないな?

 最後にあったのは、六月の給料日か?

 いや、別に会いたいとかそういうのではないが、あれだけ騒がしかった人からの連絡がなくなると、なんとなく気になる。

 元気ならそれでいいのだが……そろそろ俺の方からも連絡してみるか。

 

 まあ、向こうは俺と違って大人で、忙しいのかもしれないし、今日一色の家に行ったら意外とひょっこり顔を出すかもしれない、気が向いたらでいいか。

 とりあえず今は、今日のバイトをどうするか考えなくては。

 先週までで期末の復習も終わったし、今日も模試対策でいいか……? そういえばもう週明けに模試か。たしか八月八日だったよな。

 一色と模試の話をしている時、「俺の誕生日だ」と言いそうになったのを堪えたので間違ってはいないはずだ。

 いや、『その日俺の誕生日だ』なんて言ったら何か催促してるみたいに聞こえるのが嫌だったんだよな。言った所で何かかわるわけでもない、誕生日を祝ってもらえるなんて自意識過剰も良い所だ。

 まぁ模試の直前にそんな事言われても困るだろうしな。

 

 俺はただの家庭教師で、優先すべきは一色の模試であり受験。

 俺の誕生日なんて些事でしかない。

 だからこそ、一色の成績を上げるために、家庭教師の時間を有意義に使える何かがあるといいのだが……、どうにも良い案が浮かばない。

 過去問でもあればなぁ……って過去問?

 

 そういえば俺が去年受けた問題がそのまま使えるかもしれない。

 当然そっくりそのまま今年も出題されるなんていう事はないだろうが、テスト形式で試せるというのは大きいのではないだろうか?

 

 俺はそう思い立ち、急いで自室に戻ると、数ヶ月前に仕舞った、中三までに使った勉強道具の詰まった段ボール箱をベッドの下から発掘した。

 エロい本は断じて入っていない。

 よく漫画なんかにある「友達が勝手に置いていったんだ!」なんていう言い訳が通用しないからな……。そのうえ妹という存在が居る環境で一冊でも持っているのがバレると俺の家庭内カーストがやばくなる。まあ今でもそれほど上位というわけではないが、進んで危険を冒すつもりはない。

 じゃあ、そういった物を一つも持っていないのかと聞かれれば……企業秘密だ。

 ただ一つ言えることは、決してパソコン内の隠しフォルダを探してはいけない。仮に見つけたとしてもパスワードを探ろうとしてはいけない。

 家族共用のパソコンでもあるから、履歴を消すのも忘れずに。

 俺が言えるのはこれだけだ。

 

 話が逸れた。とりあずこの段ボールを開けなければ。

 一応伝説の傭兵が入っていないか軽く叩いて確認をしておく。

 よし、誰も入っていないな。

 まぁ人が入れるサイズの段ボールではない上に、仮に入っていても対処しようがないんだけどな。俺はCQCを習ったことがない。

 

 少しホコリの溜まった段ボールを部屋の中央へ移動させ、テープを剥がす。

 中にはほんの半年程前には現役で使われていた、だが確かな懐かしさを感じる中学時代の教科書とノートがギッチリと詰められていた。

 俺、ちゃんと勉強してんなぁ。

 真っ黒になるまで書き込まれたノートをペラペラとめくり、ちょっとだけ自画自賛。

 誰も褒めてくれないんだからこれぐらい許して欲しい。

 

 さて、模試の問題は……。

 あった、多分これだ。

 手にとったのは、紙の束が入ったアニメ柄のクリアファイル。

 確かコンビニでお菓子を買うと貰える奴だった気がする。俺はそのクリアファイルの中から複数のプリントを取り出し、一枚ずつ内容を確認していく。

 これは……中三、最後の期末だな。今の一色には必要ないものだろう。

 これは、夏期講習で貰ったプリントか……。こっちは塾の申込用紙、これは捨てていいな。こっちは……冬の模試か。

 夏の模試は……あった、これだ。

 クリップ止めされたその紙束には解答と、俺自身の志望校判定結果がくっついていた。

 

 『総武高校……B判定』

 

 実際、この時はかなりショックだった、まあBといっても別紙の参加者全体の成績順位を見る限りでは、Bの中でも上位の方なので、厳密に言えば『Bプラス』といった所だろうが。

 この時ほど自分の数学の成績の悪さを呪ったことはなかったな。

 あれから死ぬ気で勉強したんだったか……。

 その頑張りもあってか、冬の模試ではA判定を取れたし、やはり模試を受けたのは正解だったと今更ながらに痛感する。

 とはいえ、数学についてはもう徐々に下がってきてるんだよなぁ……。

 そもそも数学は俺に向いていない学問なのだ。

 今は一色の勉強をみるついでに自分自身の復習が出来ているので、辛うじて赤点は免れているが。高校の数学マジやばい、ちょっと油断するとついていけない。来年あたりは赤点必至な気がする。

 

 まぁ、逆に国語の成績は上がっているから、なんとかなるだろう。こっちはそのうち学年一位とかを狙ってみるのもいいかもしれない。

 国語で学年一位とったら、数学のテスト免除とかにならないだろうか……。ならないか。

 

 とりあえず、今大事なのはこの模試の過去問だ。

 段ボールの中には、他にも受験で使った過去問集なんかもあったが、まあこれは今は必要ないだろう。

 

 俺は取り出した教科書類を再び段ボールに詰め込み、ガムテープで封をして、ベッドの下へと戻す。

 でもこれ、一体いつまで取っておくんだろうか?

 思い出というほどの思い出があるわけでもないし、去年までの過去問を今後もう一度やるというビジョンが見えない。年末の大掃除でゴミとして処分してしまってもいい気がする……。まあそこらへんは帰ってきてから考えよう。

 

「んじゃ行ってくるぞ」

「はーい、いってらっしゃーい」

 

 そんな事を考えながら、俺は家を出て一色の家へと向かう。

 玄関先では小町が元気よく手を振って見送ってくれた。

 どうやら今日の小町は自宅待機モードらしい。

 アイツここの所ずっと出掛けてたからな。どこへ行ってるのかは絶対教えてくれないので、何か変な遊びに嵌ってるんじゃないかと、ちょっと不安だったりするんだが……。

 

 おっと、もう電車が来ている。

 思いの外ゆっくり歩きすぎたようで、駅のホームに向かう途中で電車の発車ベルが鳴り、俺は慌てて駆け込んだ。

 ふぅ、危ない危ない。

 まあ一本位遅らせても文句は言われないだろうが、今日は給料日。

 出来ればケチがつくような事はしたくない。

 

 週明けには俺の誕生日もある。どうせ、家族にも大したお祝いはしてもらえないだろうし、バイト代で自分へのご褒美を買うのもいいだろう。

 自分へのご褒美とか……都会で働き疲れたOLみたいだな俺。今が『大人になった時の予行演習』とかじゃなければいいけど……。

 

 でも、何を買おう?

 なんだかんだ、ここ数ヶ月は金があって欲しい本も片っ端から買ってしまったから、特に欲しい物ってないんだよな……。ゲームもまだクリアしてないし……。

 俺はそんな事を考えながら電車に揺られ、スマホで大手ウェブショップAmazingのトップページを開いた。

 ん? なんだこれ?

 

 『タピオカガム──三~四ヶ月後にお届け』

 入荷に四ヶ月待ち……だと? フェイクニュースじゃなかったのか……。

 恐るべしタピオカガム。




※この作品はフィクションです、実在する人物、団体。食品・ガムとはなんら関係ありません。(多分ないと思うけど)

恐らく一ヶ月ほど遅い情報だと思うのですが
俺ガイル14巻の発売日決まっていたんですね。
情弱なもので先程知りました。

2019年11月19日発売だそうで。
早く読みたいような、最終巻なので読んでしまうのが寂しいような、今はそんな心境です。でも絶対買います!


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第25話 あの俺

いつも誤字報告、感想、評価、お気に入り、メッセージありがとうございます。

Q:今回のサブタイの正式名称はなんでしょうか?
  正解はあとがきで。


「お邪魔しまっす」

「いらっしゃーい、でももうそろそろ『ただいま』でもいいのよ?」

 

 一色の家に上がると、もみじさんにニコニコ顔でそう言われ、困惑する。

 いや、まだ十数回程度しか来たことがない家に『ただいま』なんておかしいだろう。まあ、この人に至ってはコレが通常運転なので何を言っても無駄だと諦めもついているので、俺は『ははっ……』と、苦笑いを返し、廊下を進む。

 というかそうか、もうここにも十回以上きているのか。時が経つのは早いものだ。

 もみじさんも、もはや俺が来るのが当然という体で接してくる。女子の家にこんなに頻繁に来るなんて、少し前までの俺には考えられないことだった。なんだか優越感のようなものさえ感じてしまう。

 

「ちょっとママ! まだ上がらないで貰ってって言ったじゃん!」

「そんな事言ったって、この暑い中外で待っててもらうわけにもいかないでしょ? ちゃんと片付け無いいろはちゃんが悪いのよ」

 

 と思ったら、廊下を抜け、リビングに差しかかった所で一色の部屋の方角からそんな声が聞こえた。

 あれ? やっぱり歓迎されてない? 休みの申請があったのって今日じゃないよな? もしかして時間間違えたか……?

 そんなはずはないのだが……俺はそっと、ポケットからスマホを取り出し、時刻を確認する。

 

 ──十六時五十三分。

 十七時開始と考えるなら、若干早いと言えば早いが、いつも通りの時間だ。

 電車のダイヤを考えると、遅刻しないギリギリに俺がココに来るタイミングとしてはベストと言ってもいいと思う。

 でも、これで早いなら、次からは五分ぐらいどっかで時間潰してきた方がいいか?

 

「俺、早すぎました? なんならどっかで時間つぶしてきますけど?」

「いいのよ、八幡くんは気にしないで、ちゃぁんと片付けないいろはちゃんが悪いんだから」

 

 俺がそう聞くと、もみじさんは呆れたようにそう言った。

 片付け? 別に一色の部屋が汚部屋だと思ったことはないが……普段は結構散らかっているのだろうか?

 少しだけ気になり、廊下の先、一色の部屋の方をちらりと覗くと、そこにはドアをほんの僅かに開け、その隙間から顔だけを出した一色がこちらを睨んでいた。

 

「余計なこと言わないでいいから! あ、そうだセンパイ今日お給料日ですよ! よかったですね! ほら、ママ早く渡してあげないと!」

「はいはい、じゃあ八幡くん、ちょっとこっちに座って待っててくれる?」

「あ、はい」

 

 一色は早口で捲し立てるようにそう言うと、その顔を引っ込め、バタンと扉を閉めた。

 一体何をやっているのだろうか?

 天岩戸のように固く閉ざされた扉の先からは何やらドタバタと慌ただしい音がしている。

 まあ、見ていても仕方がないか。

 俺はその扉から視線を外すと、もみじさんに促されるまま、リビングの椅子に腰掛けた。

 

「はい、これ先月分ね。一ヶ月ご苦労さまでした」

  

 もみじさんが、そういって渡してきたのはヒヨコ柄の封筒。

 どうやら今回もラブレター風給料袋のようだ。あ、封止のシールは同じだな。ぷっくりハート。でも、デザインは前回と違って、二つのハートが重なっているものだった。もしかしたらこのシリーズ、もみじさんのお気に入りなのかもしれない。

 だからどうという事もないのだが……。

  

「あ、ども。ありがとうございます」

 

 俺が軽く頭を下げ、両手でその封筒を受け取ると、もみじさんは変わらずニコニコ顔で何かを待つように、じっと俺の顔を見つめてくるので、俺は顔をそらし、封筒の中身を確認させてもらった。

 さて、今回は……、うん、問題ないな。

 そこには授業四回分のバイト代がきっちり収められていた。先月は休みも遅刻も食事会もなかったので、特に返却する理由もない。

 まあ素人の授業に時給二千円も払うのはどうなんだ? という思いは未だ心の中を渦巻いてはいるが、それを言うと先月分まで返さないといけなくなるので、ぐっと飲み込んでおくことにする。

 別に俺が無理矢理交渉したわけじゃなく、おっさんが決めたことだしな……。

 あれ? そういやこの金っておっさん経由なのか? それとももみじさんからでてるのか?

 最近おっさんにも会ってないし。俺の雇用主って今はもみじさんって事になるんだろうか?

 

「……そういえばおっさ……縁継さんって最近どうしてます?」

 

 唐突に浮かんだ疑問を、俺は少し遠回し気味に投げかけてみた。

 気がつけばもう一月近く会っていない。

 

「お爺ちゃん? ああ、聞いてない? 今は旅行に行ってるみたいなのよ」

「旅行ですか」

 

 なるほど、旅行か。

 夏休みだしそういう事もあるのだろう。

 あのおっさんはそういうの好きそうだし。勝手なイメージだが、キャンピングカーとか持ってても不思議には思わない。というか、もし本当に持ってるなら、ちょっと乗せて欲しい。

 ……あれ? でも、あのおっさんに夏休みとかあるのか?

 未だに何やってるのか謎な人なんだよな、なんとなく若く見えているから忘れがちだが、一色の祖父という事を考えると、引退して悠々自適な老後生活を送っているという可能性もあるのか。俺も早い所引退したい。

 

「ええ、ほらお爺ちゃん……」

「お待たせしましたー!」

 

 そんな話をしていると、もみじさんの言葉を遮るように、一色がリビングへと勢いよく飛び出してきた。

 

「ささ、センパイ、行きましょ。ほら、時給払ってるんですから、時間もったいないですよ」

「えー? 八幡くんは今ママとお話し中なんですけどー?」 

「センパイは私の家庭教師の為に来てるんですー! ほら、センパイ、立って立って」

「お、おう」 

 

 何やら、俺を取り合うかのような構図で言い合う二人に圧倒されていると。一色が俺の袖を引き、無理矢理椅子から立たせた。

 そして、抵抗する間もなく、そのまま部屋へと引きずられて行く。

 後方では「いろはちゃんのケチーっ!」と不満の声を漏らし、頬を膨らませるもみじさんが俺をあざとく見つめていた。

 

*

 

「ささ、座って下さい」

「お、おう」

 

 部屋に入ると、一色は元気よくそう言って俺を無理矢理座らせる。

 部屋を見回してみるが、そこはいつもどおりの一色の部屋、特に片付けが必要だとは思えない。一体何をやっていたのだろうか……?

 

「センパイ? 何キョロキョロしてるんですか?」

「あ、ああ。すまん」

 

 一色に注意され、俺はそれ以上の詮索を諦めいつものクッションの横に鞄を置いて、一色へと向き直った。

 

「で、今日は何しましょう?」

 

 妙にキラキラとした眼差しで、問いかけてくる一色に、俺は少しだけドキリとさせられる。

 なんだろう、今日は機嫌が良いのだろうか、さっきまでの態度とは打って変わって馴れ馴れしいというか、距離が近いようにも思える。

 

「……今日は、ちょっといいものを持ってきた」

「いいもの?」

 

 一色がそう言って首を傾げる仕草は、やはりもみじさんに似ている。

 あざとい遺伝子濃すぎだろう。

 

「ほれ、俺が受けた去年の模試の問題」

「え!? 持ってきてくれたんですか? センパイが!?」

 

 何やら含みのある言い方に少しだけ引っかかりを覚えたが、俺は鞄に入れていた模試の問題用紙を取り出し、渡すと。

 一色は「これが去年の模試……」と、真面目な顔で見つめていた。

 おっと、正式にやらせる前に内容を見せるのは少し問題があったか?

 出来れば時間を計ってやってもらいたかったが……まあ、今回は構わないか……。

 

「とりあえず、今日だけで全教科は無理だろうから、まず国語をやってみて。んで残りは明日以降にでもやってみたらいいんじゃないか。一日一教科でも、模試本番までには終わるだろ」

 

 俺の言葉を聞いてるのか聞いていないのか、一色は「そうですねー……」と適当な返事をしながら問題用紙を一枚ずつめくりペラペラと内容を確認していく。

 

「あれ? 解答用紙はないんですか?」

「解答用紙は提出するからな、そのまま回収されて、結果だけ後で別紙で送られてくる。だから模試当日は余裕があったら、問題用紙の方にも自分の解答を書いておくと、自己採点が捗るぞ」

「なるほどー」

 

 一通り内容を確認して気が済んだのか、一色は問題用紙をキレイに並べ直し、俺の言葉にウンウンと軽い返事をした。本当に分かっているのかちょっと心配になる。

 

「まあ、単純に答えを書く時間が二倍になるから、余裕がなかったらやらなくていいからな」

「はーい」

「んじゃ早速……」

 

 そう言って授業に取り掛かろうとした瞬間、ガタッと何かが倒れた音がした。

 同時に一色の肩がビクリと跳ねる。

 音のした方を見ると、なにか大きなパネルのようなものが本棚の後ろから斜めに倒れ、顔をのぞかせていた。

 そのパネルは縁がキラキラとした金のリボンで装飾された派手派手しいもので、下の方がベッドに引っかかっているらしく、それ以上は倒れてはこないので全容は見えないものの『HDAY』という謎の文字が読み取れる。

 HDAY? Hな日? 男の子的にはとても興味を唆られる単語にも見えるが。

 恐らくその前半部分が隠れているので、そういった意味合いではないのだろう。

 となると考えられるのは……Sunday Monday Tuesday……違うな。曜日ではない。

 他にDayがつく単語といえば……海の日はMarine Day。敬老の日はRespect for the Aged Day。違うか。

 

「わーわー! 駄目! 見ないで! 見ちゃ駄目です! あっち! あっち向いてて下さい!」

「ぐぇっ!」

 

 何故か慌てた一色に無理矢理首を曲げられ、俺は思わず変な声を出してしまう。地味に痛い。

 そんな恥ずかしがるようなものなんだろうか?

 もしかしたら、あれか、アイドルの応援用のパネルとか。うちわにつかう材料か。

 俺自身は聞いたことはないが、『HDAY』という名前のアイドルが居ても不思議ではないだろう。

 こいつイケメンとか好きっぽいし、割とアイドルのライブとかで盛り上がるタイプなのかもしれない。

 まあ隠すほどの事かと言われれば少し疑問だが、そういう自分を見られたくないという心理はわからなくもない。

 俺はそう自分を納得させると。一色に無理矢理曲げられた首を動かさずに待機することにした。後方では、一色がドタバタと何やら慌てて作業をしている音が聞こえる。

 

「絶対こっちみないでくださいよ!」

 

 その声を聞き「見ねーよ……」と一言だけ返し、俺は言われるがまま無心で視線の先にある壁にかけられた一色のセーラー服……の横にあるカレンダーを眺めていた。

 俺は、言われるがまま、無心で視線の先にある壁にかけられた一色のセーラー服……の横にあるカレンダーを眺めていた。

 あれ? そういえば……天皇誕生日は『Emperor's Birthday』だな。

 『HDAY』に当てはまる。誰かの誕生日か? まさか俺の誕生日ってことはまずないだろうが……いや、まさかな……。

 

「はい、もういいですよ……ってセンパイ……? 私の制服見て何想像してるんです……? 気持ち悪いんでやめてもらっていいですか?」

 

 首無理矢理曲げられた先にあったんだよ、見たくてみてたわけじゃない。

 理不尽すぎません?

 

*

 

「それじゃ、残りの教科は自力で頼むわ」

「はーい、っていうかこんなのがあるなら、もっと早く持ってきてくださいよー」

「悪かったな、思いついたのが今日だったんだよ」

 

 国語と数学の過去問をある程度終わらせた所でその日の授業は終わりを告げ、例によって夕餉に誘われた。

 まあ数学に関しては時間的に少々半端になってしまったが、俺も深く突っ込まれると困る教科でもあるので、あとは自力で頑張ってもらおう。

 ちなみに今日の晩飯のメニューは蕎麦だった。

 しかもタダの蕎麦ではない、でかい海老天やらなんやらが別皿に用意されている天ぷら蕎麦だ。こういう所で我が家との格差を感じる。

 結局その日も、もみじさんに言われるがまま用意された料理を平らげると、膨れた腹をなんとか持ち上げながら俺は玄関へと向かった。

 

「んじゃ、また来週な」

「待って下さいセンパイ。八月八日、模試終わった後。ウチ来てもらう事って出来ますか?」

 

 俺が靴を履き、そう言って帰ろうとすると、慌てた様子の一色にそういって肩を掴まれ、危うく転びそうになる。

 いや、本当危なかった。

 

「模試終わった後?」

「はい。ほら、模試の感想とか色々聞いてもらいたいですし? えーっと、ほら、他にも今後の事とか、学校の話とか色々聞きたいですし、あと、あと……」

 

 何やら要領を得ないことを次から次へと捲し立てているが、どれ一つとして緊急性があるとは思えない。

 

「それなら別に模試の後に急いでやらなくてもいいだろ、どうせ土曜には来るんだし」

 

 最後に「週に二回来るのは色々面倒くさい」と俺が呟くと、一色は「あー……やっぱセンパイならそう言いますよね……」と肩を落とした。

 

「むー……じゃあ……来週でいいので、絶対遅刻しないで下さいね?」

 

 なんでこいつ俺が遅刻常習犯だって知ってるんだろう。俺家庭教師に関しては遅刻したことないと思うんだが。もしかして罰ゲーム? ドッキリ?

 

「あ、でも早く来すぎるのも駄目です。時間厳守でお願いします」

「? よくわからんが今日と同じぐらいにくればいいの?」

「今日……そうですね。とにかく遅刻、お休み厳禁でお願いします」

 

 いつも通りでいいなら特別遅刻に言及する必要もないと思うのだが。あと変に『時間厳守』とか言われるとやっぱり罰ゲームの類じゃないかと勘ぐってしまうので辞めて欲しい。

 

「……分かった、んじゃ模試しっかりやれよ?」

「はい!」

 

 まあ元々遅刻の予定もないしいいか……。

 どうか罰ゲームじゃありませんように……。

 

***

 

**

 

*

 

 そうしてバイトを終え、週が明けた八月八日の朝。

 夏休みシフトで少し遅めに目覚めた俺がリビングへと向かうと、テーブルの上に一枚のメモと小さな封筒が置いてあった。

 

 『誕生日おめでとう。今日は仕事で遅くなるからコレでウマいもんでも食え』

 

 コレ、というのはこの茶封筒のことだろうか?

 中身は……Amazingのギフトカード五千円分か、ありがたい。

 

 ──いやいやいやいや、ちょっと待て。

 Amazingギフトカードって文字通り大手ネットショップのAmazingでしか使えないんですけど?

 うまいもんって言われても、今注文して夕飯までに届くのか?

 そもそも通販で買える食品ってほぼレトルトとかじゃないの?

 まあ、いわゆるお取り寄せ品なら、美味いものもあるかもしれないが、そういった商品は即日では届かないだろう。

 一体うちの両親は何を考えているのか……。

 

 俺がそのギフトカードをマジマジと見つめながら朝食用の食パンを焼き、ベーコンエッグを作っていると、ゆったりとした動作で寝ぼけ眼の小町がリビングへと降りてきた。

 ゆったりとした動作で寝ぼけ眼の小町がリビングへと降りてきた。

 

「おう小町、おはよう」

「……お兄ちゃんおはよう……」

 

 パジャマ姿の小町は眠たそうに瞼をこすりながら対面の椅子へと座り、船を漕ぎ始める。

 よく見ると小町のパジャマのボタンは互い違いになっており、一体どんな寝相をしていたのか右肩も大きく露出している。

 いや、別に妹相手に何か思うなんてことはないのだが、ボケーッと俺を見つめるその姿は、どこに出しても恥ずかしい格好だった。

 

「パン焼く?」

「んー……お願い……」

「コーヒーと牛乳どっちにする?」

「……コーヒー牛乳」

 

 俺は焼き上がった自分のパンを取り出し、まだ熱いトースターに小町の分のパンをセット。

 コーヒーを淹れている間に小町の分のベーコンエッグも焼き上げ、パンと一緒にトレーに乗せてテーブルへと運ぶ。

 なんというハイスペックな兄。まあ全部適当に焼いただけだけど。

 おっと、コーヒー持ってくるの忘れてた。

 

「ほれ」

「うー……ありがと」

 

 小町は未だ満足に開いていない目を擦りながら、器用にそのままモフモフとパンを頬張った。まるでハムスターだな。

 

「なぁ小町、誕プレにAmazingギフトカード貰ったんだが、これで今日の夕飯なんとかなると思うか?」

「……うーん? 今から頼んだとしても、届くのは早くても明日じゃない?」

 

 だよなぁ……。

 仕方ない、今日は自腹切るか。まあバイト代もでてる事だし、今の俺なら一食分ぐらいどうってことはない。

 なんなら小町に奢ってやっても良い。そう考えていたのだが、不思議と会話はそれ以上広がることはなく、俺と小町の間には無言の空気が流れていた。

 あれ……? もうちょい何かリアクションあると思ったんだが……。

 

「えっと……今日がなんの日か知っている?」

「んー? 今日……? ヒゲの日でしょ?」

「違ーよ、いや、違わないけど」

 

 八月八日、その漢字の八の形がヒゲっぽいからと名付けられたヒゲの日。

 一体日本のどれだけの人口がその事を知っているというのか。

 誰だ小町にそんな日の存在を教えたのは。

 あ、俺だわ。

 何年か前の誕生日の時に教えたんだったか。

 いや、でも今それを思い出す必要はないと思うぞ、うん。

 

「八月八日。今日お兄ちゃんの誕生日なんですけど」

「あー、うん、そだねーおめでとー」

 

 そだねーおめでとー?

 それだけ?

 だが、待てど暮らせど小町はそれ以上何も言葉を発さず、寝ぼけ眼のままパンを咀嚼し、再び俺達の間を静寂が支配した。

 

 今年は小町からのプレゼントは無しなのだろうか。

 他に祝ってくれる友人のいない俺にとって、小町からのプレゼントというのはバレンタインに貰う母ちゃんからのチョコ以上に重要なものなのだが。

 反抗期だろうか?

 去年貰った、祭りでゲットしたよくわからんマークが着いたストラップも、一昨年貰った誰のものかわからないライブTシャツも愛用しているというのに。

 

 自分から話を振ったのに思いの外広がらなかったという、どうにも重くるしい空気に耐えきれず、俺は仕方なくスリープ状態のスマホをタップし新着通知がないか確認をしてみた。

 ……一色からのメッセージもなしか……今頃模試の最中だろうか?

 

 ……

 

 ……

 

 ……

 

 ん?

 

 ちょっと待て、なんで一色からメッセージが来てると思ったんだ?

 一色は俺の誕生日を知らないだろう。

 何を期待しているんだ比企谷八幡。

 いや、原因は分かっている。あの日見たパネルの四文字のアルファベットのせいだ。たったあれだけの事で『もしかしたら自分の誕生日を祝ってもらえるのではないか』なんていう浅はかな妄想をしてしまったのだ。そもそもあのパネルに書かれていたのが『BIRTH DAY』の『HDAY』だと確証があったわけでもないのに。

 なんて愚かで恥ずかしい奴だろう。穴があったら入りたい。そして埋めてもらいたい。

 

 そもそも、誕生日というものが碌でもない日だと俺は身を持って知っている。

 誕生日会だと期待に心を膨らませ席に着いても、別の誰かの名前が呼ばれるバースデーソング。

 俺の前を通過していく誕生日プレゼント。

 そんなトラウマを乗り越え、今はプレゼントと称し、金券を渡しておけば満足だと思われている俺の誕生日。

 実際俺も現状に不満なんてなかった。

 

 なのに、バイトを始めて、優しい人間に囲まれて、一色と、一色家と関わることで、ほんの少しリア充になったと勘違いでもしていたのだろうか。『もしかしたら』と勝手に期待して、勝手に傷ついている。なんて愚かな男だ。

 いい加減学習しろ比企谷八幡。

 

 やさしい人間は俺にだけ優しい訳じゃない、誰にだって優しいのだ。

 だから勘違いをしてはいけない。

 

 優しさに慣れていない俺は、誘蛾灯に群がる蛾のように、その優しさに吸い寄せられていただけに過ぎず、その光の内側に入ったわけではない。

 自分が彼らにとって特別な何かになれたつもりだったのか? 残念、俺はいつだって外側の人間だ。

 

 他者との関わりで傷つき、傷つけられるなら、誰かに期待も干渉もしないボッチこそが最強。

 それこそが比企谷八幡という生き方だったはずなのに、いつのまに堕落してしまっていたのか。

 

 一色との関係はあくまで仕事上の事で、一年という期限付きのものだと、何度も口にして、理解したつもりになっていながらも、結局の所、心のどこかで俺は期待してしまっていたのだ。

 『許嫁』という言葉に。

 だから、今後これ以上恥を晒す前に、今日その事に気づけて良かった。

 心の底から、そう思えた。

 

*

 

 それからしばらく俺と小町の間に沈黙が続いた。

 周囲に響くのは、食器の音と愛猫カマクラの飯の催促の鳴き声。

 わかってるからズボンをひっかくな。ちょっと待ってろ、今用意してやるから……。

 

「お兄ちゃん」

「……ん?」

 

 俺が食事を終え、カマクラの飯の準備をしようと立ち上がると、小町が口を開いた。

 なんだ? プレゼントならいらないぞ。小町はバイトしてるわけじゃないしな。

 

「週末、いろはさんの所行くんでしょ?」

「ああ、そうだな……」

「ぐふっ、楽しみだね♪」

 

 喉にパンでもつまらせたのか、妙な声をあげ小町はそういって口角を上げる。

 だが仕事はあくまで仕事。楽しみな事なんてない。

 ボッチはいつだってボッチなのだから。




ちょっとシリアス回?

業務連絡:
当作品は具体的に20○○年という表記は避けているため。
細かく『○月○日は何曜日』と断定はしていませんが
八月八日は月曜~金曜の設定となっております(番外編では土曜日の設定)


A:今回のサブタイトルの正式名称は
「あの日見たパネルの意味を俺はまだ知らない」
でしたー!

私にサブタイトルを付けるセンスなんて無い、無いのです……笑えよ……


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第26話 八月八日は過ぎている

いつも誤字報告、感想、評価、お気に入り、メッセージありがとうございます。

現実世界は十月も終わりですが、まだまだ本編中は八月です……。
年内には九月に行けるようがんばります……。


 誕生日という試練を終え、土曜日がやってきた。

 だが、今日はこれまでとは違い、どうにもバイトに行く気になれない。

 別に一色や一色家の人間に何かをされたわけではない。

 原因は明白、自己嫌悪。

 ただただ、自分がしてきた今日までの行いを恥じているのだ。

 

 おっさんやもみじさんに持ち上げられ、大して仕事もしていないのに時給二千円という高額なバイト代を支払われる、そんな状況を三ヶ月。

 その結果として完成したのがリア充になったと勘違いした恥ずかしい俺。

 例えば、先週の授業を思い出してみよう。

 誰かが作った去年の模試を持っていって、それをやらせて一時間二千円?

 随分と悪質なバイトもあったものだ。

 俺じゃなくてもできる。いや、俺なんかよりもそこらのリア充を雇ったほうが数百倍為になる授業が出来る。

 物知り顔で「問題用紙にも解答をかけば自己採点が捗る」なんて、そんなアドバイスよりも自称でも家庭教師ならもっと点数に繋がる事を教えるべきだろう。

 もし今のこの状況を他の誰かに説明されたら、かなり怪しい仕事か宗教の類ではないかと勘ぐりたくもなる。

 そんな環境に甘え、分不相応な期待をしていた。

 

 確かに俺は楽をしたいと思っている。専業主夫になりたい。楽して稼ぎたい。

 だから仕事をして、楽に稼げている今のこの状況はある意味では最高の状態と言ってもいい。

 実際そう思っていた。

 だが違う、こんな状態は俺の望んだ形じゃない。こんなものは本物とは呼ばない。

 

*

 

 そんな憂鬱な気分のまま、ここ数日はゲームや動画を楽しむ気力も失せていた。

 正直に言えば金を使ったことすら後悔している。

 出来ることならあの日に戻って、この契約を破棄してしまいたい。

 だが、現実はあいも変わらずクソゲー。

 リセットをすることは叶わず、こうしている今も時間だけが過ぎ去っていく。

 

 時計を見れば時刻はもうすぐ十六時半、今日はもうバイトを休んでしまいたい。

 しかし、ここで無断欠勤をしても状況は変わらないだろう。

 あのおっさんの事だ、また家に押しかけてくる可能性もある。

 今はあの場所へ向かうしかないのだ。

 

 そういえば、今日は小町が「今日バイトの日だよ」「遅刻しないようにね」とうるさかったが……、今はやけに静かだな? どこかに出掛けたのだろうか?

 「小町ー?」と薄暗い家の中を探し回っても、そこに人の気配はない。

 

 悪いなカマクラ、今日はお前一人で留守番みたいだ。

 早めに帰ってくるから、後は頼んだぞ。

 

*

 

 結局、家を出たのは十七時を回ってからだった。

 完全に遅刻。道中で何度かスマホが鳴ったが、電車の中ということもありスルー。

 夕方とはいえ、うだるような暑さの中なんとか一色の家のマンションの前まで行き、オートロックを解除してもらう。遅刻でなにか言われるかと思ったが無言だった。

 ちょっと肩透かしを喰らいながら、目的階までエレベーターで上がり一色の部屋の前でインターホンを押す。

 この後の展開はわかりきっている。もうすぐもみじさんが「いらっしゃーい」と扉を開け、俺を招き入れるのだ。

 だが、今日こそは失敗をしない。こんなバイト生活とはおさらばし、俺は俺の生活を取り戻す。そう決意し扉が開くのを待った。

 

「お兄ちゃん遅いよ! 早く早く!」

 

 だが勢いよく扉が開かれたと思うと、そこから顔を出したのはもみじさんでも一色でもなく、我が妹小町だった。

 あれ?

 

「小町……? 何してんだ?」

「いいからいいから、ほら、早く来て」

 

 状況をよく理解できないまま、小町に腕を引かれ、室内へと招き入れられる、なんとか靴は脱げたものの、スリッパを履く暇も与えられない。

 俺は転びそうになるのをなんとか耐え、薄暗い廊下を進んでいった。

 薄暗い……? あれ? なんでこんな暗いんだ?

 時間的には夕方だが今は夏、この時間はまだ明るかったはずだが……。

 そんな疑問を浮かべながら、廊下を抜け(恐らく)リビングへ出て……さらにその先? 暗くてよく見えないが、一色の部屋の反対側の襖の部屋って俺入ったことない部屋だと思うんだが……。

 

「ちょ、ちょっと待て小町」

「待たないよ、ほらほら。はーい、お待たせしましたーお兄ちゃん入りまーす!」

 

 俺はなんとか小町を静止して、この状況を説明させようとしたが、小町は強引に襖を開いた。

 

「せーの……!」

 

 何やら部屋の中央でゆらゆらと炎が揺れているのが見えている。

 一体なんだろう? だが俺の思考が纏まるよりも早く、今度はその声を合図に歌が始まった。

 

「ハッピバースデートゥーユー♪ ハッピバースデートゥーユー♪」

 

 それは、毎年、どこかの場所で俺以外の誰かのために歌われる歌。

 ああ、そうか、今日は一色家の誰かの誕生日なのだろう、そう思えば合点が行く。

 ならば俺も歌ったほうがいいのだろうか?

 

「ハッピバースデーディア……」

 

 しかし、相手がわからない『Dearもみじさん』なのか『一色』なのかそれとも……。

 だが、その答えはすぐに分かった。

 

「セーンパーイ♪」

「八幡くーん♪」

「お兄ちゃーん♪」

 

 いや、統一しろよ! そして語呂が悪いわ。あと語呂が悪い。

 って……え? 俺……?

 

「ハッピバースデートゥーユー!」

 

 歌が終わる頃には、そのケーキは俺の目の前まで運ばれていた。

 ろうそくの煙がちょっと目に痛い。 

 

「ほら、センパイ、消して消して」

「え……? あ、お、おう」

 

 俺の誕生日はもう過ぎてるのだが……いいのだろうか?

 暗闇に少し慣れた瞳で周囲を見回すが、皆俺の次の動作を待っているように頷いている。

 俺は言われるがまま、ふぅっと一息でロウソクの火を消すと、同時に部屋の明かりがつき『パン!』と大きな音が鳴った。

 それに続くように、三度の破裂音。

 うるさ……! そして火薬臭い、しかもなんか頭の上に紐みたいなのが一杯飛んできたんだが……何これ? クラッカー?

 

「お誕生日、おめでとうー!」

 

 へ……?

 明かりがついた部屋を見回すと、そこには一色とその両親、俺の横では何故か小町が何度も何度も拍手を繰り返し、俺の反応を待っているようだった。

 俺は訳も分からず、初めて足を踏み入れたその部屋を見回した。そこは和室で、中央に大きなテーブル。しかし、その部屋は手作りの装飾で豪華に彩られ、部屋の壁には大きな文字で書かれた「HAPPY BIRTH DAY HACHIMAN」のパネル。壁には手作りっぽい装飾。四方には様々な形のカラフルな風船が浮いていた。

 

「おめでとうございます、センパイ」 

「お兄ちゃんおめでとうー!」

「おめでとう八幡君」

「おめでとう!」

 

 え? 何これ? エ○ァ最終回?

 っていうかなんで小町いんの……?

 駄目だ、頭がついていかない。 

 

「もうー、センパイ、遅いですよー、今日は遅刻しないで下さいっていったのに!」

「いや……え? 何これ?」

 

 え? 俺が悪いの?、いや、まぁ確かに遅刻はしたが……なんだか俺の想定していた怒られ方とは少し違う、妙に楽しそうな一色の表情に俺はうまく現状を処理しきれないでいた。

 

「お兄ちゃん、驚きすぎだよ、ほらこれぜーんぶお兄ちゃんの為に用意してくれたんだよ」

「え? 俺に? なんで?」

 

 繰り返すが今日は俺の誕生日じゃない。

 俺の誕生日は既に過ぎているのだ。

 俺のために何かしてもらう言われがない。

 あれ? 俺どこかでタイムマシンにのったっけ?。もしかしてラベンダー? 未来ガジェット204号機は完成していた?

 って、そんな筈無いだろう。落ち着け比企谷八幡。

 

「もー、何いってんの、お誕生日様だからでしょ!」

「いや、だから俺の誕生日はもう過ぎて……」

「模試と同じ日だったから気を使ってくれたんですよね? でも、そういうのはちゃんと教えてくれないと駄目ですよ? 危うくスルーしちゃう所でしたよ」

「いや、別に気を使ったとかでは……」

 

 単純に自分の誕生日を言い出す事に抵抗があっただけだ。

 いくら勘違い野郎の比企谷八幡でも、自分の誕生日をそれとなく伝えて、何かをして貰おうという浅はかな発想だけはしてこなかった。

 それでも、どんなに気にしないようにしたって、自分の誕生日を忘れる事なんてできなかったから、だから誰かが祝ってくれるのではないかと期待して自己嫌悪に陥ったのだ。

 この程度で傷つかなくても済むように、もっと自分の心を強く持ちたいと、そう願ったのだ。

 

「ささ、主役がいつまでもそんな所に立ってないで、座りましょう」

 

 どうしたら良いか分からず立ち尽くしている俺の腕をもみじさんが取り、部屋の中央へと引き入れる。俺はただ促されるまま、テーブル中央の座椅子へと座らされた。

 目の前には豪華な料理。

 これまでの一色家の夕食も豪華だったが、今日は更に輪をかけて豪華な内容だった。

 

「これ、小町ちゃんが手伝ってくれたのよ?」

「え?」

 

 小町が……?

 そもそも小町はなんでいんの? 一色の家に来たことがあったのか?

 いや、もみじさんが嘘をついていないのであれば、そうなのだろう。

 しかし、いつから?

 

「ほら、八幡くんの誕生日当日はいろはちゃんの模試があったでしょ? だからいろはちゃんが勉強に集中出来るようにお手伝いしますって、毎日通っていろはちゃんの代わりに買い物も行ってくれたのよ」

「えへへ、まあいろはさんみたいには出来ませんでしたけど」

 

 もみじさんにそう言われ、小町は恥ずかしそうに自分の頭を掻きながらそう言った。

 

「え? でも小町そんな事一言も……」

「そりゃそうだよ、バレないように行動するの苦労したんだからね、それなのにお兄ちゃん当日『今日俺の誕生日なんだけど?』とか言うから小町焦っちゃったじゃん」

 

 いや、そんな事になってたなんて知らないんだから仕方ないだろ……。

 俺がされた事あるサプライズといえば、中学の時、休憩時間のトイレから戻ったら、教室に誰もいなくて、先生もこないから職員室行ったら『この時間は視聴覚室に変更のはずだけど、日直か委員長から聞いてない?』って学年主任に言われた時以来だ。アレは本当にサプライズだったわ。

 

「さ、じゃあパーティ始めましょう!」

「え? 今日の授業は?」

「そんなのお休みに決まってるじゃないですか、私も模試終わりましたし、今日はセンパイもぱーっと騒ぎましょう?」

 

 どうやらいつの間にか休み扱いになってるらしい。

 という事は今月のバイトは二週休みか、いや、まぁ正直やめようと思っていたしそれはそれでいいのだが……。どうも今日はそういう事をいう雰囲気でもなさそうだ……。だからこの話は今日は……やめておくか……。

 それは言い訳で、怠慢だとわかっていながら、俺はあえてその選択肢を選んだ。だって、こんな事されたの初めてなんだから仕方ないだろう……。

 

「はい、じゃあセンパイにはちゃんとプレートも着けてあげますからね」

 

 そう言って一色は、ケーキを切り分け、小皿に乗せると俺の目の前に置く。

 そこには「センパイ」と書かれたチョコプレートが乗っていた。

 だが、テーブルにはケーキより先に処理しなければいけない物が沢山あると思うのだが……。

 

「え? 一色の家ってケーキをおかずに飯食うの?」

「そんな訳ないじゃないですか! 今日は特別ですよ! 本当は食後まで取っておこうと思ったんですけど。センパイ、またママに気を使ってケーキ入らなくなるまで食べそうだったから……」

「ふふ、このケーキはね、いろはちゃんが作ったのよ」

 

 徐々に聞こえなくなる一色のセリフを引き継ぐように、もみじさんがそういった。

 一色の手作りだと……?

 どこにでもありそうな生クリームをベースにしたショートケーキだが。

 パッと見では素人が作ったという感じはしない。

 本当に一人で作ったというならば普通に称賛されるべきレベルのものだ。

 

「八幡くんにちゃんと食べてほしかったのよねー?」

「ママ! 余計な事いわないの! ママがこんなに張り切らなきゃ別に問題なかったんだからね!」

「はいはい、ほら八幡くん、食べてあげて」

 

 言い合いをする一色親子を横目に、促されるまま「いただきます」と言って渡されたフォークでケーキを一口、口に入れた。

 横で一色がめっちゃ見てきて正直食べづらい。

 

「ど、どうですか……?」

「……ちょっとでも変な味がしたらはっきり言うし、甘すぎたりしたら文句の一つも言ってやろうと思ったんだけどな、そう出来なくて残念だ」

「えっと……それってつまり……?」

 

 一色が一瞬考え込むように、俺の言葉を反芻する。

 

「……! 美味しかったなら素直に褒めてくれたらいいじゃないですかぁ!」

「相変わらずお兄ちゃんは捻デレてるなぁ」

 

 おい、変な造語を作るな。

 俺は小町を軽く睨んだが、小町はそんな事おかまいなしという様に、自分もケーキを口に入れた。「うーん、おいしいー!」という小町の言葉に続き、俺も二口、三口と口に入れていく。

 うん……悪くない……。

 気がつけばその場にいるみんながケーキを食べ始め、ホールのケーキはあっという間に小さくなっていった。

 

「お口にあったみたいで良かったです。あ、そうだセンパイ、はいこれ」

「何? この準備にかかった費用の請求書?」

 

 これだけの準備をしたのだそれなりに金もかかったのだろう。

 一体いくら請求されるのか、せめて五千円ぐらいで収めて頂きたい。

 

「違いますよ、プレゼントです。私の事なんだと思ってるんですか。セ・ン・パ・イ・の、お誕生日プレゼントです!」

「えっと……いくら払えばいい?」

「だからお金なんていりませんって! プレゼントですから」

 

 一色は少々呆れ気味にそう言うと、黒色のシックな包装紙にラッピングされた長方形の箱を俺に押し付けてきた。

 それは俺が人生で初めて家族以外の女子から貰ったプレゼント。

 

「あ、でも、私の誕生日は四月十六日なので、忘れないでくださいね」

 

 それならそれで、やはりこれが幾らしたのか確認しておきたいんだが……。

 しかし、なぜだろう。そんな不吉な事を言われながらも、ちょっと期待してしまっている自分がいる。期待してはいけないと反省したばかりだというのに、くそっ、落ち着け。

 

「開けていいの?」

 

 一応聞いては見たが、正直、中身が気になって仕方なかった。もし開けるなと言われても開けていたかもしれない。

 だが、なんとか理性を働かせ、「どうぞどうぞ」という一色の返事を待ってから。包装紙を剥がし、中の箱を開けていく。

 すると中から猫の肉球のイラストが書かれた黒い茶碗とお椀、そして箸が出てきた。

 

「食器?」

「はい、持って帰らないでくださいね?」

 

 持って帰っちゃ駄目なの? くれるのではなく一時的なレンタルという事だろうか?

 斬新だ……。

 

「ほら、センパイってうちに来た時、いつもお客さん用の使ってるじゃないですか? だから今日からはコレ使って下さい」

 

 つまり……俺専用の食器という事だろうか。

 という事は、暗に今後も夕食食ってけよと?

 それはそれでちょっと困る。出来れば持って帰りたいのだが……。

 まあ、送り主にそう言われては仕方がない。

 ないと思いたいが『うちの食器使うんじゃねーよ』という意味かもしれないからな……。

 

「……ありがとな」

「いえ、どういたしまして、ちゃんと使ってくださいね? というか、今これによそってきますからちょっと待ってて下さい」

 

 俺が礼を告げると、一色は少し照れたように、そそくさと立ち上がり、俺の手元から食器類を奪って部屋をでていった。

 ちょっと待て……よそってくる? つまりこの場にある料理が全てではないという事なの?

 明らかに作りすぎじゃない? 確かに日本人として米が欲しい所ではあるのだが、目の前にピザとかもあるんですけど?

 そんな一抹の不安を抱え、一色が出ていった廊下を目で追っていると、今度は小町が隣にやってきた。

 

「はい、次は小町からね。お誕生日おめでとう」

 

 そういって、渡してきたのは黄色のラッピングバッグ。

 俺は「サンキュ」と一言添え、中身を確認すると、こちらの中からは布らしきものが出てきた。

 

「Tシャツか」

「うん、色々悩んだんだけど今年もこれにした」

 

 そう言えば一昨年もTシャツだったな。

 よく見ると、あの時と同じよく分からないキャラクターが描かれている。同じシリーズなのだろうか?

 

「おう、サンキュ……ってこれは何のTシャツ?」

「はぁ!? お兄ちゃんが前好きだって言ってた声優さんの奴じゃん!小町毎年この人のグッズ手に入れるの苦労してるんだからね! 去年だって何回くじ引いたことか……!」

 

 そ、そうだったのか……知らんかった。いらない物をくれたんじゃないかとかちょっとでも思ってごめんな……。

 というか、俺この人の事好きだったのか。

 『CHIBA Perfect ARENA』って書いてあるから、きっとそこそこ有名な人なんだろう。俺ライブとか行ったことないからよくわからんけど。

 まあそういう事なら大事にしよう。

 一体誰なんだ……。

 

「じゃあ最後は私達からと、こっちはお爺ちゃん達からね」

「あ、ありがとうございます。開けても?」

 

 続けてもみじさんから渡された箱を開けてみると。

 中から現れたのは、どこかの鍵が入っていた。それも二本。

 おっさんからの方は黒い皮の長財布。基本は黒一色だが、よく見るとメビウスの輪? 無限? のような刺繍が見てとれる。むちゃくちゃ高そう、なんだこれ。

 

「鍵……と、財布?」

「ええ、これからは私達の帰りが遅くなることもあるし、八幡くんを外で待たせるのも悪いでしょ? だからもういっそ鍵渡しちゃった方が早いかなーって♪」

「いや、さすがにこれは……」

 

 『かなーって♪』とか言われても……いや、流石に鍵を渡されたからと、人様の家にずかずか上がりこんでいくような神経は持ち合わせていない。

 これ、泥棒とか入ったら俺が真っ先に疑われるやつなのでは?

 

「片方はオートロックの鍵だから、次からは気にせず入ってきていいからね? あ、でもなくしちゃ駄目よ?」

 

 重い……なんなら今日貰ったプレゼントの中で一番重い……。

 サイズ的には一番小さいけど……。

 どうしよう……。めっちゃ返したい。

 だが、もみじさんはニコニコモードだ。恐らくこれを返すと言っても聞いてはくれないだろう。なぜならこの人はおっさんの娘だから。

 ママはすはもうダメだ、こうなったらパパはすに……! と視線で助けを求めたのだが。

 

「まぁ、そんなに深く考えないで、僕も仕事で帰りが遅い事が多いからね。『緊急用の鍵を預かった』とでも思ってくれればいいよ」

 

 だが、パパはすにも笑顔でそう告げられ、俺は完全に逃げ場を失った。

 どうやら受け取るしか道はなさそうだ……。

 鍵か……とにかく、無くさないようにだけ気をつけなければ……。

 

「あ……ありがとう……ございます?」

「どういたしまして。あ、お爺ちゃんの方は今度でいいから直接お礼を言ってあげて? 今日参加できなかったこと凄い悔しがってたから」

 

 まあおっさんへの礼ぐらいは普通にいうつもりだけど。

 果たしてこの場合の返事は『ありがとう』であっていたのだろうか?

 緊急時の鍵を預かっただけなら礼をいうのはおかしいだろう。俺が使う事はまずない。

 だが、なんだか釈然としない俺とは裏腹に、もみじさんはウンウンと満足げに頷いていた。

 

「さ、それじゃ一通りプレゼントも渡し終えたことだし、パーティー始めましょう」

「はーい!」

 

 いつの間にか戻ってきた一色が、先程の茶碗によそった赤飯を俺の前に置くと、そう言って席につき、それぞれの席の前のグラスに飲み物を注いで、乾杯をした。

 

「センパイは何から食べますか? オススメはこの唐揚げです、これも私が作ったんですよ」

「……じゃぁ、そっちのピザくれ」

「なんでですかー!」

 

 誕生日会。

 俺にとってそれは、いつも自分のためではない、他の誰かのために用意されたもの。一種のトラウマ製造機。

 子供の頃から羨望の眼差しで見ながらも、自分には無関係なものだと切り捨てた光景。

 それが今、何故か俺の目の前で行われている……。

 顔を上げれば、変わらずそこにある「HAPPY BIRTH DAY HACHIMAN」の文字。

 ワイワイと騒ぐ、一色達の楽しそうな会話はまるでどこか遠くの国の出来事のようだ。

 駄目だ、どうにも背中の辺りがむず痒い。気を抜くと頬が緩む。

 手元には、一色から送られた新品の食器。

 こいつらはこれから、俺専用の食器として一色の家に置かれるのだという。

 これではまるで俺が歓迎されているみたいじゃないか、まるで内側に入り込んだみたいじゃないか……。

 やめろ比企谷八幡、俺は外側の人間だ、勘違いをするな……!

 今まで体験したことのない感情に、今恐怖さえ感じている。

 これは、俺が求めていた物なのだろうか?

 それとも俺が舞い上がっているだけなのだろうか?

 しかし、誰もその答えを教えてはくれない。

 

「センパイ」

「ん?」

「改めて、お誕生日おめでとうございます」

 

 どうしたら良いか分からず、ただ黙っていた俺に一色がそう言って自分のグラスを俺のグラスと重ねた。

 オレンジ色の液体が入ったそのグラスはキンッという高い悲鳴を上げた後、一色の口元へと吸い込まれていく。

 俺は何故か、その瞬間。一色から目が離せなかった。




 先日また大分前の話の誤字報告を頂きました……。本当ありがとうございます……。この作品は皆さんの応援で出来ています。

夏休み編が終わったら少し投稿ペースを落とし、誤字チェックを多めにしてから投稿したいと思っていますので、それまでは誤字多めでもご容赦頂きたく……。※9月編に入ったら誤字が無くなるとは言っていない。


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第27話 そうして八幡の誕生日は過ぎていく

いつも誤字報告、感想、お気に入り、評価、メッセージありがとうございます。本当に毎回感謝しています。

この度、UAが500,000件
お気に入りが7,000件
総合評価が10,000ptを超えました。
これもひとえに皆様の応援のお影です。本当にありがとうございます。
これからも頑張って作品をアップしていきたいと思いますので、引き続き応援の程よろしくお願いいたします。


「あ、ダメですよセンパイ。そんなとこ無理に引っ張っちゃ……!」

「……うるさい、少し黙れ……どうするかは俺が決める」

「あっ……駄目だって言ってるのに! ダメ! あっあっあーーーっ!」

 

 ガラガラと音をたて、高く積み上げられたジェンガが盛大に崩れていく。小さな木のパーツが何個かテーブルから滑り落ち、畳の上へと転がった。

 

「ほらー、だから駄目だっていったじゃないですか!」

「うるさいな、初めてなんだから仕方ないだろ……っていうか、今のは一色が悪い」

 

 転げ落ちたパーツを拾いながら、俺は一色に抗議の意を示す。

 いや、実際あんな野次を入れられたら取れるものも取れなくなるだろ。

 っていうか……そもそも、距離が近いんだよ。

 ジェンガが始まったときは俺の向かい側に座っていたはずなのだが、抜きやすい位置を探り、動いているうちに何故か今俺の隣に来ているんですけど……?

 ジェンガのパーツを抜こうと動くたびに肩が触れ、つい避けてしまうのでどうにも集中できない。

 

「えー? 私のせいですかぁ?」

「全くお兄ちゃんは駄目だなぁ……」

 

 一色と小町がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら俺を煽ってくる。

 くそっ、分かっててやってんなコレ。

 

────

 

 あれから、ひとしきり料理を食べ終え、会話も一段落して一色夫妻が席をたった頃。

 一色が「まだ時間もあるしゲームでもしませんか?」と、どこからかゲームを持ってきた。

 

 それはテレビゲームではなく全てテーブルゲームやボードゲームと言われる類のもの。

 人生ゲーム、トランプ、ウノ、そしてジェンガ。

 ありきたりなゲームばかりだが……一色? 仲間外れが一つだけ混ざっているぞ?

 

「ゲームやるのはいいけど、これは一人用だろ?」

 

 俺がそう指摘しジェンガを指差すと、一瞬場が凍ったのが分かった。

 

「はい?」

「お兄ちゃん……?」

 

 一色が目を丸くし、小町が呆れたように俺を見てくる。

 なんだよ、うちにあるジェンガはいつも俺一人で遊んでるぞ。

 箱から出して、崩して、キレイに積み上げて、また箱にしまうゲームだろ? 

 そう説明しても場はますます凍りつくばかり。

 なぜだ……。

 

「それじゃタダの積み木じゃないですか……じゃあ、今日はセンパイの初ジェンガ大会ってことで」

 

 そんな風に俺の初めてのジェンガ大会が始まったのだ。

 いや、別に大会形式ではなかったけど。

 

──────

 

「すまん、俺ちょっとトイレ……」

 

 俺が崩してしまったジェンガを、一色と小町が積み上げている間に、俺は少し席を立つことにした。尿意が限界だ。実際先程のゲームも、尿意との我慢比べみたいなところがあったので、俺の実力で負けたわけではない、断じて無いので次は俺が勝つ。年長者としての威厳を示してやるからな、首を洗って待ってろよ!

 あ、完全に負けフラグだわこれ。

 

「早く戻ってきてくださいねー」

 

 そうして、少々捨て台詞のようなセリフを脳内で吐きつつ。

 一色の声を背中越しに聞き、俺は和室を後にする。

 

 一色家はマンションであり、おっさんの家ほどの広さはないが、それでも十分過ぎるほどに広い。そしてまだ踏み入ったことのない部屋が複数ある。

 俺が目指すトイレは来た道を戻り、リビングと玄関を繋ぐ廊下の間だ。

 リビングではもみじさんが何やら飲み物を用意していたので一声かけ、俺はトイレへと向かったのだった。

 

 

 しかし、誕生日会か……。まさかこんな形で自分の誕生日にパーティーをてもらえるとは思っても見なかったので、危うく泣きそうになった。

 ギリギリ堪えたが……俺、最後に泣いたのなんていつだろうな……?

 とりあえず今回は、醜態を晒さずにすんで本当に良かった。

 

 そんな事を考えながらトイレで用を済ませ、手を洗い、自分の顔を見る。

 何だお前、めっちゃニヤケてるな気持ち悪いぞ?

 このままでは小町に何を言われるか分かったものではない。俺は一度自分の頬を叩き、たるんだ顔をもとに戻す。

 さて、ジェンガのリベンジマッチと行こうじゃないか。

 

「やぁ八幡くん、少し話せないかな?」

 

 しかし、トイレを出た所でそう声をかけられた。

 声のした方角を確認すると、そこは一色家でも俺が足を踏み入れたことのない領域その二。

 トイレの斜め向かいにあり、いつも鍵付きの扉で閉ざされている部屋。

 だがその日は珍しく扉は開け放たれ、中では一人の男性が高そうな椅子に座りギターを持ちながら、こちらを覗いていた。

 

「あ、弘法(ひろのり)さん……大丈夫ですけど、入って良いんですか?」

 

 その声の主は一色弘法(いっしきひろのり)

 一色いろはの父で、もみじさんの夫。つまりパパはすだ。

 すでに何度も顔を合わせているが、こうして二人きりで話すのは初めてな気がする。

 なんだろう、何かお説教だろうか? 『さっき渡した鍵を返してくれ』とかだと助かるんだけど……。

 

「はは、問題ないよ。さ、狭い所だけど入って」

 

 促されるまま、俺は部屋へと足を踏み入れる。そして驚愕した。

 部屋はそれなりに広いと思うのだが、凄く狭く感じる。というか物が多い。

 そこには大量の本と、そして楽器が置かれていたのだ。

 本と言っても、俺が読むタイプの本とは違う、ハードカバーの物や雑誌サイズの本が多く。楽器はキーボードを初め、一体何本あるのかという程のギターやベースが壁に立てかけられ、まるで楽器店にでも入り込んだような錯覚に陥る。楽器店行ったこと無いけど。

 

「凄いですね」

「趣味でね、別に集めるつもりはなかったんだけど、気がついたらこんな数になってたんだ」

 

 コレクター気質というやつだろうか。

 まあ俺も気がついたら沢山揃ってるものとかあるので、気持ちはわからなくもない。

 

「どうかな、最近のいろはの様子は?」

 

 弘法さんは、抱えていたギターを一度ジャランと鳴らし、そう聞いてきたので、俺は少しだけ考えて返答した。

 

「はぁ……どうなんですかね、とりあえず中間で落ちた成績分は取り戻したみたいですけど……今は模試の結果が出ないとなんとも言えないです」

「そうか、まあコレばっかりは本人の力が全てだからね」

「……そう、ですね」

 

 なんだろう? やっぱりお説教だろうか?

 この人はおっさんとは少しタイプが違うので、考えが読めない。

 いや、おっさんの考えを読めたこともないんだけど……。

 

「そんなに固くならないで、もっと楽に話してくれていいんだよ? ああ、そうか。すまない、椅子が無かったね」

「あ、いえ、お構いなく」

 

 そう言うと、弘法さんは立ち上がり、俺の真横に積み上げられていた雑誌を持ち上げ、下から丸いキャスター付きの椅子を発掘し、俺に座るよう促してくる。

 座って……いいんだよな……?

 持ち上げた大量の雑誌の置き場所に困っている弘法さんを横目に、俺はちょっとだけ遠慮しながら、そこに腰掛けた。

 

「改めて誕生日おめでとう、幾つになったのかな?」

「十六ですね」

「十六か、若いなぁ羨ましいよ。ああ、ちょっと年寄り臭い言い方だったかな」

「あ、いえ」

 

 正直にいえば、弘法さんはおっさんに比べると落ち着いた喋り方をする人なので、むしろおっさんより年上なんじゃないかと思ってしまう事もあるのだが、流石にこれを本人に言うのはやめて置いたほうが良いだろう。

 

「……僕は妻や娘のようにお喋りが得意な方ではなくてね、やっぱり退屈かな?」

「いえ、そんな事は」

 

 まあ多少気を使うというのはあるが、別に退屈という事はない。

 おっさん達に比べ、冷静な話が出来るという点でも貴重な人材だと思っている。

 何かあったら盾になってもらわなければ……まぁ今の所、上手く行った試しはないのだが。

 

「そうかい? ありがとう。ああ、そうだ、八幡くんは音楽はやるのかな?」

「全く、出来る楽器といえばリコーダーとカスタネットぐらいですかね」

 

 学校で習ったのはその二つつぐらい、ああ、あとタンバリンとトライアングルもいけるか。

 リコーダーは音楽の授業でかなりやったが、今ではエーデルワイスが吹けるかどうかも怪しいレベルだ。ミーソレードーソファー……その後なんだっけ?

 

「ギターには興味はないかい?」

「あー、まぁ格好いいなぁとは思いますけど、触ったこともないのでなんとも……」

 

 まあ興味がない言えば嘘にはなる。

 こう、格好良くギターやピアノを弾くというのは時として憧れを抱くこともあるのだ。

 音楽が出来る奴は決まってモテたりするしな……。

 

「そうか、それなら誕生日プレゼントに一本どうだい?」

 

 すると、弘法さんは俺の心の中を見透かしたかのように、そんな事を言ってきた。

 まるでジュースを一杯奢るようなそのノリに「何か聞き間違えたか?」と思わず耳を疑う。

 だが、弘法さんは返事を待つようにニコニコと笑みを浮かべたまま、こちらの様子を伺っていた。

 いやいや、流石にギターは貰えないだろう。

 確か十万とかするんじゃないのか? 実際楽器屋なんて行ったこと無いから具体的な数字はわからないが、べらぼうに高いイメージはある。

 

「え!? いやいや、今日は色々貰ってますし、そもそも俺弾けないし楽譜もよめないんで」

「私がギターを始めたのは君と同じぐらいの年の頃だよ、そうだな……これなんかどうだい?」

 

 言いながら弘法さんは部屋の隅から、一本のギターを持ちあげた。

 それはボリュームのツマミのようなものが着いている赤茶色のギター。ほぼ左右対称のボディの上部には中央のネック部分に向かう角のような二本の突起、そのシルエットはさながら悪魔……。いや、怒ったカバ○君の額にネック部分を突き刺した感じだな、うん。

 っていうかこれ新品なんじゃないの? ホコリもそれほどついていないし、少なくともそのギターが今も大事に手入れされているのがわかる。目立った傷もないその美麗なフォルムは、ここ一、二年内に買ったと言われても信じてしまいそうな程だ。

 だが弘法さんはそのギターのストラップ部分を俺の首にかけ「さぁ」とギターを預けてきたので、俺は慌ててそれを受け取った。

 

「どうかな? これは私が学生の時に買ったものだから、かなり古いんだけど」

「そんなに昔のなんすか?」

 

 学生の頃というとバイト代とかで買ったのだろうか。

 それなら俺でも買える値段だったりするのだろうか?

 それでも決して安いとは思えないが……。

 しかし、俺はその一瞬、そういった値段に関する思考が一瞬飛んでしまった。

 初めてギターを持っている自分に、柄にもなく少しだけ興奮してしまっていたのだ。

 やばい、今の俺格好いい……気がする。

 

「ちょっと音を出してみてくれないかな」

「いや、だから俺弾いたことない……」

「教えてあげるよ」

 

 そう言うと弘法さんは俺の左手を掴み、ネックの部分を握らせると。

 次に俺の指を取って、一本一本弦を押さえさせた。

 

「ここと、ここ、それとここを押さえて……そう、それで弾いてみて」

「こう、ですか?」

 

 俺は左手をいびつな形で固定したまま。

 右腕で弦を弾く。すると『じゃらららぁん!』となんとも言えない音が部屋に響いた。

 

「うまいうまい、それがCコードだ」

 

 弘法さんは俺が出した音を絶賛し、拍手をしながらニッコリと笑う。

 いや、さすがにこれぐらいは誰でも出来るだろう。

 まるで幼稚園児が描いた絵を褒めているようなその態度に俺は思わず苦笑いを返した。

 

「ただ一個だけ。音を鳴らす時は弦に対して垂直に弾くようにするといい、癖になってからだと直すのも面倒だからね」

 

 俺の音を聞きながら、弘法さんは壁にかけてあったギターをスムーズに取り、同じ様に鳴らす。

 いや、同じ様にじゃないな、全然違った。俺のとは違い、弘法さんは『ジャラン!』っと短く小気味良い音だった。正直カッコいいと思ってしまった。女だったら惚れていたかもしれない。

 女八幡チョロイン説浮上。

 

「楽譜なんて読めなくてもコードを五つ位覚えるとね、簡単な曲が弾けるんだよ。ドレミの数より少ない。どうだい? そう考えると簡単そうだろ?」

 

 確かにそう言われてみると簡単な気がする。

 ……って、いやいや、そんな筈無いだろう。もしかして俺騙されてるんじゃないの?

 甘い話には罠があるというものだ。うかつに手を出してはいけない。

 

「八幡くんは普段どんな音楽を聞くのかな?」

「え……っと、最近だと家口達也(いえぐちたつや)とか……亜倉紗弥音(あくらさやね)とかですかね……」

「うーん、ごめん、僕は知らない人だね。もう僕はオジサンだから、若い子の聞く曲というのはあまり馴染みがないんだ、申し訳ない」

 

 それはそうだろう、二人共メインは声優だ。いわゆる歌手とは少し毛色が違う。

 この二人が特別好きという程でもないのに、とっさに答えてしまったが、むしろ知ってたらどうしようとハラハラしたほどだ。

 どちらかといえば、こちらが謝りたい。

 

「まあでも、そういう自分が好きなアーティストの曲も弾けるようになったら楽しいと思わないかい?」

 

 弾ける……弾けるのだろうか?

 別にコピーバンドをやりたいというわけではないが、確かにそう言われると弾いてみたいという気持ちにはなる。 

 

「でも……ギターって高いですよね? やっぱ貰うわけには……」

「ピンきりだね。まあ高い奴はそれこそ目が飛び出るような値段のものもあるけど、それは少しバイトをすれば買えるレベルだよ。逆にこれなんかは……」

 

 そう言うと弘法さんは、部屋にあるギターを一つ指差し、俺の耳元で値段を教えてくれた。

 ……うわぁ……聞かなきゃよかった……。まじかよ……車とか買えるんじゃないの?

「内緒だよ?」と鼻先に人差し指を近づけ小さく笑いながら、小声で告げる弘法さんは、やはり一色の親なのだなぁと感じさせられた。

 

「正直な所ね、これだけあると妻と娘が『少し整理しろ』と煩いんだ。もし貰ってくれるなら僕も助かるんだよ」

 

 ああ……、女子には理解されない男の趣味というやつか。

 俺も母親や小町には理解してもらえない趣味というのを持っているのでとても良くわかる。

 そういう事なら……貰っても良いのか?

 

「あー、センパイ遅いと思ったらこんな所に! パパも! 何やってるの!」

「え? お兄ちゃんなんでギターなんて持ってるの? 弾けるの?」

 

 そんな風に少し気持ちがゆらぎ始めた頃、部屋に闖入者が現れた。一色と小町……いろこまコンビだ。

 そういや、ジェンガの途中で抜け出してきたんだった、すっかり忘れてたな。

 

「八幡くんにギターをプレゼントしようと思ってね」

「あ! それいいかも! センパイ貰って下さいよ、どんどん増えてくんですよこれ。もうこれ以上増やさないって毎回約束するのに、いつの間にか増えてるんです!」

 

 弘法さんの説明に、一色が勢いよくそう答えると、弘法さんは少し困ったように笑って「ね?」 と俺に目配せをしてきた。

 どうやら弘法さんも家の中では立場が弱いらしい。

 そういえば、婿養子だって聞いたし、おっさんにも色々言われて辛い立場なのかもしれない、ちょっとだけ親近感。

 だが、今日はもう色々と貰いすぎているしなぁ……どうしたもんか。

 

「八幡くん、想像してごらん? 自分の部屋にギターが置いてある風景を」

 

 俺は言われるがまま、想像してみた。

 学校から帰って自室に戻る自分。机の横にギターが立て掛けてある風景を……。

 それは、オタク趣味なアイテムのように誰かに引かれたりしない、部屋に置いてあってもマイナスなイメージにならない最高のオブジェ。

 凄くいい……。

 

「格好良くないかい?」

「カッコいいです!」

 

 即答してしまった。

 だって考えてみろ、ギターだぞ。

 自分の部屋にギターが置いてある風景ってやっぱちょっとカッコいいと思ってしまうだろ。弾ける弾けないは別として。

 

「だろう? 邪魔になったら返してくれても良いし、ちょっと趣味を増やすつもりでやってみないかい?」

 

 返す、つまりレンタルも可ということか……。

 借りるぐらいなら……大丈夫か?

 

「でも、本当にいいんですか?」

「ああもちろん。あ、でももし弾けるようになったら、いつか一緒にセッションしてくれると嬉しいかな」

「約束はできないですけど……わかりました」

 

 俺がそう強く頷くと、弘法さんは俺に握手を求めてきたので、俺も慌ててその手を取る。

 その指はおっさんとは違って細く、そしてとても硬かった。

 

「それじゃ、ギターの他にこれと……あとこれも必要かな、それと……この本なんかが初心者にはわかりやすいから参考にするといい。ああ、分からない事があったらいつでも聞きに来てくれてかまわないからね」

 

 弘法さんはとても楽しそうにそう言って、ギターオプション一式を紙袋に詰めてくれた。

 ギターは真っ黒なギターケース付きだ。

 まじか……これが今日から俺のもの……。

 そうして俺はその日、新たに中古のギターを手に入れたのだった。

 

「……ありがとうございます」

 

 そうか、コレ全部持って帰るのか……ちょっと早まったかもしれない。

 

*

 

「それじゃぁ……今日はありがとうございました」

「ありがとうございましたー!」

 

 あれから、俺は弘法さんにいくつかのコードとチューニングの方法を教えてもらい、もう一度ジェンガ大会に戻ったのだが、気がつけば夜も二十一時近い時間。

 流石に長居しすぎたかと、俺は小町に『そろそろ帰るか』と声をかけ腰を上げた。

 

「いえいえ、とても楽しかったわ、小町ちゃんもまたいつでも遊びに来てね?」

「小町ちゃんまたね! センパイも!」

 

 俺がついでかよ……。まあいいけど……。

 別れを惜しむように、手を握り合う女性陣に少しだけ疎外感を感じながら。増えた荷物を抱え、俺は玄関の扉を開け、最後にもう一度振り返る。

 

「一色」

「はい?」

「今日は……ありがとな」

 

 俺が礼を言うと、一色は少しだけ驚いたように目を丸く見開いた後「どういたしまして」と優しく笑った。

 その笑顔はとても眩しく、元々のアイドルのような美少女顔も相まって俺の精神にダイレクトアタックをしかけてくる。駄目だ顔が火照る。やめろ、そんな風に見られると好きになっちゃうだろ。俺、今顔赤くない……?

 

「……あー……そうだ、来週は休みでいいんだよな?」

 

 なんとなく空いた間に耐えられず、俺は一色から顔をそらし、確認の意味を込めて最後にそう問いかける。

 

「はい、例の打ち上げなんで」

「了解、じゃあまた再来週にな」

「はい、再来週。お待ちしてます」

 

 まあ分かりきってることではあったが。

 このタイミングでの休みは助かった、これで気持ちの整理をつけられるというものだ。

 今日の出来事は、ボッチの俺にはあまりにも刺激が強すぎた。少し冷静になる時間が必要だろうからな……。

 

 そうして、俺と小町は一色一家と別れを告げ、帰路へとついた。

 日も落ち、すっかり暗くなった夜道を二人で歩く。ここに来た時とはまるで正反対に今は心がとても穏やかだった。

 

「お兄ちゃん、なんかカッコいいね、バンドマンって感じ」

 

 背中に背負う黒いギターケースを見ながら、小町が俺の周りを一周する。

 全く、危ないからちゃんと前見て歩きなさい。

 

「そうか? まぁ全然弾けないから見た目だけだけどな」

「そこは練習あるのみじゃない? 誰だって最初は初心者なんだよ。あ、今の小町的にポイント高い」

 

 まあ本当に弾けるようになったら、俺的にもポイント高いけどな……。

 プロになりたいとか、そんな高い志はサラサラないが、一曲ぐらい弾けるように少し頑張ってみるか。

 

*

 

 帰宅後。

 俺はおっさんに電話をかけた、話すことは沢山ある。プレゼントの礼と、次の休みの連絡、それと……。

 

「おう、八幡! 元気でヤッてるか?!」

 

 考えがまとまるより先に、おっさんとの通話が繋がった。

 第一声からテンションが高い、俺は思わず、電話を耳元から少し離す。

 そうだ、おっさんと話す時はこの距離がデフォだったわ、ここんとこ電話してないからすっかり忘れていた。

 

「あー……あの、さ、今日、誕生日プレゼント。財布。受け取りました。ありがとうございます」

 

 どうもおっさんに真面目に礼をいうというのは、気恥ずかしく、日本語がおかしくなってしまう。日本に来たばかりの外国人のようだ。情けない。

 

「おお! やっとか、八月八日に連絡来なかったから何かあったんじゃないかと心配したぞ、誕生日おめでとう。どうだ? 気に入ったか?」

「ああ、うん、すごい、気に入っ……りました」

「ははは、喋り方が変になってるぞ」

 

 くっ、指摘されてしまった。なんとか気付かれないうちに素の喋り方にシフトしたかったのだが。

 突っ込まれると恥ずかしいなこれ。

 

「まぁ、気に入ってくれたなら良かった。小町ちゃんから『何かいい財布を買わせたい』っていう話を聞いてたんでな、丁度いいかと思ってな、知り合いに頼んで作ってもらったんだ」

「あー、うん。めちゃくちゃ格好良かった」

「そうかそうか、お前の名前をイメージして「8」の字をいれてもらったんだ」

 

 え? あれ「メビウスの輪」とか「無限」じゃなくて「8」なの?

 俺は再び財布を眺める、さっきまで格好いいと思っていたんだけど、これが八幡の「8」だと思うとちょっとダサく見えてくる不思議。 

 

「直接渡せなくて悪かったな」

「それは別に……何か用事でもあったんだろ?」

「いや、今ニューヨークに来てるんだ」

「ニューヨーク!? なんでまた?」

「ちょっと色々あってな」

 

 おっさんは少しだけ歯切れ悪くそう言って、言葉を続ける。

 なんだろう、海外まで行かなきゃいけない『色々』というのが想像できない。仕事のトラブルとかだろうか?

 よく考えると俺、この人が何やってる人なのか知らないんだよなぁ。

 

「まあニューヨークには来たこともなかったんでいい機会だし、夫婦水入らずで旅行って所だ。何か土産買って帰るから、期待しとけよ」

「あ、ども……」

 

 土産というと『ニューヨークに行ってきました!』とか書いてあるクッキーだろうか。

 土産物の定番だよな。

 俺土産もらうよな友達いた事ないから、貰ったこと無いけど。

 ならなんで知ってるのかって? 千葉駅に売ってるからだよ。いわせんな恥ずかしい。

 

「すまんな、もっと話したいんだが今日はこれから忙しいんでな。続きはまた今度でもいいか?」

「あ、ああ。じゃあ来週バイト休みらしいんで、そこのバイト代カットだけはよろしく」

 

 本当はもう少し話したかったが、忙しいのなら仕方がないか。

 あ、あと今日の分もカットしてもらうんだった。今日俺何もしてないしな。

 それと……やはり時給も少し見直してもらおう……。

 今は今朝ほど「やめたい」という思いは強くない、しかしそれでも思うところはある。

 まあ、全部含めて次の給料日に話せばいいか。

 

「ん? ああ、なんか部活の打ち上げ? だったか? それは聞いてる、まったくなぁ、お前という許嫁がいながら他の男と遊びに行くとか……」

 

 なんだ、もう一色から休みの話は聞いているのか。

 まあ許嫁云々は正直今回の件とは関係ないのでどうでもいいんだが、今日も結局休みになってしまったし、勉強時間の確保の方が心配だ。来週も含めて二連続で休みなわけだしな。

 とはいえ、あいつ割と自習はしてるみたいだし、それほど心配は無いのかもしれない。

 

「まあ、あいつもなぁ、楓に似て可愛いから、仕方ないとも思うんだが。過保護と言われようと、変なことに巻き込まれないか心配でなぁ」

 

 何? 愚痴に見せかけた惚気なの?

 正直おっさんの惚気話とか病院で聞き飽きたから勘弁して欲しいんだが、もう切っていいかしら?

 

「おっと、これ以上はまた長くなるな、悪いが続きはまた今度な」

「ああ、うん。了解」

 

 おっさんにそう言われ、俺は改めて時計を見る。

 これから用事があるということは、飲み会とかだろうか?

 いや、そうか。向こうはニューヨークだから時差があるのか。何時間ぐらいずれているのだろう?

 

「八幡、儂が日本にいない間、ちゃんといろはのこと守ってやってくれよ?」

 

 そんな事を考えていると、おっさんは突如真面目なトーンでそう語りかけてくる。

 この問は単に知り合いとして頼んでいるのか、家庭教師としてか、それとも……。

 俺は瞬時に答えを見つけることが出来ず、少しの間沈黙が流れた。

 

「……頼んだぞ?」

 

 確認するように、もう一度おっさんにそう告げられ、俺は「お、う……」と微妙な返答をすることしか出来なかった。

 

 どんな意味であれ、俺の助けが必要な状況なんてそうそう来ないだろう……。

 そう思いながら、その日は通話を切った。

 一気に周囲が静かになり、一人になったのだと実感させられる。

 なぜだろう、いつもの事なはずなのに、今日はこの静寂が妙に懐かしく感じる。

 

 俺は今日の出来事を思い浮かべながらギターをケースから取り出し、ベッドの上で教えられたCコードを押さえ、弦を鳴らす……。

 だが、押さえ方を間違えていたのだろうか?

 弘法さんに教わった時とは違い不快な音が室内に響いた。

 

「ひでぇ音」

 

 しかし、俺はきっと今の音を忘れないだろう。

 酷い顔で一色の家に行き、少し遅い誕生日を祝ってもらい、ニヤケ顔で帰ってきた今日の事をきっと俺は忘れない。忘れられない。そう感じていた……。




リア充ルートへの分岐点の一つ……かもしれない誕生日会 後編でした。
いかがでしたでしょうか?

パパはすの名前、ついに解禁です!
色々調べたのですが、『いろは歌』を作ったのがかの『弘法大師』らしく。(諸説あり)
「たいし」だと川崎弟になってしまうので、「弘法」の読み方を変えて「ヒロノリ」ということになりました。

今回の活動報告は色々裏話というか愚痴満載になると思いますので、そういうのに興味があったりお時間があるという方は目を通して頂けると嬉しいです。

感想、コメント、評価、メッセージいつでもお待ちしています!

p.s
来週更新ちょっと遅れるかもしれません(震え声)


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第28話 いろはの夏祭り

いつも誤字報告、感想、評価、お気に入り、メッセージありがとうございます。

もっと投稿遅れるかと思いましたが、ゼノディア槍無事完成しました(私事)

久々のあの人の登場です。


「あ、一色マネ来たみたいですよ」

「いろはす来たー!」

「って、いろはす浴衣じゃん! 超可愛い!」

 

 打ち上げ当日、少しだけ時間に遅れて集合場所に到着すると、あっという間に男子部員に囲まれた。

 いつもの事といえばいつもの事なのだけど、お祭りで上がっているテンションの男子達に気圧され、私は思わず一歩後ずさる。

 

「やほ、皆久しぶりー、ごめんね遅れて。私で最後?」

「多分そう……かな? あとはカラオケに直接来る連中が何人かいるだけ」

 

 先頭にいる健大くんに尋ねると。そう返事が返ってきた。

 遅れるつもりはなかったし、さすがに最後ではないと思っていただけに、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになる。

 でもそうか、カラオケ組が何人かはわからないが、これだけしか来ていないのか。

 この場にいる男子部員は十人、三年生がメインの打ち上げなのにうち三年生は四人だけだ、全体の半分にも満たない。これは少し予想外だった。

 まぁお盆も明けたばかりで、旅行中だからこれない子も多いという話だったし、受験勉強をするから無理と断った子もいるみたいだったからね。

 そう考えると私は大分不真面目な方にカウントされちゃうのかもしれない。

 

「遅いから、いろはす今日来ないのかと思ってビビったわ」

「ばっか、女子は支度に時間かかんだよ」

「あ、あはは、ごめんね」

「いいよいいよ、浴衣マジ似合ってる! そうだ写メ撮ろうぜ写メ!」

 

 思い思いに語りかけてくるメンバーに苦笑いを返しながら、私は持っていた巾着袋を持ち替える。

 そう、実は今日遅れた理由はこの浴衣にある。

 というのも、元々は浴衣なんて着てくる予定じゃなくて、事前に動きやすい洋服を用意してたんだけど、出掛ける直前ママに『浴衣を用意してある』と言われたのだ。

 この浴衣は私が中学に上がった頃に買ってもらったもので、当時は少し大きかった、でも今では逆にほんの少し丈が足りなくなってしまっている。

 なので、『来年また新しいのを買ってあげるから、中学最後の思い出に写真を取るから着ていきなさい』と言われ、慌てて着付けをしてもらった。

 別にセンパイに見せるわけでもないのに、なんでこんな動きにくい格好しなきゃいけないんだろう……あれ? なんで私今センパイの事考えたの? 理由はよくわからないけど何故か今ふと頭にセンパイの顔が浮かんだ。

 

 そういえば、先週は楽しかったなぁ。

 あんなに楽しかったのはイツぶりだろう?

 小町ちゃんと、センパイに隠れてパーティーの準備をして。センパイが来るまで息を潜めて……時間になっても来なかった時は正直どうしようかと思ったけど。センパイの驚いた顔、今思い出しても笑っちゃう。

 センパイって一々反応が新鮮っていうか、面白いんだよね。

 変に捻くれてる所も逆に可愛いっていうか……。

 それでもやっぱり男の人だし、変な勘違いされても困る、ちゃんと気をつけないと……。

 

「あれ? なんか機嫌良さそうじゃん、なんかあったの?」

「え? いや、別に何もないよ?」

 

 機嫌がいい? 誰が?

 今日の私は朝から憂鬱な気分だったはずだ。

 だってこの打ち上げ。今でもやっぱり来ないほうが良かったんじゃないかなぁと思っているんだから。

 

「あ、いろは先輩お久しぶりです、打ち上げに浴衣なんて気合入ってますね、もしかして誰かに告白とか考えてます?」

 

 理由はこの子。

 麻子ちゃん。

 一緒にマネージャーをやってきた仲だったけど、実は先日の新部長の一件が解決して以来、ちゃんと話してないのもあって、なんだかちょっと気まずい。

 

「久しぶりー、まさか、そんな事あるわけないよ」

「そうですよねー、いろは先輩って“無駄に”理想高そうだし」

 

 そしてやはりというかなんというか、今日も言葉の端々に棘を感じる。なんだろう、私そこまで嫌われるようなことしただろうか?

 思い返してみるとマネージャーをやってた時もそれほど深い話をしたことはなかったように思う。事務的な連絡を取り合うだけ。

 一応私の方が一年先輩なんだし、うまく躱せばいいんだろうけど、どうにも向こうがそれを許してくれそうにない。

 というか……私なんかよりよっぽど気合入った格好してない?

 麻子ちゃんは浴衣でこそないものの、やたらと肌を露出した年不相応の服装をしていた。一言で言うなら……そう、ビッチ。

 その羨ましい程大きな胸元を強調させた水着のようなオープンショルダーに、極限まで短くしたミニスカートでその両足を惜しげもなく晒している。それはさながら戦闘服とでも評したくなるような出で立ち。

 ああ、やっぱり来るんじゃなかったかも。

 それもこれも全部センパイが悪いのだ。

 打ち上げに行くという話をした時、センパイが「行くな」と一言言ってくれればこんな思いしなくても済んだのに。

 こうなったら来週は思いっきりストレス解消に付き合ってもらおう。

 

「……もしかして、二人ケンカとかしてる?」

 

 私達が会話をしているところに、恐る恐るそう割って入ってきたのは赤星くんだった。

 二学期から転校すると聞いていたので、正直今日も不参加だと思っていたけど、大丈夫なのかな?

 

「えー? まさか、先輩とケンカなんてしないよー♪ ほら、皆さんお祭り始まってますよ、早く行きましょう!」

 

 だが麻子ちゃんは満面の笑顔でそう答えると、赤星くんを連れ私から離れていった。

 

「んじゃそろそろ移動するぞー、はぐれても探さないからそのつもりでな」

「「「おおー!」」」

 

 健大くんがそう号令をかけると、一団がゆっくりと動き出す。私はその男子たちの中心に守られるように人混みと合流し、お祭りに参加したのだった。

 

*

 

「いろはす! イカ焼き食おうぜイカ焼き!」

「あはは、私はいいや」

「こういうときはクレープですよね!」

「うん、そうだねー」

「いろは先輩、たこ焼き食べません? はいアーン」

「あー、ありがとう……でも今はイラナイかな」

「あ、あの一色先輩! りんご飴二個当たったんで良かったらどうぞ!」

「わー、すごーい!ありがとう」

 

 出店で何かを買う度に、代わる代わる誰かが私の隣へ下心満載でご機嫌取りをしにやってくる。まぁ中には例外もいるみたいだけど……。

 チヤホヤしてもらえるのは嫌いじゃない、こうやって男子たちにあれやこれやとしてもらうのもいつもの事……のはず……。

 でも、今日は慣れない下駄での移動という事もあって、まだ三十分も経っていないのに私は既に疲れ気味だった。

 

「一色マネ、お疲れ様す」

「あ、葛本くん、お疲れー」

 

 気がつくと私の横には葛本君が歩いていた、どうやら次は彼の番らしい。

 そういえば、麻子ちゃんの話だと私のデートの相手は葛本君だったんだっけ、そこらへんどう思っているんだろう?

 諦めてないとかだと面倒くさいなぁ……。

 そんな事を思いながら、ちらりと葛本君の顔を見る。

 だが葛本君は私の顔を見ておらず、足元からじっくりと私を舐め回すように見あげたと思うと私の首元で目線を止め『ぐふっ』と一度息を漏らした。

 

「メチャクチャ可愛いっすね」

「あ、ありがと……」

 

 私は思わず一歩引いて、身を守る様に腕を上げる。

 しかし、葛本君はその姿勢の意味に気づいているのかいないのか、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、私のことをじっと見つめていた。

 こういう時センパイだったらこんな思いはしない……そう、センパイは例え二人きりという状況でも男子特有の嫌らしい視線とか、下心とかを感じさせないので、無意識にこちらから距離を詰めてしまう事もあるぐらいなのだ……やっぱり一年だけとはいえ先輩で、大人なんだなぁと感じる。でも、葛本君相手では当然そんな気持ちにはなれない。

 

「よかったらこれから俺と抜け出しません?」

「えー? そんな事したら部長に怒られるよ?」

「大丈夫っすよ、『はぐれても探さない』ってさっき大部長言ってたじゃないっすか」

 

 うわぁ、どうしよう、すごく面倒くさい。

 そもそも私、門限もあるから今日はカラオケのタイミングで抜けるつもりだったし、ここで変な断り方をして着いて来られるのも怖い。

 愛想笑いでごまかしているんだけど、なんとかこれで察してくれないかな……。

 

「葛本先輩何してるんです? 一色先輩困ってますよ」

 

 私が苦笑いをしている所に、そう声をかけてくれたのは健史君だった。

 助かった。

 

「なんだ史部長じゃん、今いいところなんだから邪魔すんなよな」

 

 葛本君と健史君が向かい合うように、視線を交わす。

 葛本君の方は『部長』とつけてはいるが、そこには敬意の欠片も感じられない、高圧的な口調で葛本くんは健史くんに詰め寄った。

 

「いや、邪魔っていうか……今日は三年生に楽しんでもらうのが目的なので……」

「分かってるよ……ったく、お前がいなかったら今頃俺が部長で一色マネとデートの予定だったんだぞ? ちょっとは気使えよ」

 

 あー……それ言っちゃうんだ……。

 やっぱり面倒くさいことになりそう……。

 そう思っていると、二人の背後に何やら大きな人影が集まるのが見えた。

 

「ほう……デートとはどういうことだ?」

「ほら、例の部長引き継ぎの時、俺が部長になったら一色マネとデートできるって話があったんすよ。そうだ! あの時のリベンジってことで今からデート行きません? こんなむさ苦しい男連中とダラダラ祭り回ってもつまんないっしょ。うわ、まじ……名……案……」

 

 葛本君は得意気にそう語りながら背後を振り返ると、その顔をみるみる歪ませ、青筋を立てる。影の正体は、三年生男子。そこには健大くんを筆頭に三年生の部員四人が彼を囲むように立っていたのだ。

 

「ほほーう? それは名案だな?」

「俺達をさしおいて?」

「いろはすとデートして部長になる?」

「いいご身分ですなぁ?」

 

 三年男子が葛本君を囲むように、ゆっくりとその距離を詰めていく。

 徐々に追い詰められ、私と健史くんから離れていく葛本君の体は三年生の中に埋もれ、徐々に見えなくなっていった。

 

「佐倉中学サッカー部! 部訓!」

 

 次の瞬間、大きな声を出す健大君に反応して、お祭りに来ていた人々が何事かと振り返る。

 え? ちょっとまって!? あれをここでやるの?

 恥ずかしいし他の人の迷惑になるからやめて欲しいんだけど……。

 

「ちょ、みんな迷惑だからやめ……」

 

 だが、時すでに遅く、私の言葉を言い終わる前に、健大くんが大きく息を吸い込んだ。

 

「マネージャーはみんなのアイドル! 邪な気持ちで接するべからず!」

「「「抜け駆け しない! させない! ……許さない!」」」

 

 ああああ……。私このグループとは関係ないので……。見ないで下さい。お願いします。

 

「俺らの打ち上げの最中にマネージャー連れて抜け出そうなんていい度胸してるじゃないか、なぁ葛本」

「あ、いや、俺は……」

「問答無用! 連れて行け!」

「「「イエッサー!」」」

「待って! 冗談! 冗談ですから! 健史新部長! 助けて! 助けて下さい!」

 

 そうして、葛本くんは三年生に胴上げのように抱えられると、人混みから離れどこかに連れて行かれてしまった。

 彼がどうなったのか、その時の私には最早知る術はなかった。というか知りたくもなかった。

 だって近づいて行って知り合いだと思われたくないし……。

 はぁ、と溜息をつき、周囲を見回す。

 三年生と葛本君がいなくなって更に減った打ち上げメンバー。この後どうすればいいんだろう?

 あれ……? というか、今の今までいたのに麻子ちゃんの姿がない……? そういえば赤星くんもいない? まさか葛本君の方に行ったってことはないだろうし。はぐれたのか、それとも先にカラオケに向かったのだろうか?

 

「まぁいいか」

 

 三年生が戻ってくるまでは、皆思い思いに楽しめばいい。

 私はそれ以上考えるのを辞めて、かき氷を一つ買う事にした。

 やっぱり夏はかき氷だよね。

 

**

 

「えー! 一色マネもう帰っちゃうのー!? カラオケ行こうぜカラオケ!」

「花火が上がるのだってこれからだぜ? 早すぎね?」

「ごめんね、うち門限厳しいから……」

 

 あの後しばらくして、再び三年生チームと合流し、私達はカラオケ会場へと向かった。葛本君の姿はない。深く考えないようにしよう……。

 私は合流したカラオケ組に少しだけ挨拶をして、帰宅を告げる。

 引き止める声が上がるが、我が家には門限があるのだから仕方がない。

 確かに花火が上がる前に帰るっていうのは私自身どうかとも思うけど、このままここに居ても花火が上がる頃にはカラオケ中だろうから音も聞こえないだろうしね。

 

「なら仕方ないか……んじゃ俺駅まで送ってくから」

「あ、部長ずりぃ! 祭り組はずっとマネージャーと一緒だったんだろ? ここは俺が!」

「いやここは三年に譲れよ!」

「ああうん、いいよ、大丈夫。一人で帰れるし折角なんだから皆で楽しんで?」

 

 今にもケンカを始めそうな男子部員たちを制して、私がそう言うと分かりやすく何人かが肩を落とした。

 

「じゃあ、また新学期にね」

 

 結局、葛本君は帰ってこなかったし、麻子ちゃん達の姿も見えないままだけど……先にカラオケに入ってるのかな?

 まぁこれ以上関わってもろくな事にはならない気がするし良いか。と私はそう結論づけて、皆に手を振る。すると誰かがスゥっと大きく息を吸う音が聞こえた。

 

「全員整列!」

 

 突然の大声に、私は思わずビクリと肩を震わせた。

 その声の主は健大君。元部長のその言葉を合図に、他の部員たちが姿勢を正し、私の前に並び始める。え? 一体何?

 

「一色マネージャー! 三年間サッカー部を支えてくれて……ありがとうございました!」

「「「ありがとうございました!!」」」

 

 十人以上の男子による突然の立礼。

 戸惑う私、そして何事かと集まってくる野次馬。

 それはまるで試合が終わった後の一礼のようだった。

 ああ、そうか。

 ここで私の試合は終わるんだ……。

 そう思うと、次に私が取るべき行動が自然と理解できた。

 

「──こちらこそ、ありがとうございました!」

 

 私は三年間この光景をずっと後ろから見ているだけだった。

 いつもは対戦相手に向けられる、全力で戦った相手に向かう敬意と謝辞が。今私に向けられている。

 ならば私もしっかりと向き合おう。

 こんな私を慕ってくれた皆への敬意を忘れてはいけない。

 そう思って私は深く深く頭を下げた。

 それはほんの数秒、だけどそこには三年分の重みがある。

 

 いつしか、ギャラリーからは拍手が送られる私達は少しの照れくささを残しながら、ゆっくりと頭を上げる、次に視線があったときには皆笑顔だった。

 色々あったけれどサッカー部に入って……マネージャーをやっていてよかった。 

 これからは、もうこのメンバーで何かをすることは無いけれど、私はきっと今日のことを忘れないだろう。

 

「それじゃ私行くね。皆は楽しんでね」

「ばいばーい! 一色マネー! また二学期に会おうー!」

「いろはすー! 好きだー!」

「俺もだー!」

「俺も大好きだー!」

「受験頑張って下さい!」

「いつでもサッカー部に戻ってきてねー!」

 

 止まない声援が、私の背中に何度も何度も投げかけられる。

 恥ずかしいという思いが強かったが、同時に少しだけ泣きそうにもなった。

 こういうのを青春っていうんだろうか?

 私はもうここには戻らないけど、サッカー部に費やした私の三年間は無駄じゃなかった。そう思えた。

 

*

 

 晴れやかな気持ちで歩く帰り道。行きより帰り道の方が気分が良いなんて変な話。

 とはいえ人の流れとは逆方向に進むのは少しだけ骨が折れる。

 前を見ないカップルを避け、正面から走ってくる子供にぶつかられながら、やっぱり駅まで送ってもらえば良かったかも。と、後悔さえ浮かんできていた。

 でも、今更言っても仕方がない、今から皆の所に戻るなんて格好悪すぎるしね。

 

「近道しよ……」 

 

 そう呟いて、見上げたのは少し高台にある小さな公園。

 この公園は立地が特殊で、この祭り会場である出店が立ち並ぶ大通り側から十五段ほどの階段を上った場所にあり、神社と隣接している滑り台とブランコしかない小さな公園を抜けて今度は七段程の階段を下ると、住宅街の小道へと出る。

 少々薄暗い道ではあるが、コンビニが一件あり、そのまま少し歩いていけば駅前に出るのでそれほど危険もない。

 高台にあるという立地から、花火があるお祭りの時には一見すると人気スポットのようにも思えるのだが、周囲を木に囲まれていて、中から花火を見ることが出来ないため利用者は少ない。

 人混みを避けるには最適なルートだった。

 

 私は、上り階段周辺で休憩している人たちを避けながら、なんとか階段を上り、薄暗い公園を見回す。

 利用者が少ない……と思っていたが、辺りには人の気配。

 よく目を凝らして見てみると公園の隅には抱き合っているカップルらしき二人組がいる……。そうか、そういう意味では人気スポットなのか。

 私もいつかこんな風に誰かと人目を忍んで……なんてことがあるのだろうか。

 そんな風にキスをするカップルを眺めていると。女性の方にギロリと睨まれた。

 そりゃそうだ、じっと見てるなんて失礼だよね。私は慌ててそのカップルから視線をはずし、心の中で謝りながら一気にその公園を抜けてしまおうと早足で歩く。だが、下り階段まであと半分という所で、見知った顔がいる事に気がついた。

 麻子ちゃんと赤星くんだ。なんでこんなところに?

 

「なぁ、そろそろ戻ろうぜ? もうカラオケに集まってる時間じゃね?」

「う、うん。でももうちょっとだけ……」

 

 二人は下り階段すぐ側のブランコに座っており、いま出ていくと確実に見つかってしまう。

 何故かその時私は、怪しい雰囲気を醸し出す二人に見つかってはまずいと、思わず公園中央に立つ木の陰に隠れてしまった。

 いや、見つかっても別にそのまま立ち去ればいいんだろうけど、私あの子に嫌われてるっぽいからなぁ……。

 

「あ、あのね……赤星くん」

「うん?」

 

 私がどうやってこの状況を脱しようかと、考えていると。

 麻子ちゃんが意を決したようにブランコから飛び降り、赤星くんの目の前にたった。

 え……? これってもしかして……。

 

「私……貴方のことが……好きです」

 

 それはシンプルな告白。

 テレビドラマでしかみた事がないようなワンシーンに私は立ち会ってしまったのだ。

 隠れていて良かった。こんな所に出ていったらどう考えたって邪魔者だもんね。

 

「ありがとう、でもごめん。前も言ったかもだけど、俺……一色先輩の事好きだから……」

 

 あー……。これは……私聞いちゃ駄目なやつだったんじゃない?

 二人の前に出ていかなかったのは正解だとしても、それ以外は全部不正解。全然知らない人同士の告白シーンだったらまだ良かったのに……。早くここから立ち去らなきゃ……でも今動けば見つかる可能性もある、しばらくはここで隠れているしかなさそうだ。

 

「で、でもあの人。腐った目の変な男の人家に連れ込んでるの見たし! 怪しい関係かも! それに、この間だって葛本とデート!……した、って噂……もあったし? 絶対赤星くんが思ってるような人じゃないと思うよ?」

「うーん、まあそれは確かに少しショックではあるけど。俺もう転校するし? 最初から諦めてるっつーか、どっちにしろ駄目なんだろうなぁって思ってるからなぁ……。遠距離恋愛とか出来る気がしないだろ?」

 

 腐った目の変な男というのはセンパイの事だろうか? そうなんだろうなぁ……。

 しかし連れ込んでるって……家庭教師だって説明したはずなんだけど……? なんだろうこのムカムカする感じ。

 いや、まぁ確かにセンパイの目は腐ってる。それは私もわかってるんだけど……。

 

「わ、私なら頑張れるよ! 毎日電話するし、バイトして毎週でも会いに行くし! それに、赤星くんが望むならなんだって……!」

「……ごめん。それはそれで、なんつーか……重い」

「……っ!!」

 

 それはわかりやすい拒絶。そして、絶望。

 それまで高まっていた麻子ちゃんの気持ちが、まるで空気の抜けた風船のようにしぼんでいくのが遠目でも分かった。

 

「じゃ、じゃあ、私にチャンスとかって……ないのかな?」

「ごめん。ぶっちゃけ、浅田とそういうの想像できないんだわ。っていうか俺さ……今日もなんだけど浅田の顔見ると一色先輩の事探しちゃうんだよな。正直一色先輩に近づくために浅田と話してたみたいな所もあるし……だからやっぱごめん」

「……それじゃぁ……私……なんのために……」

 

 繰り返される「ごめん」に。麻子ちゃんはとうとう言葉をなくしてしまった。

 っていうか赤星君最低だ、断るにしてももっとマシな言い方があるだろう。

 ちょっとお説教をしてあげたい気分になるけど、状況が状況だし、出ていくことは出来ない。

 

「まあ、ほら、俺二学期からいなくなるし? 浅田ならいい男すぐ見つかるよ」

「……」

「そろそろカラオケ行こうぜ? 部長からめちゃくちゃLIKE来てる」

「……ごめん、後から行くから……先、行っててくれないかな……」

「……んじゃ俺先行くけど、絶対来いよ? 俺のせいで浅田が来なかったなんて言われたら何されるかわかんないからな。っていうか例の部訓もあるし、俺殺されるかもな」

 

 赤星君はそう冗談めかしていいながら、振り返りゆっくりと祭りの喧騒の中へと消えていく。

 

「……違う……あの部訓は……いろ……ため……私の……」

 

 残された麻子ちゃんはブツブツと何事か呟き、やがて、自らの頭をガシガシと掻きむしり始めた。

 折角気合を入れていたであろうセットは見るも無残に崩れ、今はまるで寝起き姿のようだ。

 

「なんで……なんでみんなみんな一色一色一色いっしきいっしきいっしき……!!」

 

 呪詛のように紡がれる私の名前。

 怖い……。っていうか、これ私が悪いの? 私が何かしたつもりはないし、どうすることもできなくない?

 もし麻子ちゃんの好きな人が違う人だったり、振られた理由が別の事だったなら、私は迷わず飛び出して、彼女を抱きとめただろう。

 でも、麻子ちゃんだって曲がりなりにも恋敵である私に、自分が振られた所を見られたくなかったはずだ。

 だから例え私が理不尽だと思っていても絶対に今、ここにいる事を気取られてはいけない。

 そう考え、私はその場にしゃがみ込んだ。

 

*

 

 それから数分、私は息を殺し麻子ちゃんが動くのを待った。さっきから蚊が凄い。早くこの場から逃げ出したい。でも出られない。せめて反対側の階段の方まで移動してくれれば……。

 

 そう思いながら、チラチラと麻子ちゃんの方を覗いていると、その願いが通じたのか、次の瞬間麻子ちゃんは突如スッと立ち上がり、フラフラとまるで幽霊のようにゆっくりと歩き始めた。

 助かった、あそこまで行ってくれれば……!

 まるで赤星くんの足跡を辿るように歩く麻子ちゃんを視線で追う。

 ゆっくり一歩一歩進む麻子ちゃんは、とても辛そうだ。その姿はまるで振られたという現実を踏みしめているようにも見える。

 だけど私には何も出来ない、いつまでもこうして彼女を見ているのも辛いし、いい加減この状況から脱したい。

 だから私は気が急いて、麻子ちゃんがお祭り会場側の階段を一段降りたのを確認したところで、当初の目的通り公園を抜けてしまおうと立ち上がり、動き出してしまった。

 だが、それがいけなかった。

 下り階段まであとほんの一歩、というところでパキリと足元で何かが折れる音がした。それが小枝だったのか、はたまた子供が忘れていった玩具だったのかは判断がつかない。

 でもその音がした直後に、背筋に寒いものが走るのを感じて、思わず振り返ったことだけは覚えている。

 そこには無表情で泣きながらこちらを見つめる麻子ちゃんがいた。 

 

「あんたなんて居なければ良かったのに……っ!」

 

 それは決して大きな声ではなく、独り言のような口調。

 この距離では決して届くはずのない声。

 だけど何故かそれはまっすぐに私の耳へと届き。

 思わず気圧された私は、一歩後ずさった。

 後ずさってしまった。

 そこに地面はないのに──。

 

 階段の一段目を思い切り踏み外し、そのままスローモーションのように麻子ちゃんの顔が見えなくなっていくのを感じながら、私は倒れていく。

 

 慌てて出した足は自らの体重を支えきれずにグキリと悲鳴を上げ。

 横から伸ばした手は地面を捉えきれず、体を数度階段に打ち付けながら、私は転がるようにして地面に投げ飛ばされる。

 痛い痛い痛い!!

 

 時間にしてみればほんの一瞬。

 だけどとても長い時間、何度も階段と衝突し、最後にドンっと大きな音を背中で聞いた所で、私の体は止まった。

 どうやらここが地面のようだ。

 でもあまりの痛みに目も開けられない。

 ああ、足が痛い、腕が痛い、背中が痛い。

 誰か……助けて……。

 

 だがそれを言葉にすることが出来ず、ただ痛みに耐えていると、ふと人の気配を感じた。

 その人は慌てた様子で何かを喋りながら私の方へと駆け寄ってくる。

 誰だろう? 誰でもいい、助けて下さい。お願いします。

 

「だい…………ぶ……すか? ……って一色!?」

 

 もしかして頭を打った? それとも幻聴?

 何故かその人からはセンパイの声が聞こえ、私は顔をしかめながらゆっくりと目を開く。

 その瞬間、遠くからドンっという音が聞こえた。

 どうやら花火が始まったみたいだ──。




また長い……。
今回彼女の動機がある程度見えたかもしれませんが、ここからまた本編に関わってきます。
またストレスが貯まる展開が続くかもしれませんが、この山を乗り切れば雰囲気も大分変わってくると思いますので、浅田麻子編完結までもう少しお付き合い頂ければと思います。

p.s
来週、再来週あたりは古戦場なので……更新遅れたら察してください(震え声)


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第29話 八幡の夏祭り

いつも誤字報告、感想、評価、お気に入り、メッセージありがとうございます。皆様からの新着通知が私の原動力です!

俺ガイル三期のPVキター!!
という喜びの一万文字超えです!(白目)
決して切りどころが分からなかったとか、諦めたとかではない……無いんだからね!


 一色家で誕生日を祝って貰ってからというもの、俺は少しだけ浮かれていた。

 どうにも部屋にあるギターを見るだけで口角が上がってしまう。

 いや、格好良すぎじゃね?

 まるで自分の部屋じゃないみたいだ。

 今は貰ったギターケースに入れて壁に寄りかかるようにして無理やり立たせてあるが、こうなってくるとギタースタンドなんかも欲しくなってくるな。

 あれ幾らぐらいするんだ? ちょっと購入を検討してみよう。

 

 もうあれから大分時間もたっているというのに、未だに地に足がついていない感じがするのは流石にやばいとも思いながらも、うまく自分の感情をコントロール出来ないでいる。

 それはまるで新作ゲームの発売日を待つような……いや、違うな。

 なんというか、この感覚は高校に合格した時の感覚に似ている。

 何かが変わるかもしれないと、心のどこかで期待してしまい、事故にあった入学式の朝。

 そう、あの日俺は事故にあったのだ。

 だから、こういう時こそ気をつけなければいけない。

 気を引き締めていこう。

 まぁ何に対してどう気を引き締めればいいのかはわからないけどな……。

 

***

 

 そうして時が経ち部屋にギターがある生活に慣れ始めた頃。

 その日、俺は朝からギターをかき鳴らしていた……ら母ちゃんに怒られた。

 まあ確かにまだ曲も弾けないし、音も安定していないから、不快な音を響かせたことに関しては申し訳ないと思うが、そこまで怒らなくていいんじゃないですかね……?

 いや、昨日残業で遅かったとかはよくわからんけど……あ、はい。やめます。

 朝と深夜はギター禁止、了解しました。だから小遣いは減らさないで下さい。お願いします。

 全く……自分の息子が他所様のご家庭で誕生日を祝ってもらったというのだからもう少し大目に見て欲しいものだ。

 というか……今更ですけど、高一の息子の誕生日に五千円のギフト券ってどうなんでしょう?

 さすがに一万円ぐらい貰ってもいいと思うんですけど……?

 え? 「バイトもしてるし、可愛い許嫁もいるんだからいいだろう」って?

 いや、それ俺が望んだ結果じゃないんだよなぁ……理不尽が過ぎる。

なんつーか、俺に対する扱いが一色家と雲泥の差すぎて逆に安心するまであるわ。

 

 そんな感じで朝からやることを制限された俺は、ベッドに寝転がりながら、ダラダラとスマホを眺めていた。

 今日は一色が打ち上げに行くということで、数カ月ぶりの丸一日休みな土曜日。

 八月ももう半ばを過ぎ暦上は初秋という時期に差し掛かっているというのに、今日も外は暑く、出かける気力は沸かない。

 ならばと取り出したのがこのスマホ。

 当然見るのは今月頭に加入した動画配信サービス。

 そう、八月も半ばを過ぎたという事は、夏休みも残すところ後一週間しかないのだ。つまり初月無料の期間もあと一週間という事になる。

 今のうちに見れるだけ見ておかなければ、なんとなく損した気分になるというものだ。

 そうだ、今日は時間もあるし劇場版を通しで見ることにしよう。

 

 そう思いついた俺は早速プリキュアの項目から劇場版を選択し、小さなスマホの画面で再生を始めたのだった。

 

*

 

 やばい、涙が止まらん。何故こうもプリキュアは俺の琴線に触れてくるのか。

 頑張れープリキュアー! 応援ライトは持っていないが俺が応援しているぞ!

 

「お兄ちゃーん? いる?」

 

 物語もクライマックス、散り散りになっていたプリキュアが集結し始めた頃、突然小町が部屋に入ってきた。

 小町もプリキュアなのかもしれない。

 そう考えるとちょっとテンションが上がる。

 

「あ、いたいた。何してんの?」

「劇場版プリキュア見てる」

「またプリキュア? 好きだねー」

 

 小町はそう言って、俺が仰向けで寝転がりながら持ち上げているスマホを腰を曲げて覗き込むと、そのままベッドにボフンと寝転がり、俺の頭と肩の間にその小さな頭を潜り込ませ、スマホを見上げた。

 なんだ、小町もプリキュアが見たかったのか、言ってくれれば、最初から誘ったのに。

 

「ねぇお兄ちゃん。暇ならお祭り行かない?」

 

 しばらく、二人で漢字の「八」の字のように仰向けでベッドに寝転がりながら、プリキュアを見ていると、小町がそんな事を言い出した。

 あれ? このまま一緒に劇場版二作目、三作目と見ていく流れじゃなかったの?

 

「んー? 今日はこれからプリキュア見なきゃいけないからなぁ」

「これ配信だからイツでも見れるんでしょ! ねぇ行こうよ。二人でお祭りに行けるのなんて今年で最後かもしれないんだよ?」

 

 すると小町は、ガバっと起き上がると、そう言って俺を責めてきた。

 何を言っているんだ?

 別に祭なんていつでも行きたい時に行けばいいだろう。

 え? もしかして地球滅亡でもすんの? 怖い。

 

「祭なんて毎年やってるんだし、気が向いた時に行けばいいだろ」

「……ううん。来年は小町受験でしょ? 再来年はまたお兄ちゃんが受験。その次はお兄ちゃんは浪人中。だから多分小町とお兄ちゃんが二人で行けるのは今年が最後なんだよ」

 

 俺のそんな返答を聞くと、小町はまるで誰かに言われた言葉を反芻するかのように、一言一言指折り確かめながらそんな事を言った。

 いや、待て待て、なんで俺が浪人する事が確定してるの? 現役合格してみせるわ。

 

「考えすぎだろ……」

「考えすぎじゃないよ、仮にそういう未来じゃなかったとしても、小町に彼氏が出来たらもうお兄ちゃんと一緒になんて行かないよ? 絶対お兄ちゃん後悔するよ? 『あー、あの時小町と一緒にお祭り行っておけば良かったー』ってなるよ? それでもいいの!?」

 

 小町に彼氏……出来るんだろうか?

 いや、まぁ確かに小町は可愛い。可愛いが……。なんかまだこいつの隣に男がいる姿っていうのが想像できないんだよなぁ。

 

「それに……お兄ちゃんにはいろはさんっていう人もいるんだし? 小町もお邪魔虫にはなりたくないしね」

 

 こいつは一体何を言っているんだろう。お邪魔虫も何も一色と俺がそういう関係になる事はない。そもそも今年の時点で一色と祭りに行く状況にないのだから、契約が切れる来年以降小町が邪魔者になるなんていう未来がありえない。

 ないのだが……。

 

「まぁ、最後だとは思わんが……じゃあ行くか」

 

 俺が少しだけ思案してそう言うと、小町は「やた!」とベッドから飛び上がる。

 まぁ、プリキュアは今日中に見なきゃいけないものでもないし、もしかしたら……本当に今年が最後なのかもしれない。

 だが、その言葉を口にすると本当になってしまう予感がして、俺は心のなかに留めておくことにした。

 

「じゃあ十五分後に玄関に集合ね、あ、お兄ちゃんはちゃんと着替えて! 小町そんなダルダルのTシャツの人と一緒に歩くの嫌だからね!」

 

 俺は勢いよく部屋を飛び出した小町に「おーう」とやる気のない返事をし、ベッドから起き上がる。まあ、そういう事なら前に買っておいたアレを試してみるか……。

 そんな事を考えながら、スマホを覗き込むと、どうやらプリキュア達は無事敵を倒し、大団円を迎えたらしく、エンディングのダンスムービーが流れていた。

 ああ、一番大事なシーンを見逃した。

 

*

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん! かき氷食べよ! この合成着色料たっぷりなやつ!」

「焼きそば! やっぱり屋台といえば焼きそばだよねぇ、このお肉も入ってない大味な焼きそばが屋台って感じがする」、

「たこ焼きー、このたこの小ささが堪んないよね! ケチくさい!」

「お兄ちゃーん!」

 

 小町はとても楽しそうに、出店をみては騒ぎ立て、俺に買った食べ物を見せてくる。

 お店の人がすごい目で睨んでくるからやめて欲しい。 

 

「お前、ディスるのか楽しむのかどっちかにしろよ」

「えー? でもこれ昔のお兄ちゃんのマネだよ?」

「俺はそこまで楽しんではいねーよ……」

 

 昔の俺は金も無かったので買うものはしっかり見定めなければと、思っていただけだ。

 実際出店の中には、かなり粗悪な物もあったりするからな。

 あのクジ屋『一等が出たら Thousando(サウザンドー) Button(ボタン)とソフトをセットで!』とか書いてあるけど本当に一等入ってるの? 『千葉県民は嘘つかない』という嘘を爺ちゃんから教え込まれていた頃の幼い八幡君だったら有り金全部つぎ込んでる所だぞ。

 

「ねぇお兄ちゃん、そろそろ花火始まるし、コンビニ寄ってかない?」

「コンビニ? なんで?」

「やっぱ飲み物買うなら出店よりコンビニの方が安いし? あと……トイレにも行っておきたい……」

 

 そう言うと小町はモジモジと身を捩らせた。

 

「トイレなら、会場備え付けのがあるんじゃないの」

「すっごい混んでるんだよ。お兄ちゃんは分からないかもしれないけど、女子トイレは特に」

「そ、そうか、すまん」

 

 なぜだろう、別に疚しい気持ちはないのだが。妹とはいえ女子のトイレ事情を聞くというのはなんとなく恥ずかしくて、つい謝ってしまった。

 

「ちょっと遠いけど反対側の道路にコンビニあるから、そっち行けば多分借りられると思うんだ、だから着いてきて」

「ええ……一人で行ってこいよ……」

「行くまで結構暗いんだよ、ついてきてよ。可愛い妹が心配じゃないの!?」

「しょうがねぇな……」

 

 そうして俺達は人混みを避けるように高台にある公園を抜け、階段を降り。横断歩道を渡った先にあるコンビニを目指した。

 なんか公園内で一瞬、抱き合ってるカップルが視界に入ったような気がするので一言だけ……、リア充爆ぜろ。

 

*

 

「じゃあ小町行ってくるから」

「おう」

 

 小町がコンビニ店員にトイレの使用許可を求めてレジへ向かうのを確認して、俺は店内を物色することにした、お、十番くじやってるな……。

 人気がないのかまだあまり引かれていないらしい。これは数ヶ月後にはワゴン行きだな。

 そんな事を考えながら次にお菓子コーナーを覗き、雑誌コーナーでボロボロの週間少年シャンプーを手にとった。

 週末のこの時期にまだ残っているのは珍しいな。ああ、合併号か。

 『Panzer(パンツァー)Panzer(パンツァー)』は…………今週も休みだな。目次を確認し、気になっていた作品を幾つか立ち読みして、最後にドリンクコーナーへと移動。

 マックスコーヒーは……ないか。

 そういや、外に自販機もあったな。ここで何か買う前に一回見てくるか。

 俺はそう思いたって、一度改めてコンビニを見回す。

 それなりに時間は立っていると思うが、小町はまだ戻ってきてないようだ。

 というか、よく見たら店内には浴衣姿の女子の姿がチラホラあり、トイレの前に数人並んでいた。もしかしたら小町と同じ考えで、ここにトイレを借りに来ているのかもしれない。

 まあ、深く考えるのはやめよう。下手するとセクハラ認定されかねないからな。

 触らぬ神に祟りなしだ。

 とりあえずLIKEしておくか。

 

【ちょっとマッカン探しに外の自販機見てくる、スグ戻るから外に出ないでコンビニの中で待ってろ】

 

 これでよし、まあそれほど距離も離れてないし大丈夫だろう。

 俺はスマホをポケットにしまい込むと、店員に無言で見つめられながら、コンビニを後にした。

 いや、マッカン無かったらここでちゃんとドリンクも買うんで。

 そうじゃなくても、何かしらは買いますから、本当。

 流石にトイレ借りるだけ借りて何も買わないのは失礼というものだろうからな……。

 

 そうして俺はコンビニを出て、今度は横断歩道を渡らず、数メートル公園側に歩いたところにある自販機へとやってきた。

 マッカンは……ないか。ちょっとショック。

 仕方ない、諦めてコンビニのコーヒーでも買おう。

 そう思い、自販機から視線をそらした瞬間、背後で大きな音が聞こえた。

 花火が始まったのだろうか?

 

 だが、俺が振り返ると、階段の下で浴衣を着た女性らしき人影が倒れ、身を捩らせているのが見えた。

 まさか落ちたのか? この暗闇で足を滑らせたというのは確かに有り得そうだが……。

 周囲に他に人もいないようだし、見捨てるのも忍びないか……。

 俺は左右を見て車が通っていないことを確認すると、そのまま道路を渡り女性の元へと歩み寄っていく。変質者だと思われませんように……。

 

「大丈夫ですか?……って一色?」

 

 苦しげに顔を歪めているその女性の顔は最初はっきりとは見えず、その見覚えのあるシルエットに、つい口をついたが。

 次の瞬間、花火の光で夜空が一瞬照らされ、それが本当に一色だとわかった。

 一色も、痛みに耐えるように閉じていた目をゆっくりと開き、俺を視認したようだ。

 

「セン……パイ……? なん、で?」

「なんではこっちのセリフだ。大丈夫か? ああ、頭打ったなら動かないほうがいいぞ」

 

 しかし、俺の静止を聞かず、身を捩らせながら起き上がろうとする一色に、俺は慌てて腰を落とし、その背中を支える。

 そして俺は改めて一色の体を確認しようとした。だが暗くて細部まではよく見えない。

 

「頭は……多分大丈夫です、そんなにぶつけた感じはないので……。それより……足と背中が……っ痛!」

 

 足と言われて視線を下げると、はだけた浴衣の裾部分は捲られ、一色の白い太ももまでが顕になっているのがわかった、そして一色は両足に何も履いていなかった。落ちた時に脱げたのだろうか?

 なんとなく、じっと見つめてはいけない気がして、目をそらすと近くに何かが転がっているのが見えた。……下駄だ。下駄が片方だけ転がっている。おそらくこれを履いていたのだろう。

 俺は一色の背中を支える手とは反対の手を伸ばし、その下駄を拾い上げる、もう片方は……どこだ?

 

「ってか今日打ち上げなんだろ? こんな所で何してんの? 健史達は一緒じゃないのか?」

「それが、私はもう帰ろうとしてた所で……ちょっと……その……」

 

 何やら一色は言いづらそうにボソボソと口を動かしていたので、俺はそれ以上の追求をやめた。

 まあ無理に聞き出すような事でもないだろう。

 今が帰りで、一色が一人だというならやることもシンプルだ。

 

「……まあいいけど。ほら、下駄片方だけだが落ちてたぞ、これ一色のであってる? 履ける?」

「あ、ありがとうございます。でもちょっとこのまま履くのは無理かもです……血もでちゃってるので」

 

 拾った下駄を渡そうとすると、一色が苦しげにそう言うので、俺はそのまま下駄を預かり、改めて一色の足を見た。

 すると右の足首は赤く腫れており。左足には小石で切ったような細かい傷が数箇所、少しだが血も出ており。膝には大きなアザもできていた。太もものあたりは……それほど目立った傷はないな。どうしたものかと傷を確認していると、突然足を隠された。どうやら一色が裾を戻したようだ。どうしたのかと顔に目を向けると、少しだけ顔を伏せていた。

 ん? よく見れば手からも出血しているか?

 

「他に痛むところは?」

「せ、背中……ですかね」

「指は動くな? 骨が折れたりはしてなさそうだけど……救急車呼ぶか?」

「流石にそこまでは……でも、ママに連絡して迎えに来てもらいたいかもです」

 

 『……ははは』と力なくそう笑う一色。

 いつもの一色からは考えられないほどの弱々しげな態度に俺も気が急いてしまう。

 とりあえず止血だけでもしたいが……。

 

「なあ、なんか血を止められそうな物あるか? バンソーコーとか。ハンカチとか」

「一応この袋の中に両方入ってますけど……バンソーコーじゃなくてバンドエイドですけど」

 

 そういって一色が手に持っていた巾着袋からハンカチとバンソーコーを取り出したので、俺はそれを受け取った。

 しかし、どうでもいい所で地域差がでてしまったな。

 千葉県民で統一されているわけではないのか。俺の学区と一色の学区の間辺りが境目なんだろうか?

 まぁ本当にどうでもいいが、そんな雑談をする程度には余裕が出てきたと、今はプラスに考えておこう。

 

「どっちでもいいよ……とりあえず傷口を洗わないとな」

 

 傷口の周りには細かい砂利が無数に張り付いており、とてもではないがこのままバンソーコーを付けられる状態ではなかった。

 とはいえ、この辺りには水場がない。

 最近は公園の水飲み場も使用不可になってるしなぁ……。仕方ない、ここは誕生日の借りを返すと思って、自腹を切るか。

 

「少し移動しよう、ここじゃ暗いしよく見えない。あそこのコンビニに小町もいるから、そこまで頑張れるか?」

「あ、はい……頑張ります」

「んじゃ、これちょっと預かっとくぞ」

 

 そう言ってバンソーコーとハンカチを尻ポケットに突っ込むと。

 一色の肩を持ち上げ、立たせようとする。

 だが、一色は立ち上がろうと片膝立ち状態になった所で、そのまま力なくへたり込んでしまった。

 

「あはは……ちょっとスグには立てないかもです」

「仕方ないか……ちょっと待ってろ」

 こういうのは俺のキャラじゃないんだがなぁ……。

 俺は一度スマホを取り出し、小町にメッセージを送る。

 

【今からそっち戻る、悪いんだけど水買っといてくれるか?】

 

 すると今度は即座に既読が付き【りょ】というスタンプが返ってきた。

 どうやら今なら小町も手が空いているようだ。

 よし、これで一手間稼げた。

 俺はスマホをポケットにしまうと、今度は一色に背を向けるようにしてしゃがみこむ。

 

「え……? センパイ?」

「ほら、乗れ」

 

 一色が目を丸くして、固まってしまったので、俺は少しだけ語気を強めてそういった。

 

「で、でもほら、それはちょっと流石にあざとすぎじゃないかなー? って……思うんですけど……」

「別にやりたくてやってるわけじゃねーよ、歩けるなら置いてくけど、立てないんじゃないの?」

 

 俺の問いかけに、一色は一瞬「う……」と言葉をを詰まらせ、しばらくウンウンと頭をひねっていた。

 よっぽど恥ずかしいのだろう。

 まあ俺だって出来ることならやりたくはない。

 だが現状では他に良い案が思いつかないのだ。

 

「どうする? オンブが嫌なら抱えるか? それともやっぱ救急車呼ぶ?」

「い、いえ、オンブで! オンブでお願いします。でも……変な所触らないでくださいよ?」

 

 一色は決心したようにそう言うと、おずおずと膝立ちの姿勢になり、遠慮がちに俺の肩に手をかける。

 思っていたより小さいな……。

 

「し、失礼しまーす……」

 

 ゆっくりと一色の体が俺の背中にのしかかり、女子特有の柔らかい感触と匂いが俺の理性を容赦なく攻撃してきた。

 だが、これは救命活動だ。幼い頃に小町をおぶった記憶を思い出せ。比企谷八幡。邪念を捨てろ、お前ならやれる、立ち上がれ、立ち上がるのだ。うおおおおお!

 

「……重」

 

 これは言い訳っぽく聞こえるかもしれないが、一色の事を特別重いと思ったわけではない。

 なんとうか、一色のオブられ方が下手なのだ。

 想像していた幼い頃の小町にしたオンブと今の一色のオンブでは、あまりにもその体重に差がありすぎたというのもある。

 立ち上がった瞬間、俺の口から思わずそんな言葉が漏れてしまったのも不可抗力と言えよう。

 

「あー!! 重いって! 重いって言った! 下ろして! 下ろして下さい!」

「あ、こら暴れんな! しょうがないだろ、変な姿勢なんだから」

「うう……もうお嫁に行けない……」

 

 暴れる一色の恨み節を聞きながら俺はバランスを整える。

 でもな? 一色が悪いんだぞ?

 変な所を触るなと言われたので、太ももの下に手首、手の甲をかませる形で無理やり持ち上げている状態なのに、浴衣だからか恥ずかしがって足もさほどこちらに回してくれず、俺が立ち上がった瞬間胸の部分を反らし、今は俺の腰と一色のお腹の辺りしか接触していないのだ。

 一色の体重のほぼ全てが俺の手首に掛かっている。こんな状態で人間を運ぶという苦労も理解して欲しい。

 これは決してオンブではない、組体操だ。

 しかも今からこの姿勢で横断歩道を渡らなければならないのだという。

 やっぱやめておけばよかった……。

 早くも後悔。

 

「なぁ、もっと体重預けてくんない? 不安定なのは自分でもわかるだろ?」

 

 俺がそういうと一色は渋々という感情を隠そうともせず、少し逡巡した後に俺にゆっくり体重を預けてきた。だが今度はその胸と俺の背中の間に何か硬いものが当たったのが分かる。

 どうやら巾着袋を間に挟んだらしい。

 まあ、それはいいか。とにかくコンビニに向かおう。

 決して『残念だ』なんて思ってはいない。これは人命救助なのだ。いや、本当に。

 

「ん?」

 

 そうして、ようやく一歩歩き出そうとした瞬間、ふと誰かに見られているような気配を感じて、俺は一色が落ちてきた階段の上をチラリと見上げた。

 だが当然のようにそこには暗闇が広がるだけで誰もいない。……気のせいか?

 

「センパイ?」

「いや、なんでもない。んじゃ行くぞ。しっかり掴まってろよ」

「……はーい」

 

 先程までと比べると随分大人しくなった一色がそう言うのを確認すると、俺はゆっくりと足を進めた。

 急に黙られるとそれはそれで対応に困るのだが……何か話したほうがいいのだろうか?

 だが、気の利いた話題も思い浮かばず、静寂の中、ドンドンと花火が打ち上がる音だけが聞こえてきた。

 目的地まではほんの十数メートルという所だが……ああ、信号が赤だ。どうやらタイミングも最悪らしい……。気まずい。

 

「……あれ?」

「ん? どした? なんか忘れ物?」

「あ、いえセンパイ……香水か何かつけてます?」

 

 突然一色にそんな事を言われ、俺の心臓が跳ねるのが分かった。そうか、この距離だと流石にバレるのか。

 

「いや、そんな大層なもんじゃねぇよ……普通の制汗スプレーだ……」

 

 そう、実は俺は今日初めて、制汗スプレーというものを使っていた。小町の見えない所で。

 変に『色気づいてる』とか『格好つけてる』とか思われるのも嫌だったので黙っていたのだが。無香料って書いてあったし小町に何も言われなかったから、気にするほどじゃないと思ったんだがなぁ。

 一体この事に一色はどんな感想をもつのだろう?

 あまり辛辣な言葉ではありませんように……。

 

「……センパイは、そういうの……使わないほうがいいと思いますよ……」

 

 だが、俺が何かキツイことを言われるのだと、少しだけ身構えていると。一色は何か考えるように一拍置き、そう言って、首に回していた手の力を強めた。

 どういう意味だろう? 『お前にはそんなの似合わねーよプギャー』と言うことだろうか?

 まあ、心配しなくても、今後も定期的に買おうとは思ってないがな……。それにもうすぐ夏も終わる。

 

 お、信号が青に変わった。

 あれ? 足元になんか落ちてる……ってもう片方の下駄か……まじか、一回しゃがまなきゃ駄目じゃん……。

 

*

 

「あ、お兄ちゃんどこ行ってたの!……っていろはさん!?」

「あ、あはは。小町ちゃんヤホー」

 

 一色をおぶったままコンビニまで戻ってくると、俺と一色の姿を確認した小町が慌てて駆け寄ってきた。

 中で待ってろって言ったと思うんだが……まあ今はそれどころじゃないか。

 

「そこの階段から落ちたらしい」

「ええー!? 大丈夫なんですか!? ってうわ、本当だ、痛そう……」

「それで、傷口洗いたいんだが水買っておいてくれた?」

 

 俺がそう言うと小町はビクリと背中を震わせた。

 ん? なんか俺変なこと言ったか?

 事前に連絡もしておいたよな?

 

「あ、あはは……買うには買ったんだけど……」

 

 小町がおずおずとコンビニ袋を俺の目の前に広げてくると、一色も俺の頭越しにその中身を覗いていた。

 その中に入っているのは、アイス。メロンソーダ。そしていろ○す……梨味。

 

「なんで梨味とか買っちゃうの? 水って言ったよね?」

「だって……だって小町も飲んでみたかったんだもん! 傷口洗う用だなんて聞いてないし……」

 

 まぁ、確かに用途を言わなかった俺も悪いか。

 しかし、どうしよう、この辺りに水場なんて無いし、もう一本買うしか無いのか……というかそもそも一本で足りるのか?

 

「ちょ、ちょっと待ってて!」

 

 だが、そんな事を考えていると、小町が慌てた様子でコンビニの中へと戻っていった。

 買い直しに行ったのだろうか?

 俺と一色は一瞬何事が置きたのかと一瞬視線を交わすと、小町を目で追う。すると小町は自動ドアを抜け、そのままレジへと向かうと店員と二~三言言葉をかわし戻ってきた。

 

「OK、そういう事なら裏にある、水道使っていいって!」

「お、ナイス小町」

「えへへ」

 

 そうして俺達はコンビニの裏手に周り、水道の蛇口を見つけた。

 正面に比べると随分ん暗いが、まあこの際贅沢は言えないだろう。

 お、台車もあるな。車椅子代わりに少し貸してもらうか。

 

「んじゃ、一回下ろすぞ? 小町、そこの台車持ってきてくれ」

「はーい。ささ、いろはさん、ここ座って下さい」

「あ、小町ちゃんありがとう……痛っ!」

「大丈夫ですか?」

「う、うん。大丈夫大丈夫」

 

 一色は台車の上に座ると、痛みに顔を歪めながらそういった。

 少し元気がでてきたと思ったが、やせ我慢だったか。

 

「痛いですか?」

「う、うん。ちょっと……でもさっきよりは大分楽になってきたから」

「んじゃ、とりあえず傷口洗い流すぞ、砂利落とすから足出せ」

「へ?」

 

 俺が水道の蛇口を捻り水温を確かめながらそう言うと、一色は何を言われたのか分からないという表情で聞き返して来た……面倒くさいな。

 ん? 知らない間に手に何かついている……って一色の血か。よく見るとズボンにも血の跡が点々とついていた。一色をオブッた時についたのだろう、まあ仕方ない。

 

「ほら、いいから足出せ。あー、小町あと消毒液とかあったら買ってきくれるか?」

「ラジャ!……あ、でも小町もうお金ない……」

「……心配しなくても俺が出すよ」

 

 オズオズと足を伸ばしてくる一色を横目に、おっさんから貰ったほぼ新品の財布を小町に渡すと、小町は「うわ、お兄ちゃんが大人みたい……」と驚愕の表情を浮かべ俺を見て来た。

 まあ出費は痛いがこれは先週の……うん、先週の借りみたいなもんだ。

 バンソーコーはさっき一色から預かったのがあるが……これ足りるか?

 よく見ると枚数はそれほど多くない。小さな可愛らしいデザインのものがたった四枚。

 はぁ……。

 

「それと包帯とガーゼなんかもあったら頼む。あ、そうだ小町。これの事なんて言う?」

 

 俺はそのままコンビニへ行こうとしていた小町を呼び止め、そう告げると先程一色から預かったバンソーコーを取り出し、小町に見せた。

 まあ聞くまでもないか、小町は当然「バンソーコー」派だろう。

 この場で地域差が出るのは一色ぐらいなものだ、我ながら大人げない事を聞いてしまった。

 

「へ? サビオ?」

 

 だが、小町は一瞬不思議そうな顔をしてそう言うと、コンビニへと走っていった。

 なんで兄妹間で地域差が生じてんだよ……。もしかしてウチ時空歪んでんの?




また八小って言われそうだけど、ちゃんと八色要素も入ってるから(震え声)
というわけで八幡がいろはと合流するお話でした。

冒頭にも書きましたが、原作の『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の三期の情報がついにでてきましたね。
アニメ三期のタイトルは
『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 完』
放送開始は2020年春だそうですが。
11月19日には原作最終巻も出るみたいだし色々楽しみです。

あれ? というかあなた様は騎空士様では……? こんな所で何を……?
古戦場始まってますよ……?
(2019/11/14~2019/11/21


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