このファランの騎士に祝福を (カチカチチーズ)
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かくして彼は始まりに至る


やあ、チーズだよ。
うん、そうなんだ、発作なんだ。
やはりチーズだよ

この先チーズがあるぞ


 

 

 

 

 運命とは変えられぬモノ。

 どれだけ変化しようとも結局の所そういった運命であったに過ぎず、運命は容易くその手を伸ばし首へと絡みつく。

 逃げる事など只人でしかない人間には到底不可能な話であり、そもそもが話として運命からはあらゆる存在は逃れることは出来ない。

 さて、とある男の話をしよう。

 彼は所謂普通の学生だ。

 性格やらなんやらは多少ひねくれていてもそれは決して普通の人間のそれから逸脱している訳では無いし、普通と言ったからといって何処ぞの逸般人のような頭のイカれたありえない普通では断じてない。

 彼は普通に受験し、普通に卒業し、普通に大学生になった。

 そんな日本中を見てもまったくもってありふれた人間でしかない彼にはとある運命が定まっていた。どうしようもなく、先延ばしには出来るであろうが逃げる事だけは不可能な運命。

 

 

 さて、彼へと迫る運命とはいったいどのようなモノなのか。だが、それを記す前にこの彼について軽く説明を入れよう。

 大学二年の夏休み、バイトも休みであり特にゼミの集まりがあるわけでもなく、これと言って友人らと遊ぶ予定があるわけでもない、そんな日暮れ頃。

 北海道の大学────ではなく、北関東にある大学に実家から通っている彼は適当に外を歩いていた。

 その手にさげられているのはスーパーのレジ袋。ゲームのツマミにでもするのか中にはぶどうジュースが数本と大きめのチーズ。たまたま安くなっていたのを見つけ、これ幸いと買った次第だがやはりそこそこの塊であるチーズはずっしりとした重みを彼の手に伝えている。

 そんな重みに楽しみを抱いている彼であるがしかし、運命とは本人からすればあまりにも唐突でかないのだ。

 ところで昨今、老人の運転する車がなんとも危なげであるのが有名だ。

 そして、それは彼の地元でも起きない────なんて事はありえず、歩道を、彼の後方から一台の車がそこそこのスピードでそのまま彼へと向かってくる。

 だが、まあ、距離が距離だったか、視認してから行動に移すには充分であり彼は車に轢かれるなどということは無かった。つまり、これは彼の運命ではなかった訳だが…………あくまで避けれたのは彼の身体だけ、その手にさげていたスーパーのレジ袋は車体に当たりそのままはね飛ばされてしまった。

 ぶつかった際にペットボトルが破損したのかぶどうジュースの雨が周りに降り注ぐ中、洗うのが大変だなと彼は思いつつレジ袋を受け止めようとして空を見上げれば

 

 

 

 

 

 もはや時既に遅し。

 

 

 文字通り目と鼻の先にソレは迫っていた。

 

 

 

 すなわちチーズの塊。

 そこそこの重さのあるそれが空中より真っ直ぐに彼の目頭へと落下。

 回避?無理である。

 車と比べるな。視認してから行動に移るほどの距離なんてものは重箱の隅をつついたって出やしない。

 故に運命(チーズ)は彼へと迫り、そのまま彼の目頭へと叩きつけられた。その際に衝撃で首の骨を折り、顔は陥没しそのまま彼は痛みを感じる前にその生命を散らした。

 あまりに呆気ない。

 あまりに悲しい終わり。

 彼のコノートの女王も同情してくれる死に方であった。

 

 

 

 

 

 

 さてさて、はてさて、ここまでが既定路線。

 シチュエーション?

 タイミング?

 パターン?

 そんなものは関係ない。結局の所、彼はソレによって死ぬというのが運命であり問題なのはここからである。

 あらゆる並行世界の彼は必ずこの運命によってその生命を散らして別世界にて新たな生命として産まれてくる。

 人はこれを転生と呼ぶが、そこに一切神という存在は関わらずあるのは運命というどうしようもないものしか存在していない。

 

 

 故にこの先、転生を果たした先にいったいどのような事があるのかは誰もわからない。よく神のみぞ知るなどという事があるがこれにはそんなものは一切当てはまらない、何故ならば神なんぞそもそも関わっていないのだから。

 例えば、湖の騎士として生を受ける。

 例えば、将軍家剣術指南役の末裔として生を受ける。

 例えば、何れ別世界に転移するだろうゲームが存在する未来世界に生を受ける。

 例えば、漫画家の少女と出会うかもしれないそんな生き方をする世界に生を受ける。

 例えば、例えば、例えば。

 その先は千差万別。ありえないものはありえない。

 

 

 

 だから、もしかしたら、その先にあるのは、常人では到底耐えられるようなものじゃあないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────そんな事もあったな。

 

 口から血反吐を吐き出す。

 思考が現実へと戻ってくる。靄がかった視界が段々と鮮明になっていく。

 いったい俺はどうなったのか。

 

 

「パーシィ!!死んだか!?死んでねぇならなんか言え!」

 

 

 視界が揺れる、頭が揺れる、気持ちが悪い。どうやら、誰かに揺さぶられているようで…………その誰かの声にようやく俺は未だ自分が生きている事を自覚した。

 揺れる視界の中、視線を動かせば俺の肩を掴み揺さぶる男がいる。口喧しく俺へと呼びかける此奴に俺は面倒臭いと感じつつも応えてやらねばならない。

 

 

「おい、パーシィ!」

 

「さわ、ぐな……糞、くわ、すぞ……」

 

 

 俺の返答に一先ず安堵したのか此奴────兄弟は揺さぶるのをやめ溜息をついた。

 そんな兄弟を他所に俺は視線を動かし周囲を見る。何処ぞの遺跡であったろう場所、壁には彼の神々と古竜の戦争の歴史が描かれているが残念な事に所々壁は破損し、更にはおびただしい程の血液がぶちまけられている。

 と、視線を忙しなく動かす俺の様子に気づいたのか兄弟はまるで幼子に言い聞かせるかのような口調で話し始めた。

 

 

「安心しろ、魔物はさっきぶっ殺した。多少の怪我はあったろうがお前以外基本的に軽傷だ」

 

「そう、か……」

 

 

 どうやら、俺以外は無事なようだ。

 俺はそれに安堵の息を漏らしながら、自分の身体へ視線を移す。

 右胸から右脇腹に抉るような傷────いや、実際問題内臓の一部ごと抉られている。一先ず止血はされているようだが、先程から口から血反吐が出る。

 回復が出来ていないようだ。

 

 

「エス、トを……」

 

「ほら、ゆっくり呑め」

 

 

 兄弟から瓶を受け取り、中身を呷る。

 エスト独特の香りが口内に広がり、鉄の味を軽くしてくれるのが理解出来る。そうして、エストは少しずつであるが俺の身体に、ソウルへと染み渡り傷を修復している。

 一先ずは問題ないだろう。

 軽く深呼吸を行い、俺は四肢に力を込める。

 瓶を持っている右手は兎も角、左手や両脚は魔物に吹き飛ばされ壁へと激突した際に変に打ち付けたのか軽く痛みが走るがそんなものはいままでに何度もやってきた事で俺は兄弟の肩を借りつつも立ち上がった。

 

 

「おい……無理はするな。兄弟たちも消耗してるんだ無理に動く必要は無いぞ」

 

「わかっ、ている」

 

 

 改めて俺は周囲を見回す。

 兄弟たちが各々、集まって武器を修復していたり鎧の調整を行っていたり、瞑想をして心身を落ち着かせていたり、と様々である。

 見る限り兄弟が言ったように目に見える怪我をしたのは俺ぐらいのようだ。

 俺と視線が合った兄弟たちが軽く手を挙げるのに手を挙げ返しつつ、俺は先の戦いを思い返す。

 何人かの兄弟らが見つけた深淵の兆し、その源へと足を運び辿り着いたのがこの遺跡。そして、そこには深淵の魔物が深淵を撒き散らすように眠っていた。

 いままでのに比べてみてもそこまで大差がなかった魔物と殺り合っていて……そう、連続攻撃の後の隙を突かれて…………。

 

 

「…………未熟、か」

 

 

 愚かだ。

 馬鹿だ。

 未熟だ。

 深淵の魔物。どのような強さであろうとも深淵に属している以上、慢心や油断は命取りにしかならないというのに……何たる醜態だろうか。

 これでは駄目だ。

 こんなものでは駄目だ。

 俺は、俺たちは継がねばならないのに。

 何れ来る灰の選択の為にも俺は火を継がねばならぬのに。

 こんなものでは俺は火を継げぬ。

 火の無い灰ではなくただの不死人としてこの世界に生まれた俺は、ただ、ただ、迫害されるだけだった。だが、そんな俺を拾い上げ、迎え入れてくれたのが兄弟たちだった。

 ただの不死として、亡者となり自分がなんだったのかを忘れるような末路ではなく、兄弟たちと共に火を継ぐ、それは俺にとってあまりにも生き甲斐となった。

 俺は一人などではなく、彼らと共に、何時かの世界の為に礎となれるのであれば。

 だが、今のままでは駄目なのだ。

 俺はこれでは、火を継げない。

 もっと力を。もっと、もっと、力を。

 

 

「────ッ、貴公」

 

「兄弟……!」

 

「パーシィ……」

 

 

 もっと、力が欲しい。

 …………なんだ、どうした。

 辺りを見回せば兄弟たちが立ち上がりその手に大剣を握っている。

 皆、その視線を俺へと集中している。

 いったいどうしたというのだ。

 何故、兄弟たちはそんなもの哀しげな視線を俺にむけるというのだ。

 なあ、どうして。

 

 ドウシテ。

 

 

「パーシヴァル。我らが兄弟。我らが同胞」

 

「我ら狼血を分けし、狼公のソウルを分かちあった兄弟よ」

 

「闇より深淵の兆しを探り、世に仇なす異形を狩る不死の騎士隊」

 

「兄弟。我らが三十九人目の兄弟よ」

 

 

 何故、オマエたちは、オレに剣ヲ向けてイル。

 ドウして。

 なんで。

 

 

「貴公、深淵を畏れたまえ」

 

「我らが深淵を討つ時、深淵もまた我らへとその手を伸ばしている」

 

「分かる、分かるとも。その本質は普遍的な人間性故に」

 

「そして、怪物と戦う者は、その時自らも怪物ととならぬように気をつけねばならない」

 

「「「「「兄弟」」」」」

 

 

 ヤメ、ロ。

 俺は、マダ。

 

 腕をその背の大剣の柄へと伸ばす。

 

 

「すまない」

 

「安らかに眠ってくれ」

 

「何れ後を逝く」

 

「さらば」

 

「「「「「「おやすみ、兄弟」」」」」」

 

 

「────ガフッ」

 

 

 血反吐を吐き出す。

 腹を、背を、胸を、兄弟たちがその大剣で貫く。

 血が溢れ出る。彼らの、兄弟たちの剣が俺のソウルを深々と切り裂いている。

 嗚呼、駄目だ。

 不死であろうとももはや駄目だ。

 ここまで来て、俺はようやく理解した。

 

 

「嗚呼…………俺は…………」

 

 

 どろりとして生暖かい、だが確かにそれは優しいモノだ。

 俺の人間性が確かに俺のソウルをそういったモノへと変貌させていたのが漸く理解出来た。

 結局の所、俺は駄目だったのだ。

 最初の火継ぎの王の様に火を継ぐ事もなく、兄弟たちと共に火を継ぐ事もなく、火が陰る中目を覚まして玉座を離れる事もなく、火の無い灰により玉座へと連れ戻される事もなく、俺は有象無象として死ぬのか。

 深淵に陥った不死に戻る場所はなく、俺は本当に死に絶える。

 嘗ての様に二度目があるわけもなく、俺は死ぬ。なんて、哀しいのだろう。

 火を継げなかった…………だが、それでも、兄弟たちとの日々は何より楽しかった。

 

 

 

 

「────おやすみ、兄弟」

 

 

 希薄となる俺の生暖かいソウルを抱きながら俺はその意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もとより異邦より来たりしソウル。

 故に本来のソレとは違う為に、一つの例外として彼のソウルは世界を超える。

 

 それが何処に流れ着くのかは誰にも、神にも分かりはしないだろう。

 

 だが、それでも。

 きっと、嘗てよりは優しい世界であるのは間違いない。

 

 

 世界に目覚めの鐘の音が鳴り渡る。

 火を継ぐ王もなく、継ぐ火もありはせず、王を玉座へと連れ戻す王狩りたる火の無い灰もいはしない。

 では、その鐘の音は誰を起こすのだろうか。

 たった一人の王になれなかった騎士を目覚めさせるのだ。

 

 

「………………」

 

 

 かくして、騎士は目を覚ます。

 狼血を分かちあった一人の不死が目を覚ます。

 これから彼はこの世界でどう生きるのだろうか。だが、そんな事は後回しだ。

 

 

 

 

 

 

「えっと……その……大丈夫ですか?」

 

 

 先の生き方よりも目の前の美しく可憐な女神の方が不死にとって何より重要だろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公のダクソステータスは活動報告にあげときますね。


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美しき女神に誓約を

2話目を即投稿☆
チーズが食べたい


 

 

 

 

 

 始まりはなんだったか、今ではとても曖昧だ。

 

 気がつけば俺はこの世界で生を受け、父母から普通の愛情を与えられて育った。

 そこそこの家庭でそこそこの暮らし、この世界の事を考えればそれはきっと貴族共や商家に比べればそうでもないだろうが、周囲の家々と比べればなかなかに贅沢な暮らしであったのかもしれない。

 きっと俺は普通に生きて普通に死ぬのか、それとも騎士にでもなるのかもしれない、そう考えていた。そんな俺の人生の転機はとある男に出会った事だ。

 男は魔術師だった。

 学院に通い知識を蓄えた魔術師、そんな男が何を考えたのかそれとも単純に気まぐれかお遊びか何かで俺に学院で蓄えた知識を、魔術を俺に教えこんだ。

 十を超えてそう経っていない餓鬼に何を教えるのか、と呆れもしたが俺は魔術と出会ったことで大きく俺の中の世界が変わった気がした。

もとよりこの世界が何時の時代なのかは分からなかったがそれでも、有象無象の一人でしかないのは理解していた。だから、魔術と出会ったのは俺にとってとても大切な経験であった。

 もしかすれば、将来魔術師の一人として火の無い灰に協力出来るのかもしれないし、それとも俺が遺したモノが灰の力になるかもしれないと考えたからだ。

 故に俺は男の、師のもとで多くの知識と魔術を得た。

 

 そして、俺は竜の学院の門を叩いた。

 

 我が師の紹介もあり、俺は門前払いされることもなく無事に学院の末席にその身を置くことを許された。

 だが、俺の中にあった学院の想像は軽々と裏切られたのは間違いなかった。

 

 学院にいるのは殆どが貴族出身の輩でありそこにあるのは自尊心ばかりであった。当たり前だろう、そもそも学院は知識を持つ者がより一層の知識を得る為に足を運ぶ場所であり、その為には学院に入る前から知識を得ねばならない。

 であれば学院に入る者など大半が裕福で余裕があり知識を得る事が出来る立場なのは明白だった。

 そして、貴族であり学院に入れるだけの知識を持つ者そんな輩が自らを選ばれた人種と考えないはずが無くいつの世もこういった輩があるのは当たり前だった。そして、面倒な事に学院にいる以上、自尊心だけではなくそれに見合った実力があるのもまた必然とも言えた。

 無論、彼のビッグハット・ローガンの様に魔術を極めんとし門を叩いた魔術師らもいるがそれは前者に比べれば半数にも届かず、故にこそ彼らは集まり固まるか他者を己の知識や成果を奪おうとする敵と見なして一人で研究する者の二通りだった。

 

 俺もまたそう言った一人きりの魔術師だった。

 

 だが、それでも、彼らほど排他的ではなくそれなりに学院内で友人もいたし、喧しくうっとおしい存在ではあったが扱い方を覚えればどうとでもなる貴族出身の輩ともそれなりに交友を深める事が出来た。

 

 

 だからこそ、ソレはあまりにも俺の心を壊したのだろう。

 

 

 あの日、俺の胸にそれが生じた。

 黒い穴、黒い輪、不死の証。すなわちはダークリング。

 故に俺は不死人となった。

 

 それでも、きっと、そんな希望を抱いて────踏み砕かれた。

 まるで掌を返すように俺を迫害する学院の仲間たち。その瞳に映るのは同情や哀しみなんかではなくただ、ただ、軽蔑の色でしかなかった。

 どうして、どうして、と俺は嗚咽と共に吐きながらも這って学院から逃げ出した。

 そうして、家族のもとへ向かえばそこにいるのは包丁や剣を手にして俺に対して口汚く罵り軽蔑の眼差しを向ける家族だった者ばかり。

 

 駄目だったのだ。

 俺は結局の所、駄目だったのだ。

 剣と杖を手にして、俺は逃げた。

 逃げた。

 逃げた。

 不死であるからと俺は迫害されて心が壊れて、もう何も考えたくなくて、でも、そんな時に俺は彼らに出会ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「えっと……その……大丈夫ですか?」

 

 

 兄弟たちによって殺された俺はなぜゆえか、生きていた。

 いや、不死であるからそれはとても当たり前なのだが、深淵に侵された以上は不死といえども深淵狩りたる俺たちの剣で殺されればそのままソウルは失せ、肉体は動かず意思もなくし消えていくはずだ。

 にも関わらず俺はこうして生きている。

 深淵に呑まれている様子もなく、俺はしっかりとした自我を保っている。無論、やはり何処か記憶は喪っているのやもしれないがしかし…………いや、それよりもだ。

 目の前に女神がいる。

 腰よりも長く伸ばした美しい銀糸の如き髪に何処か修道女を思わせる濃紺の衣は白い帯と金の帯を交じわせており貞淑さを感じさせている。そして、そのアメジストの様な瞳────無論、アメジスト以上の美しさである────はまさしく慈愛の色が見受けられる。

 記憶の端に残る、彼の太陽の光の女神の様な大人の女性といった容姿ではなく可憐な少女の様な見姿であるが彼女はまさしく女神である。

 故にそんな彼女に俺が口にした言葉は、

 

 

「剣草を捧げます」

 

「へ?」

 

 

 女神の騎士をしながらファランの騎士は出来るのだろうか。

 そればかりが心配だ。

 

 

「え、あ、えっと、その、だ、大丈夫です」

 

「そう、ですか……」

 

 

 剣草を断られた。

 少しショックだ。

 さて、どうするか。彼女を見ていると何となく見覚えがあるように感じられるがまったく思い出せない。恐らく死ぬ中で喪った記憶の中にあったのかもしれないが喪ったものを一々気にしていてはどうしようもない。

 で、何事も情報こそが重要。

 

 

「名も知らぬ女神よ……此処は……何処で、御身はどのような御名なのでしょうか……どうか、この矮小な私めに御教え頂きたい」

 

「へ……あ、はい。えっと、まず此処はですねアクセルの街から少し外れた所にある廃教会でして……それで私の名はエリス、この世界で幸運を司っている女神です」

 

 

 幸運────まさしく人に寄り添う女神なのだろう。

 幸運とはすなわち人間性と強く関わっており、そして人間性の闇と幸運は比例するという。

 その事を考えるに彼女は人間性の闇をも司っていると言えるのでは無いだろうか。そして、人間性の闇は深淵とも繋がりがあり……フッ、深淵に呑まれた俺が幸運を司る女神と出会うとはなんとも因果な事だろうか。

 

 

「なるほど、女神エリス様。御身の御名確かに聴き賜りました。不躾ながら他にも御聴きしたい事が存じます」

 

「はい、なんでしょうか」

 

 

 あ、そう言えば名を名乗っていなかった。

 

 

「まずは我が名をパーシヴァルと申します。とある騎士隊に属していた身でありますが…………しかしながら、私は死んだはずなのです。呪われ死なずの者となった私は結果としてそのソウルごと世界より失せ二度と目を覚まさぬはずでございました……しかし、こうして、私は御身と言葉を交わせている、なぜゆえなのでしょうか」

 

「なるほど。残念ですが私にも貴方が何故この世界に現れたのかは分かりません。ですがパーシヴァルさん、貴方が転生したのは間違いない事でしょう」

 

 

 転生。身に覚えしかない。

 そもそも俺は嘗ての死により、ヴィンハイムのとある一家の子供として転生した。

 人生二度あることは三度あるというが、まさか人生そのものに二度目があったと思えばこうして三度目の人生が与えられる事となろうとは……なんとも不可思議でしかないが…………女神にも分からぬならば俺がいくら考えた所で意味も無いだろう。

 運が良かったと考えるか…………やはり、幸運の女神たる彼女に出会えたのは奇跡以外の何物でもないな。

 

 

 しかし……話の流れとしても、ここは別の世界か。

 いや、俺の記憶の片隅が彼女はあの世界とは別の世界の存在であると囁いていた時点で分かりきっていたことだが…………さて、これから俺はどうすればいいのか。

 と、そんな思案するような俺の視線でも感じ取ったのか、それとも単純に女神として理解したのか彼女は女神らしく神妙な表情を見せる。

 ああ、やはり女神だ。可憐だ。

 

 

「パーシヴァルさん、貴方がこの世界に転生した経緯は分かりませんが、別世界からの転生者として判断する以上、貴方に一つ使命を与えます」

 

 

 嗚呼……この世界でどうすればいいのかも分からない俺に使命という名の目標を与えてくれるとは……やはり彼女は慈悲深いようだ。

 俺はそんな彼女に対して一度立ち上がってから、跪く。

 

 

「この世界には魔王と呼ばれる存在がいます。別世界で死んだ方々でこの世界に転生した方に魔王を退治するという使命を与えています。それは我々が行ったわけではありませんが貴方も転生者である為、類に漏れません」

 

「魔王退治。無論、拒否するという選択肢はありませぬ」

 

「ありがとうございます。……本来なら転生の際に魔王退治の為にも転生特典を与えているのですが貴方は既に転生している身、故に転生特典は与える事が出来ません……なので、私に叶えられる範囲であるならば何か願いを叶えますが……何かありますか?あ、そこまで大きな事は出来ませんからね?」

 

 

 もしも灰だったら、願いを叶えてもらった後に何か後ろから刺しに行きそうだが……流石に俺はそんな事はやらない。

 さて、願いか。

 こういうのは御本人から許されるのが一番だろう。

 

 

「女神エリス様。なれば、この身が御身の騎士に、御身に仕える事を御許し頂きたく……」

 

「…………へ、あ、はい。分かりました、騎士パーシヴァル、貴方が私に仕えることを許します」

 

 

 特別ですよ?

 そんな風にはまるで少女の様に可憐な笑みを浮かべ、俺が捧げたブロードソードを手に取り、その刀身を俺の肩へと乗せる。

 騎士任命の儀を簡易的であるがそれを彼女の手により受ければ、何やら俺の中で何かが変動した様な感覚があった。

 

 

「ほんの少しではありますが私から加護を授けました」

 

 

 少し運が上がりましたよ。

 そんな言葉を聴きながら俺は自身のソウルを覗き見る。なるほど、確かに人間性の闇が僅かばかり震えた気がする。

 俺は彼女に礼をし、立ち上がる。

 

 

「まず、この廃教会を出て少し歩いた所にアクセルという街があります。そこにある冒険者ギルドという場所で冒険者登録をおこなってくださいね……あ、その際に登録料がかかるのでその時にはこの袋をそのまま渡してください。ちょうどピッタリ登録料が入っていますので」

 

 

 なんて慈悲深いのだろうか女神か?女神か。

 彼女より手渡された通貨が入ってると思われる袋を懐────ソウルへとしまい込みながら、再び彼女に礼をする。

 

 

「ああ、それとアクセルの街には私の教会もあるので何かあればお祈りにでも来てくださいね」

 

「それでは、パーシヴァルさん。貴方のこれからに祝福があらんことを……」

 

 

 最後にそう言い残して彼女はまるで夢幻かのようにその姿をこの場から消した。

 しばし、彼女がいた名残りを感じながら俺は改めて自身のソウルを覗き見る。

 その際にソウルの業によりしまい込んでいた数々の道具を確認して、直ぐに取り出せるように一部の道具の位置を動かしつつ、騎士任命の際に使ったブロードソードをソウルにしまい込んでそこで漸く自分の背に武器が一つも無いことに気がついた。

 

 

「ふむ……」

 

 

 ファランの大剣と短刀をソウルから取り出して大剣を背負い、短刀を腰元に吊り下げて更にソウルから魔術師の杖を取り出し腰のベルトに差し込んでおく。

 ふと、自分の誓約を確認してみればそこには女神エリスの騎士である事が確認出来る。いや、まあ、元々ファランの騎士ではあったがアレは誓約とは違うものであったからそこまで気になりはしないが…………何を捧げれば良いのだろうか。

 やはり、剣草だろうか?暗月の様に耳を求める様な女神では無いのは明白……人間性……人間性だろうか、もしや。

 …………無難に剣草を捧げよう。

 

 

 

 

 俺は廃教会を後にした。

 ……ところで、この世界には篝火は無いのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに主人公の名前であるパーシヴァルは、初代深淵の監視者とも言える深淵歩きアルトリウスの名前であるアルトリウスがアーサー王の元ネタであるそうでアーサー王伝説の騎士から引っ張ってきました。


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そして騎士は唐突に

本当は他の作品を投稿してからこっちに手をつけようと思ったのですが予想外に筆が進まずこちらを投稿しました。

この先 冒険者がいるぞ


 

 

 

 

 アクセルの街。

 曰く、地理的に魔王の城から最も離れており周囲のモンスターも弱く、まさに駆け出し冒険者の街であるそうだ。

 街の周囲はしっかりと石壁に囲われており、街の出入り口には衛兵らが警備している。

 こうして、街に入ってその内側も見るになかなか良い街並みであると思うが……亡者やらなんやらが出てくるようなあの世界と果たして比べて良いものなのだろうか。

 まあ、決して良くはないだろうな。

 しかし、本当に平和だ。

 時折冒険者なのか少々荒くれ者にも見える装いの者も見かけるがそれでも、嘗ての世界のような何処か殺気めいたものを漂わせている者とは偉く大人しく見える。

 具体的には普通の犬と亡者に近しい犬ぐらい違うな…………改めて考えるとあの世界は恐ろしいな。

 

 

 途中、道行く人にギルドの場所を尋ねつつもなんやかんやで俺は冒険者ギルドへと辿り着いたわけだが……意外にこの街は広かった。

 外から見てはそこまで大きくはないと思っていたがこうして中にいるとその大きさがよく分かる。

 先程も中央通りに面して恐らく貴族の屋敷であろう建物も見受けられた。それほどこの街が栄えているという事なのだろうな。

 と、それはそれとしてだ。

 先程から何やら視線を感じる。無論、俺がこの街の人間からすれば余所者であるというのもあるのだろうが、別にそんな事は大した影響は無いだろう。

 少なくともこの街は駆け出し冒険者の街と言われているのだ、冒険者に憧れ冒険者になりに来た外村の若者も来るのだから今更俺のような存在を注視する必要はない筈だ。

 いや、これで俺の見た目が原因だったら正直泣きたくなる。決してこの装備がそういう注目を浴びるような装備だから泣くのではない、何せあちらの世界じゃあ俺たちは不吉の象徴の様に扱われていたんだからな。

 実際、俺たちは闇より深淵の兆しを探り、異形を狩る集団なのだから、俺たちが来るということは災厄の種があるという意味合いにも取れる…………後はアレか、何回か国ごと滅ぼしたのが原因か。

 

 と、話がズレたな。……うまく隠れているのか、視線の主が何処にいるのかは少し分からないが……この視線には悪意というものが一切込められていない。

 俺が学院で浴びせられたあの軽蔑の眼差しは……俺たちへと向けられた恐怖と嫌悪と利用しようとする面倒な感情のごっちゃ煮の視線ばかりだった。前者は忘れようろくな思い出じゃあない、後者は兄弟達との思い出である以上善し悪しは関係ない。ンン、またズレたな。

 さて、この視線。感じるに込められている感情は恐らく心配?といった感情だろう……言うなれば親が子を心配しているようなそういった視線だ。

 ン、これはアレだな。兄弟(ホークウッド)が入ったばかりの頃に俺と二人で隊の流儀を殺し合いながら教えていた時に兄弟達に向けられていたモノと似てるな。具体的に言うとなんかやらかさないか心配って感じのだ。

 この世界に来てそんな視線を向けてくる存在……多くて二種類になる。

 

 まず一つは俺が危険かもしれないけど悪い人間じゃないとかなんやらいるわけもない人間。

 そして、二つ目もとい本命となるのは皆まで言うなそんなのたった御一人……一柱?しかいないに決まっている。

 そうつまりは我が女神だ。

 間違いなくあの御方だろう……ならば、心配御無用という事を示すべく普通に変に張り切らずに行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも通りの日常。

 いつも通りの風景。

 アクセルの街の冒険者ギルドはいつも通り代わり映えなく冒険者たちで賑わっていた。

テーブルにつきジョッキを片手に自分が成功した冒険を語らう者、依頼の貼られた掲示板の前で依頼を物色する者、受付嬢を口説こうとして見事に振られる者。

 そんないつもと大して変わらない冒険者ギルドにまた一人足を運ぶ者がいた。

 

 

「ッ────」

 

 

 それは騎士だった。

 何処かボロボロで、だが積み重ねられた歴史を感じさせるような衣服、その下にはしっかりとした鎧を着ており腰には短刀やらが吊り下げられたベルトが何本か巻かれている。

 色褪せた赤いマントに背負われた大剣、そして何より印象深いのは首から上だろう。立っている襟と布で鼻から下は隠され、更には目元を守るためのマスクを装着しており、三角帽子の様な鉄兜を被る事で全くと言っていいほどその人相が分からないそんな風貌の騎士。

 実力のない者でもこの騎士が幾度も修羅場をくぐり抜けた猛者であることを理解するだろう。

 そんな騎士に受付嬢は気を引き締め直す。

 何処から来た冒険者なのかは不明であるが第一印象というのは大切である。何せ騎士についてまったく知らないのだから、もしその性根が最悪で些細な事で暴れるような輩であればどうしようもないからだ。

 故に彼女は真っ直ぐ受付に歩いてくる騎士に向けて表面上はいつも通りの笑みを浮かべながらいつも通りの問いを投げる。

 

 

「冒険者ギルドへようこそ、今回はどういったご用件でしょうか?」

 

 

 そんな彼女の問いかけに騎士はそのマスクから覗かせる視線を彼女に向け、しばし沈黙のままその場に佇む。

 流れる沈黙、ギルド内の冒険者らの視線も彼女と騎士の二人に向けられている。

 そして、果たしてどれほどの時間沈黙が流れていたのか。十秒か、一分かそれとも十分なのか────実際は十秒程なのだがそれは気にすることでは無い────騎士がその手を動かした。

 一瞬、それに彼女の肩が跳ねて────騎士は懐から一つの袋を取り出し受付に置いた。

 冒険者らはそれにキョトンとして、ようやくここで騎士がその口を開いた。

 

 

「冒険者登録には千エリスかかると聞いた……丁度のはずだ」

 

「え、あ、はい」

 

 

 布で口元を覆っているから何処かくぐもった声で話す騎士に彼女は気の抜けた返事を返すがすぐにいつも通りの対応に戻すのはやはりプロと言うべきだろうか。

 置かれた袋を開け、中に入っているエリスを数え確かに千エリス入ってる事を確認し頷く。

 

 

「はい、確かに登録料の千エリス預かりました。それでは念のために冒険者の説明をさせていただきますね」

 

 

 不安な気持ちはもう半分近く消え、いつも通りの対応で彼女は騎士に対して冒険者業の説明を行っていく。

 経験値やそれの取得方法、更には経験値が溜まることでレベルアップが行われその際に手に入るスキルポイントやそれの割り振り、そしてそれらを可能とする冒険者カードの事。

 そういった冒険者として基本的な諸々の説明を終えて彼女は書類とペンを騎士に手渡す。

 

 

「では次にこちらの書類に必要事項を御記入ください」

 

 

 騎士────パーシヴァルは書類とペンを受け取ってそのまま書類に必要事項を書き込んでいく。

 不死となった事で学院より追われる身となったパーシヴァルであるがしかし、元々学院という知識の溜まり場に在籍していたのだ。

 そこらの不死と違い文字の読み書きなど雑作もないことだった。唯一の懸念はこの世界と嘗ての世界における文字の違いだが……女神の加護のおかげかスラスラとこの世界の文字を記すことが出来た。

 体重やら年齢やらあまり覚えてないものは適当に書き終わらせて書類を彼女に手渡す。それを受け取った彼女は書類に軽く目を通して軽く頷き、新たに掌大のカードを取り出す。

 

 

「最後にこのカードに触れてください。そうする事で貴方のステータスが表記されるのでその数値からなりたい職業をお選びください」

 

「ン……」

 

 

 その言葉にパーシヴァルはカードへ触れる事で返答し、冒険者カードはパーシヴァルのステータスを算出していく。

 

 

「わっ!?魔力と知力は平均をやや超えるほどですが、それ以外の五つはかなり高いランクですよ!特に筋力と器用度と敏捷は前代未聞ですッ!?」

 

 

 深淵を狩る狼血を分かちあった不死の騎士であるならばある意味当然の事だろう。

 と、言うよりもこの世界とあちらの世界を同列に扱っては絶対にいけないのは間違いない。こちらの世界で言う神器クラスの武器を素材とソウルさえ渡せば鍛え上げてしまうような鍛冶師や竜になれる誓約やらなんやらがいたりあったりする時点で普通の世界とは比べるべきではないだろう。

 これは余談であるが後のパーシヴァルはもしもステータスに耐久度のようなものがあればカスだったろうと貴族のクルセイダーや他のパーティーのタンクを見て呟いていた。

 

 

「冒険者でいい」

 

 

 さて、そんなパーシヴァルのステータスを見て興奮した様子で様々なパーシヴァルがなる事が出来る職業を説明していた彼女にパーシヴァルは一刀両断する様にそう一言言い放った。

 その言葉に流石の彼女も表情を固まらせ、数拍置いて再起動し改めて別の職業を勧めようと口を開き

 

 

「ポイント消費量が増えるだけで他の職業のスキルが取得出来るならば冒険者の方が使い勝手がいい」

 

 

 もはや、有無を言わさぬ物言いである。

 これ以上は無理だと判断したのか彼女は説得を諦め、自身の書類に何やら書き込んでから再びパーシヴァルへと向き直り

 

 

「では、これにて登録は終わりとなります。冒険者ギルドへようこそパーシヴァル様。スタッフ一同、今後の活躍を期待しています」

 

 

 一礼と共にそう締めくくった彼女にパーシヴァルもまた軽く礼を返し、そのまま依頼についての話を始める。

 

 

「依頼ですか?でしたら、ジャイアントトードはどうでしょうか」

 

「そうか、ならそれを」

 

「はい、分かりました。では期日はですね────」

 

 

 

 この日からパーシヴァルのこの世界での冒険が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリス様、流石に淑女がそのような格好をするのはどうかと思うのですが?」

 

「バレた!?」

 




パーシヴァルのステータスですが、ダクソステを見るに運と信仰以外はきちんと振られてますし、ファランの大剣を使う以上それなりの数値です。
無論、上質脳筋ステに比べれば低いですが。それでもダクソ世界で深淵の魔物などを狩ったり国を滅ぼしたりするような不死隊所属の騎士がチート持ち転生者以下なわけもないんですよね。
ちなみになんで運が初期値なのになにか言われなかったのかと言うとエリスの加護です。幸運がそこそこ高まってます

最後の人は誰なんだろうか……


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師事するは義賊の少女

本当は前の日に投稿出来たはずなのにゼノ刀の事を普通に忘れていたという。
そういえば隻狼発売しましたね。みなさんはやってますか?
ちなみに作者は当日に買って楽しく遊んでます。流石フロム……



 

 

 

 

 

 ジャイアントトードという巨大なカエル……そのまんまだな、ともかくそれの討伐の依頼を受けた俺はそのまま街の外へ出ようと街道を歩いていた。

 装備を整える事を一応勧められはしたが、こちらでの通貨など先程の登録料で使い果たしている以上こちらで買い物など出来るはずもなく、だがその代わりソウルの中には十分なアイテムがある。

 大抵の奴なら火炎壷やら雷壺の一つや二つでどうにでもなる。足りないなら魔術でも使うが。

 だがまあ、今回はそういったアイテムは使わない方向で行こうと思っている。この世界でどの程度動け、更にはどれぐらい俺の、深淵狩りの力が通用するのかの確認をしないといけないからな。

 だが、先程の冒険者登録の際の反応といい……この冒険者カードを見るにそれなりの実力なのでは?と思うが………………さて。

 

 

 外へと向かう途中に人気のない路地を通っていく。

 なぜにわざわざこんな道を通るのか、その理由は簡単だ。ギルドへと入った辺りで俺の感じていた視線は消え、そして出てからまた視線が感じられた。

 普通なら同一人物だと考えるが何か、違う。最初の視線は十中八九女神のそれだろう。だが、今のはそう何か違うのだ。少なくとも女神のそれではなく少々違う人間のモノだ。

 安心するべくはそれが悪意や嫌悪などの様なものではなく女神のそれ同様何処と無く心配するようなものだ。そして、同時に何か様子を伺っているようにも感じる。

 故に俺はこうして人通りの無い路地に入って────

 

 

「何時まで覗いているつもりだ、早々に出てこい。応じないと言うのであれば……」

 

 

 足を止め、視線を寄越している誰かへと警告する。

 視線からして少なくとも女神のようにここではない何処かからの視線ではなく近場、それこそ数十メートルも離れていない距離からの視線であることは理解している。

 故に警告しつつソウルの表層からその手に投げナイフを生じさせる。

 もしも何かよからぬ考えを抱いているのであれば────無論、視線より感じられるものからしてそういった類でないのは理解出来るが────軽い怪我程度覚悟してもらわねばならない。それが原因で悪評が出来ようが今までのことを考えても別に大したことではない。

そして、背後から足音は聴こえずとも何某かの気配を感じて、振り返る。

 

 

「いやぁ、ごめんね。ギルドで聴こえたんだけどもかなり高いステータスで上級職も選べたのに最弱の冒険者を選んだってので興味が湧いちゃってさ────」

 

「エリス様、流石に淑女がそのような格好をするのはどうかと思うのですが?」

 

「バレた!?」

 

 

 そこにいたのは我が女神エリス様だった。

 右頬にある傷や肩ほどまでの髪、足音が聴こえなかった事から恐らく盗賊をイメージしてるのか身のこなしが軽いようなかなりの軽装────腹部など丸出しである────控えめの胸部…………初めて会う者が見れば少年と勘違いしかねない……いや、するはずがないだろうそんな風体の彼女だが、ソウルを感じられる我々からすれば外見をいくら取り繕うとも彼女が女神エリス様であることが理解出来る。

 しかし、女神は俺の言葉に予想外だったのか驚愕を露にしている。

 まさか、バレないと思っていたのだろうか?それは少々心外なのだが

 

 

「え、えっと……うん……わ、私はクリス!君と同じ冒険者で職業はシーフ!所謂義賊って奴さ」

 

「………………」

 

「…………あ、その、ね?」

 

 

 しどろもどろになっている女神。可愛い。

 さて、……クリスとおっしゃったが…………ああ、なるほど。

 

 

「我が女神、いったい如何なる理由かは存じ上げませんが素性を偽っている御様子」

 

「へ、あ、うん、そう!……ふぅ、えっと、パーシヴァルさん?事情は話せないのですが私がこうして地上でこの姿で活動している際は女神エリスではなく冒険者クリスとして接してもらいたいんですが……?」

 

「畏まりました……我が女が……ンン、クリス」

 

 

 と、なるとこれからは外見で対応を変えねばならないか。

 まあ、そういう雰囲気でない限りは基本的に嘗ての仲間に対する様なものでいいな。別に全員が全員男だったわけじゃあない。

 中には女だっていた。確か、女だてらに何処かの国の騎士団で副団長だかをやっていたのもいた。

 基本的に俺ら不死にとって三大欲求なんざ趣味にもならねぇようなものでしなかったから、隊内でそういう関係があるような奴はいなかった。ンン、脱線した。

 とりあえず、普通に接しよう。

 

 

「うん、それでいいよ。さて、パーシヴァル、さっきも言ったけどどうして冒険者を選んだの?職業で」

 

「ン、今更ソードマスターだのなんだので業を覚えてどうする。身体が文字通り死んでもファランの業を忘れんからな……それならば広く様々なスキルを覚えられる冒険者になって、別の手段を増やすのが最善だろう」

 

「あー、なる、ほど……」

 

 

 話しながら門に向かって歩き始める。

 実際、新しい剣技を覚えても使う自分が見えない。仮に覚えて使ってもファランの業が染み付いたこの身体では思う様に出来んだろう。

それなら、純粋に剣技以外の手札を増やした方がいい。

 

 

「ちなみにスキルポイントとかはどうなってるの?普通はそこそこだろうけど、中には才能があったりする人は最初から結構なスキルポイントもあったりするらしいし」

 

「ああ、確認してなかったな」

 

 

 クリスの質問に俺は懐もといソウルから冒険者カードを取り出し、そこに記載されているのを見る。

 スキルポイント……スキルポイント……ああ、これか。ふむ……それなりにあるな。

 クリスの言葉からして不死隊としての経験等が反映されているのだろう。受付で聞いたスキルポイントの説明を思い返すに最初のスキルポイントとしてはかなりの数だろうな。

 と、ふと隣から俺のカードを覗き見ているクリスを見るとその表情は納得のそれだった。

 

 

「うん、だよね。下手したら魔王になりかねないような魔物と集団とはいえ激戦を繰り広げてたし……うん、仕方ないよね……」

 

「…………」

 

 

 諦めのそれも見受けられるがそこは置いておこう。しかし、クリスの言葉を考えるにどうやら兄弟達と共に狩っていた深淵の魔物はこちらの世界では魔王クラスなのか…………それは……なんというか…………やはり、我らが憧憬たる彼の深淵歩きは正しく勇者なのでは?

 いや、真相を知る身ではあるがそれでも相当だろう。

 

 

「……たしか、冒険者は他の職業にスキルを見せて貰えればそのスキルをポイント増しだが覚えられるんだったな?」

 

「うん、そうだよ。……あ、なら、私のスキルを見せようか?窃盗(スティール)とか」

 

窃盗(スティール)か………………………………心臓とかを窃盗(スティール)とか」

 

「出来ないよ!?」

 

 

 そんなの危なすぎるからね!?

 と、肩を叩かれながら抗議されているが……にしてもクリス小さいな。

 エリス様の外見と身長はそう変わらないのはわかる。そもそもあの出会いも最初は俺は座っていたし、途中も跪いていたわけで……身長を比べるなんて考えてなかった。

 ふむ、俺の身長から計算するに160前後か?

 にしても心臓は窃盗(スティール)出来ないのか……というよりそういう部位は無理そうだな。残念。

 

 

「と、ともかくどうする?」

 

「まあ、手札にはなるな」

 

「よぉし、それじゃあ見せてあげよう」

 

 

 なんとも自信満々にそう言ったクリスに俺は足を止め、彼女は俺の前方二、三メートルまで歩いてこちらへ振り返る。

 なるほど、スティールの対象は俺というわけか。

 

 

「まず軽く説明すると、窃盗(スティール)は文字通り対象からものを一つ奪い取れたり、後は遠くのものを掴めたり出来る。で、その際に奪える物や盗れる確率は基本的にステータスの幸運で左右される」

 

「つまり、運が重要か……ククッ、欲望の力が運に左右されるとは……やはり、人間性の闇というものはつくづく……」

 

「えっと、それを司ってる身としてはその言い方は……アレなんだけども」

 

「すまなんだ。許してくれ」

 

 

 ジト目をされたが、この考えはどうしようもない。嘗ての世界に流れ着くまでは普通に受け取れたが人間性の在り方やらなんやらを知ればこうなるのは仕方ないのだ。

 と、それは置いといて

 

 

「では、クリス。まあ、貴公の素性を知る身であれば間違いないと考えているが……さて、スキルを教えてもらうにあたり授業料としてコレをスティールして貰いたい」

 

「これ?」

 

 

 そうして、懐から取り出すのは旅の最中で手に入れたモノ。

 それは何か宝石の様なモノを埋め込んだ指輪。名称をフリンの指輪というもの。

 小さな戦士フリン……彼は非力であったがしかし風の力を助けに戦う彼は剛腕の戦士ですらやすやすと捉える事は出来なかったという。

 義賊である彼の名を冠したこの指輪は軽装であるモノに力を与える指輪である……ちなみにこれはある意味押し付けられた品でもある。具体的に言えば不死隊は基本的に同じ装備だし、この剣にはこの指輪の能力は全くといっていいほど影響がない。

 涙が出るくらいに。

 

 

「これは武器が軽いモノであるほどに助けとなる指輪でな、俺には縁の無い品だったがシーフであるクリスならそうそう重量のある武器は使わんだろう?」

 

「うわぁ、神器認定しそうな指輪……でもまあ、下手にこの世界の人に渡されるよりは私に渡された方がいいっか」

 

 

 どうやら、やる気が出てきたようだ。

 ……にしても、このフリンの指輪……確か武器重量ではなく装備重量で影響するはずだったと思うんだが…………時代か。時代の影響で劣化してないのか……。

 まあ、どっちみち俺には縁の無い指輪だ。何事も緑化が一番。まあ、ファランの指輪もそれなりに良いものだがな。

 

 

「それじゃあ、いくよ」

 

「ああ。まかり間違っても抜き身のナイフをとるなよ?」

 

「もちろん。【窃盗(スティール)】!」

 

 

 スキル発動の影響か僅かに突き出された彼女の掌が輝きを放ち、次の瞬間にはその手には確かにフリンの指輪が収まっていた。

 

 

「フフン、どう?」

 

「その輝きは正直いらんがまあ、なかなか便利だとは思うな」

 

 

 冒険者カードを取り出し取得可能のスキル欄に確かにスティールがあるのを確認して、すぐに俺はそれを取得する。

 消費量は増加しててもそんなにかからないようだ。

 

 

「あ、スティール取れた?なら、今度は私にやって見て?」

 

「………………いや、遠慮しておく」

 

「え?どうして?」

 

 

 クリスは首を傾げるが、このスキルが運に左右されるというのならば如何に女神エリス様の加護を受けて運に対して上昇修正が働いているとはいえ、元々の運は低い。

 もしもまかり間違ってクリスの武器やフリンの指輪、はたまた所持金などではなく彼女の衣類がスティール出来た場合色々と大変な事になる。

 あまり人通りがないとはいえ、完全にいないわけではない。もしも、やってしまった所を見られたら………………自害しかないな。

 とりあえずその可能性を彼女に伝えておこう。

 

 

「あー……うん、なるほど。それじゃあスキル確認はまた後で別のものにってことで…………それで、何か依頼を受けてたようだけど?」

 

「ジャイアントトードだ。腕慣らしにはちょうど良さそうだ」

 

「まあ、ジャイアントトードぐらいならそうだろうね」

 

 

 そんな風に笑う彼女と共に俺は街の外へと向かってまた歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクセルの街を出てすぐの平原。そこがジャイアントトードが屯する場所であり狩場だ。

その名の通り、巨大なカエルであり牧場に現れては羊や牛などの家畜を丸呑みにし捕食し、更には人間もまた捕食対象である。

 やはりカエルだからか長い舌で獲物を捕らえるようだが、基本的にカエルやらなんやらはそうそう自由自在に舌を操れる訳では無いため基本的に直線的な伸縮、故にしっかりと注意すれば問題ではない。

 だが、それはあくまで一対一であればの話でありなんとも悲しい事にジャイアントトードはほぼほぼ群れで行動する生物で巣には間違いなく数匹は潜んでいる。

 ついでに言えばこのジャイアントトードの特徴として殴打などの物理攻撃は効きにくいがその代わり斬撃が有効であり、更には金属類を嫌う傾向にあり、金属製の装備を付けていれば捕食されない。

 

 

 

────と、そこまで大まかなジャイアントトードの説明をクリスから聴きながらパーシヴァルは目の前に広がる平原を見渡す。

 

 

「つまり、今はいないがここらは奴らの巣で地面の下に引きこもっている、と」

 

「まあ、そうなるね」

 

「で。気になったんだが……クリス、金属製の装備は?」

 

「付けてないね」

 

「………………」

 

 

 少なくとも今回の狩りはジャイアントトード五体……つまり、複数体である。相手が一体だけならばパーシヴァルはクリスの事を護りながら戦えるがしかし、複数となれば何事も面倒である。

 無論、わざわざ一度に複数体を相手にする理由は全くといっていいほどないのだが。

 

 

「……クリス、貴公は下がっているといい。これは俺の仕事だからな」

 

「うん、それはもちろん。まだ正式にパーティーは組んでないからね」

 

 

 そうして、クリスを下がらせてパーシヴァルは背負っているファランの大剣の柄に手を触れる。

 眼を細めながら果たしてどうやって巣から引っ張り出そうか、思案して、ふと思いついた案になんとも不敵な笑みを布の下でしながらソウルよりとあるアイテムを左手に持ち、大剣を右手で引き抜いて一度地面にすぐ抜けるように刺して立てる。

 火薬の詰まった素焼きの壷をそのまま右手に持ち替えて、ベルトから魔術師の杖を引き抜いて

 

 

「────」

 

 

 数瞬の詠唱を終えると共にパーシヴァルより青白い炎か何かのような浮遊する塊が五つ生じ、パーシヴァルの背後に待機する。

 それと同時にパーシヴァルはすぐさまその右手の壺────火炎壺をやや離れた所へと投擲する。

 ファランの騎士として技量はかなりのものであるパーシヴァルにとって火炎壺の投擲など投げナイフを投げるのとそう変わらない。そうして、パーシヴァルの思うような位置へと着弾し、見事爆発を起こしてみせた。

 少なくとも巣の近くで爆発が起きれば驚いて飛び出てくるであろうと考えたが故の案である。

 そして、その目論見通り軽い地響きの様なモノの後に火炎壺の着弾地点の周辺から何かが飛び出てくる。が────

 

 

 

「うわぁ……」

 

 

「は?」

 

 

 その数は目論見から見事に外れたが。

 

 数にして十。

 依頼の目標討伐数の倍である。

 不死にとって恐れるべきものは四つある。

 一つ、それは高所。落下すれば死あるのみ。

 二つ、それは水辺。深場にはカッパがいる死ぬ。

 三つ、それはイヌ。下手なデーモンよりも死ぬ。

 そして四つ、それは数。袋叩きは死ぬ。

 だからこそ、彼ら不死隊は集団で戦うのだ。そうすれば少なくとも多対一にはならないから。

 

 

「井の中の蛙大海を知らずと言うがどうやら、土の中の蛙は大概を知らず、らしいな」

 

 

 クソッたれ。そう文句を言いつつパーシヴァルは待機させていたソウルの塊を近場のジャイアントトードらへと放つ。

 こちらの世界の魔法と比べれば見た目としては非力なモノであるがそもそもこの魔術はソウルを放つもの。如何に小さかろうとそのソウルは確実に敵対者のソウルを攻撃する。

 如何に強固な鎧を纏っていようとも魔術的防御を持たねばソウルを守る事など不可能。物理にも魔術にも有効な防御を獲得している者などそれこそ彼の岩の如きハベルであろう。

 そう、パーシヴァルはジャイアントトードへと吐き捨てながら第二射の魔術を用意し始める。

 

 

 放たれたソウルの塊はジャイアントトードらのソウルを感知し、そのままジャイアントトードへと着弾する。

 二体に二つずつ、一体に一つ。

 如何に物理攻撃を吸収できる身体でもソウルへとダメージを与えるそれには対抗出来なかったかソウルの塊を食らった三体は物の見事にその生命を終わらせ、そのソウル(経験値)をパーシヴァルへと捧げた。

 それを見て、パーシヴァルは何とかなると笑みを強め、続いて二射目の五つソウルの塊を放ちながら、杖をベルトに差し込み地面に突き刺していたファランの大剣を担ぐ。

 

 

「………………」

 

 

 笑みを消し、その場からジャイアントトードへと駆ける。

 既に三体もの仲間を失ったジャイアントトードの群れは逃げようとしたが既に迫っていたソウルの塊により更に三体も仲間を失った事で逃走から戦闘へと意識を向けたようでそのまま跳ねながらパーシヴァルへと四体が突撃してくる。

 そんな中、後方からパーシヴァルを見ていたクリスはその目を見開く。

 パーシヴァルへと加護を与えた際に軽くではあるがその記憶を覗き見た時にパーシヴァルの実力や戦ってきた相手について知ったがそれでもこうして目の前で戦っている姿を見れば知識以上に驚愕を露にする。

 少なくともパーシヴァルの担いでいる大剣は通常の大剣よりも重量のある特大剣に分類されるモノだ。にも関わらず、パーシヴァルの脚はシーフである自分のソレと殆ど変わらない速度を出している。

 この事実にクリスは驚き以外の感想を出すことが出来なかった。

 

 

「…………!!」

 

 

 まず一匹。

 跳ねながら突撃してくるジャイアントトードの一番槍がちょうど着地したタイミングを見計らい、パーシヴァルは地面へと飛び込む。その際にいつの間にかに左手で握っていた逆手持ちの短刀を地面に突き刺しそれを軸にして飛び込んだ際の勢いそのままその場で回転する。

 右手の大剣は外側に向けられており、回転した際にその刀身は容易くジャイアントトードの身体を斬り裂いた。

 出血量と傷の深さから即死である事を視界の端に収めながら理解し、すぐさまその死体を足場に次のジャイアントトードへと飛びかかる。その際に身体を捻り空中で身体を横にしながらまるで独楽の様に回転しながら次のジャイアントトードの頭を割る。

 これで二匹。

 

 息をつく暇もなく三匹目のジャイアントトードがパーシヴァルへとその舌を伸ばす。

 パーシヴァルはそれに対して回避を選択せずにそのまま舌を待ち、そしてその舌先に短刀を叩き込む。

 流石のジャイアントトードも舌先に叩き込まれたそれには絶叫し慌てて舌を戻すが…………短刀が外れたわけがなくそのままパーシヴァルごと引っ張ってしまい、勢いよく迫るパーシヴァルに目を見開きながら頭頂部からその大剣を突き刺されてその生命を散らす。

 これにて三匹目。

 舌先から短刀を抜き、すぐさま最後のジャイアントトードへと視線を向ける。

 パーシヴァルの無慈悲な視線に怖気付いたか最後のジャイアントトードはあろう事かこの場で少なくともパーシヴァルよりかは安全であり金属製の装備を付けていないクリスへと狙いを定めたか、彼女の元へと向かって走る────無論、跳ねながらだが。

 

 流石にそれは意外だったかクリスは慌てて腰から武器の短剣を取り出し構える。

 が、しかし、すぐにそれは杞憂に終わる。

 何故ならクリスから数メートル離れたところでジャイアントトードは白目を向きその場に沈んだからだ。それに対してどうして、とクリスは疑問に思うがジャイアントトード越しのパーシヴァル、その左手には再び魔術師の杖が握られているのを見て納得した。

 彼が放ったのは追尾するソウルの塊、ではなく再発動のロスが限りなく少ない高速連射が可能であり十分な遠間合いの相手に対しても有効的な魔術、強いファランの短矢である。

 それが三発。追尾するソウルの塊と比べれば威力は変わるがしかし、それでも十分にジャイアントトードのソウルを撃ち抜く魔術であった。

 

 そんなジャイアントトードの背を見て、ファランの騎士らしい冷徹な眼差しからいつも通りのそれに戻してからパーシヴァルはクリスのもとへと歩き出す。

 軽く手を振りながら、こうしてパーシヴァルのこの世界で初めての依頼は無事終了した。

 

 




・強いファランの短矢
「ファランの短矢」の上位魔術の一つ
より威力のあるソウルの短矢を放つ

それは結晶の古老が直々に鍛え
侍祭の長に託したものであるという
その娘、ヘイゼルの魔術として

・侍祭の娘ヘイゼル
彼女もまたファランの不死隊に関わる一人であった
火を継ぐ以前のファランの協力者である侍祭の娘として彼女は彼らファランの騎士たちにとって妹の様な存在であったという
その中でも彼女は密かに慕った騎士に師である古老より賜った魔術を教えたという
しかし慕った騎士は帰らず、騎士たちはその狼血故に火を継いだ
その後、彼女はファランの城塞を離れ、生まれ変わりの母と誓約を交わした
いったい彼女がどのような想いを抱いていたのか分からぬが幾度生まれ変わろうともその仲間を想う心とファランや古老を慈しむ想いは蛆であろう変わらぬものであった


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女騎士と監視者と女神様



 貴公、久しいな……私はまだ大丈夫だろうか……フフッ





 

 

 

 

「私の名はダクネス。職業はクルセイダーだ」

 

 

 防御力には自信がある。

 そう白い鎧の胸を軽く叩いて目の前の女騎士、ダクネスは自信気に語った。クリスが連れてきた彼女を観察しながら、俺は手元の羊皮紙に羽根ペンを走らせる。

 羊皮紙に書かれているのは現状の俺たち徒党の情報。シーフであるクリスに冒険者───あくまで職業がそれなだけであり実際は魔術戦士なわけだが───である俺。

 集団戦の大切さを身をもって分かっているからこそ俺とクリスでは戦力が足らないと判断した所、クリスが心当たりがあるとギルドからどこかへ行っている間に羊皮紙と羽根ペンを手に入れ、同時に彼女が心当たりを連れてきて今に至る訳だが……。

 

 

「ふむ、クルセイダー。確か上級職だったな……」

 

 

 役割としてはタンク────つまりは壁役悪く言えば肉壁であるがそれは気にせず、上級職であるクルセイダーがいるならば場合によっては俺が魔術にかかりきりになる事も難しくはない。

 そこまで考えて俺はもう一度彼女に視線を向ける。

長い金髪を後頭部で一房にまとめ上げた誇りを感じさせる表情、上半身を覆う白い鎧に黄色の衣服に所々鎧を身につけている。なるほど、なかなかに有用そうな女騎士だ。

 しかし、なんだろうか……何か、何か致命的にズレている気がする…………こう、なんと言えばいいのだろうか……深淵やらなんやらを見てきた俺からすると、何か薄ら寒いものを感じる。

 無論、それは悪意的なモノではないだろうが…………。

 

 俺は軽く視線を動かし、向かい側のダクネスの隣に座るクリスを見る。

 視線が互いにぶつかり合ったがしかし、すぐさま彼女は視線を切りあらぬ方向へと視線をむける。その表情はいつも通りであるのだが何処と無く申し訳なさそうなそれと何やら隠しているような、ともかく彼女はダクネスから感じるこの違和感の真実を知っているのだろう。

 恐らくこの場で問い質したとしても彼女は誤魔化す事だろう。それは火を見るよりも明らかであるが……だが、同時に彼女がこうして私のもとに紹介して来たことを加味するならばこれといった問題はないのだろう。

 

 

「俺の名はパーシヴァル。職業は冒険者だが、魔術戦士の役割をやっている」

 

「何度か見かけていたが、あの身のこなしからして中々の戦士であることは分かる。どうか、これからよろしく頼む」

 

「ああ」

 

 

 ダクネスが差し出した手を握る。

 どのような問題があるかは分からないが少なくとも、かもしれないで彼女を拒絶するのは違うだろう。

 そう判断し、俺は編成について少し思考を回す。

 隊にいた頃は魔術が使える兄弟らはいたにはいたのだが、そのほとんどが短矢などの牽制目的に習得した程度のソレであり、学院出身の俺と違ってそこまで考えずに使っても問題なかったが…………俺はなぁ。

 槍やら矢雨を撃つことが多いからある程度、場を見て色々判断しなきゃいけなかったからな…………大変なんだな、これが。

 

 

「さて、ダクネス。貴公の実力の程を知りたい…………そうだな、ジャイアントトードでも行くか」

 

「ああ、任せてくれ」

 

 

 何やらクリスが微妙な顔をしているが、見て見ぬふりをしよう。そうしよう。

 それとジャイアントトードに誘った瞬間、何かこう背筋にゾワっとしたものが……。

 気の所為としておこう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、思っていたんだがなぁ……。

 

 

「ハアッ!てェい!」

 

 

 両手で剣を握り、目前のジャイアントトードへと斬り掛かるダクネス。そんな彼女を後方から見守る俺とクリス……だが、なぁ。

 意気軒昂に剣を振るう彼女であるが、いったいどのような宿業を抱いて生まれてきたというのだろうか、不意を打っておきながら彼女の一撃がまったくジャイアントトードに掠りもしないのだ。

 これがジャイアントトードが動き回っているから、という理由があるのならばまだよかった。

 とても、とても残念な事に目の前で見せられているのはその場で驚き動いていないジャイアントトードをわざと当てないように振るっているとしか思えない剣筋のダクネスである。

 これにはジャイアントトードも驚くばかりだ。

 

 

「クリス……」

 

「えっと……うん、こ、攻撃はこんな感じ……」

 

 

 攻撃は、という言葉にクルセイダーとしての肉壁の役割はきちんと果たしてくれるだろうと淡い想いを抱きながら、俺は腰から杖を引き抜く。

 攻撃が当たらないということはこちらでジャイアントトードを処理せねばならないわけで、それにジャイアントトードとて大人しくしているはずも無い。

 現にジャイアントトードはその後ろ脚に力を込めていて────────

 

 

「「あ」」

 

 

 ジャイアントトードが跳び上がった。

 十分な溜めからの跳躍、それなりに高く跳び上がったジャイアントトードはそのまままっすぐダクネスをその大きな腹で潰す様に落下していく。

 丁度いい、と俺は判断して避けるダクネスと代わるように前へ出る……筈が

 

 

「貴公ッ!?」

 

「来いッ!」

 

 

 なんでそんな気合いの中に喜悦が混じってそうな声音で避けるのではなくその場で腕を広げてるんだ!?

 いくら、クルセイダーとはいえ避けれるものは避けないか!?下手すれば勢いのまま圧殺されかねんぞ!?

 故になんとか彼女をジャイアントトードから逃れさせようと走るがしかし、ジャイアントトードの巨体が落下するのにそう時間があるわけもなく、物の見事に俺の目の前でダクネスはジャイアントトードに潰された。

 

 

「ダ、ダクネスゥゥゥウウ!?」

 

 

 さながらそれはデーモンに叩き潰された兄弟の様で────

 

 

「────」

 

 

 すぐさま、俺は魔術を詠唱する。

 ソウルが杖先へと集まり、同時に俺は左手を振るう。生成されるのはファランの大剣に瓜二つ、だが直剣サイズのソウルの大剣。リーチという面においては不安が残るそれではあるがこの場においては何ら問題は無く、振るわれた魔術:ファランの速剣はそのままジャイアントトードの上顎と目下の間を横一文字で切り裂く。

 悲鳴をあげさせる間もなく、右手の大剣を振り上げることで下顎からそのまま脳天を両断する。

 なんとも力業な方法であるが問題あるまい…………

 

 

「しかし…………」

 

 

 ダクネスが……彼女が…………まだパーティーを正式に組んでもいないというのに……何故こんな事に……すまない。

 せめて、彼女の家族の為にも遺体は…………おい、クリスなんだ。何か言いたげだが……ああ、すまない。会って数十分も経っていない俺よりも友人であった貴公の方が…………。

 

 

「あー、その……」

 

 

 俺の判断ミスだ。

 

 

「罵ってくれて構わない……すまない」

 

「いや、その違くて……ね?」

 

 

 彼女の家族になんと伝えれば良いのか。例え、殺されたとしても俺は文句は言えない。こちらの世界で俺が本当に死ぬのかは分からないが……ダークリングがある以上、死なない可能性は高いが。

 いや、そんな事はどうでもいい。俺が死ななかろうが関係無い、俺は彼女の分まで歩き続けなければいけないのだから。

 

 

「おーい、パーシヴァル。聞いてる?ねぇ、パーシヴァル?パーシヴァル!」

 

「ッ、なんだクリス。どんな事でも俺は受け入れる…………ン?」

 

 

 クリスに揺すられ、俺は例えクリスに、いや我が女神にどのような罰を下されても構わないと覚悟を決めて、クリスの方へ視線を向ければ彼女は指をジャイアントトードの方へと向けており視線をそちらにずらして見れば…………

 

 

「……動いている?」

 

 

 可笑しい。死んだはずだ。

 下顎から脳天を両断されて死んだというのに何故動けるのか。……いや、違う。

 これはジャイアントトードが動いているんじゃない……何か下で動いている……!?

 

 

「まさか……!」

 

 

 すぐさま、俺はジャイアントトードへと近寄り筋力に任せてジャイアントトードを押し退ける。そうすると先程までジャイアントトードがいた場所が露になり、そこには恍惚とした表情のダクネスがいた。

 

 

 

「………………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は移り変わってギルド。

 そこの一角でパーシヴァル、クリス、ダクネスの一行は反省会をしていた。

 珍しく兜とマスクを外したパーシヴァルは目頭を抑えながら俯いており、そんな彼を見てクリスは申し訳なさそうないたたまれない表情をし、ダクネスもまた申し訳なさそうな表情をしている癖にどこか何かを期待している様な表情が見え隠れしている。

 目頭から指を離し、パーシヴァルが薄目を開けて一度その視線をダクネスへと向けると視線に反応したのかダクネスはビクリと肩を跳ねさせ、やや頬を赤らめていた。

 その変化には流石のパーシヴァルもため息をつき、一度水に口をつける。

 

 

「…………とりあえず。ダクネス、貴公が無事であった事はよかった」

 

「あ、ああ、私は頑丈だからな。アレぐらいなら全然問題ない、というかアレぐらいバッチコイと言いたい」

 

 

 ダクネスの無事に胸を撫で下ろし、パーシヴァルがそう言えばダクネスはまるで問題ないと言わんばかり、いやむしろもっと来てくれとでも言わんばかりに胸を張り、頬を赤らめながらそう語る。

 そんな彼女にもう一度パーシヴァルはため息をつく。

 

 

「貴公の趣味等にはとやかく言う気は無い……だが、こう視覚的に……周囲から見て危ない真似を平然としに行くのは少し辞めて欲しい…………本当に」

 

「うぐ……そ、それは……すまない」

 

 

 ダクネスも流石にこうして心配され苦言を呈されてまで自分の性癖を優先するつもりは無いのか、反論すること無く大人しく謝罪する。

 そんなダクネスにクリスは嬉しそうに何度も頷いており、その反応からしてダクネスの性癖に振り回されていたという実感をパーシヴァルは受けつつどうするか、と目を細めつつ視線を今度はクリスへと向ける。

 

 

「クリス。貴公は知っていたのだろう?なら、先んじて一言なりとも伝えて欲しかったのだが」

 

「あー、うん、それはごめん」

 

 

 ジャイアントトードに行く前にここで微妙な表情をしていたのはパーシヴァルも知ってはいたが、蓋を開けてみたらこんな度し難い被虐趣味であったなど、驚く以外になくせめて一言でも伝えて欲しかった。その責める言葉にクリスはバツが悪そうに表情を歪めてすぐに謝った。

 彼女らからの謝罪を受け取ったパーシヴァルは三度目のため息をついたかと思えばその表情を引き締め、改めてダクネスへと向かい直る。

 

 

「さて、ダクネス。貴公の趣味はまあ、分かった。そして、長所と短所も一応理解はさせてもらった。クセが強いがまあ、うむ……」

 

 

 表情を歪めながら言葉を切る。

 数拍ほど、間を開けてから再び口を開いて、

 

 

「ある程度貴公の趣味を考慮はする。だから何か指示を飛ばされた時は趣味よりもそちらを優先して欲しい…………その上でどうか俺とパーティーを組んではくれないか?」

 

 

 そう言ってパーシヴァルは手を差し出すとダクネスは一度目を瞑ってから、頷き差し出された手を掴んだ。

 

 

「私でよければ宜しく頼む」

 

 

 互いに握手を交わし、こうしてパーシヴァル、クリス、ダクネスによるパーティーが正式に結成された。

 

 

 




皆さん、風古戦場の準備はどうですか?
私はいま、猫の5凸の為に書物集めに勤しんでいます……書物の泥率、ティーカップに比べて低すぎない??



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未知の話と未練の話



|ω・)

|ω・) つ 『最新話』

҉ パッ




 

 

「キャベツ…………が、空を飛ぶ?」

 

 

 彼女の言葉に俺は思わず繰り返すように口にし、そして何度も瞬きをしてしまった。それもそうだろう、普通に考えていったい何を言われてるのかも分からない。

 クリスもとい我が女神は時折悪戯心を見せはするが、基本的に真面目で落ち着きがあり上品な御方だ。勿論、クリスの時にはある程度性格を切り替えておられる為、少し活発的になるがだとしてもこんな突拍子も無い冗談をいきなり言うのは寝耳に水なのだが、

 

 

「むー、信じてないでしょその目」

 

「いや、まあ。二枚貝が歩き回るならともかく流石に野菜が飛行するのは……」

 

 

 ありえないだろ。

 視線を彼女からズラしつつ、そう答えれば先程までの頬を軽く膨らませ拗ねたような表情から一変した何か引き気味な表情でクリスはこちらを見ていた。

 

 

「え、むしろ、なんで二枚貝が歩くの……怖……」

 

「…………さぁ、創造者の趣味だろ」

 

 

 脳裏にあの公爵が過ぎるが、すぐに脳裏から追いやる。少なくともアレと俺の間に関わりはほぼほぼない。あるとすれば、俺たちファランの不死隊の同盟者である古老がビックハットの系譜であることぐらいだろう。

 ここらで話を戻そうと視線をクリスへ戻してみればどうやらこちらの意図を察したようで彼女は軽く咳払いをし、俺はひとまずは野次を入れないように口を閉じて彼女の話を促す。

 

 

「いや、ね?実はこの世界ではさ、収穫の時期になると味が濃縮してきて簡単に食われてたまるか!って感じに畑から飛び出して、街や草原を駆け抜けて駆け抜けて人知れぬ秘境で最後に息を引き取るんだよ」

 

「……キャベツが」

 

「キャベツが」

 

 

 なんなら、他の野菜も動くよ。

 そんな要らない情報まで追加され、俺は思わずギルドの天井を仰いだ。なるほど、間違いなくクリスは冗談でも嘘でもなく本当の事を話している。

 この世界に来て、そこそこに経っているがやはりまだこの世界独自のあれそれは知らないのは事実だ。

 だが、だがなぁ……流石にこれは…………冗談と信じたい……信じたいが、本当らしい。

 

 

「それで、そんな話を切り出してどうした」

 

「うん。もうすぐ、そのキャベツの群れがねこのアクセルに来るんだよ」

 

「群れが、か」

 

「キャベツには経験値が詰まってて、私たち冒険者はそれを収穫するんだ。勿論、経験値の量には個体差があって高いほど高値で取引されるから、キャベツの収穫は私たち冒険者にとって稼ぎ時の一つなんだよ」

 

 

 話を聞いているだけで頭が痛くなってくる。

 いや、言いたいことは分かる。経験値を溜め込んだキャベツ狩り……要するにキャベツがソウルを溜め込んでいるという事だろう。

 なんだそれ。

 だが、それが冒険者にとっての稼ぎ時であるのならば、仕方ない話で……。

 

 

「つまり、その収穫に俺も参加しろと言いたいんだな?」

 

「そういうこと。ほら、パーシヴァルも基本的に装備は自前で整備とか出来るけど、それはそれとしてお金は入用でしょ?」

 

「…………そうだな。投げナイフやらなんやらは消耗品だからな、当然その分金は必要であるし何より宿代を考えれば尚更だ…………経験値はともかく金があるに越したことはない」

 

 

 クリス、ダクネスと一党を組んでいる以上、依頼をこなす際に野宿をする機会は当然ある。既に何度か行っているが、その際に使う食事を始めとする費用を考えればここらで大きく稼ぐのはありだ。

 それにそろそろ宿代も馬鹿にならなくなってきた。稼げる時に稼いで貯金に充てるべきだろう。

 色々と釈然としないが、少なくともそのキャベツ収穫に参加する事が決まった。

 

 

 

「ちなみに中にはレタスも混じってるから気をつけてね。レタスはキャベツより安いから」

 

「…………あ、ああ」

 

 

 …………不安しかない。

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスとのキャベツ収穫の話を終え、俺は一人このアクセルの街をぶらついていた。

 冒険者として依頼をこなすべきだと思うがしかし、クリスはあの話の後にやることがあるから、とそそくさと冒険者ギルドを後にした。恐らくは女神としての責務を果たすべく一度天界に戻られたのだろう、もしくは神器という他の異世界からの転生者が特典としてこの世界に持ち込んだが持ち主が死んだ事で遺ってしまった特典、遺物を回収しにいったのだろう。

 もしも、この世界で俺が死んだ際に俺の装備等もこちらに遺ってしまう可能性を考えると、女神の手を煩わせてしまうことになる。気をつけねば…………。

 話を戻して、もう一人のメンバーであるダクネスはそちらはそちらで昨夜別れる前に今日は予定があると言っていた為、そもそも冒険者ギルドには顔を出していない。

 つまるところ、一党で俺だけが特に予定があるわけでもなく手持ち無沙汰なのだ。

 

 

「一人、依頼をこなす。というのは選択肢に入りはするが、まあ今日の所はこの街の見聞を広める事に勤しむとするか」

 

 

 そもそもこの世界に来て、この街に来て、俺はほぼほぼ落ち着いて街を歩くという事がなかった。

 嘗ての世界であれば、不死人である以上三大欲求は常人より薄く、精神的に影響を受ける為眠りはするが食事は無視してもそこまで影響は無く、残りの性欲に関しては不死隊として集団生活をしている以上、そんなモノ発散する暇があるどころかそもそも気にしすらしなかった。

 だが、この世界においては不死人であることを隠している以上、食事もするし眠りもする。性欲はわざわざ晒す必要も無いため無くて問題ないが……ともかく、常人の様に当たり前の生活をしていたわけだ。

 生きていれば当然、金はかかる。ならば、生活の為に金を稼がねばならず、その為に依頼をこなす必要があり、ここ数日はダクネスとの連携の為にも依頼にこなしていた。

 だから、こうして特に何も無い日というのは初めて、と言っても良いわけで

 

 

「………………平和だ」

 

 

 嘗ての世界でいったいこんな事が考えられただろうか。

 魔術の才を見出され、竜の学院の門戸を叩き、不死の呪いを生じた事で家族から学院から逃げ出し兄弟らに拾われ深淵を狩る不死隊となって、そこに平和などなかった。

 勿論、一時の平穏があったのは事実だ。

 例えば、ヘイゼル。

 例えば、ホークウッド。

 例えば、兄弟ら。

 だが、それも

 

 

「決して今の様に、平然と街を歩ける様なものではなかった、な」

 

 

 兄弟らは大丈夫だろうか。

 彼らが薪の王となることを知っているがしかし、実際にそうなるのかどうかは途中で離脱してしまった俺にはてんで分からない話だ。

 その道程は間違いなく過酷極まりない筈だ。

 何人の兄弟が俺のように離脱していくのだろう、何人の兄弟が残りその狼血と共に火を継ぐのだろうか。それはもう、あの世界から消えた俺には分からない話だ。

 未練がない、などとは口が裂けても言えない。

 

 

「……………………駄目だな、やることが無いと、考えてしまう」

 

 

 こういう事を考えないようにする為に無意識に依頼ばかりやっていたのかもしれない。そんな事をふと考えながら歩いていけば、ふと視界に映ったそれに思わず足を止める。

 『ウィズ魔道具店』

 読んで字の如く、魔道具の店を示すであろうその看板をしばし注視して、俺は視線を動かし看板と共にある一軒の店を見る。

 外観としては小さな店だ。

 言ってしまえば、何処にでもある店構えだがやはり魔道具を取り扱っている、というのが響いたのだろう。既に俺の中でこの店に入らないという選択肢は無かった。

 

 

「…………相場を知らないからな、一先ず今日は見るだけにしておこう」

 

 

 戦いに役立つものは欲しい。

 少しでも仲間内の被害を少なくしたい。

 あの世界で不死隊として戦っていれば当然の考えで、それはこの世界であっても変わらない。何より、ダクネスは正真正銘の人間だ。俺や我が女神と違い、死ぬ時は死ぬ。

 勿論、クリスとてふとした拍子に死ぬかもしれない。守らない理由にはならない、ならば少しでも手数は欲しくまた切れる手札も欲しい。

 それを考えれば魔道具という俺からすれば未知の手段を探るのは当然で、迷うこと無く俺は店の扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 



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駆け出しの街とは何だったのか

 

 

 

 

 店内へと足を踏み入れてみると、微かに香る薬品の匂いを鼻が捉えた。エスト瓶などとはまた異なるこの世界独自のポーションと言うべきそれらの匂い、常人よりも感覚が強いが為に基本的に感じないそれを捉えてしまったパーシヴァルは僅かに目を細める。

 別に刺激臭というわけではない、それは未知の匂いに対しての反射的なものでしかなく、パーシヴァルはすぐに細めた目を戻して店内へと視線を巡らしていく。

 扉窓が備わった商品棚に納められた大小様々なサイズの瓶、店の中央に構えられた商品台にも瓶や何らかの魔道具がズラリと並べられており、更に視線を動かせば商品棚の端には大きな籠に入れられている大きめの魔道具、商品等々とは関係はないのだろうが客を饗す為か店の主人が休憩をとるために使うのか店内に入ってすぐ横の陽が差し込む窓際には小さなテーブルと椅子が二つ。

 そして、最後に視線をやるのは店の一番奥。小さめな商品棚も兼任しているのだろう支払い場が用意されたカウンター。

 

 

「…………魔道具店だから、もう少し妖しげなモノを想像していたが」

 

 

 存外、マトモなものだな。

 そう呟きながら、パーシヴァルは店内を歩き始めていく。見た限りでは店主の姿がどこにも見えないが、よくよく感覚を澄ませてみれば店奥の方に作業でもしているような気配と物音を感じ取り、少なくとも店主が留守では無いことは伺え、少しすれば店主も顔を出すだろうと割いていた意識を戻し商品棚の瓶を見ていく。

 どれもこれも名札などがついていないため、パーシヴァルにはどの瓶に入っているポーションがどのような効果を発揮するのかはてんで分からない。そうして別の棚、扉窓が備わっていない商品棚へと移動しふと目に付いた小さな瓶へと手を伸ばし…………

 

 

「あっ、それは強い衝撃を与えると爆発しますから気をつけてくださいね」

 

「ッ────」

 

 

 横合いから告げられた言葉に伸ばされた手は止まり、それを戻しつつパーシヴァルはその視線を声の主へと向ける。

 そこにいたのは若い女だ。

 明るめな茶色の髪を伸ばし、右目が隠れ気味でタレ目というその容姿は人混みを歩けば間違いなく十人中十人の男は視線を吸い寄せられるだろう美女のそれ。

 紫紺の魔女という呼び名が似合うだろう衣服に身を包んだ彼女はパーシヴァルと視線が合えば柔和な笑みを浮かべて会釈する。

 

 

「いらっしゃいませ、ようこそウィズ魔道具店へ」

 

 

 

 

 ウィズ。

 曰く、嘗ては凄腕のアークウィザードとして名を馳せていたという元冒険者であり、この魔道具店の店主であるという。

 彼女の自己紹介を軽く流しながら、パーシヴァルは先程のポーションとは異なる色合いのモノが入れられた瓶へと視線を向ければ、その視線に気づいたのだろうウィズがそのポーションについて説明を行っていく。

 

 

「そちらは蓋を開けると爆発しますので……」

 

「あ、そこのは水に触れると爆発します」

 

「それはですね、温めると爆発するんですよ」

 

 

 ウィズからの説明が入る度に見ていたポーションから次々に視線を外しては隣にあるポーションへと移っていく。

 それを更に何度も繰り返していけば、漸くパーシヴァルの視線は商品棚のポーションから外れてため息をつきながらウィズ本人へと向け、口を開いた。

 

 

「…………貴公、とち狂ってるのか???」

 

「ち、違いますよ!?た、たまたま、そちらの棚にはそういった爆発シリーズが置いてあるだけで……!?」

 

 

 パーシヴァルの言葉に慌てふためき、手をわちゃわちゃとしながら弁明を主張する彼女にパーシヴァルは胡乱な視線を向けるが、すぐにその視線を切って彼女曰く『爆発シリーズ』とやらの商品棚から離れて店内中央の商品棚に向かいそこにある品々を覗いていく。

 先の商品棚同様にそちらにもいくつかのポーション類が見受けられ、それを見てからパーシヴァルは視線のみを彼女へと向ける。

 これはいったいどんな馬鹿みたいな効果があるんだ?とでも言いたげなその視線を受けたウィズは先程の慌てようは何処へやらそのクリスには無いような豊かな胸を張りながら自信げに説明を始めていく。

 

 

「そちらのポーションはですね、開けた途端に周囲のモンスターを引き寄せる強烈な臭いを出すんですよ」

 

「…………それは、もしかしてだが開けた人間にも臭いうつらないか?」

 

「はい!臭いもしばらく持続しますし、鍛えるにはもってこいの一品ですよ!」

 

 

 確かに、確かに使えるが間違いなくそんなものを使った日には休まれずにスタミナが途中で切れた挙句に大量のモンスターにリンチされることとなるだろう。

 不死人として最も忌避すべき一対多が起きかねない代物にパーシヴァルはそのマスクと襟に布で隠された表情はなんとも微妙そうなモノで同時に口もとを引き攣らせていき────

 

 

「そうだな…………一瓶貰おうか」

 

「本当ですか!」

 

 

 割れないようにしっかりと梱包してくれ。

 そう告げれば、ウィズはトタトタという擬音が似合いそうな急いで瓶を持ってカウンターへと駆けていく。

 その後ろ姿になんとも危なさを感じながら、脳裏に過ぎったポーションの使い道を整理していく。

 結局の所、一癖も二癖もある代物であったとしてもようは使い方なのだ。

 

 

「…………わざわざ蓋を開ける必要もないからな」

 

 

 モンスターの誘引。

 

 

「奇跡に似た様なモノがあった筈だが……」

 

 

 前前世、パーシヴァルとなる前の記憶を掘り起こしながらパーシヴァルはそう呟く。大まかな事は未だ覚えているがしかし、ほとんど前世では触れてこなかった呪術や奇跡の分野に関してはかなり記憶も朧気となっている。

 その為、パーシヴァルはいまいち記憶の奥底から引っ張り出すことは出来なかったが先のポーションの梱包を終えたウィズを見て、まあいいか、思い出すのを辞め懐から金を取り出しカウンターへと向かっていく。

 

 

「────狂えば介錯はしてやる」

 

「?何か言いましたか?」

 

「いや、気の所為だろう」

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 予想していたモノとはだいぶ、かなり違かったがそれなりに良いものを購入することが出来た俺はひとまず、ウィズ魔道具店から出ていくのと同時に梱包された荷物をソウルへと溶け込ませてその足をここ数日でそれなりに馴染みになった武具店へと向けていく。

 勿論、武具店といっても俺自身の装備を新調するだとか、整えるだとかそういう事が目的ではない。

 

 

「ソウルに溶け込ませれば運ぶのに嵩張りはしないが……消費はやや激しいな」

 

 

 投げナイフの補充だ。

 冒険者としてならず者であったり、モンスターであったり、と戦闘を行う機会はそれこそ不死隊として戦っていた時と比べて減ってはいるがそれでも充分多い。

 いや、寧ろ投げナイフを使う機会そのものはこっちに来てからの方が多くなっていると言ってもいい。

 というのも、不死隊として戦う相手はとち狂った奴らや野盗に深淵から現れた魔物や…………兄弟たちであり、魔物やら不死者は投げナイフ程度では大した効果もない。流石に目に突き刺せば効果はあるが、そんなことするよりも連携で袋叩きにする方が早いし魔物に関してはそんな豆鉄砲に意味は無い。

 そんな嘗てと違い、この世界では今のところ俺が受けている依頼のモンスター等々にはそれなりに投げナイフも効果を発揮している。例えば、ゴブリンならば物陰から喉へと投げて殺せる、明後日の方向で音を出した上で奇襲も出来る。

 重用してしまうのも仕方がないという話だ。

 

 

「だが、まあその分消費も激しく金がかかる……大量購入でやや割り引いてもらってはいるが」

 

 

 そろそろ大きな収入を得るべきだろう。

 クリスの言っていたキャベツ収穫は稼ぎ時らしいが、それはまだ先でありそれまでにある程度稼ぐ必要がある。

 

 

「となると、大型のモンスターの依頼を受けるべきだろうな────ん?」

 

 

 ふと、何か妙な感覚を覚え俺は足を止めた。

 よく分からないが人間性がチリつく様な感覚を感じ取った俺は視線を張り巡らせてみれば、大通りから路地へと入っていく若い男たちで止まった。

 外見や雰囲気はどう見ても冒険者のソレであるが、何か妙な緊張感が彼らの中にあるのを感じ取りながら同時に先程感じた妙な気配が彼らに絡みついているのを察せられた。

 そう、それは人間性の闇に訴える……いや、恐らく欲に対して薄く干渉しているのだろう。

 

 

「深淵…………などではないな。これは……呪術に近いか?」

 

 

 魅了と言うべきだろうか。流石に呪術には明るくなく、呪術に対する記憶も朧気というのもあっていまいち要領を得ないが…………

 

 

「……様子見だな」

 

 

 邪教徒かそれとも悪魔(デーモン)か、魔王軍の策略なのかは知らないが現状どういうモノなのか分からない以上、こちらから手を出すのは些か悪手に過ぎる。

 兄弟たちがいるのならともかく、ここにいるのは俺だけだ。それに我が女神に迷惑をかけかねない。

 

 

「…………亡者と言い、この街はなんだ……駆け出しの街と聞いたんだが」

 

 

 厄ネタばかりだ…………。

 そう呟きながら、俺は当初の予定通り武具店へと向かっていく。

 

 

 

 



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一抹の不安は言葉無く



ω・`)


|ω・`) つ
(最新話)



|ω・`:;.:...



 

 

 

 

 

 ファランの不死隊、深淵の監視者。

 そう、呼ばれている不死人である俺は当然のことだが、対人戦の経験は充分ある。何せ、俺にダークリングが生じ、不死人となってしまって学院や家からも追放されたのだから行く当てもなく兄弟らに拾われるまで一人放浪していた。その過程で不死人である俺に対して襲い掛かる人間や道中で野盗に襲われるという事が何度もあった。

 襲われているのに、どうして無抵抗である必要があるのか。魔術などを利用してそういった対人戦を熟していき、不死隊となってからは不死隊としての役目を行うために邪魔となる障害を排除してきた。もちろん、この排除というのはそういう事だ。

 俺たちは俺たちに武器を向けてきた相手を赦すほどお人好しではなかった。

 

 という事もあり、対人戦にはそれなりに慣れていると自負しているわけだが……

 

 

「ふむ」

 

「ん?どうしたのパーシヴァル?」

 

「いや……」

 

 

 何か俺の溢した声で心配してくれたのか、先導するクリスが振り向き声をかけてきた。俺はその心配な声に気にするな、と返そうとしたがやや言葉に詰まってしまう。

 何故なら、彼女の声自体はいつも通りの彼女らしいというべきか、やや軽い声音だがそれを口にした彼女の目の奥にはやはり、クリスというよりも我が女神の優しさが垣間見えた。どうやらクリスとしてはともかく女神としては心配なのだろう。

 恐らく、その心配は今回の依頼というかクエストが原因だろう。

 

 

「…………あの、さ、私らで行ってこようか?今回の依頼」

 

 

 返答が歯切れも悪くそして、詰まってしまったからだろう。表情はいつも通りであったクリスだが、少しずつそれも心配そうなモノへと変わっていき、思わず俺も布の下にある口を噤んでしまう。これはいささか不味い。

 

 

「いや、違う。確かに心配事がありはするのは間違いない。だが、それはクリスがそう心配することではない、安心してほしい」

 

 

 そう、彼女に答えながら俺は今どうして、このような状況になっているのか、そもそも今回のクエストを受けた経緯を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファランの不死隊であり、女神エリスの騎士であるパーシヴァルは朝も早いうちに利用している部屋を後にし、開いたばかりの冒険者ギルドにていつも一党で利用しているクエストボードからやや外れたテーブル席に着き、ウェイトレスに朝食として軽食を注文して、テーブルの上に布を広げその上に先日調達した投擲用の短剣を一振りずつ並べていく。

 縦三列、横約十六本ずつならべたそれらを一瞥してから、手元に用意していた麻紐を引いて並べられた短剣から一本一本手に取ってはしっかりと刃が固定されているかを確認して確認を終えればその柄に麻紐を巻いていく。

 魔術を習得しているとはいえ、基本的にパーシヴァルは前衛だ。守りはダクネスに任せてはいるが彼女は基本的に空振りだ。となれば、攻撃役は自ずとパーシヴァルかクリスとなる。だが、クリスはあくまでシーフであり生粋の前衛ではない。

 故に血濡れとなるのは必然パーシヴァルであり、そうなった時に投擲をしようとしても自分の指が血濡れではうまく投擲どころか、引き抜く事すら危ういだろう。そう、嘗ての経験もあってパーシヴァルはこうして投擲用の短剣ないしナイフを調達すればこうして、空いた時間を利用ししっかりと使いやすいように整えていた。

 その際に短剣がしっかりとしているかを確認するのは、別段このアクセルの街の鍛冶屋を信頼していないというわけではない。単に不死隊として動いていた時の名残というもので、当時は既に何度か使ったものを回収した所謂中古品や粗悪品を仕入れ真っ当な品と同等の値で売りつけるといった商人がいたわけで、その頃の名残でしかない。むしろ、こちらに来てまだ数回しか足を運んでいないが、パーシヴァルは鍛冶屋の親方の腕を信頼している。

 だが、それはそれ、これはこれ、という奴で自分が使いやすいように多少の工夫を挟むというモノだ。

 そうして、並べられた短剣全てに麻紐を巻き、綻びがないことも確認したパーシヴァルがそれらを片付け始め

 

 

「おっはよう、パーシヴァル!」

 

 

 た、頃合いにそんな元気のいい声をあげながらパーシヴァルの対面の席にクリスが座り、それと同時に注文を持ってきたウェイトレスに同じものを注文していく彼女をパーシヴァルは口もとの布をずらしながら挨拶を返す。

 

 

「いやあ、それにしてもいつ見ても準備にしっかりしてるよね」

 

「当然だ。大なり小なり、命に関わるからな。こういう隅をつついているかもしれないが、生存力を高めるのならやったほうがいい。まあ、お前に言った所で荷物を増やして速度が落ちるなんてことが起きたら事だが」

 

「いやいや、流石にそんなちょっとやそっとじゃ変わらないよ。でもまあ、流石にキミみたいにこうたくさん持ち歩かないけど……」

 

 

 そうか。

 そう、クリスの苦笑交じりの言葉に、軽く笑いつつ頼んだサンドウィッチを摘まみ口にしていく。片手で食事をしつつ空いている手で短剣を片付けていき、ふと視線を正面のクリスからずらせば、クリスも視線が動いたのを気になったか、パーシヴァルの視線の先へと振り返りつつ見てみれば、そこには今来たのだろう親友であるダクネスの姿があり、彼女も二人に気が付いたか挨拶がわりに軽く手を挙げてやや早歩き気味で、パーシヴァルらのテーブルへと合流した。

 

 

「おはよう、クリス、パーシヴァル。二人とも早いな」

 

「おはよう、ダクネス」

 

「ああ、少し早くに起きたのでな」

 

 

 互いに挨拶を交わしてクリスの隣にダクネスが座り、ちょうど運ばれてきた朝食にクリスが口をつけ始め、ウェイトレスに確認されたダクネスはどうやら既に朝食を取っているようで断っていく、そんな様を見つつ先に朝食を食べ終えたパーシヴァルが視線を一度二人に向けてから話を切り出していく。

 

 

「それで、今日はどうする」

 

「私は既に予定も終わっているからな。問題ない」

 

「んー、私も大丈夫かな。そろそろキャベツの時期だけども、稼げるところで稼いでおきたいし」

 

 

 となれば、話は早い。

 先に食事を終えた、パーシヴァルが席を外してクエストボードへと向かい、その間にクリスはサンドウィッチを食べつつダクネスと近況について話していく。

 それもほどほどに話し終え、クリスの食事も終わったころ合いでパーシヴァルがボードより戻ってきた為に一党は貼られていたクエストについて情報を共有していく。

 

 

「ええっと、オークにマンティコア、あといつものジャイアントトード」

 

「ほう、ゴブリンの群れと野盗か」

 

「ああ、他にも幾つかあったが、まあどれもこれも普通なモノばかりだ」

 

 

 パーシヴァルから伝えられたクエストの内容に各々の反応を示しつつ、クリスとパーシヴァルは同タイミングでその視線をダクネスへと向けた。案の定、ダクネスの表情は思案するようでありながらもその口端が僅かににやけており、先ほど口にしたクエストの目標からして何やら如何わしい彼女らしいことを考えているのが既に二人には看破されているが、二人は口に出さず、クリスはやれやれとため息を吐き、パーシヴァルは口の布を直し始めていた。

 そうしている間にひとまずの妄想から戻ったのか、なにやら鼻息をならす勢いでダクネスが

 

 

「やはり、ここは野盗だろう。既に被害も出ているらしい。騎士としてこの様な狼藉は見過ごせない!」

 

「(それっぽい理由だ……でもまあ、ダクネスも騎士としての誇りはあるだろうし)」

 

「まあ、そうだな」

 

 

 ダクネスの力説にクリスはらしいな、と胸中で考えてパーシヴァルは女神の騎士として、騎士という事を出されればそれに賛成するしかなく、おのずと流れはこの野盗についてのクエストを受注するモノになっていた。

 そうして、改めて一党がボードの前でクエストについて確認を始めれば、そこに記載されていたのはあくまで今回の野盗退治は野盗を捕らえ役場に突き出すというモノ。人数はやや多いがしかし、この三人であれば決して難しいものではない。何より、パーシヴァルの実力を良く知っているクリスは問題ないだろうと判断して─────

 

 

「…………」

 

 

 マスクと布、そして立たせた襟のせいで基本的に表情を伺う事の難しいパーシヴァルのそのマスクから覗く瞳が僅かに揺れたのを見て、クリス、エリスは何か形容しがたい不安感が自分の中に滲みだしたのを感じていた。

 

 

 

 

 

 



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身を窶せども人は人



 


 

 

 

 

 

 アクセルの街から馬車を使って一時間程度街道を進んだ場所にある牧場を介して伸びていく街道の中に森林の中を通るモノがある。

 その街道こそが、今回パーシヴァルらが受けた依頼の目的である野盗らが出没する街道なのだが、わざわざそこを通って野盗を探す、もしくは待ち構えるなどという作戦をパーシヴァルらは選ぶはずも無く、森林へと足を踏み入れた時点で当初の予定通りにクリスが自身の盗賊スキルの敵感知を潜伏と同時に発動しながら森林内部を軽く駆けていく。

 彼女の華奢な容姿と服装が相まって、少年と見られ侮られる事もある彼女であるが、クリスの盗賊としての技量や冒険者としての実力は高く、何人いるのか正確な数が分からない盗賊たちのホームとも言える森林内を一人で斥候として行動するのは普通ならば危険極まりない選択であるが、充分に問題なく目的が遂行出来るとダクネスとパーシヴァル両人が信頼し任せていた。

 それと同時にパーシヴァルとダクネスは街道に沿うように森林の外寄りを早歩きで進んでいく。

 

 

「───パーシヴァル」

 

「問題ない、今のところスキルの範囲内に野盗はいないな。恐らく、軒並み根城だろう」

 

「む、そうか……フフ、つまり、意気揚々と野盗達のアジトへと踏み込んだものの数の暴力によって、騎士の誇りも冒険者としての誇りも、そして乙女の純潔も不特定多数の男たちの欲望の手で蹂躙されて……ッ!!」

 

 

 パーシヴァルに対して、周囲の野盗たちないしモンスターの存在の有無を確認したダクネスは、パーシヴァルの返答を聞いて途端に妄想を始めた彼女をパーシヴァルは何も聞かなかった振りをしつつ、懐からこの辺りについての簡易的な地図を取り出して周囲の地形を確認していく。

 街道を挟んで東と西。

 既にクリスと共に調べた事前情報から、山が存在する西側、ただ森林と平原があるだけの東側の中で古びた洞窟があるという西側にこそ盗賊の根城があるとパーシヴァルとクリスは予想を立て分かれた上で盗賊を探すと決めていた。

 既にスキルの範囲の広さからして、パーシヴァルは街道付近に野盗が居ないことを看破し、地図を懐へと戻す代わりに次に取りだしたのは一つのピアス。

 小指ほどの大きさの結晶がはめ込まれたソレは魔道具の類であり、対であるピアスの位置が分かるというモノ。今回二手に一度分かれて行動するということからクリスが用意した代物だ。

 

 

「ふへへへ……っは!?パ、パーシヴァル……行くのか?行くんだな!?」

 

「…………」

 

 

 ピアスを取り出したパーシヴァルに気づいたのか、妄想で涎を垂らし始めていたダクネスは懐から出したハンカチで涎を拭いながら、しかし決してその表情は普段通りのモノに戻っていない。

 変わらず、頬は上気しているし、瞳はもう欲望が見え隠れしてしまっている。

 そんなダクネスの姿に、思わずパーシヴァルは目頭を抑えながら空を仰ぎ、どこか遠い目をしたと思えば直ぐに雑念を振り払い、ピアスを起動させる。

 軽くため息をつきつつ、ピアスを起動したパーシヴァルの姿にダクネスは軽く深呼吸を行ってから意識を切り替え、いつも通りの表情へと戻し

 

 

「パーシヴァル。罠はどうするつもりなんだ?」

 

「問題ない。クリスから、罠感知のスキルを習得している」

 

「なるほど、分かった。先導は任せた」

 

「ああ」

 

 

 短い返事にダクネスが頷いたのと同時にパーシヴァルがピアスの反応を頼りに森林を走り始め、それをダクネスが追従していく。

 街道沿いの浅い部分を外れたからか、途端に木々や草々が増えていきパーシヴァルとダクネスの視界を悪くし、地面もけもの道にもならずそして根ばかりの悪路へと変わっていくが、ダクネスは経験を積んでいる冒険者でありなおかつこの程度の悪路であれば適度に気持ち良くなっている可能性が無きにしも非ずであり、パーシヴァルに関してはこんな悪路などものともせず踏破していく。

 道中、パーシヴァルが発動しているスキル・罠感知により、野盗らが仕掛けている罠を即座に看破していく。

 

 

「ダクネス、前方に鳴子がある。足元に気をつけろ」

 

「ああ、了解した」

 

 

 ピアスの反応も近くなってきた頃合で感知した罠をダクネスに伝えパーシヴァルが罠である鳴子に繋がる縄を跳ぶように回避すれば、ダクネスもそれに続いて回避していく。

 ここで鳴らせば〜などという思考回路は今のダクネスにはない。スライムや触手などによる足止めトラップであればもしかすれば嬉々として作動させた可能性もあるが…………。

 と、そんな風なあくまで侵入者などの存在を知らせる用の罠を幾つか回避していくと、二人の視界に森林内部だと言うのに比較的開けた場所があるのを確認したと思えば、パーシヴァルはその速度を緩めてそのまま薮を抜けるなどということはせずに近くの木の影へと膝を着いて姿勢を低くする事で潜めば、ダクネスもそれに習うようにし、影からそちらへと視線を向ける中でパーシヴァルは一言、

 

 

「───クリス」

 

「特にこれといって出入りはないよ」

 

 

 名前を呼べば、すぐ近くの木の影からクリスの声が返ってくる。

 既にピアスの反応からすぐ近くにいるのが分かっていたからこその行動であり、すぐ横に移動してきたクリスは少し前からこの場にいて得た情報をパーシヴァルとダクネスに共有していく。

 三人の視線の先、森の中で開けたソコは件の古びた洞窟が口を開けており、その周囲には野盗たちが拵えたのだろう簡素な柵と、見張り番の様子が見て取れた。

 

 

「時々、見張り番と話しにくるのもいるけど、見た限りじゃあ六人か七人。中にあと何人かいるのは間違いないけど……正確な数は分からないかな」

 

「確か、襲われた商人によればだいたい十人より少し多い、らしいが……パーシヴァル、どう思う」

 

「…………数は、問題ない。少なくとも、洞窟内だ。そんなにいっぺんには来れないだろう。背後、つまりは洞窟の入り口と横穴からの襲撃に気をつければ、だが…………燻すか」

 

「「それはやめようか」」

 

 

 三人で最終確認をしていく中で、パーシヴァルの呟いた案を耳にしたダクネスとクリスが異口同音の即答で切り捨てつつも、三人の話し合いは続いていく。

 途中、クリスからの心配する様な様子を伺う様な視線をパーシヴァルは感じ取りながらもソレを意図的に無視し、自身の指先を投げナイフへと這わしていく。

 それをクリスとダクネスは見逃す事はないが、二人とも咎める事はなく、逆に何時でも動ける様に準備を整え始める。

 

 

「誘拐されたって、話は聞かないから人質とかは多分、ないはず。わかってると思うけど、しっかりと捕まえてギルドに突き出すまでが依頼だからね」

 

「肉か、んんッ、盾役は任せろ」

 

「分かっている…………やり過ぎないように、するとも」

 

 

 クリスの最終確認に、ダクネスは一瞬欲望がこぼれ落ちそうになりつつも直ぐにクルセイダーとして取り繕い、パーシヴァルは口元の布を軽く上げてから返事をする。

 最後に互いを一瞥して────

 

 

「あっ?」

 

「え、痛っ───」

 

 

 洞窟の見張り番であろう、二人組の男の膝と腿にナイフが深々と突き刺さり、二人の意識が完全にそちらへと向く。

 視覚がそれを認識し、悲鳴をあげるまでの刹那、藪の中から飛び出し加速したクリスが速やかに見張り番の二人を俯せに地面へと伸す。

 それを尻目に、パーシヴァルはナイフを投擲した手でそのまま独特な形状の短刀を引き抜く。ファランの大剣は洞窟内ではあまりに不向きであるのは当然であり、そもそも殺してはいけないのだから。

 

 

「(殺すな、か。…………そう、だな……ここは俺たちの世界ではないんだ)」

 

 

 瞳を濁らせながら、自分の胸中で僅かにピリつく様な感覚をパーシヴァルは覚えながら、野盗たちの巣窟へと足を踏み込んでいった。

 

 

 

 






 どうも、お待たせ致しました。
 仕事も忙しくなり、段々と執筆する機会が取れなくなってきた中、筆を半ば降りかけていた最中に、皆様の感想を見て残り火を燃やす事が出来ました。
 これからも頑張りたいと思います。

 


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女神の騎士であればこそ

 

 

 

 

 

「ンだ、てめぇッ!!」

 

 チンピラ同然の怒声と共に振るわれるのは上段大振りな一撃。武器の長さはギリギリショートソードと言えるのだろうが、上段からの大振りという選択をしたせいでその剣先が僅かに洞窟の天井を掠め、ジジッという嫌な音を僅かに響かせ、振り下ろされる。

 耳障りな音を聴きながら、僅かに半身ズラしながら短刀で野盗のショートソードを滑るように受け止めながら、そのまま距離を詰める。

 攻撃を受け止められた事が信じられなかったのか、振り下ろした体勢で目を丸くし、固まった野盗の顔面に拳を叩き込み鼻を折りつつ、蹴り飛ばす。

 ちなみにだが、洞窟の通路は直線的に造られている。高さはそこそこ、幅もそこそこであるが何人もの人間が大きく動き回れるほどの広さがあるという訳でもなし、であればそんなところで勢いよく人一人蹴り飛ばせばどうなるか、など火を見るより明らかだ。

 

 

「うぶぇぁっ!?」

 

「ッ!?邪魔だ、おい!?」

 

 

 洞窟の奥の方からやってきた野盗の一人に勢い良く飛び込み、思わず飛び込まれた方の野盗は持ってきていた大きな木の盾で仲間を受け止める。受け止めてしまう────

 

 

「いいモノを持っているな」

 

 

 仲間を受け止め、仰け反った隙に野盗の木の盾の縁を掴んで勢い良く引き寄せる。唐突に飛んできた仲間を思わず盾で受け止めてしまえば、この松明があっても均等におかれてる訳もなくましてや洞窟の中、整備されていないのならば薄暗くて当然の場所で自分から視界を狭めてしまえば、目の前に敵がいても不意を突かれてしまうのは自明の理だ。

 

 

「は?っご!?」

 

「これで、四人目」

 

 

 無理矢理に相手から盾を奪い取り、そのまま盾を相手の鳩尾に打ち込み、流れる様に下から顎へと掬い上げ意識を奪う。

 これで四人目。

 既に野盗たちの根城である洞窟に足を踏み入れて、四人を気絶させた訳だが、

 

 

「…………ちっ」

 

 

 正直に言おう。

 ストレスが溜まる。いや、正確に言えば余計に疲れると言うべきか。

 言ってしまえば、俺がいた世界。あの世界は、やはりダークファンタジーというわけでだが、命の価値というものが大いに安かったと思える。

 俺の知る盗賊共なら、今の仲間が飛んできた時は受け止めるなんぞしないだろう。下手すればその仲間を文字通り斬り捨てて、即座にこちらに突っ込んでくる場合もあるだろう。

 俺であれば、殴りつけた野盗を肉盾にして視界を潰してからそれごと突き刺すか、魔術で吹き飛ばす。若しくはそもそも侵入する前に火で焼き出して魔術で早々に殺すのが選択肢にあったが…………

 

 

「思えば、こっちに来て対人は初めてだったな」

 

「パーシヴァル、大丈夫?」

 

 

 殺さぬ様に、かと言って無力化する為にやり過ぎればそれはそれで人間性の問題だ……この場合の人間性は普通に精神的な意味合いだが。

 そんな風に思考を回していれば、どうやら俺が気絶させた野盗らを縄でしっかりと縛り終えたらしいクリスが道中でもしていた様に女神らしく心配気な声音と表情をこちらに向けてきて…………俺は、

 

 

「…………気にするな、とはもう言えないか」

 

 

 これ以上は、逆に問題になりかねないと判断して、一度ダクネスの位置を確認機してから俺は大人しくクリスに説明することにした。

 

 

「笑ってくれるな。俺は、お前たちと一党を解散するかもしれない、というのが存外怖いらしい」

 

「……え?」

 

「嘗ての世界は、この世界と比べて、命の価値というものがあまりに安かった。そして、当然だが俺もその世界の価値観に従っていたし、あまり自分で言うものではないが……かなり過激な方であった自覚がある。つまり、だな」

 

 

 そこまで言って、俺は一度話を区切り足元に転がっていた石を蹴り上げ、握ると同時にそれを前方へと投擲する。クリスが、それを見て直ぐに構え直し、一拍遅れて野太い悲鳴が洞窟の奥から響く。

 先程奪い取った盾を構え、短刀を普段通りの逆手に持ち替え

 

 

「当然、俺の中には野盗を、他者を害する悪党と呼べる人間を躊躇いなく殺すという選択肢が優先され易い」

 

 

 松明による明かりが届かず影になっている方向から、矢が放たれたのを視認して素早く盾でそれを受け止め、クリスと共に通路の端へと避ければ後方、入口側からダクネスが盾を構えながら駆け込んでくる。

 それを追いかけながら、視線を通路の側面へと僅かに向けていく。万が一横穴があれば対処する為に

 

 

「…………以前、俺はこの世界は優しい、と言ったな。今回もそうだ、紛れもなく悪人であり社会の敵である野盗を捕縛。命を奪わない、俺にはすぐには出てこないし、不安な選択だ」

 

 

 クリスの側の横穴から飛び出してきた短剣を持ってる野盗にすぐさま盾を投げつけ怯ませる。その間にクリスを先に行かせ、怯んだ奴の短剣を握っている方の腕を掴みそのまま外側へと曲げさせて手から短剣を奪い、顔面を殴りつける。

 それでも、動こうとしたのを素早く蹴りで股間を蹴り上げ、意識を刈り取る。

 手元に縄が無いために首根っこを掴んで、クリスらの後を追いかけていく。

 

 

「クソっ!?なんだコイツ!」

 

「硬ぇ!クルセイダーか!?」

 

「くぅぅっ!!どうした!そんなものか!」

 

 

 目測で野盗が六人ほどで固まっている中、その内の前衛の攻撃を受け止めているダクネスの後ろ姿を見る限り、特に問題はないようで後衛の野盗は先程の矢を打ってきた奴だろう、クロスボウを持っているのが一人いたがそこには矢の1本も装填されていない。

 代わりに、クリスの手にはしっかりと矢筒が握られている。

 

 

窃盗(スティール)か」

 

 

 状況を理解して、こちらへと振り向いたクリスと視線を合わせればこちらの意図を理解したのか

 

 

「ダクネス!」

 

「ああ!」

 

 

 クリスによって呼ばれたダクネスは素早くその場から横に大きくズレ、俺は掴んでいた荷物を勢い良く野盗たちへと投げ込む。

 もちろん、投げ込んだのは俺の武器でも、さっき奪った盾でもない

 

 

「はっ!?」

 

「人の心はねぇのか!?うぉっ!?」

 

 

 固まっていた所に人間が投げ込まれる、それも気絶してる仲間が、来るなんて誰が考えるか。

 すれ違った際に、クリスもやや引いていたがそれはまあ…………我が女神からそういう反応をされるのは辛い。それと、ダクネスは何やら目が輝いていた。投げんぞ、俺は。

 ため息を零しながら、俺は瓦解し始めた野盗たちへと踊りかかった。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 

「つまり、パーシヴァルは前の世界での経験の影響で、もしかしたら野盗を殺してしまったら、私たちの一党を解散するかもしれないって、のが不安だったわけなんだ」

 

「…………まあ、そうなるな」

 

 

 野盗たちのアジトを完全に制覇し、潜んでいた彼らを軒並み縄に縛り上げたパーシヴァルたちは、野盗たちを運送する為に呼んだギルドの職員らの荷台に野盗らを放り込んで、帰路へとついていた。

 しかし、そこにいるのはパーシヴァルとクリスの二人のみ。ダクネスはギルド職員と共に荷台の護衛として一足先にアクセルの街へと戻っている為だ。

 その為、ここにいるのは二人だけ。周囲に通行人がいるということも無いため、堂々と周囲の耳や目を気にすることなく二人は話していた。

 

 

「まあ、確かに。君が前いた世界ってのは、君と関わってく中で結構物騒な世界なのは分かるよ。それで、まあ、命の価値観ってのも違うのもわかる。だけれども、君はその価値観のままどうこうしてるわけじゃないでしょ?なら、そんなに不安がらなくても大丈夫だよ」

 

「……そういうものか」

 

「そうそう。それに────」

 

 

 パーシヴァルの抱いていた不安をクリスは諭す様に切り捨てながら、一度周囲を確認したと思えば

 

 

「パーシヴァルさん、経緯が経緯ですからね。しっかりと見ておかないと、何か大変な事とかしちゃいそうですし。それに、貴方は私の騎士ですからね、見捨てたりなんてしませんよ?」

 

 

 少年めいたクリスではなく、女神エリスとしてパーシヴァルへとそう告げた。

 まるで悪戯でもしたかのような笑みを向けて、そう告げた彼女に対してパーシヴァルは思わずその足を止めて、しばし固まったと思えば、すぐに肩を震わせマスクの下からくぐもった小さな笑い声が漏れ聞こえる。

 

 

「…………ッ、クッ……ック……なるほど、ならば、我が女神の騎士として、御身に泥を塗らぬ様に邁進させて頂きましょう」

 

「ええ、そうしてください」

 

 

 パーシヴァルの抱いていた一抹の不安。

 しかし、その不安が現実となる事はなく、そして自らが仕える女神からの嘘偽りの無い言葉によって、その不安が溶け消えていくのを感じながら、元のクリスに戻り歩いていく彼女の後を追いかけていった。

 

 

 

 



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