殺生丸転生in鬼太郎 (さくい)
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鬼太郎との出会い

 明晰夢、たしか夢をみていてそれを夢だと認識できるのが明晰夢だった筈。

 

 今俺の居る場所は黒い空間。ただ黒いだけじゃなく、白や赤、緑といったものが渦巻いているものや煌々と輝く紅蓮の球体、それに照らされている巨大な岩や図鑑で見た木星や水星みたいなのが存在している。

 

 

 これは夢だ、何故なら宇宙空間を生身で活動することなんて出来ないし、こうして息をして思考を巡らす事なんて無理だからだ。いや、思考を巡らせる事は出来るかもしれないけど息する事なんて出来るわけがない。

 

 なぜなら今の俺はパジャマ姿だからだ。こんな薄着じゃあ宇宙空間に行った瞬間に死ぬだろうがいい加減にしろ!

 

 なんて風に一人寂しくツッコミ擬きをしてると四角いシルエットが2つ俺に向かって飛んで来た。シルエットの速度はゆっくりで、寧ろ焦らすかのようにゆっくりゆっくりとこっちに向かって来ている。

 

 シルエットが来るまで数えて360秒、中々の時間を使って腕を軽く伸ばせば届く所で止まった。シルエットの正体は上の面に穴がある黒い正方形の箱と白いプラカード、一体何なのかとぼーっと見ているとプラカードに字が浮かんできた。

 

 

 “これより始まるのは神々がケイドロをし、その敗者の神から贈られるギフトの譲渡なり

 

 夢を見ることなかれ、すべての結果はその箱の中なり

 

 その箱の中からカードを1枚取れ、そうすれば色が赤・青と2回変わるなり

 

 それぞれ1枚ずつ取り計3枚のカードを手にするがいいさ

 

 さすれば新しき生への扉が開かれるなり”

 

 

 5行の文で“なり”が4つ、この文考えた奴文章能力ねぇな。しかも残り1つが投げやりだし。俺の夢だから、つまりは俺ベース……つまり俺の文章能力はこの程度?

 

 ……まあ、いいか。どうせ夢なんだし楽しんだもん勝ちだ。さて、どんなカードが出てくるのか楽しみ楽しみ。

 

 

 というわけで1回目、黒の箱に手を入れて取ったカードに書かれていたのは“集中力が高まりあまり疲れない”……ふむ、中々に地味で微妙だな。

 

 つまり、やろうと思えば長時間チネリ米を作れるってことだろ?ふと気が付いたら山盛りになってたりするのかもしれない。

 

 

 うし、何時の間にか赤になってる箱から2枚目取るか。カードに書いてあったのは“努力すればある程度報われる”。おお、さすが夢だな。

 

 集中力が高まってあまり疲れず、努力すればある程度身につくとか何それ凄い。

 

 

 最後に青になった箱からカードを取り出す、書いてあるのは“今より器用になる”。……よしっ、これで折り鶴を作れるようになるかもしれん!

 

 今まで折り鶴作ろうとしても可哀想な紙にしかならなかったからなぁ、ある意味これが一番嬉しいかもしれない。

 

 

 とかなんとか思ってる内に、宇宙空間がゆっくりと白くなっていってる。もう終わりかぁと思いながら何かしらの行動を起こすことなくぼけらっとしていると、全部が白く染まって俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやらあの宇宙空間での夢は夢じゃなかったらしい、何故なら目が覚めたら赤ん坊になってたからだ。もしかしたら今の状況も夢なのかもしれないけどそれは否定せざるを得ない、何故ならこの日が来るまでに数10年時間を要したからだ。

 

 まあでも、夢であってほしかった。

 

 

「殺生丸、お前に守るものはあるか」

 

 

 月夜を背にして“俺”にそう問う我が父“闘牙王”。その背から感じるのは焦燥と覚悟。この先の屋敷にいる愛しの十六夜殿の下に行きたいと思っているのは言葉を交わさずとも分かるし、父上は其処で死ぬ気なのだと理解した。否、元々知っていた。

 

 それは此処が前世で漫画やアニメになっていた犬夜叉の世界であり、極め付けに俺は西国を支配している犬の大妖怪の息子の殺生丸としてこの世に生を受けたからだ。

 

 

 殺生丸っていったら犬夜叉が成長する為の踏み台的キャラじゃないですかやぁだぁ〜ってブー垂れてたけど、そこはまぁ時間が解決してくれた。

 

 っていうか子供の頃に母上に『ウジウジしてないで男の子らしくしなさい!!』っていう感じにケツ蹴られてから開き直っただけなんだけどさ。

 

 

「とりあえず父上の亡き後、十六夜殿が死ぬまでは生まれてくる子と共に2人を守ろう」

 

「……すまぬ」

 

 

 その言葉を最後に父上は口を噤んで化け犬に変化し、足早に去って行った。十六夜さん延いては犬夜叉LOVEにも程がある。

 

 原作の印象だと犬夜叉超贔屓な感じだったしなぁ。その愛情の一部でも母上に注いでくれれば拗ねて拗れる事はなかったろうに。

 まあ、とりあえず逞しく育って貰う為に厳しくいこうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後燃え盛る屋敷から脱出した十六夜さんと合流して、俺が作った屋敷に住んでもらった。

 

 犬夜叉がある程度大きくなってからは谷に落としたり滝から落としたり、海に突き飛ばしたり妖怪の群れに放り投げたりしてたらかなり立派に育ってくれた。

 

 ちなみにそんな犬夜叉を十六夜さんは少し困った様な表情で笑っていたり笑ってなかったり、っていうか女性ってのは強いんだと改めて理解させられた。

 

 

 父上が死んでも俺や犬夜叉に涙を見せずに笑顔で生きてたし。まあ誰も居ない時は1人で涙を流してたみたいだけど俺にはどうしようも出来なかった。

 

 父上が亡くなったことで出来た心の傷は誰にも癒せはしない、癒せるとしたらそれは父上だけだ。だから俺が出来ることは十六夜さんと犬夜叉を外敵から守ることだけ、ついでに犬夜叉を鍛えること。

 

 

 ああ、犬化して十六夜さんの横に寄り添ったりはした。彼女は俺の犬の姿が大層お気に召したらしくて、犬状態の俺と居る時は瞳から哀しみがなくなって年頃の少女みたいに顔を埋めたりしてたっけ。

 

 この時にあの世にいるであろう父上に内心で自慢しまくったのは秘密である。

 

 そしてその日の夢に父上が出てきて羨ましいだの何だのと言ってきたのも秘密である。

 

 

 年月が経って十六夜さんが老衰で穏やかに逝った後は犬夜叉を更に鍛えるべく毒華爪で乱舞したり、父上が残した天生牙と鉄砕牙、そしてある日身体が光って出てきた爆砕牙をフルに使っての追いかけっこをしたり、偶々見つけた叢雲牙の封印を解いて悪霊を屈服させてから極龍波を避けさせたりして過ごしてたある日……犬夜叉は衝撃的なことを宣った。

 

 

「俺、好きな奴できた」

 

 

 それを聞いた俺はビックリしすぎて思わず作っていたチネリ米を握り潰した。

 

 犬夜叉の好きな人、名は“桔梗”というらしくとある村の巫女をやってるらしい。その女性がどういった人物なのかを調べる為に村をうろちょろしてたら破魔の矢をブチ込まれた。

 

 その後何やかんやで桔梗と仲良くなって恋愛相談とかに乗ってたら、気付いたら犬夜叉が桔梗との恋を諦めかけていた。

 

 

 あ、やっちゃった? とか思ったけど、関係性としては弟に恋している女の子の相談に乗るただの兄貴である。

 

 だからそこんところを犬夜叉に説明して桔梗と犬夜叉を引き合わせてから、後少しで付き合いそうってところで横槍が入った。

 

 

 野党の鬼蜘蛛だかミイラ男だかが、桔梗に恋して桔梗を手に入れる為に妖怪に自らの身を差し出した結果新しい存在になり桔梗と犬夜叉を殺そうとした。

 

 そう、あくまで殺そうとしただけで桔梗の危機を察知して駆けつけた犬夜叉の龍鱗の鉄砕牙からの冥道斬月波のコンボで消滅させられてたけど。

 

 そして2人は更に愛を深め、犬夜叉は四魂の玉を使って人間に成り2人は幸せに暮らした。

 

 

 この時に犬夜叉に渡していた鉄砕牙は、犬夜叉本人が妖怪としての力を失い使えなくなったことで何故か俺の手に。

 

 あれ、原作じゃあ強力な結界張ってなかったっけとか思ったけど、そういや犬夜叉に渡すまでバカスカ使ってたのを思い出した。

 

 

 多分原作の殺生丸みたいに覇道を目指さないでチネリ米を作ったり、人に理解を示してたりしてたのが大きかったんだと思う。

 

 ていうか前世は人間だし理解も何もないんだけどな!

 

 

 ということで気付いたら父と弟を亡くしてた俺は、少しの間母上の所に行って存分に家族の温もりを補充した。

 

 ちなみに、母上に素直に寂しいって言ったら普段のシニカルな面が完膚無きまでに掻き消えてデレデレ笑顔で抱きついてきて甘やかされた。

 

 

 

 暫くの間母上の屋敷で過ごしていると何時の間にか平成に突入していた。

 前世でお世話になったスマホとか娯楽を求めて下界に降りてみた。

 

 

 その結果、鬼太郎とかいう小僧に髪の毛を飛ばされたり、黄色と黒の縞模様のちゃんちゃんこを拳に巻きつけて殴り掛かられたり、下駄で蹴りつけられたりという嫌がらせを受けた。

 

 髪の毛針! とか、霊毛ちゃんちゃんこ! とか、リモコン下駄! とか、お前ふざけてんのかと言いたくなるような技のラインナップである。

 

 しかもその子を離せと言いつつその子を抱えている俺に攻撃するとかどういう神経してんだよ。

 

 

 そう思いつつ腕の中の気を失っている女の子に視線を移す。

 ……うん、可愛い。

 

 




鬼太郎との出会いとか書いといて鬼太郎出るのが後半の少しという体たらく(愕然)。
ま、まあ、プロローグ回という事で(白目)。


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鬼太郎との出会い2

短めっす。


 平成の娯楽を求めて人間界に降りてきた俺は早速人間に変化して当てもなく歩いていた。

 

 娯楽は勿論手にいれるけど、その前にコンクリートジャングルな街を散策するのも乙なもんだよね。

 

 という考えの下、あっちにふらふらこっちにふらふら。そして思った以上に、排気ガスやら人の生活臭が酷くて鼻がひん曲がりそうになるのを我慢して別の意味でふらふら。

 戦国時代に比べて格段に妖怪少なくなったし、弱い妖気しかねぇなぁとか思ってた時である。

 

 

 立ち昇る妖気を感じ、更にほんの微かに女の子の悲鳴が聞こえた気がした。

 

 この可憐な声からして美少女だ! 多分! 待ってろよ今行くからなぁ!

 

 そんな不純な動機を胸に、妖怪の姿に戻ってからダッシュで妖気が立ち昇っている場所へ直行。

 

 

 数分を掛けて辿り着いたその場所には古き良き日本の城があった。ただし、人間界に降りてから殆ど感じなかったレベルでの濃い妖気と共に。

 

 これは、あれだ、うん。邪気も感じるし潰しても構わんのだろう?

 

 という独断と偏見でこの城を壊す事を決定。早速鉄砕牙を構えて、城の天守閣に真っ直ぐ突撃。屋根をぶち破った先に鼻毛の生えた顔だけの妖怪が、ビックリした表情で俺を見ていた。

 見てて不快だし邪気を感じるしで、取り敢えず鉄砕牙で切り刻んでから更に階下へ。

 

 一般的な建物に当たる二階ら辺に到着してから改めて周囲を確認すると更に下の方から複数の人間の匂いがした。

 

 この中の一人がさっきの悲鳴の女の子に違いない! と確信して更に鉄砕牙で城を壊しながら進行。

 そして途中で俺を足止めしようとした風の刃を飛ばす変な口をした妖怪を毒華爪で切り裂き、着物を着た女の妖怪を毒華爪の毒を鞭の様に操って真っ二つに。

 

 よっしゃ到着! と気合を入れて地下に広がる空間を見渡すと円を描くように石柱が建てられていて、其々の石柱から人間の匂いがした。

 取り敢えず降り立った場所から一番近い中央の石柱に視線を向ける。

 

 人間の霊力が石柱によって変質させられて妖力に、そしてその妖力が城に供給されているっぽい。この手の物は大抵壊せばどうとでもなるという経験則の元拳を一発。

 

 親方! 石柱の中から女の子が!

 

 そんなどうでもいい事を考えながら落ちてきた女の子をキャッチ。さてこの子をどうしようかと悩んだ所で女の子が言葉を発した。

 

「だ、れ……?」

「……」

 

 ……こんな時なんて言えば良いのかわからない。

 正直に名前を言うのも違う気がするし、正義の味方なんていうのは雰囲気的に言えない。

 だからといって黙ってるのもなぁ……。

 

 取り敢えず何か話そうと口を開いた瞬間に天井が爆発。

 

 咄嗟に飛んで避難したら、急に動いたのが悪かったのか女の子は気を失った。元々弱ってたみたいだし悪いことしたなぁ。

 ……大丈夫だよな? 何かしら後遺症が残ったりしないよな?

 

「髪の毛針! 」

 

 えっ、いきなり髪の毛が飛んで来たんですけど。しかも抱えてる女の子に直撃するコース。

 さてはさっき殺した妖怪達の仲間だなと確信しつつ、妖気を放出して髪の毛と序でに天井が爆発した事で発生した砂煙も散らす。

 

 其処には茶色の髪で片目に覆っているちゃんちゃんこを羽織った小僧とイカしてるお姉さん、壁みたいな妖怪と見るからに一反木綿な妖怪、そしてババアとジジイの計6体の妖怪達が俺を睨んでいた。

 

「その子を離せ」

「離さぬと言ったら? 」

 

 咄嗟に返した俺の言葉が気に食わなかったのか、小僧がちゃんちゃんこを腕に巻いて殴り掛かってきた。態々ちゃんちゃんこを腕に巻いて腕に来るダメージを軽減させようとするのは良いと思うけどさ、だったらグローブとかつけとけっていうね。

 

 殴り掛かってきた腕を掴んで来た方向に投げてお仲間の所へ返却する。

 

「くっ、リモコン下駄! 」

 

 咄嗟に遠距離攻撃をした。うん、それは当然の事なんだけどさ……それがなんで、下駄なのよ!

 下駄蹴り付けられただけじゃ、当たっても痛くも痒くも無いわアホンダラ!

 

 そう思って受けようとしたけど、ふと思った。

 

 下駄を履いてるって事はつまりは裸足。

 

 小僧の足を見てみる。

 

 ……なんか、臭そう。実際にはそこまで臭ってこないけど、汗とかの匂いがやっぱり……ね? それに下駄から妖気ならぬ臭気が漂ってる幻覚が。

 

「笑止」

 

 1秒でも触れたく無いわぁ! その一心で迫り来る下駄に向けてさっきと同じく妖気をぶつけて跳ね返す。

 跳ね返された下駄は、なんとふらふらしながら小僧の下に戻っていった。

 ちゃんと持ち主の所に帰るとか中々優秀な下駄じゃあないか。

 

 それにしてもなんでこの子に拘るのか。

 

 この子とあの小僧が恋愛関係にあるとか? その割にはあの小僧からこの子に向ける感情に情愛は感じられない。

 この子の兄弟とか? な訳ないか。容姿が違えば種族自体違うし。

 この子の友達? あるな。何か巻き込まれてたっぽいし、この子を助ける為に此処に来た感じ?

 

 そうなると小僧から見た俺は、気を失ってる友達を抱える不審者……。

 

 そこまで考えた所で小僧が今度は電気を放出してきた。だが残念、その程度なら寧ろ電気マッサージにしかならんのだ。ふはははは。

 

 

 さて、誤解を解くのも面倒そうだしトンズラしちゃいますか。

 ただ素直に女の子を渡すのは、問答無用で攻撃された手前気に入らない。

 そんなわけで軽く気絶させてからいなくなろう。

 

 

 というわけで何気にずっと持ってた鉄砕牙で風の傷をブチ込む。

 避けるんじゃ鬼太郎! とか、避けて鬼太郎! なんて無意味な言葉を投げかける目玉の小人とイケてる姉ちゃん。

 

 そんな悠長な事言ってる暇はねぇよ! と言わんばかりに速攻で小僧に直撃し、序でに後ろに控えていたお仲間全員を巻き添えにする。

 ごめんね、風の傷って単体攻撃じゃなくて範囲攻撃なのよ。

 でも安心してくれ。かなり威力弱めたから! 気絶する程度の衝撃はあれど実際の傷は切り傷程度だから!

 

「きた、ろ……?」

 

 抱えてた女の子が目を覚ましたらしい。まあ、こんだけ騒がしかったら起きるよね。

 そう思いつつ懐から母上から荷物を包む時用に渡された白の風呂敷を地面に広げて女の子を寝かせる。

 寝起きでぼんやりとした状態の女の子を寝かせるという、そこはかとない背徳感を感じたけどそこはグッと我慢する。

 

 そして女の子達に背を向けて夜空に飛び立った。

 そういやぁ、あの小僧鬼太郎とか呼ばれてたけど、どっかで聞いたことあるような無いような……。

 

 いや待てよ、その前にメッチャ大事なことに気付いた。

 俺、金持ってねぇ!!

 戦国時代の金は持ってるけど、現代で普通に使える訳ないし両替しようにも身元を確かめられたら御仕舞いだ!

 はぁ、マジかよぉ。折角人間界に降りて来たのに、これじゃあ骨折り損のくたびれ儲けじゃん……。

 そこら辺に金落ちてないかなぁ。



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その名は

「殺生丸?」

 

 ゲゲゲの森にあるツリーハウス。その室内には家の主人である鬼太郎を筆頭に父親の目玉オヤジ、猫娘、子泣き爺、砂かけ婆、そして窓から中を覗いているぬりかべの6人の妖怪がいた。

 其々が大なり小なり傷を負っているのは、昨晩出来た人間の友人の犬山まなが妖怪城の礎にされたのを助けに行った時のことである。

 

 犬山まなの救援を受けて妖気渦巻く妖怪城に突入しようとした鬼太郎達。そこで見たのは天守閣に大穴が空いて、見るも無残な姿になった妖怪城だった。

 加えてその穴の付近にいたたんたん坊は細切れにされ、かまいたちは毒でグズグズに溶かされ、二口女は真っ二つになっていた。

 

 たんたん坊は何事もなく復活して鬼太郎達の邪魔をしたが、何故かかまいたちと二口女はグジュグジュとケロイドの状態に溶けていってただ不気味に蠢くだけで復活する事はなかった。

 

 

 たんたん坊を凌ぎながら地下に向けて空いた穴を辿り、その過程でたんたん坊を床に叩きつけて道を拡張していった。

 そうして地下へ続く床を壊した時である。砂煙の隙間から何かが見えた。軽く見ただけでも理解した、そこに居たのは捕食者だった。

 

 犬山まなを片手で抱き上げて片刃の大剣を片手に持つ、雪のようなロングストレートで白を主体にした小袖の様な服と袴を身に纏った美丈夫。

 その妖怪から放たれる妖気は鬼太郎が今迄に感じたどの妖気よりも強大で、鋭かった。

 

 一瞬呆気に取られるも犬山まなを抱えているのを見て、連れ去ろうとしていると即座に判断。鬼太郎は攻撃を開始する。

 

 髪の毛針、霊毛ちゃんちゃんこ、リモコン下駄、体内電気。

 

 自身が信頼する技を駆使したが、その全てが児戯だと言わんばかりに簡単に蹴散らされた。

 

 このままでは勝ち目は薄いと悟った鬼太郎は仲間達に時間稼ぎを請い、最大威力の指鉄砲を放とうとしたその瞬間。

 

 相手は大剣を薙ぎ、その薙いだ剣筋から強烈な衝撃波が放たれた。

 

 仲間達から避けろと言葉を掛けられるが、自身の後ろにいるのはその仲間達である。

 

 仲間達を見捨てる事が出来なかった鬼太郎は、少しでも仲間達に向かう衝撃波を抑えようと霊毛ちゃんちゃんこで防御姿勢を取って意識を失った。

 

 

 次に目覚めたのは、囚われている筈だった犬山まなに起こされた時だ。

 そして語られたのは彼の妖怪に助けられたという事実だった。

 

 たしかに犬山まなにはこれといった怪我はなかったし、彼女を汚さないようにご丁寧に風呂敷を敷いて寝かされていたという。

 

 思っていた事と違う事実に混乱したが、何はともあれ無事に解決という事で犬山まなと友好を交わし、そこら辺に転がされていた子供達を家に帰して鬼太郎達はゲゲゲの森に帰還した。

 

 

 

 そして今は砂かけ婆から昨夜に遭遇した麗人について話を聞かされていた。

 

「そうじゃ。今で言う平安時代に西国を支配していた犬妖怪の倅でな、それはそれはいい男じゃった。冷たい態度ながら妖怪や人に分け隔てなく接し、かと思えば敵対する者には何処までも残酷でのぉ。今風に言うならクール系男子か。普段の表情は冷たくて冷酷なのに、その実心根は優しく時折見せる微笑みは輝かんばかり。当時は童女から枯れた女まで夢中になったものじゃ」

 

 うっとりとした表情でそう語る砂かけ婆に辟易しつつ、鬼太郎は話の続きを促した。

 

「それで、具体的には?」

 

「ふむ、戦闘能力は父親をも凌ぎ最強と謳われた実力者じゃった。一振りで百の妖怪を蹴散らす人の鉄砕牙、一振りで百の命を救う天の天生牙、一振りで百の亡者を蘇らせる地の叢雲牙。この三本の刀を扱える者はこの世の覇者となれると伝えられる程の天・地・人の天下覇道の三本の妖刀に加え、その文字通りに全てを砕く爆砕牙をも持っていたんじゃ。しかもこの4振りの妖刀を真に使い熟す実力もある。思い出すだけでもあの戦いぶりはうっとりするわい。いつの頃からかぱったりと話を聞かなくなって死んだと噂されてたんじゃがのぉ、生きておって何よりじゃ」

 

 そう締め括った砂かけ婆の表情はうっとりから、正しく恋する乙女のものになっていた。それを見た子泣き爺が嫉妬を感じたが、それは誰にも気づかれなかった。

 

 砂かけ婆の話から統合するに人間にも妖怪にも差別なく接する超強い妖怪、ということになる。加えて女にモテる。

 

 そこまで考えた所でふと気づいた。

 

 砂かけ婆は如何にも知り合いという風に話していたが、ならば何故その殺生丸は砂かけ婆をも攻撃したのか。

 そう問うた鬼太郎に砂かけ婆は答えた。

 

「そりゃあ、あれじゃ。あの頃の儂は花も恥じらう乙女でのぉ……話しかける事が出来ずに、何時も物陰からこっそり見ていたのじゃ」

「その頃からババアだったくせになぁに言っとるんじゃ砂かけ」

「やかましいわ子泣き! 女は何時迄経っても乙女なんじゃ!」

 

 何時もの喧嘩を放っといて鬼太郎は父親である目玉オヤジに話し掛ける。

 

「父さん、殺生丸という妖怪は何故今更になって姿を現したのでしょう」

「さあのう、わしも殺生丸という妖怪についてはそこまで詳しくはないんじゃ。じゃが伝え聞く話では、一部の地域で守護神として崇められていたらしいのぅ。砂かけの話と合わせれば、鬼太郎と同じじゃ。という事は鬼太郎の先輩に当たるのう」

「はあ、そうですか……」

 

 カラカラと笑う父親を眺めながら、鬼太郎は殺生丸と対峙した時の事を思い出して自分も強くならなければと思った。

 

 

 

 ーーー

 

 そんな話がされているとは夢にも思っていない殺生丸は、昨夜助けた女の子の家にお邪魔していた。

 

 再会はほんの偶然だった。金が無く、金を得る手段も考えつかずにふらふらとウインドウショッピングをしていた時の事である。

 

 電気屋のテレビに映っているニュース番組を眺めながら、八百屋のおばさんから貰った林檎を現代人の努力すげーと考えながらうまうま食べていると戸惑い気味に話し掛けられた。

 

「あの……」

「……」

 

 振り返った先にいたのは昨夜助けた女の子だった。

 思わず噛り付いたまま黙って見ていると、女の子はいきなり頭を下げた。

 

「あの、昨日は助けてもらってありがとうございました! 」

「……気にするな」

 

 出会い頭に感謝の言葉をぶつけた女の子に面食らいつつ何とか言葉を発して、続く言葉が見つからずに視線をテレビに戻した。

 

「……」

「……」

 

 二人の間に会話はなく、さりとて落ち着いた雰囲気とは程遠い微妙な空気が二人の間に流れた。

 殺生丸は傍目では泰然と構えているが内心ソワソワし、女の子に至っては明らかに挙動不審になっていた。

 そうこうしている内に林檎を食べ終えた殺生丸が、近くに設置してあったゴミ箱に芯を投げ込んだ。

 

「ではな」

「あ、待って!」

「……なんだ」

 

 思わずという風に去ろうとした殺生丸の服を掴んで引き止める女の子にクールに返す殺生丸。だが実際は、女の子に服を掴まれて引き止められるという胸キュン体験をして心臓バクバクである。

 更に上目遣いで話すというコンボでノックアウト寸前だ。

 

「私、犬山まなっていうの。あなたは? 」

「……殺生丸」

「殺生丸、殺生丸……あ! せつ(にい)って呼んでいい!?」

「……好きにするがいい」

 

 女の子改めまなにそう聞かれて心の中で悶絶する殺生丸。まなの高過ぎるコミュニケーション能力に戦慄しつつ、何故こんなに懐かれているのかと疑問に思う。

 たしかに昨日助けはしたが、それだけでここまで懐かれる事はないだろう。ならば何故こんなに人懐こい笑顔でせつ兄と呼んでくるのか。なんなら犬耳と尻尾を幻視する程の懐き具合である。

 疑問に思いつつも聞く勇気を持てない殺生丸はどうにでもなれと思いながら返事をした。

 

 

「せつ兄は此処で何してるの? よかったら少しお話ししようよ!」

 

 

 殺生丸はまなの提案を振り払う事なく頷き、まなに連れられるままに近くの公園に行ってそこで色々と話した。

 まなの事、鬼太郎と呼ばれていた小僧の事、最近妙に妖怪絡みの事件に遭遇する事、そして殺生丸が行く当てもなくふらふらしている事。

 

 そしてホームレスな殺生丸の話を聞いて、まなは思った。

 自分を助けてくれた妖怪が行く当てなく彷徨っているのなら、自分の家に泊めればいいじゃない! と。

 

 無論まなとて中学生だ。

 男と女の因果関係は理解している。実際にそういう目を向けられたことがあるし、それで嫌な思いもした。

 

 だが殺生丸からはそんな情欲の眼差しを向けられなかったし、彼が優しい妖怪だという事は昨夜の事と今日の会話で理解した。

 それどころか彼から感じる眼差しは一見冷たいながらも優しさに満ちている。そんな目で見られて気恥ずかしくなりながらも、まなは殺生丸を家に招いても問題ないと判断した。

 

 断ろうとする殺生丸を強引に捩伏せ、袖を引っ張って立たせて自宅に向けて歩き出す。

 殺生丸は諦めたのか抵抗する事なく付いて来てくれた。

 

 

 そうして現在、まなの家に到着。

 まなの両親がなんて言うかひやひやしていた殺生丸は、親子の会話に呆気にとられた。

 

「お母さん、この人せつ兄っていうの! 今日家に泊めていいでしょ?」

「まなのお友達? あら、随分と綺麗な人ね。勿論いいわよ」

 

 娘の具体性に乏しい内容と母の能天気とすら言える即断。

 それで良いのかよと思いながらも、犬山母子に逆らう事なく有り難く泊めさせてもらった。

 

 余談ではあるが、父親が帰ってきて紹介された時の言葉が「幾らイケメンだからってまなはわたさーん!! 」であった。




お父さんが西国を支配していた時期がわからなかったので、平安時代に支配していた事にしました。


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犬山家の居候

日常回というか、蛇足回。


 犬山家にお世話になって数日が経過した現在、殺生丸はまなの母親である純子の隣で目玉焼きとウインナーを焼いていた。

 

「殺生丸君、そっちの方どう? 」

「もうすぐ出来上がる」

「了解、それじゃあ私はご飯とお味噌汁並べておくわね」

「ああ」

 

 純子の言葉に返事を返しつつ、焼きあがった目玉焼きとウインナーを皿に乗せていく。

 自分より遥か年下の女性に君付けで呼ばれる事に何とも言えないむず痒さを感じるが、殺生丸が妖怪だと欠片も思いもしない純子からすればちょっと不思議な雰囲気を持つ年下の男の子だ。

 

 まさか自分から自分は妖怪です何てアホな事をほざこうとは思わない殺生丸は、君付けを甘んじて受けながら朝食の用意を進めていく純子の後ろ姿を見つめて思う。

 

 こんなに美人で家庭的で、強気でありながらも確かな優しさと母性を持つ人を嫁にするとは祐一も中々の猛者だなと。

 

 一体どうやって純子をオトしたのかを疑問に思いながら、皿に乗せ終わった3人分の皿を食卓テーブルに運んでいった。

 

 余談だが、一家の大黒柱である祐一は大事な会議があるとの事で早朝から仕事に出ている。

 

 

 ──

 

 

 一方、殺生丸に見送られて食卓テーブルで準備をしている純子は、ふと息子がいればこんな感じかしらと考えに耽っていた。

 

 まなが言葉をぼかしながらも遠回しにホームレスと言って連れてきた殺生丸。ホームレスにしては異様に清潔で、今までの人生を振り返ってもお目にかかったことのないイケメン君。見た感じ20代の男の子。

 

 基本的に物静かだが話しかけられればしっかりと返答するし、居候しているという申し訳なさからか積極的に家事を手伝ってくれている。

 それどころか、自分と夫がいない時は家事全般を殺生丸が担っているくらいだ。

 そしてよくまなに宿題で分からない事を教えてくれている。古文限定だが。

 

 殺生丸が泊まることを笑顔で快諾した裏でまなに悪影響や害がないかを観察していた純子は、それらを考慮して結果的に害無しとして殺生丸を受け入れた。

 

 寧ろ殺生丸の事を気に入った純子はまなと結託して、殺生丸が家を出ようとするのを何だかんだで押さえ込んでいる。

 

 

 幸い自身と夫の収入を考えれば1人や2人養うのはどうって事ないのだ。

 

 いっそのこと本当に息子にならないかしらと考えながら、丁度お皿を持ってきた殺生丸にまなを起こしてもらうように頼んで準備を終わらせる。

 

 

 少しして軽く身支度を整えたまなと殺生丸が席に着き、3人でいただきますをして朝食を食べ始めた。

 

「……」

「ありがと、せつ兄」

「ああ……」

 

 殺生丸が何も言わずに、丁度醤油を欲しそうにしていたまなに手渡した。

 

 それを見ていた純子は2人の阿吽の呼吸に1人無言でニヤリとする。

 年の差婚なんて今時珍しくはないのだ。あわよくばこのまま殺生丸とまなが良い関係になる事を願いつつ、その前に殺生丸には定職に就いて貰わないとと考えながらニヤニヤする。

 

「お母さん、どうしたの? ニヤニヤして」

「え? あ、別になんでもないのよ? ちょっと思い出し笑いしてたのっ」

「ふぅん……?」

 

 慌てて言い繕っている様な純子の様子に不自然さを感じながらも、一応納得するまな。

 まなが納得したのを見てほっと一息吐いた純子がふと視線を上げると、殺生丸と目が合った。

 

「ど、どうしたの? 殺生丸君」

「いや……」

 

 一言そう言って手に持っている茶碗に視線を移した殺生丸を見て、頬につうっと汗が一筋流れたが殺生丸が特に何かを言う気はないと察して肩から力が抜けてふとテレビに視線がいった。

 

 テレビにはビビビ電気なる新しく出来た会社の特集がされている。

 なんでも、今までにない程の格安料金で電力供給をしておりビビビ電気に変える人達が加速度的に増えているとかなんとか。

 

「電気代が安くなるのは助かるわねぇ」

「でも、何処と無く胡散臭いような……」

「たしかに、成金みたいな格好の社長よねぇ……何も考えないでお金使い過ぎて破産しちゃうタイプかも。まあ、うちは今まで通りでいいわよ」

 

 その言葉を最後にまなと純子からビビビ電気についての話題が上ることはなく、テレビは次のニュースに移っていった。

 

 

 

 ──

 

 ある日の夕方、雄一から借りた本をソファーで読んでいる殺生丸の背中にまなが飛びついて、目の前にスマホを突き出した。

 

「せつ兄! これ見て!」

「……」

 

 ドンッと突き出されたスマホを見ると、空中に浮かぶ島一つはありそうな巨大な岩の塊がアップされていた。さらに言えば雷のような光の線が夥しい数ある。

 

 この画面は所謂SNSらしく、一番上には怪奇! 空に浮かぶ超巨大な岩と超降り注ぐ雷の雨と微かに映った人のような影! という何処と無く頭の悪さが感じられるタイトルが立てられていた。

 

 この記事によれば轟音と共に突如この岩塊が雷を伴って空中に浮かび、その岩塊に引き寄せられるように様々な物が引き寄せられているとの事。

 しかも、写真をズームすると最近世間を騒がせているビビビ電気の関係者らしき人物が映っているとかなんとか。

 

 そのビビビ電気の関係者らしき人物の写真も載せられているが、一目で分かる程度には人間離れしている容姿だった。

 

 完全に妖怪である。

 

 しかもこの雷と先程から地味に感じていた妖気から鑑みるに神の系譜だろう。

 其処らにいる木っ端妖怪ならば妖気に触れるだけで消し炭になる程の力を持った存在だが、正直今の殺生丸に構っている暇はない。

 

 何故なら裕一から借りた本の続きが気になって仕方ないからだ。

 携帯アプリの恋愛シミュレーションゲームの携帯彼氏、そのゲームをダウンロードしていた主人公の友人の女性が怪死を遂げた事で始まる物語。

 中々に魅せる言い回しや書き方が、この小説の世界の中に沈み込む手助けをしてくれて次へ次へと目が動いていく。

 

 そして、殺生丸は早く続きが読みたい故に行動を起こした。

 

 背中に抱きついていたまなを抱き上げて膝の上に下ろして後ろから抱え込む。

 急な出来事にきょとんとしているまなを見て言った。

 

「あの程度の雑魚、他の妖怪が片付ける」

「……そう、なんだ……? 鬼太郎が向かってるのかな……」

 

 殺生丸の言葉を聞いて自分なりに納得したまなは、そのまま殺生丸に身体を預けてスマホを弄り始める。

 まながスマホに集中しているのを確認して、殺生丸は再び小説の世界に没頭していった。

 



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妖怪の怖さ

 ある日の夜。其々が自由に過ごしている中で、まなが殺生丸に話し掛けた。

 

「せーつーにーい!」

「なんだ」

「明日ね、社会科見学で古民家に行くんだぁ」

「……そうか」

「うん! それでねそれでね、古い家って結構曰く付きの物があるイメージでしょ? そこで、気を付けなきゃいけない事って何かあるかなぁ 」

 

 軽い口調でされど目は真剣に、かつ上目遣いで問い掛けてきたまなを見て思う。

 可愛いっ……。

 そう内心で悶えながら、表情には全く出さずに殺生丸は言葉を発した。

 

「古い物や神仏を象った物には触れるな」

「わかった! ありがと、せつ兄」

 

 にぱっと笑うまなに悶絶しながらも、やっぱり表には出さない殺生丸だった。

 

 

 ー

 

 翌日、まな達のクラスは社会科見学の一環で一軒の古民家の清掃をしながらも現代の家にはない古民家ならではの趣きに魅入っていた。

 

 家主のお婆さんから聞かされた色々な話もその要因に入っている。

 

 例えば今の時代では普通にある様なサイズの鏡でも昔は貴重で嫁入り道具にもなる程の代物だった事に驚いたし、その鏡自体も古さとその古さ故の怪しげな魅力を放っている様に感じた。

 

 更に庭の隅にひっそりとある石碑の様な物にはとある言い伝えがあった。

 

 百年単位の昔にこの辺りの地で人・妖怪・獣を問わず襲い、喰らい、この地を怨念渦巻く瘴気の地に変えた妖怪がいた。

 その妖怪には知性も理性もなく、あるのは食欲のみ。

 だが、その妖怪の空腹は満たされる事なく周囲のものを喰らい尽くした。

 ある時、旅の僧侶がこの地を訪れて三日三晩の激闘の末に玉に妖怪を封じ込め、もう二度と地上に出ない様に結界を貼りその結界の起点に石を置いたという。

 そして、その石というのが庭にひっそりとある石碑だとか。

 

「そう、なんですか……じゃあ、もし何かの拍子であの石碑が倒れちゃったら……」

「その妖怪は、現代に蘇るじゃろうのう」

「……」

 

 少し前だったら、そんな訳ないと友人と笑い話にしていただろう。

 だが、今のまなにはお婆さんの話がただの言い伝えだとは思えなかった。

 

 だって、実際に妖怪をこの目で見た。襲われた。助けられた。

 そして、現在自分の家に住んでいる。

 

 それに加えて実際に妖怪と接触してきたからか、何処と無く石碑から嫌な気配を感じなくもない。

 

 

(よし、絶対にあの石碑を倒さないぞっ)

 

 

 

 

 

 

 と決意した数分後。

 

「どうしよう、倒しちゃった……」

 

 清掃中に遊んでいた男子2人を追い掛けて夢中になった折に、逃げていた1人の男子生徒が石碑に激突して転んでしまった。

 もう1人の生徒が元の場所に戻しはしたが、倒したという事実が残る。

 

 殺生丸から助言をもらって、尚且つ倒さない様にしようと決めたのに……。

 

「とりあえず、せつ兄に相談しないと……」

 

 殺生丸なら何とかしてくれる。

 そんな他力本願全開な思いを抱きながら、まなは残りの社会科見学を過ごした。

 

 

 

 そしてその帰り道、友人と別れて1人で歩いていると背後からカラカラカラという何かと何かがぶつかり合っている様な音が聞こえてきた。

 

「っ……」

 

 妖怪を封じている石碑を倒した事で、お婆さんが話していた妖怪が目覚めた? 

 そして、その石碑を倒した要因の自分を狙っている……? 

 

 じゃあ、この音は……その妖怪が発している音……? 

 

「っ……」

 

 その考えに至った瞬間にまなは走り出した。

 

 殺生丸や鬼太郎達という人間に友好的な妖怪に多く関わってきたから忘れていた。

 

 妖怪は本来、人間の理解に及ばなくその多くが残酷な存在だという事を。

 

 後ろを振り返る事なく、息が切れて肺が痛くなっても懸命に走る。

 

 カラカラカラカラと変わらず背後から聴こえる音に恐れながらも、ここで足を止めたら殺されるという確信故に懸命に足を動かす。

 

 そして、家が見えてきたところで背後からの音は唐突に途絶えた。

 

 だが、まなはまだ其処にいるかもしれないという恐怖で、勢いのままに家に駆け込んだ。

 

 

 その日、まなは母親である純子から殺生丸が私用で出掛け、数日間留守になるという事を聞いた。

 

 

 

 ー

 

 翌日、殺生丸がいない事に多大な違和感と不安で心がいっぱいになりながら登校した。

 

 朝の出席確認で自分と共に石碑を倒した関係者の男子生徒2人が、倒れて原因不明のまま入院した事が分かった。

 

 

 放課後、担任の先生に2人の容態を聞いて鳥肌が立った。

 

 肌は青く、目を見開いて、呼吸が浅く、何の反応もしない。ともすれば生気のない、人形の様に見える状態らしい。

 

 ギュッと心臓が縮み、背筋に冷たいものが流れる。

 

 次に狙われるのは自分だ。

 

 殺生丸との連絡が出来ない今、直接連絡出来るのは猫娘のねこ姉さんだけ。

 

 帰り道を早歩きで辿りながら猫姉さんに連絡しようとして携帯を持った直後、直ぐ後ろ、耳元にカラカラカラという音が響いた。

 

「ひっ」

 

 喉が引き攣って変な音が鳴り、同時に駆け出す。

 

 カラカラカラ

 

 カラカラカラ

 

 カラカラカラ

 

 走っても走っても張り付いた様に聞こえてくる音に、恐怖で涙が流れながらも懸命に走る。

 

 昨日は家が見えたところで音が止んだ。

 

 だから今日も家が見えるところまで行けば、音が止むはず。

 

 そして角を曲がり家が見えた。

 

 よかった、これで音が──

 

 カラカラカラカラカラカラカラ

 

「な、なんっでっ……!?」

 

 昨日とは違い止まらない音に混乱しながらも、家に駆け込んで鍵を掛ける。

 

「は、はぁっ、はあ……何が、どうなってっ……!」

 

 家に着いても治らない恐怖心と寒気、少しでもあの音から遠ざかろうと震える身体を無理矢理動かして家の中に入ろうとして、玄関に飾ってあった花瓶が独りでに動いて音を立てて割れた。

 

 思わず靴を履いたまま咄嗟に部屋に逃げ込み、猫姉さんに助けを求める為にレインで文字を打ち込んで送信する。

 

 送信出来た、これで猫姉さん達が助けに来てくれる。

 

「うそ、でしょ……」

 

 安堵したまなが視線を上げた先、そこにいたのは……。

 



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がしゃどくろ

 妖怪との縁が強くなってきた(要因は多分俺)犬山家の皆にお守りを作る為に久しぶりに帰省した。

 臆病だったり力量差の分かる妖怪だったら、俺の妖気の残滓で理解するだろうけど……。

 

 残念ながらそんな妖怪は一握りなのよね。

 

 大抵の妖怪は自分の欲望のままに動くから、自分より強い存在が相手でも引かないことが多いし。寧ろ燃えてやる気出す輩もいるし。

 

 そんな訳で、犬化した俺の毛と牙を使ってお守りを作った。

 装着者に害がある場合に発動する結界及びカウンターの効能を持たせた首飾り。

 見た目はシンプルで1cm程までに削った牙と、牙を中心に睚眦、黒水晶、天眼石、青水晶等々のパワーストーンで力を増幅させた代物。

 因みに、糸は俺の毛を編んだのを使ってる。

 

 初めて犬夜叉と桔梗の為に四苦八苦しながら作ったのを思い出しながら、一晩掛けてせっせと3人分こさえた。

 

 

 翌日、下界に降りる為に荷造りしてたら母上からお小遣いをもらった。

 慶長小判っていうのを50枚もらった訳だけどいつの時代のか分からない。

 母上いわく人間の間では価値はあるらしいけど、何故母上が人間の金を持っていたのか……。

 

 金ピカで綺麗だったからかな。母上キラキラしたの好きだし。

 

 にしても、何処で換金しようか。

 正規の場所だと身分証明が必要だろうし、非正規の所なんて分からんしなぁ……海外行ったら簡単に見つかるか? いや、でもどっちみち日本円に換金するから二度手間か? 

 

 いっその事、祐一や純子に換金してきてもらうのも有りか。

 半分はお世話になってる身として納めるのは当然としても、もう半分あれば暫くはお金に困らないだろうし。

 

 ……うんよし、そうしよう。

 

 純子には数日帰らないって言ったけど、予定より早く終わったし犬山家に戻っても変わんないかな。

 最初の頃は犬山家を出ようとしてたけど、度重なる母娘の妨害ですっかり家を出る気力を持ってかれた。

 

 このまま犬山家に戻らないで放浪の旅に出てもいいけど、そうしようと思えない俺は今や牙を抜かれた哀れな犬である。

 

 わんわん。

 

 ……洒落にならんな。父上が今の俺を見たら、訳知り顔で頷きつつ肩をポンポンする事間違いなしだろう。

 

 父上⇨十六夜さん。

 犬夜叉⇨桔梗。

 俺⇨まな。

 

 ……ふむ。

 

 父上の家系は人間の女に手懐けられる定めだった……? 

 人間基準で言うなら孫と祖父以上の年齢の開きがある女性に、だと……? 

 つまりは、ロリコンの家系……? 

 

 

 なんてアホな事を考えながらふよふよ空を飛んでいると、眼下に空間の裂け目が見えた。

 

 しかもまなや鬼太郎達の匂いと、更には知らない妖気を感じる。

 

 多分妖怪関連でまなが巻き込まれたか、当事者かのどっちかか? 

 

 取り敢えず鉄砕牙で空間の裂け目を切り裂いて広げて、そのまま突入する。

 その空間は上空に楕円の鏡面みたいなものが無数に浮かぶ不毛な大地だった。

 

 周囲の観察をそこそこに、まなの匂いを辿って全力で翔ける。

 

 まなの近くに2つ、覚えのない妖気を感じる。片方からはそこまで邪気を感じないけど、もう片方からは逆に邪気しか感じない。

 

 そこまで知覚した段階でまなとジジイ、そして巨大な骸骨が見えた。

 多分、がしゃどくろかな。犬夜叉と桔梗が結婚して、30年位経った後に村を襲ったんだっけか。

 

 犬夜叉は人間だし、桔梗は流行病で床に伏せってたから慌てて駆け付けたのを覚えてる。

 その時は桔梗の為に薬草を採ってて、その調合をする為にビンタ一発で吹っ飛ばしたんだよなぁ。

 

 そんな無駄な事を考えてると、がしゃどくろが目からビームを放った。

 ……ちょっ! 待て待て待て! 前はそんな事しなかっただろお前! 

 

 焦る俺を置き去りにしてがしゃどくろが放ったビームだけど、まなの近くにいたジジイが鏡を使って反射して跳ね返した。

 ただ、角度がずれたからかがしゃどくろの下にある山を貫通している。

 

 光の速度に反応するなんてやるじゃないかジジイ! と心の中で賛辞を送りつつも、骸骨の第2波を防ぐ為に2人の前に鉄砕牙を抜き放ちながら降り立った。

 

 

 

 ──

 

 

「……あ、れ? ここ、何処……?」

 

 目を覚ましたまなの目に移ったのは、空に楕円形の何かが浮いて地面を照らしている岩と土だけの世界だった。

 

「私、たしか……そうだっ、大きいがいこ──」

「目を覚ましたかい、まなちゃん」

 

 意識を失う直前の記憶を思い出そうとしていると、突然誰かに話し掛けられた。

 反射的に声が聞こえた方を見ると、其処にはアタマに瘤がある老人が此方を見ていた。

 

「だ、誰?」

「儂? 儂は鏡じじいじゃ」

「あなたが、助けてくれたの……?」

「う、うむ……。まなちゃんが、がしゃどくろに襲われそうになってたから、つい……」

「そっか、ありがとう」

 

 もじもじとしながら答える鏡じじいにお礼をして、周りを見る。

 がしゃどくろというあの巨大な骸骨の妖怪が、また来るかもしれないのだ。

 自分は何の戦力にもならないが、逃げることは出来る。

 だからこそ、何時でも逃げられる様に周囲を見ていた。

 

 そしてその行動が功を奏したのか、丁度背後の山を見た時に其処からがしゃどくろが現れた。

 

「まなちゃん! 儂の後ろに!」

「は、はいっ」

 

 鏡じじいから鋭い声が上がり、反射的に答えて鏡じじいの後ろにまわる。

 鏡じじいががしゃどくろに向けて持っていた杖を構えると、それが気に食わなかったのかカラカラと音を立てながら眼孔から見える赤い光を強めた。

 

 そして、ふと気付くと鏡じじいの前には円形の鏡が出現していて、がしゃどくろの赤い光は小さくなっていた。

 

「うそ……」

 

 がしゃどくろの少し下、山がある部分が丸く穴空いている。

 あの赤い光はがしゃどくろの攻撃で、鏡じじいはその攻撃を鏡で反射したらしい。

 鏡じじいがいなかったら、あの赤い光は自身を貫いていただろう。

 つまりは、死んでいた。

 

 逃げるなんて無理だ。寧ろ今ここで動けば、確実にあの赤い光が自分を殺しに来る。

 

 その事に恐怖を抱き、それでも何か鏡じじいの助けにならないかと考えながらがしゃどくろを見る。

 またもや眼孔の赤い光が増幅されていて、それは先程よりも強くなっている。

 

「これは……」

 

 鏡じじいが思わずという様に声を出した。その声に含まれるのは焦燥と戸惑い。

 幾ら鏡で反射出来ると言っても、その反射には限度があるのかもしれない。

 

 例えば、光を反射する前に光熱で鏡が溶けるとか……。

 

 光線を放っているのは妖怪なのだ。人間が見つけ出した物理学は、そこまで信用できないだろうからもしかしたら鏡を貫通してくるかも。

 

「鏡じ──」

 

 鏡じじいに声を掛けようとしたその瞬間、周囲を赤く染めて赤い光が迫って来た。

 さっきより遅い気がするが、その分恐怖を煽っている様に見える。

 

 全てが赤く染まった視界、自分は死ぬのだろうと漠然としたとした思いで茫洋と目の前を眺めた。

 

 

 そして、赤はなくなり視界が元に戻って……まなの前には頼りになる妖怪の姿があった。

 

 白の長髪を靡かせ、冷徹を秘めた黄金の瞳で相手を見つめ、毒を包容した爪で切り裂き、その牙で全てを砕く。月の化身と謳われ、戦神と崇められた大妖。

 

 以前殺生丸が何の妖怪なのかを調べた時に出てきた文言を、身の丈を超える大剣を振り切った様な姿勢で静止している殺生丸と、体躯を砕かれて魂となり消えゆくがしゃどくろを見ながらまなは思い出していた。

 

「怪我はないか」

「あ、うん! ありがと、せつ兄!」

 

 言葉と共に殺生丸に力いっぱい抱き付く。

 少しの間をおいて、背中に腕が周り抱きしめ返してくるのをまなは多大なる安心感と共に感じる。

 

「……」

「あ……」

 

 殺生丸の顔をじっと見つめていると、殺生丸が背中から手を離した。

 その事に寂しさを覚えて、でもそれは直ぐに歓喜に変わる。

 

 何故なら、殺生丸が懐から出したネックレスを首に掛けたからだ。

 

 白い牙の様な物を中心に様々な石が彩っている不思議な魅力を放っているネックレス。

 

「せつ兄、これって」

「護身具だ。これを着けておけば、大抵の妖怪を退けられる」

「護身具……ありがと、せつ兄」

 

 光を反射するネックレスを触って眺め、自分の為に用意してくれた事を考えると胸の辺りがポカポカしてくる。

 それと同時に殺生丸に包まれている様な気がしてくるから不思議だ。

 

「まなを守ってくれた様だな」

「は、はい! お会い出来て光栄です殺生丸様!」

 

 目を目一杯開けて殺生丸を見つめていた鏡じじいが、俊敏な動きで頭を地面に付ける。

 

「頭を上げろ。いずれこの恩は返す」

「は、ははぁ! 有り難き幸せ! 」

「ひゃっ、せつ兄……?」

「……」

 

 地面にめり込まん程に頭をつける鏡じじいを一瞥した殺生丸を見ていると、ふわっと身体が浮いて気がつくと殺生丸にお姫様抱っこされていた。

 戸惑いつつ話し掛けるも、此方を一瞥しただけで特に口を開ける事なく上を向いて、そして浮いた。

 

「え、あ……う、浮いてる……」

 

 落とされない様に殺生丸の首に腕を回しながら、遠くなっていく大地を眺める。

 飛行機とは違う、風を切って空を飛ぶ感覚が楽しい。

 

 気がつくと不毛な大地から、街の光が煌めく綺麗な夜景の世界になっている。

 更に感動を募らせ、ふと殺生丸を見る。

 

 月光をキラキラと反射する白の髪と黄金の瞳。

 額にある三日月の紋と両頬にある2本の紋様。

 それと相まって見るものを惹きつける妖艶さと氷の様な冷たさを持つ凛々しい横顔。

 

 改めて殺生丸の綺麗さを確認して見惚れている間に家に着き、リビングのソファに座らされた。

 

 妖怪に追われて襲われて、もう死ぬかと思ったら颯爽と助けられた。

 

 学校が終わってからの激動に頭の処理が追いついていないのか、ぼうっとしていると目の前にはザ・日本食という様にご飯、味噌汁、焼き鮭、お新香が並べられており殺生丸に勧められるがままにご飯を食べてお風呂に入って寝る準備をする。

 

 あくびを漏らしながらねこ姉さんに殺生丸に助けられた事をレインで伝えて、丁度眠気がやってきたところで殺生丸を部屋に連れ込んでベッドに倒れ込み眠りに就いた。

 

 

 

 ──

 

 その頃。

 まなが鏡じじいに連れ去られた事を調べ、鏡じじいの住処の鏡から異空間に突入した鬼太郎達。思いのほか広い空間で思ったより時間が掛かり、辿り着いた場所には鏡じじいだけがいた。

 

 

「ああ、感激じゃあ……あの殺生丸様に話し掛けられるどころか、お、恩を返すと……」

「……父さん」

「ふむ……恐らくまなちゃんは殺生丸に助けられた様じゃのう」

「そう、ですか」

 

 類い希なる推理で真実を読み取った目玉おやじにより、この件は解決した。

 更に言えば異空間から出てきた時に猫娘のスマホにまなから連絡が来て、事件収束の太鼓判が押された。




後半かなりダイジェストになりました。
力尽きたんです(´༎ຶོρ༎ຶོ`)
許して下さい(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)


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嵐を呼んだ小判

朝の内にぱぱっと書いての投稿。
多分色々と変更する、かも。


 珍しく犬山家全員が揃った夕食後、殺生丸が徐に自室となっている部屋から白い包みを持ってきてダイニングテーブルに座る純子と祐一の前に置いた。

 

「殺生丸君、これは?」

「金も入れない居候の身は肩身が狭くてな、今までの生活費……とこれからも宜しく頼むという意味で、受け取ってくれ」

「あら、そんな事気にしなくていいのに」

 

 目の前に出された包みを不思議がる祐一に殺生丸が答えると、純子がニコニコ笑いながら言った。

 

 だが、殺生丸は見逃さなかった。

 

 今までの生活費と言ったその瞬間、目がスッと細まり「まさか出ていくなんて言わないわよねぇ?」とアイコンタクトしてきた事を。

 

 母親に初めて怒られた時に感じた以来の背筋が凍る様な恐怖が、殺生丸を襲った瞬間だった。

 

「せつ兄、お金持ってたんだ……」

 

 ソファに座り此方を見ていたまなが発した言葉を、何かが胸に突き刺さるのを感じながら無言で受け止めつつ包みを開いた。

 

 その瞬間、犬山家の時間が止まった。

 

 白い包みから現れたのは蛍光灯の光を反射する、黄金色の物体。

 時代劇で度々見かける小判が、ギンギラギンにさり気なく、されども確かな存在感を出しながら沈黙していた。

 

「……」

「……」

「うわあ、小判だぁ……」

 

 目をパチクリとさせながら固まる純子と祐一と、予想外の物が出てきて惚けた反応をするまな。

 

「慶長小判という。50枚あるが、換金したその半分を収めさせてもらいたい」

 

 何でもないように言う殺生丸だが、実際のところ慶長小判の正確な価値を知らない。

 小判だからそこそこの金額はするでしょ。100万いけばいいなぁ程度にしか考えていない。

 実際の価値を知ったら白目を剥くだろうが、少なくともこの場ではその堂々とした姿が大物感を出していた。

 

「……うおっほん! あー、えっと、うん……殺生丸君の気持ちは嬉しいけど、流石にこんなに貰うのは忍びないというか……」

「気にしなくていい、寧ろ貰ってもらわないと此方が困る」

「そ、そう言われても……流石に、なぁ?」

「……そうねぇ……あ、そうだわ! 換金額の半分はくれるって言ってるんだし、結納金にしちゃえば────」

「それはダメだぁ!! まなはまだ中学生なんだぞ!? 」

「え、それって……せつ兄と結婚するって事……?」

 

 父親のいきなりの言葉に吃驚しながら殺生丸を見るまな。

 その視線を受けた殺生丸は、ただただ静かにまなを見つめ返す。

 

「い、いかーん!! 駄目だぞまな! お前はまだ中学生なんだぞ! いくら殺生丸君がカッコよくて綺麗でお金持ちだとしても世間は、いや、俺は認めな──」

 

 端から見れば良い感じの雰囲気で見つめ合う中学生と成人男性。

 その何とも危ない、というかヤバイ様子を見て思わず声を上げる祐一だったが、隣から突如として吹き荒れてきた冷気に身震いして言葉を止めた。

 反射的に隣を見ると目を細めて此方を見る妻の姿があった。

 

「じゅ、純子?」

「あら、どうしたのかしら祐一さん?」

「あ、いや、その……何でそんなに睨んでるのかなぁって」

「あらあら、別に睨んでたわけじゃないのよ? ただ……」

「た、ただ?」

「ただ、娘の恋路を応援するどころか妨害しようとする害虫がいるなぁって」

「……」

 

 愛する妻からの害虫宣言に言葉を、序でに顔色を無くした祐一。

 その様子を更に笑みを深めて見つめる純子。そんな2人を余所に見つめ合う殺生丸とまな。

 そして、テーブルの中心で黄金に輝く小判。

 

 その混沌とした空間は30分程続き、改めて祐一が切り出した。

 

「それで、殺生丸君。まなとの婚約は認めないが、その心意気に誠意を示して受け取らせて貰うよ」

「そうね、まなが16歳になったら婚約して高校卒業と同時に結婚ということにしましょうか」

「……」

 

 祐一は思った。

 なんでそんなに結婚させたがるの? ……そういえば、この小判の出所って何処から? と。

 

「……あ〜、因みに殺生丸君。この小判は何処から持ってきたんだい?」

「ふむ、実家に帰省したら貰ったのだ」

 

 純子は思った。

 やっぱり殺生丸君の家は裕福なのねぇ。所作の一つ一つに品があったし、少し世間知らずな所とか特に。と。

 

「え、それじゃあなんで行く当てがないって言ってたの?」

「……言葉そのままに行く当てなく旅をしていたのだ」

 

 まなは思った。

 え、もしかして私の勘違い? でも、あの時はお金ないって言ってたし……どういう事なのぉ!? と。

 

 三者三様の考えを知らぬとばかりに湯呑みを持って茶を飲む殺生丸。

 

 その様子を見て祐一は、まあ殺生丸君だからと考える事で無理矢理溢れ出る疑問に蓋をして、純子は特に問題なく受け入れた。

 そしてまなは、殺生丸が妖怪だからという理由で納得した。

 

 結果的には小判を換金した半分の額を納める事に同意してもらい、殺生丸的には当初の予定通りに事が進んだ。

 

 しかし、それで終わりとはならなかった。

 

 祐一が知り合いの鑑定士に見てもらい、提示された金額は億を優に超えたのだ。

 流石にその鑑定士が払える値段ではなく、寧ろ歴史的観点から国に贈呈しなければいけないレベルだった。

 

 その事が何処からか漏れたのか、数日に渡りマスゴミや自称コレクター、自称高名な先生、自称歴史研究家等々の俗物が甘い物に群がる蟻のように殺到し、連日ニュースやワイドショーに取り上げられた。

 

 中には強引な手段に出ようとする輩もおり、純子やまなに対応させるわけにもいかないので祐一と殺生丸が対応した。

 

 祐一が日に日に心労でやつれていき、殺生丸のキューティクルが陰っていくのを見て、遂に純子はブチギレて小判全てをオークションに出品。

 

 様々なところから飛んでくる非難を法律を駆使して全て捩じ伏せた。

 

 最終的には日本文化が大好きなアメリカの大富豪が20億円で買い取り、世間の関心もその大富豪に移っていき嵐は去っていった。

 

 オークション故に幾らかの手数料は掛かったが、それでも普通に生きるなら働かなくてもいい金額を手に入れたものの祐一と純子はこれまで通り仕事をしている。

 

 理由としては大金を手に入れたとしても大の大人が自堕落に過ごす訳にもいかないし、第1このお金は結納金だから。らしい。

 

 主に純子の中で確定事項になっているまなと殺生丸の結婚話しは、誰あろうまなに一番の衝撃を与えている。

 

 お陰で以前までは気にならなかった殺生丸との接触に照れと恥ずかしさが出てきて、今まで通りに接する事ができなくなっていた。

 

 それでも、まなは思う。

 妖怪だけど、イケメンで優しくてお金持ち。

 こんな好物件ってそうそう無いよね。と。

 

 結構現実的なまなであった。



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学校の七不思議 前編

気が付けば前回投稿から4ヶ月経過していたという……。
時間の流れって早いですねぇ(すっとぼけ)。
そんな訳で最新話です。
久々に書くんでクオリティーは低めです。



「……」

 

 燦々と太陽が照りつける午後0時少し前。一通りの家事を終えてさあ昼ご飯にしようとしたその時に、ふとキッチンからお弁当の匂いがする事に気が付いた。

 

 キッチンに向かえば案の定というか、可愛い花柄の袋に入った弁当が物寂しげに鎮座していた。

 十中八九まなの弁当箱であるそれを見て、殺生丸は少し考える。

 

 弁当がなかったら売店で買うから大丈夫か? いや、中学校って売店あったっけ? ……なかった気がするなぁ。うん……よし、持って行こう。

 

 決断してからは早かった。

 

 身に付けていたエプロンと三角巾を外して丁寧に折り畳み、後ろに一つに括っていた髪ゴムを外す。

 後は純子からもらった白の上着を羽織って、財布と弁当箱を持てば準備完了。

 かかとを踏まずにしっかりと靴を履いて戸締りの確認をして、殺生丸はまなの通う中学校に向かった。

 

 

 ──

 

「あれ、お弁当わすれちゃったかな……」

 

 四時間目が終わり待望の昼休みになってすぐに、まなは弁当箱がない事に気が付いた。

 

「うっわぁ、最悪……。 今日一日我慢しなきゃいけないの……?」

 

 お弁当を食べられず家に帰るまで空腹に晒される耐え難い現実に思わず心の底から溜息が出た。流石に友達から恵んでもらうのは意地汚いというか、自分のプライド的にやだ。

 

 取り敢えずエネルギーの消費を少しでも抑える為に随分と騒がしい周囲を無視して寝ようとしたところで、友人が何やら興奮した様子でまなの下にやってきた。

 

「まな! まな! 聞いた!? 何かすっごいイケメンな人がお弁当箱片手に学校の中を歩いてるんだって!! 見に行かない!?」

「イケメンな人? ……いい、かなぁ、それよりもお腹減って死にそう……」

「あれ、お弁当忘れたの?」

「うん、そうなんだぁ……」

「ありゃぁ、ご愁傷様です」

「あはは……はぁ」

 

 まなのお腹が切なく泣くのと、騒めきが一転して教室内が静かになるのは同時だった。

 お腹が鳴った事に赤面しつつ何故か静かになった教室内を見ると、其処には非常に見覚えのある人物が自分の弁当箱片手に教室の入り口にいた。

 

「あ、せつ兄」

「え、せつ兄?」

 

 反射的に呟いた言葉を耳聡く聞いた友人の質問は、まなの耳には届かなかった。

 何故なら殺生丸が持つ弁当箱に視線が釘付けになっていたからだ。ついさっきまでの地獄のどん底に落ちる程のがっかり感。それを掬い上げて天に昇らせる品が其処にある。

 いつにも増して殺生丸が神々しく感じられ、弁当箱がキラキラと輝いている様に見えた。

 

 じーっと殺生丸が持つ弁当箱を見ていると、徐に殺生丸がまなに向かって歩き出した。

 

「ありがとせつ兄! 今日一日大変な事になるところだったよぉー!」

 

 一歩ずつ確実に近づく殺生丸。落ち着いていてゆっくりと感じるその歩みに我慢出来なくなったまなは、席から飛び出して殺生丸に抱き着いた。

 その瞬間に周りから悲鳴とも怒声ともとれる大声の嵐が響き渡ったが、餓えたまなにはそれが聞こえていなかった。

 

「次から気を付けろ」

「うん!」

 

 殺生丸がまなの頭を撫でながら言ったその言葉に、元気に返事をしてから弁当を受け取った。

 まなが返事をしたのを聞き届けた殺生丸は、もう一度まなの頭を撫でて教室を出て行った。

 

 殺生丸が教室から居なくなるのを見送ったまなは、早速とばかりに弁当箱の包みを解いて蓋を開ける。

 

「いっただっきま──」

「ちょっとまな!! 今の人と知り合いなの!?」

 

 一度は絶望した故にご飯を食べる喜びもまた一入なまなを、友人の大声が静止した。

 

「ああ、うん。お父さんの知り合いで今一緒に住んでるんだぁ」

「い、一緒に住んでるの!? なんて羨ましい!! もっと詳しく教えなさい!!」

「えー? そんな事よりご飯食べよーよ?」

「ご飯なんて後に決まってるでしょ!! さあ潔く話しなさい!」

「そんなぁ、ていうか前にニュースになってたんだから知ってるでしょ?」

「問答無用!」

 

 友人だけではなくクラスメイトや果てには違うクラスや違う学年からも人が押し寄せ、結局まなはお昼ご飯を食べる事が出来なかった。

 

 ──

 

 

 既に夜の帳が落ち闇に包まれた午後20時、丑の刻参りにしては些か早いが近くの神社から鳴り響くカーン、カーンという金槌の音を聴きながら殺生丸は外を歩いていた。

 

 頭に浮かぶのは現在居候している家の一人娘、犬山まなの事とそれに関連してここ最近になっての出来事。

 

 偶然助けた縁から懐かれ、強制的に居候させる強引さと甘えたがりな面を持つ少女。現に先日も就寝時間に殺生丸の手を引っ張って自分の部屋に連れ込まれ、抱き枕にされた。

 

 ちなみに今日はまなが未だ帰ってこないので迎えに出ているところである。

 まなの通う中学校から匂いがする事から、まだ中学校に居る事は判ったが何故か鬼太郎とか言う小僧の仲間達の匂いもする。

 

 具体的には綺麗なねーちゃんとババアとジジイ、後その仲間だろう二つの匂いと、鼻が文字通り曲がりそうな臭気を持つのが一匹。

 

 ここまでなら、まあ妖怪の友達と遊んでるんだなぁ程度に考えて本人に行動を任せる。

 しかしそれに加えて、ここ最近邪悪を孕んだ視線がまなに向けられた事が何度かあったのも迎えに出ている理由の一つだったりする。

 

 嫉妬や憎悪の視線ではなく、情愛や敬愛の視線でもない。薄ら寒く、背筋を粟立たせるのに感情が込められていない奇妙な視線。

 

 不確定要素は早く摘むに越した事はないと判断した殺生丸は、夜な夜な家を抜け出しては視線の主を見つける為に出歩いていた。

 不思議な事にその視線の主からは匂いが感じられなかった。視線の出所に行っても影どころか匂いの残滓もなく、見つけ出すのは困難を極めている。

 

 だから、という訳ではないが折角出歩ている序でに視線の主以外の危険がないかも確認している。時には空を飛び、時には歩き、時には高い場所から睥睨して。

 

 今日はまなを迎えに行く為と、帰路の安全確認の為に歩いている。

 

「……あ」

「……」

 

 丁度前方から歩いて来た少女が殺生丸を見て声を上げた。

 だが、殺生丸はこんな時間に明らかに未成年の少女に声を掛けていいのか戸惑った。もし、丁度話し掛けている所にお巡りさんや知人が通り掛かったら……事案だ。

 そう判断した殺生丸は少女の事を見て見ぬ振りをして歩き──

 

「……あ、あのっ! 今日学校に来てた人ですよね! その、お願いがあるんですけどっ……!! 」

「……」

 

 確かに今日学校に行ったし、学校の至る所から妖怪の気配ないし影も形も見たけども。

 何故話した事もない相手にお願いするのか。

 

 その理由が分からず無言を貫いていると少女が話し始めた。

 

「実は、私ストーカーにあってて……最初はそうでもなかったんですけど、最近段々エスカレートしてきて……私、怖くて……」

「……そうか」

 

 涙混じりに話す少女にどう返そうかと悩んだ末に一言しか発せなかったが、この時間に出歩いている理由はわかった。

 だが、何故自分に頼るのかがまだ謎のままである。

 視線で続きを促すと、少女はちゃんと察してくれて続きの言葉を紡いだ。

 

「それで、今日人間の女の子にお弁当を届けてた貴方を見て、もしかしたら頼れるかなって思って……」

 

 まあつまりは、頼みやすそうだったという事だろう。

 頼りやすいという第一印象に喜ぶべきか、安請け合いし易そうに見られたことに嘆くべきか。……ここは喜んでおこう。

 そう判断した殺生丸は少女に詳しい話を聞くことにした。

 

 簡単に纏めると、まずこの少女はかの有名なトイレの花子さんである。

 ある時同じ学校に棲み憑いているようすけ君とかいう少年の霊が、トイレットペーパーを求めて飛び回っているのを見かけてトイレットペーパーを渡したのが運の尽きだった。

 それ以来自分の棲んでいるトイレに温くなった牛乳やシワシワになった大根が置かれ、仕舞いには四六時中後を憑けられる様になったという。

 しかも、周囲の男の幽霊や妖怪に嫉妬して体育館の天井に吊し上げているとかなんとか。

 更に言えばようすけ君云く、花子さんとは相思相愛で将来を誓い合っている仲らしい。

 

 物の見事にストーカーであり、完膚なきまでにストーカーである。

 

 殺生丸は久方ぶりに頭痛を感じた。

 

「わかった。そのようすけ君とやらをどうしたい」

「出来れば死んでほしいです」

「……」

 

 トイレの花子さんは意外と過激だった。

 まあ話に聞く限りそこらの低級霊より若干強い程度だろうし、毒華爪で切り裂けばそれでお終いだろう。

 そんな事を頭の片隅で考えながら、殺生丸は花子さんを伴ってまなの通う中学校に向けて再び歩みを進めた。

 

 



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学校の七不思議 後編

ヒロアカにハマって自分が書くならどんな事を書こうかと設定を考えてたら遅くなりました(・ω・)

細かく書いたら長くなったので駆け足気味になってます。

それでも普段より長くなるという……前編もう少し書きゃ良かった。


 学校中の人達によりお昼ご飯を食べそびれ、更には五時間目の授業が体育で空腹がMAXなまな。

 かつて無い速さで制服に着替えてダッシュで教室に戻り、お弁当を掻き込もうとした。

 そう、掻き込もうとしたのであってまだ掻き込んではいない。

 

「……え、なんでお弁当箱動いてるの……?」

 

 何故なら弁当箱がガタガタ動いているから。

 殺生丸から受け取った時は動いていなかったのは確実、ということは体育をしている時に誰かが何かを入れた……? 

 恐る恐る弁当箱の蓋に手を掛けて、一呼吸してから一息に開けた。

 

「いやぁー!! サカナ!? サカナナンデ!?」

 

 蓋を開けるとともに飛び出てきたのは、魚だった。しかも活きが良すぎて弁当箱から飛び出しやがった。

 驚きのあまりカタコトになったまなだったが、その後教室に戻ってきた友人の手により魚は学校にある池に放り投げられる事になる。

 結局まなはその日、お弁当を食べることが出来なかった。

 

 

 

「っていう事があったんです」

「ふーん、私だったらその魚頂いてるけどね〜。というか、私に言うより一緒に住んでるあの妖怪に言えば良いんじゃないの? 犬の妖怪らしいし、犯人を簡単にみつけてくれそうだけど」

 

 ところ変わって、まなは現在猫姉さんと自身が慕う猫娘という妖怪とファミレスにいた。ガツガツもぐもぐと500gのステーキセットを食べながら、まなは猫娘に相談を持ちかけている。

 

「そうなんですけど、あまりせつ兄に心配かけたくないっていうか……」

「……そう」

 

 もっきゅもっきゅ食べながらもほっぺたを少し赤くしながら話すまなを見て、猫娘は恋ねぇと思いながら相槌を打つ。

 自身も恋する身である猫娘は、恋敵ではない事に安堵しながらまなの恋が成就する事を心の中で願ってみた。

 

「他にも、授業中に視線を感じたと思ったら教室の天井に人型の黒いシミがあったり、あと午後から教室の中が変な臭いがしたりして、何だか気持ち悪くて……」

「臭い、ねぇ……。 うん、わかったわ。それじゃあこの後学校に行ってみましょうか」

「ありがとうございます! 猫姉さん!」

 

 カフェオレを飲みながら承諾した猫娘に、まなは笑顔を浮かべてお礼を言った。

 

 

 その後まながステーキセットを食べ終わってから、妖怪の仕業なら逢魔ヶ時以降の方が遭遇する可能性は高いとの猫娘の判断で18時過ぎに学校に到着した。

 

 血を被ったような夕焼けに照らされた学校内の雰囲気に若干気圧されつつまなは、猫娘に自身が所属する教室へ案内する。

 

 教室がもう目の前という段階で、教室内からビチャビチャという水の音がするのに二人は気が付いた。

 

「まなは後ろに下がってて」

「う、うん」

 

 小声で指示してまなが後ろに下がったのを確認してから、猫娘は教室の扉に手を掛け、一息に扉を開け放った。

 

「誰も、いないわね」

 

 蟻一匹見逃さなんばかりに教室の至る所に視線を向けながら、猫娘は教室の中に入る。

 

「まなの机はどこ?」

「えっと、此処で──え、なんで水浸しになってるの……?」

 

 まなの机はバケツの水をひっくり返したかのように水濡れになっていた。

 事実バケツの水なのだろう、水からは仄かにカビの臭いがする。

 

 妖怪の仕業か、それとも人の仕業か。

 妖怪なら倒せばそれで解決するが、人の仕業だったらまなはそれだけ嫌われている事になる。

 自身の性格が万人受けするわけでは無い事を理解しているまなだが、それでもショックが大きい。

 

 猫娘から気遣うような視線を向けられ微笑もうとしたその時に、掃除用具を入れているロッカーから音が鳴った。

 

「……」

「……」

 

 一度目を合わせる二人。

 

 こくりと頷き合って、猫娘が音を立てずにロッカーに歩み寄り勢いよく開けた。

 

「……いない、わね」

 

 諦めて閉めた……と見せかけてもう一回開け、更に同じ行程をもう一回、計3回確かめたところで取り敢えず何もいないと猫娘は判断した。

 

「何かいるような気配はするんだけど、何もいないわねぇ。また今度──誰!!」

 

 振り返ってまた次の機会にと言おうとしたその瞬間に、教室後方の扉が開き何かが飛び出していった。

 

「やっぱりいたわね! 待ちなさい!!」

「猫姉さんかっこいい……」

 

 猫娘の凛々しく鋭い声と素早くしなやかな動きを見て、改めて猫娘のかっこよさを実感したまなは、若干恍惚とした声音で呟きながら猫娘の後について行った。

 

 ダダダと大きな足音を立てて逃げる輩を見逃すはずがなく、追い詰めていく二人。

 輩が廊下の角を曲がったのを視認すると、何故か男の困惑した大きな声が聞こえた。

 

 それに牽制するように猫娘が声を発して華麗なターンを決めると、其処には顔馴染みの砂かけ婆、子泣き爺、ぬりかべの三妖怪がいた。

 

「三人とも、何してるの?」

「良い漬物が出来たから知り合いに届けにきたんじゃが誰もいなくてな、ちょうど探してたところだったんじゃ」

 

 猫娘の質問に答えた砂かけ婆の言葉にふぅんと相槌を返して、此方の方に不審な輩が来なかったか確認をする。

 それに答えたのはぬりかべで、丁度真横にあった男子トイレに逃げたとの事。

 

 やっと追い詰めた事にニヤリとして猫娘が扉を開く。

 警戒しながらぞろぞろとトイレの中に入ると、まなが言葉を漏らした。

 

「あっ、此処ってようすけ君のトイレ……」

「ようすけ君?」

「うん。簡単に言えばトイレの花子さんの男バージョン、かな」

「へぇ、そんなのいるんだ。そういえば花子何してるんだろ……」

 

 トイレの花子さんの名前が出た事で、脳裏に花子さんを思い描いた猫娘がポツリと呟くのと、トイレの中から花子さんじゃないのかよと呟きが聞こえたのはほぼ同時だった。

 

 訝しげに声が聞こえたトイレを警戒しつつ睨みつけていると、襤褸を着たねずみ男が飛び出て来た。

 

「またあんたなの? ねずみ男!」

「ち、違う! 俺はなにも……!」

「花子と言ったな貴様! 花子とはどんな関係だ!!」

 

 猫娘とねずみ男の会話に割って入った男の子が一人。学ランを着て、友達の少なそうな顔と雰囲気を持つ彼こそがようすけ君である。

 

 異様な雰囲気にそれぞれ戦闘態勢を整える猫娘達だったが、自分を害すればこの学校に住んでいた霊達がどうなってもいいのかという脅しに仕方なく抵抗を止める。

 

 猫娘はもしかしたらその中にトイレの花子さんがいるかもしれないし、砂かけ婆に至ってはほぼ確定でこのようすけ君に知り合いが害されていると判断した為だ。

 

 そしてようすけ君に拘束されて辿り着いたのは体育館、しかも天井に吊るされた。

 其処には既に二宮金次郎や人体模型達等、学校に棲まう霊や妖怪達がいた。

 

 

 取り敢えず身動きできないフリをしつつ、猫娘がようすけ君に何故こんな事をしたのか質問する。

 返ってきたのは、呆れ返る答えだった。

 

 曰く、トイレの花子さんは自分の窮地を救ってくれた女神。

 曰く、あの可憐な笑顔は自分にだけ向けられたもの。

 曰く、彼女は自分の事が好きで自分も彼女のことが好き。

 曰く、牛乳や大根を花子さんが棲むトイレに置いて四六時中見守っている。

 曰く、彼女をイヤらしい視線で見るこの学校の霊達が気に食わなくて吊し上げた。

 曰く、つまりは自分と花子さんは運命の赤い糸で結ばれた魂の伴侶。

 曰く、曰く、曰く……etc。

 

 わかるわかると共感するのはねずみ男だけで、そんなねずみ男はまなに恋をしているらしかった。

 経緯は分からないがようすけ君の言葉を是とし、更にはようすけ君を擁護する始末。

 

 だが、ようすけ君がまなにねずみ男は恋人なのかを聞いた事でねずみ男の恋は終わった。

 

「え、いえ……友達、でもないし……そこまで親しくないし……全然普通のただの知り合いです。ていうか私、好きな人いるし」

 

 情け容赦のないまなの一刀がねずみ男を活動不能に陥らせた。

 

 そんなねずみ男はその場にいる誰からも放置され、事態は動いていく。

 

 猫娘が心の底から溜息を吐いて言った。

 

「ありえなさすぎ、そんなのただの独りよがりじゃない。花子はあんたの事、何とも思ってないんじゃない? 寧ろ迷惑」

「そんな訳がない! 俺と花子は結ばれてるんだ! ……わかっだぞ、お前は俺と花子との間を引き裂こうとしてるんだな! 許さない!」

「……キモッ、っていうか許さないのはこっちの方だっつーの!」

 

 自身を縛っている人を切り裂いて地面に着地した猫娘は、そのまま続けて地面を蹴り上がりようすけ君に肉薄。

 伸ばした爪でようすけ君の顔を切り裂き、顔を覆って仰け反って隙を晒した胴体に向けて連続で拳を放つ。

 

 一、十、五十、九十九! 

 

 即興で作った必殺技、猫百烈拳の威力は凄まじくようすけ君はされるがままになっている。

 

「これで、最後!!」

 

 止めの最後の一撃を放ち、ようすけ君が空に打ち上がり魂だけの状態になった。

 そして、横から途轍もない妖力を孕んだ衝撃波が魂状態のようすけ君を襲い魂までもがこの世から消えてなくなった。

 

 衝撃波の出所を見ると其処には、何時ぞやの銀髪の偉丈夫。それと何故かその横には花子さんがいた。

 

「せつ兄!」

「怪我はないか」

「うん、大丈夫!」

 

 声を掛けながら宝物に触れるようにまなを下ろす殺生丸を見ながら、猫娘は花子さんに話し掛けた。

 

「なんであんたが、あの妖怪といんの?」

「ようすけ君を殺してもらおうと思って頼み込んだの。昼間あの女の子にお弁当を届けてるのを見て、助けてくれるかなって」

「そう……」

 

 そこは鬼太郎じゃないんだ、と思った猫娘だったが賢明にも言葉にする事はなかった。

 だって、それで鬼太郎に惚れられたら困るし。

 

 そうこうしている内に縛られていた妖怪達はそれぞれ助け出される。

 

 まなが砂かけ婆達にお礼を言っているのを聞きながら、猫娘は殺生丸に声を掛けて自己紹介した。

 まなという共通の知人がいる事も考えて、友好的な関係になろうと考えた結果だ。

 更に言えば、いざとなった時に殺生丸の戦闘能力を当てに出来ればという考えもある。

 

 殺生丸は見た目通りにあまり話す性格ではなかったが、それでも穏やかに話す事が出来た。

 

 まなと一緒に帰る後ろ姿を眺めながら、猫娘は思う。

 容姿が整っていて力が強く、孤高で気高いながらもそれに驕らない。

 考えるまでもなく競争率が高いだろう彼を射止めたまな凄い、と。

 

 どうでもいい事だが、砂かけ婆は殺生丸の姿を見た瞬間に物陰に隠れてこっそりと殺生丸を見ていた。

 

 



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泡沫の狸と〜前編〜

 ある日の夜、それは起こった。

 東京の上空に突如、紅くて丸い月の様な物体が出現してそれを行ったのが八百八狸の仕業だと。

 

 という事をテレビで見た殺生丸は、取り敢えず家の周りに結界を張った。

 悪意あるモノが触れれば、その途端に毒に灼かれる攻性結界である。

 更に現在家にいるまなと純子の二人にそれぞれ渡していたお守りをメンテナンスと称して強化して、取り敢えずの用心は出来た。残念ながら祐一は今はいないので現行のお守りで頑張ってもらいたい。

 

 というのも、ニュースで取り上げていた月の様な物体は八百八狸が用意した代物。

 

 殺生丸の記憶が正しければ、この物体は地に落ちるとアンコウと猿が混ざった様な醜い化け物が生まれる筈。

 はかいこうせんとか撃ってきそうな見た目の化け物である。

 妖怪獣という名で呼ばれて、八百八狸に良い様に利用されているただのケモノ。

 

 狸共がガチの本気で動き出したのであろう事は、特に考えずとも察する事が出来る。

 

 余談ではあるが一般的に蛟龍は、中国に伝わる龍の一種、或いは鱗を持つ龍であり姿が変態する龍の成長過程の幼齢期の名称だ。

 更に言えば人里から遠く離れた湖や水のある静かな場所の水底、或いは池や河川に住み着いているとされていて水に潜っている事から潜蛟とも呼ばれている。

 どう頑張っても似ているとは言えないし、同一存在と言うには無理がありすぎる。

 

 つまりは、この妖怪はその蛟龍とは関係がない。

 

 蛇が産んだ卵が云々間何、うにゃうにゃして産まれた存在なのだ。つまりは殺生丸はこの妖怪についてよく知らない。

 

 兎にも角にもネットが繋がらなくて父親の心配をしつつ不安そうに服の裾を掴んでくるまなを安心させるように頭を撫でて、今日はもう遅いからとまなを部屋に送り出すのに伴いそれぞれの部屋に戻った。

 

 

 ──

 

 

 午後11時過ぎ。まなは隣の部屋から殺生丸が出て階段を降りるのを察知して咄嗟に追い掛けた。

 

「せつ兄……」

「まな、か。お前は家に居ろ」

「何処か行くの?」

「……心配する必要は無い」

 

 微かな笑みと共に静かに告げた殺生丸は、ふわりと宙に浮き空を飛んで行った。

 月夜を背に立つ殺生丸の不意打ちの微笑みをくらったまなは、少しの間心臓に深刻なダメージを負って動けなくなった。

 

「きっと、あの月みたいなのを何とかしに行ったんだ。でも……あれの他に八百八狸がいるから、せつ兄一人だけだったら大変かも……そうだ! 鬼太郎に連絡すればもしかしたら……」

 

 再起動してそう思い立ったまなだが、ネットが繋がらない状態では今直ぐに連絡は出来ない。ならば、妖怪ポストに手紙を入れるしかないと考えた。

 

 手紙を書き、少し前に一度だけ入れた妖怪ポスト目指して外出する。

 

「たしか、ここら辺だったような……」

「あら? まなちゃん、こんな所でどうしたの?」

「あ、ねずみ男さん。鬼太郎に連絡したくて」

 

 妖怪ポストの近くまで来たまなに、偶々出会したねずみ男が声を掛けた。

 

「ふーん……ですってよ、皆さん!!」

 

 ねずみ男の一声でまなを取り囲む様に現れた、大量の二足歩行の狸達。ザワザワザワと音を立てて少しずつまなに近付いていく。

 

「え、え……? えぇ……?」

 

 唐突な出来事に驚く事しか出来ないまなは、あっという間に狸達に担がれて地下に連行された。

 その時に手紙を落としたが、その手紙は猫や蛙、烏達によって鬼太郎の下に運ばれて八百八狸の所業が鬼太郎達に知れる事になる。

 

 狸達に連行されて辿り着いた場所には、見上げるほどに大きな一体の狸妖怪がいた。

 ねずみ男が刑部狸と呼んだその妖怪が、この狸達のボスらしい。

 

「あいつらの所為で俺はいつも、酷い目に、お〜いおい……」

「いつも助けて貰ってるくせに……」

 

 あまりにも白々しい言葉にまなは思わず口を出した。

 

「まなちゃんよ、ここは妖怪の国だ。人間の言葉と妖怪の言葉、どっちが重たいか分かるだろ?」

 

 まなの言葉に悪びれもせずにねずみ男がそう言った瞬間、下駄が一足ねずみ男の頭を強襲。

 それに気付いたまなは視界を巡らせて鬼太郎を見つけた。

 

「鬼太郎!」

 

 鬼太郎の登場によりまなの心には安堵が広がる。

 が、狸達は各々鬼太郎に対する感想を言いながら素早く鬼太郎を取り囲み始めた。

 刑部狸が21世紀は妖怪の時代になる云々と刑部狸が言うが、鬼太郎は興味は無いと一蹴。

 更に他の妖怪達にそれを通達する様言い募った刑部狸の言葉を断ると、まなは狸達の人質にされる。

 

 それと時を同じくして、日本政府の戦闘機により空に浮かぶ月が落とされて妖怪獣が生まれ落ちた。

 

「おお、見ろ! 妖怪獣が生まれたぞ!! 愚かな人間共に鉄槌が下るのだ!!」

「これで人間界は妖怪獣様が如何にかして下さる。残るは妖怪達だ」

 

 刑部狸に続いてシルクハットを被った狸が言う。

 その言葉を聞いて目玉親父が鬼太郎に助言した。

 目玉親父の助言を聞いた鬼太郎はこの場を穏便に済ませるために要件を飲み、次いで今回の一番の目標であるまなを開放する様に言う。

 

 周囲の狸達は厚かましいと非難を鬼太郎に浴びせるが、刑部狸はそれに承諾した。

 

「ただし──」

 

 そう言いながら刑部狸は片手でまなを掴み上げる。

 そして、まなの右手の甲に口を吸い付かせた瞬間──

 

「あ、が、ぐあぁぁぁ!!」

 

 刑部狸の目や鼻、口、耳や身体中から血を噴き出し、片手に持っていたまなを取り落とした。

 

「きゃっ!」

「まな!」

 

 まなを助ける隙を窺っていた猫娘が、まなを空中で掴んで助けた。

 

「何が、起きたの……?」

「グオオ、グウウッ……!! な、何なのだこれはぁ!! 身体に何かがぁ!!」

 

 身体中から血を噴き流し、今にも倒れそうな刑部狸の姿に呆気に取られている狸達を尻目に鬼太郎達はその場を退却した。

 

「猫娘、僕と父さんは行く場所がある。まなを送り届けてくれ」

「わかった。行こう、まな」

「うん……」

 

 大通りまで猫娘に送られたまなは、其処で祐一と純子に会いそのまま避難所に向かう。

 その時に殺生丸がまなと居ない事に純子は疑問を感じていたが、まなが一緒に行動していない事を伝えると後でお話しねと少し立腹していた。

 

 

 その頃、鬼太郎と目玉親父は妖怪獣と狸達の力の源である要石を破壊する為に要石が安置されている場所に辿り着いた。

 

「これですね、父さん」

「ああ、これが要石じゃ」

「いきます、霊毛ちゃんちゃんこ!!」

 

 手にちゃんちゃんこを纏わせて要石を破壊する為に殴り掛かり、要石に反射されて吹き飛ばされた。

 そして、刑部狸が掛けた呪いにより鬼太郎は石化。

 鬼太郎が飛ばされた時に地面に落ちた目玉親父は無事だったが、自分一人では力になれない。

 今は仲間達に知らせて態勢を整えなければならないと判断した目玉親父は、追い掛けてきた狸とねずみ男達に見つからない様にその場を静かに離れた。

 

 

 ──

 

 

 殺生丸は、戦闘機に落とされた卵を見ながらどうしようか考えていた。

 こんなバンバン戦闘機が飛び、ヘリやら何やらが大量に行き交うこの場所で目立つ行動はしたくない。

 

 取り敢えず様子見していると、ミサイルやら何やらが卵に向けて放たれて妖怪獣が生まれ落ちた。

 

 化物出てきたんだし人間達撤退してくれないかなぁと思っていると、妖怪獣は妖力を練り上げる様に高めて爆発的に周囲に放出。

 

 目が眩む肌の閃光と何かが砕けて落ちる様な音が響いて気が付けば一帯が瓦礫の山となり、人間達は悲鳴を上げて我先にと撤退していく。

 

 その様子を見て人の目がなくなったこの時を絶好の機会と判断した殺生丸は鉄砕牙を抜き、自身の扱える技の中で一番環境に影響が出ない技、龍鱗の鉄砕牙を発動した。

 鉄砕牙に鱗模様が浮き出て、妖怪の急所にして力の源である妖穴を斬り、斬られた相手は死に至る。

 風の傷や蒼龍波は勿論、破壊力の高い鋭く尖った巨大なダイヤを無数に生み出す金剛槍波や対象とともに周囲の物も吸い尽くす冥道残月波を使うには人間の物があり過ぎる。

 

 まあビル程に巨大な妖怪獣だが、所詮は単体の妖怪。群体の様な妖怪でなければ、妖穴を斬られればほぼそれで終わる。

 

 そんな技なのだが、何故か妖穴を斬られた妖怪獣は死ぬ様子がない。

 正確には苦しんでるし、どんどん妖気も漏れ出ているのだが何処かから供給されている様に見える。

 

 はて、一体何処から……。

 

 そう考えて、一つだけ思い当たる節があった。

 それは八百八狸の力の源である要石。母上の屋敷でプー太郎していた時に、書庫にある文献で読んだ記憶が微かにある。

 曰く八百八狸全ての力の源であり、命そのもの。

 八百八狸と繋がっているこの妖怪獣であれば、その要石から力が供給されているのかも知れない。

 そして、そうならば現状にも納得がいく。

 

 よし、先に狸共を片付けるか。

 幸い妖怪獣は妖力の供給と流出が均衡していて、身動き出来ていないし。

 

 そう判断するや風の匂いから狸共の居場所を探ると、何故かそこにまなの香りが混ざっていた。

 今は狸達の所には居らず、雄一や純子と一緒に避難場所らしい所にいる。

 

 お守りを渡しているから大丈夫だろうとは思うが、念の為にと殺生丸はまな達の居る避難所に向かった。



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