シェリー・ポッターと神に愛された少年 (悠魔)
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PHILOSOPHER'S STONE
1.シェリーの始まり


原作うろ覚えだったので、家から本を引っ張りだして、DVDショップで賢者の石借りてきました。うーん面白い。


ーー物心ついた時から、私が怖かったのはいつだって未来だった。明日が来なければ良いのに、なんて何度思っただろう。

 

 

 

 

 

「シェリー、お前のせいで僕の今日の運勢が悪かったぞ!どうしてくれるんだ!」

「ごッ……!」

「おおっ、ダドリー!良いパンチが決まったな!さすがはわしの息子だ!」

 

テレビの占いを見て憤慨し、その憂さ晴らしに殴りかかってくるのは私のいとこくらいのものだろう。

ダーズリー家は私……シェリー・ポッターの現在の家だが、部屋は物置の中で、気に入らない事があれば殴られ、何か失敗すればロクに食事は貰えない。

 

正直、彼等に家族の愛を感じた事はない。誰か本当の家族がやって来てこの家から連れ出してくれる日が来る……そう思っていた時期もあったが、もはやそんな幻想は見るだけ無駄だと悟った。

 

「お前の両親は交通事故にあって死んだ。ろくでなしの二人だったよ。お前はせいぜいまともに生きて私達に恩返ししなさい」

それが、私に告げられた真実。生きる理由。

 

「いつもボロボロの服着やがって!気持ち悪いんだよ、このブス!」

ダドリーのお下がりなのだが、それは彼達には関係ない。いつもいじめる子達は、公園の隅っこで私をサンドバッグにするのが好きだった。そこで彼達が飽きるまで殴られる。もちろんダドリーの機嫌次第では、家でも殴られるし、かといって帰るのが遅くなれば夕飯抜きだ。

 

「ハハハ!あいつあんなにバタバタもがきやがって!うげぇー、きったねーパンツ見せんじゃねーよ!」

川に沈められた時は、泳げないーーというより泳いだ事がないのもあって、泣きながらみっともなく手足を振り回した。あの時は本当に死を覚悟した。

 

ああ、次は何をされるんだろう。何が起きるんだろう。明日が来なければ良い。未来に希望なんて持てない。辛い。怖い。

 

でも、仕方ない。

私が辛い想いをするのは、仕方ない。だってまともじゃないんだから。頭がおかしいから。狂っているから。だから、仕方ない事なんだ。

 

「ホグワーツ魔法・魔術学校……?」

その手紙が、来るまでは。

 

 

 

『シェリー・ポッター』

 

 

 

ドンドンと扉を叩く音が聞こえる。

手紙はペチュニアおばさんに取られたものの、翌日も何通も送られてくるものだからこれは……という事で逃亡生活をして辿り着いたのが孤島のぼろ小屋。

だけど、どうやら手紙の送り主は直接やって来ることにしたみたい。

 

「シェリー・ポッター!ここにシェリー・ポッターがいるだろう!開けろ!」

(わ、私、借金取りに追われるような事はしていない筈だけど……)

「そんな者はおらん!出てけ!」

 

次の瞬間、轟音と共にドアが開かれ……いや……ぶち壊された。入ってきたのは身長2メートルを超える巨漢と、身なりが整った上品な老婆。見ようによっては、美女と野獣に見えなくもない。

 

「……か、家宅侵入罪!だぞ!」

「ん?オーッ、シェリーだ!見てくだせえマグゴナガル先生!リリーそっくりだ!」

「え。あ、きゃっ」

「ハグリッド。彼女が怖がっていますよ」

「ん?おお、すまん!シェリー!デカブツなもんでなんでもやり過ぎちまう……」

「聞いているのか貴様等!とっととお引き取り願おう!」

「……私達はシェリーに用事があって来たのです。貴方がたにも関係のある話だと思いますが」

「何を……うぉっ!?」

 

マグゴナガルと呼ばれた老婆はおじさんの銃を弾き飛ばした。杖の一振りで、だ。

尚も拾おうとするおじさんを尻目に、銃をクラッカーに変えてしまった。まるで本物の魔女みたい……

 

「はじめまして?シェリー・ポッター。私はミネルバ・マグゴナガル、マグゴナガル先生とお呼びなさい。あちらはルビウス・ハグリッドです」

「あ……あの…、はじめまして、先生、ハグリッドさん」

「アー、シェリー、さん付けは……」

「後になさい。あなたには色々と伝えるべき事があるのですが……、まずは、誕生日おめでとう、シェリー」

「えっ?」

「ほら、ケーキだ!シェリー!美味いぞ!」

 

『たんじょび、おめでとう』

文字はがたがたで見てくれは良いとは言えなかったが、それは確かに愛情が篭ったケーキだった。ダドリーが誕生日に食べたものよりも美味しそうに見えた。

こんな素晴らしいものが、私に?……食べようだなんて、おこがましいんじゃないのか?

 

「あ……ありがとう、ございます、えっと」

「何です?」

「こ、これ。……わ、私の……ケーキなんですか?」

 

二人はクスクスと笑った。

 

「勿論ですよ。シェリー。さて、貴方に伝えるべき事があると言いましたね?ホグワーツの手紙は読みましたか?」

「い、いえ」

「では今お読みなさい」

 

ペチュニアおばさんに取られたものと同じらしき手紙を渡される。

 

『このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。ホグワーツ特急の切符、教科書並びに、必要な教材のリストを同封致します。新学期は九月一日に始まります。

 敬具 校長 アルバス・ダンブルドア』

「……えっと……ホグワーツ?」

「魔法を学ぶことができる学校です。つまり貴女は魔法使いなのですよ、シェリー」

「耳を貸すな、シェリー!」

 

そう言って会話に割り込んできたのはバーノンおじさんだ。魔法学校というものに惹かれるものがあった私は、びくりと身体を震わせた。しかしハグリッドさんのひと睨みでバーノンおじさんはもっと震えた。

 

「ストーンウォールがどこかは知らんが、この子の名前は生まれた時から名簿に名前が書かれとるんだ!」

「でも……む、無理です……私には、そんな……それに、バーノンおじさんに叱られてしまいます……」

「……もしや……貴方は自分の両親が魔法使いだということは知っていますか?」

「えっ?し、知りませんでした」

「ジェームズとリリーの事を、なーんも聞かされたなかったんか?これっぽっちも?」

「す、すみません。両親は自動車事故で死んだって事だけ……」

「自動車事故!そんなもんであの二人は死にはせん!あの二人は当時の同世代の魔法使いの中でずば抜けて……す、すみませんだ……」

 

邪魔するな、とマグゴナガル先生の鋭い視線がハグリッドに刺さる。ハグリッドさんはしょぼんとした顔で口をひっこめた。

 

「いいですか。辛い話になりますが、よくお聞きなさい、シェリー」

「は、はい」

 

「貴方の両親は自動車事故で死んだのではなく、一人の魔法使いに殺されたのです」

「彼は惨虐の限りを尽くし、名前を呼ぶのも禁忌とされるようになりました。……あー、『ヴォルデモート卿』。ごほん、彼は多くの手下を従え、魔法界を牛耳ろうとしたのです」

「魔法界で彼とその配下との戦争が起きました。貴方の両親はその勢力と戦っていたのですが……戦争の終盤、二人は彼に殺されてしまったのです。ええ、とても哀しい事ですが」

「彼は貴方をも殺そうとしました。しかし……あなたにかけたはずの死の呪いが跳ね返ってきたのです。そして今は、もうこの世にいないものだと言われています」

「そうだ!だからお前さんは『生き残った女の子』として有名なんだ!」

 

そのショッキングな内容に、驚かなかった訳ではないが、しかしそれ以上にーーなんだか、初めて、褒められたような……いや、胸がドキドキするような……。この時はまだ知らなかったが、これは自分の親のことを誇らしいという気持ちだ。初めて、両親の事を肯定してくれる人が現れたからか。

 

「そ、それでその、ジェームズさんとリリーさんはホグワーツに通っていたんですか?」

「おう!勿論、二人とも学校の人気者だったぞ!」

「その二人は、えっと、何の教科が得意だったんですか?あっ、そもそも教科別に分かれているものなんですか?」

「シェリー、どうやら、ホグワーツに興味が出てきたようですね?」

「えっ?あっ……ごめんなさい………あぅ」

 

恥ずかしい。顔から煙が出そうだ。

学校の先生に質問することなどできなかったから、何でも答えてくれる二人に沢山の事を聞いてしまった。私が本当に行けるとは限らないのに……。

 

「ま、待て!小娘!行かせん!そんな訳の訳の分からん所には行かせんからな!」

「……バーノンさん、私共の説明に不備がありましたか?」

「いいか、お前はそんな『まともじゃない』所へは行かせんぞ!何が魔法だ!妙ちきりんなところにその小娘を連れていくなどわしは認めんぞ!」

「貴方はこの子を追い出したがっているようですが?」

「うるさい!そいつはストーンウォール校に行くんだ!見た目だけは良いからタレント養成学校に通わせようとした時期もあったがな!ともかく!そんな所には行かせんぞ!」

「偉大なる魔法使いアルバス・ダンブルドアの下で勉強ができるんだぞ!」

 

売り言葉に買い言葉で、バーノンおじさんは禁句を言ってしまった。

「そんなきちがいじじいの下に行かせられるか!」

堪忍袋の尾が切れた音を確かに聞いた。

 

「おれのーー前でーーダンブルドアをーーばかにーーするな!!!」

「うおおおおおおっ!?」

「ハーーーグリーーーッド!!!!」

 

 

 

 

 

「なんて事を!相手はマグルですよ!?あの態度に私も腹に据えかねたところが無かったわけではありませんが!よりにもよって!実力行使するなど!」

「す、すみませんだ、先生。つい」

「ついじゃありません!この事はアルバスに報告しておきますからね!」

「えっ。そ、それはご勘弁を……」

「お黙りなさい!」

 

2メートルは優に越すであろう大男が、マグゴナガルの剣幕に身体を縮めていた。

ダドリーに尻尾を生やしたのは流石にまずかったらしい。教授はおかんむりだ。

 

(だけど……何だろう。ハグリッドさんもマグゴナガル先生も、怒ると凄く怖いのに。バーノンおじさんと違って、なんかこう……温かいというか……)

「シェリー!」

「ひゃ、ひゃい!」

 

考え事をしていたら口を噛んでしまった。

「貴女は明日、ハグリッドと一緒にダイアゴン横丁に勉強道具を買いに行く事になりますが!くれぐれも!彼が問題を起こさないように見張っておくように!」

「わ、分かりました」

「……フーッ。失礼。……勉強道具もですが、見たところ、貴女には他にも必要な物がありそうですね」

 

そう言って彼女が杖を振ると、ダドリーのお下がりだった色褪せてダボダボだった服が新品同様のブラウスとスカートに変わる。

髪も整えられ、くしゃくしゃで荒れ放題だった髪は綺麗なくせ毛へと変わった。

先程までの、小汚いちんちくりんな私は『普通』くらいにまで変貌した……ように思う。

「ほぉーーっ、たまげた。本当にリリーそっくりだ。こりゃあべっぴんになるぞ……」

 

一瞬、驚きと共に胸が高鳴って嬉しさの奔流が流れた。だけど、そのすぐ後に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「……こ、こんな……わ、悪いです……私なんかに……」

「身だしなみに気を使うのもレディの嗜みですよ。一人だけ、過度に汚れた身なりをしていれば周りを心配させます。悪いと思うなら身なりをきちんとする事です」

「………ぁぅ………」

 

正論で返されては、何も言い返せない。

ひたすら困惑していた私に、その大男が優しく声をかけた。

「こういう時は、すみませんじゃなくて、ありがとう、っちゅうもんだ。な?シェリー」

「……ぁ、ありが、とう……?」

これで良いのだろうか。初めて使う言葉だから、分からない。先生も目を細めている。失礼になってやしないだろうか。私また何か間違えたのか?

 

「どういたしまして、シェリー」

「ぁ…………」

優しく抱きとめられた。

ハグされたのは初めてだった。

涙こそ出なかったが、なんだか、胸の中にじんわりと染み込んでくるものを感じた。

 

「ホグワーツは貴女を歓迎します。貴女が勉学に励むのなら、その頑張りを評価しますし、その生活はきっと楽しいものとなりますよ」

「楽しい……」

「励みなさい、シェリー」

マグゴナガルはにっこりと微笑んだ。

釣られて私も笑顔を浮かべた。

自然に笑ったのも、久しぶりだった。感謝の気持ちでいっぱいだった。

 

「よろしくお願いします、マグゴナガル先生、ハグリッドさん」

「さんはやめとくれ!シェリー!」




シェリー・ポッター(11)

体罰やイジメの影響で卑屈な性格に。
他者を優先し、自分の事は後回しにするタイプ。
見た目がリリーそっくりなのでペチュニアからは複雑な感情を抱かれており、彼女から直接いじめられたり、小言を言われる事はない。(そのかわり助ける事もしない)


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2.九と四分の三番線

漏れ鍋に入ると、色んな人から握手を求められて大変だった。でも、私なんかの握手で相手を不快にさせてやしないだろうか。

 

「おおっ!リリーそっくりだ!」

「でも眼はジェームズだぞ。ああっ、あの日のトラウマが………」

「ご、ごめんなさい」

「いやいや!貴方が謝る必要はない、お嬢さん!ああ、もしよろしければ握手を……」

「どいとくれ!どいとくれ!教科書を買わなくちゃならん!」

 

ニンニクの臭いの染み付いたターバンをしたクィレル先生とちょっとお話しして、ダイアゴン横丁に入ると、魔法使いのローブを見にまとった人達でごった返していた。

 

「すごい!すごい!ハグリッド!魔法使いの人達が、こんなに!こんな……あ」

ダーズリー家と外出する時、騒ぐといつも怒られた事を思い出した。

「ごめんなさい、はしゃいじゃって……」

「うん?俺も始めてダイアゴン横丁で教科書を買った時は、今みたいにはしゃいだもんだ!嬉しくってなあ……喜びのあまり思わず親父を一人胴上げしてなあ……」

「えっ?逆じゃなくて?」

「昔っからデカブツでなあ。おっと、ここだ」

 

魔法界の銀行は、カードとか機械とかでお金を引き出すのではなくて、秤で金貨を数えて、移動手段はトロッコという何とも時代を感じるものだった。

グリンゴッツで自分の溢れんばかりの相続金を見て目を白黒させた後、ハグリッドが何やらボロの小包を取り出して、オリバンダーの店で杖を買う事になった。

「いらっしゃいませ。あぁ、ハグリッド。久しぶりだな。杖を買った数年後にぶち折る事になったバカもんが」

 

オリバンダー老によるとハグリッドは停学処分になったそうで、その時に杖を折られたとの事だった。(ハグリッドが居心地悪そうにしていた)

杖を何本か試した後、もしや、とオリバンダー老が取ってきた杖を握った時、これだと思った。じんわりと広がる、温かな感覚。

 

「なるほど、なるほど……興味深い。えぇ、不思議な事もあるものだ……」

「?」

「この杖に入っている不死鳥の羽は、ある持ち主の杖の物と、同じ素材のものを使っているのです。ある不死鳥が気前よく二つ羽を提供してくれましてな……」

「……それって」

「闇の帝王のものです」

 

胃の中に冷たいものが落ちた気がした。

「あなたの額に走る稲妻の傷……しかして、それをつけたのは兄弟杖というに……この杖は貴方を選んだ。運命というものがあるとすれば、それは貴方を中心に回っているのやもしれませんな……」

「……え、えっと」

「アー、オリバンダー?すまんが他にも買わなきゃいけねえもんがあるんで……」

「おっと、これは失礼」

 

心の中にもやもやとしたものが広がったが、それでも、初めて買ってもらったプレゼントの喜びの方が格段に優っていた。

誰かに物を買ってもらう日が来るなんて。夢ならどうか、覚めないでいてほしい……

 

「ここだ。マダム・マルキンの洋裁店。俺は教科書を買いに行くから、すまんがちーっと離れるぞ。本が一杯だと重てえしな」

「あ……うん」

一人で買い物した事などない。

そんな私の不安を察してか、ハグリッドは「マダム・マルキンなら安心だ、良いのを選んでくれる、な?」と優しく声をかけてくれた。

 

(でも、ハグリッドのサイズの制服なんて中々無さそうだけど……)

「それじゃあ、お嬢さん?色んなところを測りますからね、少しの間じっとしててもらいますよ」

「はい……わぁ!」

メジャーがまるで生き物のように、私の身体の周りを飛びながら測っている。まるで蛇が空を這っているみたい。

 

「あ……ご、ごめんなさい」

怒られるかと思ったが、マダムはクスクスと笑った。ビクビクした青い顔が途端に紅潮するのを感じた。

「魔法に慣れていない子は、いつもそんな反応をするのよ。じゃあ、採寸を始めるわね……」

「よ、よろしくお願いします」

「ね……ねぇ、貴女もマグル出身なの?」

「えっ?」

 

見ると、縮れ毛の少女が、期待に目を染めた顔でこちらを見ている。

「ええと……私の場合はちょっと違うけれど、一応、そうなります」

「そうなの!あぁ、良かった!マグル生まれの子が他にいなくって、私、とっても不安だったの!」

少女はハキハキとした口調で喋った。好意的に接してくれている。私も、もっと楽しげに喋らないと……

 

「あー、ええと、そうですよね。私も不安で……」

「そうよね!ねぇ、あなた、どこの寮に入りたい?ホグワーツに入るにあたって、色々お勉強したのだけど!4つ寮があるそうよ!」

「ここに来る前も……えっ?」

「グリフィンドールは勇気、レイブンクローは知識、ハッフルパフは優しさ、スリザリンは狡猾さをそれぞれ大切にしているそうなのよ!」

「グリ………えっと」

「魔法界に大きく名を残している人は、グリフィンドールが多いと聞くけれど。えぇ、でも、やっぱり知識を大切にするレイブンクローも素敵よね」

「………は、はい」

 

人と話す経験をロクに積んでいない私に、この人の早口言葉みたいな話し方についていく事は不可能だった。せいぜい、相槌を打つ程度だ。

 

「かのアルバス・ダンブルドアは、グリフィンドール出身だそうだし……あなた、彼をご存知かしら?」

「アルバス……確か、手紙の。こうちょ…」

「ホグワーツの校長先生なの!魔法界の発展に様々な貢献をしてきたのよ!そんな人が校長だなんて、私、あぁ!」

「……そ、そうですよね」

「あぁ、それで、シェリー・ポッターは知っているかしら?」

「………えっと」

 

私がそんな偉大な人間の筈はないから、きっと同姓同名の人だろう。と思いたかったが、漏れ鍋での様子を見るに、きっと私の事なんだろう……。顔も名前も一緒な人がいなければの話だけれど。

 

「シェリーは、わた……」

「はい、採寸が終わりましたよ」

「あっ………」

見れば、外でハグリッドも待っている。もう行かなくちゃ……。

「あっ、あの!ホグワーツで、また会いましょう!私、グレンジャー!ハーマイオニー・グレンジャーよ!」

「っ、ええ、またホグワーツで!」

 

「イーロップのふくろう百貨店は混んでたなあ……制服は買えたか?シェリー?」

「ええ、ばっちり、です!」

「?随分上機嫌だな、え?おおそうだ、プレゼントだ!ふくろうだ!手紙を送るのに役に立つ……」

またも申し訳ない気持ちになったが、こういう時に何を言えば良いかは聞いたはずだ。

「ありがとう、ハグリッド!」

 

 

 

おかしいよ、ハグリッド。

 

どうやって行けばいいの?

きっとハグリッドが何か伝え忘れたのかもしれない。だって、九と四分の三番線、なんてどこにも……

……もしかして、夢?今まで起きていた楽しかった出来事は、夢なの?

でも、ヘドウィグはここにいるし……ど、どうすれば……

 

「あら?貴女もホグワーツなの?」

「えっ?」

「一人でどうしたのかしら?お父さんとお母さんは?」

親切そうなおばさんが、にこにこと話しかけてくる。その人と同じ赤毛の女の子は、娘さん?

 

「えっと、お父さんとお母さんはいないんです。その、私、ホグワーツの一年生です」

「あらまあ!まあまあまあ……ええ、それじゃあ一緒に行きましょ?大丈夫、最初は驚くかもしれないけれど、すぐよ!」

わ、わ。随分とずんずん進む。

女の子はチラチラとこちらを見てくる。……傷は隠しておかなきゃかな?

 

「おばさんも、その、魔女なんですか?」

「勿論よ!私の子供も親戚もみーんな魔法使い!あー、はとこに一人、使えない人がいるけど……オホン!何も心配する事はありませんからね!ロン!」

「パース!君が監督生ってのは分かったから少し落ち着いてくれよ……何だい、母さん?髪が真っ赤の女の子が、アー、ジニーと間違えたのかい?」

「馬鹿おっしゃい!ロン!この子もホグワーツに行くのよ、柱までリードしてあげなさい!」

「は、柱??」

「えーっ、何だって僕が……パースあたりにでもやらせれば」

「早くなさい!グズグズしてると列車が出発してしまいますよ!」

「アー、うん、分かったよ」

そばかすの男の子が私を見ると、何故だか顔を赤らめた。どうしたのだろう……。

 

「えーっと、君、マグル出身?」

「マグル?……ああ、たしか非魔法族……」

「その様子だとそうみたいだね。あの柱がホグワーツ行きの列車の駅に繋がってるんだ。だからそのまま突っ込んでいけばいいのさ」

「突っ込んで……?」

「さっ、僕にしっかり掴まってなよ」

「あっ、うん。……こう?」

「!?あー、そ、そっか、僕が掴まれって言ったもんねそうだよね……フレッドとジョージが先に行ってて助かったな……絶対からかわれる……」

「?」

「ああ、いや。よしっ」

 

ロンの後ろから抱きしめる形になったけど、大丈夫だよね……?

そう思っているうちに、カートごと柱に突っ込んで行って……ぶつかる……事はなかった。

眼を開けると、そこは全く違う景色だった。

って、あれ。それよりも。目の前に立っている男の子にぶつかるーー!

 

「ああっ!?い、勢いがつきすぎて止まれな……うわあああああ!?」

「きゃあ!?」

「っ!」

 

ぶつかりそうになった銀髪の男の子が杖を振って、私達のカートをピタリと止めた。

「ったく、気をつけやがれボケ兄妹がよ」

「ご、ごめんなさい!………ぁ」

「あー、ごめんよ。兄妹、そうだね、この髪じゃあ……君も、ごめんよ?カート倒しちまってさ。あー……」

 

一昔前の、石炭を使ってそうなSL。

まさか、蒸気機関車を生で見ることができるなんて。柱の先にこんな光景があるなんて、想像もしてなかった……

 

「魔法って、すごい!」

「あー。えっと、そ、そろそろ、手、離してもらってもいいかい?恥ずかしくってさ」

「!ごめんなさい、私なんかが掴まってたら恥ずかしいよね……」

「えっ。いや、そういう意味じゃなくってさ……おいっ、何だよ。やめろよな、嘴でつつくのは!」

「ヘドウィグ!」

 

どうして親の仇みたいにこの子をつつくの。この子が手伝ってくれたんだよ?

すると、二人組の赤毛の男の子が現れた。顔が似てる……兄弟??

 

「へーい何だよロニー坊や。俺達の与り知らぬ所でイチャイチャしやがって」

「入学早々ガールフレンドかい?お熱いねえ、お二人さん」

「な、なんだよ!別にっ、そういうのじゃないさ!やめろよな!」

「?確かに走ったから少し熱いかも……?」

「トランクはこれかい?手伝うぜ、お嬢さん」

「わ、悪いです……じゃなくって。あ、ありがとう」

「どういたしまして。おおっと、我らが弟は自分で運べよな」

「なにさ!」

 

走ったせいか、いつの間にか少し汗をかいていた。

とりあえず額の汗をぬぐうと、兄弟はポカンと口を大きく開けていた。

あっ。

漏れ鍋で散々話しかけられたから、見えないようにしてたのに……。

 

「おったまげー…その傷。それに、赤毛……君、シェリー・ポッターだ……」

「ああ、えっと、うん。そうだね」

「うっひょい!シェリー!俺はフレッドさ!その傷って痛むのかい?」

「俺はジョージさ!シェリー、例のあの人の顔見た事あるか?おっそろしい顔してんだろ?」

「え、ええっと、傷は別に何ともなくって。例のあの人の顔は見てなくて……緑の光が、ぶわーって広がったのは、なんとなく……」

「おったまげー……ホントにあの、シェリーなんだ……」

 

そこからの質問責めは、後からやって来た彼達のお母さんが宥めた事でひと段落ついた。

お母さんも私がシェリーだと分かるとびっくりしていたけれど……。双子はリー・ジョーダンとかいう友達の所に行った。ロンはトイレに行くらしい。

 

これから始まるんだ……。

どんどん離れていくキングズ・クロス駅を見て、何故だか鼓動が高鳴った気がした。

その時の私はよく分からなかったけど、多分これが、嬉しいだとか、興奮するって気持ちなんだと思う。




投稿直前になって大量の脱字に気付く。
オブリビエイトってるわー。


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3.いざホグワーツへ

「このコンパートメント、空いてる?」

「空いてます……あっ、さっきの……」

「ロナルド・ウィーズリーさ!ロンって呼んでくれよな」

「よ、よろしくお願いします、ロン。シェリー・ポッターです」

「……あー、それ、何だい?急に改まっちゃって」

「えっ。おばさんが、人に挨拶する時はこうだって……変、だった?」

「別に同学年同士だろ?気楽にいこうよ。あぁ、車内販売のワゴンだ。何か買うかい?」

 

ロンはどうやら気さくな人みたい。

兄弟がいるからか、私にも普通に話しかけて来てくれて、とても優しい子だ。

 

「アグリッパあったら教えてくれよ。お菓子のおまけのカード集めてるんだ。今は英雄降臨~16世紀の魔法使い~のシーズンだから、いけると思うんだけど」

「えーっと……あー、ごめんなさい。アルバス・ダンブルドア……ホグワーツの校長先生なんだよね?」

「そうさ。君、魔法界の事知らないの?」

「両親が魔法使いなのは聞いたんだけど。生まれてからすぐに、マグルのおじさんとおばさんの家に預けられたから……」

「おったまげー…じゃ、クィディッチも知らないんだ」

「クィジ……?」

「魔法界で一番人気のスポーツさ。箒に乗ってボールを投げたり、ビーターがそれを阻止したり。何てったってスニッチを獲るシーカーが最高でね……」

「ねえ、ネビルのヒキガエル知らない?」

見覚えのある、どこか高圧的な巻き髪の女の子がやって来た。カエル……蛙チョコレートの事じゃ、ないよね?

 

「ううん、知らない」

「そう……私は一度戻ろうかしら。さっきのベガって子のコンパートメントに、もしかしたら帰ってるかもしれないし……」

「ベガ?」

「ああ、いえ、こちらの話よ……あら?貴女もしかして、マダム・マルキンの洋裁店で……」

「!あ、あの時の……」

「?知り合いかい?」

知り合いを見つけて少し安堵したように、ハーマイオニーは私の隣に座った。

 

「前から思っていたけれど。あなた鏡は持ってるの?私もあまり人の事は言えないけれど、女の子なんだから櫛で梳かすくらいしないとダメよ?」

それ、マダム・マルキンにも言われた…。

そういえば、マダムに髪をお手入れしてもらって帰ると何故かペチュニアおばさんが優しかったんだけど、どうしてだろう。

当然、私が髪のお手入れ道具なんて持ってる筈もないからたった数日でボサボサに戻ったけれど。

 

「そこを動かないで。スコージファイ!」

「わっ、わ!?何が起きたの?」

「顔が汚れていたから綺麗にしたのよ。これで少しはまともに……あら?その傷………」

稲妻の形の傷を見て驚いた声を上げる。

そんなに、有名なのかな。私なんて皆んな無視してくれた方が、いじめの標的にしてこないから目立ちたくないんだけれど……。

 

「う、うん。えーっと、私、シェリー・ポッターです」

「!貴女がシェリーなのね!魔法界の英雄って言われてる!本で読んだわ!」

「う、うん……でも、えーっと、そんな…」

「私はハーマイオニー・グレンジャーよ!よろしくね、シェリー!」

「あ、うん、えーっと、ハーマイオニー?」

「それじゃあ私、もう行くわ。ネビルの蛙も探さないといけないし。二人とも、そろそろホグワーツに着くから着替えた方がいいわ」

そう言うと彼女は去って行った。

嵐みたいな女の子だったなぁ……。

 

「あー、彼女、僕の事を道端に転がってる蛙チョコの包みかなんかだと思ってるのかな。まるで目を合わせようとしなかったよ」

「私ばかり話しちゃったね……」

「まぁ、気持ちも分からんではないけど。とにかく着替えようか、僕が外に出るから君は中で……!?!?」

 

着替えと聞いたから、早めに支度する習慣がついた私は、だぼだぼのパーカーを下着代わりの白いTシャツごと脱いだ。

窓から入る陽射しが少し強かったからかな。少し汗ばんじゃって、露わになった上半身はほんのり赤かった。この様子じゃ、ジーンズはもっと蒸れてるかな?そう思いながらベルトに手をかけて……

 

突然の衝撃音。

びっくりして前を向くと、ロンが自分で壁に頭をぶつけていた。

……そういう、魔法界流の……えっと、ジョーク?なのかな?

「何をやってんのさ、君は!」

「えっ?」

「僕が外で着替えてるから、その間に着替えるんだ!それじゃあ!」

「???」

 

何かおかしい事があるだろうか?同じ年代の男の子のダドリーは、私が隣で着替えていても全然気にしなかったのに。

……あ、でも着替えの途中で蹴ってきたりしたから気にしてると言えば気にしてるか。

着替えが終わると、コンパートメントの中に金髪をオールバックにした男の子が入ってきた。どこかダドリーと同じものを感じて、少し身構える。

 

「マグル生まれが騒いでいたが……君がシェリー・ポッターかい?」

「う、うん」

「僕はドラコ・マルフォイだ」

「っく……」

「僕の名前が面白いか?その服はお下がりだろう、ウィーズリーのコソコソイタチが。」

それなら私だって持ってる服はほとんどお下がりなんだけど……。

でも、これは。ロンとこのドラコって子は、入学する前から仲が悪いって事なのかな。嫌な予感が頭をよぎる。

 

「ミス・ポッター、君はまだ知らないだろうけど、魔法族にも家柄の良いのと、そうでないのとがいる。そこのところは、僕が教えてあげよう……」

握手を求めてきた。

隣でロンが不快そうなものを見る目でこの子を睨んでいる。

 

どうする?握手に応じてしまえばロンと友達でいられなくなる予感がする。彼はこんな私にも友好的に接してくれた人物だ。蔑ろにしたくない。

だけど、この子の手を払う勇気は私にはない。その瞬間に後ろ二人の大きな子が殴りかかってきたらどうしよう。殴られるのが私一人なら良いけれど、ロンを巻き込みたくない。

 

ロンとドラコの顔を右往左往していると、そこに救世主が現れた。

 

「ーーおい、邪魔だゴリラども。どけコラ」

「ぐげっ」

「な、なんだ君は?急に失礼だな!おい!君、君……は……」

 

サラサラとした、肩まで伸びたシルバーブロンドの髪。彫りの深い顔は女の子受けしそうで、澄んだブルーの瞳は鋭いナイフみたい。

有り体に言えば、ものすごく、ハンサム。

神秘的な雰囲気の漂う、どこか儚い少年。

 

「何ジロジロ見てんだ。人の顔が珍しいかよ」

そうでもないみたい。

見た目は美少年だけど、ギラついた雰囲気は不良そのものだ。ダドリーやバーノンおじさんやドラコみたいに、怖い人といっぱい会ったけれど。この子みたいに、圧倒されるような子には、初めて会う……

 

「……そのシルバーの髪。もしかして、純血魔法族の間で噂されている、あの」

「あ?テメー、俺の事知ってんのか」

「知っているもなにも!君は、高貴な血を引きながらマグルに育てられてしまった哀れな純血魔法使いだ!」

「はぁ」

「純血の中では有名だよ、君は!愚かな両親にマグルなんぞの所に入れられたんだろう?嘆かわしい事だ……君も、僕が友達として魔法界のあれこれを教えてあげよう」

 

再び、手を伸ばす。銀髪の少年はその手に応じた……ようにみえて、手首をがっしりと掴んで捻った。

 

「あでででででで!?」

「友達にしてください、の間違いだろ?あ?名前なんだ、テメー」

「ゴフォッ、やめろ!放せ!今ならあやマルフォイしたら許して……」

「あやマルフォイすんのはてめーだろうが」

「ぎゃあああああ!?」

つ、強い。強くて怖い。ダドリーの脅しが可愛いものに見えるくらい。色白だけど、身体はとてもがっしりしてる……

ドラコの青白い顔が真っ赤になったところで少年はようやくその手を解放した。

 

「お、おぼえてろーっ!」

「何とまあ小物くせえ連中だな」

後ろの二人は何しに来たんだろ……。

 

「よう、さっきぶりだな?赤毛の」

「?……あ!もしかしてトランクを止めてくれた人?」

「あの時の」

「君……君は、純血なの?」

「つっても魔法界の事を知ったのはつい最近だ。あのデコ助が言った通り、マグル育ちなもんでな……おう、ホグワーツにご到着だ……」

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

一度見たら忘れない、とても大きな髭もじゃの人がいるのを見て、彼のところへ近寄った。ロンは少し驚いているようだった。

「イッチ年生はこっち!イッチ年生はこっち!オーッ、シェリー!列車はどうだった?え?楽しかったろう!」

「……あの。ハグリッド」

「うん?」

「9と4分の3番線への入り方。私、分からなかったんだけど……」

「………あー」

「もし他の魔法族の子に会わなかったら、今頃は……」

「すまん、いや、正直すまんかった。うん」

 

ハグリッド率いるボートの船団が城の前まで自動で動くと、次はぴしゃりと背筋が伸びた老婆が待ち構えていた。ミネルバ・マクゴナガル。

私に魔法界のあれこれを教えてくれた、一人の人間として魅力的な人だ。

 

「ようこそ、ホグワーツへ。さて、今からこの扉をくぐり、上級生と合流します。その前にまず、皆さんがどの寮に入るか組み分けをします。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、そしてスリザリン。学校にいる間は寮があなた方の家です。良い行いをすれば寮の得点となり、規則を破ったりすれば、減点されます。学年末には最高得点の寮に優勝カップが渡されます」

どうやら贔屓はしないようで、私をみても眉をぴくりと動かしただけだった。

 

「間も無く組分けの儀式が始まります。ここでお待ちなさい」

彼女が行くと、銀髪の男の子がぽっちゃり体型の子に絡んだ。……さっきの、不良みたいな男の子だ。

「おい、そこのデブ」

「うわっ!?な、何だい?僕、君に絡まれるような事したかなあ」

「おら」

「うわっ!?」

彼が投げたのはーー蛙。

 

ーーあれ、もしかして。この子、蛙を探して列車の中をうろついていたの?

そう仮定すると、見かけによらず良い人なのかも。そういえばトランクも止めてくれたし、さっきはドラコに絡まれていたのを助けてくれたようにも思える。

「ペットの世話くらいちゃんとしやがれ」

「!トレバーだ!あ、ありがとう!えーっと、君の名前は……」

「………、俺は……」

「準備はできました。来なさい」

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

「グリフィンドールに入るなら

勇気ある者が住まう寮

勇猛果敢な騎士道で

ほかとは違うグリフィンドール」

 

「ハッフルパフに入るなら

君は正しく忠実で

忍耐強く真実で

苦労を苦労と思わない」

 

「古き賢きレインブンクロー

君に意欲があるならば

機知と学びの友人を

必ずここで得るだろう」

 

「スリザリンではもしかして

君はまことの友を得る?

どんな手段を使っても

目的遂げる狡猾さ」

 

古ぼけたとんがり帽子が歌い終わると、まばらに拍手が起こった。

要するに、グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリンの四つの寮があるらしい。

これらに組分けするのは誰かというと、なんとこの年代ものの帽子のようだ。マグゴナガル先生がアルファベット順に名前を呼んでいき、生徒が帽子を被り、自分の寮の席へと座る。

 

ハーマイオニーはグリフィンドールに入った。ロンがウゲェー、とした顔をしてる。彼女には悪いけれど、私も彼女はレイブンクロー向きだと思っていたから意外……。

それにしてもロンとハーマイオニーの相性はあまり良くない。どっちとも仲良くしたいから喧嘩はやめてほしいんだけどなぁ……

 

「レストレンジ・ベガ!」

 

「俺の番か……」

例の、銀髪の男の子が反応した。

ベガって言うんだ、あの子。

 

「えっ?君、君……が……?」

 

?ネビルが狼狽えているけれど、何だろう…

たっぷり五分間使って、組分け帽子は「グリフィンドーーーーール!」と叫んだ。

不良めいた少年はどっかりと空いている席には座る。

そのすぐ後にネビルは呼ばれ、彼もグリフィンドールに組分けされた。

 

……なんだか、若干、ベガの事を警戒しているような気がするけれど。気のせい?

 

「マルフォイ・ドラコ!」

あっ、さっきの。

「スリザリイイイイイイイインッ!!」

決めるの早い!

「スリザリンは闇の魔法使いを多く輩出してるんだ!あそこに入るくらいだったら、グリンゴッツに金庫破りしに行く方がまだマシだね」

とはロンの弁だ。

スリザリンは、嫌われる人達が行くところ、なのかな……。

 

「ポッター・シェリー!」

 

名前を呼ばれると同時、周りから驚愕と好奇の視線が突き刺さった。ヒソヒソと囁く声もセットだ。

長い間皆んなに意地悪されてきたからか、私は注目される事に慣れてない。きっと陰口を叩かれてるんだ。そう思い、そそくさと席に座り、帽子を被った。

 

「こんにちは、お嬢さん」

「…………よ、よろしくお願いします、帽子さん」

頭の中に声が……。凄いなぁ。

「うーむ、これは。はてさて、どこの寮に決めたものか……」

どの寮……先程の歌や、ロンから聞かされた話から、ある寮がひどく嫌われている事は知っている。

 

「私は……私は、スリザリンに、入るべき……です」

「ふむ?」

「どこまでも、自己中心的で。周りのことなんて見えてない……そんな私がいるべき場所は、きっとスリザリンです」

「君はスリザリンに入りたいのかね?」

「……そうです。そこが、たぶん私が一番落ち着くところだから……」

そうだ、そこで今までのように、蛇のように身を潜めて生きる。そんな人生が似合っているのだ、私には。

 

「うーむ、成る程?だが、君は随分と知識に飢えているようだね?学業に対する要領が良いし、勉強することを苦痛と思わない。むしろ学ぶ事に対して喜びを抱く」

「……え、えっと」

「だが、自分に向ける事こそないが、深い優しさを持つ子だね?辛い目に遭っている人を愛おしく想う事ができる。自分を犠牲にしても救おうとする」

「……そ、そんな事……」

 

「しかし……たしかに、君に最も適正があるのは、どうやらスリザリンのようだ。狡猾で、手段を選ばない。君はスリザリンでまことの友を得るやもしれぬ」

「……」

 

「何より、資質がある。君の内に秘めた大望を叶えるのに、スリザリンはうってつけだろう。君が求めるならば、スリザリンは全てを与えてくれるだろう。偉大な魔女へとなれるだろう」

「……」

 

「だが、ここには私と君の二人きり。君が心を偽る必要はない。私には全てお見通しなのさ。このしがない帽子に、君の本音を言ってごらん?」

 

「……人に親切にするのは、嫌われたくないから。色んなことをお勉強するのは、他に取り柄がないから。私はダメな子だから……だから、私は……今まで、こんな風に生きてきて……」

「だが、今からは違う。そうだろう?君が欲しかったものを、今度は手に入れる番だ」

蛇のように、ではなく。穴熊でも、大鷲でもない。獅子のように、胸を張れる自分になりたい。

 

「私が、欲しかったのは……」

 

「優しさでも、知恵でも、名声でもなくて……」

 

「……ぼ、帽子、さん……あの……」

 

それは私のなけなしの勇気だった。

「わ、私。グ、グリフィンドールじゃ、駄目ですか……?」

 

 

 

 

 

「グリフィンドーーール!!グリフィンドォーーーーーーーーール!!!」

「っ!」

 

獅子寮から歓声が上がった。

ウィーズリーの兄弟は喜びのあまりダンスを踊りだすし、ハグリッドはクラッカーが鳴っているかのような爆音で拍手している。

歓迎、されている。

目から流れそうになるのは、きっと人生で初めて流す、喜びの涙だ。顔をぐしゃぐしゃと拭い、グリフィンドールへと向かった。

 

「ようこそ赤毛のお嬢様!」

「我ら一同、歓迎するぜ!」

「ありがとう、えっと、フレッドと、ジョージ?」

「「残念!グレッドとフォージさ!」」

「えっ?あ、ご、ごめんなさい!」

「シェリー、それ二人の冗談だから。気にしなくていいから」

「あっ……な、なんだ。冗談なんだ」

 

先に座っていたハーマイオニーの隣に座ると待ち構えていたかのようにベガに話しかけられた。

 

「縁があるな?シェリー・ポッターさんよ」

「えっと。う、うん、そうだね、ベガ」

思わず口ごもる。どうもこの子は苦手だ。いつも私をいじめてきたダドリーやその取り巻きと似た匂いを感じる。もっとも、彼よりずっとハンサムだけれど。

 

ロンも無事グリフィンドールに決まり、今世紀最大の魔法使い(と、ハーマイオニーが言っていた)ダンブルドアが席を立った。

優しそうで穏やかな瞳をしてる。だけど威厳たっぷりで、静かな圧が彼にはあった。

 

「おめでとう、新入生諸君!そしてようこそ!ジジィの長話を聞く前に、諸君には大事なことがあろうじゃろうて!ではいきますぞ、そーれ、わっしょい、こらしょい、どっこらしょい!Catch this!」

「えっ」

 

ず、随分とお茶目なお爺さんだね……。

ご飯を好きなように食べていいという状況に慣れないながらも、なんとか胃にいっぱい詰め込んだ。

すると、ダンブルドアが今度はきりっとした立ち振る舞いで喋り出した。

 

四階の廊下には決して近づいてはならないこと。禁じられた森への立ち入り禁止。廊下でむやみに魔法を使わぬようにとの管理人からのお願い。クィディッチ選手の選抜があるのでやりたい子はマダム・フーチに連絡を取る事。

と諸注意を述べた後に、校歌斉唱を行った。

「好きなリズムで!」

好きな……えっ?それでいいの?

 

双子は最後まで、人一倍大きな声で歌っていた。すごいなぁ、この二人。

 

寮に入ると、今までの疲れがドッと出て、これがベッドなんだ……と、ふかふかの感触を楽しんでいたら、いつのまにか寝てしまっていた。

 

つかれたぁ……。




と言うわけで登場でございます、今作品におけるもう一人の主人公、ベガ・レストレンジです。
綴りはVega・Lestrangeです。
イメージとしては、セフィロスとかアバッキオみたいな感じと捉えて頂ければ大丈夫です。

〜おまけ〜

「ポッター・シェリー!」

「ほっほ、見れば見るほどリリーそっくりじゃの。彼女が過ごした七年間が、まるで昨日の事のようじゃ……」
「ええ!とても賢く、美しい魔女でした!呪文学で彼女が手を上げた時は、私はいつもグリフィンドールに点をあげましたとも!」
「だけど、反対にジェームズには本当に手を焼かされましたわねえ」
「……………………………」
「あー、スネイプ先生?そんなに怖い顔をなさらないで……スネイプ先生?そんなに爪を噛んでは血が出てしまいますよ?」
「セブルス?どうじゃ?組分けの儀式を欠席するかね?」
「…………我輩は、ス リ ザ リ ンに!入る生徒の顔と名前を覚えなければならないので」
「そうかの?それにしては、その視線は一人に向いているように見えるが?それに、やや情熱的ではないかね」
「……気のせいでは?校長」

「私はスリザリンに入るべきです……」
「ははは、このしがない帽子に全てを話してごらん?」

「えらく時間がかかっていますな。マグゴナガル先生もそうだったらしいですな?」
「ええ、グリフィンドールかレイブンクローかで悩まれたそうで。かれこれ15分もかかったとか……」
「………スリザリンに来い、スリザリンに来い、スリザリンに来い……………」
「セブルス」

「グリフィンドーーーーール!!グリフィンドーーーーール!!」

「おお、やはり!」
「必然と言えば必然!ですが、運命を感じますね!何せ彼女は魔法界の事情は何も知らないのだから!自分の親がどこの寮かさえ……あー、セブルス?」
「………………………………………」
「だから欠席しておけと言うに。苦渋を舐めたような顔をしおって。そんな時は、ほれ。ペロペロ酸キャンデーでも舐めるかね?」
「結構」

組分け中〜

「レストレンジ・ベガ!」
「ベガ……そうか、彼が」
「レストレンジ家……ひいてはブラック家の中でも異端の存在、ですね」

「グリフィンドーーーーール!!」

「…………これは」
「まるでシリウスのようです。ブラック家の中で唯一の獅子寮の男の子……彼も、おそらく。レストレンジ家で唯一の……」
「えぇ。私の目の黒い内は、二度とあんな惨劇は起こさせませんがね」
「ほっほ。頼もしいのお」
「ご苦労な事ですな、マクゴナガル教授。ところでグリフィンドールとスリザリンの寮監を変わる気はお有りかな」
「ええ、今年も組分けが無事終了して……セブルス?何を?」
「儂が何故シェリーを迎えに行くのを君に任せなかったのか、よく考える事じゃの、セブルス」


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4.魔法学校で過ごす一週間

「早く起きなさい!早く!授業が始まっちゃうわよ!」

朝から元気ですごいな、ハーマイオニーは。

勉強が大好きみたいだけど、これほどとは。夜更かししたラベンダーやパーバティを叩き起こしてる。

かくいう私も、こんなに寝れたのは久し振りだけど。すごい、ベッドの寝心地。

 

「起きた?じゃあ行きましょ、シェリー」

「そうだね、行こっ」

張り切っているのはハーマイオニーだけじゃない。魔法の勉強って、すごく楽しそう!

期待に胸が膨らむ。

眠気も吹っ飛ぶよ!

 

 

 

眠い。

 

魔法史の授業は、ゴーストが先生というインパクトは凄かったけれど。

ものすごく眠くて、きちんと寝たはずなのに羊皮紙を涎とインクでぐちゃぐちゃにしてしまった。最後まで起きていたのはハーマイオニーとベガだけみたいで、そのベガも最後の記憶が無いって言っていたけど……。

 

妖精の呪文の授業。どんな生徒も合格できるように授業するという評判通り、フリットウィック先生のお話はためになるし、楽しく勉強する事ができた。

 

天文学の授業……深夜に望遠鏡を持って一番高い塔のてっぺんまで上るのは大変だった。

 

闇の魔法に対する防衛術、うん、とてもニンニクの匂いがきつかった。クィレル先生が吸血鬼に襲われた経験があるとかで、その対策なんだとか。食欲をそそる匂いだからその日のお昼ご飯はいつもより多めに食べちゃった……

 

薬草学は心なしかネビルが生き生きしていた気がする。この授業が好きなのかな?スプラウト先生の手は節くれだっていて、土で汚れていた。ペチュニアおばさんが見たら卒倒してしまうかも。

 

変身術でマクゴナガル先生が何かしら反応してくれるかと思ったけれど、無視された。どうやらどんな生徒であっても贔屓せず、厳格に接するらしい。授業に不真面目な生徒は今晩の夕食に並ぶとかなんとか……。

じょ、冗談だよね?目が笑ってないけど。

先生が猫に変身するのを見て皆んなが湧き上がった後、よく分からない理論をノートに写し取る。その後は、マッチ棒を針に変える魔法の練習だ。私は先っちょが鋭くなったくらいだったけど……

 

「レストレンジ、マッチ棒を一回で針に変えたのですか?素晴らしい。グリフィンドールに10点をあげましょう」

「どーも」

 

……すごいなあ。彼、勉強もできるんだ。

私がそんな事を考えている横で、同じ席に座っていたハーマイオニーが先を越されてとても悔しそうな顔をしていた。でも、授業中に変身させただけ凄いと思うけどなぁ……

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

「お前がベガ・レストレンジか?」

「……あぁ?」

 

緑のローブ。大きい身体。多くの取り巻き。

そしてーー下卑たニヤニヤ笑い。

スリザリンの上級生が、グリフィンドールの一年生、ベガ・レストレンジを見下していた。

この一年生の月光のようなサラサラとした銀髪と、整った顔立ちを見て確信する。聞いていた容姿と同じだ。彼の不遜な態度に眉を顰めたが、あくまで『紳士的に』話を始めた。

 

「蛙の子は蛙だな。親はレストレンジ家に生まれながらマグルを庇ったと聞いてるぞ。かの闇の帝王が復活した際には対抗勢力に属してたそうじゃないか。……まったく、蛙は大人しく川に帰ればいいんだ」

「親のことは何も知らねー。お前達も蛇なら蛇らしく引っ込んでろ、バカども」

「……どうやら、君には礼儀を教えてやる必要があるようだな」

 

ベガの安い挑発に、思わず青筋が走る。

ベガにとって、年上の少年と喧嘩するのはこれが初めてではない。

ただ、魔法を使うか使わないかーー違いはそれだけだ。自分はどこまで通用するのか?試してみたくなった。

だがーーそれを止める者がいた。ネビル・ロングボトムだ。

 

「ま、まずいよ!初日だよ!?喧嘩なんてしようもんなら、退学になっちゃうよ!」

ネビルにとって、ベガはあの忌まわしきレストレンジの親族。だが、トレバーをわざわざ探してくれたり、スリザリンではなくグリフィンドールに入ったりと、もしや根は悪い人間ではないのかも……?と思い始めている。

それ故の、静止だった。

 

「うるせーな、危ねぇからお前は……」

「喰らえ!」

「ッ!」

そんな介入者の存在など意に介さず、魔法が放たれた。

ーーネビルに向けて。

その卑劣な不意打ちに対して、ベガは驚異的な速さで反応し、盾の呪文を形成。その手腕に、スリザリン生はわずかにたじろいだ。

 

「……テメェ。今、コイツの方狙ったろ」

「フン、邪魔者に退場してもらおうと思っただけだ。反応出来なかったそいつが悪い」

「……あぁ、そうかよ!」

ベガは奥歯を噛み締めた。

ーーなら、テメェ達も何されたって文句言うんじゃねえぞ!

 

ベガは魔法界有数の名家の生まれでありながら、マグル界で育った。魔力はあるが、それ以外はマグルと何ら変わらないーーはずだ。

だが、彼は規格外の天才!

教科書に書かれる事は、例え実践してなかろうと、何でもできる!それは魔法の教科書についても同じ!

それは盾の呪文を成功させた時点で、証明された。ーーされてしまった。

 

「エクスペリアームス!ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」

「「うわああああああああっ!?」」

彼等は知った。

ベガはーーグリフィンドールの、悪魔だ。

 

放つ魔法は全て躱されるか逸らされ、魔法を放った際の隙を見てカウンターを放たれる。

距離を詰められようものなら、情け容赦ない蹴りや拳の応酬だ。

極めつけはーーその戦闘センス。彼はある程度敵の動きを予測し、ほぼノールックで魔法を放つ事ができる。そして、ドンピシャのタイミングでそれは当たる。

 

「スコージファイ!」

「がぼぼぼ、ごぼぼぁっ!?」

「お、おい!大丈夫か!?」

「オラァ!」

ベガは知っている。

仲間が異常事態に陥れば、少なからず隙が生まれるという事を。何かしらのモーションがある、という事を。

そのタイミングを見逃すほど、甘くはない。

 

「エクスペリアームス!」

「あっ……」

気付けば、杖を持っているのはベガだけだ。

ほぼ全員が倒れ伏し、戦意喪失していた。

心の中で燻っていた炎を吐き出すように、ベガは言った。

 

「スリザリンの連中に伝えろ。俺と喧嘩してえならいつでも受けてたってやる。だが、今みてぇな真似すんなら、こっちも手段は選ばねえ。ってな。ーーおい、行くぞネビル」

「ーーえっ?」

「授業に遅れんだろうが!早く行くぞ!」

 

その二人の様子を、スリザリン生達は、ただポカンと見ているしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

動く階段。昼間でもうろつくゴースト。果ては悪戯好きのポルターガイスト。なるほど、たしかに魔法使いの城だとベガは一人ごちる。

まるで遊園地のようだ、と。彼は年上の女に車を運転させて行った以来の感覚を思い出していた。

 

「おいネビル!早くしろ、このウスノロ!」

「ご、ごめんねベガ!」

「……おい!止まれ、ネビル!」

「え?ーーうわぁ!」

「このアホ……」

 

ベガの後ろをついてくるネビル・ロングボトムは致命的にドジだった。要領の悪い落ちこぼれ。階段が沼へと変化して、彼の脚を捕らえた光景も今日だけで何度見たことか。

だが……決してベガはネビルを邪険にしなかった。

 

(まさか、彼が、ロングボトムと友人になるとは……)

マクゴナガルは、柱の影から感慨深そうにその様子を見守っていた。

ネビルの両親の仇は、レストレンジ家の『ある女』だ。

だから、二人とも獅子寮に配属された時、何かしらの諍いが起こるかもしれない、と心配していた。

だがーーいらぬお節介だったようだ。

ベガは粗暴な少年だが、本質はとても優しい。

 

(おそらくは、あの事件がーー)

三年前、ベガの身に何が起きたか彼女は知っている。

過去の事件に心を痛ませながら、二人の教え子を見送った。

 

(さて、次の教室は地下牢で魔法薬学か)

マグルでいう「サイエンス」といったところだろうか?地下牢教室に入った瞬間、大釜やフラスコに入った薬品のキツい臭いが充満する。

(地下牢教室で合ってるよな?なんでそんな所で授業するんだよ……)

 

「このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。」

(………これは、また。いかにもな教師が来やがったな……)

セブルス・スネイプと名乗ったその教授は、大きくなりすぎた蝙蝠みたいな姿をしていた。地下牢の薬品だらけの教室となんともマッチしている。

 

「フツフツと沸く大釜、ゆらゆらと立ち昇る湯気、人の血管の中をはいめぐる液体の繊細な力………」

(………?)

 

ベガは、スネイプがご高説垂れている間にも、チラチラと忙しなく視線が動いている事に気がついた。他の生徒達は彼のこのプレッシャーに気圧されて気づいてないようだが……。

(視線の先は……シェリー・ポッター?)

 

「心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん」

(生き残った女の子に興味があるのか?それにしては熱っぽい視線だが……)

 

「我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である――ただし、我輩がこれまでに教えてきたウスノロたちより諸君がまだましであればの話だが」

(シェリーの態度は至って普通だ。あいつが何かやらかした訳でもねえ……)

 

(…………幼女趣味?)

「何だねレストレンジ、その不快な表情は。魔法薬の実験台にしてやろうか」

(うるせえよ。お前こそその長ったるいの考えてきたのかこの陰気男が)

心の中で勝手にキレていると、スネイプは挙動不審気味にシェリーの下へと近付いた。

 

「さて、あー、ポッター?あー、君は?あー、その、なんだ。聞いた話によると?ホグワーツの、新しい英雄だのなんだの言われて、あー、図に乗っているらしいな?」

「先生!シェリーをそんな風に言うのはやめてください!」

「私語は慎めウィーズリー。グリフィンドールから一点減点。我輩はポッターに聞いておるのだ邪魔をするな……さて」

 

「ポッター?あー、君に対して、魔法薬学の知識について?我輩から質問だが。あー……あ、あす、あす、あふぉで、こほん。アスフォデルの球根の粉末に、あー、ニガヨモギの煎じたものを加えると…………」

「……えーと、先生?」

そこで、妙に落ち着きの無かったスネイプの動きが突然固まった。

「………貴様の眼は何故ハシバミ色なのだ」

「えっ?あ、赤ずきん?」

「ゴホン!何でもない!」

 

それ以来スネイプは不機嫌になり、シェリーに対しても冷たくあたるようになった。

しかし、事あるごとにいやにシェリーに絡む。

視線をこっちに向けるな、などといった難癖をつけるのだ。ああ、有名人だから気に入らなかったのか、と一人納得した。

……ま、俺には関係ねえか。

 

「おい、ネビル!やめろ!山嵐の針を入れるのは火から下ろした後だ!」

「えっ?あっ!」

ネビルと魔法薬を調合するのは中々にスリリングな体験になりそうだ。

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

日曜日。お休みの日だ。

ハーマイオニーと授業の復習でもしようかと思っていると、ヘドウィグが手紙を咥えてやって来た。

ミミズがのたくったような字で少し読みにくかったけれど、内容はどうやらお茶のお誘いらしい。

 

「ハグリッドから手紙が来たのかい?僕も行っていいかな。兄さん達が色々と世話になったって聞くしさ」

「ああ、特にチャーリーってお兄さんとドラゴン談義してたんだっけ。ええと、じゃあ、ハーマイオニーも誘っていい?ロン」

「……君の意見に口出しするわけじゃないけど、あいつを誘うのかい?きっと今日も図書室だぜ。勉強なんてしてないで一緒にお茶を飲もうぜ、なんて行って付いて来るタイプじゃないと思うけどなぁ」

「そ、そうかなぁ……じゃあ、ロン。二人で行こう」

 

ハーマイオニーとは、私も同じ部屋だから話すけれど。たいていがお勉強のお話で、ラベンダーやパーバティが辟易としている。興味のある科目なら積極的に話せるのだけど、魔法史だったり、魔法薬学だったりになるとハーマイオニーの独壇場だ。

遊びたい盛りの男の子からしてみれば彼女はもっと苦手意識が強いかもしれない。お勉強はできるけれど素行不良、でも女子にモテるベガとは真逆だ。

 

……丁度、ベガが三年生の女子とキスしていた。

 

「ベガ!わ、私、空き教室でずっと待ってるからね……」

「今夜、な?あぁ、ほら。俺も楽しみにしてるからよ……」

 

「……ワーオ。ベガの奴、いつの間に彼女作ったんだよ。まだ入学してほんのちょっぴりだぜ?」

「わぁ、ペチュニアおばさんが観てたドラマそっくりだわ……」

「ドラマが何なのかは分からないけど。まったくベガの奴はさ!女の子を誑かすのが自分の使命だとでも思ってるのかな!シェリー!早く行こうぜ!」

「う、うん」

 

なんだかロンが不機嫌だった。

ベガ、男の子受け悪そうだもんね……。

 

いざハグリッドの小屋に入ると、ボア・ハウンドに顔をペロペロと舐められた。

動物はとっても好き。彼等は敬意を持って接したり、縄張りを荒らしたりしなければ、虐めてくる事はないもの。時に良き相談相手にもなってくれるし。蛇とか。

 

「あっはは、くすぐったい!」

「これ!ファング、やめんか!悪かったな?シェリー?こいつは人懐っこくてな。おっ、その赤毛はウィーズリー家の子だな?」

「ロンって言うんだ。よろしくハグリッド」

「おう!よー来た、よー来た……さぁ中に入れ!お前さんら!ほれ!」

 

彼の作った固いロックケーキをどうにかこうにか口の中でモゴモゴしながら、お勉強のこと、友達のこと、先生のことを飽きるまで話した。

特にスネイプ先生は苦手かな。

なんだかよく分からない質問するし……。

すると、預言者新聞が目に入った。見出しはグリンゴッツに侵入者が入った、というもの。

 

「グリンゴッツに侵入者?ハグリッド、これ私達が銀行に行った時と同じ日……私達ほんとはあぶなかったのかな」

「あ、ああ!そうだな!俺は何も知らんぞ!」

「?そりゃ事件に関わってなきゃ何も知らないのは当然じゃないか」

「あー、うん、まあ。そぅだな。ところでお前さんら、勉強の方はどんななんだ」

 

この反応。

何か知ってるのかな?

新聞記事を注意深く読んで行くと、その日、荒らされた金庫は既に空だったらしい。

では空にしたのは誰か?

 

あの日、ハグリッドは七一三番金庫から小さな小包をひとつ取り出したけれど。あれを取り出して、空になった……ということ?

グリップフックは厳重なセキュリティをかけたと言っていたし……

それに、ダンブルドアからの依頼とかなんとか言っていた気がする。

これはどういう事なんだろう?

 

たぶん、なにかある。この学園には。

私は夕焼けの中、城へと向かって歩いた。




スネイプが残念になってます。スニベルス出てます。
おまけの話とか今回の話を書いていて思いましたが、この人を書くのが一番面白い気がしてなりません。

反対にベガは異性に凄くモテるプレイボーイという設定で、色んな女の子を誑かしてます。ですがモテた事ないのでモテ描写が難しいっていうね。


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5.夜の三頭犬

授業を重ねていくうちに、今年のグリフィンドールには二人の首席候補がいるらしいと噂になった。

 

一人はハーマイオニー・グレンジャー。自他共に認める本の虫で、授業でも積極的に発言し、非常に勉強熱心。たとえ休日だろうと予習復習を欠かさず、図書室にうず高く積まれた本があれば、そこにハーマイオニーがいるとみて間違いない。

しかし周囲との折り合いは悪く、彼女と友達と言えるのはシェリー・ポッターだけ。かくいうシェリーとの会話も勉強の話題がほとんどで、女子らしい話はしてないそうだ。(もっともシェリーが女子らしさに疎いのもあるが)

 

そしてもう一人はベガ・レストレンジ。ハーマイオニーを秀才とするならば、彼は天才だ。彼女のように勉強熱心なわけでもなければ、図書室に入り浸る事もない。だが、授業で指名されれば完璧に答えられるし、魔法も完璧にこなす。おそらく、授業で点数を稼いでいるのはハーマイオニーかベガのどちらかだ。

そして、最も減点されているのも彼だ。彼の尊大な態度に不興を買ったスリザリン生を返り討ちにする光景を何度も目撃されている。手加減はしているようだが、おかげですっかり不良生徒という認識だ。ただし、グリフィンドールではちょっと悪い男の方が人気が出るので、むしろモテる。

 

一応、減点された分は授業で稼いでいるので実質差し引きゼロなのだが……。

 

そんな身勝手な天才・ベガは、ドラコからしてみれば目の上のタンコブでしかなかった。彼を見つけるやいなや、クラッブとゴイルを引き連れて煽りにかかる。

「おやおや、誰かと思えば!出来損ないのロングボトムに、純血の恥晒しのレストレンジじゃないか!」

「え?」

「あ?」

「な、なにさ。やめろレストレンジ、そんなに睨むのは。フォイ。まったく、身内にこんな人間がいるなんて信じられないよ」

尊大な態度ではドラコも負けてはいない。無謀にも、嫌味たっぷりにベガを挑発する。

 

「……身内?」

「純血魔法使いには、純血を絶やさないようにって言って、近親同士で結婚する人が多いんだ。馬鹿馬鹿しい考えだけどね。たしか、マルフォイのお父さんは、ブラック家の女性と結婚したから……」

「うわっ、あいつが従兄弟?最悪じゃん」

「こっちの台詞だ!」

 

「君みたいな奴は、さっさと荷物を纏めてマグルの所へ帰ったらどうだい?君にはそれがお似合いさ」

「………」

「まあ、どうしてもと言うのならマルフォイ家に招待してやってもいい。どんな形であれ純血には変わりないのだしね」

「マルフォイ家だぁ?笑わせんな。犬小屋の間違いだろ」

「僕の家を馬鹿にするのか?」

 

一触即発の気配。

ベガとドラコは杖を持ち、いつでも相手を呪える体勢だ。ネビルはオロオロしている。

と、そこにマクゴナガルが現れた。

 

「何をしているのです!」

「…………チッ」

「ふん。命拾いしたな、レストレンジ」

「そりゃこっちの台詞だ」

 

「まったく。レストレンジ、これで何度目です?この間もスリザリンの生徒に魔法を使ったそうですね」

「煽ってきたからやってやったまでだ」

「それをやめろと言うのです!ロングボトムも、友人ならば止めなさい!過ちを正すのも友人の役目ですよ!」

「で、でも先生。僕にベガを止めるなんて無理ですよ」

「だろうな」

「そこで意気投合するんじゃありません!」

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

魔法使いと言われて何を想像するだろうか。

とんがり帽子を頭に被って、杖で何やら呪文を唱えるか。あるいは、真っ黒のローブを身に纏い怪しい薬剤を煮込むか。

もしくはーー箒に乗って、自由に大空を駆け回る姿だろうか。

飛行訓練と聞いて、シェリーの心は僅かに高揚していた。

籠の中の鳥と等しい扱いを受けてきた彼女に飛ぶ事に関しての若干の憧れがあったのかもしれない。

 

「ロン!魔法使いのお家って、空飛ぶ箒は置いてあるの?自転車みたいなもの?」

「ジテンシャが何か分からないけれど、普通に置いてあるよ。ウチにあるのは、ボロのやつなんだけどね」

「すごい!じゃあ、ロンも乗れるの?箒!」

「や、実は乗ったことないんだ。チャーリーが得意だったんだけど、僕には危ないって言うんで教えてくれなかったんだよ」

「そうね。あなたってそそっかしそうだもの」

「何だよ!盗み聞きするなよな!」

「いやでも聞こえてくるわよ!」

 

ーー何だかこの二人、目を合わせる度に喧嘩している気がする。

シェリーがハーマイオニーともロンとも話すので、自然と二人も顔を合わせる事になるのだが……お互い相性が悪いせいか口論ばかり繰り返す。

二人には、恋人とまではいかないけれど、仲良くしてほしい。そう思う彼女の願いは叶いそうになかった。

 

「朝からうるせえ連中だな。行くぞネビル」

「ベガ!あなたにも言うことがあるわ!ネビルを腰巾着みたいに連れ回すのはやめなさいよ!」

「こっちに飛び火するのかよ」

「ネビル、あなたもよ?あんまりベガと長い事付き合ってたら、悪い影響受けちゃうわ!」

「あー、でも、ハーマイオニー。ベガと一緒にいれば、絡まれる事はあるけど、彼が絶対に勝つから酷い目に遭う事は無いし……」

「そういう考えが駄目なのよ!」

 

ハーマイオニーのお小言に、返す言葉もないネビル。

まるで小さなマクゴナガルだ。寝食も共にする分余計にタチが悪い。

と、もう一人。マクゴナガル系列の女性が現れた。

マダム・フーチである。

 

「あれが、飛行訓練のフーチか」

「あー、何だか、すごく怖そうな人だね。体育会系だよ、ありゃあ」

「何をボサッとしているんです!」

フーチがぴしゃりと言うと、そこにいる全員は背筋をぴんと伸ばした。

 

「さあ皆さん、箒の横に立ちましたね?よろしい!さあ箒の上に手をかざして!上がれ!と言うのです!」

「上がれ!」「上がれ!」「上がれ!」

あちこちで上がる叫び声。

見ると、大口を叩いていたマルフォイもしっかり箒を手に収めていた。実力は確かなようだ。

「……馬、みたいなものかな。上がれ!」

シェリーの手に、懐いた犬が尻尾を振るかのように箒が収まり。

「上がらねえと殺すぞ……」

ベガの手に、服従した豚が恐れをなしたように箒が収まった。

 

「上がれ!上がりなさい!」

上手くいく生徒もいれば、ハーマイオニーやロンなど、一部の生徒は苦戦しているようだった。

「上がれ!いってぇ!なにさ!顔面に向かって来なくてもいいじゃないか!なにさ!そういうのやめろよな!もう!」

「全員箒は持ちましたね?では合図を出しますから、それと同時に飛びなさい!1、2、さ………ロングボトム!?」

 

フーチが合図する前に、ネビルの箒だけが飛んでいってしまった。

「早く戻って来なさい!ロングボトム!」

そう叫ぶも、緊張からか、ネビルは箒のコントロールがまるでできていない。

ふらふらと飛び回ったかと思うと……妙な軌道を描いて、落下した。

 

「っ、ネビル……」

ベガは苦々しげな声を出した。

「ロングボトム、しっかりなさい!あぁ……この子を医務室に連れて行きます!その間箒で飛んでみなさい!クィディッチのクの字も見れないまま出てってもらいますよ!」

 

グリフィンドールは心配そうにフーチとネビルを見送っていたが、スリザリンは彼を嘲笑していた。

マルフォイに至っては、いつの間に拾ったのか、ネビルの思い出し玉を弄ぶ始末だ。

 

「見たか!?あのロングボトムまの愉快な顔を!この糞玉で箒の飛び方すら忘れちまったか!?ハハハ!」

「待ちなさい!マルフォイ、それを返しなさい!」

「おっと!下賎なマグル生まれめ!近寄るなよ!」

 

「返してほしかったら力づくで取り返してみろ!」

ーーそれがいけなかった。

 

「ッハァ!上等だゴラァ!」

「フォッ!?ちょ、待て、フォオオオイ!?」

ベガの飛び蹴りが炸裂した。いくらまだ体が出来上がっていない11歳の少年とて、普段から荒事慣れしていればその蹴りは強烈。

そのあまりの苦痛に悶絶しそうになるが、マルフォイの無駄に高いプライドがそれを許さず、逃げるように箒に乗って空へ浮かんだ。

 

「ごほっ、は、はははっ!空までは追ってこれないだろう!どうだ!これを返して欲しかったら飛んでみろ!できるものならな!できないだろ!できないよな!?」

悲痛に叫ぶマルフォイ。

彼のヘタレっぷりが存分に発揮されている。これが彼の本領発揮なのだから、悲しいものである。

 

「俺にできないことなんざねえよ。上等だコラ、ぶちのめしてやるよ」

「やめなさい、ベガ!マダム・フーチの話を聞いていなかったの!?退学になるわよ!」

と言いつつ、この不良に説得は無意味だと悟っているのか、ハーマイオニーは箒をがっしりと掴んで離さない。

 

「お前にとってはそっちの方が良いんじゃねえの?手を離せ、ハーマイオニー」

「ああ、もう!やめなさいったら!」

「ハーマイオニー、ベガの言う通りだよ。ここで飛び出さなかったらグリフィンドールの名折れだよ!」

「別にそんなつもりは無えんだが……」

「貴方は黙ってなさい!もう……えっ?」

 

皆、こういう時に真っ先に勝負を挑むのはベガだと思っていた。

事実ハーマイオニーも、それを分かっていたからこそ彼の箒をあらかじめ掴んで止めていたのだ。

だから、気がつかなかった。『こういう時』、自分が動くべきだと理解している人間はもう一人いたのだ。

 

シェリー・ポッターが空に浮かんでいた。

 

「ほう?てっきり、ベガ・レストレンジが来るものだと思っていたが……まさか、シェリー・ポッターが来るとはね。さすがは魔法界の英雄サマだ」

ほんの少ししかホグワーツにいなかったが、彼女はもう十分すぎるほど楽しい思いをしたと感じているし、自分なら退学になっても仕方ないとも思っていた。

なればこそ、の行動だった。

「ドラコ、それはネビルの玉なの。返して」

「フン。取れるものなら……取ってみろ!」

 

マルフォイは思い出し玉を目一杯遠くに向かって投げた。

普通なら追いつく事などできない。それこそ実力のあるクィディッチ選手でもないと、安全にキャッチする事などできないだろう。

だが、彼女に安全にキャッチしようなどという考えはハナから無かった。

 

なぜなら、自分なら怪我をしても良いから。どんな辛い目に遭っても仕方ないから。

彼女の孤独な境遇が、常人では成し得ない行動力を生み出したのだ。

 

「ーーーっ、間に合え!」

シェリーは無意識のうちにその箒の持つ最高速度を引き出していた。

そして……すんでのところで、キャッチ。

勢いがつき過ぎていたためにやや荒っぽい着地になったが、それを差し引いても見事なキャッチだったと言えるだろう。

 

「ほっ、よかった……」

「シェリー!!」

「え?きゃっ!」

シェリーの活躍に獅子寮は湧いた。

「シェリーがやってくれたぜ!」

「すげえよ、シェリー!」

グリフィンドールの面々に囃し立てられ、シェリーは先程までとはまるで別人のようにどもる。

 

そんな彼女を、ベガは複雑な面持ちで見つめていた。

……過去を思い出していた。

(シェリー、あの野郎……シドと同じ眼をしてやがる……)

あの日のことは忘れろ、と自分に言い聞かせた。ベガの舌打ちは喧騒の中に消えた。

 

「すごいよ!シェリーの奴、空中で一回転決めてキャッチするなんてさ!まるでクィディッチのシーカーみたいだ!あぁ、君はグリフィンドールの姫だ!」

「何をしているのです!」

そのどよめきは一瞬のうちに収まった。

我等が寮監、マクゴナガルの登場である。

 

「今日の飛行訓練は初めての筈です!そうですね?シェリー・ポッター!」

「あ、あの、あ、はい」

「前代未聞ですよ!初の飛行訓練で!勝手に飛び出して!」

「せ、先生……あの、私」

「上空から!あんな、あんな小さな玉を!片手でダイビングキャッチするなんて!?なんて事です!ありえますか!こちらへ来なさい!あぁ、ウッドはどこでしたかね……」

スリザリンの落胆の表情に余裕が戻った。

 

「おいおい嘘だろ、マクゴナガルの奴、シェリーを退学にするつもりかい?こんな、こんな、さぁ!ありえないよ!」

「シェリー……!あぁ、そんな……」

(……………その割には口元がニヤついてた気がするがな)

 

 

 

 

 

グリフィンドールに100年ぶりの一年生シーカーが誕生したと知らされた日、談話室ではちょっとした大騒ぎが起こった。(グリフィンドールはいつも騒いでいる)

マクゴナガルは緘口令を敷いたはずだが……いつの間にか、その知らせは、なぜかどこの寮にも広まっているようだった。

 

「ね、ねえ皆んな。私、ほんとはいけない事をしたんだよ?だからそんなにはしゃがなくっても……」

「やったな!シェリー、すげえや!100年ぶりの一年生シーカー!最年少だ、君って最高さ!」

「ほらほらどけい!シェリー・ポッターのお通りなるぞ!」

「我らが姫!シェリーの睡眠を邪魔する気か!」

「〜〜〜っ。み、みんな……」

 

シェリーは顔を真っ赤にして、おずおずと歩いている。あれだけの事をやったってのに、当の本人は大して浮かれてるわけでもない。むしろ恥ずかしがっている。

それは、彼女の元来の性格もあるだろう。だが、あの授業以降、ハーマイオニーがぷりぷり怒っているのも理由の一つだった。いや、それはいいのだが、ロンとハーマイオニーの喧嘩が悪化したのだ。

 

「もう!一歩間違えれば死んでいるところだったのよ!?最悪、退学になるところだわ!」

「死ぬより退学になる方がマシだってのか?そんなに怒らなくってもいいだろ、君。シェリーはすごい事をしたんだ!」

「ね、ねえ二人とも?喧嘩は……」

「「シェリーは黙ってて!」」

「…………はぃ」

 

ロンは家族全員が獅子寮出身ということもあってか、良くも悪くも典型的なグリフィンドール生だ。ルールよりも好奇心や本能に従って行動し、後先など考えないタイプ。反骨精神丸出しのベガや双子にも憧れを抱いているようだ。

反対にハーマイオニーは、とてもお堅い委員長気質で、そういった馬鹿騒ぎを良しとするグリフィンドールでは浮いた存在だ。特に男の子連中からしてみれば、勉強ばかりしている彼女は近寄り難いのだろう。

 

つまりどういうことか。

水と油なのだ。この二人は。

 

「ふん!ところでシェリー、あの糞野郎のマルフォイから決闘を申し込まれたんだろう?当然、受けて立つんだろ?」

「………えっと……」

「シェリー?そんな事に付き合う必要ないわ!断るべきよ!」

「………その……」

「なあどうするんだよシェリー?」

「シェリー!聞いてるの!?」

「わ、私は………」

 

 

 

 

 

(……き、来ちゃった……)

「君なら来てくれると思ってたよ、シェリー!さあ、行こうぜ!」

「あー、うん……」

 

結局、シェリーはロンの誘いを断りきれなかった。ハーマイオニーには悪いが、マルフォイとの決闘を夜の間に終わらせて、何事も無かったかのように寝室に戻れば万事解決。

それに、ロンを説得すればまだ引き下がってくれるかもしれない。そう踏んでの決断だった。彼女としては、ものすごく胃がキリキリするのだが……。

 

「その、ね?ロン。やっぱり夜の間に抜け出すのは良くないと思うんだ。あの時は私一人が退学になればそれで済んだけど、今回はあなたも退学になっちゃうかもしれないんだよ?」

「シェリー、ここまで来てそれはないだろう!それにグリフィンドール生には、やらなきゃいけない時ってのがあるんだよ」

「そ、そうなんだ。初耳……」

説得は不可能なようだった。

 

「ーーえ、ハーマイオニー?」

「やっぱり。シェリー!貴方じゃロンを止められないだろうとは思っていたけれど……」

「なんだよ、また君か!?また邪魔するつもりかよ!」

「ええ邪魔させていただきますとも!ロンに付き合う必要なんてないのよ、シェリー!」

(また始まった……)

これでは昼と同じだ。

二人を落ち着かせるために、何か他の、気をそらせるような物を探してーー

 

見つけた。

太った婦人のいなくなった肖像画。ホグワーツでは絵の中の人物は勝手に動き回り、近くの絵から絵と渡り歩く性質がある。だが、まさか談話室に入るための肖像画がそんな事をしようとは。

 

「………」

「これじゃあ行くしかないね。そうだろ?」

ごもっとも。

 

ロンとハーマイオニーは動く階段を降りている時も、廊下を歩いている時も口喧嘩していた。

管理人のフィルチか、その飼い猫のミセス・ノリスか、はたまた騒ぎたがり屋のピーブスあたりに見つからないよう、慌てず騒がずゆっくり行きたい……というシェリーの打算はあえなく砕け散った。

彼等に捕まれば、ひたすら粘着質に責め立てられた上に減点を食らうのは目に見えているというのに。普段理知的なハーマイオニーに対して、少し感情的になりすぎているのでは?と思わざるを得なかった。

 

決闘を申し込まれた教室に着いた。

ロンの「マルフォイめ、ぎったんぎったんにしてやる!」と息巻いている姿を尻目に扉を開けて、

 

「ほぅれ、来た来た……悪い生徒達め!退学にしてやるぞ!」

 

勢いよく閉めた。

悲鳴をあげそうになる二人の口を塞いで、元来た道を全速力で走って行く。

途中でハーマイオニーがパニック状態から抜け出して、邪魔よけのスペルを使っていなければ二、三回は捕まっていたかもしれない。

 

「な、なんでフィルチが!」

「私達、ドラコに嵌められたんだ!私達とフィルチを呼んで鉢合わせにするつもりだったんだよ!」

「もう!だから言ったのよ!」

「おい、見ろよ!この扉の中に隠れればいいんじゃないか!?……ああっ、ダメだ、鍵がかかってる!もう終わりだ!」

「どきなさい!……『アロホモラ』!」

ハーマイオニーが呪文を唱えると、無機質な鍵の音がして扉が開いた。三人は慌てて中に駆け込むと、中で身を寄せ合うようにして隠れた。

 

「助かったぁ〜〜……」

「はぁ、はぁ……私が解錠呪文を覚えてなかったらどうしていたというの!」

「それは言わないでくれよ……ところでこの扉の中、フィルチは追いかけてこないよな?鍵がかかってる所に逃げ込まないと思うだろうし、さ」

「フィルチは生徒がアロホモラを教えられる事を知っているのよ?いずれバレるわ!」

「………いや………ここは、ここには。フィルチは来ない、と、思う………」

「?どうして、シェリー………あ」

 

六つの目。その全てが、ギラギラとシェリー達を睨みつけていた。

象のように大きく、ゴツゴツと歪な筋肉のついた肉体。黒々とした毛並みーーそれはまさしく、三つ首の悪魔。地獄からの使者。

 

その頭の一つは、涎をぼとぼとと垂らし……久々の『肉』に興奮しているようだった。

その頭の一つは、低く唸って、眠りを妨げた突然の来客に怒っているようだった。

その頭の一つは、カチカチと歯を鳴らし、侵入者を排除せんとしているようだった。

とどのつまり。三頭犬は、襲いかかる気満々だという事だ。

 

「きゃああああああああ!?」

「いやああああああああああっ!」

「うわああああああああ!!!」

「「「ギャオオオオオオオオン!!!」」」

三人は死にもの狂いで逃げ出した。

フィルチに見つかるだとか、そんな些細な事は気にしなかった。命には変えられない。あの犬を見た後なら、ミセス・ノリスなどただの可愛らしい子猫だ。

 

どこをどう走って行ったのか。よく覚えていないが、グリフィンドール寮の前に着いたのはそれから数分後の事だった。

その頃には太った婦人も絵の中に戻っており、何故かネビルと話していた。

 

『だからね、坊や。よく思いだしてみなさんな。今日の合言葉は、動物に関わる事だった筈よ』

「えーっと、何だったっけなあ……!」

「はあっ、はあっ、はあっ!」

「あれ、ど、どうしたの皆!?僕みたいに合言葉忘れちゃったの!?」

「『豚の鼻』!」

『あらまあ……』

 

中に入ると、ベガが驚いた顔で立っていた。

この時間に何で談話室にいるんだ、とか、そういった疑問は消えて、三人はソファに雪崩れ込む。

……一方のベガといえば、流石に疑問と驚愕が入り混じった表情で突っ立っていた。

半泣きの、衣服が乱れた少女が二人と、息も絶え絶えな少年である。これには彼も困惑するしかなかった。

 

「……何してたんだ?お前達。夜に抜け出して遊んでたのか?なんだ、意外と隅に置けねえな」

「そんなんじゃないよ……すーっ、はーっ」

「おら、水だ」

「ありがとう……」

そこでシェリーは、ふと気になっていた事を質問した。

「こんな時間まで起きてたの?」

「まあな。女とも遊んだし今日はもう寝ようかと思ったら、寝室にロンもネビルもいねえときた。このバカ二人なら合言葉を忘れてるかもしれねえと思って、ちょっと様子を見ようとしただけだ」

「バカ二人って。君からしたらそうなんだろうけどさ」

「で?夜のホグワーツは楽しかったか?」

「「「楽しくないっ!!」」」

「マジかよ」

 

ベガは心外という顔をした。

好奇心旺盛でルールなど気にしない彼にとっては、夜にホグワーツを散策するというのはある種惹かれるものがあるのだろう。だが、経験者からしてみればとんでもない!と声を大にして言いたいところである。

 

「み、皆んな大丈夫?」

「ありがとうネビル、もう平気……」

「なんだよあれ!?あんなもんを学校に置いておくなんて、ダンブルドアは正気か!?」

「死ぬかと思った……ダドリーやバーノンおじさんよりも、もっと怖かった……」

「……ちらっとしか見えなかったけれど。足の下に仕掛け扉があったわ。きっと、あの中の何かを守っているんだわ」

「へぇーっ!よくそんなのに気付くな!?三つの頭を見るだけで精いっぱいだったよ!」

「なによ!元はと言えば、貴方が『勇敢にも』マルフォイの誘いに乗ったからこうなったんじゃない!」

 

「あの、ね?二人とも、やめて?ハーマイオニー、ロンはロンなりに色々考えて、ドラコの誘いに乗ったんだから……」

「〜〜〜っ!もう、いいです!ロンと仲良くしたければすればいいじゃない!貴方達と付き合っていたら、命がいくつあっても足りないわ!私、もう寝るわ!さようなら!」

「あ、ハ、ハーマイオニー!」

ルームメイトなので、結局この後顔を合わせる事になるのだが……自棄になったからか、彼女は寝室へと飛んで行った。

 

「ま、待って!」

「やめとけよ、シェリー。あいつ意地になってんのさ。今行っても無駄だよ」

「あー……い、いいのかい、ロン?」

「別に。あいつが嫌って言うんだから、放っときゃいいのさ」

「………まっ。お前達の問題に深く首を突っ込むつもりはねえが。今行っても無駄、っつーのは賛成だな」

「そんな……」

 

男子陣は冷めたものである。

ハーマイオニーを気にしていたからか。シェリーはその日、ずっと眠れなかった。




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6.トリック・オア・トロール

マルフォイが決闘と称してシェリー達を嵌めた夜。マルフォイにとっては残念な結果に終わってしまったが、彼女達にとっては三頭犬と出会った事もあり……結果、三人は微妙な関係になってしまった。

 

シェリーとハーマイオニーは、ハーマイオニーの方が避けるようになり。

ハーマイオニーとロンは、顔も見たくないといったようにお互いを嫌悪しており。

シェリーとロンは仲良く話すかといえば、お互いに少し遠慮がある。

 

間にネビルや双子などのグリフィンドールの友人達が入って仲裁しているが、結果は芳しくなく……効果は薄いようだ。そもそも内気なシェリーと頭でっかちなハーマイオニーには友人が少ないので、間に入る人間自体が少ない事も起因していた。

 

ニンバス2000をマクゴナガルから贈られた時は酷かった。赤髪の美少女は一瞬、その端正な顔を存分に緩ませた後、嬉しいやら自分には勿体ないやらで混乱し始める。そんな彼女をよそに、グリフィンドールは大興奮。

ハーマイオニーはいつもなら「一年生は箒を持ってはいけないという規則があるのに!」とぷんすかしていただろうに、その日は何も言わず。

ロンも一緒に喜び騒ぎたい気持ちがあったのだろうが、喧嘩している手前、物凄く複雑な面持ちを浮かべる他なかった。

 

「パーシーから聞いていますよ。ロナルドとグレンジャーがまた喧嘩したとか。それであなたが仲裁しようとして、話がこじれたそうですね?」

「はい……、私が余計なお節介を焼いたんです。二人は口論する事はあっても、まったく口を利かなくなるなんて事はなかったですし……」

「貴方のその行動を咎める者は誰もいません。ですが、あまりよろしくない傾向にあるのも事実ですね」

「………、どうすれば解決できますか?」

「どちらかが非を認めて早めに謝るか、もしくは時間が解決するか。そのどちらかです」

マクゴナガルはため息をついた。

 

だからこそ、と言うべきか。

呪文学の授業で、ロンとハーマイオニーがペアになった時は、誰もが悪夢と思ったものだ。

「……………」

「……………」

「だ、大丈夫かな、あの二人」

「ま、まあ、この授業の間くらいなら大丈夫じゃないかな」

「本日の授業は浮遊呪文のウィンガーディアム・レヴィオーサ!手はビューン、フォイ!の動きですぞ!」

「……………」

「……………」

「おい、見ろよネビル。あの二人、さっきから少しも隣を見やがらねえぜ。ロンなんか久しぶりにまともに授業受けてんじゃねーのか」

「うるさいな!ベガ!」

「うるさいわ!ベガ!」

「そこ!お静かに!」

 

浮遊呪文の実習が始まると、そこかしこで詠唱が始まり、教室内は騒然となる。呪文を成功させているペアはまだいないようだが、一番最初に成功させるのはベガとハーマイオニーのどちらかだろうと言われていた。

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!うーん、分かっちゃいたけど上手くいかないや。ベガ、何かコツとかないのかなぁ」

「杖の振りを意識するように、だ。羽根を糸で巻き取るような感覚でやってみろ」

「羽根を……糸で……」

「あん?」

「ベガ、頭の中で想像したら糸が絡まっちゃったよ!」

「この野郎……、見てろ、こうやんだよ」

 

「もう!そんなに杖を振り回したら危ないじゃない!」

「なんだよ!」

「それに、貴方のはレビオサーよ!いい?正しい呪文はレヴィオーサ、よ!」

「なにさ!そこまで言うならまず自分がやってみろよな!」

「………、分かったわ。見てなさい」

 

「「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」」

「おおーっ!ミス・グレンジャー!素晴らしい浮遊呪文ですな!おお、ミスター・レストレンジも成功させましたか!グリフィンドールに15点ずつあげましょう!」

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

ロンの自尊心は深く傷ついていた。

それもこれも、ハーマイオニーのせいだ。彼女が自分の中の何かを狂わせたのだ。

彼は半ばヤケになって、ぶちまけるようにしてシェーマス達に存分に愚痴っていた。

「あなたのはレビオサー、だってさ。まったく。悪夢みたいな奴さ」

ぶちまけた結果、どうなったか?

自分の声が聞こえていたのか、ハーマイオニーは泣いて、逃げるようにして歩いていった。

 

「ロン………」

その様子を見ていたシェリーは一瞬ロンの方を振り返った後、彼女を追って走っていった。

責めるわけでもなく、非難するわけでもなかったが、悲しそうな目をしていた。

 

「あ…………」

そこで漸く、自分が実に幼稚な事をしているかに気がついた。兄達に口を酸っぱくして言われた、「女には優しくしろ」という言葉を思い返していた。

ーー馬鹿か、僕は。

真っ赤だった顔は青白くなっていた。

 

「そりゃあ、お前が悪いな、ロン」

「謝るなら早いうちがいいぜ?」

「お前もジニーの兄貴なら、女の子の扱い方ってもんを学ばないとな」

パーシーやフレッドやジョージは、そう諭した。

その通りだ。その通りなのだが……。

 

ハロウィーンのパーティが始まっても、二人はどこかに行ったままだった。

彼女達ともう一度話せるのならば、ロンとしては大衆の前で謝る事も吝かではなかった。そりゃあ恥ずかしいが、そもそも彼女達に恥をかかせたのは自分である。それで仲直りできるのなら安いものだ。

だが、いくら待っても、シェリーもハーマイオニーも来なかった。パンプキンパイは美味しく感じられなかった。

 

そんなロンの下に、女の子を何人も侍らせてベガがやって来た。

ロンからしたら相変わらずのクソ野郎っぷりである。落ち込んでる時に来ないでほしい。そのモテっぷりを見るともっと落ち込む。

 

「あー、ほら。悪ぃな。後でな?夜はまだまだ長いんだからよ……っと」

ベガは隣に座った。

「……ベガ。君、いつの間にあんなに沢山の女の子を口説き落としたんだい?いつもネビルの世話を焼いていたように思うけど」

「お前が見てねえ所でやる事やってんだよ」

やる事とはなんだろう。双子に聞けば教えてくれるだろうか。

 

「女の口説き方聞いてどうすんだ?シェリーかハーマイオニーでも落とすつもりかよ」

「………」

本題はそれか。

ベガがモテるのは、非常に整った容姿や、不良っぽい性格、それでいて学年トップの天才という要素があるからだろう。

だがそもそも、彼も悪い奴じゃないのだ。いつもネビルと一緒に過ごしているのは、決して自分の引き立て役として置いているからではない。彼にとって大切な友人だからだ。

 

だから、これも、からかいに来たのではなく。心配して来ている事がロンにも分かる。

 

「……シェリーの眼、さ。ママが怒る時みたいじゃなくって。本当に、悲しそうな眼をしてた。責めるとかじゃなくって。泣きそうな眼をしてたんだ」

「…………」

「僕、ハーマイオニーに悪いことしちゃったなあ……僕って最低だ、ホントに」

 

ベガは言い聞かせるように言った。

「今回の件は遅かれ早かれ起きてた事だ。ハーマイオニーが高慢ちきな野郎で、クラスから浮いてたのは事実だしよ。同学年の奴等も同部屋の奴等もそう思ってた筈だ。なのに俺達はあいつの事を今まで放置してきた。だからお前一人が責任感じて気に病む必要は無えんだぞ」

「…………」

確かにそうかもしれない。

でも。

「………切っ掛けは、僕なんだ。僕があんな事言わなけりゃ、彼女があんなに落ち込むことも無かったんだ」

 

「……今さっきラベンダーから聞いたが。ハーマイオニーは今トイレで泣いてる。シェリーはそれを追いかけたみてえだな」

「!」

「後の事は知らねえよ」

「ありがとう、ベガ!僕、すぐ行くよ!」

「ハッ、女子トイレに入るってのか?」

「ハハッ、それは流石に無理だ」

 

気が楽になった。

仲直りしたら、彼女達ともこんな風に喋れるだろうか。くだらない話をしたい。シェリーとクィディッチの話題で盛り上がるのもいい。一回くらいならハーマイオニーと勉強を一緒にやってもいい。ロンはそう想っていた。

 

 

「トロールがああああああああ!!!!」

 

 

ーーーその声を、聞くまでは。

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

女子トイレの中から啜り泣く声が聞こえた。

普段は気丈に振る舞っているけれど、ハーマイオニーも、泣く時があるんだ。

私も、こんな風に泣いていた頃があったっけな。

 

「ハーマイオニー?」

「グスッ、その声、シェリー?」

「うん。……中、入ってもいい?」

「………いいわよ」

 

便座の上で、ハーマイオニーは泣き腫らしていた。

私にそんなところを見せたくなかったのか、涙こそ拭っているけれど、今にも瞳から溢れて零れ落ちそうだ。

……私なんかに、気なんて使う必要ないのに。

彼女の髪は僅かにシャンプーの香りがした。

 

「シェリー……?」

「小さい頃ね。男の子に意地悪されてた時、いつもこうやって、誰かに抱きしめてほしかったの。そんな人、いなかったから。毛布の中にくるまってたんだけど……」

「……………」

「私は問題を解決する力も、意地悪した子に怒る度胸もないけれど。こういう時に何をしてほしいかくらいは、わかってる、つもりなんだ。私が、そうだったから。ね?ハーマイオニー」

「…………」

「私は、今、ただの毛布かなんかだから。いつもの頑張り屋さんなハーマイオニーじゃなくって、弱音ばっかりの女の子でも、いいんだよ?」

「…………、シェリー……」

 

私はハーマイオニーが強い人だっていう事をよく知ってる。お勉強ができて、皆んなに注意できる、先生から人気の優等生。

だけど、この子の弱いところを私は知らない。実は寂しがりやで、男の子に意地悪されたらトイレに篭っちゃうような、泣き虫のハーマイオニーを知らない。

だから、私にも教えて欲しい。

 

「……私、勉強する事が好きで。他の人もこの楽しさを知るべきだ、って思って。それが空回りしちゃって………」

「うん」

「先生、だけじゃなくって。他の子とも一緒に遊びたいの。優等生だなんて言われているけれど、私、皆んなに憧れてるの」

「うん」

「だ、だからっ、ロンにきつく当たったのも悪気は、っ!なくってぇ……!」

「そうだよね。認めてもらいたかったんだよね。友達が欲しかったんだよね……」

 

上手く、できてるかな。

私がされたかった事を、果たして人にできてるのかな。そうだと良いんだけれど。

 

「………ふーっ。ありがとう、シェリー。こんなに泣いたのなんて、久しぶりだわ」

「もう大丈夫なの?」

「ええ。……ロンにああ言われたのはショックだったけれど。今にして思えばバカバカしいわ!後でガツンと言ってやるんだから!」

「あはは、その意気だよ。ハロウィーンのごちそうがまだ残ってるかもしれないから、早く行こう?」

「ええ、そうね……あら?」

「?どうかしたの、ハーマイオニー」

 

「いえ、なんだかとても臭くって。何日も洗ってない、雑巾のような……、ここって、こんなに臭かった、かし、ら……」

「………ぼあああああああっ」

「あ、あーーー」

 

目の前の醜悪な巨人を見て、悲鳴を上げた。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「僕、行かなきゃ!」

シェリーとハーマイオニーは、トロールが出た事を知らない。その事実を知った時、ベガが止める暇もなく、ロンは女子トイレに駆け出していた。

別に放っておいても誰も責めない。だがそれでも、彼は二人を助ける方を選んだ。

 

(くそっ、こいつもか。俺より弱いくせに、何でそんな『勇気』が湧いてくるんだ!)

 

飛行訓練の時と同じだ。

シェリーもロンも、大して抜きん出た能力も才能もあるわけでもない。なのに、土壇場になると勇敢になれる力がある。

そんなもの、才能に恵まれたベガが黙って見過ごす訳にはいかないのだ。

 

(ネビルは監督生について行っているようだな。ああ、それでいい。それが正常なんだ。どうかしてるのはこっちだ……)

ロンに追いつくのは簡単だった。

「べ、ベガ!?何でここに……」

「てめえ一人でトロールをどうにかできる訳ねえだろうが!俺も行く!」

「………、ありがとう、ベガ」

 

銀髪美少年はフンと鼻を鳴らした。

走った。走って、走って、ーー見つけた。

女子トイレの中で暴れる巨漢。そして、必死に抵抗するシェリー達。

トロールを見てロンは悲鳴をあげそうになったが、直後に怯える二人を見て闘志が戻る。

 

「向こうに、お願い、向こうに行って!『コンフリンゴ』、『インセンディオ』!」

「シェリー!!ハーマイオニーッ!!」

「ロ……ロン!ベガ!」

シェリーはなんとかトロールにも対抗しているようだったが、トロールの分厚い皮膚は彼女の魔法を通さない。

 

「俺がトロールを相手する!ロン、テメエはシェリーとハーマイオニーを連れて逃げろ!」

「君一人でやるつもりか!?そんなの……」

「俺にできねえ事なんざねえんだよ!」

ベガは杖を構えた。

「テメエがあの二人を守るんだよ!行け!ロン!」

「ーーっ、分かった!」

 

二人をロンに守らせて、ベガはトロールと対峙する。

さて、こいつをどう処理するか。

 

(近くで見ると本当にデケエな。小山くらいの大きさはありそうだ。それにシェリーの攻撃が通じないくらいには頑丈みてえだな)

「だが、それなら、シェリー以上の威力で攻めるだけだ」

獰猛な目だった。

マルフォイやスリザリン連中を返り討ちにする時とはまるで違う、本気で勝ちを狙う目。

ベガがいくら才能があるとはいえ、まだまだ子供。だがそれを踏まえた上で、彼は勝つつもりなのだ。

彼達は目の当たりにする。これが天才、ベガ・レストレンジの力なのだと。

「ーーー『コンフリンゴ』」

 

その爆発自体は小規模なものだったが、込められた魔力の濃度は段違いだった。

トロールの肩が、文字通り丸く『抉り取られる』。コンフリンゴはシェリーも使った。しかしーーこれほどの差が出るものなのか。

「ぐぎゃああああ!!」

右肩がやられれば、当然次には左から攻撃が飛んでくる。その行動を読んでいれば、容易に攻撃は躱せる。

 

その上ーー彼の反応速度は、人間のソレを超えている。『究極の後出しジャンケン』を持つ彼に、並みの神経速度で戦おうとする事自体が間違っている。

 

「エクスペリアームス!」

「ぎぃああっ!!」

(ッチ。『武器解除』の効果は薄いか)

そもそもが魔法使い同士の決闘の際に用いられる、居合のような魔法だ。デカブツ相手では火力不足もいいところ。

ーー思考を立て直せ。

ーー自分が使える魔法はまだ少ない。配られたカードでビックリ芸を見せてやれ!

 

ここで重要なのは、全員無事で逃げる事。トロールを倒すのは二の次だ。狭いトイレ内で時間稼ぎをするのにも限界がある。

 

(なら、トイレから出れなくしてやる……!)

「!」

手順その一。

「インセンディオ!」

火で相手を追い込んでやる。野生の獣は火を恐れる傾向にあるが、この醜い巨人も例外ではないようだ。予定通りの場所に、まんまと誘い込まれる。

 

手順その二。

「ディフィンド!」

相手の眼の神経をズタズタにしてやる。身体の内部からの攻撃ならば、魔力も格段に抑えられる上に効果も見込める。

「ぐぎあああああ!!!」

その際、必ず相手は目を抑える。知能が低い生物ならば尚更そうする。

(視神経をズタズタに切り裂いた。目はもう見えねえ筈だ)

 

そして、最後の手順ーー。

(これだけの巨体だ、身体を支える自重は相当のもんだろう。それだけに……一度倒れてしまえば起き上がるのは難しいはずだ)

「ブチ潰してやるぜ。『コンフリンゴ』!そして……『フリペンド』!」

 

爆発で手洗い場を破壊し、ありったけの衝撃でトロールを『仰け反らせる』。

水場で濡れている事もあって、体勢を崩してしまえばすぐに倒れてしまう。そしてーー爆発でできた穴に、沈む。そこはベガが作った棺桶だ。

 

「ごぎゃああああ!!」

「そこで大人しく寝てやがれ、ボケッ!」

完封。

誰一人欠ける事無く、ベガはトロールを無力化してみせた。

とはいえ少し魔力を使い過ぎた。彼にとっては、初めての魔法を使った戦闘だ。その上、喧嘩慣れしているとはいえ、命のやり取りは経験がない。

だから、もうここあたりが限界だった。

だが勝った。ベガは勝ったのだ。

 

「おい、お前達、今のうちだ。今なら安全に逃げられる、行くぞ!」

「う、うん!」

シェリーもロンもハーマイオニーも、ベガの勝利に安堵していた。

ベガも気を抜いていた。

誰もが思ったのだ。

よかった、皆んな無事でーーと。

 

「ごががががああああああ!!!」

「ーーーえ?」

「ーー!!シェリー、避けろっ!!」

 

出口を塞ぐようにして、トロールが『もう一体』現れた。

目の前に現れた獲物を前に、手に持った棍棒を振りかぶって。

 

ーーそのまま、振り下ろされた。




主人公二人いるんで、せっかくなんでトロール増やしてみました。欲張りハッピーセットお買い得やね!


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7.ベガの始まり

ーーあの日からずっと、俺が怯えていたのはいつだって過去だった。あの日をやり直せたらいいのに、なんて何度思っただろう。

 

 

 

 

ベガ・レストレンジは、デネブ卿の一人息子として生を受けた。

デネブ卿は純血思想の持ち主の集まりであるレストレンジ家の一人であり、彼もまた純血である事を誇りにしていたが、『純血であれば、マグルやマグル出身の者を見下して良いなんて事はない』として、誰であろうと分け隔てなく接する人物だった。

その考えは少なからず一族の反発を招き、ヴォルデモート卿がイギリスを侵略し始めた時に、対抗勢力である『不死鳥の騎士団』に入った事もあり……彼とその妻は『血を裏切る者』として汚名を浴びせられた。

 

だが当時のヴォルデモート卿は過激で、赤子だろうと躊躇なく殺し、殺戮が目的なのでは?と噂される程の死体の山を築き上げた。

デネブ卿も自分達の子供が犠牲になるのは気が引けたらしく、魔法界となんら関係のないマグルの友人にベガを預けた。

そして、デネブ卿は闇の魔法使いとの戦いの中で戦死するーー。

 

ベガが預けられたのは、ワイン産業で成功を収めているガンメタル家である。ガンメタル家はベガを歓迎したし、何不自由ない生活を送らせていた。(魔法使いの子供が家にやってくるなんて!と浮かれていたのかもしれない)

そこでベガが出会ったのが、ガンメタル家の一人息子のシグルド・ガンメタル、通称シドである。

 

「待ってよ、ベガ!」

「早く来いよ、シド!」

「なんだ、こんなのもできねえのか?シド」

「うう……分かんないよ、ベガ」

 

シドは何も出来なかった。

ベガにとっては簡単なテストも、シドにしてみれば難問だったし、運動神経も最悪。自転車だってまともに乗れるようになるまで二週間かかった。

元来の明るい性格からか、虐められる事は無かったものの、落ちこぼれと馬鹿にされる事は何度もあった。

彼はそんなシドを見て……優越感に浸っていた。出来損ないめ、と。

世話になっているガンメタル家の一人息子という事で、冷遇する事こそなかったが、内心見下してもいた。何もできないシドを腹の底では嗤っていたのだ。

 

「ベガは何でもできるよね、羨ましいよ」

「まあな。俺にできねぇ事なんざねぇ」

「僕もいつか、ベガみたいになりたいなぁ」

「お前が、俺に?ハッ、なれるといいな」

ーーなれる訳ないだろ。

その時はそう思っていた。

 

ーー俺からしたら取り巻きの一員でしかなかったが、あいつは俺なんかのことを本当に尊敬していてくれていた。

 

ベガとシドは誘拐された事がある。

資産家の息子だ、狙われる理由は十分。

しかし彼等その本当の目的とは、 シドではなくベガだった。誘拐犯は死喰い人の残党だったのである。

純血でありながらヴォルデモート卿へ反旗を翻したデネブ卿、その忘れ形見であるベガ。彼等は死喰い人の中でも特別忠誠心が高く、ベガという存在を許せなかったのだ。

 

死に精通した彼等は殺す事そのものよりも殺し方にこだわる。だからこそわざわざ誘拐という回りくどい手まで使ったのだ。

彼等が殺害方法について揉めている時、ベガ本人はロープを解いて脱出する事が可能だった。その気になればシドを助けて逃げ出す事もできたのだ。

 

しかしベガは驚きと恐怖のあまり、何も出来なかった。平常心さえ保っていれば、避けるのは簡単なはずで、その上魔法使いなのだから、何かしら彼を助ける魔法が無意識のうちに発生したかもしれない。

だが、彼は脚が震えて動かなかった。

ーー怖い。

彼にとって初めての感情だった。

 

ベガの処刑方法が決まった時、シドは自分の力を振り絞って抵抗した。暴れ回った。

彼は叫んだ。「ベガに手を出すな!」と。

だが、彼等にとってシドは所詮、おまけで連れ去った無関係のマグルの小僧に過ぎなかった。

ーー邪魔するようならば殺す。

それが彼等のポリシーだった。

ーーやめろ!

男が杖を振り下ろした。

 

 

 

 

 

闇祓い、アラスター・ムーディが現場に到着したのは30分後の事。

彼はあの時の事を、こう語る。

 

「部屋の中に突入して儂は驚いた。火などついていないのに、まるで火事があったかのように。床は焼け焦げ、煙が立ち込め、死喰い人達が倒れておったのだ」

「死喰い人は皆、火事の中に飛び込んだかのように火傷をしておった。中には顔を焼かれて見分けがつかん者もおった。しかし死者は一人もいなかった」

「例のレストレンジのせがれは、マグルの小僧の側で泣いておった。マグルの小僧はボロボロだったが火傷の跡は無かった」

「レストレンジのせがれ?あいつはマグルの小僧を抱えて、さめざめと泣いておったよ。あの齢で無二の弟が死ぬのは、計り知れないほど辛すぎる……」

 

「シド、なんで、なんで、どうしてだよ!なんで俺なんかのために!」

「……………へへ……。俺なんかでもベガを守れるんだって、思って、さ…………」

 

ベガはその日、その瞬間、弱き者の持つ勇気の強さを知った。

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

トロールは二体いた。

一体はベガがなんとか無力化したが、魔力が尽きたところにもう一体が現れ……シェリー達を襲ったのだ。立て続けに現れる脅威に、誰もが動揺を隠せない。

 

「ーーーシェリイイイイイイッ!!」

トロールが乱暴に振るった棍棒は、呆然としていたシェリーの方へと向かっていき……彼女を庇ったベガに直撃してしまった。

「ぐぁ………!」

ベガは身を捻って躱そうとしたので、身体の芯には入っていないようだ。しかし、それでもまだ少年の彼にはとてつもない衝撃だったはずだ。……ベガはトイレの床を転がった。

 

「ベガアアアアア!!」

「そん、な……!」

 

シェリー達の学年で、ズバ抜けて頭が良く、魔法を使った喧嘩にも慣れて、ちょっかいをかけてくる上級生すら打ち倒すベガ。

そんな彼の存在が、この場の全員に安心感をもたらしていたのだ。

ーーしかし、ベガはもう再起不能だ。

 

「ベガ、ベガ!ああ……ベガ、どうして!なんで、なんでこんなことを……なんで私なんかを」

「知らねえよ……。あの日の事を思い出したらよ、身体が動いちまったんだ……!」

ーーシェリー達は知らない事だが。

シドの自己犠牲を知っているベガにとって、彼等を放っておく事など、できるはずもなかった。

強がるようにして、そう言った。

 

「……畜生…………」

「くそっ、ベガ!おい!しっかりしろよ!」

「ああ……あ……」

「逃げ……ろ………」

ベガはそのまま動かなくなった。

見た様子、かろうじて呼吸はある。

しかしこのままこの不清潔なトイレに長いこと放置したら、怪我だけじゃ済まないかもしれない。

それ以前の問題として、トロールだ。

「そんなーー」

 

今やって来たトロールは、おそらく同系列の種族の中で最も大きく凶暴な山トロール。

ベガが全力を使って無力化をしてくれたと言うのに、それと同等がそれ以上の脅威が、もう一匹いる……。

かないっこ、ない。

ーーでも。

 

「戦わなかったら、ロンも、ハーマイオニーも、ベガも、死んでしまう……!」

ーー私が死ぬのは、いい。

ーー私はまともじゃない、生きている価値なんてない小娘だから。

 

「私が時間を稼ぐから、二人とも、その間にベガを連れて逃げて!」

「だめよ、シェリー!一人じゃダメ!」

「ハーマイオニー……けど、もう誰かがやるしか……」

「違うわ!トロールを、倒すのよ!三人で!」

「ーーえっ?」

ハーマイオニーは、いつの間にか頭の冴えが戻っているようだった。

土壇場での度胸、それに加えてこの頭のキレは、流石という他なかった。

 

「頭部は魔法の効きが薄いようだわ!だから、そこに私達の魔力を集中させれば!」

「そ、そんな事言ってる間に……来たぞッ!」

本能のままに暴れる獣はいつまでも待ってはくれない。次の獲物を狙わんと、標的をなぎ払おうとしてーー

 

「糞ッ!来てみろ、このウスノロ!僕だって、やる時はやるんだからな!」

「ロン!」

「ーーーっ、ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」

「ぼああ………?」

手からすっぽりと棍棒が抜けて、宙へと浮かび上がる。トロールは何も持っていない手を見て、心底不思議そうに首を傾げて。

 

「落ちろおおおおおっ!」

頭に、直撃した。

完全に落としきるには、まだ浅い。

タイミングは、今しかない。

ハーマイオニーとシェリーは杖を取った。

「「ステューピファイ!」」

『気絶呪文』は、トロールの揺れた脳にはよく効いたようだった。ズシン、と。トロールは深く沈みこんだ。

ぶわりと汗が浮かんだ。シェリー達は、おそるおそるトロールの様子を確認する。

 

「はぁ、はぁ……やった、の?」

「………ぐぅああああ………!!」

しかしまだ、その唸り声は聞こえた。

それもーー背後から。ベガによって無力化された方が、起き上がりつつあるのだ。

 

「っ、こいつ、まだ……!」

「きっと、体力が回復したんだわ!」

「それなら、もう一回私達で……」

「エクスペリアームス!」

おそろしく素早く、美しさすら感じさせる呪文の構築式。そこから放たれた赤い火花は、いともたやすくトロールの頭部へと直撃して……意識を刈り取った。

セブルス・スネイプによって放たれたものである。教師陣が、轟音に気がついて駆けつけてきたのだ。(クィレルは二体のトロールに悲鳴を上げていた」

 

「こんなところで何をしているのかな、諸君。いったい……」

「ーーどういうつもりですか!!!」

スネイプが何か言う前に、マクゴナガルの怒声が飛んだ。若い頃に彼女にこってりと絞られた事のあるスネイプは縮み上がった。

トロールを気絶させたのは彼なのだが……締まらない男である。

 

「トロールは大変危険な生物です!それなのにホイホイと廊下を出歩くなんて、何を考えているのですか!殺されないだけ運が良かった!パーシー・ウィーズリーが報告してくれなかったらどうなっていた事か……」

 

一年生のうち、四人も抜け出せば流石に気付く。友人の誰かが報告してくれたのだろう。

というかマクゴナガルの剣幕はトロールよりも怖い。もうこれ以上の恐怖はないだろうと思っていた彼女達は、心から竦み上がった。

 

「……ミネルバ。どうやらグリフィンドールには、もう一人叱らなければいけない生徒がいるようですな。ほら、怪我をしているようだ。見せてみなさい」

「ッチ、大丈夫ですよスネイプ『先生』。かすり傷だっての」

「震えた足で何を言うかレストレンジ。これから医務室に行く。減らず口を閉じないようであれば肩は貸さんぞ」

「ベガ!」

「レストレンジ、貴方まで……」

 

いつの間にか、ベガは復活していたようだった。怠そうに身体を動かして、スネイプと共にひょこひょこ歩いてくる。

肩を貸しているスネイプを、ベガは睨まずにいられなかった。

 

(意識を取り戻した時に見えた、こいつのエクスペリアームス。おそろしく早い呪文の構築だった……。こいつは一人でもトロールを圧倒できるだけの実力がある)

ベガは内心舌打ちした。魔法界には、まだまだ自分よりも強者がいる。負けず嫌いの彼にとっては腹立たしい事だった。

 

「レストレンジ、貴方は先に医務室に行きなさい。ポッター、ウィーズリー、グレンジャー、何故ここにいるのか話してもらいますよ」

「おいおいマクゴナガル先生、俺はーー」

「ーー僕が悪いんです」

 

口火を切ったのはロンだった。

「どういう事です?」

「僕が、ハーマイオニーと喧嘩して。シェリーがそれを慰めに行ってて、二人はトイレでトロールに出くわしたんです。僕、いてもたってもいられなくなって、それでえっと……ベガに無理言って付いてきて貰ったんです」

「…………」

 

女の子一人を泣かせて、女の子一人を悲しませた事に負い目を感じたのか。ロンは包み隠さずに、全てを正直に話した(ベガについては少し嘘をついたが)

頭を下げたロンは気付いていなかったが、マクゴナガルの瞳が、ほんの一瞬だけ。優しい色になっていた。

 

「ロン、お前……」

「ーーたとえいかなる理由があっても。友人を連れ出し、友人を泣かせ、上級生や教師に説明しなかった。レストレンジ、貴方も。軽率な行動をした事、そのことをしっかりと自覚し、反省なさい。

ーーグリフィンドールから十点減点します」

 

「セブルス、レストレンジをすぐにマダム・ポンフリーの所へ。他に怪我をしている生徒はいませんね?では、すぐに寮にお戻りなさい。ーーああ、そうそう。ミス・ポッター、それにミス・グレンジャー」

「は、はい!」

「野生のトロール相手に、ここまで対処できる一年生はそうはいません。魔法痕を見るに、使った魔法も素晴らしかったようですね?その勇気と実力を評して、グリフィンドールに十五点加えます」

「ーーえっ、え?」

「さあ、早くお行きなさい」

 

二人は目を白黒させた。

思わず顔を見合わせて、信じられないといった風にぱちくりさせる。

 

ベガの怪我はさほど大きな物ではなく、包帯を巻いて薬を飲み、簡単な処置をすればすぐにいつも通りの生活に戻った。無論、マダム・ポンフリーにはこってり絞られたようだったが。

主にベガと双子が多くの生徒を医務室送りにしてきたので、彼が医務室に運ばれた時はちょっとしたニュースになった。

 

グリフィンドールへと向かう廊下の中で、ロンは気恥ずかしそうに口を開いた。

 

「あー……ハーマイオニー。その……」

「…………」

「……ごめんよ。嫌な事言っちゃってさ。シェリーも、ごめん。僕のせいで、散々振り回しちゃって」

「………ふふっ。もういいわ、ロン!」

「ハーマイオニー……!」

「……その、二人とも。嫌じゃなかったら、私達、改めて。友達になろうよ」

「もちのロンだよ!」

「なあに、それ?ふふっ、ええ。喜んで!」

 

シェリー・ポッター。

ロナルド・ウィーズリー。

ハーマイオニー・グレンジャー。

この日から三人は、かけがえのない友達となった。雨降って地固まる。トロールがもたらしたのは、何も恐怖だけではなかった。

きっと、大人になっても。三人はこの日の事を、絶対に忘れない。

 

三人は、ハロウィン・パーティの続きの真っ最中のグリフィンドール寮の扉の前に立った。外からでも聞こえる程のどんちゃん騒ぎ。その騒がしさに、思わずお互いにニコリと笑いあった。

 

「ーー合言葉は?」

「「「豚の鼻!」」」

 




原作よりちょっと強化したトロール×2。
ベガがチート。スネイプ先生はそれ以上にチート。
仲良し三人組も大幅強化の兆しが見えたと思います。


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8.獅子vs蛇

トロールの事件から数日たったある日。

グリフィンドールの悪魔こと、ベガ・レストレンジの入院の噂は、まことしやかに囁かれた。

ーーその噂を聞きつけ、復讐を企てる者は少なくなかった。特に、スリザリン連中に。

 

「今日こそ、あのクソ野郎に報復する時だ」

「あいつ、一年生の癖して人の彼女取りやがって……!」

「今日という今日は許さねえ!」

 

思えば、最初の方はレストレンジ家の血を引いていながらグリフィンドールに入り、両親がマグル擁護派だったという事もあって『血を裏切る者』と罵っていた。

しかし、容姿はハンサム、喧嘩は連戦連勝、頭脳は学年トップクラスで、その上かなりのプレイボーイ。僅かながら、スリザリンにも彼のファンクラブがあるくらいだ。

 

「スリザリンとかグリフィンドール以前に、男としてあいつが許せねえ!」

「ハッフルパフやレイブンクローにも怨みを買っているようだぞ」

「抹殺!モテる奴は抹殺だ!」

 

ベガの怪我はとっくの昔に完治している。

しかし、それでなくても弱体化している可能性はある!

一年生相手に何とも情けない事だが、ベガの実力は年齢以上の物がある。作戦を組んで襲いかからねば、むしろこちらが危ない。

 

「あいつも人間だ。待ち伏せして、全員で襲いかかれば負けるこたあねえ」

「シッ!来たぞ、あいつだ!」

「集中しろ……まだだ、ギリギリまで引きつけてから……今だッ!」

 

男達は、一斉に呪文の束をベガに向けて飛ばす。だが、そのどれもが、ベガに当たる事は無かった。

「気配出しすぎなんだよ、このウスノロどもが!」

「なっ……」

躱されていた。細い隙間を縫って、完璧に見切っていたのだ。気配の察知で、相手の位置を特定。後は彼の動体視力を持ってすれば、躱すなど造作もない。

 

後は、好きなように攻めるだけだ。

「ステューピファイ!」

確実に仕留める、ゼロ距離射撃。

「エクスペリアームス!」

カウンターで放つ、超高速の一撃。

「スコージファイ!」

位置を先読みし、逆算してのトラップ。

「フリペンド!」

空中へ向かう、多連鎖追尾弾。

 

「ーーなんだ、もう終わりか?だらしねぇ」

気付けば、ベガの足元には伸びたスリザリンの連中がぶっ倒れていた。

彼としては、もっと魔法の試し撃ちをしたかっただけに残念でならない。

 

(スネイプは、もっと圧倒的だった。俺が見たのはあのエクスペリアームスだけだったが、完璧だった。早撃ちであの威力……、只者じゃねえ。俺の魔法じゃまだ勝てねえ)

トロールを倒した日の事を思い出して、一人ごちる。

あんな魔法は初めてだ。凄まじすぎた。

だが……それでも彼は頂点を目指す。

ベガは、ベガを天才だと言ってくれる人のために負けられないのだ。

 

(負けられないといやあ……そういえば今日はクィディッチがあるんだったか)

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

オリバー・ウッドはクィディッチについて耳にタコができるほど熱弁していた。

 

「クィディッチで重要なのは、何よりも攻撃だ!我がグリフィンドールは、攻めて攻めて攻めまくる超攻撃型スタイルを取っている」

「ピッチを幅広く使う事で、三次元的に攻撃のフォーメーションを展開できる!それこそがグリフィンドール流だ!」

「防御の時も攻撃!斬られてでも斬る!多少の失点は覚悟で、常に一発奪取を狙っていくんだ!」

「うん、あのね、ウッド。それ十回は聞いたから……」

 

彼の熱意は十分すぎるほど伝わったのだが、グリフィンドールの隠し球、シェリーには過度な期待を寄せているようで、彼女は着実に緊張を重ねていた。

先日のトロールとの戦いで度胸を見せた少女とはとても思えないほどの動揺っぷりである。

 

(や、やっぱり私なんかがシーカーじゃ……)

「あー、シェリー?試合前なんだから、もっと沢山食べなきゃじゃないか?」

「そ、そうだよね、ロン。もっと沢山食べなきゃだよね」

「シェ、シェリー!?手が震えすぎてかぼちゃジュース零してるわよ!?」

「きゃっ!?ご、ごめんなさい!」

 

ロンとハーマイオニーが必死になって緊張を抑えようとしているが、それもどこか上の空だ。

赤髪の美少女は、髪と同じくらい顔を赤くさせて、ぶるぶる震えていた。

目立ちたがり屋のグリフィンドールは、こういう時はプレッシャーに強い生徒が多いのだが、それはシェリーには当てはまらない。

自己評価の低過ぎる彼女故に、朝ご飯を食べるのもままならなくなっている。

 

気が付いたらピッチにいた。

箒を持ち、真紅のユニフォームを身に纏い、後はもう試合開始を待つだけとなっている。

(い、いつの間に……)

ユニフォームを着た覚えがない。誰かに着せてもらったのだろうか。おそらくハーマイオニーあたりだと踏んでいるが。

どうやって競技場まで来たのだろう?途中でスリザリンがニヤニヤ笑いをしていたような気もするし、今までの足取りを覚えていない。

 

(どうしようどうしようどうしよう、始まっちゃう……!)

「おおっと我らがグリフィンドールの姫!」

「赤髪姫はどうしたことか!」

「フ、フレッド、ジョージ?」

「好きに言わせておけばいいのさ。笑いたい奴は笑えばいい。だけど、最後に笑うのは僕達だ。何を心配する事がある?」

 

よほど緊張していたのか。

普段は絶対に言わない弱音を吐いた。

「さっきから手の震えが止まらないの。もし私のせいで負けたら……その」

ぱしん。

「………ほぇ?」

ウィーズリーズはシェリーの頰を手で挟んだ。

「何言ってんだい。もしとか、たらとか、ればとか、関係ないよ。今日の試合勝つ!それだけ考えてれば良いのさ」

「今日の天気は晴れ!勝利するのはグリフィンドール!百発百中の予報だぜ。これで占い学も満点さ」

「二人とも……」

「ま、それでも駄目な時は駄目だ!」

「最高のチーム!最高のシーカー!それで負けるようなら、もうその時は仕方ない!だから精一杯やろうぜ!」

 

冗談めかした彼等の台詞で、ガチガチになったシェリーの心は幾許かほぐれた。

連戦練磨のビーターの言葉は、説得力が段違いだ。二人はニカッと笑う。

「諸君!集合だ!」

ウッドが全員を呼び集めた。

 

「準備はいいか!野郎ども!」

「あら、女性もいるのよ?」

「そうか!女どもも準備いいか!」

チェイサー三人娘の一人、アンジェリーナの入れる茶々にも動じないウッド。どうやら、彼のテンションは最高潮のようだ。

 

「ついにこの日がやってきた、クィディッチ開幕戦!今この場には七人の選ばれた獅子達が揃っている!断言しよう、ここ最近で最高のクィディッチチームだ!」

「つまり何が言いたいんだよ?」

「スリザリンに勝てる!行くぞ!お前達!」

 

ピッチは広かった。

青い芝生を取り囲むようにして、観客席が立ち並ぶ。そのどれもが、今か今かと熱狂を露わにしているのだ。

ロンとハーマイオニーはどこだろう?と探してみても、見つかる気配は無かった。

 

「どこ見てるんだ?グリフィンドールでチヤホヤしてくれる友達でも探してたのか、シェリー・ポッター」

「え、ドラコ?」

いつも突っかかってくるスリザリンの少年が、そこにいた。

「あの……どうしたの?もうすぐ試合が始まるから、早く観客席に戻らないと危ないよ?もしかして迷子?クラッブとゴイルを呼んできてあげるね」

「違う!」

「えっと……じゃあ、特別席でも用意してあるの?でも、あんまり近いと怪我するよ」

「違う!そうじゃない、よく見ろ!」

そう言われても。

いつもと変わらない青白い肌にプラチナブロンドのオールバック姿。唯一違うのは、緑のユニフォームを身に纏っている事か。

……ユニフォーム?

 

「え?なんでドラコがユニフォームを?」

「どうだ!見たか!僕もスリザリン・クィディッチ・チームの一員になったんだ!」

「わぁ、すごい!おめでとう」

「ははは、ありがとう。ってそうじゃない!ほら、箒も!最新型のニンバス2001を、お父様に言って全員分買ってもらったんだ!」

「そっか、良かったね」

「ははは分かってくれるかい、って違う!クソッ!調子の狂う奴だ!」

青白い顔を赤くして、スリザリンチームに戻って行った。

 

微笑ましい光景だが、しかしウッド達にとっては寝耳に水である。まさかチーム編成に変更があった上に、ニンバスシリーズの最新型を、彼等が用意しているとは……。

マーカス・フリントのニヤニヤ笑いも納得である。

 

「……聞いた?ニンバス2001ですって!」

「嘘でしょう、まさか、そんな!」

「しかも地味にシーカーが変わってる!マルフォイですって……」

「実力じゃなくて、お金で選んだってわけか。それでスポーツに真摯に取り組んでるって言えるのかよ」

「大丈夫か?ウッド」

「仕方ない。敵の速度をニンバスシリーズで計算し直して、作戦組み立てるさ」

 

主将同士が、マダム・フーチの下で握手を行う。ピリピリとした緊張感の中、それでも彼等は強気だ。クィディッチは試合前から始まっている。ハッタリで相手が動揺してくれれば儲け物だ。

 

「よぉ。気分はどうだい?グリフィンドールの諸君。……おおっと、そんなチンケな箒持って何するってんだ?庭掃除か?ハハッ、おまけにチームの大半が女じゃないか。さっさと帰った方が恥かかずにすむぜ」

「生憎、ウチは箒も選手もお金で選ばない実力主義なもんでな。それに、スリザリンの皆様にとってはいいハンデだろ?」

「……捻り潰してやるよ、子猫ちゃん」

「言ってろ、蛇ヤロー」

 

そして、七人は円を組んだ。

「あのグリフィンドールを、完膚なきまでに潰す絶好の機会だ。あいつらに点を取らせるな!今日の空を制するのは我らが蛇寮だ!」

「ーー喰らい尽くせ!!」

『SAVAGE SNAKES SLYTHERIN!!!』

 

「言ってくれるな、スリザリンども。……この試合、俺達は最高の選手を揃えた。だが、相手は最上級の箒を持ってる。箒の性能だけ見れば、勝つ確率はあっちが高い」

「………」

「だが、勝つのは誰だ?」

『俺達だ!!』

「雄叫び上げろ!」

『GO!GO!!GRYFFINDOR!!!』

 

「試合開始ィィィィ!!!」

 

『さぁ解説は僕ことリー・ジョーダンが務めさせて参りますよろしくお願いします!さてさて、おーっと!グリフィンドール三人娘が突撃だ!これは、短い距離で鋭いパス回しを行う、クレイジー・スロット!獅子領の十八番です!』

「すごい、皆んな……っと、私もスニッチを探さなきゃ!」

何せ、視界の360度全てを見張っていなければならない。プレーの邪魔にならないよう、上空から旋回しつつ金色を探す。

 

するとーー黒いソフトボール大の球が、こちらに向かっている事に気付く。

ブラッジャーだ!

暴れ玉を回避すると、双子のどちらか(おそらく、ジョージだと思う)がマーカス目掛けてブラッジャーを打ち込む。

「大丈夫か?」

「うん!ありがとう」

「おう!」

 

こうしている間にも、アリシアが点を入れたとか、キーパーがナイスセーブをしたとか、ペナルティを課せられたとか、様々な情報が耳から入っては抜けていく。

するとーー視界の隅に、金色に光るものを見つけた。スニッチだ!

そう思った瞬間、シェリーのニンバス2000は火を吹いた。爆発的ロケットスタート。選手の間を縫う……どころか、若干ぶつかりつつもストレートに抜けていくコース取り。

 

ドラコが数瞬遅れてシェリーの後を追ったが、もう遅い。鋭い矢のように、一直線にスニッチ目掛けて飛んでいき。

「きゃあっ……!?」

横からの打撃で、大きく体勢を崩した。

ーー思い出した。

ウッドに口を酸っぱくして言われた事。シーカーが気にしなければならないのは三つ。

一つ、超高速で動くスニッチの行方。

二つ、競技場の中を暴れるブラッジャー。

三つ、相手のシーカーの行動。

 

「だが、スリザリンに関しては別だ。四つ、シーカーを姑息な手段で邪魔する輩。タックルしたり、手で掴んだり、悪質なプレー上等で妨害してくる」

それが、これか。

マーカスが、シェリーの動きに合わせて、横から妨害したのだ。スリザリンは重量級の選手ばかりだ。元々、こういう荒事にも対応できる事を前提にチームを編成している。

 

何とか体勢を整え、スニッチを探すがーーもうどこにも無い。

見失った。

その事実に歯噛みする。自分の実力不足だ、と。額に流れる一筋の汗が、空中へと消えていった。

一方、観客席はブーイングの嵐であった。

「反則だ!退場させろーっ!」

「いいぞ、もっとやれー!ぶっ殺せー!」

「そんなだから狙ってた子をベガに取られるんだよ!」

「黙れえええええええ!!!」

 

……最後はなんだか、ラフプレー上等で、ブーイングも意に介さないスリザリンらしからぬ言動ではあったが。

ともかく、マダム・フーチが一旦時計を止めて、マーカス・フリントに厳重注意。その鬼の形相に恐怖を抱きつつ、点数を確認する。

 

「一〇対四〇……負けてる、まずいな」

ウッドは舌打ちした。

だが、逆に言えば箒の性能差でよくここまで喰らいついているとも言える。しかし、試合が長引けば長引くだけブラッジャーやスリザリンのラフプレーでこちらが潰れるだけだ。

 

「泣き言を言っても仕方ないな。アンジェリーナ!ケイティ、アリシアも!双子のリードブロックで攻撃しろ!」

「ウッド、正気?それは防御が疎かになる諸刃の剣よ!もしボールを取られたら……」

「大丈夫だ、ゴールには俺がいる!」

断言した。本気で言ってやがる、こいつ。

誰もが思った。馬鹿だ、と。

……だが。

「………分かったわ、ウッド。後ろは任せたわよ!」

「おう!」

 

ーー信じて、行くしかない!

盲信者たちは箒を手に取った。ここは選手達の闘技場!獅子寮の最強戦士は、空中へと繰り出す。

『さあ、ここからグリフィンドールの反撃です!獅子寮は体格よりも技術で選手を選びます。しかしそれは、ゴリ押しもできないという事でもあります。よって獅子寮は、三次元に展開する、繋ぐクィディッチを主体としております!』

 

リー・ジョーダンの解説通り、獅子達は巧みな連携で狩りを行う。キャプテンに背中を預ける、信頼故の特攻!ここからはーー五匹のライオンによる、攻撃の祭典だ!

「作戦はーー『夜明けへの咆哮』!皆んな行くよ!」

『GO!GO!LET'S GO!!WE ARE THE GRYFFINDOR!!』

 

蛇寮のディフェンスは、体格の良さと強引なブラッジャーさばきで強引に詰め寄り、相手を叩き落とす事で有名だ。

チームの大半が女性のグリフィンドールでは相性は最悪。だが……。

「喰らえーーッ!」

「「させないぜ!俺達が守る!」」

ウィーズリーズはチェイサー三人娘を死にものぐるいで防衛する。双子ならではのコンビネーションだ。彼等はクアッフルに触れない。点を取る事もない。

だが、勝利への道を開くのはビーターだ。

だからこそーーパスが確実に通る。

 

『クアッフルを持っているのはーーアリシア!そして敵陣へシュートーーと見せかけてのバックパスで、ケイティにクアッフルが移ります!』

 

ケイティがスナップを効かせて敵陣ゴールへとボールを投げる。しかしてそれは、あえなくキーパーに弾かれる。

だが、それすらも作戦のうち!

弾いたボールを、ドンピシャでアンジェリーナが弾き返す。これにはキーパーも反応できずに、獅子寮に一〇の追加点!

 

「やった!すごい、ケイティ!」

チームメイトの活躍に胸躍らせるシェリー。スニッチを探さねばならないのは重々承知の上だが、先ほどの点差を見て気になっていたのだ。

だがーーその必要は無くなったようだ。

獅子寮の攻撃陣形が回り出した。後は、どちらがスニッチを先に取るかの勝負!

ーーと、言うところで。

「きゃああああああああっ!?」

 

ニンバス2000が、操作もしていないのに急激な動きで暴れ始めた。シェリーはバーノンがテレビで観ていたロデオを思いだした。

あれはかなり体格の良い男が振り回されていたが……悲しいかな、シェリーは非力な小娘。いつ振り落とされるやも分からない。

「お、お願い!言う事を聞いて!良い子だから、大人しくして……っ!」

そうは言っても、無理なものは無理である。

シェリーはただ箒に捕まるしかなかった。

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

「何やってんだ?あいつ」

 

ベガの疑問は、競技場全ての人間の気持ちを代弁していた。

シェリーの飛行がおかしい。

普通なら、箒の腕が未熟で、コントロールを失ったと考えるのが妥当だ。だが……。

 

「だが、あいつは箒の扱い方はピカイチだ。箒のコントロールを失うなんて……」

「考えられない、ああ、そうさ!きっと姑息なスリザリン連中の仕業だ!くそ!」

「ありえん、ありゃあ最新型のニンバス2000だぞ!それに箒なんつう代物に、生徒がちょっかいかけられる訳がねえ!」

(うるせーなこいつら)

 

シェリーの友達とかいう、森番ハグリッドとその隣で窮屈そうに観戦するロン。試合に熱が入りすぎて、さっきからリアクションが凄まじい。その内暴れ出すんじゃないか?

「ったく。まあ、ハーマイオニーあたりが注意すんだろ」

「ロン!あそこ!教師用の応援席を見て!」

「え!?僕は今シェリーが落ちないか心配でそれどころじゃないよ!」

「私も心配よ!でも、あれ!あれを見なさい!!!」

(お前もかよ)

 

ベガは呆れて、試合の観戦に戻る。

初めて魔法界のスポーツを生で観たが、中々どうしてこれが面白い。だがーーそれ故に、ロン達の会話を聞き逃してしまっていた。

 

「クィレル先生が固唾を呑んで見守ってる後ろで、スネイプが瞬き一つせず、シェリーを睨んでいるのよ!」

「えっ?……あいつ、真剣な顔で何かブツブツ言っているけど、これってまさか」

「ええ、呪いかもしれないわ!あんなでも教師だし、まさかとは思うけれど……」

「……いや、あの陰気野郎ならやりかねないよ。なんせあんなだし……」

 

いつもシェリーに突っかかっては、何やら挙動不審になる教師である。

ぶっちゃけ、すごく怪しい。

二人は数瞬の間考えると、弾かれたように来賓席へと駆けていった。

熱狂している人垣の中を、ロンが掻き分け、その隙間をハーマイオニーが縫うように走る。彼女は階段の下からスネイプを確認すると、気を逸らせる、かつ長いこと足止めできる魔法を脳内で検索する。

 

「ーーラカーナム・インフラマーレイ!」

 

哀れ、スネイプのローブには小さくではあるが火種がついた。

それを確認すると、大急ぎでロンの下へと走る。後ろから叫び声や火を消せ!という言葉が聞こえてきて、彼女は小さく拳を握った。

その炎は、込められた魔力が尽きるまで消えない特別製だ。放火魔の正体は、きっと適当に勘違いしてくれるだろう。

 

ロンと合流すると、上空を見上げて、彼女の様子を確認する。そこには、変則的な動きをして、殆ど身体が箒から離れ、今にも落ちそうになっているシェリーがいた。

「頑張れ、シェリー!」

その叫びが届いたのか。

箒がピタリと停止すると、彼女は体勢を立て直し……再び、高速で飛んでいった。

 

「やった!」

勝利を確信して、二人は抱き合った。

「やったわ、ロン!………あっ」

「いいぞシェリー!………えっ」

即、顔を赤くした二人は離れた。

いじらしいものである。

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

「はぁ、はぁ……やっと、戻った!」

箒の制御が戻った時、シェリーの体力は底を尽きそうになっていた。

 

「お願い、ニンバス2000!」

箒の持つ最高速度でドラコを追う。

しかしーーその差は縮まらない。ここに来て箒の差が出てしまった。直線距離では、彼方に軍配が上がる。

「ーーッ、それ、なら……!」

飛行ルートを厳選する他ない。

荒れ狂うブラッジャーやクアッフルの中を通り抜けて、追いつくしかない。

シェリーは、今までできるだけ迂回していたルートを突っ切る事を選択したのだ。

 

シェリーはここで、無意識のうちに『脱力』していた。一流の選手であれば、それを使う者も少なくない。

曲がったり上昇する瞬間、力を極限まで抜く事で、箒にかかる負荷を軽減する。すると、スピードを落とさずに激戦区を掻い潜る事が可能となるのだ。

 

「ッ!?ポ、ポッター!?何故お前が、どうやってこんな所まで!?」

シェリーに答える余裕はない。

スニッチは、応援席の下へと滑り込む。

躊躇せず、木材の隙間を縫って追いかけるシェリー。そして、一瞬迷ったものの、貴族の男子としてのプライドが働いたのか……負けじと後を追うドラコ。

 

実際のところーー木材を恐れずに、最高速で飛ぶ事のできるシェリーに、ヘタレのドラコが追いつくなど無茶だった。

「ーー負けるかああああああっ!!」

だが、シェリーの飛行ルートをそのままなぞるように追い、幼少期より鍛えた箒のハンドリングテクニックを駆使することで、彼女に食らいついていた。

 

その決死の追いかけっこが、どれほど続いただろう。

獰猛な獅子と蛇に追いかけられ、スニッチは堪らず木材の枠組みから飛び出す。

その曲がりはーー真上!小さく軽いスニッチだからこその、ありえない動き!

箒で曲がるには、ある程度の距離が必要だ。しかも目の前は大きな木材が待ち構えていて、下手に追えば直撃は免れない。

(ーーッ、無理………)

ひとまずこの木材の迷路から抜け出さなければ、スニッチを再び捉える事は不可能ーー

 

ーーだと思われた。

シェリーは、スニッチを追う姿勢を崩さなかったのだ。

「な、何で……ぶつかるぞっ!」

ドラコは既にブレーキをかけていた。

いかにシェリーだろうと、いや、プロ選手だろうと。アレを追いかけるなど不可能だ。

しかしーーシェリーの発想は異次元だった。

木材に沿って、螺旋模様を描きながら、超高速で登っていったのだ!

いくらドラコがシェリーの飛行ルートを真似したとて、軽量級の彼女を動きまでもを真似する事は不可能だ。

 

そしてーーいた。捉えた。

金色のスニッチは、シェリーの突然の襲来に驚いているようにも見えた。

今度こそ逃がさない。彼女は懸命に手を伸ばしてーー

後頭部に鈍い痛みが走った。

ブラッジャーの感触と、必死の形相でそれを叩き込んだ敵チームのビーターを視線を背後に感じながら、シェリーは箒から落ちて……ごろごろと地面を転がった。

シェリーは無事か?

スニッチは、どこへ消えたのか?

観衆は、固唾を飲んで見守った。

 

「くっ、うっ……痛っ……!」

ジンジンとした痺れと共にシェリーは起き上がり。

「きゃあ!?あ、暴れちゃダメ!」

胸に感じる冷たい感触と共に、その意識は回復した。

ーー胸元に、スニッチが入っていた。

『勝者、グリフィンドオオオオオオル!!』

『うおおおおおおおおおっ!!!!』

 

割れんばかりの叫び声が、クィディッチ競技場に響き渡った。感激のあまり服を脱ぎ出したオリバー・ウッドが一際大きく叫び、チェイサー三人娘は喜びのあまりキスの嵐を見舞った。

ウィーズリーズは歓喜の声を上げ、シェリーにハグした。(その時ドサクサに紛れて身体のあちこちを触られた)ハグリッドはシェリーを一人で胴上げした。一番驚いたのが、マクゴナガルがいつに無い満面の笑みで拍手をしてきた事だ。

「貴女は私の自慢の娘です!」

 

赤い髪はくしゃくしゃに撫でられ、まともな言葉が出てこない。皆んなの歓声で耳がつんざけそうだ。

だがーーそれ以上の歓びと嬉しさが彼女の心に灯っていた。

観客席から駆けてくる、二人の親友の姿を見つけた。ロンとハーマイオニーが、無邪気な笑顔でシェリーを抱き留めた。シェリーは少し恥ずかしそうにして、二人を思いっきりハグし返した。

 

ああーー幸せだ。

バチが当たるのではないか。そう思うくらいの嬉しさが、心の中で弾けていた。




ドラコが一年生の段階からクィディッチやってます。それに伴い、ニンバス2000も最初から持ってます。
グリフィンドールは多少の失点覚悟で突っ込む超攻撃スタイル。バルセロナみたいなもんです。
途中出てきたフォーメーションなどは、その場の勢いで適当に考えてます。原作に出てきたりしてません。

『クレイジー・スロット』
短い距離で素早いパスの応酬を行う。
チェイサー二人以上が必要。

『夜明けへの咆哮』
シュートすると見せかけてバックパス、そしてわざとキーパーが弾けるスピードで投げて、それを打ち返す高等テクニック。チェイサーが三人必要。


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9.あなたの望みは何ですか?

「怪しいわ」

ハーマイオニーは言った。

「スネイプが、怪しいわ」

そんな彼女に、どうしたの?とシェリー達は目で聞いた。

 

「絶対怪しいわ!私達、見たもの!スネイプが、シェリーを凝視して何かブツブツ言っているのを!」

「?そんなこと日常茶飯事だろ」

「違うの、何か魔法を使っていたのよ。箒に魔法をかけられるだけの実力があって、シェリーに何か恨みがあって、状況証拠も揃ってる。どう考えても、彼が呪いを使ったのは間違いないのよ!」

「俺もあいつは好かんが、あれでもホグワーツの教師だ。何でそんなことをしなきゃならねえ?」

「それは……分からないけど!でも、ええ、彼が怪しいのは確かよ!」

きっかけは、シェリーの発言。

 

クィディッチの初陣を祝おうとのことで、ハグリッドの小屋に招かれ、試合に関してあれやこれやと感想を言い合い、シェリーが

「そういえば箒のコントロールが利かなくなったのはどうしてだろう」とポツリと漏らした一言。それがハーマイオニーの導火線に火を着けた!

 

「変なのよ、色々と。ハロウィーンの件にしたってそう。ホグワーツにトロールが侵入するだなんて、普通ありえないでしょう?きっと誰かが手引きしたのよ」

「うーん……トロールを連れてきてまでやりたい事って何だろうな」

「特定の誰かを狙ったとは考えにくいしね。じゃあ……トロールに気を取られている間に、何かやりたかった事があるとか」

「やりたかった事?」

「うー…ん……強盗とか……」

「まぁ、それなら賢者の石が狙いだろうな。うん」

「賢者の……え?何?ハグリッド」

「……!!お、俺はもう何も言わんぞ!お前さんらを危険な目にあわせっちまう訳にはいかねえ!」

ハグリッドの口から、聞き慣れない単語が飛び出した。賢者の石?聞いても、口を結んで答えてくれない。

 

「じゃあ、僕達で話してるよ。どこかの誰かがトロールをホグワーツにけしかけた。その理由は、あー、その、賢者の石?だかなんだかを手に入れるため」

「たしか本で読んだわ。二コラス・フラメルが作ったとされる、黄金と、永遠の命の水を生成することができるという代物」

「そんなものがホグワーツで守られていたなんて……。泥棒さんが欲しがるっていうのも、納得」

「おったまげーな石だもんな、あぁ」

「そ、そんな石があるわけなかろう!俺はダンブルドアの命令で取りに行ったりしちょらんぞ!」

「取りに行ったんだね……」

何も言わなきゃいいのに……。

 

「…………あっ。ハグリッド、私達がグリンゴッツに行った時、何か小さな包みを取っていたけど……それってもしかして」

「!!違う、違うぞ!断じてあれは賢者の石じゃない!普通の石だ!」

「………だってさ。それで、ホグワーツのどこにあるってんだい?女子トイレの中じゃなさそうだけどさ」

「もしかして、四階の廊下、三頭犬の足元にあった仕掛け扉の下に……」

「!!?あ、あれはあれだ……あれだ!」

「どれなのさ」

仕掛け扉の中にあるのは確定した。

 

「ベガからも、変な話を聞いたわ」

「変な話?」

「ハロウィーンの日、スネイプがベガを医務室に連れて行ったでしょう?その時にマダム・ポンフリーから『傷ができてるならすぐ来なさい!』って怒られてたらしいの。どこで怪我したのかしらって思ってたけど……」

「うーん、トロールと戦ってできた傷じゃないし、生徒にやられたものでもないよね、多分。となると……」

「……三頭犬……?」

「?何でフラッフィーの事を知っとるんだ」

「……フラッフィーって言うんだね」

ご丁寧に、名前まで。

もはや校長との約束を守る気がさらさら無いんじゃないかというくらい、ボロボロ情報が溢れてしまっている。

 

「じゃあ、トロールを手引きしたのは、十中八九スネイプってわけだ」

「トロールが暴れている間に、廊下に忍び込もうとしたのね。失敗したようだけど……」

「……まとめると。スネイプ先生が賢者の石を狙ってて、その石は四階の廊下の隠し扉の下にあって、厳重に守られてる。その、フラッフィーちゃんに」

「厳重かどうかは分からないけどね。ハグリッドが色々教えてくれたし」

「あぁ、俺はなんちゅうことを!口を滑らしおってからに!」

「もはや自分から滑らせていたわよ」

 

語るに落ちるとはこの事である。

だが、ハグリッドは賢者の石についてはほぼほぼ肯定していたが、スネイプが石を狙っている疑惑に関しては真っ向から否定した。あいつが賢者の石を狙うなんて、何かの間違いだ、と。

 

「あいつは……まあ……昔色々あったが……うん、ダンブルドア先生が信用しとる。それだけで十分だ。そうだろうが?」

「でも!ハグリッド……」

「ほれ、ほれ!冬休みはもうすぐだろう?お前さんらは家に帰るのか?俺は、クリスマスで大事な役目があってなぁ」

「あ!モミの木を運ぶんだよね、たしか!」

「おう。クリスマスツリーを飾らんといかんからな」

これ以上の情報が引き出せそうにない事もあって、そこからはホグワーツのクリスマスの話題になった。

 

双子が新たな悪戯の企みをしていたりとか、ベガがまた新しい彼女を作ったりとか、ダンブルドアがサンタクロースのコスプレをするともっぱらの噂だとか。(似合いそうで困る)

ハーマイオニーは家に帰ってしまうので、クリスマス休暇はロンと過ごす。両親が末っ子のジニーを連れて長男のビルの所へと行くので、自動的にパーシー・双子・ロンはホグワーツに残る事になるのだ。

 

「お土産話、いっぱい用意するから!」

彼女にとって友達と言える存在はシェリー達が初めてだったので、彼女達と離れるのはとても寂しいものだったのだろう、駅で何度もハグを見舞われた。

 

「クリスマスかぁ」

シェリーとしては、その日に何か思い入れがあるわけでもなかった。

ただ、普段お世辞にも勉強が得意とは言えないダドリーが凄まじい計算能力と記憶力を発揮して、去年よりいくら増えたか?とプレゼントの量に一喜一憂しする日でしかない。

 

いや、そういえば、その日の夕食は美味しいものにありつけた。普段はみずぼらしい食事ばかりだったが、チキンの骨、余ったケーキに、ピザの残り物といった豪華な残飯を味わうことができるのだ。

大食漢が二人いるダーズリー家でも食べきれなかったものを、洗い物をしている最中にパクついていた日常をベッドの中で思い出し……

 

「さむぃ……」

ベッドの中まで忍び込んできた冷気で目を覚ました。窓にはしんしんと降り積もる雪。ホワイト・クリスマスだ。

二度寝したい欲求を堪えつつ、うーんと背伸びをすると、ロンの待つ談話室まで歩く。案の定、彼はクリスマスツリーの前で箱を開けている真っ最中だった。

 

「ロン、メリークリスマス」

「シェリー!メリークリスマス!君の分もプレゼント来てるよ!」

「えっ?」

プレゼントを貰うなんてのは、そういえばハグリッド以来だった。なんだか涙が出そうになるのを堪えて、夢中で箱を開ける。

黄金のスニッチが胸に施された、真紅のセーター。ロンのお母さんのお手製らしい。駅でうすうす感じてはいたが、あの人はとても親切な人だ。

 

「僕のは……あぁ、また栗色だ。他の色がいいって毎年言ってるのに」

「ハーマイオニーの髪みたいだね」

「!?な、なんでそこでハーマイオニーが、それは、マ、マーリンの髭だよ!あんまり好きじゃないよ、この色!」

そうは言いつつ、そのセーターを貰って満更でもなさそうだ。

「私も、着てみるね!」

「!?!?だから君はまた、もう!」

 

シェリーはロンの前だろうとお構いなしにパジャマを脱ぎ出した。(これで二回目)ホグワーツで多少は成長したが、こういった異性に無頓着な所は相変わらずである。

「どうかな?ロン」

「う、うん。あー、すごく似合ってる」

「ありがとう!」

なんだか髪と同じくらいの赤い顔になったロンに、モリーおばさんからの手紙を渡される。フレッドとジョージがすごいシーカーだと騒いでいたことや、パーシーが勉強熱心な生徒だがムラがあると愚痴をこぼしていたことなど。(彼には宿題を見てもらっている)

シェリーにはそれがとても嬉しかった。

 

ハグリッドからは、色とりどりのラズベリーがふんだんに使われた大量のロックケーキと、手作りらしき木彫りの笛。

無骨ではあるがとても優しい音のする、彼らしい贈り物だ。ロックケーキは……ひとまず保留。

ロックケーキと言えば、ハーマイオニーからお菓子の詰め合わせが届いている。マグル界のものと魔法界のものが半々だ。それと、『癖毛矯正クリーム』と『ふんわり香水櫛』などのお手入れセット。女の子らしく身嗜みを整えろ、という事らしい。

 

驚くなかれ、なんとダーズリー家からも届いている。『メリークリスマス。バーノンおじさんより』と殴り書きされたクリスマスカードの裏に、小銭を一枚、セロテープに貼り付けたという簡素なものだった。これにはロンも目が点をするしかない。

「やばいね、君のおじさん。これならもう贈らない方がマシだろ」

バーノンはこういう行事ごとはしっかりするタイプなのだ。後でプレゼントを贈っていないと非難されるのを防ぐために。

 

そして……最後のプレゼントは、マクゴナガルからだ。

『呪文学のすすめ』。呪文学の授業で(ハーマイオニーには一歩劣るものの)優秀な成績を修めているシェリーにとってこのプレゼントは嬉しかった。お前は馬鹿なのだから、これを使ってもっと勉強しろ、という事ではないだろう。

 

「おったまげー、まさかマクゴナガルがプレゼントくれるなんてね。君、そんなに熱心に授業受けてたのかい?」

「ハーマイオニーほどじゃ……あ、そういえば魔法界について色々教えてくれたのはハグリッドとマクゴナガル先生だったなあ……」

魔法の存在を初めて知った日の事を思い出す。あれも、今となっては懐かしい。

 

どうやら双子の悪戯のレパートリーは底無しのようで、クリスマスでも変わらず周りを楽しませていた。七面鳥に舌鼓を打っていると、彼等から雪合戦に誘われる。ここではシーカーの経験が活きて、何度か雪玉のスーパーキャッチを決めた。

「GO!GO!GRYFFINDOR!!」

しかし当てられる訳ではなく、へろへろの雪玉は躱されっぱなしだった。

 

あまりの寒さに談話室まで戻れば、ロンとチェスを夜遅くまで打つ。彼のチェス捌きは本物で、どれだけ先を考えてもその十手以上先を読まれているようだった。……チェスが良いからといって、成績が上がるわけではないようだ。

ハーマイオニーにオススメされた図書室の本をランタンの灯りで読み進めていく。時にはページを開いたまま眠ってしまう事もあった。何かに夢中になるのも、初めての経験だった。

 

クリスマス休暇のある日。

「シェリー、お茶でもどうです」

「え?………え?」

まさかマクゴナガルの口からそんな言葉が出るとは。彼女はそういう事を言うタイプの人間ではないと思ったが。

プレゼントを貰ったお返しをしたいと思っていたので、シェリーにとっても好都合だ。是非!と誘いに乗る事にした。

 

「マクゴナガル先生、失礼します」

そう言って彼女の研究室に入ると、マクゴナガルの姿はなく、何故か月光のような髪をした少年ーーベガの姿があった。何故?

 

「テメーも呼ばれたのか、シェリー」

「貴方もお茶に誘われたの?」

「まあな。女からの誘いは基本断らねえ。マクゴナガルだが……、双子の悪戯が随分派手でな。そっちの対処に行ってるぞ」

「そうなの?」

「………まぁ、その悪戯には俺もちょいと手を貸したからな……」

 

バツが悪そうに言うベガ。

一年生きっての悪童が手を貸せば、いったいどれほどの凶悪な物が出来上がるのか、正直興味はあった。

ベガとこうして話すのは、トロール以来だ。

 

「……まだちゃんと言えてなかったけど、改めて、ベガ、ありがとう。あなたのお陰でトロールを……」

「うるせえな、その話はヤメロ。別に感謝されたくてやった訳でもなし、あげく醜態晒しちまって黒歴史なんだよ」

「あ、うん。ごめんね」

 

これ以上穿り返すのもどうかと思ったので、話題を変える事にする。……そういえば、ベガとの共通の話題はほとんどない気がする。

(あんまりベガと喋らないからなあ……何か話題ないかなあ……?あっ!)

近々で、共通するイベントがあった。

 

「クリスマスプレゼント、どうだった?」

「殆どが碌なもんじゃなかったな。女どもが愛の妙薬入りの手作りクッキーだのなんだのを贈ってきた。情熱的だろ?」

「あはは……」

「後はネビルとかの男友達と、親戚連中からだな。親がワインとか売ってて顔が広いから色んな所から貰うんだよ」

 

ワイン!

なんだかカッコいい響きだ。ベガの家はワインの製造をしているのか!

そういえば、シェリーはホグワーツ以外のベガの事をほとんど知らない。ベガの家族はどんな人なのだろう?

 

「そういえば、前にマグルの家で育てられたって言ってたよね?でも、レストレンジって魔法界でも有数の名家って聞くし……どういう事?」

「俺はレストレンジ家の生まれだが、赤ん坊の時にマグル界のガンメタル家ってとこに預けられたんだよ。当時、全盛期だった例のあの人のゴタゴタに巻き込みたくなかったんだと」

「……あー、何だか複雑なお家事情?」

「気にする事ねえよ、お前も似たような物なんだろ?」

 

知っていたのか。

自分は思った以上に有名らしい。

「……にしても、お前。さっきから髪が変な方向にいつ向かってはねてるぞ」

「えっ?えーと、これはハーマイオニーに髪のお手入れの道具を貰って、自分でやってみたんだけど……」

「下手くそめ……、ちょっとこっち来い」

「ベ、ベガ?」

「しわくちゃでも女の部屋だ、鏡の一つくらい置いてあんだろ」

 

シェリーの手を取って奥の方にずんずんと進むと、あった。頭から足元まですっぽり入りそうな大きな鏡。

……なるほど、たしかに変な髪だ。こんな格好でマクゴナガルに会うのは失礼かもしれない。「淑女たるものもっと身嗜みに気をつけなさい!」とか言ってくるかも。

「あいつに出会い頭で説教かまされても何だしな。軽く整えるくらいは………、」

「?ベガ…………、えっ?」

 

鏡には、ベガは写っていなかった。

人影が三つある。

自分と、見知らぬ男女が二人。

綺麗な赤毛の女性は、まるで大きくなった自分そのものではないか。

くしゃくしゃの黒髪の男性の眼は、自分と同じハシバミ色だ。

口元が震えた。

まさか、そんなはずはない、と。

頭は覚えていなかったが、魂が覚えていた。

「もしかして………ママなの……?」

女性は、にっこりと微笑んだ。

「隣にいるのは………パパ…………?」

男性は、悪戯っぽく笑った。

 

後ろを振り向いても、誰もいない。

鏡の中だけにいるのだ。シェリーはそれから目を離せなかった。

赤毛の女の子は、幸せそうだった。

両親の手を引いて、天真爛漫に笑っていた。

「ベガ、すごい、すごいよ……この鏡!この人達、私の……パパと、ママだ!二人がここに……、ベガ?」

「………シド…………?」

ベガの瞳には、何か別の物が写っているように思えた。

 

そこで、気がついた。

鏡には文字が書かれてある。

『Erised stra ehru oyt ube cafru oyt on wohsi (すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ)』

「私の、のぞみ……?」

それがこれだと言うのか?

私は、こんな事を望んでいたというのか?

鏡の中を、もう一度覗いて……

 

『パパ、ママ、だいすき!』

……彼女は、鏡の中に吸い込まれた。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

どこかの村で遊んでいた。

長閑なところだ。大人達はのんびりとお茶を飲んでくつろぎ、子供達は草原を駆け回る。

それはシェリーも例外ではなかった。

赤毛ののっぽの男の子と、栗色の髪をした女の子。二人と追いかけっこをして、笑って、時折転んで、それでも笑った。

 

「シェリー、晩ご飯の時間だよ」

「はーい!ロン、ハーマイオニー、また明日ね!」

「「ばいばーい!」」

夕暮れ時になれば、親が迎えに来てくれて。

親戚の優しい大人達と、お母さんが作ってくれた美味しい料理を一緒に食べる。

 

「シェリーはもう幾つになる?」

「7歳!」

「そうかあ、よく言えたな、偉いぞ!叔父さんがプレゼントをやろう!」

「シリウス、毎回プレゼントを用意してくれるのはありがたいんだがね、最近置き場所に困ってるんだよ。クリスマスと誕生日の時だけで十分」

「何を言う!こんなに可愛い子に、何も渡さず帰れというのか?ジェームズ!」

「この駄犬には何を言ったって無駄だよ。一切聞き入れやしないんだから」

「プレイボーイが形無しだね、シリウス」

「黙れ!ムーニー、ワームテール!私はこの子の後見人としての責務を全うしているだけだ!」

「週一でこの子に会いに来る事がかしら?最初は嬉しかったけどね、ええ、その度にシェリーの身長がいくつ伸びたかなんて聞かれたら、たまったもんじゃないわよ!」

『HAHAHAHA!』

 

鳶色の髪の男と小柄な男は、黒髪のイケメンをケラケラと笑った。

赤毛の女性はやれやれとため息をついたが、その顔は柔らかいものだった。

 

「君は本当に親馬鹿というか、後見人馬鹿だな。まるであいつのようだ」

「あの陰険蛇野郎と一緒にするな!」

「彼は来るのかい?魔法薬の学会に参加しているんだろう?」

「『もしも気が向けばそちらに足を運ぶ事も無きにしもあらず、ですかな』……だって」

「ああ、それじゃあ来るね。確実に」

「素直じゃないなあ、相変わらず」

 

大人達の会話は、何を話しているのかよく分からない。だけど皆んな表情は穏やかで、そこには確かな幸せがあった。

 

だからこそ、かもしれない。

気づいた。気づいてしまった。

 

「シェリー?どうした、早く食べないと冷めてしまうぞ?」

「嘘だ」

 

この鏡に写っているものは、全て幻だ。

自分が、こんなに幸せになっていい筈がないから。幸せな光景すべてが嘘だ。

きっと、心の底でこの幸せを求めていたとしても、絶対に叶う事はないと断言できる。

 

「どうしたの?シェリー。どこか具合でも悪いの?」

「ママも、パパも、私のせいで死んだから」

 

自分の両親がどんな人かは知らない。どんな風に死んだのかなんて分からない。

だけど、ハグリッドもマクゴナガルも、ジェームズとリリーは素晴らしい人間だったと言って譲らない。

なら、私はその二人の足枷となったのだ。

二人が死に、私が生き延びているという事は、最後に私が狙われたという事。

おそらくだがーー私を護って、逃げていた。

私を見捨てれば、逃げられたかもしれないのに……二人はそれをしなかった。

 

「シェリー……」

「二人が死んだ原因の私が、こんな幸せを神様から貰える訳がない」

 

だから、嘘だ。

「ーーッ!?」

空間にヒビが入った。

ガラスが割れるかのように、鈍い音と共に辺り一面に亀裂が走っていく。空に、地面に、登場人物達に。

自分が見る限り、どこを見回しても亀裂が入ったところで。

 

世界が、一斉に砕けた。

色づいたガラスの空間は割れ、シェリーは暗い空間へと落ちていく。底のない暗闇を見て思わず目を瞑りーー

「ッ!?」

足裏の感覚で、いつのまにかーー普通に立っている事に気がついた。

おそるおそる目を開けてみる。マクゴナガルの部屋だ。どうやら、自分は鏡が創った異空間に飛ばされていたようだ。

 

「シェリー!大丈夫ですか、気を確かに!」

「えっ、あ……マクゴナガル先生?それに、ベガも……」

「ああ、無事か?シェリー」

「どこか、どこか痛みなどは!?ああ、あなた達がこの鏡の中に『入っている』のを見た時、心臓が止まるかと思いましたよ!」

 

鏡と聞いて、思いだした。

みぞの鏡……、何かしらの魔法がかけられており、その人の『のぞみ』を見せる道具。

珍しく半狂乱のマクゴナガルに何とか無事を伝えると、彼女はほっと一息ついた。厳格だがその実とても生徒想いなのだ。

 

「この鏡は多くの魔法使いを虜にしてきました。扱える魔法が強大であったり、家柄が良かったり。そんな魔法使いは精神的に未熟な者が多く、こういった物に惑わされやすい」

「……あのまま鏡に捕らわれたら、どうなるんですか」

「意識だけが向こうに飛び、帰ってこられなくなります。他の人間が解呪するまでは。解呪自体は簡単ですが、長い間鏡の中に捕らわれ続けると、そうなるのです。……望みを独り占めしようして、誰からも見つからない所でこれを使って、永遠に帰れなくなってしまった者もいます」

 

嘆かわしい事です、とマクゴナガルは言った。

「もっとも、貴方達は自分で『のぞみの世界』を見極めて、脱出したようですが。私の不注意で飛ばしてしまったとはいえ、実に喜ばしく思います」

「………いや……俺は……」

違う。

望みの世界だと、区別をつけたから出られたんじゃない。諦めたから出られたんだ。

自分にはその資格がないと思っていたから。

 

「私……私、両親と一緒にいる望みを見たんです。どこかで、楽しく過ごしていました。でも、私の両親はどこかで生きている訳でもなくって、死んでるんですよね。その人は消えて無くなっているわけだから……だから望みの世界を諦められたんです」

「…………」

 

死んだ人は、もういないのだ。

そう言うシェリーに、マクゴナガルは幾許が言葉を考えてーー

 

「シェリー、ベガも。よく聞いておきなさい。死んだ人は確かに消えて無くなってしまいます。ですが、その人が大切にしていた何かを、今生きている私達が護る事で……その人達の想いは受け継がれていきます」

「…………」

「そして、彼等が大切にしていたのは、貴方達自身です。貴方達は彼等を望みーーそして彼等が鏡に写った、これだけでよく分かりますよ。今でも、ええ、今この瞬間も、ずっと愛し続けている何よりの証拠なんですから」

「!」

「自分を愛しなさい。そして、彼等の想いを護りなさい。それが生きる者に課せられた義務なのですから」

 

マクゴナガルの言葉がじんわりと胸に沁みた。ただ空虚なだけだった心の穴は、何か温かいもので塞がれていった。

それは、ベガも同じようだった。

 

「……悪いな、先生よ」

「ええ。今日のお茶会はお開きにしましょうか、ぐっすりお眠りなさい」

「……ああ」

「一つ、聞いてもいいですか?先生」

「何です?」

「その……先生がこの鏡を見たら、何が写るんですか?」

「グリフィンドールの全員が満点を取り、クィディッチで優勝し、対抗杯を手に入れる姿ですかね。さ、もうお行きなさい」

 

誤魔化したのだろうが、強ち間違いでも無さそうだった。

その答えに、二人はクスリと笑った。




休日って事で、まあ初日はダラダラ過ごすかーと思ったら昼まで寝てしまって、その後二度寝して、5時まで寝てました。やばすぎるよ……。

透明マント没収です。後でちゃんと貰いますが、一年生の時点ではマントは使えません。縛りプレイ。
みぞの鏡がやばいトラップ筆頭になりました。


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10.ノーバート・バース・デー

クリスマス休暇が明ける、数日前の事だ。

ハーマイオニーは猛吹雪の影響により、当初の予定よりも早く帰ってきた。他の生徒達はまだほとんど帰ってきておらず、「人がいないホグワーツは静かで新鮮だわ!」と漏らした。

そして当然のごとく、ハーマイオニーは冬休みの宿題は全て終わらせていた。聞けば、彼女は宿題をほとんど初日で終わらせており、後はその見直しと予習の時間ばかりだったという。

シェリーも早めに取り組んでいたとは思っていたのだが、まさか初日とは。上には上がいると思い知らされた。そう話していると、それを聞いていたマクゴナガルに「冬休みの宿題は早めに提出しても良いですよ」と言われたので、シェリーとハーマイオニーは一緒に提出しに行った。

ロンが信じられないものを見るかのような目をしていたが、無視して職員室のドアを叩く。

 

「すみませーん、マクゴナガル先生は……」

「ちょっと待って、シェリー!」

見ると、中では顔を歪めているスネイプと、彼の脚に包帯を巻いているフィルチのコンビの姿。ホグワーツの嫌われ者トップ2が揃い踏みである。

たしかに、今は職員室には入りたくない。

 

「怪我の様子はどうです?」

「大分マシになった。だが、魔法生物につけられた傷は治りが遅い。あぁ、マダム・ポンフリーに貰った薬を使ってもな。忌々しいあの犬め……」

犬?

ホグワーツで許されているペットといえば、カエル、猫、ふくろう、ネズミの四種類だ。

しかしダンブルドア校長は不死鳥をペットにしていると噂されているし、ハグリッドもファングや、様々な生物を多数飼育している。

その例からすると、もしかしたら教員は特別なのかもしれない……が。スネイプが、動物の世話で怪我?まさか。

 

「スネイプ先生って……ワンちゃん、飼ってないよね?」

わんこと戯れるスネイプ。想像すると中々シュールだが、その線は限りなく低いだろう。

「そもそもスネイプがペットを飼うなんてありえないわ。犬は、きっと……三頭犬でしょうね」

しかしこれで、ハロウィンの日にスネイプが例の廊下に向かったのはほぼ確定した。

 

まさか、あの男が?

賢者の石を狙っているなどと……半信半疑だったが、徐々に疑心が強くなっていく。

 

そして、その日の夜。

またしてもシェリーとハーマイオニーが、授業の内容について質問しようと、夜更けに職員室へ訪れた時の事だ。

生徒もおらず、静かな夜に、ボソボソとした囁き声が聞こえる。耳を澄ませば、そこにはやはりまたスネイプだ。

「クィレル、いいや、クィリナス。私が何を言いたいか、分かるだろう?」

「あぁ、やめてくれ、スネイプ」

 

一体何をしているのか?気になったシェリー達は陰からその様子を覗く。

「ス、スネイプ先生。こ、こんな所でやるというのか?」

「どうせ生徒はほとんどが休暇で家に帰っている。人の目を気にする必要はない」

 

「!?!?ダメよ!シェリー、目を塞ぎなさい!あなたにはまだ早いわ!」

「えっ、えっ?」

「まさかスネイプとクィレルだなんて……!こ、こんな夜に、二人っきりで!何をおっ始めるつもり!?」

「ハーマイオニー?二人が何か企んでいるなら、止めた方が良いんじゃ……」

「ダメよ!二人の邪魔をしちゃダメ!」

「???」

 

息を荒げる自分の友人に首を傾げる。

夜中に男同士の蜜月、禁断の愛の交わりを想像しているハーマイオニー。急にどうしたというのか。

「これは二人だけの秘密だ。貴方がどうするのか、話そうじゃないか。じっくりと、二人きりで」

「な、何のことだか私にはさっぱり……」

「ああ!ダメーッ!」

「ハ、ハーマイオニー?静かにしないと…」

 

「とぼけるな。賢者の石について、貴様はどこまで知っている」

「ーーッ」

クィレルと同じに、息を呑んだ。

蛇のようにネチネチと嫌らしく、喉元を這いずるかのような不気味さで、スネイプは問うた。どちらに与するのか?と。

「ハッキリさせるべきだ。今のうちににどちらの側につくのか。……忠誠を誓う相手は見極めた方が良い。主君を見誤ればどうなるか、分からない貴方ではないでしょう」

「ススス、スネイプ、勘弁してくれ……!」

「そうですな。今日のところは引きましょうか。ミスター・クィレル、貴方の口から良い答えが出る事を期待していますぞ」

 

言うと、スネイプはその場から離れて行く。いつも以上にどもっていたクィレルは、力が抜けたのかその場に倒れこんだ。額には大量の脂汗が浮かんでいる。

シェリーは唾を飲み込んだ。この会話は、まさしくスネイプの疑惑を確定させるものではないか。

一見すれば、スネイプがクィレルに問答をしているだけだ。だが……様々な証拠や手掛かりを持つ者にとってはそうではない。

賢者の石。

スネイプはそう確かに言った。

 

命の水を創り出し、銅を黄金に変えるという究極のマジックアイテム。

それを、彼が欲しているという。

だがーー何故?

ごちゃごちゃとした頭の中を整理するために、グリフィンドールの談話室でロンとハーマイオニーと話し合った。心の中に秘めた、スネイプに感じた言い知れぬ恐怖を共有したかったのも一因だ。

 

「あのネチネチ男、やっぱり賢者の石を狙ってやがったのか」

「そうね……きっと、クィレルが賢者の石の石の守りに関わっているのかも。三頭犬以外にもいくつか罠が仕掛けられてあって、その罠を設置したのがクィレル………」

「成る程ね。あいつ、いつまで口を割らずに持ってられるかな」

もって数日というところか。

闇の魔術に対する防衛術の教師らしからぬ、常に怯えているニンニク教師の事を頭に浮かべる。………無理だ。どうしても秘密を守り切れるイメージが湧かない。

 

「……、それも気になるけど。どうしてスネイプ先生は、石を欲しがってるのかな」

「?そりゃあ、そんな物あったら何でもし放題だからだろ?どっかに売っちまえば金にだってなるし、永遠の命だって手に入れられる筈さ」

「そうかもだけど。でも、二人の話だとスネイプ先生は私を狙っているんでしょう?これから石を盗もうって人が、そんな思い切った真似するかなぁ」

「……そう言われれば、そうだけど」

再び頭を悩ませる二人に、「ここからは私の仮説なんだけどね」とシェリーは続けた。

 

「スネイプ先生、言ってたんだ。どちらの側につくのか、って。それはつまり、お互いに属している勢力があるってこと。仮に、片方はダンブルドア先生だと仮定すると……もう片方って」

「!例のあの人ね!?ダンブルドアと戦おうなんて思ってるのは、例のあの人くらいのものだわ!」

「あ、あの人は滅んだはずだろ!?誰からぬシェリーの手によってさ!」

「………もしかしたら、残存勢力とか、例のあの人の熱心な信奉者とか。それでスネイプは敵討ちのためにシェリーを狙ってて、賢者の石で例のあの人の復活を企んでいる………とか………」

 

辻褄が合ってしまう。

ホグワーツの教師陣が属しているのは、まず間違いなくダンブルドアだ。となればその敵対勢力もハッキリする。

例のあの人の復活。

頭に思い描くのは、最悪のシナリオ。

蛇が今までの体を捨てて、また新しく成長を繰り返すように。

ヴォルデモートは一度死に、そこから再生を測っているのだとしたら。

それはとても恐ろしい事だ。地獄へと行った筈の彼が、悪夢のように蘇り、今度は魔法界を絶望という名の地獄へ引き摺り込もうと虎視眈々と狙っているのだから。

 

「……どうしよう。ヴォルデモートさんの復活が、彼の本当の目的なら……私達じゃ、手に負えない……」

「シェリー!やめてくれよ、その名前で呼ぶのは!」

「さん付け……」

 

だが……実際問題、もしもヴォルデモートが復活してしまった魔法界の未来を考えただけでも、恐ろしい。

あの人の名前を言うのも憚られる。彼に類する言葉、彼を連想させる言葉、全てが恐怖の対象だ。

彼の名前が禁忌になる訳だ。

魔法界に詳しくないシェリーはともかく、二人は青い顔を浮かべる。

ヴォルデモート。死の飛翔。そのまざまざとした恐怖に、暖炉の前で身を竦めた。

 

「……と、とにかく!例のあの人復活のためなのかは、推測の域を出ないけど。スネイプは賢者の石を狙っている、これは事実だ」

「そして石の護りには、ホグワーツの教師陣……少なくともハグリッドやクィレルが関わっている、と」

「クィレル先生が、その護りの秘密を漏らさないようにしなければ良いんだけど……」

例のあの人やスネイプに脅されて、ビクビク怯えている彼の姿を想像すると、あまり期待はできそうにもなかった。

 

だが、その心配は杞憂に終わった。

なんとクィレルは、三週間経っても口を割らなかったのだ!その証拠にスネイプの機嫌は悪くなる一方で、おかげで魔法薬学では息をするように減点されるようになったが。

彼の以前にも増してげっそりと痩せこけた頰を見ると、その健闘ぶりに拍手を送りたくもなる。

 

スネイプは………何故か、クィディッチの審判に就任した。この奇行には誰もが困惑したが、ロン曰く、審判という立場をフル活用してシェリーを今度こそ箒から叩き落とすつもりだ、とのこと。

だがその心配も杞憂に終わった。

世界最強と名高いダンブルドアが観戦に来ていたからだ。彼の前ではスネイプも鳥に睨まれた蛇で、せいぜい意味のない厳重注意やペナルティ・シュートが連発されるグダグダな試合展開になるくらいだった。

観客席に不安が走る。もしかすると、このままハッフルパフ贔屓の判定が続き、グリフィンドールは負けてしまうのでは?

 

そしてその心配も杞憂に終わった。

開始五分でシェリーはスニッチをキャッチ。ハッフルパフ戦での首位争いは、シェリーの記録的なプレーにより、獅子寮の勝利で終わった。

「GO!GO!グリフィンドール!!」

スネイプはと言えば………苦虫を噛み潰したような目で睨んでいた。

 

クィディッチカップをグリフィンドールの物にした後は、勉強も金賞を!………と、言いたいところだがまったく手につかない。

ハーマイオニーは試験までまだ十週間あるというのに「もっと早くやるべきだったわ!」とヒステリックになり、ロンはうたた寝を始める始末。

 

ロン曰く、

「試験はまだ十週ある!でも石は明日にでも奪われるかもしれないんだぜ?君は石と試験とどっちが大切なんだよ!」

 

ハーマイオニー曰く、

「じゃあ貴方は平和になった世界で、私達の後輩になりたいってわけ?それならノートの写しは必要ないわね」

 

と返され、たまったもんじゃないので、

「わ、わかったよ………わかったからノートは見せてくれよ」

と、ズルズル引きずられてやって来た次第である。しかしやる気が出ず、意識はとうに夢の中だ。

 

当のシェリーは一人で黙々と目の前の課題に取り組んでいたが、そもそも彼女は得意科目と苦手科目がハッキリ分かれている。

変身術や呪文学は極めて優秀な成績だが、魔法薬学や魔法史などは平均よりも低い。

よって。

魔法薬学の教科書を開いても、頭の中からスーッと覚えた物が出て行く現象が起こってしまっているのだ。

 

「………休憩、しない?ハーマイオニー」

丁度彼女も分厚い本を読み終えたところだったようなので、その意見は無事聞き届けられた。

ホグワーツの絶好の休憩スポットといえば、一つしかない。

「ハグリッド!遊びに来た……よ……」

「おう、よう来た!よう来た!」

その一つが、まさか暖炉をフル稼働して、カーテンを閉め切っており、入るや否や汗びっしょりになるとは思ってもみなかった。

 

「暑いよ!何してんだよ、ハグリッド!」

「んー。いや、ちょっとな。そろそろ、そろそろなんだ……」

「?一体何を………って、え?もしかして、それって……ドラゴンの、卵かい?」

 

ハグリッドは全てを話した。

酒場で飲んでいた時、見知らぬ人物から賭けポーカーで勝てばドラゴンの卵を譲ってやると持ちかけられたこと。

ポーカーの引きが思いの外良く、ボロ勝ちして卵以外にも大量のガリオン金貨をゲット、ついでに身包み剥いでいったこと。

だが何故か「頭だけは!頭だけは勘弁してくれええええ!!」と懇願されたのでやめておいたことなど。

 

「あー、ギャンブルだと随分と人が変わるみたいね?ハグリッド。身包み剥ぐなんて」

「うんにゃ、俺がもうやめとけって何度言っても聞かねえんだ。相手が『もう一回!もう一回だけでいいから!』『俺は全財産を賭けるぞ!』っちゅうもんだから、つい」

「………そんな大人にはなりたくないなあ」

 

それで、この卵を手に入れた後は、彼は育てようと思ったらしい。『趣味と実益を兼ねたドラゴンの飼い方』なる本を図書室でわざわざ借りて来て、本気で孵化させようとしている。

名前ももう決めているらしい。

ノーバート。ギリシャ語の舵手が語源とされる名前だ。

「ノーバートちゃんかぁ……、あれ?でも確かドラゴンって飼育は違法じゃ」

「おお、ヒビが入った!やったぞ!お前さん達も見ていくか?」

本当は門限があるため今すぐにでも帰らなければならない。

だが、今までの冒険が彼女達の気を大きくさせた。『卵が孵化したらすぐ帰る』そう自分に言い訳して、目の前の好奇心に首を突っ込んでしまった。

 

およそ数時間が経った。

ヒビが入るだけだった卵は、中の生物に乱暴に引っぺがされ、今ここに新しいドラゴンが誕生した。

「おおおおおーっ!生まれた!生まれた!ほれ見てみい!美しかろう……」

ヌメヌメした粘液を身に纏い、骨張っている身体。不揃いに生えた牙が顔の半分を占めていて、眼は爬虫類特有のものだ。

ハーマイオニーにとっては正直少し、いやかなり眉をひそめざるを得ないデザインだ。

 

「あー、美しいかって言われると、私は……ごめんなさい、その……うーん、なんだか、ひしゃげた蝙蝠傘みたいで、ちょっと……」

「ああ……美しいなあ!なんちゅう美しい生き物だ!」

「うわぁ……、すごい、素敵……!とっても可愛い!」

「すげえやハグリッド、これ、ノルウェー・リッジバック種だ!」

「……怖いって思うのは私だけなの?」

 

かたや、危険な魔法生物ほど美しくみえるという困った大男。

かたや、独特の美的センスを持つ赤毛の美少女。

かたや、ロマン溢れる物は無条件でカッコいいもの認定のそばかす少年である。

三者三様の反応に、思わずハーマイオニーはため息をついた。

 

「ハグリッド、どうするの?ドラゴンを育てるのは違法なのよ。それに、ノルウェー・リッジバックで種は一週間で三倍ずつ大きくなるのよ……?」

「……ハグリッド、その本見せて?」

『趣味と実益を兼ねたドラゴンの飼い方』には、読んでいくうちにゾッとするような記述が大量に書き記してあった。

 

M.O.M分類、XXXXX(魔法使いを殺せるレベル。調教やペットは不可能)

全長10メートルほど。

毒牙を持つ。

哺乳類を好んで食べる。鯨を食べた姿も目撃されている。

火を吹き始めるのも、他の種に比べて早く、おおよそ生後一ヶ月から三ヶ月くらい。

『……………』

「おお、かわいいなあノーバート!」

ヤバい。

いくらハグリッドが屈強とはいえ、これでは死人が出てしまう。

 

「ハグリッド、もう卵は孵したんだ、もういいだろ?ウチの兄貴のチャーリーがドラゴン飼育関係の仕事やってるからさ。僕、彼に手紙書くよ」

「だが、だがよぉ!俺ぁ、この子が大人になるまで見守ってやりてぇんだよぉ!」

「気持ちは分かるけど……この子は専門の人にお世話してもらった方が良いんじゃないかな」

「う、うー………」

少年少女たちのその言葉に負けたのか。

大男は一回り以上も身体を縮めて、ドラゴンを引き渡す事を承諾………しようとした時。

派手な音を立てて、二人の乱入者がずかずかと小屋の中に押し入った。

 

「ハッハー!そうはならないんだなこれが!残念だったなポッター一味!観念しろ!」

「鞭打ち!退学!処刑台!好きなのを選んでいいぞォーッ!」

アーガス・フィルチと、ドラコ・マルフォイの組み合わせ。ホグワーツ屈指の嫌われ者二人がハイになってやってきた。なんというアンハッピーセットだろう。

「………捕まるフォイ?」

「黙って」

 

 




おまけ

ハグリッドの小屋を外から覗いているドラコ

「ああ、生き物の誕生は美しいなあ……僕を産んでくれたお母様に感謝しなきゃなあ……命って大切だ、グスッ」

おわり。


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11.ドラコ・マルフォイ、良き旅を

「五〇点減点します」

胃の中に冷たいものが落ちた。

「一人五〇点です。五人ともしかと反省なさい」

「ハーハハハー!思い知ったかグリフィンドール!五人とも……ごにん?一、二、三、四、五………ゴフォイ!?も、もしかして僕も!?」

「当たり前です!ええ、あなた方三人がいくら友の為を思っていたとしても、あなた方の帰りが遅いのを心配して出てきたロングボトムも、三人の行動をアーガスに報告したマルフォイも!全員が規則破り!夜中に出歩いていた事には変わりありません!」

「そ、そんなぁ……」

 

マルフォイの抵抗も虚しく、グリフィンドールからは二◯◯点、スリザリンからは五○点差っ引かれた。

おそらくは、ハロウィーンでちょっとした冒険を経た事で浮かれてしまったのかもしれない。これでグリフィンドールが優勝杯を獲る可能性は限りなく低くなってしまった。

せめてもの救いがスリザリンからも点数が引かれた事だが、そんな事は頭の片隅に行って消えてしまった。

 

「あー……その……ゴメン。ネビル、僕達のせいで……巻き込んじゃって」

「いいんだ、僕の方こそ、ごめんよ……僕が、僕が余計なことしなけりゃ………」

「誰もあなたを責めたりしないよ、ネビル。えっと……あー、少なくとも、私達は」

「他の人はそうは思わないでしょうね。スリザリンからは勿論、ええ、グリフィンドールからも……」

思考回路がどんよりと暗い方向へと向かってしまう。全員が落ち込んでしまっている。

その雰囲気にロンは思わず立ち上がった。

 

「……と、とにかく!来週また罰則があるわけだしさ、今日はもう寝ようぜ。落ち込んでても仕方ないさ!また挽回するっきゃないよ!」

「でも、授業点数が一切加算されないのよ?それなのに挽回だなんて」

「それを言わないでくれよ!」

「………はは、ありがとうロン。僕、もう寝るね。じゃあ……」

「ネビル………」

 

それからは各々、入学してから最も暗い表情でホグワーツを過ごした。

ハーマイオニーは授業で自信満々に手を挙げる事はなくなり、ネビルは以前よりも大分げっそりとするようになった。

ダーズリー家でストレス耐性を得ていたシェリーは幾分マシに見えたが、内心、獅子寮とネビルへの申し訳なさで消えて無くなりたかった。クィディッチの練習中に、このまま空の向こうへ行ってしまえたら。と何度も考え、細々としたミスが目立つようになった。

 

意外にも、三人をいつも元気づけていたのはロンだった。女の子二人と接しているせいか幾らか人間的に成長したらしく、誰かが暗い顔をすればすかさず声をかける。

グリフィンドールの友人からも、スリザリンが奪われるのを楽しみにしていたハッフルパフやレイブンクローからも冷遇されて参っていたシェリーやハーマイオニーはそれに救われた。

 

彼女達を励ましたのはもう一人いた。ベガ・レストレンジだ。

「ひでえツラしてんな、お前達」と飄々と話しかけては、「まさかハーマイオニーさんが減点されるとはなぁ」「これでお前達も『こっち側』だ。仲良くしようや」とゲラゲラ笑う。単に揶揄っているだけかもしれないが、そもそも他人との会話自体少なかったシェリー達には有り難かった。

そういえば彼は自分が減点された分は自分で稼ぐという特殊なポジションにいた。そもそも点数自体に興味が無いのだが、世間体のためにマイナスにはしない。そんな彼が、寮対抗杯が取れないからといって消沈する筈もないのだ。取り巻きの女の子を侍らせるよりも、親友のネビルとの付き合いを大切にしているようだった。

 

同様の理由で、ウィーズリーズやパーシーの態度も大分柔らかだった事で、シェリー達の心の鎖は緩くなっていった。

だが、罰則その日は流石にキリキリと締め付けられるような思いだった。

 

禁じられた森の前で、フィルチとハグリッドが待っていた。フィルチはギチギチと気味の悪い笑みを浮かべているのに対し、ハグリッドはすっかり小さくなってしまっていた。

どうやら彼自身、マクゴナガルに随分と絞られていて、ノーバートをルーマニアのチャーリーの所へと送った際に涙の別れがあった事をこの時シェリー達はまだ知らない。

 

「すまん、すまんなあ、俺のせいで、お前さん達に迷惑をかけっちまって……」

「まーだ泣いとるのかこいつは」

「元気だせよハグリッド。僕達皆んな運がなかったのさ」

「そうだよ。僕、僕がちゃんとしてれば…」

「これから皆んなで罰を受けるんだし、もう誰が悪いとかはやめよ?」

「そうね、これ以上ネガティブな事は言いっこなしだわ」

 

「………………。良いんだ、僕は寮に戻ったら友人は沢山いるし。こいつらは別に友達じゃないし……」

「クヒヒヒヒヒ……罰則は、禁じられた森で行う。そこでユニコーンを探してもらうぞ」

「ユニ……森で!?そんなの幾ら何でも度が過ぎてる!」

「だまらっしゃい!どうせ人間、生きて百年!生きてる間は動く糞袋でも、死に様さえ良けりゃ英雄になれるんじゃい!」

「死ねっていうのか!?」

「死にそうな目に遭え!死んだ事も無いくせにいっちょ前にびびりおって!」

暴論すぎる。が、ハグリッドがいる以上は危険な目には合わせないだろう。

 

罰則の内容はこうだ。

近頃、夜な夜な禁じられた森に現れてはユニコーンを傷つけるなり殺すなりしている『何か』がいるそうだが、そいつを引っ捕らえるまたはぶっ殺す。

……というのは一年生にしては流石に荷が重いので、弱ったユニコーンがいたら助けてやる、というものだ。十分過ぎるほど荷が重いような気もするが。

フィルチはこれで森から五体満足で帰ってこれたら見込み違いとか言い出すのだから、もはや殺す気である。

涙目になっていたドラコとネビルは、ハグリッドの「俺とファングがついとりゃあ森のモンは手は出さん」という言葉に安堵の溜息を漏らしていた。

 

「組み分けはこうだ。俺、シェリー、ハーマイオニー。ファング、ロン、ネビル、ドラコだ。何かあったら赤い花火を打ち上げろ、いいな」

ハグリッドは真剣な表情で言った。

女子二人を屈強な大男が守り、男子三人を大型犬が護衛する。妥当な組み合わせだろう。

森の中をおっかなびっくり歩くと、闇の中でキラキラ光るものを見つけた。……流動性の溶けた銀のようなもの。なんだ?これは。

 

「もしかして、ユニコーンの血?」

「そうだ。ユニコーン、一角獣とも言われちょるが、そいつらは純粋な生き物でな。角や毛くらいはお前さん達も授業で触った事があろう?ユニコーンの魔力が最も秘められているのが血だ。血を飲めば死ぬ間際の命でも生き長らえる事ができる」

「それは………」

とんでもない話だ。

まるで、お伽話の中の生物ではないか。命欲しさにその血を求める者は、さぞ多かろう。

 

「うんにゃ。その血を飲んだ者は、不完全な命になっちまう。美しく穢れなき生き物を殺し、あまつさえ冒涜した罰だ。生きながらに死ぬ。それはもはや呪いだ。いくら腹が減っとる肉食動物でもそんな事はせん」

「………怖い……」

「うん?心配すんな、俺がいればーー」

「そうじゃないの。そんな事をできる力があって、そんな事を躊躇なくやった存在がいるって事に……」

「……そうか、そうだな。無くなった命と、呪われた命はどうあがいても救えんーーーッ!!」

 

見れば、紅い光が煌々と空に輝いている。

「そこで待っちょれ!」低く鋭い声でそう唸ったハグリッドは、石弓を構えてずんずんと森の奥へと消えていく。

月明かりだけが照らす暗闇の中、シェリーとハーマイオニーは無意識のうちに手を繋いでいた。お互いの手の震えは、爆発しそうな心臓の音で気づかなかった。

皆んなは無事だろうか?

ロンは?ネビルは?マルフォイが死んでいても寝覚めが悪い。

ハグリッドは、三人に合流できただろうか?

最初のうちは、そういった考えがぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。

 

ーーしかし、数刻もすると彼等四人の無事よりも自分達の恐怖が強くなる。化け物がでたらどうしよう。怪人がでたらどうしよう。倒したトロールのゾンビが出たらどうやって逃げればいいだろう?嫌な想像は尽きない。

どのくらい時間が経っただろうか。

ごくりと唾を飲み込んだ数が数えきれなくなってきた時、茂みを掻き分けてハグリッドがやってきた。良かった。三人も無事だ。

 

「聞いてくれよ!マルフォイの奴が悪ふざけでネビルを後ろから驚かせて、びっくりしたネビルが花火を上げたんだよ!」

「マルフォイ………」

「まったく。これは組み分けを変える必要があるな。俺、ロン、ハーマイオニー、ネビル。ファング、シェリー、マルフォイだ」

ハグリッドの第二案は猛反対された。主にロンとハーマイオニーに。彼等はシェリーにとっての兄や姉のポジションであり、最近は非常に過保護になったのである。

 

「シェリーは断れない子なんです!浮世離れしてるんです!危なっかしいんです!マルフォイなんかと一緒にいたら何されるか!」

「大丈夫じゃて。ファングはなんか俺以上に懐いちょるし」

「ファング、おいでー」

「わふん」

結局、シェリー・ドラコ・ファングの組み合わせで探索する事になった。

ファングを先導として、その後にシェリーが続き、その後ろをドラコが挙動不審気味についてくる。

 

「ドラコ?」

「ど、どどどどどどうしたポッター。怖いのか、え?」

「えーっと、ドラコは大丈夫なのかなって思って」

「大丈夫に決まってるだろう!?見て分からないのか!?」

「ご、ごめんなさい」

言いつつも、脚の震えが尋常じゃない。自分より怖がっている人を見ると落ち着くと言うが、今がまさにそれだ。さっきまでの恐怖はどこかへ吹き飛んだ。

 

「ええっと、ドラコ。何かあったらすぐに紅い光を鳴らして、ファングと一緒に逃げてもらっていいからね。私のことは気にしないでいいから」

「は?」

「貴方が危険な目に遭う前に、早く逃げてほしいんだ。ほら、貴方はスリザリンのシーカーだし、怪我すると困る人が沢山いるし」

「……それは君もじゃないのか?まあいい。兎も角僕は逃げないぞ、男子たるもの女子を守るべし、レディファーストだ。ん?これ使い方あってるのか?」

一応彼も、立場上は貴族の端くれの端くれ。マルフォイ家の誇りがそれを許さなかった。

 

「男の子だね、ドラコ。良いと思う」

「ふん、グリフィンドールに褒められても嬉しくも何とも……ん?お、おおおおおい、あれ、あれっ」

「え?………え」

 

ずぢゅる、ずぢゅる。

ーー闇が蠢いていた。

人の形をしたソレは、ローブを身に纏い、銀色に輝くユニコーンの血をぼどぼどと喰らっているではないか。

見ただけで分かる、やばい、と。

恐慌。狂いに狂った行い。

ーーソレは、生き物なのか?だとしたらあまりに現実離れした惨虐さだ。

それとも、冥府から迷い込んだ亡者か何かなのか?その方がよほど、説明はつく。

 

『ーーシェリー・ポッター……』

 

一瞬、自分の事だと気づかなかった。

意外にも英語を喋れたようだ。高度な知性の持ち主ということか?

ーーそもそも、生き物なのか?

何か言いたいのに、金縛りにあったかのように、手足が痺れて動けない。

叫び声は出なかった。喉がカラカラに乾いていたからだ。隣のドラコも同様だろう。ファングはとうに逃げた。

 

『ーー僥倖である。この身に受けた苦しみと痛みを忘れた事はない……少しばかし嬲って殺し、死体を操って石を取らせるとしよう』

石?石と言ったか?

『応報せねばなるまい。貴様が赤子だろうと少女だろうと関係ない』

その瞬間。

焼けそうなほどの痛みがシェリーを襲った。

 

「きず、が、痛む……!いたい、いたいいたいいたいッ!ああああああああ!!!」

「ポ、ポッター!?」

 

こんな痛み、ダーズリー家でも味あわなかった。なんだ?この……魂の奥底から流れてきてそうな、苦しみは。

 

「あ、あ、ああああああ」

 

悪意の塊が、額から飛び出してくるような感覚。塩漬けのナイフで傷口を弄ばれているようだった。

ただの痛みなら我慢できる。

だがーーこれは、それ以上のーー。

 

痛い。

 

痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイいたいたいたいたいたいたいいいたいたくるしいくるいしいおねがいやめて。

たすけて、たすけて、おかあさんおとうさんここからだしてごめんなさいもうしっぱいしませんぶたないでごめんなさいごめんなさいわたしじゃないのおねがいしんじてやめてなぐらないでみないでおねがいやめてーー

 

「いやああああああああああ!!!」

『ん〜〜〜んんん………響く怨嗟の声、暫くぶりの快感。久しく味わっていなかった苦痛の叫び……心地良きかな』

ローブの化け物は満たされたように笑った。

ユニコーンよりも、よっぽどこっちの方が栄養になっていると言わんばかりに。

『有象無象、生きとし生けるもの遍く全てが我が心一つなり。ーーその身を我が贄として捧げよ』

ぼとり。

シェリーはその場に跪き、惚として動けなくなった。

彼女の身体が、化け物が放っていた魔力に耐えきれなかったのだ。無理もない。悍ましいほどの、凶々しい魔力。黒のキャンバスに黒の絵具を塗りたくったような、底知れぬ闇。

 

「ーーーッ、ポッター!こっちだ!」

マルフォイは、半ば引きずるような形でシェリーを引っ張り、放たれた矢の如き勢いで走って逃げる。

実を言うと、彼はさっきから逃げる算段ばかり考えていたのだが、シェリーに女を見捨てて逃げたりしない!と宣言した手前、引っ込みがつかなくなって逃げられなかったのだ。

だが、彼のみみっちさがシェリーを救うのだ。

 

『何をしている?俺様に殺される事を誇りに思うべきだ。頭を垂れて屈服して死ね。痛みなく殺してやろう。それとも無様に土を舐めながら後悔と失意の中で死ぬのか?』

「ーーステューピファイ!」

『なあに、しょせん死ぬだけ。身体を使わせてもらうだけよ……』

「エクスペリアームス!フリペンド!ステューピファイ!スコージファイ!インカーセラス!」

 

言いつつ、マルフォイはヤケクソで当てずっぽうに呪文を放つ。が、所詮彼の呪文の能力は学年トップのベガやハーマイオニー、勉強熱心なシェリーには到底及ばない。それにロンは優秀な兄貴と勉強好きの友達の影響で、少しずつではあるが呪文の腕は向上しつつある。

マルフォイはーー彼は、ごくごく一般的な、温室育ちの普通の少年に過ぎなかった。

魔法は全て腕の一振りで弾かれた。ならばとマルフォイは逃げる事に集中するが、木の根を掻き分けつつ意識のない人間一人を引っ張って逃げるなど、不可能に近い。

それでもまだ追いつかれていないのは、化け物も身体を引きずるようにして追いかけているからだ。だが、それも時間の問題。

 

(……、まてよ?あいつは避けないんじゃなくて避けられないんじゃないか?僕の攻撃は当たってはいる……というより、あの身体を引き摺るような体勢じゃあ避けようがないんだ。つまり、こっちの攻撃は全部当たるって事か??……でも、あんな風に弾かれちゃあ意味がない!もっと、もっと火力を……)

「ディフェンド!」

『ーー小賢しいーー』

風を切る鋭い刃の連撃も、化け物にとってはそよ風同然だ。

 

(糞、どうすればーーと、とにかく知ってる呪文をありったけ使うしかーー!)

「インセンディオ!」

『ム……』

細い炎が渦を巻いて化け物へと向かう。一年生レベルとしてはこれでも上出来だ。しかしこれも、化け物は容易に防ぐ。

全身から放たれた魔力の奔流。風を巻き起こし、燃焼元を絶つ。みるみる内に、マルフォイの炎は消火された。

(どうしようどうしようどうしよう!魔法は効かない、火を使っても打ち消される!こんなの聞いてないぞ!早くあいつらと合流しないと殺される……ん?)

 

そこで、マルフォイは気付いた。相手が抱える矛盾に。

おかしくないか?

化け物には魔法は通用しない上、今やったように火も打ち消された。

反対に言えば、化け物に魔法は効かないのに、火はわざわざ打ち消したのだ。

そういえばそうだ。エクスペリアームスも、ステューピファイも、ディフェンドも、魔力による攻撃だ。

しかしーーインセンディオは、魔力で発火させる呪文。炎自体は自然界にあるソレと何ら変わらない。炎には魔力はないのだ。(つまりーー物理攻撃なら効くという事の証左ではないか)

こうなればヤケだ。

 

「うおおおおッ、インセンディオ!インセンディオ!インセンディオオオオオオ!」

『ーー猪口才な!』

炎、炎、炎!

めくるめく炎の世界に、流石の化け物も身動きが取れなくなる。やはり!と文字通り暗闇の中に一筋の光明を見出す。

幸い、周りには木や草など可燃物のオンパレードだ。寧ろこんな森燃えてしまえ!

「燃えろ、燃えろ、燃えろおおおお!!!」

とにかく遠距離からとにかく炎を放つ。それが一年生にとっての最適解、最善なのだ。

 

「ああああああ、インセンーー」

『それ以上は魔力の無駄だな、え?そうだろう?マルフォイの倅』

「っ!?」

 

その言葉に身がすくんだ。何故自分の素性を知っている?恐怖が全身を支配する。

いやーーこいつの話に耳を貸すな!こいつがもしかして新聞を読んでいて、マルフォイ家の事について知っていたのか果たして疑問ではあるが、耳を貸す必要はーー

『お前の攻撃はもう通用しない』

「え………」

 

いつまでも化け物はその炎を馬鹿正直に受けてはくれなかったという事だ。

異変は既に起こっていた。

「ほ、炎が、消えていく!?」

化け物に届くより前に。

燃え盛る炎は種火となり、化け物の周りに後に残るのは炭と灰。

ーーなにが、起こっている?

 

見れば、放たれた炎はゆっくりと収束し、小さくなり、消えていくではないか。

『魔力の指向性を操作して、風を吹かせれば炎など大した問題ではない……』

簡単な話だ。

空気を燃焼する事で炎は存在できる。その空気の流れを操り、圧縮し、滅する。

しかしそんな微細なコントロールをこの戦闘中に行うのは不可能に近い。

魔力の力が大きいからこその、力業。

イかれてる。正真正銘のーー化け物。

 

屈服するしか、ない。

『娘を置いて去れ。蛇の同胞を、ましてやマルフォイの息子を殺すのは忍びない……』

「う、」

『さあ、さあさあさあさあ。俺様を困らせるな。お前はまだ若い。帰ったらこう言えばいいのだ。『必死で闘ったが、シェリーは化け物に喰われてしまった』と。そうすればお前は安心して眠れる……』

「うわああああああ!!!」

 

マルフォイは、たまらず走りだした。

それは勇気ある男の顔ではなかった。

恐怖のあまり顔は引きつり、歯はガチガチに震え、バクバクと鳴る心臓の音がうるさい。

汗まみれになりながら、情けなく、みっともなく、ばたばたと手を振って彼は走った。

 

『ーー血迷ったかーー』

化け物の、方へと。

 

「そんな事を、してもーー」

マルフォイはめたらやったらに呪文を放つ。化け物は身構え、火なら消せるように。魔法は打ち消せるように。捨て身のパンチなら殺せるように、姿勢を整える。だがそれはーー攻撃のためのものではなかった。

それは変化のためのものだったのだ。

(ーーー………???)

その予想外の動きに、化け物の動きが一瞬止まる。

何だ、これは?

粉っぽい灰がドロリとした液体へと変わる。

この、甘い匂いは。

「ーー安眠できるのは、今夜だけだ!!」

酒……?

 

「くらえ燃えろッ!インセンディオオオオオオ!!!」

『ぬぐ、うおおおおおおおおおッ!!』

酒は消えない。変化したものは、消せない。

ローブについた火は簡単には消えないだろう!あとはもう、逃げるだけ。

じき、あの大男もやってくるだろう。さあ、逃げて、逃げなければ、さっさとベッドに入って寝てしまいたい……

 

肉が蠢く音がした。

火を肉で強引にに消していると気付いた時には、もうマルフォイは動けなかった。

恐怖、それ以上に……疲労。

もう彼に一歩も動く力も残されていない。

化け物は、彼を、見下ろしていた。

『素晴らしい才能………技術ではない。その発想と機転。何より度胸がある。それを私は才能と呼ぶ。誰にでもできる事ではない』

ローブで隠された向こうに、ぎちぎちと笑った顔が見えた気がした。蛇のような……ぎらついた瞳。

 

『よくやった。よくやったよお前は。特別だ、冥土の土産に俺様の魔力をほんの少し解放してやる………第二形態ってやつだ』

絶望。

腕が見えた。色白だが筋肉質で、黒々とした牙ーー骨?ーーいや、鱗が浮き上がっている。ああ、こいつは本当に……凄まじい……化け物なのだ。

『せめて安らかにーー眠れーー』

化け物は凶々しい手を振り下ろしたーー

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

気配を感じてか、化け物はその場から大きく跳躍。化け物がいた地点に、石弓の矢の群れが襲いかかった。

今まで見たこともないくらいギロリとした目つきを浮かべたハグリッドと、打って変わって冷静そのもののケンタウルス族だ。

キレている。

温厚そのもののハグリッドが、顔を真っ赤にしてブチ切れている。まともに顔を見れば失禁しそうなものだが、化け物は涼しい顔で(と言ってもローブに隠れて顔は見えないが、そういう顔をしているように感じた)受け流す。

 

『くっくく……邪魔が入ったか。それもまた一興。だが、残念ながら。これでは目的を果たすのは無理な話よなあ?負けはしないが、小娘はその間に逃がされて、私の勝利は無くなる』

「何をーーゴチャゴチャとーーくたばれ」

ハグリッドは吼えると、怒りの形相で化け物へ突進し、なんとそのままぶん殴る。

化け物はその一撃をひらりと躱すと、闇に溶けるように森の奥へと消えていった。

 

『ここは退こう!だが、この借りはいずれ返そうーー』

「待て、このーー」

「待つのはあなただ、ハグリッド」

「このヒトの子とシェリー・ポッターの手当をしなければ」

「ーーおっと!いかん!すまんな、フィレンツェ、ベイン!…………大丈夫か!?マルフォイ、シェリー!」

ハグリッドは打って変わって眉を八の字に曲げると、両者の体を揺する。マルフォイは内心やめてほしいと心の底から願った。首がもげる、千切れる!

 

(ケンタウルス族が、何で?ーーそういえば、父上が言っていたような。昔はプライドが高く中立を貫く一族だったが、ある期を境にホグワーツに仇なす者を護るようになった、とか……)

マルフォイの思考がそこで途切れた。

ぐっすりと。始めての修羅場。始めての戦闘。シェリー達にとってのトロールを、彼は今日経験したのだ。その代償は大きかった。

ドラコ・マルフォイ。

泥のように眠った彼は、今後も立派な魔法使いへと成長していく。

 

その切っ掛けとなったのは、間違いなくーー今日だ。




禁じられた森でエンカウントした魔人が大幅強化。大物感出せてるといいな。そんでもってドラコが覚醒。
ドラコは(たぶん)できる子なのです。早いうちにドラコのヘタレが直ったらこうなるよ、というのを書きたい。窮地に追いやられると人は嫌でも成長するもんです。

おまけ
ヴォルデモートラップ
「帝王の恐慌♫ホグワーツへ強攻♬俺達の友情♫(YEAH)この街でのし上がるぜTOKYO♩(メーン)」
おわり。


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12.血に飢えた獣の舞踊曲

傷が痛む。

あの森の一件以降、ずっとこうだ。熱っぽくて、じわじわと継続的に痛みが続く。こうしていつまでも続くようなら、ダドリーにでも一発殴られる方がいくらかマシだ。

「なんなんだろ、ほんとに……マダム・ポンフリーの所へ行こうかな。ドラコにもお礼言いたいし」

 

聞けば、自分が無様にも傷の痛みで倒れている間は誰あろうドラコ・マルフォイが守っていたそうではないか。ロンとハーマイオニーはそれを聞いて信じられないような顔をしていたが。

「ドラコ、大丈夫かな?取り巻きの子がいたら、話しかけづらいなあ……」

「ーー勘弁してくださいーー私はーー」

「?この声って……クィレル先生?」

 

空き教室で、ターバン男が誰かと口論しているのが聞こえる。教室の端っこで話しているのか?声が聞こえるのはクィレルのだけだ。

「もう、もう私は……分かりました、えぇ、分かりましたとも………そのように致します、はい………」

「え……」

シェリーに気付きもせず、さっさと走って行ってしまった。……泣いていた。あちら側の扉も開いているのを見るに、きっと向こうから口論相手が出て行ったのだ。

 

その、相手とは……。

「スネイプ先生、だよね」

シェリーはたまらず、いつもの二人に相談した。彼達はもっとも頼りになる友人だ。

「ええ、それで間違いないはずよ」

「まさかそんな事になってるなんてなあ。あと残ってる障害は、フラッフィーだけじゃないか」

 

つまりそれは、ハグリッドが教えないことを祈るしかない、という状況というわけだ。賢者の石についても、ドラゴンの秘密もあっさり看破された彼が、三頭犬の秘密を守るだと?

「………、大丈夫かなあ」

「といっても、私達に出来ることなんて限られてるわ。ハグリッドの口が軽いのを祈りましょう?」

「そうだね。ちなみにチャドリー・キャノンズが負けるのと、ハグリッドが秘密を漏らすのと、どっちが確率高いかな」

「気持ちは分かるけど。でも、うん。ハグリッドのことを信じるしかないよ」

 

ひとまず今は、試験が最優先だ。

ハーマイオニーは密かにライバル視していたのかベガに勝負を挑んでいて、彼女にしては首席の座は私のものよ!と宣戦布告をかましていた。彼女も獅子寮らしく勝負好きだったということか。

「ベガ!勉強では負けないわよ、絶対!」

「はあ?言ってろ」

言いつつ、彼もニヤリと笑う。実質、首席争いはグリフィンドール内で行われるだろう。既にウィーズリーズはどちらが首席かで賭けを始めていた。

 

魔法学校に来て初めてのテストにガチガチになりながら、カンニング防止のペンを持ち、授業で習った事を必死に思い出しながらカリカリと解いていく。

(そういえば、昔、ダドリーにカンニングを疑われた事があったなあ。それで点数引かれたりして。懐かしいなあ)

 

マクゴナガルには熱心に勉強を教えてもらった。今度はこれを解いてこちらが恩返しする番だ!

というわけで、授業が分かりやすく質問にも丁寧に答えてくれたマクゴナガルの変身術やフリットウィックの呪文学、同じおどおどしている同士なんとなく授業の意図が分かるクィレルの防衛術では、なかなか良い結果を残せたのではなかろうか。

 

反対に、もはやパワハラを疑われるレベルで難癖をつけてきてもはや授業どころではなかったスネイプの魔法薬学や、眠気が酷かった魔法史などは酷かった。唯一の救いは、さすがに試験まではスネイプやピンズがいなかったという事だろうか。

 

「終わったー!ついにテストから解放されたー!」

「シェリー、大問4の文章問題!あれってもしかして条文も全て書いておくべきだったかしら!?私、第二項しか書いてないけれど、あれで十分だったかしら……」

「わ、私も魔法史は分からないよ……」

「いいじゃないかテスト後くらい復習なんてさあ!せっかく天気が良いんだ、中庭でのんびりしようぜ!」

「ああっ、ちょっと!もう、ロンったら!」

 

シェリー達は、ただただ惚としていた。陽の光を浴びながら、日光浴に興じる大イカを眺めたり。花と戯れたり、とりとめのない話をしたり。何気ない時間だったが、そこには確かに微笑ましい幸せがあった。

しかし、そうしていると気になるのは賢者の石についてだ。傷の痛みも日に日に増している。シェリーには、これが調子が悪いとかではなく、警告なのだと本能的に分かっていた。

ヴォルデモートが、近付いていると。

 

「あー……その話はやめにしようぜ。やっぱり試験の振り返りでもした方が数倍マシだ。魔法史の問6、あれはかなりの難問だったよな!」

「えっ」

「そうかなあ?」

「………マーリンの髭。シェリー、君ってば魔法史は苦手じゃなかったのかい」

「そこはたまたま、ハーマイオニーに教えてもらったところだったから。たしか、1709年制定のワーロック法だったよね?ドラゴンの飼育を禁ずる……って……」

 

ドラゴンの飼育は、非合法。

ハグリッドはそれでも欲しがった。むしろそれ故かもしれない。そんな彼の下に、たまたま、卵を持った男が現れるなんて。

ーー出来過ぎている。

「……それは……そうかも、だけど」

徐々に、繋がっていく。

「あ……、ハグリッド!」

「ん?おおー、お前さん達、試験はどうだった?」

運命の歯車は、回っていく。

「試験の事は後で言うね!ドラゴンの卵を貰った相手の、顔や服装は分かる?どんな人だったの?」

「うーん……いや、ローブで顔を隠していたから分からんな。あの酒場にはああいう輩が集まる」

ーー悪い、方へと。

 

「その人とは、どんな話をしたの!?」

「んーと、そうだな。俺がホグワーツの森番をしとるっちゅう事とか、あとは、でかくて危険な生き物が好きとか……」

 

「そんで、それならドラゴンの卵を孵してみる気はないかっちゅうんで、ああ、貰ったんだ。でもこいつはノルウェー・リッジバックで、特別危険だって言ってよぉ。そこで俺は言ってやったのよ」

 

「俺は笛の音一つで三頭犬を躾けてやったってな!フラッフィーは音楽を聴けばすーぐ眠っちまうように育てたんだよ。いやぁあれは苦労したなぁ。………あ。いかん、こりゃ秘密なんだった」

「……………!!!」

「?どうした、そんな顔して」

詰み。チェックメイト。

もはやスネイプは全ての攻略法を手に入れた事だろう。クィレルに、ハグリッド。石の守りをいつまでやるかは不明だが、近いうちに、すぐ。

 

「で、でもっ、でもさぁ!ハグリッドが卵を貰ったのは随分前の話だろ?じゃあ、何で今まで……」

「できない理由があったのよ。……そう、ダンブルドアが、いたから。きっと、彼がいない隙を狙うつもりでしょうね」

「?何でお前さん達がダンブルドア先生が留守にしとる事を知っちょる?」

「…………え?」

「あぁ、さっき魔法省から緊急の呼び出しがあるっちゅうんで、お帰りは深夜になるって話だ」

こんな、時に?

世界最強が、不在だというのか?それはあまりにも……『無防備すぎる』。

 

「………ハグリッド!!緊急なの!ふくろう小屋に行って、彼に手紙を出して!」

「お、おぉ?どんな内容だ?」

「今、賢者の石が危ないって!あなたが帰って来ないと『例のあの人』が復活してしまうって!!!」

「おぉ、賢者の石が………!?!?!?」

「早く!!!」

シェリー達の様子に、鬼気迫るものを感じたのか。ハグリッドはふくろう小屋へとすっ飛んで行った。

だが、今から帰ってきたところで、間に合うだろうか?スネイプは今夜にでも石を取りに行くというのに。

 

「きっと手紙はスネイプの仕込みよ。テスト期間中は、ダンブルドアも、スネイプ自身も学校から離れられないもの」

「この瞬間を狙っていたわけだ。皆んなが油断する、この瞬間を……」

「どうすれば……あっ」

噂をすれば、だ。

いやらしい笑みを浮かべたスネイプが、獲物を見つけたと言わんばかりに噛み付いてくる。

 

「おや、おや、おや、我が寮に優勝杯をもたらしてくれた英雄諸君ではないか。こんな所で何をしているのかな?」

「…………いえ、何もしていません」

「そうかね?見たまえ、外の陽気を。こんな日に外に出ないとは勿体無いとは思わんかね」

「……まるで、私達を外に出させたいみたいな言い方ですね?先生」

「何だと?」

ハーマイオニーは鋭く切り込んだ。ごくりと唾を飲み込む。彼女は時折恐ろしいほどの度胸を発揮する。

 

「フン、まあいい。警告しておこう、今度夜中に廊下を歩いているようであれば即刻学校から叩き出してやる」

不機嫌そうに鼻を鳴らすと、もと来た道を帰っていく。

もう、あいつを止められない。

行ってしまう。夜になれば、彼は石を使って帝王の復活を目論むだろう。そうなれば暗黒時代の再来だ。

 

「…………」

「…………」

「…………」

三人は何も言わなかった。否、言えなかったのだ。当たり前だ。たかが一年生に、何ができるというのだ?その上、日頃の態度から鑑みても信じてもらえない事くらい分かっている。

一年生の、問題児達が、嫌という程敵視しているスネイプを、あろうことか告発?

ハグリッドですらスネイプを疑うなと言うのだ。もう、誰も頼れない。

 

(誰も頼れない?)

ダーズリー家にいた頃は、毎日殴られ、虐めを受け、恫喝され、怒られた。

周りに味方は一人もいなかった。

同じだ。

最悪の状況?未来に展望を見いだせない?なんだ、いつも通りじゃないか。

 

「私。今夜、ここを抜け出すよ。そしてスネイプ先生より先に石を手に入れる。そして隠す」

「…………、え?」

「場所も、何をしたら良いかも、私達は全部分かってる。危険だから、私が行くよ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいシェリー!あなた、自分が何を言っているか分かっているの!?それに、私達は今度抜け出したら、退学に……」

「なってもいい」

ああ、本当に優しい人たちだ。

こんな私をまだ心配してくれている。私には勿体ないくらいの幸せだ。

 

「ホグワーツに入学してから、いろんな事があったけど。間違いなく言える、私の人生で一番楽しい時間だって。今まで何のために生きてきたか分からなかった私に居場所をくれた。熱心に教えてくれる先生をくれた。家族の温もりをくれた。……一生大切にしたいって思える友達をくれた」

「数え切れないほど、返し切れないほどもらっちゃった。もう十分だよ」

「ここで見つかったら、魔法界から切り離されてあの家に戻るかもしれない。見て見ぬ振りをするのが利口なのかもしれない。でもあの人が復活したら同じだよ。結局死ぬ事になる」

「どうせ死ぬんだったら、私は、お母さんとお父さんを殺したっていうあの人を倒すために死にたい。私の命をここで使う」

 

二人は黙って聞いていた。

よかった、これで石を護りに行けると思った。しかし、そばかす少年はやれやれと首を振り、栗毛の少女は仕方ないと言わんばかりに盛大なため息をついた。

 

「……ほんっと、バカだね君って」

「私達が、貴方を放っておくと思う?まったくもう、危なっかしいんだから」

「え?」

「僕の初めてのホグワーツの友達は、シェリー、君さ。三頭犬?スネイプ?石の守りだって?それが何だってんだよ。トロールみたいなもんだろ」

「私だって、えぇ、初めての友達はあなただった。一人で行かせるもんですか。あなたの隣に立っていたい。そうしたい」

「二人とも………」

 

危険だからついてこないで。二人が犠牲になる事はない。安全なところにいてーー

ーーそのどれもが、彼等を侮辱するものだと気がついた。二人の目は本気だ。到底、止められるものではない。

未知の化け物と対峙しても、足止めくらいならできる自信はある。いざとなれば自分がいくらでも囮になればいいのだ。

だがーーこの二人を止める自信は、シェリーにはまったく無かった。

 

「ごめん。二人の力、借りるね」

戦いを決意した三人は、決戦の夜に備えて英気を養った。

そしてーー皆が寝静まった頃。

談話室には四つの人影があった。

うち三つは、当然ながらシェリー達のもの。だがもう一つはーー

 

「お願い、そこをどいて!ネビル」

「駄目だよ、絶対!君達、また抜け出すつもりなんだろう!?」

「それは、そうだけど。でも、本当に駄目なの、ネビル!」

いくら説得をしても、聞く耳を貸さない。いつもの臆病で優柔不断のネビルは、そこにはいなかった。あるのは、一回り成長した男の姿。しかし、今は非常にタイミングが悪い。男になるのはあと一日遅くてよかった。

 

「ぼ、僕、負けないぞ!」

「……ごめんなさい、ネビル。『ペトリフィカス・トタルス、石になれ』」

「あー、ごめんよ、ネビル……行こう」

後ろ髪を引かれる思いで、へと向かう。彼には申し訳ないが、石の奪取が何よりも先決。ここはーー行くしかないのだ。彼を見捨ててでも。

(ごめん、ネビル……)

三人は複雑な顔を浮かべ、へと禁じられた廊下へと向かった。

 

 

 

「………ネビル?」

 

月光のような銀髪のグリフィンドールの悪魔が、階段から降りて来ているとも知らずに。

ベガ・レストレンジは考える。

ネビルを石化させたのは誰だ?彼はいわゆる不良だが、少なくとも友人がこんな目に遭って大人しくしているほど薄情でもない。犯人を見つけ次第ぶちのめす。

しかしここはグリフィンドールの談話室である。一部の例外を除き、グリフィンドール生しか入れないはずだ。

いくらネビルの過失で大減点を喰らったとはいえ、仲間意識の強いグリフィンドールにこんな報復をする輩がいるとは思えない。

 

……もし、仮に。積極的にネビルを石化させたのではなく、その反対だったとしたら?

 

(ロンはベッドにいなかった。もしあいつが何か外出する理由があって、それを引き止めたのがネビルだとすれば……石化させたのはアイツって事になる。が、おそらく、シェリーとハーマイオニーも一緒だろうな。

実際にネビルを石化させたのはハーマイオニーあたりだと思うが……

……今度はなーに企んでる、あの三人組)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおッ!?何考えてんだこの糞犬ゥ!」

「お、大人しくして、フラッフィーちゃん!良い子だから!」

「言ってる場合じゃ……きゃあああああああ!?」

禁忌とされるだけはある。

化け物犬は、気が狂ったかのように我先にと目の前の餌を喰わんと走る。三頭犬は鎖に繋がれてはいるが、そんなもの今にも千切らんと言わんばかりの勢いだ。

 

当初の予定では、フラッフィーを音で出し抜くなりなんなりして突破する予定だったのだ。先に来たスネイプが置いていったであろう、自動で演奏されるハープがあるのを見た時はラッキーだと思った。

しかし、三頭犬の足元に隠されている扉を調べるよりも先に。数歩歩いたところでハープが止まってしまったのだ。

恐る恐る顔を上げると、そこには寝惚け眼が六つ。その瞳が侵入者の影を三つ捕捉した途端ーー唸り声を上げて襲いかかってきたのだ。

 

鎖をガチャガチャと鳴らしながら、三匹は思い思いに暴れ回っている。統制のとれていないそれが、逆に恐ろしい。

三つの頭が我先にと狂い殺すのだ。たった三つ、されどその巨体は脅威である。シェリー達はただ石壁の中を跳んだり跳ねたりして逃げ惑うしかなかった。

「グルゥオオオオオオオ!!!」

「とにかく、音!心地よい歌か曲か何か聞かせないと!」

「ロン・ウィーズリー、歌います!チャドリー・キャノンズ応援歌!おお〜〜お〜〜、今日こそは勝てキャーノンズ!」

「あなた歌へたくそね!?曲は……レパロでハープを直せばいける、けど……!」

「とてもそれどころじゃ……うわっ!?」

 

鋭い鉤爪を躱したかと思えば、三人で固まって逃げていたのが分断されてしまった。それぞれが左右別々の方向へと逃げたからだ。

まずいーーロンが一人だ。

たらり、と冷や汗をかく。だが犬には彼等への慈悲はない。一瞬の出来事に固まって動けない彼等をよそに、シェリーとハーマイオニーへ、そしてロンへと頭をそれぞれ伸ばす。

ハッと気づいた時には、もう牙はすぐそこまで迫ってきていてーー

 

「グガガガアッ!?」

「グゴォオッ!?」

「ーーーえ?」

頭の一つがシェリー達を食べようとし、頭のもう一つがロンを丸呑みにしようとした。

だがそれは明らかに無理な体勢であり、犬の噛みつきは途中で止まった。犬の首元の関節付近で嫌な音が聞こえる。無理矢理首を動かしたせいで相当な負荷がかかったのだ。

(もしかしてーー)

三つの頭の犬の化け物。しかしそれが最凶の特徴にして最大の弱点なのか。

脳味噌は三つあるくせに、身体は一つ。それはつまり獲物が複数いれば各々が食べたい獲物を狙うということ。

しかし、こちらがバラバラに行動すれば、犬同士の動きもバラバラになってしまい、自滅するのでは?

もし、そうであるならば。

そこに勝機はある。

 

「ロン!」

「よしきた!僕はこっちに逃げるぞ、さあ来い化け犬!」

「っ、こっちよ!こっちに来なさい!」

「こっちにおいでー!私は美味しいよー!おいでー!」

それぞれが、それぞれの頭を誘導する。三頭犬は三つの獲物を捕捉するが、身体はバタバタと暴れてその場から動かない。動けない。

肉体で行われているのは主導権の奪い合いだ。目の前の敵を喰わんとする番犬としての性と、他の頭へな闘争本能の高さが、皮肉にもシェリー達を助ける運びとなった。

 

「今だーーー」

『ステューピファイ!』

放つのは麻痺魔法。それらはほぼ同時に目や口に着弾する。元から大口を開けていたのだから、狙わなくても当たるというもの。

魔法生物に、一年生の魔法が通用する筈もない。だが同じタイミングで体内に当たればその限りではないのだ。

ーーここからでは、扉は遠すぎる。一旦のところは眠らせるしかないる数瞬の隙の間に、彼等はハープへと向かい、この騒動の中で見るも無惨な姿になったそれを直す。

 

(やった、これでーー!)

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「なっ、この鳴き声……音が通らない!」

「ちっくしょう、もう少しだってのに………

え?」

三つではない。

いや、先程までは三つだった。しかし、首元からぼこぼこと肉が蠢き、犬の頭の形を模し、毛皮が生え、歯が生えるのを早送りの画面のように見させられて……双眸に金の瞳を携えた頭の数を数えてみれば、唖然とするのも無理もなかった。

フラッフィーは、三頭犬ではない。今や九頭犬のーー化け物だ。

 

「は、は……お次は、炎でも吐くか?……は……畜生……笑えない」

「長生きした多頭犬は、頭が増えると聞くけれど……まさかこれだけの数を隠していただなんて………けれど、そうなると聴覚や視覚をシャットダウンしたサポート用の頭が出て来るから、今更音楽を流したところで意味はないわ……」

「ーーー来る」

どのようにしてハグリッドはこいつを躾けたのだろうか。血に飢えた獣は、その異形を以ってしてシェリー達を喰らわんとしーー

 

ーー突進。

それはただ前に進むだけであった。しかして九つの頭故にその脅威は絶大。

畏怖が。

絶望が。

悪意が。

食欲が。

不退転の厄災がカタチとなり、我先にと突っ込んでくる。

「っ、避けろおおおおおお!!!」

誰かが言った。

ロンか、ハーマイオニーか。それとも自分かもしれない。その叫びで正気に戻り、全力で横に飛んでその突進をいなす事に成功できた。直後、犬が壁に直撃した事で大きな振動が起こる。

シェリー達にとって幸運だったのは、やはりまた頭の数の多さに比べて肉体が一つだということ。肉体の主導権の奪い合いで、前にしか進めないのだ。

前方近距離や少数の敵に対しては圧倒的に強いが、遠くの敵や背後、撹乱を主とする敵には恐ろしく弱い。(それでも並の魔力の攻撃は通用しない上に、効いたとしても頭が増える)

この場にハグリッドがいない事に、本気で安堵する。これがもし主人の指示通りに動いていたら……?最強の重戦車の出来上がりだ。

 

「っ、頭同士で、喧嘩してる……?」

血に飢えた獣は、時として仲間の肉を喰らうーーつまり、共喰いを行うという。

ましてや頭が九つ。

もはや味方だと判別できていないのではないかと疑うほど激しく、お互いがお互いを喰らい合う。食欲の限界だったのだ。もはやシェリー達を見ようともしていない。

今のうちだ。

倒せはしなかったが、これでいい。

九ある頭のうち、一つでもこちらに意識が向かないうちに……。

 

「ーーー飛び込めえええええっ!!!」

放たれた矢の如くだった。

床扉を開け放ち、犬がまだ意識を向けていないことと、二人が飛び込んだのを確認するとシェリーも飛び込む。

長い長い穴だった。床に落ちた時、ロンやハーマイオニーがどこか打って怪我をしないだろうか。いざとなれば柔らかくする呪文で衝撃を吸収するしかない。

ーー強かった。強すぎた。

あんなのを倒せる人間などいない。スネイプが手を焼くわけだ。だが、なんとかーー逃げ切った。

 

ーー逃げ切った?

(もし、これ以上の魔法生物が現れたり、スネイプ先生が先回りしてた時。きっと逃げる事すらできない。私達は戦わなくっちゃいけない。立ち向かわなくちゃいけない。

でもーーそれだけの力は、戦うための力は私達にはーー)

「シェリー!下を見て!」

「っ」

ハーマイオニーの言葉通りに下を見ると、柔らかな植物の集まりがそこにあった。

ぼすっ、とその場に三人は不時着。一瞬安堵する。植物のクッションのおかげで無事だった、と。

そしてその安堵は絶望に変わる。この植物は、まさか。この形状は、まさか。

薬草学でスプラウトが言っていた。栽培困難の超広範囲型殺人植物を総称してーー

 

 

 

 

「大英魔法植物園認定第七十二式超危険植物ーー通称、『悪魔の罠』」

 

 




この世界の三頭犬は進化すると九頭犬になります。B連打不可避。
調べてみたら、ヒュドラとか八岐大蛇とか頭がいっぱいあるドラゴンはいるのに、犬はほとんどの場合多くても頭三つが限界のようです。所詮犬か……。

三人組には容赦なかったですが、これがハグリッドなら尻尾振って甘えてきます。めざせバケモンマスター。


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13.SPEED QUEEN

両手両脚が植物に絡まれる。その不快さと恐怖にパニックに陥ってしまう。早く、この植物から抜け出さなければ……。

 

「これはーー悪魔の罠よ!動かないで、動かなければ害は無いわ!動けばそれだけ締め付けられる!」

「!分かった、ハーマイオニー!」

毒々しい色の植物を前にして、知識を正しく活用できる判断力。やはり彼女はとても頼りになる。

彼女の言いつけ通り、シェリーは身体を動かさずに微動打にせずにいた。いつもいじめっ子達に見つからないように行動していたため、身体を動かさないのは得意中の得意だ。

 

(悪魔の罠ーーそういえば、スプラウト先生が言ってたような)

授業の内容を思い出す。

たしか、長い触手をゆらゆらさせた植物で、この植物に触れた者は、長い蔓を巻き付けられて手足の自由を奪われ、やがて蔓によって絞め殺されてしまう。

そして特に生物を殺す事に特化しているトラップ系の植物で、蔓から逃れようともがけばもがくほど、固く締め付けられる。

パニックになって暴れていれば、それこそ危険だったというわけだ。

 

程なくして、シェリーは植物から『非生物』だと認識されたのか、身体を縛る力はどんどん緩いものとなっていき、緩やかに呑み込まれ始める。

植物に呑まれながら下に落ちるのには抵抗があったが、これが正解なのだと自分に言い聞かせ、流れに身を任せる。ゆっくりと、沈み込んでいきーーー

 

ーーうまく行き過ぎている事に気がついた。

おかしい。悪魔の罠とも言われるものが、こんなに簡単であるだろうか?

何かがおかしいのだ。見落としがあるのだ。

それは、何か……?

「ロン?ロン!!」

「……………」

「しっかりして、ロン!!」

ハーマイオニーの必死に叫ぶ声で、漸くシェリーは気が付いた。ロンの意識がない。項垂れたまま、動かない。

見れば、絡まった植物のせいで些か見辛いが……脚に赤黒い傷ができており、絶え間なくドクドクと血を流しているではないか。

 

(私とハーマイオニーは傷を負ってない。だから、この植物のせいじゃない。もしかしてフラッフィーちゃんの時に、傷を………??)

当然といえば当然。フラッフィーがあの巨体で突進してきた時、ロンの脚に爪が掠っていたのだ。二人を不安にさせないために、彼は最後の意地で叫ぶのだけは抑えたが……。

ともあれこれはまずい。

血が流れるロンを生物だと認識したのか、どう見ても彼を締め付ける力が強くなっている。ロンの顔が青白くなっていくのが遠目でも分かった。

「とにかく、傷を止めないと……ッ」

「ああ、シェ、シェリー!ロ、ロンの……傷に……虫が……!」

 

ぞっとした。

蔦に擬態した、ミミズだとかムカデだとかのような細長い形状のそれが、血を啜る。

あれだけの重傷、早期に治療せねば命の危険もあり得るというのに。それを、よりにもよって雑菌だらけの虫がたかるなんて。

シェリー達は知らないが、これはハグリッドが特殊な交配を経て作り上げたレタス食い虫の亜種。その名も『血食い虫』だ。

レタスのかわりに人の血に反応して吸い上げてしまう。おまけに生命力はべらぼうに高く、普段は殆ど動かずにいるが、血を見れば活性化するというのだから厄介極まりない。

 

動けば殺す極悪植物と、普段は大人しく動かずにいる、蔓にも絡め取れないほどの大きさと軟らかさを持つ血食い虫との相性は最高だ。血食い虫なら悪魔の罠の中であっても、生きられる。行動できる!

 

「とにかく、ここから出ないとロンが!火、火で燃やすしかないよ、ハーマイオニー!」

「火ーーでも、薪がないわ!」

「魔女だよ!?私は腕が塞がってるから、お願い!ハーマイオニー!」

「っ、ああっ、そうだった!わかったわーー『インセンディオ』!」

ハーマイオニーが放ったのは種火程度のものだったが、部屋全体に植物が張り巡らされているせいか、火の回りは早かった。いくら悪魔の罠といえども基本は植物。これには滅法弱い。あまり燃やしすぎると空気が確保できなくなるため、火の量は最低限だ。

既に燃えてしまった部分は苦しみ悶えて炭となり灰となる。まだ燃えていない部分は大慌てで大理石の間に引っ込む。

小さな魔力、成果は大なり。悪魔の罠への効果は覿面である。

 

火の粉から逃げるように動き、三人から植物が離れてゆく。解放され、天井から床に叩きつけられたかのような勢いで尻餅を打つ。痛みに一瞬顔を歪めるも、シェリーとハーマイオニーはそれも忘れてロンの元へと駆け寄る。

「ロン!ロン!!しっかりして!お願い、起きて!」

「ああ、虫が離れていかないわ!嘘でしょう!?ロン!!」

何とか引き剥がそうと強い力で引っ張るが、存外に力が強く離れない。このまま放っておけば内臓まで食い破らん勢いだ。

シェリー達は焦る。

刻一刻と迫る『それ』に目を合わせないようにしても、向こうの方からやって来るのだからどうしようもない。

死は着実に近づいていた。まだ彼の呼吸は荒いが、それがいつ終わるかも分からない。

 

「ーーーッ」

「シェリー!?貴女何してるの!?」

ハーマイオニーの疑問ももっともである。側から見れば、それは気が狂った以外の何物でもない。自らの左腕に、唐突にーー大きな傷を入れるなど。

ぼたぼたと垂れる血を見て、ハーマイオニーは目の前の凶行に戦慄する。しかし説明している暇も惜しいと言わんばかりにシェリーはロンへと近づくと、その手を彼の脚の方へと向けた。

 

「!虫が、シェリーの方へ……」

「この子達がなんて種類か分からないけど、少なくとも血に集まる習性があるみたい。なら私の血の方に集めれば……」

彼女の狙い通り、虫達がロンの脚から離れてゆき、シェリーの腕へと登りかけた時。ハーマイオニーが再度火を放ち、虫達をすべて焼き殺した。

その様を見て心が痛むが、仕方がないと無理矢理割り切る。殺さねば殺されるのだ。

 

見れば、周りにもトラップが沢山だ。血食い虫は血に反応するため、傷を負わせる必要があるのだが、それには悪魔の罠が反応しない事が絶対条件だ。

例えば悪魔の罠と交配させ、蔓に反応されない群生スナーガラフなど。

悪魔の罠かつ屋内という制限がある中でこれだけの植物を用意できるとは……スプラウト恐るべしである。炎以外に対処しようがなく、仮に炎で突破できても下手すれば死ぬ鬼畜設定だ。

 

「う……ハーマイオニー?シェリー?」

「!ロン、気がついた?」

「ああ……迷惑かけたみたいだ。ごめんよ、僕がぼやぼやしてるばっかりに」

「いいのよ、本当に、無事で良かった……怪我治すわね」

医療・治癒魔法の類は他に比べて格段に難易度が高く、ホグワーツでも基本的なものしか取り扱っていない。例えば、傷を癒すエピスキーなどがそれにあたるが……習得するのは普通は四年生になってからだ。

そういった事情があるため、一年生でそれを扱えるハーマイオニーの知識量は凄まじいものがある。流石に経験不足故に多少拙くはあったが……傷口は塞がり、普通に歩けるくらいには回復した。シェリーの左腕は、怪我してすぐだったのでほぼ完治だ。

 

「ロン、これ以上は危険だよ。その身体じゃいずれ……」

「いや、行く。そりゃ、魔法じゃ二人に敵わないけどさ。このまま二人で行っても、いずれどっちかが怪我して、引き返さなくっちゃならなくなる。それじゃスネイプには追いつけない……。なら僕は、二人を怪我させないために囮でも盾でもやるさ」

「ロン………」

「大丈夫、今度は足手纏いにならないよ」

 

ハーマイオニーと顔を見合わせる。彼女は泣きそうな顔をしていた。無理もない。

正直言って、もう彼を動かしたくない。彼にはもう医務室のベッドで休んでいてほしい。

だが、味方がいた方が心強いのも事実。

おまけにーー男の子というのは、総じてこういう顔の時は意思を曲げないものだ。これ以上の説得は無意味。絶対にいくら言っても聞かない。

シェリーは、苦い顔をしたがーー結局は、ロンを連れて行くことに決めた。下手に戻ったり、置いて行く方が危険だと判断したのだ。

ハーマイオニーもその意見には納得のようだ。

 

「無理しちゃダメよ、ロン」

「分かってるって。………さて、お次は何が出るかな」

そう言って扉を開くと、最初に飛び込んできたのは金属音だった。細いチェーン同士がチャリチャリとぶつかるような、繊細な音。

そして次に見たのは、部屋の中を数十、数百匹の何かが飛び回っている光景だった。

鳥だろうか?いや、あれはーー鍵。

大量の鍵が飛び回っている、異常な光景だ。

 

「すげぇ。羽根が生えてる」

「妖精の呪文かしら……。フリットウィック先生らしいといえば、らしいわね」

「スニッチみたい……」

 

真っ先に連想したのはそれだ。ひと昔前まではスニッチの役目は高速で飛行するスニジェットという鳥が果たしていた。だが、乱獲されまくり絶滅の危機が訪れたので、代わりに用意されたのが黄金の球体に羽根を生やしたものだ。

スニッチの名前の由来も単純明快、スニジェットをもじったもの。で、あるならば、鍵に羽根が生えたものはいったい何だろう?

カギもどきを横目で見つつ、扉を開けようとする。……開かない。アロホモラを使っても全く効果無しだ。

 

「見て、シェリー」

箒だ。箒が立てかけられてある。

……つまり、そういう事か?箒を使って空中の鍵の中から正しい鍵を見つけ出せ、と?

無茶振りにも程がある。

だが、それは普通の人間の場合だ。シェリーは歴代最高のシーカーである。これくらい、わけない。

よくよく観察してみると……鍵鳥の群れの中に一匹だけ、羽根がもげてよろめいている個体が確認できる。スネイプが先にこの部屋に来て鍵を取ったとするならば……おそらくは、あれが。

 

「あれが、この扉の鍵って訳だね」

箒を手に、シェリーはその鍵鳥をしっかりと見て逃がさない。

その肉食獣を思わせる視線に、ロンとシェリーは心なしかその鍵がびくりと震えたように錯覚した。……シェリーはもう既に、飛行の世界に『入って』いる。

 

実際のところ、シェリーの箒テクニックは大して高くはない。扱いの巧さでいえば、フレッドとジョージの連携には敵わないし、小回りであれば三人娘に軍配が上がり、総合力ならばウッドが最高だ。

そんな彼女が何故、シーカーとして活躍しているのか。

単純だ。

彼女が一番疾く、早く、速いから。

仲間との連携はまったくできないし、空中でボールを受け渡すだけの器用さもない。しかし小柄かつホグワーツ最速の称号を持ち、スニッチまでの最短の飛行ルートが見える彼女は、まさにシーカーになるために生まれてきたような娘。シーカー以外できないと言い換えても良いかもしれない。

パワーも、テクニックも、ゴリ押しできるだけの体格もない。そんな彼女の、箒の上の武器は二つだけ。圧倒的スピードと、眼の良さのみだ。その二つがーーー飛び抜けて凄まじすぎる。

 

「しッーーーー!」

轟、と風を切る音が確かに聞こえた。

その小さな身体は夜空を翔ける流れ星のような勢いで飛んで行きーー目標を捕捉。よろめいた鍵鳥を掴もうとして……。

 

「ッ、しまった……」

失敗だ。逃げる時の鍵鳥の動きは予想以上に早かった。もう少しで届く、その瞬間にシェリーを察知し、身をくねらせて逃れる。

箒も車やバイクと同様、スピードを出しすぎると急に止まるのは難しい。それは魔法云々の話ではなく、単に物理法則、慣性の問題になってくる。

だがーーシェリーは止まってみせる。洗練されているとは言い難い、荒削りで強引だが恐ろしく鋭い飛行!鍵鳥目掛けて急ブレーキと超加速の連打を叩き込む、それが彼女の飛行スタイルなのだ。

手に金属の質感。

今度こそ、彼女は鍵鳥を捕らえた。

 

「やった!後は……」

「シェリーッ!!後ろだ!!」

「えーーきゃあああっ!?」

背中に衝撃。細い何かが突き刺さるかのような痛みが、彼女を襲った。堪らずシェリーは旋回してその場から離れる。

しかし。今度は腕にその衝撃がやってきた。

「うぐ……っ!?」

それを見て絶句した。腕を見てみると、そこには鍵がめりめりと己の肉に食い込んできている光景があった。

まずい。シェリーは感覚的に、先ほどと同じ超スピードで部屋の中を飛行して回る。それは正解だった。

先程まで自分がいたところに、鍵が弾丸のような勢いで迫る。部屋中を、鍵が高速で飛行する。そして部屋を見渡してみればーー、そこには自分を取り囲むように、ドーム状に展開しながら、鍵達が先程までとは比べ物にならないほど高速で飛行しているではないか。

 

つまりはーーこの部屋の鍵全てが、トラップだ。シェリーを敵とみなし、追いかけてくるというわけだ。

遠くから二人の声が聞こえる。しかし、それすらもシェリーの耳には入らない。それだけの速さで飛行しても、鍵の群れを振り切れない。せめて、手元にある本物の鍵だけでも届けなくてはーー。

「ローーーンッ!!」

「任せろっ!」

箒の上から投げ飛ばされた鍵は、ロンの手の中に吸い込まれるようにしてキャッチされる。それさえ確認すれば十分、数秒のうちに扉は開く。その隙に、シェリーは逃走ルートを探す。

 

(私を囲うようにして作られた、いわば鍵のドーム……まずはここから脱出しないとどうしようもない)

鍵の動きは、一つ一つ違うのだ。前からくる鍵もあれば、下からくる鍵もある。四方八方から小さな鈍器がやってくる。

それがこの試練の難易度を格段に上げているのだ。何百もの鍵の群れの中を飛んで行き、二人の下へ辿り着くために、どれほどの集中力とセンスが必要か。

 

(このまま直線で行くのは厳しい。なら、この鍵の集団の中から飛行ルートを見極めて、加速して一気に扉まで飛ぶ!鍵も追いつけないくらいの最高速度で突っ込めばーーーー

うぐッ!?)

脇腹に鋭い痛み。鍵はまたしても彼女の身体を捉え、シェリーは箒から叩き落とされそうになるが、執念でしがみ付き…体勢を立て直す。

(しまった、私が攻撃を受けている間に鍵が動いちゃった。さっき見つけた飛行ルートが塞がれてる……、また抜け出せる所を探さないと…)

ーーそれにしても、疑念が宿る。おかしい、妙だ、と。鍵の動きは確かに素早いが、自分の飛行速度の方が上のはずだ。

その疑念を振り切るように、

 

シェリーのお家芸、高速チャージ。今この場において一番速いのは彼女だ。

だが、攻撃を当てるのに速さは関係ない。

どれだけ加速しても鍵は追いついて、彼女の身体を殴打する。シェリーの柔らかい身体に痣が増えていく。

(なんで!?これだけ速く飛んでるのにーー)

シェリーは鍵を振り切ろうと、最善かつ最短のルートを見極めて飛ぶ。しかし、それは悪手であった。扉を開けて待機していたロンが唯一、その原理に気付いた。

 

「そうか……、鍵は連携して飛んでるんだ」

「連携!?どういうこと?」

「シェリーは鍵の隙間を縫って、僕達の方へと向かおうとしている。彼女にはそのための最短ルートを見極めるだけの動体視力があるからね。だけど、それは罠だ」

「罠、ですって?」

「ああ。彼女の動きを誘導して、動きを強制する。シェリーのコース選びの上手さが裏目に出たんだ。鍵の大群の中、シェリーは最短ルートを見極めてしまう。そのルート上に前もって突っ込めば当たるって寸法さ」

 

いくら速くても、迷路の出口で待ち構えていれば自ずと機会はやってくる。しかも彼女の体格では、横からの衝撃ですぐに当たり負けしてしまうのだ。どうにかこの事を彼女に伝えようにも……鍵に集中していて、声すら届かない。集中しなければ、そこを突いてくるからだ。

どうするーーーどうすれば??

焦りからか。じわりと汗が浮かんだ。

 

「あ」

その声を誰が漏らしたか。

シェリーの動きが止まった。集中が切れたのか、逃げ飛び回っていた箒の動きが、完全に停止した。無理もない、あれだけの猛攻を掻い潜るためには、それだけ使うエネルギーも多いということ。

無防備すぎるその姿。鍵に感情があるならば勝利を確信して嗤っていただろう。今が好機だと言わんばかりに、鍵の集団が彼女めがけて飛び出してーー

 

(…………ここだ)

「なッ、えっ!?」

ロンとハーマイオニーは驚愕した。襲いかかってくる鍵どもを躱しつつ、しかもその勢いのまま鍵のドームから脱出したではないか。

原理は単純だ。鍵が攻撃のために飛び出してきた瞬間、そこには隙間ができる。そこを狙って飛んだというだけの事。

しかし、まさか、と。ロンは舌を巻く。

(土壇場でそんな事ができる奴なんて、そうそういるもんじゃない!プロでもそんな奴いるかどうか………すげぇ)

彼の心は高揚していた。それほどまでに、彼女は素晴らしい飛行を披露した。

鍵どもが慌ててシェリーを追いかけるも、彼女の飛行スピードには、直線距離では絶対に敵わない。

これがーーこれが、ホグワーツ最速、シェリー・ポッターの飛行だ。

 

決死の思いで扉を潜り抜けると、ロンとハーマイオニーはすぐさま扉を閉める。その直後聞こえてきた『大量の何かが刺さるような音』は、おそらくは鍵の集団だろう。

「はぁ、はぁ、はぁ………」

身を投げ出し、その場にへたり込む。言うなれば、1対100でクィディッチをしていたようなものだ。その疲労は凄まじいのだろう。

「大丈夫かシェリー!?」

「すごいわ!本当にすごいわ、あんな飛行ができるなんて!」

「あ、はは………たまたまだよ」

照れ臭そうに頭をかく。先程までのスピードクイーンは何処へやら、そこには凡庸で優しいいつものシェリーの姿があった。

 




スプラウト先生とハグリッドの始めての共同作業。
三頭犬から逃げたらそこは植物の罠だらけ。ちょっとでも動いたら締め付けられて、ちょっとでも傷ついたら傷口に虫がたかる。その他トラップ多数。炎で突破できなくもないけど、調子に乗りすぎて燃やしすぎると空気がなくなるわそれに反応する植物とか虫とか出てくるわしてくる。やべぇ

フーチ先生とフリットウィック先生の共同作業。
扉を開ける鍵は一つだけ、箒に乗って正解の鍵を取った瞬間、何百ものダミーの鍵が襲いかかってくる。実質1対100でクィディッチしてるようなもの。しかも箒の乗り方とかクセを見極めて攻撃パターン変えてくる。超やべぇ

隻狼を知人の家でプレイしました。
あれって発音がセキ⤵︎ロウ⤵︎って下がるんじゃなくて、
セキ⤴︎ロゥ⤵︎と上がって下がるんですね。初めて知った…。
あれって序盤の赤鬼とか蛇の時点で詰むんですけど、難しすぎるのか私が下手糞すぎるのか。


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14.ブラッディ・デュエル

こないだ地上波でやってた実写版美女と野獣観ましたけど、エマ綺麗すぎねえか。こないだまであんなに小さかったのになあ(賢者の石を観つつ)


ある程度の休憩を取ると、シェリー達は次の扉を開く。

そこにあったのは、巨大な白黒の台座の上に鎮座している像の群れ。その像は、馬に乗った騎士や王冠を被った者など……見覚えのある形をしていた。

「これは……チェス盤?」

つまりは。

やる事はシンプル、チェスで勝て!という事だろう。ウィザードチェス、いわゆる魔法使いのチェスは駒が『文字通り』動き、高価なものだと多種類のエフェクトや爆発で勝負を盛り上げるのだが……ここまで巨大なものはロンでも見た事がない。駒だけでも、自分達の背丈の倍はあるだろう。

 

たぶんこれはマクゴナガルの試練だ、とはハーマイオニーの談。彼女はチェスの元英国チャンピオンだったらしく、その腕前は確かなものだ。チェスに組み込まれている魔法も、彼女の実力を反映したものだろう。コンピュータで行う無人チェスとは訳が違うのだ。

 

「これは、僕の出番みたいだぜ」

ロンは勇んで前に出る。この中で一番チェスがうまいのは彼だ。

シェリーはチェスどころかオセロやトランプにも触ったことがなく、駒の動かし方すらおぼつかない。彼女に友達がいなかったのもあるが、そもそもの問題として、ダーズリー家がそういった知的なゲームを愛息子ダドリーのために排除していたのも一因だろう。

 

ハーマイオニーは何というか、決して筋は悪くないのだが、彼女の頭でっかちが顕著に出てしまうのだ。型にはまったお手本戦術なので動きが読みやすい。というか戦術そのものが古い。

 

さてここで登場するのが我らがロン。一年生とはいえ、ロンのチェス・テクニックは本物だ。グリフィンドールどころかホグワーツの中でも五本の指に入るほどの実力者で、チェスの一年生大会の決勝でベガと数時間に及ぶ熱戦を繰り広げた事がある。

 

「ヒャハハハハァ!ここまで来たのは褒めてやるぜロナルド・ウィーズリー、だがこれはどうかなッ!!!」

「立て!立つのですロナルド!!!このマクゴナガルと決着をつけたいのならば立って勝つのですロナルド!!!!!」

「ああ、やってやるぜ先生!!そんな魂の入ってない攻撃、痛くも痒くも無いねッ!!それよか足下がお留守だぜベガ・レストレンジィィィィィ!!!」

「負けないで、ロン!その攻撃を凌ぎきれれば、ベガに勝てるんだから!!」

(※チェスの試合である)

 

セコンドのシェリーが椅子を出したり、同じくセコンドのハーマイオニーが喝を入れたり、双子がその勝負を焚きつけて、リーがその試合を実況し、ニックの首が取れそうになり、クィディッチと勘違いしたウッドが箒片手に飛び込んできたり、あわやマクゴナガルまでもが昔の血が騒いでその激闘に夢中になってしまい、翌日は皆談話室でぐったりしていたのは良い思い出だ。

後にこの戦いが、『ウィーズリーとレストレンジの死闘』として語り継がれていくのは、また別の話……。

 

さて、ロンはチェス盤を見てうーんと唸る。

ぶつぶつと考え事を纏めると、ロンは近くにあったナイトに疑問をぶつけた。

「これって、僕らがそれぞれ駒の代わりになるって事かい?」

「左様」

「うわっ喋れるんだ君……聞いたの僕だけどさ。僕らはどの駒と代わっても良いのかい」

「左様」

「それしか喋れないって事ないだろうな」

 

ことチェスにかけては、ロンの独壇場である。元々ロンは三人組の中ではミソっかすのような存在だと認識されていて、彼自身もそれを一番よく分かっていた。

勉学面ではハーマイオニーがダントツで、クィディッチではシェリーが大活躍。しかも二人とも自覚していないがフツーに可愛い。

それに引き換えロンはひょろ長いノッポのそばかす少年。決して劣等生ではないが、いまいちパッとしないのだ。しかもベガ・レストレンジという数十年に一度の天才(しかもモテる)の存在も大きかった。

 

出来の良い兄弟達にも、親友達にもコンプレックスを抱え、肩身の狭い思いをしてきた。だが今回は違う、今回だけはロンが主人公。彼は二人を守る騎士なのだ。

「よし、それじゃあもう一つだけ。先行は僕達で大丈夫かい」

「左様。然らば、汝らに試練を与えん」

その言葉に疑問符を浮かべた瞬間、部屋全体が大きく揺れた。

ロン達はバランスを崩し、その場に尻もちをつく。

一瞬、地震かと思ったが……ホグワーツはそういった災害対策は完璧なはずだ。ならば、スネイプが何か罠を仕掛けたとか?

いや、いくらあいつでもホグワーツ教師陣が創り上げた試練の間に細工を施すなど不可能であろう。

 

ならーーこれは元からのギミック。

このチェスの間において、元から存在していた『設定』という事だ。

「なッ、え………ッ!?」

ロンは愕然とした。当然だ。

元からそこにあったものとまったく同じ、巨大なチェス盤が並び立つかのように『二つ』せり上がってきたのだから。

勿論、駒の内容もまったく同じ。まさか、という疑念が冷や汗になって垂れる。

そんな彼等にもたらされるのは、彼等にとって絶望の宣告だ。

 

「挑戦者は三人。ならば当然、試練も三つである。『三つ同時にチェスを行い、全て完勝してみせよ』………これがこの試練の突破内容である」

ごくりと唾を飲んだ。

つまりそれは、三人がバラバラになるという事。チェス盤一つにつき、自分達が一人ずつつかなければならないという事になる。

(まずいぞ……僕はともかくとして、この二人が勝てるかどうか……)

相手が英国チャンプのマクゴナガルだということを考慮すると、ズブの素人であるシェリーとワンパターンの戦術しかできないハーマイオニーは、あからさまな足手まといだ。

だからロンが指揮を執る筈だった。しかしこれでは、仮にロンが勝てても二人は突破できない可能性がある。

 

(いや!違う。二人は足手まといなんかじゃない!考えろ、全員が突破できる可能性を!)

「この試練について質問するぞ!僕が、三人分の指示を出すのは可能なのか?」

「許可する。一つのチェス盤につき挑戦者は一人だが、違うチェス盤同士の相談は許可する。しかし代わる駒はそれぞれ違う種類でなければならん」

「ロン!?あなた何を考えているの!?」

 

ハーマイオニーの悲痛な声が聞こえた。

実際、これはロン側が相当不利な勝負だ。

チェスを同時に三つこなさなければならない上に、シェリーとハーマイオニーを取られてはいけないというハンデ付き。

相手はおそらく、いや確実に相当な実力者。できれば一つの盤面に集中したかったところだが……仕方ない、と彼は考える。

せめてもの強がりで、ロンは二人に不器用な笑みを浮かべた。

 

「………二人とも、僕の指示に従ってくれ。シェリーは右のチェス盤のビショップ、ハーマイオニーは左のチェス盤のルーク、僕は中央のチェス盤でナイトだ」

「無茶だよ、ロン!そんな………チェスの事はよく分からないけど、三つ同時に相手して、三つとも勝てだなんて、そんなのとても難しいって事くらい分かる!だから………」

「じゃあ君は、この勝負勝てるのか?前の対局で、僕にさんざっぱらやられてた君が、君達が!」

「っ、それは………」

「大丈夫だよ、二人とも。必ず勝ってみせる。必ずね!」

ロンはニヤリと笑った。

 

「本当に……本当にずるいわ、男の子って」

「ロン、お願い……無茶だけはしないで」

渋々、本当に渋々といった感じで二人は指示された場所に移った。

さて、いざゲームが始まってみれば、なんとまあ難しい事か。

それぞれの盤面で、戦局が大きく違う。

まさか、とは思ったが……、それぞれで『使ってくる戦術が全て違う』。

例えばシェリーの盤面では、早々に捨て駒を行い短期決戦を目論む攻撃的な指し方。

ハーマイオニーの盤面ではこちらに不要な手を打たせるのを誘うような指し方。

そしてロンの盤面では、中央に圧力をかけるセオリー通りの展開。しかしそれでいて盤石かつ王道の指し方だ。

その三種類の攻め方に、彼の脳はフル稼働を始める。三つの盤面を完璧に把握し、かつ違う戦略で挑まなければならない。これだけ脳を酷使するのは、人生で一度しかないだろう。

 

(この試合展開……僕が絶対に避けなくてはいけないのは『千日手(パペチュアル・チェック)』だ。引き分けで指し直しになれば相当な時間ロス。ならば反対に求めるべきは、最小手数で勝つこと!)

一手先、二手先、いやチェックになる手から逆算して駒の動きを計算。それを三人分行うだけのこと、たかがそれだけのことだ。

「ハーマイオニーの盤面のポーン、二つ前へ」

ロンの動かした駒が、敵の射程に入る。

マグルのチェスでは(面白くないことに)駒は全く動かないらしいのだが、魔法使いのチェスでは駒が直接動いて、直接壊す。

まさか、とは思うが………。

 

「ーーーーッ」

直後、轟音が起きた。

敵駒にポーンが壊された。とても巨大かつ頑丈そうな駒は、見るも無残に破壊し尽くされたのだ。

後に残ったのは静寂だけだ。その場の全員が青い顔をした。

「………跡形もなく、粉砕された。これがこの試練のルールなんだ。……よし、敢えてもう一度言うよ。君達は絶対に奪らせない」

 

激戦だった。

駒を取っては取られ、取られては取り返し。

鳴り響く破壊の音に集中を掻き乱されないように、尚且つ最善手を選択するように。

ロンの顔は、最早チェスプレーヤーのそれではなく、未熟だが誇り高き戦士のそれに変わっていた。

そしてーー、まず始めに、ハーマイオニーの盤面を制した。

「ハーマイオニー、前に三つ動いてくれ。………よし、チェックだ」

ハーマイオニーが安堵するのを見て、肩の荷が一つ降りる。ふぅ、と大きく息を吐いて、自分の盤面に戻りーー…

 

 

(…………あっ、やばい)

 

 

「………ポーン、二つ前に。……よし、これでシェリーの盤面も僕達の勝ちだ」

「やった!すごいよ、ロン!」

「ええ、本当に……!後は貴方の盤面だけだわ!」

「………ああ、そうだね」

「?」

なんだかロンの顔色が優れないな、とシェリーは感じた。そして、ふと……ふと、彼のチェスの盤面を見てみる。正直言って他の盤面を気にする余裕は無く、戦況がどうなっているかは分からなかったのだが………、

(………あれ?この駒の配置、どこかで見た事があるような……)

 

確か、この配置はロンがクリスマスに兄達とチェスをした時と似ている。

彼が熱心にチェスを勧めてくるので、ジョージと勝負しているところを、パーシーに解説されながら観戦していたんだったか。

あの時は、そうだ。

 

ロンは『ナイト』を『捨て駒』にして……

 

(……………!!!)

「ロン!まさか、自分を捨て駒にする気じゃないよね!?ナイトを囮にして、クイーンでチェックメイト!クリスマスの時にも、ジョージに同じ戦術を使ったよね!?」

「え?あ!」

「………やっぱ誤魔化せないか」

諦めたような声だった。

なんて事はない。『シェリーとハーマイオニーを取らせない』……それがロンにとっての最重要事項であったというだけ。

彼女達二人を優先するあまり、自分の盤面が疎かになっていたのだ。自分が捨て駒にならなくてはならない、そんな状況下にあることに先程まで気付かなかったのだ。

それでもしっかりチェックの形まで持っていくあたり、彼の実力は本物なのだが。

「そうだよ、スネイプを止めるためには、これしかない。ここで決めなきゃ時間をロスしちまう」

「だからって……!」

「……僕のホグワーツの初めての友達は、シェリーだ。けど、僕の初めての親友は、君達なんだ。……後は君達に託すよ」

 

シェリー達の制止の声も聞かず。

無慈悲にもロンは、敵のポーンによってチェス盤から弾き飛ばされた。

「ロオオオォォォォーーーーーンッ!!!」

「いやあああああアァーーーーーーッッ!」

 

不幸中の幸いと言うべきか、ロンはシェリー達の所へとぶっ飛ばされた。

彼の容態は酷い。元々前の試練で弱っていたところに、大きな鉄製の武器でズタボロにされたのだ。彼の身体はもう、リタイア寸前なのだ。

しかし彼の闘志はまだ消えていない。

まだ反逆の炎は燃えているのだ。

シェリーとハーマイオニーに支えられ、息も絶え絶えの、どこにだっている小僧。しかし彼は、ここにいる誰よりも騎士だった。

ロンの血に脈々と受け継がれている騎士道精神が、灼熱の光を放つ。

試練でも活躍するシェリーや、医療と知識でサポートするハーマイオニーを見て焦っていたのだ。自分だけ足手まといになってしまっているという現実に。だが、ここで漢を見せることができた。

(ああ、僕には最高の友達がいる。二人を護れたんだ。………やった、ぜ)

「ーーーチェック・メイトだ」

 

キングが剣を手放した。

それと同時、ロンも自分の意識を手放した。一瞬焦ったが、脈を確認しているハーマイオニー曰く、気絶しているだけで無事、との事だ。

しかし、もう無理だ。

騙し騙しここまでやってきたが、彼の傷口が開き始めている。ロンには申し訳ないが、ここに置いていくしかない。

「ロン、ナイスファイト」

眠っている彼の頰に、二人はキスを落とす。

心なしか、彼の口元が緩んだ気がした。

ハーマイオニーは頰を叩くと、気丈に次の扉へと向かう。

 

「次へ行きましょう、シェリー。ロンがここまで頑張ってくれたんだもの、私達が躓く訳にはいかないわ」

「………!うん。何が起きるか分からないから慎重にね」

「ええ。これまでの試練の傾向を見て、いきなり襲ってくるなんて事はないでしょうけど……」

 

中はとても薄暗かった。

そして、なんとも酷い匂いが充満していた。思わず口元を隠す。臭いだけならまだしも、有毒ガスだったら大変だ。

(………あれ?)

デジャヴだ。

この匂いは嗅いだ事のある匂いだ。先程のチェスといい今日はやけにデジャヴを感じる日だが、この匂いには覚えがある。

「これって……」

「ぶおおおおおおおおおお!!!」

「ッ」

轟音。まるで地獄の底から響き渡ってきそうな大声。

覚えがある。それどころか、同じシチュエーションで襲われた。

 

ひとりでに火が灯った。

そこにはーーやはりというべきか。

醜い顔の、巨大な、汚らしい異形どもが、ギラギラとした目で跋扈していた。

「トロール……!それも一匹や二匹って数じゃない!こんなに沢山……」

一匹一匹が巨大なため、その圧迫感は数以上の物がある。

しかも。

それよりも、もっと恐るるべきは。

「ぶ………『武装』してる!?知性の低いトロールが、武器を!?」

鎧兜に身を包み、その膂力を活かすために斧を持ち、さながらその様は城を守る兵士そのものである。

トロールは知性が低く野生的で、棍棒かもしくは己の身体を用いて敵を仕留めるというのが魔法界においての常識だ。

仮に彼等の前に鎧兜を置いてみても、彼等はそれを何に使うものか分からずに壊してしまうだろう。かつてのヴォルデモート全盛の時代においても、低い知性に巨人以下の図体、鈍重な動きから役立たず呼ばわりされた魔法生物ーーのはずだ。

 

しかし。

理性と本能だけで生きているはずのトロールが、かくや武装して襲いかかってくるなど、ありえない。

「ーーーーーそんな、嘘でしょう!?」

その言葉を嘲りと感じたのか。それとも敵の威嚇だと勘違いしたのか。

トロール達は斧を一斉に振り下ろす。その威力たるや、床を破壊し部屋中に破片が飛んでいくほどだ。爆発が起きたかのような炸裂音だ。

 

しかしシェリー達は既にその爆心地にはいなかった。トロールのそれは、良くも悪くもパワーに身を任せた戦い方なのだ。

誰がこいつらに武器を持たせたのかは分からないが、少なくともトロール自身の頭脳はさほど上がってはいないようだ。

そのまま二人は次へと進む扉の前まで向かってーー開かない。どうやらトロールを全員倒さなければ先へは進めないようだ。

その理不尽な試練に頭が痛くなるが、即座に二人は杖をトロール達へと向ける。奴等はまだ「あれ?今ので仕留めた筈なのになぁ」と斧の先っちょを不思議そうに見つめていた。

ーー好機。

 

シェリーとハーマイオニーはそれぞれ、赤い光を放つ。人間であれば即、気絶は間違いないであろう、遠慮無しのフルパワーのステューピファイ。だが無常なるかな、鎧の隙間を狙って放たれた赤い光は、トロールの皮膚の表面をほんの少し焦がすに留まった。それどころか奴等が気付いた。

 

(っ、やっぱり、私達の魔力じゃ火力が足りない!前戦った時みたいに、武器を奪って相手に直接ぶっつけるような物理攻撃じゃないと、とても気絶させられない!)

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!!」

シェリーの放った光が斧に当たり、ふわりと羽のように宙へと舞う。そしてトロールの脳天めがけて急降下していく。

 

「なッ、え!?」

しかしそれは他のトロールが斧を振り回して防いだ事により防がれた。暴れているのではない、仲間を守ったのだ。

これでハッキリした。このトロール達は、明らかに訓練されている。

知性こそ低いものの、戦闘中に仲間同士で喧嘩する事もないし、助け合うこともある。

さっきの斧の攻撃だって、仲間に当たらないように注意していたではないか。普通のトロールならこうはいかない。棍棒がお互いの身体に当たり、喧嘩が始まる。

 

「インセンディオ!!シェリー、とにかく火を!火が恐ろしいのはきっと変わってないはずよ!」

「!そっか、火で動きを制限すれば……!」

そうすればきっと、トロール達にもきっと対抗できるはずだ。トロールの体格を考慮してか、この部屋はかなり広いので、この部屋を全て焼き払うことはできない。

なのでまずは、こちらへ向かってくるトロール達を牽制するためにも、ハーマイオニーと協力して火の防壁を目の前に展開。まずはこれで身を守りーー

 

「ぶおおおああああッッッ!!!」

ーー自分達の甘さを知った。

斧を振りかざし、こちらへぶん投げた!

自分達は一度トロールを撃退したのだ、という密かな自信がぶち壊される。堪らず二人は身を屈めてその斧を回避するが、トロールの小隊はすぐそこまで迫ってきている。

「ぁ………コ、コンフリンゴ!!!」

シェリーの放った赤い爆発。

この時彼女は魔力を濃縮して、高密度の爆発を浴びせた。以前ベガがこれでトロールの肩を抉り取ったように、本来広範囲に展開するそれを小規模での爆発に抑えて威力を上げることを重視したもの。

魔力のコントロールが難しく、短距離でしか当たらなかったが……狙い通り、トロールの頭部は破裂した。ベガほどではないが、かなりの威力。そのまま床に身を沈めて、動かなくなった。

 

「やった、一匹倒しーーー」

「シェリー!トロールが、他にも!」

ハッとした。

見れば、トロール達が取り囲むように自分達の周りに群がっている。まずい。これでは避けることも逃げることも叶わない。

逃げ場が、ない。

勝ち目も、ない。

 

(やば、い………)

 

 

 

「『悪霊の火』」

「ごが、ごがあああああああああ!?」

蒼い炎。

ともすれば幻想的とも思えるその炎は、残酷にもトロール達を焼き殺していく。何匹かは逃げおおせたようだが、それでも半分以上は地に倒れる他無かった。

悪霊の火。

火炎系魔法において最上位の魔法だ。それはあらゆる魔法防御や封印を無視して対象を燃やすことができ、分霊箱という魂魄レベルで防護される品物であっても関係なく焼き尽くす恐ろしい魔法。

火は収束し、とある生物を形作る。制御された悪霊の火は生き物の姿をとることも特徴の一つではあるが……『彼』の場合、それは冥府より参上した六枚羽の悪魔の姿となる。

 

「うるせえんだよ、豚どもまだ両脚焼いてやっただけじゃねえか」

ーーー『グリフィンドールの悪魔』。

ーーー『百年に一度の天才』。

ーーー『神に愛された少年』。

「灰になるまで焼いてやるから、さっさとかかってこい。hurry!hurry!まだ死ぬんじゃねえ!もっと殺してやる!hurry!hurry!hurry!hurry!」

ベガ・レストレンジがそこにいた。

最強にして最恐にして最凶が牙を剥いた。




ロンが漢を見せて退場、代わりに一年生最強のベガが登場。お助けキャラに定評のあるベガ。

彼がシェリー達を追って行った理由については次回で。
以前トロールに不覚を取ったこともあり大暴れします。死なないでトロールズ!ここを乗り越えたら、ベガに勝てるんだから!
次回、『トロール死す』


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15.決戦!クィレル

普段は5000〜10000文字くらいで書いているのですが、何故か今回の文字数は18000文字。急に増え過ぎや!



ベガ・レストレンジは『キレていた』。

普段は冷淡に笑い、畏怖と尊敬を集める彼が、珍しい事に怒りを露わにしていた。

側から見れば、彼は天才でありながらその才能を喧嘩や女遊びに費やしているような、粗暴で暴虐な少年だと思われがちだ。

しかし、その本質はとても優しく、思慮深く、仲間想いの少年なのだ。そんな彼が、友人のシェリーとハーマイオニーがトロールに襲われている姿を見て激昂しない訳がない!

以前、トロールと対峙した時は不覚を取った。しかし今回はそれはない。新魔法をひっさげて、悪魔は闇から這いずり出る。

 

「命までは取らねえ。だがてめえ達の尊厳は持って行かれると思え」

 

ベガの放つ悪霊の火。普通のそれとは大きく異なる性質を持つものだ。

その炎は万象を焼き尽くし、あらゆる魔法障害をも突破する。その代わり、制御が格段に難しく、それを扱う魔法使い自身が焼かれかねない諸刃の剣だ。

しかし、彼には児戯と変わりない。

ベガに関してはそんな理屈は通用しない。

さあ、さあ、さあ。

「立ち上がって武器を構えろ。勇気を出して突っ込んでこい。そして惨めに死に晒せ。それでようやく『対等』だ」

もっと燃えろ、もっと歌え!ベガ・レストレンジが落とし前をつけに来たぞ!

 

「ぐおおおおぉぉぉ……」

トロール達は虞れ、恐れ、畏れ、怖れ、そして慄いた。

自分達よりも格段に小さく、細く、ひ弱な人間風情の子どもに、まるで勝てる気がしない。彼は恐怖そのもの。禁忌を破る者には粛清のみ。

悪霊の火が渦を巻き、トロールを鎧ごと焼き千切った。

「ーーー一匹!」

炎が舞い、うち一匹がぶっ飛ばされる。トロール達はそれに目を向けてしまった。それがいけなかった。

 

「二匹!三匹!」

今ぶっ飛ばしたトロールは囮。ついでに言うなら炎も囮。相手の動きを先読みし、トロール達の背後に既に回り込んでいた。

放たれたフリペンドは、螺旋状に渦を巻き貫通力を高めたものだ。

全身に纏った鎧?

魔法に耐え得る強靭な皮膚?

関係ない。意味もない。その程度の防御を崩すのも、濡れ紙を破くのも同じだ。

 

「四匹!五匹!六匹!」

トロールが振り下ろした斧ごと、魔力で形成した刃でぶった斬る。

本物の刀ではないため、振るうのに力が必要なく、ただただ鋭敏かつ繊細に魔力を保つだけで斬れ味抜群の刀剣に匹敵する。

避ける?無理だ。刃は流動性の蛇の如く変幻自在に動き回り、目や鼻や耳から忍び込み内側から切り刻むのだから。

 

「七匹……八匹!九、十、十一、十二!」

アグアメンティで水の弾丸を放ち、トロール達を怯ませ、転ばせる。

そしてすぐさま『変身術』で水をワインに変質させ、未だ燻っていた火に引火させる!

悪霊の火は強力なぶん魔力消費も激しく、ただ燃やすだけならばインセンディオで事足りる。特にワインによって燃える場所が分かっている今、火のコントロール性とコストパフォーマンスはインセンディオの方が上だ!

これがベガ流、擬似『悪霊の火』である。

 

「十三、十四ーーーてめえで終いだ、十五」

赤い光が変幻自在に動き回り、鎧の隙間を縫ってトロールの頭部に直撃する。なんて事はない失神呪文だが、彼の卓越した魔力コントロールによりその軌道は変幻自在かつ縦横無尽だ。狙ったところに確実に届く。

しかも頭部は脳や眼や耳など、体の中でも重要な器官が詰まっているところだ。そこに魔力を流せば、どんな生物もほぼほぼ失神させられるのだ。

やがて。

彼の足元には、未だ燻っている蒼い炎の他には、倒れ臥すトロール達の姿があった。

 

「無事みてえだな」

暴虐の限りを尽くした悪魔は、先程までの冷徹な表情をすっ込めると、悪戯小僧のような笑みを浮かべた。

「ハロウィーンの日、お前達に助けられた。今度は俺の番だな。貸し借り無しだぜ」

彼は、にやり、と笑った。

ほっとする。皮肉屋だが面倒見良い、いつものベガ・レストレンジが戻って来たのだ。

 

「あ、ありがとう、ベガ」

「えっと……どうしてここに?」

「お前達、ネビルを『石化』させたろ」

ぎくりとした。

彼には悪いと思っていたが、賢者の石を守るためならば仕方ないと割り切っていた。しかしまさか、こんな形でツケが回ってくるとは!ベガは言葉の端々に若干の怒気を滲ませていた。それはトロール達に向けていた理不尽な怒りではなく、兄妹をたしなめるような怒り方だった。

 

「あんなでも俺の親友だ。犯人とっ捕まえて文句の一つでも言ってやろうと思ってな。それでお前達を追ってきたってわけだ」

それはつまり、石の護りの試練をたった一人で突破したということ。一年生で、しかも自分達よりも早く。

「そしたらお前達が死にかけやがるから、しょうがなしに助けてやったんだよ」

「……あー……」

「その、これにはやむを得ない事情が…」

「お前達が何度も夜に出歩くのには何かしら訳がある事くらい知ってる。ネビルに理由もなく呪文をかける奴じゃねえって事もな。だが、このままお前達が死ぬんじゃあいつは何のために呪われたのか分からねえ。

…だからちゃっちゃと終わらせて帰るぞ」

「!」

 

ベガが なかまに くわわった!

たった今、トロール達を殲滅してみせたベガが今度は味方につく。ホグワーツ一年生最強、いや実戦に限れば上級生すら圧倒してみせる実力者だ。とても心強い。

だが、それよりも先に。

「……何はともあれ、ごめんなさい。ネビルを『石化』したのは私よ。賢者の石を守るためとはいえ、酷いことをしたわ」

「私も、謝らなくちゃいけない。たぶんハーマイオニーがいなかったら、私が石化させてたと思う」

「……ネビルには後で謝っとけ」

「申し訳ありませんでした」

「返す言葉もございません」

「で?お前達が守ろうとしてるのは賢者の石なのか?なるほど、確かにそれならこの厳重な警備にも納得がいく」

 

ハーマイオニーとアイコンタクトを取る。秘密を共有しても良いか、という目配せだ。どうせベガがここまで来た以上、彼は奥へと進むだろう。それならば情報を共有していた方が安全性は増す。

この先にあるのは賢者の石であること、スネイプが石を欲していること、このままではヴォルデモート卿が復活してしまうこと、全てを話した。

ベガは顔色ひとつ変えずに聞いていたが、話を聞き終わると「まさかあの陰険野郎がそんなもの窃盗しようとするとはねえ」と溜息をついた。

 

「まあ、いいだろ。で、さっきから疑問に思ってるんだが……ここの扉、さっきから開く気配が無えが、何か心当たりあるか?」

「え?」

ハーマイオニーが次の部屋に続く扉を開けようとするが、押しても引いても引っ張っても上げても下げても、まったくこれっぽっちもビクともしない。

何故だ?トロールを倒すのがこの部屋の試練なら、とっくの昔に開かなければおかしい。

「『アロホモラ』!……解錠呪文は、やっぱり開かない。………まさか。『アパレシウム!現れよ!』」

ハーマイオニーが魔力を放った先、何の変哲もない石造りの壁に、ちょっとした空間が出来上がる。その中には大きさも形も色もバラバラなフラスコと羊皮紙が入っており、彼女は首を捻った。

 

「この羊皮紙……これに書かれてあるの、暗号だわ。普通に読んでもメチャクチャな文になるだけだもの」

魔法使いの多くが苦手としているのが論理パズルや暗号といった類だ。彼等は不可能を可能に変える力を持ってはいるが、それがどのような原理で動いているかについては、未だ謎に満ちている。しかしそれを疑問視する事は極めて少ない。

要するに思考力が弱いのだ。偉大な魔法使いと呼ばれる人間に限って論理のろの字もない人が多いというのは、ハーマイオニーの弁だ。

しかしハーマイオニーはこういう論理系の問題は得意中の得意である。

 

「ちょっと待ってて、今解いてみるから。えーっと、ここをこうしてこうやって、えーっと……ふむふむ」

「おいハーマイオニー、俺にもその問題…」

「今話しかけない方が良いよ、ベガ。今、ハーマイオニーは勉強モードに入ってるから」

「は?なんだそりゃ」

「えーと、とにかく彼女は今すごく集中してるんだよ」

シェリー曰く、彼女がこの状態になっている時は下手に横槍を入れると「ちょっと黙ってて」とあしらわれる。

それでも話しかけようとするならシレンシオが飛んできて、それでも邪魔するならニホンの体術、感謝の正拳突きが鳩尾に飛んでくるのだ。

 

「……なんでそこまで知ってんだ」

「ロンがね、雪が降った時にハーマイオニーを外に連れ出そうとして……」

「………あぁ、なるほど」

「あとフレッドとジョージがそんな彼女に悪戯しようとして」

「………そうか」

「あと、『もうちょっと穏便に済ませるべきだよ』って言ってきたパーシーに」

「わかった、もう良い」

ウィーズリーは馬鹿ばっかりか。と内心呆れているベガに目もくれずハーマイオニーは問題を解いてゆき、「もーーっ、この問題作った人はなんて性格が歪んでるのかしら!?」と叫ぶとフラスコを一つ取った。

 

「これ、よ!これが次に進むための薬!これを飲んだ人は扉をすり抜けられるの!後は入口に帰れる薬と、危険な毒薬だわ!」

「……見たところ、一つのフラスコに二人分入ってるみてえだな。ということは……」

「先に進めるのは、二人だけ。って事かい、ハーマイオニー?」

声がした方向へ振り返ると、その場の全員がぎょっとした。そこには、満身創痍になりながらもここまで歩いてきたロナルド・ウィーズリーの姿があったからだ。ハーマイオニーに至っては短い悲鳴を上げていた。

 

「ロン、貴方!その傷で動いちゃダメよ!いくら治癒魔法を使っているとはいえ、治るものも治らなくなるわ!」

「心配してくれるのは嬉しいけど、僕のことはいいんだ。それよりも、その様子だと試練は突破できそうだね。ベガまでいるのはビックリしたけど」

「………まーな」

「何か役に立てることがあるんじゃないかって思って着いてきたけど……この様子じゃあ無理そうかな?」

「……ねえ、皆んな」

シェリーは、あー、とか、えー、とか色々と唸った後に、ついに意を決したように口を開いた。

 

「この先には、二人しか行けない。……それなら、私が行きたいんだ」

「え?」

「私にはヴォルデモートとの因縁があるし、この先には……なんだか、私が行かなきゃいけない気がするの。二人が死んでしまうかもしれないのが嫌だから私が行く、っていうのもあるけれど。それ以上に……私がヴォルデモートに立ち向かいたいんだ。私を受け入れてくれた皆んなを守るために」

「…………」

「……ま、客観的に見て、この中で一番強いのは俺だ。そのフラスコの半分は俺が飲む。もう半分を誰が飲むか、それはお前達が相談して決めろ」

 

二人は心のどこかで、この先に行くべきなのはシェリーだろうと感じていた。

ロンはいざという時はやる男だが、せいぜいごく普通の一年生に毛が生えた程度の少年だ。そもそも怪我人だ。スネイプと戦うなんて無茶はできない。

ハーマイオニーは頭脳明晰だが、ベガが行くというのならば総合的に見て彼に劣っているのは否定できない。魔力も、実力も、ベガには到底敵わない。

しかしシェリーなら?

頭脳は平均的で、いつも人の影に隠れ、花畑の中で蝶や鳥と戯れているような純朴な少女だが、いったんスイッチが入れば彼女は変貌する。身に纏っているオーラが変わる。『もしかしたらこいつならやってくれるんじゃないか?』と思わせてくれる。

 

しかし。しかしだ。

シェリーは二人にとって、妹のような存在だ。放っておけばすぐトラブルに巻き込まれてしまい、人の善悪に鈍く自分のせいだと思い込み、なんでも安請け合いしてしまうような危なっかしい性格。

本当はもっと才能がある。箒の才能は勿論のこと、闇の魔術に対する防衛術ではクラスでもトップ。おまけに美少女だ。磨けばもっと魅力的な女性になれる。しかし彼女はそれをせず、自分はひたすら価値のない人間だと律し続け、『人の役に立つためなら自分がどうなっても構わない』という精神構造を作るに至ったのだ。ハーマイオニーはお風呂で彼女の裸を見た時、栄養失調気味の細い身体に大量の痣や殴られた跡がついているのを見て愕然としたのを覚えている。

『自分が支えてやらねばどうなってしまうのだろう?』と思わせるような、目を離せばあっさり消えてしまいそうな存在。だから皆んなシェリーが放っておけないし放っておかないのだ。

 

………なのに、この先に行かせたくないはずなのに、ロンとハーマイオニーはシェリーの『ヴォルデモートに立ち向かいたい』という気持ちを無視できないでいた。

シェリーを自分達の妹のような存在として可愛がっている彼等がこう思うのは、矛盾かもしれないが……。スネイプを止めに行くと言った時、自分達がついて行くのを止めないでくれた。

だから、彼女が行くのを止められない。

ならば。自分達の役目は、精一杯背を押してやる事だけだ。

 

「………ベガ。君、スネイプと戦っても勝つ自信はあるのかい」

「俺にできねえ事なんざねえんだよ。当然勝つ。ついでに賢者の石も守る」

「……この薬で次の部屋に行けるのは二人だけなら、僕はシェリーとベガが行くべきだと思うぜ。シェリーならやり遂げられる、そんな気がするんだ」

「私もそう思うわ。勉強ができるとか、そんな事よりもっとずっと大切なものをあなたは持ってる。友情とか、勇気とか」

シェリーの心臓は高鳴った。

つまるところ嬉しいのだ。どうしようもなく、飛び上がりたいほどに。

 

「……ベガ、私達じゃあもうシェリーを守れないから、貴方がシェリーを守ってあげて」

「シェリーを頼んだぜ、ベガ」

「ああ、任せろ」

 

シェリーの顔が桜色に染まる。

胸が温かくなり、涙が溢れそうになる。

前に進ませるための自己犠牲ではない。

前に進むための勇気を彼女は手に入れた。

自分のことを心から思ってくれている。その情は、いくら他人の気持ちに鈍感な彼女でも気付く事ができた。

先程までの威勢はどこへやら、髪と同じくらいに顔を赤くしてもごもごと口を動かすシェリーをハーマイオニーはハグして、ロンが肩を叩く。

ロンがベガに拳を突き出すと、ベガも拳を合わせる。ハーマイオニーがにこりと笑いながら握手を求めると、ベガもにやりと笑って握手を返す。

 

「……い、いってきます!」

シェリーとベガは次の部屋へと向かう長い長い通路を歩いた。

しかし、疲れはない。

傷口も癒し、服も直し、魔力も気力も十分。

それになにより心が軽い。

こんな良い気分になったのは、シェリーにとって初めてのことだった。

 

(こいつ達を突き動かすもの……それは、いわゆる『勇気』だ。飛行訓練でシェリーがマルフォイに立ち向かったのも、ロンが危険を顧みずにトロールと戦ったのも、ハーマイオニーが規則破りをしてまでここに来たのも、そしてネビルが三人を止める為に立ちはだかったのも。その勇気があったからだ)

 

(……羨ましいな。俺もあの日こんな勇気があれば………いや、今考えても仕方ねえか)

 

「良い友達じゃねえか」

「うん。私には勿体ないくらい」

こつこつと階段を降りて行く。緊張感を保ちつつも、心に若干の余裕を持っている。

あれだけの連戦の後だというのに、二人のコンディションは最高だった。

だから、だろうか。

冷静に安定していたシェリーの精神は、部屋の中で自分達を待ち受けていた彼を見た事で大きく揺らいだ。

襟を詰めた黒服。その上から羽織った紫色のローブ。そして……頭に被ったターバン。

闇の魔術に対する防衛術の教師。

 

「クィレル、先生………!?」

「おい、シェリー。お前達の話じゃあ、賢者の石を狙ってるのはスネイプじゃなかったのか?」

「そう、うん、そのはず、なんだけど……」

「くくく。あぁ、そうだ。私だ。ここにいれば君に会えると思ってきたよ、ポッターさん。おっと、君がいるのは想定外だったがねぇ、レストレンジ君」

普段のどもり癖は鳴りを潜め、にやにやと嫌らしい笑いすら浮かべている。

高圧的で、邪悪さすら感じさせる態度。まさかこれがあの小心者のクィレルとはにわかに信じ難かった。

 

「スネイプ、か。ふふふ、そうだろうな。誰だってあいつを疑うだろうさ。あの目立ちたがり屋のおかげで、こちらは行動し易かったというものだ」

「だって、でも。スネイプ先生は、わたしを殺そうと……!」

「ああ、クィディッチか。ありゃあ私が叩き落とそうとしてたんだよ、むしろスネイプが反対呪文をかけて助けようとしてたんだ。グレンジャー嬢が彼のローブに火をつけようとした時、たまたま私にぶつかって、目を逸らしてしまったせいで失敗したがね」

 

事実は真実へと、真実は無実へと裏返る。

「で、でも!スネイプ先生は、私を、嫌ってて……」

「嫌う?ああそりゃそうだろうな。つまるところあいつは矛盾の塊だ。嫌と言うほど憎んでいる男の娘も愛さなくちゃあならない。ダンブルドアの指示とあればな」

スネイプとシェリーの父親ジェームズは犬猿の仲だ。それもあってかいくら見た目が良かろうと基本シェリーの事は嫌いなのだが、時折シェリーを(何故か)慈愛の眼差しで見つめるという挙動不審っぷりを発揮している。その事実をクィレルは知らない。

 

「随分と無駄な足掻きをしたもんだ、彼も、私も。どうせここで殺すのに。まあいい、お前を殺すのは、石のありかを突き止めてからだ……」

クィレルは口を歪めると、指を鳴らす。するとどこからかロープが飛び出し、瞬く間にシェリー達の方へと向かっていく。

クィディッチで鍛えた反射神経を持つシェリーと、スリザリンの上級生に疎まれ昼夜問わず襲撃されては反撃しているベガである。難なくロープを躱し、攻撃へと転じようと杖を構える。

しかし。

 

「え?」

「は?」

 

クィレルに向けたはずのシェリーの杖の先が、突如としてベガへと向いた。杖を向けたシェリー自身も困惑しているようだった。

ベガの戦い方は所謂カウンター型である。

あらゆる攻撃に素早く反応し、回避なり防御なりを行い、そして撃ち返す。自分に向けられる魔力を感知し、対処するという離れ業をやってのけるのだ。

だが反対に言えば、自分に向けられた攻撃は全て感知してしまうのだ。敵が何十人やってこようと問題はない。だが味方に杖を向けられれば、流石に戸惑いと躊躇いが一瞬彼の動きを止めてしまう。

そして、その瞬間をみすみす見逃すクィレルではない。

 

「『フリペンド』!」

「!チッ、ーー『プロテゴ』!」

不意打ち気味にクィレルの杖から放たれた呪文を、即座に盾の呪文を展開して防ぐ。だが盾に込められた魔力量が少なく、ヒビが入ったかと思うと割れてしまった。

その場から飛び退いて離れようとするベガだったが、いくつかの呪文が飛んできたので反対呪文で相殺する。

ギロリ、と呪文の発射地点を見て、ベガは愕然とした。、

ーーシェリーの攻撃だ。

ーーシェリーがベガに呪文を撃ってきているのだ。

「シェリー、何やってる!」

(何で、私の身体、勝手にーー!?)

彼女は困惑しながらも、身体に引っ張られるように魔法を放つ。……どう見ても、明らかに操られている。その事実にベガは怒りが沸くが、一旦引っ込めてシェリーの様子を観察する。

 

(どうやって……まさか、『服従の呪文』?いや、あれはかなり難しい呪文だ。杖も構えず、無言呪文で、一瞬のうちに服従させられるような呪文じゃねえ……クィレル自身が、何か他人の身体を操ることのできる魔法生物の血を引いている?……そんな魔法生物聞いた事も無えよ!)

他に考えられるのは、何か時間をかけてシェリーを洗脳したとかだが……。

(いくらヴォルデモートの部下とはいえ、天下のホグワーツでそんな魔法を使うなんてあり得るか?何かもっと、凶悪な何かでシェリーを操って……)

「ーーとらえたぞ」

「ッ!?」

 

首筋に伝わる、嫌な感触。

いつの間にか。本当にいつの間にか、クィレルはベガの首を掴んでいた。

ギリ、と彼の顔に屈辱が浮かぶ。回避に絶対的な自信を置いていた彼にとって、背後を取られるというのは彼のプライドが許さなかったのだ。

クィレルはベガの杖を放ると、縄で縛る。彼の射抜くような視線を涼しい顔で受け流している様は、それだけ実力を有している事の証左だった。

「ご主人様、如何様に」

 

クィレルが何もない空間に向かって喋った。

まさか敵は他にもいるのか?と周囲を見回すが、その返事はクィレル自身から聞こえた。

いやーークィレルの頭から、だ。

 

『ーー殺すなーー素晴らしい才能だーーそして純血、素晴らしい器ではないかーー』

ゾッとするような声だった。

地獄から聞こえてくる不協和音を、無理矢理声に変換しているような。

呼びかけたクィレル自身も、どこか恐怖を感じているようだった。

「ーーは。ポッターの方は」

『鏡の前に連れてこい』

「なさる、のですね?」

『無論だ』

「承知。ーーポッター!来い!」

「くっ……」

 

シェリーを部屋の中央の大きな鏡の前に立たせると、ぎらぎら光る目でクィレルは笑う。

シェリーは手も足も出なかった。脳が『動け!』と命令しているのに、身体を鎖か何かで引っ張られているような感覚。この魔法(?)の正体は、一体なんだ?

 

「良い眺めだな、ポッター?本当に良い眺めだ。グリフィンドールのお姫様よ。貴様は色々と知りすぎたのだ、よって。死ななくてはならぬ。ハロウィーンの時だって、私のトロールをよくも倒しやがって」

「じゃあ、貴方がトロールを……!?」

「ああ。ついでに言うと、さっき君達が戦ったトロールも私のだ。ここに来る途中、置き土産に武装させておいたのだよ。私はあれを操る才能だけはあってね」

「それしか能が無いとも言うがな」

「だまれレストレンジ!……あの日、一目散に石が無事か確かめに行ったスネイプは、無様にも足を怪我したようだが。お前達のせいで計画が台無しだ……クソッ。だが、まあ。ここで石を手に入れれば同じ事だ」

 

言うと、クィレルは鏡を見やる。

この鏡ーー見覚えがあると思ったが、マクゴナガルの部屋にあったみぞの鏡だ!

「この鏡が石を手に入れるための鍵なのだ。さあ、これを見ろポッター。私にはご主人様に石を差し出しているのが見えるが、貴様には何が、何が見える?」

「………ッ!」

 

喋って時間を稼ぐ暇もなく、シェリーは否が応にも鏡を見せられる。

そこに映るのは、紛れもなく自分自身だ。鏡の中のシェリーはニコリと笑い、ポケットから真っ赤で綺麗な石を取り出すと、ウインクをして再びポケットの中へと戻した。

その瞬間、シェリーのポケットが重くなる。

顔が強張る。そんなまさか、まさかーーと混乱するが、シェリーは今まさに、賢者の石を手に入れたのだ。

 

「どうした、何が見える!」

「わ、わたし、み、皆んなと一緒に、とっても美味しいご飯食べてる!」

『ーー嘘をつくな。ーークィレル、代われ。俺様が直々に喋る』

「はーー」

言うと、クィレルは紫のターバンを解いていく。言い知れぬ不安が部屋中を襲った。彼の手が一周する毎に、邪悪な雰囲気が増していくような錯覚を覚える。

全て解いて、スキンヘッドとなった彼の頭は先程よりも随分と小さく見えた。しかし注目するべきはそこではない。鏡に映った彼の後頭部、そこにはもう一つの『顔』がへばりついていたのだ。

異質だ。

グロテスクだ。

その顔面は、他のどんな魔法生物よりも、禍々しく凶々しい強大な魔力を感じさせた。

 

『久しいなーーシェリー・ポッター。この有様を見ろーー影と霞と成り果てて、誰かの身体を依代とせねば生きれぬこの姿を見ろ』

「あ、あーー」

その顔面は蛇を擬人化したかのようだった。肌は青白く、鼻は無理やり切り込みを入れたように潰れ、瞳は赤く切り裂いたように細い。人間以外の、何かだった。

 

「………………キモチワル」

「レストレンジ!!貴様ご主人様に向かって何たる口の利き方だッッ!!!」

『良い、クィレルーー良いのだ。浅ましいだろう。醜いだろう。ゴースト以下の存在と成り果てて生にしがみつくこの姿は、さぞや滑稽に見えるだろうーーだが私は敢えてこの無様を晒そうーー久しいな、十余年ぶりだ、シェリー・ポッター。ーーおっと、つい先日会ったばかりだったか』

「………?」

つい先日?

驚かされてばかりの魔法界においても、ダントツのインパクトを誇る目の前の顔面と会っていれば、絶対に憶えている筈だと頭を捻るが……。

 

「………あ!まさか、禁じられた森の?」

「そうだ。ユニコーンの血を求めて森を彷徨っていた怪人の正体は私だーーそして今宵は賢者の石で完全復活を果たす。ーーああ、序でに教えておくと、俺様が一度滅んだあの日以来、貴様と俺様には何やら繋がりのようなものが出来たらしいーーそれを逆に利用して、俺様は貴様を杖を使わずに操る事ができるし、精神を嬲る事もできるーーこんな風にな」

瞬間。

禁じられた森で気絶する前に感じた、言いようのない苦痛と不快感がシェリーを襲った。

手足を拘束された上で、毛穴の一本一本に針を通されるような、そんな感覚。その苦痛は一瞬だけ、一瞬だけだっが、それでもシェリーは発狂した。

帝王による、擬似『磔の呪い』だ。

 

「いやああああああああああ!!??」

 

熱い。痛みから身体が焼けそうだ。

遠くでゲラゲラと下卑た声が聞こえる。

悪意の塊を自動車にくっつけて超スピードでぶつけられた気分だ。立って、いられない。

「ーーくひっ。良い光景です。おそろしい、ご主人様」

「シェリー!?おい!気をしっかり保て!」

『く、はははーーいかんいかん。戯れはここまでだ、ポケットの中の石をこちらに渡してもらわなければな』

「はあ、はあ、はあ………っ、え?」

心を読んだかのような台詞。

まさか、いや間違いない。図書館で一度読んだきりだが、心を読む術を使っている。

ヴォルデモートは『開心術』の使い手だ!

 

『くく、く。さあ、石を渡せ。命を粗末にするな。お前の父親は勇敢だったが、戦闘では俺様には遠く及ばなかった。母親は死ぬ必要はなかったが、お前を守ろうとして死んだ。

ーー両親の犠牲を無駄にするな』

「ッ!わたさ、ない!渡せない!!」

『俺様に操られている身で何をほざく。第一、震えた脚で何ができる?おじぎか?生まれたての子鹿の方がまだ足取りがしっかりしているぞ』

ヴォルデモートは侮蔑を通り越して哀れみの色すら切れ長の瞳に浮かべる。シェリーは恐怖でいっぱいいっぱいになる、がーーそれでも屈しない。屈するわけには、いかない。

 

『面倒だ、クィレル、さっさとーーッ!?』

 

ヴォルデモート、いやクィレルは己の頭部目掛けて飛んできた呪文を躱す。余裕こそ崩していないが、若干の焦りが浮かんでいるところを見ると、それは想定外の出来事なのだ。

魔法を放ったのはベガ・レストレンジだ。懐に忍ばせておいたナイフで縄を切断し、魔法を放ったのだ。

彼はシェリーを庇うように立つと、呪文を唱える。

 

「『インペディメンタ』!妨害せよ!」

 

瞬間、シェリーの身体から魔力が離れ、羽のように軽くなる。ベガは、ヴォルデモートがシェリーを操っていた魔法を解除してみせたのだ。

「けほっ、あ、ありがとう、ベガ」

「礼はいい!さっさと杖を構えろ」

『ーーほう。こやつめ、俺様の魔力量をたったこれだけの時間で精密に分析し、解析し、私のと反対の魔法式を構築したのか。なかなかやる。益々もって配下に欲しい』

「誰がーー」

『調べはついてるぞ。シグルド・ガンメタルだったか?かつて、お前の親友だった男の子だ。私の部下とのいざこざに巻き込まれ、命を落とした。マグルの小僧というのが気に入らんがーーあいつを蘇らせてやろう。私とこの石があれば、可能だ』

「ーーーー」

 

ベガは嫌なところを突かれたような、苦々しい顔をした。こんな顔を見るのは初めてだ。

シグルド……その少年の死が、それがベガの影に暗い影を落としているらしい。しかし、ヴォルデモートの手にかかれば復活させられる、らしい。死を克服しようとしているこの男なら不可能ではないだろう。

しかし、それは都合のいい方便に過ぎない。上手く丸め込むための詭弁なのだ。

 

「テメエの軍門に下り、闇の世界を作るのはさぞや楽しいだろうよ。力ある者にとってはそっちの方が楽しいのかもしれねえ。

……だがよ、仲間を見殺しにするような奴を、シドは認めちゃくれねーんだよ。アイツの分まで生きると決めた。シドの生き方は俺の生き方だ。あいつの道標を辿った先に、真実に辿り着くと信じてる」

『見解の相違だな。時に誰かを見殺しにしてでも進まねばならぬ時もある。真実は辿り着く物ではなく作るものだ』

「まるで噛み合わねえな。シェリー、警戒しろ!来るぞ!」

 

彼なりに割り切っているらしきベガにそう言われ、シェリーは感覚を鋭敏に研ぎ澄ませた。次に来るのは何だ。エクスペリアームスか、ステューピファイか。それとも撹乱の呪文か、ストレートに死の呪文か。直接突っ込んでくる可能性もあり得る。

その全てをフルに警戒してーーそのどれもが違っていた。

クィレルはくるりと振り返ると、みぞの鏡に向かって魔法を放ったのだ!

戦闘中にそんな事をするなど……不可解すぎる。何故?何をしたのか?その疑問はすぐに晴れる事になる。

鏡の中に靄が浮かんだかと思えば、それは実体となりーー人間が出てきたのだ。

 

「シェリー、ああ、シェリー……!」

「え……お父、さん……?お母さん……?」

「会いたかった……ずっと会いたかったわ、シェリー……!」

愕然とした。

鏡から這いずるように出てきたのは、紛れも無い、自分の両親だ。くしゃくしゃの黒髪と眼鏡のジェームズ・ポッターと、自分そっくりの赤髪と顔をしたリリー・ポッター。彼等二人が、寸分違わぬ姿で現れた。

戦闘中にあってはならぬ事だが、シェリーの頭が一瞬、呆となる。側から見れば感動の再会だ。しかし……この悪人どもが、何の企みもなくそんな事をさせる筈も無かったのだ。

 

「お前の、せいで………」

 

「ーーーぇ?」

聞いてはならない。そう直感が警告した。

しかし、両親の口は止まらない。彼等から溢れ出る怨嗟が無限に湧いた。

 

「お前の、お前のせいで僕達は!!お前のせいで私達は死んだ!!お前なんか、お前さえ、お前が生まれなければ!!その罪を詫びろ、死んで償え!!」

「っ、そ、そんな……」

「この日を待っていたわ!あなたにツケを払わせるこの日を!あなたは私達の命と引き換えに生き延びた!返せ、返せ!私達の人生を返せ!!」

 

初めて味わう感覚だった。

ダーズリーや一部スリザリン生のように、シェリーを邪魔者扱いしたり、敵視するかのような物とは違う。

憎んでいる。

心の底から惨めに殺したいと、復讐したいと願っている眼だ。

たしかに、二人は自分のせいで死んだと思っていた。だがーーそれを目の前で見せつけられては、さすがのシェリーも堪える。

涙が溢れそうだ。

腰が抜けそうだ。

これが、ヴォルデモートのやり方なのだ。

 

『くっ、くっ。さあ、シェリー・ポッターとベガ・レストレンジよ。最後の試練といこうじゃないか』

 

本来ならば、この部屋の試練は、鏡を見た者に『のぞみの反対』ーーつまり、見せたくないものを見せて、それを乗り越えた者に石を授けるというものだった。

しかし「ダンブルドアのことだ、何が起こるかわからん」とヴォルデモートは警戒し、閉心術と闇の魔法によってその機能を封じ、代わりに石を取らせるためにシェリー達待を待っていたのだ。しかし、彼は今その封印を解き、しかもより悪辣に変えた。その結果が、これだ。シェリーの両親を、最低最悪の形で復活させたのだ!

 

「シェリー!!あれは鏡が生んだ偽物だ!惑わされんじゃねえ!」

ベガは言うが、彼女の耳には届いていない。

無理もない。これは魔法による脅威ではなく、記憶から生み出された心につけ込む脅威なのだから。

 

『レストレンジの小僧はクィレル、貴様が相手するのだ。ポッターとの繋がりを使って操るのを妨害された以上、今度は逆にその繋がりを利用されるかもしれん。貴様の眷属にしてしまえ』

「はーー」

クィレルは口元を歪めると、ベガ目掛けて跳躍し、蹴りを放つ。ベガが咄嗟に避けたそれは、床を砕き、破壊する。あからさまに人間の力ではないそれに目を剥く。肉体強化の魔法?違う。今まで彼を縛っていた忠誠という理性が崩れ、快楽という本能がクィレルを突き動かしている。

血走った目と白い牙。あれはーー。

 

「テメエ……吸血鬼か!」

「ンッンー、そうだ、レストレンジ。グリフィンドールに十点!アルバニアの奥地でご主人様と出会った時、同時に私は力を手に入れたのだ!吸血鬼に噛まれた私を助けて下さったのだ……その時より私は、闇の世界の住人へと……」

どういう経緯で彼が吸血鬼になったのかはどうでも良いが、これはまずい。魔法での戦いならともかく、体術での戦いではあちらに分がある。いくらベガが動きを見切れるといっても、吸血鬼の無尽蔵の体力では、先にスタミナ切れするのはベガの方だ。

 

「そら、そら、そら!後悔しろ!屈服しろ!絶望しろ!グリフィンドールの悪魔だと?天才だと?笑わせる!私の力の前に手も足も出ないではないか!嘆きの声を私に聞かせてみせろ!」

「ッ、クソがッ!泣いて叫ぶのはテメエの方だ!」

「口だけは達者だなあ、え!?ご主人様!私に更なる力の解放の許可をッ!」

『ーーーお前、殺すなよ?』

「御意にッ!」

呆れ混じりのため息に気付かぬまま、クィレルは力を解放した。色白の肌に黒々とした蛇の紋様が浮かぶ。禁じられた森では発揮する機会のなかった形態。魔法界では魔力の研鑽により攻撃力は際限なく上がっていくが、それを操る身体は脆いままだ。その点、再生能力の高い吸血鬼は脅威だ。

 

「そーら、そらそらッ!死ね、惨めに!貴様の血を頂いてやるぞ、ベガ・レストレンジ!私がッ、私の!私だけの力だ!」

クィレルは杖を使うよりも体術で攻めた方が速いと判断したのか、文字通り力任せに手足を振るう。それが何より恐ろしい、一度でも両手足が捕まればアウト。吸血鬼の怪力で手足を砕かれるのは目に見えている。

ベガは回避に専念し、呪文も全て身を守るために使う……が、それでも彼の猛攻に押され気味だった。服が破け、掠っただけで傷ができる。回避の合間にかろうじて作った盾は簡単に壊される。紙一重で躱せるのも、あとどれぐらいだろう。

 

(クソが……ッ、これじゃ長くは持たねえ!どっかで攻撃に転じねえと……!)

『そうだ、クィレル。お前の力は嫉妬。誰かの力を妬む事で強くなれる、どこまでも愚かな奴だ。親からも友からも愛されず、己を拒絶する者を拒絶した。何も持たぬ弱き男。しかしそれ故に力を欲するーー」

「ッ、どうせ強くなりてえなら、そこのヴォルデモートを倒せるくらい強くなりやがれってんだ!テメエのそれは半端なんだよ!」

「黙れええええええ!!!」

クィレルの攻撃は良くも悪くも単純だ。それが一因となり、ベガを未だ仕留められずにいる。そこが狙い目ではあるのだが……吸血鬼故の恐ろしく速い猛攻の中に、ベガは明確な隙を見つけられないでいた。

 

しかも、シェリーに彼を助ける余裕はない。

追い込まれている。肉体的に、ではなく、精神的に。

自身を怨む両親が現れた事によって、彼女は先程の苦痛よりも苦しい、もっともっと鋭利な刃物を押し当てられている気分だった。

 

「お前が、お前が、お前が、お前が!僕を!僕の妻を!お前が生まれてしまったからこんな目にあったんだ!!それなのにお前はヘラヘラ笑ってやがる、ホグワーツで僕達の気も知らずに楽しそうに笑ってやがるッ!!最低の気分だ、反吐が出そうだ!」

「おぞましい!あなたが私の腹で私の身体を貪っていたと思うと不快だわ!お前は私の顔を、身体を、ジェームズの眼を持っていきやがった!お前が何も知らずにのうのうと生き永らえているのが腹立たしい!」

「ぁ、あ、ぇぁ、ぅ、ぁーーー!」

 

声が出ない。

意味のある言葉を喋れない。

ごめんなさい。

生きててごめんなさい。

生まれてしまってごめんなさい。

あなたたちがしんだのはわたしのせいです。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいーーーー

 

「ごめんなさいと思うなら」

「『石』を置いて死んで行け」

 

シェリーの脳裏に浮かんだのは、魔法界から自分を迎えに来てくれたハグリッドとマクゴナガルを初めとした、魔法界で出会った素敵な人達。素晴らしい友人、尊敬できる教師達の姿。

そして……かけがえのない親友の、ロンとハーマイオニーだった。

自分が死んだら、きっと悲しんでくれるであろう親友。

だが、彼等なら、自分よりももっともっと素敵な人間と出会うだろう。彼等を笑顔にしてくれるだろう。

それなら、良い。

自分が一時でも彼等を笑わせられたのならばもう十分だ。

これでーー

 

 

 

『死んだ人は確かに消えて無くなってしまいます。ですが、その人が大切にしていた何かを、今生きている私達が護る事で……その人達の想いは受け継がれていきます』

『自分を愛しなさい。そして、彼等の想いを護りなさい。それが生きる者に課せられた義務なのですから』

 

 

 

ーーーマクゴナガルの言葉を思い出した。

厳しくも優しい彼女は、そう言った。彼等が愛したのは、シェリー達自身だと。それこそが愛の証明だと。

ならば。

これは、なんだ?

目の前にいる、両親そっくりの人達は、一体何なのだ?

「ーー分かってる。あなた達は、偽物、なんだよね」

シェリーはほんの少しだけ魔力を込めて杖を振るった。それだけで、彼等は霞となって消えていく。

仮初の憎しみなど、薄っぺらで脆い。

胸が痛い。心が張り裂けそうだ。

それでも、天国にいる両親の想いを守るためにーーまだ、死ねない。

 

『お前のせいで、お前のーー』

「『フィニート・インカーテタム』、呪文よ終われーーー偽物さんでも、両親を見せてくれてありがとう」

両親を模した偽物は、空中に溶けて消えていった。なんとも言えない気分だ。悲しいような、寂しいような。だが、確かにシェリーは己の過去を正しく認識し、乗り越えたのだ。

 

それを見て、クィレルは狼狽した。嘘だ、そんな筈はないと。過去を乗り越える事など出来ないと喚く。彼の傲慢さがその事実を認めようとしない。

その態度が命取りだった。ベガ・レストレンジは悪霊の火を使える。それは再生能力を持つ吸血鬼に対し有効な魔法だ。彼にその魔法を使わせる前に、近距離でさっさと殺すべきだったのだ。

ベガが蒼い炎を放つ。クィレルが咄嗟にガードするも、もう遅い。炎は身体を貫き、身体を焦がし、彼の両手両足を使い物にならなくさせた。

 

「糞がッ、私は、こんなところでッ!まだ終われるかああああああ!!!」

クィレルは首だけになっても抗った。

浅ましくはあったが、彼はまだ諦めてはいなかったのだ。確かに吸血鬼は牙だけでも脅威だ。だが、ベガはそんなものは幾らでも対処できる。

「ーーー『悪霊の』……」

「ステューピファイ!」

「ぐごっ!?」

クィレルの脳天に赤い光が当たると、クィレルはその場に仰向けに倒れる。込められた魔力が少ないうえ、クィレルは腐っても吸血鬼だ。気絶こそしなかったものの、しばらくは再起不能だろう。

両手両脚が使い物にならなくなり、魔法を頭に食らっても尚もがく姿を、ベガは冷ややかな目で見下ろしていた。

 

「く、そ……こんなところ、でぇ……!賢者の石まで、後少しだったというのに……!」

「………」

ベガは、考える。

こいつを殺すべきか、否か。

このままいけばアズカバンは確実。その上、吸血鬼に堕ちてしまってはこの先まともな生き方は不可能だろう。このまま野放しにしていては何をしでかすか分からない。

ならば、いっそここでーー

「クィリナス・クィレル、先生。お願い。ヴォルデモートの支配に逆らって、その人を身体から追い出して」

「ッ!私の名前を、なぜ……」

「……シェリー、お前」

「貴方は絶対死なせない。罪を償う、その日まで!」

本気だ。

シェリーは本当の本気で、クィレルを、『助けたい』と……そう思っている。

 

「シェリー、俺は反対だ。こいつが何もできない内に手を打っておくべきだ」

「ベガ、お願い!先生に何もしないで!この人は、私と同じなんだよ!誰かに認めてもらいたくって、足掻いて、そしてーーたまたま闇に傾倒してしまっただけ。この人だってやり直せるはずだよ」

マクゴナガルの、死者への想いを護れ、とはこういう事だったのかもしれない。

両親はシェリーを愛していた。その愛で、あらゆる障害から守ってくれていた。

ーーそれなら、私はこの人を愛そう。

ーー誰からも愛されないなんて人が、この世にいていいわけはないんだから。

 

「私は助けられるかもしれない人を放っておけない。それに何より、お父さんとお母さんは、私がそんな人を見殺しにするところを見たら、がっかりすると思う」

「……………」

シェリーは、両親の偽物と戦い…何か得るものがあったのだろう。ベガはそう解釈し、少し悩むと、命運を彼女に委ねる事にした。

 

「……ッチ。こいつを仕留めたのはお前だ。好きにしろ」

「ごめん、ベガ。ありがとう」

やはり彼の本質は優しさなのだと感じる。クィレルを睨んではいるが、杖は構えていない。信じてくれているのだ。

 

「…………」

「クィレル先生、貴方は孤独を恐れただけ。だから居場所をくれる『闇』にのめり込んでしまったんだと思う。だけど……光の中にもきっと居場所はあるよ。独りで生きていける人なんて、光にも闇にもいないんだから」

クィレルは怒ってはいるが、動揺があった。

赤髪の少女の言葉に揺らいでいる。闇の帝王ですら、ここまでは言わなかった。クィレルの本質を理解はしていたが、それを利用していたのだ。

だが、彼女には、打算がない。

 

「誰が、お前の言う事など……」

「誰からも愛されない、友達もいない、そう言ってたよね。だったら尚の事放っておけないよ。私もそうだったもの」

「一緒に、するな!」

「クィレル先生……貴方は、愛が欲しかっただけなんじゃないの?誰かに、自分を認めて欲しかっただけだったんだよね」

「………黙れええええ!!!」

クィレルは首だけ動かして激昂した。

つまるところ、図星なのだ。

 

「認めてほしいだと?そうかもな!だが、私には偉大なる闇の帝王がついている!我が君さえ私を認めてくださればそれで良いのだ!それで全てが報われる!!」

「それは、都合のいいように使われているだけだよ!!甘い言葉に惑わされないで!自分にとっての良い人が、善い人だとは限らないんだよ!!」

「ーーッ、それでも、私は孤独にはーー」

シェリーは確信した。

ーーこの人は、私だ。

ーー絶望して堕ちてしまった時の、私だ。

自分も、もしかしたらこうなっていたのかもしれない。そう思うと、このまま見過ごしてはおけない。見過ごして良い筈がない!

シェリーはクィレルの手を取った。悪霊の火に焼かれて感覚はない筈なのに、何か感じるものがあった。

 

「生きてればきっと良い事がある。私がそうだったんだもの、間違いない。だから、お願い。生きて、自分を、人を愛して」

「ーーー私は」

この訴えが届いたのかは、正直なところわからない。だがクィレルの顔は、凶悪な顔からどんどん穏やかなものになっていっているような気がした。

クィレルは、吸血鬼特有の紅い瞳に僅かな光を灯して。

 

『時間切れだ、クィレル』

 

だが、ヴォルデモートはそれを許さない。

忘れていたわけではない、しかし警戒は怠っていたと言わざるを得ない。

見れば、クィレルの後頭部、つまりヴォルデモートの顔面には僅かながら魔力が溜まりつつある。ヴォルデモートの技を持ってすれば少量の魔法でも脅威となる。

「ご主人、様ーー」

『貴様の魔力を全ていただくぞ』

「なーーッ」

『お前の絞りカスのような魔力でも、このガキどもを殺せるだけの力はあるーーお前が死んだ後は、賢者の石を使えば良いだけの事。ここで俺様の礎となれ、クィレル!!』

そう言うヴォルデモートに、微塵もクィレルに対する失望は無かった。

何とも思っていないのだ。

失敗した者の事などどうでも良い。期待も、哀れみも、怒りも向けない、ただただ無関心に『やっぱりこいつは使えなかったな』と思うだけ。

ヴォルデモートはーーこいつは、徹頭徹尾、クィリナス・クィレルを利用していただけに過ぎなかったのだ。

 

「やめて!!」

『散々邪魔をしてくれたな、このーー取るに足らないーー肥溜め生まれの小娘が。お前の首を刎ねた後はマグルの便所に飾っておいてやるぞ!』

 

悪辣。卑劣。しかしそれこそが、ヴォルデモート卿なのだと実感させられる。

(そんな………!?)

無理だ、間に合わない。

ヴォルデモートの口から光が発射されようとしている。ベガは既に杖を抜いて臨戦態勢に入ってはいるが……自分は間に合わない。

ベガの忠告を聞いておけば良かったのかもしれない。クィレルを説得しようなどと考えなければ良かったのかもしれない。

だけど。

シェリーの両親の想いを守るのなら、その選択肢しか無かったのも事実。

 

『ーーー死ねーーー』

 

緑色の光がシェリー達を襲った。

溢れ出る怨嗟、悪意、その全てを凝縮したかのような気持ち悪さが身体中を駆け巡る。

これが、死、か。

思わず歯噛みする。まだだ。まだ自分は死ぬわけにはいかない。クィレルを死なせてはいけない。ベガを殺させたくない。

そんな想いを嘲笑うかのような、大質量が目前まで迫ってーーー

 

「いいや、そこまでじゃ」

飄々とした声。

老いてはいるが、寧ろその魔力は切れ味を増しているようにも思える、ヴォルデモートの最大の怨敵。

アルバス・ダンブルドアがそこにいた。いつからか、気配すら感じさせずに、そこに。綿密に計算された複雑な魔法式で組み立てられた、特別製姿現しでシェリーとベガを回避させたのだ。

おまけにどういう理屈か、先程までの緑の閃光もいつの間にやら消え失せている。死の呪文には反対呪文は存在しないはずだが、彼は世界の法則に手を突っ込んだのか、それとも何かタネがあるのか。

いずれにしても、その老獪な手腕は見事と言わざるを得ないだろう。

『ーーー小賢しい老いぼれめが』

「おうおう、よく言われるのお」

『計画は失敗したが頓挫はしない。闇の帝王たるヴォルデモート卿は、必ず舞い戻り、世界を支配するぞ……!』

 

ヴォルデモートは取り憑いていたクィレルの身体から離れて、霊魂のような姿となり、煙のように消えていった。

脅威は、去ったのだ。

(や、った………)

それを認識した瞬間ーーシェリーの緊張の糸が切れて、その場にぱったりと倒れた。

 




クィレル吸血鬼化、みぞの鏡の悪用、口からビーム出そうとするヴォルデモートなど、原作より大分ハードになったんじゃないかなと思います。
このSSでのヴォルデモートはシェリーとの繋がりを利用し、シェリーに対しいつでも擬似『服従の呪文&磔の呪文』を使える設定でした。あまりにもチートすぎるので今後出てこないと思います、たぶん。

賢者の石編は15話で終わる予定でしたが、まだちょっとだけ続きます。


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Philosopher's Stone

「おはよう、シェリー」

「………お、おはようございます、ダンブルドア先生」

起きて最初に見たものがダンブルドア、というのには面食らった。それでなくとも、起きて直ぐに人の顔を見るのは驚くというのに、それが校長とあってはいささかインパクトが強すぎる。その様子を見て、彼は悪戯っ子のように笑った。

ここは……どうやら医務室のようだ。心地よい日差しが暖かい。春が終わり、そろそろ夏がやってくる時期だ。

 

「さて、さて、シェリーや。何か聞きたいことがあるのではないかね?」

「………!そうだ、今日は何日ですか!?賢者の石は、今どこなんですか!?クィレル先生は?ベガは、ロンは、ハーマイオニーは無事なんですか!?」

「シェリーや、そんなに興奮しては、儂がポピーに怒られてしまう。もちっと落ち着きなさい。のう?」

「あ……ご、ごめんなさい」

「順番に言うと、今日はあの賢者の石の騒動から、三日間眠りっぱなしじゃった。結果として石は守られ、ヴォルデモート卿も逃げていった。クィレル先生は流石に無罪とまではいかぬが、ちゃんと生きておる。お主の友人は皆無事じゃよ」

「………、良かった………」

シェリーは、これでひとまずは安心だ、と安堵の声を漏らした。

 

「優しい子じゃの、君は。さて、シェリーや、君が質問したい事はもっとあるじゃろうて。この老いぼれが何でも答えようぞ。君はそれだけの働きをしたのじゃ」

「いいえ、私は皆んなに助けられてばかりで何も……あー、私のことよりも、他にも質問したい事が沢山あるんです。賢者の石がどうなったのか、とか、クィレル先生の今後のこととか……」

「まずは賢者の石について話そう。ほれ、これ見てみい。綺麗じゃろ?」

 

ダンブルドアがポケットの中から取り出した赤い石は……間違いない、賢者の石だ。みぞの鏡から、シェリーが手に入れた物。今回の騒動の中心。

「さて。何故君が石を手に入れられたか、分かるかね?シェリー」

「………、クィレル先生やヴォルデモートと私で、何か違うものがあった、とか?私が手に入れる条件を満たしていたとか……」

「その通りじゃ。賢者の石を使いたい者でなく、手に入れたい者だけがあの鏡から石を取り出せるっちゅう訳じゃ。儂の頭もまだまだ捨てたもんじゃないのう」

「そっか、なるほど……」

「まあ、鏡の中に入ってたのは偽物なんじゃがの。本物は儂がずっと持ち歩いてたこれだけなんじゃが」

「えっ」

「ナイスアイデアじゃろ?試練を突破して石を入手したところを横取りされた時の事を想定しておいたんじゃよ」

「そ、それって、最初から行く意味、無かったんじゃ……」

「………あー」

 

愕然とするシェリーを見て、ダンブルドアは慌ててフォローを入れた。

「い、行く意味はあったと確信しておるよ。君はこの試練で沢山の成長をしたじゃろ?それに君はクィレルを救った。儂は彼を倒す事はできても、救う事は出来なんだ。君は偉大な事をしたのじゃよ」

「……そのクィレル先生は?」

「一部とはいえヴォルデモートに身体を貸しておったのじゃ、その代償は大きくてのう。しばらくは治療が必要じゃが、然る後に魔法使いの牢屋に入れられるじゃろう」

「…………そうですか」

 

魔法界の法律はよく分からないが、ヴォルデモートに与し、賢者の石を狙っていたのだ。死刑までは無いにしても、牢屋から出る事は叶わないだろう。吸血鬼化し、長い時を生きなければならない彼にとって、それがどれだけの苦痛か。

 

「そうじゃのう。じゃが、儂は彼が善き道を歩き始めたと思うておる」

「え?」

「ヴォルデモートが君の身体に触るのを避けようとしておらんかったかの?何となく嫌な予感がしたんじゃろうのう。君にはの、母上が残した古代からの守護魔法があっての。まぁ簡単に言えば、ヴォルデモートのような、愛を理解しようとしない輩から守る呪文なのじゃが」

「………」

「クィレルも愛を知らず、理解しようとしない男の筈じゃった。じゃが、君はクィレルの手を普通に握っていたね?つまり君の母上が残した護りはてんで効かなかったと言うことになる。それは、彼が愛を知ろうとした事の、何よりの証拠なのじゃ」

 

彼が、愛を知ろうとした。

あの時は、受け入れてくれるか不安だったのだが。クィレルが、まさかそんな事を思ってくれていたとは。

ちなみにもしクィレルが愛を理解しようとしないままシェリーに触っていれば、触ったところから彼の身体は崩れていくのだという。愛と言う割には意外と物騒であるが、母は強しといったところだろうか?

 

「憎しみの塊であるヴォルデモートは、そんな身体に取り憑く事も触る事も出来ぬ。クィレルの身体から直ぐに出て行かなかったところを見るに、クィレルもいきなり愛を全て受け入れた訳では無かったようじゃが………先程彼の容態を見た時に、『私はシェリーに救われた』、そう言っておったよ」

「……そう、ですか。彼がそんな事を…」

「あ、でもベガには『悪霊の火で焼かれたところの治りが遅い!』と恨み節を言っておったがのう」

「そ、そうですか……」

 

それに関しては弁解のしようがない。何というか、彼は敵を作る天才じゃなかろうか。

「ああ、それでのう。この石じゃが、壊す事にしたんじゃよ」

「………えっ?」

「この石を守る事になって、肌身離さず持ち歩いていたんじゃが。いかんせん、最近物忘れが酷くてのー。落としてないかいつも不安なんじゃよ。それに何より、これがある限りヴォルデモートはこれを狙うじゃろう」

それは、そうだ。石が原因で騒動が起こるのなら、その元凶を壊すのは自明の理だ。

然し。この老人の友人たるニコラス・フラメルは、その石が無ければ……。

「ああ、死んでしまうじゃろう。じゃが彼と彼の妻ペレネレにとって、死とは長い一日の終わりに眠りにつくようなものなのじゃよ」

「……ごめんなさい。……私には、その、よく、分からないです」

「ほっほ、あと百年もしたら君にも分かるじゃろう。あ、魔法使いってマグルより長生きなんじゃよ。これ豆知識じゃよ」

冗談めかして彼は笑う。

友人が一人いなくなる寂しさはあれど、優しく送り出そうとしているように見えた。

 

「ああ、しかし今すぐ死ぬ訳ではない。ニコラスは自分の身体を弄って、あと数年は生きられるようにしたそうじゃ。何でも、『嫌な気配がする』『数年後、魔法界に何か危険な事が起こる予感がする』と言っての」

「……?」

「さて、さて。老いぼれの話はこれでお終いじゃ。君の友達が、君の無事を待っとる。早く呼んであげねば。もうええよー」

その瞬間、ドタン!と扉が勢いよく開き、ロンとハーマイオニーが現れる。ハーマイオニーはシェリーにキスの嵐を見舞い、ロンは自分が包帯でぐるぐる巻きにされているのにも関わらずハグをして、自分で痛がっていた。

自分の、親友達だ。

「ああ、シェリー!無事で、無事でよかったわ!本当に……!」

「すごいよ、君って奴は!最高だ、ほんっとマーリンの髭だよ、良い意味でね!」

「あ、はは……、ロン、ハーマイオニー!皆んなのお陰で、賢者の石も、クィレル先生も守れたの!私……私達、やったんだ!」

 

一年前は想像もしていなかった。こんな親友に出会えるなんて、ホグワーツでこれだけの事をやり遂げられるなんて。

「は、は。すごいや、僕達……すげぇや。あ、あ、あ………」

 

「うわぁぁぁあああーーーーーーっ!」

ロンは叫んだ!

勝利の雄叫びを上げた!

「きゃあああああああーーーーーーっ!」

ハーマイオニーも叫んだ!

歓喜の声を上げた!

「うおおおおおおおおおおおおっっ!」

ダンブルドアも叫んだ!

熱に浮かされ、悪ノリした!

「わあああああああああーーーーーっ!」

シェリーも叫んだ!

よく分からないが叫んだ!

『あああああああああああああああ!!!』

皆が叫んだ!

狂喜乱舞!感謝の舞!明日へと向かって彼等は愛を叫んだっっ!!

 

「 お し ず か に ! ! !」

『すみませんでした』

ロンとハーマイオニーとダンブルドアはマダム・ポンフリーにつまみ出されたのだった。

 

それからは様々な人がやって来た。

ウィーズリーを始めとした、グリフィンドールの面々。来年のクィディッチに支障は無いか?今度はクィディッチに支障のないようにしてくれよ、といつも通りのウッド。そしてそんな彼の頭をひっぱたくケイティ、アリシア、アンジェリーナ。

マクゴナガルからはお見舞いの花とハグ、少しばかりのお小言をもらった。

「あなたはもっと自分を大事になさい。あなた達が賢者の石の騒動に首を突っ込んだ挙句、医務室送りになったと聞いて、心臓が止まるかと思いましたよ。私をぽっくり死なせる気ですか」

 

笑うところだろうか。

しかし直後に、

「とまあ、それはともかく。それはそれとして、良くやりましたね、シェリー」

と言われた時、シェリーはなんだか誇り高い気持ちになった。

 

聞けば、どうやらあの日以来、シェリー達は石を守った英雄扱いされているそうな。ダンブルドア曰く、あの地下でクィレル先生との間に起きたことは秘密で、つまりこの城中みんなの知るところ、ということらしい。

廊下のヒソヒソ話は鳴り止み、シェリー達を労う声が増えた。

夏休みは宿題をしっかりこなすように、と言って優雅に出て行ったマクゴナガルと入れ違うようにして、医務室にどたどたと殴り込みをかけてきた丸顔の男の子。ネビルだった。

 

「ごめんよ、シェリー!まさか君がそんな大事な物を守るために立ち向かってたなんて!僕、てっきりまた夜中に出歩いて遊ぶんだって勘違いしちゃって……」

「こっちこそごめんなさい、ネビル!石のためとはいえ友達に酷いことを……」

「いや僕の方こそ……」

「いや私の方が……」

ネビルもシェリーも基本ネガティブな性格ゆえに、自分が悪いと思ったらとことん謝る。

収拾がつかなくなったところにロンとハーマイオニーがやってきて、

「呪文をかけたのは私よ。私の方こそ、ごめんなさい、ネビル」

「君の立場ならそう思っても仕方ないさ。君さえ良かったら、また前みたいに接してくれないかい」

と言って場は収まった。二人にはその自覚はないが、シェリーの存在が彼等の精神年齢を上げつつある。

 

 

 

 

 

数時間後。

 

たくさんの来訪者がやってきて、喋り疲れたのか、シェリーがぐっすりと寝ていた頃。

ベガの意識が戻ったと聞き、ダンブルドアは彼の病室へと脚を運んでいた。

シェリーと同じように賢者の石について粗方の説明を終え、彼の信奉者からのプレゼントの山から一つお菓子を取ろうとしたのだが、その殆どが彼を憎むスリザリン生から送られた危険物入りの物か、女性ファンからの愛の妙薬入りの物だったのでやめておいた。かつてのジェームズもぶいぶい言わせていたが、ここまで酷くはなかった気がする。

そのベガだが、彼は礼儀作法とはかけ離れた場所にいるらしく、先程から不遜な態度を崩さない。これはミネルバが手を焼くのう、とダンブルドアはにこにこと笑っていた。

 

「ッチ。ここで三日も寝てたんなら、じゃあホグワーツにいるのも後少しなのか」

「寂しいのかね?」

「荷物纏めんのが面倒だって思っただけだ。クィディッチ対抗戦は見逃したし、他にやる事も無いんだがな」

 

ダンブルドアは、ベガを見て考える。

この少年の才能は凄まじいものがあった。一人で石の守りの試練を突破し、短時間ではあるが吸血鬼とも渡り合った。

しかし自分やヴォルデモートが良い例だが、そういう才能に恵まれた人間ほど道を踏み外しやすいものだ。

(この手の天才はおる。かつての儂や、あいつや、トム……ヴォルデモート卿や、ジェームズのように。神からの才能を一身に受け、ほとんど努力を必要とせずに力を手にできるタイプの人間。

じゃがベガは、優しいのじゃ。闇に傾倒する事もなく、闇を憎みすぎる事もない。そして力に溺れて過ちを犯す事もないじゃろう)

 

ベガが力に溺れない理由。それは、彼が既に『後悔』しているからなのだ。

例えばダンブルドアも、誰よりも高い能力と優秀な才能を持つ人間だと自負していたが、とある魔法使い(グリンデルバルド)との決別や(アリアナ)の死への後悔。それが皮肉にも自分の愚かさを見直す切欠となり、今でも後悔し続けている事件となっているのだ。

(ベガはこの年で既に『取り返しのつかない後悔』をしておるのじゃ。儂にとってのアリアナを、彼はもう経験してしまっておる。じゃから彼はもう、真の意味で傲慢になるという事はない。悲しい事じゃが)

ーー願わくば、この学校が、彼の支えになれれば良いのだが。ダンブルドアはそう思わずにはいられなかった。

 

「……ホグワーツは、楽しいかね?」

「………悪くはねえよ」

「そうか。それは何よりじゃ」

「それで、今年の対抗杯は……あーあ、結局スリザリンが優勝かよ。まーたマルフォイ辺りが威張り散らして………」

そこで、何かに気付いたように、ベガはダンブルドアの方を振り向いた。

「校長先生よ。もしかして、特別点で俺達に加点する気じゃねえだろうな」

特別点。

ホグワーツ恒例の、駆け込み加点だ。何か特別な功績を残した者に与えられる点で、例えば五十年前に現れた怪物の正体を突き止めたトム・リドルという少年がその特別点を貰っている。

他にも、クィディッチで活躍した者や、優秀な論文を発表した者など、その内容は千差万別。ダンブルドアは、それをベガ達に与えるつもりなのでは?と。

全くその通りだった。

 

「……特別点の内容については、言えぬ決まりになっておるのじゃ」

「そうか。なら言っとくぞ、もし特別点を貰う事になっても、俺はいらねえからな!」

「………、ほう?」

「シェリーもロンもハーマイオニーも、一度夜に抜け出して罰則を受けて、それでも立ち向かう選択をした。ネビルはあいつ達を身体張って止めるっつう選択をした。シェリー達は成長したんだ。俺は美味しい所を掻っ払っただけだ、だからそんなもんいらねえ!スリザリンが可哀想だから点を自粛するわけじゃねえからな」

 

どうやら、彼には彼なりのプライドがあるようだ。正直、ダンブルドアはひとり五十点くらいあげよっかなーとか、スリザリンがトップだけどグリフィンドールを一位にして大逆転させようかなーとか考えていた。

が。

考え直す必要があるようだ。

ホグワーツは教育機関なのだ、子供の成長を何よりも求める所。成長を讃えられる権利はどの寮にもあるのだ。

(そうじゃの、成長と言うならば……彼も)

 

その一週間後、学年末パーティ。

クィレルは、表向きはホグワーツで窃盗を働こうとしたところをシェリー達に食い止められてクビになったという扱いになった。

そして特別点を貰った一年生は五人だと、ダンブルドアの口から告げられた。

ロナルド・ウィーズリー。最高のチェス・ゲームを見せた勇敢なる騎士に、五十点。

ハーマイオニー・グレンジャー。冷静沈着な論理感と判断力に、五十点。

シェリー・ポッター。勇気ある行動と、勇敢さと、優しい精神に、六十点。

ネビル・ロングボトム。敵に立ち向かうのには勇気がいるが、時として友人に立ち向かうのは同じくらい勇気がいる。その勇気を讃えて、十点。

 

そして最後の特別点獲得者は、なんとスリザリン寮のドラコ・マルフォイだ。

禁じられた森において、紳士としてレディを守る気高い行動をとった。守ろうと弱い自分に立ち向かっていった。その勇気を讃えて、彼に十点が贈られた。

ドラコ自身もこれにはびっくりしたらしく、青白い顔を赤らめてぽかんとしていたら、スリザリンのテーブルで「よくやった!」と揉みくちゃにされた。

たった十点。しかし、これはスネイプによる贔屓の加点ではなく、間違いなくドラコ・マルフォイが初めて自分の力で掴み取った十点であった。

結果としてその年の学年末パーティでは、グリフィンドールとスリザリンのダブル優勝を祝うパーティとなった。

しかし皆、誰が優勝かはもはや気にしていなかった。ハッフルパフもレイブンクローも含めて、思い思いに騒ぎ、楽しんでいた。

その夜、寮の垣根は消えていたのだ。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

シェリーは廊下を駆けていた。

クィレルがもうすぐ魔法省に引き渡されるという話をダンブルドアから聞いて、居ても立っても居られずに追いかけてきたのだ。

廊下を曲がったところで、スネイプがクィレルを縄で縛って歩かせている姿が見えた。吸血鬼用の封印が幾十にも施されており、もはや抵抗は不可能だろう。

……散々出し抜かれたクィレルをこうして連れ回すのが面白いのか、若干スネイプが上機嫌そうなのは、見ないでおくことにした。

 

「クィレル先生!」

「………、シェリー・ポッターか」

 

二重の意味で憑き物が取れたような顔をしたクィリナス・クィレルは、これから監獄生活をするとは到底思えないくらい晴れやかな顔をしていた。

「ポッター、この男は今からアズガバンに行く身であるからして……」

案の定スネイプが噛み付いた。

しかし、さっきダンブルドアに教えてもらった、『スネイプが何でも言う事を聞く仕草』でクィレルと話す時間を貰う事にする。

 

「お願い、先生!」

シェリーはウインクした。

なにせ馴れない事だったので、いささかぎこちなく不恰好だと自分でも感じた。

果たしてこんな物で許しを貰えるのだろうか?スネイプの性格では、いきなり生徒にウインクされたら何の冗談だと青筋を浮かべた後に罰則の一つでも課しそうなものだが。

 

「………許可する」

意外や意外、すんなり許可が通った。

疑問符を浮かべつつ、目以外はリリーそっくりの少女はクィレルへと話し始めた。

 

「……クィレル、先生。まずは、一年間『闇の魔術の防衛術』を教えてくださってありがとうございました」

「……はは。まさか、生徒にお礼を言われる日が来るとはね」

ふ、と笑うと、クィレルはぽつりぽつりと言葉を零し始めた。

「今までロクな人生じゃなかったが……生きてみるもんだな、今、とても幸せな気分だ。おかしいだろう?これからアズカバンに入るというのに」

「………」

「ありがとう、シェリー。本当に。自分を殺そうとしていた相手を許すなんてのは、そうそう出来ることじゃない。君は偉大だな」

「ありがとうございます。けれど、私はマクゴナガル先生の教えを守っただけです。本当に偉大なのはマクゴナガル先生の方です」

「はは、ミネルバは先生思いの生徒に恵まれたな」

 

クィレルと笑い合った。

倒すだけでは辿り着かなかった結末に、今自分は辿り着いている。それが何より嬉しい。

クィレルは少しばかり言い淀んでいたが、やがて真剣な表情になった。

 

「一年の間身体を共有していたから分かる。闇の帝王は死んだわけじゃない。あいつは再び現れて、事をなすだろう。シェリー、君はその時に立ち向かわなくっちゃならない。………がんばれよ、シェリー」

その言葉に大きく頷く。シェリーの素直な反応がむず痒かったのか、「私が言うのも何だがな」とクィレルは続けた。

 

「さあ、早く行きなさい。ホグワーツ特急がもうそろそろ来ている頃だろう」

「…………、はい!」

 

シェリーは元来た道を引き返す……だが、すぐに止まるとスネイプの方へと向き直った。

 

「スネイプ先生、私、先生に狙われてるって勘違いしちゃってました。ごめんなさい。でも、色々と守ってくださって、本当にありがとうございます!」

 

シェリーはそう言ってにこりと笑った。

そしてすぐに列車へと急ぐ。そのため、スネイプが後ろで何やら悶絶していたり奇声を発していたのには気付かなかった。ちなみにクィレルはドン引きしていた。

「俺って、こんな奴を出し抜こうとしていたのか……」

 

ホグワーツ特急へ向かうと、既に人がごった返していた。人の波を掻き分けて進むと、聞き覚えのある声が聞こえた。ーーハーマイオニーの声だ!

「ベガ!今年は負けたけれど、首席の座は来年は私の物よ!」

「そうかい。俺と総合で三十点も離されといて、よくそんな口が効けたもんだな、ハーマイオニー・次席・グレンジャーさんよ」

「じせき……お、覚えてなさいよ!」

思えば、ハーマイオニーはずっと

 

「そもそも二人とも百点オーバーってなんだよ。実技じゃ、魔法の出来次第で加点するのもあり得るって聞いてたけどさあ」

「まさか全教科百点越えなんてね。ハーマイオニーの答案用紙見てビックリしちゃった」

 

お互いに筆記は満点。実技では、例えば『パイナップルを机の端から橋までタップダンスさせる』というお題であれば、ハーマイオニーはそれはそれは見事なキレのあるダンスを、ベガは部屋全体をライブ会場に変えて、フリットウィックが密かにファンだというグレゴリー・ハインズを思わせる超絶テクニックのショーを行っていたり……など、とにかく超ハイレベルな激戦を繰り広げていた。

そしてその再戦の約束を二人は誓っていたのだった。

シェリーとロンは、まあ普通より若干良いくらいである。進級できたねー良かったねーと平和にテスト用紙を見せ合っていると、こちらに突進しながらやって来る大男がいた。

我らが森の番人、ハグリッドだ。

 

「おおおおーーッ、シェリー!俺がもうちーっとお前さん達に色々教えてやれれば、怪我もせずに済んだのによお!」

「がふっ」

「ハグリィィィィィッド!絞め殺しちゃってる!シェリー死んじゃうから!」

「おお、すまんすまん。力加減が分かんなくてよう。怪我ねえか?」

「げほ、ごほっ。うん、大丈夫だよ。それにロンやハーマイオニーがいたし、それにベガにも色々助けてもらったし」

「おおおおーーーッ、ベガ!シェリー達を助けてくれたんだってなあ!お前良いやつなんだなああああ!!」

「こっち来るんじゃねえええええ!!!」

「………最後に面白い物を見られたわね。見て、ベガの慌てふためく顔」

 

閑話休題。

ハグリッドから、知人から掻き集めたという写真を集めて作ったというアルバムをプレゼントされた。

ハグリッドは今回の騒動に責任を感じ、ダンブルドアに森番をやめると言いにいったら軽くあしらわれて、罰としてこれを作れと言われたらしい。

黒髪の眼鏡の男性と赤い髪の女性が赤ん坊を抱いている姿に始まり、二人の学生時代の写真が大量に入っていた。

黒髪の男性の眼鏡の下には、シェリーそっくりのハシバミ色が覗いている。男性は友人と騒いでいる様子が多く、社交的で楽しい性格であろう事が伺えた。

その赤い髪と顔立ちは瓜二つだ。シェリーの姉と言われても納得できるくらい、いや、シェリーの未来の姿と言われても信じてしまいそうなくらいそっくりだ。

 

「ありがとう、ハグリッド!私、これ大切にするね!」

 

ホグワーツでの生活は、シェリーにとって初めてのことばかりだ。

初めての友達。

初めての知識。

初めての冒険。

ーー初めて知った、親の愛情。

初めてだらけで目が回ってしまいそうだが…それでも、この経験は、自分にとって大切な思い出になると思うのだ。

来年は何があるだろう?

どんな出会いがあるだろう?

 

ーー未来が輝いて見えた。

 

ー『Philosopher's Stone』、the endー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【登場人物紹介】

 

◯シェリー・ポッター (Sherry Lily Potter)

学業:原作より少し上。勉強は好きな方だが、得意と苦手の差が大きい。

戦闘:気弱な女の子という事で、原作より苦手だが、経験を積んで強化されつつある。

 

通称、生き残った女の子。見た目はリリーの生き写しと言われるほどそっくりで、赤い髪の美少女だが、瞳はジェームズ譲りのハシバミ色。

長年のいじめが原因で、気弱で自虐的な性格になっている。ホグワーツ入学以降は彼女本来の穏やかで優しい性格が目立つようになり、いざという時にはやや自己犠牲気味ながらも高い行動力を見せる。

人間不信気味で、初めての友達を失う事を極度に恐れており、明日に希望を持てず、何が起きるか分からない未来に恐怖する。

子供の頃から何も与えられる事のなかったシェリーが一番求めるものは安心と信頼、そして未来を生きる勇気。

 

 

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◯ベガ・レストレンジ (Vega Lestrange)

学業:超優秀。さすが天才。

戦闘:喧嘩慣れしている上に戦闘センスもある。高い反射神経で絶対に躱し、後出しで相手に確実に勝つカウンター戦法。

 

通称、グリフィンドールの悪魔。月光のような長い銀髪と整った顔立ちが特徴。シェリー同様マグルの家に預けられ、魔法界の事は知らずに育った。彼を引き取ったガンメタル家は好人物であり、彼を歓迎した。

運動も知能も洞察力も魔力もカリスマも、あらゆる才能を持って生まれた天才。その反面素行が悪く、かの悪戯仕掛け人やウィーズリー兄弟に匹敵する程の問題児。「彼達は悪戯を働き、ベガは暴力を働く」とはマクゴナガルの談。女遊びにもいとまが無く、相当のプレイボーイ。

しかし心の奥底には不器用ながらも優しさがあり、ネビルやシェリーの勇気を尊敬しつつも羨んでいる。かつて兄弟のように育ったシドを死なせてしまっており、未だ消えぬ過去に執着し、恐れている。

魔法界に入る前からあらゆる物を手に入れてきたベガだが、彼が一番求めるものは安寧と愛情、そして過去を越える勇気。

 

 

【挿絵表示】

 

 

◯シグルド・ガンメタル (Sigld “Sid” Gunmetal)

通称、シド。短い金髪の少年。

活発で人懐っこいが、要領が悪い、所謂落ちこぼれ。兄貴分のベガを尊敬しているマグルの少年。

物語開始時点で既に死亡している。

 

当時赤ん坊だったベガを魔法界の抗争から遠ざけたかったデネブ卿は、ベガをマグルの友人であるシルヴェスター・ガンメタルに預けた。

ベガは魔法界の事を知らされず、ガンメタル家の一人息子、シグルドとともにのびのびと育っていったが、9歳のある日、シグルドとベガは死喰い人の残党に誘拐されてしまい、その際にベガを助けるために暴れ、死亡してしまう。

その日以降、ベガはその日の事を深く後悔し、たとえ弱くても勇気を持つ人間を尊敬するようになる。彼の死はベガの人格形成に強く影響を及ぼし、ガンメタル家に多大な悲しみをもたらした。

彼の父、シルヴェスターは彼の死を悼み、ベガとはぎこちない関係となった。

 

◯ ロナルド・ウィーズリー (Ronald Bilius "Ron" Weasley)

赤毛でそばかすの少年。ウィーズリー家の六男で、優秀な兄に加えて親友二人も優秀な部類に入り、その上、同学年のベガが数十年に一人の天才なのでコンプレックスは原作よりも強め。

ただし危なっかしいシェリーを支えるお兄ちゃん的ポジションに収まり、精神的に成長した。頭脳も少し上がった。

 

◯ ハーマイオニー・グレンジャー (Hermione Jean Granger)

マグル出身の栗毛の少女。シェリーとは勉強仲間、ベガは首席と次席争いをする仲。ロンをどうやら意識しているようだが…?正直彼女はもっとラブコメするべきだったと反省している。原作よりもお姉ちゃん力が増した。

 

◯ネビル・ロングボトム (Neville Longbottom)

黒髪のぽっちゃり少年。ベガとは正反対の性格で、その上、彼がレストレンジ姓ということで苦手意識があったが、彼がスリザリンからネビルを庇った事が切っ掛けで打ち解け、晴れて親友になった。ベガから何か悪い影響を受けないか危惧されている。

 

◯ ドラコ・マルフォイ (Draco Lucius Malfoy)

金髪オールバックの少年。純血主義かつ見栄っ張りで、生き残った女の子のシェリーや、レストレンジの血を引くベガを友人に誘うが一蹴され、それ以来意識している。

禁じられた森でうっかり父親の元上司と戦っちゃう。しかしそれが切っ掛けで、良い意味で自分に自信を持つように。成長の兆しを見せている。

マールかいてフォイッ!

 

◯アルバス・ダンブルドア (Albus Percival Wulfric Brian Dumbledore)

きらきらしたブルーの瞳をした、腹黒い長身の好々爺。一年生の間に透明マントくれなかった人。クソジジイめ!

来年ではちゃんと渡す予定。

 

◯ミネルバ・マクゴナガル (Minerva McGonagall)

ひっつめ髪の理知的な女性。副校長にして変身学教授にして獅子寮寮監。

生徒に厳しくも優しく接し、特に複雑な家庭環境のシェリーやベガ、ネビルを目にかけている様子。シェリーからは女性として尊敬されており、母親のように思われている。ベガも彼女の事は内心尊敬している。

 

◯ セブルス・スネイプ (Severus Snape)

ベタベタした黒髪の男。魔法薬学の教授にして蛇寮寮監。

シェリーの見た目がリリーそっくりなため、心労が増えた。ただし眼だけはジェームズそっくりなため、理不尽にキレるのも増えた。

 

◯ クィリナス・クィレル (Quirinus Quirrell)

闇の魔術に対する防衛術教授の、ターバンを巻いた男性。普段はおどおどしているがそれは演技で、本来は嫉妬深く邪悪な男性。吸血鬼に噛まれたところをヴォルデモートに拾われてしもべとなり、賢者の石を狙っていた。

シェリーに『誰かに認めてもらいたい』という欲がある事を看破され、生存。

現在はアズカバンでシリウスとシェリー談義に花を咲かせてる。

 

◯ヴォルデモート卿 (Lord Voldemort)

魔法界史上最悪の闇の魔法使い。

シェリーによって滅ぼされたが、クィレルの後頭部に寄生していた。魔力さえあれば杖無しでもかなりの戦闘力を発揮する事ができ、口からビーム出せたりする。シェリーとの間に絆のような物がある事に気付いており、それを逆に利用して、彼女が近くにさえいれば擬似『磔の呪い』『服従の呪文』をいつでもかけられる。

 

◯その他

『ニコラス・フラメル』

本来なら身辺整理を終えた後に妻ペレネレと慎ましく余生を終えるつもりだったが、某占い学の教授のとある予言を聞いてから、あと数年は生きれるようにしたらしい。

 

『特別点』

年度末のパーティで一七◯点も加点するのはさすがに酷いと思ったので、救済措置として設けられた制度。その一年で優秀な成績を修めた者や、クィディッチで活躍した者に与えられる。

今年はウッドはスーパーセーブを讃えられて十五点貰い、マーカス・フリントは歴代最高ファール数を記録した事で十点貰った。




これで賢者の石は終了です。
本当はもっと早くに終わる予定だったんですが、書いていく内にどんどん長くなっていきました。次からはもっと一話の内容を濃くするべきだなぁと反省しております。
当初予定していたのは『ホグワーツで活躍する男子不良生徒を描こう』という物だったのですが、ハリー、ロン、ネビル、ベガとメインキャラの男性の比率が増えていって頓挫しました。

ですがハリーを女の子にしたら話が進む進む。シェリーの性格や設定は、ベガの対になっています。
因みに秘密の部屋は近いうちに書く予定です。


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CHAMBER OF SECRETS
1.謙遜


秘密の部屋開幕です。


夏休みも後半に差し掛かった頃。

今までまともな家庭環境にいなかったシェリーは、ホグワーツで十分な栄養と睡眠を取った事で見違えるくらい綺麗になった。

ボサボサだった赤い髪はきちんと櫛が通されており、顔についていた汚れは洗い流される。地味で小汚かった少女は、なんという事でしょう、たった一年で清楚な美少女に変貌したではないか。

その美貌を見て、バーノン・ダーズリーは何を思ったか、メイソン夫妻との取引の接待にシェリーの見た目を利用する事を決定した。

赤髪の美少女は、可愛らしい給仕係へとクラスチェンジしたのだ。

 

シェリーの髪のセットは、額に刻まれた稲妻型の傷を隠す所から始まる。しかしそれでは髪型に制限がかかってしまうので、ペチュニアはファンデーションやチークをフル活用して傷を目立たないものにする。

そして頰にも薄く化粧を施し、髪には白い羽のヘアピンだ。(ペチュニアに髪飾りを探している時に好きなのを選びなさい、と言われて選んだものである)

服にもこだわり、柄物のワンピースの上からカーディガンを羽織っている。ペチュニアは彼女の魅力を余す事なく引き出したと言っていいだろう。彼女をからかおうと思っていたダドリーが赤面しているのを見ても、それは明らかだ。

 

「これでよし、と。くれぐれもメイソン夫妻様の前で変な真似するんじゃないよ」

「は、はい」

「小娘!早くしろ!あとたった二時間半でお二人が到着なさるのだぞ!」

 

バーノンはシェリーを見ても眉一つ動かさずにそう言い放った。彼曰く、大手の穴あけドリル株式会社とのパイプを作るための大事な商談なのだという。

今彼は人生の中でもそうはないチャンスにピリピリしており、彼のビジネスマンとしての血が騒ぎに騒ぎまくっているのだ。

 

「うちの家内が作った食事は如何ですかな、メイソンさん!」

「や、や!実に素晴らしいです!これなんぞ特に!ははは、これが毎日食べられるとはバーノンさんは幸せ者ですな!」

(……あ、それ私が作ったやつだ。喜んでくれて嬉しいなぁ)

シェリー作のポークチョップは好評だったようだ。もしペチュニアに聞かれたら嫌味の一つも言われるのだろうが、彼女は今メイソン婦人とお話中だ。

 

「おっと、グラスがもう空だ。ワインのおかわりは如何ですかな?とっておきのがありましてね……」

「おお、是非いただきますとも!はは、どうもお嬢さん!いやあ、見目麗しい娘さんですなぁ、しかし子供は息子さんひとりだとお伺いしたような…?」

「あー、遠い親戚の姪を預かっておりましてな。親戚とは、そう、良い関係でして」

「あ、ははー…」

上々の滑り出しだ。バーノンが暖めておいた小粋なジョークが不発だった事を除けば、今のところ商談は上手く行っているのではないだろうか。

 

冷蔵庫の中の料理をテーブルに粗方置いてしまうと、バーノンは手持ち無沙汰な彼女をもう用済みと判断したらしい。

階段の方を指差して、

「おい小娘、もういい。二階に上がってろ」

「はい、分かりました」

シェリーはその指示に従い、二年生になるにあたって自身に与えられた部屋(ダドリーが物置部屋に使っていた小部屋だ)の中に入ると、スカートなのも気にせずにベッドの中に倒れこんだ。

 

疲れた。

 

こういう大事な商談の時は、あまり他人の目を気にし過ぎるとかえって不快な思いをさせる場合がある。堂々と、しかし細やかな気配りが必要なのだ。

いつもおどおどしている彼女にとって、それがどれだけ難しいことか。思っていた以上に精神的疲労は溜まっていたらしい、このまま目を閉じれば、すぐに眠りの世界に旅立てるであろう。

……だが。

 

「……お仕事したいな。仕事に夢中の間は、嫌なこと忘れられるし」

 

今日に限っては、目を閉じる気にはなれなかった。

シェリーは机に手を伸ばすと、引き出しの中から手紙を取り出す。夏休みに入ってから届いた、ロンとハーマイオニーの手紙だ。

シェリーは夏休みに入ってすぐに手紙を書いては送りを繰り返した。だが、彼等からの返事は来ず、もしや初めての友達ということで浮かれて距離感を間違えたかとか、不快な内容を書いてしまっただろうか、とか不安に駆られていた。

だが最近、ようやく彼等から手紙がやって来た。嬉しさのあまり小躍りしつつ自室の中でその手紙を開けると、その内容は衝撃的なものだった。

 

手紙には、乱雑な赤文字で、「くたばれ」「死んでしまえ」「目立ちたがりの色情魔」「不快さをドブで煮詰めたあばずれ女」……そういった思いつく限りの罵詈雑言が書き殴られていたのだ。

裏を見ても、宛先を確認しても、他に紙が入っているのではないかと探しても、結果は同じ。間違いなく、彼等がシェリー・ポッターに送った手紙だった。

 

「ロン、ハーマイオニー……。嘘、だよね……?」

ぽろぽろと涙が溢れる。

そんな彼女を見かねてから、ヘドウィグは優しくホー、と鳴いた。

あれ以来、二人には手紙を送っていない。送る勇気がない。というか、これだけ言われた後に何を書けばいいのだろう。

 

シェリーは最近、ペチュニアから貰った余り物をほぼ全てヘドウィグにあげていた。

夏休み始めは仲良く分け合っていたのだが、手紙が届いた日から、日に日にシェリーは自分の割合を減らしてヘドウィグの割合を多くしている。

ヘドウィグも最初はそれを拒否し、シェリーに何とかご飯を渡そうと籠の中で暴れたが、彼女が頑なに受け取らないので最近は諦め気味だ。

つまるところ、シェリーは食欲が無いのである。彼女はベッドの上でごろごろしながら考える。

このままご飯を食べずに、魔法界の物を全て捨てて、部屋を床下にしてもらえば、去年に逆戻りだ。そうしたらまたホグワーツからの手紙がやって来て、ハグリッド達が迎えに来てくれて、あの楽しい一年をやり直せる。そしてまた今年になったら同じ事を繰り返せば良いんじゃないかーー

 

ーーそこまで考えて、突如としてシェリーはクローゼットの方へ杖を向けた。彼女は護身用に杖をいつでも携帯しているのだ。

感じる気配。この部屋にはヘドウィグと自分しかいない筈なのに、今一瞬、何もないところの空気が揺らいだような気がした。ヘドウィグの目は既に鋭い。

シェリーは戸惑いつつも、いつでも呪文を唱えられるよう魔力を練りつつ、問う。

 

「誰か、いるの?」

「うわひゃあ!お、お待ちをッ、シェリー・ポッター!」

「きゃあ!?」

慌てたようにクローゼットから飛び出したのは、明らかに魔法界の生物だ。

背は低く、蝙蝠のように尖った耳、大きな目に大きく避けた口。そして身に纏っているのは服ではなく、みずぼらしい枕カバー。それは以前教科書で読んだものと一致する。

 

『屋敷しもべ妖精』。

魔法族の由緒ある名家や城に憑いて、特定の魔法使いに仕え、身の回りの世話や家事や雑用をこなす。

主人である魔法使いに生涯無償無給で隷従する事こそ彼等にとっての最大の名誉。それ故に彼等はどんな過酷な環境下にあっても絶対的な忠誠を誓うのだ。

直に見るのは初めてだが、なかなか愛嬌があって、目もくりくりしていて、けっこう可愛い!とシェリーは思った。彼女の可愛いの基準はどこかおかしい。

しかし……あくまで彼等は魔法使いに使える妖精だ。いくらダーズリー家がお金持ちとはいえ、彼等がマグルである以上、この家に憑くなどあり得ない。まさかバーノン氏が屋敷しもべ妖精向けの求人広告を出しているわけでもあるまいに。

 

「わッ、私は、あなた様に警告をしに参ったのでございます!」

「け、警告……???」

「シェリー・ポッター、あなたはホグワーツに戻ってはなりません!あそこは、ホグワーツは危険なのです!」

「危険……??確かにホグワーツには危険なものは沢山あるけど、いざとなれば先生方が守ってくれるし。それ以上に、あそこは楽しいところだよ」

「いいえ、それは去年までの話です!今年のホグワーツは危ないのです!」

 

要領を得ない。

目的は分かったが理由が分からない。どこの馬の骨かも分からぬ人物(妖精物?)に、いきなり危険だのなんだの言われても実感が湧かぬというものだ。

 

「と、とりあえず、お水飲んで?落ち着いてお話してくれたらいいから」

「おお……!私のような者にも分け隔てなく接する優しさ……!あなたはまさに……」

「わ、私はそんなんじゃないよ。えーっと、それで。あなたのお名前は?」

「ドビー、と申します」

「それじゃあドビー、危険って何のこと?ヴォル……例のあの人がまた復活するとか?」

「いいえ、今回は名前を言ってはいけないあの人の事ではなく、秘密の部屋の……」

「………秘密の部屋?」

 

ドビーはハッとしたような顔をした。言ってはいけない事だったらしい。

近くの電気スタンドを掴むと、容赦なく頭にガンガンと殴りつけた。シェリーはぽかんとしていたが、すぐに「何やってるの!?」と彼を引き剥がしにかかる。

 

「ドビーは悪い子!ドビーは悪い子!」

「駄目!ドビー、落ち着いて!たんこぶができちゃうよ!?」

「ドビーがお仕えになさっている家ではいつも叩かれました故、たんこぶを作るなど慣れっこでございます!」

「そ、そうなの?」

「屋敷しもべは、そういう扱いをされるのが当たり前なんでございます。ですがどんなご主人様でも、殺しまではしません。

……かの、例のあの人を除いては」

 

例のあの人。

ヴォルデモート卿。

数ヶ月前に、クィレルと、クィレルに取り憑いていたヴォルデモート卿と戦ったのは記憶に新しい。

 

「あの人は屋敷しもべを道具とすら思っていない。好きな時に自由に殺せる肉袋としか認識していないのでございます。あの時代はとても恐ろしい……しかし闇は払われました。シェリー・ポッター、あなた様のおかげで!」

「ど、どういたしまして?でもあれは私のお母さんが……」

「しかし今、あなた様に再び危機が迫っているのです。魔法界の英雄を死なせるわけにはいかない、故にドビーは参上したのです」

「……そっか。ありがとう、ドビー」

「そのためにホグワーツに行きたくなくなるよう、手紙を細工しましたし……」

「…………えっ」

 

手紙に細工、とは、まさか。

愕然としつつ、恐る恐るドビーに問う。

「ま、まさか。夏休みの初め、手紙が来なかったのって…」

「………あっ」

「肯定と受け取るよ。……じゃああの、いっぱい酷い事が書かれた手紙も……」

「す、すみませんシェリー・ポッター!あれはドビーめが書いたものでして!」

わなわなと口が震える。ヘドウィグとドビーがその様子をはらはらとした様子で見守る。

やがて。

シェリーは口の中の空気を吐き出した。

 

「……そっか。よかったぁ、ロンとハーマイオニーじゃなくってぇ……」

怒りはなく、そこにあるのはただただ安堵のみ。しかし自分を許せないのか、ドビーは自分を叩けるものを探した。

「ドビーは、ドビーは自分を罰さないと!」

「だ、駄目だよ?……それにしても、すごい手の込みようだったけど」

「ドビーは旦那様から普段から嫌がらせを受けているので、こういうの考えるの得意中の得意なんでございます」

「そ、そっか。すごいね。だけどあんまりやりすぎちゃ駄目だよ」

 

項垂れるドビーに釘を刺しておく。

さて。ドビーの献身は分かったが、ホグワーツに帰れないのは嫌だ。親友二人に会えないのはとても辛い。

その旨を伝えると、屋敷しもべ妖精は「ドビーは諦めません!」と言い残すと指を鳴らして去って行った。

嵐が過ぎ去った、かと思いきやノックもなしにバーノンが部屋へと乗り込んできて、

「さっきから何騒いどる!まーた蛇と話してたのか!?来い!お喋りするくらい暇なら仕事をくれてやる!」とシェリーを連行した。

 

与えられた任務は、「ペチュニアおばさん特製の特大ホイップクリームと砂糖のスミレ漬け」をテーブルまで運べ、というもの。

普段からダーズリー家の手伝いをしている事もあり、彼女の配膳スキルはかなり高い。万が一にも途中で溢す事はないだろう。

しかし。

シェリーが料理を手に持って、リビングへと向かう途中。ふと視線を感じて後ろを振り返ってみれば、そこには先程帰った筈のドビーの姿が。

 

「ど、どうしたの、ドビー?忘れ物?」

「忘れ物……ええ、そうです。ドビーはシェリー・ポッターに約束されなければなりません。シェリー・ポッターは、ドビーに約束しなくてはなりません!ホグワーツに行かない、と!」

「でも、それは……っ」

やりたくない。

一年前のシェリーであれば、ドビーの話を受け入れていたかもしれない。しかし友情を知り、愛情を知った彼女は、ドビーの願いを聞き入れられずにいた。

 

「……聞き入れてくださらないのならば、仕方ありません。ドビーは悪い子。事が済んだら、後でドビーはタンスの角に足の指をぶつけなければなりません」

「な、え、ドビー、何するの!?」

「シェリー・ポッターがお約束いただけないのであれば…ドビーは、こうするしかないのでございます!」

「きゃっ……!?」

ドビーが指を鳴らす。その瞬間、手に持っているはずの皿が勝手に動き、リビングの方へと向かっていく。

まずい。このままでは、料理がメイソンさんの頭部に後ろから直撃してしまう。シェリーはどうにかこうにか踏ん張ろうと、脚に力を入れる。

 

しかし。彼女自身がツヤッツヤに磨いたフローリングが仇となり、彼女はずっこけた。

メイソンさんはホイップさんになった。

顔を上げれば、ダーズリー夫妻は顔を赤くさせたり青くさせたりを繰り返している。メイソン夫妻は何が起きたのか分からない様子だ。ダドリーはお菓子食べてる。

キッチンの方を振り返ると、ドビーはもういなかった。

真犯人がいない今、彼等から見たらこの構図は、料理を運んでいたシェリーがこけてメイソンさんの頭にケーキをぶっつけた、という風に見えているのだろう。

メイソンさんは頭にこびりついたクリームを手に取った。

 

「これ、は……」

「あ、あ、小娘、なにをーーあぁ、あ、その子は、そう!情緒不安定でしてな、えぇ」

「…………」

「す、すぐに拭きましょうとも!えーと、ハハハ、ハ!ス、スミレが似合いますな?」

「お嬢さん」

 

メイソンさんはくるりと振り返った。

クリームやスミレまみれでその表情は伺い知る事ができない。

シェリーはその身体をびくりと震わせる。だが、彼女は泣きそうになりながらも言葉を探して、自分を律した。

謝らなければ、と。

 

「ありがとう」

「ごめんなさい!………えっ?」

「んっ?」

「は?」

「私は若い頃、苦学生でしてな。勉強の合間を縫ってアルバイトをいくつも掛け持っていた。……だが、疲れが溜まっていたある日、お客に届ける筈の料理を目の前で零してしまったんだ。……流石にその時は、頭が真っ白になったよ」

「メ、メイソンさん?」

「だがそのお客さんは、にこりと笑うと、割れた皿を拾い始めた。そしてこう言ったんだ。『失敗は誰にでもある。それがたまたま今日だっただけだ』……とね。私はその言葉に救われた。それにその言葉が無ければ、失敗を恐れずに会社を立ち上げようと挑戦する事はなかっただろう」

「……あー、えっと?」

「お嬢さん、貴方のお陰でかつて忘れていた言葉を思い出したよ。ありがとう。……最近は利益ばかりで、あの頃の気持ちをどこかにやってしまっていたようだ。……だが、ダーズリーさん。商談の話、受けさせてほしい。利益だけではなく、胸を張って取り組める仕事を、人の役に立つ仕事をするために!」

「あなた、一生ついていくわ!」

 

かくして商談は纏まった。

自分の原点を思い出したメイソンは、これからも人のための仕事を続けていく事だろう。

彼の内に秘めた情熱は、決して消える事はない。何故なら、そこには未来への希望が、いつまでも輝いているのだからーーー

 

 

 

 

 

ーーーという感じでメイソン夫妻は爽やかに去って行ったのだが、バーノンは怒った。一歩間違えれば商談は御破算だったのだから、無理もないだろう。

シェリーは閉じ込められた。窓には鉄格子、扉には何重もの鉄製の鍵。脱出は困難だ。しかし、姪が部屋から出られないように工事を行っている時、近所の人からどう思われるか考えなかったのだろうか。何が彼をここまで駆り立てるのだろう。

バーノンが杖を持って魔法を勉強したシェリーに対し、大胆な行動を取ったのには理由がある。

 

『貴殿の住居において浮遊呪文の使用を確認。卒業前の魔法使いは学外において魔法の行使は禁止されているーー今回は軽度のため警告に留めることにーー』

といった内容の手紙が、魔法省の魔法不正使用取締り局、マフォルダ・ホップカークから届いたのだ。魔法を使えるというアドバンテージはもうない。それを知ったバーノンは大掛かりな工事を敢行したという訳だ。

 

扉の下の差入口からご飯が来るのだが、それもかなり少ない。ヘドウィグと分け合っているので当然だ。ここに入れられておよそ三日経つが、既に限界は近づいていた。

それに何より。

ホグワーツに行けないかもしれないーーそういう考えが、彼女を徐々に追い詰めていた。

シェリーはぽつりと呟いた。

 

「ヘドウィグ………私達、ホグワーツに行けない、のかな」

「いいやそんな事ない行けるさシェリぐぅあっはあああああああああ!!!!!」

「!!!???」

鉄格子ごと窓を突き破って飛来したのは、男の子の中では一番の親友、ロナルド・ウィーズリーだ。

………何故!?

 

「ごふっ、やあシェリー、かはっ。聞いてくれよ、フレッドとジョージが、鉄格子を破らなきゃって言うから何をするのかなって思ったら、僕をぶん投げたんだよ、まったくもってマーリンの髭だろ?けほっ」

「血、血が!」

「おっとごめんよシェリー、弟の手当をさせてもらうぜ。よっと」

「ついでにこの部屋の鍵をちょいと針金でアロホモラ、と。マグルも案外馬鹿にできないよなぁ。さて、トランクはどこかな?」

「し、下にあるけれど……」

 

ロナルドの奇行にパニックになっているのは自分だけなのだろうか。いや、少なくともダーズリー家はパニックになったらしい。どたどたと物音が聞こえる。ジョージがトランクを持って来ると空中に浮いていたフォート・アングリアに放り込まれる。

バーノンがドアを開けたのはその後すぐだ。憤慨する叔父の姿を尻目に、彼女は空の世界に旅立ったのだった。

 

余韻も何もあったもんじゃない。こんなに急に飛び出して良かったのだろうか、という罪悪感があったが……闇に輝くリトル・ウィンジングの光の数を見ると、それも吹き飛ぶ。

綺麗だ。

光輝く家々を空飛ぶ車から眺めるなんて、まるで映画のワンシーンの中にいるみたいだ。

空を飛ぶ車とは、魔法界もなかなか粋な物を作ったものである。箒とはまた違った面白さがある。

「いやぁ、そう言ってくれるとうちの親父も喜ぶぜ。なんせこれを発明したのは誰あろうウィーズリー家の大黒柱、アーサー・ウィーズリーその人だからな」

「そうなんだ……、すごい、魔法って!あの家が、もうあんなに遠くに……!」

「喜んでくれて嬉しいぜ、シェリー」

 

 

そうこうしてウィーズリー家に着くまでの間に、色々と質問攻めにあった。手紙の返しが無いから、もしやと思いシェリーの誕生日に迎えにやって来たらしい。彼女は手紙の事やドビーの事をかいつまんで話した。

彼等が話を聞いて、まず最初に出たのは怒り。そして、何故そんな事を?という疑問だった。

フレッドは運転しつつ、シェリーの話を咀嚼して推論を出す。

 

「屋敷しもべってのは、お金持ちの家に憑く妖精だ。ってことは、シェリーを憎んでいる魔法使いの名家の人間がけしかけたんじゃないか?」

「僕ちょっとマルフォイ家にピンポンダッシュしてくる」

「そ、それはやめておいた方がいいかな。でもねフレッド、ロン。ドビーは真剣だったよ。騙そうなんて気は無かったように見えたんだ」

「そうかい?因みに僕はジョージさ」

「え!?ご、ごめんなさい!」

「嘘でーす!僕はフレッドさ!」

(……人一倍騙されやすいシェリーが、騙されてないって言ってもなぁ)

 

さて。

ウィーズリー兄弟曰く、屋敷しもべを必要としないような家に到着した。

通称、『隠れ穴』。

絵本の世界から飛び出してきたような、家や小屋が段違いに重なった住居。煙突もそこかしこから生えており、どういう理屈で立っているか分からないような家だった。

すごい。魔法使いの家とは、こんなにもユニークで面白いものなのか。綺麗で外面が良いのはダーズリー家だが、毎日が楽しそうな家は断然ウィーズリー家だ。

 

「あらあらまあまああらまあまあ!いらっしゃいシェリー!噂通りリリーそっくりだわ、でも眼はジェームズね!」

「あー、えっと、こんにちは、モリーおばさん。一年ぶりです。クリスマスはセーターありがとうございました」

「まあまあまあまあ!いいのよそんな、もうこの子ったら、うふふふふふ、まさかロンが女の子の友達連れて来るなんてねぇ!それもこんな美人の!ところでシェリー、ウチの娘になる気はないかしら?」

「?」

「ちょ、ママ、やめてくれよ、マーリンの髭だよまったく。シェリーはこう、妹みたいなもんでさぁ」

「あらあらじゃあハーマイオニーとかいう女の子の方かしら?うふふ、もうウチの子ったら!それはともかくとして、無断で車を使った罰として庭小人の駆除お願いね」

「や、やめてくれよ……」

 

中庭で作業に勤しむロン達を見て、シェリーは思うところがあったのか、モリーに申し出た。

「私が皆んなに心配かけたんです。私にもお手伝いさせてください」

「あらあらあらなんて良い子なの!」

実のところ、庭小人がどんなものか?という好奇心も少なからずあった。

背丈は三〇センチほど、しかしその身体に不釣り合いなほど頭は大きく、女性ウケは良いとはいえない。しかしシェリーは嬉々としてそれらの相手をしたのだった。

すると、ウィーズリー家の時計の針が動いた。針は時間を指し示す訳ではなく、その時の行動を指す。『ジニー』と書かれた針が『就寝中』から『移動中』に移れば、それは『起きてこちらに移動している最中』という事だ。なんとも面白いものである。

 

「おはよう皆んな……シェ、シェシェシェシェリー・ポッタァ!?」

「え、えっ?」

「あー…私…その…髪が!髪が決まってないから整えてくるわーッ!」

「ああジニー、おはよう。朝からあんまりどたばた騒ぐのは感心しない……」

「どいてパーシー!」

「おぐッ!?」

すれ違いざまにパーシーをどつき倒しつつ、どたばたと来た道を逆走するジニー。

シェリーの顔を見た途端、髪と同じくらい顔が真っ赤になっていたようだが…。

「……私、嫌われちゃったかな。バーノンおじさんもよく顔を赤くしてるし……」

「いやいやシェリー、ありゃ逆さ。ウチの末妹は君にお熱なのさ」

「グリフィンドールの赤毛のお姫様にして、賢者の石を護ったヒロインだ。その上性格は謙虚ときてる。まさに憧れのお姉様、ってわけさ」

なるほど。

 

あの子が、まさかそんな風に思ってくれていたとは。嬉しいような、恥ずかしいような、むず痒いような。

(………でもそれじゃあ、尚の事ジニーをがっかりさせちゃったよね。そうだよね。生き残った女の子とか言われてるけど、実際はこんなだし。ああ、こんなちんちくりんでごめんなさい)

「……とか考えてんだろうなあ」

「うーん、このネガティブスパイラル」

「やあみんなおはよう、今日はまた一段と賑やかだね……あれっ!リリーだ!リリーがいる!」

 

さて、ようやく起きて来たのは生粋のマグル好きだというアーサー・ウィーズリーだ。

彼は魔法省に勤めているエリートなのだが、馬鹿にしてんじゃないのかってくらいマグル好きで、自分で作った法律に抜け穴を作り、マグル製品を大量に自宅に持ち込んでいるのだという。フレッド&ジョージ&ロンが車を勝手に使用したと聞き、

「本当か!どうだった?あれはちゃんと飛んだか!?」

と、嬉々として乗り心地等のアンケート用紙と感想を求めた。この親にしてこの子あり、とはまさしくこの事を言うのだろう。案の定モリーにガミガミ怒られていた。

 

「で、シェリーはどこで寝る?」

「私は床でいいけど……」

「お客様にそんな所で寝かせる訳にはいかないわ!アーサーと私のベッドに……いえ、ビルかチャーリーの部屋に……いえ、ジニーの部屋にしましょう」

「!?」

「よろしくね、ジニー」

「よっ、よよよよよよろしく!」

彼女は流行に敏感なのか、年頃の女の子らしいものは沢山取り揃えられてあった。整然とした部屋には雑誌やヌイグルミ、ベッドシーツはどこか可愛らしい。

自分の殺風景な部屋とは大違いだ、とシェリーは感心した。これが女の子の部屋なのか。何か良い匂いもする。

 

「じ、じろじろ見ないで!」

「あっ、ご、ごめんね」

「いや………、ね、寝ましょ?シェリー」

「う、うん。そうだね」

「…………」

「…………」

気まずい。

お互い、ベッドの上で膠着状態に陥っている。かたや心臓バックバクで眠れない少女、かたや人間関係とは無縁にあった少女だ。会話など生まれるべくもない。が、シェリーはそれでも何とか話題を捻り出した。

 

「ジニーは、今いくつなの?」

「え!?えっと……11歳」

「そっかあ、今年からホグワーツなんだね」

「……ねえ、シェリー。ホグワーツって、楽しい?」

「うん!友達もできたし、美味しいご飯も食べられるし、すっごく素敵なところだよ」

「……それに、あなたは賢者の石を守ったわ」

「あれは私一人の力じゃないよ。あなたのお兄さんと私の親友の女の子、それに頼りになる男の子がいたから守れたんだ」

「………、そうなの?へえ、あのロンが…」

ジニーは意外そうな声を上げた。

彼女からしてみれば、ロンはうだつの上がらない兄といった雰囲気だったからだ。

「お兄さんのこと、嫌いなの?」

「いいえ、家族だもの。嫌いだなんて……お姉ちゃんがいて欲しいと思った事は、あるけれど」

「そっかぁ。私もきょうだいが欲しいなって思った事はあるよ。ウチは一人っ子だし」

「あ……そういえば、貴女の家族は……、ご、ごめんなさい」

「ううん、いいの。……私に妹がいたら、ジニーくらいかなぁ?」

「!?」

「うふふっ、ジニーが妹だったら、きっと楽しいだろうなぁ……」

「え、え?」

「あは、ジニーの身体、あったかい……」

「え、ちょ、シェリー?そんな事言われたら、わ、私……こ、心の準備が、まだ」

「……すーっ、すーっ」

「…………あ、あら?」

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

ダイアゴン横丁は、去年と変わらず大勢の人でごった返していた。いや、心なしかそれ以上に多いような気がする。

ロン経由で事情を知ったハーマイオニーと合流し、「何ともなかった!?いとこの家で何かされなかった!?」と心配され、何故だか彼女はジニーに睨まれていたのだった。

教科書や羽ペンやインクを買い、最後に向かうのは本屋だ。というのも、今年の『闇の魔術に対する防衛術』の教科書はギルデロイ・ロックハートの本を七冊。重いし、何より持ち運びも不便だ。おまけにウィーズリー家にとっては痛い出費。モリーとハーマイオニーはロックハートに骨抜きのようだったが。

 

「ほら、ね、ね!?見て!彼のインタビュー記事よ!たくさん本も書いてあって、すごく素晴らしい人なの!」

「そ、そうなんだ」

「ほら、この写真なんかとても素敵で…」

「あー、その写真を見る必要は無さそうだぜハーマイオニー。本屋ののぼりを見てみろよ、『ギルデロイ・ロックハート サイン会開催! 自伝『私はマジック☆』だってよ」

「!?!?本当、それ!?わ、私、髪とか変じゃないかしら!」

 

本屋の奥、黄色い歓声の真っ只中に、きらきらと光る白い歯の優男がチャーミング・スマイルを振りまいていた。

ギルデロイ・ロックハート。

とてもおばさま受けの良さそうな男だ。

シェリーは彼の書いた本をハーマイオニーの勧めで読んでみた事がある。その時は良く出来た小説だと楽しんでいたのだが……ノンフィクションと聞いた時は驚いた。彼は自身の冒険を、自伝としていくつも出版している凄腕の魔法戦士なのだ。

しかし、ハーマイオニーにしては珍しく、学術的で理知的な本ではなく、どうも愉快で楽しい本だったのだが……。

 

「HAHAHA!ありがとうお嬢ちゃん達、バンビーナちゃん達、生きとし生けるもの達!ハッ!まさかそこにいるのは、シェリー・ポッターでは!?」

「えっ?わっ」

赤毛の集団なのが目立ったのだろうか。

ロックハートはずんずんと進んでシェリーの肩を掴み壇上に上げると、「ギルデロイ・ロックハートとシェリー・ポッターの夢の共演!なんと彼女が私の本をお求めにやってきましたッ!ハイ拍手!」

 

大きな拍手とともに黄色い歓声が上がった。なんとハーマイオニーもその声を出している一人である。もしやとは思うが……ミーハーなのだろうか?

その光景を見て、ハーマイオニーは「なんて羨ましいの!」と完全に恋する乙女モードに突入し、ロンは「シェリーに何やってんだよ!」と苛々している。ロックハートは気付いていないようだが、シェリーの顔は真っ赤でどう見ても困っているではないか。彼女は目立つという事にどうも慣れていない、というか苦手なのだ。見れば、記者までやって来ているではないか。

 

「さて、さて、さて!無論、このまま帰すなどとケチなことはしませんよ!彼女には私の本を全冊プレゼント!おまけにサインとブロマイドまでついてくる!なんという粋な計らいか、だって?HAHAHA、ハンサムはいつだってハンサムなものさ!」

「え、えーと、お気持ちは嬉しいんですけど、その、タダで貰う訳には……」

「ハッハー!遠慮なさるなお嬢さん!何せ君はいずれ、この本そのものを手に入れるのだからねッ!」

「え?」

「さあさあ皆さんご注目!この場に来ているホグワーツの学生さん達に関わる、ビッグニュースがあるのですよ!こほん。私、ギルデロイ・ロックハートは、ホグワーツ魔法魔術学校、闇の魔術に対する防衛術にて!教鞭を取る事になったのです!」

「マジかよ。こんなのがホグワーツにやって来るのかい。なんてこった」

「嘘、そんな、彼がホグワーツにやって来るだなんて!なんて素晴らしいの!」

「マジなのか?マジで言ってるのか?勘弁してくれよハーマイオニー、ぼかぁ君を尊敬していたいんだよ」

 

シェリーはやっと解放された。

「シェ、シェリー!おかえりなさい!突然だけど握手しない?別に、そう、別に深い意味は特に無いのだけれどね!」

「あー、うん」

「勘弁してやれよ。さっさとレジ行こうぜ」

「ジニー、これあげるね」

「えっ!そんな、私なんかに!」

「あぁ、そんな!だって、まだ彼が!サインとか……!」

「そんなの後でいくらでもできるって、ホグワーツの教師になっちまうんだから。むしろあっちから渡してくるかもな」

「ハッハー!数ヶ月ぶりだなポッター!と、その一味!」

「………うげぇ」

 

けらけらとからかうようにシェリーを笑う声。

ドラコ・マルフォイだ。傍に立つのは、彼の家族だろうか。父親らしき優雅な黒服の男と、母親らしき美しいマダム。そして、何故かシェリーを睨みつけている少女は、もしや妹だろうか。

「グリフィンドールのお姫様は、少しのお出かけで大ニュースって訳か?ハン!」

「ああドラコ、久しぶり。家族でお買い物?」

「ははは、家族水入らずでね。って違う!僕がしたいのはそういうんじゃない、違う話だ!」

「違う話?えっと…夏休みはどうだった?」

「ははは!夏は父上が旅行に連れて行ってくださってな、実に有意義なバカンスを……って違う!そういう話がしたいんじゃない!」

「よせ、ドラコ。……私からも挨拶させてもらおう」

ドラコを静止したのは、ドラコをそのまま大きくしたような四十〜五十代の男だ。

黒系統のローブに、銀細工の蛇が施されたステッキ。そしてドラコそっくりの長髪のオールバック。どことなく上品さを感じさせるその男は、優雅に自己紹介を始めた。

 

「お初にお目にかかる。私はルシウス・マルフォイ、倅のドラコが世話になっているようだな」

「あー、はい。シェリー・ポッターです」

「シェリーと呼んでも良いだろう?今後とも息子とよろしくしてくれると嬉しい。こっちは今年からホグワーツに入学するコルダだ」

「………はじめまして、コルダと申します」

「ご、ご丁寧にどうも」

コルダと呼ばれた少女は、ぺこりと頭を下げる。その動作一つとっても、気品の備わった美しい所作であり、ルシウスの教育が十分に行き通っている事が伺える。

美しいプラチナブロントの髪を一房だけ三つ編みにしており、ともすれば可愛らしさすら感じさせる整った顔立ちには、ドラコやルシウスの面影が確かにあった。

しかしその猫のように鋭い眼つきを、更に険しいものにしてシェリーを睨んでいる。ドラコ・マルフォイから彼女の評判を聞いているのだろうか、敵でも見るかのような目だ。

 

コルダは手を出して、握手を求めた。

シェリーは困惑しながらもそれを握り返すと、彼女ら手を引っ張って距離を詰めた。コルダの顔が直ぐそばにある。非の打ち所がない美少女……だが、それを歪めに歪めてガンを飛ばしている。正直、怖い。

 

「………生き残った女の子。去年はスリザリンの単独トップを邪魔して、その上今も!お兄様と、その、仲良くお話して。羨まし、何様なの…!」

「やめんか、コルダ」

「……失礼しました、ミス・ポッター」

絶対思ってない。

初対面だというのにハーマイオニーは嫌そうな顔をしているし、ロンもあからさまに不快さを態度に出している。

しかしそんな子供に似ず、親のルシウスはあくまで紳士的だ。コルダを咎めると、「娘が失礼した」とぺこりと頭を下げる。

どうやら彼自身はとても紳士的な性格のようだ。しかし、ある男を見つけると、その瞳も苦々しい物へと変わった。

 

「……これはこれは。アーサー・ウィーズリー氏ではないですか、相も変わらず清貧貫く生活を続けているようで。いやはやまったく恐れ入るよ」

「……やあルシウス。君こそ、いつも皆んなから噂されているよ。どうやら闇の魔術に関する品をこそこそ隠し持っているようじゃないか」

「何のことやら。こんな時まで仕事ですかな?仕事熱心で何より、しかしいくら頑張っても残業代は出ないのですよ」

「それはどうもお世話様。他所様の家に口出しするとは、マルフォイ家はお優しい事で」

「………」

「………」

 

ピキピキとお互いのこめかみに青筋が浮かぶ。視線が交差し、火花が飛ぶ。ロンとドラコは犬猿の仲だが、この様子を見るに親同士もそうらしい。

ちらりとルシウスが目を向けた先には、ジニーが教科書の束を運んでいる姿が。なじる相手が出たと言わんばかりに、ジニーの教科書を取り上げた。

 

「おやおやおやおや、清貧貫くのはご自身だけではないようで!この子の持つローブも教科書も中古のもののように見えますが?」

「妻は節約上手なんでね。さ、行こう。これ以上構うこたぁない」

「……、金よりも大切な物があるという事かい?娘に満足に教科書も買ってやれないのが大切な生活なのか?フン、これだからウィーズリーのコソコソイタチは。息子達もお前そっくりの間抜け顔ーー」

アーサーはルシウスの顔面をぶん殴った。

普段は穏やかな彼だが、彼は最も愛する家族を馬鹿にする奴を絶対に許さない。

 

「私の前でーー家族を!侮辱するな!!!」

 

そこからは取っ組み合いの大喧嘩だ。相手の髪を引っ張り、蹴り、ぶん殴る。いい歳した大人がマグルの決闘ショーである。

「親父ーッ!そこだっ!陰険クソ野郎の髪を根こそぎ奪っちまえ!」

「フレッド!賭ける金をくれ!俺達の最高の親父に全額だッ!」

「ち、父上!?なにを……」

「やっちゃえお父様!ウィーズリーのハゲ野郎なんてやっつけちゃえ!」

「コルダァ!?」

 

観衆が煽りに煽った対決は、偶然近くで買い物をしていたハグリッドの仲裁によって終結した。双方とも青痣を顔中に作ってしまい、奥方に怒られている。だが、ロックハートはこの騒ぎに乗じて『ファン同士の小競り合いが起きた!』と宣伝している。そういうところは機転の利く男だ。

モリーはガミガミと、ドラコの母親というナルシッサは激昂する事こそなかったもののぐちぐちと旦那を叱り飛ばす。煽った子供達も同様だ。フレッドとジョージはのらりくらりと躱していたが、意外とコルダは打たれ弱いのか物凄く凹んでいた。母は強し、である。

だがまあ、しかし。

家族を想っての行動なのだ。

ロンやハーマイオニーが同じように侮辱されたとしたら、自分はああいった風に立ち向かえるだろうか。シェリーはそう思わずにはいられなかった。

 

(……そういえば、ドビーの偽の手紙、私はすっかり信じ込んで。……友達、なのに。本当は私の事なんて友達って思ってないんじゃないか、とか、そんな事ばっかり……)

「シェリー何してるの?」

「帰ろうぜ、シェリー!」

「あっ、うん!今行く!」

 

一抹の不安を抱えながら、シェリーは二人を追って駆けていく。

 

その時はまだ気付いていなかった。

 

事件はもう始まっているという事に。

彼等との友情を試される年だという事に。

 

この時はまだ、気付いていなかった。




ドビーは手紙を盗むだけでなく、悪質な手紙まで送っちゃってます。ドビーの境遇ならこの発想も思いつくはず。

ドラコ・マルフォイの妹、コルダ・マルフォイ登場。
綴りはCorda・Malfoyです。皆んな大好きドラコの名前のアナグラムです。
家族大好きお兄ちゃん大好きの残念な女の子。特に兄に対してはかなりのブラコン。ドラコを美少女にしたらこんな感じ、という見た目です。


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2.血統

投稿遅れた理由の5割はルーナのせいです。この子の喋り方すごく難しい。
残りの5割はバイハ6のせいです。今ジェイク&シェリー編やってますが、シェリーお前、薄い本に出てきそうな手術服着てんな。


「さあさ!パーシー、お父さんと先に行きなさい!フレッドとジョージは自分のトランクは持ったわね!?なあに!?こんな時までふざけないで時間がないんだから!ロナルドはハーマイオニーとシェリーをしっかり駅までエスコートすること!ジニーちゃんは私と行きましょうね」

 

ウィーズリー家の朝は早い。

今日はホグワーツへと行く日である。各々が朝食をかっ込み、トランクに荷物が詰まっているのを確認すると、ばたばたと九と四分の三番線まで向かう。

昨日の夜には準備をしていたのだが、なぜか用意したはずのトランクの中身がぶち撒けられていたり、ハーマイオニーの時計が一時間遅れていたり、様々なアクシデントが積み重なり、気付けば時刻は三〇分前。

例の空飛ぶ車をロンドンまでかっ飛ばしつつ、夫妻が若干の魔法を使う事で何とか到着する事ができた。

 

「さあ、シェリー、ロン!私達も早く九と四分の三番線まで走らなきゃ!」

「ッ、あ、あれ!?」

「どうしたのさ、シェリー?」

「その、ごめんなさい、急に靴紐がほどけてしまって!すぐ追い付くから、二人とも先に行ってて!」

「………ッ、分かったわ!すぐに追いついてね、ぜったいよ!」

 

バーノンに買ってもらったスニーカーが安物だったのがいけなかったのだろうか。シェリーは大急ぎで靴紐を結ぶと、九と四分の三番線へと続く壁へと飛び込みーー

 

「きゃっ!?」

 

そして、弾かれた。すり抜けられる筈の壁は物言わぬ石壁となり、シェリーを拒絶する。ヘドウィグが抗議の声を上げた。それに驚いたのか、周囲の人間が不思議そうにこちらを見た。

「っ、時間ーーーぁ」

十二時きっかり。

絶望感に押し潰れそうだった。

シェリー・ポッターはホグワーツ特急に乗り遅れたのだ。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

シェリー・ポッターが物言わぬ壁の前で立ち往生しているその頃。

月光のような長い髪の少年、ベガ・レストレンジと、ぽっちゃりした黒髪のネビル・ロングボトム。

数ヶ月ぶりに再会した二人は、コンパートメントの中で荷物を広げていた。

 

「ベガ、休暇は何してたの?」

「ハワイ旅行。土産買ってきたが、ネビル、いるか?」

「わぁ、ありがとう!はぇー、マカダミアナッツだぁ!」

「塩味と、オニオンガーリックと、ハニーローストの三種類だ。後で女どもにも配ってやんねえとな」

「旅行、楽しかった?」

「……まーな」

 

楽しくなかったわけではない。

しかしベガと、ベガが預けられているマグルの一家、ガンメタル家とは微妙な関係にある。

別段仲が悪い訳ではないが、過去に闇の魔法使いの一派の手によってシグルドが死亡してしまったために、魔法使いであるベガとシグルドの父親のシルヴェスターはぎこちない関係にならざるを得なかったのだ。

今回の旅行も、ベガは単独行動をとり、ナンパした女と遊んでいたのだった。

 

(まあ、こいつにそういう家庭内の複雑な事情を話してもな)

「ねえ、ここ空いてる?」

「あん?」

「他はどこも埋まってるンだ」

そう言ってコンパートメントの扉からこちらを覗くのは、燃えるような赤髪の少女に、カブのイヤリングをつけたどこか浮世離れした少女。見覚えがないが、一年生だろうか?

 

「いいよね、ベガ?」

「ああ、構わねえよ」

「ありがとう!」

女子二人はにぱー、と笑った。

「良かったー、座れる所が見つかって。私、ジネブラ・ウィーズリー!ジニーって呼んでね」

「私は、ルーナ・ラブグッドだよ」

「僕はネビルだよ……ウィーズリー?」

「兄の知り合い?どのお兄ちゃんかしら?ホグワーツに通ってるのが四人もいるからどれだか分からないの」

どうやらジニーはぱっと見は大人しく見えるが、意外とユーモアのある性格らしい。

 

「ロンだ。あいつとは同学年だよ」

「あら?……あなた、もしかして『グリフィンドールの悪魔』、ベガ・レストレンジ!?」

「ほう?俺も有名になったもんだな」

「有名も有名よ!一年生にして落とした女の子は数知れず、そのせいで多方面から恨みを買っているんですって?ついたあだ名は『グリフィンドールの悪魔』、悪い方のあだ名が『女誑しクソ野郎』だって聞いたわよ」

「誰だそのあだ名広めた奴」

「うん、まあ、概ねその通りだけどね」

ジニーはくすくすと面白がっている。ベガの噂を聞いて尚、話を続けるとは。怖いもの知らずなのだろうか。

 

「悪魔かぁ。アンタはむしろブリバリング・ハムディンガー似に見えるけどね」

「ブリバ……何?そんな魔法生物がいるのか?」

「ウン。私と、私のお父さんが好きな生き物なんだ。ホグワーツにもいたらいいな」

「アー、彼女、ほんのちょっぴり人より変わってるみたいで。彼女が言った、ブリバリ……なんとかっていうのは魔法界で確認されてないし、どの本にも載ってないの」

「ああ、そうなんだ。また僕が勉強不足で分かってないだけかと思ったよ」

「……空想上の生き物ってことか?こいつの頭の中だけの」

その生物が分からなかったのは、何もベガだけではなかった。彼女の言う『ブリバリング何とか』……とは、マグル界でいうネッシーとか、UMAみたいなものなのだろうか?

 

「誤解しないでね?この子はとっても良い子なのよ?私がコンパートメント探してる時に声かけてくれたし。ちょっとその、人より少し変わってるだけで」

「んー…まあ、たしかに。よく見たらカブのイヤリングとかつけてるし」

「顔は良いんだがな」

「?三人でなにこそこそ話してるの?うーん、ブリバリング・ハムディンガーの話するといつもこうなるんだよね。皆んな信じないんだ。他の生き物の話する時もそうなんだけど。ナーグルとか」

「………」

ルーナという少女は、気にしない素振りをしているようだっだが、その表情はどこか寂しそうに見えた。

 

「まあ、俺も魔法界に入って、自分の中の常識がひっくり返ったんだ。そういう生き物がいても変じゃねえかもな」

「!そっか。アンタ、面白い奴だね。そんな風に言ってくれるひと、初めてだよ」

どうやらルーナに気に入られたらしい。

そうして談笑していると、コンパートメントの扉が勢いよく開いた。

プラチナブロンドの髪を一房だけ三つ編みにしている女子。その睨みつけるような眼を見るに、席が見つからなかったから入れてくれ、という類のお誘いではないだろう。

取り巻きらしき女子が、心配そうにその女子に声をかけた。

 

「ね、ねえコルダ。そいつはやめといた方がいいってば」

「あなたは黙ってなさい!………ベガ・レストレンジとは、貴方ですか?『グリフィンドールの悪魔』と呼ばれているようですが」

「…俺がどうかしたか?」

「私はコルダ・マルフォイ。今年からホグワーツに入学する、偉大なるマルフォイ家に生まれた、偉大なるドラコお兄様の妹です」

「そうかい」

ベガの冷めた視線にコルダは気付かない。

彼からしてみれば、彼女はいつも突っかかってくるスリザリンの一人にすぎないのである。へーこいつマルフォイの妹なんだ、くらいの認識だ。

 

「去年のテストじゃお兄様を差し置いて首席だったそうですね?ですが、今年はそうはいきません。お兄様の仇は私が討つわ。私があなたを倒して首席になる!今年からあなたは次席です!」

(何言ってんだコイツ?)

今年からホグワーツに入学すると言ったこの女子は当然一年生だ。ベガは二年生なので、テストの点で勝負なんて事は出来ないはずなのだが……。

 

(ひょっとして馬鹿なのか、こいつ)

(しっ、聞こえちゃうよベガ。こういうのは下手に刺激したら余計面倒臭くなるんだから)

(そうだな。やめとくか)

ベガ・レストレンジの相方として認識され、スリザリンから絡まれる事も少なくないネビル。そんな彼は面倒臭い人の躱し方も身につけていたのであった。

 

「おや?貴方は」

「………」

「ウィーズリー家の末妹ですか。漏れ鍋ではどうも。………念のため言っておきますが、あの喧嘩はどう考えてもお父様の勝ちでしたから!」

「……顔面に四発も貰っておいて、よく言うわ」

「でもお父様はアーサー・ウィーズリーに蹴りを五発は入れました!あの大男に止められなかったら、あんな髪の毛が薄い男なんて、絶対サラサラヘアーのお父様がボコボコにしてしました!」

「なによ!」

「何ですか!」

 

一触即発。杖を抜くのは時間の問題だ。それでなくても、素手でのキャットファイトが始まってしまうかもしれない。

ネビルはこれから起こるであろう騒動に身構えているし、ベガはいつでも二人を止められる準備をしている。

しかし。最初に動いたのは、ルーナ・ラブグッドだった。彼女は立ち上がると、ジニーを庇うようにしてコルダの前に立った。コルダは少し身じろぎする。

 

「んー、私の知り合いのお父さんをそんな風に言うの、あんまり好きじゃないな。それと、ベガは二年生だから、あなたの成績と比べる事はできないモン」

「あっ、そっか。確かに………な、何なんですか貴方は!」

「何って言われてもよく分からないよ。自分の事を正しく説明できる人なんていないモン。アンタもそうでしょ?」

「っ、もう良いです!とにかく!お兄様を傷つけたら許しませんからぁー!」

よく分からない捨て台詞と共にコルダは帰っていった。

それにしても、不思議ちゃんに見えて、ルーナは言う時は言うタイプらしい。

 

「やるじゃねえか。ルーナ、よく言った」

「暴力沙汰にならずに済んで良かったよ。それに、マルフォイの妹を追い返しちゃった!」

「?私は、あの子に思ったことを言っただけだモン」

きょとんと小首を傾げた。

「でも、酷いわルーナ。知り合いだなんて。私達、もう友達でしょう?」

「…………!!友達!私と、アンタが?」

「?他に誰がいるっていうの?」

「………そっか!友達!」

 

何やら機嫌を良くしたルーナとコルダに対して不満を言い合っていると、これまた急にコンパートメントの扉が開かれる。やって来たのはロンとハーマイオニーだ。いつも彼等にくっついているシェリーはいないようだが……。

「ネビル!!!シェリーは、シェリーはどこ!?!?」

「!?」

「ベガあああああああああ!!シェリーを出してくれえええ!!!」

「!?」

何なんだこいつ達は。怖い。

「シェリー、シェリー来てない!?さっきから姿が見えないの!もしかしたら迷子になったのかもしれないわ!」

「お、落ち着きなよ」

「は?シェリー、来てねえのか」

「うわあああ、シェリーシェリーシェリーシェリー!!」

「だから落ち着けよ怖えよ」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

シェリーは目の前の壁を呆然と見つめた。

駅の柱の、なんてことはない普通の壁。

しかし魔法使いにとってはホグワーツ行きの特急列車へと続く通り道なのだ。

それがどうしたことか、今は魔法的要素など皆無、ただの石壁になってしまっている。どれだけ触っても反応がない。

たった数秒前、ウィーズリー一家とハーマイオニーはトランクを押してこの石壁に突撃し、そして吸い込まれるようにして九と四分の三番線へと行けた筈だ。

しかし、最後にシェリーがトランクを押して壁を抜けようとした時、壁は彼女を通さなかった。阻まれたのだ。転移魔法に不調?大勢の人が通る通り道で?しかも自分が通るタイミングで、突然?

考えれば考えるほど、不安は増していく。

 

「君、君、大丈夫かね?」

年配の太った駅員さんに声をかけられる。

自分は今、駅の真ん中でトランクの中身をぶちまけた、梟を飼っている変わった少女と思われているのだろう。

「あー、はい。えっと、トランクが言うことを聞かなくって。ごめんなさい」

「そうかい?次からはもっと時間に余裕を持って行動しなさい。はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

親切な人で助かった。

乗る電車がどれか分かるかい?と道を教えてくれようとしたが、「大丈夫です」と断る。

9と4分の3番線なんて言えば、今度は頭の心配をされるのが関の山だ。

 

しかし……どうしたものか。

現状、ホグワーツに行く方法は絶たれた。

完全に無いわけではないが……。そのどれもが、二年生のシェリーにとってはとても難しいものだ。

 

(アーサーおじさまの車に乗ってホグワーツへ行く?……車の運転の仕方、分からない。

そもそも、そんな事したらおじさまに迷惑がかかっちゃう。フレッドとジョージが運転していたから上手く行っていたのであって、私が運転したらどこかでドジ踏んじゃうかも)

フォート・アングリアに乗っていく方法はパスだ。リスクが高すぎる。

(何か、ホグワーツに連絡を取る方法は……?電話してみる?でも、ホグワーツの電話番号なんて知らないし……)

「ピピィーッ!」

「どうしたのヘドウィグ……あ」

 

ペットの白ふくろうは、若干拗ねたように鳴いている。

「ごめんごめん。そうだね、こういう時のためのふくろう便だよね」

簡単に羊皮紙に要点をまとめて、ホグワーツまでヘドウィグを飛ばす。彼女は最近の鬱憤を晴らすかのように清々しく飛んで行った。

それにもしかすると、『向こう側』……9と4分の3番線でも、アーサーやモリー達が戻れずに立ち往生しているのかもしれない。

なら、異変に気付いてくれれば、誰か魔法省の人が対処するはずだ。

 

「あの壁の異常が直るとして……、私はどうなるんだろう。誰か迎えに来てくれるとかかな?」

 

その迎えに来る人物は、果たしてどうやってやって来るのだろうか。しかし、姿現しするにしても、箒に乗って飛ぶにしても、はたまた煙突飛行するとしても。

キングズ・クロスに到着するまでには少し時間がかかるだろうと思い、駅前広場から少し離れた、人通りの少ないベンチで読書を始めることにした。人が多いところが苦手だったのだ。それがいけなかった。

授業の予習でもしようと教科書を広げ、ついつい熱中してしまい、気付けばもう日が暮れる頃。

浮ついた男が数人、シェリーに話しかけて来た。

 

「ねえねえ君、どこから来たの?」

「えっ?」

「めっちゃ可愛いじゃん、ね、今暇?俺らと遊ぼーよ」

「あ、あの……ごめんなさい、私人を待っているので……」

「大丈夫だって、すぐ終わるからさ」

 

こういう手合いは苦手だ。下卑た笑いを浮かべてはいるが、その動向は明らかに打算的なものだ。

キャリーバッグが手慣れた様子で男の一人に回収される。あの中にはマグルに見られないように杖も入っているのでシェリーは魔法を使うことができなくなる。まずい、杖が無くなるのはまずい。

それにここで連れていかれては、おそらくダーズリー家より、賢者の石の騒動の時より、もっと酷い目に遭ってしまうだろう事は、浮世離れしたシェリーにも推測がついた。

 

「かっ、返してください!その中には大切なものがたくさん……!」

「おっほー!マジで可愛いじゃん、あーでも額の傷がちょっとあれだなー」

「ほ、本当にダメなんです!困ります!」

「いーからいーから、騒ぐなって」

「や、やめてください!お願い、離してっ!」

「ったくしょうがねえな、早いとこ車連れ込め」

「いやっ!やめてっ!」

 

男の手を振り払おうとするが、12歳の華奢な少女にそんな力があるはずもなかった。

頭の中がパニックになる。これが気が強くしっかりしているハーマイオニーやパーバティならともかく、長いいじめを受けて来たシェリーだ。ここで周りに助けを求めるという選択肢は、彼女には無かった。

しかもこの男達は明らかに常習犯だ。裏路地においてはちょっと魔法を使えるだけのシェリーよりも、この男達の方が優位に立っていると言っていい。

(どうしよう、どうしよう、嫌だ、嫌だーー)

ずるずると強引に引っ張られても、彼女は何もしなかった。何もできなかったのだ。

しかし。救世主は現れるものだ。

 

「何をしているのだポッター」

 

脂ぎった髪の男が杖を一振り。すると、浮ついた男達は数メートルほど吹っ飛び、きりもみ回転しながらごみ山の中に頭から突っ込んだ。どう見てもやり過ぎである。

男達は困惑した声を出してもがいていたが、スネイプがもう一度杖を振ると途端に大人しくなった。

「スネイプ先生………」

「もう一度聞こうポッター。何をしていた?ホグワーツからわざわざ、我輩をマグルの駅のど真ん中まで出動させるような、やむを得ない事情をお聞かせ願いたいものですな?」

「………うぅ、」

「挙げ句の果てには?あわや誘拐されかけるなど、ホグワーツのお姫様は危機管理一つもできない…………!?」

「ご、ごめんなさい………ごめんなさい……」

「まままま待つのだポッター落ち着くのだポッターやめろその涙はやめろリリーと同じ顔でそれは罪悪感がががが」

 

涙を流すなど、シェリーにとってここ数年ほどあり得なかった出来事だ。

だが。一年生で初めて友達を知り、心がほだされたシェリーは、心細いやら情けないやらで涙が流れ出てしまったのであった。

彼女のストレス耐性は弱まりつつある。しかしそれは、彼女が『普通』に近付きつつある証拠でもあった。

さて。

幼い少女を泣かせている全身黒ずくめの中年男性というのは、魔法界においてもマグル界においても、あまりにも絵面が悪すぎる。スネイプは人が来ない内に、彼女を連れて姿くらましを発動。その場から逃げおおせたのだった。

ホグワーツの正面玄関で待ち構えていたのはマクゴナガルだった。

 

「………セブルス?私の生徒が泣いているようですが、しっかりと事情を説明してくれるのでしょうね?しっかりと」

「ぐすっ、マクゴナガル先生、ごめんなさい。わ、私。ひっく」

「勘弁してくれ……」

 

誤解が解けたマクゴナガルの説明によれば、組み分けはつつがなく行われて、ロンの妹のジニーはグリフィンドールに、ドラコの妹のコルダはスリザリンに入ったとのこと。

何というか、まあ、大方予想通りである。

レイブンクローにはカブのイヤリングをつけた不思議な少女が入ったらしい。

 

「それで、あなたのふくろうですが。手紙も何も持っていませんでしたよ」

「………えっ?」

「あなたの説明では、現在の状況を説明した紙を書いて持たせたらしいですね?しかし、私達の所に来たのは手持ち無沙汰のふくろうだけ。しかしそれで私達は貴女の異常を察知し、セブルスが迎えに行ったというわけです」

「……手紙が、なかった?」

心当たりは、ある。

夏休みの間中、シェリー宛の手紙をずっとちょろまかしていたドビー。おそらく彼が何か細工をしたのだろう。

そう考えるなら、あの壁に細工したのも、おそらくはドビーという事になる。(屋敷しもべ妖精一人の力でそんな事が出来るのかは分からないが……)

しかし。

そこまでして妨害したい理由とは、何だ?

ホグワーツに来させたくない理由とは、一体何なのだろう?

 

「何にせよ、今は魔法省が調べています。彼等の報告を待ちましょう……この手の厄介ごとに滅法強いチャリタリという闇払いが向かって……おっと、そうですね。シェリー、あなたはご飯もまだでしょう。談話室に行って夕飯を食べなさい。運ばせておきます」

「は、はい」

「さあ、この話は終わりです。というかあなたの親友二人が夕飯どころではなかったので早く行ってあげなさい」

 

数ヶ月ぶりの談話室へ行くと、ウィーズリー兄弟の熱い歓迎を受けた。ロンとハーマイオニーには大いに心配され、パーティのごちそうにありつきつつ、質問攻めに応対する。寝たのは真夜中になってからだ。

恐ろしく疲れた。

しかしまさか、翌日はもっと疲れる事になるとは思ってもみなかった。

薬草学でマンドレイクという、魔法的要因によって姿形が変わってしまった人を治す事の出来る、強力な回復薬の素となる植物の世話をして、さてその次の授業は闇の魔術に対する防衛術だ。

泥を念入りに落とすハーマイオニーと、それを怪訝な目で見るロンとやって来てみれば、始まったのは小テストという名のなにかだった。なんだこりゃ、ジョークか?

 

『ロックハートの好きな色はなに? 』

『ロックハートのひそかな大望はなに?』

『現時点までのロックハートの偉業の中で、あなたが一番偉大だと思うものはなにか?』

(……なんだい、こりゃ。こんなのやって意味があるのか?)

(……う、うーん…。授業を楽しいものにするための、面白いテスト……とか…?)

(ちょっと!テストなんだからふざけてないで真面目にやりなさいってば!)

(たぶんこの中で一番ふざけてるのは君だと思うね。あぁロックハートもか)

 

ふざけたテストが終わった後はロックハートのふざけた授業が始まる。教科書の内容を演劇調に表現し、その度に女子生徒は黄色い声援を上げる。

酷い。酷すぎる。

クィレルは単純につまらなかったが、今考えてみれば授業自体はまともだった。

しかしロックハートの授業は、なんというか頭がおかしい。彼がコメディアンならともかく、ここは教室で彼は教師なのだ。男子生徒や一部の女子生徒は辟易とした顔を隠そうともしない。

 

「さぁ、シェリー来なさい!壇上に上がって!ほら!君にはこの『雪男とのナウな休日』のヒロインの役を演じてほしいのです!」

「………えっ?わ、私が…?」

「んー、そうですね。ようし、ベガ!敵として出てくる、オツムの弱い毛むくじゃらの雪男役をお願いします!」

「ぶっ殺すぞ」

「おやおやおやァ〜?照れる必要などありませんよミスター・レストレンジッ!大丈夫、心配しなくてもハンサムな私が華麗にぶっ倒してあげますからねッ!」

「黙れ」

 

殺意全開のベガに若干びびったのか、ロックハートは結局、ベガの隣のネビルを指名した。

かくして、顔を真っ赤にして教科書を棒読みするシェリーと、心を虚無にして努めるネビルと、一人だけ異常にテンションの高いロックハートが演劇をしている図が出来上がった。

ロンは思った。

なんだこれ。

授業が終わると、ホグワーツきっての駄目教師だと悪態をつく者と、ロックハートを信奉する者とに分かれた。

 

「なんだあの不快な存在の集合体みてえな野郎は!人間の駄目な所を全て片っ端から集めたような野郎だッ、クソが!」

「ああ、今日ばかりは同感だね、ベガ」

「ちょっと!先生になんて言い草なの!」

「目を覚ませよハーマイオニー。僕ら一体何を学んだってんだ?あいつの趣味に付き合わされただけだろう?」

「そんなことないわ!身体を張って分かりやすく教えてくれたじゃないの!」

「……おいロン、こいつまさか」

「そのまさかだよ、ハーマイオニーったらロックハートにお熱なんだ」

「……人間誰しも欠点があるもんだな」

 

「大丈夫かい、シェリー?注目されるの苦手だろう?」

「うん、ありがとうネビル。ネビルこそ平気?」

「僕はほら、スネイプの授業でよく失敗して目立っちゃうからさ。あ、そういえば次魔法薬学だ。お腹痛いなぁ」

授業がまったく生産性がない事に加え、ロックハートは気安くシェリーの前髪やら肩やらをベタベタ触っていて、男子生徒からの評価は厳しいものになっていた。

 

色々な事が起こった怒涛の一週間だった。

今日は二年生で初めての週末。シェリーは、今夜は久しぶりにゆっくり寝れる……と思っていたのだが、今年こそ優勝するぞ!と息巻いているウッドに連れられて、寝ぼけ眼でクィディッチのユニフォームをトランクの中から探していた。

そう、今年もクィディッチの季節がやってきたのだ。

「にゃにごとなの?」

「クィディッチだ!クィディッチの時間だぞーッ、全員集合!」

 

仕方がないので、シェリーはようやく見つけたユニフォームを引っ張り出して談話室へと向かう。そこには小柄なカメラを持った少年の姿が。彼はコリン・クリービー、事あるごとに写真やサインをねだる困った一年生だ。

 

「シェリー・ポッター!おはようございます!わあ、もしかして今から噂のクィディッチの練習をするの!?ユニフォームかっこいい!ね、ね、写真撮らせて!」

「あ、うん、いいよ。私なんかの写真でよければ」

「おいおい、コリン!シェリーをあんま困らせるなよ」

ウッドの騒ぎで起きてしまったらしい、ロンとハーマイオニーが呆れ顔で降りてきた。

シェリーは気付いていないようだが、どうやらコリンは二年生の時間割を把握しているらしく、休憩時間になると毎回と言っていいほど擦り寄ってくる。毎日何度もそんな事があるようでは、流石に親友としては看過できないのだ。

 

「シェリー・ポッター!他にも写真欲しいって人がいるんだ!あげてもいいかな!?たとえばこの、談話室のソファでうたた寝してるシェリーとか、階段で魅惑のふとももを晒してるシェリーとか……」

「はーい取材と写真撮影は私かロン通してくださーい」

「ちょっと君、空き教室に来てもらおうかー。ダイジョブダイジョブ、すぐ終わるから。すぐ」

「?」

ロンが凶悪な笑みを浮かべてコリンを連れて行った。その後、ストーカーまがいの行動を起こしてしまったコリンがどうなるのかは、誰も知らない。

 

「シェリー、貴女プライベートな写真も撮られたのよ!?もっと怒っていいわ!」

「え?いや、でも、怒る事のほどじゃ」

「ダメよ!あなた、危険意識が無さすぎるんだわ!ほら、私をコリンだと思って怒ってみなさい!」

「えーと……こ、こらぁー」

「……怒ったって可愛いだけよ!!!」

 

困惑しつつもピッチへと向かうと、既に他のメンバーは勢揃いしていた。皆同様にウッドに叩き起こされたらしい、ウッド以外の全員が寝ぼけている。

「こんな朝っぱらからやるのかよ」

「冗談じゃないぜウッド」

「俺はいつでも大真面目だ!」

「ええ、もう、ふざけてるわ。だって見てよ、夜が明けたばかりじゃない…」

「その通り!つまりどのチームも練習していない今がチャンスだという事だ!」

「わーいやったねー、ってなるかバカ!」

 

去年は賢者の石騒動でシェリーが欠場し、グリフィンドールは対抗杯を逃している。だからこそウッドは去年以上のやる気を出しているのだ。彼のクィディッチへの熱意に負けたのか、マダム・フーチは彼にピッチの使用許可を出したらしい。

ウッドの新戦略を舟を漕ぎながら聞き、さあ今から練習だ!というところで邪魔が入る。ピッチに現れる翠のローブ。スリザリンの連中がやって来たのだ。

見れば、うたた寝をしているドラコ・マルフォイを引っ張っているのは、妹のコルダだ。早朝からの練習をする兄を案じて、彼女も早起きしてやって来ていたのだ。

 

「なんだ!ここは俺達が先に予約したんだぞ!」

「残念だったなあウッド、そうは問屋が卸さないんだぜ!ここは俺達が使わせてもらうぜ!」

「ほら、お兄様、起きてください。涎も拭いて。憎っくきグリフィンドールの前ですよ!」

「………ハッ。す、すまないコルダ。寝ぼけていたみたいだ……、ごフォン、いや、ごフォイ。ハーハハー!残念だったなポッター、ここは僕達が使わせてもらうぞ!」

「ドラコそれさっき俺が言った」

「ああ、寝起きでもカッコよく決めるお兄様素敵……!」

「聞いてる?」

 

 

もはや完全に恋する乙女のコルダに、他のスリザリン生は半ば呆れたような視線を向ける。その端正な容姿から最初は狙おうと思っていた男子もいたのだが、取りつく島もない。コルダはいかんせんブラコンが過ぎるのだ。

しかし、先に予約したのはこちらのはず。そう言いたげなウッドの眼前に、フリントは自慢げに羊皮紙を取り出した。

 

「ほーれ見てみろ。『スリザリンは練習の必要があると判断し、ひいてはクィディッチ・ピッチの使用を許可する』」

「はぁん!?誰だそんなの書いたやつ!スネイプか!どーせスネイプだろあのベタベタ髪の陰険根暗のヘニャチン野郎!」

「へ、ヘニャチン関係ないだろ!」

「お前の事じゃねえよ!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を見かねて、仲裁に入ったのはハーマイオニーだ。

 

「フリント!その許可証はいつ取ったものなの?ウッドは今学期始まって早々にフーチに許可を取りにいったそうよ。ピッチの予約は早い者勝ちだって事、貴方もキャプテンなら知っているでしょう!」

「うっ、う、うるさいな!お前の意見なんざ聞いちゃいないんだ!すっこんでろ、この……『穢れた血』め!!」

「………?なに?穢れた……?」

「きさま、よくもそんな事を!!」

「フリント、テメエこの野郎!!!」

「言っていい事と悪い事の区別もつかねえのか、あぁ!?」

「キャプテン失格だ、お前なんか!」

「クィディッチ、いや、スポーツ選手の風上にも置けないよ!!」

「み、皆んな!?」

 

意味が分からずにきょとんとしているシェリーとハーマイオニーを除いたグリフィンドールの面々は、途端に怒り出す。ウッドが止めなければ、今にもフリントに掴みかかって殴り倒さんとする勢いだ。

しかしそれ以上に激怒しているのは、誰あろう、ロンだ。髪と同じくらい顔を赤くさせて、怒気で杖を持つ手を震わせている。

「お、落ち着け!お前達!気持ちは分かるが、揉め事を起こしちゃ駄目だ!それこそクィディッチ・プレイヤーにあるまじきーーー」

「クィディッチ選手じゃなきゃいいんだろ、ウッド。おい、フリント!よくも言ってくれたな!」

「な、なんだよ、やるってのか!?一年坊主が!そもそもあいつの血が穢れているのは事実でーー」

「きさま!!ナメクジ喰らえっ!!!!」

「うおおおおおおっ!!!???」

 

ロンは怒りにまかせて呪いを放った。

しかしロンが放った呪文は、二年生で使うにしては非常に高度なものだ。フリントに向けて撃ったそれは、明後日の方へと飛んでいく。呪文が向かっていった先はーーードラコ・マルフォイだ。

 

「えっ?フォーーイッッ!!!??」

「お、お兄様あああああああ!?!?」

彼の腹部に魔力が当たると同時、彼はもともと青白い顔をさらに青くさせる。

そして気持ち悪そうにお腹を抑えると、ドラコは地面に向かってナメクジを吐いた。

哀れなるかな、ドラコ・マルフォイ。

今回ばかりは、完全にとばっちりである。

スリザリンは怒り狂い、一斉に杖を抜く。しかしすぐにその気配を感じ取ると、おそるおそるその気配を放つ人物を見る。

誰よりも怒り狂っているコルダの放つ、殺気を感じたのだ。

 

「ロナルド・ウィーズリィイイ………!きさま、よくも、よくもお兄様をナメクジ塗れにしてくれましたねぇ……!」

「な、なんだよ。いやまあ、狙いが外れてそっちに行ったのは悪かったけどさ……」

「言い訳無用!『グレイシアス』!」

コルダが放った魔力は、超低温の氷となって地面を伝う。クィディッチ・ピッチの青々とした芝生が、コルダの魔力が通ったところから、見る見るうちに凍っていく。

ロンは焦ってその場から飛び退くが、しかしコルダの攻撃の手は緩まない。

 

「『グレイシアス・フリペンド』!氷撃せよ!」

「うおおっ!?な、なんだそりゃ!?」

コルダが使用したのは、宙空に氷を出現させて、弾丸のように敵を撃ち抜く呪文。つらら落としをそのまま呪文に転化した、恐ろしく攻撃的な魔法。

ロンめがけて飛来してくる氷は、言うなれば無数のブラッジャーが飛んでくる事と同義である。追尾性能はないが、それでも脅威には変わりない。

ロンは氷から離れようと逃げ回るが、彼がやたらめったらに走り回る事により、もはやグリフィンドールもスリザリンも関係なく氷の弾丸から逃げなくてはならなくなってしまった。

 

「うわああああ!?コルダ!こっち来てるこっち来てる!俺達は味方だって!」

「待ちなさいウィーズリー!」

「駄目だこのブラコン聞いてねえ!」

「ああ、ピッチが氷で滅茶苦茶に……」

「『インセンディオ』!何事だ!」

無数の氷の弾丸を一瞬のうちに炎で焼き払ったのは、セブルス・スネイプだ。未だにナメクジをゲーゲー吐いているドラコと、怒り冷めやらぬ様子のコルダを見て、大体の事情を察したらしい。彼は浅くため息をついた。

 

「コルダ・マルフォイ。兄想いなのは結構だが、見境なく周囲に当たり散らすのは感心しませんな?」

そう言われてようやくコルダは自分の行為に気がついたらしい。周囲のぐちゃぐちゃの芝生を見て、はっと息を呑んだ。

「あっ……そ、その。ごめんなさい。クィディッチ・チームの皆さんも……」

「あ、ああ。大丈夫だぜ」

「心配すんなって。俺たちゃヤワな鍛え方はしてねえよ」

「むしろご褒美です」

「フリント、お前はそれでいいのか」

「あー、そ、その……。ウィーズリーも、えーっと……あー」

「ともかく!状況から見るに、先に手を出したのはグリフィンドール寮の方だな?誰がやった?」

「……僕です、僕がやりました『先生』」

「罰則を課す。日時は……そうだな、十月三十一日だ。おや?その日は偶然にもハロウィーンですな?つまり君は一年に一度の楽しみをこれで失ったわけだ」

「そんな!」

「黙れポッターこっちを見るな!我輩はドラコを医務室に連れていく!」

シェリーを泣かした罪悪感は未だ消えていないスネイプは、そそくさと退散した。

 

「……でも、ロンはどうしてなんでそんなに怒ったの?」

「穢れた血ってのは、両親がどっちともマグルの魔法使いの人のことを言う、魔法界での最低最悪で低俗な貶し方なんだ。…ああ、言った方が低俗って事だからね?先祖代々魔法使いの純血の家系が偉い、そう思ってる連中がいるのさ」

「……そういえば、私、去年もそんな風に言われたような。出来損ないだって」

「バカバカしい考えさ。でも、そういう思想を持つ人間は少なからずいるんだ。純血の中でも聖28族って言って、『純血であることは間違いない』って保証されてる奴等は特にね。フリントやマルフォイもその家系さ」

 

ちなみにウィーズリー家やベガのような、純血でありながらマグル生まれや混血の魔法使いと仲良くする人間を『血を裏切る者』と言うらしい。

シェリーやハーマイオニーは少なからずショックを受けた。魔法界の差別思想は根強く、闇が深い。

 

「……生まれや育ちで、人を馬鹿にするなんて、なんか……嫌だな。ハーマイオニーにできなかった魔法なんて、一つもなかったのに」

「シェリー……」

「それにハーマイオニーは次席だもん!私達よりずーっとお勉強もできるし……」

「あー、次席って言うのはやめてくれるかしら?ちょっと屈辱っていうか……」

「それにすっごく可愛いし!」

「ああ、そうだよな、ハーマイオニーはすっごく可愛い!……………!?!?」

「えっ………?」

 

ーー自分はなにを言っているんだ!?

シェリーに乗せられてつい口走ってしまったロンは、慌てて振り返る。そこにはきょとんとしたシェリーと、顔を赤らめたハーマイオニーの姿が。

「え、その、わ、私」

「い、いや、僕はその……」

「?どうしたの、二人とも?」

「………は、はは……」

「「HAHAHAHAHA!!!」」

「?」

 

来たるハロウィーン当日。

シェリーとハーマイオニーは、ほとんど首無しニックこと、ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿の誘いで『絶命日パーティー』なるものに参加していた。

死んだ日を祝うのが彼らにとっての名誉だそうで、特に今年は五百年記念なのだという。断るのも失礼だと思った二人は参加したのだが……思った以上に、きつい。

ゴースト用の料理は腐っているのだ。なんだか異臭が漂っているし、おおよそ食べ物にあるまじき色をしている。

シェリーは腐りかけの食べ物も食べられない訳ではないのだが、ハーマイオニーに怒られたのでやめておいた。

 

「お腹空いたわね……早く大広間に行ってご飯を食べましょう。……そういえば、ハロウィーンの飾り付けは、いつもと違って豪華なんですってね?」

「そっか、ハーマイオニーは去年は来てなかったね。そうだよ、ハグリッドがくり抜いたカボチャがそこら中に浮かんでて、すっごく幻想的で綺麗だったなぁ」

「素敵ね!早く見てみたいわ」

「………あ、そういえば、今年はロックハート先生も飾り付けに参加するって聞いたような?ハロウィーン特別コンサートを開くとかなんとか……」

「!!!ど、どうしましょうシェリー!私、コンサート用のうちわとTシャツを持ってこなきゃ!」

「あー、うん、皆んな制服だろうし、大丈夫だと思うよ」

ぱたぱたと廊下を走るハーマイオニーを追いかける。そこでふと、壁から何か物音が聞こえた気がして、振り返る。

いや、聞こえた気がした、ではない。

何かが……近くで、何かを言っている。

ブツブツと何かを口走っている!

 

『ーー殺すーーーー殺してやるーーーー私が引き裂いてやるーーー!』

「えっ……!?」

「ああ、サイリウムも欲しいわね、いや杖を光らせれば十分……シェリー?」

『ーーー然るべき復讐のためにーーー魂の尊厳のためにーーーー必ず八つ裂きにしてやるーーー』

「……この、声!殺すとか、八つ裂きにするって、誰かが言ってる……!誰?誰がいるの!?」

「?シェリー、何を言っているの?」

「え?ほら、さっきから誰かが、殺す、殺してやる、って………」

しかし、依然としてハーマイオニーは困惑した姿勢を崩さない。

 

「……えーと、シェリー。あなたが嘘をつくような人間じゃないと知ってるけれど、ごめんなさい、私には特に、何も……」

「え?……ハーマイオニーには、聞こえてない……?」

『ーー殺してやるーーー私がーーー私の主君のためにーー』

「!し、下に!声が大広間の方に向かっていってる!」

「それって……、行きましょう!」

 

切羽詰まったシェリーの言い分を信じたのか、それとも嫌な予感がしたのか。ハーマイオニーは大広間に向かって走り出す。

廊下を走って、階段を降りた先には、円を描くようにして大勢の人だかりが出来ていた。パーティーが終わり、生徒達が大広間から出たのだろう。

しかし、談話室に帰るわけでもなく、全員がその円の中心を見てヒソヒソ話している。何だ?何が起こったというのだ?シェリーは人垣をすり抜けて、その中心を見ようとして……

 

「あっ!そ、そんな!?ミセス・ノリスが……!う、嘘だよね!?」

 

シェリーは悲痛な声を上げた。広場の中心には、黄色く鋭い眼をこれでもかとひん剥き、四肢をぴんと伸ばした、剥製のように固まって倒れ込んでいる猫の姿があった。

ミセス・ノリス。

フィルチの飼い猫で、学園きっての嫌われ者だ。生徒達の不正や規則破りを常に監視し、管理人のフィルチに伝える。去年もこの猫の眼から逃れつつ夜のホグワーツを出歩くことに、どれだけ苦労した事だろう。

 

だが、シェリーとミセス・ノリスはそれほど険悪な仲ではなかった。シェリーは以前、友達と過ごしたり、大勢でいる環境に慣れず、一人で行動していた時期がある。その時に偶然にも、生徒の悪戯で尻尾が絡まっていたミセス・ノリスを助けた事があり、それ以来シェリーは彼女と奇妙な友人関係を築くに至ったのだ。

去年、賢者の石を守るために四階の廊下へと行った際も、ミセス・ノリスはシェリー達を確認していながらも見逃した。この関係が無ければ、シェリー達は透明マントも無しに廊下へと辿り着く事も出来なかっただろう。

 

ともあれ、ミセス・ノリスの死を悲しんでくれる生徒がいた事にフィルチは感動し、シェリーと泣きながら抱き合った。ロックハートに至っては「いやァ、実に感動的ですねえ!さーて、ミセス・何ちゃらに捧げるレクイエムでも歌いますかねッ!」とマイクを取り出す始末だ。

 

「死んでおらん」

「「「え?」」」

「この猫は死んでおらんよ、アーガス。まだ魔力がある。石になっているだけじゃ。………問題は、誰が、どうやって、何のために石にしたか、じゃが」

いつの間にかやって来ていたダンブルドアが、きらきらとしたブルーの瞳に真剣なものを浮かべた。

その視線の先には、べっとりとした赤黒いインクで壁に書かれた文字。

血文字だ。

「……何のためにこれをやったかは、否応無しに分かりますよ。……五十年前の悲劇が、また繰り返されるというのですか」

 

『秘密の部屋は開かれたり 継承者の敵よ、気をつけよ』

 

「……先生方を集めるのじゃ。長年溜め込んでいたツケを、払わなければならぬ時が来たのじゃ」

「秘密の部屋……って、確か、ドビーが言っていた……?」

この日。

過去からの脅威は、狼煙を上げて。静かに闇の中から現れ出たのだ。

未知なる化け物は牙を剥く。

継承者とは、誰か。

秘密の部屋とは、何か。

ーーー次の犠牲者は、誰なのか。




おまけ1
コルダ「お兄様のナメクジ……すごく……大きい……」
ドラコ「おろろろろろろろ!!」
スリザリン「やめてやれコルダ」

おまけ2
ホグワーツ強さランク
S、ベガ(めっちゃ強い)
A、コルダ(かなり強い)、シェリー(割と強い)
B、ハーマイオニー(まあ強い)
C、ロン、ドラコ(普通)
D、ネビル(普通よりちょっと下)

普通の生徒はC〜Dくらいの強さが普通です。
コルダは実は氷魔法に大きなデメリットがあるのですが、その詳細は後ほど。
因みにAとSの間には巨大な壁が存在します。


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3.究明

突如として起きた石化事件の数日後。

石化したミセス・ノリスは、マンドレイク薬で回復する事ができると知り、シェリーとフィルチは大いに喜んだ。

「ミセス・ノリスが!ミセス・ノリスがまた動けるようになるんだ!オロローン!」

「え!?ノリスちゃんが……!?やった、フィルチさん!」

「YEAHHHHHH!!」

「い、いぇーーーい!」

大広間のど真ん中でフィルチとシェリーはハイタッチを何度も交わした。

(ミセス・ノリスと猫仲間のマクゴナガルも仲間になりたそうにこちらを見ている)

自分のファンが騒いでいるのかと勘違いしてやって来たロックハートを躱していると、なんとフィルチからお茶に誘われた。ホグワーツ始まって以来のビッグ・サプライズである。ロンは開いた口が塞がらなかったし、フレッドとジョージからは『あいつが没収した物の中に使えそうな物があったら持って帰ってきてくれ!』と頼まれる始末だ。

 

フィルチの事務所に行くと、そこには大量の悪戯グッズやら拷問道具やらが備え付けられていた。恐ろしい。

ビクビクしながら椅子に座ると、怖いくらいニコニコしながらフィルチが紅茶を持ってやってきた。ギャップが凄い。

「ふぅ……さて、ポッター……あー、シェリーと呼んでいいかな?」

「は、はい。フィルチさん」

「では、遠慮なく。シェリー。まずは、ミセス・ノリスのために泣いてくれてありがとう」

 

ぺこり、とフィルチは頭を下げた。つられてシェリーも頭を下げる。

それも無理からぬこと。彼には物凄く感謝されているが、シェリー自身は、ミセス・ノリスに対して何かしてあげた訳ではない。時折ササミをあげたりはしていたが、矢面に立ってノリスの味方になって生徒の悪戯から庇っていた訳ではないのだ。

しかし、それで十分だとフィルチは言う。

 

「管理人生活ウン十年、歳を重ねていく度に友人と呼べる存在は減っていってね。おまけにこんな性格だ、ホグワーツで唯一気を許せるのはノリスだけだった」

 

故に、フィルチは彼女を溺愛し、ノリスもまたフィルチを慕っていたそうな。だからその気持ちが何より嬉しいのだ、と。シェリーは耳が赤くなるのを感じた。

 

「でも、何も私だけじゃない。グリフィンドールの一年生のジニーだって、あの事件以降、すっかり元気を無くしているんです。あの子が猫好きだなんて知らなかったけど……でも、心配な生徒は他にもいっぱいいるはずです!」

「はは、ありがとう。私達は嫌われ者だと思っていたが、心配してくれる者もいたというわけだな」

 

そしてそこでふと疑問が湧く。いくら嫌われ者で怨みを買っているとはいえ、犯人はわざわざあんな派手なアピールをしてまで猫を石化するだろうか?

しかもダンブルドアの見立てでは、ただの石化ではなく、何か非常に高度な魔法的要素が加わっており、生徒が何かをした可能性は低いのだという。

だがフィルチには、そこまでされるだけの心当たりが一つあるのだという。

 

「私は落ちこぼれでね。実は……私は、スクイブなんだ」

「………?スクイブ?」

「ああ、知らないのか。魔法使いの親の下に生まれていながら、魔法を使う事ができない人間のことさ」

魔法が使えない。

それはどれだけ辛い事だろう。魔法を身近に知っていながら、それを行使することは決して叶わない。マグル生まれというだけで『穢れた血』と言われるのだから、スクイブに対する差別や偏見も酷いであろう事を察した。

 

「魔法界にいながら、魔法を使えない生活ってのは、ああ、辛いよ。君の想像以上にな。ホグワーツに拾われてからこっち、私はノリスを除いて誰にも心を開いちゃいなかった。シェリー、君が現れるまではな」

「…………」

「そして私は、スリザリンの継承者にとって格好の標的だったんだろうな。私がスクイブだってどこかで知ったんだろう。だから嫌がらせに私のノリスを………」

「……その、継承者っていうのは、何なんですか?秘密の部屋が開いたって、どういう意味が……」

「……ホグワーツ創始者のひとり、サラザール・スリザリンが、この城の中のどこかに造ったとされる秘密の部屋。その部屋が開く時、スリザリンの意志を継ぐ者が現れて粛正する……そう言い伝えられとる」

 

粛正。

猫を石化させる事が、だろうか。

しかし被害が石化に留まらず、回数を重ねるごとにエスカレートしていったら?猫だけに留まらず、人間までもが石化していったら?人死にが出たら?

……考えるだけで恐ろしい。

 

「もっとも、言い伝えじゃなかったわけだが。五十年前、確かに部屋は開き、そして一人の女子生徒が犠牲になった。ホグワーツは一時休校に追い込まれた」

「……女子生徒が……?」

「その子の名前は、たしか、マー……おっと、これ以上はいかんな。聞かなかった事にしてくれ。さあ、お茶のお代わりはいるかね?」

 

フィルチはそれ以上の事は言わなかった。去年、秘密をボロボロと暴露したハグリッドよりも口が固いのは、仮にも管理人と言ったところだろうか。

フィルチに言われて思い出した事だが、クィディッチ開幕戦が間近に迫っている。お相手は鷲寮、レイブンクローだ。

彼等はこういった勉強とはかけ離れたスポーツはあまり好まないと思われがちだが、実は違う。その実、どの寮よりも負けず嫌いである故に、きちんとデータ収集をして戦略的なプレイで魅せる寮なのだ。

しかも今年から新メンバーとして加わったというチョウ・チャンは、子供の頃から箒に慣れ親しんでいるという。新戦力追加でどれだけ伸びたか、期待は高まる一方だ。

 

「ハアイ、シェリー!チョウよ。こうして話すのは初めてね?」

「あ、うん。こんにちは、チョウ。お互い頑張ろうね」

「ええ、こちらこそよろしくね!こう見えて私もシーカーなんだー、初試合ですっごく緊張してるなー。シェリーはどう?」

「私は毎回緊張しっぱなしだよ。全然慣れなくって」

「へー、意外!百年に一人のシーカーって言われてるくらいだから、もっとどっしり構えてるのかと思った!シェリーも普通の女の子なんだって思えて、なんだか安心するなー。あ、気に障ったらごめんね」

 

アジア特有の艶のある黒髪が特徴的な美少女、チョウ・チャンは快活に喋る。シェリーにたくさん話題を振るが、しかしそれでいて自分が喋りすぎる事なく、相手の会話を引き出すのがうまい。話していて面白い。鷲寮ではかなりの人気者らしいが、それも納得だ。容姿端麗なだけでなく、性格も良い。あれはさぞやモテるだろう。

つい話しすぎて、そろそろ試合前のミーティングが始まるというところで、彼女は他の選手に引っ張られていった。

 

「チョウ。これが初試合なんだからもう少しキチッとしないと!」

「えへへ、ごめんなさーい」

「いや、緊張し過ぎても駄目だろう。試合前は心身のためにも、適度にリラックスした状態でいるべきだ」

「いいえ、試合前は雑念を払うために精神統一するべきです。この世のあらゆる雑念をレイブンクローは払ってくれます」

「千年も前の人に祈ってどうする!ここはやはり塩分を多量に摂取すべきだ!」

 

レイブンクローの面々は、あーだこーだと論争を繰り広げる。頭脳に優れた生徒が多い故に、こういった議論は日常的に起きるのだ。

チョウが、

「あー、もう!はいはい、皆んな分かったから!私が悪かったですよー!」

と鎮めなかったら、レイブンクローは試合前の貴重な時間を論争に費やしていた事だろう。軽く咳払いをして場を仕切るのは、キャプテンのロジャー・デイビースだ。

「あー、すまないな、チョウ。それで、お前達。寝る間も惜しんで考えた作戦はもう頭に入れてるか?」

「ええ、勿論」

「言うまでもないな」

「結構、結構。何事も予定通りにな。うん。さて、お前達、心には熱い闘志を入れてるか?」

「おう!」

「それさえあれば飛び立てる!我らレイブンクローは空の王者なり!」

『翼を広げろRAVENCLAW!

勝利を掴むぞRAVENCLAW!

我が名を叫ぶぞRAVENCLAW!

空を高く飛べRAVENCLAW!』

『RAVEN………CLAWLING!!!』

 

オリバー・ウッド率いる若獅子の群れは、ぎらぎらと目を光らせる。早く肉を寄越せ、点を寄越せと唸っている。

ウッドはその燃える闘志を見て満足そうに笑うと、七人で円陣を組んだ。

「レイブンクローの戦術は千変万化。相手に合わせてガラリとフォーメーションを変える事で有名だ。俺達の超攻撃的スタイルも当然警戒されてる」

「去年の試合を見て、相当研究してるだろうしね」

「だが、教えてやろうぜ。そんな付け焼き刃の戦略で俺達の攻撃を止められるはずがない、ってな!……さあ、この試合、勝つのは誰だ?」

『俺達だ!』

「雄叫び上げろ!」

『GO!GO!GRYFFINDOR!!!』

 

『さあ始まりましたクィディッチ開幕戦!今年はグリフィンドールとレイブンクローの対決になります!天気は曇り!この間、某生徒が氷魔法でピッチを滅茶滅茶にしたそうですがスネイプ先生が徹夜で直してくれました!』

「ご、ごめんなさいスネイプ先生。ご迷惑おかけしちゃって……」

「大丈夫だから座っていなさい」

『実況はこの僕、リー・ジョーダンと!解説は皆んな大好きマクゴナガルにゃんこ先生にお願いします、さあ皆さん拍手!』

『鞠に『変身』してオモチャにされたいのですか』

『猫だと認めているんだかいないんだか分かりません!さあ、ピッチにホイッスルが鳴り響きます!』

 

試合開始のホイッスルが鳴ると同時、ロジャーが箒を一回転させてクアッフルを敵陣へと向かって柔らかく蹴っ飛ばす。

ロジャーのパス技術は一級品だ。それこそグリフィンドール三人娘や、クィディッチに力を入れているハッフルパフに引けを取らない程の精密なパスを出せる。パスを出すロジャーを司令塔として、チェイサーは飛行による突破を容易にできるのだ。

 

「フレッド!ジョージ!早くブラッジャーを打て!パサーのロジャーを何とかしないと勝ち目はないぞ!」

「分かってる、っての!」

 

フレッドは獲物を求めて飛び回るブラッジャーに追い縋ると同時に、空中で加速しながら強打する。

ビーターを目指す者に訪れる最初の壁が、空中でバットを降る時に上手く力を込められないという所にある。それも当然だ、箒の上では腰を入れられず、体全体を使ったショットも打ちづらいのだから。

しかしフレッドは箒を加速させる事により手に持ったバットへのパワーを急激に高めて、その欠点を克服したのだ。彼の強打でブラッジャーは一直線にロジャーへと飛んで行く。しかし、突如として現れるレイブンクローのビーターが、その行手を阻んだ。

 

『っ、ロジャーのやつ、自分を付きっ切りでビーターに守らせてやがる!解説のマクゴナガル先生、これは?』

『非常に有効と言えるでしょうね。パスを投げるにしても貰うにしても、中継点となるのはデイビースです。つまりそれだけ負担がかかると言う事ですから』

『なるほど!?では、ロジャーを何人かで徹底マークするのはどうでしょう?』

『彼のパスは『サイレントパス』と言って、箒を巧みに使って予備動作無しで投げているのです。彼を止めるのは現実的ではありませんね』

『なるほどですねー……おおーっと、レイブンクローが先制点!くそッ』

 

一番厄介なロジャーが、一番止められないという理不尽さ。しかもグリフィンドールの穴を突けるようなフォーメーションに変えているようだ。

「いや、想定内だ!グリフィンドールのモットーは『攻撃』!ボールを奪ったら、即得点へ繋げられるのが強みだ!陣形を縦にしてボールを運べ!」

「そうそう!パス回しなら、私達も負けてないよ!」

『出たアアアアアアァァーーーッ、グリフィンドールのお家芸、チェイサー三人娘による『クレイジー・スロット』だ!』

 

アリシアのパックパスがアンジェリーナに渡り、アンジェリーナのショートパスをケイティがキャッチし、ケイティがパスすると見せかけてフェイントをかけてロングゲイン。

ゴール手前ではケイティの勝負強さが存分に発揮された。一番左のゴールへとシュートすると見せかけて、右から二番目のゴールポストにシュート。瞬く間に一〇点を返した。

 

『同点です!しかしマクゴナガル先生、レイブンクローがロジャーを徹底ガードしているという事は、パスを止める術がないグリフィンドールはやや不利ですかね!?』

『いいえ、何も悪い事ばかりではありませんよ。グリフィンドールのシーカーを見なさい、本来ブラッジャーに襲われやすいポジションの筈なのに自由に飛び回っているでしょう』

『あれッ!?ホントだ!おーいシェリー、元気かー!!!?』

『ふざけない。つまりそれだけグリフィンドールのシーカーへのプレッシャーが減るという事ですよ』

ここまでの展開は、ウッドの予測通りだ。

シェリーはスニッチを探しながら、彼に言われた事を思い出す。

「ロジャーをビーターが徹底ガードしてる時は、私がスニッチを探すチャンス……!ブラッジャーが来ない内に、早くスニッチを見つけなきゃ!」

見れば、チョウもまだスニッチを見つけられていないようだ。

 

ふと空気が震えたような気がした。

己の勘に従って、急いでその場から離れる。すると風を切ってブラッジャーが飛来して来た。

いくらブラッジャーのリスクが低くなると言っても、全く無い訳ではない。こういう事もあると自分を律する。ジョージがすぐに現れてブラッジャーを弾き飛ばした。

「ありがとう、ジョージ!」

「いいってことよ!……おっと!」

 

弾かれたはずのブラッジャーは、弧を描くようにして戻って来る。近くに人がいない時などに稀に起こる現象だが、まあこういう事もある、ジョージは難なく対処し、今度は近くを飛んでいたレイブンクローのチェイサーに向かって強打する。

しかし。

 

「な、何でまた戻って来るんだ!?」

レイブンクロー目掛けて飛んで行ったはずのブラッジャーは突如として空中で静止。そしてまた、シェリーとジョージの方へと高速で突っ込んでくるのだ。

これは流石に、こういう事もある、では済まされない。

ジョージが再度バットで叩きつける……が、効いているのか効いていないのか、やはり一瞬は止められるものの、ブラッジャーは即座に活動を再開する。

何か彼の手助けができればとは思うが、ブラッジャーの相手をするのはビーターであり、フレッドとジョージの仕事なのだ。シェリーが出来ることはない。せめて邪魔にならないようにと、その場から離れる。すると、ブラッジャーは何故かジョージを無視してシェリーを追いかけた。

 

「ま、まさか、このブラッジャー、私を狙ってるの!?」

 

シェリーの疑惑は当たっていた。ブラッジャーをいくら躱しても、シェリーを襲うのをやめない。他にも選手は大勢いるのに、見向きもせずにシェリーだけを狙う。

ジョージがいくら強く弾き飛ばしても、ブラッジャーはすぐに空中で静止して、そしてまたシェリーを襲う。

見かねたフレッドも参加してブラッジャーを叩くものの、効果は薄い。何度追い払おうが、そのループが永久に終わらない。

その異変は観客席にも伝わっていた。

 

「誰かが、ブラッジャーに細工をしちょるのか!?あれが一人の選手を追いかけ回すなんてあり得ねえ!」

「うわああシェリー!後ろだァー!」

取り乱すロンとハグリッドから少し離れたところで、ベガはデジャヴを感じていた。

 

「何か去年もこんな事あったな。細工されたのどうのって。あの時は箒だっけか」

ぼそりと呟いたつもりだったが、ロンに聞こえていたらしい。彼は立ち上がると、

「僕ちょっとスネイプのローブ焼いて来るよ!」

「あれはクィレルのせいでスネイプは白だって結論になったじゃない!燃やすのはやめなさい!」

「じゃあ他に何があるってんだ!?」

「それは、ええ、わからないけれど!!」

「だから落ち着けよ、お前達が邪魔で見えねえよ」

ロンとハーマイオニーはシェリーが関わると悉く残念になる。

 

そうこうしている間にも、レイブンクローは点を入れていく。

当然だ。シェリーをフレッドとジョージが二人がかりで守っているため、相手のビーターはブラッジャーを打ち放題。レイブンクローとの点差が少しずつ開いていく。

 

「おい二人とも、何やってる!もう七◯点も入れられてんだぞ!」

「ウッド、このブラッジャーがシェリーばっかり襲うんだよ!」

「なんだと!?」

「赤髪の美少女に惚れたか鉄球野郎!女のケツ追っかける男はモテねえぞ!」

「一体なぜ……フーチに言って、試合を中断してもらうか?いや、クィディッチに再試合なんてあり得ない!せめて、一旦休憩して体勢を立て直して……」

「待って、ウッド!」

 

ウッドがタイムアウトを取ろうとしたが、シェリーは大声でそれを拒否した。

「二人はゲームに戻って!このブラッジャーは、私が相手するっ!」

観客はどよめいた。

一般的に、一人の選手がブラッジャーに長い間追いかけられるのは、ビーターの力量不足と言われている。一流のビーターは自分のチームに余計な負担をかけない。その点から見ればウィーズリーズは確実に一流だと言えるだろう。

だからこそ、グリフィンドールの面々はブラッジャーを避ける練習はしていても、逃げる練習などしてこなかった。そんなのは弱いチームのする事だ。

しかし……シェリーは、今。自分が相手すると、そう言った。

 

少しばかしの口論の後、シェリーからフレッドとジョージが離れていく。彼女はブラッジャーを相手取る事を決意し、チームメイトは彼女がやり遂げると信じたのだ。

チョウ・チャンは、心の片隅でシェリーの身を案じながらもスニッチを探すのをやめない。同じ条件で戦えないのは残念だが、スポーツにアクシデントは付き物。それに彼女とて負けたくないのだ。

(シェリーに対してブラッジャーが何か変な動きをしているみたいね!お互いにフェアじゃないし、グリフィンドールには申し訳ない、けれど!これはチャンス!今のうちにスニッチを取って……

ーーーッ!!!)

『ああーっと、チョウ・チャン、突然の加速!彼女が飛んでいく先はーースニッチだあああああ!!!』

「っ、スニッチが、あそこに!」

 

スタートダッシュを決めたのは、いち早くスニッチに気付いたチョウ・チャン。

 

それを追いかけるは、爆発的な加速を見せるシェリー・ポッター。

 

そのシェリーを追うのは、シェリーを壊さんとする狂ったブラッジャー。

 

三者三様に空の世界を高速で飛行し、そしてーー並んだ。シェリーとチョウが空中を並列になって飛行する。

去年のシェリー対ドラコの時のような遮蔽物は一切ない。スピードに身を任せたガチンコ勝負だ。

一見勝負は互角に見えるが、チョウはにやりと笑い、シェリーはこのままではまずいと焦る。シーカー同士が並んだ時、物を言うのは体格だ。

 

『チョウ・チャンは三年生、ポッターの一年先輩です。たった一年違いですが、この時期の一年の差というものは大きい。シーカー同士が並んだ時、スニッチを獲るのは決まって身長の高い方、腕の長い方。このままでは、勝利するのはレイブンクローに……!』

「マクゴナガル先生の言う通りだよ、シェリー!勝つのは私!本当なら、万全の状態のあなたと戦ってみたかったけど!」

「っ、まだ、勝負は分からないよ!」

『おおーッと、ここでスニッチが軌道を変えるゥゥゥーーッ!垂直に急降下していきます!』

 

それに合わせてチョウとシェリーは箒の柄を真下へと向ける。タイミングは同時、やはり二人の差は広がりも縮まりもしない。

チョウが手を伸ばし、スニッチが観念したかのような羽音を立てた所で、チョウは己の勝ちを確信した。勝った、と。

 

(ーーいけるーーー!)

 

チョウの指先に、スニッチ特有の金属質の感覚がした、その瞬間。

視界からシェリーが消えた。

普通の人間ならば、勝負を諦めて、加速するのをやめたのだろう、と思う。しかし、突如としてチョウを襲う悪寒。プロのクィディッチ選手はプレイ中に時折、第六感のような、野生的本能のような感覚に襲われる時があるというがーーチョウが感じているのはまさしくそれだ。

チョウの勘が叫んでいる。

スニッチなんてどうでもいい。

早くシェリーを止めなければ。

 

しかしチョウが行動を起こす間もなく、横から加速したシェリーがぶつかってきた。(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

(どうして!?何でシェリーが、私より前に進んでるの!?この子は一瞬スピードを緩めたのに…………………あ)

チョウの疑問に答えるように視界に現れたのは、ブラッジャーだ。

シェリーはわざとブラッジャーにぶつかって、勢いをつけたのだ。背後からやってくる暴れ玉に吹っ飛ばされ、落ちる力すらも利用してスニッチへと手を伸ばす。

シェリー特有の超加速、そしてブラッジャーに吹っ飛ばされた勢い。更に重力までもが加わって、身長を差し引いても十分すぎるほどの勢いとリーチを手に入れたのだ!

ーー自分よりも、早くーーー!

 

「ーーシェリー、貴方はーーー」

「うあああああああああああっ!!!!」

『シェリー・ポッター、スニッチ・キャアアアアッッチ!!!!ブラッジャーを利用した、ウルトラミラクルスーパープレイを見せてくれましたァァァァァアアア!』

 

地面に降り立ったチョウは感嘆した。悔しさよりも尊敬の念が湧いてくる。自分はこんな凄い選手と戦えたのか、と。

……いや、それでも、負けは負けだ。

次は絶対に負けない!その想いを胸に秘めると、チョウはシェリーに握手を求めた。

 

「シェリー、あなた、やるわね。ブラッジャーに吹っ飛ばされた勢いでスニッチをキャッチするなんて」

「そんな、チョウこそ凄かったよ。普通の勝負なら負けてたかも」

「あはは、ありがと。でも次の試合は絶対負けないからねっ!」

「うん!………!?チョウ!危ないっ!」

「えっ?」

試合が終わった直後という事で気を抜いていたチョウは、背後からのブラッジャーに気付いていなかった。

自分より少し小柄なシェリーにいきなり抱き締められ、押し倒され、何事かと顔を赤くして混乱していると、自分達のすぐ近くの地面をブラッジャーが殴打した。

ーーあの狂い玉は、シェリーを壊すのをまだ諦めちゃいなかったのだ!

地面に打ち込まれたブラッジャーが再びこちらへ飛んで来ると、何かする暇もなくシェリーがチョウを強く抱きしめる。

黒々と光るブラッジャーが、シェリーの後頭部に直撃した。

 

「ひぎぃあっ……!?」

 

シェリーは意識を持っていかれた。

それでもまだブラッジャーがシェリーを襲おうとした瞬間、ブラッジャーは塵も残さず粉々に砕けた。

ダンブルドアが、杖を構えたまま、厳しい顔をして仁王立ちしていた。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

目が覚めた。

ここは医務室だろうか。去年の終わりもここにお世話になったのでよく覚えている。

頭の奥がずきずき痛む。

シェリーはゆっくりと意識を覚醒させると、首が固定されて動かない事に気付く。

顎にコルセットのような感触がある事から察するに、ベッドの上から動けないような状態なのだろう。

シェリーは檻の中で鎖に繋がれた囚人の気分を理解した。

ふと。

もぞもぞと視界の隅で動く影を感じた。

 

「ド、ドビー?」

件の屋敷しもべ妖精は、さめざめと泣いていた。何故ここに、彼が?

「おいたわしや……シェリー・ポッター、ああ、おいたわしや……目、目がお覚めになられましたか」

「どうして貴方が……痛っ!」

「動いてはなりません、シェリー・ポッター!」

首を少しでも強引に動かそうとすると、首から後頭部にかけて詰め込められた棘の塊が暴れたような嫌な感覚が駆け巡る。

自分の容態は、それだけ酷いのか。

やや喋り辛いが、喉から声だけ出す事にする。

 

「………あれから、皆んなは?チョウは、どうなったの?ブラッジャーに当たって怪我してない?」

「無事でございます!ああ、ただ、その。医務室に運ばれる間、ずっとあなた様の名前を叫んではおりましたが……」

「……そっか、チョウに余計な心配かけちゃったな」

「余計などと!あなた様のご友人も、チームメイトも!皆んなあなた様の事を心配に思っておいででした!」

 

余談だが、チョウは抱き着かれた時に何か感じるものがあったらしい、友人のマリエッタに「百合ってありかしら?」と相談をしていた。

マリエッタから信じられない物を見ているような目を向けられていると、たまたま聞こえてきたらしく、ジニーが「私は夏休みの間じゅうずっとシェリーと添い寝してたんだから!」と対抗していた。

ダンブルドア曰く「愛じゃよ」である。

 

「皆んな無事ならよかった……えっと、その。どうして貴方が、ここに?」

「ドビーは悪い子!ドビーは後でドアに指を挟んでビターンってしなければなりません!ブラッジャーに細工したのは私です!ホグワーツ行きの壁を封鎖したのも!」

「………あなた、が」

屋敷しもべ妖精の使う魔法は、魔法使いの使う魔法とはわけが違う。

というのも、使っている魔力の質自体が違うのだ。同じ火を起こすでも、マッチを使うか火炎放射器を使うか、くらいの違いがある。同じ結果でも過程が違う。つまりはアプローチの仕方が違うのだ。故にドビーは、普通の魔法使いにとっては難しい壁の封鎖もブラッジャーの細工も難なくやってのけた。

しかし、何故。

 

「全てはシェリー・ポッターをホグワーツに来させないため!あなた様はここにいてはならないのです、ここには危機が迫っているのです!秘密の部屋はもう既に開かれてしまった!」

「秘密の部屋……、前にもそう言っていたよね。何故、あなたがそれを知っているの?」

「お聞きにならないで!あなたはマグルの家に戻るのです!私がお世話いたします!マグル生まれは一人残らず粛正されてしまいます!ですからどうか……」

「………それを聞いたら、なおの事ここに残らなきゃいけないって思ったよ。私の大切な友達はハーマイオニーだもの。あの子を放って自分だけ逃げるだなんて、そんな事はできないよ」

 

ドビーは悲痛な顔をした。

未だ何か言いたげな顔をしていたが、コツコツと廊下からやって来る足音を聞いて、「ドビーは行かなくてはなりません!どうかこのドビーのお願いを聞いてくださいまし!」と言って、指を鳴らして空中に溶けて去って行った。

違う空間同士を行き来する時空間系魔法、姿くらましだ。彼がいなくなった瞬間に扉が勢いよく開き、ダンブルドアやマクゴナガル、スネイプなどの教師陣が雪崩れ込む。(ロックハートはいない)シェリーは急いで目をつぶった。

近くのベッドに、誰かが寝かされた……というより、置かれたような音がした。

 

「見てください、この子のバスケットには果物が入っています。ポッターの見舞いに来たのでしょう。彼女の不名誉な写真を撮って以来、酷いことをしてしまった、とずっと悩んでいましたから」

「まっこと、嘆かわしいことじゃ……じゃが彼はヒントを残してくれたようじゃの。カメラを構えて、石化しておる」

「開けてみましょう……これは」

 

何かが、ボン、と音を立てて爆発した。

シェリーは嫌な予感がした。

 

「……カメラ内部はズタボロ。フィルムもネガも溶けているようですな」

「これはひどい………夏場に外に置いておいたキャンデーも、ここまで酷くはならんじゃろう。秘密の部屋が開き、継承者が裁きを下した、という事じゃろう」

シェリーの嫌な予感は当たった。当たってしまった。

 

「……一体誰が、どうやって、このコリン・クリービーを?」

「さて、の。……『忌まわしき過去は、忘却の彼方から這いずり出でる』、とはよく言ったもんじゃ」

「………?なんです?」

「向き合わねばならん、と言うことじゃ。五十年前の脅威と」

 

シェリーは、石化したコリンを見て、絶望的な気持ちになった。

写真大好きで、シェリーの追っかけをしていた一年生の男子。彼は決して無害な人間ではなかったが、だからといって石になってもいい人間では無かったはずだ。

何故、こうなってしまったのか。

心の中にぽっかりと空いた穴を抱えて、数日後、シェリーは退院した。

 

「おはよう、ベガ、ネビル。ロンとハーマイオニー見てない?」

「おはようシェリー、退院おめでとう。二人とも、さっき大急ぎで朝ご飯を食べた後にどっか行ったよ」

「てっきりお前の迎えに行ったもんだと思っていたんだが、違えのか」

「うん……ねえ、今日、一緒にご飯食べてもいいかな?」

「ああ、もちろんさ!」

 

ベガとネビルと、色々な事を話した。

コリンの安否を心配したり。件の秘密の部屋とは何だろう、とか。その他にも、校内の女子はベガ派とロックハート派に分かれている事など。

それでもやはり気になるのは、一連の石化事件の犯人は誰なのか?という事だ。

 

「……誰が、『継承者』なんだろう」

「誰が継承者なのかよりも、どうやって石にしたかを考える事の方が大切だ。もし自分が狙われる羽目になったら対処できるかもしれねえし、その方法如何によっては犯人を特定できる」

というベガの主張に従って、彼等は事件への推測を立てる。

 

「最初は猫を石にして、次はコリンを石にした。何らかの魔法を動物で試した後、次は人間で試したと言われれば説明はつく」

「でも、ベガと話していて、それは違うかもって結論になったんだ。ホグワーツの過去の出来事を調べているうちに、五十年前にも秘密の部屋が開いた事が分かったんだよ」

「あ!それ、私もフィルチさんから聞いたよ。たしか、一人の女子生徒が犠牲になったんだって」

「フィ、フィルチさん??そう、その女子生徒の一件があってホグワーツは退校に追い込まれたんだけど……あー」

「犠牲、つまりはその女子生徒は死んだんだ。継承者の手によってな。だが妙じゃねえか?当時はいきなり殺人だってのに、今回は随分と、回りくどいじゃねえか」

 

ベガの言いたいことは分かる。

粛正が目的なら、最初からマグル生まれの者を徹底的に潰せばいいだけのこと。それをしないのには、何かしらの理由があるということだ。

考えられる可能性は二つ。

 

「殺すのを躊躇ったか、もしくは……殺すための魔法か何かが上手くいかなくて、『殺害』じゃなくて『石化』になっちゃった……とか?」

「そう、僕達もそこまでは辿り着いた。だけど、肝心の手段が何かが分からない。そもそも魔法で石化させたのか、それとも何か道具を使ったのか。条件を満たすと作動する武器を使ったのかな、とは思うんだけれど」

「詳しい殺害方法や犯人の正体はおろか、被害者の名前すら分からなかったんだよ。まるで誰かが意図的に隠してるみてえだ」

 

ベガはちらりとダンブルドアの方を見た。そこには髭に絡まったフォークに悪戦苦闘しているボケ老人の姿。彼はため息をついて話を再開した。

 

「……ともかく、俺達は過去の継承者についてもう少し探ってみるつもりだ。これだけの事をしでかせる奴は、相当力のある魔法使いの筈。去年の事もあるし、当時のホグワーツの教師を中心に、怪しい奴を当たってみるぜ」

「当時の事件の犯人と殺害方法が分かれば、今回の事件の解決のヒントになるかもしれないしね」

「うん、そうだね。犯人同士が知人とか血縁関係にあって、色々と教えてもらってるのかもしれないし。同一人物って可能性も十分考えられるよね」

「そういう事だ。……もしよかったら、お前も犯人捜しを手伝って………」

「ホグワーツのみなっさあああああああああんん!!!!」

 

ベガが何か言いかけた矢先、ホグワーツきっての騒音男がやってきた。ロックハートは女子生徒のうっとりとした視線とその他の面倒臭い物でも見るかのような視線を一身に浴びつつ、何やら派手なチラシを撒き散らした。

「一連の事件で皆んな気落ちしてがっくりしている事でしょう!生きとし生ける子猫ちゃん一同、バンビーナちゃん一同に悲しみを癒す歌を歌いたいところですが、ここは学校!という事でハンサムな私が皆さんに指導してあげましょう!その名も『決闘クラブ』!ダンブルドア先生の許可をとって、未知なる脅威に対抗する力を皆さんが身につけるのです!」

 

最初は大広間の半分がうんざりとしていたが、決闘クラブなるものの単語が浮かんでからは皆ロックハートの話に食い入った。

せっかく身に付けた魔法。それを振るう絶好の機会が来たのだ、参加しない手はないだろう。ここはイギリス、決闘によって領地を決定したという話も残っている。彼等には紳士の血が脈々と流れているのだ。

 

「ロックハートもたまには良い話を持ってくるじゃねえか。行こうぜ、決闘クラブ。この数ヶ月でどれだけ成長したか確認できる良い機会だぜ」

「そうだね。僕もベガの金魚のフン呼ばわりされるのはいい加減ごめんだし」

「何だそれ誰がそんな事………」

「さあさ、ハンサムな私に指・導されたいバンビーナちゃんは奮ってご応募くださああああああい!」

「……できる。私が強くなれば、皆んなを守れる!ロンも、ハーマイオニーも!大切な人皆んなを!」

 

シェリーは来たるべき日に備えて、気持ちを昂らせるのであった。

 




他の方のオリキャラのSSを見ていると、石化した人間をちらっと見ただけでバジリスクと分かる人とかいたんですが、正直それは優秀とかそういう次元を越えてると思ったのでこの話では登場人物達に推理させました。
しかし見返してみるとなんだこれ、ネビルが頭脳派っぽい気がする。誰だお前!

原作ハー子が気付けたのは、ハリーにだけ聞こえる声という大ヒントがあるのが大きかったんでしょうね。でもそれだと蛇語使えるダンブルドアが何もしなかったという矛盾が……ほ、ほら!試練的な奴なんだよきっと!


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4.決闘

決闘クラブ。

過去にも何度か開催されたそれは、主に生徒達の自己防衛の力を高めることを目的としたものだ。

ヴォルデモート全盛の時代には、かのジェームズ・ポッターの働きかけによって開催され、当時の生徒達のレベルは底上げされたと言われている。そのためか、当時の世代は優秀な魔法使いや魔女揃いだ。

秘密の部屋だの継承者だのと騒がれている現在、ロックハートがそれを開催したのはあながち間違いではないと言える。

そう、間違い、ではないのだが……。

 

「さーてさてさて皆さん、さて!決闘クラブへようこそ!おっとバンビーナちゃん!サインはあ・と、ですよ!ですが、クラブ参加者には漏れなく私のブロマイドと握手券が振る舞われますので、ご心配なく!」

「……心配になってきた」

 

懸念材料があるとすれば、ロックハートの存在である。

さっきからずっとこんな調子である。多少は実践的な魔法を学べるかと思ったが、どうやら当ては外れたようだ。

ベガとネビルが壇上に白けた視線を送っているのを見て、シェリーは苦笑いする。

 

「ベガ、シェリー、やっぱり帰らない?僕、あいつから教えてもらっても上達する気しないよ」

「誘っといてなんだが、正直俺も帰りたくなってきた。冷静に考えればいつもスリザリンの上級生をボコボコにしてるし、参加する意味なかったかもな」

「う、うーん……。あ、でもほら、今から何かするみたいだよ」

 

ちなみに、シェリーと行動を共にしているのはロンとハーマイオニーではなく、ベガとネビルである。

彼等は最近、シェリーの与り知らぬところでこそこそと何かをやっているらしい。

感情的になりやすく、シェリー達とは性差の壁がある男子のロンだけならまだ納得はできる。彼だってたまには単独行動したい時や、シェーマスやディーンと騒ぎたい時もあるだろう。

しかし、理知的なハーマイオニーまでもがシェリーを避けて行動しているのはどういう事だろうか。結局、彼等を決闘クラブに誘うタイミングを逃し続け、見かねたベガ達がシェリーを誘ってくれたのだ。

 

(ベガもネビルもすっごく大切な友達……だけど、やっぱりロンとハーマイオニーもここにいてほしい。私と初めてお友達になってくれた人達だもの)

彼等が何の考えもなくシェリーを避けるなど、ありえないことだ。彼等は重要な何かを成し遂げようとしている。

それがロン達にとって必要なことなら、シェリーは我慢できる。

しかし。

 

(少し、淋しいな……)

 

ドビーの手紙を思い出す。

彼は夏休みの間、ロンとハーマイオニーの名義で「あばずれ女」「死んでしまえ」といった暴言を詰め合わせた手紙をシェリーに送り続けていた。

ロン達が書いたのではない、そう分かった今も、心の中では「本当にそんな事を思っているのでは?」とビクビクしてしまう。

 

(私は、本当に、二人の友達だって。胸を張って言えるんだろうか………)

「シェリー?そろそろ始まるみたいだよ」

「!ご、ごめんなさい。ありがとう、ネビル」

「具合悪いなら談話室に戻った方が良いぞ。今回は実戦もやるみたいだからな」

「ううん、大丈夫」

「ハイッ!では私がお手本を見せてあげましょう!助手のフィリウス・フリットウィック先生と、……えーと上の名前なんだっけ…まあいいや、スネイプ先生ですっ!」

「あー、皆さん、どうも」

「グリフィンドールから一点減点」

「なんで?」

 

ロックハートに呼ばれて現れたのは、小柄で髭を生やした生徒想いの教師と、嫌味なネチネチ教師のタッグである。

スネイプはこういう場には決して参加しない男なのだが、今回ロックハートに引き立て役として無理矢理駆り出されており、その不満を隠そうともしない。

そんな蛇寮の寮監を見て苦笑するフリットウィックは、二人のお目付役だ。職員同士で話し合った結果、中立な立場の人間は必要だという結論に至ったらしい。ロックハートはファンの女子贔屓だが、スネイプはスリザリン贔屓だ。その二人が指導するというのは憚られたらしい。

 

ロックハートがふざけた口調で「えー、では!お互い呪文をかけ合う前に、かっこ良くポーズ決めるのが決闘の流儀なんですねぇ!」みたいな話をぐだぐだと続けた後、怒りの限界だったスネイプのエクスペリアームスによって無様に床を回転しながら転がっていくと、男子による喝采とスネイプコールが始まった。スリザリン嫌いのグリフィンドールさえ手を叩いているのだ。彼は英雄である。

スネイプは普段慣れていない扱いに困惑しているのか、仏頂面なのにちょっと得意そうでもあり照れているように見える表情をする、という器用な芸当を行った。

 

「去年も思ったが、あいつの戦闘技術はとんでもねえな。杖を構えて、魔力を練って、呪文を唱える。その一連の動作に寸分たりとも無駄がなく、一切の隙が無え。……性格はアレだが腕は本物だぜ」

「性格に関しては人の事言えないと思うよ、ベガ」

「はったおすぞ」

 

ズタボロになったロックハートが蹌踉めきながらも壇上に立つと、「ちょおっと今のは次の手がバレバレというか動きが分かり易すぎましたねぇァハン☆」などと言い訳してスネイプに睨まれると、ちょっと脅えて「では今のような感じで生徒を代表して誰かにやってもらいましょう!」とのたまっていた。

ロックハートとお近づきになれるチャンスに女子生徒達は色めき立つ。想像通りの光景を眺めていると……ふと、シェリーは視界の端っこに自分の親友の姿を捉えた。

ーーロン、ハーマイオニー!やっぱり決闘クラブに来てたんだ……!

 

「二人とも、こっちにーー」

「さあシェリー!こっちに来なさい!特別にこの私が教えてあげましょうとも!」

「えっ」

最悪のタイミングでロックハートに首根っこを掴まれて壇上に上げられた。しまった。ここからでは二人の姿を見つける事が出来ない。またも声をかけそびれたシェリーは、戦う前からテンションがた落ちである。

 

「ふ、二人とも……」

「さあさ、シェリー!恥ずかしがる事はない!このハンサムな私が、手取り足取り何でもかんでも教えてあげましょうとも!」

「あー……えっと………はぃ」

「それでは、相手の生徒は…」

「我輩が選ぶ。貴君の手を煩わせるまでもない。静かにしていてもらえますかな」

 

言外にお前は黙ってろとロックハートに釘を刺すと、スネイプは考える。

シェリーの相手。

またとない機会に他の寮生は浮き足立つが、相手は慎重に選ばねばならない。それだけシェリーは優秀な魔女なのである。

その上、クィディッチや去年のハロウィーン、賢者の石騒動などで散々見せてもらったように、彼女はとても勝負強い。自信がないのに本番になると最高のパフォーマンスを発揮する。

それ故に、彼女の相手も相応の実力を伴う生徒でなければならないのだが…。

 

「…………!……!!」

(すっごいこっち見てくる生徒がいるなぁ)

コルダ・マルフォイ。

ドラコの妹でありながら、兄とは良い意味で似ても似つかぬ容姿と才能の持ち主。未だ一年生でありながら、氷魔法に限っては既にその域を越えているとされる。重度のブラコンでなければ引く手数数多の才女だ。しかし懸念すべきは、その氷魔法のリスクが高すぎるという事だ。

 

「コルダ、お前の氷魔法はまだ制御が上手くいってないだろう」

「そ、そんな事ありません!」

「この間、クィディッチ・ピッチを滅茶苦茶にしたのは誰だ?」

「そ、それは……ごめんなさい……」

「わかればよろしい。さて… 」

ドラコに慰められているコルダを見やり、スネイプは思考を続ける。

 

(ポッターを打ち負かす役目、か。本来ならドラコに任せたいところだが、……あっさりやられそうな予感がする)

「フォーイ?」

(決して劣等生という訳ではないのだが、何故だ。滅茶苦茶負けそうだ。何故だ…。仕方ない、スリザリンの上級生を出すとして……)

「俺がやるぜ」

「あ、ベガ!」

(……面倒臭い奴が来たなぁ)

 

勝手に壇上に上がってきたのは、ベガ・レストレンジ。

同年代の魔法使いの中では文句無しの最強。頭脳、体力、魔力、そして戦闘センスの全てが突出した天才だ。

彼ならばコルダと違って魔法の制御も効くだろうが、個人的に嫌いなグリフィンドール同士の闘いになるのは気に食わない。勝っても負けても結局勝つのはグリフィンドールなのだ。

しかし実質の二年生最強決定戦にギャラリーは勝手に盛り上がっていた。自分が選ぶと言ったのに。

(……仕方ない)

 

「ポッター。よく聞きたまえ」

「な、なんですか?スネイプ先生」

「貴様ではレストレンジに勝てん。無論、貴様が無様な姿を衆目に晒そうが我輩には関係のない事だが、それではスリザリンの教育のためにならん。というわけで仕方なく、本当に仕方なくお前にアドバイスをしてやる。勘違いするなよ、貴様のためではないからな」

(………あ、そういえばダドリーが言ってたような気がする。こういうのをツンデレって言うんだっけ?)

「失礼な事を考えていそうだな一点減点。……で、ポッター。お前があいつに勝つには、何よりスピードが重要だ」

 

スピード。

魔法使いにとってそれは、肉体的な反応速度や速力ではなく、魔法を放つ早さの事。

それは魔法使い同士の闘いに於いて非常に重要な要素なのだ。なにせ魔法を極めれば極めるほどに攻撃力は増し、相手を倒すのは容易になる訳だが、バトル漫画のように肉体の防御力は上昇するわけではないからだ。一撃で相手を倒せるのなら、呪文を素早く撃てる方が有利になるのだ。

魔法の達人が、子供の一撃に倒れる事もある。それが魔法使い同士の闘いなのだ。

 

「レストレンジの『見切って反撃する』戦闘スタイルはある意味魔法使いの理想の戦い方の一つだ………が、貴様が『見切れないほどのスピード』で攻撃できるなら、あるいは……」

「……………!」

「麻痺呪文と武装解除呪文は使えるな?」

「は、はい」

「よろしい。ではもう一つ教えてやる。その呪文は……、………………、……」

「二人っきりで何を話しているんですかぁァハン?セクハラですよっ!」

「お前が言うな」

 

ロックハートが指導と称してシェリーの肩やら腰やらを触ろうとするのをスネイプが阻止して、ベガとシェリーは相対する。

赤髪の美少女、獅子寮のお姫様。

銀髪の美少年、獅子寮の悪魔。

グリフィンドールの若獅子達は、互いに杖を構えた。

 

「そういやサシでやるのは初めてだったな?え?シェリーさんよぉ」

「ベ、ベガ。どうかお願いだから、お手柔らかにお願いします…」

「この際だからはっきりさせとこうじゃねえか。二年生最強は誰かをな」

「そ、そんな。最強だなんて。私なんか、ベガに比べれば、全然大した事無いし……」

「嫌味に聞こえんぞ、それ」

 

この勝負はベガが有利だ。

シェリーはあらゆる面で彼に負けている。

それに呪文の知識はベガに分がある。すなわち彼女の使える呪文の数は比較的少なく、戦闘の選択肢はベガに比べて限られたものになるからだ。

 

(だが、こいつは一点集中型……幅こそ狭いが、その分突き抜けているんだ。呪文の完成度に関しては誰よりも高い……手札こそ少ねえがどれも強力なカードばかりだ)

 

思えば、シェリーは自分が興味のある呪文学や闇の魔術に対する防衛術の成績はかなり高いのに、薬草学などは下から数えた方が早い成績。

ムラがあるのだ、シェリーには。

得意なものはとことん得意で、苦手なものはとことん苦手。しかしそれは戦闘において、ある種の武器になる。

(見せてもらおうじゃねえか、その実力)

 

「ではお互いに杖を構えて!はい、チャーミングなスマイルの僕に免じてお辞儀!」

「ーーー」

「ーーー」

「始めーーー」

 

ロックハートが言い終わらぬ内に、赤髪の姫は呪文を放っていた。赤く光る魔力の塊は、弾丸となってベガめがけて飛んでいく。

衝撃呪文、フリペンド。

未熟な魔法使いが使えば物を弾き飛ばすくらいの威力しか出ないが、シェリーの杖から放たれたソレは、高速の衝撃の塊。当たれば医務室行きは確定だ。

(ベガが唱えるよりも先にーー!)

しかしベガは躱してみせる。

躱して、既に魔力を練り終わっている。

 

「ラカーナム・インフラマーレイ!」

数十個ほどのリンドウ色の火炎球が空中に浮かぶ。幻想的な光景だが、しかし今はそのどれもが恐ろしい。

凶悪な火炎はシェリー目がけて飛来する。盾の呪文では防ぎきれないと悟ったシェリーは、すぐ下の床を『浮上』させて防御する事に成功した。

頭上でいくつもの火炎が花火のように爆発して弾ける。しかしそれに安堵はせず、シェリーは浮かべた床の残骸を自らを守る盾にする。そしてその陰からカウボーイさながらに魔法の弾丸を何発も放つ。

しかしその弾丸を全て杖の一振りで弾き、逸らし、叩き落としているベガはコミックに登場する剣士のようだ。

観客のボルテージは最高潮。シェリーはひたすらに魔力の弾丸を撃ち込んだ。

 

「あの戦い方は……!」

「おい、フリットウィック先生が何か言ってるぞ!」

「知ってるんですか先生!?」

「『早撃ち』!呪文の掛け合いが主な魔法使い同士の闘いにおいて、ある意味最も効果的な戦法!攻撃に特化するあまり自身もやられてしまう可能性が高くなる、まさにノーガードの殴り合いなのですっ!」

「ああっ、先生の昔の血が騒いでる!」

 

昔、決闘チャンピオンだった彼の解説によると、シェリーの早撃ち呪文には秘密があるのだという。

それが、魔法を意図的に崩すということ。つまりはパワーや精度を犠牲にしてスピードに特化させているのだ。確かに回避型のベガに一回でも攻撃を当てるには、彼を上回るスピードで魔法を放つ必要があるのは確かだが…。

 

「だが……未熟だ!どれだけ魔法が早くとも、見切って反撃できるレストレンジさんが相手では……!」

「せっかくの早撃ちも無駄撃ちでしかねえって訳だ。スピードは大したもんだが、魔法を相殺するのは何てこたあねえ」

その証拠に、彼は襲いかかってくる魔法を全ていなしている。使う魔力は多すぎず少なすぎず、絶妙な魔力コントロールで無駄なく撃ち落とす。彼の異常な動体視力も脅威だが、それ以上に彼の神がかった戦闘センスは凄まじい。

力ではなく、技。

二年生の少年の、大人顔負けの天才的技術にギャラリーは沸いた。こんな芸当、誰にでも出来るものではない。

これが、グリフィンドールの悪魔か。

これが、ベガ・レストレンジか!

 

「お前の攻撃はただ撃つだけか?確かにスピードは中々の物だが……そろそろ目が慣れてきたぞ」

「っ。フリペンド!撃て!フリペンド!フリペンド!」

「……おい、そんなもんかよ」

シェリーの弾丸は大したものだ。しかし一度効かないと分かった攻撃を何度も繰り返すのは愚策と言わざるを得ない。

痺れを切らしたベガは、ピリオドを指すために杖に魔力を込めた。これで決着をつけるために。

 

「終わりだ!エクスーー」

「ーーー今だ、ポッター」

「フリペンド!!!」

 

ベガの顔が一瞬、驚きに変わる。

それもそのはず。先程までのフリペンドとは比べ物にならない早さの弾丸が、目の前に迫っていた。

ーー今までの弾丸の嵐は、全てこの時のためのフェイクだ。

ベガに、『シェリーの魔法の早さはここまでだ』と誤認させるための。先程ベガは、シェリーの攻撃に目が慣れたと言った。しかしそれは彼女の思惑通りで、目が慣れたところに突然それ以上の早さの攻撃が来れば、いくら彼でもひとたまりもない。

加えて、攻撃する時のほんの少しの隙を突いたのだ。確実に当たってーーー

 

赤い光が弾けた。

威力を最大まで殺し、早さを最大まで高めた神速の一撃。彼女が持ちうるカードをフルに使い、現段階のシェリーの最強の魔法を全力で叩き込んだ。

彼女は必死に喰らい付いた。

彼女の剥いた牙は確かに鋭かった。

しかし。

その牙は、ベガには届いていなかった!

 

「『盾の呪文』!レストレンジさんは攻撃呪文を放ったんじゃない!守りのために使ったのです!あと一撃で勝てるかもしれない、それなのに彼は守りの魔法を……」

「……確かにこの場面においては効果的だが、一応他の生徒のお手本なのを忘れているのではないでしょうな」

 

仮に、ベガが万全の状態であっても、シェリーの最速の攻撃を躱せるかどうかは難しかっただろう。見切れたとして、そもそも肉体が追いつかない可能性が高い。

しかし相手の一手先を読んだベガはその攻撃を難なく防いだ、という訳である。

 

「す、すごい……でもまだ、負けた訳じゃーーー!」

「足元、よく見てみろ」

「え?きゃあっ!」

 

シェリーの手首と足元を拘束したのは、いつの間にか地面を這っていた蛇の群れだ。ベガのコントロール下にある蛇は決して噛み付くこと無く、その身体を紐のようにして絡みつき、そして腕を締め上げる。

シェリーが杖をおとす。ーー勝負あった。

からん、と乾いた音が響くと同時に歓声が上がる。

 

「い、いつの間に…?」

「お前の呪文を弾いてる最中に、だ。弾いた魔法の弾丸の中に紛れ込ませた。この距離で、しかも瓦礫に隠れながらじゃあ、俺がこっそり使った魔法の光なんざ見えねえだろ?」

「な、なるほど。……この距離まで蛇行して気付かないなんて、私ってそんなに鈍感だったんだ……」

「気にすんな。蛇には床と同じ色になるように魔法をかけてたし(色を変えるのは変身術の基礎)、ゆっくり静かに動くから分かり辛いのも無理はねえよ」

 

つまりは、だ。

結局は全て、最初から最後まで。ベガ・レストレンジの手の内だったということだ。

自分なんか勝てるわけない、そう思ってはいたが、心のどこかで少し期待していたのかもしれない。シェリーは今回の結果をほんのちょっぴり残念に思った。

ともあれ、絡みついている蛇をなんとかしなくては。

 

「悪い、すぐに消滅させてーー」

『こんにちは、蛇さん』

「…………!?」

『ん……あぁ、君は喋れるのか。すまないな、こんな風にしてしまって』

『大丈夫。拘束を解いてくれる?』

『分かった。私を怖がらない人間は久方ぶりだよ、お嬢さん』

 

巻きついた蛇が離れていく。服の上から感じていた感触が取り払われていく感覚。

しかし同時に感じたのは、全身に突き刺さる敵意と畏怖の視線。何事かと思い見渡すと、スリザリンはおろかグリフィンドールの生徒までもが呆然とした顔でシェリーを見ているではないか。

腫れ物のような、病人のような。

しかし、敵意はまだ分かるとして、何故自分は恐怖されているのか。その問いに答えるように、ベガとネビルはシェリーを連れて談話室へと逃げるように去っていった。

 

「シェリー!君、蛇語使い(パーセルマウス)だったんだね。どうして言ってくれなかったんだい?」

「ど、どういうことなの?だ、だって、魔法界では蛇さんとお喋りするのくらい普通なんでしょう?」

「ネビル、こいつはマグル育ちだ。自分が何をしたかを分かってねえ。……お前はいつから蛇と喋ってた?」

「い、いつからなんて覚えてないけど、子供の時からお話してたよ」

 

ベガとネビルは顔を見合わせると、お互いに顎を手に乗せて考え込んだ。

焦燥は幾分か和らいだようだった。だが、それでも尚、深刻な表情で言葉を紡ぐ。

 

「シェリー、君の蛇と話せる能力。それは蛇語(パーセルタング)といって、その能力を持つ人を蛇語使い(パーセルマウス)と呼ぶんだ。誰でも喋れるわけじゃない生まれつきの力で、魔法界でもとっても珍しい、希少な能力なんだよ。……蛇語には、色々と嫌な話があってね」

「蛇語使いは、その多くが闇の魔法使いだったり、悪神宗教の信仰の対象だったり、異端視されて迫害されたり。昔から不吉の象徴として扱われてきてんだ。蛇は聖書で悪魔の化身と言われていて、なら蛇語使いは悪魔の手先だ!って地域もある」

「……悪魔の、手先?」

「ああ。インドのナーガ、ニホンのヤマタノオロチ。これらの神話上の生物が信じられていた地域での蛇語使いは、良くも悪くも特別扱いされたそうだ。……今回のお前みてえにな」

 

そしてどの世界にも共通するのは、蛇語は闇の魔法使いの象徴と言われているという点である。

古代ギリシャの闇の魔法使い、腐ったハーポは数多の生物実験を繰り返し凶悪な生物を生み出したし、古代エジプトの歴代ファラオは全員が蛇語使いであると同時に、その全員が闇に傾倒していたという。

 

「で、でも。それだけで、あそこまで皆んな怖がるものなの?不吉なのは分かったけれど……」

「……イギリスで有名な蛇語使いは、二人いる。一人はヴォルデモート卿」

シェリーは一年前の騒動を思い出した。彼の凶悪な顔は、蛇そっくりだった。

「そしてもう一人は」

彼にしては珍しく、言い淀んだ。

 

「……通称『蛇舌』ーーー、サラザール・スリザリンだ」

 

スリザリン。

ホグワーツ生ならば、誰もが耳にする名前だ。蛇寮を、いやホグワーツを創った彼は未来の若者の教育のために尽力したと言われている。

しかし同時に、彼は生粋の純血主義者でもあった。ハーマイオニーが穢れた血と言われた時から、その手の本を図書館で読んでいたのだが、そういった差別文化の元凶は全てサラザール・スリザリンに帰結した。

その行きすぎたマグル差別は、やがて同志だった筈のゴドリック・グリフィンドールやロウェナ・レイブンクロー、ヘルガ・ハッフルパフの三人との対立を生んでしまい、学び舎から去るに至ったと言われているほどだ。

 

しかしーーよりにもよって、彼が蛇語使いだったとは。

シェリーが蛇と話せる事が、考え得る限り最悪のタイミングでバレてしまった。秘密の部屋を創ったのは彼だ。となれば、彼と同じく蛇語を使えるシェリーがスリザリンの継承者と疑われるのは当然。

ギャラリーは、彼女を継承者だと思い込んでしまったのだ。

 

「くそッ、何で蛇なんか出したんだ俺は…せめて哺乳類を出しておけば……」

(そういう問題じゃないんじゃ……)

「シェリー!ここにいるの!?」

「大丈夫かい!?どこか怪我したりしてないか!?」

「あ……、ロン、ハーマイオニー……!」

ぱたぱたと音を立てて談話室へと入ってきたのは、彼女の親友達だ。

こうして面と向かって話すのは随分と久しぶりだ。嬉しいやら気まずいやら、いや、やっぱりシェリーは嬉しかった。

 

「まさか君が、蛇語使いだったとはね…」

「…お前達、何か隠し事してるんじゃねえか?シェリーが入院した日以降……いや、コリンが石化した日以降、お前達二人で、シェリーにも内緒でコソコソやってるみてえじゃねえか。何か考えがあっての事なんだろうが、事態は一刻を争う。何か企んでいるんならサッサと教えやがれ」

「…………」

「シェリーの事が大切ってんなら、除け者にせずにちゃんと説明すべきだ」

 

無論、二人が教えずとも、彼等が何をしているかくらいベガは自ずと答えに辿り着くだろう。しかし、それでは二人への信頼が無くなるということ。意味がないのだ。

観念したのか、ロン達は顔を見合わせると口を開いた。

 

「……もしかしたら、継承者の正体が分かるかもしれないんだ」

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

ポリジュース薬。

クサカゲロウ、ヒル、満月草、ニワナヤギ、二角獣の角の粉末、毒ツルヘビの皮の千切り、そして対象の遺伝子情報。

これらを絶妙なバランスで配合させる事により生み出される魔法薬を使えば、薬の生成に使った人物へと変身する事ができる。

ロン達はこの薬を使ってスリザリン寮に忍び込み、ドラコから継承者の情報を引き出そうとしていたのだ。シェリーに内緒にしていたのは、彼女には余計な負担をかけたくなかったからとのこと。

たしかに彼女が犯人だという人間は一定数いる。その者達からの誹謗中傷を真に受けてしまうのがシェリーだ。ロン達は彼女を守る選択よりも、彼女を救う選択の方を取ったというわけだ。

 

「スリザリンの継承者ってんだから、当然犯人は蛇寮のはずさ。僕達はマルフォイ兄妹のどっちかが犯人……ないしは継承者の情報を持ってるって思って、これを作ってたんだよ。…まあ、作業のほとんどはハーマイオニーがやってたけど」

「作るって…これって、もしかしてすごく貴重な材料なんじゃ……」

「あー、そうなのかい?君達はどこで手に入れたんだい、これ」

「スネイプの部屋からくすねてきたわ。校則をいくつも破る必要があったけれど」

「まさかハーマイオニーが俺達路線に走るとはね。楽しいだろ、校則破り」

「……ええ、そうね。とっても!」

「そりゃ結構。…………だが、よ」

ベガは周りを見渡した。

「何でよりによってここなんだよ……」

 

長い間使われていないのか、そこら中の床や便器が水浸しになっている。二人がポリジュース薬を使っていたのは、大胆にも事件があった廊下にある女子トイレだ。

しかし、汚れや水なら、学校憑きの屋敷しもべが掃除する。しかしそれでもここが水浸しなのは、卑屈やのゴーストが取り憑いているからだ。

 

『何?新しい友達を連れてきたの!?なによあんた達、私をからかいに来たんでしょう!』

「そ、そんなつもりで来たんじゃないよ。ええっと、あなたはマートルだよね?ゴーストの」

『ふん!知ってるんだから!陰で皆んなして私のことを馬鹿にしてることくらいね!卑屈・根暗・腐ったマートルって!』

「まあ落ち着けよ、マートル」

『あらぁ〜、あんた良い男だわね!結構好みのタイプだわ!あんた名前は?』

「ベガだ。ありがとうよ」

「なんだこいつ」

 

どうやらマートルは面食いらしい。ベガの女たらしっぷりはどうやらゴーストにも有効だったようだ。

話が逸れた。

ロン達が計画をここまで明かしたのだ。それを聞いたシェリー達が、何もしないわけがない。

 

「俺達にも協力させろ」

「僕も、これ以上被害が出るのは嫌だし」

「私だって」

「皆んな……」

『ハアイ、ベガ。あんたなら大歓迎よ。いつでも来てネ』

「台無しだよ」

 

さて、ポリジュース薬自体は完成間近なのだという。問題は材料になる遺伝子情報だが、どうやら決闘クラブに来たのは、スリザリン生の遺伝子を手に入れるためだったらしい。ロンがちゃっかり髪の毛を手に入れていた。

そしてフィルチに聞いたところ、マルフォイ兄妹はクリスマス休暇中も家に帰らないらしい。これだけの騒ぎが起こっていて、帰る生徒も大勢いて、しかもあれだけ家族大好きの兄妹なのに、帰らないのだ。

疑念は疑惑を呼ぶ。まさか彼等のどちらかが、あるいは両方が継承者なのか、と。

ベガは「妹のコルダはともかく、あの坊ちゃんにそんな度胸があるかね」とぼやいていたが、スリザリンの寮に入るまたとない機会である。意外とノリノリだった。

 

「ハーマイオニー、最後の作業だが、クサカゲロウを入れるタイミングを前日の夜にしておけば、朝にはちょうど薬が出来上がるんじゃねえか」

「うーん、でも、長い時間かけて攪拌させなきゃいけないから、この作業2と作業3を分ける事で……」

「それなら……」

「でも……」

「わ、私達はお掃除してよっか……」

「…マーリンの髭!」

 

新たな三人の協力者の存在は、確実に計画を後押ししていた。シェリーが継承者だと思われている現在、彼等に近寄ろうとする存在が少ないのも一因だ。

そして、計画実行を予定していたクリスマスの日。プレゼントを確認していると、シルクの絨毯のような感触。シェリーが疑問に思っていると、隣で包み紙を破っていたハーマイオニーが目を剥いた。

 

「これ、透明マントよ!?すっごく高価で価値のあるものなの!初めて見たわ……」

「そうなんだ……何でそんな物が、わたしに……?」

「送り主の名前は書いてないの?」

「うん、メッセージカードが一枚ついてるだけで……『君のお父さんから預かっていたものを、返す時が来たようじゃ』、だってさ」

「それ、使って大丈夫なのかしら……でもホグワーツがこの状況下でプレゼントを監視していないわけがないし……」

「ねえハーマイオニー、見て見て!」

 

栗色の髪の少女が目を向けると、そこには身体を透明にして、頭だけが宙に浮いているというショッキングな光景が。

内向的な性格で誤解されがちだが、彼女は割と好奇心旺盛である。今回も興味が理性を越えた、それだけのこと。

しかし今はタイミングが悪すぎた…。

 

「どうしたのシェリー、頭を抑えて」

「ハーマイオニーにはたかれた……」

「泣かないの。それよりこの透明マント、今回の計画に使えるかもしれないわ」

「どういうこと?」

「いい、今回作っていたポリジュース薬は三つだけ。もともと私とロンの二人分と、予備の一つだけ作っていたの。だけどこのマントを使えば、蛇寮に入れる人が多くなるのよ!」

 

計画実行の日。

ポリジュース薬を飲んだのはシェリーとロン、ハーマイオニー。透明マントに隠れるのはベガとネビルだ。ポリジュース薬を飲んだメンバーに何かあれば、ベガ達が助ける算段。(紅いローブの色は魔法で緑に変えた)

シェリーが化けたのはダフネ・グリーングラス。スリザリン生の中でも、大人びた美少女で評判だ。

ロンはクラッブに、いやゴイルだろうか?とにかくドラコの取り巻きのどっちかに化けた。

 

「わぁ……すごい!全然ちがう!私じゃないみたい!」

「僕もだ……うぇー、あいつの顔って鏡で見ると余計不細工だ」

「二人とも、その喋り方じゃダメだよ。本物になりきらないと」

「あ、そっか。コホン……私に何か用でもあるのかしら?ロングボトム?」

「あっはははは、似てる!ほら、ロン、じゃなかったゴイルも!」

「いやネビル、こいつはクラッブだ」

「……そういえば僕、あいつ達が喋ったところ見たこと無いや」

「あー……えっと、あいつが言いそうな台詞を思い浮かべてみて」

「ウッホウッホ」

「だめだこりゃ。ハーマイオニー、何か案無いか?……ハーマイオニー?」

『だ、だめっ!皆んな、私の事はいいから行って!』

「は?おいおい、あのゴリラ女の顔が悲惨な事くらい分かってた事だろうが」

『いいから、行って!はや、はやくっ!はやく行かにゃきゃ、ああっ!』

「?」

ハーマイオニーが化けたのはミリセント・ブルストロード……の筈なのだが、トイレの個室にこもって出てこない。

気にしてもしょうがない。四人は外へと飛び出した。

 

「お、クラッブ。それにグリーングラスじゃないか」

「うわっ、マママルフォイ!?何でこんなところにいるんだよぉ!」

「何だよ急に余所余所しいな。なあ二人とも、ゴイル見てないか?」

「し、知らない……かなー?そ、そうだ!だっ、談話室に行けば、クラッブもいるかもしれないよ!」

「それもそうか。じゃあ行くぞ」

「え?ど、どこに?」

「談話室に決まってるだろ。君が今言ったんじゃないか」

「あ!あー、あーー!!そ、そそそそそうだねうん、行こうか!」

(大丈夫なのかこの作戦)

 

助かった。

友好的なドラコというのはかなり違和感があるが、彼について行き楽々と談話室に到着できた。マルフォイ家様々である。

なるほど、地下の談話室というのも存外悪くない。陰があるが、静かで上品な雰囲気が漂う、気品のある部屋だ。

ドラコは緑色のソファにどっかりと座り込むと、お菓子の包みを開いた。

 

「まったく、ポッターのやつ。グリフィンドールのお姫様だのなんだの言われてるけど、何が、って話だよな。グリーングラスもそう思うだろ?」

「うん、そうだよね……。皆んなに迷惑かけてばっかだし、要領も悪いし、いつもこそこそしてるし……」

「言うね。で、だ。そのポッターだが、今度は継承者扱いされてる。笑っちゃうよな、あいつは獅子寮なのにさ」

「…君なら、継承者が誰かも知っているだろう?」

「?前にも言っただろ、僕は知らないぞ」

「…………えっ」

 

なんともはや。アテが外れた。

いやしかし、彼が犯人ではないとすれば、次に怪しいのは妹のコルダだ。なにせ彼女は一年生とは思えぬ程の氷魔法の使い手。あれだけの才を持っているのだ、彼女が継承者という可能性がまだ…。

 

「コルダ?おいおい、あいつがいつも僕にべったりなの知ってるだろ?それにコルダはフィルチの飼い猫が石化した時に滅茶苦茶怖がってたじゃないか」

「……………そうなの?」

「そうだよ。まあ、マグル生まれだけを襲うと分かってからは幾分か大人しくなったけどね。いやしかし、秘密の部屋騒動でお父様が理事会に引っ張りだこになるとはね。おかげでクリスマスまで休みなし。さっさとこの事件も終わってほしいよ」

「……………」

 

シロだ。決定的なまでに。

結局、情報は得られなかった。継承者探しは振り出しである。

どうしたものかと頭を悩ませていると、こちらに嬉しそうに近付く少女の姿が一つ。噂をすれば、である。ドラコと同じプラチナブロンドの髪を一房だけ三つ編みにした生粋の美少女、コルダだ。

 

「あら、お兄様!それにお友達のクラッブさんも!こんなところで何、を………」

「あ、どうも、コルダ」

「………………………」

 

コルダがソファの前で急停止したかと思うと、彼女のこめかみに青筋が走った。曲がりなりにもお嬢様ゆえに顔には出さないものの、明らかにキレているのが態度で丸わかりである。

彼女はドラコの隣に腰掛けると、満面の笑みを浮かべた。その瞬間背筋が寒くなったのは、冬だからではないだろう。

 

「………わ・た・し・の!お兄様に、何かご用ですか?グリーングラスさん??」

「け、継承者について……」

「へー!ほー!お兄様は以前、継承者は誰かは知らないと仰られてました!それに私も知りませんし!ので、この話はこれ以上は無意味だと思いますが!?」

早口でまくし立てられた。これが恋する乙女の剣幕だとでも言うのか。

だがこれは、体良く逃げだすチャンスだ。

 

「そ、そうみたいだね。じゃあ私達、もう行くね」

「あ、ああ。そうだねシェリ、ごほん。ダフネ」

「?クラッブまでどこいくんだ」

「あー、えっと、ト、トイレに……」

「何言ってるんだ、トイレなら談話室にも備え付けられてあるだろう……んっ?あれ?目が疲れてるのか僕は?おかしいな、二人ともそんなに赤毛だったか……?」

「喰らいやがれ、必殺・ツープラトンブレーンバスターーーッ!!!」

「僕は君が十人束になっても敵わないぐらい価値があるんだあああああ!!!」

「フォオオオオオオオオオイッ!!??」

「お兄様あああああああ!!!??」

 

ドラコの身体が宙を舞い、上下逆の状態で停止したかと思うと、そのまま断崖を落ちるように頭を打ち付けられた。言わずもがな、透明マントに包まっていたベガ達の仕業である。

ベガとネビルにより繰り出される垂直落下の一撃は、別名脳天砕きと言われ、かつてプロレス界を一世風靡した四大必殺技の一つである。今回はソファに頭を打ち付けた程度なので大したダメージではないが、これにより死亡した例も数多くある高難度な技なので素人は真似してはならない。

 

「な、え、でも、あれ!?なんで!?何で急に、ええっ!?」

「フォ、フォーイ……」

「今のうちだ、逃げるぞ!」

「あ、う、うん」

 

大混乱のスリザリン寮を抜け出し、大慌てでマートルのトイレへと退避する。しかし、マグル式・ウィンガーディアム・レヴィオーサを喰らったドラコは大丈夫なのだろうか。というか今年は彼はダメージ負いすぎである。

しかし彼等が継承者ではないとするなら、一体誰が継承者だというのだろう。過激なまでにマグル生まれの弾圧を望み、そして純血至上主義とする魔法使いなど、それこそスリザリン生しかいないだろう。

手詰まり、である。

 

「あ、諦めるのはまだはにゃ、早いわ!継承者の犯行の方法がわかれば、きっとはんにゃん、犯人も分かるはずにゃわ、だわっ!ああっ、もう!にゃあに、これ!」

「………ハーマイオニーが、猫に」

「頭に猫耳がついて、尻尾も。手には肉球までついて……」

「「「……………」」」

「ちょ、ちょっと!あにゃた達、にゃにを見てるの!?わけがわからにゃい、わ!」

 

ダドリーが昔よく言っていた。

猫耳とはポピュラーな萌え要素の一つで、人間がこれを手に入れる事により猫属性が付与され、猫の可愛らしさを手に入れられるとか何とか。尻尾や肉球があるとなお良しである、と。

その意味が今分かった気がする。栗色の髪の上からぴょこんと自己主張する猫耳は、ハーマイオニーに凶器を与えた。

ロンは悩殺。ネビルは顔を赤くして、ベガは値踏みするようにその姿を見る。ちなみにシェリーは「わぁ、可愛い!」と呑気なもんである。しかし無理もない。作り物の耳ではなく、マジモンなのだ。

ベガが男二人の視界を塞いで、シェリーがハーマイオニーを医務室へと連れて行ったことで事態は収束した。

 

「動物の毛は使っちゃいけなかったんだ。人間に変身するのとは違って、一時間経っても変身は解けない」

「…………」

「ブルストロードの奴、どうやら猫を飼ってたみてえだな。それで猫の毛が混ざってああなっちまったんだ」

「…………」

「おい、聞いてんのかロン」

「あッ………!?き、聞いてる聞いてる!や!全然!全然何とも思ってないし!マーリンの髭だよあんなもん!」

「顔真っ赤だぞ、ククク」

「あー!ぼっ、僕には何を言ってるのか分からないなー!」

 

盛大にロンが顔を紅潮させた後、さて実際問題次はどうしたものかと頭を捻る。そうこうしている間にも次の被害者が出るかもしれないのだ。

「ねえ」

ポリジュース薬が空振りに終わった今、彼等には考える事しかできない。

「ちょっと」

何か、打開策は……。

「ねえってば!」

「うわびっくりした!何だマートルか、どうしたんだよ急に」

「さっきからずっと話しかけてたわよ!ちょっと聞いてよ、もう。こっちは大変だったんだから」

「そうかい奇遇だな、俺達もだ」

「ぐすっ、それでね。私が個室でボーッとしてたら本を投げ込まれたのよ。酷いわ!私はずっとこのトイレの中で、誰にも迷惑をかけずに暮らしてるのに!!」

「君が暮らしてるおかげで、女子トイレが一つ使えなくなってるんだけどね」

「意地悪!ほら、見て。あそこの隅っこの黒い革の日記帳、よ。あれを私の頭にぶつけてきたの、ぐすっ。どーせ触れないし持ってっていいわよ」

「そうかい、ありがとよ。お前に本を投げた奴は俺が懲らしめてやるよ」

「うわあああああん、ベガああああ!!」

「……この扱いの差」

 

その日記帳は、水浸しのトイレの中でも不思議と紙が湿気っていなかった。水除けの魔法でもかけられているのだろうか?見たところ、マグル製品のようだが…。

何枚か捲ってみても、白紙ばかり。最初のページに『T・M・リドル』と書かれている以外には、何も。不気味なまでに。

 

「三日坊主どころか、日記をつける気すら無かったみたいだね。気持ちは分かるよ、僕もクリスマスにこういうのを貰うんだけどいっつもクローゼットの奥の方に押し込んじゃうんだ」

「俺も、夜は色々忙しいからな……ま、俺もいらねえや。ロン、やるよ。今日から日記書け」

「えーっ、僕がかい?まあ良いけどさ」

 

ブツブツ言って日記を受け取ると、ロンは鞄の中に突っ込む。その様子を見たベガは、ハーマイオニーの様子も心配だし、医務室に行こう……そう思った瞬間。ドロドロとした漆黒の悪意が、どこからか滲み出ているのを感じた。底がなく、それでいて身も凍えるような冷酷な気配。

嫌な予感がして周りを見渡しても、特におかしな所はない。いるのは、急にキョロキョロし始めた銀髪の美少年を怪訝な目で見るロン達だけだ。

 

「どうしたの?ベガ」

「……気のせいか。何でもねえ」

 

それが決して気のせいではないという事を知るのは、もう少し先の話……。




透明マント解禁。
今年はこれがないと詰みます。

スネイプ先生の熱血指導により、シェリーが早撃ちスタイルを獲得。今のうちに自分の戦い方を知っておかないとこの子死にます。

ふと気になったんですが、魔法使いの子って宗教観どうなってるんでしょうか。全員無神論者なのか、マグルと同じ感じに分かれてるのか。もしくは魔法使い専用の宗教がある、とか?
でもまあ魔法で何でもできるんだったら宗教とかハマらなさそうですけどね。俺が神だ!


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5.日記

シェリーは涙を堪えながら図書館を足早に去って行った。

涙の理由は些細なことだ。アーニー・マクミラン、ジャスティン・フィンチ=フレッチリー、ハンナ・アボットといった、ハッフルパフでの仲が良かった生徒の噂話を聞いてしまったのだ。

 

「ジャスティン、君、あいつから身を隠した方が良いよ。見たろ、あの女が蛇語を使ったところをさ」

「やはり、継承者の正体は彼女なんでしょうか。本で読みましたよ、イギリス魔法界で蛇語使いといえば例のあの人とサラザール・スリザリンだって。彼女がスリザリンの末裔という可能性も十分あり得ます」

「そう?私はそうは思わないな。だってポッターって素敵だし、意外と内気だし。それに………」

「それに、例のあの人を倒した、そう言いたいんだろ?けど、なんで例のあの人は態々赤ん坊を殺そうとしたんだと思う?これは僕の仮説だけどね、あの人はきっとポッターが将来自分以上の闇の魔法使いになる奴だって分かってたんだよ」

 

闇の魔法使い。

そのように噂されているという事実に、彼女は少なからずショックを受け、その場を立ち去った。石化現象の原因を図書館で調べていたのだが、こうもヒソヒソと噂されていては調べ物もできない。

談話室に戻るまでの廊下でも、そういった心無い中傷が嫌でも耳に入ってしまう。やれ、スリザリンの末裔だの、生まれついての闇の魔法使いだの。決闘クラブ以降、物をぶつけられたり魔法をかけられたりする事はあったが、一番心が軋むのは闇の魔法使い扱いされる事だ。

しかし、自分に闇の素質が無いとは断言できない。なにせ一年前、組分け帽子に「スリザリンに入る素質がある」と言われているのだから。

 

(帽子さんに、私はスリザリンに入る素質があるって言われた。あの時私は無理言ってグリフィンドールに入れてもらったけれど、でも、本当は……私は………)

「おい、シェリー。どうした」

「ッ、ベガ」

 

涙を拭った先には、銀髪の美少年。

自分のせいで余計な心配をかけたくなかったので彼の追求から逃げようとしたが、そういえば最近ロン達も心配をかけまいとしてちょっと話が拗れたのであった。

ベガはシェリーを空き教室まで連れてきた。まだ雪が残り、教室全体が冷んやりとしている。その中でベガの手だけは暖かかった。

 

「話してみろ。ここなら誰も来ねえ」

「……べ、別に。ベガが気にする程の事じゃないよ。心配かけたくないし」

「あっそ。じゃあお前は酷い顔のまま談話室に入って周りに余計に心配かけさせる訳だな」

「…………ぁぅ」

「話してみれば、楽になる事もあるぜ」

 

気付けば、軽い口はポロポロと不安を吐き出していた。

帽子曰く、自分はスリザリンになるかもしれなかったし、そこでの栄光は約束されていたとのこと。本当はグリフィンドールに入る資格など無い、ということ。

普段悪く言われがちだが、蛇寮は仲間意識が強い寮だ。そこに入ったとしても、きっとホグワーツの生活は楽しいものになったであろう。

だが、もしも自分が緑のローブを着ていたとしたら、ロンやハーマイオニーは友達になってくれなかったのではないか?寮なんてどこだっていい。だが、彼等が自分のことを友達と呼んでくれないのが一番辛い。

 

「だが、組分け帽子はお前を獅子寮に選んだ。そうだろうが」

「そ、そうだけど。でも、それは私が帽子さんに無理なお願いをしたからで……」

「そうだな。お前にしては珍しく自分の意見を押し通して、そして掛け替えのない友達を手に入れたってわけだな。……別に良いじゃねえか、今お前はグリフィンドール生で二人の親友がいる、それだけでよ。もう少しあいつ達を信じてみろ」

「……………」

「因みに俺もスリザリンを勧められた」

「えっ。ベガも、スリザリンに……?」

「だが断った。問題はどこにいるかじゃなくて、何をするかじゃねえの」

 

それは、自分にはない考え方だ。

彼の言うことにも一理ある……かもしれない。しかし言い分がどうであれ、シェリーの心は幾分か軽くなった。

ベガは気恥ずかしくなったのか、足早にその場を立ち去る。その様子を優しい目で見送ると、シェリーは寝室に戻り、借りた本を開いた。

今考えるべきは、継承者の謎についてだ。

といってもベガやハーマイオニーが散々調べ尽くしたので目新しい情報は無かったが、情報を整理することは大事なことだ。何かが見えてくるかもしれない。

まず、去年のハーマイオニーが使ったような石化呪文。あれは時間が経てばすぐ解けてしまうし、今回のように死の一歩手前のような石化ではない。どれだけ強力な魔法使いが使ったとしても、せいぜい数時間石化させるのが関の山だ。

次に、魔法生物を操って石化させたという線。半永久的に石化させることのできる生物は少なく、その数は大分限られてくる。

 

「ええっと……石化能力を持つ魔法生物は、猛毒と高い不死性を持つとされるメデューサや、近付いた鳥獣を見境なく殺すという殺生石を作る妖狐……うーん、生徒どころか大人でも手懐けられるかどうか…ハグリッドなら何とかできそうだけど」

 

調べたところによると、妖狐は人間に化けることもあるらしく、人間と恋に落ちて子供を出産したという例もあるらしい。今でもニホンの魔法界にはそういう人と魔法生物の血が両方流れているケースが多々あるらしい。特に最近はその傾向が著しく、校長がそういった訳ありの生徒にも門戸を開いているのだとか。

ともあれ、有用な情報はメモしておかなければ。近くに羊皮紙が無かったので、シェリーはロンから貰った日記帳を開くと、走り書きで『ヒトを石化させる方法』と記した。側から見ればまんま継承者そのものな行動である。

そして、日記帳に吸い込まれたインクに驚愕する。紙に染み込んだかと思えば、何も書かれていない、まったくの無地の状態になったのだ。試しにインクを一滴垂らしてみると、やはりインクは数瞬すると日記帳に吸い込まれてしまい、白紙に戻る。

双子の悪戯グッズだろうかと疑問に思っていると、白紙のページが黒く滲み、文字が浮かび上がってきたではないか。

 

『あなたは誰ですか?』

 

これはどういうことだろう。この日記帳はよもや、会話ができる魔法グッズということなのだろうか。

シェリーは好奇心に駆られるままに、羽ペンにインクを浸した。

 

『私はシェリー・ポッターです』

『会えて光栄です。私はトム・リドル』

『トム、この日記帳は、どういう仕組みで動いているのですか?』

『私はとある生徒によって作られました。記憶と魔力を日記帳に封印し、ちょいとばかし喋れるだけの機能をつけたのです。ホグワーツにかつて起きた惨劇を忘れないために。かつて起きた脅威を決して風化させないために』

『惨劇?』

『秘密の部屋、そしてスリザリンの継承者が引き起こした事件です』

 

シェリーはぎょっとして表紙の裏を確認した。一九四三年。ちょうど五〇年前だ。

前回の『秘密の部屋』事件も、たしか五〇年前に起きたと記憶している。

……分かるのか?前回の事件の真相が。

いや、いずれにせよ、今回の事件は正直手詰まりになっていたところだ。新しい情報が得られるなら、何でもいい。

 

『お望みとあらば、私はあなたに事件について見せることができる』

『………見せる?』

『ええ。書くのでも読ませるのでもない、見せる、です。私は他人を自分の記憶の中に連れて行くことができる。それが最も適切かつ的確に、美化も劣化もないありのままの真実を伝えられることが出来る』

『……………』

『真実を求めますか?』

『はい』

『ならば誘いましょう。愛しきかつての学び舎へと。哀しきかつての我が家へと』

 

シェリーが何か答える前に、身体が本の中へと吸い込まれてゆく。精神を、引きずって、肉体ごと連れていこうというのだ。

それに抗うよりも早く、日記帳は彼女を飲み込んでいき、そして後には静寂だけが残った。

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

「……こ、ここは?」

今さっきまで談話室にいた筈だが、急に本の中に引っ張られたかと思えばホグワーツの廊下だ。周りの風景がセピア色なのを鑑みるに、過去の……おそらく、五〇年前のホグワーツなのだろう。

そして、突然現れたシェリーに反応することなく立っているこのスリザリンの少年はーー誰だ?

 

「あの、すみません、ここは……」

『…………』

「あ、あの……?」

 

無視されているのかと思ったが、そもそも向こうから認知されていないらしく、少年は廊下の前を行ったり来たりと忙しなく歩き回る。奇しくも、そこは第一の事件が起きた廊下。血文字が壁にデカデカと書かれていた事は、記憶に新しい。

それにしても、なんとまあハンサムな少年だ。街を歩けば男女問わず振り返るであろう整った顔立ち。小綺麗に整えられた黒髪 は艶があり美しく、女より白い肌は艶美な色気を感じさせる。どこへ行っても、その美貌は埋もれる事はないだろう。しかし今に限ってはその顔には陰りが見える。

 

(マートルが見たら喜びそうだなあ……)

『!先生、ダンブルドア先生!』

「えっ、ダンブルドア……?」

 

まさかと思いながらも少年の視線の先に目を向けると、そこには老齢で白い髭の大魔法使いの姿が。しかしよくよく見てみれば、眼鏡のデザインは違うし、髭も髪も今より短く、それに何より若々しい。

というより驚くべきは、五〇年前なのに既に爺さんという事実である。魔法使いはマグルより長命という話は去年本人の口から聞いたが、一体今幾つなのか。

 

『おお、トムや。消灯時間はとうに過ぎておるよ』

『すみません先生。ですが、どうしても聞いておきたい事があって』

『………秘密の部屋について、かね?』

『女子生徒がひとり、死んだと』

『どこでそれを?』

『先生もご存知でしょう、ホグワーツは噂が広まりやすい。人の口に戸は立てられぬということです。……だが……そんな……本当に?』

 

沈黙が全てを物語っていた。

ダンブルドアの顔は、よくよく見れば深い悲しみと疲れが垣間見えるような気がした。常に生命力に溢れた彼らしからぬ、しょぼくれた老人のような顔だ。まさか、こんな顔を浮かべるとは。

トムと呼ばれた少年もまた、ハンサムな顔を土気色にして項垂れた。予想はしていたとはいえ、ダンブルドアの口から改めて聞いてショックだったのだろう。

 

『秘密の部屋の怪物が殺した……という事ですか』

『何とも言えぬ。儂がただ一つ言えるのはーー誠に、残念な事じゃがーーホグワーツで未来ある子供の命が一つ、喪われた。不甲斐ない事じゃが、大人たちはその命を守れなかったのじゃ。その責任は取らねばならぬ』

『……閉校、ですか』

『もはやここに安全はない。生徒達は家に帰らねばならぬ。どれだけ嫌な所だとしても、そちらが安全なのじゃ。トムや、ディペット校長に夏休み中はホグワーツに残れるよう言ったそうじゃが、それを許すわけにはいかぬ。分かっておくれ、トム』

『僕の家はホグワーツだけだ!ここが僕の故郷であり、家なのです!』

『そう言ってくれて嬉しいよ、トム。じゃがそれでも死は平等な恐怖なのじゃ。君達を死なせる訳にはいかん』

 

トムの顔が曇った。

この少年がどんな事情を抱えているかは分からないが、シェリーのように複雑な家庭なのだろうか。ホグワーツはそんな子供達にとって、とても暖かい家なのだ。

 

『………………………僕が、怪物を、犯人を捕まえれば』

『何かね?』

『ーーーー………いいえ。何でもありません、先生。失礼します』

 

一礼して踵を返すと、トムは自分に言い聞かせるようにブツブツと独り言を始める。組み分け前のハーマイオニーといい、頭脳明晰(と思われる)生徒は緊張すると早口になる癖でもあるのだろうか。内容はよく聞こえなかったが、きっとうまくやる、大丈夫だ、といった言葉が断片的に聞こえた。

そして黒髪の少年はスリザリン寮に帰ることなく、まるで身代金を要求する犯人のいる事件現場に突入するかのように慎重に歩を進めた。

とある部屋の扉の前で立ち止まり中を覗くと、そこには毛むくじゃらの大柄……というより巨大な少年が、同じく毛むくじゃらの何かに言い聞かせているようだった。遠近感が狂いそうになる光景である。

トムは好機を得たり、といった風に部屋の中へと侵入した。巨大な少年が目を大きく見開き、青ざめる。

というより、ハグリッドだ。

まさか、五〇年前の事件に、優しき森の番人である彼が関わっていたとは。いや、関わっていたというよりはむしろーー。

 

『動くな、ルビウス。ーーまさかとは思ったけれど、君が犯人だったなんて』

『ト、トム!ちげぇんだ!誤解なんだ、アラゴグはやってねえ!』

『何が違うものか。人が一人死んでいるんだぞ。蛇寮だとか獅子寮だとか、もはやそんないがみ合いの範疇を超えている。君が放したその怪物のおかげで彼女の尊い命は喪われ、ひいてはホグワーツの立場も怪しいものになっているんだぞ!』

 

向けられた杖が降ろされる事は無いと悟ったのか、ハグリッドは情けない声を出しながらも、化物を庇うように立ち塞がる。

 

『分かるだろ、ルビウス。君のそのペットがこれほどまでの問題を起こした以上、責任は取らなきゃいけないんだ。僕もできる事なら、同じ学び舎の生徒を傷つけるような事はしたくない』

『そんな事ねぇ!アラゴグは、俺が言って聞かせてるんだ!勝手に生徒を襲うような事は絶対にしねえ!』

『仮にそいつが生徒を襲ってないとして、今後もそうだという保証はどこにある!』

 

二人の会話はどこまでも平行線だ。

口論の末、先に動いたのはーートムでもハグリッドでもなく、その化物だった。

箱から飛び出したそれは、恐るべき速さで壁を走っていく。毛むくじゃらの胴体から伸びた巨大な脚は、否応にも異形の生物を想起させた。

 

「そこかッ!『アバダーー』」

「やめろおおおおおおおっ!!!」

「ッーーーーールビウス、貴様ッ!」

 

咆哮が上がった。

ハグリッドの突進を躱したトムだったが、その隙を突いて化け物が扉の隙間から脱走する。トムが間髪入れずに魔法弾を放つが、時既に遅し。獲物を取り逃がしたことに苛立たしげに舌打ちすると、なおも暴れるハグリッドに数発魔法を放ち、彼を沈黙させた。

騒ぎを聞いて駆けつけてきた生徒や教師陣が雪崩れ込む。彼等は羨望を、あるいは畏怖を、あるいは尊敬の眼差しでトムに視線を注ぎ、そしてハグリッドには軽蔑と憤怒と驚嘆の視線を放った。

その場で蹲りすすり泣くハグリッドに、トム・リドルはあくまで険しい顔を崩しはしなかったが。仮にも同じホグワーツ生を摘発するのには、彼としても気が引けるものがあったのだろうか。

ーーその顔がどこか、憂いを帯びていたような気がした。

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

日記の記憶はそこで終わっていた。

いつの間にか寝室のベッドに放り出されている。空の色が変わっていないのを見るに、おそらく殆ど時間は経っていないのだろう。しばらくの間動けずにいたが、やがてハッとしたように立ち上がると、医務室へと走った。幸運なことに、お目当ての人物はすぐに見つかった。

 

「ハーマイオニー!……と、ロンも!」

「あら、シェリー。あなたもお見舞いに来てくれたの?聞いて頂戴、ロンったら来年の選択科目についてまだ何も考えてないんですって。呆れちゃうわよね」

「僕は全教科取るとか抜かした君の方こそ何も考えてないんじゃないかって呆れてるところさ、あぁ。……シェリー?」

「ハグリッドが、ハグリッドが前回の継承者だったの!どうしよう、私達、どうしたらいいか……」

「な……ちょっと待ちなよ、シェリー。ハグリッドが、何だって?ちょっと少し落ち着きなって」

 

二人は怪訝な顔をしたが、シェリーの話を聞くと更に怪訝な顔になった。そりゃあそうだろう。ハグリッドが五〇年前にホグワーツのどっかの秘密の部屋を開いて怪物をペットにして、そいつが女子生徒を殺してどっかに逃げて、そして今もホグワーツのどっかをほっつき歩いているという話を誰が信じるというのか。しかも情報源はどっかの日記である。

 

「頭のどっかがどうかしちゃったのかい」

「うん……まあ……正直、私も話しててちょっと信憑性に欠けるかなー…とは、思ったけれど………」

「その日記、マートルのトイレで拾ったって言ったわよね?五〇年前の男子生徒の日記が、どうして女子トイレに?それに、聞けば中々面白い魔道具のようだし」

「……考えれば考えるほど、怪しい」

 

本来ならこの日記はマクゴナガルに渡すのが正しいのだろうが、透明マントの時のような例もある。あのマントのお陰で、継承者の捜査も大分捗ったのだ。……まだ見つけられていないどころか、手がかりすらないのだが。

 

「マントは一応プレゼントとして贈られてきた物だけれど、トイレに流されていた日記は、ロン達がたまたま見つけたのよ?何があるか分かったもんじゃないわ。それに毛むくじゃらで石化させる能力を持った魔法生物なんて、私の知る限りいないわ」

「じゃあ存在しないね。君が知らない事なんてないもんなぁ」

「んー…やっぱり、ハグリッドに直接聞きにいくしかないのかな」

「やあハグリッド、最近毛だらけの怪物を生徒に襲わせなかったかい?ってか。そりゃさぞや良い話の種になるだろうね」

「……次に事件が起きない限り、何も聞かない事にしましょう。ミセス・ノリスとコリン以降、被害者は出てない訳だし」

「この日記、どうしよっか?」

「君が持ってていいんじゃないの?ぱっと見はただの日記帳だし、ね」

 

しかし数ヶ月後、日記は無くなった。

クィディッチの練習が終わり、箒片手に寝室へ入ると、部屋の中が荒らされ放題。ベッドが全てひっくり返され、カーテンはズタズタに裂かれている。ぐちゃぐちゃの教科書類を見て、ハーマイオニーが発狂していた。しかし……悪戯にしては酷すぎる。

パーバティとラベンダーのベッドの下に隠されていた薄い本が何なのか疑問に思いつつも、部屋を探索していくと、奇妙な光景が目に入る。インクが床にぶちまけられていたのだが、ある一部分だけインクが全く付着していなかったのだ。

 

「他の荷物は盗られていないのに、日記帳だけが……?」

「あんな古臭い日記帳を、わざわざ部屋中探して持って行ったってのかい?しかも犯人は同じグリフィンドール生だ」

「グリフィンドールの女子、よ。女子寮には男子は入れないようになってるの」

「なんだいそりゃ、酷い差別だ」

 

正直、部屋中荒らされて内心穏やかではなかったのだが、クィディッチ対抗杯はもう目の前だとウッドが騒ぐのでそれどころではなくなった。

持ち物がなくなるのも、部屋が荒らされているのも、いつもの事だ。そうシェリーは結論付けると、なるべく考えないように心掛けつつ、地面を蹴る。今日は絶好のクィディッチ日和。風の調子も良く、天気も最高と言って差し支えない。

 

「ウオオオオオオオオッッ、今年こそ優勝杯はグリフィンドールの物だああああああああ!!!」

「うわっうるせえ!朝からテンション高すぎるだろ、ウッドのやつ」

「危ない人だわ」

「あ、あははー……危ないといえば、そういえば私のアレは幻聴だったのかな。ほら確か、殺してやるー、って」

「ああ、そういえばそんな事もあったわね…………………っ!!!」

「?ハーマイオニー?」

 

ハーマイオニーはハッとして口元を手で隠した。これは、彼女が何かに気付いた時の表情だ。何に気が付いたというのだろう、日記を盗んだ犯人か、それとも秘密の部屋を開いた継承者の正体か、それともーーー部屋に封印されたという化物の謎か。

 

「わ、私、ちょっと図書室へ行って調べ物してくるわ!すぐに……は戻れないでしょうけど、でも確かめなくっちゃ!」

「しょ、正気かい?もう試合始まっちまうよ。調べ物なんて後ででもできるだろ?」

「本当にごめんなさい!でも、また新しい被害者が出る前に、突き止めないと!」

 

明らかに気が動転している。

落ち着けといっても無駄だろう。だが…こういう時の判断において、彼女が間違った事など、ない。

ベガも言っていた。親友を信じてみろ、と。今がその時なのか?今この時、彼女を信じてみてもいいのか?

……何を迷う事があろうか。

 

「……ハーマイオニー、行って!スニッチと対抗杯は絶対獲ってくるから、あなたは化物の正体を!」

「ええ、わかったわーーシェリーをお願いね、ロン」

「あ、ああ……」

 

シェリーはクィディッチ・ピッチに向かって歩みを進める。彼女に感じていたのは、信頼だ。きっと大丈夫、きっと上手くやってくれる。そんな不確かな信頼。シェリーが抱いた淡い希望は、僅か数時間のうちに無残に砕かれる事になる。

いよいよ試合が始まるーーそんな時に、マクゴナガルが拡声呪文を使ってクィディッチは中止だと宣言。背筋にうすら寒い物が走った。シェリーとロンが医務室に呼ばれ、脳裏に浮かぶ嫌な予感を何度も振り払いながらも、扉を開いた。

 

「ハーマイオニーッ!!!」

「嘘…………」

 

いくら呼びかけても、いくら泣いても、ハーマイオニーは目を覚ましちゃくれない。目は開いているのに、光が灯っていない。

右手を上空に上げてーーというより、右手を前に突き出した状態で石化し、そのまま仰向けに寝かされていた。

なぜ、彼女が。

ロンが血が出るほど唇を噛み締めている横で、シェリーはただただ泣くしかできなかった。スプラウト先生曰く、マンドレイク薬で治るそうだ。それは分かっている。それは分かっているのに、何故涙は溢れてやまないのか。

あの時、ハーマイオニーを一人にしなければ。後悔とは、まさしくこの事を言うのだと知った。

 

「………ッ、ッ!ご、めんなさい……!ごめんなさい……!私があんな事言わなければ……、ああ、ごめん、っく、ごめんなさい、ハーマイオニー……!」

「……………シェリー、もう戻ろう。そろそろ面会時間も終わる」

「……わ、私、ハーマイオニーを一人にしたくない……!この子を、もう、独りぼっちにさせたくないの………!」

「………ッ、しっかりしろ、シェリー!」

 

生ける石像となってしまったハーマイオニーに縋り付くシェリーを、ロンは無理矢理引き離した。

目元は腫れ、涙でぐちゃぐちゃだ。何も死んだわけじゃない、時期が来ればいずれ蘇る……そう言われても、納得できない。できるはずもない。何故こんな目に、マグル生まれだからか?マグルがどうして罪になるというのだ。マグルが過去に何をしたというのだ。何か……許されざる罪を犯したとでもいうのか。

 

「いいや、ハーマイオニーは悪くない。悪いのは全部継承者だ。それを証明するために、僕達はハグリッドのところに行かなくっちゃいけないだろ?」

「どうして…………ぁ」

「日記のことを問い質すんだよ」

 

善は急げという事で、ロンと共にハグリッドの小屋へと向かう。ハグリッドと会うのも久しぶりだ。去年から会っていなかったような気すらしてくる。しかし時間も押してきているので、要点だけ聞かなければ。

結論から言えば即、吐いた。

二つの意味で。

ハーマイオニーが襲われた事でヤケ酒を起こし、森番の仕事もそこそこに昼から泣き腫らしていたのだという。

そしてスリザリンの継承者かどうかについては、明確に否定した。

 

「スリなんとかの継承者っちゅうもんが、俺に務まるわきゃねえ!俺にできるのはせいぜい森番の仕事くらいだ」

「君はそれをサボってる訳だけどね」

「最近はおかしい事ばっかりだ。事件はそうだし、雄鶏は誰かの悪戯で殺されちまうしよぉ。おまけにハーマイオニーまで……クソッ!なんでハーマイオニーがあんな目に遭わなきゃならんのだ!」

「じゃあ、僕達が考えてた、学校のどこかに何十年も閉じ込められてる怪物的な生物を、君が可哀想に思って、ちょっと外に散歩させようとして……っていう仮説は」

「まるっきり外れちょる。つっても、俺も怪物の正体は知らんのだ。杖を折られて退学になってから、新しい被害者も出なかったもんでよお」

「擦りつけられたんだろうね、きっと……怪物について何か心当たりはない?」

「あー、その秘密の部屋の怪物と、俺の育ててたあいつは仲が悪いみたいでよぉ。名前すら教えてくれなんだ」

 

仲が悪い。ということは、どちらかが天敵という事だろうか。それならば、魔法生物の検討もつくというもの。

ハグリッドが育てていたという生物について詳しく聞こうとして……無造作にノックがされた。ハグリッドはシェリー達を手頃な樽の中へ放り込むと、石弓を構え、緊張した面持ちで扉を開ける。

入ってきたのはダンブルドア校長。そしてやや古い背広を着込んだ壮年の男性と、ボディーガードらしき、中性的で温和そうな男が訪問してきた。

 

「ダンブルドア先生様!それに……ファッジ大臣まで!」

「あー、ハグリッドや。こんばんわ、刺激的な登場だね。あー、ちょびーっと、お話させてくれるとありがたいんだが」

 

背広を着た男はなんとロンの父親のボス、この国の事実上のトップ、魔法省大臣のコーネリウス・ファッジなのだという。どこか落ち着かないというか、自信なさげに見えるのは気のせいではないだろう。

 

(おったまげー…預言者新聞で見たよ。あいつの顔に落書きしてたなぁ)

(きゃっ……ロ、ロン、あんまり動かないで、バレちゃう!そ、それに……そこは触っちゃ駄目なところだから……)

(え!?い、今僕はいったいどこを触っているんだ!?)

 

「お、俺をアズカバンに!?」

「コーネリウス、ハグリッドを投獄したところで事態は好転せんよ。それは前にも何度も何度も散々話したはずじゃがのう。ボケが始まったのかの?」

「……それは自分の年齢をネタにしたジョークのつもりか?君よりは若いさ、あぁ。分かってくれ、魔法省にも立場がある。何かやっていますというアピールをせねばならんのだよ」

「だからといって……」

「ハグリッド、よく聞いてくれ。新しい被害者が出たんだ。シェーマス・フィネガン、ジャスティン・フィンチ・フレッチリー、テリー・ブート、マーカス・デルビィ、ペネロピー・クリアウォーター!その全てが石になって固まっていたんだ!」

「う、嘘だろ!?」

 

まさかここ数ヶ月出なかった被害者が、こんなにも多く、そしてこんなにも早く出てしまうとは。見知った名前もあるだけに、ショックと恐怖は尚のこと大きい。

だが……しかし何故、事件が再発してしまったのか。一部の人間からは、脅威は去ったとすら考えられていたのに。

……『何か他のことをやっていて、事件を起こす余裕がなかった』?

 

「ここまで被害者が出た以上、こちらときても手をこまねいている訳にはいかんのだよ。大衆を安心させなければ」

「五〇年前の事件を引っ張り出したんですかい、大臣!」

「ああそうだ。事実はどうあれ、書類上は君が犯人……ということになっている。ならば重要参考人として、君を短い間ではあるが拘束しなければならんのだ」

「そ、そんな。俺はアズカバンなんぞ…」

「認めたまえ、君が置かれた立場を」

 

氷のように冷たく言い放ったのは、嫌味ったらしいブランド品に身を包んだ、プラチナブロンドの中年男性。ドラコやその妹コルダの父親、ルシウス・マルフォイだ。

そしてその側についているのは、やはりボディーガードだろうか、浅黒い肌の気の強そうな女性だ。

 

「マルフォイ……おめぇみてえなのが一体何の用だ!?え!?」

「私とて、来たくて来ているわけではない。仕事上仕方なく、だ……おや、もう着いていたのですな、大臣」

「あぁ、ルシウス。どうしたのだ?」

「緊急の用にて、馳せ参じた次第。そこの校長に伝えなければならん事がある」

「ふーむ、アイスの当たりくじでも当たったかのう」

「黙れ。……こほん、ホグワーツ理事会はさっきばかし貴方に停職命令を決定したところだ」

 

停職。つまりダンブルドアが、校長でいられなくなるという事。それはファッジも聞かされていなかったらしく、口を大きく開けた二人に見せつけるかのように、懐から理事十二人分の署名を書いた紙を取り出した。ルシウスが勝ち誇ったような笑みを浮かべたのは、気のせいではないだろう。

 

「今はこれだけだがーー来年までには、貴方を解任させるという話も出ている。荷物を纏めておくことをお勧めしよう」

「ほほう」

「あー、ルシウス。勘弁してくれ、胃が痛くなるから。これからのホグワーツは誰が守るっていうんだ」

「少なくとも、ダンブルドア、貴方ではないという事ですよ。降りかかる火の粉を払えていないのだから。まあーーこのままではマグル生まれが全滅してしまうかもしれませんなぁ。それがどれだけ、あー、重大な損失か、分からないわけではあるまい」

「貴様ッ!」

 

ダンブルドアどころか、暗にマグル生まれをも馬鹿にしたような口調にハグリッドは激昂した。なんせ、ついさっきまでハーマイオニーの身を案じて酒をあおっていたのだ。そこに燃料を投下すれば、彼の心に火が着くのはたやすい。

大男がルシウスの胸ぐらを掴んだーーそれと同時に、彼の首元へ二つの杖が突きつけられた。ボディーガード達の杖である。

樽の中からはあまりよく見えなかったが、その動作は洗練されており、彼等が戦闘のエキスパートである事が伺える。おそらく彼等は、魔法省における生粋の戦闘員、闇祓いだ。

 

「悪いけどマルフォイ氏から手を離してくれないかな、ハグリッド」

「アタシ達も手荒な真似はしたくないんだよ。せっかく古巣に帰ってきたってのに、友達同士でケンカなんて嫌だよ」

 

動いた拍子に、二人のボディーガードの帽子が取れて、床に転がる。その下の顔を見てハグリッドは驚愕した声を上げた。

まさか知り合いなのか?

 

「お前達……帽子で見えなかったが、もしかして、エミルにチャリタリか!?」

「ん。久しぶりだね」

「……ハハッ。まさか、アンタとこんな形で再会するなんてね」

 

チャリタリと呼ばれた褐色肌の女性は、申し訳無さそうに頭を下げる。闇祓いとしてはまだ若手なのだろうか、二十代前半ほどの、快活でサバサバとした印象だ。女性なのに、言動や立ち振る舞いは男らしい。

反対にエミルと呼ばれた男性の方は、女と見紛うほどの美形っぷりだ。白い英国特有の肌はシミひとつなく、長い髪も相まって、遠目からでは女にしか見えない。

なんとも凸凹したコンビだが、それでも杖はぴったりと首元を狙っていた。いつでも魔法を放てるぞ、と。

 

「何をごちゃごちゃと話している。私と大臣を守るのが君達の役目だろう」

「んー、それなんですけどね、マルフォイさん。ここいらで任務の内容を変える訳にはいきませんか」

「何だと?」

「だって、秘密の部屋の怪物だの、継承者だのを倒せばいいだけの話なんでしょう。学校に任せらんないんなら、僕達闇祓いがやればいいんですよ」

「そーそー。アタシ達は学生時代にお世話になった人に杖を向けるために、闇祓いになったんじゃないよ」

「何を言うか。君達が杖を向けるのは、私達に仇なす人間だ。マッドアイに教わらなかったか?」

「状況に応じて自分の信じる行動を取れ、とも教わったけどね」

 

一触即発。

二人は睨み合い、チャリタリはいつ杖をルシウスに向けるか分からないし、ルシウスもいつでも杖を抜ける体勢だ。

樽の中からではあまり見えないが、少なくともチャリタリとエミルはやり手だ。杖を抜く速度、いつでも逃走できるように窓やドアを背にする立ち振る舞いで分かる。彼等がここで衝突すれば、確実にどちらかは無事では済まないだろう。

その合間に飄々と入ってきたのはそれ以上のやり手、どころか全ての魔法使いの頂点に立つダンブルドアだった。先程まで火花が飛んでいたというのに、よくその中に気軽に飛び込めるものだ。世界最強の力と座が生む豪胆さなのか。

 

「杖を降ろしなさい、チャリタリ。そうカッカすると小皺が増えちまうよ?ほれ、キャンデーをあげよう。ほっほ。ルシウスもいるかね?……要らない?」

「…自分の立場が分かっているのか」

「分かっているとも。理事が儂の退陣を望むならそうしよう。しかしすまんハグリッド、儂にはお前を守る権力が無くなってしもうた」

「そんな、謝らねえでくだせえ!俺にとってはあんたはいつまでも俺を拾ってくれた先生なんだ!」

 

尚も態度を崩さないダンブルドアを見てフンと鼻を鳴らすと、用件は済ませたとばかりにそこから去っていった。ハグリッドはその後ろ姿を睨みつけ、エミルとチャリタリは複雑そうな顔で彼を見送った。

 

「あー、とにかく。君にはアズカバンに来てもらう。少しの辛抱だ、すまんが抵抗はしないでくれ」

「ああ、分かっちょるとも、ファッジ」

「…すみませんが、これも仕事なので」

「………ゴメン」

「気にすんな。久し振りにお前さん達に会えて良かったよ。……あー、と」

 

大男はちらり、というかシェリー達の入った樽の方をガン見すると、

「あー!あー!誰かファングに餌をやってくんねえかなー!あと、俺が飼っちょったもんを知るには蜘蛛を、そう、追えばええんじゃないかなー!」

「どうしたハグリッド。気でも触れたか。精神をしっかり持つんだ」

「ま、負けんなハグリッド!アタシ、絶対面会も行くし、手紙も書くからなっ!絶対吸魂鬼なんかに負けんなよっ!」

「……………?」

「ほっほ。では行こうかのう」

 

先程までの喧騒がどこへやら、小屋の中はしんと静まり返った。

蜘蛛を追え、とは一体どういう事だろう。何らかの比喩かと思ったが、彼に限ってそれはない。何せハグリッドなのだ。

暗号だの何だのは考えずに、言葉通りに捉えていいだろう。

 

「こ、これを追うのか……うわぁ」

「蜘蛛苦手なの?」

「そ、そんな、苦手ってほどじゃあ、ごめんなさい大の苦手です、うわぁ」

 

蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛。

蜘蛛の大群が、森の奥深くへと走っていく。この怪奇現象は何なのか。何が起こっているというのだ?

半泣きのロンの手を取って、シェリーは蜘蛛を追って森の中へと進んでいく。ルーモスで光を灯せば、その蜘蛛の異常なほどの数に驚いた。我先にと、何かから逃げるようにして森の奥へと向かっている。

ごくりと唾を飲み込んだ。

この先に何が出るのか。蜘蛛の列を辿っていった先は、生い茂った木々が作り上げた暗闇の中。禁じられた森に、今ふたたび足を踏み入れた。

 

「行こう、ロン!」

「やだ!」

 




◯新キャラ・闇祓い

エミル(20代後半)
長い髪の中性的な男性。人を食ったような性格。
遠距離からの魔法が得意。

チャリタリ(20代前半)
褐色肌の勝気な女性。男勝りで、サバサバとした性格。
魔道具や罠に関しての知識が深い。

せっかく出しておいてなんですが、この二人の活躍は今年中はありません。


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6.蜘蛛

怯えるロンを宥め賺して、なんとか森の奥深くまで入っていく。

月明かりと杖の灯りがあるとはいえ、木々が乱立し、鬱蒼と生い茂る草を避けて、尚且つ小さな蜘蛛を追いかけるというのは否応にも焦燥を抱かせる。

おまけに、歩みを進めるごとに森は暗さを増していき、足元を蠢く蜘蛛の数は増えていく一方だ。ロンは全身をぶるぶる震わせるのに釣られたのか、シェリーが髪をかきあげると額に脂汗がびっちょり付いているのに気がついた。

その恐怖に輪をかけるように、明らかに巨大すぎる蜘蛛が次々と増えていく。脚が腰の高さまであるような大きさの蜘蛛が、そこら中からちょっかいをかけてくる。鳴り止まぬ鋏の音が不吉だ。ご馳走を目の前にしてナイフとフォークをかちゃかちゃいわせているように聞こえる。

 

(蜘蛛は別に嫌いじゃない……むしろ結構好み……だけど、ここまで大きいと……ちょっと、怖いな……)

 

腕に収まるくらいのテディベアなら可愛いと思えるが、真夜中に二メートルはある熊の着ぐるみに取り囲まれれば、流石に可愛さよりも怖さが勝る。

子供の頃にちらりと見た、可愛い着ぐるみのキャラクターがチェーンソーを振り回すホラー映画を思い出した。あの時はたしかダドリーが恐怖のあまり失神して、バーノンが制作会社に怒鳴り込んだのではなかったか。そんな事を考えていると、ふと後ろからおどろおどろしい声が。

 

「シェリィィィイ………」

「わっ!?……び、びっくりした、ロン。どうしたの?急に」

「あ、あれ………」

 

半泣きのロンが指を差す先には、木で形作られた天然のクレーター。月明かりが差し込んだそこは、絵本に出てきそうな幻想を抱かせる。青く光る露草を、月白のキャンバスに塗りたくったかのような美しさ。辺り一面に張り巡らされた蜘蛛の糸は、月の光を受けて淡く控えめに輝いていた。

禁じられた森にも、このような綺麗な場所があるのか……。思わず口を呆と開けてしまうが、ロンが指差したのはそこではない。

幻想的な風景に浮かぶ異物。毛むくじゃらの粗暴な蜘蛛が、うじゃうじゃと。何十匹もの大群になって待ち構えている。百匹はゆうに超えているだろう。そしてその中心には、一際大きな、ボスと思しき蜘蛛が鎮座していた。シェリー達など一飲みにできそうなほどの大きさの。

その蜘蛛特有のーープレッシャーのようなものに気圧されそうになりながらも、ごくりと唾を飲み込むと、シェリーは第一声を放った。こういうのは第一印象が大事なのである。

 

「あなたが、アラゴグ……?」

「ーーいかにも」

 

聞いておいてなんだが、まさか流暢な英語が返ってくるとは思わなかった。いや、一部の魔法生物は人語を介するというし、この怪物が話せても何の問題もない……のだが、人の言葉を使うのはあくまで人に近しい種族の話であって、人とは大違いの節足動物が使えていいものだろうか。

いやでも、そういえば自分も蛇語使いなので爬虫類と会話できてるし、そういうのは問題じゃないのかもしれない。

寧ろ人と話せる蜘蛛がいるなら、蛇と話せる人間がいてもいいのでは。ーーいや、そのアラゴグは化物扱いされているし、やはり自分は異端の存在なのだ。

さて、目の前の蜘蛛は(一応)話は通じるようだ。上手いこと彼から情報を引き出さなくては。

 

「……わ、私達、ハグリッドの友人で」

「ハグリッドはここに人を寄越した事などただの一度もありはしない。貴様達がハグリッドの友人という証拠がどこにある」

「………私達が彼の名前を知っている、それが証拠にはならないかな」

「名前なんぞ、いくらでも聞き出せる」

「私達じゃ彼をどうこうするなんて絶対無理だよ」

「ぬかせ。酒を飲ませれば一発だ」

「…………それは、まあ、うーん……」

「まあいい。久々の客人だ、歓迎してやろうじゃないか」

 

自分達などいつでも殺せるという自信の表れだろうか。たしかに、下級生ではてんで相手にならないだろう。数が多すぎる。

おまけにこの蜘蛛達には見覚えがある。人を石化させる魔法生物を調べていた時に知った、アクロマンチュラと呼ばれる種族。

見た目は蜘蛛そのものだが、問題はその大きさ。大人になると馬車馬ほどのサイズになり、おまけに人肉を好む。そして危険度でいえば去年のドラゴンと同等だ。

これはまずい、と思うや否や、シェリーはロンに指で合図を送ると、彼は合図を見てぶんぶんと頭を振った。蜘蛛達に気付かれやしないかと心配したが、どうやら震え過ぎて痙攣したと思われたらしい。ロンがビビリでよかった。

 

「ハグリッドが大変なの。牢獄に入れられちゃって」

「牢獄だと!」

「ひぃっ」

「何故……何故、あのように優しい男が。いや、心当たりはある……多すぎる。つい去年も、ドラゴンを飼おうとしていたようだし。奴はいつも生物に危険性を求めてしまう、そう、五十年前もそうだった」

「五十年前……そう、あなたがスリザリンの遺した怪物だと誤解されたことで、彼が投獄されてしまったの」

「馬鹿な。わしはその怪物とやらではないし、ハグリッドも継承者ではない。人間どもめ、また同じ過ちを繰り返すのか!そもそもわしはノルウェー出身だ、わしが妻モクザを娶ったのもこの森に移り住んでからのこと!事件とは何ら関係ない!」

 

興奮したのか、鋏をがちゃがちゃと鳴らすアラゴグ達を見て、ロンはますます縮み上がり、シェリーの身体に情けなくしがみつく。彼と一緒に来たのがシェリーでよかった。他の女子なら幻滅してビンタかましてるだらう。

 

「だ、大丈夫だよ、ロン。すぐ終わるから、ね?……五十年前に女の子が襲われたって聞いたよ。その犯人が誰なのか……怪物の正体は何なのか、分かる?」

「わしらはアレについて話さん、天敵なのだ。断じて、な。恐ろしや……アレが現れた時、物置部屋から出してくれとハグリッドに頼んだのをよく覚えている。女子トイレで人間の女の子を殺したのも、おそらくはそいつが」

「……そっか。ありがとうアラゴグさん、私達もう行くね。ハグリッドの無実を晴らしてみせる」

「うむ、そうか。しかしここで残念なお知らせがある。お前達は今から死ぬのだ。久方ぶりの肉を前にしてみすみす帰すわけにはいかん」

 

何ということだろう。どうやら帰るのは不可能らしい。薄々感じてはいたが。そもそもここまで親切に教えてくれる方が不自然だったのだ。

しかしこちらは帰らなければならない理由が沢山あるのだ。秘密の部屋の怪物、スリザリンの継承者、ミセス・ノリス、コリン、ハーマイオニー、ハグリッド。それにこのまま放っておけばホグワーツはマグル生まれの生徒は全員粛清されてしまう。

その旨を伝えようとしたところで、シェリーは自分の脚が動かない事に気付いた。大勢の蜘蛛に囲まれて、よもや怖がっているのか。

いや、違う。脚に糸が絡まっているのだ。地面に固定されて、ほんの数センチも動かすことができない。ーー動けない。

 

(謀られた………!)

「お前達が呑気に話をしている間、儂らが律儀に待ってやると思ったか。蜘蛛は約一時間で巣を作る。特に儂の子供らはよく 教育されてるので、お互いに協力してより早く、強靭な巣を作れるのだ。お前達の足元に巣を一つ作ることくらいわけない」

「っ………ぐ、動けない……」

「で、お前達が次に考えることくらい予想がつく。足元の糸を切る『切断呪文』を使う。もしくは周りを全て焼き払う『火炎呪文』系統か。儂らめがけて攻撃呪文って手もあるかもなあ」

「…………!」

「しかしその程度、対策なんぞいくらでも取ってある。糸は容易に切断はできん特別製。切れたとしても即座に修復できる。火をつけようものなら、儂らが糸を操作して引火させ、お前達自身が焼かれる。儂らを攻撃しようとしても、せいぜい数匹が限界であろう。それに脚がもがれた程度なら数時間で再生するしのう」

 

シェリー達がやりそうな手段には、全て手を打たれてある。

彼女達が勉強しているように、蜘蛛も学んでいる。人間の生態について、そして人間の狩りの仕方について。

 

「わああーーッ、僕達は美味しくないよォおおーっ!ていうか百体はいるのにどうやって分けるって言うんだよぉーー!?」

「八つ裂き、ならぬ百裂きにする」

「ヒエエエーーーーッ!」

「ッ、お願い!私達を解放して!」

「嫌だの。……ええーと、こういうのをお前達の社会における遊戯でなんといったかの。確か……ああそう、『チェックメイト』とか言うんだったか?」

 

あくまで人間のゲームに例えるという底意地の悪さ。鋏を鳴らして、蜘蛛達は嗤う。

ロンが見せてくれたルールブックのページが、鮮明に頭の中に映し出される。

チェックメイト。

すなわち終焉。

キングが王手詰みの状態になり、もはや駒を動かす事が不可能になった状態。

すなわちこの状況とぴったり合致してーー

 

 

 

 

 

「ーーー違うよ。だって、まだ私達はチェックメイトじゃないから」

「………うん?」

「……この場合は、チェック……じゃなくて、何て言うんだっけ、ロン?」

「ク、『クロスチェック』さ。相手がかけたチェックに対して、かけられた側が味方のキングへのチェックを防ぎながら、同時に敵のキングへチェックをかけることを言うんだ」

 

唐突にチェスについて解説する二人を見てアラゴグは訝しむ。人間のゲームには詳しくないが、今の状況はもう詰みで間違いないだろうに。気でも狂ったか?

 

「チェスなら僕にも自信があってね。去年の一年生対抗チェスは圧勝で、相手に逆転する暇も与えずに勝ち進んでいたんだけど、決勝戦の相手がベガでさあ」

「……………?何を言っている」

「彼との勝負じゃ酷い目に遭わされたよ。エンディングでお互い何度も逆転があってさ、最後もクロスチェックが決め手になってね………」

「何を言っているのだ、と聞いている!」

「気が付かなかったか?その沢山の目は飾りかよ?

 

ーーチェックメイトに嵌ったのは、お前の方だぜ蜘蛛野郎!」

 

瞬間。

赤い光の筋が空間を走ったかと思うと、数十匹もの蜘蛛が何の前触れもなくーー吹っ飛んだ。

アラゴグは驚愕する。それもそうだ。彼は魔法使いの知識は少ない方だが、それでも一瞬のうちに大勢の蜘蛛を弾き飛ばす術など知らない。ましてや二年生の子どもがそんな高等な呪文を唱えられるなど、全く考慮していなかった!

アラゴグが咄嗟に息子達の心配をしたのが仇となり、シェリー達に切断呪文を使う隙を与えてしまった。彼女達は何度も「ディフィンド!」と唱えてようやく糸が切れたのを確認すると、一目散に蜘蛛達から逃げ出した。

 

「ハァ、ハァ……やったぜ、シェリー!本番でも上手くいったよ!根気よくハーマイオニーに教えられたのが活きたぜ!」

「うん!継承者と戦うことになるかもしれない時、捕縛用に練習してたのが、こんな形で役に立つなんて……!ありがとう、ハーマイオニー!」

 

シェリー達が使った呪文、それは『アラーニア・エグズメイ、蜘蛛よ去れ』という、蜘蛛にだけ効く特攻魔法の類。

下級生にも使えるレベルの、高等でも何でもない呪文だ。この呪文が通用するのはせいぜい一〜二匹が限界である。何故この魔法が、何十体もの蜘蛛を同時に吹っ飛ばしたのか。

 

きっかけはハーマイオニーの提案だ。

継承者とやらを追い詰めたとして、去年のクィレルや、ベガのように格上の相手だった場合、二年生のシェリー達が必ず勝てるとは限らない。

いくら勝負事に絶対が無いとはいえ、分が悪過ぎるというものだ。もしも高い魔力でゴリ押しされてしまったら、パワー負けするのは目に見えている。去年はたまたま上手くいっただけで、謎の石化事件を引き起こせる程の人物を独力で捕まえられるほど、自分達は強くない。

故に思いついた、弱いからこその逆転の発想。シェリー達は数ヶ月前にこんな会話をしたーー

 

『私達が呪文の威力を高めたところで、相手がそれ以上のパワーで攻めてきたら絶対に勝てないわ』

『じゃあ……どうするの?』

『逆に魔法のパワーを弱めてみたらどうかなって考えたのよ。相手に見えないくらい細く魔力の糸を伸ばして、魔法を使うとその糸を通って攻撃できる……っていう仕組みなんだけれど。これは魔法というより、技術……魔術の類ね』

『ああ、要するに導火線みたいなもの?』

『ドウカセン………線路?ホグワーツ特急がなんだって?』

『ロンは黙ってなさい』

 

先日の決闘クラブの際にベガが見せた、魔法の撃ち合いの中でこっそり近くの瓦礫を蛇に『変身』させ、シェリーを拘束するという戦法。そこからヒントを得て、ハーマイオニーは相手を不意に攻撃できる手段を模索していたのだ。今回アラゴグ達に仕掛けた糸も同じ原理である。

蜘蛛達が伸ばした糸の中に、細い魔力の糸……導火線を伸ばして、蜘蛛達にひっつける。そして魔法を『着火』すれば、あとは勝手に魔法を喰らうというわけだ。

ハーマイオニーはこの技術を『魔法糸』と呼んでいる。

 

「糸の展開に時間がかかるのが弱点だけど、大勢相手だと効果抜群だね!」

「っても相手はあのアクロマンチュラだし、魔法喰らってもすぐ蘇って追いかけてくるとは思うけど……!」

「っ、そこ!フリペンド!」

 

シェリーが衝撃呪文を放つと、近くの木から何かが落ちる音がする。それが何か考えるまでもない、十中八九蜘蛛だ。既にここまで迫ってきていたというのか。

こちらは子どもの脚、しかしあちらは森の移動に適した多脚。地の利は蜘蛛側にあるのだ。このままでは追い付かれてしまう。

致し方ない。

シェリーは昔、夢中になって呼んだ昆虫図鑑で得た知識をもとに仮説を立てる。(彼女は気持ち悪いものほど可愛くみえるというハグリッド的な考えを持つ)ふつう蜘蛛はほとんど視力がなく、糸に引っかかった感触で敵を捕捉するのだとか。

しかしこのアクロマンチュラ達は、英語も喋るし知能もある。蜘蛛は目が見えないというマグル界の常識を当て嵌めてはいけないのかもしれない。

進化の過程で普通の蜘蛛にはない能力も手に入れたのだろう、きっと。

 

「きっとーーーこの攻撃も、きっと効くよね!『ルーモス・マキシマ』!」

「グオオオオオッ!?」

「目が、目が見えない!!」

 

薄暗い森の中に、ぎらぎらと暴力的なまでに光る閃光。きつく目を閉じていても、その隙間から否応にも光は瞼の裏を焼いていく。

術を放ったシェリー達でさえこれなのだ、不意に放たれた蜘蛛達はたまったものではない。悲鳴を耳の端に捉えると、振り返る事なく木々の間を駆け抜けていく。

ひとまずはこれで大丈夫だ。もう少し走れば、ホグワーツの敷地内。そこまでは追ってこれまい。

 

「やったよ、ロン!もう少しで逃げ切れる!そう、もう少し、もう少し……走れ……ば………」

そう、思っていたのだが。

何故だ。

自分達は全速力で、一直線に元来た道を走っていた筈なのに。だから、蜘蛛を撒けばこの森から安全に出られるはずなのに。

嘘、あり得ないとシェリーは呟く。

何故蜘蛛達が先に来ている?

走った先に、何故蜘蛛がいる?

答えは簡単。彼等は人間が通れないような獣道を使ったというだけのこと。シェリー達が逃げ惑っている間に、蜘蛛達が独自のルートでこの距離をショートカットして来ていたのだ。

即ち……、

 

「……回り込まれた………!?」

「ああ、そうだぜ!アラゴグ様の指示を聞いていてよかったぜ!」

「ここに先回りしていればやってくるって本当だったんだなァ」

「嘘だろ……こいつ達喋れるだけじゃない、戦略の概念がある!蜘蛛って巣を張って待つだけじゃないのかよおーっ!?」

 

ロンの叫びももっともだ。こんな状況、泣き言の一つも言いたくなる。人間より肉体的に優れたアクロマンチュラが、知能と知略まで持ったとしたら?

それは魔法族と蜘蛛族の戦いを生む。ハグリッドというバランサーがいなければとっくに禁じられた森は魔窟と化しているだろうし、もっと言えばダンブルドアという絶対的な強さの象徴がイギリス魔法界の平和を保っているといえる。(かといって彼一人では抑止力に限界がある)

それ程までに、イギリス魔法界のパワーバランスは歪なものなのだ。だからグリンデルバルドやヴォルデモートといった悪の芽が育つし、人以上の力を持つ化物も多い。人に化けて紛れる化物が多い東洋魔法界では考えられない現象だ。

今目の前のこの状況も、まさしくその体現なのだ。戦術を理解し、人語を介する蜘蛛に囲まれ、まさしく絶体絶命。さっきのような魔法の導火線も、もう使えない。

 

(絶対、絶命ーーー)

「いや違う。まだ終わっていないぞ、ヒトの子よ」

 

声のした方に顔を向けると、そこには精悍な顔つきの裸の男達。一瞬たじろぐが、やけにその顔がやけに高くにあることに気付く。彼等の下半身は馬だ。

ケンタウルス。

十から十五の群れで生息し、人には極力関わらず生活している半人半馬の種族。仮に人に関わった場合、彼等は尊厳持った待遇を求めるため、魔法省は彼等を御し難い生物だと手を焼いているのだとか。

しかし人に干渉しない筈の彼等が、人を守るとはどういう事か。彼等は十体かそこらだが、シェリーとロンを守るように蜘蛛達の前に立ちはだかり、いつでも放てるように弓を引き絞っている。

 

「占い狂いのケンタウルスどもめ!気でも触れたか?そいつ達は俺達の獲物だ!」

「なりません。この子達を美味しく頂くのは私達が許さない。早く安全なホグワーツに帰してあげるのです」

「フン、あんな奴がいて何が安全だ。あの野郎によく分からんまま殺されるより、俺達の方がよっぽど良心的だ」

「いつも糸に絡まった兎や猪の肉を食い散らかしているのは誰だ。アラゴグ殿は食事のマナーも教えてくれないのか?」

「人間の真似事なんざ真っ平御免なのさ。俺達からしたらお前達の方がよほど解せぬ存在だ。何故人間なぞを庇う?お前達も数十年前はさして人間に協力的ではなかった筈だが」

「今夜は火星が明るい」

「おい、話そらすな」

 

ケンタウルス族は人と隔絶された森や湖畔に生息するために、たまに話が通じない時がある。これで尊厳を求められても、どうしろというのか。

黒髪のケンタウルスが「フィレンツェ、お前は黙ってろ。話が進まん」と御すると、代わりに話し始めた。

 

「そうだな……お前達のボスはどうか知らんが、私達はヒトの子に返しきれぬほどの大恩がある。貴様達に弓を向ける理由などそれで十分だ」

「大恩……てめえ達、人間の餓鬼どもにうつつを抜かされたというのか!同じ森の種族が、こんな軟弱者とは!」

「森の恥晒しは貴様達の方だ。卑しい蜘蛛どもめが。アラゴグも老いたか、ヒトの子を襲うなんて……奴のことはいい。我々と戦争をおっ始めるか?」

「……………」

 

蜘蛛達は興奮したようにがちゃがちゃと鋏を鳴らした。彼等はいつでもケンタウルス族とやり合う気だとアピールしている。

だが、その挑発を歯牙にもかけず、ケンタウルスの精悍な顔は歪まない。

一触即発。

緊張感がしばし森の中に走る。

その緊張を先に破ったのは、蜘蛛達の方だった。

 

「………チッ!覚えてやがれ」

「覚えておくとも。我等は感謝も恨みも忘れはしない」

「………た、助かった、のか?」

「あ、ありがとうございます」

「いや、いい。……君は、シェリー・ポッターだね?それに君はウィーズリー家の。今年のホグワーツには邪悪な気配がする、それが何かまでは分からないが。……私にできるのはここまでだ、早く寝床に帰りなさい」

「今夜は火星が明るい」

「てめーは黙ってろ!」

 

フィレンツェと呼ばれたケンタウルスが仲間にぶっ飛ばされるのを苦笑いしながら見つつ、心からの礼をもう一度送る。

さて、ハグリッドの『蜘蛛を追え』という提案はなんとまあ、とんでもない話だったわけだ。自分の友達ならシェリー達の事も傷つけはしないと思ったのだろうか。

しかし収穫がなかった訳ではない。ハグリッドは完全に無実で、トム・リドルは勘違いしていたというわけだ。まあ、あの状況なら仕方ない。

 

「他にも、殺されたのは女の子だって言ってたね。女子トイレで……」

「……五十年前?女子トイレ?」

「?ロン?」

「………まさか、五十年前殺されたのって!嘆きのマートル!?」

「あっ!」

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

「今日中にマートルに聞きだしちまおうぜ、五十年前君を殺したのは誰か、いや、何かってね」

「うん。もうすぐハーマイオニー達が石化から解除されるらしいけれど、マートルの所に行って話すチャンスがあれば、見逃せないよ」

「次の授業はロックハートだ。マクゴナガル校長代理の判断で、教室の行き来にも引率があるけれど、あいつなら上手く丸め込めたら抜け出せるさ」

「あ、あの、シェリー……」

「わ!?」

 

ロンとのこそこそ話の途中に割り込んできたのは、ウィーズリーの赤毛の少女。今の話は聞かれてはいないようだが、一体どうしたというのか。ロン曰く、彼女がこういう風にまごついてる時は何か言いたい事があって仕方ない時、らしい。

 

「わ、私………」

「HAHAHAHA!次の授業は私の『闇の魔術に対する防衛術』ですよ、シェリー!あとついでに君も!引率して連れて行きますから、二人とも早く来なさい!」

「っ!そ、それじゃあ!」

「……タイミング」

「おんやぁ?私が近くにいるのに逃げ出すとは……照れ屋さんなのかな?私もつくづく罪作りな人間だ、HAHAHAHAHA!」

「ああ、そうっすね。ほんとに」

 

ジニーがごにょごにょ言ってたのは何だったのだろうか。まあ、今度聞けばいいかとかぶりを振ると、ロックハートの演劇に適当に付き合って一時間が終わる。

授業が終わり、能天気男は引率しながらもその減らず口を閉じなかった。

 

「果たしてここまで厳戒態勢を取る必要があるんですかねぇ。マンドレイク薬の精製もそろそろです、そしたら犠牲者の皆さんは口を揃えて言うでしょう、犯人はハグリッドだった!とね!」

「そうっすね」

「あははー…そ、それでその、ロックハート先生。もう引率はここまででいいんじゃないですか?ほら、事態も収束することですし」

「んん?それもその通りですね……いえ、実は私もそう思ってましたとも!私も新作に向けて色々と、そう、色々と忙しい身なのでね!それでは皆さん御機嫌よう!」

「……バカだなー、あいつ」

 

言うと、シェリーとロンはマートルのいる女子トイレへと向かう。

ベガとネビルも何処かへ行ったようだ。そういえば去年、ロンとベガは友人を助けるために女子トイレに来てくれたんだった。その時はパーシーに見つかって、先生方に報告が来たのだが、今回ばかりはそうもいかない。バレないように行動せねば。

 

「……………」

「……………」

「…………説明してもらいましょうか」

バレた。

よりにもよってマクゴナガルである。

 

「………あの、マクゴナガル先生、これには訳があって」

「訳がある、なるほど。授業がもう始まるというのにあなた方がこんな所でほっつき歩いているのにはそれ相応の理由があるんでしょうねそうでしょう?」

「あー、えっと、その、そう!私達、ハーマイオニーのお見舞いに行きたくって」

「面会しても石化してるので、話す事もないでしょうに」

「そう、そうなんです。それをマダム・ポンフリーにも言われて、ここ最近ずっと会えていないんです。一年生の頃からずっと毎日顔を合わせていたのに、ふといなくなってしまって。いつも通りになんていきませんよ」

「……それは、まあ……」

「わ、私達……医務室に行って、ハーマイオニーにもうすぐ治るよ、って。伝えてあげたくって……」

「なんという美しい友情……早くお行きなさい、さあ早く!」

 

ロックハートもそうだが、ホグワーツの教師達は意外とちょろい。一番厳格と呼ばれるマクゴナガルですらこうだ。チョロゴナガルである。

さて、建前上医務室に行かなくてはならなくなった訳だが、中には他の石化した生徒もいる訳で。見知った顔や、話したことのある人物の痛ましい姿を目の当たりにするのは心が痛む。

これら全てが、被害者なのだ。

 

「……ハーマイオニー、いつもと変わらないね」

「石像がその日その日でポーズ変えてたらおかしいもんな……ああ、彼女の他にも、石像が沢山……」

「………絶対に、継承者を止めないと。これ以上の被害が出る前に……、て、あれ」

「?どうしたんだい」

「ハーマイオニーの手に、何か、紙みたいなものが……これって、何かの切れ端?活字が羅列されてるし、図書室の本みたいだけれど……」

「マダム・ピンスが怒り狂うだろうね。これは………!!!」

 

ーー我らが世界で徘徊する多くの怪獣、怪物の中でも、最も珍しく、最も破壊的であるという点で、バジリスクの右に出る者はいないーー

ーーバジリスクとは、別名『毒蛇の王』とも呼ばれる巨大で、何百年も生きながらえる蛇であるーー

ーー毒牙のほかに、この蛇の一睨みはその眼を覗いてしまった者を即死させるーー

ーー蜘蛛が逃げ出すのはバジリスクが来る前触れであり、彼らは天敵同士ーー

ーーバジリスクをとめる唯一の方法は雄鶏の鳴き声であり、バジリスクはその一鳴きを聞いただけで逃げ出してしまうーー

 

バジリスク。

毒蛇の王。

天敵は蜘蛛。

辻褄が合う。合ってしまう。

ハグリッドの雄鶏は殺されていた。

何百年も生き長らえられる蛇ならば、スリザリンの時代から生きていてもおかしくない。

蛇の一睨みはその眼を覗いた者を即死させる、とは、たとえば鏡を持ったり、水の反射だったりで直接見ていなかったとは考えられないだろうか。

蜘蛛はもう言わずもがなだ。

後は、大蛇の王と形容されるくらい大きな蛇が移動した方法だが……それについてはもう答えが書かれてある。紙の隅に走り書きされた、『パイプ』という文字。蛇は配管の中を通っていたのだとしたら……。

そんな配管が集中していた場所が、秘密の部屋の入り口だとしたら?

そこで殺された可愛そうな女の子が、嘆きのマートルだったとしたら?秘密の部屋の入口は、女子トイレだ。

ーー証拠は全て揃った!

 

「ーーハーマイオニーは、僕達に答えを残してくれていたんだ!既に託してくれていたんだ!!」

「早くこれを、先生にーー!」

 

その瞬間。

城中が揺れるような轟音が響き渡った。




オリジナル要素

『ヒトの子に協力的なケンタウルス族』
禁じられた森で起こるイベントでは、フィレンツェ他多くのケンタウルスが助けてくれるようになりました。しかしその分難易度も跳ね上がるので、良いことばかりでもありません。

『魔法糸』
ハーマイオニーが開発した、自分の魔力を糸状に伸ばして、魔法を使うと導火線のように魔法が糸を通って攻撃できる、というもの。魔法というより技術。糸を伸ばすのに時間がかかるのが難点。

ハー子がバジリスクの正体突き止めたり、魔法糸とか作ったり色々とチート化しつつある…。原作でも思いましたが、基本スペック高すぎるよこの子。


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7.大蛇

シェリーとロンが医務室でハーマイオニーの遺した手がかりを見て、怪物の正体がバジリスクだと突き止めていたその頃。

ベガはこっそり嘆きのマートルのトイレまでやって来ていた。

 

「あら、ベガ!わざわざ来てくれたなんて嬉しいわ!今日はどんな御用かしら?」

「ああ。ちょっと今日は色々と聞きたいことがあってな」

 

なにせ先日、一度に五人もの被害者が出てしまったのだ。マンドレイク薬で復活すれば犯人の正体も分かるかもしれないが、分からないかもしれないのだ。となれば、秘密の部屋の調査を急がねばなるまい。

ベガは突然被害者が大勢出た事に、内心焦っていた。

 

「地道に調べた甲斐があったぜ。嘆きのマートル……本名は、『マートル・エリザベス・ワレン』」

「!」

「五十年前、ホグワーツで殺された女子生徒の名前は一切出てこなかった。きっとダンブルドアが混乱を防ぐために隠してたんだろうな。だから当時の生徒から何か情報を得られねえかと、五十年前の生徒の名簿を手に入れたんだが……そこに、お前の名前が書かれてあってな。って事はだ、お前が五十年前の、被害者なんだろ」

「うそっ、五十年も経ってたの!?」

「突っ込む所そこか?……続けるぞ。あまり話したくないかもしれねえが、死んだ時の事を聞かせてくれると助かる。このままだとホグワーツに危機が訪れちまうんだ」

「も、いーわよいーわよ何でも聞いて!ベガの頼みなら何でも言っちゃう!」

「……死んだ時の話をするのは辛いかもとか思って、こいつに配慮した自分が馬鹿らしくなってくるな」

 

こっちの心配を返せと言いたくなる。

嬉々として死んだ時の事を話すゴーストがいるだろうか。いや、ほとんど首なしニックは普通に教えてくれるし、長い年月が経つと笑い話になっちまうのだろうか。

 

「って言っても、死んだのは一瞬だったからよく覚えてないけどね」

「一瞬?」

「男の子達に眼鏡の事でからかわれて、しょげて個室に入って泣いてたのだけれど。不意に、誰かが話している気配がして、私をからかいにきたのね良い度胸だわビンタかましてやるわって怒鳴ってやろうと思って扉を開けたら、何かを見て……そしたら死んじゃってたってワケ」

「……成る程な」

 

十中八九、だ。

今まで組み立ててきた仮説の中に、マートルの発言を組み込むとするなら……。

「昨日の被害者は五人。全員、シャワーを浴びている最中に石化していた。フィルチの猫は床の水たまりの近くで石化していて、コリン・クリービーはカメラを構えたまま石化していた。ハーマイオニーと、その近くで石化していた女子生徒に至っては鏡を持っていた。そして、マートルは何かを見て死亡した」

「被害者が見たのは『バジリスクの魔眼』。それを見た者を死亡させる能力があるけれど、水たまりや鏡に反射して写った魔眼なら死亡じゃなくて石化になる」

「……バジリスクの眼にこんな性質があったとはな。学会に発表すれば学者どもが騒ぎそうだ」

 

ハーマイオニーらに続いて、ベガも独力でバジリスクという答えに辿り着いた。

秘密の部屋への入口も見当がついている。バジリスクが移動経路にパイプの中を使ったという仮説と、マートルの証言を合わせれば、おそらくはこのトイレの中にーー。

そこまで考えたところで、ホグワーツ中に響き渡りそうな轟音が起きた。

 

「きゃあああああ!?何、何よっ!?」

「まさか……『継承者』か!?直接生徒を狙う事にしたのか……!?」

どうする、と逡巡する。今このトイレでバジリスクと継承者を罠を張って待ち構えれば、捕まえられる可能性はある。

しかし、だ。

継承者達がこのトイレに戻って来るのは、一体いつだ?十分後か?一時間後か?

その間に生徒達に何人犠牲が出るだろう。自分がここで待ち惚けを食らっている間、自分の友達は何人死ぬ?

脳裏に浮かぶのは、かつて幼き頃に自分を命懸けで守ろうとして……そして死んでしまった友人の姿。

 

ーー『シド、なんで、なんで、どうしてだよ!なんで俺なんかのために!』

『……………へへ……。俺なんかでもベガを守れるんだって、思って、さ…………』

 

(ーーーダメだ!友人が死ぬかもしれねえ時に何もできないのはもうダメだ!行ってみて何もないようならそれで良し、直ぐに戻れば良いだけの事だ!)

「マートル!罠魔法を設置しておく!もしここに忍び込もうとしている奴がいたら、そいつの顔を覚えておいてくれ!絶対に話しかけたりするなよ!」

「ぇーーあ、わ、わかったわ!」

 

ベガは急ぎ魔法を張り巡らせると、音のした方へと向かった。

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

ーー時は少し巻き戻るーー

 

ホグワーツの廊下を、ふらふらと覚束ない足取りで歩くのは、ウィーズリー家の末妹であるジニー・ウィーズリー。その様子は明らかに異常で、歩くというよりも、転びそうなのを堪えているようにも見える。

平時のホグワーツであれば、呆けた彼女を心配して声をかける者もいただろう。栄養失調気味なのかと、屋敷しもべから料理を貰う者もいたかもしれない。

だが、今のホグワーツは継承者騒ぎでそれどころではない。教室間の移動でさえ、教師が引率する厳戒体制で、単独行動などあり得ない。しかし、彼女は誰もいない廊下を一人でよろけながら歩いている。これは明らかに異常である。

そしてそんなジニーを見て、何事かと後ろからついて来る生徒がひとり……。

 

(ウィーズリーの末妹。厳戒体制が敷かれているのに、廊下を一人で出歩くだなんて……一体どういうつもり……?)

 

コルダ・マルフォイ。

ビンズ先生の引率中、彼女が列の一番最後を歩いていると、柱の影をふと赤毛が通り過ぎたような気がしたのだ。

そこで好奇心が刺激され、ついて行ってみれば、自分の目の敵であるウィーズリー家の末妹が単独行動をしているではないか。

先生に言いつけてやろうと思ったが、何やら只ならぬ気配を感じたので、尾行を続けているというわけだ。

 

(まさか、あの子が継承者……?いや、まさか一年生が、それもグリフィンドールの生徒なわけないですよね……)

 

ミセス・ノリスが石化された最初の事件はハロウィーンに起きた。もしジニーが継承者なら、入学してたった二ヶ月であれ程の事件を起こしたということになる。

そんな事を考えていると、ジニーはいきなり立ち止まる。なんだ?背中に薄ら寒いものを感じつつ、彼女の動向を伺う。ここからでは彼女の顔は見えないーー

 

 

 

 

 

「やあ、お嬢さん」

「ーーーー!!??」

 

 

 

 

 

後ろから甘く囁くような声。

その毒々しい色気に本能的に恐怖を感じて、コルダは大きく飛び退いた。叫び声を上げなかっただけ大したものだ。

振り返りながらジャンプしつつ、左手は杖を抜くのを忘れない。同時に魔力も練る。いつでもこの男を倒せるようにーーいや、逃げられるように。

獅子に睨まれた鼠が如し。

絶対的実力差。

自分も優秀だと言われてきて、才能があると自惚れ無かったわけではないがーー。そんなもの、この男と比べれば塵のようなものだ。

それだけの深い深い魔力の闇が、そこには渦巻いていた。

 

(お母様がよく言っていました……人に向かって杖を向けるのは失礼な事だと。ですがお母様、教えてください………こいつは果たして人なのですか!?人型の化け物と言われた方がまだ納得できる!)

「おやおや、随分とあんまりな態度じゃないか?僕は君の先輩だよ。ほら、見なよ」

 

言うと、青年はスリザリンの象徴である翠のローブを見せびらかした。その仕草は、まるで親に自慢するかの如くである。

黒髪。

爽やかで柔和な顔立ち。

街を歩けば見た人全てが振り返ってしまいそうな美貌。しかし、その端正な顔にミスマッチな仰々しい魔力を放出し、存在している少年がそこにいた。

直感が言っている。

この男はやばい、と。

 

「貴方みたいに恐ろしい魔力を出す人、一度見たら絶対忘れません……!」

「恐ろしいとは心外だね。僕は君と仲良くしたいだけなのに。可愛い子を見たら声をかけるのは男の本能ってもんだろ?特に道の端っこを歩く子なんかはベストだ。内気な子ほど流されやすい」

「……………ッ」

「はは、そうカッカするなよ」

 

尾行がバレていたのか。単に魔力が強力というだけでなく、かなりの実力者だと推察できるが……。

軽口を叩く男からは、真意が読めない。

 

「……貴方が私に用があったとしても、私にはありません。急いでるので、これで失礼します」

「君に用がなくとも、僕にはある。実は僕はその子、ジニー・ウィーズリーに取り憑いてるんだけどね」

「取り憑く……!?」

「ゴースト……いや、もっと抽象的な、怨念みたいなものかな。僕はそんな不確かな存在でしかないんだよ。誰かに魔力を肩代わりしてもらわなきゃ生きられないような弱っちい存在、それが僕、トム・マールヴォロ・リドルさ」

 

トム・マールヴォロ・リドル?

聞いたことあるようなないような名だ。というか平凡な名前すぎて肩透かしだ。

「おい今何か失礼な事考えたろ。……で、僕の魔力にその子が耐えられなくなってきてね。他に選択肢がなかったとはいえ、グリフィンドールの小娘じゃ一年も持たなかった。新しい取り憑き先を探してるんだよ。……その点君は最高だ。高い魔力と才能を持ち、スリザリン生で、血統も良いときた。君なら僕の取り憑き先にぴったりだ!おまけに馬鹿そうだから尚のこと取り憑きやすそうだ」

「………………もしや、『継承者』とは。今までの事件の犯人は……!」

「僕のことさ。正確には、僕が取り憑いたジニーの事だけどね」

 

やはり、か。

これだけの事件を起こした犯人は、一体どれだけ冷血な人間なのかと思っていたのだが……こんな邪悪な魔力を見せられれば、納得もいく。

 

「クソ野郎ですね。一昔前の純血思想でこっちは迷惑してるんです。貴方のせいで今学校が大変なんですよ。

それにあなたがマグル生まれをどう思おうが勝手ですが、だからといってあんな仕打ちが許されるはずがありません。ジニー・ウィーズリーは個人的に気に入りませんが……入学したばかりの一年生に罪を被せておいて、貴方はずっと裏でコソコソと……!卑劣です!許されざることです!」

「なんで?」

「え?」

「いいじゃん別に死ぬんだから。人っていずれ死ぬんだぜ?だったらせめて幸せに死にたいだろ。僕のために死ねるんなら幸せだろ?それに操られたとはいえジニーが実行犯なんだ、ならこれから罪の意識に苛まれずに意識も自我も失って死ねるって良いこと尽くしじゃねえ?」

「貴方は………、人の命を何だと、」

「あ、僕は将来的に人間を超越するんで人の命どうこうは興味ないんだよね。優秀なら眷属、無能なら家畜。反逆するなら奴隷だね。ところで君はどれがいい?」

「……………」

 

度し難い。

正気なのか?この男。倫理観が人と違いすぎて、宇宙人と話しているようだ。

コルダ・マルフォイは今までぬくぬくと過ごしてきた温室育ちの女の子だ。故に、このような異常すぎる……常識から逸脱した感性の持ち主に遭遇した事はない。

だから、困惑する。

杖すら構えていない、ただの霊体に、心底竦み上がる。

 

「もういい?君と話すのはもう飽きたよ。普通の人間と同じ事しか言わないしさ。ジニーから聞いた通りだ。ほんと良いのは見た目と能力だけだよなー」

「ッ!『グレイシアス』!」

「おっと。霊体の俺に攻撃は効かないって。本当のこと言われたくらいでムキになるなよな、淑女の名が泣くぞ?」

「黙れ!黙りなさい!」

 

リドルの挑発にまんまと乗せられ、コルダは怒りのままに魔力を振るう。この男には灸を据えてやらねば気が済まない。

しかし、その全てが無駄。氷では霊体の身体をすり抜けてしまう。コルダの魔法ではこの男に傷一つ付けられない。そもそもコルダが得意とするのは氷魔法であって、霊体特効の魔法は専門外だ。

 

(ッ、この男にいくら攻撃しても無意味!でも、それはこの男も同じなはず。彼は一体どうやって私を連れて行くつもりだったの……?)

「大人しくついてきてくれるなら、お前の大切な兄貴と両親には危害を加えないでおいてやるよ」

「ハ!スリザリン……純血だけは襲わないって主義じゃなかったんですか!?結局は自分に都合の悪い人を排除するってスタンスじゃないですか!言う事がコロコロ変わる人の言葉なんて信じられませんよ!」

「そんなの俺の勝手だろ。マルフォイ家はなんとなく気に入らないしな」

「何ですって!?」

(ーーっ、頭を冷やしなさい、コルダ。考えなさい……。さっきこの男は確かに私に『取り憑く』って言った。そう言うからには、何かしら、私に干渉する手段があるはず………)

 

ゴーストや精神体が生きている人に取り憑くなど、基本的にあり得ない。血みどろ男爵も嘆きのマートルも、生者に対して物理的な干渉はできないのだ。

コルダの知らない例外として、去年ヴォルデモートがクィレルの後頭部に取り憑いたというのがあるが……あれはクィレルがビビりすぎたのと、ヴォルデモートが異常すぎた故の結果だ。

少なくとも現段階のトム・リドルにそこまでの力は無い。となると、取り憑くための魔法と、それを行使する人間が必要になるはずだが……。

 

(……そもそもどうやってウィーズリーに取り憑いたの?…………そうだ!前にスネイプ先生が言ってた!強い呪いをかけられた魔道具は時として人を狂わす、って!)

 

つまりジニーが何かしらの魔道具を拾って取り憑かれてしまったというわけだ。ならその魔道具を壊せばいいだけの事。何だ、簡単な事じゃないか!

ジニーへと向かって走り出す。魔道具が入っているのはポケットか、鞄の中か。取り憑くなら肌身離さず携帯している筈だ。

だが、コルダがそれを確認する事は叶わなかった。

 

耳をつんざくような轟音。同時に、校舎の壁が崩れ、土煙が上がる。

煙が目や口に入り、咳き込む。あまりにホグワーツの壁を一瞬で破壊するほどの強烈な衝撃と音に、耳は一時痛んだがーーその声は、不意に聞こえてきた。

蛇語。

決闘クラブでシェリー・ポッターが呟いていたのをよく覚えている。意味は分からないが、あの独特の発音は間違いない。まさかもう一度聞くことになろうとは思ってもみなかったが。声色からして、トム・リドルが蛇語を使ったのだろう。

現れるは、王に傅く蛇の化物。伸ばせば、天井に頭が当たるであろうほどの長さを有する胴体。

生物としてはあまりにも巨大な大蛇が、瓦礫の中を荘厳に鎮座していた。

嘘だろう、と言葉が漏れる。

ありえない。一年生がこれを相手にするなんて馬鹿げてる。

大きい。

強い。

そしてーーー怖い。

 

「ーーそ、そんなーー嘘でしょう…!?ば、バジリスク………?」

『目はつぶっておけよ。絶対に開くな。こいつは殺したらいけないやつだ』

『ーー承知』

「ふぅ。ーー安心しろよ、今殺さないように言っておいたからさ、命の保証はする。それ以外の保証はできないけどな」

 

胸の奥がざわついた。

今ここでこの蛇に捕まったら、死ぬよりも恐ろしい事が待っている。マルフォイ家に二度といられなくなるような、何かが。

嘘だと思いたい。何が悲しくてバジリスクなんぞを相手にしなくてはならないのか。自殺も良いところだ。

自分に倒せる相手じゃない。逃げなくては。逃げて大人に知らせなくては!大人が倒せるという保証もないが、とにかく逃げなくては……!

 

「知らなかったのか?俺様からは逃げられない」

『GROOOOOOAAAAAHHHH!!!』

 

トム・リドルの指示で大蛇はうねり、その巨体を大暴れさせる。大きいという事はそれだけで脅威だ。尻尾や身体で器用に周囲を薙ぎ払いーーその圧倒的破壊に、コルダは身を竦めるしかない。

しかしリドルの真意はそれではないことをすぐに悟る。廊下には大量の瓦礫が降り注ぎ、コルダの逃げ場を塞いでしまった。ホグワーツの教員といえど、この量の瓦礫を撤去するのには時間がかかるだろう。

 

(逃げられない……、やばい、やばい!)

「これで時間も稼げるだろ。ダンブルドアもご不在のようだ。あー、コルダだっけ?君には秘密の部屋まで来てもらうぜ」

 

『王』を冠する蛇を従えた男は、その恐怖に呑まれつつあるコルダを嘲り笑う。

その侮蔑に、彼女の中にかろうじて残っていたとマルフォイ家としてのプライドが反応した。

それは、強がりから出た挑発だった。

「……ふ、ふふ。秘密の部屋?そんなのいくらでも行ってあげますとも。貴方とバジリスクを氷漬けにした後、もう二度とその部屋が開くことのないようにぶち壊してあげます」

「できるもんならやってみろよ」

「できるから言ってるんですし、今からやってあげますとも。言葉の意味分かりますか?もしかしてお馬鹿さんですか、ーーー『先輩』?」

 

震えた声で一体何を言っているのか。この間ホグワーツに通い始めた小娘に、バジリスクとまともに対峙して勝てる筈がない。

しかし現状、それしか手がないのも事実。

この男を、バジリスクを倒さなくてはーーコルダに未来は永遠に訪れない。

ーーー覚悟を決めろ!

 

「ーーーぁああああっ、『グレイシアス・フリペンド』!」

 

引きつった笑みを浮かべつつ、恐怖を振り払うようにバジリスクに向けて『氷結』を放つ。コルダの得意とする氷魔法、その発展形である氷の弾丸。

それを連続を放つ。的が大きいので命中精度の低さは気にしない事にする。戦術や被害もこの際考えない。殺すくらいの気概でないと逃げられない!ていうか制御なんてできない!

 

「グレイシアス!氷河よ!グレイシアス・フリペンド!氷の弾丸!」

『怯むな。殺さないよう注意して戦え。あとさっきの態度にむかついたから半殺しにしてやれ』

「っ、さっきからシューシューシューシューうるさいですよ!聞いていてとっても不快です!グレイシアス・フリペンド!」

「君が不快になったのなら何よりだ。『薙ぎ払え』」

「この……!『グレイシアス・プロテゴ』………うッ!」

 

彼女が形成した氷の盾は、一瞬は持ち堪えるものの、直ぐにヒビが入り砕け散る。

コルダの盾では、バジリスクの薙ぎを一瞬防ぐのが精一杯だ。相手は捕縛に専念し、必殺の魔眼の能力が封じられているというハンデがあるとはいえ、その程度のハンデで倒せるのなら苦労はしない。

これが同世代最強のベガ・レストレンジであれば話は変わってくるだろうがーー

 

(って、今あんな女誑しクソ野郎の事なんて考えてどうします!重要なのは、今この蛇を倒す方法です!)

「グレイシアス・フリペンド!グレイシアス・フリペンド!グレイシアス!」

馬鹿のひとつ覚えと言われても構わない。しかしコルダにできるのはこれだけ。

ただただ氷を生成し、場を制圧する。氷が増える程に冷気が漂い、蛇が動き辛い環境になっていく。まさしく攻撃は最大の防御というわけだ。

 

「ハハ、大した攻撃だ。だが、おい。そんな氷如き、バジリスクがぶち壊せないと思ったか?この鱗はあらゆる熱気や冷気を遮断する。このままだとバジリスクを倒すどころか、その辺に倒れてるジニーが氷漬けになっちまうぞ」

「グレイシアス・フリペンド!」

「馬鹿の一つ覚えみたいに………ん?」

 

何度も懲りずに氷魔法を放つコルダに、リドルは違和感を覚える。たしかに氷は生物特攻の強力な魔法だが、バジリスクには強靭な鱗がある。この鱗を攻略しない限り氷だろうが何だろうが意味はない。

ーー攻略したとすれば?

11歳の女の子を大蛇で連れ去るなら、普通は尾の先で巻き取り、拘束する。口に咥えれば牙の毒が回るかもしれないからだ。

逆に言えば、バジリスクは尻尾以外の攻撃が出せないと言う事になる。

もしも、氷を同じ所に何度も何度も当てていたとしら、いずれは……!

 

『GROOOOOAAAA!!』

「……これは、これは。バジリスクの尻尾が凍り始めている」

「もう遅いですよ。あなたには、どんどん身動きできなくなってもらいますから!」

驚くリドルに渾身のドヤ顔を決めるコルダだが、内心では(何十発も当てたのにあれだけしか効いてない……!)とバジリスクの異常な化け物っぷりに毒付いていた。命中精度に自信はないが、それでもほぼ同じ所を攻撃したというのに。

闘えば闘うほどに、大蛇の恐ろしさが克明に強くなっていく。そしてそれ以上に恐ろしいのはあの男だ。あのバジリスクを手脚の如く扱い、攻める。追い詰めているように見えて、じりじりと追い詰められているのはこっちだ。

早くこの場から逃げ去る策を「よし、じゃあ『脱皮しろ』」

「GYAOOOOOOOOHHHH!!!」

「………えっ?」

 

トム・リドルが何を言ったのかは分からないが、バジリスクは自分の鱗を脱ぎ捨てーーそしてもう一段階早くなる。

鎧を脱ぎ捨てた蛇は、水を得た魚のように鋭敏な動きを可能にした!しかも尻尾についてた氷ごと脱皮したので元通りというオマケつきだ。出鱈目すぎる……!

バジリスクはその巨体をコルダ目掛けて勢いよく叩きつけようとする。咄嗟に躱そうとして、瓦礫の隅に追いやられていた事に気が付いた。大蛇のその大きさに、感覚が狂わされてしまっていたのだ。

『殺す気はない』ーーそうは言っても、極論腕の一、二本ほど欠損させて秘密の部屋へと連れて行けばいいだけの話なのだ。生きてる限り魔力は練れる。かのアラスター・ムーディーがそうだったように。

殺す気は無いという事は、死ぬより危険な目に遭うという事なのだ。

やばいーーもう、逃げ場はない。

ーー『あの力』を使うか?

いや……今の状態ではロクに力を発揮できないどころか、下手すれば自滅…。

 

(やばい、早く盾の呪文を…………)

「プロテゴ………」

(……あ、盾は効かないんでした……)

「ーーーーー」

 

あ、詰んだ。

 

「うわあああああ間に合えええええ!!」

「ーーーーえ」

「何?」

「GIGAAAAAAAAHHHH!!」

 

腹部の辺りを掴まれて、床を転げ回って蛇の攻撃を避ける。同時にさっきまで立っていた地面がめくれ上がるが、今はそんな事気にしている余裕はない。

自分、蛇とそれを操る男。その中に突然現れた第三者、いや味方!

自分を助けてくれたこの男は……!

 

「えーと……そうだ!ネビル・ロングボトム!?何故ここにいるんです!」

「今一瞬名前忘れてたよね!?……話せば長くなるけど、君を助けに来た!」

「まさか鼠が入り込んでいたとは……」

コルダを庇いつつも、決してリドルやバジリスクに警戒を怠らないネビル。

『助けに来た』ーーその言葉を聞いただけで、疲労が出た身体は、幾分も軽くなった気がした。

憎きグリフィンドール、その中でも一番の問題児……に引っ付いてるぽっちゃりした冴えない男だと思っていたが…。

この男に助けられたのも、また事実。

 

「あー、マルフォイ。無事か?怪我とかしてないかい?」

「いえ……大丈夫です。強いて言うならそれ以上手を下に降ろさないでいて欲しいですね、これでも女子なので」

「あっ、ゴメン!」

「……、どうやってここに?この瓦礫の中を通るのは教師でも難しい筈」

「えーと……まあ、君が一人で行動してたから尾行してたら、壁が崩れて瓦礫の中に閉じ込められちゃって、今まで動けなかったってだけなんだけど」

「はン。ただの偶然って訳か」

 

つまりリドルにとって、取るに足らない一生徒というわけだ。彼が懸念するのは、そろそろ瓦礫をどかして教師陣が参戦してくるかもしれないという事である。

 

「コルダ、尾けてる時に話は聞かせてもらったよ。僕達は君を犯人だと思って、色々と探りを入れていたんだ。疑ってごめん。本当に……、ごめん。

ーーそれと。ジニーのために怒ってくれて、ありがとう」

「………!」

「よく、一人で頑張ったね。後は任せて」

「ネビル・ロングボトム……」

「おいおい!君の頭の中は空っぽか?どれだけそれが小さくってもバジリスクに勝てない事くらい分かると思うんだが?」

「脳ミソが足りないのは君の方だ。この子は絶対に助けてみせる」

「助けられなかったろ。今まで何人の被害を出してると思ってる。できもしない事を言うのはヤメロ?自分が虚しくなるだけだぞ?」

「そうだ、僕達は助けられなかった。だから今助けるんだよ」

 

くだらない、そうリドルは切り捨てる。

彼はシェリーやベガのような特別な人間ではない。ロンやハーマイオニーのように取り柄がある訳でもない。本当にただの一年生である。一人で何ができるというのか。

 

「……ええ、貴方が来たところで何ができるっていうんですか。大した特技もないくせに」

「それは………あー」

「まったく、もう。私も戦いますとも。ここで貴方を置いて逃げたらそれこそマルフォイ家の名折れですとも。そうでしょう?ロングボトムさん」

「……ゴメン、情けないけど君の力を借りなきゃいけないみたいだ」

「バジリスクを倒せるのなら、何でもいいですよ」

 

不意に、蛇の尻尾が飛来した。

盾の呪文程度では防げないほどの威力。大木すら上回る太さの尻尾が横薙ぎに振るわれる。

それを跳躍して回避すると、コルダは転がりながら躱したネビルに指示を送った。

 

「私と同じ方向に躱しなさい!あいつは私を殺せない、だから私と同じ場所にいれば魔眼を使うことはない筈です!」

「分かった!」

(こっちからしたら一纏めに潰せるチャンスだけどな)

 

バジリスクはその巨体を変幻自在に動かす事で全方位からの攻撃を可能としている。

鞭のようにしなる身体は、そのものが凶器!おまけに高速移動も可能であり、直撃すればその時点で詰みという鬼畜設定。

初撃を躱すと、すぐに次の攻撃。見て躱すより、出鱈目に動き回った方が幾分か当たりづらいようだ。その分体力の消耗も激しい。このままではジリ貧だ。

 

(ここは短期決戦を決めたい!でもバジリスク相手では氷魔法も分が悪い!あの鱗はあらゆる魔法を弾く上に脱皮もできるみたいですし……それなら、身体の『内側』はどうでしょう?)

 

生物である以上、内臓を鍛えることは出来ないはず。大蛇の口の中に直接魔力を流し込めば可能性はある。

問題は自分が氷魔法を制御できていないという点だ。命中精度に難がある。小さな的にまともに当てられたためしがない。

だからその役目は、必然的にネビルしかいないわけだが……。

 

(……ロングボトムさんに手伝ってもらえれば、いけるかもしれないですけれど。でもそれは彼が危険にーー)

「ーーフォイ!マルフォイ!何か作戦思いついたのかい!?」

「っ、い、いえーー」

「僕に気を遣わなくていいからな!何か思いついたら何でも言ってくれ!」

「ーーー」

「僕の頭じゃ何も思いつかない!だから君の作戦に賭けるけれどーーそれが失敗したとしても、誰も君を責めやしない!自信を持って言ってくれ!」

「ーーーーー!」

 

小さな氷の弾を放つ。それらは大蛇により粉々に砕かれるが……同時に、中の冷気が霧散し、視界を妨げる煙幕となった。

ネビルの襟を掴んで瓦礫の陰に隠れると、声を潜めてこう言った。

 

「作戦を、伝えます」

 

 

 

 

 

(どこに行った?あいつら。チッ、逃げに徹して援軍が来るまで待つ気か?)

 

リドルは苛立たしげに舌打ちすると、不審な物音がしないか耳を澄ます。乱暴に暴れたので建物は崩れ、あちこちに瓦礫が散乱し、隠れられる場所は少なくない。

 

(仮に、もし、万が一あいつ達がバジリスクに奇襲を仕掛けるとしたら……体内に魔力を流されるのは注意せねば)

 

バジリスクの内側は、数少ない弱点と言えるだろう。だが、それができるならさっさとそこを狙って攻撃する筈だ。

それができないのは……コルダ・マルフォイは氷魔法の精度が低く、ネビル・ロングボトムは技量不足だからだ。

悲しいかな、魔法使いとしての練度の低さがこんなところで出てしまう。才能はあってもそれを活かしきれていない。

 

(だからお前達は一点集中の攻撃で決めるしかないーー)

「『グレイシアス・フリペンド』!」

(だがその程度の攻撃、既に読んでいる)

「GYAOOHHHHHHH!!!」

「っ、弾かれーー」

「ーー終わりだ」

小賢しい不意打ちも徒労に終わり、リドルは勝ちを確信した。

もうこれ以上何をしても無駄だと決めつけてしまったのだ。

 

ーーコルダはその一瞬の隙を突いた。

霊体故に温度は感じない筈だがーー底冷えするような錯覚に陥るほどの、巨大な氷山。大量の魔力を消費して形成された寡黙なブルークリスタルの結晶が、バジリスクを襲った。

ーー自分の魔力を全て使いやがった!

それは諸刃の剣だ。魔力を全て使えば、しばらく魔法を使う事はできないがーーコルダ・マルフォイは、この一撃に全てを賭ける事を選択したのだ。

正真正銘、最後の攻撃!

バジリスクの生物としての本能が、たちまち現れた巨大で荘厳な氷山を警戒する。回避することは簡単だがーー威力がすさまじい。まともに喰らえばただではすまないだろう。

 

(だがーーバジリスクなら避けられる)

 

バジリスクの高い運動能力と柔軟な身体がその回避を可能とした。その巨体に似合わぬスピードは、まさしく化け物。

どこまでも規格外な怪物を前にして、コルダは魔法を放つことなく膝をついた。

氷魔法の使いすぎだ。

魔力切れーー。

最後の氷結も無意味に終わってしまった。

彼女は今ここで、終わった。

だがーー。

 

「ーーーーー!?」

 

冷気の中に隠れて。

ネビル・ロングボトムが、バジリスクの顔のすぐ近くに迫っていた。

コルダの氷魔法はブラフ。

全てはネビルが、彼女が空中に形成した『氷の道』を走って、魔力を直接流し込むための布石だった。

それに気付いた時には、時既に遅し。

 

(一年前、僕は自分の無力さを呪った。賢者の石を守る親友達を助けるどころか、脚を引っ張ってしまった)

 

(今年はどうだ?……同じだ。皆んなは継承者を探すために色んな努力をした。だけど僕は何の役にも立てていない)

 

「だけど今はーー今だけは、違うんだ」

 

氷の道をひた走る。

自分は、シェリーやコルダ……そしてベガといった才能を持つ人間達とは違う。

何も持っちゃいない。

だから、走る。走るしかないのだ。

何も持っちゃいないから、その分早く走れる筈なのだ。

ーー前に、前に、前に。

ーー進み続けるしかないのだ。

 

「しまっーーー」

「『ステューピファイ』!!!」

 

氷に映っていたのは、小さな勇者。

紅い光が走ったーー。




ハリポタGOが予想以上にポケモンGOだった。
ハリポタファンならやるべきなんだろうけど、今やってるスマホゲー(グラブル・FGO・ビーナスイレブン)が忙しいからまた今度な!何やったらポケマスも始めるからな!


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8.欺瞞

ネビルの渾身の一撃。

完全に不意を突いた攻撃は、バジリスクの両眼を焼き切るだけに留まった。

普通ならそれだけで勲章ものの大手柄なのだが……今は、ただただ絶望する他ない。

火力不足だ。

一撃で倒し切れなかったのは痛い。まずい、早く次の攻撃をーーそう逡巡する間にバジリスクは氷を砕き、ネビルに向かって散弾銃のように弾き飛ばした。

運良く急所は避けられたものの、二年生に耐えられる痛みではない。口から血を吐き気絶する。

リドルは苛立ちを隠そうともせず、蛇語で指示を出す。何を言ったかは分からないが……バジリスクはネビルを締め上げた。

ーーーまずい。

 

「手間取らせやがって。いっちょ前に反抗してんじゃねェ」

「や……やめて!」

 

震えた声で言った。

まだ口はかろうじて動かせるようだ。

このままではネビルは死ぬ。寮の垣根など関係なしに助けてくれた恩人の命を、ここで散らすわけにはいかない。

だが、氷魔法の使い過ぎで手足もロクに動かす事ができない。氷魔法の弱点、それは魔力消費が激しく体力を使うため、長期戦には向かないのだ。

もう戦えない。

ーーだから。

 

「ごめんなさい……私が悪かったです……その人だけでも放してください……」

「…………」

 

杖を置いて、両手を上げーー降伏する。

屈辱だとかは感じなかった。あるのは、ネビルが潰されてしまうかもしれないーーその恐怖だけ。

リドルはちらりと見ただけだった。

バジリスクが締め上げる力が強くなる。

ーーネビルが口から血を吐いた。

 

「っ!私が、秘密の部屋に行きます!だからそれ以上はもうやめてください!死んでしまいます!」

「ーー秘密の部屋に来るんだな?」

「行きます!行きますから……私が何でも言うこと聞きますから、お兄様にも、ここの人達にも手を出さないで……!」

「最初からそういう態度でいればいい」

 

ネビルを掴んでいた尻尾が緩くなり、その場に倒れ落ちる。

ひとまずは、これで安心だ。

ーーでも、自分は、もう。

自分はどれだけ無力だというのか。

一体何人の人に迷惑をかけるというのか。

 

(ーーロングボトムさんーーどうか、無事でいてーーお兄様、お父様、お母様ーーーごめんなさいーーー)

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「………悪い冗談はよしてくださいよ。笑えませんよ、先生」

「残念ながら事実です。ジネブラ・ウィーズリー、コルダ・マルフォイの両名が継承者によって連れ去られ……おそらくその場に居合わせたであろうネビル・ロングボトムは重傷を負い意識が戻らない状態。明日には魔法騎士団が到着するとのーー」

「それじゃ間に合わない!ジニーの命はどうなるんだ!?」

 

フレッドは荒れていた。いつもならそれを宥めるはずのパーシーは頭を抱え、ジョージは魂が抜けたかのようだった。

ロンは絶望のあまり言葉を失いーーそしてシェリーは現実を受け止め切れずにいた。

医務室で聞こえた轟音。まさか継承者かと思い現場に駆けつけて来てみれば、既にフリットウィックらが先回りして生徒達を近付かせないよう障壁を張っているところだった。

その後談話室で待機するよう言われ、不安を抱えて待っていると……パーシー・フレッド・ジョージ・ロンのウィーズリー四人組が呼び出され、バジリスクや日記の件を教えなければ!そう判断したシェリーもついて行く。

お通夜同然の職員室。流石に馬鹿騒ぎが好きな獅子寮の面々も押し黙る。

しかし、目の前の壁に書かれた血文字を見てーー否応にも残酷な現実を受け入れざるを得なかった。

 

ーージニー・ウィーズリーとコルダ・マルフォイーー彼女達の骨は永遠に『秘密の部屋』に横たわるであろうーー

 

一足先にそれを見て口をパクパクさせていたのは、ドラコ・マルフォイだった。真剣な表情のスネイプに連れられて来てみれば、妹が頭のおかしい継承者に連れ去られたときた。

どうして、なぜ。こんなことってーー。

彼等はそんな意味のない言葉を繰り返す事しか出来ていなかった。

 

「ぁ、あ……クソッ、なんで、なんでジニーなんだ!なんで……糞……こんな事になるくらいなら、マグル贔屓なんてしない方が、よっぽど……」

「おいパース、何言ってやがる!」

「だってそうだろう!?継承者はマグル生まれとそれを擁護する者を連れ去っていたんだ!だからジニーもマルフォイもーー」

 

そこまで言って、矛盾に気付く。

コルダ・マルフォイは純血だ。

何故コルダだけが攫われた?純血の名家の子息である、コルダが?

どうして彼女が攫われなければいけなかったのか?

 

「ああ……そうだよ。なんで連れ去られてるんだよ。あの子は、こんな事に巻き込まれていい子じゃないんだ」

「ーードラコ、落ち着け」

「コルダを、コルダを助けてください!お願いします!誤解されがちだけど、本当は根は優しい子なんです!あの子を見捨てないでください!どうか、どうか、お願いします……!」

 

大粒の涙をぼろぼろと零した。

普段絶対にしないであろう狼狽振りに流石に頭が冷えたのか、パーシー達は幾分か落ち着いた。

居た堪れなくなっていると、バジリスクの件を思い出す。自分はそれを伝えに来たのだった。

 

「マクゴナガル先生、あのーー」

「はっはーぃ!いやあ遅れてしまって本当に申し訳ない皆さん、しかし主役は遅れてやってくるものでしょう?それで一体これは何の集まりなんです、ハッ!サプライズでギルデロイ感謝会を開くつもりですねそうですね!いやあHAHAHAそこまでしていただけるとは、人徳ってやつですかねえ日頃の行いってやつですかねぇ!」

「…………」

 

見よ、このタイミングの悪さを。

煌びやかなローブを翻しながら意気揚々とやってくるロックハートに、白けた視線や面倒臭そうな視線が当てられる。

タイミング最悪である。

しかしスネイプだけはーー最高のタイミングと言わんばかりに、穏やかな顔を浮かべていた。

 

「ああ、ええ。丁度あなたに用事があったのですよ。と言ってもわざわざ言わなくても分かってるかもしれませんがね。一連の事件について自信満々に『兆候は感じていたんですが止められなくて悔しいです!』などとほざいて……言っていたあなたならご存知の筈だ」

「ええ、私は全てお見通しーー」

「当然、秘密の部屋に女子生徒がふたり攫われた事も知っているでしょうな」

「えっ」

「ギルデロイ、貴方の輝かしい活躍が今この場で更新されるというわけだ。いやぁ楽しみですなぁ、さしずめタイトルは『ギルデロイと秘密の部屋☆』と言ったところか?サインはその本が発売された後に貰いたいですなぁ」

「あ……は……あ、あざーす……」

(性格悪いなー…)

 

「我輩はたしかに覚えていますぞ、『秘密の部屋がどこか既に暴いている』『ハグリッドが捕まる前に自分が怪物と対決するチャンスがなかったのは残念だ』、と。いやあ我々の不手際に付き合わせてしまって非常に心苦しい」

「き、記憶操作でもされてません?」

「となれば我々にできる事は一つだけ、この勇敢なる英雄を送り出すこと、そうですな皆さん」

「頑張れロックハート!負けるなロックハート!」

「応援してるぞー!」

「あ、ははー……はー……そ、そっすね」

「ギルデロイ」

「!マ、マクゴナガル先生!は、はは、ハハハ!私一人では手柄を独り占めしてしまいそうで!きょ、協力してくれるとーー」

「ガンバ」

「………ちっくしょおおおおおお!!!」

 

泣きながら退散するロックハートを見て、今までのストレスも幾分か発散されたらしい。スネイプの顔が歪みに歪んでいる。

 

「ウィーズリー兄弟、ポッター、マルフォイ。今は寮にお戻りなさい。先程も言った通り明日には魔法戦士団が到着します。とても優秀な若者達です。どうか、彼女達の無事を祈ってあげてください」

 

先生達の優しい声に、涙が出そうになる。

意気消沈したウィーズリー兄弟達にかける言葉が見つからない。妹を守るのが兄貴の役目だと、幼い頃より理解していたからこそショックも大きいのだろう。

しかし。

ロンだけは違った。

彼だけは、絶望した目をしていない。あれはーー決意した表情だ。

 

「泣かない。まだ泣いてたまるか。今一番泣きたいのはジニーなんだ、泣くのは全部終わってからだ」

「ロン………」

「ーー行こう、シェリー。秘密の部屋に、ジニーを助けに行こう」

「ーーうん!」

「そうと決まれば早速……」

「待って、ロン!ロックハート先生は一応凄腕の魔法戦士だよ。怪物の正体がバジリスクだって事を教えに行こう?ジニー達が助かる確率は確実に上がると思う」

「……そうだ、そうだよな。あんなでも一流の魔法使いなんだよな」

 

ロックハートが役に立つとは思えないが、それでもいないよりはマシだろう。そう思い彼の部屋までやって来たがーー彼はトランクの中に大急ぎで荷物を詰め込んでいるところだった。

ポスターは剥がされビロードのローブも中に折り畳まれーーそれは戦いの準備をしているというより、夜逃げのようだった。

生徒想いのマクゴナガル達の優しさに触れた直後だったからか……シェリーの中に、少しばかりの失望が広がった。

 

「………あー、はは、どうも」

「何を……してるんですか?引っ越しでもするんですか。……部屋中のものを全部かき集めて……」

「……僕の妹はどうなるんです」

「あー、それについては本当に、うん、気の毒に思うよ。だが、えぇ、緊急でね」

「ふざけるな!いつもあんなに本で自分の活躍を自慢してるくせに!曲がりなりにも昔は活躍してたんだろ!?」

「はは、本は時として間違った認識を招かせますよね、えぇ。ただの凡人を偶像化させると言ってもいい」

「………嘘だったってことですか!?」

「まぁ、少し考えてほしい。野暮ったい魔法騎士とイケメンの僕、同じ活躍でも本にした時に売上に差が出ますよね。つまりはそういう事です。有名すぎない、かといって地味すぎてもいけない逸話を探して、当事者に話を聞く」

 

「私は有名になる前は男性にもウケの良い好青年でしたからね。一通り話を聞き終えたら、後は『忘却術』でちょちょいとね。私の取り柄はそれだけでして」

 

「大変な道のりでしたよ、有名になり栄誉を得るのは。どんな困難にも立ち向かって行かなければならない。人気者になるってのはそういう努力の積み重ねなんです。……さて!ホグワーツで最後に君達の記憶を貰って行きますよ!」

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……僕が悪かったです……その手だけでも放してください……」

 

シェリーの早撃ちとロンの体当たりでロックハートは撃沈。どこぞのマルフォイのような台詞をほざき、めそめそ泣いていた。

 

「ひっ、秘密の部屋だけはダメですって!それ以上はもうやめてください!死んでしまいます!私が!」

「…………」

「な、なんです君達!その軽蔑したような顔は!わ、分かりましたよ!」

「ーー秘密の部屋に来るんだな?」

「行きます!行きますから……私は何でも言うこと聞きますから、もう手を出さないでぇー!」

「もう出さないよ」

「最初からそういう態度でいればいい」

 

哀れハンサム、肉の壁になれ。

しかし秘密の部屋攻略を考えると、このメンバーはやや心細い。戦力が欲しい、そう思っていたところに登場したのはベガ・レストレンジだ。彼が引き摺ってきたのは…意外な人物だった。

 

「おう、ロックハートはやっぱ無能だったみてえだな」

「ベガ!……と、マルフォイ!?」

「おい、離せ、離せって!」

何故彼が?ロックハートのように壁として使う気だろうか。

 

「俺が秘密の部屋に行こうとしていたら、こいつが尾行してきてな。今から話を聞くところだよ」

「……どういうつもりだマルフォイ」

「は、どういうつもりか、だと?……お前達は秘密の部屋の場所に見当がついているらしいな。だったら連れて行ってくれ」

「何が狙いなんだ!?」

「分からないか!?コルダのためだ!!」

ドラコ・マルフォイは激昂した。

こんな顔を見るのは初めてだった。

 

「あの子を『継承者』なんて言う奴もいるがな、彼女はそんな事できる性格はしていない!何であの子が連れ去られなきゃいけなかった!?僕はあの子を取り戻したいんだ、今すぐにでも!」

「…………」

「だから……だから……連れてってください、お願い、します」

 

ロンが唸った。

彼も妹を持つ兄貴である。ドラコの気持ちが痛いほど分かるのだろう。

それにーー彼が嘘を言っているようには見えない。まごう事なき本心だ。

 

「……どっちみち、ドラコは私達に着いてくると思うよ。去年のロン達がそうだったみたいにね。だったら、最初から一緒に行動した方が安心じゃない?」

「もし裏切ったとしても、反応速度最強の俺と早撃ち最強のシェリーなら問題ねぇ。懸念すべきは、こいつ達が足を引っ張るかもしれねえって事だ」

「絶対に足は引っ張らない!約束する!」

「……まあ、それを言うなら僕だって大した力や経験があるわけじゃない。運が良かっただけだ。……持ち駒は多いに越したことはないしね」

「……!!すまない……」

 

頭を下げるドラコに内心驚く。

親の代からウィーズリー家とマルフォイ家の確執は深い。大嫌いな相手にこうべを垂れる事がどれだけ難しいか、ロンなら知っている。

もし逆の立場なら、自分はここまでできるだろうか。ーーもちろん妹を助けるためなら何だってするつもりだがーースリザリンに頼る事すら思いつかないかもしれない。

ドラコに複雑な想いを抱えつつ、女子トイレへと向かう。案の定というか、マートルが嘆いていた。

 

『ベガあああーー!怖かったわああー、大きな蛇の化け物が蛇行してくるんだもの!あーーーん』

「おーよしよし、怖かったな。悪かったからその胴体すり抜けるやつはやめてくれ」

『隠れてたから見えなかったけど、他にも何人か人がいたみたい。その中の一人が眼をケガして魔眼が使えないってブツクサ言ってたわよ』

「眼が使えない?ほォ……ネビルかマルフォイ妹の手柄だな。……罠魔法は全滅か、分かっちゃいたが規格外すぎるな」

バジリスクと聞いてロックハートが竦み上がっていたが、即座にロンとドラコが肘を入れた。実は仲良しではーー?

 

「で、バジリスクどもはどこに行った?」

『そこの蛇口で誰かがシューシュー言った後に水道が開くのが見えたわ』

「………あー、蛇のレリーフがある」

「悪趣味だな」

「は?最高のデザインだろうが」

「うん、可愛いよね」

「……シェリー、頼む」

「あ、ごめん。ーーーー『開け』」

 

蛇型の蛇口に向かってシューシューと唸ると、石造りの水道がいびつな音を立てて動いていく。蕾が花開くように変形すると、中央には大きな穴が。なるほど、スリザリンの象徴たる蛇語を使えなければ継承者にはなれない、ということか。

 

「じゃあ私が行くね」

「待てよシェリー。他に適任がいるだろ。な、『先生』」

「出番だぞ、『先生』」

「役に立てるぞ、『先生』」

「こういう時だけ一致団結するのやめてもらえませんかね!?ちょ、ま、ああぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

すってんころりん、ロックハートが悲鳴を上げながら転がって行き、そして地面にぶつかる音が聞こえた。奥は深いが、底無しというわけではないのだろう。

意を決して飛び込む。滑り台の下に待ち構えていたのは骨の絨毯だ。お尻のあたりに嫌な感触を覚えつつ、ロックハートに杖を向けるのを忘れない。

ロックハートを先頭に、ベガとドラコが前衛につき、シェリーとロンが背後を警戒して進んで行く。

数分ほど歩いたところでーーベガは、後衛二人に聞こえないように息を潜めつつーー言った。

 

「マルフォイ、聞いておきたいんだが」

「何だ?」

「お前の妹の事についてだ」

「………!」

「継承者がジニーを選んだ理由は、まあ、分かる。ウィーズリー家は純血だがマグル贔屓で有名だしな。だがお前のところはどうだ?マルフォイ家のマグル嫌いは有名じゃねえか」

「何が言いたい?」

「正直に言うと、俺はお前の妹がジニーを連れ去ったんじゃねえかと一瞬思った」

「コルダはそんな事はしない!」

「落ち着け。お前のさっきの慌てようを見てそれは無いと確信したよ」

 

ドラコに隠れて犯行を行ったという可能性もあるが、彼女は重度のブラコン。兄を避けて行動するなど目立つに決まっている。

そもそも真実薬の時に彼女が犯人ではないと結論付けた筈だ。

 

「だが、あいつが犯人じゃないなら……何故あいつは攫われた?かのマルフォイ家のご令嬢がよ」

「それは………」

「ーー何か、理由があったんじゃねえか。継承者にとって必要な何かを、お前の妹は持っていた……とか。そもそも殺戮に特化したバジリスクが誘拐ってのもおかしい」

「……………」

「頼む、教えてくれ。コルダ・マルフォイには何か秘密があるのか?俺の思い過ごしならそれで良いが………」

「…………コルダはーー」

「ひぃええっ!?」

 

前方から情けない叫び声がしたと思えば、ロックハートが腰を抜かしていた。彼の視線の先には巨大な生物らしき姿。

明かりでよくよく照らしてみると、透明色のーー巨大な、皮脂のような何かが。

模様を見て、ようやくそれがバジリスクの抜け殻だと分かる。その大きさに遠近感が狂う。巨木が倒れたかのようだ。

 

「ーーむ、無理無理無理ですって!ここここんな、こんな大きさの蛇と戦うなんて!しかも眼を見たら即死でしょう!?」

「もう潰れてるから安心しろ」

「ほら、早く立て」

「ひどい!」

 

周りには事情を知った人物しかいないからか、ロックハートはその怯えようを隠しもしない。その度にロンとドラコはうんざりしたような顔をするのだが……そのせいか、彼に対する警戒は薄れていた。

ロックハートが手元に飛びかかり、ドラコの杖を奪取。してやったりと言わんばかりに魔力を練った。

 

「はっはー!油断しましたね!君達には消えてもらいま……」

「ステューピファイ」

「ぴぎゃあ!?」

 

超速の早撃ち。

生徒内でも随一のスピードを持つ彼女を前にしてそれは、無理があった。もっとも彼女が撃っていなければ、彼女の早撃ちをも見切れる反応速度のベガが撃っていただけの話だが。

『失神』し、完全に伸びる。あと数時間は起きないだろう。戦力が減ったのは手痛いとはいえーーこの様子では、遅かれ早かれ裏切っていただろう。

 

「あ…………わ、悪い。ポッター、レストレンジ」

「ううん、大丈夫だよ。それよりも、ロックハート先生をーーーーッ!?!?」

 

あり得ない光景に思考が遅れた。

失神呪文を二つも腹に食らった筈のロックハートが起き上がるとーードラコを背後から抑え込む。人質だ。

ドラコも負けじと必死でもがくが、それでも大人との体格差は如何ともし難い物がある。おまけにナイフのように変化した魔力を首に当てられては、抵抗する事すら出来なくなった。

 

「や、奴は失神呪文をまともに食らったはずだろう!?な、なんで起き上がれるんだ!?」

 

そう、そのはずだ。

魔法は命中した。その瞬間をその場にいた人物全員が確かに目撃している。躱したという可能性はない。

ならばーー、防いだということか?杖を握っていたのは僅か数秒、その間に己に防御魔法をかけたということなのかーー?

 

「その通り。これが私の創作魔法、『プロテゴ・メンダシウム』。ほぼ全ての魔法を防ぐ事ができますが、一回使ったら暫くは使えない、薄っぺらの盾ですよ」

「ーーそんな魔法を隠し持っていたなんて、本当は物凄く強いんじゃ……。もしかして、今までのも全部演技?」

「いいえ、私が弱っちいのは事実ですよ。さっき私の部屋で襲われた時みたいに複数人が相手だと、この盾も意味がありませんしね。今のもほぼ賭けでしたよーーそれに正面切って戦うのも苦手なんです。見たでしょう、スネイプ先生との決闘」

 

けどね、と神経を逆撫でするような声でロックハートは続けた。

 

「実戦の、何でもありの戦いであれば……特に一対一なら、私は負け無しなんです。各地の猛者達の記憶を操作する必要がありましたからね、隠密行動や不意打ちは得意なんですよ。

ーー勝負は、強い方が勝つとは限らない」

 

ロックハートはにやりと笑う。

たしかに……こいつは、各地で人々の話を聞き、手柄を自分の物にしてきた男だ。まったく戦闘が出来ないのでは、返り討ちに遭ってしまう。

しかし能力が高いのなら、そもそも手柄を奪う必要などない。自分で冒険をして、魔法生物を討伐すればいいだけの話だ。

それができなかった彼の選択は、持てる全ての力を記憶操作と不意打ちに特化させる事で手柄を奪うという道だったのだろう。

惜しむらくは……彼の欲しかった能力と、彼が持っていた力がちぐはぐだったということか。

 

「杖を置いてください。この子がどうなってもいいのなら、別ですが」

「た、たのむ、杖を置いてくれ!」

「……ハン、そいつは所詮スリザリンだ。どうなろうと俺達の知った事じゃねえよ」

「ええっ!?」

「いえ、君達は見捨てない。見捨てられない。詐欺師が最初にやることは、そいつをどう騙してやろうかって人となりを観察する事なんですよ。だから分かる。それに、君達はそれをしたら家族や仲間に顔向けできない事を知っているでしょう」

「…………」

「ーー杖を、置きなさい」

 

ロックハートの強い口調に、シェリー達は杖を置かざるを得なかった。

本気だーー。

ふざけた調子は鳴りを潜めている。

これが奴の本性か?と思ったが、杖を置いた瞬間、安堵したかのようなため息。

何だ?この男の真意が掴めない。

 

「はぁ、ようやく一安心しましたよ。これでようやく対等の立場だ」

「……おい、ロックハート。何でお前はわざわざそんな不利な情報をペラペラ喋る?余計な事なんざ言わずに、ハッタリかませばいいだけの話だろうが」

「君達に、私がいかに無力な存在か知って欲しかったんですよ」

「何?」

「取引をしましょう。私はここから出て行きますから、秘密の部屋攻略は君達でどうぞ自由にやってください。勿論、出口まで来たら解放しますよ」

「それは……」

 

悪くない条件だ。

ロックハート本人がこの場から退くと言っている。無論戦力は減るがーーここで下手に戦って魔力を消耗するよりは、マシか。

だが、それならもっと強気で脅迫すればいいものをーー。自分の弱い部分を敢えて晒しているという違和感。

 

「ええ、この子を脅しの材料に使う……という手も考えましたとも。しかし、優秀な君達なら、この子を助ける方法を考えるでしょう?だから、君達には『従属』ではなく、『協力』してほしいんですよ」

「協力?人質を取って、杖を置かせて!何が協力だ!」

「話を聞いてもらいたかったんですよ。君達、こうでもしないとロクに聞いてくれないでしょう?」

「それはーー」

「それにこのまま私を連れて行っていた方がまずいでしょう。言った通り、私の専門は対人戦。バジリスクなんぞと戦えば直ぐに殺されてしまう。君達はお友達のためなら人の命がどうなってもいいんですか?」

「…………」

「そんな筈はないでしょう。私は人を騙す屑ですが、それでも、帰りを待ってくれている家族がいる。こんなところで死ぬわけにはいかないのです」

 

そう……そうだ。

ロックハートは弱いのだ。そしてその弱さを他人に見せつけることでーーベガ達に同情させたのだ。

敢えて弱さを主張してーー『逃がさなければならない状況』を作った!相手のプライドが高いほど、ロックハートの言葉はより鋭利になる!たった一度の不意打ちで、彼等を動けなくさせたのだ!

ただ一つ、誤算だったのは。

一人だけーー自尊心が低すぎる人間がいたということだ。

 

「ーーでも先生、このまま逃げたら、部屋の入口の事だけ話して手柄を得るつもりだよね。なんならここから出た後に出入口を封鎖してしまえばいいし、私達は勝手に行動したってことにすればいいしね」

「………、」

「家族がいるっていうのも嘘。ここまで有名になるために、自分に近い人の記憶は全部消したんじゃないの?あれだけ本を出しておいて、家族についての情報は一切ないんだもの」

「……何を根拠に?」

「うーん……強いて言うなら、そこで否定しないところ、かな。本心で言っていたならもっと否定してもいいのに……『話術で丸め込んでやるぞ』って企んでるように見えちゃう」

「……君は騙されやすそうな性格だと思っていたんですがね」

 

ロンは意外そうな目で見た。

彼女はバレバレの嘘ですら騙されるお人好しの筈。夏休みの時も、それでフレッド達にからかわれていた。

しかし、彼女はその経緯からか自分への悪意には敏感だ。冗談や軽口は真に受けてしまうが……天性の嘘つきがつくような、悪意のある嘘は、分かる。

 

「……話術で丸め込むのは得意な方だったんですが。どうしてそんなに、秘密の部屋に行きたがるんです」

「ーー友達のためだよ」

「くだらない。友人なんて物は、しょせんまやかしに過ぎないのですよ。シェリー・ポッター。君には友達が大勢いるようだが、それは君が有名だからだ。誰も本心で付き合っちゃいない。ウェーザビー君も有名人の友達が欲しいから付き合っているんでしょう?ベガ・レストレンジ、君は自分の引き立て役が欲しいからロングボトム君を側に置いているんでしょう?

ーーこの世に友人と呼べる人間など一人としていない!いるわけがない!みーんなみんな、そんなくだらない理由で擦り寄ってくるんだ!蠅みたいにな!そんなものに命を懸けるなどーー馬鹿の極みですよ!」

「そ……そんな事ない!!」

「あるんだなこれが!打算無しの友情がこの世にありますか!?本当に信じられるんですか!?無いんですよ、それは!!」

 

さながら子供のようだ。

自分の主張が通らないから逆上し、声を荒げる大きな子供。

これが奴の本性なのかもしれない。

だが知ってか知らずか、シェリーに効いていたのはその本性の主張だった。

ーードビーはシェリーをホグワーツに行かせない為に、様々な画策をした。

ーーその一つが、ロン達の手紙の内容を改ざんし、罵詈雑言を並べた手紙を送るとあうものだった。後に誤解と分かったとはいえーーそれ以来、彼達が心の中で何を考えているか、怖くなってしまった。

自分は果たして、本当に彼等の友達と言えるのだろうか。

ロン達が自分に隠れてポリジュース薬を作っていた時は、役立たずだから省いたのではないか……と、内心怖れていた。

ロンとハーマイオニーは、もしかしたら、本当はーー。

 

「ーいや、そうかもしれねえな。強い奴、有名な奴に擦り寄るのが人間ってもんだ」

 

そう言ったのは、ベガだった。

 

「……だが、勘違いするんじゃねえぞ。俺がネビルに友達に『してもらってる』んだよ。俺なんかより、ネビルはよっぽど凄え奴なんだ」

「……?何を……」

「あいつは友達に立ち向かう勇気がある。友達を大切にできる優しさがある。ネビルは、俺が持ってない物をたくさん持ってんだよ。……俺があいつに憧れてんだ。

……ネビルを、俺が憧れたあいつを、こんな俺なんかを友達だと言ってくれたあいつを、これ以上侮辱するんじゃねェ」

 

その言葉に、ロックハートは青筋を走らせた。人を怒らせる事は得意でも、面と向かってコンプレックスを刺激されるのは苦手なようだ。彼がプライドを全て捨てていれば、勝機もあったかもしれないが……長きに渡るアイドル生活は、彼の思考を鈍くさせた。

意識をベガに向けすぎた事で、注意が散漫になっていた。ロックハートの腕をドラコが無理矢理振り払い、代わりにロンが特攻して体制を崩させる。去年のトロールとの戦いで、気を引く間に攻撃する事は有効だと知っているのだ。

ロックハートは驚愕しーー硬直した。彼にとっての戦いとは、数少ない攻撃で確実に相手を仕留めることを言う。ドラコは既に仕留めた相手であり……勝手に動くなど、完全な想定外。

 

(何故だ。こいつは何故動ける。何なんだこいつらは、友達?そんなもののために、どうしてそこまでーー)

 

だからーーどうすればいいか分からないまま、無我夢中で魔力を暴発させた。

 

「!しまったーー」

「ーー天井が崩れる!!」

「ロン、早くこっちに来て!!」

「っ、だめだ、間に合わなーー」

 

上を見上げた。

降り注ぐ瓦礫を、他人事のように眺めながらーー、脳内でベガの言葉を繰り返した。

 

『ネビルをこれ以上侮辱するんじゃねェ』

 

友達ーーー、そうだ、私は、友達が欲しかった。もっと沢山、もっと大勢の友人が。

自分が有名になれば友達が増える。自分が人気者になればもっと友達は増える。

だが自分にはそれだけの能力はない。

何をやっても、平凡の域を出ない。才能溢れた人間には到底及ばない。

こんなに必死で頑張ってるのにーー。

欲しい。お前の名声が、手柄が欲しい。

嘘をつこう。本当の自分を隠して、素敵でチャーミングな人間だと思ってもらえるようになろう。

本を書こう。世界中の人達に、自分が凄い人間だと知ってもらえるように。

そうすればきっとーー自分も、もっと、誰かに必要とされる人間にーー。

 

「ぁ、あーーー『オブリビエイト』」

 

だが。

こういった時に自分の身を守れる魔法を、ロックハートは使えなかった。

だから、気が動転しーー自分の最も得意とする魔法を放とうとしてーー手首に石が当たり、その矛先が変わってしまった。

魔力が逆流した。

この時、ロックハートは記憶を失った。




そういえば秘密の部屋を見返していた時に聞いた話なんですが、マートル役のシャーリー・ヘンダーソンは実年齢より年下の役を演じる事が多く、秘密の部屋上映時で35歳なんだとか。
えッッッ!!!???


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9.帝王

洞窟の中に音が反響する。

シェリー達は大量の瓦礫の前で立ち尽くしていた。

ロックハートが苦し紛れに放った魔力によりーーシェリーとベガとドラコは、入口に戻るどころか、ロンと合流する事すらできなくなってしまった。状況は、最悪だ。

 

「ローーーーーンッ!!聞こえる!?」

「うん普通に聞こえる!だからそんなに叫ばなくても大丈夫だぜシェリー!」

「あ、う、うん……」

「現況は?」

「頭を瓦礫にぶつけたからか、ロックハートは伸びてる。近付いて確認したから間違いない。弱いってのは本当だったみたいだな……。ただ、そっち側に行くのは無理そうだ」

 

これで、彼等に残された選択肢は一つとなったというわけだ。

戻れないなら、進むしかない。

秘密の部屋に三人だけで挑むしかない。

無論、帰る時にこの瓦礫を撤去する必要があるのだが……最重要はジニーとコルダなのだ。シェリーは確証はないが、確信はしていた。継承者は遅かれ早かれ彼女達を殺してしまう、と……何故かそう思えた。

 

「………、ロン、よく聞け。俺達が一時間で帰らなかったら、その時は……」

「君達の所へ行く」

 

きっぱりとした口調に面食らう。

ベガは頭を痛めたがーーどうやら駄々をこねている訳ではなさそうだ。

 

「ロン。俺達がやられるってのは相当やばい状況なんだぜ、もしそうなったら動けるのはお前しかいねえ。ピンチを伝えられるのがお前だけなんだよ」

「『友達が死ぬかもしれない』、そんな事を前提に行動する奴なんざいないだろ。『君達がジニー達を助ける』、それが前提なんだよ。だったら五人全員がここに帰れるように大きな穴を作っておく、それが僕の戦いだ」

「…………」

 

彼の決意に思わず押し黙る。

ーーロンの覚悟を舐めていたようだ。ベガは暫し考えると、「悪い、任せた」と呟いた。腹は決まったようだ。

元より死ぬ気などさらさら無いが……これで、絶対に死ねなくなった。

 

「シェリー!」

「うんっ」

「ごめんーー僕じゃ役に立てない。ハーマイオニーの……皆んなの仇を取ってくれ」

「ーーーうん。任せて、ロン」

「それとマルフォイ!本当はお前にこんなこと言うのも嫌だがな……!ジニーを頼む!僕の妹を、頼む!シェリーとベガを……君に任せる!もうさっきみたいなヘマはするなよな!」

「………あ、あくまで僕の目的はコルダだ。だがついでに助けてやるよ」

「ああ、それでいい。ーー任せたぞ」

 

強がってはいるが、シェリーはドラコが右手を握りしめたのを見逃さなかった。

悔しいのだろう。まんまとロックハートに出し抜かれ、宿敵であるはずのロンに助けられ、彼の自尊心はズタボロの筈。それでも妹を助けたいという一心で、無力を嘆く事を放棄している。

ーーひょっとして、彼なら。もしかするともしかするかもしれない。

 

「ーードラコ、これをーー」

「?なんだポッター……って、こ、これは……!?」

「……ああ、いざという時これを使いこなせるのはお前だけかもしれねえな」

『オーイ皆んな、作戦会議もいいけど時間はないんだ!なるべく急いでくれ!』

「!そうだね。行こっか」

 

ロンの激励を貰い、進んで行く。

警戒と集中を絶やさず、そしてーー、彼達は行き止まりに辿り着いた。

絡み合った蛇のオブジェ。その中心にはエメラルドグリーンの魔法石がはめ込まれており、特定の魔力を注ぎ込めば仕掛けが作動する仕組みだ。

やるべきことは、分かっている。

「開け」ーーそう口から滑らすと、どこか恭しく蛇が退散しーー扉が開く。

とうとう辿り着いた。ここがーー今年中ずっとホグワーツを騒がせた秘密の部屋か。

まず目に入るのは、巨大な禿頭の石像。おそらくはあれがサラザール・スリザリンなのだろうが、自分の石像を飾るとは生前はよほどナルシストだったようだ。

部屋の中は水で満たされており、大蛇の石像があちこちに鎮座している。趣味が悪いとベガは吐き捨てるが、シェリーとドラコにとってはそうではないようだった。

「蛇、最高じゃないか」と。

 

「お前達の趣味は独特だな…………、ッ!あれは!」

「ジニーッ!」

 

スリザリンの石像の足元に倒れている、燃えるような赤毛の少女。思わず駆け寄って抱きとめると、その身体は青白く、ぐったりとしているではないか。呼吸も浅く、平常時の人間の肉体ではない。

 

「魔力が極端に少ない。そのせいで身体に異常をきたしているんだ」

「そんな……これも、継承者の仕業…?」

「ーーーご名答」

 

背後から聞こえてくる声に、真っ先に反応したのはベガだった。その場から跳びのくと同時、声のした方へと挨拶と言わんばかりに『麻痺呪文』を放つ。シェリー達に盾呪文を放っておくのも忘れない。

まさしく最善の動きだったが、麻痺呪文は通用しなかった。お手本のような美しい動きで盾を形成すると、麻痺呪文はあえなく消滅する。光の粒子が消えるとーーその姿が露わになった。

黒髪に、妖しい色気を纏わせた美青年。スリザリンを示す緑のローブを揺らしてーーその男は現れた。

 

「ふふーー直接会うのは初めてだなーーーシェリー・ポッター」

「あなたは……トム・リドル!?」

 

見覚えのある、どころの話ではない。

目の前の男は『記憶』の中で見た五〇年前の容姿と全く変わらず、そのままの姿でそこに君臨していた。

 

「………、……。つまりはそういう事か。今回の事件の黒幕は、お前だな」

「ふふ、正解。スリザリンの継承者とは僕のことだ。ちなみに、五〇年前の事件を引き起こしたのも僕」

「成る程な。バジリスクを使って女子生徒を殺し、ハグリッドに罪を被せたのか。あまりにも出来すぎた話だったしな……」

「ふふ。ちなみに今回バジリスクですぐに殺人をしなかったのは、またすぐ閉校になる危険があったから。そして、生徒を守れなかった無能な校長としてダンブルドアを追い出したかったからだ」

(………スリザリンの僕が一番話について行けてないんだが……)

 

リドルは口角をつり上がらせて薄っぺらな笑顔を作った。

 

「……まさか、あなたが。けど、どうして五〇年前と変わらない姿でここに……」

「くくっ。何故だと思う?」

 

悪戯っぽく笑う。

見れば、微かに輪郭がぼやけている。リドル越しに薄っすらと後ろの風景が見えてしまうほどだ。ゴーストだろうか……?

 

「『記憶』ーーだよ。五〇年前からずっとこの日記に封じ込められていたーー、僕の魂の一部さ」

 

きっかけは、ジニーが自分の荷物の中に見知らぬ日記帳が入っている事に気付いたことだった。

たまたま見つけた日記帳を最初はマクゴナガル女史に届け出ようと思ったものの、文字を浮かべて興味を惹き、少しずつ時間をかけて口先で籠絡させていった。

ジニーはどんどん日記帳にのめり込み、リドルはホグワーツの状況を随時知ることができたという。

ジニーはまだ11歳の少女に過ぎない。そんな彼女の心を得意の話術で開かせるのは簡単だったという。

やれ、恋の話題だの、友達と仲良くなれるかだの。ティーン特有のくだらない話を聞く良き友人として接したという。

しかし同時に、日記の中に魔力と魂を取り込んでいき、少しずつ彼女を操れるようになっていった。そして肉体を掌握しーー秘密の部屋を開かせ、バジリスクを解放。殺した鶏の血で文字を書き、自分の手足として動かしていた。

さて、ここで邪魔になってくるのがシェリー・ポッターだ。彼女は必ず自分の前に立ちはだかる、そういう運命にあると感じたリドルはーーここで彼女が来るのをずっと待っていたのだ。

 

「……運命?」

「ああ、そうさ。偉大なるヴォルデモート卿を打ち倒したのを聞いた時、悟った。君がーーシェリー・ポッターこそが、僕の宿敵なのだとね」

「…………??何でヴォルデモート卿のことを気にするの。あなたとは関係のない人でしょう?」

 

その問いに、小馬鹿にしたような笑いで答えた。

シェリー達の嫌な予感に答えるように、リドルは空中に文字を描いた。

 

TOM MARVOLO RIDDLE

 

「これを見ろ。ーー平凡な名前だ。どこにでもいるような、ありきたりな名前だとは思わないか?」

「いい名前だと思うけど」

「君の意見は聞いてない。ーー僕は己の運命に相応しい名をつけたのさ」

 

リドルが杖をひと振りすると、その文字列が動きーーそして並び変わる。

それを読んだ時、ハッと息を呑んだ。

シェリーにとって両親を殺した仇であり。

ベガにとって親友を殺した組織の親玉であり。

ドラコにとって父親の元上司。

その男の名はーー。

 

I AM LOAD VOLDEMORT

 

「どうだいシェリー。僕は過去のーー『闇の帝王』だ」

 

まさかーーまさか、だ。

物腰が柔らかく品の良いホグワーツの好青年が、英国中を恐怖のどん底に陥れた最強の闇の魔法使いになるなど、誰が想像できようか。

しかしーーシェリーは驚きもあるが、どこか納得もしていた。トム・リドルはヴォルデモートである、と。

 

「じゃあ、あなたが」

「ああ、そうさ。僕はこの歳から魔法界を牛耳ろうと画策していたってわけさ。秘密の部屋もその一環という訳だ……この名前を考えるのに苦労してね。天才の僕の頭脳をもってしても、これを思い付くのに一晩かかったんだよ」

「……まあ、お前も男だもんな。気持ちは分かるよ。誰だってそういう時期はあるものな」

「おい」

「………………」

「おい何か言えよマルフォイの息子、おいこら」

 

ドラコは目を逸らした。無理もない…。

 

「…芸術を分からんやつらめ。まあいい。で、僕はジニーの魔力を吸って復活しつつあるんだ。だが僕の偉大で膨大な魔力を、穢れた血と通ずる小娘ごときの魔力で補える訳がない。このままではジニーも死ぬし、僕も復活できない。

ーーそこで目をつけたのがコルダだ」

 

ハッとしたように顔を上げる。

ここでコルダの名前が出てくるとは。

 

「強力だが消費の激しい氷魔法をメインに使っている時点でもしや、と思ったが。彼女は人一倍の魔力をその身に宿している。そしてスリザリンで、純血で、才能がある。僕の贄としてこれ以上相応しい人物はいない」

「そうだ、コルダは、僕の妹はどこに行ったんだ!?」

「コルダはそこだよ」

指を鳴らすと、プラチナブロンドの少女が何もない空中から現れる。

ーーコルダだ。

ぐったりとした妹の姿を見た瞬間、弾かれたようにドラコが駆け寄る。気を失っているらしき彼女にひとまずは安堵するが……ジニーと同様、容態は悪い。

 

「呼吸が浅い……、ああ、身体もこんなに冷たい……!」

「その子はからは大量の魔力を貰ってね。僕が受肉するために必要だったんだ」

「受肉だと?」

「バジリスクを生徒に襲わせると同時、僕自身も肉体を得る必要があった。今の僕に出来ることなんて、ほら、蛇を操るくらいだものな」

 

そのための肉体をジニーに作らせた。

とはいえ事件に関与しているストレスが、徐々に彼女を追い込んでいった。肉体が完成する頃には魔力が残りわずかとなっており、再び新たな人材を探さねばならなくなってしまった。

ーーそこで選ばれたのが、コルダだ。

 

「膨大な魔力量、優秀な才能。僕の魂を定着させる人柱に相応しい。純血で、スリザリンの才女。これ以上の人材はいない。魔力を僕のために使ってくれたおかげで、こうして復活することができた」

「そんな……そんなことをして、コルダはどうなる!?」

「んーーー、そろそろやばいかもね。何せ人一人分の魔力が抜かれたんだ、生命の維持だけで精一杯だろうさ。それもいつまでもつか」

「ーーー!!!貴様ああああああ!!」

 

怒髪天を突く勢いで、ドラコは滅茶苦茶に魔法を放つ。何の呪文を唱えたかは分からない。当たりさえすれば、それでいい!

「よくも、よくもコルダをーーッ!!」

紅い閃光は一直線にリドルへと向かう。

その威力たるやーー普段の彼からは想像できないほどのパワー。

感情によって魔力が上昇する事も無いわけではない。が、実際に目の当たりにするのは初めてだ。

だがーーそれでも届かない。

リドルが呟くと同時、スリザリン石像の口が開く。そして現れた蛇の王がとぐろを巻いてトム・リドルを守った。

まさしく、怪物。

 

「おおっと、怖い怖い。見ての通り、まだ肉体が馴染んでないんだよね。程よく定着するまで、バジリスクと遊んでろ」

「ッ、このーー」

『スリザリンよ ホグワーツ四強で最強の者よ 我に話したまえ 力を授けたまえ』

「きさまは、貴様は僕があああああ!!」

「ドラコ!止まって!」

 

蛇語で指示を出すと、バジリスクは忠実にその命に従う。しかし怒りでリドルしか目に入らないのか、ドラコは彼に向かって突進する。バジリスクの尻尾が向かってくるのを見てもなお、突っ込むのをやめない。

(まずい、止めなきゃーー)

今のドラコは聞く耳を持っちゃいない。無理矢理にでも止めなければ……!

(ーーそうだ、前回のクィディッチの要領でーー!)

尻尾が直撃するよりも早く、シェリーの撃った衝撃呪文がドラコを吹き飛ばす。床をごろごろ転がるのと同時、その真上を尻尾が通過した。ーー危なかった。

この調子では、ドラコは自滅してしまう。

 

「っ、ポッター、余計な真似を!」

「ごめん!」

「謝らなくていいシェリー!おい、気持ちは分かるが落ち着け!焦って突っ込んでも返り討ちに遭うだけだ」

「僕の気持ちが分かるだと!?家族を失くすかもしれないこの恐怖が、お前に分かるっていうのか!」

「ーーー」

「僕が、僕が助けなきゃ、コルダはーー」

「お前が死んだら元も子も無いだろう!」

 

そこでドラコは、ベガの瞳に宿っているものを見た。……きらきらしたダンブルドアのそれとは違う、海のように深いブルーの瞳が、こちらをじっと見据えていた。

どこまでも悲しい、泪の海。

そこで気付く。まさか、こいつは昔、家族を失くしてーー。

 

「お前も兄貴なら、下の子に見せちゃいけない顔くらい分かるだろ。あいつはお前の憎しみをぶつける相手じゃない。

ーー相手をよく見ろ、ドラコ」

「!名前……」

「二人とも、来るよ!」

 

化物は待ってくれはしない。バジリスクが再度突っ込んでくる。

真正面からの突進ーー。単調だが、巨大な生物はその身体が最強の盾であり矛となるのだ。だがーー。

 

『ーー!?止まれ、バジリスク!』

 

ベガが使役する悪霊の火によるガード。最上の生物に対抗し得る数少ない魔法。

それを操りーーバジリスクを取り囲むように炎の螺旋を描く。

無論バジリスクとて大人しく捕まりはしない。高い身体能力をフルに使い、炎の中を掻い潜っていく。

通常、蛇が持つピット器官は、熱を感知する機能を持っているがーーバジリスクとて例外ではない。火炎を感知し、呪文よりも早く移動する。

リドルの指示で、縦横無尽に。

天井へ、床へ、壁へ。

三六〇度、全てがバジリスクの足場だ。炎などいくらでも避けられる。この速さがある限りーー!

 

「ーーそこだ、シェリー!!」

「GYAOHHHHHHHNN!!??」

 

バジリスクの下腹部を、数メートルほどの巨大な槍が真下から貫いた。

シェリーが床のブロックを『変身』させて作った槍だ。高い運動能力はそれ自体が弱点、超速故にかわし切る事は不可能。高温で動き回る炎に惑わされ、床でじっと待ち伏せている無機物の槍に気付かなかった。

ほう、とリドルは口笛を吹く。

あれでは脱皮させて逃げる事も敵わない。

 

「そういえば君も蛇語使いだったね。バジリスクへの指示は筒抜けか」

(………、ごめんね、バジリスクさん。もう少しだけ我慢して)

 

石化の正体がバジリスクだと知った時から考えていた戦法だ。蛇語使いは、それだけでバジリスクに対抗し得る能力を持つ。

これで残るはリドルただ一人。

唯一といっていい味方を失いーーそれでも彼は余裕だった。

楽しそうに、ただ楽しそうに笑う。

何故だ。秘密の部屋に到達され、バジリスクを倒され、追い詰められているのは向こうの筈なのにーー。

この余裕は、何だ?

 

「そりゃあ余裕だとも。蛇もいない、部下もいない、肉体も未熟な時のもの。ハッキリ言って劣勢もいいとこだろう。

ーーだが、それでも。まだ僕が残っている。それだけで勝てる理由になる。僕がいる限り、闇は再び世界を覆う。

……ヴォルデモート卿の復活だ」

 

眼をカッと開いた。ーー紅い眼。

未来のヴォルデモート卿が持っていた眼と同質のものだ。魔力を増幅し、大気に流れる魔法の動きを感知する、と言われているものだ。

そこで気付く。奴には影がある。声も、魔力を介したものではなく、喉から空気を震わせたものになっている。

弾むように水の上に波紋を作っていく。

ただ歩いているだけなのに、それは死神の足音に聞こえてならない。

身体を駆け抜ける寒気。

芯までもが凍りつきそうなほどの、純然たる悪意が嗤う。

 

「久しぶりだーー」

 

あるのは、強者としての矜持。

いるのは、未来の闇の暴君。

 

「血湧き肉躍るのはーー」

 

奴はーー最初から本気だ。

四人が杖を構えた。

恐怖を振り払うように、声を上げた。

 

「「「「エクスペリアームス!」」」」

 

紅い光が炸裂する。

全く同じ魔法、しかしパワーは桁違い。

三人同時に攻撃したというのに、リドル一人の呪文を破れない。

しかしそれも織り込み済み。シェリーは周りこみながらも続く二撃、三撃を撃ち込んでいく。だがリドルにとっては児戯に等しいのか、無言呪文で盾を形成してその全てを防いでいく。

ならばと、ベガはバジリスクにした時と同様に何本もの剣を形成して突撃する。だがそれすらも嘲笑うかのように、驚異的な反応速度で剣を撃ち落としていく。

一つ、二つ、三つ、四つ。

リドルの魔法が剣を弾く度に火花が散っていく。

 

(な、なんて勝負だ……ッ!)

 

学生の域を越えている。

五〇年前の最強と、現代の最強。

ホグワーツが誇る天才同士の戦いに、平凡な生徒が入り込む余地などない。勿論彼に才能が無いわけではないーーが、凡才。

彼に出来ることは何もなかった。

 

(ーーいや、出来る事が何もなかったとしても、何もしない理由にはならない!僕に出来ることを見極めるんだ、決してあの二人の足手まといになるな……ッ!)

 

自分が暴走しても何もできなかった。

だが彼等はどうだ?しっかり相手を見て落ち着いて対処した結果、あのバジリスクをも降したではないか。

だから、見ろ。

相手は自分が忌むべき相手じゃないーー!

 

(シェリーかベガの入れ知恵か?マルフォイの息子から油断と甘えが無くなっている。あれではついでに殺すのはできそうにないぞ)

「フリペンド!!」

「プロテゴ。くっくっ、久方ぶりの死合いは楽しいなァ!」

「あなたを倒す!フリペンド!」

「その程度の攻撃、何度喰らおうとーー」

 

そこではたと己の愚策に気付く。

つい数刻前にコルダと戦った時も、相手を舐めてかかり何度も攻撃を食らったが故に、バジリスクが凍りかけるという失態を見せたではないか。

リドルはその場から距離を取る。その判断は正解であった。紅い眼で解析すると、どうやら魔力が渦を巻き、螺旋状に回転して発射されているようだ。

見覚えがある。これはーー。

(ーー銃、か)

単純かつ悪魔的発想の元に生まれたマグルの科学の産物。現代社会に君臨する、身近にして極悪な武器の着想を得たのか。

流石に身体にかかる衝撃が桁違いらしく、撃ったシェリーもびりびりと手を震わせている。

面白い。たった五〇年の間に、魔法とはここまで凶悪に進化したか。まあ、当たっても気絶になる程度のパワーに調整している辺り、まだまだ甘いが。

後ろに飛び退いたリドルへ距離を詰めるのは、やはりベガ・レストレンジだ。ゼロ距離射撃で確実に仕留めるつもりかーー。

 

「くっくっ。大した反応速度だな、ベガ」

「ーー互いにな」

 

ベガが攻撃を放つ寸前、リドルの杖に収束していく緑色の魔力を感じた。咄嗟に身を屈めると、頭上を鋭利な魔法の鎌が横一直線に凪いだーーというわけだ。

それにしても、鎌とは。シェリーが銃を、ベガが剣を使っているのに刺激されたのだろうか?

リドルは連続で鎌を振るう。しかし、見てから反応できるベガには効果は薄いーーーが、狙いはそれではない。

床からだ。

リドルが切った床から、時間差で魔法の鎌が形成され、せり上がったのだ。いやに攻撃範囲が広い。シェリーやドラコ諸共切り刻むつもりか。

後ろに飛び退きつつ、彼女達の方を見る。よかった。盾の呪文で守っている。

 

「くっくっ、手も足も出ないとは、まさにこの事だ。なあ?シェリー、ベガ」

「……そうだね。分かっていたけれど、凄く強いや、トム」

「その名で呼ぶのはヤメロ……まあいい、すぐにその減らず口も聞けなくしてやるのだからな。……だが、惜しいな」

「?」

「俺様……コホン、僕とて純血をこの手にかけたくはない。ベガ、あとマルフォイ君も。僕の部下にしてあげるよ。特にベガ、君には幹部の地位を保証しよう」

「……去年も賢者の石騒動の時に、ヴォルデモート卿に同じことを言われたよ」

「へえ?」

「ノー、って言ってやったよ。今年も俺の答えは変わらねえ。来年もーー未来永劫お前の下につくつもりはねぇ」

 

つまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

「嫌われたもんだね。マルフォイ君はどうする?今ならコルダを治してやれるかもしれないぞ」

「ーーお前がコルダをこんな目にしておいて、か?何を今更……」

「僕はこれから魔法界を征服するわけだが、その時に大好きな父上がどうなっても良いのかい?」

「お前を倒せば変わりはしない!」

「さっきの戦闘に加われない分際で、よく言うよ。この勝負が終わった後に、身の振り方をよく考えておく事だねーー、ッと」

 

迫り来る悪霊の火を緑の鎌で引き裂く。

話の途中に攻撃とは、レストレンジ家の生き残りはとんだ不良息子だ。配下にした後は存分に躾ける必要がある。

しかしーー、いやに火炎の量が多い。牽制など無意味だと分かっただろうに……。

 

(いや、違うなーー狙いは別にある)

 

空気を焼き、呼吸器系を潰す方向で来たのだろうか。たしかに肉体を得た今、酸欠の可能性もあるとはいえ……そんなものは幾らでも対処のしようがある。

単純に考えるなら、攻撃ーーいや、何かを隠すための目眩しか?

悪霊の火の特性として、炎自身が意志を持つかのように動くという点が挙げられる。その特性は、まさに撹乱とマッチしているのではーー?

だとすれば、次に攻撃が来るのはーー。

 

「くッーー止められたか」

「ーーッハ、そんな事だろうと思ったよ」

 

背後からの強襲。

この月光のような銀髪と魔力は、ベガだ。

火炎で囲み、身動き動けなくさせた後に攻めるーー悪くはないが、彼にしてはやや平凡に尽きる攻めだ。

だから何か裏がある。

彼等がこの程度で終わるわけがない。

ベガから意識を離さないーーと同時に、周囲への警戒も怠らない。

この紅い眼は、あらゆる魔力を察知し、読み取れるのだ!

 

「ーーくっくっ。それが君達のとった作戦ってわけか」

 

この魔力の揺らぎ方は、透明マント特有のそれだ。ベガも炎も囮。杖を向けようとしたが……他ならぬベガがそれを許さない。

今、リドルは透明マントの人物を魔法の鎌で引き裂こうとした。それも当然、攻撃範囲が広いので多少狙いがズレても確実に仕留められるからだ。

だがその鎌の柄の部分にーーいつの間に形成したのか、剣が待ち構えている。これでは振り抜く事はできない。

仕方なしに、魔力が揺らいだ方向に蹴りを放つ。

何もないはずの空中で、足裏に伝わる肉の感触。ーー捉えた。

鈍い音と共にそのまま蹴り飛ばすと、マントが剥がれる。オールバックにしたプラチナブロンドの髪、ドラコ・マルフォイか。

 

(まさかこいつが来るとはな)

 

成る程、透明マントを使えば奇襲くらいには使えるという訳だ。

だがドラコがここにいるという事は、まだシェリーが何処かに潜んでいるという事の証左でもある。

紅い眼をぎょろぎょろと忙しなく動かしてーー気付く。

自分の首元に光る、紅い魔力の筋。

真紅の糸。

この眼を持っていなければ視認すら適わなかったであろう、細い細い糸。

ハーマイオニーが考案した『魔法糸』を辿って、魔法が放たれようとしている。

 

(何故だ、この炎の中を、こんなに細い魔力の糸が通るなどあり得ない。すぐに焼き切れてしまう筈……、ッ、そうか、バジリスクか!)

 

糸の先にはバジリスク。あの大蛇の身体をつたって、糸が伸ばされていたのか。

バジリスクは存在そのものが魔力の塊のような化け物だ。確かにあの蛇の身体を糸が通ったのなら、気付かなかったのも納得がいく。囮に次ぐ囮、しかし本命はか細い糸だったとは。

が。

 

「無意味だったなァー。僕を倒すのにさんざっぱら無い頭を絞って考えたんだろうが、しょせん糸なんざちょん切っちまえばいいだけだ!」

 

炎の奥で息を呑むシェリーの姿が容易に想像できる。三重に策を重ねて倒すつもりだったのだろうが、結局は無意味だ。

やはり、孤高の存在である未来のヴォルデモート卿に敵うものなどいない事がこれで証明された。

シェリーは魔法糸に集中を削がれた。

マルフォイの息子もそこで転がっている。

ベガも今殺す。

終わってみれば、呆気ないものだーーそう余韻に浸っていたリドルは気付かなかった。

ドラコ・マルフォイが杖を伸ばして、切った筈の魔法糸を再び繋げたのを。

魔力を伸ばしたり縮めたりするのは、魔法族の初歩中の初歩。魔法糸もそれを極限まで細くしたに過ぎない。

まずはベガを処理するーーそれしか頭に入っていなかったリドルは、床を這っても進む凡才の刃に気付かなかった。

気付け、なかった。

 

「ーーエクスペリアームス!!」

 

糸を辿って、紅い閃光が走っていく。

 

「なーー」

「『マルフォイの息子』じゃないーー覚えとけ、僕の名前はーードラコだ!!」

 

シェリーの魔力はドラコ・マルフォイの杖先へと辿り着き、そしてーー放たれた。

トム・リドルの心臓に向けて。

決定打は皮肉にも、彼が一番軽んじたスリザリンの後輩、凡才のドラコだった。

だがーー武装解除呪文を心臓に食らってもなお、リドルは立ち上がる。馬鹿な。普通の人間が立っていられる筈がない。

杖はなく、身体もボロボロ。それでも立ち上がるのはひとえにプライド故か。

 

「が、ァ、こ、ンなーーーこんな結末、あり得ない!」

「な、嘘だろぉ!?まだ立ち上がるのかよこいつ!」

「糞、なんだこれは……魔法というより技術!自分の魔力を細い糸のように伸ばし、そして糸を『着火』させることで攻撃した……忌々しい、ああ、猪口才な!誰が開発したかは知らないが、こんな……俺をこんな目に合わせるとは!!」

「………その魔法を作ったのはハーマイオニーだよ。あなたが大嫌いな、マグル生まれの女の子が作ったの」

「…………!!下衆な、穢れた血の小娘ごときの浅知恵が、この俺に通用するものかああああ!!」

「通用するよ!だってあなたは十二年前、マグル生まれの私のお母さんの、愛の魔法で倒れたんだもの!」

「き、貴様!!!」

 

ハーマイオニーの考案した魔法技術は、ここでも役に立った。

トム・リドルがかつて見下していたマグルによって、トム・リドルは今ふたたび死ぬのだ!

しかし、シェリーには無意識に敵を煽る才能があるようだ。今の煽りは的確にリドルの突かれたくないところを突き刺した!

攻撃そのものより、むしろその煽りがリドルに効いたのだ!

逆上したリドルは、シェリーに向かって…ではなく、バジリスクへと向かって走り出した。もうボロボロなのに、どこからその力が湧いているというのか。

 

『口を開けろ!バジリスク!』

「バジリスクの口を開けさせてる!」

「な、なんで急にーー」

「ーー奴に近付くな!遠距離で確実に仕留めろ!」

 

狙いはバジリスクの牙だ。

身体を巨大な槍で刺されて動けなくなっても従順に大口を開く姿には痛ましいものがあるが、リドルは気にせずに牙を引っこ抜いた。

シェリー達の狙撃で血を吐くが、それすらも意に介さずにリドルは魔法を放つ。シェリーの得意とするフリペンドーーそれも、魔力を螺旋状に回転させた強化版だ。

さっきの魔法を一目見ただけで構造を理解し、自分のものとしたとするならーーこの男も規格外だ。

だが、そんなものは所詮付け焼き刃にすぎない。落ち着いて対処すれば、なんて事はないはずだ。

 

「くッ、はははーー死ね、継承者の敵!」

「ーーー避けろ!!!」

 

だがーー牙そのものをフリペンドで撃ち出す合わせ技には、流石に対処しきれなかった。超速で発射されたそれは、高速回転して飛んで行きーーシェリーの肩を抉った。

ベガが咄嗟に盾の呪文を展開していなければ、そして首元を引っ張っていなければ即死であっただろう。

 

「ーーぁ、ぎあああああああ、あああああーーーッ」

 

鮮血が空を舞った。

右肩を尋常ではない痛みと熱さが襲う。女子らしからぬその叫び声に、思わず思考がフリーズする。

バジリスクの牙の痛みは想像を絶した。

それは毒というにはあまりにも暴力的すぎた。死者をも殺し、魂を焼く。初見殺しの魔眼を持つバジリスクが持つ、もう一つの初見殺し。

世界の理から逸脱した絶対的攻撃力は、治癒魔法さえも許さない。

痛みには慣れていた筈の彼女であっても、その暴力的な毒には声を大にして悶え苦しむ他なかった。

 

「ッぎぃーー、ぁぁああ……ッ!」

「ポ、ポッター、お前……!だ、大丈夫なのか!?」

「ーーっ、どらコ、日記、牙デーー」

「何をーーーッ!わ、分かった!」

 

血反吐を吐きながら喋ったせいで、綺麗な発音とはいかなかったがーー幸いにも意図は伝わったようだ。

ドラコが地面に転がった牙を拾う。バジリスクの唾液とシェリーの血が混ざり合って気持ち悪いが、気にしている余裕はない。

それを見て何をするか察したのか、リドルは再び牙を抜いて二撃目を放つ。

当たれば終わりの毒の牙を、最速の射撃魔法で放つ凶悪の組み合わせ。その前に立ち塞がったのはーーベガだ。

 

「ベガ、貴様もろともーーーッ!!!」

「これ以上仲間に手出しはさせねえ」

 

毒の牙が、再び高速回転しながら発射される。当たれば死。躱してもドラコが死ぬ。

盾の呪文は破られるだろう。

ならば、と。

ベガは己の魔力を一点集中させ、そして高速回転させた。

逆回転ーー。

あらゆる攻撃に見てから反応できる究極の後出しジャンケンを可能とするベガは、牙が発射された時点でとうに間に合わない事を悟っていた。

だからこそーー迎え撃つ。

牙は確かに脅威だがーー、それは当たってから効果を発揮する。当たらなければどうという事はない。

長く伸びた魔力の先で、牙が削れていく。

ぶつかり合いは一瞬。ベガが脚を前に踏み出すと、牙は宙を舞った。

 

「く、そがーーなら、連続でーーぐああああッ!?」

 

リドルの追撃はとうとう適わなかった。

彼の左胸がひび割れ、光の粒子が漏れ出している。ちょうどドラコが、日記帳に牙を突き刺しているところだった。

思えば、おかしい事だったのだ。心臓部に直接魔法を撃ち込んだリドルが立ち上がれるなどーー。

そのカラクリが、これだ。

今まさに自分にトドメを刺そうとしているスリザリンの後輩を睨むと、赤黒く血走った眼で駆け出した。

ドラコは二つ目の穴を開けた。

 

「き、さまァああああーーースリザリンの恥知らずがぁアアアーーーーグリフィンドールの連中と結託してェエエーー俺を斃すというのかーー!!?」

「ーー僕は一年前にスリザリンになった。けど、それより早く、十年前にーーコルダのお兄ちゃんになったんだ!」

「ああああああああああああ!!!!」

 

ドラコは本を閉じ、全体重を乗せて日記帳を貫いた。本からは大量のインクが流れ、そして消えていく。

端正だったリドルの顔はヒビが入り、全身が千切れ飛ぶ。四肢が捥げ、肉体が崩壊しても進むのをやめなかった。

とうとう頭だけになった彼は、ぐちゃぐちゃになった視界の端で蠢くモノを見た。

シェリー・ポッター。

バジリスクの毒を食らい、もう助かる事はないだろう彼女。ざまあみろ。自分の宿敵も道連れになって死ぬのだ。

何が生き残った女の子だ。

何が赤い髪の少女。

何がーー、

 

「………そうか、貴様はーーー」

 

リドルが何かを言うよりも先に。

肉体は朽ち果て、消えていった。

 




トム・リドルの必殺技

◯紅い眼
魔力を増幅し、解析する。集中すれば細い魔力の糸や透明マントも見切れる。あと見た目がかっこいい。
◯魔法の鎌
魔力で形成した鎌で攻撃する。切ったところからも時間差で鎌が飛び出す仕組み。
◯バジリスク・フリペンド
触れたら即死のバジリスクの牙を螺旋状に回転させ、高速で発射する即興魔法。シェリーの狙撃魔法にヒントを得た。

もう少しだけ続きます!


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Chamber of Secrets

勝利の余韻に浸る暇もなく、ベガとドラコはシェリーに駆け寄った。

 

「ポッターは助かるのか!?」

「………無理だ。すまねえ、俺の力じゃシェリーを助けらんねえ」

「そ、そんな………!せっかくトム・リドルを倒したっていうのに、これじゃあ意味がない!こんな事って……!」

(………クソ……この傷を癒せる魔法使いなんて、世界中探してもいるかどうか…)

 

いや、可能性が全く無いという訳ではない。ダンブルドアに比肩するとされる偉大な魔法使いで、錬金術の父とされるニコラス・フラメルならーーもしかして、可能性はあるかもしれない。

だが、シェリーの命は最早秒読みの段階に入っている。無理だ。

頭の中を絶望がよぎった。しかし、それがやってきたのは突然だった。

「ーーどうやら、まだ天はこいつを見放してねえらしい」

巻き起こる真紅の風。

地下にある秘密の部屋においても、その鳥の周りだけは生命力と安らぎに満ち溢れているように思えた。

不死鳥だ。

美しい真紅の鳥は、シェリーの近くに降り立つと、彼女を憐れんでかーーぽろり、と涙を零した。そのあまりにも幻想的な光景に閉口する。絵画の中に入ったかのような錯覚だ。

 

「いや、でも、何だこの鳥急に現れて!こいつもトム・リドルの差し金か!?」

「大丈夫だドラコ。こいつは不死鳥、この鳥の涙は傷を癒す効果があるんだよ。ーーまさかバジリスクの毒にも有効とは思わなかったがな」

 

おそらくは、ダンブルドアの差し金か。

ともあれ、シェリーの呼吸は落ち着きを取り戻し、その眼にも光が射し込んだ。

シェリーは上体を起こすと、事情を理解したのかーー不死鳥に「ありがとう」と笑った。よかった、と安堵の声が漏れる。

それを見届けると、不死鳥はバジリスクへと向かいーーなんと、その蛇にも涙を流し始めたではないか。

 

「おいおいおいおいそいつは駄目だって!バジリスクだぞ!?やっぱりこいつリドルの差し金で動いてやがるーーッ!」

「だ、大丈夫じゃないかな。それなら私を治したりしないはずだし。たぶんその子が本当は悪い蛇じゃないって、ちゃんと分かってるんだよ」

「え?でも……」

「トムが蛇語で命令しているのを見て、まさかと思って私も話しかけてみたんだけどね、全然反応がなくって。今にして思えば、蛇語と服従の呪文の重ね掛けだったんだと思う」

「……蛇語は極めれば洗脳能力を持つとされる学説もあるくらいだ、強制的にバジリスクを操っていたとしてもおかしくは無いな」

 

シェリーがさんざん聞いた、『殺してやる』というバジリスクの囁き。あれも今にして思えばおかしかった。

バジリスクは凶悪な力こそ持つが、本質はただの蛇である。蛇は敵意や警戒心こそあれど、怨みを持って「殺してやる」などと言うだろうか。

ーーおそらくは、リドルがそのレベルから洗脳していたと言うことか。

 

『いやァ、お恥ずかしい。まさかそんな事を口走っていたとは』

「……………」

「………今、喋ったよな。こいつ」

「そうだな。蛇語使いじゃない僕にもちゃんと聞こえたぞ」

『はっはっは、幾百年も生きていれば、ヒトの話す言葉の一つ二つ覚えますとも』

「あー…なんかこう、驚くとかそういうの通り越して、何も考えらんないや……」

 

戦いの疲労と、驚愕の事実によるダブルパンチで、彼等の脳内は既にパンク状態に陥っていた。今日だけで驚愕の事実がどれだけあると思っているのだ。蛇の話す流暢な英語に頭が痛くなる。

凶悪な爬虫類の顔をしている癖に、なかなかダンディな性格のようで。低く渋く、それでいて落ち着いた声色は、有能な老執事のそれを思わせた。

ベガは面喰らいつつも、杖を構えたまま質問を行った。

 

「おい、てめえは俺達の敵か?味方か?」

『味方ですとも。私はホグワーツ生を守るためにあるのですから』

「さっき殺されかけたけど?」

『おっと、挨拶が遅れましたな。私の主人はサラザール・スリザリン。手前は蛇王バジリスクでございます。名前はーー好きなようにお呼びくださいませ。亡霊に操られていたようで……えぇ、誠に申し訳ありませぬ。なんと詫びれば良いか』

「べ、別にいいよ」

 

数十メートルはある蛇が恭しくお辞儀をするのを見る日が来ようとは。こんな経験をしている十二歳は他にいない。

 

「まぁ、ダンブルドアの不死鳥が治癒させている辺り、信用してよさそうだが……」

『えぇ、すぐには受け入れられぬのも無理からぬこと。…亡霊に取り憑かれて、まさか生徒に向けて眼を使わされていたとは。あの方々に合わせる顔がありませぬ」

「…………あの方々?」

『ホグワーツ創始者の四人でございます。聞いたことはありませぬか?スリザリン、グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクローの四人を』

「そりゃあ知ってるが。お前、スリザリンのしもべだったんじゃねえのか」

『左様。ですが御三方にも変わらぬ忠誠を誓っておりました。蛇語が使えるのはサラザール様のみでしたので、彼との交流が深かったのは事実ですが。当時は英語喋れませんでしたし』

 

その割には、いやに流暢だ。

数百年ぶりに人と話すからか、どこかテンションが高いのは気のせいだろうか?

 

『そういえばパイプを通っている間、ずっとスリザリン様の悪い噂が聴こえてきたのですが』

「まあ、実際にマグルを迫害した闇の魔法使いって言われてるしな」

『………なんと』

「ドラコには悪いけれど、あまり良い話は聞かないよね」

『彼は偉大な魔法使いですとも!ホグワーツ四英傑は、数多くの魔法使い達に隔たりなく手を差し伸べたのです。彼等同士も本当に仲が良かった』

「だが、スリザリンはグリフィンドールと対立してホグワーツを去ったと……」

『それはあり得ませぬ。私はこの部屋にすっといましたから、対立の原因は分かりませぬが……。グリフィンドール様は、スリザリン様の純血主義にもきちんと理解を示しておりました』

「何だと?」

 

それは、俄かには信じがたい話だ。

ホグワーツで教えられる歴史と、この蛇の間とでの乖離が激しい。

まずい。さっきからもう頭も体力も限界に近い。これ以上何を詰め込めというのだ。

 

『では、一つだけ。今の獅子寮と蛇寮は仲違いをしているようですが……どうか今からでも仲良く、いえ、対立しないよう働きかけて欲しいのです。元々ホグワーツは迫害されていた魔法使いを護るための城。一致団結の為の城でございますので』

「……魔法使いを護る?何から?」

『マグルから。ええ、いくら魔法族が強くとも、数は何者をも滅ぼします。当時はそれが顕著でした……』

 

それはそうだろう。

人間は未知に恐怖し、そして迫害する。シェリーが良い例だ。何かあると彼女のせいにされ、いじめの対象になっていた。

だからこそ魔法使いは身を寄せ合い、自己防衛のための技術を磨くために学校というシステムを作った。

その先駆けとなったのがホグワーツだ。

四人の才能ある魔法使い達が、貴族や身分の違いといった枠組みを超え、お互いに協力し合って作りあげた魔法の城。

 

『魔法使いの学校というシステムは普及していき、創始者それぞれの血を引き継ぐ者がそれぞれの学校を創ったのです。グリフィンドール様の末裔がマホウトコロ、ハッフルパフ様の末裔がボーバトンを創設したというように』

「………そうなのか!?」

『ええ。代々行われる……今も行われているかは存じませぬが、魔法対抗試合もそういった昔からの繋がりを再確認するための催しでありまして』

 

なんともはや。

つまるところホグワーツは、世界中の魔法学校の原点と呼べる存在だったというわけだ。そう考えると自分の通っている学校の教育の質の高さも納得である。

世界最強のダンブルドアを始めとして、マクゴナガルやスネイプといった優秀な人材が揃っている。彼等は教育者にして高い技術を持った一流の魔法使いである、というわけだ。

教育面だけでなく、防衛という観点から見ても非常に高い水準にあると言っていいだろう。寧ろよくそんなところにロックハートが入れたものだ。

 

『だからーーだからどうか、違う寮であっても手を取り合ってほしいのです。我が主人達が目指した未来を創ってほしい。スリザリン様の純血主義も、間違った形で後世に伝わってしまった。元々は、純血に相応しい魔法使いになるための思想であって、決してマグルを下等だと見なすものではないのです』

「ーーーーー」

『どうかーーこの爺の頼みを聞いてほしいのです。喧嘩しても良い。競い合うのも良いでしょう。………ですが憎み合うのだけは、どうか……』

 

バジリスクの必死な念押しに、思わず首を振る。もっと昔の話を聞きたいところだったがーー流石に体力が限界なのと、コルダとジニーを医務室に運ばなければならない。不死鳥が涙を流してくれたので、大事ないとは思うが。

バジリスクは慣れ親しんだ秘密の部屋で余生を過ごすらしい。その事もダンブルドアに話しておかなくてはーー。

ーーああ、ダメだ。意識が飛ぶ。

 

 

 

目が覚めるとベッドだった。

粗方の事はベガ達が話してくれたらしい。

あれから大分時間が経っていたらしく、なんと丸五日も眠っていたらしい。シェリーは石化から戻ったハーマイオニーとジニーに泣きつかれた。

今回の一連の事件を聞いて、理事会はダンブルドアが校長であるべきだと判断したらしい。復職した校長が真っ先に決めたのは、学年末テストの取り止めだった。これに関してはとても有り難かった。何せ勉強する暇が全く無く、真剣に留年について悩んでいたところだったからだ。

 

そして現在は戦いの傷を癒すため、ベガ、ドラコ、コルダ、ネビル、ジニーと共に仲良くベッド行きである。医務室に気まずいものが流れまくりだ。

マダム・ポンフリー曰く、怪我人に寮は関係ない……のだとか。癒者として立派な考えだとは思うが、もう少し……こう……。

医務室の空気を明るいものとしたのは、ロン達の見舞いだった。

彼等がやって来たおかげで、スリザリンのドラコとコルダもぽつりぽつりと口を開くようになっていった。

 

「……ごめんなさい、コルダ。私が、あの日記に取り込まれなければ……!」

「………ああ、もう。そんな顔されたら怒るに怒れませんって、ジニー・ウィーズリー。私もあの継承者とやらには腹を立てていましたから」

「ンー、花、咲かないなぁ。あんたの周りって冷えるし、それが原因かもね」

「………あの、私のベッドの上でよく分からない植物を育てるのはやめてくれませんかねルーナ・ラブグッド!!??」

 

「ネビルお前……何であんな無茶した」

「……僕だけが動ける状況だったからさ。それに君も人の事は言えないだろう」

「……………」

「ああ、もう。そんな顔するなよ。僕を友達だって言うんなら、僕を守るばかりじゃなくて、もっと信頼してくれよ」

「………………悪い」

「………君、僕に隠してる事あるだろ。君の家庭の話、ロクに聞いた事ないよ」

「………………ネビル、次の夏休みだが…俺の…あー、実家に……来てくれねえか」

 

「じゃあ、ロックハート先生は……」

「残念ながらインチキ野郎だってさ。あんなに喧しかったのが、今じゃアレさ」

「すごぉい、物が浮いてる。まるで魔法みたいだ、あははははーーッ!」

「……記憶喪失、かぁ。聖マンゴで記憶が戻ればいいけど」

「いや、あいつの場合戻らない方が幸せなんじゃないかな。で、どうだいハーマイオニー、今の気分は」

「………最悪よ!」

 

見舞いにやって来たマクゴナガルからは抱擁された。彼女なりに色々と思うところがあったのだろう、涙こそ流さなかったものの、そのハグには様々な感情がこもっているように感じた。

そのマクゴナガルの話によると、秘密の部屋はの一部の人間だけが知る『秘密』となり、バジリスクは害がないと判断されひっそりと管理される事になるらしい。ただしハグリッドにだけは言わないようにと念押しされた。彼は信用無さすぎである。

 

「そっか……そっか!ハグリッド、戻ってくるんだ!」

「ええ、そうですよ。ダンブルドアも戻ってきましたし、いい事尽くめです」

「じゃあ……五〇年前の冤罪も晴れるんですか!?」

「いえ、残念ながら五〇年も前ですから、魔法省が今になって間違いを認めるという事はないでしょう」

「……そんな…………」

「ですが、彼はこの五〇年で掛け替えのないものを得た筈です。彼は冤罪の一つや二つでへこたれはしませんよ」

「…………!」

「………嬉しそうですね、シェ、こほん、ポッター」

「はい!ホグワーツにはハグリッドがいなきゃ!」

 

マクゴナガルはなんと帰り際にドラコ達にもハグをしており、彼等は目ん玉をひん剥いて困惑していた。ロンに言わせれば、「おったまげー」である。

そしてそのまま医務室でだらけていると、やってきたアーニー達にジャパニーズ・ドゲザを決められた。なんでも継承者だと決め付けていたから、らしい。

その様子を見て感化されたのか、コルダもロンに謝罪をしていた。そういえば彼女は数ヶ月前にクィディッチ・ピッチでロンにさんざん氷魔法を放っていたのである。

 

「あの時は……あー……私もやり過ぎてしまって………あー、本当に申し訳ないというか……ごめんなさ……」

「何だい?何か言うならもっとハッキリ言ってくれよなマーリンの髭!」

「…………お兄様あああーーん!!」

「ぶっ飛ばすぞウィーズリー貴様!!」

「は!?何でだよ急に!?」

「今のはロンが悪いわ」

『うんうん』

「ちょ、何で皆んな、あーーー!!!」

 

ちなみに今年もグリフィンドールとスリザリンの合同優勝だった。

 

 

 

 

 

ホグワーツ特急がもうすぐ出る。

シェリーはホグズミードの駅でバーノン夫妻にどう挨拶したものかと一人ごちていた。あの日、自分はほぼ脱走同然に出てきたのだったか。

……思い出した。その数日前、自分宛の手紙を読んでいたのだったか。罵詈雑言が書き殴られた、悪質極まりない手紙。しかもロンとハーマイオニーの名前で送られてきたものだから、そのショックはとても大きかった。

シェリーを学校に行かせないためのドビーの策謀だと知った後も、彼等が本当に自分の事を嫌っているのではないかとビクビクしていた。

 

(でもーーそれでいい。彼等がどう思っていようとも、私にとって大切な人を守れるのならーーそれでーー)

「シェリー・ポッター!」

 

甲高い声に吃驚して振り返ると、ぼろの枕カバーを身に纏った、子供の背丈ほどの生き物が駆け寄ってきていた。屋敷しもべ妖精の、ドビーだ。

そういえば、秘密の部屋について知ったのは彼からなのだった。ーー会うのは実に数ヶ月ぶりだ。

 

「ドビーッ!久しぶり、元気だった?」

「はいぃ!ああシェリー・ポッター、貴方はやはり最高でございます!秘密の部屋で継承者を倒したと聞いた時は小躍りしちゃいましたねェ!」

「ドビー、機嫌良さそうだね」

「それもそうです!なんせドビーは自由を得たのですから!」

「?よくわからないけど、よかったね!」

「ありがとうございます!あ、自由とはつまり、ドビーはクビになったのでございますね」

「………………えっ!!??」

 

聞くところによると、なんとドビーはマルフォイ家に憑いた屋敷しもべなのだとか。つまりは、この一年色々あったドラコやコルダが主人というわけだ。意外な繋がりもあったものである。

ジニーの荷物に日記を紛れ込ませたのはルシウス氏。ドビーはそれを知って、シェリーに警告をしていたのだとか。

 

「ドビーがシェリー・ポッターに肩入れしていたことを知ったルシウス様は私を『解雇』なさったのです!ヒャッホウ!ドビーは自由!」

「え……で、でも、ドビー。それって屋敷しもべ妖精にとって最大の屈辱なんじゃなかったの?いいの??」

「全然大丈夫っす」

「………ええー」

 

ドビーは屋敷しもべとしては変わり者もいいところらしい。生物の本能として、従属と服従が染み込まれている彼等にとって自由こそ屈辱……の、はずなのだが。

小躍りしているドビーを見ていると、そんな事情など些細なことか、と思えてくるのだった。

 

「ああ、それで、シェリー・ポッター。今日はこれを渡しに来たのです」

「…………?手紙?」

「はい!夏休み中、シェリー・ポッターに送られてきたご友人からの手紙です!」

「……………ッ!」

 

封を開けて、中身を見る。

暴言などではない。どこそこに出かけたとか、近況を知らせたりだとか、とりとめの無い話。後半の手紙になると、返事が返って来ない事への心配がつらつらと書かれてあった。

驚きと共に、嬉しさが沁みた。

 

「……アルバス・ダンブルドアから聞きました。今年はずっと、ご友人との仲に悩まれたとか。ご友人と話すのが怖くなった時があったとかーー。ドビーは考えました。三人の絆が本当だと証明する方法を」

 

歯の隙間から声が洩れる。

鼻の奥が痺れるような感覚に陥る。

ーー涙が、溢れそうだ。

 

「もう何ヶ月も経ってしまいましたがーーどうか、受け取ってください」

「ーーうん。ありがとう、本当にーーありがとう、ドビー」

 

疎外感があった。

自分がここにいてもいいのかと、悩んでもいた。居場所をーーいや、自分の大事な人の名前を呼ぶことが、憚られた。

この一年、無理矢理忘れようとして、それでも悩み続けていた事だった。

だけど、自分は。

 

彼等のことをーー

ーー友達と呼んでも、いいのだ。

 

「オーイ!そんなところで何やってるんだよ、シェリー!」

「早くしないと遅れるわよー!」

 

「ーー今、行くね!」

 

親友の下へと、駆け出したーー。

 

 

 

『Chamber of Secrets』、the endー

 

 

 

 

 

「すぅ、すぅーー」

「寝ちまったか、シェリー」

「無理もないさ。バジリスクの毒を喰らったんだからな」

「…………」

「…………ありがとうな、あー……ベガ。妹を助けるのに協力してくれて」

「ああ、別に………」

「……………」

「……………」

 

気まずい。

普段この男と何を喋っていたっけか。そうだ、憎まれ口を叩き合ってた。うん、まともな会話が出来るはずもない。

先に口を開いたのは、ドラコだった。

 

「あー、その……ベガ。そういえばコルダの秘密を話していなかったな」

「……秘密?」

「ああ。コルダが攫われたのは、人より魔力が多いからってあいつは言っていただろ?……この子の魔力が人より多いのは理由があるんだ」

「………いや、別に、話したくない事なら話さなくてもいいんだぞ。お前やこいつにも事情があるだろうし」

「いや、聞いてほしい。君達には妹の命を助けられた、だから話しておくべきだと思ったんだ」

「……………」

 

ベガは沈黙した。

彼も事情がある。自責と後悔で塗りたくられた、最低の過去を持っている。その過去は、未だ親友にも打ち明けられていない。言えば、自分がしでかした事へ直面しなければならないからだ。

だがーードラコは、その過去と正面から向き合うというのか。

 

「コルダがまだ幼い頃、例のあの人の残党に襲われた事があるんだ」

「………何?」

「僕の父が許せなかったのだろうな。闇の陣営の幹部でありながら、あの人が失脚した後はコネと地位を使って今度は魔法省の幹部だ。怨みを持つ者は多い」

ドラコは自嘲気味に言った。

「だがーー言っておくが、父上は生まれてくる僕達を守るために裏切り者の道を選んだんだ。決して保身の為じゃない」

「ーーだとしても、お前の父親の罪は変わらない」

「………、ああ、そうだな。兎も角、それでコルダは狙われた。彼女が一人でいる間を狙って、だ。魔法省の人間が駆け付けたおかげで一命は取り止めたんだが」

 

「そしてその時ーーコルダは噛まれた」

 

噛まれた、とは。魔法界にとってそれは、単に獣に攻撃されたとは別に、もう一つの意味を持つことになる。

魔法界の一部の生物は、対象を噛む事で生殖活動を行う存在がいるのだ。

例えば吸血鬼。

計り知れないほどの力を持つ代わりに太陽の下を歩けない生物である彼等は、ほぼ全ての生物が持つーー血に干渉することで今まで存続を続けてきた。そんな彼等は、主に自分の血液を受け渡す事で種を増やす。

己の爪や、牙によって。

吸血鬼の派生であるグールなども、傷をつける事で同族を増やしーー爆発的に、まるで病気のように広がっていく。

そしてーー、人を噛む事で増える最もポピュラーな生物が、もう一種存在する。彼等は強靭な肉体を持つ代わり、生物を弱らせる氷魔法に特に弱いとされるーー。

 

「……まさか」

「ーーああ。彼女は狼人間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

【登場人物紹介】

 

 

【挿絵表示】

 

 

◯シェリー・ポッター(Sherry Lilly Potter)

今作の主人公。赤い髪の少女。

スネイプの指導で射撃魔法を使い始めたことにより、ひたすら早く攻撃する早撃ち戦法が主な戦い方になる。

得意魔法はフリペンド。

 

◯ベガ・レストレンジ(Vega Lestrange)

生徒達のメイン戦力。ロックハートに色々言われて思うところがあったのか、ネビルに自分の過去を打ち明けようと決意。

得意魔法は悪霊の火。

 

◯ロナルド・ウィーズリー(Ronald Bilius "Ron" Weasley)

去年ほどの活躍はできなかった。魔法糸の扱いは上手いはずなので頑張ってもらいたい。

 

◯ハーマイオニー・グレンジャー(Hermione Jean Granger)

怪物の正体に気付いたり、新魔法作ったりした人。登場回数少ないくせに何気に貢献度がやばい。

 

◯ネビル・ロングボトム(Neville Longbottom)

ベガに感化されてか、相手がバジリスクでも勇敢に立ち向かうようになった。多分今の時点で帽子から剣抜ける。

 

◯ジニー・ウィーズリー(Ginevra Molly “geniee“ Weasley)

入学した年から大変な人。コルダというライバルがいるので伸びる可能性はある。友人が不思議ちゃんのいじめられっ子で、ライバルが金髪悪役令嬢……と、ちゃっかり主人公みたいなポジションにいる。

 

◯ドラコ・マルフォイ(Draco Lucius Malfoy)

去年に続いて二度も例のあの人に喧嘩売っちゃった人。今までの純血主義の価値観が壊された今、彼はどうするのか。

 

◯コルダ・マルフォイ(Corda Narcissa Malfoy)

今年から登場したドラコの妹。優秀な魔女だが、スリザリンらしく他者に対しては辛辣。その反面非常に家族想いで、特に兄のドラコに関してはブラコンと言っていいほどの愛情を注いでいる。扱いの難しい氷魔法を使うが、同学年の間では一番の彼女も未だ完璧に使いこなせていない。

幼い頃に噛まれ、狼人間となった。当時は脱狼薬が開発されていなかったため、ルシウスは生物の力を弱らせる氷魔法の術式を娘に埋め込んだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

◯ギルデロイ・ロックハート(Gilderoy Lockhart)

ヘタレのくせに使う呪文が全部チート。魔法戦士としての才は無いが不意打ちや諜報の能力はとても高く、正面からの戦いでなければかなりの強敵となり得る。(だが本人は勇敢に立ち向かう力を欲しがった)

 

◯ドビー(Dobby)

シェリーを精神的にも肉体的にも追い詰めたやべーやつ。アイドルの過激ファンみたいな妖精。

 

◯エミルと呼ばれた男性(A man called Emil)

女のような顔をした男。

闇祓い。

 

◯チャリタリと呼ばれた女性(A woman called Charitari)

男のような性格の女。

闇祓い。

 

◯バジリスク(Basilisk)

全長数十メートルの大蛇。スペックだけなら最高のチート蛇野郎。蛇語と服従の呪文の重ね掛けでリドルに操られていた。

本来は老獪な老執事のような性格で、結構おちゃめ。

 

◯トム・マールヴォロ・リドル(Tom Marvolo Riddle)

やがて世界に名を轟かせる事になる、未来のヴォルデモート卿。

余裕のある時はふざけた性格だが、ピンチになると口調が荒くなる。

闇の帝王の記憶に過ぎず、戦闘能力も当時のもの。しかし多くの創作魔法を持ち、その実力は本物。シェリー達が三人がかりで漸く倒せた相手である。

 

◯その他

 

『魔法糸』

ハーマイオニー考案の戦法。

見えるか見えないかぐらいの細い魔力の糸を伸ばして相手にひっつけて、呪文を唱えれば糸に沿って魔法が飛んでいく……というもの。

魔力が低い者ほど糸は細く扱いやすい、つまり魔力で劣る者のための必殺技。

糸を伸ばすのに時間がかかるのが欠点。

 

『プロテゴ・メンダシウム』

ロックハートが開発。

一回だけほぼ全ての魔法を完全無効化できる魔法。一対一の戦いでこれを使い、死んだフリをして背後からオブリビエイトを使うのがロックハート流。きたない

 

『紅い眼』

ヴォルデモートが(偶然)発現した能力。闇の魔術に精通した者が一定の条件を満たすと、肉体の一部が赤く変色し魔力を増幅させる事ができるようになる。死喰い人の中でも一部の人間しか使えない。




秘密の部屋終わりました。長かった…。
大体ノリで連載作品二つも増やしたらそら遅れるわ!すいません!そちらもよかったらどうぞ!
アズカバンの囚人は近日公開できると思います。


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閑話
Episode of Corda


来年に繋ぐための短編になります。


ーーピクニックに来ていた時だった。

日差しは暖かく、心地よい空気。子供は外で伸び伸びと遊んでいる。

絶好のピクニック日和に、いつも職場で部下に嫌味を言っているルシウス・マルフォイ氏の眉間の皺も、どこか和らいでいるように見えた。

こうして家族と穏やかに過ごす時間も、いつぶりの事であろうか。例のあの人の失脚後、保身のために大忙しだった彼は今でもアーサーから睨みを利かされているし、特に最近は例のあの人の残党の目撃情報も多くゴタゴタが続いていた。

 

(ーー闇の帝王の残党、か)

 

彼等に思うところがあるかと聞かれれば、ない。ルシウスはそういう男だ。自分の家族を守るためなら平気で他者を切り捨て、蹴り落とす男だ。

そういう血も涙もない男だからこそーーこの地位まで登りつめたのかもしれないが。

日刊予言者新聞のくだらない記事を読みながら、カミツレの紅茶で流し込む。ナルシッサが最近よく好んで飲んでいるといるというので試してみたが、なるほど中々に美味いではないか。舌に合う味だ。

 

(ドラコやコルダとも、こうして茶を飲んで過ごす日々が来るのだろうか)

 

未来を想像してーー思いを馳せた。

その時だった。最近雇った屋敷しもべ妖精が、こちらへと走りながらキーキー声を上げて叫んだ。

 

「旦那様!コルダお嬢様が、何者かに襲われて……!」

「何だと……!」

 

その時護衛として雇っていた若い闇祓いを連れて、しもべの言っていた方角へと向かう。しもべの話によると、どうやら入り組んだ木々の奥へと連れ去られたらしい。

予言者新聞の記事が頭をよぎった。

闇の帝王の残党ーー。

過去に犯した罪が、最悪の形になって戻ってきたのを実感した。足元が瓦解したかの如く、全てが崩れ去るような感覚。

それでもすんでのところで踏みとどまったのは、首に大怪我を負いながらも浅く呼吸をしている愛娘の姿を見たからだ。

 

「コルダーーーッ!!コルダ、しっかりしろ、コルダ!」

「急ぎ聖マンゴへ運びましょう!」

「分かっている!早く……早く、移動キーのある別荘まで……!」

 

しかし、別荘に戻るとありとあらゆる通信道具が破壊されており、そこから移動する事は不可能だった。

移動キーは燃やされていた。箒は折られ、煙突飛行粉の箱は空っぽ。しかしここから重傷のコルダを連れて病院まで姿くらましするには遠すぎる上に負担もかかる。

明らかに計画的な犯行だ。あまりの悪辣さに眩暈を覚える。思い出すのは元同僚の歪んだ顔だ。

ーーもはや一寸たりとも猶予がない。

女顔の闇祓いが治癒魔法で応急処置を行う。守護霊を飛ばしたので、明日には癒者が来る手筈になっている。

ーードラコが不安そうにナルシッサの手を引いた。

 

「おとうさま、おかあさま。コルダは大丈夫なの」

「ーーーああ。お前達は二階に上がって寝ていなさい」

「いやだ!コルダが治るまで側にいる!あの子が怪我したのに寝れるもんか!」

「ドラコ………」

 

ーーその時私が抱いていたのは、息子を誇らしいと思う気持ち、ではなかった。

溢れんばかりの罪悪感。

自分がしてきた事への猛烈な後悔。

言える筈もなかった。コルダが襲われたのは自分のせいなどとーー。

その時家族に見放されるのが恐ろしくて、ついぞ言うことができなかった。

 

異変はその夜起きた。

付きっきりで治療を行なっていた女顔の闇祓いが私の名を叫んでいた。聞けば、コルダの容態が急変したという。

娘の口から牙が生えていた。

ナルシッサ譲りのブルーの瞳は血走っており、色白の肌は隆起した黒い筋肉に覆われていった。耳は伸び、可愛らしかった彼女の顔は、見るも無残な化け物へと変貌していく。

 

「……そんな。………コルダ、私が分かるだろう?私だ、お前の父ーー」

「ルシウスさん!下がって!」

『ぐるるぅううううああああああ!!!』

 

自分のよく知るそれよりもだいぶ小柄ではあったがーー間違いない。人としての人生を終え、彼女は人狼となったのだ。

娘だと思いたくなかった。

つい数時間前まで、無邪気に外を走り回っていたコルダが、およそ人とは思えぬ異形の化け物になっただなんて。

醜い。

美しさの欠片もない、子供がクレヨンで滅茶苦茶に書き殴ったのを具現化したようなそいつをーー娘と結びつけることができなかった。

何故、自分の娘を鎖で縛らなければならないのだ?

何故、自分の娘に杖を向けなければならないのだ?

 

「ぐッ、あーーーうあああああああ!!」

 

恐怖を振り払うように叫んだ。

その咆哮が自分から出ているとは思えなかった。

コルダにありったけの捕縛術をかけた。

仕方なかった。他に方法はなかった。

私は最愛の娘を敵とみなしてしまった。

コルダはその晩、暖かいベッドではなく、鎖でぐるぐる巻きにされて地下室に閉じ込められた。

彼女はずっと叫び、唸った。苦痛と苦悶の声を上げる様を見て、打ちひしがれる他なかった。疲労と混乱ーー何より無力さへの焦燥が、脳内を駆け巡っていた。

 

「ーードラコ?」

 

だから、まだ幼い息子が地下へと入ってきた時は思考を放棄した。『危ないから近寄るな』、そう言えば娘を完全に化け物と認めた事になるからだ。

呆けている私を尻目にドラコは妹へと近寄った。

 

「コルダ、大丈夫か?」

『ぐぅるるるるううううああああ……』

「し……心配するなコルダ!ちょっと我慢はしなきゃいけないけれど、僕達が絶対にお前を治してやる!」

 

幼子の無垢な言葉。

当然治る保証などない、がーーそれでも、彼女が最も欲していた言葉を、ドラコは本能で理解していた。

彼女の心が融けていくのは、誰の目にも明らかだった。

 

『………ーーー見ナイデ……オ兄様…』

「ーー!大丈夫だコルダ、お前はどこも変じゃない!大丈夫だ、絶対大丈夫だ!」

 

なんともはや。

狼の間は理性を失い、まともにコミュニケーションを取る事すら困難とされるのが常識だ。狼人間に『なりたて』のコルダならば、尚更のこと。

だが、ドラコは、それをーー。

息子の姿を見て覚悟を決めた。

 

「コルダ、聞いてくれ。今の段階でお前の人狼の力を抑える方法が一つだけある」

「生物を弱らせる氷魔法の術式をお前に埋め込み、半永久的に力を封印する方法だ。想像を絶するほどの激痛が伴う上に、封印も完璧というわけではないが……」

『ーーガ、ぁ。オ願イ、ヤッテーーヒ、人ヲ、食べタクナイーー嫌ダ』

「…………っ、すまない、コルダ。不甲斐ない父を許してくれ」

 

6にも満たない少女は、暴れ、のたうち回った。

大の大人でも苦しいとされるその手術は癒学に浸透していなかったのも一因だ。自分が狼人間だと申告する者はいない上に、ガマガエルそっくりの同僚が亜人を嫌っているからだ。忌々しいーー…。

 

「ぐ、が、ぎゃああああああ!!!!」

「コルダ!頑張れ、コルダ!」

ーーコルダが多大な苦痛を負ったことで、術式を埋め込む手術は成功した。

 

ドラコは彼女を献身的に支え続けた。

満月の夜の間中ずっと声をかけ続け、家に帰った後も、部屋に引き篭もりがちになった彼女を励まし続けた。

私はといえばーーコルダを噛んだ狼人間を探していた。己の罪から目を背けるように。だが、結果は芳しくなかった。

そんな生活が続いてーーコルダは兄に懐くようになった。

長らく家を空けていた私でも分かるほど、もはや兄妹の域を越えた愛情を持っているように見えたが……憔悴した彼女が笑顔を見せてくれるのならば……と、何も言う事ができなかった。

犯人も見つからないまま、年月だけが過ぎていった。

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

マルフォイ家の屋敷にて、ルシウス・マルフォイは暖炉からやってきた男の応対をしていた。

歳は自分と変わらない程度だが、男は一流俳優のようにスマートな身のこなしをした渋い顔の男。均整の整った顔は若い女性達にも通用しそうだ。

だが。ルシウスはその好漢を憎悪と警戒の混じった目で睨んでいた。

 

「ーー秘密の部屋は攻略され、継承者は討たれた、か。メンバーは……ふぅん、面白い。お前の息子がスリザリンの継承者を倒したのか」

「……………」

 

ルシウスは渋い顔をした。

この男の指示でジニー・ウィーズリーの荷物の中に日記を紛れ込ませた結果、コルダは攫われ、ドラコが彼女を助けるために無茶をした。

自分の子供達が傷ついた原因は自分と、この男にある。本来なら殺してやりたいところだが……闇の帝王を復活させる計画を立てていると言われれば、彼の指示に従わざるを得ない。

何をやっているのだ、自分は。

守るべき子供達に害をなしたばかりか、その元凶の男に杖を向けられないでいる。

 

「はるばる北から来たのだ。もっと歓迎してくれてもいいだろう」

「ほざけ」

「つれないな、ルシウス」

 

事情を聞いてもなお、そのにやけ顔を隠そうともしないその態度に、思わず怒りを吐き捨てた。

男は動じずに、紅茶を口に含む。貴族の自分から見ても優雅な所作。ああ殺したい。

 

「ふぅん………このカミツレの紅茶は美味いな?」

「妻の好物だ……おい、砂糖を入れ過ぎじゃないのか」

「甘いのが好きなんだよ。知ってるだろ?ルシウス・マルフォイ」

「胸焼けがすると言っているんだ。お前の好みなど知った事ではないーー

ーーダンテ・ダームストラングよ」

 

真偽は定かではないが。

この男はダームストラング専門学校の創設者にして初代校長の血を引いている………らしい。だがそう言われても納得するほどの実力者で、ルシウスはダンテより強い人間を二人しか知らない。

己の主君(ヴォルデモート)と、主君の怨敵(ダンブルドア)

ーールシウスにとって、十二年前の魔法戦争はまだ終わってはいない。

序章に過ぎないのだ。

 

「そうそうーー今度ダームストラング校の校長に就任する事になった。創設者の血を引く者として、な」

「何だと?」

この男が校長に……?

それはつまり、ヨーロッパ北部は実質彼の支配下に置かれるという事にある。

あそこは闇の魔術の養成に活発な土地。この男が教育にまで口を出すようになれば、最強の闇魔術帝国(ダークエンパイア)が出来上がる。

 

「カルカロフは始末しておいたよ。どうせ『彼』が復活したら逃げ出すだろう」

「……そうだな、奴は闇の帝王復活時にノコノコ出向く男ではない」

「くっくっ。楽しいなァ、え?駒が揃っていく感覚……世界を少しずつ我が物とする感覚が、私はとても好きだ」

 

ダンテ・ダームストラングは嗤う。

その底知れなさに身震いする。彼はーーー一体何を企んでいるというのだ。もしかするとダンテは、そして闇の帝王は、本気で世界を掌握するつもりなのか?

ヴォルデモート卿が復活する日は近い。

そして再びーー魔法界の戦争が始まる。

 

 

 

 

 

 

ーー1993年、イゴール・カルカロフ氏が校長辞任を発表。余生を故郷で過ごすと言い残しダームストラングを去る。

ーー1994年、ダンテ・ダームストラング氏が母校ダームストラングの校長に就任。

 

 

 

◯狼人間

満月の夜に変身する亜人。変身するために魔力が必要なので、狼人間となった者は皆多量の魔力を持つ。

狼としての自分をどう思っているかで見た目が変わり、グレイバックは『殺戮ができて運動能力も高い最高の身体』と思っているので精悍な凛々しい狼、ルーピンは『決して好きではないがもう仕方ない、友人も認めてくれている』ので多少歪ではあるが狼の原型は残している。

コルダは『他者に迷惑をかけてしまうので嫌いで仕方ない』ので醜い異形の化け物になってしまった。

 

◯ダンテ・ダームストラング

40代〜50代の男。

イケおじ。秘密の部屋事件の真の黒幕。

 




ルシウスメインの話でした。裏事情を話してくれる役割の人が必要なのです。
あれ、これタイトル詐欺じゃね?


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Episode of Vega

大勢の人でごった返したその街は、夏の陽気に晒されていた。

照りつける日差しは、燦燦と輝く太陽の存在を否応にも感じさせる。

季節は夏。

イギリスのとある駅から歩くこと数分、衣服にたっぷりの汗を染み込ませて、彼等は歩く。喧騒がどこか遠くに聞こえた。

銀髪の美少年、ベガ・レストレンジ。

黒髪ぽっちゃりのネビル・ロングボトム。

彼等はマグル界のとある街へと足を運んでいた。ーーベガの故郷だ。

ベガは当初、親友に自分の事をもっと知ってもらおうと、故郷や家族を紹介しようとしていたが……純魔法族のネビルにとってマグル製品全てが新鮮に映るらしい。彼等が歩く足取りは非常にゆっくりで……それでいて、楽しげだった。

 

「わあ、これ……マグルのカメラってこうなってるんだね。コリンにプレゼントしたら喜ぶかなあ」

「いやいや、あいつはマグル出身だろ」

「あはは、そうだった。ていうかそもそもホグワーツはマグルの械機を持ち込むのは不可能なんだっけ?」

「ああ。……機械、な」

「ホグワーツといえば……そういえば今年はベガにちょっかいかけてくる上級生は少なかったね。去年はいっぱいいたのに」

「くくく。クリスマスにスリザリン寮に忍び込んだ時、奴達の寝室に行った甲斐があったな。アダルト雑誌に恥ずかしいポエム、弱味がどっさりだ」

 

ベガは悪辣に顔を歪めた。

ネビルは自分の親友の相変わらずっぷりに苦笑を漏らす。

 

「まあ、おかげでスリザリンも僕達にちょっかいかけなくなったから良いけどさ」

「だな。これで大手を振って歩けるってもんだ」

 

バジリスクと交わした約束ーー違う寮同士の無意味な諍いをやめること。憎み合うのをやめること。

その約束は、事件に関わった生徒全員に伝えられた。シェリーをはじめ、ドラコやコルダといったスリザリン寮の生徒にまで。

今回の事件で、ライバル寮と共闘したせいか彼等には妙な仲間意識が芽生えつつあった。(当人達は決して認めないが)寮の垣根は無くなりつつある。

それはベガも同じ。彼も、もうこれ以上不必要にスリザリンを敵視するのは避けるべきだと考えている。だから喧嘩をふっかけられないように弱味を握っているのであって、決して服従させているわけではない…と主張していた。ほんとかよ。

 

と。

話をしていたら着いた。

高級住宅地の一角を占める一軒家(デタッチハウス)。駐車場完備で、二階建て。明らかに富裕層が住むような立派なお屋敷である。

純魔法族のネビルには余計に物珍しく感じるらしい。しげしげと家を眺めて出た一言目が「変わってるねー」である。ネビルのズレた反応にベガは苦笑した。

 

「普通だよこんくらい」

「ああ……ベガか。帰ってきてたのか」

 

玄関に立つのは初老の男性。

スラっとした体躯は英国紳士のそれだ。しかし髪色も、顔も、ベガとは似つかない。

そうか、この人がベガの育ての親かとネビルは密かに合点した。

 

「シルヴェスター、この間伝えた通り友達連れて来たぜ。魔法界出身のネビル・ロングボトムだ」

「よ、よろしくお願いします」

「………、そうか。うん、よろしく」

「で、これからなんだが……」

「ああ、私は……少し用事があるのでね。二人で遊ぶといい」

 

どこか避けるようにシルヴェスターは去っていった。ベガの事を嫌っている訳ではないようだが、余所余所しい感じだ。

それに対するベガの態度も淡白なものである。「おう」と言うと、彼はそそくさと家に上がった。

どう見ても十年近く一緒に住んでいる者達の距離感ではない。ベガの自室にキャリーケースを置くと、ネビルは困惑しながらも尋ねた。

 

「その、普段からああいう感じなのかい?ベガの学校の様子を聞いたりとか……」

「……ないな。シルヴェスターは、俺にそういった話はもうしねえ」

 

二人は外に出た。

話は歩きながらする、という事らしい。

 

「俺は、ご存知の通りレストレンジ家の生まれだ。だが俺の両親は親マグル派で、ヴォルデモート全盛の時代もレジスタンスとして活動していたらしい。息子の俺をマグルに預け、闇の帝王との戦いに巻き込まないようにして、な」

 

その話はネビルもよく知っている。

何故なら彼の両親も闇祓いで、レジスタンスとして活動していたからだ。故に、魔法界で有名な二人の子供の話は祖母からよく聞かされた。

マグルに預けられた、魔法界の英雄『生き残った女の子』シェリー・ポッター。

同じくマグルに預けられた、悪名高い一族の血を引くベガ・レストレンジ。この似た境遇の二人の噂は、入学する前から嫌というほど聞いていた。

 

「で、両親の親友のシルヴェスターの所に預けられたんだが……あいつには一人息子がいた。シグルド・ガンメタル、俺達はシドって呼んでた。ドジだが明るい性格で、いつも人のために動いてた」

「へえ。……あれ、でもその子はどこに」

「死んだ」

 

え、と声が漏れた。

 

「あいつはーー殺されたんだ。知ってると思うが、俺の親はマグル贔屓でな。死喰い人からは純血の癖に血を裏切る者として嫌われていた。そしてヴォルデモートの失脚後、奴の残党に俺とシドは誘拐された」

「誘拐……」

「血を裏切る者の息子は許せなかったんだろうよ。……マグルのシドは完全に巻き添えで捕まった。シドはその時、俺を助けるために無茶をしてな……」

 

「俺はその時、何もできなかった。死喰い人相手にビビってたんだ。内心才能の無いシドを見下してたくせに、いざという時にあいつに助けられた。……力があったのに、俺は何もしなかったんだ!」

「うん、わかった。それ以上はいい。……辛かっただろう、ベガ」

 

その時のベガの顔は、如何様な顔であったか。深い深い悲しみを帯びたブルーの瞳は複雑に乱反射していた。ベガが怒り、戦う理由も、かつての友を失った時のトラウマからか。

ーー彼の動機はいつも単純だ。

ーー仲間を危機に晒したくないから。

 

「シルヴェスターもそれ以降、魔法界の話題は口にしなくなってな……折り合いが悪くなっちまった。それでも俺を追い出さないでくれてる辺り、かなりの善人だが」

「………、でも、そんなの寂しいよ。親代わりの人に愛を貰えないってのは……僕はばあちゃんが親代わりだけど、もしあんな余所余所しい態度取られたら……辛いよ」

「……………、そうだよな。でも、こればっかりはな………」

 

シルヴェスターの息子が死んだ原因は、間接的とはいえベガにある。……と、ベガはそう思いこんでシルヴェスターに負い目を感じているようだった。

皮肉な事に、その出来事がベガの精神に大きな影響を与え、成長させた。挫折の無いままだとベガは傲岸不遜のまま育っていき、悪い意味でスリザリン寮に選ばれる邪悪な精神を持っていた。

拗れた関係だと思う。

身近な人の死がきっかけで成長するなど、当人達にとっては迷惑な話だ。

 

「……もし君が、魔法界に何の関わりもなく生きていたら……どんな人生だったんだろうね」

「……………名門イートン校からの名門オックスフォード大までは確実。だが就職した時に女絡みで問題起こしてそうだな」

「それはわりと今でもあるよ」

「はぁーー?言ったなコノヤロウ!」

 

そう言ってベガは笑うと、ネビルの頭をがしがしと掴む。ネビルも負けじとベガへと応戦。マグル式の喧嘩だ。

周りの大人達からは怪訝な顔をされたが、ああ、ただふざけ合っているだけかと分かるとすぐに興味を失くした。

ーー暗い雰囲気を振り払う。

こういう時にどう言っていいのか、とか、どんな言葉をかければ良いのかとか、彼等には分からない。二人の精神はまだ成熟していなかった。

ふと、腰に感触を感じた。

はしゃぎ過ぎて通行人に当たってしまったのかと思い慌てて振り返ると、短い髪の少年とぶつかっていた事に気付いた。まだ幼い顔と低い身長は、まだ十歳にも満たないだろう。

 

「あ、きみ、大丈夫ーー」

「ーーーッ、ごめんなさい!」

 

動転した様子で少年は走って行く。

彼が飛び出してきた裏路地を見ると、数名の男達が走ってくるのが見えた。どう見ても堅気ではない。

なるほど、追われているのか。

 

「うん、ちょっと待って」

「ぐぇ!?な、なにをーー」

「こっちだ、ついてこい」

 

ネビルが少年を引っ張り、土地勘のあるベガが通りを抜けていく。数分ほど走ると、人混みの中に紛れた。木を隠すなら森の中というわけだ。

自販機の前に座り、息を整える。

 

「おらよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

汗ばんだ少年にコーラを差し出す。ネビルにも缶を差し出さすが、怪訝な顔をした。

魔法界には缶入りの飲み物は無いのだ。

仕方なしに開け方を教える。マグルの少年の前でいささか不用心だっかもしれないが、幸いにも少年はネビルの事を田舎の人だと勘違いしたようだった。

 

「落ち着いた?」

「あ、うーーうん」

「色々聞きたいことはあるがーーまずはお前、名前は?」

 

少年はどもりながらも答えた。

 

「ぼ、僕、僕はーーシドーーシグルド・ギムソンって言います」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

シド少年が言うには、この辺りを散策していたところ道に迷ってしまい、裏路地に迷い込んでしまったらしい。

そこで何やら男達が話していたのを見たところ、自分に気付いた男達が血相を変えて襲いかかってきたのだという。

 

「それ明らかにやばい人達じゃん」

 

どう考えても怪しい取引の類だ。

取り敢えず、この少年を家まで送るしかあるまい。家もそこまで遠くはないようだ。

方針が決まったところでシドの腹が鳴る。

……飯を食べる事が先のようだ。

遠慮がちなシドを近所のハンバーガーショップに連れて行くと、適当に注文する。遠慮がちに様子を伺うシドだったが、目の前にご馳走が用意されている状況で空腹に抗うなどできるはずも無かった。

 

「どう?美味しい?」

「うん、とっても!」

「よかった。ホグワーツにもこういう食事があればいいのに」

「ホグワーツ?」

「……お前は飯食ってろ」

 

こうして改めて見ると、髪も切り揃えられているし、服も高価なもので、それなりに育ちが良いのが窺える。

否応にもーーベガは、在りし日の友の姿を連想してしまう。

 

(………似てるな………)

 

短い金髪で、くりくりとした大きな目。

何の因果か名前まで同じだ。

ベガは眩しそうに目を細めた。シドは……こんな風に、太陽のように笑っていた。

傲慢な自分にも親しく話してくれていた。

あれから自分が何度も手を伸ばして、ついぞ辿り着けなかったその光。

目の前の少年を見ていると………その光を嫌でも意識させられる。

 

「どうしてここまでしてくれるの?」

「そりゃあ、もちろん。君みたいな小さい子を見て、見過ごすわけにはいかないよ」

「……ああ、そうだな」

(……そうだ。俺はこのガキをシドと重ねているわけじゃない)

 

自分にそう言い聞かせる。

彼はもう、いないのだ。

思い出に浸るなどーーらしくない。

「どうしたの?お兄ちゃん」

「…………気にすんな」

「………、ベガ、君まさか」

「ーーああ。大丈夫だよ、ネビル」

 

後悔は毎日のようにしている。

今更彼に似た少年が現れたところで、何だというのか。

過去は変えられやしないのに。

ーーシドの家を目指して歩く。

陽の色が朱色になってきた夕暮れ時。シドは公園を見て顔を綻ばせた。

 

「ここ、僕の近所の公園だ!」

どうやら随分近くまで来てたらしい。

夕暮れ空に染まった遊具が、彼等が歩いた時間を物語っていた。

道中、色んなマグル製品に驚くネビルが歩くスピードを遅らせていたような気がする。距離はそんなに長くない筈なのに…。

ともあれ、着いた。

 

「よかったね、シド」

「うん……ありがとう、お兄ちゃん達」

「………。いや、喜ぶのはまだ早いぜ」

「ベガ……?」

 

ベガは懐から杖を取り出す。

本来なら彼等が学校外で魔法を使うのはご法度。未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令、C頁に抵触する事になる。

だが、今回はそうも言ってられない。事態が事態だ。法律もきっと味方するさ。

(一応、法律の隙間を突くやり方が無いわけでも無いが)

 

「いるんだろ?出てこいよ」

「……くくっ。俺達の気配に気付くとは」

 

茂みから出てきた男達は、こちらを囲んでいた。数的優位を取ったつもりか。シドを追っていた男達、だろう。

彼等は懐から杖を取り出した。

魔法族かーー。

この辺りは、人通りが少ない。

 

「そのガキは俺達の『取引』を目撃しちまった。生かしちゃおけねえ」

「取引?」

「ああ、ちょいと非合法の、な。誰かにチクる前に始末しねえと信用にかかわる。しかもクソ面倒くせえ事に、魔法族のガキまでついて来やがって……」

「糞が。こんなガキどもを捕まえるのに時間食っちまうとはよォ」

「向いてねえよ、お前達」

 

ベガはぴしゃりと言った。

 

「こんなガキ一人始末できねぇような実力なら、いっそ脚を洗っちまえ」

「ハ!言ってくれんじゃねえか。ガキの分際で舐めた口聞いてると痛い目遭うぜ。………やっちまえ!」

 

男達は一斉に魔法を放った。

なまじ数で優っている事に加えて、相手を子供と侮っていたのも大きかった。

彼等の動きは杜撰の一言に尽きる。

魔力を練って、呪文を唱えて、放つまでが長すぎる。スネイプやリドルの詠唱はこんなものではなかった。シェリーの早撃ちの方が、もっと早かった。

 

「止まって見えるぜ」

 

最強の後出しジャンケンができるベガに、そんな攻撃が通用する筈もない。

同じ威力の魔法弾を放ち、相殺。

男達が目を見開く頃には既に衣服を杭で打ち付けられ、戦いが終わったと気付いた頃には何もかもが遅すぎた。

所詮、末端も末端ということか。自分が身につけた『新しい力』も試せずじまいだ。

だが、何も収穫が無かったわけではない。

蹲っているネビルの姿を見た。

彼は魔法が放たれるやいなやシドを庇うと、盾の呪文を唱えて防御に入り、迎撃の態勢まで整えていた。

一年前のネビルではあり得なかった反応速度の速さ。バジリスクとの戦いで、彼も成長しつつある。

もし自分がいなくとも、ネビルはこの窮地を乗り越えただろう。親友の成長に思わず自分も嬉しくなる。

 

「おい、お前もいい加減出てこいよ」

「あれ、バレてたんですね」

 

飄々とした態度で出てくるのは、女のような顔をした男。長い髪も相まって、遠目からだと女性にしか見えないほどの美形っぷりだ。

スーツ姿の男が懐に手を突っ込んだ。取り出されたのは杖ではなく、手帳だ。

 

「はい、これ。自分が闇祓いである事を示す身分証明手帳だよ。僕の事は、エミルと呼んでください」

「………えっ。ええええ!?よ、よりにもよって闇祓いの前で魔法使っちゃった!」

「俺達の場合は正当防衛だろ」

「うん。僕がちゃんと目撃したから、君達は罪に問われない。いやー、たまたま通りがかってよかったよ」

「嘘つけ。随分前から尾けてただろうが」

「ありゃりゃ、何でもお見通しか」

 

エミルはおどけてみせた。

その動きには寸分の無駄がなく、相当な手練れであることを匂わせる。下手な尾行もわざとか。

だが魔法省の役員なら、ベガ達が襲われてもすぐに助けなかったのは何故だ。

一体、何が目的だ。

この男の真意が読めない。

 

「いやー、この間ホグワーツでバジリスクと戦った生徒がいるって聞いたから、どんなもんか力を測りたくって、ね」

「………、貴方はこの人達とは無関係なんですよね?」

「勿論。彼等は責任持ってアズカバンに送っておくよ。それと勝手に尾けてたのも悪かったね、君に用事があったんだ」

「……俺に?」

「魔法界きっての犯罪者、シリウス・ブラックがアズカバンから逃亡した。君ならもう知ってるよね。例のあの人の側近だった男さ」

 

当然知っている。

そもホグワーツに入学した時、真っ先に自分のルーツを探したし、去年も継承者探しの一環で純血魔法族のリストには片っ端から目を通した。

その際に嫌というほど見た、ブラックという姓。知れば知るほど悪名高い、魔法界の闇を体現した一族。

その中でも最も邪悪とされる部類に入るのがシリウス・ブラックという男だ。自分の親戚だと知った時、辟易すると同時にどこか負に落ちた感覚を覚えている。

 

「ブラックが逃げた以上、僕達は君を護らなきゃいけない。彼はご主人様のためにシェリー・ポッターへ復讐するだろうが、レストレンジ家の異端である君を狙うという可能性もあるのだからね。……君なら、分かるだろ?」

「……身に染みて分かってるよ。俺の力を測ったのは、自衛できるだけの力があるかどうか、確認したかったからか?」

「うん。まあ、危なかったらすぐに助けるつもりだったけどね。……断言するよ、君じゃまだブラックには勝てない」

「べ、ベガでも!?」

「それくらいブラックが厄介な相手という事さ。と、いうわけでーー君には夏休みの間中、闇祓いの保護下のもと、魔法界で過ごしてもらうよ」

 

シリウス・ブラック。

噂には聞くが、ホグワーツ在学中は常に主席か次席だった天才肌で、その戦闘能力は当時から目を見張るものがあったとか。

ブラック家の血筋においても、これ以上ない才覚を持つ男。特に戦闘においてはヴォルデモートやダンブルドアといった例外を除いて、トップレベルの能力を持つ実力者であるのは間違いない。

いくらベガ・レストレンジであろうとも、ブラックの前では無力ーーよくて相討ちというのが魔法省の見解だろう。

舐められたものだ。

だが、まあーー捉えようによってはこれはチャンスだ。闇祓いに護られるという事は彼等から戦闘のノウハウを教わるチャンスという事だ。自分の技術を底上げする、またとない機会。

惜しむらくは、ネビルと過ごす時間がもう無くなってしまった事か。

 

「ハァ……ネビル、すまねえな。もっと色々案内してやりたかったんだが」

「ううん、いいよ。事情が事情だからね。君の故郷も知れて、嬉しかった」

「そう言ってくれると助かる。魔法界でまた会おうぜ」

「さて、それじゃあ……さっきから状況が飲み込めないでいるその子にも、忘却呪文をかけておかないとね」

 

突如として三人の男に視線を向けられたシドはびくりと震えた。

当然といえば当然だ。先程まで仲良く話していた男がいきなり杖を取り出したかと思えば、何やら超常現象の類を引き起こしたのだ。理解が追いつかないでパニック状態だろう。

不安そうに瞳を潤わせる少年に、ベガは優しく語りかけた。

数時間の付き合いではあったがーーそれでも、怖がらせたまま終わりたくはない。

 

「シド、ごめんな。もうお別れだ。

もしお前に魔法の素質があったらーーまた会おうぜ」

「ーーーその時には、もう悪い人に捕まってちゃ駄目だよ!」

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

「そうそう、君の保護者さんから電話がかかってきてるよ」

「シルヴェスターから?」

「うん。魔法界に到着したら暫くは会えなくなる、今のうちに話すといい」

 

姿あらわしした先で、エミルが懐から携帯を取り出した。

どうやら彼は、マグル製品の使い方についてきちんとした理解を持っているらしい。

ベガはこの男に対する評価をほんの少し改めた。マグル界にも友好的な人物は多いが、正しい理解を持つ人物というのは、思いの外少ない。

旧式の携帯電話を開くと、硬い感触の先に優しい声が聞こえた。

 

『あー…ベガか』

「………おう。連絡遅れたが……夏休みは魔法界で過ごすことになったぜ」

『ああ。さっきやって来た魔法省の人から聞いたよ。……お前が、あー、ヴォルデモートだか何だか、馬鹿みたいな名前の男の残党を退治したのもな』

「今お前が魔法界にいたらものすごい事になってたぞ。色んな意味で」

「?それで……あー……」

たっぷり時間を使った。

シルヴェスターは戸惑いつつもーーその声をひり出した。

 

 

『無事、なのか』

 

 

正直なところ、かなり驚いた。

シドを死なせてしまっておきながら魔法界にい続ける自分への怒りがあるものだと思っていた。

自分はーー恨まれていると思っていた。

息子を奪った魔法族の一員。後悔と罪悪感で何年もロクに口を聞いていない。

きっとこれからも、大人になってもそうだと、勝手に諦めていた。

その声は、どこまでも温かい。

ベガの乾ききった心に染み渡るようなーーそんな、泣きたくなるような音。

まさかーーこの男からそんな事を言われる日が来るとは思っていなかった。

その覚悟も、資格も、ないと思っていた。

 

『お前が大変な目に遭ったと聞く度に、怖くなるんだ。お前までいなくなってしまうのではないかと……。お前はいつも無茶をするから………あの子のように』

「…………」

『いつだって人のために動くお前を……誇らしい、と思うと同時に不安になる。もう一人の息子に向き合わなかった私が言うのもなんだがな………』

 

いつもの減らず口を叩くのに時間がかかった。今、どんな顔をしているだろうか。

あり得ないだろう。

自分がそんなーーそんな言葉を聞いたくらいで、目が潤ってしまうのは。

あり得ないだろう。

シドの分まで生きていくと誓った自分が、こんなに満足そうな顔を浮かべるのは。

 

「………ハン。俺にできねえ事なんざねえんだよ、あの程度で怪我する訳ねえだろ」

『そ、そうなのか?』

「ああ、だから心配すんなーー良い土産話を持って帰るよ、父さん」

『っ!ベガ、今なんと』

 

電話を切った。

隣に座るエミルに投げて渡す。これ以上はーーキャラじゃない。

「もういいの?」

「ああ。……今はまだ、これでいい」

 

歩み寄りすぎると、また見失う。

少しずつでいい。

後悔しながら、シドの死を死ぬまで引き摺りながら。ほんの少しずつ、歩み寄ろう。

それが今、自分にできる事だ。

それにしても。

あの子のように、か。

 

(シド、いつか俺もーーお前みたいになれるのかなーー)

 

過去は変えられやしない。

だがーーこの先の未来は、変えられるかもしれない。

 

 

 

 

 

◯取引をしていた男達

二年で物凄い経験値を得たベガには敵わなかった。

たぶんネビルでもギリいけた。

闇の帝王失脚後も何故か残党は活発に活動しているので、皆んな頑張ろう。




本編中々はじまんねえな!


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PRISONER OF AZKABAN
1.気高き戦士は獣を狩る


 

白いブラウス。少し古いジーンズ。

特に化粧はしていないが、シェリーの顔は多少幼さが残るとはいえ美少女の部類。稲妻型の傷跡さえ隠せば十分だ。

服は古着屋で適当に買ったものだが、以前のように皺だらけ蚤だらけのお下がりよりは全然マシだ。ほんの二年前までは汚れが彼女の可愛らしさを隠していたが、それもなくなった。

ついでにブラジャーも買った。

女の子らしさはないものの、至極真っ当な、普通の格好といえよう。

だがーーペチュニアは渋い顔を崩さない。

 

「でもなぁ〜……」

「だ、ダメですか?」

「ダメよ。相手はあのマージおばさんよ?これでも何か言ってくるに違いないわ」

 

ペチュニアが頭を抱える人物とは、バーノンの妹であり、シェリーにとって叔母にあたるマージ・ダーズリーだ。(血縁上は何の関係もないのだが)

彼女のシェリー嫌いはひどいもので、それはもうバーノンやダドリーが可愛く見えるレベルだ。着て早々にシェリーに犬用の餌と牛乳をぶちまけて自分のペットに襲わせるゲームを開発したのも彼女なのだ。犬はシェリーに懐いたが。

そんな彼女が、シェリーが良い服を着たらいちゃもんをつけるに決まっている。かといってボロを着ていても文句を言うだろうし、せめて普通の、無難な服を着せる事になった次第である。

居間に降りてマージを出迎える準備をしていると、耳にニュース番組の音声が入ってきた。

 

『脱獄犯のシリウス・ブラックは現在も逃亡を続けているとのことです。ブラックは先日の爆破テロに関与しているとの容疑がかけられており、警察は付近の住人に注意を呼びかけています』

「いやだわ、結構近いじゃない」

「見ろ、あの顔を。ボサボサの髪に伸びっぱなしの髭。見るからに極悪人だ」

『ブラックは仲間の快楽殺人鬼、フェンリール・グレイバックと合流するために行動しているとの見方もあり、引き続き調査を続けています』

 

玉ねぎを切る手を止めずに、チラリとテレビを見てみると、成る程、凶悪な顔が二つこちらを睨んでいた。

グレイバックと呼ばれた男の人相はとても不気味で、狼と人間の顔を合成したような歪な顔立ちだった。

一方、ブラックの顔立ちは整っているものの、荒れ放題の黒髪と髭が全て台無しにしている。おまけに眼だけはこちらを睨んでいるものだから、怖い。

中世の時代ならともかく、今時の牢獄は清潔な精神を得るために清潔な環境でなければならないはずだ。にも関わらずあそこまで薄汚れた格好でいるというのは……よっぽどの人間なのだろう。

ニュースが変わり、インコのピーちゃんが水上スキーを始めたところで、件の人物はやってきた。

 

「あらまあまあまあまあ!しばらく見ない内に随分と大きくなって格好良くなったわねえダッダー!」

 

ダドリーに熱い抱擁をしているのがマージ・ダーズリーその人である。会うのは四年ぶりだが、バーノンそっくりの真ん丸な体型は少しも変わっていない、どころか、少し太ったような気もする。

彼女はダドリーが窒息寸前になるまで抱き締めていたが、シェリーを見つけるや否や表情を一変させた。

 

「……なんだ、まだいたのかい」

「こんにちは、おばさん」

「ヘラヘラするんじゃないよ!ハン!あんたにはそんな服もったいないね!ボロ布で十分さ!」

案の定噛みつかれた。

「ほら、早くコートを持たないかい!まったくお前ときたら、いつまで経ってものろまで愚図なのは変わらないんだから!」

「はい、すみませんおばさん」

「それが終わったらリッパーの食事!あたしのリッパーはそんじょそこらのドッグフードじゃダメさ、特上のローストビーフをご馳走してやるんだよ!よく覚えときな!今日はお前をこき使わせるために来たようなものなんだからねッ!」

 

嫌いを通り越してもはや好きでは?

ともあれ、シェリーは甲斐甲斐しくマージに尽くした。

何度ミルクをかけられようと、何度杖で叩かれようと、身に付けた圧倒的ストレス耐性で耐える。最近気付いたが、信頼を寄せる相手から無碍にされるのは辛いものがあるが、元からシェリーを嫌いな人物から何かされても耐えられる事に気付いた。これはいける。

 

「お前の両親はとんでもないロクデナシだよ!会った事はないが私には分かる、性根の腐ったのは親の遺伝さね!ああペチュニア、あんたの家庭を馬鹿にするつもりはないよ。たまにどうしようもない出来損ないが生まれるんだ、どんな名家でもね」

(………私も一時期は両親のことをロクデナシだと思っていたから、私に怒る権利はないよね)

「ダドちゃんがスメルティングスでエリート街道を突っ走ってる間、こいつは何をしているんだい?なに?学校?ハッ、施設に預ければよかったものを!あんた達は人が良いんだから。どうせ学校でもクズどもとつるんでるんだろうよ!」

(去年は二人に対して酷いことを考えてしまっていた。ロン達のことを馬鹿にされるのは嫌だけど、私が怒る資格はない)

「何とか言ったらどうだいこの穀潰し!」

(私は大した人間じゃないから、そんな風に言われても仕方ない)

 

という感じで。

何を言っても全く動じないシェリーにマージは機嫌を悪くしたものの、特に何か起こることもなく時間は過ぎていった。

シェリーも犬の餌をかけられたり牛乳を投げつけられたり殴られたり、その他女性の尊厳を傷付けられるような目にあったものの何とか耐えた。

うん、大丈夫だ。

去年ドビーが使った偽の手紙の方が辛かったし、この休みを乗り越えればまたホグワーツに帰れる。それを考えればこの程度なんて事はない。

 

(そう、何でもない。何でもない……はず)

 

何故か胸の内に広がるモヤモヤを無理矢理噛み殺す。どうしてだ?

内罰的かつお人好しのシェリーは基本的に人を嫌いになる事ができない。それはマージに対しても同様の筈で、急にこのおばの事を嫌いになった……というわけではない。

しかし……この胸のとっかかりは何だ。

何やら苦しいものを感じつつ、特に問題が起こるわけでもなく時間が経つ。気付けばもうマージが帰る日だ。

辛い顔も涙も一切見せないシェリーだったが、それでもマージのいじめが止まる事はなく。むしろダーズリー家がドン引きするほど苛烈していった。

彼等にとってシェリーはいつ爆発するかわからない爆弾である。マージが積極的に油を注ぐもんだから、戦々恐々、生きた心地がしない。

 

「ハァン!おいッ!早くリッパーの食事を用意しな!まったくトロいんだから!リッパーに色目使ってんじゃないよ!どうせ学校でも友達なんていないんだろう!」

「………友達は、います」

 

頭がズキズキする。

おばの声が、ひどくシェリーの心を揺らめかせる。

 

「ああそうかい!そりゃよかったね、お前と同レベルの人間がいて!お前と友達になろうだなんて、その程度の人間さね!分かるだろうバーノン、クズにはクズ同士仲良くするもんだ!」

「あ、ああ。そうだな。ところでマージ、犬の散歩でもーー」

「後でさせてもらうよ!そうやってクズ同士のコミュニティができて、周りの人間に悪影響を与えるのさ!性根が腐ってるのは周りも腐らせる!こいつが仲良くしてるのはそういう人間さ!」

 

「真似しちゃダメだよダドちゃん、こいつの友達はどうせろくな奴じゃないんだ」

「ーーーーー」

 

キレた。

何が切れたのかは分からないが、自分の中の決定的な何かが切れた。

それだけは分かる。

 

「……あやまってーー」

「…………なんだい?」

「あ、あやーー謝って!ください!」

 

口が勝手に動いていた。

人に怒った事がないので、その叫びは辿々しかったものの……ともかく叫んだ。

そして気付く。自分は一体何を言っているのだ?自分のおばに向かってーーいや、誰に言ったかは問題ではない。問題はそこではない。

ロンとハーマイオニーを信じられなかった分際で、怒る資格などないくせに、何故怒っているのだ。

自分の事を棚に上げて、何を一丁前に怒るというのだ。

 

ーーだが。

(友達を馬鹿にされて怒らないなんて、そんなの友達じゃないーー!)

 

「……ほぉー。口を開いたと思えば、おばさんに向かって何て口の利き方だい」

「ロンとハーマイオニーにーーわた、私の友達に!謝って!」

「ま、ままま待てマージ。そのー、何だ。落ち着こう?な?」

「いーや。こいつには口で言って聞かせるよりも、肉体に直接躾けてやる方がいいんだよーーこんな風に!」

 

マージは杖を振り上げた。

しかしそれはシェリーに当たる事なく吹っ飛んでいく。呆然として手元を見つめるマージの服のボタンが一つ、弾け飛んだ。

自分の身体が膨張しているのだ。

それに気付いた時には、マージの床下はその重さに既に悲鳴を上げていた。

ーー床が抜けた。

変えたばかりのフローリングには穴が開き、ファットなおばがすっぽりと嵌る。パニックに陥りジタバタともがくものの、その度に地面にめり込んでいく。

バーノンは妹を引っ張るが効果無し。ペチュニアは現実逃避する始末だ。ダドリーはお菓子食ってる。

そこでーーハッと我に帰った。

 

(ーーーや、やりすぎたーっ!)

 

怒りに身を任せすぎた。

いくら何でもこれはやり過ぎだ。もうダメだ、ここにはいられない。

シェリーが冷静になると無意識の魔法も止まり、パチンコ玉よろしくマージは床から弾き出され、空気が抜けたように萎んでいく。異常事態に気絶したようだ。崩れた床は逆再生のように動き、修復される。

ほっと一安心するシェリーだったが、はたと自分のしでかした事に気付く。

学外での魔法使用。

これは、明らかにまずいのでは。

良くてホグワーツ退学。

最悪アズカバン行き。

いや、アズカバンにはクィレルがいるし、まだマシな方かもしれない。……やばい。変な思考に陥っている。

混乱したシェリーは、正常な判断を下す事ができなかった。

 

「ーーーや、やりすぎました!すみません!でも正直許してはないです!私は出ていきます!今までお世話になりましたそれじゃあ!!」

 

早口で捲し立てると、いつの間にか近くに置いてあったトランク(魔力が暴走して呼び寄せ呪文でも使ったのかもしれない)を持って外に出た。

ダーズリー一家は呆然としていた。

さあ、どうする、何をする?

どこにも行くあてがない。ロンは今エジプトで家族旅行の真っ最中だし、ハーマイオニーはフランスだ。それぞれ隠れん防止器と最高級箒磨きセットのプレゼントとともに手紙が送られてきたのだった。

よって二人の家には行けない。

そもそも自分は今、追われる身なのでは。

 

「あ、ダメだ。出頭しなきゃ。どんな理由であれ法律違反なんだから、正直に名乗り出なきゃ、でもどうやればいいんだろ。ていうか前みたいに魔法省から手紙の一つや二つ来そうなものだけれど、ふくろうさんまだカナー。あはははー」

 

彼女もまた完全なパニック状態だった。

罪悪感と後ろめたさと疲労、そして初めての怒りでどうにかなってしまいそうだ。

去年も一昨年も怒っていたような気がするが、あれはテンション高くなっていただけだったのだなあと今更ながら気付く。

ああー、やっちゃった。

今のシェリーは情緒不安定。テンションの乱高下状態なのだ。

現実逃避しようとしてラベンダーに教えてもらった魔法界の歌を口ずさみながら近所を散歩していると、ふと視線を感じた。……なんだ、犬か。

 

「おいでー、ワンちゃん。ふふっ」

「わふんわふん!」

「わぁ、すっごい人懐っこいんだね」

 

尻尾をブンブン振ってシェリーの顔を舐めるのは黒毛の大型犬。野良犬とは考えづらい、どこかのペットだろうか。リードは付いてないが。

たしかマージはブリーダー業を生業にしていたはずだが、彼女は小型犬専門だし、近所のフィッグ婆さんは猫好きだ。

少なくともシェリーの知る人物に、この犬を飼っている人間はいない。

 

「ねえ、自分の飼い主が誰か分かる?」

「クゥーン」

「そっかぁ……流石に大型犬で野良って事はないよね。どこかのペットショップから逃げ出したのかな。探してあげるね」

 

いやそんな事をしている暇はない。

さて、シェリーはにこやかに微笑んだが、犬は困ったようにかぶりを振った。

どうしたものかと悩んでいると、それまで大人しかった犬は突如として唸り声を上げて、吠え出した。

犬が吠えている先に視線を向けると、そこには落ち窪んだぎらぎらした眼の男。

見覚えがある。

シェリーは記憶を辿った。この顔……、そうだ、脱獄犯のブラックと並んで報道されていた快楽殺人鬼、フェンリール・グレイバックだ。

ーー心が凍るのを感じた。

反射的に杖を抜く。

 

「くッ、くッーーまさか潜伏中の街でお前に会えるとはよォォォ……はじめまして、だな?シェリー・ポッター」

「……私を知ってるの?」

「ああ、もちろん、よく知っているとも。魔法界でお前の事を知らねえ奴はいねえ」

 

魔法界。

グレイバックは確かにそう言った。

……つまり、この男は魔法界出身の殺人鬼だったというわけだ。危険すぎる故に、マグル界にも報道されていたのか。

シェリーは喉を鳴らした。

人間としてーーこの男は危険すぎる。

死喰い人ならば躊躇なくシェリーを殺すだろうし、闇の帝王と関わりがなくとも嬉々として襲い掛かってくるだろう。

ーー周囲に人の気配はない。

 

「私に、何か用事でもーー?」

「用事……用事、ねェ。一先ずテメェの耳を噛みちぎりてェんだよなァ。最近は全然人を殺せてねえし女も抱けてねえからよ、今ここで俺の鬱憤を晴らさせてくれよ……くひひひひ……」

「グルルルルルッ、バウッ!!!」

「……犬うるせえな、ついでに殺すか」

 

やばい。

男の様子はどう見ても健常者のそれではない。ギチギチと、限界まで開かれた口からは凶暴な牙が覗いていた。

シェリーは恐怖に身体を震わせる。

目は血走っており、全知全能が殺戮に特化したかのような容貌。去年対峙した、ロックハートの弱者としての狡猾さとも、リドルの強者としての風格ともまた違うものを感じる。

ーー『獣としての本能』。

弱肉強食、グレイバックの中にあるのはただそれだけだ。原始の本能が、ダイレクトに伝わってくる。

自分は狩られる側であり、逃げ惑わなければならない存在である事を、嫌でも自覚させられた。

 

(……と、いうか、何だか本当に獣みたいな顔をしてるように見える……毛深くて、目がぎらぎらして………まるで狼みたいなーー)

「ぐぅるるるるる………」

「ーーーー!!」

 

いや、本当に狼だ!

ヒトが瞬く間に狼に変身した!

身体中を白い毛で覆い、頭には先程までの悪人顔とは似ても似つかぬ正統派で精悍な狼の顔面が乗っかっている。だが、その瞳だけが先程の狂気を宿した眼のまま変わらない。

シェリーは記憶を辿る。たしか、魔法界には狼に変身できる種族がいた。

狼人間。

その凶暴さ故に、マグルの童話にも登場する化け物だ。満月の夜に変身し、ヒトを襲っては喰らうーーという、魔法界の恐怖の象徴だ。

その性質上、よく吸血鬼と比較される事が多いが…吸血鬼が日の光に極端に弱くなる代わりに数多の能力を持つ生物とするなら、狼人間は特殊な力こそないものの運動能力に秀でた生物である。

単純な戦闘なら、狼人間の方が上。なんとあのバジリスクにも匹敵するほどの運動能力の高さがウリなのだ。

 

(ここはまずい……近過ぎる……!)

 

グレイバックとの距離、約十五メートル。

奴が力を発揮すれば、こんなものあってないようなものである。

しかし、時既に遅し。

グレイバックがシェリーに飛びかかろうとしてーーそして、あえて形容するならーー周囲から空気が弾けたようなーー独特の破裂音が聞こえた。

 

ーー姿あらわしだ!

 

一瞬にして何人もの魔法使いがグレイバックを囲むように現れ、標的を捉えた杖先からは紅の魔法の弾丸が発射される。

しかしグレイバックも流石の身体能力だ。

獣特有の低い姿勢で魔法を躱すや否や、つむじ風の如き速さで軽やかに人と物の合間を抜けていく。

あの身長で、なんとすばしっこいのか。魔法使い達は降り注ぐ雨のように数々の呪文を唱えていくが、そのどれもが直撃せず、躱される。

人外ならではの逃走方法だ。

グレイバックが高速移動する中で、その顔が悪辣に笑ったのが見えた。

魔法使い達を嘲笑うかのように、グレイバックは風となって消えて行きーー

 

「ーーそうはさせない!!」

 

金髪の男が叫んだ瞬間。

巨大な土の塊が行手を阻んだ。

土は変形し、大きな口となってグレイバックを包み込んだ。

無論グレイバックも負けてはいない。規格外のパワーで土を破壊するが、土や岩が次から次へと生成されては飲み込まれる。あのまま生き埋めにするつもりか!

土魔法。

文字通り、土や岩を作り出して操る魔法。

本来なら防御やサポートに使われる事が多い魔法だが、練度の高いものだとあそこまで暴力的になるものなのか。

 

(この人達、すごい……さっきまでの魔法攻撃はブラフで、あの人の土魔法の射程に入れるための誘導だったんだ!)

 

気が付けば、何やら数人の魔法使いに囲まれて盾の呪文をかけて守られているし。何という早技だろうか。(攻撃に気を取られて全く気付かなかっただけだ)

禿頭の魔法使いが手帳を取り出す。どうやら彼等は闇祓いらしい。

成る程、とシェリーは合点する。

クィレルやベガ、ヴォルデモートを個の強さだとするなら、彼等闇祓いはまさしく数の強さだ。それぞれの連携が成せる、集団としての強さ。

 

「………、おっと!?」

「グルゥアアアアアアアア!!!」

 

頑丈な土と岩の集合体を破壊して飛び出したのは、完全に狼と化したグレイバックだ。高密度で凝縮したはずだったが、まさか土の薄い部分を鼻で嗅ぎ分け、集中的に攻撃する事で破壊したというのか。

それだけではない。

グレイバックの、高純度の魔力が込められた紅い爪の攻撃力が可能としたのだ。

そして、しなやかで強靭な筋肉を持つ狼人間にとって、少しの隙間があれば抜け出す事など容易。

再び闇祓い達の猛攻がグレイバックを襲うが、そんなもの関係ないとばかりに躱し、擦り抜け、逃げて行く。

 

「追え!逃すな!」

「レックス隊はグレイバックの追跡!チャリタリはサポートだ!絶対に民間人に被害を出すな!ジキルはシェリーの護衛だ!」

「承知した!諸君、行くぞ!」

 

一糸乱れぬ動きで、彼等は駆ける。

金髪のリーダーと思しき男を先頭として、褐色肌の女性が続く。他にも闇祓いが続々と駆けていき、辺りには姿あらわしをした音だけが残った。

速い。グレイバックが現れてから逃げるまでたった一分しか経っていないのに、何時間にも思える程のーー高密度の戦闘。なんというハイレベルの攻防が行われているというのか。

瞬く間に連携を取り、呪文を放ち、そして決して揺るがずに敵を追い詰めて行く。

感動すら覚える程の美しさだ。

これが闇祓い。英国魔法界を代表する戦闘集団というわけか。

闇の帝王が現れて以降ーー闇祓いは急激な強化を求められた。増え続ける闇の勢力への抑止力として、彼等には強くある事が求められた。

ヴォルデモートの失脚以降も、闇の残党達は蠢き、そして人々の平穏を脅かし続けている。それに対抗するのが、彼等だ。

第一線に立つこの男達こそが、闇を穿ち、悪を切り裂く正義の矛なのだ!

 

「………あれ?さっきのワンちゃんは?」

 




皆んな大好き(?)グレイバックおじさん登場。
名前のカッコ良さと恐ろしい設定とは裏腹に、原作でも映画でもイマイチパッとしない人。
映画ではデイブ・レジェノが演じる。結構イケメンなのにあんな悪人ヅラになるって、メイクって凄いなっておもふ


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2.力を求める少女達

漏れ鍋までの移動は夜の騎士(ナイト)バスで行く事になった。

どんな狭い隙間も通り抜け、通常のバスより圧倒的に速く走る。おまけに下手な防衛魔法よりも強力な装甲が施されているため、襲撃の心配もない。

……とは、ニキビ顔のお調子者なバスガイド、スタン・シャンパイクの談である。

ロンドンの下町なまりで話す彼は少し前までホグワーツに通っていたそうで、闇祓いの何人かと親しげに話していた。

しかし……、魔法界のバスというのがこういうスリリングな物だったとは。

シェリーとしては初めて乗るジェットコースターのような感覚で非常に楽しかったのだが、初めてでそれは凄いと黒人の魔法使いから驚かれた。

さて。

漏れ鍋の一室を借りて、何十にして何重もの魔法結界を張り、闇祓いがそれぞれの持ち場について、ようやくひと段落。

何だかくたびれてソファに座ると、どこか挙動不審気味の若い闇祓いが目に入った。

夜の騎士バスでも気持ち悪そうにしていたし、大丈夫だろうか。

 

「………、………」

「えっと……あの、大丈夫ですか?」

「うおっ!?あ、が、も、問題ねえ」

 

長身の闇祓いはしどろもどろに答える。短い黒髪を刈り上げており、目付きは悪い。だから一見怖そうなイメージだったのだが、どうやらそうでもないらしい。

黒人の闇祓いは苦笑しながら彼を紹介した。

 

「こいつはジキル・ブラックバーン。悪人面だが、これでも実力は確かだ。気を悪くしないでくれ……ただ、ジキルは女性に対する免疫が全くなくてね」

「キ、キングズリーさん!」

「くくっ。このように、顔を真っ赤にしてしまうんだよ、面白いことに。仕事の時は相手が女性でもちゃんと割り切って戦うから、心配しなくていい」

 

要するにいじられキャラだ。

シェリーが一歩近付くと、ジキルは三歩離れる。ただ、嫌われているわけではないので一安心といったところか。見た目はベガよりも不良なのに。

そういえばシェリーを庇って盾の呪文を使っていたのもこの男だったか。見た目とのギャップが激しすぎる。

ジキルが赤面していると、どたどたと二人分の靴の音。

先程グレイバックを追っていたメンバーの中にいた二人だ。

 

「戻ったか、アレン、チャリタリ」

「お疲れ様です!先輩方!」

「おう、帰ったぞジキル!そしてすまんキングズリー!逃した!」

 

長い金髪の男性は大きな声で言った。

ぱっちりと開いた眼は明朗快活な印象を受ける。……さっき土や岩の魔法でグレイバックを追い詰めた男だ。

あれだけの規模の広範囲魔法を使い手、彼は相当な実力者のはず。闇祓いのローブからのぞく岩石のように隆起した肉体には、いくつもの傷がつけられていた。

 

「……まぁ、相手は死喰い人の中でも最強格のグレイバックだ。件のシリウス・ブラックや、現在服役中のベラトリックスに並ぶほどの実力者。捕らえられなくても、無理はない」

「いや!俺は自分が許せない!」

「マグルに被害が出なかっただけ、良しとしようよ」

 

そう言ったのは、褐色肌の短髪の女性。

しなやかで猫のような身体は、鍛え抜かれた証。スポーツマンのように均整の取れている肉体に、短く切り揃えられた髪。戦士としての雄々しさがあった。

黒人の闇祓いは自分の頭を抑えると、暫く思考を巡らせた。アレンを隊長とするなら、この男が闇祓い達のブレーン的存在なのだろうか?

 

「仕方がない、アレン、チャリタリ。お前達もシェリーの護衛に当たってくれ」

「承知した!……君が件のポッター少女か!顔色が悪いな、飯はちゃんと食ってるか!?」

「あ、は、はい。マージおばさんに貰ったドッグフードとか……」

「ちょっとアレン隊長?シェリーがあんたのハイテンションについてけてないよ」

「むぅ、そうか。すまん!」

「……ひとまず自己紹介といこうか」

 

こほん、と調子を取り直した。

 

「私の名前はキングズリー・シャックルボルトだ。数ある魔法犯罪の中でも、主に闇の魔術に深く関わる人間を取り締まる闇祓い局の一員だ。よろしくな、シェリー」

 

大柄だが知的な雰囲気を感じさせる男は、和かに微笑んだ。ダンディな、落ち着いた大人の男性だ。

次に紹介されたのは溌剌とした褐色肌の女性だ。

 

「アタシはチャリタリ・テナ。自分で言うのもなんだけど、魔法道具の知識と運用が得意だよ。マグルふうに言うなら、いわゆる『工作員』って奴だね。魔法でできた罠や爆発物を探し出すのが仕事さ」

「たしか一昨年にはホグワーツにみぞの鏡の点検をしてたんだっけか?」

「そうそう。それでムーディーに魔道具の才能があるって言われたんだよ。調子に乗るなとも言われたけど。トンクス元気にしてるかな……」

 

どこか遠い目をするチャリタリ。

簡単に言うが、魔道具は複雑な魔法がかけられているのが普通で、それに精通しているというだけでも彼女の優秀っぷりが垣間見える。

キングズリーによれば純粋な戦闘力も非常に高く、期待のホープなんだとか。

 

「レックス・アレンだ!よろしく、ポッター少女よ!好きな言葉は熱血!君のお父さんとは先輩後輩の関係だったぜ!」

「えっ、そうなんですか?」

「アレンは実力派の魔法使いでね、闇祓いの中では間違いなく一番の実力者。今、世界最強に最も近い男だ。まあグレイバックは逃したが」

「面目ない!」

 

なんと、世界最強とは。

イギリス魔法界は昔から魔法戦闘のレベルが高く、強者達が集まる傾向にある。その辺の主婦が凶悪犯罪者相手に石化呪文を当てて粉々に砕けるくらい、個々人の能力が高いのだ。

サムライやニンジャなる戦闘の達人が数多く揃った日本魔法界や、闇の魔術が発展しているドイツなどといった強豪と並び称されるレベルなのだから、相当に高い。

現・世界最強のアルバス・ダンブルドア、闇の帝王ヴォルデモートといった英傑達に最も近いとは……。

滅茶苦茶強いのでは、この男。

 

「で、さっきも言ったが、ジキル・ブラックバーンだ。この中じゃ一番下っ端だ、可愛がってやってくれ」

「う、うす」

「他にも沢山いるんだが、おいおいな。ここでの生活中は困ったことがあれば私でも皆んなでもいい、何でも聞きなさい。皆んな気の良い奴達さ。……さて、もうそろそろエミル達が帰って来てもいい時間なんだが……おっと」

「やあやあ皆さん、お揃いで」

「戻ったか、エミル」

「よう、シェリー」

「あ、ベガ!」

 

黒髪の中性的な男性に連れられて、自分のよく知る顔が入ってきた。ベガだ!

魔法界の友人と再会できた事に顔を綻ばせるが、何故彼がここに?

 

「ブラックから身を守るためですよ。……やぁどうも、シェリー。エミル・ガードナーと申します。特技は遠方からの長距離射撃ですよろしく」

「あっ、よろしくお願いします」

「…あれ?僕達、どこかで会いました?」

「え?……………あっ」

 

そういえば去年、ハグリッド樽の中でこんな顔を見た気がする。狭くてよく見えなかったが、もしや、彼があの時の。

あの出来事は一応内緒という事になっているので、口外しない方がいいだろう。

 

「………え、えーと、初めてですよー…」

「そう?まあいいや。……君達二人は、今世間を騒がせているシリウス・ブラックから狙われる可能性が高いんだよね」

「ブラックは例のあの人に最も忠実な部下の一人!奴が脱走すればどうなるか!?」

「生き残った女の子のシェリーは勿論のこと、自分の親戚で、かつ親マグル派の親を持つベガを狙うっすね。血を裏切る者とか何とか言って」

「あー、言いそうだね」

「嘆かわしい事だ。まあ、あいつの場合はそれ以外にも………っと」

「?」

「いや、何でもない。ともあれ、そういう訳だ。すまないが夏休みの間じゅうはここで過ごしてくれるか」

「まぁ、俺は構わねえが」

「勿論大丈夫です」

「そう言って貰えると助かるよ」

 

シェリーはロクな説明もないまま何やかんやで漏れ鍋まで連れて来られたので、むしろ有難い限りだった。

それにシリウスだけではない、グレイバックといった危険人物までもが野放しの現状では、こうして護衛するというのもやむなしというもの。

さて、扉が開いたかと思えば、ややセンスは古いが上等なローブを見に纏った壮年の男性が立っていた。魔法省大臣、コーネリウス・ファッジ。イギリスで一番偉い人、である。

 

「やあや、シェリー、ベガ。初めまして、大臣のコーネリウス・ファッジだ。夏休み中はここで過ごしてもらう事に……えっもう話した?そう……ともかく、申し訳ないが休みの間はあの家に帰れないものと思ってくれ」

「あ、その事なんですけど、……その、私ここに来る途中でおばさんに魔法をかけてしまって……」

(何やってんだこいつ……)

「いやいや!あれに関しては自己防衛という扱いになっている!おばさんのアフターケアもばっちりだ、忘却術士達が出向いて記憶は『忘却』してあるよ。それにしても記憶を覗いた術士達がしきりに『小さな女の子になんて酷い事を』……とか言っていたが、ありゃ何だったのか……まあそういう訳だ!」

「ありがとうございます」

「うんうん、素直な良い子だ。では、私はこれで失礼するよ。吸魂鬼(ディメンター)の配備を急がなければならないからね」

「でぃめん……?」

 

ファッジのそのひとことで、シェリー以外の全員が渋い顔をした。いや、アレン氏はすん……と無表情になったが。いつも笑顔の彼が急に表情をなくすとちょっと怖い。

 

「大臣、正気ですか?あんな連中をホグワーツに配備するなどと……」

「あれは本能で動いてるだけで、制御できる代物じゃないっすよ」

「ああ、うん、まあ、致し方あるまい。シリウス・ブラックに対する抑止力として、ある意味最も効果的な連中なのだ」

「しかし……」

 

闇祓い連中からダメ出しを食らうファッジだったが、キングズリーの「反対意見はここで出すもんじゃない」という一言でひとまずその場は収まった。

ファッジは帰った。

吸魂鬼?

聞き慣れない単語だ。吸血鬼ではないのか?疑問に思っていると、若干顔を赤くさせながらジキルが説明してくれた。

 

「でぃ、吸魂鬼ってのは……人間の幸福を糧にして生きる生物だ。魔法省の管理に置かれてはいるが、その特性上、誰も近寄りたがらない。最も恐ろしい生き物だよ」

「最も恐ろしい……」

「ああそうだ。あんな連中を城の守りに使うなんて、大臣は一体何を考えているのやら……」

「何も考えていないんでしょ、あの様子じゃあさ。困ったね、いくらダンブルドアや私達が防衛するとはいえ、城の内側にあんなのがいちゃたまったもんじゃない」

 

闇祓い達が揃いも揃って深刻な顔をしているとは、それだけ危険な生物という事か。

しかしそんな生物を、制御し切れていないとはいえよくもまあ従えているものだ。

 

「守護霊の呪文ってのがあるからな。一応聞いとくがシェリー、お前は使えるか?」

「……?ううん、使えないよ。何それ?」

「守護霊の呪文ってのは、まあ、その名の通り守護霊を呼び出す呪文だ。自分を護ってくれる霊を呼び出す。現状吸魂鬼を討ち払う唯一の手段だ。……その代わり習得難易度は恐ろしく高いがな」

「そうなんだ………私、その呪文を覚えたいな」

「くくく、お前ならそう言うと思ったぜ」

 

闇祓い一同が驚いた顔をした。

守護霊の呪文は恐ろしく難易度の高い呪文であり、自分達も習得にかなり苦労した経験があるからだ。

 

「私が呪文を覚えたら皆んなを守れるし、教えられるかもだしね」

「キングズリー!!キングズリーいい子だよこの子!!」

「いくらでも教えてやらあ!!」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

見た目の割に意外に教えるのが上手いジキルに魔法理論を教わり、守護霊構築の図式を頭に叩き込む。ジキルは元々勉強ができる方ではなく、この呪文も滅茶苦茶苦労してようやくできたものらしい。

息を整えコンディションを万全にすると、外でチャリタリと合流しいよいよ実践だ。

自分の魂情報を基に構築するため形状は意識せずにむしろ内面の複雑な循環をどれだけコントロールできるかが問題なのだとか。よく分からないが、取り敢えずやってみるしかない。

 

「コツは自分が幸せだと思う記憶だよ!頑張れ頑張れできるできる!」

「エクスペクト・パトローナァーム!!」

「そう!心を落ち着かせるんだ!でもこっちは見ないでくれシェリー!」

「守護霊よ来たれェーーッッ!!」

 

チャリタリとジキルによる熱血指導を側から見守る男性陣。ベガは天才肌、エミルは感覚派で、アレンは守護霊を出すのが苦手らしい。

つまり教えるのが苦手な連中である。

ジキル達の指導を横目に優雅に紅茶を飲んでいると、アレンがウズウズし始めた。……混ざれないのが残念なようだ。

 

「むぅ!見たら燃えてきたな!どれ、エミル!いっちょやるか!」

「あ、僕は忙しいのでパスで。レストレンジ君どうです?」

「じゃあこの紅茶を飲んでから……」

「よし!こっちだ!来い!」

「ちょっ」

 

無理矢理引き摺られた。

地形をぶっ壊しながら飛来する岩石を躱しつつ負けじとベガは応戦するが、変幻自在の地形の上でアクロバティックに動き回るため、中々攻撃が当たらない。攻撃は最大の防御ということか。

一応これでも手加減している方らしいが、それでこの超火力と広範囲。ベガの年齢で応戦できているだけでも凄まじいのだが、それでも両者の間には高い高い壁があった。これが最強に最も近い男の力か。

 

「俺の専門は土・岩・砂、その他諸々その辺だ!周囲の地理や地形は自由に変形できるし、鉱物だって自由自在!火炎を混ぜたら溶岩!風を吹かせたら砂嵐!あと拘束や封印ができる植物も操れる!頑張れば重力を操る事もできなくはないぜ!」

「……へぇ!闇祓い最強の名は伊達じゃーーー」

「そしてその魔法の源となるのはやはり魔力!そして魔力がどこから来るかってなるとやはり筋肉!日頃の鍛錬の賜物というわけだ!」

「……ほぉ!魔法だけじゃなく身体も鍛えているのはーー」

「少年も中々良い筋肉をしているな!将来が楽しみだ!俺と一緒にトレーニングしようぜ!」

「話聞けってんだよ!!」

 

限りなく実戦に近い模擬戦を終えて、クタクタになって眠りにつく。

あれ、これってブラックやグレイバックよりも恐ろしいのでは?

疑問に思ったが口には出さなかった。

守護霊の訓練が始まってから、およそ二週間が過ぎた。

チャリタリ曰く、シェリーは魔法の構築自体は形になっているらしい。後はそれに魔力を流し込めばいいのだが、感情と魔力を同時にコントロールするのがかなり難しい。

これは、まだまだ時間がかかりそうだ。

そもそもシェリーの年齢でこの呪文を覚える事自体が異常なのだが。(ベガは普通に出せる。大きな山羊を出して教えていた)

シェリーが疲れ切ってベッドに腰掛けると、大人しいノックの音。

 

「守護霊の訓練お疲れ様。はいこれ、ホットチョコレート。よく冷まして飲みな」

「チャリタリ!ありがとう」

「気にしないでいいよ。……ほんとは、吸魂鬼やボガートで練習するのが一番良いんだけどね。トムさんがこの店を開く時、そういうのは入れないようにしたからねぇ」

 

トムと聞いてぎくりとする。

去年激戦を繰り広げたトム・リドルの印象はかなり大きい。バジリスクの牙を撃ってきたし。

………それにしても。

 

「ど、どうしたんだい」

「………私の気のせいなら、良いんだけど……何か、無理してない?」

「…………え?」

「去年、すごい大嘘つきの人と出会って、それでほんの少し人の嘘が解るようになったんだよね。…今のチャリタリからは、何だか、無理して着飾っているような……そんな気配がするの」

「………そっか」

 

チャリタリは苦笑すると、どこか悲しげな顔をした。

それはいつもの、強がっているような顔ではない。歳よりずっと幼い……、それでいて優しい顔だ。

ぽつり、と。

話し出したーーというより、言葉が溢れ落ちたような始まりだった。

 

「昔のアタシは……、人より臆病でね。大きな声も出した事がなかった。声を出したら殴られるような家庭だった。ある日を境に父親は家に帰らなくなって、私は捨てられて、けど行くあてはなくて。道の隅っこで丸くなってたら、アタシより少し歳上の女の子に声をかけられた」

「運の良い事に、その子はアタシみたいな子供を預かる孤児院の院長の娘だったんだ」

 

魔法界の孤児院。

そう珍しい話ではない。虐待ないしは親を失った子供達を預かる受け皿はいつの時代も必要なのだ。

そういう恵まれない子供はマグルにも必ず一定数存在するし、魔法界においても、闇の帝王が台頭した時代に親や親戚を失った人間は少なくない。

シェリー自身がそうだし、ベガやロン、ネビルもそうだったと聞いている。それほど闇の魔法使いが暴れた時代なのだ。

 

「その子の名前は、クリシュナ。孤児院のお姉ちゃんみたいな存在だった。クリシュナ姉さん達はアタシみたいな子供を引き取って育ててたんだよ」

 

最初はロクに口も聞かず、隅っこでずっと体育座りしているような子供だったが、クリシュナが積極的に話をする事で次第に心を開くようになったのだとか。

そして次第に彼女の周りには不思議な事が起こるようになった。欲しいと思った物がすぐ近くに置いてあったりーー。その事をクリシュナに相談すると、驚くべき事実を告げられた。ーー『チャリタリは魔女で、アタシも魔女なんだ』、と。

この事実は周りの孤児達への混乱を避けるために、彼女達だけの秘密となった。

11歳になると、ホグワーツに入学。

 

「楽しかったよ、ホグワーツの七年は。今からでもやり直したいくらい。姉さんはすぐに卒業して闇祓いになったけど、それでも楽しかった。………あの事件が起きるまでは」

「事件?」

「とあるマグルの一家の息子達を死喰い人の残党が誘拐する事件が起きてね。クリシュナ姉さんの班は主犯を追ってたんだけど……返り討ちに遭って。殉職した」

 

クリシュナは優れた魔法使いだった。

だが、そんな人間であっても儚く散る。それほどまでに、魔法界の均衡は歪なのだ。

当時の死喰い人の残党は、未だ全てが拿捕された訳ではない。狡猾に逃亡し、潜伏して虎視眈々と機会を伺っている。グレイバックやブラックが良い例だ。

そして当然、クリシュナを殺した死喰い人も捕まっていない。

世界はまだ、平和になどなっていない。

 

「闇祓いで忙しいくせに、孤児院にも顔を出していたからね。子供達は当然不安がった。だから……、その時からずっと、あの子達を安心させるために、いや、アタシ自身が安心するために、アタシは姉さんの真似をし続けた。今もずっと姉さんの影を追い続けてる。長かった髪も切って、弱い自分と決別して。大切な人達を守るために」

「………チャリタリ……」

「……、つまらない話したね。アタシの話はここまで!明日に備えて寝な?……明日は守護霊が出るといいね」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「レストレンジ君はオリジナルスペルの開発とかはしないんですか?」

 

漏れ鍋の一階で、酒をあおる魔法使いが何人かいる中で、ジキルの作ったというお菓子を摘みながらエミルはにこやかに言った。

それにしても唐突な話である。

オリジナルスペルとは、要するに創作魔法のことだ。魔法を学ぶ者が一度は考えるであろう自分だけの魔法。といっても余程の魔法使いでなければ、大した魔法はできないのだが。

 

「僕と、僕の少し上の世代で流行ってたんですよね。例のあの人全盛の時代でしたから、自衛のために色んな魔法を覚えて、極めて。そして自分だけの必殺技とか考えたりしたもんですよ。大抵がもう開発されていたり、お座なりな魔法だったんですが」

「まぁ男なら一度は考えるよな」

「僕とすれ違いに卒業しちゃいましたが、悪戯好きの四人組がその手の創作魔法に長けていたそうです。……レストレンジ君なら、そういうのもできるんじゃないですか?」

 

エミルは若干期待を込めた目で言った。見た目や立ち振る舞いは完全に女子だが、根っこは意外と男の浪漫に溢れている。

しかしベガは、うーんと唸った。

 

「俺だけが使える魔法があっても、意味がねえんだ。俺の魔法を継いでくれる人間がいないと意味がねえ。去年、俺の友達が『魔法糸』っつう魔力が弱い奴ほど効果のある魔法を考えたんだが……作るんならそういう、誰でも使えるような利便性のあるものじゃねえとな」

「……身につまされる話ですね」

「まぁ、そういうのは他の奴に任せるとするわ」

 

そう言ってベガはファイア・ウイスキーを飲み干した。エミルが残念そうな顔をするが無視する。

 

「勿体ないのォー」

 

老人の声だった。

隣を見ると、ミステリアスな白髪の老人。

顔の皺は多いが背筋はぴんと伸びており、黒い琥珀の瞳からは生気を感じさせた。

老い先短い人間の顔ではない。

人を落ち着かせるような優しい音で、老人は言葉を紡いだ。

 

「お前しかできない魔法ということは、お前にしかできない役割があるということ。誰しもが使える魔法だけが意味を持つわけではないんじゃよ」

「……………」

「どんな魔法だっていいんじゃ。それに今はお前しか使えなくとも、いつか必ずお前の意志を継ぐ者が現れて、お前の魔法を継いでいく。今こうしている間にもお前を凌ぐ才覚の持ち主が生まれ落ちているかもしれんぞ?」

「……………爺さん、誰だ?」

「婆さんやー、飯はまだかのう」

「僕は婆さんじゃないですよ」

 

女顔のエミルを妻と間違えているらしい。

いい事を言っているふうだったが、とんだボケじじいである。

どこか見覚えのある気もするが……。

 

「……って、え?いや、まさか……」

「………!じ、爺さん!あんた名前は何て言うんだ?」

魔法史の本に、必ずと言っていいほど載ってある有名な偉人。

その活躍と名声は世界中に轟き、マグルにも一部の伝承が伝わっているほどの天才。

その規格外っぷりは、未だ賢者の石をゼロから創れるのが彼だけという時点で十分に伝わるだろう。

ーー彼の名前は。

 

「わしゃーニコラス・フラメルじゃよー。六〇〇年前に賢者の石作ったちょっとすごい人なんじゃよわしー」

 

 

 




新キャラが沢山出たので紹介をば。

◯レックス・アレン
土魔法に長けた熱血漢。太陽に輝く金髪が特徴。ダンブルドアを除けば世界一の現役最強闇祓い。
常にハイテンションで人を振り回し、笑顔を浮かべているが、彼が何を考えているのかは誰も知らない。
グリフィンドール出身。

◯エミル・ガードナー
女性のような長い髪と中性的な顔をした長距離狙撃魔法の使い手。
飄々とした享楽的な性格のミステリアスな男性。しかし根っこは意外と普通の男の子だったりする。
レイブンクロー出身。

◯チャリタリ・テナ
男勝りの褐色肌の女性。
魔道具の扱いに長けた工作員。
元は大人しい気弱な性格の女性だったが、姉が殉職して以降、妹達を安心させるために姉の真似をしている。トンクスは同期。
ハッフルパフ出身。

◯ジキル・ブラックバーン
刈り上げた髪の、高身長の男性。
いかつい顔の割に女性に全く免疫がなく、話す時はいつも赤面してしまう。(小さな子供相手だと大丈夫らしい)
医療や補助に長けたサポート要員。
スリザリン出身。

◯ニコラス・フラメル
少し前まで実質上の不老不死状態だったが、賢者の石を壊した事によってあと数年の命になる。それに伴いボケも進行。
あらゆる魔法を考案し、賢者の石を創っちゃう天才。しかし研究者タイプなので戦闘力はダンブルドアほどではない。(それでも十分すぎるほど強い)

というわけで最強候補がいっぱい出てきた話でした。
当然闇陣営もアホほど強化されてるので皆んなには頑張ってほしいですね。


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3.闇より出ずるその恐怖

人間界から魔法界への、あるいは魔法界から人間界への入口がある。

パブ・漏れ鍋。

コインの表と裏を繋ぐ、未知への玄関。

その酒場でーー、一人の大魔法使いが酒を嗜んでいた。

ニコラス・フラメル。

複雑かつ膨大な知識を必要とする錬金術の第一人者であり、最も有名な逸話の一つに賢者の石の生成があげられる。

その偉業はまさしく生きる伝説であり、現在存命している魔法使いの中で最も偉大な人物のひとり。ダンブルドアと並び立つ、歴史上類を見ない鬼才である。

 

「婆さんやー、飯はまだかのう」

「さっき食べたでしょおじいちゃん。あと私の名前はシェリーだよ」

「婆さんやー、肩揉んでくり」

「いいよ。でも私の名前はシェリーだよ」

 

少なくとも、数年前まではそうだった。

もう今ではボケジジイと成り下がってしまったが、少し前まではその国宝級の頭脳は健在だった。健在だったのに……。

本当に、どうしてこうなった。

 

「本当に、この御仁が?」

「少なくとも見た目は見聞きした風貌とそっくりです。変身している様子もありません。多少の記憶の混濁はありますが、まず間違いないかと」

「マジすか……やべー」

 

闇祓い達も目を見開いている。

この男が世界最高峰の錬金術師というのが信じられないのだろう。

この世の魔法使い達が頭をどれだけ頭を捻っても分からない原理を、事もなげに解き明かしてみせる。この世の理を明かし、真理を知り、そして使役できる。

そんな規格外な存在が、目の前にいるなどと誰が信じられようか。

 

「錬金術……かぁ。ホグワーツの科目にはないけれど、どんな学問なの?」

「わしゃータンドリーチキンが食いたい」

「……ジキル、説明してあげて」

「う、うす。簡単に言えば、あらゆる分野の知識を使って色々な実験をする学問、だな。有名なのが卑金属を貴金属に変えたりとか……。ホムンクルスやエリクサーといった生命の分野にも足を突っ込んでるし、学ぶには本当に幅広い知識が要るんだ」

 

曰く、魔法が各個人の魔力に依る属性の力やエネルギーを放射するもの。

それに対して、物質に元々備わっている魔力に働きかけるのが錬金術なのだという。

 

「んー……?おぬし、どっかで見た事あるのお。なんじゃったかのォー。預言者新聞に載ってたような気がするのォー」

「ん!俺が誰かって?闇祓いの特攻隊長、レックス・アレンだ!」

「はぇ?」

「俺が誰かって?情熱に生きる男、レックス・アレンさ!」

「はえぇ……?」

「二人とも話聞けってんだよ」

 

そも、本当にニコラス・フラメルなのかどうかも疑わしい。

ボケすぎて自分とフラメルの区別が付かなくなったジジイではないのか。トムに無理矢理部屋に運ばれてるのを見ると、そう思わざるを得ないのも仕方ない事だった。

自称ニコラス・フラメルに散々振り回された後、彼等は自室へと戻ってきていた。

介護疲れである。

 

「破天荒なジジイだったな……」

「でも、楽しいお爺ちゃんだったよ」

 

シェリーは苦笑しながら答えた。

そんな彼等を見て、闇祓い達は顔を見合わせて何やら逡巡した。

 

「……なあ、二人とも。君達は不完全な形とはいえ、二度も闇の帝王と対峙した経験があるのだよな」

「うん?まあ、そうだね」

「……、闇の帝王は、どんな人だった?」

「え?」

 

質問の意図が分からず、思わずシェリーは疑問の声を上げた。

どんな人、と言われても。

困惑が伝わったのか、アレンは「ああ、分かりづらくて済まない」と謝罪した。

 

「そうだな、見た目や性格、君達が感じた印象でも構わない。それらを教えてくれるとありがたい。何せ俺達は闇の帝王を伝聞でしか知らないからな。実際に会った人間の話が聞きたいぜ」

 

その時のアレンは、いや、闇祓い達はいやに真剣な様子だった。

彼等は少しでも知ろうとしている。

そして、備えようとしているのだ。

ヴォルデモート卿は確かに一度滅びた。

しかし彼は死んだ訳ではなく、今でも虎視眈々と世界の破滅と転覆を願っている。

長年温め続けられた玉座に座らんと、闇の中を蠢き回っている。

亡霊のような姿になろうとも。

日記の中に封印されていようとも。

ーーしかし世の魔法使い達はそれを認めようとせず、その惨劇を過去の物として抹消しようとしている。痛みも、苦しみも、忘れてしまえば楽だからだ。

 

ーーだが、この闇祓い達は知っている。

苦痛を知って折り合いをつけることと、見ないフリをすることは、まるっきり違う事なのだと。

シェリーとベガは全てを話した。

彼の性格、所業、戦い方、言動、思考、自分達の知る全てを。

途中でジキルが悲しげに顔を顰めたり、エミルが静かに怒りを滾らせたり、チャリタリが優しく肩を叩いてくれたりしたので、話しやすかった。

全てを呑みこんで、アレンは考える。

 

「全てが自分を中心に動いているのかもしれないな。自分の力を誇示したい、自分の言うことを聞いて欲しい。それらの欲が肥大し過ぎた結果、自分の都合の良い世界でないと満足できなくなった。積み木を積み上げて褒めて欲しい子供のようにな」

「……積み木で済めばいいっすけど。積み上げるもんが死体の山だから笑えねえ」

「だね。奴が曲がりなりにも正義を掲げてるならまだしも、奴達は自分達にとって都合の良い世界を創りたいだけだろうさ」

 

グリンデルバルドという男がいた。

彼は魔法使いとしての才能以上に話術と謀略に長け、服従の呪文を使わずとも人を操る事ができた。

例え正義感の強い魔法使いであっても、いや、正義感が強いからこそ、彼の言葉に駆り立てられる。

グリンデルバルドの根底には、より大きな善のためというモットーがあるからだ。

しかしヴォルデモートにはそれがない。

世界は己の欲を満たすための道具にしか過ぎず、戯れで統治も破壊もできるのだ。

必要悪ではなく、絶対悪。

その欲望に際限はなく、満足する事のできないーー悪党。

 

「俺や、ドラコを配下に勧誘したのはどういう魂胆だ?」

「そうだね、君達は家の事情もあるだろうけど、ホグワーツの子供を仲間に引き入れる事で自分の影響力を誇示しようとしたのかも。まあ単にホグワーツにスパイが欲しかっただけかもしれないけど、『若い世代の魔法使いすら従えている』という事実が欲しかったんじゃないかな」

「ああ、なるほどっすね。純血揃いのスリザリンの子達は特に影響されるかもしんないっすから。ホグワーツは寮制ですし、離れた親よりも、横にいる友達の方が影響を受けやすいっすから」

(だが、だからこそ分からない。奴は何故あの殺戮を繰り返した?)

 

レックス・アレンは思考の海に沈む。

キングズリーとも散々話し合って結論が出なかった議題である。しかし思考するのは無駄ではない筈だ。

 

(闇の帝王の足跡を追っていくと、不可解な点がいくつかある。その一つが、ポッター家を襲撃する直前の、ロンドン市内でのマグル大量殺戮事件だ。あの事件は闇の帝王が殺す事に狂っていたから、と預言者新聞は報じているが……奴の性格を知れば知るほど不可解だ)

 

ヴォルデモートは世界の覇者になるための殺しを厭わないのであって、殺しが目的ではないからだ。

そりゃあ、確かに意味もなく人を殺した事がなかった訳ではないが、自分の兵力を総動員してマグル狩りを行うのはあまりにもデメリットが大きすぎる。しかも一歩間違えればマグルに魔法界の存在がバレてしまうところだった。

ーー何か意図があったのではないか?

学生時代から彼は綿密に計画を練るタイプだった。ならば、世界の王になるまでのシナリオも当然考えている筈だ。

彼の野望はイギリス魔法界に留まらない。

留まる筈が、ない。

 

(闇の帝王はいずれ来る。いつか来る。だがそれはいつだ?あの暴君が、一度滅びたくらいで生き方を変えるものか。人は死んでも変わらん。魂に染み付いちまったもんが落ちるわけがない。そしてかつて築いたコミュニティを活かさない訳がない……

 ………奴の目覚めは、近い筈……)

「?」

「いや、いい。早く寝なさい」

「おーい!儂の枕変えちくり!」

「ジジイが煩くて寝れねえんだけど」

 

フラメルの枕を変えていると、シェリーが思い出したように言った。

 

「あ、もし良ければ、なんだけど」

「?」

「夏休みが終わる前に、ちょっと行きたいところがあるんだ」

 

翌日。

 

聖マンゴ魔法疾患障害病院。

魔法によってつけられた傷や障害、病気などのケアを執り行う施設である。

早い話が、魔法使い達の病院だ。

その一室で、闇祓い達の監視のもと、シェリーはとある病室へと赴いていた。

 

「お久しぶりです、ロックハート先せ……ロックハートさん。数ヶ月ぶり」

 

ギルデロイ・ロックハート。

彼が自分の放った忘却術によって記憶を失ったのは記憶に新しい。

ハンサムな顔は相変わらずだが、その頰はやや痩せこけて見えた。しかし彼はいつもの調子でへらへらとサインを書きながら、シェリーをベッドの上で出迎えた。

無論、シェリーの事を彼は憶えていない。

 

「はーははー!君は僕のことを知っているのかい、ふふふふふはははは。君もサインが欲しいのかな?」

「私は去年、貴方の生徒だったんです」

「生徒?私は先生だったのかい?」

「そうです。貴方は先生で、そしてちょっと……あー……人としてやっちゃいけない事をしたんです」

「うん?」

「今はここにいるけれど、いつかはその罪に向き合わなければならない。償わなければいけない。だからきっと思い出して、そして自分なりに贖罪をして」

「んん?君、どっかで会いました?んー、ファッション誌か何かで見たような」

「………、また来るね」

 

ロックハートがペテン師であるという事は世間には広まっていない。

なにせ証拠がないのだ。ロックハートの記憶操作は完璧で、彼が他人の手柄を横取りしたという事実は出てこない。

そしてロックハート自身も記憶を全て失っているため、彼の罪を咎める事は事実上不可能なのだ。(彼は今かなり不安定な状態のため、下手に真実薬を使えば記憶に支障が出る)

彼はずっと一人で、罪から逃げ続ける事になるわけだ。

だが。

本当にそれで良いのだろうか。

シェリーは、大切な友人の一人であるベガに相談した。最近気がついたが、彼は意外と聞き上手だ。

 

「それにロックハートさんはこれからずっと独りで過ごすのかと思うと、何か、寂しいなって」

「……」

「何より、あの人に……罪に向き合って欲しくって」

「……お前は優しいな。正直言うと、クィレルも、ロックハートも、俺は死んだ方が良いと思った。俺の友達を殺そうとした相手だ、許せる訳がねえ」

「………、うん、そこは私も許しちゃいけないところだと思う。だけど、人には何度でもやり直せる機会がある、とも思うんだ。私が魔法界に行けたのなんてまさにそうだし」

 

シェリーが魔法界を知らずに育ったとしたらどうなっていたのか。

幼い頃に決して癒えぬ心の傷を負った彼女が友人を得ぬまま育ったとしたら、その才能を活かせずに、未来に怯えたまま大人になっていた事だろう。

環境は、人を作る。

だが反対に、環境さえ整えれば人はいつだって成長できるのだ。

ロックハートが欺瞞に満ちた生活から脱却したなら、彼も変わるかもしれない。

 

「甘い、のかもしれないけれど」

「……ハン。俺はお前のそういうところ、嫌いじゃねえよ」

「ふふ、ありがとう」

 

ーーだが。

 

仮に、もしもの話だが。

 

改心する気のない人間がいたら。

どうしようもない悪党と対峙したら。

 

ーーその時シェリーは、どんな決断を下すのであろうか。

 

赦すのか、それともーー。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

ベガは闇祓い最強のアレンから実戦形式で手ほどきを受けていた。

夏休みの間じゅうずっと、毎日のように。

子供だからといって手加減は全くない。

流石に使う魔法は土と岩の魔法に限定しているが、それでもベガはこの防御を全く切り崩せずにいた。

 

「はははは!君の実力はそんかものか、レストレンジ少年!俺はまだまだ本気じゃあないぜェ!?」

 

広範囲に渡って繰り広げられる魔法には一部の隙もない。

おまけにアレン自身の魔力量も多いせいか、長期戦でも活躍できる。というか戦いが長引く程にこっちが疲弊してくる気さえしてくる。

土や岩の魔法は防御一辺倒のノロマ呪文だとか呼ばれているが、レックス・アレンに関しては例外と呼ばざるを得ない。

魔法使いは互いに動き回りながら攻撃を当てるのが普通なのに、ベガばかりが動き回って、彼は一歩も動いていない。

ああ、本当に。

闇祓い最強は、規格外だ。

 

「ちっーー火炎系は相性が悪すぎる!ならこれでどうだ!」

「むーーー!」

 

ベガが繰り出したのは、黒山羊の守護霊。

守護霊としては大型の部類のそれが、瓦礫の中を変幻自在に駆けていく。

守護霊は対吸魂鬼用に開発された呪文ではあるが、このように魔法使いのサポートをこなす事もできる万能呪文でもある。

時に盾として、時に剣として。

呪文を放って攻撃するという魔法使いの特性上、前衛をこなせる存在というのは非常に重要なのだ。

 

「むぅ!良い判断だ!君は守護霊の扱いが上手いな!」

「お褒めいただき光栄だ!代わりにくたばれこの野郎!」

「………、『ラピルス、石よ!』『アレナス、砂よ!』」

 

レックス・アレンは有言呪文を放った。

コスパ重視の無言呪文では対応できないと悟ってか、ガチガチに守りを固める。地形ごと変える程のパワーを持つ土魔法ではあるが、それ故に速い呪文が弱点。

突破力の高い守護霊呪文で強引に道を開くのは最適解といえる。

問題は、彼に近付けば近付くほど、攻撃の濃度が濃くなる訳だが。

 

(………、レストレンジ少年の操る守護霊はおそらく陽動だな。そういう動きをしている。俺の射出した岩や砂の中に紛れて近接戦を狙うつもりか?しかし、近付けば近付くほど足場が崩れてしまうぞ)

 

アレンと遠距離で戦えば、その圧倒的な防御力と制圧力になす術もなく。

アレンと近距離で戦えば、蟻地獄のように足場を崩されて攻め込まれ。

アレンと中距離で戦えば、その両方に同時に対処しなければならなくなる。

これでまだまだ本気ではないのだから、この男の強さの底はどれ程なのか辟易としてくる。

ベガはアレンの足場崩しを、連続姿現しで切り抜けていき、同時に守護霊を操って視点を分散させていく戦法をとったが……それでも、彼には届かない。

それは小細工でしかないのだ。

駆け回る彼等に対抗せんと、アレンが創り出したるは岩の牢獄。

ベガがいかに高い身体能力を持っていようと、取り囲んでしまえば動けなくなる。

今日もベガは、アレンに一太刀も浴びせる事なく終わった……かに思えた。

 

(!!守護霊が、形を変えてーー)

「くらいやがれェーー!」

 

ベガはまだ杖を握っている。

黒山羊の形をあえて崩し、火炎の如くうねりながらアレンへと突進する。地面の動きに逆らわず、地を滑る。

なるほど、とアレンは感心した。

これではいくら地形を崩そうが意味がない。地面の流れに逆らわず、流動的に動き回って攻撃をいなす。

そんな芸当ができるのは、センスとしか言いようがない。

黒山羊の角はアレンの直前まで迫り、彼の頬を切り裂いた。傷をつけられるなど数年ぶりだ。アレンは目を僅かに見開く。

 

ーーやはりこの少年、素晴らしい!

 

才能が、ではない。

相手が格上であっても臆せず挑めるその度胸、そして柔軟な戦い方。

あと数年歳をとっていれば、闇祓いにスカウトしているところだ。

ただ、惜しむらくは、闇祓いとしての経験の差と、岩魔法と相性が悪かった事か。

守護霊が空気中で霧散していく。

 

「ーーっ、おいおい、そんなのありか」

瓦礫が舞い、特有の軌跡を描く。

封印術。

もうベガに手は残されていなかった。

 

(………っくそ!とうとう一本も取る事が出来なかったか。クソ、直接戦闘向きじゃないとか言われてる土魔法でなんつう強さだよ……俺の実力不足だったってか……)

 

人外の域に片足を突っ込んでいる男に、成す術もなかった。吸血鬼やらバジリスクやらを倒した事で天狗になっていたか。

悔しさに顔を歪ませ、ベガは敗北を受け入れようとしてーー

 

「おいベガ!まだ諦めんどくれ!まだ杖を握っとろうが!儂はお前さんの勝ちに賭けとるんじゃい!エミルにふんだくられるのはもうごめんじゃ!」

「人聞き悪い事言わないでよお爺ちゃん、ふっかけてきたのはそっちじゃんか」

「知らんわい!おいベガ!守護霊じゃ!守護霊を使ええーーぃ!」

 

ーーうるせえなこいつら!

自称ニコラス・フラメルの言葉が、何故か遠くからでも耳に入った。

自分とアレンとの戦いがくだらない賭けに使われていたとは。

何だか腹が立ってきた。

これで負けたら、あのボケジジイはきっとまた難癖付けてくるんだろうか。

そう考えると途端に許せなくなって、ベガは杖を握る力を強めた。

消えかけていた守護霊がその色を濃くし、アレンへと再度向かう。

 

守護霊とは要するに魔力の塊のようなものだ。黒山羊に流れる魔力の濃度を濃くしてやれば、抑えが効かなくなって破裂する。

大量に魔力を使う荒技だがーー!

 

「ーーっと、そこまでだ!少年!流石にそれ以上やると組み手じゃ済まなくなるぜ!」

「!………ッチ」

「それとエミル!御老人と賭け事をするとは何事か!後でゆっくり話を聞かせてもらうぜ!」

「…………」

「あ!逃げるなだぜ!」

 

ベガとフラメルを放って、姿くらましを使った鬼ごっこが始まった。

ふう、とため息をつく。

もしも最後の攻撃が成功していれば自分は勝てていただろうか。

ーーいや、無理だろう。

得意の火炎魔法も、近接戦も、守護霊による撹乱も、ほとんど通用しなかった。

天狗になったつもりはなかったが、ここまでの差があることに驚いた。

 

(何つっても、あの桁違いの魔力量だ。奴がやってた事は、要するに土や岩を出してるだけだ。その規模が大きすぎて、避けるのだけで精一杯だった。単純なゴリ押しだが、だからこそ隙が無かった)

シンプル故の隙のなさ。

威力も規模も桁違いすぎる。

そして本気を出せば植物や砂や磁気や鉱物をも操れるのだからーーうんーーーこれ、勝つの無理じゃないのか。

 

「無理じゃないわい!ベガ、お主はちとハングリー精神に欠けるぞぃ!さっきの儂のアドバイスも活かせとらんし!」

「アドバイス?ーーああ、守護霊を使えってやつね」

「そうじゃ!お主の得意技の悪霊の火と、守護霊の呪文を使えばより強力な魔法ができるじゃろうが!」

「ーー魂を焼く呪文と、魂を素にした呪文が相性が良い?何を言ってーー」

「ふん!もうええわい!わしゃあ婆さんに肩揉んでもらうわ!ちっくしょう賭け事なんぞするんじゃなかった!」

(ひでぇ言いようだな……)

 

何百年も生きた伝説級の老人のくせに、威厳もクソもない。やはり偽物では……。

悪霊の火と、守護霊の呪文の合わせ技?

そんな事が出来るわけがない。守護霊が焼かれて終わりだ。二つを共存させる方法などある訳がーー

 

「ーーーーー!!!」

 

身体中に電流が流れた。

まさか、いや、もしかすると。

できるかもしれない。

 

「爺さん、あんた………」

「♪」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

シェリーとベガが漏れ鍋にいるという事で、少々予定を変更してグレンジャー家がやって来た。

自称フラメルを前にしてハーマイオニーがガチガチに緊張していたが、「うんうん、礼儀正しい良い子じゃ。おいで、お菓子をあげよう。ついでに賢者の石をやろう」などと言い出した時には流石にギョッとした顔をした。割と本気で言ってるっぽかったのがまた……。

 

「ねえ、見てシェリー!今年からこの子を飼う事にしたの!どう、この猫とってもキュートでしょう!」

「わあ!すっごく可愛い!ね、ね、名前はどうするの?」

「クルックシャンクスにしたわ!」

「……え。『ガニ股』……??」

 

どうやら彼女にはネーミングセンスが無いらしい。そして親馬鹿……。

今年から受講する魔法生物飼育学の指定教科書、怪物的な怪物の本をハーマイオニーが買いに行くのに付き合った。(因みにシェリーはハグリッドから誕生日プレゼントに届いていた)

本屋らしからぬ頑丈な檻の中で乱闘していたその本を、店員が半泣きになりながら捕まえた。見習いたい商売根性である。

つーか誰だよこんな本作った奴。正気か。

ハーマイオニーにいつも暇な時は箒磨きセットを使っていると言えば、彼女はとても嬉しそうな表情をした。

漏れ鍋に戻ると、丁度ウィーズリー一家が到着していた。キングズリーが色々と手配してくれていたらしい。どうやら、魔法省内で以前同じ部署だったらしい。

ロンとハグを交わすと、エジプトのお土産にと隠れん防止器なるものを渡される。専門家のチャリタリ曰く、構造は単純だがよく出来ている、これを選ぶロンはセンスがあるとの評価だった。

ロンの鼻は高くなってた。

 

「久しぶり、シェリー!」

「あ、久しぶりパーシー……その眼鏡は…猫………?」

「まだ家族には内緒なんだが、ペネロピーというガールフレンドと付き合っていてね!彼女に相応しい男になれるよう、まずは外見から入ろうと思って!眼鏡を新調してみたんだ!どうだい!?」

「……パーシーが良いなら良いんじゃないかな」

「ありがとう!!!」

一年後にパーシーは別れた。

そりゃそうだ。

 

「それで、シェリー。守護霊の呪文は習得できたの?」

「………いやそれが全然……」

「あっはっは!それが普通さ、気にする事ないよ。守護霊は滅茶苦茶難しい術だからね。アタシは半年かかったよ」

「俺なんか学生時代から始めて二年もかかったよ。練習用のボガートもいなかったし、それが普通さ。ゆっくり反復練習すればいずれ出来るようになる」

「ありがとうチャリタリ、ジキル。頑張ってみるね」

「ひあああっちょっやめっ近っ!」

「あんたの女の子が近くだと顔真っ赤になる癖はいつになったら治るんだろうね」

 

アーサーとモリーは何やら子供達と離れた所で闇祓い達と近況報告をしていた。会話までは聞き取れないが、何を話しているというのか。シリウス・ブラックとか、トライなんちゃらがどうとか言ってるような。

夏休みも終わり、キングズ・クロス駅へとやって来た。

トランクを詰め込み、後は乗るだけ、というところで肩を叩かれる。

 

「シェリー、ちょっといいかな」

「アーサーおじさん?」

もう列車が出発するというのに、一体何の要件だろうか。

柱の影に移動すると、息を潜めてアーサーは喋り出した。

 

「シリウス・ブラックの事についてだ。怖がらせるつもりはないがーー奴は危険だ。最低最悪の囚人どもが揃うアズカバンでも特に危険視されていた人間なんだ。なにせ吸魂鬼が蔓延る牢獄で、驚く程正気を保っていたほどの精神力の持ち主だ」

「………」

「勿論、危害は加えさせないが、君の方でも警戒しておいて欲しいんだ。願わくば、城の中で大人しくしてほしい。……君が何を知ろうとも、奴を追ってはならない」

「……、え、え?ブラックを、追う?」

 

何故そんな事をする必要があるのだろう。

シェリーは確かに巻き込まれ体質だが、去年も一昨年もやむを得ず事件に首を突っ込んだに過ぎない。

ことブラックに関しては大人の闇祓いや吸魂鬼も動員するというのだから、今年ばかりはシェリーの出る幕も無い筈だ。

アーサーは何か誤解しているのだろうか。

汽笛が鳴った。

 

「あ、私、もう行かなきゃーー」

「いいね、何が起ころうとも、絶対にブラックを追おうなどとは考えないでくれ」

「はい、それは勿論ーーでも、どうして私の方から捜すなんて道理がーー」

「頼むよ!絶対、絶対に!シリウス・ブラックを追おうなどと考えないでくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーという事があったの」

「やけに汽車に乗るのが遅いと思ったら…パパったら、一体何を考えてんだ?」

「私達が、ちょっとした冒険に興味を持ちがちの向こう見ずだって勘違いしてるのよ、きっと」

「誤解されても仕方ないかもね」

 

大人達からはきっとそういう目で見られているのだろう、たぶん。

そう結論付け、明るい話をする事にした。

「ホグズミードが楽しみだよ!ハニーデュークスのお菓子も見に行きたいし、ゾンコの悪戯専門店も見逃せないよな!」

「三本の箒のバタービールが絶品だって話よ!あぁ、それと叫びの屋敷も見に行きたいわね」

「……………」

「な、シェリーはどこに行きたい?」

「……えーっと、ごめん。全部行ってみたいけど、その、私、夏休みにおばさんを埋めたでしょう。それで……許可証にサインを貰えなくって」

暗い話になった。

 

「マクゴナガルに頼むのはどうだ?ありゃシェリーの母親みたいなものだろ」

「あの人は厳格よ、頼んだところで突き返されるだけだわ」

「じゃあスプラウト辺りに……わっ、なんだなんだ!?」

 

列車が急ブレーキをかけて止まる。

三人は顔を見合わせた。こんな事は今まで一度もなかった。シェリーが乗るのはまだ二回目だが……。

夏だというのに、刺すような冷気が車内に広がった。どこか肌寒いーー。

雨音が強まっていくのを遠くに感じた。

暗転ーー。

灯りが落ちる。

シェリー達の困惑が、恐怖へと変わった瞬間だった。闇の中へと放り込まれたような、そんな感覚。

 

「なんだ、どうしたってんだ」

 

ロンがコンパートメントの扉から頭だけ出して、廊下の様子を伺う。

しかしこう暗くてはよく見えないだろう。

鞄の中を弄って、杖を取り出す。口元で短く呪文を唱えると、明かりを灯した。

その瞬間。

ロンが悲鳴にならない悲鳴を上げて、コンパートメントの奥に二人を押しやった。この夏休みの間にまた大きくなったので、押されると流石に痛い。クルックシャンクスが抗議の声を上げた。

吃驚しながらロンの方を見ると……彼の瞳が、小刻みに震えているのが見えた。

吐く息がはっきり見える程に、コンパートメントが凍て付き凍りついていた。

いやーー列車そのものが、恐ろしい程の冷気によって覆われていた。

 

「ーーーー、ーーーー」

 

吸魂鬼(ディメンター)だった。

衣服の隙間からーー合間からーー忍び寄るように、冷気が、何本もの微細な針となって、毛穴に突き刺ささったようだった。

彼等は滑るようにやって来た。

どす黒いローブは闇を体現したかのよう。もやが集まって人の形を成したような、揺らめいた肉体。

彼等を見ると、潜在的なーー忘れようとしていたものが掘り起こされていくような不快さがあった。

ダドリーに殴られた記憶。髪をぶちぶちに千切られて、大泣きした時の記憶。

苦痛と恐怖に顔を歪め、口から息が漏れてしまう。気が付けば手を強く握っていた。

 

(ーーーいや、まだ、暖かい。ここにはロンとハーマイオニーがいる。なら、私が彼等に怯えて選択を放棄するなんてーーあり得ない!)

杖に無理矢理に魔力を込めて、幸福な記憶を掘り起こす。二人を、守る。

ーー二人を見ると、私はいつだって勇気が湧いてくるんだ。

 

 

「ーーーーッ、ェ、エクス……エクスペクト・パトローナム!守護霊よ来たれ!」

 

シェリーが呪文を唱えた瞬間。銀色の、もやのような実体なき霞が現れた。杖先から煙が噴射されているかのようだ。

ーー半分成功、半分失敗だ。

無形守護霊ではその真価を全て引き出す事はできない。

だが、吸魂鬼を一匹祓うのには十分。

守護霊としては大型の部類のソレが、吸魂鬼へと立ち向かいーーそして、闇を跳ね除ける。怨嗟の声を上げて、吸魂鬼は退散していった。

 

「っ、はあ、はあ、はあーーー」

「シェリー、今のはーーああ、ごめんよ。ありがとう。君が追い払ってくれたんだな。がんばったなあ」

「ええ、本当にありがとうーー大丈夫?息が荒いわ。深く息を吸って」

 

呼吸が浅くなってきたところで、コンパートメントの扉が開いた。毎度お馴染み、銀髪の不良少年と黒髪のぽっちゃり少年の二人組みである。

 

「ネビル、ベガ!そっちは大丈夫?」

「さっきベガが杖から山羊を出して吸魂鬼を追い払ってくれたんだ」

「ああーー他のコンパートメントにも吸魂鬼がいるかと思って見に来たが、ここは心配要らなかったみてえだな。特訓の成果が出たな、シェリー」

「ーーうん!初成功!」

 

ハーマイオニーの推測によると。

吸魂鬼は辛い過去を持っていたり、凄惨な体験をした者に引き寄せられる傾向があるらしく、その者を優先して幸福の記憶を吸うのだとか。

だからその経験が人一倍濃いシェリーの方へと向かったのだろう、と。そんな理由で寄ってくるなんて傍迷惑な話だとロンが吸魂鬼に怒っていた。

 

「生で見るのは初めてだけど……吸魂鬼が何故魔法界で忌み嫌われている存在か分かったわ。あんな恐ろしいものが、今年からホグワーツにやって来るっていうの?」

「元より、あんな化物を御するのは無理だったって話だ。どこからやって来てどう増えるのかさえ解明されてねえんだ、人の手には余る存在だろうよ」

「ダンブルドアはよくあんなものがやって来るのを認めたな。あんなのがいたら授業どころじゃないって」

「やっぱり、シリウス・ブラックに思うところがあったんじゃないかな。難攻不落のアズカバンから抜け出した人だもの」

「囚人のことは、看守が一番良く分かってるってことかな。でもよりによって、吸魂鬼かぁ……んっ?」

 

「君達、大丈夫かい?」

「あんたは?」

 

コンパートメントが開かれた。

突然やってきた見すぼらしい男に、コンパートメント内に若干の警戒が広がる。

それを知ってか知らずか、白髪混じりの鳶色の頭をぽりぽりとかくと、苦笑しながらも優しげな笑みを浮かべた。

 

「私はリーマス・ルーピン、今年から君達の教師になる者だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

『その頃のスリザリンのコンパートメント』

 

「ぐっ……狼人間になった時の記憶が……しっかりしなさい私!エクスペクト・パトローナム!……大丈夫ですかお兄様!?」

「あ、あぁ、助かったよコルダ。あんな凄い魔法が使えるなんて、お前は凄いな」

「!!??お、お兄様ったらぁ!」

 

※コルダはスプレー状の不完全な形ではあるが守護霊を出せる。彼女がまともに守護霊を出せるようになるのはもう少し後。

 




久々に一万字超え。人数多いと大変やね。
最近気付きましたが、コルダはシェリー達より一学年下なのでジニーやルーナと絡ませやすくて、かつ彼女視点でスリザリン寮の話も書けるというマジで便利なポジションにいますね……。


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4.誇り高きはヒッポグリフ

ルーピンと名乗った男は、「食べると楽になる」と言ってチョコレートを手渡した。

それを口に含むと、気が滅入っていたのが少しばかりマシになった。何か入っているのだろうか。怖い。

 

「怖いといえば、吸魂鬼よ。あんな……あんな生物がこの世にいるだなんて。本に書いてあった情報は、誇張ではないのね」

「トロール、三頭犬、吸血鬼、そしてバジリスク。色々な危険生物を見てきたが、あいつ達はどこか異質だ。この世のものではないような、抜け殻のような」

「あ、そういえば一年の時はドラゴンの卵を孵して……ああいや、なんでもないや」

「?まあとにかく、なんでホグワーツ特急にあんなのが来たんだろうね」

 

恐怖を体現したかのような生き物に、皆々滅入っているようだった。

吸魂鬼。

鬼と言われてはいるが、その生態はゴーストに近しいとされている。ヒトの幸福を吸い取り、それを糧にして生きる亡霊。かのヴォルデモート全盛の時代に大量発生したと言われており、感情を貪り喰らうその様は生物というよりそういう現象の類のようでもある。

そんな大勢の吸魂鬼達は、精鋭揃いの闇祓い達でも全て駆除しきるのは難しい。よってその多くはアズカバンの看守として使わされているそうな。

あんなものが跋扈する監獄など、ハグリッドが狼狽えていたのも納得だ。

 

「扱いの難しい吸魂鬼達を管理するとともに、囚人達の幸福を吸い取らせるという刑罰を行っているのよ。幸福を想像するだけで吸い取られていくのだから、脱獄を考えれば考えるほど憔悴していくというわけ」

 

実に理に適っている。絶望感を宿して恐怖で人を縛り付けるとは、まさに最高にして最低の監獄だ。

しかし。

そんな狂気の沙汰のような監獄において脱獄を成功させたシリウス・ブラックの異常性たるや、目を見張るものがある。

いや、もはや狂気と一言に片付けてしまっていいのだろうか。

主人を壊滅させた少女(シェリー・ポッター)裏切り者の息子(ベガ・レストレンジ)、この二人を殺すために何年も気を窺っていたとしたら。それだけが生きる糧だったのだとしたら。

それは、最早、誰よりも正気な人間という事にならないだろうか。

狂気故に、正気でいられた。

異常故の正常。

シェリーは会った事もないブラックに、どこか興味を抱いていた。

 

「…………」

「どうしたの、ベガ?さっきからずっと馬のない馬車の方を見て」

「ん……いや……ちょっとな」

 

先の吸魂鬼の件と、クルックシャンクスがスキャバーズに襲い掛かるという事件を除けば、ホグワーツまでの旅は至極平穏なものだった。

大広間に着くと、懐かしい面々と顔を合わせる。ジニーはシェリーに向かってウインクした。

懐かしいなあ、あの時は本当にドキドキしたなあ、頑張れ新入生!とシェリーは組み分けを食い入るように見ていた。それが終わると、ダンブルドアが腰を上げる。

 

「また一年がやってくる!老人の長話はつまらんじゃろう、と言いたいところじゃが飯で腹を膨らます前に聞いとくれ。特急での捜査の通り、ホグワーツでは吸魂鬼を受け入れておる。魔法省の要請での」

 

含みのある言い方だ。

吸魂鬼が近付くのを快く思っていない、そんな感情が端々に見える。

 

「誰も許可なく城を離れんように。話が通じる相手ではないし、変装も悪戯も無意味じゃ。透明マントでさえも通用せん。良からぬ事を考えておる生徒も、奴達には手を出してはならん。フリじゃなくての。これ以上言うと逆に闘志を燃やす生徒もいそうじゃから、この位にしておくかの」

 

暗にウィーズリーズに釘を刺すと、ダンブルドアは「明るい話といこう」と教員紹介に移った。

 

「こちら、今年からの闇の魔術に対する防衛術の新しい教師を担当してくださるリーマス・ルーピン先生じゃ」

「どうも」

疎らな拍手。

それもそうだろう。シェリー達が知る中でもこの教科に就く教師はロクな人物がいないのだ。クィレルは人間じゃなかったし、ロックハートは人でなしだった。

ルーピンは、どうだろう。ぱっと見はしょぼくれた男だが、同時に、掴み所がない。

 

「さて、長年、魔法生物飼育学を担当してくださっていたケトルバーン先生の代わりに、今年から我らが良き友であるルビウス・ハグリッドが担当してくれる事になった。森番と兼任での」

「えっ!」

 

思わず声を上げた。

凄いことだ。アズカバン事件に巻き込まれていた彼が、まさか今年は人に教える立場の人間になるとは。

彼の経歴を考えれば大抜擢、大躍進だ。

やはりルシウス・マルフォイが理事会を退いたのが大きいのだろうか。ドラコ達には悪いが。

ロンとハーマイオニーと、大きな友人に盛大な拍手を送った。ガチガチに緊張していたハグリッドだったが、グリフィンドールの方を見るとニッコリ笑った。

 

「そしてもう何人か。吸魂鬼の管理と、ホグワーツ内の警備を担当してくれる闇祓いの諸君じゃ」

「皆んな!よろしくな!俺は闇祓いのレックス・アレンだ!」

 

現れたのは、豪奢な礼式用の士官服を見に纏った、闇祓いの精鋭達。漏れ鍋でシェリーとベガを護衛し、守護霊を教えてくれた信頼に足る人物達だ。

エミルとチャリタリはグリフィン寮の方をちらりと見ると、軽く微笑を浮かべてウインクした。

そのエミルの仕草に男子達はうっとりしていたし、チャリタリを見て女子達はヒソヒソ話を始めた。ああ、全員ズボンで遠目に見ているから性別が分からないのか、と一人ごちる。

……性別を知った時どうなるのだろう。

反対に、見た目はガラの悪そうなジキルは凄くヒソヒソされていた。やれ、怖いだの性格悪そうだの。彼が実は頭脳派でウブな青年と知ったらどうなるのだろう。

 

「俺達は教室や寮内も偶に見回るからそのつもりでいてくれ!まあ、真面目な子が多いと聞いているし余計な心配かもな!ああそれと、万が一吸魂鬼に危ない事をされそうになったら言ってくれ!」

「……とまあこんな感じで、ホグワーツを内から守ってくれる。吸魂鬼や、将来闇祓いになりたい者は話を聞くといいかもしれんの」

「おお!未来の闇祓いが増えるのは俺達としても歓迎だぜ!」

「ともかく、まずは飯じゃの。ほれ!宴じゃ!食え!」

 

シェリーはご馳走を胃に流し込んだ。

寮に帰りベッドに座ると、微睡み数分、パーバティやラベンダーの話をよそにスヤスヤと眠りについてしまった。

朝起きて談話室に行くと、エミルとチャリタリが待っていた。グリフィンドール寮の周りを警備していたらしいのだが、元々がフレンドリーな二人だ。獅子寮の面々とすっかり打ち解けてしまったらしい。

それぞれがレイブンクローとハッフルパフの出身だそうで、他の寮に入る機会など無かったから少し興奮しているのだそうだ。

それでも窓や暖炉など、ブラックの現れそうなところに目を光らせているのだから、大したものである。

 

「やーや、どーもどーもシェリー。不完全な形とはいえ守護霊を出して吸魂鬼を追っ払ったんだってね。いやー僕も頑張って教えた甲斐があったってもんだよ」

「アンタは横で見てただけでしょ。それにしても凄いよシェリー、誰にでもできる事じゃない!誇っていいよ」

「う、うん。ありがとう」

「ほらベガも!アンタも吸魂鬼を追っ払ったんでしょ?偉い!」

「なんだよ、この、やめろって」

 

チャリタリが頭を撫でようとするのをベガは絶対的反射神経で避ける。才能の無駄遣いである。

何度やっても逃げられるので、チャリタリがしょぼくれてジニーに頭を撫でてもらっていると、エミルがヒソヒソ声でベガに問うた。曰く、君はプレイボーイと聞いていたが彼女はナンパしないのか、と。

 

「あいつねぇ……あんまり俺の好みじゃねえしな」

「ハァ!?チャリタリ可愛いでしょ!」

「な、何急に怒ってんだよエミル」

「いくら僕でも許しませんよー!君はあれですか!女の子は顔と身体で選ぶタイプですか!君はおっぱいが大きければそれでいいんですか!?」

「おっぱい大事だろうが!」

「分かってないなー!チャリタリのあの慎ましやかで綺麗なおっぱいが良いんでしょうが!」

「二人とも、聞こえてるからね?」

 

褐色肌でボーイッシュな女性闇祓いにぶん殴られると、女子達からのエミルの評判も地に落ちた。ミステリアスで、闇祓いとして優秀で、高給取り。おまけに中性的だが顔も整っている。女子からすれば中々好条件の物件である。

………が、意外と馬鹿だったのが露呈してしまって以降は、むしろ男子達とつるむ事の方が増えた。男でもエミルならいける、なんて言い出す者までいる。お前はそれでいいのか。

しかし、「胸が無いのそんなにダメかな」とチャリタリがボヤいている姿は、何とも可愛らしい少女のそれだった。

……薄々、感じてはいたが。

 

「チャリタリはエミルのこと好きなの?」

「え!?そ、そそそそんなこと、そんなことないからぁーっ!」

「二人は付き合ってるの?」

「え!?あ、いやー…あはは、いやいや、ないない、ないって…………うん……」

しどろもどろになって答えるチャリタリを見て、女性陣は確信する。

確実に惚れている。

チャリタリのエミルへの片思いだ。

一見サバサバした姉御肌に見えるが、心は完全に恋する乙女だ。聞けば、チャリタリの姉のクリシュナとエミルは同級生だそうで、二人にたまに勉強を教えてもらっていたのだとか。

思えばその頃からエミルの事を意識していたそうで、エミルがホグワーツを卒業した後は疎遠になっていたのだが、二人が闇祓いになって再会すると恋は再燃した、という事らしい。

これは………。

 

「素敵!」

「隅に置けないわね」

「応援するわ!」

「面白い」

「な、なにさ!皆んなして!も、もー!」 

 

女子達はそんな甘酸っぱい二人の関係に色めきだっていた。

そんな彼女達を更に興奮させたのが、シビル・トレローニー女史の占い学である。

ビン底ように分厚い眼鏡をかけて蒸し暑い教室を往復する様は昆虫宛らであったが、それでも話す内容が内容だ。女子達の興奮も納得である。

シェリーは平常運転だったし、ハーマイオニーはしかめっ面ではあったが。

 

「──占い学は現世の不変にして千変万化たる人の悩みを導きそして助けとなる学問なのです──」

「この世の理と法に囚われぬ柔軟な発想と絶対的な才覚、それらを目覚めさせればいつかは貴方達にも未来が見える筈──」

 

何言ってんだコイツ。と言わんばかりの顔をベガとハーマイオニーが思いっきり浮かべていた。

彼等だけではない。クラスの何人かも同様に怪訝な表情をしている。そんな表情を知ってか知らずか、トレローニーはシェリー達の席にズイ、と顔を近付けた。

昔、ダドリーの昆虫図鑑で見た蜻蛉を擬人化したような顔である。

 

「あぁ──なんてことでしょう!あなたには大いなる敵が取り憑いています!」

「は、はい。自覚はあります」

「この位相は──そして占い師としての勘が告げておりますわ──髑髏、蛇、鎖!断言しましょう──あなたの心には死神犬のグリムが巣食っている、と!」

「?犬?ワンちゃん?」

「あなたは来年にはこの教室にいないかもしれませんわ────」

 

という、いかにもな胡散臭い宗教の勧誘のような台詞を宣った訳だが、占い贔屓の女の子達はそれを信じたのか大いに心配され悲しまれた。「あぁ、シェリーはもうすぐ死んでしまうのね!」と。苦笑いをしているとハーマイオニーが女子達に怒った。怒髪天という感じである。

その雰囲気を引き摺ってか、変身術の授業でマクゴナガルがそれはそれは見事なトラ猫に変身した時もクラス内は静まり返っていた。

 

「あぁ、一時限目は占い学ですか。トレローニー先生は着任から毎年一人のペースで生徒の死を仄かしましたが、大変喜ばしいことに皆んな元気に卒業していきましたとも。他学問についてとやかく言うつもりはありませんが、えぇ、あの学問は非常に曖昧なものなのです。獅子寮たるもの、そんな不確定なものに頼らずに、未来は自分で切り拓きなさい。………と言いたいところですが、今日は特別に私も予言を一つしてあげましょう。黒板に書かれた変身理論はあと三分で消えます」

 

闇の魔術に対する防衛術。

教科書をしまって、という第一声から始まると、ホグワーツの栄養ある食事を食べて多少は痩せた頰も膨らんできたルーピンが笑顔で出迎えた。

彼は悪戯っ子のようにニヤッと笑う。

 

「やあ、どうも。リーマス・ルーピンだ。今日は職員室に真似妖怪のボガートが現れてね、せっかくだから授業に使おうと持ってきたんだ」

箪笥が小刻みに震えている。

何かいるらしき事は、遠目にも分かった。

 

「教科書と睨めっこより、こっちのが断然面白いからね。さて、さて。このボガートについて答えられる人はいるかな?」

「はい!」

「どうぞ、ハーマイオニー」

「ボガートは形態模写妖怪で、魔法使いにおける開心術に近い能力を持っています。その力で人の記憶を読み取り、その人の最も恐ろしいものへと変化し、威嚇します」

「ありがとう、私なんて要らないんじゃないかってくらい素晴らしい解説だった」

 

和かに笑う姿は中々にイケメン。

というか、ルーピンも素材自体はよく見れば悪くない。クラスの好感度はジワジワと上がりつつあった。

 

「このボガートに対して私達は優位に立っている理由、分かるかい?ロン」

「えっ僕かぁ………うーん、僕達の方が人数が多いから、どれに変身したらいいか分からない……とか」

「うん!良くできたね。その通り。ボガートは人の怖いものに化ける。しかし恐怖とは人それぞれだからね。さて、そんなボガートを倒す必殺技が、『リディクラス』、馬鹿馬鹿しい、だ。言ってみようか」

「「「リディクラス、馬鹿馬鹿しい!」」」

「よし!では皆んな一列に並んで!」

 

「ネビル、君の一番怖いものはなんだい」

「あー……えっと、す、スネイプ!先生が怖いです」

「ふーむ。スネイプ先生か。成る程そうだな……たしか君はお祖母様と一緒に暮らしていたね?」

「は、はい。あ、おばあちゃんも同じくらい怖いです」

「いやいや、そういう訳じゃない。いいかい、ネビル。───を、───して……」

 

実に楽しそうな顔をしたルーピンに何やらごにょごにょ言われたネビルが前に出ると突然タンスの扉が開く。

そこには最初からスタンバイしていたのではないか、と言わんばかりに、本物そっくりのセブルス・スネイプの姿。脂っこい髪も嫌味な顔も完全再現である。

 

「ロングボトム、課題を十倍にして差し上げましょうかな」

「り、『リディクラス』!」

「それとも蛙の解剖が良いですかな……こ、これは!?」

 

ハゲタカの帽子。緑色の長いドレス。赤いハンドバッグ。コメディ俳優もかくやというべき、愉快なスネイプ先生の姿がそこにあった。

シェリーは笑っちゃいけないと思いつつ思いっきり吹き出した。ハーマイオニーが涙混じりに背中をさすってくれた。

ロンは腹を抱えてのたうち回り、ベガなどゲラゲラ笑いすぎてシェーマスとディーンに魔法をかけられている始末。抱腹絶倒とはまさにこのことだ。

次にボガートに挑むのはそのベガだ。

 

「げっ!よりにもよってお前かよ!」

「口の利き方がなっていませんね、レストレンジ。変身させてあげましょうか」

 

なんと出てきたのはマクゴナガルだった。

怖いもの知らずのベガだったが、厳格に正論をぶつけてくる彼女は苦手だったらしい。よくウィーズリーズやリー・ジョーダンと怒られているのを見かけるが、内心は苦手意識があったのだろうか。

彼の意外な一面を知ると、ベガの呪文で老婆は可愛い鈴付きの猫に変わった。

そこからは教室ごと笑いの渦の中に投げ込まれたかのようだった。

 

「リディクラス!」

血塗れのミイラは包帯に絡まって転び。

「リディクラス!」

泣き妖怪バンシーは声を出せなくなり。

「リディクラス!」

蜘蛛はタップダンスを踊る。

訳が分からないカオス空間である。各々が笑いすぎて口角が釣り上がっていた。

 

「はっはっは!いいぞ、よしよし!次の生徒、おいで…………っ!」

 

ルーピンが続きを促そうとして、言葉に詰まった。次に順番が回ってきたのはシェリーである。

自信家で怖いもの知らずの不良少年のベガならいざ知らず、内気で繊細な少女のシェリーがボガートを見たらどうなるか。

嫌な予感がして彼女を止めようとするが、遅かった。シェリーはもうボガートの前にやってきている。

だが。

 

「…………」

「────……?」

 

ボガートは一向に変わる気配がない。

姿まね妖怪の異名はどこへやら、シェリーの目の前で往生して変身しようとしない。

その奇怪な様子に、シェリー達が訝しげな顔をしていると、彼女の横からルーピンが入り込む。

ルーピンの目の前で薄く輝く球体の何かに変身したかと思えば、彼が「リディクラス!」と唱えてパチンコ玉になって教室内を飛び回り箪笥の中に戻った。

 

「……いやあ、変身のし過ぎでボガートも疲れていたんだろう。さて、授業は終わり!宿題だ、教科書のボガートに関する章を読んでまとめて提出すること!面白く書いてみなさい!以上!」

 

こうして一部アクシデントもあったが、ルーピンの授業は概ね大好評の内に幕を下ろした。生徒達がゾロゾロと出て行く。

そんな彼等をルーピンはニコニコ顔で見送っていたが、教室が閉まると同時、ルーピンは笑みを引っ込めて真剣な表情になる。

 

(シェリー……)

 

様々なトラブルに巻き込まれてはいるものの、彼の親友の娘は伸び伸びと育っているものだと思っていた。喜ばしい事だと。

しかし、その認識を改める必要がありそうだ。彼女の精神は、どこか異常だ。

ボガートはヒトの恐怖に化ける生物。つまり逆に言えば、怖い物がなければ変身のしようがないのである。

 

(よほど高度な閉心術でも使わない限り、ボガートを欺く事などできない。今のシェリーにそんな能力がある筈がない…………

彼女には怖いものがなかったんだ。

……シェリーの恐怖心は麻痺している)

 

シェリー・ポッターには恐怖がない。

彼女の心は健全に見えて、その実誰よりも壊れている。壊れてしまっている。

辛い過去もある。

悲しい出来事もある。

だがそれが自分に降りかかるのは当然だと思っているので、それを今さら怖いとは思わない。

だからトラウマというものがないし、生理的に痛いとか苦しいと思っても、それを怖いとは思わない。

その歪んだ価値観に気付いているのは、まだほんの一握りなのだ。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「シェリー!」

「あ、どうしたのジキル?」

「うわひゃあ!す、すまねえ、あまり近付かないでくれ恥ずかしいから!ごめんな!お前に会いたがってる奴がいるってよ!」

 

女性が苦手だというのにわざわざ話しかけてきてくれたジキルが連れて来たのは、見覚えのある屋敷しもべ妖精。

というか、つい数ヶ月前見たばかりだ。

 

「ドビー!わあ!久しぶり!元気にしてた!?ここに勤めてたんだね!」

「お久しぶりでございますシェリー・ポッター!ドビーめは元気でございます!」

 

シェリーは小柄な妖精と抱擁を交わす。

見れば、去年見たぼろの枕カバーではなく、派手なソックスやセーターを身体中に身につけた奇抜な……前衛的なファッションになっている。

マルフォイ家を出て以降、紆余曲折を経てなんとホグワーツに就職したらしい。今はここで宜しくやっているのだとか。

 

「私の前のご主人様、ドラコ・マルフォイから連絡がございます」

「……ドラコから?」

「魔法生物飼育学が始まる前に話があるから、ベガ・レストレンジと一緒に二階の空き教室に来るように、と」

「ベガと?うん、わかった」

 

大量のお菓子を渡されつつベガと指定された教室へ向かうと、プラチナブロンドの少年は既に到着していた。

話、とは、去年バジリスクの言った「違う寮どうしでも協力してほしい」という提案についてだ。

あの時は勿論と返したが、実際、仲の悪い二つの寮どうしが急に仲良しこよしになるなどできるわけがない。たかだか数人の訴えでは、不可能だ。

 

「バジリスクの手前ああは言ったが、グリフィンドールとスリザリンの亀裂は根が深い。特にお父様の代でその軋轢は修復不可能なまでに大きくなった。僕達がいがみ合わないよう訴えても、親の代からの憎悪は消えはしない」

「……、まあ、そうだよね……。何年も続いたわけだし」

「だが余計な諍いを止める事はできる。昨日今日で寮間の垣根を払う事こそできないが、少なくとも、つまらん争いは止められる。というか僕達が止めなきゃいけない」

 

彼からそんな発言が出るとは。

意外だった。

スリザリンの意志を、正しい形で世に伝えることはもはや不可能だ。だが、少なくとも自分達だけでもそれを継いでいく。

 

「分かり合えなくてもいい。だがお互いを尊重できる関係でいたい。だからつまらない諍いは起こさないし起こさせない。僕達もそうするから君達もそうしてくれ、特にレストレンジ」

「何で名指しだよ」

「だっていつもスリザリンの生徒と乱闘騒ぎ起こしてるじゃないか」

「……………」

「おいソッポを向くな。…………それと、ポッター!今年のクィディッチ、負けないからな」

「!うん、お互い頑張ろ!ドラコ!」

「……な、なんだよ調子狂うな!ふん!僕はもう行くからな!ふん!」

 

魔法生物飼育学。

スリザリンとの合同授業にして、心優しい巨漢、ルビウス・ハグリッドの初授業でもある。

髭もじゃの下から覗くニコニコ顔は、無邪気な子供が人を驚かせようとワクワクしている顔だ。まずい。嫌な予感がする。

 

「よし!全員揃ったな、まずは教科書を開いちょくれ!ページ数は……」

「いやあの、ハグリッド」

「どうやって開くのこれ」

「?」

 

ハグリッドの言葉を借りるなら、撫ぜりゃーよかったらしい。授業は初っ端から嫌な空気を漂わせている。ハーマイオニーもフォロー不可能だった。

 

「気にすんなよ、僕は教科書は滅多な事では開かないぜ」

「フォローになってないわ」

「と、とにかく授業を続けよう?ねっ、ハグリッド」

「そ、そーじゃな。うん。ありがとうシェリー。よーし、ほんじゃ教科書七〇ページの第一章、こいつがヒッポグリフだ。頭が大鷲、胴体が馬。その気性故に飼い慣らすのはとても難しく、その道の専門家だけが飼うことを許されている」

「うんうん」

「と、いうわけで!実際にヒッポグリフと触れ合ってもらう!おいで!」

「うん?」

マジかよ。

と言わんばかりのグリフィンドール。ハーマイオニーに至っては空を仰いでいる。

 

「美しかろう、名前はバックビークだ!さあさ!こいつに触ってみてえ奴はいねえか!?」

ヒッポグリフ。

グリフォンと雌馬との間に生まれた生物。

ヒッポとは馬の意であり、同族である筈の馬を食べるので、天敵と被食者のハーフという事で、有り得ないものを指す時にヒッポグリフと呼ばれていたものが、グリフォンと雌馬のハーフが見つかってそのまま名前になったという説がある。

確かに凛々しい姿だし、その佇まいは強者の威厳すらある。

だが正直、恐れ多くて近付き難い。

その場の全員がざざっと後ろに下がる。残ったのはシェリーだけだった。

 

「おお!シェリー、やってくれるか」

「うん!」

 

シェリーは未知の生物に若干ウキウキしていた。その様子に獅子寮の面々は不安な表情を浮かべる。

ハグリッドの授業を躓かせる訳にはいくまいとは思っていたが、これは少し、いや非常にまずいかもしれない。

下手を打てば、彼女はヒッポグリフの鉤爪で引き裂かれる。それは流石にまずいと思ったのか、ベガはこっそり杖を構えた。

偉いぞベガ。

前には出なかったけど。

 

「こいつらはプライドが高い。それを傷付けられたとあっちゃあ、怒り狂ってすぐに手が出ちまう」

「どうすればいいの?」

「まず頭を下げる。お辞儀だな。んで、こいつがお辞儀を返したら触ってもいいって合図だ。なんなら乗ってもいい」

「うん。………乗る?……、と、とりあえずやってみるね」

 

シェリーは恭しく頭を下げる。

もしヒッポグリフがシェリーを認めなかった場合は、直ちにその場から逃げなければならない。

ハグリッドも警戒態勢に入り、いつでもヒッポグリフを止められる体勢だった。

心臓の音が煩くなってきた頃、シェリーを認めたのか、ヒッポグリフは身を屈めた。

お辞儀だろうか。

 

「ああお辞儀だ!すげえぞ、シェリー!」

 

グリフィンドールから歓声が上がる。

恐る恐る手を差し出すと、フサフサの毛並みに触らせてもらった。

そこからは順調だった。

ヒッポグリフのスケッチを行ったり、他にも毛並みを触らせてもらおうと挑戦してみたり、餌をあげたり。

自然と笑みが溢れる良い授業だったのではないだろうか。毎回この調子なら、心臓は持たないだろうが。

因みにこのヒッポグリフは、引き取ってくれるという魔法生物飼育員の下へ送られるとのこと。プロの下で飼育が受けられるのなら安心だ。ハグリッドは泣いていたが。

皆がヒッポグリフの近くでスケッチをしていると、近くにドラコの姿があった。

 

「お前はシェリーに対抗心燃やしてヒッポグリフに触りに行くと思ったんだがな」

「後で触るさ。……だがまあ、去年までの僕なら、ポッターの奴に嫉妬を抱いていただろうな。挙げ句の果てにヒッポグリフを怒らせてしまっていたかもしれない」

「去年まで?」

「だってそうだろう」

 

ドラコは悪戯っぽく笑った。

 

 

 

「ヒト語を話すバジリスクと会ったしな」




吸魂鬼→嫌な記憶、辛い記憶を思い出させる。シェリーの場合は殴られたりして痛かった記憶が蘇った。
ボガート→怖いものに変身する。シェリーは殴られたりするのは当然の事だと思っているので怖くはなかった。

という違いがあります。
シェリーはお化け屋敷行っても大丈夫な子です。


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5.白き雪舞うホグズミード

教師の休日は、こうだ。

テストの答え合わせを行い、次の授業の準備をして、自室で研究に勤しむ。

しかし稀に生徒が質問をしに訪問してきた際には、寛大な態度を持って迎えるのも教師の務めというものだ。

リーマス・ルーピンもまた、ホグワーツでの休日をそういった風に費やしていた……のだが……。

 

「ルーピン先生、茶ァシバこうぜ」

 

どうしてこうなった。

教師に質問とか、そういったものから対極にいるような少年が何故。

ガラ悪いし。

アーモンドのお茶で大丈夫だったろうか。

 

「どうかしたかな。君は、休みの日に教師と親睦を深めるようなタイプではないと思っていたんだが」

「いやたまにマクゴナガルの所に……ゴホン。ちょっと聞きたい事があってな」

「答えられる範囲でよければ」

「……何から聞いたもんかな」

「……そんなにあるの?」

「この間の、最初の授業の時。どうしてボガートは、シェリーの時……」

「『どうして変わらなかったのだろう』、かい?」

「そうだ。ボガートは疲弊してたとはいえまだ変化できるだけの余力は残ってた。その後すぐにあんたの『怖いもの』に変化したしな」

「ああ、よく見てるね。うん、別に私が何か細工したわけではないよ。ボガートは確かにシェリーの記憶から怖いものを探り、そして変化しようとしたんだ」

「……………それって」

「無かったんだ。あの子に、怖いものが」

 

ベガはショックを受けているようだった。

それもそうだろう。

親しい友人がそんな事情を抱えていて、全く気付けなかった。ボガートという手段でなければ、永遠に気付く事のなかったであろう事実。

シェリーの過剰なまでの自己犠牲はそういうわけだ。普通の人間の持つべき感情を、彼女は持たない。感情を抑えているのではなく、そもそも、無い。

 

「いや……あり得ないだろ。そんな」

「ああ、私の推測に過ぎない。だが、限りなく正解に近い推測だと思っている。今までそういう兆候はなかったかい?」

「それは……まあ、確かに、双子がゾンビに化けても全く動じなかったのはシェリーくらいだが」

「それはちょっと違うんじゃないかな。ともあれ、彼女に恐怖心が欠落している可能性は考えられるという訳だ」

 

ベガはソファに沈む。

二年も一緒にいて全く気付かなかった。彼女と近い存在故に、気付けなかった。

恐怖を感じない?

積極的に己を犠牲にする?

そんなの──哀れではないか。

感情のないロボットと変わらない。

 

「だが私はそこまで心配しなくても良いと思っているよ。感情の抑制はしているが、感情が無い訳ではない。素晴らしき友人の君達に刺激を受けて、少しずつではあるが喜怒哀楽がハッキリしてきている……ように思える」

「…………」

「君達と一緒にいるシェリーは本当に楽しそうだ。いつか心のままに生きられるが来ると、信じている」

 

そう断じるルーピンの瞳は真っ直ぐだ。

どうもこの男は、シェリーの事をよく観察しているようだと、ベガは思う。

生徒としてだけでなく、何か、別の誰かを重ねているように思えるのだ。

 

「あーそれと、つーかこっちが本命だが、あんた、シリウス・ブラックと同級生なんだよな?」

「……………」

「それと、俺の親とも同級生だろ」

「……よく知ってるね」

「去年、五〇年前の生徒を調べてるついでにちょっとな。『デネブ・レストレンジ』『アルタイル・ヘミングス』……俺の両親の名前だ。寮は二人ともスリザリン」

「本当によく調べてるね…。あー、しかしベガ、そこまで調べてるのなら、態々私に質問などしなくとも……」

「二人の話を聞きたいんだ」

「…………」

「昔っから親はいなかったし、知ろうとも思わなかったんだが。今年の夏休みにもう一人の親と色々あってな……。それで、自分の本当の親のこと、知りてえと思って」

 

ベガの真剣な様子に、過去について多くは語らないルーピンも何か思うところがあったのか。懐かしくも愛おしいあの日々へと思いを馳せた。

 

「……懐かしいな。彼等はスリザリンだったが、同時に無二の親友だったよ。二人とも優秀な生徒だった……あの駄犬は、彼等を認めるのに時間がかかったけれど」

「!」

「アルタイルは聡明な魔女でね、頭脳は学年でもトップクラス。リリーとは勉強の良きライバル的な関係だったよ。私達の学年の美女といえばあの二人だった……スリザリン嫌いの駄犬が惚れかけた程だ。……君の銀髪は、アルタイル譲りだな。しかし瞳はデネブ似だ」

「……その親父は、どんな奴なんだ?」

「デネブか……うーん、一言で言い表すのは難しいんだが……」

 

ルーピンはうーんと腕を組んで空を仰いだ。それほど色々なエピソードがあるのだろうか。気になる。

 

「まぁでも噂は聞いてるぜ。スリザリンでは珍しい非差別思想で、誰とでも分け隔てなく接したんだって?」

「えっ!?」

「えっ?」

「あ、ああ……マクゴナガル先生から聞いたんだね?うん、まあ、あながち間違っちゃいないな。非差別思想、うん、たしかに差別はしてなかったな。ある意味で分け隔てなく接していた」

 

嘘はついてない。

ついてないのだが、かなり誤魔化した説明だと、ルーピン自身思った。

ホグワーツを常に騒がせ続けた、グリフィンドールの人気者達、『悪戯仕掛け人』。

彼等は優秀だがかなりの問題児として名を馳せていた。

だが、そんな彼等を軽く越えるレベルの問題児がデネブ・レストレンジだった。

親も親戚も純血で、彼自身も組分け帽子に即「スリザリン!」と叫ばれる程の生粋のスリザリン生。

しかし彼は典型的なスリザリン生というわけではなく、目的のためなら手段を選ばなさすぎるやべー奴だったのだ。

彼は入学するや否やマグル出身の生徒や優秀な生徒達を寮関係なく集め、マグル製品を魔法で再現できないか試みた。本人達が嫌がってもあの手この手で付き合わせた。ルーピンもその一人である。

そのせいでデネブは純血主義者から大いに顰蹙を買ったわけだが、そんなものはどこ吹く風。寧ろ、文句を言ってくる相手には自分から喧嘩を売りに行った。おかげで、全ての寮の人間から嫌われ、もしくは愛されたわけである。

──生来の人たらしにして嫌われ者。

彼は寮で差別はしない。

だが、気に入らない人間は徹底的に嫌うのがデネブでもあったのだ。

 

「だがまあ、彼は滅茶苦茶ではあるが筋は通った男だったよ。だからこそヴォルデモートとの戦いにも協力してくれた。スリザリンであれだけ頼りになる存在は、後にも先にも彼だけだろう」

「……そーか。まあ、それならいいさ。親が一本筋の通った人間なのは分かった。………だが、よ。だからこそ……」

 

「正直なところ、自分達を犠牲にする必要なんて無かったんじゃねえかって思っちまうんだよなぁ……」

「………」

「シェリーんとこの両親は、子供の為に人里離れた所で暮らしてたそうだ。ヴォルデモートに目を付けられちまったが、……俺の親もそうしておけば死ななかったかもしれねえのに、って、思っちまう」

「……ベガ、あの二人はね、君をマグル界に隠す際に、名前を変えるべきではないかと考えていたんだ。その方が安全ではないかと、ね」

「……いきなり何の話だよ?」

「でもしなかった。その理由は、純血のレストレンジ家の名前を絶やしたくなかったからとか、そんなんじゃない。自分達の名前を受け継いで欲しかったからなんだ。自分達との繋がりを、目に見える形で遺しておきたかったんだ」

 

デネブとアルタイルは、ベガを本当に大事にしていたと、ルーピンは語る。

大事だからこそ命を懸けるのだと。

シェリーを守るために世俗から離れた所で生きたポッター家も、ベガに誇れる世界を見せるために命を賭したレストレンジ家も、本質は変わらないのだと。

 

「君にもいずれ分かるよ。自分を犠牲にしてでも守りたいものがある、ってね」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

シェリー達は大広間で雑魚寝していた。

というのも、どうも件のシリウス・ブラックがホグワーツへと侵入したらしいのだ。

ズタズタに引き裂かれたキャンバスから避難した、太った婦人の証言によると、かつてのハンサムな面影が消え去った彼が襲来したのだとか。「ここを通せ」、と。

アレン達は警戒を最大限まで引き上げ、ホグワーツ内をくまなくパトロールしている真っ最中だ。

皆が寝静まった頃、パトロールから戻ったアレンがダンブルドアに報告をする。それを、目が冴えていたシェリーは何となく耳を欹てた。

 

「……ダンブルドア、シリウス・ブラックはもうここにいない可能性が高いぜ。上は天文台下は地下牢まで全て見て回ったが、ブラックらしき痕跡がない」

「君、小さい声も出せたんじゃの。できればいつもそのくらいのボリュームだと有難いんじゃけど」

「……果たして、それは確かな情報なのですかな。アレン、貴様は彼等とは先輩後輩の関係だったらしいが」

「確かに彼とはよく話していたが、それとこれとは全く関係ない話。俺は闇祓いだ、感情で動くような真似はしない。例えそれが、ああ、誰であっても」

「セブルス」

「………これは失敬」

「あー、アレン隊長ー?ちょっと確認して欲しい事があるんだけど」

「ああ、どうした?」

 

エミルの声かけで、ひとまずは険悪な雰囲気も納まった。

シェリーは眠りにつく。

シリウス・ブラック。

彼の目的は再三言われている通り、シェリーだ。主人の敵討ちのために付け狙っているのだと。

……では、自分が囮になれば彼はやって来るのだろうか。そうすれば、今日のように皆を巻き込まず済むのだろうか。

「シェリー?」

「ハーマイオニー?どうしたの」

「あなた、変なこと考えてないわよね」

「………うん、大丈夫だよ!寝よっ」

「なら、いいのだけれど」

ハーマイオニーは親友の笑みに、何故だか不安を覚えてしまっていた。

 

翌日。

 

「練習だあああああ!!!」

「うわひゃあ!?」

「厳戒態勢は解かれた!即ち、クィディッチ・ピッチの利用も可能というわけだ!今日はスリザリンと入れ替わりで練習場を使えるようになってる!さあ練習しに行くぞおおお!」

「ま、まってウッドおおおお……」

 

気合の入ったウッドに引き摺られる。

それもそうだ。何だかんだ言って、ウッドは一度も優勝杯を手に入れられていない。

彼は今年が最後。叶うにしろ叶わないにしろ、クィディッチ対抗杯の夢を見れるのは今年までなのだから。

競技場まで連れてこられると、そこには、ボロボロの練習着と箒を引き摺っているドラコの姿。相当過酷な練習をしたのだろう、普段の彼らしからぬ汚れ具合だ。

 

「………ドラコ、あんなに練習を……?」

「小耳に挟んだ話だが。マルフォイの奴、夏休み中ずっと家で箒の練習してたらしいんだよな。グリフィンドールには絶対負けたくない、って」

「……そうなの?」

「ああ。奴は以前までの、狡いだけの選手じゃなくなっている。正直、あれ程練習している選手はそういないと思う。……今年のスリザリンは強いぞ」

 

ウッド曰く、汗の似合う男になった、スリザリンという枠組みに囚われなくなった、らしい。

成程、ウッドが警戒するのも分かる。

元はといえばシェリーへの対抗心で始めたクィディッチ選手だったが、今ではもうその熱も冷め、一人の男として壁を乗り越えようとしているのだ。

 

(……………?なんだろう、これ)

 

シェリーはクィディッチにおいて、特別な感情は必要ないと思っている。自分の人生において一番大事なことは、自分の役割を遂行すること、その筈なのに。

そう思っていた筈なのに。

心臓が高揚する。

お互いに自覚こそ無かったが。

ドラコ・マルフォイは、シェリー・ポッターのライバルとして成長しつつあった。

汗を拭ったドラコは、こちらに気付く。

敵を見る目ではない。好敵手を見る目だ。

 

「よう、ポッター。今から練習か」

「うん……ドラコ、すごく頑張ってるみたいだね」

「今年は絶対に負けられないからさ。……この間つまらない諍いは止めると言ったが、これは別だ。フリントを始めとする先輩達は殆どが卒業する。最後に、先輩に、優勝杯を取って欲しいんだ。今年のクィディッチ杯は僕達がいただく!」

 

言うと、ドラコは箒置き場へと走っていった。随分と成長したものだ。

これがあのドラコか。

嫌味で小物の彼はもういないのか。

「すごい変わりよう……初めて会った時なんか、ベガに返り討ちに遭ってたのに」

「忘れろーッ!」

どうやらまだ少し残っているようだった。

さて、来たるクィディッチ初戦。

ハッフルパフとの試合である。

 

「勝つのは誰だ!?」

『俺達だ!!』

「雄叫び上げろ!!」

『GO!GO!!GRYFFINDOR!!!』

 

「弱さを知れ!敗北を知れ!!汚泥はお前を強くする!!!」

「WHO ARE YOU!?」

『WE ARE HUFFLEPUFF!!』

「WHAT'S TIME!?」

『HUFFLEPUFF TIME!!!』

 

両チームの掛け声が、雨の中にも轟いた。

酷い雨だ。何が起こっているのか、殆ど見えないし聞こえない。

ハーマイオニーがゴーグルに水を弾く呪文をかけてくれなければ、まともにプレーする事すらままならなかっただろう。雨に打たれて重くなったローブを引き摺るようにピッチの上空を旋回する。

悪天候故にスタミナの消費が激しい。

しかも相手のシーカーはセドリック・ディゴリー。今年からキャプテンになった彼は文武両道の優秀な選手であり、体格も向こうに分があるのだ。長期戦になれば、先に潰れるのはシェリーの方。

 

(────夜になればもう勝ち目はない。タイムリミットは、あと約三時間!)

『おおっと!セドリック・ディゴリーが急加速だ──ッ!』

「!!」

 

シェリーはセドリックが地面へと高速で突っ込む姿をどうにか視認すると、彼を追って爆発的なロケットスタートを切った。

視界が悪いせいで、もし他の選手にぶつかったらとヒヤリとするが、それでも、無理矢理躱していくしかない。

雫が落ちるよりも早く。

歯を食いしばり、全身に重力を感じ、フルスピードで飛んで行く。

二十メートル。

十メートル。

セドリックの影が段々近付いてくる。

しかし──セドリックが追っている筈の未だ金色の輝きは見えない。

もしや、と思った瞬間、セドリックは箒を立て直して地面スレスレで引き返す。

 

(しまった、フェイント──っ!!)

「ガハッ……!!」

『ああああっ、シェリーが地面にぶつかっちまったあああーーー!!』

『いえ、流石はポッターです!左の籠手でガードしました!あの一瞬でよくぞ……!しかし、それでもダメージは大きいでしょうね……』

 

利き手を守る代わりに左手を犠牲にしたが、その代償は大きかった。鈍い痛みが身体の左側全体に広がって、その身体に容赦なく雨が降り注ぐ。

スニッチを見つけた『ふり』をして、他のシーカーを焦って追従させ、そして地面に叩きつけるテクニックだ。

ウロンスキー・フェイントと呼ばれるそれは、クィディッチにおいても危険極まりない技の一つであり、乗り手にも相当な技術と度胸が要求される。

度胸はあるが技術の未熟なシェリーでは不可能な飛行テクニックだ。それでも試合続行可能なレベルまでダメージを抑えたのは、生まれ持った反射神経の良さと言うべきか。

地面からよろよろと飛び上がり、シェリーがセドリックの動きを目で追うと、今度こそ彼がスニッチを追っているのが見えた。

次こそキャッチする、追い付く!と息巻いて、放たれた矢のように飛行する。その様は、紅い閃光のようでもあった。

──だが、閃光は、突如として闇に覆われてしまった。

 

「────でぃ、吸魂鬼!?何で──」

「ーーーー」

 

脳が危険を訴えた。関わるな、と。

温度がいきなり下がった気がした。雨でびしょびしょの身体に、気持ち悪い寒気が走った。

逃げろ。逃げろ。

まだ今なら間に合う。逃げろ。

そんな危険信号を、彼女は全て無視した。

 

(ここで退いたら、セドリックや他の選手の方へと向かってしまうかもしれない)

 

彼女に逃走はない。

シェリーはホルダーから杖を取り出す。護身用に身につけていた物だが、まさか使う事になろうとは。右手で杖を構えたため、痛む左腕で柄を握らなければならないのが辛いところだ。

幸福を思い浮かべて、放つ。

 

「『エクスペクト・パトローナム』!」

 

半透明の、か細いスプレー状の光が煤色の吸魂鬼を引き裂いた。

一体撃破だ。

列車の中で吸魂鬼を追い払ってからも練習を続けていた甲斐があった。シェリーは小さく拳を握る。有体守護霊とまではいかなくても、魔法に無駄がなくなってきた。

他にも吸魂鬼はいないだろうか。試合はどうなったのだろうか。気になって、周囲を見渡して──

 

「あ」

 

目に入ったのは、視界を覆い尽くさんばかりの黒の軍団。吸魂鬼の群れが空に散らばり、その全てがシェリーを見つめていた。

フードの下の虚構からは深淵が覗く。

その数、およそ、百。

シェリーの思考回路は異常をきたした。

 

(────い、たい、いたい、いたいいたいいたいいたい)

 

ダドリーに殴られた記憶。

川の中で溺れかけた記憶。

バーノンに鞭で叩かれた記憶。

髪を引き千切られた記憶。

 

痛みの記憶が奔流のように流れていく。

記憶の中の痛みと、現実の左腕の腕の痛みが共鳴する。常人ならば到底耐えられないその苦痛は終わらない。

手の震えが止まらない。

やがて握る力を失い、箒に掴まる事すら叶わなくなった。

地上から遥かに離れた所で脱力して、ふらり、と意識が一瞬飛んでしまった。気付いた時には空中に身を投げ出されていた。

 

優しい砂で受け止められる。

包み込むようにゆっくりと、優しさで溢れた砂の中に身を委ねる。この砂の温もりをシェリーは知っている。

レックス・アレン。

最強の闇祓いによる、豪快かつ繊細な魔力操作は見事だった。するすると落ちていくと、アレンにお姫様抱っこされる形で受け止められる。

目を開くと、エミルとチャリタリが生徒達を守るように分厚い防壁を貼っていた。その防壁の中を、ダンブルドアが生み出した不死鳥が怒りのままに、天を裂くように空を駆け回っていた。

ダンブルドアに蹂躙された吸魂鬼達の生き残り達が、それでもシェリー目掛けて飛来してくる。アレンが目を細めたが、彼が何かする前にジキルが低い声で唸った。

 

「この子に近付くんじゃねェ。殺すぞ」

 

威圧。

いつものヘタレっぷりは鳴りを潜め、強い眼力と、迸る魔力とが溢れていた。

吸魂鬼への怒りと少女への優しさとで氾濫したクィディッチ・ピッチの中で、シェリーは瞼を重たくしていった。

担架が運ばれてくる。

漸く現実が追いついてきた。

 

(ああ、これでこの試合は、もう終わってしまったんだ)

 

目が覚めると医務室だった。

マダム・ポンフリーにお世話になるのももう何度目だろう。ロンやハーマイオニーを始めとする獅子寮の面々がシェリーを心配そうな顔で覗き込んでいた。

「大丈夫?シェリー?」

「痛くない?」

「私、マダム・ポンフリー呼んでくるわ」

「……みんな、ありがとう。ごめんね」

 

そんな顔をさせて申し訳ないという気持ちと、もう一つ、ふつふつとした感情が胸の内に湧き上がっていた。

悔しい。

大好きなクィディッチを、こんな、こんな納得のいかない形で終わらせてしまっただなんて……。

(……悔しい?)

チームメイト達に申し訳ない気持ちもあるが、確かに今、最後までプレー出来なかった事が悔しいと思った。

妙な気分だ。

負けられない、ではなく、負けたくない。

シェリーは自分が抱いた初めての感情に戸惑った。思い返せば去年の決闘クラブの時も少し似たような感覚を味わっていたような気もする。

いや、きっと気のせいだ。シェリーはそう結論付けると、己の箒の在り処を問うた。

 

「あー…その事についてなんだけど」

「?」

「その、箒、スニッチの方へ飛び続けて…競技場を飛び出して、暴れ柳の方まで突っ込んでしまったの。……ジキルが手伝ってくれたんだけど……その、……ね……」

「………嘘」

 

ジニーが恐る恐るといった様子で、その包みを開く。中に包まれていた、バラバラになったニンバス2000だったものを見て、シェリーは愕然とした。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

シーカーがいないので当然といえば当然だが、ハッフルパフに負けた。

紳士で有名なセドリックは試合やり直しを要求したらしいが、フーチがそれを認める事はなかったらしい。チェイサー三人娘がシェリーをハグして慰めた。

箒を壊した事をマクゴナガルに謝罪しに行くと何故か呆れられた。曰く、『貴方は本当に自分の心配をしませんね』と。

一先ず次のクィディッチ戦に向けて箒を探しなさい、と箒カタログを渡される。談話室でジニーやアンジェリーナ達とカタログを開き、あの箒が良いこの箒が良いとウンウン悩む。ウッドはシェリーに怪我させたのを気に病んでシャワー室で連日の精神統一である。

しかし、穴が開くほどカタログを睨んでもどれも魅力的には見えなかった。取り敢えずその日は諦めて、寝る事にする。

 

(一年生の時、マクゴナガル先生がくれたニンバス2000……もう一度あれに乗りたいなぁ……)

──そこで、自分が今、ドン底に沈んでいると気付き首を横に振った。

いけない。自分がこんな調子では皆んなを心配させてしまう。

(悲しいも、辛いも、私には要らない)

感情を心の奥底まで仕舞い込む。

不要なものは捨てていけ。それが正しい、その筈なのだ──

 

「よぉ、シェリー!元気してるか?」

「うん元気……あれ?フレッドに、ジョージ?なんでここにいるの?」

「おいおい、俺達は神出鬼没のウィーズリー兄弟だぜ?困ってる女の子がいたら地球の裏からだって駆け付ける、それが俺達ってもんさ」

「それは良い心掛けだと思うけど、今日はホグズミード休日でしょ?行かなくていいの?楽しみにしてたじゃない」

「俺達二人だけが楽しくても駄目さ。エンターテイナーたる者、皆んなを楽しませなくっちゃあな」

「シェリーだけが楽しめない休日なんて何の意味もないのさ。っつー訳で、赤髪姫に素敵なアイテムをプレゼントさ」

 

言うと、ジョージは懐から何やら羊皮紙を取り出した。随分と年季が入っている。

 

「わぁ、ありがとう!羊皮紙?大切に使うね、二人とも!」

「いやぁー、喜んでくれるのはありがたいけどさ。俺達悪戯ツインズがプレゼントするならもっと素晴らしい物を贈るよな」

「ああ、目ん玉飛び出るどころか勢い余って落っこちまいそうな物をな。見てみな、『我、ここに誓う。我、よからぬことを企む者なり!』」

 

呪文を唱えると、杖先からインクが飛び出して紙に滲む。その染みは段々と大きくなっていき、そして不可思議な動きをした。

縦に、横に、何かを描くように動き、線や丸を生み出していく。

少しして気付く。これは地図だ。これは教師ですら完全には把握し切れていない、ホグワーツの見取り図なのだ。

おまけに、地図上を文字……いや、名前が動き回っているではないか。『シェリー・ポッター』『フレッド・ウィーズリー』『ジョージ・ウィーズリー』の三名が地図の真ん中で揺れている。他にも、様々な教師や生徒の名前がズラリ。

 

「すっごい……わぁー、『アルバス・ダンブルドア』と『セブルス・スネイプ』が同じ部屋にいる!何か大事なお話なのかな。他にも、『エミル・ガードナー』と『チャリタリ・テナ』が一緒に歩いてる!その後ろの柱の影から、あー、『ジニー・ウィーズリー』が覗いてる。あの子恋バナ好きだもんね」

「他にも、『ポモーナ・スプラウト』と『ジキル・ブラックバーン』が職員室で話してたり、『コリン・クリービー』が補習を受けてたりな。丸分かりだぜ」

「で、ホグズミードの抜け道は、ここだ」

「!二人とも……」

「シェリー、お前はルールよりも友達を選ぶタイプだろ?ならこの魔道具はピッタリだぜ。俺達はもう地図の内容は全部覚えたからな、気兼ねなく使え!」

「で、でも……」

「使え!」

「私なんかに……」

「使えって使えって!遠慮すんな!」

「………あ、ありがとう二人とも!」

「「その代わり俺達を透明マントの中入れてくんね」」

(……そっちが本命では……?)

 

やや騙されたような気分になりながらも二人をマントの中に隠し、秘密の抜け口の中へと入る。

他にもいくつかホグズミードへの抜け道はあったのだが、闇祓い達が来て早々に全て封鎖してしまったのだとか。教師達でも見つけきらなかったそれらを見つけてしまえるのだから、彼等の能力は非常に高いと言わざるを得ない。

しかしそれでもブラックにはどこからか侵入されたのだから、彼もまた一流の魔法使いなのだが。

──甘ったるい匂いがする。

辿り着いたのはパーバティが美味しいと言っていた菓子の売っている、ハニーデュークスの地下室だ。

ウィーズリーズと別れると、マントの中からロン達を探す。……いた。随分と大所帯だ。ベガやネビル、シェーマスにディーンにパチル姉妹、更にアリシアやケイティといったクィディッチ・チームまで一緒だ。

一体どうしたというのだ。

幸い、今からそれぞれに分かれて別行動を取るようだが。

 

「じゃあ、俺達は店に行ってくるから。詳細はまた追って連絡する」

「ええ、お願いね」

「………ふう。じゃあ、ハーマイオニー。僕達はシェリーにお土産を買ってこうぜ」

「そうね。ああ、本当はシェリーにもホグズミードに来て欲しかったのに……」

「二人ともっ!」

「えっ!?幻聴!?」

「ちょ、ロ、ロン!急にどこ触ってるの!他に人がいるのよ!」

「二人とも、私だよ!シェリー!」

「「……シェリー!?」」

 

二人は目を点にして驚いた。

一先ず人目のないところに隠れると、マントを脱いでみせる。その瞬間二人からは脇腹を小突かれた。

 

「『忍びの地図』?へえ、あの二人、そんなもんを隠し持ってたってのか。すごいなそれ、いいなあ」

「……それ、ダンブルドア先生や闇祓いの人達に渡しておくべきじゃない?そんなに凄いものがあれば、ブラックだって……」

「それは、少し思ったんだけれど。でも、二人はこれはフィルチさんの所から持ち出したものだって言ってた。だから私がこれを先生に渡したら二人の、あー、悪行がバレちゃう。黙っていた方が良いんじゃないかなあ」

「シェリーの言う通りだぜ。フィルチはあの二人を目の敵にしてるフシがあるし、もしかするとシェリーに変な言い掛かりをつけてくるかもしれないぞ。あいつ最近シェリーを呼び出してるじゃないか」

「ああ、あれはお茶のお誘い!あの人いつもお菓子くれるんだぁ」

「それ毒入ってない?」

 

兎にも角にも腰を落ち着けよう。

そういうロンの提案で、(シェリーはマントを被りながら)三本の箒の中に入る。しんしんと降り積もる雪から暖かい店内に入ると、冷え切った身体に熱が染み渡る。

ハーマイオニーの解説によれば、マグルで言う暖房に当該する魔法が店内にかけられているんだとか。

こっそり椅子を確保して、賑わう店内でバタービールと料理を三つ注文。ウエイトレスからは妙なものを見るかのような目線を向けられたが、ハーマイオニーが「この人よく食べるんですー」とすかさずフォローを入れた。……それはフォローなのか?

 

「わぁ、美味しいね、これ!」

「うふふっ、そうでしょう、シェリー!」

「君に飲ませたかったんだよシェリー!」

「ありがとう二人とも!」

「気にしなくていいわよシェリー!」

「どんどん飲みなよシェリー!」

「あれ、私、あそこのテーブルにバタービール持っていったわよね。シェリー酒なんて運んでないわよね…?」

 

運ばれてきた料理に舌鼓を打つ。

店内は非常に混み合っていて、顔見知りもチラホラいる。ウッドが先日のクィディッチの結果を悔やみまくってガブ飲みしていたり、(こちらには気付いていないが)ドラコが取り巻き連中とコルダへのお土産は何が良いか相談していたり、お忍びのファッジがマクゴナガルやハグリッド、フリットウィックと飲みに来ていたり………ファッジ?

 

「えっ、何であの人が?」

 

見間違いではない。

ボディーガードなのか、レックス・アレンも同行している。彼等はどこか暗い顔をしており、あまり楽しい話題をする様子ではなさそうだ。

しかし面白い組み合わせだ。

たしかにここは名門ホグワーツ、イギリス最大の魔法学校だ。役所のトップと関わりがあってもおかしくはないが……。

 

「何話してんだろうなぁ」

「何話してるんだろうね」

「……えっ、これ盗み聞きする流れ?」

「しっ!静かに、ハーマイオニー!先生方にバレるだろ!」

「ええ……?」

 

店の女主人、マダム・ロスメルタがバタービールを人数分持ってくる。

彼等はそれを受け取ると、ロスメルタにも椅子に座るよう促した。彼女にも関係のある人物の話をするらしい。

他の客に聞こえない程度のボリュームで、思い出話をするかのような語り口で誰からともなく話が始まった。

ここでは聞こえないと判断したシェリーは彼等から見えないのをいい事に近付いてみる事にした。……一瞬、アレンと目が遭った時は心臓が飛び出るかと思った。なんという第六感の強さだろうか。

彼等は、どうやら誰かについて話しているようだった。

 

「ピーター・ペティグリューは、誰よりも勇敢だった」

「ええ。決して出来の良い子ではなく、勉強も時間のかかる子でしたが、その実誰よりもジェームズ達に憧れていました」

「アレン、貴方は彼達と同年代ではなかったかしら?」

「正確には数代前の先輩だな。彼の事は、最初は取り巻きの一人だと思っていたが。その印象が一八〇度変わったのは決闘クラブで戦った時だぜ。ダークホースというべきか、逆境になればなるほど強いタイプで、彼には苦戦させられたよ」

「一年生の時から上級生に混じって参加していたあなたもおかしいんですけどね」

「……本当に、意外なところで勇気と実力を出せる子でしたよ、彼は。だがあの時ばかりは勇気を『出さないでほしかった』」

 

フリットウィックのどこか含みのある言い方に眉を潜めるが、ファッジの次の言葉で納得する。

なんと、ヴォルデモート卿の配下であったとされるシリウス・ブラックを止めるために立ち塞がったものの、彼に敗れて死亡してしまったのだとか。

しかもピーターなる人物は、同級生だったシリウスを実の兄のように慕っていたのだとか。……友人に立ち向かう勇気がどれだけ偉大か、ネビルを見ればすぐに分かる。

 

「去年アズカバンに収監された時、いっこだけ良い事があったぞ、ファッジ。奴さんに俺の言い分をブチ撒けてやれた事だ。聞いているんだかおらなんだか、牢の奥でずっと黙っていたがな。言いたかった事を全部言ってやった。畜生!俺はシェリーを崩れた家から連れ出す時、あいつに会ってんだ!」

「なんだと、ハグリッド」

「俺はあいつの空飛ぶバイクを借りてマクゴナガル先生達の所へ行ったんだ。危ねえところだった。リリーとジェームズを裏切ったあいつは事もあろうに『僕がシェリーを育ててみせるから』と抜かしおった!そのクソ野郎を慰めた俺も間抜けだったが、クソッ!」

「いいやハグリッド、お前は立派に仕事を果たしたよ。奴めにシェリーを渡さなかったから今の彼女がある、違うかね」

「ウウッ、すまねえ、先生」

 

大粒の涙を溢すハグリッドをフリットウィックが慰める。その場にいた全員の怒りを体現したかのように、アレンは瞳の奥に強い怒りの炎を灯していた。

 

「間抜けは俺達闇祓いの方だ。ブラックを見つけられないばかりか、一時は侵入まで許してしまった。『闇祓い最強』が聞いて呆れるぜ」

「レックスはよくやってるわよ。大丈夫、あなた達がいるお陰で安心している人も沢山いるんだから」

「……ありがとう、マダム。そうだな、俺一人が強くたって意味がない。皆んなで強くならなきゃな」

「しかし彼奴のおかげでシェリーの両親が亡くなったと思うと、やるせないものがある。もっと早く気付いてさえいれば」

「……?どういう事です?」

 

マダム・ロスメルタの疑問は、シェリーの言葉を代弁していた。

今は亡き二人が死んだ原因は、ヴォルデモート卿にある筈だ。彼がポッター家に押し入り、二人を殺害した。それは本にも載ってあるくらい確実で、シリウス・ブラックの介入する余地などないようにも思える。

 

「それがそうじゃないのですよ。『忠誠の術』をご存知ですかな、マダム?強力な、古い呪文です」

「……聞いたことありませんわ」

「一人の人間の中に『秘密』を隠す。その『秘密の守人』が口を割らない限り、封じ込められたその秘密は絶対に、見つからない。そう、絶対に」

「ジェームズは自分達の在処を秘密にしたんだ。だから本来なら例えヴォ、例のあの人がポッター夫妻の窓ガラスに目ん玉をひっつけようと見つからない筈だった。……だが、彼が選んだ『秘密の守人』はよりにもよってブラックだったんだよ」

「……そんな」

「秘密が守られたのはたった一週間。それも襲うタイミングを見計っていただけの事なんでしょうがね」

 

裏切り。

しかも聞けば、シリウス・ブラックはグリフィンドール寮出身と聞く。

ジェームズに信頼され、ピーターと兄弟分の関係と聞けば確かに獅子寮以外あり得ないだろう。グリフィンドール寮に赴き、太った婦人を破く事ができたのも、単純に彼が寮生だったから、で説明できる。

だが、脳が理解を拒んでいる。

聞けば聞くほど、度し難い矛盾が、シリウスの異常性が浮き彫りになる。

どうしてだ。

どうしてそんな男が……。

 

「何故奴がグリフィンドールなどに……」

「長年、寮監をしていると分かりますが、獅子寮には危なっかしい子供が多い………私がもっときちんと教育できていれば、あるいは」

「いんや、マクゴナガル先生。誰が悪いとかじゃねえ。あいつの邪心に誰も気付けなかった、それだけだ」

「……逆に蛇寮は最初からブレない子が多い気もしますね。デネブとか……」

「……………」

「デネブ………デネブか……」

「……デネブねえ………」

「……彼の話はやめときましょうか」

「うん……」

(えっ)

その場にいた全員の嫌そうな顔。

唯一、マダム・ロスメルタだけが顔を赤くさせていたが、他はあからさまに彼について話そうとしない。何者なんだ……。

──不意に嫌な予感がした。

この先を聞いてはいけない、ような。

直感というべきか。

 

「だがママさん、分かってくれただろう。我々が何故ここまで神経を張り詰めるのかが。過敏になるのかが」

「ええ。ホグズミードを吸魂鬼達に見廻らせるのはどういう了見だと思いましたが、そういう理由で……」

「次からは俺達が見廻る事になってる。その時はバタービールをご馳走してくれ」

「ええ、喜んで」

 

立ち去れ、やめろ、と、直感は告げているにも関わらず、『石化』させられたかのようにそこから動けない。

シェリーは全神経を耳に集中させていた。

その知りたがりが、好奇心が。己を更なる深い絶望へ突き落とすとも知らずに。

いや、知っていたとしても。

彼女はそこから動かなかっただろう。

ああ、頭が痛い。

 

「しかし、まさか、ですよねえ」

「うむ……奴めは一夜で三人もの親友を裏切ったのだ。たった一人残された彼がどんな気持ちだったのか……いつも冷静な彼があれほど荒れに荒れたのは、後にも先にもあの一度きりだ」

「無理もない。青春を、苦楽を共にした仲間を短期間に何人も殺されては。しかも友の裏切りは辛かったろうに……」

「ですが、未だ信じられませんわ」

 

脳が警鐘を鳴らしている。

──聞くな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ジェームズとブラックは、まるで血を分けた兄弟のようであったのに」

「自らが後見人となった、半ば娘も同然のあの子を、何故殺そうなどと……」

「ッ!」

「どうした、アレン?急に立ち上がって」

「……今確かに気配が……すまない大臣、俺はパトロールに行ってくるぜ」

「あ、ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──足が縺れる。それでも歩く。

──歩かねば、真下に広がる雪に飲み込まれてしまいそうだった。

シェリーは三本の箒から逃げるように、あてもなく歩いていた。しかしその現実は彼女を逃してはくれなかった。

寒い。

身体が冷える。

巡る血が全て凍ってしまったような感覚。

それでもシェリーの身体を熱くさせていたのは、得体の知れぬ感情だった。

奥の方に仕舞い込んでいた『それ』は爆発寸前だった。

凍えてしまいそうな雪の中、細胞の一片迄もが熱く燃えているようで──気持ちが悪かった。

シリウス・ブラックが裏切った?

かつての親友を?

自分の両親を?

そんなの──そんなの、許せない。

雪は足跡を消した。

透明マントはシェリーを隠した。

シェリーは、声もなく、泣き叫んだ。

 

「なんなの、この気持ちは──」

 

その問いに答える者はいなかった。




透明マント貰ったのが二年生の時だったし、忍びの地図貰うのは四年生でもいいかなーと思いましたが、これなかったら後々詰むし、この後のイベントが色々面倒くせぇ!という訳でアンロックです。

◯デネブ・レストレンジ
ベガの父親。故人。性格に難あり。
血統主義の家に生まれ、スリザリンに配属されたものの彼自身は純血主義ではない。かといってマグル出身に優しいかと言われればそうでもない。
ベガの眼と女誑しぶりは父親譲り。

◯アルタイル・ヘミングス
ベガの母親。故人。
彼女もまた純血ではあったが、所々にマグルの血が混じっており、家も財政難を抱えていたため聖28族からは落ち目の貴族扱いされていた。その問題を解決したのがデネブなのだが…。
ベガの銀髪と性格は母親譲り。

◯ピーター・ペティグリュー
追い込まれてピンチになる程、真価を発揮するタイプ。
当時は馬鹿にされていたが能力自体は低くなく、決闘クラブではその力を遺憾なく発揮していた。
こんな主人公みたいな奴を殺すなんて、まったくブラックって奴は最低だなー!(棒


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6.再び戦え獅子と蛇

 

 レックス・アレンは極めて人通りの少ない廊下でシェリーを捕まえると、真剣な面持ちで問いかけた。

 

「昨日はちゃんとホグワーツにいたか?」

 

 いなかった。

 いなかったのだが、それを言うわけにはいかない。『忍びの地図』がバレて、ひいては双子の悪行の数々がバレてしまう可能性があるからだ。

 ぶんぶんと首を横に振った。

 

「それを証明できる者はいるか?」

「え!い……いや……いないよ。だってグリフィンドール寮の友達は殆どホグズミードだもの。一人で自習してたよ」

「………」

(………バ、バレてないよね?……)

「まあ、いいだろ。疑ってる訳じゃないんだが一応、な」

(良心が痛む……!)

「だが次からは誰かと一緒に行動するよーに頼むぜ。君はただでさえ危ない身なんだからな」

 

 これはまだ少し後の話であるが。

 シェリーは後に開心術という呪文を知り、そしてアレンがそれを使わなかったという事実を知り、この時、シェリーの弁を本当に信じてくれていた事を悟り。より罪悪感が増すのであった。

 

「それにしてもシェリー、良い表情をするようになったな」

「え?」

「俺は少し前まで、君はいつも寂しそうな顔をしているように思っていた。年不相応な笑顔だった。だが、今の君は、一人の素敵なレディに見えるぜ。はっは、若者の成長は早いもんだな」

「レ、レディだなんて。そんな」

「…シェリー、何か抱え込みそうな時は、俺達大人に相談してくれればいいからな。俺達に話し辛いなら友達でもいい。悩みは早い内に誰かと共有しとけ!誰にも相談できなくなる前に、な!」

 

 言うと、アレンは日課のパトロールに戻っていく。連日のシリウス・ブラック捜索にホグワーツの守備体系の見直し、パトロールや訓練等多忙を極める筈。なのにその疲れを全く見せないのだから凄まじい。

 ダンブルドアやヴォルデモートを人外と評するならば、人間の最高到達点とでも言うべきか。

 

「かっこいい人だなー……」

 

 格好良い大人とは、ああいう人の事を言うのだと思う。どこかマクゴナガルに似た感覚を味わった。

 

「誰かに相談、ねえ。いかにも大人らしい詭弁です。誰にも打ち明けられないからこそ悩んでいる人間もいるっていうのに」

 

 それにケチをつけたのはコルダ・マルフォイだ。柱の影から現れた。

 聞いていたのか。まあ、盗み聞き、というよりはたまたま聞こえてきたという表現の方が適切だろう。

 

「コルダも悩みがあるの?」

「ええ、まあ。私も年頃の女子なので。

 貴方には分からない感覚かもしれませんが、家の都合上、私は自由に恋愛という訳にはいきません。それはお兄様も同様、叶わぬ恋を、叶えてはいけない恋をしてるんですよ、私は」

「………え、どういう事?」

「?いやだから、私はお兄様の事が好きですけど、告白したら色々と弊害があるなって話ですが」

「…………」

「………?」

「コルダってドラコの事好きなの!?」

「そこですか!?今更!?」

 

 気付いていなかったとは。

 確かに面と向かってドラコの事を「好きです!」と言った事はなかったが、そういうオーラは出していたろうに。

 恐ろしく鈍感だ。

 まあ、当のドラコもあれだけアピールされといて全く気付いていないのだが。もしやゴイルとクラッブの鈍感がうつったのだろうか…?

 

「マルフォイ家に生まれてきた者としての責務があるんですよ、私には。家に相応しい男性と結婚して子供をもうけなければならない。家の存続の為にね」

「……そう、だよね」

「でもあんなコトされて、惚れないなんて無理な話ですよ。もう、お兄様ったら大胆なんですから……」

(………あんなコトって何だろう?)

「──だから、せめて大人になって結婚するまでの間、我儘が許される子供の間だけは、あの人のことを好きでいたいんです」

「────それは……」

 

 悲しい恋だ。

 兄妹間の恋愛は、マグルにおいても魔法族においても禁忌とされている。

 倫理的な問題もあるが、産まれてくる子供が先天的な障害を抱えてしまう危険性があるためである。特に魔法族は純血に拘り近親婚を繰り返す過激派のせいで、その危険性はより大きな物となっているのだ。

 近親同士の結婚。インブリード。

 更に追い討ちをかけるのが、彼等のマルフォイ家としての立場だ。貴族として有名な彼等が兄妹間で本当に恋愛をしたとなったら、それは大問題だろう。

 そして極め付けは、コルダの体質だ。

 コルダの恋には障害が多すぎる。

 それら全てを分かっていて尚、彼女は諦められないというのか。

 

「悪い事ばかりじゃないですよ。今はまだ『兄離れのできない妹』って周囲からは思われてますから、その立場を利用してやるんです。私が大人になるまでの間だけは、お兄様への恋が許される。

 ……あと十年も残ってないですけどね」

「………凄いね、コルダは」

「な、なんです急に」

「そんな風に誰かを一途に想えるって、誰にでも出来る事じゃないよ」

 

 シェリーの言葉で照れ臭くなったのか、コルダは話題を逸らすように話した。

 

「……だから私は、あのレックス・アレンの言ってるのは綺麗事にしか聞こえない。言ってる事は立派なんでしょうけど。私の理解者は家族以外には永遠に現れないんですから」

「そうかな?」

「えっ?」

「コルダは良い子だもの。良い子の周りには良い人が集まって来るものだよ。だからきっと、分かってくれる人も出てくるんじゃないかなあ」

「………はあ」

 

 なんだか、毒気を抜かれた気分だ。

 去年から薄々感じてはいたが、シェリー・ポッターの性格は典型的グリフィンドール生のそれとは大きく異なる。

 どちらかというとハッフルパフ寄りで、穏やかというか、普通の内気な少女なのだと思わせる。

 だが、そんな彼女が、時折、危うく見えるのは気のせいか──

 

(……って。私には関係ない事ですね。さっさと次の授業の準備でもするとしますか)

 

 しかししっかり授業の準備をしたにも関わらず、コルダは授業に遅れそうだった。

 ジニー・ウィーズリー。

 入学前は兄から聞いていたシェリーやベガに対して敵対心を持っていたコルダであるが、実際に入学してみるとジニーをライバル視するようになった。彼女とは同学年という事もあり、顔を合わせれば喧嘩するのは毎度の事だ。たまにルーナ・ラブグッドも混ざったりするが。

 今回も二人は授業開始時刻ギリギリまで言い争っていたという訳だ。おい、つまらない諍いはやめるんじゃなかったのか。

 次はグリフィンドールとスリザリンの合同授業だ。

 

「ああ、もう!あなたのせいで授業に遅れそうじゃないの!」

「いいえあなたのせいです!」

 

 二人は仲良く喧嘩しながら『闇の魔術の防衛術』の教室へと駆け込んだ。

 

「「すみません遅れました!!」」

「今更やって来るとは良い度胸だな」

「あ!スネイプ先生!なんでここに!?」

「今日はルーピン先生は体調不良のため欠席だ。大方ウチの生徒にちょっかいをかけていたのだろうウィーズリー、一点減点」

「ずっこい!」

「残念でしたねウィーズリー!これが人徳って奴ですよ!」

「こういうのはえこ贔屓って言うのよ!貴方のお家じゃ教えて貰わなかったのかしら!もう一度赤ちゃんからやり直したらどうかしら!」

「そ、そこまで言わなくても良いじゃないですか!泣きますよ!!」

「……早く席につけ二人とも」

 

「──…、本日の授業は『人狼』だ」

「………っ!」

「?どうしたの、マルフォイ」

「……い、いえ。何でもありません。早く席につきましょう」

「……?」

 

 スネイプはバツの悪そうな顔をした。

 それも当然だ。なにせ、コルダ・マルフォイは人狼なのである。

 ルシウス・マルフォイがその権力とコネを使い隠しているので周囲にバレてこそいないが、それでも、いつその秘密が白日の元に晒されるか分からない。

 セブルス・スネイプは数少ない秘密を共有する者の一人。できれば今日の授業でもあまり人狼という題材は扱いたくはなかったのだが、ルーピンの授業があまりにも遅いのだから仕方ない。

 スネイプは申し訳なさそうだった。

 コルダは「いいですよ」と目配せした。

 教科書を開く。そこにはイギリスで最も有名な狼人間、フェンリール・グレイバックの姿があった。

 

「──…人狼。狼人間、ワーウルフなどの呼び名がある。類稀なる身体能力を持ち、様々な魔法生物の中でも最も危険な部類に位置付けられている生物だ。満月の夜に狼に変身する。その姿は狼に似てはいるが、特定の決まった姿を持つわけではない」

「先生、決まった姿を持たないとはどういう事ですか?」

「人狼はその人間によって大きく姿が異なるのだ。写真の中のグレイバックは狼の姿だが、狼人間が必ずしもこのような形態とは限らない。個人差が大きいのだ」

 

 近年の研究で分かった事だが、狼人間の容姿は、彼等の精神性が反映されるのではないかとの指摘もある。

 コルダ・マルフォイの狼としての姿が、恐ろしく歪で醜くなるのは、『狼としての自分』が大嫌いだから。

 写真の中のフェンリール・グレイバックの狼としての姿が精悍で凛々しいのは、『狼としての自分』が大好きだから。

 皮肉にも、狼人間になった事を嘆き悲しんでいる者ほど、その姿はより不気味に、より醜くなってしまうのだ。

 

「人狼の弱点は氷魔法だ。冷気ではなく、氷。原理は未だ分かっていないが、狼人間の肉体を破壊する作用がある。つい七年程前までは、氷魔法を使った手術で無理矢理その症状を抑えつけていた」

 

 しかしその手術は莫大な金額がかかり、手術が成功すればその症状が全て無くなる訳ではない。

 ──満月の夜は脳味噌の中を蚯蚓が這いずり回るような激痛に襲われる。幼少の頃よりずっとその痛みに耐えてきたコルダだが、それでも未だあの痛みには慣れない。

 今晩もまたあの激痛を味わうのかと思うと、コルダはゾッとする。

 

「しかし凶暴性を抑える作用のある人狼薬の登場により、手術以外の選択もできるようになった。それでもまだ、人狼に対する処置としては不十分であるし、金銭的なハードルが依然高いままなのが現状だが」

(……いつか、人狼薬がもっともっと研究されていけば、私も普通に暮らせる日が来るのでしょうか)

「そして人狼の最大の特徴が、任意でその数を増やせる点にある。満月の夜になると生える『牙』には特殊なウイルスが含まれており、噛まれればその者も人狼になる」

「噛まれれば……って……。それじゃあ、もしかすると世界に人狼は沢山いるんじゃないですか?」

「……いや。狼状態の時は激しい殺戮衝動に襲われるのだ。だから、人狼の多くは人間を噛み殺してしまう。運良く生還できた人間が次の人狼となるのだ」

 

 知っている。

 スネイプの説明した全てを、コルダは身をもって体験している。狼人間の生態に関しては誰よりも詳しい自負がある。

 そして知れば知るほどに自己嫌悪する。

 私は。

 あの家にいてもいいのだろうか、と。

 大好きな家族を、傷つけてしまわないだろうか、と。震えてしまう。

 

(私の優しい家族は、私を受け入れてくれている。でもその優しさに甘えてばかりではいられない。……ポッターにはああ言いましたけど、狼人間の嫁なんて誰も欲しくないに決まってる。ホグワーツを卒業したら田舎で隠れ住んでしまおうか……)

「獰猛な種族なんだよ」

「やっぱり狼人間は恐ろしいね」

「こわーい」

(……ほら、やっぱり。周囲の反応なんてこんなものだ)

 

 偏見に満ちた女子生徒達のヒソヒソ声。

 聞こえないフリをする。魔法界について知れば知るほど、コルダは窮屈な想いをするようになっていった。

 理解者など、現れないものだ。

 

「………」

「……。いや。全ての狼人間がそうとは限らない。『教科書に書いてある通り』その凶暴性には個人差があるし、当然だが人を襲いたくないと思っている人間が殆どなのだ。狼人間の近年の風潮は、真に受けない事を勧めておこう。

 各人の主義主張は勝手だが、我が寮の生徒にはせめて、人狼に対する正しい知識を知ってから主張してもらいたいものですな。間違った知識を得意気に話す事ほど滑稽で愚かな事はない……」

「……!」

 

 スネイプが釘を刺すと、生徒達はドキリとしたような表情をした。

 コルダだけが驚いた顔をしていた。

 ──嬉しかった。

 人狼を普通の人として扱ってくれたのは、大人達でさえ殆どいなかったから。

 授業が終わると、コルダはスネイプの下へと駆け寄った。

 

「ありがとうございます、スネイプ先生。素晴らしかったです。人狼に対して理解のある人の授業だと感じました」

「……吾輩は事実を言ったまでだ、ミス・マルフォイ。……ところで今夜は満月だ。無理せず休んでいてもよかったのだが」

「ルーピン先生のように、ですか?」

「……、バレていたか」

「そりゃあ、まあ。多分向こうも気付いているんじゃないですかね。人狼同士の繋がりというか、一緒に過ごしていればなんとなく分かるんですよ」

「そういうものか」

「そういうものです」

 

 スネイプは頭を抱えた。

 後であの教師には嫌味の一つや二つくれてやらねばなるまい、と思った。

 

 

 

 

 

 

「シェリー・ポッターやレックス・アレンの言う通りかもしれませんね。いつか理解者は現れる。……グリフィンドール寮の彼等に諭されるのは、少々、癪ですが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クィディッチが始まる。

 観客の熱気に立ちくらむ。それだけ、今日の試合が特別だという事だ。

 真紅のユニフォームを身に纏いピッチに現れるは、ウッド率いるグリフィンドールチーム。それに対するは、フリントが主将のスリザリンチームだ。

 この熱狂のピッチの中にあって、二人の表情はどこまでも真剣だった。これから起こりうる運命全てを受け入れた顔。勝っても負けても、ここで終わる。

 今日で全て決まる。

 ウッドとフリントの引退試合まで、残り十分を切ろうとしていた。

 

「おい、ポッター」

 すっかり様になった翡翠のユニフォームをはためかせて、ドラコは聞いた。

「あれから随分時間が経ったとはいえ、もう試合は大丈夫なのか」

「うん!心配してくれてありがとう。優しいね、ドラコ」

「ははは、そうだろう。って違う!僕のライバルに相応しい活躍をしろと言っているんだ!……コホン、で、箒はどうなんだ。折れたと聞いていたが」

「うん、これ!」

 

 シェリーが差し出したのは、鮮やかに紅く彩られた、流線を描く箒だった。素人目にも分かる素晴らしい箒。

 やや細身ではあるが、真っ赤な柄からは力強さすら感じさせる。そして箒の枝の美しさたるや、まさしく職人芸と言わざるを得ない。それ単体で一個の芸術品のようでもある。繊細な細工の施されたレースカーテンのように滑らかだ。

 そしてそれはシェリーが持つ事で至高の芸術品として完成する。彼女の髪と、真紅のローブによく映えるのだ。それは焔立つ一瞬を切り取ったようだった。

 

「……なんだ、その箒。見たことないぞ」

「皆んなから貰ったんだよ」

 

 クリスマスが過ぎ、年が明けた頃。

 冬休み明けに懐かしい面々と再会していると背後から突然目隠しをされ、ラベンダーとパーバティに連れられるまま談話室へと歩かされた。

 目隠しを外されて目に入ってきたのは、真紅の箒。シェリーも伊達にクィディッチ選手をやってきていない、ひと目見てそれが素晴らしい逸品だと見抜いた。

 

『これは……?』

『クリスマスプレゼント……にはちょっと間に合わなかったが。俺達からお前へのプレゼントだ』

『皆んなでお金を出し合って買ったんだ。ネビルの発案でね、せっかく新しい箒を買うんなら、僕達でプレゼントしたらどうかな?って』

『あの時のネビルは冴えてたよな』

『はは、痛いって』

『ホグズミードに箒をオーダーメイドしてくれる店があったの。チームの皆んなと相談して、どんな箒がいいか相談したのよ』

『で、店員さんに頼んで、ニンバス2000に使われていた枝を使ってもらったの。一度壊れた箒はどんな呪文でも直せないけれど、生まれ変わる事はできるもの』

 

 感動だった。

 本当に本当に優しい人ばかりだ。自分なんかのために、ここまでしてくれるだなんて感動する他ない。

 嬉しい。

 新しい箒が手に入った事ではない。仲間達がここまでしてくれた、その優しさが何よりも素晴らしい。

 

『ありがとう……皆んな……!でも私、何も返せるものが……』

『お返しなんていらねえよ。だが、強いて言うなら一つだけ欲しいモンがある』

『次の試合必ず勝って!シェリー!』

『私達の分まで載せて飛んでね!』

 

 プレッシャーだとかは感じない。

 期待を重荷だとも思わない。

 彼等の想い一つ一つが小さな羽根となり翼となり、大空へ羽ばたかせてくれる。

 良い仲間に巡り合えたな、そうドラコは呟いた。

 

「名前、あるのか。それ」

「『クリムゾンバーン』。激しく輝く火花のように飛ぶから、この名前になったの」

「いい名前だ。敵に相応しい。僕がその火を消してやるよ」

 

 両者共に対抗心バチバチだ。

 シェリーやドラコだけではない。グリフィンドールの面々は、もう闘志を剥き出しにしている。ホイッスルが鳴る前から試合はもう始まっているのだ。

 フレッドはフリントに噛み付いた。

 

「お前がウチのハーマイオニーに酷い事言ったの、忘れてねえからな」

「……ハッ、事実だろうが」

「てめ……!」

「よせフレッド!試合で分からせてやりゃ良いだけだ」

「………、わかったよ。俺達のチームが最強だって教えてやる!」

 

 両チーム共に円陣を組んだ。

 勝利という餌が眼前に垂れ下げられた獣のように、彼等は飢えていた。

 今にも優勝杯を喰らわんと、腑に納めんと唸っている。誰よりも冷静そうなウッドは、誰よりも飢えていた。

 長かった。

 七年待った。

 この時が来るのを。

 

「あのグリフィンドールを、完膚なきまでに潰す最後の機会だ。あいつらに点を取らせるな!今日の空を制するの覇者は我らが蛇寮だ!」

『SAVAGE SAVAGE SAVAGE!!!』

「ーー喰らい尽くせ!!」

『SAVAGE SNAKES SLYTHERIN!!!』

 

「この試合、俺達は最高の選手を揃えた。そして最上級の箒も手に入れた。そして今までで一番練習も積んできた。俺には分かる。俺達が、今までのグリフィンドールの中で最高傑作なんだって」

「………」

「ケイティ、アリシア、アンジェリーナ、フレッド、ジョージ、シェリー。今までついて来てくれてありがとう。あとほんの少しだけ、付き合ってくれ」

『GO!GO!GO!!』

「勝つのは誰だ!?」

『俺達だ!!』

「雄叫び上げろ!」

『GO!GO!!GRYFFINDOR!!』

 

 試合が始まった。

 空は快晴。風は強め。絶好のクィディッチ日和である。

 獅子寮のエースチェイサー、アンジェリーナがクアッフル片手にゴールへと突っ込む。それを待ち構えるは、スリザリンでも指折りのパワータイプ、エイドリアンだ。

 正面からの突撃は不可能と判断したか、即座にアリシアへとパス。しかしそれを読んでいたのかフリントが直前でインターセプトした。

 してやられた、とアリシアは舌打ち。話には聞いていたが、この一年に限って言えばスリザリンの練習量は群を抜いている。

 元々重量級が多くゴリ押しで雑に勝つ印象があったが、戦法が単純だと行動も読まれ易い。それで分析型のレイブンクローとは相性が悪かったのだが、彼等も成長してきているということか!

 

『フリントが飛ぶ!速い!速いぞ!おおっとここで我等がウィーズリーズ……どっちか分かりませんがファインプレーだ!ブラッジャーが肩に直撃、クアッフルを拾うのは……再びアンジェリーナ!来るか?来るか?来たァアアーーーッ、獅子寮の十八番『クレイジー・スロット』!パス回しが速い、速すぎる!これぞグリフィンドールの底力だァアアアア!先取点!やったぜ!』

『『クレイジー・スロット』の弱点はコースが限定されてしまう所にあるのですが、それでも彼女達の連携によって、来るのが分かっていても止められない超スピードの攻撃となるのです!』

『毎度毎度解説ありがとうございますマクゴナガル先生!』

 

 シェリーは、ピッチの上空で試合の様子を確かめつつスニッチを探していた。

 前回のハッフルパフ戦でボロ負けしたので、今日の試合は二〇〇点差をつけて勝たなければならない。すなわち、チェイサー三人娘が五〇点以上差をつけなければスニッチを捕まえてはならないのだ。

 しかし今にして思えば、フーチにこのクリムゾンバーンを貸せば試合のやり直しをしてくれたかもしれないが……。まあ、それはいい。

 やはり、攻撃力ではグリフィンドールは四寮でもトップ。短期決戦で臨んでいるというのもあるが、守備の隙を突いて何とか五〇点引き離した。

 そして──見つけた。スニッチだ。

 弾けたように飛ぶ。

 テクニックなど度外視した、スピード特化のシェリーが直線状に飛行する時。そのあまりの速さに人はまるで紅い雷が走ったかのように幻覚する。

 そしてこのクリムゾンバーンもまた、加速とスピードに割り切ったトンデモ箒だ。重さと曲がりやすさを極限まで削り、ひたすら直線に特化したシェリー専用箒。

 その速さたるや、単純な最高速度だけで言うなら、瞬間的にはあのニンバス2000にも勝るとされている程だ。

 

『速い!速すぎる!シェリーが物凄い勢いで飛んで行く!スニッチだああ──ッ』

『凄いですねポッターのあの箒、私も乗ってみたいものです!』

 

 シェリーに小手先のテクニックはない。

 一年生の頃から培われてきた度胸、無意識の内に最短ルートを見定めるセンス。スニッチを取る事に特化したシーカーの完成形にして究極形とも呼べる彼女は、光速の世界へと入門しようとしていた。

 だが。

 立ち塞がったのはドラコ・マルフォイだ。スニッチよりもシェリーの飛行速度の方が早く、このままでは先にキャッチされてしまうと理解するやいなや、シェリーの飛行コースに躍り出たのだ。

 

(まずい、当たる!でもスニッチを逃がす訳にはいかない…、ここは必要最小限の曲がりでドラコを抜いて、取れば……)

「今だデリック!打てェーーーッ!」

「痛ッ!?」

『シェ、シェリーにブラッジャーが直撃したあああーーー!!?』

『あれは……誘い込みです!ポッターが下に曲がると予想し、その地点にブラッジャーを打ち込んだ!ポッターの最短距離を飛べる能力が裏目に出ましたね…!』

 

 シェリーは直線状に避けられない物がある時、下に曲がって避ける傾向がある。

 その飛行の癖をドラコは利用したのだ。シェリーが無意識の内に行っていた行動を逆に利用し、誘い込んだ。しかしそれを狙ってやるとは、つくづくとんでもない選手になったものだ。

 シェリーをスピード型のシーカーとするなら、彼はテクニック型のシーカーだ。

 シーカーとは、その殆どが出来るだけ速くスニッチを取れるよう飛行するポジションであり、とてもストイックな人間がなっている事が多い。

 しかしプロの世界ではよくある事だが、味方と連携して最終的にスニッチをキャッチするタイプのシーカーもまた必要とされている。状況を判断し、どうすれば相手のキャッチを阻止できるか。どうすれば相手のシーカーを先に潰す事ができるか。

 ドラコはそういった、スピードだけではない、相手との駆け引きを強要するシーカーに覚醒していたのだ。

 

「シェリー・ポッター!僕はお前に速さでは敵わない。だから今みたいなトリックプレーでお前のスタミナを奪い、潰す!」

「蛇寮の本当の強みは持久戦!スリザリンは元々体格が良い選手を選んでるんだ、スタミナも当然ある!覚悟しろポッター、蛇は何度でも蘇るのさ!」

 

 戦線が膠着し始めた。

 グリフィンドールは五〇点差さえつければすぐにスニッチを取ってしまいたい。だから短期決戦で決めてしまいたい。

 しかしスリザリンにはそんな誓約はないのだ。スニッチさえ奪取できればそれで良い。だが単純なスニッチの奪い合いでは獅子寮に分があるため、『シェリー潰し』を敢行したという訳だ。

 『勝負は強い方が勝つとは限らない』。

 去年ロックハートから学んだ事だ。速さで劣るドラコが、テクニックの勝負へと引き摺り込んだのだ。

 

(まだグリフィンドールは五〇点のリードを保っている。だけど攻めあぐねているみたい。長期戦に持ち込もうとしているのにウッドが気付いたんだろう、派手に攻める事が少なくなった。……私がドラコを振り切らない事には、どうしようもない!)

「行くよ、ドラコ!!」

「来るか!シェリー・ポッター!!」

 

 シェリーは再び高速チャージを出した。

 ドラコは彼女の動きに合わせて飛行し、キャッチの邪魔を目論みる。

 しかしシェリーが向かったのはスリザリンのビーター、ペレグリン・デリックだ。

 ドラコは目を丸くする。ドラコがシェリーの動きを邪魔して、デリックがブラッジャーでシェリーのスタミナを削る。そういう作戦だった筈だが、ここで敢えてシェリーはデリックへと突っ込んだ。

 その意図が一瞬読めなかったドラコだったが、直後に気付く。面食らったデリックがブラッジャーをシェリーに打ち込むも、あまりにも直線的な動きすぎて避けられてしまったのだ!

 ──まずい。振り切られる。

 ここから先は、シェリーの世界だ!

 

『おおおおおおッ、シェリー速い速い速いィィィイイ!マジかよあいつ、スピードだけならプロチームにも匹敵する程の速さ!とんでもない高速チャージでピッチ内を飛び回っていくぅうう────ッ!』

 

 瞬く間に高速の世界へと飛び立った。

 人はこれをドラコ・マルフォイからの逃走と笑うだろうか。いいや、これは勝利のための飛行だ!

 狙うはスニッチ。超高速の飛行の中で、シェリーのずば抜けた動体視力は黄金色の輝きを捉えた。

 飛行がそのまま攻撃へと繋がっている!

 観客席からは、彼女の軌道は紅い彗星が横切ったように見えていた。神速。音も空気もブッチ切った。

 誰も追いつけない。その筈、だった。

 

「ッ!?」

「うおおおおおおおおッ!!!」

「あ、貴方が、どうしてここに──、ぐっ!!」

 

 マーカス・フリント。

 速すぎる飛行が仇となった。直線を超スピードで進むシェリーは、正面から向かってくる剛腕を避けきれなかった。

 パワーだけなら四寮の中でもトップ。重量級のチェイサーは、シェリーを片手でぶっ飛ばした。明らかに悪質なプレーに、すぐさまフーチの笛が鳴る。グリフィンドール席だけでなく、他寮からも非難轟々だ。

 だがその反則がスリザリンを救ったのも事実であり、軽量級のシェリーはそのプレーを防ぎきれなかった、それだけの話。

 直撃した腹が痛む。思わず胃酸を吐きそうになるが仲間達を安心させるためにグッと堪えて、「大丈夫!」と無理矢理に笑顔を作った。

 

「てめ……フリント!卑怯だぞ!」

「貴方達にはスポーツマンシップって物がないの!?」

(卑怯?言ってろ。こうでもしないと俺達は勝てないんだよ)

 

 フリントは浴びせられるブーイングの声を全て無視して、内心で唾を吐く。

 ──こっちからしたら、お前達の存在そのものが反則染みてるじゃないか、と。

 グリフィンドールが恐ろしく強くなったのは、二年前からだ。

 キャプテンとなったオリバー・ウッドによって再編されたメンバーに、フォーメーションの見直し。彼等の攻撃力は格段に増し、追い討ちをかけるようにシェリー・ポッターが加入した。

 二年前も、一年前も、そして今年も。

 様々な要因が重ならなければ、グリフィンドールは順当にいけば優勝杯は何度でも取れただろう。それだけのチーム力があるのだ、彼等には。

 対抗するようにドラコを加入させ、最新型のニンバス2001を人数分揃えたものの彼等には追いつけなかった。決して届かなかったのだ。

 

(実力主義のグリフィンドール?実力のある奴がそっちに流れてるだけだ。チームの皆んなも頑張ってはいるが、薄々感じている筈だ。才能の壁って奴を。何でそっちにばかり才能ある奴が流れんだよ。

 ──いや。才能のある奴なら、いたか)

 

 フリントがまだホグワーツに入学したての頃、よく話していた友人がいる。

 彼とはすぐに打ち解けて、箒が持てるようになったら同じクィディッチ・チームに入るのを約束した。

 しかし当時のキャプテンはスリザリンでも極端な差別主義者で、マグルの血が混じった友人を入れるのを良しとしなかった。

 フリントが思わず嫉妬してしまうくらいセンスがあったのに、突っ撥ねたのだ。入団テストさえも受けられなかった。

 しかし彼がフリントの前で涙を見せる事はなかった。

 

『マーカス!無事チーム入りしたんだってな、おめでとう!お前ならやれると信じていたぜ!』

『あ、ああ。……でも、お前は』

『はは、ごめんな。入れなかった。学生の内にお前と優勝杯翳すのは無理そうだ』

『……………お、俺………』

『いいんだ!何も言うな。そういう事ならそういう事でいいんだ。……マーカス、お前がキャプテンになった時、最高の純血チームを作ってくれ。……そうじゃねえと、俺は、報われねえ』

『……!!ああ、約束だ……』

 

 後ろから啜り泣く友人の声が聞こえてきても、無視して走れ。飛べ!

 マーカス・フリントはあの日からずっと自分に言い聞かせてきた。俺が作ったのは純血の最強チームだ。負ける筈がないと。

 そのために、今日のために。全てを捨てて飛んで来たのだ。あの日の友情も、思い出すらも全て捨て去って。

 それでも届かない。

 才能という壁は越えられない。

 獅子寮によるペナルティシュートが終わると、彼はすぐさま攻撃に移る。今は向こうのペースだが、実のところその攻撃にはムラがある。体格差を利用し、カウンターで刺せば良いだけの話だ。

 ──チャンスはすぐにやってきた。

 

『ああっ、クソ!フリントがシュート圏内迫ってきてるぞ!止めろ止めろォーッ』

「止められるかよ!さっきの十点をお返ししてやるぜェーッ」

 

 グリフィンドールの守護神ウッドを警戒し、多少離れた位置からの投擲で強引にゴールを狙う。大丈夫だ、自分のパワーならここでも入る!

 しかしライバルのウッドを意識し過ぎたあまりに、フリントは一つ失念していた。

 双子の存在だ。

 ブラッジャー捌きの上手いウィーズリー兄弟が、フリントがクアッフルを投げる瞬間を見計らっていた事に気が付いていなかったのだ。この距離で当てられるのは、自分だけではない事に。

 フレッドがブラッジャーを確保し、ジョージが箒の勢いでクラブを振り抜く。打ち出された鉄球は肩に直撃した。

 あまりの激痛に悶絶する。

 

「ぐ、おおおおおおおおお!!!」

「そりゃあさっきのシェリーの分だ!『お返し』してやったぜ!」

 

 駄目だ。クアッフルが投げられない。

 いくらフリントといえど、ブラッジャーをまともに喰らってクアッフルを投げるなど、正気の沙汰ではない。

 それらの理屈を取っ払って根性だけで投げようとするのは、ここで負けられないという強い意志の現れだろうか。

 

(せめて俺がここで点を取っておかねえともう勝ち目はなくなっちまう。スリザリン側の士気が完全に落ちてしまうからだ)

 

 だが。

 プレッシャーからか、ウィーズリー兄弟の的確なブラッジャー捌きからか。

 フリントのクアッフルを投げる手は、その時確かに震えていた。彼の視界がブレていた。ゴールが見えない程に。自分がゴールする景色が見えなくなる程に。

 

(くそ、入れなきゃ、入れなきゃなんねえのに。手が、震えて──)

 

 そのボールは届かないと思った。

 無理だ。

 入らない、と。

 

(くそ……こんな所で……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けるなフリントォオオオーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一際大きな声は、熱狂渦巻くクィディッチ・ピッチの中であっても轟いた。

 そのもう二度と聞く事はないだろうと思っていた声は、スリザリンの観客席から確かに聞こえた。

 ──お前は。

 ──純血至上主義だったキャプテンのせいでチームに入れなかった、俺の友達だった奴じゃねえか。

 割れんばかりに歯を喰いしばり、フリントは力任せにクアッフルをぶん投げた。

 

「──入った」

 

 恐ろしく細く狭いコースをクアッフルが突き抜けた。軌道を投げた本人ですら目を丸くするスーパープレー。

 投げたフリントすら驚かせたその一球は観客席のブーイングを歓声に変えるには十分過ぎた。

 何で決まった。何で投げられた。

 いや、理由など分かっている。

 奴の応援が自分のを緊張を解いたのだと、フリントは本能で理解した。

 スリザリンの応援席を見る。──いる。

 あの『穢れた血』が、今もまだ蛇寮の勝利を信じて声を張り上げている。喉が潰れん程に。

 まだ、応援してくれるというのか。

 ウッドがフリントに称賛の声を上げた。皮肉かと思ったが、そういえばこいつはクィディッチ馬鹿だった。素晴らしいプレーに善悪関係ないと感じるタイプだ。

 

「クソ、フリント、やられたぜ。まさかあんな体勢から決めるとは……」

「……、才能のあるお前達に一矢報えた、ってとこか?たった一〇点だがな……」

「?フリント、何を言っている?お前達が重視してる体格も立派な才能だろう?」

「………!」

「それはお前達にあって俺達に無いものだろ。その力押しのプレーに、俺達は手を焼かされたんだぜ。ま、純血ばかりなのは気に入らないが。……体格で負けてるからといって、勝ちを譲る気はないがな!」

 

 軽量級故の魅せるプレー、ではなく。

 重量級故の実直なプレー。

 それを、誇ってもいいのか。

 それは、劣ってばかりの俺達が、唯一誇って良いものなのか?

 ウッドの言葉を後押しするように、観客や実況席も賛美の声を送っていた。

 

『いやあ、今のプレーは痺れましたね。敵ながら天晴れというか。さっきの反則は気に入らないし許しませんが、それはそれとして奴も伊達に何年もキャプテンしてきてないですね』

『リー、実況は公平に。……ですがまあ、そうですね。あれは彼が積み重ねてきたプレーあってのシュート。あの軌道を投げられるのは素晴らしいです。昔の血が騒ぎましたとも』

『昔って何十年前でしょうね』

『リー』

 

(──そうだ。今ここにいるメンバーは、全員純血ではあるが……俺が本気で真面目に選んだメンバーだ。忘れちまってたな…信じてみるか、自分の選んだメンバーを。俺達の底力って奴を)

「……ハッ。笑わせるぜ。敵チームのキャプテンに励まされ、あいつに……穢れた血なんぞに応援されて。情けねえったらありゃしねえぜ。……いいかお前達!!」

 

「──喰らい尽くせ!!!」

『SAVAGE SNAKES SLYTHERIN!!』

 

 蛇は龍と成る。

 フリントがオーダーした陣形は、『ドラグーン』と呼ばれるものだ。

 フリントを先頭としてチェイサーが縦一直線に並び、空を蛇行するかのように一糸乱れず飛ぶその陣形は、スピードを重視するグリフィンドールにとって攻め辛い事この上ない。天敵とも呼べる陣形だ。

 一箇所に固まっているせいでビーターに狙われやすいのが欠点だが、龍に生えた翼のように二人のビーターが飛び回り、チェイサーをガチガチに守るのだ。

 

(まずい。実はそうやって堅実に攻められるのが一番厄介だ。こっちが短期決戦という方法しか取れないのを分かってやがる)

──いや、それだけではない!

(押され始めている。点差は縮まってはいないが時間の問題だ。スリザリンの迫力に呑まれちまってる!特にフレッドが顕著だ!プレッシャーか……!)

(くそッ、俺のせいだ。俺のブラッジャー捌きが至らなかったからフリントを止めらんなかったんだ。あのゴールで完全に雰囲気が変わっちまった……くそ!何やってんだ俺……!!)

 

 意気消沈とまではいかないまでも、グリフィンドールの士気は下がりつつある。

 というより、スリザリン側の勢いに呑まれつつある。焦りと疲労が彼等のミスを誘っていた。

 だがそれでも、たった一人。勝利を叫ぶ若獅子がいた。

 

「──GO!GO!GRYFFINDOR!!」

 

 シェリーだ。

 彼女はもう、速いだけの選手ではない。

 これまでの数々の経験が、彼女を精神的に大きく大きく成長させていた。

 誰よりも小柄で、誰よりもちっぽけな少女だったからこそ、その咆哮は獅子達の心に強く響いた。

 

「皆んなまだ終わってないよ!まだクィディッチは終わってない!諦めるのはまだ早いよ!もっと!もっと声出して行こ!!」

「シェリー……?」

「GO!GO!GRYFFINDOR!!さあ皆んな声出して!!五〇点のリードはまだ揺らいでない!!五〇点さえキープしてくれたら、後は、私がスニッチを取る!!グリフィンドールを勝たせる!!!」

(私に出来る事をやるんだ!ドラコがさっきビーターと連携して私を追い詰めたように!スピードだけの私にもチームの為にやれる事はいっぱいある!!スニッチを取るだけがシーカーじゃないんだ!!)

「勝つよ、皆んな!!!」

 

 少女の叫びに呼応するように、観客席も声を張り上げる。解説席はもう実況困難なほどで、両チームを応援する人達が、いやレイブンクローやハッフルパフまでもが、絶えず声援を送っていた。

 

(ほんと、何やってんだ、俺。まさかシェリーに励まされる日が来るとはな。……あいつが頑張ってるのに、俺が頑張らないわけにはいかないだろう!!)

「よっしゃああああ、声出してくぜグリフィンドール!!!」

 フレッドはブラッジャーをスリザリンにぶち込む。何度でも、何度でも!

 

 再び戦線が膠着し始めた。

 グリフィンドールのスピード特化の選手層では、どうしてもスリザリンのようなオーダーは取れない。しかも下手に攻めてスタミナを失えば、先に瓦解するのはこちらの方だ。

 しかしそれが時間稼ぎにしか過ぎない事をフリントは知っている。だから勝利の芽をドラコに託すしかない。

 攻めあぐねる獅子寮。

 時間を稼ぐ蛇寮。

 正反対の二つのチームは、奇妙だが、全く同じ選択肢を取っていた。

 

(あとは──ドラコ、お前に任せる)

(だから──シェリー、取ってくれ)

 

 シーカーに任せる、と。

 仲間からの期待と信頼を一身に受け、シェリーは箒を強く握りしめる。

 そして浴びせられるのは仲間からのものだけではない。ドラコから、スリザリンから、嫌という程に伝わってくる。

 お前にだけは負けない、と。ぎらぎらとした敵意が舐めつけてくる。

 そのドラコが、突然にシェリーを無視して飛行した。金色の光は見えない。また罠か?と警戒しつつも、最悪の事態を避けるために彼を追う。

 結論からいえば、それは罠だった。

 『ウロンスキー・フェイント』。

 スニッチを見つけたふりをして、地面や壁の前で急旋回。ついてきた相手を叩きつける、プロでも躊躇するという荒技。それをドラコは、若干地面に当たりながらもやり遂げてみせた。

 先日の試合でセドリックが行っていたそれを、不完全な形ではあるが模倣してみせたのだ。

 

(いや、不完全じゃない。シェリー・ポッターに関していえば、これが最高のフェイントになるんだ!)

 

 シェリーはホグワーツ最速のシーカー。

 誰よりも速度が出せる少女なのだ。

 だから逆にいえば、彼女より遅いドラコが箒を地面に擦るレベルまで箒を近付けていれば、シェリーの速度なら避けきれないという事なのだ。

 案の定、だ。

 彼女は速すぎてしまったあまりに、そのコントロールが効かなくなってしまった。

 ぶつける。

 ぶつけろ!

 これが自分の勝つ道だ!

 シェリーが墜落するのを見る余裕は無かったが、ドラコは観客の声で自分の策が上手くいった事を悟る。

 そして黄金の輝きを、スニッチを目視。

 ここで終わらせる!と息巻いて、空高く飛ぶスニッチに向かって、彼が出せる最高速度で飛び上がった。

 自分が取るんだ。勝つんだ!

 シェリー・ポッターは追って来れない。

 それだけの怪我を、した筈だ!

 

 ──悪寒が走った。

 鳥肌が止まらない。馬鹿な。勝利への渇望が、敗北への焦りへと変わる。

 箒の速度をそのままに、顔だけを下へと向けた。

 

 ──紅い閃光が、地を昇る。

 あり得ない光景だった。

 ドラコは困惑する。

 何故、何故!

 どうして彼女が近付いている!?

 どうしてシェリー・ポッターがそこにいるんだ!?

 驚愕するドラコだが、試合後に話を聞いて彼は更に驚愕する事になる。

 地面に叩きつけられる直前でシェリーは目一杯ブレーキをかけつつ、縦方向に回転して、箒の枝の部分を地面に叩きつける。

 そしてその反動を利用し空中へと飛び上がったのだ。……無茶苦茶だ。

 だがこれは、シェリーが今までの試合で得た物の集大成のプレーと言ってもいい。

 

 セドリックから一度『ウロンスキー・フェイント』を仕掛けられていなければ、対応する事はできなかった。

 チョウと戦っていなければ、落ちる力をも利用するという発想は無かった。

 鍵鳥から追い回されていなければ、土壇場で己のこれ以上の最善手を選ぶ事ができなかった。

 そしてドラコと競っていなければ、曲がったり上昇したりする瞬間に力を抜いて箒にかかる負荷を軽減する『脱力』を、意識的に出せる事もできなかっただろう。

 これまでの飛行全てが、彼女の糧となって力となる。

 脅威だった。

 恐ろしかった。

 今までの全てを『活かせる』、シェリーという存在が。

 

 だからこそドラコは獰猛に笑う。

(──そうでなくちゃ倒し甲斐がない!!)

 今まで汚泥を啜ってきたのは、遥か空高くまで飛ぶために。この日のために!

 それはシェリーも同じ想いだった。

 

(皆んなの想いを載せてるんだ、絶対に負けられない──負けたくない!!絶対に勝たなきゃ、いや違う、勝ちたい!勝つ!)

 

 シェリーの思考が書き換えられていく。

 凡ゆるスポーツにおいて、力の拮抗した選手達が競い合う時。彼等の勝敗を決定付けるのは気持ちの強さだという。

 そういう意味では、二人は互角だった。

 この瞬間、シェリーの心中では、勝たなければという責任から、勝ちたいという願望へと変わったのだ。

 勝負の世界で感情の多寡など関係ないという者もいる。

 気持ちさえ勝っていれば誰でも勝てるのだろうか?敗者は気持ちの強さで負けていたのか?

 きっとそうではない。人は勝つべくして勝ち負けるべきして負けるのだ。

 だがそこにはきっと、確かな事実が一つあるだけなのだ。

 

 『勝ちたい』という気持ちのぶつかり合いが、彼等の勝負を彩るのだと。

 『勝ちたい』という気持ちのぶつかり合いに、人は心打たれるのだと。

 その空中決戦はまさしく、それだった。

 

 勝利を求むる戦士にして。

 勝利に縛られた奴隷達。

 彼達はどうしてクィディッチを選んだ?

 求められたから?才能があったから?

 違う。

 勝ちたいと、思ったからだ。

 

 

 

──栄光を、その手に。

 

 

 

 

『シェリーとマルフォイが激突したああああああッ!!!』

 

 二人は空中でぶつかり合い、今度こそ地面へと叩きつけられた。受け身を取っていたのでいささかマシではあったが。

 ピッチがシンと静まり返る。

 空を飛んだ二人のシーカーに、二人のキャプテンが駆け寄った。

 スニッチは見えない。どちらかが取ってどちらかが取れなかったのだ。二人は意識を失っており、硬く握られた手は開かない。どちらが取った?

ウッドとフリントは、両チームの選手は。早くその答えを聞きたくて、しかし聞けないでいた。

 聞いてしまえば、絶望するかも。

 見てしまえば、泣いてしまうかも。

 それが、自分の思い描いていた結末と違う物だったとしたら。

 それが、怖い。

 それでも。

 

「信じよう。俺達のシーカーを。シェリー・ポッターを」

 

 覚悟を決めた。

 恐る恐る、震える足取りで、近付く。

 先に目を覚ましたのはドラコ。

 地上に降り立った仲間達を見て、そして次に晴天を見上げた。

 呆然とした顔からは、大粒の涙がぼろぼろと溢れ出た。

 嗚咽。

 

「嫌だ……この手を開きたく、ない……」

「………、………。良いんだ、ドラコ」

「でも………!」

「良いんだ。ドラコ。良いんだ……」

 

 フリントは優しくドラコの手を開かせた。その中にあったのは、滲んだ血。

 それだけ。

 それだけで、ある人間は悲しみ、ある人間は狂喜乱舞した。それらは連鎖し、割れんばかりの叫び声となった。

 シェリーが目を覚ました。

 クィディッチ・チームのメンバーが、今にも泣きそうになっていた。

 勝利の栄光。

 黄金の輝きが、ハッキリと目に見える形で、そこにあった。

 

「取ったよ、皆んな」

 

 その手には、ぼろぼろのスニッチ。

 その古ぼけたスニッチに、そこにいた全員が涙した。

 シーカーにできる事は少ない。

 スニッチを取るだけのポジション故に、その行動には多量の制限がかかるのだ。

 だけども彼等は人々を魅了する。

 そのプレーの一つ一つが芸術であり、ピッチを熱狂させ、感動させるからだ。

 張り詰めた糸が切れたのか、ウッドは今まで溜め込んだ涙を流した。勝利の時も、敗北の時も、期待した時も、絶望した時も流さなかった涙を。

 アリシアとケイティがシェリーの両頬にキスをした。そんな彼女達を纏めてアンジェリーナが抱きしめた。

 フレッドとジョージは何か言うよりも先にその顔をぐしゃぐしゃにして、男泣きに泣いて、更に咽び泣いていた。

 実況席からマクゴナガルが涙ながらに飛んで来てキスの嵐とハグをかました。ロンとハーマイオニーが抱き合って、ジニーが泣きついてきた。ベガやネビル、シェーマス、ディーンがシェリー達を入れ替わり立ち替わりで胴上げする。ラベンダーとパチルは泣きながら祝福してくれた。

 打って変わるように、スリザリンチームは全員が顔を悲痛に歪めていた。

 

「皆んな……ごめん……僕……!」

「良いと言ったろう、ドラコ。……他の奴達は、純血しかいないとか、華のある選手がいないとか言うかもしれないが。それでも俺は幸せだった」

「……マーカス………」

「きっと来世もスリザリンを選ぶよ。そしてこのチームに入る。例え負けると分かってたってスリザリンに入るよ、俺は」

 

「…………クソ……来世か……」

 

「早く生まれ変わらねえかなあ………お前達ともう一回試合がしてえなあ……」

 

 試合後の整列は、理由は違えど全員が涙を流していた。明日は確実に目が腫れる。

 感極まったか、ウッドは汗に塗れて泣き笑いしながらフリントにハグをした。これには全員が驚いた。

 

「や、やめろウッド!そういう仲でもあるめえし……」

「フリント!七年間ありがとう!!お前は最高のライバルだった!!俺はお前と戦えた日々の事は絶対に忘れん!!!」

「……本当、やめろって。そういうの…」

 

 抱き合って大泣きする二人を、誰も冷やかす事はできなかった。

 二人に触発されたのか?ドラコは何かを決意したような眼差しで、シェリーの前に立った。

 

「ポッター」

「うん」

「人は夢が叶った時、或いは夢破れた時。新しい夢が必要になるんだってよ。次に向かう原動力が必要になるからだ。

 ──僕には新しい夢ができたぞ」

「──…」

「君に勝つ夢だ。覚悟しとけよな」

「私だって、負けないもん」

 

 もう『勝たなきゃ』とは思わない。

 あるのはただ、次の勝利への渇望。

 

「次は勝つ」

「次も勝つ」

 

 

 

 

 

──グリフィンドール、数年ぶりの快挙。

──悲願の優勝を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フリントが控え室に戻る途中、そこに袂を分けた筈の友人が立っていた。

 あの時と変わらぬ、エネルギッシュな顔で、彼は待っていた。

 フリントはバツが悪そうに目を背けた。

 この男はいつもそうだ。その存在がいつも眩しすぎる。

 

「なんだよ。俺を馬鹿にしに来たのか。最強の純血チームを作れなかった俺を」

「違うさ、マーカス」

「……フン。お前の夢も終わりだな」

「そうだな、終わった。だが俺には次の夢ができたんだ」

「はっ?」

「俺はプロに行くよ」

 

 本気で本気で夢に挑んで、それでも叶わなかった。だが、それでも。クィディッチ馬鹿はまた懲りずに新しい夢を見る。

 

「お前はどうする?」

「………、はっ、俺がプロ入りしねえって言ったらどうすんだよ」

「今のお前は言わないさ」

「そうかよ」

 

 

 

「お疲れ様、キャプテン。今までよく頑張ったな」

「……ッ。七年間、応援ありがとう」

「いいってことよ」

 

 

 

──夢追う者に幸あれ。

 

 

 




 四年生はクィディッチないし、ウッドも卒業するのでクィディッチの話はひとまずここで終わりです。文字数ハンパねえ。やっぱスポーツは青春やね。
 誰に需要あるのか分かりませんが各チームの選手のステータス紹介します。
 最高値が5、最低値が1です。頭脳はあくまでゲームメイク力であり学校の成績には関係ありません。

◯シェリー・ポッター
【身長】小柄
【体重】超軽量級
【ポジション】シーカー
【所属】グリフィンドール
パワー:1
最高速度:5
加速:5
小回り:1
テクニック:1
頭脳:2
シーカーに特化した選手。直線に強く、スピードだけでいえばプロ並。当たり負けしやすいのが難点。

◯オリバー・ウッド
【身長】普通よりやや上
【体重】準重量級
【ポジション】キーパー
【所属】グリフィンドール
パワー:4
最高速度:3
加速:3
小回り:5
テクニック:5
頭脳:5
クィディッチに永遠の恋をする、叩き上げの実力者。長年やってきたその実力は本物で、感情に囚われずプレーする。

◯チョウ・チャン
【身長】やや小柄
【体重】軽量級
【ポジション】シーカー
【所属】レイブンクロー
パワー:2
最高速度:4
加速:5
小回り:3
テクニック:3
頭脳:5
我の強いレイブンクローの癒し担当にして潤滑剤。しかしピッチに入ると一変、確実にスニッチを捕らえるハンターとなる。

◯セドリック・ディゴリー
【身長】普通よりやや大きめ
【体重】中量級
【ポジション】シーカー
【所属】ハッフルパフ
パワー:3
最高速度:4
加速:3
小回り:4
テクニック:5
頭脳:4
全ての能力が高水準で纏った万能選手。紳士すぎる性格は仇となる事も。

◯ドラコ・マルフォイ
【身長】普通
【体重】中量級
【ポジション】シーカー
【所属】スリザリン
パワー:2
最高速度:3
加速:4
小回り:2
テクニック:5
頭脳:4
同じシーカーの封殺を得意とする頭脳派シーカー。三年生になって技術が向上した。

◯マーカス・フリント
【身長】大柄
【体重】超重量級
【ポジション】チェイサー
【所属】スリザリン
パワー:5
最高速度:2
加速:1
小回り:2
テクニック:3
頭脳:4
体格でゴリ押しするスリザリンを象徴するような選手。勝利への執念が凄まじく、時には反則も辞さない。

いや仕方ないけどシーカーばっかだな!ビーター一人もいねえ!
他の選手は需要あったら書こうと思います。需要……あるかな……。
良い話風に締めていますが、公式設定だとフリントはこの後試験に落ちて七年生を二回繰り返す事になります。台無しだよ!


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7.追われて逃げるスキャバーズ

 

 試験の季節がやってきた。

 いくら優勝したとはいえ、いい加減クィディッチから切り替えなければならない。

 それは分かっているのだが、シェリーは三年生になってから増えた授業数に忙殺されそうになっているこの現状を見て、空を飛びたいなぁ……と現実逃避し始めた。

 

「この程度で現実から逃げてたら五年生になったらやっていけないぞっシェリー!何たってふくろう試験が控えてるんだからな!そういう僕はいもり試験の勉強さ!」

「忠告ありがとうパーシー。目が赤いけど何徹目……?」

「十徹!!!」

 

 ウィーズリー家は地頭は良いが馬鹿なんじゃなかろうか。

 図書室が閉まる時間になり、グリフィンドールの面々と談話室へと帰る。そこでも殆どの人間が自習していた。分からない問題を誰かに聞きにいこうか。

 

「そうだ!闇祓いなら厳しい試験を受けている筈だし、学生の勉強なんてちょちょいのちょいに決まってるわ!」

「あ、そっか!冴えてるなジニー!」

「今日のグリフィンドール寮の警備はジキルとエミルだぜ」

「よし!早速聞きにいこう!」

 

「なあジキル、『古代ルーン文字』教えてくれよ!」

「ああ、良いぜ。これでも勉強だけは皆んなに比べて得意だったんだ」

「ほんと?意外だわ」

「ねーねー、私達にも教えてー」

「うおおおっ!?す、すまねえ!女子はもう少し離れてもらえると助かる!俺は女の子相手は緊張するんだ!」

「だめかー」

「エミル、頭良さそうよね。ねえねえ、ここの問題分かる?」

「え?勉強なんて全然してないから分かんないよ。テスト前も普通に遊んでたし。でもって普通に赤点取ってた」

「使えねえな!」

「ああああ、こんな時にチャリタリがいればなああ!」

 

 チャリタリは勉強は真面目に取り組むタイプで、別に学年主席とかではないが常に上位の成績だった。

 基本的にサバサバしていて男からも女からも取っ付きやすい彼女は、勉強の相談役にはピッタリなのだ。

 女子相手にはタジタジのジキルに、普通に頭が悪いエミルでは役に立たないのだ。

 ネビルやディーンやシェーマスはジキルの所でむさ苦しく指導を受けていたが、女子達はそうもいかないので他に聞きにいける人を探した。

 

「あーあ、グリフィンドールに女の子の扱いが上手くて頭も良い人がいたらなー」

「………あっ、ベガがいるじゃん!」

 

 学年一の天才にしてプレイボーイに勉強を教えてもらいに行こう、そう思い談話室の中を探すと。

 ……いた。

 すぐ見つかったのはいいのだが、何やらただならぬ様子だ。激昂したロンと泣き噦るハーマイオニーの間に立ち、二人の仲裁をしているようだった。

 特にロン。シェリーとハーマイオニーという身近な女子二人や、かなりモテるベガの存在で一年生の頃より女子には大分スマートな対応ができるようになったいた筈だったのだが、そんな面影を感じさせないくらいには余裕がない。

 なまじ身長が高いが故にその迫力はとても大きかった。

 

「──おい、お前達。落ち着けって」

「これが落ち着いていられるか!スキャバーズが食われちまったんだぞ!」

「状況証拠だけだ。まだ確定したわけじゃねえだろう?」

「見たろう、ベッドシーツにべっとりついたあの血を!あんなに沢山血を流して無事な筈がないだろ!!」

「ひっく、わ、私、そんなつもりじゃなくって……!こんな事になるなんて……」

「『そんなつもりじゃなかった』?そうだろうね、君はペットを飼うのは初めてだからな!まさか猫が鼠を襲うなんて微塵も考えなかったわけだ!」

「だからやめろってロン!!」

「当事者じゃない君は引っ込んでろよ!」

 

 ロンの剣幕に寮内もザワつき始めた。

 断片的な情報しか入ってこないが、どうやらロンの老鼠のスキャバーズを、ハーマイオニーが飼っていた猫のクルックシャンクスが食べてしまったらしい。しかしロンのシーツに血が付着しているだけなので、まだそうだと決まったわけではない。

 しかしペットを喪ったかもしれないとなれば、彼の錯乱ぶりも理解できるというものだ。とうとう闇祓い達までもが仲裁に入る始末だが、それでも彼の怒りが収まる様子はない。

 どうする。このままでは埒が開かない。

 ボロ泣きし、ロンに責められて錯乱状態に陥ったハーマイオニー。

 ペットを殺された怒りで(状況証拠に過ぎないが)怒り狂っているロン。

 二人をどうにか落ち着かせる方法は…。

 少し考えた。

 シェリーはテーブルに乗った。

 

「わぁ──────っ!!!!!」

「!?」

「!?」

「!?」

「!?」

 

 取り敢えず叫んだ。

 突然の奇行にグリフィンドール中がシェリーを見た。

 しかもそのシャウトは結構長い。彼女は上空で飛び回るスポーツの一番キツいポジションだ、その肺活量も当然高い。いつまで続くんだコレ。

 全員の感情が驚きから混乱に変わってきたところで、その叫びは終わった。

 

「──二人とも、落ち着いた?」

「う、うん……」

「まあ……」

 

 落ち着かざるを得ない。

 大人しい、妹のような存在の女の子が急に叫び出したらそりゃあ冷静になる。というかむしろ怖い。

 急に真顔になって「落ち着いた?」などとのたまうシェリーに流石の二人もビビっているようだ。つーかその場の全員ビビっている。そりゃそうだ。

 普段は大人しいシェリーだが、自分を貶めるのに何の躊躇いも無いため、こうした行動も取れるという訳である。

 当の本人はうんうんと頷いてた。

 

「ベガ、ハーマイオニーのことお願いね。……ロン、取り敢えず座ろう?」

「あ、ああ」

「よいしょ。それで、ロン。スキャバーズが急にいなくなって辛いよね」

「……ああ、そうだ。お下がりで貰ったペットだったけど、僕なりに大切にしていたつもりだ。あんなヨボヨボの爺さん鼠でも僕の友達なんだ。それを、それをハーマイオニーの猫がッ」

「わぁ──────!!!」

「!?」

「次は耳元でやるからね。……ロン、スキャバーズの死体は見た?」

「……見てない、けど」

「なら、まだ死んだって決めつけるのは早いんじゃないかな」

「でも、現に僕のシーツには血がついてるし、オレンジ色の毛が落ちてたんだ」

「ロンはスキャバーズを殺したいの?」

 

 ロンは潰れたような声を上げた。

 

「違うでしょ?それに話を聞いたら、スキャバーズには近頃、逃亡癖があったようだし。闇祓いの人とか、ワンちゃんが近付くといつも暴れて逃げていたじゃない。今回もそうかもしれないって可能性がある」

「………、けど……もしスキャバーズが本当に喰われちまってたとしたら……このまま死に目にも立ち会えずに、二度と顔も見れないなんて事になったら……僕は……」

「一先ず三年生が終わるまで待とう。スキャバーズが生きてるって信じよう。もしそれだけ待っても来なかったら、ハーマイオニーにちゃんと謝ってもらおう」

「………」

「それでいい?ロン」

「……分かったよ、シェリー。僕も彼女に怒りすぎた、それは反省してる。ただ今は一人にさせてくれ。気持ちを整理したい」

「うん。おやすみ。スキャバーズ、帰って来るといいね」

 

 ロンは自室に引っ込んだ。

 その間際、ディーンとシェーマスは不器用に肩を叩く。彼等なりの励ましだ。男の友情というものだろう。

 それを見届けると、ハーマイオニーの様子を伺いに行く。……既に何人かが彼女をフォローしているようだった。

 

「ハーマイオニー、少しいい?」

「ぐすっ………ええ」

「ロンにはスキャバーズがまだ生きてるかもしれない、戻って来るのを待とう、って言ったら納得してもらえた」

「………」

「でもスキャバーズが帰ってくるにしろこないにしろ、彼には一度謝っておいた方がいいと思う。酷な言い方をするけれど、クルックシャンクスがスキャバーズを追いかけ回してたのは事実だからね」

「……ええ………ロンの言う通りだわ。私の監督不行届きで……あんなに怒っても、ぐす、しょうがないわよね」

「それはこれから少しずつ改めていけばいいよ。そしたらロンもきっと納得してくれる。彼はそういう人だよ。……謝る時は、その時は私達もついてるから」

 

 ラベンダーとパーバティが優しく慰めつつ、ハーマイオニーを寝室まで送って行った。その様子を見届けてから、ふう、と溜息をつく。

 ……急に疲労が襲いかかってきた。

 

「やあやあ、やるねシェリー。皆んな手を拱いてたってのに」

「……なんか、どっと疲れた」

「お疲れさん、シェリー。ホットココアでも飲むか?」

「ありがとぅ……」

「いいってことよ。あと緊張するから出来ればも少し離れてくれると助かるぜ」

「君のヘタレっぷりは相変わらずだね」

 

 エミルはジキルをケラケラと笑った。

 それにしても大人達は落ち着いていて、彼等に労われると心が安らぐ。あと十年したらエミル達のようになれるだろうか、とシェリーは思った。

 

「いやー僕の学生時代を思い出したよ。僕が女装して他寮の友達をからかって、危うく告白される直前までいってね。これはマズいと思って正体を明かしたら本気で怒られた事があってねー」

「自業自得じゃないスか」

 

 前言撤回。

 あと何年してもエミルのようにはなれないしなりたくなかった。

 

「にしてもジキル。まだ女の子の事が怖いんだね。……そんなに『あの事』引き摺ってんの?」

「……ええ、まあ。忘れたくても忘れられねえっすよ。あいつの事は……」

 

 翌日。

 微妙にぎくしゃくした雰囲気を醸し出しながらも、獅子寮は表面上は平和に朝食の時間を過ごしていた。

 ハーマイオニーは朝一番にロンに謝りに行き、ロンもその謝罪を受け入れた。しかしお互いに気まずいのか、朝食は別々だ。

 スキャバーズが帰ってくるまでは、この雰囲気も仕方ないだろう。

 ベガは朝食が終わると、ハーマイオニーにこっそり耳打ちした。

 

「ハーマイオニー。分かってると思うが、『逆転時計』を使ってあいつ達をワザと避けるような真似はするなよ」

「……分かってるわよ」

「そうか、なら良い」

「………」

「………?」

「……いやなんで貴方が時計の事を知ってるのかしら!?」

「いやだって、俺にもそういう話きたし」

「……ああ、まあ、そういえばそうね。一応、首席ですものね」

 

 『逆転時計』。

 全ての学科を受けるハーマイオニーが学校より支給された、時を戻すマジックアイテムだ。

 時計の針を手動で戻す事により、指定した時間だけ『巻き戻る』事ができる。これによりハーマイオニーは複数の授業を掛け持つ事ができたのだ。

 しかしいくら彼女といえど、タイムパラドックスを起こさぬよう行動するのは骨が折れたし、増えた授業の予習と復習でオーバーワーク気味だった。そこにスキャバーズの件である、もう彼女は手一杯になりつつあった。

 だからだろうか。

 占い学でトレローニー教授のふざけた解説を聞いて、彼女はブチ切れた。

 

「そこの巻き毛のあなた──あなたの行動により──友情を失うことに──」

「あーもう!!いい加減にして!!友情を失うですって!?今絶賛失いかけてるところよ辛いわよもう!!もう!!!私が悪いってそんなの私が一番分かってるわよ!!貴方に予言なんてされなくて自分のことくらい自分で一番よく分かってるわ!!!」

「おおぅ!?」

「私だってもっとちゃんとした形で仲直りしたいんですぅー!ほんっと腹が立つわ自分自身に!もー何やってんだろなー最近ぜんっぜん上手くいかないわー辛いわー!」

「ど、どうしたのです。悩みがあるならこのわたくしに相談をーー」

「うるっさいわねこの蜻蛉牛乳瓶底眼鏡性悪陰気嘘っぱち高ビー女!!!」

「ぶっ飛ばすぞテメェ」

 

 どうしたハーマイオニー。

 様子がおかしいぞ。

 いつもの頭の切れる才女の雰囲気はまるでなく、やたらめったらに感情を吐き出しているその様子を見て、獅子寮の面々は口をあんぐり開けた。

 どうやら朝食の隠し味にブランデーだかウイスキーやらが入っていたらしく、その微量なアルコールが作用したのかもしれない。プラス、ロンとの諍いやら試験やら、今まで蓄積されたストレスやらがこう……爆発したらしい。

 爆発したなら仕方ない。

 ハーマイオニーはその勢いで『占い学』の履修をやめた。

 

「ベガ、貴方は何であんな授業をまだ続けてるのかしら!」

「いやまあ、お前の気持ちも分かるけど。女に話を合わせる事のできない男も二流だろう」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「眠れない」

 シェリー・ポッターは眠れなかった。

 

 試験が近いからだろうか。何か急に眠くなって寝ようとして、起きたのは外出できる時間ギリギリだった。もう一度、何とか目を閉じて無理矢理眠ろうとしたが……眠気はやってこない。

 どうしようもないので、シェリーはベッドの中で忍びの地図を開くことにした。眠れない時は何か別のことをして気を紛らわせると良い、とラベンダーに聞いたのだ。

 別に教科書や本を読んでもよかったのだが、羊皮紙の上を文字が動いているのが面白くて好きだったのである。

 と言ってもこの時間にホグワーツを見回っているのは見回りの教師やフィルチ、闇祓い達だけだ。シェリーは地図を閉じようとして──……

 

「あれ?」

 妙な名前を目にした。

 『ピーター・ペティグリュー』。

 たしか、かつて親友だったシリウス・ブラックに立ち向かって行き、命を落としてしまった悲劇の男……だったか。

 しかしピーターは確かに地図の上を動いており、これは一体どういうことか。

 同姓同名?

 しかしシェリーの知る限り、ピーターはともかくペティグリュー姓の人間はいなかった筈だ。生徒にも、教師にも、そして闇祓い達にも。

 ではこの名前は何だ?誰かのペットか?それとも彼のゴーストか?そもそもそういった類にこの地図は反応するのか?気になったシェリーは透明マント片手に夜の探索へと出かけた。

 

(……何やってるんだろう、私。もし仮にピーターさんを見つけたとして、私は何が聞きたいんだろう)

 

 自分の感情に困惑しながらも、シェリーは進む。ピーター・ペティグリューはすぐそこだ。彼に会えば、きっとこの鬱屈とした気持ちの正体にも気付く筈だ。

 しかし、そこには誰もいなかった。

 地図を見ると確かにすぐそこにピーターはいるのに、人の気配は全く無い。これはどういう事なのか?

 マントを脱いで、周囲を探す。やはり誰もいない。……地図の故障か?いつの年代に作られたのかも分からない物だ。可能性は十分にあり得る。だが、シェリーは地図を信じて、微かに声を出した。

 

「ピーターさん?ピーターさん?いるなら出てきて。貴方に聞きたい事があるの」

 

 返答はない。

 何かが動いた音がした、気がした。

 しかし人の気配は未だない。

 数分間はそうしていただろうか、ついぞ声が返って来ない事に落胆し、シェリーは地図を閉じようとして、気付く。

 ──セブルス・スネイプがこちらへ向かって来ている!

 

「──い、『いたずら完了』!」

「いたずら完了?ほぅ……とうとう貴様もそちら側の人間に堕ちたという訳ですな」

「ど、どうも、スネイプ先生」

「こんばんはミス・ポッター。一体全体、何をしていらっしゃるのですかな、こんな所で」

「えーとじゃあ、私行きますねっ。もうすぐ門限ですしっ」

「待て!我輩の聞き間違いですかな?今確かに悪戯と聞こえたが。この城が厳戒態勢の時に悪戯?ほう……さぞかし大層な目的があっての行動なんでしょうな……」

「………あー」

「?何を持ってる。出したまえ」

 

 スネイプは目敏くシェリーの手元の『忍びの地図』を見つけた。大丈夫だ、今はただの羊皮紙だと自分に言い聞かせて渡す。

 

「た、ただの羊皮紙です」

「それは我輩が判断する。『汝の秘密を表せ』!……ほう。魔法のインクが染み込ませられてある。原理は去年の『日記』と同じだな。こっちは単純な作りだが、ふむ。単なる悪戯グッズにしては中々よく出来て………………………」

「?……えーと、『ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズの四人がセブルス・スネイプ教授に申しあげる。生徒にとやかく言う前に自分のベタベタ髪の方をどうにかしろよまったく冗談は顔とパンツだけにしとけよスニベリー……』

「読まんでいい!」

「す、すみません」

 

「やあセブルス、どうした?おや、シェリーも一緒か。ははあ、成る程。セブルス、そんなにシェリーを目の敵にしなくたって良いじゃないか」

「違う!我輩が今腹を立てているのはこの羊皮紙の方だ!」

「?羊皮紙………おや、なんだいこの悪戯グッズは。ははは、大方友達にでもホグズミードのお土産を貰ったんだろう。これは何なのだろうね。さっぱり分からないが、取り敢えず僕が預かっておこう。さあ、シェリー。談話室まで送ってあげよう」

「は、はい」

 

 いやに早口でそう捲し立てると、ルーピンはシェリーの肩を掴んでそそくさとその場所を立ち去っていく。後ろからスネイプの烈火の如き怒りがヒシヒシと伝わってきたが無視した。

 大分歩いたところで立ち止まると、ルーピンは不意に真剣な表情をした。……彼のこんな顔は初めてだ。

 

「シェリー。何故、これを?……いや、どこで手に入れたかはこの際どうでもいい。この『地図』を手に入れて、どうして僕達大人に渡さなかったんだい」

「それは………えっ?どうしてそれを…」

「ああ、僕はこれが地図だと知ってる。何せこれを作ったのは僕と、その仲間達なのだからね。『初代悪戯仕掛け人』て奴さ」

 

 聞けば、リーマス・ルーピンはムーニーという渾名で仲間内で呼ばれていたのだという。他にも、ジェームズ・ポッターがプロングズと呼ばれていたらしい。

 温和そうな教師と父親が元・悪戯っ子という事実に目を丸くする。ルーピンはいかにも落ち着きのある大人で、学生時代は優等生だったのだろうと思っていたし、父親は写真で見る限りは優しい顔をした紳士という印象があったからだ。

 閑話休題。

 

「君がこの地図を持つこと自体はいい。きっと君の父さんも喜ぶだろう。だが今は状況が違うだろう?もしも君がこれを落として、よしんばブラックの手に渡ったとしたらどうなる」

「……ブラックが、私の所に来ます」

「そうだろう。そして、私達が恐れていた最悪の事態が起きるわけだ。もしかすると君の友達も巻き込まれるかもしれない」

「…………はい」

「何のためにホグワーツが闇祓い達を呼んだのか、彼等がここに来てくれているのかをもう一度考えなさい。そして君の両親が命を懸けて守っくれた理由を、もう一度ちゃんと考えなさい。

 君の命はもう君だけのものじゃない」

「……ごめんなさい」

「……ふーっ。これは暫く返してあげられないよ、分かるね」

 

 こくりと頷く事しかできなかった。

 自分は馬鹿だ。これを渡されても使うべきではなかったのだ。大人達に、そして何より両親に申し訳ない。

 アレンにも一度、釘を刺されていたというのに。今後、彼等にどんな顔をして会えばいいのだろう。

 重たい罪悪感がのし掛かる。

 ルーピンの真っ直ぐな言葉は、シェリーの胸の奥をちくちくと刺した。

 重たい足取りで談話室まで歩く。そこでシェリーは何故時間ギリギリにに出歩いたのかをふと思い出した。

 

「先生、その……パッドフットさんとワームテールさんも知り合いなの?」

「?ああ。かつての友さ」

「また会う機会があったらその二人にも伝えておいてください。その地図、故障してるみたいなんです」

「馬鹿な。ホグワーツのありとあらゆる場所を冒険し、校長室の場所さえも突き止めたこの地図に欠陥など……」

「『ピーター・ペティグリュー』って人の名前が載ってたんです。ルーピン先生なら知ってますよね。……もう亡くなった人の名前があるだなんておかしいでしょう?」

 

 そう言って、シェリーは談話室の中へと入っていく。だから、ルーピンがとても険しい顔をしていた事に気付かなかった。

 彼のその緑の瞳が、驚愕のあまり震えていた事に、気付けなかったのだ。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 期末テストがやってきた。

 シェリーの得意とする『呪文学』では実技も筆記も共に良い成績を残せた、と信じたい。同じく『変身術』『闇の魔術に対する防衛術』などはまあまあ良い点が取れたのではないだろうか。

 『防衛術』ではボガートが出てきて吸魂鬼に化けた時に、つい守護霊呪文を唱えたのは良かったのか悪かったのか。

 ネビルの教えもあって『薬草学』はまあまあ良い成績が取れそうだ。『魔法生物飼育学』も同様である。

 反対に『魔法薬学』や『魔法史』は今年もあまり良い成績が見込めそうにない。

 そして残すは『占い学』だけである。

 

「どうしよう、私、占い学で良い成績取れる気がしないよ」

「僕も自信ないなぁ」

「でまかせ言っときゃ良いんだよ。不幸な未来が見えました、とか言っときゃ良い点くれるって」

「はは、そりゃあいい」

 

 そんな風に緊張をほぐす様に獅子寮同士で談笑していると、シェリーが呼ばれる。

 占い学の実技試験はやや特殊で、トレローニーと向かい合って一対一で行うのだ。

 そして水晶玉で自分の未来について占って、その結果をトレローニーに報告する、というもの。

 しかしこの試験には問題が一つある。

 

(水晶玉を見ても何も出てこない!)

 

 魔力を込めてみても、それっぽく手を動かしてみてもサッパリだ。仕方ないのでベガの助言に従い、不幸な出来事を適当に話す事にした。不幸話は得意中の得意だ。

 実話を基にして自分の未来がいかに不幸なものであるかを話す。途中から流石のトレローニーも引いていたような気もしたがまあ悪い点数にはならないだろう。

 試験終了を告げられ、教室を出ようとしたその瞬間。『予言』は突然に始まった。

 

「なんという、残酷なる運命か!」

 

 荒々しく野太い声。驚いて後ろを見ると、トレローニーが鬼のような形相でこちらを見ている。

 まるで人が変わったかのような雰囲気にシェリーは思わずたじろいだ。

 

「気を付けろ、紅き髪の少女よ。運命は既に始まっている。闇の帝王は既に手を打っているのだ。七年に渡る戦争の火蓋はもうじき切って落とされる」

「……せ、先生?」

「辛いだろう。絶望に呑まれるだろう。今までの苦難が児戯に思える程の苦難が待ち構えているのだから。初めての殺人は汝に消えない闇をもたらすだろう」

「先生、何を……」

「それでも戦わねばならぬ。死屍累々の道だとしても、進まねばならぬのだ。『生き残った女の子』よ……いや……」

 

 

 

 

 

「──『神に呪われた少女』よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──って事があったの」

「ウーン、そうか。俺もあの先生については詳しくは知らんものなあ」

「ほっとけよ、シェリー。あいつの様子がおかしいのなんて今に始まったことじゃないからさ」

「ほんとにそうね」

 

 試験が終わり、シェリー達はハグリッドの小屋へとやって来ていた。

 そこでハグリッドの淹れたお茶を飲みながら駄弁る。ロンとハーマイオニーの間に蟠りはもうない。以前、ハーマイオニーが酔っ払って本心をぶち撒けたのが大きいのだろう。

 ……彼女曰く、あれは黒歴史らしいが。

 

「そういや聞いとくれ。この間バックビークを引き取ってくれた、魔法生物飼育員の人から写真が届いたんだ」

「わぁ……ちゃんと群れの中に馴染めてるみたい!良かったねぇ。飼育員の人も優しそうだし!」

「……私には寧ろ飼育員の人が襲われてるように見えるけれど」

「僕もだよ」

「はっはっ、こんなのは戯れてるだけよ。スキンシップっちゅうやつだ」

 

 明らかにスキンシップの域を越えているような気もするが、まあ、彼がそうだと言えばそうなんだろう。無理矢理納得することにした。

 そうして試験についての愚痴やら何やらを吐き出していると、ハーマイオニーが砂糖入れを落とした。

 

「スキャバーズだわ!」

「ん?」

「え?」

「は?」

「ほら、スキャバーズよ!生きていたんだわ!なんでこんな所にいるのかは全く分からないけれど!」

 

 マジだ。随分と痩せ細ってはいるが、ロンのネズミがひょこひょこと砂糖入れの中から這いずり出た。

 ロンは嬉しそうにスキャバーズを掴み、抱き寄せる。死んだと思っていたペットを見つけて大興奮だ。ハグリッドが良かったなあと背中をバシバシ叩いた。

 

「あー…ハーマイオニー、ごめん。疑って悪かったよ」

「いいのよ。疑われるようなことをしたのは事実だもの」

「……、あー、そう言ってくれると、助かるよ。うん」

 ハーマイオニーが微笑むと、ロンは顔を赤くさせた。それを見てハグリッドがぼそりと一言。

「青春だなあ」

「?うん、そうだね?」

 

 ハグリッドがロンにネズミ用の籠を作るのを約束して、今日のお茶会はお開きとなった。彼に頼んだら動物園の檻のようになりそうな気もするが。

 しかしスキャバーズの様子はどこかおかしい。ロンの腕の中で暴れっ放しだ。終いには彼の拘束をするりと抜けて草むらの中へと逃げ出す始末。

 これはまずい、とシェリー達は慌てて近辺を捜索する。──見つけた。

 スキャバーズとシェリー達との間には微妙に距離がある。魔法を使って捕まえるのも考えたが、痩せ細ったネズミに余計な負担をかけるのも憚られた。

 誰か、ネズミの進行方向上にいてくれたら良いのだが。

 

「試験終わったあーっ!」

「おいおいコルダ、はしたないぞ」

「でもお兄様!私、試験って初めてなんですもの!ああっ、『薬草学』で問題を一つ落としたかもしれません!わーっ!!」

「僕なんて落としたかもしれない問題が一つどころじゃないんだが……」

 

 しめた。

 ちょうどスキャバーズが向かって行った先に、マルフォイ兄妹がいるではないか。

 どうやら芝生の上で、試験から解放されているようだ。シェリーは声を上げた。

 

「ドラコ!コルダ!ネズミ捕まえて!!」

「えっ……きゃあ!?わ、私っ、ネズミだけは駄目なんですよっ!!」

(……ネズミだけは……?)

 ドラコは今までの思い出を振り返ってみたが、コルダには苦手なものが山ほどあったような気がする。ネズミはもちろん、虫なども大嫌いだった筈だ。

 しかも今年の『闇の魔術に対する防衛術』で、ボガートに虫やネズミの大群に変身されて半泣きだったと聞いたのだが…。

 ともかく、コルダの代わりにドラコが鼠を捕まえることにした。彼もあんまり好きな方じゃないのだが、仕方ない。

 ……何でネズミを捕まえる手伝いをしてるんだろう、という疑問は放っておく。

 

「よ!っと……。うわ、みすぼらしいネズミだなあ。ほら、これで良いのか?」

「うん!ありがとう、ドラコ!」

「スキャバーズ!……あー、助かったよ」

 

 蛇寮のライバルに助けられたのと、自分のショボくれたペットを見られたので気恥ずかしいものがあるらしい。ロンがモゴモゴお礼を言った。

 それにドラコが何か言おうとして──…『そいつ』は現れた。

 シェリー達の死角から、黒い毛の大型犬が飛び出してきた。しかもシェリーの見る限りでは、そいつは文字通り影の中から出てきたように見える。

 ロンがシェリー達を庇い、地面に叩きつけられる。ロンが杖を抜く前にベルト部分を噛んで、引き摺ろうとする。シェリーはロンのズボンの部分を掴んで応戦しようとした。ここでこの大型犬に攻撃魔法を喰らわせてやれば良かったのだが、彼女は動物を傷つけるのを躊躇った故の行動だった。

 

「うおおおおおお!?」

「きゃああああ────ッ!?」

 

 ロンとシェリーが、もの凄い勢いで連れ去られていく。子供二人を引き摺っているたは到底思えない程の速さだ。見た目はただの犬だが、魔法生物の類なのか?

 異常な速度で犬は大きな木の根本に開いた洞に入っていく。それをハーマイオニーとコルダは追い、ドラコも続こうとして、立ち止まった。

 上方から鞭のようにしなった枝が勢いよく叩きつけられる。

──『暴れ柳』だ。

 まずい、とドラコは舌打ちする。これでは彼等を追って中に入る事ができない。しかもこの樹はとても貴重で、下手に傷つけるのも憚られた。

 

「お兄様!先生か闇祓いの人を呼んできてください!」

「なっ……お前達はどうするんだ!?」

「私達はシェリーとロンを追うわ!怪我をしているかもしれない!」

「大丈夫ですお兄様、絶対に無茶はしませんから!」

「………っ、仕方ない!グレンジャー!コルダを頼んだぞ!」

 

 言うと、ドラコは校舎へと走る。

 それを見届けたコルダとハーマイオニーは顔を見合わせると、洞窟の奥へと進んでいった。引き返す事はできない。ならば、前に進むのみ。

 あの犬に悟られぬよう、匂いを消す魔法をかけてから進むことにした。

 穴の中は薄暗い。しかしルーモスで照らしてみると、どうやら人工的な通路になっているようだった。

 

「……人工的な通路?という事は、ここは誰かが人為的に作った場所……?」

「となると、まあ当然だけれど、あの犬をけしかけたのはホグワーツ関連の誰かという事になるわね。ホグワーツに関わりの深い人物が、ロンとシェリーを襲った……」

「………それって………」

 

──思い当たる人物は、一人しかいない。

 

「ま、まさかですよねー!そんな訳ないですよねー!」

「そ、そうよねー!私の考え過ぎよねーきっとそうよねー!」

「あはは……あ、グレンジャー。ここで通路は終わりみたいですよ。上から光が漏れてますし、登り坂になってます」

 

 ここはどこかの建物の地下、だろうか。

 やはりコルダは大型犬がロンを連れ去ろうとしたのだという結論に至った。去年、自分を秘密の部屋に連れ去られた事のある彼女だからこそ分かる。

 去年と手口が似ているのだ。

 古い階段が軋まないように上る。煤汚れたカーペットに、埃塗れの家具。そして窓に打ち付けられた鉄板を見て、二人は確信した。

──叫びの屋敷だ。

 重い恐怖心が二人を襲うが、この際ここが何処かなどどうでも良いことだと言い聞かせる。埃の跡からして、ロン達が運ばれたのは二階。そしてその奥の部屋だ。

 ホグワーツが誇る秀才二人組は、多様な知識があるが故に想像力に優れている。想像力に優れているが故に、今のこの状況がとても恐ろしかった。

 

「……あの犬には実体がありました。正真正銘生きている犬です。魔法使いに調教された犬か、魔法で操られている犬か、魔法生物か──…」

「──動物もどきか、ね。どれかは分からないけれど……ひとまず、奇襲ができれば問題無い筈だわ」

「私は部屋の右側に杖を向けます。グレンジャー、貴方は部屋の左側の方を警戒してください」

「分かったわ」

 

(…………あれ、なんかこの人(子)とは息が合いますね(合うわね)……)

 

 二人とも優秀な才女で、有事の際には大胆な行動を取れるタイプの人間である。そして色々と鈍感な男性が傍にいる。だからか、コルダとハーマイオニーはどこか親近感を覚えていた。

 学年も寮も違う故に話す機会は少なかったが、運命の歯車が少し違えば、二人の間には友情が生まれていたのかもしれない。

 時に良き友として。

 時に勉強のライバルとして。

 そして、時に恋愛相談の相手として…。

 

((いやいやいや、ないないない))

 

 二人は首を振ると、杖を構えて、突入の準備を整えた。シェリーとロン、二人の学友を救うために。

 

「──行きますよ!!」

「ええ!!」

 

──部屋の中に突入した。




やべえ!アズカバンの時系列がごっちゃになっててスキャバーズ関連のイベントが全部この回に詰まってらあ!


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8.悲鳴飛び交う叫びの屋敷

「──行きますよ!!」

「ええ!!」

──部屋の中に突入した。

 しかしその瞬間、誰か男の無骨な手に、肩をガッチリと掴まれた。

 

「そうはいかないな」

 

 そう言ってその男は部屋の中へコルダとハーマイオニーを放り込んだ。意識外からの不意の強襲に思考が停止した。床を転がって立ち上がると、もう杖は無い。

 まさか。今の一瞬で武装解除を行ったというのか?早業すぎる。

 その男は、余裕そうにぼうぼうの髪をかき上げる。……最近までずっとアズカバン暮らしだったくせに、肉体の衰えは殆ど無さそうだ。いや、もしくは衰えてこのキレなのか。

 技量が高すぎる……!

 

「君は、シェリーの友達だね。学校で一緒にいるのを何度か見た。そして君は………あぁ、マルフォイ家の……」

「ハーマイオニー!コルダ!まさか貴方達まで……!」

「平気か?」

「え、ええ」

「大丈夫よ、ロン」

 

 奇襲は失敗に終わり杖も奪われたが、ひとまずは、ロンとシェリーが無事だったのを喜ぶ。よかった、まだ誰も殺されているわけではなさそうだ。

 どうする、とコルダは考える。

 シリウス・ブラックはまだ誰も殺す気ではないようだし、隙を見計らって一か八か体当たりでもしてみるか……。

 

「やめておいた方がいい」

「………ッ!へえ、噂に聞く開心術ってやつですか?そんな見た目の割に意外と繊細な魔法を使うじゃないですか。さっき私達の背後から攻撃できたのも、似たような魔法を使ったってわけですか?」

「違う。人の杖で繊細な魔法コントロールなどできんよ。……私は『動物もどき』でね、犬に変身する事ができる。おかげで鼻が効くようになってね……ここは少しカビ臭いから、気付くのには少し遅れたが」

 

 動物もどき。

 数年以上の修行期間を経てようやく習得できると言われている、変身術において最難関と言われている魔法だ。

 杖を使わずして自分を変身させられるという利便性から、その危険度は高く、悪用される可能性もあるので習得した際には魔法省に届け出が必要になるのだが……どうやらブラックは未報告の動物もどきに該当するらしい。

 ちなみにミネルバ・マクゴナガルでもこの魔法を習得するのに三年の月日を費やした事からも、習得の難易度は恐ろしく高い事が窺えるし、それだけブラックが優秀な魔法使いである事の証左になる。

 

「動物もどきになると、視覚や嗅覚などが強化される事があるのよ。それで、私達の匂いに気が付いて……」

「その通りだ。二人とも、良い香水を使っているな」

「……………ッ。音もなく背後に立っていたのは、どういうわけです」

「あれも動物もどきの能力だ。私が動物もどきになった時、『影に隠れる』能力を身につけたというわけだ」

 もっとも、身に付けた物も影に入ってしまうので、手錠は鎖は外せなかったが、と付け足した。

 しかし……凶悪な殺人犯と聞いていたシリウス・ブラックだったが、その立ち振る舞いは近所のお兄さんその物だ。

 普通すぎる。

 普通だからこそ、怖い。

 しかしその普通の中に、一点だけ、異常と言っていい程の憎悪が混じっていた。

 

「……私を殺さないの、ブラックさん」

「……そうだ……殺す………今日は、ただ一人だけを殺す………私はそのために来たんだ……そのためだけに、十年余りもの間アズカバンに………」

「あなたがシェリーを殺すとしたら、私達も殺す事になるわよ!」

「わ、私は貴方達に巻き込まれて死ぬのはまっぴらですからね!?手助けくらいはしますけど、命までは懸けませんよ!?」

「……そうか、私は世間ではそういう風に思われているのか」

 

 どこかしょんぼりしたブラックに、シェリーは一つの提案を持ちかけた。

 

「ブラックさん、今日は私一人を殺せたら良いんだよね。だったら、私以外の三人は逃してあげてほしい」

「!?な、何言ってんだよシェリー!?」

「あなたが殺したいのは私でしょう?私は残るから、皆んなを解放してあげて」

「……似てるな……そういうところは、君のお父さんそっくりだ。いや、リリーにもそういうところはあったか……」

 

「何を思い出に耽っているのやら。長いこと待たされたのは私も同じだ、早く終わらせてしまおう。パッドフット」

 

 そう言って入ってきたのは、傷だらけの顔によれよれの服を着た男、リーマス・ルーピンだ。

 一瞬、頼れる援軍が来たと喜ぶが、すぐに間違いだとシェリー達は察した。

 ルーピンの、ブラックを見る目が殺人鬼を見るではないのだ。もっと親しみのある……まるで、友人を見るような。

 何より、ブラックが警戒していない。

 人より鼻が効く筈のブラックが、ルーピンの来訪には無反応だった。来るのが分かっていたような……。

 不安は的中した。してしまった。

 ルーピンとブラックが、お互いに笑うとガッチリと肩を組んだのだ。

 絶望したような声を上げた。

 

「う……裏切ったのね!あ、あなたを、信じていたのに!先生が、シリウス・ブラックを手引きしたのよ!」

「……そう思われても仕方ない、が、君達の認識には多分に誤解が含まれている。どうか話を聞いて欲しい」

「………話を聞いたら、何か変わるの?」

「シェリー、聞いちゃ駄目!黙っていたけれど、この人は、狼人間なんだから!」

「……………………ッ」

 

 狼人間。

 噛まれることで増殖し、月に一度、理性なき狼に変身する凶悪な魔法生物だ。

 満月の夜に変身してしまう彼が、その事実を巧妙に隠す事ができたのは何故か。それは、闇の魔術に対する防衛術のコマ数を減らすことで月に一度のXデーを隠していたからだ。(そのせいで防衛術の授業は遅れ気味になっているのだが……)

 しかしハーマイオニーは、ルーピンの休むタイミング、スネイプが防衛術を担当した時に嫌がらせ気味に出した宿題、そしてボガートが月に変身した事から、彼が狼人間だと見抜いたのだ。

 それを報告しなかったのは、温和な性格のルーピンはきっと信用できるだろう……という、彼女なりの信頼だった。

 去年ロックハートに騙されたくせに、また根拠のない信頼をしたことにハーマイオニー自身呆れていたが、それでも彼は立派な大人に見えたのだ。

 なのにリーマス・ルーピンは、その信頼を最も最悪の形で裏切った。狼人間だが信じられるかもしれない、信じてみてもいいかもしれない、そんな少女の信頼は、瞬く間に崩れ去った。

 だから、信じるに値しないのだと。

 しかし知らずのうちに、ハーマイオニーの発言はルーピンと、『もう一人』を傷つけていた。

 コルダ・マルフォイ。

 彼女もまた、望まずに狼人間となった少女であった。

 コルダはずっと顔を伏せていた。

 ──ずっと、伏せていた。

 狼人間どうしは長く付き合っていればその正体がなんとなく分かる、という特性故にコルダが狼人間だと気付いていたルーピンだったが、彼女の苦しみにも、彼は心を痛めていた。

 

「頼む。聞いてくれ。これから話すこと全てに偽りはない。……シリウスと顔を合わせるのも十二年ぶりだし、こいつと共謀して君のお父さんとお母さんを殺したわけでもない。断言するよ、そんな事をするくらいなら死を選ぶと。君の両親と、彼達の友情に誓う」

「…………信じろ、たって。……じゃあ、誰が、私のお父さんとお母さんを殺すのを手引きしたっていうの?ねえ……」

「………シェリー?」

 

 ロンとハーマイオニーは心配そうに友人の顔を見る。彼女に余裕がない。いつも窮地に陥るほど頼りになる筈のシェリーが、今回ばかりは全く余裕が無いのだ。

 シェリー自身、自分の精神状態が全く安定していない事に気付いていた。

 先程から、頭がズキズキと痛むのだ。

 脳髄の中に植物の種が埋め込まれて、無理矢理『成長』させられたように。

 脳の中を虫が這いずっているように。

 何故か、尋常じゃない程の痛みが、シェリーを苦しめさせていた。

 

「ここで問答してても仕方ない。話を先に進めよう……ルーピン、先生。先生がこのタイミングで現れたという事は、忍びの地図を見ていたんだよね。それはブラックさんがここに来るのを見計らっていたの?」

「それもあるが……私は、ハグリッドの小屋から出てくる君達の名前の中にあり得ない名前を見たんだ。ピーター・ペティグリュー、私達の親友だった男の名だ」

「……え?は?ピーター何とかってのは、十二年前に死んだ人の名前だろ?あー、そこのブラックにさ」

「殺していない。断じて。もっとも今からそうなるが……」

 

 話が見えない。

 見えないが、その真っ直ぐな瞳は、はぐらかしているようには見えない。

 見た目に反して理性的なブラックを見て認識は変わりつつあった。

 この男の、話くらいは聞いてみてもいいかもしれない、と。

 

「ロン、そのネズミはウィーズリー家で長いこと飼われてるね?君のお兄さんから譲ってもらっと聞いたよ。……そのネズミをいつ拾った?十二年前じゃないか?かのピーター・ペティグリューも、その年に死んだ事になった」

「……まさか。動物もどき、ですか?」

「そうだ。そもそも私とジェームズ、そしてピーターは全員が動物もどきなのだ。人狼だったリーマスは満月の夜にここを訪れ独りで過ごしていた。以来、ここは叫びの屋敷と呼ばれるようになった」

「ダンブルドアが校長で良かったよ、本当に。暴れ柳もここへ繋がる抜け穴を隠すための措置だよ。だが、僕達の友人は見捨てなかった。動物もどきになって、狼の僕と友人になっちまったんだ。……僕は救われたんだ。独りの夜は、もう来ないのだと」

 

 万感の想いが込められていた。

 恐れた満月を、孤独の夜を、ぶち壊してくれる友人がいた。それだけで、彼の心はどれだけ救われたのだろう。

 そして、彼達が動物もどきだったなら。

 果たしてピーター・ペティグリューは何の動物に変身していたのだ?

 『ワームテール』とは、どういった意味でつけられた名前なのだ?

 ……仮説が真実味を帯びてきた。

 ロンの手の中で暴れるネズミを見て、まさか、と思う。しかし、魔法界は有り得ないことばかりなのも事実。

 

「ロン……お願い。思うところはあるだろうけど、スキャバーズをこの人達に差し出してほしい。お願い」

「……、分かったよ。こいつを殺したら許さないからな」

「『スキャバーズ』は殺さないさ。さあ、見せてやる。こいつの本性を──」

「──『エクスペリアームスッ』!!!」

「なっ!?」

 

 ブラックが振り上げた杖は、何者かによって武装解除された。対応しようとしたルーピンも同様だ。

 ──早撃ちの達人。こんな芸当ができる人間は、闇祓いを含めてもホグワーツには一人しかいない。(ダンブルドアは例外)

 

「ス、スネイプ先生!!」

「ふふふ、ははは。ついに追い詰めたぞ殺人犯め。観念するがいい!とうとう、とうとうこの日がやってきたのだ!『復讐は蜜より甘い』!はははは──ッ、この日をどれだけ待ち侘びた事か!」

 

 妙なテンションでスネイプが入ってきた。いつもの陰気ぶりが嘘のようなテンションの上がりように、一堂は唖然とする。

 スネイプはシリウスを仇でも見るかのような目で睨みつけた。シリウスもまた、敵を見る目で睨み返した。……犬猿の仲どころか、不倶戴天の敵らしい。

 

「あー、セブルス。どこまで聞いてた」

「叫びの屋敷がどうこうの辺りですかな」

「よりにもよってピーターの話が出てないじゃないか畜生め。セブルス、話を……」

「黙れお前には失望したぞ内通者が!」

「あ、あの、スネイプ先生?いや別にこの人達を庇う訳じゃないですけど、話くらいは聞いてあげても良さげな雰囲気で……」

「大丈夫だミス・マルフォイ!事態はすぐに収束する!ここに吸魂鬼を呼びこいつにキスをさせてやる!」

「あっ駄目だ聞いてないやこれ」

 

 聞けば、ドラコから話を聞いて駆けつけて来たのだとか。確かに彼からしたらスネイプは頼れる大人なのだろうが、いかんせん人選ミスが過ぎた。

 なんと学生時代、スネイプとジェームズ一味は顔を合わせるたびに度を越えた喧嘩をしていたらしいのだ。最悪だ…。

「ふ、はははは。十二年待ったぞ、貴様に復讐してやれるこの日を!おおっと動くなよブラック、お前の影に隠れる能力は知っているのだからな!」

「チッ……」

「お前もだリーマス・ルーピン!学生時代に散々手を焼かされたが、お前達の手の内は全て筒抜けだ!ははは──」

「スネイプ先生」

「えっ何リリッぶほへぇあ!?」

 

 いつの間に拾っていたのだろう、シェリーが杖を持ってスネイプを壁までぶっ飛ばして『失神』させた。彼女としてはほんの少し魔力を流して話を聞いてもらうよう拘束するつもりだったのだが、思ったよりも魔力が強すぎたようだ。白目を剥いて完全にノビている。

 シェリーは後悔したが、シリウスは「よくやった!」とガッツポーズしていた。

 先程から何故か、思うように魔力が練れない。精神を落ち着かせねば……。

 

「……やりすぎちゃったな……ごめんスネイプ先生」

「スネイプは一先ず放っておこう。まずはあいつからだ。杖を渡してくれるかい」

 

 ルーピンが自分の杖を受け取ると、ロンが捕まえているスキャバーズに魔法をかける。種明かしをするマジシャンのように。

 するり、と手から溢れる水のように、スキャバーズは逃げ出した。家具の隙間を縫って逃げ出すつもりだ。しかし、ルーピン達が追撃をかける前に、それは起きた。

 ネズミは瞬く間に大きくなり、その骨格はヒト属のものとなっていった。

 ネズミの代わりに現れたのは、禿げ上がった、一人の中年男性だった。

 

「──こいつが、ワームテール。こいつがピーター・ペティグリューだ!」

 

 コルダはひくついた声を出した。

 自分のペットが小男に変身するのを見て何を思っただろう。ロンは、おぞましいものを見るような目をした。そんなロンの手をハーマイオニーが優しく握った。

 シェリーはといえば、何の感情も見せないまま、ただ、彼を見つめていた。

 蹲って震える禿げた小男が身体を震わせるさまは、とても惨めだった。

 

「ひぃいいいいい!や、やめてくれ、シリウス!ルーピン!無二の友だろう!」

「やめてほしいのはこっちの方だ!この十三年間、悪夢のような人生だった!」

「君に役割を押し付けすぎた我々にも責任はある。だが、ヴォルデモート卿に何度も立ち向かっていったジェームズの姿を見ておきながら裏切りという選択を取ったこと、私には理解しかねる」

 

 十三年前のこと。

 かのヴォルデモートさえも騙す、忠誠の魔法によって、ジェームズとリリー、そして生まれたばかりのシェリーは手厚く護られていた。

 そして当初、その秘密の守り人に選ばれたのはシリウス・ブラックだった。友情に厚い彼ならば、絶対に口を割ることはないだろうと皆が言った。

 しかしシリウスはここで一計を案じた。

 秘密の守り人を、ピーター・ペティグリューに変えてはどうかと提案したのだ。

 結果は──燦々たるものだった。

 彼はあっさり裏切り、二人の居場所を密告した。そしてヴォルデモートが滅びてからは、責任を追及する死喰い人からも逃げる羽目になる。そして逃げた先のマグル街で、シリウスと出会った。

 仮にもホグワーツで友情を育み、七年も友と呼んだ相手である。彼の裏切りを信じられず、シリウスは事情を聞き出そうとした。……だがピーターの狡猾さは度を越えていた。

 「シリウス、よくもジェームズとリリーを!」そう言ってシリウスに罪を擦り付けて、マグルを巻き込む大爆発。自身は指を切り落として死んだフリをして、ネズミに変身し、何処かへ逃げたというわけだ。

 

「ピーター・ペティグリューの遺体は左手の小指一本だけ。スキャバーズの指も一本欠けてた………ブラックさんは友人に裏切られて絶望のあまり発狂しながら笑って………そうなんだ………そういうことだったんだね」

 全てが繋がった。

 パズルが組み立てられていく感覚。

 ペティグリューは生徒達がブラックの話を信じたのを悟り、命乞いを始めた。

 

「シリウス!私達は友人だろう!?」

「黙れ。十二年溜まったツケを払う時が来ただけだ」

「そんな……た、頼むリーマス!見逃してくれ!そんなつもりじゃなかったんだ!」

「……僕は君だけが悪いとは思わない。だがそれでも、君がこのままじゃああの二人は永遠に報われない」

 ペティグリューは絶望の表情を浮かべると、ロン達の方へと駆け寄る。もはや誰にでも媚びるという腹積りらしい。

 

「ロン、ロン!頼む、二人を説得してくれ!私は君のペットだった、君なら愛するネズミを殺させやしないだろう…?」

「……そうだな、愛するペットのよしみで止めないでおいてやる。だけど、僕がやるのはそれだけだ」

「ッ。お、お嬢さん。君は賢い子だ、君は惨めな弱いもの苛めなんて許しはしない、そうでしょう?」

「ひっ……」

 怯えるハーマイオニーを守るように。無言でロンが抱き寄せた。

 ペティグリューはコルダの方を見た。

「……あー」

「いや私とは何の接点も無いですよね」

「だよね……」

 取りつく島もなかった。

 関係性があまりにも薄すぎた……。

 

「シェリー!き、君は、リリーそっくりだ。だが、瞳だけはジェームズ譲りだ…」

「……………ありがとう」

「シェリーに話しかけるとは何事か!」

「ヒイッ!頼む、シェリー、私を救ってくれ!赦してくれえッ!」

「──だめ。あなたのした事は赦さない」

 

 シェリーのその迫力は、シリウスやルーピンまでもが気圧される程だった。

 葛藤。

 怒りから、悩みから隔絶された筈の少女は、今まさに怒り悩んでいた。

 ペティグリューの所業を考えると、沸騰しそうなくらい血が煮え滾って、血管の中で暴れる。そして頭蓋骨を鑢で削られているようにズキズキと痛むのだ。

 クィレルの時も、ロックハートの時も、二度戦ったヴォルデモート卿の時も、こんな感覚には陥らなかったというのに。

 おそらくは、父母を殺されて憎い、という感情が、シェリーにも人並みにあって、それが目覚めたというだけ。

 シェリーは彼を赦せない。

 だが彼女は、クィレルにもロックハートにも罪と向き合うよう説得した。ペティグリューが罪と向き合わないまま死ぬのは嫌だと考えていた。

 無論、シリウスやルーピンの復讐心も痛いほど理解している。だから。

 

「ごめん、ブラックさ……シリウス。この人のした事は赦せないけれど、殺したくないって気持ちもあるの」

「こっ殺さないでくれ!」

「……どの道あなたは罪と向き合わなければならないんだよ。向き合う場所が牢獄か地獄かは知らないけど。……だから」

 これはシェリーにとって最低の折衷案。

 

「シリウス、あなたに杖を預ける」

 残された選択肢は、たった二つ。

 

「ここでシリウスが復讐すれば、誇りは取り戻せるかもしれないけど未来を失う」

 ピーターが死骸になってしまえば、もう言い逃れはできない。子供達や狼人間のルーピンが彼の無罪を主張したところで、世間はそれを信じない。何より、スネイプがあることないこと言いふらすだろう。

 

「復讐しなければ人生は取り戻せるかもしれないけど永遠に過去に囚われる」

 そうすれば、シリウスの無罪は証明できるだろう。ピーターの身柄を魔法省に引き渡せば彼の潔白は晴らせる。

 が、殺せなかったという後悔は心に深く突き刺さるだろう。過去の因縁を断ち切るのが復讐なのだ、否定などできない。

 

「辛い二択だと思う。だけどそれを決めるのは、やっぱり、貴方自身じゃないと駄目だと思う」

「…………………」

 

 渡された杖は、とても重かった。

 シリウスは困惑した。この時を何年も待ち侘びて、ようやく訪れた機会なのに。ひと思いに殺すつもりだったのに。

 何故今、躊躇しているのだろう?

 瞋恚の焔は消えたわけではない。

 何故今になって……。

 ……殺したくないと思っているのか?友を裏切った、この男を?

 

(しっかりしろ、シリウス・ブラック!復讐の正当性だとか、かつての友を殺すべきかどうかだとか、そんなのはアズカバンで散々悩んだだろう!俺は、今ここで!こいつを殺す為に生きてきたのだ!!)

 

 過去を断ち切るのが復讐なのだ。

 ジェームズを、ピーターを、完全に過ぎ去った思い出として葬り去るのだ!

 赦す事など到底できはしない。

 自分の友を貶められたのを忘れて生きていくなど、真っ平御免なのだ!

 こいつは友を殺した男なのだ!

 十二年の、いや、ホグワーツで初めて会った時からの因果の決着をここで着ける!

 

「────アバダ────」

 

 シリウスは緑の閃光を、ペティグリューに放とうとして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シリウス、お前はいつも優しいな』

 浮かぶ記憶に翻弄される。

 何だ?何を思い出してる?

 

『何だよ急に、柄でもない。おだてたって何も出ないぞ?』

『本心さ。お前は、いつも俺達のために、友達のためを思って行動してくれるだろ』

 思い出すのは、かつての友の言葉。

 くだらない雑談の中から、ふと出てきたような話だった気がする。

 あの時はさして重要だとも思っていなかった言葉を、何故今になって思い出す?

 

『ジェームズ、俺は生まれてからずっと最低な家族と共に過ごしてきた。誰かの為に生きようなどと考えた事もなかった。だから無二の友ができて嬉しいんだ。これからもずっとそうして生きていくつもりだ』

『その気持ちは嬉しい。だが、お前は十分良くやってくれただろう?お前にもいつか所帯を持ってもらって、子供を作って。人並みに幸せに生きて欲しいと思ってる』

 

 何故そんな事を言う?

 俺は、お前達の為なら、命だって、人生だって、投げ打てられるというのに。

 

『──自分のために生きてくれ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………駄目だ。私には、殺せない」

 

 出てきた言葉に、自分自身驚愕した。

 復讐のための人生だった筈なのに、今になって命が惜しくなる。

 この身を焦がす怒りは消えない。

 悪夢に永遠に苦しめられるだろう。

 だが、生きる責務が、彼にはある。

 ──こいつが友でなく、下衆な死喰い人であったなら、ここまで苦しまずに済んだのだろうか?

 ここでこいつを殺しても、迷いの霧は、死ぬまで……いや、死んだ後も晴れない気がするのだ。

 

「………シリウス、いいのか?」

「いいんだ。……子供達に、こんな大人の愚かな姿を、これ以上見せる訳にはいかないだろう」

「最も復讐を望んでいたのは君だ。君がその怒りを引っ込めるのなら、私も手は出さない。だが……これでは、君は永遠に過去に捕われ続けたままじゃないのかい」

「殺したい、という気持ちはある。だが殺したら何もかも終わってしまう。私は本当に『友達殺し』になるところだった」

「……!」

「復讐が愚かなんじゃない。復讐を経ても尚、過去に捕われ続けるのが愚かなのだ。

 シェリー、君が選択肢を提示してくれなければ永遠に気付けなかった」

「……ううん。決めたのはシリウスだよ」

 

 シェリーは淡く微笑んだ。

 二人にそっくりだ。

 ジェームズとリリーは死んだが、その魂は消えたわけではない。彼女の心の中に未だ宿っていた。

 それを知れただけで、十分だ。

 

「こいつをホグワーツまで連行しよう。伸びてるスネイプも運ばにゃならんな。手伝ってもらえるか?」

「え、ええ。『浮遊呪文』で浮かせて行きましょう」

「あー、僕も手伝うよ」

「ありがとう。……すまない、少し、少しだけ、時間をくれ……」

 

 シリウス・ブラックは背を向けた。

 彼は暫し身体を震わせて……そして、思い出を、過去を、涙と共に流し去った。

 

(さらばだ、ジェームズ、リリー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やや気まずいものを感じながら、シェリー達はホグワーツへのトンネルの中を歩いていった。

 試験が終わり夕方過ぎだった筈が、時計を見ると既に夜のようだった。門限を気にしたが、まあ、今日は色々と特殊な事情があったのだ。許してくれるだろう。

「…………」

「?ねえ、どうしたの?」

「……いえ……何かとんでもなく大切なことを忘れてるような……」

 コルダの疑念をよそに、シェリー達は進んでいく。

 

「……あー、シェリー。ペティグリューを引き渡すという事は、私が自由の身になるという事だ。それでなのだが……もしよければ、君さえよければ、来年、おじさん達の所で暮らすのが嫌じゃなければなのだが、わ、私と一緒に暮らさないか………?

 そのだね、後見人として!」

「……!ほんと!?シリウスの迷惑じゃなければ、私は全然大丈夫!おじさん達もきっと了承してくれる筈!」

「……そうか、そうか!はっは!君に理解のある、優しい人達なのだな!」

「これからよろしくね、シリウスおじさん!」

「おじ………ッ!?」

「シリウス、現実を見ろ。僕達はもう大人になったんだ。十二年の歳月は戻って来ないんだよ……」

「うわああああああ!!!??」

 

 自分がもうアラサーだというのを思い出して絶望するシリウスだったが、その脚をふと止めた。

 雲の切れ間から覗く、蒼く光る月。

 その月の形が、いやに丸いことに。

 

「……リーマス、今日は満月のようだが、『脱狼薬』は飲んだんだよな……?」

「────」

「先生?先生!!」

「リーマス!気を確かにもて!本当の君はここにいる!心の中にいる!!」

 シリウスは必死の形相でルーピンを羽交い締めにするが、彼の変化は止まらない。

 服が破れ、巨大化し、毛が生え、理性なき獣と化してゆく。

 ルーピンの意識が飛び、ペティグリューの拘束が解けてしまった。

 まずい。奴に逃げられる!だがルーピンを放っておくわけにもいかない!

 

(──そうだ、氷魔法を使えるコルダなら二人の動きを同時に止められる……!)

「コルダ、二人を凍らせ………ッ!?」

「う、あああああ………!!」

 コルダは苦悶に満ちた声を出すと、その場に倒れ伏せた。何か魔法をかけられた様子はない。何故このタイミングで……?

 

(……ッ、ごめんコルダ、先生!ひとまずペティグリューさんを『失神』させる!)

「ステューピファイ!」

 シェリーの早撃ちが炸裂した。

 しかしペティグリューはいつの間にか杖を手にして、盾を形成していた。あれは、ルーピンの杖だ!狼化した隙に奪ったというのか……!?

 ペティグリューはぶつぶつと、独り言を繰り返していた。

 

「昔、ジェームズが言ってたなあ……『人間やろうと思えば何だってできる』って。彼の言う通りだった。ネズミに変身できると思ったら変身できたし、苦手な魔法だってできると思ったらできるようになった」

 奴の感情が高まっている。

 魔力が昂まっていく!

「だから私が無実だと思えばもうそれは無実なのだ!!はははははは────ッ!」

 

 最低の結論。

 最悪の吹っ切れ方だ。

 心に少しでも罪悪感があったり、躊躇いがあれば魔力の出力は弱くなる。心が無意識のうちにブレーキを踏むのだ。

 しかし今の彼にはそれがない。迸る魔力が、ペティグリューの歪んだ覚醒を物語っていた。醜い小男は、小汚いドブネズミへと化けていく!

 

「そして、ここから逃げられると思えば逃げられる!私は行くぞ、あの御方の下へなあーッ!できると思えば、人は何でもできるのだから!」

「待て────ッ!!!」

「シェ、シェリー!駄目だ追うな!そっちにルーピン先生が……!」

『ぐるぅあああああああああああ!!!』

 

 歪んだ体躯の狼がシェリーに迫る。

 ルーピンの、ペティグリューを逃すまいという本能がネズミを追い、結果としてその軌道上にいたシェリーへと攻撃を繰り出してしまっていたのだ。

 それを阻止するは、黒く巨大な犬。

 ルーピンの影に潜行し、彼の下から不意の攻撃を喰らわせる。対して効いている訳ではなさそうだが、それでも、シェリーへの攻撃は逸らせた。肩に擦りはしたが、致命傷ではない!

 闘志全開でルーピンを睨むシリウスだったが、内心では冷や汗を掻いていた。学生時代にジェームズ達と協力してルーピンを鎮めていたものの、彼には何度も手を焼かされたのだ。(今の彼に手はないが)

 人狼の身体能力は、彼達の予想の遥か先を行くのだから!

 

「ポッタァーッ!先程の攻撃はどういう事か説明してもらうぞ!そしてブラックめは今どこに……」

『ぐるぅおおおおあああああ!!!』

「!!『プロテゴ、盾よ』!……ミス・マルフォイを連れて下がっていたまえ!」

 

 スネイプが参戦し、早撃ち魔法の数々を浴びせていく。その殆どを尽く躱し、狼は吠える。それに喰らいつくのは黒い犬。

 目まぐるしく変わる戦況に、シェリーの脳は焼き切れそうだった。ああ、今になってルーピンにつけられた傷が痛む。

 シェリーの意識は、飛んだ。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

「あれからルーピン先生は増援の闇祓い達に抑えられ、シリウスも捕まってしもうた。ミス・マルフォイは……過度なストレスのせいで倒れて、今は寝込んでおる。ミスター・ウィーズリーも怪我を負っておるようじゃ。暫くは絶対安静じゃの」

「……私のせいで……ッ、シリウスは?」

「彼の無実を訴えたい所じゃが、ピーターが逃げた上にスネイプ先生の証言があるので厳しいじゃろうな……もうまもなく、処刑が始まってしまうじゃろう」

「………そんな」

 

 医務室で目覚め、隣に腰掛けていたダンブルドアに話を聞いて、シェリーは沈んだ気持ちになった。

 自分のせいだ……。

 自分がシリウスにあんな二択を持ちかけなければ、彼はペティグリューを殺せていたかもしれない。そうすれば、最後の心残りを消せたかもしれない。

 それに、ロンやハーマイオニー、コルダまで巻き込んでしまった。

 自分はまた、間違えたのか……?

 

「いいや、あれはシリウス自身が望んだ選択じゃ。君のせいではない。そして、シリウスの責でもないのじゃ。運命だったと言う他あるまい」

「先生、でも──」

「落ち着きなさい、シェリー。彼の運命はまだ終わっておらん。彼の無実の証明は今は不可能じゃが、彼を逃がすのはまだ可能なのじゃ」

「────えっ?」

「ほっほ。……来なさい」

「は、はい」

 

 カーテンの向こうからやって来たのは、ハーマイオニーだ。手には金色に光る懐中時計が握られている。

 

「無事だったんだね、ハーマイオニー……それは?」

「『逆転時計』じゃ。詳しい説明は省くが要するに過去にだけ行けるタイムマシンみたいなもんじゃ」

「タイム………えっ、ええ!?」

「グレンジャー嬢の無茶な時間割は、これで解決していたというわけじゃ。……この時計を使ってシリウスを救って欲しい」

 

 要するに、こうだ。

 シェリー達はこれを使い、シリウスを助けられる時間まで巻き戻る。そして彼を逃して、またこの医務室に戻って来い、というわけだ。しかしタイムパラドックスを避けるため、その間は誰にも姿を見られてはいけない。

 ……少々、荷が重すぎないか?あのアレン達の監視を掻い潜ってシリウスを逃がすなど、早々できる事ではない。

 

「大丈夫じゃ、闇祓い達の目がシリウスに行かんように細工しておる。儂の権力全てを使ってシリウスを救えるように細工をしとるよ。それに、援軍も呼んできた」

「……おう」

「……うん」

「……どーも」

「!ベガ、ネビル、ドラコ!」

 どこか微妙そうな顔をした援軍が来た。

 ベガとネビルはシェリー達がシリウスと出くわしたと聞き、ドラコはコルダの様子を見にそれぞれ医務室にやって来ていたのだった。

 ダンブルドアから事情は聞いたものの、ちょっと複雑そうな顔をしている。殺人犯だと思ってた男がシロだったり、そいつを逃がせと言われたり、色々と情報が入って来て混乱してるのだ。無理もない。

 

「シリウスを逃す役目はシェリー達に任せる。ベガ、ネビル、ドラコ。君達には別の任務を頼みたいのじゃ」

「別の任務……?」

「ネズミになって逃走したピーター・ペティグリューの捜索を頼みたい」

「ペティグリューの?でもそれは……」

「分かっておる。万全を期すためには、シリウスの逃走に注力した方が良いと。じゃが彼の名誉を晴らすには、ペティグリューの拿捕が必須条件でもある。……やってくれんかの」

「……てめえ。ハナから巻き込む気満々だったんじゃねえか」

 

 ベガは悪態をついた。

 ネビルも微妙そうな顔をしているし、ドラコもまた、乗り気ではないようだ。

 シリウス・ブラックのことは気の毒とは思うが、それだけだ。手伝う理由がない。

 一応彼達は純血の名家の出身なので、シリウスと親戚といえば親戚だが、本当にそれだけだ。会ったことすらない。

 いくらベガ達がお人好しとはいえ、見ず知らずの人間のために危険な行動を取るまではしない。

 それにシリウスを逃がす事ができれば御の字だが、それ以上を望み、誰か一人でもしくじれば全て終わる。

 そもそもペティグリューを見つけられるという保証すらない。

 ……だから、これは、お願いだ。

 

「……お願いします、三人とも。相手は何をしてくるか分からない。だから後をつけるだけで良いの。……彼は私の家族なの。

 彼への疑いを晴らしてほしい」

「……………お前にそういう風に頼まれるのは初めてだな……」

「僕は行くよ。どうせ僕達はずっと談話室にいたんだ、タイムパラドックスの危険性は薄いしね」

「……ま、断る理由もねえしな」

「二人とも……!」

「……、僕は、君達に付き合う義理はないし、妹の看病をしたい気持ちもある…が、このままじゃあコルダが何のために君達についていったか分からない。去年の借りも返したいしな」

「ありがとう、ドラコ!」

「!か、勘違いするなよな!別にお前のためじゃないんだからなッ!」

「すごくテンプレートな台詞ね」

「何なんだろうね」

「そこうるさいぞ!」

 

 ……良い友になった……。

 その様子をダンブルドアは微笑ましそうに見守ると、すぐさま表情を引き締めた。

「儂はシリウスが本当に裏切ったのだと思っておった。それは他の者も同様じゃ。頼む、不甲斐ない大人達の勘違いを君達の手で正してくれ」

「俺達はペティグリューを捕まえる」

「私達はシリウスを助ける」

「どちらかが成功すればシリウスを助けられる。……やってやる!」

「……行ってくるわね、ロン」

「すまないコルダ、必ず帰ってくる…!」

 

 ハーマイオニーは時計をひっくり返す。

 世界が巻き戻った────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

(ここで、終わりなのか)

 

 何の意味もない人生だった。

 友を守れず、敵討ちもできず、子孫を残す事もなく。何も為す事ができなかった。

 後悔だらけの人生だ。

 一人だけなら良い。だが、リーマスに迷惑をかけて、シェリー達の心に暗い影を落としてしまった。

 こんな事なら、最初から脱獄なんてしなければ良かったのか?

 他者の人生に介入して掻き乱してしまうくらいなら、いっそあの家からずっと出なければ良かったのではないか?

 ……ネガティブな思考をしてしまうのは、吸魂鬼のせいだけだろうか。死を前にして、己の罪深さを漸く自覚したのか…?

 

(……こんな時、ジェームズならなんて言うだろうか。はは、過去を忘れようと思っても、そう上手くできるもんじゃないな)

 

 そうだ、奴は。

 私を家から連れ出す時、何かの言葉を投げかけてくれたのだ────

 

 

 

 

 

『シリウス、この家から出ようぜ。お前にそこは似合わねえだろう?』

 

 

 

 

 

──紅い少女がやってきた。

 ジェームズそっくりの瞳を浮かべて。

 

「シリウス、この牢から出よう。あなたにここは似合わないよ」

 

 

 




◯ペティグリュー捜索チーム
 【ベガ、ネビル、ドラコ】
 逃げたペティグリューを捕まえる役目。
 彼等が捕まえないとシリウスの無罪は証明できない。ペティグリューが逃げた時、近くにシェリー達もいたため、本人同士が会ってタイムパラドックスを起こさないために、その場にいなかったメンバーが選ばれた。

◯シリウス救助チーム
 【シェリー、ハーマイオニー】
 シリウスを牢から逃がす役目。
 例えペティグリューを見つけてもその間に吸魂鬼にキスされたら意味ないので、ひとまずシリウスを逃がさなければならない。もしペティグリューが見つからなくてもシリウスの命は助けられる。

◯待機組
 【ロン、コルダ】
 ロンは怪我をしたため、コルダは満月の夜のため戦闘が不可能な状態。


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9.満月の夜に吠える狼

アズカバン編6話追記しました。
フリントがドラグーンの指示出すあたりからです。


「そこ、罠魔法があるぞ」

「え、こんなところにも……?」

 

 鼻の効くシリウスの指示に従って、チャリタリの仕掛けた魔法や魔道具の類を取り外していく。

 彼女が仕掛けた魔法の数々は、シェリー達の道のりを阻む分厚い壁となった。数も質も、授業で習ったものとは段違いだ。もしシリウスが犬の動物もどきでなければ、ここに辿り着くまでに十回は捕まっていただろう。

 とはいえ、急がなければ。

 ダンブルドアが闇祓い達を足止めしてくれているおかげで、今のところは何とかスムーズに事が運んでいるのだ。

 

「シリウスがいなかったら、ここまで来れなかったよ。ありがとう」

「わふん。……いや、私のせいでここまで来る羽目になったとも言えるが……」

「き、気にしなくていいよ!」

「……ねえ二人とも、罠の解除を手伝ってもらえるかしら」

「あ、ああ、すまない。……気を付けろ、そこに二重で魔法が仕掛けられてる。私でも嗅ぎ取れるかどうか分からない程に巧妙に仕掛けられてるぞ」

「改めてチャリタリって凄かったんだね…あ、もうすぐ出口だ」

 

 地図を片手に、隠し通路を歩く。(地図はルーピンの部屋から回収したものだ)

 昔、ジェームズとシリウスの悪童コンビは透明マントを身につけては度々夜のホグワーツを探索したらしいのだが、有事の際にマントが手元に無い時はシリウスの影に隠れる能力が重宝したらしい。

 影という特性故に制限が大きいのが難点ではあるが、それでも便利な能力であることに変わりはない。同じくジェームズやペティグリュー、きっとマクゴナガルも特異な能力を得ているのだそうだ。

 

「……。二人とも、ここで止まれ」

「え?」

「妙な匂いがする……人のようだが……なんだこの匂いは?」

「ごめん、お風呂にはちゃんと入ってるつもりだったんだけど」

「違くて。……この一年、ホグズミードには何度か立ち寄ったが……こんな独特な匂いを嗅いだ事はなかった。誰か、外部の人間でも来ているのか……?」

 

 甘い蜜の香りのようでもあり、刺激臭のようでもある、らしい。

 進むほどに匂いは濃くなる。

 シェリー達にもその匂いが分かるほど強くなってきた。

(……シェリー、ハーマイオニー。もし誰か来たら私に脅されて無理矢理連れて来させられたと言うんだ。私としてもその方がやりやすい)

(人質のふりをするって事?分かった)

 

 シリウスが警戒しつつ進むと、一人の男が道を塞いでいた。匂いの発生源も彼のようだ。

 彼が背負うのは、両手斧。

 英国では異端の、杖以外の武器を使って戦うタイプの魔法使い。

 ゆらゆらと不安定に立つ姿は風にはためく旗のようだったが、その眼が、彼の異常性を物語っていた。

 

「……何だ、お前。シリウス・ブラックじゃないか」

「………マクネアか?魔法省の処刑人の」

「久しいな、ブラック。……捕まったと聞いたが」

「悪いがまだ死ねないんでね」

「そうかい。だが悪いな、俺はお前達を殺さねばならん。闇の帝王の仇だからな」

「それが目的か……」

「さもあらん。ペティグリューの回収が本来の目的だったのだが、それは『もう一人』がやってくれるそうでな。一人で暇してたところだ……………!?」

 

 マクネアと呼ばれた男が目を剥いた。

 やばい。シェリーを見て明らかに態度が変わっている。

 

「そこにいるのはシェリー・ポッターだろう!?お前を殺してあの御方に捧げればきっとお喜びになるだろう!」

「……やっぱこうなるのね……」

「ごめん……」

「二人とも、杖は自分を守るために使え。奴は死喰い人だった男だ、何をしてくるか分からない」

「え?デス……何?」

「要するに例のあの人の部下だったってことよ」

 

 まさか、ペティグリューの逃走を察知してやって来るとは。戦闘は避けたいところだったが、この男を倒さねば、ペティグリューの逃走を逃してしまう危険性がある。

 そして何より『シェリー・ポッター』と『シリウス・ブラック』という二大カードを、闇に忠誠を誓った男がみすみす逃すわけがないのだ。

 運が悪いとしか言いようがない。

 どちらにせよ、この男を倒さねば進めないという事だ。

 

「お前達に死を与えてやる。死はいいぞ」

「………」

「死とは芸術。死とは美なのだ。私は闇の帝王に忠誠を誓い、数多の人間を屠ってきた。そうしたらあの方に喜んでもらえた。今日、お前達を殺すことでまた新たなる芸術を創るのだ」

「黙れ。死に美醜の概念などない。人間の美しさは生き方に宿るもんだ」

「フン、お坊ちゃん風情が……」

 

 じりじりと、距離を詰めていく。

 シリウスは犬に変身できれば、杖が無くとも戦える。そして影に隠れて移動して、不意を打つのも可能なのだ。

 そして同学年ではトップの実力を誇る、シェリーとハーマイオニーまでいる。

 マクネアの勝機は薄かったが……。

 

「お前にも分かる筈だ。十三年前、お前の友のジェームズ・ポッターとリリー・ポッターが死んだ。彼等はただ死んだのではなく、そこのシェリー・ポッターを守って死んだ。死ぬことで芸術となったのだ」

「私の両親をそんな風に言わないで」

「違う!侮辱ではない!物語が最後で美しく終われば名作と言われるように、人間も美しく死ねば芸術となる!他ならぬ我が君の手によってあの二人は美しくなった!あの日死んでよかったな、あのまま生き残っていれば醜くなってしまっていたかもしれない!子供を守って死ぬ、最高の人生じゃないか!」

「……あなたの主張をどうこう言うつもりはないけど。それ以上は、やめて」

「いいややめんぞ!シリウス・ブラック!お前もそう思うだろう!?」

 

「──黙れ。私は、お前のような下衆と話す口を持ち合わせていない」

 

 マクネアの、その自分勝手な主張が。

 シリウス・ブラックの中の、眠れる獅子を呼び起こした。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「お、おい。今出てっちゃ駄目なのか」

「駄目だ」

「どうしても?」

「駄目」

 

 ベガ・ネビル・ドラコの三人は、草陰でシェリー達の様子を伺っていた。いや、正確には『約一時間前のシェリー達』だが。

 シェリー達の話によれば、ルーピンが狼に変身した時のドサクサでペティグリューが逃げ出すのだという。

 つまり、ペティグリューがネズミになり逃げ出したタイミングを見計らって捕獲しなくては意味がない。シェリー達に見つかればタイムパラドックスが起きてしまう。

 ちなみに事前にダンブルドアから匂いを消す魔法をかけられていたため、ベガ達がシリウスに見つかる心配はない。

 

「………来た!ペティグリューがネズミに変身した!」

「まだだ、まだ待て!……よし!今だ!」

 

 ベガ達は捕縛や失神呪文をネズミに向けて放つ。だが、不意打ちだったにも関わらず、俊敏な動きで躱される。

 ならばと、事前に仕込んでいた魔法糸や罠魔法を作動させるが、それすらもペティグリューは躱していく。これはベガ達の罠の仕掛け方が悪かったのではなく、ペティグリューが元々、悪戯仕掛け人の中で罠魔法に最も精通していたという点が大きい。

 加えて、動物もどき状態の時、普通の動物よりも身体能力や感覚器官が強化される事があるのだが……ペティグリューもその例に漏れず、髭の感覚が鋭敏になり、それで罠を見抜いているようだ。

 

「だったら、多少手荒な方法で捕まえてやるよ。ラカーナム・インフラマーレイ!」

 蛍火のように淡く輝く、リンドウ色の火炎球が幾多も現れ、ペティグリューの行手を阻む。一つ一つの威力はさして高くはないが、その量でペティグリューを追い詰める算段だ。

 だが、ペティグリューは、脚を止める事なく火炎球の大群に突っ込むと、大きく口を開いて火炎球の一つを口に含んでしまったではないか。

 

「なに!?」

「あ、あいつ、火を喰いやがった!」

 動物もどきとしての能力か。

 ペティグリューは食べた炎を頬袋に溜めると、他の火炎球に向かって吐き出し、相殺させる。

 そして出来た隙間を縫って、そこから逃走を図る。……破格の能力だ。ロックハートの薄っぺらな盾、プロテゴ・メンダシウムを彷彿とさせる。

 ネビルは追撃を放つが、標的の小ささ故に当たらない。当たりそうになれば、ペティグリューはそれを食べる。ネズミなのにイタチごっこだった。

 

「奴の動物もどきとしての能力は、『魔法を吸収して吐き出す能力』……らしいな。直接的な魔法攻撃は効かねえようだ」

「マルフォイ!そっち逃げたよ!」

「任せろっ、『プロテゴ』!……何!?」

 

 ドラコの作った防御壁を、ペティグリューはいとも容易く噛みちぎり、小さな穴を作ってそこから逃走する。

 どれだけ歯が頑丈なのかと思ったが、そういう魔力らしい。攻撃魔法だけでなく、補助魔法まで食べる。彼の前では魔法は全くの無意味であり、物理攻撃しか手段がないというわけだ。

 

「下手に魔法を撃つと奴に反撃される隙を与えるだけだ!囲んで捕まえろ!」

「うん……でもベガ、この先はまずいよ。禁じられた森だ……」

 

 鬱蒼と茂る森の中、小さなネズミ一匹を追うのは至難であった。

 三人の執念の追跡で、どうにかペティグリューを捕捉し続けているものの、なかなか捕獲にまでは至らない。

 もしもこのまま捕まえられず、彼が森の奥地まで逃げられたらもう捕縛は不可能だろう。それまでに捕まえなくては……。

 という、ベガ達の焦りは、すぐに解消される事になる。

 ゆらり、と、動く影が、俊敏な動きでペティグリューの尻尾をつまんだ。魔法を使わずに、純然たる身体能力だけで。手の中でジタバタと暴れるネズミを、つまらなさそうな眼で見ている。

 その男は、狼の姿をしていた。

 その男は、毛むくじゃらだった。

 ────人狼。

 先程ルーピンが変身したそれとはまた違う、筋肉質な肉体を覆い隠す白い毛は、月光に照らされて美しささえ漂わせる。

 敵か味方かでいえば、敵だろう。

 奴の顔には、見覚えがある。

 その顔は──教科書に載っている。

 英国で知らぬ者などいない大量殺人鬼。

 必要に迫られて殺したペティグリューとは違う、快楽のために殺す男。

 『フェンリール・グレイバック』!

 

「おォーい、ペティグリュー。ピーター・ペティグリューさんよォー。あんまり手間かけさせんなよなァー。ここの警備は厳重なの、お前も知ってんだろ」

「か、勘弁してくれ、グレイバック。こっちも色々と大変だったんだ」

 

 どうやらペティグリューとは知己の仲のようだ。彼は嫌々死喰い人に属していたと聞いたが、認識を改めねばなるまい。

 死喰い人の中でも上位の実力者が、わざわざホグワーツまで危険を冒してまで迎えに来た。何をしているか知らないが、重要なポストにいるのだろう。

 

「お前も俺と同じく『闇の帝王』から力を授けてもらった幹部だろ?これくらい自分で何とかしろよな」

「あ、『あの力』は今は没収されているんだよ。お前も知っているだろう……?」

「あー、お前、色々としくじったもんな。それで新参者のクィレルに力を譲渡したんだっけか?まあ、あいつも適正は高くなかったみたいだがな。──さて」

「!」

「一応、死事(仕事)だしな。見られたからには、殺さねえとよ」

 

 軽薄な口調だった。

 世間が抱くグレイバック像そのままだ。野蛮で粗野、下卑た男。ほんの少し喋っただけで彼の性格が垣間見える。

 彼が死喰い人ならば戦闘は避けられないだろう。邪魔者は消すと眼が告げている。

 ネビルとドラコを逃さねば……そうベガが思考していると、狼男の視線が、ちょうどベガの前で止まった。

「…………、お前………」

 何かに驚いたような顔だった。ウルフフェイスでも感情は読み取れた。

 

「お前、名前何て言うんだ?」

「………?死喰い人なんざに名乗る名前は持ち合わせてねえな」

「………、その態度、その口ぶり……。おいペティグリュー、あのガキの名前は?」

「た、たしかベガだった筈だ。レストレンジ家の生き残りの」

「ベガ・レストレンジ……ああ、目つきや態度がデネブそっくりだが、髪はアルタイル譲りだ……ほお………?」

 

 何だ、二人のことを知っているのか?

 レジスタンスに属していたベガの両親と闇の勢力のグレイバックが知り合う方法など一つしかない。お互い戦った時に顔と名前を覚えたのだろう。

 しかし妙なのは、先程からグレイバックの様子がおかしい事だ。ベガを、どこか愛しいモノを見るような眼で見ている。彼にとっては敵の息子の筈なのに、その視線はどこか優しげだ。

 ……事情はよく分からないが、交渉の余地があるのではないか?戦闘を避けられるのであれば、避けた方が良い。

 しかし。

 それはすぐに勘違いだった事を知る。

 

「………お前、良いなあああ──ッ!」

「は?」

「俺はよう、顔が綺麗で整ってる奴が大好物なんだよ!男女問わずなあ!俺はお前ぐらいの歳のガキを何人も喰ったし、犯してきた!だが、中でもお前は格別だ!」

「…………」

「艶のある髪、ハリのある肌!美しいブルーの瞳!だがそんな可愛い顔して性格がクソ生意気なのが素晴らしい!ヘヘハハハ、唆るぜ!良いね、俺は最近十代前半の子供を襲うのが趣味でよ!その生意気な面を俺の手で歪ませてやりたいね!」

「死ね」

 

 己の性癖を曝け出す変態に本気で気持ち悪いものを感じながら、ベガは何発もの魔法を放った。ベガも女遊びが酷いので人の事は言えないのだが、少なくとも無理矢理迫るのは違うと思うのだ。

 しかしそれらの攻撃は全て躱された。

 ならば、と次の手を備えたベガだったがその動きがピタリと止まった。

 

「まあ待てよ。お話しようぜ」

「………なっ」

「えっ」

「……な、なんで……」

 

 ──何でもう背後にいやがる!?

 ベガは焦るより先に驚いた。首筋に、鋭い爪を突きつけられている。

 背後を取られたのは二年ぶりだ。前は吸血鬼のクィレルに背後を取られた。

 しかしあの時はまだベガも一年生、まだまだ未熟だったと言い訳できる。

 だが今回はどうだ?成長を積み経験を重ねたベガが、またもやアッサリと敵に背後を許してしまった。

 ──この男が、早過ぎるのだ。

(認めたくはない、が……こいつ……俺が今まで戦ってきた奴の中で一番強い)

 当然といえば当然。

 グレイバックは闇の勢力の中でも最上位の強さを持つと謳われる実力者。ヴォルデモートに勧誘されるずっと前から、英国で殺人や強姦を繰り返してきた根っからの悪党なのだ。長年裏の世界に身を投じているだけあって、その戦闘経験も豊富なはず。

 それでも……それでも、ベガは、彼との実力が、天と地ほど離れているとは思いたくなかった。

 

「おいペティグリュー、お前は逃げてろ。俺はこいつと遊んでから行くからよォ。…良いなあ……、シェリー・ポッターも上玉だったが、こっちも最高だあァ……」

「わ、わかった。ヒィイイイ……」

「ま、待て!ペティグリュー!」

「おおっと、待て待て。あんなでも俺達にとっちゃ重要人物なんだ、追わせる訳にはいかねえなあ」

「ぐッ……」

 

 逃げるペティグリューを黙って見逃す事しかできなかった。作戦は失敗だ。

 しかし、何なのだこの男は。見た目だけならば狼の姿は勇猛そうに見えるのだが、中身はその真逆で年端もいかぬ少年に欲情する変態クソ野郎とは。

 爪が紅く染まっている。闇に傾倒した魔法使いは身体の一部分が紅く染まるというが、女の爪を模したようで気味が悪い。

 

「俺の爪は特別性でな、『紅い爪』って言うんだよ。去年闇の帝王と戦った時、眼が紅く光ってなかったか?闇に傾倒した魔法使いにごく稀に起こる現象でな、身体のどこか一部分が紅く染まり、魔力量が上昇する現象が起きるんだ」

(何か喋り出した……怖……)

「あのお方にもその力が目覚めてよ、あろうことか力のメカニズムを解析したんだ。

 そして闇の魔法使いの幹部にもその力を分け与えた。俺もその一人。ペティグリューの奴も力を貰ってたんだが、しくじりのせいで剥奪されちまった」

(何だこの話いつまで続くんだ)

「クィレルにもその力が与えられてたんだがよ、その結果はあまり芳しくなかったようだな。魔力は殆ど上昇せず、紅くなる代わりに黒ずんだ。あれは失敗だな。次の貰い手は誰になるのやら」

(……ぼ、僕達はどうすれば……)

「そうだ、お前やれよ!お前幹部になって俺と良いコトしようぜ?な?」

 

 ニヤついたグレイバックの提案を、ベガは即座に断った。

 そしてその瞬間に魔法を唱える。

 既に糸は展開しているのだ!

 ハーマイオニー考案の魔法糸に魔力を乗せ、首筋狙って失神呪文を放った。

 

「──うぉお!?」

 だが、すんでのところでグレイバックは首を逸らしてみせる。完全には避けきれなかったため少したじろいだものの、目立ったダメージはない。

 動揺した隙を狙い離れたベガは、戦闘よりも逃走を選択した。

「逃げろ!お前達!作戦は失敗だ!闇祓い達にこの事を伝えるんだ!」

(闇祓い?おいおいマジかよ、あのアレン達がここに来るってのか?そいつは困る、ベガと良いコトできねえじゃねえか)

 

 至極不純な動機でネビルとドラコもターゲットに入れたグレイバックは、二人目掛けて投石した。人狼の投石は木を抉り、二人の脚を止める。だが、あまりの破壊力に呆然とする暇はない。

 すぐにまた走り出す二人を見て、ベガは広範囲にわたる大規模な魔法を唱える体勢に入る。ベガは相手を分析しながら戦闘を組み立てるタイプではあるが、グレイバック相手では自分の得意技を押し付けた方が良いと判断した。

 幸い、ここは燃える物が沢山だ。

 ペティグリューに気を遣わなくていい今この時、この魔法は極めて有効のはず!

「インセンディオ!」

 狼男を炎が囲んだ。

 足止めくらいにはなるだろうと期待したが、そのどれもが無駄だったようだ。猛る人狼は右手を突き出した形で突進した!

 

「俺の紅い爪は万象を貫く!」

 

 理屈も何もない、ただの突進。

 しかしグレイバックは炎の中を突っ切ってきた。紅い爪は、燃え盛る火炎をも貫いたのだ!

 舌打ちしながらもグレイバックの猛攻をいなし、予め木を『変化』させておいた槍でカウンター気味に迎え打つ。毛皮の一部を裂いただけだが、ダメージは入った。

 だが血が流れたからか更に獰猛さを増すグレイバックの攻めに、ベガの回避も少しずつ間に合わなくなってきた。

 

「良いねえ、興奮してきた!血が流れて迸ってきたぜえ!」

(戦闘狂かッ、こいつ!クソ、近接戦闘じゃこいつに勝ち目はねえ!)

「ほらほらほらァー、まだまだ俺はこんなもんじゃないぜ!?このくらいで粘ってんなよ、もっと興奮させてみろオ!」

 

 たまらず、木々の中に身を投じて戦況を変えようとするも、その木ごと破壊して攻撃を放ってくる。しかも出鱈目に動いているようで、まだまだ余力を残しているのがベガにも分かった。

 高すぎる身体能力故の、単純な力押し。

 が、突破口が無い訳ではない。

 動体視力が高いという事は、つまり目眩しなどが余計に効きやすいという事。至近距離からルーモスで光らせてやれば、グレイバックは確実に怯むだろう。

 問題はむしろそのあと。身体能力が段違いなのだ、目眩しをしたとて逃げられる相手ではない。

 では攻撃に転じて攻め立てるのか?と聞かれれば、それも難しい。人狼であれば、いやこの男であれば視覚に頼らずに戦闘するという荒技も可能だろう。

 

(だから、できるだけ高威力の魔法をゼロ距離で放たなければならない。一撃が強い魔法……一点集中で悪霊の火を使い肉を焼いてみるか……?)

 ──それで十分なのか?

 ──それじゃあクィレルの時の二の舞じゃないのか?ロックハートもそうだ。俺が殺す気で挑んでいれば敵を倒せていた事が何度もあっただろう?

 ──これ以上、自分の友人を危険に晒していいのか?

 ──もっと強力な魔法があるだろう?

 ベガの中の悪魔が囁いた。

 常々思っていたことだ。

 敵を作るだけの自分とは違う、敵を赦し味方に引き込むシェリーに憧れて、何度も甘い選択ばかりしてきた。

 だがその度に後悔する。自分がもっとしっかりしていれば。もっと強ければ。もっとちゃんとしていれば。

 シドも、死ななかったのではないか。

 今が変わる転機ではないのか。

 この男も、殺す、べきではないのか。

 

(……死の呪文なら……)

「なぁーに余所見してんだあ!?そんなんじゃ俺を殺せねえぞ!」

「!ハッ、お前ごとき余所見しながらでも倒せんだよ!」

 

 どっちみち、魔法を使わない事には始まらない。ベガはそう結論付けて、杖先から魔力を放った──

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベガは大丈夫かな」

 

 禁じられた森の中を逃げながら、ネビルはポツリと呟いた。

 

「大丈夫だろ、何を心配してる?あいつの強さはお前が一番よく知ってるだろ」

「うん……そうなんだけど。でもベガは僕達の誰よりも能力が高いから、誰よりも危険で難しい役割を率先してやる。だから今回も僕達を逃がすために……」

「それは、その役割を自分ならできると確信してるからだろ?あいつなら大丈夫さ、つーか走るの遅いぞロングボトム」

「悪いねこんな体型なもんでね。

 戻って、くるよな?ベガ………ッ!?」

 

 身を屈めたネビルの真上を、銀髪の少年が飛んでいく。体勢から見るに、吹き飛ばされてここまで来たようだ。

 勢いそのままに木に直撃し、背中を強く殴打する。神経系が集まる頭部から背中を強く打っても意識を飛ばさないのは、彼の執念といえよう。

 ──ここまで吹っ飛ばされたのか?

 ──あの、ベガが?

 狼狽するネビル達に、彼は強く言い放った。彼の声色は焦りと少しばかりの恐怖が滲んでいた。

 

「ッ、………、ネビル、ドラコ!まだこんな所にいたのか、早く逃げろッ!ぐ……、こいつは今までの敵と格が違う。……俺じゃこいつに勝てねえ!」

「……か、勝てない、だって?」

「勝てないんだよ!グレイバックはダンブルドアやヴォルデモートを除けば最強格の人間だ!逆に言えば、こいつと真正面から戦って確実に勝てるのは、今、ダンブルドアしかいねえんだよ!

──こいつは殺す気でいく。そうでないとこっちが死ぬ……!」

 

 レックス・アレンとの交戦で微かに感じた、強者の貫禄。『人間の最高到達点』。

 それと同じものを感じていた。

 彼の動きを先読みしても、火炎系魔法で薙ぎ払っても、守護霊で陽動しても、小細工を使っても、全て無駄に終わる。高すぎる身体能力がその全てをひっくり返す。

 ベガの攻撃を尽く無力化して、手札が無くなったところで骨を折り連れ帰るというのだから笑えない。何故神はこんな男に力を与えたのだ。

 

(なんとなく分かる……俺が残してる手札はまだあるが、そのどれもが奴に通用しないだろう事が……『奥の手』もきっと回避されて終わりだ……どうする………!?)

 ──いや、手札はまだある。

 ──許されざる呪文を使え。禁忌とされる呪文の効果は絶大だ。

 ──護りたいのは友か?それとも自分の安っぽいプライドか?

(…………、やってやるよ。こいつ達を守るためなら、俺は本当の悪魔にだってなってやる!)

 

 一秒の硬直。狂おしい程の葛藤。

 しかしベガは決断した。

 グレイバックに突っ込み、炎を交えた近接戦で攻め立てる。一手、二手、三手ときて、四手目に本命の『死の呪文』をゼロ距離で放つ。

 奴の身体能力は脅威だが、奴がどのくらいのスピードで動くかは分かった。後は、身体がついていけば良いだけ。自分の身体に鞭打って、グレイバックの初撃を横に回避して──

 

「かかったな」

(………!!自分の骨を折って、無理矢理軌道を変えやがった……!?)

 

 全く想定外の方向からの一撃を、ベガは躱しきれなかった。グレイバックの紅い爪が、右眼から右胸にかけて切り裂いた。

 大丈夫だ、致命傷は避けた、右眼の眼球も無事だ。そう言い聞かせるが、それでもベガを焦らせる十分すぎる理由ができた。

 

 

 

 (杖が……折れた……!?)

 

 




◯動物もどき
何か動物に変身できる、杖を使わない高等魔法。
何の動物になるかは変身してからのお楽しみ。
ちょっとした特殊能力も手に入る。
例)
シリウス・ブラック→犬
影に隠れる能力
ピーター・ペティグリュー→ネズミ
魔法を食べて吐き出す能力
など。

死喰い人連中はキャラ薄いから濃くしていくね…。キチガイと変態にするね…。


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10.力を示せよ少女達

 

 頭蓋骨を鑢で削られていくような激痛でコルダは目を覚ました。

 カラカラに渇いた喉に水を流し込む。その瞬間吐き気が襲いかかったが、なんとか飲み込んだ。

 ここは……医務室のようだ。目を覚ます前の出来事を思い出して、コルダはサッと血の気が引いた。自分が人狼であるのがバレてやしないだろうか……。

 

(……、後でそれとなく彼等に話を聞きましょう。今は……ルーピン先生が狼になって約一時間後、ですか。ッッ!痛い……)

 

 どうやら浅い眠りだったようだ。他に医務室にいるのはロナルド・ウィーズリーだけで、マダム・ポンフリーは席を外しているようだった。

 割れるような痛みが頭を襲う。ああ、またこの苦しみに耐えなければならない。コルダは孤独を感じた。

 愛しの兄に会いたい……。

 

(………お兄様達は、今どこに?)

 

 コルダは嫌な予感がした。

 ルーピンが狼になった時、あの場にはシェリーとハーマイオニーも居合わせていたはず。怪我の大小はあれど、彼女達も医務室に運び込まれていないとおかしい。

 なのにここにいるのはロナルド・ウィーズリーだけ。

 コルダの予感は的中していた。

 ──今はシェリー達が『時間転移』してから、約数分後のことだ。

 シェリー達は一時間前にタイムスリップして、そこからシリウスを助けたりペティグリューを追ったりとそれぞれ奔走しているのだが、そこから一時間経っても彼等は医務室に帰って来ていないのである。

 つまり、計画が上手くいっていない。

 もはやタイムパラドックスも何もない。

 このままでは、彼等は死ぬ。

 その事実を知らなかったが、コルダは、何かまずいという恐怖を感じていた。

 ──彼等を助けなければ。

 

「ロ、ロナルド・ウィーズリー…、お、起きてますか?すみませんが、本当にすみませんが、私が外に出るのを手伝ってくれませんか……」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 大型犬になれるシリウスが前衛でマクネアと戦い、後衛でシェリーとハーマイオニーが攻撃する。

 シンプルだが理想的な陣形の筈だった。

 だが、実際にはシェリー達の攻撃は彼に全く当たらなかった。霞に向かって攻撃しているような手応えのなさ。シリウスが近距離で攻撃しても空間が歪むだけで、透かされているようだった。

「妙だわ、この敵!」

「うん何かおかしいね!」

「攻撃当たらないわ!」

「うん全然当たらないね!」

「くそッ、おそらく魔法で虚像を作っているのだ!物理攻撃は効かんぞ!」

 

 言い終わると同時、斧が振り下ろされる音がする。シリウスは地面を蹴って離れると、分厚い金属が地面に叩きつけられた。

 シリウスは内心舌打ちする。

 この攻撃も、本来ならもっと簡単に躱せた筈だ。犬になる事で鋭い嗅覚を得た彼は匂いを辿って『どこから攻撃が来るか』を把握する事ができる。それによって近距離では無類の強さを誇る……筈だった。

 だが、先程から充満しているこの匂い。

 この刺激臭がシリウスの鼻を狂わせているのだった。

 

「念のため持ってきておいて正解だった。俺が持っている花は魔力を込める事で刺激臭を放ち、幻惑を見せるという効果があるのだが……」

「ッ、それが私の嗅覚を狂わせているということか!」

「ハハハハハ!まずはお前を両断して冥府に送ってやる!」

 

 スノードロップ。

 マグル界にも存在する白い花だ。

 イギリスではこれを贈った相手は死ぬという伝承がある。

 とある農村地方で恋人を喪った女性がスノードロップの花を傷の上に手向けたところ、その恋人は雪のしずく(スノードロップ)となって消えてしまったという。

 しかし実際には、恋人を想う女性の想いが身体の底の微かな魔力を呼び起こし、それがスノードロップに作用して幻惑を見せてしまったのだろうというのが魔法界では定説だ。深い愛ゆえに消えてしまうというのは何とも皮肉であるが。

 しかし、その花を使い幻影を作り出し、予期せぬところから強襲してくるマクネアは脅威だ。

 

「どうしようハーマイオニー、このままじゃ全員……、ハーマイオニー?」

「……ごめんなさい、少し静かにしてくれるかしら。今、糸を展開しているの」

 

 糸を展開。

 魔法糸を伸ばしているということか?しかし、あれは糸を敵にくっつけて初めて効果が出るものだ。今のように、幻惑でシェリー達を惑わしている相手にはくっつけられないし、意味がないはず……。

 ……いや、逆か?

 糸を蜘蛛の巣のように広く伸ばして範囲攻撃をすれば、隠れているマクネアにもきっと攻撃が届くはず。威力は半減だろうがダメージ自体は入るし、一瞬でも動きを止められるはずだ。

 

「だからその一瞬に、シェリー、あなたがマクネアを攻撃するの!最速で早撃ちできるあなたがやるのよ!」

「…………、わかった!」

「いくわよ……3、2、1……」

 

 『点火』。

 ハーマイオニーは糸に魔力を流し、流れた魔力は糸を伝っていく。四方八方に散らばった魔力は、触れればマクネアの動きを止めるだろう。

 だが、死喰い人として戦闘経験を積んできたマクネアはハーマイオニーの策を読んでいた。魔法糸の存在は知らなくとも、何か範囲攻撃をしてこちらを探知するだろう事は読めていた。

 だから、マクネアはシリウスと重なる位置へと移動していた。味方のいる方には攻撃してこないだろう、という予測。

 そしてシリウスも今はマクネアを見つける事ができない!

 

「小娘どもの攻撃など喰らうか!死ね、シリウス・ブラ────」

「フリペンド!!」

「────ックうああああああ!?」

 

 シェリーの弾丸がマクネアの心臓に直撃した。その衝撃はすさまじく、マクネアは上手く息をする事ができない。

(な、何故私の位置が……!?)

 トリックは簡単。

 マクネアがシリウスの方へと逃げるのを見越して、シェリーがその方向へ攻撃しただけという話。

 事実、ハーマイオニーは魔法糸をシリウスの方へは伸ばしていなかった。

 そして──シリウスが位置を把握した。

 マクネアの影の中に潜ったかと思えば、噛み千切らん勢いで飛びかかる。

 

「一度影に潜ってしまえばこちらのものだ!その喉元を喰いちぎってやる!」

「き、貴様ッ!やめろ!噛むな!お手!お座り!待て!」

「そんなものが効くか!」

「待ってシリウス!」

「わふん、どうしたシェリー!」

 

 ──吸魂鬼!

 騒ぎを聞きつけたか、人間の幸福を嗅ぎつけたのかは分からないが、五〇を優に越える数の吸魂鬼が空を覆い隠していた。

 魂に刻み込まれた恐怖が蘇る。

 その場の誰もが戦慄した。

 マクネアは意識を失った。シリウスはトラウマを思い出したようだった。ハーマイオニーはその場にぺたりとへたり込んだ。

 シェリーもまた、恐怖に呑まれそうになっていた。

 

(ああ、また、こんな事ばかり考える)

 

 どうして両親はあの時死んだのだ?

 マクネアの身勝手な死生観に感化されたわけではないが、両親は生前に一つ過ちを犯したと思わざるを得ない。

 何で自分なんかを助けたのだ。

 自分など置いて、どこへでも逃げてくれた方がよっぽど良かったのに。

 ああ、頭が痛い。

 赤ん坊の時のことを思い出そうとすると、いつも頭が痛くなる。断片的な記憶が浮かんでは消えていく。

 

 闇の帝王と対峙する父親。

 必死に守ろうとする母親。

 凶悪な人相の闇の帝王。

 泣き叫ぶ赤ん坊。

 一人取り残された自分。

 あの時の両親の判断は正しかったのか?

 

(それは分からない。選択に正解も不正解もない。……私にできるのは、二人の犠牲を無駄にしないことだけだ!!)

 もう二人の死を嘆きはしない。

 自分にできるのは、二人が創ってくれた未来を歩むことだけだ!

 幸福よ湧き上がれ。

 舞い上がれ情動よ!

 魔力は感情の起伏によって上下する事があるという。ならば、この呪文は、ある意味で最強の呪文といえるだろう!

 

「──守護霊よ来たれ!!」

 

 撃ち出される銀の弾丸は、徐々に動物の形へと変貌していく。

 透き通るような神々しさ。湖のほとりに佇んでいるかのような姿は、ハッと目が覚めるほどの美しさだ。

 牝鹿。

 シェリーの守護霊は、牝鹿だ。

 しかしそれは、牝鹿と言うには奇妙な風体をしていた。小柄で華奢な躰は牝鹿そのものだというのに、頭には牡鹿特有の立派なツノがどっしりと聳えている。

 リリー譲りの身体。

 ジェームズ譲りの意思。

 その守護霊は、シェリーという人間をこれ以上なく体現していた。

 

「お願い、皆んなを守って!!」

『────』

 

 シェリーの願いに応えるように、守護霊は天を駆けて吸魂鬼を蹴散らす。

 その咆哮は、猛々しくも凛々しい女傑のようでいて、澄み渡る美しい鐘の音のようでもあった。

 純度の高い聖水が毒となるように、暴力的なまでの精錬さは、吸魂鬼にとっての劇薬となる。

 シェリーは守護霊の呪文に対する適正があるようだ。彼女のそれは、普通の守護霊と比べてもかなり強力だ。

 ──守護霊が消えたのは、吸魂鬼達が全員退散した頃だった。

 

「……、すさまじいな。シェリー、守護霊を使うのは初めてか?」

「うん。上手くいってよかった……」

「君の守護霊は鹿か。……牝鹿の身体に、牡鹿のツノ。……君は本当に、両親の魂を受け継いでいるのだな」

「え?」

「リリーの守護霊は牝鹿だったし、ジェームズはいつも牡鹿に変身していたんだよ」

 

 シリウスは寂しそうに笑った。

「そして君は、ジェームズでもリリーでもないのだな」

「!……ごめんなさい」

「謝る事じゃない。……私は今まで彼等の幻影に囚われていたようだ。マクネアにああ言っておきながら、私が一番死に苦しめられていたようだ……」

 シリウスはシェリーを抱き寄せた。厚い胸板は男らしく、頑強だったが、その顔だけが迷える少年のようだった。

 ……どれほど悩んできたのだろう。どれだけの苦しみを背負ってきたのだろう。

 彼は一生苦しみ続けるのだ。そういう道を選んだ。永遠に苦しみ続けて、死ぬ。

 だが、一つの答えは出た。

 

「すまない、シェリー。今はただ逃げるしかできないが、無実を証明できたなら、絶対に駆けつけて君を守る。約束する!」

「………うん、その時は一緒に暮らそう。私、ずっとずっと待ってるから!!」

 

 シリウスは行った。

 空気を読んで気絶していたフリをしていたハーマイオニーが起き上がった。

「よかったわね、シェリー」

「……うん。本当に……」

 マクネアは縛ってその辺に放置しておく事にした。そのうち闇祓いが見つけてくれるだろう。

 シェリー達の、誰にも語られる事のない戦いは終わった。さて……ベガ達はペティグリューを見つけられただろうか。

 忍びの地図を開く。するとそこには、予想だにしない名前が出ていた。

 

「え……?『フェンリール・グレイバック』ですって……!?」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ────」

 

 ベガは折れた杖に魔力を込めた。

 折れた杖で魔法を使えば、魔力の制御を失い最悪の場合暴発してしまう可能性がある。しかし、天才たるベガの精密な魔力コントロールにかかれば、魔法の軌道はある程度まで制御できる。

 だが、それが何だというのだ。

 魔法がある程度制御できたところで、その威力はガタ落ちだ。そしてベガが今まで行使してきた悪霊の火やその他高等魔法、それらが使えなくなってしまった。

 弱体化もいいところである。

 ベガのささやかな抵抗をあっさり躱したグレイバックは、ベガを踏みつけにした。

 

「ガハッ!」

「良い格好だな?ベガ。お前は活きの良い奴は嫌いじゃないぜ……むしろ好きだ」

 

 一番恐ろしいのは、狼人間としての自分を完璧にコントロールしていること。狼の姿になっても理性が飛ぶ事はない。

 高い能力を持つ怪物とは何度も交戦してきたが、その中でも最強クラスの肉体。

 今のベガ達では勝てない。

 いや、これからベガ達が成長を遂げたとしても勝てる相手なのだろうか?

 ベガは脳内で『奥の手』の魔法の構築式を計算して、やめた。あの魔法は出力が大きすぎて到底使えない。

 ドラコは恐怖を噛み殺した。

 

「ま、待ってくれ!見たことあるだろう、僕はマルフォイ家の長男だ。ルシウス・マルフォイの息子なんだよ。ぼ、僕に免じてここは退いてくれないか?」

「………あー?ああ……あああ!!お前ルシウスの息子かァ!ヘハハハ、久しぶりだなあ!あの時のガキが随分と大きくなったもんだ!」

「そ、そうだ!ドラコ・マルフォイだ!」

「いやあ懐かしいなあ!ルシウスとは昔っからの付き合いだ!悪りい悪りい、お前まで殺しちまうところだったよ!」

 

 ほんの少しだけ安堵する。この男は、話が通じないわけではない。

 ただ倫理観が狂っているだけだ。現に今、なんか親戚のおじさんヅラしている。

 多少は話が通じる……かもしれない。

 

「ベガを連れ帰るのはやめてくれ!そいつは……そう、色々あって殺しちゃいけない事になってるんだよ。その……闇の勢力の計画に必要とかで」

「あァ、そうなの?マジかよ。ベガは俺の恋人にする予定だったのに」

「こいびと……と、ともかくだ。ペティグリューを逃がすっていう当初の目的は果たされたんだろ?だったらもうこれで万々歳じゃないか」

「それもそうだな。ウン、お前に免じて許してやるか」

 

 生唾を呑み込む。

 分かってくれたのか。あの凶悪な強さで歪んだ精神の男は、意外にもアッサリと退いてくれた。それが逆に不気味だった。

 ドラコの恐怖はもっともだ。人狼は狼になると理性を殆ど失うという事を、彼は誰よりも知っている。強い精神力のコルダでさえ狼になると苦しみもがくのだ、それをこの男はアッサリとコントロール「あ、そういやコルダは元気かよ?」

 ……今この男は何を言った?

 

「だからコルダだよコルダ。元気してるのかよ、あいつ」

「な……なんでそこで僕の妹の名前が出てくるんだ?彼女は関係ないだろう」

「あれ、言わなかったっけか?六年くらい前にお前の妹を噛んじまってよ」

「………………え?」

「その時はさ、年端もいかねえガキが人狼になっていく激痛と絶望を見るのが趣味だったんだよな。だから裕福そうな家庭のピクニックに忍び込んで、移動手段を無くした上でガキを人狼にするって遊びをしてたんだよ。けどまさかマルフォイんとこのガキだとは知らなくてよお」

「………お、お前、何を…………」

「あっ、そういやこれルシウスに言ってなかったんだっけか。悪りい、あいつには秘密にしといてくれねえ?」

「………ふざけるなああああああ!!!」

 

 世間話をするように。

 全くの反省が込められていない、軽薄に打ち明けられた言葉に、相手が格上である事も忘れてドラコは憤慨した。

 決死の魔法の乱射を、欠伸を噛み殺しながらグレイバックは躱した。

 

「お前………お前が………お前のせいでコルダが……!!!」

「何だよ、たかが人狼になるくらい良いじゃねえか。肉体も強化されるし、努力次第じゃ満月の夜以外にも変身できるようになるんだぜ?良い事づくめじゃねえか」

「そんな勝手な理屈があってたまるか!!あの子が、どれだけ苦しんだと思う!?あの子がどれだけ自分の人生を呪ったと思う!?月に一度、地下室でずっと泣いてるあの子が、どんな気持ちか、考えた事があるのか!!」

「知らねえよ、それはそっちの事情だろ」

「…………ッ!!」

 

 コルダ・マルフォイに、真に心の通う友人は存在しない。彼女の真実を言えばきっと拒絶されてしまうからだ。彼女の世界は家族の中だけで完結しつつある。

 それがドラコは許せない。

 このままでは、彼女の心は地下室に埋もれたままになってしまう。そんな悲しい人生で終わらせたくない!

 

(これが、お父様に対する悪意で行われたものならまだ納得できる。お父様はあちこちから恨みを買ってる、それならまだコルダが噛まれたのも赦しはしないが納得はできた。罪は、家族皆んなで共有していくものだからな。皆んなで償っていくべきだ。

 ……だが狼人間にされたのが、そんなくだらない理由なんて………そんなのってあるか!?これが天罰だとでも言うのか!)

「フェンリール・グレイバック!僕はお前を殺すぞっ!!」

「…仕方あるめェ。そっちが殺す気なら俺も加減はできねえぜ!?」

 

 妄執のドラコに、グレイバックがカウンターを入れようとして、

「その子から離れろォォォーーー!!」

 視覚外から矢が放たれた。

 グレイバック目掛けて、だ。グレイバックが何本もの矢を回転しながら躱し発射点を見ると、森の奥にズラリと並ぶ半人半獣の生物達が、弓を構えて立っていた。

 ケンタウルス族。

 プライドが高く、本来なら人とは過度な干渉をしない生物なのだが、禁じられた森のケンタウルスに限っては生徒達を助けてくれる頼もしき味方だ。

 黒髪のケンタウルスの背にネビルが乗っている。彼が呼んで来てくれたのだ。道理でさっきからいなかった筈だ。

 

「ケンタウルス族か。何故お前達がこいつ達を庇う!?」

「ヒトの子にはデカい借りがあるのでな」

「?……おっと、弓を使い陣形を組んで攻めてくるのか!良いね、今日は眠れない夜になりそうだぜ!」

 

 禁じられた森は彼達のフィールド。さらに近距離専門のグレイバックに対して、遠距離から弓で攻撃するケンタウルス達は相性が良い筈である。

 倒せなくとも、時間は稼げる筈──!

 

「──だが、遠距離対策くらい俺がしてないと思うか!?」

 

 満月の夜に、狼は吠えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──禁じられた森の中を、二体のケンタウルスが爆走していた。

 彼等の背に乗っているのは、ベガ、ドラコ、ネビルの三人。少しでもグレイバックから離れなければ、というケンタウルス達の判断だ。

 ケンタウルス達はホグワーツの子供を守るために走っていたのだ。

 

「離せ!俺が戦う!無関係のお前達を巻き込むわけにはいかねえ!」

「君、暴れるな!今すぐホグワーツに連れてってやるから!」

「僕も降ろしてくれ!あいつは妹の仇なんだ、あいつが妹をッ!」

「君も落ち着きたまえ!何だ妹って!誰の話してるんだ!」

「ああもう、二人とも寝てろっ!」

「「ぐぼっ」」

 馬上で暴れるベガとドラコを、ネビルは殴りつけた。グレイバックとの戦いで疲れていたのか、ベガはそのまま寝た。

 

「何するんだロングボトム!!」

「いいから大人しくしてなよ。僕達じゃああいつに勝てっこないよ!」

「だからといって……」

「……これはもう僕達の手には負えない。大人の手を借りるしかないよ」

「……ホグワーツに戻るってのか?」

「うん。マルフォイ、時計を見てみて。もうすぐ僕達が過去に飛んでから一時間が経つ。つまり、タイムパラドックスの心配は無くなるって訳だ」

「…………あ」

「今ホグワーツに戻って、ダンブルドアや闇祓い達に助けを求めるんだ。君の因縁は僕は知らないけど、あいつに文句があるならアズカバンに行ってから言えばいいのさ、違うかい」

「…………いや、違わない。すまない」

 

 ひとまずホグワーツに戻らなければ。そこに行きさえすれば、味方はいくらでもいるのだから!

 そして数十分ほど時間が過ぎた。

 まだ着かない。

 

「あ、あの。すみません、走り始めてからけっこう経ちますけど、まだホグワーツに着かないんですか」

「……妙だな……もうとっくに到着していてもおかしくない頃だが……さっきから同じ道ばかり走ってるような……」

「嘘だろ!?ちょ、しっかりしてくれ!」

「ごめん」

「……この森を知り尽くした私達が迷うなどあり得ない!」

「現に迷ってるじゃんか」

「何か罠が掛けられているという事だ!恐らくは、『入ったら出られない結界』のようなものを既に作られて……!!」

 

 

 

 

 

「──よおおお、ベガアアア。会いたかったぜえええええ」

 

 

 

 

 

 下卑た笑みを顔面に貼り付けたグレイバックが、馬にも匹敵する速度で現れた。

 心臓が警鐘を鳴らした。身震いする。

 まさかとは思うが、数十体のケンタウルスを撒いてきたというのか?

 ──化け物か、こいつ。

 グレイバックが仕掛けた結界は、ホグワーツに侵入するにあたってマクネアが作った特別性だ。結界内の人間を迷わせて、そこから出られなくするというもの。

 本来はペティグリューを追う人間を妨害するためのものだったが……グレイバックが使えば、降参不可能の特別リングと変貌するというわけだ。

 ケンタウルスの一人は激昂した。

 

「貴様!我々の同胞はどうした!?」

「全員ノシてきたぞ」

「な………」

「いやァ、中々筋は良かった!まあ、俺には手も脚も出なかったがな!ヒャハァ!」

「ぐあッ!!」

 

 ケンタウルス達がグレイバックに蹴飛ばされる。馬上のネビル、ドラコも同様に地面に転がり、意識のないベガは吹っ飛ばされた。……息はあるようだ。

 だが、この状況はまずい。

 ケンタウルス達は全滅。

 ベガは気絶している上に、起きたとしても杖が折れている。

 戦えるのはせいぜい平均レベルの能力しか持たないネビルとドラコのみ。

 ホグワーツに逃げる事すらできない。

 ……勝ち目が薄いのではなく、ない。

 

「……き、来てみろ!僕の友達や助けてくれたケンタウルスの人達に手を出すのは、僕が許さな………ぎゃああああっ!!!」

 グレイバックはネビルの腕を折った。

「なにを、許さないってんだ?」

 妙な方向に曲がっているのを見て、千切らないだけ温情だと思うのは、こちらの感覚がおかしくなったのだろうか。

 

(……まずい。まずいまずいまずい。とうとう僕一人だけだ。戦える人がいない。ああ、こんな事ならポッターの頼みなんて聞かなきゃよかったんだ!ちっぽけな勇気で死ぬくらいなら、僕は臆病者がよかった!死にたくない。死なせたくない!

 こんなの……こんなの、申し訳が立たない。ポッター達に……お父様に、お母様に、コルダに!何て言えばいいんだ!!)

 

 ドラコ・マルフォイにできたことといえば、その場に蹲りただ震えるだけだった。

 グレイバックは顔の良い人間を好んで嬲る悪癖がある。平時であればドラコは見逃されていただろう。

 だが今のグレイバックは興奮状態。顔の良いケンタウルスや美少年のベガを見て昂っている彼は、ベガ達のついでにドラコも殺すつもりだ。

 ドラコは中途半端だった。

 グリフィンドール生ほどの正義感や勇気は持ち合わせていないが、生粋のスリザリン生ほど狡猾にはなれない。

 環境次第でどちらにも傾いてしまうような、ただの少年だった。だから怯えるし、怖いし、震える。

 少年は月の下で弱さを嘆いた。

 

 幻覚だろうか。

 プラチナブロンドの髪を、一房だけ三つ編みにした少女が、こちらへやってくる。

 コルダ・マルフォイ。

 ロナルド・ウィーズリーに肩を貸してもらいながら、ずるずると、泥の中を歩んでいるような足取りで、歩いていた。

 入れば出られない結界の中に、わざわざ入って来て……。

 …………いや、彼等は本物だ!

 

「お兄様……!」

「わ………わ!?何だこれ、どういう状況なんだ!?」

 

 何で。

 何で、こんなところに。

「おォ、また上玉が来たなあ!今日は本当に良い日だ!」

 美形に目がないグレイバックがコルダを見てぐにゃりと笑う。それを見て気味が悪そうにロンが唸った。

 

「な、何だありゃあ……」

「ありがとうございます、ウィーズリー。ここまでで大丈夫です、逃げてください」

 

 コルダは月光に照らされる。

 氷魔法で狼化を抑えている彼女が月光に当たれば、激痛に苦しめられる。だから今は立っているのもやっとだった。

 

「覚えていますか、お兄様」

 

 それでも彼女は可憐に笑う。

 

「私、貴方に髪を編んでもらった事があるんです」

 

 溢れるのは、仕舞っていた感情。

 

「ずっと醜い狼は嫌だって泣き噦る私を慰めようとして、少しでも女の子らしい格好にしようとしてくれて。それで、お兄様は三つ編みを作ってくれたんです」

 

 何だ。何をするつもりだ。

 

「その時のお兄様は不器用で、何時間もかかって三つ編みを一房作るので精一杯でしたね。でも私にとって、その一房がとても嬉しかったんです」

 

 コルダ、何を──

 

「だから毎日、私は髪を一房だけ三つ編みにするんです。……何言ってるんでしょう私、走馬灯って奴ですかね。他愛も無い事ばかり思いだしちゃうな」

 

 

 

 

 

「──お願い、生きて、お兄様」

 

 

 

 

 

 コルダは首筋に杖を向けた。

「──夢はおしまい」

「!!待て、待て!!やめろコルダァアアーー!!!」

 楽しかった──。

 

(まほう)よ解けよ」

 

 割れるような音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅるるるるるううううあああ!!!」

 

 

 

 雪のように白く美しかった少女は、瞬く間に汚く醜悪な狼へと変貌した。

 整った顔は、歪でぐちゃぐちゃに。

 白い肌は、でこぼこの筋肉に。

 大人しく清廉そうな少女は、理性を感じさせぬ風貌へと豹変した。

 コルダが長年隠し続けてきた秘密は、この日、月光の下に晒された。

 見られた以上は、もう真っ当には生きていけない。コルダはそれも覚悟の上だ。

 ──それでも護りたいものがある。

 

 コルダ・マルフォイ。

 氷魔法を解除。狼と化す。

 少女は月の下で強く吠えた。

 

 




スノードロップに魔力を流したら幻惑が見えるのは流石にフィクションですが、イギリスで死の象徴とされているのは本当です。
スノードロップは待雪草とも言われ、雪の下で春が来るのをじっと待つ花なんですねー。え?じゃあ作中のこの時期に咲くのかって?それは微妙なところです。
きっと地球温暖化があれやったんや!


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11.蒼き焔は静かに燃ゆる

 奇妙な光景だった。

 身も心も美しい女生徒が醜い狼に。

 快楽殺人鬼が、勇猛な狼と変わる。

 二匹の狼は組み合うと、相手を食い破らんと、力任せに攻め合った。

 事情を知らない人間が見れば、狼の姿の勇者がおぞましき怪物と戦っている構図に見えるかもしれない。だが実際はその真逆で、いたいけな少女が家族を護るために死力を尽くしているなど思わないだろう。

 その光景を目にして、ドラコは、非難するような声を上げた。

 

「ウィーズリー!なぜコルダをここへ連れてきた!?お前ッ、何してくれたんだ!」

「……ごめん」

「謝って済む話じゃない!!」

「そうだな、謝って済む話じゃない。……だから僕にできるのは、あの子の覚悟を護る事だけだ!」

 

 ロンは走り出す。

 彼がコルダの願いを聞き入れて、彼女が医務室を抜け出すのを手伝った理由はひとつ。兄を想う妹の必死な様子を見て、この頼みは断れないと思ったからだ。彼もまた兄なのである。

 まさかルーピンだけでなく彼女まで狼人間とは思わなかったが、結果がどうあれ、ここまで連れて来たのは自分だ。

 その責任は取らねばなるまい。

 コルダが足止めをしている間にベガとネビルを安全なところまで運び、応急手当を施す。倒れ伏すケンタウルス達も同様に処置を行った。

 

(……くそ、僕だけが足手纏いになる訳にはいかないか!)

「ウィーズリー!この森には結界が仕掛けられている!それを解除しない限りこの森からは出られないぞ!」

「何!?……あれ、でもじゃあどうして僕達は結界内に入れたんだ?」

「そりゃあ、あいつらが中に入ったら出られない設定にしたから……」

 

 そこではたと気付く。

 中に入ったら出られない?

 それはつまり、結界の外側からなら簡単に解除できるということか?外部からの衝撃に弱く、結界の中からは解除できない?

 ならグレイバックはどうやってここから脱出するつもりなのだ?何か、解除するポイントがある筈だ……。

 ……そうか!

 結界の中心部!そこから結界は発生していて、かつ衝撃に弱い箇所のはず!

 

「分かったぞウィーズリー!結界の中心部だ!そこに何かマジックアイテムのような物が置いてある筈だ!」

「お、おう!……で、そこはどこなんだ」

「……わからない」

 

 場所のヒントは得られたが答えは分からなかった。二人して頭を抱える。ああ、こんな時にハーマイオニーがいれば!

 ハーマイオニーならきっと持ち前の計算力で魔力の流れを感知して何やかんやしてこの結界も解けた筈なのに!

 

「ふ、二人とも。ちょっといいか?」

「ケンタウルスのおじさん!」

「ベインだ。ヒト族の魔法の事はよく分からないが、要するに、この結界の中心に行ければいいんだろ?」

「あ、ああ……そうだが」

「さっき吹き飛ばされて、空を仰いだ時に気付いたんだが……星の流れがどうもおかしい。きっと、ここだけ空間が歪んでいるからだろう。私に乗ってくれ、星の流れを見て結界の中心まで行こうじゃないか」

 

 古来よりケンタウルスは星を観測し、科学する分野に長けていると言われている。

 それは一族の長年の研究と、彼等の天性の才能に他ならない。星の瞬きを肌で感じ取る事ができる能力の持ち主なのだ。

 星好きが高じて自分達の種族名を星座の名前にしちゃったという説まであるくらいなのだ。占い学でほんの少しだけケンタウルスについて聞いていたロンは、彼等の有用性をなんとなくだが理解していた。

 二人でベインの背に乗ると、結界の中心へと向かって走る。結界さえ解除できれば助けを呼べる筈だ!

 

「お前達、逃げる気だろォオオオーー!」

「ひいっ!?」

「だからよォオオオーー、それはさせねえっつってんだろォォオオ!」

 

 グレイバックは目敏かった。

 ドラコ達の不審な動きに気付き、コルダとの戦闘を中断して、こちら目掛けて突進する。早い。

 この男を通してはいけないと本能で判断したのか、コルダがその行手を阻んだ。

 ──だが。

「普段から人狼の力を行使してない奴が、都合良く俺に勝てるようになるわきゃあねえだろ!!」

「グオオオオン!?」

 グレイバックに蹴飛ばされる。

 狼と化したコルダでさえも彼の強さには近付けない。彼にとってコルダとの戦いは赤子と遊ぶのと同じだ。コルダは執念でグレイバックに喰らいついていたが、そんな抵抗に殆ど意味はなく、ただただ生傷が増えていく一方だった。

 

「やめろグレイバック!!やめろ!!」

「嫌だね!クソがッ、お前は醜いんだよ!さっきまで俺好みの美少女だったのに、不細工な姿になりやがって!元のツラが良かっただけに余計に醜く見えるぜ!」

「ああああッ、コルダ!早く、早くしなくちゃコルダが死んでしまう!」

「落ち着けマルフォイ、コルダやベガが必死で時間を稼いでくれてる今がチャンスなんだ!僕達が動かなきゃ、彼等は何のために闘ってんだって話になるぞ!」

「ッ、そんな事くらいお前に言われなくても分かってる!!」

「おい、あまり私の上で暴れるな!!」

 

 焦りからか、恐怖からか。

 ロンとドラコの感情のぶつけ合いは留まる事を知らなかった。互いにヒートアップし、収まらない。

 そうしている間にもコルダは痛めつけられていく。足蹴にされ、何度も噛み付かれそれでもグレイバックを抑える姿には涙を誘うものがあったが、そんな事情などお構い無しに、グレイバックはとうとう息の根を止めにかかった。

 ──そこにネビルの横槍が入った。

 

「がはッ……おい、グレイバック!僕はまだ生きてるぞ!僕と戦え!その子より先に僕を殺してみろ!!」

「おい何言ってるんだネビル!?」

「君達は早く行くんだ!!グレイバック!お前の力はそんなもんか!?こんな生意気な小僧一人殺せないくらいなら、闇の勢力も大した事ないな!」

「へえ、言ってくれるじゃねえの。いいぜ、お前の挑発に乗ってやる。……将来的に結構良い男になりそうだしな」

「ネビル、ネビル!やめろ!」

 

 グレイバックはボロ雑巾のようになったコルダを放り投げると、ネビルへと狙いを定める。

 ロン達は憤慨する。

 こんな時間の稼ぎ方があるか。

 もう、命を使わないとグレイバックには勝てないのか?どれだけ助けを待っていてもヒーローはやって来ない。それが現実なのか。神はどうしてこんな男に力を与えてしまったのだ!

 グレイバックがネビルに突っ込む!

 絶望のあまり、叫んだ。

 

「誰か何とかしてくれェエーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 ベガ・レストレンジは夢を見ていた。

 あの日の夢を。

 戻れない夢を。

 自分を慕ってくれていた友人を、己の傲慢で死なせてしまった時の夢を。

 かつて自分は、才能に驕る馬鹿だった。

 あの年頃ならば、自分の力に酔うのも多少は仕方ないのかもしれない。だが、自分の力を過信してしまったせいでかけがえの無い筈だった友人は戻らなくなった。

 だからずっと後悔し続けている──…。

 どうして今、こんな夢を見るのだろう。

 走馬灯というやつか。

 自分の罪を、また、ありありと見せつけられるのか。

 

──違う。僕が死んだのは闇の勢力による事件のせいで、君が殺したわけじゃない。

僕は奴等に殺されたんだ。

 

 短い金髪の少年が、ベガの眼をはっきりと見て言った。

 シグルド・ガンメタル。

 幼いままの姿で現れた彼に、胃に冷たいものが落ちる感覚を覚えた。シドは人を恨むような人間ではないし、ベガの事も憎んでいないのも分かっているのに。

 だのに、彼への罪悪感は膨れ上がる。

 泪の雨は止まない。

 

──いい加減自分を赦してやったらどう?

 

(駄目だ。俺がガンメタル家にやって来たせいであの家族はバラバラになった。俺さえやって来なければ、お前は死なずに済んだかもしれないのに)

 

──父さんは君を赦しているようだけど?

 

(それでも俺の罪は消えない)

 

──そうかい。僕としては、どちらにせよ君に生きていて欲しいんだよね。でないと僕があの日何のために君を助けたんだか分からなくなっちまう。

 

(……正直、俺の死に場所はここだと思うんだ。グレイバックに敵わねえ。全く歯が立たねえんだよ)

 

──どうして歯が立たないんだい?

 

(そりゃあ、まずはあの運動能力。パワーやスピードが桁違いなんだ。近距離じゃまず勝ち目はねえ。そしてあの『紅い爪』とかいうのがヤバすぎる。大抵の魔法はあの爪で掻き消しちまうんだ。……どういう理屈でそうなってるのかも分からねえし)

 

──もしあいつに勝てる人間がいたら、それはどんな能力を持ってると思う?

 

(………強力な遠距離攻撃が可能なヤツ。例えば、俺の火炎魔法の火力をもっと高めたようなものとか、守護霊や傀儡に代わりに戦わせるとか……後は搦手とか………)

 

──成程。ところでベガ、君の悪霊の火はどうして蒼いんだろうね?

 

(………どうして………?)

 

 悪霊の火とは、呪われた火炎。

 蛇、鷹、キメラ、ドラゴンなどが大きな炎で形作られて、意思を持っているかのように襲いかかる。

 だがベガの悪霊の火には、彼だけのある特徴がある。蒼いのだ。普通なら通常の炎と同様に紅蓮に燃えるはずなのに、魔力量を変えても魔法式を変えても、いつもいつも蒼くなる。

 

(悪霊の火が使用者によって形が変わるのなら、色だって変わってもおかしくねえ)

 

──ねえ、思い出して、ベガ。君がその魔法を初めて使ったのはいつだい?

 

(……いつ、って……ホグワーツに来て、魔法が使えるようになってからだ。自分の力を試してみたくなったんだ)

 

──違うだろ?君がそれを初めて使ったのは子供の時だ。死喰い人達が僕を攻撃した時、無意識のうちに君は魔法を使った!

 

(………そうだったか。あの時の記憶は混濁しててあまりよく覚えちゃいねえ)

 

──なら思い出すんだ!あの時、君は僕を守るために悪霊の火を使った!君の炎は部屋中を暴れ回った後、魔力が無くなって消えたんだ!

 

(……今にして思えば、ホント奇跡みたいな結果だな。悪霊の火が制御できなくなって暴走してたかもしれなかった)

 

──それでも死喰い人達が火傷で済んだのは、君に生まれつき火炎魔法の適正があったからなんだろうね。それはいい、それでどうしてあの炎が蒼かったんだと思う?

 

(さあ……)

 

──ちゃんと考えろ!……もう答えを言っちゃうけど、君は悪霊の火を使うには魔力が少なかったんだ!だから足りない魔力を補うために近い人間から魔力を吸った!

 

(……それって、もしかしてお前の……)

 

──そうだ!僕の魔力が君の魔力の中に入ったんだ!僕の唯一の取り柄だった、君とお揃いのブルーの瞳!それが悪霊の火に反映されたんだよ!

 

(………成る程ね。俺はあの時、お前の魔力を奪ってしまって、お前にトドメを刺しちまったわけだ。俺がお前を殺したも同然だな……)

 

──なんでそういう風に考えるかなあ!?どっちみちあの怪我じゃ僕は死んでたよ!それに、僕は君の魂の中で生きてる!そして魂の中で君の助けになれた事を誇りに思ってる!!今までずっと、遥か遠くの存在だった君と、共に戦えるんだから!!

 

(……でも俺もう戦えねえよ。無理だよ。どんなに)

 

──馬鹿野郎!!君が立たなきゃ、またあの時の二の舞になっちまうぞ!君はもう一度あの悲劇を繰り返したいのか!?

 

(………それは………)

 

──それは絶対に駄目だ!今、ネビルやロンやドラコやコルダが死力を尽くして戦ってる!何とか生きようと努力してる!なのに天才の君が諦めてどうするんだよ!!死のうとしてどうするんだよ!!

──自分が許せないんならそれでいい。死にたいと思ってるんならそれでもいい!だけど、こんな簡単に生きるのを諦めようとするな!僕は君に死んで欲しくて助けた訳じゃないんだぞ!!

──ベガ、頼む、頼むから──……人のために死ぬなんてもう考えるな!自分のためでもいいし、友達のためでもいいから、なんでもいいから──……

──生きるんだ!!

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

「誰か何とかしてくれェエーーー!!」

「──そう情けない声出すんじゃねえよ」

 

 激闘の中にあって、その声はいやに響いていた。波一つない水面に、一粒の雫が溢れたように。

 風を切る程の速さで、グレイバックはネビルに向かって突っ込んでいく。紅い爪はネビルの心臓を正確に捉えていた。

 しかし、その攻撃は直撃する事なく、ネビルは誰かに引っ張られる形でそれを躱した。……いや、誰か、ではない。

 

「お前が真っ直ぐ突っ込んで来るなら……俺はその動きを追わず待ち構えれば確実に攻撃を当てられる………」

 

 月光に煌く銀髪の長い髪。悲しみの雨を体現したかのような深いブルーの瞳。そして端正なその顔を悪戯っぽく歪めると、ネビルの杖を掴んでグレイバックに炎の一撃を浴びせた。

 ベガ・レストレンジ。

 煤だらけのローブに、傷だらけの身体。

 しかして彼の中の炎は、まだ消えてはいない。グレイバックを射るように睨むと、的確に攻撃を喰らわせた。

 普通なら、グレイバックは己の肉体を操作し、骨を外したりして攻撃を躱す事ができる。しかしベガの操る炎は、グレイバックの動きを先読みして彼の肉体に火炎を浴びせたのだ。

 ベガに焦りはない。

 澄み切った感覚は、魔法の鮮やかな制御を可能としていた。

 

「ネビル、すまねえ。杖貸してくれ。必ずあいつを止めるから」

「!………うん!」

「ロン、ドラコ、あとケンタウルスのおっさん。助けを呼んできてくれ」

「あ…………ああ!」

「ま、任せろ!」

 

 ヒュウ、と人狼は口笛を鳴らす。

 ほんの少し前まで、死にかけだった筈の少年が生気を取り戻している。それどころか、闘志まで溢れている!

 ゾクゾクと、背筋に心地良い電流が流れるのを感じた。やはりベガは最高だ!と。

 対するベガは、落ち着いたものだ。

 波の立たぬ水面のように。

 凡ゆる感情が取っ払われて、必要なものだけがそこにある覚醒状態にあった。

 他人の杖で、ボロボロの状態で。それでもグリフィンドールの悪魔は不敵に笑う。

 

──シド、一緒に戦ってくれ。

蒼き焔は静かに燃ゆる(expectamus in inferno diaboli)

 

 蒼炎は螺旋を描いて天に昇る。

 その凪いだ火炎地獄の中、緩やかに降臨するは『黒い守護霊』。

 凶々しい奇妙な黒山羊はベガの思うままに形を変えて、不気味な存在感を放ちながら人型に変貌していく。

 その姿はまさしく、悪魔そのもの。

 魂を燃やせ。

 下から見下すような奴に負けるな。

 高みを目指して昇れ!

 

「なんだ、こりゃあ」

 

 グレイバックはそれを見て、そう言うしかなかった。

 長い人生、裏の稼業でありとあらゆる魔法を見てきた彼だが……この魔法は、そのどれとも違っていた。

 しかし彼の知識で目の前の存在を説明するならば、それは、強いて言うなら守護霊の呪文だった。……まるでそんな高尚なものには見えないが。

 強いて言うならば、これは、悪霊。

 全身が漆黒の如く黒く煌き、肉体の一部に蒼い焔を纏っている。人型で、黒山羊のような頭。頭部から伸びる角は威厳すら感じさせる。

 これが果たして守護霊か?

 

(何だって構わねえ。こいつを止められるのならな)

 ──これは、ベガの得意とする守護霊の呪文と悪霊の火の重ね掛けだ。

 魂の一部を具現化する守護霊の呪文と、魂すらも焼く悪霊の火は相性が悪いと思われていた。同時に使えば、魂を焼かれてしまう危険性が大きいからだ。

 だが、ベガが出した結論は逆だった。

 

(守護霊の呪文と悪霊の火の性質はとても似ている!使用者によってその形が変わるという点もそうだし、自分の意思が色濃く反映されるという点もそうだ!この二つの魔法は、使いようによっては相性が良くなるんだ!!)

 悪霊の火は、魂すら焼き尽くす炎をドラゴンや蛇に変えて放つ魔法。守護霊の呪文は、魂を吸い取る魔物すら打ち払うエネルギーを動物の形に凝縮して放つ魔法。

 ドラゴンや蛇の形状。多種多様な動物。

 意思を持ったかのような動き。自身の幸福の感情そのもの。

 魂を焼き尽くす。魂の具現化。

 炎と煙。

 似ている。すごく、似ている。

 そしてベガは、『守護霊を悪霊の火で燃やして火力を上げる』という結論に達した。高まった火力は強力な武器となるし、燃え盛る炎は守護霊のブースターになる。

 そう、言うならば『守護悪霊』!

 マグル界の宗教では、魂を生贄に悪魔と契約すれば絶大な力を得られるというが…ベガは、その通りに魂を捧げた!

 

(俺の魂を触媒にして、悪霊の火をもっと燃やすんだ!火炎も!守護霊も!俺の魔法はもう一段階先に行く!!

 ──文字通り、魂を燃やせ!!)

「──発情期真っ只中の犬っコロがどこに行こうってんだ?なあグレイバック、俺と踊ろうぜ」

「……殺そうとした相手に誘われるのは初めての経験だ。だが、悪くねェ!」

(頼んだぞ、ロン、ドラコ。お前達が闇祓い達を連れて来るまで時間を稼ぐ。さて、この魔法がグレイバックに少しでも通用することに期待してみようか……!)

 

 運動能力、体術、近接戦闘……そういった部類では間違いなく最強だろう。

 上等だ、と笑う。

 世界最強(ダンブルドア)

 属性魔法の頂点(レックス・アレン)

 闇の帝王(ヴォルデモート)

 そして目の前に立ち塞がるは、至高の肉体を持つ男(フェンリール・グレイバック)。相手にとって、不足なし!

 最強に──挑め。

 

「シィアアアアア──ッ!!」

 

 右手を正面に突き出して攻撃……するかと思わせて本命は左手での薙ぎ。ベガの反応の良さを逆手にとった、グレイバックのフェイントだ。

 ベガはそれを見切る事はできても、躱すまではできない。肉体がついていかないからだ。だから人間相手なら無双できても、身体能力で劣る化物相手には近距離では分が悪い。

 だからこそ、この魔法は強い。

 守護悪霊を前に出し、右脚をクロスさせる形でガードする。組み合った姿勢のまま炎を燃やして反撃すると、グレイバックは姿勢を屈めて回避、そこから四足獣の如き動きで迫る。狙いは悪霊ではなく、ベガ。

 

「食らうかッ!」

 

 しかし方向さえ分かっていれば、ベガならば攻撃を躱すのは容易だ。

 守護悪霊が前衛に出て、後衛のベガは致命傷を喰らわないよう立ち回る。この戦法ならば確実にグレイバックを削れる。

 そして守護悪霊は人狼にも引けを取らない程の身体スペックだ!

 通じる。この守護悪霊は、グレイバックにも通用する!

 自分の思うままに、守護悪霊が動く。

 手足を動かすが如く、変幻自在に形を変えて動き出す。踊るように、舞うように。魂の音色に合わせて奏でられる武闘曲は、グレイバックの出鱈目に強い近距離戦に何とか対応できていた。

 

(いや、このままじゃまだダメだ。グレイバックは戦いの申し子のような男……単調に攻撃していたらそのうち見切られて反撃されちまう。グレイバックを殺すつもりで戦わねえと!

 リズムを掻き鳴らせ!破茶滅茶なテンポで踊ってみせろ!

 『俺にできねえ事なんざねえんだよ』、だろ……!!)

 

 蒼い月明かりの下で、炎が踊る。

 狼が乱暴なステップを刻み、少年は執念のスイングを執り行う。

 月の下のワルツ。

 ざわめく森に悲鳴の唄を轟かせんと、相対する二人の色男は互いを殺し合う。それらが交差して、より一層、戦いは激しさを増していく。

 ベガの守護悪霊は、魂を燃やし目の前の敵を断罪せんと、乱雑な蹴りの応酬を喰らわせる。グレイバックは牙と爪で炎を切り裂き狂気の笑みを益々深くした。

 

「うしゃあああ──ッ!!!」

「ここから先は通さねえ!!」

 

 炎で飛び上がった悪霊の上段蹴りと、グレイバックの紅い爪とがぶつかり合う。

 下段からの連続の突きを、空中からの火炎で焼き尽くす。すると火炎を突っ切って飛び込んでくるが、彼の動きを先読みしたベガは突き出した腕を掴み、勢いを利用して投げ飛ばした。

 

「うお、おおおお!?」

 

 体勢の崩れたグレイバックの首根っこを掴んだ守護悪霊が、地面の上を引き摺り回した。強靭な脚を地面に突き刺し拘束を振り解くも、受けたダメージは大きい。

 紅が弧を描いた。

 蒼炎が闇夜を照らした。

 ギロチンを落とすような守護悪霊の蹴りを真っ向から受け止めて、爪を突き刺し、回転しながら地面に叩きつける。追撃を食らわそうとして、逆に蹴りを食らう。

 厄介だとグレイバックの本能が告げていた。ベガの反射神経が悪霊にそっくりそのまま反映されている。単純な近距離戦ではグレイバックが上だが、変幻自在の守護霊と火炎でその差を詰めてくる。

 おまけに魔力をかき消すはずの紅い爪が反応しない。炎のようにかき消したその瞬間から再生しているのだ。幽霊と戦っているような感覚すら覚える。

 しかして、その演奏は不意に止まった。

 

(!チィ……もう限界が来ちまった!)

 

 炎が揺らめく。制御ができなくなる。

 守護悪霊が形を崩して、空気中に霧散していく。元々、精巧なバランスで成り立っていた魔法だ。長続きする筈もない。

 他人の杖、初めての魔法。数多くの悪条件の中でベガはよくやったといえる。

 しかしグレイバック相手にそんな理屈は通用しない。好機と言わんばかりに、彼はベガ目掛けて飛びかかる。

 ──それがいけなかった。

 『彼女』の早撃ちが見えていながら、グレイバックはそれを躱せなかった。モロに腹部に受けて地面に転がり、すぐさま体勢を立て直して──…見た。

 この演奏は、まだ止まってはいない。

 彼女が立っている。

 紅い髪の少女がそこにいる。

 シェリー・ポッターが、立っている!

 

「私の友達に手出しはさせない!!」

「おいおいマジかよ、シェリー・ポッターまでいるのかよ!今日は本当に良い夜……おっと!?」

 

 グレイバックが大きく背後に退くと同時に、彼がいた地点から魔法が発生する。姿は見えないが、隠れているハーマイオニーが魔法糸を使って攻撃したのだろう。

 やって来た頼もしき二人の援軍。

 グレイバックの弱点は注意が散漫になりやすい点だ。美男美女がいればそちらの方向へばかり気を取られてしまう。そんな性格の彼にとって、今この状況は非常に目まぐるしいものだった。

 

「顔の良いガキどもめ……!誰から食ってやろうか、悩む、悩むぜ!」

「食べられないよ。私達は貴方に勝ちに来たんだもの」

「言うじゃねえか大人しそうな面して!気に入った、お前から食ってやる!」

「させないわ!」

 

 ハーマイオニーの援護射撃が飛ぶ。彼女の攻撃など多少食らっても大丈夫だと余裕をぶっこいていたグレイバックだったが、即座にその思考を捨てて体勢を屈めた。半ば直感だったが、その判断は正しかった。

 ハーマイオニーの魔法の裏に、隠れるようにベガの魔法が付与されている。時間差で死角から攻撃したのか!

 加えて、シェリーの早撃ち。グレイバックの守りより攻めを好む気質が災いし、ほんの少しずつではあるがシェリー達に余裕を与えつつある。

 一時間以上の戦闘に加え、学年トップレベルの三人が攻め立てている今、ようやくグレイバックの動きが鈍りつつあるのだ!

 それに気付いたベガは、叫ぶ。

 

「ハーマイオニー!!逆転時計をこっちに寄越せぇええ!!!」

「え、で、でも……」

「早くしろおおおお!!!」

「っ、分かったわ!」

 

 本当なら呼び寄せ呪文で逆転時計を引き寄せたいところだったが、グレイバックとの激闘で消費魔力の激しいベガは、少しでも魔力を温存する事を選択した。

 この魔法は、正真正銘、一度きりの魔法なのだから!逆転時計を受け取ったベガはグレイバックに肉薄し、魔法式を紡いだ。

 

「喰らえよ、グレイバック」

「何を──……」

「────『時間簒奪』!!」

 

 世界の理が故意にねじ曲げられる音。

 超至近距離で放つ、不可避の一撃。

 グレイバックとベガの動きが止まった。

 何だ、何が起きたのだ?困惑するシェリー達だったが、すぐにその効果に気付く。

 遅いのだ。

 グレイバックの動きがスローモーション再生のようにゆっくりとした物になる。動きが鈍くなったのではなく、彼の中に流れる時間そのものが鈍重になっているかのようだった。

 魔力が本当に全て枯渇したベガが、崩れ落ち際に、言った。

 

「お前の時間を数秒だけ奪った……」

 

 時間系魔法。

 多種多様な種類のある魔法の中でも最高位に値する、究極の魔法。世界の理に直接触れて引っ掻き回すという性質から、最高難度の魔法と言われている。

 去年の秘密の部屋騒動で禁書の棚に訪れる機会が何度かあった時、偶然見つけた本を読み密かに研究していた魔法だ。いざという時の切り札として開発していたが、ようやく使う事ができた。

 非常に難解な魔法式と膨大な魔力を使用するという欠点は、逆転時計のブーストで克服する。

 つまり、これは。

 ベガが作ってくれたチャンスだ。

 シェリーはそれを理解するや否や、グレイバック目掛けてフリペンドを乱射した。ハーマイオニーは半狂乱になりながらも魔法を放った。

 グレイバックの身体に、ダメージと衝撃とが蓄積されていく。時間簒奪で奪った時間は数秒後に戻って来るため、実際にダメージが入るのも数秒後だ。

 

(これは最大のチャンスにして、最大のピンチでもある。ここでダメージをどれだけ与えられるかで勝敗は決まる!)

 

 シェリー達の猛攻。

 無力な人間を一方的に攻撃する罪悪感というブレーキはあるものの、それでも彼女達はよくやっていた。

 関節に、腹部に。高速の弾丸が人狼の身体を攻め続ける。狂気の人狼を少しずつ、少しずつ削っていく。

 だが、グレイバック相手にたった数秒間の攻撃が効いているのかどうか……。

 ──時間簒奪の効果が切れる。

 

「ォォォォオオオオオオ──!!!!」

「そっ、そんな、嘘でしょう!?」

 

 ハーマイオニーの動揺した声。

 グレイバックはその場から弾かれたように身体を仰け反らせるも、脚の爪で無理矢理その場に立ち止まった。

 彼がここまでされて未だ尚意識を保っていられるのは、純然たる狂気ゆえ。狂気故に平常でいられた。

 彼の中にあるのは、顔の良い人間達とまぐわい、嬲ることだけ。プライドや意地や使命感で行動している訳ではない。彼にとってはこの闘いも、人生における楽しみの一つでしかない。

 命を賭けて遊ぶ闘い。

 狂おしき色欲が暴れだす。

 だが、美男美女にばかり目が取られてしまうグレイバックは気付いていなかった。

 時間簒奪を使った直後、魔力が尽きて無力となったベガが、次の手を打っていたということに。

 後ろ手で杖を投げていたことに。

 杖の本来の持ち主がそこにいたことに。 

 彼の親友が、いたことに。

 

「──後は頼んだぜ、ネビル」

「頼まれたよ、ベガ」

 

 勇気ある少年は、ベガが投げた杖をキャッチすると魔力を込める。

 ネビルは走っていた。

 去年、バジリスクにトドメを刺した時のように、ただひたすらに真っ直ぐに。

 だってそうだろう。

 どれだけ遠回りをしようとも、どれだけ寄り道をしようとも、彼にできるのは、結局は前に進むことだけなのだ。

 だから、友の創った道を信じて進む。

 ネビル・ロングボトムにあるのは、ただそれだけだ。

 

「──『ステューピファイ』」

「ごッ…………がッ」

 

 再び超至近距離での魔法。魔力の瞬間的な暴走は凄まじい効力を発揮した。

 高い魔法耐性を誇る人狼であっても、戦いに疲れている時に頭部に衝撃を食らってしまっては、意識を刈り取られても仕方ないというもの。

 やった、とシェリー達は安堵した。が、グレイバックの殺戮者としての本能は、彼女達の予想を遥か上回った。

 意識を奪われる直前に己の腕を頭部目掛けてフルスイング。気絶した直後にまた衝撃が飛んできてグレイバックは意識を一瞬もしない内に取り戻した。

 意識を取り戻すよう全力で攻撃したので顔からはドバドバ血が出ているが、人狼の治癒力ならば治るだろうと無視する!

 

「これしきで、これしきでこの俺が倒れるかよォオオオーーーー!!!」

 

 まずい。本当にまずい!

 ベガは倒れ、残るはシェリー、ハーマイオニー、ネビルの三人のみ。

 いくらフラフラで倒れかけの人狼相手であっても、ベガやコルダといった戦力を欠いた三人で勝てるものなのか?

 グレイバックの恐ろしさは、その強さではなくその異常性にあった。ペティグリューを逃すという役割を終えた彼は、もうホグワーツに留まる理由はないのに。逃げていい筈なのに、それをしない。

 だって、壊し甲斐のある美少年や美少女がそこにいるから。己の快楽を満たすまでは、彼は帰らないし帰れない。引きつるほどに歪んだ笑みは三日月のようだ。

 不気味に並び立つ木々が墓石に見えた。

 ここが、墓場なのか。

 

「お前達全員食って……ぐぼえぁっ!?」

 視覚外からの魔法攻撃。

「え!?ど、どこから……!?」

(どこから、撃ってきやがった………!?)

 月明かりに照らされているとはいえ、夜の森の中の戦闘は視界が狭まる。だからベガもシェリーもネビルも、なるべく遠距離は避けていたというのに。だからグレイバックも思う存分暴れていたのに。

(どこから撃ったのかも分からないほど遠くから攻撃したってことか……!?)

 数キロ先から薄暗い森の木々の間を縫って魔法を当てるなどという芸当ができるのは、彼の知る限り一人しかいない。

 エミル・ガードナー。

 基本的に相手に近いほど魔法の威力は高くなるものだが、そんな世界で彼の超長距離射撃は驚異でしかない。

 獣並の視力と、達人級の腕前。それらが組み合わさった英国最強の狙撃手。彼に睨まれたが最後、寸分の狂いなく魔法が飛んでくると恐れられている。

 そしてエミルがここにいるという事は。

 レックス・アレンが、来る。

 

(チィ……アズカバンで監獄暮らしなんて御免だぜ。あそこにはシケた顔の連中しかいねえ、ヤれなくなっちまう。多勢に無勢、口惜しいがここは逃げるか……)

 闇祓いの精鋭達に傷ついた身体で戦ってはすぐに捕まってしまうと判断し、グレイバックは森の木々を掻い潜るように逃走。

 その気持ちの良い尻尾の巻きっぷりにシェリー達は面食らうが、そんなものお構いなしに彼は走っていった。

 シェリー達に加えて闇祓いまでもがこの森に集まっているという事は、ロン達が結界を解いて助けを求めたのだろう。ここからはもっと人が来る、その前に逃げなければ……と思考して、気付いた。

 平面だった地面が、弧を描いている。

 

(なんだ……?こんなところに、こんな急な坂なんてあったか……?)

 いや、違う!

 この辺りの地形が変わっている!

 坂がせり上がって壁となり、壁が盛り上がって天井となる。大地が歪み、グレイバックを閉じ込める檻となる!天地がひっくり返っている!

 天然の牢獄を破壊しようと力を込めたグレイバックは、自分の足下が沈んでいる事に気付く。砂地獄ができているのか?こんな森の中で?

 奴だ。

 レックス・アレンが砂魔法を使った!

 明朗快活な金髪の男が、風を切って歩いてくるではないか!

 

「すまない、ケンタウルス君達!ちょいと火急の用事のため、この辺りの地形を変えさせてもらうぜ!」

 

 アレンは「後で地形は直すから!」と気楽に言うが、いくら魔法を使っても辺りの生態系や環境に働きかける事ができるというのは、中々ふざけた量の魔力だ。

 彼が操るのは、大地。

 即ち──天変地異なのだ。

 どんな超一流の達人も、武芸者も、災害には敵わない。無力なのだ。ケージに入れられたハムスターのように、グレイバックは弄ばれていた!

 しかも、この砂はいやに重い。何だ?球体の何かが砂に混じっている──……

──魔法爆弾……!!

 カプセル状に包まれたそれがグレイバックに近付くと、鉄製の檻へと『変化』して関節部位を貫いた。

 チャリタリ・テナ……!

 この学園に忍び込んだ際に最も厄介だった彼女のトラップが、グレイバックに火を吹いた。

 

(チィ、どうせ逃げられないのならばせめて、ここで一人二人殺していこうか…!)

 

 そう思考してシェリー達の方を見やるがそこにはもうジキル・ブラックバーンが分厚い魔法壁を構築している。あの防御網を短時間で突破するのは、紅い爪があっても不可能だ。

 チェス・プロブレムのように、どんどん打てる手が無くなっていく。グレイバックの最高クラスの近距離戦を想定した戦術に徹底された布陣。付け入る隙はなかった。

 闇祓いには、二度同じ手は通用しない。

 狂気の人狼はいよいよ自分の完全敗北を認めざるを得なくなってしまった。

 

(クソ……完敗だ……!!)

 

 かくして。

 一時間強の攻防を経た戦いは、ようやく終わった。

 




◯時間簒奪
相手から数秒間だけ時間を奪う。
時間を奪われた相手は動きが極端なスローモーションになってしまう。
今のベガでは至近距離で当てる必要があり、一年に一度しか使えない。
ノロノロビームみたいなもん。

◯蒼き焔は静かに燃ゆる
守護霊+悪霊の火の合わせ技。
悪霊のフィジカルを炎でブーストし、炎の火力を魂を焼いて上げる荒技。恐ろしく精密な魔力操作が要求され、使い方を間違えれば死亡もあり得る。
スタンドみたいなもん。


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Prisoner of Azkaban

アズカバン編終結です。


 禁じられた森の中。

 死闘を終えたベガ達をジキル率いる救護班が手当し、その他の闇祓い達は哨戒を行う。一糸乱れず迅速に行動を行う様は、プロフェッショナルのそれがあった。

 それをポカンと見つめながら、ハーマイオニーは小声で尋ねた。

 

「じゃあペティグリューは逃したのね?」

「ああ……不甲斐ねえ。途中でグレイバックがやって来て、追うに追えなくなっちまったんだ」

「仕方ないよ、あれほどの人……人?がやって来たんだもの」

「ありがとうシェリー。……そういえばシェリー達はロンとドラコに会った?」

「?いや、会ってないけど」

「そうか……いやな、戦いの途中でロンとコルダがやって来たんだよ。んで、その後ロンとドラコを結界の解除に行かせて、助けを呼びに行ってもらってたんだ。となるとあいつ達は、闇祓いの所に助けを求めに行ったんだな……」

「………ん?コルダ?」

「…………」

「「あー!!」」

 

 ベガとネビルは顔を見合わせた。

 コルダが狼になったままだ!

 このままでは闇祓いに見つかって彼女の秘密がバレてしまう!人狼は英国界で差別の対象だ、今後彼女は暗い人生を送ってしまう事になる!

 

「ば、馬鹿!大きな声を出すなッ!」

「ベガだって出してたじゃん!?」

「いいか、コルダを回収して隠すぞ!あいつの正体が闇祓い連中にバレる訳にはいかねえ!兄貴を助けに来て人狼バレするのは流石に可哀想すぎるだろ!」

「わかってるよ!ルーピン先生はどうしようもなかったけど、あの子はまだ何とかできるしね!よし、行くぞお!」

「アンタ達、何の話してるの?マルフォイ家のお嬢さんならもう確保済みだけど」

「「………えっ」」

 

 朗らかにやって来た褐色の闇祓い、チャリタリの一言に二人は凍りつく。

 終わった……。

 

「そんな暗い顔するなっての!アタシ達があの子の事を密告すると思う?」

「え、でも……」

「だーいじょうぶ。この森で見た事は、ホグワーツの皆んなには内緒。狼人間なんて知らない、私達が見たのはお兄ちゃんを必死で助けようとした女の子だけ。そういう事でいいよね?」

「………ありがてえ」

「さっきマルフォイの坊ちゃんに氷魔法の入力コードを教えてもらって、あの子に打ち込んでる。今は落ち着いてるよ。コルダだっけ?良い子だね」

「………ホントにね」

 

 途中のコルダの参戦がなければベガ達は今ここに立っていられなかった。それを考えれば、彼女はベガ達の恩人だ。

 そんなコルダがこれから不幸な思いをするのは、あまりにも忍びない。彼等が理解のある大人でよかった。

 安堵の空気が流れる。シェリー達は何のことやらさっぱりだったが。

 

「え?え?何のこと?」

「後で説明するね……」

「ベガ、そんなところで寝たら汚いわよ。いや戦いのせいで元々汚いんだけど」

「なんか、安心したら疲れが急に……」

「ルーピン先生はどうにかならないの?」

「あの人の事も擁護してあげたいけど……スネイプが魔法省にある事ない事言いふらしててね……」

「ああ………」

 可哀想なルーピン。

 スネイプが大人気なかったばかりに…。

 「君達、ちょっといいか?」と言って、シェリー達の会話にレックス・アレンが加わって来た。

 

「どうせ知ることだから今話しておくぜ。

シリウス・ブラックが牢から逃走したんだ。だからスネイプ先生は今とっても虫の居所が悪いようでな……。まあ、結果的に俺達は周囲を探索する事になって、ロン達を見つけられたわけなんだがな」

「そのシリウス・ブラックだけど、どうも共犯者がいたみたいだよ。ホグワーツに忍び込んだ何者かが脱走の手引きした可能性が高いみたい」

(すみませんそれやったの私達です)

「ホグズミードのはずれに倒れてたマクネアが怪しいな。魔法省勤めだが奴は元・死喰い人だしな……」

(すみませんそれもやったの私達です)

「おっと、ここで話す事じゃなかったな。とりあえず君達を医務室へ運ぼう」

 

 魔法の絨毯ならぬ魔法の担架に乗せられると、医務室へフワフワと漂いながら飛んでいく。横には、アレン達がそれを守るように歩いていた。

 

 (疲れた……)

 

 長い夜だった。

 たった数時間の間に色んなことが起きすぎている。ペティグリューの正体、ルーピンの狼化、シリウスの逃走、何よりマクネアとグレイバックの奇襲。

 しかし最後は大人の、闇祓いの手を借りなければ勝てなかった。

 彼等の横顔を見てベガは歯噛みする。

 遠い。最強が、遠い。

 数々の激闘で強くなっていた筈なのに、グレイバック相手に手も足も出なかった。

 魔法と知識をフル活用して、新しい魔法も創って。援軍としてやって来たシェリー達の力も借りて、挙句コルダに狼化までさせて。

 それでも勝てなかった。

 闇祓いがいなければ負けていた。

 それが、悔しい。

 皆んなを守れない無力さが憎い。

 気付けば、ベガは弱音を溢していた。

 

「なあ、アレン」

「ん?どうした」

「俺さ、皆んなを守るために力を求めて…それで時間系魔法とか、色々と魔法を創ってたんだけど、全然通用しなかった」

「時間系魔法?」

「ああ。相手の時間を奪う魔法だ。だけど創ったはいいもののデメリットが多くてな。超至近距離でないと使えない上に、魔力の消費も激しい。接近戦が主体のグレイバック相手じゃ、発動の隙が無かった。

 しかも『時間簒奪』にはどうやらインターバルがあるようだ」

「成る程、時間を置かないと使えないという事か。それは確かに使い辛い魔法だ」

「『時間簒奪』のインターバルは、一年」

 

 つまり、時間簒奪を再度使えるようになるのは約一年後のこと。一年に一度しか使えないとっておきの大技だ。

 

「一年に一度しか使えない魔法……しかも今の俺じゃ逆転時計の力を借りてやっと発動できるくらい難しい魔法。もっともっと改良していかなきゃいけねえ。それに即興で創った守護悪霊の方も問題だ、あれもまだ制御しきれてねえし……」

「…………」

「クソ……俺、弱えな………」

 

 ホグワーツの生徒の中では上級生含めて最強だと思っていた。では教師相手では?ホグワーツの外の闇祓い相手では?……まだまだ力は及ばない。

 ベガ・レストレンジは無力だった。

 自分は、もっともっと強くならなければいけない。そうでなければ仲間を守れないし、シドとの約束通り生き残る事もできやしない。もう二度と友人を失わないために強くなろうとしたのに。

 強さが欲しい。

 仲間も自分も纏めて守れる強さが。

 しかしアレンはそれを肯定しなかった。

 

「──ベガ。君は、百年に一度の天才と呼ばれた事はあるか?」

「………?」

 

 アレンの意図のわからぬ質問に、ベガは咄嗟に答える事ができなかった。

 

「天才とは何度も呼ばれてきただろう。だが、せいぜいが十年に一度の天才だろ?ダンブルドアやトム・リドル、そういった天才達が過去にホグワーツにいたから、君は百年に一度の天才とは言われてないんだ」

「………そうかもな」

「だが、そんな規格外の天才達が何人も魔法界にはいたのに、世界は未だに平和になっちゃいない。最強が一人いたところで意味はないんだ。俺も闇祓い最強と持て囃されてはいるが、誰か一人強いだけじゃ変わらないんだよ」

 

 そうした天才は、数世代に一度現れる。

 しかしその誰もが過ちを犯し、間違え、天才故の孤独を味わうのだ。

 時間さえかければ、ベガは、ダンブルドアやヴォルデモートにも並び立つ存在になれるかもしれない。アレンも同様、いずれ彼達と同じだけの力を、名声を、持つことになるだろう。

 だがそれでは意味がない。

 限られた天才が主導する世界は、いずれ破綻する。人間一人にできる事には限りがあるのだから。

 ベガだけが強くなるのでは、駄目だ。

 だから。

 

「皆んなで強くなろう」

「…………!」

「俺達だけが強くても意味はない。皆んなで強くなるんだ」

 

 闇祓い最強の出した結論は、ベガにとって少し意外なものだった。

 個の強さより、群の強さ。

 最強とまで言われる男がまさかそんな事を説くのは、眼から鱗だった。

 

「そうでもないぜ。例えば、南極で今死にかけてる人がいても俺達にはどうしようもないだろ?どんなに強くても無理なものはあるって話だ」

「………そういうもんかね」

「もっと友達を頼ってみてはどうだい。君の友達は君が思うほどヤワじゃない」

「………ん。……疲れた。寝るわ」

 

 まどろみ数分、かつて無いほどの疲労が溜まっていたベガはすぐに寝息を立てた。

 他の生徒達も同様に、担架の上ですやすやと眠りについている。ただ一人シェリーだけが、うつらうつらとしながら舟を漕いでいた。

 

「シェリー、眠る前に一つ聞かせてくれ」

「……はっ。うん。どうしたの?」

「何で君達はこんな所にいるんだ?」

「えっ?何でって──…」

「こんな時間に禁じられた森に行くなんてどういうつもりだ?ロンとコルダに関しては医務室を抜け出して来てるだろう?しかもどうしてグレイバックなんかと戦っていたんだ」

「……あー……えーと……」

 

 言い訳を考えていなかった!

 確かに側から見たら、自分達は夜に禁じられた森に出掛けて闇の勢力の幹部と遭遇して死闘を繰り広げていた、という訳の分からない行動をしている!

 まずい!なんて説明しよう!

「………あの人の差し金かい?」

 いや、もうアレンはお見通しのようだ。ならもう包み隠さず話した方が良いか…。

 

「……うん……。ダンブルドアに計画を持ちかけられて、私達が実行しました……あの人を助けたい一心で……」

「成る程、ダンブルドアが首謀者か」

「ああっ!」

 嵌められた!

「詳しい事情はダンブルドアに聞こうか。ありがとうシェリー、君はもう寝なさい」

「あ、あの!規則を破ったのは私達だし、ダンブルドア先生も私達も悪い事をしようとしたわけではないの!然るべき罰はきちんと受けるけれど、何か目論見があったわけじゃない!それだけは分かって!」

「………大丈夫だよシェリー、ちゃんと分かってるぜ」

 

 アレンは優しく微笑んだ。

 その笑顔を見て、シェリーは、堰き止められていた疲れがどっと押し寄せて来るのを感じた。ああ、眠い……。

 

「………さて………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

──数時間後

──校長室

 

 生徒も職員も寝静まった夜に、その二人は密談でもするかのように顔を付き合わせて話していた。

 一人は、きらきらと輝くブルーの瞳を持つ老獪な男、アルバス・ダンブルドア。

 一人は、牛乳瓶の底のような眼鏡をした昆虫染みた女、シビル・トレローニー。

 一見すると意外な組み合わせだが、実はそうでもない。トレローニーはしばしばダンブルドアの下に人目を忍んでとある報告を行なっていたのだ。

 

「確かにそう言ったのか?シビル」

「ええ、予言では戦争は七年続き、シェリー・ポッターは殺人を冒す……と」

「なんとも、物騒な予言が出たものじゃ」

 

 トレローニーは高名な予見者、カッサンドラの曾々孫である。そのためか、彼女自身も予期せぬタイミングでトランス状態に陥り、声が太くなって白目になって、本物の予言を行う事がある。

 そしてトレローニーはそんな自分の体質を自覚している。トランス中に自分が何を言ったのかも覚えているし、意識もハッキリしているのだが、『もう一つの人格』というべきか、それが表に出ている時は身体の制御が効かなくなるのだ。

 そしてヴォルデモート全盛の時代に、自分の能力を役立てるために彼女はホグワーツへと入り自分の体質を打ち明けた。全ては平和な世界のために。

 

 と、ここまで聞けば立派な人物だと思われがちだが、彼女はトランス状態の時ほどではないにせよ自分には占いの才能があると誤解しているのも事実なのだった。

(シビル自身には占いの才能はこれっぽっちもないし授業も色んな生徒から苦情が出とるんじゃが、これは言わないでおくべきかのう)

 自己評価が高いんだか低いんだか。

 ともあれ、今回の予言は妙だ。一つ、どうしても理解できない部分がある。

 

「シェリーが……殺人………」

「ええ。よもや、わたくしの授業であんな好成績を取るような生徒が殺人をするなんて思ってもみませんでしたわ。まあ、わたくしには分かっていた事ですけれど!」

「………いや、おそらく………」

 

 ……それについて考えるのは後回しだ。

 今は、再びの魔法戦争のための準備を行わなければ。戦力が足りない……。

 トレローニーを自室に返すと、ダンブルドアは思考の海に沈んだ。

 これから起こりうる事態、最悪の展開を予測する。来年には『対抗試合』も控えているのだ、ヴォルデモートの性格上、確実に利用してくるだろう。

 そして問題はシェリー・ポッターだ。

 もしこのまま、予言通りに事が運んでしまったとしたら。このまま彼女が戦争に身を投じていったとしたら。

 トム・リドルやグレイバックのような、『紅い力』の持ち主にも出会うだろう。そうすればいずれは……。

 

(とうとう気付いてしまうやもしれん……『自分自身の正体』に……)

(シェリー・ポッターという人間が、この世に存在してはいけない事実に……!)

 

 ダンブルドアは未来に起こりうる最悪の事態を回避しようと努めていた。

 だが、たまにそんな行動が無意味だと思う日があるのだ。どれだけ手を尽くしてもどれだけ努力しても、シェリーの過酷な運命は変わらないのではないかと。

 それほどまでに。かのダンブルドアをもってして不可能と言ってしまうほどに、シェリーの未来は血塗られていた──。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 医務室。

 どんな無茶をすればこんな傷だらけになるのだとポンフリーに呆れられながら、ゆっくりと安静に過ごした。

 

「なんかあんた達学年末はいつも医務室にいる気がするわね。習慣なの?」

「いやよそんな習慣……ありがとうパーバティ、お見舞いの品は後でゆっくりいただくわ」

「え?私も食べたいんだけど?」

「……初めからそのつもりで買ってきたわねあなた達!?現金すぎるわよ!?」

「あはは」

 

 グリフィンドールの面々に存分に看病されながら、戦いの傷を癒していく。そんな彼女達を見てマクゴナガルは神妙な顔を浮かべていた。

 

(……人狼の恐怖に晒されて、トラウマになってもおかしくない筈なのに……あの子達なりに日常を取り戻そうとしている……

 ……やはり予言なんて嫌いです。教え子の身に不幸が降り掛かるかもしれないだなんて聞きたくありません)

「?どうしたの、マクゴナガル先生」

「ああ、いえ……ところでウィーズリーとマルフォイの姿が見えないようですが」

「あの二人なら裏庭だよ」

「?」

 

「マルフォイ!!僕を殴れ!!」

「急にどうした!?」

「結果オーライとはいえ僕は君の妹を連れ出して危険な目に遭わせたろう!逆の立場だったら僕は絶対に許せない!だから思いっきり殴ってくれ!」

「ああ、なるほど………それなら遠慮しないぞウィーズリーッ!!」

「ぐぼぁ!痛ッ!!」

 

「………あれは何をしているんだろう」

「男の青春とかいう奴です。……ああ、ポッター。ルーピン先生がお見えですよ」

 

 マクゴナガルと入れ替わる形で、みすぼらしい容姿をしたルーピンが入室する。なんだか淀んでいるというか、負のオーラ全開だ。彼も見舞いに来ている筈なのに全く喋らない。居た堪れなくなっていると、申し訳なさそうに口を開いた。

 

「すまない………私のせいで………こんなに傷を………」

「え、いやいやいや!私は大丈夫だよ!」

「私は、か……。つまり、他の生徒達はもっと酷いんだな………。ロンは私を止めようとして傷ついたというし、ベガとコルダの怪我は酷いと聞くし……すまない……」

「え、えーと……そ、そうだ!来年の授業はどんな事をお勉強するの?うわ〜っ、ルーピン先生の授業楽しみだなぁ!」

「もう先生ではないよ。さっき退職届を出してきた」

「えっ。えっ!」

「今回のような事は二度とあってはいけないだろう?それに、狼人間が教師の学校に子を通わす親はいない」

 

 そんな、と声が漏れる。

 ルーピンの授業は面白かったし、いつも楽しみにしていたのに。もう彼もホグワーツの一員だと思っていたのに。

 ……何より、彼は父親の親友なのに。父の話をもっと効かせて欲しかったし、聞いておくべきだった。

 

「そう悲しい事ばかりでもないよ。ホグワーツに来たおかげで旧友にも会えたし、勝手だが自分を見つめ直す切っ掛けにもなった。……同族にも会えたしね」

「同族………コルダのこと?それとも、グレイバックのこと?」

「両方さ。片や兄を助けるために一度は世俗を捨てて狼になる道を選び、片や己の快楽のためとはいえ決して揺らがぬ精神で狼の自分を極めてみせた。

 ──方向性こそ違えど、彼女達は人狼としての在り方を見せてくれた」

「……?」

「私も、自分自身に向き合わねばならん時が来たようだ」

「そっか……うん……残念だけど、もう決めた事なら仕方ないね…。また会おうね、ルー……じゃなくて、リーマス!」

「たった今この仕事に就いてよかったと心から思ったよ。リーマスか、ふふ」

 

 忍びの地図を返すと、ルーピンはホグワーツから去って行った。

 ホグワーツから出る直前、コルダと何やら話していたが……同じ人狼同士、何か通ずるものがあったのだろうか。

 

「おいポッター!貴様って奴は!我輩がお前あの男をどれだけ、何年もかけて逃したのだろう貴様があの夜にどれだけの怨みを貴様この野郎!!」

「落ち着きなさいなセブルス」

「黙ってもらおうミネルバ!我輩には分かっているぞポッター!お前が!あの男を逃したのだろう!!」

「何言ってるんですセブルス」

「黙ってもらおうミネルバ!こいつがやったんだ、我輩には分かる!いつだってこいつは我輩の頭を悩ませて……」

「……シリウス・ブラックの件に関してはな、何も知らないけど、いつもスネイプ先生を悩ませちゃってたのは……ごめんなさい……私、気付かなくて………」

「きっ貴様っそんな顔をするなっ!!!」

「怒るか照れるかどちらかにしなさいなセブルス」

「黙れよミネルバ!!!」

 

 そして数日が過ぎる──…。

 今日は学年末パーティーの日だ。医務室から許可を得て馬鹿騒ぎに参加したシェリー達は、思い思いに宴を楽しんだ。

 ……ルーピンがもう城にいなかったのは物悲しかったが。(ちなみに彼は仕事をしっかりと終わらせてからホグワーツを出たらしく、テストの採点もきっちりつけてから出て行ったのだとか)

 

「今年の優勝はグリフィンドール!!!」

「よっしゃあああ──!!」

「しゃあ!オラァ!」

「やっぱ一位は気持ち良いもんだぜ!」

 今年の勝因は特に問題が起きなかったことと、何よりクィディッチ対抗杯の優勝が大きい。おまけにジニーが学年末試験で首席を取ったのだという。あのコルダを抑えての一位である。ジニーにも良きライバルができたものだ。

 

「うぐぐ……首席を取られた上に優勝まで奪われるとは悔しいです……!あれ、お兄様は平気そうですね?」

「ふふ、たしかに悔しいが、僕はこの数年間で学んだのさ。優勝杯よりも価値のあるものがある、とね!」

「さすがお兄様!」

 しかしドラコは自室に戻るなりベッドに埋もれてバタバタし始めた。

「ああああああ悔しいいい!!!ちっくしょおおお優勝できなかったちっくしょおおおおお!!!滅茶苦茶悔しいいい!!!」

 

 ホグズミードからの汽車に乗り込むと、アレン達の主力メンバーはシリウスの捜索に注力するために抜けるのだとか。

 仮にも一年間、交流した仲である。闇祓い連中との別れは皆が寂しそうにしていたが、そんな湿っぽさを吹き飛ばす程の陽気でアレン達は笑った。

 

「俺達の任務はこれで終わりだ!帰るぜ!既にアズカバンに送ったマクネアとグレイバックの聴取もせねばならんしな!」

「バイバイ、闇祓いの皆んな!」

「ああ!──力を求める少年少女達よ!君達にとって来年の催しはきっと良い刺激になる!頑張れよ!!」

「え?来年の催し?何のこと?」

「アレン隊長、例の試合の事を関係者以外に言ったら駄目ッス!」

「あっ………今の無し!ともあれ、皆んな帰るぞ!さて、俺達は闇祓いでありながら生徒を何人も危険に晒した間抜けだ、今後は気を引き締めなきゃいけないぜ!」

「はい!」

「という訳で魔法省まで箒で行くぞ!心身を鍛える良い機会だ!あ!おいエミル逃げるな!」

「あああああやりたくないいい!!!数時間も箒になんて乗りたくないいいいい!!滅茶苦茶やりたくないいいい!!!」

「……なんでアタシこんな奴の事好きになっちゃったんだろ」

 

 お菓子に舌鼓を打っていると、なんか知らない小さな豆みたいなふくろうが手紙を運んできた。

「誰からだいこの手紙」

「わぁ、シリウスからだ!」

「警備が薄くなった隙に送ったのね……なんて抜け目ないのかしら」

「うん……うん、元気でやってるみたい!安全な隠れ家を見つけたって!手紙を出す時はヘドウィグに頼めば大丈夫……なんて書こうかなあ」

「はは、楽しそうだねシェリー」

「うん!友達……とも違う、家族ができた気分!」

「……何かしらこの敗北感」

「わぁ、満面の笑顔が眩しいや」

 

 親友二人は、シェリーに太陽のような笑顔をさせたシリウスに内心でライバル心を燃やした。それに気付かずシェリーは手紙を読み進めていく。

 

「あ、そのふくろうさん、ロンの新しいペットにどうぞだって。ネズミがいなくなったのは自分のせいだから……って」

「えー、また小太りのオッサンが化けてるんじゃないだろうな」

「ふふ、それなら面白いけど……あら?何かしらこれ、ホグズミードの許可証?」

「『わたくし、シリウス・ブラックは、シェリー・ポッターの後見人として、ここにホグズミード行きの許可を与えるものである』……これって!」

「シリウス……!やった、これで来年からはロンとハーマイオニーと一緒に、正面からホグズミードに行けるんだ……!!」

「ふふっ。敵わないわね、あの人には」

 

 満面の笑みを浮かべてはしゃぐシェリーを見ては二人は笑う他ないというものだ。

 だがふと思う。

 シリウス自身が決めた事とはいえ、ピーター・ペティグリューを生かしておいて本当に良かったのかと。

 自分を認めてほしかっただけだったクィレルと違い、奴は根っからの屑だ。改心の余地も無ければ、罪悪感も無い。

 断罪するべきだったのではないか。

 殺せるチャンスはいくらでもあったし、その手段もあった。

 奇しくも、別車両でベガも同じ命題に悩んでいた。あの時の決断は正しいのか。

 本当に、赦してよかったのか。

 

「グレイバックとの戦闘時、俺は死の呪文を使えなかった。……俺がもしあの時、『時間簒奪』ではなく『死の呪文』を唱えていたとしたら、奴を殺せていたかもしれなかったのに、その度胸がなかった。

 ……度胸がないといえば、シドの一件もそうだ。俺があの時代わりに飛び出していれば、シドは死ななかったかもしれない」

「私があの時シリウスに杖を差し出さなければ、彼は迷う事なく復讐を果たせたかもしれなかったのに」

「あの時の決断が正解だったのかは、今でも分からない」

「多分正解なんてないんだと思う」

「だからせめて、自分の行いに対する責任は取らねえといけねえ」

「シリウスは生きる道を選んだ。だから彼の人生を楽しいものにしてみせる」

「シドは俺に生きろと言った。だからこれからは友達も死なせねえし俺も死なねえ、それが俺の通す筋だ……!」

 

 シェリーも、ベガも、選んだのは茨の道だった。掲げた信念はあまりに重く、難しいものだ。

 特にシェリーは、この先苦悩するかもしれない。彼女は罪を犯した人間は裁かれなければならないというスタンスだが、重すぎる罪を犯した人物に対しどうしていいか分からなかった。おまけにペティグリューは親の仇同然の男、彼女が冷静に判断できなくなるのも止む無しというもの。

 しかし、どんな結末であろうと、赦しであろうと断罪であろうと。一度決めた事柄に対し責任を持つ必要があるのだ。

 どれだけ過酷な道であっても……。

 だが彼等には友達がいる。

 

「あなた一人で考え込む必要なんてないのよ、シェリー。一緒に悩みましょう?」

「いつでも頼ってくれよな、シェリー」

「………!ありがとう、二人とも!」

 

 どんな苦難が起ころうとも。

 

「ネビル」

「ん?」

「俺と友達になってくれてありがとな」

 

 きっと彼等となら、乗り越えていける。

 

『Prisoner of Azkaban』、the endー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【登場人物紹介】

 

 

 

【挿絵表示】

 

↑左がシェリーと守護霊、中央がコルダと狼化した姿、右がベガと守護悪霊

 

◯シェリー・ポッター(Sherry Lily Potter)

自己犠牲しすぎる系女子だったが、最近は普通の感情が芽生えつつある。……なんか感情のないロボットが人との繋がりで感情を得るみたいな話っぽくなってね?

占いではなんか来年以降悲惨な目に遭うとか言われてるが……。

守護霊は『牡鹿のツノを生やした牝鹿』。

 

◯ベガ・レストレンジ(Vega Deneb Lestrange)

モテるプレイボーイから、兄貴分ポジへ路線変更し始めてる人。積極的にボケるエミルとは相性が良く、二人が話す場面は書いてて楽しかったりする。

元々かなり強かったところに時間系魔法が加わった。一年に一度しか使えないので作中のどのタイミングで使うかお楽しみに。

 

◯ロナルド・ウィーズリー(Ronald Bilius "Ron" Weasley)

他のキャラに比べ身体を張って守る機会が極端に多い人。お前がいればプロテゴなんて必要ねえ……!

 

◯ハーマイオニー・グレンジャー(Hermione Jean Granger)

豊富な知識と応用力で戦う技巧派。いぶし銀な活躍を見せる。恋愛面に関してはもう本当に……イチャイチャが……イチャイチャが足りない……!

 

◯ネビル・ロングボトム(Neville Longbottom)

いつもベガに振り回されているからか、落ち着きのある性格になってきている。女子の間で密かに人気。

 

◯ドラコ・マルフォイ(Draco Lucius Malfoy)

去年に比べかなり成長したが、小物なライバル感がまだ出てる。こいつに関しては普通に良い奴になったらつまらないポジションだと思う。

 

◯コルダ・マルフォイ(Corda Narcissa Malfoy)

感想欄でめっちゃセクハラされてる子。

今年度は結構活躍した。ドラコとのエピソードもたくさん書けた。

実は秘密の部屋を書く直前に思いついたキャラで、途中までキャラが定まってなかった。今は書いててとても楽しい。

 

◯シリウス・ブラック(Sirius Black)

実は無罪の人。原作ではハリーにジェームズの面影を見ていたが、今作ではシェリーは彼等とは違うのだと考えるように。

黒い大型犬に変身でき、影に隠れて行動できる能力を持つ。

 

◯リーマス・ルーピン(Remus Lupin)

ホグワーツに来て自分以外の人狼を知った事で考えに変化が生じ、自分自身の狼と向き合う事を決意する。

この人の名前本当はリーマス・ルパンって読むんじゃないかって思う。

 

◯シビル・トレローニー(Sybill Trelawney)

稀にトランス状態に陥り、人が変わったように変貌して予言を行う体質の女性。本人はその症状を自覚しているため、原作に比べたらかなり有能。

 

 

【挿絵表示】

 

 

◯レックス・アレン(Rex Aren)

世界最強の闇祓いと称される男。実務の多いキングズリーに代わり、現場で指揮を取る事が多い。明朗快活で真っ直ぐな人間で彼を慕って闇祓いに入った人間も多い。

砂魔法や岩魔法の使い手で、地形を変えるほどの大規模な攻撃が得意。

グリフィンドール出身。

 

◯エミル・ガードナー(Emil Gardner)

女性のような顔をした男性。

その中性的だが整った容姿故に女性に人気が高い……と思われがちだが、中身はかなり馬鹿で悪戯っぽい性格をしているため、そのギャップに失望する女性も多い。

超遠距離魔法が得意。

レイブンクロー出身。

 

◯チャリタリ・テナ(Charitari Tena)

男勝りの性格をした褐色肌の女性。

サバサバしたしっかり者だが内心はかなり繊細な乙女。昔はもっと大人しかったが、実の姉同然に育った女性を亡くしてから今のような性格になった。トンクスとは同期で、エミルとの恋をよく相談している。

罠魔法が得意。魔道具にも詳しい。

ハッフルパフ出身。

 

◯ジキル・ブラックバーン(jekyll Blackburn)

アレン隊の中では新参の闇祓い。

ゴツい顔をしてる割に女性に免疫がなく、すぐ緊張したり赤くなってしまう。女性と戦う時は必死で抑えているらしい。元々頭の良い方ではなかったが、闇祓いになるにあたって猛勉強した苦労人。

医療系・補助系魔法が得意。

スリザリン出身。

 

◯ニコラス・フラメル(Nicolas Flamel)

悠久の時を生きる天才錬金術師。

二年前に賢者の石を砕いてそのまま死ぬ筈だったのだが、某占い師の占いを聞いて残り数年は生きられるよう調整した。

しかし加齢のせいでボケており、傍若無人なお爺ちゃんになっちゃった。

ファンタビと性格が違うのはそのため。

 

◯ワルデン・マクネア(Walden Macnair)

死が芸術だと思っているサイコ野郎。

本来は後方支援が得意で、結界を作ったり幻惑を見せたりする能力に長けている。しかし何故か斧で戦った。何故……?

 

◯ピーター・ペティグリュー(Peter Pettigrew)

思い込みの激しい性格になり、自分の行動は悪くないと思い込んでいるクソ野郎。この世に不可能はない!自分ができると思ったらできるのだ!

ネズミに変身すると、魔法を食べたり吐き出したりできるようになる。

以前はヴォルデモートからグレイバックと同じ能力を授かっていたようだが……?

 

◯フェンリール・グレイバック(Fenrir Greyback)

凶悪殺人鬼。文字通り、老若男女見境なく欲情する変態。犯したり殺したりする事が彼の最大の愉しみで、基本的に顔が良ければ誰でも殺人の対象に入る。

本作において準最強クラスの実力を持ち、人狼の身体を活かした近接戦が得意。

爪が紅く染まっているが……?

 

◯その他

 

『紅い力』

闇に精通した者は身体の一部が紅く染まり魔力を増幅する事ができる。発現には何か特殊な条件が必要らしい。

トム・リドル、グレイバック等がその力に目覚めていた。ペティグリューも以前はこの力を使えていたようだが……。

 

『難易度』

今までハードモードだったのがベリーハードモードに上昇。グレイバック強すぎ。

 

『親世代』

スネイプ含めた親世代組は、ステータスの割り振りが違うだけで総合的な能力は殆ど同じという設定。

近距離攻撃はジェームズやシリウスが得意だが、射撃系魔法はスネイプ、補助系はペティグリューが得意……といった具合。

 




つーわけでアズカバン編完結です!ここまでお楽しみくださってありがとうございます!ここまで長かったねー。
畜生!あまり長くしない予定だったのにグレイバックが強すぎたせいで一話増えたよ!
先に言っておくと、次の炎のゴブレットは結構長くなる予定なんですよねー。どうなる事やら……。
とにかく次回もお楽しみに!


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閑話
Episode of Sherry


 

 

 

──頭が痛い。

──同じ言葉が何回も繰り返される。

 

『お前は生まれてきてはいけなかった』

 

──煩い。

──誰かが身勝手な理論を振りかざす。

 

『お前は生まれてきてはいけなかった』

 

──誰だ?この、耳障りな音をリピートするのは誰だ?

 

『お前は生まれてきてはいけなかった』

 

──壊れかけのラジオのように、何度も同じ箇所を繰り返して進まない。

──私が聴きたいところは、そこじゃないのに。同じところばかり聴かされてうんざりさせられる。

──私が聴きたいのはもっと先。未来の部分だ。私は未来を求めたい。

 

『無理だね。所詮お前はこの壊れたラジオと同じなのだ。同じところばかり繰り返して後悔するだけの愚か者、それがお前だ』

 

──違う。

 

『無理だね。所詮お前はこの壊れたラジオと同じなのだ。同じところばかり繰り返して後悔するだけの愚か者、それがお前だ』

 

──違う!煩いったら!!お前なんかどこかへ行ってしまえ!!私の前で同じ文句を何度も垂れ流すな!!

 

『お前は未来へ進めない』

 

──黙れ!!煩い!!!

 

『お前は未来へ進めない』

 

──煩い!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────煩い!!!」

 

 まさかその声が自分から出ているとは思っていなかった。覚醒した意識はシェリーを落ち着かせる。

 まだ暗い。自分はこんな夜中に大声を出してしまっていたのか。

 寝汗がべっちょりとして気持ち悪い。

 ここは……ここは、どこだ。

 

「……シェリー?」

「ッ!……ああ、ジニー、ごめん。起こしちゃったね」

 

 ……そうだ、ここはウィーズリー家だ。

 夏休みの間はウィーズリー家で過ごす事になっていたではないか。そんな事すら忘れてしまっていたのか……。

 

「いいのよ別に………なんだかうなされているようだったけれど、大丈夫?」

「う……うん。大丈夫」

「何か怖い夢でも見たの?」

「ええっと………あれ?何を見ていたんだろう、私」

「………本当に大丈夫?」

「あはは、大丈夫大丈夫。本当ごめんね」

 

 ジニーは何度も心配そうな顔をしながらベッドに潜り込んだ。

 それを見ながら、ふと、思案に耽る。

 夢で何を見たかは忘れたが、夢で何を感じたかは覚えている。

 そう、その感情を表すならば、憤怒。

 

(……私、夢の中で怒っていたの?)

 

 シェリー・ポッターは怒れない。

 過去の経験から、彼女が人に対して怒った事は一度たりともない。

 賢者の石を狙う男を止めるだとか、友達を守るだとか、唯一の家族を逃すとか、そういった使命感で感情が爆発した事は何度かある。

 だが、この瞋恚の高鳴りは。

 理不尽なまでに破壊してやりたいとか、そういった暴力的なものだと思う。

 シェリーは怒っていた。

 ああ、壊したい。ああ、潰したい。

 ああ、呪いたい。ああ、殺したい!

 

──誰を?

 

──私は誰に怒っている?

 

──ああ、最近ずっと頭が痛い。

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

「覚えてねえ」

「嘘をつくな!お前達は何故ホグワーツにやって来た!?目的を言え!シリウス・ブラックを手引きしたのか!?」

「だーからー、さっきから覚えてねえっつってんだろ」

 

 フェンリール・グレイバックはあっけんからんとそう言った。

 ここはアズカバンの取り調べ室。

 彼を囲むようにして、キングズリー・シャックルボルト、レックス・アレン、ジキル・ブラックバーンという錚々たる面子がグレイバックを尋問していた。

 しかしその結果は芳しくない。

 チャリタリの『真実薬(ベラセタリウム)』を飲ませて彼に自白させているのだが、アレン達に捕まる直前に彼は自分自身で記憶を『破壊』したようなのだ。尋問で情報を引き出させないために……。おそらくは、ヴォルデモートが彼の頭にそうするよう細工したのだ。

 憂いの篩も真実薬も、覚えていない記憶は引き出せない。だから、この尋問はあまり意味を成していなかった。

 

(しかし、闇の帝王が本当に記憶を引き出されたくないのなら、グレイバックが俺達に捕まった瞬間に自動で人格や全ての記憶を破壊するような魔法をかけていてもおかしくない。

 ……それがないのは、グレイバックがまだ闇の勢力にとって必要な人材だから?)

 

 糞、とアレンは歯噛みした。

 グレイバックは危険だ。闇の勢力の幹部である以上に、快楽殺人鬼なのだ。こいつを生かしておけば、またシリウス・ブラックのように逃亡を許してしまうかもしれないし、その時はまた罪なき人達に牙を剥くだろう。あまりこういう言い方はしたくないが、生かしておく意味がない。

 しかし上はグレイバックを殺すなという指示を出した。探りを入れてみれば、何人かの死喰い人が潜り込んでいる可能性が浮上してきた。

 ……闇祓いの名を捨ててでも、今ここで殺しておくべきか……。

 ……駄目だ。この立場でやれる事はまだ沢山ある。今はその時ではない。

 今は少しでも情報を引き出さなければ。

 

「紅い力ってのは何なんだ……」

 

 アレンがぼそりと呟くと、グレイバックは口を開いた。この情報は話せるらしい。

 

「詳しい事はよく分からねえけどよー、闇の帝王から聞いた話じゃ、闇の魔術に精通した人間が稀に目覚める力らしいぜ」

「らしいな」

 

 過去の著名な闇の魔法使いにも何人かその力に目覚めている者がいる。例えばグリンデルバルド。彼も闇に傾倒した結果、眼を紅くする事に成功し、その日を境に絶大な力を手にしたという記録が残っている。

 

「でもよー、俺の場合は別なんだよな」

「?」

「闇の帝王から貰った力なんだよ、これ。俺がいつも通り顔の良い人間を殺していたら呼び出されて、俺には適正があるとか何とか言われて。よく分からねえ魔法式を身体に刻まれて、で、今みてえな力を手に入れたって訳だ」

「……貰った、だと?」

「元々俺も腕の立つ方だと思ってたんだがよ、この力を手に入れてからは見違えるように変わったね。身体能力、魔力、それらが飛躍的に上昇していくのが自分でも分かった。俺以外にも何人か力を貰った奴はいるぜェー」

 

 闇の帝王は人為的に紅い力を引き出す、もしくは与える事ができる……?

 つまり、グレイバック級の魔法使いを何人も生み出せるという事か?

 確かに、先の魔法戦争においても紅い力に目覚めたらしき人間はチラホラいた。そして彼等は例外なく圧倒的な力を持っていたのだが……それが人為的にできたものだとしたら。

 (いや、それはあり得ない。グレイバック級の強さを持つ人間が何人もいたら、とっくに闇の帝王の天下になってる)

 

「……闇の勢力にはお前以外にも紅い力を持つ奴達がいるのか?」

「俺が把握してる限りじゃ、四、五人はいたかな。力が馴染むかどうかはそいつの資質次第だが、力を得た奴達は幹部の座を手に入れていたぜ。俺もそうだ」

「紅い力には適正や資質が必要だと言うが、それはどんなものなんだ?例えば今、俺達の中に資質を持つ者はいるのか?」

「俺に言われても分からねえよ。えーと、確か人間の持つ感情が鍵だとか何とか言ってたような………んで、その資質が足りない奴は不完全な強化になっちまうんだ。それは『黒い力』って言われててな、例えばクィレルなんかがそうだ」

 

 成程。段々と分かってきた。

 『紅い力』は魔法使いの能力を高める効果があり、本人に資質がないと得る事ができない能力。資質が何かは分からないが、感情が鍵になってくるらしい。

 『黒い力』はこちらも魔法使いの能力を高める効果があるが、紅い力には及ばない。本人の資質が足りないとこっちの力が目覚めてしまうらしい。

 闇の帝王はこんな力を研究していたのか……。

 

「………。例のあの人が誰にその紅い力を渡したのか、詳しく教えろ」

「ええ〜?よく覚えてねえけどよ……。まず俺に、ペティグリューだろ?あ、あいつは仕事をミスして力を没収されたんだったかな……それと………」

 

 そこでグレイバックはふと、軽い調子で、思い出したかのように言った。

 

「あ、そういえば。闇の帝王はシェリー・ポッターに力を分け与えたのか?」

「は?」

「いやさ、何か妙だなと思ったんだよ。紅い力特有の匂いっていうのかねェ。巧妙に隠されてはいるが、シェリーの髪から俺達と同じ匂いがしたんだ」

 

 シェリーの髪から……?

 そんな事はあり得ない。紅い力は闇の産物のはずで、あんな人畜無害な少女が持っているわけがない。

 だが、それをアレン達は一笑する事ができなかった。グレイバックには真実薬を投与してあるのだ、嘘をつける筈がない。きっとこの男の勘違いだろう。

 ──しかし、闇の帝王とシェリーの間には何か特別な繋がりがあるのも事実。

 

(……例のあの人が、シェリーに何か細工をした?)

 

 しかしそれは考えにくい。

 彼女がヴォルデモート卿と対峙したのは一年生と二年生の時だけ。

 一度目はクィレルの後頭部で生き永らえていただけの弱った生命体でしかなかったし、シェリーに何かを仕込む余裕など無かった筈。

 二度目は日記に憑依しており、これまた何かする余裕も力もなかった筈だ。

 普通に考えればグレイバックの妄言だと切り捨てられるところだが、闇祓いとしての勘が、何かを見落としていると告げているような気がした。

 

(──そうだ。馬鹿か俺は。闇の帝王とシェリー・ポッターが初めて出会ったのは、十三年前のゴドリックの谷だ。……その時に闇の帝王はシェリーに何かしたのか?)

 

 あの日の事は誰も知らない。いつの間にか始まって、駆けつけた時には既に終わっていたのだから。

 あの時に何が起きた。

 闇の帝王は滅び際に何をした?

 シェリーは本当にこちら側の人間か?闇に傾いているのではないのか?

 もしもそうであるなら、彼女のこれまでの行動自体が信じられなくなる。

 一年時には賢者の石騒動。

 二年時には秘密の部屋騒動。

 三年時には死喰い人とドンパチだ。事件に巻き込まれ易い体質だと思っていたが、もし仮に、彼女が意図的にその騒動に巻き込まれているのだとしたら。自分達が見ていないところで彼女が何らかの企みをしているのだとしたら?

 しかしシェリーが本当に心優しい少女なら、それはそれで問題だ。あんな優しい子が闇の帝王の陰謀に巻き込まれている。

 あの子に、その髪は母親の遺伝したものではなく、闇の帝王の遺したおぞましき闇の産物かもしれないと告げたらなんて顔をするだろうか。

 

(あくまで、俺達の想像に過ぎない。だがどちらにせよ……彼女は何かとてつもなく重い宿命を背負っているのは確かだ)

 

 シェリー・ポッター。

 彼女は一体何なのだ。

 神に愛されなかった少女はどこへ行く?

 

「シェリー、君は一体何者なんだ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シェリーは頭を抑えた。

 何か悪い夢を見たような気がする。

 だが忘れてしまおう。時には忘れた方がいい場合もある。今がその時だ。

 あんな夢、忘れてしまえ──。

 

 「ああ、最近ずっと頭が痛い……」

 

 

 

『Episode of Sherry』、the endー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

『悪戯仕掛け人シェリー誕生?』

 

 

 

 

 

 ──明くる日の事だ。

 シェリーとハーマイオニーは談笑しながら歩いていた。図書室からの帰りである。

 女の子らしい会話に花を咲かせて──そしてふと、シェリーは体勢を崩した。

 

「わあっ!?」

「ああっ、シェリーの足元に何故か都合よくバナナの皮が!」

「んぎゃっ」

 

 鈍い音。

 頭と地面とが思いっきりぶつかった。

 声を掛けても全く起きる様子がないのを見ると、気絶しているようである。

 

「大変!すぐ医務室に運ばないと!」

 

 というわけで今は医務室。

 医務室の女神、マダム・ポンフリーの診断によれば目立った外傷もなく、しばらくすれば目が覚めるだろうとの事だった。

 そしたら起きた。

 

「んん……ん………」

「良かった、起きたのねシェリー!」

「ここは……」

「医務室よ。あなたさっき廊下で転んで頭を打っちゃったのよ」

「……ハーマイオニー」

 

 シェリーは神妙な顔をした。

 親友のその表情を見て、ハーマイオニーは心配になる。憂いだ眼にはどこか覇気がなく、今にも飛んでいってしまいそうな儚さがあったからだ。

 もしや、医務室まで運ばせてしまった、などと思っているのではあるまいか。心配をかけさせてしまったと思っているのではないだろうか。友達なんだからそれくらい良いのに、とハーマイオニーは思うが、シェリーはそう思ってしまう性格なのだ。

 だがそれでも、いつか自分達に頼ってくれる日が来たとしたら……。

 シェリーは遠慮がちに口を開いた。

 

「頭にゴキブリついてる」

「えっ、えっ!?ちょ、ど、どこ!?」

「あっ今服の中に入った」

「え!?う、嘘!?」

「あっ今下着の中に……」

「し、下着!?………って、どこにもいないじゃないのよ!」

「あっはっはっはー!引っかかったー!」

 

 ゲラゲラ笑うシェリーをぶっ飛ばしたくなるハーマイオニーだったが、その違和感に気付いた。シェリーが悪戯……!?

 あのシェリーが!?人畜無害、清廉潔白を絵に描いたようなシェリーが!?

 

「ハーマイオニー、私気付いたよ。私は悪戯をするためにホグワーツにやってきたんだって……!」

「何に気付いたのよ!?……い、悪戯?何言ってるのシェリー、あなたそんなキャラじゃなかったでしょう」

「そうと分かれば早速皆んなに悪戯しに行こーっと!じゃーねーハーマイオニー、マダムに上手く言い訳しといてー!」

「ま、待ちなさいシェリー!」

「ハーマイオニー、追ってくるのは良いけどそんな裸同然の格好で校舎を走り回るつもり?」

「え…………きゃっ!?」

 

 服装を指摘され顔を赤らめるハーマイオニーを尻目に、爆誕した悪戯っ子はホグワーツを縦横無尽に駆け回る。

 シェリーは頭を強打した事で記憶があやふやになってあれやこれやして、何だかんだで今とは真逆の性格になったのだ!

 綺麗だった頃のシェリーはもういない。

 ここにいるのは下衆なシェリー!

 言うなればゲスリー・ポッターだ!

 どこから悪戯してやろう、まずはグリフィンドール寮からだ、とシェリーはよく知る通路を走った。

 

「ネビルー、チェスの新戦略を考えたいから付き合ってくれよ」

「いいよーロン。じゃあ早速やろうか、僕はまずポーンを……うわっ!?」

「ぎゃああ!?チェスの駒に羽が生えて部屋中を飛び回ったああああ!?」

「しかもなんか爆発したし!!」

『…………』

「あれ、何体が『変身』して……」

「ぎゃああああ蜘蛛おおおおお!?」

「ぬひひひひ、悪戯大成功ー!!」

 

 慌てふためくロンを見て耐えられないと言った風に腹を抱えた。シェリーの何とも下品な笑い方にネビルは面食らう。

 

「な、何やってるんだよシェリー!」

「変身!全ての肖像画よスネイプ先生の顔になーれっ!」

「うおおっ怖いっつーかキモッ!?」

「あっははははは!」

 

 先の『防衛術』でネビルの怖いものは把握済みである。彼等の弱点さえ把握していれば悪戯も捗るというもの!

 しかしホグワーツの壁に置かれてある肖像画全てがスネイプの顔面に変わるのは流石にキモかった!いや顔だけ見たら意外と悪くない気も………?いやでも部屋中がスネイプは流石にホラーだ!

 そんな思考をしていると、ホグワーツの現・悪戯番長、フレッドとジョージが殴り込んできた!

 

「やってるねえ、我等がグリフィンドールのお姫様!」

「だがまだまだ甘いぜ!俺達が悪戯の極意ってのを見せてやる!」

「へぇー…ところでその胸ポケットは何が入ってるの?」

「え?おわあああ俺達が独自に作った魔法の花火が!?」

「あっちゃちゃちゃちゃちゃ!いつの間にか燃えてるゥー!?」

「大丈夫ぅー?はい、アグアメンティ!」

 

 二人はずぶ濡れになった。

 全身水浸しで寒そうだ。悪戯番長がもはや形なしだった……。

 

「「がぼ………」」

「さて、それじゃ聞こうか……『俺達が悪戯の極意を見せてやる』……だっけ?」

「うおおおおっ、や、やめてくれー!」

「恥ずかしくなってきたぁー!!」

「あっはっは、なんだか楽しくなってきちゃった!別の悪戯も試してみよおーっと!バハハーイ!」

 

 ホグワーツの廊下に出てやる事といえば一つ。落書きだ!不良がスプレー缶で校舎の壁に落書きをするような要領で、杖でホグワーツの壁を汚していく。

 途中通りがかったミセスノリスが信じられない物を見るような目をしてきたが、猫じゃらしを贈ったら素直になった。ついでに主人のフィルチに拷問道具を贈るのを約束すると、悪戯は見逃された。ちょろいもんである。

 

「何て書こうかな……。いやでもやっぱ定番はコレでしょ!」

『シェリー・ポッター参上!!』

「いやー、継承者騒動の時にリドルに先を越されたままだったのよね。私もこれぐらいやらないと悪戯番長の名が廃るってもんだわ」

 

 別にリドルは悪戯番長じゃない。彼もただティーン特有の疾患に罹っていただけなのだ……。

 そうこうしていると、シェリーの奇行に人が集まってくる。何であのシェリーがこんな事を、などと言われているが当の本人はどこ吹く風だ。

 と。集まってきたのはどうやら生徒達だけではなかったようだ。

 

「おい!何をしているポッター!」

「あ、誰かと思えばスネイプ先生」

「貴様、事もあろうに校舎の壁に堂々と落書きを!今回ばっかりは普通に貴様が悪いぞポッター!減点………」

「先生………♡」

「!?ど、どうした急にそんな潤んだ瞳でこっちを見て!」

 

 身をくねらせながら迫るシェリーにスネイプは面食らった。事情があるとはいえ一回りも歳の違う相手に顔を赤くするのはどうかと思うが、少なくとも、今のシェリーにスネイプはタジタジだった。

 

「おい!やめろ!あの日の情熱がまた燃え上がるぞ!?」

「スネイプ先生……いいえ、セブ♡そんなに怒ると皺ができるゾ♡」

「何だその甘えた声は!貴様ァ!我輩が耐えられると思っているのかァ!」

「ねえセブ………私、実はずっと前から貴方の事が……」

「…………リ、リリ………」

「うっそぴょ〜ん。引っかかってやんの、チェリー丸出しのロリコン教師」

「ぶち殺してやるクソガキがァ!!」

 

 怒り狂うスネイプから悠々と逃げた。

 何故かは知らないが妙に怒っているというか、マジギレしているというか。理由は分からないが今までの比じゃないくらい彼はブチ切れていた。

 まあ、そんな彼を見てシェリーはニヤニヤ笑いを浮かべていたわけだが。

 

「どこ行ったあのガキャア!!」

「あー怖い怖い。あれ、何だろコレ?」

 

 スネイプの落としたメモを拾うと、何やら暗号のような物が走り書きされていた。

 それを一目見てピンと来る。

 これは、スリザリン寮の合言葉!

 

「良い物拾っちゃったー!」

 

 という訳で蛇寮までやって来ていた。

 ちょうどドラコとコルダが優雅にティーブレイクしているところだ。そんな空気をブレイクする勢いで上がり込む。

 人呼んでエアブレイク。空気はぶち壊していく!ついでに寮の扉も壊す!

 

「ハロハロ、スリザリンの皆んなー」

「おわぁ!?ポ、ポッター!?」

「何で貴方がこんなところに!?」

「ちょっとね。ところでドラコ、私と授業サボって遊びに行かない?」

「え!?は!?」

「ちょ、ちょっと!?」

 

 言うと、胸元をはだけさせる。

 色仕掛けが有効なのは既にスネイプで実証済みだ。年頃の男子であるドラコがこういった類のものに慣れていないのは予測がつく!

 案の定彼は顔を赤らめていたし、コルダも吃驚したような声を上げていた。

 

「シェ、シェリー・ポッター!!いくら貴方でもそれ以上は許しませんよ!?私のお兄様を籠絡しようだなんて真似……!」

「ロウラク?あはは、こんなのただのスキンシップだよ、ねえドラコ?」

「いや距離が近くないか!?」

「ええ?蛇寮はノリが悪いなあ……」

「と、とにかく!それ以上お兄様に近付くのは許しません!そ、そんなに近付いて何をするつもりですか!」

「ナニを、するつもりかですって?」

 

 面白い。

 これはこれで、面白い。

 スリザリンは堅物が多いと思っていたが、その実、ウブな生徒が多いだけだ。彼等の純心な態度はシェリーの悪戯心に火をつけた。

 

「んー?お子様のコルダちゃんには分かんないかなあ?」

「な!」

「男と女、二人でやるコトと言ったら、そりゃもう一つしかないでしょ……?」

「え!?」

「な、なあっ!?ちょっ、貴方人前で何てコトしようと──」

「あれぇ?何を想像したのかな?コルダって案外ムッツリなんだね」

「……ポッタアアアアアアアア!!!!」

「わー、怒ったー」

 

 そりゃ切れる。

 

「は、恥を知りなさい!貴方がそんなふしだらな人だったとは思いませんでした!」

「私からすればコルダの方がずっとお子ちゃまだけどね。ねえ、さっき小耳に挟んだんだけど、あなたって──」

「わああああああ!!!何を言うつもりか分かりませんが嫌な予感がします!!!」

「いやー、人を揶揄うのって面白っ!」

「待ちなさああああい!!」

「……僕の純潔が奪われるところだった」

 

 スリザリン寮からの脱出。全く悪びれないその態度は何とも悪質である。

 しかしまあ、シェリーを追う人間が大勢増えて来た。ホグワーツの中は彼女を探す人間ばかりだ。これではやり辛いなと判断したシェリーは、彼の下に行く事にした。

 

「ハァァグリィィッド!げぇえんきぃいいい!?」

 何か某死喰い人のように小屋を燃やしかねない勢いで小屋の中に飛び込んだ。

 

「おうシェリー、どうした。元気だな」

「ハァイハグリッド!ポケットに鼬の死骸が入ってるよ!」

「ん?オーッ、いつの間に。ちょっと待ってろ、今鼬のシチューを作るからよ」

「わぁいありがとう!」

 

 席に着くと先客がいた。

 濁ったブロンドの少女。銀灰色の瞳。まだ顔立ちが幼いのを見るに、一〜二年生と言ったところだろうか。

 

「あんた、誰?」

「私はシェリーだよ」

「ふぅん、そっか。あなたが噂のシェリーなんだ。よろしくね、私はルーナって言うんだ。皆んなからはルーニーって言われてるけどね」

「誰よそいつら。待ってなさい、私が今に悪質な悪戯してあげるわ」

「あはは、あんた面白いね。でもあんたにはここにいて欲しいかな。話相手になって欲しいし」

「話相手?」

「ハグリッドとセストラルについて話してたんだ。知ってる?セストラル」

「ああ、人が死んだ瞬間を見た人にしか見えないっていう……」

「セストラル、皆んなからは不吉の象徴だとか死の化身とか言われてるけど、私は可愛いって思うんだ。それをハグリッドと話してたら、シェリーならあの可愛さに気付くかも、って」

「うーん、私もセストラルは見えないからなぁ。スケッチとかは無いの?」

「えーとね……」

「おおーい二人とも、シチューが出来たぞ。お?いつの間にか仲良くなっちょる」

 

 三人でシチューを啜りながらセストラルの話をした……。

 

「………はっ!いけないいけない!つい楽しくお茶しちゃったけど私は悪戯がしたいんだよ!じゃっ、私行くね!」

「おう、またなー」

「バイバイ」

 

 気を取り直して悪戯再開。

 ひとまず大広間に向かおう。悪戯したい人が沢山いるし。

 

「うわー!シェリーの色仕掛けに男子陣が悩殺されてるぞ!」

「セドリ──ック!!やばい、こいつ前にシェリーの事が好きだって……」

「わーっ!!あちこちからシェリー被害が起きてるぞォー!!」

「ぐっひゃっひゃっひゃ!!」

 

 馬鹿笑いするシェリーは邪悪そのもの。

 ジャリー・ポッターだった。

 彼女が何か行動を起こす度に被害が大きくなっていき、悪戯の被害者は増えていく一方だった。

 特にシェリーの色仕掛けは強烈だった。

 が、どんな所にもどんな人間にも天敵はいるものである。

 

「おいおいシェリー、ちょっと見ねェ内に良い女になっちまって。俺とも遊ぼうぜ」

「ベガ!」

「そうかベガに色仕掛けは効かない!シェリーも返り討ちにできる!」

「やったれェーベガ!」

 

 ベガ、参上!

 プレイボーイの彼が残した伝説は数知れず、彼の偉業はかのシリウス・ブラックにも勝るとも劣らないと言われ、つい先日、三百人斬りを達成した男である。

 そんな彼に色仕掛けなど効かない!

 

「事情は聞いた。皆んな下がってな」

「あんたに色仕掛けは通用しないからね。ガチンコで闘るよ!」

「おう………おう!?えっ、大丈夫かお前そんな事言っちまって。俺生徒達の中じゃ最強の自負あるんだけど」

「関係ねえ!いくよ!」

「うおっ!?」

 

 関係なかった。

 身構えるベガに向けて、何だかよく分からない魔法の弾を放つ。何だこれ初めて見る魔法だけど、何だこれ?

 

「ああっ、あれは!?」

「『守護霊弾丸』!自分の得意な魔法を二つ組み合わせて新しい魔法を作ったというのですか!」

「いたんですかフリットウィック先生!」

「しかも……おおーッ!?なんかよく分からない魔法式まで付与されてなんか凄い魔法ができちゃってるー!?」

「だ、だが!俺の手にかかれば躱せる!」

「しかし追尾弾だぁー!」

「ぐあああああああ!!?」

 

 ベガは負けた。

 

「あっひゃっひゃっひゃ!私の勝ちー!」

「く……屈辱だ………」

「やばいぞ!ベガで止められないなら誰が奴を止められるっていうんだ!」

「いや……まだ一人だけこの状況をひっくり返せる猛者がいる!」

「ほっほっほ」

「そうかダンブルドアだー!世界最強の魔法使いならきっと何とかしてくれる!」

 

 正真正銘の伝説の魔法使いが事態を収束せんとやって来た。彼以上に頼もしい男など存在しねえ!!

 

「ええ〜、良いのかなぁ〜?私、校長先生の秘密のアレを知ってるんだけどなぁ〜。言っちゃって良いのかなぁ〜?」

(………!?アレじゃと!?心当たりが多すぎて分からん!じゃがこの口振りだと確実に何かを知っておる……!)

「………そういえば儂、魔法省に呼ばれてるんじゃったーすぐ行かなけりゃー」

「ダンブルドア先生!?」

「使えねえなこのジジイ!」

(ラッキー、適当に当てずっぽうな事言ったら勝手に身を引いてくれたぁー)

 

 まんまとシェリーの口車に乗った。

 意図せずして彼女は世界最強の魔法使いに勝利した女となった。これからは彼女が最強だ!サイキョー・ポッターだ!

 新たなる最強の爆誕に生徒達は震える。

 ダンブルドアで止められないのなら、一体誰が倒せるというのだ!

 彼女の進撃に立ち塞がる者などいない!

 

「あっひゃっひゃー!次はどんな悪戯をして遊ぼっかなー!」

「シェリー!!」

「げぼぉああっ!?」

「いい加減になさい!」

 

 マクゴナガルは本の角でシェリーの後頭部をチョップ。その一撃が脳天直撃した。

 そのあまりの破壊力にシェリーは意識を失った。強い……!強すぎる……!

 その光景を見て、生徒達は思う。

 

(((この学校ってマクゴナガルが良心だったんだなあ………)))

 

 

 

 

 

 

「シェリー!マダム・ポンフリーの話ではもう一度強い衝撃を頭部に加えると元に戻るかも……って………もう喰らってるみたいね、『強い衝撃』」

 

 

 

 

 

 

 

「んん……ん……」

「あ、起きた?シェリー」

「……うん、おはようハーマイオニー。…あれ?なんだかとてつもなく申し訳ない事をしたような………うっ頭が」

「……気のせいよシェリー」

 

 都合よく記憶を失っているようだ。

 ……思い出させる事もあるまい。

 

「……皆んな、今日のアレはなかった事にしましょうか」

 ホグワーツ全員が頷いた。

 

(うーん、何か悪い夢を見たような……)

 思い出すなシェリー。忘れた方がいい時もある。そして今がその時だ。

「ああ、最近ずっと頭が痛い…」

 

 

『悪戯仕掛け人シェリー誕生?』

──the end──

 

 

 

 

 




あれ……おかしいな……悪戯っ子のシェリー書くの楽しいな……。
いや前半だけだと暗いし量も少ないから何となく書いてみたけど、こんな感じになるとは思わなかったよ!

んでシェリーの正体について。
闇に傾倒した人間は身体の一部が紅く染まる(リドルは瞳、グレイバックは爪)のですが、シェリーの髪は果たしてリリー譲りのものなのか、それともヴォルデモート由来のものなのか。そしてそんな力を持ってるシェリーの正体は何なのか注目していただけると幸いです。
ちなみに一年生の時から傷じゃなくて頭が痛いって描写は何度か入れてるので、暇だったら探してみてネ!


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GOBLET OF FIRE
1.WORLD CUP


 

「ここは、どこ……?」

 

 その世界は匂いがしなかった。

 どこまでも続く白い空間。どこに立っているかもあやふやで、そこが高いのか、低いのかすら分からない。

 異質で奇妙な空間に、シェリーは恐怖に近い感情を覚えた。

 ここに天井はあるのか、壁はあるのか。あるとすればどこなのか。今立っているこの場所は、本当に床なのか。

 平衡感覚がおかしくなりそうだった。

 

「ここは君の心の世界。……もっと正確に言うなら、君とぼくの世界だ」

 

 声のする方に振り向いた。

 ……知らない顔だ。

 黒髪の少年。

 シェリーは一瞬警戒したが、その顔を見てどこか懐かしいような気分になった。

 心がざわめく。

 彼を見ると、欠けていた部分が埋まっていくような気持ちになる。

 

「あなたはだあれ?」

「ぼくは、君の──だ」

 

 ノイズが酷い。

 出来損ないのスピーカーのように、雑音が混じって聞こえなくなる。

 

「ここはどこ?」

「…君はどこだと思う?」

「………ぼんやりだけど段々と輪郭が見えてきた。何かドーム状の……夕焼けの……キングズ・クロス駅?」

「生と死の狭間、存在と非存在、現実と非現実。君がそう言うんなら、そうなんだろうね。ここにいるのは君とぼくだけだ」

 

 精神世界というやつだろうか。

 なるほど、キングズ・クロスには列車が一台も無いし、人気もない。これが精神の中の世界だとすれば納得だ。

 しかし、不気味なものだ。

 紅く染まった空には紫色の雲が浮かび、黄色い太陽が煌々と輝いている。落ちかけた夕陽が悪辣に笑っているようだ。

 シェリーはこの場所に対する若干の居心地の悪さと、少年に対する謎の親近感の二つを感じていた。

 

「シェリー、覚えているかい」

「え、な、何を?」

「君が初めて自分に不思議な力があると自覚した日のことだよ。魔法使いは、普通、幼少期に魔力の片鱗を見せるものだ。自分の身を守るためにね」

「………?」

「例えば二階から突き落とされた時、自分の身体が鞠のように跳ねたり。例えば丸坊主にされた時、次の日には髪が元通りになっていたり。例えば友人を守ろうとした時、蒼い焔が辺り一面を焼き尽くしたり」

「…………」

「だが君にはそういった不思議なことが何も起こらなかった。理不尽ないじめを長年受け続けてきたのに、君の本能は魔法を使って自分を護ろうとしなかった。

 ……君は自分が傷付けられるのが当たり前だと思い込んでいたから。だから君の周りで不思議な事が起こる事もなかったし、自分が魔法使いだなんて思いもしなかったんだ」

 

 ──心当たりは、ある。

 

「だが一度だけ、君は無意識のうちに魔法を行使した事がある。………子供の頃、友達になった子がいただろ?いつも独りだった君に優しくしてくれた子。その子は君を虐めていたグループに眼をつけられ、辱めを受けた。それを知った君は、怒りのままに魔力を放出したんだ。それが始まり」

「……そんな事も、あったね」

「その子は君を恐れて逃げていってしまったけれど……ま、それはいい。あの時の、自分の中の感情を再び爆発させるんだ」

「………感情を爆発?」

「そうさ。君はあの時、誰に怒っていた?何に怒っていた?思い出せよシェリー」

 

 なん、だ。

 この少年は、何を言い出してる。

 

「思い出すんだ。あの時の感覚を。自分の中に宿る焔を解放してやれ。気にする事はない、だってあいつ達はただの薄汚い害虫なんだからさ」

「…………害虫?」

「思い出せないんなら手伝ってやるよ。君が、どれだけ罪深い事をしたのか──…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………、………」

 

 悪夢からの目覚め。

 過去のトラウマが何度も蘇る。その度に割れんばかりの頭痛がシェリーを襲う。

 起きて早々に運動した直後のような倦怠感があったが、シェリーはそれを無理矢理覆い隠した。

(……駄目だ。私の苦痛をここの人達に気取られちゃ駄目だ。優しい皆んなはきっと私の事を心配する、だからこそこんな所は見せちゃ駄目だ。………、よし、行こう)

「おはよう、皆んな!」

「おう、シェリー!おはよう!」

 

 シェリーはウィーズリー家にやって来ていた。というのも、アーサー氏が魔法省のコネでクィディッチ・ワールドカップの特等席のチケットを入手したらしく、その観戦に誘われたというわけだ。

 同じく観戦に誘われたハーマイオニーと一緒にブルーベリージャムを塗りたくったトーストを食べると、夏休み中は何を過ごしたかについて語り合う。やれ宿題はどうの、クィディッチは今どのチームが勢いに乗っているだの。そんな話をしている内に夢の事は忘れてしまった。

 昼過ぎ、ようやく寝惚け眼で起きてきたロンとジニーの宿題を手伝う。フレッドとジョージが先の試験で良い点数を貰えなかった事へのモリーのお叱りがBGMだ。

 昼になると、働きに出ていたウィーズリー家の長男次男達が帰省してきた。

 

「初めまして、シェリー。いつの間に新しい兄妹ができたのかと思ったよ」

「あなたは……えっと、ビル?」

「ああ。弟達が世話になってるね」

 ウィーズリー家の長男は何ともフランクに話しかけてきてくれた。

 しかし、主席だったと聞いてパーシー路線の真面目一辺倒な苦労人の長男だろうと思っていたのだが、当の本人は長い髪にピアスだらけの耳というベガ路線を突っ走っている見た目だった。これでグリンゴッツ勤めなのだから驚きだ。

 ビル曰く、『呪い破り』という仕事は破天荒な人間が多いので格好を合わせているのだとか。成程、ウィーズリーの名に恥じぬ紳士ぶりだ。

 

「や、我が愛する弟達も久しぶり。おっとチャーリー、色男になったな」

「ああ。ドラゴンが挨拶代わりに火炎を吐き出してくるのさ。おかげで身体中が火傷まみれさ」

 

 ウィーズリー家にしては背が低いものの筋骨隆々の肉体を持つ彼は、次男のチャーリーだ。かつてグリフィンドールを何度も優勝に導いた名クィディッチ選手だったのだが、大の動物好き(特にドラゴン)が昂じてルーマニアでドラゴンの研究をしているのだという。タンクトップから覗く筋肉はドラゴンと毎日触れ合っている証拠だ。

 ハグリッドとも大の仲良しで、在学中は毎日のように小屋に入り浸り魔法生物について語り合ったのだとか。その縁で、かつてのノーバートも彼の所で引き取ってくれているらしい。

 

「チャーリー兄ぃ、それじゃガールフレンドの一人もいないんじゃないのかい?」

「言ってやるなよ、こいつはクィディッチのプロチームの誘いを蹴ってドラゴンの仕事を選んだ男だぜ?文字通り仕事が恋人ってやつさ」

「お?やるかビル兄?」

「望むところさ」

「………け、喧嘩?」

「いーや、兄弟同士のじゃれ合いさ」

 

 彼等は庭に飛び出し、杖でテーブルや椅子を空中に浮かせては派手にぶつける。成人している魔法使いならではの戦いだ。

 魔法界は大抵の怪我なら治ってしまうため、危険なスポーツが好まれる傾向にあるのだが、落ち着いた性格の二人がこうもパワフルにじゃれ合っているのは驚きだ。

 昼になると、大量の食事を作るモリーを女子達で手伝う。流石に総勢十一人で食事するには家の中は狭いので、外で立食パーティーだ。

 賑やかに話していると、就職している兄達から進路のアドバイスを受ける。すると自ずと今年から社会人のパーシーの話題へと移った。なんと彼は魔法省の国際魔法協力部で働いているらしい。

 

「魔法省で働けるなんて、すごい!十徹した甲斐があったね!」

「いやああれは地獄だった……途中から記憶が飛び飛びになってるんだよね」

「でも今の生活もあまり変わらないよな。夜遅くまで起きてるみたいだし」

「禿げるぞ?」

「洒落になってないよ父さん。ああ、夕食を食べたらすぐにまた報告書を纏めないといけないんだった」

「パース、また大鍋の底がどうとかって報告書なの?」

「ああ。恥ずべき事だが、僕は魔法省に入るまで何も知らなかった無知な男だったと思い知らされたよ。大鍋の底の基準が均一化されてないなんて由々しき事態だとは思わないかい?」

「パーシーは頭は良いが馬鹿だなあ……」

 

 なんでも、彼の上司のクラウチ氏なる人物にゾッコンなのだとか。仕事熱心かつスマートな頼れる男クラウチ氏は、パーシーにとって理想の上司なのだ。

 パーシーは仕事と上司に恋している。とは、フレッドの言だ。

 恋しているといえば、もう一人。

 

「ハーマイオニー、これ君の分の食事。皆んなに遠慮して全然手をつけてないだろ?ちゃんと食べなよな」

「えっ!あ、ありがとう……」

 

「……ロンったら、いつの間にあんなに気を遣える男になったんでしょうね」

「うん、ロンはすっごく優しいよね!」

「これは今年あたり、何か発展があるかもしれないわね……ふふふ、楽しみだわ」

「お?なんだなんだ、ロニー坊やにもいよいよ春が訪れたのか!?」

「おいおい何だよその話、兄ちゃんにも詳しく聞かせてくれよ!」

 いつになくニヤニヤし始める兄妹達に、鈍感なシェリーは首を傾げた。

 

「ああ、シェリー。あの二人の間には恋という感情が芽生えつつあるのさ」

「…………えっ!!??」

「ハハ、初々しいねえ」

「ロンとハーマイオニーが、恋…………!素敵!わーっ、恋!二人が恋人かぁ!」

「ハーマイオニーはお姉さんぶるからシェリーやロンによくお節介を焼くけど、ロンには特にそれが顕著なのよね」

「恐らくお互いに恋の矢印が一方通行だと思い込んでるタイプだな、ありゃあ」

「なまじ三年も一緒だったからなあ、逆にそれが障害になる場合もある。この気持ちは恋じゃなくて友愛なんだ、って勘違いするパターンな」

「仲、取り持ってやろうぜ!」

「うん!わーっ、まさか二人が……!」

(さっきからあの集団はこっちを見て何をニヤニヤしてるのかしら……)

「?」

 

 嫌が応にも口角が吊り上がる。

 男女三人組となると、たいてい一人が割を食ったりするものだが、シェリー達の場合は大丈夫なようだ。

 数々の困難を乗り越えていく内に、普通の少年の中に確かな騎士道精神を持ち合わせるようになったロンは、今やウィーズリー家の名に恥じない男となっている。色々と危なっかしいシェリーやハーマイオニーを守るために精神が大人になってきているというわけだ。

 特に、皮肉屋だが優しいベガや、時に勇敢だが時に穏やかなネビル、そしてライバルのドラコの成長は、彼の男としての成長に大きく貢献しているといっていい。

 彼はもういっぱしの男なのだ。

 そんな彼も、とあるクィディッチ選手に恋していた。

 

「いやあクラムは凄いよ弱冠17歳でブルガリアの代表選手になっちまうんだからアイルランドも名選手揃いだけどクラムは飛びっきり凄い選手でああそういやイングランドの今年の惨状ったらありゃしないよなトランシルバニアにボロ負けしたしああバグマン時代のワイムボーン・ワスプスとか凄かったのになあいや凄いといってもクラムには及ばないんだけどね?」

「………………ええ、そうね」

「ロン……」

「俺達がサポートしないと駄目だありゃ」

 人としては成長した。

 だが恋愛経験値は足りてない……!!

 

 翌日。

 早く目が覚めたらしいハーマイオニーにジニー共々起こされると、シャツの上から長袖のパーカーを羽織る。シェリーはあまり肌を見せる格好が得意ではない。古傷や青痣がどこかに残っているのではないかと不安になるからだ。

 その女っ気のなさに、近頃はそれを見かねたハーマイオニーやジニー、ラベンダーやパチル姉妹などが彼女に服を提供する有様だ。しかも最近はあのペチュニアがシェリーに「近所の人に不審に思われないように身嗜みはきちんとしなさい」とお金を渡してくれるようになった。

 まあシェリーなのでこういう地味で質素なものしか買ってないのだが……。芋っぽいジャージを買ってきた時は何故かペチュニアに怒られた。

 ともあれ、年頃の少女にしては少々地味だが今のシェリーは昔に比べると遥かにまともな格好をしていた。

 

「さーて、じゃあ姿あらわしを使える組は後で合流しよう。まだ未成年で使えない組は私が案内する」

「俺達も来年には使えるようになるのになあ。ああ、待ち遠しいぜ」

「ハハ、じゃあ行こうか。ストーツヘッド・ヒルの辺りまで歩いていくよ」

「?クィディッチ会場にそのまま行くんじゃないの?」

「ああ、シェリー達はその辺りの事情を知らないんだったね。歩きながら話そうか」

 

 アーサーに連れられるままに、のんびりと歩く。彼の説明によると、『移動鍵』なるものを使ってクィディッチ会場まで飛んでいくのだとか。

 

「魔法使いの移動手段は何があるか知ってるかい、シェリー、ハーマイオニー」

「ええっと、箒と姿あらわしと……」

「煙突飛行粉、アジア圏では空飛ぶ絨毯も一般的ね、こっちでは生産コストの問題であまり使われていないけど。夜の騎士バスも候補の一つに入るわ。

 ……そして、最後の一つが移動鍵」

「素晴らしい。グリフィンドールに一〇点だ!」

 

 クィディッチ・ワールドカップのように十万人という人が行き交う大規模な魔法使いの祭典を開くにあたり、魔法省は検討に検討を重ねた。

 まずは場所作り。ダイアゴン横丁に会場を集めるのでは確実にパンクしてしまう、よって人里離れたマグルのキャンプ地近くの森に会場を設営する事に決定。

 そして次に直面した問題は移動だ。いくら魔法省が尽力したところで、十万人もの人間がいればそれを隠し通す事などできはしない。杖を持った妙な格好をした集団、絶対に目立つ。

 そこで魔法省はチケット毎に移動日を定めた。安いチケットしか買えなかった者は一週間以上も前からキャンプ入りしなければならない。シェリー達は良いチケットなのでその心配は無いわけだが、それはまあアーサー氏のコネと人徳の結果だ。

 

「で、肝心の移動手段だがね、距離が遠い者は姿あらわしを使い、近い者は徒歩で確実に向かう。距離が遠く魔法を使えない者は箒だね。まあマグルの交通機関を使う者もいるが、それはごく稀だ。

 ……途中まで本気で私もそれで行こうと思ってたんだけどね。電車とか……」

「ちょっと冒険が過ぎるわ」

「こほん、ともかく。それ以外の大多数は……そう、これを使うんだ」

「?………長靴??これが移動鍵なの?」

「そうだよ。触れれば別の地点まで移動できる魔道具だ」

 

 見た目は何の変哲もない長靴だが、とんでもなく高度な魔法が使われているのだとか。見た目がショボいのはマグルに持ち帰られないための配慮だ。(魔道具なのでマグルにも反応してしまう)

 イギリスにはこれが二百ほど設置されており、仕事柄マグルに詳しいアーサー氏はこの設置によく関わっていたらしい。

 

「そうそう、君達もよく知るチャリタリもこの仕事をさせられていたなあ。彼女は魔道具に詳しいからね、他の仕事をよく回されるんだ」

「チャリタリ、可哀想に……」

「じゃあ父さん、移動鍵で早いとこ移動しちまおうぜ」

「ああ、ちょっと待ってくれ。もうすぐ他の家も来るはずだから──おっ!エイモス!こっちだ!」

「やあアーサー!久しぶりだな!セド、おいで!ホグワーツの皆んなだぞ!……いや寮違うんだったか?」

「寮は違くとも皆んな友達さ、父さん。やあシェリー、久しぶり」

「セドリック!久しぶり!」

「ちっ」

「誰が友達だよ」

「あ、あれ?」

 

 ハッフルパフの監督生にしてシーカー、セドリック・ディゴリーは困り顔をした。

 フレッドとジョージは先のクィディッチ対抗戦で苦い思いをしているため、彼に対する態度がやや厳しいものとなっているのである。去年、彼達のブラッジャーを喰らっていないのはセドリックとレイブンクローのロジャーだけだ。

 しかし少し見ない内に、その身体は更に磨かれとても凛々しいものとなった。今年の対抗戦も苦労するだろう。

 

「はは、手厳しいな」

「いやあ胸を張れ、セド!お前はあのシェリー・ポッターに勝った男なんだ!」

「ちょ、本人を前に……父さん、だから何度も言ったようにあれは事故で」

「だがお前は落ちなかった!そうだろう?どちらが優れたシーカーかは誰でも分かるってもんだ、ハハハッ!」

「だからそれは……あー、ごめんね」

「ううん、大丈夫。息子さん想いの素敵なお父さんだね!」

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

 セドリックはにこやかに微笑んだ。

 

「お前達、仲良くするんだぞ?そうだ、特にフレッドとジョージ。その顔はやめなさい失礼だろう。エイモス、他に誰が来るか知ってるか?」

「フォーセット家はチケットが手に入らなかったと嘆いていたしな……ああ、ラブグッドがいたんだったか」

「へえ、あのラブグッド家が……おや、噂をすれば」

「やあアーサー、エイモス。久しいな」

「ゼノフィリウス!雑誌の方は順調か?」

「ボチボチだ。ルーナ、挨拶なさい」

「ルーナ・ラブグッドです」

 

 ぺこりと頭を下げたのは、どこか浮世離れした少女。濁ったブロンドの髪から見え隠れしているのは、カブのイヤリングだ。

 ……チームの応援グッズにあんなものあっただろうか?

 

「ルーナ!久しぶり!」

「久しぶり、ジニー。あんたも元気してた?」

「あれっ、二人は知り合い……?」

「うん。ちょっと変わってるけどとっても良い子よ!」

「あれ、あんたシェリー・ポッターだ。あんた私の事覚えてる?」

「………えっ?」

「ああ、やっぱり。あの日の事は皆んな忘れちゃってるんだね。この前ハグリッドから聞いたモン。別にいいけど」

「?何の事か分からないけど、よろしくねルーナ!」

「!うん……」

 

 シェリーが笑顔で握手を求めると、彼女は少し顔を赤らめた。

 さて、時間も押している。全員が輪になって長靴を囲み、そして掴む。大勢が地面に寝そべっているのは中々シュールだ。

 時間になった。

 周囲の景色が周り出す。まるでプロペラに括り付けられている気分だ。段々と気持ち悪くなってきたシェリーは向かいのルーナが眼を瞑っているのを見て、成程と思い自分も閉じてみる。……少し楽になった。

 アーサーの「手を離すんだ!」という指示に従うと、地面に風を感じた。いや、いつの間にか宙を舞っていたのだ!

 

「んぎゃっ!」

 

 地面に叩きつけられると同時、ハーマイオニーの下敷きになった。……変な声が出てしまった。

 尻餅をついたハーマイオニーに謝られると、セドリックに手を差し出される。すごく紳士である。受付に話をすると、それぞれのキャンプ地へと移動した。去り際にセドリックとルーナから手を振られる。

 さて、いざテントの設営である。マグル大好きアーサー氏の提案により素手で建てる事になったわけだが、マグル育ちのシェリーもハーマイオニーも経験はない。少ない知識を元にハーマイオニーが主導してくれなければ設営すらできなかっただろう。

 しかし中は立派なもので、空間拡張の魔法でアパートの一室のように広くベッドまで置かれてあった。至れり尽せりだ。

 アーサーはマグル風の火起こしも体験しようと言い出した。他の客は魔法で火起こしをしているのに、だ。やりたいだけなのでは……?

 

「おじさま!いくらマグルでも錐揉み式の火起こし機なんて使わないわ!マッチあるから、ほら!」

「何言ってるんだいハーマイオニーこんな棒っきれで火が着くわけないだろう?うわ着いた!?君は魔女か!?」

「いやあなた達がいつもやってる事じゃないのよ!!!」

「……あれで一年の時は薪がどうこう言ってたんだよね、ハーマイオニー」

「成長を感じるよな」

 

 暇したシェリー達は土産物屋を物色し始める。ワールドカップ決勝だけあって、多種多様、色んな人間が跋扈しているのは面白いものがある。

 明らかにマグルの格好を誤解した老人が魔法省の役人に怒られていた。……マグルのネグリジェを気に入ったらしいが、事情を知るシェリー達からすれば中々にとんでもない格好だ。

 この祭りはヨーロッパ中の人間が集まっていると言っても過言ではない。ああいうイカス格好の人間が一人や二人いてもおかしくないだろう。

 ヨーロッパだけではない。アジア・アフリカ圏の人間も来ているようだった。

 

「おォ──ッ!流石はワールドカップ!ここにはうけェ人がおるのォ!トヨハシ・テングの試合のついでに来た甲斐があったっちゅうもんじゃ!」

「騒ぐな粗忽者が」

 

 アジア人らしき少年二人がやぐらの上に登り空を眺めていた。同じくアジア人らしき少女が、下から何やら違う国の言葉で叫んでいる。

 

「何やってるの!降りてきなさい!」

「いやァ、ここからの景色は良いぞォ。色んな国の人間が歩いとる。圧巻じゃなあ」

「お前もこっちに来い、素晴らしい眺めだぞ。句がいくらでも詠めそうだ」

「馬鹿!あんた達ももうマホウトコロの七年生なんだからきっちりしなさいよ!」

 

 何を喋っているかは分からないが、どうやら二人を下ろそうとしているらしい。その様子は何だか、馬鹿な男子に怒る学級委員のようだ。ハーマイオニーがどこかシンパシーを感じたような顔をしていた。

 ……マホウトコロ?

 どこかで聞いたような。

 

「あっ、バジリスクが言ってた!確か、ニホンの魔法学校だ!」

「ジャパニーズ?ああ、通りであんな変なことやってたわけだ」

「どんな偏見があるのよ」

 

 礼儀正しいとされるニホンにも、あんな馬鹿がいるのだなあ。まあこんなお祭り騒ぎなのだから一人や二人いるか。

 ジャパニーズの他にも、よく見ればチラホラと違う国の人もいるようだ。学校が観戦を主催しているのか、制服を着ている女生徒達も見受けられる。歳はあまり変わらないだろうか?

 しかしまあ、ホグワーツとは制服の作りが大分違うようで。ブルーを基調としたシルクのドレスの上からケープを羽織り、ちょこんと帽子が乗っかっている。女子校のようだ。何とも可愛らしい。

 彼女達は顔を近付けて、何やらぺちゃくちゃとお喋りしていた。

 

「フラーお姉様ったら、折角のワールドカップなんだから来れば良かったのに」

「うんうん。人混みは嫌いだからって言ってたけど、フラーお姉様が通るところは常に野次馬ができるんだし」

「「ねー」」

 

 フランス語だろうか?

 よく聞き取れない

 

「どこの学校だろうね?」

「あれはボーバトン校の制服ね。フランスの魔法学校で、たしか、ピレネー山脈に校舎があるんじゃなかったかしら」

「よく知ってるね、ハーマイオニー」

「一年生の時にマクゴナガル先生に色々と質問したのよ。他にも魔法学校はあるんですか、ってね。もしかしたら私もあそこに入っていたのかもしれないし」

「ソウナンダ………」

「……ロン、鼻の下が伸びてるみたいだけれど?」

「えっ!?いやいや、全然見惚れてなんかないって!」

「行きましょうシェリー」

「ちょっとおおお!?」

 

 ハーマイオニーは少し不機嫌になった。

 嫉妬か。恋する乙女だ。

 二人には申し訳ないがシェリーはニヤけ顔を必死で我慢していた。

 さて、試合開始まであと約一時間。あちこちで興奮による馬鹿騒ぎが勃発し、魔法省がその対応に追われている。……役人も大変だ。

 試合に行く準備のために三人がテントに戻ると、ビル、チャーリー、パーシーがやって来ていた。姿あらわしできる彼達は早起きしなくて済むのだ、と考えてちょっと羨ましくなった。

 観客席は、最上階。ゴールポストのど真ん中にある最高の貴賓席だ。チームの動きがよく分かる良い席。アーサーはこの席を取るのにどれだけのコネを使ったのだろうか。悪い大人だ。

 そのボックス席には、既にサポーター用のクィディッチ・ローブを着た快活な男がウイスキーをあおっていた。

 

「ひっく!よう、アーサー!」

「ん?おお、時の人!ルードじゃないか!もう出来上がっているのかい?」

「こんな日に飲まないでいつ飲むってんだ!?ほれ、お前も一杯どうだ!」

「え、じゃあ一杯だけ……」

「ママに言いつけるわよ」

「ごめん」

「おっと、こりゃ参ったね。相変わらず尻に敷かれているらしい………おうおう、やるねえロニー坊や!両手に華たぁまさにこのことだ!美少女二人も侍らせて、中々のやり手じゃねえか」

「びっ……!?」

「い、いやーバグマンさん、そんなアレじゃあないですよこの二人は!」

(美少女二人?ハーマイオニーと、もう一人は誰のことだろう?)

 

 シェリーは疑問符を浮かべた。

 ロンの説明によると、彼はルード・バグマンという魔法省の役人で、かつては生粋の名ビーターだったのだとか。その縁で今は魔法ゲーム・スポーツ部に勤めているらしい。ロンも子供の頃に一度会った事があるのだとか。

 シェリーも雑誌の特集で一度目にした事はあるが、時の流れとは残酷なものだ。今の出っ腹では箒に乗るのすらままならないだろう。

 ここで彼の同僚のクラウチ氏を待っていたそうなのだが、来たのは席を取りにきた屋敷しもべ妖精だけ。仕方ないので酒を飲んで待っていたらしい。……それにしては酒瓶の量が多い気もするが。

 

「一人でこの量を飲んだの……?」

「いやいや、まさか!オーイ、ダンテ氏!ちょっと来てくれ!」

 

 バグマンが手を振ると、その偉丈夫はすぐにやって来た。

 

「おや、あなたは……」

「ああ!さっきそこで仲良くなったダンテ・ダームストラング氏だ!いやあ彼も中々イケるクチでな、二人で飲んでたってわけよ!」

「がっははは!ダンテだ、よろしく!」

「……もしや、去年ダームストラング校の校長になられたという?ああ、これはどうも初めまして」

「堅っ苦しい挨拶は抜きだ!ここにいるのはただのクィディッチ狂い、そうだろバグマン!?」

「違いない!」

 

 品の良いスーツを着込んだ中年の男は、がははと豪快に笑った。しかしその風貌は教師というよりはならず者といった佇まいで、整えられた髭とスーツはマフィアのそれを連想させた。

 しかしそれらを抜きにしても、彼は男としての魅力に溢れていた。

 外見から見るに四〇〜五〇代くらいなのだろうが、同年代の男性と比べても筋肉質だし衰えも感じさせない。口に咥えた葉巻が様になっており、ロンやフレッド・ジョージなどは眼を輝かせていた。それに気を良くしたのか、ダンテ氏は「俺と試合の賭けでもするか!?」とギャンブルを持ちかけていた。……アーサーに見つかって怒られていたが。

 

「シェリー、ダンテ氏には気を付けろ。彼の通り名は『黒髭』。二〇年ほど前に北方魔法界に颯爽と現れ、その手腕で北にダームストラングありと言われるまで上り詰めた重鎮。……だが彼の出生や出身については誰も知らないんだ。

 悪名高いダームストラングの血を引いているというのもそうだが、彼自身も色々と悪い噂を聞いてる。風評で人を判断するのはいけないが、あまり関わり合いにはならない方が良い相手だよ」

「う、うん。分かったよおじさん」

「結構。……っと、あまり関わり合いになりたくない人物がもう一人」

 

 アーサーが睨んだ先には、同じく眼光鋭いルシウス・マルフォイ。そしてその子供達もやって来ていた。

 何故ここにいるのかと思ったが、彼も魔法省の要人。当然といえば当然か。

 

「やあアーサー、この席を取るのに家の財産をいくら売り払った?それとも去年のガリオンくじが残っていたのかな、よほど節約が好きとみえる」

「ルシウス……」

「ハッハー!数ヶ月ぶりだなポッター!」

「久しぶりですねポッター!」

「わぁ、久しぶり!ドラコ、コルダ!ワールドカップ楽しみだね!」

「ははは、そうだな。特に僕はブルガリアのクラム贔屓でね、って違う!そういう話をしにきたんじゃない!」

「?えーとじゃあ、あっ!ねえねえ、二人はどっちが勝つと思う!?」

「ははは、そこはやっぱりイングランドの勝利じゃないか?クラムは凄いが、アイルランドはチーム力で勝ってる。あそこの連携は目を見張るものがあってね……」

「お兄様!ペースに呑まれてます!」

「!?しまった!クソ、退散だコルダ!」

「何しに来たんだこいつら」

 

 ロンの言う通りである。

 アーサーは未だに苦々しげにルシウスを睨んでいて、ルシウスも負けじとキツい眼光を返している。二人の関係は相も変わらず変わっていないらしい。子供達は普通に接しているというのに。

 彼に続く形で、イギリスの魔法省大臣のファッジが豪奢な服の男とやって来る。彼はブルガリアの大臣らしい。

 

「やあや、皆さんお揃いで。クラウチはいるかい?彼に通訳を頼みたいんだが」

「見ねえなぁ。来てるのはあいつの屋敷しもべだけだな」

「何?今日は人運が無いな、アレンのボディーガードも予約待ちだからって断られてしまったし。……ああそうだ、ミスター・ダームストラング?さっき君の子供達と会ったから連れて来たけど」

「何!?それはすまねェことを!オーイ、お前達!どこで道草食ってたんだ?」

「悪ィね父上、露店回ってたら遅くなっちまってさ。『食事』に時間かかってよ」

「…………ごめんなさい父上………」

「ったく……、ああ、皆さん。紹介させてくれ。私の愛する子供達だ」

 

 二人はクラウチの影から出てきた。

 ダンテは見た目も中身も豪快だったが、その二人はどこか華奢だった。

 

「兄の方はネロ・ダームストラング。ちょいと俺に似て奔放すぎるが、これでも自慢の息子だ。ダームストラング校じゃ毎年首席を取ってる」

「ご紹介に預かりましたァ、ネロ・ダームストラングです。どうぞお見知りおきを」

 黒髪の美男子。

 シェリーとハーマイオニー、ジニーに向ける視線に含みがあるのを感じたロンは少し警戒した。彼からは、ベガと同じプレイボーイの匂いがする。

 彼はへらへらと、どこか飄々とした様子で、軽薄そうに笑った。

 ……なんだろう、この違和感は。

 

「こっちの方はリラ・ダームストラング、ネロとは双子の妹だ。引っ込み思案なところがあるから優しく接してやってくれ」

「…………どうも」

 ネロとは打って変わって、陰鬱な雰囲気の少女だ。眼を逸らしてこちらに向けようともしない。ダンテの話が終わると、すぐに兄のネロの陰に隠れた。

 猫背で下を向いている様は、暗いを通り越して闇さえ感じさせる。人と話す事に難があるらしい。

 せっかくのワールドカップなのに何故盛り上がっていないのか、ロンはさっぱり理解できていないようだったが。

 ……しかし、ダームストラング家の人々はとても深い黒髪だ。

 吸い込まれそうな、どこか心がザワつくような。そんな色を──

 

(…………ダンテさん、ネロ、リラ………何であの人達の事が気になるんだろう……今会ったばかりなのに……)

「どうしたの?シェリー?」

「いや……人が大勢いるからかな、ちょっと頭が痛くて。………それに、あの子」

「?えっと、リラ?がどうかしたの?」

「あれ、防御のポーズだ……。私も昔、ホグワーツに通う前によくやってた。……外からの攻撃に怯える姿勢………」

「おい、始まるぞ!」

 

 

 

『──お待たせいたしました皆さん!!』

 

 ルード・バグマンの『拡声』された声が試合会場全体に響き渡った。すると同時、魔法のスクリーンが上空に映し出される。

 生粋のエンターテイナーのバグマンが興奮しきった様子でまくしたてる。彼も元はワスプスのクィディッチ選手、この試合に興奮しないわけがない。

 バグマンが観客席のボルテージを満タンまで高めたところで、景気の良い破裂音が鳴った。そしてピッチに響き渡るのは熱いロックン・ロール。

 見ると、瀑布の中心に音楽ユニットがいつの間にかギターやドラムらしきものを構えていたではないか。

 

「おい、見ろよアレ!『ザ・サーベラス』だ!マジック・バンドの!」

「サーベラス……?」

「知らないのかいハーマイオニー!アメリカ出身の、今一番ホットなミュージシャン達さ!」

「イギリスの妖女シスターズと魔法音楽界で双璧を成すユニットなの!今この二つのバンドがチャートを独占してるのよ!」

(知らない……)

「でも凄いこの曲……!かっこいい!」

「だろ!?」

 

 イギリスはロック・ミュージックの聖地と言われる程に多くのシンガーを輩出しているが、それは魔法界でも同様だ。

 しかしその弱肉強食のイギリスに新しい風を吹かせたのは、アメリカ出身のうら若い学生バンドだった。そして今、サーベラスはアウェーな環境にあって観客達を魅了している。

 

 彼等の熱く切ない音楽がクィディッチ・ピッチ中に響き渡ると、お次は両チームのマスコットによるセレモニーだ。

 ブルガリアは美しい女性のヴィーラ。彼女達の情熱的なダンスは男達を魅了し、野太い歓声を上げさせる。アイルランド側まで興奮してた。

 アイルランドはチャーミングな髭のレプラコーン。火の玉になってピッチを飛び回り、魔法のコインを撒き散らす。皆んな血眼で拾った。ブルガリア側まで拾ってた。

 結局、ここにいるのはお祭り騒ぎが大好きなクィディッチ狂いどもばかりなのだ。

 両チームの代表選手が七人揃う。

 一人出るごとに爆発的な歓声が上がったが、地面が揺れるかと思う程の歓声が上がったのがクラムだった。体格、飛行、姿勢。そのどれもが洗練されていて、とても十八歳には見えない。

 

「本物のクラムだ!わーっ、クラムが動いてる!生きてるぅーっ!」

「そりゃそうでしょうよ」

「見ろよあの肉体!すっげえなあ、僕もああいう風になれたら……」

「ん?えっ、もしかしてロンお前……」

 

『──クィディッチ・ワールドカップ開幕!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイルランドの勝利に乾杯!」

「そしてクラムの見事なるスニッチ・キャッチに乾杯!」

 

 フレッドとジョージの号令で、掲げたグラスを合わせる。テント内は、いやアイルランドのサポーター達のキャンプ地は大盛り上がりだった。

 しかしそれはブルガリアも同じだ。敗れこそしたが、クラムの華麗なるキャッチを見て興奮しないわけがなかった。試合にこそ負けたが、勝負には勝ったのだ。この試合は未来永劫語り継がれていくだろう。

 シェリーはチャーリーも含めた四人でプロの技の数々を語り合っていたし、ロンはロンでクラムのグッズを買い込んでいた。

 

「二人の予想がズバリ当たるなんてな」

「はっはは、俺も弟達を見習ってちょいとばかし賭けとくべきだったかな」

「いやあしかしダームストラングのおっさんは金払いが良かった!バグマンの旦那にも見習ってほしいね!」

「踏み倒されたんだっけ?」

「期待もしてなかったけどな。まあ何にせよ、これで夢の実現に一歩近付いたぜ!」

「夢?」

「親父がいない今がチャンスか。よく聞け、俺達はな──……」

「皆んな!大変だ!!」

「「おうわっとぁ!?」」

 

 バグマンやダンテと一杯やりに行った筈のアーサーが、血相を変えてテントに飛び込んで来た。フレッドとジョージが椅子から転げ落ちるが、アーサーは無視した。

 

「全員いるな!?杖を持ってテントの外に出るんだ!荷物は持つな!早く!」

 

 いつもは穏やかな彼の剣幕に押され、シェリー達は言われるがままに外に出る。

 阿鼻叫喚の嵐だった。

 閃光でテントが焼かれている。その犯人たる、死神のような面をした、黒ずくめの集団がこちらにやって来る。

 キャンプ場の門番をしていたマグルの家族が宙に浮かび上がっている。それは、神に捧げる生贄のようだった。

 

「死喰い人………!!」

 

 死を喰らう者。

 死の飛翔に最も近い者達。

 かつて、ヴォルデモートが率いた闇の軍団はそう呼ばれていた。

 我が物顔で、暗黒時代の到来を告げるかのように、闊歩闊歩と。下卑た笑いを仮面の中に閉じ込めて、狂気の坩堝でただただ血の煙を立ち昇らせる。

 そして彼等は、またも争いを生む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何アレ、何アレ!?」

「闇の魔法使いだよ!わーん、イギリスであんなの会うなんてぇ!」

「ひとまず逃げよ!」

「そーしよ!そーしよ!」

 

 

 

 

 

 

「何じゃあ、あの連中は」

「訳がわからんが、アレを見過ごす訳にもいかんだろうよ」

「はぁ、もう。せっかくのイギリス旅行が台無しね」

 

 

 

 

 

 

「ったく、あの坊ちゃんは。『彼』への忠誠も良いが、ちょいと度が過ぎてやいないか?俺にも立場があるってのに。

 ネロ、リラ。守ってさしあげろ」

「はァいよ。承知致しましたよ、だ」

「………はい……」

 

 

 

 

 

 

 

(ああ、こんな時に!頭が痛む……!!)

 

 

 ──長い一年が、始まる。

 

 




始まりました炎のゴブレット編。
もうね……この章が書きたくて書きたくて仕方なかったよね……。ようやくだぜ……!


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2.PENTAGRAM

ルパート・グリント結婚おめでとー!!


 死喰い人(デスイーター)

 ヴォルデモート卿の忠実なるしもべ達。

 彼達の突然の襲撃にどよめくアイルランドのサポーター達は、ただただ逃げ惑うしかなかった。

 パニックに陥った群衆に押されながらも、ノッポのロンがシェリーとハーマイオニーを抱きかかえるような姿勢で走る。

 アーサーは騒動の鎮圧に向かった。ビルやチャーリー、パーシーも一緒に杖を持って立ち向かっている。

 フレッドとジョージはジニーと一緒に行動しているのを見た。あの二人なら、しっかりジニーを守ってくれるだろう。

 

「ドラコ達や、セドリックやルーナは大丈夫かな。バグマンさんやダームストラング家の人達も心配だし……」

「ルーニー達は分からないけど、少なくともマルフォイ兄妹やセドリックは大丈夫だろ!ひとまず僕達も逃げないと!」

「そうね、他人の心配より先に自分の心配をするべきだわ……いつでも杖を出せるようにしておきましょう」

「うん。………あれっ?」

 

 シェリーはポケットに手を入れて、青褪める。そこにはある筈のものがなかった。

 

「杖が無い!!」

「うそーっ!?」

「えっちょっどうすんのぉ!?」

「やべぇーっ!僕たちゃもうお終いだぁ」

「お、落ち着いて二人とも」

 

(いつ落としたんだろう?……観客席に行った時には確かにあった筈なのに……ああもう、こんな時に落とすなんて……!)

 

 己の失態に毒付く。すると何故かまた頭が痛んだが、無視して走る。

 途中、何人かの闇祓い達が姿あらわししている光景を見たり、ニホン人らしき三人組が走っていたり、屋敷しもべ妖精が妙な動きをしていたが、彼達に構っている余裕はシェリー達にはない。

 走って、走って、走って。

 辿り着いた先は森の中だった。いるのはシェリー達の三人だけ。

 興奮状態にあった身体が沈静化し、疲労が追いついてきた。

 喧騒が遠くに聞こえる。まだ騒ぎは終わってはいないようだが、収束に向かいつつあるのだろうか。

 ……情報が何もないのは、堪える。

 

「どうなったんだ、さっきの騒ぎは……」

「……見た?あの人達、マグルを人質にしていたわ。それにあの数……こんなところで騒ぎを起こしたらどうなるかくらい分かっているでしょうに、それでもあんな、あんな酷い事をするなんて……」

「………何か目的でもあったのかな。だとしたら、多分真っ先に狙われるのは私…

 私、様子見てくるね。囮にもなれるし」

「シェリー!そんな事言うな!大丈夫だ、魔法省の役人がいっぱいいるんだぜ?きっとすぐ解決するさ。

 楽観的すぎてもいけないが、肩肘張りすぎるのも良くない。なるだけ気を楽にしていこうよ」

「……そうね。ふふっ、ありがとうロン」

 

 ハーマイオニーが笑うと、ロンは恥ずかしそうに鼻の下を擦った。確かに、ロンの言う事にも一理ある。ここで警戒していても事態が良くなる事はないのだ。

 ここは彼の言う通り、できるだけ楽に行こう。楽に………楽に…………。

 

「お茶おいしーなー」

「へへへへへこのコミックおもしれー」

「あら、髪の毛にゴミついてるわよ?」

「ありがとーハーマイオニー」

「あー脚いてー」

「揉んであげるね、ロン」

「いやぁすまないねぇシェリー」

 

 疲れで逆にハイになったからか、三人は余裕ぶっこいてた。だからだろうか、彼達はその人物の攻撃を許してしまった。

 ロンが寝転がった瞬間、彼の頭があったところに紅い閃光が迸る。シェリー達もよく知る武装解除呪文。だが、明らかに込められた魔力が多すぎる。ロンを攻撃するつもりで放ったのだ。

 

「二人とも逃げろッ!誰かいるぞ!」

「『フームス、煙よ!』……今の内に!」

 

 ハーマイオニーの放った煙幕に身を隠しながら、二人と手を繋いで逃げる。

 しかし、いったい今のは何だ?

 彼女の目に狂いがなければ、何もないところから突如として魔法が放たれたように見えた。誰が、何の目的で、どうやって魔法を使ったのかまるで分からない。

 ……何もないところから?

 

「……『透明マント』?マントで隠れながら私達に攻撃してきたってこと?」

「マントだって?そんな物を持ってる奴がどうして僕達を襲ってくるんだ!?」

「いいから早く逃げて──」

「──『モースモードル』!!」

「っ!?」

 

 背後から爆発音が聞こえた。

 焼けバチになった襲撃者が、無闇に魔力を放出したのだろうか?

 振り返ると、空高く青白い光がゆらゆらと立ち昇っていく。そして空中で光は再び破裂し、花火のように光を撒き散らした。

 しかしそれは決して幻想的なものではなく、髑髏の口から蛇が這い出るという何とも不気味かつ悪趣味なものだった。

 隣でロンが怯えた声を出した。

 

「や、闇の印だ……!」

「なにそれ?」

「あれは例のあの人と、その配下の死喰い人を示すシンボルよ!逃げなきゃ!またグレイバックみたいなのが現れたら──」

「二人とも伏せて!!!」

 

 空気が膨張したような音。

 姿あらわし特有の独特な破裂音を聞いた瞬間、シェリーは迸る殺気を感じた。

 唐突な指示にも関わらず、ロンとハーマイオニーは即座に身を屈める。地面に膝をつけた瞬間、既に彼達は魔力を練り終わっていた。

 

「「「エクスペリアームス!!」」」

 

 頭の上で紅い光が炸裂した。

 シェリー達を囲むように現れた魔法使い達の攻撃が、頭上で交わって爆発したのだと気付くのに数瞬かかった。

 危なかった、そう安堵すると同時に身体は動いていた。シェリーは低い姿勢のまま滑るように地面を駆けると、一番近くにいた魔法使いに向かって突撃する。

 今のシェリーには杖がない。

 ならば、敵から奪ってでもこの状況を打破するべきだ。不意を突くような形で、脚に飛びついてバランスを崩す──!

 

「させねェよ!!」

「!?カハッ………」

 

 その魔法使いの脚に触れた瞬間、頭上から丸太のように太い腕で地面に叩きつけられる。鈍い痛みが後からやって来て、思考が全て飛ぶ。舌を噛んだ。

 首根っこを抑えられながらもシェリーはジタバタと抵抗するが、その魔法使いの力はとても強い。華奢な体躯のシェリーではその体格差は如何ともし難かった。

 

「ぐッ………!」

「大人しくしてろ!!お前達が闇の印を撃ったんだな!?後でゆっくり話を……」

「………ん?その声は……ジキル?」

「してもらおうじゃ……シェリー!?」

 

 昨年世話になった闇祓い、ジキル・ブラックバーン。不器用ながらも優しい彼に襲撃された事に、シェリーは少なからず驚きを覚えた。

 

「み、皆さん!やめてくれっス!この子達は違う!見てくれ、シェリー・ポッターとその友達だ!あそこの子はアーサーさんの息子のロンっスよ!」

「何!?本当か?」

「……ああ、俺が保証する。その子達は紛れもなく本物だぜ、クラウチさん」

 

 スーツ姿の、明らかに役人という格好の男はフンと鼻を鳴らす。他の闇祓い達は申し訳なさそうにしているのに、その男だけが態度を崩さなかった。

 

「………。仮にその二人がシェリー・ポッターとアーサーの息子だとして、みすみす見逃す理由がない。お前達の誰かがあの闇の印を出したのだ!」

 

 出た言葉が謝罪ではない事にロンは憤慨したが、初対面の大人に突っかかるほど馬鹿でもない。開きかけた口を閉じた。

 ……自分より、シェリー達に危険が及んだ事を怒ったのだろうか?

 

「何を馬鹿な、トチ狂ったかバーティ。あの忌まわしき闇の印を、こんな子供達が出せると思うか?魔力の問題じゃない、闇の帝王と渡り合った子供達があんな物を果たして出すだろうか」

「………では誰が出したというのだ、キングズリー」

「さァ、それは彼達に聞いてみない事には何とも。シェリー、それと、ロンとハーマイオニーだったね?あの印がどこから飛んできたか分かるかい?」

 

 鬼の形相のクラウチを、キングズリーは爽やかに流した。

 シェリー達が向こうの方だと言うと、ジキルがその周辺を探る。確かあの辺りにも失神魔法が飛んでいた筈だ。

 それを見た瞬間、クラウチ氏の顔が一転してギョッと青褪めた。

 屋敷しもべ妖精。

 あの顔は見覚えがある。そう、ワールドカップの貴賓席で席を取っていたウインキーなる屋敷しもべ妖精だ。

 右手に杖を持ってぽてんと倒れている。

 ……いったい、何故?屋敷しもべ妖精は杖を使えない筈ではないのか?

 キングズリーが杖がどんな魔法を使ったのか分かる直前呪文を使うと、杖からは空に打ち上がっているのと同じ闇の印がミニチュアサイズになって浮かび上がる。

 犯行に使った杖があり、犯人と思しき人物もいる。となれば、目下現行犯になるわけだが……。

 

「あれ?……やっぱり。私の杖だ」

「何!?自白か!?やはり貴様があの闇の印を出したのか!」

「やめろクラウチさん。その子達の嫌疑はさっき晴らした筈だぜ」

「ッ、分かった。分かったからその手を離せアレン。痛いから」

 

 アレンに掴まれた手を摩りつつ、クラウチは活性呪文でウインキーの意識を戻す。

 ウインキーの身体が一瞬びくりと身体が震え、次に周囲を見渡して、頭に疑問符を浮かべながらびくびくと立ち上がった。

 まだ状況が飲み込めていないようだ。

 その様子にクラウチ氏は怒りを抑えきれずに頭にぴきぴきと血管を浮かべながら、威圧するような口調で聞いた。

 

「──しもべ。お前はシェリー・ポッターから杖を盗み、あの闇の印を悪戯目的で独断で打ち上げた。そうだな?」

「ヒッ……は、はい、そうでございます」

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

「絶対おかしいわ!!」

 

 数週間後のホグワーツ特急で、ふとワールドカップの話題が出た。それであの時のクラウチの滅茶苦茶な人事にハーマイオニーが再度怒り始めた。

 彼女は屋敷しもべ妖精の不当な扱いにショックを受けていたのだ。

 

「アレン達も弁護してくれてたけど、結局ウインキーへの処分が下される事は無かったね」

「アズカバン送りじゃないだけ温情さ。あいつの経歴聞いたか?自分の身の潔白のために実の息子をアズカバン送りにした前歴があるらしいぜ」

「そんな………横暴だわ、あまりにも!」

 

 ハーマイオニーの言い分は分かる。

 魔法界で育ったロンは屋敷しもべ妖精は労働を望み給料を欲しない奇特な生物という認識で、今後もそれが変わる事はないだろうが、少なくとも長年仕えていた愛着のある職場で突然解雇されれば流石にそれは可哀想だと思う。

 そもそもウインキーがやったという確定的な証拠が無いのだ。状況証拠だけで、ウインキーの証言もどこかおかしかった。だから闇祓い達は証拠不十分で彼女をアズカバン送りにはしなかった。

 だが、ウインキーは解雇された。クラウチ氏が身の潔白を証明するため、たったそれだけの理由で。

 

「イギリスは法の支配の国!法律で権力と自由を支配している国なのよ!?昨今ではその存在意義を問われる事も多いけれど、少なくとも価値観や倫理に囚われず厳粛に裁いてきたの!そしてそれは魔法界においても基本の考え方よ!すなわちその法律がウインキーを有罪という判断を下していないのならば、クラウチさんは誠実にウインキーに対して接するべきだわ!せめて彼女が最も望む労働環境だけでも用意する必要がある!まあもっともその労働環境もお世辞にも良いとは言えないみたいだけれどねっ!!!」

「……ソウダネ?」

「何言ってるか全然分からねえ……」

 

 ハーマイオニーの主張を聞いてるうちにホグワーツに到着した。

 一年ぶりの組分けである。コリンの弟のデニス・クリービーがグリフィンドールに入った。彼は上級生達から熱烈な歓迎を受けていた。

 話を聞くと、実家でコリンからシェリーの話をたんまり聞いていたようで、握手とサインを求められた。……最近はこういうのにも慣れてきた。

 ふと、デニスの近くで、新入生の女子達がコソコソと何かを話しているのが耳に入った。聞いたら悪いかなあと思いつつも、耳に入ってきてしまった。

 

「ね、ね、あの先輩カッコよくない?」

「素敵よねー!」

 

 ベガの方をチラチラと見ている。彼が気になるようだ。

 視線に気付いたベガはハンサム顔で爽やかに手を振ると、一年生はきゃいきゃいと黄色い声を上げる。あ、マクゴナガルに睨まれた。

 恋愛経験豊富なラベンダーからは「うわぁ、またやってる」と呆れた顔をされているが当の本人はどこ吹く風だ。……なんとなくベガを眺めていたら、目が合った。

 

「よう、シェリー。ワールドカップ大変だったみたいだな」

「久しぶり、ベガ。色々あってね…って、あれ?もしかして杖変えた?」

「ん、よく気付いたな。これはな……」

「また一年が始まる!」

 

 ダンブルドアの声。

 いつの間にか組分けは終わっていたらしい。ベガが「また後でな」と視線をよこした。シェリーは頷いて、姿勢を正す。

 彼が喋るのは、毎年恒例の諸注意だ。しかしそんな話は早く終わらせて楽しくご飯を食べよう、がダンブルドアのスタンスなのですぐ話は終わるだろう。

 ……というシェリーの、いや生徒達の予想は外れる事になる。

 

「闇の魔術に対する防衛術の新任の先生もいるのじゃが、彼はどうやら到着が遅れるようでの。また後にしよう。……まず今年のクィディッチ対抗戦は中止とする」

「嘘だろ!?」

「そんな殺生な!」

「ふざけんなー!」

「俺留年したのに!!!」

「どうどう、落ち着きなさいフリント君。これは儂としてもまことに残念じゃ。いやマジで、これは本当じゃよ?でもって、代わりと言ってはなんじゃが皆の衆を大いに盛り上がらせるイベントがある」

 

 悪戯っ子のように笑うダンブルドアに、大広間中が期待の視線を向けた。

 毎年生徒達を熱狂させるクィディッチ対抗戦を中止してまで行うイベント?否が応にも、そのイベントに期待してしまうのが人の性というものだ。

 

「──『三大魔法学校対抗試合(トライ・ウィザード・トーナメント)』」

 

 一言。

 そのたった一言が、大広間中を驚愕の坩堝に叩き込んだ。

 それも当然だ。三大魔法学校対抗試合とは、ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングというヨーロッパの三大魔法学校が一同に介し、覇を競う行事なのだ。

 厳正かつ公平な審査によって各校から代表選手を一人だけ輩出し、三つの魔法競技で競い合う。

 魔法という力を持っていながら、私的な戦闘は禁止されている魔法界において、魔法を使った決闘というのはとてもとても甘美な響きなのだ。

 

「よしよし。……この対抗試合はもともと魔法使い、魔女が国を越えて絆を築く事を目的として開催されたものじゃ。しかし七百年前、試合内容があまりにも危険すぎるのと、夥しい量の死者が出た事で競技は中止となっていたのじゃ。

 じゃが今年は、魔法省各署の尽力と何重もの安全対策を組み上げ、今こそ再開の時だと判断したのじゃ。

 ──その安全措置の一つが、対抗試合はチーム戦だという事!過去の試合では代表選手は各校一人までじゃったが、今回の代表選手は各校三人選ぶ!!」

 

 再び大広間が歓喜で震えた。

 チーム戦?

 魔法学校一つにつき、三人?

 つまり、自分達にも少なからずチャンスはあるのだ。対抗試合に出場できる可能性は決して低くないのだ、と。

 それに九人の代表選手が集って闘うとなれば、その興奮もより一層高まるというもの。大広間は狂喜乱舞していた。

 ダンブルドアと魔法省を讃えて歌う者まで現れる始末だ。こんな歴史の節目に立ち会える日など、きっと一生の内に二度とないだろう。

 しかし。

 ダンブルドアは更なるサプライズを用意していた。

 

「さてさて、ここからが本題じゃ。儂は何も、その試合が開かれるとは一度も言っておらんぞ?」

 ダンブルドアは笑みを深めた。

 悪戯っ子のような笑みを。

 

「古い話をしよう。ホグワーツを創り上げた、四人の創始者の話を。ゴドリック・グリフィンドール、ヘルガ・ハッフルパフ。ロウェナ・レイブンクロー、サラザール・スリザリン。儂も尊敬する偉大なる四人の魔法使い達は千年もの昔に集い、ホグワーツ魔法・魔術学校を創り上げた。

 じゃが四人は方針の違いからバラバラになり、ホグワーツを後継に託してそれぞれ違う地で眠ったとされている。

 

 ──しかし、最近歴史的に解明された事じゃが四人はホグワーツを去った後に別の国へと移り住み、別の魔法学校の創設に深く関わっていたという事実が判明した。魔法の発展のために、後進を育てるために。そしてあるいは、全てをもう一度やり直すために」

 

 秘密の部屋に隠れ棲んでいたバジリスクの話の通りだ。

 ゴドリックは教師を辞めホグワーツを去ると日本に渡りマホウトコロの創設に深く関わった。ヘルガは病気の療養のためにフランスに渡ると、その人柄から人を集めボーバトン創立の切っ掛けとなった女性とされている。

 

「そう、ホグワーツとその四校にはずっと前から深い関わりがあったのじゃ。ならば彼達もまた同志。今こそ、創設者達の想いを汲んでやる時だとは思わんか?ここで残り二校を無碍に扱うべきではないとは思わんか?」

「………ま、まさか!?」

 

 ダンブルドアは声高らかに叫んだ。

 

「──今年、ホグワーツで!

 『五大魔法学校対抗試合(ペンタグラム・ウィザード・トーナメント)』を開催する!!」

 

 紡がれるは五芒星!

 七百年ぶりの開催!

 五つの魔法学校の祭典!

 一つの学校につき三人の代表選手!

 優勝者には一千ガリオンの賞金!

 それら全ての要素は大広間中の生徒のボルテージをハイにするには十分だった。歴史の節目どころじゃない。魔法省は歴史を創ろうとしているのだ!

 ここに紡がれるは前人未到の未来。

 今、彼達は、歴史の上に立っている!

 そしてひとしきり熱狂したホグワーツに客人がぞろぞろとやってくる。

 

「紹介しよう。美と芸術の国フランスから魔法生物飼育学の第一人者のマダム・マクシームと、『ボーバトン魔法アカデミー』の生徒達じゃ」

 

 シェリー達の知る限り最も図体の大きいハグリッドと同等か、それ以上に高身長な妙齢の女性がずんずんと歩く。身長は高い部類のダンブルドアが彼女の手の甲にキスをするのに殆ど屈む必要が無いほどだ。

 何とも威圧感のある女性だが、背筋がピンと伸びたその様は洗練された美を感じさせる。強い女性とはああいう人の事を言うのだろう。

 そしてボーバトンに一人、とびきり美しい少女がいる。水色のローブを着た生徒達はホグワーツの男子陣を魅了したが、その誰もが添えものに過ぎないと思わせる程の美貌。ロンが見惚れてた。

 彼女の傍には可愛らしい少女が二人ほど、ぴょこぴょこ歩いていた。……付き人気取りだろうか?

 

「お次は昨年より校長を務める若き重鎮ダンテ・ダームストラング氏と、『ダームストラング専門学校』よりやって来た生徒達じゃ!」

 

 軍隊のように統制された動きで、渋いブラウン生地の制服を身に纏った生徒達がやって来る。その中心に立つのは、先のワールドカップでも邂逅した『黒髭』ことダンテ・ダームストラング氏だ。ダンテはのすのすとダンブルドアのところへ歩くと軽口を叩き合う。

 アーサーに危険視されていたダンテ氏だが、どうやら彼は闇の魔術に深い見識を持つ男らしく、前任のカルカロフ以上に闇の魔術を徹底した魔法教育を推し進めている人物なのだとか。

 堂々と王者のように大広間の中心を歩くのは、ダンテの子供のネロ・ダームストラングとリラ・ダームストラング。(リラの方は顔色が悪いが、ど真ん中を歩くのが恥ずかしいのだろうか?)そしてなんと、ワールドカップで大活躍だったビクトール・クラムだ!生徒達は期待と羨望の視線を彼へと向けた。

 ネロはチラリとシェリーの方を見ると、ニヤッと笑う。……彼の笑みはどうも苦手だ、どうも背筋が強張ってしまう。

 そしてここからは、今回から初参加となる魔法学校の参入となる。

 

「自由の国アメリカより、『イルヴァーモーニー魔法魔術学校』が参戦する。校長を務めるはセイラム・ウィリアムズ、アメリカ魔法界きっての弁舌家じゃ!」

 

 色付き眼鏡をかけた派手な黒人男を先頭にして、派手に音楽魔法を掻き鳴らしながら生徒達が雪崩れ込む。あのセイラム氏はアメリカ合衆国魔法議会で強い発言権を持つ男で、言葉と活字で人を沸かせる『議会のエンターテイナー』なんだとか。どう見てもはっちゃけたおじちゃんにしか見えないが、凄い人らしい。

 しかし学生レベルとは思えないほどの超絶技巧のロック・ミュージックだ。演奏しているのは誰だろう?

 生徒達の中に一際異彩を放っている三人組がいた。何やら派手なメイクだが……、あの姿はどこかで……。

 

「マジか!?ザ・サーベラスだ!」

「嘘でしょ、クラムに加えてサーベラスまでいるの!?」

 

 魔法界出身の生徒を中心として歓声が上がった。サーベラスといえば、先のクィディッチ・ワールドカップで開会セレモニーを務めたバンドだ!

 まさか、学生バンドだったのか!

 

「東洋より『マホウトコロ』。日本の白刃の如く磨かれた心を、オダ・ナギノ氏と生徒達がとくと見せてくれるじゃろう」

 

 どよめく観衆の中を颯爽と駆けるは、マントを羽織った学ランやセーラー服の生徒達。黒と紅の独特な模様が刺繍された日本の民族衣装、着物を優雅に着こなした小柄な女性が生徒達に手を貸されながらふらふらと歩く。

 どうやら既に酔っ払っているようだ。着物から紅潮した白い肌が見え隠れしていて男子達の視線を集めている。艶めかしいというか、色っぽい。

 あれが着物美人か……!

 

「俺これから楽しみだよ色んな意味で」

「あんな美人と暮らせるのか……」

「最高じゃん?」

 

 男子達はタイプの違う美女達にもう首ったけだった。

 ジニーやパーバティがそれを白い目で見ていると、ザ・サーゼラスによる生演奏が始まる。各界の有名人が揃い踏みしたホグワーツだが、中でもサーベラスは生粋のエンターテイナーなのだ。

 リーダーと思しき少女が壇上に上がる。パンク・ファッションに身を包み、ケバケバしいメイクと派手な色の髪は攻撃的だがあくまでファッションの範疇らしく、喋ると以外と落ち着きのあるトーンだった。

 

『ウィーっす、ザ・サーベラスっす。ホグワーツじゃいつも組分け帽子さんが歌を歌ってるみたいっすけど、今年はあーし達が担当する的な感じでシクヨロっす。

 ……組分けさんの方が良かったー、って思ってる人がいたら申し訳ねえっす』

「そんな事な──いっ!」

「サーベラスの方が良い──っ!」

「えっ………私の立場は」

『はは、どーもっす。あーしはバンドリーダーでVo.&Gu.(ボーカル・ギター)担当のバーニィ・レオンベルガーって言うっス。そしてこっちが』

Dr.(ドラム)のサモエドっス』

Ba.Cho(ベース・コーラス)のマスティフっス』

『名前、覚えといてね。そんじゃま、一曲いきますか……!』

 

 生ライブが始まった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後のグリフィンドール寮。

 マクゴナガルもある程度は生徒達が浮かれるのを許容しているようで、馬鹿騒ぎを黙認していた。

 というのも、今グリフィンドール寮にはマホウトコロの学生達が宿泊しにやって来たのだ。他校と親睦を深める一環として、四つの魔法学校の生徒が四つの寮それぞれで寝泊りするというのだ。

 グリフィンドールの場合は、ゴドリックと縁の深いマホウトコロの生徒達が。はじめは言語の違いで戸惑いもあったが、ウィーズリー兄弟やリー・ジョーダン等の馬鹿騒ぎ大好き集団が上手いこと絡んですぐに馴染んだ。

 ニホンの学生は大人しい人間が多いと聞いていたが、中々どうして面白い。

 

「うっははは!フレッド、お前話の分かる奴じゃのう!」

「うひゃひゃひゃひゃ!お前こそ最高だぜブラザー!」

「おい粗忽者!貴様、口に物を入れたまま喋るんじゃない!マナーがなってないぞマナーが!」

「なんじゃい唐変木が。お前みたいな空気の読めぬボンボンがおるとせっかくの食事も台無しじゃのお」

「やるか?」

「あ?」

「またあの兄ちゃん達が喧嘩をおっ始めるぞォー!」

「賭けた賭けたァ!……あれ、そういえば名前なんつったっけ」

「ん?名前を聞いとるのか?おいの名前はサツマ・ハヤトじゃあ!よろしくのお!」

「俺はフウマ・コージロー。何を言ってるかは分からんが、よろしく頼む」

「何でお互いの言語を理解してないのに話が通じるのかしら……」

 

 独特な訛り(ハグリッドのそれに近い)で喋るボサボサ頭の少年と、よく手入れされたサラサラ髪の少年とがぶつかり合う。魔力を剣状に伸ばしてチャンバラをしているのだ。ウィーズリーズが「カタナ!サムライソード!」とはしゃいでいた。

 まあ気持ちは分かる。

 もちろん本気で戦っている筈もなく、手加減しながらの戦いなのだが……すごく高次元の戦いだ。洗練された足捌きは、素人のそれではない。

 獅子寮が沸き、マホウトコロの男子は慣れているのか後方でケラケラ笑って、女子は「またあいつらか」と頭を抑えている。

 ……苦労しているのだなあ。

 

「で、貴方のお名前はなあに?」

「えっ?えーっと、私、日本から来ました、ミカグラ・タマモと申します。どうぞお見知り置きを……」

「堅苦しいのは抜きだ!飯食おうぜ!」

「わっ。……っふふ、ありがとう」

「しっかし、『フーマ』に『オダ』か……歴史上の人物の苗字だろ?そっちじゃ一般的な名前なのか?」

「ああ、お館様……校長先生とコージローは過去に実在した人物、織田信長と風魔小太郎の血を引いているのよ」

「え、ほんと!?」

「日本の魔法使いは軍事力として昔から重宝されてきたの。侍や忍者なんかがそうね、一般に知られる事はなかったけれど。

 で、そういう戦力を得るために将軍や権力者達がやったことといえば……」

「──政略結婚、か」

 

 戦乱の世では珍しくもないことだ。

 将軍は跡継ぎを得るために名家の娘と結婚し勢力を伸ばす。その中で長男以外の、魔力や才能に溢れた子を魔法使いとして育て、軍事力として使役する。歴史の裏で暗躍した精鋭部隊というわけだ。

 特に、都合の悪い家系の子や、妾の子がそういった部隊に抜擢されるケースも少なくなかったそうだ。

 そんな血みどろの歴史が古来より繰り返されてきたわけだが、人間兵器として扱われる彼達を哀れんだ者達が創った魔法学校が、平安時代から(細々とだが)あったそうなのだ。

 

「ヘイアン時代から……!?」

「って何?」

「ああ、そっか。こっちには年号の文化が無いのね。こっちでは8世紀末から12世紀までの事を指すのよ。

 その時代に安倍晴明っていう陰陽道に優れた占星術士……まあ、平たくいえば学者さんがいたんだけれどね?その人が世界を旅していたというゴドリック・グリフィンドールから伝わった、魔法学校というシステムを真似たのがマホウトコロ創設のきっかけ」

「へー」

「そうだったんか……」

「知らなかった……」

「いやあんた達は知っとけッ!」

 

 ハヤトとコージローの馬鹿二人にタマモはぴしゃりと言い放った。

 魔法使いを勢力としてではなく、一人の人間として扱う魔法学校の存在が重視され始めたのはごく最近で、世界大戦後に漸く国の公認のものとして扱われるようになったのだとか。

 そういうわけでマホウトコロにはかつて家同士が敵だった生徒も多いわけだが、対立はあれど差別はない。そもそもがマグルに深く根差した文化のため、文化間の隔りは少ないのだという。

 成程。ためになった。

 

「……って感じかしら。ゴメン、長くなっちゃったね。私の悪いクセで……」

「そんな事ないよ!分かりやすい!」

「すごい!先生みたいだわ!」

「タマモ先生!」

「せ、先生!?私が?いやぁ〜…」

「そうだろう、タマモは凄いじゃろう」

「タマモは頭脳だけでなく戦闘にも優れていてな。こいつの魔法がまた凄いんだ!」

 

 自分達の仲間が褒められると嬉しいのか、マホウトコロの学生達はこぞってタマモを自慢する。タマモは林檎のように顔を赤くした。

 

「のうベガ!きさん、ホグワーツ最強の魔法使いと聞いとるぞ!いっちょおいと模擬戦でもしてみらんか!?」

「おう、俺へのお誘いとは嬉しいねえ。俺も他校の最強に興味が湧いてたところだぜ!」

「いつまで騒いでるんですか!」

「うわっ、おいハヤト逃げろ!マクゴナガルは怒るとこえーぞ!」

「ようタマモ、この後時間あったら二人で一緒に……」

「今口説いてんじゃねーッ!」

 

 各々馬鹿騒ぎしながら、自分達の寝室へと引っ込んでいった。……グリフィンドール寮がまた賑やかになりそうだ。

 そして、シェリーはマホウトコロの生徒との会話の中で、特に頻繁に話題に上がる彼達の顔を何となしに覚えていた。

 

 サツマ・ハヤト。

 フウマ・コージロー。

 ミカグラ・タマモ。

 

 てんでバラバラな三人だが、彼達には一つの共通点がある。それは対抗試合に出られる年齢だということだ。

 シェリーの隣で眠るタマモを見て思う。先程類稀なる身体能力とキレのある体術を見せたハヤトとコージローもそうだが、タマモの立ち振る舞いも洗練されていた。

 そう、現役闇祓い達のような、全く隙のない磨かれた身体の動き。彼女もまた優れた魔法使いである事がひと目で分かった。

 シェリーの中に、いやグリフィンドールの中に一つの確信が浮かんでいた。

 

 ──この三人が代表選手として場を引っ掻き回すのは、間違いない。

 

 




マホウトコロとイルヴァーモーニーが参戦。
ついでにチーム戦で三人で戦ってもらいます。

こんなにオリキャラ出して大丈夫かよ!って思うかもしれませんが、原作キャラもきちんと活かす予定ですし、何より絶対に面白くさせるのでお付き合いしていただけると幸いです。


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Goblet of FireⅠ

「ロン、ロン!起きて!もうすぐ変身術が始まるよ!マクゴナガル先生怒るよ!」

「んがっ。………あと五分んん」

「昨日はしゃぎすぎたわね……」

「うん、なんてーか、ごめん。ウチには騒ぐの大好きな馬鹿ばっかりしかいなくて」

「うちも似たようなのばっかりよ」

 

 寝ぼけ眼の男子達を引っ叩いて叩き起こし、大広間まで連れて行く。

 どうやら騒いでいたのはどこの寮も同じようで、どのテーブルも死屍累々だった。

 昨日は早めに寝たのか、スリザリン寮のテーブルだけが唯一落ち着いた雰囲気のようだった。

 

「うわ、しかもスリザリン寮にいるのってダームストラングの生徒じゃん。クラムとマルフォイの奴が話してる……くそぉ、羨ましい。僕も後でサイン貰おうかな」

「私だってザ・サーベラスのサイン貰いたいわよ。ああ、チョウ・チャンの隣でバーニィが歌ってるし。いいなぁ」

「ごめんね……」

「一緒なのが俺達で……」

「え!そ、そういうつもりじゃ」

 

 ロン達の言葉を勘違いしたのか、マホウトコロの生徒達は沈んだ。口は災いのもととはこの事である。

 

「ようよう、何を落ち込んでるんだいマホウトコロの諸君」

「ん?フレッドとジョージか。……お前達はやけに楽しそうだな?」

「そりゃあ、炎のゴブレットの攻略法をついに見つけたからさ」

 

 双子は意地悪そうに笑った。

 炎のゴブレットとは、クラウチが対抗試合のために用意した魔道具だ。対抗試合では代々この魔道具が代表選手を選定するのがしきたりなのだとか。

 ハロウィーンの夜までに決心のついた者は自分の名前を書いた紙をこのゴブレットの中に入れ、ゴブレットが公正に審判を下すのが習わし。候補者の中で勇気なき者や力なき者は中で紙を焼かれ、残った者だけが試合に立つ権利を得るのだ。

 しかしゴブレットは『年齢線』で囲まれており、一七歳に満たぬ者はその線を越えるのは不可能。……なのだが、双子はそれを攻略してみせるという。

 

「くくく、俺達が独自に開発した老け薬数滴でいけるはずだ……」

「やめとけよ双子。さっき見たが、あの年齢線を誤魔化すのはお前達じゃ無理だぜ」

「俺達を誰だと思ってる?ホグワーツの悪戯仕掛け人だぜ。いくらダンブルドアが敷いた線といえど、越えられぬ道理はないんだぜッ!」

「うっははは!面白かのうこいつ達は!」

 

 こういう気持ちの良い馬鹿は好きなのか、ハヤトは双子を見てゲラゲラ笑った。

 

「そういえば、ハヤト達は代表選手に立候補するの?」

「応ッ!勿論!男は困難に挑んでナンボじゃけェのお!」

「この粗忽者と一括りにされるのは少々癪だが、まあそうだ。マホウトコロの最後の思い出を作りたかったし、己を高める良い機会だしな。それに、俺達は幼なじみでいつも一緒に行動してきた。ならば、一人が対抗試合に申し込むならば俺達も挑むのが道理ってもんだ」

「ふふっ。コージローったら、そんな事考えてくれてたの?可愛いヤツ」

「だ、だまれタマモ!」

 

 顔を赤くして怒鳴るコージローを見て、皆が笑ったのだった。

 『闇の魔術に対する防衛術』。

 シェリー達が教室に向かうと、そこにはスリザリンとダームストラングの生徒達が教室の前で待機していた。他校の生徒が入るということで、マクゴナガルの粋なはからいで合同で授業を行う事になったのだ。

 

「あ、あの。クラッブさん、ゴイルさん。差し支えなければそのお菓子、私にも分けていただけないでしょうか……」

「………」

「あ、ありがとうございます……」

 

 ゴイルとクラッブがリラにお菓子を分け与えていた。あの大食漢二人が人に食べ物を分けるなど信じられない光景だが、シェリーはパンジー・パーキンソンが耳打ちしたのを聞き逃さなかった。

 大方、純血の名家であるダームストラング家とコネクションを得るつもりだったのだろう。

 そんな光景を眺めていたからか、ビクトール・クラムが猛禽類のように鋭い眼でこちらを睨むように見ていたことに、シェリーは気付いていなかった。

 

「…………」

「よ、シェリーちゃん。ひっさしぶり〜」

「あっ、久しぶり!ええと……ネロとリラだったよね?」

「ん!よく覚えててくれたねェ、お兄さんは嬉しいよ」

「もぐもぐ……ど、どうも」

 

 軽い調子で肩を叩いたのは、ネロ・ダームストラングだ。その後ろにはリラ。もごもごと口に頬張っているのは、彼達から貰ったお菓子だろうか。

 しかし、美男美女な二人だと思う。

 プロのクィディッチ選手のクラムが女子から人気を集めているのは分かるが、癖こそあるものの美男子の部類に入るネロも女子からヒソヒソされているらしい。

 しかも社交的で、純血の名家ときたものだから、それはそれはモテるだろう。

 

「ホグワーツはどう?もう馴染めた?」

「ん!けっこー楽しいよ。可愛い子もいっぱいいるし、制服も可愛いしさ。ついつい目移りしちまう」

「うん……うん?」

「まあでも欲を言うなら、明るい子が近くにいてほしいよね。スリザリンの子は大人しめの子が多いし、ダームストラングは根暗ばっかだしさ。俺はシェリーちゃんみたいな純朴で明るい子が好みなんだよね」

「?……ええっと、ありがとう?」

「ッハハ。どうだい?君さえよけりゃあ今度の休みにちょいとお茶でも──」

「シェリー」

 

 ネロの言葉を遮ったのは、ベガだった。

 

「もうすぐ授業だ、中入れよ」

「あ、うん!ありがとうベガ」

「へェ?女の子との会話中に横槍を入れるなんて、無粋な輩もいたもんだ」

「そんなつもりは毛頭ねえが、ナンパのつもりなら意味ねえからやめとけ」

「言ってくれるジャナイ。だが度を越えたお節介は嫌われるゼ?」

「いやそういう意味じゃなく……」

「えーと、二人ともいったい何の話を…」

「何だお前達は!儂を殺す相談でもしているのか!?あ!?」

 

 嗄れた声。

 ヒト型の魔法生物と言われた方がまだ納得する凶悪な顔が嗄れた声で叫んだものだから、その場にいた全員が硬直した。

 彼はアラスター・ムーディ。別名『マッド・アイ・ムーディ』とも呼ばれる人物で、かぼちゃをくり抜いて作ったようなでこぼこの顔には歴戦の負傷があちこちについていて、鼻は大きく削がれている。

 おまけに眼帯状につけられているブルーの義眼はぎょろぎょろと忙しなく動いている。ロンが言うには、あれは魔法の眼といって万眼鏡のように遠くまで見渡し、物を見透す力があるのだとか。その目玉が彼を『マッド・アイ』たらしめる理由だ。

 

「アラスター・ムーディだ!よろしく!この目玉は気にするな、低俗な輩にちょっと抉り取られただけだ!」

「よろしくお願いします!」

「うむ!良い返事だ!わしを見ても怖がらなかった者はお前が初めてだ!もしや貴様は偽物でわしを殺す機会を狙っているというわけか、ハッハッハッハ!!」

「笑えない冗談だわ」

 

 アラスター・ムーディとは前時代において、長年英国最強名を欲しいままにしていた伝説の闇祓いだ。アレンが台頭して来るまでは彼が前線に立って死喰い人達を軒並みアズカバンにぶち込んだのだとか。

 今は引退して後進の育成に力を注いでいるようで、かのチャリタリやトンクスなる優秀な闇祓いを育てた、立派な、そう、立派な人格者な筈なのである。

 例え始業のベルが鳴った瞬間に闇の手先と勘違いして時計を壊したとしても、立派な人物であることに変わりはないのだ。

 

「ダンブルドアに頼まれたのでここの教員になった!あいつがわしを呼んだ理由はひとつ!闇の魔術とそれを使う者達と戦う術を身につけさせるためだ!!わしが教えるのは魔法省に反対呪文までだと言われとるがクソ喰らえだ、闇に染まっている者は年齢など関係なくその力を目覚めさせる!

 え!?そうだろうが、リラ・ダームストラング!!」

「え!?えーと……何のことだか」

「ふん、わしの義眼で見た景色については目を瞑っておいてやる。ともかく身を守る力と戦うべき相手を知れ!死喰い人がここにやってきたとて、奴達は弱点をバラしたりはせんのだからな!……さて!」

 

 ムーディは黒板に『許されざる呪文』と乱暴に書き殴った。あまりの勢いにチョークが一本折れた。

 

「許されざる呪文!この意味が分かる者はいるか!……よし、グレンジャー!答えてみろ!」

「使用が許されていない闇の魔術の代表とされる呪文です。その三つは使うだけでアズカバンで終身刑になってしまいます」

「うむ!いいだろう!という訳で今から実践してやる!」

「……えっ!?いや、たった今使っちゃいけないって……」

「実物を見んことには対処すらできん!大丈夫だ、お前達にかけるわけではない!

 何から教えるか……許されざる呪文には何があるか、知っている者は答えろ!」

「え、えーと、はい」

「よろしい!ならば杖を置き両手を上げてゆっくりと立ち上がって答えろロナルド・ウィーズリーッ!!」

「僕は犯罪者か何かかよ!えーと、服従の呪文?」

「うむ!服従の呪文、すなわち意識を縛り身体を操作する魔法なり!これを見ろ!」

 

 ロンが短い悲鳴を上げた。ムーディが取り出したガラス瓶の中には、大きな蜘蛛が入れられてあったのだ。

 瓶から取り出すと同時に魔法をかけた。

 

「インペリオ!服従せよ!」

 

 ムーディが放った魔力が蜘蛛に衝突すると、蜘蛛は優雅にワルツを刻んだ。ムーディが杖を振るとその動きは激しくなり、また杖を一振りすると宙返りする。

 その様子は珍妙で、サーカスのピエロのように面白おかしい動きだった。

 生徒は一同爆笑するが、ムーディの「次は何をさせる?入水自殺させるか?同族を殺させるか!」という一言によってシンと静まり返った。

 服従の呪文の真の恐ろしさとは、すなわちそういうことだ。人間が、都合の良い人形へと変わってしまう。間接的に被害をもたらせる呪文というわけだ。

 しかも悪人にとっては、都合が悪くなれば『自分も操られていた』と言い逃れできる恐ろしい魔法なのだ。

 

「もしお前達がこの魔法にかかれば、ナイフで友人を刺し殺そうが抵抗はできんというわけだ。この魔法は魔法省を困らせた、アズカバン送りにするべき人物を見定められんからな」

 

 なにせ操られていた間の記憶はないのだから、真実薬も意味はない。真実薬も貴重な薬品なので、投与する犯罪者は非常に吟味しながら使用したという。

 

「だが、まれにこんな物を使わずとも人をかどかわす力を持った魔法使いもいる。そうだな、ビクトール・クラム?」

「……はい。ヴぉく達の国では、『ゲラート・グリンデルバルド』が闇の魔法使いとしてとても有名です」

「何故奴が最恐と恐れられているか、その理由は考えたことはあるか」

「………アー、『例のあの人がその実体を見せずに暗躍する闇ならば、グリンデルバルドは確かにそこに存在して弱い心につけ込む詐欺師』……奴が人をかどかわすのがとても上手く、常人さえも狂わせるからだと思います。ヴぉくの祖父も、奴に……」

「うむ、そうか。ならば今は闇に対抗し守る力を学んでおけ」

 

 ムーディの声色に、ほんの少しだけ優しさが混じったような気がした。だがそれも一瞬、すぐにぴしゃりと声を荒げる。

 

「次だ!知っている者は!……よし、次はお前だネビル・ロングボトム!」

「うわぁ何か殺害予告受けてるみたい……えーと、磔の呪文、です……」

「よろしい。前へ来なさい」

 

 生徒全員が見えるよう、『肥大呪文』で蜘蛛を大きくすると、ロンがまたもや小さな悲鳴を上げた。

 ベガが気遣わしげにネビルを見ているのに気付いて、嫌な予感がしたが、それは正解だった。

 苦悶の声。

 蜘蛛が苦しみ悶えているのが、シェリー達の目にも明らかだった。拷問にかけられていると言わんばかりの痛々しい悲鳴と仕草に、生徒の大半が目を覆う。しかしそれでも蜘蛛の苦痛が終わるわけではない。

 ……あの感覚は、シェリーもよく覚えている。一年生の時に、ヴォルデモート卿に自分との不思議なつながりを利用され、闇の帝王直々に、ダイレクトに苦痛を味合わされた時のあの感覚は、忘れようがない。

 ネビルが身体を震わせていた。恐怖にしてもあの怯えようは異常だと思うが、あれはどうしたことか?

 

「おい!もういい、やめてくれ!ネビルが辛そうだ!」

 ベガの声で、ムーディは我に帰ったような顔をして魔法を中断した。

 

「……ッ、そうだな。ロングボトム、戻るといい。少しショックだったか」

「は、はい……」

「……怖いか、この呪文が」

「…………はい」

「ならば知ることだ。知識とは力、恐怖とは勇気へと変わる。お前は決して臆病者などではない!

 他の者もよく覚えておけ!『クルーシオ、苦しめ』……これがあればどんな拷問道具も用無しになる。苦痛そのものを脳に直接ブチ込む魔法であるからして、探究心から作られる魔法の中でも異質、純然たる悪意のもとに創作された魔法なのだ」

 

 マグルの科学者ノーベルは、ニトログリセリンを安全に使いやすくできるようにダイナマイトを開発し、当初は土木工事に大いに貢献していた。

 しかし次第に兵器としての運用が増えていったことに嘆き悲しんだノーベルは、自分など死んだ方が良かった、などと己の存在を否定し続けたらしい。

 魔法界にも同じことが言える。探究心のもとに生み出された魔法が、人を傷つける兵器となり得る。多くの魔法研究家がその命題に当たっているのだ。

 だが。

 磔の呪文は、明らかに拷問もしくは快楽のために創られた魔法で、それ以外の使用方法が存在しない。人を苦しめるためだけに創られた悪辣な呪文なのだ。

 

「さて、最後のひとつ。誰か知っている者はいるか!」

「フォ、あ、はい」

「ルシウスの息子か。貴様なら色々と聞いておるだろうな。答えてみろ」

「……死の呪文。これを喰らった者は例外なく死ぬとかなんとか」

「うむ。その通りだ。これを喰らった者はあらゆる過程をすっ飛ばして死がもたらされるのだ。反対呪文は存在せず、盾の呪文ですら意味がない。躱すか、何かに隠れるかでしか対処しようがないのだ」

 

 言うと、ムーディは緑色の魔力を蜘蛛にぶち当てた。一瞬の閃光の後、シェリー達が目にした物は蜘蛛の死体だった。

 ぞくり、と。

 静まり返っていた空間に、得体の知れぬ恐怖が広まったのを確かに感じた。

 死。

 『生』物である以上、決して逃れ得ぬ事のできぬ事象。それを目の当たりにして、平然と行使できる死喰い人達の異常性に内心で戦慄する。

 果てがそこにある。

 死がそこにある。

 肉体になんら損傷を与えることなく死体へと変えてしまうさまは、まるで芸術にすら思えた。

 

「あ、アレンの砂や岩の魔法って……」

「うむ、あの当時では実に理にかなった戦法といえよう。いくら死の呪文といえど実在する壁をすり抜けるわけではない。よって物理的に遮断するのが良いと考えたわけだな」

 

 壁や物が置いてあれば、そこで死の呪文は途切れてしまう。それが唯一の弱点……いや、欠点といっていいだろう。それでも強力な呪文であるということに変わりはないのだが。

 死の呪文は、物理的な遮蔽物によって阻害できる。達人はそれで死を回避し、過信した死喰い人を返り討ちにするのだ。

 

「これを受けて生き残っていられた者はたった一人しかおらん。そう、わしの目の前にいるお前しかな」

「…………」

「──と、ここまでが今までの許されざる呪文だ!魔法省はある一つの魔法を──厳密には呪文ではないが──禁忌の呪文に定めた!それが何か、分かる者はいるか!」

 

 服従、苦痛、死ときて、さらに悪辣な魔法がある事に生徒達は頭を抱える。人を辱める呪文がまだ存在するのか、という真実への恐怖だ。

 しかしそのムーディの恐怖を取り入れた授業でさえ、平然としている者がいた。ネロ・ダームストラングがその一人だった。

 彼はムーディにすら聞こえぬほどの小声でリラに話しかける。

 

「おいリラ、手を上げてみ?」

「え?はい」

「よし!ではお前だ!」

「ええっ!?」

 

 ネロと悪戯で理不尽に指名されたリラはしばらくの間「あー」とか「うー」とか唸った後、思い出したかのように一つの単語を口にした。

 

「え、ええー……と、たしか…分霊箱(ホークラックス)?」

「ああそうだ!ダームストラングにも学習意欲のある者がいて感心だ!」

「えっ?ほんと?で、でへへ……」

「かの闇の帝王もその魔法を使用していたと言われておる!殺人を行うことをトリガーとして、分裂した魂を別の容れ物に移す!その容れ物が破壊されるまでは死なないというわけだな!

 仕組みは単純だが、分裂した魂は非常に脆く繊細で、別の箱に移し替えるのは恐ろしく難しい!分霊箱の作成に成功した例は闇の帝王しかおらんと言われとる!」

 

 かつて不死を求めた多くの魔法使いがこの箱を創ろうと試みた。だが、その多くが魂の移し替えに失敗し、完璧な分霊箱を創れたのはヴォルデモート一人だけだと言われている。

 しかし、分霊箱は古来より伝承されてきた魔法であり、すなわち必ずその魔法を創った人物がいる筈。『成功例』がある筈なのである。

 初代ダームストラング校長がその魔法を創ったという伝説も残されているが、眉唾物の御伽話だ。

 

「闇の帝王がどうやってその魔法を知るに至ったのか、習得したかはもはや本人にしか分からん!重要なのは!お前達の近くにはこうした下劣な魔法を使う輩がいるという事だ!呪われんようにせいぜい気を付けろ!油断大敵!!」

 

 ムーディの授業の反響は大きかった。

 生徒達は足早に教室から去ると、口々に授業の感想を言い合う。あんなショッキングな授業を受ければ、それも当然だ。

 ダームストラングの生徒達がホグワーツって相当やばい学校なんだな、と噂していた時は慌てて修正したが。あれはムーディが特殊すぎるのだ。

 

「………」

「ネビル、大丈夫かい?なんだか顔が青いようだけれど」

「お水飲む?」

「!う、うん。平気だよ」

「……辛い時は俺達に言えよ?」

「ありがとう、ベガ……あっ」

 

 ネビルの視線の先には、義足をがしゃがしゃと鳴らしたムーディの姿があった。

 若干、本当に若干だがムーディは柔らかい表情を見せた……気がする。しかし快楽殺人鬼のような不気味な笑顔は素なのか、それとも笑顔で騙し討ちしようという腹積もりなのかはもはやシェリー達には判別が付かなかった。

 

「大丈夫か?え?ロングボトム、茶でも飲もう。お前の好きそうな本がある」

「……一緒に行くか?ネビル」

「いや、いいよ。ちょっと行ってくる」

 

 気楽に言うネビルを見送った。

 いやに『磔の呪文』に怯えていたネビルが気になってベガに話を聞くも、「誰にだって話したくねえ過去があるだろ。あいつが喋ってくれるのを待とう」という曖昧な返事しか貰えなかった。

 あんな授業の後でもケロリとしているネロから手を振られると、シェリー達は昼ご飯を食べながら次の授業の準備をした。

 昼食はカレーライス。イギリスでは国民食として広まっているカレーだが、どうやら日本でも好まれているそうで、「久しぶりの白米だ!」とマホウトコロの生徒達が嬉しそうにがっついていた。本来のインド式カレーではなく、英国式のシチューのような洋風カレーが東洋に伝わっているのだから歴史って不思議だ。

 次の授業はハッフルパフと合同の『薬草学』。扱っている植物のレベルが高いとボーバトンの生徒は驚いており、ホグワーツの生徒を少し良い気にさせていた。

 

「ああ、じゃあ、ハッフルパフからはセドリックが立候補するんだね」

「そうなんだ!もし代表選手に選ばれたら皆んなで応援するね!」

「セドリックかぁ〜…」

「ロン?クィディッチのあれこれを引きずらないの。もう。実際に戦ったシェリーが何とも思ってないから良いじゃないの」

「はは、まあ気持ちは分からなくもないけれど、是非応援してくれると助かるよ」

 

 ホグワーツからは誰が出るのだろう、と議論し合う。セドリックはほぼ確定としてクィディッチでキャプテンを務めるはずだったアンジェリーナも候補に上がるか。フリントは……選ばれるのかあれ。

 頭脳と肉体と勇敢さとなると、どうしてもクィディッチ選手ばかりが候補に上がる。そういう意味ではダームストラングのウッドは非常に有利と言えるだろう。

 

「あ、そうそう。ボーバトンからは誰が立候補してるか知ってる?」

「ああ。あれ見てみろよ。愛想を振りまいてるわけでもないのに、男子達を魅了していいように使ってる女子がいるだろう?」

「あのシルバーブロンドの女子?」

「あれはフラー・デラクールって言って、ボーバトンのリーダーみたいな人なんだ。カリスマ性も実力も確かだよ。

 で、彼女にくっついてるのがフロランタン姉妹。双子の姉妹さ。彼女達もフランスじゃ指折りの魔法使いらしいよ。えーと、姉がブルーベリーで妹がローズベリー……だっけ?」

「違いますよ、姉がローズベリーで妹がブルーベリーです」

 

 ジャスティンの勘違いをアーニーが訂正した。……たしかに、フレッド・ジョージ並にそっくりな二人だ。髪型で違いをつけているらしい。

 ボーバトンのカースト最上位に君臨しているのが彼女達で、ホグワーツでもファンクラブができたというのだから驚きだ。

 スプラウトの薬草学で『腫れ草』の膿を取り出したり、トレローニーの占い学で宿題がたんまり出てロンがウンザリした顔をしていたりして時が過ぎた。

 

「ね、ね。シェリーちゃんは好きな子とかいないの?」

 

 いかにも興味津々、といった風にタマモが尋ねてきた。シェリーもいっぱしの女子である。それがどういう意味で聞かれたかくらいは分かっている。

 が。

「うーん、恋愛的に好きな人もいないし、自分がそういう事をするって想像も全然沸かないなぁ」

 自己評価の低すぎる彼女がそういったものに無縁なのもまた事実だった。興味がないわけではない。むしろある。が、そこに自分を結びつける事はなかった。

 

「タマモはどうなの?ハヤトかコージローとそういう関係になったりとか」

「え?ないない。あの二人は馬鹿だし」

「なによ、タマモも浮ついた話があるわけじゃないのね」

 

 ラベンダーは残念そうな声を出した。

 十七歳になる娘が浮ついた話の一つもないというのは、彼女からしてみればあり得ない事なのだろう。

 

「あ。そうだシェリー、ベガは?」

「ベガ?」

「あいつは歳上好きかと思ってたんだけど案外同年代もイケるみたいよ。あいつと付き合ったりとかはないの?あんた達、一緒に行動する事も多いみたいだしさ」

「いやあ、私なんかじゃあベガから相手にされたいよ」

「そうかしら?まあ確かに、全然タイプの違う二人だと思うけどさ」

「あ、そうだ聞いて皆んな!実はハーマイオニーがね……」

「シェリーッ!?」

 

 夜遅くまでガールズトークに華を咲かせていたシェリー達は、翌日、寝ぼけ眼で大広間に向かう事になったのであった。

 道中、見知らぬ老人二人が生徒達の注目を集めていたが……、どこかで見たような気も……。

 

「えっ、フレッドとジョージ!?」

「ぜんぶお前のせいじゃ!」

「いーやお前が悪いんじゃ!」

「うっひゃひゃひゃ!見ろシェリー!この二人、老け薬で年齢線を誤魔化そうとしたらこのザマじゃ!ひゃっひゃっ!」

「ほっほっ。何だか面白いことになっておるのお」

 

 老人みたいな見た目の双子と、老人っぽい喋り方(サツマ訛りらしい)のハヤトのところに正真正銘の老人がやってきた。

 アルバス・ダンブルドアは悪戯が成功したような愉快な顔で双子を医務室に行くよう促した。……すっごいニヤけている。

 

「立候補できるのももう少しの期間だけじゃぞ。対抗試合へ名乗りを上げたい者は早めにのう」

「………あ!そういや立候補まだしとらんかったわ!忘れとった!!」

「あ!そういえば俺もだ!やべえ!」

「あんた達二人ともそんな理由で立候補してなかったの!?こっちはハヤトとコージローが参加を躊躇するレベルなんて、って葛藤してたのに……」

 

 タマモは何だか馬鹿らしくなったのか、羊皮紙と羽根ペン……ではなく、和紙と筆を取り出すとササッと自分の名前を書き上げる。

 ハヤトとコージローも同様に名前を走り書きすると、三人でゴブレットを囲むようにして立った。一緒に炎の中に紙を放り込むらしい。

 

「誰が選ばれても恨みっこ無しだぞ」

「そっちこそ、私だけ代表選手になっても代わってあげないからね」

「ハン、言いよるわ」

 

 軽口を叩き合いながら、ハヤト達は代表選手に立候補した。そこには、側から見ても分かる、確かな信頼があった。

 三人全員が自分が選ばれると信じているし、仲間達も選ばれると確信している。幼馴染というのもあるだろうが、彼達は数々の苦難を共に乗り越えてきたのだろう。

 時は過ぎ、ハロウィーン当日。

 とうとう五大魔法学校対抗試合の代表選手の発表の日がやってきた。

 来訪している生徒数は絞っているものの、四つもの魔法学校の生徒とホグワーツ生が一堂に会すると流石に圧巻だ。今日はそれに加えて魔法省の人間も何人か来ているようで、流石に収まりきらないと判断したのか『空間拡大呪文』が使われていた。

 ロンが照り焼きなる日本独自のソースがかかった料理を食べて舌鼓を打っていたり、ハーマイオニーが何やら『屋敷しもべ妖精福祉振興協会(Society for Promotion of Elfish Welfare)』なるバッジを持ってきて一波乱あったりしたが、ともあれ、とうとう発表の時間だ。

 ダンブルドアが立ち上がると、大人数の大広間は期待と注目で静かになった。

 

「さてさて、皆の諸君。食事をしたままで構わん、目だけ向けてくれんかの。炎のゴブレットが決定を下したようじゃ」

 

 ゴブレットの中で、蒼く揺蕩うように揺れていた炎が激しさを増し、薔薇色に燃え上がる。すると炎から射出されるように勢いよく三枚の紙が放り出されると、ダンブルドアの手元まで吸い込まれるようにやって来た。

 

「ダームストラングの代表選手は──ビクトール・クラム!ネロ・ダームストラング!リラ・ダームストラングの三名!!」

「………!よしっ!」

「行くぞ、リラ」

「えっ、まだヴォンゴレ食べてる途中……す、すみません兄さん、すぐ行きます」

 

 クラムは拳を硬く握ると、俄かに口角を釣り上げた。存外に熱い男らしい。

 ネロはこうなる事が分かっていたようにクールに立ち上がると、リラを引き摺って奥の部屋に消えて行く。

 道中、ダンテがバシバシとクラム達の肩を強く叩いているのが見えた。ブルガリアの英雄、そして自分の子供達が選ばれたのが嬉しいのだろう。

 再び炎が燃え上がる。渦を巻くように火炎が天井を舐めると、再び三枚の紙が放り出された。

 

「二校目、イルヴァーモーニー代表選手はバーニィ・レオンベルガー、サモエド・バーナード、マスティフ・ファンドランドの三名!!」

「イイイ────ハァ────ッ!!!」

「ヒャッホウ!」

「やったぜェ──ッ!」

 

 バーニィは祈るような姿勢から一転、飛び上がるとパフォーマンスにギターをかき鳴らした。バーニィ、サモエド、マスティフが選ばれたという事はザ・サーベラスのメンバーが全員出場するというわけだ。

 イルヴァーモーニーの生徒は熱狂したようにサーベラスコールを行う。彼達は常日頃からサーベラスの演奏に魅了された者達なのだ。

 炎は三校目の紙を吐いた。

 

「マホウトコロからは、サツマ・ハヤト!ミカグラ・タマモ!そして──フウマ・コージローッ!!」

「よっしゃああああ!!」

「やったね二人とも!」

「っはは、俺達なら当然だろう!」

 

 天に轟き、大広間中を震わせるほどの雄叫び。三人は笑顔で拳を合わせ、三人で出場出来たことに喜び合う。

 意外とノリの良いマホウトコロの学生達が三人に盛大な拍手を送ると、タマモは照れたように手を振り、ハヤトとコージローは大仰に腕を上げて応えた。それにまた学生達は湧いたのだった。

 炎が燃え盛る。次は、四校目だ。

 

「ボーバトンは──フラー・デラクール!ローズベリー・フロランタン、ブルーベリー・フロランタン!以上三名!」

「よっしゃあ!代表選手だぁ!」

「やったぁ!お姉様と一緒だぁ!」

「……ふふ。行きまーすよ、二人とも」

 

 嬉しそうに飛び跳ねる小柄な姉妹をどこか微笑ましい目で眺めつつ、フラーは高飛車に大広間を歩いていく。ハッフルパフどころか全ての寮から野太い歓声が上がっているあたり、フラー嬢はちゃっかり大勢の男子達を籠絡していたようだ。

 ダンブルドアと握手をすると、去り際に大広間に投げキッスを残していく。再び大広間が盛り上がった。

 そして、最後。

 我達がホグワーツの代表選手である。

 

「ホグワーツの代表選手は、セドリック・ディゴリーと……」

 

 そこまで言いかけた辺りで、ハッフルパフから割れんばかりの歓声が上がった。彼達の寮は少し地味というか、目立つ事が少なかった。馬鹿騒ぎ大好きのグリフィンドールや、リーダー適正の高い者が多いせいか意外と優秀な生徒の多いスリザリン。そして頭脳面で毎年素晴らしい成績を残すレイブンクローに埋もれがちだった。

 しかしハッフルパフは今年の主役の一人に選ばれた。それだけで、彼達にとってどれだけの救いがあったことか。勤勉で優しく、責任感に溢れたセドリックならば皆が応援する。

 ならば、残り二枠が誰であろうと文句は言わない──その筈だった。

 ダンブルドアは続きを言わない。

 硬直していた。ブルーの瞳が、その二枚の紙から離れなかった。

 ややあって、半ば呟くように、その選手達の名前を告げた。

 

 

 

 

 

「………シェリー・ポッター。ベガ・レストレンジ」

 

 

 

 

 

 シェリーは思わず持っていたスプーンを落とした。ベガは目を見開いていた。

 たっぷり数秒間固まって、大広間が再びざわめき出したところで、シェリーはようやく思考を取り戻した。

 何故?どうして私が?という、答えのない疑問が頭の中を飛び回る。

 フレッドとジョージが証明したように、年齢線のせいで四年生のシェリー達はどうやっても参加できない筈なのである。

 だがゴブレットは確かにシェリー達を選定した。これは一体、どういうことか。

 ベガがシェリーの手を掴み「行くぞ」と声をかけてくれなければ、きっと椅子と同化してしまったかのようにそこから動けなくなっていただろう。

 

「──ベガ?ベガ、これは一体……」

「俺にも分からねえ。だが、何が起きてもいいように腹ァ括っとけ」

 

 代表選手の集う控室までの道のりは、とてもとても長く感じた。身体中に、敵意と悪意の視線を浴びた。

 責められているような気がして、セドリックの表情をまともに見れなかった。

 その時のダンブルドアのブルーの瞳は、困惑と、そしてどこか恐怖に染まっているようだったが、その事に誰も気付いてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 シェリーとベガは選手控室の入り口で、居心地悪そうに立っていた。

 それもそうだ。

 部屋の中央では、ボーバトンの三人がシェリー達が不正を働いたと非難しており、マホウトコロの三人がそれに反論している真っ最中なのだから。

 マホウトコロの代表選手、サツマ・ハヤトとフウマ・コージローは頭に血が上りやすいタイプなのか、血管をびきびき言わせながら怒鳴っている。自分達のために怒ってくれているのは嬉しいが、少しヒートアップし過ぎな気もする。ミカグラ・タマモは彼達を宥めつつ、論理的な見解から擁護してくれていた。

 それに対するは、シェリー達と話した事もないフロランタン姉妹とフラー・デラクールだ。ローズベリー・フロランタンとブルーベリー・フロランタンは非難轟々で、シェリー達が代表なのが許せないといった様子だった。フラーは彼女達ほどヒートアップはしていないものの、時折口を開いてはハヤトとコージローの怒りに油を注いでいる。

 この口論を止めたいところだが、シェリーもベガも、ましてやセドリックも。不正の疑いのある彼達が何か言えば面倒な事になるのは目に見えていたので、何も言えずにいるのだった。

 

「どういうこと!?まだ十四歳の生徒が二人も代表選手に選ばれるなんて!」

「私達ごとき、四年生で充分だと判断したというわけなの!?侮辱だわ!」

「この子達は違います、そういう事を考えなしにするような人間じゃない!これはきっと何かの手違いで──」

「おっおー、なら証拠はありまーすか?その二人が無実だという証拠は」

「それは……」

「まーぁ、仮にあったとして。ズルをして参加しようとする程度のひーとに、私達が負けるとは思えませーんが」

「はぁん!?女ァ!貴様言わせておけば!誰がお前達なんかに負けるか!」

「いやコージローには言ってないと思う」

 

 挑発するかのような言いぶりに、ハヤトとコージローが顔を赤くした。……怒ってくれるのはありがたいが、必死すぎて逆に立場を危ぶめてる気がする。

 

 他の選手はといえば。

 

 クラムは腕を組んで事の成り行きを見守っていて、ネロはマイペースに砕けた姿勢で椅子に腰掛けている。リラはなんか蹲ってお菓子食べてる。ダームストラング側からの助けは期待できそうにない。

 バーニィはギターのチューニング中、サモエドとマスティフも楽器を弄っている。しかし時折シェリー達に向ける視線は厳しく、こちらも援護はまた期待できそうになかった。

 

「大方、上級生を拐かして自分の紙を入れてもらったんでしょ、穢らわしい。そこのレストレンジ君は結構なプレイボーイだと聞いてるしね」

「二ヶ月一緒にいればそいつの人となりも見えてくる!この二人はそういう事をする人間ではない!勿論そこのセドリックが何かしたわけでもない!そうだよな!?」

「うん、僕も保証する。これは何かの間違いだよ」

「セドリック……」

「ちょっち、いいすか」

 

 静観を決め込んでいたバーニィは、ふと手を上げて言った。皆の視線が彼女に集まるが、慣れているのか、意にも介していないようだった。

 

「シェリーっちとベガっちには悪いけど、君達が代表選手になるのはあーし達的には反対ッスねー。対抗試合と銘打ってはいるけれど、これは親善のための催しッスよ?ズルして選手になった疑いのある人達が試合に出たところで、ブーイングの嵐が出るだけッス。親睦も何もないッスよ」

「………それは、まあ……」

「つーか、対抗試合自体が七百年ぶりの祭典なんショ?そんな歴史ある行事に参加するってのは、それだけ大きな意味を持つじゃないッスか。互いのためにももっと相応しい人を選ぶべきッスよ。

 対抗試合に出るってのはそんな簡単な事じゃねえんスから」

 

 その言葉には重みがあった。

 アーティストとして活動してきたからか、彼女達には彼女達なりの責任感があるらしい。責任ゆえの、正論だ。

 

「んな話はしとらんわ!そもそもこいつ達は入れとらんのじゃから参加も何もないじゃろうが!話聞いてたんかボケ叩っ斬るぞきさん!あ!?」

「えっ」

「やめなさいハヤト!」

 

 と思ったら暴言のラッシュで切り返されていた。哀れな。

 ダンブルドアがやって来た。それに続く形で各校の校長達が入り、最後に対抗試合の関係者であるクラウチとバグマンが部屋の中へも雪崩れ込む。

 ダンブルドアはシェリーとベガの肩を掴んで、半ば威圧するように問い質す。

 

「炎のゴブレットに名前を入れたか!」

「い、いいえ」「入れてねえ」

「上級生の誰かに頼んだかね!」

「頼んでません」「してねえ」

「信じられませーん。だんぶりーどーるはこの二人を明らかに贔屓していまーす!そう、あの時引いた年齢線が間違っていた、そうに違いありませーん」

「オリンペ、そりゃなかろうて。こいつの年齢線は確かに正確だった、それはお前さんもそのドデカい眼で見たろう?」

 

 怒りに膨れるマダム・マクシームを鎮めたのは、イルヴァーモーニーの校長、セイラム・ウィリアムズだ。疑惑の目で見てはいるが、表立って責める事もない。あくまで彼は事態の解決を考えているようだ。

 

「ですが……」

「クラウチ、そして我が友バグマン。あんた達はこの対抗試合の審査員だ。二人の公正な意見を聞きてェな」

 このままでは水掛け論になるだけだと、ダンテは意見の取りまとめを促した。

 

「あぁ、それなんだが。ゴブレットに名前を入れた者は例外なく最後まで戦い抜かなければならない。一つの例外もなく、だ」

「シェリー・ポッターとベガ・レストレンジの名前が出てきた以上、この子達は魔法による拘束で試練をやり抜く義務が生じるんだ。途中棄権は認められない。本人の意思にかかわらずな」

 

 すなわち、二人が競技に参加するのは決定事項であり避けられない事なのだとクラウチは説明する。

 古代の魔法具『炎のゴブレット』は、契約を破った者に多大なるリスクを負わせる恐ろしい側面がある。怪我しようが欠損しようが息の根が止まるその瞬間まで契約が切れることはない。

 先には戦いか、死しかないのだ。

 

「都合の良いことに、そうなっとるな」

「!ムーディ!?」

 

 いつの間にか現れたムーディに、入り口近くにいたバグマンは殆ど腰を抜かした。あんな顔が近くにいたらそりゃびびる。

 

「そう、ポッターとレストレンジの小僧を殺したい輩にとって、非常に都合の良い展開になっておるのだ!」

「なんだと?この対抗試合に、闇の輩が絡んでいるというのか!?」

「わしからしてみれば何故それを真っ先に疑わないのかの方が疑問だがな!今回の対抗試合は安全装置をいくつもかけた、しかし奴達の執念と悪意は常にその上をいく、え?そうだろうが。そうだったろうが、クラウチ!」

「…………」

 

ムーディの熱を帯びた弁舌に、その場の誰もが押し黙る。

 世界五ヵ国の魔法学校を巻き込んだ対抗試合。そこに闇が絡んでいる、となれば、それはとても悪辣な発想に違いないのだ。

 シェリー・ポッターは、闇が蔓延る暗黒時代を変えた女の子。いわばこの時代の象徴なのだ。

 故にこそ、闇世界で生きる者達にとって最も排除したい存在でもある。ヴォルデモートに忠誠を誓っていた者や、闇にどっぷりの人間は殆どが彼女に深い怨みつらみを持っている筈だ。それくらいに特別。

 

「高度な『錯乱の呪文』を使い、ゴブレットを騙したのだろう。アルバス、今年も闇祓いを呼んでるようだがきっと人手が必要になる、アレン隊を呼んでおけ!ゴブレットはチャリタリに調べさせよう」

「あいわかった」

「しかし、『選ばれた女の子』のシェリーは分かるが……ベガまで?彼は、確かに奴達からしたら疎ましい存在かもしれんが、そこまで重要視するほどか?」

「あのデネブ・レストレンジの子供だぞ」

「!?あのデネブの!?」

「子供なーんていたんでーすか!?」

「嘘だろ、オイッ!あんな奴の子供とは思えないくらいまともだ!」

(親父はどういう認識なんだ……)

 

 何やらそれぞれデネブに並々ならぬ感情を抱いているようだったが、ひとまず、シェリーとベガが闇の勢力に狙われているのだとは認識してもらえた。

 

「ううん、疑問が残りますなぁ。そもそも炎のゴブレットに紙を入れられるのは一七歳以上の生徒だけですやろ?けれど二人もそれ以下の子の名前がゴブレットから出るのはおかしない?」

「おそらくだが、ゴブレットの設定を弄ったのだろうよ。ホグワーツの代表選手枠を一人に設定し、もう一つ、シェリーとベガしか生徒がいない架空の学校を創った。すると自動的に、ホグワーツから一人、架空の学校からシェリーとベガが選ばれるって寸法だ」

「成程ねェ。ダンテはんは色んな事を知っとりますなぁ。紙を入れた張本人みたいな言い方やぁ」

「含みがある言い方だが、褒め言葉として受け取っておこう」

 

 マホウトコロの校長、オダ・ナギノはピリピリした空間で異常な程のほほんとした口調で己の疑問を口にする。彼女は……どういう考えなのかよく分からない。ダンテもまた何かを思案しているようだったが、感情は読めなかった。

 

「……成程ね。俺が出場させられた理由が分からなかったが、附に落ちた。

 セドリック、ごめんな。俺達が出場する羽目になっちまって、一番とばっちりを喰らってるのはお前だ」

「いや、そんな……仕方ないさ」

「そう言ってもらえるとありがてえ、が、シェリー!お前はセドリックの脚を引っ張るつもりはないだろ?」

「え?も、もちろん」

「俺もそのつもりだ。……他の連中にとっちゃ、四年生の俺達がいるホグワーツは楽勝だなんて思ってるかもしれねえが!」

 

 言うと、ベガは椅子に飛び乗った。

 

「な、なにを──」

「この中に俺達を嵌めた奴がいるんなら、聞いとけ!俺はお前の思い通りになる気はさらさらねえぞ!受けて立ってやる!

 試練だろうが何だろうが、俺にできねえ事なんざねえんだよ!!」

「……、何だと?」

「お前の思惑に敢えて乗ってやる!ここにいる奴達を全員倒して、俺達はこの対抗試合で優勝してやるよ!

 ──そして俺は、この試合で!ひとまず世界最強の学生になってやる!!」

 

 挑発行為。

 収まった筈の場が再び荒れた。

 『お前達を全員倒すぞ』という物言いが彼達の譲れないプライドに障ったのか、彼達は早口で捲し立てた。

 だがそれでも、ベガは怯まない。

 瞳の炎が燃え上がる。

 彼は挑戦者として、最強の名を追い求めている。『皆んなで強くなる』ために。皆と強くなるための手段として、彼は最強を目指す。

 

「悪ィ、二人とも。せっかくの対抗試合だってのに、急にこんな事に巻き込まれてほんと散々だと思う。けど、どうか俺の我儘に付き合ってくれ。

 ──俺、この試合で優勝してえ」

 

 いつも巻き込まれるだけだった彼はここで自ら苦難の道に身を投じた。

 ──意図せずして苦難に巻き込まれるか、苦難と知っていながら立ち向かうかは全く違う事なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【代表選手紹介】

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

ホグワーツ魔法・魔術学校

 

◯シェリー・ポッター(Sherry Lily Potter)

主人公。射撃魔法と守護霊の呪文が特に得意で、早撃ちで先んじて攻撃するのがメイン戦法。

 

◯ベガ・レストレンジ(Vega Deneb Lestrange)

天才。火炎魔法全般と守護霊の呪文が得意で、相手の動きを読み反撃するカウンター戦法をとっている。

 

◯セドリック・ディゴリー(Cedric Diggory)

ハンサム顔の優等生。ハッフルパフの監督生でクィディッチではシーカーを務め、おまけに優しい性格の好青年。シャイ。

 

◯アルバス・ダンブルドア(Albus Percival Wulfric Brian Dumbledore)

ホグワーツ校長。

飄々としたジジイ。世界最強の魔法使いでかなりの策略家。自分すら駒の一部。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

ダームストラング

 

◯ネロ・ダームストラング(Nero Darmstrang

ダンテの息子。目に隈がある。

プレイボーイで女好きだが、その内に秘めた実力は本物。

 

◯リラ・ダームストラング(Lira Darmstrang

ダンテの娘。目に隈がある。

内気でおどおどとした性格で、常にネロの背後に隠れている。意外とよく食べる。

 

◯ビクトール・クラム(Viktor Klum)

今世紀最高のシーカーと評される、プロのクィディッチ選手。プレッシャーには動じない性格だったが、最近はネロとリラに頭を悩まされる事が多くなった。

 

◯ダンテ・ダームストラング(Dante Darmstrang)

ダームストラング校長。

ダンテ本人。目に隈がある。

創始者の血を引いており、その手腕で北方魔法界をのし上がった人物。その豪快なやり口で黒髭の異名がつけられた。純血。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

マホウトコロ

 

◯サツマ・ハヤト(Satsuma Hayato)

ボサボサ頭の戦闘馬鹿。義理堅く情に厚いが、言動が物騒。

 

◯フウマ・コージロー(Fuma kojiro)

サラサラ髪の戦闘馬鹿その2。実家が裕福なお坊ちゃんらしい。風魔小太郎の子孫。

 

◯ミカグラ・タマモ(Mikagura Tamamo)

優等生で委員長タイプ。ハヤトとコージローとは幼馴染で、彼達にいつも手を焼かされている。ちょっと男子ー!

 

◯オダ・ナギノ(Oda Nagino)

マホウトコロ校長。

おっとりした性格で、常に微笑を浮かべているが……。織田信長の子孫。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

ボーバトン

 

◯フラー・デラクール(Fleur Delacour)

彼女の周りでは殆どの人間が添え物に過ぎないと言われる程の絶世の美女。ヴィーラの血を引いている。フロランタン姉妹は彼女の数少ない大切な友人。

 

◯ローズベリー・フロランタン(Roseberry Florentin)

姉の方。劣悪な家庭環境で育ったため双子の妹と尊敬するフラーを何より大切にしている。

 

◯ブルーベリー・フロランタン(blueberry Florentin)

妹の方。姉妹間の仲は極めて良好で、ローズ、ブルーの愛称で呼び合う仲。知らない人間には少し攻撃的な一面も。

 

◯オリンペ・マクシーム(Olympic maxim)

ボーバトン校長。

恐ろしく身長の高い女性。

魔法生物飼育学の権威で、生徒想い。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

イルヴァーモーニー

 

◯バーニィ・レオンベルガー(Berny Leonberger)

派手なメイクの女性。音楽ユニット『ザ・サーベラス』のリーダーで、ボーカルとギターを担当している。

 

◯サモエド・バーナード(Samoyed Bernard)

奇抜な髪のひょろ長い男。

ベースとコーラス担当。

 

◯マスティフ・ファンドランド(Mastiff Fundland)

個性的なメイクの男性。

ドラム担当。

 

◯セイラム・ウィリアムズ(Salem Williams)

イルヴァーモーニー校長。

小太りの黒人男性。かつては杖ではなく言葉で人をねじ伏せる弁論家だった。

 

 

 




更新遅れたの九割挿絵のせい。

最近ペンとスマホの持ちすぎとパソコンの使いすぎで腕が痛くなってる。これが……腱鞘炎か……!へへ、ざまあねえぜ……!
と思ってたら筋肉に詳しい友人から全然大丈夫との評価を受けました。やったぜ!


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3.MAD EYE

 

「どうやって年齢線を越えたの!?」

「いや越えたわけじゃ……」

「写真撮らせて!」

「ええとコリン、それはまた今度……」

「オーイ、赤髪姫と悪魔はお疲れなんだ!散れ!散れ!」

「コリン!写真撮影は今度だ!さっさと弟連れてって寝ろっ!」

 

 気を遣ってくれたフレッドとジョージがシェリー達に集まってきた獅子寮の面々を散らしてくれた。

 ソファに沈むと、ドッと疲れが押し寄せてくる。深い溜息が溢れた。

 苦笑いしたハーマイオニーがホットミルクを出してくれる。今年こそは平和に過ごせると思っていたところにこれだ。流石に苦笑ものだろう。

 

「そっか。じゃあムーディーの見立てじゃ闇の勢力が絡んでるみたいなんだね」

「いやあ僕達は君が年齢線を越える方法を見つけたのかと思ったよ、ベガ」

「そうそう。シェリーを唆して、面倒事に巻き込んでるのかと」

「お前達……」

 

 どうやらシェリー達をよく知るロン達からはベガが目立ちたいがためにシェリーを利用したという見解に至ったらしい。

 流石に本気では思っていなかったようだが、ちょっとベガは傷ついた。

 

「ダンブルドアの引いた線を破るのは流石に今は無理だって……」

「それじゃあベガが犯人じゃないのね?」

「み、皆んな?ベガはそんな事する人じゃないよ……?」

「安心しなよシェリー、からかってるだけだから」

「いやぁベガね、この間のホグワーツ特急で狼のお菓子を見て身震いする程度には面倒事に懲りてるからさ」

「やめろや!」

 

 去年のグレイバックは彼にとっても思い出したくない出来事だったらしい。

 しかしからかってるにしてもベガに対する評価が散々である。シェリーは少し居た堪れなくなって、

「皆んなは私がズルして立候補したと思わなかったの?」

 と言うと、

「いやだってシェリーだろ?」

「シェリーだもんね……」

「シェリーはそういう事しないでしょ」

「ベガはともかく」

「おい」

 ……逆にトドメを刺してしまった。

 

 フレッドやジョージもシェリー達の無罪を信じているらしい。年齢線を越えようとしていた彼達はあの魔法の堅牢さを身を持って知っているというのもあるだろう。

 シェリーが得意なのが攻撃系魔法に寄ってるというのもあるが、彼達は結界や妨害といった魔法に関しては数段上だ。その二人が突破できなかった年齢線を、彼女が越えれるわけがない。ベガはともかく。

 

 さて、シェリー達を取り巻く環境は大きく変わった。

 グリフィンドールは基本的に気の良い奴達なので二人も代表が出ることに単純に盛り上がっていたが、問題は他の寮だ。

 獅子寮を目の敵にしているスリザリンは元より、友好的な関係だったハッフルパフの敵意の視線がキツかった。セドリックの脚を引っ張るなよと視線で訴えていた。何だったら視線で殺しにきていた。

 レイブンクローは性格上、シェリー達を表立って非難する事こそなかったが、内心では快く思ってないか無関心なのかのどっちかだ。

 他の学校からは物凄く舐められてる。

 とはいえ理解者がいてくれるのはとても有り難い。少し居心地の悪いものを感じつつも、シェリーは前ほどの孤独は味わっていなかった。

 

「ちょっと」

「?えーと、あなたは……」

「パンジー・パーキンソンよ!この私の名前を覚えていないなんて、卑怯者ポッティは記憶力も悪いのかしら!」

「ああ、ドラコのお友達だよね。ごめんね、あんまり絡みがなかったものだから。それと私の名前はポッターだよ」

「うるさいわね!あんたの名前なんてどうだっていいのよ!」

 

 パグ犬のような顔のスリザリンの少女はつっけんどんな態度だった。敵意剥き出しで今にも噛み付いてきそうな勢いだ。

 ロンはシェリーを守るように立ち、ハーマイオニーは手を握った。

 

「これを見なさいポッティ!夜なべして作ったこのバッジを!」

 

 パンジーが取り出したバッジには、ハンサム顔のセドリックの顔写真。そして『セドリック・ディゴリーを応援しよう』と書かれてある。

 ……まあまあ良く出来てある。

 ほへー、と感心するシェリーにパンジーは気をよくすると、バッジを押す。するとバッジが汚い色に染まり、醜く歪められたシェリーの顔が映し出される。その上には『汚いぞ、ポッター!』という文字が。

 ……とても良く出来てある!

 

「うわ……」

「悪趣味……」

「わぁ、とてもよくできてるね!」

「……何よ馬鹿にしてんの!?」

「え?いや、そういうわけじゃ……」

「シェリー!先生が呼んでるわよー!」

「あ、ごめんね。私もう行くね」

「っ!待ちなさい、この……!」

 

 シェリーとしては普通に褒めたつもりだったのだが、パンジーは適当にあしらわれたと思ったらしい。背後を向いたシェリーに杖を向けて、

 「デンソージオ!歯呪い!」

 と魔法を唱えた。

 腹いせにしてはやりすぎだ。

 警戒していたロンは大きな背中でシェリーとハーマイオニーを庇うように立ち塞がった。目を瞑ってやってくるであろう衝撃に備える。

 

「きぇえええええーーーーい!!!」

 

 一閃。

 彼は、どこからともなく現れた。

 風よりも早く、人智を越えた速さで。

 走ってきたというより最早、人間の形をした砲弾が突っ込んできたようだった。

 ボサボサ頭のニホンの少年が鶏のような甲高い声を上げて踏み込むと、腕が千切れんばかりの速度で横に薙いだ。

 居合切り。

 杖の先に収束した魔力は刀状に変化し、パンジーの不意打ち気味の魔法に衝突。景気の良い破裂音がし響くと、もうその魔法は消滅した後で、ハヤトは杖を仕舞った後だった。

 ──嵐が通り過ぎた。

 

「ふしゅー。…おお、やるのおロン。咄嗟にシェリーとハーマイオニーを庇ったか。それでこそ英国男児、それでこそじぇんとるまんじゃあ」

「ど、どうも」

「な、なによあんた!?」

「何じゃい。ホグワーツの連中は気の良い奴達ばかりじゃと思っとったが、そういうわけでもないんかのう」

「あんた今何をしたの!?私の魔法を……た、叩き落としたってワケ……!?」

「違うな。叩っ斬ったんじゃ」

 

 ハヤトは事もなげに言った。

 だが、彼のやった事は簡単なようでいてとてつもなく難しい。

 違う魔力どうしがぶつかれば、ふつう、魔力の小さい方が消滅する。魔力を限界まで収束させた刃であれば、叩き斬って消滅させる事くらい余裕だろう。

 現にシェリーも決闘クラブでベガに似たような事をされている。

 だが──驚くべきはそこではない。

 ハヤトはあの一瞬で、跡形もなく消滅させるほどに濃密な魔力を練り上げたのだ。あんな一秒にも満たぬ時間では、逸らすか弾くかが精一杯だろうに。

 ハヤトの神業に、シェリーはゴクリと唾を呑み込んだ。

 

「そんな、嘘よ!トリックがあるはずよ!いったい何をしたの!?」

「お前もな、パーキンソン。いったい何をしとるんだ」

「ヒィッ!?マ、マッド・アイ!?」

「後ろから襲うとは卑怯な!闇に堕ちる危険があるな!貴様!!ここでわしがその性根を叩き直してやる!!くたばれ!!!」

「ぎゃあああああ──っ!?」

 

 イタチに変えられたパンジーは床にびったんびったん叩きつけられていた。合掌。

 流石に可哀想になってきたシェリー達が止めてもムーディーはその手を止めず、騒ぎを聞きつけたマクゴナガル達がパンジーを解放するまでずっとそのままだった。

 パンジーはその辺を通りがかったドラコに泣いて縋りついてた。トラウマになったのでは……?

 

「何もあそこまでやらなくても……」

「?戦に卑怯もクソもなか。じゃっどん、敵の戦意は折っとかんといかんじゃろ」

「うむ。そこは小僧の言う通りだな」

(発想が怖いよこの二人!)

「ポッター、こっちに来い。お前を呼んどったのはわしだ。ウィーズリーとグレンジャーは先に行っておれ。わしはポッターに用事があるのだ……」

 

 やけに神妙な顔をしたムーディーは、五割増しで恐ろしくなっている気がする。シェリーを連れて歩く姿は犯罪者がいたいけな少女を拷問部屋に連れている図にしか見えなかった。

 さて、ムーディーの部屋をひとことで表すなら──殺人現場だった。

 長年の殺し合いで物事に異常に過敏になったムーディーはすぐ物を壊すらしく、部屋一面が『レパロ』でも直せないほど魔法の傷だらけになっている。

 それを隠すように鳴り止まない隠れん防止器が置かれ、秘密発見機や敵鏡など、ムーディーらしいマジックアイテムがずらり並べられてある。去年ルーピンが使っていた時は清潔な印象があったのだが(彼は物を持ちたがらない性格だ)、住人が違うとここまで荒れるものか。

 ムーディーはシェリーにお茶を出そうとして、やめた。毒の可能性があるものは極力飲まないようにしているらしい。

 

「わしは、優勝するのはダームストラングとマホウトコロのどちらかだと思っとる」

 

 携帯酒瓶を煽りながらムーディーはそう切り出した。

 

「そうだろうが?ダームストラングは闇の魔術に深く突っ込んだ授業をやっとる。わし達の知らぬ未知なる魔法を奴達はいくつも持っとるのだからな」

 

 初代ダームストラング校長は著名な闇の魔法使いとして有名だ。そのせいか、北方は闇の魔法について深く研究されている。

 ネロはダームストラング校で最も優秀な魔法使いで、シェリーの歳には学校を掌握し、上級生や教師すら彼の言うことには逆らえなくなったという。

 リラは、ムーディーの眼でも解析しきれぬ未知の力をその身体に宿している。

 クラムは言わずもがな。クィディッチ選手の恵まれた肉体と、研ぎ澄まされた勘は必ずシェリーに牙を剥く。

 

「マホウトコロはその発足の経緯から、戦闘に特化した魔法を多く教えとる。さっきのサツマの小僧を見たか?ニホンにはああいうとんでもない手合がゴロゴロいる」

 

 ニホンは、異常ともいえる戦狂いの連中が一つの島国に集められたような国だ。

 例えばハヤトにあの身体能力で向かってこられたら、シェリーに勝ち目はない。

 そのハヤトと互角に渡り合うコージローの技と速さも伊達ではないし、タマモは二人に追随する何かを持っている筈だ。

 

「ボーバトンやイルヴァーモーニーも油断ならんぞ。デラクールとフロランタン姉妹はあれでフランスの闇祓いからスカウトも来とるらしい。サーベラスもおちゃらけてはいるがとんでもない努力家だ」

 

 それらの国は特段、戦闘の魔法に特化しているわけではない。

 特化いるわけではないが、だからこそ彼達の使う呪文の幅は広い。シェリーの知らぬ魔法を持っている可能性が高い。

 ムーディーは他の代表選手の事を甘く見ていたりしていない。歴戦の闇祓いとしての観察眼は、今年の代表選手達がいずれも傑物揃いだと知っている。

 

「ディゴリーはお前では及びもせん程の研鑽を積み重ねてきた。レストレンジの小僧の凄さはもはや説明するまでもないな?奴なら年上の魔法使い相手でも十分に通用するだろう」

「うん……二人とも凄い魔法使いだよ」

「だからあとはお前次第なのだ」

「………」

「お前があの二人の脚を引っ張るかどうかが勝負の分かれ目だ。お前が力を最大限発揮する必要がある。それでも優勝は厳しいだろうがな」

 

 ムーディーは言外に言っている。このままでは優勝どころか、恥を晒すだけだと。

 人の心までも見透かすような蒼い瞳に、シェリーの本音は溢れ落ちた。

 

「……私、自信ないや……。こんな事じゃいけないのに、駄目だよね……。でも…」

「ム……。いや、お前はその異名に恥じぬ戦いを繰り広げてきた筈で……」

「そんなもの偶然勝てたに過ぎないよ。全部皆んなの力があったから、運が良かったから何とかなった。でも今回も上手くいくとは限らない。……怖いなあ………」

 

 シェリーは自己評価が低すぎる。

 普通の学生ならば少なからず天狗になるような経験を積んでいるのに、過信までいかなくとも自信はつきそうなのに。それら全てを否定する。

 そして彼女が怖がっているのは、二人の脚を引っ張ってしまわないかという点に尽きる。

 時には友の為に死ねる程の強靭な精神になるが、時には友を思うあまり臆病になる難しいこころの持ち主なのだ。

 ムーディーの眼が、睨むような眼光からどこか思案するような色に変わった。

 

「……、………。大丈夫だ」

「え?」

「お前ならきっと上手くやれる。今までどうして上手くいったのかを分析しろ。チームなのだからできない事は任せればいい。ああ、そう、きっと大丈夫だ」

「………ふふっ。ありがとう、ムーディー先生。優しいね」

 

 ベルが鳴る。もうじきシェリーは次の授業の時間だ。彼女は短く礼をすると、荷物を持って去っていった。

 ムーディーは椅子に深く沈み込む。

 歴戦のイカレた闇祓いの凶悪な顔は、悩める少年のように幼くみえた。

 

 

 

 

 

「ありがとう……優しいね…………か……そう言われたのなんざ何年ぶりだ……?」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「あーらあらあら!可愛いざんしょ可愛いざんしょ!各校の代表選手が勢揃い!素敵ざんすねー!」

 

 宝石がゴテゴテとつけられた眼鏡、成金趣味のローブ、機能性よりブランドで選んだであろうバッグを身につけた魔女は、リータ・スキーター。

 ジャーナリストとして最も最低な部類に属する彼女は、あることないこと記事に書いて平然と世に出す、極めて下劣な記者であった。

 しかしその調査力は本物で、今回、代表選手のインタビューができる権利をもぎ取った女でもある。……実際はバグマンを脅して取材にかこつけたのだが。

 

「イヒヒヒヒ、取材が楽しみざんす。えーと、代表選手達がいる教室は……」

「ちょーっといいかい、スキーターさん」

 

 振り向くと、軽薄な笑みを浮かべる高身長の少年。吸い込まれそうな黒髪に見覚えがある。確か……ダームストラングの代表選手のネロ・ダームストラング?

 ダンテに取材をしに行った時、こんな顔の少年がいたような気がする。

 

「何の用ざんす?代表選手は別の部屋で待ってると聞いてるざんすよ」

「あァ、でも取材の前に少しだけ話をさせて欲しいんだよネ」

「後にして欲しいざんすねー」

「あんたを俺が見た中で一番の記者だと見込んで話をするけど、俺の見つけた特ダネを見て欲しいんだヨ」

「タレコミざんすか?へえ……話くらいなら聞いてもいいざんしょ」

 

 記者としての嗅覚が、それなりに大きなネタであろう事を嗅ぎつけていた。

 念のために形だけの羽ペンを出して、倉庫の中に連れ込み鍵を閉める。さてどういうネタかと渡された紙を見て、彼女はここに来た事を心底後悔した。

 

「どこでこれを………!!」

 

 スキーターは渡された羊皮紙をぐしゃりと握り潰した。

 蚊の動物もどきである事が知られた。

  それだけならまだいい。ネロは、スキーターの後ろ盾となっていた闇組織や、預言者新聞や雑誌の編集長を掌握していた。

 ネロはスキーターを社会的に抹殺できると暗に告げているのだ。

 情報とは武器だ。スキーターは情報を使って人の弱みにつけ込んできたし、自分の身を守ってきた。

 だが。

 ネロは、スキーター以上の有用な情報をいくつも持っていた。

 これが世に出回ったとしたら……。

 

「あんたは終わりだ。今までの地位も立場も財産も全て消え、追われる身になる。表の人間からも裏の人間からもな」

「………!!何が望みざんすか」

 ジャーナリストとしての意地か、スキーターは睨み付けるように言った。

 

「へえ、流石だネ。今の一瞬で即座に気持ちを切り替えるとは。さすが、なまじ第一線で活躍する記者なだけのことはある」

「何が望みかと聞いてるざんす!!」

 激昂するスキーターを、ネロはくつくつと面白そうに嘲り笑った。

 

「おお、怖い怖い。

 ──あんたの情報収拾力を俺のために使って欲しいんだよね」

「………!?あんたの手駒になれって事ざんすか!?」

「そうだネ。俺の駒として従順に働いて、俺の欲しい情報を身を粉にしてでも集めて欲しい。あんたの情報収集力を全て俺の為に使え。

 ────できるよな?」

「………、………。分かったざんす」

 

 スキーターはよたよたと歩いた。

 彼女は、プライドの高い魔女だ、情報で上を行かれた事に内心腑が煮えくり返っているし、脅す側の自分が脅されているのも腹が立つ。

 だが今は耐えねばなるまい。

 いずれネロの寝首をかいてやる。時間さえあればこんな小僧など簡単に社会的に殺せるのだ。今までだってそうしてきた!

 いずれこいつの人生を台無しにして──

 

「……………!?な、何ざます!?」

 

 部屋から出ようと扉に手をかけた時に気付いた。スキーターの手首に、黒い紋様が浮かび上がっている!

 だんだんと濃くなるこれは……蛇だ!蛇の形の紋様が、まらで刺青のように腕に現れていく!

 

「ああ、言い忘れた。

 あんたの体内に魔法の蛇を入れさせてもらったゼ。そいつは悪意に敏感でな、あんたが俺に反抗しようとするとそれを察知して身体の内側から喰い殺す」

「………!?」

「その模様が完全に黒くれば食事の合図だ。せいぜい喰われないよう気をつけナ」

「──、嘘おっしゃい!こんな短時間にそんな事できる訳が──ぎゃあああ!?」

 

 手首から猛烈な痛みがこみ上げてくる。

 見ると、手首から牙が生えていた。

 いや、違う。身体の内側から蛇が少しずつ肉を喰い皮膚を破っている!

 手の中に何かがいる。何かが──おそらくは蛇が──もぞもぞと蠢いている!

 動く度に立っていられないほどの激痛が走り、魔法の蛇は肉を喰うごとに段々と大きくなっていくのを感じた。

 

「あああああ!?痛い、痛い痛いッ!やめ、やめてッ!ぎぃああああああ!?痛い痛い痛いいいいいいい!!!!」

 

 眼鏡がずり落ち、地面に転がり、無様に涙と鼻水を撒き散らし、一回り以上歳の離れた少年に助けを乞う。

 スキーターからしてみればこれ以上ない屈辱だったが、それよりも彼女の助かりたいという生存本能が、そうした選択を選ばされていた。

 ネロは無様な姿をくだらなそうな目で見下ろすと、指を鳴らす。

 ──痛みがピタリと止まった。

 

「──分かったか?」

「ヒィ、アッ………」

「従え」

 

 ドスの効いた声に威圧され、ただなすがままに首を下ろした。……下ろさせられたと言うべきか。

 腹の中に冷たいものが落ちた気がした。

 久しく感じていなかった恐怖。

 肉体的に、ではなく、精神的にガリガリと磨耗していく感覚。

 何故だ。

 何故こんな人の道を外れた事ができる。

 残酷すぎる。凄惨すぎる!どうしてただの学生が、こんな──こんな、闇組織のようなやり口で脅してこれる!?

 薄っぺらな笑みを浮かべて出て行くネロの後ろ姿を、スキーターはただ黙って見送る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「シャワー浴びて、髭も整えて!髪もセットしてバッチリね!」

「完璧だよハグリッド!」

「そ、そうか?」

「はえー、ヒッポグリフの子にも衣装だ」

 

 シェリー達はハグリッドをお粧しさせていた。

 というのも、マダム・マクシームを連れてこれから夜の散歩に行くらしい。つまるところ、デートだ。彼はマクシームを一目見た時からゾッコンだったのだ。

 しかしハグリッドはいつも魔法生物の世話で汚れている髭もじゃの大男。女性をエスコートするのだからそれなりの格好はしていかなければなるまい。

 というわけで、シェリーとハーマイオニーは自分達の持ち得る全てのおしゃれ知識をフル動員してハグリッドを大改造していたというわけだ。

 

「本当はこういうのはラベンダーに頼むのが一番いいんだけどね」

「そうね……『癖毛矯正クリーム』をもっと借りればよかったかしら」

「いんや、いんや。充分だ。お前さんらのお陰で俺は見違えるように変われた。ありがとう」

「いやあまさかハグリッドがデートとはねえ。お熱いねえ」

 

 ロンの冷やかしに、巨体をもじもじさせるハグリッドはちょっと可愛かった。

 さて、ハグリッドはメイクアップの為だけにシェリー達を呼んだわけではない。何やら見せたいものがあるという。

 

「対抗試合のことでな。特にお前さんは知っておく必要があると思って呼んだんだ」

「?それならベガとセドリックも呼んだ方が良いんじゃ……」

「うんにゃ、代表選手の三人が集まれば目立っちまう。それだとすこーし厄介な事になるでな。お前さんが見たものを直接伝えてくれればええ」

「僕達はどうしようか?」

「ウーン、マントを被ればいけるか」

 

 四年生ともなると、マントは三人で使うにはやや不便な大きさになっていた。シェリーがもし男子だったらもっと使いにくくなっていたかもしれない。

 問題はロンだ。同学年の中でもかなり身長が高い部類の彼は、シェリー達と行動するとどうしても足並みが揃わなくなる。

 自ずとノッポのロンに密着する形になるわけで、彼は少しドギマギしていた。

 

「………近くない?」

「仕方ないでしょ……」

「……あ、来た」

 

「ボングスーワー、アーグリッド。なーにを見せてくれるんでーす?」

「ついて来りゃ分かる!きっとあんたも気にいる筈だ!」

 

 ドデカい二人が腕を組んでズンズンと歩くと、シェリー達は追うだけで一苦労だ。

 道中何度か誰かの脚を踏んだり踏まれたりしたが、そこに突っ込む余裕はない。

 二メートルは優に超えるほどの巨体、ハーマイオニーは何か魔法生物の血が混じっているのではないかと疑っているほどだ。

 フリットウィックが良い例だ。彼は親戚にレプラコーンがいるため、その血の影響であれ程小柄なのだ。

 他にもマホウトコロの女校長、オダ・ナギノもフリットウィックと同程度の身長であるし、何らかの血が流れている可能性は大いにある。

 特にニホンは人に化ける魔法生物が多いので、結婚相手が人に化けた妖怪でした、という冗談みたいな話も多く、異種族同士の結婚や半妖も多く存在するのだ。

 とあるガマガエル女のせいで人狼や魔法生物とのハーフが差別される傾向のあるイギリスでは到底考えられない事だ。

 

「イテッ!何だよハグリッドのやつ、こんな森の奥まで連れてきて何を見せようってんだ?……アイタッ!」

「ちょっとロン静かに……あっ」

「………ドラゴン?」

 

 開けた場所に出ると、デカい図体の翼が生えたトカゲが、がしゃがしゃと檻に身体を打ち付けていた。

 ありゃドラゴンだ。

 鎖に繋がれてブレスを吐いてる姿はまさしくドラゴンだ。……大きい。まさか、あれが第一の試練だと言うんじゃなかろうか。あれと戦えと言うことか。

 

「ドラゴン……って……嘘でしょ」

「ハ、ハハ。まあでも吸血鬼やバジリスクや人狼と渡り合ったシェリーなら……」

「……待って?あれ、ドラゴンの中でも凶悪な種族じゃないかしら……?」

「えっ」

 

 言われてみれば、そうである。

 種にもよるが、ドラゴンとは魔法生物の中でも上位に位置する危険度を持つ生物である。

 血を啜る事に際限なく力が増し、蝙蝠への変身や眷属を使役できる不死の吸血鬼。

 直死の魔眼を持ち、魂すら喰い殺す毒牙を持つバジリスク。

 しなやかな筋肉を持ち、魔法生物で最も優れた肉体を持つとされる狼人間。

 それら化物に比肩し得る危険性を持つのがドラゴンなのだ。その中でも選りすぐりの凶悪な個体が選ばれているとしたら…。

 ……安全って何だったんだ。

 

「ハグリッド!来てたんだな。見てくれ!俺の自慢のドラゴン達だ!」

「チャーリー!あぁ、最高だなあ!本当に美しいな、え?」

「ここにいるのはドラゴンの中でもとびきり危険な部類だしな!しかし大丈夫かね、こんなのを生徒と戦わせて」

「俺達からしたらご褒美だけどな」

「羨ましいよな」

 

 何やら物騒な話題で盛り上がっている。

 ハーマイオニーが言うには、バジリスクはドラゴンの亜種という説もあり、長年生きた竜は高い知能を有するケースもあるのだとか。

 竜は強さの果てに生きる生物だ。

 悪魔が生命に宿ったような生まれ方をするバジリスクや、多くが感染による雑種の吸血鬼と人狼とはまた違い、その存在そのものが伝説とされる種族なのだ。

 ──大丈夫かコレ。

 

「ふーん、成程ね……」

 

 試合に不安を覚えるシェリー達は、彼の存在に気付いていなかった。

 木の表面が紙のように捲れて、一人の男が現れる。フーマ・コージロー。忍術さながらの魔法を使って、彼もまた情報を手に入れていたのだった。

 

「──俺達の第一の試練は化物狩りか。

 源頼光を越えろってか」

 

 校舎に戻ったシェリーはベガとセドリックを呼びつけた。……ハッフルパフの視線が痛い。味方の筈のシェリー達を敵視しているようだ。無理もないが。

 

「第一の試練はドラゴンか……」

「マ、マジか……。ウーン、流石に直接戦う事はないだろうけど、ドラゴンか……」

「再生能力が無いんじゃ俺の悪霊の炎も役に立たねえか。こりゃ作戦考えねえとな」

 

 うーん、とベガとセドリックは頭を捻る。特にセドリックはシェリー達のように戦闘を積み重ねてきた経験はない。初めての巨大な敵に、頭を悩ませてしまうのは仕方ないだろう。

 

「何とはともあれ、ありがとな。第一の試練がドラゴンだと分かっただけでもデカい。お前のおかげだ」

「!ありがとう、ベガ」

 

 ベガはぽんぽんとシェリーの頭を優しく叩く。何の気なしに出た仕草だった。

 シェリーも笑顔を浮かべ、妹のようにそれに応じる。あたかもそう動くのが自然で当然であるかのように。……セドリックが一瞬だけ、硬直した。

 

「君達はいつもそんな感じなのかい?」

「え?」

「!ああ、嫌だったか?悪ぃなシェリー」

「そんな事思ってないよ?」

「あー、いや。いいんだ。困らせたかったわけじゃない。今は試合の話をしよう」

 

 セドリックは湿り気を帯びたような気持ちだったが、己のつまらない気持ちで二人を振り回す訳にはいかないと、極力顔に出さないよう努める。

 しかし人の感情に聡いベガは何となしにセドリックの気持ちを汲み取ってしまい、彼もまた気を遣ってしまう。

 別に誰が悪いという訳ではない。

 むしろ、シェリーもベガもセドリックもかなりのお人好しで、底抜けに優しい。彼達の本質は優しさだ。

 だが──だからこそ、気を遣う。

 

「ドラゴンに通じる魔法を覚えるべきだ。結膜炎の呪いとか……ドラゴンごとの弱点を覚えるのも良いな。相手が分かってるんだから対処のしようはいくらでもある」

「それもいいけど、僕は過去の試合から分析して競技内容を検討するべきだと思う。ドラゴンと直接戦わないでいい競技なら、戦わない方が良いに決まってる」

『…………』

「……え、っと」

「あー…ああいや、すまねえ。確かにお前の言う通りだ。うん、戦いを回避する方法を考えておくべきだった」

「いや、僕の方こそごめん。もしドラゴンと戦う事になった時、何も対策を講じてないんじゃ話にならない」

『………………』

「えーっと、とりあえず二人の意見を合わせて、ドラゴン対策もするけど基本は戦わないように……で良いかな?」

「そ、そうだな」

「うん。ありがとうシェリー」

 

 ベガとセドリックの間に、気まずい空気が流れる。

 仲が悪いわけではない。むしろ、彼達は他人を慮れる立派な人物で、普段は他人のために奔走しているような人間だ。

 チームワークで言うなら、感情的になりやすいロンやハーマイオニーの方が些細な喧嘩で何度も友情が崩壊しかけた事があった。その点でいえば、この三人は互いに喧嘩をする事はないだろう。

 だが人間関係とは不思議なもので、彼達は一歩踏み出せずにいる。遠慮してしまう性格だからこそ、余計に。

 

(やっべ……キツい言い方しちまったかな)

(しまった最悪だ、僕のせいで雰囲気を壊してしまった……)

 

 これも一種の同族嫌悪というやつか。

 いや。それもあるだろうが、人間というのはもっと単純な生き物なわけで。

 おそらくは、シェリーの存在が二人の関係をぎこちなくさせているのかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(二人とも頼りになるなぁ。凄いや。二人とも学年一の男子だもんね。うんうん、仲良くしてるみたいで良かった!)

 

 ──知らぬは本人ばかりなり。




三角関係到来。これがほんとの三大魔法学校対抗試合や!
ちゃっかりムーディーも堕としてるシェリーは本当は魔性の女なんじゃなかろうか。

炎のゴブレットは本格的に恋愛要素が絡んでくる巻ですが、果たしてシェリーは恋をするのかどうか。そして今作では色んなキャラの死亡フラグを叩き折ってますが(クィレルとか)、セドリックは来年度まで生き延びられるのかどーか。続きます。


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4.FIRST STAGE DRAGON

お待たせー!!
とりあえずハリーの誕生日まで書きまくるぜぃや!


 水曜日。

 代表選手達は、試合に待機するため設置されたテントで各々集中していた。

 特にチーム戦という事もあり、他の学校の代表選手と話はせず、学校ごとに固まり戦略やらを相談しているらしい。

 マホウトコロは相変わらずで、タマモが集中している横で誰が一番成果を上げられるかでハヤトとコージローが張り合っている。何というか、見上げた精神力だ。

 ボーバトンの三人娘は緊張を紛らわす為か、ローズベリーとブルーベリーがいつも通り話をしている横でフラーが微笑ましく見つめていた。

 ダームストラングのテーブルでは、備え付けのお菓子をぼりぼり食べるリラを横目に、ネロとクラムがぶつぶつと話し合っている。

 イルヴァーモーニーは気持ちを沈める事に専念しているのか、楽器と杖の手入れを入念に行っているようだ。

 

「…………」

「…………」

(………うう、緊張するなあ……あ、このお菓子美味しい)

 

 ホグワーツは、なんか気まずかった。

 互いに緊張しているのもあるだろうが、どこか壁があるというか、ぎこちない。

 この空気に気付いてないのはド天然のシェリーだけだ。そのシェリーもシェリーで緊張に悩まされているわけだが……。

 

「シェリー!セドリック!…あとベガ!」

「!ロン、ハーマイオニー!」

「俺の扱い酷くねえ?」

 

 テントの隙間から彼達を呼ぶのは、ハーマイオニーとロンだ。

 ロンはクィディッチ関連でセドリックには複雑な気持ちがあるのか、微妙な視線を向けていた。……ちょっと困り顔のセドリックもハンサムである。

 

「ベガ、ネビルから伝言だよ。『棄権したって誰も笑わないよ』、だって」

「誰がするか」

「セドリック、シェリーを頼むわね。私達の大事な友達なの」

「ああ、分かってるさ」

「それとチョウから伝言。無事に帰って来ないと承知しないから、だって」

「………あ、ああ。分かってるさ」

 

 尻に敷かれているらしい。

 言うと、ロンは握った手でポンと二人の胸を叩く。頼んだぞ、という合図らしい。

 

「シェリー!」

「わっ」

「ごめんね、側にいられなくて。今年は僕達は頑張れって言う事しかできない……」

「……ううん、大丈夫。私、頑張るね。ありがとう、二人とも」

 

 抱きつく親友二人に、シェリーは笑顔を返した。いつも通りの優しい笑顔。彼女の普段の笑顔だ。

 

(…………?)

 

 しかし、シェリーの隣に立っていたベガだけはその笑みがどこか嘘臭く思えた。

 若干の違和感。

 何か気になるものを感じたが、目の眩むようなフラッシュで疑問も吹き飛んだ。睨むと、派手な装飾のローブを着た中年の魔女がカメラマンと共に立っている。

 リータ・スキーターだ。

 先日の取材の時はどこかビクビクしている様子だったが、今日はいやにテンションが高い。

 

「あーら可愛いざんす!実にロマンティックざんすねー!シェリーを巡ってベガとセドリックがドロドロの関係かと思いきや、実はそこの坊やもシェリーを狙ってるざんすか!?そこの小娘も巻き込んで、これが本当の五大魔法学校対抗試合ってワケざんすかー!?」

(ウゼェ……)

 

 何があったんだコイツ。

 白けた視線にも動じず『自動速記羽ペンQQQ』を走らせるスキーターだが、ダームストラングのテーブルを見てピシリと顔を凍らせる。

 いや、正確にはネロ・ダームストラングの方を見て、だが。

 

「ヒィッ!?ネ、ネロ!?何でここに!」

「いや代表選手なんだから俺がいるのは当たり前だロ……」

「言われてみればそうざんす!?」

「ヴぉく達は作戦会議中だ。邪魔をするなら出て行ってもらおうか」

(………お菓子美味しい………)

「ほ、ほほほ……失礼したざんす……」

 

 妙に聞き分けの良いスキーターと入れ違いで、クラウチがテントの中に入る。場がシンと静まると、満足そうにクラウチは頷いた。厳格な場が好きらしい。

 ロンとハーマイオニーはいつの間にかテントの外だ。見つかれば小言を喰らうだろうと思ったのだろうか。

 

「全員揃っているようだな。では競技内容を伝える!競技場に鎮座するドラゴンから金の卵を奪う、ただそれだけだ!」

 

 十五人の代表選手の中に緊張が走る。

 シンプルにして単純明快。だが、だからこそ難しいこの競技。

 何せ相手はあのドラゴンだ。

 魔法生物界の頂点に鎮座するような規格外の化物と対峙して、僅かにも恐怖しない方がおかしい。

 ──だが。

 それ以上に闘志が、湧き上がる。

 

「ドラゴンは凶暴だ!なにせ金の卵を自分の子供と思い込んでいるのだからな!子を守るためには何でもする!しかし諸君達はその脅威と立ち向かわなければならん!

 闘技場には闇祓いがいる!だが助けなど期待するな!頼れるのは自分と仲間のみと思え!

 勝利への渇望も、優勝への想いも!負ければそこで終わりだ!敗者は捻じ伏せられる!栄光を得たくば勝て!!立ち塞がる者は排除せよ!!勝利はその先にある!!

 ──若人よ!!戦え!!」

 

 お固い役人とばかり思っていたクラウチの熱い演説に、静かに、そして確かに情熱の炎が躍動した。

 

「ただ今より!!五大魔法学校対抗試合、第一の試練を始める!!」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「ネビルーッ」

「ロン!ハーマイオニー!こっちこっち。席取ってあるよ」

「ありがと!」

 

 グリフィンドールの紅一色に染まった、友人達のいる観客席に二人は腰掛けた。ポップコーンのような魔法界のお菓子、爆発ボンボンをネビルに渡す。手掴みで食べられるので観戦にはもってこいで、バターを塗ると美味いのだ。

 

『さァーいよいよ始まります五大魔法学校対抗試合!実況生活六年!本日も実況して参りますリー・ジョーダンと!』

『解説のフリットウィックです、どうも』

『さて初戦は抽選の結果マホウトコロになりましたが、彼達はどんな活躍を見せてくれるのでしょうか!』

『ニホンの魔法は独自の進化を遂げていると聞きますからね、私も楽しみです』

 

 闘技場に現れる三つの影を見て、マホウトコロとグリフィンドールの観客席が盛り上がった。

 少し思考が物騒なきらいはあるが、馬鹿騒ぎが好きで派手好きな彼達とは気が合うのだ。ハヤトは雄叫びを上げ、コージローが右手を上げる。タマモは照れ笑いしながら観客に手を振った。

 その騒ぎにも動じず、ドラゴンはつまならさそうに鼻を鳴らした。種族名、『ウェールズ・グリーン種』。英国ウェールズを原産とするドラゴンで、普段は羊や哺乳類を好んで食べる大人しい性格だ。

 ドラゴンの中では比較的相手しやすい部類といえよう。

 

『ですがあの種は六千年の時を経て復活した『古代種』!正式名称はウェールズ・グリーン古代種といい、現在確認されている中で最古のドラゴンなのです!』

『いやそんな貴重な種と戦わせていいんですか!』

『獰猛にして残忍!古代の驚異に東洋のサムライ達がどう立ち向かっていくのか楽しみです!』

 

 妙に熱の入ったフリットウィックの解説に苦笑する。見ると、マホウトコロの校長のオダ・ナギノにちらちらと視線を送っている光景があった。

 フリットウィックと同様、ナギノもまた小鬼か何かの血を引いているともっぱらの噂だが、そこで何か感じるところがあったのだろうか?今の彼は、彼女の気を引きたいように見える。

 さて、マホウトコロの代表選手達は一番手ということでさぞ緊張しているだろう…と思いきや、いつもの調子で、まるで散歩でもしているみたいな様子で入場した。

 

「俺達が一番手とはな」

「卵を取れ、だって。どうする?」

「何はともあれ、まずはドラゴンを倒さんといかんじゃろ」

「そうだな。とりあえず、あのトカゲ野郎が邪魔だ」

「うんうん。邪魔だねあいつ」

 

 適当な相槌、形だけの作戦会議。

 彼達にとって作戦など意味はない。

 結論は既に決まっている。

 

「「「──ぶち殺してやる!!」」」

「グギャ………!?」

 

 あまりにもシンプルすぎる答えに、さしものドラゴンも目を見開いた。

 ギラついた眼光に恐怖すら覚える。

 弾けるようにマホウトコロのメンバー全員が走り出すと、殺気全開でドラゴンに向かっていく。

 三人の中では比較的知的なタマモでさえ極悪な顔を浮かべているのだ、密かに彼女のことを慕っていた男子学生は泣いた。

 全員が脳筋魔法使い。

 マホウトコロの学生は──全員が猪突猛進、一騎当千の戦士達なのだ!

 その殺気に当てられ古代からの眠りから覚めたウェールズ・グリーン種は、闘争本能のままに豪快に爪を振るう。向かう先は──コージローだ。

 

「流るる黒は墨となり、切り裂く黒は柳となる」

 

 コージローは動じることなく詠唱。

 歌でも歌っているかのような、独特なリズムの短文詠唱を行う。だがグリーン種の爪はそこまで迫っている。如何な魔法を唱えたところでもう間に合わない──

──という、観客の不安をかき消すような出来事が起きた。

 確かに爪はコージローを引き裂いた。

 引き裂いたが……ぶち撒けられたのは血ではなく、真っ黒い墨のような何か。

 は?と驚く暇もなく、墨は姿形を変え、まるで空中に文字でも書いてるみたいに自在に空を飛び回り、グリーン種の硬質な皮膚の上に飛び乗ると再びコージローの姿に戻り、魔法の刃で斬りつけた。

 

『あ、あれは……あの魔法は何だ!?』

『おそらく、姿現しの亜種です!この闘技場では全ての魔法を使っていいルールですが、まさかあんな魔法が見られるなんて!』

 

 姿現しは、自分が念じたところに瞬間移動できる便利な魔法として有名だ。

 しかしその利便性故に代償は大きく、連発すると瞬間移動の負荷で身体に異常をきたす。そして隙も大きいので戦いには向かない呪文……の筈だ。

 だが、コージローは事もなげに姿現しを連発してみせる。おそらく何かしらの仕掛けがあるのだろうが、きっと聞いても求める答えは返ってこないだろう。

『え?あの魔法はどういう仕組みかって?んー、俺にも分からん!』

 きっとこういう答えが返ってくる。

 

「よく分からないけど……でも、ドラゴンの攻撃が全く効いてない!すげえっ!」

「ええ、本当に凄い……凄いけど、あのままじゃ火力不足だわ!あの鎧みたいな皮膚を破るには、もっと、もっとパワーがないと──」

「グギャアアアアアア!!?」

「………えっ?」

 

 ハーマイオニーは惚けた声を出した。

 細長い魔力がドラゴンに被弾すると同時に、大きな音を立てて爆発する。

 あれは──矢だ。

 魔力がふんだんに込められた、矢。

 風を切り裂いて、放たれた何本もの魔法の矢がドラゴンを襲っているのだ。

──では、その矢を放っているのは誰だ?

 視線を動かすと、またしても信じ難い光景が入ってくる。

 紅の鎧兜を身に纏う、金色の狐。

 突如として出現した謎の狐が、虚空より弓矢を取り出し、矢を番えて遠距離から放っているのだ。

 あれは明らかに魔法生物の類。ニホンの妖怪か何かだろう。代表選手の誰かが呼びだしたのか?

 一体、誰が──?

 

「いや……違う。あの狐は突然呼び出されたわけじゃない。僕は見たんだ」

「見たって、何をさ」

「彼女が変身するところを、さ。タマモがあの狐に変身したんだよ!」

「な───」

 

 有り得ない話ではない。

 現にハーマイオニー達は去年、人の身でありながら異形に変身する例をいくつも目撃しているのだから。

 シリウスやペティグリューのように、経験を積んだ魔法使いだけができる究極の変身術、『動物もどき』。

 コルダやルーピン、グレイバックなどの別の姿に変身できる種族、『狼人間』。

 彼女もまた、それらに類する力を持った少女──ということだ。

 『半妖』。

 人に化けることのできる妖怪を親に持つケースは、ニホンでは珍しくもない。

 ミカグラ・タマモはおそらく、妖狐を親に持つ種族なのだ。

 

「妖狐は膨大な魔力を持つ種族と聞くけれど、きっとタマモは狐に変身して、その魔力を矢という形で放出してるんだわ」

「ああいう、違う生物に変身できるタイプの魔法使いは爪や牙を使った肉弾戦ばかりするものだと思っていたけれど……タマモは遠距離タイプってわけか!」

 

 距離を置き攻撃することに長けた弓兵。

 彼女は狐となってもその獰猛な双眸を引っ込めることはなかった。

──地獄に来つ寝よ。

 彼女の容赦なき攻めは、そう語っているようにも思えた。

 コージローの撹乱、タマモの弓矢。

 その一風変わった魔法に観客達は驚き、そして彼の存在を忘れていた。

 サツマ・ハヤト。

 死の冠を戴く、臨界極めし戦闘者。

 彼がドラゴンの背に立っていたのに気付いたのは、突如として何十もの傷がつけられていった時からだ。

 

「面白いモン見せちゃるぜ」

 

 獰猛な笑みを貼り付けたハヤトに、ドラゴンどころか観客席までもが身震いした。

 杖に込められた魔力は濃く、他の全ての魔力の追随を許さないほどに濃厚だ。

 あれに触れれば、きっとどんなものでも両断されてしまうだろう──という予想通り、尻尾がサイコロステーキのようにカットされ、地面に散らばった。

 しかし驚くべきはそこではない。

 血の雨に打たれるハヤトの両手に、杖がそれぞれ握られていたのだ。

 二本ある。

 杖が二本ある!

 

『──あ、あれは!私も見るのは初めてです!膨大な量の魔力と生命力、そして体質があって初めてできる芸当!

 二刀流、ならぬ、二“杖”流使い!!』

 

 ハッタリではない。二本同時に杖を使い、そして魔法を放っている。二振りの魔力の刃を状況に応じて使い分け、変幻自在の攻撃で観客を湧かせている!

 火炎の如き古代竜の猛攻は、それ以上の、獄炎とも言うべき剣で相殺される。

 およそ華やかさとはかけ離れた、強引な攻め。華美な響きなどある筈もない。

 けれどその、道理も何もない乱雑な攻撃が人々を血沸き肉踊らせているのには違いなかった。

 

「おそらくは、世界でたった一人の……、杖を二本使う魔法使いなんだ!!」

 

 東の国ニホンにおいて、魔法族によるマグルの差別は殆ど無いに等しい。

 そもそもニホンの魔法族は高名な武家や妖怪など、極めて特殊な血を持っている者が多いからだ。様々な血が混ざり合い、多種多様な独自の文化が形成されているので、マグルの血がどうこうは今更大した問題ではないのだ。

 コージローは先祖代々伝わる純血の血を継いでいるのを誇りとしているし、タマモも半妖であることにコンプレックスを抱いているわけではない。

 さて、その中にあって、ハヤトの家は極めて平凡な家系であり、雑種とも言うべき普通の家柄だった。

 

「だがそんな普通の家系に生まれたハヤトは誰よりも異端だった」

「膨大な魔力、杖を二つ持てる器量。おかしいこと尽くしだ」

「あと性格もおかしいし」

「さて、西洋の竜よ!お前はこのサツマの殺戮武人共を食い切れるか……!?」

 

 たった三人で竜を屠る姿は、寝物語に聞く化物狩りそのもの。源頼光の鬼退治を彷彿とされる英雄譚を直に目の当たりにしている感覚だった。

 古代竜が絶命した後で、血に塗れながらゆるりと卵を取る姿は観客を沸かせるとともに畏怖させた。三人の狂戦士の姿を見て誰もが思ったものだ。

 

 『ニホンは狂っている』、と。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 コルダ・マルフォイは、厳かに入場する彼女達に密かに注目していた。

 一点の穢れもなき美貌のフラー・デラクールと、ローズベリーとブルーベリーのフロランタン姉妹。

 対抗試合の中で唯一、女性だけで固められたチーム。それが、ボーバトンだった。

 

「かのフラー・デラクールの戦いを、生で見られる日が来るなんて……夢にも思っていませんでした」

「ん?コルダ、デラクールのことを知っていたのか?」

「ええ、お兄様。あくまで噂程度ですが。デラクールは、入学当初から奇跡のような美しさを持つ少女として有名でした。けれど、それを妬む人間もいて、女子からのいじめに遭っていたそうなんです」

「………生々しい話だな」

「けれど、彼女は元来持っていたカリスマと統率力でボーバトンの女王として君臨するようになった。……そんな彼女がどんな風に戦うのか、興味があって」

 

 コルダ・マルフォイも女子ウケはあまりよろしくない。何せ、スリザリン内では人気のドラコにべったりで、彼に擦り寄ろうとする女子と何度も対立しているからだ。

 特にパンジー・パーキンソンなどとは犬猿の仲である。同じスリザリンなのに。

 人狼であるコルダが簡単に人に心を許せないというのもあるだろうが、ともかく、そういった事情から彼女はフラーに一方的にシンパシーのようなものを感じていた。

 

『ああ──ッ!チャイニーズ・ファイヤーボール種の火炎攻撃!これは直撃したら危ないぞォ──ッ!』

「ッ!ここからでも熱気を感じる……!」

 

 長大な火炎は、闘技場を焼き尽くさんとするばかりに燃え広がっていく。名前通り火炎攻撃に特化した、ファイヤーボール種の十八番攻撃。

 けれども涼しげな顔で、フラーはフロランタン姉妹を担ぎ上げ、炎を大きく跳躍して回避した。

 ……何を言っているのか分からないだろうが、事実そうなのだから仕方がない。

 

「と、飛んでる……」

 

 フラーには羽根が生えていた。

 先程までは決してなかった羽根が六枚、まるで天使のように身体から伸びていた。

 しかして羽ばたいているわけでも、滑空しているわけでもなく、まるで宙に浮かんでいるように──あるいは立っているかのような優雅さで、彼女は微笑んだ。

 その姿は美しいの一言に尽きる。

 

「──魔法生物ヴィーラとの混血って噂は本当だったんだ!」

 

 彼女もまた、タマモと同じように魔法生物の血を引く女性。

 ヴィーラを祖母に持つ魔法使いなのだ。

 シルバーブロンドの髪を持ち、白亜の肌は月のように輝く。何をしても、何をしなくても男を誘惑することができる生物。

──そして、怒り狂うと半鳥人のような姿へと変貌する魔法生物でもある。

 フラーはその力をコントロールして、まるで天使のような神々しい姿へと変身することができるのだろう。

 

「わたーしに牙を剥いた愚かしさ、教えてあげなさーい。ローズ、ブルー」

「?お姉様、牙は剥いてないよ。あいつは炎で攻撃してきたし」

「……何でもいいでーす。あのトカゲを懲らしめてやりましょう」

「かしこまり!」

 

 言うと、空中に何百もの羽根でできた足場が形成される。フロランタン姉妹はそれに飛び乗ると、ドラゴン目掛けて一直線に走り出す。

 しかし相手も竜の端くれ、矜恃というものがある。簡単にはやられまいと、灼熱の火炎を再度吐き出した。

 羽根がざわめく。

 フラーが操る羽根が空中を飛び回る。並の箒程度のスピードはあるだろうか?怒って単調な攻撃になっている竜相手には、十分すぎるほどの速さだ。

 

「「──フロース・オーキデウス、大輪の花よ!」」

 

 フロランタン姉妹は、奇しくも同時に魔法を放っていた。空中に咲き乱れる色とりどりの花。仮にも戦場に似つかわしくない光景だったが、これは決して場を和ませる魔法などではない。

 

「──そうか、匂い!花の匂いに釣られたドラゴンの動きを誘導してるんです!」

「本当だ、あの巨体がいいように動かされている……!」

 

 そして、花は陽動だけでなく、間接的にだが攻撃をも兼ねていた。

 大輪の花の中に隠れ潜んでいたフラーが『結膜炎の呪い』を放ち、そして同じく花に隠れていたブルーがその魔力を反転させドラゴンの瞳に命中させる。

 ファイヤーボール種はもがき苦しむが、肝心の相手は何処にいるか分からない。それも当然、大量の花が視界を覆っているのだから。

 ならば火炎で周囲を一掃──をしようとしたが、僅かに残った防衛本能が、その行動を妨げていた。ここで見境なく炎を放てば、卵も燃えてしまう、と。

 結局、ドラゴンは中途半端な量の炎を吐き出すに留まった。──不幸なことに、その炎の先にたまたま卵が置いてあり、表面を少し焦がしてしまったのだが。

 

(けれど、試合運び自体は悪くなかった。花魔法もヴィーラの羽根も、炎主体のファイヤーボール種相手だと相性が悪い。

 それを技術と発想でひっくり返したのはひとえに彼女達の地力があってこそだ。

──すごいなあ……)

 

 コルダは内心、敬意を払っていた。

 ボーバトンの女傑達に。

 美しくも強かな彼女達は、同じ女としてコルダに畏敬の念を抱かせた。

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 チャリタリ・テナは競技場の警備にやって来ていた。

 普段は様々な凶悪犯罪者を追っている彼女だが、ムーディーの鶴の一声により急遽五大魔法学校対抗試合の警備を任されることになったのだ。

 罠や魔道具の扱いに優れる彼女は、こうした会場の警備に適任だ。後の先を取れる人物としてこれ以上の人材はいるまい。

 

(……丁度、ダームストラングに気になる代表選手もいたしね)

 

 かつかつと軍靴を鳴らして入場するは、ダームストラングの英雄、ビクトール・クラム。試合を気合を高めているようだ。

 まだ学生の身でありながら、彼の精神力は感服する。先のワールドカップでは闇祓いに勝るとも劣らない不屈の精神力を見せつけた。

 ……そんな彼だが、隣を歩くネロ・ダームストラングのちょっかいに苛立っているように見えるのは、自分の見間違いだろうか?と、チャリタリは思う。

 

「なあビッキー、何だよさっきのタダならぬ視線は?あのハーマイオニーとかいう女に惚れてんのかい?教えろヨ、俺とお前の仲だろう?」

「………」

「お前がここのところずっと図書室に行ってたのも、お勉強するためじゃないだロ?狙ってるなら手伝ってやろうか」

「うるさい。黙れ」

 

 睨むクラムに、なおも挑発するかのような視線を送るネロ。

 ネロはチャリタリが代表選手の中で最も警戒している人物だ。二年前、急に職を辞したカルカロフ氏に代わって校長に就任したダンテ氏の息子。彼もまた、何かしらの闇に通じている可能性はある。

 それにしても。

 身長が一八〇センチを越えるクラムとネロが顔を突き合わせると、それはそれは凶悪な絵面になる。

 髭の生えた強面と、人でも殺しそうな眼の男達。誰も近寄りたくない組み合わせだが、リラは背中を丸めながらおずおずと間に入った。

 

「あ、あの……二人とも」

「何だリラ、俺はビクトールと話してる途中なんだが」

「黙れ!お前と話す義理はない」

「ドラゴン、こっち来てます……」

『……………』

 

 口喧嘩ばかりで中々攻撃してこないネロ達に痺れを切らしたのか、『ハンガリー・ホーンテール多頭種』は奇声を上げながらそこまで迫って来ていた。

 ちなみに、ホーンテール種は獰猛な種として有名だが、それが三つ首型の龍ともなるととても好戦的だ。血に飢えた、黒い蜥蜴のような顔の竜は、縦に瞳孔の開いた目を興奮で飛び出させている。

 悪魔のような形相だ。

 けれどもネロとクラムは動じず、つまらなさそうに溜息をつくと、各々、魔法を唱えた。

 

「『アクシオ、ファイアボルト』」

「『身代わり鴉』」

 クラムは呼び寄せた箒で早々にどこかに飛び去ってしまい、ネロは魔法で創り出した鴉をリラの肩にとまらせる。……防御か何かだろうか?

 しかし、連携も何もないスタンドアローンな戦い方だ、とチャリタリは思う。チームでの強さを重視する闇祓いの彼女からしたら尚更だ。

 というのも。

 あの三人、仲が悪いようなのである。

 クラムとネロは尚のこと、ネロの妹のリラも兄の言うことは絶対という感じだし、クラムとも大して話をするわけではない。

 互いにやり辛い関係を構築している。あのクラムが感情を露わにするなど、よほど仲が悪いのだろう。

 

『さーて我達がクラムは箒で回避!ダームストラングの兄妹は待ち構えて……って、オイオイオイ!このままじゃ噛み殺されるぞ!?逃げろォ──ッ!』

 

 直線上に向かってくるホーンテール種は大きく口を開く。捕食のためではなく、惨殺のために。

 それでも二人は動かない。

 盾の呪文を使う気配すらない。

 もしや、恐怖で身体が動かなくなっているのか!?と、チャリタリは救出のために杖を構えていつでも飛び出せる体勢になるが、気付いた。

 恐怖というには、あまりにもネロとリラの瞳は落ち着いていることに。

 ホーンテール種の二つの顎が、ネロとリラを噛み殺さんとして──

 

「……ふぅーっ。一瞬とはいえドラゴンに喰い殺されそうになるってのは、流石に良い気分じゃねえなあ」

「………、………。いったいなぁ……」

『むっ……無傷!?』

 

 ネロとリラは無傷。

 一滴の血も流してはいない。

 どころか、噛み付いたホーンテールの方が歯こぼれする始末。あり得ない。あの歯はとても硬く、噛みつく力だけなら全ドラゴン中最硬とも言われる硬度なのに。

 

「その……無駄ですよ、私の身体は特別性なので………すみません」

「今の俺にも、その攻撃は効かねえヨ」

 

 ごぎゃあああ、と、悲鳴とも怒りともつかないホーンテール種の咆哮。

 ドラゴンの言葉は分からないが、何を言っているかは分かる。『有り得ない、どうして』──と。

 無理もない。彼達を見た誰もが、その光景を信じられないのだから。

 これまでの代表選手は、ドラゴンの攻撃を躱すなり防ぐなりして掻い潜ってきた。それはドラゴンの攻撃が脅威で、一撃でも致命傷になるような破壊的なものだったからだ。

 だがあの兄妹はその前提をひっくり返してみせた。明らかに、異常だ。

 チャリタリは薄気味悪いものを感じて、彼達をより深く観察する。……おかしな所はすぐに見つかった。

 鴉だ。

 魔法で作られた黒い鴉が、リラの肩にとまっている。あれが今の攻撃を防いでみせた魔法のタネだろう。

 

「おいクラム、お前も『身代わり鴉』をリラにつけとけヨ。受けたダメージをリラが肩代わりしてくれる」

「俺にはそんなもの必要ない!」

「あっそ」

 

 ネロはつまらなさそうに溜息を吐くと、リラの肩に鴉をもう一匹とまらせた。

「ちょ、兄さん……」

「お前硬いんだから良いだロ?」

「いや別に良いんですけど……」

 

 今の会話をヒントに推理する。

 おそらく、あの鴉を媒体として、自分が受けたダメージをとまった相手に肩代わりさせるのだろう。

 例えばネロが刃物で切り裂かれたとしても、実際に切り裂かれるのは鴉がとまった別の誰かであり、ネロ本人は全くの無傷というわけだ。

 今の攻撃もそうやって防いだ。……しかしそれはそれで、更なる疑問が浮上する。

 

(あのリラとかいう子……二人分のダメージを喰らっていながら無傷って、一体どういうこと!?

 ネロのダメージ移転能力も十分危険だけれど、あの子の身体もどうなってるのよ)

 

 ネロの『攻撃を他人に肩代わりさせる』魔法はおそらく呪術の類いだろうが、それでもあんな攻撃を受けて平然としていられるのは常軌を逸している。

 そしてリラもまた、ホーンテール種の歯を通さぬ身体ときた。……まったくどうなっているのだ、この兄妹は。

 ネロがドラゴンに近付く。恐れをなしたか、びくり、と怯えたように竜は後退。けれどもネロはその歩みを止めない。

 十分近付いたところで、ネロは呟く。

 ぽつり、と一言。

 

「──『トニトルス、雷よ』」

 

 瞬間。ドラゴンの身体の中を、縦横無尽に電流が駆け巡った。

 蒼く光る雷は、竜の体内をいとも簡単に破壊しながら突き進む。思わず目を覆ってしまいたくなるほどの身勝手で強引な雷の蹂躙は、まるまる数十秒も続いた。

 えげつない、と思わざるを得ない。

 あれは内側から神経をズタズタにする類の魔術だ。

 込めた魔力はそこまで多くはないだろうが、ネロの巧みな魔力コントロールによりドラゴンの肉体を、内蔵を、余すことなく焼き尽くしたのだ。

 焼き焦がれ、断末魔と言わんばかりに凶声を上げ、ホーンテール種は倒れ伏す。

 ドラゴンが絶命したのを理解した観客はネロに喝采を上げ、それに気を良くしたネロはまるでショーの後のように観客席に深々とお辞儀をしてみせた。

 

「ドラゴンの丸焼き、一丁上がりっと」

「たかがトカゲ一匹に、随分と時間がかかったものだな、ネロ」

 涼しげな顔でクラムは地面に降り立つ。その手には卵が握られており、何とあの攻防の間に卵を奪ってみせたのだ。

「そっちこそ俺の影に隠れてこそこそ卵を取るだけの簡単な任務に、随分と手こずってたナ?ビッキー?」

「あ?」

「やるカ?」

「ふ、二人とも喧嘩は……」

 

 ネロとリラが囮になり、その隙にクラムが卵を奪う。単純な作戦だが、その結果は最良と言えるものだった。

 文句なしの最短記録。

 けれども、その異常性もまた、まざまざと見せつけられる結果となった。

 チャリタリは、ぞくり、と身震いする。

 あのダームストラングの兄妹は、一体、どういう経緯であんな力を手に入れたというのだ──?

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 バーニィ・レオンベルガーは、闘技場に入るなりげんなりとした顔をした。

 

「うわ、本当にドラゴンだ……」

 

 クラウチに聞いてはいたが、いざ目の当たりにすると違う感情も芽生えるというものだ。

 といっても、バーニィ達はドラゴンに対して恐怖を感じているわけではない。

 心構えならできていた。

 心を揺さぶるのは、つい先日、シェリーがバーニィの下を訪ねてきた時のこと。

 不正をしたと思しき少女がやって来て、バーニィは身構えていたのだが、

 

『バーニィ!第一の試練はドラゴンだよ!サモエドとマスティフにも教えておいて』

『は?……ははあ、そうやって偽の情報を教えて錯乱しようって寸法ッスね、その手には乗りませんよシェリー・ポッター!』

 

 まさか本当だとは思わなかった。

 紅い髪の少女の言葉が真実だったことに申し訳なさを感じたのか、バーニィはぼりぼりと頭を掻いた。

 見た目こそパンクだが、彼女達は非常にプロ意識の高い三人組。それ故に、何かズルをしたであろうシェリーとベガの存在は到底許せるものではなかった。

 なかった、のだが。

 果たして自分の持ってる情報を他人に簡単に渡すようなお人好しが、ズルをしてまで対抗試合に立候補するだろうか。

 ややもすると。あの二人の器量を見誤っていたのかもしれない。

 

「嫌なことしちゃったかなあ……」

「もしかすっとあの二人、本当に巻き込まれただけなのかもしれねえっスね」

「まぁ私達のする事は変わらねえっスよ。相手が誰だろうと、正面からぶっ飛ばすだけっスから」

 

 思考を切り替える。

 どうせ自分達にできることは、この魂の躍動を曲という形にして伝えることだけなのだから、と。

 そのスイッチの切り替わりを見て、イルヴァーモーニー校長のセイラム・ウィリアムズは満足そうに頷いた。

 

(くっくっく……あいつ達がこの試合で勝ち抜けば、イルヴァーモーニーの宣伝に一役買う。我が学校の更なる発展のために、この試合必ず勝て!サーベラス!)

「校長、煙たいでーす」

「ん?ああ、悪いな」

 

 自分のところの生徒に葉巻を注意され、「いけねえ、禁煙だった」と火を消す。

 悪役みたいな顔をしているが、彼も教育者、そんなに悪い奴でもないのだ。

 さて──サーベラスと相対するは、ウクライナ・アイアンベリー種。魔石や鉱物を食糧とする彼達は、身軽さと引き換えに鉄のように硬い皮膚を手に入れた。

 鋼鉄の如きドラゴン相手に、生半可な攻撃など通用しない。敏捷性こそないが、卵を守るその巨体は、まさに壁そのものだ。

 

『ここはどう突破すべきですかね!?』

『やはり防御に長けた種族ですから、速さで撹乱するのが良いと思います。あとは結合部、すなわち眼や関節部分などを狙うのも効果的でしょうね』

 

 しかしバーニィ達の取った選択は、あくまで音楽だった。

 呼び寄せたのは楽器。

 唱えたのは拡声呪文。

 そして始まるのは、攻撃ではなく演奏。

 何とも珍妙な行動だが、それには意味がある。サーベラスの魔法は、音楽なのだ。

 

「『拡声呪文』、更にその強化版!」

「それが『爆音呪文』!!」

 

 痺れるようなミュージックに乗せて、爆けるような魔力がやってくる。

 アイアンベリー種の硬い身体など関係ない、身体全身に音波として魔力の瀑布が襲い掛かるのだから。

 音の魔法。

 相手の防御を丸っきり無視した、攻撃力全開の音楽攻撃!

 

「ただ煩いだけの音楽じゃねえっスよ。最高のメロディー!最高のリズム!!アメリカ一番のロック・ミュージックが、破壊の波とともにやってくる!!」

「聴けばハートが、喰らえば身体がやられちまう!俺達の音楽に酔いしれながらくたばりやがれ!!」

 

 彼達が奏でる『音』にのせて、『魔力』が飛んでいるのだ。

 しかしそれは攻撃ではあるが苦痛にはならない。ミュージシャンの矜恃がある彼達は、決して音で苦しめたりはしない。音に惚れさせて、幸せの中で倒すのだ。

 あまりの激しい音楽に、ドラゴンは口から血を吐いて膝をつく。しかしその目はどこか幸せそうで、バーニィのシャウトに合わせて火を吹いた。

 それは観客達も同じだ。音に酔いしれ、楽しむ者はいても、その音が不快だとか煩いとか言う輩は一人としていない。

 アイアンベリー種が絶頂のままに倒れ伏すのを合図に、爆音ライブはフィナーレを迎えた。

 

「──魂揺さぶる音楽の前には、平伏すしかないんスぜ」

 

 地面に沈むアイアンベリー種を見て、セイラム・ウィリアムズは「上々だ」とその笑みを濃くした。

 彼女達は根っからのパフォーマー。

 であるが故に、セイラムが舵を握り世界へとアピールしている。イルヴァーモーニーには、こんな素晴らしい生徒がいると。

 そしてこの対抗試合で、イルヴァーモーニーは更なる名声を得るだろう!

 

「ぐふふふ、我がイルヴァーモーニーの名を広めるチャンスだ!」

「校長、バーニィ達が卵割っちゃったよ」

「なに──っ!!」

 

 セイラム校長は口に含んだワインを盛大にぶち撒けた。

 慌てて闘技場を見てみれば、確かにドラゴンの卵が割れている。……そうか。あまりの爆音で壊れてしまったのか。

 マスティフがしょげてる横で、バーニィとサモエドが互いの頬を引っ張ってギャーギャーと口喧嘩していた。

 

「バーニィの馬鹿!調子に乗ってボリューム上げすぎっスよ!!」

「サモエドだってハイパー大音量だったじゃないっスか!!」

「うっわ、コレ最下位確実じゃんかよー。萎えるわぁ……」

 

 流石にあんまりな結果にセイラムは喉に杖を当てて、『拡声呪文』を唱えた。

『バーニィッ!サモエド、マスティフ!お前らっ、俺あれほど言ったよなあ!お前らの魔法は被害が大きすぎるからセーブしろって!できてねえじゃん!馬鹿なの死ぬの!?後で説教だぞコラァ!』

「あー、校長が怒ってる……」

「説教かー、やだなー」

 

 校長とサーベラスのコメディじみたやり取りが面白かったのか、闘技場は笑いの渦に包まれた。

「だああクソッ、まったく世話のかかる生徒だぜッ!」と吐き捨ててセイラムは再び席にどっかり腰掛ける。……彼も教育者、多少はずっこいことも考えるが根はそこまで悪い奴ではないのだ。

 なおも笑うイルヴァーモーニーの生徒達の頭を叩いても嫌がられていないところからも、セイラムの人望が窺える。

 

「校長ー、別にいいじゃん。今のところバーニィ達が一番目立ってるしさあ」

「そうそう。学校の宣伝って意味じゃ一番貢献してるよね」

「うるさいわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 ベガ・レストレンジは、もうこれで何度目になるか分からない溜息を吐いた。

 それは、ドラゴンと闘うことに対する恐怖……ではない。数々の戦いで経験値を積んできた彼には、闘志と緊張はあっても憂慮はないのだから。

 しかし。

 ベガは内心、シェリーもそうだと思っていたのだ。シェリーはああ見えてとんでもない度胸の持ち主である。流石に緊張しているようだが、試合になれば揺るがぬ闘志で戦ってくれることだろう……

……と思っていたのだが。

 試合直前、顔を青くしたり赤くしたりを繰り返す彼女の姿を見ては、その考えも撤回せざるを得ないというもの。

 

「……ベガ、シェリーの様子が変だ。押し付けるようですまないが──彼女の話を聞いてやってくれないか?」

「それはいいけどよ、セドリック、お前はそれでいいのかよ。……お前、シェリーのことが……」

「だからこそ、さ。僕がここで彼女に話しかけるのは……何というか、卑怯な気がするんだ。精神的に弱ってるところに付け込んだみたいで……」

「真面目だな。まあ、いいさ。俺ごときでシェリーの力になれるとは思わねえが…」

 

「おいシェリー、平気か?」

 ベガはテント裏、人気の少ない場所にシェリーを連れてきた。

 ここならば、他の対抗試合のスタッフも出払っているし、話を聞かれることはないだろう。

 

「何を心配してんだよ?俺達は今までにも色々と乗り越えてきただろ。今日はそれと同じだ。いつもみたいに最善を尽くせば、きっと……」

「────」

「お前、手、震えて……」

「──ごめん、ね。この試合で、二人の足手まといになっちゃうかも、って、思ったら。震えちゃって……ごめんね、試合前なのに……心配かけてごめんね」

「………」

「なんで私なんかが代表選手なんだろう。なんでベガやセドリックと一緒になったんだろう。……皆んなに、迷惑かけたくないのに」

 

 そこで気がついた。

 彼女は戦いが怖いのではない。

 自分達の脚を引っ張るのが怖いのだ。

 去年、ルーピンの話を聞いてから薄々感じてはいたが、シェリーの精神構造は歪なのだ。

 自分はいくら傷ついても良いと思っているくせに、他人がほんの少しでも傷ついてしまうことが極端に怖い。

 おそらく、クィディッチではスニッチを取れなかったシーカーが責められることが多いため、シェリーはその重責にまだ耐えられたのだろう。

 けれど、今回は、シェリーの失敗が二人の脚を明確に引っ張ってしまう。行動如何でホグワーツの名を貶めてしまう。

──それが、怖い。

 シェリーは名誉など欲しくはない。自分が泥を被って皆が幸せになれるならば、喜んで泥の中に突っ込んでしまう。

 そんな異常性。

──そして、ベガはそれに腹が立つ。

 

「おい、勘違いすんなよ」

「え?」

「俺は表彰台に立つつもりだが、その時、隣に立つのが誰でも良いって訳じゃない。なるつもりはねえが、例え最下位になったとしても──」

 

「──お前が隣にいてほしい」

 シェリーが必要なんだ、と、ベガは言外にそう言った──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(──何クサい台詞吐いてんだ俺っ!!)

 正直滅茶苦茶後悔した。

 シェリーの肩の荷は下りたようだが、あれではまるで、告白しているみたいではないか。

 

(クソッ。セドリックがシェリーに好意があるみてえだから、良い感じにくっ付けてやろうかと思ってたのによ。何か変な感じに拗れちまった。

──つか、本当に好きなら普通こういう時に声をかけてやるモンだろう!)

 

 自分でもよく分からない感情に苛々しながら、目の前の敵を見据える。

 スウェーデン・ショート・スナウト種。

 長い鋭い角を持つ、シルバーブルーの鱗が輝かしい俊足の竜種だ。

 けれども、目の前のドラゴンは、授業で習ったそれとは姿形が大きく異なる。

──全身から緑がかったおどろおどろしい焔を吐き、地獄の瘴気を身に纏う、『骨格標本が動いてるみたいな竜』なんて、誰も見たことないだろう。

 

『あれは骸竜種!ショート・スナウト種の骨に強い怨念と魔力とが合わさって生まれた、怨嗟で動くゾンビドラゴンです!』

(そんなもんと戦わせて大丈夫なのかよ…)

 

 竜の姿の骨が、明確な意思を持って動いている。毎度のことながら、本当に魔法界はファンタジーだ。

 ドラゴンは火を吹く個体が多く、必然的に火炎耐性を持つ種族も多いのだが、流石にアレ相手に炎は無茶だろう。

 巨大な骨と、禍々しい焔とが合わさったような風貌。もはや生物としてのカテゴリに入るのかどうか微妙なところだ。吸魂鬼とどちらが生き物らしいだろうか?

 

(──考えてばかりもいられねえ、か)

 

 地を這うような突進で、目の前の敵を排除せんとする。

 ベガはそれに対抗するように魔力を練り、蒼い焔を纏う守護悪霊を呼び出す準備を執り行う。

──ベガの杖は、去年のグレイバック戦で折れてしまっている。そのため、彼は今学期に入る前に、オリバンダーの店で新しい杖を見繕っていた。

 

『杖を折ったか。仕方ないこととはいえ、正直テンション下がるのォ。その人に合う杖なんて、そうそう見つかるもんでもないしの……』

『そこを何とか頼むよ爺さん』

『だって見合い相手を紹介したら、たった三年で離婚したみたいなものじゃよ?また新しい相手を探すのはなあ……』

『いやその例えは分かんねえけど』

『……、ならば、ブラックバーンとの協力で作られた杖を渡しておこうかの』

『へえ……え?ブラックバーンって……』

『いいか、この杖は誰にでも扱える代わりに、油断すると魔力をすぐに持っていかれる呪いの杖でもあるのだ……』

 

 オリバンダーの忠告を思い出しつつ、ベガは、極まった集中力で魔力を放つ──。

「蒼き焔は静かに燃ゆる──」

 地から這いずり出でる悪魔の巨人に、観客席は悲鳴を上げる。

 悪魔と骸竜。

 二つの巨大な異形がぶつかる様は、まるでここが冥界であるかのようだった。

「特大バージョンだ!!」

 

 何だあの大きさは、あのパワーであの巨体を保てるなんて、と解説席のフリットウィックが興奮する。

 本来、守護霊とはモデルとなった動物と同程度の大きさである。

 ベガが守護霊を改良して編み出した守護悪霊も、元は黒山羊だ。無理矢理人のような姿に変えてはいるが、せいぜい大きな人間と同じくらいのサイズしかない。

 けれども、今回ベガが呼び出した守護悪霊は竜と真正面からぶつかり合いができる程の巨大なものだった。

 魔力を込めて大きくしたのもあるが、ベガの新しい杖は、ベガの予想以上に魔力消費が激しい。

──これは、一筋縄ではいかねえぞ……!

 ベガは新しい杖への不安と期待で知らず口角を上げた。

 

「さて……!打ち合わせ通りに頼むぜ、シェリーッ!」

 

 作戦その一。

 ベガが生み出した守護悪霊によって、無理矢理ドラゴンを抑えつける。力は拮抗しており、魔力さえ絶やさなければドラゴンの動きは何とか止まりそうだ。

 作戦その二。

 攻撃魔法に長けたシェリーが、ドラゴン目掛けて魔法を撃ちまくる。

 

(といっても、私の射撃魔法は人より少し速いだけ。エミルのような命中精度や、コルダのようなパワーはない。

──だからせめて、量でカバーする…!)

 

 シェリーは杖先に魔力を集中させ、六つの魔法陣を横並びに錬成する。

 それは砲門だ。性能を度外視した、ただただ魔弾を撃ち出すための、魔法の発射台が形成された。

 そしてシェリーの魔力が注がれるやいなや、命を屠る魔法の弾を発射していく──

 

「『オルガン・フリペンド』!!」

 

 オルガン砲。

 パイプオルガンのように並んだ砲門から弾を撃ち出す砲台だ。

 シェリーが今まで使っていたものを銃とするなら、これはまさしく無数の砲台。精度こそ高くないが、数でゴリ押しする彼女らしい兵器といえる。

 射撃呪文のシャワーが、ドラゴンの骨を少しずつ砕いていく。痛みは感じていないようだが、それでもダメージは確実に入っている。

 そんなシェリーに怒りを感じたのか。

 ドラゴンゾンビは、骨を燃やさんばかりの勢いで、身体中から炎を発して闘技場を火の海へと変える。

 それはまさしく地獄だった。

 地は割れ、焔が噴き出し、悪魔と竜のぶつかり合いでその空間は壊れていく。観客席など目も当てられない。阿鼻叫喚の嵐が吹いていた。

 

「ッ!『アグアメンティ』、水よ!」

 

 観客席に割れた大地の破片が飛来したのをセドリックは見逃さなかった。水の弾はその岩を呑み込み勢いを消す。観客席には闇祓い達が分厚い『盾の呪文』を構築しているのだが、正義感の厚いセドリックがそれを見逃すはずもなかった。

 

「セドリック!」

「僕のことは気にするな!君達は、君達のやるべきことをやれ!」

「──ッ、ありがとう!」

 

 言うと、セドリックは自分の役割───卵を奪うことに専念する。

 セドリックの魔法はオールマイティな反面、攻撃力に欠ける。ベガ達のようにドラゴンと真っ向から戦う力は彼にはない。

 しかしそこで僻む彼ではない。己が使命を全うするため、卵に向かってひた走る。

 

(よし、もう少しで──)

「セドリック、上!避けて!!」

「────えっ?」

 

 シェリーの声に顔を上げると──雨のように、多数の骨が降り注いでいた。

 間一髪、盾の呪文で直撃を防ぐ。

 ……見ると、ベガが食い止めていたはずの骸竜がバラバラに崩れ、闘技場を所狭しと飛び回っているではないか。

 

(──まさか、自分の骨をバラバラに分解して、それぞれの骨を動かすことができるってのか!?)

 

 人間の骨の数は約二〇六本あると言われているが──ドラゴンの骨の数は一体何本あるのだろうか。

 少なくとも、軽く見積もっても優に千本は越えるだろう。それだけの数の骨が自立して動き、襲いかかってくる。

 セドリックは自分に向かってくる骨を叩き落としたが、それは地に落ちてバラバラになり、そして何十本もの骨となってまた動き出す。

 これではキリがない。

 攻撃すればするほどその数は増え、次第に追い詰められていくという訳だ。卵に近付くどころの話ではない。

 

「──『インセンディオ』!!」

 

 ベガが火炎魔法で周囲を一掃するも、骨には火炎耐性があるので効果は薄い。それでもベガの火力ならば、時間はかかっても少しずつ突破口は開けるだろう。

 相性が不利な相手でも、技量と地力でカバーできる彼は紛れもない天才だ。

──だが、それでは評価は下がる。

 時間がかかりすぎてしまうのだ。ここで何か手を打たなければ、審査員からの評価は高いものにはならない。

 

「だが、これだけの骨を操ってるんだ、おそらく『核』がある筈だ!そいつを破壊さえしちまえば、この骨も動かなくなる!」

「──核──あっ、あれ!骨が一箇所に集まってるところがある!きっとあれが、このドラゴンの核だよ!」

 

 だが、分かったところで攻略法はない。

 シェリーが『フリペンド』で攻撃するも、幾多もの骨に阻まれてガードされる。

 魔法糸を伸ばそうにも距離がありすぎるし、骨の量が多すぎて邪魔してしまう。かといって、これだけの骨の量では、近付くことさえ難しい。

 このままではジリ貧だ。

 汗が一滴、垂れる。

 何か、手は──。

 

「……そうか、水だ!シェリー!バンバン水を出してくれ!」

「!?うん、分かった!…………、えっ、何で!?」

「成程、そういうことか!」

「『アグアメンティ』!……ごめん、どういうこと!?」

 

 観客席からも、その行動は奇妙な行動としか思えなかった。

 セドリックとシェリーはベガの支援をすることはなく、闇雲に水をばら撒いているだけにしか思えなかったからだ。

 けれど、段々と出来上がっていくそれを見て、彼達の行動の意図を悟る。

 雨雲。

 ベガと骸竜の炎で散々熱せられた競技場の大地に水をばら撒けば、それは水蒸気となり雲となる。科学的に不可能な部分は魔力でカバーし、小規模ではあるが雨雲が完成する。

 

「そして──あの雨雲に雷の魔力をぶち込めば、雷雲に変わるって寸法だ」

 

 ベガは先程のネロの真似をして、『トニトルス、雷よ』と唱える。杖先に雷の魔力が凝縮されると、それをシェリーの杖へと当て、魔力を共有する。

──あの雲に魔力を当てるのは、シェリーの役割だ。

 

(脚を引っ張るのが怖い……なんて言ってる場合じゃない。やるんだ。皆んなが全力を尽くしているのだから──私もそれに答えなきゃ、仲間じゃない!!)

「当てろッ、シェリー!!」

「──『トニトルス・フリペンド』!!」

 

 放たれた雷は、天上へと昇り行く。

 限界などないような魔力の渦が、雲という終着点目掛けて飛んで行く。

 衝突。

 それだけで恐ろしいまでの暴風が吹き荒れ、余波が闘技場全体へと渡っていく。

 魔力は既に蓄えられた。

 迷いもない。

 ただ敵を討ち滅ぼさんとする天の劔が、暴風とともに振り下ろされる──!

 

「──ゴガグギャアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!?」

 

 天帝の裁きとも言うべきか。

 一直線に進む彗星は骸の竜の心臓部に直撃し、その意識を刈り取った。

 数多の骨がその動きを一斉に止め、ただの物質となり活動を停止する。──作戦は成功のようだ。セドリックはシェリー達を労うと、卵を取る。その姿に、グリフィンドールもスリザリンも、いやどの学校も関係なく、観客席が沸いた。

 

「何とか、なったな」

 ベガはすっかりボロボロになった闘技場の上にどっかりと座り込む。審査員達はあの状態から雷を作るのは素晴らしい機転だと評価してくれているようだが、今回もギリギリの勝利だったことに変わりはない。

 けれども、勝利は勝利だ。

 

「ベガとセドリックがいてくれて、本当に良かったよ。皆んなのお陰で倒せた」

「ああ。けどよ、自分自身のことももっと褒めてやれよ。お前も今回の勝利の立役者なんだからな!」

「──うんっ。ありがとう、ベガ!」

 

 

 

「──第一の試練、突破だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一位 ダームストラング専門学校

メンバー:ネロ、リラ、クラム

ハンガリー・ホーンテール多頭種

評価【ドラゴンを倒せる強さ、卵を取るスピード、どれを取っても素晴らしい。個人主義が強すぎるのが欠点?】

 

二位 マホウトコロ

メンバー:ハヤト、コージロー、タマモ

ウェールズ・グリーン古代種

評価【やや直線的なきらいはあるものの、ドラゴンと真っ向から戦って倒せる戦闘力や連携能力は評価に値する】

 

三位 ホグワーツ魔法魔術学校

メンバー:ベガ、シェリー、セドリック

スウェーデン・ショート・スナウト骸竜種

評価【三人の息を合わせたチームプレイが素晴らしい。欲を言えば、もう少し時間短縮を狙いたいところ】

 

四位 ボーバトン魔法アカデミー

メンバー:フラー、ローズベリー、ブルーベリー

チャイニーズ・ファイヤーボール種

評価【うまく自分達のペースに巻き込んではいたものの、火力不足な点や、卵を焦がしてしまった点が目立つ】

 

五位 イルヴァーモーニー魔法魔術学校

メンバー:バーニィ、サモエド、マスティフ

ウクライナ・アイアンベリー種

評価【攻撃力という点でいえば各校の中でも上位に入るが、見境がなさ過ぎる。卵を破壊してしまったのが痛い】

 



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5.DANCE PARTY

──薬草学の授業。

 ハッフルパフからの非難の声も少しずつではあるが減ってきて、以前よりは過ごしやすくなってきた。

 と。前方に人影を見つけて、シェリーは声をかけた。

 

「ローズベリー、ブルーベリー!お疲れ!この間は大変だったねっ」

「ふん」

「二人の花魔法凄かったなあ!あの魔法はどうやって覚えたの?」

「知らないっ」

 

 友好的に話しかけるシェリーをあからさまに無視するフロランタン姉妹。彼女達は人一倍警戒心が強く、フラーやマクシーム以外が話しかけるとこうしてツレない態度を取るので、代表選手の中でもあまり好かれている方ではないらしい。

 ……ないらしいのだが、そういう相手に全く臆さず話しかけられるシェリーも、こうして見るとすごいもんだ。

 

(うーん、駄目かぁ……仲良くなれると思ったんだけど)

 

 シェリーは残念そうに俯いた。

 第一の試練がドラゴンということをバーニィ達に伝えたおかげか、彼女達の態度は若干軟化して世間話程度なら付き合ってくれるようになった。シェリー達がどういう人間なのか、直接見て話して知りたいのだとか。

 だがフロランタン姉妹は取りつく島もない。シェリーとベガが代表選手に選ばれたと知った時、一番反発していた二人だ。無理もないが……。

 さて。

 授業が終わると、グリフィンドールの生徒達はマクゴナガルに呼ばれて空き教室に集められていた。ここにいる生徒は四年生以上のようだが……。

 

「クリスマス・ダンスパーティ!?」

「ええそうです。クリスマスの日、魔法学校対抗試合の伝統として、ダンスパーティが行われるのです。外国からのお客様と知り合う機会でもあり、これは節度を持っているであろう四年生以上を対象とします。

 しかし、下級生を招待するのは可能なので全員が参加できないというわけではありませんよ」

 

 つまり、今日集められたのはダンス・パーティの予行演習。ダンスの簡単な練習のためらしい。

 女子は盛り上がり、男子は恥ずかしそうに肩肘つつき合う。反応は半々だ。

 しかしベガは結構乗り気だった。

 それもそうだろう、忘れられがちだが彼は女好きなのだから。

 

「いやァ楽しみだねえ、女子と公然と仲良くしていい機会だものなあ。今からクリスマスが楽しみだぜ」

「それは何より。ではレストレンジ、ダンスのお手本としてこちらに来なさい」

「はあ〜〜!?」

 

 マクゴナガルに姉妹され、ベガは渋々といった感じで前に出る。超嫌そうな顔だ。

 口々に冷やかされながらダンスを踊る。

 ………普通に上手い!

 年頃の男子にとっては恥ずかしいだろうが、あれだけ堂々とリードする姿を見せつけられては押し黙るというもの。

 ていうかベガは普通に優良物件だ。

 身長も伸び、女慣れしているが心根は兄貴肌な性格。しかも普通に顔も良い。今の彼はまごうことなきイケメンである。

 さて、恥をかかない程度にダンスが上達したところで、問題はパートナーだ。

 

「やあシェリー・ポッター!」

「あ、コリン!こんにちは」

「僕とダンスパーティ行きませんか!」

「いいよ!私でよければ喜んで」

「「………いや待て待て待て!!」」

 

 ロンとハーマイオニーは慌ててシェリーの口を塞いで黙らせる。

 さっきからずっとこんな調子だ。対抗試合が開かれるという年に自分達だけのけ者にされるのは嫌なのだろう、三年生以下の少年達はこぞってシェリーに寄ってくる。

 それはシェリーが有名人で、おこぼれにあずかりたいからというのもあるが、それ以上に、シェリーが人に頼まれると断れない性格と知っているからである。

 シェリーは人の誘いを断らない。

 というか、断れないのだ。

 相手が誰だろうが、誘ってくれたら即オーケーしてしまう。しかも「やっぱり別の子と踊ることにしたわー」とか言われても「オッケー」と笑顔で返せるような少女。

 すごく都合の良い女なのである。

 だから、シェリーのパートナーがとんでもないロクデナシになってしまう可能性すらあるわけで。

 

「……面接の必要があるわね。シェリーが悪い男にひっかからないようにしないと。最低でもこの子を好きになった理由と良いところを三つは言えないとダメよ」

「………え、えっ?面接?」

「僕とハーマイオニーと話して、シェリーに好意を抱いてる奴を吟味しなきゃね」

 

 保護者モードに入った。

 彼達の心境は娘を嫁に行かせたくない親のそれである。その甲斐(?)あってか、パーティが目前に迫ってもシェリーはダンスの相手を未だ見つけられずにいた。

 ちなみにロンは母親から栗色のドレスローブが贈られてきたりしていた。

 さて、本当にどうしたもんか。

 三人は談話室で寝そべっていた。

 

「フレッドはアンジェリーナと行くみたいだし、ネビルはシレッとジニーと約束を取り付けてるんだよなあ」

「皆んな次々にパートナーが決まってくね。……私も代表選手だからパートナーは絶対見つけなきゃだし……」

「シェリーのパートナー探しもだけど、僕もいい加減相手を見つけなきゃなあ」

 

 お?と、談話室の生徒達が耳を傾ける。

 ロンとハーマイオニーは互いに互いを意識している、所謂、両片思い状態であることは談話室中の人間の知るところだ。

 ロンはハーマイオニーのちょっとした仕草に視線を向けるし、その度にいちいち顔を紅くする。ハーマイオニーはハーマイオニーでロンと話している時は自然と顔が明るくなるのだ。

 つまり、「もう付き合っちゃえよ」って感じの二人なのだが、とうとう本当にそうなる日が来たか……?

 

「………、ねえ、ロン……」

「そういや君、一応女の子だったよね。どうだい、僕とダンスするかい?」

「………………」

(((馬鹿野郎ォ────!!)))

 

 グリフィンドール中の心が一つになる。

 いくら気心の知れた間柄とはいえ、ロンの誘い方は流石に酷すぎる。

 好きな子に素直になれない症候群。好きなあまり行動が空回ってしまうことは多々あるが、今回のはまさしくそれだ。

 日本ではツンデレというらしい。

 ベガとラベンダーがあちゃー、という顔で天を仰いだ。恋愛事には人一倍詳しいコンビが頭を抱えるレベルである。

 ハーマイオニーの方を恐る恐る伺うと、……うわっめっちゃキレてる。怖……。

 

「生憎だけど、私もうパーティの相手はいるのよ」

「えっ!?」

「えっ!?」

「なんでそこでシェリーも驚くのかしら。……ええ、そうよ、ロン。貴方よりずっと魅力的な人に誘われて、断る理由も無いからオーケーしたのよ!」

「なっ、えっ、そんな──」

 

──マジかよ。

 と、またもやグリフィンドールの心が一つになってしまった。

 真実を言うなら、ハーマイオニーがダンスの誘いを受けたというのはハッタリだ。

 誘いを受けたのは事実。今日の昼、図書室で勉強中に肩を叩かれ、ダンスパーティに誘われたのだ。

 これまで男子にそういう風に誘われることなどなかった彼女は狼狽して、つい「考えさせて!」と逃げ出し、ロンには言い出せないまま今に至ったのである。

 実を言うと、ハーマイオニーは彼の誘いを断るつもりでいた。できることなら、ロンとパーティに行きたいという気持ちがあったからだ。

 しかし──彼の無神経な言葉に怒り、ついそんなことを口走ってしまう。

 

「そ、そんな──嘘だろ!?あ、相手は誰なんだよ!?」

「あなたもよく知っている人よ!」

「よく知っているって……」

「──ビクトール・クラムよ!!」

 

 ロンの顔が驚愕と絶望の表情に変わる。

 無理もない。ロンは、この三年と少しで成長したとはいえ、それでも普通の範疇に留まっている人間なのだから。

 片や、世界最高峰のシーカーであり、学校を代表する選手に選ばれた特別な人間。

 片や、特別な経験に巻き込まれただけの、チェスが得意なだけの普通の人間。

 ロンのコンプレックスが刺激されるのも無理はない。項垂れた彼をよそに、ハーマイオニーは寝室へと戻った。

 

「ロ、ロン……私と行く?」

「うん………」

 シェリーとロンのパートナー決定。

 

「えー…ハーマイオニーの奴、とんでもない相手とパートナーになってたんだな」

「そういえばベガのパートナーは?」

「フラー・デラクール」

「 え っ !?」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

──ダームストラングの幽霊船。

 ダームストラングの生徒達が乗ってきた黒々とした船は、そう呼ばれている。ゆらゆらと水面に漂い、不安定に揺れる様は、確かにそう呼ばれてもおかしくないほどの不気味さがあった。

 その一室。

 彼達用に充てがわれた部屋では、とある少女のドレスアップが行われていた。

 リラ・ダームストラング。

 おどおどした様子の彼女は、彼の兄、ネロの手によって美しく様変わりしていく。

 

「ったく、これくらい一人でできるようになりやがれってんダ……」

「ご、ごめんなさい兄さん……」

 

 リラは生来の不器用だった。

 どうも、手先を使って何かするという行為が恐ろしく苦手なのである。兄のネロは何でも器用にこなすのだが。

 思えば、昔っから妹に世話を焼かされてばかりだナ、と彼は自嘲する。世渡り下手な彼女の代わりに矢面に立ち、社交場では緊張してロクに話せないリラの代わりに何度自分が話したことか。

 

「いいかリラ、今日のダンスパーティでは俺は手助けしないかラ、自分で考えて行動するんだぞ」

「ええっ!?む、無理です!私一人じゃ何もできないです……」

「だから、お前一人じゃ何もできねえからやらせるんだヨ。いつも言ってるだロ、自分で考えて行動しやがレ、って」

「そんなあ………」

 

 しょぼくれた彼女をよそに、髪の手入れは進んでいく。黒のドレスに身を包んだリラは、見た目だけなら立派な淑女。

 しかし、緊張でオロオロしている彼女を見ると、この様子じゃ独り立ちはまだまだ先だナとネロは一人ごちるのであった。

 

 さて。

 この時間、メイクをしているのは彼達二人だけではない。

 同時刻、シェリーも慣れないメイク道具をチャリタリに教えてもらいながら動かしていた。

 

「ん!これで完璧、っと」

「ありがとう、チャリタリ!」

「良いって良いって!あー、なーんか今のシェリー見てると私の髪長かった頃を思いだすわぁー」

 

 チャリタリの勧めで髪型も変えた。三つ編みを作って、後ろで纏める。すると首筋が見えてスッキリする上に、いつもと違う大人っぽさも醸し出せるのだとか。

 シェリーが着ているのは、ワインレッドのドレス。肩部分を見せる形状だが、二の腕は隠されるようになっており、着痩せ効果が期待できるんだとか。……これを勧めてくれたモリーの心境やいかに。

 そんなドレスを着て、くどくならない程度に化粧も施した彼女はとても綺麗だ。いつも美少女なシェリーだが、今夜は普段の三割増しで美少女だった。

 二人で廊下を歩いていると、すれ違う男子がチラチラとシェリー達を見るのもその証拠である。

 

「そうそう、チャリタリもパーティに参加するんだよね?」

「参加じゃなくて警備。一応仕事で来てるんだからね?ダンブルドアが、闇祓いの制服じゃ生徒達も楽しめないだろうからって慌てて用意したんだから」

 

 そう言って口を尖らせるが、彼女のドレス姿は傍から見てもすごく綺麗だ。

 健康的な褐色肌に白いドレスが合わさると相性抜群の美しさになる。チャリタリの綺麗な脚も深いスリットで晒されていて、なかなか気合いの入った装いに見える。

 実は楽しみにしてたんじゃ……?と思ったシェリーは、好奇心から尋ねてみた。

「ダンスの相手はいるの?」と。

 

「え、えーっと、まぁ。エミルと踊ることになってる………かな」

「エミルと!やったね、チャリタリ!」

「な、何がよ。アタシは別にそんな、エミルと踊るのが嬉しいとかそんなのは……」

「おーいチャリタリー」

「ひゃあっ!?」

 

 彼女の絶賛片思い中の相手がドレスローブを着てやって来た。あまりのタイミングの良さにチャリタリはドギマギする。

 ……そしてそれをちょっと遠くからニコニコしながら眺めるのがシェリーである。

 

「あー……エ、エミル?その……」

「ん?おーっ、似合ってるじゃないですかチャリタリ」

「………えっ!えー、えっ!そうかな…」

「はい!そのスリットとかとってもエロいと思いますよ!」

「……………」

 

 ……ホグワーツの男は女の地雷を踏み抜かなければならない決まりでもあるのか。

 見事にチャリタリの機嫌を一変させたエミルは、腹に強烈な一撃を貰った。仮にも闇祓いの彼女のパンチは腰が入ってて重かったらしい、エミルは腹を抱えて蹲った。

 馬鹿なんじゃなかろうか。

 パーティ会場はどことなくふわふわした雰囲気だった。大勢の人が浮かれた様子で談笑し、踊り合い、料理に舌鼓を打つ。

 その隅っこでソワソワと落ち着かないようにジュースを飲んでいるロンの姿を見つけて、シェリーは駆け寄った。

 

「ロンッ、おまたせ」

「わっ!……シェ、シェリーか。…あー、なんだ。すごく綺麗だね」

「ありがとう、お世辞でも嬉しいよ」

「いや本当に……い、行こうか」

 

 顔を赤くさせたロンに腕を差し出され、応じるように手を置いた。

 彼の栗色のローブはベガやらエミルやらシェーマスやら、お洒落な面々に魔改造を施され、今では彼の燃えるような赤毛が映えるドレスローブへと変貌しているのだから凄いものだ。

 ふと。脚の裏を縫い付けられでもしたかのように、ロンの脚が止まった。

 

「本当だったんだ……」

 

 彼の視線の先には、よく知った人物の姿があった。

 長い癖毛にはふんだんに『癖毛矯正クリーム』が使用され、少し大きめの前歯も今日ばかりは目立ってないように見える。最近医務室に行ったのは、このためだったのだろうか。

 だとするととても気合いが入っている。

 パール色の、ざっくりと背中が開いたドレスで粧し込んで、見違えるような美しさを手に入れた少女がそこにいる。

 しかしその隣に立つのはロンではなく、王族のような威厳あるローブを事もなげに着こなした、ビクトール・クラムなのだ。

 

(なんか胃がキリキリしてきた……)

 

 ハーマイオニーがクラムとパーティに出席したのは、無論、クラムの誠実さに惹かれた面もあるだろうが、ロンへの当て付けの面が大きいだろう。

 しかしロンもロンで、彼女の言葉を額面通りに受け取ってしまう程度には子供だ。

 なんというか、これは。

 

「面倒くさいカップルだよなあ……」

 いつの間にかやって来ていたベガが、遠い目でそう呟いた。隣には、相変わらずの美貌のフラー・デラクールの姿が……

 

「えっ!?フラー!?」

「何だよ、言ってなかったっけか?つーかそんな驚くことか。代表選手同士がペアを組んじゃいけないなんて決まりはないぜ」

「そうでーす。どの学校にも私に釣り合うような男はいませーんでしたが、ベガはマシな方でーす」

「そりゃ光栄だこって」

 

 とは言うが、彼達はこれ以上ないくらい美男美女のカップルだ。

 ベガは後ろで艶やかな銀髪を纏めてその整った面貌を惜しげもなく晒しているし、フラーもまたシルバーブロンドのドレスが彼女の美しさを際立たせている。

 お互いがお互いの美麗さを引き立てている、顔だけは理想的なペアといえよう。

 

(でもなんでよりにもよってボーバトンの代表選手がペアなんだよ!?)

(だから、スパイだよスパイ!敵の情報を引き出すためにペアになったんだ!向こうもそんなことは承知だろうけどよ……)

「何話してんの、あんた」

 ロンとヒソヒソ話してたらフロランタン姉妹に睨まれた。

「レストレンジだっけ……?あんたがお姉様と出席するの、私達は認めたわけじゃないんだからね!」

「へいへい」

 

 ちなみにフロランタン姉妹はダームストラングのそこそこ顔のいい男と踊ることになっているらしい。彼女達のどことなく嫌そうな顔を見るに、本当はパーティに出席すらしたくなかったのだろう、という本心が透けて見える。

 

「あー。レストレンジ、あれは、ホグワーツの先生じゃなかったですか?」

「あ、マグゴナガル先生だ……」

「探しましたよ皆さん。素敵なドレスですね?さて、あなた方は代表選手ですから、他の生徒より先に踊ることになっているのは、知っていますね?」

「………聞いてねえぞ」

「では、今伝えました。さぁ、こちらへいらっしゃい。皆が待っています」

 

 マクゴナガルに引っ張られて、十四組のペアがステージの上に上がる。拍手で出迎えられると、フリットウィックの指揮で厳かなクラシック音楽が流れ始める。

 環境の差か、貴族階級の生徒達はダンスも優雅にこなせているものの、これまでダンスなど縁遠い生活を送っていた生徒は粗が目立つ。

 シェリーとロンのペアは庶民二人の組み合わせなので、必然的にガチガチだ。

 セドリックとチョウのペアから「もっと肩を抜いて」などと小声でアドバイスを受けながら、ぎこちなくではあるが形にはなっているようだった。

 ちなみにチョウは前々からお熱だったセドリックとパーティに行けることが嬉しいようで、アジアンの活動的なドレスを程よく着崩しながら踊っていた。

 

「……まっ!お互い楽しむとしようぜ。なぁ、フラー」

「ふーふーん?そういえばー、ベガ、あっなーたダンスはできまーすか?わったーしはダンスできない男の人とは、一緒にいたくありませーん」

「任せろ」

 

 フラーをリードする形で、ベガはステップを踏んだ。まだ十四歳の彼だが、成長期になり身長はぐんぐん伸び、女子にしては高身長のフラーをソツなくリードできる程度には伸びている。

 フラーも満更ではなさそうだ。……フロランタン姉妹は面白くなさそうな視線を送ってきてはいるが。

 マホウトコロの方を見ると、和服を着たハヤトがルーナを振り回している光景が。それに負けじとコージローが無茶な踊りをしてタマモから怒鳴られている。和もへったくれもありゃしねえ。

 ネロとリラは純血の良家と踊っているようだ。二人とも大して面白くなさそうな顔をしている。クラムは……ハーマイオニーと自分達の世界に入ってた。

 

(あれ?サーベラスの皆んながいない?)

『アタシ達はここだぜェエーーー!!』

「うわっ!?なんかギター持って派手に登場してきた!?」

『サーベラスは皆んなのものなので誰かとダンスはできないっス!なのでダンブルドアに掛け合って、私達は生演奏することになりましたァー!』

『皆んな盛り上がってこうぜェーー!!』

 

 厳粛なクラシックの時間はサーベラスの爆音でロックへと変貌した。

 学年も寮も学校も違う者同士が繰り広げる馬鹿騒ぎ。音楽は世界を一つにするというのは本当だったらしい。一度破裂した熱狂は留まることを知らず、どこまでも燃え広がっていく。

 いつの間にかフリットウィックが生徒達に担ぎ上げられると、やいのやいのと運ばれていく。理性などかなぐり捨ててやると言わんばかりに、皆が踊り狂っていく。

 その喧騒に疲れたか、ベガは、代表選手のソファにどっかりと腰を下ろした。

 

「ハーム・オウン・ニニー?」

「ハー・マイ・オ・ニーよ。ふふっ」

 

 ……近くでイチャイチャしてる馬鹿ップルがいるようだが無視する。

 

「やあベガ、随分とお疲れのようだね。何か飲むかい?」

「あぁ……じゃあファイア・ウイスキー」

「はい」

「ん、悪いな」

 渡されたボトルごと飲む。体内の熱を逃がすように息を吐くと、ふと、気になっていたことを口にしていた。

 

「何でシェリーを誘わなかったんだよ」

 

 恋愛経験豊富なベガは、セドリックの気持ちなどとうに気付いている。けれど、だからこそ分からない。セドリックは何かに遠慮しているような気がしてならない。

 

「ロンとハーマイオニーが邪魔したから、なんて言い訳は聞かねえぞ。あいつ達は真摯に誘ってくるような奴の邪魔するような人間じゃねえ」

「……何もかもお見通しってわけか。分かった、白状するよ。

 シェリーとは、君が行くと思ってた。だから誘わなかった」

「……はぁー??」

 

 余計に分からない。

 ベガとシェリーは恋人ではないし、特別狙っていたことがあるわけでもない。

 彼女とベガの間には何もない。

──と言ったのだが、セドリックは笑顔で「そうかな?」と返すだけだった。

 

「僕は、君がシェリーのことを好きなんだと思ってたよ」

「はぁーあ!?何でそう思ったんだよ?」

「勘ってやつかな。でも、それならプレイボーイの君が彼女には手を出さなかったことに納得がいくんだ。

 シェリーは誰に対しても平等だ。誰にでも優しいし、罪を犯した人間にも再起のチャンスを与える。人の役に立てるなら喜んで茨の道に行くような人間だ。

──けれど、だからこそ彼女の一番になることはとても難しい。それが分かったから君は彼女に手を出さなかったんじゃないかって」

 

 よく見てるじゃないか、と感心する。

 シェリーは求められれば誰とでも恋人になれる。なれてしまう。彼女には一切の差別も区別も偏見もないからだ。

 でもそれは、彼女の特別にはなれないということでもある。『自分以外の人間は全て等しく素晴らしい』、それがシェリーの出した結論なのだから。

 

「けど、僕は決めたよ。彼女の特別になってみせる。心から僕のことを好きになってもらうってね。

 ベガ、君にその気がないなら僕はそれでいい。だけど後悔だけはするなよ!」

 

 言うと、セドリックは楽しげに笑っているシェリーの方へと向かう。改めてダンスを申し込むつもりらしい。

 何だか急激に熱が冷めた気分だった。

 フラーを酔わせて、何かしらの情報を聞き出そうと思っていたのだが、その気も失せた。

 

「はあ……馬鹿らし。帰ろっかな……」

「あ?何だよ、もう帰るのカ」

 何か絡んできた。

「……俺に何か用か、ネロ」

「あれを見ろヨ。サーベラスの音楽に合わせて生徒達がブレイクダンスしてル。お前もあの中に混じって踊れヨ」

「なんでんな事しなきゃいけねえんだ…」

「負けるのが怖いのカ?」

「はあ〜〜!?」

 

 なんだかムシャクシャしていたベガは、ネロの挑発に簡単に乗った。

 溜まりに溜まったストレスをここで発散してやる、と言わんばかりの勢いで上着を脱ぐ!

「やってやんよパンダ野郎!!」

 言うと、観衆の中にダイブし、重力を無視したかのような動きでくるくる回り片手だけで身体を支えてみせる!

「言ったなこのロン毛野郎!!」

 ネロも負けじと遠心力をフル活用して床の上で乱回転を巻き起こす!そのスピードたるやもはや芸術の域!

「あ、あれは!」

「おい、フリットウィック先生が何か言ってるぞ!」

「知ってるんですか先生!?」

「ウィンドミル、トーマス、マーシャルに果てはバックスピンまで!ブレイクダンスの花形、パワームーブを代表する技が続々と……!そして最後は……ヘッドスピンだァアアーーッ!!」

「うおおおよく分からんがなんか凄いってのは伝わってくるぜええええ!!」

 

 ブレイキンッッッ!!!

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「踊ってくれてありがとう、シェリー」

「いいよ、セドリック」

「それでその……この後なんだけど……」

「ふぁ……あ、ごめん。つい……」

「あー、大分疲れたみたいだね。送って行こう……と言いたいところだけど、チョウを送る約束をしていてね」

「いいよ、そっちを優先してあげて」

 

 ダンスやら歌やらで、シェリーの身体はすっかり疲れてしまったらしい。けれどももう少しこの空気に浸っていたかった彼女は、外に出て夜風に吹かれることにした。

 

「あ、コルダ」

「ポッターじゃないですか」

 

 ベンチには先客がいた。

 まだ三年生だというのに、ドレスを着たコルダは大人びて見える。

 グラデーションがかった、ブルーグレーのレースのドレス。プラチナブロンドの髪色がアクセントになって、まるで雪の妖精を思わせる可憐さだ。

 

「貴方もパーティを抜け出してきたクチですか?」

「そういうわけじゃないんだけど、ちょっと休憩。少ししたら帰るかな」

「気が合いますね。私も帰るところです」

 

 彼女は上級生に誘われて参加したらしいのだが、すぐに自分が家柄の良い女だから誘われた……いわばアクセサリー目的の誘いと気付き、馬鹿らしくなって適当に抜け出してきたのだとか。貴族も貴族で色々と大変らしい。

 

「……その、去年は私の秘密守ってくれてありがとうございました」

「えっ?い、いやいや!私達もあの時はコルダにお世話になったし……」

「それでもです。貴方達には助けてもらってばかりです、本当に」

 深々と頭を下げられた。

「いいよそんなことしなくて!友達の秘密を守るのは当然でしょう?」

「友達……ふふっ。ええ、そうですね。

 ああ、そういえば。ポッター達はドビーと知り合いなんですって?」

「うん!今はホグワーツの厨房で働いてるみたい」

「それは良かった。……あの子、私達を恨んでやしないでしょうか」

 

 え?という、シェリーの疑問に答えるように、コルダは言葉を紡いだ。

 

「言い訳するつもりはありませんが……私の家は屋敷しもべに対して特別酷い仕打ちをしていたわけではないんです。

 けれど、私がグレイバックに噛まれて以降、お父様は八つ当たりでもするかのようにドビーに辛く当たるようになったらしいんです。私も又聞きではありますが……」

 

 曰く、当時はよく自分の部屋に閉じこもっていたので、詳しい事情は知らないらしいのだが。

 ルシウス氏の気持ちは分からないでもない。最愛の娘が人狼に変えられて、絶望して何かに縋りたかったのだろう。けれど彼が縋ったのは暴力で、その結果ドビーは家を去ってしまった。彼は間違えたのだ。

 

「なら──気持ちの整理がついたら、謝りに行こう?間違ったなら、少しずつでも償っていけばいいんだよ」

「……ふふ。ありがとうございます、ポッター。………ホグワーツに入って、貴方達に会えて良かった」

 

 シェリーもコルダも、未だ知らない。

 コルダがグレイバックに襲われたのは、かつて闇の勢力に属していたルシウスが遠因ということに。

 コルダが秘密の部屋事件に巻き込まれたのは、ルシウスがリドルの日記をジニーに渡したのが原因ということに。

 彼女の最も尊敬する父親が、コルダの今の環境を作ってしまったことを彼女はまだ知らない───。

 

──そして、その事実に、発狂寸前なほど追い込まれているということも──。

 

 

 

 シェリーと別れたコルダは、もう自室に帰ってしまおうかと思っていると、

「コルダ?どうした、踊らないのか」

──ふと、最愛の兄から声をかけられる。

 

「お兄様……ええ、何だかもう、疲れてしまったもので」

「嘘だな、コルダ。大方、あいつの相手が嫌で逃げ出してきたんだろ」

「う……お兄様に嘘はつけませんね」

「とはいえ、すまない。お前の相手にあいつを勧めた僕の責任でもある。もうちょっとマシな相手を勧めるべきだった」

「そんなことは──……」

 

 いや、不満はある。

 本音を言えば、コルダが踊りたい相手はドラコなのだ。

 けれどそれは許されざる恋。兄と妹という関係以上に、周りがそれを許してはくれないだろう。兄弟同士の恋が知られれば、マルフォイ家の名を貶めることになる。

 だからこの想いは消してしまわなければいけないのだ。そう自分に言い聞かせ、コルダは踊りたい気持ちを押し込んだ。

──それなのに。

 

「コルダさえよければ、僕と踊るか?」

「え────?」

「あくまで練習の延長線上だが……折角のダンスパーティの思い出があれだけなんて寂しいもんな」

「お、お兄様!そんな、いけません、私なんかと踊ったら…………お兄様が笑われてしまいます……」

「僕のことは気にしなくていいさ」

 

 ドラコは無邪気な顔で手を差し出した。

 その顔が、コルダにとっては誰よりも魅力的で──心臓を高鳴らせる。

 この恋は報われてはいけない、隠し通さなければならない。それは分かっている、けれど。

 

「僕と踊ってくださいますか、お嬢様」

 

 この手を跳ね除けるなんて不可能だ。

 自分のこの恋が報われるとは、つゆ程にも思っていない。

 いつか大人になって、兄が家督を継ぎ嫁を貰うまででいい。その間だけ、どうかこの恋を許してほしい。

 

「はい────勿論」

 

 コルダの魔法は、まだ解けない。

 

 

 




書く直前にラブコメ読んだからかめっちゃ影響されてる…。これだよわしが書きたかった学園青春ものはよぉ!

アメリカ組がバンドという設定になったのは、今回妖女シスターズの代わりに出れるからダンスのペア考えなくていいからだったり。でも正直ペアの相手わりと適当だし、そんな意識する必要なかったかな……。


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6.BATH ROOM

正直なことを言うと、代表選手達って実際に書くまで全然キャラ固まってないやつとかいたんですよ。書いた後も全くキャラが掴めないやつもいたんです。
けどある程度書くと何となく分かってくるね…。楽しい…。
あ、でもハヤトは初期の構想から全く変わってません。あいつのキャラ被りようがねえ!!


 シェリー、ベガ、セドリックの三人は中庭に集まり作戦会議を行っていた。彼女達は違う寮であるが故に、ここに集まって話をするしかないのだ。

 とはいえ、他の学校に会話内容を悟られないよう魔法の防音壁は欠かさないが。

 今回話し合う内容は、先の課題で手に入れた卵について。これは次の課題のヒントを教えてくれるという話なのだが、その内容は訳がわからないものだった。

 セドリックがハッフルパフに持ち帰り、開閉スイッチがあることに気がついて押してみたところ、硝子を爪で引っ掻いたような酷い音が大音量で流れたのだとか。それ以来、この卵の謎を解こうと色んなことを試したらしいが、全て空振りに終わり。

 三人寄れば文殊の知恵、ということで急遽作戦会議を行うことになったのだ。

 

「僕が調べたところ、卵には防護魔法……というより、他全ての魔法を遮断する機能が備わっているみたいだ。持ち運びできる神殿とでも言うべきか……魔法で何か影響を与えるというわけではないと思うんだ」

「となると、考えるべきは音の方か?音に関連する魔法もあるわけだし、条件が整えば発する音も変わるかも……」

 

 ウンウンと唸っている男子二人に、自分も何か考えなければと、シェリーは必死に知恵を絞る。

「……水の中に入れてみるとか……」

「「それだぁー!!」」

 言ってみるもんである。

 

「よし、善は急げだ。シャワールームに行くとしようぜ。何か分かるかもしれねえ」

「それなら提案なんだけど、監督生しか入れない浴場があるんだ。もしよかったら二人も来ないか?」

「行ってみたい!」

「いいね、興味あるぜ」

 

 というわけで三人はシャワールームに行こうとして、防護壁を解除する。

 と。

 その瞬間を待っていたと言わんばかりに、セーラー服の少女がやって来る。

 ミカグラ・タマモ。マホウトコロの代表選手が、何やらぎこちなく笑みを浮かべながらやってきた。

 ……めっちゃ何か企んでる顔してる。

 

「ね、ね。共同戦線張りましょう?」

「……何のつもりだ」

 

 ベガは少し警戒の入った声を出すが、タマモは顔色一つ変えずに答えた。

 

「君達、卵の謎が解けそうなんでしょ?その顔を見れば分かるよ。……それでお願いなんだけど、謎を解決するヒントを私達に教えてくれないかな」

「はあ?」

「私達ね、戦うのは得意だけど、こういう謎解き系はてんで駄目なの!だからヒントだけでも教えて欲しいなって」

 

 まあ、先の戦闘を見れば、マホウトコロが直接戦闘に特化しすぎていて、こういう試練が苦手なのは分かる。

 このままでは何の対策も練れないまま次の試練を迎えることになる、それでは優勝が遠のいてしまうのだ、と。

 代わりに次の試練ではホグワーツの邪魔をしないことを約束してくれた。口約束だが、普段の態度を見ていればタマモ達が約束を破る性格ではないのは分かる。それに個人的なことをいえば、シェリーは友達としてタマモ達を助けてあげかった。

 

「ま、良いんじゃねえの」

「君にそう言われたら断れないな……」

「ありがと、助かる!ダームストラングはおっかないし、イルヴァーモーニーは真面目だし、ボーバトンは取り付く島もないしで、ホグワーツしか頼れる学校がなかったんだよね。

 もし君達の協力が得られなかったら、一か八か卵を切り裂いて中身を確認するところだったよ」

 

 物騒なことを。

 だが、マホウトコロならきっと本気でやるのだろう。先の試合はそのくらいのインパクトがあった。

 

「で、その卵をどうするの?」

「あー…実際にやった方が早いかな」

「じゃあタマモ、一緒にお風呂行こっ」

「え?………ええっ!?」

 

 困惑するタマモを連れて、大浴場へ。

 卵を水に浸けてみるというアイデアは、道すがらタマモに教えた。

 さて、ここはホグワーツの監督生用の浴場だが、別の学校の来賓ということで他の学校の生徒も入ることが可能らしい。浴場の隠し扉の前まで案内されると、ベガ達は男湯の方へ入っていく。

 タマモは温泉が好きらしく、ちょっとウキウキしながら浴場のドアを開いた。

 

「「あ」」

 先客がいたようだ。

「えーと、あなたは……ダームストラングのリラちゃんだっけ?」

「は、はい。どうも……」

 陰鬱な雰囲気の少女、リラ・ダームストラングは猫背気味の身体を更に下げた。

 

「そっか、リラもここに卵の謎を解きに来たんだね……」

「……え?卵?」

「隠さなくてもいいよ。水の中に卵を入れてみることにしたんでしょ?私達もそうだから、気にしないで」

「水の中……あっ、ああ……そういう…」

 リラは何かに納得したような顔をした。

 

(ど、どうしよう。本当は卵の謎の解明を兄さん達に押し付けられて、さっぱり分からないからお風呂でスッキリしようとしてただけなんて言えない)

「でもお風呂かー。私はあんまり発育の良い方じゃないし、裸を見られるのはちょっと恥ずかしいかも」

「私も、(ダドリーに殴られた痣があるから)あんまり行く方じゃないかな」

「リラちゃんが羨ましいなあ。身長高いし胸も大きいし………って」

 

 ぎょっとした。

 おどおどした黒髪の少女の背中には複雑な魔法式と思しき、複雑な紋様が彫られてあった。

 雌雄同体を表す二対の蛇、黄金と神々の力を表すトライフォースが砂時計型に刻まれており、六芒星の形を為している。魂と肉体の調和を意味していると同時に、不可侵の約定を身体に刻んでいるのだ。

 極め付けは魔法陣だ。十二連結の魔法陣はそのまま暦を示し、時属性の付与と秩序を構築し腐敗と病から身を守る。

 それらは密接に絡み合い、高度な結界の効果を成している……のだが、シェリーとタマモが見てもかっちょいいデザインのタトゥーにしか見えなかった。

 

「わっ、な、何それ?タトゥーってやつ?へー、外国じゃ珍しくないって聞いたけど、リラちゃんもしてるんだね」

「なんか意外……」

「タトゥー……あっ!こ、これは……家の事情で彫ったやつなんです。その、あまり聞かないでくれると助かります」

 

 ちょっと陰のある顔をしたので、それ以上その話題に触れるのはやめておいた。魔法界には親から子に、師匠から弟子に秘伝の魔法を託す時に刺青を用いるという話も聞くし、彼女にも色々とあるのだろう。

 浴場は広かった。

 セドリックが勧めるだけはある、内装も豪奢で色とりどりの泡が浴場全体に広がって幻想的な光景となっている。絵本の中に入ったかのようだ。

 

「あれ?代表選手の皆さんじゃないスか」

「あ、バーニィ」

 

 イルヴァーモーニーの代表選手、バーニィ・レオンベルガーが頭を流していた。

 すっぴんの彼女を見るのは初めてだが、割と綺麗な顔立ちだ。音楽活動は体力を使うからか、女性にしては肩幅が広く、がっしりした身体をしている。

 

「あー、この間は塩対応しちまってすみませんッス。せっかくドラゴンのこと教えてくれたのに……」

「いいよ、私も逆の立場だったらきっと信じられなかったと思うし」

(そうかな……?)

「!あんた、確かリラっちでしたっけ。そのタトゥー……」

「な、何ですか」

「めっちゃカッコいいっスね……」

「ど、どうも?」

「ん?じゃあこれで各校の代表選手達が一堂に会したってわけっスカ」

 

 ん?と思って風呂場の方を見ると、何とボーバトン代表のフラー、ローズベリー、ブルーベリーが湯船に浸かっていた。ベガが先日のダンスパーティーでフラーと踊っていたのは記憶に新しい。

 フラーはいつも通りの端正な顔を浮かべているだけだったが、フロランタンの双子は「げっ」と苦々しげな顔を浮かべた。余程嫌われたらしい。

 

「なんであんた達まで来るの……」

「ヒィッ!す、すみません。すぐに出て行きますから……」

「ちょ、出なくていいってネロちゃん。ブルーベリーちゃんだっけ?今のは流石に酷いんじゃないの?それにここはホグワーツの敷地内、施設を使わせてもらってる身でその態度はないでしょう」

「どこだって変わらないわよ……」

「?」

「……。馬っ鹿みたい。ローズ、お姉様。私達は先に上がりましょう」

 

 ローズベリーは「そうね」と返し、そこから立ち去ろうとするが、フラーは動かなかった。

「相手に合わせーて、行動を変えることもないでーしょう。わったーしはここにいまーす」

「……、お姉様がそう言うなら」

「………??」

 

 フロランタン姉妹は再び湯船に身を沈める。

 フラーの今の声色は、いつものボーバトンの女帝のような威圧するようなものではなく、どこか……憂慮というか、心配するようなものに聞こえたが、気のせいか?

 しかし流石にちょっと気まずい。

 フロランタン姉妹とタマモは相変わらず火花を散らしているし、その迫力に押されてリラが縮こまる。

 空気を読んだバーニィが、

「ここには全員、卵の謎を解きに来たんデショ?まずはそれを終わらせませんか。喧嘩なら試合でやればいい」

 と言わなければ、険悪なムードはずっと続いたままだったろう。グッジョブ。

 

「え、えと、それじゃあ卵開けますね」

「ちょっ、待っ」

『きぃぃやあああああああああ!!!』

「うるさっ!?」

「すげえ声量だ。ミュージシャンとして見習いたいくらいッスね」

「言ってる場合か!」

 リラが卵を開けてみると、話に聞いていた通りの劈くような金切り声。いや、想像以上の騒音だ。

「リラ、開けるのは水の中でって……!」

「ご、ごめんなさ………ああっ!?」

 

 泡でつるりと滑ったのか、リラが卵を湯船の中に落とす。それなりの重さを持った卵は底に鈍い音を立てて沈んだ。

 仕方ないので水の中に潜ると、先程までと打って変わって川のせせらぎのような澄み切った声が聞こえた。

 歌声──。

 害はない。録音した音が卵の中から再生されているだけのようだ。

 

「すげえ良い声だ。ミュージシャンとして見習いたいくらいッスね」

「しっ、静かに……これは」

 

『探せ声を頼りに

 地上では歌えない  〜♪

 探せよ一時間

 我らが捕らえし大切なもの  〜♪

 一時間のその後は

 もはや望みはありえない  〜♪

 遅すぎたならそのものは

 二度と戻らない ~~♪ 」

 

「……水中人語(マーミッシュ)ってやつかしら。水中人(マーピープル)がホグワーツにいたなんて」

 

 水中人は、その名の通り水の中を生業とする生物であり、口周りの器官が特殊な構造になっていて水の中でしか話すことができない種族なのだ。

 次の試練では彼達が立ちはだかることになるのだろうか……。

 

「要約すると『一時間以内に水中人が奪った大切なものを取り返せ』ってこと?

 ……でも私の大切なものなんて……

 ?あんた、どうしたのよ。震えて」

「どうしよう私──泳げない!!!」

 

 シェリーはカナヅチだった。

 

(どうしよう私も泳げない)

 リラもカナヅチだった。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 とは言ったものの、冷静に考えてみれば水の中でも動ける魔法を習得すればいいのである。

 風呂から上がってさっぱりしたシェリー達は、再度セドリック達と作戦会議。通りがかったハーマイオニーも参加しての会議である。彼女の知識は役に立つ。

 と。ここで一つの問題点が浮上した。

「水の中って、俺の火炎魔法の相性が最悪じゃねえかよ……」

 そう言ってベガは項垂れた。

 

「水の中でも魔法の火は出せるの?」

「ああ……そうか、シェリーはまだ四年生だから知らないのも当然か」

 

 この手の分野はハーマイオニーの独壇場だ。待ってましたと言わんばかりに、自前の知識を披露する。

 

「魔法によって生み出されたものは、魔力が切れれば消えてしまうものと、半永久的に残るものの二つに別れるのよ。ベガの属性魔法は前者……『魔法によって創られた炎』だから、魔力が続く限り消えることなく燃え続ける……けど」

「水中だと話は別だ。水中ってのは水属性の塊みたいな場所だから、どうしても火炎魔法の威力は下がる。出せはするが、それなら別の魔法を使った方がマシだ」

「つまりベガは足手纏いってことね」

「言い方」

 

 要するに、ベガの火炎魔法は水中でも使えはするが効果は半減ということだ。

 ちなみに属性魔法の効果の増減は、天候や環境に左右されることが多いが、普通の魔法も恩恵を受ける場合がある。

 大気中に流れる魔力、『大源の魔素(マナ)』。

 この魔素の濃淡が魔法に少なくない影響を与えるのだとか。

 日食や月食の日、オーロラ、流星群の夜などは、高い魔力濃度を観測することができるし、それが恒常的に垂れ流されているのが龍脈だったり、聖地だったりする。

 人狼が月のエネルギーで変身するのもこの理屈だ。この生物の『魂』という部分への訴えかけとも言うべき現象は、多くの学者達の解決すべき命題だが──

──その辺の話題は永遠に議論が尽きないので触れるのはやめておいた。

 

「ま、それならそれでやりようはある。お前達の脚だけは引っ張らないさ。それより問題は……二人とも、『泡頭呪文』は使えるか?」

「ああ、問題なく使えるよ」

「…………えっ、いや、無理……」

「やっぱりな。水の中に潜る方法がねえと話にならねえし、まずはシェリーの呪文の特訓からだな」

 

 しかしシェリーはこの呪文が爆裂に下手くそだった。

 彼女は直線的な攻撃系の魔法は得意なのだが、それ以外の呪文は得意というわけではない。ましてや、これは六年生以上の生徒向けの呪文だ。原理こそ単純だが維持が難しいのだ。

 せっかく風呂でさっぱりとしたのに、割れた泡でまたびしょびしょになっているシェリーは可哀想だった。

 

(どうしたもんかな。……つか、俺が火炎魔法が弱体化するのも痛手だし……)

「ベガ君、タマモお姉さんから一つアドバイスだよっ」

「え?何?」

「卵の謎解き手伝ってくれたし、そのお礼と思って。ベガ君、火炎魔法が水中で弱体化することに悩んでるんでしょ」

 

 心の中を見透かされた気分だった。

 開心術……ではなく、彼女の人生経験によるものだろう。

 

「わかるよ、私が変身する狐も火属性だからね。考えることは一緒ってわけ。

 で、ここでお姉さんからアドバイス。私は魔法の弓で攻撃するわけだけど、その利点は何だと思う?」

「?そんなの………………ああ、成程」

 

 ベガも方針が固まる。

 あとは、第二の試練が始まるまで、呪文の修練あるのみだ。

 

「そういえばロンは一緒じゃないの?」

「……あの後喧嘩して……仲直りできてないのよね……」

「ああ……」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

(動けない……これはまずいかも)

 

 シェリーは透明マントを被ったまま、ホグワーツの隠し階段のトラップに引っかかっていた。片足が沼に浸かっている、という状況なのである。

 何故こんなことになったのかと言えば、自主練からの帰り道にふと『秘密の地図』を開き、バーテミウス・クラウチの名前を見つけたからだ。

 最近知ったのだが、彼は最近職場に来ていないらしい。仕事の一切を手紙でやり取りするようになっのだと、パーシーが心配そうに言っていた。

 そんな人物が何故、スネイプの部屋の近くを彷徨いている?興味が湧いたシェリーが近くに行くと、足下を見てなかったので思いっきりトラップに引っかかり、卵が転がってけたたましい音を出してしまった。

 

(そして、その音でやって来たのが……)

「規則違反の生徒がいる!!どこだ!?」

「我輩の研究室の薬棚も荒らされていた!ポッターか!ポッターだろう!!出てこいポッターこの野郎!!!」

(フィルチさんとスネイプ先生……まずいなあ)

 

 怖い顔が沢山でちょっと怖い。

「何だ!何の騒ぎだ!え!?儂を殺す算段でも考えていたのか!?」

 怖い顔の人がもう一人来た。

 我達がアラスター・ムーディーの義眼は忙しなく動き、シェリーの所で止まって、また動き出す。

「……全く世話の焼ける。で?スネイプ教授の部屋に誰かが忍び込んだ、と?」

「おそらく生徒だろう。貴方の出る幕ではない」

「そうかな?君の過去を考えれば、むしろ儂の出番だと思うがね」

「……………」

 

 スネイプは苦々しい顔をした。

 

「おお、怖い怖い。さて、この卵は儂が預かっておこう。君もベッドに戻るのだな、スネイプ。儂の眼がやましい物を見つけてしまわないうちに」

「…………ッ、失礼する」

「ウーン、ノリスの反応を見ると何かいるような気がするのだが……まあいいか」

「…………さて」

 

「行ったぞ、ポッター」

「ありがとうございます、先生っ」

「いやなに、今のお前さんを見たらあの二人は面倒臭いことになるだろうと思っただけよ」

 

 シェリーは自分の格好を見た。沼に脚を取られて、あられもない姿を晒している。

 

「確かにこれじゃみっともないって怒られちゃうね……」

「いやそうではなく。まあいい、早く……何だ、その地図は?」

 

 いつも人を驚かせてきたムーディーだったが、彼の驚く顔を見るのは初めてだ。

 この地図は歴代トップレベルの闇祓いでさえ唸らせる代物らしく、暫くの間、彼は地図を見てウンウンと頷き、

 

「──もしや、これでスネイプの研究室に忍び込んだ人間の名前を見たか?」

「うん。バーテミウス・クラウチさんの名前が出てた。魔法省の人だよね」

「………………確かか?」

「うん。何であの人がこんな所を彷徨いていたんだろうって思って」

「ほう……、成程、成程。あいつはな、儂が可愛く見えるほどに闇の輩の逮捕に取り憑かれている男でな、野放しになっている死喰い人の存在が許せんのだろう」

「────それって」

 

 スネイプ先生が元・死喰い人ってこと?

 という言葉を、シェリーは呑み込んだ。

 

「まあいいさ。問題は……

 この地図を貸してくれんか?」

 

 断る理由はなかった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 コルダ・マルフォイは、ミカグラ・タマモを人気のない教室に呼び出した。

 そればかりか、『防音呪文』『盾の呪文』『隠れん防止機』をフル活用して盗聴対策を施している。

 どこかでコガネムシが聞いているかもしれないので『虫除け魔法』まで使い始めた時はタマモもびびった。

 ……え?何の用?

 

「マホウトコロの、ミカグラ・タマモさんでしたね。私はホグワーツの三年生、コルダ・マルフォイと申します」

「ど、どーも」

「その……あー、不躾かもしれませんが、ちょっとお願いがありまして……」

 

 コルダはあー、とかうー、とか言い辛そうに言葉を何度も詰まらせた。面倒見の良いタマモが「深呼吸深呼吸!」と言って落ち着かせると、彼女は決心がついたのか、とうとう言った。

 

「──私は狼人間なんです」

「へぇー、そうなんだ」

 

 コルダにとっては一世一代の告白だが、タマモは割とあっさりした反応。

 とはいえこの反応は予想通りだ。

 日本魔法界には半妖やら鬼やらのハーフが沢山いて、亜人や異種族に対する偏見が無いのはリサーチ済み。

 むしろ、そういう種族を愛らしいという気持ちを『萌え』という草木の芽吹きに例えるような風流で雅な考えを持つ国が日本なのである。なんと寛容で、美術的着眼点を持つ国なのだろうか。

 そういう国の人間だからこそ、秘密を言える気になったとも言えるが。

──そして本題はここからだ。

 

「教えてくれませんか」

 

 狼としての自分が嫌いで、でも去年は狼の姿で戦うしかない状況だった。

 これから先、満月の夜に戦わねばならない日が幾度となく訪れるかもしれない。その度にあんな無様を晒して、脚を引っ張るわけにはいかない。

 

「もう一人の自分を……獣としての自分を制御する方法を。化物に変身しても自我を失わずにいる術を──」

 

 自分と向き合う日が来たのだ。

 だからコルダは教えを請う。

 同じく、化物の力をその身に秘めた少女に、化物の力の行使の力を。

 半身との向き合い方を。

 

「──内に眠る獣の制御の方法を!!」

 

 

 

──そして時は流れる。

 

「五大魔法学校対抗試合、第二の課題!!その開始を、今ここに宣言しますっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

『その頃の男子風呂』

 

「お前達も風呂入ってたのか……」

「応ッ!湯船はやっぱええのお!」

「気持ちいいッス」

「代表選手勢揃いだな」

 

「お、隣の女子風呂にも代表選手達が揃ってるみたいっスね」

「覗きするしかねえなこりゃ」

「浪漫じゃのう」

「行くぞビッキー」

「ヴぉくを巻き込むな!!」

「み、皆んな!覗きなんてそんな……!」

「好きな女の子一人誘えねえようなヘタレのセドリックはそこがお似合いだぜ」

「な!い、行くとも!!」

「この壁を登れば──」

 

『きぃぃやあああああああああ!!!』

 

「ぎゃあああ耳いてええええ!?」

「卵の音だ!!」

「この音うるせえ!!!」

「負けてらんねえッス!!」

「対抗心燃やして歌うな粗忽者!!!」

「ビッキー!作戦変更だ!お前の箒で窓から覗くぞ!!」

「黙れ!!!!」

(隣の浴室騒がしいな……)

 

おわり。

 

 

 




萌えってとっくに廃れた死語だとは思うんですが、時代設定的に使っててもおかしくないなーと思ったので使いました。
今でこそ一昔前のオタク用語ですけど、愛らしいものに対する感情を草木の芽生えに例えるなんて物凄く風流で雅な表現だと思いません?
詩人だよ詩人。


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7.SECOND STAGE KRAKEN

今年は順当にいけば14〜15話で終わりそうです。


 試験当日。

 シェリーは女子更衣室にて、いつもの制服を脱ぎ水着へと着替えていた。

 フリルをあしらった、白い水着。長い髪はポニーテールに。

 ラベンダーやパーバティと相談して購入したものだが、当初の要望であった、『肌の露出が少ないもの』という水着は尽く却下された。

 妥協案で薄いレースのトップスを羽織ることにしたのだが、羞恥心は拭えない。とはいえ自分の水着姿など誰も興味ないか、と考えると気が楽になった。

 

「うう……恥ずかしい……」

「大丈夫だってリラちゃん、似合ってる似合ってる!」

 

 反対に、シェリーの希望が全て叶ったような露出の少ない水着を着たのがリラだ。

 女性にしては高身長の彼女が、ハイビスカスが散りばめられたパレオを履くと中々に映えるものだ。上には同系統の柄があしらわれた水着。そして背中には以前にも風呂場で見たタトゥーだ。

 そんな彼女を元気付けているタマモ(最近仲良くなったらしい)は、上下が繋がっているタイプのものを着用している。背が低めなので子供っぽい体型という印象があったが、こうしてみるとウエストラインの細さが際立っていた。

 こうしてみると、これから海にでも繰り出すような開放的な格好。

 しかしこれは年明け後の試合であり、つまるところ冬に開催されているのである。

 ぶっちゃけ、寒い。

 外に出ると横殴りの風がびゅうびゅうと襲い掛かった。

 

「くしゅん」

 寒さに身体を丸めていると、見かねたタマモが狐火を出してくれた。身体の保温機能を高めてくれるのだとか。

「あ、あの……頑張ってくださいね……」

「!ありがとうリラ、優しいね」

「あ、い、いえ、私に言われなくても分かってましたよね。ごめんなさい、差し出がましいことをして。すぐ消えますっ」

 

 そんなに逃げなくても、と思うがあれが彼女の性格なのだろう。

 自分のチームの所に向かうと、ベガとセドリックが互いに身体を引っ張って念入りに柔軟を行なっている。二人とも機能的な水着で、立派な身体つきだ。

 ベガのタンクトップからチラチラと見えるのは刺青。お前もか。聞くと、景気付けに彫ったらしい。

 

「まだ例のものは届いてねえぞ」

「そっか……」

 

 特訓の結果、シェリーが泡頭呪文を維持できるのは二〇分が限度だった。制限時間は六〇分、試練で使うには心許ない。

 悩んでいたところにネビルが通りがかり事情を説明すると、「じゃあ鰓昆布を使ったらどう?」とのアイデアが。

 身体の器官を『変化』させ水中での機動的な動きを可能とする、今回の時の為のような便利アイテムである。この学校にもある筈だから、探してみるねと言ったはいいものの、彼が来る気配はない。

 

「大丈夫かな……。いざとなったら僕達がシェリーに『泡頭』を唱えるしか……」

「問題ねえよ。俺の親友を信じろ。お、噂をすれば………んっ?」

 

 ぽっちゃり顔の少年ではなく、トロールがコーディネートしたような奇天烈なファッションの屋敷しもべ妖精が、奇妙な形をした昆布っぽい何かを持ってきた。

 

「ドビーはシェリー・ポッターにお届け物を渡しに来たのでございます!」

「ありがとう!でも、なんであなたが?」

「ネビル・ロングボトムは急用で鰓昆布を運ぶことができなかったので、代わりにドビーめが持ってきたのでございます!いやあ、セブルス・スネイプの棚から盗んでくるのは一苦労でした」

「おお、そりゃご苦労さ………今お前何つった?」

「ゴホン。さあ、シェリー・ポッター!これを丸呑みにするのです!」

「ちょっ」

 

 ウネウネしている昆布の塊を食べるのに若干の抵抗を感じつつ、口に含むと胃袋まで押し込む。すると身体が熱を帯びたように熱くなり、関節から音が鳴る。自身の肉体が何か別のものに変わっていく!

 

「……大丈夫なのかい、これ」

「淡水性のものを選んだから大丈夫です、たぶん」

「今何て言った?」

「では皆さん、ご武運を!」

 

 キーキー声を背中に浴びながら所定の位置に着くと、盛り上げ上手のルード・バグマンが観客を沸かせていた。

『代表選手の皆さんは大事なものを奪われてしまいました!彼達は湖の中にそれを取り戻しに行かなくてはなりません!制限時間は一時間!それを過ぎると……さぁ、大事なものを取り返すのは誰か!?』

『ヘイヘイ!バグマンさん、実況と解説は俺とフリットウィック先生がやるんで引っ込んでいてもらえませんかねえ!?』

『な、ちょ、ちょっと!俺だって実況とかやりたいんだよおおお!!』

 

 マイクの取り合いをするバグマンとリーに笑い声が上がる。顔色を悪くしたシェリーもそのやり取りに苦笑していると、

 ふと。

 ボーバトンの方から、やり場のない怒りが篭ったような呟きが聞こえた。

 

「……馬鹿みたい。大事なものなんて……私達には……」

(─────?)

 

 それを言ったのは、ローズベリーだったか、それともブルーベリーだったか。確認しようと顔を上げた瞬間、開始を告げる大砲が鳴る。そして彼女達はさっさと水の中へと飛び込んでいってしまった。

 それに続くようにイルヴァーモーニーのバーニィ達も湖へと潜っていく。

 

「皆んな気合十分じゃのお!俺達も負けちゃいられんぞ!」

「粗忽者が、騒ぐな!今魔力を練っているところだ!静かにしろ!」

 

 コージローは杖を自分に当てぶつぶつと呟くと、程なくしてハヤトとタマモを連れ湖の中へと潜る。

 湖を覗くと、彼は泳ぐというよりも走っているように見えた。

 海中歩行。

 体内魔力を操り足先から放出することで水中をも歩くように進むことのできる、高等技術だ。コージローはまるで水中を見えない地面でもあるかのように進み、彼にハヤトとタマモがしがみついていた。

 

「はいはいどいたどいたァー」

「あ?………うおっでけっ」

 

 ダームストラング組は、どこから持ってきたのか、家一軒分はありそうな大きさの錆びついた錨を魔法で運んでいた。

 錨のリング部分を空に浮かせると、ネロは『泡頭呪文』を自分とリラに使用し、クラムは頭部を鮫の形に変身させていた。

 準備が整うと、アンカー射出。湖底に向かってゆるゆると鎖が落ちていき、錨に捕まるようにして三人は湖の底へと沈んでいく。これなら確実に捜索ができる。しかも上がる時は鎖を巻き上げれば良いだけなので一瞬だ。

 

「成程、考えたな。よし、俺達も行くか」

「うげぇ……」

「……だ、大丈夫かいシェリー」

「多分。よし、いこーぅ……」

 

 全然大丈夫じゃない声を上げながら、シェリーは湖の中へと飛び込む。

 ごぼごぼと不恰好に水の中を流れると、程なくして、自分が水中で息をしていることに気付く。口で、ではなく、首元に出来た鰓で。

 それだけではない。指の間には薄っすらと膜ができて鰭となり、水を掻くとその分だけ前に進む。……泳げている!

 ダドリーに、テムズ川に落とされてから泳ぐことに苦手意識を持っていたが、一度泳げてみるとそれも変わるものだ。感動すら覚える。

 ひっくり返した金魚鉢のように泡を頭に被ったベガとセドリックの腕を引っ張り、シェリーはぐんぐんと水の奥深くへと進んでいく。湖の中は、幻想的ではあるが綺麗というわけでもなかった。

 

『すごい、推進力が段違いだ……私、今泳いでるんだ──!』

 

 と、興奮気味にシェリーははしゃぐ。水中では普通は音を圧縮した魔法かハンドサインでないと喋れないことなど頭から抜け落ちてるようだ。セドリックは何かほっこりした。

 

(………、っと。あれは……)

 

 セドリックはシェリーの腕を引っ張って合図する。視線の先には、水中に似つかわしくない光の筋の数々。

 魔法による戦闘が行われているのだ。

 よくよく目を凝らしてみると……覚えのある水着姿。機能的な、月を思わせる青みがかった白い色の競泳水着を着たフラー、そしてリボンが目立つレオタード状のお揃いの水着を着けたフロランタン姉妹。

 戦っているのは大型のケルピーだ。

 蒲の穂をたてがみに使った馬の頭部を持ち、後ろ脚の部分が海蛇という半馬半蛇の化物。

 ネス湖のネッシー伝説は、かつてネス湖に現れて海蛇の姿をしていたケルピーがたまたまマグルに見られただけ、という話は魔法界では有名な話だ。

 閑話休題。

 そのケルピーは、気が立っているのか、獰猛にフラー達に襲いかかる。

 

(………、なんだか、様子が変……?)

 

 ケルピーの暴れ方は尋常じゃない。

 目が血走っているし、あんなに執拗に獲物を狙うなど有り得ないことだ。今回の大会は安全対策が十全に取られてあるはずなので、尚更おかしい。

 その暴れっぷりにボーバトン組は押されつつある。相性の問題もあるだろう。フラーは空中戦、フロランタン姉妹は地上戦が得意な魔法使い。そもそもこの水中というフィールドと相性が悪いのだ。

 

『ッ!!』

 

 シェリーは顔を歪めた。

 ケルピーの馬の前脚がフラーの腹部に直撃し、岩壁に叩きつけられる。咄嗟に羽根でガードしたようだが、強度不足だ。彼女はそのまま意識を失った。

 さらに最悪なのは、彼女の頭部の泡が割れてしまったということ。あれでは息ができない。ローズベリーが悲痛な顔で、水中ということも忘れて叫ぶ。

 しかし無慈悲にも、ケルピーがフラーの髪をぶちぶちと食い破るのを見て、もうシェリーは見て見ぬ振りなどできるわけもなかった。

 

『──フリペンド!!』

 

 考えるより先に、魔法を唱えていた。

 それはセドリックも同様のようで、無言呪文で失神呪文を放っていた。

 ケルピーは一瞬たじろぐも、驚異的なタフネスで水を蹴り、こちらへと突進。しかしシェリーもまた鰓昆布による驚異的な遊泳能力でケルピーの突撃を避ける。

 すれ違いざまに二撃。

 水中故の方向転換の隙を突き、セドリックが連射した石化呪文によって、ケルピーはびくんと身体を震わせて動かなくなる。討伐を確認すると、フラー・デラクールの所へと急ぐ。

 

『ベガ、容態はどう?』

『──大事ないが──この怪我だと続行は不可能だろう──棄権させるべきだ──』

 

 ブルーベリーが花魔法の応用ですぐに新鮮な空気をフラーに送っていたため、溺死の心配はないのが不幸中の幸いか。

 彼女達はフラーのリタイアの合図の魔法を湖上へと放った。

 

『ひとまず無事で良かった。ローズベリーとブルーベリーは?怪我はない?』

 と、シェリーはフロランタン姉妹の方へと笑顔を向けると、

 

 ──なんで──

 

 という、目の前のものが信じられないような顔をして、彼女達はそう呟いた───ように見えた。

 ぎり、という歯軋りの音。

 彼女達は体勢を変えると、こちらを一瞥もせずに湖底へと潜っていった。

 

(何だったんだろう……何だか、僕達に戸惑ったような顔をしていたけれど)

(さあな。まあ、他の奴達のことなんて気にしてても仕方ねえだろ)

 

 恩知らずとも言える態度だが、今の神妙な顔を見せられては怒るに怒れない。

 仕方なく、シェリー達も後を追うように湖の中へと潜り、『大切なもの』とやらを捜索する。

 

『ハァイ、ベガ』

「!?………!?!?」

『来ちゃった♪』

 

 嘆きのマートル!何故ここに?

 曰く、トイレで流れに身を任せていたら時折ここに辿り着くことがあるらしく、対抗試合の話を聞いてやって来たのだとか。

 ……面食いの彼女はセドリックとベガの裸に興奮していたが、それ目的だったんじゃないかと思わざるを得ない。露骨すぎる視線にセドリックは笑顔を取り繕った。

 

『マートルだったね──この先に、水中人の集落とかはないかい──?』

『やだもぉーイケメンに聞かれたら答えないわけにいかないじゃない!あっちよあっち!あいつ達、私が近付いたら銛で刺そうとしてくる嫌な奴達なのよ!』

(ゴーストだから刺さらないのでは……)

『ね、ね、他にも聞きたいことない?代表選手の中で誰が一番胸が大きいか、とか』

「もが……!」

『じゃあな──マートル──また今度』

『ああん、もう!シャイなんだから』

 

 何でマートルがそんなことを知っているのだろうか。

 と思ったが、そもそも彼女はゴーストだからどんな場所も出入り可能だった。パイプを伝って、風呂場とかをこっそり覗いていたのかもしれない。

 マートルに教えてもらった方角へと泳いでいくと──

──それは程なくして見つかった。

 

(大切なもの、って──そういう──)

 

 何体もの水中人達が、円を描くように歌いながら泳いでいる。卵で聞いたのと同じ水中人達の歌だ。

 その、中心。

 十五の人影が縄に繋がれていた。

 三人ずつ、五つの縄で縛られており──その中には見知った顔もチラホラ見える。

 シェリーは自分の親友の姿を二つ、その中に見つけた。ロンとハーマイオニー。ダンブルドアが水中でも無事な魔法をかけているのだろうが、親友が水中で縄に繋がれている姿を見るのは心臓に悪い。

 

(!あそこにいるのは、ネビル?あそこにはチョウ……ルーナまで……)

 

 先程、ネビルの代わりにドビーが現れた理由が分かった。彼はおそらくベガの大事なものとして、ここに囚われたのだ。

 同様に、シェリーの大事なものはロン、セドリックはチョウなのだ。

 ……成程、基本的にはダンスパーティのペアを参考に選んでいるのか。それならハーマイオニーがダームストラングの縄に縛られているのも納得できる。彼女はクラムの大事なものだ。

 

(ということは、ここで私達が助けられるのは、ロン、ネビル、チョウだけ……?)

 

 シェリーの憂慮を感じ取ったのか、セドリックは「一〇分だけ待とう」と他の代表選手を待つことを提案した。

 ベガは一瞬、そんな悠長なこと言ってられるか──と反論しようとして、留まる。

 先程のケルピー。

 あれは、代表選手に対しての敵対行動が度を越えていた。もしあれが、ムーディーの言う通り闇の輩の仕業であるならば、この試合とて何が起こるか分からない。

 ましてや友人を失くしてしまった過去を持つベガが、そんな状態でここに縛られた者達を置いていける筈もなかった。

 どちらにせよ、(マートルのお陰とはいえ)一番最初に到着したのだ。他に比べてリードしていることに間違いない──

 

(おっと!)

 

 鮫頭が突っ込んできたのでひらりと躱すと、鮫はハーマイオニー達を捕らえている縄に齧り付く。あの水着はクラムだろう、自分に変身術を使おうとして頭だけ変身してしまったのだ。

 見ると、錨が湖底にずしん、と落ちて止まったところだった。ハーマイオニーの姿を見て、いてもたってもいられず泳いできたということか。

 だがあの乱杭歯では彼女も危ない。ベガがナイフを渡すと、一瞬、その身体が硬直して──意図を察したのか、頭を下げた。

 遅れてやって来たネロとリラも大事な人(ダンス・パーティのペア)を担いだ。

 

「…………………」

(──────?)

 

 一瞬、ネロが意味ありげな視線を寄越したような気がした。人を揶揄うようなものではなく、値踏みするような──。

 しかしそれもすぐに引っ込めると、錨に戻り呪文を唱える。そしてまたゆるゆると湖上へと戻って行った。

 

(?何だったんだろ、今の……でも、ハーマイオニーが大丈夫そうでよかった。

 後は私達含めて四組か………あっ!)

 

 水中を走るように進む姿。

 あれは、コージロー達だ!マホウトコロが到着したのだ!

「がぼばぼぼっ!!」

『!?な、何言ってるか分からないよ』

「がぼがぼごぼっ!!」

『す、水中で無理に話そうとしないで!』

 

 仕方ないのでハンドサインを見ると、

 手を叩き、

 指を二本立てて、

 丸を作り、

 何かを覗くような仕草。

 ……こんなのあったっけ?意味が全く分からない。二人はタマモに何故か頭を叩かれていた。

 コージローは高そうな腕時計(父親から貰ったらしい)をかつかつと杖で叩く。時間はもう三〇分も残っていない。「なるべく急げ」と目で訴えると、湖面目指して走った。

 

──そろそろ潮時だ。

 これ以上のロスは試合に支障が出る、シェリーは浮上の準備をしようとして、丁度『彼女達』がやってきた。

 派手なビキニを着て泳いできたのは、イルヴァーモーニー代表、バーニィ。そして同じく派手な水着姿のサモエドとマスティフだ。

 そしてその反対からやって来るのは、ボーバトン代表、フロランタン姉妹。

 よかった、間に合った。

 

『ホグワーツの皆さん──もしかして──マジでありがとうございます』

 

 バーニィ達は短く礼を言うと、自分達のファンというハッフルパフ生達を抱えて昇る。フロランタン姉妹はまたもあり得ないものを見る目で見てきたが、すぐに首を振ると同様に湖面を目指した。

 シェリーもロンを抱えようとして、咄嗟に身を捻る。砲弾のように突っ込んできたのはグリンデローだ。この魔法生物は水中人が飼い慣らしていると聞くが、急に襲ってきたのは何故だ?もしや最下位にはペナルティでもあるのか……?

 

『おい、何をしている!』

『ッ、ホグワーツの!早く行けっ!』

 

──そういうわけでもないらしい。

 慌ててグリンデローを抑える水中人達の様子は、どう見ても演出とは思えない。シェリーは水を蹴る脚に力を入れた。

 けれど、グリンデローの猛攻は留まるところを知らない。盾の呪文を構築しても、水中故に三六〇度から攻められる。

 シェリー達に生傷が増えていく。意識のないロン達を庇いながらの戦闘はきつい。

 

『邪魔するんじゃねえ──!!』

 

 ベガは凝縮した魔力を一気に放出し、グリンデローに向かって飛ばした。

 逃げようとしても無駄だ。対象の熱を感知して何処までも追尾し、グリンデロー達に襲い掛かる。

 その内の一つがグリンデローに着弾。肉体が焼け焦げ、口から煙を吐いて沈んだ。

 溜めこそ長いが、動きの速い相手に対しても有効な追尾弾。タマモのアドバイスの下に生み出された火炎弾だ!ひとところに凝縮した魔力は水中であっても機能し続けられるし、弾道の融通も効くのだ。

 

(ナイス、ベガ!でも今ので大分時間をロスした、早いとこ上がらなきゃ、最下位になっちゃう────えっ、天井……?

じゃない、クラーケン!?)

 

 普段ホグワーツの湖で見るような温厚な大イカとは比べ物にならない、超大型サイズのイカ……いやタコ?それっぽい軟体生物が頭上に揺らめく。

 その大きさたるや、生物ではなく、上から船でも落ちてきたのかと見紛うほど。一個の生命体として規格外のサイズのそれがシェリー達の行く手を阻んだ。

 しかも──心なしか、こちらに敵意を持って脚の一本がやってきているような気がするのだが……。

 

『って、本当にこっち来てる!?』

(シェリー!逃げてくれ!ここにいたらバラバラになっちまう!)

 

 セドリックの必死の訴えで我に帰り、すぐさまシェリーは五人を抱えてその場から退散する。あれに当たれば、怪我どころの騒ぎではない。

 クラーケンは軽く鯨より大きかった。

 確か、海に棲むクラーケンは数キロメートルもの大きさになると聞くので、これでも小さい方……の、筈である。

 脚の一本一本が人を容易に殺す凶器であり兵器。地上ならともかく、海中で自由に身動きできないこの状況はまずい。加えて意識のない人間を三人も抱えていては…。

 

(っ、そうだ、バーニィ達は!?)

「──オオオオオオオオ!!!」

(!この音、『爆音呪文』!?)

 

 遠くからでも聞こえる爆発的な音波。

 クラーケンと戦って、押しているのか?あの巨体が苦しげに震えている!

 水は音をよく伝える、音魔法はこの場所と相性抜群なのだ!

 しかしバーニィ達が戦っているということは、彼女達もこの湖から出られない状況にあるということ!

 加勢しなければ──!!

 

『オルガン・フリペンド!!ステューピファイ!エクスペリアームス!!』

 

 思いつく限りの攻撃魔法を連射する。

 クラーケンも元を正せば大きなイカに過ぎない、しかもあの大きさではスピードは無いと見える。

 そもそもクラーケンの得意とするのは強襲だろう。真っ向からの戦いには不向きと見える。勝機があるとすればそこだ。

 ベガの火炎追尾弾が魚雷のようにクラーケンの脚を貫き、クラーケンは暴れ狂う。だがシェリーの遊泳速度なら余裕を持って躱せるというもの。バーニィ達は音波攻撃の応用で、音を出して脚をガードしているようだ。

 

(あれ?クラーケンの脚がなくなってる?)

 

 精神的に余裕が出てきたからか、それに気付くことができた。クラーケンの脚が一本ないのだ。何か鋭利な刃物で根元から切られたかのように無くなっている。

 そんな芸当ができる人間は限られる。おそらく、マホウトコロの代表選手達が切り落としていったのだろう。

 見れば、もう一本、痺れてロクに動いていない脚もあるではないか。強力な雷撃を喰らった脚は機能していない。

 

(ネロの雷魔法か……すごいな、皆んな。私も負けては───なっ!?墨!?)

 

 黒色の靄が、シェリー達の視界を奪う。

 タコやイカは逃げる時に墨を吐くというが、クラーケンともなれば、貯蔵した墨の量も半端ではない。このままでは味方すら見失う──。

 シェリーは五人を強く握ると、フルパワーで水を蹴った。行き先は勿論、バーニィ達のところだ。ベガが圧縮した炎をジェット噴射のように発射して加速してくれているようだ。

 半ば体当たりするようにして彼女達を確保すると、近くの岩場らしきところに身を潜める。

 

『バーニィ、サモエド、マスティフ!なるべく近くにいよう!この墨じゃ、晴れるまでに時間がかかる……!』

『了解ッス──糞、早いトコこの子達を陸に上げてやりてえってのに』

『霧払いの呪文や、ルーモスでこの墨を晴らすことはできないか?──』

『できるだろうが──この量だとな。魔力を使いすぎる、一か八かの賭けだ──』

 

 心配なのはフロランタン姉妹だ。彼女達もクラーケンの心配に晒されている筈、何とか逃げていてくれないものか。

 という心配が吹っ飛ぶほどに、事態は深刻だった。まず、シェリー達が隠れたのは岩場ではなく、クラーケンの脚。墨が晴れて気付く頃にはもう遅く、巨大な触腕の餌食になるところで──

 どこからか現れた海藻に守られた。

 衝撃に特別強いそれを生み出したのは、その場の誰でもない。花や植物の魔法に長けた、フロランタン姉妹だ!

 

『二人とも!無事だったんだね、助けてくれてありがとう!』

『ハァ!?ちげえし!助けるとかそんなんじゃないし!!』

『勘違いすんな!私達は自分達のために加勢しただけだから!!あんた達と馴れ合う気なんてないんだからっ!!』

 声のトーンから察するに多分本当に馴れ合う気はなかった。

 

(だが今ので時間は稼げた!奥の手、いくっスよ……!!)

 バーニィの守護霊呪文。

 鶏を召喚すると、サモエドとマスティフと共に爆音呪文を唱える。守護霊の鶏は共鳴するように叫ぶと、指向性のある強力な音波が水を伝い、止まることなくクラーケンの脚を数本貫いた!

 同じく、このメンバーでは攻撃力上位のベガもまた凝縮した火炎弾を放つ。その向かう先はクラーケンの瞳だ。いかな怪物といえど、瞳は急所なのに変わりない!

 狙い通り、クラーケンはとうとう反撃する力が無くなるほどに弱った、が──まるで魔法でもかけられているみたいに、力を振り絞って触腕を振るい、岩石を放ってきた時は流石に肝が冷えた。

 

(もう一度、私達の海藻で──!!)

 

 と、フロランタン姉妹は防御用の植物魔法を唱えたものの、投石の威力は半端ではなかった。植物のネットを千切り、岩石の破片が飛び散った。

 その一部が、姉妹の意識を刈り取った。

 

──ローズベリー!!ブルーベリー!!

 

 薄れ行く意識の中、紅い髪の少女が必死の形相で叫んだ気がした。

 ……きっと気のせいだ。

 あれは演技に決まっている。

 

(そんなわけないじゃない──)

 

 そう、そんなわけがない。

 フロランタン姉妹の人生は裏切りの連続だった。

 父親は自分が魔法使いであることを隠して結婚し、その結果、気味悪がった母親は父を捨てて逃げた。

 失意の父親を慰めようとしたが、母親に似たこの顔が気に食わなかったらしい。理不尽な言いがかりをつけられてよく叱られたし、魔法を使えるようになってからは殴られもした。

 日に日に父親の眼が危ないものに変わっていき、とうとう貞操の危機を感じて姉妹は逃げ出した。名前も偽って、新しい人生を送ることにした。

 『フロランタン』という苗字は昔家族で食べたお菓子の名前だ。『ローズベリー』と『ブルーベリー』は洒落で名付けた。

 

(誰も信用できない)

 

 二人の逃避行は長くは続かなかった。

 父親がフランス魔法省に連絡したらしく捕まってしまった。しかしその際に父の行いが発覚し、二人はボーバトンの寮に入ることになった。

 そこでの生活は貧しくはなかったが、楽しくもなかった。両親のいない姉妹に対する風当たりは強く、心は荒んでいった。

 魔法省に伝手のある人間が、姉妹の過去を吹聴して回った時など酷かった。しかも内容は誇張されたもので、フロランタン姉妹は尚のこと怒り狂った。

 フラーという一個上の先輩が庇ってくれたことと、オリンペ・マクシームなる人物が校長になったことでその環境は改善されたものの、その頃にはとっくに信用できる人間など殆ど残っていなかった。

 

(いるわけがない)

 

 マダム・マクシームには敬意を持って接するし、尊敬するフラーはお姉様と呼んで慕った。けど、それだけ。

 フロランタン姉妹が心を開くことのできる相手はたったそれだけ。

 代表選手になれば、ちょっとは周りも見直してくれるかな、なんて淡い期待も持ったりしたが、そもそもこの性格では誰も近寄ってきたりなどしない。

 

──他人など信用できるか。

──友達が欲しい。

 

 相反した想いの中で苦悩する。

 けどきっと、そんな人間は現れない。

 あのシェリーとかいう少女だって、そうに決まってる。自分達は努力して代表選手に選ばれたというのに、四年生で出場するなんて馬鹿げてる。

 本当に、馬鹿げてる。

 少し考えれば、誤解だって分かった筈なのに、八つ当たりしてしまった。あの子は優しい性格のようだが、もうきっと愛想が尽きたことだろう。

 湖の中に沈んでいく私達になんて、誰も手を貸してくれないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(私達を助けてくれる人なんて──)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───見捨てないよ!!」

 

 

 

 

 

 ハッとして、目を開く。

 シェリー・ポッターは、フロランタン姉妹を何とか湖上まで引き上げようとしている。馬鹿な。無茶だ、鰓昆布の効果も殆ど切れかかっているのに──!

 

「もう少しだから!二人とも、もう少しで陸に着くから、あとちょっとだけでいい、どうか耐えて!!」

「ッ────」

 

 嘘だと思った。

 夢でも見ているのかと思った。

 けれど、シェリーのその手がフロランタン姉妹を強く握っている事実は、揺らがなかった。

 

(シェリーの方は……フロランタン姉妹を連れて上がるつもりか!こっちも殆ど終わったぜ……!)

 あの投石で、殆どの人間は意識を失ったり、泡頭呪文が解除されたりした。鰓昆布を食べていたシェリーと、持ち前の回避能力で躱したベガだけが無事で済んだ。

 ベガは『浮上呪文』と『火炎呪文』でその場の殆どを陸上に送り届けることに成功し、残るはシェリーとフロランタン姉妹、セドリック、そして自分だけとなった。

 

(悪いなセドリック、後回しにしちまって)

 

 彼は泡頭呪文が割れていなかった、数少ない人間だった。それ故に他の人間を優先してしまったが、彼も──

 しかしここでベガは己の失策に気付く。

 魔力が残っていない。

 新しい杖のデメリットだ。自分の想定していた以上の魔力を持っていかれる。この魔力で陸上に打ち上げるのは不可能だ。

 ならば、と。

 セドリックを抱えつつ、シェリーを下から持ち上げる形で陸に上がる。ベガの筋力ならば陸上では四人、浮力のはたらく水中なら五人まで持ち上げることはできる。

 けれど問題はスタミナだ。移動の殆どをシェリーに任せていたとはいえ、一時間泳ぎっぱなしだったベガにその体力が残っているかどうか。

 答えは、ノーだ。

 

(チッ、ここらが限界か──)

 

 湖面に、あともう少しで手が届くというところでスタミナは尽きた。

 このまままた湖底に落ちてしまう前に、ベガは四人に魔法をかける。『上がれ』、と。

 浮上呪文をかけられたシェリーは困惑したように湖面へと上がる。それでいい。こんな微々たる魔力では、この位置からではないと湖面に上がれなかったのだから。

 本当に魔力が無くなってしまった。

 初めて味わう虚脱感。力を全て使い果たした彼は、ゆっくりと沈んでいく。

 

(──もう、湖底か)

 

 早いな。

 と、惚けた頭で考えた。

 けれど、それはどうやら間違いらしい。

 空が近くなる。地面に持ち上げられているような──いや、事実そうなのだ。

 地面ごとせり上がっている!

 きっと土の魔法なのだろうが、こんな規格外が許されるのは彼だけだ。打ち上げられるように、太陽の下に晒される。

 

「『アレナス、砂よ!』

──大丈夫かベガ!顔色が悪いようだ、胃の中の水を吐き出すことを勧めるぜ!!」

「レックス・アレ……おえええっ」

 

 最強の闇祓い。

 ベガの周りの地面ごと持ち上げるとは、相変わらず、その化け物っぷりは顕在だ。

 はは、最強の座はまだまだ遠いな、と疲れ切った脳味噌は適当に考えた。

 

「ベガ!大丈夫かい、ベガ!!」

「今身体を温めるから、揺らさないでください!……ちょっ!今は撮影もインタビューも禁止だって!」

「今の気分はどうざますか!?」

「あー…無事なら、何でもいいや」

 

 ベガが倒れている横には、シェリーの姿もあった。彼女の信奉者やファンに囲まれながらも、その顔は安堵そのものだ。

 

「シェリー!ああ、よかった、あなたとベガがロン達を助けるために無茶したって聞いて、私、私──」

「本当に……本当によかった!でも、本当に、君は君だよなあシェリー!もう本当に君ってやつは!」

「は、はは……。……?…二人とも仲直りしたんだね、良かった……」

「親友がここまで頑張ってくれたのに、その目の前で喧嘩なんてできないわよ!」

 

 涙声でハーマイオニーが抱きしめた。

 水で冷え切った身体に、彼達の友情は何よりも染みた。きっとあれは、ロンとハーマイオニーがこれからも一緒に過ごすための試練だったのだろう、と結論付ける。

 それでも、シェリーの、大好きな人と一緒にいたいというのは理屈ではない。

 だからこそ、嬉しい。

 タオルに包まりながら、ぎこちなく笑みを浮かべる。そこに人混みを分けるようにやってきたフラーから額にキスされた。

 空気を読んでそっとしておいたジニーとチョウがその光景を見て青筋を浮かべた。

 

「ガブリエールは私の妹なの!」

 

 聞き取れたフランス語はそれだけだ。

 ハーマイオニーの翻訳によると、フラーの妹のガブリエルを助けてくれたことに感極まっているらしい。普段の女帝としての顔ではなく、一人の少女の顔をして、彼女はシェリーを抱きしめた。

 そんな彼女だが、ガブリエルが上がってきた時もだが、フロランタン姉妹が陸に上がった時も一番に彼女達に駆け寄って抱き締めたらしい。姉妹が面食らってしまう程に強く、よかった──と。

 そのフロランタン姉妹がやって来た。

 彼女達は照れ臭そうに頬を染めると、ややあって口を開いた。

 

「その………さっきは、ありがとう……」

「あー、感謝してる……」

「いいよ。ローズベリーとブルーベリーが無事で良かった」

「ローズで、いい……」

「私も、……ブルーで」

「つまり二人は渾名で呼んで欲しくて、何で呼んで欲しいのかって言ったらそれは助けてくれたシェリーと友達になりたいからなのでーす」

「「お、お姉様!!!」」

 

 フロランタン姉妹の意外な、いや、可愛らしい一面を覗き見ると、シェリーは嬉しそうに微笑んで、

 

「勿論だよ」

 

──そう、言ったのだった。

 

 




本当は「ガブリエルを担いで泳いでくれましたよね!お礼におでこにキス!」みたいな感じでフラーがロンやベガにキスしたり、ハーマイオニーがそれにモヤモヤして、憂さ晴らしにその辺のスネイプを湖に落とす予定でした。
それを見てクラムが更にモヤっとしたり、ネロがそれを揶揄ったりするところを書こうと思ってましたが……字数多いからカットや!!!


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8.THIRD STAGE THUNDERBIRD

タイトル詐欺。


 三つの試練!

 魔法学校対抗試合は、毎回三つの試練を代表選手達に課してきた!

 シェリー達も当然、試練は三つあるものと考えていた!

 しかしリー・ジョーダンは言った!

 

『試練が三つだなんて誰が言った?今回は異例だから五つあるよバーカ』

 

 五大魔法学校の祭典に因んで、ということらしい。ダンブルドアは目を逸らした!

 ……いや、一応これも目的があっての取り決めだ。『魔法ゲーム・スポーツ部』の見解によると、試験の内容如何によっては相性が悪くあまり活躍できない代表選手も出てくるため、その救済措置として様々な内容の競技を用意したのだとか。

 例えばこの競技もそうである。

 

『自分の手に持ったボールを相手に当ててポイントを稼ぐ競技!』

『ステージは空中に広がった足場!ここから落ちた選手はリタイア扱いとなる!』

『ただし、相手に直接攻撃する魔法は使用禁止!準備と覚悟ができたら試合スタートだッッッ!!!』

 

 要するに、空中で行う雪合戦のようなものだ。空中戦といえば世界最高のシーカーであるクラムや自力で羽根を生やせるフラーが強すぎるので、彼達にはある程度能力に制限がかかっていたが。

 しかし、この競技は楽しかった。

 何せ殺される心配がない。ドラゴンとかクラーケンとか、そういう規格外の化物と対峙しなくて済むのだ。

 楽しくないわけがない。

 それに、意外な選手が意外なところで活躍するというのも面白いものだ。

 

「『破邪の法・奇動霊光四隅(はないちもんめ)』!タマモ、落ちているボールを拾ってきたぞ!使ってくれ!」

「『アルクス、弓よ!』ありがとうコージロー、そこ置いといて!」

「……俺は斬っちゃるぜえええ!!」

「ハヤトは引っ込んでなさい!!!」

 マホウトコロは、タマモが大活躍。唯一遠距離攻撃ができる彼女がボールを飛ばし、機動力に長けたコージローが落ちたボールを拾って渡す。

 基本、斬るしかできないハヤトは飛んでくるボールを叩き落とすくらいしかできていなかった。相性って大事だ。

 そんな彼達に攻めの姿勢を崩さないのが、意外や意外、ボーバトンの女子達。

 フラーの得意とする空中戦に、花が見せる幻惑が狙いを妨げる。ムキになって突っ込めば、薔薇の檻が展開されて身動きとれなくなってしまう。

 

「ふーふーん?私達は化物退治よりも対人戦が得意なんでーす。人と争うことが多かったもんですから」

「クソッ、遠距離からちょこまかと!全部叩っ斬ってやるわ!」

「あ、言い忘れてたけど、私達が投げたボールの中に植物爆弾混ざってるから」

「えっ?……うおおおおおマジじゃああああらあ!!???」

 

 ハヤトは地上へと落下していく。なまじ実力は高いため、突然の爆発も難なく防ぐが問題は足場もろともぶっ飛んでしまったということだ。

 面と向かっての真っ向勝負ならば彼に利があっただろうが、今回ばかりは相手と場所が悪すぎたのである。

 脱落したチームメンバーを後でぶっ飛ばしてやろうと思いつつ、コージローは次のボールを取ろうとして──脚が止まる。

 炎上網。

 炎の壁が道を塞いでいた。これでは自由に動くこともままならない──!

 

「お前達は厄介な相手だからな、ここで潰させてもらうぜ!」

「ベガ!後ろだ!『エクソパルソ』!」

「!クラムか……!」

 

 クラムの放ったボールを間一髪でセドリックが吹き飛ばした。何とか難を逃れたが、その猛追は留まるところを知らない。

 シーカーというポジションではあるが、クラムはプロのクィディッチ選手。ボール捌きは誰よりも上手い。仲が悪い筈のネロと素早いパス回しを行い、猛威を振るっていたフラー達でさえも彼達のボールからは逃れられなかった。

 

「ネロ!パスだ!」

「ビッキー!そこから狙え!!」

「え、えっと、私は……」

「リラ!!お前はじっとしてろ!!」

「す、すみま……ああっ」

「リラ!!頼むからじっとしてろ!!!」

 ただし運動神経の悪いリラは例外で、さっきからボールでボコボコにされていた。

 挙句の果てに頭部に当たったボールでバランスを崩して落ちていった。

 合掌。

 

「あーし達を忘れてもらったら困るッス!『爆音呪文』なら飛んで来るボールも打ち落とせるッスからねーっ!」

「くッ、音の防御壁か……!」

 

 こうなると手出しできなくなる。

 バーニィ達の音の魔法は、万象をぶち壊せるだけの破壊力がある。故に、それが攻撃にも防御にもなるのだ。

 攻撃は最大の防御。

 しかしホグワーツの代表選手達は、一つの対抗策を講じていた。

 シェリーの早撃ち。

 点での攻撃に特化した狙撃で、破壊を越える破壊を狙えるのではないか。

 シェリーの本気の早撃ちならば、あの音の防御も破れるのではないか──!?

 

(これは、賭けだ。シェリーの攻撃が音をも越える早さを出せるかどうか……)

(──いや、僕達はもうあの子を信じると決めた。なら後は、彼女の成功を祈るのみだ……!)

 

 バーニィ達の出現に合わせて、シェリーは魔力の充填を開始していた。

 全てはこの一撃のために。

 音をも越える最速の一撃を放つために。

 陰に身を潜めて、ずっとこの機を窺っていた。そしてついに来た!今、高速の紅き弾丸が去来する──!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ」

 魔力を込めすぎてボールが弾けた。

 

「あほーーーっ!!」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 あれからボールを何度も魔法で飛ばそうと試みたが、シェリーの込める魔力が強すぎて全部破裂してしまった。

 ホグワーツの成績は最下位。

 ベガの回避能力やセドリックの対応力、シェリーの早撃ちでボールの被弾率は低かったものの、これはポイント制。

 つまりボールを当てられなければポイントは上がることはないのである。

 これまでの積み重ねがあるので総合順位は四位だが、厳しい順位であることに変わりはなかった。

 ……考えても仕方ない。

 シャワーでも浴びようと、シェリーは獅子寮の浴室に入った。

 

「はぁ。今日の競技は疲れたなぁ」

「ほんとほんと」

「いやー、大変だったー」

 

 ………んっ?

 この声はローズとブルーだ。

 一瞬耳を疑ったが、そちらに顔を向けると確かにそこには姉妹の姿があった。互いに身体の洗いっこをしているらしい。そんな彼女は健康的な身体をしていて……

 って。

 見るのはそこじゃない。

 

「なんで二人はここにいるの?」

「ああ、言ってなかったっけ?」

「マクゴナガル先生だっけ、あの人にお願いしてグリフィンドール寮で寝泊りさせてもらうことになったの」

「スパイ行為は絶対働きません、友達と一緒にいたいだけなんです、って言ったら折れてくれたわ」

 

 なんと。

 あのマクゴナガルを説得するとは、見上げた行動力だ。

 そして彼女達のいう友達とは、十中八九シェリーのことだろう。彼女は知る由もないが、ローズとブルーのフロランタン姉妹は悲惨な境遇で生きてきたため、他者を警戒し必要以上に距離を取っていた。

 そんな彼女達が唯一友人と呼べるのは、彼女達を何かと気にかけてくれるフラー・デラクールだけだった。

 しかしそんな二人もシェリーに絆され、今では友人と呼び慕っている。以前では考えられない変化なのだ。

 何はともあれよかったと、シェリーは一人ごちると、シャワールームを出て自分の部屋に向かう。

 姉妹もついてきた。

 ……部屋はこの方向なのだろうか?

 

「なによこの部屋、狭いわねー」

「んっ?……あれ?」

「あ、荷物ここ置くわね」

 

 フロランタン姉妹はシェリー達の部屋にずかずか入ると、遠慮なしに自分達の荷物をベッドに置く。荷物、とは、衣服とか歯ブラシとかそういう生活用品のことだ。

 ……なんで?

 

「なんでって、今日からここが私達の部屋になるからよ。ねーブルー」

「そうだよねーローズ」

「えっ!?」

「ここ四人部屋よ!?六人も入るスペースなんてないわよ!」

 

 ハーマイオニーやパーバティが抗議の声を上げる。当然だ。この部屋は到底七人も生活できるような広さはないのだから。

 しかし彼女達は予想外の答えを返した。

 

「あ、場所の心配はしなくて大丈夫。私達シェリーと一緒のベッドで寝るから」

「わ、私聞いてないけど!?」

「今言ったもん」

「め………っ、」

 滅茶苦茶だ!

 第二の課題で彼女達を助けてからというもの、シェリーは二人からやけに懐かれるようになった。シェリーの両脇はフロランタン姉妹で固められてしまった!

 

「シェリーと私達は友達だもんねー」

「ねー?」

「とっ、友達だけどっ。でもまさか部屋にまで来るなんて思ってなくて……」

「シェリーは私達のコト嫌い?」

「そ、そんなことないよ!」

「じゃあ好き?」

「うん、まあ、好きだけど」

「じゃあ一緒に寝よっか」

「うん…………あれー?」

「誘導尋問よ!!!」

 

 ハーマイオニーは激昂した。

 

「さっきから黙って聞いてれば!言わせてもらいますけどね、シェリーの親友ポジションは私なのよ!!」

「ハーマイオニー、そこじゃないわ」

「じゃあ、私達一応六年生だし、姉ポジションということで」

「そのポジションも私よ!!」

「それなら、成人してるし保護者ポジションってことで」

「残念ね!そのポジションも私よ!!!」

「皆んなは何の話をしているの……?」

 

 知らぬはシェリーばかりなり。

 目の前で自分を巡ってマウントの取り合いが行われているなど気付いてもいない。

 そしてその醜い口論に飛び入り参加した女子が一人。秘密の部屋以降、密かにシェリーの熱狂的なファンと化している、ジニー・ウィーズリーだ。

 

「私を差し置いて話を進めないで欲しいわね!確かにハーマイオニーは保護者兼親友兼姉かもしれないけど、シェリーの妹ポジションは私よ!そこは譲らないわ!!」

「いや誰よあんた」

「ジニー・ウィーズリーよ!!」

「いやどっから沸いたのあんた」

「いい!?忘れられがちだけど、シェリーが初めて二人っきりの夜を過ごしたのは私なのよ!!」

「いつのことを言っているの……?」

 

 ハーマイオニーやジニーやフロランタン姉妹が互いにシェリーの目の前で奇行を繰り広げるカオス空間が完成した。

 というか、フロランタン姉妹は元々ハッフルパフでフラーと寝ていた筈だ。

 フラーはどう思っているのだろうか。

 本人に聞いてみれば、

「友達ができてよかったでーす」

 だそうだ。呑気なもんだ。

 

「とにかく!このポジションは譲らないんだから!!」

「引く気はなさそうね……それならこれで決着つけようじゃない!」

「ま、枕投げ!」

「何か面白そうだし、私達もやるわ!」

 

 旅行の定番、枕投げ。

 しかも魔法使いの枕投げともなればそれは過激なものになると決まっている。魔法で枕を飛ばし、魔法で守る。しかも彼女達はこう見えてなまじ優秀な生徒である、シレンシオで防音もバッチリ、レパロで枕を直すのもお手の物。

 というわけで、マクゴナガルにバレない高度な枕投げが始まるわけである。

 激闘は夜遅くまで続いた。

 ハーマイオニーも、ジニーも、フロランタン姉妹も、そしてその場のノリで参加したパーバティもラベンダーも、よく分からないまま参加したシェリーも。

 皆が布団の上でぐったりとしていた。

 対抗試合の疲れを癒すどころではない。寧ろもっと疲れたような気もする。

 気がつけば朝だった。

 中々起きないシェリー達を起こしに、監督生のアンジェリーナとしっかり者のタマモが彼女達の部屋を覗くと、そこには、幸せそうに眠っている彼女達の姿が。

 

「ああ、もう……こんなにシーツをぐちゃぐちゃにして。仕方ないんだから」

「ふふっ、歳の近い妹達を持った気分♪」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 ホグズミード休暇。

 今年から堂々と行き来できるようになったシェリーは、明るい表情でホグズミードへと向かう。フィルチに微笑ましい(?)顔で送り出されると、例のフロランタン姉妹が物凄い勢いで追いかけてきた。

 

「私達もシェリーと買い物したいー!!」

「ホグズミードで一緒に遊びたいー!!」

「約束したのはこっちが先よ!」

「あー、ごめんね二人とも。今度また一緒に遊ぼうね」

「人気だなぁシェリーは」

 

 後ろ髪引かれる思いだったが、ホグズミードに来るとそれも吹き飛んだ。

 一通り買い物を済ませると三本の箒に入り、バタービールをいただく。と、馴染みのある人物が何やら騒いでいた。

 ルード・バグマン。

 元クィディッチ選手という肩書を活かして、魔法省の『ゲーム・スポーツ部』というポストを獲得した彼だが、染み付いた行き当たりばったりな生き方は変わっていないらしい。彼はギャンブルに興じていた。

 曰く、今回の魔法学校対抗試合では誰が勝つのか、とか。

 

「いやァ世間ではダームストラングとマホウトコロが優勝候補らしいが、私は断然ホグワーツ推しだね。勝負にはいつだってジャイアントキリングが付き物、そうだろう?」

「あー、応援してくれるのは嬉しいよ。でもその……バグマンさん」

「ん?何だい?」

「あんまりお金を賭けたりするのはやめた方が良いんじゃない…?」

「ぐッッッ」

 シェリーの、本気で心配した表情にバグマンの心が痛んだ。

 

「だ、だが、ギャンブルは私の一番の楽しみでね──」

「家族の人達は心配してないの?」

「ぐはッ」

「私、せっかくバグマンさんと仲良くなったんだから、貴方が身を滅ぼすところなんて見たくないよ……?」

「ごはッッ。ご、ごめんなさい……」

 

 バグマンはギャンブルをやめた。

 彼は賭け事で負け続けて(仮にも魔法省勤めなのに)無一文に陥ったこともあるらしい。趣味の範囲ならともかく、これから手を出すのは控えてほしいものである。

 さて、シェリー達が向かうのはホグズミード郊外のちょっとした山の麓だ。

 この時期は少し肌寒いが、気分はまさにハイキング。言われたところに到着した頃にはシャツが汗ばんでいた。

 透明マントを脱ぐと、一頭の大型犬が駆け寄ってくる。犬は一瞬にして変身すると、ハンサムな顔立ちの男に姿を変えて、シェリー達に笑顔を向けた。

 

「シリウス、ひさ──」

「チキン!!!!!」

「えっ」

「…………あー」

「……台無しだぜおじさん」

 

 シリウス・ブラック。

 一年ぶりの彼との再会の第一声は、それだった。……まあ、脱獄生活が長かったので何も食べれてない日があるのは予想がついていたのだが……。

 慌てて、シェリーは今日のために作ってきた弁当箱を開いた。

 

「あっ!」

 油で手が滑って、シェリーはチキンを掴み損なう。鶏肉が宙に舞った。

 しかしシリウスは鍛え抜かれた動体視力でそれを口でキャッチすると、咥えたままシェリーの下へと駆け寄った。

 彼女が「た、食べていいよ」というと、すぐさまがっつく。大した忠犬ぶりだ。

 ……しかしこれは全て人間の姿で行われた行動である。ロン毛の髭面のおっさんが親子ほど歳の離れた少女に餌を貰っているのだ。

 ロン達は恐怖した。

 人はここまで堕ちるものなのか…。

 犬に変身しすぎて染み付いた行動なのは分かる、分かるのだが……。怖い……。

 

(シリウスって犬に変身できる人間じゃなくて、人間に変身できる犬なんじゃ……)

「いやすまない、最近はネズミばかり食べていたものだから、思考が犬よりになってしまっていてね。わふん」

(大丈夫かしらこの人)

 

 仮にドッグフードを渡しても喜んで食べそうな勢いである。シェリーの作った、男性から見ても多めの量の弁当はあっという間に空になった。

 水筒の紅茶で一息つくと、シリウスは打って変わって真面目な顔つきに変わる。

 やはり腐っても大人だ、公私のケジメはつけるのだろう。

 

「ロン……君はシェリーとダンス・パーティに行ったそうだね?その時のことについて詳しく話してもらおうか」

「えっ」

「え?」

「頼むから真面目な話をしてちょうだいシリウス、いや大真面目なんでしょうけど」

 

 言われて、シリウスは殺気を収める。

 つーか仮にも十四歳の少年に向けるような視線ではなかった。親馬鹿というか、後見人馬鹿というか。

 咳払いすると、ようやく本題に入る。

 この五大魔法学校対抗試合のキナ臭さについてだ。

 

「第二の試練で、様子がおかしいグリンデローや、クラーケンに襲われた、か……」

「シェリーやベガの証言を聞くと、それは『錯乱の呪文』『服従の呪文』で間違いないわ。闇の勢力の仕業だとは思うけど……シェリーを対抗試合で殺す気かしら」

「それにしては回りくどいやり口だよな。闇の勢力をホグワーツに送り込んで暗殺させた方がよほど効率が良い」

 ロンの指摘はもっともだ。

 しかし闇の勢力とは頻繁に戦っている気もするが、今までそれがなかったのは何故か。去年までの例を思い出してみる。

 

 クィレル。

 賢者の石を盗むという目的があり、スネイプに睨みをきかされていた。

 トム・リドル。

 そもそも力を取り戻しておらず、バジリスクを使役しなければならなかった。

 ペティグリュー。

 その度胸がなかった。

 

 考えられる可能性としては、リドルのように力を取り戻しておらず、仕方なく回りくどい手段を取っているというパターンだろうか……?

 

「だが、クラーケンをも錯乱させられる力を持った人間がそんな真似するか?まあ、自分の手は汚さずに済むが……」

「犯人の目的が見えないね。私を対抗試合に参加させてどうするつもりなんだろう」

「ウーン、心なしか、シェリーに力をつけさせようというか……成長させようとしている気もするんだよな。ま、そんなわけないか」

 

 確かに、この対抗試合を経て、シェリーはたくさんの魔法を覚えたし、既存の魔法の強化も行った。

 けれどそれは闇の勢力側からしたら不本意なことのはず……なのに、この不自然なまでのレベルアップは何だろう。

 犯人の目的は分からない。

 だが、犯人の推測ならできる。シェリー達は今年出会った怪しい人物達の名前をピックアップしていく。

 

「シリウス、ダンテ・ダームストラングはどうだい?僕はあいつが怪しいと思う」

「中々良い着眼点じゃないか、ロン。ダンテは有能だが、同時に多くの相手を蹴落として今のポストに着いた男だ。

 だが、彼は証拠を残さない男でもある。あのリータ・スキーターでさえ、ダンテの弱みを握ることができず、煮湯を飲まされていたほどだ。奴が敵だという可能性はあるが、証拠は掴めないだろうな……」

 

 ダンテ・ダームストラング。

 北方魔法界において知らぬ者なし、とまで謳われる豪傑だ。彼は北方魔法界の発展に寄与した人物だが、同時に悪い噂もそこかしこで聞く男。

 例えば、彼の前任であるイゴール・カルカロフの辞任は突然だった。校長を辞めて余生を故郷で過ごすなどと言い出し、以降消息を絶っているとかなんとか。

 ネロとリラの存在もそうだ。彼達は対抗試合で、自分達の異常な戦闘力をまざまざと見せつけている。あの魔術は、なんだ?

 

「図書室の本は一通り調べたけど、『ダメージを肩代わりする魔法』に『ドラゴンに噛まれても平気な身体を手に入れる魔法』なんて載ってなかったわ。

 ……禁忌の、闇の魔術の類なのは間違いないでしょうけど」

(そういえばリラの背中の刺青、あれも何か関連があるのかなあ。本人が口止めしてたし、言うのはやめておこう……)

「クラムはともかくとして、ダームストラング校は闇の魔術を実際に教えていることに変わりはない。用心は必要だな……」

 

 聞けば、前任のカルカロフは元・死喰い人なんだとか。仮にダンテが闇に通じているのだとしたら、彼の校長就任は意味合いが変わってくる。カルカロフを社会的に抹殺して、校長の座に立ったのではないか、という意味に。

 それなら対抗試合を目前にしてカルカロフ氏が職を辞したのも頷ける。……あまり気分の良い話ではないが。

 

「シェリーにとってはあまり考えたくはないことでしょうけど、代表選手が犯人という可能性はあるかしら」

「……、その線は薄いと思うが、まあ可能性はなくもない、か……。校長の指示で妨害工作を働いているという線もあるしな。

 だが、ボーバトンはあのマクシームが治めている学校だ。彼女は闇の勢力に頭を垂れるような人間ではないし、生徒にもそれをさせるような人ではないよ」

 

 シリウスの評価は意外に高かった。

 マクシームは魔法生物飼育学の権威である一方、質の高い教育を徹底し続けた女傑でもある。勉学だけではない、健全な精神の育成をモットーに掲げる彼女はフランス魔法界の教育のシンボルなのだとか。

 マクゴナガルも彼女を尊敬しているといえば、その偉大さが分かるだろうか。

 

「マホウトコロは半々だな。あそこはまだ魔法使いを軍事力として扱う風潮が根強く残っている。それは、国を守る盾にも、外敵を滅ぼす牙にもなり得るということだ。

 あのオダ・ナギノとかいう校長も、元は前線で活躍していた人間だ」

 

 ハヤト達の誰かが犯人とは思いたくないが、つまりはそういうことだ。

 弱肉強食の世界で生きる彼達が、闇の勢力を『強者』として認めたらどうなるか。

 ホグワーツや、シェリーやベガを『敵』として認識したらどうなるか。

 ……想像したくもない。

 ハヤト達が一連の騒動に関与している可能性があるなどと。それに、あんな人外連中と戦うのは御免だ。

 

「イルヴァーモーニーは……そうだな、セイラムはあの通り気の良いおっちゃんだ。

 だがアメリカ魔法界はその影響力が弱まってきているし、そこにつけ込まれた生徒はいるかもしれないな」

 

 アメリカにはかつて、堕落した傭兵集団(スカウラー)と呼ばれる闇の魔法使い達がいた。

 アメリカ合衆国魔法議会(マクーザ)が彼達を取り締まっていたのだが、それでも全てを排除することはできなかった。排斥され、怨みを積み重ねた彼達の末裔が再び闇と抵触したとしたら。

 一九二〇年代にその議長を務めたセラフィーナ・ピッカリーの黄金時代から時は過ぎ、今のアメリカは不安定な環境にある。

 切っ掛けさえあれば、ダムが決壊するかのように全て壊れかねないのだ。

 

「こんなところか。ああ、そういえばいたな、もう一人怪しいのが」

「誰かいたっけ……?」

「バーティ・クラウチさ。ここ最近の奴の行動は、私の知るクラウチ像に全く当て嵌まらないんだよ。奴らしい行動といえば、屋敷しもべをクビにしたくらいか」

 

 ハーマイオニーが反応する。先のワールドカップでウインキーが仕事を辞めさせられたのは、余程堪えたらしい。

 しかしクラウチはそういう男だ、とシリウスは言う。なんせ彼は『疑わしきは罰せよ』を体現したかのような男で、人の身に余る正義を抱えているのだ、と。

 クラウチが頭角を現したのは先の魔法戦争の時だ。誰もが混乱し、恐怖し、毎日のように惨劇を告げるニュースが入ってくる悪夢のような時勢下で、彼は法を変え、闇祓いに権力を持たせた。

 『悪人は殺していい権利』『裁判無しにアズカバンに送っていい権利』……毒には毒を、暴力を持って暴力に対抗した。

 行き過ぎた正義も民衆にとっては希望に変わりない、支持は集まり、魔法省の次の大臣はクラウチに決まりかけていた。

 

「──そんな時だ。

 奴の息子が拘留されたのは」

 

 曰く、とある闇の魔法使いが自分の仲間を売った時に、彼の名前が出たのだとか。

 クラウチの息子は評判が良く、それは何かの間違いだ、運悪く巻き込まれてしまっただけだ、などと擁護された。

 しかし自分の評判を傷つけた者には、息子だろうと屋敷しもべだろうと容赦しないのがクラウチだ。彼は息子を庇うこともせず、アズカバンに送った。

 その時の、クラウチ・ジュニアの悲痛な声は今でも忘れられないと、シリウスは渋い顔で語る。

 ジュニアは死に、息子の死にショックを受けたクラウチの妻も間もなく息を引き取り、一人残されたクラウチには非難の声が集まった。クラウチには人の心がない、家庭を顧みない冷酷な男なのだ、と。

 

「……ちゃんと家族がいるのに、何で……そんなことができるんだろう……」

「たまには一緒に、家族にお茶目な悪戯でもしてやれば良かったんだ。そうすればレギュだって……

 それはいい。クラウチはあの頃のポジションを取り返そうと躍起になっている、だから闇の勢力を捕まえようと必死だ……

 とはいえ、あの陰険野郎の研究室に忍び込むのは流石におかしいと思うがね」

「クラウチは今、病欠って話だろ?でも話を聞くと病気なんかで休むようなタマには思えないなあ」

「今にして思えば、ワールドカップで欠席してたのも変だよね。あの時、あの人はどこに行ってたんだろう……」

 

 様々な謎を残したまま、シェリー達は城へと帰っていく。

 自室でフロランタン姉妹に抱きしめられながら、今日の出来事を漠然と頭の中で整理する。浮かぶのはやはり、バーティ・クラウチという男についてだ。

 クラウチへの疑念は強まっていく。

 彼の行動は謎だ。尽力していた対抗試合にも最近は顔を出さず、かと思えばスネイプの研究室の周りを彷徨いている。

 彼の過去を知ってからは、殊更にその行動が不自然なものと思えて仕方ない。

──彼の、過去。

──家族を蔑ろにした過去。

 彼の行動全てが愚かだとは思わない。世間に曇りなき正義を示し、強引なやり方かもしれないがそれで救われた人も大勢いるのは確かだ。

 けれど、妻や息子に対しての態度は、話を聞く限りでは冷酷そのものだ。

 もう諦めているとはいえ、家族に人一倍強い憧れを持っていたシェリーには、その感覚が分からない。

 

(なんだか、ロボットみたいだ。正義というシステムに従って、プログラムされた通りに罪を裁くだけの──)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ロボットは君だろう?

──他己愛というシステムに従って、プログラムされた通りに人を救う。

──人に優しくされればされるほど、その人のために死ななきゃいけないと思う。

──そんな人間が君だ。

 

(───ッ)

 頭の中にダイレクトに情報をぶち込まれたような感覚だった。飛び飛びの映像が流れて、脳回路がショートを起こす。

 頭の痛みは、舌を噛むことで和らげた。

 他人に余計な心配をかけてはいけない。

 自分に余計な感情はいらない。

 ただ、人のために生きて死ぬだけ。

 

──はは、くだらない。

──本当につまらない生き方だ。そんな生き方は身を滅ぼすだけだ

 

(………、君は誰なの?)

 

──君にとって、たった一人の家族と呼べる人間……それが僕さ

──⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎──

──それが僕の名前。

──それが僕の自己証明だ──

 

 黒髪の少年は妖しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 じゅう⬛︎年ま⬛︎⬛︎⬛︎生まれタ

 ⬛︎⬛︎⬛︎の⬛︎のが帝滅ぼ⬛︎⬛︎ヨゲン

 筈だ⬛︎りペテ⬛︎⬛︎⬛︎リューの秘密の守りが破れ⬛︎⬛︎の裏切り⬛︎の⬛︎⬛︎

 ゴドリッ⬛︎谷⬛︎デヴォ⬛︎⬛︎モートは

 ⬛︎りリー・ぽったー⬛︎愛⬛︎⬛︎⬛︎を⬛母

 仮初⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎死迎え⬛︎⬛︎⬛︎下僕

 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎オスカー⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

 しかシ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ハ⬛︎

 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎紅い力⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎器⬛︎⬛︎⬛︎

 感情⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎七つ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎大罪⬛︎

 ⬛︎⬛︎力ヲ⬛︎⬛︎⬛︎取り戻し⬛︎?⬛︎禁⬛︎

 ⬛︎生み⬛︎⬛︎⬛︎怒⬛︎⬛︎ト⬛︎暴⬛︎彼は

 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ェ⬛︎リー⬛︎⬛︎⬛︎ぽ⬛︎⬛︎

 ⬛︎⬛︎箱⬛︎箱⬛︎霊⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎箱⬛︎分

 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎神⬛︎愛⬛︎⬛︎呪⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

 

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼を神に愛された少年と呼ぶならば」

「君は神に呪われた少女だった」

 

「──君は生まれてきてはいけなかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ、………ハァ、ハァ………」

「ん〜?どうしたのシェリー、悪い夢でも見たの?」

「………、大丈夫、心配ないよ」

 

 理由は分からない。

 分からないが、精神を揺さぶられるような、不安になるような夢だった。

 いや夢……、なのか?

 疲れた末に見た妄想なのか?

 そもそも何を見たんだっけ?

 少年は家族の私が黒髪だった?

 あれ?

 あれあれあれ?

 ……きっと対抗試合で疲れているんだ、もう寝てしまおう。疲弊した脳を休めるようにして、

 シェリーは今度こそ眠りについた。

 




魔法界にはサンダーバードっていう鳥がいて、ファンタビだと大活躍するんです。それで今回も出そうと思いましたが似たような課題ばっかになるので名前だけ残しました。

フロランタン姉妹のデレ。
コルダ書いてた時も思ったけど、強気な女の子が主人公の真っ直ぐな言動に惹かれてデレるのって良いよね…。
因みに脱獄犯のシリウスが何でこんなに情報通なのかっていうと、家の事情でそういう知識を叩き込まれたのと、新聞くらいしか娯楽がなかったのが原因です。


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9.FORTH STAGE SAMURAI

「わ、私、男の子になってる!?」

「嘘だろ、俺が女になってやがる!?」

「どうなってるんだ一体──ッ!!」

 

 障害物競走。

 魔法学校対抗試合、第四の試練はそれだった。様々なトラップが仕掛けられているコースの中を潜り抜けていき、ゴールに辿り着いた順に高いポイントを貰えるというもの。

 シェリー達は途中までは順調に進めていた……のだが。とあるトンネルの中を通ると急にその脚が止まった。

 それもそのはず。

 シェリー達は性転換していた。

 肉体の違和感を感じてあちこち触ると、柔らかく丸みを帯びた体型はごつごつと筋肉質なものに変わっていたのだ。

 

『ホグワーツ組は『反転の虚』に入ってしまったようですね!このエリアはあらゆるモノの性質が反転してしまうという、おそろしい魔法がかかっているのです!

 男は女に!女は男に!普段とは違う別の肉体に作り替えられてしまったのです!』

「なんだそりゃあ!!」

 

 ポリジュース薬のようなものだろうか。

 見ると、ベガは身長が縮み小柄になり、長い銀髪を揺らしていた。口調も相まってどこぞのお嬢様のような、静謐とした風貌へと変わっている。可愛い。

 セドリックは流石の美少女だ。茶色の髪をした純朴な少女。麦畑にでもいそうな純朴さだが、それがいい。見れば、胸囲のそれは中々に立派だ。自分で自分の姿を見て顔を赤くしていたりしていた。

 シェリーも鏡を見て、何ともいえない気分に陥る。赤い髪のボサボサ頭。髪の色以外はジェームズにそっくりだ。

 観客席のスネイプが悲鳴を上げた。

 

「ご丁寧に服まで変わってやがる!この魔法創ったの絶対ダンブルドアだろ……!」

「う、動きづらいな。自分の身体じゃないみたいだ。アイタッ」

「大丈夫、セドリック……うわっ!当たり前だけど身体の違和感がすごい!」

 

 何故か意気消沈としたスネイプとは反対に、観客席(特にラベンダーとパーバティ)は盛り上がっているようだ。物凄い勢いでコリンが写真を撮っていく。おそらく後でフレッドとジョージが高値で写真を売り捌くのだろう。

 

『ちなみにゴールに着いたらあらゆる魔法を洗い落とす水が流れるので、性転換の魔法の効果も切れまーす』

「行くぞセドリック!!!」

「ああ!!誰よりも早くゴールへ!!!」

 黒歴史確定だが、早くゴールすれば被害は少なく済む。一致団結したベガとセドリックはこれまでにない勢いで走った。

「そ、そんなにその格好嫌なの……?別の自分になれてちょっと面白いんだけど」

「ああ嫌だね!!!一刻も早くここから逃げ出してえ気分だよ!!!」

「シェリー!!一生のお願いだ!!!僕達をここから解放させてくれ!!!」

 

 二人ともいやに顔を赤くさせている。

 せっかく可愛いのになあ、と思っていると、背後から気配。誰かが追って来ているようだ。

 見ると、それはハヤトだった。

 いや、ハヤトだがハヤトではない。

 シェリー達を追って来ているということは、彼もあのトンネルを潜ってきたということだ。ボサボサ頭は、癖のある長髪に。筋肉質な肉体は、健康的な身体に。

 しかしそのギラついた瞳だけが、唯一、女となっても変わっていなかった。

 

「待てェエーーーきさん達あああ!!!」

「誰が待つか!ああクソッ、身長が低くなったからいつもより足が遅く感じる!」

「でもそれはあっちも同じの筈だ!このままこの距離をキープすれば……」

「……、でも、まだまだたくさん罠があるだろうし……。二人とも、行って!

 ハヤトは──私が食い止める!!」

 

 シェリーは足を止め杖を構えた。

 少しの間、悩んだ。シェリーを行かせるべきか、と。けれど彼女(彼?)の目つきを見て──思考を捨て、ゴールへと向かう。

 これがシェリーと築き上げた信頼だ。

 あと早くこの格好をやめたかった。

 

「いい度胸じゃ!あの時の約束通り、俺が叩っ斬っちゃる!」

 

 約束──とは、以前タマモに卵の謎を解くヒントを提供した時に交わしたものだ。

 マホウトコロは、謎を解くヒントを貰う代わりにホグワーツの邪魔をしない。

 義理堅く友情に厚い彼達はそれを守ろうとしたのだが、

『どうせあの課題のヒントは皆んなが知ることになったんだし、気にしなくていいよ。それに私は全力で貴方達と戦いたい』

 とシェリーに言われ、渋々ながらもそれを了承したわけである。戦いたいと言われてそれに応えないなどマホウトコロの武士の名折れだ。

 無論、シェリーのこの発言もベガとセドリックの了承を得て言ったものだ。

 

「先の課題じゃあ良い所がなかったからのお、ここらで挽回といくかァ!」

(──来る!!)

 

 男だろうが女だろうが、強い奴は強い。

 それが魔法界における鉄則だが、少なくとも自分の身一つで前線に飛び込む近距離型の魔法使いには体力が求められる。

 更には別の身体になった違和感。

 今のハヤトの動きは少しだけ鈍っている。何とかシェリーにも見切れる速度だ。

 

(動き自体は単純だ、ハヤトの直線上に攻撃すれば──!)

「フリペンド!!」

「──────」

「やった、命中………えっ!?」

 

 腕が吹っ飛ぶ衝撃を食らってもなお、ハヤトの脚は止まらない。

 一瞬の怯みもなく、攻撃を食らっていないのではないか、と見紛うほどの不屈の精神だ。

 意思の固定化。

 『突っ込んで叩っ斬る』という強い意志が脳に刻み込まれ、肉体を凌駕したのだ。

 マホウトコロの生徒達の戦いを見た人々は口を揃えてこう言う。獣のようだ、と。

 だが、それは少し違う。獣は傷を負えば逃げるし、不利を悟れば撤退する。

 されど彼達に後退はない。不退転の契りを持って、外敵を滅さんと突撃する──!

 

「エクスペリアームス!!」

「ッ!!」

 

 しかしシェリーも負けてはいない。流石の弾速で、魔法弾を連発。

 狙うはハヤトではなく、ハヤトの杖。

 身体に当たった程度では根性で無理矢理痛みを抑えて突っ込んでくる。ならば、杖を攻撃して武器を削ぐという算段だ。

 ハヤトの二杖流が魔法弾を切り落とす。

 その隙にシェリーは距離を取った。

 

(大した『銃』使いじゃあ)

(すごい『剣』使いだ……)

 

 好敵手が現れたと言わんばかりに、臓腑が喜びで波打った。

(普通の攻撃魔法じゃハヤトは気合で耐えて攻撃してくる。だから、私は武装解除呪文で杖を取り上げないといけないんだ。問題は、ハヤトが二つも杖を持ってるってことだけど)

(中距離で攻められるのはまずい。俺の間合いで攻撃せんといかんのう。問題は、近ければ近いほど早撃ちの餌食となってしまうということじゃが)

 両者の激突は同時だった。

 シェリーが撃ち、ハヤトが斬る。

 グレイバック程の怪物ではないが、ハヤトも相当の腕の持ち主だ。近距離戦という括りならば、代表選手の誰よりも優れているのではないか。

 もしこれが、本来の肉体だったとしたら。──考えるだけで恐ろしい。

 

(私がいつも通りに戦えているのは、魔法弾を撃ち出す戦闘スタイルだから、いつもとあまり行動が変わらないからだ。

 付け込む隙があるなら、そこ!)

「おう、来いい、来いい!もっとお前の魔法を見せてみい!全部俺が叩っ斬っちゃるわ!!」

 

 醒めぬ闘志。鬼のような気迫。

 されどシェリーも負けてはいない。攻撃の手は休めず、最善手を出す。

 お互いに攻めの膠着状態だ。

 一歩でも臆せばそこを撃たれる。

 一手でも間違えればそこを斬られる。

 のし掛かるようなプレッシャーを吹き飛ばすようにして、互いに技をぶつけ合う。

 攻撃に特化した──特化しすぎた二人の応酬は、狂気さえ感じさせた。

 幾度とないぶつかり合いの果てに、二人は互いに距離を取る。しかしてそれはハヤトの有利に働いた。

 

「───居合」

(やばっ)

 

 悪寒を感じた。

 見てから回避するのでは間に合わない。

 万象を屠り去る絶対の一撃が、来る。

「エクソパルソ!!」

 足場の爆破。

 咄嗟の判断だったが、それは間違いではなかったと悟る。瓦礫や土煙、更には展開した盾の呪文で身を守ろうとしたが、それらは全て真っ二つに切断された。

 驚きで目を見開いたシェリーの前には、姿あらわしでもしたかのように、ハヤトが一瞬にして姿を現していた。

 

「──見しげた(みつけた)

 

 にィ、と。

 頬が破れんばかりに、口角を釣り上げたハヤトは、凝縮した両手の魔力の刃を振り下ろそうとして──やめた。今は攻撃よりも回避だと本能が告げていた。

 今斬れば倒せる、という渇望と、

 今斬ればやられる、という本能。

 ハヤトは刹那にも満たぬ思考の後、後者を取った。しかし、その思考回路ごとぶっ飛ばすような速度で魔法が飛んで来た。回避でよかったと、心から思う。

 魔法糸。

 魔力を糸のように伸ばし、魔法を放つと糸に沿って魔法が飛んでいく。

 シェリーはそれをワイヤートラップのように活用し、ハヤトを糸が伸びる先まで誘い込んだ。その様は、巣で餌を待ち構える蜘蛛さながらだ。

 

(──誘いこまれたんは、俺か!)

 

 刹那の攻防戦の中、よくもまあこんな器用な真似ができるものだ。

 己の技に矜恃が無いからこその境地。

 自分を信じていないからこそ、的確に次の手を打つことができる。

 しかしその罠だらけの状況でなお、ハヤトの剣は止まらない。回避に特化したベガと攻撃に特化したハヤトという違いはあるが、ハヤトもまた恐るべき反射神経の持ち主なのだ。

 降りかかる火の粉全てが敵。

 腕が千切れんばかりの速さで全て斬る。

 彼の双剣は爆発的な速度を見せた。

 その最中、ハヤトは襲いくる弾幕の中に不自然な光を見つけた。何十もの攻撃魔法の中に一つだけ、明後日の方向に飛んでいく魔法がある。

 その魔法は壁に着弾すると、鉄の棒へと『変化』してハヤトに飛来。無論そんなものすぐに斬り落とすハヤトだが、斬った瞬間に背後から気配を感じた。

 

(シェリー!?……そうか、今までの攻撃は全てブラフか。全ては俺の背後から強襲するための罠!何重にも積み重ねた罠の中に隠した本命が、これか!

 しかし確実に仕留めるためとはいえ、この俺に接近してくるとは!

──ははっ、イカれとるのォきさん!!)

 

 戦闘時において、ハヤトの一瞬の思考は常人の熟考に値するほどのキレを見せる。

 彼の読みは全て正解。野生的な戦いをするように見えて、シェリーの戦闘の組み立て方は目を見張るものがある。

 しかし彼は戦闘の達人。背面斬りなど、とうの昔に会得している。

 前傾した体勢から即座に背後の敵に対応するという馬鹿げた荒業を見て、シェリーは遽に目を開くも、攻撃を止めることだけはしなかった。

 再度、激突。

 しかしここで強引に魔法を放てば、ハヤトに着弾して少なからずダメージは与えられるだろう。そう判断して、魔力を放出しようとして──

 

「ほいっと」

「──え?あッ──」

 

 ハヤトに斬られていた。

 脳が情報を処理しきれない。が、薄れゆく意識の中で、パズルのピースが嵌っていくような感覚を味わった。

 シェリーとハヤトはぶつかり、そこでシェリーは追撃をかけようとした。

 しかしシェリーは一つの事実を失念していた。ハヤトは二杖流なのだ、片方の杖が塞がっていても、もう一方の杖は自由なのだという事実を。

 しかもハヤトは杖を投げた。ひょい、という軽い音が聞こえるような、何気ない仕草で。シェリーの意識はそちらに向いてしまい、意識を逸らしてしまった。

 その隙を突かれ、ハヤトに斬られてしまったというわけである。自身の生命線の杖を戦闘中に手放す者がどこにいる?思考が止まってしまうのも無理はない。

 

 けれど、杖を二つ持つハヤトだけは、その選択をすることができる。

 そして、いくら二杖流とはいえ、あの高速戦闘の中で杖をあえて手放すことができるのも、ハヤトだけだろう。

 

(………つ、つよ〜〜っ)

 

 シェリーは困った。

 代表選手のトップ層が強すぎる……!!

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 結果から言えば、ホグワーツは悪くない順位だった。ベガとセドリックの尽力のお陰でレースでは上位だった。

 しかしシェリーは落ち込んでいた。

 慣れない身体というハンデがありながらも、ハヤトにボロ負けしたのである。

 あれはまだ本気を出してはいまい。

 

「元気出せよシェリー、仕方ないって。戦闘に特化した魔法学校の上澄みだろ?人外魔境だよ、ありゃ」

 

 ロンがそう言ってブイヤベースをシェリーに勧めてきた。それを有難く頂戴して舌鼓を打つ。代わりに彼の苦手なものを食べてもらおうという魂胆は黙っておいた。

 実際問題、ホグワーツが今まで一度も一位を取れていないのは代表選手の上位層が強すぎるからだと言える。

 ボーバトン、イルヴァーモーニーだけならまだホグワーツにも勝機があろう。ボーバトンの連携戦術は厄介だが火力不足気味だし、イルヴァーモーニーは反対に攻撃に寄りすぎだ。

 フラーの飛行、フロランタン姉妹の花魔法はサポートや対人戦で真価を発揮する魔術だし、バーニィ、サモエド、マスティフの爆音呪文は見境がなく、融通が効かなすぎるのだ。

 無論、厄介な相手ではあるが、同時に弱点もある。苦戦は強いられるだろうが戦えば勝利できる可能性は少なからずある。

 

(だから問題は……やっぱりマホウトコロとダームストラングだよね……)

 

 マホウトコロはあの通りだ。近距離戦で戦えばまず勝ち目のないハヤトに、同等の力を持ったコージロー。そして遠距離戦で他の追随を許さないタマモだ。

 ダームストラングは語るまでもない。だが敢えて語ろう。触れればアウトの雷魔法にダメージを肩代わりさせるネロ、やたら頑丈な身体を持つリラに、プロのクィディッチ選手ということを差っ引いても高い実力のクラム。

 各校のオールスターが揃い踏みだ。

 

「ダームストラングのネロ、マホウトコロのハヤトとコージロー。この辺りは特に警戒が必要ね」

 

 今名前の挙がった人物は魔法界でも指折りの猛者だ。単純な戦闘でなら、今大会で最強クラスだろう。

 ベガは最強の学生になると宣言したが、そのためには彼達を越えなくてはならない。高い壁だ。あと数年成長を積めばまた違うのだろうが、三年の差は大きい。

 けれどベガは止まらなかった。

 その日、ムーディに呼ばれクィディッチ・ピッチへと行くと、代表選手達が勢揃いしていた。……跡形もない。魔法がかけられた植物があちこちに生えていて、生垣が壁のように聳えている。青々としたピッチは見る影もない。セドリックとシェリーが抗議の声をあげた。彼達は生粋のクィディッチだ。クラムも静かに頷いていた。

「心配するな殺すぞ!試合が終われば元に戻るわ呪うぞ!!」

 聞けば、次の試練が最後なのだとか。

 長いような、短かったような。

 泣いても笑っても次が最後なのだ。

 

「試練はこうだ!迷路の森を抜けて、一番早く着いた者の勝ち!簡単だろうが?」

「楽しそうでーす」

「シェリー、一緒に周りましょ」

「お姉様もそれでいいですか?」

「勿論でーす。大勢で回った方が楽しい」

「わ、私の知らないところで話が進んでいる……!」

「仲良しなのは良いことだが、今回の競技ではそうもいかん。なんせ代表選手達はバラバラに分断された状態でスタートするのだからな!」

 

 それは同じ学校のメンバーとて例外ではない。十五人がそれぞれ所定の位置からスタートし、ゴールに置かれてある優勝杯を掲げた者の勝利というわけだ。

 そして優勝杯に近付けば近付く程、罠や魔法生物が増えていく。そうした困難を乗り越えた者にのみ勝利の女神は微笑むのだ。

 勝利の鍵は他のメンバーと早く合流することだ。味方が多ければ多いほど試練は突破しやすくなる。あと観客席も色んな映像が観れて楽しいだろう。

 

「バタイユ・ロワイヤル?んっんー、それならボーバトンが勝てる可能性はまだありそうでーす」

「……ええと、何でフラーは今私の頬っぺたを触っているの?」

「おおう、シェリーのお肌ぷにぷにでーす。触りがいありまーす」

(答えになってない!)

「第二の試練以降すっかり仲良しッスね」

「俺とダンスパーティー行った時は警戒しまくってたのにな」

「羨まし……な、何でもないよ、ベガ。だからその目をやめてくれ」

「……。想いは黙ってるままでヴぁ伝わらないぞ」

「えっ。あ、ありがとう?」

「愛しのハーミーと上手くいってないから僻んでるのカ、ビッキー」

「黙れ」

 

 各々軽口を叩き合いながら、城へと帰っていく。シェリーも戻ろうとしたが、コージローとクラムが残っているのに気がつく。日課の鍛錬をするらしい。

 いつの間に仲良くなったのやら。

 クラムはダームストラング生だが、ネロやリラとはどうも反りが合わないらしく、時折マホウトコロのような気持ちの良い連中と鍛錬しているのをたまに見かける。

「お前もどうだ?」

 断る理由もなかった。

 

「ライバルに手の内を晒すようで気が引けるが、もうここまでくれば俺の魔法は大体バレてるか」

 コージローは笑うが、分かっていてもどうしようもないものはある。

 組み手をしてそれを思い知らされた。

 感覚としては、ベガに近い。

 攻撃は尽く回避され、速さと手数で翻弄される。闇雲に攻めるだけでは勝ち目はなさそうだ。攻撃が当たらない分、ハヤトよりも厄介かもしれない。

 

「流石にヴォくの実力は彼ほどでヴぁないが、それでも足手纏いにならないくらいには鍛えてあるぞ」

 そう言うクラムだが、日頃の鍛錬の甲斐もあってか、コージロー達の高速戦闘にもある程度対処できるだけの実力があった。

 他の代表選手が派手すぎてつい霞がちだが、そもそも彼も世界最高のシーカーと評される男。

 そんな彼が弱いわけはないのだ。

 

「シェリーは攻撃手段が単純すぎるというか、本当に攻撃に寄りすぎているんだな。それじゃあいつか限界が来るぞ」

「おっしゃる通りです」

 

 二人に軽く捻られて、芝生の上に転がる。そのまま息を整えていると、タオルを投げられた。

 何かと思えば、クラムが「年頃の女子が人前で腹を見せるな」と、少し紅潮した顔でモゴモゴ言っていた。何のことか分からなかったが、有難く受け取った。

 休憩時間中、クラムとクィディッチ議論を繰り広げる。ニンバス系は箒の先端部分の操作が負荷がかからないだの何だの。

 コージローの祖国、ニホンではトヨハシ・テングなるナショナルチームがあり、負けたら箒を燃やすという話を聞いてジョークかどうか判断に迷った。

 

「──ん?この声は……」

 どこか懐かしい声がした。

 気になって、シェリーが気になって茂みの奥の方へと進むと、ネロとリラのダームストラング兄妹が話し込んでいた。

 

「リラ、情報は集まったカ」

「ご、ごめんなさい兄さん……まだ……」

「ちっ。まあいいさ、最初から期待なんてしてねえからナ。まあ魔剣のことはいい、問題は最後の試練ダ。

──シェリー・ポッターとベガ・レストレンジ。あいつ達だけには対抗杯を取らせるわけには………、っ、誰ダ!」

「わっ」

「!お前達……」

 

 ネロはバツの悪そうな顔をした。

 聞かれたくない話だったのだろうか。

 

「オーイ、シェリーどうした?

 ……ああ、何かと思えばダームストラング兄妹か」

「聞き耳とは感心しねえナ。仮にも代表選手ともあろう者が、随分とまあ姑息な手段を使うもんダ」

「ご、ごめんね。聞こえてきちゃって」

「ネロ、シェリーとコージローは悪気があったわけでヴぁない。偶然ここを通りがかっただけだ」

「………ちっ。行くぞ、リラ」

「待てよ、二人とも」

 

 サッサとその場から去ろうとするネロに、声をかけたのはコージローだ。

 

「お前達も一緒に修行しないか?代表選手同士、共に汗を流すのも良いだろう」

「は?」

「おい、コージロー。それヴぁ……」

「……自分の手の内を敵に見せる気にはならねえナ。お前もほどほどにしておけよ、ビッキー。行くぞ、リラ」

「え!で、でも、兄さん……その」

 リラは残念そうな顔をした。

 彼女はこれまで友人に恵まれなかったらしく、この対抗試合の期間中にシェリー達と交流できたことが嬉しかったのである。

 だからコージローの誘いは、正直言って嬉しかったのだ。

 そんな妹の様子など気にも止めず、さっさとその場を去ろうとするネロだったが、いきなりぴたりと止まると、

 

「………いや、待てよ。これは………

 オーケー、ちょっと運動用の服を持ってくるから待っててくレ。

 おいリラ、俺が戻ってくるまでの間、一発芸でもして場を盛り上げとけ」

「えっ!?えーと、ま、マートラップの物真似いきまぁす!」

「いやしなくていいわ粗忽者が!!」

 

 コージローが一喝してリラの奇行を阻止する。彼女は少々兄にいじられ過ぎじゃなかろうか。

 クラムは微妙そうな顔をしたが、彼達の鍛錬を断る理由もない。早速再開しようという時に、リラが、思い出したかのように口を開いた。

 

「魔剣伝説はご存知ですか?」

 何だそれは。

「ホグワーツの四人の創始者はそれぞれ形状の違う剣を所有した魔剣士だった、という伝説があります。彼達は若い頃、互いに協力してとある怪物を倒したとか。

 そして怪物を滅ぼしたその剣は今も世界のどこかに形を変えて存在する……という伝説です。

 或いは帽子の中に身を潜めたり、或いはロケットに封印されたり、他にも髪飾りやカップへと形を変えているとかなんとか」

 

 ロックハートが喜びそうな話だ。

 彼達ほどの人物であれば、剣術を使えてもおかしくないが、実際にその剣を見ないことには判断のしようがない。

 どこかの想像力豊かな人物が作った御伽噺ではなかろうか。

 というか、そもそもシェリーも然程ホグワーツの歴史に詳しいわけではない。それは彼女が魔法史が苦手というのもあるが、ホグワーツの創始者時代の文献は殆どが失伝しているのだ。

 ……バジリスクに聞けば教えてくれるだろうか?

 

「へえ、そんな伝説があるなんて知らなかったなぁ……」

「そ、そうですか……」

「しかしまた、何でそんな伝承を調べているんだ?」

「えっ!えーと、わ、私達、歴史とか好きなんですよね」

 

 そっかぁ、ちょっと意外だなあ。

 と呑気にシェリーとコージローは考えたが、クラムはどこか訝しげな顔だった。

 

「おい、ネロは一体何を企んで──」

 クラムがずい、とリラの方に身体を傾けた。シェリーのすぐ近くに頭がある。

 と、その瞬間、

「──────」

「?……どうしたの?」

 コージローが立ち上がった。

 

「おい、そこにいるのは誰だ」

「………?」

「こっちは腐っても忍者の家系だぞ。その程度の殺気、俺が感じ取れないとでも思ったか」

 

 その迫力に、シェリー達は思わず黙り込んで息を飲む。ややあって、観念したかのようにその男は出てきた。

 

「えっ、クラウチさん……!?」

 バーテミウス・クラウチ。

 魔法省のお堅い役人で、パーシーから絶大な信頼を得ている人物。しかし過去に過剰な正義を振り翳していた男でもある。

 仕事人間で、休むくらいならヒッポグリフと駆けっこする方がマシとまで言われている彼が、どうして……。

「ど、どうして今、ここに……?」

 

 彼の様子は尋常ではない。

 シェリー達の様子が目に入っていないのか、ぶつぶつと妄言を繰り返し、物乞いのようなボロを身に纏っている。パーシーからは殆どの業務を手紙でこなすと聞いていたが……到底、今の彼にそんなことはできそうにない。

 

「訳が分からんが、ともかく今はこの人を医務室まで運ぼう」

「ああああああああ!!!」

「!?」

「ダンブルドア!!ダンブルドアに、私は早く会わなくては……会って何を話す?そうだ、対抗試合について話す、あれは私の尽力した試合だ、紅茶でも飲もう。君はどうしてどうする?

 なあオスカー、君は聞き上手だな。聞いてくれよ、妻と息子に会わせる顔がないんだ、私はなんてことを、ごめんなさいごめんなさいオスカー私はどうすればいい?君ならどうする?──」

「こ、この人どうかしてます……」

 

 リラの指摘はもっともだ。

 とはいえこのまま放置しておくわけにもいくまい。体格の良いコージローとクラムが彼を持ち上げようとするが、突如として暴れ出したクラウチにはずみで殴られてしまった。

 仕方がないので、魔縄で縛り上げることにした。それでも抵抗をやめないクラウチには狂気じみたものを感じたが、こんな状態の彼に下手に魔法を使えばかえって容態は悪化しかねない。

 石化や麻痺の呪文を使うのは駄目だ。

 

「私、ダンブルドア先生呼んでくるよ!」

 

 事件の匂いがする。

 となれば、呼ぶべきはポンフリーではなくダンブルドアだろう。

 校長室の前まで走り、そういえば校長室の合言葉を知らないことに気がついた。彼女は何気にこの部屋に入ったことがない。

 ガーゴイルが退屈そうに欠伸した。

 部屋の前でたたらを踏む。通りすがりの生徒に怪訝な顔で見られるが気にしない。

 事は一刻を争うのだ。

 

「ガーゴイルさん、何とかそこを通してもらうわけにはいかない!?」

『合言葉を言わねえことにはなァ』

「じゃっ、じゃあ、ダンブルドア先生を呼んできてもらえないかな?今、何気に結構大変な事態が起きてると思うんだ」

『お前が合言葉を言ったらな』

 

 取りつく島もない。

 困った、代わりに職員室から誰か先生を呼ぼうかと思っていると、目に入ったのはマクゴナガルとスネイプ教授だった。

 

「いい加減ポッターにちょっかいかけるのはやめたらどうです」

「だからそんなんじゃないと何度も……、ポッター!何をしている」

「あー、先生!クィディッチ競技場の近くてわクラウチさんが倒れてて……」

「クラウチだと?そんな馬鹿なことがあるか嘘をつくな一点減点」

「クラウチが?彼が何故ホグワーツにいるのです?グリフィンドールに一点」

 

 事情を説明すると、二人は現場に向かって走り出す。俊敏な動きだ。シェリーより一回り歳が離れているとは思えない。

 

「今、年齢について考えませんでしたか?

……現場はここですか。……これは」

「!?コージロー、リラ、クラム!?」

「!──お前達か」

 酷い惨状だった。

 地面には明らかな戦闘の跡。至る所が切り裂かれ、抉り取られていたり腐食していたり、明らかな魔法の痕跡が残っていた。

 しかし見るべきはそこではない。

 その中心にいる、三人。

 クラムは肩を袈裟斬りにすっぱり切り裂かれていた。

 リラはうつ伏せに倒れ、意識が無いようだった。

 コージローは息も絶え絶えに、二人を守る形で臨戦態勢だった。

 ……頭が痛む。彼達を見ると、何故だか酷い頭痛がする。

 シェリーとホグワーツの教師が来たことで落ち着いたのか、コージローはふっと警戒を解いた。

 

「シェリーが行った後、俺達は何者かに襲撃されたんだ」

 コージロー達がクラウチを見張っていると、どこからか魔法が飛来した。咄嗟に躱してその方向を見たが、そこには誰もいなかった。しかし尚も攻撃は続いた。

 おそらく、襲撃者は透明マントを被っていたのだろう。各校の指折りの実力者が三人いるといっても、相手の姿が見えなければどうしようもない。寧ろその状態である程度粘れたのは流石と言うべきか。

 しかし謎の紫色の魔力がリラに着弾してしまい、彼女はその場に倒れてしまう。防御力の高い彼女が倒れたことと、味方が一人やられたことに動揺してしまい、その隙にクラウチが連れ去られてしまった。

 追おうとしたが、手傷を負ったままでは返り討ちに遭うだけだ。どこかへ消えて行くクラウチをみすみす見逃すことしかできなかった。

 

「不甲斐ない話だ。俺の修行不足が招いた結果だ」

「それはヴォく達にも言えることだ。自分を責めるな、コージロー」

 

 いつの間にやら仲良くなったらしい。

 同じくストイックな気質を気に入ったのだろうか。クラムなど、ダームストラングにいる時に見せなかった表情だ。

 三人はマクゴナガルが治癒魔法で応急処置を施され、担架で運ばれていく。リラも命に別状はなさそうで、気を失ってはいるが苦しそうにはしていない。

 

「……ポッター、来い。校長がお呼びだ。ああそれと我輩の薬品棚から鰓昆布を盗んだだろう一点減点」

「グリフィンドールに一点。セブルス、あれがシェリーの犯行だという証拠はない筈ですよ」

(すいません……強ち間違ってません……)

「それだけではない。毒ツルヘビの皮にクサカゲロウが無くなっていた、ポリジュース薬でも作っているのだろう五点減点」

「グリフィンドールに五点。あれは精製に上級生でも手こずる魔法薬であることは、あなたが一番よく知っている筈ですが」

「………十点げんて」

「セブルス」

 

 憮然としたスネイプに連れられて、再度校長室の前までやってくる。彼が合言葉を言うとガーゴイルは素直に飛び退き階段が現れた。(スネイプが無表情でペロペロ酸飴と言ったのが何だか面白かった)

 中にいたのは、珍しく険しい顔をしたダンブルドアと最強の闇祓いのアレンだ。

 闇祓い達の警備はより強化され、ホグワーツ外部から敵がやって来ないよう十分な警戒をしていた筈だが、今回の襲撃は起きてしまった。子供達に被害が及ぶことをよしとしない彼にとって、この出来事は辛酸を舐めさせられた気分なのだろう。

 

「話すのは久しぶりだな、シェリー」

「久しぶり、アレン。闇祓いの人達は仕事が忙しそうだったからね」

「わしもシェリーとはものっそい久しぶりに喋る気がするのォー。さて、君には色々と知るべき事実がある。今日はそれを教えねばと思っての」

 

 言うと、彼は銀色に輝く液体が揺らめく盆を取り出した。それは『憂いの篩(ペンシーブ)』。

 人が持つ脆弱な記憶を保存・観賞することのできるマジックアイテムだ。

 覗き込むようにしてそれを見ると、シェリーは記憶の中に吸い込まれていく。記憶の旅はリドルの日記帳以来か、と懐かしんでいると、その記憶は姿を現した──。

 

 




次回更新は7月30日になります。
次々回をシェリーの誕生日と合わせるためなんや仕方ないんや二週間待たせちゃうねごめんね。
皆んな大好きあのキャラも登場するから楽しみにしててね。

◯魔剣伝説
ホグワーツの創始者はグリフィンドールを始めとして剣の扱いにも優れており、それぞれの魔力を込めた魔剣を所持していたという伝説。
その剣により北の怪物を滅ぼしたと言われている。
四つの剣は彼達の死後、形を変えたり帽子の中に隠れたりして今も残っているのだとか。


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10.FINAL STAGE UNKNOWN

炎のゴブレットで検索したらダンブルドアの物真似動画でこのシーンが出てくるから何か印象深いんですよね。



 シェリーが飛び込んだ記憶は、檻に入った犯罪者を円形に取り囲む構造の裁判所での出来事だった。

 ウィゼンガモット法廷。

 アングロ・サクソン時代のイングランドの賢人会議を源流とする一審制の裁判所であり、数多くの犯罪者を裁いてきた秩序の場所として名高い。

 闇の帝王全盛の時代、クラウチがここで死喰い人(と思われる者達)を数多くアズカバンに送ったとシリウスから聞いた。

 そしてここにも一人。

 哀れな死喰い人が、檻の中で震えながら裁判の流れを伺っていた。

 

『イゴール・カルカロフ!貴様が我々に仲間を教え、それが有益な情報だとこちらが判断すれば貴様を釈放とする!これが今回の司法取引である、異存はないか!』

『はい、はいっ、それで大丈夫ですっ』

 

 ヤギのような髭の男は、顔に似合わず臆病な性格のようだ。今より生気あふれるクラウチに本気で怯えている。あれが将来的にダームストラングの校長となるのだから分からないものだ。

 命は大切にするべきとは思うが、保身のために身内を売る軽薄な男に、聴衆達もどこか冷ややかな視線を送っていた。

 

『あ、アントニン・ドロホフ!』

『アズカバンで会わなかったか?奴はテムズ川で捕縛され牢獄送りになった!こちらも十人以上の犠牲を出したがな』

『!?や、奴が……!?で、では、ロジエールだ!奴も死喰い人だッ』

『奴は死んだぞ』

 

 ぴしゃりと言ったクラウチに、ヤギ髭の男は口をぱくぱくさせる。「わしの鼻を欠けさせおった奴だ」という呟きで、そちらに目を向けるとムーディーだ。眼帯の無い彼は幾分か凶悪な人相は和らいでいる……ように見えなくもない。

 いややっぱり怖い。

 よくよく見れば隣にはダンブルドアだ。十年前の記憶の筈だが、彼ほどの年齢になると時代の変化を感じさせない。

 反対に若さを感じさせるのは、法廷の警備を担当しているのだろうか、雰囲気に獰猛な肉食獣のそれを思わせるレックス・アレンだ。二〇歳前後と言ったところだろうか、今と比べると顔が若く見える。

 

『ト、トラバース!マルシベールは!』

『どちらも既に私達の手中にある。先日、クリシュナ・テナの班がアジトを特定して捕らえたぞ』

『な……あ、あの女……!で、ではルックウッド!神秘部のオーガスタス・ルックウッドはスパイだ!』

『査定の必要あり、か。成程』

『まだあるぞッ!ニコル・ブラックバーンがそうだ!奴が低能で浅ましい血族だということは知って……』

『ブラックバーンの一族は先日組織した部隊が捕らえた。よってお前の情報に有用性はない。……それだけか?では……』

『セブルス・スネイプ!』

 

 遮るように、その名を口にする。

 彼が闇に通じていたという話はこれまでも何度か耳にした。が、今もホグワーツで教師を続けられているということは、彼はダンブルドアの信頼を勝ち取ったということだ。

 それを証明するように、半月状の眼鏡の下から覗くブルーの瞳をキッと細めながらその老人は立ち上がり、

『スネイプの無実は先だって儂が証明した通りじゃ、バーティ』

『嘘だ!!奴は確かに闇に通じていた!!あいつがどれだけ闇に魅入られていたことか!!あいつがどれだけあのお方に近かったことか!!!』

『嘘じゃないって、本当じゃもん』

『この老いぼれが!!!きさま、きさまなんて腹黒のボケ老人だ!!!』

『……お前の意見は分かるが、黙れカルカロフ!お前は大いに役立った。アズカバンにじき進退の報せがあるだろう、それではこれにて閉廷と────』

『いや』

 

 冷たい手が首筋を撫でたような。

 臆病者のカルカロフとは思えない、底冷えするような声が、聴衆を黙らせる。

 おそらくは計算づくだろう、自身の最高のカードを一番の好機に取っておいたと思しきタイミングだった。彼は髭をさすりながら唄うように続きを話した。

 

『──いや、いや。いたなあ、もう一人。薄汚い死喰い人が……』

『……何だと?』

『そいつはフランク・ロングボトムとその妻アリスを磔の呪文で嬲り!辱め!尊厳を土足で踏み荒らした!磔の呪文が得意だと言っていた……そんな奴が他にいるか?生まれついての悪だ、そいつは!』

『誰だ、名前を言え』

『あんな奴が今も野放しになっているなんてなあ!闇の勢力の中でも生粋の邪悪、限りなく純粋な悪党だ!あいつを放っておくなど、魔法省は何をやっているのか!』

『早く言え!そいつの名前を!』

『──バーテミウス・クラウチ』

 

 役人達は息を呑んだ。

 惚けたと言ってもいい。誰よりも正義を追求した男が、闇に通じた悪人だというのだ。到底信じられる話ではない。

 鉄面皮だったクラウチが、侮辱とも言える発言に怒りを露わにする。しかし彼が何か言う前に、カルカロフは言葉を紡ぐ。

 

『ジュニアだ』

 

 眼鏡のレンズを拭いていた青年がそれを取り落とした。傍聴席の視線が彼に突き刺さり、分かりやすく狼狽える。

 たっぷり数秒、開きっぱなしの口を何とか動かして、スーツの青年はようやく意味のある言葉を放り出した。

 

『……な、何を言ってるんだ。僕がそんなことするわけ───』

『アレナス、砂よ』

『!?な、何を!!』

 

 地面から湧き出した砂がクラウチ・ジュニアの身体に纏わり付き、身動きを取れなくさせる。抗議の声を上げようとして、口元まで砂で覆い被せられる。

 アレンの基本戦法だ。

 多くの魔法使いは杖を振ることができなければ、あるいは詠唱することができなければ魔法を使えなくなる。そういった意味でこの砂魔法は優秀だった。

 もっとも、この魔法をここまでの練度で使えるのは、後にも先にもアレン一人だけだろうが。

 

『んー!!んー!!』

 

 本来なら自分を守ってくれるはずの闇祓いに拘束され、取り乱した様子のジュニアは父親の下まで連れてこられる。

 ばたばたともがくジュニアは、気付いていなかった。クラウチの瞳が、息子を見るものではなく、憎らしいものを見るものに変わっているということに。

 口枷となっていた砂が外され、ジュニアはようやく喋ることを許された。

 

『父さん、違う!僕はやってない!!お願いです、父さん!!』

『──疑わしきは罰せねばならん』

『う、嘘でしょう?僕より死喰い人の言うことなんかを信じるなんて、ああ、聞いてくれ、これは何かの間違いなんです!父さん、頼む、聞いてくれ、父さん!!』

『黙れ。……私に息子などいない』

 

 その時のジュニアの顔は、筆舌に尽くしがたいものだった。実の親から否定された時の彼の心情は如何なるものだったろう。

 絶望。

 動揺した彼へ、父親の無慈悲な断罪の剣が言霊となって下される。シェリーはその光景を見ていられなかった。

 

『アレン、父さんを説得してくれ!!』

『──駄目だ、そういうわけには……』

『そんな……誰か!!誰か父さんを止めてくれ!!僕は何もやってないんだ!!誰か父さんを、誰か!!頼む!!

───誰か僕を分かってくれ!!!僕は、こんなことのために生まれてきたわけじゃないんだ!!!』

 

 そこで終わり。

 シェリーは釣り上げられた魚のように記憶の中から引き出される。周りを見ると、歴代の校長の肖像画が飾られた校長室へと戻ってきたのだと気付いた。

 アレンとダンブルドアが神妙な面持ちで出迎えた。

 

「疲れたろう、シェリー。温かいミルクはどうじゃ?心が安らぐ」

「ありがとうございます。……カルカロフさんが言っていた、フランク・ロングボトムとその奥さんって……まさか」

「ああ。君もよく知る、ネビル・ロングボトムのご両親のことだぜ」

 

 彼が両親について話したことはない。

 厳格な『婆ちゃん』なる人物に育てられたのはよく知っているし、彼には親がいないのかと何となく察してもいた。

 けれど──そんな顛末があったなどと。

 それはどれほどの苦痛だろう。

 家族が最初からいなかったシェリーにはきっと分からない感覚だ。愛すべき両親が廃人となって今も生きているなど。

 いや、生きていると言えるのだろうか。

 生命活動を終えるその瞬間まで、ただ息をするだけの毎日が……。

 

「このことは、ネビルには……」

「うむ、聞かん方が良いじゃろう。だがもし彼が話す気になれば聞いてやるといい。それが友人というものじゃ」

 

 現状を把握し、あらましを理解することは人生において必要不可欠な儀式だ。

 さて、ダンブルドアはもう一つ把握しておくべきことがあるという。

 

「最近、夢を見ておらんかね?」

「夢?何でそんなことを……」

「……ああ、成程。闇の帝王の復活が近いのなら、繋がりのあるシェリーに何かしらの影響が及ぶ筈。睡眠時は人の脳は無防備になるので、夢という形で影響が出るかもというわけか」

「説明助かるのお」

 今の一瞬でそこまで分かるのか。

「夢……そういえば、私と同じくらいの歳の、黒い髪の男の子が出る夢を見ます。ワールドカップの時ぐらいからかな……」

「ふむ。どんな顔をしておる?」

「ええと……ごめんなさい、その子の顔を見たような気もするんですけど、起きたらどんな顔かいつも忘れてて……」

 

 でも、あの顔には見覚えがある。彼とはきっとどこかで出会っている気がする。

 だってそうだろう。彼を見ると、どこか懐かしいような感覚に陥るのだ。

 

「その子とは夢の中で何をするのじゃ?」

「話したり、ですね……。基本的に、彼が私に一方的に喋る感じです。会話内容はその時どきなんですけど、私に対して『生まれてきてはいけなかった』とか……」

「随分と酷いことを言う奴だな」

「さもあらん。君とその少年は、夢の中でどこかに行くかね?」

「それもその時どきです。白い空間で話すこともあれば、夕陽が沈む頃のキングズ・クロス駅だったりします」

「精神世界というやつかの」

 

 ダンブルドアとアレンはシェリーの夢に対してあれこれと推測を立てる。が、所詮推測は推測でしかない。

 あらゆる可能性を考慮はするが、彼達の立てた推測の中に真実が混ざっているかどうかも分からない状況だ。それを分かっているからこそ、彼達は結論を急がないし断定をしない。決めつけは頭を鈍らせる。

 

「ひとまずこの件は保留じゃの。今後とも夢を見たら儂の部屋に来るように。

 じゃがその黒髪の少年とやらは、………いや…………、まさか………。そういうことなのか………?」

「校長?」

「……事態は思ったより深刻かもしれん」

「何ですって?」

「後で話そう、アレンや。もう遅い、シェリーを寮まで送ってくれるかの。老いぼれに考えを纏める時間をくれ」

 

 何が何だか分からないが、取り敢えず寮に戻ってソファに沈みたかった。暖炉の前でロンとハーマイオニーと情報を共有するのも良いだろう、それほどまでに今日は色々と濃かった。

 中でも、シェリーの中で印象深いのは、クラウチの裁判。シリウスの話通りとはいえ、それを実際に目の当たりにすると精神を鑢で削られるような思いだ。

 家族に(漠然とではあるが)憧れる彼女にとって、あのシーンはあまりにショッキングなものだったのだ。ポツリと、「何でクラウチさんはあんなことを……」と、口に出してしまっていた。

 

「……すまないシェリー。俺はクラウチさんのあの判断は、今でも間違ってはいなかったと思ってしまう。それがどれだけ非人道的なものだとしてもな」

「え?」

「君は優しいからな、家族を切り捨てる彼の行動が理解できないというのは分かる。だが俺の中に、身内だろうと公平に裁く彼の正義を支持する気持ちもあるんだ」

 

 シェリーは優しすぎるほど優しい。

 それは例えば、数分前まで戦っていた吸血鬼にも情けをかけてしまうほどだ。

 だがアレンは、優しさよりも正しさを求めるタイプの人間だった。その本質は優しさだが、あくまで貫くのは正義。

 ある意味でシェリーと対極を行く存在。

 

「あの時代は、地獄だったよ。闇祓いとして駆け出しの俺は、命令されるがままに多くの人を捕まえたし、その多くをアズカバン送りにした。極力殺人は控えたが、それでも相手を殺してしまうこともあった。その中には無実の人もいたかもしれない。

 だが証言を聞いても、それが真実かどうか判断する術はない。次第に誰も信じられなくなっちまってな。

 俺は彼達の証言を信じるのをやめて、代わりにクラウチさんの正義を信じた。

──俺は彼の信奉者だったんだ」

 

 アレンは昏い顔で呟くように言った。

 後悔というよりも、自嘲するような顔。

 

「あの頃の俺は、寄りかかる正義が欲しかったんだ。自分の行いが絶対に正しいと言い切れる基準点がな。

 馬鹿げた話だ。それは自分の行いに自信がない故の行動だってことに、気付いていなかったんだ」

 

 かける言葉が見つからない。

 息子を切り捨てたクラウチ氏に対して、シェリーはあまりよくない感情を抱いたのは確かだったからだ。

 アレンが、その彼を信奉しているなどとは青天の霹靂だったし、そもそもシェリーに彼の正義を否定できるはずもない。行き過ぎていても正義は正義なのだ。

 口籠ったシェリーを見て、彼はほのかに苦笑した。

 

「──いいんだ。俺はもう答えを決めた。

 自分の課した正義に恥じぬ生き方を貫き通す、それが唯一俺にできることだ。

 正義の反対がもう一つの正義なら、悪とはいったい何だ?

 俺は──傍観し、停滞し、諦めることが悪だと思う。それがどんな正義であれ、前に進むのみだぜ」

 

 自分の進む道があったとして。

 自分の信じる正義があったとして。

 それが誰かに否定された時、自分の歩んできた道が実は間違っていたのかもしれないと思った時。

 その道を進むことをやめるだろうか。

 その正義を貫くのをやめるだろうか?

──答えは否。

 一度決めた生き様ならば、例えどんな困難が待ち構えていようと、進むしかない。

 それが通すべき責任なのだから──

 

 

 

───シェリーはそれを、身をもって知ることになる。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「シェリーシェリーシェリー!!会えて嬉しいわあ対抗試合で活躍して自慢だわこの子ったらもー!」

「わっ、わっ」

「ママ、そのくらいで。それ以上強く撫でたらシェリーが潰れっちまうよ。大型犬じゃないんだからさ」

 

 熱烈なハグをかますモリーを、燃え上がるような赤毛を揺らしたビルが宥める。

 六月二十四日。

 魔法対抗試合の最終戦が行われる決着の日であり、代表選手の家族に招待がかかっていた日でもあった。しかしダーズリー家が魔導の総本山たるホグワーツにやって来る筈もなく、代わりにマクゴナガルが招待したのはウィーズリー家だった。

 彼女としてもそれは嬉しいサプライズとなったようだった。戸惑いの中に、喜色満面といった様子が見え隠れしている。

 見れば、ベガの家族もまたホグワーツにやって来ているようで。派手な金髪のナイスミドルが、慣れない魔法界におっかなびっくりになりながらも何とか落ち着いた風采を保ちながら握手を求めてきた。

 

「あー、はじめまして。シルヴェスター・ガンメタルと申します、ワインの製造と販売を生業としております」

「初めまして!えーっと、ベガの……」

「……親父だ」

「!あ、ああ!ええ、まぁ、はい」

 

 彼の相好は一瞬だけ崩れた。父親と呼ばれたこたに喜びを感じていたのは誰の目にも明らかだった。

 一人息子への信頼と情愛を窺わせていたのは、何も彼だけではない。セドリックの父、エイモスが誰に言われるでもなく息子の自慢話を語っていた。

 

「この対抗試合が終わる時、きっと誰もが思うことだろう!そう、セドが最も優れた代表選手だったということにね!!」

「と、父さん……」

「まあ実際セドリックは優秀だよな」

「うん、何度も助けられたもんね。私が知らない魔法もたくさん知ってたから、その都度教えてもらってたし!」

「えっ何この子達優しい……好き……」

「父さん!!!」

 

 さしもの穴熊寮のチャンピオンも流石に恥ずかしそうだった。

 各校の代表選手はそれぞれのテントで、奇しくも時を同じくして激励を受けていた。いずれの魔法使いも、その期するところの願望は同じ。ただ一つの栄光を巡り、大義を果たさんという不断の意思が燃え上がる。

 

「今回の対抗試合でイルヴァーモーニーの名は全世界に知れ渡った!ザ・サーベラスの名声もより一層高まった!当初の目的は果たされたというわけだ、後はお前達のやりたいようにやれ!!」

「オ〜ケ〜〜イ校長!!」

「最高のロック見せてやりますよォー!」

「見ててくださいッス!!」

 

「わたーしが望むのは、優勝杯ではありませーん。貴方達がベストを尽くすこと、無事に帰ってきさえすれば、それでわたーしは満足でーす」

「はい!頑張ります、マクシーム先生!」

「んーふん?ところで先生?あのアーグリッドとかいう人とはどこまで発展したんでーすか?」

「ワタシ英語ワカリマセーン」

「いやこれフランス語だよ!!!」

 

「ハヤトはん、自分の信じる道を進みなさい。コージローはん、どんな時も冷静によく観察しなさい。タマモはん、常に心の中に自分を持ちなさい。

 期待してはるよ、皆んな」

「はい!頑張ります!!」

「ご期待に沿う結果を出してみせよう!」

「気張るぞォ、お前達!」

 

「ビクトール・クラム!お前は間違いなく世界最高のシーカーだ!だが、この試練でそれだけじゃねえってことを世界中に知らしめてやれ!」

「はい」

「期待してるぜ。お前達はこっちに来い、親子水入らずで話そう……

 ……上手くやるんだぞ、ネロ、リラ。新時代の到来は、お前達の手にかかっているんだからな。俺の自慢の子供に不可能はないそうだろ?」

「………ああ、その通りダ」

「は、はい、父さん……」

 

 モリーの熱い抱擁を引っぺがして、ビルが観客席へと向かった瞬間。

 マホウトコロのテントから飛び出して、ずんずんとこちらにやってくる人影。

 コルダ・マルフォイだ。

 プラチナブロンドの髪を揺らして、シェリーとベガの手を引っ張ると、彼女は人気のないところに二人を連れて行く。

 ……急にどうしたのだろう。

 

「えーと、コルダ?どうしたの、急に」

「……あー、ホント、私ったらどうしたんでしょうね。こんなこと……」

「?……マホウトコロのテントから出てきたようだけれど、何であそこにいたの?」

「ええまあ、代表選手のタマモさんと色々と話す機会がありまして……

 それはいいです、今はちょっと、その、貴方達に用がありまして」

「何だよ改まって」

 

 言われて、コルダは分かりやすく頬を赤らめた。恥ずかしそうというか、照れが大いに含まれた表情だった。

 

「ま、まあ?貴方達にはちょっとだけお世話になりましたし、私の秘密を黙ってくれましたし、ええ、ほんの少しだけ感謝してなくもないというか。

 ……ですのでこの言葉を贈ります」

「?」

「が、頑張れっ!……で、では!!」

 ぴゅー、という音が鳴りそうな勢いで彼女は逃げるように去っていく。シェリーは気恥ずかしいものを感じた。ベガは何だかニヤニヤ笑っていた。「ああ、もう!そんな顔されると思ったから言いたくなかったんです!」という彼女の言葉が聞こえてきそうだ。

 

「はは……コルダのやつ、何処にいったかと思えばあんなことを」

「お前もいたのかよ」

 どこからか現れたドラコ・マルフォイは、疾く退散した妹の後ろ姿を微笑ましそうに見守った。その瞳には揺るぎなき優しさがあった。

 

「まあ頑張れって気持ちは僕も本物だ。ポッター、僕のライバルとしてせいぜい無様だけは晒すなよ」

「うん……頑張るねっ」

「ハン、ホグワーツに優勝杯を持って帰ってやるから、有難く受け取りやがれ」

「言ってろ」

 

 こつん、と握り拳を当てると、花火の音が鳴る。開始の合図だ。所定の位置へと行くと、既に十三人の代表選手が今か今かと開戦の火蓋が切って落とされるのを心待ちにしていた。

 ネロは何かを決意した。

 リラは何かに怯えていた。

 クラムの集中力は極まっている。

 ハヤトが獰猛に笑う。

 コージローの眼はギラついていた。

 タマモは精神を落ち着かせる。

 フラーは額に杖を当て、

 ローズは胸に手を置いた。

 ブルーは息を呑む。

 バーニィは指でリズムを刻み、

 サモエドの脚が音を生み出す。

 マスティフは小声で歌っていた。

 セドリックは緊張を呑み込んで、言う。

 

「シェリー、僕はどうやらどうしようもない臆病者らしい。この機会を利用しないと自分の本音も言えない馬鹿野郎なんだ」

「え?そんなことないと思うけど……どうしたのセドリック」

「この試合が終わった後、僕は君に伝えたいことがあるんだ。ホグワーツが優勝した後に、この続きを聞いてほしい」

「えと……うん、分かった!いいよ」

「決断までが遅えんだよ馬鹿」

「は、はは。返す言葉もないな……」

「男見せろよ、チャンピオン。きっと上手くいく」

「!………ありがとう、ベガ」

 

 代表選手達の勝利への情念が、胸の奥で埋火の如く燃え始めていた。

 焚きつけるように、リー・ジョーダンは高らかに演説した。

 

『五大魔法学校対抗試合!最終試練の幕が今上がります!長かった対抗試合もこれで最終戦、泣いても笑ってもこれが最後!

 栄光は誰が手に入れるのか!優勝杯はどのチームが掲げるのか!然してこの覇の競い合いの果てには、きっと不滅の友情が築かれていることでしょう!!

 戦士の行進!英雄の奮迅!私達にできるのはもはや、彼達の勝利を祈ることのみ!

 勝利の女神は誰に微笑むのか!?

──最終戦の始まりです!!!』

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 ダンスパーティーの時のこと。

 色々と鬱憤が溜まっていたベガは、ネロの誘いに乗りダンスを楽しんでいた。

 だがその時、いやにネロが顔を近付けてきた。最初はまさかそっち系の趣味かと訝しんだベガだったが、瞬きが妙な規則性を帯びていることに気付く。

 モールス信号。

 長短二つの組み合わせで構成される、マグル界の軍が使う暗号だ。

 

(トン、ツー、ツー…………『気付いたら返事をしてくれ』か……)

 

 訳が分からなかったベガだが、モールスというマグルの一部しか知り得ない手段を使ってまで連絡を寄越したということは、それなりに重要な案件なのだろう。

 ベガは半信半疑になりながらもモールスで返事を返す。すると再びネロは規則的な瞬きを繰り返した。

 ……どうやら勘違いではないようだ。

 

『闇の帝王が今年復活する。この大会は罠ダ。お前が奴を倒す気なら協力する』

 

 ベガの瞳が胡乱なものへの変わる。

 ヴォルデモートが復活すると、なぜこの男が知っている?遠い北方の地からやって来た人間が、何故?

 いや、問題の本質はそこではない。

──自分達に協力だと?

 ダームストラング家は過去に数多くの闇の魔法使いを輩出したというし、今回の対抗戦でも一際異端の力を見せた。

 彼達の中に闇の帝王のスパイがいる可能性も、ベガは警戒していた。だが……そんな彼達から協力という言葉が出るとは。

 

『その情報は確かなのか?』

『俺の父親、ダンテがこの計画の発案者ダ。詳しいことは俺にも聞かされていないが、この大会を隠れ蓑にして闇の帝王の復活が為されるらしい』

 

 ダンテ・ダームストラングがヴォルデモート卿の『復活の儀』が行われると知ったのは数年前のことだという。

 独自の情報網からそれを知ると、ダンテは死喰い人達への援助を行い、彼の復活の手助けを行なったのだとか。

 そして来たる最終戦、そこで彼は行動を起こす……という。

 

『だが何故、俺なんかにそれを言う?そんなことはダンブルドアに言えばいいだろ』

『言ったサ。だが、炎のゴブレットの誓いはダンブルドアでも破れないほどに強力でな、対抗試合の間に起きたことに関してはあのジジイですら手出しはできない。

 そこで重要になってくるのがお前だ』

『……俺に、お前に協力しろって?』

『そうダ。混乱極まる対抗試合の中で、ダンテと闇の勢力の策謀を破れるような味方が欲しい』

 

 ネロ曰く、ダンテを欺きながら隠密に事を進めるためには、どうしても戦力不足なのだという。しかし彼にこの暗躍がバレて計画を変えられでもしたら面倒だ。

 だから、ネロは対抗試合を通して自分の仲間を吟味した。

 リラはダンテの近くにいながら彼の企てにも全く気付いていないほど愚鈍だし、クラムはネロに対する警戒意識が強すぎる。

 マホウトコロは、戦力としては期待できそうではあるが不安要素も大きい。まあ、忍者の末裔のコージローなら大いに役立ってくれるかもしれないが。

 シェリーとセドリック、ならびにボーバトンとイルヴァーモーニーの代表選手達は一般人的な思考を持つ。実力はともかく、精神的に荷が勝ちすぎるだろう。そういった諸々の理由で、ネロと思考も似ているベガが最適だという結論に至ったわけだ。

 

『お前は今後とも対抗試合を進めていって構わない、だが時が来たら力を貸して欲しい。それが俺の望みダ』

『………………』

 

 どうしたもんかな、と考える。

 ネロの瞳に謀りの色はない。寂寞の海岸を眼球に据えたような眼差しは、見る者が見れば睥睨にも見えるだろう。

 けれどもその双眸の奥には爛々と燃ゆる熾火のような輝きがあった。

 ネロの発言はおそらく本気で、きっと嘘は付いていないのだろう。……だが嘘をついていないということが問題なのだ。

 例えばダンテが、ネロに彼自身も預かり知らぬ未知の魔法をかけて、記憶なり思考なりを操作しているのであれば。ダンブルドアすらも欺く何かを、自分の息子に行使しているのであれば。

 ベガは決断を渋った。それを間違えた先に待っているのは、後顧の憂いなのだ。

 

『………お前はどうして、俺達に協力しようと思ったんだ?』

『俺には欲しいものがあるんだヨ。

──秘密の部屋に今もある肉体。かつての闇の帝王の魂が入っていた器がナ』

『!それを何故……』

『俺とリラは蛇語を使うことができル。その関係で、たまにパイプの中を行き来するバジリスクの声が聞こえていた』

(あの野郎、自分が極秘の存在って分かってんのか)

『鼻歌交じりで秘密の部屋のことを喋っていたから場所の特定は簡単だったし、マートルとかいうゴーストに色々と教えてもらったから諸々も楽だった』

(あの野郎ども……!!仮にも部外者にそんなこと教えてんじゃねえ!!)

 

 面食いのマートルなら、ネロに色々と教えていてもおかしくはない。しかし自分達があれ程手こずった秘密の部屋を、ヒント有りとはいえこうも簡単に暴かれるとやるせない気分になる。

 

『で、そこで見つけた肉塊……詳しくは知らねえが、闇の帝王は自分の魂を肉人形に移すことで受肉したんだロ?』

『………ああ、まあな』

『別に深入りする気はねえよ。

 ……闇の帝王が討伐されたなら、その肉体を二人分作ってもらう。ダンブルドアとはそういう取引を交わした』

『何でそんなもんが欲しいんだよ』

『俺達兄妹の身体には、ダンテの手により様々な魔法式や魔法薬が投与されている。人間の形をしてはいるが、俺達の身体の中身は化け物なんだヨ。

……俺達は、普通の身体になりてえんダ』

 ベガがその日、ネロに僅かばかりの信頼を抱き、彼の行動に協力するという決断に至ったのは、彼のその眼を見てからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在。

 ベガは迷路の中でネロと合流し、彼から衝撃の事実を聞かされる。

 

「優勝杯は罠ダ。あれは闇の帝王の所へと向かう移動キーになっている!」

「何だと……、」

「そして更に悪い報せダ!

──闇の帝王は、もう既に元の身体を手に入れて、完全復活を果たしている!!」

「………な………!?」

 

 旋毛から足先まで突き抜けるような焦燥感が、ベガを襲った──。

 シェリーが、危ない。

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

(────ふう。今のところは、順調に進めているかな)

 

 対抗試合を巡る思惑に気付かぬまま、紅の髪の少女は杖を片手に進む。この試合を通して、彼女の魔法の技量は段違いに伸びていた。

『盾の呪文』『粉砕呪文』『反対呪文』『治癒魔法』『呼び寄せ呪文』……有用そうなものはセドリックの指導により一通り覚えて、実戦で使えるまでに鍛えてある。

 そして数々の闘いにより、彼女自身の美しさも磨かれていた。華奢で細い体躯は、つい先ほど魔法生物と戦っていたとは思えない可憐さだ。

 そんな彼女が纏う、ホグワーツの校章を模したユニフォームは激しい戦闘にも耐えうるドラゴン革の無骨なものだったが、それは少女の美貌を損ねるよりも際立たせる役割を帯びていた。凛烈ながらも清流のような爽やかさが、そこにはあった。

 

(ベガやセドリックと早く合流できるといいんだけど………、ッ!)

 

 茂みの中を掻き分ける音。新たな敵か、とシェリーが即座に杖を向ける。

 しかしその心配は杞憂に終わった。草木をかき分けてやって来たのは、彼女のよく知る人物だったからだ。

 

「セドリック?それに、ローズとブルーまで!」

「や、やあシェリー。さっきぶり」

「いったぁ……」

「頭打ったぁ、シェリー、ここ摩ってえ」

「えっ?い、痛いの痛いの飛んでけー」

(可愛い)

 

 苦笑するセドリックに話を聞くと、彼が迷路の中を歩いていると『尻尾爆発スクリュート』に追われている双子を見つけたのだとか。

 敵同士とはいえ、英国紳士としてそれは見過ごせる事態ではない。二人に加勢したのだが、いかんせん数が多すぎた。

 仕方ないので、ローズとブルーの植物魔法で迷路の壁に隠れてやり過ごしていたというわけである。

 

「いやあ、大変な目にあったよ。まさか、授業で育てていた生物があんなに危険だったなんて」

「ハグリッドは好きだもんね、そういうの……見た目は可愛いけれど」

「うん、……うん?えっ?」

「変わったセンスねシェリー……」

「?」

 

 疑問符を浮かべるシェリーに苦笑を返すと、ローズとブルーとは次の分かれ道で別れた。彼女達とてボーバトンの代表選手、優勝杯にかける想いは本物だ。

 ともあれここでセドリックと合流できたのは大きい。最後の試練では、迷路の中を十五人がバラバラに動くため、自分のチームの仲間と合流できないまま試練を進む可能性もあった。

 それでも優勝杯に近くなればなるほど、代表選手達も集まってくる筈。ベガと合流するのもそう遠くない未来だろう。

 

「こんにちは、ヒトの子よ。今宵はまた随分と可愛いお客様がやってきたわねン」

 

 スフィンクス。

 美しい女の上半身と、ライオンの姿をした下半身。アンバランスな二つの肉体が、それでいて優美なものに昇華している。

 色香を纏うチョコレート色の肌には、一縷のシミもない。その倒錯的な美貌は宝石のようで、妖しい魅力を放射状に振りまいていた。

 シェリーは美人だなあと思った。

 セドリックはドギマギした。

 スフィンクスはそんな二人を見て舌舐めずりしてた。何考えてるんだ。怖……。

 

「ここを通りたくば、私の問いに答えることねン。別に正しさなんて求めてないわ、あなたの思うように答えてネ」

「よろしくお願いします!」

「良い子ねェ食べちゃいたい……んんっ。では問題を出すわねン。

 有名な問題よ。暴走したトロッコのレールの先には五人の人間がいます。このままでは彼達は死んでしまうけれど、レールを切り替えれば助かるでしょう。

 しかし切り替えたレールの先にも一人いることに気付きました。さて、あなたはこの状況でどうしますか?……ああ、魔法を使えばいいじゃないとか、そういう野暮な答えはナシね」

「……それって」

「そうよ、正解なんてない」

 

 彼女はあっけんからんと言い放った。

 

「だけど、人生はそういった選択や試練の連続よ。嫌でも何かを選ばなければいけない時が来る。その時に、貴方達がどういう選択をするのか……

 ……問題の本質は、そこ。貴方が何を選ぶかを知りたいの」

 悪趣味な質問だけどね、とスフィンクスは苦笑する。人間は極限状況に陥った時にこそ本質を見せるものだ。彼女はその本質に意義を求めると言う。

 とはいえ、シェリーもセドリックも、命の価値を数で測るような神経は持ち合わせてなどいない。一人の命の価値が一人分しかないのだとしても、何かを犠牲にするという結論には至らないのだ。

 

「大声でその五人にトロッコの存在を伝える。聞こえなければ、全力で走ってトロッコを力ずくででも止める。日和った答えかもしれないけど、全員助けるために全力を尽くすのがベストだと思う」

「私も。どんな手を使ってでも助けるよ」

「じゃあ一人が自分の恋人として、五人が自分の家族を殺した凶悪犯だとしたら?」

「………、やることは変わらない」

 

 言い淀みこそすれ、彼達が本気でそう言っているのは確かだった。

 レバーから目を逸らし、どんな手を使ってでも助けようとする。……それを見て、目の前の選択から逃げていると思う者もいるかもしれない。

 しかしシェリー達の答えはあくまで第三の選択。逃避による思考放棄ではなく、未来に繋げるための希望。

 満足気に頷くと、スフィンクスは緩慢な動きで道を譲った。

 

(……しかし、あのセドリックって子は自分の正義感からの選択でしょうけど、シェリーとかいう子は自己犠牲から出た選択でしょうね。

 あの子はたぶん何をしてでもトロッコを止めようとする。他に手がなければ、トロッコの前に行ってでも物理的に止めるでしょうね。簡単に命を投げうてる……

 優しいというより、自分に対する関心が殆ど無いんだわ)

 

 そういった、常人とは違う思考回路故に異常な選択を取る人間というのは稀に存在するものだ。

 例えばダンブルドア。

 彼は理想を追い求める子供のような精神性と、そのためには犠牲を問わない冷徹な精神とが同居している。彼はより大きな善のために一人を殺す道を選べるが、同時にそれに心を痛める常人の部分もある。

 例えばレックス・アレン。

 己の信じる正義のために、彼もまた一人を見殺しにできる人間だ。しかし五人が犯罪者だとしたら、彼は何の躊躇もなく、残る一人から何を言われようとも、その五人を殺す道を取る。

 茨の道。彼達は人のために、理想に殉じるために何かを犠牲にする。それは自分自身だったり、人間性だったりする。

 スフィンクスは、彼達の未来に幸多からんと願わずにはいられなかった。

 

「あれは……対抗杯、か?」

 

 迷路の最奥。そこに見る者を圧倒する黄金の輝きが、杯の形をして置いてあった。

 偽物ではない。かつて大広間で見た優勝杯が、全く変わらない姿で鎮座している。

 セドリックは喉を鳴らした。あれを取れば、とうとうシェリーに本音を言うことになるのだ。彼は紳士だが、それが転じて高潔な頑固者となることもままある。

 故に、たとえシェリーがどんな生徒からの告白も断らないと悟った時、彼は本心を伝えることを憚った。……心根に付け込むようで、卑怯と思ったからだ。

 しかしあれを取れば、自分も彼女に相応しい器になれると信じて──。セドリックは小走りで駆け寄った。

 

「はは……まさか本当に、僕達が優勝できるなんて!ベガがこの場にいないのが残念だが、ともかくこれで──」

「!危ない、セドリック!!」

「な………!?クラム!?」

「──油断、大敵──優勝杯を掴むのは、シェリーが──」

 

 ありとあらゆる表情が削ぎ落とされた、能面のような無表情。

 影から飛び出した坊主頭に、セドリックは少なからず動揺する。盾の呪文が不完全な形で形成され、クラムの呪文は直撃こそしなかったものの、セドリックはその衝撃で吹き飛ばされる。

 続く第二撃にセドリックは反応できない。シェリーの角度からはクラムには攻撃は届かない!更には見知った相手に襲われるという動揺が、どうしようもない隙を生み出して──

 

「ステューピファイ!!」

「────ァ」

 

 死角からの攻撃に、クラムは沈む。

 セドリックの窮地を救ったのは、可愛らしい顔の双子の姉妹。ローズとブルーが、彼を救ったのだった。

 

「油断したわね、チャンピオン?」

「あ──はは、今度は僕が助けられることになるとはね」

「気にしないで。お互い様よ」

 

 セドリックはよろよろと立ち上がる。

 クラムの意識は失われており、地面に沈んだまま動かない。これでは続行は不可能だろう、シェリーは第二の試練で使ったのと同じ、リタイア用の紅い花火を空に向かって放つ。

 しかし何だったのだ、今のは。

 クラムは同じクィディッチ選手ということもあり、セドリックともたまに話をしていた筈だし、研鑽を怠らぬ硬派でストイックな男でもある。

 それが、よもや襲撃などと。

 結局は彼もダームストラングだった、ということなのか?……だが、それにしてはあまりにも……。

 

(……服従の呪文?まさかね……)

「シェリー、すまない。僕はここまでだ、優勝杯に浮かれて警戒を怠っていた。これ以上ここで戦うわけにいかない」

「えっ?」

「ちょ、ちょっと!?棄権するつもり!?やめなさいよ、そんなつもりで助けたんじゃない!」

「だが僕は……」

「分かった、分かったから。紳士すぎるのも困り物ね……。

 じゃあこうしましょう。対抗杯は四人で取る……ってコトでいいかしら、ブルー」

「依存なーし」

「な……」

「ボーバトンと合同優勝ってこと?私はいいけど……二人は、いいの?」

「いいのよ。つーか私達もさっきセドリックに助けてもらったばかりだし、シェリーにも第二の試練で助けられたしね」

 

 それは、心からの笑顔だった。

 燦爛と弾ける表情は眩い。

 

「シェリー、セドリック。貴方達に助けてもらわなかったら、私達はきっと今ここにいなかった。相変わらず人を信じられないまま、自分達の殻に閉じ籠っていた。

 ……だから、そのお礼ってやつ!」

「………。いいな、それ。

 うん、それなら僕もそれがいい」

「私も賛成!……あ、そういえば、セドリックの言いたいことって何だったの?」

「んなッッッ」

 

 まさかローズとブルーの前で言うことになるとは思わなかった。色々と察したのか何かニヤニヤしながら見てくる。

 

「シェッ、……あー、ごほん。シェリー」

「声が裏返ってるわよ」

「放っておいてくれ……ぼ、僕が君のことを意識し始めたのは一年前からだ。クィディッチの試合で勇敢に戦う君を見て、心を打たれた気分だった。だけど箒から降りたらあんなに謙虚で、その……

 それで、まあ、チョウと君のことを話して、話の流れで一緒にパーティに行くようになったりして。自分の気持ちに気付かないフリをしたけど、本当は君と……

 いや、いい。それで、僕は……君と、

………友達になりひゃいんだッ………」

 

 しまった噛んだ!いやそもそも本当に言いたかったことを言えてない!セドリックは自己嫌悪に陥った。

 ローズとブルーはやれやれといった風だった。自分達がシェリーに友達となりたいと言った時、散々口籠っていたのは記憶にないようだ。

 

「うん、勿論!よろしくね、セドリック」

「……ああ。よろしく、シェリー」

「ヘタレ!」

「穴熊野郎!」

「返す言葉もないよ……でもまあ、一歩前進したことを喜ぶとするよ」

「ったく。あんたの堅物も大概ね。まっ、シェリーに恋人ができるのは何だか癪な気もするし、いいか」

「さっさと優勝杯を取っちゃいましょう。それでこの試合を終わらせて、大広間で皆んなでご飯食べましょっ」

 

 四人は同時に、優勝杯に手を伸ばす。

 そのタイミングは、息を合わせたようにぴったりだ。一切のタイムラグなく、四人は優勝杯に触れた。触れてしまった。

 頭を鷲掴みにされ、どこか違う空間へと引っ張られる感覚。この感覚はよく覚えている。ワールドカップに行く時に使ったポートキーの感覚だ。

 シェリー・ポッター。

 セドリック・ディゴリー。

 ローズベリー・フロランタン。

 ブルーベリー・フロランタン。

 四人の代表選手が、絶望手招く死の空間へと誘われていく。

 血と肉の腐った臭いが充満する、悪夢の墓場へと飛ばされてしまった──。

 

「がッ」

 

 背中を強打して、肺から息を全て吐き出してしまった。混乱しつつも、彼女達は数多の試練を乗り越えてきた優秀な生徒達。

 誰に言われずとも互いに背中を預けて、四方を見渡し周囲の状況を把握する。

 てっきり、迷路の外に出て歓声が待っているものと思っていたのだが。課題はまだ終わっていないということか?

 

(ここは、墓場?向こうには屋敷が……

 この墓場、手入れもされてない、カラスさんばっかりで陰鬱な雰囲気で……何だか死んだ人が可哀想だな……この、墓石の、名前、は……………………)

「──トム・マールヴォロ・リドル……」

 

 心臓が警鐘を鳴らした。

 ここにいてはいけないと、本能が訴えていた。けれども彼女の脚は動かない。言いようもない焦りが、彼女の思考を停止させていた。

 玉のような汗が落ちる。

 シェリーはようやく自分のやるべきことを理解し、整理すると、視線を動かした。

──あった。優勝杯だ。

 まだ壊れてはいないようだ、あれを使えば帰れる。ホグワーツに戻れる!

 

「皆んな!!急いでここから──」

「──『クルーシオ』」

「ッ、ぎゃああああああああ!!!??」

「シェリー!?」

 警戒していた筈なのに、まるで煙のようにごく自然に現れた黒いローブの男の魔法を、シェリーはモロに食らってしまう。

 

「貴様っ、『エクスペリアームス』!いきなり何をするんだ!!女の子に──」

 ローブの男に攻撃したセドリックが、その顔を見て忘我の呟きを漏らした。

 攻撃してきた男がまたもあり得ない人物だったからだ。しかし、セドリックもつい先程クラムに襲われたばかり。動揺しながらも決して攻撃の緩めはしていなかった。

 だから。

 だから、赤子の手を捻るようにその魔法をかき消され、あまつさえ神速の速さで、実に二十はくだらない量の緑の閃光が男から放たれた時は、冗談かと思った。

 痛みは後からやってきた。

 閃光が全身を貫き、焼けるような激痛がセドリックを襲う。杖など持つ余裕すらなかった。灼熱の苦痛がそこにはあった。

 

「『フェルーラ、巻け』」

 

 痛む身体を無理矢理墓石に叩きつけられ、あろうことか荒縄で縛られる。シェリーも、ローズもブルーも今の一瞬で墓石に縛られてしまった。各校の優秀な選手を即座に抑え込むその実力は本物だ。

 無様に悶えてのたうち回ることすらできないが、それでも意地で、セドリックはその人物を見据えた。

──やはり、見間違いではない。

 近代魔法史の授業で、英国魔法界を最も恐れさせた魔法使いとして扱われ、その時に写真に載っていた人物。

 ローズとブルーも、知識として知っていた。タイミングや切っ掛けさえ違えば、彼女達の故郷フランスもまたこの男の手によって滅ぼされていたかもしれない、ということを。

 そして──最も驚いていたのは、やはりシェリーだった。彼女の両親の仇であり、二度の激突を経て、因縁浅からぬ仇敵となったその男を見て、彼女がたじろがない訳がなかった。

 

「久しいな、シェリー。実に三年ぶりか」

「ヴォルデモート卿……!?」

 

 ヴォルデモートがそこにいた。

 全盛期と変わらぬ姿で立っていた。

 あり得ない、とシェリーは目を見張る。

 まず彼には四肢がある。何の後遺症もなく、しっかりと両手両足で立っている。

 そしてクィレルの後頭部に張り付いていたのと同じ、蛇のような顔面も顕在だ。

 彼が今ここに立っていられる筈もないのは、他ならぬシェリー自身が一番よく知っている。

 闇の帝王はリリーの愛の護りによって、滅んだはず、なのに。何故、五体満足でいられる。どうして無事でいられる。

 

「何で……!だって……だって、帰るべき肉体を無くしたあなたは、クィレルの頭に憑いていたはず……」

「あれは俺様の霊魂の一部だ。俺様は長い時間をかけ、この通り、元の肉体を取り戻したのだ。かつての身体を取り戻すに至ったのは、つい最近のことだ……

 だが……それではあの時のままだ。俺様は今宵、更なる力を手に入れる!全盛期以上の力を俺様は得るのだ!!

 シェリー、お前の血を使ってな!」

 

 ぎょっとした。

 ヴォルデモート卿は生きている、いずれ奴は必ず蘇る。そういう推論がまずもって間違っていた。

 闇の帝王はとうに蘇っていた。

 つい最近というのがいつのことかは分からないが、少なくともクィレルに取り憑いていた一年生の時より後に、彼は何らかの手段を用いて復活したというわけだ。

 自分の霊魂の一部が賢者の石で蘇ろうとも、日記の記憶が受肉しようとも、どちらでも良かったと彼は語る。

 最終的にこの肉体さえ取り戻せたなら、あとは総仕上げをするだけだ。

 即ち、復活を越えた完全復活。

 シェリーの血を使った、若かりし姿を取り戻すための儀式。それさえ果たしたならば、彼は全盛期以上の力を行使できる。

 そうなれば魔法界は終わりだ。

 

「さて、さて、さて。疑問はいくつかあるだろう。今の俺様は上機嫌だ、お前の内の疑念にも答えてやろうではないか。

 しかし──何を語るにしても、まずはあいつの紹介からしなければ始まらん。

 俺様が何故、仮初の形とはいえ復活することができたのか。それは、あいつの存在があったからだ」

(────え?)

 

 ヴォルデモートの存在と、今も痛む頭と額の傷に意識を取られていたからか、近付いてくる二人の気配に気付かなかった。

 一人はフードを被っており、その顔は見えないが、少年のような体躯だ。

 そしてもう一人は、ペティグリューだ。恭しくフードの少年に付き従い、怯えたように背中を丸めていた。

 ペティグリューを見て、去年の出来事が思い返され、親友を最悪の形で裏切った彼に何とも言えぬ感情が沸くのだが……、しかしそれも、少年がフードを取った瞬間、どこかに立ち消えてしまった。

 

(何で────)

 

 困惑に思考が塗り潰される。

 フードが隠していた黒髪を見た瞬間、シェリーは声にならない声を上げた。

 あの黒には見覚えがあった。

 あれは、夢に出ていた少年だ。

 シェリーに、生まれてきてはいけなかったと嘯いていた、あの少年。

 しかしその顔をまじまじと見て──シェリーは更なる混乱に襲われる。

 

(何で、嘘、アレは────)

 

 彼の顔立ちも、髪のクセも、目の形も、シェリーはよく知っていた。

 毎日見ていたわけではないが、それでも何度も何度も見ていた筈だ。家族を求めていたシェリーが、ほんの僅かな憧れを胸に抱き、憧憬の火を灯していた男の顔。

 理解しようもないその光景に、シェリーの思考は空白と化す。しかしその意図を斟酌しないまま、少年はやって来る。

 少年の、その、姿は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 くしゃくしゃの黒髪で、

 

 額に稲妻の形の傷がある、

 

 眼鏡をかけた少年。

 

 

 

 

 

 

 

「紹介しよう、シェリー。こいつは──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハリー・ポッターだ」 

 

 

 

 

 

 

 




次回更新は明日になります。
これまでの伏線が回収されまくります。


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11. SHERRY POTTER AND THE BOY BLESSED BY GOD

絶望。


 ペティグリューの詠唱を、シェリーはまずいと思いながらも、止めることはできなかった。

 彼女達を縛るロープは硬く、到底、少女の力でどうこうできるものではなかった。

 大鍋に飛び込んだヴォルデモートに続く形で、ペティグリューは復活の材料を投入していく。

 

「父親の骨、知らぬ間に与えられん。父親は息子を、蘇らせん。

 しもべの肉──喜んで差し出されん!

──しもべは、ご主人様を、蘇らせん

 敵の血、力づくで奪われん……汝は……敵を蘇らせん!

 そして更に──昔日の記憶は、今宵の暴力と研鑽となりて──

 偽りの英雄は、帝王を再び暁の空へと誘わん!!」

 

 父親の骨、リドルの父親の遺骨。

 しもべの肉、ペティグリューの右腕。

 敵の血、シェリーの血液。

 昔日の記憶、ぼろぼろの日記帳。

 偽りの英雄、ハリーの髪の毛。

 五つの五大要素が絡まり合い、帝王の復活──いや、それよりおぞましいナニカが執り行われる。

 左手を失ったからか、彼は脂汗を額に浮かべながら大仰に杖を振るう。その仕草はさながら指揮者の如しだった。しかし奏でられるのは優美な音楽ではなく、恐々とした不協和音だ。

 ややあって、もはや直視することすら憚れる大鍋の中から、一人の男が現れる。蛇のような真紅の瞳を満足気に歪ませると、喜悦の色を含んだ声で、言った。

 

「──ヴォルデモート卿の復活だ」

 

 先程の、蛇のような顔面ではなく、艶のある黒髪の美青年。しかしその立ち振る舞いは威厳を感じさせ、まさしく帝王と呼ぶに相応しい貫禄があった。

 妖しく光る瞳孔は、彼の魔力の一端を垣間見ているようだった。……クィレルに取り憑いていた時や、過去のリドルの時とは比べ物にならない。その総量はダンブルドアに比肩、いや、もしかすると凌駕しているようにも見える。

 復活──どころか、前よりも強化されているのだ。おそらくは肉体そのものを造り替えたのだろう。

 魂の残滓が残る日記帳、そしてハリーとかいう少年の肉体があってこそだ。

 

(──そうだ、あのハリー・ポッターとかいう人は……)

「ようやく蘇ったか、父さん。良かったよ。あの蛇マスクで屋敷を彷徨かれるとつい殺したくなるからね」

「クハハハ、ハリーは随分と大言壮語になったな。できもしないことを語るようになるとは」

「……あ?試してみるか?」

「それもいいが、後にしろ。まだやるべきことが残っている。ペティグリュー、腕を出せ。まずは俺様の復活の儀に尽力したことに礼を尽くそう。

 ワームテールー、新しい腕よー、ってやつだ」

「ああ痛い、ああ、頑張れ私、頑張れば人は何だってできるんだ、だから私が腕があると思えば腕はあるも同然……

 えっ、本当ですか我が君」

 

 とん、とヴォルデモート卿が杖を傷痕に置いただけで、水銀のように淡く輝く腕が形成される。感謝よりも先に驚きが勝ったらしい、まじまじとそれを見つめた後、思い出したかのように慌てて頭を下げた。

 ……しかし改めて見ても、わけが分からない状況だ。ヴォルデモートと、その配下のペティグリューはまだいい。しかしその二人のせいで命を落としたジェームズそっくりの少年が、さも当然の如く彼達と話している。シリウスやルーピンが見れば目を疑うだろう。

 しかもあの眼鏡の少年は、夢に出てきた人物にそっくりだ。しかしその顔はどこかあどけなく、シェリーと歳は変わらないように見える。そしてヴォルデモートそっくりの紅い瞳と額の稲妻の傷が、ジェームズ本人ではないことを証明していた。

 ジェームズの親族だろうか……?しかしあの稲妻状の傷は……。

 

「ハリー……、『ポッター』?シェリー、知り合いか?」

「いや、知らない、だけど……」

「そうだよな?気になるよなあ。何せお前の父親と瓜二つだもんなあ」

 

 図星を突かれる。

 さも友人のように会話に混ざってきた帝王に、うなじの毛が逆立つのを感じながらも、シェリー達は警戒を緩めない。

 どこかで逃げる糸口を掴まなければ。

 去年のシリウスのように、友好的な存在というわけではないのだ。

 そんな、叛逆の意思をひしひしと感じながらも、ヴォルデモートにとっては些事も同然である。興味も抱かず、ハリーについて話し始めた。

 

「こいつは俺様の息子のようなものだ」

「息子………!?」

「生まれついての闇の魔法使い。俺様直々に育てたエリートだ。こいつに足りないものは経験だけ……。というわけでお前達にはハリーの贄になってもらう」

 

 言うと、ローズとブルーを縛っていた縄が切断される。彼女達は解放感よりも困惑と恐怖が勝っているようで、すぐに立ち上がることができない。

 そんな彼女達の下へ、杖が投げられる。

 

「フロランタン姉妹、だったか?

 うちのハリーと闘ってみろ。お前達が勝てば全員ここから逃がしてやる」

「は──?」

「余興だよ。俺様の目の前でせいぜい絶望に抗ってみせろ。その散り様で俺様を興じさせてみろ」

 

 ヴォルデモートの、ハリーなる人物に向ける絶大な信頼に一堂は訝しむ。

 かつて彼は味方である人物にも暴虐の限りを尽くした男だ。傲岸で、不遜で、誰も信用せず、己の内側のみに興味と関心を抱いていた人物なのだ。

 しかし今の彼の視線には明らかにハリーへの期待と信頼が含まれている。食い違う認識の差に戸惑うのも無理はない。

 だが今は、その戸惑いに関心を寄せている場合ではないのも事実。

 全員ここから逃がすという約束を、彼が律儀に守るとも思えないが──この好機を逃す手はない。

 

(今すぐシェリーとセドリックを助けたいところだけど、近くにあの小男がいるから迂闊には近付けないよ、ブルー)

(うん。今は奴の言う通りにして、不意を突いて助けに行くしかない)

「ハリー、紅い力は使わずに殺してみろ」

「──チッ。分かったよ、父さん」

 

 ここから逃げる算段をつける姉妹二人を尻目に、ハリーは不満げな様子を隠すこともなく答えた。

 反抗期の息子のような舌打ち。されど会話の内容は残虐そのものだ。その狂気に当てられたか、少年少女は叫んだ。

 

「やめて!貴方達の目的は私でしょう!!あの子達は関係ない!!」

「僕がやる、僕が代わりに戦う!!だからその子達を放せ!!」

「おいおい、少しは落ち着けよ。

 しかしセドリックよ、俺様はシェリーさえここに来れば目的は達成するのだが、その際にお前とベガも一緒にここに来る可能性が高いと思っていた。

 高い実力を持つ若人だ、どうせここに来るなら俺様の配下に加えてやろうと思っていたのだが」

「ふざけるな!!誰がお前なんかの──」

「『シレンシオ』!……少し黙ってろ」

 

 闇の帝王の不興を買ったか、セドリックには防音呪文がかけられる。まだ彼は殺す気ではないようだが、例えば今、彼の機嫌次第では『死の呪文』を唱えている可能性もあったわけだ。

 下手に刺激すれば何をするか……。

 ごくりと唾を飲み込んだローズとブルーは、「勝負を受ける」と叫んだ。

 

「では決闘開始だ──」

「──『アバダケタブラ』!!!」

「な!?『プロテゴ・ジェミニス、二重の盾よ』!!」

 

 何の躊躇いもなく死の呪文を放つ少年に面食らいながらも、双子独自の盾の呪文でそれを受ける。得体の知れぬ少年の異常性に恐ろしいものを感じながら、二人は旋回するようにその場から離れる。

 側面に回りこむ形での挟撃だ。

 ローズは左から、ブルーは右から。……そう見せかけておいて、ローズは途中でペティグリューへと攻撃する腹積りだった。

 ヴォルデモート卿は元より、ペティグリューとかいう小男も、あのハリーとかいう少年も、瞳に宿すのは狂気だ。この闘いそのものが茶番であり、ハナから勝たせる気など皆無。ハリーが負けそうになれば何か茶々を入れてくるのは自明の理だ。

 警戒心の強いローズとブルーが、わざわざそんな罠に飛び込むわけがない。ハリーを警戒しつつも、あくまで優先するのは二人の救出と逃走だ。

 

「フロース・オーキデウス、大輪の花!」

 彼女達の最も得意とする、花魔法。

 大気中に流れる魔力に訴えかけて植物を成長させる呪文だ。ハリーの視界を塞ぐと同時、催眠性の花粉をばら撒く寸法だ。

 この花粉には興奮作用があり、平時には気つけ薬として使用されるが、戦闘時には集中力をなくして魔力を暴発させるという効果があるのだ。

 

(あのハリーとかいう子、たぶんプライド高くて負けず嫌いなタイプだわ。そんな相手とは縁があったからね。

 そういう手合には面白いほど効くのよ、この魔法が……、ッ!?)

 

 しかし彼女達の目論見は外れる。

 花が成長するより前に、グズグズに腐って枯れてしまったのだ。

 死を司る墓場ということもあり、生の象徴たる花魔法がその真価を発揮し辛かったというのもあるが、きっと原因は他にあるだろう。

 ハリーの杖をよくよく見れば、気味の悪い紫色の魔力が練られている。

 『毒魔法』──というやつか。

 もし彼の毒が、たちどころに花を腐食するのであれば問題だ。それはフロランタン姉妹にとって天敵の魔法。

 であれば、花を使った撹乱ではなく、ハリー本人を直接叩いた方が良い。ローズとブルーは示し合わせたようにハリーへと向かい、違う場所から攻撃呪文を放つ。

 フラーと練習したフォーメーション。時間差で違う場所から攻撃することで、相手が段々と対処し切れなくなっていくのだ。

 

「プロテゴ・サークル!円形の盾!」

 

 ハリーの取った選択肢は防御。

 円形のドーム状に展開された魔法防御は一縷の隙もなく、全方位からの攻撃を防ぐ。だが範囲に力を割いたせいで、強度は下がってしまっているようだ。

 ローズとブルーは攻撃呪文が得意な方ではないが、即席の盾の呪文を突破するくらいわけない。すぐに盾は割れ、中に潜んでいたハリーの姿が露わになる。

 ハリーは腰を屈めて、杖を持たない左手を地面につけていた。遠目から見ていたシェリーはひと足早く彼の思惑を察して、悪寒が走った。

 

「危ない!逃げ……」

「アグア・カチェラム!水の牢獄!」

「なっ、きゃああああ!?」

 

「がっ、ごぼ──」

 ローズは水の牢獄に囚われた。

 呼吸ができないのか、必死にもがく。けれど手は空を切り、口からボコボコと音を立てて空気が漏れていた。

 

「馬鹿な女どもが。僕は水脈の位置を探ったんだよ。

 墓地の近くには大抵墓石を清めるための水汲み場や井戸がある。その水源や水脈の位置を割り出して、魔法に利用したんだ」

「だ、駄目だ、この水、魔法を弾く!」

「ああ、特別性なんだよそれは。

 さて……馬鹿女どもは知らんだろうが、古代ローマにはマメルティヌスの牢獄という、元は貯水槽の牢獄があって、死体を水で押し流したと言われているんだが……お前は溺れずに生き延びられるのかな」

 

 まずい。

 一刻も早く救出しなければ、ローズは彼の目論見通り溺れ死ぬ。あの水牢はハリーの魔力によるものだろう、すなわち彼を攻撃して傷でも負わせれば、たちまち魔力のコントロールが乱れて解除できるはず。

 ブルーはハリーに向かって走った。

──しかしそれは選択ミスだった。

 

「がっ……!?」

 

 後頭部に何かが当たって、よろけた。

 ハリーの魔法かと思ったが、彼はこちらに杖を向けてはいない。

 なら何が──。

(ッ、ローズを捕えている水……!?水牢の水を遠隔操作して、私に──!)

 水の攻撃により、脳が揺さぶられた。

 そして続くように水の弾丸が発射され、背中と腰を強打した。

 あまりの痛みに思考能力が奪われる。その隙に付け込むように、左足首に魔力の縄が巻きついた。

 何を、と考える暇もなく。

 ブルーは縄で引っ張られ、宙に舞い──墓石に叩きつけられた。

 

「がッ───」

 

 咄嗟に腕で身体を守った。

 腕が折れた。

 背中で受身を取った。

 骨が折れた。

 頭はまずいと、手で庇った。

 指が折れた。

 抵抗すらできなくなった。

 全身の骨という骨が砕けた。

 

「あああああああああ!!!!!」

「ハッハァ!どんな気分だ、女!もっと良い声で鳴け!決めたぞ、お前の骨を一本残らず折ってやる!!」

 

 残酷な拷問。

(痛い、痛い、痛い痛い──!!)

 勢いよく叩きつけられて、ブルーにもう無事な箇所など残っていなかった。

 全身血だらけになって、鈍い痛みが何度も何度も彼女を襲った。強く、強く、全身が殴打され、骨がスクランブルエッグみたいにぐちゃぐちゃになっていく。

(────たす、けて────)

 血が流れるとともに、力が抜けていく。

 抵抗しようとする気力さえ無くなる。

 この感覚はよく覚えている。ハリーの無慈悲な暴虐が、彼女のトラウマを呼び起こしていた。

(────だれか、たすけて───)

 父親に殴られた恐怖。

 酒気を帯びた手で、母親に似た顔が気に入らないと責められ叩かれる。

 本当にふざけている。

 最悪の人生だ。

(────おねがい────)

 けれどそんな中で、本当に優しい人達とも出会った。世話を焼いてくれるフラー、生徒想いのマクシーム。

 湖から助けてくれたシェリー。

 代表選手達も悪い人達じゃない。

 ベガだって湖から引き上げるのに尽力してくれたし、セドリックはどうやら本物の紳士だ。マホウトコロの連中は喧しいけれど楽しい人達だ。イルヴァーモーニーのサーベラスも、実はファンだった。ダームストラングとはあまり話せなかったけど、本当は優しい人達なのかもしれない。

 

(──助けて、じゃない──!)

 

 助けるのは自分の方だ。今ここで戦えるのは自分だけだ!

 そうだ。

 自分達は誰かの助けになりたかった。

 助けられてばかりの人生で、人の役に立てることができればと思っていた。

 親に殴られて、自分なんていらないと思っているような子に、そんなことないよって声をかけてあげたかった。

 ローズに、セドリックに、シェリー。

 今ここで嬲られている自分を見て、自分のことのように悲しんでくれる、どこまでも優しい人達。はじめてのともだち。

 不安にさせるわけにはいかない。

 このくらい平気なんだって、だから安心していいんだよって、言わなくっちゃ。

 不意に縄が外れて地べたを転がる。

 すっぽ抜けたらしい。

 何とか動く眼球を動かしてみれば、そこには、泣き叫ぶシェリーの姿があった。

 

「──しぇりー」

 

 ああ、あんな悲痛な顔をして。

 安心させてあげないと。

 大丈夫だよ、今助けるからねって、強がりを言って安心させてあげなきゃ。

 こんな身体じゃ、満足に声を上げることもできないけれど──

 

「──たすけ────」

 

──待ってて。今、助けるからね。

 そう言おうとして、ついぞそれは叶わなかった。

 宙に浮かぶ紅の槍。

 何十本ものそれが、心臓を穿ち貫かんと漂っていたことに、地を這っていたブルーは気付いていなかった。

 

「死ね」

 

 紅の槍は、手を伸ばしかけたブルーを忽ち地面に縫い付けた。

 華奢な身体がびくんと跳ねたきり、何の反応も示さなくなる。開いた孔から後になって流れる血だけが、その惨劇の凄惨さを物語っていた。

 ブルーは死んだ。

 

「んんーーッ!!んんーーッ!!!」

 

 妹を殺されたローズは、声にならない声を上げて、無様に水牢の中でもがく。

 しかしその抵抗も虚しく、ローズの身体はやがて動かなくなっていく。

 目の前で最愛の妹を殺され、絶望に打ち拉がれながら、しかも彼女に駆け寄ることすら許されることなく。妹の名前を発することすらできず。

 ハリーの水の牢獄の中で息絶えた。

 

(……ああ……嫌、だな……怖いな……

 お父さんに怒られて、物置に閉じ込められた時みたい……暗くて、何も見えなくなってく………視界が暗くなってく……

 ブルー、どこ?そこにいるの……?

 一人にしないでよ………)

 

(みんな どこに──)

 

 フロランタン姉妹は死んだ。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

(たすけて、と言おうとしていた)

 

 目の前にいながら守れなかった、その無力感がシェリーを襲った。

 

(ブルーは助けを求めていた。自分が助けなければいけなかった。それはできなかったのは何故か。私に力がなかったから。ローズは絶望しながら死んだ。私がもっとちゃんとしていれば死なずにすんだ。あの二人は死ぬべきではなかったのに)

 

 そうではない。ブルーが言いたかったのは、そんなことではない。

 ブルーの想いが、婉曲した形でシェリーに伝わっていく。

 シェリーの頭の痛みはこれ以上ないまでに酷いものとなっていたが、そんなものどうでもいいとばかりに呆然とその光景を見ていた。

 絞り出したように、声が出た。

 

「なんで──こんなことが──できるの」

「なんで?……そうだな、敢えて理由を付けるとするなら、あの女どもが僕を侮ったからだ。

 僕はな、僕の力と沽券をこの世に示すために生まれてきたんだ。今までは雌伏の時だったがこれからは違う、僕の存在をこの世界に認めさせてやるのさ」

「くっくっ。まあ励むが良い、ハリー」

 

 事もなげに言うハリー。それを満足気に見つめるヴォルデモート。あまりに異常な光景に、脳が理解を拒んでいた。

 どんな悪人にも理由があって、何かしらの歪みがあって、その末に悪へと身を窶したのだと思っていた。

 けれど、この男にあるのは、度し難い邪悪だけだ。歪みに歪んで、逆に一本の線となっているような……。

 

「そんな……そんな理由で?」

「人の辛苦は愉しい。末期に全てを曝け出す様は面白い。人の不幸は蜜の味というが、まさしくその通りだ。お前達もそうは思わないか?」

 

 言われて気付く。

 シェリー達を取り囲むように、大勢の死喰い人が『姿現し』していたことを。

 不気味な髑髏の仮面が墓場に集結している様は、なるほど底冷えする恐怖をもたらした。だが、シェリーはそんな恐怖などとは無縁だった。

 死んだ。

 自分の目の前で死んだ。

 ローズとブルーが死んだ。

 ふたりもしんだ。

 マモレナカッタ。

 ナニモデキナカッタ。

 涙すら出ず、その死を受け入れることすらできず、ただ茫然とするしかない。そんなシェリーをよそに、ヴォルデモートは嘲り高笑した。

 

「さて、さて。我が友よ。死喰い人達よ。俺様を死んだものと勘違いして安堵し、探そうともしなかった愚か者どもよ。

 この借りはこれからの働きにより返してもらうことにしよう」

「……じ、慈悲に感謝致しま……」

「それはそれとして苦しめ。クルーシオ」

「がっ、ぎゃあああああああああ!!?」

 

 恐れながら平伏した死喰い人達に、彼は慈悲もなく罰を与えた。一瞬の安堵が、磔の呪文の威力を更に高めた。

 たまたま近かったという理由で、数人の死喰い人が息も絶え絶えに倒れ伏す。それを見て怯えた死喰い人……あれはルシウス・マルフォイだ。彼もここにいるということは……、彼の対応如何によっては倒す決断もしなければならないか……?

 

「くっくっくっ、久しいな、ルシウス。貴様の道化ぶりはいつも俺様を楽しませてやまない」

「………は………」

「まったく殊勝なことだ。その哀れさに免じて、貴様の子供達の罪を許そう。愚かにも俺様に叛逆した罪をな」

「………あ、ありがたき幸せ………」

「それにしても、くッ、愚かだな。グレイバックがお前の娘を噛んだことにも気付かず、家庭から目を背け、あろうことか自分の仕掛けた日記帳で子供達を窮地に追いやったと聞いた時は、この俺様を笑い殺す算段かと思ったぞ!ははははッ」

「────あ、え?」

「そうだよ!お前の娘を噛んだのはグレイバックだ!ははは、無様なことだ!あいつは今アズカバンにいるが、あそこを解放した暁には再び幹部の座をくれてやる所存だが、どうだ!今の気分は?」

「…………な、………な」

「言葉も出んか。良いぞ、お前のその顔が何にも勝る美酒だ。くくくッ………」

 

 ルシウスの忘我の呟きをもってして、ヴォルデモートは更なる哄笑へと至った。

 悦楽に染まった双眸が、縄で縛られていなければその場に膝をついていたであろうシェリーを見やって、更なる色を乗せた。

 

「お前も、はははは。傑作だ。人の苦しみに当人よりも苦悩するその光景は、慰み者として俺様の寵愛を受けるに値する」

「……………」

「お前は何も知らない、シェリー・ポッター。自分の命の価値さえもな」

 

 言うと、ヴォルデモートは自分の父親の墓石の上に腰を降ろすと、澄んだ色の酒を虚空より生み出して、酒盛りを始めた。

 これからの話が、極上の酒の肴だとでも言わんばかりに。

 

「教えてやろう、お前という人間のどうしようもない罪深さを──。

 俺様は強さを求めていた。絶対的な強さをな。とあるナメクジ男から分霊箱の存在を知ると、その研究に勤しんだ。……だがアレは魂を弱らせる副作用があったのだ。

 さてどうしたものかと、古い文献を探っていく内に辿り着いたのが──『紅い力』だった」

 

 紅い力。

 去年戦ったグレイバックはその力に目覚めていたが、その強さは常軌を逸していたし、まだまだ余力を残していた。もし彼が油断なく全力で戦っていたら──シェリー達は今ここにはいなかっただろう。

 それほどの、絶大な、力。

 それを彼は追い求めたのだという。

 

「しかしその探求も徒労に終わった。紅い力を研究するうち、ソレが寿命を縮めることが分かってな。不死を求める俺様としては実にナンセンスな力だった」

 

 かつての闇の魔法使い、グリンデルバルドも紅い力に目覚めてはいたらしい。しかしそのリスクが分かっていたのだろう、ついぞその力を行使することはなかった。

 しかし、そこで帝王ははたと気付く。

 紅い力と分霊箱。

 その二つを組み合わせれば、更なる力を得られるのではないのか、と。

 去年のベガも、悪霊の炎と守護霊を組み合わせることで新しい魔法を創作するに至ったのだ。できない道理は、ない。

 

「そう──紅い力と分霊箱の理論を組み合わせればリスクなしで強大な力を得られるのではないか、とな。

 結果としてそれは成功した。あんな姿にこそなってしまったが、擬似的な不死と何者をも殲滅する力を得たのだ。

 更には、その力を他者に譲渡できるまでに至ったのだ。紅い力をしもべが扱えるようになれば、最強の軍団が出来上がる。

 俺様は紅い力を七つに分けた。

 憤怒、嫉妬、強欲、怠惰、色欲、暴食、傲慢──の七つにな」

 

 魔法使いの魔力は、感情によって増減することがままある。激情に駆られたりすると、火事場の馬鹿力のように普段以上の力を発揮できることがあるのだ。

 かつてシェリーを守った愛の護りもそういう理屈だ。ヴォルデモートは、その感情の力をも魔法式に取り込んだ。

 

「ある条件を満たした者にのみ、この力は完全に使いこなすことができるのだ。

 条件は二つ。『優れた魔法使いであること』と『適応する感情を秘めていること』

 ……何人かに試したが、その条件に適合しない者は、紅くならず『黒い力』になるに留まった。魔力は強化されるが、俺様の求める水準には満たなかった」

 

 彼は言外にクィレルを馬鹿にしていた。

 クィレルは優秀な魔法使いとは言い難い。自分の自尊心と釣り合わぬ大望を抱いたが故に、彼は悪に堕ちてしまった。

 

「嫉妬はそこな鼠にくれてやった。が、そいつのしくじりで俺様は一度滅びた。故に力を没収して、今度はクィレルに嫉妬の力を与えた。……結果は散々だったがな」

 びくり、と視覚外でペティグリューが大きく震えた。彼のしくじりとは、十中八九『秘密の守り人』のことだろう。彼の密告が原因となって帝王は滅んだのだ。

 

「で、狡猾にもその鼠が俺様の記憶の残骸を手に入れて、赦しを乞うてきたので、業腹だが再び力をくれてやった。

 俺様を蘇らせた功績は大きいし、嫉妬に適合できる稀有な人材でもあるしな。あとこいつの道化ぶりが面白かった」

「ヒィイッ!だ、大丈夫だ、私はやればできる男なんだッ!私が怒られてないと思えば怒られてないのだ……よし落ち着いた」

「この通り、怯える様が愉快だ。

 色欲はフェンリール・グレイバックに。あいつとは一度戦ったのだろう?」

 

 彼ほど色欲に生きた男はいない。

 そういう意味で、グレイバックほど色欲の名に恥じぬ男はいないだろうし、その力は去年存分に見せつけられた。

 他にも、かつて強欲と傲慢に適合した部下がいたらしいが、ヴォルデモートが一度滅びたのを受けて弱体化して、アズカバンに投獄されたのだとか。

 ……弱体化してあの強さなのは、本当に異常だと言わざるを得ない。

 

「さて、色欲・傲慢・嫉妬・強欲はいいとして、問題は怠惰・暴食・憤怒だ。

 俺様の配下に怠け者はおらん……というかそんな奴はいらんし、食い意地のはった奴もそういない。マグル狩りは順調だったので怒り狂った人間もそういなかった。

 怠惰は後ほど適任が見つかったが、憤怒と暴食の適正を持つ人間は中々見つからなかったのだ。無理矢理力を持たせることもできんわけではないが……。

 さてどうしたものか。

 悩んでいるうちに、その日は来た」

 

「七月三十一日。シェリー・ポッターの一歳の誕生日であり、お前の両親を殺した日であり、俺様が滅びた日だ」

 

 そう、その日に全てが始まった。

 紅い力を持った死喰い人は、その力が弱まったことで主の敗北を悟ったのだろう。

 だが力は完全に消えなかった。だからまだ帝王は生きていると信じて、各地で残党が暗躍を続けていたのだ。

 

「俺様はあの日、案内役のペティグリューともう一人、信用できる部下を連れていったのだ。

 俺様が愛の護りとやらで滅んだ後、鼠は恐怖からかサッサと逃げ出し、残されたのは泣き叫ぶ赤子と、ゴーストにも劣る存在になった俺様、そしてその部下だった」

 

 部下?部下だと?

 死喰い人があの場にもう一人いた、と?

 それはおかしい。報復を恐れたペティグリューが逃げるのは分かるが、その人物は逃げる必要などないわけで、帝王を滅ぼしたシェリーに激昂して殺害しなければおかしい。

 その人物は何故自分を見逃した?

 

「そう!長くなったが話の肝はそこだ。

 そいつは当然、俺様を滅したシェリー・ポッターを殺そうとした。だが、そこで俺様は待ったをかけた!死の淵に立たされ、ぶっ壊れた頭でどうしてやろうかと考えた結果、思いついたのだ!

 この赤子を使って、憤怒と暴食、二つの受け皿を創ってしまおうと!」

 

 つまり──赤子だったシェリーに紅い力を二つ与えようとした、ということか?

 だがそんなことは不可能だと、即座に頭の中で否定する。シェリーは当時まだ赤ん坊であり、そんな強大な力を受容するだけの器はできていなかったはずだ。

 そんな人智を越える力を、一人の人間が二つも持てるはずがない。

 それに憤怒とか暴食とか、そういった感情すらも芽生えてはいなかっただろうに。

 だが。

 次の言葉を耳にした瞬間、シェリーは自分という人間の愚かさを知り、この男の業を立ちどころに理解した。

 

「──俺様はシェリー・ポッターを生贄にして、新たな生命を創造した。

 所謂、ホムンクルスというやつだ」

(…………………!!!)

 

────つまり、それは……。

 死喰い人の何人かは首を傾げた。当たり前だ、ホムンクルスとは魔法界に存在しない、マグルの分野の技術のことなのだ。

 あとは錬金術師達が少し齧っているくらいだろうか──。

 シェリーとてその分野に秀でているわけではないが、その言葉の意味するところくらいは分かる。分かってしまった。

 

「知らない奴に説明してやるとな、それは人工的に生み出された人間のことだ。

 俺様は本物のシェリー・ポッターを素材として使用し、新たに二人のきょうだいを創り出した」

(……………………………)

 

 セドリックが瞠目した。正気か、と。

 死喰い人達が彼女を見て恐怖した。この少女は化物だ、と。

 シェリー自身、それをどういった感情で聞いているのかよく分かっていない。

 今ここにいるシェリーは、ヴォルデモートが人工的に創造した生命であり、リリー・ポッターの胎盤から生まれ落ちたものではないという事実。

 シェリー・ポッターのフリをしていた、哀れな人形。それが……。

 

「もう分かっただろ?シェリー。お前は本当のシェリー・ポッターではない。

 当時一歳だったシェリー・ポッターから誕生したホムンクルス、それがお前だ」

 

 で、あれば。

 ヴォルデモート卿が、ゴースト以下の霊魂に身を窶した後、再び力を得ることができたのも頷ける。

 その出生は邪悪そのものだが、彼に流れる血はヴォルデモートとは相反するものである。彼の血を使って擬似的な復活を果たしたと言われれば納得がいく。ただその特性上、完全に復活はできなかったので彼はシェリーの血を求めたのだ。

 シェリーもハリーも、帝王にとって敵とも味方と言える存在。二人の血を使うことが彼の復活に必要だった。

 

 シェリーの見た目が、リリーそっくりなのも理解できる。近くにあった人間……即ち、リリー・ポッターの身体を参考にしたのだろう。

 そして、憤怒の力を埋め込んだ。やがて闇に堕ちることを見越して……。

 ハリー・ポッターにしてもそうだ。帝王が暴食の力を埋め込むためだけに、ジェームズの遺体を利用して人間の紛い物を創造した。

 しかしここで一つ疑問が生じる。

 彼の話が本当なら、自分の駒が欲しかった故に、二人の人間を創造したということになる。……そして、片方は闇の道に。片方はその家にそのまま残された。

 おかしくないか?

 ハリーは彼の目論見通り比類なき悪へと昇華したようだが、それでは何故生まれたてのシェリーをその家に放置する、などという愚行を犯したのか?

 

「ふと思ったのだよ。真に生まれるべきだったシェリー・ポッターと瓜二つのホムンクルス。こいつがこのまま闇と無縁のまま育てられれば、一体どうなるのか。

 きっと生き残った女の子として持て囃され、魔法界の英雄として救世の象徴となるだろう。……そんな敬虔な少女が、ある日突然魔法界に牙を剥く。たちまち阿鼻叫喚の渦に陥るだろう。そいつが実は闇より生まれ出たホムンクルスということも知らずに、だ!その光景はさぞかし良い眺めだろうと思ってな。

 更には、友を、仲間をその手にかけることになるシェリー・ポッターの絶望。それは如何様なものかと興味が湧いた!後はまあ、スパイとしての役割もあったな」

 

──きっとこの男は、ホムンクルス・シェリーの人生を見て、遊興に浸りたかっただけなのだと悟る。

 スパイなど取って付けた理由でしかない。化物として誕生したシェリーを弄んでその人生を面白がっていただけだ。

 事実、シェリーも今日ほど自分の生を呪った日もなかった。生まれるべきだった女の子の人生を、偽物が代わりに消費してしまっているという現実。

 本当のシェリーが過ごすはずだった青春を期せずして奪ってしまった。それを受け入れたくなくて……シェリーは、そんな筈がないとかぶりを振った。

 

「そんな……そんな存在をダンブルドアが許容する筈がない。ダンブルドアなら私の正体も分かる筈。彼は必ず私を殺す」

「いいや、奴はお前を殺せないさ。奴は冷酷だが時として甘い。ダンブルドアは闇より生まれた赤子を殺すことを躊躇ったし、正しき道を歩むことを望んでもいた。

 奴もまた、お前に魔法界の救世主となって欲しかった者の一人なのだ。お前の正体を胸の内に秘めたまま、墓場までその事実を持っていこうとしていた。

 何も知らないことが幸せだと、知りすぎた男は悟ったのだろうな。誰にも口外することなく人生を終えようとしていた。

……まあここでお前は知ったわけだが」

 

 真実を知っていながら、偽物を偶像として担ぎ上げたというわけだ。

 彼はより大きな善のために少数を切り捨てることのできる人間だが、その決断はとても遅い。断定を避け、誰よりも頭が良いのに自分の判断を信じられず、迂遠な謀略を講じてしまう男だ。

 その本質を、ヴォルデモートは理解していたのだろう。

 神をも恐れぬ所業、という段は既に越えていた。ヴォルデモートの精神性は最早、神の領域に達していたのだ。生命の冒涜も神が行えば冒涜ではない。そんな無茶苦茶な理論を、彼は証明せしめた。

 彼がハリーを選んだのは、かつての自分に境遇を重ねたから、ほんの少しの親近感が湧いたからに過ぎない。

 神に愛された少年(ハリー・ポッター)と、

 神に呪われた少女(シェリー・ポッター)

 二人の違いはただそれだけ。

 神の領域に立った男(ヴォルデモート)の寵愛を受けたか、受け損ねたか。それだけで両者の運命の歯車は大きく食い違った。

 

「ところでハリーだがな、暴食の力を授けるにあたって人肉嗜食(カニバリズム)の機能をつけた。こいつは、人を喰わねば生きていけぬ身体になっている。

 ハハ、気を付けろお前達。使えない者はこいつの餌にするぞ」

「──────」

 言葉が、出ない。

 ヴォルデモートの行いは、彼女の識る悪行の域を遥かに越えていた。

 自分の都合で創ったとはいえ、仮にも自分の息子にそんな機構をつけるなど………正気の沙汰ではない。

 

「さて、お前は憤怒の力を宿されたわけだが……どういうわけか、怒りとは到底無縁な日々を送っていたらしいな。

 だが今のお前を見て理解したよ。

 お前が怒っているのは自分自身。

 友を、仲間を守れなかった時にお前は他ならぬ自身に激怒する。反対に言えば、自分のために怒ることができない、生物として欠陥のある哀れな人間なのだ」

「……………」

「きっとマグルの家族に『お前はいらない存在だ』と言われながら育てられたせいだろうな。ハハハハ、その点だけはそいつ達に同感だ!

 お前は一人の人間が得るべきだった未来を、人生を、将来を、幸せを奪って生まれてしまった女なのだ!!」

 

 反論の余地もない。

 まさしくその通りだったからだ。

 シェリーに頭痛が起きていたのは、いつも誰かに危害が及んだ時。そしてその誰かを守れない時、彼女は「何故自分じゃなくて他人が苦しまなくてはならないのか」と自分自身を責める。怒る。

 ここ最近それが頻発していたのは、ヴォルデモートの復活時期と前後している、という理由もあったのだろう。

 あり得ないという思考は封殺される。今ここにジェームズそっくりの少年がいて、リリーそっくりの少女がいる。近くに転がっていた夫婦の遺体とその子供を利用し、二つの生命を創造した。

 それができる力を持った男がいる。

 リリーの愛の護りも万全ではない。本当のシェリーは、逆に杖さえ使わなければ簡単に殺せる。そして本当のシェリーが死んだ後なら愛の護りも切れる──。

 愛の護りが切れた後、その部下がヴォルデモートの指示に従い二つの生命を創造したのだろう。

 悪辣な感情のままに──。

 辻褄が合ってしまう。

 シェリーという存在の異常さの証明が、全て為されてしまう。

 

(──私が生まれてきてしまったことで、本当のシェリーは死んだ。

 私がこれから生きることで、皆んなの命を……危険に晒してしまうことに……)

 

 帝王の発想は、ある種、短絡的な思い付きに依るものだった。さも当然であるかのように禁忌を破り、何の葛藤も躊躇いもなく生命を創ってみせた。

 神の被造物でなく、紛い物の生命。

 無聊の慰めのためだけの創造。

 然して、根底が浅慮なのだとしても、それが力と智を兼ね備えた帝王によるものなら話は別だ。彼は悦と快を至上とする浅はかな人間性と、それを帳消しにするだけの能力を彼は併せ持っていた。

 常人が到底辿り着けぬ領域で、心底くだらない理由で遊ぶ男。

 世界を一つの箱庭として見做し、規格外の力をもってして愉悦する男。

 ヴォルデモート卿は、そういう男だ。

 

「どうだ、今の気分は」

 

 運命の悪戯という言葉が、これほど似合う男もいなかった。

 運命を手繰り寄せ、戯れ事を執り行う。

 その所業はまさしく神であり、暴君であり、子供であり、芸術家であり、簒奪者であった。

 闇の帝王にとって神とは、己を賛美する称号の一つでしかない。魔術を極めた先には神があるというが、ヴォルデモートの有り様は正にそれだ。気まぐれで人を殺し人を生かし人を造る。そこには倫理などなく、彼が善といえば善となるのだ。

 そしてきっと彼は、その比重が悪に偏りすぎていた。

 だからこんな残酷な質問ができる。

 だが、

 

「………いいよ………」

「ん?」

「どうでもいいよ、そんなこと……」

「………は?」

 

 今度はヴォルデモート卿の方が口を開く番だった。

 闇の帝王の、生を生とも思わない異常性に恐怖していた死喰い人達は、ここで認識を改めた。帝王の暴虐は、生粋の異常者故の行動ではなく、ある程度正常な人間が異常を求めた故の行動なのだと。

 本当に異常なのは、彼女の方なのだと。

 

「私が生まれてきちゃいけなかったなんてとっくの昔に知ってるよ………私のことなんてどうでもいいよ………!

 ……だから……だから早くセドリックをここから逃がして……」

 

 狂った懇願だ。

 自分の都合など度外視した、いや、自分の利益を考えることができない、自己肯定が欠落した少女が、シェリー。

 無論、シェリーがホムンクルス云々の事情を知っていたわけではない。

 ただ、彼女はダーズリー家で何度も何度も自分の生を否定され続けてきた。それ故に誰に何を言われようが、自分自身で自分を否定し続けてきた。

 だからこそ彼女は困惑する。

 自分がホムンクルスだろうが何だろうが最低な人間に変わりはないのだから、今更何を言われてもどうでもいいというもの。

 本当のシェリーの人生を奪ってしまったことに負い目こそあるが、それで自身を憐憫の目で見たりはしない。

 自己評価が低いというレベルではない。

 彼女の精神は狂人のそれに達していた。

 

「私の生まれがどうであろうと……私の命に意味がないのには変わりない……

 そんなことより……どうか……お願い、セドリックだけでも────」

 

 本当のシェリー・ポッターが自分のせいで死んでしまったことを知り、シェリーは自分がやはり生まれるべきではなかったのだと自己否定する。

 だがそんなのは、とうの昔に分かりきっている事柄である。

 この世の悪を、不条理を、受け入れる。

 それでも何かの間違いでこの世に生まれてきてしまった以上、せめて何かしらの役に立ってから死ぬべきだ。……という考えを幼少期から否定されずに育ってきてしまったのだ。

 優しくされればされるほど、その人のために自分を犠牲にしようとする。

 自分を否定されればされるほど、やはり自分は無価値だと思い込む。

 優しく狂った少女が、彼女だった。

 

「成程な。『仲間を守れなかった自分自身に怒る』、というのも突き詰めればここまでくるものか」

 くっくっ、と笑い声を上げる。

 彼女の怒りは特殊なものだ。内に向けることはあっても、外に向けることはない。

 彼女が何もできなかった無力な自分に激怒していると聞いても、誰もそれを理解できないだろう。

 優しすぎる彼女が瞋恚の矛先を向けていたのが、彼女自身だった、などと。

 死んだ方がもっと迷惑をかけるからしないだけであって、彼女の精神状態では何度自殺をしていたか分からないなどと、理解できるはずもない。

 

「ならば──もう一押しだ。シェリー、お前をもっと怒らせてやろう」

 

 悪辣な笑みと共に振るわれた杖には、彼が織り込んだ魔法式が紡がれていた。

 あれは、見たことがある。

 そう、ムーディーが、使っていた……。

 

「セドリック・ディゴリーを殺せ」

 

──は………?

 これまで、闇の帝王の話に顔を歪みに歪めていた青年は、突然の名指しにギョッとした表情になった。

 シェリーもそうだ、そんな命令に従える筈がない。頭ではそう思っていても、肉体は勝手な行動を始めてしまう。

 『服従の呪文』。

 他者を操る、禁断の魔法。

 ハリーがニヤリと嘲るように笑うと、シェリーの眼前にナイフを投げつけた。意図はすぐに察した。それを使って刺し殺せ、というのだ。杖による一瞬ではなく、ナイフでゆっくりと心臓を穿て、と。

 しかもタチが悪いことに、服従しても頭は鮮明に動いている。身体だけがヴォルデモートの言いなりになり、頭は、お願い、やめてと泣き叫ぶ。

 誰が言った言葉だったか──。

 

『初めての殺人は汝に消えない闇をもたらすだろう』

 

 予言の時は来た。

 シェリーは、セドリックを、殺す。

 まさか、これが。

 生まれてきてはいけなかった──背徳の少女に課せられた罰だとでもいうのか。

 

「ぁ、」

 

 シェリーの意図に反して、身体が勝手にハリーのナイフを手に取り、セドリックに向かって歩き出す。

 突き入れた短剣の手応えが重いことに、シェリーはまず絶望した。

 銀の刃が、戦慄くセドリックの肉を食い破っていく。彼の身体に沈んでいく。

 セドリックは苦悶の声を、帝王は諧謔として受け取ったらしい。鈍痛を訴える彼の歪んだ様を侮蔑も露わに嗤っていた。

 

「あああ、ああああ!!」

 

 そのナイフは、切れ味が悪かった。セドリックの肉を貫く動きが緩慢で、彼に必要以上の責め苦を味合わせていた。

 軋む心とは裏腹に、やおら刺し穿つナイフは揺るがぬままだ。涙が溢れた。焼き尽くされた焦土と化した心から逃避しているかのようだった。

 

「ああああああああああ!!!」

 

 セドリックの肉体が熱を帯びていく。

 燃え尽きる前にこそ苛烈な光を放つ蝋燭のように、彼の肉体は無意味な生存のための行動を行っていた。

 少女の根源にある、ごく当たり前の哲理までもが、悪意によって塗り潰される。

 恥も外聞もなかった。

 セドリックの苦悶の声を聞きたくなかった。シェリーは、それが限りなく望みが薄いと判っていても、彼の命を乞わずにはいられなかった。そうしなければ精神を保持できなかったのだ。

 

「うわあああああああ!!!やめてやめてやめてやめて!!!!嫌だ!!嫌だ!!お願いやめて、誰か止めて!!!誰か、誰でもいいから私を殺して!!私を殺してこんなこと止めて、止めさせて、お願い、お願いします、こんなこと早くやめさせて、誰か殺して、嫌だ嫌だ嫌だ、助けて、お願いどうか──早く、早く────

 セドリックを助けてええええ!!!」

 

 憚ることもなく嗚咽を漏らした。

 弱音を吐いた。

 けれど刃は止まらない。

 人を殺してはいけない、という当たり前の約定すらない帝王の哄笑を背に浴びて、さらに絶望した。

 助けなどないのだと。

 懇願に意味などないと。

 その笑い声が、少女と少年の尊厳全てを苛み、ハシバミ色の瞳とダークグレーの双眸を同じく曇らせた。

 

「いやだああああああああああ!!!!」

 

 ずぶずぶと、沈むように肉を貫いていくナイフの感触が気持ち悪い。がっちりと掴んだ手を離すことさえ叶わなかった。

 悲鳴は救済を求るが故だった。

 初めて神に祈った。

 初めて駄々を捏ねた。

 その全ては叶えられることはなく、理不尽な世界の運命とやらに彼女の心は焼かれていった。

 

 ナイフの鋒が肉を貫いた先で、

──声を聞いた。

 

「いいんだ」

 

 どこまでいっても彼は誠実だった。

 セドリックは、優しかった。

 セドリック・ディゴリーという少年は、彼を貫くシェリーを恨むこともなく、彼女を操るヴォルデモート卿に怨嗟の声を上げることもなかった。

 ただ、惚れた女の子が、自分のために泣くのが許せなかった。ただそれだけ。

 その女の子がホムンクルスだろうが、創られた存在だろうが関係ない。その存在が紛い物でも、その想いは本物だった。

 

「ぼくのことは、もう、だいじょうぶ」

 

 ただそれだけの理由で、身体は動いた。

 心臓に孔が開いて、取り返しがつかなくなって、到底生きていることなど不可能な肉体をほんの少しだけ動かした。

 震える唇で、彼女の精神的な負担を少しでも減らすために。それだけのために。

 

「──気にするな、シェリー」

 

 ごぶり、と血を吐いた。

 心臓を貫いたのだ。血流を巡らせるポンプの役目を果たすことなく、それはその機能を終えた。

 消えゆく心臓の鼓動を、強く握り締めた短剣を介してはっきりと感じた。

 セドリックは、死んだ。

 他ならぬシェリーの手によって──。

 

 

 

 

 

(ころ、した。わたしが、ナイフで、ころしてしまった。ころした、わたしが、ヴォルデモートにあやつられた、とはいえ、さしたのはわたしだ、わたしが──)

 

 諸人に愛され、誇られたセドリックに一つ誤算があったとすれば。彼の愛した少女のかんばせを見誤ったことだ。

 シェリーという人間は他者が苦しむことが何より許せなかった。まして、自分が原因となって人が死ぬなど、到底許容できることではなかった。

 セドリックが優しくあればあるほど、彼の死はシェリーの心に深い闇を齎す。

 彼の優しさが少女の身を焦がす。

 皮肉にも、彼がシェリーと積み重ねてきた全てが、慰撫さえ叶わぬ傷を遺した。

 底抜けに優しい二人は、優しさ故に傷付いた。一片の、ほんの僅かな憎しみさえも抱くことができなかったセドリックは、友誼の結びを永遠の慟哭へと変えた。

 彼女が揺籃に抱かれる日は、もうない。

 

 では奴達は何だ?

 

 現世からの解脱の念を抱き、全ての咎を自身に向けていたシェリーが、初めてその咎の行き先を疑問に思った。

 何故彼達は嗤っていられるのか、と。

 人の辛苦を蜜の味とできるのだろうと。

 シェリーが決して肯んぜぬ光景を、誰一人として糾することもない。

 この者どもが、一切の呵責なき狂った集団であることを理解するのに、シェリーは随分な時間を要した。

 ローズを殺して。

 ブルーを殺して。

 セドリックを殺させて。

 奴達は何を感じていた?……そう、人が死ぬのを見て面白いと言っていた。

 度し難い邪悪だ。

 こいつらは。

 自分と同程度の価値しかない塵どもだ。

 巨大な害虫がドブ臭い口で一丁前に人の言葉を喋っている。

 ……不快極まりない。駆除してしまわなければならない。この穢らわしい害虫どもが無辜の民を癇癪のままに襲うと想像しただけで総毛立つ思いだ。

 薄汚い害虫の駆除を、あんな優しい人達に任せるわけにはいかない。同じく薄汚い害虫の自分が滅ぼさなくてはならない。

 自分の周りにいた人達もこんな気分だったのだろうか。やはり自分達は早急に消え去るべきだ。骨の一片も残さず、いなくなってしまうべきなのだ。

 それが、この世に生まれてしまったことへの贖罪なのだから。本当のシェリーを殺してしまったことへの償いなのだから。

 殺してしまわねばならない。

 全てを擲ってでも、己が知り得る全ての呪詛と怨嗟を持って、生まれてきたことを恥じさせてやる必要がある。

 殺さねば、魂の鎮魂は叶わない。

 殺さねばならない──!

 

ああ、下劣な畜生どもが、

 

まだこんなにも残っている。

 

 その事実を確認した瞬間、全く使命を全うできていない自分への怒りで、その力は覚醒した──

 

 

 

 

 

 

「!!とうとう力に目覚めたか!!俺様は嬉しいぞ、その力を存分に──」

 

「黙れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶち殺してやる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ローズベリー・フロランタン 死亡
死因: ハリーの水魔法の中で、妹が死ぬのを見せられながら溺死。

ブルーベリー・フロランタン 死亡
死因:ハリーの創り出した何本もの魔法の槍で心臓を穿たれ死亡。

セドリック・ディゴリー   死亡
死因:服従の呪文をかけられたシェリーによるナイフでの刺殺。


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12. SHERRY POTTER IS THE GIRL CURSED BY GOD

難易度上昇
ベリーハードモード→ルナティック


 ダンブルドアは歯噛みしていた。

 シェリーやベガやセドリック、他校の将来有望な代表選手達を、何が起こるか分からないあの迷路の中に行くのをただ見届けるしかできないという現実に。

 古代の魔法具、炎のゴブレットの縛りはダンブルドアでも解除はできない。それは分かっている、分かっているのだが……それと感情は別物だ。

 誰かに話して、恐怖を和らげたかったのだろうか。ダンブルドアはスネイプに、とある仮説について話し出す。

 

「──セブルスや、去年のトレローニーの予言を覚えておるかね?」

「……、ポッターが殺人をする可能性があるというやつですかな」

 

 スネイプは憮然として答えた。

 

「この予言、どう見る」

「ポッターめを擁護する気はありませんが、アレは故意に殺人をする神経など持ち合わせてなどいない。

 おそらく闇の勢力との戦いの末に、『そういう結果』になるものと見ていますが」

「そうじゃのう。彼女が人を殺すとなればそういうケースが真っ先に考えられる」

 

 含みのある言い方に、スネイプは嫌な物を感じた。こういう周りくどい聞き方をする時、決まってこの老人は他に仮説を考えているのだ。

 

「予言では、『初めての殺人は汝に消えない闇をもたらすだろう』……と言っておった。わしは考えた。この予言で注目すべきは、シェリーが殺人することではないのかもしれん」

「……まさか」

「うむ。初めての殺人、ということは…」

 

 

 

「──続きがあるということじゃ」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

──怒り狂うとはよく言ったものだ。

 憤怒の力に身を焦がし、狂ったような濁りきった魔力を纏う。

 優しかった少女の面影など最早どこにもなく、鬼もかくやという瞋恚の相。

 それが、シェリー・ポッターを名乗る人形の成れの果てと化した姿だった。

 

「このクズ野郎どもが。ぶち殺してやる。私が今から貴様達を鏖殺してやる……!」

 

 炎のように揺らめく紅い髪。

 リリーそっくりの可憐な花を思わせるそれは、闇の帝王が埋め込んだ紅い力により禍々しく変貌していた。

 彼女にとって最大の禁忌たる殺人がトリガーと相成って、内に潜んでいた真の力が覚醒し、無意識のうちに力を押さえつけていた縛りは解ける。彼女の頭痛は消え去っていた。

 しかし肉体はこれ以上ないまでに清々しかったものの、精神はそうではない。暗鬱とした曇り空のような心象は、血煙が渦巻く荒天へと移り行く。

 激怒、していた。

 

「異常だよ、お前達。自分の快楽のために人を殺せるなんて正気じゃない。お前達のような害虫には、地獄の底がお似合いだ」

 

 すらすらと悪意に塗れた罵詈雑言が出るのは何故だろう。

 きっとそれは、シェリーが、いつも自分に対して思っていたことだったからだ。自分と同程度の価値しかない者に対してかける言葉など、まさしく自分と同程度の扱いで十分だ。

 

「お前は死ぬ筈だったクィレルを助け、死ぬ筈だったペティグリューに情けをかけ、徹底して不殺の意思を貫いてきた。

 その信念を今更曲げるというのか?」

「信念は変えない。罪を犯した者は罰を受けなければならない。その罪を償わなければならない……

──それが、贖罪のための生から、贖罪のための死に変わっただけのこと!!私は貴様達を殺して、彼女達に、無為に死んでいったローズとブルーの、セドリックの魂を救済する!!」

「セドリックを殺したのはお前だろ?」

「黙れ──肥溜の鼠畜生にも劣る下郎が、その口でセドリックを語るな!!!」

 

 シェリーはこれでも、彼女なりにヴォルデモート達と和解できないか考えていた。

 例えばクィレルの時のように、お互いにお互いのことを分かり合えればきっと上手くやれるものと思っていた。

──それは勘違いだった。

 

(こいつ達は信じられないくらいの屑で、どうしようもない最低の塵だった。和解なんてできるわけがない)

 

 そこで、思いついた。

 彼達と円満に仲直りする方法を。

 淀みなき悪と分かり合える、唯一の解答を彼女は得た。

 

「貴様達が殺した数だけ切り刻む。貴様達が害を為した分だけ私が罰を与える!安穏に暮らす貴様達に絶望をもたらす!!

 そして──お前達が今まで殺してきた人達に、あの世で謝罪させてやる!!」

 

 殺せばいいのだ。

 痛めつけて、生まれてきたことすら後悔させて、その末に思いつく限りの最も惨虐な手段を持ってして凄惨に殺す。

 それでやっと、彼達は今生の罪を来世に持ち越さずに済む。殺されていった者達の気も多少は晴れるというものだ──!

 

「父さん、奴は僕が相手するよ」

「おう。せっかくだからそいつも紅い力を使わずに倒してみろ」

「ああ。あいつはまだ紅い力に慣れていない、そんな奴に負ける道理は──」

 

 ハリーには、とりわけ正義や勇気を戦いの理由にする者の力を過小評価する悪癖があった。そんな綺麗事は戦いにおいて邪魔なものでしかなく、感情の昂りが魔力を向上させるのだとしても、圧倒的に力の差があればそれは微々たるものでしかないのだという持論だ。

 それは、暴食の機能をプログラムされた彼ならではの視点だった。

 だから、油断した。

 砲弾のように突っ込んでくるシェリーの蹴りを、彼はまともに喰らってしまった。

 

「がッ!?」

 口の中に広がる血の味を感じた時には、シェリーの杖から既に二つの閃光が放たれていた。咄嗟に無言呪文で魔法を放ち、相殺すると、鮮烈な光が燃え広がる。

 その光に目を眩ませ、目を開くと、視界に揺らぎを覚える。顔の上に手を置いて、眼鏡がないことに気がついた。

 

「いつの間に……!?」

「考えたこともなかったよ──」

 見ると、シェリーが、ハリーの眼鏡をくるくると弄んでいた。

「私以外にも薄汚い害虫がいたなんて」

 

 眼鏡を盗られたとて、戦闘に支障が出る程度のことではない。とはいえプライドの高いハリーにとって、自分の持ち物を奪われるというのは耐えがたい屈辱だった。

 血管から血が溢れんばかりの勢いで、力任せに毒の弾丸を放つ。人体に触れればたちまち皮膚を焼き、骨を溶かしてしまうだろう。

 だがそれも、紅い力を持ったシェリーの前には無力だった。彼女が杖を横薙ぎに振るうと、濃密な魔力のカーテンがその攻撃をシャットアウトする。盾の呪文の亜種だが、あんな高度な魔法を使えるまでに彼女の力は底上げされていた。

 驚くハリーに、お返しとばかりに放たれるのは何十もの魔力弾。地面が穿たれ、墓石が破壊されていく。死喰い人達は年端もいかぬ少女の所業に恐怖した。

 

「てめえ、滅茶苦茶だッ!全部の攻撃にレダクトの効果でもついてんのかッ!?」

 

 ハリーの指摘は正しかった。

 彼女の練り上げる魔力に触れれば、人体だろうが物質だろうが、たちまち破壊され全て粉々になってしまう。

 奇しくも、それはハリーの魔力に近しいものがあった。

 破壊に優れた姉、シェリー。

 毒に特化した弟、ハリー。

 似たタイプの魔法使いの差を作っているのは、皮肉にも『紅い力』の有無だった。

 両者ともに紅い力を使えば、もしくは使わなければ勝負は分からなかったものの、ハリーの矜恃が紅い力の行使を許してはいなかった。一度使わないと宣言したものを劣勢に立たされたから使うというのは、彼自身の沽券に関わる。

 しかして、シェリーの強さは彼の予想を遥か越えていた。

 

「オアアッ、ステューピファイ!」

「死ね。フリペンド」

 

 同じく一節の詠唱ではあったが、その威力は段違いだ。傲然とした両者の魔力のぶつかり合いは次第にシェリーの誅戮という様相を帯びていく。

 逆巻く髪は、烈火の如し──

──彼女は、その暴虐の魔力を持ってして闇への覚醒を証明した。

 流れる血が、軋む骨が、決意の瞳が、少女の狂った信念を雄弁に物語っていた。

 生きとし生ける塵どもを、全て破壊してやると。地上に蔓延る悪鬼羅刹を、刎頚でもって殺し尽くすと!

 癒えぬ十字架をその身に刻まれたシェリーの力は絶大。圧倒的攻撃力でハリーの魔法を破壊するや否や、殺意が誘うままに脚を進め、彼の髪を掴み──

──近くの墓石へと叩きつける。

 

「てッ、てめえ………ごッ!?」

「煩い、黙れ、喋るな。その薄汚い口に糞でも詰め込んでいるのか?貴様が喋るだけで吐き気がする」

 シェリーは腕の骨を折った。ブルーが最初に折られたのもそこだった。

 しかし彼女が、彼女達が受けた苦痛はこんなものではない。彼女達が舐めた辛酸はこんなものではない!

 破壊してやる、破壊してやる!

 肉体も尊厳も全て!

 こいつの全てを蹂躙し尽くした先に、彼女達の魂の安息があるのだから!!

 

「お前のような汚物が存在していること自体が赦し難い大罪だ──その骨の一片まで焼き尽くしてやる!!」

 シェリーは骨を折るに留まらなかった。飢えた鮫の如き呵責なさで、肩の関節部分、すなわち腕の根本に魔力の槍を突き立てて引き千切る。心に苦々しいものが湧いたが、ブルーは何十もの槍を突き立てられて死んだのだ。

 痛みに悶え叫ぶハリーに蹴りを入れて、口元に泡の魔法を使って黙らせる。ローズは最後まで妹の名を発することすらできずに死んでいった。

 片腕を捥がれ、これ以上ない怒りを浮かべるハリーに冷酷な無表情を返し、彼女は短剣を取り出した。セドリックを殺したナイフだ。

 因果応報、罪には罰を。何も難しいことはない、優しい人達が住まう世界に寄生する害虫を駆除するだけ。救い難い悪人を断罪し、地獄へと道連れにすることが、この世に間違って生まれてしまった罪への贖罪なのだから。

 

(とどめを────)

 そこで、逡巡する。

 このまま殺していいものかと。

(とどめなんていつでも刺せる、それにこいつはもっと苦しませて殺すべきだ。

 それよりも今は、そうだ、他の害虫を殺さなければ。殺して、殺して、殺し尽くしてやる)

──そう、決して、この少年を殺すのを躊躇ったわけではない。そう結論付けると、シェリーは怒りの矛先を変えた。

 

「次は貴様だ、ヴォルデモート」

「嬉しいねえ、直々にご指名とは。うん、俺様の愛しい息子を弄んでくれた礼もしなくてはな!」

「待て!!僕は、まだ……!!」

「ハリーよ、お前ならば腕の一本や二本、すぐに元に戻せることは知っている。

 だがその調子ではもはや戦闘続行は不可能だろう。ペティグリューに診てもらえ、汚名を晴らす機会は必ずやる」

「……………クソが!!!」

 

 腕を捥がれても尚立ち上がろうとするハリーの不屈ぶりには感嘆するものがあったが、シェリーからしてみればそれも無駄にしぶとい虫ケラを思わせるものだった。

 

「茶番だな。害虫どもが馴れ合って、家族ごっこでもしているつもりか」

「この俺様を害虫呼ばわりか、ハハハハ。ではお前はどうなのだ?目の前の命を救えず、護れず、ただ狼狽するしかできなかったお前は死ななくていいのか?」

「私が死ぬのは貴様達を殺した後だ。蔓延る害虫どもを殺し尽くした後、私もさっさと自害する。それでこの世界から塵が消え去る……!」

「ハハハハ!!つくづく道化だなお前は、シェリー・ポッター!!」

「お前が私を語るなよ」

 

 妄執に取り憑かれ、怒りに囚われたシェリーの魔力の放出には目を見張るものがあった。それはまさしく暴風雨と言って差し支えない。

 内に秘めた膨大な魔力の発露。それだけで嵐が通り過ぎたかのように地面が削れ、蹂躙されていく。死喰い人達は盾の呪文で身を守るものの、それでも余波を防ぐだけで精一杯だ。

 シェリーの魔力は、破壊。

 彼女の攻撃に触れてはいけない。掠ってもいけない。それに当たるということは、たちまち分解と破壊の限りを尽くされるということを意味するのだから。

 ヴォルデモートとて、紅い力を顕現せしめたシェリーの恐るべき力の程はよく理解していた。だが……彼にとってそれは、盤上遊戯で負けるかもしれない、程度の危機でしかない。

 お返しと言わんばかりに、緑色の魔力を放出して迎え撃った。

 

「エクスペリアームス!!」

「アバダケダブラ!!」

 

 激突はしかし、長くは続かなかった。

 攻撃に特化したシェリーの魔力ですら歯牙にもかけず、それ以上の攻撃でもってして打ち破った。出力からして桁違いで、先程ハリーを圧倒したシェリーが敵わないほどの魔力。

 これがシェリーと同じ兄弟杖であれば、多少は勝機もあっただろうが、ヴォルデモートの使用した杖は違っていた。吹き飛ばされる直前、シェリーはそれに気付く。

 恐怖しながらも、シェリーが倒れたことで気が緩んだのか、死喰い人の一人がヴォルデモートに尋ねた。

 

「杖を……変えられたので?」

「ん?ああ、いや……まあ、そのようなものだな」

「もしや、風に聞く最強の杖、『ニワトコの杖』では……!?」

「……ああ、そんなものに恋焦がれていた時期もあったな……。

 これは違う。俺様が紅い力の研究をする傍ら、同時に追い求めていたものだ。まあ詳細はまたいずれ話そう。まずは、あの小煩い蠅を叩き落とさねばなるまいて」

 

 紅き双眸は復讐者を捉えていた。

 精神が崩れ、狂ったように唸り声をあげるシェリーの姿が、そこにあった。

 

「ヴォルデ……モートォオオオ……!!」

「ほう、あくまで向かって来るか」

 

 シェリーはシェリーであるが故に、敵を前にして止まることがない。

 それは破滅への道を邁進する狂者の行進でもあった。瞋恚の風が吹き荒れる。

 紅い髪をたなびかせ、倒錯の乙女は誅伐を下さんと前進し──そして、その身体に傷を増やしていく。

 元より。

 シェリーの今の力は、ヴォルデモートから与えられたものであり。滾る闘志で誤魔化していたが、彼女がその力に慣れていないというのも事実であり。

──敵う道理などなかったのだ。

 何度目かも分からない。皮膚は焼け焦げ、肉体に穴は開き、夥しい量に血が流れ落ちている。

 それでも彼女は怯むことなく帝王に向かっていったが、とうとう、気絶呪文をモロに喰らってしまった。

 

「殺してやる……殺してやるぞ……ヴォルデモートォオオオ……!!!」

「それは楽しみだ。よく眠るといい」

 

 崩れ落ちる最後まで、血の涙を流して、怨嗟の呪詛を口にしていた。一度気を失ってしまえば後は簡単だ、魔法を使って如何様にも操ることができる。

 仲間が殺されることを何よりも忌避する少女が、帝王の傀儡となり仲間を殺す。

 その最悪の筋書きは、見ていてさぞ面白いだろうと、ヴォルデモートはまるで悪戯を思いついた子供のような意地の悪い笑みを浮かべた。

 優越感に浸っていたのだ。

 清廉にして潔白な小娘が、自ら罪を重ねていくことで堕落してしまうことに。

 

 だから、だろうか。

 

 彼はこれ以上なく油断していた。

 彼の力であれば油断していようが相手を返り討ちにできるのだが、その少年の突然の登場は、彼にとっても予想外なものだったのだ。

 今──ここに。

 この、地獄に。

 

 

 

「──『時間簒奪』!!」

 

 

 

 一人の悪魔が降り立った。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

──数分前──

 

「兄さん、こっちです!」

 

 リラに案内され、ベガとネロは複雑な迷路の中を一切の迷いなく進んでいた。

 闇の帝王の目的はシェリーである。

 つまり、シェリーを一番最初に対抗杯のところまで到達させるために、闇の勢力は彼女に罠や魔法生物が少ないルートを通らせているのだ。

 彼達は急ぐ必要があった。

 走って、走って、そして開けたところに出る。ネロは守護霊の呪文で犬を呼び出すと、人がいた形跡がないか確認する。

 

「こいつは本物の犬みてえに、臭いでここに誰がいたかを探すことができるんダ」

「お前の守護霊便利だな……」

「……ああ、俺は守護霊が何体もいてな。状況に応じて使い分けられるんだヨ」

「お前の守護霊便利だな!?」

「さて、まずいな。……ここにいたのは、ホグワーツのシェリーちゃんとセドリック、ボーバトンのフロランタン姉妹。そしてウチのビッキーの五人だ。

 しかし、この臭いを見るに、ビッキーは既に脱落したようだナ。そしてあの広場で臭いが途切れている、となると……」

「!四人は既に対抗杯で飛ばされた後ってことか!?」

 

 重い沈黙が全てを物語っていた。

 ベガは焦る。向こうに行ってしまった後だというなら、もう自分達に何もできることはないからだ。

 闇の帝王はシェリーをすぐには殺さないだろうが、それも時間の問題。セドリック達に関しては、即座に殺されていてもおかしくない状況なのだ。

 

「いや、まだ手はあル!ここに僅かに残った魔力の痕跡を利用して、擬似的な姿現しを行うぞ!」

「えっ、そんなことできるんですか……」

「!そうか、ポートキーに使われた魔力を辿っていけば、超長距離の姿現しもできるってわけか……!」

「で、できるんだ……」

 

 オロオロするリラをよそに、ネロは魔力の痕跡を辿る。彼の犬の守護霊を使えばそれも可能だ。

 魔力を探知し──そして、大まかな座標の特定へと至る。ここより数百キロ離れた墓地らしい。そこに彼女達はいる!

 

「しかし、この距離を、こんな細い魔力の糸を頼りに移動するとなると……どうしても限界がある。

 向こう側に行けるのは一人だけ。向こうに行った後、シェリーちゃん達を助けて、闇の帝王や大勢いるであろう死喰い人達の中を掻い潜りながら、近くに落ちている対抗杯の所まで行かなくてはならない……」

「…………」

 

 気が狂っているとしか言いようがない。

 闇の帝王がそこにいるということは、闇の勢力もそこにいるということ。

 グレイバックのような出鱈目な強さの幹部もいるかもしれない。ペティグリューのような厄介な敵もいるかもしれない。そんな死喰い人達の中を掻い潜り、たった一人で四人もの人間を救出するなど。

 あまりに確率の低い賭けだ。

 そんな博打に、いったい誰が乗れるというのか。──しかし、ベガは、一切の躊躇なく毅然と宣言した。

 

「俺が行く。俺なら、大勢の死喰い人の攻撃も回避しながら移動できる。この中で一番の適任は俺だろ」

「………おい、ベガ。俺が言うのもなんだが、騙されてるとは思わねえのかヨ?

 お前は今、敵か味方かも分からねえような男から糞みてえな提案されたんだぞ?何か裏があると考えるだろ、フツー」

「かもな。……だが、仲間がピンチかもしれねえ時に何もできねえのはもう御免だ。

 お前達に騙されたんなら、それでいい」

 

 そう、それでいいのだ。

 これがネロの罠だったとしても、ベガはそれに乗らないわけにはいかない。

 仲間が死ぬかもしれない、そんな状況を放っておける彼ではない。彼も魔法を駆使して可能な限りシェリーやセドリックを探していたのだが、しかしそれでも彼女達は見つからなかった。

 つまり。

 シェリーは恐るべきスピードでこの試練を突破したということ。それはまさしく、悪辣な罠にかけられている可能性が高い。

 だからこれが、ダンテやネロの策略に乗せられているのだとしても、シェリー達さえ無事ならそれでいい。

 

「……リラ。お前の魔力を使って、少しでも姿現しの確率を上げるぞ」

「は、はい」

「…………すまねえな、お前達」

 

 かくして。

 ベガは悪意塗れる墓場へと降り立った。

(──────)

 彼の反射神経ならば、突然の場所の移り変わりにも対応できる。

 ネロやリラが言っていることは本当だった。髑髏の仮面の集団、そして隠しようもない絶大な魔力を放射している、かつてのトム・リドルが成長したような姿の男が一人。倒れたシェリーに、セドリックやローズ、ブルーの姿も見えた。

 ヴォルデモート卿は、復活どころか、全盛期よりも強化された状態で舞い戻った。

 そして、それさえ確認すれば十分。

 

「──『時間簒奪』!!」

 

 超至近距離からの、世界の理さえも書き換える神域の魔法。一年に一度しか使えない、対象の時間を数秒遅らせる魔法。

 そして去年は時間を遅らせるだけに留まったものの、その本質は『簒奪』。借り物の杖ではない今、その魔法は本来の力を見せる。

 ベガの体内時間は今、ヴォルデモートから奪った分だけ加速していた!

 超スピードで動く銀髪の美少年を、誰が捕らえることができようか──!

 

「蒼き焔は静かに燃ゆる!!

 ヴォルデモート!!テメェ、俺の仲間によくも手を出してくれたよなあ!!!」

 

 彼は初めてその名を呼んだ。

 理由は、倒れ伏したシェリーである。仲間を不当に傷つけられたとあらば、ベガは黙っていられない。先程の焦燥は憤怒へと姿を変えた。

 これは決意だ!

 闇の帝王に叛逆の翅を翻さんと、蒼月の如き焔が燃え上がる──!!

 

「──テメェを屠る悪魔の姿、とくとその目に焼き付けやがれ!!」

 

 火炎を纏った蹴り。

 ベガの操る守護悪霊は、ヴォルデモートを蹴り飛ばす。死霊蠢く墓地の中、山羊頭の悪魔は帝王への乱逆の舞踏を舞い踊る!

 

「ああそれと、お前には色々と借りがあったなペティグリュー」

「な、な……!?や、やめ、ブゴッ!?」

「去年は散々手こずらせやがって!!黙って寝てろクソ野郎!!」

 

 三日月のように振り下ろされた上段からの踵落とし。ペティグリューも流石の反応速度で盾の呪文を形成するも、守護悪霊は盾ごとペティグリューの頭を割る。鈍痛が彼を襲った。

 だが、ここまでだ。

 仕留めきれなかったならば、ベガは即座に逃走すべきと判断した。奇襲で攻め切れるのはここまで。混乱から解ければ、もうまともに攻撃はできまい。

 良くも悪くも死喰い人とは、ヴォルデモートのワンマンチームなのだ。その帝王からの指示がない以上、彼達はまともに機能しなくなる。忠誠心の高い幹部が一人でもいれば違ったのだろうが、今ここにいるのは保身ばかりのペティグリューだ。

 ベガはシェリーを拾って逃げた。

 

(よし、シェリーは無事だ!怪我はしているが命に関わるものじゃねえ!)

 ベガは知る由もないが、紅い力が解けた彼女の身体には相当の負担があった。たとえ起きていたとしても動けなかったろう。

「あん?」

 何か腕を捥がれてる少年が一人いた。

 どこかで見たような気もする。

「おい、お前……」

「何だお前!!見てんじゃねえ!!」

(あ、これ絶対敵だわ)

 やっぱ無視した。

 

「おい、ローズ……だよな!?おい、しっかりしろ!!おい……」

──冷たい。

 触れただけで全てを悟った。

 彼女は死んでいる。

 生き返ることは、もうない。

 苦痛の顔に歪んだ貌が、彼女が受けた苦痛の全てを物語っていた。

 

(せめて、せめて遺体だけでも──)

 

 身内が死んだ時の辛さは、ベガが一番よく知っている。一秒にも満たぬ思考は、彼女を連れての逃走を選択していた。

 腕の中に感じる彼女の感触は、抜け殻のようだった。

 悪夢は終わらない。華奢な身体に無数の孔が開けられたブルーが横たわっているのを視認した時は気が狂いそうだった。

 案の定、彼女の身体も冷たかった。

 ベガはその冷たさをよく知っている。かつて自分が死なせてしまったシドの時と同じ、氷のような冷たさを。

 二度とその感覚を味わいたくなどなかったのに……!

 胸から血を流したセドリックの死相が告げていた。ベガは、どうしようもなく遅かったと。間に合わなかったのだと。

 

「お前まで……クソがッ!!勝手に死んでんじゃねえよ馬鹿が!!!どいつもこいつも……俺より先に逝くんじゃねえ!!!」

「そこだッ!『ステューピファイ』!」

「邪魔すんなゴミが!!!」

 

 ようやく意識を取り戻した死喰い人の追撃。何十人もの敵からの逃走は、ベガにとってこれ以上ない苦痛だった。

 無理もない。死人が出てしまったことでもう心が捻じ切れそうなのだ。ましてやその上での戦闘など……。

 何よりも、重い。

 意識のない人間を四人分抱えて、更には数多くの魔法攻撃を躱しながらの逃走だ。

 ベガが如何に優れた肉体を持っているとはいえ、その負荷は、到底十四歳の少年が耐えられるものではない。

 以前の試合で、ベガは水中で四人の人間を抱えながら泳いだことがある。その時に何となく察していた、自分の筋力の限界。

 自分が抱えられるのは、陸上では四人、水中でも五人まで。

 しかも、抱えるだけならまだしも、抱えて走らなければならないのだ。ベガの身体の限界は近かった。しかも死喰い人との戦闘を考えれば、シェリー達を浮かせながら逃げたりすることはできない。

 それでも彼を動かすのは、ひとえに、彼の優しさからだった。

 

(せめてこいつ達を故郷に帰してやらねえと……!!こいつ達をこんな冷たいところで朽ち果てさせるわけにはいかねえ!!)

 

 本来、集団戦はベガの得意とするところなのだ。その反射神経と身体能力で敵の攻撃を全て回避し、広範囲にわたって火炎魔法を使って攻撃。危なくなれば守護悪霊で自分の身を守れもする。

 しかし四人もの人間を抱えながらの逃走となると話は別だ。得意の回避は封じられる上に、守る対象も増えるので魔力の消費も激しい。

 よって、彼は残る全ての魔力を防御に使用することに専念した。

 破裂したような音と同時、ベガの目の前に三人の魔法使いが現れる。対抗杯までの道のりを考えればここで止まるわけにはいかない。ベガの守護悪霊は前方に三発の蹴りを放った。

 二人は吹き飛び、一人は回避。置き土産と言わんばかりに魔法を放つが、その魔法は焔によって掻き消される。驚く死喰い人に再度蹴りを放って、彼は前に進む。

 進んだ先には、また死喰い人。

 チェス・プロブレム(ニホンで言うところの詰め将棋)を解くような感覚だ。先を見据えて最善を尽くさなければ、死ぬ。

 

「『アバダケダブラ』!!」

「『クロス・グラディオ』、剣の舞!」

 

 二つの緑の閃光を魔剣が切り裂き、死喰い人の脚を振り抜けて機動力を削ぐ。

 次いで、背後からの攻撃を半ば直感で躱して焔で焼いた。苦しむ声に彼は言葉を返さない。ただただ杖で語るのみだ。

 またもや新手。杖から何かが発射される前に、「スコージファイ!」と唱えて口を塞ぎ詠唱を止める。更には、火焔で熱せられた墓石へと水を放ち蒸気を生み出して目眩しを行った。

 視界が塞がれる前に、彼は魔縄をとある墓石へと向かって伸ばしていた。対抗杯のすぐ近くの墓石だ。魔法で出来た伸縮自在の縄に捕まり、ワイヤーアクションのような動きでそこまで飛んでいく。

 一瞬の浮遊感。

 後は対抗杯を取るだけだ、というベガの確信を嘲笑うかのように、突如としてその縄は断ち切られた。そして晴れる視界。ネズミが、縄に齧り付いている。

 

「ペティグリューッ!!!」

「わ、私はできるやればできる、私がお前を逃がさないと言ったなら、その時もうお前の逃走は失敗となるのだ!!」

 

 相変わらず意味不明な理論だが、実際に彼の働きはファインプレーと言っていい。ベガは空中での姿勢制御に失敗し、地面に打ちつけられた。

 それでも即座に対抗杯へと駆けるベガだったが、その動きは先程と比べて緩慢だ。

 脚を捻った。

 更には、時間簒奪の効果も切れた。

 超スピードで動いていたベガが失速したことにより、死喰い人達は我先にと駆け寄った。まずい。正真正銘の、絶体絶命。

 周りを死喰い人に囲まれて、

 対抗杯はまでは距離があり、

 ヴォルデモートも動き始めた。

 なまじ状況が分かってしまうため、ベガの思考は諦觀の方へと向かってしまう。どう足掻いても不可能だと。四人を担いで逃げるのはどうやっても無理だと。

 

(違う、違う違う違う無理じゃねえ───俺にできねえことなんざねえんだよ、だ!不可能を受け入れるな!!まだ何か必ず手は残されてる、思考を止めるな……)

 

『いいんだ』

 

 ふと聴こえた声は、優しかった。

 そしてすぐに幻聴だと思った。それは、他ならぬセドリック・ディゴリーのものだったから。

 

『僕のことは、置いていってくれ』

 

 酷い幻聴もあったものだ。セドリックの遺体をこんなところに捨てて、自分達だけ逃げろと言うのだ。これは自分の心の弱い部分が言った提案なのだと断ずる。そう、これはただの自分の弱音なのだと。

 しかし心のどこかで確信があった。

 これは紛れもないセドリックのものだ。

 去年、ベガがかつての親友、シドの声を聞くことができたように。

 彼の魂もまだここにあって、ベガに言葉を送っているのだという確信が。

 

『僕はいいんだ、それよりも皆んなを元のところに帰してあげてほしい』

「馬鹿言うな!!親父さんはどうする!!お前の帰りを待ってるんだぞ!!」

『きっと分かってくれる──』

「皆んなでホグワーツに帰るんだよ!!お前がいなかったら──」

『ベガ』

 

 

 

『頼む』

「────ッ、

 うわああああああああああ!!!!!」

 

 諦めるものか。

 聞き入れられるものか!

 ベガは対抗杯の下の地面を爆破した。

 絢爛に輝くそれは、宙を舞ってベガ達の下へと吹き飛ばされる。そういう風に計算して爆破したのだ、当然だ。

 しかし同時に、死喰い人達の死の弾丸がすぐそこまで迫ってもいた。

 ベガは脚を前に踏み出す。

 対抗杯に手が届く。しかしその前に、緑の閃光が直撃する。

 手はすぐそこまで伸びているのに、それよりも早く閃光はやってくる。それでもベガは手を伸ばした。

 皆んなで帰る──その信念を掲げて。

 

『本当に、君ってやつは、仕方ない。

 君がそんなに頑固者だったなんて、一年前は思いもしなかったよ──』

 

『頼んだよ、ベガ』

 

 ふと、肩にかかる体重が軽くなった気がした。チャンスだ。ベガは更に一歩踏み出して──届いた!

 世界が反転し、景色が回り、髑髏の仮面も閃光も消えていった。

 大丈夫だ。皆んなここにいる。

 だって自分の手には確かにセドリックの服を掴んでいる感触があるのだから。彼を見る余裕はなかったが、それでも確かに何かを握っている感覚があるのだから!

 芝生に転がる。

 たった数時間前にここをスタートしたのが、何年も前のことのようだ。ようやく帰ってきた。帰ってこれた!

 観客の声がうるさい。グリフィンドールの方から爆発的な歓声が聞こえる。しかしそれに応えることはできない、まずはダンブルドアに──

 

(…………………えっ?)

 

 瞳を動かして、そこにある筈のセドリックの身体がないことに気付く。

 なんで?

 自分は確かに彼の服を握った筈だ。セドリックの魂が置いていけと言っていたが、それも無視して意地でも連れて帰ってきた筈なのだ。

 そして今でもベガは何かを握っている。

 まさか、と思いつつも、そんな訳がないと証明するように手を開いた。

 

「────ぁ、あ」

 

 ハッフルパフの紋章。

 これだけしか、持って帰れなかった。

 セドリックの身体は、今もなおあの墓場に横たわっているのだ。

 がくんと膝をつく。縫い付けられたかのようにそこから動けなくなる。

 フラー・デラクールが、喜色満面に自分の妹分のところへと駆け寄るのを、ただ彼は呆然と見ていた。何か言う余裕さえなかった。

 

「──ローズ?ブルーッ!?」

 フラーの歓びは、悲鳴へと変わる。

 実の妹のように可愛がっていた姉妹の、変わり果てた姿を見たのだ。その喪失は計り知れない。そこに普段の毅然とした女帝の姿はなく、家族の死を受け入れられないただの姉の姿しかなかった。

 

「ああああっ、嘘っ!嘘よっ!!こんなことあるわけ……ローズ!!ブルーッ!!

 嫌……誰か、誰か嘘だと言って!!嫌、嫌よッ、この子達は今からに幸せなるところだったのに!!!それが、何で──

 いやあああああああああああッッ!!」

「落ち着くのじゃ、ミス・デラクール!!ベガ!一体何があった!?」

 

 ダンブルドアが泣き叫ぶフラーを静止すると、真剣な表情をしてベガを問い質す。

 マダム・マクシームの顔が青白いものになったのを見た。ボーバトンに、いや、会場全体に嫌なものが広がっていくのを確かに感じた。

 ああ──、

 言わなきゃいけないのか。こんな残酷な真実を口にしなければならないのか。

 

「ローズベリー・フロランタン、ブルーベリー・フロランタン、並びに、セドリック・ディゴリーは死亡しました」

 言葉にすると、とめどない絶望が堰を切ったように溢れ出る。

 セドリックの父、エイモス・ディゴリーが、サッと血の気が引くのを見た。彼はふらふらとした足取りでやって来た。

 

「う、嘘だろう?嘘だと言ってくれ。セドリックが、私のセドリックが、私を置いて死ぬ筈がない……嘘に、嘘に決まってる」

「………すみません………」

 

 ハッフルパフの紋章を差し出す。彼はそれだけで全てを察した。あれだけ溺愛していた息子の所有物だ、嫌でも分かってしまうのだろう。

 強くなった筈なのに。

 全部纏めて守れるように、力をつけた筈だったのに。

 もうあんな悲劇は起こさせないと誓った筈だったのに。

 

 

 

──敵はそれ以上に、強すぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません……守れませんでした……」




次回、四章最終回です。


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Goblet of FireⅡ

 アラスター・ムーディーは、やけに興奮した面持ちで廊下を走っていた。

 向かう先は医務室。シェリーとベガ、そして三人の代表選手の遺体が置かれてある場所だ。

 

(シェリー・ポッターの魔力が変質していた……魔法の義眼で観たから間違いない!あれは紅い力、闇の帝王が考案し、創りたもうた力だ!帝王は復活なされた!!)

 

 ぎちぎちと、ポリジュース薬の効果が切れていくのを感じる。だが別にいい、もう変装する必要などないのだから。

 医務室にいるのは警備についている闇祓いだけだ、大多数は大混乱の会場の方に回されているのだろう。これはまたとない好機だ!

 そこで、自分は、シェリーを……。

 

「アレナス、砂よ!」

「なッ!?」

 

 突如として自分の身体を覆う砂に、身動き取れなくなってしまう。杖で何かする前に『武装解除』されてしまった。

 やって来たのは十人ほど。

 レックス・アレンを始めとする闇祓いの面々。そして、セブルス・スネイプだ。

 まさかこいつら俺の正体を!?と思った時には、既に魔法がかけられていた。

 

「汝の秘密を現せ!」

 

 骨格が変わり、義足が外れ、髪が艶を取り戻していく。ガサガサの肌に潤いが戻っていく。そして数秒も経たないうちに、彼は本来の姿を取り戻した。

 バーティ・クラウチ・ジュニア。

 それが今回の事件の黒幕だった。

 アレン達闇祓いはスネイプの証言から何者かがポリジュース薬を錬成していることを知り、怪しい人物を教師や生徒、仲間達も含めて全て洗い出していたのだ。ムーディーはその一人だった。

 

「は、はは。俺の真実を知ったな!よくぞ気付いたものだ!どうだアレン、今の気分は!まるで十三年前の再現だな!?あの時もお前の砂で俺は……」

「ステューピファイ、レダクト、コンフリンゴ、エクスペリアームス、スコージファイ、結膜炎、セクタム……」

「ぐへぁっぎゃっがぐぁやめべ多っ」

「スネイプ教授、そのくらいに」

「………チッ」

 

 ボロッボロだった。

 もはや意識があるのかも疑わしいが、それでも彼には聞くことがある。活性呪文をかけると、ジュニアは少しは元気を取り戻したようだった。

 スネイプは真実薬を取り出す。

 魔法界における自白剤だ。これを使えば尋問の手間も省けるというもの。

 

「んごッごッごぶっちょっがぶ多っ」

「スネイプ教授、そのくらいに」

「………チッ」

 

 びっしょびしょだった。

 顔中が真実薬まみれになったジュニアは、咽せながらもアレン達の質問に従順に答えていく。

 

「ごぼ……俺はこの最終戦でシェリーに移動キー化した対抗杯を掴ませて、帝王のところにシェリーを飛ばすことが目的だった。帝王の復活は闇の印を見れば分かる。そこのスネイプに聞けば分かるはずだ」

「…………」

「この対抗試合はシェリーを成長させる役目もあった。紅い力を覚醒させるためだ。あれは実力のある魔法使いでなければ使いこなせない代物だ……。

 帝王はシェリーを死喰い人の幹部にすることで、魔法界に絶望を与えようとしていたのだ。俺もその手伝いをした、マッドアイをペティグリューと共に襲撃し、奴に成り変わった!あいつは今も職員室のトランクの中に隠してある……」

「アタシ見てくるよ」

「任せた、チャリタリ」

 

 褐色の闇祓いに捜索を任せると、アレンは続きを促した。

 

「お前はどうやってアズカバンから脱獄した?あの時、確かに俺が更迭した筈だが」

「俺を哀れんだ母が、ポリジュース薬を使って俺と入れ替わったのだ。最期まで俺が罪を侵したと信じて疑わなかった……

 俺の父は屋敷に俺を閉じ込めた。俺が暴れると服従の呪いを使って押さえつけた。身の回りの世話は屋敷しもべのウィンキーにさせていた……」

「厨房行って連れてくるッス」

「頼む、ジキル。……続けろ」

「ウィンキーの頼みで俺はワールドカップに連れて行かれることになった。透明マントを被り試合を観戦していた、が、その時俺の力は服従の呪文を打ち破れるまでに回復していた。

 たまたま近くに座っていたシェリーの杖を奪い、勝手気ままに騒ぐ死喰い人達への怒りで俺は完全に服従を解き、闇の印を打ち上げた。だが、その後闇祓い達の魔法に当たって気を失ってしまい、目が覚めた時には父の屋敷だった」

「……あの時のクラウチさんの怒りようはそういうことだったのか。息子を逃がしかけてしまったウィンキーに対する……」

「そうだ。俺は再び自由を失った。だが、そのすぐ後に帝王がやってきて俺を解放してくださったのだ!!」

 

 そこからは推測通りだ。

 クラウチ氏を服従させ屋敷に閉じ込め、隠密に事を進めていたジュニアだったが、暫くしてその効果が薄まり、クラウチ氏は屋敷から逃げ出してホグワーツにやってきた。ダンブルドアに伝えなければと思ったのだろう。

 しかしジュニアは彼を再度捕縛し、そこでクラウチ氏は殺された。かつての上司が殺されたことに、アレンは苦々しいものを感じた。

 

(クラウチさん、あなたは正義を信奉すると同時に、家族への情を完全には捨て去ることができなかったのか……

──感傷に浸るのは後だ。闇の帝王への対策を練らねばなるまい。『騎士団』を再び発足する日も近いかもな……)

 

 一度愛の魔法でヴォルデモート卿は敗れている、よって彼は肉体を得た後も以前のように表立って行動することはしなかった。

 水面下で準備を進め、全盛期以上の力を手に入れるために奔走し、そして今日その儀式が行われてしまった。

 だが、ヴォルデモート卿の復活も脅威だが、果たしてあのファッジがこの事実を信じようとするだろうか。彼の本質は臆病者であり、なまじ権力がある分、何をしでかすか分からないのだ。

 アレンが思考していると、ジュニアは下卑た笑いを浮かべた。

 

「ハッハハハ……悔しいだろうアレン、お前の掲げる正義とやらの牙城が崩れ去る時がついにやって来たんだからな!

 お前のその顔が見れて俺は嬉しいよ!」

「………そうか。それは何よりだ」

「そもそも俺はお前のことが昔っから気に食わなかったんだ!本物の息子の俺を差し置いて、父の隣に並び立つお前が……。

 だがそれももういい!あんな愚かな父親にどう思われていようが詮無きこと!俺はもっと素晴らしい人物からの愛情を受け取ったのだからな!!」

「闇の帝王のことか?水を差すようだが、あの男は誰かに愛情を注ぐような神経はしていないさ」

「違う!!シェリーのことだ!!!」

「…………んっ?」

 

 何故、そこでその名前が出てくる。

 スネイプの眉が釣り上がった。

 

「あいつは俺に対して一人の人間として接してくれた女の子だ!!あんなに優しくて笑顔が可愛い奴がいるか?いやいない!!

 闇の帝王には悪いが俺は今日限りで闇の勢力を抜けさせてもらう!!そして元の姿に戻って……

──俺はシェリーに告白する!!!」

「は?」

「は???」

「何言ってんだこいつ」

「……こいつはアズカバンより聖マンゴに送った方がよろしいかと」

「同感だ」

「俺がどれだけ女日照りだと思ってるんだあんな可愛い子に笑顔向けられるだけで惚れるに決まってんだろうがロリコン上等だ馬鹿野郎!!!」

「分かる」

「分かってくれるかスネイプ!!!」

「おい」

 

 何故かクラウチ・ジュニアと分かり合ったスネイプはすぐさま正気に戻るが、周りからは白い視線を向けられていた。

 そこに、チャリタリの肩を借りながら本物のムーディーがやってくる。

 ……いや、肩を借りながらというより、静止するチャリタリを引き摺りながらこちらに走ってくる!

 

「ちょっ、ムーディー、止まって!まずは医務室に行こうよ!!」

「黙れそれより先に闇の輩の確保だ!!」

「なっ!?貴様っ、俺とペティグリューであんなに痛めつけたというのに!!」

「あの程度でわしが屈すると思うたか!!あれくらい杖などなくとも何とかなるわ!闇の輩が!!死ね!!死ね!!!」

「ごばばっあがっぎゃっ待っべ多っ」

「ムーディーさん、そのくらいに」

「死ね!!死ね!!」

「スネイプ教授も便乗するな!!」

「チッ!!!」

 

 ボッコボコだった。

 

「ごほぁっ、クソッ!俺はシェリーに告白するまでは死ねないというのに!!」

「……どっちみち、あの子は今告白どころじゃないぜ」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「何で入れないんですか!?」

「理由を説明してください!!」

 

 医務室の前は、シェリー達を心配する友人達でごった返していた。ロンとハーマイオニーは勿論のこと、ネビルやジニーといった獅子寮の面々、チョウ・チャンなどの他寮の生徒まで押しかけている。

 他校の生徒は各校の校長達が諫めているようだが、そういった人達までもが彼達を心配するほどの人気なのだ。

 スプラウト教授が扉の前で仁王立ちして侵入を阻むが、ロン達もそれで黙ってはいられない。と、そこにマクゴナガルがやって来た。

 

「ロナルド・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャー、来なさい。貴方達には友人として知る権力があります」

 

 重苦しい老婆の言葉に緊張が走る。

 面会謝絶の札が置かれた扉をくぐり中へ入ると、奥の方まで連れてこられる。

 天蓋付きのベッド。そのカーテンには、何やら呪詛が綴られた札が何枚も貼られており、不安をいっそう駆り立てる。

 

「──ポッターは怪我をしていましたが、幸い、傷自体はポピーの腕をもってすればすぐに治せるものでした。

 しかし……問題は、彼女の精神の方で、ええ、友人を同時に三人も失ったことが堪えたようなのです」

 

 常に厳正な彼女が、弱々しく震えた口調でそう言った。マクゴナガルが札の一つを剥がすと、ロン達はすぐにその理由を知ることになった。

 

「うわあああああああああああ!!!」

 

──シェリーの、叫び声。

 

「嫌だ、嫌だ、ローズ!!ブルー!!死なないで、ごめんなさい、私が、ああっ、セドリックまで、やめて、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!ぁあああ、殺してやる殺してやる貴様を私が……あああああ!!!!」

「鎮静剤を!シェリー、私です!ここに敵はいません、ここはもう安全ですよ!」

「殺した、コロシテ、ごめんなさい、誰か彼を助けてセドリックをどうか、やめて、私が私で私を守れなくて貴方を殺して──貴様が、貴様が貴様が貴様が!!報いを受けさせて、コロス殺して苦しめ貴様を、私がこの手で──」

 

 そこが限界。

 マクゴナガルは、そっと札を戻し、後には静寂だけが残った。……その顔はとても疲れ、悲嘆しきった女のものだった。

 

「何だよ、これ」

 ロンはそういう他なかった。

 ハーマイオニーは悲しみに暮れた。

 誰よりも優しかった少女は、絶望の淵に立たされてしまったのだ──

 

 

 

「──うん。大丈夫。

 ごめんね、心配かけて」

 

 ダンブルドアがやって来たのは、しばらくの日が経ってからだ。

 彼はシェリーの昏い瞳を見て、全てを悟ったようだった。シェリーはあの日あったことを全て話した。

 ヴォルデモート卿復活。

 紅い力。

 ハリー・ポッターの存在。

 シェリーがホムンクルスという事実。

 それらを全て受け止めると、彼は、いやに衰弱したような顔になっていた。

 

「謝罪から、入ろう。シェリー、わしは真実を口にすることを恐れた。そのせいで君に残酷な真実を告げることになってしまった。取り返しのつかないことをした。

 ……黙っていて、すまんかった」

「いえ。どちらにせよ、私のやることは変わらなかった。ヴォルデモート卿を殺す、それが使命なのでしょう?」

「……………」

「先生。私の身体について、詳細な説明を求めます。ヴォルデモート卿が聞いてもいないのにべらべらと喋ってきたので、大凡の事情は把握していますが」

 

 ダンブルドアはシェリーの自己犠牲を咎めることはしなかった。彼もまた、心のどこかでシェリーを駒と見ていたし、その敬虔な姿は大衆の希望となり得る……という打算的な思いがあったからだ。

 

「……詳しいことは、ヴォルデモートめが踏ん反り返りながら話したじゃろうが。

 奴はあの日、ポッター家に二人の部下を引き連れてやって来た。うち一人は知っての通りペティグリューじゃが、もう一人が誰かは分からん。

 そこで奴は一度滅びたが、部下に命じて君と……ハリーというホムンクルスを創造した。時にシェリーや、夢の中で会った少年とは、ハリーではなかったかね?」

「ええ。彼とは夢で何度も会いました。目が覚めるといつも顔を忘れてしまっていたんですが、あの雰囲気は……ハリーで間違いない。確信を持って言える」

「きっと夢の中から君にコンタクトを取る腹積もりだったのじゃろう」

 

 兎にも角にも、ヴォルデモートにとって必要だったのはシェリーが紅い力に目覚めることだ。闇の陣営に加えたかったのもあるが、そもそも自分が創造した存在が力に目覚めないような軟弱者など許さない、おいう考えだったのだろう。彼はそういう性格だ。

 帝王はハリーに命じて、夢の中からシェリーの意識に訴えかけていたのだ。

 

「話の続きじゃが、ヴォルデモートは紅い力の種とも言うべき魔力を、君と、ハリーに植え付けた。いつか力が芽吹くことを期待しての。

 ハグリッドが君を連れて来た時は、どうしたものか本当に迷った。君が創られた存在であることはすぐに分かったし、君の内に眠る力にも気付いた。正直に言えば、殺してしまった方がこの子のため、とも思っていた。

 ……しかしわしは君を殺さなんだ」

 

 それは、赤子を手にかけることへの後ろめたさもあったが、シェリーが真っ当に成長してくれることへの期待もあったのだという。

 

「ハリーはその後闇の陣営に引き取られたそうじゃ。わしは最近までハリーの存在に気付いていなかった。闇の勢力が怪しい動きをしているとは思っていたが、まさか、君の弟とも呼ぶべき人物がいたとは……

 よほど隠蔽工作が得意な人物が、闇の勢力側にいるとみえる」

 

 ヴォルデモートの信頼する部下であり、あの運命の日に居合わせた人物。どうやらクラウチ・ジュニアやベラトリックスなどの忠誠心の高い部下でもないようなのだ。

 何せ彼達は、その日は別の場所で戦っていたり、目撃されているという情報があるのだ。闇の勢力もなかなかどうして層が厚い。

 そも、紅い力を持った幹部があと六人も控えているのだ。

 あのグレイバックと同等の力を持った魔法使い達が、そんなにも……。ハリー、ペティグリューという優秀な魔法使い達の力を更に高めるのが、『紅い力』。

 グレイバック戦も、彼が弱体化してシェリー達に油断しまくって何とかギリギリ持ち堪えたようなものだ。一体どれだけの激戦になることだろうか……。

 

「そういえば私も紅い力には目覚めましたけど、これで闇の勢力の幹部と同じくらいの強さになったんでしょうか」

「何とも言えん。魔力は強化されているようじゃが、まだまだ彼達の領域までは達していないように見える。

 時間をかけて馴染ませて、徐々に強くなっていくのかもしれん。紅い力に関してもまだまだ研究が必要じゃな。しかし、ゆめ力に溺れるでないぞ」

 

 シェリーは頷きを返した。

 

「……そういえば疑問があります。一年時のクィレルのことを鑑みても、私には愛の護りが働いている。けれどそれは本当のシェリーに働くもので、ホムンクルスの私に働くのはおかしいですよね」

「おそらく、ヴォルデモート卿がリリーの愛の魔法を君に引き継がせたのじゃ。あの魔法は闇の帝王すらも凌ぐ魔法、その特性を便利だと思ったのじゃろう」

「成程。私が死ぬのは向こうも困るから、ですね」

「有り体に言えばそうなる」

 

 彼はシェリーを娯楽の人形として見ている節があるが、それなりに愛着もあったのだろう。自分以外のものに壊されることを忌避する愛着が。

 実に傲岸で、くだらない理由だ、とシェリーは脳内で吐き捨てた。

 さて。

 聞きたいことはまだまだあるが、少なくとも知りたいことは知れた。ならば身体を労って休むべきだろう。

 シェリーは横になる。ダンブルドアが部屋を出る寸前、一人の愚かな男の顔をして呟いたのを聞いた。

 くたびれきった声だった。

 

「わしは愚かじゃった。決断を先送りにして事態を悪化させるような馬鹿を何度もやった。今回もそうじゃ……君に真実を伏せたのは君を傷つけたくなかった以上に、わし自身が傷つきたくなかったからじゃ。

 本当に……仕方ない老いぼれじゃ」

「シェリー、君には友がおる。愛すべき人達が大勢いるのじゃ。君は一人ではない。君が愛を与えてきた全てから愛を返される時がきっと来る。その繰り返しで歴史は紡がれていき、伝説は刻まれていくのじゃ。

──そのことを忘れてはならぬ」

 

 忘れるものか。

 己が護るべき友を忘れるものか。

 私は、彼達の為なら、何も捨て去ってもいい。何も惜しくなどない。

 この命でさえも──

 

 その後シェリーは、周りが驚くくらい穏やかに過ごしていた。

 絶望に打ち拉がれた顔ではなく、どこか陰はあるがその口もとには微笑が添えられており、落ち着きすら感じさせた。

 しかしその眼は濁っていた。

 それに気付いたロンとハーマイオニーは、心の底から彼女の復活を喜ぶことができなかった。

 

「──シェリー、大丈夫、なの」

「うん。平気だよ」

「あー、え、ええと、ママがリンゴ買ってきたからさ、今持ってくるよ!」

「そっか、ありがとう」

「………………」

 

 あの日からシェリーは変わった、とロンとハーマイオニーは思っていた。

 彼女には清流に咲く花のような清々しさと可憐さがあった。

 だが今はどうだ。彼女の雰囲気は淡白なものとなり、時折、その瞳には烈火の如き地獄が映っている。

 あの事件が彼女の負担となっていることは間違いなかった。……けれども、二人は彼女にかける適切な言葉を持ち合わせてはいなかった。

 それが、

 どうしようもなく悔しかった。

 

「悔しい、私、悔しいわ。何もできなかった自分が悔しい。人が死んで、あの子が悲しんで、でも何もできることがなくて」

「ハーマイオニー……」

「私──こんなにも無力だったのね」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 代表選手達との別れがやってきた。

 最後に苦い出来事が起きてしまったが、各々、寂しさは見せないようにしていた。泣いてしまえば最後、それが悲しい別れとなってしまうのを理解していたからだ。

 幽霊船や、天の馬車の前でそれぞれの学校の生徒達は別れを惜しんでいた。短い間だったとはいえ、その友情は本物だ。

 だが、シェリーがここにいないことだけが彼達にとって心残りだった。彼女は目下療養中であり、ポンフリーに外に出ることは禁じられているのだ。

 

「ひぐっ、ぐすっ、タマモさん、ご指導ご鞭撻ありがとうございました!『秘密の部屋』で力のコントロールを教えてもらってわだじ成長でぎまじだぁぁあ」

「うん……ねえ、あそこって本当に使ってよかったの?なんかホグワーツの最重要の機密のような気がするんだけど」

「うわああああああん」

「……ああ、もうっ!仮にも英国淑女がそんな顔しないのっ!ほら、ハンカチで拭いたげるからこっち見て!」

(おいハヤト、見ろ。タマモのやつ、異国の地でもお姉ちゃんしてやがる)

(いつの間に出会ったんじゃあいつら)

「ちょっとそこ、聞こえてんだからね?」

 

 コルダはタマモに人目も憚らず思いっきり抱きついていた。わずか一年足らずの間ではあったが、自分の秘密を共有できる相手、さらには師弟関係ということで大分心を開いていたのだろう。

 マホウトコロの戦士達は、同年代の生徒と比べて小柄な、しかし同年代の誰よりも強靭な肉体に、これから起こりうる闘争の予兆を感じ取っていた。

 

「俺達はまたここに来っぞ。闇の帝王だか何だか知らんが、俺達の前に立ち塞がる言うんなら全員ぶった斬っててやっど」

「今回ばかりは同意見だ粗忽者。俺達の力は仲間のために……強くなれ、シェリー」

 

 サーベラスの三人はセドリック達に向けての鎮魂歌を歌っていた。

 派手なメイクで隠してこそいたが、その表情は陰鬱なものだ。仮にも代表選手として戦った者同士、通じ合うものがあったのだろう。ジニー達に別れのサインを書いている間も、心の中の曇りは晴れてはいなかった。

 

「バーニィ、サモエド、マスティフ、ちょっとこっち来い」

「…………?」

 

 イルヴァーモーニー校長、セイラムに呼ばれて人気のないところへと連れて行かれると、彼は葉巻を取り出した。

 

「お前達、今日はもう休め。こんな日にまでサーベラスである必要はねえよ」

「な………!でも、俺達はいつ何時もファンの人達に……」

「馬鹿野郎。そんな辛い顔しながら活動したって意味ねえよ。……ここには誰もいねえんだ、思う存分泣け」

「………ず、ずみまぜん、校長」

 

 幽霊船の前、ダームストラングの兄妹は壁にもたれかかりその喧騒を眺めていた。

 

「に、兄さん、シェリーさんは大丈夫でしょうか。医務室で見た時、何だか無理してそうに感じました」

「大丈夫なワケねえだロ。目の前で三人も死んだんだ」

「………わ、私、何もできませんでした」

「……そう思うんなら、もっと強くなるこったナ」

「ネロ!」

 彼達に話しかけたのは、ベガだ。

 その決意したかのような表情に目を細める。最終試合では仲間を助けられなかったことに絶望すら抱いていたようだが、今の彼は覚悟を決めた男の顔だ。

 

「お前にはまたちゃんとした形で決着を着けたい。また会うことがあったら、今度は死力を尽くして戦おう」

「──ハッ。受けて立ってやる」

 

 側から見ればライバル同士の会話だが、二人はまたしても瞬きによるモールス信号で会話を済ませていた。

 

『これからどうするんだ?』

『ダームストラング家に戻って暫く情報を集める。暫くしたらそっちに行くサ』

 

 ベガは頷きを返した。ここにダンテはいないが、念の為の措置である。

 モールス信号が分からないリラは「いつの間にこんなに仲良くなったんだろう」とぼんやり考えていた。

 正直、彼達を信じていいのかどうか、ベガは未だに疑っている。二人を信じたいという気持ちはあるが、その素性は怪しいものだ。何体もの守護霊を操ることができ、その分能力も多彩なネロに、絶対的な防御力を誇るリラ。その能力は異常だし、今回もいいように担がれただけかもしれない。

 けれども、この二人が最終試合で助けてくれたのは本当だ。だからこそ、ベガはこの兄妹を信用するという手段を取った。それが間違いでなかったことを祈るばかりだ。

 猫背でその三人に近付いてきたのは、クラムだ。……神妙な面持ちだ。

 

「ヴェガ。後でシェリーに伝えておいてくれるか」

「何だ?」

「同じシーカー同士、いつか箒で語り合おう。世界最強の座に待つ、と」

「……はは、あいつも随分好かれたな。ああ、伝えておく!」

 

 クラムは頭を下げる。一時はロンとハーマイオニーの不和を生んだ人物だが、何だかんだこいつも良い奴だった。

 と。

 しんみりしたボーバトンの横を通り過ぎると、類稀な美貌の持ち主が声をかける。

 フラー・デラクール。

 彼女の変わらぬ美しさには、どこか翳りがあった。ローズとブルーという妹分を亡くしているのだ、無理もない。

 

「もし例のあの人と戦うことがあったら、私も呼んでくださーい。きっと貴方達の役に立ちまーす。……ダンス・パーティー、楽しかったですよ」

「………ああ、俺もだ」

 強い女性だ、とベガは思う。

 自分に近しい人物が死なれるのはこれで二度目だが、ベガは未だにその感覚に慣れないし、未だに引き摺っている。

 しかし彼女は最初取り乱しこそしたものの、前を向いていた。死を悼み、それでも前へ進む彼女の姿は、掛け値なしに美しかった。それは見た目ではなく、その精神がそう思わせるのだろう。

 

「んふー、しかーしベガ、あなたとても良い男ですね。わたーしが出会った男の中で一番。どうです?わたーしと付き合ってみませーんか?」

「お前はいい女だが俺には釣り合わんな」

「んもう。つれないでーす」

 

 軽いジョークを交えながらのやり取りに苦笑すると、別れの時はやって来た。手を振る彼達に笑顔を返すと、ベガは密かに決意した。

 次にこの国に来る時には、必ず、来てよかったと言える国にすると──!

 

(この対抗試合で俺の理想は砕かれた。仲間を守る?側にいる人間を守ることすらできなかったじゃねえか。

 ……だがこれで終わりにするつもりは毛頭ねえ。ヴォルデモート、その首洗って待っていやがれ)

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 ホグワーツ特急。

 いつものようにはしゃぐ生徒達の喧騒はここにはない。それもその筈、この列車に乗っているのは、護衛の闇祓いが数人と、シェリーだけだ。

 シェリーは大事をとって長い間医務室にいたため、ホグワーツ特急に乗り損ねてしまったのだが、特別措置で列車を走らせることになったのだ。

 友人達と帰ることができなかったのは残念だが、その方が良いとシェリーは思う。きっとダンブルドアからホムンクルス云々の話は聞いただろう、ならばこんな化物と関わり合いになりたくない筈だ。

 それよりも、今は──。

 

「ふ。ふふふ、うふふふっ」

 

 闇祓い達はコンパートメントの外。

 つまりシェリーは一人で座席に座っているわけだが、まるで向かいに人がいるかのようにぶつぶつと喋っていた。

 否。

 彼女には、彼達が見えていた。

 

「大丈夫だよセドリック、心配しないで。ああ、ローズも、ブルーまでそんな顔をして。安心してよ。すぐに害虫どもをそちらに送って断罪させるから。私が奴達を殺し尽くすからさ」

 

──それはセドリック達のゴースト、ではない。シェリーに見えていたのは、彼女の憔悴した心が作り出した幻覚であり、魔法要素など皆無の精神的なものであった。

 

「うまくやるよ、私。頑張るね。

 あの人面獣心のクズどもを、ちゃんと殺すからね!今回はちょっと上手くいかなくて殺せなかったけど、次はちゃーんと生まれたことを後悔させて殺すから!

 ああ、もう、何でそんな顔するの?大丈夫だって、ふふふふ………」

 

 暗い暗い顔で、目に隈を作って、それでも幻覚相手に心配かけまいとシェリーはにこにこと笑う。

 その様は異常の一言に尽きた。

 精神が崩れ、頭痛でロクに睡眠も取れておらず、食事さえ疎かにするようになったシェリーだが、それでも、その瞳の奥底には爛々とした殺意だけが燃えていた。

 狂気の少女は、更なる殺戮を求めて、自ら厄災の檻に囚われる──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言ってしまえば。

 シェリーがホグワーツに通うのは、来年で最後になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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◯ シェリー・ポッター(The homunculus called sherry Potter)

神に呪われた少女。本物のシェリーをベースに、ヴォルデモートによって創られたホムンクルスであり、生まれるべきではなかった女の子。元々闇堕ちしてるような精神状態だったが、セドリックを殺したことで本格的に闇堕ちした。和解(殺す)。

紅い力、憤怒の力を宿しており、紅い力を使うと赤い髪が逆立つようになる。全ての攻撃に『レダクト』が付与される。

 

◯ベガ・レストレンジ(Vega Deneb Lestrange)

今年は世界最強の学生になるという目標に向かって舞台裏でめっちゃ頑張ってた。でも正直こいつちょっと強すぎるので、毎回何かしらのハンデをつけられてる。

いつの間にか若気の至りで背中に刺青入れてた人。もう銭湯行けない。

回避+守護悪霊+時間操作+遠距離攻撃と技が豊富。たぶん格ゲーだと強い。全盛期のベヨネッタとジョーカー足して2で割らない的な……。

 

◯セドリック・ディゴリー(Cedric Diggory)

享年一八歳。

質実剛健な紳士。人に優しくて自分に厳しいが、それ故に好意を抱いていたシェリーに告白できずじまいだった。

何かに特化しているわけではないが基本どんな魔法も使うことができるので、度々シェリーに魔法を教えていた。

 

◯アルバス・ダンブルドア(Albus Percival Wulfric Brian Dumbledore)

賢者であると同時に愚者、ロマンチストであると同時にリアリスト。相反した二つの属性を併せ持つ彼は、そのすれ違いに葛藤しながらも戦うことになる。

 

◯ネロ・ダームストラング(Nero Darmstrang)

闇の勢力側に属しているが、普通の身体を手に入れることを条件に、ダンブルドア側に協力する。

雷魔法、ダメージ肩代わり、探知能力、色んな種類の守護霊を呼べる…など、その能力は多岐にわたる。強すぎねえ?

代表選手最強候補その1。

 

◯リラ・ダームストラング(Lira Darmstrang

オドオドした性格の少女。不器用で、いつもネロの後ろについて回っている。その出身と性格故に友達がいなかったが、対抗試合を通してできた。嬉しかった。

背中に家庭の事情でキツめの刺青入ってる人。もう銭湯行けない。

ドラゴンに噛まれても傷一つつかない特別な身体を持つ、防御に優れた魔法使い。しかしその影響で食欲旺盛。

 

◯ビクトール・クラム(Viktor Klum)

世界最高のシーカーと謳われるストイックな青年。しかしネロとはとある事情で犬猿の仲で、彼と話す時のみ感情的になる。

その気質から、修行好きが多いマホウトコロの生徒達やサーベラスと仲が良い。

 

◯ダンテ・ダームストラング(Dante Darmstrang)

前任のカルカロフを失脚させ、校長に就任した謎多き人物。その思惑は不明だが、ヴォルデモートの復活に協力しているらしい。

 

◯サツマ・ハヤト(Satsuma Hayato)

杖を二本使うことができる魔法使い。近距離戦闘に長けており、魔力で剣を作って攻める。低威力の魔法なら気合で耐えるし、居合切りなどの剣技も全てマスターしている。いや強すぎねえ?

最初に考えた時からまったくキャラがブレていない。コージローとはライバル。

代表選手最強候補その2。

 

◯フウマ・コージロー(Fuma kojiro)

技や速さに特化した魔法使い。近距離戦闘の達人だが、同時に忍術をモデルにした魔法を数多く覚えているのでどんな状況でも戦える。家が代々続く忍者の家系ということもあり坊ちゃん気質だが、誰かを見下すようなことはない。

ヴォルデモートと髪型が似てるが別に関係はない。代表選手最強候補その3。

 

◯ミカグラ・タマモ(Mikagura Tamamo)

狐と人間のハーフ。そのため、狐に変身して遠距離から攻撃することができる。魔法の弓を使うため、その軌道は千変万化。

ハヤトとコージローとは幼馴染で、二人の抑え役として奔走してきたせいか、面倒見の良い姉御肌。でも彼女も結構脳筋。コルダとは似た能力ということで師弟関係になるが、脳筋同士気が合ったのかもしれない。

多分、挿絵を見て「えっ変身したらこんな感じになるの!?」って思った人は多い。

 

◯オダ・ナギノ(Oda Nagino)

予想以上に出番がなかった人。

稀代のうつけ者の将軍を祖先に持ち、途中で酒好きの鬼の血が混じったために小柄な身体をしている。フリットウィックが密かに惚れていた。

 

◯フラー・デラクール(Fleur Delacour)

ヴィーラ血を引く絶世の美女。その美しさに嫉妬し虐められていた経験があったが、生来の器量と実力を持ってしてボーバトンの女帝に君臨した。そのためか、ローズとブルーを気にかけていた。

 

◯ローズベリー・フロランタン(Roseberry “Rose” Florentin)

享年十七歳。

親に虐待されていた過去を持つ。警戒心が強く人を中々信用しない人物だが、一度心を許した者には優しい。シェリーとの和解が彼女達の心をほぐし、彼女達の周りに対する態度も軟化していった。以降はシェリーガチ勢になる。

双子とはいえ姉という意識があるのか、ブルーに比べ若干活動的な性格。

 

◯ ブルーベリー・フロランタン(Blueberry “Blue” Florentin)

享年十七歳。

花魔法の使い手。悲惨な人生を送ってきたため、心を許せる友達に憧れており、対抗試合には自分達を認めてほしいという一心で参加した。そのため、シェリー達が参加した時は私達はあんなに頑張ってようやく選ばれたのに、という焦りと憤りがあったため辛く当たっていた。

ローズに比べ少し内向的な性格。

 

◯オリンペ・マクシーム(Olympic maxim)

ハグリッドといい感じだった人(?)。

彼女の教育者としての優秀さは五校の中でも群を抜いており、あのマクゴナガルが尊敬の念を抱くほどの徹底した指導ぶりを見せる。ローズとブルーも彼女に救われており、尊敬している。

 

◯バーニィ・レオンベルガー(Berny Leonberger)

新進気鋭のロックバンド、ザ・サーベラスのボーカル兼リーダーを務める女性。

派手なメイクとは裏腹に真面目な性格。彼女の爆音呪文は圧倒的な破壊力を誇り、火力だけなら代表選手でも上位である。

守護霊は「モヒカンみたいなトサカの鶏」であり、爆音呪文の威力を底上げすることができる。

サーベラスとはケルベロスのラテン語読みであり、彼達の名前は犬種がモデルとなっている。

 

◯サモエド・バーナード(Samoyed Bernard)

個性がないのが個性。ベース担当。バーニィとは音楽性の違いでよく衝突する。曲作りはこいつ主導でメンバー全員と相談しながら行う。

 

◯マスティフ・ファンドランド(Mastiff Fundland)

落ち着いた性格。ドラム担当。メンバー内で衝突した時にストッパー役になる。星型のメイクの方。

多分こいつの名前をフルネームで言える人いないと思う。

 

◯セイラム・ウィリアムズ(Salem Williams)

小太りの黒人男性。見た目は悪役そのものだが根は優しく生徒思い。

名前の由来はアメリカの魔女裁判、セイラム裁判とそれに関わった人物であるアビゲイル・ウィリアムズから。

 

◯ハリー・ポッター(The homunculus called Harry Potter)

神に愛された少年。プライドが高く、自分以外全ての人間を見下している。その一方で自分の力をこの世界に証明してやりたいという欲求もある。

まさかこいつが出てくるなんて誰も予想できねえだろ!って思ってたらコメント欄で結構予想してる人いたことにびっくり。

紅い力、暴食の力を宿している。

 

 

『難易度上昇』

ハード(1〜2巻)

ベガやコルダ等のお助けキャラがいなければ攻略は難しい。

→ベリーハード(3巻)

お助けキャラがいても攻略が難しい。グレイバック強すぎ。

→ルナティック(4巻)

もはや誰かが犠牲にならないと一年を過ごすことすらできない。絶対に誰かが死ぬ。

 




シェリーとベガを絶望させたいという一心で小説書いてたらすげえもんできた……。
他の小説書いてる時も思うんですけど、どうやら私はメインキャラが絶望したり闇堕ちするのが好きみたいです。
やたらとシェリーは優しいって描写してたのは今年で闇堕ちしてもらうためです。初期はシェリーが普通でベガがやべーやつって感じだったのに、三年のボガートあたりから立場逆転してんな。


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閑話
Episode of Emil


 アズカバン。

 極悪な犯罪者達を閉じ込める、魔法界きっての牢獄。その防衛機構は凄まじく、魔法界一と謳われるほど。

 だが、近年ではその隙のなさが仇となってしまっている。

 なまじ世界一の牢獄であるが故に、限られた者以外手出しができないのだ。将来的に闇の帝王に与するような輩を今のうちに始末しようと思っても、誰も殺せない。

 闇の帝王が復活した今、彼達の処分も検討しなければならないが、上に掛け合っても『アズカバンは世界一の牢獄だからわざわざ殺さなくても大丈夫』の言葉のみ。

 確かに人道的かもしれないが、今の状況でそれはあまりに呑気すぎる。しかし闇の帝王が復活したと吹聴すれば、消されるのはこちらだ。

 

 そんな、あらゆる思惑が混ざり合った場所に、女性的な見た目の闇祓い──エミル・ガードナーはやってきていた。

 ある男と、面会をするためである。

 

「お前、良いなあああ!良い顔だ!中性的で俺好みの顔だ、いいねいいねぇ!」

「君みたいなクズに好かれても嬉しくないですけどね」

「その糞生意気な性格もいいねぇ!屈服させたくなる!ああァ、お前は狙撃手だから直接ツラ付き合わせて戦うわけじゃねぇのが残念だぜ!」

 

 フェンリール・グレイバック。

 今アズカバンから脱獄させてはいけない人物の筆頭に当たる男だ。

 彼は吸魂鬼のキスを受けるに相応しい程の罪を重ねてきた男だが、それでもこうして生きているのは、魔法省に潜んだ死喰い人達の介入に他ならない。

 

(──魔法省については、今はいい。今はこいつから情報を聞き出すべきだ──)

 

 思考を切り替えると、エミルは意を決したように尋ねた。

 

「クリシュナ・テナを殺した人物に心当たりはありますか」

「あ?あー……」

「闇祓いの女性です。……七年前に彼女は死喰い人の手によって殺されました。僕はその犯人を探しているんです」

 

──七年前。

 当時まだ魔法の力に目覚めていなかったベガ・レストレンジ、マグルのシグルド・ガンメタルの二人を誘拐した死喰い人の残党がいた。

 クリシュナ・テナとアラスター・ムーディー率いる闇祓い達は死喰い人が潜伏していると思しきアジトを二つ突き止め、二手に分かれて捜索した。

 子供二人が捕まっていたのはムーディーの方だった。しかし、そこで彼達は何もすることができなかった。

 保護対象だったシグルドは死に、死喰い人達はベガの覚醒した魔法によって倒されていた。ムーディー達が来た時には全てが終わっていたのだ。

 ムーディー達は自分達の無力さを呪い、そして恥じたが、本当に絶望したのはその後だった。

 

 クリシュナ・テナが殉職したのだ。

 

 もう一つのアジトにも死喰い人が潜んでいたのだ。クリシュナ達はそこで死喰い人達と交戦。闇祓いとして申し分ない実力の彼女だったが、死喰い人達はよほどの手練れだったのか返り討ちに遭ってしまった。

 明るい人柄で人々を元気づけ、闇祓いの皆から姉御的存在として慕われていた彼女の死は、多くの人々に影響を与えた。

 上司のムーディーは自身の選択を後悔し、闇祓いを引退した。

 義妹のチャリタリ・テナは悲嘆に暮れ、いつしか髪を切って彼女の真似をするようになった。

 エミル・ガードナーはといえば、覚えたての酒をあおることしかできなかった。

 自分は何もできなかった。死に目に立ち会うこともできず、可愛がっていたチャリタリに闇祓いなどという道を歩ませて。

 後の世代が幸せになれるのならば、喜んでこの身を差し出そう。

 傷つくのは自分達だけでいい。そう思い、闇祓いに志願し、苦手だった勉強も人一倍努力して(周りには隠しているが)、ようやく闇祓いになれたというのに、その結果がこれだ。

 せめて。

 せめてクリシュナを殺したクソ野郎の正体を探り当てなければ、彼女が、あまりにも報われないではないか――!

 

「そいつ殺したの、俺かもなあ」

「………………」

「いやさ、俺その誘拐の手助けしてたんだよね。そいつとは仲良かったからさ。で、近くのアジトで休憩してる時に闇祓い連中が来たから返り討ちにしてやったんだけど、まさかお前の知り合いだったなんてなぁ!」

「…………………………………」

「もしかしてアイツ、お前の恋人だったのか?ハハッ、それは悪いことしちまったなあ!せっかくだから教えてやるよ、アイツは殺される直前に自分の家族の名前を言ってな、それはもう最高に滾ったぜ!そこで俺はじわじわと――」

「それ以上言うんじゃねぇ!!」

 

 普段の人を食ったような態度をかなぐり捨てて、エミルは激昂した。

 この男は。

 この男だけは──!!

 

「てめえ、ふざけやがって、よくも、よくもクリシュナを!!」

「ヒャハハホウ!悔しかったら殺しに来ることだなァ!」

「ああ!?今ここで殺してやろうか!!」

「おいよせエミル!!おい、連れてけ!面会は終わりだ!!」

 

 暴れるエミルを、同僚の闇祓いが何とか押さえつけて退室させる。普段の彼からは想像もつかない動揺ぶりに、流石の精鋭達も面食らっていた。

 後日。

 魔法省の、人気の少ない廊下で、エミルは上司のアレンに感情をぶつけていた。

 

「──なんであの男に『吸魂鬼のキス』を執行しないんですか。あいつは確認できるだけでも数百人近い人々を殺しているんですよ!?シリ……パッドフットにはすぐにキスの許可が下りたくせに!」

「……上からの指示だ、としか答えられないな」

「ああ、クソッ、またそれだ。死喰い人がアズカバンを私物化して、ファッジは保身のために意味不明な政策を行って!権力があるべき形で使われていない……!!」

 

 アレンは感情的になったエミルを咎めることができなかった。彼の指摘はまさしくその通りだったからだ。

 ファッジはヴォルデモート卿復活を未だに信じていない。つまり、闇の勢力にとって今の魔法省は絶好の隠れ蓑なのだ。ファッジ派、ヴォルデモート派、ダンブルドア派……結束すべき時に、あまりにも混沌としすぎている。

 そして。

 闇の勢力の大半がアズカバンにいると分かっていながら、全く手出しできないというのは、歯痒いものがあった。

 

「こんなの……チャリタリに言えるわけがない。姉同然に思っていた人を殺した人物が、今もあそこでのうのうと生きているだなんて!!」

「…………」

「僕だって、悪人が罪を悔い改めるならそっちの方が良いですよ。

 でも罰を与える筈のアズカバンは死喰い人達の管轄で、例のあの人の戦力を整えるためだけの施設に成り下がっている!!

 これじゃあ闇祓い達が骨身を削って奴達を捕まえているのが馬鹿みたいじゃないですか!?こんなのおかしい、間違ってますよ……!!」

 

 ギリ、と歯噛みするエミル。

 アレンはそんな彼に言葉をかけようとして──押し黙った。

 

「ェヘン、ェヘン」

「……………」

「あら?闇祓いのトップツーがこんなところで何をしていらっしゃるのかしらン?」

 

 でっぷりとした、意地の悪い笑みを浮かべた中年の魔女。

 シレンシオで会話内容は聞かれていない筈だが、アレン達は動揺を見せず、いつも通りの営業スマイルを浮かべた。

 

「……いやぁー、報告書を纏めてたんですけど、書き間違いがあることに気付いちゃってー。あははー」

「徹夜明けでボーッとしていたようで、お恥ずかしい。ファッジさんに会わせる顔がないぜ」

「…………あらそう?それならよろしいのです、おほほほほ」

 

 ガマガエル女を見送ると、アレン達は嘆息する。こうした『魔法省への忠誠心があるかどうかのチェック』も、今月に入って三度目だ。よほどファッジは臆病らしい。

 選定の時は始まっている。

 ファッジの派閥に属しないと判断された者は、秘密裏に消されるだろう。

 馬鹿げている。ヴォルデモート卿と戦って死ぬのではなく、味方の筈の人間に謀殺される可能性があるのだから。

 しかし──

 

「なあ、エミル」

 

 一度この道を進むと決めた以上、理想と違っていたからといって、簡単に道を変えるわけにはいかない──!

 

 

 

 

 

「一緒に魔法省、ぶっ壊さないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

『シェリー、初めてのバイト大作戦?』

 

 

 

 ホグズミードにはパブが三つ存在する。

 幅広い年代層に愛され、暖かいバタービールが人気のマダム・ロスメルタが経営する『三本の箒』。

 村の外れにひっそりと佇み、隠れ家的人気を誇りコアなファンを獲得している『ホッグズ・ヘッド』。

 そして、どっちつかずの経営で鳴かず飛ばずの『パディフットカフェ』だ。……いやパブじゃねえじゃん喫茶店じゃんという指摘は無視する。

 

(ああ〜……今日も客来ないなあ……)

 

 天下のホグワーツのお膝元に位置するホグズミードなら、きっと商売繁盛間違いなしと踏んだパディフットだったが、現実はそう甘くはなかったようだ。

 魔法界にはユニークな店が多く、子供達は面白さを求めて店にやってくる。しかしパディフットの店は大して目ぼしいものもなく、新鮮味に欠けるのだ。

 だから開店当初からあまり客もやって来ていないし、細々と続けているのが現状というわけだ。

 

「ああ……なんかこう……売れる要素が何か一つ欲しいなァ。看板娘とか……。いやいや、そんな可愛い子簡単に見つかるわけないかー」

「ふんふふふーん」

「いたーっ!!!」

「え!?わあっ!?」

 

 パディフットの目に入ったのは、赤い髪の美少女だ。白い雪の中に映える情熱的でありながら優しさに溢れた赤、しかし湖畔に咲く花を思わせる静謐さ、可憐さ。

 まごうことなき美少女だ!

 彼女こそ看板娘に相応しい!

 

「ウチでバイトしないかい!?」

「えっ、あっ、はい」

 

 それからは早かった。

 彼女には特製のメイド服を着てもらうことになった。

 

 まず、まだ十代半ばの可憐さを活かすならクラシカルよりもフレンチメイドの方面を攻めるべきだ。ミニスカートとフリルは彼女の可愛らしさをより際立たせることができる。

 しかし女性の美しさを際立たせるのも重要だが、安易なエロティカル要素ではシェリーの魅力を引き出すことはできまい。そこでパディフットはドイツの民族衣装、ディアンドルを参考にした。今でも稀にビールガールなどが着用しているアレだ。

 そしてシェリーの少女としての可愛らしさを強調するために、前開きのボディスではなく首元まで留められているタイプのものを採用。そして寒いのは嫌だろうと、手先まですっぽりとフリルが包むような形状にした。

 ここで悩んだのがスカートだ。

 当初はミニスカートの予定だったが、装飾を華美にしていくと大きくなりすぎる上に嵩張ってしまう。上半身とバランスが取れなくなるのだ。しかしパディフットとしてはミニスカートだけは譲れない。

 となれば、ビクトリア風の広がったスカートで幅を持たせるしかないだろう。すらりとした上半身、ゆったりとした下半身。最高のバランスだ。

 無論、ミニスカであればニーハイも欠かせない要素だ。白か黒か迷ったが、ここは王道を取って白。そしてこれは完全に趣味の要素だが、脚には飾りのナイフを着けてもらうことにした。脚部にアシンメトリーを作るため、あとカッコいいからだ。

 ヘッドドレスはシンプルなものを選ぶ一方で、髪型には注力した。普通のロングヘアも良いが、メイドと三つ編みの相性は抜群なのでやっておいた方が良いだろう、という目論見である。片方の耳を見えるように髪をかきあげて三つ編みにする。取り敢えず左右非対称にしとけば間違いないというアシンメトリー理論である。

 完成した。

 これが新生・メイドシェリーだ!!

 

「わっ……わぁ、なんかちょっと恥ずかしいですね」

「その恥じらってる姿もグーよ!!」

 

 かくして、新メンバーを加えての新生パディフットカフェがオープンした。

 シェリーの働きぶりはすこぶる良い。彼女は積極的に仕事を探してはそれをこなすし、客に対して心からの笑顔を浮かべる。

 正直見た目の採用だったが、てきぱきと働く彼女を見て、スカウトしてよかったと心から思うのであった。

 

「いやああの子には本当に世話になりっぱなしだなあ、シェリーちゃんが来てから店の売上が見違えるように上がった」

 

 シェリーの看板娘としての効果もあるだろうが、そもそも彼女はダーズリー家で長年働いてきた経歴がある。掃除や料理は勿論、接客に至るまで飲食店には欠かせないスキルをいくつも持っているのだ。

 事実、彼女は接客メインのメイド業務の他にも様々な雑事を率先して行ってくれている。その働きぶりが評判となり、客足も伸びてきているというわけだ。

 

「これからもこの調子で頼むね」

「はいっ!頑張りますっ!」

 

 と。

 新しい客がやってきた。

 シェリーはぱたぱたと駆け寄って、その客に笑顔を振りまいた。

 

「いらっしゃいませー!」

「ふはははは!来てやったぞシェリー!」

 

 ヴォルデモート卿がやってきた。

 何でこんなところに来てんだ。

 

「は?何でお前がここに来るんだ。お前のような塵虫風情が、まさか食事をとれるとでも思っているのか?おこがましい。よもらここまで厚顔無知で恥知らずだとは想定していなかったよ。早く失せろ、飯が不味くなる前にな」

「はっはっは、随分な言いようだな。だが良い、毒舌ツンデレメイドというジャンルには前々から興味があった」

「黙れ。死ね。それともここで私が殺してやろうか」

「シェ、シェリーちゃん!?さっきの態度はどうしたの!?お客様の前だよ!?」

「……いらっしゃいませクソ野郎。どうぞくたばりやがりませ」

「シェリーちゃああああああん!?」

 

 さっきまでの笑顔はどうした。

 その接客とかけ離れた狂気の表情に、パディフットはおろかシェリー目当ての客達もなんか轟沈していた。

 

「お、俺達のシェリーちゃんが……」

「でもあの顔も意外と良くね?」

「踏まれたいよな」

 

「シェリーよ、お前のその態度こそがまさしくツンデレなのだと分からんのか?」

「は???」

「他人にはいつも笑顔で接するくせに、特定の個人に対しては刺々しい態度を取ってしまう……これが恋でなくてなんなのだ」

「これは殺意と言うんだ、無知な馬鹿にものを教えるのも一苦労だな」

「愛いやつめ!ではこの俺様が直々に注文してやろうではないか!」

「どうでもいいが注文するならさっさとしろ、そして消えろ。お前の無駄に大きく人を不快にさせる声は他のお客様のご迷惑になる」

 

 シェリーの視線など意に介さず、ヴォルデモートはメニュー表を指指して。

 

「──この『メイド特製ハートマーク付きオムライス』とやらを頼もうではないか」

「………………」

「あとスマイル!」

「…………………………」

 

 びきびきと、顔に血管を浮かべながらシェリーは口角を吊り上げる。

 笑顔というか、口元が獰猛に開いた凶悪な何かにしか見えないが、ヴォルデモートはそれでも面白いのかゲラゲラと笑った。

 かくして、シェリーは手早くオムライスを作る。相手が憎むべき怨敵とはいえ、手を抜かないのは真面目というべきか。

 

「お待たせしましたボケ野郎」

「許す。だが、確かこの店は美味しくさせるサービスがあった筈だが?」

「……汚威死苦無鴉零(おいしくなあれ)

「シェリーちゃああああん!!?」

「はっはっはっは!!面白い!!この店、実に気に入ったぞ!!!」

「黙れ殺すぞさっさと帰って死ね」

 

 ヴォルデモートは意外にもオムライスをパクパク食べた。食材こそ普通レベルだが、シェリーの腕にかかればその味もかなりの物になる。

 美味い!

 簡素な料理だが、しっかりと味付けもされていて普通に美味しい!

 ヴォルデモートはオムライスをペロリと平らげると、優雅な所作でナプキンで口元を拭く。満足げに微笑むと、ヴォルデモートはとんでもないことを言い出した。

 

「非常に良い食事だった。シェリー、貴様を俺様専属のメイドに任命しようではないかァ!!」

「………なんだと………?」

「はっはっは!喜べ!!俺様の下で働けることをなあ!!」

 

 何言ってんだコイツ、と誰もが思った。

 ヴォルデモート卿はその場のテンションで物事を決める傾向があるが、力と知恵は天才故に始末に負えない。

 しかしそんな異様な雰囲気の中、シェリーだけは怒りに身体を震わせて……。

 

「『非常に良い食事だった』……?それはご馳走様という意味か!?」

「そうだが?」

「まだ野菜が残っているだろうが!!!」

「んっ?」

「え、キレるとこそこ!?」

「黙れそこに座れ!!」

「いやもう座ってるが」

 

 シェリーは激怒した。

 必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。シェリーには政治がわからぬ。シェリーは、村の牧人ではない。笛を吹き、羊と遊んで暮らしてきたわけではない。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

 

「農家の方々が端正込めて作ってくださっている野菜を、貴様がどんな想いで残すという発想に至ったのか、私には到底理解できん!食物を残すというのは到底許し難い大罪だ!!苦手なものがあるならそもそも最初から頼むな!!!野菜抜きの料理くらい作ってやる!!!」

「貴様は俺様のお母さんか何かか!」

「誰がお母さんだ殺すぞ!!

 というかブロッコリーが嫌いとはどういうことだ!!あれは栄養価も高く身体の調子を良くする根菜なのだぞ!!クズめ……度し難い醜悪な男とはいえ、ここまで言わねば分からんか!!」

「いやそこまでキレなくても……」

「聞いているのか!!!」

 

 ヴォルデモートは母親がいなったのでシェリーというお母さん的存在になんかちょっといい感じの感情を抱いていたのでちょっと嬉しそうだった。

 彼女は私の母親になってくれるかもしれない女性だ!

 

 パディフットはといえば、そんな二人を見て新たな感情に目覚めていた。

 

「シェリ×ヴォル……アリね!」

 

 後日、マダム・パディフットは店をカップル向けの店舗に改装。それ以来客足は見違えるように伸びたのだという。

 

 

 




なんだこれ。

書いてて思ったんですが、シェリーが唯一感情的になる相手がヴォルデモートで、ヴォルデモートも好きな子にちょっかいかけるみたいな雰囲気出してて……これは面白い組み合わせだな……っておもた。

メイド服は完全に私の趣味です。
キャラデザインに悩んだ時は取り敢えずアシンメトリーにしとけば間違いないってばっちゃが言ってた。


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ORDER OF THE PHOENIX
1.グリモールド・プレイス


 奴達を殺す。

 私が殺す。

 ヴォルデモート卿とその従僕どもを、私が駆除しなければならない。私一人でやらなければならない。私なんかに良くしてくれる優しい人達の手を、あんな害虫に触れて汚させるわけにはいかないから。

 他の人達を巻き込んではならない。

 殺して、殺して、殺し尽くす。

 そして奴達を殺した後、私も死ぬ。

 それでやっと、腐った塵虫はいなくなり美しい世界が完成する──。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

(…………ッ)

 

 シェリーは微睡みから覚めた。

 ダーズリー家の庭、植え込みの陰で眠るのが夏休みの彼女の日課だったのだが、その優雅なひとときは最低の悪夢によって妨げられる。

 ローズが水魔法で溺死した光景。ブルーが魔法の槍を何本も突き立てられた姿。セドリックをナイフで刺した時の感触。

 忘れることなどできない。あの惨劇からまだ一月と経っていないのだから。

 

「…………ハァ………」

 

 知らず、溜息を吐いていた。

 あの日以降、眠ってもあの時の悪夢ですぐに目が覚めるようになったし、食事も喉を通らなくなっていった。

 睡眠不足に栄養不全。

 大人と子供の境界線に立つシェリーの貌には、可愛らしさの他に美しさが混ざるようになっていったが、目元の隈と病人のように白い肌が彼女の美貌に陰を落としていた。

 まあ食事に関してはダーズリー家では元々大したものを食べてはいないし、顔についても別段こだわりはない。だが、これではヴォルデモート卿を殺すどころではない。生ゴミでもいい、何か栄養のあるものはないかと街へ出ることにした。

 しかしまあ、間が悪いと言うべきか。辺り一帯では美化キャンペーンなるものが行われているらしく、目ぼしいものは見つからなかった。しょぼくれて、近くの公園で一息つくことにした。

 

 あれから魔法界からの連絡はない。

 ダンブルドアからの緘口令でも敷かれているのか、シリウスからの手紙が届く以外は何も送られてこない。似たようなことは二年時にもあったが、ドビーがまた同じことをすることはないだろう。

 シェリーはそれが歯痒かった。

 魔法界から断絶されたような気分だ。それ自体は別にいいのだが、有益な情報が何も入ってこないというのは、堪える。

 しかもマグル界では魔法の練習をすることができない。今こうしている間にも闇の勢力は増長を続けているのに、自分はただ一日をボーッと過ごすだけ。

 

(私は何を……)

「オイオイオイ、シェリーッ。何してんだお前何してんだオイ」

「ダドリーに、ピアーズ?他にもたくさんいるね……」

「さっきまで遊んでたんだよ。おい、ちょっと来いよ。可愛がってやる」

 

 彼達の瞳に何やら妖しいものを感じたが、断る理由もないし、いざとなれば魔法でどうとでもなると判断。シェリーはベンチから立ち上がって──

 

「………?おい、何か寒くないか?」

「……シェリー!?お前何かしたか!?」

「いや、私は何も……でも、この気配は、まさか吸魂鬼!?」

 

 シェリーの疑惑に答えるように、黒い霞のような生物、吸魂鬼が現れる。空気が冷えて恐怖が訪れ、絶望をもって支配する。

 しかし、吸魂鬼がいくらまだまだ謎の多い生物とはいえ、マグルの街のど真ん中に現れるなどあまりに非常識だ。何者かの意思を感じる──。

 

「何故ここに……!?エクスペクト・パトローナム!!」

 

 シェリーは銀色の鹿を呼び出した。

 彼女の守護霊は、三年生の時に百体近くの吸魂鬼に囲まれながらも顕現した、という経緯もあってとりわけ強力だ。

 公園内を縦横無尽に駆け回っては、吸魂鬼達をたちまち殲滅する。

 

(あれ?姿が変わってる……)

 

 以前出した守護霊は、『牡鹿のツノが生えた牝鹿』だった筈だ。小柄な身体に不釣り合いな大きなツノが生えた鹿こそが、彼女の守護霊だった。

 それが今では、小柄な牝鹿には変わりはないが、ツノの代わりに蛇が生えて毒々しい見た目に変わっているではないか。

 以前の守護霊は川のせせらぎを思わせる静謐さがあり、見る者に安らぎを与えていた。しかし今はどうだ?廃水まみれのドブ川の如き醜悪な見た目、面影などどこにもない。

 守護霊は部分的な魂の発露。魔法使いの精神状態で姿を変えることもあるというが、こうまで様変わりするものか。

 おそらくは、先日の出来事がシェリーの精神に影響しているのだろう。

 

(まあ、どうでもいいか)

 

 そうだ、それは問題ではない。

 ダドリー達の方をチラリと見やる。吸魂鬼にやられて気絶しているようだ。

 無理もない、魔法力のないマグルがあれに遭遇すればその苦痛もその非ではない。気絶で済んだだけまだマシな方だ。

 そう、問題は──。

 

「フリペンド!!」

「ッ!くっ………!!」

 

 シェリーは射撃魔法でダドリー達の少し近くの空間に攻撃する。すると、何もなかった所からくぐもった声が。

 あれは透明マントだ。吸魂鬼で感覚が鈍った隙にダドリー達を人質にするつもりだったのだろうが、ここ最近の悪夢で吸魂鬼の恐怖にも若干の耐性を得ていたシェリーには通じなかった。

 見渡せば、公園中を取り囲むように立つ死喰い人達が。

 

「来たか。いずれ来るとは思っていたが、意外と早かったな」

「やだねー、最近の若い子はすーぐ感情的になっちゃうんだから。オジサンを見習ってもっと落ち着きを持ちなよね」

 

 死喰い人達の数は目立つのを避けるためか十人程度。しかし少数精鋭なのか、その立ち回りは強者の空気を感じさせる。

 とりわけ注意すべきは、あの男。

 中年のすらりとした男性で、口元にニヤニヤ笑いを浮かべてはいるが……瞳だけが全く笑っていない。

 

「我達が帝王の指示でねー、帝王のところに君を連れてこなきゃいけないのよ。

 だからシェリーちゃん、このドロホフおじさんに倒されてくれなよね」

「………ドロホフ………?アントニン・ドロホフか?奴はアズカバンの筈……」

「やだなー、あれは影武者だよ。魔法を使えばいくらでも影武者はできるよん。ま、それ相応の金と手間はかかるけどね」

 

 アントニン・ドロホフ。

 聖28族に属していないにも関わらず、純血を重用する傾向のある死喰い人の中でも幹部の座を得ている人物であり、その実力と策謀を以ってして成り上がったイレギュラーでもある。

 たしかドロホフという名前は北方の姓のはずだが、ダームストラングからはるばるヴォルデモートを訪ねてきたらしい。先見の明があるというか、勝ち馬を見定める能力が高いというか。

──関係、ない。

 今から死ぬ男の身の上話などいらない。

 殺してやる、殺してやる、と殺意を昂らせて、怒りのままにその力を解き放つ。

 

「──『紅い力』、解放!!」

 

 シェリーの赤い髪は、禍々しい紅へと変貌を遂げる。人相が変わり、吊り上がった瞳は昏い闇を思わせるように変貌する。

 次いで、シェリーの杖先に五つの魔法陣が固定される。これは魔法砲台──!

 

「『オルガン・フリペンド』!!」

 

 シェリーの得意とする破壊攻撃。

 追加効果で、シェリーの魔法にはレダクトが付与される。一度の攻撃で二回分のダメージがあるということだ。

 それが何砲もの魔法陣から発射されるとなれば、その破壊力は計り知れない。遊具は軒並み壊され、後に残るのは灰塵のみ。

 今のシェリーを前にして防御などあり得ない。一度でも攻撃を喰らえばたちまちやられてしまう。

 

「やだやだ、怖いねえ」

「随分としぶといな、害虫どもが」

 

 死喰い人達は姿あらわしを多用してその銃撃の嵐を避ける。シェリーの魔力が切れるのを待っているのだろう。

 かくいうシェリーも、ダドリー達を守りながら戦う必要があるためその行動には制限がかかってしまう。仕方なしに、守護霊にダドリー達を任せることにした。

 紅い力で身体能力も向上しているのか、数メートルもの高さを跳び上がると、シェリーは得意とする早撃ちを放つ。

 しかしそれを読んでいたと言わんばかりにドロホフは同じタイミングで魔法を放ち、それを相殺する。

 

「オジサンもこう見えてバトルには自信があってね、若い頃はブイブイ言わせてたんだよね。前の魔法大戦では『強欲』の力を持たされてたのね」

 

 背後から気配を感じ、咄嗟にフリペンドを放つと、死喰い人達が同時に放った魔法を相殺した。

 しかしその衝撃までもを消し去れるわけではなく、シェリーの矮躯は吹き飛ばされる。それを閉じ込めるように球形の盾の魔法が彼女を包む。

 

「でもねー、オジサンってば自分が前線に出るタイプじゃないし、どっちかてーと知略タイプなのよね。だからオジサン、新入りの子にあげちゃった。

 オジサンの武器は、魔法の力じゃなくてこの頭脳だからねえ!!」

 

 球形の盾の魔法の中に放り込まれたのは、コンフリンゴ。濃縮された爆発が盾の中で何倍にも増幅されて彼女を襲う。

 間一髪、シェリーの破壊力が盾を破る。

 ごろごろと地面を転がり、キッとドロホフを睨む。強い。

 パワーや魔法力ではない。その強さの本質は『強かさ』だ。

 

「糞どもが……!!一掃してやる、『オルガン』……」

 

 放つ寸前に気付く。

 この立ち位置からでは、ダドリー達を巻き込んでしまうことに。

 一瞬の躊躇の後、魔法を切り替え、ステューピファイを放つ。しかしそれは死喰い人の呼び寄せた瓦礫によって防御された。

 

「人間ってねー、相手が多いとついつい近くにいる人間から攻撃しちゃうものなのよ!」

「猪口才な手を使いやがって……!!」

「ほらほら、そんな体たらくだとうっかり殺しちゃうよ?アバダケダブラ!!」

「!!………!?な、何で!?」

 

 放たれた緑の閃光をシェリーは難なく躱すものの、遊具に衝突すると巨大な魚へと形を変え、獰猛にシェリーへと飛来する。

 確かにアバダケダブラと発音した筈なのに、杖から放たれたのは変化の呪文。どういうトリックだ?

 

(……まさか、口ではアバダケダブラと言っておきながら、『無言呪文』で変化の呪文を唱えていたということ!?

 まずい──どんな攻撃で、何をしてくるかが読めない!!)

 

 ハーマイオニーと同じく、技量が高いタイプの魔法使い。魔法の強さではなく、魔法の使い方を重視する魔法使い!

 飄々としている好々爺だが、単純な戦闘技術ではシェリーより数段優っている。

 悪寒がしてダドリー達の方を見ると、変化させた魚はダドリー達のところへと向かっている!

 

「糞がッ、フリペンド!!」

 

 シェリーは慌てて魔法の魚を消滅させる。

 だが、それこそがドロホフにとっての絶好の機会だ。

 

「はい隙ができましたよっと!」

「がッ………!!」

 

 後頭部に走る衝撃。直撃こそ避けたものの、ステューピファイで身体が痺れてしまう。

 

「ンッンー、シェリーちゃん、まだまだ力の使い方がなっちゃいないねェ。紅い力を使う幹部はこんなもんじゃないよ。その調子じゃ君、紅い力をどう伸ばしていくか聞いてないでしょ」

「くッ、………、………伸ばすだと?」

「ま、それはおいおい帝王に聞いてねン。じゃっ、連行を──」

 

 言いかけて、ドロホフはその違和感に気付く。

 小型化した『敵鏡』に人影が映っていたのだ。

 内心で懸念していた、闇祓い達がシェリーの護衛をしているという可能性。その懸念から、ドロホフは攻撃ではなく回避を選んだ。

 空気が揺らぐ。

 先程までドロホフがいた空間がねじ切れた。

 現れたのは褐色の女闇祓い、チャリタリ・テナ。そして派手な髪の女性に、闇祓い達が十人ほど。

 

「まさか、あんた達が出張ってくるとはね」

「……邪魔しやがって、ガキどもが。

 まっ、いいよん。オジサン達はここで帰るとするよ。得られた情報は大なり!皆んなー、引き上げるよー」

「っ、待て!!まだ私は──」

「その身体じゃ無茶だよ、下がってて!追うよ!!」

「ぐ……」

 

 チャリタリ達はドロホフ率いる闇の勢力を追っていく。

 何だ、このザマは。

 闇の勢力を皆殺しにすると言いながら、たかだか十人程度の死喰い人すら殺せないとは。

 

(糞、糞、糞ッ!こんな筈じゃ……!!もっと、もっと力が要る……!!)

 

 駆け抜ける焦燥がシェリーを襲う。

 この世界で傷つくべきは、自分と、無辜の民を傷つける悪党どもだけであるべきなのに。あろうことか他者の手を煩わせてしまうとは……!

 四の五の言ってられない、紅い少女は早急に力を得るという断固たる決意を掲げる。

 もう誰も殺させないために。

 シェリーは邁進し続ける。

 

 たとえその先に破滅が待っていようとも。

 

「シェリー、シェリー?聞こえてる?」

「……あなたは?」

「初めまして、だね!私はニンファドーラ・トンクス!トンクスって呼んで!つーかニン……名前の方で呼ばないで!」

「そう、よろしくね」

「実はシェリーとは一年だけホグワーツの在学期間が被ってたんだけどね。まっ、それはチャリタリも同じか!ああチャリタリと私は同期で…ってそれはいいか。

 ダドリー?だっけ?のお父さんへのフォローは任せてよ!これでも社会人だからさ!」

(大丈夫かなあ……)

 

「帰ってきたダドリーが気絶して貴様ッおい貴様ッ殺すぞダドリー貴様殺すぞダドリー!!」

「あー、お父さん、落ち着いて話を……」

「お前にお父さんと呼ばれる筋合いなはいんですけどおおおおお!?」

 

(やっぱり……)

 

 溺愛する息子が酷い状態で帰ってきたとあって、バーノン氏は大層怒り狂っていた。

 そりゃそうだ。

 

「気持ちは分かるけどさ、これはね……」

「わしの純情で繊細な気持ちが貴様達なんぞに分かってたまるか!!!」

(乙女かよ)

「可愛いダッダーを傷つけた貴様達にナイフぶっ刺してやりたいわ!!!」

(メンヘラかよ)

「そうよ!!早く出て行って!!!」

「あ、ペチュニアさんだっけ?ダンブルドアからの伝言。『わしの最後のあれを思い出せ』だって」

「………!!」

「?」

 

 ペチュニアは青白い顔を更に青くさせた。

 それからしばらく考え込んで、

 

「………バーノン、やはりこの子をここに置いておきましょう」

「!?何を!?……弱みでも握られているのか!?」

「この子を追放したとあらば、そう、ご近所から何て言われるか分かったものじゃないわ」

「し、しかしだな」

「パパ、今回の件に限っては、シェリーは寧ろ僕を助けてくれたんだ」

 

 ソファに沈んでいたダドリーはゆっくりと起き上がって、掠れた声で言った。

 

「薄ぼんやりとだけど覚えてる。黒い影みたいな奴と、大勢の髑髏の仮面の連中から僕を守ったんだ。そこんとこの責任ごっちゃにする僕じゃねえや」

「吸魂鬼と死喰い人だね」

「……例の、闇の帝王とかいう輩か?ハッ、何が帝王だ!ふざけた連中だ!そんなティーン染みた名前をいつまでも使っている真っ黒馬鹿どもめ!」

「あなた今魔法界行ったら称賛されるか殺されるよ」

 

 どうやらバーノンの怒りは有耶無耶になったようだった。

 

「よく分からないけど、お礼を言っておくべきかな」

「礼なんて言われる筋合いはないわ。……その顔をこっちに向けないで頂戴」

「………?」

「うわ、酷い言い草。いいですよーだ、シェリーは夏休みの間こちらで保護しますとも」

「話が合うわね、私もその案に賛成よ」

「じゃあ交渉成立ってことで。シェリー、トランクに荷物入れようか」

 

 二階に上がる途中、トンクスは何度も階段に脚を引っ掛けて転んだ。

 その度に物を倒してしまうので、レパロで直せるとはいえシェリーは気が気ではなかった。彼女はちょっとばかしドジっ子らしい。

 

「?あれ、髪の色変わってない?」

「あー、さっきの連中にムカムカしたからかな。赤に近い色になってら。私は『七変化』っていう特異体質でね、髪の色や顔のパーツを変えることができるの」

「すごいじゃん」

「えっ、そう?へへ……この能力の凄いところはね、変装だけじゃなくて戦闘にも役立つところなんだよ!体内の魔力も変わるから、色んな種類の魔法が使えるんだー!」

「すごいじゃん!」

「まあ『紅い力』とか、特殊な魔力は無理だし、私の技量を超える魔法は無理だけど。はい変身っ!シェリーッ!」

「あ、私がもう一人いる……んっ?傷の向きが……」

「あらーっ!?」

 

 トンクスの特技鑑賞は、戻ってきたチャリタリに急かされるまで続いた。

 愛用の箒、クリムゾンローズを手に、シェリーは庭へと下りる。去年は出番がなかったものの、三年時にグリフィンドールを優勝に導いた逸品だ。

 

(クィディッチ、か……)

「?どうしたのシェリー?」

「何でもない。行こうか」

 

 マントを被り、何やら魔法をかけられ、シェリーを囲むようにして箒の集団はプリペット通りを後にする。……自分如きに人材をこんなに使ってしまうのか。いっそ、どこか遠いところに行って隠れながら闇の勢力を削っていくのも悪くないかもしれない。

 

「……シェリー、どしたの、暗い顔して」

「……セドリック達のこと?あれは仕方ないよ…って言って納得するタイプじゃないか。でもさシェリー、復讐心なんて、早めに捨てなきゃ身を滅ぼすだけだよ。気持ちを共有しないと、周りの人達にも迷惑をかけるようになる。それに……

 ……復讐心が当たり前に心の中にあるようになってからじゃ手遅れなんだ……」

「?」

「ああ、見えたよ。グリモールド・プレイス十二番地だ」

 

 閑静な住宅地の中に、その建物はあった。

 そこには秘密の守り人という魔法がかけられており、『符丁』を知る魔法族の前にのみその姿を見せる屋敷だった。

 そこにはシェリーと親しい人物が勢揃いしていた。ウィーズリー家にハーマイオニー、ムーディーやキングズリーといった闇祓いの面々。それとなんか割と馴染んでるシリウスにルーピン。

 

「ここは私の実家でね」

「私は家賃が払えなくなったので居候させてもらってるんだ」

「大変だね……」

 

 いや本当に。

 大人って大変ダナー、と思っていると、二階からシェリーの見知った人物が降りてきた。

 

「ベガ?ドラコ、コルダ!?」

「よう」

「なんだいたのか、来るのが分かっていたら出迎えたのに」

「久しぶり……でもないですね、ポッター」

 

 シェリーは混乱した。

 ベガはまあ分かるが、ドラコとコルダはかのルシウス・マルフォイの子供達。敵の子息なのである。何故ここで普通に暮らしている……?

 

「それは……私が、闇の帝王を裏切ったからだ」

「!!ルシウス・マルフォイ…!!」

「ああ、君の怒りはもっともだ。私はあの場にいながら何もしなかった男だ……君に恨まれても仕方のない人間だ。だが、今の私はこちら側の人間だ、それだけは保証する」

「色々と思うところはあるが、事実だ。あの後すぐにダンブルドアのところにやって来て仲間に加えてほしいと頼んだそうだ」

「信用されないのは分かっている、せめて行動でそれを得るつもりだ」

 

 しょぼくれながらもきっぱりと言う男を見て、シェリーもルシウスへの殺気を押し留めることにした。思い返せば、彼はあそこで攻撃してこなかった。

 

「まあ、他にも今の魔法界の情勢とか、裁判のこととか、色々と話すべきことは山積みとはいえ、飯を食わなければ始まらん。まずは腹ごしらえといこうじゃないか」

 

 久しぶりに出されたまともな食事を見て、胃袋は空腹を訴え、シェリーは食事に齧り付くのだった。

 

「……………これって………」

「?ご飯。美味しくなかった?」

「!ううん、モリーおばさんのご飯が美味しくないわけないよ」

 

 シェリーは束の間の幸せを享受する。

 それが彼女に与えられた最後の心休まるひと時とも知らずに。

 絶望までのカウントダウンは、もう始まっている。

 

 彼女が戻れなくなる日まで、あと少し。




ドロホフって何した人だっけ…という人のために説明をば。
モリーの親戚ぶっ殺したりルーピン殺してたりするやべー奴です。
あと別時空でオスカー君って息子がいます。

愉快なおじさんキャラになってるけど原作の死喰い人って一部を除いてキャラ薄いしこういう性格変化も大事なことなんだよきっと…。


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2.ウィゼンガモット

 

 シェリーは途方に暮れていた。

 というのも、トンクスが転んだ拍子に傘立てを蹴飛ばしてしまい、入口のカーテンが開いてしまったのだ。……いやカーテンなどどうでもいい。問題は、カーテンに隠されていたある絵画だ。

 魔法界の絵や写真は動く。

 達人の絵には魂が篭るというが、魔法族が描いた絵には魔力が篭るのだ。とりわけ、入口に飾られていたブラック家の肖像画には魔力とか魂以上に怨念が宿っているのではと錯覚するほどだった。

 ヴァルブルガ・ブラック。

 シリウスの実母で、極端な純血主義の女性。マグル出身の者や、血を裏切る者が近くにいると発狂して金切り声を上げてしまうのだとか。

 実の息子のシリウスも血を裏切ったとして家系図から抹消しているほどの傾倒ぶりである。

 そんな相手を前にしては、まともな会話などできるはずもない。いくら宥め賺しても彼女の怒りに油を注ぐだけなのだから。

 そんな状況に立ち向かったのはベガだった。

 

「俺に任せな!俺も一応純血だし話は聞いてくれるはず!加えて女の扱いは上手いぜ!」

「貴様デネブの息子じゃねえかああああああ!!来るんじゃねえええええ!!!」

「…………俺の親父って何者なんだよ」

 

 自分の父親がこき下ろされているのに内心ショックを受けつつ、騎士団内では珍しいガチガチの純血のルシウスが穏やかに話しかける。

 

「ご婦人、落ち着いてください」

「なっ……!フ、フン!あんたなんかにお願いされても聞いてあげないんだからねっ!……でも、ちょっとだけなら、いいわよ」

「ルシウス?」

 

 ナルシッサの冷徹な怒りにルシウスが震え上がるという犠牲をもってして、ヴァルブルガの怒りはようやく収まった。

 

「ああ、シリウスのお母さんといえばさ。ジキルはこの家の雰囲気とかこの人とかが苦手って言って、あまり近寄りたがらないんだよねー。騎士団の報告の時もすぐに帰っちゃうしさ。

 シリウス、もしかしてジキルも純血だったの?」

「……まあ色々あったんだろう。触れないでやれ」

 

 神妙な面持ちでシリウスは呟いた。

 ジキル・ブラックバーンは闇祓いで、シェリー達にも心優しく接してくれた好漢であるが、そんな彼の出自についてはそういえばあまりよくは知らない。

 彼の血族は杖作りの一族と親交があり、ベガの杖も彼達の協力で作られたものらしいのだが、その詳細についてはあまり語られていないのだ。ジキル自身もあまり話したがらないし、その内情を知る者もほとんどいない。

 そもそも『ブラックバーン』という名前自体、何か引っかかるものを感じるが……まあ、いつか話してくれるのを待つほかない。

 

「知りたいといえば、騎士団の動向だよ。魔法界の実力者や闇祓い達が一同に介していったい何をしてるんだい?」

「騎士団……?この組織の名前?」

「ええ。年齢的にビルだけが正式な参加を許されているけど、私達はまだ子供だからって入団させてもらってないのよ」

「チャーリーは国外にいるから分かるけど、パーシーも?」

「……その辺りについては。おいおい話すわ」

「僕達でさえお父様から何も聞かされていないんだ、是非聞かせてほしいところだね」

「私は反対ですけれどね!」

 

 子供達の訴えを一蹴したのはモリーだ。

 彼女は先の暗黒時代にドロホフに家族を殺されたという過去を持つ。息子や娘達が傷つくことを極端に恐れているのだろう。

 だが、

「例のあの人が全盛の時は、たくさんの人が死んでいったんだろ?

 僕達に、何も分からないまま仲間が傷つくのを指を咥えて見てろってのか?」

 という、ロンの訴えでモリーは渋々首を縦に振ったのだった。

 

「では、シェリーのためにも一から話すとしようか。まずファッジだが、奴は君達の言い分を信じなかった」

「?」

「百聞は一見にしかず、これを見てみろ」

 

 シリウスから渡された日刊預言者新聞には、シェリーとベガとダンブルドアの顔がデカデカと伸ばされて貼られている。

 軽く目を通すと、『名前を言ってはいけないあの人』が復活したとでまかせを言っている目立ちたがり屋の二人組で、ダンブルドアはこの二人を使って魔法省大臣の座を狙っているのだとか。

 事実無根である。が、権力に味をしめたファッジはそんな馬鹿げた妄想に取り憑かれてしまったらしい。

 

「まあ単に、根が臆病者というのもあるだろうがな。奴はヴォルデモート卿が復活したのを信じたくないのだ。クソッ!」

「落ち着け、パッドフット。シェリーがこのような形で取り沙汰されて、怒る気持ちは分かるが……」

「なんだこの写真シェリーの可愛らしさを全然引き出せてねえじゃねえか!!」

「そこ?」

「本当に落ち着けパッドフット」

「……そこで私達は魔法省にも死喰い人にも悟られぬよう、水面下で動かざるを得なくなった。かつて例のあの人に対して抵抗活動を行なっていた、『不死鳥の騎士団』の復活だ。ここがその本部なのさ」

 

 皆がひとところに集まれる場所が必要だろうと、シリウスが提供したらしい。しかし提供したまではよかったが、ダンブルドアに言いつけられて毎日この家で生活することを余儀なくされた。

 純血主義に縛られ、自由を求めて家を飛び出したシリウスにとってここでの暮らしは拷問に等しかった。おまけに、ブラック家付きの屋敷しもべ妖精とは犬猿の仲らしく、それもシリウスの機嫌を損ねていた。

 

「活動は、何を?」

「魔法族への呼びかけや、闇の勢力がこれ以上出るのを阻止したり、だな。前者に関してはうまくいっていない。何せファッジがああだからな」

「後者は目星がついてるだけマシだ。魔法界において日の目を見ることのない魔法生物……巨人、狼人間、吸血鬼、吸魂鬼などを配下に加えていっている。正直、私の就職先としては中々に魅力的な条件だよ。マグルや敵をいくらでも襲っていい、なんてふざけた一文がなければね」

「君が襲うのはもっと違う相手だものな。なあトンクス?」

「な、なんのことだか!」

 

 いずれも魔法界において錚々たる強さをもつ魔法生物だ。

 特に吸血鬼と狼人間は脅威だ。人間ベースの種族のため知識があり、その気になれば誰でも眷属に加えることができる。

 巨人は弱い魔法なら皮膚の上からでも跳ね返せる、という特殊な身体のつくりをしているし、吸魂鬼も守護霊という対抗策はあれどその使い手自体数が少ないので以前脅威には変わらない。

 

「……ああ、そういや吸魂鬼で思い出したけど、シェリーって」

「ああ。マグルの面前で魔法を使ったということになる。魔法省、というかファッジにとっては恰好の餌だ。喜んで君を非難してくるだろうね」

「普通は裁判とは名ばかりの口頭注意になるのだが……さて」

「ちょっと、シェリーを怖がらせるようなことは言わないで頂戴!」

 

 モリーの声に、シリウスはしまったとばかりに口を噤んだ。

 話を変えるように、代わりにアーサーが話しだす。

 

「しかし、ダンブルドアが表立って動けないというのはかなりの痛手だ。例のあの人は自分達の今の状況を利用して隠れて行動している。そしてその手腕はかなりのもので、とても厄介なんだ」

「遠距離の移動手段があって、一撃必殺の攻撃手段がある魔法界において、不意打ちが最も恐ろしい有効な手だからね」

「ルシウスの裏切りはまだ発覚していないので、彼達へのスパイとして行動してもらっている。が、それでも例のあの人の思惑を全て知ることはできないようでね」

「おまけに今回は、ヨーロッパ全土に散らばって武器のようなものを求めているような……あー……」

「ここまでか?」

「ああ。ここから先はいくら君達でも教えられないな」

「ええーっ」

「そりゃないぜ」

「お黙り!今からは大人の話し合いです!子供達は上に上がっていなさい!」

 

 二階に上がる。シェリーは夜風に当たると言って庭に出たが、ベガ達は興奮冷めやらぬ様子でそれぞれ口々に意見を言い合った。

 武器は何だろう、とか、今後死喰い人はどのように勢力を展開していくのだろうとか。面子が面子なのでそこはグリフィンドールの談話室のようだったが、マルフォイ兄妹はやや居心地悪そうにしていた。

 

「ねえ、ドラコもコルダも推測でいいから意見を出してくれないかしら?そんなにだんまりだとこっちも変な感じになるわよ」

「あ、ああ……って、ん?」

「グレンジャー、今あなた、名前……」

「ああそうそう、私のこともジニーって呼びなさいよね。毎回フルネームで呼ばれるのってむず痒いから」

「妹に同じく」

「僕達を間違えるなよな!」

「あ……は、はい」

「そうだな……僕達にできることと言ったら、スリザリンで有志を募るくらいか。とはいっても、ほとんどが親の影響を受けているし、限界はあるだろうが」

「ホグワーツかぁ……新聞の影響もあるし、僕達を信じてくれる人達がどこまでいることやら」

「……いっそ、ここで一気に仲間を募る方がいいのかもな」

「?……どういうことだ?」

 

「俺達も組織を立ち上げる必要があるってことだ。ホグワーツの生徒達で、自主的に自衛の手段を学ぶことのできる組織を──!」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 ベガ達が話し合いをしている一方、シェリーは夜風に当たりながら、ヴォルデモート達への憎悪を深めていた。

 

「しぶとい害虫どもめ、予想以上にたちが悪い。繁殖して無辜の人々を害する虫ケラどもが……」

 

 ここ最近の身体の不調も、セドリックやローズ、ブルーが受けた苦しみに比べれば何のことはない。真に苦しむべきは、何もできなかった自分と、そしてヴォルデモートの一派なのだから。

 欠けた月を見上げていると、隣に誰かが座る気配が。視線だけを動かしてみれば、それはシリウスだ。いつもの快活ぶりはどこへやら、彼は、どこか言葉を選んでいるようだった。

 

「……君の身体のこと、聞いたよ」

「…………」

「君の生まれを知っているのは他に、ロンと、ハーマイオニー、ベガ、リーマス……それと一部の信頼できる者だけだ。君がジェームズとリリーの本当の娘ではないことを知って、最初、私はどうしていいか分からなかった。

 真実を隠していたダンブルドアに対して、怒るべきか、哀れむべきか、それとも……。しかし、君と出会えたこと、それは紛れもない『喜び』だ」

「……シリウス……」

「誓おう、シェリー。私は君を必ず護る。そして君のこれから先の未来を面白おかしいものにしてみせよう。『ジェームズとリリーの娘』や『帝王の創ったホムルクルス』としてではない、一人のシェリー・ポッターとして愛する、と!」

「……ふふっ、ありがとう」

 

 シリウスの決意は、かつて友の仇であるペティグリューと相対した時にシェリーに諭されたが故に生まれたものだった。

 ジェームズやリリーへの未練はもうない。

 二人は死んだ。シリウスはその事実を、復讐という形を取らずとも受け入れることができた。あのままではペティグリューを殺せたとて、死ぬ間際までずっと過去に囚われたままだったろう。

 シェリーとシリウスは復讐に囚われた者同士だ。だからか、シリウスの優しい言葉は、シェリーの胸にとても響いた。

 こんな自分にも優しくしてくれる。

 こんなロクでもない人間に、愛すると言ってくれる。

 とても、とても優しい人だと思う。

 

 

 

 

 

 ………だから。

 自分はこの人のために、死ななきゃ。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 裁判当日。

 シェリーはあの時の悪夢を見て、早朝の五時半に目を覚ました。最近はずっとこうだ。起きて悪夢を見て寝て、を繰り返しているため、以前の半分の睡眠時間しか確保できていない。

 また寝る気にもなれず、シェリーはリビングに降りる。徹夜したらしきトンクスとチャリタリがソファに身を投げ出しており、モリーも闇祓いの激務を知っているからか、注意はせずに毛布をかけてあげていた。

 こちらに気付いたルーピンに声をかけられると、彼の動かしていたフライパンにベーコンと卵が追加される。

 

「トーストも食べるだろう?ジャムはどうする?色々あるぞ、ママレード、ハチミツ、イチゴ、ブルーベリー……」

「…………」

「……はやめておこうか。ここはシンプルにバターでいこう」

 

 女の子とはいえ朝はしっかり採らなきゃだめだよ、というルーピンの言で、トーストにベーコンエッグとサラダ、ホットミルクというご機嫌な朝食が並ぶ。

 とても美味しそうだ。美味しそうなのだが……。

 一口、トーストを齧った。

 

(…………)

「……美味しくないかしら?」

「……絨毯を噛んでいるような……」

「あのパン屋燃やしてくるわ」

「裁判の緊張で味が分からないのだろう。なに、心配することはない。アメリア・ボーンズの事務所で軽く事情を聞かれるだけさ」

「アメリアは厳しいが公正な人だよ。私の隣の部署でね、彼女とはよく話す」

 

 味のしない朝食を無理矢理胃袋に入れると、アーサーの出勤に合わせて家を出ることにした。シェリーの罪状を鑑みて魔法を使わずにマグルの交通施設を使うことにしたのだが、そこでアーサーは大はしゃぎ。ジャンルが違うだけで、魔法も随分とんでもないことをしている筈なのだが。

 魔法省は随分と豪奢な場所だった。

 ここが世界の中心だとでも言わんばかりにエントランスは煌びやかに彩られており、その中心に黄金の噴水が鎮座している。黄金でできた魔法使いと魔女を見上げるケンタウルスに小鬼、屋敷しもべという構図は、悪趣味と言わざるを得ないが。だがあそこに入れられた金貨が聖マンゴに全額寄付されているので、何とも複雑な気分だ。

 エレベーターに乗ると、いくつもの紙飛行機が一緒に入ってくる。局ごとに連絡手段として使われているらしい。ふくろうだと糞が酷いのだとか。

 アーサーの部署に向かう途中、彼は寄り道と称して闇祓いの本部に向かった。

 

「ジキル、ロンドン郊外の住民からのタレコミだぜ。夜中に隣の廃屋から不審な物音がするとか何とか」

「もしかして、ウィルソンじいさんのタレコミッスか?あそこの『怪しい人影の目撃情報』、今月に入って四度目ッスよ?」

「まあそう言うな。ついでに茶でも飲ませてもらえ……おっと」

 

 アレンやキングズリー、ジキルといった闇祓いの面々がこちらに気付く。しかし彼達はウインクするだけで、すぐにまた書類に目を通した。

 彼達はダンブルドアと懇意にしていることさえまだ知られていない。故にあまり表立って話スことは控えているのだとか。とはいえ完全に無視というのも周囲に疑われる可能性があるので、キングズリーが代表と言わんばかりに前に出て、

 

「さて、アーサー。かのシリウス・ブラックは空飛ぶオートバイを使って逃走している可能性があってね。是非資料を読んで報告書に纏めてもらいたい。君はその道の専門家だろう?実績もあることだしな」

「あぁ、分かっているとも。しかしだね、私の見解では彼がそんなものを使っているとはどうしても思えなくてね。いやなに、君達闇祓いの目が節穴だと言っているわけじゃないよ」

(……上手いなあ、二人とも)

 

 キングズリーに書類という名の不死鳥の騎士団絡みの資料を渡されると、アーサーの『マグル製品不正使用取締り局』に向かう。書類の山とマグルの道具に囲まれた雑多な部屋は、シェリーの心を落ち着かせた。

 

「すまないね、汚い部屋で。居心地悪いだろう?」

「すごく……落ち着きます……」

「落ち着いてる場合じゃない!!!」

 

 飛び込んできた初老の魔法使いの大声に面食らうが、続いて出た言葉にシェリーは驚愕した。

「シェリー・ポッターさんの尋問に変更があったのです!八時から!古い十号法廷で行われる、と!」

「八時──なんてことだ!」

 

 アーサーは悲鳴を上げた。

 本来なら三〇分も早くそこに着いていなければならなかったのだ。パーキンズという魔法使いに礼を言うと、アーサーに連れられて大急ぎで地下に向かう。

 ホグワーツの地下牢教室を思わせる陰鬱な雰囲気の場所で止まり、神秘部の看板を通り過ぎて、階段を下り、ようやく法廷に到着する。

 

「すまない、私は入れない。だが大丈夫、君なら絶対に無罪を勝ち取る!」

「ありがとう、おじさん」

 

 アーサーの激励を受け重たい扉を開いた。

 ここには見覚えがある。すり鉢状に広がった大部屋、ウィゼンガモットの厳粛なる大法廷。赤紫の豪奢なローブを見に纏った陪審員達に囲まれるが、シェリーは意にも介さぬ様子で毅然な面持ちを保っていた。

 虚勢ではない。

 彼女はここで有罪になってもいいと本気で思っているからだ。

 

「遅刻だ、被告人」

「すみません」

「……ふんっ。着席しなさい」

 

 そんなシェリーが面白くないのか、ファッジは鼻を鳴らした。

 硬い椅子に腰掛けると、手首と足首に鎖が巻かれる。いくら何でもやりすぎだが、ファッジの瞳に昏いものが映ったのを見て、ああ、恐怖と狂気に当てられたのかと納得する。

 

「シェリー・リリー・フローレンス・ポッターで相違ないか」

「はい」

「罪状は以下の通り!被告人はマグルの面前で守護霊の呪文を使った!これは国際魔法戦士連盟機密保持法の第十三条の違反にあたる!被告人は以前にも同様の違反を起こし、警告を受けた!すなわちこの行動が違法であることを知っている、そうだな!」

「はい」

「にも関わらず、被告人は八月二日の夜に守護霊を出現させた!」

「はい」

「サレー州、リトル・ウィジング、プリベット通り!ここはマグルだらけの地区であんなにも目立つ呪文を、だ!弁論の余地はあるまい!有罪だ!」

 

 やはりこうなるか、というシェリーの予想は当たった。

 しかしそれならそれで構わない。

 アズカバンに行けば死喰い人を殺せるチャンスがある。

 ホグワーツを退校処分になれば魔法の修行に専念できる。

 ホグワーツでの青春の日々を失うことになるが、そんなもの、ヴォルデモートがこれから起こす被害に比べれば塵芥のようなものだ。

 

(………ん?)

 

 いや、おかしくないか?

 シェリーは吸魂鬼を追い払った後、死喰い人達と戦った。その時に当然魔法を使った筈なのだが、その魔法については裁判しなくてもいいのか?

 ……まさか、認知していない?

 魔法省はシェリーが使った魔法は『守護霊の呪文』だけだと思っている?

 

(……ああ、でも多分、紅い力の影響だからかな。あれはヴォルデモートが創り出した、既存の固定概念に囚われない魔法。だから私が紅い力を使ったら、魔法省は私の『匂い』に気付けなくなる……)

 

 未成年の魔法使いが特定の場所以外で魔法を使えば、『匂い』が出て、たちまち魔法省に情報が飛んでいく仕組みになっている。しかし紅い力を使えばそれが出なくなるのだ。

 最初の守護霊の呪文以降、シェリーはずっと紅い力を使って戦っていた。だから魔法省はシェリーは守護霊しか出していないと思っている。

 それに闇の勢力にはハリー・ポッターがいる。彼に戸籍があるのかどうかさえ定かではないが、魔法を使う時に匂いを出すと色々と面倒だろう。そういう意味でこの紅い力はとても重宝した筈だ。筋は通っている。

 

 気になる点は他にもある。

 シェリーと死喰い人達の戦いが観測されていないとはいえ、公園にはいくつもの破壊痕があるし、チャリタリとトンクスがドロホフと交戦している。彼女達の報告を聞けば、シェリーが無罪だと一発で分かるだろう。

 なのに今ここにいるということは……、

 まさか魔法省の誰かが、彼女達の報告をねじ曲げた?

 魔法省の、それも中枢に、死喰い人がいる?

 

「あー、質問いいかな。完全な守護霊を?きみは霞ではなく、完璧に形があるのを作り出したのか?その歳で?」

「?はい」

 

 聴衆はどよめいた。

 忘れがちだが、守護霊の呪文は現役の闇祓いでさえ完璧に習得している者が少ないほどの高等呪文である。

 弱冠十三歳でシェリーが守護霊を操れるようになったのは、彼女がとても優秀な魔法使いであることの証明なのだ。

 なのだが──。

 悪霊の火と守護霊を使って新しい魔法を創り出すとかいう離れ業をしている生徒の存在を知ったら、どうなるのだろう。

 

「どうでもいいことだ!どんな魔法を使おうとも変わらん!!」

「いや大臣、それがどういう状況で使われたのか、どうして数ある魔法の中から守護霊の呪文を選んだのかは知っておく必要がある。被告人、守護霊の呪文を使った時の状況を詳しく教えてくれ」

「…………吸魂鬼が出たので」

「マグルの街のど真ん中に出るわけがないだろう有罪!!」

「では証人を連れてくるとしよう」

 

 場違いなほど朗らかな声に振り向くと、いつの間にやら、ダンブルドアがシェリーの椅子の隣に立っていた。キラキラしたブルーの瞳をウインクする。驚いて身体が跳ねると同時に気付く、鎖が蛇のおもちゃに変わっていた。

 陪審員達は色めきだち、ファッジはぱくぱくと口を開いていた。

 

「コーネリウスや、まるでわしがここにいるのは想定外、といった風じゃの?わしがここにいるのは当然のことじゃ。被告側証人、アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア」

「な……な……」

「それで、証人を呼びたいんじゃが」

「き、貴様……!そんな勝手は許さんぞ!」

「いや大臣、正統な意見だ。呼びましょう」

「ぐ、ぐぬぬ……」

「アラベラ・ドーレン・フィッグさん、入りまーす」

 

 シェリーはぽかんとした顔で証人の顔を見た。

 フィッグ婆さんといえば、猫の交配で収入を得ているブリーダーだった筈だが、どうやら猫によく似た魔法生物『ニーズル』の交配を行なっているという裏の側面があったらしい。そして半魔法界側の人間としてシェリーの監視の役割もあったらしい。マジかよ。

 しかし彼女自身はスクイブで、魔法を使う力はないのだとか。

 

「オスカー!」

「スクイブが吸魂鬼を目撃した例はいくつか存在します」

 オスカーと呼ばれた眼鏡の役人は、平坦な声で答えた。あまりに淀みなく答えるので、シェリーはオスカーの言葉が一瞬英語に聞こえなかった。この世界のどれとも違う異物感というべきか──。

 

(………)

「むぅ……ならば、良い。話しなさい」

「はい。あたしゃあの日行きつけの店までキャットフードを買いに行ってたんでさぁ。その帰り、夜ごろに騒ぎを聞いて行ってみれば……おでれえた。吸魂鬼が二人を追い詰めていて──」

「貴方が吸魂鬼を見たのはそれが初めてですか?」

「え?ええ。あんなもん何度も見てたまるかい」

「では何故それが吸魂鬼だと分かったのです?」

「え、そ、そりゃあ、あー、話に聞いてたからでさぁ!」

「誰に聞きましたか?」

「そりゃあ、ダ、知り合いに……魔法界の知り合いに聞いてて」

 

 フィッグはどもりながらも答える。

 アメリア・ボーンズ女史はフィッグが嘘をついていないか確認するために、わざと簡単な質問を繰り返して揺さぶりをかけているのだ。その策にまんまと嵌り、フィッグの顔から血の気が引いていく。

 

「それで黒いマントをしていて、死神みてえな姿をしてた。まるで生き物じゃねえみてえだった。で、あたしゃ幸せっつーもんがこの世からなくなっちまったような気分になっちまって。嫌なことしか考えらんなくなっちまったんだ。でも、シェリーの出した守護霊がそいつらを追っ払ってくれたから何とかなった」

「………!その守護霊はどんな姿を?」

「鹿みてえな姿でした。牡鹿と言うには小柄で、雌鹿と言うには立派なツノをしていて……でもあのツノは蛇っぽくもあったような……」

「ありがとう、アラベラや。それではこちらの証言は終わりじゃ」

 

 ダンブルドアは話を打ち切った。あの仰々しい鹿のことは話さない方がいいだろう。去り際にフィッグ婆さんからガッツポーズを送られる。……シェリーは何気に老人層からの受けが良い。

 さて。アラベラはじめ何人かの陪審員はフィッグの証言がまったくのデタラメではないことを悟っているようだったが、ファッジの言う「吸魂鬼は全て魔法省の管理下にある」という一点が、彼達の判断の行先を迷わせていた。

 

「あれは吸魂鬼を見た者にしか出せない顔だ。私には、彼女が嘘をついているとは思えない」

「だが状況証拠だけで言えば、そんなことは有り得ないだろう」

「そうじゃの。吸魂鬼に命令を下す時、魔法省は必ず記録を残すようにしておる。しかし連中が魔法省以外の者からの命令を聞いたとなれば話は別じゃ」

「有り得ない!!奴達は魔法省の管理下にあり!我々の命令にのみ従うようになっている!!そんなことはある筈がない!!」

「となれば魔法省内部の誰かの指示じゃろか」

「ああもうああ言えばこう言う!!」

 

「エヘン、エヘン」

 

 ヒートアップした法廷を咳払い一つで鎮めたのは、ある種才能と言っていいだろう。彼女の持つ雰囲気は場を支配する効果を持っていた。しかしそれはマグゴナガルのように威厳を感じさせるものでも、スネイプのように肝を底冷えさせる類のものでもない。

 うわ出たよ、という、人々をげんなりさせる類のものだ。

 オスカーの隣、書類の束に隠されていた小柄な……だがでっぷりとした図体が動き、しかし少女のように甲高い声で喋り出した。

 

「あらやだ、わたくしったら。きっと誤解ですわよねん。その言い方だとまるで、魔法省が命令してポッターちゃんを襲わせたように聞こえるのですけれど?」

(なんだろう、あの人に名指しされると悪寒が走る)

「そうじゃのう、論理的にはそうなっちまうのお。由々しき事態じゃのお」

 

 ダンブルドアは適当に返した。

 あのガマガエルそっくりの女の目が全く笑っていなかった。きっと話をあらぬ方向に持っていって、あわよくばダンブルドアをもこの場で捕えようという魂胆なのだろう。それが分かっているからダンブルドアは敢えて強く主張することもなかったのだろう。

 あとあいつの相手をしたくなかった。

 

「話を変えんかコーネリウス?」

「そだね……。

 そ、その子は法律を犯している!しかも過去に本件と似たような違反を二度も犯しているのだ!!その事実は変わらんだろが!!」

「第七条を忘れたんかね君は。三年前の事例に関してはわしの雇っておる屋敷しもべが証人となってくれるじゃろうて。つーか一昨年に至っては君自らがでっち上げに協力しておったろうが。

 今ここにこの子を裁く要素など一つもないぞ」

「……法律は変えられる!」

「変えた結果がこれか?誇り高きウィゼンガモットの裁判員達が大法廷でこぞって女の子一人をいじめることが今の魔法省の方針かね」

 

 それで趨勢は決したようなものだった。

 元より、この裁判自体に懐疑的だった者も多かったのだろう。最後に投票が行われたのだが、有罪に賛成なのはファッジとアンブリッジ、あとはその部下のオスカー達が渋々手を上げた程度で、あとは殆どが反対派だ。

 シェリーの無罪は確定した。

 ファッジがダンブルドアを一瞥してさっさと去って行く。あれは恐怖からくるものだ。肩の荷が降りてひと息つきたいところだったが、そんな彼の様子を見ると心晴れやかとはいかなかった。

 しかしこれでホグワーツに通わざるを得なくなった……。

 いや、いい。あそこで学べることも多いだろう。この決心さえ鈍らなければ大丈夫の筈だ。

 

「ありがとうございます、先生」

「うむ。災難じゃったの」

「……先生、紅い力についてですが」

「おっと。それについては学校で話すとしよう。どこで誰が聞き耳を立てておるか分からんからの。君の場合は特に」

「……すみません、軽率でした。

 しかし……ファッジは怯えているだけかと思っていたけれど……彼の行動には疑問が残ります。明らかにおかしい点がある」

「む?シェリーや、何か気付いたことがあったのかね?」

「はい。あの人は、差別思想とまではいかなくとも、魔法生物やそのハーフを重用するような人ではなかったですよね?」

「その通りじゃが」

「やはり……では何故……」

 

 人類の叡智とも言える頭脳を持つダンブルドアだが、シェリーは彼にも分からぬ何かを悟ったらしい。もしや、紅い力の影響だろうか?

 真剣な面持ちでシェリーに問う。

 何に気付いたのだ、と。

 

「ええ……だっておかしいでしょう?あのアンブリッジとかいう役人は、明らかに魔法生物の血が流れています!でなければあんな人ならざる顔になるわけがない!あれは人と水中人系の魔法生物との間で生まれたハーフか何かに違いない……!!しかし、ファッジは何故彼女を側近に?まさか。個人的に戦力を増やしているのでは!?

 先生?先生!!何を笑っているんですか!私は真面目な話をしてるんです!!」

「や、やめっ、わししんじゃう」

 

 抱腹絶倒のダンブルドアは、苦しげに姿あらわしで去っていった。

 無罪と聞いて狂喜乱舞したアーサーが噴水に全財産投入しようとしたのを全力で阻止して、記念に一ガリオンずつ投げ入れておくことにした。

 無罪を祝うというのもおかしいが、二人は御馳走を買って帰ることにした。少し前の誕生日パーティーも兼ねて、だ。ターメリックライスやケーキなどを買い漁る。

 今夜は庭でバーベキューだ。

 ホーメンホーメンホッホッホーである。

 

「はっはっ、おいルシウス、飲め!」

「おいやめろ、私がこんな安酒ッ、ぶはぁ!?」

「こっちの野菜切り終わりましたよ、モリーさん」

「あらありがとう!ほら座ってお肉食べてて、普段こんな量作らないから疲れたでしょう?」

 

 大人組が思いの外馴染んでいる。

 酒酌み交わせば何とやら、というが、苦手な相手とも顔を付き合わせていれば意外と意気投合するものである。

 子供組は平和なものだ。というのも、なんとロンとハーマイオニーが獅子寮の監督生に選ばれたのだ!紅く輝くPのバッジを胸に着けて、彼達は嬉しいやら恥ずかしいやらだった。

 

「ロニー坊や、お前はこっち路線だと思ってたよ」

「まったくだ。そんなもんになっちまうなんてな」

「やめなさいよ二人とも。ロンが選ばれたのを素直に喜びなさいよ」

「ハーマイオニーは何というか、そりゃそうだよな」

「お褒めの言葉として受け取っておくわ」

「他に可能性があったのはシェリーだろうが、どうも君は無茶をしすぎるから監督生には向いてないんだろうなあ」

 

 やいのやいのと騒いでいると、ドラコがどこかドギマギしながら庭にやってくる。ルシウスとナルシッサのところに行って少し話すと、何やら感極まった様子でナルシッサが抱きついた。

 彼も監督生に選ばれたらしい。めでたいことだ。熱気にあてられて、ベガはシャンパンをもう一本開けた。

 ちなみにスリザリンの女子の監督生はパンジー・パーキンソンだった。

 今日は本当にめでたい日だ。

 その場の誰もがそう思った。闇の勢力との戦いはこれからも激化していくだろう。だが、ここにいる皆んながいれば、きっと、乗り越えていける。どんな困難な道だとしても──。

 再度、祝杯を上げた。

 

「ほら、食べてみなよ!美味しいだろう?シェリー!」

「うん──」

 

 

 

 

 

「皆んなで食べるご飯は美味しいね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(味が分からない──というか、何を食べても味を感じない)

 

 過度なストレスによるものなのか。

 シェリーの味覚は失われていた。

 何を食べても美味しいと感じることができず、食事はただ栄養のある物体を噛み砕いて胃袋の中に詰め込む作業と同じだった。ダーズリー家で食事した時に何も感じなかった時はもしや嫌がらせを受けているのかと思ったが、モリーの料理もまったく美味しく感じられないとなると、どうやらそうではないらしい。 

 味を感じなくなったのは、あの最終試合以降のことだ。

 紅い力による副作用ではないだろう。あのヴォルデモートがわざわざそんなデメリットを遺しておくわけがない。

 だから、これは。

 シェリーの弱りきった心が招いたもの──。

 

(まあ、いいか)

 

 自分のことなどどうでもいい。

 寧ろ不味い食事も摂取できるようになったのだから、喜ばしいことだ。

 味覚ひとつ失った程度で、困りはしない。

「ほら、食べてみなよ!美味しいだろう?シェリー!」

 

 

 

 

 

「うん。皆んなで食べるご飯は美味しいね!」

 




シェリー
・殺さなければという強迫観念
・頭痛持ち
・睡眠障害
・死んだ人の幻覚が見える
・幻聴も聞こえる
・味覚障害(New!

こいつは一回トニオさんの店行った方がいいと思うな!
パールジャムってこい!


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3.アンブリッジ

 

「…………」

 

 シェリーはグリフィンドール生のコンパートメントの中に入ることが憚られた。

 自分は日刊預言者新聞の情報操作により世間から「頭のおかしい女」扱いされるようになった身である。新聞の内容を鵜呑みにした生徒からの視線は厳しく、列車内でヒソヒソ話があちこちから聞こえてくるのでシェリーはどうもやり辛かった。

 自分と関わることで友人達も対象になってかもしれない。それがシェリーにとっては忌避すべき事柄だった。

 それだけならば、ベガも新聞で嘘つき呼ばわりされているのだが、彼と自分の間には決定的な差があると考えていた。

 

(私はセドリックを殺した)

 

 それだけで自分と彼の間には絶対的な差が生まれている。

 おまけにヴォルデモートの創ったホルンクルスときた。

 自分が彼達の隣に立つ資格などない。

 これまでもそういう風に思ってはいたのだが、知らない間に彼達の優しさに甘えてしまっていたのだ。

 

「ネビル、なにそれ?」

「これはミンビュラス・ミンブルトニアって言ってね、とても珍しい魔法植物なんだ!叔父さんから誕生日プレゼントに貰ったんだ!」

「!?おいやめろネビ……うおおっ!?」

(……楽しそうだな……)

 

 そうは思いつつ、友人達の輪に入ってはいけないと自分を律して、トイレの中にでもいようと踵を返す。

 と、そこで気付く。

 黒髪の少女が憂わしげにこちらを見つめていたことに。

 

「……チョウ」

「あー、えーっと、シェリー。入らないの?」

「うん……今は何だか、そういう気になれなくて」

「……そう」

 

 チョウから見たシェリーの様子は明らかにおかしかった。

 目元に隈、青白くこけた頬、その様は死人のようだ。

 シェリーが一年生の時は遠目から見ても細っこい少女だと思ったものだが、今の彼女はそれとも違う、今にも死んでしまいそうな、あの世からやってきたような亡霊を思わせた。

 

「……セドリックの、ことだけど」

「彼が死んだのは私のせい」

「ッ!」

「私にもっと力があれば彼を救うことができたかもしれないのに、それができなかった。原因はヴォルデモートにあるけれど、私も同罪なんだ。チョウに詰られても仕方ない。ごめんなさい、本当に……」

「やめて!」

 

 悲鳴のような声で、シェリーの声を遮った。

 

「それ以上は……やめて」

 

 チョウは基本的に善性の人物であり、セドリックというクィディッチを通した友人が闇の帝王の事件に巻き込まれ、側にいたシェリーに何も感じないわけではなかった。だが、シェリーがあの事件を切っ掛けとして人間性がガラリと変わってしまったとなれば、チョウのそれは焦りへと変わる。

 自分の知らないところで何もかも変わっていく。

 誰もがいなくなっていく。

 それは、本当に、辛い。

 

「……そう。ああ、言っておくけど、今後私には近付かない方がいいよ。多分これから私はホグワーツで孤立していく……いやそれ以上に闇の勢力に目をつけられる可能性が高い。チョウまでそれに巻き込みたくはないもの」

「………シェリー、」

「ああ、もう着くみたいだね。じゃあ」

 

 シェリーは足早に去って行く。

 人混みに紛れるように消える彼女は、幽霊のようだった。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「また一年が始まる!」

 

 組み分けの儀式が終わった大広間で、ダンブルドアは年齢を感じさせぬ大きな声で挨拶を始める。今年は去年の事件を受けてか、組み分け帽子の歌が少し違っていて、寮同士の結束を促すようなものに変わっていた。……パンジー・パーキンソンはじめ、スリザリン生のつまらなさそうな顔を見ると、それは難しい問題だと思わなくもないが。

 

(……ハグリッドがいない?)

「ハグリッドはちと休職じゃ。魔法生物飼育学は数ヶ月の間、グラブリー・プランク先生が担当してくれる」

「あァ、拍手をどうも。よろしくね」

 

 ぶっきらぼうな嗄れた声。気の強そうな老婆が、しばらくの間のシェリー達の先生だ。

 それにしても毎年先生が変わってホグワーツも大変だなあ。

 

「そしてもう一人、闇の魔術に対する防衛術の──」

「エヘン、エヘンッ!」

 

 子供が気を引くような可愛らしい咳払いに大広間中の視線がそちらを向いた。それに気付いているのかいないのか、ガマガエルのような中年の女性がニタニタとした顔で立ち上がる。

 幼児でも相手ちしているかのような甘ったるい声に、ベガがあからさまに嫌そうな顔をした。

 ……あれは、裁判の時の!

 

「校長?自分の紹介は自分で致しますわっ」

「それは助かるのお」

「ホグワーツに帰ってくることができて、わたくし、とっても幸せですわん!ですがそれはそれとして、わたくしは魔法省から来た者として若い魔法使いや魔女の教育に力を注ぎたいと──」

「………魔法省!?」

 

 ハーマイオニーはじめ、何人かの生徒は気付いたようだった。

 今あの女が軽い口でベラベラと言っていることに意味はなく、本質的に問題なのは魔法省がホグワーツの支配に乗り出したということ。

 おそらくファッジが先の裁判を受けて、本格的にダンブルドアとそれに連なる勢力を危険視し始めたのだろう。ホグワーツが教育機関という形をとっている以上、それを無視はできない。

 たっぷり数分ほどその女は喋り続けて、話した本人さえ内容を理解しているか分からない演説がようやく終わると、まばらに拍手が起きた。

 彼女が座ると同時、その男は立ち上がる。

 フレッドがギョッとしたような声を上げた。ドギツいピンクの服を着たアンブリッジのせいで霞んでいたが、ホグワーツの教員席には見知らぬ人物がもう一人いたのだ。

 

「オスカー・フィッツジェラルドです」

 

 端的な挨拶には何の色も見えなかった。

 おそらく、生徒の誰しもが、その眼鏡の男に対してあまり関心を抱かなかったことだろう。無理もない、それ程までに存在感のない男なのだ。

 だがシェリーは、どこか彼から目を離せなかった。

 アッシュグレーの頭髪。

 そして同系色のスーツを着込んだ彼は、その細身の身体も相まって、さながら煙草の煙のようだ。どこにでもありそうで、しかしたちまち消えてしまいそうな雰囲気だった。

 その中で唯一彼を特徴づけるものといえば、オッドアイだ。その細い縁の眼鏡から覗く蒼と琥珀の瞳だけが、オスカー・フィッツジェラルドという男に彩りを与えているようにも思えた。

 

「私も魔法省から来た者です。アンブリッジさんの授業の補佐を務めさせていただきます。よろしく」

 

 さらりと言うと、彼は椅子につく。

 彼に胡乱げな視線を送る者もいたが、アンブリッジのインパクトが強すぎたせいか、彼の印象はどうも霞んでいた。既に彼のことなど忘れて生徒達はお喋りに興じている。

 多くの生徒達が彼はアンブリッジの狗と思ったことだろう。

 だが、シェリーには、どうしても。

 彼が危険人物に見えて仕方なかった。

 

 寮に戻り、シェリーは、複雑な気持ちでその手紙を見ていた。

 パーシーは魔法大臣付き秘書というありえない昇進を果たした。明らかにファッジの恣意的な人事が働いており、ダンブルドアと懇意にしているウィーズリー家を見張るという意図があるのだろう。

 そしてパーシーは魔法大臣に忠誠を誓った。

 彼の正義は、ファッジに与することを決めたのだ。

 更には、あろうことか監督生となったロンへ「シェリーと手を切った方がいい」という手紙まで送る始末。ウィーズリー家の間に不和が生まれてしまっているのだ。

 

「おい、ロン。シケた顔してどうした。ピザ食うか?」

「……それ厨房からくすねてきた奴だろ?やめとけよ、ハーマイオニーに見つかったら監督生権限で点数引かれるぞ。食べるけど」

「マグゴナガルが増えたようなもんだよな、まったく」

 

 悪ガキどもがピザ食ってる。

 そしてその輪の中にシレッと混じっているネビルもまた、随分としたたかになったというか、グリフィンドールの悪童から随分と影響を受けたものだ。(主にベガ)

 だがその輪の中に一人、混ざっていない人物が一人。

 シェーマス・フィネガンが怪訝そうにこちらを見ている。

 

「…………」

「……どうしたの、シェーマス」

「あ、……ああ。僕のママから、学校から戻れって手紙がやって来たんだよ。日刊預言者新聞を読んで……それで……」

 

 あの出鱈目なことばかりかく新聞を信じたのか。

 そう糾弾するような視線が悪道達から突き刺さる。しかし、シェリーの人となりをよく知らない人間からはそう思われても仕方がない。

 なにせ、知らないのだ。

 二年生の時、継承者はマルフォイ兄妹だと決めつけていた時期があった。三年生の時、シェリーはシリウスが極悪非道の犯罪者であると信じて疑わなかった。知らなかったことであるとはいえ、シェリー達はまんまとそれに惑わされていた。

 今の彼達はそれと同じだ。

 数年前までの自分達と何の違いがあるだろう?

 

「……だから、教えてくれよ」

「……おい、シェーマス──」

「君達のことは友達だと思ってる。だけど、いつも君達は勝手に事件に巻き込まれて知らない場所で傷つくじゃないか。せめてどういう理由で死んでしまったのか知りたいと思うのは、おかしいことか?

 例のあの人が全盛の時は、たくさんの人が死んでいったんだろ?

 僕達に何も分からないまま仲間が傷つくのを指を咥えて見てろってのか?」

「…………!」

「……筋が通ってないのは俺達の方だったみてえだな。何も知ることができねえ辛さは、俺達が一番よく知ってた筈だっつうのによ」

 

 いつでも止められるように構えていたロンと、事態を聞いて駆けつけてきたハーマイオニーは痛いところを突かれたような気がした。自分達は知らず、傲慢になっていたと感じた。

 元より、立場は同じなのだ。

 あの事件の当事者であるシェリーやベガと友人であり、騎士団の親族がいるというだけでウィーズリー家の子供達やハーマイオニーは事情を知ることができた。

 だが、彼達は未だ何も知らない。

 その上で、『友人として辛さを分かちたいから知りたい』などと言われれば事情を話さないわけにいかないだろう。

 

「つっても、俺が来たのはちょい遅くてよ、あの日のことはシェリーの方が──」

「私がセドリックを殺した」

 

 談話室の空気が凍った。

 壊れたブリキの玩具よりも緩慢な動きで、ベガは振り向いた。

 そんな話、聞いていない──!

 

「私が、セドリックを、殺した。服従の呪文にかけられて殺したの。でもあれは精神状態がまともなら弾けた筈……だから、セドリックが亡くなったのはひとえに私の実力不足のせい」

「な……」

「ブルーは何十本もの槍で串刺しにされた。ローズは水の牢獄の中で溺死した。だけど私は何もできなかった……」

 

 口からぶち撒けるように彼女は言葉を綴る。

 そこに込められていた悔恨は、どれだけのものだったろう。

 誰よりも優しい少女が抱えた闇は、想像以上にだった。

 

「だけど心配しないで!私、強くなるから。あの害虫どもは皆んなには一切近寄らせないからさ。だから心配することなんてないよ。いつも通り、普通に過ごしてくれればいいの!」

 

 かと思えば、あっけんからんとした笑顔。

 そこでようやく気付く。ここ最近の覇気の無さは友人を三人亡くして消沈しているものだと思っていたが、彼女の精神状態は、今、極限まで削れているということに。

 

「なにを……言っているの、シェリー。例のあの人の恐ろしさは、この四年と少しで何度も味わったでしょう!?だからこそ、私達も一緒に……」

「分からないかな?足手纏いって言ってるの」

 

 シェリーのものとは思えぬ冷たい声色に、ハーマイオニーは恐怖すら覚えた。

 

「足手纏いなんだよ。これまで色々事件に関わってきて勘違いしちゃったのか知らないけれど、貴方達は、少なくとも戦いという面では毛ほども役に立っていない。そんな輩が、ヴォルデモート達と戦う?つまらない冗談だね」

「シェリー、お前──」

「ベガ、貴方は強いけど仲間が傷つくのを極端に恐れる悪癖がある。味方に危害が及ぶ可能性があれば、その後の状況なんて度外視で助けに行ってしまう。

 駄目だよ、そんなんじゃあ。今まではそれで上手くいっていたのかもしれないけど、いつかそんな甘さに付け込まれる日が来る」

「…………」

 

 ベガはその言葉を否定できなかった。

 一年生の時、先のことまで考えずトロールの攻撃からシェリー達を庇った。

 二年生の時、バジリスクの被害が出てしまうかもしれないと、彼は現場へ急行した。

 三年生の時、グレイバックへの囮役を買って出た。

 四年生の時、ネロ達がこちらを騙しているかもしれないと分かっていながら、シェリー達を救うため彼の提案に乗った。

 ベガ・レストレンジはどうしようもなく甘い。

 幼い頃に親友を目の前で亡くしてから、彼は誰かを切り捨てられない人間になった。

 その認識に、間違いはない。

 

「そもそも、今のグリフィンドールで私に敵う人はいない。上級生含めてね。私程度に勝つことができない人が、これから先の戦いについていける筈もない……だから私がヴォルデモートを殺すその時まで、貴方達は大人しく、……生きてさえいてくれればいい」

「……そいつはできねえ相談だなァ。パパママ助けてのガキじゃねえんだ、自分の身は自分で守るに決まってんだろ。

 あと言っとくが、思い上がんな。最強は俺だ」

「……試してみる?」

「俺ァ構わねえぞ」

 

 それでもベガは、シェリーの言い分を認めることができなかった。

 彼女の主張を認めれば、彼女はたちまち一人で立ち向かっていってしまう。命をも省みぬ特攻で、無茶をしてしまう。

 いや、それ以前に。

 今ここで彼女を一人にするのは、

 何か、無性に、駄目な気がする。

 だから、戦ってでも止め──

 

「やめろ二人とも!!」

「…………ロン?」

 

 剣呑とした雰囲気の二人にも臆せず、赤毛の少年は二人の間に立ち塞がった。ハッとして周りを見れば、シェーマスは顔を青くしているし、下級生はぶるぶると震えている。

 ……しまった、やり過ぎた。

 

「僕達の敵は例のあの人だろう!ここで仲間と傷つけ合うことが今この場でやるべきことか!?今は団結の時だって、ダンブルドアも言ってたろ!!」

「…………」

「………。まあ、いいや。私、寝るから」

「おい、シェリー!」

 

 呼びかけにも応じず、シェリーはどこかへ行ってしまう。

 その背中は、とても小さなものに見えた。

 

(シェリーの奴、一人じゃどうしようもねえから皆んなでどうにかしようって話じゃないか。焦りやがって……!)

 

 ロンも、ハーマイオニーも、ひいてはグリフィンドールの誰しもがその背中を追うことができなかった。

 そして──シェリーは。

 決定的なまでに。

 シェリーはグリフィンドールの仲間達との関係が決裂したのを感じた。

 

(…………)

 

 気付けばシェリーは、禁じられた森に来ていた。

 別段ここを怖いとも思わなくなった。森の奥深くへと踏み入りさえしなければ、ここは気を落ち着かせてくれる静かな場所だ。校則違反になってしまうのだろうが、もう、どうでもいい。

 退学になるならそれでもいい。

 ヴォルデモートさえ殺せるのなら……、

 

「ルーナ?」

「ん。あんたも来たんだね」

 

 月明かりに照らされる彼女はどこか神秘的なものがあったが、シェリーの視線はそれより奥を見据えていた。黒毛の、ひどく痩せ細った 馬だ。骨のような羽根があるのを見るに、天馬の近縁種だろうか。

 シェリーはこの生物に見覚えがある。

 今年から馬のいない馬車を引くようになった生物で、しかしシェリー以外の人間には見えていなかった摩訶不思議な生き物だ。

 

「あれはセストラルだよ」

「……死の瞬間を見たことがある人にしか見えないっていう?」

「うん。私の場合はお母さんがね。魔法の実験が好きな人だったんだけど、その実験の最中に、ね」

「………それは、辛かったね」

 

 そこで、はっと気付く。

 ルーナも大事な友達の一人だ。故に、血塗られた自分などに関わらせていい人間ではないというのに、べらべらと話を──。

──まあ、今は誰も見ていないし……。

 摩耗した精神はそんな選択をしてしまった。

 何となく、ちょこんと隣に座る。

 暫くの間、アンモラルな肉体のセストラルを感傷しながら呆けていたが、不意にルーナが言葉を紡ぐ。話題を切り出したというより、レイブンクロー特有の、好奇心に近いモノが故の行動だった。

 

──なんで一人でいるの?

 

 という、シェリーが今もっとも聞いて欲しくて、けれど触れてはほしくなかった事柄だった。

 

「ちょっと、喧嘩して……」

「ふうん」

「……あまり興味なかった感じかな」

「あたしはあんまり友達多い方じゃないから、喧嘩もしたことない。だからその感覚がよく分かんないからね」

「……そっか」

 

 ルーナの友情に対する理解は浅い。知識として知ってはいても、経験が伴っていないのだ。なればこそ、グリフィンドールの生徒達のようにシェリーを大切に思ってはいても、そのアプローチは違ったものであった。

 この安息は、そういう理由か──。

 

「でもあんた幸せもんだよ。そういう風に言ってくれる人がいて」

「……うん。本当に、恵まれてるって思うよ。本当に……」

 

 シェリーは、大切な人がこれ以上目の前で死なれてはきっと壊れてしまう。彼女自身それが分かっているからこそ、死と隣り合わせの自分に近付けさせたくはないのだ。

 今ボガートと対面すれば、仲間の死体が出てくるだろう。

 ああ、

 想像するだけで、恐ろしい。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「いい加減黙れよ豚野郎」

 

 教室がしんと静まり返る。

 シェリーは自分がここまで単純だったことに内心驚いていた。

 目の前には信じられないものでも見るかのような目を浮かべ、口をぱくぱくさせているガマガエル女の姿があった。

 事のはじまりは数分前。

 アンブリッジが補佐のオスカーにプリントを配らせ、その冗談みたいな内容にグリフィンドールの生徒達は目を疑った。授業中の私語は厳禁、質問は手を挙げてから。というのは分かるが、アンブリッジとオスカーに口答えした場合、即・罰則というのは度が過ぎている。

 彼女達に対する罵詈や意見は、ひいては魔法省に対する反逆の意思有りと見做すとか何とか。

 

「為政の中心たる魔法省に対し忠誠が誓えないというのは社会不適合者と同じなのです。魔法省の庇護を受けず、勝手に暮らして独自の勢力を持つ巨人族やケンタウルス族と同じ。半ヒトと同程度の尊厳しか持たない出来損ないと同じなのです──あらやだ私ったらつい汚い表現を、おほほほ」

「っ、それは彼達に対する冒涜──」

「お黙りなさい!……質問は手を挙げてからよ、ミス・グレンジャー」

 

 幼児でも相手にしている風だった魔女が一瞬見せた鬼のような形相に一瞬怯むも、ハーマイオニーは姿勢を正し手を挙げる。

 魔法省の方針もそうだが、度々ケンタウルスに助けられ、狼人間であることに苦悩している人物をよく知る彼女にとってアンブリッジの侮辱は許せないことだったのだ。

 彼女はかつてルーピンを獣同然と罵ったことを後悔している。

 しかしあくまでアンブリッジは厚顔だった。

 

「ねえミス・グレンジャー。魔法省が敷いた法に背くのって、すっごく悪いことじゃなあい?だから彼達はとっても悪い連中なのよ」

「しかし──」

「はい、それじゃあ授業を始めます!皆んな教科書は持ってきたわね?よろしい。中身を音読すること!大きな声で、ゆっくりと!」

 

 糞のような内容だった。

 闇の魔術に対する防衛術において、杖を使わない授業など有り得ない。そりゃあいつかのスネイプの狼人間講座のような時もあったが、それにしたって教科書になしっかりと『どこに気を付ければいいか』『出逢った場合どうすればいいか』についての記述があった。

 この教科書にはそれがない。

 例えるなら、野山でも生きていけるためのサバイバル術を学びにきたのに自然が人間の心に与える影響についての理論を聞かされているような感じだ。広義のジャンルは同じだが、趣旨がズレている。

 仮にも本という媒体である以上、全く意味のないことを書いている訳でもないが、少なくとも『ふくろう試験』には無縁の知識であることに間違いないだろう。

 

(あるいはそれが狙いか。私達から反乱するための力を取り上げるという目的で──)

 

 何にせよ、試験が迫った今年の五年生と七年生は可哀想だと思う他ない。

 とはいえここで歯向かっても時間の無駄、せめて頭の中で他の授業の復習でもしていよう、それともヴォルデモートに対する凄惨な殺し方でも考えていた方がいいかな?などと思っていると。

 

「グリフィンドールから一点減点」

「………えっ」

「別のこと考えていましたね?授業に集中しないなんていけない生徒ねえ」

 

 確かにその通りだが。

 シェリーは目立つと虐められた幼年期と嫌でも目立つホグワーツでの経験から、視線には敏感な方だ。だからアンブリッジがこちらを見ていない隙を見計らっていたのだが……。あれは、シェリーを見せしめにする意図があってのことだろう。

 彼女に授業計画にはシェリーを不当に罰することが組み込まれていた。というかこの授業で集中も糞もあるか。何に集中しろというのだ?

 

(……気を抜いていたのは事実。いけないな、きちんとこの本からも知識を吸収しないとそれこそ時間の無駄に──)

「そんな心持ちだからあんな嘘も吐くのかしら?神聖な魔法学校対抗試合をあのような形で穢すなどあってはならないことですわン。ましてや痛ましい死亡事故を妄言で改変するだなんて」

(……………)

「皆さんも見習ってはいけませんよ、セドリック・ディゴリーとフロランタン姉妹は事故によって死亡したのです、魔法省はこの結果を重く受け止めより盤石な体制を──」

「いい加減黙れよ豚野郎」

 

 シェリーはもう我慢ならなかった。

 アンブリッジがシェリーを怒らせて見せ物にする狙いがあったのだろうが、そんなことは頭の中からすっぽり抜け落ちていた。

 それに、反則だろう。

 セドリック達の名前を持ち出されては──。

 

「ああ、すみませんね。それにしてもこの教科書は何です?意味のない紙屑を読ませてホグワーツの戦力を削ぐつもりですか?へえ、足りない脳味噌でよく考えましたね、えらいえらい。

 いい死喰い人になれますよ」

「黙りなさい、ポッター」

「ああでもやっぱり無理かな。たかだか学校の生徒達に怖がっている程度じゃあ、貴方の底の程度も知れるというもの」

「黙りなさいと言ってるのよ!!」

 

 アンブリッジは激昂した。

 

「貴方は罰則よ!!いいわね!?」

「……」

「返事をしなさい!!」

「ああ、黙れと言われたものですから」

「っ、この……!」

 

 怒り心頭のアンブリッジは、激情に身を任せ杖を振る。

 短い悲鳴が上がる。しかし、その魔力が発射されることはなく、射出台たる腕ががっちりと万力のように抑えられていた。

 屈指の反射神経を誇るベガが彼女を止めたのだ。

 

「そこまでにしといてくれや、先生」

「……!!貴方も罰則よ!!」

「マジかよ」

 

 ベガはバツの悪そうな顔をしたが、少なくとも二人の行動は、獅子寮の彼達に対する認識を改めさせた。

 まあ魔法省が狂っているのが伝わったのと、最悪の事態が避けられただけマシか、とベガは席に着こうとして、

 ふと視線を感じた。

 

「…………、っあ」

 

 補佐のオスカーが、手を伸ばした姿勢で固まっていた。

 アンブリッジが魔法を使おうとした瞬間に咄嗟にそれを止めようとして、しかし自分の立場を思い出し止まっている、といったところか。

 オスカーはしばらく視線を迷わせた後、グッと唾を呑み込み、元の場所に戻る。

──魔法省側ではあるが、善人、なのか……?

 

 後日、シェリーとベガはアンブリッジの部屋に向かっていた。

 ベガはバックれようかとも思ったが、下手に刺激してグリフィンドールへの風当たりが強くなっても困る。なればこその判断だ。

 それにシェリーばかり理不尽な目に遭うのも違うと思う。

 ……しかし、まあ。

 空気が重い。

 

「……いやァ互いに災難だな、あの女から目ェ付けられて」

「…………そうだね」

「一体どんな無理難題を課されるのかね。お前はどう思う?」

「…………さあ」

 

 前を歩く彼女からの返答は素っ気ない。

 談話室で決裂したからか、シェリーは一人で過ごす時間が多くなった。心を開かず、自分の殻に閉じ籠っている。現状、彼女は獅子寮で孤立してしまっているし、彼女もそれを是とした。

 しかし、罰則に巻き込んでしまって申し訳ない気持ちと、こちらの呼びかけに無視するのも忍びなさで返事を返していることを察すると、つくづく悪役に慣れていないな……などと思ってしまうベガだった。

 と。

 アンブリッジの部屋の戸が少し開かれていた。中の話し声が漏れ出ている。この声は、部屋の主であるアンブリッジと……オスカー、だろうか。

 ……言い争っているような語気だった。

 

「アンブリッジさん、そんなことを生徒に?いささか横暴すぎるのでは…」

「分かってないわねン。私達が厳しく接するからこそ、魔法省もホグワーツに対して存在感を示せるのよ」

「……しかし……」

「オスカー、あなたはここの職員である前に私の部下でしょう?だったら個人の意見と私の命令、どちらが優先されるべきものか分かるわね?」

「……ッ、失礼します」

 

 オスカーが部屋から出ると、シェリー達と出くわした。

 彼は二人に気付くと、どこか申し訳なさそうに、

 

「……すまない」

 

 と言って去っていく。

 ……アンブリッジの行動に思うところがあるのだろうか。

 魔法省も一枚岩ではない。例のあの人の復活を信じられなくとも、今の魔法省がおかしいことくらいは分かるだろう。

 ましてやその歪みの塊のような女の側近であれば尚のこと。

 話次第では、味方になってくれるだろうか。

 ともあれ罰則を受けなくては。

 

「いらっしゃい、ンフフフ」

「……こんにちは」

「……ちーす」

 

 こいつの声を聞くとげんなりする。

 辟易とした二人は、中の様変わりっぷりを見て更に頭がクラクラした。およそ壮年の女性の部屋とは思えない少女趣味だ。ピンク色の空間に動く猫の写真がズラリ。年頃の少女であってもキツい部屋だ。

 

「じゃあ早速罰則を」

「お〜〜っと!その・前・にィ」

「何すか」

「お茶でも飲みましょう?大丈夫何も入ってないから」

 

 嘘をつけ。

 手渡されたカップには滅茶苦茶怪しい気配が漂い、アンブリッジも二人が飲む瞬間を期待の眼差しで見つめている。……入っているのは毒か何かか?

 

「……そっちのカップの方美味しそうだなア〜」

「駄目よ!!貴方達はそっち!」

(絶対何か入ってんじゃん)

 

 カップを机に叩きつけたい衝動を堪えて、あくまで紳士らしく淑女らしく振る舞うことにする。紳士らしくベガは机の下で杖を動かして何やら魔法をかけているようだった。

 シェリーもそれを見て、まあ彼が何かしてくれているなら大丈夫かな、と口の中に紅茶を含む。念のため、あくまで含む程度だ。

 

「…………?」

「ぶっ!?この紅茶腐ってんだけど!?」

「えっ」

「は!?う、嘘おっしゃい!そんなわけ………ほんとだ………」

 

 普通に悪くなってた。

 お茶の中に何か混ぜるとかそれ以前の問題だった。

 

「真実薬を無駄にしてしまった……でもたかが薬如きにケチケチするのは貧乏人の考え。スネイプせんせにもっかい調合させればいいだけの話ですわっ」

(分かってて言ってんのかこいつ?)

「ええ、さて、罰則でしたわね。はいこれ。このペンで『私は嘘をついてはいけない』と書いてくださいな」

「ペンなら持ってきましたけど」

「いいのよ、こっちのペンを使いなさい。ンフフフ、便利よ、それ。インクが要らないんですもの」

「……どれだけ書けばいいんです?」

「身に染みて覚えるまで、よ」

 

 彼女の虫でも見るかのような濁った目が、ペンに何か仕込んでいると言外に告げていると察しつつも、シェリーとベガはひとまず従順な態度を示すことにする。

 アンブリッジのペンを握りしめ、その一文を書いたところで、異常は現れた。

 

「ッ!」

「うっ…!?」

 

 ペンを持つ腕に痛みが走る。

 その部分だけ熱を帯びているかのようだ。白いシャツに、若干ではあるが血が滲む。そしてアンブリッジのニマニマした顔を見れば、それが仕組まれたものなのは明白。

 ダメージを肩代わりする魔法には心当たりがある(つーか去年見た)。おそらく、ペンで書いた事柄を腕に移す魔術式が組み込まれているのだ──!

 

(胸糞悪ィ魔術だ。俺達に文字を刻み込むつもりか。こっそり杖を使えばダメージの行き先を操作できるんだが……

 いや、それじゃアンブリッジがつけ上がったままだ)

 

 あのガマガエル女がこのまま優越感を覚えたまま終わるのは気に食わない。それはベガのプライドが許さない。シェリーもまた、ベガに痛みを与えているという事実に苛立っているようだった。

 罰則は日が暮れるまで続いた。

 きっと、腕には『嘘をついてはいけない』という文字の形に腫れた痕があるのだろう。これが続けば、傷はますます治りにくくなる。

 しかし問題は痛みそのものではない。

 その傷が残れば、アンブリッジに心のどこかで屈服してしまう。

 

「ンフフフフ、嘘をつくことの重みを身をもって味わったかしら。これからもここに来て、嘘をつくことの愚かさを知ってもらうわよ」

「…………」

「…………」

 

 だから、二人は。示し合わせたようにペンを握り、

 自分の腕に突き刺して、

 そして横一線に引き裂いた。

 

「!?な……な……」

 

 腕から血が勢いよく流れ出る。

 通常のペンで傷つけるよりも痛みは二倍。見た目以上の痛みが彼達を襲う。

 一瞬、苦悶するが、それでもこの程度の痛みなど何てことはないと猛禽類よりも鋭い目をぎらぎらと浮かべる。痛み?苦痛?知ったことか!

 

「あァ、悪ィな先生。痒かったもんで、ついかいっちまった」

「そのペン、弁償しますね。今度はもっとマシなペンを買うことをお勧めします」

 

 口をぱくぱくさせたアンブリッジを尻目に、二人は退室する。

 これは挑戦状だ。

 「お前の嫌がらせになど屈しないぞ」という──!

 

 

 

「この程度で痛いだとか思わない。私には、どれだけの苦痛が待ち構えていようとも殺さなければいけない相手がいるのだから──!」

 




◯オスカー・フィッツジェラルド
本作品最後のオリジナルキャラクター。
蒼と金の眼を持つオッドアイで、眼鏡をかけている。燻んだアッシュグレーの髪で、似た色のスーツを着用。
アンブリッジの側近。ホグワーツでは彼女の授業補佐をしている。
どこに行っても溶け込めるが、どこに行っても消えてしまうような、煙草の煙のような男。
生徒達からはつまらない役人だと思われている。レイブンクロー出身。


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4.ダンブルドア・アーミー

「あんたには失望した。シーカーは代わりを探す」

 

 グリフィンドールの新キャプテン、アンジェリーナはそう吐き捨てた。

 彼女の激昂も無理からぬこと。なにせウッドの後を継がんと意気込んでいた彼女に、シェリーはクィディッチを辞めると言い放ったのだ。クィディッチに勤しむ暇があればヴォルデモート達を殺す力を身につけたいから、という理由で。

 それがアンジェリーナの逆鱗に触れたのである。

 シェリーの孤立化、そしてアンブリッジの存在はグリフィンドールに波紋を広げていた。

 これはまずいと、空き教室にてベガやドラコが集まって今後の方針を話し合うことにした。防音対策はバッチリで、誰かに見られている心配もない。

 

「獅子寮どころか、ホグワーツ全体の雰囲気が悪くなってやがる。『勉強会』の開催を早めた方がいいな」

 

 勉強会。

 闇の魔術に対する防衛術を自主的に学ぶというものだ。アンブリッジがまともに授業を行わないならば、こちらで実践的な授業を行ってしまえばいい。特に闇の時代が本格的に訪れた時、自衛手段があるのとないとでは雲泥の差がある。

 このアイデアはキングズリーやシリウスはじめ闇祓い連中にも絶賛され、覚えておくべき呪文の教科書を何冊もオススメされたものだ。

 ホグワーツに来てすぐにでも発足したかったものの、アンブリッジの目がある以上大っぴらに動くことはできない。要するに秘密の組織でなければならないのだ。

 シェリーにはその教師役に就いてほしかったのだが、彼女があの様子ではそれも無理だろう。勉強会に参加することすら拒否された。

 

「何人か声をかけてみたんですが、スリザリンはアンブリッジ派が多いので到底人は誘えそうにないですね」

 コルダが申し訳なさそうに言う。

 分かってはいたことだが、改めて蛇寮との確執を思い知らされた。

 

「次のホグズミード休暇で人を集めるわ。そこで勉強会のメンバーに活動方針を伝えて、ついでに名簿も作りましょ」

「ああそうだ、教師役……ていうか、リーダーはどうする?こういうのは最初にキッチリ決めておいた方がいいだろ」

「ロン。リーダーはお前が適任だと思う」

「へえそっか僕………僕ーっ!?」

 

 ロンは素っ頓狂な声を上げた。

 こういうのは自分以外の誰かがやるものだと思っていたからだ。

 

「いやベガとかハーマイオニーとか、もっと適任いるだろ!」

「私じゃただの押し付けになっちゃうし」

「俺もちょっとな。この間、シェリーと喧嘩しちまったろ?俺はただあいつにキレるしかできなかったがよ、お前は周りの状況を見て俺達を止めてくれたじゃねえか」

 

 ロンはごくりと生唾を飲む。

 正直言って彼には荷が重い。常識外れの強さを誇るシェリーやベガといった存在を近くで見てきたからか、彼は友人達に対してコンプレックスを拗らせるよりも半ば諦めの方向で割り切っていたのだ。

 シェリー達だけではない。頭脳がズバ抜けているハーマイオニー、誰よりも強い勇気を持つネビル、スリザリンのリーダーとして頭角を表しているドラコ、氷魔法の使い手のコルダ。

 彼達は僕とは違う、だから他の部分で何とか役に立とう、と。

 自分にできることなんて、限られていて……。

 

「それだけじゃねえ。お前は一年生の時にシェリー達を身体を張って守ったらしいな。二年生の時は脱出経路を用意してくれた。三年生の時は結界を解除して援軍を呼んでくれた。一つ一つは大したことじゃねえかもしれねえが、お前は自分ができることを絶対にこなしてくれている。こんなに有り難えことはねえ」

 

 だからお前を信用するのだと。

 凡人のロンだからこそ勇気を与えることができる、と。

 何たって、ロンは、弱者と同じ立場で、最高に格好良いことが言えるのだから。その言葉はきっと彼達に伝わるはずだ。

 

「……なあ君達、それが一番、上手くいくって思ってるんだな?」

「ああ」

「なら、やるさ。それ以上の説明は要らない……!」

 

 自身の最も信頼する仲間に太鼓判を押された以上、ロンの中に拒否という選択肢は残されていなかった。

 授業のサポートはするが、全体的な指揮と方針はロンが執るのだ。

 

「でもアンブリッジには内緒の集まりか……それじゃあ、スリザリンの僕達に手伝えることはなさそうだな」

「ええ、私達がいたら邪魔でしょうしね」

「?何言ってんだよ、来いよ」

「えっ」

 

 勉強会に不参加の意思を見せるマルフォイ兄妹に、ウィーズリーの末弟は事もなげに言った。

 

「僕達もう仲間だろ?一緒にやろうぜ。君達のことは上手く説明するからさ」

「……あ、……ああ、おう」

「そ、そういう……ことなら……」

「……ええ、ほんと、こういうところよねえ」

「本人は無自覚ってのがまた、ね」

「な、なんだよ??」

「君がリーダーになったのは間違ってないってことだよ」

 

 かくして生徒達のまとめ役にはロンが抜擢された。

 彼にとってこの役職は転機となることだろう。

 しかしちょっとした高揚感をも与えたのか、何か勢いでクィディッチ選抜試験にも応募してしまった。前々からやりたいとは思っていたのだが、あの黄金世代の後釜ということもあり彼はめっちゃ緊張していた。

 脂汗が酷い。ピッチへと向かう途中、やっぱ行くのやめようかなとか思いながら廊下を歩いていると、シェリーとばったり出くわした。

 瞬きほどの沈黙。

 最近彼女とは碌に喋っていなかったので少し口籠った。

 

「ロン?その格好……」

「あ、あー。うん。まあ、ちょっと……選抜受けようかなー、なんて思っちゃったりして。ハハハ、だよ」

「………」

「お、お笑い草だよな僕が出るなんて。やっぱり……」

「ロン」

「ハイ」

「クリーンスイープなら瞬間的に出すよりは全体的なスピードを維持した方が細かな制御も効きやすいし撹乱もできるし……クイックネスだけならニンバスにも劣らない性能だし……キーパー狙いなら箒の張力を利用したら体力の管理もしやすいから意識してみたらいい……と……思う……」

「!ありがとう!」

「じゃ、じゃあ私行くから」

 

 小っ恥ずかしいのかシェリーはそそくさと去っていく。

 彼女は何だかんだ言いながらも仲間想いなのだ。

 ロンの沈みがちだった気分は遽に高揚し、ダメでもともと、最後までやってみるか!と意気込んでプレーを行い、他にまともな候補がいなかったこともあって見事キーパーの座を勝ち取ったのであった。

 ちなみにシーカーにはジニーが就いた。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 そして来たるホグズミード休暇。

 ひっそりと佇むバー、ホッグズ・ヘッドには既に集合をかけた生徒達が集まっていた。隠れ家風パブとしてマニアには密かに人気のこの店だが、遊びたい盛りの生徒達からは敬遠されがちだ。だからこそハーマイオニーは集まる場所をここに決めたのだ。

 しかしいつも繁盛している三本の箒の方が人が多くても目立ちにくく、声も聞き取りにくい。それは三年時にあのパブで大人達がシリウスについて話していた時、近くで聞き取る必要があったことからも証明できる。

 だがそれでも敢えてこのバーを選んだ。選ぶだけの理由がもう一つあるのだ。

 

「アバさん、バタービール人数分頼む」

「ふん、ガキどもが」

「……後で俺の守護霊見せてやるから」

「店にある一番良いの持ってきてやる」

 

 アバさんと呼ばれた店主はウッキウキでジョッキを用意する。

 彼は無類のヤギ好きらしいのだ。以前ベガがホグズミードで自分の守護霊についてポロリと言った時、物凄い勢いで食いついてきて、それ以来やたらと贔屓してくれるようになったのだとか。

 曰く、ヤギ好きに悪い奴はいないとか。

 別にベガは守護霊がヤギなだけで特別ヤギが好きだとかそういう訳ではないのだが……。

 彼とは事前に交渉して、聞き耳を立てていたりアンブリッジに類する者がいればすぐに伝えてくれることになっている。聞けば、嘘かまことか相当の実力者らしい。

 

(しかしまさかあいつの弟とは思わなかったが……)

「……おいおいハーマイオニー、ちょっと数多くないかい。きみ、両手で数えられるだけの人数だって言ったろう!?」

「あら、びびってるの?」

「び、びびってるもんか!」

 

 ざっと見ただけでも三〇人は集まっていた。

 獅子寮の人数が最も多く、フレッド、ジョージ、ジニー、リー、シェーマス、ディーン、パーバティ、ラベンダー、アンジェリーナ、アリシア、ケイティ、コリンとデニスのクリービー兄弟。そしてロン、ハーマイオニー、ベガ、ネビルの四人だ。

 鷲寮からはチョウ、ルーナをはじめとして、監督生のアンソニー・ゴールドスタインとパドマ・パチル、マリエッタ・エッジコム、マイケル・コーナー、テリー・ブートらが参加している。

 穴熊寮からは監督生になったアーニー・マクミランにハンナ・アボット、ジャスティン・フィンチ・フレッチリー、スーザン・ボンズ。

 そして蛇寮からはドラコ、コルダだ。

 見知った相手とはいえ、これだけの人数を相手にすると流石に緊張する。ネビルに励まされ、深呼吸すると、ロンは彼達に見える位置に立った。

 

「おほん、それじゃあ始め──」

「シェリーはいないの?」

「あいつは不参加だ。この集まりのこと自体は伝えてある、やる気がありゃその内来るだろ」

「ええっ!?じゃあ僕は今日何を撮れば!?」

「ヤギでも撮ってろ」

「なんだよ、あの日何が起きたか聞きたかったのに」

 

 不満を隠そうともしないのは、小生意気そうな顔の五年生。ハッフルパフのザカリアス・スミスだ。

 

「なあ、ベガ。聞かせてくれよ。あの日何が起こったんだ?」

「説明はもう散々したろ」

「それは君達が勝手に言ってることだろ。例のあの人と戦って生き残っただって?なあ、セドリックが死んだ時のことちゃんと話してくれよ」

(本当にハッフルパフかこいつ?)

 

 ちらりと見ると、チョウの顔が少し強張っていた。

 彼女がセドリックに惚れていたことは察しがつく。しかしその辺りを無遠慮に聞いてくるザカリアスはいかがなものか。

 ベガが適当に答えようとすると、ロンが制した。

 

「ザカリアスだっけ?ベガ達はあの時のことはもう散々話した。今学期に入ってからずっとね。それでもまだ君が信じられないってんならもう君には何を言ったって無駄だと思うね」

「……僕はセドリックに何が起きたのか──」

「ここはそういうことを話す場じゃないぜ。なあハーマイオニー」

「えっ?え、ええ。そうね」

 

「ここには、そう、闇の魔術の防衛術を自主的に学びたい、って生徒が集まっているはずです。アンブリッジの指導が酷いっていうのもあるし、今年のふくろう試験が心配な人もいるでしょう。ですがそれ以上に、自分達の身を守る手段を知っておくべきだわ……です」

「いいぞハーマイオニー!」

「ありがとうアンソニー。それで皆んな、今日はその辺りを期待して来たってことよね。そう、私達に求められているのは、理論以上に、自衛の手段……身を守る術を身につけないといけない。死喰い人から、そして、ヴォルデモートから」

 

 短い悲鳴が上がった。

 誰もがその恐ろしさに言葉を失う。純血で、親からその恐怖を伝え聞いている生徒は殊更だ。しかしハーマイオニーをよく知る面々は引き攣りながらも口角を吊り上げる。今彼女は勇気ある行動をしたのだ。

 

「ここまでで、何か質問あるかい」

「なあベガ……有体の守護霊を出せるってのは本当か?」

「ん?ああ」

「悪霊の火も出せるのよね!?」

「まあな」

「それだけじゃないぜ!こいつ達は例のあの人と戦って賢者の石を守ったんだ!まだ一年生の時にだぞ!?」

「最終的にダンブルドアが出張ったがな」

「対抗試合じゃ活躍してたし!」

「そうかな……」

「秘密の部屋でバジリスクと対決したって聞きましたよ!私が聞いた話だと、ロングボトムさんもその時活躍したとか……」

「おおそうだろすげえだろこいつ!」

「なんでネビルの話題の時だけテンション上がるの」

 

 大きく咳払いをすると、「けどな」とベガは続けた。

 

「全部、仲間がいたからできたことだ。いくら一人が強くても限界がある。こいつ達がいてくれたお陰だ……

 で、その仲間の輪にお前達も加わってほしい。誰かが困ってたら身につけた力でそいつを守ってやってほしいんだ」

「……その仲間ってのにあの二人は入ってるのか?」

 

 ザカリアスが指差した方には、ドラコとコルダの姿。

 無理もないだろう。衝突こそ減ったものの、憎っくきスリザリンの代表格みたいな二人が勉強会に参加するというのだ。

 今日だって、この集まりを密告する気かと勘違いしたテリーやマイケルといざこざを起こしたのだ。

 

「二人は秘密の部屋の時、僕達と一緒に戦ってくれた。根は良い奴達なんだ」

「けど二人共スリザリンで──」

「スリザリンだからとか関係ないさ。こいつ達は信用の置ける二人だよ。この会合がバレた時、真っ先に疑われる立場なのに参加してくれたことの意味を考えてみてほしい」

「………」

 

 ザカリアスは口をつぐんだ。

 清濁含めた交渉。そして天然か、最後に限りなく清の自分を曝け出す。これに反論しようものなら却って自分の立場を悪くしてしまうだけだ。

 それに、ベガ達の指導は受けたい筈だ。二人を快く思っていない連中も渋々ではあるが二人の存在を受け入れた。

 

「それじゃあ、一週間に一回のペースで皆んなで集まって会合を行うわよ」

「ああ、クィディッチの練習と被らないようにしてくれよ。まあ今年も優勝杯はいただくけれど!」

「あら、言ってくれるじゃない。連続優勝なんてさせないわ、レイブンクローは去年よりもっとずっと強くなったんだもの!」

「クィディッチ選手同士のバチバチは他所でやってくれるかしら」

「……ぼ、僕も選手なんだからな!」

「お前もかよザカリアス!」

「その割にはスポーツマンシップゼロだね君!」

「うるさいな!!!」

 

 かくして生徒達はぞろぞろと去っていく。

 バタービールを飲みひと息つく。人を纏めるというのは、中々に体力のいる仕事だ。

 と、弛緩した空気の中に二人の来客だ。

 アバーフォースががっちりと首根っこを掴み、ずるずると引き摺ってきたのは魔女……ではない。あれはカツラだ、よくよく見れば中年男ではないか!

 

「おい、聞き耳立ててた怪しいの連れてきたぞ」

「ほ、ほんとにいた!」

「つーかマンダンガスじゃねえかてめー!」

「な、なんだよぅ。いちゃ悪いのかよぅ」

 

 マンダンガス・フレッチャー。

 駄目な大人の典型的な例で、その情報力を買われ騎士団に入った彼だが、子供達の教育に悪い!とモリーからは毛嫌いされている酒好きの男だ。

 

「なあお前達からも言ってやってくれよぉ。俺ァ顔見知りのお前達がこんなシケた店に友達ぞろぞろ引き連れて来たもんだから、何が起きたのかと心配でよぅ」

「シケた店で悪かったな。お前、ウチから金目のモン盗もうとしただろ。騎士団員じゃなかったら今頃ヤギの餌にしてるとこだ」

「え、なんで騎士団のこと……」

「バーには色々情報が集まってくんだよ。特にこんな店にはな」

「しっかしよくやるよなぁ。俺がお前達なら大人達に全部任せるのによぉ。しち面倒くせえことなんざ騎士団に押し付けときゃ楽だってのによぉ」

「そこのカスと意見が同じってのは癪だが、俺も同感だ。ガキの頃なんざ変なこと考えずに気ままに過ごすのが一番だよ。何が楽しくてんなキツい選択をすんのかね」

「ガキはガキなりに足掻いてやるってことだよ──!」

 

 子供達の決意は、揺らがなかった。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「ホグワーツ高等尋問官──」

「権力にこだわるあいつらしいな」

 

 掲示板にデカデカと張り出されたお触れには、アンブリッジとオスカーが任命された役職が記されてあった。

 ホグワーツの閉鎖的で独立的な教育指針を改革すべく、魔法省の役人が授業を監査するというわけだ。つまるところ、ファッジがホグワーツに対して情報収集と共に圧力をかけたいのだろう。彼はダンブルドアが学生を集めて武力集団を作ろうとする気だと思ったらしいのだ。

 聞くところによれば、キングズリーはやたらとファッジの身辺警護に駆り出されここ数ヶ月ほど休みなしらしい。大人って大変だ。

 しかしまあ、そんな誇大妄想を阻止すべくやってきたのがアンブリッジという時点で既に失敗しているとしか思えない。彼女は思いっきりスリザリンや魔法省で上の地位の子供を贔屓するくせに、それ以外には教育と称して体罰一歩手前のことをやりだす始末。

 打って変わってオスカーの方は、彼女とは違う意味でこの任に向いてないように思える。ホグワーツを監査する立場ながら、意外にも幅広い知識で質問にきちんと答えたり、魔法省を目指している生徒の相談に乗ったり、少しずつ受け入れられ始めている。

 

「あの、オスカー先生、これ私からのプレゼントです!」

「ん……ああ、ありがとう。大事に食べるよ」

「きゃーっ!」

 

 つまらない役人かと思いきや能力は高く、生徒達もオスカーのことを信頼し始めている。あのアンブリッジの下にいてよく歪まなかったものだ。

 閑話休題。

 高等尋問官だけならまだいいが、ロン達はその横に貼られた教育令に目が行っていた。要約すれば学生によるチームや団体を全て解散し、再結成の際にはアンブリッジの許可が必要になる、とのこと。クィディッチ・チームも例外ではなく、アンジェリーナは嘆いていた。

 初めての集会の翌日にこれだ。これは、やはり情報の漏洩を疑ってしまう。

 

「ねえこれって、僕達の集まりがバレてるんじゃ」

「それはないわ。皆んなに書いてもらった名簿には呪いをかけてあって、この集まりのことを告発したら分かるようにしてるの」

「分かるようにしてるって……どうやって?」

「顔に密告者とか書かれたニキビができるとか?」

「アンブリッジの顔になるわ」

「何その闇の魔術」

 

 ともかく、情報の秘匿の重要性が増したということだ。

 どうやら高等尋問官という役職にかこつけて、アンブリッジとオスカーがそれぞれの教師達の授業を見て回り評価するらしい。

 仕事熱心なことだ。だが、色々理由をつけてホグワーツの授業にケチをつけたいだけだろう。何とも浅ましい計画だ。

 

 変身術。

「皆さん、ふくろう試験が迫っています。さしあたっては今から出題頻度の高い消失呪文を練習してもらいますが、ひとまずは理論をしっかりと覚え──」

「エヘン、エヘン!」

「ではカタツムリを使って練習します。これである程度要領を掴んだ後は段階を経てネズミ

「エヘン、エヘン!」

「喉飴はどうです、ドローレス。それ以上咳をするようならば貴方には風邪か何かの症状があると見なし感染のリスクを避けるため貴方には医務室に行ってもらいますがいいですね」

「………」

 とどめとばかりに、アンブリッジの口からはよく飛沫が飛ぶからとマスクを着用させられ、もし病気に罹っていたら大変だと距離を取られてしまった。アンブリッジに何もさせないまま授業を終えたマグゴナガルは凄いというべきか何というか。

 

 魔法史。

「エヘン、エヘン!ビンズせんせっ!わたくしちょっと気になることが──」

「………………」

「この時魔法省が魔法使いを守るためとして法律を定めた意図についてどうお考えで……」

「………………」

「何か喋りなさいな!!!!!」

 ビンズはアンブリッジのことなど視界に入っていないかのように黙々と授業を行い、授業中一言も喋ることなくチョークのみで内容を説明してしまった。そのせいで一巻き多く羊皮紙を消費してしまったが、まあ内容も詰まってたし良しとしよう。

 

 魔法薬学。

「魔法薬に使うカエルを切り刻むのだロングボトム!!お前の思うまま切り刻んでやれ!!」

「はい師匠!!」

「ふ、出来の悪い弟子がいたものだ……!」

「何か寒気がしますわ」

 カエルをミンチにする度に何かアンブリッジが青い顔になっていったが、何か呪術でも仕込んでいるのか。そういえばニホンには藁人形に相手の写真をつけて五寸釘で刺せば呪えるとかそんな話があった気がするが、今まさにそれが行われているような気がしてならない。

 

 占い学。

「トレローニー先生でしたかしら?大預言者カッサンドラの曾々孫だとか。彼以来の第二の眼の持ち主ならば、ちょーっと私の今日の運勢でも占ってみてくださる?」

「うるせえんだよ黙ってろビチグソ女髪についてる趣味の悪い蝿みてえな髪飾りの代わりに花火でも括り付けてチリチリになるまで焼いてやろうかそしたらその薄ら汚ねえツラも少しはマシになってるだろうよ……と仰っておりますわ」

「ゲコッ!?」

「あーらやだわわたくしったらつい予言があれでカバラの神秘的な何やかんやでインスピレーション的にうっかり野蛮な言葉をおほほほ」

(罵詈雑言ってあんな風にやるんだ……参考にしよう)

 シェリーが何か嫌な方向で影響受けてた。

 

 結論。

 アンブリッジがしっぺ返し受けてた。

「これ自分で傷ついてるだけじゃね……?」

 

 監査とか何とかのたまった割に、アンブリッジは散々な仕打ちを受けただけだった。

 相手にされないカエル女を横目に、オスカーが冷めた顔でボードに書き込んでいる。

 アンブリッジの側近というが、オスカーはどうも彼女に従順というわけではないらしい。アンブリッジは生徒嫌いという噂を聞いてフィルチを取り込もうとしたらしいが、かつてシェリーに絆された彼はアンブリッジの指令に従う筈もなかった。上手いこと生徒達の罰を回避させて危ない目に遭わせないようにしているらしい。

 この城に彼女の味方はいなかった。

 唯一、パンジーを始めとする一部のスリザリン生だけがアンブリッジとよろしくやっているらしいが……。そういった輩にも見つからずに練習できる環境を見つけなければ。

 しかしそんな都合の良い場所が……。

 

「あるーっ!?」

「三〇人もの人間が一緒に『闇の魔術の防衛術』の練習ができて、尚且つアンブリッジに見つからない場所がまさか本当にあるなんて……!」

「最高じゃねえか、ドビー!」

「お役に立てて光栄でございます!」

 

 トロールにバレエを教えている様子を描いた絵画、『バカのバーナバス』の向かい側に位置する石壁。そこで必要なことを思い浮かべながら三回往復すると扉が現れるという。

 そこは『必要の部屋』。あったりなかったり部屋とも称されるそこは、自分が必要とする全てを与えてくれるところだという。

 眉唾物の伝説だが、ドビーから聞いた話は本当だったようだ。

 大広間ほどの広さの部屋の中には、闇祓い御用達の最新型の隠れん防止器に秘密発見器。敵鏡や、失神呪文の撃ち合いの時にちょうどいいふかふかのクッション。本棚にはハーマイオニーが感動するほどの実践的な防衛術の学術書がズラリ、だ。

 果てはスポーツジムにありそうな高級トレーニングマシンやサウナやバスルームや魔法式マッサージチェアまで……。

 

「いやそこまでしてくれなくてもいいよ!?」

「あんまり人が来ないから寂しいのかな」

「部屋が感情を持つって……あり得そうで怖いわ」

 

 やってきたメンバー達は全員もれなく驚いていた。まさかホグワーツにこんな隠し部屋があったとは、ドビーがいなければこの部屋を知らないまま卒業していた可能性もあったということだ。

 

「となりゃあ次は名前だ!いつまでも勉強会とか集まりとかじゃあ不便だ、皆んなが結束するような格好良い名前が欲しい!」

叛逆の十字架(Rebellion Cross)とかどうよ」

「ベガ、君ってたまに痛いよね」

「………」

HeyHey☆LONDON's STAR(ヘイヘイロンドンスター)はどうですか」

「だっせぇ……」

「!?」

「ごめんコルダ、擁護できない」

「!!??」

「じゃあ無難に反アンブリッジ同盟(Anti Umbridge Alliance)は?」

「んー、日常会話で使ってる時にバレたら困るかな」

防衛協会(Defense Association)とかどうかな?頭文字を取ってDA。これならどこで言っても大丈夫じゃないかしら」

「お、いいじゃん」

ダンブルドア軍団(Dumbledore's Army)とも呼べるわね」

 

 そう言ってニヤリとするジニーは、まさしくウィーズリー家の血を引いているに相応しかった。

 いっそのこと、アンブリッジの誇大妄想を実現させてやろうという腹積りだろう。悪戯好きな生徒達の支持も集まり、晴れてDAはここに設立された。

 

「もしバレたらドローレス軍団(Dolores's army)ってことで誤魔化せるな」

「うわあ名前だけでもあの女の部下になるって嫌だな!」

「バレる日が来ないといいね……」

「それを防ぐために、今度からはこれを使うわ」

「……ガリオン金貨!?買収するつもりかい!?いや貰えるのなら有り難く貰っておくけど!」

「これ、偽物のお金よ?レプラコーンの金貨にヒントを得て、ね。本物の金貨には鋳造した小鬼と年月が示す番号があるんだけど、この偽金貨は次の集会の日付を時刻を表すわ。日程を決めたら、私が持ってる大本の金貨の数字を変化させて、それに合わせてその金貨も変化するようになってるわ。その時に金貨が熱くなるから、ポケットにでも入れておいて……ど、どうしたの皆んな」

「そ、それいもり試験(N.E.W.T)レベルのこうとう魔法ですよ……!?」

「君ってレイブン以上の頭脳じゃないかい!?」

「あ、ありがと」

「お前ってたまに発想力凄えよな」

 

 ハーマイオニーが時折見せる発想は有用なものが多い。

 単純な強さでは優秀な生徒の域を出ず、頭脳面ではベガと同程度の彼女だが、その豊富な知識量と閃きで誰よりも有用な作戦や策や仕組みを考案することができる。

 タイプが違うだけで、彼女もまた優秀な頭脳派魔法使いなのだ。

 さて、肝心の魔法の練習。ロンが集合をかけて、緊張しながらも言葉を紡いでいく。個々の実力を測るためにも、まずは基礎からだ。

 

「まず最初は、エクスペリアームスからだね」

「武装解除呪文?そんな初歩的なのを今更?」

「君ほんと何にでも噛みつくね……ベガ、お願いしていいかい」

「任せろ」

 

 ザカリアスが前に出ると、ベガとお見合いの形で向き合った。

 武装解除呪文を撃ってこい、と言うと、ザカリアスは怪訝な顔をした。当然だ、ベガは杖すら持たずポケットに手を突っ込んでその場に突っ立っているのだから。

 しかしザカリアスは不満を爆発させるように言われた通りに呪文を放つ。噛みつくだけあってその呪文の出来自体はそこそこだが、数々の修羅場を潜ってきたロン達から見ればそれはあまりに凡庸で稚拙に過ぎた。

 ベガはその場から殆ど動くことなく、僅かに頭を揺らすだけで呪文を避ける。驚く彼の身体に、いつの間に杖を抜いたのかベガの高速の一撃が叩き込まれ、大きく宙を舞いクッションまで吹き飛ばされる。

 まるで子供扱いだ。その分かりやすいまでの実力差にメンバー達はあんぐりと口を開けた。

 

「ベガ、解説頼む」

「いいか、杖に注目な。今のザカリアスの魔法の出し方はこうだ、ただ魔力を出すことだけに集中しちまってる。これじゃあただ出てるだけだから、すぐにスピードは落ちちまうよな?」

「あ、ああ」

「杖はいつも直角に構えろ!きちんと腕を伸ばして身体全体を意識して撃てば、魔法を出す時の反動も半減される。そして伸びた腕から魔力を真っ直ぐ出してやれば、スピードも増すってわけだ」

「成程なぁ。あ、シェリーもよくこの魔法使ってたよな。去年の対抗試合で」

「寧ろそれ以外できねえんだよ。あいつは基本強力な魔法をすごいスピードで撃つってだけだ。おかげで泡頭呪文とか、補助系の呪文覚えさせるのほんと苦労したしな……」

「意外と不器用だよね」

 

 しかしシンプルな戦闘スタイルでも、基本が極まっていれば敵にとっては厄介なことこの上ない。ただ普通に強いというのは、地味ながら最も恐ろしいのだ。

 

「んじゃ、一番呪文の上手いベガが見回るから、ペアを組んでお互い魔法をかけあってくれ!」

「……………」

「どうしたザカリー、ああ散々嫌味言ってたからあぶれてるのか」

「ぼっちだね」

「やめろよ!!!」

「えーっと、ザカリアス?私達のペアに混ざる?」

「……ありがとうジニー、ルーニー」

「ルーナだもン」

「それとドラコにコルダ、君達はフレッド達と組んでくれ」

「な、何だって?」

「ええっ!?お兄様以外の人と組めと!?」

「そうだよ。こうでもしないと君達ずっと浮いたままだろ?最初は僕達と組んで、それから徐々に他のメンバーともペアを組めるようにしていくんだよ」

「む……まあそうだが……いや、分かった」

 

 ドラコはフレッドと、コルダはジョージと。

 ぎこちなくではあるが、二人の存在をDAの中に溶け込ませる目論見だ。ホグワーツの人気者と組めば、多少は抵抗も緩和されるというもの。

 

「それと、完璧に武装解除できるようになったと思ったらベガに見せに行くように!彼と撃ち合って一撃でも当てられたら次のステップに進むよ!」

「一撃?そんなの楽勝だぜ!」

「何回もやったらその内当たるだろ!」

「いやあ……」

「どうかな……」

 

「当たらねえええええ!!」

「オラオラもっと弾速上げねえといつまで経っても当たらねえぞ!不意打ちでも連携でも何でもして俺に当ててみせろ!」

「ぐっ……こ、このっ!!」

「おお、今の動き良いじゃねえか!」

 

 回避型のベガに、ちょっと練習しただけの個人が立ち向かうだけでは到底届きなどしない。だから彼達は協力し、連携し、大きな壁として立ちはだかる天才に向かっていく。

 個ではなく群。

 仲間であることを活かしたメンバー全員の力。ここにいる誰もが強さを求めている、一人一人は最強になれなくても全員でやれば最強に届き得る。

 それはいつか、最強の闇祓い、レックス・アレンが言った言葉。

 

 

 

「いいか、ここにいる全員が仲間だ、協力しあって全員で強くなるんだ!!一人だけ強くても意味がない!!

──皆んなで強くなるんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──秘密の部屋。

 蛇語を使うことのできるシェリーだけが訪れることのできる、彼女だけの特訓場。奇しくもDAの会合と時を同じくして、彼女もまた特訓を行なっていた。

 紅い力も使い、我武者羅に魔法の練習を重ねるシェリーだが、少女の身にはあまりにハードワークが過ぎる。練習相手になっていたバジリスクは、その無茶な特訓に渋い顔をした。

 短時間で魔力を酷使し、息を切らす彼女に、普段の好々爺のなりを潜めたバジリスクは心配そうに声をかけた。

 

『……シェリー殿、ここまでにしておくべきです。こんなにズタボロになって、修練の域をとうに超えているではありませぬか』

「……心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ、このくらい。あの時、セドリック達はもっと苦しい思いをした……そして今も無辜の人々がいたずらに傷つけられている。それに比べたらこんなの苦しくとも何ともないよ」

『……しかし……』

「私は、決めたよ」

 

 鉄のように昏く光る瞳には、研ぎ澄まされたナイフよりも鋭い殺意が奔っていた。紅い力がどうこうではない、彼女の精神は狂気に彩られていた。

 決定的な間違いであることも知らず、彼女はひた走る。

 地獄の坩堝へと──。

 

 

 

「傷つくのが私一人でいいように……一人でも戦える力を手にするんだ……!!皆んなが傷ついてしまったら意味がない!!

──一人で強くなるんだ!!」

 

 

 

 




【DAメンバー】

獅子寮
ロナルド・ウィーズリー
ハーマイオニー・グレンジャー
ベガ・レストレンジ
ネビル・ロングボトム
フレッド・ウィーズリー
ジョージ・ウィーズリー
ジニー・ウィーズリー
リー・ジョーダン
シェーマス・フィネガン
ディーン・トーマス
パーバティ・パチル
ラベンダー・ブラウン
アンジェリーナ・ジョンソン
アリシア・スピネット
ケイティ・ベル
コリン・クリービー
デニス・クリービー

穴熊寮
アーニー・マクミラン
ハンナ・アボット
ジャスティン・フィンチ=フレッチリー
スーザン・ボンズ
ザカリアス・スミス

鷲寮
チョウ・チャン
マリエッタ・エッジコム
アンソニー・ゴールドスタイン
パドマ・パチル
マイケル・コーナー
テリー・ブート
ルーナ・ラブグッド

蛇寮
ドラコ・マルフォイ
コルダ・マルフォイ


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5.グロウプ

オリキャラの強い闇祓いもいるし、対抗試合の選手もいるしで、ぶっちゃけDAなくても何とかなんじゃね?思う人もいるかもしれません。
しかし後々DAがなければ確実に数回詰むので、DAイベントも実はすごい大切だったりします。


 禁じられた森にシェリーはよく訪れるようになっていた。

 殆ど人と会うことがないからである。善意も、悪意も、この森の中には一切持ち込まれない。ここにはただ生き物達がいるだけなのだ。

 シェリーは透明マントを使って、夜遅くまでこの森か秘密の部屋で過ごす生活を送っていた。人と会わなくていいというのは、寂しいが楽でいい。

 冬の夜風の冷たさが耐えられなくなってきたところで、城に戻ろうと立ち上がった時、巨大な影が動いているのを見た。あの岩軀には見覚えがあった。

 

「ハグリッド!?」

「ん?おお、シェリーか!」

 

 大男はにっこりと微笑んだ。

 聞けば、彼は先程戻ってきたばかりだという。お茶でも出そう、そう言って彼は小屋の中に誘おうとしたが……

 

「……いや、ちょいと来てくれんか。おまえさんに見てもらいてえもんがある。俺が何をしちょったかも、歩きながら話そう」

「…………?うん」

「行くのは森の奥だ、杖は持っとれ」

 

 彼に連れられ森の奥へと進んでいく。

 ……暗いので分からなかったが、よく見れば彼の身体は血塗れだ。彼ほどタフな人物が怪我を負うほどの仕事をしていたということか……。

 

「そう、俺はダンブルドア先生に命令されて巨人を仲間にできんかと、奴達の巣に向かっちょったんだ」

「巨人……!?ってことは、海外まで?」

「うむ。ボーバトンの校長を覚えとるか?マダム・マクシームと一緒にフランスの山の中まで、な」

 

 巨人とは、七〜八メートルほどの図体の野蛮な種族で、近縁種のトロールよりはマシな程度の知能を持った種族である。

 要するにデカくて馬鹿で粗暴。だが戦力として頼りになる故、ヴォルデモートは彼達を上手く扱ったし、ダンブルドアも今回の戦争で仲間にできないかと画策していたわけだ。

 

「しかし目論見は上手くいかんかった。

 尾根を越えた辺りに、七、八十くらいの巨人がおってな、そいつらのカーグ(一族の頭)に供物を捧げて機嫌を取って、何とか取り入ろうとしたんだがな。

 もう一押しっちゅうところで、死喰い人がやってきおった。俺達が寝とる間に、連中はカーグの首を切って恐怖政治を執り行ったってわけだ」

「…………」

「思えばそれが狙いだったのかもな。俺達は死喰い人の先手を取れるよう動いとったが、連中は後からやって来てより良い供物と恐怖を与えることで、こいつらには逆らえない、だが先に来た人間より羽振りが良いぞ、と印象付けるためだったんだろう」

「そんな……」

「で、そこで見つけてきたのが俺の弟のグロウプだ」

「うん………えっ!?」

 

 いきなりの衝撃の事実。

 まさか、と思いつつハグリッドが指差した方を見る。シェリーにはそれが一瞬、土塁に見えた。しかしどこからか聞こえてくる寝息と、土塁が若干だが上下しているのを見て察した。

 それは巨人だ。

 背を向けて横になっているが、横幅だけでハグリッドと変わらぬ大きさだ。立ち上がれば六メートルはくだらないだろう。

 ハグリッドを『大きな人間』とするなら、その巨人は『人間の形をした岩』だ。人と近しい種族とは到底思えない。一年生の時に対峙したトロールよりもさらにでかいのだ。

 シェリーの身体がグロウプの頭より少し大きい程度、といえばその巨大さに想像がつくだろうか。

 

「だがよう、こいつは巨人の中じゃチビで、周りの奴達から虐められとった……見てられんで、思わず、俺はこいつを連れ出して来ちまったんだ」

「いじめ……」

「それにこいつは俺に残された最後の家族、肉親でよお!こいつの母ちゃんは小せえって理由でロクに育てもせんかったし、俺は不憫でよお!」

「家族……愛情……」

「だから頼む!たまにでいい、こいつに会って友達になっちょくれんか!?」

「……私でよければ」

「よっしゃあ!」

 

 いじめとか家族とか愛情とか、そういったワードを出されてシェリーが断れる筈もなかった。(当のハグリッドは無意識ではあったが)

 

「でもよかったの?この子にとっては故郷が幸せだったかも……それにこっちに馴染めない可能性だって」

「あそこにおってもいずれ殺されるだけじゃろう。それにいくら巨人が乱暴者だとて、悪させんように躾けてやったらええだけの話じゃ。生まれてくる子に罪はねぇだろう?」

「……ハグリッドってすごく良いこと言うよね」

「そ、そうか?」

 

 ちなみにこれと同じことをマクシームに言った時、彼女は「貴方は素晴らしいひとでーす!」と言って熱烈なハグをかましたのだが……それは別の話。

 

「生まれてくる子に罪はない、か……」

 

──その帰結に間違いはないだろう。間違いはないが、それはあくまで生まれた時の話。

 黄泉路に立った時、人の罪禍は詳らかになる。

 人を生かし愛した者は善であり、

 人を裏切り殺した者は悪である。

 

「私は、後者だ」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 DAの活動は予想以上の盛り上がりを見せた。

 各々がハーマイオニーのアドバイスでめきめきと魔法の腕を伸ばし、ベガという最大最強の壁に通用するかこぞって試す。飴と鞭というべきか、自分が強くなったと実感するとともに、舞い上がりすぎないよう調整しているのだ。

 特に去年の魔法対抗試合でユニークな呪文を数多く見たからか、あの呪文を自分も使ってみたい、と言い出す生徒が多いのはありがたかった。まだまだレベルは足りないが、身の丈に合わないことこそやる価値がある。

 だから今、DA内で問題となっているのはやはりと言うべきかマルフォイ兄妹だ。事情を知らない者からして見れば二人は完全に邪魔者、アンブリッジの手先と思う者までいる。本人達もあまり馴染めていない様子だった。

 という訳で、ロンはかねてより考えていた団体戦を開催することにした。

 

「前衛組はプロテゴを絶対解くな!壁が厚いほど勝率が上がると思え!!」

「マリエッタ、コリン!散らばって動け!相手を覆うように動くんだ!」

 

 攻撃と防御、二つのチームに分かれ、集団での戦いに慣れておくというわけだ。ベガとロンがそれぞれのチームの司令塔となり、チームメイトに指示を出していく。

 攻撃側は防御側が守っているトロフィーを獲れば勝ち、という至極単純なルールだが、彼達は大いに盛り上がっていた。戦況は思いの外拮抗しているのである。

 

「一年生の時のチェス大会を思い出すな、ロン!相変わらず兵の活かし方が上手いじゃねえか!」

「お褒めに預かりどうも!このまま勝ちはいただいてくぜ!」

 

 一時間半にわたる激戦。

 まだまだ課題が残る結果ではあったが、メンバー達の士気は上昇しているようだった。魔法の使い方は多岐にわたるといえど、やはり誰しも一度は戦いのために使いたいというもの。

 汗ばんだ身体をタオルで拭き、それぞれ帰路に着いた。

 

「ジニー、次からはパス練習も取り入れたいと思ってるんだけど……」

「パス?でも私シーカーだよ?意味ないんじゃ……」

「ホラ……何かの間違いで、シェリーがチームに戻ってくる可能性も無きにしもあらずじゃん?あの子不器用だからシーカー以外のポジションなんて無理だし……だからまあ、もしもの為というか……」

「……シェリーが戻って来るのを信じてくれてるんだね」

「!!そ、そんな訳ないし!!勝手にチーム抜ける奴のことなんて知らないし!!」

「いやバレバレだって」

「ねえドラコ、スリザリンのスニッチ・キャッチについてなんだけど──」

「おっとチョウ・チャン、いくら君でも僕達の秘密の特訓をフォイフォイ教えるわけにはいかないな!何たってライバル同士なんだからな僕達は!」

「……俺も選手なんだからな!!!!!」

 

 DAメンバーのクィディッチ選手はなんだかんだ飛行馬鹿同士気が合うのか、そんな他愛ない話を繰り広げることが多かった。

 選手としてまだまだ未熟なロンなどは、必死になって彼達の話のメモを取っていたようだし、箒の手入れが大変だとか、そういう世知辛い話はどのチームも共通だった。

 今は分かり合えずとも、きっと、和解できる時が来る。

 時間をかければ上手くいくはずなのだ──。

 

「でも試合は別だ!!全力で叩き潰させてもらうぞグリフィンドール!!」

「箒の上から指示するお兄様かっこいい!」

「お前ドラコッ、正々堂々戦うとか言うくらいならせめてあの歌何とかしろよ!!集中できないんだよ!!

『ウィーズリーは我が王者 万に一つも守れない〜』

「あ、あれはパンジー達が勝手に……」

「スニッチ見っけ!」

「あっおい待てジニー・ウィーズリーッッ!!」

 

 普段アンブリッジにいいようにされている反抗的でちょっぴり勇敢な生徒にとって、DA活動は密かな楽しみになりつつある。

 そしてDA活動とは何も必要の部屋で行う活動に留まらない。

 ウィーズリーズがよくやるという、教科書のカバーだけアンブリッジ好みの真面目な本にして、中身は実践的な魔法の本にしておくというやり口は一部生徒に大ウケしたし、よほど団体戦が気に入ったのか、メンバーをチェスの駒に例えてどう攻めるのがいいか、とかを話し合ったりすることが増えた。

 とまあ、こういう水面下での活動をしているとそれなりに訝しむ人間も出てくるのだが。

 パンジー・パーキンソンがそうだった。

 

「あんた達、何か隠してるんじゃないでしょうね!!」

「そりゃ人間、隠し事の一つや二つあるだろ」

「そ……そうだけど!!アンブリッジ先生に内緒で何かやってないかってことよ!!」

「ええ〜?そんなことしてないけどォ〜?」

「変な言いがかりつけるのやめてもらえますゥ〜?」

「ああああ!!うぜえこいつら!!」

「その辺にしときなよ……」

 

 嗅ぎ回るだけ嗅ぎ回って何も得られないパンジーには役に立たない駄犬の雰囲気が漂っていた。顔もちょうどパグ犬っぽいし。

 多分、良くも悪くも純粋な子なのだろう。

 

「守護霊の呪文を教えてほしい?」

 

 基礎的な呪文も一通り習得したところで、さて次は何を練習するかと悩んでいるところにジニーからのリクエストである。

 あれは大人でさえ苦戦するような高等魔術だ。魂と感情の形を具現化し使役するのだ、その術式の複雑さは群を抜いている。

 しかし守護霊は何もしなくても主人を勝手に守ってくれるという利点があるし、魔術に組み込ませれば戦術の幅を広げることさえできる。

 早い話がめっちゃ便利なのだ。

 

「どうかな、できる水準まで達してると思うかい?」

「不可能ではねえだろ」

「ならやろう。よし、実際に守護霊を出して解説を……コルダ、君も確か守護霊出せたろ?前に出てやってみせてくれよ」

「わ、私ーっ!?で、でも……」

「やってみるといいさ。これも経験だ」

「お、お兄様がそう言うのなら……」

 

 注目されることに慣れていないのかやや緊張した面持ちだったが、コルダはつつがなく守護霊を呼び寄せた。

 現れたのは、雪豹。

 滑らかで白い毛皮に独特の斑点が散らばり、瞳には美しいサファイア・ブルーの結晶が揺蕩っていた。

 

「わぁ、綺麗……」

「かっこいい!」

「あいつ意外とやるじゃん」

(狼じゃないんだ……ルーピンは狼だったからてっきり)

 守護霊は自分の心象が強く現れる。

 なので狼人間の彼女は狼の守護霊を出すのかと思っていたのだが外れたようだ。だがまあ、溢れ出る気品と、冷たくも慈悲深い雰囲気はまさしくコルダらしい。

 だが当の彼女は美しい守護霊とは裏腹に必死の形相だった。

 この呪文は得意な方ではないようだ。

 

「ちょ、ちょっと解説するなら早くしてください!これ維持するの結構大変なんですからぁー!」

「ご、ごめんなさい。……守護霊の呪文、主に吸魂鬼対策として用いられる魔法だけど、相手を撹乱したり自分の身を守ったり、使いこなせば便利な魔法ね」

「複雑な魔法式と高度な技術が必要な魔法だ、こればっかりは一朝一夕でできるもんじゃねえ。基礎の魔法と並行して回数こなしてけ!」

「あ、あの、もう守護霊消してもいいですか……」

「ありがとうコルダ、お疲れ」

「ぷはっ、ああ、疲れた……」

「ねえ!今のってどうやったの!?」

「わっ!?」

 

 ジニーを始めとする女性陣がこぞってコルダに群がった。

 

「守護霊出せるなんて凄い!」

「豹綺麗だったよ!」

「有体守護霊を出せる学生が、身近にいたなんて!」

「あ、あり……どうも」

 

 褒められ慣れていないのか、コルダはあたふたしていた。

 興奮する女子達の反応も致し方ないだろう。

 彼女の高潔な精神を表した雪豹があまりにも美しかったのだ。捻くれ者のザガリアスやマリエッタでさえも、その美しさに目を奪われていた。

 

(すっかり溶け込んだようだな。心配は杞憂だったか……)

「ねえ、ベガ?」

「?なんだチョウ……、……」

「この後、いいかしら」

「………ああ」

 

 チョウの言葉に微妙に熱が篭っていた。

 DAが終わり、片付けと称して部屋に残る。彼女は緊張を隠しきれない様子で立っていた。

 男女が二人、暗い部屋の中、ヤドリギの下で。

 導かれる結論は一つである。

 

「あなたが好きよ、ベガ」

「……そうか」

 

 告白はする方もされる方も慣れてベガは、なんとなくこの展開を察してはいたが、いざ言われるとむず痒いものがある。

 と、いうか……。

 

(絶対セドリックのこと忘れようとしてるやつじゃん……)

 

 恋愛関係には聡いベガである、チョウの考えていることなどお見通しだ。対抗試合でセドリックと仲睦まじげに話すシェリーに無自覚に嫉妬してしまう程度には好きだった。

 本来、シェリーを憎んでもおかしくない立場なのだが、シェリーもまた大切な友人。苦悶する彼女の姿を見て、やり場のない気持ちをぶつけたかったのだろう。

 だが、それは傷の舐め合いに過ぎない。

 そんな虚しい思いをさせてたまるものか。

 

「さんきゅな。でも今は付き合えねえな」

「え?」

「俺は互いに色々理解してから付き合いたいタイプでな。意外かもしれねえがよ。だから今はお前とは大切な仲間同士でいたいんだよ、……ごめんな」

「………そっか」

(世知辛ぇーっ!)

 

 恋を忘れるための恋など痛々しいだけだ。

 前の男を重ねて余計辛くなるだけ。ならばこそ振ったのだが、なんか心に罪悪感というか、申し訳ない気持ちが生まれてしまったのだった。

 

「ま、及第点じゃない?」

「……覗き見とは感心しねえなラベンダー」

「ほんと、良い男よねえ。初めて会った時はもっと軽い男だと思ってたのに」

「その方が好みか?」

「別に良いんじゃない?その方がまあ、世の女性は幸せでしょ」

「?……もう遅いから早く行くぞ」

「はあい」

 

「あーあ、ベガがもっとクズだったらなー。あんなん私と釣り合わないじゃん……」

 

 聖夜を前にして寒空は更けゆく──。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「ハロー、こんにちは、グロウプ」

「お、ん、い、ぃ、あ。いぇりー」

「すごいね、上手だね」

 

 今日もシェリーは一人で禁じられた森へ。

 最近はアンブリッジやらパンジーやらが何かを探るように城を駆け回っていたが、透明マントさえあればそんな心配はない。

 多分──DAについて嗅ぎ回っているのだろう。

 だがアンブリッジがDAを突き止めることはないだろう。DAにはハーマイオニーもベガもいるし、ドラコやコルダがスリザリンの動向を探れる。情報漏洩の危険性は低い。

 というわけでシェリーはこの森で朴訥と過ごしていた。

 こう何度も森に訪れるとその内勘違いされそうな気もするが、動物や花が好きなシェリーはここが居心地が良いのだ。

 

(……結局、私は人間らしさを捨てきれないのか)

 

 死喰い人達を屠るための殺戮兵器になると誓った。

 けれど彼女の身に宿る、平穏を愛し友達想いの優しい側面はどこか疲れていた。

 グロウプに言葉を教える時間が唯一の趣味というのは、流石に追い詰められすぎている。

 

「ねえ、グロウプ」

「ゔうぅ……?」

「もし願い事が何でも一つ叶うとすれば、何がいい?」

「ゔぁ……ゔぁい、もの、ぁさん、くう」

「美味いもの沢山食う?いいね。

 私はこの戦いが終わったら自殺しなきゃだけど……そうだね、生まれ変わることがあったら、美味しいものを沢山……」

 

 疲れが溜まっていたのだろうか。

 僅かな微睡みの後、シェリーは夢の世界に旅立った。

 

(生まれ変わる頃には、味覚、戻ってるといいな)

 

 

 

 夢を見ていた。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️」

 

 脚に地面を感じず、確かな浮遊感があった。

 ふわふわと微睡む彼女の耳に、話し声が通る。

 

「◼️◼️◼️、◼️◼️◼️◼️◼️」

 

 聞くというよりそれは、どこか脳を貫くという表現の方が正しいような気がする。観測しているのではなく、頭の中に情報を詰め込まれているような感覚。

 

「◼️◼️◼️カバン◼️を◼️◼️◼️◼️する」

 

──いや、そもそもこれは夢なのか?

 なにかがおかしい。

 何せ、目の前の空間は、夢と呼ぶにはあまりに鮮明に過ぎる。

 全身の毛が逆立ったような気分だった。

 これは夢であって夢ではない。

 今起きている現実を、シェリーが夢の中で見ているのだ。

 

「アズカバンの門はこれより開かれ、闇の帝王の従順なしもべ達は再び猛威を振るう」

 

 轟々と燃え上がる火炎の中、黒い髪の少年は満足げに頬を釣り上がらせる。

 癖のある髪に、血の瞳の上にかけられた眼鏡。

 シェリーの唯一の肉親といっていい少年は、アズカバンにて叫んだ。

 

「──終わったんだよ、世界最高の牢獄の伝説は。このハリー・ポッターの手によってなあ!!」

 

 

 

「────ッ!?」

「いぇりー?いぇりー、あい、おおぶ?」

「ッ………あ、ありがとうグロウプ。ごめん、もう行かなきゃ」

 

 ぐるぐる回った頭で、今やるべきことを考える。

 アズカバンが攻められている。

 ハリーと何人かの死喰い人達が、かつての同胞を、今まさに解放せんとしている!かつてない緊急事態だ!

 このことを誰かに伝えなければ。そう、大人に、誰か騎士団のメンバーに。スネイプ辺りに見つかってネチネチ言われてもいい、報告しなければ。報告して、行くのだ──

──そう、ダンブルドアのところに!

 シェリーは校長室まで駆ける。アンブリッジ辺りに見つからないことを祈りつつ、彼女が出せる最大限のスピードで。

 

「何をしている?」

 

 しかしその足が不意に止まる。

 曲がり角の先にいたのはオスカー・フィッツジェラルド。まずい、彼はアンブリッジの側近だ。よりにもよって二番目に会いたくない人物に会ってしまった。

 彼はアンブリッジよりは公平とはいえ、騎士団のことは知らない。話を聞いても妄言だと一蹴されるだけだろう。

 

「こんな時間に生徒が彷徨くなど……このことはマクゴナガル先生に──」

「オスカー先生!お願い!そこ、どいて!!」

 

 言ってから気付く。

 何の説得にもなっていない。こんなことを言っても相手側の疑念を強めるだけ──

 

「……、事情は分からんが、何か、切迫詰まっているのか?」

「え?う、うん」

「よし、行きなさい。君は見なかったことにしておこう」

「………ありがとうオスカー先生!」

 

 いやに物分かりの良いオスカーだったが、好都合だ。

 校長室の場所は分かっている。きっとダンブルドアならアズカバンの現況も耳に入っているだろうが、情報は新しい方が良いはずだ。

 不安を掻き消すように、走った。

 

(お願い、誰も死なないで──!!)

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

──アズカバン。

 世界最高の監獄として名を馳せる、不落の要塞。

 その牙城が今、破られようとしていた。要塞には火が放たれ、闇夜の暗闇の中で轟々と燃えている。

 天下のアズカバンに攻め入った下手人はたった数人。当然だ、死喰い人は裏でアズカバンの職員と繋がっており、いつでも脱獄できる機会は整っていたのだから。

 だからこれはパフォーマンス。敢えて大々的に脱獄をアピールすることで、世界に恐怖を知らしめようという腹だった。

 『前回』の魔法戦争はダンブルドアという最高戦力を攻略する手立てがなく、ダラダラと長引いて終わってしまったが、今回は違う。短期決戦……数年で魔法界を落とす算段だった。

 その先駆けがハリー・ポッターの指揮によるアズカバン攻略戦。とはいえあまりの手応えのなさにハリーは苛立ちを通り越して退屈さえ覚えていた。

 

「おいお前達、出番だぞ!!さっさと出てこい!!」

 

 ハリーの十八番、毒魔法により囚人達を縛り付けていた鎖が、牢がドロドロに溶かされていく。極悪非道の悪人達が、残忍な笑みとともに世に放たれる。

 

「何年もこんなところに閉じ込められて、腕が鈍ってるんじゃないだろうな?」

「ァァ……ァハハハハハハハ!!腕が鈍る、だって!?馬鹿言うんじゃねえよハリー坊や!!あたし達は今すぐにでも塵どもを殺したくってウズウズしてんだからさァ!!!」

 

 ドス黒い悪意がそのまま人の形をしたような女に、ハリーは杖を投げ渡す。長い間アズカバンに囚われていたからか、その魔女の端正な顔は見る影もなく、悪鬼の顔の皮を剥がしたような狂気がそこにはあった。

 しかし、だ。

 ガラガラの声も、狂った瞳も、その名と同じく黒い髪も。全てが美しさと対極にあるはずなのに、頬が引き裂けんばかりに嗤う魔女はこの世のものとは思えぬ鮮烈な色香を身に纏わせていた。

 美しいが故の強さと、強いが故の美しさを持った女魔王は、鬱憤を晴らすように、冥府の底から火炎を手繰り寄せる。

 

「『悪霊の火』──」

 

 岩が、木が、全てが灰塵に帰した。

 闇を孕んだ暗紫の火炎。ベガの揺蕩う泪の蒼炎とは真逆、全てを呑み込み屠らんとする怒りと暴力の焔。

 最強の称号をその手に掴みし魔女を見て、ハリーは満足そうに笑った。己と同じ最高幹部の座に着く者が軟弱者では困る。

 

「流石だな。『世界最強の火炎使い』」

「まだまだ燃やしたりないねぇ。ハリー坊や、燃ゆべき塵どもを寄越しな!帝王に盾つく薄ら馬鹿どもを!この世の全てを燃やし尽くしてやるよ!!」

「その坊やってのやめろ。

 ……ああ、すぐに用意するとも。これから愚かな万象を、一人残らず殺し尽くすんだよ!そうだろう?

──炎の魔女、ベラトリックス・レストレンジ!!」

 

 ベラトリックス・レストレンジ。

 数ある純血魔法使いの中でも有数の名家に生まれ、理性の代わりに差別思想を頭の中に詰め込んだ女。これ以上ないほどに死喰い人の苛烈さを体現した最強格の実力者だ。

 そしてこと戦場において抜群に頭のキレる女で、常に前線で狂笑とともに人を、街を焼き尽くした彼女は、敵からも味方からも恐れられていた。

 と。

 滅茶苦茶に散らばった瓦礫が宙に舞う。その下より出てきたのは、かつてシェリー達を追い詰めた狼男だった。

 

「ァアアアアーッ、オイオイベラ、俺ごと焼く気かァ!?」

「グレイバック!気安くその名で呼ぶんじゃないよ!!」

「なんだ、生きてたのか駄犬」

「ヒャハハホゥ!そりゃ生きるっての!こんな面白ェ祭に参加しねえなんて嘘だぜ!」

 

──フェンリール・グレイバック。

 数多くの罪なき子供達を葬った、血に飢えた狼。

 およそ近距離戦闘において他の追随を許さぬ、至高の肉体を持つ男は、淡く輝く白銀の体毛を血に染めて推参する。

 彼が引き摺っていたのは、見るも無残なアズカバンの職員、だったもの。ただの肉塊に成り果てたそれを、グレイバックは興味がなくなったという風に投げ捨てた。

 ……彼の『愉しみ』に付き合わされたのだ。下卑た笑いを隠そうともせず、狼は猛り狂った。

 

「ったく、派手に壊しやがって。お前達ほどじゃないが、他にも役に立つ囚人はいるんだよ。マクネアに、ロドルファスに、ラバスタン。クィレルとクラウチジュニアもいるんだったか?」

「ああ……その二人は何か様子がおかしかったんだよなァ」

「?それはどういう……」

「──アバダケダブラ!!」

 

 三人の中に不意打ちで放たれた緑の閃光。

 しかしその場の全員が最高幹部の称号を持つ猛者である、息をするように難なくその攻撃を躱してみせた。

 体勢を立て直したハリーは、魔法を放った男を見て、眼鏡の奥の深紅を遽に揺らがせた。彼は……ここにいるべき人間ではない。

 彼の臆病物の精神も、立場から見ても、彼がここにいるのは間違っている。

 なのに──何故、ここにいる?

 

「──なァ、ルシウス・マルフォイ!!」

「私が何故、ここにいるか、だと?簡単な話だ、お前達を足止めするためだよ」

 

 ルシウスは己が真に属する組織の名を告げる。

 不死鳥の騎士団……ハリー達の前に立ちはだかる理由は、それ一つで十分だ。

 ここでハリー達を足止めすれば、時間を稼げば、その間に必ずムーディーやアレン達闇祓いがやって来てくれる。たまたまアズカバンに見回りに訪れていたルシウスは、命を賭して死喰い人達の壁となることを決断した。

 彼は自分を卑怯者で臆病者だと自負しているが、それでも、彼達をこれ以上行かせてはならないということだけは理解していた。

 一分でも、一秒でも長く、この場に留める。

 それが己の使命なのだと。

 そして、ほんの少し、高揚した。

 自分の娘を快楽のためだけに狼人間に変えた男に、子供達を傷つけた男に、復讐を果たす機会がようやく来た。

 グレイバックを見た瞬間に悟ったのだ。自分が今まで生き永らえてきたのは、この日のためだったのだと。

 フェンリール・グレイバックへの対策は万全だ。彼を殺す算段は立ててある。必ず勝てるとは言えないまでも、相討ち覚悟で挑めば一泡くらい吹かせられる!狼人間について誰よりも調べた男が彼なのだから!

 

(そう……グレイバックを殺すことが、コルダへの……そしてドラコへのせめてもの罪滅ぼしになる!私の罪をほんの僅かでも精算する機会がようやく来た!)

 

 臆病者の一撃(バンプ・オブ・チキン)

 弱者ほど、追い詰められた時にその真価を発揮する。

 ルシウスは弱者だった。

 満月の夜に苦しむコルダを見ていると、己への罰を見せられているようだった。それが嫌で、怖くて、娘を狼人間に変えた者を探すなどと言って家庭から逃げた彼は紛れもなく弱者だ。

 少なくとも去年、紅い髪の少女と、月光の銀髪の少年の生き様を見るまではそうだった。

 それでも──強くあろうとすることはできる。

 

「私の子供達に……もう二度と……手出しはさせない!!」

 

 命を捨てた男の疾走に、グレイバックは暴力で応えた。

 侮蔑はしない。嗤いもしない。

 眼を見れば分かる。彼は死ぬつもりだが無駄死にする気は毛頭ないのだ。

 己の全ての才と能力を、グレイバック殺しのために費やした。

 勇敢なり、ルシウス・マルフォイ。対峙した男は愚者であっても敗者でなく、全霊を持って相手すべき敵と認識する。

 

「尊敬するよ、ルシウス・マルフォイ。地位も名誉も捨てて一人の戦士として戦う道を選んだか。

 だが悲しいかな、ひとつ履き違えてる。いくら対策したところで……策を弄したところで……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──お前程度が、俺に敵うわけないだろうが!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ルシウス・マルフォイ 死亡
死因:グレイバックに心臓を穿たれ死亡


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6.ジェネレーション

今年のプリキュア主人公の人生がハードモードと聞いて気になって見てみたらシェリーとダブって見えてしもうた。のどかちゃんの考え方とか喋り方とかすげー似ててね…。
あとシェリーのプリキュア感が凄いんだな多分。
ヒーリングッド面白かったです!まだ10話くらいしか観てねえけど!


 全てを知ったのは全てが終わった後だった。

 聖マンゴにて、物言わぬ父親の亡骸を見て、ようやくマルフォイ一家は彼の死を理解した。

 

「…………」

 

 ドラコは放心していた。

 コルダはただただ泣いていた。

 愛し、尊敬していた父親の死を受け止めきれていなかった。誰とも話さず、心が大きく抉り取られて失意の只中にずぶずぶと沈み込んでいく。

 誰も声をかけられない。かけられる筈がない。

 あんな顔を見せられては言葉を失うというもの。

 言語化するにはその感情は大きすぎて……そして重すぎた。

 スネイプが優しく肩を叩いていなければ、ずっとそのまま遺体安置所にへばりついていたかもしれない。

 

「ナルシッサ夫人はどうした?」

「気を失ってて、今別の部屋で寝かせてる。精神的なショックが大きかったんだろう」

「無理もない。後追いだけは絶対させるな」

 

 その日の預言者新聞は大見出しにアズカバン崩落のことを伝えており、その記事の中にはマルフォイ氏の訃報も見当違いな憶測を添えて書かれていた。

 それらを他人事のように眺めて……そして内容が頭に入っていないことに気付いて、もう一度読み直して、やはり内容が脳内の記憶庫に収納されていない事実に気付き、シェリーは新聞を捨てた。

 疲れた顔をしたダンブルドアがやって来たのは、ゴミ箱に新聞をやるせなさと共に放り投げた時だった。

 シェリーが精神的・肉体的に繋がりの深いハリーとパスが通っているのはもはや明白であり、そのことで対策を練る必要があるとのこと。

 その対抗策が、閉心術。

 

「君にはスネイプ先生の下で心を閉ざす術を学んでもらう。良いかの」

「……奴の居場所を知れるというなら、寧ろ活用すべきでは?」

「迅速な情報よりも正確な情報じゃ。相手の頭の中を覗けるといっても不規則に過ぎるし、逆にそれを利用される可能性もある。

 ならば、情報が漏れるのを防いだ方が良いと考えておる」

「……そうですか。そう、ですよね……」

「…………」

「ダンブルドア先生」

「……何かの」

「ルシウスさんは時間稼ぎのためにアズカバンで孤軍奮闘したと聞いています。それで……時間は、稼げたんですか……」

「………いや」

 

 全身の毛穴を針で刺された気分だった。

 彼の死に意味はなかった、と言うのか。

 

「ルシウスは……時間を稼げなかった。いくら対策を練っていたとはいえ、あまりに地力が違いすぎた。ムーディーやアレンが来る頃にはもう……」

 

 無駄死にとは言いたくないが、他に表現のしようがなかった。

 話を聞けば聞くほどにルシウス氏の置かれた状況が詰んでいたことを知る。ハリー・グレイバック・ベラトリックスは紅い力を戴いた最高幹部。どれだけ準備をしても負けることは確定しているし、勝てる要素がない。チェックメイトを避けるのではなく、チェックメイトからのスタート。

 だから……これからのことを考えるなら、ルシウスは勝負を降りるべきだった。惨めでも逃げて、生き残って、また戦う機会を探る。

 それが出来なかったのは何故か。

 それは拘泥した復讐心に他ならない。宿敵グレイバックの姿を見て抑えが効かなくなった、のではないか。

──あまりにもふざけた盤面を見ても、狼の駒があるだけで戦うことを自らの宿命としてしまった。

 五年生が始まる前に言っていたチャリタリの言葉を思い出す。

 

『復讐心なんて早めに捨てなきゃ身を滅ぼすだけ』

『当たり前に心の中にあるようになってからじゃ手遅れ』

 

 このことを言っていたのか?

 狂気とは一過性のものでなく、中毒性のあるもの。

 毎日のように復讐に身を焦がすというのは、常時酒を飲んでいることと同義。

 ルシウスの行動は……勇敢でもあり、狂ってもいたのか……?

 

「それは分からない」

「……ドラコ」

「父上は……手放しに褒められるような男ではなかった。僕達には惜しみなく愛を注いでくれたが、権力をいいように使い、屋敷しもべに辛く当たり、決して、善い人間とは言えなかった、と、思う」

 

 だが──。

『生きてる間は動く糞袋でも、死に様さえ良けりゃ英雄になれるんじゃい!』

 

「でも父上は最後は英雄だった……そうだよな……?」

「……うん……本当に、そう、思うよ……」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 その日の朝食は、近年稀に見る騒がしさと言っていいだろう。

 生徒達は新聞を回し読みし、アズカバンの話題でひっきりなしだったし、脱走した囚人の名前を見てネビルの顔色が明らかに変わっているのが見て取れた。

 浮き足立っていたのは教師陣も同じだ。アンブリッジが不満を隠すこともなく食事にがっつき、マクゴナガルやスプラウトが深刻そうな顔で話し合う。

 極め付けはオスカーだ。

 魔法省に勤める男だ、詳細は知っているのだろうが、それでも新聞を見た瞬間に悔しそうに歯噛みしたのを多くの生徒が目撃していた。

 誰もがこの事態を重く見ていた。

 しかしそれを『どうせ自分には関係ないことだ』と嘯き、挙句面白がっている者もいる。

 スリザリンの生徒の中にそういう人間がいた。

 

「は、ドラコの奴、これでもうでかい顔できなくなるな」

 

 廊下を歩いていると、ニヤついた顔の生徒達がそういう風に言っているのが聞こえた。やれマルフォイ家は口だけ一族だの、やれルシウスは半端者だったから粛清されただの。

 そしてこれから来る新時代について来れるのは選ばれた人間だけだの、気取った風の言葉を並び立てる。

 雑音は聞き流すべきなのだろうが、故人を侮辱するのはあまりに聞くに耐えない。

 怒ったロンはかつかつとその連中へと向かった。

 

「おい、その辺りに──」

「待て」

「ここからは俺達の役目だ」

「な、お前ら……!?」

 

 ロンを静止したのはゴイルとクラッブだった。

 大男二人はその連中の首根っこを捕まえて、凄む。

 

「うひゃっ!?な、なんだこの……」

「大概にしとけよ、お前」

「そこから先は許さねえからな」

 

 二人とも威圧感のある人間だ、ギロリとひと睨みするだけで相手は萎縮したようだった。慌てて逃げていくのを見ると、ゴイルとクラッブはふんと鼻を鳴らした。

 

「他愛ねえな」

「何歳だよお前達……」

「ウィーズリー、うちの大将とつるんで何かやってるみてえだな」

「……おう」

「その調子で頼む。ドラコとコルダはいつも夜に疲れた様子で帰ってくるが、その分、あー、楽しそうだ。多少は気も紛れんだろ」

「……まさか君達からそんなことを言われる日が来るとはね。分かったよ、頼まれてやる。

 ……それにしても」

「あ?何だよ」

「僕お前達が喋ってるとこ初めて見たかも……」

「は?そんな筈……あれ……?」

「………」

「この話はなかったことにしよう」

 

 閑話休題。

 シェリーはスネイプの部屋で彼の指導を受けていた。

 

「レジリメンス!開心せよ!」

「ぐっ……うあああああああ!!」

「心を強く保て、ポッター!」

 

 『閉心術』──すなわち、他者からの魔力による精神干渉を防ぐというもの。ハリーと夢の中で混線してしまうシェリーは、一刻も早く開心術を身に付け、彼達からの精神汚染から防御しなければならない。

 そして開心術を身につけるには荒療治しかなく、無理矢理心を開いて──すなわち記憶を覗くという感覚を身につけて跳ね除けるしかない。

 とはいえ、シェリーの精神の耐性は高くはない。

 ヴォルデモートの仕業かどうかはさて置き、彼女の魔法適正は一に攻撃、二に攻撃、三四も攻撃五に攻撃、である。似たタイプのスネイプは勝手知ったる様子で教えられるが、改めて見ると中々尖った能力値だと思う。

 そんな彼女の記憶の中は、やはり『ごく普通の少女とはいえないもの』であった。ダンブルドアから聞いていたとはいえ、些かそれは凄惨に過ぎた。

 

『シェリー、お前のせいで僕の今日の運勢が悪かったぞ!どうしてくれるんだ!』

『ごッ……!』

「……どうした!精神を集中させろ!!」

 

 これはリリーではない。

 これはリリーではない。

 そう言い聞かせているとはいえ、スネイプの胸中に苦いものが広がったのは確かだ。ああいう経験はないではない。それに、リリーそっくりの少女がいたぶられているのは見るに耐えない。

 怒るより先に目を逸らしたくなる。耳を塞ぎたくなる。

 彼の経験上、ただ傷つくだけならまだ耐えられると考えている。心の傷なら忘れてしまえばいい。体の傷なら治してしまえばいい。だがそれらを同時に味わってしまうと、もうどうしようもなくなる。

 しかも耐えられる傷にも限度はあるのだ。

 近々の訃報である、ルシウスの死。考えないようにしていた苦痛が蘇り、身を焦がしては苦しめる。

 そして記憶の旅の終着点は、忘れようもないあの墓場。心の中に焼き付いて離れない、あの光景。

 自分がホムンクルスだと伝えられた時──これはどうでもいい、と彼女は思った。それ自体に別に何の感慨も湧かなかった。自分の前で死んでいく人間がいる方が重要だった。

 ブルーが目の前で死んでいく苦痛。

 ローズを助けられなかった時の絶望。

 セドリックを、殺してしまった時の、あの、感触。

 少女が背負うにしては重すぎる痛みをいくつも抱えてしまった。

 そこでスネイプは己の感情を把握し、この少女に対して──抱く筈のない感情を抱いていることに気付いた。

 

(私がこいつを嫌うようになったのはいつからだ?)

 

 ……そう、ジェームズ・ポッターと同じ目をしていたから。傲慢で粗暴な男とそっくりな目だったから。……しかし今のシェリーを見てもジェームズを想起させることは少なくなった。

 正直言って、あの男とは似ても似つかない。

 かと言って母親似というわけでもない。リリーは寧ろ勝気で腕白な性格で、シェリーと通ずるところもあるがその在り方はまるで違っている。

 ジェームズのことは間違いなく嫌いだ。憎らしい男だ。

 嫌いな要素は沢山ある。けれど、……奇妙な話だが、学生時代にあれほど嫌いあった仲であったというのに、別段、思い出してもどうこうとは思わない。

 それは何故だろう……?

 

(……ああ……デネヴがいたんだったか……)

 

 あいつのことはまあいい……。

 シェリーに対してどういう感情を抱いているか、もはや自分でもよく分からない。

 愛した女の娘だから守る。

 嫌いな男の娘だから憎む。

 相反する二つの感情を纏めて表現する言葉は、スネイプの辞書には載っていないのだ。

 けれど。シェリーの流した血は、冷血な男に僅かな痛みを生んだ。

 

(私はこの子を……また戦場に立たせるというのか……?)

 

 それは、本来セブルス・スネイプが抱くはずのなかった感情。

 それを自覚した瞬間、精密機械のように美しく難解な魔力の流れに砂粒一つほどの誤作動を起こしてしまった。

 セブルス・スネイプに落ち度があったとすれば、思案に耽り、魔力にほんの僅かな揺らぎが生じてしまったこと。

 シェリー・ポッターに落ち度があったとすれば、過去のトラウマを掘り起こされ紅い力を解放してしまったこと。

 運が悪かったとすれば、その二つのタイミングがまったく同時であったというということ──。

 

「うぁあああああああァアアアア!!!」

「っ、まず──」

 

 一秒にも充たぬほんの僅かな衝突ではあったが、魔力は逆流しスネイプの方へと飛んでいく。開心術がスネイプの方へと飛んでいく。

 正気に帰ったシェリーは、暴くつもりもなかった、スネイプがひた隠しにしていた過去へと飛んでいった。

 

(やってしまった……)

 

 過去のトラウマをほじくり返され軽い錯乱状態にあったため、多少は致し方ない部分もあるのだが、結果としてシェリーはあの教師が一番触れられたくないであろう部分に土足で踏み込んでしまった。

 感覚的に、あるいは本能的に察した。ここはスネイプの精神世界、もっと言えば過去の世界だ。

 シェリーとしてもここにいるのは本意ではない。早くここから出て行かねばなるまい、と、思うのだがここで問題が一つある。

──出方が分からない!

 

「……あの、ここから出る方法って知りませんか」

 取り敢えずその辺の少年に話しかけてみる。

『…………』

 無視である。

 どころか認識すらされてなさそうだ。かつて憂いの篩に入ったことがあるが、それと同じものを感じる。

 

「……って、あれ?スネイプ先生!?若っ!」

 

 当たり前といえば当たり前だが。

 しかも周りをよく見てみればここはホグワーツだ!改築でもしているのかところどころ意匠も違っている!

 手に問題用紙を抱えているのを見るに、ふくろう試験の直後といったところだろうか……しかし……本当に、若い!

 シワや肌荒れも殆どなく、顔立ちはまさしく少年のもの。だが脂ぎったベタついた髪と淀んだ目元にスネイプを感じる。猫背でひょこひょこ歩く様はもう本当に蝙蝠の擬人化のようだ。

 少し不謹慎だが、よく知る人の過去を見てシェリーのテンションは上がっていた。友人や恋人のアルバムを見てワクワクするあれだ。一人なので感情を抑える必要がないというのもある。

 

(うわー、なんか新鮮)

『よう、スニベルス!元気か!?』

「!?貴様何故ここに……って、そっかお父さんか」

 

 スネイプに声をかけたくしゃくしゃ頭の眼鏡の少年にシェリーは一瞬殺意を剥き出しにするも、すぐに引っ込める。あれは彼女の宿敵のハリーではなく、父親のジェームズだ。

 泥血の瞳ではなく、自身と同じハシバミ色の目。己の父親──正確には肉体の素となった者だが──の、若かりし頃を見て、心が遽に高揚するのを感じた。

 だが、声をかけられたスネイプはそうではない。

 窪んだ目が肉食獣のそれに変わり、いつでも魔法を速射できる早撃ちの体勢へと移行……いや、まさに魔法を放たんとしていた。

 

『エクスペリアームス』

 

 けれどもそれは不発に終わる。

 からん、と乾いた音が廊下にこだます。スネイプの背後から魔法で杖を叩き落としたのだ。

──誰が?

 

『シリウス・ブラック……!貴様……』

『おいおい、ジェームズはただ声をかけただけだってのに随分な挨拶じゃないか?ん?』

 

 悪戯小僧と呼ぶには悪辣に過ぎる顔の少年だった。

 シリウスのハンサム顔は当時から顕在のようだが、その顔がどこか破綻し、歪んでいることに気付く。

 後ろに子分のように控えているのはピーター・ペティグリューだろう。まだ精神が安定しているからなのか、柔らかい印象を受ける。受けるのだが……表情は、嘲りのそれだ。

 

『糞ッ……!』

『おっと動くなよ、インペディメンタ』

『~〜~〜!!!』

『杖を取ろうとしたまま動けない気分はどうだい、スニベリー?

僕だったらその姿はあんまりにも惨めだから消えてしまいたくなりそうなんだが』

(……………)

『この──ホグワーツの、いや、魔法界の汚点が!!杖さえあればお前達なんて、モガッ!?』

『ハハハハ!!人間の言葉を喋れよスニベルス!!』

 

 心臓をイバラで撫でられたようだった。

 この光景を表現する言葉なら知っている。いじめだ。貶めて、蔑めて、堕として、墜として、陥れて、落とす。

 気に食わない相手を辱める行為。

 それをあまつさえ自分の親と親同然の男が行っているというのが、心に暗い影を落とす。失望ではない。ただただ、悲しい。

 このことをルーピンは知っているのか?

 知っていて放置しているのか?

 これが彼達の全てではないにしても、これはやり過ぎだ。

 何よりタチが悪いのは、(便乗しているらしいペティグリューはともかくとして)ジェームズもシリウスも明らかに憎しみが灯っているということ。面白いからではなく、嫌いだからいじめているのだ。

 

(いじめならいじめた方はそれを忘れるけれど……今に至るまで確執は続いてるし、一方的に、じゃなくお互いに色々とやりあってるのかな……いや、まあ、それを抜きにしても、だけど……)

 

 シェリーは経験則で知っている。何が面白いのかはさっぱり分からないが、こういう現場には大抵ギャラリーがやって来て、煽り囃立てるものなのだ。十数年前のホグワーツでも例外ではなかったらしい。案の定、あっという間に人は集まってきた。

 野次を飛ばし、気ままに詰る。面白半分で見る者もいた。

 ……とても苦手な感覚だ。

 だが一人だけ、シリウスと同じ黒い髪の少年だけが、人混みをかき分けて敵意を剥き出しにして魔法を放った。

 

『フリペンド!!』

『っ、プロテゴ──お前もか、レギュ』

 

 互いに嘲りを隠そうともせず、二人は対峙する。

 ……よく似ている二人だが、その雰囲気はまるで異なる。ブラック家は名門貴族というが、親族だろうか。

 レギュ、そう呼ばれた少年はスリザリンのようだ。スネイプを助けに来たらしいが、鬱憤や怨みをぶつける為に乱入したという動機も一割ほどあるだろう。

 当人達の間に緊張感が走る。少しでも動けば即呪ってやるぞ、という。スネイプはモゴモゴ言ってた。

 青白い顔がそろそろ洒落にならない色になってきたところで、救世主はやってきた。

 

『フィニート!やめなさい!』

『カハッ、ゲホ、ゲホッ……リッ、』

『リリーッ!……パッドフット!ワーミー!髪はどうだ!』

『決まってるぜプロングス!』

『相変わらずイカすよ!!』

『オーケー!こほん、あー、エバンズ。気分はどうかな』

『最悪よ!!』

『それはいけない!医務室に行くのを勧めるぜ!!』

『げえっ、お前もかよレックス!?』

 

 過去の世界に自分が登場したと錯覚してどこかむず痒さを覚えるほどにその少女はシェリーに瓜二つだった。いや、似ているのはシェリーの方か。

 美しい赤毛の少女。瞳の色や傷の有無など、相違点は多々あれど写し鏡のように近似した姿。シェリーはテレビで俳優が全く違う役柄を演じて話題になったのを思い出した。同じ姿ではあるが、性質は異なるものだ。

 そんなリリーの隣には、派手な金髪の少年。まだ少年の風貌だが誰かは分かる、レックス・アレンだろう。学生時代から真面目だったのだろうか、リリーから可愛がられていそうだ。二人が揃うと姉弟のようである。

 

『やり過ぎだ先輩方!!だがまだやり直せる!!すぐにスネイプに謝罪しその後に医務室まで送るべきだぜ!!』

『……なあ、おい、レックス。君は悪い奴じゃないが、いささか視野が狭すぎるんじゃないか?こいつは、殺人クラブに所属しているような奴なんだぜ?それを庇うってのか?』

『あなたが今やっているのはそれとは全然関係ないじゃない!!ただの憂さ晴らし、ただの弱い者いじめ!!こんなこともうやめなさい!!』

「『君が次の休みにデート付き合ってくれるのなら良いけどね』

「はあっ!?』

 

 リリーの顔が髪と同じくらい赤く燃え上がった。

 気の強い彼女ならばすぐに言い返すと思ったのだが、意外にも言葉を詰まらせているようだ。視線をぐるぐる回して、

『貴方と付き合うくらいなら、えーっと、そう!レックスと付き合った方が有益だわ!幸せにしてくれそうだし!』

『……俺を睨むのはやめて欲しいんだが!』

『やめとけってジェームズ。歳下に嫉妬してどーする』

 

 よく分からないが、おそらく恋愛系の何かが起こっているだろうことは察した。ロンとハーマイオニーのような感じだろう。

 リリーはぶんぶん頭を振るとスネイプを抱え起こす。それが気に食わなかったのか、スネイプは分かりやすく顔を歪めた。

 惨めを晒し、敵寮の生徒に助けられ、怒りやら屈辱やら羞恥やらで彼の心境はぐちゃぐちゃなのだろう。それ以外にも何か昏い感情が胸中で渦巻いているようだったが、それに関してはシェリーの預かり知らぬところだった。

 

『っ、君の助けなんていらない!この、けが──』

 

 ホグワーツの壁が爆発した。

 比喩ではない。本当に爆発し、吹っ飛んだのだ。

 言い争いをしていた少年達の真後ろの壁が破壊され、吹き飛び、そして巨大な鉄の塊が現れる。

 駆動するその巨体を見て、シェリーは目を疑った。

 あれは、マグル界において、

 

 『戦車』と呼ばれる代物ではなかったか──?

 

『デネヴだ!!デネヴが出たぞおおおお!!」

『おいおいまたあいつの新作だぜ!今度はデカいな!?』

『な……あ……あなた何をやっているの!!!??』

 

「ギャアーーーーハッハッハァ!!!」

 

 土埃が舞い、瓦礫の影になって『デネヴ』なる人物の顔は見えない。こうなると最早ジェームズやシリウスやスネイプの諍いなど些末なものだ。

 というかデネヴってベガの父親ではなかったか。

 君のお父さん何やってるの。

 まさかの展開にそこら一帯が大混乱に陥り、スネイプがレギュに抱えられて逃げたり、ジェームズやシリウスが花火を上げたり、腰を抜かしたペティグリューにリーマスが盾の呪文をかけてやったり、リリーやアレンがデネヴの凶行を止めに入ったりしたところで、ようやく我に帰った。

 首根っこを掴まれる感覚。

 スネイプが掴んでいるのだと気付いた時には、シェリーはもう彼の部屋に叩き出されていた。

 

「……見たな」

「……すみません」

「…………グリフィンドールから十点減点。さっさと──ここから出て行け」

 

 逃げるようにそそくさと去って行くシェリー。

 その後ろ姿を、スネイプは、どんな思いで見送ればいいのかさっぱり分からなかった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 ドラコとコルダは一週間ほど休み、そして少し痩せつつも幾らか落ち着いた様子で授業へと復学した。

 思春期に突入した男女にとって敬愛する父の死がどれほどのものか察してやれないほどホグワーツの生徒達は馬鹿ではない。だが中にはそのことで態々突っかかってくる連中もいるのだ。

 その一人がアンブリッジだった。

 カエル女はあろうことか復帰したマルフォイ兄妹が朝食のオートミールに手を伸ばしたところで、嘘くさい悲しみの顔とともにずけずけと無駄に大きな声で「この度はほんっっっとーに残念でしたわン」などと言葉を並べ立てた。

 ただの心配をしているアピールなのは明らかだった。

 ドラコが顔から感情を失くし、コルダが俯いてぷるぷると震え出したところでスネイプが「この後で授業の相談が」と、人を殺せそうな激烈な視線で訴えたおかげで事なきを得た。

 スネイプの株が上がった。

 

「同僚が失礼した。……悪かった」

 

 オスカーがそう言うと、二人とも僅かに溜飲を下ろした。

 そんな彼達は今、DA活動にて魔法の練習中だ。丁度今、盾の呪文の形状を変化させられる段階まで行き着いた。

 休学という手はあった。

 それでなくても身内の死は大変だが、家督と財産を継ぐドラコは色々と大変そうにしていたし、親戚からのやっかみもある。食べるのに困るわけではなくとも、若い身空で抱えきれないほどの面倒事を背負うわけだ。コルダとて例外ではないだろう。

 だから、それらにケリをつけるために長期間に渡って休むという選択肢もあったのだ。

 けれども二人は戻ってきた。

 復讐に燃えている……というより、身体を動かしていなければ嫌なことばかり考えてしまうのだろう。

 幸いにして、スネイプや名門貴族と関わりのあるジキルが諸々を手伝ってくれたのが一助となったのだろうが……。

 

「グレイシアス・フリペンド!!」

「っ、おっと……!」

「コルダの奴、ベガに一撃入れやがった!」

「いやドラコも当てたぞ!初じゃねえか!?」

 

 誰がベガに魔法を最初に当てるかで賭けをしていた双子は色めきだった。その後にハーマイオニーに怒られた。

 そのハーマイオニーだが、彼女も惜しいところまでは来ていた。魔力を細く長く伸ばす魔法糸を使って、罠のように張り巡らせて攻撃を試みていた。場所が場所なら当たっていたかもしれない。

 

「アセンディオ、からの、フェルーラ!!」

「!?あぶねっ……ルーナ、てめえいつの間に!」

「油断大敵、だもン!」

 

 油断ならないのがルーナである。

 超人染みた身体能力がなければ危ない場面は少なくなかった。

 彼女は当初は無駄が大きく戦闘は得意ではなかったのだが、理論派のハーマイオニーの動きを吸収し、めきめきと頭角を表してきた。持ち前の突飛な行動力と、多彩な魔法を活かし不意打ちならばDAの上位層に肉薄するほどの実力を身に付けた。

 あのザカリアスが教えを乞う程度には成長しているのだ。

 

(あと見込みあるのは……ロンを筆頭に、クィディッチチームの連中か。流石に鍛えてるだけあって動体視力が違う。そして意外にも急成長してるのが……)

「ボンバーダ!」

「ッ!やるなネビル!」

 

 ネビル・ロングボトムもまた、アズカバン大脱走の報を受けて明らかに動きが変わった人間の一人だった。

 新聞を眺めていた彼の視線はベラトリックスの写真のところで釘付けになっていたのをベガはよく覚えている。

 ベラトリックスは……ネビルの両親を廃人に陥れた人物だ。

 親の仇同然の女が野放しになっていると聞いて冷静でいられる人間などないだろう。ネビルは優しいが故に、人一倍苦悩する。

 ……以前、彼女と同じレストレンジの名を持つ自分を、恨んでやいないかと問うたことがある。自分は悪党の一族だ、と。

 あの女と同門の出身なんだぞ、と。

 そう言うと、彼は呆れたような顔をして、『何馬鹿なことを言ってるんだい?君、意外と馬鹿だよね』などと返すのだ。

 いつかの夏に、彼の両親と会う機会があった。

 親を友人に見せるのは初めてだと言っていた。

 

『僕の両親はもう、戻らない。脳のショックと魔法の影響で永久に治ることはないんだって。癒学的にも、医学的にも』

『…………』

『ベガ、君も両親はいないよね。弟同然の、シド君だっけ?その子もいなくなってしまった。

 ……君は、彼達を殺した相手を恨めしいと思うかい?』

『………思うよ。でもそれ以上に、無力な自分が恨めしい』

『僕もだよ』

 

 少年は、くたびれた顔で笑った。

 

『多分皆んな、そうなんだ。いなくなってしまった人達の無念を晴らすためだったり、もう二度とこんな悲劇を繰り返さないためだったり。でももし分かり合えるのだったら、その怒りを呑み込みたいとも思ってる。

 シェリーも、闇祓いの人達も、そうなんじゃないかな。

 心のどこかで、もうこんなことやめたがってる』

 

 怒り──ではないのだ。

 復讐を果たすためではないのだ。

 自己のためでなく、他者のため。

 

『怨恨でしか行動できなくなってしまったら、もう終わりなんだよ。

 僕は、人を助けるために、戦いたい』

 

 いつか、死喰い人達へかけてやる憎しみなど些末なものだと笑い飛ばしてやる日のために──

 親が遺した負の遺産を蹴っ飛ばすために──

 少年達は、剣を磨くのだ。

 

「だって、私達は──」

「立ち止まっていられないから……!!」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 校長室。

 暖炉もふくろう便も見張られているホグワーツだが、隠し事ができないかと言われればそうではない。

 それもそのはず、ホグワーツの監視としてやって来たのは爪の甘いアンブリッジと、監視の仕事にいまいちやる気が見られないオスカーだ。これまで起きた騒動や行動はダンブルドアにとって全て想定の範囲内である。

 監視の結果だとのたまって、トレローニーを魔法省権限で解任しようとしたが、意外にもオスカーがそれに寸前まで反対したお陰で代わりの教師としてフィレンツェを推薦するのがスムーズにいったりと、寧ろ上手くいきすぎている。

 ダンブルドアは蛙チョコレートの包みを開きながら、不機嫌そうな様子のスネイプを見やる。菓子を薦めると目元の皺が更に寄った。本人は気付いていないが、彼がこうした表情を見せるのは十中八九リリー(もしくはシェリー)絡みの時である。

 

「計画の方は順調かの?」

「滞りなく。ルシウスとキングズリーが筆頭となって行動してくれたおかげで予定よりも順調に進みましたな」

「そうか……」

 

 ダンブルドアは思案する。

 布石は打った。準備も整えた。けれどこんなものではヴォルデモートの力には到底及ぶまい。手段は選んでいられない。

 ヴォルデモートの恐ろしいところは無邪気な悪党という点だ。

 彼は物事を深くは考えない。その時に面白いと思ったことに全力を投じる子供のような男だ。だがそんな短慮な性格ではあるが、彼の刹那の思考は常人がどれだけ絞り出しても釣り合わない凄まじい分析能力を有するのだ。まさに、黄金の脳細胞。

 人は闇の帝王を計算高い狡猾な男だと思っているが、ダンブルドアに言わせれば彼はこの世界をただ愉しんでいるだけだ。

 力を得て、煩わしいものから解放されたヴォルデモートが、その才覚を気紛れに世界にぶつけているだけのこと。

 だから──読めない。

 次に何をするのかが──。

 そして、予感があった。

 

(──このままでは確実にこちら側が負ける)

 

 ダンブルドアは、次の一手を打つ。

 

「のう、スネイプ」

「なんです校長」

「わし、ちょいとホグワーツを留守にするでの」

 

 

 

 

 

「は???」

 




スネイプの過去は最初好きなキャラのいじめ描写とかやだなーって思って書いてましたが途中から親世代のキャラ沢山出せて結構楽しくなっちまったよ。
余談ですが、シドが死なない世界線のベガは悪い意味でスリザリンルート直行で、超嫌なやつになってた可能性大です。でも心の奥底で才能ないシドに負い目持ってそうです。


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7.オウル

ジョニー・デップが名演であのイメージで固まっていただけに降板が残念。


「どうしたねコーネリウスや、そんな息を荒げて」

「黙れ!私は、私は証拠を掴んだぞ!」

 

 年貢の納め時だと言わんばかりに、ファッジは校長室で騒いだ。

 恐怖を誤魔化すための虚飾の怒りは学校中に届いていそうな程で、肖像画として設置されてある歴代の校長達はその騒ぎに目を細める。客観的に見てもそれは子供の癇癪以上の何物でもない。

 ただ一つ違うのは、そこには確たる証拠があるということ。

 その手に掴んだ書類があったからこそ、ファッジは揃えられるだけのメンバーを揃えて校長室に殴り込んだのだ。

 ホグワーツの監視役、アンブリッジにオスカー。

 そして自分の直属の部下であるパーシー、護衛のチャリタリにエミル、ドーリッシュ。キングズリーまで投入している。これ以上ない面子と言っていいだろう。

 ……相手がダンブルドアでなければ、だが。

 

「これを見ろ!エミルが見つけた、『世界征服計画』と書かれた書類だ!チャリタリが魔法痕や筆跡を調べたところ、貴様が書いたもので間違いないと分かった!」

(まあ実際わしが書いたしのう。そんでその紙を省に送りつけたんじゃが)

「ハッハー見たことか!それ見たことか!貴様には今国家転覆の容疑がかけられているのだぞ!!!」

「ああ、恥ずかしいのお。ついつい昔を思い出してそんな小っ恥ずかしい設定ノートを書いてしもうた。忘れておくれ」

「うんうん、よくやりますよねー」

「黙っていろエミル!!チャリタリ!!お前のボーイフレンドの手綱くらいしっかり握っておけ!!」

「ボ、ボーイフレンドだなんて、そんな、アタシは……」

「違うのか!!?ええいいじらしい……そんなことはいい!!ダンブルドア、この紙束には魔法省の詳細な地図や人員、そしてどう攻めれば良いかまで詳細に記載されてある!!ただの妄想を書き綴っただけではないのは明白だ!!」

(まあそれを調べたのは闇祓いの面々なんじゃが)

 

 ヴォルデモートはほぼ確実に魔法省を狙ってくるだろう、というのがダンブルドアの見立てだった。立地、資金、影響力、どれを取っても総本山としてここ以上の場所はないし、戦いが起きるとなれば必ずここだ。

 だからこそ魔法省勤務の不死鳥の騎士団メンバーに、魔法省を徹底的に調べ上げてもらった。今回はそれが役に立った。

 『ダンブルドアが世界征服を企てようとしている』という証拠さえあれば、魔法省に大義名分ができる。ダンブルドアを捕える、という筋書きができるのだ。

 

「このボケ老人を捕まえろ!!」

「了解ですわ大臣!!行きなさい闇祓い達!!」

「自分でやらないんですかあんた……えーと、かんねんしろー、ダンブルドアー!」

「大人しくお縄につけー!」

「ぐははははー、わしが大人しく捕まるとでも思ったかー!」

(酷い演技だ……)

 

 キングズリーは呆れ声を噛み殺した。

 それにしてもこのダンブルドア、ノリノリである。

 彼が杖を逆三角形の形に動かすと、濃密な魔力が溢れ出し、鳥籠からフォークスが飛び出して彼の周りを旋回する。不死鳥は主人を守るように飛行すると、そのまま燃え盛る。

 不死鳥による魔力の増強だ。不死鳥とはその存在自体が高密度のエーテル体と同然、その激烈なる力が渦巻いて一つの小規模な台風となるに至った。

 演技とはいえ、この濃度の魔力を突破するのは歴戦の魔法戦士でも難しい。混乱して喚くファッジやアンブリッジをチャリタリが床に抑え付け、エミルとキングズリーが防護壁を張る。パーシーやドーリッシュ、オスカーなどは既に自衛の魔法をかけていた。

 よく見ればこれは派手な竜巻を起こしているだけで防御さえしていれば問題ないと分かりそうなものだが、ファッジにもアンブリッジにもその余裕はないらしい。

 

「さ ら ば じゃーっ!!ははははーっ!!」

 

 校長室に高笑いが響き渡る。

 後に残ったのはしんとした静寂だけだった。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「マジでやりやがったあのジジイ」

 

 ベガはそう呟くと、隣に座っていたロンが大きく頷いた。

 必要の部屋にて、DAの主要メンバーは顔を突き合わせて今回の騒動について口々に意見を交わす。と言っても、ダンブルドアが姿を眩ますということは騎士団経由で知っていた。

 ただ、その行動の真意についてまでは聞かされていない。情報の漏洩を防ぐため、騎士団の中にも彼の行き地すら知っている者はほとんどいないのだとか。

 彼が何の打算もなく動く男ではないことは知っているが……。

 

「まあ、それぞれ思うところはあるだろうけど。考えても答えが出ないものを考えても仕方ないよ」

「だな。……ただ、ダンブルドアがいなくなったことでアンブリッジが校長と同程度の権力を持っちまった。お触れを見たか?高等尋問官に就任、だとさ。そして今日に至っては『親衛隊』だ」

 

 高等尋問官親衛隊──フレッドとジョージがアンブリッジの使い走りと揶揄するそれは、事実アンブリッジの私設部隊に等しい。

 スリザリンだけで構成された学生の組織。監督生すら上回る権力を持った立場に、あろうことかパンジーを始めとする典型的スリザリンの面々が選ばれてしまった。

 こうなればもうやりたい放題で、生徒達があちこちで点数を引かれまくり注意されまくりの魔境と化している。

 特にベガなどは、その反骨的な態度からスリザリンから何度も難癖つけられているらしい。まあそもそも彼に何かしようとしても上手く躱されるのがオチだが……。

 ちなみにドラコとコルダは参加していない。DA活動で忙しいのに親衛隊とかやってられない。親のことで今はそんな気分じゃないと言ったら納得してくれたようだ。

 

「親衛隊を発足したのには他にも理由があるわ。考えてみて、ダンブルドアを監視するという目的がなくなったアンブリッジとオスカーには、次にどんな命令が下されると思う?」

「えっと……僕達を監視する?」

「その通り。まだシェリーやベガっていう不穏分子が残っているんですもの、監視は継続して行われる。

 それにあのカエルババアからしてみれば、ダンブルドアを捕縛できる証拠を探していたのに、それを闇祓いに横取りされたわけ。大層な肩書きばかり貰っているけれど、実のところ、あいつはまだこの学校で何もできていないわ。

 何としても私達を検挙して、手柄が欲しいのよ」

「DAのこともまだ知られてねえしな……」

「フィルチや騎士団のお陰だよ、まったく」

 

 シェリーとの交流の影響か、フィルチは段々と態度を軟化させており、マクゴナガルを始めとする猫の愛好家達と喋ることが多くなっていったのだとか。クルックシャンクスを飼っているハーマイオニーと仲良く猫談議していた時は流石に驚いたが。

 そしてDA設立を騎士団に相談したお陰か、組織を運営する際のノウハウを教えてもらったり、厳格な情報統制を敷いていたり、その隠匿性は段違いに跳ね上がっている。キングズリーやルーピンからは組織運営の注意点、チャリタリやトンクスからは隠蔽工作の指南を直々に伝授されているのだ。

 シリウスからはもしバレた時の逃走方法について教えてもらった。流石脱走犯、アズカバンから逃げ果せた男の説得力は違う。

 そして騎士団にそれが伝わっているということは、必然的に教師達にも存在を知られているわけで。しかし言葉には出さないまでも、応援してくれる者が殆どだ。

 フリットウィックなど、決闘用の本を紹介する始末。

 単なる学生の集まりではなく、様々なバックグラウンドがある組織なのだ。これを正真正銘ただの学生の集まりに過ぎない親衛隊が見つけろと言われても無理がある。

 

「俺達の会合の存在には薄々気付いているんだろうが、あいつも証拠がないと動きようがねえしな」

 

 彼女もロン達の企みを暴けという指示は出しているのだろうが、何せ監督生以上の優遇という立場に釣られた学生達だ。あるかどうかも分からない組織探しより、貰った権力を振りかざす方に熱中しているらしい。

 そしてオスカーも、一応形式上は動いているのだろうが、積極的に動こうとはしない──というより、今の上司に不満を抱き、ベガ達に目こぼししている節がある。

 以前にアンブリッジ不在の際にオスカーが教壇に立った際、

『好きな科目の自習をしなさい。杖は使って構わない』

 という、カエル女の方針をまるっきり無視したことを行ったのは記憶に新しい。しかもロクにロン達の組織を探す気はないようだ。

 つまり。

 現状、真面目にDA探しを行っているのはアンブリッジだけ。

 正直言って、バレる要素は殆ど無いのだ。

 

「まあ、問題ない……とまではいかないけど、これまで以上に注意を入れなければいかないわね」

「今にして思えば、僕達って透明マントも無しによくやってきたよな」

「あれシェリーが持ってるしね」

「シェリーか……五年生が終わるまでに一度、無理矢理にでもDAに参加させてみるかな……。何だかんだ言って断れない性格だし、ちょっとずつでも歩みよれれば……」

 

 しかしDA活動は以前ほど盛り上がらなくなった。

 DA主要メンバーは五年生。その学年にはとあるビッグイベントが近付きつつあったからである。

 

「勉強!勉強!勉強勉強勉強っ!!」

 

 勉強だった。

 ふくろう試験を間近に控えた五年生は勉強に没頭することが多くなった。その筆頭がハーマイオニーで、その気迫たるや、下手に話しかければ消し炭になりそうなほどだ。

 というか、なった。

 被写体を失ったクリービー兄弟などは、下手に彼女に声をかけてしまい気がつけば魔法の練習台にたれてしまっていた。哀れ。

 

「あなたも他人事じゃないのよロナルド!!ここで芳しくない成績を残してお母様を悲しませるどころか人生棒に振りたいのかしらロナルド!!」

「忠告ありがとうハーマイオニー。何徹目だい?」

「十徹よ!!!」

「パーシーに似てきたな」

「……いやあんな奴、別にどうでもいいけど!!」

 

 今も尚、パーシー・ウィーズリーとは事実上の絶縁状態にあった。

 アズカバンの集団脱走の件があってもこれだ。ファッジ、というより魔法省はこの件の追求に関して無視を決め込むことにしたらしい。この事件については目下調査中であり、進展があれば新聞社に伝える、と。

 魔法省の対応について、魔法使い達は少しずつだが疑惑を覚え始めている。

 閑話休題。

 ハーマイオニーの勉強に対する意欲が強すぎて、DA、というか学校全体が勉強ムードに包まれていた。勉強で世界を変えた女。

 

「ああ、糞、君達は毎年試験前にこんなスパルタ指導されていたのか!?さっき僕にまで勉強のことで色々言ってきたんだが!」

「今年のハーマイオニーは一味違うぞ!今のあいつにグリフィンドールとかスリザリンとか関係ないからな気を付けろよ!」

「嘘だろ……おいコルダ、気を付けろ……よ……」

 

 ドラコが声をかけようとして、物憂げな顔で俯くコルダを見て言葉を詰まらせる。ルシウスの死後、彼女は時折こうした魂が抜けたような状態になることが多くなった。

 ドラコは、何かを言いかけて、口を閉じる。今何を言っても辛くなるだけ。それを自分がよく知っているからこそ何も言えない。

 

「………。ねえコルダ、ここ教えてくれる?」

「え?あ……ええと、ここはですね……」

「私も教えて欲しいな」

「ル、ルーナさんもですか?も、もう。分かりましたから……」

 

 ジニーとルーナがコルダに声をかけて意識を逸らした。

 四年生二人の気遣いにドラコは感謝の気持ちでいっぱいだった。こういう心の傷は、何か別のことをして気を紛らわせるのが一番……というよりそれ以外に癒す方法などない。

 厳密に言えばそれも傷が癒えるわけではない。傷口を他のもので覆い被せて見えなくするだけ。けれども、その選択肢を取ってくれた二人には頭が上がらない。

 ジニーがこっそりウインクを送った。

──もうコルダは一人じゃない。

 寮は違えど支えてくれる仲間がいる。

 主人公、ライバル。不思議ちゃんも添えてバランスも良い。

 

(ありがとう……皆んな)

「勉強!勉強!勉強勉強勉強っ!!」

(でもハーマイオニー、今は静かにしてほしかった)

 

 再び閑話休題。

 ふくろう試験について話していたら、DAでこんなに練習してるのだから寧ろ高得点取れないとおかしい、という話になった。

 

「ここまでやったんだから、防衛術と呪文学で『可・A』取れなかった奴は罰ゲームな」

「ぎゃああああああ!!」

「ひぇー、僕達は去年がふくろうで助かった……」

「何言ってやがるウィーズリーズ、六年生組も八〇点以下は罰ゲームだろ」

「ぎゃああああああ!!」

「ひぇー、僕達は四年生で助かった……」

「何言ってるのコリン、四年生以下も例外じゃないわ」

「ぎゃああああああ!!」

「ていうか五〇点以下取ろうものなら死刑よ死刑」

「ぎゃああああああああああああ!!」

 

 地獄の勉強会が始まった。

 

 

 

 

 

 ベガとハーマイオニーによるスパルタ勉強会を終えて、ヘロヘロでロンは寮に戻っていく。帰り際にトイレに行って遅れてしまい、今は門限ギリギリだ。早歩きで廊下を歩いていく。

 それにしてもベガ達の指導には全く容赦がない。一応リーダーであるロンにもズバズバとダメ出ししてくる。自信を失いそうだ。

 かつてのパーシーもこんな気分だったのかと考えて……首を振る。彼はもう関係ない人間だ。魔法省に取り入られた人間なのだ……。

 

「誰かと思えば。君はパーシーの兄弟だったな」

 

 凡庸な声に振り返ると、そこには眼鏡の男が立っていた。

 オスカー・フィッツジェラルド。

 声をかけられるまで全く気付かなかった。アッシュグレーの髪やスーツと相まって、まるで煙のような男だと感じた。

 彼は行動はともかく立場だけ見れば魔法省側……引いてはアンブリッジ側の人間だ。ロンは無意識のうちに身体が強張った。

 

「ん……ああ、緊張するのも無理はない。君達からしてみれば、私はあのカエル女の手先も同然だからな」

 

 自嘲気味に彼は笑った。

 

「どうだ、私の部屋でお茶でも……と、言いたいところだが……そうもいかないか。何が入っているのか分かったもんじゃない」

「…………は、はは……」

「パーシーのことだが、あまり責めないでやってくれないか」

「……あいつと随分仲が良いんですね」

「彼が就職したての頃に面倒を見てね。あの頃の彼は、家族のために沢山稼ぐのだと口癖のように言っていた。私にはあまりに眩しい若者だったよ」

「でも今は魔法省にべったりだ」

「だが最後に戻ってくるのは家族のところさ」

 

 間髪入れずに返されたロンは、言い返す言葉を見失う。

 あのアンブリッジの側近とは思えないほど優しい言葉。

 この男──自分の想像しているよりも、善に寄った人間なのではないか。

 

「彼は勉強熱心ではあるが、不器用だろう?今のパーシーは家族を想うあまりやる気が空回りしているだけさ」

「だからシェリーやベガを非難していいってのか!?」

「いずれ彼も間違いに気付く。その時に彼を受け入れてやる人がいなければ彼はどうなる?ここだけの話だが、パーシーは当初純血主義の連中に随分と煙たがられた。血を裏切る者、だからな。

 そういう事があったからこそ、アンブリッジやファッジに見初められた時は余計嬉しかったのさ。それが仮初のものだとしてもな」

「……それは、」

「パーシーは必ず戻ってくる。その時にあいつを拒まないでやって欲しい」

 

 それでも許せないなら、あいつを一発殴ってやればいいさ。そう言い残すとオスカーは革靴を鳴らして立ち去っていく。

 まさかの人物に諭されたことで、ロンは何とも言えない気分になる。今の言葉には人を騙眩かす要素が何ら含まれていなかった。

 ……それに……

 ……今の話ぶりを聞くに……

 

 

 

 ……彼はヴォルデモートの復活を信じているのか……?

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「では将来の進路について話し合っていきましょうか」

「よろしくお願いします」

「ェヘヘン!エヘン!エヘン!」

「雑音は気にしなくて結構」

「!!?」

 

 空き教室には、シェリー、マクゴナガル、アンブリッジの三人が集まっていた。正確にはシェリーの進路相談にアンブリッジが首を突っ込んできたと表現した方が正しいか。

 この面接はシェリーが六年度にどの教科を選択するかを決めるものだ。六年生からの授業は専門性が増し格段に難しくなるので、将来に関わる科目以外は無理に受講する必要はないのである。

 中には全科目受ける狂人もいたらしいが、そこはそれ。

 

「どうです、将来何かやりたいことはありますか」

「……私、闇祓いになりたいんです」

 

 復讐に狂っているシェリーが闇祓いの仕事を選ぶのは当然の帰結であった。

 闇祓いならば今まで知り得なかった情報も手に入り、死喰い人達の喉元に最も迫れる。そのために彼女は今年から魔法薬などのあまり得意ではない科目も勉強するようになった。

 寧ろ、闇祓いに必要な科目以外を疎かにしがちと言っていいほど。スプラウトやハグリッドが悲しそうな顔をしているのが脳内に浮かんだ。ビンズはいつも通りだった。

 闇祓いの条件とは、最低でも五科目で『E・期待以上』の成績を取る必要があり、その後厳しい性格診断や適正テストを合格しなければならないというもの。アホのエミルや軽いトンクスで忘れられがちだが、優秀な成績を残した者のみがその職に就けることが許される狭き門なのだ。

 実際、ここ数年で試験を突破したのはチャリタリ、トンクス、エミル、ジキルくらいのもの。テスト前に勉強などしたことがないと言っていたエミルだが、闇祓いになると志してからは死ぬ気で勉強を重ねたらしい。

 現実問題として、シェリーも科目を絞って勉強をしてはいるが、それでも合格するとは言い難いのが現状だ。某隻眼男は適正審査は間違いなく合格だと言ってはいるが、他はまだ努力せねばなるまい。

 ……それに、彼女の場合は魔法省に目をつけられている。

 

「闇・祓・いィィ??あらあら嫌ですわァそんな冗談を口にするだなんてこの子は自分の成績が分かっていないのかしら!」

「……あの」

「わたくしの授業ではポッターの成績は最下位ですわ!!そんな体たらくでよくもまあエリートの闇祓いになりたいなどと、まあ!冗談は顔だけにしてほしいですわね!」

「いやあの、座ってください」

「何をおっしゃいますミス・ドローレス。成績は最高ですとも、然るべき教師の正しい指導であればの話ですが。あとポッターは可愛いですとも目ん玉ついてるんですか貴方」

「はぁああああ〜〜ン!?」

「あの、マクゴナガル先生、落ち着いて……」

 

 マクゴナガルは嫌悪も露わに言葉のナイフで突き刺した。

 それもその筈、シェリーの愛箒クリムゾンローズはアンブリッジに没収されており、今は彼女の部屋に鎖で繋がれているのだ。いくらクィディッチを引退したとはいえ、根っからの飛行馬鹿であるマクゴナガルがそんな暴挙を許す筈もない。箒も生き物、いくら高級品とて手入れをせねばいつかは駄目になるのである。

 シェリー本人としてはマクゴナガルには良識ある大人でいてほしかったのだが……。

 だが蛙と猫の口喧嘩はヒートアップした。

 シェリーをよそに。

 

「フシャアーッ!!」

「ゲコォーッ!!」

「せ、せめて人の言葉で議論を……」

 

 兎にも角にも勉強頑張れ、ということでお開きになった。

 微妙な面持ちで部屋を後にすると、廊下で待ち構えていたのか、オスカーが腕を組んで壁にもたれかかっていた。たまたま通りがかってアンブリッジの声が聞こえてきて、気になって聞いていたらしい。

 

「シェリー」

「?はい」

「闇祓い、良い目標だと思う。目指すといい」

「……ありがとうございます」

 

 眼鏡の男は柔らかな声でそう励ました。

 試験までの数週間、シェリーは多くの課題に翻弄されつつも、ヴォルデモートやハリーを殺すという意志で己を磨いていく。

 スネイプの閉心術も並行して続けていた。

 シェリーの預かり知らぬところではあるが、彼はダンブルドアに『閉心術の習得は必須。私情を挟むでない』と釘を刺されていた。

 よって、暫くの特訓の後、

 

「……チッ。まあ、闇の帝王の前には微々たる差でしかないやもしれんが、これで閉心術は一応習得した、といっていい」

 とのお墨付きが出た。

 

「ありがとうございました」

「グリフィンドールから一点減点」

「…………」

 

 ともあれ、まだまだスネイプの部屋に通う必要はあれど、彼が求める最低ラインには達したらしい。シェリーはより秘密の部屋に篭ることが多くなった。

 学んで、実践して、そしてまた学んで。

 ふくろう試験はやってきた。

 

「ベッベベガベ、ベガ、君、一日何時間勉強してる?」

「数時間ってとこか」

「数時間!僕は最低八時間勉強していたよ!やはり点数は勉強時間に比例するから僕はきっと大丈夫なんだぁ……!」

「あのなアーニー、自分が人より勉強してるって言って心を落ち着かせたいのは分かるけど、な?そういうのは他の連中を不安にさせるから……」

「私は二十徹よ!!!!!」

「落ち着けハーマイオニー」

 

 死屍累々だった。

 マクゴナガルの脅しによりグリフィンドールはノイローゼ気味の生徒が続出しており、フレッドとジョージが開発したリラックス系の魔法グッズが飛ぶように売れていた。

 ハーマイオニーなどは四六時中呪文を唱えていなければ落ち着かないようだったし、ネビルは脚の震えが止まらなかった。格好良いネビルはどこに行ったのだろう。

 緊張していたロンだったが、そんな仲間達を見て、多少は落ち着いたのか余裕は取り戻していた。

 

「余裕ぶっこいてる暇があったら勉強しなさい!!!呪文の定義と杖の振り方は紙に書いて説明できるようになりなさいな!!!!!」

「わ、分かったよ。あー、シェリーはどの範囲が出ると思う?」

「元気の出る呪文は頻出問題だしできてた方がいいかな……あの呪文は妖精系の呪文と構造が似てるから応用もしやすいし今からでも復習しておいた方が

……あっ」

「…………」

「…………」

「い、いや、私は別に……」

(この反応だよ)

(絶妙に悪人になりきれてないのよね)

(根が善良なんだよなあ)

 

 バツが悪そうにして、シェリーはそそくさと行ってしまった。

 ロンもそれを追いかけると、大広間で覚えのある赤毛を見つけた。

 

「パーシー……」

 

 その忘我の呟きはパーシーを振り返らせたが、彼はすぐに踵を返して去っていく。彼はファッジの側近に選ばれた筈だが、今日はあくまで魔法省の役人としてホグワーツに凱旋したらしい。

 完璧・パーフェクト・パーシー。

 ロンの憧れだった兄は、今や魔法省の手先だ。先日のオスカーの言葉を思い出す。『あまり責めないでやってくれないか』──

 

(……パーシーはいつも優秀で、公正だった)

 

 腕白ばかりが揃うウィーズリー家において、彼は最も正しく、最も模範となるべき存在であっただろう。ロンもああなりたいとは思ってはいなくとも、兄として人として尊敬はしていた。

 けれども、彼は唯一の裏切り者として家を去った。

 

(そんなあいつでも──間違えるのか?)

 

 もしかしたらパーシーは完璧でも何でもなく、

 ただ完璧に見せていただけなのではないか?

 魔法省で出世したいという理想、血を裏切る者として差別される現実、ファッジやクラウチに選ばれた喜びと、それが仮初のものだと家族に突きつけられた落胆、そして──完璧でなくとも、とても楽しそうな家族達へのコンプレックスがないまぜになって。

 

(だからとしても、シェリーやベガと縁切れって言ったのは許さないからな。いくら兄貴でも言っていいことと悪いことがある)

 

 ロンは朝食の席に着くと、呪文学問題集を開いた。

──正直言って。

 そういう諸々のことは試験になったら吹っ飛んだ。

 

 『呪文学』

 これほど神経を張り詰めた二時間は後にも先にもこれだけだろう。

 幸いにして、DAで実践した呪文が多く出題されていたので一問一答のところは全て埋めるところができたが、記述式に関してはどうにも自信がなかった。まさかシュメール人の古代魔術について取り扱うとは想定していなかった。朝に呪文集を開いておいてよかったと思う。

 

「ヒト、並びに魔法生物の魔力源はその肉体に依るものであるが時空の固定化、即ち擬似的な不老不死には自然界からの魔力供給が不可欠でありそれでも幾つかの制約を要する──私が書けたのはここまで、ああ、魔素の生成理論についても記述するんだったわ!」

「いやそこまで書けりゃ十分じゃねえか?魔力の流れと密度まで書いたら文章がとっ散らかるだろうし──てか、切り替えて次の試験の準備しようぜ。終わった試験のこと気にしても仕方ねえだろ」

「気にするわよ!これはあくまで自分との戦いなのは分かっているけれど、それはそれとして貴方にも負ける気はないもの!」

「……ハン。俺も負ける気はねえよ」

「………ネビル、今の会話分かった?」

「いや全然。負けた気しかしない」

 

 呪文学の実技。

 これに関してはもう何度も何度も練習した呪文が出てきたので気が楽だった。試験官のトフティ教授に一礼して、ワイングラスを浮遊させたり、ネズミをカラフルな色にしたり、発光する大きなきのこを生やしたりした。

 ビューン、フォイ。

 ロンの隣ではドラコがクッションを出現・消失させて、マーチバングス教授を喜ばせていた。名前負けしていない優秀な生徒だと。それが嬉しくてつい杖を緩めてしまい、試験官のカツラを消失させてしまったのはご愛嬌。

 

 闇の魔術に対する防衛術ではDA無双だ。

 タンスに隠れた生物に対しての逆呪いなど何度やったか分からない。大したミスもなく終えることができたし、ちょっとしたアピールのつもりで守護霊を出してみたら目ん玉ひん剥かれた。

 ロンの出した、半分ほど形の崩れたテリアをまじまじと見つめ、やがて満足そうに頷くとにっこりと微笑んで用紙に何やら書き込んだ。それに触発されてか、守護霊を出せるメンバーはこぞって出していた。守護霊を出せるのは十名ほど、その殆どが霧状だったり形が崩れてたりするが、それでも出せるだけ凄いのである。

 トフティ大仰天の巻。

 

「あー、それじゃあ次、ポッターさん。……もしかして君も守護霊出せるの?」

「?はい……『エクスペクト・パトローナム』」

「マジで!!?え、えと、じゃあレストレンジ君……君も?」

「──『蒼き焔は静かに燃ゆる』」

「うそぉ!?えっどうなってんのそれ!?」

 

 スネイプがいないと魔法薬学がこんなにも作業がスムーズなのを初めて知った。いつもより軽快に薬草を刻めた気がする。ポリジュース薬の原料は実際に作ったとで覚えている……と思ったらド忘れしていた。あの頃の自分が恨めしい。

 占い学は正直自信はない。

 魔法生物飼育学はハグリッドのためにも失敗できない……と思っていたのだがドジを踏んで火蟹を怒らせてしまった。仕方ないのでベガ仕込みの回避で躱し、ハグリッドがやっていたように床に組み伏せて押さえつけたのだが、試験官が口をあんぐり開けていたし、きっと良い点数は貰えないだろう。

 

「あの男何者だ……!?」

「何という対応力!杖を使わずあれだけの動きを……!」

 

 ほら、何か言ってるし。

 どんよりした気持ちで廊下に出ると、パグ犬、もといパンジー・パーキンソンが何やら騒いでいた。ニフラーの捕まえ方を忘れてしまったらしい。

 喚く彼女を放ってさっさと帰ろうとすると、近くに座っていたシェリーが呟いたのが聞こえた。

 

「……ニフラーは杖で偽金貨を出しておびき寄せて、罠魔法で捕まえるのが手っ取り早いよ。できるなら金貨そのものに罠魔法をかけてもいいし」

「ああ、そうだったわ!ありが……と………

 ……う、うるさいわね!!!ポッター!!!!!」

「……ごめん」

 

 今年度に入ってからシェリーは周囲に嫌われたがっているようだが、正直大分無理があると思う。

 悪と呼ぶにはあまりにも誠実が過ぎる……。

 薬草学の実技も筆記も満足いく出来でご機嫌なネビルと、実際に星を観察する必要のある天文学の試験を行うために天文台へ登る。

 望遠鏡の準備を終えて、星座図をセット。正直好きでも嫌いでもない学問だが、ここまできたからには合格したいよなー、とレンズを覗く。

──むかしむかし。空が明るい夜に、星が地上に落ちてきたことがあったという。その星は名もなき生き物にぶつかってしまった。

 すると不思議なことに、その生き物には不思議な力が宿るようになり、木の棒を振ると色々なことができるようになった。

 それが魔法使いの始まり。

 以来、流星群の夜になると、魔法使い達はその日のことを思い出して覚醒し魔力が高められる──という。

 まあこれは近代の作家が考えた空想上の御伽噺なわけだが、何故だか流星群の夜は魔法使いの魔力が高められるという結果が出ている。そのことについて色々と学説が発表されていたが、まだ決定的な事実は分かっていないのだとか。

 そんなことを考えていたら試験の時間が過ぎていった。分かるところは埋めたし、もう一度見直しでも……そう思ったところで、何やら騒ぎ声が聞こえた。

 

(何だよこんな時間にうるさいな……って、あれは……!)

「ハグリッド……!?ハグリッドの小屋に、アンブリッジが攻め入っているのか!?あんなに部下を連れて……!」

「こ、これこれ。試験中ですよ」

 

 トフティ教授の静止は聞こえなかった。

 次の瞬間、小屋から爆音が聞こえたからだ。何度も練習してきたから分かる、あれは失神呪文だ。しかも……あんなに大量に!

 もはやその場の誰もがテストのことを忘れていた。

 身を乗り出して、心優しき森の番人を心配しているのだ。此度のアンブリッジの行いは──あまりにも職務を逸脱している。

 よもやダンブルドアの行先を吐かせようというのか?だが、他にやりようはいくらでもあった筈。それをこんな……暴力という形で聞き出そうなどと。

 けれどもそんなものに屈するハグリッドではない。彼の半巨人の血によるものか、失神呪文を受けても無事なようだ。リラ・ダームストラングと似たタイプで、生半可な攻撃など通用しない肉体の持ち主なのだ。

 ハグリッドは怒りのままに突撃し、魔法使いの一人を吹き飛ばす。天文台からは喝采が上がった。

 

「ハグリッド、あんなのやっつけちゃえ──やめてッ!」

 

 パーバティが歓声を上げるが、すぐにそれは悲鳴へと変わる。

 主人の危機に飛び出した愛犬ファングが、襲撃した魔法使いの脚を噛んでいたのだが──血も涙もないアンブリッジが仲間ごと吹き飛ばし、そして離れた隙に何本もの失神呪文が身体を貫いたのだ。

 ファングは数メートル吹っ飛び、ノーバウンドで地面に叩きつけられ、ピクリとも動かなくなる。夜なので見え辛いものの、重傷を負っていることは誰の目にも明らかだ。

 

「貴様らァアアアアアアア!!!!!」

 

 ハグリッドがあんなにも怒り狂ったのを初めて見た。

 その咆哮だけで人を殺せそうな、暴力と破壊の化身がそこにはあった。襲撃に来た筈のアンブリッジが腰を抜かし、襲撃者達による疾風の如き魔法を暴風の如きただの体当たりで吹き飛ばす。

 そしてその勢いのまま数人まとめて突き飛ばすと、ごろごろと地面を転がり白目を剥く。アンブリッジは青ざめながらも、ハグリッドを口汚く罵っているようだった。

 ハグリッドが拳を握ろうとして、それを静止する声。

 ミネルバ・マクゴナガルだ。

 

「おやめなさい!!おやめなさい!!何をして──」

 

 二の句が紡がれることはなかった。

 マクゴナガルは非戦闘の意思を伝えるために敢えて杖を取り出さずに行ったのだが、それが仇となった。本来ならばあの程度の攻撃、彼女の実力ならば防げる筈であった。

 しかし、アンブリッジの指示により一斉にマクゴナガルに向けて失神呪文が放たれてしまう。ハグリッドによる恐怖で錯乱し、興奮状態にあった彼達にまともな判断能力は残っていなかったのだ。純正の闇祓いであれば攻撃ではなく捕縛という選択が取れたのだろうが、あの練度の低さを見るに素人連中らしい。……そも、あの誇りある闇祓い達がこんな仕事を受けるわけがない。

 それでも、マクゴナガルが判断を間違えたのは事実だった。

 彼女を四本の失神呪文が襲った。

 厳正な魔女は、その公正さ故にアンブリッジの愚かさを測り損ねた──。

 

「──貴様!!」

「アンブリッジ!!テメェ!!」

 

 シェリーとベガは、絶叫するより先に激怒した。

 獅子寮の生徒達は須くマクゴナガル女史を慕っているが、中でもとりわけ彼女を尊敬しているのがこの二人である。

 片や、親を失い親戚からいじめられていた中で、初めて魔法と愛情を教えてもらった紅の少女。

 片や、親を失い弟を失い家族との折り合いが付かなかった中、初めてその存在を肯定してもらった蒼の少年。

 共にマクゴナガルに敬愛を抱いていた二人である。

 怒りを抑えろなどと、できる筈もなかった。

 引き止める声が聞こえる。やめろと誰かが叫んだ。──両者は敢えてその声を無視した。

 

「『紅い力』、解放──」

「──『蒼き焔は静かに燃ゆる』!!」

 

 シェリーの髪が深紅に逆立つ。

 ベガの傍らで悪魔が蒼く燃える。

 並の大人を凌駕した能力を持つ二人にとって、天文台から飛び降りることなど造作もない。シェリーは脚部に魔力の暴風を噴かせて豪快に着地し、ベガは蒼炎の翅でふわりと降り立った。

 見やるはアンブリッジの姿。

 後のことなど知らない。これからどうなってもいい。

 今はただ、マクゴナガルを酷い目に遭わせたこいつ達を、徹底的に完膚なきまでに叩き潰す──!!

 

「やめるんだ!!!」

 

 眼鏡をかけた細身の男が、二人の進路に立ち塞がる。

 カエル女へと続くルートを塞がれ、たちまちブレーキをかけた。

 黙れ、邪魔だと杖を振るいそうになったが、その男の手には何も握られていないのを見て思い留まる。今攻撃してしまえば、アンブリッジと、マクゴナガルを攻撃した者達と一緒だ。

 重ねて言えば、その男は──アンブリッジの側近の男だった。

 

「オスカー先生……!?何で……」

「今出て行けばアンブリッジの思う壺だ!今度は君達がこの学校にいられなくなってしまうぞ!!」

「……だが──」

「見ろ、戦いはもう終わっている!ハグリッドはペットを連れて逃げているし、マクゴナガルは医務室に運ばれている!君達はこれ以上何かを望むのか!?」

 

 オスカー・フィッツジェラルドの正論に押し黙る。

 あの女に言ってやりたいことは山ほどある、が──ここでシェリー達がホグワーツを追放されてしまえば元も子もない。

 奥歯が砕けんばかりだった。

 けれども──

 渋々、本当に渋々、二人は魔法を解除した。

 

「ハァ、ハァ、あの野蛮人……!あら、オスカー。おほほ、何かしらこんな夜更けに、その二人を連れて……」

「…………………………」

「…………てめえ、この野郎」

 

 そうのたまうカエル女を、殺意も露わに睨みつける。

 血管がはち切れんばかりの勢いで血が流れているのが分かる。びきびきと、青筋が浮かぶのを抑えられない。

 そんな二人を見て、オスカーは言った。

 

「君達の代わりに、私が言おう」

「……何を、」

「これは許されることではない!!」

 

 オスカーの怒声がこだました。

 学校中の視線が彼に集まっているのが分かる。信用していた側近の突然の告白に、厚顔無恥なアンブリッジもその厚い皮を剥がされているようだった。

 

「パーシー、見ているんだろう!いい加減目を覚ませ!君が信じる魔法省は君の恩師に牙を剥いたのだぞ!!

 アンブリッジさん、貴方に育ててもらった恩はあれど、権力と暴力を使って攻撃するなど許されざる行為だ!!到底看過できるものではない!!」

「な──あ、あなた、自分が何を言っているか分かっているの!?この、このッ、高等尋問官である、校長である、上司である私に向かって何てことを……!!」

「──見たくないものに目を塞ぎ。聞きたくないものに耳を塞ぐ生き方よりもずっといい。そう──『闇の帝王が復活していない』、なんてことも嘘っぱちだ!」

 

 

 

 

 

「──ヴォルデモート卿が復活したこと……私は信じる!!」

 

 

 

 

 

 




現時点での原作との相違点。

・シェリーが閉心術マスターしてる。
ダンブルドアに言いつけられたからスネイプも真面目にやるしかない。

・DAがバレてない。
色んな人のサポートもあるし、マルフォイ兄妹がスリザリンに偽情報流したり親衛隊の動向を把握しているのが大きい。あと頭脳要員がベガとハーマイオニーの二人いる。バレる要素ほぼない。

・シリウスが出番ない。
原作では暖炉で話したりしてて、そのせいでアンブリッジに捕まる。

こういった理由でアンブリッジの企みは正直全然上手くいってないです。
親衛隊もドラコいないから纏め役いないので殆ど飾りですしね。
他にも色々ありますけども、大きく変わったところだけ書いてみました。
次回もお楽しみに!


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8.ホグワーツ・フロントⅠ

五年生編入ってからこの話が一番書きたかったかもしれない。
つーか予定だと8,000文字くらいだったのに増えすぎでは?


 

 パーシー・ウィーズリーが今でも最も尊敬する魔法使い。それは、誰あろうバーテミウス・クラウチだ。

 彼の下で働いてからというもの、パーシーは世間の評価がいかにアテにならないかを知った。クラウチ氏は冷酷非道と言う者もいるが、実のところ彼は正義に殉じた男だったのだ。

 クラウチ氏は強い男だった。

 かつて多くの死喰い人達をアズカバンに送り、闇祓い達に条件付きとはいえ禁じられた呪文を行使できる権限を持たせ。魔法省が最も激動した時代に、確かなカリスマ性とリーダーシップを持って台頭した人物だ。

 

(レックス・アレンも、確かその時期に活躍したんだっけか)

 

 アレンは当時から闇祓いとして非常に優れていた。

 最強の属性魔法使い。大地を司る男。

 そんな彼はムーディーを継ぐ男として非常に有望視されており、クラウチ氏が重用していた人物だ。彼の発掘も、クラウチ氏の功績と言えるだろう。

 今の闇祓い制度があるのも、クラウチ氏の影響が大きい。

 遠距離狙撃ならばアレンをも凌ぐエミル。

 直接的な戦闘は並だが罠や工作面で優れたチャリタリ。

 高い能力に加えて稀有な才能を持ったトンクス。

 補助や回復に優れた特異体質のジキル。

 かつての強さを絶対とする闇祓いから、一芸に秀でた闇祓いも活躍できる場が広がっているのだ。クラウチ氏が魔法省にいなければ死喰い人に遅れを取っていたことだろう。

 

(だが世間は彼を権力に溺れた悪人と見做した)

 

 そう、それがクラウチ・ジュニアの一件である。

 家庭を蔑ろにし、大臣の座を欲した愚か者と世間は断罪したのだ。

 接する機会が多く歳の近いアレンを息子と重ねていたという見方もある程だ。しかしクラウチ氏と接したパーシーとしてはそれは権力のためではなく正義のための行動だと思っている。

 更に言えば、彼はただの正義の従僕ではなく、家族に対して負い目を持っていた人間臭い男なのだと思う。

 そうでなければ妻の願いを聞き入れ、アズカバンで息子と妻を入れ替えるようなことはしないだろう。

 彼は酒が入ると、時折家族に対して懺悔の念を呟いた。

「すまなかった」「酷いことをした」と──。

 聞き上手のオスカーはよく彼の愚痴を聞いていたらしい。

 だから、クラウチ氏の波乱の人生を辿れば、狂おしい程の後悔と絶望が渦巻いていたように思うのだ。……それを知ったオスカーが、まさかあんな行動に出るとは。いや、知ったからか?

 

『これは許されることではない!!』

『ヴォルデモート卿が復活したこと……私は信じる!!』

(あれはオスカーなりの正義なのか?彼が信じる正義なのか。だったら僕にとっての正義ってなんだ?……)

 

 パーシー・ウィーズリーが今でも最も尊敬する魔法使い。それは、誰あろうバーテミウス・クラウチだ。

 そして二番目に尊敬する魔法使い。それは、公平であり、それでいて正義を貫けるオスカー・フィッツジェラルドだ──。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

『オスカー・フィッツジェラルド、貴方の処遇は追って伝えるわ……!!』

 

 アンブリッジはそう絞り出すだけで精一杯だった。

 部屋に戻り、どすんと椅子に座る。……本来なら校長室に座るべき筈なのに、あのガーゴイルが自分を入れようとしない。

 腹が立つ。最近は上手くいかないことばかりだ。

 シェリーやベガの企みを見抜けず、フィルチやドラコなどの部下として使う筈だった人間は思いの外集まらず、ダンブルドアを検挙する機会を闇祓いに奪われ。

 そしてオスカーの裏切りときた。何なのだアレは。今まで側近として使っていた恩も忘れて何様のつもりだ。

 彼はクビ寸前、今頃魔法省で引き継ぎの書類を作っている頃だろうが、それだけではこの苛立ちは収まらない。

 ……そう、思えばシェリー・ポッターを吸魂鬼に襲わせて廃人に、ないしアズカバンに送る計画すら頓挫した!あの頃からずっと上手くいかないことばかりではないか!

 むかつく。腹が立つ。

 ……廊下から生徒達の声が聞こえる。

 そうだ、この時間は試験が終わった頃か。

 

「終わったー!!」

「今回の魔法史難しくなかったですか?」

「うん、範囲広かったもン」

 

 ああ、うるさい。

 子供なんて大嫌いだ。

 身勝手で粗暴ですぐ嘘をつく。

 子供なんて全員苦しんで死んでしまえばいい。

 痛めつけてやりたい。痛ぶってやりたい!

 

(うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさい死ね死ね死ね殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスクタバレワタクシがコロス無様に惨めニ全員殺シテヤル)

 

 アンブリッジの中の負の感情が膨れ上がっていく。

 しかし──それは異常だった。たしかにアンブリッジは色々と人として必要なものが欠けているが、それでも、『うるさいわね、さっさとどそかへ行ってしまわないかしら』と思う程度だろう。

 間違っても『うるさいから殺してやりたい』などと物騒な思考に陥ることなどまずないのである。しかも、本気の殺意、本気で殺したいほど憎しみが膨れ上がるなど有り得ない筈なのに。

 自分の手で痛めつけてやりたい──という、ある種殺人鬼のような思考回路はしていない筈なのに。

 

「…………?」

 

 獲物を仕留める直前の獣のように、アンブリッジは冷え切った視線を寄越した。

 廊下を覗くと、歩いているのはコルダ、ジニー、ルーナの三人。

 おかしな組み合わせだ。スリザリンはお世辞にも他の三寮と仲が良いとは言えない。それは今のホグワーツでも変わってはいない。

 では、何故コルダ・マルフォイはあんなに楽しげに他寮の生徒と歩いている?仲が悪いのではないのか?

 あんなに──あんなに仲睦まじく喋るなんて、アリエナイ。

 

「マルフォイ……コルダ・マルフォイ?」

 

 そう……彼女はたしか、二年次に秘密の部屋に継承者に攫われたという記録が残っている。だがそれは果たして本当に誘拐だったのだろうか?継承者は純血は襲わないのではなかったか?

 それにマルフォイといえば、先日アズカバンでルシウス氏が殉職したばかりだ。いやそれはいいのだが、あの死ははたして死喰い人達との仲間割れで起きたものなのだろうか?

 あれが、『闇の帝王が復活したのではないか?』と世間に思わせるために起きた殺人だとしたら?

 

(……怪しい……あの子には何か秘密がある……)

 

──アンブリッジの今の思考回路は冴えすぎている。

 本来なら決して考えが及ばぬことまで思いついてしまう。

 ルシウスは正真正銘グレイバックとの戦いの末に敗れたのだが、今のアンブリッジはそれを都合の良いように解釈する。証拠も根拠もない矛盾だらけの推論だが、今の彼女にとってはそれが正解であるかのように思えて仕方ない。

 すなわち。

 コルダから情報を引き出せば、何かを掴めるのではないかと。

 そんな支離滅裂で滅茶苦茶な結論が、彼女の脳内で正解であるかのように膨れ上がっていく。真実を知る者からしたらまるで見当違いな答えだが、それが正しいように思えて仕方ない。

 

 アンブリッジは何者かに思考を操作されている。

 

 肝心のその結論に至らぬまま、彼女は『コルダが怪しい』という疑念に取り憑かれ、コルダを調べなければという謎の使命感に突き動かされる。

 矛盾に気付かないフリをして、カエル女は、コルダが一人になった瞬間に彼女に話しかけた。

 

 

 

 

 

「あれ?アンブリッジ先生?どうしたんです──」

「──ちょっといいかしら──?」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 ふくろう試験が終わり数時間が経った。

 シェリーは秘密の部屋から出るところだった。

 ふくろう試験後、勉強の復習をする気にもなれず紅い力の訓練を行ったが、いつもと同じくあまり成長の手応えは得られなかった。確かに魔力や身体能力は底上げされているが、グレイバックのように劇的に強くなったと感じられないまま終わってしまったのだ。

 紅い力の謎は今日も解けないまま──。

 考えても仕方ないとは思うが、せっかくの力を伸ばす糸口すら見つけられないことに歯噛みしつつ、シェリーは無人の女子トイレへと戻ってくる。

 もう夜も更けてきた頃合いだ。

 さて、透明マントを被ろうとしたところで声をかけられた。

 マートルではない。

 

「あんたこんな時間に何してるの!?怪しいわね!!」

(げ……)

 

 パンジー・パーキンソンだった。

 

「グリフィンドールから五点減点。ついでにスネイプ先生……の部屋はここからじゃ遠いわね、アンブリッジ先生に罰則でも付けてもらいましょう!来なさい!!」

「いや彷徨いてるのはパンジーも一緒じゃ」

「私はいいのよ、談話室に中々帰ってこないコルダを探してたんだから。というか口答えしてんじゃないわよ!」

「……ごめん」

 

 パンジーに引き摺られてアンブリッジの部屋に行く。

 どうやら試験の採点で忙しいだろうスネイプを煩わせないために、一人で校内を探していたのだとか。……面倒見が良いというか、無鉄砲というか。

 ともあれアンブリッジの部屋に到着する。

 他の教師達からは見つからなかった。この階の教師の部屋はここだけである。アンブリッジが嫌いなので今年は部屋を離したと噂されているが……そんな大人気ないことをするだろうか。……しそうだ。

 

「アンブリッジせんせーい。あれ?」

 

 鍵は閉まっておらず、灯りも点いているくせに、その部屋は無人だった。訝しんで辺りを見渡すと、奥の方で物音がした。

 何だいるのか、というパンジーと裏腹にシェリーは底知れない不安を感じた。何かおぞましいことが行われている、気がする。

──何だ?

──何か、嫌な予感がする。

 シェリーの背筋に走る悪寒。けれどもパンジーはそんなことなどお構いなしにずんずんと奥へと進んでいく。

 進んだ先で、見た、ものは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──クルーシオ!苦しめ!!」

「うあああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 絶叫。

 それはコルダのものだった。

 椅子に縛られたコルダにアンブリッジが杖を振っていた。

 びくり、とパンジーが硬直する。

 コルダの様子は明らかにおかしかった。

 アンブリッジが何かを唱える度に、苦悶の声を上げ、普段のお転婆ながらも気品溢れる彼女からは想像もつかないぐちゃぐちゃの顔で叫び喚く。この世全ての苦痛を与えられたかのような叫び。この世全ての絶望を一身に受けたかのような嘆き。う

 対するアンブリッジの顔は……悪鬼そのもの。

 人を見下しながら高慢に笑う姿はどこにもない。むしろ、普段のアンブリッジの方が百倍マシだと思えるほど、今のアンブリッジには余裕がなかった。

 

「答えなさい。ダンブルドアはどこにいるの?シェリー・ポッターとベガ・レストレンジは何を企んでいるの?ルシウスが死んだ理由は何故?何故グリフィンドールと仲良くしていたの?

 ねえ?ねえねえねえねえ」

「し、知らない………あああああああああああ!!!」

「──なんて!なんて駄目な子なの!クルーシオ!!」

「があッ、ぃ、知ってても、ぁなた、なんかに……うああああああ!!!」

「クルーシオ!!恥を知りなさい!クルーシオ!!」

 

 耳を疑った。

 聞き間違いでなければ、今確かにこの女はクルーシオと言った。

 許されざる呪文を平然と使った。

 国家権力の側にありながら、コルダから情報を聞き出すためだけに禁忌を破ったのだ。シェリーの脳は、その惨状を理解することを拒んでいた。

──こんな。

──こんなことが、あってたまるものか。

 有り得ない、そんな。

 仮にも教師が生徒に磔の呪文を使っている、などと──!

 

「──ぇ。な、何してるの、アンブリッジ、先生……」

「!!!」

「ひっ!」

 

 ようやく二人の存在に気付き、後ろを振り返る。

 アンブリッジの眼は血走っていた。

 狂い、怒り、負の感情がごちゃ混ぜになって形になっていた。

──彼女は明らかに異常だった。

 同じスリザリン生の後輩が、あろうことかスリザリン贔屓のアンブリッジに拷問まがいのことをさせられているなど、ただの生徒に過ぎないパンジーにとっては青天の霹靂であっただろう。

 パンジーから恐怖の声が漏れた。

 シェリーは怒りを通り越した何かを感じていた。

 

「ぐずっ、ぅっ、あっ、ぎっ……」

「どうして……どうして貴方達がここに……鍵はちゃんと閉めた筈。おかしいわ、そんなの有り得ない。……勝手に入ってきたのね!?悪い子、駄目な子!パンジー・パーキンソン!!貴方がそんなことをしでかすなんて!!!」

「ち、ちが……」

「ぃっ、にげて、ください。この女、しょうきじゃ、ない……がッ!?」

「勝手に喋らないで頂戴!!!」

 

 プラチナブロンドの少女が顔をはたかれた。

 苦悶の声、シェリーはその短い悲鳴で、事ここに至ってようやく現状を理解し始める。

 アンブリッジは手柄欲しさに情報を求めた結果、コルダを拷問することでそれを引き出そうとしたのだ。確かに彼女はスリザリンにいながら親衛隊に属さず、隠れてDAに参加していた。となれば、多少なりとも違和感のある行動も生まれてしまうかもしれない。

 このカエル女は目敏くその違和感に気付き、彼女に接触したとしたら頷ける。しかし──仮にも教え子を磔の呪文にかけるなど!

 

(コルダは、まだ、十五歳なのに)

 

 そして、だ。

 もしDA内の誰かがその存在を誰かにバラせば呪いがかけられるとハーマイオニーから聞き及んでいる。コルダにはそれが見受けられず、今まで口を割らなかったことが推察される。

 けれども……こんな目に遭わされてしまったと分かれば、彼達は納得してくれるだろうに。こんな拷問を受けたと分かれば、誰も彼女を責めやしないだろうに。

 早く白状してしまえば、こんなにも磔の呪文は受けずに済んだかもしれないのに。……耐えた、というのか。

 パンジーの発言が確かならば、彼女はこの時間までずっと、数時間に渡って拷問を受けさせられていたことになる。

 何時間も拷問を受けて、それでも口を割らなかったというのか?

 シェリーも、周りの人間も、見誤っていた。

 父親が死んだこの子は可哀想な子だと。

 それは勝手な思い込みであり、彼女に対する侮蔑だった。

 

「悪い子ね……コルダ・マルフォイ。貴方はもっと賢い子だと思っていたのだけど。あなたには躾が足りないようね!!」

「ッ、ふたりとも、にげ──」

「やめろ!!!」

 

 激昂したアンブリッジが更なる追撃をかけようとするのを、瞋恚の叫びを持ってしてシェリーが阻止した。

 

「何……!?貴方まで歯向かうの!?私は、私は教師なのよ!?」

「それが──」

 どうしたというのだ。

 貴様は教育者ではない。

 人間ですらない!

 こいつは、

 こいつは。

 あの屑どもと同種の臭いがする。

 腐った掃き溜めよりも下賤な臭いだ──!!

 

「──紅い力」

 

 

 

「解放」

 

 

 

 ホグワーツの夜空に紅い影が浮かぶ。

 紅く逆立った髪のシェリーがアンブリッジの頭部を掴み、窓から飛び出したのだ。突然の浮遊感覚に、アンブリッジは恐怖で狼狽する。

 両者は重力に従って超スピードで落下していく。

 

「アクシオ!!クリムゾンローズ!!」

 

 けれどもその落下より早く、風を突っ切って赤枝の箒がシェリーの手に収まった。紅い力を解放したシェリーの呼び寄せ呪文ならば、鎖など容易に断ち切って持ち主の下へと飛来する。

 あわや地面に激突するというところで、箒による方向転換。箒に乗るのは久方ぶりなれど、飛行の天才シェリーの手にかかればまるで手足のように自在に操ることができる。

 地面スレスレをクリムゾンローズによる超加速で飛行。

 シェリーの右手は柄をしっかりと掴み、左手はアンブリッジを万力のように掴んで離さない。紅い力による筋力増強だ。

 

「ひっ、ぎゃあああああああああああああ!?」

 

 風を切り裂いていく感覚を、まるで楽しいと思えなかった。

 アンブリッジは情けない叫声を上げる。それも仕方ない、この体型では近々で箒に乗ったことなどないだろう。さらに頭部を鷲掴みにされたままプロ並のトップスピードで地面に当たるか当たらないかの位置を飛行するというのは、彼女でなくとも恐怖でしかない。

 けれどもその恐怖は今までアンブリッジが与えてきたものだ。

 今のシェリーにあるのは、この女をどんな目に遭わせてやろうか、という昏い殺意のみ。仲間を、心優しき少女を、くだらない名誉欲で辱めるなど赦さない。赦せない!

 

「ィィいいいいやァアアアアァアアアア!!!」

「醜い声を上げるな、蛙女風情が。痛みも、恐怖も!全て貴様がやってきたことだろうが!!!」

 

 クリムゾンローズが進んでいたのは禁じられた森だった。

 大木を紙一重で躱し、森の奥へ奥へと進んでいく。

 ホグワーツが木々に隠れて見えなくなったところで、ようやくシェリーは左手の荷物を放り投げる。カエル女は息も絶え絶えで、これまでの飛行でよほど体力を使ったのが見て取れる。

 だが、こんなもので済ますものか。

 不当に傷つけられた痛みも恐怖も消えはしない。彼女の精神は傷つき弱り切っている。しかも磔の呪文は悪意があればあるほどその威力を増すのだ、この女には明らかにそれがあった!

 極め付けは──この女は拷問の素人だ。

 一歩間違えれば廃人になってしまうなど、考えもしていない!

 ネビルの親がどんな目に遭ったかを知らない!

 こいつは何をしでかそうとしたか、理解すらしていないのだ!

 

「貴様も──あの子と同じ目に遭えばいい!!」

 

 シェリーは杖を振り上げた。

 歯には歯を、拷問には拷問を。

 コルダと同じだけ苦しまねば割に合わない!

 ここは禁じられた森の奥深くだ、万が一にも止められる心配はない。ケンタウルスの巣も遠い!誰も見ていない!!

 

「クルー……」

 

 振り下ろす、その瞬間。

 シェリーはその女の顔を見た。見てしまった。

 

「ぁ、……や、ゃべて……」

 

 鼻水だらけの、高慢も矜持も捨て去ったかのような懇願。

 その顔を見た瞬間、シェリーの手が空中で止まってしまった。

 唱えられなかった。

 

(……何を、何をやっているんだ、私。ここでこいつを痛めつけなければ誰がこの女を裁くというんだ。その為に連れてきたのに。その為に人のいないところまで連れてきたのに!

 ……何で、杖が、降ろせない……)

 

 シェリーには人を過度に傷つけられないという悪癖がある。

 いじめられていた過去の自分に重ねてしまい、同情してしまうからだ。かつてクィレルを見逃したのと同様に、ペティグリューに情けをかけたのと同様に。それはアンブリッジであっても同様だった。

 けれど──それは今の自分の存在否定に他ならない。

 シェリー・ポッターは復讐を誓った。

 ヴォルデモート、ハリー・ポッターという邪悪によって無意味に殺されたセドリックやローズやブルー。更には両親やルシウスを殺した畜生どもを全員地獄に叩き落とす、そう誓ってこの一年を過ごしてきた筈だった。

 だけど。

 いざその畜生を前にした時、躊躇ってしまった。

 殺してしまっては可哀想だと、心の防衛本能が告げている。

 痛めつけてしまっては哀れだと、甘えた心が言っている。

 

(……大丈夫、この女は闇の勢力じゃないから殺さなくて大丈夫、こいつはまだ人を殺してないから大丈夫……)

 

 そんな、吹けば飛ぶような理論武装で言い訳をする。

 こいつを金輪際コルダに近付けさせなければもう大丈夫だと。

 ふざけている。

 当のコルダの意思を無視して、アンブリッジを殺すのが嫌だから逃してしまおうなどと、そんな暴論はふざけている。

 そう、分かっているのに──シェリーの口は勝手に言葉を紡いだ。

 

「貴様のした行いは赦されない。だが貴様には、人生をかけて償いをしなければならない義務がある。残った命を自分が傷つけた人のための贖罪に使え。赦しを乞うためでなく、無償でその身を捧げろ……

 ……もう二度と、この城に近付くな……!!」

「ヒッ、ヒェエエエエエエ!!」

 

 木をかきわけてどこかへ去っていくアンブリッジを、シェリーはただ呆然と見ているだけしかできなかった。

 どのくらいそうしていただろうか。

 酷い脱力感と共に、シェリーはくたびれた様子で箒に乗ると、城へと飛び去っていく。後悔と矛盾を載せた飛行は重く感じられた。

 

(殺せなかった──唱えることすらできなかった──)

 

 こんなことで本当に大丈夫なのか。

 シェリーの中にあったのは、突き抜ける程の危機感と焦燥感。

 思えば、墓場でハリーを殺そうとした時も、何かと理由をつけて殺すのを先送りにしてしまった。今年だって一人で戦うと決めたのに、気が付けば周りを巻き込んでしまっている。

 できないことだらけだ。

 こんな調子で本当にヴォルデモートを殺せるのか?

 いやそれ以前に……、

 私はセドリック達を殺された怒りが風化しているのでは?

 

(──ふざけるな!!しっかりしろ!!)

 

 それはあってはならないことだ。

 怒りを忘れ、安穏と生きていては、罰にならない。

 生きているだけで罪人の私は、常に誰かのために行動しなくてはならない。復讐の代行者でなければならない!なのに……!

 

(私が彼達の無念を晴らさなければ、誰が晴らすというんだ!!

 死んでしまった者達は理不尽に怒ることもできない!!だから私はあの塵共を殺し尽くす、そう誓ったのに!!)

 

 自己嫌悪で潰れそうになりながら、アンブリッジの部屋へと戻る。

 パンジーがコルダの縄を外して簡単な治癒魔法をかけている真っ最中だった。幸い、時間はあまり経っていないようだった。

 

「……、……助かり……ました、シェリー」

「……うん。大丈夫?コルダ」

「パンジーさんに魔法をかけて貰ってるので何とか……。

 意外でした、貴方が治癒魔法が得意だなんて……」

「う、うるさいわね。いつかドラコが怪我した時使えればと思って勉強してたのよ。まさかこんな形で活用する日が来るとは思っていなかったけれど……」

 

 ひとまず無事で何よりだ。

 ……それにしても。

 

「アンブリッジの様子、何か変じゃなかったですか……?」

「そうね。いくら何でも生徒に許されざる呪文を使うなんてやり過ぎだし……」

「試験が終わった後、すぐにアンブリッジに呼ばれて、それで磔の呪文を……。でも、今にして思えばどこか挙動不審でした……。

 確かにあの女は必要に迫られれば許されざる呪文を使ってきそうですけど、何だか今回のあいつは……妙なものを感じて……」

(妙なもの……?)

「あー、分かったから寝てなさいって。もう色んなことが起きすぎて混乱しそうよ」

 

 シェリーは一人、考えに耽った。

 アンブリッジはあれでも役人だ。あの人間性ならば磔の呪文を使うこと自体に抵抗はないかもしれないが、それでもよっぽど追い詰められなければ磔の呪文という選択肢は浮かばないだろう。

 そう、例えばもう少しでシェリー達の企みを暴けるという段階で真実薬を切らしてしまい、聞き出すことができなくなったとか、そういう段階でなければ使おうとすらしない。今回にしたって、長い間拷問をしていたようだが、少し考えれば他にいくらでも聞き出す方法を思いつきそうなものなのに。

 脅迫、恫喝。あらゆる段階を吹っ飛ばして、彼女はいきなり暴力という手段に出た。あまりにも不自然だ。

 錯乱の呪文でもかけられていたのか……?

 

(……誰が?何のために……?)

 

 アンブリッジに暴力を振るわせたことが目的?

 コルダを襲わせたことが目的?

 それとも他に理由があるのか?

 目的が見えない。謎が多すぎる。

 底無しの悪意の沼に嵌ってしまったような感じだ。

 言いようのない不安に襲われて、ひとまずマダム・ポンフリーを呼んでこようと立ち上がったところで、気付いた。

 

「え……な、何?」

 

 アンブリッジの部屋にはティーカップや皿が壁に飾り付けられており、その中を可愛らしい仔猫達が動き回っている。

 いるのだが、今、仔猫達は一匹も動いていなかった。

 一匹二匹なら昼寝でもしているのかと微笑ましくなるのだが、猫は漏れなく全てがごろんと横たわって動かない。

 ……いや、動かない、のではない。

 動けないのだ。

 つい先程までティーカップの中を無邪気に動き回っていた写真の猫達は全て死に絶えているのだから──!

 

「────!!?」

 

 左上に飾られていたティーカップが割れた。

 と思えば、その隣に面するティーカップが割れ、雪だるま式に全てのカップが粉々に砕けていく。強烈な悪意を感じて、シェリーはその場から飛び退き、コルダとパンジーを守るように立って杖を構える。

 見るも無惨に砕け散ったカップの破片が、ひとりでに動いて竜巻のように回り出す。そして破片は更に細かくなり、粒となり──

──人型へと、姿が変わっていく。

 頭が痛む。この痛みには覚えがある。

 その男と邂逅した時の痛みだ……!!

 

「…………貴様、は」

『久しいな、シェリー・ポッター』

「ヴォルデモート……!!」

 

 一年ぶりに、その姿を見る。

 端正な顔立ちに美しく切れ長の瞳。素晴らしく均整の取れた肉体は芸術的ですらある。

 だがその美しい青年の姿であっても隠しきれない闇、それこそがヴォルデモート卿が闇の帝王たる所以である。

 これは、マグルでいうホログラムに近いか。向こうの動きをこちらに映像として送り込んでいるのだ。ホグワーツに直接投影するとは、大それたことをするものだ。

──ダンブルドア不在の今だからできる芸当ともいえる。

 暖炉ネットワークで、顔だけ暖炉に突っ込んで他の家の暖炉に頭を出現させるというものがあるが、性質はそれに近いだろう。

 

「貴様、このクズ野郎。ノコノコと現れて何の用だ。ようやく己の罪深さを自覚して自害する気にでもなったか?」

『まあ、そう焦るなよ。気持ちは分かるがな』

 

 そう言ってケラケラと笑う姿は無邪気なものだ。

 けれども言動の端々に冷淡さが見え隠れしている。映像越しとはいえ、コルダもパンジーも萎縮しているようだった。

 

『なァ、シェリー、俺様は今どこにいると思う?』

「………?」

『イギリス魔法省だよ。完全復活して一年、そろそろ良い頃合いかと思ってな。俺様のアジトを魔法省へと変更することにした』

「何だと……」

『そこで特別に、お前を引越し記念パーティーに招待してやろうと思ってな?光栄に思えよ、俺様直々のご指名だ。今すぐ魔法省に来て存分に俺様を楽しませてくれ』

 

 シェリーは考えを巡らせる。

 ここは暖炉ネットワークで魔法省に繋がっている筈。煙突飛行粉を使えばすぐに行ける距離だ。

 だが、十中八九、罠だろう。あの男が何の準備もなくシェリーを待っているわけがない。行けばすぐに捕まるのは確実だ。

 

(──けど、今行けば、私は誰も巻き込むことなく復讐を果たすことができる……)

『迷っているな、シェリー。

 そんなお前にアドバイスだ!お前がやって来なければこの二人の頸が飛ぶぞ!!』

「…………人質、だと?」

 

 ホログラムが歪み、二人の男女の姿が映し出される。

 歳の頃中年の男女二人組が目隠しをさせられ、後ろ手に縛られ。ガチガチと恐怖に震え、怯えている。

 帝王だなんだと言う割に、随分と姑息な手を……!

 しかしシェリーはこの手に滅法弱い。彼女はトロッコのレバーを動かすことのできない人間、どうしようもない悪人でさえなければ、一切の差別なく助けようとする少女なのだ。

 正義を愛する人間ではなく、悪を毛嫌いする人間。

 目の前の人間を全力で助けようとはするが、後のことまで気が回らないタイプなのである。だから、人質を出されると弱い。

 動揺を隠して嘘を答える。

 

「……、私にとって最重要課題は貴様達を殺すことだ。その二人がどうなったからといって私に何ら影響はない」

『ふむ。そうか、残念だ!

 ……なぁ、ところで。この二人に見覚えはないか?』

 

 言われて、その二人を改めて観察する。

 どこかで会ったような気もするし、会っていないような気もする。

 奇妙な感覚だった。見覚えがあるようでない。シェリーは記憶と照らし合わせて──

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前達の娘の名前を言ってみろ』

『あ、あああ……』

『ハー、マイ……オニー……』

 

 

 

 

 

 

 

「屑が──人面獣心のゴミ屑どもが!!」

 

 怒りも露わに、シェリーは杖を振るい破壊魔法を叩きつける。

 高笑いを残してカップの破片が飛び散っていく。それを見るのも煩わしいのか、シェリーは呼び寄せ呪文で「ポーチ!」と叫ぶ。

 布袋が飛来し、彼女の手に収まった。

 いつかの為に用意しておいた、シェリーがよく使う魔法グッズを纏めておいたポーチだ。物質を縮小し整頓する呪文がかけられている。

 かつて、ニュート・スキャマンダーという魔法生物学者が、魔法生物にとって適切な環境を用意するために使ったトランクと原理は似ている。

 シェリーはクリムゾンローズをポーチに放り込み、代わりに忍びの地図を取り出した。これはもう不要なものだ。

 

「これ、私の仲間に渡しておいて。これから死ぬかもしれないから、そのことも伝えてくれると助かる」

「な……!?あ、あんた……」

「……コルダのこと、よろしくね」

 

 瞠目するパンジーを他所に、シェリーは暖炉の中へと入る。

──いけない。あれは、死にに行く者の瞳だ。

 パンジーは慌てて廊下に出ると、声を張り上げる。誰か、誰か何とかしてくれる人間はいないのか──。

 

「だ、誰かッ!?誰かいないの!?」

 

 

 

 

 

 

 

「だからよ、ドラコ。あの記述問題は……あん?」

「いやベガ、その問題は当時の文化様式を……ん?パンジー?どうしたんだ」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 ベガとドラコがその廊下を通ったのは本当にたまたまだ。

 お互いにテストのことで色々と話し合い、夜も更けてきたので寮へと帰っている道中にたまたまアンブリッジの部屋があった。まあ試験の採点で気付かないだろう、と通り過ぎるだけのつもりだった。

 だがそれが、こんなことになるなんて。

 ドラコは妹が磔の呪文を使われたと聞いて血相を変える。

 そして彼女の話を聞き、ますます顔を青ざめさせる。

 

「……お兄様、……シェリーが、あの暖炉を使って魔法省に飛んで行きました。今あそこには闇の帝王がいて、ハーマイオニーの両親を人質にとっているんです……!」

「何だと……!?」

「シェリーを追ってください、今すぐ行かないと間に合わない……!早く彼女を連れ帰って、でないと大変なことになります……!」

 

 ベガは暖炉の上の煙突飛行粉を確かめる。

 ……少ない。量が少なすぎる。

 

「な……煙突飛行粉があと二人分しかねえ……!?」

「嘘だろ!?」

 

 ベガは忍びの地図を開いた。使い方は以前シェリーから聞いていたので問題はない。

 ……駄目だ。

 少なくともこの階に戦える者はいない。魔法省に突撃するからには少しでも戦力が欲しいが、今すぐ呼びに行ける人間の中に、ベガ達以上に強い魔法使いはいない。

 それもその筈、試験が終わって教師達の殆どは採点や通知表の作成に時間を費やしているのだろうし、生徒達ももう寮に戻っている頃合だろう……だが、それにしても、不自然なほどに人がいない。

 このおかしな状況にベガは妙な違和感を覚える。鍵をかけていた筈のアンブリッジの部屋にシェリー達が入れたり、すぐ呼びに行ける位置に教師が一人もいなかったり、煙突飛行粉があと二人分しか置いてなかったり。

 出来すぎていないか?

 何か……何か、作為的なものを感じる。

 誰かの掌の上で踊っているかのような……。

 

「……ともあれ、この中で魔法省に行く二人か……。

 ……コルダは動けねえし、俺とドラコで行くしかねえよな」

(私が候補から外れててよかった…)

「だ……だが!妹がこんな状態になってるんだ、放っておけるか!せめて医務室に行くまで付き添いを……!」

「──ドラコ・マルフォイ!!」

 

「私のこんな怪我なんて休めばすぐ治ります!!ていうか厳密には怪我ですらないですし精神的なもんですよ!!ですがシェリーは違う、敵地に突っ込んでいるんです!下手したら死ぬかもしれないんですよ!?また犠牲者を出してしまうかもしれない!大切な人がいなくなってしまうかもしれない!!

──お父様の二の舞になるかもなんです!!

 ならば今やるべきことは、貴方なら分かるでしょう!!」

 

 コルダは兄を叱咤した。

 今、この状況で一番兄にいて欲しいのは彼女だろうに。最愛の人にいてほしいのはコルダの方であろうに。

 それでもシェリーの方が大事だと、彼女はそう言った。

 ドラコはしばし悩み、そして迷いを噛み殺して、言った。

 

「………パンジー、コルダを医務室に頼む!すまないコルダ、ちょっと行ってくる!すぐ三人で戻って来るから!!」

「──魔法省!!」

 

 ベガとドラコは煙突飛行粉で魔法省へと飛んでいく。

 これまで幾多の死戦を潜り抜けてきたのもあって、二人は精神的に見違えるほど成長していた。彼達だけではない、シェリーもコルダも学生とは思えぬ精神力だ。

 パンジーはどこか、置いていかれたような気分だった。

 

「……行きましたか?」

「え、ええ。今頃はもう魔法省でしょうね」

「よかっ……た……」

 

 コルダは意識を手放す。問題はない、眠っただけだ。

 磔の呪文を何時間も食らい続けて、今まで意識を保っていただけでもとんでもないことなのだ。しかもコルダは辛さを噛み殺して兄に発破をかけるために気力を保っていた。

 いつ精神に限界がきてもおかしくなかったというのに……。

 兄に甘えたいだろうに、休みたいだろうに。仲間のため、たったそれだけのためにコルダは意識を保っていた。

 何という精神力だろうか……。

 パンジーはほんの少しだけ評価を改めると、彼女に肩を貸した。

 

「ああ、もう……行くわよ、コルダ」

 

──だが。

 コルダにとって、パンジーにとって。

 いや、ホグワーツにとって最も長い一日はここからだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はッ、はッ、はッ──」

 

 アンブリッジは禁じられた森を走る。

 杖はいつの間にか落としていた。方角も分からず、あてもなく森の中を彷徨っていた。

 頭の中で繰り返されるのは、シェリーやオスカーの言葉。

 

『これは許されることではない!!』

『貴様のした行いは赦されない。だが貴様には、人生をかけて償いをしなければならない義務がある』

(わたくしに──非があったとでも──?)

 

 先程まで狂気に取り憑かれていたアンブリッジの精神が、少しずつではあるが正常なものへと戻っていく。といっても、その変化は混沌が悪辣へと変わるだけであったが。

 アンブリッジは何一つ反省していない。

 シェリーが悪い。オスカーが悪い!情報を提供しなかったコルダも悪い!

 そんな理不尽な思考が駆け巡る。

 だがそれでも、無意識下で彼達の言葉は響いていた。

 せめてあと少し、もう少し時が経って自らを客観的に省みるようなことがあったならば、彼女もほんの少しだけ変われたのかもしれない。もしくは悪意が凝り固まりすぎて全く変われなかったかもしれない。

 それは分からない。

 何故ならアンブリッジには未来はもうないからだ。

 

(それにしてもさっきまでの私は何かおかしかった……

 コルダ・マルフォイを拷問した、別にそれは大したことではないけれど私があんな大胆な行動を取るなんて……

 ……って……あれは……)

「んー……?君ィ、アンブリッジだろ?何でこんなとこに」

「な……死喰い人……!?」

 

 これまでの行いのツケを払う時が来たのか、彼女は死喰い人の集団に出くわしてしまったのだ。……何故、ここに!?

 アンブリッジは知らなかったが、かつてペティグリューがスキャバーズとして潜んでいた時代にルートを確保していたのだ。

 漆黒の衣。髑髏の面。

 アンブリッジは直感で理解する。この男達は、危険だと。

 

「まあいいや。死んどけ」

 

 事もなげにアンブリッジは殺される。

 感傷に浸る暇もなく、何かをするわけでもなく、ただただ無意味にその命を終わらせられる。下手人はアントニン・ドロホフ。彼はその殺しに何ら感情を抱いていなかった。暫くすればすぐに忘れてしまう程度の出来事だった。

 今はそんな事よりも、もっと心躍らせるものがある。

 

「──闇の帝王はオジサンに兵力を貸してくださった」

 

 にやり、と笑う。

 今ここに揃っているのは、闇の帝王に属する死喰い人。

 武装した巨人の兵隊。

 アズカバンから連れてきた吸魂鬼。

 闇に蠢く吸血鬼。

 ダームストラング家が寿蔵・開発した戦闘人形。

 ヴォルデモート卿と紅い力の幹部を除く、数多くの屈強な精鋭が一堂に介しているのだ。

 

「長年ホグワーツに潜んでいたペティグリューからは、より詳細な情報が記載された改良版・忍びの地図を作ってもらった」

 

 手にするは、かつて悪戯仕掛け人達が作成した忍びの地図よりも更に高精度になった改良版。確信を持って言える、世界最強の魔法使いはここにいない、と。

 そして最高なことに、ここには副校長も、校長代理すらも存在しないのだ。いざという時に指揮を取れる人間がいない。

 そして──何度も逆境を覆してきたシェリー達もいないのだ。

 

 

 

「ダンブルドアはもういねえ!!我達には最大にして最強の巨人軍団が揃っている!!今ここにいるのはガキどもだ、恐れるものは何もねえ!全てを壊し蹂躙せよ!!

──ホグワーツを陥落せよ!!!」

 

 

 

キーパーソンを欠いたまま、ホグワーツの戦いが始まる。

正史より、二年早く──。

 

 

 

 

 

ドローレス・アンブリッジ 死亡

死因:ドロホフによる死の呪文




執筆時間約一日。
なんか辛い展開だと書くの早いな…。

おまけ1
シェリーブチギレ度ランク
憤怒:ハリー、ヴォルデモート、アンブリッジ(New)
普通:グレイバック、マクネア
同情:クィレル、ロックハート
やっぱアンブリッジ先生はすげえや!

おまけ2
ミッション:ホグワーツを防衛せよ!
◯使用不可
【ダンブルドア、マクゴナガル、ハグリッド、シェリー、ベガ、ドラコ】
◯弱体化
【コルダ】

無理では?


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9.ホグワーツ・フロントⅡ

そういや以前の表記で分かりづらい点があったので補足をば。
57話(不死鳥編1話)で「ドロホフにはオスカーという息子がいる」って紹介をしてたんですが公式にそのような設定はなく、今作におけるオスカーもドロホフと血縁関係はありません。伏線でも何でもないです。
某小説のリスペクトで書きましたがややこしい事になってしまいました。
こんなことで推察させても申し訳ないので書かせていただきました。すみませんでした。


 

 

『ホグワーツの者共よ!!城を開け渡せ!!』

『我達は戦いを望まない、この城を我達死喰い人に!!そうすれば誰も犠牲になることはないだろう!!だが!!もしも抵抗するのなら愛する母校諸共、全てブチ壊してやる!!』

『逃げる者は追わねえが歯向かう者は殺す!!』

『死でも逃亡でも──好きな方を選ぶがいい!!』

 

 

 

 

 

 時刻は夜半過ぎ。

 大広間にはホグワーツ中の人間が集まっていた。

 先の開戦宣言を聞き、半ばパニックになりながらもある程度統率が取れていたのは、スネイプが指揮を取っていたからだ。

 試験の採点中にふくろうが送られてきたかと思えば、これから総攻撃を仕掛けるので本営がある禁じられた森に来い、とのこと。

 そんな計画聞いていない──と思うが、行方知れずのダンブルドアや闇祓い達に計画を知られるわけにはいかなかったのだろう。それにこの手紙を寄越したドロホフからすればスネイプはイマイチ信用ならない存在なのだろう。

 だから万が一裏切ったとしても、十分な準備を与えないためにギリギリまで知らせなかったのだ。スネイプとしてもこれは痛い。焦りながらの戦闘準備となった。

(ちなみにスネイプはスパイという立ち位置なので死の印を使っても行くことができないので、そのための手紙である)

 

(もはや死喰い人側にいる意味はない……ダンブルドアも生徒達を見捨てたとあらば私を生かしてはおかないだろう。二重スパイは今日で終わりだ!……すごい開放感!嬉しい!!だが浮かれてばかりもいられない、状況は最悪なのだからな!)

「フィルチ!ビンズ!避難する生徒の引率を!!シニストラ、セプティマ、バーベッジ、バスシバ!マダム・ピンスはポンフリーのフォローを!!戦う意思のある者はついて来い!フィリウス、ポモーナ、フーチ、プランク、フィレンツェ、あと一応トレローニー!こちらに……」

「……先生、スネイプ先生!!早く降伏しましょう!!」

「む……」

 

 そう喚いたのはパンジーだ。パグ犬そっくりの顔をくしゃくしゃに歪めて懇願する彼女に、グリフィンドールを始めとする正義感の強い生徒達からは非難の声が上がる。

 

「お前!それ本気で言っているのか!?」

「恥知らずにも程がある!!」

「……ええ、大マジよ!!わざわざ生き残る確率が低い方を選択するなんて馬鹿のやることだわ!!」

「なんだと──」

「やめんか!!……パンジー、どちらにせよドロホフは降伏宣言など聞く男ではない。ホグワーツを守りたければ戦うしかないのだ。君は逃げてくれ、生き残ることも戦いだ」

 

 パンジーは絶望とも呻き声とも取れぬ声を上げた。

 とはいえ彼女の主張も分からなくはない。つい先程アンブリッジの悪行を目の当たりにし、ヴォルデモートと邂逅したばかりだ。死と悪意を見せつけられた彼女は本能的にこの戦いを恐れていた。

 そんなパンジーの肩を優しく叩くのはコルダだった。本来なら医務室にいるべき彼女だが、先の宣戦布告を聞きこの場に留まったのだ。

 

「……パンジーさん、死喰い人の言い分なんて信じちゃ駄目です。平気で嘘をつき人を陥れるような人達の集まりなんです。中にはペティ……自分の嘘を本当のことだと思い込むやばい人もいました。

 ここが危険なことには変わりないんです」

「……だったら、尚のこと!皆んなで逃げればいいじゃない……!!何で戦おうとするのよいかれてるわ!!」

「そう、ですね……。でもきっと、ここにいる人達は戦いたくなんてなくて、本当は逃げ出したくて仕方ないんだと思うんです。

 でも自分の大切な仲間や家族が逃げてからじゃないと、時間を稼いでからじゃないと逃げられないられような、そんな人達ばかりが集まっているんだと、私は思いますよ」

 

 言うと、コルダはスネイプのところに行こうとする。

 戦うつもりだ、そう理解したパンジーは彼女の首根っこを掴み無理矢理医務室のベッドに寝かしつけた。

 

「パンジーさん?ここは危ないです、早く──」

「うるさいわね!!あんたが治ったらさっさと逃げるわよ!!」

 

 真の恐怖を知った少女は少しずつ変わり始めた。

 もう少しだけ、付き合おう、と。

 そしてここにも一人、逃げ出そうとしている者が一人。

 

「ふ、ふざけるなよッ。死喰い人なんて聞いてないぞ!!」

 

 ザカリアス・スミスである。

 力がありながら臆病者でもあった少年はDAの中で唯一逃げるという選択肢を取っていた。付き合ってられるか、と。ただこの情けない光景を見られるのは恥ずかしかったのか、コソコソと隠れながらの避難であった。

 ……が、フィルチやチョウからバッチリ見られていた。

 

「なあッ!?なな、なんだよ悪いか!?」

「いや……っていうか、逃げるならあっちだよ」

「はぇ?」

「わしとしては、むしろ生き延びてもらわんと困る。今までやってきた活動は全部お前達を死なせないためのモンだ、それがここで御破算になっちゃ元も子もない」

「……そ、そうか?じゃあ遠慮なく……」

 

 少し情けない形ではあるが、ザカリアスは下級生と一緒に逃走ルートを歩くことになった。同級生は殆どいない。大部分がホグワーツ防衛のために残っているだろうことが推察されたが、そんなこと知るかとザカリアスは一人ごちる。

 結局、生き延びた方の勝ちなのだ。

 誰かのために戦うなんてどうかしている。

 それに、ちょっと魔法の訓練を受けたくらいで死喰い人相手に通じると思っているなんておめでたい考えじゃないか。

 だって──

──僕達は、無力な!学生なんだから!

 

「ねえ、聞いた?ロンやハーマイオニー達は残って戦うんだって」

「うん……何か手助けできることがあればいいんだけど、私達が残っても足手纏いになるだけだしね……」

「…………!」

「……私に、もっと力があれば……」

 

 ……仮に、もっと力があれば戦っただろうか?

 きっと戦わなかっただろう。何だかんだ理由をつけて戦いから目を背け逃げ続けていただろう。何もしなかっただろう。

 死ぬのが怖いから。

 負けるのが怖いから。

 いや、そもそも、そういったことを考えることが嫌だから。

 DAで学んだことを何も活かさないまま、一人ひっそりと負い目を抱えて死んでいく。別にいいじゃないか。生き残ることだってとても大切なことだ。

 ……でも、ザカリアス・スミスが戦いたくない理由はそんな高尚なものじゃない。弱い自分を見られたくないから。いつも高慢に振る舞う自分の、情けない自分を見られたくないから、戦おうとしない。晒したくないのだ。

 

(………だけど……ここで逃げたら、見てすらくれなくなるぞ──!!)

「ごめん、僕、ちょっと戻る──!!」

 

 かくして戦士は集まった。

 年齢も性別も関係ない、ただホグワーツを護りたい、その一心で彼達はここに残ったのだ。それがどれだけ勇気ある決断であることか。

 広いテーブルを出現させ、多くの教職員、生徒達が顔を揃え忍びの地図を覗き込んでいた。

 

(おいおい、忍びの地図をこんなに大っぴらに見せてよかったのか?スネイプもいるんだぞ?)

(ホグワーツ全員で戦うんだ、これは必須だよ)

「……この地図について言及するのはやめておいてやる。

 言うなれば死喰い人は、一つの巨大な孤軍だ。闇の帝王という圧倒的なカリスマの持ち主の下に集結したならず者達。その全てが一つの塊であり闇の帝王さえいなくなれば組織として瓦解する」

 

 だから死喰い人は、あれだけ猛威を奮っていたにも関わらず帝王の敗北後は拍子抜けなほどあっさりと解散したのだ。

 考えたくもない話だが、仮に今ダンブルドアがいなくなったとしてもすぐに代わりの人間……キングズリーやアレンあたりがリーダーシップを取るだろう。組織として弱体化するとしてもそこで諦めて終わりにすることなどさせないだろう。

 逆に死喰い人の頂点はヴォルデモート卿でなければならないし、そこが揺らげば一気に終わってしまう。そこに違いがある。

 

「だがドロホフは違う。彼は死喰い人が解散しても独自に兵を集めて戦争できるだけの能力がある。闇の帝王が本当は滅んでいなかったから仕掛けてこなかっただけだ。

 強大な力に頼らず、口先で人を扇動する天才。強さは並だが、帝王から紅い力の幹部に匹敵するほどの信頼を寄せられている。性格的な問題で紅い力は持ちたがらなかったようだがな」

「紅い力?」

「……奴本人の地力はそこまでではないということだ。とはいえ油断するな、奴は戦いでの駆け引きが上手く、格上相手だろうが斃すこともある実力者なのだからな」

 

 その場の誰もがゴクリと息を呑む。敵はいつも自分達の上を行く。

 それに森に隠されて戦力が読めない。巨人らしき影は見たが、それ以外の正確な戦力を知ることができれば……と思っていると、ケンタウルスのベインが息せききってやって来た。

 

「ここにいたか!死喰い人達は今何とか押し留めてるが、時間の問題だ!じき本営が来るぞ……!!」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

──数十分前。

 

 死喰い人が有する戦力の中で一番の脅威。それは並大抵の魔法が通じず、破壊力に長けた巨人達だろう。ドロホフはホグワーツ攻略に当たってその戦力を惜しみなく投入した。

 超一流の魔法使いにとってはデカい的だろうが、逆にそれ以外の魔法使いは全てを押し潰す破壊の化身。それが何十体も進む姿は圧巻ですらある。

 それらを何とか止めようとしていたのは、普通の巨人よりも小柄なグロウプだった。体当たりで倒そうとするも、その体格差から逆に蹴っ飛ばされて地面に転がってしまう。

 だが、彼はどれだけ泥塗れになろうと立ち上がり、立ち向かっていく。

 そこには友の憧憬があった。

 

「いぇりー、ぼくに、ともだちだっていってくれた。」

 

 巨人としては小さな身体ということでいじめられていたグロウプは、文字通り大きい巨人に対して一種のトラウマを覚えていた。

 ましてや同郷の巨人達──。

 殴られるのが怖い。蹴られるのが怖い。

 一人で寂しくめそめそ泣いていた時のことを、彼は忘れない。

 だけど、素敵な記憶だってある。

 

「やくたたずのぼくを、やさしいっていってくれた!!ハーミーも、ロンもぼくのともだちだ!!」

 

 花を摘んで花冠を作ってくれたシェリーのことを忘れない。

 根気強く勉強を教えてくれたハーマイオニーのことを忘れない。

 命がけで遊んでくれたロンのことを忘れない。

 

「こんどはぼくがおんがえしするばんだ!!ぉぐあーつはともだちのいえだ!!ぼくのともだちのたいせつなばしょだ!!」

 小さな勇者は立ち向かう。

 相手が誰であれ、関係ない。

 

「ぼくは、まもるぞ!!たたかうぞ!!みんなの、ために!!」

 

 勝てる要素などない。

 たった一人で巨人の群勢を止められるわけがない。

 案の定、歯牙にもかけず蹴散らされる。だが、彼の奮戦は無駄ではない。否、無駄になどしてたまるものか。

 グロウプの勇気に触発されたか、ケンタウルスまでもが、彼を後押しするために弓矢を担いで戦闘に加わった。

 

「グロウプに続けー!!」

「あの巨人を死なせるな!!」

「!?な、なんだこいつ達、急にっ!?」

「巨人は目を狙え!魔法使い達は木々に隠れて攻撃しろ!」

「くそっ、馬風情が……ぐあああっ!?」

 

 森の賢者達による連携。

 突撃するグロウプに合わせて援護射撃を行い、木々に隠れてヒットアンドアウェイで確実に削っていく。元より森での戦いは彼達の独壇場、馬の機動力も活かし縦横無尽に駆け巡る。利はケンタウルス側にあった。このままいけば禁じられた森で足止めできると思った。

──相手がドロホフでなければ、だが。

 死喰い人、アントニン・ドロホフは、地図を片手にあくまでも狡猾に采配を下す。

 

「慌てるな。忍びの地図で場所は分かっている。そして今の射撃で顔と攻撃の癖はだいたい把握した。そこ、九時の方向!」

「なッ、があああっ!?」

「!下がれッ!場所が割れているぞッ!」

「散らばって攻撃を──」

「無駄だ。この地形でお前達が下がろうとすれば、自然と一箇所に集まるしかない。そして一纏めになってしまえば、後は巨人で一掃できるって寸法だ!

 ……今だ、巨人ども!踏み潰せ!!」

「な……!?退避、退避ーっ!!」

 

 あり得ない。

 これだけの数のケンタウルスを相手に、これだけの高速戦闘の中で顔や位置、癖までもを完璧に把握し即、反撃の指示など、彼の頭脳と判断力はズバ抜けすぎている。

 しかし実際に、ドロホフの指示でケンタウルスの陣形が少しずつ揺らいできている。彼は司令塔として必要な力を全て持っており、そして極限まで極めている!

 ケンタウルスの森の守りは盤石だ。地の利を活かし、種族の利を活かし、数の利を活かす彼達であらばこそ、どんな相手であれ戦うことができる。今回のような大軍相手でも足止めくらいはできると自負している。実際、ドロホフがいなければそれはできただろう。

 だが──こうして強大な敵と対峙すると、常々思う。

 死喰い人は強すぎる……!

 

「ぐが……!!」

「グロウプが倒れた!!抱えて逃げろォー!!」

「そんな暇、オジサンが与えると思ってんのか!!」

 

 倒れ伏すグロウプを起点にして、血気盛んな吸血鬼の部隊が攻め立てる。最高速度で上回るのはケンタウルスだが、小回りが効く吸血鬼の方が初速は早い。ドロホフの采配は確かにケンタウルス陣営の喉元を穿った。

 

「……、ん?この名前は……」

「駄馬どもが……。星詠みなんぞにうつつを抜かすケンタウルスがいくら頭数を揃えても無駄だ。わしが軍略の何たるかを教えてやる」

「!?貴様は、アラゴグ!」

「……ハグリッドのペットか何かか?」

「全く違うな。彼は──友だ」

 

 大量の蜘蛛達が、ケンタウルスを守るように参上する。

 統制の取れた動き。禁じられた森の二大勢力が今、ここに集っていた。あり得ざる共闘にさしものドロホフも目を剥いた。

──まさか、蜘蛛までもが戦いに加わるとは。

 

「放心するでない、駄馬ども。疾く相手側の戦力をホグワーツに報告しに行かんか。業腹だが、人間と意思疎通できるのは貴様達だけだろう」

「アラゴグ……、お前」

「勘違いするな!我が森を荒らすことは許し難き狼藉、ましてや我が友人の不在中に攻め込むなど、そんな愚か者は生かしておけぬだけぬだけのこと!あの者達に誅を下してやるのだ!!」

 

 アラゴグは鋏をがちゃがちゃと鳴らした。

 額面通りに森を荒らされたことに憤慨していると取るべきか、はたまたハグリッドの弟への義理立てか。それは毛むくじゃらの顔面からは読み取れないが、老いた蜘蛛は死喰い人を敵と見做した。

 

「いいね。オジサンそういうの好きよ?蜘蛛にしておくのが勿体ないくらいだ。踏み潰される運命の虫畜生とはいえ、『一応』礼儀を払って改めてあんたの名前を聞いておこうか」

「ふむ。食い殺されるが道理の人間畜生とはいえ、『一応』礼儀を払って我が名を知る栄誉を与えてやろう。

──我は森の番人の友、蜘蛛の王。アラゴグである」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「──敵は間違いなく巨人兵を使って質量攻めしてくる」

 

 ケンタウルスが持ち帰った情報を元に、ロンはきっぱりと言い切った。

 彼の言葉を妨げる者はいない。ただの一般学生とはいえ、その分析はあまりに的確だったからだ。それが獅子寮特有の出しゃばりだとは思えず、スネイプですら嫌味を言わずに次の言葉を待った。

 ホグワーツの利点は崖上の城という構造故の対空性能。

 高台……すなわち櫓が多数にあるので竜や箒などで攻めるのは難しい。それが分かっているからこそ地上での制圧を選択したのだろう。

 それは地図を見ても明らかだ。

 

「多少の魔法を防げる巨人を活用しない手はない。確実に巨人を前衛にして押し進んでくるだろう。だけど逆に言えば巨人が進めるところからしか攻められない」

「……と、なると。禁じられた森側が防衛の要所となるな」

「だが巨人をどう殺す。でかいってのはそれだけで厄介だぞ?」

「……森に隠れながら頭部を狙う。巨人の大きさで逆にこちら側の姿を隠せるかもしれない」

「小兵とくれば私だ。敵から身を隠しての先攻めなら、この私でもお役に立てるというもの。小鬼の魔法をご覧あれ」

「お願いしますフリットウィック先生!」

「……彼の援護を頼めますかな?最も森を熟知しているのはケンタウルスだ」

「任された!……しかし、ふむ……?」

「どうした?」

「ヒトの子の間ではそれが流行っているのか?死喰い人達もその地図とよく似たモノを持っていたぞ」

「何だと!?」

 

 ベインが指差したのは忍びの地図。

 ロン達はあからさまに狼狽する、この地図はホグワーツに精通したジェームズ達が四人がかりで創り上げた代物。そうそうあっていい産物ではない。……それが死喰い人側にもあると?

 

(死喰い人にはペティグリューがいる、新たに忍びの地図を作ってもおかしくはないが……)

「それが本当なら相手にも名前と場所が分かる、不意打ちは不可能ってことだ!クソッ、作戦を練り直す必要があるな……」

「いえ、いえ」

 

 フリットウィックは、穏やかに首を振った。

 

「この世には分かっていても防ぎようのない魔法もあるのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先鋒として森に入ったフリットウィックは、程なくして死喰い人の軍勢を捕捉した。心臓を震わせるような衝撃音……これは巨人が群れをなして歩んでいる時の音だ。

 グロウプやケンタウルス、アラゴグ達の足止めがなければ、もっと早く襲来したかと思うと笑えない。……だが、残念ながら、そのアラゴグはもう生きてはいないだろう。先程、地図上から名前が消えたのを見た。

 彼には思うところはあれど、その犠牲を無駄にしてはならない、と男はひた走る。

 

(──粘着性の高い糸でトラップを作り、足止めをしたのか……!)

 

 アラゴグなる蜘蛛はしっかりと置き土産を残していた!

 だがフリットウィックの予想が正しければ、そろそろ敵勢力とかち合う筈だ。その思案に答えるように、緑の閃光が放たれる。

 

「ドロホフの言う通りだ!!奴が言った通りの場所にケンタウルスどもとフリットウィックがいやがったぜェーッ」

 

 魔法を使い現れたのは、十人ほどの死喰い人達。

 フリットウィックはすかさず木の影に身を潜める、それは小柄な彼が自分よりずっと大きい者達と互角以上に渡り合うために編み出した戦法だった。

 ケンタウルスも同様に木陰に隠れながら隙を窺う。

 死喰い人達はそんなものお構いなしと言わんばかりに魔法を連発し木々を焼き払っていく。数に物を言わせた連続的な破壊。だがそんなものに臆する者はいない、フリットウィックは突撃を敢行した。

 

「そこだっ!……なに!?」

 

 死喰い人の一人が撃ったのは、ただの木の人形。フリットウィックが即席で作ったダミーを『発射』させたのだと気付いた時には、二人の死喰い人はもう意識が刈り取られていた。

 フリットウィックは再び木に隠れる。もう一人の死喰い人が意識をそちらに向けた瞬間、ケンタウルスの矢が飛来した。防御した隙を狙って再びの突撃。

 ……今度はダミーを盾に使いながら突っ込んできた!

 本物を探すことばかりに意識を取られていたその死喰い人もまた同様に地面に倒れ伏した。

 

「こいつ手強いぞ……!!油断するな!!」

「それはどうも!そして、いまの攻防で分かりました!

 やはり地図は一つしかないようですね!名前や位置を特定できるマジックアイテムがあれば、私の場所を正確に把握できる筈!しかしそれができなかった……つまりそれを持っているのは指揮官のドロホフただ一人、違いますか!」

「……!!ふっ、バレたか。そうさ、忍びの地図は生産に手間も時間もかかるからドロホフが持ってる一つしかねえんだ。こんなに早くバレるとはな」

「ああ、そうなんですか。カマかけただけなんですけども」

「……………」

「わっかりやすいなーあいつ」

「…………………………殺す!!!」

 

 怒り狂った男の無差別な魔法の乱射。

 その乱れ打ちをフリットウィックは更なる激怒でもって返した。

 

「一丁前に怒っているようだから教育してやりましょう!私の方こそはらわたが煮えくり返っていることを!!生徒達を殺す、ですって?そんな非道を私が許すと思ったか!!」

「ぐお──て、てめえ……!!」

「容赦も慈悲もないと思え、死喰い人よ!!この学び舎での殺人は誰であろうと許さんぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 フリットウィックを討伐しに行った死喰い人の部隊が帰ってこない。ドロホフは忍びの地図上で動かなくなった名前を見て溜息をついた。十中八九返り討ちに遭ったのだろう、使い捨てとはいえあまりにも役に立たない。

 だが注視するべきはそこではなく、フリットウィックやケンタウルスの名前もまたそこから動いていないということ。もうすぐ巨人の部隊が森を抜けてホグワーツを攻め入るというのに、全くと言っていいほど動きがない。

 

(何故だ。フリットウィックの狙いはオジサン達への強襲だろうに、何故逃げるでもなく攻撃するでもなくその場に留まっている?考えられる状況としては……そこでしかできない何かがあるから……考えろ、オジサンならこの位置から何をする?)

「──そうか、狙撃……!」

 

 ドロホフの頭脳は一つの結論を弾き出した。

 狙撃魔法くらい、呪文のエキスパートたるフリットウィックが習得していないわけがない。狙撃魔法ならその場から動かずとも攻撃することが可能だ!

 地図を持っているからこその盲点。

 なまじ敵の位置が分かるからこそ遠くの敵は疎かにしがちになる。

 考える間もなく、ドロホフは即座に魔法を放つ。タイミングはドンピシャだ、『遠くから放たれた魔法』とぶつかって弾けた。

 胸中でほくそ笑む。遠距離から巨人の急所を狙い撹乱するつもりだったのだろうが、その目論見は外れた!もう狙撃魔法は通じない、位置が分かっているスナイパーほど滑稽なものはない!

 無駄な足掻きだったな、と嗤うドロホフだったがその笑みはすぐに剥がされることになる。何故なら、撃ち落とした筈の魔法は怪しげに輝き始めたからだ。

 ドロホフが使ったのは失神呪文だったのだが、フリットウィックが放った魔法……いや、『花火』は、呪文を使うと逆により激しく破裂するという性質を持っていた。それが敵陣営のど真ん中で炸裂すればその被害は何十倍にも膨れ上がる──!

 

「ごあああああああああ!?」

「ぐぎゃあああああ!!!」

 

 フレッドとジョージが開発したその花火は、巨人達を襲撃せしめる兵器と化す。ドロホフの即座に攻撃に反応できる実力を逆手に取った逆転の発想!花火が派手に紅く燃え上がり、混乱を引き起こす!

 

「やるねえ」

 

 アントニン・ドロホフはニヒルに嗤う。

 個と個の戦いではなく、軍と軍の戦いを至上とする生粋の戦争屋はこの戦いを退屈だとすら思っていた。ダンブルドアやマクゴナガルがいないホグワーツに価値はない。過剰戦力で適当に攻め入るだけで陥せるハリボテだと、忌憚なしにそう思っていた。

 だが向こうには不確定要素がある。

 個々を活かし束ねて力と為せる人間がいる。

 そしておそらく生粋の軍師がいる!

 張り合いが出てくるというものだ。退屈な任務だと思っていた戦いが予想以上の抵抗とイレギュラーによって彩られていく!

 

(そうだ──そうでなければ戦いは面白くねえ!!!)

 

 此度の戦争は、少し、面白くなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アラゴグ『死亡』

死因:ドロホフによる死の呪文

 




皆んな知らないであろうホグワーツの教師陣。

マグル学:チャリティー・バーベッジ
天文学:オーロラ・シニストラ
数占い:セプティマ・ベクトル
魔法生物飼育学:ウィルヘルミーナ・グラブリー=プランク(代理)
古代ルーン文字:バスシバ・バブリング

殆ど活躍の機会ないけどホグワーツにはこんな愉快な仲間達がいるんだぜ!!!


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10.ホグワーツ・フロントⅢ

今回の話が今までで一番書くの大変だったかもしれない。


「ハーマイオニー!この戦いが終わったら聞いてほしいことが……」

「ロン!この戦いが終わったら聞いてほしいことが……」

「……盛り上がっているところ悪いけどそれ以上はやめときなさいな、二人とも。スネイプが見てるわよ」

 

 ラベンダーに釘を刺され、ようやく自分達に突き刺さる冷たい視線に気付くと咳払いをして地図に集中した。

 

「──忍びの地図の真価は守りでこそ発揮される」

 

 ロン・ウィーズリーはそう断言する。

 ザカリアスの疑念の声に答えるようにその利点を上げる。地図は相手側からの奇襲を防ぐことができ、複雑な地形であっても戦況を完璧に把握できる。指示を出す為に一塊になりやすいという欠点も篭城戦であればデメリットになりにくい。

 だから決して不利ばかりではない。

 彼我の戦力差もアラゴグやグロウプのおかげで削ることができた。ホグワーツがこと防御に秀でた要塞であるということもあり、勝利の可能性は上がったと言っていいだろう。まあ、それでも一割が三割になった程度のものではあるが。

 

「城の防衛機構の大部分を作ったのはロウェナ様ですな。作ったはいいものの活かされる機会はまったくなかったので、殆ど無用の長物扱いされていたのですが」

「……何シレッといるんだお前」

「いやァ、この事態なのですから秘密の部屋で日和るわけにはいきますまい」

 

 バジリスクが大広間にいた。

 先刻サラッと現れた時はもう大パニックで、コリンは狂ったように写真を撮りまくっていたし、ネビルとコルダはいつだかの嫌な記憶を思い出すし、もう何というか、大パニックとしか形容のしようがなかった。

 事情を聞いていた教師陣が取りなしてくれなければ暴動が起きてただろう。

 

「これはホグワーツがいざという時のために秘密裏に飼育してたやつだから!秘密の部屋とか全然関係ないから!そう!秘密兵器だから!」

「何それかっこいい」

 

 随分無理のある言い訳だが、フレッドがおっかなびっくりに「バジー、お手」と手を差し出し、頭を擡げたので一応の信用は置かれたようだった。

 秘密の部屋事件ではジニーやコリンを始めとする多くの生徒達が被害に遭ったのでその罪滅ぼしがしたいのだとか。魔眼を失ったとはいえ、圧倒的に強力なことには変わりはない。

 

『つーか!!あたしに感謝してよね!!この蛇ジジイがどうしてもって言うからあの部屋から湖までの水管を案内したのよ!!ほんっとこのジジイったら!!』

「あー、落ち着け、マートル」

『うるっさいわねベガじゃないなら褒められても嬉しくないわよ!!』

「何だよ……」

「いやあはっはっは、ところでヘレナ様はいらっしゃるのですかな?是非御目通りしたいものです。あちらは怒るでしょうが」

「ヘレナ……?」

 

 まあいいか、とかぶりを振ると、自然と恐怖が心にもたれかかった重みを感じた。

 死ぬかもしれない。

 死ねない理由はいくらでもあるが、死なない理由はどこにもない。ロンは寄り掛かる先を探していた。今までのように無鉄砲に進んでいてはきっと足元を掬われる。ここにいる全員纏めて、だ。

 質の違う恐怖に押し負けまいと思考の海に沈もうとするも、そんな逃避すらも許さぬと言わんばかりにそれは起きた。

 敵はいつだって突然に攻めてくる。

 

「死喰い人が攻めてきたぞ!!」

「──ッ、迎え撃て!!絶対に相手の正面に立つな!!側面・背面から攻撃しろ!!一撃でいい、一撃浴びせたらバリケードまで戻れ!深追いはするな!!」

「マートル、ついて来い!君にも役目がある!」

「これ以上コキ使うつもり!?」

「私に続きなさい!いいですか、勝つことは名誉ではありません!生き残ってこそ最大の栄誉ですぞ!」

 

 フリットウィック率いる部隊が持ち場へと向かう。

 アラゴグ達の稼いだ時間のお陰で、ホグワーツの抜け穴は全て塞げた。相手がどこから攻めてくるかは分かっている!

 忍びの地図だけではない。肖像画やゴーストに随時戦況を報告してもらえば、リアルタイムで戦況を共有できる。向こうにあるのは忍びの地図だけだが、こちらには連絡手段がいくらでもある!

 カドガン卿が息咳切って登場し、より正確な場所を現場の生徒達に伝えた。

 タフな身体で、突撃要員としてうってつけな人狼と吸血鬼の軍勢が、階下より迫ってきているが、場所さえ分かれば対処などどうとでもできる!

 

「会敵!鏖殺するぞォォォ!!」

「喰い殺せェェェェ!!」

「ホグワーツの皆んな!!あいつ達に目に物見せてやれ!!死喰い人は今ここで全員ぶちのめしてやれ!!

──撃てぇぇええええええ!!!」

 

 ホグワーツ側の取った戦略は至極シンプルなものだった。

 バリケードを階段の上に作り、そこから連続して魔法を放つというもの。

 階段の上から山下ろしのように魔法を発射する。階段の多いホグワーツならではの戦闘方法。一定のタイミングでただ撃つだけで敵を倒せる。

 反対に死喰い人にとっては、頭上の敵を攻撃する必要がある。これはきつい。バリケードで目視し辛いのも拍車をかける。

 

「あ……当たった!!」

「よくやったシェーマス!!」

「次!皆んな一旦下がって!ディーン、ケイティ、ザカリアス、頼むわよ!!」

「ああ、分かっ……」

「ガキどもがァアアアア!!」

「っ!?」

 

 狂気、狂奔、狂笑。

 ホグワーツにある筈のない異物が空気に震撼して伝播して襲い来る。

 怖い──。

 初めて死喰い人を見た生徒達はそのいかれ具合を体感した。強い弱い、の次元ではなく、住む世界が違う。

 未知の怪物を相手にする気分だろう。

 

「前を向きなさい!!」

 だがフリットウィックは、その中でも矜持を失わなかった。戦士としての誇りがそこにはあった。

「魔法は!!魔術は!!前を向かねば当たりませんよ!!!」

 

 それは、至極、単純な理屈。

 子供でも分かる簡単な帰結だ。けれど誰もがそれを忘れてしまっていた。

 再び、地を踏み締める。

 戦士達は前を向く。

 

 

 

 

 

「思いの外、強いな」

 

 そう言いながら、アントニン・ドロホフはキャメル・シガーライトボックスの吸殻を踏みつけた。

 彼の胸中には奇妙な違和感が湧き上がっていた。急拵えにしてはやけに統率の取れた陣形に、明らかに訓練された動き。おかしい、ホグワーツの一般生徒がここまで粘れるわけがない。

 というか、寧ろ……。

 

(ガキどもの中に戦闘訓練を受けた連中がいるな?簡単な呪いと盾の呪文くらいは使えると思った方がいいか)

 

 といっても、戦いの心得があるのはわずか三〇人程度。

 ドロホフは『次の手』の用意に取り掛かる。

 生徒達はあくまで厄介ではあっても脅威ではない。スネイプとフリットウィックにさえ気を付ければまァ問題はない。

 あとは、バジリスクやケンタウルスという魔法生物群が向こうに味方をしているようであるが……。

 

「まあいいや、『装填』。

──『発射』」

 

 ドロホフが用意した攻城兵器。

 巨大な大砲が火を吹いた──。

 

 

 

 

 

 最初に気付いたのはネビルだった。

 忍びの地図上で、エイブリー、ジャグゾン、トラバース……何人かの死喰い人の名前が高速で動きホグワーツに向かっているのを見た。

 箒か?そう思ったがどうやら違う。

 彼達はフリットウィックに手酷くやられたばかりで、到底箒など乗れる体力などない筈。少なくともホグワーツに攻め入る気力など到底ない。

 巨人にボールと間違えられて投げられでもしない限りは……。

 そこまで考えて、ロンは一つの結論に思い至った。

 

「人間……砲弾……!?」

 

 上の階から、ガラス窓が割れる音。

 ロンは何人かの生徒を連れて状況を確かめに上の階に上がる。

 ものの見事に壁は破壊され、ローブの切れ端らしきものがこびり付いていた。

 頭の中が真っ白になる。

──戦闘不能状態の部下を?

──ホグワーツへの弾として?

 胸焼けがしそうだ。遺体どころか血すら残っていなかったことが逆に胸の内の恐怖を爆発させた。吹き飛んだ思考の代わりに最悪の情報が雪崩れ込む。

 砲弾を切っ掛けとして死喰い人側の軍勢が動いたのだ。

 壊れた穴から巨人が強引に登る。

 崩れた壁から吸魂鬼が忍び寄る。

 

『きょ、巨人が、吸魂鬼が来てるわよ!』

「吸血鬼や人狼もすぐそこまで来ているぞッ!」

「どうする!?どうしたらいい!?」

(上からは吸魂鬼と巨人の軍団!下からは人狼と吸血鬼の軍団!やばいぞ、どうする……!!)

 

 焦燥が精神を片端から削り取る。

 更に勢いを増す先遣部隊が少しずつバリケードを攻略しつつある。全て同時だ。嫌なことが嫌なタイミングで起こる、ロンはここが戦場でなければ相手側の指揮官に拍手を送ってしまいそうな程に美しく戦略が嵌っている。

 

(こんな時、シェリーやベガがいれば……!!)

 

──そう。

 シェリーやベガ、コルダのように強ければ。

 ドラコのように群を、スリザリンを纏める力があれば。

 ダンブルドアやマクゴナガルのような頼れる大人も殆どおらず。

 兄貴達のように不敵に不遜に笑うこともできない。

 ホグワーツには人材がいない。何もかも足りない。

 ないない尽くしの土壇場だ。

 

(何も……ない……?)

 

 こんな時に何を思い返しているのか。

 ロンは子供の頃の記憶を回想していた。ホグワーツに来るよりも前、今よりずっとガキで、我儘だった自分は箒をねだっていた。

 けれどウィーズリー家にとって箒は高級品、にべもなくモリーに断られたことが当時のロンには世界が滅亡するよりショックな出来事だった。

 空を飛んで、広大な草原を見渡したかったのに。

 誰も見たことのない景色を見たかったのに!

 

『でも、野に咲く花を見つけられるのは、歩いている者だけだ』

 

 アーサーはそう言って花に水をやった。

 朝日に焼けた水滴の反射が花を彩っていた。

 

『上から見る景色はそりゃあ綺麗さ。黄金の景色を見ようとして万人がそれを追い求めた。けれどね、同時に万人が忘れてしまっているんだよ。根を張って生命を紡いでいる大地の素晴らしさを。空には万金があるけれど、替えがたいものを忘れてしまうのはとても悲しいことだ。

 ないない尽くしの我が家だけど、だからこそ見えてくるものがある。ロンはこの家は嫌かい?』

「──嫌なわけ、ない!!」

 

 あの得の言葉が今なら分かる。

 強者だからこそ知り得ないものがある──。

 ロンは思考の渦に再び沈む。

 そして直ぐにその欠陥を弾き出す。小さいからこそ気付けた、上からでは気付けなかった致命的な弱点に。

 大きすぎるのだ。

 巨人はその図体が長所であり欠点なのだ。

 身体も大ききれば動きも大振り。だから逆に近くに寄ると互いに互いを邪魔してしまうので、距離を取りながらでないと移動できない。

 吸魂鬼にしたってそうだ。なまじ影響力が高いので味方の近くに配置するわけにはいかず、一塊になってやって来る。混合部隊だからこその弱点!

 

「守護霊を使える奴は吸魂鬼から倒しに行くんだ!!巨人は暴れさせてろ、疲弊した隙を突いて一体ずつ撃破だ!!」

「吸血鬼や人狼はどうする!?」

「フロアごと燃やせ!!」

「オ~ケ~イ!!」

 

 双子の赤色の花火が階下に投げ込まれ、派手な音と共に弾けて増える。

 向かってくる吸魂鬼は守護霊を使えば一網打尽だ。先陣を切ったのはなんとハーマイオニー、彼女は百近い吸魂鬼を相手にした経験がある。あの時よりも数は少なく、そして今の彼女はもっと強い。

 銀色の鴨嘴に続くようにしてチョウも白鳥を出現させた。それは厄災を祓いし希望の光を束ねた獣!

 

「やるわね、チョウ!」

「そっちこそ、ハーマイオニー!」

 

 吸魂鬼はともかく、巨人達は生半可な攻撃は効きはしない。強引に突き進み全てを破壊せんと行進する……が、不意にその動きが止まった。

 途端に冷気が立ち込める。それは吸魂鬼のように魂に訴えかけるような、底冷えするものではない。コルダの精錬な氷魔法によるものだ。氷は通路を分断し巨大な防壁となり、巨人達を蹂躙する刃となる。

 

「グレイシアス・フリペンド!!」

「ご……が……!?」

「ああ、よかった!ちゃんと効きますね!

 巨人はあくまで大きいだけの人間、どこかのバジリスクみたいに氷を鱗で防ぐとかしてこないので助かります!」

「それはよかった!コルダ、気が済んだら逃げるわよおおおおおおお!!」

「ぐぇっ」

 

 一撃撃っただけで疲労困憊のコルダを、パンジーが引き摺りながら退散した。

 冷え切ったステージでは生物はその真価を発揮できない。大きいというのはそれだけで長所ちも短所にもなり得るということ!そしてそのステージで暴れ回れるのはただ一匹。

 騒ぎを聞きつけ、パイプを歪ませながら登場した盲目の大蛇。

 逆巻く鱗が全てを弾き、生物が行き着いた一つの終着点は、暴虐を体現した鞭となりて死喰い人達を蹂躙する。

「私には炎も冷気も効きはしない!暴れ仕事なら任せてもらおう!大丈夫、スリザリン様の意思を正しく継がぬ者などに遅れは取りませぬとも!!」

「バジリスク!!」

「ジニー嬢にコルダ嬢、そして石化させてしまったホグワーツ生の皆々様!獅子奮迅の活躍をもって非礼をお詫び致しましょう!!」

 

 歯車が噛み合った感覚。

 いける。敵は脅威だが、ホグワーツ内での戦いならばこちらに利がある!

 

(監督生として責務を全うしろ!!僕は友人達にDAのリーダーと認めてもらえたじゃないか!!ホグワーツ生として最後まで誇り高き戦いを!!)

「──へぇ、粘るねぇ。オジサンちょっとばかし感激しちまったよ。ガキンチョどもの城とばかり思っていたが、意外な掘り出しモノがいるもんだなァ」

 

 ロン・ウィーズリーの五臓六腑が危機を告げていた。

 そのたった一人の男がどれほどの恐ろしさかを知らせていた。

 アントニン・ドロホフが現れた。

 彼は帥としてではなく、戦士長として前線に出ることを選択した。まずい。忍びの地図の弱点は伝達に時間差があるということだが、こうして前に出られるとその欠点もなくなる。

 再び、流れが変わった。

 守護霊を使役する魔法使いのところへ吸血鬼達が飛び立ち、人狼が数匹がかりでバジリスクに噛み付いた。情報に踊らされていない。兵の活かし方が上手く、流れを生み出すことにかけてはロン以上だ。

 一目見るだけで、ほんの少し動くだけで、分かる。

 この男を自由にさせてはならないと。

 ドロホフも同様だった。ロン・ウィーズリーという男の価値を一目見ただけで理解した。しかしてドロホフが最初に狙ったのは、ロンではなかった。

 

「ジョージ、危ないっ!!」

「え?──ぐあああああああああっ!?」

 

 ジョージの耳に穴が開いた。

 咄嗟にネビルが庇わなければ頭ごと吹き飛ばされていたことだろう。その卓越した早業に冷え切った手で内臓を鷲掴みにされた気分だった。

 

「ジョージ・ウィーズリー、全体的に高い能力を持つがなまじ現状認識能力が高いので囮になってトドメを譲る癖があり、攻撃後は後ろに下がろうとする。もう少し積極性があれば違ったかもネ」

 時間にして数十秒、ドロホフは予知にも近い洞察能力でDA全員の癖と動きを読み切った。無二の相棒を傷付けられ、激昂して向かってくるフレッドを歯牙にも掛けず、最小限の動きで攻撃を躱してみせる。

 誇りなど、決意など。

 そんなモノ戦場においては何の意味も為さないとばかりに、押し寄せてくる全てを蹂躙し尽くす。

 

「テメェエエエエ!!!」

「フレッド・ウィーズリー。杖を振る時に身体が右側に寄りがちな癖がある。加えてやや大振り、おそらくクィディッチ選手かな?ポジションはビーター、狙いは悪くないがキレると大雑把になるね」

 フレッドの滅茶苦茶な魔法の乱射にすら法則性を見つけ、全てを相殺。

 ドロホフに脅威を覚えたハーマイオニーとネビルが彼を挟み撃ちにしようとするが、それさえ読まれていたかのように、彼は己が動きやすいへと場所へと位置を取る。すなわち、ハーマイオニーの近くへと。

 彼女はさして近距離戦闘が得意なわけではない。

 そしてネビルも遠距離からの魔法は得意な方ではない。味方を巻き込むかもしれないという恐怖から魔法を使えずにいた。

 

「ハーマイオニー・グレンジャー、全体的にソツなくこなすが良くも悪くも動きが型に嵌りすぎていて自分独自の攻め手が少ないねえ。型の種類は豊富だがそれ以上のものは出せない、ガチガチの優等生ちゃんだ」

「ぐっ……!」

「ネビル・ロングボトム、先陣切って進む精神的な支柱、盾の呪文が得意。意外とメンタル強いのかな?戦って変に調子付かれても面倒なので君の相手はしないよん。先に殺すのは巻毛の嬢ちゃんからだ」

「……!!」

「ハーマイオニーッ!!」

 

 ドロホフの凶刃がハーマイオニーに迫る。その間にロンが割って入り、その攻撃を何とか凌いだ。

「ロナルド・ウィーズリー、頭はいいが動きにムラがある。窮地に陥ると真価を発揮するタイプ」

 こいつはまずい、ここで倒しておかなければ絶対に何かをやらかす。

 だからここで止めておかなくてはならない……!

 何より、こいつ!ジョージに何をしてくれているんだ!!

 

「ジニー、ジョージ達を連れて退がれ!ネビルとハーマイオニーは他の部隊の相手をを頼む!こいつは僕がやる!!」

「……無理しないでね、ロン!」

「言うね。坊や、オジサンが誰だか知ってて言ってんのかい」

「アントニン・ドロホフ。指揮能力は高いけど実力は大したことはないからこんな使い走りみたいなことさせられてる。今から僕に倒される」

「……あーやだやだ、オジサンが一番嫌いなタイプだね、君。でも君が生徒達の指揮を取ってるっぽいしな」

「お前は僕が倒す!!」

「テメェは俺が潰す」

 

 戦いのゴングが鳴った。

 スネイプの情報によればドロホフの実力は死喰い人の中では中の上程度で、あくまで凡人の域を出ないという。

 だがそもそも、死喰い人の平均戦闘力は極めて高い。紅い力の幹部やヴォルデモートを除けば最も強いのがドロホフだ。紅い力というズルがないのが付け入る隙といえば隙だが、少なくとも今のロンが敵う相手ではない。

 鞭のように杖をしならせると、紫の炎が地面を削りながらロンを襲う。確かに強力だが、ロンは最強のベガの炎を身近で見てきたというアドバンテージがある。それと比べれば、これは幾分か遅い。

 横っ飛びしながら炎を躱し、嫌というほど練習した失神呪文を放つ。

 案の定盾の呪文で防がれるが、ロンは更に距離を詰めた。

──予測していたかのように回し蹴りを『置かれた』。咄嗟にロンの動きを読んだというよりも、一連の攻防を組み上げられたかのようだ。

 ロンは腕を交差してガードする。全身の骨が吹っ飛びそうな程の衝撃、この体格で助かった。ドロホフが肉弾戦においても一流なのを確認すると距離を取ろうと背後に飛び退く。

 脚が沈んだ。

 いつの間にか床には泥の沼、この高速戦闘の中で沼化させる魔法を使っていたことに驚愕するロンの目の前で杖が緑色に光った。確殺の死の呪文は魔力の『溜め』が必要だが、ロンが脚を取られている隙に魔力を練り上げるつもりだ。冷や汗が落ちるよりも早く、脚を蹴り上げる。

 

「チィ──!」

 

 ロンは沼の中に靴を脱ぎ捨て、長い脚でドロホフに蹴りを入れた。風の魔法で自分ごと吹き飛ばして強引に脱出する。上手く行った。

 本当はドロホフの眼球に泥をはねてやろうと思い、力みすぎて靴が脱げただけなのだが、上手くいったので良しとする。靴はアクシオで回収した、貧乏性なので靴一足といえど勿体ないのだ。

 ……計算通りだぜ!

 

「『ヴェンタス・グラディオ、風の刃』」

 

 足元を滑るような鎌鼬が吹きすさび、思わず後退するも、壁にぶつかる。

 慌ててレダクトを放ち何とか後ろの部屋に転がり込む。奇しくもそこは闇の魔術に対する防衛術の部屋だった。

 土煙に紛れながら、教室の奥へと走り机の下へと潜り込む。

 ドロホフが近付いてきたらすかさず攻撃してやる……。

 

(……いや僕は馬鹿かい!?相手も忍びの地図持ってるんだから隠れてる場所はバレバレじゃないか!)

 うっかりロナルド発動だった。

(いやでも待て、ドロホフが僕を探すために地図を開いたら、それは寧ろ攻撃のチャンスだ!)

 

 息を潜めて様子を伺う。ドロホフが土煙を払いながらやって来る。

 向こうが範囲攻撃で蹂躙するならそれも良し、一点集中の魔法なら急所に当てるくらいはできる!さあ来い、と意気込むロンの下に一直線に風の弾丸が飛んできて……

 

「って何で場所が分かった!?」

「靴に泥ついてるでしょ」

「僕は馬鹿だーっ!!」

 

 靴を捨てていればよかった!

 逃げるロンだが、途端に体勢を崩す。また沼のトラップか?と思ったが、そうではなくこれは、自分の身体ごと吸い込まれているのだ。マグルでいう、勝手に掃除をしてくれるとかいう『気電掃除』のように!

 魔法の基本は発射、すなわち魔力を飛ばすのは誰でもできる。

 だがその反対、吸引となるとその難易度は段違いに跳ね上がる。近距離に持ち込んで風の刃で切り刻まれれば命はない。ロンは必死で杖を握った。

 じりじりと吸い込まれる。

 その場から動けない。動けない、なら、わざわざ動いてやる必要などない。

 杖先から砂塵を撒き散らす。全てを吸い込むなら、敢えて吸い込ませてやればいいのだ。

──ロンの目論見は外れた。

 放った砂はドロホフの眼前で霧散する。恐ろしく精密な風の操作で砂を払ったのだ。魔力操作が上手すぎる。ロンがギョッとしていると、ふと吸引が止まり、思わず転んでしまう。そこへ追い討ちをかける形で、それが形成されていた。

 収縮された風の刃。

 吸引した風を刃へと形状を変化させたのだ。急に吸引をやめてバランスを崩したところに、身の丈よりも大きい風の大刀を大振りに、上から振り下ろす。

 あるのは真空。触れれば全てが無に帰すであろう濃密な風がロンへと向かう。

 

(防御は無理、横に躱す!クソ、ドロホフの奴こんな大技も持ってるのか……

 ……って、何か、違和感あるけど……)

 

 スネイプから聞いた情報では、ドロホフは高くはない実力を小技で補うという印象だった。それにしてはこの風の刃はあからさまに派手というか、目立たせようとして目立たさせている感がある。

 魔法使いとして似た性質のロンだからこそ分かる違和感。

──目を引きすぎる!

──風の刃は囮!

 ロンの疑惑は正解だった。ドロホフは本来の杖腕ではない左手で杖を握っていたのだ。彼の右手にはナイフが仕込まれてあったのだ!

 ナイフが投げられる。ドロホフのことだ、毒の一つや二つ仕込んでいてもおかしくない。だがこの体勢ではあまり大きく動けはしない。

 右に躱せば風の刃。

 左に躱せばナイフ。

 ならば──

 

(ナイフ)の方に躱して、盾の呪文で身を守る!!)

 

 風の刃ならいざ知らず、片手間に投げられたナイフ如き、盾の魔法であれば簡単に弾くことができる。

 さあ、反撃開始だ──と言いたいところだが、ドロホフに迂闊に近付けばやられてしまうだろう。というか先程から手玉に取られてばかりだ。

 風魔法に、投げナイフに、あの体術。足元を沼にしたり、鞭状の紫の炎による牽制などの小技も充実している。

 中・近距離の戦闘であればドロホフ側に利がある。だが遠距離から攻めるといってもこれといった攻め手がない。時間をかけて、こいつを引き付けておくしかないのか……!

 そんな思考を塗り潰すかの如く、ドロホフは再び吸引を行った。

 まずい、あれをされては防ぎようがない!せめて吸い込まれないようにと、ロンは脚下へと力を込めて──

 

「──おおっと!!」

 

 早撃ちで放たれた魔法弾が風を突っ切った。

 咄嗟に盾の呪文で防ぐも、その衝撃までは消し切れず僅かに後退する。この攻撃特化の魔力は、まさか。

 

「──シェ……」

「ポッターでなくて残念でしたなウィーズリー?」

「……スネイプ!」

「先生をつけろ一点減点」

「へえ、ガキを庇ったか!生徒想いだねえスネイプ!」

 

 やって来たのはスネイプだ。

 嫌いな相手とはいえ、援軍として来る分には頼もしい味方だ。彼は教師陣の中でもトップレベルの実力の猛者、加えてシェリーと同じ早撃ちスタイルなのでロンの相方としては相性の良い相手!口と性格の悪いシェリーが助太刀に来てくれたと思えばいい!

 更に言えば、スネイプはドロホフとは同じ死喰い人同士、勝手知ったる相手ということも大きい。ネックなのは、それは向こうも同じということだが。

 

(けどスネイプが前衛に出てくれれば僕にもやりようがある……!!糸の展開に時間はかかるけど確実に攻撃を当てられる『魔法糸』で……!!)

「──『フェラベルト、変化せよ』!!」

「うわっ何だ!?魚!?」

 

 瓦礫がたちまち水族館を泳いでいるような小魚へと変化して、ドロホフの周囲の空間を遊泳する。一匹や二匹ではない、魚群となって彼の周りをぐるぐると泳ぎ回る。

 ホグワーツを攻める際にドロホフにとって厄介だったのは、ひとえに、スネイプとフリットウィックの存在。ダンブルドアとマクゴナガルが不在の今最も強いのはこの二人だ。

 そして奇しくも、この二人の戦闘スタイルは酷似していた。

 多少の違いはあれど、基本的には呪文を早く多く撃つという攻撃寄りな戦い方を好む。そのためにドロホフはしっかりと対策を立てていた。

 それが、小魚による魔法探知。

 たとえドロホフに攻撃しようとしても、魚の鱗が魔法弾を弾き、逸らす。魚群が自動でガードしてくれるというわけだ。常時彼の周りの空間を泳いでいるのでどれだけ早く攻撃しようと意味はない。

 スネイプの、天敵。

 そして魔法糸にとっても──。

 

(なっ……!?糸を辿って魚がやってくる……!?)

「キシャアーッ!!」

 

 ロンがこっそり伸ばしていた魔法糸に小魚が気付き、その糸に沿ってロンの元へと魚が飛来する!小魚は魔法を探知する能力も備わっているのだ!

 魔法の逆流。

 導火線のように魔法を相手へと飛ばすのが魔法糸だが、まさか自分がそれをされるとは思っていなかった。驚いたロンは反応が遅れ、小魚の襲撃をモロに喰らってしまう。腕に噛みつかれた!

 

「痛っ、この!フィニート!……ふう」

「何をやっている、ふざけているのかウィーズリー!!」

「はあ!?こっちは大真面目だよ!!」

(相性最悪かなこいつら)

 

 呆れながらもドロホフは二人に向けて魔法を連射した。

 ロンは構えるが、スネイプが魔法の風圧で強引にロンをその場に座らせる。

 はずみで強く鼻を打った。スネイプは普通に防御した。

 

「おい何するんだ!!」

「うるさい黙れ!!」

「何だと!?」

「何を!?」

(相性最悪だねこいつら)

 

 膠着状態。

 スネイプとロンはドロホフへの有効打がないし、ドロホフ側も今は防御に重点を置いているため攻めあぐねている。

 スネイプの早撃ちを封じる魚群。ただの魔力防壁ならスネイプはいともたやすく破れるのだが、ドロホフを取り囲む魚の一匹一匹が小さくも強固な壁となる。

 一枚の壁ではなく、無数の小さな壁が旋回しているのだ。

 ロンに対して使わなかったのは魔力を消費したくなかったからだと、彼自身強く理解していた。それを歯痒く思いながらも、今は無力を嘆く時ではないと己を律した。

 対するドロホフも、相対するロンを決して無力とは思っていない。

 最大の脅威の撃破のためにあまり魔力を使いたくはなかったものの、この少年が一筋縄でいく相手だと思っているわけでもない。

 いくら連携が取れていなかろうと、二人同時は面倒臭い。ドロホフは次の手を打った。

 

「ロナルド君にはご退場願おう!!」

「!?……えっ!?」

 

 ドロホフが爆破したのは教室の壁。そこにはびっしりと鉄製の人形が蠢いていた。アレはダームストラング一族が寿蔵した戦闘人形で、核を潰さない限り何度でも立ち上がる……という、集団戦で活躍する性能の人形である。

 だが注目すべきはそこではない。

 無機物は忍びの地図に名前が出ない。

 まずい、ハーマイオニー達は敵は死喰い人や巨人達だけだと思っている。今あいつらに暴れられたら、今度は防衛すらできなくなる……!

 

「そら、その赤毛のガキを殺せえ!」

「ッ!!」

「ウィーズリー!!クソ……!!」

 

 スネイプとロンが分断された。

 世話の焼ける生徒だ、とたたらを踏みながら、怒りも露わにスネイプは走りながら魔力を溜める。まあすぐには死なんだろう。

 一点集中の魔力ならばドロホフを守る魚群も突破できるかもしれない。

 とはいえドロホフもそんな思考はお見通しだ。彼を守る魚の一匹が地面へと発射され、床に『変化』の呪文がかけられる。

 地面が大きくせり上がり、ぱっくりと一文字に穴が開き牙が生え、一つの大きな口となる。海底でじっと獲物がやって来るのを待つ深海魚さながらに、スネイプを飲み込まんと口を開いた。

 

「セクタムセンプラ!!」

 

 何十もの刃で切り裂かれたかのように切り込みが入れられ、ガラガラと音を立てて沈んでいく。スネイプが最も得意とする闇の呪文。これを喰らえば、かなり高位の魔法薬でもなければ傷口は癒えることなく永遠と残り蝕み続ける!

 まさしく一撃必殺の呪文。早撃ちも含めて、スネイプは対生物において破格の能力を持っているといえよう。

 ただドロホフもそれを理解しているのか、魚で身を守り、更には魔法の撃ち合いを避けて間接的な攻撃を試みている。厄介なことこの上ない……!

 

(せめてあと一人、我輩と連携を取れる人間がいれば違うのだろうが、あのウィーズリーの末弟は役に立たんし、一人でやるしか……)

「オラァッ!エクスペリアームス!!ああッ、くそっ、少し手間取った!」

(……!?)

 

 何か物凄い普通にロンが戦闘に参加している。いやちょっと待て、お前は今さっき戦闘人形達の相手をさせられたばっかだっただろうが。

 ……倒したのか?

 たった一人で、こんなに早く?

 まさか、と訝るスネイプだったが、すぐに思考を切り替える。ドロホフの魚が再びやって来ている!今度は何をしてくる、という疑問はすぐに解消された。

 

「アクシオ、机!!」

 

 その小魚を起点として、三台ほどの机が周りから勢いよく飛んでくる。自分一人なら早撃ちの無言呪文で二つ撃ち落とし、角度的に厳しいもう一台は屈んで躱すのだが、生憎とそちらにはロンがいる。

 下手に躱してしまえばロンに机が直撃する、そう判断したスネイプは舌打ちしながら全て叩き落とすことにした。

 一台目……着弾。

 二台目……着弾!

 そして残る三台目……、

 

「あ、あっぶねえ!危うく当たるところだったぜ」

(…………!?)

 

 ロンが机を撃ち落としていた。

 馬鹿な。このスピードでは、無言呪文でなければ撃ち落とせないだろうに。

 ……いや、無言呪文を使ったのか?

 通常、無言呪文は言霊を介さないので攻撃速度が飛躍的に上がるというメリットがあるのだが、それ故とても難しい魔法技術。それをまだ五年生の少年が使ったというのか?

 自分達の世代であれば戦争中だったので盛んに魔法の研究が行われており、魔法使いのレベルも極めて高い水準にあったので使える者もチラホラいた。だがよもや今の世代の、しかもウィーズリーの末弟が使えるというのか……?

 ……もっと。

 もっと早ければ、あるいは。

 

「──ウィーズリー!もう少し早く、魔法を出せるか!」

「えっ?な、何を急に」

「どうなんだ!?」

「あ、ああ。いや、はい」

「速度を上げろ!私に合わせろ!!」

「……はい!」

 

 相対するは、脅威の死喰い人アントニン・ドロホフ。

 最大の難敵に、スネイプとロンの急造コンビが立ち向かうのだった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

──だが彼達は一つの事実を失念していた。

 ドロホフを倒せれば確かに士気にも関わるし、付け入る隙ができるかもしれない。だがそれが死喰い人の直接的な敗北に繋がるわけではない。

 状況は変わらない。致命的な数の差をひっくり返せるわけではないのだ。

 よく粘っている方ではあるが、あくまで戦況は死喰い人側が押している。ホグワーツ生が地の利を活かせているからかろうじて戦いの形になっているだけだ。

 それも、もうじき難しくなる。

 生徒達の動きに綻びが出始めた。

 指揮官の指示なのか、ホグワーツの肖像画は軒並み破られて連絡手段を封じてきた上に、物言わぬ戦闘人形が増員されたのだ。

 医務室代わりの空き教室に怪我人や重傷者が引っ切り無しにやってくる。死人が出ていないのが奇跡だ。

 単純な話、今のホグワーツには戦える人材が圧倒的に足りていない。もっと言えば、真に戦う覚悟がある人間がほとんどいない。

 死をも恐れず立ち向かう覚悟、経験。ただ強い以上に必要なモノがない。普通に生きてきた人間にそれを求めるのも酷というものだし、死に臆病だからこそ死者もまだ出ずにいるとも言えるが、それも時間の問題だ。

 

「私も行きます!離してください……!!」

「駄目だってば!!いいから大人しくしてなさい!」

「ハーマイオニーさんやジニーさんはまだ戦っているんでしょう!?私ばかりがここで休んでいられますか!!」

「今行っても死ぬだけよ!!」

 

 喚くコルダをパンジーが諭す。

 人の際限なき悪意に触れ、それでも立ち向かっていける者とそうでない者がいる。パンジーや大多数の人間がそうだった。

 じりじりと、負けが近づいてくる。

 そしてその負けが意味するところは、無為な死が待っているということ──。

 

「慌てないで。まだ自棄になるのは早いと思うな。死喰い人達はそれぞれの種族で弱点がはっきりしてる、攻撃を与えて下がるだけでも有効打になり得る。コルダの氷魔法は強力だし、まだ温存してほしいもン」

(本当はここでずっと休んでてほしいけど……)

「ぐ……わ、分かりましたよ」

 

 ルーナは少し休むと、すぐさま前線へと戻るつもりだった。

 一歩間違えれば命を落としかねないところへと。

 

(……本当にこのままでいいのでしょうか)

 

 その凄惨な様子を見て、一人の女のゴーストが自問した。

 灰色のレディ、またの名をヘレナ・レイブンクロー。

 生前に偉大なる母親の類稀なる頭脳に嫉妬して、被ると叡智を得るとされる髪飾りを彼女から奪って逃げた女。

 その後色々あって非業の死を遂げるわけだが、今は寮付きのゴーストだ。

 ヘレナはこの状況を打破する可能性が一つだけ存在することを知っていた。

 ホグワーツの四つの剣。

 創始者達が遺した遺産。彼達の意思を継ぐ者に授けられるという絶大な力を持った聖剣・魔剣の類。それを使えば、形勢逆転とまではいかなくとも、持ち堪えるくらいはできる……。

 

(だけどアレは、私の罪の象徴。私の未来永劫消えぬ後悔のカタチ。アレをホグワーツの子供達に見られるのは……私が拒んだ死よりも更に耐え難き苦痛……

 ……などと言っている場合ではありませんね、今まさにホグワーツが崩壊しようとしているのに、今更隠そうとするなど)

『ルーナ・ラブグッド、こちらへ』

「………?」

 

 己の使命は、剣を振るうに相応しき生徒を連れて行くことだ。そのために千年もの間この世を彷徨っていたのやもしれない、とさえ感じる。

 

「何を……私、行かなきゃ」

『この状況を覆す手段があるのです』

「………!?」

『ついて来てくださいますね?』

「……聞きたいことは沢山あるけれど。分かった、行くよ」

 

 やって来たのは必要の部屋だ。

 かつて、ヘレナは親への嫉妬から、被った者に知恵を授けるという髪飾りを盗んでアルバニアの森へと隠した。その後……色々あって死んだのだが、その髪飾りを求めた者が現れた。

 トム・リドルである。

 単にマジックアイテムが欲しかったからか、分霊箱、ひいては紅い力の研究のために必要としたのか。ともあれ彼はそれを手に入れると、しばらく色々と実験をした後に必要の部屋へとそれを隠した。自分には無用の長物だが、価値の分からない者に使われるのは気に食わない。リドルは、生徒の都合の悪いものを隠す部屋へとそれを隠した。

 ヘレナが髪飾りを見つけたのは偶然だったが、誰も気付かないだろうとそれを捨て置いた。……こんな形で授けるなどとは夢にも思わなかったが。

 

『ルーナ、貴方ならきっと……ああ、その髪に、よく似合う』

「……灰色のレディ。事情はよく分からないけれど、……ありがとう!」

『それを言われる資格も筋合いもとうにありませんよ。それと、髪飾りではありません』

 

 そのレイブンクローの髪飾りは被った者に知恵を授ける。そして、真のレイブンクロー生が触れることで剣へと姿を変える……!

 知らず、ルーナの手には細剣が握られていた。ぎらぎらと輝く青銅の柄、サファイア色の澄み切った刀身。少女の矮躯には似つかわしくない蒼のレイピアは、しかして羽のように軽い。

 ルーナの身体に、爆発的なまでの魔力が流れ込む。

 それは、かつてホグワーツを創設せしめた一人である蒼の魔女の魔力。

 古の魔力はカタチとなり、かつての姿と記憶を再現する──。

 

 そう。

 そこにいたのはロウェナ・レイブンクロー……の、記憶のようなものだった。

 

『──ああ、ヘレナ。どんな形であれ、貴方と再び会えたこと、とても嬉しい』

『………ッ』

『そして、ルーナ・ラブグッド。貴方のような生徒が現れたこと、喜ばしく思います。ホグワーツ四強の意思を継ぎし、真のレイブンクロー生よ。

 貴方に力を授けます──』

 

 

 

 

 

 

『どうか──どうか、皆んなを守って』

 

 

 

 




◯裏話その1
今回の描写について。
おじさんが魚を出して戦ってましたが、あれは守護霊ではなく変化の呪文で作り出した偽物です。
死喰い人は基本守護霊を出せません。単純に使えないか、使えたとしても心が純粋でない魔法使いは逆にプラスのエネルギーの塊の守護霊にぶっ殺されるからです。なのであいつらは守護霊が使えなくてもいい、吸魂鬼を支配するポジションに立ちます。
アンブリッジは自分が悪だと思ってない系の悪だから使えました。スネイプもリリーへの愛という一点は嘘偽りない真実なので使えたようです。
最初はそんなの関係ねえ!その方が敵強いし使えた方がいいだろ!って設定でしたがやめときました。

◯裏話その2
6巻では姿をくらますキャビネット、要するに行き先が限定されたどこでもドアを使って死喰い人が校内に入っています。
でも正直そんなの使われたら詰むのでやめときました。おじさんなら絶対めっちゃ凶悪な使い方してくるだろうし無理だよ……!


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11.ホグワーツ・フロントⅣ

紅い力の幹部って毎回打つの面倒だし誰かかっちょいい名前つけてくんねえかな……(チラッ
あと伏線とか謎とか回収してるつもりでも忘れてるやつとかあるから誰か教えてくんねえかな……(チラチラッ


『……あっ!!』

 

 ヘレナが、その髪飾りは分霊箱に使われた可能性があることを思い出したのは、ルーナが髪飾りを身につけた後だった。

 

「?どうしたのヘレナ」

『な、何ともないのですか?』

「特に何も……」

『そ、そう……ですか?』

 

 分霊箱と化した髪飾りにどんな呪いがかかっているのかと心配したが杞憂だったようだ。とはいえ、あの邪悪な男の魂が入っていて何も影響がない筈がない。ヘレナはよくよく髪飾りと剣を覗き込んで、

 気付いた。

 ヴォルデモートの魂がまるで感じられない。彼の魔力の残穢すら残っていない。

 それはおかしい、分霊箱として使用されたのならその痕跡が残る筈。それが全くないということは、彼はこの髪飾りに魂を分けていないことになる。自分の罪の証を見たくなかったので放置していたから今まで気付けなかった。

 ヘレナの読みが正しければ、ヴォルデモートは分霊箱を複数作る予定だった。

 自分の魂を分割し、他の容れ物に入れて保存する。そのための容れ物の一つとして髪飾りを欲したのだとばかり思っていた。だが、それが為されていない。

 つまりヴォルデモートは分霊箱を作っていない?

 では、何故彼はあの蛇のような顔面になったというのだ?

 ……情報が、足りない。

 

(あの姿になった以上、分霊箱を作ったのは間違いない。だけどお母様の髪飾りは分霊箱に使われていない。どうして?偉大なるホグワーツ創始者の魔道具が器に相応しくなかったとでもいうの?何か……何か他のものに魂を入れたとでもいうの……?そんなもの……

 ……!!『紅い力』!!)

 

 ……あくまで推測、だが。

 十六年前、ヴォルデモートは既存の紅い力と分霊箱の力を組み合わせ、寿命を削らなくてもいい紅い力を生み出した。そして彼はその力を信頼する部下に分け与えたらしいが、その際に己の魂をも与えたのではないだろうか?

 

(例のあの人は紅い力を創り、それを七つに分けて自分の部下に持たせた……

 それはまさしく、分霊箱の作り方に酷似している。自分の魂や力を切り離して他の何かに閉じ込める、それが容れ物か人間かの違いだっただけ。

 ということは、紅い力を授けられた幹部はあの人の魂を入れられている……ということになる……!)

 

 そうか、とヘレナは合点した。

 紅い力の幹部がヴォルデモートの分霊箱になっているのだ。彼達を倒さない限りヴォルデモートが死ぬことはない!

 ただの分霊箱なら、見つけさえすればいくらでも破壊することができる。魂をも喰い殺す毒牙を持ったバジリスクが仲間に加わっているのだから、分霊箱を壊すなど造作もなきこと!悪霊の火を使える人材もいる!

 だが、壊さなければいけないのが分霊箱ではなく紅い力の幹部だとしたら?

 それは……とても困難だ。話を聞いただけでも分かるほどに強い幹部達を全員倒さなくては、ヴォルデモートを殺すことさえできないのだ。

 

(おそらくお母様やヘルガおばさん、サラおじさんの遺品を収集したのは分霊箱の実験をするため!人に強大な力を移すのだから下手をやれば優秀な部下を殺してしまうからだ!あの日記はきっと実験の過程でできた分霊箱……それが壊された今、例のあの人の魂は彼と紅い力の部下の中にあるんだ!!)

 

 もしも、おそらく、たぶん、きっと。

 全てが推測の域を出ない考察だが、ヘレナはそれがほとんど事実であるだろうことを理解した。彼女はロウェナ程ではないが天才、それがまったくの的外れではないことは分かる。

 あの蛇顔になったのは、魂が分けられたことによる反動。

 しかし瑞々しい青年の姿に戻ったのは、自分が創造したハリーやシェリー、日記帳を取り入れたことで魂が回復したから。

 髪飾りを得て見つけたのは希望か、それとも──。

 

「絶望なわけないモン」

『!』

「貴方が何に気付いて何を察したのかは知らないけど、絶望なんてそんなもの、いくらでも塗り替えてみせるよ」

 

 そうだ──。

 この子達に希望を感じたからこそ、自分は髪飾りを託したのではないか。

 ルーナはすぐさま戦場に舞い戻る。

 彼女の脳内にはロウェナの意思が伝わってくる。なるほど、断片的ではあるが創始者の言葉を聞くことができるのか。

 

『いいですか、ルーナ。この剣は私達の意識を継承する者でなければそれを持つことすらできず、また、戦いが終わると力を失う仕組みになっています。この剣が無いと勝てないような戦いでなければその力は発揮されないのです』

「意外と不便なんだね」

『便利すぎると人はそれに頼ってしまいますから。それにゴドが剣の所有権で小鬼と散々揉めて……って、それはいいです。とにかく、この剣を使うからには必ず勝て!ということです』

「言われなくても!」

 

 見慣れない髪飾りと剣を持ってきたルーナにギョッとするマリエッタに構わず、彼女は思うがままにそれを振るった。

 レイピアの形状こそ取っているが、それは敵を刺し穿つためのものでなく、空間を切り裂く類のものだ。

 通常の魔力とも、紅い力ともつかぬ不可思議な魔力が満ちる。

──ロウェナ・レイブンクローはホグワーツの防衛機構を作ったとされる。

 見た目には分かり辛いが、ホグワーツは違う空間と化しているのだ。そんなロウェナが剣に込めたのは空間を操る魔力。

 世界を書き換える能力!

 死喰い人の一人が放った魔法は、ルーナが切り裂いた虚空へと吸い込まれた。

 

「な……」

「何だそりゃあ!?」

 

 ブラックホール……のようなものだろうか?

 細かい説明はいい、ルーナは内なる声に従い剣をその場に突き刺した。途端、ルーナの周りの空間が揺らぎ、少し離れたところへと移動する。彼女に攻撃した死喰い人はその謎の現象に惚けてしまい判断が遅れ、ハーマイオニーに気絶させられた。

 

「すごいじゃないルーナ!」

「そして何だその剣!?」

「細かい説明は後だよ、とにかくこの戦いの間だけ力を貸してくれるみたい!」

 

 レイブンクローの剣には特殊な魔力が詰まっている。

 それにより空間を引き裂いたり、躱したりすることが可能になるのだとか。

 その証拠に、ホグワーツでは本来絶対になし得ない『姿現し』に近い現象を彼女は起こしてみせている。

 どくん、と鼓動が高鳴った。

 いけるかもしれないと。

 この剣がどんなことができるかを未だ知らないが、どんなことをやってくれるのかという期待ならある。

 ルーナに期待が高まった。

 極限状況下での覚醒に、誰もが勝利という名の希望を抱いた。

 

 

 

 そしてその希望は崩れ去った。

 

 

 

 ルーナが攻撃を躱した先に、人狼の拳が置かれていた。

 彼女の動きを読み切ったのだ。

 あり得ない、そんな、たった数回しか使っていないのに、何で──。

 少女の矮躯が地面に転がる。砂上の楼閣よりも儚く崩れ去ってしまった。

 

「よく分からんが、お前、そのマジックアイテム使うの初めてなんだろ」

「……何で、」

「何で分かったかだって?舐めんなよ、俺達はあのドロホフと戦ってきたんだぜ。相手に合わせて粘り強く戦うのが俺達のやり方だ、土壇場の覚醒や火事場の馬鹿力は一番警戒してんのさ」

「最強の敵に勝機を見出だす!無敵の相手の弱点を見つける!それが俺達の戦い方!たかが覚醒した程度で形勢逆転できるほどヤワな鍛え方してねえんだよ!!」

 

 特筆すべきはその継戦能力。

 これだけ戦ってもまだ死喰い人達の力は衰えていない。持久戦は寧ろ彼達の得意とするところで、スタミナや魔力を多く消耗しているホグワーツ側とは打って変わって未だその脅威は健在している!

 感情の爆発による魔力の増幅など魔法界では珍しくない。窮鼠猫を噛むというように、怒りによって普段は眠っている底力を発揮することで実力差をひっくり返すなどザラにある。

 この死喰い人達は、それをも計算に組み込んでいる。当然といえば当然。

 怒って敵を倒せるのなら、死喰い人はとっくに倒されている!

 次いで放たれる攻撃をネビルが盾の呪文を張って守る。だが、それすらも読まれていたかのように盾を迂回して強烈な連打が叩き込まれた。

 あれは、骨が折れている。

 

「手こずらせやがって、ガキどもが!!」

「く、糞……!!」

「その程度で俺達を倒せると思ったら大間違いなんだよ馬鹿がァアア──!!」

 

 ネビルへと、巨人の棍棒が振り下ろされる。

 スローモーションでやって来るそれを見て、ネビルはただただ歯噛みした。

 強すぎる。

 たかが一般兵がこれだけの強さを誇っているなんて、死喰い人の層が厚すぎる。

 考えれば簡単な話。普通の学生が一年練習した程度で、

 敵う相手ではなかったのだ。

 

「──ネビル!!!」

 

 夥しいほどの血が流れた。

 形成が、変わる。

 戦いの均衡が崩れ去った。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 ドロホフとの激戦は続いていた。

 

「ウィーズリー……ウィーズリーか……!!そういやその家に嫁いだモリーとかいう女がいたねェ!よォく覚えてるぜ、そいつの弟のフェービアンとギデオンをぶち殺してやったことをなァ!」

「何っ!?」

「弟を殺されたと知った時、どんな顔をしたんだろうね!見てみたかったなあ!そういえば君の兄貴にフレッドとジョージって双子がいたなあ!あれ!?頭文字が同じだね!?今でも弟に未練タラタラなのかな!?お前のお袋はもしかしてブラコンだったのかな!?オジサン引くわァ!」

「いい加減にしやがれこのクソ野郎!!」

「待てウィーズリー、早まるな!!」

 

 挑発に乗った。

 ドロホフは、ロンが怒声を上げながら目掛けて走るのを迎え撃とうとして……しかし失敗した。ロンは攻撃のために突っ走ったのではなく、「ルーモス、光を!」と目を眩ませたのだ。

 激昂したと思わせて視界を防ぐ。思わず目を覆ったドロホフの隙を突いてスネイプが魔法弾を放ち、ドロホフを守っている魚群を何割か吹き飛ばした。

 

(今の激憤は演技か、この状況でよくやる……!!)

(マジかよ、やってくれるじゃねえの)

 

 スネイプやフリットウィック単体ならドロホフに圧倒的に利がある。直線的すぎる戦い方なので搦手を使うドロホフは相性が良いのだ。

 生徒にしてみてもそうだ。勇気があって果敢に攻めるようなタイプはむしろドロホフにとって格好のカモ、そういう奴達のプライドを煽ってやれば面白いように崩せることを彼は知っている。

 だがこの男は妙にやり辛い。

 強さでは敵うべくもないが、自分のすべきことを明確に理解している!

 ドロホフにとってロンは明確に苦手な相手なのだ!

 

「まァ、多少苦手な相手だったところでオジサンに負けはねえんだがよォ!!」

「来いっ!ドロホフ!」

「あァ相手してやるよ!!」

「っ!?こっちに攻撃してきたか!」

 

 ドロホフはロンに攻撃すると見せかけて、ノールックでスネイプへと無言呪文を放った。ドロホフの得意技、油断させておきながらの無言呪文である。今が攻撃のチャンスだと不意を突こうとしたスネイプは、慌ててその思わぬ攻撃を何とか打ち消す。

「『フェラベルト、変化せよ』!」

 次は何を何に変化させる、と身構えた二人だったが、杖からは小規模な台風が放たれ辺り一帯を切り刻んだ。口では変化呪文を唱えておきながら実は無言呪文で風呪文を使うという高等テクニック。

 騙し合い、化かし合いは彼の得意とするところ。嘘八百を並び立てて相手を混乱させて優位を取る。人同士の戦いをドロホフが得意とする理由がそこにある。

 だがスネイプも負けてはいない。彼の十八番セクタムセンプラで風を切り裂いた。

 返す刀でロンが切り込んだ。インカーセラスで縄を作り、瓦礫を掴んでぶん投げる。魔法ではない物理攻撃、魚で魔縄を喰いちぎるも、さしものドロホフも瓦礫はガードするしかない。

 

 奇妙な関係性だ。

 ドロホフはスネイプに強く、

 スネイプはロナルドに強く、

 ロナルドはドロホフに強い……わけではないが、予想だにしない攻撃を放つ。

 互いが互いの弱点を突き突かれ、結果として全員の能力がフルに発揮される!

 全ての潜在能力を引き出した戦い。通常人間はどれだけ訓練を積んでも実戦ではせいぜい七〜八割くらいしか実力を発揮できないものだが、今この場では十割増しの力を発揮していたといえよう!

 ただここで問題はドロホフの防御力。付かず離れずの中距離での牽制、更には圧倒的なスタミナが彼の強み!中でも攻防一体の魚群防壁が最大の障害だ!

 下手に突っ込めば即死──!

 

「なら逆に突っ込んでやるっ!」

「何!?早まったかウィーズリー!!」

「違うぜスネイプ先生!この魚は魔力を感知して自動でドロホフを守る、なら逆に魔力を感知させて魚の行き先をコントロールしてやればいいんだ!!」

「馬鹿な、それでは魔力を放つ瞬間に魚が向かってたちまち喰い殺されるぞ!!」

「どうかな」

 

 ロンが生み出したのは守護霊だ。

 彼の指揮棒のような動きに合わせて教室の中をテリアが跳ね回る。その銀色の犬を追ってドロホフを守っていた魚が離れて飛んでいく!守護霊とはすなわち魔力の塊、魚達は一斉にその魔力へと飛びつく!

 ドロホフの判断は早かった。即座に魔法盾を展開、即席だがかなりの強度だ!

 だがスネイプの魔法の方が強い!

 

「ぐおおおおおおっ!!」

「押し込め!!ウィーズリー、貴様も加勢しろ!この機に攻撃を叩き込め!!」

「はい!!」

(早い、知らない間にこれほどの力を得ていたか……!)

 

 ロンの実力を認めたスネイプは、更なる魔力放出を行った。

「速度を上げろ!!私に合わせろ!!二人でドロホフを倒すんだ!!」

 

 盾を何枚も展開するが、ここにきてスネイプの火力の高さがドロホフを苦しめる。

 防御には一家言ある彼だが、スネイプは早撃ちの強さで幹部に選ばれたような男なのだ。ロンも攻撃に加わった今、半端な盾では数秒と持たない。けれどもドロホフの頭脳は数秒あれば打開策を弾き出す。

 フレッド・ジョージ作の花火。

 魔法が当たると逆に膨らんで炸裂するという特性がある花火を、彼は回収して再利用できるようにしていた!敢えて盾を爆発させて体勢を崩し、花火を放り投げると、思った通りに着弾する。スネイプの早撃ちを逆手にとって、それが何なのかを把握させる前に撃たせたのだ。

 火炎が広がり、周囲を包む──

 

 スネイプは飛来した小石で目を切った。

 

 血で視界が塞がる。眼球は切っていないようだが恐ろしいまでのハンデだ。

 ロンだけは、防戦一方のドロホフの行動に違和感を感じて警戒していたので盾でガードすることができたが、それでも身体が妬けるように熱かった。

 どこか火傷したのか。

 杖腕は無事、まだ戦える。

 だがスネイプはどうする、一手間違えればスネイプは死ぬ。

──いや。スネイプなら、「いいからさっさと倒せ馬鹿者」と減らず口を叩く筈。

 少しだけそこで待っていてくれ。

 盾の呪文を展開しながらロンは突撃した。

 

(このガキ!接近戦でオジサンを確実に仕留めるつもりか!だがこいつは体術でいくらでも捻り潰せる!そして盾を展開しながらの突撃なんざ、ビビってるのが丸分かりだ!魔力のリソースの大部分を盾に使ってるから大した魔法も出せねえだろ!!

 返り討ちにしてやる!風の刃で……)

「アクシオォオオオオ!!」

(……!?呼び寄せ呪文!?瓦礫や机をぶっつけるつもりか!どこから──

──真後ろからか!!)

 

 瓦礫を破壊するには魔法しかない。

 だがロンを殺す方法はいくらでもある。魔力を込めた投げナイフをロンに投げればいいだけだ。盾で弾かれてしまうかもしれないが一瞬足を止めることはできる。

 同時だった。

 ナイフを投げつつ、振り向きざまに魔法を放つ。

 しかして、ドロホフは、今。

──初めて明確に読み間違えた!

 

「……!?何もねえ!?」

 

 呼び寄せ呪文はフェイクだ。

 風呪文を使った先には何もない!まったくの無駄撃ちだ!

 ドロホフの得意技、『詠唱しておきながら全然別の事をする』を、ロンは真似てみせたのだ!ドロホフに振り回されてきた彼が初めて頭脳戦で先を行った!

 一手、早かった。

 ナイフを弾き、その長身でロンは右手を振りかぶり。ドロホフ目掛けて渾身の右ストレートをお見舞いした!脳が揺れる。窮地であっても正解を弾き出す思考能力に空白が生じる!

 次いで、ロンの魔法が、アントニン・ドロホフを壁へと吹き飛ばす。

 いや──壁、ではない。

 吹き飛ばした先はガラス張りの窓。ロンは二階から落とすつもりだ!何とか踏み留まり耐えようとするドロホフだが、ロンの長い脚がそれを許さない。強烈な蹴りが炸裂した!

 

「こ、の、糞ガキ──」

「アントニン・ドロホフ!お前は長年人を欺き続けてきたようだが、僕を騙すのは十年早かったようだなああああ!!」

「がああああああッ!!」

 

 ガラス窓が割れ、ドロホフの身体が外へと放り出される。

──勝った!

 この戦い、ロンとスネイプの勝利だ。

 激戦だったが、アントニン・ドロホフをとうとう倒したのだ。タフなドロホフでも二階から落ちればしばらくの間は動けないだろう。安堵の息を吐こうとして、

 逆に息を呑んだ。

 蹴りで伸ばした脚に何かが絡みついている。この細く長いものは……ロープだ!

 

「ハッハハハァ!オジサン舐めてもらっちゃ困るぜ、お前も道連れだァ!!」

「お、お前、インカーセラスで縄を作って脚に絡ませたってのかい!?」

「ご名答!!オジサンと仲良く落ちようぜ!!」

 

 あの一瞬で何という判断力……!

 しかしまずい、空を飛ぶ魔法は魔法界にまだ存在しないし、今は魔力を消費しているので大した魔法も使えない!

 やばい、打ち所が悪ければ死ぬ!焦ったロンは、咄嗟にその名を叫んでいた。

 

「来てくれバジリスクゥウウウ!!」

「ええ、来ますともっ!!」

 

 下の階の窓から飛び出した蛇の王が、間一髪でロンを受け止める。

 バジリスクの巨体ならば、空中でロンを支える足場となる!

 蛇の鱗に軟着陸するロン。

 ひとまず助かったと安堵するも、彼はある可能性を懸念していた。ドロホフもこの蛇に乗って助かるのでは、という可能性を!

──懸念は当たった。

 ドロホフは杖からありったけの風を出して、一瞬の空気操作を行う事でジェット機のように空中を移動し、無理矢理バジリスクの身体にしがみついたのだ。あれだけ戦っても尚尽きぬ闘志。しぶとすぎる……!

 対してロンは息も絶え絶えだ。一度勝ったと思っていた相手と戦うというのは流石にきつい。精神的にも、体力的にも。

 

「オジサンがこの程度のことで倒せると思ってんのなら大間違いだぜ……!!」

「ぐ、この……」

「そして!よしんばオジサンを倒せたとしても、もうホグワーツの負けは決まった!兵力が違うからだ!!惜しかったなロナルド・ウィーズリー、出来ることなら同じ条件で戦ってみたかったけどよ……!!」

 

 悔しいがその通りだ。

 戦いが始まってから早数時間、もうすぐ陽が昇ろうとしている。

 防衛に特化して時間こそ稼げてはいるが、それでも時間稼ぎが関の山で、勝てはしないだろうと心のどこかで理解していた。あと数分もすれば死者が出始める。

 ホグワーツ戦線は崩壊する。

 

「だが戦争で同じ条件なんてあり得ねえ。誇っていいぜ、オジサンをここまで追い詰めたのはお前が初めてだ」

「な、にを……何を言ってる!まだ勝負は終わっていないぞ!!僕は──」

「無理だね。その身体はもう動かせない」

 

 何を、そう言おうとして金縛りにあったかのように全身が痛むのを感じた。

 筋肉に針金が巻きついているかのように硬直して、曲げることすらできない。ここにきて疲労がピークに達した。

 更には問題がもう一つ。

 

(脚を捻った……!?)

 

 鈍く重い痛みがやって来る。同時に焦燥の汗が垂れる。

 ドロホフは怪我を負った状態で倒せる相手ではない。スネイプが上階から狙撃してくれればと思うが、彼は今視界を塞がれている。

 

「ロン殿!!早くお逃げください!!私のこの体勢では背中を攻撃できませぬ!!」

「くッ、仕方ない、下に転がって──」

「んな隙与えるかよ」

 

 ドロホフの杖にはもう、十分な量の魔力が溜まっていた。

 

「死ね」

 

 緑の閃光が放たれた。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 吸い込まれるように斧が振るわれた。

 ああ、死ぬ。

 どうしようもない死をそこに感じた。

 悔しさに涙が溢れそうだ。こんな連中に負けるなんて。こんな連中が強いなんて。

 ホグワーツの全てを出し切っても勝ち切ることはできなかった。

 相手は、強すぎた。

 それでもネビルは、無様だけは晒すまいとキッとそれを見据えた。

 退いてなるものか──!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────『居合』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何者かが、棍棒ごと腕をぶった斬った。

 洗練された魔法の刃が、鮮血の徒花を咲かせた。

 呆けた巨人達を斬り刻む。その武者に慈悲も区別もありはしない。

 およそ華やかさとはかけ離れた、強引な攻め。華美な響きなどある筈もない。

 けれどその、道理も何もない乱雑な攻撃が人々の闘志を湧き上がらせているのには違いなかった。

 彼はきっとおそらく、

 世界でたった一人の。

 二刀流、ならぬ、二“杖”流の魔法使い。

 

「地獄に来つ寝(きつね)よ」

 

 武者に続くは、紅の弓兵。鎧に身を纏った妖狐が番う矢の数々が無数の死喰い人を貫いていく。

 美しき金毛を輝かせて、狐は寸分狂いなき精緻さで、眉間へと当ててしまう。

 獰猛な瞳は、優秀な千里眼でもあった。

 (アルクス)をしならせて、美しき獣の蹂躙劇が始まる。

 突然の加勢に慌てふためく彼達の間を一人の風が通り過ぎると、途端に弾かれ倒れ伏していく。墨でもぶち撒けられたかのような特殊な移動術。そして高すぎる身体能力による迫撃の強さ。

 

「流るゝ黒は墨となり、切り裂く黒は柳となる」

 

 知っている。

 ハーマイオニー達は彼達を知っている。

 この場の全員がその勇姿を覚えている!

 ダンブルドア軍団は強くなるにあたり彼達を参考にしていた。何故って、その強さに憧れたから。その魔法に憧れたから。

 サムライに、武士(もののふ)に。

 (つわもの)どもはここに在り。

 

「貴様達のような粗忽者は残らずくびき取ってやる」

「コルダちゃん、皆んな。後は私達に任せて」

「おう、きさんら。ぶっ殺してやっど」

 

──援軍がやって来た。

 駆けつけたるはマホウトコロの戦士達、だけではない!

 不意に奏でられた、最高にイカした爆音の魔法が死喰い人達を吹き飛ばす!

 

「──ギターかき鳴らすぜェエエエエ!!カモォォォオオオン!!」

 

 防御を無視した絶大なる振動破壊!かき鳴らされたギターは最高潮!

 破裂せんばかりの音の波が、辺り一帯の敵どもを襲う!

 世界一有名な学生バンド。こんなことをしでかせるのはこの三人しかいない!

 

「サーベラス!!」

「ここまでよく耐えたなお前達!!最高に熱い魂してんじゃねえかッ!!」

「後でサイン書いてやるぜ!!」

「オラオラ、巻き込まれたくねェならすっこんでな!!」

 

 あらゆる勢力渦巻く中であっても、一際目を引く派手な髪とメイク。世界中を躍動させる彼達がニヤリと笑う。

 熱く、それでいて頼もしい叫声が聴くもの全てを震わせる!

 狂え狂え!狂いこそが最高の道楽、ふざけた愉快さが武器になる!

 ここは既にライブ会場だ!ここがお前達の棺桶だ!

 援軍はまだまだ増える。マホウトコロ、イルヴァーモーニー、ボーバトン!各校の精鋭達が戦闘に参加する!

 

「まったく、ここまで案内したのは俺達なのに、騒がしい奴達だ」

「ビル……!!」

「やあジニー、無事で何より」

「ロンの兄貴……、こ、これは?」

「──不死鳥の騎士団は極秘裏に戦力を集めていてな。だが、増え続ける死喰い人を相手する戦力を集めるのはヨーロッパだけでは限界があった」

 

 だから、世界へと手を伸ばした。

 去年の魔法学校対抗試合で得た知己と縁を活かさない手はない。本国で闇祓いになった生徒や代表選手を中心に声をかけ続けて召集したのだ。

 元よりセドリックやローズ、ブルーの死とそれに対するイギリス魔法省の態度に少なからず思うところがあった者達は快く了承してくれた。決意が揺らいでいた人間には、校長職を留守にしている間にダンブルドアが直接掛け合ってくれたのだ。

 

「で、でもサーベラスなんかはプロのミュージシャンになる道があったんじゃ」

「あァン!?ファンがいねェとプロも糞もないでしょうがよ!だからあーし達は歌い続けるぜ!今ここにある命を助ける為になァアアアア!!」

 

 繋がった。届いた!

 意味は確かにあったのだ!

 今ここで諦めてしまっていたら間に合わなかった。ここで粘っていなければ彼達が到着しても形成は逆転していなかった!数時間も耐えながら戦っていたことでようやく報われた!

 そしてロンも、助けられていた。

 世界最高のシーカーと、ヴィーラとのハーフの美しき女性に。

 

「よくやった。ヴぉく達がやって来るまでよく持ち堪えたな、ロン」

「わたーし達は去年の絶望で色々なことを学びまーした。死なせるもんですか。もう誰一人、死なせませーん」

「クラム……フラー……!!」

 

 死の呪文が当たるすんでのところでフラーの羽根がそれを弾き、クラムが高速でロンを掴んで飛び去ったのだ。

 かつて憧れたその背中がすぐそこにある。諦めていては見られなかった景色だ。

 岩のように太い腕で肩を叩かれただけで勇気が湧いて来る。自信が漲る。

 駆けつけて来てくれた彼達には感謝しかない。喜色満面の笑みを涙で濡らすわけにはいかない。だが……ロンは泣かずにはいられなかった。

──嬉しい。

 来てくれて、嬉しい。

 

「圧倒的な兵力差の前には敗北しかない……まさにその通りだ。まさかオジサン達の方が少数の側にになるとはね」

「大分遅れてしまったがな……。ああ、だが、敢えてこう言い直そう」

 

 魔法学校対抗試合の代表選手、そしてその学校の生徒達が、参戦した。

 

 

 

 

 

「──助けに来たぞ!!」

 

 




ダームストラングの生徒は諸事情によりクラムだけです。
次回、ホグワーツ戦線決着です。


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12.アヴェンジャー

「終わりだ、ドロホフ」

 

 クラムの箒から降りると、ロンは事実を告げた。

 ドロホフにのし掛かった残酷な現実の正体だ。戦力差はひっくり返った。勝機が既にないことくらい、名将ドロホフが理解できない筈もない。

 

「お前に勝ち目はない。もう降参して杖を捨てるんだ」

「そうかもな。諦めて降参……

──なんて真似するわきゃねえだろうが!舐めんじゃねえよ!!このくらいのハンデがあってトントンなんだよ、楽しもうぜ。ここからが戦争の本懐だろ!!」

「浅ましいな。この期に及んで尚足掻き続けるというのか」

「たった数十点差ですっぱり諦めちまうような奴に理解されようとは思っちゃいねえよ。諦めた瞬間に負けは決まる、勝つためなら恥なんざいくらでもかいてやるよ!!オジサンは昔っから諦めが悪いんでね!!」

 

 クラムは顔を強張らせた。

 時に負けを認めることも確かに強さなのだろうが、しかしてドロホフはこの劣勢においても未だ勝機を見出さんとしていた。放っておくのはまずい。このままでは本当に勝機を見つけかねない。

 アントニン・ドロホフの真価はここからなのだ。

 勝利のための尽瘁。

 勝者は必ずしも強者ではない。

 

「……あいつの相手は僕に任せてくれ。あの男は僕が全霊をかけて立ち向かわなくちゃならない敵だ」

「大丈夫なのか」

「フラーが応急手当をしてくれたしね」

 

 赤毛の少年は歴戦の猛者に相対する。

 知っていた筈だ。勝利のために強さも誇りも捨てられる者は、時として強者よりも厄介であることを。

 ドロホフと心の温度を共有しているのは、ロンだ。

 戦場に立つ男の顔になった彼を賓客として認識したか、射程範囲内に入ったロンを切り刻まんとして轟風が吹き荒む。狂気で糊塗された顔からは何も伺い知ることはできないが、ロンは今、ドロホフと思考を共にしていた。

 懐に潜り込み魔法を放たんとするロンに待ち受けていたのは銀色の煌めきであった。向かってくる投げナイフを前にして、ロンは置いていた思考を脳内から引っ張り出す。

 右の拳による打擲。

 マダム・ポンフリーなら治してくれるという確信の下に放たれた、年相応に節くれだった拳をナイフが呵責なく貫いていくも、その勢いは留まるところを知らない。右眉を上げたドロホフがナイフを投げた手で拳を受け止めた。

 いやに手応えがなさすぎる。

 殴打はフェイク。ロンの本命は左手に持ち替えた杖による攻撃だ。

 この際ドロホフが目したのは一瞬の盾の防御(ジャストガード)だった。

 未知数と可能性の塊みたいなこの少年とまともに魔法の撃ち合いをしても疲れるだけ。ドロホフの直感はあくまで攻めの姿勢を崩さぬべきだと断じていた。彼は防御型の魔法使いだが、同時に攻撃が最大の防御だということも十分に理解している。

 結論から言えばその目論見は外れた。

 ロンの攻撃に合わせて放たれた、一瞬だけ展開された即席の盾……それが日の目を見ることはなかったのだ。タイミングが明らかにズレていた。ドロホフは攻撃の隙をわざと与えたというのに!

 

「『魔法糸』……!!」

 

 ロンは魔法の糸を杖先から自分の腕に絡みつくように伸ばしていたのだ。

 肘のあたりまで伸びた糸が、再び杖先まで戻るような軌道を描いている。これに魔力を灯せば、一秒遅れで攻撃がやってくる。

 ドロホフの正確すぎる読みを逆手に取った必殺──!!

 

「……あァ〜あ。んなつまらねェ手に引っかかるなんて、オジサンも衰えたね」

「いや、確かにあんたは強かったさ。でも僕には最高の仲間がついていたんだ」

「そうかよ。……負けるわけだぜ」

 

 シェリーの怒りを知っていなければ、安い挑発に乗っていただろう。

 ハーマイオニーの魔法糸がなければ、勝機を見出せなかっただろう。

 そしてDAの存在がなければ、とっくに心は挫けていた。

 自分一人の勝利では決してない。仲間がいてくれたおかげなのだ。

 夜が明ける。

 戦いは終わる。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 医務室には人がごった返していた。

 マダム・ポンフリーを初めとして、治療系の魔法に覚えのある者達が入れ替わり立ち代わり出入りを行う。拿捕できなかった死喰い人もいるが、ひとまずはホグワーツの勝利といって差し支えないだろう。

 

「ハーマイオニーちゃん、助かったよ。貴方が抜け穴や敵の配置を完璧に把握してくれていたおかげで随分スムーズに行動することができた」

「ありがとうタマモ、でも本当に助かったのはこっちよ。貴方達が来てくれなかったら今頃どうなっていたことか」

「それはいいっこ無しだ。それにしてもあの魔法糸とかいう技術、あれはよく考えたものだな」

「でしょう?あれはね──」

 

 今ある日常を噛み締めるように、不安を掻き消すように、生徒達は何気ないくだらない話を紡いでいく。

 

「ルーナ!無事……じゃないかもしれんが、生きてるだけ儲けじゃの。ところでその剣ええのお。名のある名剣と見た。ちょいと見せてくれんか?」

「あー、それは……」

 ルーナが持っていた剣にハヤトが触れた瞬間、砕け散った。

 さしものハヤトも閉口する。

「……俺のせいかの。すまんち、腹ば切って詫びる」

「いや、多分、効果時間が切れたんだと思うな。この剣の元々の持ち主はあまり剣のことを知られたくないみたいだったし。だからあるべきところに帰ったんだと思う」

「ほおか、それなら一安心じゃの」

(せっかくヘレナやロウェナが貸してくれたのに全然活かせなかった。剣のこと、もっと調べなきゃ……)

「剣のことなら俺にも力になれるかもしれん。頼っちくいや」

 

 ロンが目を覚ますと、甲高いキーキー声が喜びの色を見せた。

 

「ロン・ウィーズリー!ご無事で!?」

「ん……ああ、ドビーだっけ?」

「ええ、ええ!そうでございますとも、シェリー・ポッターのご友人!ドビーめは下級生を安全な場所に避難させていたのでございます!」

「その呼ばれ方むかつくな……そうか、よかった」

 

 今は……朝か。

 夜通し戦ってくたくたの身体は休息を求めていたらしい。

 けれどもロンの思考はようやく余裕を取り戻して、今はいない友の安否を知りたがっていた。

 

「シェリー・ポッター、ベガ・レストレンジ、ドラコ・マルフォイでございますね。……彼達は……」

「教えてくれ、ドビー。魔法省では何があったんだ?」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 シェリーは魔法省の廊下を走っていた。

 時刻は深夜近く。魔法省に出勤している役人はとっくに帰った頃だろう。だが、ガード魔ンすらいないのはあまりにも不自然だ。ヴォルデモートによる露払いでもあったのだろうか。民間人を巻き込みたくないシェリーとしてはありがたかった。

 奴達がどこに潜んでいるのかは知らないが、死喰い人がいる場所にハーマイオニーの両親がいる筈。即座に全員殺した後、彼女の両親を救い出す。

 人っ子一人いない魔法省の廊下を駆けながらシェリーはそう算段していたが、ここで予定外の事態が起きた。

 

「……パーシー!?」

「は?え、シェリー!?何でここに」

 

 思わぬ人物に忘我の声を上げる。

 パーシーは敵対している筈の彼女に一瞬だけ人の良い兄貴の顔を出したがすぐに引っ込めた。彼は自分の面倒見の良い好青年という面を捨て切れていない。

 魔法省勤務の彼がここにいるのはおかしくない、のだが、この異常事態において彼の存在は不自然に過ぎた。

 

「何でここに?」

「何でって、僕はその、残業が長引いてしまって……そういえばやけに人気がないけど……いや、それよりも君がここにいることの方が問題だ」

(仕事押し付けられたのかな……)

「まさか大臣の言っていた通り魔法省転覆を目論んで──」

「それはないよ、パーシー」

 

 待ったをかけたのは、意外や意外、オスカー・フィッツジェラルドだった。細縁の眼鏡の下から非対称の色の瞳がパーシーを覗き込んでいる。

 オスカーはアンブリッジの付き人だったが、闇の帝王の復活を信じるなどと言ったばかりにその地位を失ってしまった哀れな男だ。だが……こんな時間まで何をしていたというのか?

 

「魔法省の動きが怪しくてね、個人的に調べていたのさ。どうも今日は人の出入りがおかしい。君もそれを調べに来たんだろ?

 こっちだ、ついて来てくれ。パーシー、君もだ」

「えっ、僕も?……まあ、あんたがそう言うのなら……」

「………………」

 

 オスカーに連れられて魔法省の下層へと続く道を走っていく。

 エレベーターは電源(魔源?)が入っていないので使えない。使えたとしても誰の魔力で動いているか分かったもんじゃないので乗る気はなかった。降りたら死喰い人が待ち構えていました、では話にならない。

 さて。

 シェリーはオスカーに対して強烈な違和感を抱いていた。

 思えば彼はずっと都合が良い存在だった。魔法省の中でもガチガチの保守派に属しているくせに、ずっとシェリー達にとって理解のある大人として振る舞ってきた男だ。彼の行動が全て真実から出たものならば非常に心苦しいが、もしそれが打算の上で行われたものなら。

 彼女は悪人の嘘が分かる。確証はないが確信があった。

 勘違いならそれでいい。だがもしそうでないならば由々しき問題だ。パーシーもいるのだ、仕損じることは許されない。

 これは確認だと言い聞かせ、疑問を口にする。

 

「オスカー……先生。貴方はホグワーツ赴任当初からアンブリッジのやり方に懐疑的な様子だった。直接言葉に出すことは少なくとも、その行動はあからさまに彼女への反抗心が見て取れた。魔法省からの監査という立場なのに、生徒達から好かれるほど、露骨に。

 ……でも何故、そんな正義感の強い人があの女の側近になれたの?」

「……シェリー?」

「ここに来る前にアンブリッジと会ったけれど、彼女の様子は明らかにおかしかった。彼女は根が邪悪だから最初は気付かなかったけど……あれは多分、軽度の錯乱の呪文をかけられていた。極め付けはアンブリッジの部屋でヴォルデモートの映像が映し出されたこと。あの通信は、予め用意されていた魔法によるものじゃないかな。

 そんなことができるのは、彼女の側近の貴方しか──」

 

 不意に、オスカーの脚が止まった。

 緩慢な動きで振り返る。作り物のような動作に気味の悪いものを感じた。

 ゆっくりと、腕を捲る。彼の腕には真紅のタトゥーが刻まれてあった。

 あの色は──この一年で、シェリーが何度も見た色だった。

 

 

 

 

 

「──紅い力、解放」

 

 

 

 

 

 刺青が紅く光る。

 鳴り響く警鐘は間違いではなかった。オスカー・フィッツジェラルドは紅い力の所持者だった!

 さしものパーシーも、彼が自分達を陥れようとしていたことくらいは理解できたのか、反射的に杖を取る。が、顔には混乱と悲痛が同居していた。彼を慕っていたのだろう。

 

「君達を油断させてあわよくば、と思っていたんだがな」

 

 当てが外れたよ、そう嘯くオスカーを睨みつけてシェリーも力を解放する。

 死喰い人に属している以上躊躇する必要などない。そう即断すると彼女は見る者全てを刺し殺さんばかりの鋭い視線を向けて相対する。

 仮にも一年共に過ごして正体を見抜けなかったのは悔しいが、おそらく、ホグワーツにいる間は紅い力を返納していたのだろう。そして魔法省でヴォルデモートと接触し再び力を手に入れた。

──容赦はしない。

 シェリーが杖を振るのはオスカーより早かった。

「ステューピファイ!!」

 まずは情報を引き出す。

 彼には失神してもらう──!

 

「え?」

「な……あ、頭が吹っ飛んだ!?」

 

 頭部への迅速の一撃がオスカーの頭を吹き飛ばした。

 予想外の結果に魔法を使ったシェリー自身困惑していた。おかしい、こちらも紅い力を使っていたとはいえ失神させる程度の威力に押し留めていた筈。

 間違っても、人体を木っ端微塵にするほどの魔力なんてない、筈なのに……。

 直立したままの首なし死体を前に、困惑を抱かずにはいられなかった。仮にも紅い力を持つ者がこんなに容易く破られるなど想像すらしていなかった。

 

 だが、驚くのはここからだった。

 ビデオの逆再生でも観ているかのようにオスカーの頭部が復元されていく。

 再生といっても、吸血鬼のそれとは違う。アレは自分の衣服は治せないが、オスカーがかけている銀縁の眼鏡も戻っていく。

 あまりの驚愕で思考が停止するシェリーとパーシーを他所に、オスカーの頭部は着弾点を基準にして巻き戻った。

 全てが戻ると、何もなかったようにオスカーはかつかつと歩みを進める。

 その挙動に何か気味の悪いものを感じて、シェリーは続けざまに二発ほど魔法を撃った。右胸と腰の辺りに着弾した。

 すると、彼の身体には向こう側の景色が見えるほど綺麗に大きな風穴が空く。

 大した魔力も込められていないのに呪文はオスカーの身体を簡単に貫いたのだ。あまりに手応えがなさすぎる。

──そして、その穴が塞がれる。

 数秒もすればまた何もなかったように全て元通りだ。血すら流れていないし、スーツが破れた様子もない。煙でも相手にしているような感覚だ。そしてまたこちらに向かって歩き出す。煙をいくらナイフで突き刺しても無意味なように、オスカーへの攻撃は須く無意味となっていた。

 

(攻撃が効いていない……というより、攻撃が全部すり抜けてる……!?)

 

 そう、それだ。

 シェリーの魔法がオスカーを吹き飛ばしているのではなく、オスカーの身体が破裂して攻撃を躱しているのだ。

 喩えるなら、ゴーストに攻撃したような感覚だ。全てが効かず、無に帰す。

 実態のない幻影に何をしようと無駄だ。相性が悪すぎる、シェリーは戦闘ではなく退避を選択した。

 

「エクソパルソ!!からの、アセンディオ!!」

 

 オスカーへの攻撃全てがすり抜けてしまうというのなら、逃げるしかない。

 捲れ上がった岩盤を上昇させ、押し潰そうとして──やはりすり抜ける。

 規格外の力。攻撃が全てすり抜けてしまうなんて、強い弱い以前の問題だ。

 パーシーの首根っこを掴んで逃走する。心臓のあたりを冷えた手で撫でられたようだった。紅い力は、こんな、ヒトの身に余る奇跡すらも実現させるのか。

 廊下の角を曲がり、己の失策に気付く。オスカーの能力は自身を透過させる能力だ。つまり障害物すらもすり抜けて移動できるということ。

 シェリーの行く手にオスカーの腕が伸びている。捕まる──!

 

「インセンディオ!」

 

 炎が空間を焼き切った。

 当然すり抜けるが、その分、腕を実体化させておくこともできない。盛大に宙空を空振り、シェリーとパーシーは何とか離れられた。

 今の炎を使ったのは誰かくらい、シェリーは知っていた。

 知ってはいたが、何故、何故こんなところに来てしまうのか。

 

「ベガ………!ドラコも……!?」

「フォーイ!」

「ようシェリー、無事か!あれ、何でパーシーもいるんだ」

「何で貴方達までここに……!?パンジーから話は聞いてないの!?」

「聞いたさ、聞いたうえで来たんだ」

「そんな……、……そんな……」

「いやとりあえず状況を教えて欲しいんだが……はあ、残業が終わったと思ったら何でこんなことに」

 

 シェリー、パーシー、ベガ、ドラコの四人は周囲を警戒しつつも、互いの情報を共有し合う。オスカーは紅い力の幹部であり、シェリー達を襲撃しようとしていたこと。彼は全てをすり抜けることのできる透過能力を持っていること。

 

(オスカーが紅い力の幹部なら、さっきの違和感も納得がいく。あいつならアンブリッジの部屋の煙突飛行粉の量の調整もできる。あいつが俺とドラコを魔法省に誘い込みやがったのか……!)

「ベガ、ドラコ。早くパーシーを連れて逃げて。はっきり言って、その、役立たずだから。貴方達がいても戦力になんか……」

「………。ハッ、何言ってんだ。情けねえ俺たちの代わりに一番槍の役目を務めてくれたんだろ?やるじゃねえか。ここから全員で反撃といこうぜ」

「ッ」

「どっちみち、魔法省から逃げるにせよ、死喰い人達をとっちめるにせよ、まずは件のオスカーをどうにかしないといけねえ」

 

 今は身を潜めているようだが、一度現れてしまえば数の利などあってないようなもの。全てが無効化されるなら全ての攻撃が無意味だ。こんなだだっ広い空間では酸欠状態にする、などの対抗策も取れないだろう。

 

「パーシーだったか?彼の情報とか、役立ちそうなものはないのか。同僚だろ」

「……知っていたとして何で君達に……ああ、くそ。ここで揉めたら彼の真意は分からないままか。分かったよ。といっても彼は優秀ではあるが取り立てて特別と呼べるようなものもなかった筈だ。各分野で一流だが固有の何かはない。普通の優秀な魔法使いという感じだ」

「……。ということは誰でも使えるような能力が紅い力によってすり抜けという段階まで昇華された……?推測だが、あのオスカーはすり抜けるというよりも、自分の身体の一部をこことは違う場所に飛ばす能力なんじゃねえか?」

「……姿現しってことか?」

「厳密にはそれに近い能力だ。姿現しが全身を遠い所に飛ばす能力なら、オスカーのは自分の好きな箇所を遠い所に飛ばすことができる。しかも姿現しとは違って予備動作は必要ねえ」

 

 シェリーの紅い力は通常攻撃にレダクトの効果が付与されるというもの。グレイバックの紅い力は(おそらく)身体能力の底上げ。ならオスカーの能力は、姿現しや空間系魔法の更なる発展系……ではないかとベガは推察する。

「一番厄介なのは、おそらくあの能力は自動で発動するって点だ。不意打ちだろうと関係ない、魔法だろうと何だろうと全て透かすことができる」

「ま、待ってくれ。そんなの無敵じゃないか。どうやって……」

「対抗策は一つ考えられる」

 

 だが何にせよ、奴が再び姿を見せないと意味がない。

 このままでは無意味に時が流れていくだけ。何か、姿を現さざるを得ない何かをして気を引く必要があると考える。

 ……魔法省の床を破壊するのはどうか。

 シェリーの突拍子もない考えに疑惑の視線を向けるが、彼女の意見になる意外と理に適っていた。床を破壊すればオスカーも追ってくるだろうし、実体化して探す必要に迫られる。その隙を突いてカウンターを決めることができれば……。

 問題は階下に死喰い人がいるかもしれないということだ。

 判断を誤ればたちまち針の筵。けれども突破口を開くとなれば、せいぜいこのくらいしか思いつかないのも事実。

 

「この下はホールになってる。死喰い人がいるなんて僕は信じちゃいないけど、オスカーに仲間がいるなら集まっている可能性は高い」

「運良く敵から逃げたところで、そ更に大勢の敵が待ち構えている可能性があるってことか。分の悪い賭けだな……」

「面白え。俺はその案に乗ったぜ」

「これを切り抜けることができるなら……よし、イチかバチか──!!」

 

 シェリーは床を破壊した。

 

「あ」

「ん?」

 

 下の階には死喰い人がいっぱいいた。

 

「バチだったーー!!」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 四人はまんまと捕まってしまっていた。一応抵抗はしたのだが、数の差というのは覆せるものではなかった。

 更にはグレイバック、ベラトリックス、ペティグリュー、ハリーといった最上位の闇の魔法使いもいたのだ。一人や二人ならともかくそれら全員を相手にするのは流石に無理だった。

 椅子に縄で締め上げられ、憮然とする四人に死喰い人が嘲笑を浴びせる。考えられる選択肢の中で最悪を引いてしまった。最悪だ……。

 

「どんな気分だ、シェリー」

「貴様と話す義理はない」

「生憎だね僕もだ。実に不愉快だよ、去年の腕の礼をしてやろうと思っていたのにまさかこんなに簡単に捕まるなんて拍子抜けにも程がある。僕はお前を殺すためにこの一年を過ごしてきたのに、そんな……それでも僕の片割れか」

「あれは当然の報いだ。腕が捥げている方が似合っていたぞ?虫みたいで」

「は?」

「あ?」

(頼むからその辺で勘弁してくれよ)

 

 隣でドラコがいっそう青ざめていたがシェリーとハリーのいがみ合いは気配すら見せなかった。余剰魔力によって生じた火花が視線の先でぶつかっている。拘束が解ければ即座に殺し合わんばかりの殺意のやり取りだ。

 

「何か、うん、悪いパーシー」

「これは夢だ……仕事のしすぎで見た夢なんだきっと」

「……今度相談乗ってやるよ」

「君達に今度があるとは思えないがな」

 

 二人の男が階段から降りてくる。先程となんら変わらない地味なスーツを着たオスカーと、それに随伴している黒衣の男。

 オスカー……そう、オスカーだ。

 よもやこいつが紅い力の幹部だったとは。シェリーの睨みを涼しい顔で躱しながらオスカーは杖を振り、マグルの二人を出現させた。

 グレンジャー夫妻。

 魔法界とは何ら関係のない二人を巻き込んだことに呪詛の念を送る。死喰い人にも、そして自分自身にも。目隠しをされた二人はびくりと身体を震わせた。目立った外傷はないが、心の方はどうか。魔法を使えば傷を残さず痛ぶるなど容易に可能だろう。

 

「目に見える場所には傷は負わせちゃいないさ。目に見える、場所にはな」

「………貴様………!!!」

「今に分かるさ」

「悪趣味な野郎だね。わざわざマグルなんぞを誘拐して何をするあと思えば、しち面倒臭い呪いをかけるなんて」

 

 邪悪さを隠そうともしないベラトリックスの言い分に反応したのは、オスカーの隣の黒衣の男だった。

 

「拷問が趣味の君が言うのかい?」

「うるっさいね新人!!!アンタはつべこべ言わずそこにいな!!!」

「ああ、はいはい」

 

 人ひとり殺してしまいそうな剣幕を真に受けておいて、黒衣の男は肩を竦めるだけで済ました。ベラトリックスが苛立たしげに舌打ちする。

 シェリーはちらりと視線を送った。

 歳の頃は四〜五十代といったところか。逆立った色素の薄い髪と、余裕と色気が形作ったハンサムな装い。去年、墓場の召集にはいなかった男だ。

 どこかで見覚えのある顔だが、ドロホフのように外様の闇の魔法使いか何かだろうか。立場上、シェリーよりも闇の事情に詳しいドラコの方を見てみれば、青ざめた顔から生気を失っているのが見えた。あり得ない、と。

 

(ドラコがあんなに怯えるなんて……この男どこかで、……………!!!??)

 

 シェリーの脳内に衝撃が走る。

 あり得ない。

 あってはならない。

 彼が何故ここにいるというのか。知らず、驚愕で血流がこれ以上ないほどの勢いで流れていくのを見にしみて感じた。

 黒衣の男は、さも犬の散歩中に挨拶するかのような気軽さで、言った。

 

 

 

「あァ、どうも。ゲラート・グリンデルバルドだ、よろしく。噂はかねがね」

 

 

 

「…………嘘だろ」

「本物……!?」

「本物だとも、サイン書いてやろうか」

 

 ヌルメンガードの要塞に囚われている筈の、先代の闇の覇者は、飄々と笑う。

 魔法界で彼の名を知らぬ者はいない。

 ヴォルデモートがいなければ、今世紀で最も偉大な闇の魔法使いとして名を馳せただろうと言われるほどの影響力を持つ人物。

 ダンブルドアの偉業は数多かれど、中でも最も偉大な功績と讃えられるのはグリンデルバルドの討伐だ。三日三晩の死闘の末に勝利したのはアルバス・ダンブルドアであり、それ故に彼は世界最強とまで謳われ、今でも数多くの魔法使いから尊敬と羨望を集めているのだ。

 そんな偉業を、塗り潰すかの如く男は立っている。

 ダンブルドアとの死闘の果てに敗れた筈の彼が何故ここにいる?

 

「吸血鬼のエキスを注入し若返らせたのさ」

 

 たった一言で場の空気が静まり返り、死喰い人達は漏れなく平伏した。

 現れたヴォルデモートに、パーシーは気絶しそうな程の恐怖を覚え、ドラコはごくりと生唾を呑み込んだ。

 

「そこなグリンデルバルドを駒として使うべく、俺様は様々な縛りをかけた。

 シェリーという、紅い力を持っていながら俺様に反抗する例もあったので、今度はそれをさせるまいとしたのさ。常時『服従の呪文』、『紅い力』による魂への訴えかけ、その他様々な呪いや結界の類を組み込んである。

 誇っていいぞ、グリンデルバルド。俺様が調伏に手こずらされたのはこれが初めてのことだ」

「こんなことしなくても、それはせんよ。私の欲はたった一つだけ、しかし誰よりも強い願いだ。ダンブルドアとの決闘のやり直し、そのためだけに君の軍団に入ったのだから」

 

「──というか、むしろ、私の邪魔をするのなら、君の方から殺すが」

「口がうまいと聞いていたが、ジョークのセンスはないらしいな」

「試すか?小僧」

 

 シェリーは事ここに至って、グリンデルバルドの存在がハッタリではないことを理解した。地が揺れる。最強と最強の魔力のぶつかり合いが、魔法省中に伝わるのではないかというほどの規模で震撼させる。

 恐怖。

 暴力。

 ただ強いということがここまで恐ろしいものなのだと、ようやく判った。

 一秒が何十時間にも思えるほどの重苦しい空気の触れ合いは、ふと、その狂気を出すのに飽きた──そんな軽い理由で終わったように感じた。

 

「やはりやめておこう。──そこのお嬢さんの殺気が洒落にならなくなってきたのでね。流石の忠犬ぶりだな、ベラトリックス」

「……チッ」

「ヒィ!わ、私は怖くないと思えば怖くない……よし、大丈夫だ」

「……ある意味すごいな、彼」

「面白いだろ?」

 

 今の魔力を帯びた殺気のぶつかり合いで、恐怖しない者などいなかった。

 その中でも平然としていた……一人は疑わしいが、ともかく、まともに立っていられたのは紅い力の幹部と、一部の死喰い人だけだった。

 やはり、彼達は別格だった。

 

「そう!まさに僥倖、何の因果か紅い力を持つ者がここに集っている!

 暴食のハリー・ポッター!

 色欲のフェンリール・グレイバック!

 傲慢のベラトリックス・レストレンジ!

 嫉妬のピーター・ペティグリュー!

 怠惰のオスカー・フィッツジェラルド!

 強欲のゲラート・グリンデルバルド!

 憤怒のシェリー・ポッター!

 そしてそれを統括し支配しているのは俺様というわけだ。ふむ、何ともまあいい気分だな。歌でも歌いたいところだ」

「……誰が、支配されている、だって?」

「元気なのはいいが、縛られている状態で喚いても滑稽だぞ、シェリー」

 

 ヴォルデモートが紅い力を授けるのはよほど信頼の置ける部下だけだと思っていたが、グリンデルバルドときたか。

 彼なら納得できる。前時代の闇の王というネームバリューは大きい。それを配下として従えるとなればヴォルデモートの影響力も上がるというもの。そこにあらゆる縛りをつけられているといっても、『グリンデルバルドを従えている』という事実は揺らがないのだ。

 グリンデルバルド本人にどのような葛藤があったかは知らないが、つまりは、そういうことだ。

 そして他の幹部は純粋な実力者や忠実なる幹部で構成されている訳だ……。

 

「……その並びに、お前が組み込まれているとはな、オスカー。人畜無害そうなツラしてとんでもねえ秘密を抱え込んでいたもんだ。ホグワーツでのあれこれは全部演技だったってわけか?」

「上手いもんだったろう?」

「ハッ。それがお前のセールスポイントってわけかよ。死喰い人も相当な人材不足らしいな、お前如きが紅い力の幹部に選ばれるんだからよ。役者不足もいいとこだぜ」

 

 実力は本物なのだろうが……。

 どうも、実績が足りないように思える。オスカー・フィッツジェラルドという名前の闇の魔法使いなど聞いたこともない。他にも優秀な死喰い人はいるだろうにそれらを押し除けて幹部の座に座っているとは、到底信じ難い。

 これがアントニン・ドロホフやセブルス・スネイプなら分かる。レストレンジ家のラバスタンやロドルファスも闇の世界でその名を轟かせた猛者だし、他にも著名な死喰い人は他にもいる。

 何故、オスカーなのか。

 役不足ではないのか?

 

「そうでもないさ。ポッター家襲撃の折、私もその場に居合わせていたしな」

「………!?」

「私はシェリー・ポッターを殺害しに行く帝王に同伴していた。そして、シェリーへの呪いが跳ね返り、帝王は滅びた……が、すんでのところでペティグリューの紅い力を回収し力を取り戻してな。

 弱った帝王だったが、私に的確な指示を出してきた。『シェリーを殺し、その遺体を利用してホムンクルスを創れ』とな」

「……何だと」

「私は近くの瓦礫でシェリーの頭蓋骨を潰した。魔法力の伴わないものに愛の護りは働かないからな。そして帝王の手順に従い暴食と憤怒の受け皿、すなわちハリーとシェリーを創造したというわけだ。

 ここまでの話は理解できたか?」

「──ああ、よく分かったよ、貴様が殺すに値するクソ野郎だということがな」

 

 オスカーの年齢はどれだけ見積もっても三〇代前後。ポッター家襲撃の時にはまだ十代で、学生だった筈だ。あの時代のヴォルデモートの影響力は凄まじかったと聞いているが、それでもその頃から死喰い人に属し、あまつさえポッター家襲撃という重要任務に駆り出されるなど普通ではない。

 それ程前からこの男は狂っていたのだ。

 

「そういやお前、確かベガとも因縁があったよな?この際だ、話しちまえよ」

「──俺との因縁だと?」

 不意に名前を出されたベガは眼球を見開いた。

 オスカーは能面のような顔で帝王の言葉の続きを紡いだ。

 

「ベガ・レストレンジの名前は魔法界に知れ渡っているだろう。だが、ベガ・レストレンジ誘拐事件の詳細については魔法省の人間しか知らないだろうな」

「………詳、細?」

「まずは誘拐事件の顛末から語らねばなるまい。

 七年ほど前の話だ。純血でありながら不死鳥の騎士団に所属していたデネヴ・レストレンジに恨みを抱いた死喰い人達が、その息子のベガ……君と、君が預けられていたマグルの家の息子のシグルド・ガンメタルを誘拐した。

 闇祓い達はすぐに部隊を編成、現場に急行すると、死喰い人が潜伏していると思しきアジトが二つ存在し、闇祓いは二手に分かれて捜索した。

 片方のアジトにいたのはグレイバックだった。その場に居合わせた闇祓い達は応戦したが返り討ちに遭い、一つの尊い命が犠牲になったという」

「あァ、クリシュナ・テナだな。ありゃあ良い女だったぜ、エミルの野郎が執着するのも分かる。俺を相手に一歩を引かず足止めを買って出たんだからなァ」

 

 クリシュナ……酒をひっかけたエミルがその名前を呟いていたのを思い出す。

 エミルやチャリタリの姉貴分で、血こそ繋がっていないものの慕っていたのだとか。生きてさえいれば今も闇祓いで活躍していたであろうと目されるほどの腕前の実力者。その死と関わりがあったことだけでも驚きだが、どうやら本題はそこではないらしい。

 

「そして、もう片方のアジト……アラスター・ムーディーが現場に到着した頃には既に全てが終わっていた。シドが致命傷を受けたことで、覚醒したベガの魔法の力で死喰い人に重傷を負わせ撃退……そうだな?」

「………ああ、そうだな……待て。何でお前がシドの愛称を知ってやがる?」

 そう、知っていてはおかしい。

 そりゃあ、シグルドという名前から連想されるあだ名はそう多くはないが、何故そんな……そんな、まるで彼を知っているみたいに。

 

「その場にいたからさ」

 

 ベガの頭が真っ白になった。

 

「計画を考えたのは私。お前達を拐うよう指示したのも私だ。裏切ったレストレンジの息子が拐われたとなれば、当然闇祓いの精鋭が出向く筈。グレイバックの良い遊び相手になるし、私も君達で遊びたかったからな」

 

 代わりに、とめどない悪意が注ぎ込まれていく。

 

「どうやって玩ぶか考えている間に君が覚醒してしまったが、まあ、丁度いい具合に魔力も覚醒したようだし、将来の楽しみと思ってその場は退散したよ」

「………何で、」

「君のその顔を見るためさ」

 

 オスカーが裏切っていた事実を知っても動揺はしなかった筈なのに。

 今は彼がここに御体満足で立っていることに憤りさえ覚える。

 

「嫌悪と怒り。そして狂気。それらが複雑に合わさった顔を見ることが、私のささやかな楽しみでね。それは復讐者の瞳だ」

 

 能面のような顔に──僅かに、三日月が浮かぶ。

 嗤っている、のか?

 仇を告げられたベガを見て?

 全身の血管がはち切れそうだ。ベガは今自分がどんな顔をしているのかさえ把握できなかった。

 

「お……お前、が」

「そうさ」

「お前のせいで……!!」

「そうだよ」

 

 あれは自身の至らなさが招いた結果だとは理解している。

 だが、そもそもの問題として。

 こいつがそんなことを考えなければシドは今も生きていられた。

 こいつが弟が死ぬ原因を作った。

 こいつさえいなければ。

 シグルド・ガンメタルの仇。

 ベガ・レストレンジの、敵。

 

(シェリーのこと、とやかく言えねえじゃねえか……!!こいつが、こいつが!!)

 

 オスカー・フィッツジェラルド。

 シドを殺した男。

 

「──この、この、クソ野郎……!!」

「七年ぶりだな、ベガ」

 

 

 

 

 




オスカーはホグワーツにいる時は紅い力を持っていませんでしたが、魔法省に戻るとヴォルデモートから「ホグワーツへの潜入ご苦労さん」という感じに力を返してもらいました。
死喰い人の中でもオスカーの存在を知る者は少なく、あのスネイプすらも知らされていませんでした。


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13.クリムゾンフォース

メリークルーシオ。
サンタさんからの小説のプレゼントじゃよ。


 まるで『どこかに戦争でも行ったみたいに』死喰い人の数は少なかった。

 ヴォルデモートが戦力として集めていたという迫害された異種族の姿はなく、いるのは少数の死喰い人のみ。とはいえ紅い力を持つ者達の存在は到底無視できるものではなかった。

 そのひとり、オスカー・フィッツジェラルドを視線で射殺さんと言わんばかりにベガが睨み付けていた。

 ベガの唯一無二の友、シグルド・ガンメタルを殺したのは他ならぬ自分自身の傲慢だと理解している。けれどだからといって、彼が死ぬ直接の原因を作ったのはオスカーを憎まない理由にはならない。

──そう、この男なのだ。

 怒りと屈辱で打ち震える。あの日の悔恨が消えずとも、彼への憎悪が塗り潰されるわけではない。凪いだ泪の海が揺れ、憎しみの焔が静かに燃え始める。

 シェリーに偉そうに言っておきながらこのザマだ。自嘲するも、ベガがオスカーを睨むのをやめる様子は無かった。オスカーはベガの最も嫌悪すべき存在へと成り果てていた。

 その憎しみをぶつけられた男は──

 

「ふッ、くッ、くくくく……」

 

──笑い始めた。

 腹を抱えて、それが心底面白い見世物であるかのように。

 

「はははははははははははは!」

 

 オスカーのかんばせに喜色の色が灯り始める。

 ぎちぎちと、頬の筋肉を釣り上げて、この世全ての幸福を享受したかの如く。

 浮かんだ三日月はどこまでも下劣で邪悪だった。彼が心から笑っているのは初めて見たが、ベガはそれを底知れないまでの侮辱と感じた。

 

「アッハッハッハッハッ!心の奥底の醜い感情を怒りで覆い隠しているな。実に、ああ、実に良い顔をする……。私はその顔が好きだ。復讐しようとするその貌が好きだ!殺人とは実に効率的だ。殺す愉しみと、復讐に狂う顔を見る愉しみの二つが味わえるだからな」

「あァ!?このクソ野郎が……!!」

「オスカーにいくら問答をしようと無駄だ。徒労に終わるだけよ」

 

 人に物を教えるような優しい教師のような顔を作って、ヴォルデモートはつらつらと言葉を綴った。

 

「猪が如くのこのこやって来たシェリーに免じて、そいつの習性を話しておこうか。その男は中々得難い珍種だぞ?ある意味ではシェリーと同類かもな」

「そこの下衆と一緒にするな」

「いいや同じさ。お前達は人として大切なモノが欠落しているのだ」

 

 人が人であるために重要な要素。

 それは「愛」。

 けれどオスカーは致命的なまでにその情動を理解することができない。それ故に彼は人でありながら人ではないのだという。

 

「シェリーは自分を愛することができない。オスカーには苦しみしか愛するモノがない。おお、案外似た者同士じゃないか、お前達」

(苦しみ……しか……?)

「そこなオスカーはな、元々はただの退屈な男だったのさ。

 こいつには感情というものが恐ろしく薄かった。殆ど無いと言ってもいい。協調性に欠け、喜びも悲しみも抱くことがなく、ただただ無感情に生きていた……昆虫と同じよ。頭は良かったので家族にもその本性を隠せていたが、彼達が向けてくる愛情とかいうものには一切理解できなかったのだ。

 それこそ、自分や家族が危機に遭っても「どうでもいい」と思うくらいな」

 

 自己愛の欠如。

 隣人愛の欠如。

 いやそれ以前に、オスカーには決定的に情緒が無かった。

 どれだけ美しい花を見ようとも心が揺れることはなく、どれだけ素晴らしい絵画を目にしても心が満たされることはない。それが美しいということはかろうじて理解できるが、何故美しいかを永遠に理解することはできない。

 魔法界にはどんな形であれ愛が溢れている。逝ってしまった友への友愛、たった一人の女性に向ける悲しくも気高き愛、息子や娘への惜しみなき家族愛、おぞましき暴君への狂った敬愛、自分にしか向けられることのない男の身勝手な自己愛に、自分には向けようともしない少女の美しき慈愛。

 形がどうあれ、いつだって人を突き動かすのは愛に違いなかった。

 人の原動力は感情──すなわち個人個人が当たり前に持つ愛情なのだ。

 だがオスカーは違った。サイコパスといってもいい。共感性と感受性が欠けた空っぽな虚しい存在。

 愛が、ないのだ。彼には──。

 

「……そう、その筈だったのだがな。ある日この男は感情を得た。

 ある日死喰い人が家に押し入り、家族が殺された──それをこの男はそれを面白いと思ったのだとさ!他者の苦痛に、悲鳴に、あろうことか喜びを感じた!

 その瞬間悟ったのさ、自分は他者の嘆き悲しみでしか幸福を得ることができないとな!嘆きこそが喜びであり生きる目的……しかも、殺人にも自分の本性にも忌避感はないときた。

 ははははッ、こんな珍種にはそうそうお目にかかれんぞ」

(────)

「性善説を信じるか、シェリーよ。俺様は生まれついての善だとか悪だとかをさりとて深く考えたことはなかったが、少なくともこいつは悪行を重ねなければ生きることができない存在だ。飯を食い呼吸をしなければ生きていけないように、悪を為さねば生きていけない生命体なのだよこの男は」

 

 どうしようもない、根っからの悪。

 生まれながらの邪悪。

 劣悪な家庭環境に生まれ闇に傾倒した者は履いて捨てるほどいる。生まれた場所や人物さえ違えば違った未来があったかもしれない人間は大勢いる。が──この男はどんな始まりだったとしても罪を重ねることしかできない。そうしなければ生きていけないのだ。

 哀しい、哀しい生き物。

 怒りも苦痛もそこにはない。彼の心を満たすのは辛苦の味だけ。

 人が苦しむことでしか幸せを、生の実感を味わうことができない男は、息をするように飯を食うように、当たり前に人を苦しめ続ける。それは、どれだけ──

 ……いや、そんなことを気にする必要はない。この男が何であれ、ベガの家族を殺した事実は揺らがない!

 ぐちゃぐちゃになった心で、ベガは内なる怒りを吐露した。

 

「七年前、お前は俺をその場で殺すこともできた筈だ!だが不測の事態にお前は尻尾巻いて逃げ帰ったってわけだ!ハッ!そんな腰抜けが幹部とは死喰い人も終わってやがんな!!」

「ハハハ、ハハ……言っただろう?お前の苦しむ貌が見たかったと。だから私はお前を敢えて逃がした、お前が復讐に狂う様相を見たかったからな!

 私の行動原理はいつもこっきりそれ一つさ。帝王の側に着いているのも私の目的とまるきり合致しているからさ。死喰い人であればあらゆる人間の苦しみを愉しめる!」

「……とんでもない不忠ぶりだな」

「ついさっき我が君に喧嘩売ったお前が言えた義理じゃないね、グリンデルバルド。紅い力に適合できる人材じゃなかったら今頃ぶち殺してるところだよ」

「私はほら、助っ人外国人枠だから」

(へらへらと……!)

「いい憎悪を見せてくれる。どうだ?ベガ。俺様に忠誠さえ誓うのならば幹部に加えてやってもいいし、力さえ示せば紅い力の幹部にしてやってもいい。最高幹部同士での殺し合いというのも一興だ」

「いい加減、その煩い口を閉じろ、ヴォルデモート……!!」

「怖い怖い。いやァ、せっかくシェリーが紅い力に目覚めたというのに一向に力を伸ばしてくれないからな。お前ならもう少し見込みがあると思ったんだが」

(力を伸ばす……?)

 

 そういえば、五年生が始まる前にドロホフと交戦した時も言っていた。

 紅い力は伸ばしていくものだと。

 どういう理屈かは知らないが、紅い力というものは磨き強くすることができるものらしい。となればシェリーの紅い力はまだまだ未熟なものであるといえる。魔法の破壊力が増したり、身体能力を底上げする程度では到底強大な力とは言えないだろう。

 ついぞその方法は見つけることはできなかったが、ここで条件を聞き出して力を強くすることさえできれば──

 

「言ってなかったっけ?紅い力は人を殺せば殺すほど強くなるものだ」

「──────」

 

 力を強くすることさえできれば……

 人を殺すほど強く……?

 

「俺様達にとっては当たり前すぎてわざわざ言う必要すらないことだったので忘れてたよ。殺人をすると魂は引き裂かれるのだが、それを分霊箱で『固定』、紅い力で『繋いで』、裂けた分だけさらに強靭な魂となる寸法ってわけさ」

「……そんな」

「ダンブルドアは薄々気付いていたのかもしれんが、紅い力の詳細が分かってもこんなこと言えないよなあ。『シェリー!紅い力は殺人するごとに強くなると分かった!お主にはこれからバンバン人を殺してもらうぞい!』

 ……なんてな!アハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 理論は分からない。

 だが結論は分かる。

 紅い力が初めて発現したのは去年の墓場でのことだ。

 あの時自分は初めて殺人を行い、セドリックを『殺して』しまった。

 そして、どうしようもなく無力な自分と悪意の塊のような男に『憤怒』した。

 シェリーは意図せずして紅い力を開花させる条件を満たしてしまっていたということだ。確かに力が目覚めたのはセドリックを殺した直後──筋は通っているがこれはあまりにも──

 全身が生毛だったのを感じた。

 あの時のナイフが肉を貫く嫌な感触がリアルなものとなって伝わってくる。あれをもう一度やれというのか。あれをやらなければ強くなれないのか。

 

「それと、俺様が力を幹部達に分けてその分魂が弱くなったと考えているようならそれは期待しない方がいい。血縁であるハリーやシェリーを取り込んでいるので魂は回復しているし、先も言った通り分割するほど紅い力は強まる!

 あとついでに副作用で分霊箱になったようだしな!予備で作っといた日記の分霊箱は壊されてしまったようだがこれで結果オーライってやつだ!」

 

 シェリーやベガ、ドラコも、いや事情を詳しく知らないパーシーでさえ、今のヴォルデモート卿がどれだけ危険な存在なのかを本能的に理解した。

 彼を殺すためにはまず紅い力の幹部を倒さねばならない。

 そして彼達を倒した後は魂どころか全ての能力が底上げされた闇の帝王を倒さねばならない。彼を殺すだけの力を得るためだけに、今度はシェリーが殺人を重ねる必要があるのだ。

 ……そうか。今になってようやく気付いた。当時の闇の帝王は異常ともいえる程の屍の山を築き上げた。それは己の力の誇示のためでなく、打算的な思考に基いての行動だったのだ。自身が滅びる直前に行ったロンドンのマグル大量虐殺、あれが力を強めるための儀式だったというのか。

 

「関係ない、むしろ好都合だ!犬畜生にも劣る貴様達を殺せば殺すほど力を得られるのならそうするまで!そうして得た力で最終的に貴様を殺すことができればそれでいい!貴様からの借り物の力というのはいささか不満だが、貴様は貴様が宿した力によって滅ぼされるんだ!!貴様が創った存在によって塵芥のように無残に潰えて消滅させられるんだ!!」

「勝てるわけないだろうが」

 

 その決意をハリーが両断した。

 

「お前、自分が誰だか忘れたのか。父さんに創られたホムンクルスなんだぞ?別に世継ぎが欲しくて僕達を創ったわけじゃないことくらい分かるだろ」

「……何が言いたい?」

「自分に勝てる性能のホムンクルスなんて創らないってことだ」

 

 ヴォルデモートは自分が最強の魔法使いであると自負している。

 が──それは万が一、紅い力の幹部に叛逆された時の対抗策を考えていないということには繋がらない。紅い力の幹部は強力だが、あくまでヴォルデモートには及ばないレベルだという。

 そうは言ってもグリンデルバルドのように何をしてくるか分からない男には最大限注意を払ってはいるようだが。ヴォルデモートが生み出したモルモットに等しきシェリーが、生みの親を殺せるだけの力が得られるなど、夢物語にしか過ぎないとハリーは語る。

 

「お前は永遠に父さんには勝てないよ。永遠にな……」

 

 その声はどこか自嘲めいているようにも聞こえた。

 生まれた時からずっと独りで、魔法学校に通うこともなく、友も得ず、ヴォルデモートの駒となるためだけに人生を過ごした彼が何を思ったか……慮るだけの余裕はシェリーにはなかった。

 

「ハッ!いつの間にそんな猪口才な口を利くようになったんだいハリー坊や!」

「うるさい黙れババア」

「ああ哀しいねえ、ガキの頃はベラお姉ちゃんと結婚するなんて可愛いこと言ってたのにねェ」

「嘘つけその頃お前はアズカバン暮らしだっただろうが!!」

「そうだぜベラトリックス、こいつを育てたのはこのグレイバック様だ。懐かしいねェ、娼館に連れて行った時の小僧の反応ときたらもう……」

「やめろ変態野郎!!あの時はお前一人で楽しんでただろう!!だいたいな、あの時から僕を育てていたのは(強いて言うなら)オスカーだよ!!」

「ああ……付き合いの長さで言えば私になるのか。私の『趣味』を手伝わせていたが興味を示さなかったと記憶している」

「君の趣味って要するに拷問と殺人だろ?ハリー、若い美空で大変だな……」

「ガキ扱いすんじゃねえ!!」

「ええ……?」

「ヒッ!ジェ、ジェームズの顔でそんな怖い目をしないでくれ頼むから」

「知るか!!!」

 

 怒鳴り散らすハリーの剣幕にペティグリューは怯え、オスカーの方へと倒れるが、当のオスカーは紅い力を解放していたのですり抜けてしまい転んでしまった。

 ハリーが冷静さを取り戻し眼鏡をかけ直すと、「僕のことはいい」と幾分か怒気を孕んだ様子で息を吐き出した。

 

「そういえば、俺様としたことがもう一つ言い忘れてたよ」

「……何だと」

「紅い力の幹部達は分霊箱の役割も果たしていると言ったな?そう、俺様を殺すにはここにいる全員を殺す必要があるのさ」

「それがどうした。私、私が、貴様達を皆殺しに──」

「まだ分からんか?いや、分かりたくないだけか。言い方を変えよう。

 『紅い力を持つ者』を全員殺さなければ俺様を殺すことができないのだ」

「何を、────!!!」

「気付いたか。そう、紅い力を所持するのは俺様と幹部六人……それともう一人いたなあ。なあ、シェリー!?」

 

 

 

「お前が死ななければ、俺様を殺すことはできないなァ〜!!」

 

 

 

 絶望したのは、むしろベガやドラコの方だった。

 紅い力が分霊箱の役割も司っていると知った時点で気付いてもおかしくなかったものの、気付けばシェリーが儚く散ってしまうような気がした。

 気付きたくなかった!

 ヴォルデモートの死を肯定するということはシェリーの生を否定することと同義であるということ。

 シェリーが生きていては、永遠に闇の帝王は絶えることなどできない。

 

「俺様を殺した後に自殺するか、自死した後に誰かに俺様を殺してもらうか!まあそもそも俺様を殺すだけの力がないといけないんだがな!

 ダンブルドアも罪な男だな、このヴォルデモート卿を斃すにはお前の死が必定だと気付いただろうに、それを本人には黙っているのだから──何とも、何ともいじらしい老いぼれよ──」

 

 まさしく、胃の腑に冷たいものが落ちたようだった。

 一方が生きる限り他方は生きられぬ。

 かつてトレローニーが発した予言を知っているわけではなかったが、シェリーは己の運命を知るに至った。いずれ喰われる家畜のように育てられ、死ぬべき時に死ぬようにと生きてきたということ。

 それをどうして是認できようか。

 どうして認められようか。

 

「お前……お前は……本当に余計なことしかしやがらねえよ……!こいつにどれだけクソみてえなモン押し付けてやがんだ、親の顔が見てみてえよ!!」

「俺もだよ!!……まあいい。今はシェリーを苦しめることの方が先決だ!更に駄目押しだ」

 

 ヴォルデモートは杖を取り出すと、シェリーの額へと押し当てた。

 

「紅い力は元は寿命を削るものであり、分霊箱の理論と組み合わせることでようやくノーリスクで使うことができるということは話したな?ああ、お前達にとっては人を殺さなくては強くなれないという点はデメリットかもしれんが、ともあれリスクではない。この幹部達も、微力ではあるがシェリーも、何の代償も無しに紅い力を使えていると言っていいだろう。

 しかし、だ!それではつまらないと思わないか!?たかだか一人殺したくらいで紅い力を使っているシェリーが気に食わん!俺様の配下にならないくせに俺様の力は使うなんて、不公平だと思わないか!?だから俺様は決めた!

──こいつだけ紅い力を使えば使うほど寿命が縮むようにする!!」

 

 瞠目と驚愕──そして焦燥。

 そんな感情をよそに、享楽でもってヴォルデモートは魔術式を展開した。

 自己に対する憐憫など持ち合わせてはいない彼女ではあったが、人智を越えた力を行使するだけ寿命が削られていく、となれば、奪われていくものが、勝手に作り替えられていくものがどれだけの価値を孕んでいるかを理解できる。

 死喰い人を皆殺しにする前にタイムリミットが来てしまう。

 元来、紅い力とはそういうものだ。

 古代の闇の魔法使いが紅い力に溺れ死に絶えていったのはそのため。なまじ力に目覚めてしまったが故に滅んでしまう運命にある。それを代価を払わずして使えていた今までがおかしかった。けれどシェリーは命を支払うことを惜しんだ。

 命など惜しくない。

 殺しきるまでに殺しきれないことの方がよほど怖い。

 シェリーの皺に線が新しく刻まれた。

 

 帝王による寿命の改竄にはさほど時間はかからなかった。

 後に残ったのは多大な虚脱感だけ。全身から色が抜け落ちたようだった。

 

 明かされた情報のどれもが、死と危険の匂いを孕んでいた。

 シェリーは混乱した頭でその全てを整頓していくも、正しく現状を理解すればするほどおぞましい立場にあるのだと思い知らされる。

 ヴォルデモートと戦う力をつけるために人を殺さねばならず。

 ヴォルデモートを倒すためには自ら命を絶つ必要があり。

 ヴォルデモートとの戦いが長引けば寿命で死んでしまう。

 どう足掻いても死か殺ししか見えない、狂気に彩られた最悪の未来。

 ダンブルドアと必死で考えれば、何かしらの突破口が、抜け道が見つかるかもしれない。けれどそれは希望的観測に過ぎず、絶望で塗り固められていた。

 これだけは言える。

 

──未来がドブのように見えた。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「そんなの……どちらにせよシェリーは死ぬじゃないか……!!」

 

 口を開いたのはパーシーだった。

 恐怖に耐えられず口を開いたといった雰囲気ではあったが、それでも、自分のために怒ってくれた……それだけでシェリーは嬉しかった。

 ベガもドラコも心は同じだ。理不尽にシェリーを苦しめることを到底許容などできる筈もない。黙していてもそこに確かな怒気は伝わってくる。

 それがとても嬉しかった。

 実のところ……ベガ達ほどはシェリーは動揺はしていなかった。自身の命に頓着はなかったからだ。彼女が恐れるのは、無駄死にしてしまったらどうしよう、ということだけ。寿命に興味はなく、闇の帝王の死に必要なのであれば自死さえ厭わない。

 人を殺す必要がある……というのもまあ大丈夫、だろう。殺す覚悟はとっくに決めている。やることは今までと何も変わらない。

 可及的速やかに死喰い人を殺し、ヴォルデモートを殺し、自殺する。

 いやヴォルデモートを殺すのは分霊箱の自分が死んだ後の方がいいのか……?そんなささやかな疑問を抱きつつも、どこか心は凪いでいた。

──私は死など恐れない、と。

 

「さあ、俺様の軍門に下れシェリー。心から服従すると誓え。そうしないと紅い力を使うたび寿命が削られるぞ?お前がくだらぬ正義のために命を落とす必要もないのだぞ?人を殺すという罪悪感がなくなるぞ?そらそら!」

 

──どうでもいい。

 大層な秘密を暴露したと思っているようだがとんだ勘違いだ。どっちみち死ぬ予定だったのだから差し支えない。開示された全てが私の歩みを止めるに値しない程度のもの。

──全てがどうでもいい。

 これまでの戦いとは意味合いが違うというだけの話。生き残るための闘争ではなく、どちらかが滅びるための死合いになっただけ。

 戦いの果てに未来がないだけ。

 命がけで守りたかったそれを直接見られないのが残念ではあるが、自分なんて忘れてもらった方が──

──ずきり。

 

(…………?痛い……?)

「ほら、早く降伏しろよ。何故かお前は身体は操れても心まで服従させるのは難しいのだからな」

 

 その言葉と、胸を抉るような痛みに、異様な違和感を感じて。

 そして気付く。

 シェリー達の周りに柔らかい砂塵が舞っていることに。

(砂?)

 

 温かな砂の感触に触れると、緊張がほぐれてベッドの中にいるような心地にさせられる。一度この砂に触れたことがあるシェリーは、すぐにこれが誰によって作り出されたものか分かった。

 器用にも縄は砂の中に混じった小石で断ち切られ、死喰い人達に奪われていた杖も砂が取り返し投げ渡された。シェリー、ベガ、ドラコ、パーシー、グレンジャー夫妻までもが一緒になって天高く引き上げられていく。

 それに見れば、少しずつではあるが──フロアごと下へ下へと陥没していっているようだった。天変地異にも等しい砂魔法の使い手など、たった一人。

 世界最強の闇祓いが来ている。

 レックス・アレンが来ている!

 

「すまない、遅れた。ひとまずここにいる連中は全員ぶちのめすから、それで許してほしいぜ」

 

 アレンは上からやってきた。

 天井を、あるいは上の階の床を砂に変えて降りてくる。

 暗い部屋に光が差し込み、砂の足場に乗ってゆっくりと。その様は裁きを下す神か天使のようでもあった。

 砂に抱えられて天へと昇るシェリー達とは反対に、死喰い人達はいつの間にか作り上げられた砂地獄に脚を取られてその中へと沈み行く。さりとて、紅い力の幹部がそれを黙って見ている筈もなく。

 

「紅い力、解放ォォオオ!」

 

 指を鳴らしたグレイバックの爪が紅く染まる。

 三年生の時に見たそれよりも遥かにその色は濃く、禍々しい。彼が人狼の暴力を使えば容易に砂地獄など抜け出せるし、爪を振るえばそれは──何条もの斬撃となって襲い来る!

 飛来する風の刃。

 乱雑に振るわれたにも関わらず世界の剣豪のどれよりも鋭いと確信できるほどの破壊密度は、しかしてアレンにもシェリー達にも届くことはなかった。

 極限まで研ぎ澄まされた長距離からの狙撃魔法が斬撃に直撃し、逸らす。僅かに方向が変わり魔法省の壁を切り裂いた。その断面は深く、もはや嵐でも通り過ぎたようだった。

 まともに受ければ即死。

 闇祓いの二番手、狙撃手エミル・ガードナーがグレイバックの攻撃をいなせるだけの技量があることを称賛すべきか、グレイバックの桁違いの力量に目を見張るべきか。……というかこんな技、前戦った時は使ってなかったぞ。

 

「僕の射撃で撃ち落とせないなんて……」

「俺の斬撃を逸らされるとは……」

『こいつ、強い……!!』

 

 最早シェリー達のことなどどうでもいいとばかりに、グレイバックは嗤いながら戦場の中へと身を投じていく。

──速い。速すぎる。魔法使いが魔力を射出する速度と同等の速さで、全てを切り裂きながら壁を昇っていく。魔法の代わりにあの巨体が突進してくるのだ、たまったものではないだろう。

 行ってしまった人狼に悪態をつきながら、炎の魔女は高らかに吼えた。

 すらりと長い脚を振り上げると、勢いよく地面に叩きつける。ハイヒールの高い音が響くと同時、その脚に紅き紋様が浮かび上がり、身体全体を包んでいく。

 

「──紅い力、解放ッ!!」

 

 紅の魔力がベラトリックスの全身を包むと長く大きく伸びていく。やがて人ならざる巨体へと変貌し、炎を纏いながら天にとぐろを撒きつける。童話にでも出てきそうな気高くも傲慢な化物が咆哮とともに降誕せしめた。

──ドラゴン。

 空を我が者とする、昊より世界を我が者と見下す傲慢なる魔力生命体。

 ベラトリックスの能力は、ドラゴンに変身することだった。分厚い魔力の肢肉に覆われた化物は、しかしてシェリー達の知るどのドラゴンよりも強く、強大だということが一眼で分かった。

 大蛇のように長い長い身体は、底知れぬ闇とともに浮遊する。

 死を馳走せんと不毛なる大地より放たれた悪逆の使徒。

 火炎纏いし昏き黒龍が空を駆け巡る。それはまさしく死なりて──。

 奈落よりも深き口腔から、微弱に死の呪文を孕んだ火炎が吐き出された。

 アレンへと向かって行き──

 

「『メテオリーテース、隕石よ』」

 

──更なる巨大物によりかき消される。

 巨大化したベラトリックスよりも大きな隕石によって頭部を殴られ、遽によろめく彼女に続けざまに第二弾が放たれる。破壊の化身が群れを為して襲い来る。

 無論、隕石など意にも介さず火炎を吐くベラトリックスではあったが、相性は最悪だ。空から火炎を吐き蹂躙するのが彼女の基本的な戦闘スタイルなのなら、アレンの隕石は明確な対空攻撃。

 巨大すぎる的が仇となって、アレンの激烈なる攻撃を喰らってしまう。

 紅い力を持ち、火炎魔法なら世界最強とまで謳われるベラトリックスがそれしきでやられるわけではなかった。だが、相性というのは時として単純な能力差を凌駕する。ましてやそれがアレンともなれば、寧ろベラトリックスが今も継戦できているのは水の中で焔を燃やすことに等しいまさに神の御業であった。

 

「レーックス・アーレェーン!?そんな石ころ遊びしてていいのォー!?あんた達の大事なお友達も、魔法省も!全部全部ぶっ壊れちまうよォー!?」

「シェリー達ならば砂のガードで守っているので問題ない!そしてもう形だけの魔法省などいらない、ここで諸共粉微塵にする!魔法省がお前達の墓場だ!!」

「あ……?正気かお前、魔法使いの拠点が壊れて困るのはそっちだろう!?」

「お前達にやるよりはマシだ!!」

「この城は我が君のモンだよ!!」

「魔法省は俺達が壊す!!」

「魔法省は私達が守る!!」

 

 どちらが正義の味方か分からない。

 が、ヴォルデモートを滅したいと思う心は本物のようだった。

 アレンが隕石に魔力リソースを使っていることで、シェリー達を逃がそうとする砂の動きが若干鈍くなった。ここにいれば彼の邪魔になってしまう。己の実力不足を痛感した。

 

「驚いてる場合じゃない、早くこの場から脱出しないと──」

「────!?」

 

 砂から温もりが消えた。

 熱が急速に失われ、冷たい砂へと変貌していく。決してアレンがやられたわけではなく、絶えず砂に魔力を送り込んでいるだろうに──何故だ?

 やって来る破壊の余波をベガが即座に火炎でガードしようとするも、彼の杖からは何も出ない。折れた杖、他人の杖で強敵と渡り合える彼がこんなに簡単な魔力コントロールを間違えるなど有り得ざること。

 まるで周囲一帯から魔力が奪われたかのように……。

 魔力が、奪われた……?

 

「あ、紅い力──解放ッ!」

 

 ピーター・ペティグリューが腕を交差していた。

 ヴォルデモートによって創造された水銀色の左腕、そして紅く光るタトゥーが刻まれた右腕。紅い力による影響か、ペティグリューの両の掌からは異形の口が覗いていた。

 その口から──鼠色に燻んだガスのようなものが垂れ流されている。ガスに触れると、何故だか魔力が編むことができなくなる。散々紅い力の反則じみた力を見てきたシェリー達は、たちまちそのガスの正体を看破した。

 あれは強制的に魔力をシャットアウトする類のものだ。

 あのガスに触れると、魔法が使えなくなってしまうのだ!

 魔法使い殺し。ピーター・ペティグリューの持つ紅い力は、魔法を使えなくする能力なのだ!

 

(何て……何て能力だ!?魔法が使えないなんて、そんなの──そんな魔法ってアリかよ……!?)

「ヒッ、グ、グリンデルバルド!子供達を回収してくれ!私はあの子達に近付きたくない!あの眼で見られたくない!」

「君意外と人使い荒いな……ま、先輩からの頼みだと思って引き受けよう。君のと違って私の能力は機動力に長けているからね。

──紅い力、解放!」

 

 狼狽するシェリー達を見やって、グリンデルバルドが力を解放する。

 左胸、ちょうど心臓部に拳を押し当てると布越しに一瞬だけ眩く輝き、彼が抑え込んでいた闇が放出される。

 闇は地を這い、たちまち世界を洛陽へと誘う。幽谷よりもたらされし黒き質量体があらゆる物理法則を意に介さずシェリー達のところへ一直線に伸び、怨嗟と罪の一欠片を描いた。

 闇──というより、影か!

 魔法が使えないという異常事態に焦っていたシェリー達は音もなく現れた刺客に忘我の呟きしか返すことができなかった。当然だ。魔法を使えたとしても、グリンデルバルドという絶大なる闇の魔法使いが前触れなく至近距離にやって来たとなれば勝ちの目はないに等しい。

 グリンデルバルドの能力は遍く影を操ることができるというもの──。

 そこに影さえあれば、遠く離れた場所にいたシェリー達のもとへ姿現しよりも速く、そして隙もなく移動できるといった芸当も可能というわけだ。「まさかこんな力に頼る日が来るとは思わなかったが」と自嘲めいた笑みを浮かべるも、みすみす見逃すというわけではないらしく、杖を振るい再び捕らえようとする。

 しかして、その笑みは苦悶へと変わる。

 

「私の娘に手を出すな!!」

「ぐッ──!?」

 

 影から飛び出した大犬が、グリンデルバルドの頸を噛みちぎった。

 シリウス・ブラック。

 動物もどきとなったシェリーの守護者は犬に変化し、影に潜む能力を手に入れている。ゆえ、グリンデルバルドにとっての天敵といっていいほどの絶対的なアドバンテージを持っていた!

 吸血鬼になった彼が大犬程度の噛みつきで死に至らしむなどないが、それでもシリウスの存在を無視できないとなれば狙った以上の効果を発揮する!猛る黒犬は勇猛を胸に世界最強へと肉迫せん!

 

「ほお……能力の相性ってのは分からないものだな。思わずキツいのを喰らってしまったよ。まあそれ分身だけど」

「ッ!?」

「私の能力は君のとは相性が悪いようだが、これでもちょっとばかし名の通った魔法使いだ。あの若造に恩を売っておくという意味でも、君に負けてやるわけちはいかないな、ブラックの」

「その名で呼ぶな!」

「歳の割に、まだまだ青いな」

「ベガ!!ドラコ!!あとウィーズリーの、ええと、パーシー!!シェリーとハーマイオニーのご両親を頼むぞ!!」

 

 ハッとして、気付く。

 ペティグリューの魔法無効化のガスが充満しているにも関わらず、シリウスとグリンデルバルドは普通に戦えている。おそらくだが、人智を越えた力故かはたまたそういう仕様なのか、紅い力は無効化することができず、動物もどきのように『既に魔力で変化しているもの』も無効化できないという弱点があるのだ。

 動物もどきの真髄は体組織を組み替えるという部分的な世界改変にある。

 自身だけという縛りはあるが、理を書き換え違うものへと創造しなおすという能力は、言うなれば『自分は生まれた時から犬だった』と誤認させるに等しい。

 犬に魔法無効化ガスを使っても意味などない。しかも影に潜む能力は据え置きなわけで、シリウスはペティグリューとグリンデルバルドの両名に特攻を持っているというわけだ。

 ……と、ベガは説明したのだがパーシーはともかくとしてドラコとシェリーはいまいちよく分かっていないようだったので、「シリウスはペティグリューのガスを無効化できる」と言えば納得した。

 ペティグリューの魔法無効化ガスはあるだけで厄介だ。戦うにせよ逃げるにせよ、一旦退いて体勢を立て直さないことには始まらない。瓦礫の山を登り逃れようとして、

 

「紅い力解放ォォオ──!!」

 

 少年の雄叫びがこだました。

 ハリーの双眸が妖しく光り、紅い力が付与された水の鎖によってシェリーの右足首を巻き取られて沈んでいく。ハリーの狙いはシェリー一人だ。去年の雪辱をここで晴らそうというのか!

 

「お前の相手は僕だ!!」

「──ッ、ああいいだろう、相手になってやる!!」

 

「頼むぞって今言ったばっかりなんですけどねぇええええ!?」

「相手になってやるじゃないよすぐ戻ってこいシェリー!!」

「ベガ!!君、実は動物もどきとか使えたりしないのかい!?」

「今習得しとけば良かったなって後悔してるとこだよ!!」

「頼むぞ!ほんと頼むぞ!私だって余裕ないんだからな!割とギリギリなんだからな!?」

「君も大変だな……」

「知った顔すんじゃねえ!!」

「ええ……?」

「死ねよやぁああああ!!」

 

 いつの間にか形成した足場に引き摺り下ろすと、二人のポッターは相対する。

 かつての友に酷似したホムンクルスを直に見てシリウスが一瞬だけ苦い顔をしたが、グリンデルバルドを相手に余所見するだけの余裕はない。戦士の貌でもって黒き魔法使いに対峙した。

 シェリーも同じだ。己の片割れに呼応するように力を解放し、紅く髪の毛が暴力的に光り出す。

 

「紅い力、解放!!」

「来いよシェリー・ポッター!!」

「殺してやるハリー・ポッター!!」

 

 二人の邂逅はこれで二度目。魔力の激突をもって第二ラウンドが幕を開けた!

 何気に初の、紅い力同士の衝突!

 全てを無に帰す紫の魔力!

 万象を破壊する紅の魔力!

 触れればたちまち壊されるであろう魔力同士が消し合い生まれ、互いに互いを殺し合っていく!二つの攻撃魔法の究極系破壊は螺旋となりて天と地をたちまちの内に焼き払う。

 刮目して見よ幾星霜の戦士達。

 ここに在るは眩き魔法の祭典!

 一切の汚れなき憤怒の化身と絶対不落の暴食の具現が牙で貪り合う。

 

「フリペンドォォォオ!!」

「ボログリムゥゥウウ!!」

 

 削り切り合う二つの破壊殺の終着点。

 何が面白いのか、ハリーは歓喜すら浮かべて更なる激突を望む。攻撃特化の魔法使いのシェリーではあったが、それでも紅い力の練度の差というのは如何ともし難い。勝負は互角から劣勢へと持ち込まれつつあった。

──もっと。もっと細く。

 一点集中の魔力放出なら、勝機はある。

 紅い力の更なる解放。フル出力でハリーを迎え撃ってやる──!!

 

「──!?」

「な……ッ!?」

 茶々を入れるようにして、シェリーとハリー目掛けて魔力弾が放たれる。

 ペティグリューの魔力無効化ガスの中でも何ら問題なく魔法を使える人物……そして今もこのフロアで不遜に鎮座する人物など、たった一人。

 ヴォルデモート卿だ。

 

「邪魔をするな、父さん!!シェリー・ポッターを殺すのは僕だ!!」

「許せ、息子よ。いやなに、幹部達が紅い力をお披露目しているので、俺様も戯れにちょいと能力の一端を見せておこうと思ってな。ダンブルドアもまだ来ていないようだし」

 

 シェリーは殺意の矛先をヴォルデモートへと切り替えた。

 闇の帝王とハリー、どちらを警戒すべきかなど火を見るより明らかだ。ハリーも意識しつつ、今はヴォルデモート卿の攻撃に対処する方に注力する。

 ……そんなシェリーの態度に憤慨した少年は、激昂を返した。

「何を……何をしている!!僕と戦え!!僕をもっと怖れろ!!畏怖しろ!!僕こそ最も優れた死喰い人なんだぞ!!」

「後で相手してやる。せいぜい貴様はそこで帝王が破滅する様を指を咥えながら見ていろ」

「だ、そうだ。姉さんに振られちまったなあハリー?」

「ふざけるな!!僕がこの一年どれだけお前を殺すことを待ち望んだと思う!?お前を殺すためにどれだけの力を得たと思っているんだ!!

──僕を見ろ!!!」

 羽虫がうるさい──。

 

 

 

「セドリック・ディゴリーを『喰った』のは誰だと思ってる!!」

「────」

 

 

 

 シェリーは鎌首を擡げた。

 

「そうさ!!お前達が墓場に置いていったセドリックの遺体は僕が吸収した!!あいつの血も、肉も、骨も、余すことなく喰らい尽くしてやった!愛しのセドリックは鎮魂されることなく僕の栄養分になったのさ!

 穴熊寮の貴公子だか何だか知らないが、末期は惨めにも醜く歪んだ貌でぐちゃぐちゃになって喰われたんだ!!」

 

──キサマカラコロシテヤロウカ。

 シェリーの、向けるべきではない殺意がハリーに直にぶち当たる。

 肉食獣のように破顔し、ハリーは杖を構えようとするが、台風でも吹いたのかと錯覚するほどの濃密なる風の魔力によってたちまち壁に叩きつけられた。

 

「不快だ。今俺様が話しているのはシェリーなのだぞ。邪魔をするな」

「ァ……糞、がァァ……!!」

 却って好都合。

 

「さて、シェリーよ。話の続きだ。突然だが死の秘宝は知っているか?」

「『オルガン・フリペンド』!!……それがどうした!!」

「その様子だと知らんようだな。まあ簡単に言えば、伝説の魔法使い、ペペレル三兄弟が遺したとされる三つのマジックアイテムのことなんだが」

「貴様の与太話に付き合ってやるだけの寛大さを期待するだけ無駄だ!!」

「いいから聞けって殺すぞ。で、俺様は当然その三つを……特に最強の杖を追い求めたわけだが、ふと気付いたのだ。俺様がこの世で一番偉大なのだから、俺様が杖を作ればいいんじゃね?とな」

 

「先人達の手垢のついた秘宝とやらへの興味はもうなくなった。せいぜい思い出の中で永遠に供養されるがいいのだ」

 

 ヴォルデモート卿はシェリーの兄弟杖にあたる杖を取り出し、一振りする。

 彼が顕現させるのは、帝王によって齎されたこの世に余る決戦兵器。

 彼方より現れた願いの数々。人の祈りに呼応するが如く、忘れかけた幻想を再び描かんと彩を灯して光り出す。

 けれども下すのは救済でなく、天にて破滅と弾劾の裁きである。言祝ぎの詠唱から成る呪言の開闢が文字通り世界を創り、星の海の終着を引き摺りあげん。無辺の理を超越し、虚空を欣ぶことによる生ずる絶対的空間。

 虚数の第零天。

 窮極凱旋の理想の果て──。

 

 殺意しかなかった筈のシェリーの心に感動が湧き上がった。

 美しい──。

 宇宙を思わせる、至高なる美の数々。

 ヴォルデモートの背後には、宇宙が、星が広がっていた。

 心が洗われ呆けてしまうほどの──。

 

「紅い力、解放。

 真・死の秘宝──第一神器『虚の震天』」

 

 ヴォルデモートの背に浮かぶ創世の海原に揺蕩う無限の光──

 

 

 

 

 

 

──その星だと思っていた煌めきの全てが、杖先の魔力の光だった。

 

「これはな、全ての杖を創り出す能力だ」




おまけその1

感情/適合者/能力
憤怒/シェリー/破壊力向上
色欲/グレイバック/身体能力向上
嫉妬/ペティグリュー/魔法無効化
怠惰/オスカー/透過
強欲/グリンデルバルド/影の支配
傲慢/ベラ/竜に変身
暴食/ハリー/毒魔法強化
なし/ヴォル/全ての杖を使える

おまけその2

シェリー「貴様のところにサンタさんが来ると思うのか?おこがましいクズめが」
ハリー「黙れ!!ならお前のところには来てるってのか!?」
シェリー「来る筈がない……私も貴様と同じ罪人だ……私達のところには永遠にサンタさんは来ない!永遠にだ……!!」

シェリーはサンタの存在を信じていますが、自分は悪い子なので来るわけないと思っています。
ハリーも昔グレイバックの冗談を鵜呑みにしてずっと信じていて、期待はしていませんがクリスマスが近づくとやたらとソワソワし始めます。


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14.スターゲイザー

書いてるうちに話広がったので次次回が五巻最終回です。


 ヴォルデモートは宇宙を背にしていた。

 到底観測することなど不可能な、この世の全てを包括したかのような無限の彩色が渦巻いていた。そしてその空間に漂う星の煌めき全てが、杖の光だった。

 

「全ての杖を操る──すなわち、俺様が観測した杖を全て魔力で再現できる。無論、遥かに性能が向上した状態でな」

 

 ハンの木、ユニコーンのたてがみ、三十五センチ。かなり頑丈。

 スギの木、ドラゴンの心臓の琴線、二十四センチ。とてもよく曲がる。

 サクラの木、サンダーバードの羽、三十センチ。細く程良いしなり。

 それぞれの杖に得意不得意が存在し、まるで王を守る騎士が如くヴォルデモートの背後に侍る様には荘厳さすらあった。

 攻撃はさながら流星群。

 一度の攻撃で百人もの人間に一度に攻撃されたのと同等の破壊力。シェリーのにわか仕込みの紅い力など容易く吹き飛ばし傷を作っていく。我武者羅に、速度に特化した魔力弾を放つも、いつの間にやら形成されていた盾によって防がれる。

 いや──いつの間にやら、ではない。

 おそらく、盾の呪文が得意な杖で、常時自分の周りに盾を形成しているのだ。

 

(絶え間ない攻撃……常時展開されている防御魔法……!!まだ使ってすらいない杖は三十はある……!!奴はあの場から一歩も動いていないのに、私ばかりが攻撃を食らってしまっている……!!)

「動け、足掻け。俺様を愉しませろ道化」

「この塵虫がぁ……っ!!」

 

 怒髪天を突く勢いで力を最大限に発揮するシェリーだったが、いくら強くともシェリーの力は個の域を出ない。個が軍に勝てる道理がどこにあろうか。

 そう。群──でなく、軍なのだ。

 たった一人で何百人もの精鋭を相手にしている感覚。

 ヴォルデモートの魔力量と紅い力を以ってして初めて行使できる離れ業。これから先シェリーがどう足掻いても到達することができない領域だ。

 どうすればいい?

 どうすれば勝てる?

 どうすれば──

 

「その辺りにしてもらおうかのう、トム」

「────」

 

 ヴォルデモートは片眉を上げた。

 世界最強の魔法使いは、焔とともに、どこからともなくやってきた。

 不死鳥の美しき声が鈴の音よりも軽く澄み渡る。ほんの散歩に来たかのような気軽さで、男は杖を指揮棒に見立てた。

 冷え切った冷たい冬が、彼がいるだけで陽気な夏に変わった。黄金の騎士が帝王に剣を振り下ろす。

 

(こいつ──この俺様に悟られることなく至近距離に近付くとは)

 

 アレンが魔法省ごと地盤沈下させ、上から絶え間なく隕石を降らし。

 ダンブルドアが姿現しで力場を展開、下から幹部連中を掃討する。

 最強二人で挟み撃ちにする、サンドイッチ方式の陣形というわけだ──!

 

「アルバァァァァアアアアアアス!!!」

「──ゲラート」

「ついに、ついに来たかァアアアア!!」

 

 グリンデルバルドのたった一つの欲望がカタチとなって現れる。

 彼を足止めしていた筈のシリウスすら一蹴してダンブルドアへと向かっていく。

 彼は強欲。アルバスとの再戦だけを求めて紅い力に手を染め、ヴォルデモートの配下に下った男だ。そこに矜持も誇りもありはせず、ただひたすらに渇望のみを求めて飛翔する。

 『ダンブルドアと戦うときだけ能力が向上する』、グリンデルバルドにはそういう縛りが課せられていたのだ。

 影の王の真髄はここからだった。ダンブルドアをその目に捉えた瞬間、魔力が膨れ上がり邪悪なものへと変わる。かのグリンデルバルドが吸血鬼の特性と紅い力という二つの力を手にした今、まさしく諸人を容易く打ち砕く程に無双となっていた。

 さりとてダンブルドアも負けてはいない。特筆すべきはその魔力量。

 彼の左手には、蛍光色の擬似太陽が形成されていた。

 

「腕を上げたなァア、アルバァアアス!」

「太陽が、槍の形に……!?」

 

 舞い降りる天上の炎を槍状に変化させ一条の星となりてグリンデルバルドを襲う。

 たかだか影ごときで相殺できるはずもないと判断したグリンデルバルドは、蒼き廻天の劔を取り出した。一閃すると、槍はたちまち両断されてしまう。

 斬ったのは槍だけではない。まるで、世界そのものを切断したかのように視界がブレてしまう。

 シェリーは立ち上がろうとして無様に尻餅をついてしまった。次いで、身体中に浮遊感とともに降りかかる重み。

 重力が逆転している。上を見上げると床があり、天地がひっくり返っていることに気がつくまで数巡かかった。

──世界が反転したのだ。

 

「五〇年ぶりだが上手くいったな!この劔は世界の重力を反転しひっくり返す!分かっていてもどうしようもない類の魔法剣というわけだ!」

「そんなもの久々に使うでない」

「懐かしいだろう!?」

「懐かしいけれども」

「はははは!そら、これはどうだ!?」

 

 グリンデルバルドは影でガラスを割り、全方位に向けて飛散させる。細かなガラス片一つ一つに魔力が付与されており、その破壊力たるや計り知れない。だがダンブルドアは事もなげにそれら全てを水滴に変えてみせる。

 水滴は一点に集中して一人分包むほどのドームとなり、グリンデルバルドはその水牢の中に囚われた。チャンスだ。シェリーは加勢しようとして、しかしダンブルドアに片手間で押し戻される。

 

「吸血鬼が溺死などするか!」

「……たまげた。水を全て吸い取りよった」

 

 吸血鬼は牙や爪から血を吸い取ることができる機能を備えているが、極めれば液体状のものを全て取り込むことができる。

 圧縮した水をウォーターカッターが如くダンブルドアに向けて放つも、咄嗟に飛び出したフォークスが身代わりとなることで事なきを得た。不死鳥がいる以上、闇雲に攻撃しても魔力の無駄遣いと悟ったグリンデルバルドは不死鳥の影から巨大な腕を形成して鷲掴みにする。

 ダンブルドアが短く呟くと、──フォークスはいきなり自爆した。

 目を剥く影の王の足元が隆起すると、魔法省入口に飾られてあるはずの巨大な黄金の像が飛び出した。グリンデルバルドの廻転の劔が炸裂し、首を切り落とすとともに再び空間が反転する。その瞬間を見逃すダンブルドアではなかった。

 太陽の槍が影の王の両手を貫く。ガード不可能な魔力の放出。

 されどグリンデルバルドは自らを蝙蝠化することで致命傷を逃れたのだった。

 

(じ──次元が違う。あんな規模の戦いに入っていけるわけがない)

 

 目まぐるしく変わりゆく攻防を見て、シェリーはそう漏らすので精一杯だった。

 しかし、失念していた。伝説の二人の神話のような戦いを見て、彼の存在が意識の外に行ってしまっていたのだ。

 

「──シェリー。俺様の相手をしてくれるのではなかったのかァ?」

「っ!『オルガン・フリペ──」

「こっちの方が効率的だろう」

 

 言うと、ヴォルデモートが再び背後に宇宙を創り幾百の杖が形成され、シェリーの連続攻撃を真正面から打ち破る。ぎり、と奥歯を噛み締めるシェリーだったが、彼女を守るように砂の盾が現れた。同時に砂に抱えられ、押し出されるとそこは筋肉質な男の胸の中だった。

 

「アレン……!」

「君はここから離れているんだ。はっきり言って君が敵う相手じゃない」

 

 アレンの戦闘における観察眼は確かである。故にその言葉がどこまでも重くシェリーにのし掛かった。奴は私の手で殺さなければならないのに──。

 一方、アレンもアレンで胸中は穏やかではなかった。彼がヴォルデモートに接近することができたのはペティグリューの相手をシリウスに任せて、魔法無効化ガスを浴びないようにしたからだ。

 そして、彼がヴォルデモートの相手をするということは、隕石に割く魔力もなくなるということ──。いつまた状況がひっくり返ってもおかしくないのだ。

 それでも、ダンブルドアか自分のどちらかがヴォルデモートを倒せば紅い力の恩恵もなくなる。それが勝ちの目だ。

 アレンは即席のゴーレムにシェリーを安全地帯に運ばせるよう命じて、闇の帝王との戦いに身を投じるのだった。

 

「お前の相手は俺だ!!」

「レックス・アレンか……貴様、何をのこのこ上からやってきている。俺様は天に仰ぎ見るべき存在だろうが!」

(クソ……クソッ!!私だけまだ何も役に立てていない!せめて……せめて死喰い人を一人でも多く殺すんだ!!一人でも多くの塵を排除しなければ、私が生き残った意味なんてない……!!)

 

 脳裏に焼き付いた痛みが、シェリーの憤怒を昂らせていた──。

 そうだ、とにかく、とにかく幹部を殺すんだ。そうすれば戦いの趨勢も変わって、

「ごほッ!?」

 鳩尾に強烈な打撃を喰らった。

 ゴーレムの進行状にいきなり人の腕が現れて、シェリーの腹部に勢いよく直撃してしまったのだ。シェリーは冷たい床にゴロゴロと転がってしまう。

 自分の身体を自在に出したり消したりすることができる魔法使いなど、たった一人しかいない。オスカー・フィッツジェラルド……姿を消しておいて、腕だけ実体化させることでシェリーに回避不能な一撃を喰らわせた。つくづく、対人戦において無敵といっていい能力の持ち主である。

オスカーが「フィニート・インカンターテム、呪文よ終われ」と軽やかに告げると、ゴーレムは機能を停止してただの土塊に戻ってしまった。

 

「ッ、はッ、……オスカァアア……!!」

「さっきぶりだなシェリー。いくら紅い力で強化しても子供の君が腹部にあれだけの衝撃を喰らえばしばらくは動けんだろう。胃酸を吐かないだけ大したものだ」

「……ッ、ころ、殺してや……」

「その前に、仕事は果たさねばな」

 

 シェリーが地面に転がった際に特製のポーチが落ちていたらしい。拡大呪文が使われている、戦いの役に立つものを詰め込んだものだ。オスカーはそれを拾い上げると無造作に手を突っ込んで、……美しき紅の箒を取り出した。

 クリムゾンローズ……今年は殆ど出番がなかったものの、グリフィンドール一同からプレゼントされたシェリーの愛箒である。

「脱出手段は封じておかねば」

 オスカーが鋭く膝を入れると箒は真っ二つに折れてしまった。

 怒りが湧き上がる。あれは獅子寮の皆んなに託された大切な箒で……!勝手にクィディッチ選手を辞めた身で何を身勝手なことを、自分に怒る資格などないと感じてはいたが、それでも愛用の箒を壊されたシェリーの怒りは留まるところを知らない。

 

「……ふふっ、いい顔をするな。やはり君のその顔はいい。その顔が見れただけでもホグワーツにスパイとして潜り込んでいた甲斐があったというもの……」

「貴様ァ……!!」

「楽しかったよ、ホグワーツに潜入していた時のことは……アンブリッジの下にいれば人の不幸が簡単に見物できるからな!マルフォイ兄妹には笑わせてもらったなァ、父親が死んだ時の顔といったらなかった!それだけでも痛快なのにコルダがアンブリッジに拷問された時なんか腹がよじれるかと思ったぞ」

「──ということは、やはり貴様がアンブリッジに錯乱の呪文をかけたのか……!」

「ああ。アンブリッジの狂気を煽ってやればあれくらいのことはするだろうと思ってな。案の定あの女はコルダを拷問し、君がやって来た。アンブリッジを退治させた後に君の怒りを煽る映像を流し、魔法省へと誘導する。近くにいたベガとドラコも連れてこさせた……ククッ、一年間君達を観察し続けた成果が出たな」

 

「──そうかい。言いたいことはそれだけかよ、クソ野郎」

 

 蒼き火炎がオスカーを包んだ。

 ベガ・レストレンジが、シェリーを庇うように立っていた。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 時は少し巻き戻る──。

 パーシーは地上の安全地帯に着き、アーサーからの熱烈なハグをもらっていた。

 実の息子が戦乱に巻き込まれていることを知った彼の心労は並大抵のものではなかっただろう。喧嘩中ということも忘れて、涙ながらに強く抱きしめた。

 

「よかった……無事で……パース……!!」

「………父さん」

 パーシーもまた、何かを言葉にしようとしたが、喉の奥に詰まって言えていない様子だった。互いに苦笑して、どちらからともなく離れた。

 

「──ひとまず、お前は下がっているんだ。そこの二人はグレンジャー夫妻だね?プラグの話で盛り上がったから顔を覚えている……彼達を安全な場所に避難させなくてはいけないな。

 ……ちょっと待った、シェリーとベガとドラコはどうした?報告ではあの子達もここにいる筈だ!」

「そう、そうなんだ父さん。僕達は上に上がろうとしていたんだけど、シェリーが下の方に引き摺り込まれてしまって。何とかして彼女を引っ張り上げなくてはと思ったんだけど、戦いの余波でベガとマルフォイ家の彼とは逸れてしまったんだ……!」

「何だって……!?」

 

 

 

 

 

 その頃ベガとドラコがいたのは、運の悪いことに紅い力と闇祓い達が激闘を繰り広げる激戦地帯だった。

 竜となって戦うベラトリックス。

 狼姿で気ままに破壊するグレイバック。

 鼠として逃げ回るペティグリュー。

 それぞれの紅い力の幹部を各個撃破せんとムーディーの厳しい指示と怒号が戦場に飛び交っているのだった。

 

「ベラトリックスはジキル、キングズリー隊が担当!火炎に注意しろ!

 グレイバックはエミルとチャリタリ隊!近接戦闘は絶対に避けろ!

 ペティグリューはシリウスとルーピン、そしてトンクス隊!いいか!決して私怨に駆られるなよ!油断大敵!」

 

 いくら幹部達が気付いていないとはいっても、魔法省そのものが壊れかねないほどの戦闘だ。下手に動いて巻き添えを食えば死ぬと感じたベガとドラコは、近くの瓦礫に身を隠す。

 この乱戦、しかも幹部相手では逃げることすらままならない。

「ややややばいぞなんか僕達とてつもなく場違いなとこにいるーッ!!」

「いいから俺の側から離れんなドラコ!」

 闇祓いと死喰い人の戦闘が拮抗しているのは死喰い人側が魔法省の被害を気にしているというのと、闇祓い側が撹乱に徹しているのが大きい。あくまでヴォルデモート討伐を念頭に置いた戦いなのだ。

 そう冷静に分析しながらも、ベガはひとまずドラコを逃さなければ、と思ったが、

 

「見ぃ〜つけたァ〜〜」

 グレイバックに捕捉されてしまった。

 人狼特有の鋭い嗅覚が、隠れていた二人の位置を特定してしまったのだ。

「何だよベガ!ドラコ!!そんなところでコソコソとよォ!こっちで楽しもうぜ!」

「ッ、グレイバック……!!」

「こっこっ、こんなところにやってきて何の用だお前ェ!!」

(上擦りすぎだドラコ)

「──いやァ、ルシウスの遺言を教えてやろうと思ってな?」

「…………、は?」

「あの馬鹿はよォ!俺を見た瞬間に怒りに取り憑かれてよォ!わざわざする必要のない復讐をしにきたんだよなァ!俺を殺すのなんざ別の誰かに任せりゃよかったのに!自分の手で殺すことにこだわった!」

 

 

 

『すまない……ナルシッサ……』

『ドラコ、コルダ……しあ、わせに……』

 

 

 

「──笑えるよなァ!?自分がその原因を作っといて!自分一人だけ勝手に満足して死んでんだからなァアア!!」

「貴様──貴様、グレイバック!!それ以上僕の父親を侮辱するな!!」

「待て、ドラコ!!」

「ヘハハハ、いいツラするなァ!俺は顔の良いガキを殺すのが趣味だが──復讐に囚われたガキの顔も好きなんだよ!!」

 

 最強の狼男に突撃するドラコをベガは静止するものの、耳に入ってはいないようだった。喜色満面にグレイバックが爪を振りかぶる。まずい──。

 するとその瞬間、グレイバックの足元が変形し、巨大なトラバサミへと変化した。

 罠魔法──攻撃せんと踏み込んだ瞬間に発動するように設置されていた!

 足元が崩れたため躱すのは至難、そう判断して敢えてグレイバックは両手を振ってトラバサミそのものを壊した。

 

「危なかったね!マルフォイの!」

「っ、チャリタリ……だったか」

「気持ちは……痛いほど分かるけど、アンタは引っ込んでな!ここでアンタが死んだらコルダとナルシッサはどうするの!!」

「………!」

「オイオイつれねえこと言うなチャリタリさんよ!こいつは今から俺と遊ぶんだよ、邪魔すんなよなァ!!それともお前も俺に復讐しに来たクチかあ!?」

「何の話!?」

「俺が!お前の姉ちゃんを!ぶっ殺したって話だよ!!」

 

 瞬間。

 チャリタリの顔から全ての表情が消えた。

 

「──見つけた──」

「あン?」

「──ドラコ!そのまま真っ直ぐ走って右に曲がりな!そしたら──」

「させるかよォ!!」

 驚異的な跳躍力でチャリタリを飛び越えて、狼の王は道を塞いだ。

 舌打ちするチャリタリはドラコを庇うように杖を構え、グレイバックが作る斬撃の嵐に備えた。だが、突如としてグレイバックの片目に魔法弾が直撃し、思わず体勢を崩してよろめいた。

「ドラコ。アンタがどうしても戦いたいんなら好きにしな。逃げたって誰も責めやしない。けどアタシはアンタみたいな人間を止める言葉を持ってない」

「……すまない」

「幸い、アタシ達にはエミルがついてる」

 

 色欲のグレイバックと、ドラコとチャリタリとエミルの戦いが始まった頃。

 ベガはベラトリックスの火炎攻撃を回避し続けていた。

 

「デネヴの息子ォ〜!!あんたには直接ツラ付き合わせて言ってやりたいことが沢山あったんだよ!!ひゃははははは!!」

「こいつ俺ばっかり狙ってきやがって…!」

「ちょろちょろちょろちょろうざったいねェ!!私の炎で消し炭にしてやるよォ!!全員纏めてあの世行きィ!」

 

 黒き龍へと姿を変えたベラトリックスの火炎ブレス。

 防ぎ切れる道理などない。かといって避け切れるような代物でもない。おそらく火炎魔法はベラトリックスの得意技なのだろう、対処を間違えれば一撃で死に至る危険性がある。となれば──

 こちらも火炎を放射するしかあるまい。

「蒼き焔は静かに燃ゆる、火炎特化バージョンだ……!」

 ベガは黒山羊の頭部だけを顕現させ、蒼炎を最大限発射できる形態へと変える。

 大きく開いた口からレーザーのように火炎が発射され炎を受け止める……が、世界最強の火炎魔法使いの名は伊達ではない。破壊圧、出力だけならベラトリックスが上回っている……!

 

(この火炎……チッ、今の俺じゃパワー負けするか……!)

「援護するぞ、ベガ!」

「ジキル!?」

 ジキル・ブラックバーンがおもむろに胸ポケットから棒切れを取り出すと、ベラトリックスの火炎の斜線上に投げつける。棒切れは深い黒に浸食し、盾の呪文を形成して火炎を堰き止めた。

 それだけではない。

 ジキルが触れた巨大な瓦礫はずぶずぶと音を立てて変色し、瞬く間に巨大な魔石へと変貌し、ひとりでに回復呪文を発する魔道具へと姿を変える。

 ジキルが触れた棒や石が、魔力を伴った物質へと変容している。

 毒がたちまち身体を貪るように、彼の魔力が物質を浸食しているのだ。

 

「その身体──」

「ん、まあ、俺はそういう体質なのさ」

「ひゃーはははは!薄汚い一族のブラックバーン!そいつらの血族は特殊な魔力を有していて、周囲のものに影響を与える特性があるのさ!」

 

 ジキルの言葉の続きを繋いだのはベラトリックスだった。

 石を握れば魔石に。

 枝を握れば杖に。

 自身の魔力を対象に付与し、正規のものよりは格段に劣るが魔道具を生み出せる。

 ベガの四年時から使っている杖もブラックバーン家の協力のもと完成した代物で、じゃじゃ馬なきらいはあるが誰にでも使えるという特徴がある杖なのだ。

 そして、ブラックバーン家の魔力の最大の特徴が──。

 

「ブラックバーン家の人間を親に持つ子供は必ず魔力を有している……絶対にマグルやスクイブが生まれない家系なのさ。純血一族の間ではそれはもう重宝されたよ。何せお前達の存在そのものが、血統を絶やさないお手軽な手段なんだからねえ」

「……マジかよ」

「故に、歴史に焼かれた闇の一族(ブラックバーン)。女が苦手なのもそのためだろう!?ブラックバーンをいいように使ってきたあたし達に復讐に来たってわけかい!?」

「自惚れるな!俺が……女の子と……ちょっと距離を置いているのは俺自身が苦手意識を持っているだけ!彼女達に罪はない!闇祓いになったのは二度と俺のような人間を生み出さないため!一族の恨みがあろうがなかろうが、俺はベラトリックス・レストレンジという悪を許さない!!」

「ナマ言ってんなよガキが!!」

 

 ジキルは周囲の棒や石をたちまちに杖や魔石へと変化させていき、状況に応じて臨機応変に立ち回っていく。そんな戦いを見てベガは内心ジキルに対する好感度が上昇しつつあった。

──こいつ、かっこいいじゃねえか。

 ブラックバーン一族は『聖28族』にも記されておらず、魔力のない子供が生まれた純血の家庭などに利用され続けてきた。その怨念は計り知れない。ジキルはそんな家系の生き残りなのだ。

 だがジキルは、ブラックバーンである前に闇祓いなのだ。自分の怨みではなく使命を優先するジキルを見る目が変わった。

 怒り狂うベラトリックスに追撃がかかる。キングズリーだ。穏やかさの取り払われた冷徹な瞳で竜を見据えていた。

 

(この恥晒しどもが……!チッ、ここじゃ竜形態は十分に力を発揮できない!一度、人形態に戻ってから焼き殺すか……!)

 黒い竜の眼から色が消え、宙に浮くだけの、ただの巨大な抜け殻に変貌する。

 その抜け殻をデコイに本体のベラトリックスは下へと落ちていき、魔力を蓄える。

 

(ッ、逃げたか!どこに……シェリー!?)

 ベガの視線の先にシェリーとオスカーが対峙している光景があった。たまらず、ベガはシェリーの下へと向かった。オスカーの身勝手な言動には反吐が出る。これ以上シェリーをあの男と一緒にさせたくない。

 

「言いたいことはそれだけかよ、クソ野郎」

 

 ベガは怒りのままに火炎を振るう。

 当然、紅い力で自分の身体を異世界に飛ばして攻撃を透かすオスカーだが、ベガの狙いはそこではない。火炎で辺り一帯を焼くことで、隙間なく絶え間なく攻撃を繰り返せば攻撃はいずれ当たるのではないか、というものだ。

 点の攻撃ではなく、面の制圧。

 オスカーにとってもその方法を取られるとまずいのか、離れた場所へ跳躍し火炎を回避した。……ひとまず危機は去った。

 

「──よし、行くぞシェリー。もともと俺はお前を迎えに来たんだ。それと、紅い力を使うのはもうやめとけ。お前だけ使うほどに寿命が縮むって話だったろ?……後でフラメルの爺さんに頼めば何とかしてくれるかもしれねえしよ」

「………、でも、まだここには塵どもがたくさん残ってる。鏖殺するまではこんな力でも利用していかないと……」

「馬鹿か。紅い力には分霊箱の要素も備わってるって話だったろうが。お前に紅い力が宿ってる限りヴォルデモートが倒せねえのなら、一旦帰って力を除去する方法から探す必要があるだろ!」

 

「そんな必要ないよ……私は奴らを殺し尽くした後に自殺するもの」

「────」

 

 ベガは勃然とした。

 つまるところ、シェリーにあるのは復讐心というよりも──ある種の自殺願望に等しいものなのだ。

 きっと──いや、確信を持って言える。こいつは一年生の頃からそうなのだ。

 自分がどうしようもない存在なのでこの世から消え去らなければならない。

 でも死ぬのなら、せめて人の役に立ってから死ななければならない。下手に死ねば逆に迷惑がかかってしまうから。未来が怖いのは自分が迷惑をかけてしまうことがどうしようもなく怖いから。

 それが、自分と同じクズと一緒に死ななければいけない、という命令に書き換わっただけ。自分の命にはなから興味がない。

 まるで機械だ。

 人の役に立つために生まれてきたロボットがシェリーだ。

 

 それが。

 どうしようもなく嫌だ。

 望遠鏡から覗き込んだ星と同じだ。

 手の届かないところで、勝手に輝いて勝手に沈んでいくのと変わらない。

 その態度が、ベガの納得できない部分を燃え上がらせた。

 

「……いい加減にしろよお前。本当は戦いたくなんてねえくせに粋がりやがって」

「………!?な、なにを」

「──セドリックも、多分ブルーもローズもお前にそんな生き方を強制したかったわけじゃねえだろ!お前が幸せになってほしいと思ってただろう!だのにお前がそんな体たらくでどうするよ!!生きるってのはそういうことじゃねえだろ!!自分の怒りの言い訳にあいつらを利用すんな!!」

「してない!!」

「してる!!」

「馬鹿なこと言わないで……私の今の生きる理由は、もうこれ以上犠牲者を出さずに死喰い人を殲滅することなんだよ!?」

「だからその犠牲者の中にお前が入ってねえって話だろうが!!」

 

 ベガは、シドを失ったことを今でも後悔し続けている。

 けれど同時に、シドの生き様を今でも尊重し続けている。

 シドはあの時怖かった筈だ。逃げ出したかった筈だ。けれどそれ以上に、ベガが死ぬことが許せなかった。恐怖よりも優先された感情──すなわち勇気なのだ。

 だが、シェリーのこれは果たして勇気と言っていいものか?怖いものから目を背けているだけではないのか?

 自己の鬱屈とした感情を復讐という形で表現しているに過ぎない。セドリック達が死んだ悲しみから目を背けようとしているだけだ。

 そんなの──虚しいだろう。

 

「セドリック達が死んだのは絶対にお前のせいじゃない。絶対に、だ。

──なあ、もうやめよう。ホグワーツに帰ろう」

「───」

 

 きっと、その言葉が。

 シェリーの取り返しのつかない部分を押してしまったのだ。

 

「私は──戦いを──降りない」

 

 そう言い残して、シェリーは力を解放してその場から離れる。

 そこにどれほどの決意と、焦燥と、諦観と拒絶と──懇願とが入り混じっていたのだろうか。その決別が、彼女にとってどれほどの失望だったことか。

 少年の歯がガチガチ鳴っているのは感情を押し殺したが為だった。

 ベガは彼女を追おうとして、

 

「まあ待てよ、ベガ」

「オスカー……!!そこをどけ!!」

「それはできない相談だ」

 

 オスカーに静止させられる。

 シェリーを追わなければ、もしまた一人でも死ねばあの子は壊れる。そんな儚さを垣間見た後にこの男との戦うというのは、果てしなく少年を苛立たせた。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 駄々を捏ねているだけだと、頭のどこかで理解していても、認めてしまえば今までの全てが無為に帰すような気がした。

 セドリックが、ローズが、ブルーが、自分のせいで死んだのではないのなら、一体何に怒ればいい。それに怒りの矛先を探していただけだとしても、それであの塵どもが消え去るのなら素晴らしいことだ。

 シェリーは駆けた。

 駆けて、駆けて、駆けて──

 その先にベラトリックスがいるのを見た。

 ベラトリックスは竜形態になったことで多少なりとも消耗したのだろう。人間形態に戻って隙を伺っているようだ。

 だが──こちらに気付いていない。

 獲物を襲うなら、そいつが狩りをする瞬間を襲うのがいい。何故ならそいつは獲物のこと以外頭に入っていないから、と何かの本で読んだが、今の彼女はまさにそれ。

 どうやら、彼女の杖は怨敵シリウスを標的にしているようだ。

 

(シリウスはリーマスやトンクスと一緒にペティグリューと戦ってる……まだベラトリックスに気付いてない!ここであの女を殺さなければシリウスは……!)

 

 シェリーは杖先に緑の魔力を集めた。

 『死の呪文』。

 発射するまでに溜めが必要な隙だらけの呪文ではあるが、今のように相手が無防備な状態なら、抜かりなく当てられる。

 殺す。

 殺す。

 ベラトリックスを殺す──!

 

「……はァン?」

 

 ベラトリックスに気付かれた。

 しかしもう遅い、魔力は十全だ。

 この女がシェリーが殺す初めての死喰い人だ。この女の死で始まるんだ。

 

「アバダ──」

 

 セドリック、ローズ、ブルー。

 どうか見ていてほしい。

 これが貴方達を苦しめた死喰い人達の呆気ない末路だ。どうかせめて、この女の死で魂を安らげてほしい。

 ここからが──殺戮の始まりだ!

 

「──ケダブラ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 杖からは何も出なかった。

 呪文も、魔法式も、狂いはなかった。タイミングだってバッチリだった。

 だがシェリーの杖からは何も出なかった。

 惚けて、そして、混乱した。

 何故──何故このタイミングで魔法が使えなくなるのか。死の呪文は初めてだったが何も間違っていない筈なのに──!

 

「それは感情が足りないからさ」

 

 ベラトリックスはフラリと立ち上がる。

 怨讐渦巻き、黒いドレスがはためくその立ち姿はさながら幽鬼が如しだ。

 

「口では随分と達者なことを言っているようだったけどね、所詮あんたは言うほどあたし達を憎んじゃいないんだ。本当に殺したいならガキだってそれが使える。でもあんたには致命的に殺意に欠けてる!

 アッハハハハハハハハハハハハ!!哀れなお人形さん!可哀想なシェリーちゃん!あんたはあんたのだいじなだーーーいじな友達殺されといても殺意一つ抱くことのできない薄情者!!口だけの腰抜け女に過ぎないのさ!!!」

「ぁ、ち、ちが──」

「違わなーーーい。ほらやってみなよほらほらほら!なあ!あたしを殺してみろよ!ほら!ほら!ほら!……ほーら、これが動かぬ証拠さ。アッハハハハハハハハ!

 可哀想でちゅねー、辛いでちゅねー、優しい優しいシェリー・ポッター!馬鹿で間抜けなシェリー・ポッター!!紅い力所持者のよしみだ、死の呪文のやり方くらいいくらでもベラおばちゃんがその身に教えてあげまちょうねー!!?」

 

 ベラトリックスの勢いにすっかり呑まれてしまっていた。

 彼女に非があるとすれば、それは自分がどうしようもなく甘っちょろく、そして優しすぎるのかを自覚していなかったこと。

 彼女はどこまで行っても純朴な少女でしかなく、人を殺す神経など生まれた時から持ち合わせてはいなかった。

 そう──去年の墓場でだって、何かと理由を付けてハリーを殺すことを躊躇したり、後回しにしていた。アンブリッジの所業を見た後でも、殺せなかった。

 シェリーは目の前で人が死ぬことが耐えられなかっただけだ。

──だから、ルシウスが死んだ時は、落ち着いていられたのかもしれない。

 目の前で死んでいないから──

 

(ぁ……わたし、……ばかだ……)

 

 それが、致命的な隙となった。

 

「いいかい、死の呪文ってのは──こうするんだよォオオオ!!」

 

 

 

 

 

 シェリーに直撃するその瞬間。

 影をつたって、黒い大犬が覆い被さるようにしてシェリーを庇った。

 心臓が締め付けられたようだったが、皮肉にもその痛みで自分の生を確認することができた。シェリーは頭から理性が抜け落ちていくのを感じた。

 シリウスが、シリウスが──。

 けれども、人間に戻ってもシリウスの胸の温もりは消えはしなかった。

 生きている、彼は、まだ──

 

「シェリー」

「し、り──」

 

 ああ、なんて、

 なんて貌をするのだろう。

 剥き出しの心が悲鳴を上げている。

 咄嗟に口に出せる言葉がなかった。

 男はまるで、その少女を救うことが人生において何にも勝る偉業なのだと、信じて疑っていないようだった。そして、戦場の真ん中だというのに、誰よりも安堵した顔を浮かべていた。

 彼は、

 下手くそな笑顔で呟いた。

 

 

 

「無事で、よかった──」

 

 

 

「なんだ、まだ生きてたか」

 シリウスの背中に死の呪文が炸裂した。

 がくんと、シェリーにもたれ掛かる。彼から急激に色が奪われたかのようだった。

 大きな大きな遺体を抱えた。

 シリウスの灯火はかき消された。

 

「ぁ──」

 

 シェリーの頭が、頭蓋骨の裏を蚯蚓が這いずり回ってるように痛んだ。

 どんなに手を伸ばしても届かない星。

 こんなに近くにあるのに遠すぎる星。

 死と生、たったそれだけの違いで、ここにいる筈の彼がどこまでも遠すぎる。

 役目を終えた身体は、ゆっくりと生から離れていく。死を切っ掛けとして、生とは反対の路を歩いてしまっている。それを止める術はなかった。

 なんで──

 なんで私なんかを助けにきたの。

 なんで、なんでなんでなんで……

 

『シリウス、あなたに杖を預ける』

『ここでシリウスが復讐すれば、誇りは取り戻せるかもしれないけど未来を失う』

『復讐しなければ人生は取り戻せるかもしれないけど永遠に過去に囚われる』

『…………駄目だ。私には、殺せない』

 

 三年生のあの時。

 叫びの屋敷であんなことを言わなければシリウスは死なずに済んだのか?

 だってそうだろう?

 シリウス・ブラックはこの土壇場でピーターを殺すことよりもシェリーを救うことを優先した。させてしまった。

 

(もし私が──あんな、あんな馬鹿なことさえ言わなければ……

 ……いや、それ以前に私が安い挑発に乗ってここまでこなければこんなことに……私が、私が私が私が私が)

「あ、ぁあ、ああああっ」

「死ーんだ死んだシリウス・ブラックが死んだ!足手まといのポッティーちゃんのせいで!!アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

「わ、た、しの──せい、で……」

 

 停止した思考に、ベラトリックスの声だけが響いている。

 冷たくなるシリウスを抱いて、口をぱくぱくと開けることしかできなかった。

 そもそも、シリウスほどの男がベラトリックスを攻撃したり、盾の呪文で防いだりといった手を考えないはずがない。

 それをしなかったのは──ほんの僅かな間違いがあってもいけなかったから。

 確実に、絶対に、シェリーの命が安全な方を選んだというだけの話。それが何よりシェリーにとっての辛苦だった。

 

 シェリーの精神が崩壊し始める。

 自我が崩れていく。

 ふと。

 ぼたぼたと、何かが垂れる音がした。

 シェリーは何となしに視線を向けた。

 ダンブルドアだ。

 ああ──彼なら。

 彼ならきっと何とかしてくれる。

 懇願するようにして、口を開いた。

 

「ダン──」

「──不死鳥の騎士団各員に告ぐ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「──この戦いはもう勝てん!急ぎ魔法省から撤退せよ!!」

 

 そう悲痛な声で叫ぶ彼のローブには、夥しいほどの血が滲んでいた。

 彼自身の、血だった。

 




シリウス・ブラック 死亡
死因:シェリーを庇った後、死の呪文を背中に喰らった。


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15.バンプ・オブ・チキン

 シリウスの屍がそこにあった。

 ベラトリックスが笑っていた。

 十指はのこらず冷え切って、吹き抜ける風は呪詛と怨嗟。

 浅い呼吸を繰り返し、寸刻を争う状況下にあって、それでもシェリーは遠くに倒れ伏す冷たいシリウスから目を離すことができなかった。

 

「シリウス……シリウスが……」

「気をしっかり持てシェリー!!指示が聞こえたろう!?ここから逃げるんだ!!」

 

 そう言ってシェリーを引き摺ろうとするルーピンも、感情を押し殺し切れていない様子だった。当然だ。親友を殺された彼がベラトリックスに対してどれほどの憤怒を抱えていることか……。

 

「シリウス……パッドフットよ……」

 

 そしてペティグリューも、どこか投げやりにその様子を見ていた。

 トンクスという一流の闇祓いを相手にその余所見は致命的だ。トンクスには七変化という能力があり、自分の姿形、更には魔力までもを自在に操ることができる。

 魔法使いの魔力は、しばしば絵の具に例えられる。

 魔法を使うということはパレットから絵の具を選んでキャンバスに絵を描くようなもので、各人が使える色はある程度決まっているというものだ。

 ペティグリューの魔法無効化ガスはその色を分析して落とす……というもの。

 しかしトンクスの魔力は謂わば全ての色に変わることができる力!

 だから分析も間に合わない!魔法無効化ガスは効かない!

 機を得たと、杖を振るい──

 

「……ああ、もういい。やめだ」

「エクス──」

「『じっとしてろ』」

「!?」

 

 トンクスの身体が空中で停止する。

 ペティグリューの言ったことが本当に現実に起きたかのように、止まったままほんの数ミリも動かせなくなってしまった。

 これも紅い力の一端か?

 けれどペティグリューはとどめを刺すこともなく、コートを翻すとふらふらとどこかへ行ってしまう。彼が離れると、トンクスの身体に自由が戻った。

 

(……っと、今はそれより、早くここから離脱することが最優先……!!)

「離脱などさせんよ。アルバスが逃げるというのなら、アルバスがここにいなければならない理由を作るまで」

 

 影の王、グリンデルバルド。

 すっかり汚れた黒衣を整えてくつくつと嗤い自身の影を伸ばすと、闇祓い達の影に繋げて拘束していく。まずい。彼の影を支配する能力に対抗できるのは、同じく影に関わる能力のシリウスと、規格外のダンブルドアだけ。その二人がいない今、もう先代の帝王を止める者はいない。

 これ以上この場に留まるのはまずいとジキルが即席の杖を何本か消費し、宙に浮かぶ階段を作る。その上をシェリーを抱えたルーピンが走るものの、すぐにグレイバックの斬撃により道が破壊されてしまう。

 

「くそ……何とかシェリーだけでも、」

「させんよ」

 爆発音とともに現れたのはオスカーだ。

 彼の背後では煙がモクモクと上がっている……まさか。

 

「暖炉を潰せ。脱出経路など他にも用意してあるのだろうが、少なくとも逃走の成功率は下がる」

「ッ、この……!!」

 状況は最悪だった。

 ヴォルデモートによって敷かれた結界術によりこの空間は『姿現し』ができなくなってしまっている上に、箒で飛ぼうものならベラトリックスに焼かれて終わりだ。

 アーサーと、後詰めの魔法戦士達が用意している移動鍵だけが頼りだが、そこまで辿り着くことができるかどうか。

 

「暖炉など後でいくらでも作り直せる。それよりもお前達を逃がさないことの方がよほど重要だろう?」

「貴様──ぐあッ!?」

「君らしくもない、ムーニー。背後の私に気付かないなんて。だがやはり君は素晴らしい、咄嗟に盾で防御するなんて」

「ワーム……テール……!!」

 

 ルーピンは脇腹を貫かれた。卑劣だが最も効果的な不意打ちという手段で、大きな奴を貰ってしまった。茫然自失としていたシェリーの顔面に血飛沫が飛ぶ。ぐらりと体勢が崩れ、ルーピンはその場に倒れた。

 だが皮肉かな、それが彼女の意識を復活させる一助となった。そうだ──こいつらを残らず殲滅することこそが、私の使命。

 杖を握る手に力が篭る。

 赦さない。赦してなるものか。

 紅の輝きが再び憤怒の彩に染め上げられようという時、そこに無限の星が現れる。

 

「ヴォルデモート……!!」

「出迎えご苦労。

──ふん、アレンとかいう小僧に手間取ってしまうとは、俺様も堕ちたものよ」

「……!?アレンを、どうしたんだ──」

「さてな。案外、その辺に血達磨で転がっていたりしてな」

「───ッ」

「さて、用事があるのは貴様だシェリー。今一度言うぞ、死喰い人になれ。服従の呪文は使いたくない……身も心も俺様に捧げることでこれまでの狼藉を不問とする。俺様は才ある者を尊ぶのだ」

「誰が!!」

「そうか。残念だ……」

 

「ではセドリックの時と同じように、貴様を服従させてルーピンを殺させる」

 

 血の気が引いた。

 ルーピンは今、動けない。

 すぐ近くには喜悦を隠し切れていない様子のオスカーと、かつての友に虚な視線を送るペティグリュー。そして誰あろうヴォルデモートがいる。

 逃走は不可能。

 かといって戦って勝てる保証もどこにもない。いや……それどころか、事態はそれ以上に悪化し始めている。

 あの悲劇を。

 あのナイフの感触を、肉を貫くあの感覚をもう一度味わえというのか。想像するだけで身震いがする。あれだけは、あれだけは絶対にもう嫌だ。憤怒の貌が少しずつ恐怖の様相を帯びていく。

 されど帝王は何ら呵責なくシェリーに服従の呪文を放った。

 虚空に浮かぶ百の杖から、服従の呪文特有の緑の閃光が放たれる。ルーピンを庇う形で魔法を連射するシェリーだが、いかんせん数が多すぎる。

 魔力相殺が追いつかなくなる。

 押し切られる──!

 

 

 

「……………、は?」

 

 

 

 それは帝王の放った言葉だった。

 呪文は確かにシェリーに命中した。

 しかし、本来自分の意のままに動かせる筈のシェリーが動かせない。服従の呪文を使っても尚、彼女は傀儡とならぬのだ。

 憤懣やるかたないことだが、ヴォルデモートはよもや自分の呪文が失敗した可能性を考えた。……だがそれにしてもこの現象は不可解だ。シェリーに直撃した魔法の数は一つや二つではない。目算で一度に七本の魔力が身体を貫いたのだ。その全てが失敗したとは到底考えにくい。

 つまり、彼女は七回服従の呪文を受けてそのどれもが効いていないということ。

 明らかにおかしい。

 ……そういえば、シェリーの服従の呪文に対する耐性はやおら奇妙な点がある。

 一年生の時は、ヴォルデモートは自分とシェリーが魔法的な繋がりがあることを利用して杖なしでも服従させられた。

 四年生の時も同様に服従の呪文で縛り、自分の思うがままに操れた。

 だが──そもそも服従の呪文とは意識すら支配できるからこそ『禁じられた呪文』として認定されている。シェリーは意識を失っている様子はなかった。

 どういうことだ……?

 

 その疑問と、思考が、彼にとって大きすぎる隙を生み出してしまった。

 

「ダンブルドア──」

「トムや、年寄りの冷や水を侮るでない」

 魔法を無効化するペティグリューや、攻撃を透かすオスカーには目もくれない、ヴォルデモートだけを狙ったダンブルドアの流星が如き突撃。至近距離に近寄ったダンブルドアは、何やら、見ても理解すらできないような複雑な魔法陣を展開させた。

 白い髭の赤い染みは大きくなる一方。

 口から血を吐こうとも、

 傷が広がろうとも、

 それでも彼は呪文を止めない。

 止めてはならぬ理由がある。

 

「封印術って奴じゃよ」

「………!!貴様……!!!」

「すまんのう、トム。わしには世界の人々を余さず救うという欲求はなくとも、可愛い生徒を残さず守るという責任がある」

 ヴォルデモートの膨大な魔力が溢れ出す。

 紫のそれが、空中に飛散し、そして光の鎖によって巻き留められ、凝縮する。

「わし達の戦いの趨勢を決めるのは必ずしも力の多寡ではない」

 これが、ダンブルドアの一撃。

 世界最高の封印。

「──想いの多寡なのじゃ」

 

 光の鎖が帝王を巻き取り動かなくさせる。

 ぎり、と歯を食いしばると、ヴォルデモートは怒りも露わに激昂した。

「老いぼれが……!!こんな封印もう二百は解いてやったわ!!」

「いいんじゃよそれで。本命は六十八の特級封印じゃからの」

「何……!?」

 

 ダンブルドアの仕掛けた封印は、その殆どがダミー。その中に紛れ込ませた、ヌンドゥすら従属させてしまう強力すぎる封印こそがダンブルドアの狙いだった。

 何百と杖を生み出す能力は封じられ、帝王は身体をよろめかせる。まさしく耐え難き屈辱だろう。沸騰寸前の血が血管を駆け巡り目が血走っていく。

 

「膝は……つかん……!!」

 

 さりとてヴォルデモートは無理矢理その場に踏み留まると、緑色の火炎で己を縛る鎖を焼き払っていく。流石に闇の帝王、あれだけの封印術を喰らってなおこれだけの魔力を行使できるとは尋常ならざる力だ。

 それでも──やはり、弱まっている。

 手負いのダンブルドアと、能力を制限されたヴォルデモート。

 互いの勝負に乱入する形で割り込んできたのは重傷を負ったレックス・アレンとゲラート・グリンデルバルド。息もつかせぬ攻防の中、ふわりとシェリーとリーマスの身体が砂によって支えられる。

 派手な金髪な男が、息が詰まりそうな血の匂いを振り払いながら、それでも魔力を全力で放出したのだ。あれだけ痛め付けられては、最早魔法を使うことすら心身に負担をかけるだろうに……。

 砂から生気が失われていく。ここにきて、ペティグリューが魔法無効化ガスを使ったのだろう。戦況が気になるところだがそんな懸念をよそに、シェリーとリーマスは上階に転がった。ここは一階……エントランスだ。魔法省の職員が出勤する暖炉の半分は破壊されており、まだ無事な暖炉も死喰い人達の攻撃で少なくなってきている。

 ふらふらと立ち上がるシェリー達の下へ見慣れた赤毛の二人が近寄った。

 ……アーサーと、パーシーだ。

 何だか、この二人の顔を見るのはとても久しぶりのように思えてならない。

 仲直りできたのか……。

 

「シェリー、リーマス!無事か!?」

「何とか……それよりここから早く、」

「逃しはしない」

 銀縁の眼鏡の男が、障害物をすり抜けながら現れる。

「ッ──オスカー!!僕は、僕はあんたを信頼してた!!それなのに!!」

「ああ、君は大いに役に立ってくれた。助かったよパース。小間使いとしては君はまあまあ優秀だった」

「……、あんたが死喰い人だって気付けなかったのは僕が間抜けだったからだ。だが僕みたいな間抜けにも意地はある!!」

「私の相手をするつもりか?威勢はいいがこの数を相手にどうするつもりだ」

「ッ、囲まれて……」

 

 髑髏の仮面を傍に、黒衣の男達がシェリー達に杖先を向けている。

 闇祓い側の逃走も計略のうち……下のフロアは幹部に任せて、末端の死喰い人達は先回りしていた……!

「せいぜい足掻けよ。足掻いた末の絶望が見たいのだからな」

「──散れッ!!」

 

 アーサーの怒号とともにシェリー達はその場から離れる。同時に、炸裂する閃光。

 三六〇度、見渡す限り敵しかいない。

 それにひと口に末端の死喰い人と言ってもそれなりに数があればそれだけで脅威なのだ。それは先のヴォルデモートの『何本もの杖を生み出す魔法』でシェリー自身がよく身に染みている。

 リーマスが多少無理をして、肉体の一部分だけ人狼に変化させて攻撃を弾いていくが、身体にかかる負荷は尋常ならざる苦痛となって彼を蝕んでいる。

 ふと。

 シェリーの足が止まった。

 

「ファッジさん……!?」

「な、なななななんで、なんで私の魔法省がこんなことにィ!」

 

 無駄に豪奢なビロードのローブ。

 魔法省大臣が何故かエントランスの隅っこで縮こまっていた。

 シェリーは咄嗟に時計を見る。時刻はもうとっくに朝……出勤時間だ。まだ使える暖炉が次々と燃え出し、煙突飛行粉で手帳片手に意気揚々と現れては、エントランスの惨状と死喰い人達を見て腰を抜かす。

 英国魔法界が闇の帝王の存在を認めていないのは知っての通り。そんな状態で朝から髑髏の仮面の軍団を目の当たりにすればどうなるか、想像に難くない。

 床にひっくり返って無様に震える魔法省大臣を守るようにシェリーが立つと、再度紅い力を解放した。

 

(守らなきゃ……守らなきゃ、この人達を私が……)

「あァ〜〜!!やァ〜〜っと見つけたよポッティーちゃ〜〜〜ん!!!」

「おお、来たか」

「!!!……あ、ああ、ベラ──」

 

──ベラトリックスが。高いヒールをかつんと鳴らし、魔法省に哄笑を轟かせた。

 ぶるり、と身震いがする。シリウスはあの女に殺されて──目の前で──

 

「もう寂しくないでちゅよぉ、オツムの弱いポッティーちゃん!ちょっと後始末に手間どっちゃってねェ!!そら!狼野郎もよく聞きな!!あんた達の大好きな大好きなシリウスおじちゃんはねー、さっき私が『火葬』してきたよ!!葬儀屋呼ぶ手間が省けてよかったでちゅねー!!」

「……!!」

「な、ぁ、え?シリウス・ブラック?奴は死喰い人に与している筈……そ、それにそこにいるのはオスカーか!?どういうことなんだこれは一体ッ、状況を説明しろッ」

「……くく。愚かな大臣。話は単純だ、私が死喰い人であり、闇の帝王は復活し……貴方達はここで始末されるということです」

「ひいっ!?」

「ァハハハハ、あァ、いいこと思いついた。ねえ、ポッティーちゃん!頭の中お花畑のシェリーちゃん!今からそいつらどーすると思うー!?

──残らず皆殺しにしてやる。ァアアアアハハハハハハハハハハァア──ッ!!!」

「うわああああああ!?」

 

 放心していた職員達は一斉に逃げ出し、それを一網打尽にせんとベラトリックスが火炎で焼き払っていく。シェリーの紅い力で火炎を薙ぎ払うも、世界最強の火炎魔法使いの名は伊達ではない。薙ぎ払ったそばから火炎は勢いを増していく。

──ああ、人が、死んでしまう。

 反対にシェリーの魔力は尻すぼみに弱まっていくばかりだ。ベラトリックスとシェリーの間には今、大きすぎる力の差が存在しているのだ。

 その差を作っているのは、単純な力量の差やシェリーが紅い力を使いすぎたことによる消耗も大きいが……それを決定的にしているものがある。

 残酷で無情な真実。

 『ベラトリックスは人を殺せる』

 『シェリーに人は殺せない』

 たったそれだけの違いが、両者の明暗を分けてしまっている。シェリーは人が死ぬのも人を殺すのも嫌いな少女。その優しさが漬け込む隙を作ってしまっている。覚悟が違うのだ。戦士としての素質がなかった。

 けれどもはや、彼女はこれ以上どうすることもできなかった。

 ……それなら……。

 

「私に人が殺せないのなら、私はこの人達の代わりに死ぬ……」

「………、ぇ?」

「死の呪文を防ぐ肉壁くらいにはなれる……お願いファッジさん、私が時間を稼ぎますから、逃げて、逃げてください……私の命を使って、生きて、ください……」

「な、にを……」

 

 狂った少女の懇願に狼狽する。

 自分の死が何より恐ろしいコーネリウス・ファッジは、自分以外の死が何より恐ろしい少女の言い分を理解できない。

 火炎を突っ切ってやってくるオスカー・フィッツジェラルド。

 疲弊し切っているシェリーに彼を撃退するだけの魔力は残っていない。ふらりと立ち上がり、倒れるのを堪えているかのような覚束ない足取りでオスカーの前に立ち塞がる。そうだ。それでいい。

 代わりに死んでしまえばいい。

 命を使ってしまえばいい。

 何もかもが、どうでも良い。

 

(ああ、私、死ぬんだ──)

 

 

 

 

 

 

「──ぇ?」

 

 コーネリウス・ファッジはシェリーのコートを掴んで煙突飛行粉を持たせて、シェリーを暖炉に放り投げた。すると自動的に炎が揺らめき、シェリーの肉体は魔力体へと変質すると、ここではないどこかへ『移動』した。

 消えた暖炉の火を、信じられないものでも見るかのような目でオスカーは眺めた。

 

「何をやっている?」

 

 オスカーの底冷えするような声は彼の肺腑を鷲掴みにした。

 煙突飛行粉(フルーパウダー)の亜種──緊急煙突飛行粉(チムニーパウダー)。魔法省における重大な役人のみが持つことを許される、数十キロ離れた地点であっても瞬く間に移動できる魔道具。

 だが問題はそこではない。

 緊急煙突飛行粉はその名の通り緊急時にのみ使用を許可されているモノ……すなわち一人分しか用意されていない貴重品。それを彼はシェリーに使った。

 即ち──ファッジが逃げる術はもう無くなってしまったということ。

 彼は自分の代わりに彼女を逃がした。

──強いて言えば、この場の誰もがファッジの僅かに残った善性の一欠片が生み出す勇気を軽んじていたことが、この奇跡のような脱出劇を作ったといえる。

 臆病者の一撃(バンプ・オブ・チキン)

 ロン然りネビル然り──弱きものほどいざという時に力を発揮するもの。

 がくがくと、男は脚を震わせた。冷静になって、後悔の念が湧く。

 これまでオスカーの冷徹な声を聞いたことも、本性を垣間見たこともなかった。

 裏側に溜め込まれた悪意が霞んだ輪郭を塗りたくっていく。煙のようにおぼろげな男は、その実誰よりも有害だった。

 

「だ、大臣は、不祥事を起こしたらその責任を取らなきゃならないんだよ……」

「それが今だと?」

「はは、は。そう、そうだよな。私があの子を逃がしたところで、もう、私の罪は消えないのに、私が過去最低の大臣なことは変わらないのに、今更こんな、何を……」

 

 走馬灯、というやつか。

 まだ若かった頃、ファッジは魔法省を変えるのだと腐心し、やる気と情熱だけはもっている青年だった。……やる気が空回りしていたと気付いたのは入省数年後か。

 要領良く仕事をこなすと言えば聞こえはいいが、その実どれだけ上手く手を抜いていくかだけ考えていた。それがキャリアだと本気で思っていた。ただ、仕事を全て適当にするほどにはクズにもなれず、かといってそれらを完璧にこなす程の能力もなく。そんな人生を数十年繰り返し、クラウチやダンブルドアといった大臣の器たる人物が選ばれなかったが故の繰り上がりで大臣になっただけ。

 そりゃあ、権力にだって溺れる。こんな馬鹿を大臣なんかにしたのは選んだ方にも原因がある。結局、大臣という役職になっても良いように使われることには変わりなかった。魔法界の安寧を人質に、地位と給料を搾取し続ける毎日。

 問題には気付いても対処する力はない。だからダンブルドアに何かと助言を求めたし、厳しい問題は見ないフリをした。その結果がこのザマだ。何を変えればよかったのか。何をすればよかったのか。何をすればダンブルドアみたいに、クラウチみたいになれたんだろう。……年頃の少年少女の証言を嘘呼ばわりして虐めることでは、絶対にない筈だ。

 ……ああ、馬鹿みたいだ。

 変えるべきは弱い自分だったというだけの話。

 ただそれだけの、話。

 

「何をやってんだろなぁ、私は……」

「──到底理解できない感情だ」

 

 緑の閃光が炸裂した。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「ファッジ……さん……?

………!!ぁ、ああぁ、あああ、ああああああ──ぁっ、ファッ、ジさ……!!」

 

 シェリーはどこかの暖炉に転がっていた。

 緊急煙突飛行粉はあくまで万が一のための最終手段であり、国外の暖炉にまで繋がっているケースもあるのだという。ファッジがその粉を使ったことで、死喰い人はもうシェリーの位置を特定できなくなってしまった、というわけだ。

 だが、そんなことなど、当のシェリーは知ったことではない。早く戻らねば……早く戻らねばファッジか。死んでしまう。

 何かすぐに魔法省に戻れる方法がないか確認して──

──あった。魔法飛行粉!

 

「魔法省!……何でっ、魔法省、魔法省!!何で!?何で反応しないの!?ここからじゃ距離が遠すぎるから!?」

 

 シェリーは周囲を見渡した。

 小ぢんまりとしたロッジ。雪が降り積もった場所にあるファッジの隠れ家だ。

──雪?もう春なのに?そんな遠いところまで来てしまったのか?

 嘘だろう。これでは魔法省に行けない。

 死ねない!

 早く、早く──何かないのか。

 

「箒、そうだ、箒に乗って魔法省まで飛んでいけば……!!クリムゾンローズのスピードならすぐに、……あ、壊れて……」

 

 シェリーの愛箒はオスカーに破壊されていることを思い出した。

 隠れ家の中に箒はないかと探すも、せいぜい『流れ星』程度の型落ちの箒しか置かれていない。こんなものに乗ったって間に合うものか!

 

「そうだ、姿現し!やったことはないけれど紅い力で魔力をブーストすればきっと飛べるはず──……っ、身体に力が……?」

 

 力を解放しようとした途端にシェリーはよろめき、倒れる。魔力を練ることさえ今は難しい。何で、何でこんな時に。紅い力にはデメリットは無いんじゃなかったか。

 ……まさか。シェリーの場合、紅い力を使うごとに寿命を削るので、その削った命の分だけ身体が休息を求めているのか?

 だとしたら、これ程までに自分の身体を憎らしく思ったことはない。

 何故こんなに貧弱なのか。何故これほどまでに脆弱な肉体なのか。鷹揚に構えている暇はない。ないというのに。

 

「こ、の──役立たず!!こんな、こんなこんなこんな!!ぁあ、ぁあああ、ぁあああああああああああああ!!!!!!」

 

 苛烈、そして泥濘とした想いは叫びという形で吐露された。

 ファッジのすぐ近くにはオスカーが近付いてきていた。あの妖しくも殺人への遊興しか映さない瞳の男が、ファッジに何もしないとは思えない。

 けれど、今すぐ魔法省に行く手段は存在しない。何一つとして。

 部屋の鏡に自分の貌が映る。何とまあ酷いものだ。切迫した状況が母譲りの美しさを乏しめているように思えた。

 殺すだの何だのほざいておいて、呆れを通り越して笑えてくる。叩き割れた絶望が脳髄を揺さぶる。

 

「訳知り顔であの女(わたし)は何を偉そうに宣っていたんだ!!悟ったような顔で!!何を!!

 あなたは……あなたは本当に役に立たないな!?力をつけた!?全員殺す!?足を引っ張って迷惑かけてそれで満足か!?

 はは、……ぁあ、こんな……こんなくだらない能力まで手に入れて!!」

 

 ふとシェリーの動きが止まる。

 彼女はあらためて鏡を覗き込んだ。そこには朧げに醜い女の姿が映っていた。

 血の色に染まった髪も、薄汚れた手も、不死鳥の騎士団を死喰い人の巣窟に入れ込ませてしまったこといい、何もかもが奴等に似ている。そっくりだ。

「まるで、まるで死喰い人だ……

 ぁはぁはははぁはは、はははッ、あああああああ………はっ、あああああ!!!」

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 壊れた頭を掻きむしり、発狂した身体からは悲鳴とも慟哭ともつかぬ耳障りな音が漏れ出した。血管の一本一本が軋んでは苦痛を訴えた。この世の全ての罵詈雑言を向けられたとて、この女の罪は言い表せないだろう。

 狂って、狂って──。

 だがシェリーは土壇場で狂い損ねた。

 狂気に呑まれてさえしまえばシェリーの心にも救済はあったのだろうが、彼女の毅然とした理性はそれすら許さなかった。嗚咽は堪えようもなかった。

 事切れた屍のあの感触、あの感触がシェリーを苛ませる。

 

「ごめんなさい……」

 

 流れ落ちる涙を止める気力さえ失われ、愛する家族の人生を終わらせたことに慟哭を重ねる。詫びずにはいられない。もはやこの懺悔を天国に届けることにさえ申し訳なさを感じつつ、彼女は何度も無意味な謝罪を繰り返す。

 

「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい………ごめんなさいごめんなさい……!!」

 

 次なる戦いまでの安息の時間、その安らかな時間がシェリーにとっての最大級の責め苦だった。少女は贖い切れぬ罪を抱えたまま、喪失した心で己の罪の所在を問う。

 生まれてこなければよかった。

 生まれてさえこなければ事態を悪化させることはなかった。

 私でさえなければ、きっとシリウスだってファッジだって、あんなところで死なずに生き延びることができたのではないだろうか──。

 そもそも、罪人がのうのうとホグワーツに通うこと自体おかしかった。

 

「ホグワーツにはもう帰れない……」

 

 私一人で死喰い人を殺す、そう言うだけの気力はとうに失せていた。

 ならばどうするかと考える余裕もない。正常な思考など望むべくもない。

 ただ、今のシェリーは。

 あの城に帰る資格はないと感じていた。

 




コーネリウス・ファッジ 死亡
死因:オスカーによる死の呪文

シェリー・ポッター 行方不明
足取りは未だ掴めず

その他、死傷者数十名


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Order of the Phoenix

 ボロボロになった魔法省の会議室、その中でも一番マシな部屋に闇祓いが集結し、戦いの報告を行なっていた。

 上層部の人間はやれ忙しいだの都合がつかないと言ってここにはいない。ファッジやアンブリッジの死亡により後ろ盾を失ってしまったり、オスカーのスパイ活動に気付かなかった責任を誰が取るのか、そういった議論で白熱しているようだ。

 キングズリーはそんな彼達に呆れつつも想定内だと、割り切って職務を遂行しているのだった。

 眼鏡の下は疲労の色だった。

 

「騎士団の損害は──三割が死亡及び戦闘不能状態。一割は退職・異動願いを出してきた。部隊再編にはそれなりに時間を要するだろう」

 

 三割、とは、決して少なくない数字だ。一般に部隊は全体の三割を損耗すると全滅扱いとなり、従来通りの部隊運用は望めなくなる。

 細かな違いはあれど魔法界においてもその仕組みは殆ど同じだ。

 闇祓い側が失ったものは大きい。

 

「行方不明となったシェリー・ポッターだが、彼女が移動に使用した暖炉は戦闘の余波で壊れ、未だ足取りが掴めずにいる……彼女には『匂い』がついている筈だが、今のところ彼女が魔法を使ったという情報はなく、紅い力を使用している可能性あり。紅い力は未成年の魔法使いが使用した場合に匂いが発生しない、という性質も追記しておく」

 

 シェリーがウィゼンガモットで裁判を受けた際に判明した、紅い力の特性。

 それは紅い力の魔法には匂いがつかないということ。魔法省が今までハリーの存在に気付けなかったのもそのためだろう。

 だからシェリーは匂いのつかない紅い力と、透明マントを駆使してあちこちを逃げ回っている……のだが、何故彼女がホグワーツに戻らずに行方を眩ましているのか、それが分からない。

 そも、彼女の場合紅い力を使えば使うほどに生命を損耗していくわけで、早く保護する必要もあるというのに。

 

「成果と言うべきは、コーネリウス・ファッジの死で魔法界が例のあの人の再来を明確に認知したということ。誌面は大騒ぎ、次期大臣はファッジ政権に懐疑的かつ最右翼だったルーファス・スクリムジョールだろうと目されている」

 

 彼は各国を飛び回って死喰い人達の動向を探っており、そのせいで今回の作戦には不参加だった。元から魔法省に対して変革的な考えだった彼なら、この有事にその手腕を存分に振るってくれるだろう。

 軋轢を生みやすいその性格だけは、如何ともし難い懸念材料だが。

 

「そして例のあの人はダンブルドアにより封印術を施され、戦闘能力が著しく低下している。それに伴い死喰い人達も撤退、大戦果と言えるだろうよ。

 ……まあ当の功労者は意識不明というオチがつくが」

 

 そう、それだ。

 ダンブルドアは自身の魔力と引き換えにヴォルデモートを封じた。昏睡状態に陥った彼は絶賛聖マンゴで治療中。両軍勢とも大将を失っているのだ。

 ダンブルドアはいつ目を覚ますかも分からない。その間にヴォルデモートが封印を解かないとも限らない。

 キングズリーの報告を受けた闇祓いと騎士団の面々は、沈痛な面持ちを浮かべるより他なかった。これでは今までのように後手に回るしかない。対症療法では死喰い人という癌には対応しきれない。

 

「敗北にも等しい戦局で、死喰い人側にこれだけの損害を与える結果になったのであれば、………、この戦いは……、」

 

 絞り出しすような声で。

 当の本人が、全くそのようなことを思っていなさそうな顔で、

 

「……痛み分けだ」

 そう、結論づけた。

 

 シリウス・ブラックを始めとする多くの不死鳥の騎士団の殉職──

 アルバス・ダンブルドアの昏倒──

 コーネリウス・ファッジの死去──

 失ったものが多すぎる。得たものを喜べないほどに。

 

「……でも、例のあの人を撃退することはできた。被害は抑えられた。失ったものを数えるのではなく、得たものに目を向けていくべきだ」

 

 そう考える者もいる。

 けれど騎士団や闇祓いに所属した人間はそうは考えなくなっていく。

 そも、戦いには得るものがないからだ。

 ヴォルデモートを倒したからといって世界が平和になるわけじゃない。失ったものは戻らないから、これ以上失わないために仕方なく戦っているだけ。

 沢山の人を助けることができたら、人を救えなかった事実は帳消しになるのか?

 

「人の命は足し引きできるものじゃない。どれだけ人を救えたとしても、一人の命を救えなかった事実を消すことはできやしないんだ……」

 

 レックス・アレンは一人、あてがわれた病室でそう独りごちていた。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「封印とは……老いぼれが、何とも小賢しい真似をしてくれる」

 

 ヴォルデモートは潜伏しているアジトにてそう吐き捨てる。

 ホグワーツ陥落、魔法省陥落という大目的を成せなかったとあらば、彼の癇癪の行き先が自分に来ないよう怯えることが今の死喰い人の仕事だった。

 ホグワーツと魔法省を同時に攻撃したのはピーター・ペティグリューの能力が原因である。彼の魔法無効化ガスは敵味方関係なく魔法を無力化する代物。つまり、紅い力を持つ者としか一緒に行動できないというデメリットがある。……そう、一般的な死喰い人の勢力を活用できないのだ。

 だからホグワーツを軍の指揮に長けたドロホフに任せ、紅い力を持つ者はダンブルドアとアレンへの対抗策として魔法省に配備した。ダンブルドアとアレンがホグワーツに来たならば魔法省を陥せる。魔法省に来たならばホグワーツを陥せる。二人がバラバラに動いたならば紅い力で迎え撃つ。

 その筈だった。が、その目論見は外れたと言わざるを得ないだろう。

 力を削がれながらも未だ残る漆黒の威容を、しかしグリンデルバルドは細い目で見つめていた。紅い力が闇の帝王との繋がりであり、それが消えれば煩わしい縛りからも解放されるが、ダンブルドアと渡り合うにはやはり紅い力が必要だからだ。

 

 グリンデルバルドは傍らの髭の男──

──ダンテ・ダームストラングに声をかける。

 

「ダンテ、治るのはいつ頃だ?」

「ん……固有魔力の循環経路の硬直が酷いからな。常人なら再起不能、彼でも全治に一年はかかるだろうな」

「そうか。アルバスの意識が回復するのとどっちが早いかな」

「……起きる、と、信じて疑ってないんだな?」

「どちらともこんな中途半端で終わる人間じゃないさ。必ず回復する」

 

 ダンテの解答に満足したのか、グリンデルバルドは優雅にワインの栓を開ける。

 ダンブルドアとの決着は来年に持ち越しとなったが、今更それしきのことで彼の精神に淀みは生じない。むしろ、ヴォルデモート卿の取り引き相手とかいうダンテに対し訝りの視線を向ける余裕すらあった。

 

「君も物好きだな。今の彼なら寝首をかくこともできるんじゃないかい?」

「お前がそれをさせねえだろう。それに裏切るつもりなんざサラサラないさ、まだまだ利用させてもらわなきゃならねえしな。俺の目的は、この世で最も強い生物になることなんだからよ」

「最強、とは、また大きく出たな」

 

 ホグワーツ創始者、マーリン、ペベレル三兄弟といった著名な魔法使いならいくらでもいる。しかしこと最強という括りで考えを巡らせてみればその議論は尽きないだろう。生物となれば尚更だ。

 ダンテの野望はそれら全ての生物を超越してみせることらしい──

 まあ、どうでもいいか。

 

「そういえばオスカーとグレバの姿が見当たらないようだが?」

「グレバ?ああグレイバックね……あいつらなら魔法省から何人か攫ってきた一般人を拷問(ごうもん)してるってよ」

「ああ拷問(しゅみ)ね……最近じゃマグルの夫妻を虐めていたというし、彼達も暇だな」

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「この女のせいだ!!殺してやる!!殺してやるぞ!!」

「私達がこんな目に遭っているのは全部全部この悪魔のせいだわ!!」

 

──それが、ハーマイオニーの写真を見せた時の両親の反応。

 肉体的な損耗はなかったが、二人はオスカーの趣味に付き合わされていたらしい。

 二人に目隠しをつけた上でそれぞれ防音の部屋に閉じ込め、耳元で片方が拷問されている様子を拷問官が実況するというもの。妻は夫が、夫は妻が拷問されているのを聞いているだけしかできない。

 しかし実際には、まったく肉体的加虐などは行っていないという、何とも悪趣味で悪辣な拷問である。何だそれは、と思うかもしれないがこの拷問は想像以上に精神が磨耗するのだという。何もされなかったと言われても相手はただ強がっているだけなのでは、という疑念も湧く。

 まさしく精神的な拷問といえよう。

 

 ……だが、ここからがオスカーの純然たる悪意の本領であった。

 

 当然、そんな目に遭わされた二人は理不尽を強いたオスカーに対して怒る。自分だけでなく人生のパートナーを巻き込んだことに対して激怒する。

 オスカーは錯乱の呪文を使って、更にその怒りを増長させる。あまりの怒りで恐怖を忘れてしまうほどに。

 そしてその怒りを全て自分の娘に向けるというのが、オスカーの施した仕掛け。あろうことかハーマイオニーを最低最悪の人間だと思い込まされているのだ。

 

「何で──」

 夜明けまで続いた戦闘で精神的に追い詰められた彼女に突きつけられた現実。もはや感情を糊塗する気力もなく、ハーマイオニーは睫毛を涙で濡らす。

「何で……何で私達がこんな目に遭わなきゃいけないの……?」

 ロンは項垂れるような首肯を返すしか彼女の辛苦を慰める術を知らなかった。

 よく物語では主人公の成長に重きが置かれることが多い。しかし、 当事者になってみればそもそも戦いをしている時点で成長も糞もないと思う。

 何せ、この戦いはマイナスをゼロにするだけの作業なのだ。

 失なったから取り戻すしかない。寧ろ戻ってくるものは限りなく少ない。けどこれ以上失うのは嫌だから戦うしかない。

 今、彼達が勝って得られるものは何だろう。平和?そんなもの、死喰い人を倒したからといって得られるものではない。

 悪意とは、平和を掻き乱す害悪だ。

 

「シェリーはホグワーツに帰ってこない。ハーマイオニーはこの状況に参ってる。

 ……僕が皆んなを守るんだ。僕がみんなの助けになるんだ。こんな凡人の背中が役に立つんなら、いくらだって貸してやる」

 

 ただ──気になるのは、少女の安否。

 契りを交わした少女は今どこにいるのか。

 

「許さない。許さないから」

 シェリーの失踪に最も憤っていたのはチョウだった。毅然とした仮面にはしかし、何か大切なものが根刮ぎ欠落していた。

「セドリックも……シェリーも……いなくなるなんて。『私が殺した』なんて言うのなら、その罪を償いなさいよ。このまま死ぬなんて絶対に許さないんだから」

 青褪めた唇を震わせる。

 彼女がセドリックの死に悲嘆していたのは事実だし、実際、シェリーに対して思うところがなかったわけではないけれども、それでもシェリーを憎しみ切れるほどの単純ない気骨でなかったばかりに、激憤という形でそれが発露した。

 怒っているのは、シェリーにか、自分自身にか。

 なまじ賢いだけにマリエッタの慰めで癒されることなく、けれどいみじくも発展途上の精神故に、感情の矛先を向けかねたまま時間だけが過ぎていく。

 薄れゆくセドリックの面影に手を伸ばしたまま──。

 

「お前達がホグワーツを守ってくれたんだってな。ありがとう。来てくれなかったらどうなっていたか……」

「水臭いのう、礼はいらん」

「でも……」

「礼ならCD買ってくれッス」

「それより君達の方が心配だよ」

 

 ホグワーツに帰り、事情を聞いたベガとドラコは頭を下げて感謝を伝えた。

 マホウトコロ、ボーバトン、イルヴァーモーニーの代表選手達が揃い踏み。ここにダームストラング兄妹がいれば去年の対抗試合の再現だったのだが、クラムによればネロとリラの行方は知れないのだという。

 学校を卒業しているので当然といえば当然なのだが、それでもベガは内心、あの二人の不在にどこか違和感を感じていた。

 ……考えても答えが出ないことに思考を費やしても仕方がない。

 ベガは談話室に向かう。

 一日前まではあんなに賑やかだったというのに、今は静謐だけが客人だった。

 

(ここってこんなに静かだったか……?)

 嘆息すると、もたれかかるようにしてベガは暖炉前のソファへと身を沈める。

 火炎は消えていた。

 

「──今どこにいんだよ、シェリー」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 シェリー・ポッターはゴミ捨て場の中に身体を沈めた。安物のパーカーの薄い生地を寒風が貫く。血の代わりにコールタールが流れていると言われてもおかしくない、それほど彼女の顔色は悪かった。

 ホームレス同然の風貌で、死人同然の貌を浮かべてただただ無気力に息をする。

 シェリーはここ三日ほど水だけで生活している。

 魔力濃度の高いところへ行き、空気中に広がる魔力を吸収してエネルギーにすることで食料を不要としているのだ。

 ヴォルデモート卿が愛の護りによって肉体を失った際に使用した、生命維持のための最終手段。食物を摂取しなくとも空気中の魔力から栄養を得ているのだ。と言ってもあくまで病人が点滴で栄養補給する程度のもので、疲労を隠せていなかった。

 

「殺す……殺す……殺す……」

 

 それ以外のことは、何も考えたくなかった。

 不死鳥の騎士団や闇祓いの助けなしにどうやって死喰い人を探すのか。見つけたとして対抗策はあるのか。倒せたとしてその後はどうするのか。そういった根本的な問題から目を逸らして、シェリーはただただそれだけを呟いていた。

 

「殺す……ころ、…殺せなかった、わた、わたし、ああ、殺せなかった……!!ちがう、ちがうちがうちがう……殺し、殺して殺して殺すんだ……」

 

 錯乱し、背中を丸めて蹲る。

 元より狂気染みたシェリーだったが今は狂人としての正常な思考すらできない。破却された理性が紡ぐ呪詛はもはや、精神をほんの少しでも安定させるだけの処方薬でしかない。

 殺意も、明確な目標も、生きる意味すら見出せず、浅く呼吸を繰り返すだけしかできないまさに死に体。渇いた涙の痕がシェリーの精神を暗示していた。

 雪ぎようもない罪を抱えて。

 その身に余る罰を背負って。

 

 

 

 

 

 

 

 

【登場人物紹介】

 

 

【挿絵表示】

 

 

◯シェリー・ポッター(The homunculus called sherry Potter)

憤怒の力を宿した少女。どれだけ怒っていても自分の意思で人を殺すことができない優しすぎる性格。甘いともいう。合わせる顔がないという理由でホグワーツには帰っていない。現在は裏路地のゴミの山の中で寝泊まりしており、生活環境はダーズリー家にいた時より悪化している。

 

◯ベガ・レストレンジ(Vega Deneb Lestrange)

いつも独りで勝手にどっか行くシェリーにやきもきしてた。成長と経験を重ねれば、ダンブルドアやアレンと同じく紅い力に匹敵するだけの力を得る可能性がある。

 

◯ロナルド・ウィーズリー(Ronald Bilius "Ron" Weasley)

今年の裏主人公。DAのリーダーを勤め、ホグワーツ戦線を経たことで指揮官として一皮剥けた。戦略家としての才が芽生えつつある。

 

◯ハーマイオニー・グレンジャー(Hermione Jean Granger)

非凡な発想力と頭脳を活かした参謀としての活躍が期待されている。

両親が拷問され、その時の怨みを自分の娘に向けるという魔法をかけられてた。(治る見込みナシ)

 

◯ドラコ・マルフォイ(Draco Lucius Malfoy)

グレイバックに対し怒りを抱く少年。なんかやたらとベガと行動することが多い。コルダと共闘したことはないのにね。サポートが上手い。

 

◯コルダ・マルフォイ(Corda Narcissa Malfoy)

アンブリッジに数時間に渡って磔の呪文を使われた。そしたら何かパンジーと仲良くなってた。守護霊は雪豹。

 

◯ルシウス・マルフォイ(Lucius Malfoy)

享年四十一歳。

グレイバックに戦いを仕掛けるも返り討ちに遭う。無謀にも最高幹部に戦いを挑んだのは愚かだが、しかし彼の勇気を笑うこともできないだろう。

最期に彼が願ったのは家族の幸福だった。

 

◯シリウス・ブラック(Sirius Black)

享年三十六歳。

犬に変身できる動物もどきで、影の中に潜れる能力がある。偶然にもそれなグリンデルバルドとペティグリューに対して極めて有効な能力だった。

世間からは犯罪者として扱われ、ジェームズの敵討ちもできず、青春時代の殆どをアズカバンで過ごすという悲惨な人生だが、最期に見せた顔はとても安らかなものであったという。親友の娘……ではなく、愛するひとを守れたからだろう。

 

◯ドローレス・アンブリッジ(Dolores Jane Umbridge)

享年不明。

味方のパンジーもドン引きの磔の呪文連発の後、シェリーによる制裁を受け禁じられた森に逃走。その後たまたま鉢合わせたドロホフに始末される。この性格とあの能力で守護霊の呪文出せるのは逆に凄い。自己肯定感が半端ないカエルババア。

 

◯コーネリウス・ファッジ(Cornelius Oswald Fudge)

享年不明。

シェリーを庇った直後にオスカーに殺される。無能かつ戦犯なのだが最後の最後で男を見せた。特技は責任を取ること。

 

◯アルバス・ダンブルドア(Albus Percival Wulfric Brian Dumbledore)

吸血鬼となって復活したグリンデルバルドに複雑な感情を抱く。ヴォルデモートとの戦闘で昏睡状態。

 

◯ヴォルデモート卿(Lord Voldemort)

人生エンジョイ勢。こいつとグレバとオスカーで同人誌の竿役やれると思う。

 

◯ゲラート・グリンデルバルド(Gellert Grindelwald)

強欲の力を宿している。吸血鬼となって全盛期の姿で復活した。知り合いの前ではテンション上がるタイプの人。

 

◯アントニン・ドロホフ(Antonin Dolohov)

戦争大好きオジサン。元は強欲に適正のある優秀な闇の魔法使いだったが、その本領は軍を率いての指揮能力。ただ、ロンと戦うの楽しすぎて途中から忍びの地図見てなかった。最近の悩みは死喰い人が大体オジサンなこと。

 

◯オスカー・フィッツジェラルド(Oscar Fitzgerald)

細い銀縁の眼鏡、アッシュグレーの髪、青と琥珀のオッドアイ。ぱっと見は地味でつまらなさそうな役人然とした男。さながら煙草の煙のように、どこにでもあって気がつけばいなくなっている人間。

しかしその本性は邪悪そのもので、人の苦しむ姿にのみ生の実感を感じる。彼に近付けば近付くほどに死の危険が増す有害な存在のだ。まさしく、煙草の煙である。

 

『難易度:ルナティック』

味方が一年で最低でも三人は死ぬ。

 

『紅い力』

本来は寿命と引き換えに手に入れることのできる絶大な力。この力を得た闇の魔法使いの殆どが早死にしており、グリンデルバルドなどは存在に気付いても使うことはしなかった。

しかしヴォルデモートの研究と改良により、分霊箱の特性と合わせることで寿命を使わなくてもいいようになった。(ただしシェリーは例外)

ヴォルデモート版の紅い力は人を殺すごとに強くなるという特徴があり、また、分霊箱の役目も兼ねているので、紅い力を持つ幹部を全員殺さなければヴォルデモートが滅びることはない。

 




長かった。すげえ長かった……。
キャラ数多いわドロホフおじさん強いわで中々進まねえ!でも楽しかったあ!
次はエピソードオブオスカーとエピソードオブデネヴやりまーす。


思いっきり挿絵描くの忘れたから明日投稿するね……?

追記
挿絵追加しました!


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閑話
Episode of Oscar


今日はロンの誕生日なんですってよ。やったね!


 オスカー・フィッツジェラルドは生まれつきヒトの心を理解できなかった。

 

 彼は魔法族の、取り立てて特筆することもない血統の家に生まれた。家はそれなりに裕福で、どこにでもあるような、ありふれた一般家庭。

 画商の父と専業主婦の母から愛情を受けて育った。……が、当のオスカーはその愛が何なのか理解することができなかった。

 ある程度の自由と安全が保障された家というのは生きていく上で都合が良い、くらいには思ったけれど。そこに感動を見出すことがどうしてもできなかった。

 

(きっと自分はこの世の異物なのだ)

 

 オスカーの確信こそ真理だった。

 多くのものに触れたし、多くの場所に旅行にも行った。

 けれどそのどれもがただのモノでありただの場所であり、それ以上の何かを与えてくれることはない。

 生理的な快や不快はあれど、美しいものを見ても心が動かず、素晴らしい音楽を聴いても高揚せず、旨いものを食しても何ら満たされるものはない。

 それらが素晴らしいかどうかはかろうじて判別できるものの、それらを心から素晴らしいと思ったことはない。

 けれどその異常性を知られればどれだけ面倒かも彼は理解していたので、決して表に出すことはなかった。感情はなくとも生理的な快不快くらいは感じる。冷えた病室に閉じ込められるのは憚られた。

 そうして、彼はホグワーツに入学する。

 

「これはまた……何ともまあ難しい子が来たものだ。欲もない。嫌悪もない。そしてその事実に一片の悲嘆すら感じてすらいないなんて!きっと君はどの寮でも上手くやれるのだろうし、どの寮でも心動かされることはないのだろうね。それでも、君にこの城での生活がきっとより良きものになることを信じて……レイブンクロー!」

 

 勇気も優しさも野望も持ち合わせていなかったオスカーが唯一有用だと考えていた知識、それを重視する鷲の寮。そこでもオスカーは生き方を変えなかった。

 当時の世代の生徒は良くも悪くも非常に優秀な生徒が揃っており、悪戯仕掛け人を筆頭にリリーやアレン、スネイプやレギュラス、デネヴといった、後に勇名を轟かせる者達も数多くいたのだが、才能だけでいえばオスカーもその一人だった。

 彼が本来の実力を発揮さえすればそういった優秀な生徒達を抑えて一番になることも不可能ではなかった。されど彼は程良く手を抜くことで自分の実力を隠した。目立っても良いことはないからだ。

 自然とオスカーは独自のポジションを確立した。とりたてて目立つ人間でもないが敬遠されるような人間でもない。可もなく不可もなく、適当な友人を作って適当に話を合わせる。

 きっと心からの友人などできない。

 そんな自分を哀れだと思う心すらない。

 虫のように、日々を無感情にいつも通り過ごしていく……それが彼の日常だった。

 

「おい、スネイプがポッターとブラックと何かやってるぞ!あいつらの学年はさっきまでふくろう試験だった筈だろ?よくあんな元気があるな……」

「おい、見に行ってみようぜ!」

「──ああ、そうだな」

 

 その日はグリフィンドールとスリザリンの上級生が喧嘩をしていた日だった。ヴォルデモートという闇の魔法使いの勢力が幅を利かせている昨今、ホグワーツでは何ら珍しくもない光景だった。

 面白がった友人に連れられてその様子を見に行ってみると、スネイプがエバンズやアレンに庇われているのが見えた。何ともまあ無様な姿だ。あの年頃の男子は、とりわけ女子に庇われることが屈辱でしかないらしく、顔を恥辱で歪めている。

 本当に、ああ、本当に滑稽だ……。

 口を何やら動かしている。これ以上何を喚き散らすというのか。オスカーはその時何故か、スネイプの唇の動きを追わずにはいられなかった。

──その瞬間、ホグワーツの壁が爆発した。

 

「デネヴだ!!デネヴが出たぞおおおお!!」

「おいおいまたあいつの新作だぜ!今度はデカいな!?」

「な……あ……あなた何をやっているの!!!??」

「ギャアーーーーハッハッハァ!!!」

 

 頭のおかしいデネヴが作ったという戦車だのなんだのが出てきて、その場は滅茶苦茶になった。その後、デネヴの戦車事件はホグワーツにおいて長年語られることになるわけだが、それはまた別の話だ。

 ……それにしても。

 スネイプがあの時言いかけていた言葉。もしあれが最後まで紡がれていたなら。

 彼が『穢れた血』と最後まで言い切っていたなら、……どうなっていただろう。

 何かが変わりそうな、価値観が裏返るような予感がしたのは、気の所為か。

 学友達がデネヴの奇行で盛り上がっている中、オッドアイの少年はただ一人、答えの出ぬ問答に耽っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな平坦な人生の転換点は、彼が十四歳の時。彼の家に死喰い人のグレイバックが押し入った時だった。

 とある夏休みの日、実家に帰省していると突然にグレイバックが家にやって来て、破壊欲のままに家を滅茶苦茶にしたのだ。その行動に意味などない。彼は人を殺すことこそを生き甲斐とする外道だ。

 そう、ただ──今宵の標的がフィッツジェラルド家だったというだけのこと。

 オスカーの父と母は息子を守るために戦ったが、あえなく惨敗。床に叩きつけられ身動きがとれなくなってしまった。

 オスカーはといえば、その場でただ凄惨な光景を見やっているだけだった。

 父や母がグレイバックにボロ雑巾にされているというのに、一切の同情も憐れみも恐怖も湧いていなかった。

 

「オスカー、お前だけでも、逃げ……」

 

 逃げる──逃げるか。

 それもいい。

 このまま背を向けて逃げ出して新たな人生を送ってもいいし、無謀にもグレイバックに戦いを挑むのもいいだろう。

 どっちでもいい。

 どうでもいい。

 親が死にそうな目に遭っているのに、オスカーの精神は凪いだ水面よりも静かであった。自分は親が死んでも何ら悲しむことすらできない人間──

 

(────……、?)

 

 何故だろう。

 胸が熱い。心臓が早鐘を打っている。しかしその痛みがどこか心地良い。

 オスカーの疑問が自分自身に向くのは生まれて初めてのことだった。同時に、頭のどこかで本能とかいう奴が囁いている。

 ここから離れたくない。

 どうなるか見てみたい。

 生唾を呑み込む。例えるならば、自分自身の何かが開花していくような……いや、初めてこの世に生まれてきたかのような。

 グレイバックは、そんなオスカーを興味深けに覗き込んで言った。

 

「愉しんでやがるな?この状況を」

 

──タノ、シイ?

 これは愉しいと言うのか?

 自分はこの鬼畜とも言うべき所業を面白がっていると?

 予測ができない。どんな時も歪む筈のない精神が、在り方が、捻じ曲げられていくのを感じた。

 ……その表現も正しくないのだろう。

 自分は生まれた時からこうなのだ。

 人を苦しめて悲しませて絶望させることが自分にとっての幸福だった。されど、それに気付くことができなかった。

 生まれた時からいかれていた。

 けど、そんなことはどうでもいい。自分が興味があるのは一つだけ。もし、親がこのまま死んでしまったら──

 何があるのだろう、と。

 

「坊主、」

 

 グレイバックはナイフをオスカーの目の前に投げた。鏡のように研ぎ上げられた刃には見たことのない顔をした自分が写っていた。その顔を見て漸く察する。

 恋人を作っても、食事をしても、得られなかったものがすぐそこにあったのだ。

 狼男は、同類を見つけた、そんな貌で、

 

「楽しいぞ」

 

 

 

 

 

 

 

「──ぉ、すかー……なんで?」

 

 オスカーは自分の両親を貫いていた。

 銀刃から伝わる感触が心地良い。目元が弧を描き、心臓が裂けんばかりに躍動し、そしてそれがどこまでも痛烈にオスカーの狂気を煽る。

 自分にはこれしかないのだ。

 オスカー・フィッツジェラルドには愉しいという感情しか存在しない。それ以外の全ては虚無だ。

 両親は、自分達の愛する息子が何故このような凶行に及んでいるのか、まるで理解できないようだった。グレイバックに襲われた時はまだ恐怖を感じられていたが、息子に刺されているこの現状については最早感情が追いついていない。

 先に息絶えたのは父の方だった。口からは無様に血が垂れて、苦悶の表情を浮かべた様は何とも無様だった。

 母は死の直前に泣き出した。今まで育ててきた息子が凶行に走ってどんなに惨めな気分だろう。歪んでしわくちゃになった顔がとてもとても滑稽だった。

 

「ふ、」

 

 知らず、口角は釣り上がっていた。

 一寸の狂いもなく動いていた心臓が、全身にはち切れんばかりに血を送ったのは、生まれて初めての出来事だった。

 生の実感──

 本や映画では味わえぬ、本当に人が死んでいるという臨場感。鼻を刺す鉄臭。あまりにも心地よくて、心臓に愉悦を齎してくれるというもの!

 

「っ、くっ、ははは、ははは」

 

 オスカー・フィッツジェラルドが産声を上げた。肉体が健全であっても心が死んでいる者を果たして生きていると言えるだろうか。心なくして人に非ず、そう定義するならば、オスカーはこの瞬間初めて生を受けたといえよう。

 人を殺すのが楽しい。

 絶望させるのが愉しい。

 否、『人を苦しめることでしか幸せになれない』!

 夫婦は息子の凶行を最後まで理解できていないようだった。それすらも面白い。

 グレイバックから手渡された煙草に火を点けると、口の中に広がる仄かな甘みが、どうしようもなく愛おしく思えた。

 それも初めてのことだった。甘いか辛いかは分かっても、それを美味しいと思えたのは初めてのことだったから。

 

「ああ──殺しの後の煙草とは、こんなにも旨いものなのだな」

 

 

 

 

 

 

 

 当然の帰結として、オスカー・フィッツジェラルドは死喰い人になった。

 グレイバックの紹介でヴォルデモートの所へ連れて来られると、闇の魔法使いとしての資質を示すために、敵対する魔法使いや適当なマグルを思いつく限り残虐な方法で殺し続けた。グレイバックやベラトリックスからアドバイスを貰ったりもした。

 オスカーという異常な存在を面白がったヴォルデモートは、卒業後に魔法省に勤めるように言った。それは、オスカーが人を絶望させること以外では無感情なので、どんな環境であっても完璧に溶け込めると判断したからだった。

 事実、あのダンブルドアでさえ、オスカーの本性に薄々勘付いてはいても確信を持つまでには至らなかったのだ。

 そしていざ魔法省に勤務することが決まった矢先、帝王は滅びた。一九八一年のハロウィーンの晩に「予言の子供を殺しておきたいのだ。お前もついて来い」と、ヴォルデモートとともにポッター家に襲撃しに行ったのである。

 こちらに寝返った秘密の守人、ピーター・ペティグリューからポッター家の場所を聞き出し、ゴドリックの谷へ向かい──そしてヴォルデモート卿は、愛の護りによって肉体を喪ったのである。

 

「ふ、ふはははははは!ジェームズとリリーが死んだことだけでも傑作だが、はは、まさかあなたまで滅びるとは!はははは、今日は最高だ!愉快極まりない!」

『黙れオスカー──俺様が指示する──その赤子と、ジェームズとリリーの死体を利用してホムンクルスを創れ──』

「はははは……ホムンクルス?」

 

 オスカーは自身の信じる愉悦のままに本物のシェリーを殺し、そしてホムンクルスのシェリーとハリーを創った。姉の方はそのままベッドに寝かせておき、弟の方は連れ帰って闇の魔法使いとしての教育を施すのだという。オスカーはハリーに拷問の様子を見せつけたりした。

 その後はアンブリッジに取り入って働くことになり、あたかも善人のフリをしながらアンブリッジの凶行に加担したり、クラウチの息子に対する懺悔を聞いて面白がっていたり、愉快に過ごしていた。

 そして──デネヴやアルタイルに怨みを持つ闇の魔法使いを集め、シドとベガを誘拐した。子供の拷問は初めてだったので、どうやって絶望させてやろうか考えている間にシドが死喰い人に飛びかかった。死喰い人ははずみでシドに致命傷を負わせ、友が攻撃されたことに怒り狂ったベガが魔法に目覚めた。

 

「──これはいい。ベガはあのまま放っておいて、いつか私のところに復讐に来る日を待とう」

「きさま、オスカー……!俺達はデネヴとアルタイルの息子に復讐してやるんじゃなかったのか……!」

「生憎だが、私は人が不幸になる様子を見られればそれで満足なのさ。さて、もうじき闇祓いがやってくる。近くにグレイバックのアジトもあるそうだから、半分くらいはあいつに殺されてるだろうが……後で死体でも見に行こう。

 『オブリビエイト』!」

 

 あれから殺人を繰り返して分かったことがある。どうやら、自分には喜びと怠惰の二つの感情しかないということ。

 人を殺すのは楽しいが、それ以外では何も感じられない。

 他者を苦しめ陥れることでしか幸福を享受できない男。それが、オスカー・フィッツジェラルドの正体だった。

 それでもいい、と思う。

 初めて得たこの感情を、ヴォルデモートは良しとした。

 そしてドロホフがホグワーツへと攻め入った日であり、死喰い人が魔法省を奪わんとやって来た日──オスカーはスパイ生活から解放され、来るべき戦いに備えて『怠惰』の紅い力をヴォルデモートから再び賜ったのだった。

 『暴食』と『怠惰』は紅い力の中でもとりわけ持て余していた能力だったらしく、全員が揃うまで随分とかかったらしい。だがその甲斐あって第二次魔法大戦を引き起こすだけの戦力が整った。

 

「そういやよ、何でお前は『怠惰』なんだよ?お前は別に、面倒臭がりな人間ってわけでもねえだろう?」

「──ああ、帝王曰く、私は感情を感じない故に今まで何事も全力で取り組んだことがなかったらしい。常に人生から手を抜いてた……というわけだ。

 だがそれだけではただソファに寝そべってゴロゴロしているだけ……本当の怠惰ってのはソファの上で好きなお菓子を食べて酒を呑んでこそ、真の堕落、真の怠惰と言えるのだとさ」

 

 

 

「故に私は『怠惰』の力を授かりしオスカー・フィッツジェラルドなのだ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

『絶対に笑ってはいけない死喰い人24時』

 

 

 

「来たなシェリー!!ではこれより絶対に笑ってはいけない死喰い人24時を開始するぞ!!」

「黙れ殺すぞ」

 

 シェリーはホグズミードにやって来たことを早速後悔し始めていた。

 ここに死喰い人が潜伏しているとの情報を聞きやって来てみれば、行われているのは笑いを我慢するなどといったふざけた行事。いったいどれだけ人様に迷惑をかければ気が済むのか。シェリーは己の憤怒を抑えられる気がしなかった。

 

「何だ、君も来たのか。相変わらず馬鹿みたいな顔してるな」

 そんな怒り浸透のシェリーに声をかけたのはハリーだ。同時に流れるような挑発も忘れない。彼なりの挨拶だった。

「気色の悪い塵虫風情が……ここで私が擦り潰してやる!!」

「やれるものならやってみろ!!」

「まあまあ二人ともこのヴォルデモートに免じて落ち着けよ。あっち向いてみ?」

『ああ!?』

 

 ハグリッドがハーマイオニーの服を着てた。

 

「っ、っふ、っふふふ」

「まったく何が面白いんだこんな道化のちゃばブフォッッ」

 

 デデーン。

 シェリー、ハリー、アウトー。

 

「いったぁ!?」

「んぎゃっ!?」

「おいおいそんな調子じゃ困るぞ?ほら見ろ!他の紅い力の連中を!」

 

「………ふーっ。今のは危なかったな」

 グリンデルバルドはポーカーフェイスで耐えてた。流石は先代の闇の帝王だった。

 

「何だあのキモいの」

 ベラトリックスはぶっちゃけ笑いのツボが理解できてないようだった。彼女は古い時代の人間なのだ。

 

「こ、ここはッ、ジェームズとシリウスとリーマスと過ごした……!ああッ!」

 ペティグリューはビクビクしすぎてそもそも見ちゃいないようだった。

 

「ギャハハハハハハハハ!!!」

 グレイバックは爆笑してたが、彼は世界最強の人狼である。どれだけ尻を叩かれても痛いなんてことはなかった。反則である。

 

 オスカーはといえば、つまらなさそうに突っ立っていた。

(少しも面白さを感じないんだが……だがまあ空気を読んでそろそろ笑っておくか…

 ん?あの絵は……人が拷問されている様子を描いたのか……?)

「……………」

 

 

 

「アッハッハッハッハッハッハッ!!」

「えっまだ笑わせてないんだけど」

「コワ〜…」

 

 

 





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◯オスカー・フィッツジェラルド
他人の不幸が大好きな男。人が苦しんでいる姿に喜びを覚え、泣き叫ぶのを眺めるのが趣味の真正の邪悪。しかしそれだけにしか幸福を見出せない男でもある。
元々彼はこんな性格ではなかった。何にも興味を抱かず、優秀な才能はあってもやり甲斐や歓喜を得ることができなかった。ただいつか死ぬために生きる、昆虫のような生き方だった。
しかしヴォルデモートやグレイバックとの出会いが彼を変えた。人が苦しんでいる姿を見て、初めて喜ぶことが、感情を得ることができたのである。
そんなわけで今はすっかり紅い力の幹部である。

オスカーのコンセプトは「煙草の煙」です。ぱっと見は薄ぼんやりとしてて存在感のない人間ですが、深く関わっていくととても有害になる……という感じです。結構お気に入りのキャラだったり。


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Episode of Deneb

 月光のような銀髪の少年は、先日聖マンゴからめでたく退院した恩師とともに、すっかり逆転した身長差に年月を感じつつ、閑静というにはいささか風情に欠けた小さな村へとやって来ていた。

 如何にも魔女然とした老婆の所作は美しく、時代遅れな格好と裏腹に英国淑女の模範と言うべき立居振る舞いだ。それに随伴する長い髪と美貌の少年。孫と散歩に来たというよりも、何処そこの貴族が従者を侍らせている様を思わせたが、ベガ・レストレンジとミネルバ・マクゴナガルの面持ちは僅かに警戒の色を帯びていた。

 今の時世、いつどこで死喰い人に襲われるか知れたものではない。

 

「傷はもういいんで?」

「お気遣いありがとうレストレンジ。おかげさまでこの通りピンピンしてますよ。それともあのままくたばった方が、ガミガミうるさいのが消えてよかったですか?」

「縁起でもねえ。無事で何よりだよ先生」

 

 ベガは顔を綻ばせる。マクゴナガルは彼が最も尊敬する教師であった。

 その恩師がホグワーツの校長代理に任命されたのだという。ダンブルドアが聖マンゴで目を覚まさない以上、理事会は彼女が適任と目したのだろう。その彼女が、自分に同行してほしいと言ってきたというのだから、二つ返事で答えたのがついさっき。

 あと単純に暇してた。

 曰く、昔ホグワーツで教鞭を執っていた教師に復学してもらう予定なのだとか。彼ならばベッドで眠りこけてるダンブルドアも納得してくれるだろうと。

 

 ……そんな教師が住む家が、まさか、こんな古ぼけたものであろうとは。

 蝶番は外れかかっており、意を決して中に入ると見る限り乱暴狼藉の跡が視界を埋め尽くした。

 血の色がべったりと壁一面に広がり、むせ返るような鉄臭が出迎える。

 家具という家具はひっくり返り、家主が食べる予定であったろうささやかな夕食は絨毯に無惨に転がったままだ。

 この惨状、明らかに何者かに襲撃されたように見える。……だが。

 

「分かりますか?」

「……あの椅子か」

「よろしい」

 

 抜き打ちテストは合格のようだ。

 マクゴナガルがぽんと杖でその肘掛け椅子を叩くと、みるみるうちに手足が生え、老年の男へと変わっていく。いや、変わっていたものが戻っていく、と表現する方が適切だろうか。

 禿頭に堂々としたセイウチ髭。背が低く、丸々とした身体はいかにも大学教授然としている……ように見えた。

 

「何でバレた?」

「それを私に聞きますか?私がホグワーツで何を教えているか、しばらく会わない内に忘れたのですか。何より、本当に死喰い人がやってきたのなら、家の上に闇の印が上がっている筈です」

「ああ、その理詰めの喋り方。相変わらずだな、ミネルバ。それに良い生徒に恵まれたように見える」

「貴方もお変わりないようで」

 

 マクゴナガルは口元に笑みを浮かべた。

 こんな状況ではロクに茶も啜れないと、家具の片付けを手早く行う。破壊された壁掛け時計を修復して直したり、血痕(ドラゴンの血らしい)を瓶詰めしていくと、しげしげと無遠慮にこちらを見てくるセイウチ髭の男の視線が気になった。

「何かついてます?」

「ああ、いや、はは……。ちょっとね、私の受け持っていた生徒達によく似ていたものだから、つい」

 部屋を片付けると、案外整ったそれなりに良い部屋だった。彼はベガ達を死喰い人かと思い慌てて隠蔽工作したのだという。用心深い性格のようで、マグルの家を転々として棲家を変えているらしい。たった数分の内であの部屋を作り出すとは、見かけによらず俊敏な男だ。

 

「レストレンジ、こちらホラス・スラグホーン教授です」

「どうも」

「待った。レストレンジ、だって……?ファーストネームは?」

「……アー、ベガ・レストレンジです」

 

 苗字(ファミリーネーム)を聞いた時は何やら期待しげな顔を浮かべていたというのに、名前(ファーストネーム)を聞いた途端に悲痛な顔へと変貌した。思い出したくないものを思い出すかのように。

 マクゴナガルは咳払いして本題に入った。

 

「単刀直入に言うと、多大な才能をもう一度ホグワーツで振るってほしいのです」

「やだもん」

「週一でマグルの家を引っ越す生活よりはマシでしょう」

「やだったらやだ。私はもう二度とあんな惨めな思いはせんぞっ。君達の行いは勇敢だし馬鹿げてるとも一切思わんが、その渦中に巻き込まれるのは御免だ!まあ昔のよしみでお茶と茶菓子とお土産くらいは出してやるが、一服したら足元に気をつけて帰ってくれ!」

 

 嫌がってる人間を無理矢理復帰させなくとも、と思うのだが、どうやらマクゴナガルの弁では彼がベストなのだとか。

 仕方なしにベガは『打ち合わせ通り』に台詞を言った。

 

「俺からも頼む。教師になってくれ」

「…………ッ、反則だろうミネルバ!よりにもよって、だ!デネヴとアルタイルの子を連れて来るなんて!ああ分かったよ!やればいいんだろうやればッ!」

「感謝しますよホラス」

「………?」

「ああ、それとお手洗いをお借りしても?」

「構わんとも。茶のお代わりを注いでこよう」

 

 よく分からないが交渉は上手くいったらしい。ソファにぽつんと一人、暇を持て余したベガは、なんとなく、壁に飾られたコルクボードの写真を眺めた。教員時代に撮ったらしくホグワーツの制服を着た人物達がこちらに手を振っていた。

 

「────俺?いや……」

 

 ベガは一瞬、コルクボードの中に自分の写真があるのかと思ってしまった。それほどまでにその二人はベガとよく似ていた。

 スラグホーンの傍に立つ、一組の男女。

 夜空のように黒い髪。琥珀の瞳が焔のように揺蕩って、長い睫毛の下からこちらを見据えていた。ベガは写真越しに心の本質を掴まれたような錯覚すら感じた。黒髪の青年は無表情だったが、玉鋼よりも頑強な意思があるように感じられたからだ。

 そして──その男の傍に立つ女性は月光のような銀の髪だ。

 ベガの瞳をどこまでも悲しい潮騒を奏でる泪の海と表現するならば、彼女のブルーは朝霧が揺らぐ静謐な湖畔だ。凛とした、見目麗しい女性。彼女がいるというだけで周りの空気が引き締められたかのような存在感。

 

「デネヴとアルタイルだ」

「!」

「散々手を焼かされたよ、君のお父さんとお母さんには。あの時のことは瞼の裏に焼きついて離れない、今でも鮮明に思い出せる……」

「……俺の、両親」

 

 一年生の時、父と母のルーツを探していたことがあった。二人は優秀かつ有名な魔法使いだったらしく、探せば探すほど情報を得られた。だが、その人物像……性格については未だ薄ぼんやりとしている。

 知りたい。両親のことが。

 

「……これは、私なんかより君が持っておくべきだな。うん。これをあげよう、デネヴとアルタイルが遺した日記だ」

 

 スラグホーンは箱から格調高い分厚い本と、ごちゃごちゃと文字が書かれたスケッチブックを取り出した。どちらも古ぼけてはいるが丁寧に扱われているようだった。

 ベガはまず、分厚い本の方から読み進めることにした。こちらがアルタイルの方の日記らしく、活字印刷されたみたいに綺麗な字で名前が書かれてあった。

 心臓が高鳴るのを感じながら本を開く。

 表紙裏にはこんな落書きが書いてあった。

 

 

 

 

 

──ベガ・レストレンジは神に愛された少年である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──九月一日。

 私、アルタイル・ヘミングスはスリザリンに入寮しました。組分け帽子によると、私の家系は入る寮は代々決まっているらしく、被った瞬間に「スリザリン!」とよく通る声で叫ばれたのをよく覚えています。

 私自身、元からスリザリン的気質がありましたしその決定に何ら異を唱える気はなかったのですが、入学早々いじめの対象になれば流石に考えます。

 スラグホーン先生に気に入られたのが良くなかったんでしょうか。あの人はある意味で平等であり、そしてある意味で不公平な人ですから。放課後の夕暮れ時、木陰で本を読んでいると、同じ寮の生徒達がやってきました。

 

「何よいい子ぶっちゃって気持ち悪い」

「落ちぶれヘミングス風情が、いい気になってんじゃないわよ」

 

 落ちぶれヘミングス──それが私についた不名誉な渾名。

 ヘミングス家とは父の代で落ちぶれた没落貴族なのです。どうして没落したか、その辺りの事情は何かの書物で読んでください書くのが面倒です殺しますよ。

 どうして自分の日記でそんな面倒臭いことを書かなくてはならないんでしょうか。

 そういうわけで、この人達は私が目立つのが面白くないので突っ掛かってきてるというわけです。

 

「何とかいいなさいよ!」

「──なんですか、お前達は。人が読書しているところにずけずけと。迷惑という言葉を知らないのかしら。この馬鹿どもが。人の都合くらい考えてほしいものね」

「はぁ!?」

「分かったら向こうへ行って頂戴。人の身分や貴賤で個人の価値を推し量るような人と私は金輪際話したくないので」

「──ッ、あんた、ねェ……ッ!」

 

 今日もいじめられていた私は大勢の生徒に囲まれましたが、いくら頭数を揃えたところでやられてしまうような、ヤワな育てられ方はしていません。それに身体を動かしたかった気分たったので丁度いい。

 返り討ちにしようと思ったところで、それが落ちてきました。

 最初は目を疑いました。ええ、そうでしょうとも。先程まで自分がもたれかかっていた木の上から、まさか人が落ちてくるなんて、流石に予想外でしたよ。

 頭おかしいんでしょうか。

 

(……何で木の上から人が……)

「うわっ酒くさっ!?」

「……ゥ〜〜ップ、ヒック……あぁ、頭痛えなこの野郎」

 

 落ちてきた男の子には見覚えがあります。そう、確か……私と同じスリザリンの一年生だった筈です。名家のレストレンジ家出身だったでしょうか、綺麗な黒髪と美しく整った顔立ちが育ちの良さを伺わせます。

 ただし顔は紅潮して、手にはファイア・ウイスキーの酒瓶を持っていて……とても正気とは思えませんでした。呂律も回らず、完全に酔っ払っているみたいです。

 流石にちょっと引きました。

 

「くそ、せっかく厨房から酒をくすねて晩酌してたってのに。俺の安眠を妨げる悪い子ちゃんは誰だァァ〜〜!?」

「ぎゃあああああああっ!?」

「何よこいつ!いやほんとに何よ!?」

「死ねぇ!!ギャハハハハハハハ!!!」

「うわあああこいつ酒瓶で殴りかかってきやがったあああああああ!!?」

 

 呆然とする私をよそに、その少年は大勢にも怯まぬ立ち回り。酒瓶片手に呪文の雨の中を掻い潜りぶん殴っていきます。あれは喧嘩慣れしているようで、後出しジャンケンのように超人的な反射神経で回避しているようでした。

 彼の剣幕にいじめっ子達が逃げ出した後、気持ち悪くなったのか、その少年は急にえづき始めたので仕方なく背中をさすりました。

 

「ぉぇ……、ッ、……。ああ、すまん」

「?」

「──っふう。身体の制御を取り戻した。よし……おい、“ピーブス”!」

 

 覚束ない様子で立ち上がると、その少年は虚空に向かって話しかけ始めました。

 まだ酔いが覚めていないのかと思いましたがどうやらそうではないようです。何だか、今の彼は先程とは違い……落ち着いた、芯のある人間のように思えました。

 まるで人が変わったかのように雰囲気が様変わりしていたのです。

 少年は変わらず虚空へ声を荒げています。

 

「ピーブス!俺の身体を勝手に乗っ取るのはやめろと何度言えば分かるんだ」

『キィーッヒッヒッ!デネヴ!テメェに指図される謂れはねえなァーッ!』

 

 するとどこからか、声が聞こえてきました。

 

「ああ、悪いな。混乱しているだろう。

──俺はデネヴ・レストレンジだ。確かお前とは同じ寮だったよな」

「えっ。ええ、ああ、はい」

「理由あって、俺の身体には二つの精神が同居している。先程までは『ピーブス』という人格が俺の身体を動かしていたんだ。お前も出てこい!」

 

 デネヴさんが叫ぶと、どこからともなく人型の何かが現れました。

 宙に浮かび、揺らめく肉体。もしやゴースト──?と一瞬思いましたが、悪戯っ子のように悪びれもなく口を歪めるそれは、ヒト属としては奇怪なつくりをしているように見受けられます。真ん丸と肥えた腹に細長い手足。私は童話のハンプティ・ダンプティを連想していました。

 

「こいつはピーブス。俺に取り憑いているポルターガイストだ」

『よろしくなァ辛気臭ェ嬢ちゃんよォ!』

「忘れもしない、あれは俺が墓参りに行った時のこと……。うん?たしかあの時は昼に行ったんだったか?」

『夕暮れ時だった気がすんなァ』

「ああ、そうだ夕暮れ時だ。だがその時は冬で夜が早くてな。家を出たのが夕暮れの少し前だったんだがこいつと出会ったのは確か夜のように暗い夕暮れ時だった。だが月は出ていなかった。まだ太陽は昇っていた時間帯だったよ。といっても、濃紺の雲の隙間から夕日が見え隠れしていた程度には暗かった。時折光が差し込むか差し込まないか、そんな日だった。まあ、家に帰ってきた頃には完全に暗かったんだが」

「……あの、天気の話はいいので話を先に進めてもらえます?」

「しかしピーブス、初対面の人に向けて辛気臭いと言ってはいけない」

『そこで俺の話に戻るのかッ?』

「いや、ピーブスの状態で会うのは初めてという意味だ。俺とアルタイルはこれまで話したことはほとんどないに等しいと言っていい間柄だが、初対面というわけではないだろう。お前が俺のことを現時点のそれより少し前までどう認識していたかは微妙なところではあるが、少なくとも今日初めて会ったわけではない。しかしピーブスの俺と話すのは初めてだろう」

「ちゃんと話す気がないなら帰りますけど」

「ところでお前の名前は何だ?」

 

 ラチがあかないので、これから先のことは私が書いておきます。

 デネヴさんは昔、先祖のお墓参りをしているとそこで悪戯をしていたポルターガイストのピーブスに出会い、身体を乗っ取られかけてしまったそうです。しかしデネヴさんの魔力と精神力は並外れていて、完全に乗っ取られる事態は避けたのだとか。

 それからピーブスはデネヴさんから出て行くこともできず、仕方なく精神を乗っ取る日を虎視眈々と狙っているのだとか。

 

「……私には関係ないことですけど、一応助けられた身ですし、忠告しておきます。

 一度専門の慰者に診てもらった方がいいですよ。先程人格が入れ替わっていたようてすし、完全に乗っ取られてしまう可能性だってゼロじゃないんですから」

『ふん、並の人間ならそうなんだがな。どうやらこの坊っちゃんは特別らしい。さっき俺が完璧に乗っ取るつもりでいたのにあっさり主導権を握り返しちまった』

「……寝る時とかはいいんですか。眠ってる間に身体が勝手に、なんてことは……」

「婆様に教えてもらった精神破壊の暗示をかけている。意識をバラバラにして夢も見ない状態で眠ることで、こいつも起きれなくなるというものだ。起きる頃には意識は再構築されているので問題はない」

『忌々しい呪いだぜッ』

 

 よくよく聞いてみれば簡単な呪いで、睡眠時間の少ない闇祓い等が使用することもあるものでした。確かにそれならば、ピーブスが勝手に動き回るといったことはないでしょうが、逆に言えばそれはこの問題ばかり起こす癇癪玉と一生一緒にいなければならないということでもあります。

 それでいいのかと聞くと、彼は笑って、「この関係も割と気に入っている。それにこいつはただここに存在しているだけだ。消す理由はない」と返してきました。もし人に迷惑をかけるようであれば、自分もその責任を被る、とも。

 ……私は、人を、身分や血統という物差しで推し量る輩が大嫌いです。そういう人達は勝手に人を値踏みして勝手に不用品と決めつけ切り捨てるから。

 だけど、この人は──。

 

「とても馬鹿ですね」

「えっ」

「いいえ。……アルタイル・ヘミングスです。……何をとぼけた顔をしているの。さっき聞いたでしょう、私の名前」

「ああ!よろしくな、アルタイル。これで俺達は名実共に秘密を共有した知り合いになったというわけだ。俺はこの出会いに感謝する。何故ならば、この秘密を周りに話しても信じてもらえなかったからだ」

「……初対面でこういうこと言うのも何ですけど、あんたのその無駄に話長いくせに要領得なくて途中脱線するの、はっきり言ってクソだと思います」

『よく言った嬢ちゃん』

「む?そうか、すまん。次からはお前の理解度を考慮した上で話すようにしよう」

「悪気はないんでしょうけど滅茶苦茶むかつきますねこいつ」

 

──これが、私と、私の将来の夫になるデネヴ・レストレンジとの出会いでした。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 十一月十日

 

 デネヴはとにかく研究が大好きでした。

 純血一族の跡取り息子として生まれた彼はとにかく好奇心旺盛で、世界のあらゆる未知に興味を示し、知ろうとしました。この世の不思議を全て知りたい……それが彼が目指す目標なのだとか。

 そしてその不思議の中には、当然マグルの知識も含まれます。頭の良い生徒やマグル出身の生徒を集めては研究や発明に没頭していたのです。私もその中にいました。

 

「リーマス!リーマス!俺に付き合ってくれ!一緒に研究しよう!」

「僕なんかじゃなくて、ジェームズやリリーを誘ってみたらどうだい?あの二人なら面白がって付き合ってくれると思うよ。僕よりも二人の方が成績は上だ。それに、研究ならスリザリンにはそういうのが好きそうなスネイプがいるじゃないか」

「その三人にはもう断られた!」

「おや、珍しいな。リリーもかい?」

「ああ、実は……」

 

『リリー・エバンズだな?マグル出身の生徒の中でお前が一番優秀と聞いている。是非その知識を貸して欲しい、俺はマグルのサイエンスに興味があるんだ』

『へえ……!デネヴだっけ?スリザリンにも貴方みたいな人がいるのね!いいわよ、私でよければ付き合うわ!』

『ああ!今回の研究には体力を使うからな、上手くいけばお前のその腹部の贅肉も解消できると思うぞ』

『最低!!!』

『ぐほぁっ!!!??』

 

『さっきは何故急にビンタされたのだろう……ん、ジェームズ・ポッターか!お前も研究に付き合ってくれ!』

『個人的には君のことは嫌いじゃないけど、お生憎様、リリーに人前で恥をかかすような人間と話す気はない。失せろ』

『?』

 

『ああ、セブルス!俺と研究……』

『うるさい、黙れ。お前と話すことなんて一つもない。リリーを乏しめる不埒な愚か者。僕の視界から消えろ』

『???』

 

「……ということがあってな」

「君はデリカシーがないな、本当に。分かったよ、付き合おう。それと女の子との接し方についても教えてあげよう」

 

 というわけで、当分の間はオリジナルではなくマグルの発明品を再現することになったのです。電化製品や機械など、そういった精密なものをホグワーツに持ち込んで、どうにかして動かすことはできないかと。

 結果は失敗。

 『魔力を使えば似たような動きをする』オブジェが完成しただけで、オリジナルそのものには至りませんでした。しかも一回使えば壊れてしまうような不良品です。

 

「くそ、魔力が動力部が正常な動作の邪魔をしているのか。しかし分からんな、魔力が充満した場所では精密機器が動かないのなら、どのぐらいまでなら正常に動くんだ?」

 

 デネヴの疑問はそこでした。

 魔法と機械の境界はどこなのか。

 機械の仕組みを弄ったり、一部を魔法で代用することで、何とか再現することができないだろうか。機械に影響が出るなら、どれくらいまでなら大丈夫なのか。

 科学だなんだと線引きをしていても、結局は自然現象を再現しているにすぎない。ならば何故魔法と科学は相容れないのか。

 それが、知りたい。

 魔法と科学が共存する世界を創りたい。

 

「俺は知りたいんだ。この世の全てを。マグルが上とか、魔法使いが上とかではなく、どっちも使えた方が面白いだろう。魔法の研究もマグルの発明も、どちらもこの上なく面白いのに、どちらかしか使えないなんてのは真っ平御免だ!」

 

──そう、己の領分に囚われていない。貴族が興味を示すのは『自己の領分』。自分と自分を取り巻く世界に興味を示し完璧まで高めようとするのが貴族的な考え方。

 彼はその真逆、領域の埒外にこそ大望を馳せているのです。己の身に余る夢を見ているのがデネヴという人間でした。

 彼は自分が作ったロケットで宇宙に行きたいのだそうです。

 地上の謎にも興味は尽きぬけれども、未知の宝庫たる空の果て。そこで叡智を、奇跡を目の当たりにしたい──。それがデネヴの大きすぎる野望。

 ええ、嫌いじゃありませんとも。

 

「そしていつか『魔グル学』を作る」

「センスないですね、あんた」

「む?そうか、分かった。お前のセンスに合わせたネーミングにするとしよう」

「悪気はないんでしょうけど滅茶苦茶殴りたくなりますねこいつ」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 九月一日(二年目)

 

 時は過ぎて、二年生が始まりました。

 

──ブラック・レギュラス!

──スリザリン!

 

 ブラック家といえば純血一族の中でも名高い名家の家系。その御曹司はまだ一年生でありながら、既に女性をうっとりさせる美貌を持つ聡明そうな少年でした。

 かくいう私達も、あの問題児のブラ……シリウスの弟ということもあり、彼の組分けには少しばかり注目していました。それにしても、実の弟だというのにシリウスのあの違うテーブルからでも分かる明らかな不機嫌オーラは何なんでしょうか。隣のペティグリューがとても怯えています。

 あ、ポッターに頭殴られた。

 

「シリウスだがな、あまり弟と仲が良くないらしいぞ。リーマスから聞き齧った程度なんだが、活発で束縛を嫌うシリウスは純血というしきたりそのものを嫌っている跳ねっ返りで、反対に弟のレギュラスは内向的で親の言うことをよく聞くタイプらしい」

「へえ……」

「お、丁度俺達の隣に座るようだな。

 レギュラスか。デネヴ・レストレンジだ、同じスリザリンの仲間同士よろしくな」

 

 一応言っておくとデネヴさんは壊滅的に頭がおかしく言語能力が低いだけで、決してコミュニケーションが取れないというわけではありません。割と友好的に手を差し出して握手を求めました。

 パシィ。

──その手は、弾かれました。

 

 

 

 

 

「んんwwww失敬失敬www拙者誇り高きブラック家の血筋ですのでwwwwレストレンジ家の恥たるデネヴ殿とはwww一緒にしないで貰えますかなwwww」

 

 レギュラスの第一声がそれでした。

 逸材が入ってきたなと思いました。

 

「いやあ拙者絵画という名の二次元に恋する者でして、マジ俺の嫁と申しますか、嫁を悲しませるわけにはいかないでごじゃるよww」

「おお、俺も絵画鑑賞は好きだ。折角だ、世界の名画について語ろうじゃないか」

「よかったですね、デネヴさんがこんなに友好的なのお前が初めてですよ多分」

「おっと拙者の話を聞いていないwwww拙者陰の者を極めし魔法使いでして三次元の根明リア友は御免被るで御座るよドゥルフフフフ」

「?俺は本気でお前と友達になりたいと思っているぞ」

「えっ……(トゥンク)」

「あの、いい加減蹴っ飛ばしたくなってきたので黙っててくれます?」

(うるっせえ………)

 

 セブルスがこっちを睨んできましたが無視しました。

 それにしても、絵画鑑賞とは。デネヴさんにもそんな殊勝な趣味があったんですね。

 そんなことを談話室に帰る途中でポツリと言うと、ニッと笑って胸元のポケットから手帳を取り出し、挟まっていた写真を見せてくれました。

 魔法界に住んでいる人間にとって絵や写真が動くのは当たり前のこと。それが普通で、動かない絵を見たことはなく、動かないのはおかしいことだと思っていました。

 でも、これは──

──動かない、からこそ、美しい。

 

「……すごい」

「美しいだろう?とあるマグルの無名な画家が描いた作品だが、俺はこれが好きでいつも手帳に入れているんだ。……魔法界の、動く絵も素晴らしいと思う。けれど俺は、この動かない絵を知ってほしいと思うよ。美しいものに国境も魔法の有無も関係ないからな」

 

 今日は一段と疲れた日だったけれど、一日の締めくくりにこんなに美しいものと出会えたのなら、とても素敵な一日だった……そんな気に、してくれました。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 十二月七日(三年目)

 

 出る杭は打たれると言いますが、まさにデネヴは一際飛び出た杭でした。

 いつものように発明をしていると上級生から絡まれ、その場は適当にあしらったのですが彼らはタチが悪く陰湿にも発明品に手を出してきたのです。

 図面を書いて魔力を流して回路を考えて試行錯誤を繰り返して、ようやく出来上がった代物をあいつらは木っ端微塵にしたのです。

 流石にキレました。

 ……私が。

 

「ご、ごべっ、やべっ」

「ああ!?あんたぶち殺しますよクソが!!」

「よ、よせ、アルタイル。流石に死ぬぞ」

『そ、そうだぜ嬢ちゃん。それ以上は……』

「死は平等!生き方が人生を決めるんです!だから他者を虐げるしか能のないクソみてえな生き方のこいつらはクソ、肥溜め出身家畜以下のゴミ野郎だわ!!金払え!!!」

「キレすぎだ、落ち着け、おい」

「ちょ、アルタイル!貴方いったい何をやっているの!?」

「ムカつく奴を蹴り飛ばしてるんですが!!」

「見れば分かるわよ!!」

「じゃあ聞かないでくれます!?」

「せ、先生を呼んでくる」

 

 言い忘れてましたが、私は立場上いじめられることが多かったので、その度に相手を返り討ちにしてきましたので喧嘩は強い方です。

 

「クソ……ヘミングスの野郎!!そのうち痛い目見せてやる……」

「おっ?そこにいるのはレギュラスじゃねえか!なあ、お前ならあいつらの弱みの一つや二つくらい握ってるだろ?先輩からの頼みと思って何か情報を……」

「んんwwww年下に負けといて更に年下に泣きつくとか有り得ないwwwwwスリザリンの風上にも置けぬクソぶりwwww」

「覚えておくといいでござるよ、狡猾と卑劣を履き違えた愚昧風情じゃ、あの人達には一生敵わないってね」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 八月十九日(五年目)

 

 私とデネヴさん、そしてスラグホーン先生の三人で禁じられた森に行ってました。

 実はこの森には希少な植物やキノコが多数生息しているらしく、いつか採取することができれば……と、先生がポツリと漏らしていたのですが、

「俺もついていこう!」

 と、デネヴさんが言い出したのが全ての始まりでした。そんな彼も大概ですが、スラグホーン先生も負けず劣らずの研究馬鹿で、二人で禁じられた森に行く計画をこっそり立てていたのです。それをたまたま聞いていた私も付き合う羽目になりました。

 

「いやあ実に良い散策だった!帰ったらバタービールの栓を開くとしようか!」

「そんな暇ないですからね、こっそり夜中に禁じられた森に行くとか、先生の場合クビだって有り得るんですから」

「む、むう……」

「しかしアルタイル、折角だし……」

「あ?」

「ひっ!そ、そんなに怒らなくても!」

「いやそうじゃなくて、あれ……」

 

 そこにはケンタウルスの群れがありました。輪の中心で、ケンタウルスが一体、とても苦しそうにもがいていて、その彼を取り囲むように仲間のケンタウルスが立っていたのです。明らかに何か異変が起こっている。

 そういえば聞いたことがあります。ケンタウルスには彼ら特有の病気がある、と……!

 

「おい!大丈夫か!?」

「む、ヒトの子か──手出し無用。こいつは今月死ぬ運命にあると宣告されていた」

「ケンタウルス独自の占星術とやらか……しかしまだ手は尽くしたというわけではないのだろう、まだ助かるかも……」

「既に星を詠んで占った結果だ」

「だから何だっていうんです。いい加減そこどいて頂戴。邪魔よ」

「これが我らなりの弔いだ。もう助かるまいが誇り高き戦士として安らかに……」

「運命……?運命だと?」

 

 病気に苦しむ仲間を前にして、何もせずに突っ立ってるのが弔い?

 そんな馬鹿な話がありますか。

 ケンタウルス達を押し退けて、私とデネヴさんは苦しむ患者の前に行きました。

 

「どけ、こいつの治療を行う」

「ヒトの子よ、やめろ。我々はヒトの子に従属している訳ではない。施しは受けない」

「ここからじゃ城は遠い……先生、至急薬草を摘んできてくれ。アルタイル、魔術で俺のサポートを頼む」

「もう準備は整ってます」

「い、今すぐ行ってくる!」

「聞いているのか?余計なお世話だと言っている」

『こんな連中放っておけよデネヴ。お星様の言う通りって奴だ。こいつがここでくたばっちまってもそれは大自然のサイクルの中の一つに過ぎねえ……っていう風にこいつらは思ってるんだろ』

「今は出てくるなピーブス。後でいくらでも俺の肉体を貸してやる。だから俺に彼を治療させろ」

『…………、へいへい』

「そのポルターガイストの言う通りだ。お前の行いは隣人の領分を越している。我等は恩を着ないし、着せない」

「…………」

 

「俺という存在は自然の一部に過ぎない。人間が土や大気を汚してその因果で自分達が滅びようとも、それは地球からすればちっぽけなことで、大きな大自然の車輪の一つに過ぎないのだと思う」

 

「このケンタウロスもそうだろう。ここで彼が死ぬことや生きることに意味はないのかもしれない。彼を救ったとしても何も変わらないと思う」

 

「では何故俺がこうして癒しの魔法をかけているのか。答えは簡単だ。俺がそうしたいと思ったからだ。自分の理論が間違っていないのだと確認するためであり、言うなれば俺のエゴだ。後は俺の祖先と、君達の祖先の知識に敬意を払ってのことだ」

 

 ケンタウロス達は訝しげな声を上げました。

 

「我々の祖先だと……?」

「俺達が施すのは、君達ケンタウロスからもたらされた知識を元に完成した魔法だ」

「…………」

「俺の行動はその知識が蔑ろにされることが我慢ならなかったので行っているだけだ。それとも同じ敷地内の隣人から施しを受けることを、君達の文化で恥と呼ぶのだろうか。

──そんな筈はないだろう。君達は誇り高い一族だが、それ故に他人の誇りを軽んじたりはしない筈だ」

 

──デネヴさんに本格的な治療の経験はありませんでした。

 当然、私だってほんの基礎的な治療魔法くらいしか使えませんし、ましてや別種族のケンタウルスの病気の治療なんて、絶対に治せる保証はありません。

 自信も技術もなく、ここにいる理由なんて彼をこのまま見殺しにするのが嫌というだけのことでした。責任なんて、ない。

 それでも気高く彼は吼えたのです。

 

「……好きにしろ」

 

彼はそう言うと、静かに目を閉じました。

 

「ああ、好きにするさ」

 

 今この時だけは、魔術師としての誇りが私を突き動かしていました。

 程なくして、スラグホーンの指示に従い、彼等は少しずつ自分達にできることをやり始めました。

 癒学の知識がある者は薬を。脚が速い者は薬草を。それぞれがそれぞれの働きをこなして、少しずつ、薬は形となっていきました。

──治療は、成功したのです。

 

『オイ、デネヴ!治療は終わったみてえだな!約束通りお前の身体は自由に──……』

「すー…すー…」

「……なんだ寝てやがんのかよ。……ま、今日は別にそんな気分でもねェし、乗っ取るのはまた今度にするかな」

 

 この一件から、森のケンタウルスは人間に対しても友好的に接するようになっていったのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 六月一日(五年目)

 

 今日はふくろう試験の日です。

 まあなんてことない問題でしたし、エバンズには悪いですけど今年もテストの点数は私の方が上でしょうね。さて、テストで疲れたのでレギュの阿保で遊びたいところですが、ひとまずデネヴさんと解答を確認をするとしましょうか。

 

「デネヴさ……」

「ぎゃーっはははは!今日はピーブス様の天下だぜ!」

「じゃなくてピーブスですか。どうしたんですか?こんな昼間からお前が出てくるなんて珍しいですね」

「ほらこの間、禁じられた森でケンタウルスを助けただろ?その時言ってたじゃねえか、後で身体はいくらでも貸してやるって!だから今奪ってやったのよォ!ひゃははは悪さし放題だぜ!」

「……それを聞いて私が黙ってるとでも?」

「お?お前が相手してくれんのか?」

 

 すると、何を勘違いしたのかこちらを見てヒソヒソ言う輩が出てきました。

 暇なんでしょうか。

 

「おい見ろよ、落ちぶれヘミングスとトンチキデネヴだぜ」

「底辺同士、お似合いのカップルね」

「ああ〜〜〜〜!?俺の宿主の女にケチつけられるのはムカつくなァア〜〜!!」

「いや、まだ付き合ってるわけじゃ──」

「ちょっと待ってろッ!」

 

 言うと、ピーブスは隠し通路に置いてあったデネヴの発明品を持って来ました。

 その名も戦車。ピーブスの馬鹿が、勝手に戦車を走らせて廊下を爆走したのです。派手好きの彼のことです、戦車なんて代物をデネヴが作った時から動かしたくてたまらなかったのでしょう。

 少し脅すつもりだったのでしょうが、調子に乗ったピーブスはホグワーツの壁をぶち破り庭まで出てきてしまいました。

 

「デネヴだ!!デネヴが出たぞおおおお!!」

「おいおいまたあいつの新作だぜ!今度はデカいな!?」

「な……あ……あなた何をやっているの!!!??」

「ギャアーーーーハッハッハァ!!!」

 

──ですが、ホグワーツのような魔力の充満した場所では機会の類は正常に機能しません。案の定、ピーブスはすぐに戦車の制御を失ってしまいました。というか、よく考えればこんな物をピーブスの手に届く場所に置いておいたデネヴも大概ですね。

 

「……なあおい、どうやって止めんだこれ!このままじゃ俺もただじゃ済まねえんだけど何これオイどうなってんの!?」

「馬鹿らしい。お前は一度そうやって痛い目見るといいわ」

「て、てめーーーーっ!!」

 

 あとは正義感の塊みたいなアレンとかエバンズとかが何とかするでしょう、多分。

 ……ま、流石にデネヴさんが可哀想なので後でお見舞いにでも行きますか。

 

「おっと」

「っ、すみません」

「いや。気にするな」

 

 私としたことが、よく確認せずに歩いて下級生にぶつかってしまいました。向こうが紳士的に対応してくれたので良かったです。

 ……レイブンクローに、あんな感じの生徒いましたっけ……?

 眼鏡の、オッドアイの……あー何か名前が出てこないわ……オスロー?でしたっけ?それともオリバー?何か違うような……。

 ううん……イマイチ印象に残らない雰囲気というか、煙みたいに、どこにでもいてすぐに消えてしまいそうな、そんな感じです。

 

(まあ、いいか……)

「行こうぜ、オスカー!」

「ああ」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 一月五日(七年目)

 

 卒業を迎えたある日のこと。

 星でも見に行こう──そんなデネヴさんの突拍子もない発言に乗っかり、ジャケットの上から毛布にくるまり、天文台の上でコッフェルのコーヒーを啜りながら、燦然と耀く星の美しさに心を許していました。

 すっかり校則破りの常習犯となった私達にとってこの夜の散歩はほんの少しのスリルを伴った冒険のようなものでした。高学年にもなって寮を抜け出すなんて、下の子達に示しがつかないけれど、これから騎士団に入る前にホグワーツの美景を瞼の裏に残しておきたいというのは、ごく自然なこと……などと言い訳をしてみます。

 

「──ここから見る空がいっとう好きでな。寝転んで星を眺める、それだけの時間だが、何にも勝る至福とすら思える」

「ですね」

「だが俺はこの星を失いたくない」

「はい……はい?」

「お前は騎士団に入るな」

「は?」

「危険だ」

 

 ……この野郎。

 人を夜更けに連れ出しておいて、何の用かと思えばそれが本題ですか。

 回りくどいにも程がある。

 

「私の人生を何でお前が決めるんです。私は他者から影響を受けることはあっても他者に選択を委ねはしません。どういうつもりか知りませんが断固拒否します」

「俺はお前に生きていてほしい。長く生きて幸せになってほしいんだよ」

 

 いやに真剣な表情。

 強く言い聞かせているようでいて、声色は懇願するように震えていました。私の知る彼は夢見る少年であり不屈の青年であり達観した老人のようでもあり、けれどそこに怯えという感情は挟み込まれていませんでした。

 ただ、七年も共に過ごすと、彼自信も与り知らぬ感情とやらが見えてくるようです。

 啓示を受けた聖女のように星の光を浴びてデネヴは舌を回します。

 

「頼む、アルタイル。この通りだ。俺はお前のことを大切に思っている、お前が死んでしまうかもしれないことが怖い。戦争は必ず終わらせるから、お前のところに死喰い人は来させないから、お前とお前の大切なものは纏めて俺が守るから……

──だから……」

「ざけんな」

「────!?」

 

 胸倉を掴んで顔を引き寄せる。突然のキスにさしものデネヴさんも驚きの表情を浮かべるほかないようでした。

 

「私はあんたに惚れてます。なので貴方と会えない地獄より、貴方といられる地獄の方を選びます。

──生きることは幸せではありません。短くたって一緒にいることに価値があるんです」

「……だが、俺と一緒にいれば──」

「お前が私が嫌いだからこの告白を受けないというのなら身も引きましょう。ですがそんな畜生にも劣るくだらない理由で、振られてやる気は毛頭ありません」

 

 忘我の呟きを漏らす暇もなく、私の好意を畳み掛けます。

 本当にいじらしい。

 

「それで?お前は私のこと好きですか?」

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけその1

「デネヴ!!」

「む、父上に母上か。どうした?」

「貴様穢れた血や落ちぶれヘミングスなんぞと仲良くしおって!!レストレンジとしての誇りはないのか!?」

「穢れた血……前々から気になっていたが血管内に埃が付着しているとはどういう理屈だ?何故そんな状態で普通に動けている?それにマグルからしか生まれないのも気になる……実に面白い!次の研究テーマが決まった、ありがとう父上!」

「ちがうってもおおおおおおお!!」

 

おまけその2

 

「んんwwwクリーチャー氏は何萌えですかなwww」

「強いて言うなら脚、ですかね」

「同志ktkrwwwww」

(俺の弟うっっっざ……)

 

 

【挿絵表示】

 




デネヴが頭おかしいと思われてたのはだいたいピーブスのせいです。
でも当の本人も大概変人なので、結局デネヴが頭おかしいことに変わりはありません。やったね!


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Episode of Altair

 俺の名はデネヴ・レストレンジ、人生初の日記というものを書いてみようと思う。

 研究テーマや内容を纏めたレポートを書くことは多いが、気兼ねなく、ただ自分の心の赴くままに文章を書くというのは初めての体験だ。心が躍るな。

 何だか興奮してきた。

 さて、俺について語るならば、俺の妻について語らねばなるまい。

 

──アルタイル・ヘミングス。

 いや、今はもうアルタイル・レストレンジなのか。……不思議な気分だ。

 彼女は今は没落したヘミングス家の出身の女性で、先日色々あって結婚した。この時世だ、早いとこ身を固めておいた方がいいというジェームズからの進言でな。

 結婚するにあたって、色々と問題は山積みだった。俺の両親からは猛反対を受けたどころか勘当された。俺が不死鳥の騎士団に入ることもありいずれは決別するだろうと思ってはいたが……やはり悲しい。凝り固まった純血主義の父母はそれほどまでにヘミングス家を嫌っているようだった。

 

 落ちぶれヘミングス。

 代々続く死刑執行人の家系として有名な彼女の家は、罪人に貴賎なしという教えに則っていたため、貧しさを訴える子供への刑罰も、金を積んだ貴族への刑罰を取りやめることもなく……結果として多方面からの反感を生んだ。

 そして、ヘミングス家を疎んだ純血貴族からは爪弾き物にされ、あらゆる謀略を受けて次第に執行人の立場と信用も失い落ちぶれていくことになった。

 そんな家に生まれたアルタイルの父親は先祖を貶めた貴族に反感を抱き、貴族連中を敵視していたのだが、

 

「先祖の恨みは先祖の恨み。想いを継承するのはいいけれど、そんな余計なものまで引き継く必要がどこにありますか、この駄目親父が!」

「だ、だが……」

「私のことを心配して反対するならともかくデネヴさんの血筋が嫌いだから結婚するなですって?そんなふざけた理由を聞き入れる気は毛頭ありませんよ馬鹿が」

 

 と、アルタイルに叱責された。

 そうやって渋々ながらも俺達の結婚を許可してくれたのだった。良かった!

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 不死鳥の騎士団に入ると、シリウスに喧嘩をふっかけられた。

 

「俺と勝負しろデネヴ」

「……?鍛錬の誘いか?」

「ちげえよ。俺はお前のことをイマイチ信用しきれてねえからな。お前とアルタイルはスリザリンだが、何もスリザリンの奴等が全員悪い奴じゃねえってことくらい俺にも分かる。だが、アルタイルは兎も角、お前は学校でいきなり戦車を走らせるような奴だからな……正直、お前が何を考えてるのかよく分からねえ」

「いやあれはピーブスが……いや、元を辿れば俺の精神力が未熟だったが故に起きた事件だ。言い訳はするまい」

「勝手に自己完結してんじゃねえ!まあ、お前と一度本気でやり合えば何考えてるか分からねえお前のことも理解できんじゃねえかって話だ」

 

成程。

一本筋の入った男だ。

 

「その前に事情を説明させてくれ。あの時いきなり戦車を走らせたのは俺の精神力に起因しているのは事実だが色々と事情が込み入っていたことも親友のお前には理解していてほしいんだ」

「お前と親友になった覚えはねえ。……まあいい、聞くだけ聞いてやる」

「あれは俺がホグワーツに入学する前のある冬の日のことだ。俺はその時先祖の墓参りに行っていた。うちの家にはそういう慣習があってな。お前の家がどうかは知らんがともかくそういう慣習があった。いや、お前は昔からブラック家に反発していたと聞いているので、仮にブラック家に先祖の墓参りをする慣習があったとしてもお前はそれに参加していない可能性は決して低くはないと考えられるんだが、ともあれ、俺の家にはあって、当時の俺もそれに参加していたんだ。先祖がどのような人間であれ死人を辱める理由にはならんからな」

「話が脱線してるぞ」

「そうか、すまん。つまるところ俺は年明けにその墓参りに行っていたわけだが、偶然にも一人になった時間があった。いや、この世には偶然はないという。となれば、あの出会いは偶然ではなく必然だったのだろうな。腐れ縁とも言うべき長い長い繋がりが始まる運命……彼との出会いが俺の人生に多大な影響を及ぼしたのだと言えるのかもしれんな。しかし悪戯小僧と評するに相応しい跳ねっ返りなんだ、彼は。なればこそ戦車を動かしたわけだが、しかし薄らぼんやりと覚えている。あれは友を中傷されたことに対する怒りも孕んでいた」

「……おい、さっきから言ってる彼って一体誰なんだよ」

「彼とはピーブスのことだが」

「だから誰なんだよそいつは」

「彼について話すならば墓参りについて語らねばなるまい。あれは確か、ピーブスの方から話しかけてきたんだ。いや、先に口をついたのは俺の方だったかもしれん。しかし俺が類推するに……」

「話が長えんだよ!!!」

 

 シリウスは拳を構えた。

 ほう……言葉による対話ではなく拳での語り合いを望むというわけか。

 いいだろう。その気骨やよし、受けて立とうじゃないか。

 

「杖だと万が一のダメージが大きいからな、コッチなら怪我だけで済むだろ?」

「その勝負、乗った!」

 

 挨拶代わりに、ジャブを叩き込む。

 俺とて肉弾戦の心得はある。決闘クラブでならしたシリウス相手だろうと、簡単に負けてやるつもりはない!

 

「シッ!ハッ!」

(こいつ、ブラフのつもりか……?この俺に愚直なまでの近接戦を仕掛けてくるなんてな!恐ろしく早い左に、喰らえばラグは必至の強烈な右!こいつは紛れもないインファイターだ!)

 

 俺は投げ・極め・脚技などの『拳以外の武器』を全て排している。

 確かに一六〇センチ後半という比較的小柄な体躯の俺が高身長のシリウスと戦うとなれば、必然的に距離を詰めてのインファイトスタイルは理に適ってはいるが、戦場となれば話は別だろう。ここはリングの上ではなく、何でもありの無法地帯なのだ。

 

(だが……分かっていても崩せねえ完成度の高さが、こいつの修練の過酷さを物語っていやがる!まさしく打撃の極地!全てを断つ殴打特化型の打撃使い!こんな強者がスリザリンにいたとはな!)

(クソ……やるなシリウス・ブラック。俺の打撃を上手くいなしている。やはり間違いない、近接戦闘においてシリウスはトップクラスの実力者だ……!)

 

 俺の回避能力は前方の敵に特化している。相対した敵の攻撃は躱せるものの、横や背後から不意を突かれると弱いという欠点があるのだ。

 これが火炎魔法や守護悪霊を使う魔法使いならば広い視野でほぼ全方位を警戒できるのだが、生憎、俺では前方が限界なのだ。

 この弱点がシリウス相手では殊更に露呈してしまう。彼は長い脚を利用した視覚外からの蹴りが決め技だ。喰らえば、確実にペースを乱される。敢えて攻めの姿勢を崩さないのはシリウスの技を防ぐという意味もあった。

 

「だがこれで終わりじゃねえッ!俺は騎士団に入るにあたって世界各国の拳法を取り入れたバトルスタイルを確率したんだよ!」

「何!?……こいつ、クンフーの動きを取り入れた柔術で俺の打撃をいなして……」

「高速戦闘ならこちらが上だッ!喰らいやがれ必殺のブラジリアンキックを!」

「やるな、シリウス……だが俺とてここで負ける訳にはいかん!お前のタイミングは見切った!ジョルトカウンターでその顎を砕いてやる……!!」

「うおおおおおお!!!!」

「あああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「……え、何やってんですか二人とも」

「何?喧嘩?もうホグワーツも卒業したのに何やってるのよ」

 

 勝負は、帰ってきたリリーとアルタイルが呆れるまで続いた。

 シリウスとの友情が深まった、気がした。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 子供が産まれた。

 アルタイル譲りのブルーの瞳と月光を思わせる銀髪。目付きは若干俺に似ているような気もする。ホワイトベリーの精霊を思わせる息子は、しかしとても軽かった。

──この子の名前は、ベガ、と名付けよう。

 

『ぎゃーっはははは!!デネヴにガキができるとはな!ぎゃははははは!!』

「ピーブスったら最近ずっとこの調子なんですから」

「祝ってくれるのかピーブス、ありがとう」

『もうどうとでも解釈しやがれ!!ぎゃははははははははは!!』

「ったく、うるさいんですから……もう」

 

 出産祝いということで各方面から祝いの品を貰った。闇祓いのクリシュナや、彼女の出身の孤児院のチャリタリとかいう子供からも祝ってもらった。会ったのは一度か二度くらいのものだが、律儀なことだ。

 やはり持つべきものは友達だな。幸運なことに俺には友が大勢いてくれている。

(友達が多い………?)

「どうしたアルタイル。すごく微妙な顔で俺を見るじゃないか。何かあったのか?何でも相談してくれ」

 

 そう言えばアルタイルの出産が気掛かりで書き忘れていたが、ジェームズのところにも娘が産まれていた。名前はシェリーと言うらしい。戦争を早く終わらせて、子供達が安全に学校に通える世界にしなければ。

 ……そう、そのことで思い出したが、今や若手のホープとして期待されているアレンやクリシュナはいいが……スネイプやレギュラスは結局死喰い人になってしまったようだ。残念だ……。

 その話を聞いたリリーやシリウスが苦虫を潰したような顔になっていた。

 無理もあるまい……。

 

「あいつらのことは嫌いだけど、僕のリリーの愛に気付けなかったスネイプも、僕の素晴らしい親友のシリウスが兄だったのに何の影響も受けなかったレギュラスも、とても可哀想な性格で哀れだと思うよ」

 

 ジェームズはそう呟いていた。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 不死鳥の騎士団には数は少ないながらもマグルも在籍している。裏方に回って活動や物資を支援するのが主な仕事で、騎士団員というよりかは取引相手といった方が正しい認識だろう。

 俺はふとした好奇心からそんなマグルともよく話していた。中でも、俺の話を最後まで聞いてくれたのはシルヴェスター・ガンメタルという人物だけだった。

 

「俺は何故か団員をよく怒らせてしまう。だから彼等の精神をリラックスさせるためにハンドスピナーでも作ろうと思うんだがどうだろう?」

「ははは……デネヴの発想は面白いな。だけどそれよりアロマキャンドルでも作ってあげた方が喜ぶんじゃないかな」

「成程、流石だシルヴェスター」

(デネヴの発想はズレてるなあ)

 

 互いに一児の父親というのもあり、シルヴェスターはいつしか親友となった。

 彼の息子はシグルド、シドと呼んでいるらしい。金髪の男の子だ。いずれこの戦乱が治まればベガとも会わせたいものだ。

 あとマグルのベビーショップの高性能の哺乳瓶を教えてもらったりした。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

──別れというものは、風のように襲い、一切の容赦なく全てを奪っていく。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「いけない、ヤックスリーの部隊が攻めてきた!今すぐここから逃げなければ!」

 

 シルヴェスターの焦った声に、雷が打たれたかのような衝撃を受けた。

 コーバン・ヤックスリー……こと軍事においてはあのドロホフにも勝らぬとも劣らぬほどの実力を持っていると噂される男!奴の残忍な手口で、一体何人の人が死んでいったのか予想もつかない。

 今すぐ応援を呼びたいところだが、生憎と騎士団員はロンドン市内で大掛かりな戦闘を行っており連絡は困難。迎え撃つにしてもこの隠れ家にいるのは俺とシルヴェスター、そしてアルタイルと赤ん坊のベガだけだ。戦えるのは実質二人だけ……。

 まして、大掛かりな部隊で攻めてきたということは、こちらの動向はある程度想定済みなのだろう。しかもこの隠れ家には暖炉がない……!

 

「──戦えば死ぬだろうな、間違いなく」

「ああそうだ!だからその子を連れて早く逃げるんだ!連中の狙いは君達だ、私が囮になるからその隙に……」

「……無理だな。今から箒に乗って逃げたのではそれこそヤックスリーの思う壺だ。即座に叩き落とされるのが関の山だろう。だが……、……」

「……何です。言いたいことがあるならハッキリ言ってください」

「ベガと……一人くらいなら逃げられるかもしれん」

 

──最低最悪の発想だが、これしかない。

 

「囮作戦には賛成だ。だがあの数……魔法使いが二人がかりで足止めする必要があるだろう。……二人がかりで、だ」

「……成程。言いにくそうにしていたのはそういう訳ですか。ええ、いいですよ。ここが私の墓場です」

「……すまん」

「だから、いいですって」

「な、何を言ってるんだ……!君達二人で時間稼ぎをするだって!?馬鹿な、今、君自身が言ったじゃないか!戦えば死ぬだろう、って!そんな……」

「もう決めたことです。……私達の戦いが少しでもこの子の未来を明るく照らすというのならば迷いはありません」

 

 シルヴェスターは忘我の呟きを漏らす。

 下手に全員で逃げようとすれば一網打尽にされ全滅の危険すら有り得る。バラバラに逃げるにしても、この人数ではいずれ追い付かれて殺されるのは目に見えている。

 だから、足止めする者が要るという理論は分かる、分かるのだが、どうあってもシルヴェスターは俺達に死んでほしくないようだった。……良い友を持てたものだ。

 

「許してくれシルヴェスター。親ってのは子供にかっこつけたい生き物なんだ。それが命を守るためなら尚更だ。……お前も息子がいるなら分かるだろう?」

「ぐ、ぅ……そんな言い方は卑怯だ。私に君達を見殺しにしろって言うのか。それに何より、親を失ってしまうこの子の気持ちはどうなる!?」

「……シルヴェスター、私達の最後の頼みを聞いてくれるなら、どうかこの子に愛情を注いであげてください。私達がしてあげられなかった分まで」

 

 意思は固かった。

 絶対に、何があろうとも、この子の未来を守らなくてはならないのだ。ベガがどんな人生を送るかは分からないけれど、そこに一片の影があってはいけないのだ。

 ベガの幸せは、俺とアルタイルの死が代償だった。

 残酷な決断だが──迷いはなかった。

 

「…………なら、せめて、残された時間をこの子と過ごすんだ。それがッ、君達がベガと過ごせる最後の時間だから……!」

 

 嗚咽するシルヴェスターに謝意を表す。……何と、立派なんだろう。魔法使い同士の無益な争いに手を貸してくれるばかりか、気遣ってくれるなんて。

 シルヴェスターだけじゃない。

 人は皆立派だ。この世の生まれてきたことが偉業なんだ。生まれてこない方が良い命なんてないんだ。例えそれが、限りない厄災を齎すとしても、いずれ凶悪な殺人鬼になるとしても、その命は尊重されなくてはならないんだ。

 

「……この子が大きくなっている頃には、平和になっているといいけれど。もしも戦いが続いていたのなら、せめて選択肢をあげたい」

「戦うか、逃げるか……後悔のない選択ならどっちだって構わない。俺達は戦いを選んだけれど、ベガ、お前は戦いから逃げたっていい。胸を張って生きられるなら、どんな人生を送ったっていいんだ。お前が望むようにしなさい」

「後悔のないように……お前の望む方を……」

 

 アルタイルは、ベガの頬を撫でた。

 まだこんなに小さい。

 緩やかな呼吸が、ささやかな胸の鼓動が、危ういまでの繊細な生のありかだった。

 とても柔らかくて、愛おしい。この世全ての理不尽から守ってあげたい。

 

「きゃっきゃっ」

 

 月光のような銀髪と、瞳に揺蕩う泪の海が、二人の子供であることを物語る。

 こんなに──こんなに可愛い子が自分達の下へ生まれてきてくれた。

 形容もできぬ奇跡に感謝した。

 世界中の幸せをひとところに集めたかのような至福が、ここにあった。

 

「……大きく、なってね。好き嫌いしないで色んなものを食べなさい。……食べた後は、歯をちゃんと磨いて、お風呂も、ちゃんと入るのよ。部屋は綺麗に、汚くなんてしないように……、女の子には優しくしなさい。それと、それと……、目上の人を敬える人になって、でも、悪いことは悪いと言える人間になって……それで……」

 

 ぽろぽろと流れる涙をしかし、止める術を知らなかった。

 ああ、駄目だ。澄ましていても、かっこつけたくても、この子の前では嘘なんてつけなくなってしまう。一切の穢れなき未だ純朴な我が子──。

 

「……ごめんなさい……お前を一人にしてしまって、本当に、ごめんなさい……、私とデネヴはいつもお前を見守っているから……」

 

 零れ落ちる涙は懺悔であり、死の覚悟を決めるための手順だった。

 とてもとても大切な子。

 だからこそ、ベガが、目一杯の幸福を享受できるようにするために──

──俺達は命を賭けるのだ。

 

「──お前を愛している、ベガ」

「どうか幸せに……」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 日記はそこで終わっていた。

 ベガは何となしに、外に出て、一人夜の街を散策していた。

 誰かと話す気分ではなかった。ベガの内側で死喰い人との戦いに参加する行為の意味合いが変わっていたのだ。

 両親がくれた選択肢。

 逃げてもいい──そういう風に言われたのは初めてだった。

 ずっと立ち向かう勇気を求めていて、敵と戦う力を欲していた。そういう生き方に憧れていて、自然体でそうできる親友達のことを羨んでいた。

 けれどそれは、あくまでネビル達の生き方の模倣でしかないのではないか?

 胸を張ってベガの誇りと言えるのか?

 

「逃げてもいい、か──」

 

 考えたこともなかった選択肢。

 それを選んでしまったら自分の全てが失われるような気がして怖かった。だがそれは結局、己の価値観を杓子定規に狭めていただけではないのか。自分の人生の在処を見出したのなら、その人生を貫くべきだと言うが、果たして自分は命を懸けて赴くべきか判断できていたと言えるのか。

 趨勢を思えば、ここで逃げるなどそもそも有り得ないことだ。

 だがベガ個人はどうしたいのか。

 

『自分が何者であるかは、持って生まれた才能で決まるのではない。自分がどういう選択をしたかで決まる』

 死に直面する戦いの場に引き摺り込まれるか、頭を高く上げてその場に歩み入るか。その二つの道の間には、選択の余地は殆どないという人もいるだろう。

 けれど彼は知っている。

 その二つの間は、天と地ほども違うということなのだと。

 

「──ハン。決まってる。俺はあの調子に乗った帝王気取りのクソボケを、この手で泣くまでボコボコにしてやりてえだけだ」

 

 動機なんてシンプルなもの。

 奴を倒す手筈なら、着々と整っている。

 ベガが目指す先は寧ろ、闇の帝王を倒したその先だ。ヴォルデモートなど通過点。奴を倒した後は、いっそのこと世界最強の魔法使いにでもなってやろう。

 自分の一部というだけの認識だった銀の髪も、碧い眼も、顔も、今なら別の感情が湧いてくる。

 この身には、紛れもない二人の英雄の血が流れている。その事実が勇気をくれる。

 

「俺──この二人の子供で良かった。デネヴとアルタイルの子供で良かったよ。今なら胸を張って、そう言える」

 

 ベガは誇りを胸に空を見た。

 夏の夜に、大三角形が浮かぶ。

 三つの星座を結ぶ、巨大なアステリズムが、誇りと勇気を与えるかのように煌々と輝いていた──。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 攻めてくるヤックスリーの部隊を目前に、デネヴとアルタイルは自分達でも驚くほどに静かな鼓動を感じていた。

 己の子を守って死ぬなど親としてこれ以上に誇り高いことがあるだろうか。決して邪魔はさせない。ベガは自由だ。

 デネヴは何か言いかけて、口を閉じた。

 

「──、お前を死地に付き合わせてすまないと言おうとしてしまった。この言葉はお前に対する侮辱だな」

「よく分かってるじゃないですか」

「ふ。……俺を夫にしてくれてありがとう」

「こちらこそ。妻にしてくれてありがとう」

『おおっと、俺を忘れちゃいねえだろうなお二人さんよォォオ!?』

 

 呵々大笑と割って入ったポルターガイストに、夫婦は苦笑を返した。

 思えばこいつとの付き合いもかれこれ十年近く経つ。──長いものだ。

 

『光栄に思えよ、この俺様がお前達を援護してやるぜェ。何だかんだ長い付き合いだしなァ、腐れ縁って奴だ!最後に一花咲かせてやろうじゃねえの!』

「……お前がそんなことを言うなんてな。明日は雪でも降るかな?」

『らしくねえなデネヴ。死ぬのを目前にしてびびっちまったかァ?』

 

 おそらくは人生初めてのデネヴの冗談を、しかしピーブスは挑発で返す。

 だがピーブスは推し量り損ねた。デネヴ達の覚悟のほどを。騎士団に入ったのは、大切な人を死なせたくないから。それはピーブスも例外ではないということを。

 

「強制昏倒呪文──」

 

 デネヴが自分の肉体に押し当てた魔力はたちどころに効力を発揮する。

 霊体のピーブスが透けていく。それはデネヴが身に付けた討魔の呪文。

 

『な、てめえ、何を──』

「よく知ってるだろう、ピーブス。短い間だけお前を強制的に眠らせる呪文だ。俺が死んだ後、お前は眠りから醒めて完全に俺の肉体を支配できるだろう。連中もよもや死体が動くとは思うまい……その隙を突いて逃げるんだ」

『デネヴ!!おい、やめろ!!』

「だがお前の本当の肉体ではないのでいずれ拒絶反応が起きるだろう。そうなればお前はまたただのポルターガイストに戻る。……お前の自由に生きるんだ」

『俺をッ、俺を逃がすだと!?ふざけんなよてめえッ、そんなこと許さねえ!』

「長い間、世話になった」

 

 最早慟哭にも近い懇願は、ついぞ聞き届けられることはなかった。

 ピーブスは騎士団の団員ではない。命までも賭ける必要はない。それに何より、自分達の生き様と死に様を見せれば、刹那的なお前だって変われるかもしれないから。

 お前にだって生きていてほしい。

 友達、だから。

 

「お前のことは割と好きでしたよ」

「──またな、相棒。世界で最も酔狂なポルターガイストよ」

 

 断末魔とも言うべき叫びを感じながらも魔法は決して解かなかった。

 別れは済ませた。

 割れんばかりに歯を食いしばり、それでも笑って、決戦の地へ赴く。

 二人の戦士を、俄に嘲笑を孕んだヤックスリーの言葉が出迎えた。

 

「──よう、よう。お二人さん。直接顔を合わせるのは初めてだな。俺はコーバン・ヤックスリー。名前くらい聞いたことあんだろ、死喰い人になってからずっとマグルをぶちぶち殺して回ってたからなァ」

「お前のような小物の名など知りません」

「……。あぁそうかい。まあいい、俺が用事があるのはそっちだ。デネヴさんよォ、お前の血筋は誰もが認める純血の血統。闇の帝王はできるものなら配下に加えたいと仰ってる。配下に加わるなら妻と息子の命も生かしてやってもいいんだそうだ。……帝王直々のご指名だ、これでも俺達の仲間に加わる気はねェか?」

「……例のあの人、いや、ヴォルデモートが世界を支配するとして……そこに、動かない絵はあるのか?」

「はっ?……んなモン必要ねぇだろ」

「……そうか。ならば返す言葉はない」

 

 戦いは長期戦になった。

 ベガとシルヴェスターを逃がす時間を稼ぐために、あらゆる時間稼ぎを行い、肉体と魔力を酷使して、余力など残さぬよう、血眼でヤックスリー隊と渡り合った。

 そも、デネヴは高い瞬発力での一対一の戦闘が得意な魔法使いであるし、アルタイルはあくまで優秀な魔法使いの域を出ない程度の戦闘力。物量で攻められれば後手に回るのは必然。けれども──持ち得る限りの全ての駒は使った。魔法、肉弾戦、闇の魔術に科学の発明品。

 通してなるものか。

 まだ倒れてなるものか。

 その意地だけで動いていた。

 

「が──はッ」

 

 駒を使い切った時、ついに倒れた。

 死の呪文を喰らってしまった。苦し紛れで放たれたが故に、呪文は殆ど失敗ギリギリの完成度だった。それ故、通常ならば即死する呪文だが、デネヴには僅か数秒の時間が残されることとなった。

──神は残酷なことをするものだ。

 俺に死ぬまでの恐怖の刻を与えるとは。

 地面に転がるデネヴの眼前にあったのはアルタイルの亡骸だった。

 いつも間に死んでいたのだろう。胃の腑に冷たいものが落ちたような感覚。けれどそれがあまりにも綺麗すぎるものだから、思わずデネヴは言葉を失った。

 顔だけ上げて、彼女を見る。

──走馬灯、と言う奴だろうか。

 デネヴは何となしに、いつかアルタイルに見せた動かぬ絵画を思い出していた。

 あの絵には動かないが故の美がある。今の彼女が、そうだった。

 こんなことを思うのは不謹慎だけれど、死さえも彼女の美しさを損ねることはないのだと、漫然と思った。

 天の光に晒されて──

 

 そのひとは、女神のように綺麗だった。

 

(──神も粋なことをするものだ。この俺に……最期に最愛の妻の顔を見せて………死なせてくれるとは……な……)

 

──ベガ・レストレンジは、神に愛された少年である。

──アルタイル・レストレンジという女神に愛された少年である──

 

(長生き、しろよ……ベガ……)

 

 

 

「クソッ!こいつら余計な抵抗をしくさりおって……後はお前達が始末しろ!!」

 

 たった二人の魔法使いに思わぬ手傷を喰らってしまい、激昂したヤックスリーが姿現しで消えたのと、デネヴのもう一つの精神が目覚めたのは同時だった。

 

「デネヴの奴、余計なこと……余計なことしやがってよお……!」

「な、こいつ生きて──」

「アルタイルもだ!何を、……何を俺の許可なく勝手に死んでやがる!」

 

 デネヴの肉体を初めて完全に支配したピーブスは、しかしその昂揚感に酔いしれることはなかった。全てを失った孤独の肉体からは何も湧き出はしない。

 友の骸を動かして、友の亡骸をその手に抱えて。久方ぶりの肉の感触が、得も言えぬ気持ち悪さを伝播する。あれほど渇望した生身の身体が、今ではピーブスに虚無感を与える煩わしい存在となっていた。

 

「このカスどもが!!コイツらで遊んでいいのは俺様だけだ!!てめえらの汚ねえ手で触れんじゃねえよ!!俺様の親友の遺体は誰にも触らせねえぞ!!」

 

 されど、憤怒が止むことはない。

 禍福を共にした友が、二人、一晩に、こんなにもあっさりと。

 野望があったのだ。誰にも邪魔させまいと思っていた。星の夜、確かにピーブスは語らい合ったのだ。それを踏みつけにしたのがこの男達!

 それに何より辛いのは、復讐に溺れようものなら、デネヴ達を真に守り切るなどできないと心のどこかで理解していること。死ぬことさえも、叶わない。

 できるのは、命を全て費やして二人の尊厳を守ることのみ──!

 

「このピーブス様が、デネヴとアルタイルを守り抜く!!!」

 

 なけなしの残存魔力を振り絞り、撹乱して邪魔者は殴り飛ばす。そうして、何とか逃げ切ることに成功したピーブスは、されど達成感も何もない能面で呟いた。

 

「お前らのいねえ世の中なんざ、面白くも何ともねえよ……」

 

 不死鳥の騎士団の隠れ家の前にアルタイルの亡骸を横たわらせて、悔しそうに拳を握り締める。けれどその感覚も徐々に薄れていってしまった。デネヴとの繋がりが少しずつ消えてしまっていっている。

 ピーブスがデネヴの肉体でいられるのもあと少しなのだ。

 以前のピーブスならば、残り少ない時間でやりたい放題していただろう。だのに、今の彼は人との繋がりを慈しむことのできる存在へと変わっていた。

 ああ──何という、何という脆くて儚い生き物。その有り様を見下しながらも、その生き様に魅せられてしまった自分がいる。

 泣いて、泣いて、泣いて。

 いつしか、精神は肉体と分離していた。

 指に残る僅かな感覚の残滓を忘れることはない。いつも間にか、帷は降りていた。

 決して届かぬ夜空へと飛ぶ。

 触れることも叶わぬ星を見る。

 友を失ったポルターガイストは、今もどこかを彷徨っている──。

 

 

 

【挿絵表示】

 




デネヴ・レストレンジ   死亡
死因:死喰い人に死の呪文を喰らう

アルタイル・レストレンジ 死亡
死因:死喰い人に死の呪文を喰らう

ピーブス       行方不明
今もどこかで生きているのかもしれない


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HALF-BLOOD PRINCE
1.visit(or)hug?


何で紅“の”力ではなく紅“い”力なのか考えたことはありませんか?
それは例え眼を瞑っていても「あ〜何かすげえ力を感じるわ〜」ってなって眼を開けてみたら「わっめっちゃ紅いやん!この力めっちゃ紅い!紅い力や!」ってなるからです。
急に何言ってんだって話ですけど、私も何言ってるか分かんないです。


「へえ。じゃあベガがブラック邸を相続することになったんだね」

「そ。クリーチャーっつう屋敷しもべ妖精もセットだ」

 

 不死鳥の騎士団は、本部としてシリウスの実家であるブラック家のあるグリモールド・プレイス十二番地を活用していたわけだが、元々そこはシリウスの所有物として魔法の結界が張られていた。

 そしてその結界はシリウスが死ぬようなことがあれば機能しなくなってしまう。なので彼は万が一の保険として屋敷の相続権をシェリーに与えていたのだ。自分の死後も結界が機能できるように、と。

 しかし、シェリーは現在行方不明。

 魔法省が先の戦いでゴタゴタしているというのに、少女一人探す余裕などどこにも残っていない。来たる魔法戦争に向けての準備で忙しく、そういうわけでシェリーは今生死すら定かではないのだ。

 よって、ほんの僅かとはいえブラック家と関わりのあるベガが財産を相続することになったのである。まあ、財産の殆どはマルフォイ家に譲渡したのだが……。ドラコ達には金銭的なフォローが必至だ。

 

「クリーチャーがデネヴとヘミングスの息子っつーことで俺に仕えるのを嫌がってたし俺としても気乗りはしなかったんだが、人材……妖精材を遊ばせておく余裕がないのも事実だからな。とりあえずシェリーを探させてる」

「見つかると、いいけれど……」

 

 目下、魔法省の優先順位は戦力増強であってシェリー捜索ではないのだろう。

 ……ヴォルデモートを殺すためには、シェリーの死が必要なのだと聞けば、魔法省は血眼で探すのだろうが。現大臣のスクリムジョールなら指名手配を出しかねない。

 

「……明るい話をしようか。フラー・デラクール覚えてる?ボーバトンの。ベガがダンスの相手に誘った……」

「ああ、覚えてる覚えてる」

「ビルと付き合ってるらしいよ」

「えっマジ!?」

「マジ。一目惚れだってさ」

「あーうわーなんか複雑だわーうわー」

 

 と。

 城へと続く道で、何やら騒いでいる生徒がいるようだった。

 ハーマイオニーに突っかかってるのをロンが制止しているようだが……よく見てみるとあれは突っかかってるというより、ハーマイオニーへの……ナンパ?を宥めているようにも見える。

 ハーマイオニーは両親が精神的拷問を受けたことで心に傷を負っている、そのためロンが間に入って庇っているのか。

 

「……まったく!君も分からない奴だな!おおっとちょっと待ってくれたまえベガ!あのシェリー・ポッターがホグワーツにいない今、次のクィディッチ・チームのキャプテンはこのコーマック・マクラーゲンこそが相応しいと!そう思わないかい!?」

「コーマック……誰?」

「知らね」

「この僕を知らないだと!?なんて流行遅れの人達なんだ!!」

(うざ……)

「グリフィンドールにこんなに無駄に賑やかな人がいたんだね。知らなかったや」

 

 コーマック・マクラーゲン……成功を納めた人物の子供や、将来有望な生徒を気にいるスラグホーンから目をつけられていた人物だったか。

 今年で七年生になる生徒だ。

 ホグワーツ戦線の時にDAでもないのにやたら張り切って序盤でダウンした奴じゃなかったか?勇気は凄いと思うけど。

 

「僕のことをもう忘れられないようにサインを書いてあげようじゃないか。そうだ、ローブに目立つ色で書いてあげよう!」

「やめろ」

「何を!?このコーマック・マクラーゲンの偉大なる名を刻めるというのに!?」

「無駄に長いなあその名前。もうちょっと分かりやすい名前にしてよ」

「じゃあ略してクラゲだな」

「クラ……!?」

「またなクラゲ野郎」

「な、何を!僕はクラゲなんて渾名認めないクぁラゲなーーーー!!」

「渾名を受け入れたのかそうじゃないのかハッキリしてくれないかな」

 

 また、新しい一年が始まる。

 けれど今年のホグワーツは、いや、魔法界は大きな変化に見舞われていた。

 

「知っての通り、ダンブルドア先生は入院中のため私が校長代理を務めることになりました。代理とはいえ指導に手を抜くつもりは一切ありませんからそのつもりで」

 

 マクゴナガルの凛とした声が大広間に轟いた。

 上級生などはもう慣れたもので、久しぶりのマクゴナガル節に懐かしさすら感じていたが、一年生などは萎縮していた。

 

「では、今年から私達の学校に着任する新しい先生を紹介しましょう。ホラス・スラグホーン先生、かつてホグワーツで教鞭を取っていらっしゃったのですが、今年から『魔法薬学』の教師として復帰することになりました」

「はっは!皆んな、教室で会えるのを楽しみにしておるよ!」

 

 真ん丸としたセイウチ髭の男が立ち上がり拍手を受ける……が、すぐにその声がどよめきへと変わる。

 魔法薬学の教師として?

 彼は、今年の闇の魔術に対する防衛術の教師になるものだと思っていたのに。

 特にベガなどは、騙しやがったなあのババア、という心持ちだった。確かに何の科目を担当するかは言ってなかった……!

 

「スネイプ先生には今年から『闇の魔術に対する防衛術』を受け持ってもらうことになりました」

「グリフィンドールから十点減点」

「何で?」

 

 本当に何でだろう。

 スリザリンからはスネイプが長年望んでいたに役職に就けたことで大喝采が上がっているが、その他の寮からはどよめきが上がっていた。スネイプの評判は一、二を争うほどに悪い。一応、ホグワーツ戦線で先陣切って戦ったのである程度は評価も変わっているようなのだが、まあ普段の態度が悪い。

 マクゴナガルだって代理でこういった思い切った人事はしないだろう。……となるとダンブルドアが事前にスネイプを防衛術の担当にするよう指示していたのか?

 ……何のために?

 

「えーそれと、もう一つ。ダンブルドア先生の代理を務めるにあたり、私が去年までのように『呪文学』を教えるのがどうしても難しくなりました。というわけで、海外から特別教育実習生として、代理の先生がやって来ています」

「あれ……あっ!あれって!」

 

 

 

「えーどうも、教育実習生のミカグラ・タマモでーす。皆んなよろしくねー」

 

 

 

 巨大なハグリッドの図体に隠れて気付かなかったが、金色の髪の可愛らしい東洋人がちょこんと座っていた。

 ミカグラ・タマモ──五大魔法学校対抗試合の折、ニホンの代表選手として選ばれた人物だ。その戦闘力もさることながら、誰とでも気兼ねなく接する気さくな人柄で彼女と友人になった者は多い。というか多分一番じゃなかろーか。

 去年、ホグワーツ戦線に馳せ参じたことで、彼女達を恩人と評する者は多い。

 案の定、タマモを知る生徒からは賞賛の声が上がった。

 

 

 

「それと……ホグワーツの護衛として来てくれた海外の闇祓いの方々です」

「フウマ・コージローだ。よろしく頼む」

 

 

 

 これまた人気の男が来た。

 ニホンのニンジャ一族の家系に生まれたエリートで、こと戦闘能力において代表選手の中でもトップレベルの実力者。しかしそれを鼻にかけることもなく、多少頑固なきらいはあるが一本筋の通った男として人気だった。目鼻立ちが整っているので女子ウケも良く、歳も近くて接しやすい。女子達はヒソヒソ話を始めた。

 ロンはそれが少し気に食わない様子だったが、代表選手の中でも、戦闘に特化した二人がホグワーツに来てくれるのなら心強い。

 まだまだ若いとはいえ闇祓いクラスはあるだろう。

 因みにサツマ・ハヤトは実働部隊に所属しているのでホグワーツには来ていないとのこと。まあ、ハヤトは防衛より敵に突撃する方が好きそうだ。

 

「彼等は授業中に見回りをしたり、パトロールなどを行います。決して、ええ、決してホグワーツの恥を見せることはないと信じていますよ。……では食事の前にひとつ号令を……あー…………

 ……わ、わっしょい、こらしょい、どっこらしょー……い……」

 

「……えっ何今の」

「いぇええええええええええい!!」

「校長最高おおえおおおおお!!」

「ミネルバ愛してるううううう!!」

「!?」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 ベガと、ルーナ・ラブグッドの二人は校長室に呼ばれていた。

 割と珍しい組み合わせな気がする。

 

「んー…何であんただけじゃなく私も呼ばれたんだろう?」

「俺一人なら呼ばれても納得すんのかよ」

「だってあんたはワルだし、それに、色々と特別だモン。でも、あんた自身の性格は割とまともだと思うけど。んー、私が言っても説得力ないかも」

「かもな。でも光栄だよ、姫」

「?やっぱあんた変かも。私を女の子扱いする奴はそんなにいないモン」

「周りの連中が節穴ばっかってことだ。さてと、『ゴキブリゴソゴソ豆板』」

 

 部屋の主が一時的とはいえマクゴナガルに変わったことで、校長室の暖かな雰囲気がほんの少し引き締まっているように感じられた。

 何でも、二人に来客が来ているという。

 誰だろうと思いつつも、ベガは何となく心当たりがあった。

 そしてその心当たりは、的中することになる。

 

「ダームストラング兄妹……」

「よ〜、お久しぶり♡ベガくん、ルーナちゃん」

「こ、こんにちは……」

「?ああ、前にホグワーツに遊びに来てた人だっけ」

「……まあ、そうですね」

(ツッコむのも面倒なのかよ)

 

 五大魔法学校対抗試合に出場したダームストラング校の代表選手の二人だ。

 ミステリアスで軟派な兄のネロと、おどおどした妹のリラ。真逆な性格の二人ではあったが、何やら不思議な魔法を使っていたり、父親のダンテに内緒で秘密裏に動いているようだったり、謎が多かった……そんな印象だった。

 二人の目的は、秘密の部屋事件の時、ヴォルデモートが受肉のために使用した肉人形を二人分作ってもらうこと。魔法式も魔法薬も投与されていない普通の身体になりたいのだという。

 どこまで信じていいものか分からないが、この二人の助けがなければシェリー達の下へと辿り着けなかったのもまた事実なのだ。いい機会だ、話があるというならじっくり聞かせてもらおうじゃないか。

 

「ま、そんなに緊張せずに自分の家だと思ってくつろいでくれや。楽しくお話しようぜ」

「クラムがお前のこと嫌いだった理由が何となく分かった気がする」

「ネロネロネロネロ」

「どんな笑い方だ」

 

「……この、ミスター・ダームストラングとミス・ダームストラングが死喰い人内部へと探りを入れてくれていたのです。いわゆるスパイとして」

「ま、より詳しい情報を探ってきたのはコガネムシだったがよォ。

 結論から言うとナ、お前達が戦う相手は死喰い人だけじゃなくなっタ。俺の親父、ダンテ・ダームストラングとも戦わなくっちゃならねェ」

「!ダンテ……やっぱ敵か、あいつ」

 

 ネロの話曰く。

 ダンテ・ダームストラングは独自に軍を組織しており、未だ影響力の大きい闇の帝王と取引をしているのだという。言うなれば商売相手なのだ。

 ロンの話では、先のホグワーツ戦線において、ドロホフは死喰い人だけでなく巨人や吸血鬼に人狼という異形の者達を活用していたらしいのだが、その中に錬金術で生み出したらしき戦闘人形があったらしい。

 その戦闘人形を作ったのがダンテだ。

 オートマトン、ゴーレム、そういう風に呼称される自律式の人形。魔道具の極地とすら評される神秘の存在。魔力を込めた分だけ稼働する仕組みだ。

 

「だがご存知の通り魔道具ってのは魔力や呪いを込めなきゃ動かねぇ。そしてその魔力を送り込むのは結局人間……。いずれ燃料の切れる人形に魔力を注ぎ込んで、戦闘させたり家事をさせるより、自分でやった方がよっぽど効率的ダ。

 ……しかしダンテはほぼ無限に、半永久的に魔力を生み出せる術を持ってる」

「──まさか、賢者の石か?」

「正解♪学年主席は話が早くて助かるよ」

「…………」

「ベガ、そんなこと言わなくたっていいじゃん」

「心を読むなルーナ」

 

 どうもペースが乱される……。

 リラなんて話を聞いているのかいないのか、宙を見てぼーっとしているし、ルーナもルーナで何を考えているのかよく分からない。ベガはこめかみを抑えた。

 

「ダンテはああ見えて研究者としての能力は優秀でナ。賢者の石を独自で創り出せる天才。それだけの力がある魔法使いだってことだ」

「……ミスター・ダームストラング。その話が本当なら私達に勝ち目はありません。私達人間には飲食が必要ですし、怪我もします。しかしその戦闘人形とやらはその必要がない……。

 物量攻めをされれば、まず間違いなく負けます」

「そうだナ。だが、ひとまずはその心配はない。理由は大きく分けて三つ……。

 

 1、親父はあくまでビジネスパートナーとして帝王と組んでるから、当然戦闘人形も売買してる。金のない死喰い人達は簡単に兵力を買えるだけの余裕がない。

 2、親父が持ってる賢者の石は一つだけで、それも基本的に自分の肉体を維持するために使用している。

 3、賢者の石を増やすのは難しく、また、戦闘人形もおいそれと量産はできない

 

 ま、それでもちょびっとずつ兵力は増えていく訳だから放っておくと危険だけどナ」

 

 聞けば、ネロとリラは破壊工作を行って生産ラインを壊して回っていたという。それを聞いてひとまずはマクゴナガルも納得したようだが……。

 

「二つ目の理由が分からん。『自分の肉体を維持するために使ってる』ってのはどういうことだ」

「ああ見えてジジイなんだよ、親父は。何せ賢者の石の力で千年前から生きてるんだからナ」

「…………、千年だと?」

 

 長命が多い魔法使いの中においても異次元の年齢。かのニコラス・フラメルが石を使って現在六七〇年ほど生きていると聞いているが、ダンテも同じく石の力で長い時を生きてきたというわけか。

 有り得ない話、ということもない。

 しかしそれはそれで奇妙な話だ。

 千年もの間生きていれば、当然それなりに顔も知られる筈。だのにダンテは千年もの間表舞台に立たず、二〇年前にどこからか現れて北方魔法界を牛耳ったという経歴なのだ。一体、ダンテは千年もの間何をしていたというのだろう?

 

「千年前のダンテは相当ヤンチャしてたようでナ。当時最高峰の魔法使い、ホグワーツ創始者の四人に『封印』されてたんダ。千年経ってようやく封印が解けたんだと」

「封印……創始者だと……」

「奴の本当の年齢は千歳と少し……ダンテがダームストラングの初代校長の血を引いてるって話は聞いたことあるカ?そりゃそうさ、千年前にダームストラングを創ったのはダンテ本人なんだからよ。サラザールが学校創設に助力したんだと」

 

 時期的には確かにぴたり一致する。

 ダンテはかつて創設者達と張り合えるだけの力を持った魔法使いで、サラザールの力も借りてダームストラング校を創り上げた……そこまではいいものの、ダンテはかなり闇に傾倒した魔法使いだったらしく、創始者達と対立した。

 そして千年の封印を受け、今まで眠っていたという……何とも数奇な運命である。

 教科書の内容が変わってしまう。勢い余ってビンズが昇天するかもしれない。

 

「ホグワーツ創始者の有名な逸話の一つにホグワーツ魔剣伝説ってのがある。創始者達は不思議な力を持つ魔法の剣を使い、北の怪物を討ち倒した……っていう奴な。

 その北の怪物がダンテ。で、去年ルーナ・ラブグッドが使ったっていう剣が、おそらくレイブンクローの魔剣だヨ」

「!それで私を呼んだんだね。あの剣はそういうことだったんだ」

「俺達はその剣の手掛かりを探しているんだヨ。連中に対抗する手段としてナ」

 

 ……スケールの大きな話だ。

 ダンテがかの創始者と関係があっただけでも驚きだが、その創始者が遺した魔法の剣が未だ顕在だとは。

 剣は今ではカップやロケット、首飾りなどに変化して真の姿を隠し、真の姿へと戻る時を待っているのだという。

 

 効果の程は未知数だが、それらの剣を探すだけの価値はあるだろう。紅い力に対抗する何かが必要だと思ってはいたが、かの創始者が遺したマジックアイテムがあれば格段な戦力増強となる。事実、ルーナは使い慣れていなかったとはいえかなりの能力を発揮していた。

 ただ、それぞれの剣は『真の勇気を持つ者』や『知識を正しく活用できる者』にしか扱えない、という。もっと俗な言い方をするなら、『真のグリフィンドール生』だけが使える剣、『真のレイブンクロー生』だけが使える剣……と言ったところか。

 ……何とも御伽噺のような話だ。戦力が増えるに越したことはないだろうが、所在の分からぬものを、いったいどうやって探すというのか。

 

「まっ、その辺りは追々な。敵は紅い力なんつうイカれた力を持ってんだ、こっちもそれくらいイカれた力……対抗手段があってもいいだロ」

「それは本当にそう思う」

「しかし、いくら道具があってもそれを使う人間がいなければ意味がありませんよ」

「見込みありそうな奴はいねえか?」

「……俺の友人に一人、誰よりも勇気がある奴がいる。実際に使えるかどうかは分からねえが、真のグリフィンドール生ってんならあいつ以上の適任はいねえ。スリザリンにも一人いるな。ハッフルパフは……まあ、一人を いたけど、…………その、うん」

「………………」

「…………。ま、素質ある奴には剣が見つかり次第持たせてみるか」

「ねえ、ちょっといいかな」

 

 ふと、ルーナが口を挟んだ。

 

「私が剣を使うのはやぶさかじゃないし、ロウェナだって力を貸してくれると思う。けど真のレイブンクロー生しか剣を使えないってことは、逆に言えば私はあと二年しか剣を使えないってことじゃないかな。二年経ったらホグワーツを卒業してるモン。留年してるかもだけど」

「あ……ああ、そうか。そういうことになるよな」

「ん?別に大丈夫らしいぞ。ホグワーツを卒業した後でも資格さえあれば使えるわしいぜ。この間ダンテに聞いたらゲロった」

(あのおっさん本当にやり手なのか……?身内にダダ甘すぎじゃねえか?)

 

 ホグワーツを卒業している者も剣を使うことができるなら、かなり候補者は増えることだろう。教職員や、闇祓いにも剣を使える可能性が出てきた。

 もし剣が見つかったら、その時はそういった人達にも握らせてみよう。

 

「……。なあ、ネロ。それからリラも。色々ぶっ飛びすぎてて麻痺しちまってたが。お前達のやってることは立派な利敵行為だ。……だから、アー……」

「『父親を殺すことになる』ってか?」

 

 ネロとリラの瞳から、光が消える。

 

「俺達には親がいねえ。たまたま封印が解けたダンテに成り行きで拾われて、今まで育てられた」

「…………」

「あのオッサンは良くも悪くも真面目だゼ?俺達をまともに教育したから、俺達はあの人の暴挙についていけなくなっちまった。親の不始末は子がつける。……っていうか」

 

 

 

「──ダンテは俺が殺す」

 

 

 

 邪魔はすんなよ、と、冷たい口振りで言い放った。

 緊張に包まれた校長室だったが、しかしネロは打って変わってわざとらしいくらいの満面の笑顔を見せた。

 

「ま、ダンテの首さえくれりゃ後は本当に好きにやってくれって話でナ。そのための協力も惜しまねえし。ダンブルドアとも秘密にやり取りしてたが、あの爺さんもオーケーしてくれたゼ」

「…………ダンブルドアが信じるなら。しかしネロさんよう、そこまでダンテの秘密を知っておきながら、例えば新聞社にタレ込むなりしなかったのか?」

「預言者はあいつに金握らされてるヨ。コガネムシを捕まえて何とかできねえかと思ったが、どうやらそういう訳にもいかねえし」

「……。ファッジといい……メディアがこうも振り回されるとは、嘆かわしい……」

「……?……。……あっ、ダンテって、もしかして」

「?」

 

 ルーナの発言に、キョトンとして振り返る。

 

「前に私の家に来たことがあるよ、ダンテ」

「えっ?」

「私はチラッと顔を見ただけだから、あまり覚えていないんだけどね?父さんも私と同じで、ちょっと珍しい魔法生物が好きなんだ」

(ちょっと……?)

「それで周りからは変わり者扱いされてたんだけど、珍しく話が合う人が現れた、魔法生物の話に付き合ってくれたどころか、マイナーな生き物の話にもついてきてとても楽しかった……って」

「……千年前の話でもしたのかもナ」

 

 ルーナの父、ゼノフィリウスは真偽の疑わしいオカルト雑誌の編集長だ。おそらくは、彼を買収しようとしたのかもしれないが……。

 

「……あの」

「なあに?リラ」

「お父さん……ダンテは、何か言ってました?」

「えーと、『昔の仲間と旅をした時にそんな魔法生物と出会った』『懐かしい』って言ってたような」

「……そう、ですか」

「さ、そろそろいいだろ。聞きたいことがあればその都度答えるし。じゃあ俺達は暫くの間ホグワーツに寝泊まりするからヨロシク」

「えっ」

「そうなの?」

「聞いていませんが」

「えっ?ダンブルドアが良いよって……」

 

「「「……………」」」

 

「……宿泊費はあるんですか?」

「そんな金はねえよ!」

「お前ら無一文でイギリスまで渡って来たの!?」

「金は使うもんだろォ!?」

「えと、歯ブラシは持ってきたので、あとお風呂と寝るところを貸して貰えるだけでいいんです。授業の邪魔はしません……でもご飯は沢山あった方がいいなあ」

「割と図々しくない?」

 

 かくして、ダームストラングの兄妹が仲間に加わることになったのだった。

 ネロローン!

 




クラゲもネロも深夜テンションじゃないと書けない性格してやがる。めんど……。

おまけ
【英語習熟レベル】
S:ネロ、バーニィ
流暢に喋れる。現地の人にも分かり易い
A:タマモ、コージロー、サモエド、マスティフ
問題なく日常会話ができる
B:リラ、クラム、フラー
多少アクセントが微妙だが、日常会話はできる
C:ローズ、ブルー
簡単な単語や文法は分かる
D:ハヤト
殆どできない

こんな感じです。じゃあ何で作中で全員が流暢に喋れるのかっていうと、魂が通じてればそこに言葉なんていらねぇからなんですねー。ハヤトは多分出川イングリッシュみたいなもんです。


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2.Days:no-name

 六年生からの時間割は、これまでとは少し異なってくる。

 ふくろう試験の成績や個々人の学びたい科目、将来の職業のことを考えてどの科目を取るか取捨選択するというわけだ。例えば闇祓いを目指すというのであれば闇の魔術に対する防衛術や呪文学、魔法薬学などを勉強しなければならないのだが、教師によっては一定の成績を取っていないとそもそも授業さえ受けさせてもらえない。

 それは授業が、よりハイレベルな分野へと踏み込んでいくからであり、一定以上の成績がなければ授業の内容についていけないと判断されるからだ。

 DAを経て、なんとなく闇祓いを目指していたメンバーも出鼻を挫かれる。

 修羅場を潜り強くなった気でいたが闇祓いは普通にエリート集団なのだ。

 

「トンクスって凄かったんだな……」

「エミルって凄かったのね……」

「あの二人は確かに手が掛かる生徒ではありましたが、闇祓いになると決めてからは相当努力を重ねたのですよ。貴方がたも邁進することです。……まあ、どうしても闇祓いになりたいというのならば、アラスターに手紙を書いて弟子入りして認められでもすれば試験は受けさせてもらえるかもしれませんが」

「ムーディーブートキャンプは嫌だ……」

「ならば今ある選択肢の中から最良を選ぶことです」

 

 マクゴナガルが上機嫌そうなのは、今年の生徒の成績が比較的優秀だからだろう。

 跳ね踊る羽根ペンがその証左だ。

 ただ、そんなマクゴナガルの授業を受けられなくなる生徒もいる。彼女は良・Eを取った生徒にしか教えないからだ。ネビルは可・Aだったので、継続して学ぶことができないのだ。

 

「……婆ちゃんに何言われてんのか知らねえけど。呪文学のNEWTを取ってみたらどうだ?お前の成績ならいけるだろ」

「アー……呪文学は軟弱な科目だって」

「いいからやってみろって。お前、この授業結構楽しんでたじゃねえか。取らなきゃきっと後で後悔するぜ?それでも婆ちゃんが怖いなら俺に無理矢理付き合わされた、とか言っとけ」

「はは、ありがとう。それなら、やってみるよ、僕。ベガとハーマイオニーは受ける科目は前とほとんど同じなんだよね」

「あら本当だわ……あなたのことだもの、面倒臭がって授業の一つ二つくらい受けなくなるかと思ったけれど。そんなに私と一緒が良いのかしら?」

「おっと脈アリか?今晩一緒にどうだい……何だよロン睨むなって。冗談だろ?」

「ウチの優等生はどいつもこいつも節操なしに授業を取るなあって呆れてただけさ」

「ああ、ここまで来たら全教科取ってパーフェクト目指すわ。やり込み要素っていうかトロフィー集めてる気分だぜ」

「何自慢だよ!」

「イテッ」

 

 今度こそロンの不興を買ったベガは軽くどつかれた。

 

「まー本音を言うと、まだちょっと自分の進路が見えなくてな。取り敢えず例のあの人ぶっ潰したら数年くらい旅にでも出ようと思うんだよな。色々と見て回りてえ」

「自分探しの旅ってやつ?痛いなあ」

「うるせっ。そんなことじゃ連れてってやらねえぞ?」

「えー」

「でも卒業旅行は行きたいな、タマモ達のいるニホンとか行ってみたい」

「私はフランスかしらね……ベガ、どうせあなた対抗試合の賞金があるんだからグリフィンドール全員連れていってよ」

「馬鹿かジニーてめこの野郎」

 

 気付けば友人達といつになるかも分からない旅の予定を立てていく。

 いつか闇の帝王を倒したら、皆んなで自由に遊び呆けて。そしてその時にはきっと紅い髪の友人の姿もある筈だ。

 くだらぬ話をしながら眠りにつく。

 そんなわけで授業に臨んだ。

 

「今日は無言呪文を教えるこれはすごい難しいのでよもや今日中にできる者はいないだろうなフハハハグリフィンドール十点減点」

 という、やる気を削がれるスネイプの話から始まった闇の魔術に対する防衛術の初回の授業であるが、ベガとハーマイオニーが完璧にこなし、あと意外にもロンが無言呪文を習得しかけたのでスネイプは大変微妙な顔をしていた。

 ドロホフという、トリッキーな難敵を相手にした経験が活きたのだろうか。

 しかし他にも習得しそうな生徒がチラホラいるのは予想外だった。ホグワーツ戦線は生徒達にレベルアップの機会を与えてしまったのかもしれない。

 スネイプに一泡吹かせたことでハーマイオニーがルンルンで歩いていると、

 

「何してるの、コルダ」

「!し、静かにしてください!あまり大きな声を出すとバレちゃいます!」

「……?何?」

 

 コルダの視線の先には、ドラコと、何やら見知らぬ少女が一人。

 あの黒髪は……アステリア・グリーングラスだったか?ドラコと仲睦ましげに話しているようだ。……恋のライバルか?

 

「あら?あなたってドラコに女の子が寄り付かないようにしてなかったかしら。もうお兄さんに絡むのはやめてしまったの?」

「まあ……そう、ですね。お兄様も成人になられましたし、私もそろそろ身を引くべき時が来たということかもしれません」

 

 コルダは小さすぎる悲鳴を上げていた。

 軋んでいるのだ、心が。

 

「もう知ってるでしょうけど、私はお兄様が好きです。大好きです。できることならずっと側にいたい。……ですがお父様も亡くなった今、マルフォイ家の置かれている立場はあまり良いとは言えません。だから何としてもこの血統だけでも残さなければならないのです」

「──あくまで私の意見だけど、それはとても前時代な物の考え方じゃないかしら」

「分かってますとも。この考え方はマグル界とも、今の魔法界とも乖離しつつあることを。……けれど、純血の子として育てられた私は、この考え方を捨てられない」

 

 だから。

 身を引く、というのか。

 

「……そう、よね。あなたの気持ちも大事にするべきなんだろうけど、それと同じくらい家族の幸せも大切だものね。……ごめんなさい。こんな時、何て言えばいいのか分からない」

「いいんです、その気持ちだけで。貴方みたいな友達ができただけで幸せ者ですよ、私は。……ご両親、治ると良いですね」

「……ええ。ありがとう」

 

 良い友達ができたのはこちらもだ。

 ハーマイオニーは心の中でそう綴った。

 

 

 

「……あ!うっかり相談するのを忘れてしまいました……まあ、魔力的要素も見受けられませんし、ただの教科書みたいだから別に良いですかね……ジニーもあの日記みたいな感覚はないって言ってますし」 

 

「──この、『謎のプリンス』とやらが使っていた教科書。前に買ったのは薬品が跳ねて駄目になってしまってお古を貰いましたが……これ、かなり先進的なことを書いてますし…… 落書きが多いのと汚れてるのが気になりますけど、しばらくの間、この教科書に従ってみましょう」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 ホグワーツのチャイムが鳴る。

 生徒達は鞄に教科書をしまい、次の授業の準備をする。

 ここ、呪文学の教室でもそうだった。

 

「じゃー今回はここまで!次回は魔法の種類について勉強するので、教科書をおさらいしておくように」

 

 タマモはにこにこと授業を終わらせると杖を振るい黒板を消していく。

 マクゴナガルは後ろから授業の様子を見ていたのだが、多少拙いながらもきちんと説明された良い授業だというのが最初の感想だった。

 ……これは期待の若手が来たものだ。

 

「お疲れ様です、ミス・ミカグラ。魔術理論についてはもう少し深掘りした方が良いかもしれませんが、初めての授業でこれなら十分良しでしょう」

「やたっ。ふふ、先生になったのに生徒に戻ったみたい」

「どうですか、このままホグワーツで教鞭を取ってみるというのは。ホグワーツは人手不足ですので歓迎しますよ」

「(笑うところなのかな。ブリティッシュ・ジョークはイマイチ分からないや)せっかくのお誘いありがとうございます。でもイギリスに移るべきか、祖国で教えるべきか迷っているので、まだ明確な返事はできません。ごめんなさい」

「そうですか。ええ、それは大きな決断ですからね、よく考えて決めなさい」

 

「それと、あなたのお友達が来ているようですよ」

 ん?とマクゴナガルの指差す方向へ視線を移動させると、……いた。まったく、この幼馴染はいったい何をやっているのか。

 

「……バレてたか。流石はかのマクゴナガル女史だ。なんて鋭い勘の冴えだ」

「何を言いますか、わざと気配を出して私を試していたのでしょう?」

「すまない、礼を欠く行いだった。強者の闘気を感じて、つい、な」

 

 コージローが柱の影から現れる。

 気配を遮断して授業の様子を見ていたのだろうが、なんというか趣味が悪い。少しむかついたので脛を蹴ってやった。

 マクゴナガルと別れ、タマモとコージローは次の授業へと向かった。

「もう!わざわざ盗み見ることはないじゃない。言ってくれれば見学くらい許可してくださる筈よ、マクゴナガル先生は」

「悪かったよ。今度は見つからないようにするから」

「少しは反省しろ馬鹿」

「それで、どうだ?お前から見て“気になる生徒”はいたか?」

「────」

 

 コージローは言外に、『死喰い人に通じているような生徒はいないか?』と聞いていた。ホグワーツは過去にクィレルやクラウチジュニア、オスカーといったスパイが何人も紛れ込んでいた。警戒を強めたホグワーツは教職員だけでなく、生徒にも疑いのめを向けることにしたのだ。事実、正史においてはドラコ・マルフォイが死喰い人に繋がる裏切り者として暗躍していたのだから。

 スリザリンの中にはタマモが半妖ということで距離を取っている者も多いが、逆に警戒してもらった方が上手く懐に入りやすい場合もある。

 

「んー、今のところは皆んな可愛い子達だけれどね。やっぱりこの年代の少年少女はいいわね、目がキラキラしててとっても爽やかでとっても素敵だわ」

「……そうか」

 

 タマモは『闇に通ずるような生徒は今のところ見つかっていない』と返したのであるが、発言だけ切り取ってみればちょっと危ない人のそれである。

 誰かに聞かれれば誤解されかねない発言だが、ちょうどその場をベガやネビル、ロンといったグリフィンドールの生徒達が通ってしまっていたのである。

 バッチリ誤解されてしまった。

 

「……え?何?歳下好き?」

「へえ……そんな趣味が」

「素質あるわね」

「何のだよ」

「あっ……あっ、いや違うの皆んな。確かに私はティーンの男の子とか女の子を可愛いと思うことはあるけれど、決してその域は出てないというか、犯罪行為には絶対に手を染めないというか」

「滅茶苦茶自爆しとるわ粗忽者!」

 

 事実、タマモは美少年や美少女が大好きだった。ニホンにいた頃、弓の稽古で道場にやってきた少年達のひたむきな姿を見た瞬間に電流が走ったのである。

 これでも名門ミカグラ家の者として犯罪になるようなことは決してしなかったが、タマモの少年少女に向ける情熱は今でも熱いものがある。

 ハヤトやコージローと良い仲になっていないのも、彼等がタマモの趣味を理解しているからといえよう。あと単純に色恋より戦に熱を出すような連中だし。

 

「えーとだからね、男の子とか女の子は好きだけどそれ以上は望まないというか」

「グレイバックみたいなこと言ってる……」

「ローナールードーくーん?女の子になんて言い草かしら」

「イデデデデデデ!」

「私も新聞で見たからグレイバックは知ってるけど、それ割とタチの悪い悪口よ。それに似てるって言ったら、どっちかというとハヤトの方がそうじゃないかしら」

「ああ、うん、まあ、確かに」

「性格はともかく、戦い方や肉体だけならコージローが似てるんだけどね」

「え、そうなの?」

 

 タマモのちょっと意外な答えに、ロン達は目を丸くした。

 

「うん……まあ、あまり人に言うようなことでもないんだがな。まあ、俺もちょっとした特異体質って奴なのさ」

「へえ……?」

「そら、俺のことはいいから。早く次の授業の準備をするんだな」

 

 

 

「……別にあの子達は人の過去をどうこう言うようなタイプじゃないと思うよ?」

「ああ……俺の心の問題だ、これは」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

──聖マンゴ病院。

 

「……ん。まあ、問題なかろう。完治だな」

「ありがとうございます、先生」

「何を言っとる。お前さんの生命力がずば抜けとったんだ。本当ならまだ寝込んでてもおかしくない怪我だぞ」

 

 レックス・アレンの、岩石のように鍛え上げられた肉体を癒者は杖でとんとんと診察していた。一九〇センチ近いアレンの、凄まじい修練の下に作り上げられた鋼の肉体は、見る者を威圧させる。まるで杖が小枝のように感じられるほどだ。

 

「……。まあ、無理はするな。お前さんの父親も随分と無茶をして寿命が縮んだようなものだ。わしはお前さんを看取るのはごめんだぞ」

「分かってますよ」

「本当か?まあ、いい。……っと、いかんいかん。お前さんから預かっていたマント、言われた通りクリーニングに出しておいたぞ」

 

 ばさり──漆黒のマントを羽織る。

 数多の武勲を持つ世界最強の男に、仰々しいまでのマントは勇猛の華を添える。あらゆる魔法使い達の頂点に君臨する、まさしく理想の戰化粧。

 そのマントに身を纏うことで、アレンという魔法使いは無双の戦士として完成される。

 

「……やはり、父親そっくりだな。さあ、行け。二度とここに来るなよ、イギリスの英雄」

 

 診察室を出ると、アレンは足早にふくろう小屋に向かった。伝えるべきことが山のようにある。頭の中で文書の内容を纏めつつ、曲がり角に差し掛かって──。

 

「うわっ!」

 

──子供にぶつかってしまう。少年は運悪く、転んだ拍子に手を擦りむいてしまった。

 

「いてて……ご、ごめんなさい」

「いや、こちらこそすまない。見せてみろ」

 

 どうやら、軽く擦りむいただけのようだ。アレンは躊躇なくマントで血を拭うと、簡単な癒しの魔法で傷を治していく。この程度の傷なら癒者に見せるまでもないだろう。

 

「あ、ありがとう。……あ、えっ!?も、もしかしてあのレックス・アレン!?」

「俺を知ってるのか?」

「勿論だよ!俺、ウィリアムソン!アレンさんの同僚の息子です!魔法大戦で多くの功績を残したって!」

「ウィリアムソン……確かに面影があるな」

「……その、アレンさん、お願いがあるんだ」

「ん?」

「俺を弟子にしてください!」

 

 突拍子もない申し出に、少し驚くアレン。ひとまず近くのベンチに座らせると、ウィリアムソン少年の話を聞くことにした。

 

「俺の父さん、今はここで治療を受けてるんだ。死喰い人達に酷い怪我を負わされて……。それでも、怪我が治ればまた死喰い人と戦わなきゃいけない」

「……そうだな」

「俺、父さんのことは尊敬してるんだ。魔法界がこんな状況で、それでも悪い奴らに立ち向かっていく父さんが好きなんだ。でも、傷付いてほしい訳じゃない」

「ああ。それは俺もよく分かる」

「だから頼むよアレンさん!俺に魔法を教えてくれ!」

 

ウィリアムソンは真剣な目でアレンに頼み込む。その目に嘘はないと感じ取ったアレンは、静かに頷いた。

 

「無理だ」

「無理なの!?この流れで!?」

 

 あまりにも分かりやすくショックを受けた。これがコミックなら雷でも落ちそうな勢いだった。

 

「君に問題がある訳じゃない。俺自身に教えられるだけの能力がないんだ。……俺は攻撃魔法が苦手でな。不器用な方だったから、学校の成績もあまり良い方じゃなかったんだ。あと、守護霊の呪文も苦手だ」

「ええ?それは嘘だよ。守護霊の呪文は闇祓いになる上で必須だって聞いたよ?」

「──『エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)』!」

 

 杖先から銀色の靄が広がった。

 暖かくて雄大な魔力……しかしそれは、確かに明確なビジョンを持っているわけではなかった。

 

「当時の闇祓い局は人手不足でな。求める基準が今より低くて、ある程度の強さがあればなれたんだよ。英雄だなんだと言われちゃいるが、俺は守護霊一つ満足に作ることができないんだ」

「いや……わざと手を抜いているだけでしょ?それくらいわかるよ」

(本当なのに……)

「でも、確かに俺は杖すらまだ持ってないし、守護霊を作れるようになるまで何年かかるか……」

「そうだな。時間はかかる。だが、そこで諦めたり挫けたりしちゃ駄目だ」

 

 アレンは真っ直ぐに少年を見据える。とても力強い眼差しだった。記憶に焼き付かんばかりに熱かった。

 

「俺と君が背を並べて戦う日は来ないかもしれない。だが君が大人になる頃には、また別の悪党が生まれているはずだ。それは俺にはどうしようもできない。未来に生きる君達でなければ倒せない敵なんだ。

 だからその時まで、学校で学び、育ち、力をつけて、自分の正義(信念)ってやつを作り上げていくんだ」

 

 アレンの好きな言葉は熱血だ。正義ではない。

 正義とは、時代や状況によって形を変えてしまう不確かなものだ。自分にとって正しいことでも、相手にとってはそうでないことを、アレンは知っている。

 それでもアレンが正義の味方であり続けるのは、尊敬する人達から教わったものを、裏切りたくないからだ。

 

レックス・アレン(英雄)には誰でもなれる。君がかっこいい大人になるのを待ってるぜ」

「…………!はい!」

 

 アレンは諸々の手続きを済ませると、聖マンゴを後にする。すると、意外な人物と鉢合わせた。年老いたライオンを思わせる、壮年の魔法使いだった。ボディーガードにエミルとジキルがついているが、彼は本来、護衛など必要ない実力の持ち主だ。

 

「スクリムジョール大臣」

「退院おめでとう、アレン」

「お疲れ様ッス、アレンさん」

「うぃーっす」

 

 どうにもおめでとうというテンションではない口振りで、新たなる魔法省大臣は答える。どうやら聖マンゴには負傷した数多くの闇祓いへの見舞いと……詰問をしに来たようだ。

 スクリムジョールはキャリアのほとんどが闇祓いで、貴族社会の魔法界にあって貴族とのコネクションはあまり多くない。ここに来たのも、政治的意味というよりは闇祓い達から情報を得ようという意味合いが大きいのだろう。例えば、行方不明のシェリーについて何か隠していないか、と。

 

(言葉には出さないが、この人は魔法省にシンボルを作りたいようだからな……シェリーを英雄として祭り上げてプロパガンダにするつもりか。俺の時のように)

「煙草はどうかね、レックス」

「いえ病み上がりなので」

「じゃあもーらい」

「ちょ、エミルさん……」

(こいつ……)

(左遷させてやろうか)

 

 エミルがひょいっと煙草を取って吸ってた。

 

「老け込みましたねスクリムジョール大臣。闇祓いの勲章授与式でお会いした時とは別人だ」

「激務だよ。私ほどツイてない大臣もいないだろう。とんだはずれくじを引かされたものだ」

「闇祓いの猛将とまで謳われた貴方らしくもない。ダンブルドアがいないのがよほど堪えたようだ」

「ダンブルドア……気に入らん。奴は魔法界の象徴とも呼べる人物だが、本人が矢面に立つ気がまるでない。裏でコソコソ動き回りおって。あの全てを見透かしているかのような態度が癪に障る」

「それに関しては同感です」

「しかし魔法省としては、ダンブルドアを敵に回すのは得策ではない。あれだけの功績を持つ偉大な魔法使いだ。率直に言って……彼がこれまで大臣職を引き受けてこなかったことが不思議でならん」

「そういう欲がなかったんでしょう」

「ふっ。そういう意味では、お前ほど欲張りな男も早々おるまいよ」

 

 アレンに皮肉げな笑みを落とす。げっそりと痩せこけた笑みは獰猛な肉食獣のようだった。

 

「これから私達はどうなります?」

 とジキルが尋ねた。

 

「さあな。私はもうじき死ぬかもしれんし、そうなれば君たちに職務が委譲されるわけだ」とスクリムジョールが答えた。

「覚悟はできているわけですね」

「どうかな……。今でも死をまことに恐れていないとは言い切れん。無様なものだ。もしもの時が来たらその時はキングズリーに指揮を執らせなさい」

「キングズリーに?」

「そうだとも。彼なら適任だ。闇祓い局を統率し、魔法省に巣食う旧勢力を間引いてくれる」

 

 スクリムジョールは高潔な男だ。

 しかし、年老いた彼は危うさをも持ち合わせる。

 シェリーの紅い力の話……彼女を殺さなければヴォルデモートを殺せないという話は、やめておこう。シェリーを哀れだと思っているわけではない。彼女自身が重要な戦力の一角になり得るからだ。

 場合によってはアレン隊もシェリーを殺す覚悟だ。

 

「しかし、弱音を吐いていた割には元気そうじゃないですか」

「ダンブルドアもシェリーも魔法界のシンボルにはなれなかった。頼れるのはお前だけだ。それを思うと開き直れてきただけだ」

 

「私はダンブルドアに憧れて闇祓いになった。しかし、これからは一人の天才が指導する世界ではなく、個々人が責任を持って事にあたる世界ということだ」

 

 滾る心に自然と力が入ってしまったのか、スクリムジョールは煙草をくしゃりと潰してしまっていた。

 折れて、しわくちゃになって、ほとんど燃えカスになってしまったけれども、まだ火はついていた。

 まだ、燃えていた。

 

「やっぱり一本いいですか?」

 

 アレンとジキルも火をつけた。




スクリムジョールは原作で唯一、ダンブルドアと部屋の外まで聞こえるほどの口論をした男です。個人的にそこがすごく気になったので、実はダンブルドアに憧れていた設定になりました。

おまけ

『デネヴとアルタイルの一幕』

「ん、アルタイル、君が眼鏡をかけているとは珍しいな」
「ええまあ……最近は騎士団で書類仕事が多いもので。普段の生活には支障ないので外しますけど」
「ん?折角可愛いのに」
「……へえ?」

 数日後。

「今日もかけてみましたよ。どうです」
「いや普段眼鏡かけてないアルタイルがかけるからこそのギャップであっていつもかけられるとそれは普通に可愛い」


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3. kha:S'os

前回の話をちょっと加筆してます。
元々分けて保存してあった話なんですけど、投稿の際に入れるのを忘れてしまってました。
お手数ですが先にそっち読んでもらえるとより楽しんで貰えると思います。


 ホグズミード休暇が解禁され、生徒達が思い思いに楽しむ中、村の喧騒から離れたパブに赴く人影があった。

 コーマック・マクラーゲン。またの名をクラゲ野郎。

 三本の箒が満席だったのでたまには他のところに行ってみるか!と辺りを散策して隠れ家的スポットとして密かに人気なホッグズ・ヘッドへ来ていたのだった。

 店に入ると、無愛想なマスターがグラスを拭いている他は客が一人来ているだけのようだ。しかも何の因果か、ホグワーツの生徒ではないか?

 

「やあやあそこに座ってる君、そう君のことさ無視するなハハハ照れ隠しか?僕に会えた幸運を幸せに思うといい。君は確か……えーと……誰だったかな?」

「うろ覚えなのに話しかけてくるなよ……ザカリアスだザカリアス。ハッフルパフでチェイサーやってる」

「ああ、あの地味な!」

「うっさいわ失礼だな」

 

 あからさまに嫌な顔をするザカリアス。

 DAに所属しているハッフルパフ生で、事あるごとにロン達と衝突していた嫌味な生徒、それがザカリアス・スミスである。

 

「いったいこんなところで何を一人寂しく呑んだくれてるんだ?」

「君には関係ないだろ」

「分かった、当ててやろう!ふむ……確かこの間、クィディッチの実況やってただろう?あれで落ち込んでるのか?まあ確かに大して面白くもないごく普通のありふれた実況だったけど、まあ素人にしては及第点じゃないかと思うけどね」

「失礼すぎて笑えてきたわ。別にそんなことで悩んでるわけじゃない、ただちょっと顔を合わせ辛い連中がいるってだけだ」

「顔を合わせ辛い……そうか、確かDAとか何とか呼ばれてる連中のことだろ?」

「何で妙なとこ鋭いんだよ」

 

 あれだけ大口を叩いておいて、いざという時に役に立たなかった男。そういう後ろめたさが彼にはあった。

 

「まあ、そうさ。僕は一時は下級生と一緒に逃げ出した。でもそこで逃げるのは恥ずかしいと思って戦場に戻ってきた。

 ……だけど結局、何もできなかった」

 

 ゴトリ。

 俯くザカリアスの眼前に瓶が置かれた。

 顔を上げると、バーのマスターが髭を弄りながら諭すような目をしていた。

 

「……所詮はジジイの戯言だがよ。別にそれで良いんじゃねえのか、ホグワーツの兄ちゃんよ。俺も昔は魔法大戦なんてくだらねえモンに駆り出されたクチでよ、いつもは大口叩いてるくせにいざ戦場に出れば腰が引けるような腑抜けはごまんといたぜ。

 そんな連中に比べりゃあ、弱え自分を恥じてるだけ遥かに上等だと思うがね。それすらできねえ大人がこの世にはいんだよ」

「まったく信じられないな、敵を前にしながら怯えるなんて!」

(この小僧はある意味大物だな……)

「──あんたは、あいつらを見てないからそんなことが言えるんだ!僕と変わらない歳のくせに、臆さず立ち向かっていけるような連中を見てないから……!」

「…………」

 

 もはや隠しようもない感情を吐露するザカリアス。彼が戦線を経てロン達に抱いていたものは、憧憬にも近いものだった。

 

「敵の本丸を倒したのはロンだ。皆んなを鼓舞し続けたのはネビル。冷静に状況を判断したのはハーマイオニーだし、ウィーズリーの双子は下級生達を守ってた。ジニーは一番敵を倒してた。コルダなんか身体を引き摺ってまで戦って……」

「…………」

「それに……それに、もっといる。チョウにルーナ、いや、DAメンバーの全員が城を守るために全力だった。僕はその誰よりも劣っていたんだ。挙句、他所から来た人間に助けられる始末さ」

 

 ザカリアスの成長は悩みを生んだ。

 彼は決して劣等生ではないし、以前までと比べると一皮剥けたと言っていい。だが自分が目にしたロン達は……到底同年代とは思えぬ程に勇敢だった。

 

「あんだけ追い詰められて僕はまだ勇気が足りてなかったんだっ!僕ができることなんて限られてるのに、与えられた中で最大限の働きをしようとしなかった!この命に換えても戦うべきだったのに……!!」

「──このバカガキがっ!!」

 

 それまで静かに話を聞いていたマスターは、一変して張り裂けるような声を出す。

 

「生意気抜かすな小僧!自分の分も弁えねえで命だなんだほざくな!お前みたいな鼻垂れが英雄気取ったところで何も変わりはしねえんだ!命を賭けて戦うことだけが勇気じゃないと分からねえのかっ!!」

 

 まさかこの人物にこのようなことを言われるなどと思っていなかった。虚を突かれたザカリアスとクラゲは押し黙り、しん、という静寂だけが残った。

 

「チッ……俺としたことが柄にもねえこと言っちまった。ま、なんだ。若い頃、色々あって兄貴と大喧嘩したことがあんだよ。自分の夢の実現のために家族をほっぽって世界中を巡る旅に出るとほざきやがる。俺は正義だの信念だのに興味はねえが、病気の妹を放ってどこかに行く兄貴のことがどうしても許せなかった。

 衝突はとうとう魔法の殺し合いにまで発展して、結果……戦いに巻き込まれた妹だけが死んじまった。そこでようやく戦いは終わったってわけよ」

「!……、……すみません、事情も知らずに失礼なことを……」

「いい。だが覚えとけ。お前の目がその時の兄貴によーく似てるんだよ。自分の正義だけが正しいと疑ってない目だ。危ない兆候だぜ、それ。信念を貫き通すのはかっこいいことだが、それだけに囚われんな。でねえと大事なもんまでおっ死んじまう」

 

「勇気を時には負けを認めるのも勇気よ。その上で仲間のために何ができるか考えたらいいじゃねえか。お前達はそういうことができる資質があんだぜ」

「──あ、ありがとう」

「あの……名前を伺っても?」

「人に名乗るような名前はねえが、よしみの人間はアバさんって呼んでる」

 

──アバさん。

 それがこの店で彼を呼ぶ時の名前。

 

 そしてまたの名を、アバーフォース・ダンブルドアという。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 死喰い人達が潜んでいるアジトにて、ヴォルデモートは退屈そうな声を上げた。

 

「暇だ。暇で仕方がない。おいペティグリュー、何かないのか」

「そ、そう申されましても……もう物真似も一発芸のネタが尽きてきましたし……」

「廊下に立ってろ」

「ヒィェエエエエ……ブラック企業……」

「俺様は闇の帝王だぞ?企業体系も真っ黒に決まってるだろ。なあおいオスカー、何か面白いネタねえの?」

 

 暇だったので気怠げにその辺の幹部に声をかけた。

 近くにグリンデルバルドもいたが奴には何も期待していない。あいつは自分さえ楽しければどうでもいいタイプだ。

 

「今日は一人でどこかに行っていたようだが?なあおい教えろよ、何してたんだよ」

「ああ、新聞社に行っていた。情報操作するついでに、嫌がらせをな」

「ほう?それで、適当な人間を一人二人ほど虐めてたってわけか?」

「いや……新聞社の中でも信頼のある記者を捕まえて、家族を人質に取ってある記事を書かせたのさ。業界ではそれなりに影響力もあるのでまだまだ使い潰すつもりだ。スキーターもいないしな……ま、青田買い、先行投資ってやつさ」

「……また悪いこと考えてるな?」

「ああ」

 

 自分の嫌いな奴が痛い目に遭うとスカッとすることはないだろうか。そしてどうせなら、その場面を直接見てみたかったと思わないだろうか。

 オスカーもそうだ。彼は別に嫌いな相手などいないが、人が苦しむなら人づてではなく直接見てみないと面白くない。いくら実際に人が苦しんでいるとはいえ、想像するだけでは愉しくないのだ。

 なので今回、オスカーが行った行動はただの徒労でしかなく、彼が求める快楽はまだ得られていない。

 

「──だがまあ、いずれあの兄妹と相対する時、私は怨嗟と復讐に塗れた目を見られるのだ。その瞬間が楽しみだ──」

 

 今は快楽を味わえなくとも、こうして悪虐を重ねていけば恨みを買っていずれ誰かが殺しにやってくる。その時の必死こいた顔が見たい。復讐を成し遂げられなかった時のかんばせが見たいのだ。

 オスカーは種を蒔いた。

 復讐の種を。

 彼が己の悪に目覚めてからもう十五年は経っているのだ。杖もナイフも使わずに、一つの情報だけで人を苦しませる術があると知っているのだ──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ふぁあ。今日は起きるのが遅くなってしまいました……いけませんね、名門たるマルフォイ家の淑女がこんなことでは」

 

 寝ぼけ眼でコルダは廊下を歩く。

 満月が近いせいか、ここのところ生活リズムが崩れ気味だ。しっかりしなければ。

 さて、朝食を食べようと食堂に入った途端に視線が突き刺さった。

 

「──……?」

 

 恐怖や興味がないまぜになった視線。

 マルフォイ家の令嬢として注目されることは多々あったが、この手の視線は始めてだった。何か──いつ爆発するか分からない爆弾を見ているような。

 

「ちょ、ちょっとあんた、これ──」

「?どうしたんですパンジーさん」

「……、これ……あんた、これ、書いてあること、本当なの?……嘘よね?」

 

 最近仲良くなったパンジー・パーキーソンから新聞を手渡される。

 一体何事だと、目を通すと──

 そこには──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新聞には、こう書かれてあった。

 

『名門貴族か?それとも野蛮な獣か?』

『純血の一族に隠された闇』

『マルフォイ家の令嬢は狼人間だった!?』

 

 

 

 

 




ハリポタ世界は他種族への差別思想を持ってる人が多くて、そのせいでハグリッドとかルーピンとかが苦労してましたけど、反対にフリットウィック先生みたいに皆んなから慕われる人もいるんですよね。あの人を明確に馬鹿にしたのってアンブリッジくらいです。
タマモも自分が半妖だということで迷惑はかけたくないと言っていたのですが、ハグリッドとかフリットウィック先生の後押しでホグワーツに来たという裏話があります。


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4.were“ICE”wolf

「おっと」

 

 大広間に入るなり、飛び出すようにコルダが走っていったものだから、ネロはほんの少し驚いて片眉を上げた。

 コルダ・マルフォイは愚直な少女だがああいう風な取り乱し方をするような少女ではなかった、と記憶している。彼女は窮地に陥るほど令嬢らしく肝が据わるタイプの少女で、ああいう風に追い詰められて憔悴したような顔をする人間ではないと思っていたのだが──。

 

「……って、ああ、成程」

 

 新聞を見て納得する。

 粗方の事情を察したネロは様子を見に蛇寮へと引き返した。談話室に入ると、女子の寝室の方で何やら声が聞こえる。

 コルダは自室に篭ったのか。さて、様子を伺おうにも男性のネロは女子寮に入ろうとすると城そのものに拒否されるわけだが……ネロは気にした風もなく杖を取った。

「エクスペクト・パトローナム」

 蝙蝠の守護霊が生まれて、その聴覚を使い会話を聞こうという算段である。あまり行儀の良い行為とは言えないが、万が一、自殺だの自主退学だのといった話が出ればそれこそ死喰い人の思う壺だ。

 蝙蝠は悟られることなく女子部屋の前まで飛んでいく。部屋の前にはパンジーやコルダと仲の良かった女子生徒達がいる。コルダ本人は部屋の中のようだ。

 大方、部屋の中に引き篭もったコルダを説得しようとしているのか。

 

「あ──コ、コルダ、その──今回のことはえっと、まあ、驚いたけれど。でも、私達は気にしてないっていうか、私達で良ければ相談に乗るから、だから──」

「相談したら、何か変わったんですか」

 

 友の不器用な励ましを、しかしコルダは苛烈なる自己嫌悪と絶望で返した。

 

「相談したら、貴方は何かしてくれたんですか?貴方に相談したら私は狼にならなくて済むんですか?貴方に相談したら氷魔法の手術の維持費を払ってくれたんですか?それでも脱狼薬でも煎じてくれたんでしょうか。人狼が差別されていつ憎悪の目で見られてしまうか分からない恐怖から守ってくれましたか!?

──今、絶賛、周りから問い詰められているお兄様とお母様を、貴方は好奇の目から守ってくれるんですか……!!」

「ッ──」

「──できませんよね?貴方達に相談した程度じゃ解決できない問題なんですよ。マルフォイ家はこれで終わりです、それを何とかできるものならしてくださいよ……!

 相談したら力になれるだなんて思い上がらないでくださいよ!!」

「コルダ、」

「帰って!!」

 

 およそ発したことのない声色だった。

 コルダの嘆きは八つ当たりだ。行き場のない苛立ちを友にぶつけただけだ。

 けれど──もし今回の件で、マルフォイ家の縁談が消えたり、貴族社会において軽んじられるなんてことになれば、それはコルダがマルフォイ家を取り潰したも同然。

 少なくともコルダはそう感じている。

 かける言葉を見失って、パンジー達は肩を下ろして降りて行く。

 人がいなくなって、コルダの胸中には悔恨ばかりが生まれてしまう。

 

「……やなこと言っちゃった……」

 

 大粒の涙が頬を濡らした。

 底冷えする苦悶の中で息をする。

 ごつん、と扉に頭を打ちつけた。もう何もしたくない。誰とも話したくない。

 

「もう、消えたい……もう嫌だよ……」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 ネロ・ダームストラングの話をしよう。

 北欧の、名前も無いような小さな魔法使いの村でネロとリラは育った。慎ましやかなそこでの暮らしはとても時間の流れが緩やかに感じられて、ネロとリラは日がな一日中雲が千切れてはくっつくのを眺めたり、星を見て猫と戯れたり猫を吸ったり話したり舐めたりする生活を送っていた。

 少ない子供と遊んだり、夜には年寄りの御伽噺を聞いたりする……それくらいしかその村には娯楽がなかった。

 けど、それでいい、と考えていた。ネロは確かにそこに幸せを感じていた。

 だがリラの考えは違っていた。

 

「うーん……私は将来この村の外に出て、色んなところを旅して回りたいな。だってお婆ちゃんが言ってた話だともっともっと素敵な場所がこの世界にはあるんだもの。地平線を覆い隠す岩の大地に、晴天を衝く白亜の門。燃え上がるよえに紅い木々や、大時計が時を刻む厳粛な塔。行ってみたいところが沢山あるの」

「へェ、そりゃ立派な夢だナ。でもお前なんかが旅してもすぐに餓死するだロ」

「しないよぅ」

「あっそ。タンポポ食うか?」

「うん」

 

 その辺に生えてた適当な野花をもきゅもきゅと貪るリラ。こんな呑気な妹が旅なんてできるのだろうか。

 曰く、いつか旅の記録を纏めた本を書きたいのだそうだ。

 別に止める気はないが、こいつが村の外に出るんだったら自分もついて行った方がいいのだろうか。……面倒臭い。

 ただ、子供ながらに、リラの考え方に内心驚いていた。俺はこうして空を眺めるだけでも楽しいのだけれど、リラはそうじゃないんだ。叶えたい夢や目標があるんだ。

 

「俺とお前じゃ欲しいモンが違うんだナ」

「ううん……?」

「でも、そっちの方が面白いよナ」

 

 自分とは違う価値観。自分とは違うものの見方。それが面白かった。

 村にいる人数は少ないが、全員が全員違う考えをしてるというのが面白い。

 

──だがある日、突如として理解できない思考の持ち主が村を襲った。

 村に現れた老魔法使いが、魔法の実験と称して村人達を虐殺していったのだ。

 当時のネロ達は知る由もなかったがその老魔法使いは偶然紅い力に目覚めた邪悪なる闇の魔法使いで、自分の力を誇示するためだけに罪なき人達を殺して回っていた最低の卑劣漢だったのだ。

 ヴォルデモート製の紅い力は別だが、本来紅い力とは術者本人の肉体を蝕む呪われた秘奥の魔術。だが自身のただでさえ少ない寿命を削っていることにすら気付かず、老魔法使いは暴れ回った。

 

「く、ははは……これが紅い力か!素晴らしい!儂の人生の全てを捧げた甲斐があったというもの!枯れ果てた筈の魔力が漲ってくるわ!」

「しかし……誰かが逃げ伸びて噂が広まっては面倒じゃのう。どれ、ここの村人は残らず儂の尊き研究の贄とするかのう」

 

 そこからはもう、無我夢中だった。

 村の子供達とリラを連れて近くの森へと逃げ出し、ぐるぐると頭を回す。

 大人達は死んでしまった。せめてここにいる子供達だけでも助け守らないと。そう思ったが、杖すら持たぬ子供達が大人の魔法使いから逃げられるわけがない。児戯が如く殺されていった。もう村の生き残りはネロとリラだけだった。

 

 何を望んだわけでも、何を冒したわけでもなかったのに。

 朝にジャムをつけたパンを食べて、昼に子供達と遊んで、夜に星を眺める生活ができればそれで満足だったのに。そんなささやかな生活で満たされていたのに。

 

 森の奥まで逃げて逃げて、大樹の根本にある秘密基地の中に逃げ込んだものの、すぐに居場所はバレてしまう。お気に入りの場所は土足で踏み荒らされ、ネロが大切にしていたものは悉く壊れていった。

 老魔法使いは愉悦のままに魔力を振るい、ネロとリラは苦悶に喘ぐ。即死ではないものの、多量の失血で死が近付いてきた事実が殊更に怖かった。

 じきに酸素を取り込めなくなり、ここで二人息絶える──

──というところで、奇跡が起きた。

 何の偶然か、老魔法使いの呪文が木の根に当たり、奇妙な反応を示したのだ。

 そして不可思議な光が出たかと思うと、ばりばりと、木の根を食い破って、禍々しい魔力に覆われた一人の男が現れたのだ。

 

「ふ、ふふ──忌々しい創設者どもの封印も千年は続かなかったようだな!感謝するぜガキども、お前達のお陰で目覚めることができた」

「な──何じゃ、お前は──」

「ん?……なんだよ、俺の封印を解いたのはそっちの爺さんか。フゥン、紅い力か!中々の魔力だな、かなり弱まっていたとはいえあの四人の封印を壊すとは。いや、この感じは過去に何度か魔法使いどもが俺を結界から解こうとしてたのか。お前の攻撃は最後の切っ掛けに過ぎなかったってわけだ……」

「何だお前は、消えろッ、儂の前から消え失せろッ!何なのだその魔力はッ、有り得んぞッ、儂はいずれ歴史に名を刻む男!真理の探求に心血を注いだ儂の魔力が貴様如きに負けているなどと──」

「俺を解放したのはどうも。だが俺の邪魔するんならくたばれや。なあ?」

 

 勝負は一瞬。

 老魔法使いの頭から上は、アイスクリームでもくり抜いたかのように『かき消えた』。

 仮に老魔法使いを放っておいたところで紅い力を使った代償でその内死に絶えていたのだろうが、こうして何処とも知れぬ森の中で人知れず死んでいったのは、これまでのツケが回ってきたというところか。

 ダンテ・ダームストラングと名乗ったその男は、老魔法使いの杖を使って、見たこともないような魔法でネロとリラの肉体を回復させた。だがいくらヴォルデモートの足元にも及ばぬ程度だったとはいえ、伝説に語られる紅い力を喰らったのだ。

 他人を治すのは専門外のダンテができたのは、魔法史に語られることのない異端の錬金術による延命処置。身体には錬成陣が描かれ、そこから生まれる魔力がネロとリラの肉体を無理矢理補強したのだ。

 

「何でここまで……?」

「フゥン、別にお前達じゃなくてもその内誰かに魔法陣埋め込んで実験材料にしようと思っていたのよ。生き延びたけりゃ俺に服従するこったな。

 さてと……俺は世界最強の存在になるために色々と準備をしなきゃならねえ。まずはこの辺の地理を教えてもらおうか」

 

 ダンテは強く、同時に賢かった。

 世俗を理解すると瞬く間にそれなりの地位を築いてみせた。彼の気まぐれなのか何なのか、ネロ達にダームストラング校への入学もさせた。社交界のマナーや基礎的な魔法、そういった『生き抜く術』を彼から吸収していった。

 ダンテに拘束されることはあったが、それでもネロ達は比較的幸福な生活を送っていたと言っていいだろう。

 ただ──彼は常に飢えていた。常日頃から最強になりたいと呟いていた。ゴドリックやサラザール、ヘルガやロウェナを越える存在になるのが夢だと。

 別に夢があるなら応援はするが、彼のそれは夢というより妄執だった。

 

(本当にそれが幸せなのか?ここにだって綺麗なモンは沢山あるのに、すげぇモンは一杯あるのに、最強になるってのがそんなに大事なことなのか?)

 

 リラもそうだ。

 老魔法使いに殺されかけて以降、彼女の好奇心はどこへやら、物静かで臆病な性格になってしまった。旅をして本を書くのが夢だったと言っていたくせに、ダンテの付き添いで海外に行っても見たことのない景色を見ても、一切の興味を示さない。

 彼女の脳裏には今もあの村の惨状が広がっていて、もう美しいとか綺麗だとか、そういう情緒が失われているように思えた。トラウマになっている訳ではないのだろうが、どうせいつか消えるものに対してどんな感情を抱けばいいのか分からなくなっているのだろう。

 

(お前の夢はどうなったんだヨ。もうどうでも良くなっちまったのか?あんなに行きたがっていたのに。……いつの間にか目を逸らすのがお前の癖になっちまった)

 

 ダンテは強さしか見ていない。リラはそもそも見ようとしていない。

 あの老魔法使いも強さに取り憑かれて近くの幸福を見逃したのだろう。

──教えてあげたい。

 自分が感じたあの美しき高揚と多幸感を彼等にも共有してあげたい。

 ほんの少し上を見上げれば満天の星があるのに、俯いてしまっている人達の視線を上げてあげたい。村の外に無理に出ようとしなくたって、ちゃんと幸せは此処にあるのだ。近くにちゃんとあるのだ。

 

 近くにある幸せに気付かず嘆いているような奴の視線を変えてやる。

 見逃した幸せに気付かせてやる。

 それがネロ・ダームストラングの人生に於ける生き方だった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

──事件はその日の夜に起きた。

 コルダがいなくなったのである。食事にも来ないコルダを心配したパンジーが、屋敷しもべに夕食を用意させて部屋に入ろうとして……気付く。鍵が開いている。

 コルダが何処かに行っている。行方を眩ましてしまったのだ。

 ただでさえパニックになっているスリザリン寮にこの情報は伝えられない。

 スネイプはドラコと教員、警備の魔法使いだけにこれを伝達した。

 彼女は聡い子だ、まさか自殺はないとは思うが……。それでも年頃の少女だ、最悪のケースを考えておくに越したことはない。

 捜索隊が組まれ、宵闇を切り裂きながら城中を探し回る。とはいえ目撃情報を辿れば自ずと居場所は見えてくる。そしてコルダがいると思しき場所に最初に辿り着いたのは、タマモとコージローのペアだった。

 

「女子トイレに入るのは抵抗があるが、そうも言ってられんな。コルダはこの先の秘密の部屋に隠れている」

「んー、困ったわね。確か蛇語を使わないと部屋の中には入れないのでしょう?コルダちゃんはバジリスクに言って無理矢理入ったようだけれど、私達はそういうわけにもいかないし。さて、どうしたもんか」

「──!誰だそこにいるのは!」

 

『──扉よ開け』

 

 シューシューと独特の音が発せられたかと思うと、蛇口の蛇が反応し秘密の部屋へと入り口が現れる。音の発生源へと振り返ると、そこにいたのはネロ・ダームストラングであった。

 

「あなたは……」

「おう、ネロってるかお前ら。ご覧の通り俺は蛇語使いでナ。ここの仕掛けも何の問題もねェってわけヨ。さっ、そういうわけでさっさと行こうゼ」

 彼は仮にも名門魔法学校の代表選手として選ばれた男だ。

 戦力としては申し分ないどころかありがたい……のだが、タマモとコージローは僅かばかりの警戒の色を浮かべていた。彼はホグワーツに味方として接触してきたとはいえ、全てを話したわけではないことを知っている。

 まあ、何かあれば即、叩き切るまで。

 根本がサムライの彼等はそういった駆け引きを好まない。敵であれば首を落とす。そうであるが故に同行を許した。彼が妙な動きを見せたら最後、殺すまで。

 

「分かってるな、ネロ。コルダに危害を加えるようなことはするなよ」

「ああ」

「どうしようかな、一度ドラコやスネイプ先生に知らせて……いや、却って意固地になるだけかな。このまま進もうか」

「しかし意外だ、お前はこういうことに関わるタイプじゃないと思っていたが」

「なーに、この城に寝泊まりしてる以上は宿代を払わねえとって考えただけよ」

「ふうん?まあ、いいけれど。それにしても随分とまあ、様変わりしたものね?前に会った時は(趣味じゃないけど)ミステリアスで結構かっこよかったのに」

「確かに。今やその面影もない」

「あん時は色々と綱渡りでナ、代表選手やらダンブルドアとの交渉やらダンテの監視やらリラのお守りやら、色々とやる事が多すぎてキャパオーバーしてたんだヨ。クラムを弄る時間だけが癒しだった」

「可哀想にな……彼は散々、もうほんと散々お前の愚痴を言っていたよ」

「何それウケる。……っと。また扉か?しかしこりゃあ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄さん、どこか行くの?」

「ちょっとナ」

「……コルダさんのことですか?首を突っ込まない方がいいと思います」

「へえ。何で?」

「だって、傷つきますよ。お互いに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 広い空間へと続く大扉が硬く閉ざされており、更に凍ってしまっている。アロホモラで解錠はできるだろうが、そのあまりの質量故に動かすことができない。

 魔法を使えばいくらでも対処のしようがあるが、どうこうしている最中にコルダは勘づいて裏口なり何なりから逃げてしまう危険がある。さて、と考えたところでコージローが前に出て、

 

「まだ見せたことがなかったな。タマモには千里を見通す眼と弓の腕がある。ハヤトには強靭な脚と速さがある。そして俺には……!」

 めりめり、という音とともにゆっくりと扉が開いていく。

 コージローは純然たる筋力──肉体のパワーだけなら魔法界でも上位に位置する怪力の持ち主であったのだ。

 

「この怪力というわけだ」

「……俺も大概だけどお前も結構人間離れしてんのナ」

「これは生まれつきだ」

「へえ、すげぇもんだナ。よくこんなでけぇの動かせるモンだヨ」

「!そ、そうか、ああ……そうか。いや別に照れてなどいないが」

「こいつ慣れてないのよ、自分のことを面と向かって褒められんの」

「おいタマモ!」

「は?ニホンの名家で顔も良くて実力も折り紙つきなんだロ?世辞なんていくらでも言われ慣れるだロ。俺がそうなんだから」

「でもこいつ入学当初は無愛想で無口でロクに口聞かなくてさー。今じゃ随分マシになったけど、ほんと威嚇する犬って感じだったなー。行事ごとに誘っても修行の方が大事だなんて言って。忍者の家系だから社交会なんかにも出ないから、友達作る機会ほ殆どないし。遠巻きに見る女子は多いけど結構敬遠されてたしさあ」

「え〜何それもっと知りてぇ〜」

「やめッ、やめろタマモ!あの頃の話はやめてくれ!黒歴史だから!」

 

 軽口を交わしつつも、足取りは慎重そのもの。

 コルダは秘密の部屋のどこかで息を潜めている。気配は感じるものの、どうやら出迎える気はなさそうだ。あまりに意外な方法で開けられたものだから呆気に取られているのだろうか。

 

「出ておいでコルダちゃーん」

「別に皆んな怒ってねえってー」

「まあ……その……何だ。人生色々あるよな。だからその、ほら、帰ろう」

「下手糞か」

 

 ようやくプラチナブロンドの少女が姿を現す。

 貴族然とした高潔な少女は、しかしどこか燻んでいるように見えた。

 

「……私を連れ戻しに来たんですか。ご苦労様です。頭を冷やしたらすぐ戻るので、放っておいてくれますか」

「嘘つけ。逃げる気だロ」

「ッ……」

「あんまりこういう風な言い方はしたくないんだが、お前一人いなくなったところでもう事態は収拾つかないと思うぞ。それは無責任だと思う。……お前も名家の生まれなら、分かるだろう?」

「貴方達は狼になったことがないからそんなことが言えるんです……!」

「それは卑怯だよ、コルダちゃん。全く同じ境遇の人なんているわけない。……私の言いたいことは分かるよね」

「なら──見せてあげますよ。私がどれだけ醜いのかを」

「待、」

「擬似月光展開──氷よ解けよ」

 

 人狼にしか使うこととない月光魔法がプラチナブロンドを照らし、コルダを少女たらしめていた魔法は解ける。

 見目麗しい少女は、しかし吐き気を催すほど穢らわしい狼へと変貌する。

 少女が化物になったのではない。

 化物が少女の姿になっていたのだ。

 人狼とは醜いものだ。姿形が、ではなくその在り方が。一度堕ちてしまえば狼としての本性が露呈し、慟哭と共に人に害をなす獣と成り果ててしまう。コルダは物心ついた時からその苦痛と恐怖に抗ってきた。

 全てはマルフォイ家のために。そうあれかしと教えられ、そう在りたいと常日頃から思ってきた。代々続くマルフォイ家の永盛は命と同じくらい大切なもの。

 それを土足で踏み躙られた。

 死喰い人に身体を壊され、死喰い人に精神を壊された少女は、苦悶を抱えて凶爪を振るった。

 

「ッ」

 

 無論、歴戦の猛者たるコージローやタマモが回避できない理由はない。

 理由はない、が──どうしたものかと逡巡する。コルダの抱えている闇は思っていた以上に深く重い。いや、抱えさせられたというべきか。

 イギリス魔法界の差別思想は極めて根強いものだ。

 旧態依然の純血思想の魔法使いがのさばり権力を使って迫害する。アンブリッジがその典型だ。なまじ力を手にしてしまったが故に、持たざる者に対する歪んだ偏見が人の心を殺す。

 ましてや、グレイバックという根っからのクズ野郎が大量殺人鬼として名を馳せてしまっている現在、「人狼は皆んなグレイバックみたいな奴なんだ」という認識が生まれているのだ。

 

「が、ぁ──何で、何で何で何で何で、ぁなたは……!!」

「コルダちゃん!やめなさい!」

「うるさいうるさいうるさい!!」

 

 この世のものとは思えないひどい声でコルダは怨嗟の雄叫びを上げる。タマモとの特訓で狼状態でもある程度喋れるようになったのだが、それが却ってコルダの苦痛を底上げしてしまった。

 魔法学校対抗試合が行われていた際、コルダはタマモに『内に宿る化物を制御する方法』を教えてもらおうと教えを請うていた。そこには確かに同輩への尊敬があったのだろうが、されどその本質に、邪なものが混じっていなかったわけではない。

(あれは多分嫉妬だ。コルダちゃんは私に対して僻みに近いそれを抱えていた)

 高潔なコルダの内に潜んだ憧憬。

 フラーやタマモはあんな風に周りから認められているのに、どうして私だけが我慢しなければならないのか、という。

 だって、同じ境遇ではないか。

 何で私だけが隠し通さなければいけないのか。……その昏い感情を表に出すことはなかったし、自分自身よくない考えとは感じていたが、それでも、うら若き少女には堪えるものがあった。

 

「消えろ消えろ消えろ消えろォッ!!」

 

 分かっている。

 こんなことをして意味がないことは。

 理解している。

 この行為に正当性がないことくらい。

 ただ暴力に縋り、思うがままに鬱憤を晴らすなど、それこそ忌むべきグレイバックそのものだ。マルフォイ家の娘として、いやそれ以前に人として到底看過される行いではない。

 だが──では、どうすればいいのだ。

 何をすればいいのだ。こうして力に溺れる自由も得られないのなら、どんな行為が正当性を持つというのか。泣き寝入りするのが正解だとでも?

 ……分からない……!

 

「ああ、そうか、お前は分からないんダ」

 コルダの慟哭に答えるように、ネロが声をかけた。

「今のお前は、一体どうしたらいいか分かんねえんダ。考えても答えが出ねえから悩んでんだナ」

 図星を突かれた。

 却って激昂した醜き人狼は、ネロに狙いを定めて怨讐の仇と見做す。

 

「貴方が、貴方なんかに何が分かるんですか、ただの部外者の貴方が!」

 

 歪な形をした筋肉が膨れ上がり、ネロを吹き飛ばさんと振るわれる。その暴力性こそ脅威だが、ネロ程の実力者ならば回避は容易。

──されどネロはその一撃を身体全体で受け止めた。

 ばきばきぼきぼき、嫌な音が響き渡る。

 骨が砕け、肉が千切れ、それでもネロは気迫のみで受け止めた。魔法的なものはまるで使っていなかった。これにはコルダ自身も驚愕した。ネロ達であれば避けられる程度の速度で剛腕を振るったのだから。

 

「な……ッ」

「やめとけ」

「………何を、」

「それでも、やめとけ。これ以上は」

 

 コルダの理性は取り払われ、更に一段階ボルテージを上げて激しくなる。

 図星なのだ。

 信頼していたものが揺らいだと同時、己の生き方すらも蝋燭の火のように不確かなものになってしまった気がした。オスカーを殺せばめでたしめでたし、そんな単純な話ではないのが尚のことタチが悪い。

 

「うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさい!!私の前から消えてッ!!皆んな皆んないなくなってしまえばいいんだ!!こんな化物なんかと一緒にいるべきじゃないんだッ!!『セクタムセンプラ』!!」

「ネロ!!」

「がっ……!!」

「あ──」

 

 咄嗟だった。

 頭に血が上っていた。パニックだった。

 そんな言い訳が通用しないほどに、深々とネロの肉体を見えない刃が抉った。

 ああ、そんな、まさか。

 どうしようどうしようどうしよう。

 無為に人を傷つけてしまっては、それこそ本当の化物に──

 

「“化物”じゃねェ……コルダ、だ。お前の名前はコルダ・マルフォイだ──」

 

 だが。

 ネロは倒れない。

 およそ信じ難いほどの生命力……いや、これはそんな段階をとうに越えている。

 苦しい筈なのに、けれど、それ以上にコルダの方が苦しいという瞳を向ける。

 

「これは、お前がつけた傷だ。お前の罪の証だ。闇の魔術でつけられた傷は治りが遅い。これもその手の類の魔法だろう。

 …………逃げるなよ、お前の罪から。その時まで、やるべきことを、やるんダ」

「何で……何で、貴方が、そこまで」

「………………知るか………」

 

 

 

 

 

 

 知らず、コルダの口からは嗚咽が漏れていた。

 よもやこの男の口車に乗せられたか。

 いや──きっと再確認しただけだ。

 家族しか味方がいないと思っていたけれど、ホグワーツにやってきて、ネビルに、シェリーやロンやハーマイオニー、ベガという秘密を共有できる存在ができた。仲間ができたのだ。

 スネイプや、アレンなどの闇祓いも秘密を守ってくれている。リーマスやタマモという似た境遇の存在もいる。たぶんダンブルドアも気付いていたのだろう。

 その全てを放棄するところだった。

 

「偏見は消えねえ。お前の苦しみが消えることもねえ。けどそれだけじゃねえ。お前がその優しさに気付くことのできないほど哀れな人間ならその時死ねばいい」

「ぁ──わたし、は──」

 

 生まれてからずっと、痛みを背負って生きてきた。

 ずっとそれが嫌で嫌で、心の中でいつも泣きじゃくっていた。部屋の隅で身体を丸めてめそめそと。ただ、下を向いて耳を塞いでいたから気付けなかっただけで、声をずっとかけ続けてくれる人はいたのだ。

 私は──いかに相応しくないといえどもマルフォイ家の娘なのだ。

 まだ残っているものを疎かにするほど落ちぶれちゃいない筈だ。

 

 

 

 

 

 あの後、泣き腫らして眠ったコルダをタマモが、鈍痛で気絶したネロをコージローが抱えて寮まで運びに行った。道中、バジリスクが心配そうな目つきでこちらを見てきていた。失明してるのだが。

 秘密の部屋で眠っていたバジリスクは憔悴したコルダがやって来たのを見て、このまま寮まで帰すのも可哀想だと匿ってあげていたのだ。一年前もシェリーを中に入れてあげていたようで、どうやらその手の少女には縁があるのかもだ。

 医務室にネロを連れて行くコージローと別れ、タマモは談話室へと向かう。

 

(私達の出番、殆どなかったなー…いや、私達が活躍するような状況じゃ駄目なんだろうな。結局戦うことしか頭にないような奴なんだもんなあ)

「コルダ……!!」

 

 スリザリン寮に入ると、入口でドラコが待ち構えていた。

 どこまでも妹想いの兄は、コルダの身をずっと案じていたらしく、深夜になってもソファで妹の帰りを待っていたのだ。

 ドラコの声でコルダが目を覚ます。

 

「ぁ──おにい、さま……?」

「このッ、……この馬鹿者!僕が、どれだけ……どれだけ心配したと思って……

 僕はお前までいなくなるんじゃないかと……!」

「……ごめっ、なさ……」

「……はぁ。まったく、仕方のない。君もマルフォイを支えていく存在になるんだ、そんな調子だと困るぞ?……これから大変かもしれないが、辛いことも共有するのが家族なんだ。助け合っていこう。コルダ」

「っ、はい……!」

 

 

 

 

 

(──俺にその人の悩みを解決する力なんてねェ。結局はただの路傍のクソガキ、金も権力も俺は持ってねェ)

 

 何が変わったという訳でもなければ、何が好転したという訳でもない。

 ネロの行いは、そもそもが救世主ごっこに過ぎないのだ。その人が幸せに気付いていないのならそれを指摘することはできるけれど、それ止まりなのだ。

 叱咤激励と呼ぶのも烏滸がましいただの慰め。それだけ。何もできちゃいない。

 

──けど、まぁ。

 ああやってまた笑えてんなら、良いか。

 




最近友達にネロネロ言い出す奴が出てきてました。嬉しくなりました。やったぁ。

ダンテはゴドリック達に封印されて1000年くらい囚われていたんですけど、悪い魔法使いが封印を解こうとしたことが何度かあってそれで封印が若干弱まっていました。でなければ創設者の封印がそう易々と破られるわけないと思うんですよね…。


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5.sna(K)e

「あんたのお父様、あんたみたいなハズレ引いてさぞ苦労したんでしょうね。死んだのだってあんたにかかりきりだから無理が祟って死んだんじゃないのかしら」

「コルダちゃんの親になったばっかりにこんな目に遭っちゃって、ご家族はなんて不幸なんでしょう。今度は誰を不幸にするつもりなの?」

「……他所の家の事情に首突っ込むなんて相当暇なんですね。その時間でそのお顔の肌荒れを治したらよろしいのに。まあ豚みたいでちょっと可愛いですけどね」

「は?」

「何です?」

「ちょっと待て待てコルダ待て」

 

 コルダがスリザリンの女子生徒に何やら話しかけられていたので会話を聞いてみると物凄い物騒な会話をしていた。蛇寮も一枚岩ではない、コルダが人狼であることがバレた今、朝食には滅茶苦茶ふくろうの礫が飛んでくるわ、やたら絡まれるわ、散々な目に遭っていた。

 しかしネロとの対話を通してコルダは一回り成長していた。

 外野がどうした、好きに言わせておけばいい。と、全ての情報をシャットアウト。

 自分自身が在りたい貴族として邁進することを決意していた。

 ……だが、コルダの気持ちに踏ん切りがついたところで、どうしようもない問題というものはある。例えば、縁談の話だ。今までマルフォイ家の力を吸収しようとコルダに言い寄ってきた男達はぱったり消え、ルシウスが築いたコネクションもそのほとんどが無くなってしまった。マルフォイ家は今までのような生活を送るのは厳しくなるだろう。

 

 だが以前よりドラコと懇意にしていたアステリア・グリーングラスは、

「は?縁談破棄?私は貴方の正体が人狼だった程度でドラコ様との結婚を取り止める気はありません。その程度の覚悟でドラコ様と結婚だなんだと言っていたわけではないのですよ。それよりも、昨晩は夜の間に出歩いていたそうですね。私のお義姉様になるのならそれなりの立ち居振る舞いをしていただかないと困ります」

 と言われてしまった。歳下なのに物凄くしっかりしている。本当に、ドラコの伴侶となるに相応しい女性だと思う。

 

「しっかりなさってください……私は貴方に憧れて、氷魔法を覚えたのですから」

 

 勝手に寮を抜け出し、心配をかけたことに関してはドラコ含めスリザリンの仲間達に深々と謝罪した。スネイプからはしこたま怒られた。

 

「うん、まあ……昨夜は僕も怒りすぎたよ。それとな、ここだけの話、クラッブとゴイルが君のことをとやかく言う生徒に対して怒ってくれていたらしいんだ。本人達からは言うなって言われたんだけどな」

「あの人達が……?」

「パンジーはずっと気にかけていてくれていたし、まあ、なんだ。敵は増えたのかもしれないが、ずっと頼りになる味方もいるってことを忘れるな」

 

 本当にその通りだ。

 ……そういえば、パンジーには何だかんだ世話になりっ放しだ。

 金銭面で不安が残るのは確かだが、マルフォイ家を応援してくれる人達は少なからずいる。それが嬉しかった。

 

「ああ、後ネロが『いざとなれば金粉塗りたくって黄金の像になって集客するゼ。今日から俺がマルフォイ家の観光スポットだ』って言ってたけど」

「やめてくださいほんとに」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 これは、シェリーがホグワーツに入学するより少し前のこと。

 校長室にて、スネイプはダンブルドアから告げられた真実に、声を軋らせるほどの怒りを感じずにはいられなかった。

 

『シェリーはリリーとジェームズを素体として創られたホムンクルスなのじゃ』

 

──吐き気が、しそうだった。

 リリーとそっくりの顔。リリーと瓜二つの髪色。瞳はあの憎らしいジェームズのものではあるが、彼女は彼女の母の生き写しのようだった。それがリリーの娘たる何よりの証拠だった。ならばこそ、彼女の忘れ形見を守るために戦った。

 シェリー本人に情があったわけではないけれど。

 ダンブルドアの言葉に従い、リリーの大切にしたかった筈のものを守ることが贖罪だと信じていた。それだけが命を繋ぎ止める楔となっていた。全ては天国のリリーの懸念を晴らすために──。

 

(だが、この仕打ちは何だ?神はどこまで私を試す?)

 

 シェリーはリリーの……実の娘ですらなかった。血の繋がりはあるし、リリーの部分を受け継いでもいるが、それでもリリーが愛した子ではないのだ。彼女はシェリーに触れたことさえない。

 その事実を、よもや、シェリーのホグワーツ入学直前に知ることになろうとは!

 裏切られた気がした。

 殺してやりたいとさえ願った。

 だってそんなのは、あまりに……酷い仕打ちじゃないか……!

 

『あなたは言ったな!彼女は死んだが彼女が愛したものは無くなっていないと!何をいけしゃあしゃあと!ないんだよ!リリーが愛した夫も娘も、あの夜に全部消えてしまっていたんだ!私がッ、何のためにあなたに頼み込んだと思ってる!何のために今まで生きてきたと思ってる!

──断じて、断じて例のあの人のオモチャを守るためじゃない!!』

『聞くのじゃ、セブルス』

『うるさい!ひどい侮辱だ、あんまりだ!私を悪人として辱めたいならそれでもいいさ!だがあなたは何だ?よく回る頭と口で私を操っているあなたは何なんだ!!騙すなら最後まで騙してくれよ!!』

『セブルス、頼む。聞いてくれ』

 

 老人の縋るような声で、ようやくスネイプは平静を取り戻した。

 

『儂はシェリーを初めて見た時……勘、と言うべきかのう……本能的に理解してしまったのじゃ。この子は人間ではない、ホムンクルスだと……

 しかし確信が持てなかった。儂の勘違いであれば良いと思った。それに君にこのことを相談すれば、きっと君はあの子を守ろうとさえ思わなかったじゃろう』

『──当然だ』

『それでは駄目なのじゃ。何としても君にはこの子を守ってもらう必要があった』

『トレローニーの言う預言とやらの為にか?どうでも良い……正直なところリリーのいない世界などどうでも良いんだ。私がそんな奴だってことは、あなたが一番よく分かっているだろう……!』

『それでも君にあの子を守ってもらわねばならなかった。あそこで君を引き止める理由が必要だと思った。でなければ、君は自殺すると思ったからじゃ』

『…………?』

 

 確かにダンブルドアの言う通り、あの時リリーの娘を守るのが君の贖罪だとダンブルドアに説得されなければ、自殺してもおかしくなかっただろう。

 一歩間違えばスネイプは自暴自棄になり人生を投げ出す可能性は多分にあった。

 けれどダンブルドアはそれを必死になって止めた。……何故だ?ダンブルドアは、スネイプを生かすことに何かしらの価値を感じているように思える。

 

『それはそうじゃ……リリーはあの戦いで多くのものを失った。親友だと思っていた男に、愛する夫に、命懸けで守った筈の娘までいなくなってしもうた。その上、更に失わせるわけにはいかんと思うたのじゃ』

『……何?』

『まだ、分からんか?──彼女が愛しているのは、』

 

 

 

『君もなのじゃ』

 

 

 

 口をパクパクするスネイプに、ダンブルドアは言葉を浴びせた。

 

『騎士団に入ってからのリリーのことは、少なくとも君よりは詳しいつもりじゃ。彼女は君と戦うことを恐れておった。君が悪人だと知っていても割り切れぬものがあったのじゃよ。せめてアズカバンで己の罪を恥じる時間をあげて欲しいと……』

『────』

『だからのう、セブルス。儂は君に死んでほしくなくて、シェリーの正体を咄嗟に隠してしまったのじゃ……』

『──では何故今頃になって私に真実を明かしたのですか』

『君を騙したまま協力させることに耐え切れなかった』

『ふざけているな、つくづく……あなたは本当に中途半端な奴だ』

『……どこへ?』

『私は私の責務を果たすだけだ』

 

 そのようなやり取りをして、魔法省への戦いでダンブルドアが昏睡状態に陥って、今に至る。彼はこの展開も予測していたのか事前にスネイプを防衛術の授業の担任にするように指示していた。

 そしてもう一つ、シェリーがホグワーツから離れることになったとしても、けして己が務めを放棄するな、とも言っていた。

 正直言って、シェリーの正体を知った今彼女を積極的に守ろうなどという気概は消え失せてしまった。スネイプを現世に留まらせている理由は、老人の戯言と、ヴォルデモートへの嫌悪のみだった。

 ──まあ、予言によれば、今はまだ死なない筈だ。その間シェリーがどうなろうと知ったことではない。どうせ決戦の時には戻るというのだ、あの顔を見なくても済むのなら万々歳ではないか。

 

(アレは罪の象徴だ)

 

 憎き男、愛した女。それらを併せ持つシェリーという存在。それだけでスネイプにとっては苦痛だというのに、加えて闇の帝王に創られたという過去。全てが彼の愚かさを物語る。

 スネイプは今でも悔恨を引き摺る。或いは闇に傾倒しなければ違ったのか──

 

「先生!」

 

 ハッとして振り向いた。

「……あ、ああ、ミス・マルフォイ。どうかしたのかね」

「この教科書に書いてあること、スネイプ先生なら分かると思って」

「…………!」

「この『半純血のプリンス』とかいう人が残した教科書、闇の魔法についてもいくつか書かれてあったんです。特にセクタムセンプラは強力な呪文でした」

「……だろうな」

「お願いです先生、私にこの教科書のことを教えてくれませんか」

「何を言うか。この教科書に書かれてあるのは、闇の魔術なのだぞ」

「だからこそです」

 

 コルダの見透すような瞳の奥に、硬く熱い意思が鎮座していた。

 

「どんな呪文も使い方次第なんです。闇に堕ちるのは心と力が未熟だからです。だからこそ私は──自分自身の闇を乗り越えるために、闇を識りたい。

 闇の魔術を扱いたいのではありません。どんな闇の魔術があるかを知りたいのです」

「君に必要なこととは思えんが」

「必要なんです。もうなりふり構っていられない──先日の人狼騒ぎのおかげで、私の性根がどれだけ甘ったれてるのかを自覚できたんです。お願いします。今まで私を助けてくれた皆さんのために強くなりたいんです」

 

 思ってもみなかったことだ。

 闇の魔術を教えよう、などと。

 韜晦の年に念に囚われていたスネイプでは無理からぬこと──。

 人間とは個人が持つ善悪の多寡と関係なく、運命という枠で括り付けられる生き物なのだとすれば、コルダは善いところと悪いところの二つの側面を見てきた少女。

 彼女、ならば……。

 

「……わかった、いいだろう。放って置けば一人で練習しかねんからな」

「ありがとうございます!皆さーん!スネイプ先生の許可貰いましたよー!」

「んっ?」

「あー良かったー」

「マクゴナガル先生は校長のお仕事もやられていてお忙しいし、迷惑だものね」

「よろしくお願いしまーす」

「……アー、ミス・マルフォイ?この生徒達は?」

「スネイプ先生に特訓をつけてもらいたい人達ですよ。去年の先生の戦いぶりを見て憧れたんですって。というわけで先生、この子達にも指導をお願いしますね?」

「いや我輩は良いとは言ってな……」

『せんせーい、よろしくお願いしまーす』

「……やればいいんだろうやれば!」

 

 というわけでスネイプは何故か生徒達の指導をすることになった。

 かつて深い関わりのあったマルフォイ家の娘、そして監督生のコルダにこう言われると弱いものがある。……そう、コルダは監督生なのである。意外とヤンチャするタイプの生徒なので決定に少し迷ったが。

 因みに、コルダはタマモにも教えを請うているらしい。人狼としての力をもう一段階高めたいのだとか。夜な夜な寮を抜け出していることに関しては黙認しておいた。

 さて……スネイプに教えてもらいたい生徒の中に、意外な人物もちらほらいた。

 ジニーやルーナ、チョウがそうだ。

 ……まあジニーは何かムカつくので授業と同じノリで虐めてはいたが。

 

「おやおやウィーズリーの末妹はこんなこともできないとはそんなことでよく死喰い人と戦うなどと大口を叩けましたなその鼻持ちならない愚かな精神性にグリフィンドールから十点減点」

「はいはい」

「はいは一回だ小娘」

「はーい」

「……ガキ」

「……陰険ヘソ曲がり」

「フリペンド!」

「エクスペリアームス!」

「喧嘩しないでくださいね!?」

 

 しかしこれまで殆ど見る機会はなかったので気付かなかったが……彼女達にこれほどの才能があると思ってはいなかった。呪いの類ならジニーが一番だし、チョウは防御系の呑み込みが早い。補助系が得意なのはルーナだ。

 途中から参加したパンジーが回復呪文をもっと勉強したいと言ってきた時は、少し戸惑ったが。スネイプの専門は攻撃呪文や闇の魔術であって、回復系ではない。

「ホグワーツ戦線で私ができたことなんて回復だけだから、どうせなら極めたいって思ったんですよね」

「…………フリットウィック先生のところへ行きなさい」

 

「リラ、混ざんなくていいの?」

「……いえ……兄さんが望むなら、そうしますけれど……」

「あっそ。じゃ、行けばいいんじゃね」

「は、はい……!」

 

 いつの間にか大所帯になり、もはや寮の垣根など感じさせぬほどの生徒が教えたり教えを請うたり、目をつけたマクゴナガルから決闘クラブの再開を提案されたり、それはまあ色々な出来事があった。

 何とも……新鮮な時間だった。

 自分と違う価値観どうしが衝突し合い、別の価値観を生み出す……それが学校の本質であるのだろうが、今まで自分しか見えていなかったスネイプにとって、それは目新しいものだった。面白い、と言い換えてもいいかもしれない。

 ただ、それでも、彼の人生において。

 最も光り輝く尊き時間が──リリーと共に過ごした数年間だけだったことは、けして揺らぎようのない事実だった。

 何とも悲しい性。

 彼は生きている限り、リリーへの愛のためだけに行動する。それは盲目とも、呪いとも言える情動だ。……素晴らしく尊くそして残酷。享受すべき幸福を捨て去って、動けなくなって、ただマイナスにしないためだけに動く男。

 

(だが──それが私の存在意義というのなら。それでいい)

 

「先生、今日もよろしくお願いします!」

「──ああ。最後の授業をつけてやる」

 

 死喰い人の戦いは『マイナス』だ。

 彼等と戦うことで得られるものは殆どないのだ。彼等との戦いが成長に繋がることもあるのだろうが、大抵の人は日常生活で成長していけばそれでいいのだと思う。死喰い人と戦って『プラス』になる要素などないのだから。

 だからこそスネイプは戦う。

 『マイナス』からでしか、失ってからでしか気付けなかった男だから。

 奪われる恐怖を、知っているから。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「あ」

「ん?」

「げ…」

 

──ホグズミードでばったりと、ダームストラングの兄妹とコルダは出会した。煉瓦の上にしんしんと雪が降り積もって、華やかな街並みを白く染め上げていた。

 

「何だ、しばらくは兄貴にべったりだと思ったがね」

「馬鹿にしないでください、子供じゃないんですからそんなことしません。ただちょっと……少し……顔を合わせ辛いだけですから」

(そっちのがよっぽどガキじゃねえか)

「へえ……意外と子供っぽいところもあるんですね」

「何ですかあなた失礼ですね!!!」

「えっ?」

「アッハッハッ。ってことは今一人か?どうだ?暇なら飯でもどうよ。美味い飯屋を教えてくれ」

「ええ〜…?」

「人助けだと思って頼むヨ。ここは一つ、な?」

「うーん、まあ……それなら」

 

 コルダはホッグズ・ヘッドを案内した。

 三本の箒には知り合いが大勢いただろうが、こっちに来るのは、せいぜいDAの面子くらいのものだろうと踏んでのことだ。

 古ぼけた店内の端っこの、軋む椅子に座る。

 

「悪くねえナ。こういう雰囲気の方が落ち着く」

「え〜?こんなしみったれた所がですか?」

「ぶっ飛ばされてえのかガキども。注文は」

「メニューの端から端まで全部……、」

(クソ客が……)

「……あ、やっぱりステーキ三人前ください」

「あいよ」

 

 不機嫌そうな様子を隠そうともせず、アバーフォースは店の奥に引っ込んだ。程なくして、油の跳ねる音と匂いが漂ってくる。

 

「少食だな。どうした?」

「お父さんが好きだったのを思い出して」

「ああ……、そうだったナ。確か創設者の誰かが誕生日に好んで食ってたんだっけか?」

 

 疑問符を浮かべたコルダに答えるように、ネロは記憶の引き出しを引っ張り出した。

 

「俺の村じゃ祝い事の料理と言えばもっぱら鰊やサーモンをトマトで煮込んだ奴でナ。ステーキなんざ誕生日でさえ出てきやしなかった。

 初めて食ったのはダンテに拾われた後のことで、魔法の修行に散々付き合わされた日の夜に出されたのが、パンと羊肉と豆を煮込んだ奴だったんダ。美味かった。社交界で食うことになるから味を覚えとけ、ってよ」

「思い出の味なのですね」

「そうだナ。都合の良い駒を作るにしちゃ、ちょっとまともに教育しすぎだわな……」

 

 ……或いは、真実は、その逆で。

 

「そういう洗脳をするつもりだったのかもしれねえが」

「ネロさん、リラさん。それを確かめに行く必要があると思います。そこに愛情があったのかどうか……まだ、話せるんだから」

「…………」

「私の父も去年殺されました」

「知ってる」

「最悪な気分でしたよ」

「そうだろうナ。俺もそうダ」

 

 程なくしてアバーフォースはやって来た。

 ただし、運ばれて来たのは料理ではなく、一人の屋敷しもべ妖精だった。ただでさえ人外らしい顔つきは、泣き腫らして原型を留めていなかった。

 

「え……ステーキは?」

「うっうっ……ご主人様……旦那様……」

「めそめそ泣くんじゃねえ!ったく、うるさいったらありゃしねえ」

 

 きょとんとするコルダに、ネロは「レモンは人払いとこいつを連れて来てくれって意味の合言葉だ」と耳打ちした。レモン・キャンデーはダンブルドアの大好物だ。

 

「よう。ウインキー、だったっけ?確かクラウチのとこで働いてたよナ。対抗試合の時にわんわん泣いてたかラ覚えてるワ」

「ぐず……ひっく、あぁ、どなたか存じませんがウインキーを放っておいてくださいまし。ウインキーは長年務めたお屋敷の人がお亡くなりになさって、人生の意味が無くなって、とてもとてもおもてなしを差し上げる気分ではございませんので!」

「………………へぇ」

 

 ほんの少しネロは逡巡すると、

 

「バーティ・クラウチは正義の人だった。俺はあんまり好きなタイプじゃねえが、信念を貫いた男だと思うぜ、俺は」

「そうでございます!あの方は本当に立派なお人で……!」

「で、だ。クラウチが死んじまった理由は色々あるが、結局のところ闇の帝王がクラウチ・ジュニアを唆したのが全ての始まりだロ?そりゃあ、家庭内の不和はあったかもしれねえし、親子のすれ違いもあったのかもしれねえが……闇の帝王さえいなければ人死にには発展しなかった筈さ」

「……ぐす……何が、言いたいので?」

「奴に一泡吹かせる方法があるとしたらどうする?」

 

 

 

「え……ステーキは?」

「そこになければないですね」

 

 

 

 

 

 時が過ぎる。

 連絡用のふくろうから、簡潔に内容を纏めた手紙が届いた。

 

「──来たか」

 

 ダンブルドアの意識が戻った。

 決戦の時は、近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

『プリクラ』

 

シェリーとハーマイオニーとコルダとジニーが何やかんやあってマグル界に遊びに来ていた。先輩女子と後輩女子でバランスが取れていた。

 

「へーっここがマグル界なのね!すごい新鮮だわ!やべぇ!」

「ええと……私とシェリーから離れないでね二人とも。色々と心配だから」

「大丈夫ですよハーマイオニー、この日のために色々調べてきましたから。ほらご覧なさいこの服、まさしくマグルに溶け込みつつも貴族の気品を感じさせる素晴らしい服装チョイスでしょう?お母様に選んでもらったんですよ!」

(目立ってるけどね)

「駄目ねコルダ、確かに可愛いとは思うけれどそんな高級ブランド丸出しの服装じゃあ目を引くわ。こういう市街地へ繰り出す時は、ママと買った私みたいな服装じゃないとね」

(目立ってるけどね)

 

 ジニーとコルダは目立っていた。

 さて、年頃の少女が遊べるところを一番よく知っているのはこの面子の中ではハーマイオニーである。コルダとジニーはマグル界の娯楽施設など知る由もないし、シェリーは遊んだ経験がない。

 当然、マグル界観光ツアーとしてハーマイオニーが遊ぶ場所を考えることになるわけである。

 

「どこに行くのハーマイオニー!」

「期待してますよハーマイオニー!」

「え?は、ハーマイオニー!」

「ふふ、任せなさい。今日私達が最初に行くのは──図書館よ!」

「……………(呆然)」

「それもただの図書館じゃないわ、国立図書館よ!」

「……………(絶句)」

「……な、なによ。冗談だってば」

「冗談に聞こえないのよ」

 

 というわけで四人はゲームセンターに来ていた。

 

「何ですかこのピコピコは!?」

「めっちゃ眩しい!あ!ぬいぐるみがいっぱい置いてある!取り放題!?」

「お金入れないと駄目だよ?」

「このアームを操作するのね。……面倒臭いわ、杖使った方が早くない?」

「ジニーは機器の意図を理解してる?」

『コインを入れてね!』

「うわっ喋った!?ちょっちょっこの箱喋りますよどうなってるんですか!?」

「魔法界の方が何で喋ってるのか分からない連中がゴロゴロいるでしょうに」

 

 さて、やはり目を引くのはプリクラである。

 可愛らしくプリントして文字を書いたり色々して可愛くするのである。

 

「しかしさっきはビックリしたわ、いきなり証明写真の方へ歩き出したかと思えば自信満々で『これがプリクラだよ!』なんて言うんだもの」

「ハ、ハーマイオニー、その辺りでもうやめてよぅ」

(違いがよく分からない)

「だけど私もプリクラなんて初めてだから少し緊張するわね……ええと、この中に入ればいいのかしら……?」

 

 プリクラ撮るやつの中に入った。

 ヴォルデモートがいた。

 

「ははははシェリーどうしたご機嫌斜めだな何かあったのか?」

「帰れ」

「仕方がない、俺様がプリクラが何たるかを教えてやろう」

「帰れ!!!」

 

おわり。

 

 

 




おまけでヴォルデモート出しとけばオチがつく気がしてきた。

最近知ったんですけど、デビルメイクライってゲームでダンテとネロってキャラがいるらしいですね……。ダンテは知ってたんですけどまさかネロまでいたとは……。
私はデビルメイクライは友達の家で少しプレイした程度で全然知識無かったんですけど、ちょっと興味湧いてきた。


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6.eve,eve,eve

「ダンブルドア!」

「もう身体の調子は……」

「ああ、うむ。ありがとう。この歳になると眠りが深くなっていかんの。危うく永眠するとこじゃった」

(笑い事じゃねえ……)

「それで、じゃ。校長室に皆を集めてくれるかの。ああ、スクリムジョール派の闇祓いもじゃ。ヴォルデモートを倒すのに儂等だけでは不足じゃろう。それと、我等が友人ネロもじゃ。フラメルには儂から連絡しておこう」

 

──ダンブルドアが復活して、わずか十七時間後。

 ホグワーツの校長室には召集をかけられた選りすぐりの闇祓い・騎士団員達が揃っていた。本来なら魔法省で行うべき会議だが、一年前に陥落しかかって未だ安全地帯とは言えない。それならばホグワーツの方が安全という考えだった。他に場所の候補を探すとなれば、それこそグリンゴッツの金庫の中で話し合いをするしかなくなる。

 拡大呪文が目一杯までかけられた校長室の中に主要メンバーは全員揃った。

 勿論、入念な魔法のチェックは済んでいる。この中にスパイはいない。

 壇上にて、到底数ヶ月の間寝ていたとは思えない溌剌さで、ダンブルドアは厳格にこれから命を預ける魔法使い達のかんばせを慮った。

 

「既に情報は聞き及んでおる。まずは、この老いぼれのケツを拭いてくれて誠に申し訳ない。今までサボっていたツケは仕事で晴らさせてくれ」

「……まったくだ。死ぬ前にそのくらいの働きをしてもらわねば、割に合わん」

「分かっておる。肝心のヴォルデモートの居処については、ネロが教えてくれる」

「ネロローン」

「うわぁ何か変な奴きた……」

「何だこいつの奇ッ怪な動きは!?わしを殺す気か!?」

「おいおいネロってんナ」

 

 いつもの調子で登場する男は、まるで緊張など感じさせなかった。

 厳粛な場ではこの異物かと錯覚するほどに陽気な声ではあったものの、彼がもたらした情報の大きさに、その場の誰もが押し黙る。

 

「連中の居城は、ダームストラング城。ウチの親父が死喰い人一派に城の一部分を提供してる。今年、例のあの人が大々的に行動しなかったのは、戦力が大幅に削れていたのもあるが……単純に海外で場所が遠かったんだヨ」

「生徒達は死喰い人に気付いていないのか?」

「気付けねェし、気付いたところでどうしようもねェんダ。学生レベルじゃ見つけられない結界に護られてる上に、教師全員がグルなんだからナ」

「……、下手に動けば生徒達に被害が及んでしまうか」

「ふん。むしろ、闇の輩どもがダームストラング城の生徒を人質に取れば、こちらは手が出せなくなる。連中がそれをしないのは、情報や力が足りてないからだろう。攻め込むなら今しかない」

「だから次の長期休暇が狙い目ダ。大半の生徒達は実家に帰ってるから、帰らなかった生徒は当日中に保護するのが良いだろうナ。コガネムシの情報によると結界自体は寮とは遠くにあるようだし」

「陽動と保護で班を分ける必要があるな」

「質問いいか?」

 

「結局、障害となるのは紅い力を持った幹部だろう。最高幹部達の動向は掴めてないのか?」

「極めて不規則、としか言えねェ。奴等は死喰い人勧誘の為に出歩くこともあるらしいが、最高幹部ともなるとかなりの自由を許されてるらしくてナ。城以外にもいくつか拠点を持っているようで、そこから連絡を取ることもあるらしい」

「幹部達をどうするか、だな……」

「それじゃが、紅い力とはヴォルデモート本人と密接に結びついた力で、ヴォルデモート本人を倒しさえすれば幹部達からは紅い力は失われる筈じゃ。先の魔法大戦でもヴォルデモートが滅んだ後、死喰い人達の勢いが削がれたじゃろ?いくら手足があろうが頭を潰せばどうすることもできん。

 ……そこで、幹部達の気を引いている内にヴォルデモートを倒しちまうっていう作戦はどうじゃろう?」

 

 そう飄々と嘯くダンブルドアに向けられる視線の中に、少しばかりの戸惑いが混ざっていく。

 

「失礼だが、あなたは去年──その、グリンデルバルドに負けているだろう?今年も同じ結果になるのでは……」

「言い訳をするようじゃが、グリンデルバルドの攻撃の余波を押し留めるために魔力を回しながら戦っていたのじゃ。フルパワーで戦えば相討ちには持っていけるじゃろう。……いや、必ず勝つとも」

 

 甘さは棄てる。

 絶対殺意の名の下に、グリンデルバルドとの因縁に決着をつけに行く。

 そも、トレローニーの預言によれば戦いはここで終着しないかもしれない。それでもなおこのタイミングで仕掛けるのは死喰い人に一般人を殺させないため。

 奴等の紅い力を、もう、これ以上成長させてはならない。

 

「闇の帝王と、グリンデルバルド、そしてダンテの三人は飛び抜けて強い。最優先は闇の帝王だが、こいつらは特に気をつけた方が良いナ」

「ダンテはそんなに強いのか?」

「ああ見えてもフラメルの爺さんより歳上だからナ、奴の内側にはとんでもねえ魔力が渦巻いてる。しぶとさだけなら一番かもしれねェ」

「マジ?儂より歳いってる人間とか初めて見たわ」

「うん……彼等を見つけたらすぐ俺やダンブルドア、フラメルさんに知らせてほしい。忌憚なしに言って俺達三人が最高戦力だろうからな。期待してるぜ、フラメルさん」

「ニックでいいよ」

「ありがとうニック!」

 

 ニコラスはニックだった。

 

「今回は一年かけて造り上げたカバラ式ゴーレムを総動員しよう。魔法省の戦いに参戦できなかった分、ジジイに活躍させとくれ」

「存分に頼らせてもらうね、お爺ちゃん」

「ほっほ」

「先の戦いで手の内が分かってる以上、やりようはあるが……連中は奥の手を隠している風でもあった。使う魔法だけでも分かればいいんだが」

「……分かる、かもしれんぞ」

 

 セイウチ髭の、真ん丸としたスラグホーンが控えめに手を挙げる。

 古ぼけた、しかし丁寧に保管されていただろう日記帳を手に、憶測を語った。

 

「これは私が十六年前に懇意にしていた生徒、レギュラス・ブラックの日記だ。彼は死喰い人陣営に所属していたが、例のあの人の恐ろしさを知り逃亡した……という風に思われている男だ」

「?」

「そう、彼は死喰い人に入って情報を入手していたんだ。例のあの人が密かに研究を続けていた『真・死の秘宝』について、彼は独自に調査を進めて暗号にして託したんだよ。生憎と、暗号に気付くのに何年もかかってしまったが。ベガと会わなければ過去と向き合って日記を見ようとすらしなかっただからな……。

 で、この日記だが、内容自体は凡俗なものだ。例のあの人に選ばれた存在として精進したいという内容が家族宛てに綴られていて、最後のページは帰りたい、戻りたい、助けて……そういった文章ばかり。だがそれはフェイクなのだ」

「他に伝えたかった事柄があるというですか?」

「その通り。日記中にやたらと文章中に家族の名前が出てくると思ったんだが、ページを一度バラバラにして同じ名前を重ねて、線で結ぶと魔法陣ができる。それを基点に呪文を唱えると、音声が再生される仕組みなのだ」

 

 この手法はトム・リドルが以前に試した方法だ。リドルは日記の中に魂を封じ込めて分霊箱を作ったが、レギュラスは魔術音声を記録した。スラグホーンが符術の要領で魔力を込めてやれば、レギュラスの肉声が再生される。

 

『──例のあの人の持つ紅い力、その概要についてお伝えするでござる──』

「これは……!吠えメールの要領か!」

「どうか、どうか私の今は亡き生徒の情報を役立ててほしい……!」

 

 死喰い人の裏切り者として哀れな末路を辿った男、レギュラス。しかしその、無様な死こそがフェイク。日記の内容が無様であればあるほど、悦楽に生きる死喰い人達の目を曇らせられる。

 さて──ダームストラング城に攻め込むとあれば、去年のように強襲するのが望ましいのだが……。

 

「ひとつ、作戦を思いついた。名付けて『七人のダンブルドア作戦』……!」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 語るべきを語り終え、各々が戦いへと備えを始める。

 フラメルがゴーレムの点検をしようと格納庫へ向かおうとしたところで、アレンに呼び止められる。世界的錬金術師のフラメルなら、シェリーの肉体を作り替えることができるのではないかと。

 

「分霊箱と化したシェリーを、どうにか殺さずに闇の帝王を倒したい……か。何ともまあ、親父に似て頑固というか実直というか。じゃが、実に錬金術師として最適な考え方じゃな」

「褒め言葉と受け取っておく。それでニック、シェリーは治せるのか?」

「──不可能ではない」

 

 それに対する返答は、しかし希望を持たせる言い方ではない。含みのある言い方に柳眉を上げた。

 

「儂はシェリーを一度見ただけじゃが、それでも断言できる。彼女はホムンクルスとして完璧すぎる。普通は寿命が短いものなんじゃが、彼女は普通の人間として何ら遜色なく動くことができる。肉体上の欠陥はどこにもない」

 フラメルがシェリーと出会ったのは偶然ではない。

 ダンブルドアに頼まれて、シェリーの様子を観察していたのだ。

 

「だからこそ、どうしようもなく彼女の死が鮮明に見えてしまう。彼女に愛の護りは働かず、帝王にとって有利な条件ばかりが課されてしまっておる。シェリーを殺さなければ帝王は死なない、という制約はマジじゃ。奴がそこにつけいる隙を与えるわけがない。

 じゃが、無理矢理な突破口ならないわけではない。誰かが人柱になり、彼女に生命エネルギーを与える。そうすれば彼女の性を補填できよう」

「そんな……」

「あの子が望むなら、それも良いだろうと思うとった。しかしこれ以上、あの子に命を背負わせるわけにもいくまいて」

「…………」

「取り敢えず、寿命補填のやり方を書いたメモは書いておこう。こればっかりは本人の意思がないとな」

 

 そう──シェリーの命を生かすも殺すも全ては本人の意思に委ねられる。

 人間が所有できる命は、自分の命だけなのだ。それをどう扱うかを本人の意思決定に委ねなければ、それこそヴォルデモートと同じくシェリーを操り人形にしてしまうだけだ。

 仮にシェリーが誰かのお陰で生きることができても、彼女はそれを悪い方へと解釈してしまうのだから。

 

「それと、ネロから伝言。ダンテとは殺す気で戦ってくれて構わない、だそうだ」

「了解」

 

 ……さて、アレンもフラメルも邪気を感じていなかったので放置していたが、この会話を盗み聞いていた者がいる。

──セブルス・スネイプ。

 たった一つの執着を抱える蝙蝠は、生贄を捧げてシェリーを救うという話を聞いて、いったい何を思うのか……。

 

 一方、気落ちしたアレンは、ホグワーツの屋根の上で月を眺めていた。

 ……佳い月夜だ。

 アルタイルがここでデネヴに告白したと聞いているが、確かにここならばあの互いに恋愛淡白コンビでもそんな気分になるのかもしれない。……こんなにも月が綺麗だと思った夜は生まれて初めてかもだ。楚々と照らす夜の光を、アレンは思い出の中に仕舞い込む。

 と──寝転がっていた彼の視界に静謐な美しさの少年が写る。

 

「ベガ?」

「闇の帝王をぶっ倒しに行くらしいな」

 

 相変わらずここは噂が早い。

 月光のような銀髪の彼は、しかし貌に憂慮の色を浮かばせた。

 

「俺も連れてけよ、おい」

「死の危険があるところに学生を連れて行くわけにはいかない」

「こっちだって知り合いに死なれんのはもう御免なんだよ。刺し違えてでも、とか思ってやがるんだろ。そうだろ?」

「……かもな」

「だから俺も連れてけっつってんだよ」

 

 ……怒っている、のか?

 皮肉と見栄に隠れた優しさが、雲間から顔を出す月のように、覗き出ずる。

 

「自分で言うのも何だが、俺の実力は闇祓いでも通用するレベルだ。お前達の脚は引っ張らねえ。今持てる最高戦力で奴を叩くのが最善なんだろ。俺だって戦力になれる。戦える」

「かもしれないな」

「なら、」

「君の役目はまだだ」

「っ」

「言っただろ、一人だけ強くても意味がない、皆んなで強くなるんだ、って。俺達は死にに行くんじゃない、君達を守る為に戦いに行くんだ」

「……でもよ……!」

「もし君が死んだら、誰が未来の魔法界を引っ張っていくんだ?実は密かに期待してんだぜ、『最強』」

 

 そこにどれほどの間と、葛藤があったかをアレンは推し量れない。

 アレンは、結局のところ正義を持たない法の体現者に過ぎないのだ。

 多くの人を救ってきた。

 多くの人を救い損ねた。

 そして知ったのだ。自分ではどうあっても救い得ぬ者がいる、と。そういう手が届かない人を代わりに守ってくれる存在をずっと探していたし、自分の代わりとなれる者を探していた。

 その重荷(役目)を背負わせようとしているだけなのかもしれない。

 数多の嘆きの果てに待つ景色へと導いているだけなのかもしれない。

 ただ──それでも。

 

「俺が死んでも、ベガがずっと忘れないでいてくれたら、俺は十分なのさ」

「……分かったよ」

 

 尊く、無垢なる願いを、けして見失うことのない輝きを抱いてくれるのなら、ベガの必定の結末に救済を齎し得るのかも知れない。

 

「お前も、ダンブルドアも越える世界最強の魔法使いになるから……お前はそのための礎になりやがれ」

「喜んで」

 

 なあに、心配することはない。

 レックス・アレンは死なないさ。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 アルバス・ダンブルドアに残された最後の家族──アバーフォース・ダンブルドアは、胸騒ぎを覚えてホグワーツにやって来ていた。ダームストラング攻城作戦には参加しないものの、彼もまたダンブルドアの信頼に足る人物として会議に呼ばれていたのだ。

 本当に──

 本当に、腹が立つ。

 あんな老いさらばえて、辛酸を身に刻んだ老人が、今度もまた若い連中を口車に乗せて死地へ追いやって死なせる。しかも今度は心中ときた。今日の会議で再確認した、俺は奴の全てが憎いのだと。

 殺せるものならとっくに殺していた。

 けれど時代がそれを許さず、民衆が英雄を必要とし、終焉までのさばらせた。

 あの死に損ないが、もう何度目かも分からない舞台に立つ。格好つけて、この世のならぬ慟哭を抱えて死ぬのだ。

 

(いつから『儂』だなんて格好つけた口調になったんだっけか、あいつは)

 

 アバーフォースがアルバスを探しているのは、ザカリアスとマクラーゲンにあれこれ説教した手前、自分がこのまま醜態晒したまま死に別れるのに何となしに腹が立った。ただそれだけのこと。

 あんなでも、家族なんだ。

 目当ての兄は、満天の星空の下にて、しょぼくれた老人の貌でアバーフォースを出迎えた。賢人の風格はなく、死を前にして過去を振り返り、自分の愚かさに落ち込んでいたというところか。

 薄暗い廊下で、懺悔でもするかのように項垂れていた。

 落ち込むくらいなら、最初から妙な気を起こすなというのだ。

 妹の死で何も感じないような奴ならどれほど良かったか。

 善人を演じられる面の皮の厚い人間ならどれほど良かったか!

 

(奴は善を護り悪を殺す。奴の心の中にはいつも善悪を測る天秤があって、その多寡で判決を下してしまえる男だ。けれど奴自身の感情はまた別……どれだけ取り繕うとも、臆病で愚鈍なガキであることに変わりはない)

 

 歪んだ精神性。

 己が愚道に浮かぶレゾンデートルはアルバスの人生に於ける錘だった。重すぎる決意と宿命が、アルバスの弱り切った絹のような心に乗っかり、ぐちゃぐちゃの皺だらけにしてしまった。幾つもの矛盾する人間性を抱えた男を創ったのは、自分だ。

 それでもアルバスに対して抱くのは怒り。口を開けば罵詈雑言がついて出る。解り合うことも、信頼を築くこともついぞできなかった、誰よりも近しいアバーフォースの『怨敵』。

 

 カラカラと──何かを言おうとして言えなかった。

 いくら問答を重ねても答えの出ない問いを神より課されたような気分だった。最悪だ。

 月を見上げる。ああ──今日の月は綺麗だ。凛烈として、清々しい。

 何となしに、ベガと交わした会話のことを思い出した。

 

『弟…てみてえな奴がいたんだ。俺が傲慢だったせいでそいつは死んじまったんだけどな。説教されて考え方が変わったけど、それまでずっと後悔してたよ』

 

 アルバスも、そうなのか。

 そうであれば、いい。

 それがせめてもの救済だ。

 今も尚、凡俗を振り返ることなく邁進する男に、これ以上ないほどの手傷を負わせてやっていたとしたら……。

 ……ふ。それは、何ともはや。

 喜べアリアナ。世界で一番アルバスを追い詰めたのは、どうやらお前らしい。

 アバーフォースは、今度は淀みなき口ぶりで語る。

 愛情ではない。労いでもない。

 ただ、後悔を増やしたくないだけだ。

 

「行くのか、アルバス」

「ああ」

 

「決めたのか、アルバス」

「うん」

 

「もう会えないか?」

「会えない──だから後は頼む」

「……分かったよ、クソ兄貴」

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕、行くよ」

 

 

 




アバーフォースはベガと割と仲が良いと思っています。守護霊がヤギだったり、傲慢で下の子をなくしてしまったり、色々と思うところがあるんでしょうね。ヤギを見せたらバタービールの料金をまけてくれたりします。
でもベガからしたらそんな事情知らないのでなんだこの変なオッサン扱いされてます。ダンブルドアの弟ってやっぱり変人なんだなって感じです。


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7.BLITZ【darkness Bastion】

「──────」

 

 最初に気付いたのは誰だったか。

 ダームストラング城においても最も闇の瘴気の濃いその一室で、死喰い人達は戦いの匂いを感じとる。ややあって、配下の死喰い人が駆け込んできた。

 

「我が君!大変です、ダンブルドアが攻めてきました!」

「来たか、アルバス」

「直接お出ましとはな。いいだろう、迎え撃ってやる。で、奴はどこだ?」

「そ、それが……」

「ん?」

「ダンブルドアが七人いるのです!!」

「──ほう?」

 

 ヴォルデモートは興味深そうに目を窄めた。

 今まさにダームストラング城に襲撃を仕掛けてきたダンブルドアは、それぞれの持ち場について死喰い人と交戦しているのだという。

 警戒する死喰い人達にちょっかいをかけて翻弄し、凄いスピードで移動してはたちどころに消えていく。その不可思議な現象に死喰い人側は混乱した。

 十中八九、ポリジュース薬を使っての変装なのだろうが、成程効果は覿面だ。

 

「これは陽動だな」

「えっ!?」

「ダンブルドアは俺様にとって決して無視できぬ難敵。それが七人となれば、紅い力の幹部を総動員して対処にあたる他あるまい。そして戦力が分散したところを各個撃破というわけか……いや、真の狙いは俺様の護りを削いで、孤立した俺様を倒そうって算段かな?くくく……あの狸ジジイめ、小癪な」

 

 死喰い人にとってダンブルドアといえば、最も警戒すべき敵であり、もっとも戦いたくない相手。それらが与えるプレッシャーは計り知れない。それが七人ともなれば、それはもう面食らう。

 そして更に、どこに幹部を向かわせるか、といった指揮系統の混乱も招く。モタついてる内にヴォルデモートの首を取る短期決戦の腹積りだろう。

 ヴォルデモートは死なない。

 死なないが、それだけだ。あまりに絶大な魔力を喰らえば肉体は滅び魂を消耗してしまう。それは愛の護りで一度滅びたことで証明済みだ。

 そしてまたゴーストにも劣る生命体になってしまえばもうお終いだ。幹部の紅い力の効力は激減し、ヴォルデモートを封印なり何なりしてしまえばもう彼に打つ手は無くなる。そういう力業ができるのがダンブルドアなのだから。

 しかし死喰い人の戦力を分散すると言うが、それは騎士団側の戦力をも分散してしまうことに他ならない。まさしく苦肉の策、諸刃の剣。騎士団側の最後の悪足掻きというわけだ。

 

「いいだろう、そのくだらん策に嵌ってやろうではないか。紅い力の幹部をそれぞれのダンブルドアの所へと向かわせろ。それとダンテを呼んで来い、奴も戦いたくてウズウズしてる頃だろう」

「我が君!ご報告が!」

「今度は何だ」

「シェリー・ポッターがダームストラング城に近付いて来ています!」

「何……?」

 

 ここに来てシェリーが来るとは。

 紅い髪の少女はふらふらとした足取りではあるがダームストラング城に真っ直ぐ歩いて来ている。ヴォルデモートの居場所がどこか分かっているのだ。

 何故気付いた……状況から見てもダンブルドアとは関係なさそうだし、彼女は独りでヴォルデモートの居城を突き止めてここに来たということになる。

 ……まさか、追い込まれた魂が鋭敏になり、闇の瘴気に勘づいたのか?

 かつてゴーストにも劣る生命体と化したヴォルデモートだから分かる。極限状態まで追い込まれることで逆に感覚が研ぎ澄まされ、目を瞑っていてもどこに誰がいるのか察知できるというものだ。

 そして、自分と同じ紅い力を察知してここまでやって来たというわけか。

 

「……オスカーが戯れで作っていた戦闘人形を出せ。今更シェリーなど腐肉に群がる蝿畜生にも劣るわ。俺様が相手してやるまでもない小物よ。あと、ハリーには知らせるな」

「はっ」

 

 騎士団と死喰い人、まともに戦えば勝つのは死喰い人側でまず間違いない。

 死喰い人側には紅い力があるからだ。その強さたるや戦略級、魔法使いが何人集まったところで敵う相手ではない。それが七人ともなれば尚更だ。

 だが……騎士団側もそれは承知の上。

 以前のような直接戦闘は避け、撹乱と時間稼ぎに特化した戦い方だ。それぞれ相性の良い相手としか戦っていない。

 例えば……死喰い人との乱戦において、最も警戒しなくれはならないのが、ダンブルドアクラスの魔法すら無効化してしまえるペティグリューのガス。あまりに厄介なその能力だが、抜け道がないわけではない。人狼は無効化することができないし、七変化はガスの中であっても魔法を使える。

 したがってルーピンとトンクスは早々にペティグリューを徹底的にマークし、少しでもガスの影響を少なくせんと奮闘していた。

 

「チッ……こいつら前の戦いで経験値積みやがったな……!?」

 

 罠、乱戦、同士討ち、フレンドリーファイア。使えるものは何でも使う。

 そうやってダンブルドアとアレンとフラメルが戦う時間を稼ぐ。

 ダンブルドアの変装もその一環。

 あのダンブルドアを相手しなければならないというプレッシャーは大きい。少し考えれば、誰か他の騎士団が変装したのだとすぐに分かるが……しかしそれがブラフだったとすれば?

 もしかすると本物のダンブルドアが混ざっていて、油断したところを攻めるつもりだったとすれば?いや、もっと単純に分身する魔法を開発したのでは?その懸念が、死喰い人達に付け入る隙を作ってしまった。

 ダンブルドアに変装しているキングズリーは、この作戦に確かな手応えを感じていた。

 

(動揺している……!この調子で……)

「お前はアルバスじゃない」

 

 背後より音もなく現れた影の王に、キングズリーは反応できなかった。最大限に警戒していたとはいえ、グリンデルバルドの神業とも言える影をつたっていく超高速移動に、驚愕で一瞬身体が硬直状態に陥ってしまう。

 グリデルバルドは仄かに息を吐き、心底くだらなさそうに見て、回し蹴りでキングズリーを吹っ飛ばす。吸血鬼のパワーによりキングズリーは紙屑が如くごろごろと転がるが、衝撃の直前にかけた盾の呪文が何とか彼の肉体を保っていた。

 苦悶の声を上げると、重たい声が響いた。変装が解けていく。

 

「仕草も話し方も全然似ていない、醜悪な紛い物め。よくそんなお粗末な出来で出てこれたな?大方ポリジュース薬でも使ったのだろうが全然ダメだ、最悪だ。そんなもので騙されてやるものか。初めからやり直せ」

「この……ッ、」

「私の前でアルバスの名を騙ったことを悔いて逝け。アバダ──」

「──『ハスタム・エクスティンクティ、必滅の槍』」

 

 二重螺旋を描いてグリンデルバルドに放たれた魔の槍。

 例え吸血鬼であっても到底回避が追いつかぬほどの一撃を、しかしグリンデルバルドは肉体を蝙蝠に変えることで難なく躱してみせる。一条の消滅痕が残り、槍を放ったダンブルドアはキングズリーを守るような位置に立った。

 ああ──やはり、規格外。

 

「困るのう、ゲラート。キングズリーは魔法界の将来を担う人材なのじゃ。君に殺されては困るし、君にこれ以上殺させるわけにもいかぬ」

「……アルバァァァァァァス!」

 

 一目見ただけで、分かる。

 愛しきあなた。

 狂おしいきみ。

 黒い魔法使いの魔力濃度が上昇していき、紅い力のその本来の力が引き出されていく。グリンデルバルドの紅い力は強欲を冠する。ダンブルドアとの再戦という唯一にして絶対の欲望に呼応して、魔力が励起していく──。

 ダンブルドアとグリンデルバルド、一つの時代の二人の覇者が、彼の地にて三度目の戦いを繰り広げる。

 アバーフォースも交えた、愚かな若者達の三つ巴の戦い。

 民衆に望まれた、時代を終わらせるための英雄と影王としての戦い。

 そして此度の戦いは、両者の因縁に決着をつける為が故の戦い──!

 必滅の焔が渦を巻く。

 不義なる影が天を衝く。

 あまりにも大きすぎる光と影は、今再び交差した──。

 

 そして戦いの狼煙が上がっていたのはここだけではない。

 紅い力にも匹敵するほどの秘めた魔力を携えた男、ダンテ・ダームストラングは報告を受けてすぐさまダンブルドアがいるという場所へと向かっていた。

 そして──発見。

 ダンブルドアが何人かの死喰い人を相手に交戦中だ。本物かどうかは分からないが、相応の手練れだと判断する。

 魔力を練って強襲するも、高い濃度の魔力防壁により阻まれてしまう。ダンテほどの実力者の魔法を、殆どノーモーションで弾いてしまうとは。

 

(フゥン、このダンブルドアに勝るとも劣らない魔力は……)

「ああ、変装解けちった」

「ニコラス・フラメル……!」

 

 世界最高峰と名高い伝説の錬金術師。

 相手にとって不足なし。

 出し惜しみをすればやられるのは、むしろこちらの方だ。

 

「──涅槃(ニルヴァナ)

 

 ダンテの杖先で地獄の雷電が踊る。

 杖を弓に見立て、矢でも引き絞るかのように雷電を伸ばした。

 たちまち世界は昏い夜へと誘われ、帷の中で悪魔の煌めきが顔を見せる。さしものフラメルも目を剥いて、その矢へと注目した。ダンテの矢にはそれだけの破壊力がある。いや──

 破壊というよりも、消滅。

 アレはそもそも防御不可能な代物なのだ。物体を分解し、消し去る。シェリーの超攻撃とは一線を画す『無』という概念そのもの。

 連鎖衝撃波が空間全体に響き渡る。

 純粋な消滅エネルギー……破壊圧は防ごうと思って防げる代物ではない。

 

(儂の戦い方とまるっきり正反対なんじゃねえか、アレ)

 

 ニコラス・フラメルは長い人生の中で到達した擬似的な魔眼により、魔力を解析する力が備わっている。未知のものであっても一眼で詳細を把握できるという知識の総決算のような力だ。

 それから視るに、ダンテが出しているのは触れることさえ許されない負のエネルギー……魔力操作の極地とも言える、まさに神業。

 重力……あるいは引力。魔法形成の際に無意識化で行う、魔力を操作する力。

 それをダンテは極めたのだ。

 普段はブラックホールのように他者を吸い込み押し潰す使い方だが、ダンテはそれを『吐き出す力』に転じさせ、消滅エネルギーとして利用している。

 敢えて名前をつけるならば『重力魔法』と言ったところか。

 

(ここは避けるより他ない!)

 

 瞬間的な姿現しによりフラメルはその場から離れる、それと同時に放たれるダンテの消滅魔弾。当たれば即死だが、しかしやはりあくまで単純な動きしかできないようだ。問題はどれだけ連発されないよう立ち回るかだが──

「ぐっ!?」

 肉体が引き寄せられる。

 現象が起きた後に理解する。消滅魔弾は空間そのものに仮想結界を与え、隙間を作る……こじ開けて捩じ込む魔法。そして開いた空間には質量が流れ込み、結果としてフラメルの位相にズレが生じてしまう。

 問答無用で、空間ごと引っ張られる。

 しまった、と思った時にはもう遅い。

 ダンテの鋭い蹴りがフラメルに当たる……というところで空から巨大な物体がダンテを襲った。あらゆる生命体の頂点に君臨する大蛇──バジリスク!

 

「ほう──俺の相手は爺さんと蛇公ってわけかい!?」

「おお、すまんのう。来てくれんかったら危ないところじゃったわ」

「何を仰いますやら。しかし光栄でございます、かの大錬金術師ニコラス・フラメル様を背中に乗せる日が来ようとは、ロウェナ様への良い土産話ができたというもの。せめてその名に恥じぬ戦いをお見せしましょうぞ」

「ニックでいいよ。……さて、儂も奥の手を見せるとするかのう」

 

 破壊を司るダンテと、創造を専門とするフラメル。

 二人の戦いに伝説の大蛇も交えた激戦が繰り広げられようとしていた。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「俺様の下に最初に到達する勇者は誰かと思っていたが……貴様だったか。世界最強の闇祓い、レックス・アレンよ」

 

 玉座の間にて、堂々たる風格で脚を踏み入れたレックス・アレンを、帝王はしかし讃えるかのように拍手で出迎えた。

 おそらくアレンの人生に於いて最大にして最強の敵を前にして、しかしアレンは決然とした表情を崩さない。まさしく巌たる意思が、アレンの強さの根源を示しているといって良い。

 アレンにとって最早、ダームストラング城への突入などただの『状況』でしかなく、これまでの戦いはすべてあの男と戦うためだけにあったのだと思える程の威圧感に、されど粛々と相対する運命を睨みつけた。

 

「ひとつ聞いておきたい。貴様等は如何な手段を以ってして俺様の牙城へと参上した?この城には強固な魔力結界が働いている。貴様等の破邪呪文がどれだけ優れていたとて、兆候というものは必ず存在する筈。……どうやって、この城に、瞬時に現れることができた?」

「ウインキーがやってくれたのさ」

「……何?」

「屋敷しもべ妖精の名前なんていちいち覚えちゃいないか?そんなだから足元を掬われるんだ。あの世でたっぷり後悔するといいぜ」

「しもべ風情がなんだというのだ」

「──姿をくらますキャビネット。それを持ち込んだのがウィンキーだ!」

 

 その一言で、ヴォルデモートの黄金の脳細胞は瞬時に答えを弾き出した。

 姿をくらすキャビネット──第一次魔法大戦の折に流行した、入れた物を対応するもう一方の棚へと移動させることのできるマジックアイテムだ。攻城戦においてこれ以上ない優れ物だが……そもそも敵陣に赴いて巨大なキャビネットを設置するなどまず無理な話。

 故に、緊急時の仲間内での移動手段で使われることが多いのだが……このダームストラング城にどうやってキャビネットを持ち込んだのか?

 その答えが屋敷しもべ妖精だ。

 ヴォルデモートが軽んじている屋敷しもべ妖精ならば、一人や二人紛れ込んだところで見つかることはない。屋敷しもべ妖精の特殊な魔力でキャビネットの部品を包んで持ち込み、組み立て、文字通り突破口を作っていた。

 ましてやウインキーはクラウチ家への忠誠心が恐ろしく高い屋敷しもべ妖精、主人を失った悲しみと怒りのエネルギーは計り知れない。

 口車に乗せて良いように使った気がし複雑だが、彼女はアレン達にこの戦いの行末を託したのだ!

 

「──『眠れるドラゴンをくすぐるべからず』、お前の暴虐がウインキーの内に眠る竜を目覚めさせたってわけだ」

「ドラゴンンンン?ハ、俺様の前ではただの爬虫類に過ぎぬわ」

「……度し難い醜悪ぶりだ。されど、ならばこそだ」

「充溢する魔力は強壮。俺様に誅される資格はあるとみた」

「ここでくたばれ」

「まずはお前から殺す」

 

 地面が隆起する。

 アレンの踏み締めた大地が躍動を始め、肉食獣を思わせる獰猛さで変化し、岩と砂となり、石畳を逆巻く砂塵へと変貌させていく。

 虚空が震える。

 迎え撃つように、ヴォルデモートの背後の空間が鼓動を始め、世界の理を侮蔑するかの如く形を変えて創生の内海を呼び起こす。

 天と地。

 対極に位置する二人の戦いの火蓋は音もなく切って落とされる。

 




ダンテvsフラメル
グリンデルバルドvsダンブルドア
ヴォルデモートvsアレン

ファイッ!


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8.BLITZ【Flamel_ Dante】

シェリンピック開幕。


 ダームストラング城、その美しき庭園をぶち壊しながら、ダンテとフラメルは一進一退の戦いを続けていた。

 全身から特殊な魔力を放出している生きた伝説生物、バジリスクの超スピードにフラメルがしがみつけているのは、魔力同士を合着させて立っているからだ。

 加速する戦いの中で。ふと──バジリスクはダンテを見据えて記憶を呼び起こす。

 

「今、ようやく思い出した……あなたはホグワーツ創始者から教えを授かっていた、あのダンテ殿ですね?あの時の少年が随分とまあ様変わりしたものです」

「……あァ、どっかで見た面だなと思ったが、あの陰険蛇野郎のペットじゃねェか!懐かしいなァ、あの時の蛇コロが今やいっぱしの王様気取りか!歳は取ってみるもんだなァオイ!」

「あなたは堕ちるところまで堕ちたようですね。かつてはあなたも、サラザール様達に学問や道徳を学んだうら若き少年だった。それが今や、人の世に仇を為す悪鬼へと成り下がるとは、いやはや……歳は取りたくないものです」

「……やっぱり、見知った仲か」

「ええ。ダンテ殿は元は孤児で、ダンテ・ダームストラングという名前も、当時有名だった純血一家の名前からとったもの。マグルから魔法のことで迫害され、暴れていたところを拾われた……という流れだった筈です」

「……っくく。サラザールの蛇が千年越しに俺と相対するとは、何の因果だろうな。

……サラザール。うん、この名を呼ぶのも久しぶりか──」

 

「俺が初めて負けた相手だ──」

 

 噛み締めるようにして、言った。

 怒り。嫉妬。羨望。尊敬。それらの感情のどれでもないような、言語化さえ不可能なサラザールへの──否、創設者達への燻った想い。

 何となく、だが。初めて人間らしさを垣間見た気がした。

 

「……歴史が正しければ、お主は名門ダームストラング校の創設者なんじゃろ。一端の教育者ともあろうもんが、どうして下衆どもなんぞに協力するんじゃ」

「──満たされねェんだよ」

「は?」

「奴等の真似事で学校を作ってみても、飯を食っても箒に乗っても酒を飲んでも女を抱いても、ついぞ俺の心を満たすものは無かったんだ。結局のところ、俺は自分の力をつけて戦うことにしか喜びを見出せなかったのさ。ホグワーツにやって来るまで、そんな生き方しかしてなかったからな」

「………」

「無駄な時間だったよ!俺ァ俺だけのために生きるべきだったんだ!世界で最も単純明快な摂理、『力』!それだけが俺の心を慰撫してくれる!学校を捨て修行に励み最強の四人へと挑む道を選んだのさ!

 ……しかし俺は創設者に、戦闘向きでない性格のロウェナにすら勝てなかった。そのうち俺は邪悪と見做され四人がかりで封印されたってわけさ。……クソがッ!俺は最後まで創設者に敵わなかった、最後まで勝てなかった!ならばこそ俺は戦争を起こして、その覇者となることで世界最強を証明してやる。ヴォルデモートという恐怖の象徴が君臨すれば対抗勢力が力をつける、それを完膚なきまでに叩き潰す。いずれはヴォルデモートすらも殺す……それがホグワーツ創始者ですら成し得なかった世界最強の証明だ……!!」

「ほーん。しっかしまあ学校作れる能力はある癖に創始者様には負けるとか、お主には人事の才能はあっても戦いのセンスは無いようじゃけどのォ?」

「センスが無いかどうかは、今に分かるさ……!!」

 

 ホグワーツ創始者を慕っているバジリスクにとって、ダンテほど嫌悪する存在もないだろう。直に教えを受けておきながら、そんな目的の為にしか生きられない男。

 許すわけにはいかない。

 あの素晴らしき四人の強さしか見えていないなど、愚かしいにも程がある!

 バジリスクの唸る高速移動。蛇王はあくまでフラメルの援護に回った。彼にできる最大の役割は錬金術師の脚となることだと理解していた。

 

涅槃(ニルバナ)!」

「喰らうものか!」

 

 互いに拮抗した実力の魔法使い同士が衝突した場合、勝敗を分けるのは魔力の消費と相性である。

 ニコラス・フラメルは錬金術による大質量の物理攻撃を得意とする魔法使いであるが、ダンテの魔術は吸収と放出をメインとするもの。どれだけフラメルが錬金術で物質生成をしようとも、ダンテは一瞬の内に無に帰してしまう。

 理論上、全属性魔法を使えるフラメルは、これまで相手に合わせて弱点を突ける物質を生成する戦法が主であったが、ダンテに限ってはそれも通用しない。

 その圧倒的不利をカバーしているのはフラメル自身の地力と、フラメルを背に乗せたバジリスクの存在であった。フラメルの機動力を補える。

 

「乗り心地は如何ですかな、ニック殿!」

「最高だぜバジリスクちゃん、儂のことは気にせずもっと飛ばせ!」

「承知致しました!」

 

 単純な運動性能だけならあの人狼に次ぐバジリスクだ、ダンテの消滅魔弾を器用に躱していく。一撃ですら喰らえば消耗は計り知れないだろう。

 消滅魔弾は、ダンテの魔法の中でも間違いなく極悪な魔法だ。

 『防御力無視』、バジリスクの堅牢な鱗であってもあの魔法を防ぐことは不可能である。小規模ながらも空間を削り取るあの魔弾を阻止する術はない。

 弱点は、消滅魔弾は直進しかできないのと、射程距離が短いといったところか。一定以上まで貫通はできず、ある程度まで進んだところで魔弾に込められたエネルギーが無くなってしまう。

 そういう意味では、消滅魔弾は近〜中距離戦において真価を発揮するといえよう。

 しかしならば──ダンテは、フラメルを近距離に引き摺る算段はある!

 

輪廻(サンサラ)!」

 

 先程とは一転して、黒渦がダンテの掌に浮くと、あらゆるモノを吸収していく。

 ブラックホールというやつだ。たちまちフラメルの矮躯が紙のように吸い込まれていくのを、何とか魔力で持ち堪える。

 

「ぐ……踏ん張れ、バジリスクちゃん!」

「申し訳ありませぬ、踏ん張る脚が御座いませぬ!」

「それもそうか!」

(しかし、読めたわい……あの吸収と放出は同時にはできないようだの。それが出来るんなら最初っから吸収しながら涅槃を撃ちまくればいいだけの話。

 しかもあの輪廻(サンサラ)とかいう吸収攻撃……弱点は読めた!)

 

「アグアメンディ!」

 

 発射された水球は、しかし並の魔法使いのそれとは比べ物にならない規模。

 大抵の水魔法は水鉄砲、熟練の魔法使いでもウォーターカッターのような使い方をするのがせいぜいだが、フラメルのそれは川の氾濫を思わせる大瀑布。空気中の水分も瞬間的に利用しているので、その水量に際限はない!あくまでフラメルは水の流れを変えているだけなのだ。

 黒渦が水を吸収するも、全てを呑み干す前に破裂してしまった。してやったりとフラメルは笑みを浮かべる。

 

「気付いたか──!」

「吸収にも限度があるんじゃろう。吸い込む量があまりに多すぎるとパンクする!所詮は魔法、人の手に拠るもの。強い能力ではあるが、限界はここまでじゃ」

(……しっかしよう。水でダンテごと流し去るつもりだったのに、ほとんど吸収されちまうとは思わなんだ。何とか騙し騙しやっとるが、持久戦になると先に死ぬのは儂の方じゃの)

 

 フラメルが恐れているのは魔力切れだ。

 元来、実験や研究に重きを置く研究者気質の魔法使いは、総じて魔力量が多くない傾向にある。要所要所で魔法を使うことが多いため、逆に肉体が魔力の上限を低くしてしまうのだ。スネイプやデネヴがこの枠組みに入る。常人よりは魔力量は上だが、闇祓いなどに比べれば低い方だろう。

 フラメルもその典型だった。

 老獪に立ち回るも、心内では舌打ちを隠せはしない。それを踏まえた上で、敢えての強気発言。余裕は強者の特権だ。

 

「『輪廻』『涅槃』この二つは最早攻略したも同然。さあて、お次はどう来る?」

「フゥン、その程度で勝った気でいやがるたあ笑えるね。追い詰められているのはあんたの方だ、爺さん。絶対的な魔力量がどうしようもなく不足している。それじゃあすぐ魔力は尽きて俺手ずから殺すまでもなく死ぬ」

「……貴様の方が歳上じゃろがい」

「こいつぁ失礼。失礼ついでに俺の取って置きを見せてやるぜ。涅槃・竅(ニーグルム)ッ!」

「────」

 

 殴った、と思った時には既に拳は届いていた。

 早い、早過ぎる。接近戦に利のあるダンテとは距離を縮めず、つかず離れずの位置をキープしていたフラメルだったが、ここに来てダンテの殴打を喰らう。

 突然の衝撃はフラメルに身構える隙すら許さず、ただダメージのみを与える。表面が抉れ、鈍い痛みの後に刺すような苦痛がフラメルを襲った。

 続く第二撃を、しかしフラメルはまたもや受身に失敗してしまう。それもその筈、衝撃に備えようとした瞬間にダンテが視界から消え去り、背後から強襲して来たのだから。砲丸で殴られたかのような痛み。

 魔眼で魔法の構造を読み解く隙すら与えられず、ダンテの蹴りの衝撃が顔面を強打した。脳が揺れる。魔力を全身に回し、瞬間的に凝固させることでかろうじて重症は避けているものの、そう何度も喰らっていい攻撃ではない。

 

「これが──俺の──強さだ!!」

「ぐッ……」

「どうしたニコラス・フラメル!俺こそが最強だ!!使えない連中を切り捨てた結果がこれさ!俺はこの世における最高傑作だろう!?」

「グラディオ、風よ!!」

「おっと!」

 

 ノーモーションの全方位攻撃を、しかしダンテはバックステップで躱す。……ただのバックステップがなんて速度だ。ジェット噴射でもしたかのようなスピードで背後へとかっ飛んでいる。

 だがそれで、フラメルはダンテの超高速移動の秘密に気付く。

 

「全身に涅槃を纏わせているのか……!」

「ご明察」

 触れれば最後、全てを掻き消す涅槃を敢えて全身に薄く纏うことによって、ダンテの周りの空間が歪み、少し動くだけでもまるで瞬間移動したかのように高速移動ができるという仕組みだ。

 しかも……その状態で殴られればその分ダメージも負ってしまう。薄く纏った涅槃が肉体を僅かとはいえ損耗させるのだ。

 常に涅槃を身体中に垂れ流す必要があるため、精密操作と正確性が求められる超高難度の魔法術式!攻防一体、更には速度まで身につけた魔法鎧が、アレだ。

 

「ちょっと動くだけで自動的に姿現ししちまうようなモンか?使い勝手の悪い……センスが無いと自滅するかもしれん諸刃の剣じゃねえか」

「俺はセンス全開なんだよ!!」

 

 またもや放たれる高速連打を、バジリスクが盾となる形で防ぐ。その強靭な鱗をただの連撃が抉っているというのが恐るべき事実だが、さりとて負けてはいられまい。

 足場へと、罠呪文。フラメルに近付こうとしたダンテは、しかしそれを躱すことができない。雑巾でも絞るみたいに足元の床が巻かれ、一本の鋭い槍……というよりも塔になりダンテの腹を貫かんとする。が、難なくダンテは塔を砕き破壊した。

 だがまだ終わりではない。形状を変化させられたダームストラング城の床が、壁が剥き出しの凶器となりダンテを襲う。

 それすら、ダンテの涅槃・竅はゆっくりと周囲一帯あらゆる全てを消してしまう。

 

「止まるなバジリスクちゃん!!」

「承知ッ」

 

 バジリスクは巨躯をしならせ、ダームストラング城の塔という塔を伝いながら移動していくのに対して、ダンテのそれはあくまで直線の動き。『どの空間を削るか』を瞬時に判断してはその場所へと飛ぶ。

 空間を歪めながら進むダンテにとって空中戦という概念はなく、仰ぎ見るべき空を踏み締めるように駆けていく。

 フラメルが杖を振るえば堅牢な魔法障壁の張られた建築物ですら飴細工のように姿を変えて、即席にして必殺の武器となってダンテを貫かんと突進するも、これを腕の一振りで消滅させてしまうのだからたまったものではない。──しかしその本質が涅槃である以上、あの状態は長くは維持できまいと考える。

 涅槃・竅はセンス故の代物だ。何かを間違えれば致命的に崩れるし、付け入る隙もあるというものだ。

 瞬間的でいい。

 あの消滅エネルギーを使い切らせるだけの質量の暴力!今いるのはそれだ。

 一つの杖からそれぞれ違う呪文を放出するのは初めてだが、やるしかあるまい。

 この両手には世界の命運が掛かっていると心得よ。

 右手には嵐。

 左手には雷!

 フラメル自身を台風の目として、巨大な天気のバリアが形成される!

 

「とぐろを巻いて流れに乗りな、バジリスクちゃんよ。風が、雨が、君を痛めつけることはねェ」

「──天候変化だとォ!属性魔法の極地を使いやがるか!しかも、えェ、おい!二重属性の同時使用ときたか……!!」

「コツを掴めば難しいことじゃねェわい。え?何?お主できねェの?」

「ほざけ!抜群に解放だ!!」

 

 渦を巻く剛風と、乱気流の中を我が物顔で闊歩する天上の雷が、突っ込んでくるダンテの消滅エネルギーを消費させていく。途端にダンテは消滅エネルギーを一点集中させて、前方へと撃ち天候バリアを消し飛ばさんとする。

 純粋な火力勝負、ならぬ魔力勝負。

 フラメルの狙いはそこにあった。単純な魔力比べでは、フラメルがダンテに勝てる道理などない。ならばこそ、敢えてこの天候防壁を展開したのだ。風は見えない力。周辺一帯の魔力を一時的にコントロール化に置くことで、ダンテが魔力勝負をしている隙に不可視の攻撃を放てるというもの!

 

(────)

 

 風の刃が、骨肉を切断しかねない程の切れ味で濃縮され、解き放たれる。

 ダンテの反応は早かった。

 風の動きを感じとるや否や、消滅エネルギーを一旦解除、すぐさま涅槃から輪廻へと切り替えて風の刃を吸収させる。

 当然、即席の輪廻はその全てを吸収することはできずに霧散してしまうが、霧散の瞬間に足下に涅槃を発生させる。空間を歪めて空に浮くような姿勢だったダンテは、即座に地へと回避せしめた。

 ダンテが地面へと足を着けると、降り注ぐは上方向からの暴風雨。

 走り、校舎内に逃げ込んで、姿を隠してみる。が、それは悪手。物質であれば何であれ変化させてしまうフラメルにとって校舎など『材料の宝庫』だ。

 建物ごと押し潰せ。

 物質で圧壊させてやれ!

 崩れ去る校舎の残骸を見下ろして、フラメルはそれでも警戒を怠らない。

 瓦礫を圧縮し、黄金へと変えることで即席と牢獄へと変貌させた。

 

「攻守が裏返ったのう」

 

 全ての運動エネルギーを強制的にゼロにしてしまうダンテの魔法、『引力魔法』とでも言おうか。確かに強力だが、また同時に限度があることも理解った。

 全ての魔法には法則がある。

 法則性さえ破れば、こちらのもの。

 バジリスクにはもう物を見て呪い殺す眼はないが、まだピット器官による熱源感知がある。ダンテが近寄ればすぐに迎撃可能な態勢を整えていた。

 

 だからこそ。

 背後よりの強襲は、フラメルにとって予想だにしないものだった。

 

「がッ……あ……ッ?」

 

 魔力で形成した剣で、背中から急所を一突きにされる。

 骨張った身体がびくびくと震え出し、苦痛をつぶさに訴えかけた。

 けれど、痛みよりも先に疑問が来た。

 如何に俊敏性に長けた吸収魔法とて、瓦礫ごと押し潰してしまえば意味はない。脚がどれだけ早くても道が無くてはロクに走れやしないのと同じように。

 しかし、ダンテは抜け出した。バジリスクにも、フラメル本人にも気付かれることなく背後へと回ってみせた。

──どうやって?

 

「……『涅槃』の、連続使用……か?」

「フゥン、流石に研究者。今の高速移動の正体にも気付くか」

 

 空間を削り擬似的な瞬間移動を為す。

 移動できる距離は長くはないが、瞬間的にいくつもの涅槃を使うことで長距離移動すら可能にする……瞬間的な反応速度がモノを言う早業。

 フラメルが逆の立場なら、絶対に出来ないだろうという確信を抱かせる程には、ダンテの動きは速かった。涅槃を使い瞬間移動した先で、また涅槃を使う……という簡単なロジックではあるが、それが残像すら残さぬ疾さを生み出す。

 それこそ、匂いや温度を残さぬ速度で。

 深々と抉られた心臓。

 ごぶり、と血を吐いて倒れる。無詠唱で治癒魔法をかけるも、完治するだけの魔力が残されていない。食いしばった歯の隙間からとめどなく血が溢れる。

 

(やらかした)

 

 驕りがあった。

 無意識のうちに、自分の実力を過大評価していたのだろうか。

 それともダンテを甘く見ていたか。

 心臓が止まる。

 ゆっくりと死が近づいて来る。

 

「フラメル殿……!ああ、そんな……」

「残念だったな、錬金術師。俺に殺されることで世界最強の証明となれ」

 

 何を言っているのかも朧気だった。

 熱い血が、一秒ごとに熱を失い、まるで冷水のように感じられた。

 

(……ペレネレ……)

 

 一足先に逝ってしまった亡き妻の影法師が瞼の裏に揺らめいた。

 終わり、なのだろうか。

 出しゃばりすぎたのだろうか。

 研究の為にと生き永らえ、後進のためにと錬金術を極め。

 数百年の生で、確かに残せたものはあっただろうか──?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──何で、錬金術なんて熱心に学ぼうとしたんだろう。

 

 誰かに勝ちたい訳じゃなかった。

 大層な理由があるわけでもなかった。

 何しろ錬金術を始めたのは数百年前のことだ。きっかけなんて覚えちゃいない。ただ何となくやってみて、何となく今まで続けてきた。そこに大層な目的があったわけじゃない。意味があったわけじゃない。

 錬金術は血とか肉とか、肉体の一部のようなものになっちまって、切り離しができなくなっていた。好きとか嫌いとか、そういう感情ももう無かった。

 あって当たり前の物だから。

 命の水で寿命を伸ばしたのだって、ダンテみたいに生きて目標を達成したかったとかいうわけじゃない。寿命を伸ばす薬の臨床実験を人に試すのもどうかと思って、仕方ないので妻と一緒に服用した。薬が失敗したら死ぬだけだと笑い飛ばしていた。

 

──どうして、錬金術をこれまで続けてきたんだろう。

 

 伸びた寿命でやることと言えば、飽きもせずひたすら錬金術の研究。それ以外のことも沢山やったし、世界を巡る夫婦旅行に行ったりもしたし、各地で身分を偽って子供に勉強を教えたりもした。

 でも、一番取り組んできたのは錬金術。

 一番やり込んだのは錬金術だ。

 どうしてのめり込んだんだろう。

 正直言って、他の学問でも良かった気がするのだ。占星術で未来のことを識ってもよかった。魔術を極めてもよかった。どうして数ある学問の中から、わざわざ錬金術だなんてもを選んだんだろう。

 

──それは多分。失敗していい学問だったからだ。

 

 錬金術は一握りの成功を得るために何億もの積み重ねが必要になる。

 面白くはないが浪漫はあるだろう?

 挑んで、挑んで、挑んで、その悉くが失敗に終わった。

 賢者の石だって理論は突き止めても成功には中々至らなかった。

 ニコラス・フラメルを偉大な錬金術師と持て囃す者もいるが、そうじゃない。人より長く生きた分、人より多く失敗しただけのことだ。錬金術師としても、人としても大いに間違えた。

 その失敗の数こそ、あのダンテとかいう『若造』に勝つ要因になる。

 成功はただの結果に過ぎない。

 失敗にこそ意味がある。

 挫折にこそ真価を問う。

 十重二十重の困難があってこそ、フラメルの魔法は完成する。

 

(この数百年間、一度だって胸を張って錬金術師と名乗れたことはない。こんな非効率なジジイが偉大であるものか。人よりエネルギーを使っただけのことだ。……しかしまあ、ようやっと自信が出てきたわい)

 

 これ以上は不可能。

 これ以上は無理。

 死という限界は見えた。ああ、ならばこそだ。

 勝負はここからだ。

 世界中の人間全てが諦めても、儂だけは諦めてやるものか。

 錬金術師が輝くのはいつだって、不可能とか無理とか言われた事柄をひっくり返す時なのだから。

 

──ようやく、いいモノができそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何で。心臓を貫いたのに、何でまだ動けんだテメェ!!」

「──彼方より此方。彼岸より此岸。希いしは遥か彼方。此より執り行うは宿業の果てへの逸脱なりて、然らば因果の際涯への歩み也。──『リ・オブスキュラ』」

 

 過去の人間でありながら、千年先の魔法界に於いて不遜な態度を崩さなかったダンテでさえ、そのあまりに未知な魔法に恐怖を覚えた。

 確かに自分は背後より心臓を突き刺し、老いぼれに引導を渡した筈だ。フラメルは倒れ、バジリスクの背の上に横たわる亡骸となった筈だった。

 それが、突如として虹色の光に包まれては破けた心臓が再び脈打つというのだ。

 訳がわからない。

 理解が追いつかない。

 というか、理解できる代物なのか?

 あまりにもおかしい。文献にすら載っていないような、見たことのない魔法。どれにも類することのない不可思議な魔力。

 宇宙人の魔法と断じてしまえば、まだ納得できるというものだ。

 

「……土壇場で新たな力とやらにでも目覚めたってえのか?大仰な魔力を出しやがりくさって。所詮は一発芸だ、僅かな時間しか保たねえ欠陥品……コトが起きる前にお前を殺せばいいだけだッ!」

 

 近づくことはせず、消滅魔弾による距離を取りながらの攻撃。

 この場における最適解だ。消滅魔弾ならばこの世全ての物質を削り取る。空間ごと無かったものにしてしまえる。フラメルが何をしようが、その全てを消滅させるのがこの魔弾だ。

 しかし──フラメルが杖を振ると、何やら黒い、のっぺりとした壁が老人を守るようにし出来上がる。違和感。これまでの戦闘で消滅魔弾を防ぐ手はないと分かっているだろうに、何故わざわざ『防御壁を作る』などという原始的な対処法に出たのか?

 その疑問はすぐに晴れる。

 如何な魔法をも消滅させてしまうその魔弾は、しかしその黒い壁に阻まれた。

 

「な──は──?」

「確かに一発芸じゃがよ。老人が何百年もかけて編み出した渾身のネタじゃ。笑い転げて死んでも知らねえよ?」

「そうか──テメェ、錬金術を極めた結果、一つの世界を構築しやがったな!?この世ならざるもう一つの世界!そこから魔力と、この世ならざる物質を持ってきていやがるんだ!!」

「御名答」

 

 即ち、ダークマター。

 この世に存在しない物質。

 この世に存在しないのだから、この世の法則が通用する道理はない。

 フラメルが持つ夢想の世界から、魔力と未知の物質を引っ張り出す神の御技。

 成程フラメルの切れかけの魔力を充填するために、他所から魔力を補充するというアイデア自体は理解できる。ただ……その補充先が、よもや別世界などというあやふやなものとは、思いもよらなかった。

 錬金術師として、この世の理を知り尽くした男が。そんな奇想天外な解決策を編み出そうなどと、一体誰が予想できた?

 

(心臓も、その彼岸の物質で補ってやがるんだ……!!そんなのアリか?何だってこんな奴が俺以上の力を──違う!そんな筈はねぇ!認めるな!)

 

 欠点はある。

 使うのはあくまで違う世界の魔力、これを使用している間は自分本来の魔力を使うことができなくなるというもの。

 更に、この『彼岸の魔力』は極めて調節が複雑で難しい。フラメルならば問題なく扱えるが、魔力操作にそれなりに気を使うことになる。

 自分本来の戦い方を捨て、全く別の魔力の計算、操作をしなければならないというのは非常にキツいものがある。敵と戦いつつ脳内では高度な計算を組み立てなければならない。魔力を使うために今度は頭脳を酷使しなければならないのだ。

 しかしそうまでしてフラメルが此岸の魔力の使用に拘るのは、ダンテがそれをするだけの相手だと認めているからこそだ。

 

(『彼岸の物質』の法則を解析される前に倒さにゃあならん。どっちみち、短期決戦を仕掛けるより他ねぇか)

「しかし読めたぞ。その紅い力を使わずしてそれだけの魔力を生成する方法、すなわち賢者の石じゃろう。貴様は賢者の石と契約を交わし擬似分霊箱にしたのじゃろ?だから魔力も無尽蔵に使える……逆に言えばお主の体内のどっかに隠されてある核さえ見つけりゃあこっちの勝ちじゃ」

「ジジイが……!!」

「貴様の方が歳上じゃろうが、クソ老害。死に時を見失った愚かモンが。失敗から何も学ばんかった阿呆がよ。失敗ることの素晴らしさをその身に刻んでから死ね」

 

 意図せずして呆れを孕んでいた。

 ダンテ・ダームストラングは頭は良いのだろうが、ただの馬鹿だ。

 学びの意義を知らず、考えず。精神が子供のまま停止している。素材は優秀でもアレでは良い道具へと錬成させられない。

 強く在ろうとすることは否定しない。

 強くなりたいというのも否定しない。

 ただ、その為に全てを切り捨てても良いとか抜かす奴には負けたくない。

 

「強いとか弱いとか……そんなことばっか言ってると、女の子にモテねえよ」

「てめ……、──落ち着け。キレるな、ダンテ。

 今まで築いた地位も名誉も捨て、汚泥を啜ってでも世界最強の座を目指す。そういう生き方を選んだんだろうが。ここでキレて全て台無しにするつもりか?屈辱の千年を思い出せ。辛酸を舐め拘泥を啜った千年を思い出せ──」

(──暗示か?)

「ふぅ。待たせたなぁ、フラメルの小僧。やってやろうじゃねェか。彼岸だか何だか知らねえが、全部俺の魔法で消してしまえばいいだけだッ!!」

 

 再び、ダンテの猛攻が始まる。

 それはさながら嵐のようだ。血風が吹き荒び魔力飛び交い、次元すら編訳させる跳躍駆動。臨界まで魔力を活用しているのがよく分かる。

 対するフラメルもまた、一寸も思考を停止させることなく魔力を回している。

 終わりの見えぬ死闘。

 果てのない消耗戦。

 速度と消滅に重きを置いたダンテの高速戦闘を押し潰さんと、彼岸の物質を呼び寄せて暴力を作り出す。それは遥か幻想の光景のようだった。杜絶された空間は吹き抜ける朝の爽気のように澄み切って、二人の戦いを彩った。

 それも長くは続かない。

 分かっているのだ。真に勝負が決まるのは魔法の撃ち合いではなく、大出力における衝突の瞬間だと。

 裂帛の気合いとともに、フラメルの形成する純黒の四角い物質群が、災害で崩れる家屋のようにダンテを襲う奔流となる。それらは時間が経つと消える性質はあったけれども、実質的に無限に魔力を使えるようになったフラメルだ。一度でも呑まれてしまえば勝敗は決する──故にダンテは空間跳躍を連続的に使用する必要に迫られた。

 互いに尽きない魔力を持ち、必勝の活路が開けているため、あとはその勝負処をどこに設置するか──それを悟らせないように立ち回るのが両者の攻防であった。

 或いは、ダンテの魔法が純粋な消滅エネルギーでなければ、ダークマターごと押し流せる属性魔法であったならば──勝負の行末の違っていたのかもしれない。

 

 一度でも読み違えれば終わり。

 一手でも遅れれば即座に詰み。

 

 沸騰しそうな程に脳が熱を帯びた。

 勝負はここか。今行くのか。

 理詰めで結論を見出すけれども、本能すらも活用して、たった一つの勝因を勝ち取るがために千にも及ぶ不可避の死を思考して除外する。両者の激突は全ての言動に理解を求める段階にあった。それが攻撃なのか、防御なのか、フェイントなのか、意図はないのか。攻撃ならばどれだけの速度で放つのか、遅延はあるのか、魔力量は、規模は、種類は、弾道は。

 気が狂いそうになる計算式を、しかしダンテとフラメルは構築せしめた。

 そして、結論づける。

 『勝負はこのとき』

 終焉は音もなくやってきた。

 

「涅槃・最大出力!!」

「彼岸の力よ此方へ来れ!!」

 

 一切の光を灯さぬ黑い奔流。

 天の理すらも拒絶する白霞。

 本来ならばこの世の法則に束縛されないフラメルが、消滅魔弾の効力など無視して押し流す筈だった。しかし、現実として互いの魔力は拮抗している。何故か。

 先の無限とも言える攻防の中で、彼岸の物質の一端をダンテは理解したからだ。

 ダンテが持ち合わせる高い適応力で未知に抗っている真っ最中!

 

「バジリスクちゃん、離れてなァ!」

 

 巻き込まれれば無駄死にだ。それはバジリスクも本意ではないだろう。

 言葉に込められた意図を理解して、そそくさと退散する蛇王を、侮蔑も露わにダンテは嗤った。『あいつは俺より弱かったから仇討ちができなかった』

(俺は違う!無様じゃない!俺はあの創始者すら成し得なかった偉業を果たせる!)

 

「──!!ははははは!!どうやら俺の方が魔力出力は上のようだな!!一度に使える魔力量なら俺に分がある!!勝利は右手に!栄光は左手だァ!!」

「…………」

「観念したか!そうだッ、そのままじっくりとバターが溶けるように死ぬがいい!腕の先からゆっくりと、丹念に!お前がいた痕跡から殺し尽くしてやる!!それが俺の強さの証明の──…がッ、な、何!?」

「勝利を前にすれば図に乗る。敗北を感じれば暗示をかける。そんな自分の力しか見えない愚か者だから気付けんのだ」

 

 ダンテの脇腹を、高速回転する魔法弾道が肉ごと抉った。

 ただの魔力弾ならば、最大出力で魔力を射出している最中のダンテであっても如何様にも対応できた。けれどその魔力弾は、あまりに殺傷性が高すぎて、咄嗟の防御も間に合わぬほどに極悪だった。

 たちまち、ダンテの肉体に想像を絶する程の激痛が襲いかかる。これは──毒か!

 

「──バジリスク・フリペンド」

 

 バジリスクは攻撃から逃れるために離れていたわけではない。

 味方を呼ぶ為に離れたのだ。

 接近戦ならば相性的にダンテが有利。蛇王の鱗すら吸収・消滅させてしまう。ならばこそバジリスクが取った手段は遠距離からの狙撃であった。

 毒牙を魔力で撃ち出すことによる必殺の一撃を、彼は一度見たのだから。

 後は魔法使いさえいれば再現できる。あの魔法ができる……!!

 

「助かった、ジキル」

「……!?闇祓い風情が……!!」

「常に高速で移動している奴が、わざわざ脚を止めてくれているのだ。狙わない道理が何処にある?」

「がッ、くそォァァァア!!」

 

 スクリムジョールに気を取られた瞬間、フラメルの黒き物質が拒絶の檻を突き破りながらダンテを貫く。肉体を半壊させてダンテは錐揉みしながら瓦礫の中へと突っ込んでいく。しかし……まだ終わりではないだろう。

 ダンテの体内のどこかにある核……賢者の石を壊すまでは!

 

「ありがとうな、ジキル」

「とんでもない。貴方に無理ばかりさせてしまった」

「『ラニーチーズサンド』じゃったか?アレ、儂も美味いと思う。この老いぼれにもよ、あの世に行っちまったらでいいから教えてくれんか」

「自分には老人介護は無理です」

 

「──友人としてなら付き合いましょう」

「ぬははは、この歳で友達が出来ちまったわい」

「あんたの伝記に憧れてた。隣で戦えたことを光栄に思う、ニコラス・フラメル」

「ニックでいいよ」

「君のことも名前で読んでええかの?老人は長い名前は覚えられんでな。ジー、とかどうじゃろ」

「……ふ。そりゃあいいな、ニック」

「さて、来るぞ。ルー」

 

 瓦礫に押し潰され、姿を見せないと思えば背後から強襲する──

──その手口は、もう知っている。

 

「なッ──なっ、なっ、」

「『何で俺の動きが分かった』か?逆に聞きたいのう。……『何で同じ手が二度も通用すると思った?』」

 ダンテが背後に立った瞬間、幾多もの黑い棘がダンテの肉体を貫通した。

「力は絶対、最も価値あるもの……そう言ってたお主は今その『力』とやらで縫い付けられとる訳じゃが、ええ?こんなもんがお前の理想か?全く面白くないわ。

 ネロから『手に余るようなら殺してくれて構わない』とは聞いとるが……息子にんなこと言わせんじゃねぇよ」

「──!!」

 

 怒り狂ったダンテが取った行動は、奇しくも最適解と呼べるものだった。

 消滅エネルギーを伴わない広範囲への魔力爆発。焼け鉢になったのが見て取れる。その窮鼠猫を噛むとも言える行動は、爆裂的な猛攻で周囲一帯を破壊していく。

 対するフラメルは最早、つぶさな迷いすら見せはしない。

 でき得るだけの彼岸物質を杖に集中。

 極まった魔力は、天の旭光。

 千年前からの悔恨に決着を着ける。ど真ん中をブチ抜く──!!

 

「じじい、きさまッ、きさまあああああああああああああ!!!!!」

「あの世でホグワーツの創始者様に謝ってこい。特別に──儂が今から送ってやるからよォ!!」

 

 測定される魔力は想定の埒外。

 颶風の唸りが時を刻む。

 渇望を抱いた男の肉体に奈落を拓き、虚空へまでもその癒えぬ創を拡げて、周囲の全てを虚無の果てへと吹き飛ばす。

 

「毛ジラミどもがァアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 断末魔とともに。

 ねじれを抱えたまま、ダンテは吹き飛び消え行っていく。

 解き放たれた亜空衝撃。魔力が加速して渦巻き螺旋の奔流を創り出していく──。

 

 黒く眩い、破滅の刹那。

 その代償は大きかった。

 

「爺さん、あんた身体が……」

「……ああ、まぁ。限界が来たってことなんだろう。なあに、気にするでない。騙し騙しやってきた死がようやっとやって来ただけの話さ。死神が六百年遅れで取り立てに来た。延滞料金が高くつくぜ、こりゃあ」

「……なあに、世界を救う手助けになったんです。神様も許してくれますとも」

「ありがとうよ。創始者様にはよろしく言っておくわい。ゆっくり来いよ、ジー」

 

(あぁ……疲れた、眠い……老人は寝るのが早くてかなわんな──)

 

 些細な談笑と、

 ふわりとした微睡があって。

 

 ニコラス・フラメルは長い一日に別れを告げていく。

 ほんとうに、ほんとうに──

 長い一日、だったなぁ──

 




ニコラス・フラメル 死亡
死因:ダンテの不意打ちを喰らい心臓停止。その後彼岸の物質を使い延命するも、限界が来て死亡


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9.BLITZ【Albus_ Gellert】

アレン「見てくれ!!ヘラクレスだ!!俺も捕まえるのは初めてだ!!!」
エミル「マジで!?やべえ!!」
チャリタリ「えーと、はしゃぐのはいいけどこっち持ってこないでくれる?」
ジキル「(虫苦手)」ビクビク

デネヴ「見てくれ!!ギラファだ!!ギラファノコギリクワガタだ!!!」
ベガ「ほう……!?」
アルタイル「餌は何を食べるんです?育てるならちゃんと面倒見ないと駄目ですよ」
デネヴ「バナナを頼む!!!」


 ダンテとの激戦の後、スクリムジョールとバジリスクは吹き飛んでいった筈のダンテの死体を探していた。

 

「確かにニコ……ニックはダンテの心臓を攻撃したよな?」

「ええ、私も見ておりましたとも」

「そうだよな。この破壊痕のどこかに死体がある筈だよな」

「ええ、その筈ですとも」

「……じゃあ、何故何処を探しても見つからない……!?」

 

 臍を噛む。

 あれだけ苦労して倒した相手の行方が知れないなど、大臣どころか一介の闇祓いとして許容できる話ではない。

 

(あの一瞬で逃げ果せたとでもいうのか?まさか……)

 

 ネロから念入りに『ダンテはしぶといから気をつけろ』と口を酸っぱくして言われてきたが、認識に侮りがあったというのか。どうする……?

 

「──考えても仕方がない。お前は相性の良い紅い力の幹部の所へ行って加勢するんだ。私はもう少しここいらを探す」

「……、無理はせぬよう、スクリムジョール殿」

「心得ているさ」

 

 スクリムジョールは重く頷いた。

 

「人事を果たして天命を待つ、だ。追い詰められて死ぬ気で足掻くのはダンブルドアやアレンの担当。俺達は足掻く土俵にすら立てん。だからせいぜい土俵を支えるくらいはしなくっちゃあな」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

──あの頃は、楽しかった。

 

 アルバス・ダンブルドアが初めてその男と出会ったのは十八歳の時だった。

 ホグワーツ始まって以来の秀才──監督生や首席になるのは当然のこと、優れた学術論文を在学中に数多く執筆し、多方面に突出した類稀なる才能を憚ることなく発揮した彼が、才能ある魔法使いとして周囲から期待されるのは、至極当然の流れであったといえよう。

 ごく自然な流れとして、魔法史家バチルダ・バグショットや魔法理論家アドルバードワフリングといった当時の著名な魔法使いとも交流、意見を交わしたりする時間もできた。彼日々の授業に退屈していたアルバスにとって、それは実に有意義な時間だったといえよう。

 ただひとつ、錬金術師ニコラス・フラメルと共同研究をした時に、「君は失敗を知らない」と言われた時は、何のことかと首を捻ったけれど。

 ともあれ、己が華々しい栄光を世界に刻むものだと信じてやまなかった。

 しかしホグワーツを卒業した辺りから彼の人生設計に暗雲が漂い始める。

 

 母、ケンドラの死去である。

 

 ダンブルドア一家にとって母親の死は非常に大きなものだった。というのも、ケンドラが死ぬことでアルバスに家督の継承と、妹……アリアナの世話をする義務が生じたためである。

 彼のその素晴らしい成績故に取り沙汰されることはなかったが、彼の家族は大きな欠落を抱えていた。まだ彼がホグワーツに入学する前、アリアナがマグルの少年達に魔法を使った場面を見られてしまい、気味悪がった彼等から暴行を受けるという事件が起きた。ショックでアリアナは心を壊し、満足に魔法を使うことができなくなってしまった。

 激怒した父親は少年達に蹂躙の限りを尽くし、アズカバンに送られて終身刑を言い渡される。その後は獄中死という哀れな末路だ。

 

 アリアナの面倒を見ていた母の死後、当然のものとしてその役割は長男であるアルバスに回ってきた。アバーフォースが面倒を見るとも言ったが、彼はまだホグワーツに在学中の身だ。仕方なくアルバスがアリアナの面倒を見た。

 ……そう、仕方なく、だ。

 不満はすぐに出た。才能を羽ばたかせることを期待されていた男が、こんな片田舎で一生妹の世話をするだと?馬鹿げている。アルバスにとって家は檻の名前であり、アリアナは足枷だった。

 ずっとこのまま生きていくなんて耐えられない。退屈だ。不満だ!口に出すことはなくとも、アルバスは自分の居場所を谷の向こう側に感じてやまなかった。

 

 そんな彼の様子を見兼ねたのか、それとも偶然か。

 近所に住んでいたバチルダの紹介で出会った青年、ゲラート・グリンデルバルドと出会った時、鬱屈とした感情が再び湧き上がるのを感じた。

 飛び抜けた才能。

 図抜けた頭の良さ。

 加えてそれらを嫌味に感じさせない人間的魅力。

 全てがアルバスの興味を引いた。或いは興味を引かされたというべきか。今まで培ってきた価値観を壊され、籠絡されていった。今まで対等な友人というものがいなかったアルバスにとって、ゲラートは唯一同じ目線で語り合えることのできる友であったといえよう。

 

『強者が強者足り得るのは意味や理由などという錘を持たないからさ。世論と風評に惑わされるなアルバス。まさか学校の先生のお説教が世界の全てだと思ってる訳じゃないだろ?』

『強さに意味はないと?』

『微塵もないさ。強さとは謂わば金と同じでね、『どう使うか』という権利と選択肢が与えられているだけで、義務はないものさ。人理とは先人達の才能消費の轍だよ。君も歴史を踏み締める資格がある。少なくとも俺はそう考える』

『ゲラート。恥ずかしいことに僕には分からない。この世界に於いて僕の資質が最も耀く場所は何処だと思う?教えてくれよ。君の口振りだと、僕の、いや僕達の行く先は、君にはもう見えているように思えるけど?』

『──世界そのものだ』

『へえ?』

『魔法界という庭は、あまりに狭すぎると思わないか?マグル界と魔法界はコインの表と裏だというけれど、その釣り合いはとれているか?世界は金貨のカタチをしていない。──正すのは誰だ?』

 

 若者の思い上がりと切り捨てるにはあまりに凶悪な誘いだった。

 全能感に満ち溢れたアルバスと、それを助長させるゲラート。退屈な田舎での暮らしにおいて、唯一光を感じた時間だった。それこそ、アリアナの世話を疎かにしてしまう程に。

 

 そうだ、元はと言えば。

 アリアナを不自由にさせたのはマグルじゃないか。

 彼等が身の程を弁えていればアリアナは『不幸(面倒)』にならずに済んだのに。

 

『弱者は不自由を強制する。理不尽な鎖を強いてくる。だが君はその逆を往く権利を得たのだよ?弱者の義務に、どうして君が縛られなきゃいけないんだ?』

『──君は何のために、そこまで』

『全ては大いなる善のために』

 

 熱を帯びた語り口に首肯で答える。

 稚拙で、愚か。けれど何よりも芳醇。

 夢と呼ぶにはあまりにも狂気と野蛮が過ぎるそれを語らう時間が、アルバスの心を慰撫していった。度を過ぎた投薬、とも。

 しかし、その幸福にも終わりが来る。長期休暇で帰ってきたアバーフォースは兄がアリアナを疎かにしていたことに激怒した。元より家族愛が強く、母よりもアリアナの世話が上手いと言われる程度には妹想いだった。その分芽生えた怒りと失望は計り知れない。

 アバーフォースはアルバスを責め、彼等が企てていたマグル支配計画に猛反対した。いくつか口論をして、ゲラートが呪いをかけたことで戦いが始まった。

 才能溢れた若者の三つ巴……そう言えば聞こえはいいが、それはただの感情のぶつけ合いに過ぎなかった。

 力の行末を間違えた戦いは、アリアナの死という形で決着を見た。

 三人の戦いは妹をも巻き込むほど大規模なものとなっていて、三人のうちの誰かの魔法が彼女を殺してしまったのだ。

 

 グリンデルバルドは逃げた。

 アバーフォースは嘆き悲しんだ。

 アルバスは呆然としていた。

 

 思考が纏まらない。

 狂っていたのは世界の方か、それとも自分の方だったのか。

 醜悪さに惑い、煢然に溺る。

 強者は理由もなくただそこに在るだけで強い。

 あるのは権利だけ。

 それは、真理、なのかもしれない。彼には自由という特権が与えられ、蹂躙という道を歩くことができた。

 しかしアルバスは知らなかったのだ。権利の向こう側を……即ち、権利を行使した先にあるものを。蹂躙の足跡を。何を踏んだのか知らなかった。この結末を知っていたならば、最初からこんなもの使わなかった。

 

「お前のせいだ!!」

 

 いっぱいいっぱいの顔で殴られた。涙を流すことすら許されていなかった。

 アバーフォースの狼狽には二つの意味が込められていた。アリアナの死への憤りと、最愛の妹を自分が殺したかもしれないという事実へのの恐怖。

 あれだけ優れていると思った自分自身が気持ち悪くて仕方なかった。

 乾いた大地に酸性雨が降ったようだ。

 罪という錘が与えられた。

 

 

 

 酔いは醒めた。

 この呪いは、一生解けない。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「アァァァァァルバァァァァス!!」

「ぐっ……!!」

「楽しいなアルバス!?少なくとも俺は楽しいぞアルバス!戦闘の勘も少しずつではあるが戻ってきている!やはり俺にはお前が必要だ……お前にも俺が必要なのだよ!この領域に薄っすら肉薄してきたのはあの魔法生物大好きイモリ君くらいのものだ……おおっと!俺としたことが決闘中に違う男の名を出すなど無粋なことをした!許せ!」

 

 怒涛のグリンデルバルドに、ダンブルドアは後手に回るより他なかった。

 吸血鬼と紅い力の特性を得たとはいえ彼の肉体にはヴォルデモートから施された魔術式がいくつも刻まれ、総合的な戦闘力ならば他の紅い力所有者と大差はない程度の力しか持たない。

 しかし相手がダンブルドアならば話は俄然変わってくる。

 一つの『縛り』──ダンブルドアを相手にした時のみ魔力が格段に上がるという唯一無二の特性が、グリンデルバルドの力を底上げする。

 それは彼のたった一つの欲。

 その他一切を切り捨ててもいい程に求めてやまなかったその邂逅。

 狂い堕ちて、渇望だけが心の拠り所となった男の哀しき愛の唄。

 

「思い出すな、アルバス!あの日あの時お前と語らいあった青春の日々を!!」

「それはもう過ぎ去ったものじゃ。思い出と共に消えてくれ、ゲラート」

「消えるものか。思い出は加速する!」

 

 戦いの余波で周囲の校舎は最早原型はなく、重い緊張感だけがあった。

 鞭をしならせるように杖を振るうと閃光が衝突し、魔力の火花が咲く。

 数えられない程の魔力弾がグリンデルバルドの黒衣から飛び出し、ダンブルドアを全方位から襲う。それらを老人は杖の一振りで消滅させ、業火の炎を杖先に集中させて、解き放った。

 しかしグリンデルバルドが笑みを絶やすことはない。着弾の瞬間にマントを翻したと思えば、既に炎はかき消されてしまっていた。

 

「何を以って正義を為す、アルバス?私も君も、正義というには随分と穢れた身だと思わんかね」

「全ては見解の相違じゃ。儂は君ほどには正義には興味を持っていなかった。マグル達から身を守るために力を欲していたのじゃよ」

「ならばこそ統治すべきだ」

「──君の言うことはいつだって蠱惑的な響きを持っている」

 

 ダンブルドアはかぶりを振った。

 毒のように楽しかった二ヶ月が、じわじわと心に影を落としていく。

 結局のところ、自分は力だけ持った中途半端な人間だ。この小さな世界で、あまりにも大きな身体を持って生まれてきてしまった巨人。何かに寄り掛かってしまえば建物を崩してしまう。歩いてしまえば人を踏み潰してしまう。

 その内動くのが怖くなって、その場に留まり続けるようになったら、周りの人間が崇めるようになった。違う。そんな大層な存在じゃない。ほら──内心ではこんなにも、辛くて辛くて辛くて辛い。

 その内、口先だけで人を動かせるようになって、ますます決断や行動に責任を負うのが怖くなった。寄り掛かられるのが怖い。辛い。苦しい。重い。

 けれどそれが罰なのだ。

 人の一生を左右してしまうような人間に課せられた──。

 

「どうした!?アルバス。戦いの最中に余所見とはらしくないぞ!!」

「ッ──」

「お前は英雄なのだ!お前自身がそれを否定しようともその運命は変わらない。しかしここに救うべき民衆はいない、護るべき朋友はない!であれば──自身を縛り付ける鎖に、一体どれだけの価値があろうか!」

 

 影を切り裂いて、王は漆黒を歩む。

 排他と排斥。睥睨を伴う行進は、しかして破滅とともにある。

 

「価値──価値か」

「うん?」

「去年はまさか君と再会すると思ってもいなかったから、あんまり驚いて聞きそびれてしまったが、儂はずっと君に問い質しかった。どうしてヴォルデモート卿に味方するのじゃ。誇り高い君ならば、抵抗の仕方などいくらでもあった筈じゃろう。何故幹部などに身を窶した?」

「──魔法界を変えるために私は政治的手段を好んで用いたが、物理的手段も悪くないと思ってな。ダンテも言っていたがまさしく力は正義だからな」

 

 何故だろう。

 その理由は、今まで聞いてきたグリンデルバルドの言葉の中で、一番、つまらない文句だと思えてならなかった。

 魔力を込め、黄金の巨像を生み出して豪剣で斬り飛ばす。肉体を損耗したグリンデルバルドはしかし、蝙蝠となり瞬く間にダメージを受け流す。返す刀で、底のない深淵の影が巨像を取り込んだ。

 

「爆発させろよ、アルバス。抱えた荷物を下ろす時だ。責任なんてものを持っていたら戦いの邪魔だぞ。そんなものでお前の杖が重くなるなんて、私はそんな戦いをしに来たんじゃない」

「────」

「杖をもて。来いよ、友よ。それともまだ何か理由が必要か?この史上最恐の闇の魔法使いを前にして、まだ尻込みしちまってるのか?」

「それは──…」

「ならば俺が、お前が全力を出さねばならぬ理由を教えてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺がアリアナを殺した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歪んだ口で、澄んだ瞳で、グリンデルバルドは甘い罰を告げた。

 何年も、何十年も、そこに立ち尽くしていた気分だった。

 過ぎ去る時の砂が心地良かった。

 

「あの三つ巴の戦いにアリアナが割って入ったのは想定外だった。今更、言い訳はすまいよ。ほとんど反射的に私はアリアナを殺したのだ。お前の妹をな」

「…………」

「若かった俺はその『殺人』を受け入れるのにしばらくかかった。されどそこからが私の道の始まりだったのだ。お前達の護りたかったものを破壊したのは、他でもない、私なのだ」

「…………ああ、それは──…許すわけには、いかんのう…………」

 

 音もなく、涙が溢れた。

 ああ、いけない。

 泣く資格などないというのに。ただ漫然と、解答を得てしまう。

 

「──ッ、あぁ、そう、──そうか……」

「ああ」

「君が殺したんだな……」

「ああ」

「では……兄らしく、宿敵に向かって敵討ちをするとしよう……」

 

 赦されてはいけない。

 贖罪こそが生きる道。

 自分の強さの矛先をずっと、それのみに費やした。人より長く生きて、人より大きな力を持った分、人よりずっと苦しんできた。……ダンブルドアの罪はそれだけではないというのに、多くの命を狂わせてきたのに、こんな、こんなことで今更、赦されてはならない。

 ただ、ほんの少し、肩が上に上がるような感覚はあった。

 

「魔法界の英雄、アルバス・ダンブルドアは今夜ばかりははお役御免だ。同窓会といこう。血濡れた心臓を私が殺し尽くしてやる」

 

 思いつく限りの受難と、考えつく限りの試練の果てに在ったもの。

 そこに辿り着くまでに張り裂けそうな程の恐懼があって、軋んだ心が求めていたのは惨めな死の筈だった。

 その筈、だったのだ。

 知らずの内に咽び泣くする魂を、それでもダンブルドアは止められなかった。

 彼は人間だった。

 あまりにも。

 

「──ああ、では、存分に、戦うとしよう。そうしよう」

 

 呟くと、ダンブルドアは左手の上に魔力熱を収縮し擬似太陽を作り上げて、槍状にして放出した。『ハスタム・エクスティンクティ』、水すら吹き飛ばす消滅の火炎槍。グリンデルバルドは嬉しそうに笑うと、それに呼応するかのように蒼き廻天の劔を生み出して、衝突させる。

 瞬間、世界は切断される。

 ひっくり返った重力の中にあってもダンブルドアは何ら一切の衰えを見せず、動揺すらもなく、ただただワインを飲み干すように、覚悟を受け入れる。

 願ってもない夢だった。

 およそ一世紀前に置き去りにしてきた感覚が、今になって追い付いた。

 澄み渡る頭は、グリンデルバルドの次手を冷静に予測する。

 侍るように影王の傍に蟠る昏い影は虎視眈々と老人を狙っていた。

 

「そこだァァ、アルバス!!」

「フォークス!」

 

 紅い力が暴威を振るう。影はダンブルドアに向かって鋭利な帯状となって襲いかかった。そこへ主人を守るように燦然と輝く美しき不死鳥が割って入り、命を代償に影ごと焼き払った。

 眩く輝く不死鳥の煌めきが、その魂の叫びが、ダンブルドアを勇気づける声に聞こえて仕方なかった。……そうであるならば良い。そうであって欲しい。

 犠牲を、無理を、強いてきた。

 それが善であると信じて、何人もの人間を身を焦がす業火へと追いやった。

 そういう生き方ばかりをしてきた。

 ……ただ、希望もあった。同種の人間が現れたことだ。

 レックス・アレン。

 健やかな精神と世界の生者を守らんと世界最強へと成った者。

 ベガ・レストレンジ。

 同じく家族を傲慢で喪くし、死者を悼み強くあろうとする者。

 

(儂のしてきたことが、全て正しいとは露ほども思わんが。せめてそれが次代へと繋がるものであったならば。最早それだけで十分だと思っとったんじゃが)

 

──ほんとうにきみは、いつも予想だにしない答えを提示する。

 不死鳥が燃え尽きると同時、ダンブルドアは攻勢へと打って出た。

 これで仕留める算段だった。

 けれどそれすらも読んでいたかのように、グリンデルバルドは杖先に魔力を充填させていた。空すら覆い隠すほどの圧倒的な闇を、影を、一点に。

 吸血鬼の贅力でもって、ダンブルドアの懐に飛び込んだ。

 心なしか、先刻までのグリンデルバルドよりも疾く思えた。

 グリンデルバルドの影は、底なし沼のように物体を沈み込ませることができる特性を持つ。それを集中させたということは、一瞬でも触れれば影により削り取られるのと同義である。

 黒風怨嗟──影が嵐のようにグリンデルバルドを軸として旋回する。それは一本の剣のような形となって──振り下ろされる!

 

「永遠の中に沈み込め──アルバス!!」

 

 数多の屍を踏み越えた故の闇。

 唸りを上げる黒い剣。慟哭と嗚咽が影の中から聞こえてきそうだ。

 呼吸が痛い。立っているだけで怨嗟の風に呑み込まれてしまいそうな、果てのない廻天が怒涛のように浴びせられる。

 或いは、それこそが罰か。

 アルバス・ダンブルドアの、世界のためだか、正義とか善とかいうもののために犠牲になった者達の呪怨に聞こえて仕方ない。だが──一つの誓いを胸に、力があるだけの魔法使いは一歩を刻む。

 怨念は全て儂が教授する。

 赦さなくていい。どれだけ呪ってくれて構わない。その代わり、どうかその呪怨は儂だけに向けておくれ。──ぜんぶ呑み干すから。

 もう、救いは得たから。

 

「影が──焼き払われる!?」

 

 その魔法は、ダンブルドアの魔力の全身全霊。

 大いなる影すらも抉り、闇の中で光を失わぬ黄金の煌めき。

 アルバス・ダンブルドアという男の命の灯火。

 

「ォォォォオオオオオオ──」

 

 光は影を生む。

 けれどその本質は──闇を祓うモノ。

 だからもう、けして。ここで否定されてやる訳には、いかないのだ。

 

「神よ──命よ──!儂に、この杖に──勝利の鼓動を刻み給え──!!」

 

 魔力は十全。技巧は十分。不足なるは心のみ。

 威風を傍に、なけなしの命にけれど生の輝きを灯す。

 これから生まれる子供達が。

 胸を張って幸せだと言える世の中を。

 

「アル……バス……!!ぐ、──ぅあああああああああああ!!!!」

 

 光と影。全てが果てた。

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 命を燃やし尽くした先にあったのは何もない焦土だった。

 アルバスはかろうじて膝をつく程度で済んでいるが、ダンブルドアの全力の炎を浴びたゲラートは、もはや声を出すので精一杯といった様子だった。

 けれど、黒衣の男は、どうしようもなく澄み渡る青空のように晴れやかに、口元を歪めてみせた。……直にこの男は死ぬだろう。

 再生能力に優れた吸血鬼。しかし心臓に打ち込むようにして放たれた火焔には耐えられなかったようだ。全てを覆う闇ごと火炎で切り裂かれては、最早打つ手は残されてはいない。

 影ごと崩すには、アルバスの螺旋の焔で吹き飛ばすより他なかったのだ。

 崩れ行く友を前に、けれど老人の心はどこか穏やかであった。

 

「──ふっ。アレには勝てないなぁ。闇すらも祓う光とは」

「……ゲラート」

「ああ、嘆くな嘆くな。悪者は悪者らしくこの世から退散するまでさ」

「友との別れじゃ、少しばかりしんみりさせてくれ」

「まだ、友と呼んでくれるのだな」

「呼ぶとも」

「ああ──結局、私は何も為せず仕舞いだったな」

 

 それが自然であるかのように、ゲラートの貌には爽気があった。

 

「言っておくがな、アルバス。私がヌルメンガードくんだりからわざわざ脱獄して来てやったのはな、お前に貸した二シックルを返してもらうためさ。忘れたとは言わさんぞ」

「ゲラートがゴドリックの谷から出て行ったからじゃろう?住所も知らぬし、どうやって送れと言うのじゃ」

「さっさと見つけてくれると思ったんだ」

「……いかんのう。君が嘘の達人だということを忘れておったわ。二シックル貸したのは儂の方じゃて」

「いーや、絶対に私だ」

「儂じゃ」

「俺だ」

「僕だ」

 

 今世界でここだけは、砂時計の砂が下から上っていくだろう。

 懐古した会話はくだらなくて、心地良くて。

 

「──なぁ。本当はどっちだと思う?」

「……………」

 

 それはコインの貸し借りの話か、それとも──。

 

「そういえばアバーフォースから金をせしめたような気もするんだ。なあ、どれだと思う?どれが正解だと?」

「……予想が当たっていたとしても、誰も得しないよ」

「なら、騙されておけ。──やっぱり金を貸りたのは俺の方だった。二シックル返しにきたぞ、友よ」

 

 友の、あまりに薄っぺらい文言に苦笑してしまいそうだ。

 けれど、その嘘とも真ともつかぬ口振りに、今も昔も翻弄され続けている。

 

「君は口が上手いな。そういう風に言われると、本当に犯人は君だったような気がしてきてしまう」

 

 

 

 

 

「──騙されてしまいそうだよ」

 

 




ゲラート・グリンデルバルド 死亡
死因:友との激戦の末、眠るように息を引き取る


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10.BLITZ【Allen_Voldemort】

 アレン家は大層な歴史を持つ家という訳でもなければ、特別な魔法が伝承されているという訳でもない、ごくごく普通の一般家庭であった。

 母親が出産のショックで死んで以降、父親のレオナルドが男手ひとつでレックスを育てる……というわけには職業柄いかなかった。レオナルドは闇祓いだったのである。いつ何時も闇の輩の動向を注視しなければいけないという仕事であるため、どうしてもレックスの面倒を見るのが難しかった。

 すると、レオナルドを慕っていた闇祓い局員や魔法省のスタッフがレックスの世話を買って出た。人徳というべきか、レオナルドの厳しくも優しく、誇り高い性格が人々を惹きつけたのだ。

 父親と話したり遊ぶ機会こそ少なかったものの、父親を慕う人間に囲まれて、自然とレックスも父親を尊敬する気持ちが芽生えていった。

 闇祓いに関連する仕事の人に囲まれて育ったせいだろうか。

 レックスは、ホグワーツに入学する頃には正義感溢れる少年になっていた。やはりと言うべきか、組分けもそれを重視する寮に選ばれた。父と同じ寮だ。

 

「グリフィンドール!!」

 

 レックスは闇祓いとなるために凡ゆることに全力で取り組んだ……が、彼の才能は中々芽吹かなかった。何と言っても不器用な性格だったのである。要領が悪いと言ってもいい。詠唱の複雑な魔法はどこかの文節でスペルミスをするし、勉強だって何度も何度も繰り返しやらないと覚えられなかった。

 ジェームズやシリウスの非凡ぶりを見て落ち込んだり、リリーやリーマスに勉強を教えてもらうことも、けして両の手に収まるような回数ではなかった。

 

 『闇祓いは優秀な人間がなるもの』

 『自分は闇祓いになれないかもしれない』

 

 焦りと失望が渦巻いていたレックスをレオナルドは根気強く説得した。その歳で夢を諦めるのは早い、と。得意分野が一つしかないならとことんまでそれを極めてみろ、と。

 レックスの反撃はそこからだった。

 砂魔法、岩魔法……誰もが使える魔法でありながら、誰もが軽視する呪文を何度も何度も練習した。上の世代がオリジナルスペルを作ろうと、非効率だと言われようと、愚直に、自分にできる魔法だけを極める。

 幸いなことに、一年生の時から決闘クラブにはちょくちょく顔を出していたので、上級生から手解きを受ける機会はいくらでもあった。初めて勝ったのは、入学して暫く経ってからのこと。

 血の滲むような実戦と努力を経て賞状を貰った時には、何を話せばいいのかまるで分からなかった。今までそういうものとは無縁だったから。

 

 ややあって、魔法大戦が激化していく中でアレンは闇祓いとなった。

 ムーディー直々のしごき……という名の人を人とも思わぬ狂気じみたスパルタを越えた何かをやって、基礎戦闘力は更に向上した。死喰い人達を相手取って戦闘での勘も磨かれた。

 しかしそんな折、レオナルドの体調が悪化して死亡した。過去に戦った闇の魔法使いとの傷が悪化したのだという。レックスが戦場に立つ頃にはもう、レオナルドは第一線から退いていた。

 病室で、今際の際に言われたことをよく覚えている。

 

──たくさんの人を、助けなさい。

──お前は正義の味方になれ。

 

 レックス・アレンは完成した。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「お辞儀をするのだ、レックス・アレンよ。よもや決闘の礼儀作法を知らんというわけはあるまい?」

「…………」

「……本当にお辞儀する奴は初めてだ」

「おちょくってるのか?」

「何を。お辞儀にはお辞儀で返すわ。お辞儀返しを喰らえッ」

 

 互いに頭を下げた後は、どちらからともなく杖を構える。

 構える──といってもヴォルデモートの場合、むしろ『呼び出す』と言い変えた方が適切かもしれない。瞳は紅く煌めいて、王の背後に宇宙が創られる。

 その内海の星の全てが杖の魔力。

 宙より覗く幾百もの砲門が、戦禍の匂いを感じ取りギラついた。

 ヴォルデモートが死の秘宝よりも優れたものを追求した結果、創り上げられた真・死の秘宝──その第一神器にあたる『虚の震天』。

 全ての杖を再現でき、ヴォルデモート流にアレンジを加えた杖の群れ。

 あの神器が展開されているだけで、空気が重くなった感覚さえある。

 しんと静まり返る王の間。強壮な気迫に誰もが立ち入れない。ぱらり、と耐えかねたように小石が落ちる。それこそが決闘開始の合図であった。

 

「──発射」

 

 つんざめく音とともに、衝撃だけがアレンを襲った。

 虚空が震え天に座す。

 何条もの魔法弾をアレンは砂の防御膜で防ぎきる。砂が受けた感覚に、アレンは内心で臍を噛む。相も変わらず、何とも強力無比な能力だ。万夫不当の英雄といえど、ここまでの魔力弾幕を経験するのは初めてだ。

 虚の震天の強さの本質が数の暴力である以上、放たれる魔力弾の一発一発の威力そのものはそこまで脅威ではない。直撃こそ避けねばなるまいが、脅威というにはあまりにも攻撃力不足。全身防御で何とか乗り切れる。

 だが、その途切れなさよ。

 これがただの軍隊であったならばアレンもここまで苦労はしない。けれど相手しているのは群ではなく、たった一人の指揮下に置かれている多量の杖だ。

 ただの群であれば、必ず何処かに綻びが生じる筈。百人もの人間が呼吸を揃えて連携できる道理はないからだ。さらにはスペースの問題もある。これだけの規模の絨毯攻撃を再現しようとすれば、途端に大勢の人達でぎっしりと詰まってしまうが、あくまでヴォルデモートの杖であるため出し入れは自在。

 『一騎当千』をここまで表した能力もないだろう。

 今でこそヴォルデモートは様子見で魔力弾の雨を降らせるだけで済んでいるものの、これが例えば炎に変わればどうなるだろう。並の火炎魔法使いでは出せぬ出力の火炎がアレンに襲い来てしまう。

 

「『アグアメンティ・ケントゥム』」

 

 そら、言ってる側から。

 建物内で、途端に足が浸かる程の大瀑布とカッター状に高速回転した高圧水流がアレンを苦しめる。砂は泥となり、先程までの動きの精細を欠いてしまう。

 だがしかし、それしきで止まるようならば世界最強は名乗れない。

 泥は膨張して寧ろ水を吸収し、種を仕込めばたちまち大樹が生み出される。

 大樹の上を、悠々とアレンは闊歩した。

「うん?」

 帝王の片眉がぴくりと上がる。

 言うなれば、食指が動いた、とでも言うべきか。

 興味がてら防御不能の雷魔法を放ってみるも、アレンは磁場を狂わせることで方向を乱し、むしろ倍にして撃ち返す。

 歩みは止まらない。

 

(──そうかこいつ、砂魔法や岩魔法が得意だとか、そういう次元ではない。大地そのものを使役する魔法使いなのか)

 

 土に関連する魔法の真髄は、場所を選ばぬところにあるとアレンは考える。

 個体なら岩を。流動体なら砂を。気体なら樹木でも生やせば調整可能。

 火があればマグマに火山岩。

 水があれば泥に沼。

 雷があれば磁場に鋼鉄。

 風があれば砂嵐でも起こそうか。

 天には隕石を、海には岩礁を、地にはあるがままを。

 全てが全てアレンの技の数々だ。人並外れた魔力量であらばこそ成せる、大地を操る魔法の究極系。果てにあるもの。

──素晴らしい。

 最強の矛と最強の盾。

 ヴォルデモートの能力が攻撃のためのものとするならば、アレンのそれは防御のためのもの。砂や岩──『大地』は全てを守る。

 

(他には何ができる?俺様の真骨頂たる空中戦にはどこまでついて来れる?)

 

 敵対心よりも興味が勝った。背後の壁を破壊して、背中から倒れるようにして空中へと飛び出した。何本もの杖を同時に操ることで、ヴォルデモートは擬似的な空中歩行を可能としていた。

──うん、未だ改良の余地はあるか。空中歩行に使う魔力や杖に無駄が多い。これでは空中戦どうこうを人に説けたものではないな。いっそのこと、本当に空を飛ぶためだけの呪文を作るか──

 さて、どう来るか。

 ベラトリックスの時のように隕石群でも降らせてみるか?

 

「アレナス、砂よ」

「──ッ、ハッハッハッハッ!おいおい正気か!?そんな力業があるか!砂柱の上を歩いてくるとは!大雑把にも程があるわ!」

「褒め言葉として受け取っておく」

 

 砂が天高く聳える柱となって、アレンの歩みを受け止める道となる。

 機動計算だの、気圧調整だの考えていた自分が馬鹿らしい。当然のように空中戦に対応してくるアレンを見て、闇の帝王は自らの滑稽さに腹を抱えた。

 

「皮肉よな。真に考えを改めるべきは俺様の方だったというわけだ。なまじ全ての魔法を手に入れてしまったが故に、発想が貧困になっていたわ。ああ、何、こちらの話だ。怪訝な顔をするな。そして今からお前の話をする」

「うん」

「まずは謝辞を述べよう。熟練の技巧と判断力、感服した次第だ。故に勿体ないと心から思う。その力──俺様のために活かしてみないか?」

「断る」

「俺様を花に例えるなら薔薇だ。美しく紅く咲く一輪の華──その輝きの前には凡百の魔法使いなど俺の添え物に過ぎん。

 だが、お前は違うだろう?ダンブルドアやベガのように最強の強さを持っているだろう?それを愚かな民衆どもに捧げるというのか?俺様は強者に対しては誇りと敬意をもって遇するぞ。……だが賭けてもいいが、連中は戦いが終われば貴様を厄介者と看做すのだぞ」

「……随分と能力を買ってくれているようだな。ありがとう」

「どうも」

「だがそれはお前の勘違いだ。俺は世界最強の闇祓いなんて呼ばれているが魔法自体は誰でも使えるようなものを使っているし、特別家柄が良いわけでもなければ特殊能力だってありゃしない。

 お前が薔薇なら俺は雑草だ。どこにでもいるただの一般男性だよ。この顔とかっちょいい名前を親から貰えたことが俺の唯一の誇りさ。俺は人々の到達点としての強さを持っていたい。お前の職場じゃそれは無理だ」

「……どうやら貴様は俺様とは正反対の人種のようだな」

 

 元来、アレンの魔法は戦闘よりも災害時や救助活動で役に立つものである。

 衝撃を優しく受け止め、避難誘導にも最適。簡易的な足場を作ることもできる優れものだ。より簡単に捕縛という手段を取れるのも砂であるが故。

 しかしその力は多くの魔法使いができることであり、自分は彼等の代用品にすぎない、という。

 誰もが目指し得る究極点。

 基礎能力だけで頂点に立った男。

 特別を排し、凡庸を認め、一切の言い訳を持たない世界最強の平均男性。

 

「レックス・アレンには誰でもなれる。この世のどこにも正義がなくとも、正義の味方には誰だってなれる。俺がいなくとも誰かが意思を継ぎ悪を挫く。せめて後継の者に負担を与えないくらいには頑張るのが俺の正義だ。

──死喰い人じゃ子供が憧れるようなヒーローになれないぜ」

「……憧れ……」

 

 ずきり、脳が痛む。

 ヴォルデモート、いや、トム・リドルの脳裏に浮かぶ粗雑な映像。

 なん、だ、これは?

 そう──あれは──孤児院でのことだったか?

 そこで、確か、トム・リドルは人生初めての絶望を思い知ったのだ。

 

(俺様はどうして闇の帝王になった?)

 

 くだらない理由だった。

 瑣末な出来事だった。

 孤児院のスタッフも、孤児達も、それが起きた後もごく普通に過ごした。

──だけど、トム・リドルだけがその結末を受け入れられなかった。

 自分の中の世界だけが変わったのだ。

 或いは世界を見る目が変わった。

 あの三〇分に満たない出来事が、リドルをヴォルデモートに変えた。

 

 ◼️◼️が◼️◼️した。

 ◼️◼️は◼️◼️◼️◼️と◼️◼️◼️◼️◼️した。

 

 小さな少年の大きな絶望が、やがて彼の悪行の原点になった。

 憧れが怒りに変わり。

 期待が失望に裏返る。

 屈辱だった。愚かだった。馬鹿馬鹿しくて認められなかったのだ。

 

(──そうだ。そうだそうだそうだ。俺様はこの世で最も優れた魔法使いであるが故に世界を支配する運命にあるが……わざわざ闇の帝王などという名称を使用したことには意味があったのだ)

 

 理由はいくらでもあった。

 それが起きなくとも、トム・リドルはいずれヴォルデモートになっていた。

 けれど──彼の根底にある種の信念を抱かせたのは間違いなくあの◼️◼️◼️。

 

(忘れてしまっていたな。俺様が杖を取る理由を……原点を)

 

「……何故俺様がお前に興味を持ったのか自分自身でも分からなかったが、……そうか。あまりにも在り方が真逆すぎて物珍しかったのか」

「俺も、お前とは何か奇妙なものを感じずにはいられないな」

 

 父を受け入れられられず名前にコンプレックスを感じた男。

 父を誰より誇りに思い名前に恥じぬ人間になろうとする男。

 

 自他ともに認める天才で誰もが為し得ない特別を求むる男。

 努力が身を結び皆の憧れた理想を全霊で体現せしめる男。

 

 両者の性質は、補完ができるほどに食い違っている。

 似た者同士、同族嫌悪……そういった枠組みとはまた違った、対照の関係。或いはダンブルドアよりもこの男が、ヴォルデモートの宿敵足り得る存在だったのかも知れない。強さ云々の問題ではなく心持ちの問題だ。

 孤高か、理想か。

 そも、ヴォルデモートがトップであることに意味がある死喰い人と、最強たるアレンがいなくとも組織が回るよう統制された闇祓いとでは抱える意識からして違うのは至極当然のこと……強者はできるだけ配下に加えたい性格のヴォルデモートだがアレンを引き込むことはどうあっても不可能だと心で理解した。

 対するアレンもまた、人生最大の強敵を前にして、どこか心臓は凪いでいた。

 これ程までに正反対の人間と出会うのは初めてだったし、善悪関係なく、興味を敵に対して抱くのも殆どなかったからである。

 

「俺はレオナルド・アレンから貰ったこの名が誇りだ。誇りにかけて倒すとも。魂が選んだ選択だからな」

「悉く共通点の見当たらない奴め。ダンブルドアの方がまだ死喰い人に勧誘しやすそうだ。チャドリー・キャノンズが来シーズンでグランドスラムを達成するくらいの確率だろうがな……しかしそれがいい」

 

 『真逆』を否定すればそれは自らを貶めているのと同義である。

 相容れない精神性、似た境遇。互いが互いのイフであり、故に否定も出来なければ肯定もできない。あるのは正義の押し付け合いのみだ。

 

「いいだろう。俺様に殺される資格はあるとみえる。得難い仇敵よ。俺様の覇道に転がる小石は多々あれど、艱難と認識するのはお前で二人目だ。誇るがいい、レックス・アレン。泥臭く生き土に還るモノよ」

「勘違いをしているようだな、ヴォルデモート卿。賞賛されるべき誇り高き戦士は何人も集っているんだぜ──!!」

 

 大地が割れる。

 砂の柱に打ち上げられる二人の闇祓いによる連鎖爆撃に、ヴォルデモートは魔力リソースを防御に割かざるを得なくなる。闇の帝王をバリア状に覆う防御膜。

 しかし帝王の堅牢なるそれを、アレン達は確実に突破せしめんとする。

 そもそもヴォルデモートの性格からして受けに回らざるを得ないという状況そのものが苛立たしいだろう。万能の死の秘宝ではあるが、闇の帝王の気性とプライドがそれを許さない。あくまで防御を優先していたヴォルデモートだが、攻勢に回らんと杖の本数を増やそうとする瞬間が必ずある。

 

(地中から現れた闇祓いは……ふむ、アラスター・ムーディーにセブルス・スネイプか。成程、ムーディーの義眼であれば全方位からの攻撃にも対応し得るし、スネイプならば早撃ち魔法で数の暴力にも対応できるというわけか。

 だが、それが何になる。アレン、貴様は援軍を呼んだつもりであろうが、大きな間違いだ。足手纏いが増えただけよ)

「『虚の震天』、更なる杖を──」

「──そこだッ!!」

 

──衝撃。

 天より飛来する隕石を、しかしてヴォルデモートは避けられなかった。

 隕石といっても、その大きさは小石程度のもの。飛距離と加速力に重きを置いたアレンの岩魔法──その初歩も初歩という石の魔術。

 その小石がバリアを破り、帝王の頭部へとダメージを与えた。

 直感か、寸前で魔力探知・防御が間に合ったのか、はたまた千里眼でも持っているのか。小石の強襲はヴォルデモートの耳を切り裂く程度に終わったが、帝王の憤怒を煽るには十分すぎる程の威力は持っていたようだ。

 だらりと垂れる血を忌々しげに振り払う。

 

「……俺様に頭を下げさせるか?大きく出たな、塵どもが!」

(頭部に衝撃を受けたのに杖の攻撃は止まらなかった。つまり本人操作ではなく自動操縦ということ……加えて、ヴォルデモート本人や魔力探知も追いきれない程の速度で攻撃すれば、あの包囲網を突破できる!)

(そして俺様の包囲網の隙を突ける人員など限られている!)

「「──スネイプ!!」」

「気安く、呼んでくれるな。不愉快だ」

 

 虚の震天の最大の長所は、何と言ってもその数量である。

 であれば欠点も表裏一体、その量こそが欠点なのだ。要するに──数が多ければ多くなるほど杖一本当たりの威力と正確性は落ちていく。凡そ百を越えた辺りでその欠点は覿面に現れていた。

 この点に気付ける者は少ない。何故ならば単純に大抵の相手は『杖が展開する前に本体を攻撃する』という手段を取るからである。如何に王といえども、暗殺となれば対抗手段は限られてくる筈。

 事実、エミル・ガードナーによる遠距離射撃も案に入ってはいた。

 だが人員の都合や、アレンが近くで守れないことのデメリットが勝るのだ。アレンから離れた位置で狙撃するにしても位置を特定され広範囲攻撃をされてしまえば分が悪い。かといってアレンと近い位置で戦うとなれば当然、乱戦に巻き込まれて遠距離狙撃の効果は半減だ。

 無論、エミルならば如何な状況においても能力を発揮してくれるだろうが、相手はヴォルデモートである。それ相応の対策を取らねばなるまい。

 

(故に!防御性能の高いアレンのすぐ近くで早撃ちを行うというわけか。俺様の虚の震天を防ぎ切れるのはお前の砂の防壁くらいだものな!アレンを軸にして視野の広いムーディーと攻撃力と速射性のスネイプ──ふん、俺様対策はしっかり練ってきてあるようだ)

「──フリペンド!!」

「喰らうか!!」

「くッ、スネイプ、お師匠!もっと魔力を回してくれ!」

「分かっているわ殺すぞ!!」

「話しかけるな殺すぞ!!」

「仲が良くて何よりだぜ!!」

 

 ヴォルデモートは今、使用している杖の八割ほどを攻撃に費やしている。

 それは必ずしも最適解ではない。あくまで安全性を考慮するなら、いつものように攻撃は六割程度に留め、残り四割を防御に費やしてしまえば、最早個人では手の出しようがない磐石の布陣となる。その状態で相手の魔力切れまでゴリ押すのが最も確実な勝利法。

 それを『攻撃は最大の防御』と言わんばかりに攻撃に割いているのは、先程の不意を突いた小規模隕石が原因だ。要するにアレン達が防御に回らざるを得ない程に弾幕を張れば、先刻のような小細工をかける余裕もない、というもの。

(さっきのようなくだらん一発芸などもう許さん──!!)

 アレンの狙いはそこにあった。

 バリアを突破する小規模隕石が通用するのは、ヴォルデモートが油断している間だけであろう。だから──逆にそれをブラフに使う。

 

(小規模隕石は一つじゃない。何十個も上空にキープしてある!アレの脅威を帝王は身を持って理解した、時間差で墜落させて意識を防御に向けさせる!)

(そこが、儂等の攻め込む隙だ!隙はなければ作るもの!油断大敵!)

(リリーへの償いはここで果たす!覚悟しておけ闇の帝王よ……!!)

 

(──待て。いや待て、本当にこのままでいいのか俺様よ。奴等は何かを狙ってきているぞ。逆に狙って来なければおかしいまである。相手は俺様だぞ?結果的に勝つのは俺様だが、一応連中も何かしらの策を講じてはいる筈。──いくつか推測はできるが断定はできん。俺様が取るべき行動は──)

「──もう一段階上の領域を目指す!学ばせてもらうぞレックス・アレン!!コツを掴もう──防御は最大の攻撃なり!!」

 

 ヴォルデモート卿、乱心。

 全身全霊の十割防御!!

 

「なんッ……」

 ヴォルデモートは遥か上空からの小規模隕石を知覚していた訳ではない。

 それを可能性の一つして考慮することはあっても、対策として取れるのは上空の防御を高めることぐらいが関の山。アレンのそれは指定の時間に指定の軌道で隕石を発生させるというモノで、根本的にどうこうできる代物ではないからだ。

 そしてスネイプという、あからさまなヴォルデモート対策を見せられたことで攻撃に集中せざるを得なくなった。

 だが、敢えて、思考を破却。

 防御全振り体制で、如何な攻撃をも全方位シャットアウト。こんな風に全方位を盾の呪文を張れるのは、それが虚の震天だからである。当然の帰結として、小規模隕石は防御膜に弾かれる!

 その無敵の防御にも一点だけ、防御膜が薄い部分がある──それは、アレン達の斜線が届かない死角──!!

 そこから魔力をジェット噴射、近接戦へと持ち込む!

 

「突っ込んでくる──!!」

「照れるなよ、スネイプ。俺様とお前の仲だろう!?」

 

 アレンの砂の防壁と、ヴォルデモートの防御膜の削り合い。

 魔力を噴射させながら飛び回る絶対無敵の魔力バリアは、さながらピンボールのようであった。これはまずい。先程までの本体は動かない攻撃と違い、常に高速移動で動きが追えない──!

 

「いや、儂の義眼ならば追える!お前は砂の防壁の衝突部分を瞬間的に強化するのだ!スネイプ!フリペンドの応用で乱気流くらいはできるだろう!?」

「できる!!」

「やるぞ!!」

 

 スネイプとムーディーの二人がかりで嵐を巻き起こす。

 それは砂嵐だ。ヴォルデモートの視界が塞がれ、位置を見失う。

「ふむ──」

 されど、ヴォルデモートは、更なる成長性を見出していた。

 発想の転換。魔力の根源到達!

「──こうか?」

 

 一転攻勢、防御反転!

 一秒にも満たぬ時間での十割全開全方位攻撃!

 使用していた魔力を、杖を、敢えて攻撃にのみ特化させることで、ヴォルデモートを基点として周囲一帯が魔力により捩じ切られ薙ぎ払われる。

 アレンの防御壁もまた、その被害を甚大に被っていた。

 防壁の衝突部分が自動で威力を逓減させたものの──アレンの砂という砂が消費されていく。杖持つ右手はそれこそ紅蓮。アレンの杖が悲鳴を上げる。

 何とか凌ぐが、しかしアレンは砂を維持出来ず、地上へと墜落してしまう。

 対して優雅に舞い降りる闇の帝王はこれ幸いと勝負を決めにかかる。

 

「ありがとうレックス・アレン。良いインスピレーションが沸いたよ!

 真・死の秘宝、第二神器──」

「いかん!!止め、」

「『神託の庭』!!」

 

 神託の庭──

 視界が白黒反転する。

 それはヴォルデモートが『完成しているが永遠に未完成』と称した神器。

 時空間魔法に種別される、されど精神に影響を及ぼす究極の対人兵器。

 彼が展開した庭の中に取り込まれた者は須く『動きが止まる』。体内時間が停止して、指一本動かなくなるからだ。何故ならば、ヴォルデモートが殺してきた者達の怨念が、彼等の脳髄を駆け回るからである。

 これがただの精神汚染であるならば幾多の死を乗り越えてきた闇祓いや騎士団達には然程効果は無かっただろう。けれどこれは時空を越え与えられる情報であり体感時間を停止させる効力も孕んでいるためガード不能だ。

 怨嗟に対する認識などどうでも良い。爆音を至近距離で聞かされれば耳を塞いでしまうように、精神を意識的に遮断させて縛り付ける。

 

(人体、生体、霊体問わず、心ある生き物全てに効く時間停止!怨嗟がおよそ無窮の懺悔を強制させ、何も出来なくなってしまう神器だ)

 

──しかしあくまで生き物の時間を停止させるだけであって、世界の時間を止めるわけではないこと、庭の発動中はヴォルデモート本人の魔力が練れなくなってしまうこと、インターバルがあること、そして停止した時間分だけの跳ね返りがあること──

 それらデメリットを差し引いても、今発動すべきだと魂が叫んでいた。

 いつまでも止められる代わりに、範囲・秒数に上限がない故『完成』がない。

 それこそが、対人最強の神託の庭。

 

「──勝った、な。っくく……お前達の停止時間は九秒、停止が解けると同時に俺様も九秒間止まらねばならん。しかしお前達が死ぬならその心配はせずに済むというわけだな!」

 

 魔力が練れなくなり、虚の震天を維持出来なくなったヴォルデモートは、直接殺さんと地上を歩いて行く。地に伏すアレン達を嗤うように、地上の戦士を讃えるように。足音が死を告げるカウントダウンのようだった。

 かつん、かつん、かつん──

 静まり返る戦場に、乾いた音だけがやけに響き渡った。

 にやりと、優越の笑みとともに右手を振り上げて──

 

「──フリペンド!!」

「がッ、あ──?」

「セクタムッ、センプラ!!」

「き、さま──スネイプ!何故……!?」

「何の話だ!!」

 

 瞋恚をもって、蝙蝠の男を睨め付く。

 原理は知らないが神器を破られた。その事実に腑が煮えくり返りそうだった。

 対するスネイプもまた、神器を打破したという実感はなかった。気付いたら帝王が近くにいたので、取り敢えず魔法を撃ち込んだだけだ。先刻の、肉体が止まるかのような奇妙な違和感は何だったのか知る由もない。

 偶然に偶然が重なった結果だった。

 スネイプが高度な閉心術師であり、ヴォルデモートの攻撃が精神に干渉するものと察知して、半ば瞬間的に精神を事前に防御したこと。だが閉心術でも神器を突破することは叶わない──

 しかしスネイプには、怨嗟の声の中に混じる、紅い女の面貌を捉えていた。

 彼女もまたヴォルデモートに殺されたモノであり、愛してやまない女性。

 怨嗟を全て聞き流し、無我夢中でその足跡を追ったことで、何とか脱出できたというだけのことだ。

 その代償は大きい。魔力はがりがりと削られて、精神は摩耗しひび割れる。

 スネイプの寿命は一気に削れたろう。

 だが──

 

「お前がそれで死ぬのなら、最早それに勝る喜びはリリーのみだ!!」

「何を言って──ッ、がァァ!!」

「照れるなよ。私とお前の仲だろう……!!

──セクタムセンプラァアアアア!!」

 

 まずい。肉体の損耗が激しい。

 虚の震天か、もしくは第三神器を使用して防御せねばなるまい。

 そうするためには第二神器を解く必要がある。であればアレン達の解放は免れない。いや待て。落ち着け。神託の庭を途中解除することで、アレン達への時間停止はなかったことになりこの身への跳ね返りも最小限で済む筈。

 であれば、虚の震天をフル活用すればスネイプごときすぐに殺せる。

 それから段階を追って殺していけばいいだけの話だ──!

 

「解除!!第一神器──」

「『ハスタム・エクスティンクティ』。よく持ち堪えたのう、皆んな」

「ダンブル、ドア……!!」

 

 ヴォルデモートの咄嗟な防御は果たして攻を奏した。

 あの髭野郎──あの老ぼれめ。グリンデルバルドを倒してここに来たか!

 畳み掛けるように、砂塵が舞い帝王へと押し寄せる。何なく躱すものの、ここに来て、ヴォルデモートは自身が荒い呼吸をしている事実に気付く。

 マジかよ。窮地に陥った。

「いや、愉しんでいこう!」

 闇の帝王の基本原則。全霊でこの世全てを睥睨し侮蔑し尽くす。愚者どもの滑稽さに腹を捩らせるべきだ。愉しむためなら大罪すら侵そう。

 逆境にこそ愉悦を求むるのだ。何故なら不自由こそ苦痛であるからだ。

 通用しない、効かない、何もできない意味がない──それは不自由。

 何なら効く?何が通じる?今俺様にはどんな可能性がある?──それが自由。

 自由にこそ勝利を求めよ。

 

「ここが限界値ならば──俺様は更にその先を往くだけよ」

 

 虚の震天──それはもう一段階先の形態へと移行する。

 あくまで変化だ。応用に過ぎない。けれどそれこそが可能性への発端。虚の震天で出した幾百もの杖を、敢えて一点に集中して一本の杖にする。

 最初から一本の杖を出すのではなく、他全てを犠牲にすることで得られる真理の果て──それが、『虚の哀哭』。

 されどダンブルドアがヴォルデモートの攻撃に対し受けの姿勢に回ったのは、フォークスがいたからだった。二つの影は合わさり──

 死が交差する。

 心臓が貫かれる。

 互いに少なくない消耗だった両者の激突は、かくも早い段階で決着へともつれ込もうとしていた。分があるならば、死をも厭わぬダンブルドアの方が、より深く肉体を抉っていた。けれどヴォルデモートもそれは承知の上。

 

「──ゾンビかお主は。どこにそれだけの元気があるのじゃ」

「殺した、とでも思ったか……?第三神器の効果だよ……!!」

「まあ、予測は、しとったよ。けれどこれでもう動けまい、トム」

「────ッ!?」

 

 不死の焔が帝王を縛り付ける。フォークスの無限の拘束だ。

 そして限界を迎えていたのはヴォルデモートだけではなかった。

 闇に光差す派手な金髪の男が、ふらふらとした足取りで立ちはだかる。

 人生初の魔力枯渇、体調が悪い中で神託の庭をその身に受け、常人であれば最早立ち上がれぬ程の消耗。それでもアレンは立ち上がる。歩みを止めない。

 ムーディーに支えられながら、なけなしの魔力をそれでも絞る。

 世界の悪を、正義は殺す。

 

「いけるか、レックス」

「いけます、お師匠」

(どこまでも──つくづくな男よ。俺様が立ち上がるなら、また同様にお前も立ち上がらねばならん。曲がりなりにも死を知覚したことで抱いたのか、新しい世界への扉の鍵を)

「──だが。俺様を殺したくば、それはダンブルドアを殺すということに他ならんぞアレンよ!やるというのか?宿業に身を堕とす覚悟はあるのか!?」

「あるさ」

 

 アレンは即答した。

 

「俺だけじゃない。皆んなそうだ。舐めるなよヴォルデモート、ここに集ってくれた人達の覚悟の重さを。──いくら怖くても怯えても、不死鳥の騎士団は死ぬことから逃げなかった人の集まりだ。

 お前の価値観を否定はしないが、同時に許しもしない」

 

──まだ、レックスが子供の頃の話。

 闇祓い達に、父に、死ぬのは怖くないのかと聞いたことがある。

 それを聞くと彼等は笑った。いつ死ぬかなんて誰にも分からないものだ。いつまでも続くと思っていたものはある日簡単に壊れてしまうものだ。

 だから──価値を求めるのだ。

 明日死のうが、百年後に死のうが結局は変わりはしない。

 どうせ死ぬんなら、俺達は今を精一杯生きたい。

 じゃあ、どうして命を助けるの?と大人に聞いたら……生き甲斐ってやつが見出せない人がこの世にはいる、俺達はいいけどその人達が死ぬ時に胸張って生きててよかったって言えるような世の中にしたいから……そう言った。

 

「そのために生き抜いてやる……魂を屈服できると思うな、ヴォルデモート!

 これが!俺達の、生き様だ!!」

 

 ああ──

──託せる。

 

「──レックス・アレン」

 ダンブルドアは、消え入りそうな声でそう言った。

 

 

 

「頼む」

 

 

 

 大地が軋んだ。

 地上が唸った。

 岩があり、砂が舞い、木が燃え、熱となり炉心は完成した。

 翠と蒼の星の創生が超速で行われ高速回転し、命が生まれ梵天が死ぬ。

 それ全てのエネルギーを収束。

 形となるは最強のそれ。

 天下無双の咆哮をを上げて、壊劫が牙を剥く。

 

「頼まれたよダンブルドア。貴方ごと帝王を殺すぜ。怨むなよ」

「怨むものか。ありがとう」

 

──骨身の竜。

 現れる絶対の破壊神は、かつて少年だった頃に夢見た最強生物。

 古代生物・ティラノサウルスの骨が絶対防御を身に纏い顕現せしめる。

 そこには、確かな暖かさがあった。

 凶暴なりし骸竜であるそれには確かに幸福と祝福が渦巻いていた──。

 

「……守護霊の呪文……!?」

「──守護神とでも呼んでくれ」

 

 優しき兵器は地を揺るがして、至高へと至る。

 

 

 

 二人は激突した。

 空だけが、その決着を見ていた。

 




次回、プリンス編最終話です。
7月31日はハリー・ポッターの誕生日。それに合わせた重要話を投稿予定です。お楽しみに。


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Half-Blood Prince

──最後に立っていたのはヴォルデモートだけだった。

 

「──ハァッ、ハァ……」

 

 荒げた息、稀に見る疲労困憊。

 ヴォルデモート卿はダンブルドアとアレンの猛攻を耐え凌いだ。

 危なかった──ダンブルドアの拘束をすんでのところで振り解き、全魔力を防御に費やし、その上で逃げに徹したことで何とか事なきを得た。……無様を晒したが敗北よりはマシだ。敗北よりは。

 しかしそのダメージは甚大。

 肉体から煙が上り、魔力は枯渇してほとんどゼロ。アレンが守護霊の呪文はあまり得意ではなく、普段から使用は控えていたため、技の練度が低かったことが決め手の一つだった。

 しかし紅い力も抜きに土壇場であれだけの魔法を生み出してしまうとは、本当に末恐ろしい奴だ。脚に力が入らなくなり片膝が地面に沈み込む。

 

「俺様に……膝をつかせるとは……」

 

──意図せずして、騎士が王族に対し敬意を示すような格好となった。

 ヴォルデモートは大地に屈した。

 顔を上げる。

 ダンブルドアは眠るように死んでいた。

 アレンは立ったまま死んでいた。

 闇の帝王を最も追い詰めた二人の最強はしかし、物言わぬ屍となっていた。

 結局──最後の最後まで、仕留め損なってしまったのか。

 

「その大健闘を讃えたいところだが……勝利の美酒に酔いしれるのが先か。

 これでもう、魔法界に俺様を脅かすような障害はない!!

 覚悟しろ魔法界!従属の時はすぐそこまで近付いて──っく!痛みが……ッ!俺様の言葉を遮るとは!死して尚、不遜な連中めが……!」

 

 肉体が痛みを訴える。

 ただの激痛ならば帝王たる彼は反応すら返さないのだが、思っていた以上に傷は大きいようだ。一刻も早く回復せねばなるまい。また休養生活だ。

 

「暫くは休業だな。……そういえばダンテもいつの間にかいないようだが……死んだかな?丁度いい、奴の築き上げた資産を利用させてもらおう」

 

──アレン渾身の一撃は届かなかった。

 両者衝突の瞬間、自らの寿命が残り少ないと悟ったアレンは咄嗟にムーディーとスネイプを逃がしていた。この場から離れるようにと。

 しかしムーディーは兎も角、スネイプはもはや風前の灯火であった。

 ヴォルデモートの第二神器『神託の庭』を無理矢理突破してしまったために、それ相応の代償を支払わねばならなくなったのだ。すなわち、命。

 ダームストラング城から逃げ果せんとスネイプは、ポートキーの設置場所へと急ぐ。騎士団が脱出用に予め用意してあったものだ。道中、戦闘に巻き込まれてムーディーとは逸れてしまったが……奴のことだ、死んではいないだろう。

 騎士団連中も大将の死を悟って退却している頃合いだ。

 まずは何としてでも、ホグワーツに、

……………………。

 

「…………ポッター?」

 

 城から少し離れたところ、ちょっとした木々の中に、紅い髪の少女がいた。

 彼女の周りには、ダームストラングの寿蔵した人形が転がっている。

 ……いや待て。何だってこんな外国くんだりに、この少女がいるのだ。

 戦禍の匂いを感じ取って、ここまで来たというのか?

 

「──お前も、私を殺しに来たのか」

「……?」

「しらばっくれるな!!同じ手が何度も通用すると思うなよ!!お前も、……こいつらみたいにッ、どうせ変装しているんだろう!?私の近しい人に化けて油断したところを殺すつもりでいるんだ!!そうに決まってる!!」

 

 ようやく気付いた。

 彼女の周りに転がっている人形は、どれも残骸だが……頭部、顔に当たる部分は彼女とよく行動を共にしているウィーズリーやグレンジャーのものだ。

 ……友人に化けて騙し討ち、という目的で作られたにしては稚拙な作り。

 けれど見知った顔を壊す反応を見るという目的ならば、これらは残酷なまでに精巧だった。一度その経験があるシェリーには、特に効いたろう。

 

「──落ち着け。我輩は本物だ。魔力の流れで分かるだろう」

「そんな筈はない!そうじゃなきゃおかしい!!そうじゃなきゃ、そッ、そんな言葉をかけてくる筈がない!!そんなことを言う訳がないんだ!!もう騙されないぞ!!もう──」

「もうやめろ」

 

 錯乱し、杖を振り回すシェリーを、スネイプは諭すように静止させた。

 

「お前に構ってやる時間はない。帰るぞ」

「ぇ──ぁ──」

「ついて来い」

 

 腹部に痛みを感じつつ、再びポートキーの下へと急ぐ。

 ……咳が出てきた。

──今夜が峠か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクシデントはポートキーに乗る寸前で起きた。

 それに捕まろうとした瞬間、追ってきた死喰い人の襲撃を受け、ポートキーが壊れた状態で座標移動してしまう。そのせいでどことも分からぬ僻地へと飛ばされてしまっていた。

 そこは、よく雪の積もっているどこかの山奥だった。

 互いに残り魔力の少ない身、もし吹雪いてしまえば野垂れ死にだ。

 仕方なしに、澄んだ魔力の洞窟へと足を踏み入れる。近代化が進んでいる今、こういう人の手が入っていない場所は少なくなってきている。ここで──…

──いや、もう、いっそのこと、死んでしまうのもアリか。

 死ねばリリーに会える。やれるだけのことはやった。そうだろう……?

 

「──さっきは──ごめん、なさい、取り乱して……」

「………」

「戦いは終わったんですね……?」

 

 消え入りそうな声を、スネイプは一瞬声だと認識できなかった。

 霞み始めた視界で少女を見る。酷いものだ。髪はくすみ肌は青褪めて、亡霊と変わらない姿でふらふらと。目は濁り……いやまあ、それは別にいい。

 兎に角、今のシェリーはスネイプにとって最も嫌悪すべき姿だった。

 皮肉を言うのも億劫になって、刺々しい言葉を適当にぶつけた。

 

「ダンブルドアとアレンは死んだ」

「ッ──」

「フラメルも死んだようだ。対して向こうの損害はダンテとグリンデルバルド。これを小さいと見るか、大きいと見るか」

「……そう……死んだんだ……」

 

 唇をわなわなさせていた。

 ああ──面倒な。こちら側にいる者が全員聖人君子にでも見えているのか。

 戦争なんだ人は死ぬ。どうしてそこまで律儀に悲しめる?

 それが優しさとかいう感情のせいだというなら、このホムンクルスは何とも不要な感情を得たものだ。創られた人形風情が何を背負っているのか。

 

「……やっぱり、奴は、殺さなきゃ……」

 

 憎らしかった。

 リリーを素材として創造されたホムンクルス。見ているだけで嫌悪と吐き気を催してくる。気持ちが悪い。リリーの身体で眼はジェームズ、力はヴォルデモート譲り……それなのに心だけが誰にも似ていない。

 だから、混乱した。

 シェリーは、リリーではない。そんなことはよく分かっている。

 けれどジェームズでも闇の帝王なかった。憎らしい相手でもなかったのだ。

 もし仮に──ヴォルデモートがあの家に置き去りにしていったのが、ハリーの方であったならば。スネイプは存分に憎めたであろう。ジェームズを憎むようにハリーを疎ましく思えただろう。

 だが、違うのだ。

 シェリーは良い子ちゃんすぎた。

 誰かの面影を投影することができなかったのだ。他の誰でもない、シェリー自身を見なければならなかった。それが本当に面倒臭かった。

 興味のない赤の他人のことを一から理解せねばならないような感覚。

 見知らぬ人間が、リリーの顔で勝手に泣いたり笑ったりするのが、どうしても耐えられなかった。……仮にこの子の戦いが魔法界にとって必要なことであっても、悲痛な顔をするくらいなら戦場に立たせたくはない。

 

──寒気を感じなくなってきた。

──シェリーが心配そうに覗き込む。

 

『彼女が愛しているのは、君もなのじゃ』

 

 シェリー・ポッターはセブルス・スネイプの罪の象徴。

 であれば、きっとあのひとはシェリーを愛してしまうのだろう。

 こんな闇に堕ちた屑でさえ、あのひとは愛してくれたのだから。

 ……で、あれば。

 シェリーをこんな状態であの世に行かせる訳にいかない。

 リリーが悲しむ可能性は全て排除されるべきだからだ。

 

『そのために生き抜いてやる……これが!俺達の、生き様だ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は悪くない」

「──ぇ」

「悪いのは全部、闇の帝王だ」

 

「……ちがぅ、よ……?セドリックが死んだのも、ローズが死んだのも、ブルーが死んだのもシリウスが死んだのも……ファッジさんが死んだのも、全部私の能力不足だったからなんだよ……わたしが弱いせいで皆んな死んだんだ……私が殺したんだ──」

「自分のせいにしなければ、生きている理由を見出せなかったからだろう」

「────」

「復讐を、贖罪を大義名分にして自傷行為を働いて、そうやらねば心を慰撫できないのだろう。そうやって初めて生きる資格とやらを感じているのだろう」

 

 シェリーは、容れ物だ。

 ホムンクルスとしての世界への疎外感を無意識の内に感じていた。

 いじめられるよりずっと前、この世に生を受けた瞬間から。

 空っぽな自分は、何かを容れることでようやく生を実感できる。

 それが──痛み、だった。

 他者が背負うべき苦しみも、他者が負った痛みも、全部全部肩代わりする。ゴミ箱のように、他人が持つ痛みを全て受容することで、初めて意義が生まれる。

 

「だが──君がどれだけ卑下しようと、君を愛する存在は確かにいるのだ。……君が死んで、悲しむ人は、……大勢いる」

「──せんせい?」

「君如きの死がいったい何の役に立つと言うのだ。……君を愛するひとが悲しんでも君の願いが叶えばそれでいいのか?彼等の幸せは君があってこそのものだというのに──君は、彼等の真の幸せなど考えたことがない。

 ……幸せは自分関係ないものだと思っているから、考えられない」

 

「なんという独りよがりだ。──それは『君の中の幸せ』でしかない」

 

「価値を──他人に──委ねるな。意味がなくとも生きるのだ。──何事も、遅すぎるということはない。──君には愛してくれる人がいるのだから」

 

 

 

 

 

「生きろ、シェリー」

「幸せになってからこっちに来い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ずっと鏡に写っていたリリーを見ていた。彼女は最初からちゃんと私を見てくれていたのに、私は本当の彼女に背を向けて、鏡に写った理想のリリーしか見ていなかった。その内、彼女は私を見限って背を向けた。けれどその時も私は鏡に写っている方のリリーを見ていた。鏡の中のリリーが死んでようやく私は本当のリリーを探し始めた。死体を探した。生きていた証を探した。ずっとずっと探してようやく、死の間際に、それらしきものを見つけられたような気がした)

 

 かつて、予言を知ったスネイプはヴォルデモートに母親の命を懇願した。

 彼女だけは助けるようにと、娘と夫が死のうとも、リリーだけは生かすように提言したのだ。それを聞いたヴォルデモートは、気まぐれか、それとも優秀な部下のモチベーションを保つためか──リリーに忠告をした。

 そこをどけ。赤子をこちらに。

 であれば、お前の命は助けてやろう。

 リリーは拒否し──自己犠牲の道を選んで死亡した。娘に愛の護りをかけて。

 つまるところ、ヴォルデモートが滅びる遠因となったのは、シェリーが生まれる遠因となったのは、スネイプのあの懇願からだったのではないか。スネイプがあのタイミングで両陣営に働きかけたことで、シェリーは誕生した──

──そう考えるのは、傲慢か。

 結局のところ、そうなったのはあらゆる運命が重なったというだけの話だ。

 

 スネイプがやった行いに意味はあるかもしれないし、ないかもしれない。

 償いに意味はあったのか──?

 リリーへの贖罪として生きてきたこの歳月は無駄だったのか──?

 

 

 

 

 

 でも──

 君にとっては──無責任な、愛だったかもしれないけど──

 償いなんて、求めてはなかったかもしれないけれど──

 

 できることは──全部したよ──

 君の分まで苦しんだよ──

 

 生きた、よ──全力で──

 

 

 

 今の、僕になら──君と話す資格はあるだろうか──?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──僕を見てくれ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ──」

 

「やっとこっちを見た!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 スネイプの骸は、雪の中でも花が咲いていたところに埋められた。

 墓前に一房、花を添えて。

 土を掘り弔ってやるしかできない自分に腹が立つ。けれど、もうそれすら疲れてしまい、洞窟に戻ると糸が切れたみたいにぱたんと倒れ込んでしまった。

 

──ああ、ねむい。

 透明マントを被り、せめて最低限の防寒と隠蔽をしなければ……。

 

 ヴォルデモートは一度滅び、ゴーストのようになっても生き永らえられたのは

分霊箱の存在と……空気中から魔力を蓄える術を身につけたからだ。

 それと同じ能力を、この一年の極限生活でシェリーは物にしていた。

 即ち、何も食べずとも飲まずとも、肉体を維持出来る手段を──。

 シェリーは眠りにつく。

 意識を断ち、屍人のように眠ることでシェリーは大気中から魔力を得、誰にも気付かれずに生命活動を維持した。

 

 一日経っても、二日経っても彼女が目を覚ますことはなかった。

 

 

 

 やがて──時は流れる。

 ベガ・レストレンジ達はホグワーツを卒業し、各々の道を行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……過酷な道ですよ。アレンさんの部下として結構経ちましたけど、君の想像以上にきついですよ、あれは。僕なら絶対にやりたくねえ」

「それでも誰かがやらねえといけねえ。あいつが帰ってきた時に拠り所がないと困るだろ」

「…………。あの死線の後なのにムーディーもまだまだ元気みたいですし、ムーディーブートキャンプくらいならクチ聞きますよ。できるかどうかは君次第」

「俺にできねえことはねえんだよ」

 

──ベガ・レストレンジはダンブルドアやアレンに代わる『最強の象徴』として担ぎ上げられるようになる。

 

 

 

 

 

「今ここに!例のあの人を打倒せんとする同志を集う!!」

「戦う意志のある者!後進の為ならば命を擲てる者は、このルーファス・スクリムジョールの幕下に加われ!!」

「──行くんだ。マイナスをゼロにする戦いへと。僕達の子供に背負わせないようにするために!」

 

──ホグワーツの生徒、特にダンブルドア軍団出身の者の多くは、こぞって杖を取り立ち上がる。若者であっても能力次第で前線に立たせる運用に非難の声も上がるものの、平和を求める大多数の声に掻き消されていった。

 

 

 

 

 

「まだ終わらんぞ……まだ……!!」

 

──ダンテ・ダームストラングはダームストラング城から忽然と姿を消す。スクリムジョールとバジリスクの証言によれば彼はニコラス・フラメルとの戦闘で手傷を負い重傷らしいが、死体は未だ見つかっていない。

 

 

 

 

「死喰い人どもよ、休暇は存分に楽しんだか?それではこれより蹂躙だ。俺様が赦す、邪魔者どもを一掃してしまえ!!」

「ォォォォオオオオオオ!!」

 

──暫くの潜伏期間の後、死喰い人は侵攻を開始。北方を中心として各魔法省は実質的に彼の支配下に陥り、フランス魔法界は対抗したが陥落。イギリス魔法界は『最後の砦』と称されることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気を付けろ、紅き髪の少女よ。運命は既に始まっている。闇の帝王は既に手を打っているのだ。七年に渡る戦争の火蓋はもうじき切って落とされる」

 

「辛いだろう。絶望に呑まれるだろう。今までの苦難が児戯に思える程の苦難が待ち構えているのだから。初めての殺人は汝に消えない闇をもたらすだろう」

 

「それでも戦わねばならぬ。死屍累々の道だとしても、進まねばならぬのだ。『生き残った女の子』よ……いや──『神に呪われた少女』よ!」

 

 

 

 かつてトレローニーが発した予言。

 七年に渡る戦争の火蓋──すなわちヴォルデモートが復活した年から、七年に渡る戦争が始まったのだ。時が移ろうとも戦禍は未だ消えず、悲しみの雨が降り注いでいた。

 

 紅い髪の少女は昏い眠りの中にいた。

 ずっとずっと、眠っていた。

 肉体に流れる人外的な部分が彼女の命を永らえさせたのかもしれない。

 少女は女性となって、肉体と骨盤は大人の女性のそれへと変わっていた。

 

 

 

 

 

──三年の時が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 





【挿絵表示】




レックス・アレン    死亡
死因:ヴォルデモートとの戦いにて生命力を使い果たし死亡

アルバス・ダンブルドア 死亡
死因:アレンに自分ごと攻撃させ、心臓部を撃ち抜かれ死亡

セブルス・スネイプ   死亡
死因:ヴォルデモートとの戦いにより命を消耗、然るのちに死亡



次回から成長したシェリーたちの物語が始まります。
つーか3巻で出した予言を見て『卒業した後も戦争続くんじゃね?』と予想された方がいましたが鋭すぎる…。


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THE DEATHLY HALLOWS
1.シェリー・ポッターと愛する少女


お久しぶりです!!投稿していくぜぇー!!


 

 

 

 

 

──物心ついた時から、私が怖かったのはいつだって未来だった。明日が来なければ良いのに、なんて何度思っただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『怖い』、だって……?

 私が怖いものなんて、それこそ一つだって無かった。……ああ、いや、セドリック達が目の前で死ぬまでは、か。

 あれ以降、私の怖いモノは仲間や友達の死体になった。

 仲間を失うことは、“つめたい”。身体の芯まで冷え切ってしまう。

 それを回避するためなら、どんなことだって怖くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

──わたしは、こわい、なあ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あなたは、誰?……

 あなたは……何に、怯えているの?……

 

 

 

 

 

 

 

 

──すべてが。私は未来が、こわかった──

 シェリー。

 あなたは、起きないとだめだよ。

 

 誰かを傷つけることでしか生きられないほど、追い詰められて、苦しんでる。

 空は哭いて、神は救わず、世界は騙され続けてる。

 あなただけが、救えるのだから──

 

 

 

 

 

 立ち上がって、シェリー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふふんふふーん♪」

 

──甘くて清潔なにおいは、白樺だ。

 鳥の囀りに耳を傾けながら、少女は森の中を進んでいく。足取りは軽く、跳ねるみたいにぴょんぴょんと樹々の間を駆ける。

 今日は、自由に出歩いてもいい日!

 村の友達と遊ぶのは楽しい。けれどたまにはこうして冒険に出ないと、好奇心は退屈に殺されてしまうだろう。

 

(河の方へ行きましょう。脚がふにゃふにゃになるまで水遊びをするの。そしたら花畑で花冠を作って。それから、それから──ああ、とっても楽しみ!)

 

 マリィ・リエットは、とある魔法使いの村落に住む純朴な少女だった。

 紅い髪に、黒いリボン。ツインテールに結んだ姿はまだまだあどけない。

 北欧独自の、瑞々しい肌を溌剌に輝かせながら、森の奥の河までひた走った。ここに越して来てからというもの、あの澄んだ河川はマリィのお気に入りの場所だった。

 だが今日に限っては、そこはマリィだけの場所ではなかった。

 水の跳ねる音。魚が泳いでいるのではないだろう。人が、水を飲んでいる音だ。

 好奇心も露わに、水音のする方を向く。

 

 どきり、と、心臓を掴まれたようだった。

 大人の女の人がいる。

 村の女性ではない。アンニュイな雰囲気の綺麗な女の人。

 紅い髪の女性──簡素な服に身を包んだその女性は、枯れ木のようにひどく窶れてはいたものの、生まれつき持っているのであろう美しさは損なわれてはいなかった。寧ろ、成熟した女性の気怠げなかんばせからは、透き通るような萌葱の凛々しさすら感じさせる。

──きれい。

 どういった人物なのだろう。

 どのような女性なのだろう。

 赤髪の女性は顔を拭くと、こちらを見た。

 深い紅色の下から草原のような榛が覗く。

 奔放で、束縛されない色彩だった。

 

「ぁ──お、お姉さん!お姉さん、どこからいらっしゃったの?ここらでは見ない顔だけれど」

「……アー……」

 

 大人びて見える女性は、マリィの質問に予想外にもどもった。

 何か言いたくない事情でもあるのだろうか。

 

「アー……ヴォンジュール?ええと、私はイギリスから来ました……」

(外国の人……!)

 

 マリィは生粋のフランス人であり、フランス語しか喋れなかった。

 困っているように見えたのはどうやら言語だったらしい。

 

「イギリス……イギリス!まあ、まあ!名前は何て仰るの?」

「あ──え、と、シェ……」

「シェ?」

「じゃ、なくて。ハーマイオニー。そう、ハーマイオニー・グレンジャー。それが私の名前……です」

「ハーマイオニー……ハーマイオニー!素敵な名前だわ!私はマリアって名前なの!ねえ、ハーマイオニーはどこから来たの?ああ、もしかして旅人様ね?私、お爺さまに聞いて知っているもの!例のあの人が席巻してからとんと減ってしまったけれど、世界には自由を求めて旅に出る人が沢山いるって──」

「プ、プリーズ、スローリー」

 

 はたと、口を閉ざして赤面する。興奮すると口数が多くなるのは悪い癖だ。

 反対にハーマイオニーと名乗る女性の語り口は辿々しく、まるで人と会話することそのものが久しぶりであるかのように、口にする言葉がちゃんと“言葉”なのか確認しながら喋っているようだった。

 

「ん──ええっと、旅──そういうものなのかな。アテは無いんだけど──」

「……、貴方も故郷を無くしてここまでやって来たの?」

「────貴方“も”?」

「ええ、そうよ。私は元はフランスはブルターニュの田舎の方に住んでいたのだけれど、例のあの人の台頭で、そこも安全とは言えなくなってしまって。移動鍵と夜の騎士バスを頼りにここまで移住してきたの。国境付近は激戦区と言う人もいるけれど、そこさえ越えれば不死鳥の騎士団の最後の砦があるもの」

「騎士団……?最後の砦……??」

「どうしたのハーマイオニー?」

「……ええと、実はここ数年は一人で放浪していたから世間の様子も碌に分かってなくてね。行くアテもないし。よければ君の住む……村?街?へと案内してくれると助かるんだけど……」

「!ええ、ええ!喜んで!きっとハーマイオニーのことも受け入れてくれるわ!あの村の人達は、例のあの人から逃げて来た人達が集まってできた所なんだもの!」

 

 混乱気味の紅の女性を、自分の村まで案内するマリィ。

 幼子の心臓は高揚を隠せないでいた。

 なにか──退屈な世界に、たのしいことが起こる予感がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(危ない……ローズやブルーにフランス語を教わってなかったら会話すらまともにできないところだった……)

 

 ハーマイオニーを自称する女は内心で心臓をバクバクとしながら、マリィと名乗る少女についていく。マリィはまだ杖も持っていないようだし、まだ十一歳になるかならないか、といった年頃だろうか。単純に学校に通えていないだけかもしれないが。

 ……嫌なことは考えないようにしよう。

 考えたって仕方のないことだ。ただ不安になって落ち込むだけで、良いことなんて一つもないのだから。

 

「ここが私の村よ!」

「おおー…村って言うよりは、キャンプ地って感じだなあ……魔法のテントがあちこちに張ってあるや」

 

 まるで隠れ住むように、その村はあった。

 大きな木をノックすると、先程まで何もなかったところに村が現れる。死喰い人対策の簡単な視界遮断の魔法でもかけているのだろう。

 住人は……殆どが子供や老人のようだ。

 おそらく、魔法大戦の影響で住居を失った人達の集まりなのだろう。

 

「あ、マリィだ!」

「マリィが帰ってきた!」

「知らない女の人もいる!」

「わっ、わっ」

 

 あっという間に好奇心旺盛な子供達に取り囲まれた。

 

「紹介するわ!私のお友達! エトワール! カノ! ルーシー! サルパトーレ! サティ! リリア! イヴ! 皆んな素敵で良い子達ばかりよ!」

「えっと……、エトワールと……」

「おや、君も例のあの人から逃げてここまで来たのかね?」

「……えっと、」

「この村の村長さん!ウイ爺よ!ウイ爺は英語を喋れるのっ」

 

 立て続けに情報が入ってくる……!

 

「ええと、シェ、じゃなくてハーマイオニー・グレンジャーです。イギリス出身なんですが、えと……色々あって、外国に行っていて。……色々あって、ここに辿り着きました。よろしく、ウイ爺」

「ああ、よろしく、ハーマイオニー。見ない顔だが、うん、マリィが懐いているのなら心配はないじゃろう。何せ、人の心の機微には人一倍聡い子じゃからの」

(英語喋ってくれてる……!)

「ここの住人達は例のあの人によって家族を失くしたり、故郷を追われた者の集まりでな。こうしてお前さんのような人達を保護しておるんだが……近々、イギリスへと逃がす予定だったのだ。今や、あの国が世界で最も安全だからな」

「……その辺り、詳しくお聞かせ願えませんか。今は少しでも情報が欲しい」

 

 長い話になる、ということでウイ爺の家に行くことになった。

 出されたシチューを頬張る。相変わらず味は分からなかったが、実に四年ぶりの食事に胸が踊った。

 ……そう、四年ぶり、である。

 彼女は四年間眠っていたことになる。

 ホグワーツ六年生の時に眠り始めて、四年が過ぎたので……今の肉体年齢は二〇歳といったところか。鏡を見ると、背も伸びて顔立ちもどことなく変わっていた。

 いや、『オリジナル』が一歳の時にこの肉体が作られたのだから、正確に言うなら十九歳になるのか?……考えても分からないので考えないようにしよう。

 今はともかく、もう成人しているので魔法を使っても“匂い”が出ないこと、そして四年も経っていながら魔法大戦は未だ終結していないこと……その二点さえ分かっていればいいだろう。

 

「じゃあえっと、ヴォ──」

「シーッ!例のあの人の名前を呼ぶと魔法で感知されることを知らんのか!?」

「えっ!ご、ごめんなさい」

「まったく、命知らずというか、何というか……肝が冷えたわ」

「ほんとごめんなさい……最近は新聞も碌に読めてなくって」

「新聞など、人の恐怖を煽るだけじゃよ。魔法省への非難、死亡記事、行方不明事件の記事は、書けば儲かるものじゃからな。今は命知らずの、しかし気持ちの良い若者が不定期で放送しているラジオだけが、正しい情報を伝えていると言えような」

「へえ……(珈琲を口に含む)」

「そう──ポッターウォッチこそが」

「ぶっ(噴き出す)」

「だ、大丈夫かね?」

「ゴホッ、ゲホッ。……ずみまぜん」

 

 めちゃくちゃ聞いたことのある名前に思わず咽せた。

 

「君も今度聞いてみるといい。声も喋り方もそっくりの双子と、やたら実況がうまい若者がパーソナリティのラジオじゃ」

「……へ、へえ。それは、とても興味深いですね」

「ともあれ、状況は芳しく無いのも現実じゃよ。イギリス以外のヨーロッパは北から順に陥落されていっとる」

「──ッ」

 

 陥落、ときたか。

 予想はしていたが、改めて現実として言われると直視し辛いものがある。

 ローズやブルー、ネロやリラ──彼等の故郷を死喰い人が蹂躙している事実。何とも言えぬ感情が込み上がる。

 

「破竹の勢いとはまさにこのこと……ヨーロッパの各魔法省は他国に救援要請を出しておるが、あまり相手にはされておらんようだ」

「何故です?」

「例のあの人の侵略はあくまでヨーロッパで起きていることであり、自分達には関係のないこと。援軍を出してやってもいいがそれ相応の金を寄越せ。……というところじゃな。ニホンやアメリカは申し訳程度に部隊を送り込んどるようじゃが、戦争に本格参戦する気はハナからない。死喰い人をいくら倒したところで、他国にとってはメリットなんざ無いからの」

「そんな──そんなことで、例のあの人には──」

「ああ、勝てん。ダンブルドア、アレン、フラメルが死んでおいて、その姿勢はあまりに呑気が過ぎる。しかし同時に恐れてもいるのじゃ。彼の怒りが自分達の国にまで来たらどうしよう、という──」

「…………」

「希望があるとすれば──現イギリス魔法省大臣のスクリムジョール自らが再編した闇祓い──いや、不死鳥の騎士団であれば、或いは」

「え、不死鳥の騎士団?」

 

 懐かしい名前だ。

 だが……シェリーが知る限り、不死鳥の騎士団は隠密に行動することを旨とする組織だった筈だ。それが今では、死喰い人討伐の旗頭となっているとは……。

 

「元はダンブルドアが秘密裏に組織していたレジスタンスだったらしいが、今は闇祓いや力のある若者を中心として部隊が組まれた、まあ……戦いのための集団じゃよ。ちょいとしたカリスマ的存在で、騎士団に入りたいという若者は後を経たん。三つ隣の家に住むサルパトーレも入団すると言って聞かんのだ。まったく……出来立ての料理を口に含んだまま踊り出すようなアホが何をするというのだ」

「そんなに……」

「『ダームストラング城の戦い』で双方共に少なくない打撃を受け、例のあの人が肉体を休めている間、スクリムジョールは不死鳥の騎士団を総動員して絶対防御の構えを取ってな。攻めあぐねた例のあの人は一旦イギリスを標的から外したのだ。イギリスは世界有数の魔法国家、ダンブルドアがいなくとも“陥落”は難しい。ならば資金を調達する目的も兼ねて陥としやすい他国を中心に狙う方が効率が良い」

「なるほど……」

「特に──ベガ・レストレンジという青年が力をつけてきた。ダンブルドアとアレンの二強時代に続くように現れた、新しい希望の焔といえよう。彼を騎士団側の最大戦力と仰ぐ者も少なくない」

「え……!?ベガ!?」

「?何じゃ、知っとるのか?」

「え、ええまあ、知り合いの名前に似ていたもので……」

 

 何やら物凄い出世している友人に驚きを隠せない。

 いや同姓同名の別人だったりするのか?

 ベガ・レストレンジ……一体何者なんだ……。

 

「今イギリスが抵抗を続けられているのもベガ・レストレンジという最終防衛線があるからじゃろうな。何でも、学生時代は悪魔とか呼ばれて畏れられたとか」

(間違ってはない)

「だがまあ、儂個人としては新世代の台頭による弊害は少なからず起きていると感じておる。若者の登用……君もそれが目当てで騎士団に行こうとしているのなら、悪いことは言わん。やめておきなさい。止める権利は儂には無いが、若者に忠告する義務はある。彼等のお陰で生き永らえている以上、強くは言えないが……それでも儂より若い者が死ぬのは見ていて痛ましい」

「…………」

「強い意志があるのなら止めはせん。だが儂のような考えを持つ老人が大勢いることをどうか、覚えておいてくれ」

「…………はい」

 

 

「ところで……さっきマリィが国境を越えるとか何とか言ってたんですけど」

「ああ。この村はイギリスに向かって進んでおる。イギリス近辺は死喰い人の数も多いが、不死鳥の騎士団本部があるのでそこまで逃げるつもりなのじゃよ。若者も戦場に立たせる騎士団の在り方に疑問を抱いておきながら、結局は彼等の庇護を受けねば生きていけんとは、矛盾しているとは分かっているがの……。

 住居の殆どがテントなのも、すぐに移動できるようにするためじゃ。君もイギリスに帰るつもりなら、一緒に行こう」

「はい……私は、イギリスに帰らなきゃいけないから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

──分かっていたことじゃないか。

 フランスに住んでいたというマリィがわざわざイギリスまで“逃げてきた”と言っていたのだ。その理由は嫌でも想像がつく。

 則ち──『亡命』だ。

「皆んなが頑張っている間、私は呑気に眠ってたんだ……」

 自分一人が魔法大戦に参加していようがいまいが、どうせ大した戦力にならなかっただろうが、それでも何かできることはあった筈なのに。

 この数年を無駄にした。

 その事実が、重くのしかかる。

 ……ふと。

 気持ちが落胆していた彼女は、自分を物陰から見てくる視線を感じた。

 

「マリィ?」

「きゃっ!き、気付いていたのね……じ、実はちょっと聞きたいことがあって」

「うん?」

「ハーマイオニー、イギリス出身と言っていたでしょう?……つい最近まで世界各地を渡り歩いていた、ってこと?」

「ン──まあ、そうなるのかな」

「まあ!それじゃあ、さぞ大冒険だったのでしょうね!」

 

 本当は下水道やゴミ溜めの中で寝泊まりしていただけなんだけど。という言葉は口の中にしまっておいた。知らない方が良いこともこの世にはある。

 ……それにしても、マリィの好奇心は眩しい程に輝いている。

 ロックハートの教科書でも渡せばきらきらした目で齧り付くように本を読み耽りそうな勢いだと、内心で苦笑した。友人を思い出して、心が重くなる。彼女は今、どうしているだろうか。

 

「物見遊山する余裕はなかったよ。生きていくので精一杯で、ここ数年は殆ど死んでいたようなもの……この村まで来たのは偶然なんだ、本当に」

「あ──ごめんなさい」

「ッ、こっちこそごめんね。暗い話をするつもりじゃなかったんだけれど」

 

「本当……何のために生きればいいのか分からなくなっちゃって。……イギリスの自分の家に帰れば何か分かるのかもと思って」

 

 考えたこともなかった。

 その必要すらないと思っていた。

 自分の幸せ。生きる意味。戦う理由。

 大抵の人は家族のためとか、財産を失ったからとか、そういったありふれた理由で立ち上がるのかもしれない。或いは大義や正義を持って戦うのかもしれない。

 けれど、自分の理由は『そういう風に生まれたから』……なんと空っぽで、虚しくてつまらないんだろう。……自分さえ死ねばいいと思い込んでいたから、自分が死ぬことでどれだけの痛みを他人に与えるかを理解しているようで理解していない。

 なんと薄っぺらい人間だろう。

 無意識のうちに頭は下がり、下を向いてしまう。そんな彼女の頬にマリィは、ぴとりと人差し指を当てて笑顔を作らせた。

 

「無理しないでね」

「…………」

「休んでもいいのよ。疲れを取るのだって大事なことなんだから。お母さんが言っていたわ。辛い時ほど頑張って、頑張りすぎた後は休むんだって」

「…………マリィ」

「ふふ。ちなみに私は疲れを取って、もうすぐ来る十一歳の誕生日に向けて気持ちを落ち着けるつもりなのです。杖が貰えるのよ?大人の魔女の仲間入りだわ」

「……ああ、それは、お祝いしなきゃね」

 

「──きっと、ハーマイオニーはとてもとても疲れているんだわ。でも、きっと大丈夫!どんなに辛いことがあったって、きっと同じくらいの幸せがある筈だから。私はそう信じてる!──」

 

 

 

 

 

「未来は──きっと輝いているわ!」

 

 

 

 

 

 マリィの笑みは、とても眩しくて。

 

(ああ──そうか。人は、希望を見るんだ)

 

 暗い暗い夜の霧を払わんと、人は歩み続けるのだ。

 確かに今、マリィの中にそれを見た。

 この子なら、或いは──新たなる象徴に成り得るのかもしれない。

 何はなくとも、マリィ・リエットの在り方を美しいと思った。

 復讐のためでなく。

 何ら曇りのない理想を、彼女は確かに胸の内に持っていたから。

 

「────」

「わ、え、泣いてるの?どうしたの?何か悲しませるようなことをしたかしら?」

「ちがうの。……ちがうの」

 

 自分が不甲斐ないばっかりに、闇の帝王は未だ止まらず、何年も寝こけてしまい、挙げ句の果てに全く関係のない人達まで犠牲になっている。

 罪悪感で押しつぶされそうだった。

 申し訳なさで死にたくなっていた。

 けれど──救いはあった。

 こんな絶望的な世界の中にあって、まだこんな風に笑ってくれる子がいた。

 

「ありがとうね、マリィ」

「……? ??ええ、ハーマイオニーのお役に立てたのなら、光栄だけれど」

「貴方みたいに真っ直ぐな子がいてくれたことが、とても嬉しいんだ。……こんなこと言われても戸惑うと思うけれど、マリィみたいな子がいるって分かって、この世界もまだまだ捨てたもんじゃないなって。そう思えたんだ」

 

 だから。

 

「──生きていてくれて、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー・グレンジャー……いや、その真の名はシェリー・ポッター。

 神に愛されなかった、呪われた女性。

 魂は慰撫せずとも。心は未だ痛みを訴えようと、渇いた大地に降り注ぐ血の雨を看過できるほど、傍観者にも撤しきれない。

 シェリーは再び踏み締める。

 この子を守るために──

 新たな希望のために生きる。

 

 

 

 未来がほんの少しだけ輝いて見えた。

──再起の時は、近い。

 

 

 




◯マリィ・リエット
フランス出身の十歳の少女。
天真爛漫な少女。紅い髪を黒いリボンで結んでおり、目は澄んだ青色。もうすぐ来る十一歳の誕生日で杖を貰うことを楽しみにしている。
作者が好きなハリポタ主人公の要素を詰め込んだらこんな名前になった。(マリア+リィン+ハリエット)

◯シェリー・ポッター
四年の時を経て復活!目が覚めたら二〇歳になったウーマン。
当然身長も伸びており、小柄だった体躯は女性らしく成長している。
大体一六〇から一七〇の中間くらい。
寝る子は育つ。


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2.シェリー・ポッターと厄災の訪れ

先に言っておきます。
今回きついです。


 

(まずは、情報収集だ)

 

 シェリーの決意と準備は早かった。

 まずは何としてもイギリスに行かなければならない。が、これはウイ爺に任せるとしよう。箒に乗ってグレート・ブリテンまで飛行するのは体力が保たないし、夜の騎士バスや移動鍵を使うにしてもそもそも場所を知らない。素直にウイ爺達に連れて行ってもらおう。

 

 次、持ち物確認。

 ニュートとかいう魔法使いが使っていたというトランクを真似して、ポーチに空間拡大の呪文をかけて、必要なものを収納していたのだが、紛失しているものもあるので一度確認しておかねば。

 

 杖──ヒイラギ、二十八センチ、不死鳥の尾羽根が一枚入っている。

 透明マント──しっかりポーチの中に仕舞ってある。

 クリムゾンローズ(箒)──無い。

 忍びの地図──無い。

 

 ……ああそうだ、クリムゾンローズは魔法省の戦いの時に、逃走手段を封じるためとか言ってオスカーに折られてしまったのだった。嫌なことを思い出した。

 忍びの地図は、ホグワーツを出る時にパンジーに手渡した。あの後、風の噂でホグワーツで戦いがあったと聞いたが、役に立っただろうか。

 こんなところか。忍びの地図でホグワーツの状況を知れないのは残念だが、必要なものはきちんと揃っている。マントはこれから必要になることもあるだろう。

 

 そして最も重要な──戦闘勘が鈍っていないかどうかの確認。

 不死鳥の騎士団と合流できたところで、死喰い人と戦える力がなければお話にならない。足手纏いになるためにイギリスに行くわけではないのだ。シェリーは近くの森で食糧を採るついでに、魔法の訓練を行うことにした。

 

「──フリペンド!」

 

 白樺の木に目掛けて呪文を発射する。バコン、と風穴が開いた。

 威力、速度、ともに問題なし。

 命中精度は……まあ、これは前から苦手分野だったので仕方ない。正確に狙撃するのはエミルやタマモの仕事だ。どうせ近寄って乱射するしかできないし……。

 それにしても意外だった。前と殆ど変わりない状態で戦えるだなんて。

 心がまだ戦場にあるということなのか……いや、今は素直に喜ぼう。

 

「ブランクが無いのは良し。けれどパワーアップした訳でもないんだ。ベガやハーマイオニーなら新しい魔法の一つくらい覚えている筈……この早撃ちも紅い力の幹部の戦いじゃ通用しなかったんだ。せめて何か進化しないと話にならない」

 

 とは言うが。

 ホグワーツを五年で中退した身分の彼女にはそんな知識はない。

 

「……ハーマイオニーがいればなあ」

 

 道すがら魔法の教科書なり本なりを手に入れて、何か使えそうな魔法を習得するしかないだろう。もっと真面目に授業受けとくんだった……。

 紅い力も、使えば使うほど寿命が削れてしまうのなら温存するしかない。

 紅い力の幹部との戦いでは必要不可欠だろうが、魔法の練習でおいそれと使っていい代物ではないだろう。……ううん、ヴォルデモートの悪意が光る!

 いや、頑張ろう!

 できることを、できるだけ頑張る!

 

「──未来のために!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────え?」

 

 戻って来ると村は焼けていた。

 夥しい死臭が村全体から漂っていた。

 テントは倒され、人々は死体となり、つい数時間前まである筈のものがなかった。

 そこは、およそ村と呼べるものではなくなっていた。

 雲の代わりに──暁の空に上がっていたのは闇の印だった。

 

「……死喰い人……なん、何で……誰かッ、誰か無事な人はいないの!?」

「ゥ……ァ……」

「!ウイ爺……!!何があったの!?」

 

 息も絶え絶えに、ウイ爺は血を吐きながらも口を開く。

 ……酷い怪我だ。腹部に深い裂傷が刻まれている。少し村から外出している間に、こんな……。こんなことが……。

 自分のいないところで、また……!

 

「ぐッ、ああッ、死喰い人だ……死喰い人がやって来て村を蹂躙した……儂らは懸命に戦ったが力及ばずで……子供達を連れ去られてしまった……」

「子供達を……?」

 

 そういえば、大人の死体はあるのに子供の死体はほとんどない。

 連れ去る……何のために?何が目的でこんな所までやって来たのだ?

 いや、今は子供達を救うのが先だ。

 

「死喰い人達は北へと向かっていった……たの……む……儂はもう助からん……あの子達を助けてやってくれ………」

「ウイ爺ッ、…………」

 

 瞳から光が消えたのを見て、シェリーは忸怩たる想いに囚われた。

 また守れなかった……また……!

 心に暗雲を抱えて、シェリーは覚束ない足取りで北へと向かう。

──雪が降ってきた。

 眠りに落ちる前、スネイプと共に過ごした最後の数時間も雪が降っていたなと、呆けた頭で考えた。……ああ、今は思考にさえ質量を感じる。頭を空っぽにしなければ到底進めやしない。

 歩いて、

 歩いて、

 歩いて、

 

「…………あった」

 

 人の寄り付かなさそうな洞窟。

 熊の巣にしては大きすぎる、巨大な穴の中から、異様な魔力を感じる。

 間違いない。死喰い人はあそこに子供達を連れ去ったのだ。

 透明マントを頭から被り、最小限のルーモスを唱えて洞窟の中へ潜入する。

 

(普通、こういう拠点には人避けの呪いをかけているものだけど……そういった痕跡もないし、何というか色々とお粗末だ。雪に足跡は残ってるし、何か引き摺ったような跡はあるし……素人の私にも分かるくらい何かあるって思わせる)

 

 罠……いや、単に馬鹿なのか。

 場当たり的犯行で、自分達が襲われる可能性を考慮していないのか。

 有り得る。死喰い人は今やヨーロッパ全土を震え上がらせる組織にまで拡大しているのだ、慢心して、防衛に気を配っていないというのは有り得る。

 それにしても──長く巨大な洞窟だ。

 壁伝いに進んでいくのが良いだろうと、手探りで探して。

 

 べちゃり──そんな音がした。

 

「…………!んぐッ」

 

 咄嗟に杖を向けて、それが何なのか理解した。してしまった。

 子供、だ。

 

 シェリーはこれまで何度か死体を見た経験がある。

 セドリック、ローズベリー、ブルーベリー、シリウス、スネイプ、ウイ爺。彼女が自分のすぐ近くで生の死体を見たのはその六回だ。

 六回ともなれば、慣れはしないが受け止め方は違ってくるというもの。

 心に傷は負うけれども、不意に傷つくのと、痛いと分かっていて傷を負うのとでは大分違うのだ。ましてやこのアジトに来た時点でシェリーは覚悟していた。もしかするともう駄目かもしれない、と。

 その筈だったのだ。

 だが──見よ、この悪意極まる人を人とも思わぬ惨状を。

 ここにあるのは死体ではない。生きる屍を使った玩具の数々だった。

 

 矮躯には用途すら判らぬ器具がごちゃごちゃと“縫い付けられていた”。

 気持ち悪い音を立てて、肉と骨を使った楽器がひとりでに音を奏でている。

 丹念に丹念に、作者の創作意欲をぶち撒けられた残骸がここにはある。

 辱められ、

 穢され、

 拷問の跡すら見える。

 なのに、死ねない。死ねないのだ。

 スプラッタ映画に出てきそうな、グロテスクな映像を生で見て……シェリーは嫌なものが込み上げる感覚を味わった。

 

(──ッ、この人達は、確かにあの村の人達だ)

 

 理解が追い付くと同時、これをしてのけた人物に対しての、言いようもない感情が湧き上がる。

 それがただの死体であったならば、シェリーの精神はこの惨劇を『最低の所業』

という風に許容できただろう。どれだけの数の屍があろうと、どれだけ人体からかけ離れた姿になっていようと、決して立ち止まるまいと決めていた。

 だが現実はそうではなかった。嫌悪だとか忌避だとか、そういう生易しいものとは一線を画したおぞましき衝撃がシェリーの心をがつんと殴りつけた。

 

「……ぁ、エトワール、カノ……ルーシー!……サルパトーレも、サティもリリアもイヴも……!こんな、……酷すぎる……」

 

 見知った子供達が、こんな……命の尊厳を靴底でぐちゃぐちゃに愚弄されたような姿になっている。たかだか数日一緒にいただけだけれども、それでも……いや、だからこそ胸の痛みは大きくなる。

 助けてあげたいと思うけれども、肉体には高度な術式が施されて保護されているようだ。ここで介錯するのは簡単だが奥にいるであろう死喰い人達にバレてしまう。

 ……いや違う、シェリーは殺すことから目を背けた。

 トラウマが、呼び起こされる。

──大丈夫、大丈夫、すぐに、すぐに死喰い人を倒すから。そうしたら……この魔法も解ける筈だから……。

 

(……っ、ごめんなさい、ごめんなさい、無力でごめんなさい……!

 村民をわざわざ攫って、こんな、こんなことをして──、何が楽しいの……)

 

 この屍山血河を生み出した人物を野放しにしてはいけない。

 崩れ落ちたい衝動を抑えて、それでも彼女は脚を止めなかった。

 止めなくてはいけない、そう思った。

 血風吹き荒ぶ赫い洞窟の中を、先の見えぬ地獄を、マントを被って、杖先の光を頼りに進んでいく。

 その様相はまるで、罪人が地獄を巡り懺悔でもするが如きだった。

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 地獄の河を渡り、血風を越えた先に、ようやく終着点が見えた。

 それなりに広い場所のようだ。蝋燭が灯されていて、空間全体を照らしている。

 ……酷い臭いだ。先程までの通路もそうだがここはもっと酷い。おそらく、あの作品はこの空間で作られているのだろう。

 と、蝋燭に照らされて、二人の男が話しているようだ。

 シェリーは物陰に隠れ、マントをしっかりと着込み、杖の灯りを落とした。

 

(ここからじゃよく見えないな……声だけでも……)

「村を一つ見つけたと思えばやることがそれか、スカビオール」

「ふふ、そう言うな。前までは死こそ芸術だと思っていたが、最近は殺さないアートに目覚めたのさ。俺の創作意欲を試す良い機会だったんだよ」

(……スカビオール……?)

 

 シェリーが知らないのも無理はない。彼はここ数年で力をつけた死喰い人だ。

 スカビオール──“人攫い”を生業とする下衆な悪党である。

 人攫いとは、マグルや反ヴォルデモート卿を掲げる魔法使い達を調査して、闇の帝王の前へと差し出す賞金稼ぎのようなもの。グレイバックも幹部になる前はもっぱら人攫いの仕事をメインに活動していたと聞く。

 ただ、グレイバックには悪癖として人を必要以上に痛ぶる趣味があった。人攫いの領分を越えて遊び過ぎる癖があるためだ。

 

「だが俺は違う。仕事は真面目にキチッとやらないと気が済まないタイプなんでな、ちゃんとノルマをこなしてから遊ぶようにしている」

「…………まあ、仕事をするなら何も言うことはないが。随分と退屈な趣味もあったもんだな」

「クク、最高幹部殿は芸術はお嫌いかな?マクネアの阿呆は死こそが芸術などと宣っているが私に言わせれば“生かさず殺さず”!そのバランスにこそ美しさがあるのさ。だからこうして肉体は生かしたまま末端から殺していくのさ。ふっふっ!まさか偶然子供の多い村を見つけられるとは、まるで仕事帰りに美味い酒呑み屋を見つけたような気分だよ」

 

 ……最低だ。最低すぎる。

 あんな所業を、このスカビオールとやらがやったというのか。

 許せない。度し難い。生かしておくことすら憚られる。

 どうせマントを被ってこちらの居場所は分からないんだ。背後から不意打ちの一つくらい喰らわせてやろうか……!

 

「まあ、いい。スカビオール、シェリー・ポッターを見つけたら直ぐに僕の所に連絡を寄越すんだぞ。良いな、父さんや他の幹部には黙ってるんだぞ……」

「それは構わないが……そんなにも警戒すべき相手か?」

「仮にも紅い力持ちだぞ。それに……」

 

 

 

「あの“姉”は、僕が決着を着けないといけないからな……」

 

 

 

(──まさか、彼は……!)

「チッ。ここじゃ食事をする気にもなれやしない。僕は帰るぞ」

「お達者で。俺はもう少しここで楽しんでいくので……!」

 

 くしゃくしゃの黒髪で、額に稲妻の形の傷がある、眼鏡をかけた少年。

 間違いない。シェリーの唯一の弟にして倒すべき宿敵。

 ハリー・ポッター……。

 彼は用事が終わったと言わんばかりに姿現しをして消えていく。最後までシェリーの存在には気付いていないようだった。

 

(正直言って、ここからいなくなってくれたのは助かる……ここで紅い力の幹部と戦うなんて流石にキツ過ぎるし……今はスカビオールを倒すことだけ考えよう……)

「──ふぅ。やれやれ、あの御方に創られただけの人形が舐めた口を利きやがって。まあいい、仕込みは終わった!作品作りに取り掛かるとしよう!」

(……作品、作り?)

 

 ……まさか。

 スカビオールにとって先程までの通路に置かれてあった子供達は、ただの加工された素材でしかなく。これからまた加工していくつもりだったのか?

 彼等に、更なる苦しみを与える気なのか?

 

「活きの良い子供が沢山いたからなあ。解剖して別の肉を詰めよう。拷問して血管を適当に結ぼう!ククッ、ハハハハ!仕事が終わりにアート作品を作るのはいくつになってもやめられん──」

「──何を……言ってるんだ……」

 

 ぽす、とマントが落ちた。薄布の下に隠されていた怒りが露わになる。

 芸術家気取りはようやくシェリーに気付いて振り返った。

 

「──!!シェリーッ、」

「うあああああああああああっ!!」

 

 ポッター、と続けようとした男の顔を、慈悲もなく殴りつける。

 感情は無かった。ただ、この屑は殴りつけなければならないと思った。

 怒りよりも、嘆きが勝っていた。なにが芸術だ。なにが美しいだ!

「ぐぎゃっ!?や、やめ──」

「こんなことの──」

 何度も殴りつけて、拳に血が跳ね返る。

 気持ち悪い。スカビオールも、こんなことしかできない自分も、何もかも。

 

「こんなことの何が楽しいの……!?」

 

 虚しかった。

 拳はとても軽かった。

 大義も何もない、感情をぶつけるだけの音だけが響いた。

 

「人をいたぶって……酷いことをして……こんなの何も楽しくないじゃんか……これが復讐……?こんなものが……こんなことの為なんかに私は……?」

「ガッ、死ねっ死ねぇ!!アバダ、」

「いいよ、もう、そういうの……!!」

 

 腕を殴り、杖を弾き飛ばす。

 理解できない存在に、ただただ鬱憤を吐露した。

 

「心底くだらないよ……!!何なの……!?何でこんなことを楽しいと思える感性があるの……!!友達と遊んだり勉強したり、そんなくだらないことを何で楽しいと思えないの……!!貴方達の酷い理屈にはもううんざりだ……!!本当に、本当に本当に最低だよ!!こんな……こんなことがあっ!!」

 

 もう一度殴りつけると、スカビオールは意識を失った。

 拳の振り下ろし先を見失った。これ以上何に怒ればいいのだ。これ以上、何に苦しめば良いというのだ。

 呪文も使わず、必要以上に痛めつけた自分に吐き気がする。自身の感情を暴力でしか訴えることしかできない自分は、結局はこいつらと同じ穴の狢なのか──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽたっ。

 

──血の落ちる音がした。

 何処から?スカビオールからではない。奴は地面に伸びている。

 もっと高いところから血が落ちた。

 嫌な予感がした。

 嫌な予感がした。

 嫌な予感がした。

 けれどシェリーは無意識に、そして反射的に上を向いた。

 そこには、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ、」

 

 マリィ・リエットがいた。

 腸がくり出されていた。それはまだ生きていた。血で化粧を施されていた。それはまだ生きていた。腸という腸を伸ばして蝶々結びにしていた。それはまだ生きていた。身体中を貫かれていた。それはまだ生きていた。顔面が切り刻まれていた。それはまだ生きていた。殴られた箇所があった。それはまだ生きていた。苦しんでいた。それはまだ生きていた。可哀想だった。それはまだ生きていた。それはまだ生きていた。それはまだ生きていた。それはまだ生きていた。それはまだ生きていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁぅ──ぇ──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 “たすけて”

 

──墓場の時と、かさなった。

 

 

 

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 シェリーは脇目も振らず駆け出していた。

 アレがマリィであると信じたくなかった。

 洞窟内の景色をもう一瞬でも見たくなくて逃げ出した。

 渇いた息を吐いて、たちまち肺が凍りつく。躓いて、雪原に転がる。

 呼吸が荒くなる。

 なんで。なんでなんでなんでなんでどうしてこんなことに。

 あんなモノがあっていい筈がない。マリィがあんなモノになっていい道理はない。あんな人の尊厳を踏み荒らすような、肉という肉を繋げたおぞましい、おぞ──

 

「──!ォェッ、ッ!ァァ」

 

 思考を吐瀉物とともに吐き出す。

 考えたくない。

 考えてはならない。

 あの、あの──ああ、駄目だ。

 真っ白な雪原の上で一人、慟哭する。

 

「また──また、また、ああああっ、またたすけてって、あっあ、わた、──あああああああああああ、あああ、ああああごめんなさいごめんなさい、あっ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だうそだうそだうそにきまってるこんなこと──ああああ!!!」

 

 マリィは、光だった。

 戦乱の中にあって、希望を見失わない光だったのに。

 優しい子だったのに。

 何であの子までこんな目に。

 何で何で何でこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。

 

「……何で………何で何で何で何で何で何でいつもこうなるんだよ……!!嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だッ、こんなの嫌だ!!守りたかったのにッ、今度こそっ、……何かしてあげられると、思ッ……っあ、ああああああああ!!!」

 

 髪を掻き毟り、嫌悪と苦痛でぐしゃぐしゃになる。

 涙はとめどなく流れ、止まることを知らない。

 声は枯れて、しかし嘆きは収まらない。

 ただ泣き喚き、無様に悶えることしかできない。それも終わる。疲れ切った肉体は雪の冷たさを如実に伝えてくる。

 あれだけ流した涙すらも、全ては無為に消え去ってしまった。

 ……こうして、消えてしまうのなら。

 ああ──意味無いかもな。

 生きていたって。

 

「……………もう嫌だ……………」

 

 考えることも億劫だった。

 希望なんて、なかったんだ。

 底のない絶望だけがこの世には蔓延しているんだ。

 花を摘むように容易く潰えて消えてしまう程度の存在。

 それが、シェリーが守ろうとしてきたものの正体だった。

 

 

 

──視界の端で、何かが転がった。

 ああ……何だ、自分の杖か。いつも間に落としてしまったのか。

 

 シェリーは杖を取った。

 シェリーは杖をまじまじと見た。

 

 

 

 そこに、死ねる道具があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シェリーは杖を口に咥えて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱん。

 



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3.シェリー・ポッターと救済の妖精

 

 ぱん。

 

 

 

 

 

 

 それは、杖が弾かれた音だった。

 宙に舞う杖をぼうっと見つめる。杖は雪の上にぽすりと落ちた。

 誰かに弾かれたのだと分かるまで、たっぷり十秒かかった。

 のろのろと、視線を向ける。

 

 魔力が発射される寸前で、彼が杖を蹴り飛ばしていた。

 

──滅茶苦茶な、服という服を何もかも身に纏ったような風体。

 細っこい、小柄な身体。

 

 

 

「ドビー?」

「シェリー・ポッター……!」

 

 

 

 とてもとても悲しそうな顔をした友人が立っていた。

 懐かしい顔だった。

 最後に話したのはいつだったろうか。最も自由で痛快な屋敷しもべ妖精。

 ……ああ、四年経ってもドビーは変わりないようだ。

 

「ど、ビー…………」

「駄目です……シェリー・ポッター!お願いですから自殺なんておやめになって!ああああ、ドビーは悪い子!シェリー・ポッターを見つけるのに四年もかかった!そう四年、四年間も!たった一人で!辛かったでしょうに……!」

「…………………………………」

 

 本当に辛いのはマリィ達の方だ。

 私なんかのためにこんな時勢に時間と労力を使わせてしまってごめん。

 そんなことを言おうとして、でも口にすることさえ億劫になった。

 何も考えたくなかったので、身体に染み付いた動きを取った。

 

「…………脚………ボロボロだよ?だいじょうぶ………?」

 

 事ここに至って、シェリーは自分を大切にすることを放棄した。

 死のうと思ったけど、目の前に命を賭しても助けなければいけない対象が現れたので死にません。随分と靴が汚れているようなので手当てします。

 そうやって、何も考えず人の役に立とうとするのは楽だから。

 

「今……手当てするから……」

「──まず!!自分の心配でしょう!!!」

 

 耐えられなくなって、ドビーは叫ぶ。

 今まで抱えていた鬱憤やら何やらを吐き出したような声量だった。

 

「シェリー・ポッターはいつも他人のことばかり優先する!!シェリー・ポッターは自分に興味が無さ過ぎる!!そんな人に親切にされてもありがた迷惑だ!!」

「自分には価値がないと思っているのは事実でしょう。けれど人に言えない弱音を沢山持っているのも事実でしょう!貴方は誰よりも苦しい思いをしてきた一人だ!

 ドビーめを友人だと思ってくれるならそれをぶち撒けなさりなさい!辛いことを分け合えるのが友達なのだから!!」

 

 言われて──思考回路が動きを取り戻す。

 ドビーの宝石のような大きな瞳に、嘘をつきたくはなかった。

 堰き止めていた感情が決壊した。

 

「ドビー、………ドビー、ドビー、私、私………また、私の目の前で人が死んだの」

 

 止めろ、弱音を吐くな。人に心配をかけるんじゃない。そんなことは許されない。

 そう思っていながらも、口は震えて泣き言を綴る。

 枯れた筈の涙は、再び零れた。

 

「私──間違ってた、のかなあ……」

 

「できると、思ったんだ……強い力を手に入れて、皆んなの役に立てるようにって努力して、頑張ったんだよ、でも全然できなくって……所詮、私の行動は独りよがりでしかなかったんだ……迷惑をかけて、だからせめてマリィ達だけでも、って、何とかできたらと思ってた、思ってたのに!!いつもいつもこうなんだ……!!関わった人が死んでいく……いなくなる!!マリィもウイ爺も村の皆んなも、守りたい人が皆んないなくなるんだよ!!私の目の前で無惨に死んでいくんだ!!もう嫌だよ!!いつもいつも辛いんだ!!どれだけ頑張ってもこうなるんだ!!頑張りを認めてほしい訳じゃない、けど報われてほしい!!大切な人達にいなくなってほしくない!!何もできない自分が嫌いなんだ!!──スネイプ先生から幸せになれなんて言われたけど、そんなもの分からないし、未だにウジウジ悩んでるよ……!!こんなッ、疫病神みたいな人間が一緒にいていいのかって!皆んなが幸せになってくれれば、別にそれでいいって思ってるし……ッ!!……でも」

 

「私は世界に要らない存在だと……色んなこと言われた今でもそう思うけど……それとは別に……皆んなが大事だって思う気持ちもあるんだ……もう遅いけど……戦争は始まっちゃったし……そんなに甘いことを言ってられる状況じゃないのも、今こうして分かったし……ねえ、ドビー」

 

「皆んなに会いたい……」

 

「皆んなを守りたい……」

 

「どうすればいいんだろう………」

 

 

 

 

 

 

 

 風が吹いている。

 肌に染み込む冷気が、シェリーとドビーを徐ろに刺していく。

 ややあって、ドビーは口を開いた。

 

 

 

「確かに貴方は甘ったれてたかもしれない。優しすぎたが故に独断を起こして他人を振り回し迷惑をかけた。それは反省しなくてはいけません。けれど、その過失と、貴方の功績は、別のものです」

 

 

 

──“何事も、遅すぎるということはない”──

 

 

 

「シェリー・ポッター。貴方は貴方の優しさ故に多くの人を悲しませた。けれど貴方の優しさは多くの人を救った!それも紛れもない事実なのです!次は一人じゃなく、仲間全員で助け合えばいいだけです!!

──今度は貴方が救われる番だ!!」

 

 

 

 音がした。

 ドビーが指差す先には、男達が歩いてきていた。

 雪を踏み締める、三人の人影。

 

 彼等は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……随分と素敵なレディに成長したなシェリー」

──クィリナス・クィレル。

 

 

 

「はっははは!是非ともこの私のダンスの相手に誘いたいですねえ!」

──ギルデロイ・ロックハート。

 

 

 

「馬鹿を言え、シェリーと踊るのは俺だ」

──バーテミウス・クラウチ・ジュニア。

 

 

 

 

 

 かつて、シェリーが救ってきた人達。

 かつて、シェリーに救われた人達。

 

 因果は巡る。

 救済は返ってくる。

 

「仲間ならここにいる──例のあの人を倒そうシェリー・ポッター!

大丈夫──貴方は間違っていない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──それから、間も無くして。

 シェリー達が行ったのは、犠牲となった子供達の介錯だった。

 最早彼等は助からない。もう、生きることは叶わないのだ。

 今までずっと逃げてきた死に直面する時がやって来た。

 

「……、シェリー、代わるか?」

「……いい。これは私がやらなくちゃいけないことだから……」

 

 杖先に炎を灯し、洞窟ごと焼き払う。

 ごめんなさい。助けられなくて──

 涙混じりに呟いて、生きる屍となったマリィ達を燃やしていく。

 

「火が回れば、こっちも危険だ。早くこの洞窟から出よう」

「………うん」

 

 

 

 

 

『ありがとう』

 

 

 

 

 

「…………!」

「どうかしたか?」

「……いや、何でもないよ。行こう」

 

 気の所為だろうか、一瞬、マリィの口元が微笑んでいるように見えた。

 後ろ髪を引かれる思いで──けれど決して振り返らずに進む。

 短い間だったけれど、勇気と希望を貰った。こちらこそありがとう、本当に──。

 

 

 

 

──そして、ここにいる誰もが気付きはせず、シェリー自身も意識してやったことではなかったが。

 シェリーは介錯という形で多くの子供達の“殺人を犯した”。

 紅い力は、人を殺せば殺すほど能力が増す特異な力……セドリック以降、シェリー自身も避けていた殺人の数は、今ここで大幅に増加した。

 

 “初めての殺人は汝に消えない闇をもたらすだろう”というトレローニーの予言を、ダンブルドアは二回目以降の殺人の可能性があるとして危惧した。……これが、その二回目なのだろう。

 

 シェリーの紅い力は強化されていた。

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

──翌日。

 

「仕事は真面目にこなすスカビオールが一日一回の定期連絡を寄越さない……あいつの身に何かあったのか?」

 

 定期連絡を欠かさず寄越すスカビオールの連絡が滞ったことを不審に思ったハリーは、彼のアジトの洞窟……彼曰くアトリエだそうだが、そこへ向かっていた。

 異変はすぐに見つかった。

 

「これは……!」

 

 焦げ臭い。何かが燃えた跡がある。

 洞窟全体が焼き払われているのか。

 中に入って様子を探る。……駄目だ、何もかもが破壊されていて何も分からない。

 大方、どこかの魔法使いに勘付かれてアジトを焼かれたというところだろうが、ではスカビオールはどうしたのか。殺されたか、それとも上手く逃げ果せたのか……。

 

 

 

「────うっ!?」

 

 

 

 途端に、頭痛が走る。

 この現象は……前にも覚えがある!

 これは──特殊な肉体と魔力、そして繋がりがあるが故に起こる現象──!

 

 

 

「……いるのか、お前。生きていたのか、お前ェ!!」

 

 ハリーは口を歪めた。

 シェリーに救われたドビー達とはまるで逆の、生まれながらにして“シェリーでは絶対に救うことができない存在”。

 地獄の化身たる彼は、宿敵を見定めると悪鬼が如く前進する。

 

「生きているな、シェリー・ポッター!!」

 

 

 

──暴食が、動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 




今回短いですが区切りつけるためにここまでです。
3,000文字ってそんなに短い筈ないんですけどね。普段が多すぎますね。

クィレル、ドビー、ロックハート、クラウチジュニアが参戦。これまで出番がなかったのはここで活躍してもらうためです。シェリーはロックハートの病室に何度も足を運んでおり、それが記憶復活の引き金となって協力してくれました。詳しくは三巻の「闇より出ずるその恐怖」に掲載されてます。


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4.シェリー・ポッターと暴食の影

「オラ、キリキリ歩けッ!」

「…………」

「オラ行くぞ!早く歩けッ!」

「いや普通に歩いてると思うけど……」

「言いたいだけだろ」

 

 ロープに繋がれたスカビオールを引っ張りながら、シェリー一行は雪原の中を歩いていた。日差しはあまり強くない。吸血鬼のクィレルとしてはありがたい天候だ。

 

「ええと……クラウチ、本当にこっちの道で合ってるのか?」

「何だとテメェ親父と同じ名前で気安く話しかけてんじゃねえぞ!!」

「じゃあ何て呼べばいいんだよ……」

「えっと、バーティ?これから一瞬に戦う仲間なんだから、喧嘩はやめてね……?」

「悪かったなクィリナス、よろしくな」

「手の平どうなってんだ」

 

「……何処に向かっているのかも気になるけど……それよりも二人はここにいて大丈夫なの?来てくれたのは嬉しいけど、二人はアズカバンに収監されていたよね」

「ああ、俺達は特例で騎士団に入れさせて貰ってるんだ」

「……えっ!?」

 

 クラウチジュニア、クィレルの二人は元死喰い人。

 本来なら今もアズカバンにいて然るべき存在なのだが、シェリーが五年生の時に起きた死喰い人の大量脱獄事件に乗じて彼等も逃げ、死喰い人や騎士団から隠れながら生きていたそうなのだが、ある日ダンブルドア本人がやって来たのだという。

 曰く、秘密裏に動く情報屋として動いてくれないか、と。

 それが君達に今できるシェリーに対する恩返しだ、と。

 

(そんなことを……確かダンブルドア先生は魔法省に追い出されて一時期姿を隠してうた時期があったし、その時に勧誘したのかな……)

「俺達は快諾して、行動を共にしながら死喰い人の動向を探っていたが……シェリーが行方不明になったと聞いてな。それからは主にシェリー捜索を行っていた」

「ちなみに私はある日記憶を取り戻して、でも記憶が戻ったのバレたらバッシングが酷いだろうなあって思ってたら机の上に手紙があるのに気付きましてね。何と!ダンブルドアからこの二人を手伝って欲しいという指名の手紙だったのですよ!それでこの二人に加わったのです!」

「へ、へえ……」

「ドビーめは、シェリー・ポッターが行方不明になった辺りで参加しました。厨房の仕事やってる場合じゃねえ!と思いましたし、新人のクリーチャーも入って来たのでスタッフの問題も無さそうでしたし」

「……ごめんね、私なんかに手間を取らせ……じゃなくて、ええと、ありがとう」

「いえいえ!」

 

 そうか……彼等は贖罪や恩返しのために来てくれたのか。

 

(死喰い人は全員殺せばいいとばかり思っていたけど……クィレル達みたいに、罪を償って更生してる人もいる……罪が赦されるわけでも帳消しになるわけでもないけどその努力を否定しちゃいけないんだ……しちゃいけなかったんだ……)

 

「しかし、何故そんなに急ぐんだ?確かにシェリーが敵さんに見つかるのは絶対避けたいが、アジトがあの有様じゃ追跡も難しいだろう」

「スカビオールは仕事はキッチリこなすことで評価されてる奴です。そんな彼の連絡が途絶えれば、真っ先に死喰い人の幹部クラスがやって来ることでしょう。その中には追跡タイプの魔法使いもいるかも」

「む……そうか」

「それに、今はまだシェリー復活を例のあの人側に知られたくない。シェリーが生きてると分かれば、幹部クラスじゃ済まない。それこそ紅い力持ちがやって来る可能性だってあるわけですから」

 

 どうやら、死喰い人側の戦力は変わっていないようだ。

 紅い力……人を殺すほど強くなれる特集能力。彼等を攻略しないことには死喰い人打倒の目処は立たないだろうが……

 

「おっと、着いた。ここが、不死鳥の騎士団の支部ってやつだ」

「!わぁ……ここも何か急にテントとか出てきた!」

 

 いつの間にやら雪原の中に見慣れぬ風景が広がっている。

 マリィ達の村と同様、村の景色ごと魔法で隠されているらしい。流石にこちらの方が高等な術式を使っているようだが。

 入って早々、懐かしい人物と再会した。

 マンダンガスだ。

 

「おぅ、シェリーじゃねぇかよぅ!久しぶりだなぁ。俺に会いたかっただろう?」

「うん。久しぶりだね。……ってまたお酒呑んでるの?」

「聞いてくれよシェリー、パンジーの奴が俺に酒を出してくれなくなったもんで、仕方なくあいつのいない隙を見計って酒を呑むしかなくなっちまってよぅ……」

 

「──マンダンガス!あんたその酒瓶は何よ!」

 

 そのお叱りにマンダンガスはびくりと身を強張らせた。

 シェリーが横を向くと、そこに立っていたのは黒髪の女性だった。

 

「あれだけ言ったのにまだ懲りてないみたいね!あんたにはスリザリン流の指導じゃないと分からないのかしら……!」

「ひっ!?じゃあよぅ、俺はこれから用事があるからよぅ!」

「あ、待ちなさい!……行ったわね。あのクズ……その内消毒用アルコールまで飲みかねないわね……」

(ん?何か見覚えのあるような……)

 

 どこかであった気がする女性の記憶を脳内検索する。

 背の低い、どことなくパグ犬のような顔をした女性は……、

 

「あれ!?パンジー!?」

「ん?……え?え!?もしかしてあんた、ポッター!?」

「パンジー・パーキンソンだよね!?また貴方に会えるなんて……!」

「あんた……あんた……!!」

 

 感極まった様子で、パンジーは両手を上げてシェリーへと駆け出す。

 シェリーは再会のハグを期待して──

 

 

 

「オラァ!!」

「ぐはぁ!」

──思いっきり殴られた。

 

 

 

「シェリーに何すんだこのアマ!!!」

「うっさいわね!ポッター!私はあんたに会ったら真っ先にビンタしてやるって決めてたんだから!!」

「グーだったけど……」

「ポッター、あんたはアンブリッジのとこで例のあの人と何か喋ったと思ったら、急に魔法省に行くだの何だの言い出して!!その魔法省では戦いが起こるし、あんたはいなくなったっていうし!!あれがあんたとの最後の話かって思ったのよ!?こっちの身にもなってみなさいよ!!」

 

 ……そうか。パンジー視点だと、シェリーの最後を見たのが魔法省突入直前ということになる。あの時パンジーはアンブリッジのコルダへの拷問やらホグワーツ戦線やらで憔悴していた筈だ。仲の良い相手ではないにせよ、知らない所でのたれ死んでいるのではと戦々恐々だったのだろう。

 

「──ごめん。心配、してくれたんだね」

「はあっ!?馬鹿じゃないの!?別にあんたのことなんて心配なんかしてないし!!ドラコやコルダがちょっと元気無くしてたから面倒だなって思っただけよ!!」

「それでも──ありがとう、パンジー」

「なっ……、……何!?何見てんのさっきからあんたら!!」

「いや別に……」

「俺達の時もこんな感じだったなあって」

「本当に何の話よ!?手が空いてるなら仕事の手伝いにでも行って来なさい!!」

「はぁい」

「あんたもだからね、ポッター!!」

「うん!」

 

 

 

──数時間後。

 一通りの雑事を終わらせたシェリー達は寝所とは少し離れたテントに来ていた。

 スカビオールの尋問、である。

 いずれアズカバンに投獄するとはいえ貴重な情報源だ、聞けることは今のうちに聞いておきたい。

 

「シェリーの手を煩わせた報いだ。存分に拷問してやる」

「ドビー、バーティと一緒に外で待っててくれる?彼が面倒起こさないように見張ってて欲しいんだけど」

「分かりましたシェリー・ポッター!」

「そりゃねえぜシェリー!しかも何でよりにもよってこいつなんだ!?ウインキーならともかく、俺を屋敷しもべ妖精と同列扱いかよ!」

「ドビーは自由な屋敷しもべ妖精!自由なドビーは一番の友達を助けるのです!」

「なんだと一番は俺だ!!」

「バーティ?そういう態度は良くないよ。彼に謝って」

「ごめんなドビー、俺が悪かったよ」

(大型犬を躾けているみたいだ)

 

 物凄い勢いで謝られたのでドビーがちょっと引いてる。

 さて始めようというところでテントの中に知らないおじさんが入ってきた。

 誰?

 

「何だオッサン?」

「いやね、連れて来た死喰い人が子供達を嬲る趣味があったという話を聞いてね。私も愛する息子を殺された身だ、親として話をと……うん?シェリー!?」

「んっ……?あれ……?あれ!?」

「私だ私!エイモスだ!エイモス・ディゴリー!あの時よりだいぶ老け込んだから気付かなかっただろ?」

「ああ、やっぱり!久し……」

 

 エイモス、彼はセドリックの父親だ。

 確か、優秀な息子をかなり溺愛していた記憶がある。墓場での一件の後はシェリーは錯乱状態に陥ったので全然話せてなかったのだが、愛する息子の死に最も近かったシェリーに対して何かしら複雑な感情を持っていてもおかしくない。

 ……駄目だ。にこやかに再会のハグをしたら怒らせてしまうかも。かといって無視はよくないし、ましてや、私についてどう思っていますか?なんて聞ける筈もない。

 

「……お久しぶり……で……す……」

 すっごいよそよそしくなった。

 

「うん?喉の調子でも悪いのかな?まあいい。尋問を始めるとしよう」

「尋問、ねェ。何を言うかと思えば。どうせそこの伊達男の魔法で私の記憶を探って終わりでしょう?もしくは真実薬でも使うんですかね。こんな末端の支部に上等な薬があるとは思えませんけど……」

「──黙れ!」

「がはッ」

 

 クィレルはスカビオールの頭を掴んで机に叩きつけた。

 仮にも吸血鬼のパワーだ、痛いだろう。

 

「聞かれたことにのみ答えろ」

「ッ……はいはい」

 

 スカビオールの指摘は概ね正しい。

 ロックハートが得意とするのはあくまで記憶の消去。忘却術師としては優秀だが、人の記憶の全てを覗き見できるわけではないのだ。というか、そんなことができる魔法使いも魔法も存在しない。

 この支部に憂いの篩や真実薬が無いのも事実だ。どうあっても、力ずくで情報を聞き出す他ない。

 ……が、スカビオールは驚くほどあっさりと口を割った。

 死喰い人の全容や能力、彼が知っている範囲で詳らかに。とはいえ、人攫いとしての仕事がメインの彼が知っている情報に大したものはなかったが。

 

「随分とお喋りなんだな。うまく騙くらかして何とか切り抜けようってハラか?この情報が間違ってたら後でどうなるかくらい分かりそうなもんだけどな?あ?」

「痛いのは嫌いなんですよ。どうせこれが終わればアズカバン送りでしょう?ヤケにもなりますって」

「……あれだけのことをしておいて、どうとも思ってないの?少しは良心が痛んだりしないの……?」

「ハッ、そんなものはとうの昔に捨て去りましたよ」

「あ?」

 

 クィレルの凄みにも動じず、スカビオールはよく回る舌を更に回した。

 

「──私達みたいな人間はね、確かに貴方達からしてみればクズなんでしょうけど、私から言わせてもらえば生まれた時からこれが普通で、これが当たり前の環境で生まれてきたんですよ。

 私だってごく普通の感性をしてるけれど、それでも例のあの人の軍門に下った。殺人衝動を捨てられない、その一点だけで奴が死喰い人には大勢いる」

「…………」

「あんたに救えますか?彼等が。あんたらが掲げる正義とやらは役に立ちますか」

 

「──それでも、人を殺すのも、痛めつけるのも、悪いことだ」

「…………」

「君に足りなかったのは良心ではなく、自分と向き合うことだったんじゃないのか。君の価値観は否定しない。だがそれを人に押し付けるな」

「エイモスさん……」

 

 今度はスカビオールが黙る番だった。

 エイモスの気迫に押されたのだ。彼は胸糞悪そうに言い捨てた。

 

「情報を引き出した後は、スカビオールをアズカバンに引き渡してそれで終わりだ。

 ……シェリー、私はね、罪を犯した人は裁かれるべきだが、必要以上に罵倒するべきではないと考えている。個人的感情は抜きにしても、罪は償うものだからだ。

 だから……これで終わりだ」

 

 これまでシェリーは、悪いものは悪いものとして一纏めに処理していた。

 人を殺すのは悪いこと。だから人を殺したクソどもは、同等に無価値な存在の自分が全員殺そう。そういう考え方だった。

 だが……どれだけの罪があっても、その人を不当に蔑める理由にはならない。どれだけの大罪人であろうと、人なのだ。相応の罰を受けて、それで赦すか赦さないかは被害者が決めること。赦せないならそれでも良いと思う。

 かつて復讐に囚われたままのシェリーであれば、死喰い人を倒した後も怨みや憎しみを捨て去ることは出来なかっただろうし理解しようともしなかったろう。

 ……気付けて、良かった。

 

「……セドリックがあんなに誠実で勇敢だった理由が分かりました。あなたがお父さんだったからだ」

「……ふふ。私には過ぎた息子だよ」

 

 

 

「──さて、それじゃあ最後の質問です。死喰い人達の足取りはどうにも不規則で掴みにくいですからね。これだけは聞いておきたかったんです」

「……?」

「例のあの人の居場所……“アジト”はどこにあるんです?」

「…………それは、」

 

 

 

 質問に答えようとしたところで、勢いよくテントの入口が開かれる。

 息早き切ってきたのはパンジーだ。髪がボサボサだ……よほど急いだのだろう。

 

「大変よ、あんた達!!」

「パンジー……?」

「近くの集落が襲われたって情報が!!ハリーがやったらしいわよ……!!」

「っ、この近くにハリーが……!?」

「最低でも幹部クラスは覚悟していたが、まさか最高幹部とは……!!」

「ハリーはしらみ潰しにこの周辺をかぎ回っているそうよ。ここもいつバレるか…」

 

 ハリー・ポッター。

 かのヴォルデモートの懐刀にして最強の毒使い。

 これまで何度か相対してきたが、意外にも互いに持てる力を全力で使って戦ったことは一度もない。だがそれでも、彼が秘めた強さは窺い知れた。

 間違いなく強敵。逃げるか、戦うなら相応の犠牲を覚悟しなければなるまい。

 

「本部に連絡して、戦力を送ってもらえないの?」

「ここまで来るのに数日はかかるわよ!ハリーがここを見つける方が早いわ!」

「この支部にいるのは百人余り……逃げるにしたって痕跡は残る。この大人数ではすぐに追手に気付かれるだろう。加えてハリーの毒は集団戦向きだ、下手に動けば全滅も有り得るぞ」

「かといって、籠城するわけにもいかないだろ!ハリーに見つかった瞬間に毒をばら撒かれるのがオチだ!大した設備や道具も無いし、守りに入ればそれこそ全滅だ!」

「……どうしたら……!」

 

 

 

(余計な犠牲は避けたいですが……どうしたもんですかね……)

 

 

 

──ロックハートは、思考する。

 ハリーに有効な、“心理”を、探る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──マンダンガス・フレッチャーは闇に通じている男である。

 ダンブルドアは彼のその独自の情報網が騎士団の役に立つと思って、騎士団へと引き入れることにした。だが……生憎と彼は正義や使命感によって動くようなタイプではない。私利私欲、金さえ積まれれば何だってやる人間なのだ。

 だから、こういうこともできてしまう。

 

「それは本当の話か、マンダンガス?」

「あ、ああ、そうでぃ。いひひっ。俺ァ人様に売る情報に関しては嘘をつかねえことを信条にしてるもんでなぁ」

「へえ……よく教えてくれた」

 

 シェリー達が来訪したその翌日。

 マンダンガスは襲われたという集落付近へと向かって、彼と合流した。

 彼──すなわち、ハリー・ポッター。

 眼鏡の下から覗く蛇のような目が、紅い光と共に愉悦した。

 

「オーケー、マンダンガス。お前の身の保証はしてやる」

「ああ、ああ!それで、約束のカネの話だがよぅ……」

「分かってる。──前金で二十ガリオン。残りはシェリーを殺した後だ」

「おっほほほう!こりゃありがてえ!」

 

 “契約”を終えた二人は笑う。

 片方は金が手に入ったことへの喜悦。

 片方は狂おしき姉を殺す機会が来たことへの興奮で。

 男達は、雪を踏み締めやって来る。

 

「さあ……案内してもらうぞ、シェリー達がいるその“支部”とやらに……!!」

 

 

 

 




ハリーは『わざわざポリジュース薬を飲んでジェームズに変身してから戦場に赴く死喰い人』という風に認識されてます。かなしいね。
双子説とか隠し子説とか色々囁かれましたがルーピンの証言により否定。ハリーは見られる度に「あっポリジュースの人だ!」とか思われてるらしいです。

あと、海外での任務が多かったのでジェームズの顔を知る人が見る機会が少なかったり、そもそもハリー自身がシェリーと比較されたくないからポッターと名乗ってないのも関係してます。まあジェームズ二十年前の人ですし……。


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5.シェリー・ポッターと神に愛された少年 Ⅰ

 

 

 

──シェリーとロックハートは雪の中を歩いていた。

 仲間達は別行動中だ。目標を見つけ次第、合流する手筈になっている。

 結局、彼女達に残された道は戦いしかなかった。

 対峙するのはこれで三度目。

 しかしこれが最後の戦いになることを暗黙のうちに理解していた。

 

「──久しぶりだな、シェリー」

「……ハリー」

 

 呪詛と怨嗟が込められた声。

 上を向くと──いた。崖の上に、案内をしたであろうマンダンガスと立っている。

 ああ、彼は変わらない。くしゃくしゃの黒髪に丸い眼鏡。顔の輪郭はやや大人びて青年らしい顔立ちへと変わってこそすれ、一目で誰か分かってしまう。

 ハリー・ポッター。

 シェリーの生き別れの弟であり、境遇を共にするホムンクルス。

 互いに、この世界に生まれるべきではなかった異物。本来ならばヴォルデモートという巨悪に立ち向かうシェリー・ポッターという構図が、彼等の存在によって崩れ、一人の赤子を殺すことで生まれた二人。

 ハリーの蛇のような眼が、紅い髪の女をつぶさに睨め付ける。

 

「シェリー、お前との長きに渡る因縁もこれで最期だ……!!

 今殺してやる!!そこで待ってろシェリー・ポッタァアアアア!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「──エクソパルソ!」

「?そんな遠くから当たるわけグッバアアアアアアアアア!!!!???」

 

 ハリーは爆発した。

 より正確に言うなら、ハリーの下の地面が爆発した。

 

「な──な、んで、」

「エクソパルソ!!」

「ぐあああああああ!!!??これは罠魔法か!?何でこんなものがこんなところに仕掛けられてるんだ!!!」

 

 罠魔法。

 あらかじめ壁や地面に魔力を送り込んでおくことで、術者の合図一つで起爆させることのできる呪法だ。

 まるまと罠に嵌ったハリーはごろごろと崖から転がり落ちていく。

 咄嗟に魔力ガードしたため傷は浅いが衝撃までは消せず、荒い息を吐いた。

 

「くそッ、僕が来るのを知ってなきゃ罠なんて仕掛けられない筈だろ!……いや、最初から僕をこの場所まで誘き寄せる作戦だったというわけか!?……

──マンダンガス!!騙したな!?」

「ゲェヒヒヒヒヒッ!人聞きの悪いこと言っちゃなんねぇよ!俺ァあんたをここまで案内しただけ!ただ、騎士団連中からちっとばっかしカネを貰ってよぅ、罠のことは黙ってくれって頼まれただけさぁ!」

(あのクズ……!)

 

 マンダンガスをハリーの目撃情報の近辺へと送り込み、彼に協力するフリをさせてここまで誘き寄せる。シェリーに執着しているハリーなら、きっと手勢も連れずに一人でやって来るだろうと信じて。

 マンダンガスという、死喰い人に対するジョーカー。

 不死鳥の騎士団でありながら、その軽薄な態度からいくらでも死喰い人に寝返ることのできる蝙蝠男をあえて利用したのだ。

──そしてこの作戦を提案したのはロックハートである。

 

「ふふ。どうですかこの私の素晴らしい心理誘導は!普段の道化たる態度も演技!能ある鷹は爪を隠すと言うでしょう?少しは見返しましたかシェリー!ホグワーツ時代の私も実は爪を隠していたのですよ!」

「別にあの頃のロックハートさんは爪とかなかったけど……腕、鈍ってたよね?」

「…………自分の不利を悟らせないのも戦法の一つです!私というホークは巧妙に、弱った爪を隠していたというわけです!」

「別に隠しきれてなかったけど……」

「ンンンン手厳しい!」

「でも、今のロックハートさんはすごく頼もしいよ。ありがとう」

「────」

「さあ、下がっててロックハートさん。貴方は直接戦闘タイプじゃない」

 

(く、そ──シェリーの奴いつの間にこんな魔法を覚えたんだ!?)

 

 罠魔法とはずばり、仕掛けた本人にしか起動させられない魔法なのだ。

 罠を仕掛けた者と別の人間が起動させることなど不可能。

 だから、今呪文を唱えているシェリーが罠を仕掛けた……ということになる。

 

「いや、いくら罠があろうと関係ない!超パワーで全て吹き飛ばしてやるッ!

──紅い力、解放!!」

「ッ」

「君の小手先の罠なんて通用するか!粉微塵になれェ──!!」

「エクソパルソ!!」

 

 ハリーが唱えるよりも早く、罠を発動して雪を吹き飛ばしての目眩し。

 だがそんなものは一瞬の時間稼ぎにしかならない。

 元より味方はいない、被害など気にせず全力を振るって──……

 しかし、ハリーに魔力弾が直撃する。高速の一撃、最速の早撃ち。

 紛れもないシェリーの攻撃がハリーの腹部を叩きつけた。

 

「な……!?馬鹿な!!あいつは罠を起動させることに集中していた筈……

……いや、違う!!そもそもあいつは罠魔法なんて使ってない!杖の動きや発音はブラフだ!誰か他に起動させてる奴がいるな!?ロックハートか……いや!!」

 

「出て来い!!ボログリム!!!」

 

 ハリーは杖を地面に突き刺した。

 放射状に破壊圧が広がっていく。地面には亀裂が走り、天は震える。

 その衝撃で、雪と風と魔法とで隠されていたモノが見つかった。おかしいと思ったのだ。ハリーが近くにいるのにロックハートと二人きりなわけがない。近くに仲間が潜んでいるのは道理!

 

「君達か……クィレル、クウラチジュニア!そして誰かも知らない屋敷しもべ!

 舐められたものだ、僕を倒すにはあまりにも貧弱なメンバーじゃないか!君の人徳もたかがそんな程度!……だが、僕に曲がりなりにもダメージを通したことに敬意を表して、君達全員全力で殺してやる!!」

「よく言うぜ……あれだけ一方的に攻撃を喰らっておいて」

「そうでもないさ。懸念材料はシェリーの成長がどの程度か、それだけだった。けど新しい魔法を使えるわけでも、能力が向上したわけでもない!!そんな奴が取り巻きの雑魚を何匹連れて来ようが負ける要素は無いんだよ!対してこちらの紅い力は前にも増して強壮だ……!!

──ヴェナムメンディ!!毒流よ!!」

 

 頭に血が上りやすいハリーではあるが、その戦闘勘と技術は並外れたものがある。

 天賦の才能と言ってもいい。戦闘時となれば激しい怒りの中に冷酷なまでの慎重さが同居する厄介な状態となる。今の彼はまさにそれ。

 杖から放つは──液状の毒。触れればその時点で戦闘不能は免れない、恐ろしい厄災が形となって現れる。

 毒で全てを呑み込んでしまおうという算段なのだろう。だがそれより速く、ドビーが高速で“姿を現し”、シェリーとロックハートを抱えて消えてしまう。

 

(っ、あいつ──高速で空間跳躍したのか!チッ、紅い力の恩恵を受けた僕ですら追い切れない程の超スピード!どこだ──)

 

 ばちん、ばちん、ばちん──

 姿現しのスピードが速いドビー、心理的な隙間を突くのが上手いロックハート、単純に能力が高いクラウチジュニア。彼等が中心となってハリーを翻弄していく。

 それらを影にして、一人の男がハリー目掛けて跳躍した。

 弾丸のように飛び出すは、尋常じゃない程の身体能力を誇る“吸血鬼”!

 クィレルの突撃──けれどハリーはそれをものともしない。

 瞬間移動ではない、直線的な移動であれば、対応できるという自負があるからだ。身体能力と、彼についた“嗅覚”がそうさせるのだ。

 姿現しは、匂いの筋が断片的になり軌道を追い辛い。だがただの高速移動の場合、匂いの筋は途切れることはない。その軌道上に毒の弾丸を撃ち込めばいい。

 が。

 クィレルは毒の弾丸を躱す素振りさえ見せなかった。

 

(こいつ……吸血鬼だからって僕の毒を舐めてるのか?見たところ君に毒耐性はないだろう!なのに突っ込んでくるとは……)

「喰らえッ!」

「チッ」

 

 流石に毒の弾丸によろめいたとはいえ、すぐさま体勢を整えて重い一撃を喰らわせるクィレル。紅い力で身体能力が高めたハリーはそれを受ける。元来、紅い力による身体能力の向上は高い方ではない。腕に痺れを感じる。

 いや、それよりもクィレルだ。確かに毒は入った筈、即効性の麻痺毒だ。

 だから効いていないとおかしい。如何に吸血鬼とはいえ、毒を無効化するためにはそれなりの練度が必要だ。グリンデルバルド級ならまだしも、クィレルにそれだけの能力があるようには見えない。

 けれど──少し息を荒げるだけで済んでいるのは、何故だ。

 

「確かに効いちゃいるさ……だが血流を操作して対外に排出しているのさ!血管が焼き切れそうになるがよ……!!」

「馬鹿か……!?そんなことをすればいくら吸血鬼とはいえ、肉体の普段が大きい!命に関わるぞ……!!」

「命なら捨てたよ!闇の帝王に魂を売った日にな!!」

 

 強がってはいるが、クィレルの負担な相当なものだ。

 解毒、というわけではない。吸血鬼としての力が中途半端なせいで、体外への排出という手段しか取れなかっただけ。

 意識をしっかりしなければ倒れてしまいかねない程の激痛が襲う。棘付き鉄球を口から吐き出しているような痛み。再生速度よりも毒の巡りが早いのだ。

 それを、気力で保たせているのはクィレルの底意地に他ならない。

 

「そら──私になんかに気を取られて、我らが大将を見落としてるぞ!!」

「────!!!」

 

 瞠目するハリーは、しかし息つく間もなく背後からの強襲に対応しなければならなかった。ばちん、という独特の衝撃音が響いた瞬間に振り返り、ハリーは咄嗟に盾の呪文を唱えていた。不意打ちに長けたロックハートの一撃は、しかし為す術もなく弾かれてしまう。

 だが、強襲はこれで終わりではなかった。

 気を取られた一瞬。反応してしまったコンマ数秒にも満たないロス。

 それこそが、彼女にとって望むべくもない隙となる。

──彼女の“早撃ち”ならば、依然問題はないのだ──!

 クラウチジュニアに抱えられた紅い髪の女への意識が、一瞬遅れる。

 力を目覚めさせる。

 白い世界に咲く一輪の華──

 

「──紅い力、解放」

 

 

 

 

 

 

 

 

「喰らわしてやれ、シェリー」

 

 それは号砲。

 不退転の意志と、決意を込めた開戦の合図をシェリーは放つ。

 少女から、大人の女性へと成長した彼女の一撃は──あまりに、鋭い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──フリペンド!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 強烈な一撃。

 神速の魔弾がハリーを撃ち抜き、青年は無様に雪原を転がった。

 

「ごッ……がッ……!!シェリー!!」

「貴方は強いよ。私なんか、遥か及ばないほどに……私一人じゃあ、決して貴方には敵わない。けれど──!」

 

 

 

 

 

 

 

「──皆んなの力を合わせる!!

 勝つのは、私達だ!!」

 

 



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6.シェリー・ポッターと神に愛された少年 Ⅱ

──誰も僕を見なかった。

 

──誰も彼も、認めてはくれなかった。

 

──どれだけ努力しても、ホムンクルスだから当然とか、紅い力のおかげとか、そういう風に言ってきて。

 

──どれだけ僕を主張しようとも、ヴォルデモートの息子、人形、化物、そういう風にしか認識しなかった。

 

──僕を見る時、人は僕を通して闇の帝王やジェームズを見ているのだ。僕個人の存在なんて考えてない。肩書きや出自ばかりを見て僕を見ていない。

 

──分かってる。僕は悪人だ。どうしようもない屑で、取り返しのつかない殺人を何度もしてきたのは事実だし、父に命令されて仕方なく……なんて言い訳が通用しないことも理解している。今更穏やかに死ねるなんて思ってない、

 

──でも。悪人でも、屑でも、塵でも何でもいいから──

 

──誰か、僕をちゃんと理解してくれる人が、欲しいんだ──

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──白い雪が舞う。

 ハリーとの激戦は、意外にもシェリー達が優勢になっていた。

 シェリーをメインの攻撃に据え、妖精式の姿現しを使うドビーと、魔法一つ一つの練度が高いクラウチジュニア、心理的な不意を突くのに長けたロックハートの三人が中心になって姿現しで回し、吸血鬼で毒による即死がないクィレルが前線でハリーと格闘する。理想的な展開だ。

 あとマンダンガスは逃げた。

 このヒットアンドアウェイを繰り返していけばいずれハリーを倒せる……と思っていたのだが……。

 ……腐っても、最高幹部。そう一筋縄にはいかせてくれないようだ。

 

(押してる……押してる筈です。なのに何でしょうねこの違和感は。どれだけ攻撃しても底が見えない……本当に、私達の攻撃は通用しているのでしょうか?……)

「クィレル!お前、ちゃんと攻めてるんだろうな!?」

「そのつもりだ!!だがクソッ、どうにも手応えが……!!」

 

 クィレルの連打に、ハリーは成す術もなくやられている。その筈なのに、一向に倒れる気配は見せない。焦ったクィレルは、渾身の強打を鳩尾へと叩き込む。

 今のは効いた筈……と、思いきや。

 ハリーだと思っていたものはぼろぼろと崩れて、雪へと変わっていく。

 一体、いつから入れ替わっていた?

 ハリーは今、どこにいる?

 彼の姿はすぐに見つかった。ほんの少し離れた場所に立っていた。

──ハリーの脅威はここからだった。

 

「──ふううううう……」

 

 息をする。それだけで、薄ら寒い悪寒が背筋を凍らせた。

──僅かに生えていた草花が、樹が、軒並み枯れていく。

 死という概念が押し寄せたかのように、臭いもなく音もなく、ただただ死ぬ。

 空気が重くなるのを感じる。

 何か仕掛けてくる──そう確信したクィレルは、シェリー達を守るような位置へと移動するが、それは正解だった。

 

「ボログリム!!」

 

 まただ。破壊圧が、今度は錐揉みして地面を抉りながら迫ってくる。

 ハリーの紫は、どうしようもなく禍々しい破壊の様相を帯びていた。触れてしまえば悪辣に肉体を抉るであろう、殺戮そのものよりも、人体を滅茶苦茶にすることを目的にしたかのような魔力が、シェリー達へ向かって解放される。

 だが所詮は攻撃範囲を広げただけの魔力の塊だ──

──いや、違う。シェリーは過去の経験と魔力の流れから、その正体を看破した。

 『魔力鎌』。

 かつて秘密の部屋で相対したリドルが使用した魔法で、つけた傷から時間差で魔力の鎌が飛び出してくる多段攻撃!下手に受けようとしてはならない、瞬間的に回避しなければならない!

 

「ドビー!!バーティ!!飛んで!!それを受けちゃいけない!!」

 

 全幅の信頼を置いたシェリーの指示であればこそ従った二人だが、しかし、クラウチジュニアの方が一瞬遅かった。人間の姿現しであるため、妖精式のそれより瞬発力に欠けるのだ。反応速度は速かったが姿現しの方式で遅れを取った。

 結果として──魔力鎌が頬を掠めてしまう。

 流石に腐っても幹部級、当たった瞬間に上体を捻って致命傷は避けたものの、たちまちの内に脈動する血管から自身の肉体の異常を察知した。というか──ハリーとの戦闘で陥る異常など一つだけ。

 

「──っ、この鎌、毒がありやがるぞ!!絶対に喰らうな!!クィレル!!」

「ああ、分かってる!!すぐに──」

「一息つかす暇なんて、僕が与えると思うかよ……ボログリム!!」

 

 第二波が来る。

 ハリーは再び狂気の紫を発射した。

 せめて魔力を散らすことはできないかとシェリーは魔力弾を放つが、幾重にも枝分かれして広がっていく魔力全てを消滅させることはできなかった。ハリーの攻撃は面ものが多いが、シェリーの攻撃はあくまで線上のものだ。

 咄嗟に姿現しをして回避するも、鎌の大きさはまちまちで、不規則に現れるものだから躱し切るのは難しい。下手に最低限の動きで躱そうとすれば、むしろ危ない。

 そしてシェリーは姿現しを使うことができないので、回避はドビーに頼る他ない!

 ここで欲を出してはいけない。魔力鎌を躱せると過信して、下手な位置に飛ぼうものならハリーの思う壺だが、ドビーはシェリー達を守りながら飛ぶことに全意識を集中しているのでその心配はしなくて済みそうだというのが、心強くはあるが……

 彼の小さな身体が、悲鳴を上げているのは嫌というほど伝わる。

 何もできないのが、歯痒い……!

 

(くっ……私にできることをやるんだ!紅い力による身体強化で、動体視力は向上している筈!突破口を見つけるんだ!!

 ……!ハリーが魔力を溜めてる……溜め時間はまあまあ長い……!!この攻撃は、受ける側からしたら一見厄介な多段攻撃に見えるけれど、連射性に欠けるんだ!攻撃を回避しなきゃいけない時間が長いからそう見えないだけで……!!そして──)

「皆んな!!雪を見て!!白いからハリーの紫の魔力は分かりやすい筈!!」

「!チッ、シェリーの奴……」

(これが建物に囲まれた場所だったら危なかったけれど、ここは雪原だからいくらでも距離を取れる……!!この雪の環境が味方してくれている!!)

 

 シェリーの指示を受けて、姿現し組の飛行速度が上昇した。ある程度軌道が分かれば避けやすくなるというもの……!

 加えて、彼の動きを見るに……姿現しを使う様子は見受けられない。使えない、ということではないのだろう。多数を相手にする高速戦闘のため、下手に動けばそこから崩されるということを良く分かっているのだ。だから、あえて受け身の姿勢に甘んじているだけ。

 ハリーと馬鹿正直な正面から戦っていては消耗するのはこちらだ。使えるものは何でも使わないと割に合わない。

 雪原という特殊なフィールド、ハリーの毒に対してのカウンター要員を何人か編成した上で、ようやく戦闘という段まで持ち込むことができたのだ。

 この機会を逃してはならない。

 逃すわけにはいかない!

 さて、どこかで攻勢に出なければジリ貧になってしまう。

 シェリーは最大限魔力を溜めて、どうにか攻撃の隙間を縫えないか探る。

──いや、隙がないなら作るまで。ロックハートはそう判断し、攻撃魔法で雪を跳ね上げて視界を塞いだ。雪の壁だ。

 

「成程そう来たか……!僕のボログリムは地面に沿って進むので、意外とこういう物理的障壁に弱いんだよね……まあそれなら壁ごとブチ抜けばいいだけの話だけど!」

「うあああ!?壁が壊れた!!」

 

 その程度、何ということもない。

 魔法鎌が壁の直前で巨大化し、防壁を破壊するよう設定し直した。

 雪を跳ね上げるというアイデアは、寧ろ悪手だったかもしれない。

 相手の視界を塞ぐということは、同時にこちらの視界をも塞ぐということ。回避困難な多段攻撃は、一撃でも喰らえば毒が回ってしまうおまけつきだ。

 ……その筈、なのだが。

 

(──何だと?)

「オラァ!!回避するのが難しいなら、魔力で弾けばいいだけの話だろうが!!」

「お、お前吸血鬼でもないくせによくそんな動きができるな……」

「愛の力だ!!」

 

 魔力を凝縮して剣状にすることで、自身の周りだけ切り刻んで凌いでいる。それでも毒は撒き散る筈なのに。

 死を間近に感じながらも、それを全て無視して動いているかのような光景。案の定細かい傷が腕に出来て、少しずつ消耗していっている。無理に対処しようとするからだ。マジか?致命傷は喰らわないまでも毒を受ければ同じこと……

 いや、いや待て。クラウチジュニアはつい先刻毒を受けただろう。

 じわじわと肉体の死が進行している真っ最中の筈だろう!

 

(毒を喰らった筈のクラウチジュニアが普通に戦線復帰している……いや、おかしいだろう!あいつはただの人間の筈だ!ただの人間がどうして僕の毒を喰らって平気でいられる!?……クィレルか?またあいつが何かしたのか!)

(気付いたようだな、ハリーの奴)

 

 クィレルはアズカバンで散々暇してた時に自分の血を操作することを暇潰しにしていた。その応用でクラウチジュニアの血を操作して、無理矢理毒を飛ばしているのである。吸血能力を上手く使いこなしているのだ……!

 烏合の衆かと思ったが、中々どうして。

 

「面白い……!!そうでなくっちゃなあ!いい加減ワンサイドゲームにも飽きてきたところだ、少しは粘ってくれないとこちらも張り合いがない!!」

 

 これまでの相手は毒による即死が殆どだったのだ、ここまで粘られるのはハリーにとっても初めての経験だった。戦闘は突入する──未知の領域へと。

 ふざけるな、とクィレル達は内心で舌打ちする。紅い力による絶対的なバックアップを得ているシェリー・ハリーはともかくとして、彼等と長期戦できるだけの体力も魔力も彼等にはない。

 姿現しの魔力消費も案外馬鹿にならないのだ、ここでせめて消費を抑えたいところではあるが……。そんな展望を塗り潰すかのように、ハリーは杖を上へ向けると、大量の毒流を波のように発射する。

 

「ヴェナムメンディ!」

「何!?毒を、上空に──!?」

 

 本来、毒魔法を使うとあればこのような開けた場所ではなく、閉所の方が圧倒的に向いている。しかし無いものねだりをしても仕方がないので、ハリーは広範囲攻撃という戦法を取った。毒を高所から無差別に撒き散らす──シンプルだが、この上ないほどの凶悪戦法!

 ただ、シェリーは──シェリーだけは。毒液の影が映る位置まで、全速で駆けた。

 疾風が如く、何の迷いも無いと言わんばかりの疾走だった。

 このままでは直撃してしまうという心配すらも振り切って。だがこれは、破れかぶれの特攻ではなく──

「フリペンド!!」

──状況を打破する一撃である!

 シェリーの紅い力は、魔法にレダクトが付与されるというもの。それを高純度まで高めれば、破壊は分解の域まで達する!天を衝く柱のように彼女から放たれた魔力が、今にも彼女に降り注がんとする毒液を、一片も残さず分解し消し飛ばしていく。飛沫すらも、空気中で霧散していく──!

 

「何……ッ、」

「そこです!!余所見しましたね!!」

「!チッ……」

「行くぞロックハート!!俺に続け!!」

「ええ、合わせますとも──あなたの攻撃の癖は大体把握しましたから!」

「ハッ──言ってろ!!」

 

 視線を下に降ろせば、独特の破裂音を伴って二人の戦士が出現した。

 カーテン状に魔力防壁を展開することで咄嗟にガードするも、二人の猛攻は止まる気配を見せない。急拵えだが、息の合った連携といえよう。

──しかしあまりにも、思い切りが良すぎる。シェリーがあの毒液を何とかすると分かっていて突貫したのか?……

 ……分かっている筈がない。ないのだ。

 地上からの魔力鎌に気を取られて、空中からの毒液は不意を突かれた筈なのだ。

 何故、突っ込めた。

 何故、こちらに走って来られた。

──信頼──

 この世で最もくだらないものの名だ。

 どいつもこいつも、ここは死地だというのにキラキラした目で戦いやがって。

 或いは──ここを墓場に決めてるのか?

 こいつらは、ここで死ぬつもりで戦ってるからこんなに命知らずなのか?

 だと、するならば。望み通りすっぱり殺してやるとも──!!

 

「効くかよ……!!ボログリム!!」

「ッ、チィ──!」

「あぁ、もう!私は正面切っての戦闘は得意じゃないんですよ……!!」

 

 二対一といえど、ハリーは一切遅れを取らない。

 毒による搦手の印象が強いが……正面からの撃ち合いであっても、彼の実力は一級品と言っていいだろう。クラウチジュニアの敏捷なりし迅撃を、しかし神に愛されし紅い瞳は狂気を孕んだ嘲りで返す。ロックハートの続く援護射撃を、こともなげに怨嗟の呪詛が呑み込んでいく。

 単純な魔力量や能力では敵わないと知っていても、どこかに付け入る隙があると、鷹を括っていた。だがどうだ、この冴え渡るような戦闘のキレ。

 ここに押し留める、なんて余裕はない。下手をすればやられるのはこっちだ──!

 

「おい!待てお前達!吸血鬼の俺が盾になるから、あまり前に出過ぎるのは──」

「遅いんだよ!!アグアメンディ!!」

「うおっ!?水の、牢ごガボババ!?」

「あれは──ローズを拘束した時に使った──…!!」

「水分が乾燥して、水魔法のキレはイマイチだけどなァ。吸血鬼一匹無力化するのに何の問題も無いんだよ!!」

 

 地面から飛び出した水が、たちまちクィレルを飲み込んで球体となり、息を出来なくさせる。溺れ死ぬということはないだろうがすぐさま助け出さねばなるまい。

 仮にも吸血鬼のクィレルの動体視力を掻い潜って捕まえられたのは何故か。

 それは、地下から水が飛び出したからだ。見えないところからの攻撃は、如何な動体視力であっても防ぎようがない……!!

 瞬間、ロックハートとクラウチジュニアの脳裏には、ある可能性が浮上する。

 地下から攻撃が来るのではないか?

 ここにいるのは危険ではないか?

 その動揺を、紅い瞳は見逃さない。

 

「避けろ!!ロック──」

「ボログリム!!」

 

 至近距離からの破壊圧。

 ロックハートはそれを躱せた。

 クラウチジュニアはそれを受けた。

 躱せる筈のないその一撃を何故実力的に劣るロックハートが回避することができたのか──それは、立ち位置の問題もあるし性格の差もあった。

 が、やはり一番の問題は──クラウチジュニアが彼を庇ったからだろう。

 

(クソッ……俺如きの実力じゃあいくらでも代わりがいる……!!だがロックハートの能力は潰しが効かないんだよ……!!それが分かっちまってるから、咄嗟に庇っちまった……こいつなんかを……!!)

 怒りと失望に打ち震える。

 父親に屋敷に閉じ込められ、アズカバンに収監され、今度はこんな奴を庇ってしまうなんて。爛れた肌が痛みを訴える。毒が効いてきた。早くクィレルに治してもらわなければ直ちに死んでしまう。

 何より、それに、何より。

 シェリーの目の前で死ぬわけにはいかないのに。

 早く、早く──

 

 

 

「ハハ……!!少しずつチームが崩れ始めたな!!ダメ押ししてやるよ!!

──“紅い力の更なる解放”!!」

 

 激痛を訴えていた肉体が総毛立ち、

 ごくりと唾を飲み込んだ。

 ついぞ忘れていた本能的な恐怖が、これでもかと励起する──!

 

 

 

 

 

「──白い薔薇(デルフィーニ)!!」




ハリーが悪役になって敵として戦うってアンチ・ヘイト要素強すぎる気がしてきた…。
大丈夫かなぁ…?


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7.シェリー・ポッターと神に愛された少年 Ⅲ

詳細はネタバレになるので伏せますが前回ラストでハリーが使った『デルフィーニ』という魔法は呪いの子に登場するキャラクターの名前が元ネタです。


 なんでもない日の、なんてことのない任務での出来事だった。

 ハリーは騎士団に物資支援をしている魔法使い達の家に赴いて、殺すついでに食事をして腹を満たすつもりだった。

 それ自体はすぐ終わった。紅い力を使うまでもなく、魔法使いの夫婦はあっさりと死に絶えて、彼の胃袋に放り込まれた。そこまではよかった。

 声が聞こえる──他に誰かいるのかと家を中を探すと、奥の部屋に、赤ん坊がいるのを見つけた。玩具や洋服を沢山買い与えられて、とても幸せそうに眠っていた。

 

「いいご身分だな……」

 

 満ち足りて、さぞや幸せなんだろう。

 将来は立派に育って、何不自由ない生活を送れることだろう。

 ハリー・ポッターが決して得ることの出来ない暮らしを、こいつは当たり前のように享受できるのだ。

 そんなことを考えても仕方ないが。

 緑の閃光が瞬いて、赤子は物言わぬ骸へと変わる。

──僕はこの赤ん坊より劣る存在なのか?

 食べようとは、思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんでもない日の、なんてことのない任務での出来事だった。

 ハリーはマグルの家に任務で赴き、そこの一家を殲滅しろと指令を受けた。確か、そこも騎士団に物資提供している一家だった筈だ。

 そこもまあ簡単に殲滅できたのだが、どこか聞き覚えのある苗字だったので少し調べてみると、そこの息子はかつて犯罪者グループに属していたのだという。死喰い人の潜伏期間にそういった連中を利用したので名前を覚えていたのだろう。

 幼少時に厳しい教育を施され、その反動で半グレ達と絡むようになったらしいが、とうに薬物犯罪に手を染めてマグルの監獄に収監されていた。

 両親は息子に何度も面会をして、過去の厳しすぎた教育への過ちを謝っていたと日記に綴られていた。

 

「いい、ご身分だな……!!」

 

 両親に愛してもらっている。少なくとも関心を向けられている。

 それで何が不満だというのか。

 分かってる。今よりほんの少しだけ幸せになりたかっただけなんだろう。

 なら──君達が当たり前に感じているなんてことない幸せを渇望している僕は何なんだ?考えると惨めに思えてきて、考えたくなくなった。

 どうでもいいことだ。

 憂さ晴らしに家に火を放った。両親と家を失ったと聞かされた時の息子の顔を想像すると、笑いが込み上げてきた。

 奴は僕より惨めな存在になった──!

 

 

 

 

 

 

 

 ……ああ、だが。

 いくら殺しても心が満たされない。

 いくら喰っても渇くばかりで──

 

 ヴォルデモートは自分を愛玩動物、或いは駒の一つとしか思ってない。

 同僚達はそもそもハリーに興味がない。

 

 肉体はジェームズ・ポッターとリリー・ポッター、本物のシェリー・ポッターから得た偽物で、力はヴォルデモートから与えられたもの。いくら虚勢を張ろうと、自らが空っぽだという事実は変わらない。

 そして生まれながらにして闇に生きるものである以上、力でのし上がってやろうと考えたこともあるが、ヴォルデモート以上の存在になるなんて無理だ。あのどこまでも自分本位な男が、わざわざそのような力を与えるだろうか。反逆される可能性を置くだろうか。

 生きながらにして、どん詰まり──

 沢山殺してきたのだ。救ってくれ、なんてことは言わないが──

 

 せめて誰か──僕を見て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな時だった。

 シェリー・ポッターと邂逅したのは。

 僕を憎悪の目で見てくれるひとは。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「──白い薔薇(デルフィーニ)!!」

 

 魔力が躍動する。

 紅でも紫でもなく、“死”だけが残りその他一切が排された白になる。

 純然たる厄災のみが凝縮され、それは人のカタチを為していく──!

 出来上がったのは、身長はハリーの半分にも満たない程度の、魔力で構築された長い髪の女の子の人形だ。そのデルフィーニとやらはふわふわと浮き上がったかと思うと、やがて標的を見定め──

 シェリー達目掛けて突進する!

 ハリーが杖を動かしている様子はない。つまるところアレは、自動で動く魔力人形というわけだ。しかしまあ、ドビーより少し大きい程度の人形なので、どんな大技が来るかと身構えていたシェリー達にとっては肩透かしだったが……。

 

「いや!最高幹部の取って置きの魔法が弱いわけがない!警戒を──」

「──何かする前にたたく!」

 

 言うが早いか、シェリーの早撃ちが炸裂する。

 紅い力の入った、着弾すれば魔力ごと引き剥がす分解弾。デルフィーニは瞬く間に無惨に飛び散って消え失せた。

 ……が、ここで異変が起こる。

 虚空に周辺の魔力が収束したかと思うと再び人形が形成されたのだ。

 マジかよ。自己修復機能を搭載しているというわけか──!

 デルフィーニはそのまま、シェリー達へ近接戦闘を仕掛け始める。拳は鋭く、それでいてしなやか。クィレルとクラウチジュニアが無効化されている今、シェリーが相手取るしかないわけだが……中々強い。やり辛い相手だ。

 

「くっ……この子、分身の割に結構すばしっこくて強いな……!?」

「!!シェリー・ポッター、私の手に捕まってください──」

 

 第六感というべきか、ドビーの咄嗟の判断は結果的に彼女を救った。

 白い魔力を帯びたデルフィーニの色が燻んで、赤紫の痛々しい色に染まると──

──そのまま、自爆した。

 危なかった。姿現しで躱していなければ直撃するところだった。

 人型爆弾の攻撃を避けられたことに安堵していると、再び目を向く光景が飛び込んでくる。再生しているのだ。ひとりでに。

 周囲一帯の魔力を吸って、新しい肉体を構築している──!

 しかもこいつ、この爆発!有毒ガスを含んでいるのでは……!?

 

「何度でも甦る不死身の自律人形……それに毒ガス爆弾を取り付けたって感じか!」

「その通りさ!そいつは魔力に飢えていてね……君達の魔力目掛けて飛んでいく仕組みさ!!デルフィーニそのものの戦闘能力もさることながら、時間が経てば自動的に体内の毒ガス爆弾が起動する!!おっと攻撃には気をつけるといい!下手に刺激するのは危ないぞ、タイミングが悪ければその時点で自爆するからな!!」

(あ、危なかった──!!さっき紅い力込みの分解弾を使ったのは正解だった!爆弾ごと分解したから爆発しなかっただけで、普通のフリペンドなら起爆してたかもしれなかった……!ごめん皆んな!!)

(本当なら、味方に守られながらの使用が望ましい魔法だけど、そう言ってられる状態でもない!ここいらで一気呵成に畳み掛けてやる!!)

 

 そしてハリーも認識を再度改める。

 シェリーが紅い力を込めて放つ分解弾の効力は、やはり目を見張るものがある。ハリーは先程、分解弾を喰らったのだが……身体中の魔力が掻き乱されていくのを感じた。守りに集中しなければ危なかっただろう。だから自動操作の効くデルフィーニを選んだ。

 このデルフィーニの厄介さは、厄介な毒爆弾であると同時に、簡単に抑え込めるような強さではない点にある。毒を使わずともハリーの基礎戦闘能力はかなり高いが、デルフィーニもまたその戦闘能力を受け継いだかのように厄介。

 いや──純粋な魔力の塊である以上、感情に左右されず、既存の物理法則に囚われることのないこちらの方が、白兵戦では強いのかもしれない──!

 

「いや、これほどの分身を操るとなれば本体にもそれなりの負荷がかかる筈……!それにこのデルフィーニとやらは動きのキレがいささか良すぎます!おそらく、持てるだけの魔力をこの子に回したのでしょう!つまり今、本体は魔力の使いすぎで無防備な筈です……!違いますか!?」

「──ああ、そうだね。魔力は残り少ないし、全身疲れ切ってダル重さ。けれどこんなでもホムンクルスだからね、死にかけの人間ひとり抑えておくのは無理ないさ」

 

 ロックハートの指摘を鼻で笑うように、ハリーはクラウチジュニアの首根っこを掴んでは高々と掲げた。弱った本体に手出しできぬよう盾にしているのだ……!

 

「さあ!!撃てるもんなら撃ってみろよシェリー!!間違えてクラウチジュニアに当てちまわないようにね!!見ろよ!僕よりずっと背も高くて筋肉もあるのに、今じゃそれが仇になってる!!随分と綺麗な顔をしているけれど、毒で今や見る影もない!無様だな、おい!クラウチ!!」

「その名で、呼ぶんじゃ、ねえ……ッ」

 

 苦悶の声を上げるクラウチジュニアの顔色は最悪だ。

 血管が浮き出て、気味の悪い腫瘍がびくびくと蠢いている。素人目に見ても、毒の進行が進んでいるのが分かった。あれではクィレルが血を操作して毒を摘出したところで、間に合うかどうか──。

 

「……ッ、ドビーの姿現しで、至近距離まで近付くしか──ドビー!?」

「はい、ただいま……ッ」

「ドビー!?しっかり!酷い汗……!」

「姿現しを連続使用したせいだ!クソ、無意識のうちにドビーの高速姿現しに頼りすぎてました……!!そして彼もシェリーに疲労を悟らせまいとしてた……できるだけ皆さんの安全を確保しようとより長い距離を最高速度で時間跳躍したのですね?その分、私より早く限界が来てしまったのか……」

 

 無理もない。

 屋敷しもべ妖精の魔法は、杖を必要としない代わりに、魔力の減りがおそろしく早いのだ。包丁や火を使わずに調理するようなもの。即効性はあるが連続で使えば必ずガタが来る──!

 

「───!!ロックハートさん!!ひとまずドビーをお願い!!私がデルフィーニを相手するから、その間に二人でクィレルを助けて!まずは彼を水牢から出さないと、バーティの解毒ができない……!!」

「おっと!デルフィーニは基本は自動操縦だが、やろうと思えば単純な指示くらいはできるんだよ……!!」

「ぐッ……!!下手に動けば私達がやられてしまう……!!」

 

 デルフィーニの猫のようにしなやかな動きに翻弄され、擬似的な解毒ができるクィレルの近くに行けない。焦れば高い戦闘能力でやられるし、かといって時間をかけてもいずれ爆発する。

 では本体を倒そうとしても、彼はクラウチジュニアを盾にしているから手が出せないし、姿現しで接近しようにも、ドビーはダウンしているし、ロックハートは魔力が残り少なくなっている。

 まずい──まずい状況。

 

「さあどうするシェリー!?足掻いて見せろよ!!父さんに頼るまでもない!!僕が殺してやる!!今!!ここで!!」

「……お前、父親にコンプレックスでもあんのか」

 

 クラウチジュニアのぼそりと呟いた言葉に、ハリーは殊更に反応した。

 首根っこを掴む力が強くなる。状況的にはハリーが優勢なのに、ボロ雑巾になっているのはクラウチジュニアの方なのに、彼等は何故だか真逆に見えた。

 

「お前もそのクチか。いや、そりゃそうだわな。ホムなんたらが何かは知らないが、要するにお前は誰かの模造品として生まれたんだろう。で、親父はかの帝王サマか。そりゃ拗れるわな」

「黙れ!!お前に何が分かる!!」

「コテコテの台詞吐きやがって」

「僕は僕のことなど気にも留めない奴の目をひん剥いてやるのさ!!僕という存在の認識を書き換えさせてやる!!僕を見ようとしない、連中の目を!!」

 

 ハリーの瞳から覗く強烈な鮮紅を、クラウチジュニアは冷たい眼で返した。

 あろうことか、そこには、憐れみすらも篭っていた。

 思考すれば怒りと嫌悪しか湧かないので考えないようにしていたが、段々と朦朧としていく意識の中で、つい、思考を費やしてしまった。父親──正義と使命感に生きたバーテミウス・クラウチについて。

 彼の、渇いた瞳について。

 

「父親の視界に入ってるのに、視線を感じないような……風景の一部として見られているような……そんな感じか」

「……黙れ、と、言っているのが聞こえないのか……!!」

 

 図星を突かれたハリーは空いた方の手でクラウチジュニアを殴りつけた。衝動的に身体が動いていた。寒風吹き荒ぶ雪原だというのに、怒りの熱は消えやしない。

 歯軋りする。世間話でもするかのような口振りなのに、これまで聞いたどんな言葉よりも怒りを誘う。

 ああ、たった今理解した。

 僕は骨身の髄までこいつのことが気に食わない。受け付けないのだ。

 

「どいつもこいつも……生きていることが当然みたいなツラしやがって。君達の命には何の意味も無いんだよ!無意味に!無価値に!僕に殺され死んでいくんだ!!セドリックだってそうだったろうが!!ローズもブルーも無意味に死んだろうが!!」

「ならなんでお前は生きてんだ」

 

 ハリーは言葉を返せなかった。

 紅い瞳の化物が、迷い惑う子供に見えて仕方がなかった。

 

「本当に無意味ならなんでまだ生きてる。そうじゃねえって思いたいから、生きてるんじゃないのか」

「──」

 

 少し、黙った。そして──

 

「……もういいよ君は。どうせ死ぬ命、僕が直々に引導を渡してやる。だがここで下手に魔力を使えばいざという時に僕の身を守る分が無くなる……そこでだ」

「?」

「これを使ってやるよ──これはお気に入りのナイフでね。吸血鬼の牙を参考にして作ったんだ。傷口から血をチュウチュウ吸ってストックできる仕組みになっている。

滅多に使ったことはないけどね──」

「へえ……そりゃ光栄だ」

「──前回の相手は、そう!セドリックの胸を刺した時に使ったんだ!これを使うのは君で二人目だ……!!」

「────」

 

 それでもクラウチジュニアは表情を変えない。心底くだらないのだ。力を得て、生きてやりたいことがそんなことか。幸せのランクの程度が知れる。

 

「……俺みたいなクズでも、誰かに言葉をかけてもらって、そいつの為に生きていれば、自分がまともな奴に見えてきて心が楽になんだよ。お前にはそういう相手はいなかったみたいだがよ……」

「はぁ……?」

「でもダメなんだ。クソ野郎が何をしようと罪は消えねぇ。罪に対する意識が変わるだけだ。結局俺達クズが地獄に行くのは変わらねぇんだよ……!

──行こうぜ、おい、ハリー──俺達と一緒によぉ!!!」

「……俺“達”?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ああ!!やっと着いたわ!!」

「パンジー・パーキンソン……!?」

「助けに来たわよ、あんた達!!」

 

 いつの間にかハリー達を取り囲むような形で、不死鳥の騎士団支部の面々が駆けつけてきてくれていた。その数、およそ百名ほどくらいか。パンジー・パーキンソンにエイモス・ディゴリー……戦闘員と呼ぶには頼りない面子だが、しかしそれは彼等とて承知の上だ。元より、紅い力持ちの最高幹部相手に戦力になるとは思っていない。

 故にこそ、彼等は彼等の仕事を遂行せんがため来たのだ──!

 

「班ごとに彼等を支援しろ!!決してハリーとは戦おうとするんじゃないぞ!!」

「エイモスさん……!?」

「来たぞシェリー!支部の隠蔽工作やら本部への連絡やらで遅れてしまったが、私達も参戦するぞ!!」

「ああ、もう!クィレルが捕まってんじゃないのよ!!あんたはまだ戦って貰わないと困るんだからね!?」

「す、すまん」

「おいこの屋敷しもべ消耗が酷いぞ!救護班急げ!」

「シェリー・ポッター、あの気味悪いのはどうすりゃいい!?」

「あ、あれは……魔力を感知したら飛んでくから、とにかく散ってください!それとほっといたら爆発します!」

 

 突然の増援で、シェリー達も取れる選択肢が増える。

 デルフィーニも突然の魔力反応に、どれから対処したものかおろおろしている。

 

「見ろ!バーテミウスがハリーに捕まって身動き取れてない!早く加勢を……」

「逆だ……!!」

「!?」

「俺がこいつを絶対に離さねえから、その間にお前らは大人しくシェリーのサポートなり何なりしてろ……!!雑魚共が何人来ようと無駄だ……!!」

「こ、こいつ……!!僕が盾にするために捕まえていたのに、逆に僕を捕まえるだなんて……!!どういう体力してるんだ!!」

 

 クラウチジュニアは残り少ない魔力で魔力縄を生み出して、ハリーと自分を繋いで離さないでいた。目は血走り、歯は砕ける。底維持と諦めの悪さだけが、彼を奮い立たせていた。

 

「がッ、君のどこにそんな力が……!!」

「罠魔法だよ……!!毒を喰らわないために姿現しを使って高速移動してたから、起動のタイミングが中々なくて途中から使ってなかったが……!!今お前を縛ってる縄の魔力は未使用の罠魔法から魔力を吸い取ったもんだ!!」

「体外に放出した魔力を回収したってことか……!!」

「俺が今までボケっとしながら捕まってるままだと思ったかよ!罠魔法の位置を確認していたんだよクソボケが!!」

(まずい……!!まずいぞ!!僕は今、魔力をデルフィーニにほとんど使っちまってる!クラウチジュニアの縄を引き千切ることはできないっ……!!)

「バーティ!!それ以上は……!!」

 

 シェリーの縋るような声に、一瞬だけクラウチジュニアの決意は揺らいだ。が、肉体は成すべきことを理解しているのか、ハリーを繋ぎ止めんがために魔力の活動を止めない。ハリーをこれ以上動かしてはいけないと。

 その行動は諸刃の刃だ。魔力を使えば使うほどに肉体は損耗し、クラウチジュニアの全身に針を突き刺すが如くの責め苦を与えている。

 今彼は立っているだけでやっとの筈。

 骨を鑢で削られているような地獄の痛みの中であっても、クラウチジュニアはその類稀なる精神力だけでハリーを押し留めているのだ。

 

「元々、我慢は得意な方でね!これだけの量の魔力縛鎖、さしもの最高幹部サマもへばるかァ!?」

「何としても僕をこの先に行かせるつもりはないようだな!!なら逆に、この縄から更に毒を回してやるよ!!」

「────!!」

 

──躊躇する。

 手を離せば、ハリーを逃してしまうけれど。

 手を離せば、まだ、クィレルの擬似解毒が間に合うかもしれない。

 二つを天秤に掛けて、そして、クラウチジュニアは笑うのだ。

 掛けるまでもなかったと──!

 その可能性は、──捨てる!

 

「ガアッ…………」

 

 ああ、死ぬ。

 音もなく、見えもしない死が、すぐそこにあると認識できる。

 そうか──人生とは鬼ごっこのようなものなのだ。物陰に隠れながら、やってくる死から全力で逃げる、生けるモノ全てに課せられたデスゲーム。

 見つかって、しまったのか。

 記憶がフラッシュバックして、走馬灯のように駆け巡る。……ように、ではなく、本物の走馬灯なのかもな。

 記憶の中の親父は、いつも顰めっ面を浮かべている。母さんは目を腫らして泣いて嘆いている。ウインキーのキーキー声がうるさい。

 

 正しいことをしなさいと、教えられた。

 間違ったことをするのは、ダメだから。

 

 その正しいことのために親父は奔走して家族を置き去りにした。死喰い人の動きが活発だから忙しいって?嘘だね。アンタは俺がガキの頃からそうだったろうが。

 お前が見せるのは、いつだって、つまらなさそうな顔だけだ。

 俺を見ようとすらしない。

 あいつの職場に押し掛けて、少し揶揄ってやろうとしたら震えたね。レックス・アレンとかいう、アンタの意思を継いでくれそうな正義大好きマンの方を、息子同然に扱ってたんだもんなァ。

 ふざけんなよなぁ。アレンもアレンで、父親がその時期に死んだか知らんが満更でもない顔をしやがって。こっちの気も知らねえで良い気なもんだよ。

 死喰い人に入ったのも、父親の関心を寄せたかったのがそもそもの切っ掛けだった筈だ。まあ……そこから闇の帝王の思想にのめり込んだのは俺が悪いが。なぁんか違う気がしていたけど、あの親父の所にいるよかマシだった。それから、色々あって、

 

『──ありがとう』

 巡り巡って、君に出会った。

 

 視界の端で、シェリーが顔を歪めているのを見つけた。

 ……マズったな。あの子は、死をひどく恐れている。少し前だって、目の前で何人もの子供や村人が残酷な目に遭って、心に新たな傷を作ったというのに。

 でも、どう足掻こうと、もうすぐ肉体は終わりを迎える。

 妥協させてしまうことになる。

 

 ……ただまァ、可哀想にだとか無意味に死んだだとか、そんなフウな絶望の仕方をしてほしくはないし、させるつもりもねえ。

 

 

 

 

 

(どうしよう、どうしたら、バーティが死んでしまう、死んじゃダメなのに──皆んなが死なない為に、戦ってきたのに──)

「──死なねえよ」

 

 命は風前の灯火の筈なのに、クラウチジュニアのその声は、その場にいる誰よりも力強く、燃え上がっていた。

 

「俺達は死なない。肉体が滅びようと精神が消滅しようと、そんなもんで俺達の命を否定させやしない。シェリー、お前の魂に刻まれている限り──お前が俺達を覚えていてくれる限り、お前の魂に生き続ける」

「バーティ!!でもっ、それは──」

「俺の一生を無意味だなんて言うな。無駄だったなんて切り捨てるな!お前のために死ねたのなら、魂の一部になれたのなら、それが俺の生きた証になるんだ……!!」

 

──ずるい。

 そんな言い方は、ずるい。

 死んでほしくない。生きて、幸せに笑っていてほしいんだよ。

 人は、簡単に、死んでしまうから。

 そんな口先八丁で騙されて、諦め切れてしまえたなら、どれだけ楽だったか。

 “そんなのはダメだ”

 “もうやめて。死なないで”

 そう言おうとして、言う資格がないことに気がついて。ならばと、せめて、彼を力尽くで引き離そうと彼の所へ走って──

 

(この焔を──消せない──)

 

 何があろうと、やめる気はない。

 成すすべもない死を目の当たりにして、無理だと悟ってしまった。

──綺麗だと、思ってしまった。

 死から逃げるのではなく、

 死と真正面から向き合っていたから。

 悲しむよりも、哀しむよりも、凄いと思ってしまった。

 緩やかに、諦めて、妥協した。

 死を──綺麗だと思う日が来るなんて。

 

(ごめん──ごめん、ごめん、ごめん。不安なのは、あなた達の方なのに。私ばかり取り乱して、泣いてばっかりで──そんなんじゃあ──あなたが、報われない──)

 

 忘れるものか。

 この時間を、この軌跡を、この一瞬を──たとえ一秒に満たぬ刹那であろうと、決して忘れるものか。

 

 

 

「だからよぅ──俺のこと、頭の片隅にでも覚えててくれよな……?」

「──永久に」

 

 

 

(へへ……消えねぇ傷が残せたぜ。あいつはこれから死ぬまで俺のことを忘れられないだろうな……これは最早、両想いだ。家族も地位も何もかも失ったが、好きな子に傷は残すことはできた……!)

 

 あの子のためを思うなら、必ずしも正しいことではないのかもしれないけど。

 

(正しいことなんてしてやるか馬鹿。クズはクズらしく好き勝手死んでやる)

 

 

 

 

 

「もう、いいわよ。ブチかましなさい!!」

 

 泣きながら、シェリーは走る。

 もう傷は癒えた。魔力も、十分だ。

 思考を無理矢理に整え、倒すべき相手と状況を再度確認する。

 ドビーはまだ疲労が抜け切れてない。戦えるのは、後ろをついて来ているロックハートと……水の牢獄から解放され、治療を受けていたクィレルの三人。

 ハリーを、何としてでも──

 

「デルフィィィィィニ!!『分裂』!!」

 

 冷えた手で心臓を掴まれたかのような悪寒が走る。

 デルフィーニは、常に周りから魔力を吸い、時間が経てば毒ガスを撒き散らしながら爆発するという性質を持つ。

 それが、分裂して、更に小さくなったとしたら。

 体が小さい分だけ、爆発までの時間が狭まったということでは……!?

 実際のところそうである。とはいえ、殺傷力は落ちるどころか毒ガスも薄まってほとんど効果がないため、ハリーにとっても苦肉の策ではあるが。

 牽制になれば良い。隙ができれば良い。

 そうすれば一人ずつ、ボログリムで殺していけばいい。拘束も、どんどん緩まってきている……!後は怯みさえすれば……

 

──だが、デルフィーニ達は、一瞬動きを止めてしまう。

 近くに魔力反応……それに引かれて、そちらに意識がいってしまったのだ。

 

「さっきの啖呵は痺れました……が……あなたに……シェリー・ポッターへの献身で負ける訳にはいかない……!!」

「屋敷しもべ……!!」

「ドビー……!?」

「命以外の、その他一切合切!もう何も許してやるものか!!ドビーは自由な屋敷しもべ妖精なんだ!!」

 

 姿現しでデルフィーニ達の至近距離に現れることで、残り少ない魔力であっても、意識が行くように。火災報知器の目の前でマッチの火を着けるかのような……!

 小柄な身体は、爆発で舞う。

 彼が愛したちぐはぐな洋服は、全て焼け焦げ燃えてしまう。

 悲痛な声が聞こえる。

 振り返らない。

 振り返っては、ならない。

 

「うぁああああああああああ!!!!」

 

 紅の弾丸が、ハリーの肉体を貫く。

 何発も、何発でも、叩き込む。

 紅い力を全開で、ハリーの魔力をかき乱しては、肉体を削り抉り取る。

 防御すら吹き飛ばして、必死の抵抗をブチのめして!

 更に更なる死力を尽くそう。

 ありったけの憤怒を乗せて──!

 

「シェリィイイイイイイ!!!!」

「ハァリィイイイイイイ!!!!」

 

──ここで、止める。

 ここで、倒す!!

 誰が、どう、なろうとも──!!

 




次回、ハリー戦ラストです。

今回のチーム選出ってちゃんと意味があって、全員ハリーメタになってるんです。
シェリー→毒液分解
ドビー→毒回避
クィレル→毒分解・格闘戦・壁
クラウチジュニア→回避要員
ロックハート→回避要員・作戦立案・一度だけ無敵状態
てな感じで。クラウチジュニアだけ能力的なメタ要素は薄いですが精神を動揺させるのに一役買ってます。


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8.シェリー・ポッターと神に愛された少年 Ⅳ

(ぐッ……、ここまでか……!!後は頼みました、シェリー・ポッター……)

 

 ドビーの魔力に吸い寄せられたデルフィーニが爆発し、矮小な肉体を吹き飛ばす。

 だが、振り返る暇はない。振り返ってはならないのだ。彼がくれたチャンスを無駄にすることだけはできないからだ。

 泣きながら──苦しさを確かに胸に感じながらも、攻撃は止めない。その一発一発が魔力を狂わせるオマケ付きだ。ハリーの天才的とも言えるスピードの瞬間的魔力防御も意味がない。どんどん劣勢に陥る。

 ハリーは苦し紛れに、雪の壁を作り出して目眩しするが──

 

(タマモに教わった……弓のイメージ!!紅い力が強まった今ならできる……!!)

「『軌道変化』!!うぎぃ……っ!!」

「鹿が曲がって……、ごがァア!!」

 

 ツノの生えた牝鹿が雪原を駆け、雪の壁を迂回した。

 魔力弾はハリーを追尾し、大きな曲線を描いて着弾する。

 タマモのように精密性はないが彼女の一撃の破壊力を考えれば多少なりとも追尾してくるというのは非常に脅威である。

 何てこった、この短時間で、シェリーは自身の紅い力のインスピレーションとその力の本質への理解を深めてしまった。

 

 通常のフリペンド。

 魔力をバラす魔力分解弾。

 守護霊の呪文を織り込んだ追尾弾。

 何なら、オルガン・フリペンドという連続攻撃も備わっている。

 

 ただでさえ攻撃力に優れた魔法使いだというのに、更に凶悪性が増している。これから紅い力が増していけば、更に弾の種類が増す可能性がある。

 『紅い力の更なる解放』という第二のステージへ進むのも近いだろう。

 この短期間で、紅い力への理解が深まりインスピレーションが芽生えているのだ。このままでは押し切られる。安い挑発で、少しでも時間を稼ぐ。

 

「ッ、一瞥も──くれないのか!?随分と薄情になったもんだな!!あの頃は仲間が一人死んだら大騒ぎしてたのに!!その度に泣いていたのに!!」

「その挑発には、もう乗れないよ……!!」

 

 クラウチジュニアは雪原に頭から倒れ伏している。果たして生きているのか疑わしい状態だ。ドビーは爆発を喰らって動かない。側から見れば死人にしか見えない。

 ああ、もう助からないんだ。その事実こそが胸を締め付ける。が、雁字搦めになって脚を、杖を振るう腕を止めるわけにはいかなかった。

 死そのものでなく──死んだ意味を考える。

 これまで沢山の死を経験してきた彼女にこそできる、その思考。

 誇り高い死ばかりじゃなかった。無意味に殺された人達だっていた。絶望しながら死んだ人もいたし、その中には私が殺した人も含まれている。

 でも、その中の誰か一人でも──

──代わりに私に苦しめ、なんて言う人はいただろうか?

 優しい人達なんだ。こんな私に優しくしてくれる良い人達だったんだ。

 あの人達は、一度だって──足を止めろなんて言わなかったじゃないか!!

 

(無駄にするな!!この好機を──バーティとドビーが生み出した時間を!彼等の死の意味を考えるんだ!!ここで悲しんだり絶望したら──それこそ──彼等に申し訳が立たない!!)

「いけすかねぇ奴だったし、話が合わねェ屋敷しもべだったがよ──それでも俺にとっちゃ仲間だった!!あいつらの頑張りを無駄にしてたまるか!!」

 

 クィレルがピンポイントで打撃を叩き込んで、そこへ間髪入れずにシェリーが魔力弾をぶち込む。単純だが効果的だ。魔力の練れない今のハリーにとっては、特に。

 

「これが……君の力なんだな……!!」

 

 あの時シェリーを殺したマリィ達が、シェリーを後押ししているのだ。

 いわば呪われているとも言ってもいい紅い力なのに、その魔力は澄んでいる。彼女が殺してきた人間の中に、彼女を怨んでいる者は一人としていない。ハリーとは大違いだ。純粋な紅い力の出力ではハリーが優っている筈……では何が、シェリー達を優勢たらしめているのか。

 答えは一つ。

 『仲間の有無』──

 生きている者の中にハリーを救ってくれる者は一人もおらず、今まで殺した者の中にハリーを慮ってくれる者はいない。全員が全員、悪感情を抱いているが故に。

 

(いいとも、君が僕の上を行くのなら、喉笛に喰らいついてやる。僕は暴食だ!)

 

 ぷっ、と、含み針を吹き出すハリー。

 魔力が迸っているシェリーに届く道理もなく防御されるが、意識さえ逸れればそれでいい。懐からナイフを取り出す。

 ハリーは杖の制御が難しいと判断するや否や、ナイフによる近接戦闘でシェリーを切り付けんとする。無論、そんな苦し紛れの攻撃など喰らうシェリーではないが……

 おぞましいのは、その闘志だ。

 立っていることすら辛いだろうに、ハリーはそれでも戦いを止めない。

 押している筈のこちらがたじろいでしまうほどの、燃え上がる焔の意思。

 

「どうして、そこまで──」

「勝ちたいんだ」

 

 カラカラになった喉で、それでもハリーは声を上げる。

 分かり合える未来なんてもういらない。

 許し合える結末なんて必要ない!

 だって自分はそうじゃないから。生まれてこの方悪事しか働いてこなかった。人に優しくする方法なんて知らない。人の愛し方なんて知らない。

 ただ、自分がとれるたった一つのコミュニケーションが、戦いだけだった。

 

 ハリー・ポッター。その力は暴食。

 誰よりも愛に飢えた少年。

 

 明確に親と呼べる者はいない彼等が、たった一人家族と呼べる人物と殺し合う。

 破壊の申し子達は、互いに傷つけ合うことでしか対話をすることができない。

「ならせめて──存分まで語り合おう。

 さあ、どうした!!最後まで諦めない不屈の精神こそが君達の最強の武器だろ!?僕がへし折ってやるからさあ!!全力の君を上回ってやるからさあ!!全力でかかってきやがれバカヤロー!!」

 

 あの時もっと話し合っておけば、そんな後悔を抱えた大人が沢山いる。

 死はいつだって突然で、喧嘩別れしたまま離別した者だっている。

 それだけは駄目だ。ハリーにとってそういう感情になれるのはシェリーだけだ。戦いが不完全燃焼のままに終わって、どちらかが死んでしまうのは耐えられない。永遠に鬱憤を抱えたまま生きていくなんて絶対にごめんだ。

 唯一、幸せと呼べる瞬間は戦いの中にしかないのだから。

 

 戦いを通して──僕を見てくれ。

 

(執念……!!私にとってのロンやハーマイオニー達が、ハリーにはいなかった……だけどハリーはそれを求めてる訳じゃない。私になりたいんじゃない!私を倒して、私を乗り越えようとしているんだ!!

 こだわっていたんだ……私にっ、私以上に……!!この人は、この人なりに、自分の人生に向き合って……!!私は考えることすら放棄したのに……!!)

 

 赤ん坊ちすら劣る価値のない人生だということは、嫌というほど分かっている。ゼロからではなく、マイナスからのスタートなのだ。であるならば、せめて自身の道を後悔のないものとしよう。誰からも赦されぬ道であろうと、その運命を歩こう。他者に認めさせるためならば、悪名だろうが何だろうが轟かせてやる!

 欲しいものがあるなら、自分で掴む。

 憧れならば、この手で越える。

 彼はそういう人間だった。宿敵すらも愛すらも喰い殺し呑み込んで、己の糧にせんとする!その先に向かわんとする意思──それがハリー!

 故に、暴食!

 

「受けて立ってやる!!ハリー・ポッター!!」

「──ありがとう──」

「──ッ、『分解弾』!!」

「ガアッ……!!」

 

 紅い力によるフリペンドが、ハリーを貫き吹き飛ばしていく。

 彼の細い身体が宙を舞う。

 くるくると、音を立てて。

 これで──これで、本当に終わり。魔力も練れず体力もすり減って、彼の戦闘能力は無に帰して──

 

「ああ……本当にありがとう、シェリー・ポッター!!僕の勝利の手助けをしてくれて!!勝負事ってのは最後に勝つから面白い……!!」

「な……ッ!?」

「デルフィーニ!!来い!!」

 

 なんという──執念。いや、意地か。

 彼が吹き飛ばされた先にはデルフィーニの姿がある!

 ハリーは大口を開くと、魔力人形たるデルフィーニを空中で『捕食』した。

 

「な、何してるの……!?お腹壊すよ!?」

「トチ狂ったかハリー・ポッター!」

「そのような余裕ある物言いも、すぐに出来なくなるぞ!がはぁッ」

 

 体内へと取り込んだその瞬間、魔力変化が起こる。

 デルフィーニは謂わば『生きる魔力』。それを体内に取り込んだとなれば、それはつまり、魔力の補充をしたということ!

 雪原に着地したハリーの肉体から、空になった筈の魔力と毒液が染み出す。

 紅い力が変化を見せる──!

 

「生を散らさん、死を齎さん──思いつきの即興魔法──『病翳儡跪坐(ヘレボルス)』!!

 ハハハハ……一度形成し、体外に放たれたデルフィーニは、周囲の魔力を吸収して爆発する性質を持つ!そうやって集めた魔力を敢えて僕の体内で爆発させることで、細胞は活性化し、肉体からは毒が染み出す!こんな風になああああ!!!」

「何……スライム……!?」

 

 ハリーを覆う毒液は、鎧のように彼を覆っていき、肥大化する。

 その様相はまるでポイズンスライムだ。本体の何十倍もの大きさの毒液を纏ったスライム状の怪物──彼が息をするだけでこちらの呼吸が詰まりそうになる。

 ただそこに存在するだけで脅威だと見て取れる、毒素の塊のような生き物。ハリーを覆う死毒の膜は、命を奪わんと流動する。

 体高およそ五〜六メートルほどの巨大生物が爆誕したのだ。

 毒の巨体がゆっくりと一歩を踏み出す。死んでいた大地に亀裂が走り、紅い稲妻が迸った。煮凝り切った半透明の破壊者と化したハリーは、一歩、また一歩と歩みを進めていく。

 

(やってみるもんだな……!!肉体の負担が半端ない、もうあと一回くらいしか呪文は使えないだろうが……この『病翳儡跪坐』なら分解弾で魔力を狂わされた今の僕でも操作できる!!ただ毒を撒き散らしながら歩くだけだ、精密動作もクソもないからな……!!)

「あれはまずいぞ……!!接近戦はおろか近付くことすら危険だ!おまけにあの毒の分泌量、一度喰らえば私の擬似解毒では到底間に合わん!」

「一度距離を取ってください!!皆さん絶対に近付かないで!!」

「くっ……『分解弾』!!」

 

 シェリーは魔力を紐解く分解弾を放つも消せたのは表面の毒膜だけだ。そんな軽微の損傷など、すぐに自己回復してしまう。シェリーの分解弾を警戒しているのだ。毒液を敢えて過剰放出することで、分解弾の分解許容量を大幅に上回っている。分解弾を連発すれば毒の向こう側に薄っすらと見える中の本体へと肉薄できるのだろうが、いかんせんここまでの戦闘で魔力をそれなりに消耗している。それだけの魔力が残っているかどうか──。

 加えて、シェリーの魔力弾が点での破壊にしか過ぎないのも大きい。これだけの巨大物質を消し飛ばすには、面での攻撃が必要不可欠なのだ。シェリーをあからさまに意識した能力だが、こちらの主力は彼女で間違いない。実に有効だ。

 ただ、苦しいのは向こうも同じ。

 ハリーは紅い力をヴォルデモートから渡され、毒使いとして覚醒した際に、自身の肉体に毒耐性を付与している。これによりハリーは毒物を摂取しようが問題なく胃の中で分解できる。

 が、今調合している毒は酸性が極めて強く無差別だ。如何にハリーといえど、想像を絶する程の激痛が襲い、細胞という細胞が悲鳴を上げている。デルフィーニが無限に魔力を供給するので死ぬことはないが、蓄積されるダメージというものは極めて大きいと言わざるを得ない。

 まさしく諸刃の剣。

 然して、これがハリーの底力。

 何としてでも倒すという意思が生んだ最強の必殺魔法に、シェリー達の心は緩やかに絶望感を帯びていく。最高幹部の彼が捨て身になって編み出した魔法なのだ、簡単に打ち破れる筈もなし。奇跡でも起きない限りは──。

 

「だったら、起こしてやるわよ“奇跡”!!」

 

 意外や意外、口火を切ったのはパンジー・パーキンソンだった。

 

「あんた達覚悟決めなさい!!全員で協力しないとあいつは倒せないわよ!!」

「え、あ、分かった!」

「ディゴリーさん!!」

「あ、ああ!!皆、私に続け!!封印呪文で奴をこの場に足止めするぞ!!好き勝手動かれる方が逆にきつい!攻撃はシェリー達がやってくれる!!全員でかかれば動きを封じるくらいはできる筈だ!!」

「相手は死喰い人の最高幹部!本部の連中もいないのに、ここまで粘れたのは私達の全員が死力を尽くしたから!!だったらあともう一押しくらい気合い入れて──

──奇跡って奴を起こすしかないわよ!!」

 

 『奇跡』!……パンジーはその重みをこの場の誰より理解している。かつてのホグワーツ戦線において、格上の魔法使い達相手に、あの気に食わないウィーズリー達が奇跡を起こしてみせたが故に!

 感情も露わに、ハリーは巨体を動かすものの……不死鳥の騎士団の数十名にも及ぶ封獄が緩慢な彼の動きを更に鈍重なものへと変えた。

 

「奇跡なんてものがそう簡単に起きてたまるかよ!!」

「ええ、起きるわきゃないわよ!!あんなのは死ぬ気で頑張った人間に、たまに神様が起こしてくれるものでしかない!!」

「よく分かってんじゃないか!!」

「だから!!不死鳥の騎士団支部総勢百四名が死ぬ気であんたを倒しに行く!!あんたを倒すのに心血注ぐ!!わかる?全員が全員、全身全霊なの!!そしたらその内の誰か一人くらいにはきっと奇跡が降りてくるって計算よ……!!

──神様も!!きっと私達を見てくれる!!見つけてくれる!!」

「ほざけよォッ人間!僕に畏怖しているだけでは終わらんということか!?そのような戯言をほざき始めるとはね!!」

「私はスリザリンだからね……狡猾に、一番勝算が高い手段を選んでるってだけ!本当は頑張りたくなんてないし、無茶なんてしたくもないけど……こうでもしないとここにいる皆んな死んじゃうって知ってるからねっ……!!」

 

 いの一番に啖呵を切ったパンジーの口を塞がんと、今や毒の怪物と化したハリーの口から致死量の毒ガスが噴射される。しかしすぐに不死鳥の騎士団達による風魔法がガスを吹き散らしていく。

 ハリーの毒ガス量であれば、並の魔法使いが風魔法をいくら使ったところで吹き飛ばせる量ではないのだが……天候が荒れ始めているのだ。強い横殴りの風が、騎士団の味方をしている。

 

(チッ、こんな時に……!いやいい、どうせ毒ガスなんてこんな開けた場所じゃほとんど意味ないんだ、最初っからアテになんてしちゃいない!……それよりもまず、この封印結界を破壊しなければ!)

「総勢百四名の中には……勿論、あんた達のことも入ってる。シェリー、あんたには私達がついてる!!後ろは私達に任せて、あんないけすかない眼鏡野郎をぶん殴ってきなさい!!」

「言われなくても!!」

 

 治療班による回復魔法によりシェリー、クィレル、ロックハートの体力はみるみる内に癒えていく。それでもハリー相手には気休め程度ではあるが、冷め切った肉体に火を熾すように、シェリー達の英気が狂騒していく。満ち満ちる!

 

「その考え方は、いいなぁ……!なあシェリーよ!私のような死喰い人上がりの奇跡は起こるかな……!?」

「悪い人に奇跡は起こらないよ……!自分に自信を持って、クィレル!!」

「ああ、互いになあ!!」

「違うね!!奇跡ってのは主人公の下に降りて来るもんだ!!僕は世界の端役だが、お生憎様!『僕の人生』の主人公なもんでね!!」

「む、無理だ!!こいつをこれ以上留めておくのは……!!」

「しかもこいつ、封印に使った魔力を通じて毒を流して……!?」

「まだ!!まだだ、パンジー達がシェリーを回復し切るまで耐えろ!!ここで踏ん張るんだよ!!皆んな一緒だ怖くない!!」

(──いい御身分だな!!じっとしてろよ!!恵まれた場所でせいぜい胡座をかいているがいいさ!!すぐに飛び越してやるからさ……!!)

 

 ハリーの紅い力が、ここに来て、絶対殺戮の様相を帯びてきた。紅い力により魔力を上書きするという荒技。風呂の中に氷を突っ込んで冷水にするくらいの力業を、彼は容易くこなしてみせる。

 毒が、侵蝕していく。

 今のハリーは歩く災害といって差し支えない程の力を身に付けた……!

 

「神様!私達に、力をください──紅い力、解放!!」

 

──まるで、旋風。

 シェリーは紅い力の身体強化を瞬間的に使用することで、人の身を越えた神速の疾走を可能にせしめた。地面は抉れ、大気を切り裂く程の人間砲弾となって、殺戮の化身たるハリーへと向かっていく。

 だが、いくらシェリーが決死の突貫を決めたところで意味がない。

 シェリーの攻撃力は脅威だが、その性質上ハリーの毒液防御を全て破壊する手段を持ち得ないからだ。一度に破壊・分解できる量は決まっているし、その瞬間肉体の一部を切り離せば実質ノーダメージでやり過ごすことができる。

 歯牙にもかけない、絶対防御。

 その筈だ。その筈なのだが──

 

「──君がそんな無意味なことをする筈がない!!」

(その通り──嫌になるほど、こっちの思考を読んでくるね……!!)

 

 ハリーの推測通り──変化は起きた。

 シェリーに追走する形で、影に忍ぶように接近しているクィレルの姿を、紅い瞳は逃さなかった。シェリーは囮……?いやクィレルがすんでのところで身代わりになるという算段か……!

 ならば、攻めの姿勢を崩しはしない。

 身代わりになろうが、分解しようが意味のない程の毒の大質量をぶっつける。

 毒が噴出され、毒スライムの半分ほどの質量を使用した毒液が、滝のようにシェリー達へと降り注ぐ。彼女達のスピードが仇となった。最早この毒から逃れる術はないものと思え──!

 

「今よ!!」

『封印結界、解除!!』

「なッ……にィィィィ!?」

 

 毒攻撃を喰らわさんと動いた瞬間を狙ったかのように、封印が解除される。一瞬の内に解除されたものだから、さしものハリーも体勢を崩した。

 前方めがけて毒攻撃を放ったハリーはその勢いのままぐらつき、倒れ込む。元々、疲労は足腰にきていた。肉体を守っていた毒液の鎧が崩れる。下手に攻撃せず、待ち構えていた方が良かったか……!

 いやこれでいい!シェリー達はどうせ今頃毒液に塗れている筈……ッ、

 

「これだけの毒質量……全てを分解し切る魔力は残ってない……けど」

「一点突破ならどうだ……!?」

 

 フリペンドと吸血の合わせ技──

 毒液に敢えて突っ込むような形で、シェリーとクィレルが突撃し──フリペンドと吸血作用で一部分だけを突破した──!

 文字通り、針の穴を突くような作戦だがこいつらは──!!

 再び毒を再構築する暇もない。クィレルがその勢いのまま、ハリーの頭を鷲掴みにしたからだ。みしり、とハリーの頭骨から嫌な音が聞こえた。

 シェリーは既に杖を構えている。相変わらずの速さ……!

 

「毒沸き肉腐れ!!負けてなるものかァアアアア!!!」

 

──だからどうしたってんだ。

 防御しても遅いと言うなら、直接、致死毒をクィレルの身体に染み込ませるまで。

 クィレルはハリーの頭を掴んだことを失策に思った。この毒の量は分解し切れないと本能的に悟ったからだ。やはり、今までのヒットアンドアウェイ戦法で少しずつ毒を流されるのと、体内に直接毒を流し込まれるのでは訳が違う。

 血管が毒の量に耐え切れず破れ、腕ごと千切れ飛んだ。

 これ以上流し込まれ続ければ、いくら吸血鬼とて死ぬ。

 ならば、と。

 逆にクィレルはもう一方の手で、ハリーの喉元を鷲掴んだ。

 どうせ死ぬのなら、こいつはここに固定させる……!!

 

(いいさ!!毒を流した本当の狙いは、君を通してシェリーに毒を喰らわせることなんだからなァ……!!終わりだ!!)

「……ッ、先に、逝く……!!ありがとう、シェリー……ッ」

 

──私を見つけてくれてありがとう。

──私に愛をくれてありがとう。

 クィレルから血が噴き出す。

 血煙は、ハリーが流した毒を多分に含んでいた。彼が解毒し切れなかった分の毒素はたちまちの内に魔力を食い潰し、シェリーの身体を蝕む。

 その筈、だった。

 彼女の魔力がまったくの衰えを見せないどころか、肉体が少しも損傷など起こしていない様子は、ハリーを驚愕させるにはあまりにも大きすぎる事実だった。

 何故、効かない。

 この毒は特別に調合した即効性のある毒なんだぞ!

 間接的に浴びただけとはいえ、すぐに目眩が来て、狙いがブレるくらいはする筈だというのに、何故──!まるで『攻撃を完全に防いだ』みたいに──、

 

「──これが私の創作魔法、『プロテゴ・メンダシウム』。ほぼ全ての魔法を防ぐ事ができますが、一回使ったら暫くは使えない、薄っぺらの盾ですよ」

「な、んだ……そりゃあ」

「血の視界が開けた──行く」

 

 シェリーの杖先には十分な魔力。

 しかし、ハリーもまた体内の魔力を総動員して破壊エネルギーに当てる。

 互いにこれが必殺の一撃と悟り、

 互いにこれが最後の攻撃と理解した。

 紅い瞳と、紅い髪。

 選ばれなかった男の子と、生き残った女の子。

 神に愛された少年と、神に呪われた少女。

 

 

 

 互いが互いを欲していた。

 互いに互いを傷つけた。

 生まれてきた時から、こうなる宿命だったのかもしれない。

 怒り、悲しみ、愉悦、高揚──正負を抱えた二人の感情は衝突する。

 或いは、ずっと前からこうしたかったのかもだ。使命感も、生きる意味も理由も、立ち位置すらも全て忘れて、ただただ感情をぶつけるきょうだい喧嘩がしたかった。

 世界に望まれなかったいのち同士、理解して欲しかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 これで、殺し切るつもりだ。体内のデルフィーニごと破壊して、もうこれ以上立ち上がれないようにするんだ。

 ……ああ、よくここまで漕ぎつけたもんだよなあ。

 さぞかしまァ、愛されてるんだろうな。

 でも、僕はそんなの要らないさ。

 僕は僕だ。

 他の誰かと同じものなんて欲しくない。

 僕が欲しいのはたった一つだけ。そう、たった一つの欲望──

 この世に居ていい理由──

 いや、僕が僕であるための──!

 

 

 

 

 

 

 

──“愛”はまだ、満ち足りちゃいない!

 

「僕を見ろ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──皆んなのお陰でここまで来れた。

 独りで護ろうとして、空回って、結局、迷惑ばかりをかけた。

 どうか赦されるのなら──これから変わっていく私を否定しないで欲しい。

 これからの努力はきっと、今までのそれとは違うものだから。

 受け取ったものを、今度はきちんと繋いでいくから。

 もう、死を、人生を、無意味だなんて言わないから……

 頑張らせて欲しい。

 もう揺れない。

 自分の存在理由なんて、今でもよく分かっちゃいないし──

 生きる価値なんて、正直なところ見い出せてはいないのだけれど──

 託されたからには、生きてみせるよ。

 自分がどれだけ恵まれていたか、本当の意味でようやく気付けた──

 

 

 

 

 

 

 

──“愛”をありがとう。

 

「私を見ていて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボログリム!!」

「フリペンド!!」

 

 

 

 

 

 

 

 破壊と破壊。

 憤怒と暴食。

 それぞれが互いを喰い合って成長し、地鳴りのような衝撃を生む。

 何もかも吹き飛んだ雪の荒野の上で、少年だった者達は踊る。

 

 魔力を通して──二人の記憶と過去と感情が混ざり合う。

 

 

 

 

 

 苦しかった日々。/耐え抜いた日々。

 初めて友人ができた喜び。/初めて人を殺した虚無感。

 友を失った絶望。/姉に出会えたことへの仄かな期待。

 何もできない自分への嫌悪。/何も為せない自分への焦燥。

 

 

 

──『死ぬのだとしても、分かり合えるものなら、分かり合っておきたい。ただの悪人として対峙するのではなく、一人の人間として向き合いたい』

 

 

 

──『僕が感じた全てを伝えたい。僕という人間を分かって欲しい。誰にも理解されないまま死ぬのは想像するだけで怖い』

 

 

 

 

 

 

 自己を嫌う少女と、愛に飢えた少年。

 彼等の痛みと苦しみとが混じり合い──昇華されゆく。

 

 

 

 

 

 歪で、イカれてる。きっと人は二人の関係をそう言うだろう。

 けれどこれこそが、ハリーとシェリーを繋ぐ象徴そのもの──

 

 絆──と、呼ぶもの。

 それは時として、愛と呼ばれるもの。

 

 

 

 

 

 

 

 そして後には、彼等だけが残った。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ン────」

 

 最初に感じたのは痛みだった。

 呼吸を欲して息を吸うと、焼けた喉に風が入り込んで苦痛を生む。かろうじて流れている血は殆どが流れ切って、肉体を冷たくしているのだ。

 腹より下の感覚が曖昧だ。デルフィーニがあった辺り──下腹部の辺りが一切の容赦なく削り取られている。これではもう、治療は不可能だ。

 眼だって掠れてよく見えない。擦ろうとして手を動かそうとしてみるが。やはりと言うべきか、ほんの僅かにも動かせない。

 ああ、

 死ぬのだな、という実感だけが、胸を満たしていた。

 

「──気が付いた?」

 

 殺風景な雪原におよそ似つかわしくない、春風を想起させるような澄んだ声。

 億劫になりながらも瞳を大きく開いてみると成程、宿敵の顔がすぐそこにあった。

 

──シェリー・ポッター。

 膝枕するような形で、ハリーを見下ろしているのだと、ようやく気付いた。

 ああそうか──負けたのか、と、ハリーは自嘲の笑いを溢す。結局、彼女に勝つことはできなかった。

 だと、言うのに──

 何故こんなにも、清々しいのか。

 理由は、分かっていても言う気にはなれなかった。

 

「君……」

「……パンジー達に言って、少し離れた所に行ってもらったから。……今は私と貴方の二人だけだよ」

「そうか……」

(……お母さんの眼だ)

 

 紅い力が消えて、彼が元々持っていた瞳が露わになる。

 とある男が愛した美しき翠──。嫋やかでありながらも、溌剌な草原を思わせるそれが、爛々と光を反射していた。

 

(ほんとうに、きみは、あの人達の血を継いでいるんだね)

「……どうだった、シェリー。僕は……」

「…………?」

「僕は……凄かっただろう……?善とか悪とか抜きにさ……頑張ったよな……?間違っていたのかもしれないけれど……君だけは……僕を褒めろよな……」

 

 感情を咀嚼した。

 少し考えて、シェリーは、

 

「……セドリック達を、色んな人達を殺したのは赦さないけれど……君が決められた運命と戦っていたのは凄いと思った……私にはできない生き方だったから……」

「……は、は……僕は君を越えた何かになりたかったんだ……だとすりゃあ、これは僕の勝ちだな……ははは……」

「…………そうかもね」

 

 目を数度瞬かせると、そこには、満天の星空が広がっていた。

 自分の父親の生み出す宇宙のような永遠の闇ではない──希望を指す夜空。

 遥か彼方、手の届かないところに、綺羅星が浮かんでいる。

 

「……そうだな……星がいい……」

「え?」

「君の技名だよ。分解弾なんて味気ない名前じゃ締まりが悪い……星を元にした名前をつけるといいさ……それと」

 

 ハリーは視線をポケットに向けた。

 

「僕のベルトに引っ掛けてるナイフ……それも持っていくといい……何かの役には立つかもだ……」

「……いいの?」

「どうせ地獄に行くんだ……こいつがあっても意味ないし、それに……君にとっては因縁のナイフだからな。それは君がセドリックを刺したナイフだ」

「…………!」

「ハハ……嫌がらせだよ……そのナイフは血を吸収する性質があってね……セドリックの遺体は僕が食べたから、遺体と呼べるものはもうそれしか残ってない。嫌なら捨てても構わないけど……?」

「……貰って、いくよ。彼が生きた証でもあるし……君が生きた証でもある」

「そして君の罪の証だ」

「……その通り、だね」

 

 言いようのない喪失感を抱えて、シェリーは過ぎる星々を見送った。

 ハリーの述懐を、所詮は闇に生まれ落ちた者の戯言と断ずるには、シェリーは少々彼に関わりすぎたといえよう。殺戮を平然と行える者の言葉など、聞くに値しないと考えていたというのに。

 だが寧ろ──死者を真に偲ぶなら。

 

「そういうところ……相手がクズだろうが甘っちょろいところ……そういうのが人を惹きつけるんだろうな……君は……カミサマには愛されなかったかもしれないけど」

 

 俄に感じる空気として、彼の限界を悟っていた。

 呑み込まれそうな昏い空の下で──少年はそれでも不遜に微笑う。

 邪気はなかった。

 戦いで交わし合った対話では、足りなかったのではないかと思わせるほどに──

 シェリーは彼のことを知らな過ぎた。

 

「人には……愛されたな……」

 

 こんな貌で──笑える、なんて。知らなかったんだ。

 青い顔が告げていた。

 刻限は、間近であると。

 

「ハリー・ポッターと人に愛された少女の物語はこれで終わりだ……」

 

 少しでも命を繋ぎ止めたくて、言葉を紡いだ。

 それがどんなに無意味か分かっていても、止められなかった。

 ああ、馬鹿みたいだ。

 分かっていたことなのに。

 決めていたことなのに。

 今こんなにも、胸が苦しい。

 

「生まれ変われたら……君も一緒に……」

「ばーか。僕のリベンジが先だ……今度は仲間を集めて君に勝つからな……僕だけの最高の仲間を見つけてやるさ……

 ……まぁ……それも終わったら、考えてやってもいいかもな……少しは……」

「……きっと、だよ……?」

「少しは………な…………」

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉……さん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 淡く積み重なった残雪と、鈍く瞬く星空に挟まれて。

 

 彼の灯火は、吹き抜ける風と共に──

 消えない想いと、残った物を胸に抱いて。

 

 

 

 面影だけが、色褪せなかった。

 

 

 

 

 

 

 




ドビー      死亡
死因:デルフィーニの囮になる。

バーテミウス・クラウチ・ジュニア 死亡
死因:ハリーの毒を喰らい、奮戦するも倒れる。

クィレル     死亡
死因:血管に毒を流され、死亡する。

ハリー・ポッター 死亡
死因:シェリーとの魔力弾の撃ち合いの末に敗れる。

その他、不死鳥の騎士団数十名死亡


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9.シェリー・ポッターと闘争の予兆

あけましておめでとうございます!
今年中には完結できるといいなあ!


 

Here lies Dobby, a Free Elf(自由な妖精ドビーここに眠る)

 

 

 

「──よし、これでドビーの分のお墓も建てた、と」

 

 クィレル、クラウチジュニアに続き、三人目の仲間の墓を作り終えたところで、シェリーはひと息入れた。

 できるだけ故郷の風を感じられるようにと、海沿いの墓地を選んだのだが──彼等は空の上で喜んでくれているだろうか。

 

「本当に杖なしで作るんだからなァ。せっかくの手がボロボロですね」

「うん……でも、どうしてもそうしたかったから。私の杖は、少し血に汚れすぎた」

「…………」

 

 渇き切った手を握ると、俄に痛む。

 

「何だか……今の魔法界は、強くなければ生きていることさえ難しいような、そんな世の中になってる。だからこそ、ロックハートさん達に力を貸してもらえて本当に良かったと思ってるよ。

 あのハリーだって……単純な力では絶対に敵わなかった相手だったもの……」

「ふっ。私のようなペテン師が世にのさばる時代になったらそれこそお終いですよ」

「……ふふ、かもね」

 

 ドビーの墓を撫でながら苦笑を返した。

 そうしていると、潮騒の合間から声が聞こえてくる。

 

「あんた達、ここにいたのね」

「パンジー……」

「こっちも殉職した騎士団の埋葬が終わったとこ。ファンガーソン家に伝わる、肉体を封印する呪術で死体を保存して、遺族の所に連れて行く人もいるけれど……ひとまずは騎士団支部は休業ね」

「ありがとう、あなた達のおかげで──…」

「何度も言うようだけれど!」

 

 人差し指を向けられたシェリーは思わずたじろぐ。

 

「私達は、あんたのためにやった訳じゃないから!そりゃああんたのファンクラブはあんたのために動いたのかもしれないけれど、騎士団の人達はあのハリーの野郎をぶっ飛ばしたかっただけだから!そこは勘違いしないでよね!あいつらの覚悟や想いを一括りにすんな!」

「……、うん、分かってる。

 一緒に戦ってくれてありがとう、パンジー。騎士団の皆んなにもお礼を言うよ」

「…………ん」

 

 照れ臭そうにそっぽを向くパンジーを見て笑いそうになるのを、シェリーは必死で噛み殺した。多分、今笑ったら頬をつねられると思う。

 

(今更名乗る資格などないですが、教師の面白さってのはこういうところにあるのかもしれませんね……あんなに幼なかった子供達が……)

「で?これからどうするの、あんた達」

「──イギリス本土へ行く」

「……マジ?ハリーは倒せたんだし、もう少し休んで、本部の連中の到着を待っても……」

「その『ハリーを倒せた』というのが問題なんです」

 

 割り込む形で、ロックハートが話に入った。

 

「ハリーは死喰い人の最高幹部。そんな彼がやられたとなれば当然、死喰い人側は血眼になって殺した人間を探すでしょう。

──ですが幸いにもハリーはシェリーとの戦いに執着していたため、他人に勝負の邪魔をされないよう、部下も連れてきてませんでしたし、上司にも嘘の報告をしていたらしいんですよね。『今日も異常なし、反乱分子の調査を続ける』ってね」

「……そんなのどうやって調べたの?」

「戦いの後にマンダンガスに問い質したら快く教えてくれましてね」

「ああ……」

「まあそういうわけで、例のあの人がハリーの死に気付くまでにはタイムラグが生じるわけです。その隙にイギリスに向かい、向こうの戦力と合流する……

 仮に例のあの人がシェリーの存在に気付いてしまえばそれこそ紅い力の刺客を送りつけてきてもおかしくないんですから」

「成程ね……」

 

 ハリーだけでも死屍累々の結果だったと言うのに、これ以上幹部の相手をされてはたまらない。故に、早くこの場を離れて身を隠さねばならないのだ。

 それに──パンジーには言っていないが、イギリス上陸を急ぐのにはもう一つの理由がある。

 紅い力の幹部がハリーの死を調査しに来た時、そのタイミング如何によってはパンジー達が狙われる可能性があるということ。パンジー達もハリー打倒に関わりがあるのは事実だからだ。

 故に、敢えてシェリー達はパンジーらと別行動を取ることにした。

──囮の役目だ。

 

(……けれど、死にに行くために囮になるわけじゃない。これは考えようによっては迎え撃つチャンス……)

(というか、自己犠牲とか言い出すようなら、私が死んだあの人達に代わって君をぶん殴りますけどね)

 

 無論、死喰い人達が気付いた頃には既に騎士団本部へと逃げ込めているのが一番良いのだが。

 

「不死鳥の騎士団本部は、イギリスはスコットランド……ホグワーツ。魔力防壁を何重にも敷き詰めた厳戒態勢を敷いてる。当然姿あらわしどころか移動鍵、暖炉ネットワークも使えない。騎士団はここを拠点に動き回ってるってわけよ」

「『最後の砦』、だったっけ。砦への移動手段は……」

「ホグワーツ外部に点在する監視用の砦への移動鍵が、ここから暫く歩けば設置してあるわ」

「よかった。最悪の場合、箒で突入しようと思っていたから」

(えっ?)

 

 ロックハートがすごい目をした。

 

「ん……じゃあ、言うべきことは言い尽くしたわ。……精々頑張んなさいよ」

「またね、パンジー」

「……何よ?握手なんて間柄じゃ……あーもう」

 

 掌の温もりは、確かな繋がりを示していた。

 湧き上がる感謝の気持ちを胸に、女達は、それぞれの路へと進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ロックハートが密かに抱き、しかし口に出すことはなかった疑念は、現実のものとなってしまった。

 紅い力……それは分霊箱の要素も併せ持つ高等魔術。

 切り分けた暴食の魂が消失したことを、かの帝王は胸の内に突如として感じた、深く昏い孔が開いたような感覚から理解した。この得体の知れない気持ち悪さは……かつて味わった『死』のそれに近い。

 

「ハリーが死んだ」

 

 紅い力の幹部達は、その事実を悟っていたのか、反応は軽微なものだったが──それでも波紋は出来ていた。

 まさか、あのハリーが。

 欠落したものを求め執着する哀れな人格を軽んじてこそいたものの、力そのものは評価していたし、少なからず尊敬の念すら抱いていた。

 ハリーの強みはハングリー精神。

 現在の魔法界において最強といって差し支えのない毒使いでありながら、貪欲に魔力や技術を吸収せんとする貪欲さ、力への飢えこそ何よりの強みだった。

 

(だが、紅い力を通じて伝わってきたこの感情──

 あいつめ。戦いの中で満足感を、幸せを感じていたというのか?野に咲く花のように穏やかな心地だ……

 ……愛とかいうやつか?くだらん。……)

 

 ハリーの『愛への渇望』という欲求をこそ、ヴォルデモートは最も軽視していた。くだらない。世界には数多くの享楽あれど、肉親への愛ほど愉快さとかけ離れたものはない。愛とは不自由という名の楔だ。

 闇の帝王として君臨しこの世の悦楽に浸るヴォルデモート卿が、親愛を取りこぼしていた……そんな話があっていい筈もなし。自分が持っていないのは、自分に必要ないものだからだ。

 かつて闇の魔術に手を染めて蛇のような貌になった時も「父親似の顔でなくなるのなら」と、逆に喜んだくらいだ。今はまた父親似の顔に戻ってしまったが、あの男が自分に似ているのであって、自分は自分なのである。

 

(……何とも、まあ。似ていない子供が生まれたものだ)

「──どうします、我が君」

「ん。ああ、そうさな──」

 

 帝王は次の手を思索する。戦力としてのハリーの損失は手痛いものがあるし、これで騎士団どもが調子付いても面白くない。

 

「……ハリーはまぐれで倒せるような相手ではない。戦略や戦術、策謀が多々あったにせよ、必ずそこには奴と張り合えるだけの強者がいた筈だ。

 だがそれが可能なベガとアバーフォースは、別の場所で戦っているという報告もあった。……つまり見知らぬ誰かが介入した、ということになる」

「──まさか」

「ああ……彼奴が、目覚めたのやも知れん。

──シェリー・ポッターが」

 

 言いつつ、十中八九シェリーだろうとヴォルデモートはアタリをつけていた。確信の域にまで入っている。

 ただ、ハリーを倒し得るもう一つの例外も、いなくはないのだが──

 

「そうだな……“奴”の動きも気になるところだ。イギリスに向かっているという話も聞くし……シェリーがハリー殺しの下手人なら、あいつも今頃イギリスに向かっていることだろう。

 “奴”と、シェリーや騎士団が戦うことで共倒れしてくれれば有難いのだがな。その光景を観ながら酒でも呑めば美味いだろう」

 

 仮に、イギリスの魔法使いを全員纏めて相手したとしても負けない自信がヴォルデモートにはある。が、単純に戦って疲弊したところを眺める方が面白そうだと判断すれば、喜んでそちらを取るのがヴォルデモートだ。

 漁夫の利が目的ではなく、面白そうだから、が目的なのだ。

 

「怠惰なりしオスカーよ!イギリスへ向かい、シェリーの捜索と“奴”の監視を貴様に命じる!

 クク、うまく事が運べば“奴”への対処で右往左往するシェリーと騎士団の様子が見られるだろうよ」

「──ご随意に、我があるじ」

 

 細いフレームの眼鏡を鈍く光らせて、煙のような男は元からそこにいなかったかが如き静けさで姿を消す。

 一見すれば無害そうな、けれど本性は身も凍る害悪。

──まさしく煙草の煙を体現した男が、シェリーに接近せんとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──不死鳥の騎士団支部。

 パンジーやエイモスがいた支部ではなく、シェリー達がこれから行こうとしていたイギリスの支部。

 そこは主に監視塔としての役割が強く、外部からやって来る死喰い人達を取り締まる一方で、最後の砦へと逃げ込む者の中にスパイがいないかを見る部署である。

 当然、監獄も併設されているわけだが──

──そこには、アズカバンより移されてきた囚人も何人か存在している。

 

「──地鳴りが聞こえる」

 

 最初に異変に気付いたのは、その囚人。

 同じく収監されていた囚人が耳を澄ませると、確かに揺れと振動が伝わってきた……気がした。他の囚人達はどこかで地震でも起きているのかもしれないと暢気に構えるが、唯一、その男だけが地鳴りの意味を理解した。

 微かに漂う闘争の気配をいち早く察知し、人知れず精神を高揚させる。

 

「……あァ、んん……♪……」

 

 彼の鋭敏な感覚はどうやらまだ失われてはいなかったらしい。やがて来る戦争の予感に鼻唄を歌った。

 彼こそは、戦いに明け暮れた戦争屋であるが故に──

 

 

 

 

 

「戦争、戦争だ。もうじきここは戦地になる。杖も無ェ兵力も無ェ、けれど楽しい戦争が始まっちまうぜ。運が良けりゃ参戦できるかもなァ──

──オジサン、興奮してきちゃったぜ」




おまけ

シェリー「貴様……他の共演者の皆様にご迷惑をおかけしたらその首を捻じ切ってやるからな……!」
ハリー「君こそ一問でも間違えたら全身の細胞と泣き別れる事態になると思え……!!」
ハマダ「なにしとんねんお前らァアアア──!!」

数年後

シェリー「他の共演者の方に迷惑かけちゃダメだからね」
ハリー「あァ!?うるさいな君は僕の保護者か何かか!?」
ハマダ(シェリーちゃんデカくなったなぁ)

おわり。
シェリーとハリーのコンビとか速攻で写す価値なしになりそう。


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10.シェリー・ポッターと愚者の行進 Ⅰ

サブタイが思いつかない問題。


 見渡すばかり、岩ばかり。

 空は見えず、出口も目視できない、どこまで続いているかも分からないトンネルの中。真っ直ぐ歩いていたかと思えば、広い空間に出たりいくつも道が枝分かれしていたり……まさしく迷宮と呼ぶに相応しい空間。

 そんな場所に、シェリー達はいた。

 

「何処、ここ……」

「さあ……?」

「さあじゃなくて」

「ええまぁ、私も何度かここに来てますけれど、こんな殺風景な場所ではなかった筈ですけどねぇ」

 

 自信なさげにロックハートは言う。

 長距離移動用の移動鍵を使い、久方ぶりにイギリスの大地にやって来たはいいが、飛ばされた先は不死鳥の騎士団の支部とは到底思えないような迷宮の中だった。

 出口は見えず、だだっ広い殺風景な空間で、とてもではないが人が暮らしているようには思えない。

 移動鍵が故障してどこか別の場所に飛ばされてしまったのだろうか……?

 

(それならまだいい……問題はここが何処かも分からないことだ。位置呪文や磁場も狂っているから、今、迷宮のどの辺りにいるのかすら分からない……出口から遠ざかっているのか、近付いているのか……それともそんなもの存在しないのか)

「水と食糧が補充できないのはまずいね……マッピングも何処まで役に立つか」

「騎士団支部の近くにこんな大きな迷宮があるなんて話も聞いたことがありません。死喰い人の用意した罠なのか……なら、どうして私達に無反応なのか……」

 

 この問答も何度目だろう。けれど行く度も答えの出ない会話をしていたのは、何か話していないと気が狂いそうだったからだ。

 

(一番まずいのは、本当に移動鍵が故障していて、死喰い人も騎士団も関係ない何処かの迷宮に迷い込んでしまった、という可能性ですね。

 死喰い人の施設なら最悪彼等から情報を奪い取ることも可能ですが、それもないとなると……)

「……一旦休憩しましょう。このままずっと歩いていても埒が開かない」

 

 シェリーとしてはもう少し出口を探したいところではあったが、言われるままに腰を下ろす。ロックハートの言うことも尤もであると理解しているからだ。

 いざという時に体が動かない、では話にならない。

 水を飲み、互いに気になっていたことを共有する。

 

「この岩……見たことのない素材で出来てるよね。洞窟の中なのに灯りを点けなくても遠くまで見えるし、普通の岩よりも頑丈そう」

「私は今まで色々なところを旅してきましたが、こんな岩は知らない……おそらく錬金術の類で出来た岩石ではないでしょうか」

「……ってことは」

「ええ。推測するに、この迷宮は自然界に存在するものではなく、人工的に作られたものではないでしょうか」

「それは私も思ってた。……ただ、これだけの規模の迷宮だなんて、想像もしてなかったけれど……」

「この迷宮を作ったのはよほど腕の立つ魔法使いなのでしょうね」

 

 魔法学校対抗試合の最終戦を思い出す。あの時も今回と同様に迷宮を探索していたが、あの時と違うのは『出口がないかもしれない』ということ。

 もしも出口が塞がっていたとしたら、もしも侵入者を逃がさないための迷宮だったとしたら。そのような嫌な予感がついて回る。

 ごくり、恐怖に蓋をするように唾を飲み込んで──

 

──弾かれたように立ち上がる。

 

 冷やり、としか表現しようのない、殺気混じりの異様な冷気がシェリーの本能を刺激した。

 何か敵意のあるものがこちらへ迫って来ている──!

 

「伏せて──!オルガン・フリペンド!!」

「グレイシアス」

 

 冷気の発生源に向かって、フリペンドの連射。

 何がどの程度の速さで、どの程度の規模でやって来たのかが分からなかったため絨毯爆撃という手段を取ったが、それは正解だった。

 鈍い音と共に砕け散ったのは、氷だ。

 あと数瞬遅れれば通路全体が氷で覆われていたほどの制圧力……使い手はかなりの魔力量の持ち主だろう。

 と、いうよりも。

 この氷には、見覚えがある。

 

「コルダ……!?」

「…………!?貴方は…………」

「コルダ!私だよ、シェリー!」

 

 通路の先にいたのは、プラチナブロンドの髪を一房だけ三つ編みにした女。シェリーのよく知る彼女よりも数段美しさを増し、雰囲気も変わっていたけれども、共に死線を潜り抜けてきた友人を見紛う筈もない。

 一方のコルダも、しばらくぶりに再会した友人への動揺で、臨戦態勢を崩さないまでも杖先が震える。

 毅然な態度を保ちつつも、彼女もまた内心穏やかではいられなかった。

 

「その攻撃魔法のキレ……まさか本物?パンジーさんから送られてきた報告書の写真とも一致してるし……

 ……取り敢えず守護霊を出してください。それまでは杖を下ろすことはできません」

「あっ、うん。エクスペクト──」

「シェリー!左だ!!」

「ッ」

 

 ロックハートに言われるままに、その場から大きく飛んで攻撃を躱す。すると一瞬前まで彼女がいた場所に、雷が走った。

 新手が現れたのだ。

 予期せぬ乱入者に杖を構えると、またも、シェリーの見覚えのある魔法使いが現れる。

 

「あなたは……もしかしてネロとリラ!?ダームストラングの……」

「……、シェリーさん……?」

「待てリラ、軽々に近寄るナ」

 

 対抗試合の際に出会ったダームストラングの兄妹。

 父親のダンテがヴォルデモートと手を組んだという話を聞いてはいたが、ロックハートから聞いた話では、子供の彼等は騎士団の陣営に入ったのだとか。

 三竦み、意図せずして互いが互いを警戒し合うこう着状態が出来上がる。初手で攻撃してきたことと言い、コルダやネロ達にはどこか余裕がないように見えた。

 

「まずは全員、守護霊を見せてもらおうじゃねェの。コルダも念の為に頼む」

「分かりました」

「あっ、うん。エクス──」

「──待て!盾の呪文!!」

 

 またも乱入者。

 死角からの攻撃をいなして、ネロは攻撃の発生源を確認する。……その乱入者はコルダ達のような騎士団の人間ではない、まごうことなき『敵』だった。

 

「アントニン・ドロホフ……!!」

「クソ、長い間アズカバンにいたせいで鈍っちまってるなァ。不意打ちが失敗しちまうなんて何年振りだ?」

 

 彼がシェリー達が不在のホグワーツに攻め入ったことは知っている。その後は敗れて収監されたらしいが……まさか自由の身になっていようとは。

 しかし……騎士団の死喰い人が何故この迷宮の中に?という疑問が湧いてしまい、シェリーとロックハートの反応は遅れた。代わりに対応したのはコルダだ、得意の氷魔法を展開する。

 

「私が捕らえます!グレイシアス!!」

 

 壁や床などお構いなしに、目に入る範囲全てを氷結させていく。持ち前の身体能力でドロホフは逃げ回るも、搦手や心理戦で掻き回すタイプの彼にとって、こういうゴリ押しは実は非常に苦手なタイプの攻撃だ。

 そしてコルダもただ考えなしに凍らせているわけではない。相手の逃げ道を潰し、誘導するようにして凍らせているのだ。結果としてドロホフは壁へと追いやられ、動きを封じられてしまう。

 あまりの手応えのなさに違和感を覚えつつ、コルダはとどめの氷魔法を放とうとして──

 

「今だロックハート!!シェリーを狙え!!」

『────!?』

 

 無論、これはドロホフのハッタリだ。

 シェリーと共に行動し、ハリー討伐の際に粉骨砕身で戦っていたロックハートが今更裏切る筈もない。

 だが。コルダやネロ、リラの視点で見れば話は大きく変わってくる。

 彼等からしてみれば、この迷宮の中を探索していたらシェリーとロックハートに偶然出会った、という形になるのだ。彼等の身元も定かではないし、ポリジュース薬で化けている可能性もある。

 それに、どちらかが本物でどちらかが偽物、という可能性だって有り得るわけだ。依然彼等にとって警戒すべき対象であることは間違いない。

 

 だから、ほんの一瞬──彼等はロックハートの方に意識を割いてしまった。

 

「違う!!私は本物だ!!」

 

 ロックハートにそれを証明する手段も時間もない。

 というより、コルダ達に迷いを生じさせて隙を作らせた時点でドロホフの目論見は達成している。その一瞬さえ作ることができれば、彼はいくらでも殺しの手段を用意できるからだ。

 にやりと笑い、ドロホフは呪文を唱えようとして──

──第四の乱入者が現れる。

 

『グオオオオオオオオオオ!!!!!!』

 

 何者かの咆哮とともに地響きが生じ、バランスを崩してしまう。何が起きた?と確認する暇もなく、岩壁がせり上がり、まるで生き物のように躍動する。

 果てにその岩壁は、トロールの腕ほどもある太さの柱へと変化して、無差別に攻撃をするではないか。

 こうなってはもはや現場は大混乱だ。

 コルダ達の手前、妙な動きをするわけにもいかず沈黙していたシェリーとロックハートだが、魔法を使い岩の攻撃を掻い潜る。上下左右……この迷宮そのものが攻撃をしているかのようだ。

 コルダやドロホフ、ネロにリラも、突如として起こる迷宮の異常に対処せざるを得なかった。こうなっては警戒もクソもない、自分の身を守るための行動を取る。

 

(何が起こってるの……!?迷宮の防衛機能が働いてるんじゃない、明らかに人の手による操作!騎士団でも死喰い人でもない人が、私達に攻撃してる……!?)

『誰か……侵入者がいるな……!!一匹ずつ捻り潰してやる……!!』

 

 低い唸り声が再び聞こえる。誰かは分からないが、この迷宮の主はこちらに敵意を持っているらしい。

──やばい。対応し切れなくなってきた。

 質量の暴力に押し潰される。

 体力を温存しておきたかったが、仕方ない。

 ばちん、シェリーの血管に電流が流れたかのような衝撃が走り、次いで溢れんばかりの高揚感が生まれる。

 

「──紅い力、解放!!」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「分断されちまっタ」

「分断されたね…」

「分断されましたね」

 

 シェリー、ネロ、コルダは荒い息を整える。

 あの後暫く質量攻撃をいなしていたが、ある時ぴたりと攻撃が止んだ。無理もない、人間がずっと息を止められないように、魔法使いはずっと魔力を込めてはいられないのだ。

 だが地形が変わったことで、ドロホフやリラ、ロックハートの姿を見失ってしまったのは痛手だ。特にドロホフが何をしてくるか……。

 ともあれ、ずっと反省していても二進も三進も行かないのも事実。守護霊や暗号を使って互いの素性を確認すると、周囲に警戒しつつ情報を整理する。

 リラやロックハートも心配だが、彼等はあれしきで死ぬような魔法使いではない。

 

「じゃあ、まあ……今の状況について簡単に説明しますね。ここには不死鳥の騎士団の支部があって、私達は貴方達の到着を待っていたんですが……間の悪いことに、支部にダンテが攻めてきたんですよ」

「ダンテって……ダンテ・ダームストラング?ネロ達のお父さんの……?」

「ああ。あいつは三年前のダームストラング城の決戦以降、行方知れずだったんだが……城くらいの大きさのある超巨大ゴーレムに搭乗して支部に攻撃したんだヨ。

 俺達は奴と戦ったんだが、支部ごとゴーレムの中に引き摺り込まれちまってナ」

「……!じゃあまさか、ここはそのゴーレムの体の中ってこと……!?」

「ああ。曲がりなりにも親父は魔法の腕だけなら闇の帝王にも匹敵する程だ。それくらいできたっておかしくはねェわナ」

 

 ここがゴーレムの中というのなら、移動鍵の謎にも説明がつく。本来ならば支部の中に飛ばされる予定だったのが、ゴーレムが支部ごと吸収してしまったので、シェリー達はゴーレムの中へと飛んでしまった……というわけだ。些か、スケールの大きな話だとは思うが。

 なんせシェリーが授業で学んだゴーレムとは、せいぜい人間と同じか、大きくてもトロール(3〜4メートル)くらいの大きさのものだ。城ほどの大きさのものを、それも個人で動かすなど想像の範囲外である。

 ホグワーツ城を魔法で動かすのと同じことだ。相応の超魔力でなければ不可能な荒技。

 

「で、俺達が収監していた死喰い人達も、その時の衝撃で解放されちまってナ。大抵はゴーレムに押し潰されたんだが、ドロホフは上手く逃げ出したみてぇだナ。

 ドロホフはただ暴れ回りたいだけダ、このゴーレムを脱出するまでの間の共闘も望めないだろうナ」

「……ダンテさんは何が目的なの?死喰い人を解放するために、わざわざこんな大きなゴーレムを……?」

 

 シェリーの疑問は最もだ。

 人間サイズのゴーレムを一つ二つ作る程度ならともかく、城ほどの大きさのゴーレムを操るとなれば如何に彼でも魔力の消耗が激しい筈だ。

 そこまでしてやろうとしたことが『死喰い人の解放』では、コストとリスクに比べてリターンが小さすぎる。

 

「元々ダンテは正規の死喰い人じゃなく、闇の帝王との協力者って立ち位置だったんだヨ。あくまで取引相手として互いに利用し合ってた……それがダームストラングの決戦でダンテがいなくなっちまったモンだから、闇の帝王側はダンテの資産を根刮ぎ奪ったんダ。

 しかしダンテは生きてて俺達の前に現れタ。奴の性格を鑑みるに、死喰い人も騎士団も気に入らねえモンは全部ぶっ潰してやるってつもりなんだと思う」

「……、全部?」

「全部サ。このゴーレムは周囲のモノを吸収しながら少しずつ進んでる。吸収する度にゴーレムは大きく、強くなっていく。魔法使いもマグルも関係なく、無差別に被害を撒き散らしながら街も村も全部呑み込んでいく。

 そして騎士団本部まで直進して……ドカン、ってとこじゃねーの」

「…………!!」

 

 提示された『最悪の未来』に、思わず歯噛みする。海沿いの支部だからまだ被害は抑えられているものの、そんなことが現実に起こればどうなるのか、想像すらつかない。

 

「それは──…」

「ああ、その通りダ。ダンテの野郎はタダじゃ済まさねーヨ。取り込まれた時の衝撃で支部にいた騎士団員も何人か死んでる。

──落とし前はつけさせる」

「…………、……うん」

 

 父親に対して昏い意志を燃やすネロに、シェリーは頷きを返すことしかできなかった。

 

「大抵こういうのって『核』を破壊すれば動作を停止するものだけど、このゴーレムにもそれはある?」

「ある。それが何処にあるかは分からねーが、ダンテが邪魔してくるだろう。俺達の役目はリラやロックハートを探しつつ、ダンテを倒すことダ」

「これだけの質量のものを操ってるんだから、それなりに魔力は喰われてる筈だし、勝算はゼロじゃないよね」

「ええ。それと、取り込まれる寸前に私の氷魔法でゴーレムの関節部と脚部を凍らせたので、少しくらいは足止めもできてるでしょう。時間との勝負です。速攻でダンテを倒しましょう」

 

 方針は固まった。

 倒すべき敵も定まった。

 相手はかのヴォルデモートにも匹敵するほどの強大な魔法使いだが……彼を倒せないようでは、ヴォルデモート打倒など夢のまた夢。

 決意を胸に、立ち上がる。

 

「……フー……さて……」

 

 

 

 

 

「じゃあ行くぜェ!!髭全部むしり取ってダンテの毛布を作ってバザーで売って売れ残ったのを見て悲しい気持ちを胸に抱いたまま俺達は大人になってやらァ!!」

「…………!?」

「ネロネロネロネロ!!!」

「気をつけて!ネロが錯乱の呪文をかけられた!」

「あ、放っておいて大丈夫です」

「!?」

 

 




とゆーわけでダンテ戦です!
そしてハリポタ舞台も近付いて盛り上がってきましたねえ!!
濁点まみれのハリーと会えるぜ!チケット取れるかなあ!!


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11.シェリー・ポッターと愚者の行進 II

──その日、ネロという少年は全てを失い、そして与えられた。

 紅い力に目覚めた魔法使いが、実験と称して一夜にしてネロのいた村を襲い、親代わりだった村人達を殺して回り、杖すら持たない彼は妹を連れて逃げ回ることしかできず──しかし何の因果か、封印の解けたダンテに命を救われた。

 ダンテはネロ達に禁術まがいの術式を刻みこんだけれども、それはあくまで命を助けるためのものだったし、何よりネロとリラを人間として扱ってくれた。

 美味しい食事も、温かいベッドも、それなりに家族らしい会話も、ダンテは用意してくれたのだ。

 

 その実、ダンテがネロ達を助けたのは単なる気まぐれでしかなく、彼の野望を実現させるための駒として利用していただけだったようなのだが……それでも良い、とネロは思っていた。

 

 生きてさえいれば、何度でも機会は巡ってくるもの。

 生きてさえいれば、何度だってやり直せる。

 

 村の友達や優しくしてくれた人達が死んでしまったことや、リラが塞ぎ込むようになったことはとても悲しいけれど、きっといつか、心の穴が埋まる時が来る。

 ……と、そんな風に考えていたのはどうやら自分だけだったらしい。

 

「死喰い人と手を組む……?あの闇の帝王の手下だった奴等と取引するってのカ?」

「ああそうさ。俺の調べによるとヴォルデモートは完全に死んだわけではなく、魂だけの存在となってこの世を彷徨っている状態らしくてな。死喰い人達はヴォルデモート復活のために各地に潜伏しているらしい。

 そこで俺は死喰い人達に資金を提供し、闇の帝王復活の手助けをするってわけだ。お前達にもできる範囲で協力してもらうぞ」

 

 何を言っているんだ、と思った。

 父親が裏で何やら動いているのは知っていたけれど、それは立派なテロ行為だろう。……クズがクズ同士殺し合うのは勝手だが、クズが一般人を殺すようになったら終わりだ。

 汚いカネで育ってる以上、あまり偉そうなことは言えないが、それでも何も関係のない人達に対して最低限の良識は持たねばならないと思うのだ。

 それを、こいつは。

 

「……前から思ってたが、あんたは何がしたいんダ?」

「?何度も言ってるだろ、最強の魔法使いになるという野望を叶えて……」

「そうじゃねえヨ。強くなりたいんだったら普通に魔法を鍛えて勝手に最強になればいいじゃねぇカ。何で死喰い人なんかと手を組む必要があるんだヨ。

 ……いや、そもそも、北方魔法界の重鎮になる必要すらなかっただロ。あんたのおかげで良い暮らしができてるから文句は言えねえけど……地位や権力を得ても、別にあんたの強さ自体には何ら関係ないだロ!?」

「分かってねえな。俺が最強になった時にそれを語り継ぐ人間がいねえと意味がねえだろ」

 

 絶句した。

 信じていたものが揺らいでいく感覚は、言葉では到底言い表せないものだった。

 

「ヴォルデモートが復活すれば、当然ダンブルドアやアレンといった名だたる魔法使いは奴を倒すために動き出すだろう。たちまち第二次魔法大戦の勃発だ。

 その戦争でそいつら全員ぶっ殺せば、誰もが俺を『最強の魔法使い』と認めることになる……」

「……な……」

「北方魔法界の重鎮もそのための箔付けよ。見ず知らずの魔法使いがいきなり現れてダンブルドアやヴォルデモートを倒しましたなんて言われて、世間がそれを信じると思うか?」

 

 十数年という時を共にしていながら、ネロはダンテという男をまるで理解できていなかった。

 ダンテは強さそのものに興味があるわけではない。

 『最強』という名のトロフィーが欲しいだけなのだ。

 

「フゥン、お前が協力したくねえってんなら無理にやれとは言わねえさ。ヴォルデモート復活計画はこうしている間にも着々と進んでる。お前達が止めようと思って止められるものじゃねえからな。

 何ならダンブルドアのところに行ってもいいぞ。俺の邪魔さえしなけりゃあ、何をしようが自由さ。邪魔さえしなけりゃあな」

 

 その話を聞いて、ネロはただただ愕然としていた。表情にこそ出さなかったものの、ともすればダンテには気付かれていたかもしれない。

 それは失望にも近い感情だ。ダンテにも落胆したし、ダンテを変えることのできなかった自分にも嫌気が差した。父と共に過ごした十数年間は、父を変える要因にはなり得なかったのだ。

 

「…………あんたにもう一つ聞きたいことがある」

 

 ネロが抱えていた、もう一つの疑問。

 ダンテは強くなるために禁術含めあらゆる魔法を研究し、近代魔術も超スピードで吸収していったが、たった一つだけ、練習でさえ使っていない魔法がある。

 あの老魔法使いでさえ目覚めることができたのだ、ダンテほど力のある魔法使いならば使えないなんてことは有り得ない筈なのに。

 

 

 

「──どうしてあんたは、紅い力を使わない?」

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

──ネロ・ダームストラングは守護霊を複数操ることのできる特殊な能力を持っている。

 そして彼が使える守護霊の中の一つに犬がある。この犬を使えば対象を追跡することが可能だ。リラとロックハートの匂いを嗅いで早く合流したかったのだが……

 

「こればっかりは仕方ねえナ」

 

 相対するは、ダンテ。

 北方魔法界における最強の父子が再会を果たすも、その表情は暗い。子は氷のような能面を、ダンテは劣化の如き修羅の貌を。

 

「お前だけか……?ネロ……シェリーとマルフォイんとこの嬢ちゃんはどうした」

「教える義理は無えナ」

「ガキが……」

 

 ダンテは訝しげにネロを見据える。

 ネロにはあらゆる魔術や戦い方を教えてきた。それは都合の良い手駒が欲しかったからで、その手駒が万が一にも敵側に奪われることがあってはならないからだ。

 まあ、結局ネロとリラは不死鳥の騎士団側に与するようになったわけだが……。それはもう過ぎたこと。

 そうやって手塩にかけて育てた駒が、自分を止めるつもりでやって来た。正気の沙汰ではない。彼我の実力差は彼が一番よく分かっているだろうに。

 強大な魔力が迸る。

 愚か者め、思い上がった者にはこの強さを思い知らさねばなるまい。

 

「……グッ!チィ……」

 

 筋肉に亀裂が走ったかのような激痛。

 フラメルにつけられた魔力痕が痛みを訴える。超巨大ゴーレムの維持に魔力を回しているのもあって、かつての超魔力はもはや見る影もない。

 魔力が、足りない。

 実のところ、ゴーレムが周囲一帯を呑み込みながら進んでいるのも魔力や生命力を吸収して、ダンテの傷を癒やすためだ。

 

「……ネロネロネロネロ!!ザマァねえなァダンテ!!動くことすらままならねェんじゃねえカ!?大方、三年前の傷がまだ癒えてねえんだろうナァ!!こりゃ楽に倒せそうだゼェ!!何か言い残すことはあるかよォ!」

「うるせぇ、黙らねえか!俺はまだやれるんだよ!!世界最強の魔法使いの座にもいずれ手が届く!!お前はその瞬間を指咥えて見てりゃいいんだ!!」

「………………まだそんなもん目指してたのカ?」

 

 もはや何に怒っているかすら定かではないダンテに、ネロは底冷えするような落胆の表情を返した。

 淡い期待が裏切られて、見たくなかった現実をまざまざと見せつけられたかのような、悲しそうな声と顔。そんなネロの様子に気付くこともなく、ダンテは憤怒に駆られて唾を飛ばす。

 

「思えばお前は昔っからそうだったよなあ!俺の言うことだけ聞いてりゃいいものを、自分の都合を最優先にして動きやがる可愛げの無いガキだった!俺の研究や北方魔法界の掌握にケチばかりつけやがって、俺の思惑なんざくだらねえって目で俺を見やがる!!

 お前が俺の知らねえところで何をしようが勝手だが、俺を止めようってんなら容赦はしねえぞ!!」

「言いたいことはそれだけかヨ」

 

 ダンテの怒鳴り声をネロはぴしゃりと遮った。

 シェリーがちらりと彼の顔を伺うと、そこには、脳面のように表情が消えたネロの姿があった。

 背筋が凍る。荒ぶっているダンテとは反対に、ネロは静かな怒りが内心で渦巻いているのだ。

 

「いつまでも甘ったれたこと言いやがって。俺はお前を止めに来たんじゃねえヨ。殺しに来たんダ」

「……フゥン!言うようになったじゃねえか、お前」

「騎士団の人達が何人死んだと思ってる」

「知ったことじゃ──」

「確認できるだけで五十人は死んダ。死喰い人も含めれば七十人。お前がゴーレムで攻めてきたから死んダ。お前が殺したんだヨ」

「……ガキが、この俺に説教垂れようってのか?人を殺すのは悪いことだとでも言うつもりかよ?」

「別に」

 

 人の命を奪うことは悪である、などとネロは言うつもりはない。時代や環境次第で殺人が当たり前になることだってあるだろう。人を殺さねば生きていけないことだってあるだろう。

 ましてやダンテは千年前の人間だ。聞いた話だと食うにも困る貧困層の出身らしい。食い扶持を稼ぐためにあらゆる犯罪に手を染めたことだってあるそうだ。

 だから彼に生死の観念を問うつもりもないし、悔い改めろと言う権利もない。ただあるのは──…

 

「お前が殺した、ただ普通に生きたかった人達の落とし前はここでつけさせル」

「……べちゃくちゃと……」

 

 ダンテの杖の波動は、どうしようもなく極悪だった。

 

「俺に文句があるなら力尽くで止めてみせろ!!」

 

 周囲の岩石が、ネロ目掛けて飛来する。それらをネロは電撃放出で全て弾くと、牽制のための魔力弾を放つ。

 しかし、いくら弱体化していようが相手はダンテ。

 濃密な魔力で弾を叩き落とし、ネロへと駆ける。

 

輪廻(サンサラ)!!」

「チィ……!!」

 

 形成された魔力の渦は、まさしくブラックホールと呼ぶに相応しい。

 吸引魔法。立っていることすら困難な強烈な魔力の渦に引き込まれる。ネロは射程範囲外に逃げようと、大きく距離を取るも、それしきでこの魔法から逃れることは不可能だ。

 繊細な魔力コントロールによって、対象を物理的に無力化するのがダンテの十八番であるが故に。

 

「ハン──アンタに近付けるのなら好都合だゼェ!!」

「あん……?」

 

 逆にネロが取った手段は、ダンテに向かっての全力疾走だ。破れかぶれの特攻というわけではない、彼は足の裏に雷を走らせていた。

 簡易的に磁場を乱し、吸引魔法に多少なりとも影響を与えることで、負荷を軽減したのだ。

 とても足取りがしっかりしている。このまま接近戦に持ち込む腹積りだ。

 空間を歪ませる魔法使い相手にリーチの差などあってないようなもの。ならば、近付いて純粋なスピード勝負に持ち込むしかない。加減など微塵もない、雷の咆哮がダンテに叩き込まれんとして──…

 

(!?消え──いや!)

「後ろだナ!!」

「ほぅ……よく防いだな。吼えるだけのことはある」

 

 雷迅はネロの背後へと放たれ、ダンテの涅槃を相殺せしめる。ほぅ、とダンテは僅かに驚愕するも、ネロはそれを斟酌する余裕はない。すかさず空を裂かんばかりの雷撃を刻む。

 上段からの雷。

 それを、ダンテは杖で軽々と弾いてしまう。

 尚も踏み込み、絶え間なく攻撃魔法の数々を杖先から放っていくネロ。

 一撃、二撃、三撃、四撃。

 繰り出す程に速度は上がり、劈くような響音が子騙していく。それら一切に遠慮も容赦も存在しない。

 

「身体強化──いや、雷魔法による身体活性か!魔力路を刺激することで速度を高めたのか。考えたな、紅い力の真似事ってわけか」

 

 通常攻撃がずばり、ネロ自身の速度上昇に直結する。

 長期戦はまずい。格上相手に出し惜しみなど有り得ないし、魔力量でダンテに敵う筈もないのだ。

 奴の目が慣れてくる前に仕掛ける──。

 ピリ、と肌を突くような感覚に、ダンテは身構えた。

 

(これは……魔法糸か!)

「喰らえ『トニトルス』!!雷撃伝導!!」

涅槃・竅(ニーグルム)!!」

 

 三六〇度から伝わる雷の魔力を、ダンテは空間を削る魔法である涅槃を身に纏うことで防御した。

 いつの間に魔法糸を……と思ったが、最初に会話している時に既に布石を打っていたか。

 通常、魔法糸は特殊な眼でなければ視認することはできないが、このゴーレム自体が一つの結界と化しているため感知できた、というわけだ。

 飛んで来た蹴りをガードし、ネロは地面を転がる。

 

「猪口才な真似を……魔力でできた導火線か。お前らしいやり口だ。お前は生まれついての魔力が多い方じゃないものなあ、ネロ」

「………よくご存知で」

 

 内心で舌打ちしつつ、逸る心を抑える。

──攻め時を見失うな。

 勝ち筋はどこかで一撃必殺を決めるしかない。そのタイミングは一度きり、逃せば二度とやって来ない。千載一遇を掴んで離すな。

 自分に才能が無いとは思わないけれど。

 自分が届く強さの上限は決して高くないのだという、嫌な実感が確かにある。

 だが、それも無理からぬ話。

 

(最強の魔法使いなんて馬鹿げた夢を本気で叶えようとする男の背中を見てきたんだからヨ……)

 

 ダンテには、それができるかもしれないと思わせるだけの存在感と厚みがある。

 父親だけではない。

 対抗試合ではベガという生まれながらの天才も目の当たりにしたし、マホウトコロの連中はふざけた技術で裏技ありの自分に肉薄してきた。他にも光る芽は多々芽吹いていた。

 それに妹のリラだって、あの性格じゃなければ自分以上の魔法使いになることも簡単だったろうに。才能だけなら彼女が上だ。

 

(俺は皆んなみたく上手くはやれねぇ。

……けどきっと俺の力が必要になる時が来る。今がその時だよナ、リラ)

「打ち合って分かった。やっぱりアンタの魔力は落ちてる!でなけりゃ俺如きがまともに勝負できるわきゃねェからナァ!!」

「黙れクソガキ!!」

「──来る!」

 

 正面から向かってきているのに、まるで不意を突かれたかのような疾さ。姿表し以上のスピードで迫られるのだからたまったものではない。

 ダンテの極端なまでの踏み込みは、空間を歪ませてしまえば確実なりし一撃へと変貌する。

 彼の一手先を読もうとすること自体が無駄、二手先を想定した動きをしなければいけないのだ。経験を積んだ魔法使いであるほど、変則的な動きをするダンテには騙されやすい。

 ダンテの動きに対応できたのは、彼の生涯において二人だけ。本職が研究者のフラメルと、体捌きの癖をよく知っているネロだけだ。

 

涅槃(ニルバナ)!!」

(……!!数が多いナ)

 

 ダンテは、空中に何十発もの消滅魔弾を浮かべた。

 一度当たればあらゆる防御を突破して“消滅”させてしまう、ある意味シェリー以上の攻撃力を誇る魔法だが、ダンテはそれを敢えて断速を落とし、数を増やした。

 狙いは、ネロの動きを止めるため。

 消滅魔弾があっては、碌に身体も動かせないだろう。

 そして中距離からの撃ち合いに持ち込む!

──という、ダンテの目論見を鼻で笑うように、ネロは魔弾の中を全速で駆け抜けていく。

 

(正気か?消滅魔弾を避けながら俺のところに──

──いやこいつ、避け切れてねえじゃねえか!魔弾のいくつかを喰らいながら突っ込んできてやがる!)

 

 まともではない。痛みを堪えながら走るといっても、消滅魔弾は肉体を貫通しているのだ。そんな状態で走れるわけが──

 

(……ッ、そうだな、お前ならできるよな。

 身代わり鴉で(リラ)へ降り掛かるダメージを、今まで全部受け止めてたんだものなぁ……!!)

(涅槃・竅(ニーグルム)で全身防御されても大丈夫なくらいのダメージを……至近距離から……!!)

 

 近距離からの決戦に拘ったのは、一番決定打があるのがそれだったからだ。ネロの弱点は、決め手の選択肢に欠けること──。

 

 

 

 そしてその弱点を、ダンテが知らない筈がない。

 

 

 

輪廻(サンサラ)

「……ッ!吸い込まれて……」

「……フゥン、消えたか。多少手こずったが問題ねェ。

 近距離で雷撃を喰らわせるつもりだったんだろうが、寄ってくればこっちのもんだ。

 涅槃と輪廻の同時使用……皮肉なことに、魔力量が減少して、魔力コントロールにリソースを割くようになった今の俺なら、それができちまうんだよ」

 

 フラメルとの激闘で、多少なりとも魔力の真髄に触れたことで得たものもあったのだろう。

 ともあれ。

 ネロはダンテの作ったブラックホールの中に吸引されてしまった。中は無限の闇が詰まった異界──一度吸収されれば、出る術はない。

 何、死ぬわけではない。

 事が終われば、異界の中からネロを出す。その時にはきっと考えを改めていることだろう。いや改めていなくとも、分からせてやる。

 ひとまずは──

 

──バチッ。

 

「何……が……起きた?」

 

 呆然と、口元を拭う。

 赤黒い液体を血だと認識するまでしばらくかかった。

 痛い──痛い痛い、あまりにも痛い。

 不意を突かれた。どこから?誰が?どうやって!?

 骨が軋む。フラついて膝をついた。焦燥で上手く思考回路が働かない。

 急に体内に魔力が迸って肉体を損傷した。

 どういう理屈だ、どんな原理でこんなことを──!

 

「……ネロ!!何かしやがったなああああ!!」

(──ご名答)

 

 輪廻の中に引き摺り込まれるのは計算の内。

 ダンテの術式をよく知るネロが、スラグホーンとの研究で作り上げた『魔力そのものに作用する魔法』。

 それを輪廻の中で使用するとダンテに直接ダメージが行く……という仕組み!

 雷魔法はフェイク。本当の狙いはこっちだ──!

 

「クソ、このガキ……ぐぁぁぁぁぁああああ!!!」

(舐めてんなよナァ!!言った筈だゼェ、俺はお前を殺すためにここに来たって!!

 死に晒せ、ダンテ・ダームストラング!!)

 




おまけその1
ネロ「うおお〜遅刻遅刻ぅ!」
シェリー「空き時間だし魔法の練習しようかな…エクスペクトパトローナム!」
ネロ「ぐあああ!?」
シェリー「ああああ!?」

フリットウィック「今日は守護霊の呪文を勉強します」
ネロ「あっ…お前今朝の!?」
フリットウィック「何だもう知り合いですか」
ネロ「ああ!あの時俺にぶつかってきた奴!何!?俺の席の隣だって!?クッソォ〜今朝のことは謝らねえからナ!」
フリットウィック(一人でなんかいってる…)


おまけその2
ベガ「飲み物?俺が買ってくるわ。夏の海で女子が一人なんて不用心過ぎるしな。シド、シェリー頼むな」
シド「はいはい」

シェリー「……遅いね……」
シド「……遅いな……」
シェリー「……ちょっと様子見に行ってみよっか?」

モブ女「キャーカッコイイキャー!」
ベガ「いや…人待たせてるから…」
シェリー(やっぱり)
シド(やっぱりなぁ…)


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12.シェリー・ポッターと愚者の行進 Ⅲ

「思えば、兄がふざけた態度を取るのは、ダームストラング家が静かだったからのような気がします」

 

 リラと合流したロックハートが、『ダームストラング家は普段どんな会話をしていたか教えてほしい』『何か弱点が見つかるかも』と質問すると、そのような回答が返ってきた。

 初めは互いが互いにあまり干渉せず、それぞれが自分の好きなことをやっているような環境だったのだが、ある時からネロが積極的にコミュニケーションを取るようになって、屋敷の雰囲気が明るくなったのだとか。

 他愛ない会話ではあったし、父親(ダンテ)にとっては些末事だったのかもしれないけれど、ダームストラング家での日々は悪くなかった。

 

「兄さんは、きっと父を殺すつもりなんです。兄は気を許した人には優しいけれど、その人達の暮らしを脅かす人には一切の容赦がない。

 一度全部奪われてしまったから……もう一度奪われてしまうのが怖い。それで過剰なまでに防衛するし、そうしないと安心できない。その対象に父も入った」

 

 そうして始まるのは父と子の殺し合い……。

 あまりに残酷な話だ。

 仮にネロとリラがもっとまともな魔法使いの家で育てば違う道もあっただろう。父から然るべき愛情さえ貰っていれば、このような苦しみを抱えなくてよかった。

 けれど運命はダンテを選んだ。

 ネロとリラが引き寄せられたのはダームストラングという場所だったのだ。

 家族としての務めを果たすつもりなのだ、ネロは。

 

「私達じゃ……お父さんが強さを諦める理由にはなれなかった……」

 

 抱えた後悔の重さに項垂れる。

 もっと──ダンテの中の何かを変えてさえいれば、こんな惨劇は起きなかったかもしれないのに。ダンテの中の悪魔は目覚めることもなかったかもしれないのに。

 そんな想いだけがグルグル巡っている。

 ぽん、と、優しく肩に手が置かれる感触がした。

 

「私も、ホグワーツに来てから文字通り人生が変わりました。心を通わせることのできる友人……みたいな連中にも出会いましたし、腐っていた私の心も随分と変わりましたとも。

 君のお父さんも、そうなんじゃないですかね。人の心を変えるには、十数年というのは、あまりに充分過ぎる年月だと、私は思いますよ」

「ロックハートさん……」

「さ、行きましょう。戦いの気配がします。私がハリーに感じたのと同等の圧が込み上げてきてる……きっと、ダンテと戦っているんだ」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「グオオオオオオオオオオ!!!」

 

 体内を異物が駆け巡るような気持ち悪さ。

 あたりの不快感に、脂汗がぼとりと垂れて止まない。

 血走った目が、苦痛の元凶を探した。ネロだ。ネロが何かをしたのだ。そうでなければこんなことが起きる筈もない。

 

「さっきまでの攻防はあくまでフェイク……輪廻(サンサラ)にわざと吸い込まれるために芝居を打った!

 この魔法はあんたの魔力にのみ反応して、ダメージを与える仕組みって訳ダ……!!」

「小賢しい真似しやがって……!!」

 

 輪廻(サンサラ)の中に閉じ込めたことが仇になった。輪廻(サンサラ)は外部魔力を遮断し内部魔力を闇の濃度で中和する性質を持つ。

 普通なら閉じ込めた時点で一発アウト、何もできず死を待つしかなくなる。だから呑み込まれる前に外部から物理攻撃で許容量を突破して壊すしかないのだが、ネロは逆に、呑み込まれることを前提にした戦法を取った。

 有り得可らざることだが、輪廻(サンサラ)の牢獄を突破できる可能性があるのはこの世の物理法則に囚われない『彼岸の物質』を操るフラメルか、かつてのロウェナ・レイブンクローくらいだとタカを括っていた。

 

 それを──こいつは!

 

(フラメルの奴……俺との戦いで得た魔力の情報を分析して他の連中に渡してやがった……!!それが回り回ってネロの所に……あの野郎どこまでも俺をッ!!)

(俺はそんなに才能がある方じゃねェ!皆んなが普通にできることを普通にやることしかできねェ……フラメル爺さんの真似は出来ねェッ!

 だから……これ以上は任せるゼ……!!)

「────!?」

 

 

 

──ほんの少し時は遡る。

 

 シェリーとコルダは、岩陰に隠れてネロとダンテの戦いを見守っていた。ネロ曰く、まともに三人でかかっても勝ち目はないので、自分がダンテに“仕込み”をするまで待っていて欲しいとのこと。

 必ず隙は出来るから、その時に奇襲してほしい、と。

 それでも、シェリーにとって目の前で身を挺して戦う仲間を見ていることしかできないというのは、何より耐え難い責め苦だった。

 

(……ネロが一人で戦っているのに……私は見ているだけしかできない……!いざとなれば私も出て……)

「……シェリー。生きて帰れる保証もないので、今の内に言っておきますけれど」

「え?」

「私、貴方が魔法省の戦い以降帰ってこなかったこと、許してませんからね」

「……コルダ、」

「魔法省の戦いにお兄様が身を投じたのは、貴方を連れ戻すためです。それを貴方は個人的感情でフイにして、勝手に絶望して勝手にいなくなって、私のお兄様や友達に多大な迷惑をかけた。

 ……腹が立ちますよ。身勝手すぎます。一人で勝手に暴走して、自分だけが不幸そうな顔をして……その挙句全部一人で背負い込もうとするんでしょ?馬鹿ですか」

 

 人狼の秘密をバラされた時のコルダもまた、全てを投げ出そうとした経験があるからこそ、シェリーの気持ちが痛いほど分かるし、同時に腹立たしいのだ。

 救ってくれる人はいた。

 支えてくれる人はいた。

 その人達のためにも、大事なことからは逃げたらいけなかったのに、生きることすら面倒臭くなった。

 あまりにも身勝手だ。

 自分だけが心配される関係を仲間と呼べるものか。

 

「他人の優しさに甘えないでください。これ以上、皆さんを失望させないで。

 ネロさんが隙ができると言ったのだから必ず隙はできます。貴方の焦燥は、彼への侮辱にも等しい」

「…………、ごめん、コルダ。……君が、そう言ってくれる人でよかった」

「……分かったのなら、目を逸らさないで。倒すべき敵をきちんと見据えなさい」

 

 気丈に振る舞いつつ、コルダの杖先はほんの微かに震えていた。口では強気でも内心は穏やかではない。一歩間違えればネロは死ぬ、相手の力はそれほどまでに隔絶したものだからだ。

 それでも。

 この一撃だけは、外せない。

 

 

 

 ネロとダンテが攻防を繰り広げる。

 

──まだだ、まだ撃つな。

 

 

 

 ネロが輪廻(サンサラ)に吸い込まれた。

 

──まだだ、まだ撃つな。

 

 

 

 ダンテの魔力が暴走し、苦痛に悶絶した。

 

──隙ができた。

 

 

(これ以上は任せるぜ……!!)

「!?」

「──紅い力、解放!!」

「「フリペンド!!」」

 

 迅撃、二閃。

 シェリーとコルダが放った魔力弾が首筋で交差する。

 傷口を咄嗟に癒術で塞ぐけれども、意識が飛びそうになるのを堪えなければならない程にダメージは大きい。

 視線を動かす。

 ゴーレムの中はダンテの結界と化しており、ましてここは心臓部。あの女二人はどうやって魔力探知に引っ掛からずにここまで来れたというのか……!

 

(ッ、そうか透明マントか……!!シェリーがそれを持ってるって情報はあったのに……クソ、ネロが魔力を狂わせやがるから探知も上手く働かねえしよ……!!)

「出てきやがれ、クソガキがァ!!」

「げぶっ」

 

 輪廻を解除し、異空間へ吸い込まれていたネロを再びこちらの世界へと戻す。

 慌てるな、一人ずつ、一人ずつだ。

 消滅魔弾を使って一人ずつ手脚をもいでいく。

 所詮、数も質も劣る連中だ。単体の戦闘力では負ける筈もない──!

 

(──な、んで、まだ魔力が練れない……!?)

「へハハァ……!!調子が悪そうだナァ、ダンテ!!」

(これは……シェリーの紅い力か!?魔力を狂わせる必滅の弾丸!!まずい、俺の涅槃(ニルバナ)輪廻(サンサラ)は緻密な魔力コントロールが必須なのに……!)

「手を止めないで!!ここからが攻め時です!!」

「分かってる!!」

「……!?」

 

 嫌な予感がして、全身を魔力で防御したが、果たしてそれは正解だった。

 防御よりワンテンポ遅れて大砲に殴られたかの如き衝撃がダンテを襲う。それが魔法糸を伝っての攻撃だと気付くのに暫くかかった。ネロが先の攻防の際に仕掛けていたのだ。

 今やダンテは、シェリーとコルダの攻撃を一方的に喰らうしかない状態。杖を振るうも、動きが緩慢だ。氷魔法がダイレクトに直撃して身体が凍っている──!

 

「このッ……ガキどもがァアアアア!!!」

 

 ダンテが癇癪のままに、ゴーレム内の岩石を錬金操作して向かわせる。荒くれ立った岩の槍が、縦横無尽、あらゆる角度から迫り来る。

 一撃でも喰らえば即死は免れない貫通力。それらが意志持つ蛇のように、獰猛に牙を剥いた。

 

「オルガン・フリペンド!!」

「エクスペクト・パトローナム!!」

 

 シェリーは手数と威力でもって迎え撃った。

 深紅の弾丸が岩の槍を削り殺し、その喉笛を破壊殺で齧り屠る。的が大きい相手ならば、シェリーはただ乱雑に撃つだけでその命を刈り取っていける。

 コルダは範囲と物量でもって迎え撃った。

 防御に優れた氷の盾を雪で覆うことで耐性を強化、物量攻撃には同等の物量をぶつけるだけ。人狼の彼女は消耗の大きい氷魔法でも構わず撃っていけるほどの魔力とスタミナがあるのだ。

 ただでさえ魔力量の多い二人だ。この程度の攻撃など時間稼ぎにしかならないだろう。それはダンテも織り込み済み……時間さえ稼げればそれでいいのだ。

 

(ここは一旦、退く!)

「!?逃げた……!?」

 

 先程の威勢が嘘のように、ダンテは身を翻し、脇道を使って疾走した。

 

「罠かもしれない、安易に突っ込まないで!逃げ込んだ先でカウンター狙いかもしれません!壁ごと凍らせます!グレイシアス!!」

 

 宣言通り、コルダは恐るべき氷結範囲で周囲一帯を氷塊へと変えていく。広範囲を凍らせていくのは岩壁を錬金術で操作させないためだ。

 通路の先まで凍らせて、カウンターを警戒しつつ通路を覗く。……誰もいない。少し慎重になり過ぎたか。

 奴はゴーレム内のどこかへと逃げた。

 コルダの判断は間違ってはいなかった。ダンテを相手にして慎重に立ち回るのは何ら問題ではない。が、それ以上にダンテが安全策を取ったというだけだ。

 ダンテは抗戦よりも退却を選んだのだ。

 

「性格的にノってくるかと思ったが……それだけ奴が追い詰められてるってことカ」

「チッ……すみません、判断ミスです」

「や、下手に突っ込んでたら狭い通路で消滅魔弾を喰らう可能性だってあった訳だし。それより、彼を早く追わないと……!」

「俺の守護霊に半端な逃げは通用しねぇ……連携して仕留めるゾ、勝ちは近い!」

 

 一方、ダンテの方はまるで余裕がなかった。

 不意打ちでシェリーやコルダに喰らったダメージは大きいが、それ以上に彼女達からダメージを喰らった事実そのものが腹立たしい。

 ダンテは自分が有利な状況にいなければ安心できないタチだ、『追い詰められているかも』と思案するだけで頭の冷静さは幾分か失われてしまう。

 今彼にあるのは、勝つことに対する深い執念だけ。

 本当なら魔法で叩き潰してやりたかったが、それが無理なら『他の手段』を取るしかない。

 

「ホグワーツの戦いまで取っておきたかったが……事前に用意しておいた戦闘人形を使う!悔しいが、今のコンディションであいつらと真っ向勝負するのは分が悪い……クソッ、落ち着け、ムキになるな……!!まだ負けてない、これは負けじゃない、負けてない……!!」

 

 自分が作った人形があいつらを倒すのだから、これは実質自分の勝ちと言えるだろう、その筈だ。

 これは、断じて、負けなどではない。妥協でもない!

 ここからだと幾分か遠いが、遠隔操作するのに何ら支障はない!

 

 

 

 

 

 が──動かない。

 遠隔で魔力を注ごうとするも、反応がない。

 戦闘人形の故障ではない。他の誰かが一時的とはいえ制御を奪っているのだ。

──誰が?

 そもそも、戦闘人形は簡単に分かる場所に置いてあるわけではない。ダンテのを性格を理解して、魔力の癖に敏感な魔法使いでなければ気付くことすらできない。

 僅かな情報で、隠し部屋の位置を特定──

 そんなことができる魔法使いは、一人しかいない。

 

 

 

 

 

 アントニン・ドロホフ。

 

「ダームストラング製の戦闘人形……命令一つでどんな過酷な環境にも飛び込んでいく優秀な兵隊!いいねェ、ホグワーツ戦線の時も痛感したが、こいつらはオジサンにとって理想の兵士どもだ!取り敢えず何体か持って帰るとするかねぇ!」

 

(……ッ、あのネコババ野郎!!!)

 

 

 

 

 

 ここに来て、放置していたドロホフが漁夫の利を得ようと動き出した。最悪のタイミング──いや、戦闘の匂いを察知して、ダンテが一番困るタイミングで仕掛けたと考えるのが妥当か。

 戦闘人形には事前に魔力を注ぎ込んでいたので、さしものドロホフも制御を奪うのに時間がかかるようだが、問題は、人形の助けがすぐには望めないということ。

 魔力を強く注ぎ込めば戦闘人形の制御は容易に取り戻せるだろう……が……魔力消費は想定していたより多大なものとなるだろう。そんな状態で戦闘人形を動かしたところで……。

 どうする?どうすれば?

 頭の中が混乱する。ごちゃごちゃして最適解が得られない。じりじりと、精神が追い詰められていく。

 

 ドロホフを先に殺すか。

 ネロ達を相手するのか。

 

 学校を運営するのも、魔法界でのし上がるのも、慎重に立ち回りさえすればそれなりに上手くやれたのに。

 こと戦いについては頭に血が昇って、まるで集中できずに終わってしまう。魔法を使うのは上手いけれど、性格が戦い向きじゃない。上回れたり出し抜かれたりするとすぐムキになる。

 相手が自分より上だと認めたくない。

 自分が相手より劣ってると思いたくない。

 だから、怒りは普通以上に膨れ上がるのだ。

 

(どの道ドロホフを放置しておいたらゴーレムの核の方まで行くかもしれねえ、まずはドロホフを狙う!)

 ダンテがゴーレム内の魔力構造を操作することで、内部の岩壁はせり上がり、槍状へと変化する。その槍がドロホフ目掛けて何十本も飛来する──。

 しかしドロホフも身のこなしも見事なものだ、軽快に岩の槍を回避し、受け切れない槍は防御して、攻撃をいなしていく。……しかも、余波で戦闘人形の何体かは壊れてしまった。

 

(!!クソッタレ……わざと戦闘人形が壊れるような動きをしてやがる!!あいつからしたら何体か壊れたところで損はしねえ、むしろこの後がキツいのは俺か!?)

 

 考えるダンテの頭上を、魔力弾が掠める。守護霊で探知したネロ達がもう追い付いてきたのだ。

 

「見つけたゾォオオオ……ダンテェ!!!」

「!!ネロッ……!!」

「もう逃げられませんよ!!」

 

 あくまでネロ達はこれ以上被害を出さないためにダンテを倒さなくてはならない。故にダンテに対して常に戦いを仕掛けてくる。それが厄介なことこの上ない。

 で、あるならば。

 追跡をここで断ち切るしかない──!!

 

「ドロホフは後回しだ!!お望み通りブチのめしてやるよガキどもが!!」

 

 向かってきているのはネロとコルダの二人だけ。

 シェリーは透明マントでも被って、必殺の一撃を喰らわせる腹積りだろう。

 良い度胸だ。返り討ちにしてやる!!

 魔力のコントロールも大分マシになってきたところ、今なら使える──『消滅魔弾』!

 それも最大規模のものを喰らわせてやる!

 ダンテは高濃度に圧縮した消滅魔弾を、コルダに向けて敢えて真正面から放つ。当然コルダは横に躱そうとするものの、そうはさせるものか。地面の岩を操って動けなくさせる。

 

「っ、動けな──」

「──オルガン・フリペンド!!」

(シェリーの位置はそこか……)

 

 コルダの足下をフリペンドで破壊し、陥没させる。あわや消滅魔弾を喰らうところだったコルダは休止に一生を得た。お陰で位置がバレてしまったが、仕方ない。

 

(?あれ……今のフリペンド……少し違和感が……)

「トニトルス!!」

涅槃・窮(ニーグルム)!!」

(いや、呆けてる場合じゃない!加勢しなきゃ!!)

 

 シェリーとネロ、肉体活性した二人がダンテ相手に近接戦を仕掛けていく。透明マントは脱ぎ捨てた。

 紅い力による早撃ち、雷魔法による神速。二つの最速がダンテに追随していく。

 少しでも気を抜いたら死ぬ。

 鬼気迫るダンテの迫力、けれど負けてはいられない。

 幾筋もの閃光が煌めいては消えていき、弾ける。下手に手を出せば即死は免れない程の疾さの応酬だ。

 戦いの余波が、迷宮全体に伝わっていく。

 ゴーレム内の誰もが感じている。決着は近いと。

 

「トニトルス・ルーモス!雷光よ来れ!!」

「目がッ……、」

 

 ばちり。痺れんばかりの青い稲妻が、ダンテの視界を焼き切った。至近距離から繰り出される雷帝の断罪は、免れる筈もなし。

 ネロの杖は、好機を逃しはしない──!

 

守護霊よ産声を上げ給え(expectamus gallus)

 

 守護霊達の饗宴曲。

 顕現するは、ネロが使用できる守護霊全て。

 犬、猫、山羊、鯨──胎生の動物に限り、ネロは守護霊を用途に併せて使い分けることができるが、一斉同時使用はあまりにも負担が大きすぎる。

 持って一分。

 その間に決着を付ける。

 これらは全て、ダンテから与えられた力。今、纏めて貴方に返還する──!

 

「魂の発露たる守護霊ども……そいつらの寿命と引き換えに爆発的攻撃力を得た形態ってわけか……!!」

「流石に分析が早ぇナ!!」

 

 何十頭にも及ぶ鹿の群れが地を駆け、何十匹にも及ぶ猿が疾走し、何十体にも及ぶ犬の群れが牙を剥く。

 ダンテも初めて見る魔法だが、限られたリミットと不安定な形態と引き換えに物理的攻撃力を得たらしい。岩盤が抉られ、魔力が胎動する。

 量など問題ではない。

 消滅魔弾ならば、数など関係なく範囲内の敵を無双できるのだから。何なら輪廻(サンサラ)の中へとぶち撒けてやってもいい。

 その考えを否定するように弾丸が飛ぶ。成程、この数ばかりの守護霊の目的は目眩し……!

 付き合う道理はない。

 身を隠し時を稼げばすぐに時間切れは来る。

 

「また逃げるつもりカ!?逃げ足と口の大きさだけは一丁前だナァ!!」

「……あァア!?」

 

 安い挑発。

 然して戦闘の興奮冷めやらぬダンテはハイ状態にあり、生来の気の短さもあってそれを無視できない。看過するわけにはいかない。

 知らしめてやる。暴力の圧倒こそが、類稀な力の至上であるということを。涅槃を全身に纏いながら、術者たるネロを潰す──

──涅槃が、纏えない……

 魔力の使い過ぎか……!?

 いや、十分。消滅魔弾さえ使えれば、ただの数など恐るるに足らない、その筈だ。

 

「数の暴力も、圧倒的な個の前には平伏す他ねェ!これは逆境でも何でもねェ、最強は依然この俺だア!!」

 

 ダンテのその様は、まさしく、悪鬼。

 因果を断ち切るように。

 未練を捨て去るように。

 涅槃は守護霊達を次々と消滅させていく。遠くで、ネロが苦しそうな顔をしているのが見える。見たか、お前は所詮その程度なんだ。

 くだらない呪縛(あいじょう)にいつまでも縛られているからそうなるんだ。

 俺はそうはならない、なってたまるものか。

 シェリーもコルダもドロホフもロックハートも殺すけれども、お前とリラだけは生かしてやる。強さを認めさせてやる。俺を肯定させてやるのだ。

 

「喰らェエエエ──ネロォオオオ!!!」

 

 ネロへととどめの一撃を放たんとしたところで、視界の隅でネロの守護霊達が氷へと変化するのを見た。

 守護霊とは、魔力の塊。

 魔法糸さえ繋がっていれば如何様にも性質を与えることができる。魔力の触媒となる。瞬くよりも早く、下半身が凍てつき凍る。

 くたばりぞこないどもが知恵を絞りやがる。

 脚を、封じられた……!

 

「地を這えグレイシアス!!」

 

 だから、どうしたというのか。

 気付くのは遅れたが、反応は間に合った。おかげで凍りつくのは半身だけで済んだのだ。

 ひとたび杖を振れば終わり。

 何で勘違いしてしまったかは知らないが、自分を倒すという仄かな夢も無惨に潰える他ない運命。

 ネロがカウンターを用意して雷を収縮しているようだがそれも間に合うまい。戦いを誰が教えたと思ってる?

 シェリーの早撃ちにも対処可能な姿勢。

 守護霊どもも粗方潰してやった。

 邪魔は、もうない──!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──どうしてあんたは、紅い力を使わない?』

 

 いつだったか、ネロにそう訊かれた時……あの時は適当に返事をしたと思う。

 紅い力は寿命を削る呪われた力。

 一瞬だけ強くなる魔法を覚えたって仕方ない。長年最強の座について力を誇示するのが目的なのだから、命を生贄になんてできない。そもそも、アイツが創った魔法なんかで強くなりたくもなかった。

 

 それに、ヴォルデモート製の紅い力も気に入らない。

 あいつの力を分け与えてもらうということは、奴の傘下に降るということだ。それは嫌だ。

 俺はグリンデルバルドと違って、目的のためなら魂を悪魔に売ってやるような安い男じゃない。

 

 持って生まれた才能で勝負してやるのだ──。

 

 

 

 と、考えて、いたのだが。

 

 どうやら、自分に嘘をついていたらしい。使いたくない一番の理由は他にあったんだと今、気付いた。

 

 死にたくなかったんだ。

 生きて、生きて、生き延びたかったんだ。

 本当は強さなんかもうどうでもよくなってきていた。

 生きれればもう、それでよかった。

 

 

 

 何のために?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──父さん!!」

 

 

 

──お前達と、生きたいと思っちまったからだ。

 

 

 

「リ……ラ…………」

 

 

 

 闘争を感じて現れた娘を前に、ダンテは、致命的なまでに気を取られてしまった。

 

 よもや、娘の前で、息子を攻撃しているところを見られるだなんて。違う、殺そうとしていた訳じゃない。気絶させようとしただけだ。

 

 勘違いするな、リラ。

 俺は別に──

 

 

 

「──ットニトルス!!!」

 

 

 

 心中で言い訳を繰り返すダンテに、断罪の刃が突き刺さる。矛盾を抱えた愚かな男の終幕が来る。

 結局、最後まで、甘さを捨て切れなかった。

 

 決着は、ついた。

 




【守護霊よ産声を上げ給え】
ネロの必殺魔法。自分が行使できる守護霊全てを一度に顕現して操る。
消耗がクソほど早い。


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13.シェリー・ポッターと愚者の行進 Ⅳ

今回長いです。
でもよく考えたらいつも長いです。


 ダンテは孤児だった。

 口減らしとして捨てられて親の顔も知らぬまま育ち、盗みと喧嘩に明け暮れる幼少期を過ごした。

 幸い、人より頑丈な体に生まれていたし、何やら不思議な力も持っていたので、生きるのにさほど苦労はしなかった。

 子供ながらにこの世は力が全てだと悟った。

 力を持った俺になら何でもできる、と思った。

 

「何やらおかしな術を使う子供がいるという噂を聞きつけてやって来てみれば、何とまあ魔法使いの原石か」

「……何だ、お前」

「お前の同族だよ。魔法の使い方を教えてあげよう、マグルに目をつけられる前に」

「訳わかんねえこと言ってんじゃねえ!!」

 

 サラザール・スリザリンと名乗る身なりの良い男から剥ぎ取ってやろうとして、ボコボコに返り討ちにされた後、ホグワーツというできたばかりの魔法学校に連れて来られた。

 そこでは、豊富な書物で知識を得、優秀な教え手の指導により才能を開花させられる夢のような場所だった。

 衣食住は簡単に手に入り、社会性を学べた。ダンテという名前もそこで貰った。

──素晴らしい。ここで身につけた力で、いずれこの世界の頂点に立ってやる。力こそ全てだった世界で生きてきたダンテは、やがてそういう歪んだ方向へ答えを見出すようになった。

 

「スリザリン……先生、俺と決闘してくれよ」

 

 奇しくも、ホグワーツの創設者の四人は、ダンテから見ても数世紀に一人の天才達だ。次元が違う。こいつらを倒せば、俺は誰より価値のある人間ということが証明できる──!

 

 

 

「決闘が望みなら、ええ、相手をするけれどもね。お前は戦いそのものよりも、その後の喝采や戦利品に興味があるように思えてならない」

「…………、それは、」

「騎士道精神を忘れてはいけないよ、ダンテ。決闘とは自己に打ち勝ち弱い自分に負けないためのもので、私欲を満たすための儀式ではない」

 

 気に入らない。

 心?心だと。必要なのは力だ。力があれば奪われずに済むし、力があれば飢えて死ぬこともない。これほど単純で絶対の摂理があるか。

 

「けれど、お前は意外と歳下の子達の面倒見が良いね?来年度から生徒達を取り纏める『監督生』という制度を実施するんだが、やってみる気はあるか?」

「────……」

 

 結局、ダンテは監督生の任を受けた。監督生になれば教師達との接点も増えて、戦える機会が生まれるかもと思ったからだ。

 監督生としての職務を全うしていく内に何か──…戦いに勝利した時の快感とは別の満足感を得た。人に感謝される程に、こう……悪くないな、なんて思ってしまう自分がいた。

 そうやって仕事をしていると「最近頑張っていますからね」と、創設者達と戦う機会を得て、普通に返り討ちに遭ったけれど、不思議と屈辱は感じなかった。

 ……何で、こんな気持ちになっているのか。

 

 ホグワーツを卒業すると魔力の真理を探究するという名目で旅に出て、路銀稼ぎに自分で教科書や本を書いて売っている内に、学校を経営してみないか、という話を持ちかけられたので、言われるがままにやってみた。

 学校を創ろうという話は前からあったらしく、学校を引っ張る指導者が欲しいということで、それに乗っかる形ではあったが、ダンテは創設者の座に着いた。

 名をダームストラング。

 疾風怒濤(Stúrm und Dráng)の捩りだ。それなりに格好の良い名前をつけたという自負がある。センス抜群だ。間の抜けたホグワーツとは大違いだ。

 

 そうして歳を取っていき、研究を続け、学問を教え、段々と安らかな気持ちになっていったが……ある日それがとてつもなく無意味なことのように思えた。

 学校運営が機動に乗り、学校同士の交流を深めようとサラザール・スリザリンと再会した時、その満ち満ちた魔力に圧倒された。

 あの頃よりも知見も感覚も優れているからこそ、その歴然な差がありありと伝わってきた。

 結局俺はホグワーツ創設者に勝ててない。

 学校なんてものにかまけて強くあることを怠った。強さを証明するんじゃなかったのか。こいつらに追いつくためには相応の努力と犠牲を払わなければならなかったというのに、俺はそれをしなかった。

 明くる日ダンテは同志とともに築き上げた学び舎を捨てて再び放浪の旅に出た。創設者を越えるために。

 

「できた……完成した、超巨大ゴーレム!周囲一体を吸収しながら進む破壊神だ!これで創設者どもを一網打尽にしてやる……!!」

 

 北方に来ていた創設者達に向かって、ゴーレムは歩を進めた。マグルだろうが魔法族だろうが関係ない。全て踏み潰して進むのみ。

 程なくして、ホグワーツの創設者四人が現れた。

 彼等の顔は一様に暗い。向上心があり、才能があり、立派に成長した筈だった生徒の成れの果てを見て、ある者は静かに涙を流しながら杖を振るった。

 上等で美しい組み分け帽子から紅い剣を取り出し、金色のカップは剣へと変化し、封印を解いた髪飾りは蒼の剣に至り、ロケットは緑の剣を呼び寄越した。

 

 元より圧倒的な才を持つ創設者達であるが、彼等は自らの叡智と魔力を一振りの剣に入力した。剣を握った彼等の魔力たるや、筆舌に尽くし難いほど無双だったと言われている。

 山ほどの大きさを誇り、暴力の化身たるゴーレムを、たった四人の魔法使いが魔剣を振るうと瞬く間に削られ消滅していったという。かくして全てを喰らう北の巨人は、魔剣携し四人の魔法使いによって滅びた。

 これが後に、ホグワーツ魔剣伝説と呼ばれる、ホグワーツ創設者の数ある武勇伝の一つとなる。

 

「こんな……こんな馬鹿なことがあるか……!!俺が当初想定していた戦力、その数倍は力があるものと見積もって……その上で勝てる算段だった筈だったのに……!!」

「負けた理由が分からないほど、お前は落ちぶれたっていうのか?……」

 

 

 

「この……馬鹿者が……」

 

 

 

 そうやって片目から涙を流したスリザリンの心境は、どのようなものだったろう。それを見た時にぴたりと怒りは止み、呆けてしまった。

 どうしてお前が泣くんだ……。

 その後、必死に抵抗したが封印は免れず、実に千年ものあいだ眠りこけてしまった。その間にスリザリンはダンテが行ったことの責任を取り、紆余曲折あってホグワーツを離れたらしいが……もう知る術はない。

 

「ふ、ふふ──忌々しい創設者どもの封印も千年は続かなかったようだな!感謝するぜガキども、お前達のお陰で目覚めることができた」

 

 封印が解け、ネロとリラと出会い、自分の手駒として育てるために偽りの親子となって教育を施した。

 創設者どもは死に、再び最強を目指せる機会を得た。

 今度こそ。今度こそこの強さを証明してやる。

 

「ネーロネロネロ!!行くぞリラァ!!」

「は、はい、兄さん」

「待ちやがれお前らァ!!!!」

 

 ……けれどこの生活でまた甘い考えに囚われた。

 死にたくない。こいつらと一緒に生きたい。

 でも強さを捨てたくない。でなければ何のために生きてきたのか分からない。

 結局、子供達を切り捨てる覚悟もないまま、時だけが無情に流れていき、ネロ達は愛想を尽かしてホグワーツへと逃げた。追手を差し向けることもできたが、やろうとは思わなかった。

 

 

 

 そして、今。

 

 

 

 息子に計画を潰され、娘に気を取られ、父親はここで惨めに地面を舐めている。芋虫のように四肢を動かしながら、もぞもぞと、血を流しながらも這う。

 その様を沈痛な面持ちで見ている傍観者は五人。

 先程まで激戦を繰り広げていたシェリーとコルダとネロ、そして今しがた到着したリラとロックハートだ。

 それぞれが、なんとも言えない感情で、ただ、見ているしかできなかった。

 

(俺が……こいつらを愛していた……そんな、そんな筈はねえ。そんな筈があってたまるか……俺は最強になるために全てを投げ打って──)

 

──本当に?

──本当に全てを投げ打ったなら、どうしてネロとリラを生かそうとした?

 

 死の間際に、ダンテは己が子供達を愛していることをようやく自覚した。結局、捨て切れなかったのだ。疑似的な親子関係を楽しんですらいた。

 ……不甲斐ない。情けない、みっともない。

 強くなることだけを目標にしてきたのに、ここまできて情に絆されて敗北するなんて嫌だ。親子の情?そんなものがあってたまるか。そんなものに負けてたまるか。

 

「ハァ……ハァ……クソ、まだだ、まだ俺は……!!」

「……生きてたカ。流石にしぶといナ……だが虫の息、あと一発ぶち込めば死ぬ。リラ、目ェ瞑ってロ」

「…………兄さん、」

「クソッ、クソッ!俺は全部捨てたんだ、繋がり全てを断ち切って、俺が最強になったんだ……!!」

「……もう黙れお前は……!!」

 

 

 

 

 

「──捨ててなんて、ないでしょう」

 

 

 

 

 

 ぴたり、と、ダンテの手足の動きが止まる。

 図星を突かれたからだ。本能的に、こんな小娘に自身の心情が理解されてしまうのが恐ろしかった。

 

「私が力を欲していたのは、大切な人を守りたかったから。……あなたもそうなんじゃないかな」

「そんな奴は俺にいねぇ……!!」

「いるでしょう、ここに。ダンテさん自身の誇りと、あなたの子供達。……あなたは自分と子供を大切に思える人だって、私は思うよ」

 

 そんなことを言ったところで、今更、どうしようもないことは分かっている。

 分かっているけれど、言わずにいられなかった。

 たとえ嘘でも、親が子供を不要だとか捨てたとか、そう言ってほしくなかった。呪詛を口にしたまま死んでしまうのは、ネロとリラがあまりにも救われない。

 

「いくら弱体化していようが、この人はダンテ・ダームストラングです。普通に戦えば私達程度が相手になる筈がない……。消滅魔弾なんて即死攻撃がありながら使用を避けたのは、つまりは、そういうことなんじゃないですか」

「…………」

 

 コルダの指摘は、その実正しかった。

 ダンテは、シェリーやコルダはともかく、ネロには直接消滅魔弾を撃とうとはしていなかった。ネロも息子たる自分にそれを使おうとしないことを計算の内に入れて戦っていた。

──本当に使わないやつがあるかよ、馬鹿野郎。

 いっそ駒だと割り切ってくれた方がまだマシだ。

 それが答え。ダンテが無意識のうちに取っていた行動なのだ。……とはいえ、それは何の免罪符にもならない行為ではあるが。

 環境は悪かったがやり直す機会は何度も与えられた。

 それをフイにしたのは、ダンテ自身。

 死ぬしか、ないのだ。

 

「兄さん……覚悟は、できてます……」

「『アバダ──…」

 

 緑の魔力を杖先に込め、ネロが引導を渡さんと、死の呪文を唱えんとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──その瞬間。

 ネロの身体を、死の呪文が貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ネ、ロ……?」

「…………兄さん!!」

 

 ダンテが呆けて、リラが絶望に顔を歪める。

 突然の事態にシェリー達も言葉を失うが、次の瞬間には既に杖を構えていた。

 

「──ッフリペンド!!」

 

 即座に、解いていた筈の戦闘状態へと移行し、閃光が放たれた方へと早撃ちするシェリー。だが、その呪文が魔法使いに当たることはなかった。

 ……否。

 より正確に言えば……『当たってはいるがすり抜けている』のだ。このような特異な魔法を使う相手には、よく覚えがある……!

 

「オスカー・フィッツジェラルド……!!」

「久方ぶりだな、シェリー。やはり生きていたか」

「貴様……!!どうしてここに……!!」

 

 縁の細い眼鏡の奥から輝く、不気味なまでに綺麗な琥珀とブルーのオッドアイ。几帳面に整えられたアッシュグレーの頭髪に、地味なスーツ姿の、いかにもつまらない役人じみた目立たない男。

 しかしその本性たるや、死喰い人の中でも極めて残虐性の強い狂人だ。人を痛ぶり嬲ることのみに快楽を見出す救えない異端者──…。

 そんな彼が、何故こんなところに……!?

 

「我らが帝王の指令でな、お前やダンテの動向を探りに行ってみれば……まさか超巨大ゴーレムが出現するとはな。いや確かに、ゴーレムには素人の私でも一目で分かるほど素晴らしいものを作ると感心したものだが、残念ながら私の紅い力の能力を使えば簡単に侵入することが可能というわけさ」

「──今度は何をしでかす気ですか、クソ野郎」

「言わずもがな、さ。邪魔な騎士団連中やダンテをまとめて一掃しに来たのさ」

 

 まずい。これは非常にまずい状況だ。

 これだけ疲弊した状況で、紅い力幹部相手と戦うなんて無茶にも程がある。こっちはダンテと一戦交えたばかりだというのに……!

 それに何より……ネロは大丈夫なのか……!

 

「──カハッ、ハァ、ハァ──…」

「うん?生きているか……確かに死の呪文で貫いたと思ったんだがな。守護霊を複数操る特殊能力が、お前の命を助けているのか?

 まあ、問題ない。どうせ死ぬ運命なのだからな」

 

 言い終わると同時、空間全体が振動に揺れる。

 ダンテがゴーレムを操作しているのではない、ゴーレムそのものがバランスを失い震えているのだ。

 驚愕するシェリー達を嘲笑うかのように、オスカーは懐から何やら魔力の感じる漆黒の球体を取り出した。

 

「クク……これに見覚えはないか?ダンテ」

「……それは、このゴーレムの核……!!」

「その通りだ。どうやら核の状態も分からなくなるほど消耗していたらしいな。今この核は半壊状態にある……完全に壊れる前に一人二人は苦悶の声を聞こうと思ってなァ……」

「失せろッ、下衆が!!」

 

 コルダの氷結がオスカーに向けて放たれるも、やはり先程同様すり抜けてしまう。三日月状に吊り上がった口元が下卑な笑みを強調していた。あまりの悪意に、とめどない怒りが湧く。

 やはり……どう足掻いても最低すぎる……!!

 

「さて、ネロの苦痛の声はまだまだ聴き足りないが……ダンテの惨めな姿も散々楽しませてもらったことだ、私はここで退散といこう」

(……いやにあっさり引き下がるのは、シェリーが何か新しい能力を得た可能性を考慮してでしょうか。向こうからしてみれば、全てをすり抜ける能力の対抗手段を何か得た危険がある……

 ……追いたいところですが返り討ちに遭うだけか……このまま引き下がってくれるだけならいいが……!)

「お前達も早いうちに逃げておいた方がいい。逃げられるものならな」

(そう簡単には行かないか……!)

 

 言うと、オスカーはばきりと核を破壊し、壁をすり抜けて去って行く。違和感を覚えてしまうほどアッサリと退散する幹部を見て、嫌な予感が迸る。

 あの悪意の塊のような男の心が、これしきのことで満足するわけがない。

 だが今は何より……ネロだ。

 仮にも生命を奪う呪文をその身に受けたのだ。

 ほんの僅かな生命力しか残されていない彼に、今更如何なる治療を施したところで意味がない、という事実が重くのしかかる。

 

「兄さん!!兄さん!!しっかりして!!」

「……ッ、ァア……、クソッ……いくらある程度耐性があるからって、魔力も残り少ないのに幹部の呪いを無効化できるわけがねェ……、死までの時間が多少、伸びただけダ……」

「そん、な……嫌だよ、もう嫌だよ死ぬのは、お願いだから生きててよぅ……!村の皆んなも、父さんも、兄さんまで私を置いて行くの……!?」

 

 かつて、これ程までに取り乱したリラを見たことがなかった。思えば、彼女は大人しい性格で塞ぎがちなところはあったが……それはもう傷つきたくない感情の裏返しだったのだ。

 父親のことは、長い時間をかけてようやく覚悟を決めたというのに、実際のところはそれより早く兄が死のうとしている。耐えられるわけがない。シェリーは、目の前で大切な人が死んでいった時のことを思い出した。

 

「嫌だ、嫌だ、嫌だよ……こんなことって……こんなのってないよ……何で兄さんが死ななきゃいけないの……何にも悪いことなんてしてないのに、こんな……、

 ……ッ誰か、誰か回復呪文をかけて!誰か兄さんを助けて!兄さんが、兄さんが、死んじゃうよ……」

「……よせ、コルダ」

 

 今にも消え入りそうな声で、ネロは音を絞り出す。

 そうしている内にも生気はみるみる失われていき、肌は土気色へ変色していく。

 

「仲間を困らせるナ……何度も言ってるだロ……一人でも生きていける強さを待てって……」

「兄さん──」

「この世には悪いことなんてしてなくても……身勝手な理由で幸せを奪うような人間がいるなんてことは……お前が一番、よく分かってんだロ……」

 

 ……慰めの言葉もない。ただ普通に生きようとするだけでも、世界はあまりにも強さを求め過ぎる。

 ダンテを倒し、因縁にケリをつけられる筈だった。

 戦いの代償に死ぬのなら、まだ理解できる。

 けれど……こんな風に横から掻っ攫われていくなんてあんまりじゃないか。

 同じく父を失くしたコルダは、リラの気持ちを斟酌しながらも、だからこそ優しく肩を叩いた。

 

「リラさん。……最期です。彼の言葉を……よく、聞いてあげてください」

「……、……そんな……」

「………簡潔に言う。お前がいつか一人で生きるために残してある金があル……金の心配はするナ……本当に困ったことがあればコガネムシを上手く使え……俺にしてやれるのはそのくらいしかなかっタ……

 ダンテ、あんたにも、世話になっタ。あの世があるならまた会おうや……」

「…………!!」

「リラ……俺が死ぬことは気にするナ……最後まで守ってやれなくて……ごめんナ……」

 

 

 

「──そんな結末、認めてなるもんかよ……!!」

 

 

 

 ネロの言葉を遮るようにして、ダンテはそう言った。

 先程までの、何が何でも逃げ果せようという浅ましい必死さとは別種の焦りが、彼を突き動かしていた。

 シェリーとロックハートは静かに杖を構えた。

 

「ダンテ……?」

「お前ら、俺をネロのところまで連れて行け……いや、後生の頼みだ、連れて行ってくれ……!ネロを治す手立てならある……ネロだけならまだ返してやれる……!」

「さっきまで騎士団も死喰い人も潰すなんて発言してた人のことをどうやって信じろと……、」

「頼むから……!頼むから……、」

 

 ダンテはこれ以上ないほどに、頭を下げた。

 

「……お願い、します。何も変なことはしない……息子を助けさせてくれ……」

「……………!」

「〜〜っ、ああもうっ、私ったら父親に弱いんですから……!!変なことしたら即・凍らせますからね!!」

 

 無理矢理引き摺って、ネロの前にダンテを転がす。

 荒い息遣い、手先を動かすだけで苦痛なのだろうダンテだが、ゆっくりと、しかし正確にネロに刻印を施していく。こんなでも単純な魔法の腕だけなら世界最上位に君臨する魔法使いだ、動きに全くの無駄がない。

 出来上がったのは、生命に関わる錬金の魔法陣。

 ダンテが呪文を唱えると、陣が光り始める。

 この輝きは……!

 

「思えば……初めてお前と会った時もこうだったよな……!!あの時もお前は生死の縁を彷徨ってこんな風に死にかけてた……あの時と同じ要領で……!!

──あの時と違うのは、魔力の代わりに俺の生命力を渡すってことだ……!!」

「────ッ」

 

 驚愕に、目を見開く。ダンテはつまり、自身の生命と引き換えにネロを救おうとしている。先程までの負け犬のような様子は微塵もない。

 ただ……息子を助けたいという気持ちだけだ。

 

「父さん……!!」

「アンタ、何で……」

「……認めたくなかったんだ。

 俺がお前達と過ごしていると心が穏やかになって、残虐に敵を倒してた時のことを忘れそうになって……それが俺を弱くするんだって思うと怖かった。

 お前達にはそれ以上のものを貰ってたのに……

 俺の都合で、散々振り回しちまってすまねえ……

 地獄に行く前に、せめてお前だけでも何とかしてやらないとリラが可哀想でならねえ……!!」

 

 血反吐を吐き、残り僅かな灯火がネロへ注がれる。

 やがて……儀式は終わり、ネロは眠りへと落ちた。容態が安定したのだ。ほとんど確定していた死を上書きするなど、高等魔法もいいところだが……この男は、本来それほどの奇跡を起こし得る魔法使いなのだ。

 が、その代償に、ダンテは──…。

 

「……早く、行け……俺の子供達が死んだら……何のために命を懸けたか分からねえ……早く……」

 

「──ッ、行きますよ、皆さん!!」

「ネロは私が背負っていきます!」

「リラ、早く……!」

 

 ゴーレムの揺れは更に大きく、速さを増している。

 もう行かなければ、本当にここで全滅だ。後ろ髪を引かれながら、リラ達は、その場を後にする。

 リラは、大きな声で、ダンテに聞こえるように──思いの丈を吐露した。

 シルエットが遠くなる。

 言いたいことは沢山あったのに、咄嗟に出るのはつまらない単純なことばかり。そんな自分に嫌悪しながら、リラは、叫ぶ。

 

「──とっ、父さん、父さん!!兄さんをありがとう!わっ、私っ、上手くできなくってごめんなさい、出来が悪くってごめんなさい、駄目でごめんなさい、沢山教えてくれたのにっ……、ありがとう、育ててくれてありがとう!あの時、私達を助けてくれて嬉しかったの!

 今まで、本当に──…」

 

 嗚咽しながら、何度も、何度も。

 

「……本当の、本当に──…」

 

 

 

 

 

「──大好きだよ!!」

 

 

 

 

 

「リラ……優しいな……俺なんか口を効いてくれなくても仕方ないってのによ……」

 

「すごいな……ネロ……強えなあ……」

 

「命を懸けるってことが、こんなに怖くて、勇気のいることだって知らなかった……それなのに、死も恐れずにお前は向かってきて……」

 

「そんなに強かったんだな……お前……」

 

 

 

 

 

「──凄い子だなあ……」

 

 

 

(……あんがとよ、親父)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シェリー達は、今にも崩壊寸前といった様相のゴーレム内部をひた走る。外壁へ、とにかく外へ近い方へ。

 一秒後には崩壊してしまうのでは、そんな恐懼を必死に心の内に抑え込み、一歩でも前へ。

──焦りが脚を突き動かした。

 

「クソッ……オスカーの置き土産か……!!ここら一帯の魔力と位相が狂って、姿現しができない……!!」

 

 走らなければならない理由はそれだった。

 オスカーがゴーレムの核を破壊するついでに、魔法を仕込んでいたんだろう。元々、ゴーレム内はダンテの結界のようなものだったのだが……死にかけだったダンテを見て、結界の制御を一時的に奪ったのだろう。

 おかげで、今や姿現しすら不可能な空間。

 しかもシェリー達を悩ませたのは、元々ここは迷宮のような複雑な造りであるという点。幸い、ネロが予め用意していた脱出ルートに沿って向かってはいるが、この崩落で何度も道が塞がれてしまっている。

 

「もう少し……もう少しなのに……!!」

「こんな所で死ぬわけにはいかないのに……!!」

 

 気持ち悪い汗をかく。

 たった数百メートルの道のりが、今はこんなにも長く感じる。出口は──あとほんの少し──

──が、その通路はもう、落石で塞がれていた。オスカーの仕業なのか、それともツキに見放されたのか、考える暇すらなかった。

 諦めるな……一か八か高威力の魔法弾を……!

 

「ぁ」

 

 バランスが崩れた。

 ゴーレムの身体そのものが崩れて、天地すらひっくり返り、岩盤に押し潰されそうになる。さっきまであしのしたあにあった岩が、今度は頭上にある。

 咄嗟に、気絶しているネロ以外の四人は手を握った。

 逸れてしまわないように……否、死の恐怖を振り払いたかったからだ。

 結局、最期はこんな死に方なのか──こんな──…。

 シェリーはあまりの悔しさに歯噛みする。

 終わるわけにはいかない。

 気持ちだけではどうしようもないことは分かっていても、絶望的な状況を打破するものを、祈り、探した。

 

(何か、私に残されたものはないの……!?何でもいいから……この場を切り抜ける力があるのなら……!!どうか私に力を……!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

「──紅い力の更なる解放ォオオオオオオ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どういうトリックなのか。

 シェリー達は、空の上に投げ出されていた。

 夜の空の遥か高いところ、そこに飛んでいた。ほんの一瞬目を瞑っただけなのに……どうやって?

 

 視界の端で今まさに超巨大ゴーレムが崩壊している。

 

 聞いてはいたけど、あんなに大きかったのか……。あそこにさっきまでいたんだな……。

 

 だらり、精魂を使い果たして空に身を委ねるシェリー達のところへと──…ある筈のないものがやって来る。

 

 

 

(空飛ぶフォート・アングリアが……こっちに……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハン……暫く見ねえ内にまた一段と美人になったな」

 

「しっかり掴まってなよ、シェリー。舌噛むからね」

 

「……会えて、よかった」

 

 

 

 

 

「──ベガ!!ロン!!ハーマイオニーッ!!」

 

 




ダンテ・ダームストラング 死亡
死因:ネロに生命力を渡し、衰弱した


賢者の石は不老不死にするアイテムなんだから、紅い力と一緒に使えば無敵では……?と思うかもしれませんが、シェリポタ内において紅い力と賢者の石は一緒に使うことができません。

理由その①紅い力は負、賢者の石は正のエネルギーで食い合わせが悪いから
理由その②紅い力が削る寿命は本人が本来持つものだけなので、賢者の石でいくら寿命を伸ばそうが意味がないから

主にこの二つが理由です。
ダンテは四人もいる創設者との戦いは長期戦になると踏んで紅い力ではなく賢者の石を生み出す方へシフトしました。その時から紅い力自体は(使おうと思えば)使えたらしいですが、結局人生で一度も使うことはなかったです。


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The deathly hallows

100話達成!!
そして連載三周年です!!
ここまで長かった…しかしあと僅かなのでお見逃しなく!


【挿絵表示】



──シェリー達が必死の思いで逃げる中で。

 ゴーレムの崩落をいち早く嗅ぎつけ、瞬く間に遁走せしめた魔法使いが一人いた。

 アントニン・ドロホフ。

 シェリー達がネロの蘇生やオスカーの妨害で時間を取られていたのに対し、ドロホフはフリー。彼はまんまと逃げ果せたというわけだ。

 

「あ〜あ、ホンット、好き勝手やってくれちゃったなァオスカーの野郎め」

 

 先程まで破壊神として地上を進んでいた超巨大ゴーレムは今や物言わぬ岩石の群れと化し、破壊の痕だけが痛々しく大地に刻まれていた。

 その惨状を面白がるかのようにドロホフは安物の煙草をふかし、これからのことについて思案を巡らす。

 彼の傍らにはダンテから盗んだ戦闘人形が二十体ほど無造作に転がっており、新たなる主人の指示さえあればたちまち冷徹に動く無慈悲な殺戮機械と化すだろう。

 問題は、その力の矛先をどこへ向けるかだ。

 

「このまま闇の大将の所へ戻るってのも悪かないが……どうやら奴さんとは考え方が合わねえらしい。絶対的な個の強さで勝っても、何の面白味もねえ。

 かといって騎士団へ寝返るのも無いな。ロナルドとはもう一度闘りてえ。ありゃ良い軍師になる」

 

 くつくつと、ドロホフは愉快そうにホグワーツでの激戦を思い返す。良くも悪くも個人主義の強い魔法界ではああいう指揮官タイプの魔法使いは珍しい。

 

「よし!オジサンは魔法大戦からは一抜けだ。軍隊集めるところからやり直しだな!ハッハッハッ」

 

 パンパンと砂埃を払うと、戦争狂は戦闘人形をぞろぞろ引き連れて夜の闇へと消えて行く。

 まずは戦闘人形を複製するところから始めるかと、呑気にドロホフは戦場を後にした。ひっそりと闇に消えた彼が表舞台に再び現れるのは、まだ先のこと──。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 フォード・アングリアのタイヤが切り裂くのは、アスファルトではなく空の静寂だった。

 魔法がかけられた空飛ぶ車は、ダンテとの戦いで疲弊した戦士達を乗せて、緩やかにホグワーツへと運ぶ。

 

「バカ……!バカ!!前から思ってたけど貴方って本当バカね!!私がっ、ジニー達がどれだけ心配したと思っているの!!バカ!!」

「ごめん、ごめん、ハーマイオニー、ごめん。勝手にいなくなってごめん。ごめんねぇ」

 

 酷い顔で抱き合い、ぐしゃぐしゃに泣いた。

 戦いの終わり、敵を気にしなくてもいい状況で、こうして友達と再び逢うことができる日が来るなんて、思いもよらなかった。

 夜空の傍観者は月だけだ。

 恥も外聞もかなぐり捨てて、ただただ泣いた。

 

「ロン、運転変わるぞ」

「……いや僕は」

「いいから行け」

 

 「悪いな」と苦笑を返すと、精悍に育った赤毛ののっぽは、堰を切ったかのように気の抜けた声を出した。

 ああ──…良かった。本当に、無事で。

 また会えた、シェリーと。

 他愛のないくだらない話を沢山した。

 どこに行っていたのとか、何をしていたのとか。ロンやハーマイオニーが語るところによると、ホグワーツは魔法省と並ぶ最重要拠点として機能しているらしく、引っ切りなしに人が出たり入ったりしているらしい。だから懐かしの人と会えるとは限らない……と、ハーマイオニーは懸念していたが、すぐにその懸念は晴れた。

 

 懐かしき母校へと凱旋する。

 ホグワーツの校舎は美しく、少しばかり破損している箇所もあったが、未だ顕在な威容を殊更に伝えていた。

 到着すると同時、保健室にリラが連れ込まれる。空間拡張呪文を使用しており、かつポンフリーを始めとする腕利きの癒者達が詰めているので、治すだけならば聖マンゴにも匹敵するレベルだ。

 

「ひどく衰弱している……早く手当てを!」

「あ、兄を、よろしくお願いします!!」

 

 ダンテが繋ぎ止めた命だ、そう容易く灯が消えることはないだろうが……後は任せるしかない。

 

「──シェリー?」

 

 確かめるようにかけられた声に振り向いた。

 髭もじゃの大きな図体は、今も健在のようだった。

 

「オーッ!シェリーだ!!」

 

 ハグリッドの、相も変わらぬ銅鑼のような声に迎えられて、シェリーはようやくホグワーツに帰ってきたのだと実感した。その様子に、喜色と驚愕をないまぜにして見知った顔が駆けてくる。

 フレッド、ジョージにもみくちゃにされ、がしがしと頭を撫でられた。逞しく育ったネビルはおんおんと泣いて、ジニーとルーナは肩を叩いた。

 不安と恐怖をかき消すような馬鹿騒ぎは、グリフィンドール寮での生活を想起させてくれた。

 マクゴナガルが優しく抱擁し、モリーは感涙に咽びながら包み込んだ。溢れた涙の分だけ憑き物が落ちていった気がした。

 

「……シェリー……」

「!リーマス……」

「──全く、君が死んでしまったら、君の親友達に顔向けできないところだった!困った娘だよ、本当に。無事で何よりだ、心臓が止まるかと思ったさ。ああ」

 

 冗談めかして笑うリーマスに、何て返せばいいのか分からなかったので、胸の中に飛び込むと、少し驚いて、そして……強く抱きしめた。

 少しすると、騒ぎに気付いたのか大人連中も雪崩れ込んでやって来た。目の下の皺と隈が増えたアーサーおじさんに、少し生傷の目立つビルに、それ以上に身体中に傷を負ったチャーリーに……それに……パーシー!

 出会い頭、しどろもどろに「あの時はすまなかった。根拠もなく君を中傷したりして……」と言われたが、正直シェリーはそんなことよりもパーシーが“こちら側”についてくれたことの方が嬉しかった。

 シェーマスやディーン、パーバティにラベンダーはそれぞれ立派に成長を遂げていたようだったし、コリンやデニスの出歯が目ぶりは変わらずのようだ。

 アンジェリーナとは、シェリーがクィディッチを一方的に辞めたことでいざこざがあったのだが、どうやらアンブリッジの首根っこを掴んで飛行していた場面をたまたま見ていたらしく、「あんなに清々しい姿を見せられちゃあね……」と許してくれた。

 アリシアとケイティも再会を喜んでくれた。

 

「コルダーッ!!無事だったか!!」

「はいっお兄様無事です!」

「そしてハッハー!四年ぶりだなポッター!」

「どっかいってんじゃないですよコノヤロー!!」

「うん、久しぶり、二人とも。……ふふっ、このやり取りも懐かしいなあ」

 

 コルダはといえばやっぱり兄といつもの漫才を繰り広げていた。変わらないものだなあ……。

 

「おい、あれって狼人間の……」

「ああ知ってるぜ。マルフォイ家の子女だろ」

「…………!」

「あんなやつが純血だなんだ偉そうにしてたんだよな。おー怖い怖い」

「狼人間って牙が生えてんだろ?俺、見に行ってこようかな」

 

 たまさか、シェリーの耳はこちらを遠巻きに見ていた者達の陰口を捉えた。兄妹も聞こえたらしい。

 激闘続きで頭の中から抜け落ちていたが、そういえばコルダの人狼の秘密は死喰い人によって曝露されているのだった。数年前にゴミ箱で拾った新聞で読んだので知っている。

 あの時は精神に余裕がないのもあって、記事の内容に怒り死喰い人に憎しみを滾らせていたのだが、あの時のコルダはとても冷静ではいられなかったであろうことは察するに容易い。コルダの体質は、今でも解決はしていないのだろう。

 

「コルダ……、」

「……いいんですよ。私にはお兄様と、支えてくれる仲間がいますので。まあ以前よりものすごーくマルフォイ家の力は減りましたし、縁談の話も軒並み無くなりましたけど、例のあの人の討伐で出る恩赦と勲功と報奨金で返り咲いてやるんですから!聖28一族で一番の功労者になって再び上流貴族になってやりますとも!」

「それは……なんというか、狡猾、だね」

「最高の褒め言葉じゃないか。なあ?コルダ」

 

 不安もある。

 恐怖もある。

 それでも、今この時だけは、混じり気のない優しさの中に浸っていたかった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 冷たい眼光が、シェリーを射抜いていた。

 

 シェリーが戻って来たことで、モリーおばさんが「簡単なパーティー」を開いてくれたのだが、少し夜風に当たろうとパーティーを抜け出して中庭のベンチに行ったら、バッタリその人物に会ってしまった。

 チョウ・チャン。

 五年生の時に会話して以来ロクに話してなかったが、なんだか、物凄いしかめっ面でこっちを見ている。

 え、何だろう。怖い。

 

「──あなたの周りにはいつも人がいるから、二人で会う機会なんて中々ないし、楽しくお話でもしてみる?」

 

 何だか有無を言わせぬ迫力に、生唾をゴクリしながら彼女の座るベンチへと腰を沈めた。

 そして沈黙。

 遠くでふくろうがホーホー鳴いてる以外は特に音らしい音もない。……な、何だろうこれは。何か話した方がいいのだろうか。

 

「……な、何見てるの?」

「セドリックから貰ったロケット。誕生日になると蓋が開く仕掛けになってて、オルゴールでバースデーソングが流れて、手書きのバースデーカードが出てくるのよ。凝ってるでしょ?

 ……本当、女友達に渡すようなものじゃないわ。勘違いしちゃうもの」

(……付き合ってなかったんだ……?)

「今変なこと考えた?」

「えっ!いや……」

「まあ、対抗試合の頃は私もセドリックにべったりだったし、そう思われても仕方ないのかもね。けど彼は私をそういう対象として認識してすらいなかったわ。このロケットだって本命の女の子に渡す予定だったのかも。

 ……そんなのを貰って、素直に嬉しがってる自分がいることにもムカつくけどね」

 

 不意に、ぴり、と肌に伝う敵意を感じた。

 嘲りとも、怒りとも違う、ただただ暗くて黒い瞳。

 

「……ごめん。色々考えたけれど、やっぱり、あなたのことはどうも好きになれそうにない」

 

 温度を感じない声に、シェリーの心は震えた。

 

「私の好きな人を、セドリックを、復讐の動機に使ったあなたを、私はずるいと思ってるから」

「────」

「セドリックが赦しても、私が赦さない。セドリック・ディゴリーを救えなかったあなたを赦さない」

 

 俯くシェリーの視界に入り込むように、チョウは下から苛烈な眼で彼女を睨んだ。……いつの間にか彼女達の身長は逆転していた。

 いつだかのクィディッチではむしろ、彼女の方が背が高かったのに。

 

「……たった数年だけれど、一番近くで、あの人に恋する女としてセドリックを見てきた。彼のことを一番──女として好きだったのは私。だからこそ、セドリックに愛されたあなたは赦せない」

「…………ぇ」

「赦せない、赦せないわよ。私が欲しかったものを全部掻っ攫っていって、出した結論が復讐なんだから。

 セドリックは優しいから、あなたのことを最後まで心配していたでしょうね。彼はそういう人。そんな彼が愛した人が、不甲斐ない女でいいわけがない──」

 

 何やらサラッと重要な情報が出て呆けたシェリーに、容赦のない言葉の嵐が浴びせられる。

 

「セドリックのことを想うなら、シャキッとしてよ……知ってるんだから。あなたが本当はかっこよくて、素敵で、強いひとだってこと」

 

 ……チョウだって、シェリーに魅了されたうちの一人だった。セドリックの心を掴めなかったことは、そう、とてもとても悔しいけれど。相手がシェリーなら、まあ納得はできた。彼女は可愛いから。どこぞの馬の骨とも知れぬ女に拐かされるよりかは断然マシだ。

 それが何だ?

 復讐だと?

 違う。かの英雄は、シェリー・ポッターは、目一杯悲しんで、その後に立ち上がれるような人だ。セドリックはそういうひとを好きになった筈だ。筈なのだ。そう、彼女の目は物語っていた。

 

「あなたが自分を赦せないなら……私があなたを赦さないであげるから……だから笑っていて。グリフィンドールらしく傲慢に、セドリックの分まで笑って」

「……チョウはセドリックのことを……、」

「寝る。明日も早いし。おやすみ」

 

 ふらふらと自室に戻っていくチョウ。

 ……物凄い爆弾を落としていったのではないか。

 数年越しにセドリックの本心を知ったことで、妙によそよそしかった彼の態度の謎がようやく解けた。

 ……そういうことだったのかアレ……!?

 ああ、やばい、頭がぐわんぐわんする。さっき飲んだバタービールが今更効いてきたような。

 

「よ、シェリー」

「……ベガ」

 

 チョウと入れ替わりで現れた銀髪の美丈夫。

 恋愛マスターの彼なら、セドリックの抱いていた想いについつも知っていたのではないだろうか。

 

「え?セドリック? ああ、まあ、セドリックとは男同士喋る機会も多かったし?対抗試合の時は一緒に作戦考えてたし?チョウとはまあその、……ちょっと恋愛のことで色々相談されたこともあったし。まあ、色々聞きはしたよ。色々と」

「……そっかぁ……うわぁ……当時は恋愛とか縁のないものだって思ってたけど……今にして思えばあの頃の私って……うわぁ……」

「まぁ、あいつを振り回してはいたよな」

 

 セドリックからの好意を前提に考えてみると、あの時不可解だった行動の数々が鮮明になっていく。その度に物凄く申し訳なくなる。あの時何も考えずに発した言葉がセドリックを傷つけていたのでは……。

 チョウが怒るのも無理はない。彼女は物凄く真剣にセドリックを慕っていたのだから、気持ちに気付かないくせにセドリックと近かったシェリーのことは相当気に食わなかったろう。ああ言う風に言ってくれるだけ優しいものだ。

 それにしても……何というか……自分は……

 悪い意味であざとい女なのでは……?

 

「あぁぁあ」

(叫びながら膝抱えて丸まってる……ちょっと面白……)

「私は蛹になる……」

「早く羽化するといいな」

 

 その後数分ほど悶えた。

 え、じゃあ。セドリックがあの時期ものすごーく話しかけてきたり、一緒にダンスしたのはそういう……セドリックが最後の試練の時に言い掛けた台詞って、もしかしてアレって告白的なヤツだったのでは──

 ……もう考えたって仕方ないな!

 

「そっそういえばベガは何でここに来たの!!」

「うおっびっくりした。お前にちょっと報告しておくことがあってな。空、見てみ?」

「……綺麗な夜空」

「あの空の向こうに、闇の帝王の居城がある」

 

 驚くシェリーを尻目に、ベガは指を指す。

 

「認識阻害の幻術こそかかってるが、あそこには空飛ぶデカい城が浮かんでる。中にいる死喰い人達も独自の空間魔法で移動するから城がどこにあるか分からなかったらしい。だから発見が遅れたが……クリーチャーって屋敷しもべが、独自のルートで何とか居所を突き止めた」

 

 思わず二度見した。

 あの空にヴォルデモートがいる……嫌だ……。月明かりに照らされた良い雰囲気がぶち壊された気がした。

 いや、そういうことを言ってる場合じゃない。

 あれだけの大人数がどうやって見つからずに移動していたのか、疑問が解けた。空の上を浮かんでいたからこそ国境など気にせずにあちこち移動できたのか。

 

「死喰い人陣営も、強力な駒のハリーが死に、第三勢力のダンテが死んだことで、これ以上長引かせるつもりはなくなったらしい。各地の死喰い人の動きがパッタリと止んでやがる。多分城の中に集めたんだ……。

 俺達も戦力をかき集めて突入する。まっ、紅い力の攻略法もこの数年で嫌というほど考えたし、やってやれねえことはねえだろ」

「……戦力……そうだ、ネロの容態は……、」

「ネロの容態は安定してきてる……が、身体に負荷をかけ過ぎたらしい。水をいくら注いでも肝心のコップが割れてちゃ意味がない。ゆっくり休んで自然回復するのを待つしかねえな」

「……治るの?」

「マダム・ポンフリーだぞ?」

「じゃ大丈夫か……」

 

 彼女の医療技術は折り紙付きということは、シェリーが一番よく知っている。保健室には何度世話になったか分からない。もう保健室の域を越えてる気もする。

 

「死の危険はないそうだが、今はともかく絶対安静だ。兄貴があんな様子だし、リラはホグワーツに残って拠点防衛の方を担当してもらおうと思ってたんだが……あいつも作戦に加わりたいらしい。……希望制だし止める権利はないけどよ」

「リラが?あの子が……まあ、敵討ちとか考える子ではないと思うし、その点は大丈夫だと思うけども」

「ああ、ネロとリラだがな、体内の魔力成分を調べてみた結果、紅い力の劣化版とも言うべき『黒い力』の魔力が検出されたそうだ」

「黒い力……ごめん、何だっけそれ……?」

「クィレルが持たされていた力のことだ。ホグワーツの一年生の時、クィレルと戦っただろ?その時クィレルは紅い力を渡されていたが上手く適合できず、黒い力で戦っていたんだそうだ」

(そういえばそんな話を聞いた気がする)

 

 正直ちょっと忘れていた。

 

「ネロやリラには黒い力の魔力が込められた魔法陣が刻まれてあって、それがあいつらの特異体質の原因だったってワケだ」

 

 結局ダンテは、寿命を削る力を子供達に植え付けることも、自分が使うこともなかった、ということか。彼の強さは賢者の石による生命能力のブーストと、その黒い力とやら、そして彼自身の技量だったわけだ。

 ネロやリラと初めて会った時に何だかざわざわした気分になったのは、彼等の中に眠る黒い力を薄々感じていたからかもしれない。

 

(ネロは周りの様子を探ったり囮にできる魔法、リラは自分を守る魔法……ダンテさんは無意識のうちに、そういう魔術を施していたってことか……いややったことは最低だけども)

「親……か……」

 

──あの空の向こうに、ジェームズとリリーがいる。

 あの二人は愛し合って、誰からも尊敬されて、そしてシェリーという愛娘を授かった。

 けれどその娘は殺され、こうして偽物のホムンクルスが彼女の人生を肩代わりして生きている。

 ……ハリーなら、それでも自分の価値を認めさせてやると宣言したのだろうけど……私は……。

 ……ベガになら、相談してもいいかな。

 

「……誰にも言わないでほしいんだけど……私、ね。この期に及んで、自分が死んだところで構わない、なんて思ってるんだ」

「────」

「私は、私自身に価値を見出せずにいる」

 

──ああ、やっぱり、そんな顔になるよね。

 自分を犠牲にして仲間を救う……言葉にすれば簡単だがそれはとても難しい。この身を持って学んだことだ。

 一人じゃ上手くいかなくて、仲間に頼ることを覚えて、皆んなの力を合わせて……。そういうプロセスを進んだけれど、だからといって自分に自信が持てたわけでは、ない。ないのだ。

 もう、そういう性分なんだ。

 シェリーという根っこの部分が、もうそういう風にできてしまってるんだ。

 

「きっと生まれつきなんだろうね、こういうの。まず人に頼ろうって思ってても、ついつい自分を省みないやり方ばっかり考える。

 けど……こんな私のことを信じて待ってくれている人達がいたんだよ。ロン、ハーマイオニー、ネビル、ルーナ、ジニー、ハグリッド、マクゴナガル先生、ウィーズリーの皆んな、グリフィンドールの皆んな、リーマス、ドビー、バーティ、クィレル、ロックハートさん、他にもたくさん……

……そして勿論、ベガもね」

「……ああ」

「……これだけのひとに支えられて生きていたんだって今更気付いたよ。こんな私の命を大切に思ってくれている人がいる。だから私の命は、私だけのものじゃない」

 

 わたしは、ひとりでなんて生きちゃいなかった。

 いつだって、そばにはいのちがあった。

 支えてくれる人が……。

 

 だから、死ねない。

 

「ベガには、死喰い人がいなくなった後に私が自殺したら全部解決……って話を前にしたことがあったから、言っておこうと思って。

 あの時は、ごめん。死ぬなんて簡単に言って。

 神様に嫌われてたって、生まれてきちゃいけなくったって、関係ない。シェリー・ポッターを想ってくれる人のために、私は生きることにするよ」

 

「…………そか」

 

 とても……、

 とても長い間絡まっていた糸が、ようやく解けた。

 

「まあ、えと、長くなったけどそんな感じです!……

 何でだろ、ベガには聞いてほしかったんだよね」

「境遇が似てるからかもな」

 

(シドに生きろと言われなかったら……俺は一生後悔したままぼんやり生きてたろうしよ……)

 

 だからかもしれない。

 初めて会った時から、シェリーのことを放って置けない危なっかしい奴だと思っていたのは。

 シェリーのことを目で追うようになったのは。

 目を離せば、どこかへ行ってしまうような気がした。

 ……実際にどこかへ行ってしまったし。

 優しいだけのヤツなら、ここまで意識しなかっただろうけど、こいつは捨て身で物事に取り組むし、平気で禁忌を破るような異常性の持ち主だし、いつもは皆んなに合わせるくせに変なところで意固地だし……。

 こいつがいない三年間、ずーっとモヤモヤしてた。

 その理由が分かった。

 

 

 

(俺、お前のこと好きだったんだな)

 

 

 

 ……少し冷えてきたか。

 そろそろ戻るか。そうベガが呟くと、シェリーは短く頷いた。月は煌々と輝いていた。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「何やってんのお前等?」

「おー、シェリー!」

「ついでにベガも」

「俺はおまけかよっ」

 

 しばらく中庭を歩いていると、若者の集団が見えたので何だろう……と近寄ってみると、ロンやネビルやウィーズリーズといった悪ガキ達が集まって、何やらよからぬことを企んでいるようだった。

 いやもう大人なのだから悪ガキじゃなくて……悪いお兄さん……?

 

「おい、僕もいるんだが。君からしたら僕も悪ガキのくくりなのか?」

「あ、ドラコもいたんだ」

「いまくるわ!……まあ確かに、今から貴族としてはあるまじき行いをするわけだが……」

「?」

 

「シェリー、これ見てみ?」

「え、これって……夜の騎士バス?」

「そっ。親父がこれをちょっくら改造して、空を飛ぶ機能を搭載したんだよなー」

「あはは、相変わらずだねアーサーおじさんは。車の次はバスかぁ」

「何笑ってんだ、これに乗って例のあの人の城まで行くんだぞ」

「え っ !?」

 

 聞いてない!

 全然聞いてない!

 各自、箒か何かで行くものだと思ってたのに!

 

「箒じゃ魔法で撃ち落とされて終わりだからなー。それこそ虫みたいに潰されちまうよ」

「でもこの騎士バスならあんしん!最新鋭の防御魔法を重ねがけしてるから大人数で乗り込めるってわけよ!我らがスタン・シャンパイクもやる気十分だしな!」

「奴さん、途中まで嫌がってたけど『闇の帝王の居城に一番槍として乗り込んだ男になれる』って言ったらあっさり承諾したしなぁ」

「……ちなみにあの人の運転するバスに乗ったことは」

「ぶっ飛んでるよな、ああ」

「サイコーだね」

「えぇ……?」

 

 聞いたところによるとこの夜の騎士バス、他にも何台かフェイクを用意してあるらしく、数多くの偽物に紛れて帝王の居城へと乗り込む予定なのだとか。

 おそらく次が最終決戦になる、それを見越してこのような決戦兵器をいくつも用意したらしいが……。

 

「それにしても、よくこんな短期間で……」

「あー、ホグワーツの卒業生にマグルの作ったものにやたら詳しかった人がいたみたいでね。そいつが残したメモを参考にして、こういう乗り物を作ったんだって。

 名前は、そう……確かデネなんとか」

「………………」

「その人すごいんだよ!ハグリッドのオートバイも元はその人が作ったって言うし、センシャ?とか、よく分かんないけどとても大きくて強いマグル製品を魔法で再現したんだって!」

「戦車……?ん?その話どっかで聞いたような」

「それで、お前達はここに集まって何してんだ?」

 

 シェリーの言葉を遮るようにベガが声を上げた。

 そんな様子をロン達は一瞬不思議に思ったが、しかしすぐに「待ってました!」という顔に変わる。

 

「言っちゃえば、『落書き』しに来たんだ」

「はぁ?」

「おっと、俺達が学校の壁にやるようなものとはひと味違うぜ。もうちょっとばかし神聖な儀式さ」

「大昔の船乗りは船に航海の無事を祈って文章を書いたそうだ。『幸運を』ってな」

「進水式、ならぬ、進空式ってやつさ。どうせ乗るのは俺達なんだ、ゲン担ぎにそのくらいやったっていいだろ?」

「うーん、でも皆んなが使うものだし……」

「面白いじゃねぇか、俺も混ぜろや」

「あれぇー?」

「しっかし意外だな、ドラコもこういうのに興味があったなんてよ」

「……まあ、せっかくだしな。少しくらいいいだろ」

 

 というわけで。

 杖を筆に見立て、魔法の塗料でめいめいに自分の好きな文章をぺたぺた塗っていく。これが思いの外楽しいというか、ワクワクする。

『勝つぜ』

『生きて帰る』

『勝利は最も忍耐強い者にもたらされる』

『幸運を』

 ……ここまではよかったが、段々悪ふざけがエスカレートしていき、

『夜露死苦』

『喧嘩上等』

『ウィーズリー参上』

『ヴォルちゃん圧倒』

『フォイフォイフォフォイフォイ』

 ……みたいな、最早当初の目的を忘れているとしか思えないような文字まで書いてしまった。その場の空気にあてられてシェリーもちっちゃく『最強』と書いてしまった。それ以外に思い付かなかった。

 

「何やってんのあんた達!」

「やべっ」

「うわあっごめんなさい!」

 

 後ろからピシャリと放たれた言葉に身を竦ませる。

 ハーマイオニー、ジニー、ルーナ、コルダ。男性陣の姿が見えないので探していたのだろう、明らかにお冠といった様子でずんずんやって来る。

 

「あーあー、もうこんなに書いて……!」

「こ、これはだねハーマイオニー、強大な敵を前にして一致団結をと」

「私達が書くスペースが無くなるじゃないの!」

「えっ?」

「こんな面白そうなことに混ぜてくれないなんて、兄さん達は薄情だわ!私だってウィーズリーなのに!」

「ハーマイオニーもその内ウィーズリーだモンね?」

「何のことかしらぁー!!」

「うぎぎ……お兄様がやるなら私も……!!」

「すごい顔になってる!」

 

 どうやら、馬鹿をやりたいのは男連中だけではなかったらしい。杖を逆手に持つと、女性陣も白色の魔法のインクで文を書いていく。

 

『悔いを残さないように』

『光ある路を』

『運命とは最も相応しい場所に魂を運ぶ』

「すげえ……俺等より内容のIQが高いぜ……!!」

「流石は優等生組は違うよなぁ!」

 

『例のあの人のお家にナーグルいるといいな』

「……ルーナ本当にこれでいいのぉ!?」

「ウン!空の上ならもしかして、だしね!」

(ナーグルはいなかったけどニーグルムならダンテさんがやってたなぁ)

 

「ね……ねえ、私、やっちゃっていいかしら。私がこれまで積み上げてきた真面目な女性というイメージをぶち壊すことになるのだけど、やっていいかしら!」

「いやぁ……ここに落書きしに来てる時点で……」

「よしやるわよ!おらーっ!」

『ハーマイオニー参上』

「「うおおおおおおやりやがったああああああ!!」」

 

 それから一時間、元が分からなくなるまでひたすら文字やら絵やらを書き殴って、時には手形とかもべたべた付けまくっていたのだが、いい加減疲れてきたので芝生の上に寝っ転がった。

 何だかこの雰囲気も懐かしい。

 

 ……ホグワーツ在学以来か?こんな馬鹿騒ぎも。

 見上げると、数えきれんばかりの光。

 あれらは全て、星なのだ。

 

「天の光は全て星……魔法使いってのは人間に空から落ちてきた星がぶつかって生まれた突然変異種、なんつう噺もあるくらい星は身近なもんだ。

 ブラック家なんかもそうさ、あいつらはギリシャ神話や星座にちなんだ名前をつけるがよ、元々は星に祈りを込めてつけられてたんじゃねえかって言われてる」

 

 ブラック──すなわち、夜空。

 今でこそ名門たる純血一族として名を馳せているが、元々は、信仰深い星詠みの一族だったのでは、という考察も存在する。信仰が一種の狂気へと変貌したのだと思うと皮肉なものだ。

 星、といえば。

 満ちた月はそのエネルギーを地上へ伝え、ある者を狼の姿へと変えるのだが……それに関してもまだ研究が進んでいない。一説によれば月は意思を持った魔力物質でその狂気を地上に伝えるとされているが……眉唾だ。

 普段は隠れているくせに、夜になるとそのような現象を引き起こすのだから、星とはとかく厄介なものだ。

 

(……星、か)

 

 ……両手から溢れてしまったいのちは、やがて星へと変わるのだろうか。

 どんなに手を伸ばしても届かない星。

 こんなに近くにあるのに遠すぎる星。

 死んでしまった彼等が、遠くに行ってしまったことはとても寂しいが……星として見守ってくれるというのならば、こんなに頼もしいことはない。

 いつだって、星は宙の上にあるのだから。

 

──シェリー・ポッターは未だ神に呪われていれど。

──成長を遂げ、もう既に少女にあらず。

 

「私達はもう守られるだけの少年少女じゃなくなった。これからは──私達がこれからの子供達の未来を守っていくんだ」

 

 星の夜、その女は宙を駆けていく。

 

「行こう、皆んな──全ての決着をつけるために」

 

 

 

 

 

ー【The deathly Hallows』end──

 

──シェリー・ポッターと神に愛された少年

最終章『神々との戦い』へ続く

 




難易度変更:ルナティック→ヘル

映画死の秘宝がパート1、2あるのでね!シェリポタもパート2作るよね!
すごく前から考えていた展開なので書くのが楽しみです!!!


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RAGNAROK
1.ベガの復讐 Ⅰ


──地獄の坩堝。

 

 ヴォルデモートが再び台頭して以降の魔法史を語るならばその一言に尽きる。

 闇の帝王は手始めにイギリス魔法省を半壊させ、その翌年には隠れ潜んでいたダームストラングの城で精鋭揃いの不死鳥の騎士団を迎え打ってみせた。

 アルバス・ダンブルドア、ニコラス・フラメル、レックス・アレンという時代の象徴たる生きる英雄達が敗れていき、イギリスのみならず世界中を恐怖させた。

 

 その後、四年にわたりヨーロッパの人々を気まぐれに虐殺し、奪い、糧とした。マグルも魔法使いも、男も女も子供も大人も関係ない。手当たり次第、行き当たりばったりだ。

 そこに大義はない。

 あるのは圧倒的に力に任せた暴力だけだ。この世界の構造が気に入らないから破壊しているだけで、壊した後の世界にはまるで興味を持たない。

 夢も、野望も、志もない彼等が、どうしてここまでのことをしでかせたのか。彼等を突き動かすものは、一体何だというのか。

 

 

 

「簡単だ。この世界は愉しいからだ」

 

 

 

 事もなげに、ヴォルデモートはそう言った。

 彼の人生観はその悲惨な出生が基軸となっている。

 

 ヴォルデモート──いや、トム・マールヴォロ・リドルはマグルの母と魔法使いの父を親に持つ。

 

 母親のメローピー・ゴーントは極めて有名な純血一族に生まれた娘だったが、家は純血を重視するあまりすっかり落ちぶれており──イギリスの隅っこの、リトル・ハングルトンの近くの小さな小屋で、ひっそりとした暮らしを余儀なくされていた。

 言わずと知れた大魔法使い、サラザール・スリザリンの血を引き、蛇語使いが度々現れる一族……それがゴーント家。偉大すぎる先祖の影響なのか、彼等はとかく血を守ることに執着した。

 その結果、近親同士での婚姻を繰り返し、暴力的で精神に異常をきたした者がとても多かった。メローピーの父のマールヴォロと兄のモーフィンもその例に漏れず、日常的に彼女を痛めつけた。

 

「メローピー、お前のせいで俺の今日の朝飯が悪かったぞ!どうしてくれるんだ!」

「ごッ……!」

「おおっ、モーフィン!そのくらいにしておけ!薄汚いスクイブがうつる!」

 

 メローピーは生まれつき魔法が使えず、スクイブとして扱われていたため、純血であることが誇りの父と兄から度を越えた暴力を受けた。

 しかしある日、メローピーの地獄は終わりを迎える。

 元からマグルの前で頻繁に魔法を使うなど問題の多かった一家なのだが、とうとう魔法省役員と揉め事を起こしてしまい、メローピーへの虐待も白日の下に晒され、二人はアズカバンに投獄されたのだ。

 父と兄から解放されたことで、メローピーの人生は転機を迎える。

 

──トム・リドルというマグルと結婚したのだ。

 

 近所に住む金持ちのハンサムなマグルで、彼に恋していたメローピーはすぐさま彼と結婚に漕ぎ着いた。

 一見すると、家族から解放された少女が、素敵な旦那と新しい人生を歩むシンデレラストーリーのように見えるが……この結婚には一つ致命的な点があった。

 メローピーは魔法を使ってリドルを籠絡していた。

 スクイブかと思われていた彼女は、精神を病んでいて魔力を抑圧していただけだったのだ。それを解放し、愛する男を振り向かせるために魔法を使って操った。

 

 当然ながらこんな生活が上手くいく筈もない。

 罪の意識に耐えられなかったのか、夫の愛を確かめたかったのか、ある日魔法を使うのをやめる。正気に戻ったリドルはアッサリと妻とお腹の中の子供を捨てて、実家へと逃げてしまう。

 夫に見捨てられたショックからメローピーは再び魔法が使えなくなり、生活に困窮してしまう。実家から持ち出したスリザリンのロケットを売り払ったりもしたが、それもぼったくられた。

 

 結果、雨の中ロンドンの孤児院に辿り着くと、息子を産み落としてほどなく死亡した。息子のために生きる気力もなく、遺したものは『トム・マールヴォロ・リドル』という名前だけだった。

──これが後に、ヴォルデモート卿という最強最悪の闇の魔法使いに変貌するというのは、知っての通り。

 いわば、魔法界の闇の象徴とも言える存在。

 世界の歪みから産まれ落ちたリドルは、孤独に、他の孤児達にも気を許すことなく寂寥な日々を送っていた。

 抜きん出た才能とエネルギーがありながら、何者にもなることができない現実を嘆いていた。

 

(それが……あの老いぼれがやってきたことで全てがひっくり返った。何もかもが面白く思えた。魔法なんてものが本当にあるだなんて。今まで使っていた不思議な力に法則性があったなんて!

 退屈が期待へと変わっていく高揚感!魔法界は俺様を最高に愉しませてくれる素晴らしい箱庭だ!)

 

 魔法界は本当に、最高に楽しかった。

 子供の頃に夢見た絵空事が本当に叶ったのだ。

 最強最悪の帝王になり、自由に生きてやる。

 俺様は誰にも束縛されないし、誰にも強制しない。

 自由に、あるがままに、やりたいことをやりたいようにやりたい時にやりたいだけやるだけ。

 俺様を殺したいのなら殺しに来ればいい。

 俺様が壊した後に国家を築きたいなら築けばいい。

 こっちが自由にやっているのだから、お前達も自由に生きていいのだ。自由に生きられないのなら、力がない弱者だったというだけだ。

 弱者は適応できず、神に縋る他ない。

 ありもしない希望を抱いて沈む選択肢しかないのだ。

──然して、奇跡は降りてきた。

 

 シェリーの存在だ。

 

 幾度となく我が覇道の前に立ち塞がった奇跡の子。

 力だけは信用していたハリーを討ち滅ぼし、警戒していたダンテにも勝ち星を上げてみせた。

 これを奇跡と言わずして何という。

 そしてホムンクルスは第三の奇跡──ヴォルデモート卿の打倒を現実のものにしよう、という。

 いいだろう。被造物たる身で何ができるのか、何が成せるのか知りたくなった。

 魔王はいつだって勇者の挑戦を受けて立つもの。

 

──世界の悪として君臨し続ければ、必ず、何度だって懲りずに俺様を倒しに来る者が現れる。

 

 それが楽しい。

 それが嬉しい。

 全てが思い通りではつまらない。技と魔術の最奥に至りし者達による頂上魔法合戦を繰り広げたい!

 魔法を、魔法界を、もっともっと楽しみたい!

 支配するのも面白いが戦いも大好きだ!生死を賭けた戦いがしたい!その上で絶対に勝つのが至福よ!

 

「来い!来てみろ不死鳥の騎士団どもよ!自らを英雄と謳うのならば、先ずは巨悪を滅ぼさんことには始まるまいよ!俺様は不落たる帝王として迎え打ってやる!」

 

 魔法界では古来よりキリンという魔法生物が純正な心を持つ指導者を選ぶとされているが、ヴォルデモートの心はある意味でどこまでも純粋だった。

 そして、刻限は来た。

 星の降る夜──魔力と神秘が最も漲るとされる天候、それが今宵の流星群だ。

 ヴォルデモートは各地に散らばっていた紅い力の幹部と死喰い人をかき集め、万全の態勢で天に浮かぶ城の中で待機していた。かつてグリンデルバルドがこの世を表から牛耳らんとした法と正義の地を参考にした空中庭園がここである。

 ハリーとダンテの死後の騎士団の動向や人員の動きを見て、今日の夜に騎士団が来ると踏んだ。最も、何となくそう感じただけの勘でしかないが、間違っていたとしてもそれでいい。その時はこちらから攻め込むだけだ。

 

「──来たか!」

 

 やはり、勘は外れてはいなかった。

 がくんと、宙に浮く城そのものが揺れる感覚。

 地から伸びる、クラーケンすら締め上げてしまえそうな程に巨大な鎖が城へと巻き付いたのだ。よほど優れた術師がいるのだろう、瞬く間に結界は強度を弱め、魔力防壁を食い破る。

 大方、得体の知れない魔力を持つオダ・ナギノ辺りが鎖を構築しているのだろう。

 死喰い人達の動揺が手に取るように分かる。

 ヴォルデモートという勝ち馬に乗った筈の自分達が、追い詰められているという事実への恐怖。

 

「──狼狽えるな。命乞いするも良し、逃げ出すのも俺様は止めん。が、勝ち馬はこちらだ。死にたくないなら俺様の指示を聞くんだな」

「──はっ!我が君!」

「連中はこの城には姿現しはできん!空より来るぞ!」

「我が君!イギリス上空に、空飛ぶ汽車が……!?」

「全砲門、開錠!魔砲で以って叩き潰す!」

 

 煙を蒸しながらヴォルデモートの城へと吶喊する紅の汽車は、ホグワーツ特急を改造したものか。大人数を纏めて運ぶにはうってつけだが……いかんせん的が大きすぎると言わざるを得ない。

 ヴォルデモートの住まう城には幾多もの魔力砲門が設置されており、予め注力していた魔力が指示一つで撃ち出される仕組みになっている。

 今、魔力は解放され──雨のように汽車へと降り注ぎ装甲を削っている。あの巨体では細かな魔弾は弾くことはできても、躱すことはできはしない。玉砕覚悟で空を爆走しているが、それもいつまで持つか。

 

「駄目押しだ……城よ変形せり!主砲降臨!

──撃てェェェェエエエ──────ッ!!!」

 

 城に内蔵されていた超巨大な魔砲の大火力が、太い光線を生み出して空気を燃やし尽くしながら汽車へと迫り──長い胴体を貫通して、大破させる。

 その大爆発は、死喰い人達の勝利を祝う祝砲のように思えたが……諦めの悪い不死鳥の騎士団が、こんな破れかぶれの特攻で終わるわけがない!

 爆炎の中から現れし黒い影──

 夜の騎士バスが、何十もの数となって現れる。

 なるほど、本命はこっち。先程の汽車よりも小粒で小回りが効く。数も多くて魔弾が命中しない。しかもいくつかは無人運転で動いているフェイクだろうから、落とし損も混じっているのがいやらしい。

 

(……あるいはこれこそがフェイクか?汽車にバスと派手で目立つもので注意を引きつけて……!)

 

 空の上という、三六〇度見渡せるという利点を潰しに来ている。そのことに気付いてももう遅い。

──紅い弾丸は既に迫っているのだから!

 

「周囲警戒!」

「……ッ、南東に高速接近中の物体があります!」

「箒か……!この速度……シェリー!!」

 

 箒で高速接近し、魔砲を破壊する。それが真の狙いと言うわけか。シェリーが搭乗するのは故・クリムゾンローズの後継機、速度に特化してセーブ機能を撤廃した、もはや人類には扱えぬ化け物箒だが、肉体が頑丈な彼女ならばぎりぎり負荷に耐えられる。

 が……分かっていれば対処は容易い。

 その方角にありったけの魔弾を撃ち込めばいいだけ。

 シェリーへと幾重もの弾丸が放射されんとして、

 

「──遅いな」

 

 一閃。

 思考する間もなく、魔砲は全て貫かれた。

 何故か?……単純だ、反応さえできぬ速度で一条の光が城を貫通したからだ。

 シェリー以上の速さ。圧倒的な速度と、天才的なセンスが可能にする、“魔力を使わない魔法”。

 人の身に余る奇跡──天上の技術!

 実行者は、ビクトール・クラム!

 

「この程度、速い内には入らない」

 

 世界最高のシーカーの、音さえ置き去りにする飛行。

 いとも容易く行われし絶技が、魔砲を、いや、城そのものを崩落させ行く!

 

「──!!迎撃形態解除!これより城は自律浮遊形態へと移行する!各員持ち場につけッ!」

(ニホンの特殊な術式と魔力で編まれた呪縛の鎖……天才箒乗りの卓越した技……やられたな。侵入を許した)

 

 舌打ちするも、内心の高揚を抑えきれない。

 侵入されたなら、誅伐を下すまでのこと。

 我が者顔で城を荒らす盗人どもに、灸を据えてやらねばなるまい。……紅い力の幹部は配置に着いた。

 どれ、一丁揉んでやるとしよう!

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「突入ゥゥウウ──!!」

 

 スタン・シャンパイクの雄叫びとともに、夜の騎士バスは城内部へと不時着した。

 悪辣で、あまりに絢爛華美な内装……ヴォルデモートが好きそうな、ダークで目が疲れる様相だ。

 先程城を固定した鎖は、魔力を乱し締め上げることに特化したものだ。ニホンの呪術という呪術が練り込まれた特別性……暫くは城は動かないだろう。

 何より、ヴォルデモートがそれを許さないだろう。騎士団が束になってやって来たのだ、ここで決着をつけてしまいたいと思う筈……。

 これが正真正銘、最後の戦いということになる。

 

「行くぞ皆んな!!ヴォルデモートはここで倒す!!」

「どうかな」

 

 心臓を掴まれたような感覚。

 ヴォルデモート卿が、散歩でもするかのように、騎士団達の間を縫うように歩いていた。数瞬遅れで汗が噴き出した。

 早い。早すぎる。最初からそこにいたのかと錯覚するくらいに早く、奴はやって来ていた。ぽん、とフレッドの肩を叩く。フレッドは顔面蒼白になっていた。

 

「オイオイ、ビビるなよ。俺様を殺すんだろ?」

「──ああっ、そうだ……」

 

 然して──矜持からか。口角を吊り上げて、悪戯仕掛け人は気障ったらしく笑みを浮かべた。

 

「お前をッ、倒すのは、シェリー・ポッターだ……!」

「──よく言った、若いの」

 

 蒼炎が、ヴォルデモートを襲う。

 慈愛の焔は勇敢なる青年を守り、闇の帝王だけを吹き飛ばした。焔を撃ち出したるはふさふさした髭の男──すなわちアバーフォース・ダンブルドアである。

 傷一つ負ったそぶりもなく、ひたすらに歪んだ笑みを返すヴォルデモート。強者との邂逅は、彼にとって最上の愉悦と化していた。

 続けざまに、自身を焔と化して超高速で連続攻撃を加えるアバーフォース。あまりの速さ、あまりの巧さ。二人がぶつかるごとに城全体が揺れるほどの衝撃が発生していた。

 

「今のうちだ!」

「今度こそ行くぞ!アバさんが派手に陽動して時間を稼いでる今がチャンスだ!!」

「各員散らばって紅い力の幹部を撃破しろ!!」

「了解!!」

 

 一度決まれば、騎士団の動きは迅速だった。指示系統に無駄がない。恐怖さえ噛み殺してしまえばもう、彼等を阻むものなどない。

 いや……ただ一つだけ、あった。

 死の仮面を被った、闇の衣を纏いし物どもが、画面の下から覗く狂気を隠そうともしないまま、緑の魔力を激らせながら、待ち構えていた──!

 

「殲滅しろ!!」

「──生き残れ」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「クソ、しくったな」

 

 死喰い人達との乱戦で、ベガは他の騎士団メンバーと逸れてしまった。死喰い人側が明らかにベガを警戒した動きをして、他より少しだけ遅れてしまっている。

 ベガ・レストレンジの今作戦における役割は大きい。

 向こうのメインとなる戦力は五人。ヴォルデモート、色欲のグレイバック、傲慢のベラトリックス、怠惰のオスカー、嫉妬のペティグリューだ。

 対して、こちらのメイン戦力は三人。

 紅い力が使えるシェリー、ダンブルドアにも引けを取らない戦闘力を持つアラーフォース、そして自分。この三人は最低でも最高幹部を一人は倒すノルマがある。

 アバーフォースがヴォルデモートの足止めに向かった以上、自分もあまりウカウカとはしてられない。一人くらい軽く捻るペースでなければ……、

 

「……また新手かよ」

「フッ、ククククッ、ハハハ。直接会うのは初めてだなレストレンジの」

「──『インセンディオ』!」

 

 問答する暇も惜しい。杖を横一線に振るうと、全てを焼き尽くさんとする炎が死喰い人を呑み込んでいく。

 たちまち死喰い人は苦痛に喘いで……、いや、爆炎の中から事もなげに現れる。

 

「あ?」

「フフフッ、ククク。お前の手は知ってんだよ、ベガ・レストレンジィ!炎攻撃は対策済みだ!」

(こいつマジか、耐えやがった)

 

 ベガが放ったのは単純な炎魔法……しかしこの三年で幾度も死戦に参加し、経験を積んだベガは今や世界最高峰の魔法の使い手にまで成長している。

 だから、ベガの魔法は耐えようと思って耐えられるような代物ではない。単純に耐えられるだけの魔力が無いからだ。プロボクサーの右ストレートを喰らって立っているためには、それなりの魔力(きんりょく)が必要だ。

 ……この男、中々やる。

 

(ヴォルデモート戦まである程度魔力は温存しておきたいところだが……あん?この魔力まさか……)

「気付いたようだな。かのダームストラング城でグリンデルバルドが敗れて以降、強欲の席は空いたままだったが……つい先日、私がその力を勝ち取ったのだ」

 

 ぴくり、とベガの片眉が持ち上がる。

 紅い力持ちであるならば警戒のレベルを数段階上げる必要がある。元より油断はしていなかったが、敵地においては、何が起こるか分からないものだ。

 

「クク、気を張っているな。ひとくちに紅い力と言っても使い手によって能力に個性が出るものな……!初見の敵であるなら尚の事!その警戒は正しい。

 だがそれは無意味な行為と言わせてもらおう。私の全能力はお前を殺すために特化しているからだ……!!」

「…………?」

 

 ぎらぎらと光る目に、危険なものが宿る。

 肉親の仇でも見るかのように怨みの籠った瞳。

 ……そも、死喰い人とはこれまで何度も戦ってきたがこんな奴は見たことがない。情報が該当しない。

 誰だ?こいつは……?

 

「私の名はヤックスリー!かつてお前の両親と戦い、そして勝利した者だ!」

「!……そうかい、そりゃ良かった。お陰で最悪の気分だよ」

 

 

 ……、そうか、こいつが。

 杖を握る手に知らずと力が篭もる。

 デネヴとアルタイルの二人を殺した……

 

 両親の、仇。




おまけ
『まだ打ち解けていない頃のローズブルーシェリー』

ローズ(お姉様が言うからこいつも一緒に行くことになったけど…気に入らないわ…)
シェリー(電車乗ったけど…全然会話ないなぁ…、ッ!?)

ローズ「なに?」
ブルー「…吐きそうになったら言ってよ、躱すから」
シェリー「えっ……ああ……うん……ダイジョビ」
ブルー「うわ、顔色最悪じゃない。やめてよね、こんなところでグロッキーとか」
ローズ「…………」

ローズ「なんで私が痴漢抑えてんのよ!!!!!!」
ブルー「されてたのなら早く言いなさいよ」
シェリー「……ご、ごめっ、わたっわたし……」
ローズ「はー!?泣くなっつのこいつはもう!!!!!もう!!!!!!」


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2.ベガの復讐 Ⅱ

 ヴォルデモートの城は『迷宮』になっている。

 極めて高度な空間拡張魔法やそれに類する術式が使用されており、騎士団達は分断を余儀なくされ、紅い力を持つ幹部達が各個撃破する手筈となっている。

 

 ベガとヤックスリーの邂逅も、また運命。

 

 刃が鍔迫り合い、ぶつかる音が響き渡る。

 魔法剣……魔力を圧縮してひとところに固定し、剣として使用する技術。使い熟すにはそれなりの練度が必要が、単純な魔力の消耗は、魔力弾よりは少ない。

 消耗を抑えたいベガは近接戦闘をけしかけていたが、どうも攻撃の通りが悪い。防御系……いや回復系の能力を保有しているのか。

 ヤックスリー、なるほど紅い力に選ばれるだけの実力はあるらしい。

 ……しかし、解せない。

 

「俺と曲がりなりにも打ち合えるだけの実力はあるみてえだが……あんたの俺の両親を殺した以降の記録は、どこを探しても無かった。ヴォルデモートの癇癪でとっくに殺されたモンだとばかり思っていたが、今まで何してやがった?」

「当然の疑問だな。私はデネヴとアルタイルのたった二人に自慢の軍団を半壊させられたことであの方の怒りを買ってな、惨めな生活を余儀なくされたのさ」

 

 笑いながら言い放つヤックスリーは、しかしどこか狂気を感じさせる。

 何だかんだ言っても、強欲を冠するだけはある。

 己の欲をベガ一人に向けることで限界以上の力を発揮しているのだ。グリンデルバルドがダンブルドア相手にだけは法外な力を発揮できたように。

 

「その後、コツコツと下っ端の仕事をこなして何とかお許しを得たが……あァ、やっぱり駄目なんだ。あの時の屈辱がどうにも消えない。美味い飯を食うには、まずい要素を取り払わなきゃならないんだ。

 デネヴとアルタイルは満たされた顔をしながら死んでいったが、俺の渇きはまだ癒されちゃいない……!

 満たしてくれよ!お前の血でさァ!!」

 

──つまるところ、復讐。

 自分が満足するために、ベガという障害を取り払う。

 実にシンプルで愚かな願いだろう。

 が、ベガも、人のことは言えない。顔には出さないが内心では腑が煮え繰り返っているからだ。

 強く噛み締める。

 ……ムキになるな。いくら相手がこちらの対策をしているとはいえ、魔法剣で斬りかかって、体内に魔力を流せばいいだけだ。

 ベガは一歩、勢いよく踏み込んで──

 

「……ッ!」

 

 違和感を感じて、動きを止めて正解だった。

 すぱり、と。

 杖腕に大きな剣の跡が刻まれた。

 

「流石の反射神経だな……それが噂の絶対回避か。だがもうお前は私の手の内にあるのさ!今、お前の周りには魔力で形成された不可視の刃が張り巡らされている!少しでも動こうものならたちまち刃はお前を斬り飛ばすだろう!

 もう少し注意深く観察していれば見抜けただろうが、親の仇を前にして動揺したな、ベガ・レストレンジ!」

「…………チッ」

 

 魔法の系統としては罠魔法に近いものがある。

 魔力を設置し、遠隔で操作して攻撃する……まんまとその罠にハマってしまったというわけか。

 無様な話だ……紅い力の幹部を少しでも削ると息巻いておいてこのザマ。言い訳のしようがない。

 自分自身に、腹が立つ。

 

「じわじわと、嬲るように殺してやる。そうしてやっと私の復讐は果たされる」

「──復讐?……」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

『オスカーは僕に任せてくれないか』

 

 夜の騎士バスに色々と書いた際、出し抜けに、ロンがそう言ったのを思い出す。

 おや?と、関心と疑惑の目が彼に向けられる。

 

『僕には奴を倒す策がある。最低でも足止めくらいはできると踏んでる。だから奴の相手は僕に任せてほしい。決して分の悪い賭けじゃないと思ってる』

『……倒すのはいいけど、何で私達にそんなことを?』

『あいつに復讐したいと思ってる人がいるんじゃないかと思ってね。ハーマイオニーは両親に危害を加えられ、マルフォイ兄妹は人狼の秘密を暴露され、ベガは兄弟同然に育った子を殺されたんだろ。シェリーに至っては自分のルーツに関わる相手だ。仇を前にして冷静な判断ができると思うかい?』

 

 それを言われると弱い。

 感情に身を任せても生き残れるだけの能力があるなら復讐もアリだと思うが、困ったことに、復讐に身をやつしたり本懐を遂げられなかった例がほとんど。シェリーが良い例だ。

 

『関係ない僕ならできる。あいつに何された訳でも無いからね。安い駒で紅い力一人足止めできるなら儲けものだろ?』

『……それは作戦が成功したらの話だろ』

『成功させるさ、必ず』

 

 君達の代わりに僕があいつをぶん殴ってやるさ、そう笑うロンが、何だかすごく眩しく見えた。

 

『君達の怒りは、一旦僕に預けてほしいんだ』

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

(──そうだよな。俺も割とムキになりやすい性格してるもんなあ……!)

 

 復讐は、一旦置いておけベガ・レストレンジ。

 俺の信頼する人が、俺が馬鹿しねえよう気を遣ってくれたんだろうが。赦す必要はないけれど、ムキになる必要だってない筈だ。

 今、この場で、確実にヤックスリーを倒すこと。

 それが今できる最良の行動なんだ。

 

「お前一人殺すのに、指一つ動かす必要は無えよ」

「────ッ!?」

 

 突如として、ヤックスリーの身体が蒼く燃え上がる。

 予想だにしていなかった出来事に瞠目する。ベガは杖すら、指すら動かしてはいない!誰か他の騎士団が合流した気配もない!だというのに何故、どうしてこの身は燃えている……!?

 

「くそ、アグアメンディ!……消えぬッ!?」

「そりゃさっきまでの焔とはスケールが違うぜ。無限の領域に至ったもう一つ上の段階……『真域』だ」

 

 真域……、技術に裏付けられた、魔法の技術の極地とも言える領域……!

 奴は、まさか。既にそのレベルの魔法使いに成っていたというのか……!?

 痛みで無様に地面を転がるヤックスリーは、血走った目でベガの方を睨んで、……そして、見た。ベガの澄み切ったブルーライトカットの異質な瞳。奴が、もう自分とは異なるスケールの存在へと変貌したことが、一目で分かった。

 

(何だ!?あの宝石のように蒼い瞳は……!?)

「アイオライト、開眼せり」

「っ、ハハハハ!それでこそ殺し甲斐があるというものだァ!!『グラディオ・レガリア』!!」

 

 ヤックスリーはこれ以上苦しめるよりも倒すことへとシフトした。展開した不可視の刃は、定めたルートを旋回して高速で切り刻む。無差別高速範囲攻撃──距離こそ短いが、剣速だけならグレイバックにも次ぐ。

 動くことのできないベガ相手にも油断することなく、離れた位置から飛び道具を使い攻撃したのは、賢明な判断と言えよう。

 その剣圧は、周囲の空間ごと切り裂くほどに鋭利。ただ通過するだけで城内部の柱や設備が両断され行く。

 刃は一陣の風となってベガへと迫り来る──

 

「燃え尽きろ」

 

 瞬間、魔力の刃は衝突する寸前で焔に包まれ消える。

 ギョッとするヤックスリー。無理もない、杖を振るう先から魔法剣は火焔に呑まれて消えて行くのだから。

 

(無言呪文とか、そういうのとは違う……杖すら振るうことなく対象を燃やす、視点発火……!?そんなことができるなら、視界に入ったものを自動で発火させる究極のカウンターになる……!!)

「──なら、視界に入った時点で、私はもう……」

「詰んでるよ。この魔法は魔力の消耗が激しいから使いたくなかったんだがな」

 

 もはや炎は肩まで燃え上がり、立っていることさえできなくなった。炎耐性を付与した肉体がこのザマだ、その火力は計り知れない。一か八か、不可視の剣で暗殺を狙った方がまだ殺せる可能性があったか……。

 ……やらないだろうな。

 そんなことで、飯は美味くはならない。

 

「……どうせ死ぬ身だ。せめて首一つ持っていかないと強欲の名折れだぜ」

「やってみな」

「──『グラディオ・レガリァアア』!!!!」

 

 全魔力を、一刀に込める。

 ヤックスリーの魂震の一撃は瞬きよりも早くベガの心臓目掛けて飛来する。

 一切の抵抗を受け付けず飛ぶ魔法剣はしかし、ベガへと当たる直前で発火し、焼き尽くされ、消えて行く。より強い魔力によって食い破られて消滅する。

 そよ一刀はついぞ届かなかった。

 それで終わり。

 力を使い果たしたヤックスリーは、ばたりと、うつ伏せに力無く倒れてしまう。残念そうに、脱力して苦々しく笑っていた。

 

「……ハハ、人ひとり殺すのにあれもこれもと注文つけて、上手くいくはずないわな。強欲すぎだ」

「……全くだ」

 

 復讐など、大抵は上手くいかないもの。

 上手くいかせるためにはそれ相応の代償が必要だ。

 ……要らない。デネヴとアルタイルの最期は幸せなものであった筈だから。自分が今こうして生きていることこそが彼等の幸せである筈なのだから。

 そう結論付けて──ヤックスリーへと向き直る。

 

「何かあるか?」

「……無念だ」

 

 蒼い魔力が迸った。

 銀髪をたなびかせて、ベガは前へと進む。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 ロンとルーナは暗い廊下をひた走る。

 死喰い人達にいくら時間をかけようが時間の無駄、肝心のヴォルデモートと最高幹部に戦力を投入する。そう判断して極力戦闘は避けてきたものの……本当にこの作戦でよかったのかと、ロンは心の内で何度も反駁する。

 もっと良い手があるんじゃないのか。

 もっと旨い手を選べたんじゃないのか。

 アバーフォースやキングズリーを除けば実質的な前線指揮官のような立ち位置にいる彼だが、正直言って自信はない。ムーディーにしごかれて多少は戦術を鍛えられたが、死喰い人の前では全てが水泡に帰すような、そんな恐怖があった。

 

「ロン、落ち着いて」

「ッ──」

「アンタが不安そうにしてると皆んなにも不安が伝染するよ。胸を張るのも作戦のうち、そうでしょ?」

「……、でも」

「大丈夫だよ。あんたが策を読み違えるのなんてよくあることだし、皆んな知ってることだから。無理にハーマイオニーの前でかっこつける必要ないんだよ」

「……ありがとう。けど何でそこでハーマイオニーの名前が出て来るんだい──」

 

 苦笑しながらルーナの方を見て、気付く。

 ルーナの死角、緑の閃光が瞬いている。

 反射的に身体が動き、彼女を地面に押し倒しながら盾の呪文を展開。間一髪のところで死の呪文の直撃は回避することができた。

 

「いい反応だな」

 

 柱から、上等な革靴が現れ、次いでアッシュグレーのスーツが生え、最終的に細身の男が登場する。

 透過能力。

 魔法だろうが物質だろうが全てすり抜けて無効化してしまう、嘲笑うかのような紅い力の能力。『死なない』という観点から言えばまさしく破格の力と言えよう。

 

「オスカー・フィッツジェラルド……!!」

「あまり睨んでくれるなよ、ロナルド・ウィーズリー」

 

 蒼と琥珀のオッドアイが、悪辣に弧を描いた。




ヤックスリー 死亡
死因:ベガに敗れ、引導を渡される

ヤックスリーの能力は「見えない魔法剣」「火炎耐性」「遅効性の幻惑魔法」などがありまして、特に魔法剣は罠としても設置できるので好んで使用していたようです。罠を仕掛けながらじわじわ削っていくのが本来のスタイル。
紅い力を得てから殺した人数が少ないのでそこまでの脅威はありませんでした。


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3.怠惰のオスカー・フィッツジェラルド Ⅰ

 オスカー・フィッツジェラルドは怠惰である。

 楽しいとか、面白いとかの感情が存在しないので、何をやっても人生に楽しみを見出せない。何でも一流にこなすだけの素養はあるのに、やる気がないせいでせいぜい「ソツなくこなす程度」の能力しか発揮できない。

 何に対しても情熱が湧かない怠惰な男、それがオスカーという人間だった。

 

 ……その筈、だった。

 

 オスカーは死喰い人と出逢い、親殺しをしたことで絶対の悪としての素質を開花させてしまった。彼は人の苦しみを好ましく思う外道だったのだ。

 他の感情はないくせに、人が絶望した時だけ、心の底から嘲笑う歪んだ性格。人を嬲り、苦しめることでしか幸せになれない。

 

 誰が言ったか、彼は『煙草の煙のような男』と評された。一見するとどこにでもあるような、存在感の薄い煙のような男だが、その実きわめて有害な男。煙に惑わされて近くに寄ろうとすると、少しずつ死が近くなる。

 今宵、死喰い人が勝とうが負けようがどうでもいい。ヴォルデモートの生き死にすらどうでもいい。

 オスカーは、ただ、愉しいだけ。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「粘るものだ、存外に」

 

 オスカーの放つ魔弾に、ロン達は苦められていた。

 奴の魔法──それ自体は何ら驚異ではない。奴のすり抜ける能力は死なないことに特化しているが、逆に攻撃魔法の類はほとんど強化されていない。

 よく見て動けば、相殺できるレベルだ。

 しかしオスカーは壁内や天井の上など、あらゆる場所をすり抜けて、死角から攻撃を放ってくる。それが実にいやらしいのだ。常に気を張っていなければならない。

 幸い、ロンが持つマジックアイテムで敵の位置を知ることができるので、何とかいなせているのが現状だ。

 火消しライター。

 普段は灯を消すだけの魔道具に過ぎないが、迷える者をあるべき場所へ導き、道を示す特性がある。これで攻撃を探知しているのだ。

 

(といっても、捌くのも流石に限度がある……!!集中力が持っていかれるぞ、これは……)

「──ロン!!下っ!!」

「!?」

 

 迫り来る攻撃を、無様に転がって躱す。

 置き弾。他の魔弾に気を取られて、遅れて放たれる攻撃を考慮していなかった。転がった先で、またも設置されていた置き弾に襲われる。咄嗟に盾の呪文を使うことで事なきを得たが──相手はやはり、力押しだけの魔法使いではないのだと実感させられる。

 

「中々上手いな?無様に踊るのが」

「……フー……ルーナ、ごめん。助かった」

「いいよ」

 

 屈辱はない。

 こうやって泥の中でもがいて油断してくれるのなら、いくらでもやってやる。今のはどちらかと言えば此方のミスなので、怒るのなら自分に怒るべきだ。

 時間を稼がねばならない。

 自分達がオスカー打倒の決め手になるが、同時に、自分達だけではオスカーは倒せない。駒が足りないのだ。

 駒が揃うまで、時を稼ぐ。

 

「それにしても、だ!実に愉快だな。ハリーとダンテの危機が去ったことで、私達が倒せるとでも思い上がっているのか?それは実に、オモシロイ。そういう連中こそ最期に決まってこう言う、『何でこんな事に』とな!

 お前達はどのような慚愧を見せてくれる?死に際の冗句は考えておくといい」

 

 どこまでも馬鹿にした口振りで、オスカーは嗤う。

 まさに、人の生きる世に生まれ落ちた悪魔。

 

「何が面白いの」

「うん?」

「貴方は……喜びも、怒りも、悲しみもなくって。人と同じように笑えないことが嫌で、自分より幸せな人が妬ましくって──不幸な人を見て安心しているようにしか見えないよ」

「…………」

「この世に生まれたことの喜びが──誰かと喜びを分かち合うことの愛しさが分からないんでしょう。それってとっても可哀想」

 

 オスカーは神妙な顔をした。

 動揺とも少し違う、不可解そうな──何を言っているのか分からない、というよりも、言われた言葉の意味を理解できない、そんな顔。

 喜び、怒り、悲しみ、それらを一切切り捨てられて生まれ落ちた人間。それはある意味で憐れですらある。オスカーに同類はいても、共感者はいないのだ。

 考えた後、オスカーはゆらりと杖を動かして──

 

 

 

 

 

「『爆音呪文』いくぜいくぜいくゼェエエエ!!!!」

 

 

 

 

 

 炸裂。

 反射的にオスカーは耳を塞いだ。

 反対に、ロンは安堵の溜息をつく。オスカーの紅い力を突破できる可能性のある者達が来た!三人組は、特殊な魔道具を媒介として魔力を音に乗せる!

 

「サーベラス!!」

「遅れてすんませんッス。で……あれが噂のオスカー君ですか」

「ああ、あらゆる魔力、物質をすり抜けることのできる魔法使いだよ」

「『すり抜ける』……厄介な能力ッスけどね、話が通じるってことは、音は……振動はすり抜けてるわけじゃねえんだろォ!!!」

 

 雷鳴のようなつんざめく音は、しかし不快ではない。

 バーニィ達が奏でる音楽はロックの中でもとりわけ大音量で演奏される代物であるが、不思議とうるさいと感じることはない。魂が揺さぶられるというより、こちらの魂の躍動に合わせてリズムが発せられる……とでも言えばいいのか。

 故に、攻撃魔法として使用した時でさえ、全身に魔力を浴びているのに敵は恍惚と満足感を得て倒れ行く……というわけだ。

 そんな素晴らしいロックンロールも、オスカーの前では雑音と化す。彼は音楽を聴いてその種類や特徴、良いところは分かっても、実際に美しいと感じたり、好ましく思う感性がないからだ。バーニィ達も、少しばかり複雑な顔で演奏している。

 

(オーディエンスがここまで盛り上がらないなんてこれが初めてッスよ……!!尋常じゃないほどに屈辱だッ)

「ぐ……」

 

 たまらず、身体全体を透過させて床をすり抜けるオスカー。ひとまず射程外へ逃げるという算段か。しかし、既にバーニィは守護霊の呪文を詠唱していた。

 モヒカン姿のニワトリが現れると、バーニィ達に共鳴してけたたましく叫声を上げる。彼女達の爆音呪文に指向性を持たせ、一本の太い音の線とするのだ。

 爆弾でも炸裂したかのような音と共に、床そのものを豪快にぶち抜く!下の階へ避難していたオスカーはギョッと目を見開いた。

 溜めて、放つ。

 速度や連射性はともかく、攻撃力だけならシェリーに次ぐ音の攻撃。耳を中心に盾の呪文で魔力ガードして事なきを得るオスカーだが、びりびりと、痺れるような感覚を味わった。

 

「音魔法……何とも恐ろしいものだ。私のもっとも鬼門とする魔法かもな」

「そりゃどうもよォオオ!」

「……スゥー……」

 

 続けざまに放たれる音の砲撃。少しでもここでダメージを稼ぎたいところ……だったが、オスカーは最早、躱すそぶりすら見せずに正面からそれを喰らう。

──いや、確かに喰らってはいるが、想定していたよりも格段にダメージが少ない。

 わずかにでも、音魔法をすり抜けた……!?

 

「ぐッ……、ふふ、成程。分かってきたぞ……!」

 

 紅い力は物理的攻撃すらも無効化できる。故に音や振動をシャットアウトすることもできるのだが、それではあちこち動き回って奇襲するオスカーの基本戦法が取り辛くなる。

 よって、音魔法を解析して『音は聞こえるが、攻撃は無効化する』という状態までもっていくことにした。魔法の撃ち合いでは後手に回りやすいオスカーは、自然と解析能力が鍛えられていた。

 サーベラスはなおも音魔法を放つ。完璧に解析される前に削り殺す、オスカー突破にはそれ以外にない。

 

「撃ってくれるのなら好都合……、……なるほど」

「させるかよ」

 

 オスカーの脳天が、魔法弾によって貫かれる。ロンとルーナの攻撃だ。ダメージを与えるためでなく、一瞬でも視界を塞ぐことで動揺を誘ったのだ。

 奴の身体が跳ねる。まともに音魔法を喰らった!追撃狙いでロンは魔法弾を放とうとして、オスカーの杖先に魔力が篭っていることを察知し、盾で防御した。

 顔や身体は嘘をつく、魔力では嘘をつけない。死喰い人との交戦ではまず杖先を見よ、とは、ムーディーの教えである。

 重い攻撃を防いだロンではあるが、攻防の状況は決して芳しくない。サーベラスの音魔法の効きが弱くなっているからだ。

 

「で、お前達の策とやらはこれでお終いか?であればいささか拍子抜けだな。もう少し足掻くものだと思っていたが」

(………)

(狙いは私の足止めなのだろうが、もう飽きたな。

──殺すか)

(…………!)

 

 来た、とロンは内心で舌を舐めた。

 オスカーの興味が、他のものへと移っている。

 時間は稼げた(・・・・・・)

 欲を言えばもう少し集まってからにしたかったが、もういいだろう──十分だ!

 オスカーは瞠目した。

 それもその筈、ルーナの空いている方の手が青く光り輝いたかと思うと、一点に凝縮してカタチを為したからである。強いというよりも異質な魔力。不気味なまでの存在感が、オスカーの首筋を撫でた。

 

「──その剣は」

「ご存知、レイブンクローの剣だよ……!」

「報告にあった『創設者の魔道具』か。使えたのだな」

 

 ルーナがこのレイブンクローの剣を使用するのは、ホグワーツ戦線以来だ。創設者の遺した剣は『本当に必要な時』しか使用できない縛りがあり、役目を終えるとどこかへ消え去ってしまう。

 だが──ある日の夜、髪飾りとなって再びルーナの手元に現れた。オスカーを倒すべき敵だと認識したのだ!

 

(貴方も、戦ってくれるんだね──お願い、もう一度、私達に力を貸して)

『計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なり』

(何をしてくる?ひとまず全身を向こうに飛ばして──)

「──翔べ!オスカーの世界へとッ!」

 

 全身を透かして対処しようとしたオスカーは、何やら引っ張られるような感覚を覚えた。重りをつけられたような、手錠を嵌められたような。

 全身に違和感を感じる。

 部下からの報告では、レイブンクローの剣とは空間に影響を与える魔剣。それがこの不可思議な現象を生んだということか?

 

 オスカーの『すり抜ける力』は……厳密に言うとすり抜けるのではなく、自分の身体の一部を他の世界に飛ばしている、というものだ。

 攻撃を受ければ、受けた部分だけが異世界に飛ぶ。

 その部分的な空間転移があまりに正確かつ速やかに行われるので、あたかもすり抜けているように見える。

 実に便利で強力無比な、無敵の能力。

──だが。

 オスカー以外に異世界に飛べる者がいれば、話は別になってくる。

 

 結果としてオスカーは自身の肉体を異世界へと飛ばすことへと成功した。虚構の空間の中を転がる。

 ただし、本来オスカー一人の空間である筈のここに、予期せぬ来訪者があった。言わずもがな、ルーナとそれに引っ付いていたロンとサーベラスの計五人だ。

 ……いや、招かれざる客が不躾に押し掛けてきたことはまだいい。にわかに感じる、生理的な不快感。まさかと思い試してみると、……やはり、使えない。阻害されている。

 『現実世界に戻れない』。

 すり抜けられない。……閉じ込められたと悟った。

 

「成功だッ……!レイブンクローの剣は空間へと働きかける力、オスカーの紅い力にもどうやら効くみたいだ!

 普通の空間魔法や封印じゃ、お前の紅い力には干渉すらできない!

 だが、かの創設者の遺したマジックアイテム!その全魔力を封印に特化させればお前を縫い止めるくらいはできるぞッ!」

 

 もしこのルーナの授かった力が、この時使えなかったとしたら。オスカーに通じなかったとしたら。いや、そもそもルーナとオスカーがぶつからなかったら。

 不確定要素があまりにも多い、ほとんど賭けに近い作戦のため、上手くいかなかった時のプランの方を多く考えていた。つかず離れずの中距離戦で、誰かヴォルデモートを倒すまで足止めすることも視野に入れていた。

 が、レイブンクローの髪飾りはオスカーの力を知識として吸い取り、解析した。そして剣となり、無理矢理にでも干渉した。

 であれば──後はもう倒すしかないだろう。

 オスカーの決着はオスカー自身の空間でつける。

 草一つない不毛の大地。

 濁り切った灰色の曇り空。

 グレースケールで描かれたような、鉛筆デッサンの中に迷い込んだような、そんな鉛色の空間。何の生物も物質もない、ある種、空虚で質素で何もないこの場所は、なるほどたしかにオスカーらしい場所といえよう。

 性質としては結界に近い。見たことのない、存在するかも分からない物質で構築された場所。オスカーの魔力によって形作られたそこに、呪いも祝福も持ち込むことはできないのだ。

 

「あんたの魔力でこの空間を創ってるのか、この空間にアクセスして間借りしてるのか。それは知らないけど、私達はこの空間にとって異物みたいだね。生き物のいない世界なんて……」

「不気味なとこだが、あんたが死ねばこの空間も解除される。それまでの辛抱だ」

「そう上手くいくかな?」

「…………」

「私が紅い力の魔力の殆どを特殊能力に費やしているのは、ああ、事実だとも。故に、直接戦闘は幹部の中では一番苦手でね、負けはしないが勝つこともできない。

 魔法の腕がどうこうより、あの怪物連中の息の根を止める手段が私には殆どないのさ。すり抜ける力がなければただの魔力が多いだけの男でしかない。

 が……君達から見れば私も十分『怪物』側だろ」

 

──否定はできない。

 先だってのハリーとの戦いでは、弱り切った状態の彼をただ“その場から動けなくさせる”ためだけに何十人もの人間が犠牲になった。

 オスカー相手に、さてどれくらいいることやら。

 

「そのレイブンクローの剣は言うなれば重石だ。船でいう碇の役割。君達がこの世界に留まるために、私をこの場に縫い止めるために、その剣は地面に突き刺しておかなくてはならない」

(バレてる)

「さて?どうするね諸君?五人で必死こいて戦えば、もしかしたら私の首を獲れるかもしれんぞ?さあ、どうするのだ?」

「数に頼るよ」

 

 瞬き一つの呆然。

 ロンは天高くコインを放り投げ、続けざまに火の点かないライターを鳴らす。ぴかぴかに磨き上げられた金貨に火消しライターの姿が映り込んだ。

 瞬間。

 宿主以外は誰も寄せ付けぬ筈の異界に、ロン達以外のイレギュラーが宙から光となって飛来する。一つや二つではない。幾重もの光がロン達を護るようにして空より落ちると、それらはすぐに人の姿へと変わる。

 

「呼び掛けに応じたのはざっと三〜四〇人ってとこか」

「来てやったぜロン、頼もしい兄貴達がよ」

「あら、麗しい妹が抜けてるんじゃない?」

「僕達で紅い力を倒すのか……!」

「ここで最高幹部を落とせば大金星ですよ。マーリン勲章勲二等は固いですね」

「ダンブルドアが没収されてたやつだろ?そんなもんに価値なんてあるかよ。貰えるんならありったけのガリオン金貨と蛙チョコレートに載れる権利がいいね」

 

 かつて、人よりちょっぴり強い好奇心と勇気を持つ学生によって組織された、ダンブルドア軍団。そのメンバーを中心としたうら若き魔法使い達が集っている。

 静寂だけが満ちる筈のこの場所に、こんなにも人が。

 動揺も、驚嘆も、まして焦燥もないけれど。

 興味深いものでも見るかのように、オスカーは双眸を見開いていた。

 

「これでやっと戦いのテーブルに着けた。ここからが戦いだぞ、オスカー!」

「──玩具がいっぱいだ」

 

 

 




おまけ
『ホグワーツに入学したグリンデルバルド』
アル「どの寮に入りたいかって?ウーン、僕が尊敬してる偉大な先人達が多くいるグリフィンドールかなぁ。あと赤好きだし」
ゲラ「じゃああそこだね。ところで髪の毛を赤く染めようと思うんだが、君の意見を聞かせてくれ」
当時の校長「まだ組み分けしてないのにさも当然みたいにテーブルに着くんじゃないよ!!!!!」

おわり。

グリンデルバルドは手段の一つとして闇の力を振るうことはあるけど、基本的には口八丁で人の心を操ろうとする(=手段を選んでる?)し、曲がりなりにも正義を掲げてはいるし、もしホグワーツに入学していたらグリフィンドールに入っていた世界線もあったかもしれませんね。
いや…ヴォルが手段選ばないから比較的そう見えるだけかも…。


不死鳥の騎士団編の時の前書きで、「DA組織しても戦力として役立たないですって?HAHAHAそんなことないですよ、むしろこいつらがいないと詰みます」みたいなこと言ったと思うんですが、今がその時です。


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4.怠惰のオスカー・フィッツジェラルド Ⅱ

ハリポタ語る会みたいなのがあって、それに参加して熱量高い状態で執筆したらもうしばらくかかるかなーって思ってた話が終わってびっくりしました。
ハリポタ好きな人とか創作者と話すとモチベ上がるよなぁ!

今回オスカーと戦うのは、不死鳥の騎士団編5話の後書きに出てくるDAメンバーからハーマイオニー、ネビル、ベガ、ドラコ、コルダを抜いて、パーシーと他数人を足したくらいの人数です。


 

 

 

 きょろきょろと、オスカーはDAの面々を見やった。

 

「随分と落ち着かない様子だな?ミスター・フィッツジェラルド」

「いや何、随分と貧相な面子だと思ってな。

 シェリーやベガはどうした?マルフォイ兄妹はいないのか?ハーマイオニーも姿が見えないな。仇討ちに来ようという気骨のある者はいないのか?」

「君みたいな小物の相手してる暇ないってよ」

 

 それを聞いて、憮然とした表情になる。

 オスカーは普通に殺すのも好きだが……何度目かの殺人の時に『食料を育てる』という概念を知った。

 ただそこにある命を摘み取るのではなく、敢えて一人だけ生かしておく。そうすればやがて『復讐』という名の芽を咲かせるのだ。

 復讐に狂った人間の末路というものは素晴らしい。

 胸に誓った筈の復讐を果たせず死んでいく時、みっともなく喚き散らし、悲痛な顔をする。あまりに哀れで、可哀想な死に様揃い。

 実に、愉快だ。

 

 それを楽しみにしていたのに。

 ここにいる騎士団は、オスカーに強い復讐心を燃やしている者はいなさそうだ。使命感とか、正義とか。そういう前向きな感情で、あのドロドロした鬱屈とした絶望的な憤怒には一歩及ばない。

 笑い転げるような愉悦は味わえない。

 

(……こんな筈では……)

 

 愉しくなる筈だったのに。

 これからもっと、面白くなるところなのに。

 ……まあ、いい。

 さっさと全滅させて、他の所に行けばいいだけ。……いや!むしろここで一人二人残して全滅させよう!復讐の連鎖を、苦しみを、味わわせてやるのだ!

 

「三〇人強、殺す機会を得たと解釈しよう。こういう時こそ愉しんでいこう──

──『紅い力の更なる解放』!!!」

 

 紅い力、その真髄。魔力がもう一段加速する。

 黒い地面がせり上がり、形を成していく。無味乾燥な物質は巨大な建築物に変化し──城──いや、宗教的な特色が強い建物と成る。これは大聖堂か!

 無機質で、モノクロームな佇まいのソレは、たちまちのうちに姿を現した。気味が悪いのは、その大聖堂は荘厳な威容を持つくせにどこか存在感が希薄で、朧げな印象を与えるところだ。

 ロン達が呆気に取られている隙に、オスカーは建物内へと姿を消す。

 

「……ッ!やばいっ、ボーッとしてた!オスカーは建物内に引き篭もる気だ!逃がすなッ!」

 

 レイブンクローの剣による空間の固定化は、満タンのバッグに無理矢理ボタンをかけているようなもの。その場から動かしただけで効力は失われ、オスカーの透過能力は取り戻される。それだけは避けなくては。

 ……もっとも、当の本人はこの状況を愉快に楽しむと決め、受けの姿勢に回った。

 ロン達を圧倒できるだけの力があると判断したのか。それとも「透過がなければ倒せる」というロン達の希望を潰すつもりか。どちらにせよレイブンクローの剣を狙うことはないだろう。

 

「前方、何か来るぞ!」

 

 大聖堂に入るというところで二メートル弱ほどの黒色の物質が降り注ぎ、めきめきと姿を変えた。

 正面玄関を塞ぐ六体の人形。先陣を切っていたフレッドは即座に斬りかかるが、狼型の人形に、鈍い音とともに弾かれる。そして人形の爪が輝いたかと思えば、薄い斬撃の刃が発生した。

 回避態勢を取っていたので事なきを得、距離を取る。地面がバターのようにすぱすぱと切れているのを見るに切れ味は凄まじく、下手に受ければ盾ごと両断されて死ぬだろう。DAの意識が一瞬そちらへ行ったところで、ドラゴンを模した人形がふわりと浮き上がった。

 

(まさか……!)

「散開しろ!固まるな!!」

 

 懸念した通りに、火焔が口から吐き出される。

 反応が遅れたデニスを抱えてジョージが横っ飛びし、アリシアがインカーセラスでワイヤーのように回避。

 ボヤボヤしていては浮いた駒から獲られる、そう判断してロンとディーンが窓を割って大聖堂内へと転がり込んだ。

 思うに、あの人形達はそれぞれに能力があって、オスカーが遠隔で操っているのではないかと思うのだ。各々散らばって各個撃破していくしかない。

 そうら、追ってきた。今度は長い髪の人形だ!魔力が渦を巻いている。攻撃呪文の類だろうか?

 盾の呪文の面積を減らし、一点に集中。更に二枚重ね掛けで唱え、防御する!

 

(プロテッ……あっ、やべ)

 

 一歩間違えれば腕が千切れていた。

 そのくらいの衝撃。びりびりと腕が痺れ、二重の盾は一枚目は硝子のように砕け散り、二枚目もほとんど砕けてボロボロだ。かろうじて反応できる程度の速さだが、それが逆にプレッシャーをかける。

 圧倒的な破壊力……シェリーに次ぐほどの鋭さ。

 ……シェリー?まさか。

 

(斬撃を飛ばす狼に、火焔を吐くドラゴン、鋭い早撃ちの女の人形……多分間違いない。他の連中の紅い力を模倣してるんだ!)

 

 背筋に冷たいものが走る。

 見たところ、単純な能力値自体は本物よりも数段落ちるようだ。本物と比べるとまだ動きが追えるし、範囲や威力もせいぜい五割程度といったところか。

 もしこの偽物が本物と会敵すれば、圧倒的な個の力で蹂躙される光景は想像に難くない。一つ一つは戦局を変えるほどの圧倒的な力は持たない。

 問題はロン達にとってたった五割でもかなりの脅威であるということ。

 対人戦・集団戦で非常に厄介な能力と言えよう。つくづく人相手に特化した力だ。あまりに彼我の差がかけ離れていると諦めもつくが、なまじ背中が見えるぶん、絶望も大きい。

 射線が通ると危ない。障害物の中に身を潜めながら、逃げ回って分析していく。

 

(本物だったら防御すら出来てないだろうな……)

「シェリーの駒は“避け”に徹するんだ!まともに喰らえば今みたいになるぞ」

「ロン、結局は大元のオスカーを倒せば良いんだろうが、人形の中に倒しておいた方が良い奴はいるか?」

「……オスカーと戦ってる時に横から狙われるのが一番怖いな……ってなるとシェリーとペティグリューは要注意だ。グレイバック、ベラトリックス、ハリーは単体で暴れさせる方が厄介な駒だから、釣ってひたすら防御に徹しなきゃだ」

「成程、了解。守護霊で他の連中にも伝えとく」

「……そういえば人形は六つあったけど、最後の一つはグリンデルバルドの能力なのか?新しい奴の能力の可能性もあるよな……」

「それを言ったらハリーもだろ?」

「あいつはまあ、特殊なケースだから。多分後任はまだいないと……んっ!」

 

「成程、グリンデルバルドの方か。便利だもんな……影を操る能力は」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 ロン達が大聖堂内部へと侵入した一方で。

 大聖堂の外では、大暴れする狼型の人形やドラゴンの人形相手に、フレッドなどが指揮を取り応戦していた。

 連中の攻撃は極めて無差別的で、範囲が広い。建物内部より外部の方が駒が効くというわけだ。

 突貫する狼の人形を幾多もの弾丸が襲う。

 引きつけて、正面から来た敵に対して十字砲火(クロスファイア)。ムーディが教えた魔法使いがチームを組んで戦う時の基本となる陣形だ。

 人形は敵の近い方へと狙いを定め、疾走するが……すぐさま魔力の塊に殴られる。パーパティが放った魔力弾は中々に重かったようだ。

 片方が防御に専念して、片方は守られながら溜め撃ちを行う。人形の強度もかなり高いが、魔力のクリティカルヒットを決めていけば削るくらいできる。

 『思うさま仕事ができない』というのが何よりの成果なのだ。

 

「気付いたか?コリン」

「うん。僕達の攻撃でも、当たりさえすればちゃんとダメージは受けてくれるみたい。それに身体能力自体はどの人形も一律みたいだ。アー、約一名、空を飛んでる奴もいるけど」

「そうだな。俺達は援護に徹して機動力を削ぐぞ」

(いくら人形っても脚が無ければ動けないだろ)

 

 障害物の多い大聖堂の中では、射線が開き辛く狙撃の強みも半減だ。戦況を俯瞰しながら、アーニーは高台に陣取って狙撃のタイミングを狙っていた。彼の狙いは正確であり、視野の広く、守りの強いコリンが防御役兼観測主となり、獲物を品定めしていく。

──狙い目はペティグリューか。奴が気付く前に倒す。

 

(……!焦ったか!)

「こっちに来る!」

「分かってるッ。抜かるなよ!」

 

 正確に放たれた筈の弾はしかし、読まれていたかのように魔法を放たれて相殺される。位置がバレるや否や、高台から離れて……数瞬して高台は爆撃された。

 ベラトリックスドラゴンの火炎が焼き尽くしたのか。もうもうと立ち上る黒煙の中を悠々と飛び回る竜の影。

 だがコリンは杖を振ると、罠魔法が発動!

 予め設置しておいた罠の爆裂砲弾がベラトリックス目掛けて飛来した!

 

「お?あの爆発はコリンかな。フリペンドォ!」

 

 横目で確認しながら、ケイティは魔法糸で軌道を変えながら弾を撃つ。正直に撃っては良い的だ。グレイバックやペティグリューの二体から『いつでも攻撃できるが、微妙に遠い位置』に陣取っている。地味だが渋い働きぶりだ。

 しかし、中々攻めに転じられない。

 六体もいるのだ、せめて一体くらい倒しておかないと個々人の負担が大きくなる一方だ。

 

「っても、一体にかけられる人数は五、六人が限度だし撹乱に人数使わないと凌ぐのは無理だ。どうするロン」

『いや!むしろ余裕が無いのは向こうの方だ』

 

 魔法糸と音魔法の合わせ技、通称『糸電話』によってロン達は現況を報告し合っていた。極めて短い距離ではあるが、リアルタイムで情報共有ができる優れものだ。

 

『あの人形達は自動で動いてるんじゃなくて、オスカーが遠隔操作してるものだと考えられる。奴が魔力で生み出したものだからな。自分の身を隠しつつ、六体を同時に動かさなきゃならないのはかなりしんどい筈。

 各員、包囲しろ!情報量を増やして隙を作る』

 

 ロンの指摘はずばり当たっていた。ゴーレム等、予め作っていたものに魔力を注いで動かすやり方なら自動で動かすこともできるが、人形達は異世界に入ってから形成されたものだ。

 影使いの人形を廊下に配置して罠として使ったのも、六体同時に操るのは難しいと判断したからだろう。……自動か遠隔操作の違いに気付けたのも、ハーマイオニーから教えてもらったからだ。

 今までに身につけた知識と経験が役に立っている。

 

 ロンの指示でマリエッタとディーンが杖先からダミーをばら撒く。よく見れば気付く程度の出来だが、うまく障害物を利用し気を引かせる。

 効果は覿面。人形達の動きがやや精彩さを欠き始め、数や範囲を重視した魔法を使用してくるようになる。その差は微々たるものだが、気を張り詰めていたDA陣の心の中に、少しずつ余裕が生まれ始める。

 毒人形が建物ごと腐食してダミーを溶かすものの……それすら罠。ダミーには魔力に反応して爆発するウィーズリーの双子の特大花火が取り付けてあった。

 

(────ッ!!)

『今だ行けぇ!!』

 

 芋づる式に、ダミーの花火は連鎖爆発し、視界を共有していたオスカーに音と閃光が浴びせられる。サーベラスの音魔法もミックスされた妨害用花火か……!

 ロン達は予め閃光対策をしているので問題はない!攻めっ気の強いジニー、フレッド、シェーマス、アンジェリーナ、チョウ、アンソニーがそれぞれ重たい一撃を喰らわせていく。脚部や頭部が狙い目だ!

 オスカーもそれは織り込み済みか、急所を避けるような防御姿勢を人形に取らせることで、数々の攻撃をいなしていく。ヒットアンドアウェイで視界が晴れる頃には一時退避するのも忘れない。

 ダミーに、花火。オスカーの処理能力に負担をかけるのがロンの狙いだ。大聖堂の地図も把握し始めた……自分に大丈夫だと言い聞かせる。情報戦を制しているのはこちらの方だ。

 

「面倒だな……ならば地形ごと変化させるとしよう!」

 

 地響きが鳴ると、光を通さぬ建物群が乾いた大地より出現する。せり上がる建物を使い盤面を支配することで強引に流れを切り替えるつもりか。

 ただ一体、ドラゴン人形を高く浮かび上がらせることでオスカーは敵配置を確認した。常に誰かが見張ってドラゴン人形が浮かぶタイミングを確認していたのだが、建物の出現で視界が塞がれてそれも遅れた。

 オスカーの手駒で、もっとも距離が近く、容易に殺せる者は──。

 

「危ねぇっ、アンジェリーナ!!」

 

 女の人形から発せられる早撃ちの魔力弾。その凶弾からアンジェリーナを咄嗟に庇ったジョージの右耳が抉れて千切り取られる。

 フル回転していたロンの脳みそが停止し、一気に青褪めて呼吸を忘れてしまう。

 「すぐには攻撃は来ないからそこで大丈夫……」そう思ってジョージ達をその配置へと移動させたのは、他ならぬロン自身だ。失策、その二文字が頭に浮かぶ。

 やばい──既定観念に囚われすぎた。

 

『っ、援護急げ!!』

「行くぞジニー!!」

「おらあああああああああああああっ!!!」

 

 ロンが指示するよりも早く、ジニーとフレッドは家族の危機に飛び出していた。二方向から挟み撃ちにされる女人形の貌は、しかしその時、操り主の愉悦を反映して悪辣に歪んだ気がした。

 先出しで動いた筈なのに……仕掛けたジニー達よりも魔法のタイミングがほんの僅かに早かった。

 シェリーを模した人形の早撃ちは、劣化していようとロン達のそれとは一線を画すほどの鋭さを持つ。加えて威力も比ではない。

 だから、人形の攻撃魔法を相殺で済ませられたのが奇跡的なレベルだ。しかし人形の猛攻は止まらず、体制を崩したジニーに襲いかかる──!

 

「「「盾の呪文!!」」」

 

 その時、ジニーを中心として展開される五重の盾。

 駆けつけた騎士団員達がジニーへと盾の呪文を形成、分厚い魔法壁は、破壊の魔力を以ってしても崩壊させられぬ程に堅牢だった。

 その隙にジョージとアンジェリーナは距離を取り、フレッドと共に集中砲火を浴びせる。さしもの人形も全身にヒビが入っていき、討伐は秒読みのように思えた。

 

「──────」

「ひっ……」

 

 が、女人形は最後の悪あがきで五重の盾へと攻撃呪文を何発も放つ。少しずつ、しかし着実に、衝撃が盾へと伝わっていく。

 うっすらとした亀裂が、広がって──

 

「──ァ、ァア──」

「往生しなさい、クソ女」

 

 チョウの魔法弾が、女人形の頭部を貫く。それでもう力を失ったか、全身がバラバラに砕けて散らばった。

 不愉快そうに女人形の残骸を見やって、チョウはすぐに場所を変えた。浸っている暇などない。未だ脅威が消えた訳ではないのだから。

 

「兄弟!早く止血だ」

『ごめんジョージッ、僕の指示が甘かったから──』

「気にすんなロナルド!まだ脚は動く!どんだけ良い指事を出しても無傷ってわけにゃいかねえんだ、お前が気にするこっちゃない……これは喰らった俺の責任だ!むしろ聖人(ホーリー)になった気分だぜ」

(ホール)が空いたからか?クソつまんねえよ、もっとレパートリーあった筈だろ……」

 

 歯を食いしばり、頭を抱えて立ち止まりそうになるロンに発破をかけるように、ジョージは明朗に笑う。

 通信越しに聞こえる兄の虚勢に涙が出そうになりながらも、ロンは大きく息を吐いた。怒りを、吐き出せるような気がした。

 

(……キレたってオスカーが倒せるわけじゃない。大事なのは冷静になること……

 けど……怒ってない訳じゃないぜ……)

 

 静かな怒りを抑制し、ロンは中心へと走って行く。

 窓を蹴破って入った先には礼拝堂があった。

 モノクロームの世界の中で、唯一華美に彩られたステンドグラスに照らされて、オッドアイが揺れていた。

 オスカー・フィッツジェラルドが、そこにいた。

 

 

 

 

おまけ

闇祓いの同僚が髪切った時の反応

 

アレン「おはよう!髪を切ったのか!ところでこの間の資料についてだが…」

エミル「失恋?www」

ジキル「に、似合ってるッス。やっぱボブのが手入れも楽だし前よりも軽い印象がしてアンタのスタイルに合ってると思うっすよ…今度、おすすめの毛先用のコンディショナーあるんで教えますよ」

チャリタリ「髪掴まれずに済むし便利だよね…あ!あ!そーじゃなくって可愛い!似合ってるよすごく!」

 

おわり。

アレンは観察力高いので気付きはするけど「ライオンみたいでいいと思うぞ!」みたいな褒め方しかできないです。

ていうかトンクスがいるから髪切っても皆んな気付いても反応薄そう。



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5.怠惰のオスカー・フィッツジェラルド Ⅲ

 

「足癖の悪いことだ」

 

 窓を蹴破って礼拝堂に突入したロンを、オスカーは数多もの魔法弾で出迎えた。

 予め盾の呪文を展開していたロンだったが──その衝撃は想像していたよりも遥かに重たいものだった。盾越しからでも伝わる、その尋常ではない魔力。

 

「──ッ」

 

 けれど、まだ許容範囲内の痛みだ。キッと前を見据える先にあるのは、邪悪を煮詰めた罪業の化身。

──彼こそは、オスカー・フィッツジェラルド。

 

「扉から入らなかったのは良い判断だったな。罠魔法で出迎えてやったものを」

「あんたの考えてそうなことなんて全部お見通しだ」

「それは怖い。ではこれも“お見通し”か?」

「何を、……ッ」

 

 僅かな風の揺らぎと背に走る悪寒が、ロンの身体を動かした。ガラスの割れる音──頭上より落ちるシャンデリアに気付かなかった。

 魔法で影を消していたのか。音と衝撃に怯んだ瞬間を突いて幾多もの魔法弾が放たれる。

 障害物などお構いなし。下手に受ければ痛みで脚を止めてしまうと悟ったロンは、ただひらに走る。ネロやニホンの魔法使いのように、痛覚を肉体を分離する術を、ロンは持ち合わせていない。

 脚を止めたら最後、そこを狩られる。

 戦闘は徹底して狩る側でいるのが重要ということを、オスカーは経験上理解しているのだ──!

 

「『告解』」

 

 攻撃の合間に放たれる、黒色の呪い針。

 それはオスカーが人間の怨讐を一塊にした呪具で、極めて短い間ではあるが、生物に反応して自動追尾する性質を持つ。心臓の無い人間が生きている者の心臓を求めて飛来するのだ。加えて、ハリー程ではないが毒の呪いも込められている。

 一目見てその脅威を感じ取り、ロンは針を爆炎で弾いていく。同時、子供の悲鳴のような、痛ましい炸裂音。

 悍ましい──ロンは意識をそちらへ向けてしまった。

 

「気を取られたな」

「!?ガッ……ハッ」

 

 身体が吹き飛び、無様に地面を転がってようやく、痛みが追いついてきた。殴られたと理解をしたのは更にその後だったが、ムーディーにしごかれた身体は自動的に立ち上がって杖を構えてくれていた。

 腕を数ミリ動かすだけで激痛が走る。紅い力の身体能力の強化という恩恵は、オスカーは他のそれと比べて少ない筈だが……それでも常人ならざる領域に達しているといって過言ではない。

 ドロホフのような洗練された技術ではない。骨の髄まで響き渡るほどの、鋭くも純粋なパワー!

 

(畜生……っ、侮ってなんていなかったけど、それでもこいつは予想以上だ。空間の固定化、人形の同時使用……これだけの制限がかけられてるってのに、それでも僕より出力は上か……!)

「『叙聖』」

 

 高密度、高質量の呪いの厄災が地を這う。

 オスカーみたいなタイプが使う魔法などまともに受けてはどうなるかたまったものではない。ロンは基本的に回避で対応する。

 果たしてそれは正解だった。

 地は焦げ、グジュグジュとおぞましい音と共に厄災が広がっていく。どうやら簡易的な毒の性質を持ち合わせているようで、溶けた床から悲鳴の歌が聞こえた。

 オスカーは防御的な能力故に、自らの攻撃力は他の紅い力持ちに比べるとそれほどでもない。故に、その弱点を補うためにあらゆる呪具を携帯していた。

 

(しかし、この、呪いのマジックアイテムは──)

「気付いたか?これが、何で造られているのかを」

「…………ッ」

「生きた人間だよ。私はおよそ、恨みつらみとは縁遠い男でな。少し小突けば快く協力して貰えた」

 

 スーツの胸ポケットに収納できる程度に折り畳まれた持ち運び式の人の持つ憎悪と怨念。

 オスカーの左手に握られた闇の呪物を見て、軽く目眩を覚える。製造方法を想像してしまったからか──

 ぎり、という歯噛みの音が確かに聞こえた。

──ごめん。

──僕はヒーローにはなれない。貴方達を元に戻す術はないし、全員を救うことだってできない。

──その代わり奴は必ず殺す。

──僕にできるのは、それだけだ。

 

「道具に頼って、言葉で惑わせようとするなんて。そこまで落ちたか?オスカー・フィッツジェラルド。お前の浅ましい性根が手に取るように分かるぜ。あの世でせいぜい拷問自慢でもしてろ。

──フリペンド!!」

「『無冠』」

 

 ロンの魔法弾をいともたやすく相殺するオスカー。

 いや、あれは元より相殺を目的とした魔法のようだ。

 無冠──今は没落したと言われている純血一族、ファンガーソン家に伝わる魔術だが、簡易的なものであれば相手の魔法と全く同じ威力、速度の魔法を形成することのできる、相殺専用の魔法。

 勝利者の生まれない、まさに無冠の魔力。

 当然使い熟すにはそれなりの技術を要する上、魔力量にものを言わせてゴリ押しするタイプには不利だが……格下や拮抗した相手への対人戦ならば、これほど厄介な魔法もない。

 牽制が、牽制の意味を成していない。ただ普通の撃ち合いではこちらが不利になるだけだ。

 

(なら、これはどうだ)

「……ッ!花火か?これは!」

 

 ウィーズリーズとリー・ジョーダン御用達の『魔力を受けて増殖する花火』だ。

 魔力弾ではないため、奴も一瞬反応が遅れた。

 驚異的な速度であっさりと封印するも、ロンが隠れるくらいの時間は稼げた。

 

(僕が勝てる可能性なんて、百回やって一回あれば良い方だろう……その奇跡の一回をここで引くしかない……!

嘘と騙しで翻弄して、渾身の一撃を叩き込む!)

「そこか」

(嘘だろ!?隠れた意味がないじゃないかクソ!何でもう位置がバレてるんだ馬鹿!ふざけんな!)

 

 グリンデルバルドの吸血鬼としての能力のひとつに、幾多もの蝙蝠に化けるというものがある。

 オスカーの使用する人形もその性質が再現され、数は少ないが分裂して視覚を共有することができる。

 ロンを遠くから蝙蝠が観て、その光景がオスカーの頭の中に送り込まれていることに、ロンは気付いていなかった。オスカーはその特異な性格故か、並列処理能力と情報処理能力は群を抜いている。

 コツコツと、ロンが身を隠した瓦礫へとオスカーが近付いてくる。何か、何かしなければ──!

 

「……なあ、あんた!何であんたみたいなのが“怠惰”呼ばわりされてんだ!?そんな感じはしないけどな!」

「……言葉で惑わそうとするのはそれだけ追い詰められている証拠だとさっき自分で言わなかったか?」

(そうだよ、結構ピンチだよ今……!)

「まあいい……私はどうも感情が麻痺しているようで、子供の頃から何事にも全力で取り組もうとする気すら起きない人間でな。元々の素質は高い方だったらしいのでトラブルは起きなかったが」

 

 しめた。乗ってきた!

 今のうちに魔法糸と罠魔法をありったけ仕込ませてもらうことにする。卑怯だと言われようが構わないし、卑劣だと罵られようが心は傷つかない。

 口先一つで勝ちの目が生まれるならむしろ、それは誇るべきことだ。相手は人を人とも思わぬ卑劣漢なのだから誇りが傷つくような心配は……、

 

「全てに手を抜くから怠慢。普通に生きることは、私にとってただ何もせず寝っ転がっているのと同じ……そして私にとっての殺戮とは、酒や煙草などの娯楽に近い。

 ただ寝ているだけか、寝っ転がりながら酒を飲んだり煙草を吸ったりお菓子を食べたりでは、後者の方がより堕落しているだろ?

 生きているだけで怠慢、その上で遊び呆けるので怠惰というわけだな。これはもう生まれ持った性質のようなものだ。初めての殺人は親だったが……あれは何にも変え難い至福だった……」

(……………)

 

 咎人の清々しいまでの罪の告白は、ロンの想定していた邪悪のおよそ斜め上を行っていた。

 優先順位、価値観の問題だ。

 オスカーは食事をすればそれが美味かどうか分かる。音楽を聴けば上手いかどうか分かる。けれど、それらで感動したり幸せになることはない。

 この世界の幸せを理解できない。

 その代わりに、未知なる快感に幸福を感じてしまった哀れな生き物なのだ。

 おぞましいものに価値を見出して、何よりも価値のある宝物を、身近な幸福を棄てたことを分かってない。

 ちっぽけでも、しあわせは近くにあるものなのに。

 

(まあ……僕も非日常に惹かれてたクチだけどさ……)

「──人生とは映画のようなもの。時と共に段々とフィルムが巻かれていく……そして面白い映画があれば楽しいし、泣ける映画なら泣くだろう」

「………………」

 

オスカーは淡々と綴ると「だが、」と一拍置いた。

 

「──つまらない映画はどうだ?あまりに凡庸で退屈でありきたりで、内容が頭に入ってこないような浅はかな映画。そんなものを観たとて何の感慨も湧かんし、湧きようもない。だって面白くないからな。

 駄作ならば一周周って観る価値はあるかもしれんが、凡作は時間を無駄にしているのと同じ。一生に一度しか観れないのなら、面白い映画でないとな」

 

 ……ダメだこいつは。

 

「──私にとっての凡作が、お前達の求めるありきたりな日常というやつだ」

「ああ、もう分かった。哀れな奴だよ君は。殺人が趣味のクソ野郎の言うことなんて聞くんじゃなかったな……無駄にした時間を返してほしいぜ」

「魔法糸を仕掛けておいてよく言う……」

 

 オスカーの杖先に、緑色の光が宿る。

 すかさず、ロンは魔法糸に魔法を乗せる。糸を通じて超高速で魔力が飛び、奴の身体へと肉薄する。

 が、次の瞬間に驚愕とともにロンはその場を離れる。

 逆にオスカーの魔力が魔法糸を通り、ロンの魔力を飲み込んで、こちらに逆流しててきた!魔法糸を逆に利用されてしまったのだ。

 慌てて椅子の影から飛び出して、地面を転がる。

 ぶつり、魔法糸が魔力負荷に耐えられずに千切れる音と共に、紅い力の図抜けた出力で放たれた魔力弾の雨が再び降り注いだ。

 

(くそ、魔法糸が駄目なら罠に嵌める方法で……)

「んん……中々難しいな。こうか!?」

「────!?」

 

 自分達がよく使う技を真似られたことに、まずは言いようのない不快感を覚えた。

 魔法糸を、使っている。

 オスカーを中心として、蜘蛛の巣のように魔力の糸が展開しているのを、確かにハッキリと目視した。目に見える以上、魔法糸の隠密性という強みこそ失われてはいるものの、射程と数に関してはロンの数十倍以上。

 魔法糸の特徴は『魔力が少ない者ほど使いやすい』という点である。たとえばダンブルドアが魔法糸を使おうとしても、彼の雄大かつ強大な魔力は隠そうと思って隠せるものではないので、隠密性は失われる上、大量の魔力を細い糸状にするのには時間がかかりすぎる。そんな手間をするくらいなら、普通に攻撃した方が早い。

 背が高いほど上のものを取りやすいのと同じくらい単純な理屈だ。それをオスカーは……やや不恰好な形とはいえ、成し遂げた。凄まじいまでの学習能力だ。

 

 縦横無尽、あらゆる軌道を通って魔力弾が駆け巡る。

 変則的で隙がない──避けるのは無理。受けに回り、合間を見て魔法剣で糸を切っていく!

 軌道にさえ気を配れば──そう思考したところで、足首に鋭い痛みが走ったのを感じた。

 

 太い魔法糸の中に、ほんの僅か数本だけ、細い糸が伸びている。意図的に視界の端に設置されてあり、一瞬見ただけでは気付かない程にそれはか細い。

 ロン達の使う魔法糸はほとんど不可視なので、これでもまだ太いのだが──太いのが目眩しになって気付かなかった。体勢が崩れ、転んでしまいそうになる。

 すかさず強烈な一撃をもらってしまった。防御したものの、やはり重たい──!

 

「がッ……はっ……!」

「私には少し疲れる技術ではあるが……些か便利だな、この魔法糸とかいうやつは」

(それはハーマイオニーの考案だっての……!)

「さあ、もう少し本数を増やすとするか!

 ……うん?おっと!」

 

 オスカーの何十、何百もの魔法糸の中に、ほんの少し違う魔力を感知する。パッと飛び退くと魔力が走り、スーツが少し焦げた。偵察用のコウモリが捕らえた情報、そして魔法糸を使っていたからこそ気付けた小さな違和感を見逃さなかった。

 ロンの魔力に似ているが少し違う……これは……。

 

「隠れてないで出てこいよパーシー。こっそり忍び込んで隙を伺っていたな?」

「パーシー……!?」

(クソ、バレたか。そのまま気付かず死んでくれれば楽だったんだが)

 

 思わぬ援軍。

 ロンが先程蹴破った窓の向こうから、パーシーが密かに魔法糸を伸ばしていたのだ。兄の登場に、ロンはほんの少しだが安堵を覚えた。紅い力の幹部相手に一人で立ち向かうのは、流石に荷が重かった。

 オスカーの挑発にパーシーは答える様子がない。それでいい。姿さえ隠していればオスカーも迂闊には手を出し辛いだろうから。

 

「ふ、まあいいさ」オスカーは肩をすくめた。

「お前は私に復讐しに来てくれたのか?私に心酔していただろう!裏切られた気分はどうだった!」

「──ああ、怒ったよ。従うべき人を間違えた自分自身の馬鹿さ加減にさ……!!」

 

 パーシーは窓越しに魔力弾を次々と発射、ロンはその隙にオスカーから距離を取った。下手に攻撃すれば無冠で相殺され、向こうのペースとなるところだが、パーシーはギリギリオスカーの当たるか当たらないかくらいの位置を狙って撃っている。

 奴を動かすための弾丸、ということだ。

 

「………チッ、目眩しか」

 

 パーシーは魔力弾の合間に、瓦礫を飛ばした。

 それ自体は大した攻撃ではないが、黒色のブロックがオスカーの視界を一瞬だが黒く染めた!

 

「フリペンドォ!!」

 

 オスカーの左脚を一筋の紅い閃光が貫いた。

 威力と引き換えに弾速を得た一撃。有効打というものは、必ずしも必殺という訳ではない。

 『後にひく』負傷……脚を負傷したオスカーの思考は攻めから守りへとシフトした筈だ。倒すべき敵はロンの他にも大勢いる。これ以上ダメージを負いたくないと考えるのが心理だ。

 ムーディーの教えに忠実に動くべし、だ……!

 

「果たしてどうかな?」

 

 奴の脚に、薄らと影がコーティングされてある。

 グリンデルバルドの紅い力を応用して防御膜にしているのか。ダメージは殆ど吸収され、奴の脚を少しぐらつかせた程度しか攻撃が通らなかった。

 オスカーが狂笑しながら魔力を放たんとする。

 

──それで、いい。

 

 脚に気を取られたオスカーは、頭上より落ちるシャンデリアに直撃してしまった。瞬間、呼吸が失われ、鉄の匂いが口内を充満する。

 先刻のシャンデリア落としを真似たか……!

 オスカーのグラついた頭は思考する。ロンがオスカーの目を盗んで天井へ攻撃していたのか、はたまたパーシーが派手な攻撃の合間に狙ったか。

 おそらく後者。被弾箇所を目で追ってしまったが故の失策で、多分事前に決められていたフォーメーションなのだろう──が──違う、考えるべき箇所は、分析するべきところはそこではない!

 ロンはオスカーのその思考をブチ抜くかのように、シャンデリア越しから魔力弾を乱射した。

 オスカーに与えてはならないのは考える余裕だ。手数の多さで圧倒するタイプの奴に思考の隙を与えてはならない!

 

「『祓聖』!!」

 

 オスカーの呪具がシャンデリアを呪い殺す。

 即座にオスカーは呪いの影から現れ、死角よりロンを狙わんとして──逆にフリペンドを叩き込まれる。

 読まれたか!今度こそ強く重たい衝撃が腕に着地し、痛みでチカチカと光が舞う。

 ロンに合わせるように、視界の端でチカリと魔法糸が光るのが見えた。前方からはロンの攻撃、後方からはパーシーの射撃。

──問題はなし!

 

(パーシーの射撃には無冠で対応!ロン相手には──直接殴り抜ける!)

「ロン!!オスカーの拳に気をつけろ!!」

「気をつけろったって……ッッ!!!」

 

 ぱん、気持ちの良い音ともにロンが吹き飛ばされる。

 ロンは壁へと叩きつけられ、動かなくなる。気を失ったか、それとも失ったフリをしているだけか。

 紅い力でブーストされた身体能力。先程もロンは喰らっていたが、オスカーの打撃は洒落にならない。ましてや直撃したのだ、その激痛たるや想像を絶する威力。

 距離が近かったので綺麗にクリーンヒットした。まずは余計な知恵の回るこいつから殺す!

 『弟を守れなかった兄』というのは……中々に面白い図式だッ!

 

「──────ッ」

(何だ!?オスカーの奴どうして急に倒れた!?……ロンが何かしたのか!)

 

 急速に身体から力が失われ、かくんと膝をついた。

 原因はすぐに判明した。オスカーの腹部に刺し込まれた呪い針──『告解』!打撃の瞬間に刺したか……!

 オスカーが使っていた呪い針をいつの間にかロンが拾って今まで隠し持っていたか。抜け目のないやつ……!

 呪いが損傷部から脳内と反響し、怨嗟と苦痛、悲鳴の声がガンガンと叫びをもたらす。肉体的な傷だけでなく精神的にも追い詰めるための呪具だが──

──むしろオスカーはギチギチと笑った。

 ああ、早く、こうしたい。

 お前達で早く遊び尽くしたい──!

 

「呪いがどうした!攻め方は変えんさ!ロン!お前は手ずから殺して嘆きを愉しんでやる!」

「──やめろ!!」

「やめるかねこの娯楽を!やめないね!!」

 

 パーシーが進路を遮るように魔力弾を乱射する──だからどうした。距離が近まったところでそれが攻撃呪文ならオスカーは無冠で対応できる。

 加えて、万が一パーシーが呪い針を持っている可能性を考慮したとしてもロンを殺すのが早い。

 片手間に魔法弾を処理する。

 オスカーは殴打で頭を殴り潰さんと迫り──

──殴るフリをして、直前で祓聖を叩き込まんと体勢を変えていた。本能的な警戒と、ロンがここであっさりやられる訳がないという確信。

 

(お前なら──カウンターで起き上がるくらいはしてくるだろう!?)

(まぁ──このくらいのフェイクはバレるよな……!)

 

「叙聖!!」

「フリペンド!!」

 

 ロンが狙ったのは地面。

 オスカーと正面からぶつかり合えばロンが一方的にやられるしかないため、足場を崩してほんの少し角度を変えてやることで何とか事なきを得た。

 壁沿いに駆け出すロンを追い、オスカーも走る。その疾走を阻まんとするのはパーシーだ。

 

「お前は後!」

 

 成人男性を蹴り飛ばしロンを追うオスカーは、気付くのが遅れた。ロンが魔法糸を“伸ばしながら”走っていたことに……!

 パーシーの影に隠れて見えなかった……!!

 

「ステューピファイ!!」

 

 ロンの狙いはドンピシャ。

 顔面にモロに失神呪文を喰らわせてやった。とはいえ紅い力の魔力耐性は目を見張るものがある、多少の呪文ならば無理矢理耐えるだけのタフネスがあるだろう。

 そうであるならやるべきことは限られる。

 至近距離、ゼロ距離から何発も魔弾を撃ち込む!!

 もう一本の呪い釘、告解を心臓に刺す!!

 そしてロンの魔力出力なんぞたかが知れてるので、とりあえずまずは釘を刺すところから初め──

 

──手首を掴まれて阻止されてしまう。

 そのまま流れる水の如く自然に腕を捻られ、釘の針先が此方に向けられたかと思う暇もなく、オスカーの剛力で無理矢理肉を貫かれた。

 湧き上がる絶望の声──混濁する呪いの深層。

 頭が割れんばかりの呪が肉体を蝕んでいく。

 

「ぐあああああああっ!?」

「ローーーンッ!!クソッオスカーの奴、何をした!?確かにロンの魔弾は奴の頭を狙い撃った!」

「……が、ふふ……何てことはないさ。私が彼なら頭か心臓を狙うだろう、そう確信していただけだ」

 

 眼鏡が砕け、セットした髪も血で乱れたオスカーはなおも笑っていた。

 魔法糸への対処法は、極論、魔法で感知して躱すか、不意打ちされても耐えられるくらい魔力防御するかの二択に絞られる訳だが──オスカーは後者を選択。

 『ロンが魔法糸を使うならここを守っておく』という無意識下の警戒が対応の速さに繋がった。

 とはいえ──流石にギリギリだった。

 ダラダラと流れる血がオスカーの負傷を表している。

 これ以上の戦闘継続は少しキツいか。余力を残さず、ここで全て出し尽くす方が良いだろう。

 それもこれも、ロンがまだ生きているならの話だが。

 告解は五人の人間の骨から錬成された、精神を焼く毒性の呪い釘。少なくとも、常人が喰らえばただで済むような代物ではない。

 

 ああ……やはり。

 顔面を蒼白にして、血走った瞳で。立っているのすらやっとという顔だ。考えていることが手に取るように理解できる。

 膝に力が入らない。魔力も澱み、更には先刻から肉体が訴えている疲労と痛みを無視できなくなってきた。

 激痛、苦痛、鈍痛。

──そして、だからどうした、という感情。

 

「何も問題は無い……!!」

「互いにな……!!」

 

 オスカーが立つのはひとひらの愉悦が為。

 ロンが立つのは燃え上がるような意地の為。

 互いが互いに血を吐き、それでも戦いから背を向けることはしない。

 

「……がふっ……くく……空っぽな奴だなお前も」

「は?」

「別に闇の帝王に首を垂れて服従しても良かったのに、正義感とやらでそれを拒み、来たくもない戦いにも参戦してる……ヒーローになりたいだけの、自分の承認欲求と虚栄心を満たすためだけの薄っぺらい動機だと思ってね……!私と同じだ。

 所詮、私に限らず大抵の人間は価値のないクズ。ならばこそ好きに闘ろう、ロナルド・ウィーズリー。クズ同士思うがままに暴れよう」

「初めて意見が合ったな」

 

 ロンの燃え上がるような髪が揺れた。

 殻が割れる。ロナルド・ウィーズリーという男は、かつて『兄貴や妹達には素晴らしい才能があるけれど自分には何も無い』と劣等感と嫉妬を抱えたただの少年でしかなかった。

 今は少し違う。

 たまに羨ましいと思う時もあるけれど、それと同じくらい誇りたいものが、自分の掌の中にある──!

 

「だが一つ間違えてる──僕はもう、誰かから認められたいだとか、凄い自分になりたいだとか、ヒーローになりたいとか!そんなものからは卒業したんだ。僕はそんなもんよりも大事なものをもう持ってた!

 あのくだらない、何でもない日々を守るためだったら命を賭けるぜ僕は……!!僕が戦う理由なんて、それっきゃないなァ!!」

(おいおいそれは悪手だろう──!?)

 

 ロンは右手に魔力の光帯を収束させていく。

 紅く、紅く、燃え上がるような赤い色。

 矜持と勇気の結晶、この槍に嘘はつけない。

──ウィーズリー家は勇猛たる獅子の心臓を脈々と受け継ぐ一族。その歴史の研鑽が一つの武器を造り上げた。

 けして真っ直ぐではないけれど、停滞することのない螺旋の槍。其処に至るまでに数多の錬磨が折り重なった決戦魔法術式。

 その名は──

 

 

 

 

 

「『英雄の──槍(ロンゴ   ミニアド)』ォォオオオオオオ!!!!」

「“面白い”!!神槍──オスカァァァアアア!!!」

 

 

 

 

 

 二振りの槍の大激突!

 渦巻くは魔力の奔流、ぶつかり合うは互いの矜持!

 光り輝く剛直の清廉なる槍が、捩れ捻れた紅蓮の突撃を正面から受け止める。

 単純な魔力出力ではしかし、オスカーの方が上。

 けれどけれども──英雄の槍にはウィーズリー一族が付与したとある特性が備えられているのだ!

 

(皆んな!!頼む!!)

「──言われなくともだ、ロン!!

 僕達がここにいる──その槍の輝きが何よりの証拠だ!!!」

 

 それは心を通わせた者の魔力を槍の力へと変換するという特性──仲間が多ければ多いほど、加速度的に威力が跳ね上がるというもの!

 今ここには、ロンがリーダーを務めたダンブルドア軍団が勢揃いしており──彼等は何度も、何度も危険を共に乗り越えたことで仲間意識と強い絆が生まれていた!

 槍は輝きを増す。

 槍は加速する!

 如何なる大質量をも打ち穿つ一本の線となる!

 

 対して!

 

 オスカーの槍はただ純然たるシンプル!自分が出来得る限りの魔力放出を直線上に放つ破壊光線!

 しかしその魔力は極めて大きく、そして重い。何故ならばオスカーは自身の呪具のエネルギーすらも魔力として転用しているからだ!

 元は命だったそれに死を強制し、燃やし尽くすことで文字通りの命の輝きとして放出している──その結果がこの神聖なりし邪悪の槍!

 

 世界が揺れる。

 地面に、いや、大気に亀裂が走り、世界そのものがこの衝突に耐えかねている。世界が悲鳴を上げている。

──少し待て。こいつを倒すまで泣くのは待て。

 そう言わんばかりの激烈たる両者の眼光。

 そして──拮抗していた槍は少しずつ、ロンの側へと押されていく。ロンが押し負けている……!

 

(重い、重い、重い……!!)

「ロン!!踏ん張れ!!負けるな!!!!」

「こんな隠し玉があったとはな……!最高のタイミングで撃ち込みたかったと見える……が……残念なことにいつ使おうが結果は変わらんかったようだな!!」

 

 オスカーは嘲笑う。

 ロンの行動を逐一観察していたオスカーだから、殊更に理解できる。ロンに他の手は残されていない。同じくパーシーも、いやダンブルドア軍団全員もこの魔力激突に手を貸すしかできない。

 ロンの顔に、ほんの僅かに恐怖が刻まれたのを見て、オスカーは確信した。この戦いを制すのは自分だと。

 紅い力は更なる滾りを上げていく──ロナルド・ウィーズリーという男の底に、今触れた。確かに触れた。

 ここが限界点。

 ここがロナルドが出せる最高出力点。

 うん──一足飛びに追い越していける!

 

「ハハ──ハハハハハハハハハハハァアアアハハ!!」

 

 全霊を振り絞ろうとも──

 全力を搾り尽くそうとも──

 運命を変えることなど出来やしなかった……!

 面白い。この勝利が、ではなく。ロン達の敗北が愉快で堪らない。どんな絶望の貌を見せるのか。どんな嘆きを聴かせてくれるのか。

 楽しみだ。楽しみで楽しみで堪らない!

 見たい、見たい、見たい!

 この愉悦を楽しみたい!

 ああ、人間は沢山いるのだから拷問してもいい!嬲り殺してやってもいい!まだまだ試したいことが沢山あるのだ!勝利の後の苦渋を早く味わわせたい……!!

 

──ヒトが苦しむのを楽しみたい!!

 

 

 

 

 

──がくん。

 

(おかしい……何故だ)

 

 押されている。

 押し負けている。

 少しずつ、少しずつ、オスカーの神槍が、後退してしまっている。何故だ?何故だ?分からない。

 ロンの槍は依然変化はない。威力が増大しているわけでも、勢いが増しているわけでもない。何か新しい力に覚醒したわけでもない。

 万が一、覚醒したところでその上から捩じ伏せるだけの威力がこの神槍にはある筈なのに。その筈なのに。

 何故だ。何故、何故──

 いや……

──ロンの槍が強くなっているのではない。

──オスカーの槍が弱くなっているのだ……!

 

(力を吸われている?違う。誰かの妨害?違う。

……私、か?私が一人でに魔力を失って……!?)

 

 人形をこちらへ持ってこようとする──失敗。

 建築物を動かそうとする──失敗。

 ……これは……紅い力が消えているのか……!?

 誰かがヴォルデモートを倒したのか……!?可能性としてはなくはないが……!

 ピシリ、神槍に亀裂が走る。

 最早激突は秒読みだ。

 呑み込まれる。力が消える!自前の魔力を回そうとするももう殆ど残ってはいない!

 何故力が消えた……!?

 何故、何故、何故──!

 

「さっき言ったな。何事にも本気で取り組めないから、ただ生きているだけで怠慢。その上で遊び呆けるから怠惰なんだって──」

「…………!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オマエ──遊びにマジになりすぎだ!!」

 

「ぐ、ぁ……!!こ、んな……!!ぐぉぉぉぁああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砕け散った空間の欠片が歪みを呼ぶ。

 

 オスカー・フィッツジェラルドの敗因は、殺戮や蹂躙を楽しみすぎたこと。遊びも度が過ぎればそれはある意味で勤勉と言える。

 『遊び』に実直で真面目に取り組む姿勢──それは怠惰と言えるだろうか?断じて否である。

 気まぐれな破壊から積極的な鏖殺へと、オスカーの性質が変化したことで、彼は紅い力に見放されたのだ。

 

 オスカーは最後の最後で怠惰でなくなった。

 

 

 

──世界が崩落する。






次回、オスカーの終わりになります。

オスカーという名前は、『ありふれた名前にしよう!』というコンセプトで色々探した結果、某ハリポタ二次小説を読んで決めた名前でした。
しかしそれから検索すると色々なことがわかり…。
オスカーは古英語で「神の槍」という意味で、アーサー王物語の槍が名前のモデルだろうロンとモチーフが共通していたり、ロンの相手だったドロホフが魚の魔法を使うんですが、オスカーという名前の魚がいたり、なんかもう本当に色々奇跡的なキャラクターでした。


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6.嫉妬のピーター・ペティグリュー Ⅰ

オスカーが全力を出したのはロンとの槍合戦の時が人生で初めてです。
基本的にすり抜ける能力と性格的な問題で本気を出した経験がなかったのだと思われます。


 

「……ッ!」

 

 耳の半分を失って気絶していたジョージが、勢いをつけて飛び起きる。戦闘中に気を失っていたなんて、笑い話にもなりやしない。

 ここは……先刻までのモノクロームな空間ではなく、ヴォルデモートの居城か。いつの間に戻ってきたのか。

 皆んなは……皆んなは無事なのか?

 

「落ち着けよ兄弟、オスカーは倒した。俺達の誇るべきお兄様と、可愛い末弟がな」

「……マジか?マジか……やったな。ロン、パーシー」

 

 口角を吊り上げるジョージ。

 それだけで全身に激痛が走ってしまう。……受けたダメージも、消費魔力も激しい。もう全力で戦闘できるだけの余裕は残ってはいないだろう。

 もっとも、それはDAのほとんど全員に言えることだろう。ジョージが見渡すと、DAのメンバー同士で治癒呪文をかけ合って、何とか肉体を保たせようとしている最中のようだ。

 それでも殆どは満身創痍といった状態で、魔力を使いすぎて体調が悪くなっている者や、疲労困憊している者が散見される。まだ戦えるのはルーナやチョウ、あとはせいぜいジニーくらいのものか。

 

「ジョージ、バーニィったらすごいのよ!音魔法で相手の注意を引きつけて皆んなを守ってくれて……!」

「ジニーこそ、絶え間なく全員をサポートしてたじゃあないっスか。オスカー戦のMVPは間違いなくロンとパーシーでしょうけど、ジニーも準MVPくらいは貰っていいんじゃないスか?」

 

 

 

「……?そのロンとパーシーはどうした?」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「──なあロン、お前が探し回らなくたっていいんじゃないか?」

 

 決して少なくない傷を負ったロンを気遣うように、パーシーは声をかける。

 ロンの肉体には、文字通りの呪いが刻まれ、暫くは動き回るのも困難なほどのダメージが残っている。ふらつくロンの肩を支えつつ、二人はゆっくりと歩を進めた。

 

「あれだけしぶとかったオスカーだぜ。まだどっかで生きてるんじゃないかなと思うのは当然だろ」

 

 そう、オスカー。

 奴の死体を、ロン達はまだ確認していない。

 オスカーの能力は異界を創るのではなく、正確には異界と繋がる能力だった。だから紅い力を失った今、オスカーもまた現実世界へと戻ってきている筈なのだ。

 ロンが警戒しているのは、奴の能力そのものよりも、直に浴びた底無しの悪意。追い詰められた奴が何をするか分からない。だから、ロンはパーシーを頼って城内部を探索していた。パーシーには……色々と酷い裏切りを受けてきたので、文句を言いながらも言うことを聞いてくれる唯一の兄だった。

 

「探すのはいいが、お前の身体の心配をしてるんだ。他の奴に任せていいんじゃないかってことだ」

「…………」

「…………」

「……ああ、クソ。兄貴の言う通りだよ。その通り、ではあるんだけどさ」

 

 叱られた仔犬のようにバツの悪そうな顔をした。

 パーシーから怒られるのは久しぶりだ……。

 調子が狂う。

 

「オスカーはさ、人間の悪いとこを煮詰めたみたいな存在だった。目先の私利私欲に囚われ、自分の快楽のために生きて、他者は全員蹴落とすような……。それが行き過ぎてて一周回って人間じゃなくなったような奴だ。

 だからこそ、怠惰を貪ってきたアイツの末路を見て、確認したいんだよ。自分のためだけに都合良く生きてるとこうなるって。

 ……僕は、とても調子に乗りやすいからさ」

「…………。そういうことなら、僕も賛成かな」

 

 ロンも、パーシーも、弱いところがある人間だ。

 そのために過ちを犯すし、間違った方へと進むし、目先の幸福のために馬鹿なことをやらかしてしまう。

 その度に何度も仲間や家族のことを思い出して、踏み留まることもしてきたが……オスカーはそれができない存在だったのだ。

 いずれ、大切な人達からも呆れられて、本当に大事なものを失ってしまう前に、踏み留まりたい。

 オスカーを探す動機などそんなもの。

 結局は、これからの人生を楽しく生きるために安心したいだけなのだ。

 

「──ふ、はははぁは、はははは……」

 

 そして、オスカーは見つかった。

 仰向けに、吊られた男のタロットのような姿勢で、瓦礫の上に寝そべっていた。呼吸は荒く、か細い。鼻より上が血塗れで、潰されているようだった。

 魔力も感じられず、杖も見当たらない。ごぽ、と血を吐くだけの肉塊と成り果てていた。ヒュー、ヒューと音を発するそれは、ぴくぴくとまだ息をしていた。

 

英雄の槍(ロンゴミニアド)との衝突で押し負けた後に、異界との接続が完全に切れて現実世界へと帰還し──そしてその衝撃を紅い力抜きでモロに喰らってしまったんだ。だから、周囲に瓦礫や破壊の痕跡が残っているってわけか」

「柱が壊れてる。しばらくすればここも崩落するぞ。早いとこ離れなきゃ……」

 

 思えば哀れな生き物だ。都合の良いことを言って自分から人の信頼を裏切るような真似をして、アンブリッジを唆し、彼を慕っていた生徒の気持ちを踏み躙り、死喰い人として好き勝手に自由気ままに生きていた。彼の言うことが本当なら親殺しだってしているらしい。

 その結果が、これだ。オスカーに復讐したいと思う存在とは戦えず、彼の人生最後の決戦では取り立てて因縁もない男に負け、自らの紅い力にも見放され、こうして敗者として転がっている。

 助けてくれる者もない。そのような生き方をしてきていないから当然だ。

 人を殺す、否、害することでしか幸福を得られない。

 普段は合理性に基づいて稼働する人形は、他者を害した時にのみ人間へと戻るのだ。

 

「そこにいるのか?ロン……そこかぁ……?」

「!目が……?」

「何処だ……いやに静かだがここはまだ私の世界の中なのか……?一体、何なのだ?ここは……何だ?」

「…………耳もやられちまってるみたいだな」

 

 致し方あるまい。

 英雄の槍(ロンゴミニアド)は仮にも一族相伝の魔術奥義。

 全霊燃やして貫き通す決戦術式をその身に喰らって、ただで済むはずもない。オスカーはもう死に体だ。

 このまま放って置いても死ぬ身だが──

──今殺せば、仇打ちもできるか……。

 

「はは、ははぁはは……そこに誰かいるのなら私を殺してみろ……くくく……私はお前達の家族を殺し、蹂躙した人間だぞ……殺したいだろう?くくはは……」

 

 オスカーの狙いは分かっている。

 誰かに殺してもらうことで、その人の怒りと苦しみを直に感じたいのだろう。

 オスカーに負けという概念はない。死ぬまでちょっかいをかけ続けて、それに怒ったり憤ったりするのを見て面白がるような性格だ。

 人の神経を逆撫ですることばかりを考えて、自分はゲラゲラと笑い転げる男──それがオスカーだ。

 

 

 

 

 

 だから。

 もうこいつには構わない。

 

 

 

 

 

「もうあんたには何もしないし、何もされたくない。僕達はあんたを見て、弱い自分を忘れないようにしたいだけだ。……じゃあな先輩。

 取り入って情報を得るためだったとしても、魔法省で浮いてた僕の面倒を見てくれたのだけは嬉しかった」

 

「生憎と、僕はくだらない日常を過ごすのに忙しくってね。復讐だの何だのはやりたい奴がやってくれ。そんで僕達に関わらないでくれよな」

 

 二人は踵を返して、さっさとその場を後にする。

 オスカーという害悪……有害な煙は窓を開けて放置するに限る。この世から完全に消し去ることができないならせめて、たまに窓を開けて霧散させるしかないのだ。

 人の闇とは、煙のようなもので、放っておくと籠ってしまう。窓を開けっぱなしにすると今度は別の災いが降りかかるだろうが、閉じっぱなしも良くないのだ。

──きっと誰しもがオスカー・フィッツジェラルドのような凶悪な精神性を心の何処かに飼っている。

 奴の全てを否定はしない。

 が、奴のようにだけはなりたくない。

 確認はできた。

 心の中に棲まう怠惰の怪物と訣別したらもう、末路まで見届けてやる義理もない。

 

 後はもう、帰るだけ──。

 

 

 

 

 

「──おぉい、何処だ……何処だ……?誰か、誰かいないのか……?誰でもいい……誰か……」

 

 

 

──最期は断罪の丘で独り死んでいく。

 

 

 

「誰か、私を殺したい奴はいないのかァア──……?」

 

 

 

──オスカーは復讐と悪意によって死ぬのではなく、見放されて孤独に死ぬのだ。

 

 

 

「誰か……誰か……」

 

 

 

 或いは、もう少しだけ時間があれば、オスカーが自分自身の境遇そのものを面白く思い、自らを侮蔑し、度し難いまでの救えない男としてその生涯を終わらせることができたのかもしれないが。

──そんな暇すら彼には与えられず。

 

 

 オスカーの顔面に瓦礫が落ちた。

 

 

 

 

 

「ぁぎゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

──オスカー・フィッツジェラルド『死亡』──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ……」

「おいロン、やっぱお前の傷癒えてないんじゃないか。結構無理を推して来てたんじゃないかおい」

「無理しないと勝てない相手だったろぉ!?もうお説教はその辺にしてくれよ」

「あぁ……畜生、かく言う僕もさっき変なとこに頭をぶつけたみたいでな……正直言うと、歩くのもちょっとキツくなってきた」

「嘘だろ!?……あぁ、クソ」

 

 

 

 

 

「ぐだぐだだな、僕達」

「まったくだ」

 

 頭から倒れそうになるロンとパーシーは、誰かに支えられて踏み留まった。

 背の高いハンサム顔とがっしりした筋肉……ビルとチャーリーだ。二人の兄に支えられて、どうにかバランスを取り戻した。

 

「よ、お疲れさん」

「兄貴……」

「聞いたぜ、我が弟達が幹部を倒したってな。まさか、ってやつだ。この間まであんなに小さかったのになぁ」

「いつの話をしてんだよ」

 

 ぐしゃぐしゃに頭を撫でられたけれど、別段、悪い気はしなかった。

 ビルとチャーリーは別働隊で戦っていて、オスカーとの戦いには参加していない。先程、DA連中と合流して事情を聞きつけてロン達を探しに来た、らしい。

 

「何だ何だ、元気ねぇなぁ」

「生意気な。せっかく首級を上げたんだ、もう少し嬉しそうにしろよ」

「アー…」

「……なあ、二人とも。オスカーは魔法省時代、確かな仕事ぶりと細やかな気遣いで一目置かれていたんだ。

 そりゃあアンブリッジの金魚の糞扱いする奴もいたし、立場上嫌う奴もいたけど、実際にあいつの近くで仕事をしていた人は少なからずオスカーを評価していたし、やりやすいって言ってたよ。

 ……でもあいつにとってはそれは退屈な演技でしかなくって、奴の空虚を満たすための要因には成り得なかったんだ。周りからあれだけ信頼されてたのに……その幸せに最後まで気付けなかったんだ」

「…………」

「僕はそれが、哀れでならない。ロンも同じ気持ちじゃないか?何かきっかけ一つ違えば……僕等もあいつみたいに歪んで……間違えて……目先の欲に溺れて、どうしようもない馬鹿に成り下がってたかもしれない。

 あいつに同情する訳じゃないけど、その一点だけは、哀れだって思うよ。本当に」

 

 ロンも、パーシーも、劣等感に押し潰されて欲に溺れた経験があるからこそ……私欲のまま生きるオスカーが自分の写身のようで、怖かったのだろう。

 もし、シェリーやハーマイオニー、ホグワーツの皆んなと出会わなかったら。そんなイフを考えると、ぞくりと身震いがする。

 

「その発想ができるってことは、お前さんは人の痛みや苦しみを分かってやれる人間だってことさ。

 間違えたっていいんだよ、二人とも。馬鹿やらかしたっていいんだ。その度に俺達が体張って止めに行ってやるからさ。同じ失敗さえ繰り返さなきゃ、人間どうにかなるもんさ」

「ロンも、パーシーも、あいつとは違う。ウィーズリー家の誇るべき一員だ。俺たちの誇るべき男は失敗から学べる人間だって、俺達は知ってるからよ」

「……兄貴」

「さあ!いっちょ次の指示を出してこいよ、リーダー!」

 

 背中を叩かれ、二人は皆の下へと戻っていく。

 愛しくも馬鹿らしい、仲間の下へと。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「のらりくらりと……勝負を引き伸ばしてばかりでは熱も冷めるぞ?アバーフォース。俺様を倒そうという気概もなしに、俺様を相手取れるとでも思ったか?」

「ハーッ、ハーッ……」

 

 ゼイゼイと、肩で呼吸をするアバーフォースに、容赦なく夜の海風が吹き荒ぶ。北海に浮かぶこの闇の帝城の最上階とも言うべき──屋上フロアにて、二人の魔法使いは激戦を繰り広げていた。

 いや……その実、消耗しているのはアバーフォースの方だ。ヴォルデモートの第一神器は数の暴力、界域の物質的支配である。純粋に魔法の技量が高いアバーフォースであるからこそここまで保っているともいえるし、ここ止まりであるともいえる。

 ダンブルドアにグリンデルバルドといった天性の怪物にはどうしてもあと一歩届かないし、最強に興味は無かったのでその一歩を埋める努力もしなかった。

 まさか人生も終盤に差し掛かって、こんな……埒外の強敵と命のせめぎ合いをしなければならないなど、全くもって悪い冗談だ。

 

「……。なあ、アバーフォースよ。あの小僧どもにそれだけの価値があるか?お前ほどの男の命を賭ける価値があると?」

「価値があるから守るんじゃねえ。ジジイがガキ守らねえで何守るんだマヌケ」

「こりゃ驚いた。隠居爺かと思いきや、経験を積んだ老兵ときたか!お前がそれほど連中に入れ込んでいるとは思わなんだぞ。兄弟揃って教育者の資質があるのやもしれんな!」

「俺は先公にはなれねえよ」

 

 アバーフォースの心にふと過ぎる、一条の思い出。

 愛し合い、別れて……そしてここによく似た彼の地にて奇跡の出逢いを果たした愛しいあの息子。

 あの子が笑える世界を創ろうなんて大望を嘯くつもりも、その気力も残っちゃいない。だからせめて、あの子が誇れる土産話を持って行ってやらねばなるまい。

 俺が不甲斐ない男として一生を終えちまったら、あの子の名誉に傷がつく。何も与えられなかったぶん、何も奪わせやしない。

──そのついでに、ガキどもを守ることができりゃあ、それはもう万々歳ってもんだろう。

 

「貴様には貴様なりの流儀があるようだが、俺様の思想には合わんな!……」

「思想だあ?お前に大層な目的があるようには到底思えんがな。世界征服するにしちゃあ動きがノロいし、革命を起こすにしちゃあちと必要な犠牲とやらが多すぎだ」

「好きなことを、好きな時に、好きなようにやる。最大限のこだわりを持ってな。俺様にあるのは、言ってしまえばただそれだけ……楽しめればそれで良い」

 

 世界を揺るがす力を持っていながら、片田舎の孤児院に縛り付けられ、一生を終えるなんて嫌だ。

 もうあの埃とカビの匂いの蔓延する場所に戻りたくはない。自分が、最高に楽しめるステージに立ちたいし、無いのなら創ってしまえばいい、とすら思っている。

 唯我独尊。

 天地雷鳴。

 ヴォルデモートの、ある意味で正直でサッパリした生き方を、しかし対するアバーフォースが認めるわけにはいかない。いかないのだ。

 

「業腹だが……俺様に比肩し得る才能の持ち主は、時折ひょっこりと現れる。アレンやダンブルドアがそうだったようにな。俺様が絶対悪として君臨し続ける限り、正義の側にも必ずそういう天才は現れる!

 せいぜい未だ見ぬ勇者との戦いを王の座にて楽しみに待つとするさ……!」

「何だお前、戦いたかったのか」

「たわけ!俺様の数ある娯楽の一つに勇者との戦いがあるというだけよ!俺様の無二の目標は世界最大の極悪として君臨することのみだ」

 

 そう──何処まで行ってもヴォルデモートは、暗闇にて苛烈に燃え盛る悪の帝王になりたいだけ。

 イレギュラーこそ多々あれど、世界を蹂躙するという当初の目的は果たされつつある。だが、まだまだ極悪の魔王には程遠い。

 何者にも縛られず、何者よりも強く──そんな存在として生を謳歌する。魔法界はヴォルデモートにとって最高の遊び場なのだから。

 

「おっと……オスカーの奴めしくじったな?紅い力が消えてやがる。グレイバックは安定しているな。ベラトリックスは少し面白いことになっているか?

 ……ペティグリューの馬鹿はまだウダウダしてるか」

 

 腹立たしげに、ヴォルデモートは展開した数多の杖の内から無造作に一本を手元に引き寄せ、紅い力と腕のタトゥーを通じてペティグリューに指令を出した。

 異国の言葉に窮鼠猫を噛むというものがあるが、さてペティグリューは、何を見せてくれるか。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「ヒィィィイ……来ないで、来ないでくれリーマス!やめてくれェエエエ!」

「まるで私が悪者みたいじゃないか、ワームテール」

 

 オスカーの激戦とはまた違う場所、帝城の廊下。

 スペックだけでいえば数多の魔法使いを無双してしまえる程の魔力を持つペティグリューは、しかし驚くほど無様な醜態を晒していた。

 脂汗をかき、みっともなく脚をバタつかせて、ペティグリューは必死の形相でルーピンから逃げている。息も絶え絶えで、まさしく哀れな逃亡者そのものの走り。

 到底、紅い力を与えられた絶対無敵の魔法使いとは思えぬほどの、もはや清々しいまでに醜い姿。

 

 

 

 だが、ペティグリューの動きは意外にも俊敏だった。

 

 

 

 逃げ回ってこそいるものの、相手の罠や攻撃を的確に躱し、避け切れないならばキッチリその部分だけ集中防御して防ぐ。基礎がしっかりしているのだ。かつて……ジェームズ達と鍛えた時の経験が活きている。何とも、皮肉なものだ。

 対するリーマス・ルーピンも自分がペティグリューを仕留められると思っているほど自惚れていない。逃がさないための動きで、殺すための動きはしていなかった。

 互いが互いに消極的な追いかけっこは、しかしある時終わりを告げる。

 ピタリと、ペティグリューは脚を止めた。

 

「どうしたピーター。追いかけっこは終わりか」

「我が君……戦えと、仰るので……?あぁ、分かりましたとも。死にたくない、戦いたくない。けど戦わなければ殺される……クソッ、クソクソクソォ……!」

(……戦闘態勢に入った。これは気をつけなければ一撃で死も有り得る……)

 

 ピーター・ペティグリューの地力はよく知っている。

 直接的な戦闘能力こそジェームズやシリウス、スネイプらに一枚劣っていたものの、決闘クラブの勝率は決して悪くない。十回やれば三、四回は勝っていたし、コンディション次第で勝ち越しもしていた。

 ピーターは自分を弱く見せることで相手の油断を誘っていた節がある。劣勢に見せかけ調子付かせてきたところを不意の一撃でズドンだ。

 それが、紅い力という純粋な魔力強化の手段を得たことによって余計タチが悪くなった。リーマスはいつでも全方位に動ける姿勢へと移行する。

 

「……なあ、リーマス。ここは手を引いてくれないか?私を見逃してくれ……なあ頼むよ……親友だろ?」

「悪いな。君だけは見逃すことはできないよ」

「……私のことなどどうでもよくなったのか?……」

 

 ピーター・ペティグリューの思考回路は裏切りの時から破綻している。オスカーのような生まれついての異常者はある意味で理知整然な物の考え方をするものだが、ペティグリューのそれはとっ散らかってぐちゃぐちゃ。

 歪みに歪んで、物事を自分の都合の良いように捉えてしまっていた。そうでなければ生きてこれなかった。

 今、目の前にいるリーマスは別人だ。

 だって、あの優しかったリーマスがそんな言葉を吐くわけがないのだ。酷い。酷過ぎる。こいつはリーマスの顔をした別人なのだ。

 現実逃避の極地。歪んだ解釈と認知。

 二つの混ざり合いが異常な発想を産み落とす。

 

「お前は……お前なんてリーマスじゃない……偽物め、私が退治してくれる……!」

「────ッ、魔力刃!!」

 

 ワームテールが迫る。

 何か魔法を仕掛けてくるのだろう。何が致命傷になるか分からない、リーマスは魔力刃で牽制しつつ、バックステップで距離を取る。

 実に綺麗な回避だったが、ひとつ考慮すべきだったことは、ワームテールが孕んだ狂気はもはやリーマスの想像の埒外の、その遥か先を行っていたこと。

 ペティグリューは義手で無理矢理に魔力刃を受け、生身まで伝わる痛みと衝撃を意に介さず、そのまま殴り抜けたのだ。

 ギョッとするリーマスの横っ面に衝撃が走り、地面へと叩きつけられる。血を吐く彼を見下すかのように、ペティグリューはギラついた瞳を血走らせた。

 

「紅い力、解放──」

 

 

 

 

「ぶち殺すぞ!!!!!」

 

 

 

 




オスカー・フィッツジェラルド 死亡
死因:致命傷を受け仰向けに倒れていたところに、顔面へと瓦礫が直撃した。


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7.嫉妬のピーター・ペティグリュー Ⅱ

 

 ピーター・ペティグリューは懐古する。

 

 懐かしきホグワーツ、色褪せない思い出。

 周りからの評価がたとえ腰巾着だとしても、腰巾着なりに楽しかった。素晴らしい友を得た。

 ジェームズやシリウスに憧れたのは単に能力があったからではない。勇敢な性格、人を惹きつける魅力、友のためならば恐怖を恐怖とも思わない心の強さ。そういう自分にはない輝きに魅せられたのだ。

 

 スネイプがリーマスの秘密を暴こうと、暴れ柳の下を潜って叫びの屋敷へと忍び込み……人狼となって我を忘れたリーマスに殺されかけたことがあった。

 スネイプのことは嫌いだったし、死んでしまえばいいと思っていた。だから、スネイプがそういう行動をするように焚き付け、誘導し、叫びの屋敷へ向かわせたシリウスは天才だと思った。

 悪ふざけで、スネイプを殺しかけた。

 けれどそんなシリウスに激怒したのはジェームズだ。

 

「──城中があいつのことを嫌いだろうさ。だが本当に殺してやりたいと思う人間がいると思うのか?君はそれを笑える神経してるのか?

 何より、僕達の親友にやらせるつもりだったのか」

「俺は、そんなことは……そんなつもりは。

 あいつはだって、一度くらい痛い目に遭うべきだ、そうだろう?それにスネイプだってヤバけりゃ引き返すだろうしさ、ダンブルドアもあいつがちょっと怪我するくらい誤魔化すだろうし、それに──…」

「もういい」

 

 

 

「言い訳は聞きたくない。反省は態度で示せブラック」

 

 

 

 底冷えするような色をしたジェームズの瞳を、たぶん一生涯忘れることができないだろう。

 その眼が、十数年経った今でも忘れられない。時折その眼を思い出しては、心臓を射抜かれたような気分になるのだ。

 それからややあって……死喰い人の動きは殊更に苛烈になっていき、流れで不死鳥の騎士団に所属して、前線は避けてコソコソと裏工作を専門に貢献して……

 

 

 

「────誰の許可を得て俺様を見ている」

 ……勝てない、と思った。

 

 

 

 一目見ただけで分かった。

 骨身の髄まで凍てつくような感覚。悪意の沼に引き摺り込まれて抜け出せないあの恐怖。力こそ絶対と言わんばかりの暴力性。あまりにも早い心臓の音が、死へのタイムリミットに思えて仕方がなかった。

 ピーター・ペティグリューの頭はしかし、冷徹に生き残る手段を探した。

 ジェームズ、ごめん、ごめん。勝てない。私が闇に堕ちるのを許してくれ。情報を提供することをどうか許してほしい。君なら、どうせ死にやしないだろ?

 あんなに強くて勇敢な君のことだ。ヴォルデモート卿には負けるかもしれないがのらりくらり生き残る筈。

 最低の裏切り者、最悪のネズミ野郎。

 ふと……あの時に見たジェームズの瞳に思うところはあったけれど、それでも彼の善性を信じることにする。

 死んだら何もかもおしまいなんだ。

 きっと、上手くいく筈だ。

 

──死んだ?ジェームズが死んだ?あんなに呆気なく、あんなに簡単に?

 

 破裂音と緑の閃光が、断末魔すら許さずジェームズの命を容易く奪い去った。私が夢見たヒーローは、あまりに脆弱で儚いものだった。

 価値観が逆転し、意識は混濁する。

 ジェームズが死んだ……より正確に言うなら、ヴォルデモートの一振りで命が消え去った事実が如何ともし難い出来事だった。最愛の妻と娘も守れなかった。

 憧れていたヒーローにはなれず、だから私は私の理想をジェームズ、君に見ていたというのに……。

 長いものに巻かれるのは悪いことじゃない。強い者に媚びるのは負けというわけじゃない。けれど君は、君達はただ強いだけじゃない、もっと何かを魅せてくれる、そう思っていたのに。

 シリウスに罪を被せた時、内心どこか期待していた。

 君なら、こんな状況でも何とかして逃げ果せられるんじゃないかってね。フィルチから何度も逃げたように。

 けれどやはり、彼すらも私ごときの破れかぶれの策略でアズカバンに収監だ。

 ハハ……笑える。

 あれだけ眩しく見えた炎は吹けば消えるような儚いものだったのか。じゃあ皆んな何のために死んでいったというのか。何のために……

 

 

 

──生き残った女の子?

──何を言ってる?シェリーはあの場で死んだ筈だろ?

 

 

 

 ジェームズの希望は受け継がれたのか?何らかの奇跡によってあの子は生きた!私は彼の娘までは殺してはいなかったのだ!

 ……シリウス?シェリーはジェームズとは違う、とはおかしなことを。どう足掻いても彼の娘だということに変わりはないだろう?

 ホムンクルス……?じゃあジェームズが遺そうとしたものは全て無くなったってことじゃないのか!?

 

 ああ……クソ……頭が混乱してきた……。

 

 結局、何だ?

 ジェームズが守ろうとした命は消えてるんだろ……?

 お前らそれを知ってるんだろ?

 何でそんな風に生きれるんだ?どうして前を向いて生きているんだ?

 昔のことなんてどうでもよくなっちまったのか?

 過去の人間なんて覚えちゃいないってのか?

 そんな生き方ができれば私も楽になれたのか?

 

 

 

 

 

 ほんの少しの勇気があれば──あの時死ねたのか?

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「紅い力解放」

 

 静かに呟くと同時、ペティグリューの掌に刻まれた口からガスが噴き出る。

 紅い力の中でも極めて強力、『魔法無効化ガス』。

 一部の例外を除き、あらゆる魔法を阻害・無効化するという凶悪極まりない代物。

 だがルーピンは、既に肉体を変化させていた。

 

「ぐぅるるるるるぅぅうううう…………!!」

「人狼化か……確かにそれなら一度変身すれば、あとは物理攻撃だからガスは関係ないな」

 

 ルーピンはコルダとの特訓で、月がなくとも人狼に変身する術を身に付けていた。グレイバックほどは完璧に扱えず、思考は凶暴化するものの、敵と味方の分別くらいはつく。

 細く伸びた手脚はそ筋肉の塊。歪な肉体を、荒れ狂う黒毛が覆っている。破壊欲の権化が、ハンマーのように重い腕を振り抜いた。

 ペティグリューは後ろに軽く飛んでそれを躱し、流れるように魔法を発射していく。が、人狼の身体能力であれば躱すことは可能だ。

 ほんの小競り合いの後、ペティグリューはすぐさま離れて壁や柱の影から中距離を挑まんとする。近距離で人狼を相手するのは自殺行為だ。

──ペティグリューのこの身のこなしは、人狼と化したルーピンを相手取ったりしたことで身につけたものだ。

 

「人狼に関する研究はどんどん進んでる……マルフォイ家のレポートを皮切りに学会ではじわじわ“人狼薬”が見直されてきてる……!戦争が終わればもう一段階先に進むかもな……!!

 で、君達はそんな未来のために奔走してるって訳なのかい?随分とまぁ大人になったもんだなリーマス!!」

 

 リーマスの太い腕が豪奢な地面に大穴を開ける。

 衝撃の副産物たる土煙の中に紛れ、ペティグリューはするすると鼠に姿を変えて、その穴の中に吸い込まれるようにして潜行した。

 僅か数センチあれば、ペティグリューはどこにでも潜り込むことができる。そして紅い力で強化された肉体ならば、硬い岩盤をも削ることが可能なのだ。

 

「どうでも良くなったんだろ、僕達のことなんざ!!

 だからそんな迷いなく僕を殺そうとできる!!

 だから人狼化なんて手段を取れる!!

 だからそんな迷いのない顔なんだよ君は!!!」

 

 死角から激昂するペティグリューが姿を現し、リーマスの頭部目掛けて弾丸を放っていく。……が、この攻撃はまるで『知っていたかのように』躱され、リーマスは瞬間的に腕の関節を外しながら、弧を描くようにして切り裂いた。

 ペティグリューも盾と、実体化した魔力剣とを組み合わせた複合魔法で受けんとするも……リーマスは剣の上から無理矢理殴り抜けた。ビリビリとした衝撃が肉体全体に伝わり、そのまま数十メートル吹き飛ばされる。

 

「くッ……」

(シェリーと……トンクスと、……ハーマイオニー?)

 

 宙を舞うペティグリューが見たものはそれ。

 吹き飛ばされた先に待ち構えていた三人を見て、一瞬思考が緩んだ。シェリーもトンクスもこちらに有効打を与えることのできる数少ない魔法使い。対してハーマイオニーは何ら普通の魔法使いでしかない。

 大方、囮だろう。この一瞬のタイミングで、ペティグリューの思考を奪うための。まだここは魔法無効化ガスが効いている、魔法が撃てるわけがない。

 空中で身動き取れないペティグリューの落下に合わせて魔弾が放たれる。無駄だ……、……。

 

 ………、……………。

 そのためだけにハーマイオニーを連れて来るか?

 

「プロテゴッ!!!」

「「「フリペンド!!!」」」

 

 結局ペティグリューは二方向に向けて盾を展開した。

 シェリーの攻撃を下手に中途半端な形で受けたくなかったからである。

 最も気を配ったシェリーの弾丸は、盾を壊されたものの、何とか勢いを殺せたおかげで肩が吹っ飛ばされる程度で済んだ。咄嗟の対応としては悪くない対応を取ることができたろう。まあ良しとする。

 トンクスの弾丸も、勢いを殆ど殺せた。

 ここまでは、いい。

 問題はハーマイオニーの弾丸が腹肉を抉ったことだ。

 

「ムウ……ッ!?」

 

 ペティグリューは地面を転がった。続けざまに放たれる攻撃を、走りながら躱していく。

 ……その事態こそ有り得ないのだ。ハーマイオニーはそもそも魔法を使うことができない筈である。ペティグリューは常時ガスを発動している……魔法を撃てるという事態そのものが有り得ない。

 ……まあ、それはいい。

 絶対だと思ってたものが崩れるのには慣れてるし、そもそも自分達はそういうものの抜け穴を探すのが好きな悪戯小僧だった。相手がそれをやる場合もあるだろう。

 

 問題なのは、その抜け穴を見つけたのが次世代の若き芽だということ……ハーマイオニー!そしてルーピンを変えたトンクスに、他でもないシェリー!

 全てが全て、気に食わない。

 

「腹が立つんだよ……!!」

 

──そら、来た。ペティグリューを追いかけて、ルーピンが凄い速度で走ってきた。その連携は自分がシリウスと使っていたやつだ。

 

「お前だ、お前が邪魔なんだシェリー!!」

「……!?急に強気になってる……貴方にも色々あるんだろうけど……こっちも色々背負ってるからもう死ねないよ!!」

「……死を乗り越えた顔をしていやがる……」

 

 その顔が、ペティグリューにとって眩しすぎる。

 その曇りなき眼が、この身を焼くのだ。

 どこまでも真っ直ぐで、後ろなんて振り向かない。知る限り最も勇気に溢れた男と同じ眼をしている。

 

「たとえ死ぬと分かってても……!!君達みたいに生きられたらどんなに誇らしかったろうな……」

「じゃあ抵抗するのをやめてほしいんだけどな」

「その度胸がないからこの陣営にいるんだ」

 

 トンクスの言葉ににべもなく答えると同時、足下に仕掛けていた魔法の縄を操る。瞬く間にシェリーが縛られてしまい、牙を振り下ろさんとしていたリーマスの方へと投げられた。

 本能からか、リーマスはぴたりと硬直してシェリーを受け止めた。連携することの恐ろしさとその崩し方を、ペティグリューはよく理解している。

 落としやすい方から狙うのは定石──ハーマイオニーから狙う。

 

「デントゥス!殺戮の牙よ!!」

「きゃあっ……!!」

 

 広範囲にランダムに斬撃をお見舞いする魔法の乱杭歯はハーマイオニーの肩を抉り取った。多数を相手取る場合に、確実に殺す必要性はないとペティグリューは考えている。

 失血、骨折──そういった傷を残すだけでも、相手は弱るし動きに精彩を欠く。そして回復役が必要になる。

 一人が傷を負えば二人が無防備になる……実に簡単だが見落としがちな計算だ。

 今のは浅かったようだが……。

 

「──ッと……!」

「堕ちたね先輩……!!後輩だろうがお構いなしか!」

「トンクス、君には分からんだろうよ!!聞いたぞ、リーマスとの子供を授かったそうだな!!」

「ご祝儀なら受け付けてないよ!!」

「理解しかねる……!!そうやって子供を設けておきながら戦いには身を投じるのかよ!!私が君達を殺せば、その子は将来は英雄の息子として色々と持て囃されるんだろうな!!シェリーみたいに!!

 イカれてる……!!あの時もジェームズ達が死んで悲しがったのは一部の人間だけだ!!殆どは歓喜に満ちて酒をかっ喰らってた!!」

「……!?」

「なァおい……前を向くって何なんだよ!?どうしたらそんな、過去を忘れたみたいな爽やかな顔になれる!?どうすれば救われるんだよ!?クソォ……」

 

 魔力の勢いは変わらず、けれどペティグリューの顔はコロコロと変化を告げていた。悪党に凄まれるならトンクスも耐性があるが、これではまるで、こころに異常をきたした人間の相手をしているようだ。

 

(怒り狂っていたと思ったら、今度はこんなに子供みたいな声を上げて……精神が分裂している……?)

 

 トンクスの予想は当たっていた。

 ペティグリューは自分が思っている以上に、ジェームズの死とそれを取り巻く環境にストレスを感じていた。

 加えて狂気に塗れた死喰い人達に囲まれ、彼の精神はじわじわと蝕まれていった。それがこうして今に至り、かつての幻影を追いかけるピーター・ペティグリューの成れの果てと相成った。

 そして嫉妬とは即ち……負のエネルギー全般に関わる感情と言える。それは怒りであり、屈辱であり……悲しみであり、恐怖であり、焦りなのだ。故にこそ、この力はペティグリューにしか引き出せない力なのだ。

 あるいはジェームズとシリウスの死が、皮肉にもペティグリューを覚醒させたといえる。

 

「『止まれ』」

「──ッ、呪言……!!動きが……」

「そこでじっとしてろ……!!ああ……私も……君達みたいになれたら……」

「──グルァァァアアアアアア!!!!」

「ハッ、ハッ、ハ!よ!馬鹿にしすぎよ貴方!!自分で殺しの引き金を引いておいて、私達が羨ましい!?ふざけるのも大概にしなさい!!

 恐怖に屈するのは分かるけど、友人に救いを求めるのは彼等への侮辱だわ!!」

 

 ペティグリューの懇願も、苦痛も、確かに同情の余地はあるかもしれないけれど……度を過ぎている。

 ルーピンももう、復讐という心は失せていた。これ以上の罪を重ねさせないために走る。蛮行を止めんとするがための疾走。

 ルーピンの打撃は……ペティグリューの想像を超えて重く、鋭かった。盾越しでも分かる衝撃の強さは、容易に彼を吹き飛ばした。

 

(人狼の力……ここまで使いこなしてたか……!?十分に見積もってた筈だが足りなかったか……)

 

 

 

 

 

──ごきり。

 

 不意に、視界が揺れる。

 白くぼやけて、意識が薄れていく。

 何が起きたかを考える余裕すらなかった。音が起きたような気もするし、端っこで何か見えた気もした。が、それを考える余裕は最早、なかった。

──風が、流れた。

 静かにけれど荒々しく、鎌鼬は死に神となった。

 

 

 

 

「────!?!?!?カハッ」

 

 

 

 フウマ・コージロー。

 極東より現れし怪力無双の魔法忍者。

 彼が瞬く間にペティグリューの首を締め上げて、そして完全に折っていた。

 決着は、ものの静かに訪れた。

 

「悪いが俺達は義理と金で雇われた傭兵なもんで……悪いな」




ピーター・ペティグリュー 『死亡』
死因:コージローによる首の骨折


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8.嫉妬のピーター・ペティグリュー Ⅲ

最低でも月に一度の投稿ペースは崩してたまるかよぉ…!


 

「…………死んだのか」

「首の骨を砕いた。これで死んでないなら化物だ」

「そうか……」

 

 コージローの淡々とした報告に、ルーピンは悲しいような、虚しいような……そんな微妙な顔をした。

 念のためルーピン自身もペティグリューの脈を測ってみたのだが、やはり血が流れている様子はない。心臓が完全に停止して、僅かな魔力さえ感じられなかった。

 

「簡単に人は死ぬんだったな……そういえば……」

 

 親友ピーターの青白い顔に手をやり、眼を閉ざす。

 実際のところ……事がここまで上手く運ぶとはルーピンも思っていなかった。ペティグリュー討伐のキーとなるのは頭抜けた身体能力を持つコージローか、紅い力を持つシェリーだろうと鷹を括っていた。

 事実そうなった訳だが……早すぎる決着に、ルーピン自身も感情が追いついていなかった。

 しかし、心の準備はとうに終わっている。

 何をすべきかは分かっている。

 

「すまない。時間を取らせた。行こう。腐食を抑える呪文だけかけておく。……それが私ができる、こいつへの最大限の弔いだろう」

「……戦える?リーマス」

「問題ないさ」

 

 ピーター・ペティグリューは……思うに、強すぎる光と闇を一身に浴びてしまったことで歪んだ男なのではないだろうかと、今になって思う。

 二つの側面の両極端な部分を互いに見たことで、認知が歪んでしまった部分は少なからずあるのだろう。そしてペティグリューはスネイプのように、曲がりなりにも強い想いを、信念を持つような男ではなかった。

 何色にも染まりやすい子供は子供のまま、大人になれずに狂ってしまったのだ。

 

「デカすぎる挫折……強すぎる希望……後付けの見栄やプライドを取っ払ってしまえば、こいつの中にあるのは浅ましい生存本能だ。

 掲げた信念が自分のものになる前に、狂ってしまったんだと思うよ。……もう少し話を聞いてやればと、何度思ったことか」

「……色々因縁があるようだが、俺がとどめ刺して良かったのか?」

「彼と因縁があるのは私だけではないさ。あちこちの人間を殺してきたんだ。すまない。もう大丈夫だ」

 

 ふぅ、と息を吐くと、誰からともなく次の戦いに進まんと歩き始める。

 身も蓋もない言い方をしてしまえば、ペティグリューをあまり消耗せず倒せたのは良かったと言えよう。怪我も致命的なものではない。

 

 ごそりと音がした。

 ちらりと振り返った。

 ピーター・ペティグリューの死体が動いていた。

 

 

 

 

 

 ピーター・ペティグリューが、動いていた。

 

「え?」

「他の部隊はどうなってる?」

「迷宮の中じゃ伝達系の魔法がよく働かないんだ」

 

 ピーター・ペティグリューの死体はぐわんぐわんと折れた頭を揺らしながら、何かを呟いていた。

 

「……?どうしたのシェリ…………ッ!?!?」

「──『止マレ』」

 

 びたりとシェリー達の歩みは静止する。

 服従の呪文……その速攻版だ。一定範囲の相手の行動を縛り、簡易な命令を施すというもの。

 見えない空気に掴まれたかのように、肉体の動きが阻害される。何もないのに窮屈な感覚だ……!

 

「──『紅イ力の更ナル解放』」

 

 光を失った瞳が、禍々しい魔力によって色彩を取り戻した。血が止まって腐敗する筈の肉体が、しかし確かな魔力の鼓動を感じさせる。

 この事実に最も震えたのは、下手人たるフウマ・コージロー本人である。

 仮にも彼は代々傭兵稼業を営む忍の家系。マホウトコロに入学する前から人体を壊す技術は叩き込まれているのだ。その彼が美しいまでに綺麗に首を折り、即死させたのだ。任務に感情や私情を挟まないフウマの殺人の報告は、この世の何より信頼できる。

 まして、死体の確認をしたのはコージローだけではない。その場にいた全員が、ピーター・ペティグリューの死亡を確かに確認した。脈も、心臓も、確かに完全に機能を停止していた。その筈だ。

 過去にポルターガイストが短期間死体を動かした例はあるものの……そのような気配さえなかった。

 

 だからこそ、何の脈絡もなく動き出したペティグリューの死体は、イレギュラーと言う他なかった。

 もう、魔法というひと言で片付けてしまっていいものなのか……背筋が凍るような想いだ。

 今奴が、どんな状況なのかは分からないが。

 場合によってはあるいは──死をも、超越した存在に変貌してしまったのではないか?

 

 人ならざるモノが、何かが、ざわめいていた。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

──同時刻。

 魔城の屋上にて、ヴォルデモートとアバーフォースは相対していた。

 

「『紅い力の更なる解放』……紅い力を使い熟せるようになった者には、そういう一段階上のステージが用意されてるんだ」

 

 ヴォルデモートは高笑いしながら、歌うように語る。

 紅い力でリンクしているペティグリューが力を解放した気配を感じ取ったのだ。

 それはアバーフォースも同じ……ざわざわと、得体の知れぬ魔力が膨れ上がっていくのを感じた。

 

「そりゃ大層な力があったもんだな」

「まなんてことはない……自身の能力を凝縮して放たれる必殺奥義って奴さ。

 ハリーの『白い薔薇(デルフィーニ)』は無限毒ガス爆発を繰り返す自動魔力人形……

 オスカーのは他の紅い力を駒に劣化コピーして、同時に操作する能力……

 紅い力が馴染むと、そいつの戦い方や能力に適した魔法に目醒めることがあるのさ。それを仰々しく『更なる解放』などと呼んでるだけさ」

「お前達が戦闘の最初からそれを使わねェのは、俺達を舐め切ってるからか」

「プライドに障ったかな?別に能力に目覚めたからって勝てるわけでもない。死の呪文は使えば必ず相手を殺せるが、相手に当てるのがそもそも難しいだろう?お前達相手に軽率に使えば命取りになるのはこちらだ。

 あくまで最後の切り札……奥の手……そういった位置付けの魔法さ。お前達にもそういう魔法の一つや二つあるだろう?あれの紅い力版さ。シェリーも既に目覚めているかもな」

 

 

 

「──だが、ことピーター・ペティグリューに関しては話が少し異なってくる。奴のそれは最も特異、魔法界においてもイカれたモノさ。

 お前、たかだか一個人が自分の魔力だけで不死になるって信じるか」

「…………!?」

「ペティグリューのはそれだ。死んでも蘇る魔法、自分の死体を操る死霊術の一種でな……。

 自我という自我はなくなり、生前の感情だけがあの世を通して模倣され、自衛のために自動で死体を動かす。そんな術式が組み込まれていやがった。流石に俺様もああいう形での不死はごめんだね」

 

 有り体に言えば、ゾンビのようなもの。

 ヴォルデモートが一度死に限りなく近付いた時ですら自我は保たれていたし、何かにへばりつくことで何とか生き永らえることはできた。

 が……ペティグリューの紅い力は、そんな生易しいものではない。悪魔に肉体を空け渡し、狂おしき怨念と妄執が突き動かすのだ。

 覚醒というにはあまりに苦痛が過ぎる。

 堕ちた、という表現すら生ぬるい。

 

──ペティグリューは最早、人というカテゴリには収まらない何かに変貌していた。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「何だ……アレ」

 

 トンクスが悲鳴ともつかない呻き声を出した。

 ピーター・ペティグリューが苦しみ出したかと思えば肉という肉が腫れ上がり、血管という血管が浮かび上がり、そして肥大化していく。

 巨大な肉塊は、ゆうにシェリー達の身長を越え、子供の巨人程度の高さにまで成長する。しかし特筆すべきはその横幅だ。壁のように広がった赤色の肉に、目玉や歯牙がくっついている。

 もはやペティグリューの原型はない。

 ただ呼吸活動を行うだけで肉全体が揺れ、麻痺性ガスが漏れ出る。グロテスクな風貌は、人ではない何か。

 後にも先にも、あのような生物は魔法界にもマグル界にも存在しないだろう赤い肉塊。

 

「ピーター……なのか、お前」

「『吹キ飛べ』」

 

 シェリー達の肉体が弾かれたように飛び上がり、くるくると宙を舞った。

 受け身を取り、ペティグリューの肉体を見る。

 ……おぞましい、の一言だ。

 人体を裏返して雑巾搾りしたとしても、これほど生々しい姿にはならないだろう。

 

「ぶふぅぅうううう〜〜〜うぅぅううあぁあぁぁあ」

 

 幾多もの口の中から、魔法無効化ガスが噴き出した。

 凄まじい嫌悪感と共に、ほんの少しの安堵があった。

 もしもこの怪物が、他のメンバーのところに行っていたとしたら……その被害は計り知れない。奴と相性の良い面子であればこそ、対処できるのだから。

 

「……おいおい、腕が生えてきやがる……いや触手か」

「肉体変化……!吸血鬼でもあんな極端な例は見たことないけど……」

 

 嫌な音を立てて、巨大な肉塊から仰々しく肉が伸び、凄まじい質量を伴ったそれへと変化していく。

──一閃。

 横薙ぎに振るわれた触腕にいち早く反応したのは、シェリーとコージローだった。片や高速の早撃ち、片や魔力刃による斬撃。

 それらを払うだけでも、肉体にかかる衝撃は想像の域を越えていた。重くて速い。ただの腕の一振り一振りがこちらにとっての必殺の一撃だ。

 その腕が──

──目視できるだけであと十本。

 

「──ッ!!」

 

 当たれば即死の質量攻撃、肉量に任せた力押し。

 避けてばかりでは埒が開かない。

 躱しざまにトンクスは魔力弾を肉塊に放った。それは容易く肉を削り取り、千切り、血飛沫を上げる。

 

「やっぱり!肉自体はぶよぶよとしていて柔らかく、攻撃は通りやすい……!風船割るみたいに簡単に弾けた!

 なるほど自重に潰されないように脚部はずっしりと固いけれど……きちんと喰らってくれる相手ではあるみたいね。でも……」

「……肉が再生していくな」

 

 肉の奥の方から、新しい肉がせり上がるように傷穴が埋まっていく。大気中から魔力を吸い上げて、肉へと変えて……子供が粘土をくっつけるみたいに継ぎ足されていく。

 異常な新陳代謝で治しているというより、魔法でその都度肉を生み出してくっつけている。再生ではなく、補充といった方がいいだろう。

 

「ええ、そもそも、これだけの巨体を動かすためにはそれなりのエネルギーが必要なのよ……!ドラゴンは一日に約数百トンから数キロも食べるらしいけど、ペティグリューの場合は魔力をエネルギー源にしてる。

 そして多分……今のペティグリューに生命保持のためのエネルギーは必要ないから、ああいうゾンビみたいな形態になってるのよ……」

「……!?よくわからんな。ペティグリューは生き返ったんじゃねえのか」

「アレに自我があるように見える!?生き返ったんじゃなくて、死体が勝手に動いてるのよ」

「成程」

 

 謂わば暴走状態──自我が霊体と化したものがゴーストと呼ばれているのとは反対に、自我が消え肉体のみが動いているのがアレだ。

 ペティグリュー自身の心臓は止まり、魂も召されたことだろう。今はこびりついた怨念が炉心となって動いているにすぎない。

 確かに、様々な感情を包括している“嫉妬”は、人間の負のエネルギーそのもの……最も無意義で、最も醜い感情と言えよう。だがそれが形を持つと、こうまで醜悪になるものなのか。

 

「そうまでして否定したいのか……!!!」

 

 かつての友の成れの果てを見て、リーマス・ルーピンは激昂した。あの小男は、

 

「醜いぞワームテール!!!私はそんな弱い男と友だった覚えはないぞ!!!愚か者!!!!!」

 

 中身のない空っぽの怪物。

 召され損ねた魂の残り滓。

 ピーター・ペティグリューという男がただ生き永らえたいだけの男ならこうはなっていない。ジェームズとシリウスと別の道を行くことで、あの日の選択の是非を見極めたいと願っているのだ。

 

「紅い力、再び解放!!!」

 

 シェリーの髪の毛が逆立ち、魔力が迸る。

 直後、紅の弾丸がペティグリューの肉体を貫通した。

 

「ァァァアアアアアア!!!!!!!!!」

「……やっぱり点の攻撃じゃ無理か……」

「シェリー、君は先に行くべきだ!私達の最終目標は例のあの人!ここでペティグリューに時間も魔力もかけるのはよくない!

 ましてや相手は不死身の怪物、私達が足止めするから君は先に──」

「それには及ばないよ、トンクス!策はある……ハリーの時も、こういう再生能力にしてやられんだ。同じ轍は踏まない……!!」

 

 シェリーのギアは一段階上昇し、血管に熱いものが通り抜けていく。やるべきことが分かっているのなら、迷わなければ前へ進める。

 

 

 

「丸ごと全部──吹っ飛ばせばいい!!!!!」

 

 




ピーターの今の見た目はノトーリアスBIGとかオストガロアを想像していただければいいかなと思います。
ヴォルデはペティグリューに「死んだら発動する魔法」が宿っていることに気付きましたが、こいつの場合言わない方がいいかなぁ…と思い本人には伝えていませんでした。


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9.嫉妬のピーター・ペティグリュー Ⅳ

月一投稿崩さねえとか言いましたね。ありゃ嘘でした。すみません。
友達とユニバ行ったり100ページの漫画描いたりしてました。年末にクソほど描くから許してほしいです。おねがぁい☆


 

「フリペンド!!」

 

 強い魔力の高鳴りを察知した触腕は、攻撃する前に見るも無惨に叩き潰された。

 痛みは感じない。だが第六感は未だ働いているのか、動ける屍は即座にシェリーに向けて大質量の肉塊を喰らわせんとする。

 

「フリペンド!!!」

 

 当たらない。

 肉が抉れ、バランスを失いよろける巨体は、ほんの一瞬ではあるが視界からシェリーを外した。

 その一瞬はシェリーにとって、あまりに長すぎる時間といえた。

 

「フリペンド!!!」

 

 ブチブチと、死肉は解体され飛び散っていく。

 飛散する赤黒いそれは悲鳴にも似た声で叫ぶが、最早彼女の耳に断末魔は届かない。

 

「オルガン・フリペンドォオオオオオオ!!!!!」

 

 怒涛の魔弾が弾け、炸裂する。

 機関銃さながらに杖に展開された魔法陣から秒間何十発もの魔弾が飛び、力任せに肉を食い破る。

 凄まじい勢い、そして凄まじい威力。

 瞬きよりも早く着弾しては飛び散っていく。

 シェリー本体を捉えようにも、彼女自身は人体の限界を越えた疾さで飛び回り、即死の魔弾を撃ち込む。全身の躍動した筋肉と紅い魔力が、彼女の人外の速度を生み出していた。

 単純、故に、強力。

 魔法使いとしての一つの完成形とも言うべき洗練され切った戦闘がそこにはある。力と速さ、その二つが両立されているということの何と恐ろしいことか。

 シェリーが味方で良かったと、ハーマイオニーはつくづく思った。破壊力は、鬼神の如き……。

 

 

 

──そしてその攻撃を浴びてなお、未だ立ち上がるペティグリューの底知れぬ不死性に恐怖を覚える。

 

 

 

 オスカーとは違う意味で攻撃が無効化されている。オスカーはそもそも攻撃が効かないが、ペティグリューの場合攻撃を腐肉という名のクッションで受け止めているのである。

 オスカーのすり抜けがビデオの逆再生なら、こちらは早送りだ。植物の成長を超倍速で見ているような錯覚。もっとも、成長しているのは植物などという可愛らしいものではなく、赤黒く血生臭い肉のそれだが。

 

 面白いようにペティグリューの巨体は四散し、吹き飛んでいくと同時に……急速な勢いで再生していく。どれだけシェリーが吹き飛ばそうとも、即座に無から肉が補填されるのだ。

 イタチごっこも良いところ。

 派手な技を使って奴を押し留めていようが、実のところ余裕がないのは撃っている側。何度も何度も肉を吹き飛ばしているのに……全く効いているように見えない。

 これではシェリーが消耗していくだけだ。

 

「魔力の使いすぎじゃないのか!!!」

「大丈夫!!」

「お前の心配じゃない戦力の心配をしてるんだ!!お前は闇の帝王にぶつけなければならんのだぞ!!!聞いているのか粗忽者!!!」

「魔力なら必要な分しか使ってないよ!!」

 

 コージローの心配を、シェリーは吹っ切った。

 絶え間なく放たれる攻撃を止めてはいけないのだ。今はまだペティグリューが再生に力を使っているが、これが止まれば奴は表面積を広げて押し潰すだろう。

 それはいけない。ゾウに踏まれるようなものだ。技も力も関係なく、圧死してしまう。

 ペティグリューは、シェリーやルーピンを優先して攻撃するような素振りを見せている。信用していないわけではないが、他のメンバーが最高幹部を倒せるとは限らない……故にここでキチッと倒しておく必要もある。

 

「ペティグリューがあれだけの再生能力を有している以上、もしかしたらもうヴォルデモートを倒しても止まらない危険があるわ」

「闇の帝王の支配から外れていると?……できるのか」

「わからない。今のペティグリューは生命体として極めて特殊で、異常な状態にある……だからもうヴォルデモートですら止めることのできない爆弾になっている可能性は大いにある!

──だから多分、この怪物をここで放っておく方がリスクは高いわ!!」

「倒す方向で良いんだな!?」

 

 問題なのは、倒し方。

 ペティグリューの反則的な再生能力が、大きすぎる壁となって君臨する。普通に攻撃が通る相手なら、文字通り死ぬ気で相手の隙を作り、シェリーが必殺の一撃を決めれば、何とかはなる。

 が……ペティグリューのタフさは異常だ。

 しぶとさだけなら最高幹部随一ではなかろうか。

 何か有効打はないか──弾幕の合間に、再び狼と化したルーピン、コージロー、トンクス、そしてハーマイオニーが攻撃を喰らわせる。

──判明するのは早かった。

 炎だ。

 火炎攻撃を喰らった箇所は、やや再生が遅い──!

 

「シェリーが削った端からひたすら焼いてきな!傷口に炎を塗りたくるんだ!『既に削られた状態』を覚えさせるんだよ!」

「あいわかった!焼けば良いんだな!」

「無理に行かないでね!少しずつでも削れれば、中から核が出てくる筈だからッ」

 

 肉の鎧を剥がして剥がして、その中にある最も脆い部分に絶対破壊の一撃を喰らわせる。単純だが、実に面倒で難しい作業と言えよう。

 だが、やるしかなかろう。

 突破口はある。

 ならば、いずれは倒せる──筈──。

 

(……ワームテール、鼠の君。こそ汚くずる賢く、誰より知恵の回るお前が、果たしてそんな目立つ位置に、心臓たる核を設置するだろうか)

 

 違和感。

 違和感。

 違和感。

 あの小男がそんな真似をするだろうか。

 あいつはそんな、つけ込みやすい性格をしていない。

 そうであれば仮にも悪戯仕掛け人など到底務まる筈もないのだ。あいつなら……きっと、『攻撃すること』それ自体を囮にする筈!

 

(本当に、このままでいいのか。本当に、このままダラダラ攻撃させていいものか。そんな訳がない!

 血の匂いと、魔法無効化ガス特有の匂いで誤魔化されているが……微かに……ほんの微かに別の匂いが混入している気配を感じる!……

 ……匂いを──辿れ──)

 

 幼少期より無意識に同胞を求めた故か、それとも正体がバレないよう気を遣っていたためか……ルーピンの嗅覚は、警察犬並の鼻を持つ人狼の中においてもとりわけ強く……そして、嗅ぎ分けに特化していた。

 『匂い』から重さ、大きさ、状態、材質、魔力情報すらも得ることが可能なのだ。

 その鼻が、小さな音で警告しているのだ。

 何かある、と。

 

「オリオン・フリペンド!!」

 

 魔力出力に特化した、横殴りの雨のような力任せの魔力砲弾は、とうとうペティグリューの肉体を半分ほど吹き飛ばした。

 ぎらりと、濁っているくせに鈍く光る紅い石が、内より現れた。間髪入れずコージローが実体化する影で縛り身動きを取れなくさせる。

 核──魔力心臓。

 あれを壊せばペティグリューは止まる。

 再生能力持ちが持つ、唯一にして最大の急所。

 光明が見えた、と、誰もが喜色ばむ中で、むしろリーマス・ルーピンは不安が倍増した。

 

(……あからさますぎる!!!)

 

 確信にも似た直感的閃きは、結果、正解を導いた。

 ピーター・ペティグリュー、その本体は鼠になって地面に埋まっている。肉塊に混じって地中に埋まり、偽の核を用意して意識を逸らす。昔から死んだふりが得意なやつだ、このくらいのことはして当然。

 うんざりするほどの周到さ、生き汚なさ。

 ある意味で再生能力をこれ以上なく有効活用した戦術と言えようが……、しかし、ルーピンが敵になったのが運の尽き……!

 

「『狼化』……ぐぉぉるるるるぅぅううううああ!!」

 

 人狼の巨腕が地面を抉り砕いた!

 突然の行動に困惑するシェリー達だが、リーマス・ルーピンは突然気が狂ったわけではない。地中に埋まっていたペティグリューの本体を露わにしたのだ!

 ほんの小さなネズミ。

 それがペティグリューの本性だ……!本体のネズミが地中深くに埋まり、大質量の肉塊が地上で暴れ回る!敵は肉塊に気を取られて肉塊の魔力核を壊そうとするがそれはダミー、という……『大きなものに身を隠す』性質を殊更に表しているといえよう……!

 

「──ギャァァァアアアアアアス!!!!」

 

 ペティグリューの悲鳴にも似た高音が、周囲の触腕を引き寄せ──そして襲う。偽の魔力核が肉塊に変化し、四方八方に飛び散った。どうやら相手も必死らしい。飛び散った肉から触腕が生成され、無差別に暴れていく。

 それはつまり、追い詰められているということ。

 あと少し、あと少しなのだ。

 あとほんの少しで、トドメを刺せる。

 

「──『寄ォォォるゥゥゥなァァァア』!!!」

「クソ、またこいつ呪言を……!!」

「──『柳川源流文左衛門 白酒秋水“鬼門”』」

 

 コージローの詠唱。

 彼を起点として、黒より黒い暗澹が、界を支配する。

 彼の得意とする魔術──それは魔力を『墨』のように展開し、その墨の中を移動したり、武器として使うというものだ。

 だがそれは、魔力無効化ガスによって封じられている筈である。超人的な怪力と身体能力でかろうじて渡り合えていたものの、今の彼は魔法を使えない、その筈だ。

 

──その筈、であるが。

 存在するものだ、例外というものは。

 

 コージローはトンクスとハーマイオニーと手を繋いでいた。トンクスの魔力と“繋ぐ”ためである。

 

 ご存知の通りトンクスは『七変化』の能力を持つ。

 魔力とは個々人にそれぞれ特徴が──『色』というものが存在する。ポリジュース薬の色に個人差があるように、魔力にも色があるのだ。

 普通は資質や性格──すなわち魂が、魔力の色を変えるとされている。魔法無効化ガスはその魔力の色を解析して相殺するというものだ。例えば、相手が赤い魔力の持ち主であれば、ペティグリューは赤い魔力を打ち消すガスを生成して放出する。

 

 しかし七変化の場合はその色を自在に変化させることができるのだ。変幻自在、何色にもなれる絵の具。だから魔法無効化ガスの解析が追いつかないという現象が発生するというわけだ。

 紅い力も似た原理で、どれだけ手を洗おうとこびりついた血の色は落とせはしないように、相殺などできよう筈もない力なのだ。

 

──その『無効化できない魔力』を魔法糸で自分の魔力と繋ぎ合わせる。

 自分の魔力と七変化の魔力を共有する。

 そうすれば理論上、誰でだろうとガスを突破することができる……互いに高度な技量が求められる、極めて難易度の高い攻略方法だが。その糸結びができるのは、発案者たるハーマイオニーとコージローだけだ。

 

「俺は魔法を使わなくてもそこそこ戦えるから、陣形を組んで肉塊の処理に回っていたが……ここからは速攻勝負だ!!挽肉にしてやる!!」

 

 

 

丑ノ時 魔月ノ走狗ハ既ニ死ス(さあさ皆さんお立ちあい)

 

紅月ハ三千世界ノ空ヲ巡ラズ(手前ケチな透破者にて御座いやす)

 

是 四封ニ釘差シ(え、本日はお寒い中、)  天津草薙 四方ノ界ニ神招キ給ヘ(お越しいただき感謝の極み)

 

折紙を束ネルコト 是 降神タチノ寄ル辺也(神にも嫌われ者がごぜえやす)

 

現世ノ穢レヲ清メ給ヘ 禊ギ祓イ給ヘ(ちょいとひと働きさせやしょう)

 

四界ノ龍王 射殺セ 黒式(御手を拝借 くろのしき)

 

 

「鼠の肉は不味くて嫌いだ……往生し晒せ!!!」

 

 

 

 黒色の墨が、肉塊全体へと広がっていく。

 『影縫いの術』──影を縫い付けて動かなくさせる魔術は、使用者の肉体に軋むような負荷を与える。特異体質のコージローであっても、ただ押し留めるだけで無類の苦痛が襲うのだ。いや、コージローだから耐えられていると言った方が正しいか……!

 しかしやはり!合点が入った。

 ペティグリューの肉は筋力と再生能力に特化しすぎていて、魔術的防御力はほとんど皆無なのだ!全ての魔術的攻撃が効くし、搦手にも弱い!それ以上の生命力で誤魔化しているだけで……!

 

「寄ォオオオ、るぅぅうウウウウウ……ぁぎぃぎぎ」

「言の葉一つ、詠ませはせんぞ!!!」

 

 骨が砕け、血管が千切れる。

 激痛は灼熱そのもの。コージローの一八〇センチにも満たない身体はしかし、巨人族のそれに匹敵するほどの怪力と頑強さが同居した天性の躯体。それが無惨にも、およそ聞くことすら耐えられない程の異音を放ちながら破壊されていく。

 

「ペティグリューの呪言は、服従の呪文の類じゃないわ。豊富な魔力量に物を言わせて、魔力圧で吹き飛ばしたり動けなくさせてるだけ……!似た現象を引き起こしてるだけなのよ!今のペティグリューに精神系の呪文が使えるとも思えないし!

 言葉さえ封じてしまえば、魔法は使えない……、けどコージロー、そんなやり方じゃあ、貴方の身体は絶対にもたないわ!!命が幾つあっても足りない……!!」

「気にするな所詮は傭兵の命だ!!いつ誰に怨みを買われて殺されるとも、任務の最中に死ぬとも分からん命なのだ……!!そんな金で換えられる命を、こうして世界のためとやらに使えることがどれほど嬉しいか……どれほど身に余る誉れか!

 生まれ落ちた瞬間に生前葬が始まった!いい加減陰気な展開は懲り懲りだ、派手に行こう!

 これくらい苦でもない!絶える命は惜しくなどない!誇りを寄越せ!俺という忌み子に!!」

「グギギ、ガガ………!!」

「──最高じゃんかコージロー!!その誇りは汚させはしないよ!ペティグリュー!汚い口は閉じてな!!」

 

 尚も抵抗しようとする肉塊の表面が、斬撃魔法によりケバブのように肉を削ぎ落とされた。トンクスが目視できる範囲で口を潰しているのだ、気が利いている!

 報わんとしているのだ、命懸けの行動に──!

 

 本体のネズミは、一目散に逃走していた。

 小柄な分狙い辛く、逃げ脚も早い。

 逃走と撹乱で他の追随を許さないペティグリューが本気で逃げる体勢に入ってしまえば、ほんの僅かにも気を抜けばたとえ目の前からでも逃げおおせられる。三年生の時がそうだったように──

──そしてそんな失敗はもうない。

 ルーピンの鼻が、それを許さない!

 単純な俊敏さで人狼に敵う生物など存在しない!そうであるからこそ畏怖され、ドラゴンやバジリスクと並び立つ英国魔法界の霊長として君臨しているのだ!

 肉塊はコージロー達が抑えてくれている。

 チャンスはここだ!

 

(──捉えた──)

「ごぎぎ、ごごぉぁああああばららるるるる」

「……!?骨!?」

 

 ごろごろと、鈍く重たい音がしたかと思えば、本体のネズミを護るようにして現れる三体の動物の骨。

 魔力によって生み出された怨念の結晶、魔力の骸。

 今までこの能力を隠していたのか──あるいはまさかこの土壇場で、力が更に拡張したのか。考えられない話ではない。ペティグリューは追い込まれるほどに力を発揮するタイプだった!

 しかもこの動く骸……鹿に大犬に、狼とは……中々に皮肉が効いている。

 目的は足止め、それ以外にない。

 断言できるがここであの本体を逃せば、もう二度と、あいつが姿を見せることはない……!!魔法界の連合軍は意思すらない腐肉によって蹂躙される!そんな結末は到底許されざるもの!

 

(どけ──どけ!!待てペティグリュー!!待て!!)

 

 親友に、これ以上の罪を重ねさせはしない。

 骸を踏み越えて、魔月の狼は息咳切って疾走り、疾走り、疾走る。

──吹き荒れる一陣の風。

 人狼を援護するかのようにして、牡鹿のように強く大きなツノを携えた牝鹿が、並いる亡者どもの狂骨を跳ね飛ばした。守護霊弾……すなわち追尾する弾。

 感知した敵を魔力尽きるまで追う獣!付加された軌道変化の要素が極めて極悪な弾丸!

 名付けて、アルテミス・フリペンドである!

 もしも振り返る余裕があったなれば、ルークは万雷の拍手をシェリーに送っていただろう。喚き蠢く骨どもを容易く突破、ペティグリューの本体に迫る。

 尚も追跡者を止めんとする骸どもに、無慈悲な迅撃が与えられた。

 

「──シリウス・フリペンド」

 

 シェリーは──これまでの戦いの中で幾度も射撃呪文を使ってきた。それ故か、射撃呪文に対する魔術式を脳内で理解し、無言呪文にまで至り詰めた。

 彼女は射撃呪文に限り、ノーモーションで魔弾を放つことができる。それがこの、シリウス・フリペンド。

 魔弾は音を越え、弾痕だけが残る。

 射程距離は短い上にかなりブレるが、着弾魔力の摩擦熱と圧力で、骨どもは焼け焦げる。

 骨が軋み、折れる音は、とてもとても嫌な音だった。

 何となしに、シリウスが死んだ時のことを思い出す。

 

(……ペティグリュー……あなたも目の前で……自分のせいで大切な人を失ってしまった……。あの時の決断に、今でも後悔と罪悪感が渦巻いている。

 あなたのことは、少し分かるよ。仲間を裏切って、過去に囚われ続けて……それが仲間の死を招き、理想からは程遠い姿に成り下がって……でも……)

「──だからこそ、だ。

 変わらなきゃ、いけないんだ……いけないんだよ!!

私は──私達は!!もう戻れないからこそ、後悔したままじゃいけないんだ!!そこから動かなきゃあ……!!

 ピーター!!貴方にもしまだ意識があるのなら、耳を決して塞がないで!!彼がそっちに向かってる!!」

 

 ルーピンは覚悟を決めていた。容赦はしない。心臓をひと思いに突き刺してやる。ペティグリューの死を後悔も悼みもすれど、ペティグリューの殺害を肯定しよう。

 爪が真っ直ぐに振り下ろされる──その瞬間。

 ペティグリューが、変身を、解いた。

 戻る肉体。ネズミは醜い小男へと姿を変える。左手を犠牲にして、右の銀の手に杖を携えていた。

 目からは正気が失われ、口元からはだらしなく涎が垂れて、亡者と見まごうほどの土気色の肌。動いているだけのただの死体。ペティグリューの成れの果てが、プログラムされた防衛本能によってリーマスに相対する。

 

「何にだって……なれる。

 何だって……できる。

 人間やろうと思えば何だってできるんだァアア」

(このタイミング、角度は!相討ちか……!?

 だが……お前となら……、…………

 ………………テッド)

 

 爪と杖が交差する一瞬。

 リーマスは息子(未来)を思い出した。

 ピーターは友人(過去)を回顧した。

 

「アクシオ!!ボタンよ来い!!」

 

 ぴん、と、ピーターの袖口ボタン(カフスボタン)が魔力によって強引に引き寄せられた。

 不意に来た衝撃に、小男は大きく体勢を崩した。

──今もここ一帯には、魔法無効化ガスが蔓延しており紅い力や七変化を使わなければ魔法は使えない。だから肉塊や骨を操ることで物理的防御に特化し、魔法的防御には気を配らなかったのだ。

 故に今、ペティグリューは“魔法が効きやすい”。

 それがどんな格下相手であろうとも──!

 

「──素晴らしい、ハーマイオニー!!

 君は優秀な魔女だった……いつだって!!」

 

 ぱきん。

 ペティグリューの左胸を、人狼の巨腕が貫いた。

 乾いた音とともに、魔力核が砕け散った。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 視界を埋め尽くさんばかりの肉が、灰となって空気中に霧散していく。あんなにも赤黒く濁っていた罪の色は消え失せ、白く、ぼろぼろと崩れていく。

 強靭でしなる肉を錬成し、操作する力は使い果たされたのだと確信する。紅い力は消滅し、今度こそ決着がついたのだ。

 全身から血を噴き出して頭から倒れるコージローを、ハーマイオニーが受け止めた。

 

(兵器として生まれ……忍として数多の人間を葬り……その最後の花道をこうして飾れるとは……な……

 天魔の子には……粋な終だ……)

「……コージロー!!」

 

 力尽き絶えたその男の身体を、ハーマイオニーは優しく床に横たわらせた。重く、冷たい。

 よくぞここまで……、感謝の念は絶えない。

 

「本当に……、……言葉もないほど、……

 ……例のあの人は必ず倒す。待っていて」

 

 世界に存在するどんな感謝の言葉よりも、戦稼業を生業とするニホンの者にとっては、決意の言葉こそが相応しいと、トンクスはそう思った。

 少し離れたところで、シェリーとルーピンがペティグリューの死体の前に座っていた。……追悼だろうか。

 

「リーマス、だいじょう……」

「──来るな!!」

「?」

「いや、……いや、来てくれ!こいつ……本当に不死身になったのか!?ピーター!」

 

 おぞましい、光景だった。

 魔力核すら破壊され、もうどう足掻いても動くことのできない筈のペティグリューの死体は、ブツブツと高速で口元が動いていた。

 血走ることすらない瞳には、狂気が見えた。

 親友の遺体を蔑ろにされ、辛いものが込み上げるリーマスの代わりに、トンクスとハーマイオニーが封印術を男にかける。が──どうやらペティグリューは外的要因で痙攣しているのではなく、内的要因で変化しているようだった。

 

「何にだって──なれる。

 何だって──やれるんだ。

何にでも、何だって、思い描いたことはすべて……」

「どうすればいいんだもう……いい加減にしろ……!」

「わたしは……すべてを……かなえる……」

 

 

 

 

 

──悪ふざけで、スネイプを殺しかけた。

 

(……私の……やりたい……こと……)

 

──『言い訳は聞きたくない。反省は態度で示せ』

 

(あの時……わた……しは………ぼくは)

 

 

 

──一体、なにがしたかったのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめん……」

 

 死体は、ドロドロと溶けて。

 代わりに小さな、少年の姿が現れた。

 

 

 

「謝らねば、と……償わなければと思っていた……もう遅いけれど……ずっと、そう思っていたんだ……。

 僕……僕は、自分の弱さを認めるのが、こわくて……楽な方へと、行ってしまった……すまない……」

「………ッ」

 

 ぴくりと、配下の心変わりを許さぬ銀の腕が、ペティグリューの首を絞め上げる。

 だが──そんな行為に意味はない。

 ペティグリューの魂はもう、その肉には宿ってない。

 死体にほんの僅かにこびりついた魔力を介して、あの世から話しかけているのだ……信じ難いことだが。

 闇の帝王に対する、最初で最後の叛逆だった。

 

「……ぁあ、ああ、シェリー!……そこにいたんだな。

 そんなところに……君にも謝らねばと……」

(……?そんなところ?……)

「いや、もう、何を言っても弁明にしかならないか。

 願いが、あるんだ……

 生まれ変わったのなら……その時は……僕と友達にならないでくれ……僕と出逢わないでくれ……

 僕などのために……素晴らしき友や……魔法使いや、未来の子供達が被害を被るなど、あってはいけないことだった……!

 僕をまだ友だと呼んでくれるなら……こんなクズとは関わらず……愛する者と……幸せに、なってほしい……頼む……」

「………………」

 

 傷の男は、万力のように強い力で、万感の想いを込めながら、ピーターの──左腕を強く握った。

 

「私をあまり舐めるなよ、ネズミ君。

──何度生まれ変わったって!何度人生をやり直したって君と友達になって、更生させてやる……!!

 九生遂げても赦しはしない。君の罪を何年かけてでも償わせてやる。

 魂に刻んでおけ──ピーター・ペティグリュー!!」

 

 流れてすらいない冷血が、ほんの僅かに、激ったような気がした。ピーター・ペティグリューに救いがあったとするならば、それは、地獄へ堕ちる前に懺悔の機会を与えられたこと──。

 

 

 

 

 そして骸は、ついぞ喋ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




フウマ・コージロー 『死亡』
死因:ペティグリューの生み出した肉塊を足止めした。


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10.傲慢のベラトリックス・レストレンジ Ⅰ

ハヤト「薩摩ホグワーツの波に乗り遅れたのぉ…」


 

 

 

 激闘を終えて。

 消耗の激しいシェリーは休憩し、トンクスは周囲の哨戒、ハーマイオニーはコージローを、ルーピンはペティグリューの死体を呪術で封印していた。これ以上、骸が荒らされることのないように。

 ペティグリューの不死性を目の当たりにした後だと、死体保存の呪術は悪手のように感じるが、奴がもう蘇ることはないだろう。

 コージローの骸は……余裕があれば持って帰り、然るべき埋葬をしたいところだが……そんな余裕があるかどうかすら……。

 

「……。フウマ家はニホンノ妖や怨霊の退治、要人暗殺を代々請け負っている影の一族なんだそうよ。

 人間を殺すために、人間性を捨てる……修行の過程で力無き者は死に、生き残った者だけが心無き忍者として完成する。ニホンの魔法省もフウマ家の必要性を理解しているからその修行も半ば黙認されている状態……

 コージローはそんな環境で、弟や妹達が死んでいくのに耐えられなくて、フウマを嫌って……投げやりになっていた時期もあったみたい。

 ……だから、じゃないけど。今、こうして仲間のために戦えることを、彼はとても誇りに思っていたわ」

「…………そっか」

 

 コージローの瞳をそっと閉じる。

 万感の感謝を込めて、伝えよう。

 

「おやすみ、コージロー」

 

 心に刺さった棘は、もう一つある。

 ピーター・ペティグリュー。彼は最後の最後に、本当になりたかったものになることができた。

 では、自分はどうか。

 なりたいものに、なれているのか。

 友達……自分はそのような存在で在れているのか。

 少しばかりは変われているのか。

 思えばハーマイオニーとは、まともに会話するのも久方ぶりだ。少し上擦った声で、問うた。

 

「ハーマイオニー。あなたにとって私は……、何?」

「そんなの……、……。決まっているでしょう?手がかかって、無駄に頑固で、意固地で、止まることを知らない猪みたいな子で……限りなくバカで、勝手にいなくなってた時期とかもうほんとこの子どうしてやろうかと何回思ったかわからなくて、いやもう本当……手のかかる子で」

「……………うん」

「そしてとても優しい、私の誇るべき友人よ」

「……うん……ありがとう」

 

──必ずしも、対等の関係ではない。

 彼女達は健全な友情ではないのかもしれない。

 シェリーが全てを投げ出して一人で背負おうとした時のハーマイオニーは、シェリーにとってのアキレスも同然だったし……四年経って、ここまでハーマイオニーが成長しているとも思ってなかった。

 ハーマイオニーの両親は、未だ面会謝絶だという。

 ……シェリーの知らないところで、ハーマイオニーは悲しい成長をせざるを得なかった。

 

(……本当にありがとう、ハーマイオニー)

 

 だから。

 だから、あの頃と変わらぬ笑顔で笑ってくれるハーマイオニーが救いだった。シェリーにとって、何よりの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傷の治療はした。

 若干の疲労は残るが、気持ちは切り替わっている。

 シェリー達は再び戦場を駆け出した。

 空に浮かぶ城、その長い廊下を走りながら、先程の戦闘を思い返す。

 

(──さっきの戦闘。ペティグリューの呪言は結局、服従の呪文なんかじゃなくって、豊富な魔力で相手を足止めするものだったらしいけど……それなら私、あの時に全身から魔力を放出してれば何とかなったかもなぁ……)

 

 目に見える単純な強さを手にしたシェリーにとって、一番怖いのは未知の魔法にかけられた時だ。実力差があれば諦めもつくし自分の仕事を全うできるが、相手の策にハマって仕事ができないでは本末転倒。

 その点で言えば、先程は「何とかできる」範疇だった筈なのだ。

 

「服従の呪文なら、私、効きが悪いみたいだし……」

 

 ……そういえば。

 他に様々な出来事があってつい忘れてしまっていたがシェリーは五年生の……魔法省での戦いの時、誰あろうヴォルデモートから服従の呪文を無効化したのだ。

 虚の震天によって展開された何十本もの緑の閃光。その内の七本ほどを喰らって、全て一切が効かなかった。

 あれは──何だったのだろう?

 前々から、意識を奪う筈の服従の呪文を喰らっても、自我をハッキリ保つという特異性は見せていたが……もしや年々精神系への耐性が上がっている?

 どういう理由で……?

 

「……ねえハーマイオニーハーマイオニー」

「何?どうしたの」

「私って精神系の魔法に耐性があるらしいんだよね」

「へえ……」

「こういうのって生まれつきなのかな」

「ウーン、そうね……」

 

 ふわふわのブロンド髪を揺らして小首を傾げる。

 シェリーは言ってから少し後悔した。彼女の両親は精神系の魔法をかけられて娘を娘だと認識できなくなっているという有様だ。余りに無遠慮な質問だったのではなかろうかと、こころに冷や汗をかいた。

 しかし当人は気にしたそぶりを見せないので、下手に突っつかないよう口を噤んだ。

 

「特定の魔法を何度も使うと肉体に影響を齎す、というのは聞いたことがあるけれど。火炎魔法を多く使う人は火傷が治りやすくなったり、癒しの呪文を何度も使うと筋肉がつきやすくなるけど寿命は縮まったり……とか。

 でも精神系、となるとね……。対象のこころに働きかける魔法だから、その人の心の有り様次第で効いたり効かなかったりするものよ。服従の呪文は精神力次第で破れることもあるでしょう?魔術的耐性がどうとかより、その人の精神力が関わってくるものよ」

「……精神系の魔法が効きづらい人は、心が強い人?」

「その傾向はあるわね」

 

 『かける側』は魔力と技術がなければできないが、反対に『かけられる側』は精神力という魔術とは全く別の素養が求められるのが、精神系魔法の特徴だ。

 しかし、別にシェリーは自分は心が強い、と思ったことはないが……。

 ……精神力が強いというだけで、ヴォルデモートの服従に抗えるものだろうか?

 

「……考えても仕方ないことは考えないっ」

 

 

 

 ……その考えは、間違いではない。

 後に、嫌でも考えさせられるのだから。

 強いられた絶望の二択とともに。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 知らなかった。

 知らなかった。

 知らなかった。

 

 ミカグラ・タマモは知らなかった。

 

 ニホン魔法界に差別はない。

 ただ平等に他者を蹴落とすだけ。

 何か欲しければ敵から奪い、敵がいなければ味方から奪い、誰もいなくなれば土地から奪う。

 一片残さず、行儀良く。

 

 ほんの小さな島国であらばこそ、憎悪は深く、憤怒のやり場は他者である。世界は広いと言うけれど、この列島は大して広かない。

 

 幸福とは己の中から得るものであって、他人から享受するものではない。そんな生き方は身を滅ぼすだけ。

 掌に収まる面倒事なら握り潰すし、抱え切れない面倒事なら切り捨てる。

 

 腹の読み合い、喰らい合い。

 そうでなければ生きられない。

 蝮は蝮同士は共に暮らせない。

 

 ……そう言う風に、思っていた。

 

 

 

(マジで?)

 

 

 

 忍一族が誇る三大貴族の一角フウマ家、暗殺・傭兵稼業において右に並ぶ者なし。およそ対人に於いて一族の革命児と謳われた三男坊のコージロー坊ちゃん。

 魔力は元より、それ以外の俊技・武術・耐性も素晴らしいくらいに優れていた。足りないものは経験だけ。

 そんな彼は人との関わりに興味を抱かず、常に心に余裕がなさそうな顔をしていた。何でそんなに暗い性格なのかは知らないが、興味がないならせめて愛想を振り撒いておけばいいのにと思っていた。

 

──そいつに『勝負じゃ!』とか抜かして覚えたての魔法剣を振り回していった馬鹿がいた。それがハヤト。案の定負けていた。負けていたのに、笑っていた。馬鹿なヤツ。だけど気持ちの良いヤツ。コージロー坊ちゃんが笑ったのを初めて見た。

 マジか、と思った。けれど眩しいと思った。いいな。ああいう、何も考えずに笑い合える関係が好きだ。馬鹿同士笑い合えればいい。

 学校が楽しくなったのは、思えばそこからだ。

 

 

 

──どうせ死ぬんなら、笑い転げて、馬鹿やって、ふざけまくって、くだらないことをして、泥に塗れて、足を引っ張って、迷惑をかけて、汚れて、穢れて、誇りを捨てさらやって、醜くなりさらばえて、一片の美しさも見えざらやる姿になって、それでも、前のめりに、死ぬ。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

──炎を斬り裂く。

 

──闇を切り裂く。

 

 紅の剣は、劫火をモノともせず。

 灼熱の魔の手は、然して彼には届かない。

 剣の守りは鉄壁にして無敵。拒絶が凝縮された流れ星の一欠片が、万象を裂く。

 

 

 

「私の炎を……吸収してやがんのか?クソヤロー!!」

 

 

 

 ベラトリックス・レストレンジの火炎は、掛け値もなしに最高峰だ。破壊力、破壊力に達するまでの速さ、詠唱速度……あらゆる評価値において間違いなく、彼女の火炎は限りなく最高到達点だろう。

 彼女は火炎抜きでも恐ろしく強いが、ただシンプルに焼き払った時、彼女に敵う者はいない。

 視線ひとつで呪い殺さんばかりの怨念。

 火炎が得意な家系が生んだ、世界最高峰の火炎使い。

 燃やせないものはなかった。

 破壊できないものはなかった。

 だからこそ、目の前のこの風景が信じ難い。

──ネビル・ロングボトム。奴が火炎を無効化する。正確に言えば、彼の持つ紅い刀身が焔を喰らうのだ。

 

 ベラトリックスが誇る世界最高峰の炎が、あの小僧の振るう剣に吸い取られている──耐え難い屈辱に、血管が破裂してしまいそうだ。

 

 ……そう、つい先刻のことだ。

 

 ベラトリックスが侵入者達を踏み潰さんと、持ち場で待ち構えていたところ、最初にやってきたのがネビル・ロングボトムだった。思いがけぬ小物に落胆すると同時に歓喜もした。こいつは確かに小物だが、たまに見る、ウザったいくらいに諦めの悪いガキだ。何度心を折ってやっても、折れた鉄板の方が硬いのだと言わんばかりの粘りを見せるヤツ。そういう意味では、シェリーの方が幾分可愛げがあるというもの。

 加えてこいつは、あのいけすかないフランクとアリスと同じ眼をしてやがる。あの時絶望に染めてやった筈の瞳が、数十年経って、戻ってきやがった。

 取るに足らんゴミを掃除するのは慣れたもの。腹立たしいのはいつまで経っても汚れが落ちないことだ。何度も付き合わされて流石に辟易する。

 

──だが、まぁ、いい。

 

 ここでネビルを殺してうざったい眼も見納めだ。それはささやかな歓喜。せいぜい楽しもう。

 炎のような凶暴性からはおよそ考えもできぬ冷徹さで竜の魔女は殺意のナイフを一旦下ろした。

 

「一応聞いといてやるよ。純血は純血だ……ロングボトムのガキ、私達の軍門に降る気は?」

「──地獄の釜の火が凍ったら仲間になってやる!!」

 

 その言葉がトリガーだった。

 ネビルの右手に、奇妙なエネルギーが収束し、十字状に炎が形成され、収斂され、研ぎ澄まされる。

 その時空だけが捻じ曲がったかのような違和感。

 ともすれば、使い手をも絶ちかねん威圧感。

 然してそれは、たとえ一夜の夢幻と言えども、剣士に確かな焔の熱を与えんとしていた。

 

(熱い……いや……暖かい……?)

「……何だいその十字剣(クロスソード)は」

「──グリフィンドール?」

 

 ネビルの呟きは、ベラトリックスに向けられたものではない。おかしなことだが、この世で最も偉大な獅子の名前でなければ、この剣には釣り合わない気がした。手にした剣の重みに自然と敬意を払いたくなった。

 豪奢な柄に、燃えるようなルビーはしかし、己の権威を象徴するものではない。

 そうか──これが、例のグリフィンドールの剣。

 創設者の遺産がうちの一振り。

 真のグリフィンドール生の前にだけ現れる、勇気の象徴だとでもいうのか。

 

 ……兆候は、実のところ会った。打算も。

 この四年、紅い力の幹部達と戦い、死にそうな攻撃を受けても何とか命は救かるし、絶望的な呪いが肉体に巣食ったとしても、夜が明ける頃には癒やされている。

 ずっと何者かがネビルの側にいて、魔力的な護りを与えてくれていた。ベラトリックスの焼くだけの焔とはまるで違う、どこか安心する優しい焔に護られているかのような……それが思えば、『剣』の加護を無意識に受けていた、ということなのかもしれない。

 ネロの実験で色々させられた(組分け帽子を被ったり妙なペンダントを着けさせられた)時、ネビルに力が宿っていたということか…?

 

──燃えるような情熱を君に。

──勝利と祝福を約束しよう。勇敢なる我が友よ。

 

「舞い踊れ悪霊の火炎どもよ!!!!」

 

 グリフィンドールに行くならば

 勇気ある者住まう寮

 勇猛果敢な騎士道で

 他とは違うグリフィンドール♪

 

「ッ……うおおおおおォォ!!」

 

 炎の魔女が放つ獄炎は、しかし勇者に斬り裂かれん。

 陽気な歌が勇気をくれる。無謀とも思えるけれども、理性は失わず鼓舞して狂う。

 狂奔、されど、知性的。

 知ってか知らずか、その判断は極めて正しかった。

 ベラトリックスの──すなわちこの世にて最大最強の火炎魔法を、剣は弄せずして吸い込んだ。

 

「こいつ……私の炎を……!?」

 

 湧き上がる屈辱は、己を焼いてしまわんほどに。

 『木っ端風情に火炎を無効化された』その事実が傲岸不遜なベラトリックスの余裕を乱した。

 

 それが先刻のこと。

 続けざまに火炎を発射するけれども、そのどれもがあの剣に吸収され、無効化されていく。

 不快もいいところ。己のプライドを逆撫でする、逆鱗を無遠慮に触られる行為は、ベラトリックスの一撃必殺の火炎の威力を高めていた。

 肺はとうに、焼け焦げんばかり。

 ネビルが剣で払ったほんの火の粉でさえ、床を抉り断崖を作るほどの爆発を起こす。死に物狂いで防御せねば死ぬのはネビルの方だ。ネビルは、ただ防御の手段を得たに過ぎない。

 

 が──それでも、『火傷すらしないこと』で有名なベラトリックスの火炎が防御されている。ましてや、あんなガキに。

 それでも尚怒るなというのは到底無理な話だった。

 

「灼熱焼土によォ!ご覧遊ばせだァア!!!」

「やってみろよ!!蛇女!!!」

(凄い、この剣……何故だかこの剣を握っていると、最適な行動が頭に浮かんで……)

 

 決闘に於いて創設者随一の腕前を持つグリフィンドールの戦闘経験が、剣を通してネビルの脳内に流れているのだ。時としてどんな武器や魔法よりも有用で役立つのが経験というものだが、創設者のものとなればダイヤモンドよりも価値がある。

 結果として、最低限の体力で、最大最良の結果をリターンしている。ただの火炎を吸収する剣なら、炎熱地獄に叩き込んで終わりだが、グリフィンドールの意思に突き動かされて限りなく最良を掴めている。

 ネビルの前にはいくつかの未来があって、その中から生き残る未来……さらにその中から、より安全な方を剣が教えてくれている、そんな感覚だ。

 攻防一体!赤熱の海にて咆える魔力喰い!

 

「クソガキが〜…」

(だが……待てよ?私の火炎は……不敬だが、あの御方にも届き得る天上のもの。それを防ぐとなると流石に、あの剣がイカれてると考えた方がいいね!魔力そのものを拒絶し殺す剣……それほどの魔剣が、こいつを一端の戦力にせしめた。)

 

 性格ゆえに、先に来た怒りが曇らせていたが──もし万が一この小僧が敬愛する「我が君」の所まで行ったとして、その時、億が一、「手を煩わせる可能性」が全くのゼロだと言い切れるだろうか?

 ほんの1パーセントにも届かぬ極小。しかしそれすらも許されない。そんな粗相はレストレンジの……いやベラトリックスの名に於いて許しはしない。

 

「シェリー、ベガ、アバーフォースをおよそ指一本と仮定すると……闇祓いの戦力は多く見積もってもプラス四本……計七本ってとこか……

 対してこちらは指が二……いや……一本と半分か?四人で六本……死喰い人がギリギリ三本……計九本。我が君が戦わずとも良いと思ってたが。

 果たしてあの剣、何本分の力がある?」

(ベラトリックスの奴、あんなに怒っていながら、でも安易に踏み込んでくることはないな……!)

「──ハハ……遊んでやるよ坊や。

 百回やって九十九回勝てるヤツ、

九十九回は負けても最初の一回だけは勝てるヤツ。

 殺し合いに於いては後者が有利だ。大半の奴は本質を理解しちゃいないけどね」

 

(比べるまでもねェ。魔力、技量、どれをとってもこいつより私の方が上だ。正面切っての戦いなら負ける要素は何一つない。が……ここは殺し合いの場で、あのガキには一つアドバンテージがある。私があいつのことを『知らない』ということだ。

 あの剣の能力も知らねえ。私が知ってる知識や常識とは違う能力を持っている可能性がある。これから援軍がやってくるかもだし、或いは既にそこいらに一匹潜んでるかもね)

 

 極端な話、全員が体内に爆弾を抱えて自爆特攻を仕掛けてきたら対処に困るのだ。たかが魔法使いの命一つ賭けたところでやられはしないが、それが何十と現れて攻め続けられれば、流石に分が悪い。

 死にかけの虫ほど断末魔が大きい。

 あいつらにはきっと何かがあるのだ。必殺魔法とか、魔剣とかの話ではない。命を懸けるだけの隙を与えてしまえば、迷わず命を懸けてくる。

 ……だからこそ相手に何もさせずに心を圧し折る必要がある。肉体でなく、精神を壊さなければ勝てない戦いがあると知っている。

──ならば、こそだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──『紅い力の更なる解放』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下から噴き上げる汗。

 全身をおぞましいほどの悪寒が走り、えも言わぬ身震いが止まらない。肉体が全身の異常と危険を感知し、原初の恐怖がネビルを襲う。

 奴は本気だ!限りなく!

 これまで遭遇してきた圧倒的な強者の暴力性。それらには耐性がついたと思っていた。いたのだが──…

 反するようにベラトリックスは静かだった。

 

 彼女は祈っていた。

 

 両手を組み合わせ、目を閉じ、心を薙ぐ。たったそれだけの動作に、天使の羽でも降らんばかりの、限りなく洗練されたものが見え隠れした。

 常に誇りや怒りといった苛烈なものを身に纏っていた女が、今はただの修道女のようだ。ドス黒く濁った黒が一瞬にして漂白され、あわや光を帯びていた。

 祈るための祈り。

 ネビルは自身の、今にも口からまろび出んばかりに暴れていた心臓の動悸が静まるのを感じた。それは、けたたましい心臓の音が、平静になったのではなく、時がそこ瞬間に圧縮されて起こった現象である。ともすれば一秒にも満たぬ刹那、彼女は戦いの最中にありながら、敬虔な信徒のような面持ちで──

──慈悲の涙すら、流していた。

 

 

 

 ぽつり。

 

 落ちた涙と共に、静止した時間は動き出す。

 

 

 

「──ッ、か、ぁ……」

(あ、つ──いや……痛い……!!)

 

 

 

 玉のような汗がぼろぼろとまろび出る──どころか皮膚さえ焼くほどの熱量に、わずか一瞬、ネビルの意識は狂った。

 ネビルやベラトリックスを取り囲むように、神の裁きにも似た熱量を持つ十三の火柱が噴き上がる。火炎はさながら竜の姿を模しており、ドラゴンの巣に放り込まれたかのような錯覚を覚える。

 視界全てが赤、赤、赤。

 夥しい火炎で焼き尽くされた紅蓮地獄は、もはや、この世のものとは思えぬほどの光景だ。悪趣味だが静謐な城内部の空間は焼き尽くされ、何もかもが炎に取って代わられる。

 

「アハハハハハハハハハハハハハ!!!!!結界術!それも封印するためのそれとは訳が違うよ。侵入者を焼き殺すためのトラップ!なぁに、出入りは簡単さ……地獄の業火に焼かれてもいいのならね!

 ロングボトムの坊や、真域の炎は経験あるかい?」

「し……ん……いき?」

「真域、或いは神域。属性魔法の究極到達点さ。そこに辿り着いた者は全て、魔力に無限のエネルギーが付与される……人生をその系統に捧げることで得ることのできる絶えない炎!炎すら焼く魔炎さ!

 ハハハハ、あまりまじまじと見ないでおくれよ。これでも真域は苦手な方さ。なんせこれまでの相手は使うまでもなく死んじまったからねェ!!」

(や──やばい!)

 

 目の前で火花が散る──爆散。

 ネビルは目を疑った。ほんの小さな火花が、空中で炸裂すると小規模な爆発が起きる。ただの爆発ではない、爆破呪文と同等の魔力と威力がそこにはある!

 いくらこの剣が魔法使いに対し絶大な効果を発揮しようとも、ベラトリックスのこれは最早災害──人の域をとうに越えた領域にある。いずれは吸収が追いつかなくなり、過剰火力に擦り潰される!ここで戦うのは、いやここにいること自体が自殺行為だ!

 とはいえ……世界の理すら凌駕する火焔が時空を歪めているのか、姿表しが使えない……!!どうする?剣と防衛魔法で、一点突破で突っ切るか……というところで援軍は来た!

 

「おい、ロングボトムの!こっちだ!」

「ボヤボヤするな早く来い!」

「援軍か……」

 

 名も知れぬ一般魔法使い、最近闇祓いになったマグル出身の二人組。世界の危機に参上してくれた極めて勇敢な若者達だ。

 炎柱の向こう側に見える影に大きな声で答えると、彼らの方向に走り出す……!

 

「クク……城郭の地下深く、宝を守る番人。眠りから醒めたドラゴンは盗人を許しはしない……悪魔さながらに食い散らかすのみさ」

「ッ……プロテゴ……なっ!?」

「つ、杖が……焼け──」

 

 呪文を使おうと杖に魔力を込めた瞬間、杖が『着火』して──焼け焦げた。

 燃えゆく杖の残骸──消えゆく木屑を、愕然とした面持ちで見送ることしかできない。続く炎の竜の攻撃を反射的に躱すことができたのは、ムーディーのしごきがあってこそだ。見れば、援軍二人もその有り様……!

 

「おおっと、気をつけな。魔力のあるもの……とりわけ杖から発せられるエネルギーに、この火焔は目がなくてねぇ!魔法なんぞ使おうものなら杖を焼いちまうのさ!

 魔法使い殺しは何もそのおかしな剣だけじゃないってことさね!まっせいぜい頑張りなよ!杖抜きでな!!」

 

 仮にも十年ほど使い続けた愛杖との突然すぎる別れに脳が追いつかない。初見殺しにも程がある。魔法を使えば最後、その瞬間に戦闘能力の喪失が決まってしまうなど……ふざけているにも程がある。

 この状況はまずい!

 剣の吸収も、剣を構えた方向からしかできないというのに……全方位をガードは不可能だ!

 

「同情するぜスクリムジョールには!!ホグワーツの防衛術の教師は一年で辞めちまうし!優秀な魔法使いどもは前の戦争で私達が消した!!残ったのは下っ端のカス戦力だけ……!ガキどもや海外の手を借りなきゃ頭数さえ揃えらんないんだもんなァ!!」

『あ、私も有望な魔法使いを消しちゃってました☆

 HAHAHAごめんなさーい☆』

(黙れロックハート!!あの馬鹿!!)

 

 脳内のロックハートをぶん殴った。

 

「ま・クラウチ主導で作ったアレン隊も強かったが……あいつも死んじまった。頼みの綱のダンブルドアもいなくなった!錬金術師フラメルも死んだねェ!この四年あんた達が生き延びてられたのは、ひとえに我が君の余裕ある心持ちあってのこと!

 涙が出るよ!!哀れでね!!!」

「言ってくれちゃって……!!」

「言ってやるともね!あんたのその魔法界の存亡を懸けて戦うなんて姿勢は建前さ!」

 

 火炎の魔女は、竜を従え狂笑する。「結局のところ、あんたの本質は身勝手なんだ」その言葉に心臓を鷲掴みされたような不快感を覚える。

 

「フ・ク・シュ・ウ──だろ!?

 私が憎くて堪らないからここまで来たんでちゅよねェネビルちゃん!親殺しの私が憎たらしくってここまで来ちまっただけでさァ!

 けど残念──そういう手合いをブチ殺すことに関しては私達はプロなんだよ!!!!」

「……思い上がるなよ蛇ヤロー。

 僕が、お前如きのために何で人生を棒に振ってまで復讐しなくちゃいけないんだ……!!」

 

 ベラトリックスと刺し違える──なんてのはちゃんちゃらおかしい。復讐に狂ったりはしない。復讐に取り憑かれたりはしない。戦うべき理由が他にある。

 闇の帝王打倒という目的の途中に、ほんのささやかな復讐があるだけ。

 迫り来る火炎の竜を、死に物狂いで斬り飛ばす。

 

「僕の父も!母も!お前達に抗って死んだんじゃない!

 仲間を守るために死んだんだ!どれだけ拷問されようとも絶対に仲間の居場所を吐かなかった!!そんな人達が僕に全てを擲って欲しいとか思うもんか!!!

 僕がお前達と戦うのは、僕が生きるのにお前達が邪魔だからだ!!僕の人生にお前が不要だ!!!

 履き違えるな……お前を倒してハッピーエンドなんかじゃない。ただの通過点如きがラスボス気取りだなんて烏滸がましいよ!!」

「!?何をしてる、オイ──」

 

『オスカーは僕に任せてくれないか』

『君達の怒りは、一旦僕に預けてほしいんだ』

 

 ロンがオスカーと戦ってくれているのは、復讐に取り憑かれて冷静な判断力がなくなってしまわないようにするためのもの。じゃあここで今、愚かにも突っ込んで死ぬのは違うだろう──!!

 

 グリフィンドールの剣にはあらゆる魔術的要素を吸収し無効化する以外に、もう一つ機能がある。ネビルは、できるだけ手の内を晒したくないと無意識に思っていたがそうもいくまい!相手は紅い力の幹部!

──剣から、炎が、飛び出した。

 そんじょそこいらの火炎とは違う……これはベラトリックスが使う神域の炎。つまり剣の能力は『吸収』と、『吸収した魔力を吐き出す』こと……!

 

 同質量、同威力の火焔がぶつかり、爆散する。

 炎の壁に穴が開き、穴の中へと飛び込んだ。

 ネビルは結界を抜けた!

 援軍の闇祓い二人は、肉体のあちこちが焼け焦げたネビルを抱き抱えるようにして離れた。

 

「オイ……!しぅかりしろ!」

「ぐっ……」

 

 距離を取らなければ……退かなければ。

 ベラトリックスはそもそも、紅い力を持っていない時から『世界最強の火炎魔法使い』と呼ばれた女。奴の強さがここで終わるはずもなし。

 ありったけの煙幕と物理的トラップを撒き散らし、全力で妨害する。ネビルはベラトリックスを倒せるなどとはハナから思ってはいなかったが、それでも、足止めくらいはできたと自分を励ました。ここでのほんの少しの奮闘は、『他』を楽にする。

 

「やはりその剣……危険だね。魔法は感情で強くなり、紅い力もまた然り。負のエネルギーをベースにしてお作りになられたのが紅い力。あの剣はただのマジックアイテムじゃない、感情によって生まれたモノなんだ。

 となるとその剣に必要なのは『資質』……すなわちゴドリック・グリフィンドールの意志を継ぐ者にしか剣は現れない……ってところか。

 ハァ、ガッカリだよグリフィンドール。仮にもかのスリザリンを最も苦戦させた相手だったんだろ。そんな男がこんな小僧を選ぶだなんて……誇りはあれど、思想も、力も、知恵も、何もかも足りなすぎる!!!」

 

 魔女の杖は指揮棒よりも優雅に火炎を操り、火炎の竜を空に打ち上げて──そして球状に凝縮する!

 煉獄は空より落ちる──超火力高熱体、黒い太陽。

 死の世界を球状にして現世へと降臨させた。熱いのに冷や汗が止まらない。呪いを焚べた薪に、三つ首の悪魔が老いて嘲笑う。燃え盛る悪逆非道の大魔法。

 ただそこに「在る」というだけで、ベラトリックスを除く殆ど全てを不公平に平等に、そして不規則なリズムで焼き尽くす。

 罠など関係ない。どこにいるかも意味はない。

 愉快なアルゴリズム。反駁する死の螺旋。

 最早、熱の揺らめきすら必要ない。肉体に、呪いのような火傷が発生していく……!

 

 鼓膜を啄む耳鳴り。

 胃の中を暴れ回る吐き気。

 視界すらチカチカと定まらない。

 大きく息を吐くと、喉が焼けるようだ。

 

 呪いや毒ではない、ただの、ただの魔力の波を感じているだけだ。ただし、目が光を感じるのと同じくらいするりと肉体に忍び込み、熱傷を起こしているだけで。

 呪い、怨讐、苦痛、苦悶。そういった悪感情と闇魔術のイカれた研究者、エクリジスという魔法使いがいた。

 彼は北海の孤島で非道な人体実験を繰り返し、もはや生物とも非生物ともつかぬ生物や呪物を多数残してこの世を去った。後に、吸魂鬼と呼ばれる怪物が住まう島には世界最高の監獄(アズカバン)が作られるわけだが。

 ベラトリックスはその劣悪極まる環境で、怨嗟の声を己の力に変える術を会得した。地獄の坩堝。実際に再現できたのはつい最近のことだが……冥府の業火を知っているからこその、この鮮明な恐怖!

 

「逃れられるのは逃げに徹したネズミくらいのもんさ。

 さァ……破滅の歌を聴かせな!!!!!」

「クソ…………!!」

 

 

 

 

 

 

 

青き焔は静かに燃ゆる(expectams in inferno diaboli)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……ッ」

 

 黒い太陽は卵でも割るみたいに亀裂が入り、崩れた破片が下手人たる悪霊に吸収された。

 瞠目するベラトリックス目掛けて振り抜ける悪魔の左脚を、すんでのところで受け止め……切れない!吹き飛んだ先で、確かにその鈍く光る輝きを見る。

 月光のような銀髪。

 泪の海の色をした瞳。

 蒼炎を背にした長身が、今はあまりに恨めしい。

 

「痛いねこのガキ!!淑女を足蹴にするなってなァア、パパに教わらなかったのかい!?」

「知らねーな。教えてくれよセンパァイ」

 

 ニヒルな笑みは、余裕の証。

 焔の中に見え隠れした立ち姿は、あまりにも。

 

「随分男前になったなネビル」

「お陰様でね」

「──ちょっとそこで待ってろ」

 

 

 

 

 

 

 

「──あのドブクソババア……燃やしてくるからよォ」

「返り討ちにしてやるよ!ダボカス男がよォ!!」

 

 ベガ・レストレンジ、参戦。

 



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11.傲慢のベラトリックス・レストレンジ Ⅱ

オフ会楽し過ぎる。


 

 ひと口に闇祓いと言っても玉石混交だ。

 強くて経験のある者、強いが未熟な者、あまり強くはないが経験のある者、あまり強くない上に未熟な者。

 厳しい試験を突破したプロゆえに精神的には頑丈ではあるのだが……それでも過酷な戦場に長く身を投じる内にその多くは篩い落とされる。経験と、才能と、理想と現実とのギャップという篩に。

 しかし……僅かに心に“迷い”が生じた闇祓い達には、それを克服するために希望制で受けられる制度がある。

 その名もムーディーブートキャンプ。

 あらゆる理不尽、様々な試練。けれど逃げることは許されない。心身共に鍛えるのにうってつけの、地獄の釜の中へ突き進むような……。

 世界最強の闇祓い、レックス・アレンとその部下達もこのプログラムの履修者だったと言われている。

 

──ベガがエミル経由でこのキャンプを受けたのは、彼が七年生の時のことだ。

 ダンブルドアも、アレンも、フラメルもいなくなった魔法界に必要なのは、象徴だ。けれども今の自分ではまだ足りない。紅い力に匹敵するくらいの強さを……いやそれ以上の実力がなければ、最強を目指すことすら烏滸がましい。

 腹を括るや否や、引退したとは思えぬほどの覇気を放つ男へと弟子入りを志願した。

 

「儂の前で今後一切『頑張る』『努力する』などといった軟弱者の言葉は使うなよ。それと謝るな!何があろうと言い訳するな!その覚悟ができたら着いてこい!」

「はい!」

 

 そこから、半年が経った。

 時には血反吐を吐くまで戦わされ、時には聞いたこともないような古代の魔法を叩き込まされ、時には前線に投入され、経験を積まされた。

 そこから更に三年と半年。

 スラグホーンとクリーチャーの二人から甲斐甲斐しくサポートを受けながら、ベガは、活かした経験を下に自身を見つめ直し、尚も最強の座に拘り続け、死喰い人達との戦いを続けた。

 知らなければ。

 識らなければ。

 推し量るのだ。

 限界を越えるには──限界値を上げるにはどうする。

 己の全盛期を、長く、永く、確実なものにするため。

 しわくちゃに醜く老いさらばえて死ぬ最期の刹那まで玉座に君臨し続けられるような、そんな極みに立ち続けられるような。

 そんな不確かな何かを欲している。

 言葉には言い表せない何かを。

 

 そして届いたのさ、ベガは。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「ベガ・レストレンジクゥン、ご両親元気ィ〜?」

「おう元気元気!あんたを早く連れて来いってあの世で首を長くして待ってるぜ!」

 

 狂っているのに、イカれているのに、それでも黒魔女は美しい。黒い服と髪と陶器のような肌のコントラストはどこか倒錯的ですらある。

 対する白銀の魔法使いは、目も冴えるような秀麗で端正な顔立ちで小気味良く笑う。蒼炎どもが、彼に従僕しているかのようだ。

 二つの頂点のぶつかり合い。

 対の火焔の激突はつまり、どちらが強いかを証明する決闘でもあるのだ。

 

「あ!ちょっと待てお前ら」

 

 両者の激突に巻き込まれまいと、負傷したネビルを連れて一刻も早く離れようとする若い闇祓い二人を呼び止めたのは、あろうことかベガだった。

 ネビルとは親友の間柄であり、判断力に長けているベガが、ネビルの撤退に待ったをかけたことに、闇祓い達は訝しげな反応を示した。

 

「な、何だ?どうした」

「おまじない」

 

 言うと、ネビルの肉体が蒼い焔に包まれる。闇祓い達は思わずギョッとするが、それは荒々しく焼き焦がす音ではない、優しく包み込むどこか静謐な音だった。

 ややあって──ネビルに刻まれた黒い呪いが消滅していくのが目に見えた。蒼炎越しにも悪い顔色が徐々に血色を取り戻すのが分かる。わずか数秒の後、まるで風呂でも入ってきたかのようにネビルは回復し、たちまち飛び起きた。

 

「ネビル」

「……ベガ!これは……」

「“貸し一”だぜ?返せよ」

 

 ベガはくるりと振り返る。ネビルはその背中に力強く頷くと、闇祓い達とその場から退避した。

 

(……おいおい……レストレンジの坊ちゃんよ、あんた今何をしやがった?あんなのまるで……まるで……)

「丁度良いや、あんたには聞きたいことがあったんだ。

 シシーとドラコの坊や、コルダのお嬢ちゃんを唆したのは誰だ?あの子達はいずれ分かってくれると思っていたのに……」

「……?唆しただぁ?」

「ずっとボケるんじゃないよ!私のナルシッサが私を裏切るわけがない!愚かなルシウスは死に、コルダもあのザマだ。マルフォイ家はもう終わってる……だのに一向に目を覚ましやしない……

 こっちに来れば力ある魔法使いがそれ相応の地位と名誉を与えられる。あの子達はシシー譲りで中々筋が良いし聡明だ、きっと上手くやれる!

 もう馬鹿にする奴はいない、私ならシシーもコルダも守ってやれる!ドラコ坊ちゃんならそれが分かってると思ってたんだがね」

 

 良くも悪くも突き抜けているベラトリックスの、意外とも言える述懐に、片眉が上がるのを抑えられない。

 

「あんなに頭が良くて、優秀で、可愛かったシシーが、こんな馬鹿をやるなんて……犬っコロは我が君の命でまだ殺せないけどね、この戦いの後なら許可を貰ってる。

 邪魔者はいない!これまでの諸々は流してやるから私達のところに連れてきな、ベガ」

「そりゃあおたく、あいつを舐めすぎだ」

 

──身勝手で独りよがりな理屈は、ベガの誇りが許しはしない!

 

「聖28一族のリストなんてのは、当時のノット家が権威を主張したいがために作った『持ち上げておけば政治的に都合の良い一族のリスト』だろうが。

 血の繋がりだの、魔法が使えるだの使えないだの、そんなもんに価値はねえのさ。俺も含めてな……ドラコもそれは理解してる」

「薄汚れた血を一族に入れるくらいなら、いっそのこと滅びればよかったのさ!穢らわしい……魔法使いとしての品性を疑うね。誇りを失って醜く生きるくらいなら、せめて美しく死ぬべきさ」

「心配しなくともあいつはそうしてるぜ!だから騎士団側で誇り高く狡猾に生きてやがる!

 矜持は、血に宿るんじゃねえ。紡がれてきたものに宿るもんなんだよ!もう今までのマルフォイ家じゃねえ!あいつらの脚をもう引っ張んじゃねえよ」

 

 ベガはこの女を通さんとする決意を新たにした。ベラトリックスをドラコやコルダに会わせてはならない。おそらくは、英国魔法界という貴族社会に染み付いた癌そのもの。典型的、その極地。故に醜悪。

 無論『最強』としても──負けるわけにはいかない!

 

「ああ……そう。じゃ残念だが殺さなくちゃならない」

 

 悲しそうに、本当にショックを受けたかのように、魔女は瞬きのほんの一瞬、悲嘆した。しかしすぐさま目を開くと──覚醒。灼熱は産声を上げる。何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も焼き尽くす。

 無限の焔──すなわち神域。

 窮極の界──つまりは真域。

 遍く魔法使いがいずれ辿り着く最高到達点にて待ち受ける至上の炎。それを放つ。ベラトリックスには容赦と呵責のブレーキが存在しない。通常攻撃がすなわち、必殺攻撃である。

 うねる業火の凝縮体──黒い太陽!ベラトリックスが持つ文字通りの必殺魔法。再度浮かび上がる光源は、本来のソレとは真逆にも、色彩を昏く沈ませる。

 しかも先程吸収されたものよりも遥か大きく、強く、禍々しい死の十三連戒!異音ひしめき唸りを上げて、諸手を振って出迎えん!

 

 対してベガは守護悪霊を黒い太陽目掛けて飛ばした。

 その姿はさながら太陽に羽を焼かれたイカロスを思わせるが──ここにいるのは天使ではなく、最強の魔法使いに使役される死神である!

 守護悪霊の行動は単純だ。右脚を直線に振り抜いて太陽を蹴り飛ばす、ただそれのみ。然してその威容は聖人に釘を打ち付けるが如し!あまりの衝撃に太陽は悲鳴を上げ、聴くに耐えぬ断末魔と共に爆散する!

 

「なッ──!?」

 

 精密な計算で成り立っている守護悪霊も霧散するが、それも織り込んで済んでいることだろう。

 数ある奥義の一つにしか過ぎぬとはいえ、ベラトリックスが持つ魔法の中では『黒い太陽』は最高位に位置する魔法だ。それをよもや正面から蹴り砕かれたとあっては黒い魔女といえど動揺は隠せない。ましてや今回はより魔力を込めた特別製だというに──!!

 が、ベガはあくまで冷静に、蒼い焔をベラトリックスに放つ。半瞬遅れて、舌打ちと共に魔女も業火を焔にぶつけた。相殺された魔力は派手な火花を上げる。

 

「悪霊の焔!!!」

 

 最高位の魔女が操る火焔は普通の魔法使いの使うそれとは比ではない。竜を模した焔は直線上にしなりながらベガを喰らわんとその口を大きく開き──ベガの目前で炸裂し、視界を奪う。更に死角から、ベラトリックス手ずから魔炎を振るい、猛攻を仕掛ける。

 しかしそれすらも囮。蛍のように淡く燃ゆる焔の粒はベガの背後から忍び寄っていた。不規則な火花が細かく炸裂すると──その杖腕を噛み殺す!

 

(あんたの弱点は回避に頼り過ぎなとこさ!なまじ反射神経と身体能力が織りなす絶対回避があるが故に、死角からの攻撃には弱い……まそのくらいあんたなら克服してるだろうが……

 私が狙ったのは『回避の誘導』!!ベガ、あんたは攻撃を受ける際に必ず回避行動を取るかどうかが頭をよぎるだろう!癖というより反射に近い……本来有利に働くそれを逆手に取らせてもらったよ!!!)

 

 もっとも、そのような反射を見抜き、更には搦手でカウンターを決める芸当ができるのは、今の魔法界には、脱獄してからも常に最前線で戦い続けたベラトリックスだけだろう。

 ベガが対策を行なっているように、ベラトリックスも戦闘技術を学んでいるのだ。もしもこの魔女をこのまま野放しにしておけば、世界最強の魔女、未完の最強という恐ろしい化け物が誕生してしまう。そのポテンシャルが彼女にはある!

 人呼んで──最高にして最強の副官(最悪にして最強の魔女)

 

(殺った、畳み掛ける!)

 

 勢いづいた彼女は、悪霊の火炎を叩き込まんとして、

 

 

 

「は?」

 

 

 

 困惑した。

 瞠目。驚愕。浮かぶクエスチョンマークに翻弄されながらもその攻撃を防いだのは流石としか言いようがないのだが……異常な光景に、答えが出ない。

 ベガが、魔法を使っていた。

 杖を使ってベラトリックスを攻撃した。

 それがおかしい。

 ほんの数秒前に千切り取った筈のベガの()腕。

 それが元通りになっていた。

 

──治っているのだ。

 切断した筈の、ベガの腕が。

 

 服の袖は破られている……攻撃を当て損なった訳でもなければ、幻覚を見たわけでもない。

 やがて脳は、一つの答えを導き出す。

 

「腕が、再生した………………?」

「痛ってぇな畜生め、ご明察」

 

 有り得ない話、ではない。

 たとえ腕の骨を失ったとて、適切な処置を施せば完治するのが魔法界だ。高度な錬金術の分野になるが、肉体の再生自体はできなくはない。

 が、有り得ないのはそのスピード。

 魔法界最高峰の癒者と謳われたヘルガ・ハッフルパフでさえ、失った肉体の再生癒療には高額な設備とそれなりの時間、最大限の注意を払って臨んで行った。いかに魔法使いとはいえベースは人間の肉体。そう簡単に人の身体が治せるのならこの世に癒者はいなくなる。

 故に……ベガのその異常なまでの肉体の再生スピードは“有り得ない”。

 

 極めれば一方的に死の概念を押し付けられる攻撃性と相反するように、魔法使いの肉体の脆弱性は際立っている。ならばこそ攻撃特化のシェリーや回避能力の高いベガが若い内から活躍できたのだ。

 防御力を高めるには盾の呪文などの防御系を極めていくか……それこそ、そういう生物の肉体を取り込んで自身を改造していくしか……。

 

(──────ッ!)

 

 その生物の名前を想像した時、脳裏に雷が轟いた。

 

「不死鳥の……炎…………?」

「うお、すげえな……もう理解しちまうのかよ」

 

 その意味を、ベラトリックスは理解した。ダンブルドアの不死鳥がここに来ているのではない。不死鳥の特性を一個人が再現したのだ。

 ハリーならば、前に一度バジリスクの毒を再現したことはあったが……あれは紅い力を使っての話。それを一個人の力にまで……。その特異性と異常性は、火炎のスペシャリストだからこそまざまざと突き刺さる。

 神話は日常へと変わりゆく。

 その技巧、間違いなく真域。

 

「私の破壊の炎に対する再生の炎……ッ!人間がそんな芸当をできるわけが……」

「ハ、俺にできねえことなんざねえんだよ!それにツラの良さと諦めの悪さは親譲りだ!それに自然界に存在する火炎、まったくのゼロからじゃねえ……やってやれねえ理屈は存在しねえ!!」

「なんていう思い上がり!その極まった愚かさは性急に、正し清め潰さねば申し訳が立たないね!!!!」

 

 より苛烈さを増したベラトリックスの魔力は破壊の様相を帯びて、地を這い怨嗟が蛇行する。闇の奥に翠の炎が乱れ咲き、ドラゴン・ファイアと相なった。

 不遜なる威容の城郭を思わせる、想像を絶する火炎の結界。その効果のほどは先程も見せた通りだ。足を踏み入れたが最後、愚かなる罪人は赦しを乞う暇さえ与えられず、杖は灼熱の絶叫を上げて燃え尽きる。

 それがベラトリックスの紅い力の更なる解放──裂帛の気合いも、鉄の覚悟も、立ち所に溶かし尽くす火炎の柩にして悠久の檻!

 罪の度合い(魔力の多さ)に応じてギロチン(消費魔力)は肥大化する。

 もはやベガは、袋の中のネズミも同然!

 

「腕がダメなら──杖を燃やすまでさ!!

 喰らいな火焔結界を!!!アハハハハハ、杖を使えるもんなら使ってみろ!!」

「なら遠慮なく」

 

 言葉通り、一切の躊躇を見せず魔力を放つベガ。どこまでも自信に満ち溢れた顔とは対照的に、動揺したのはむしろベラトリックスの方。

 火炎結界において、起こる現象とは『たちまちのうちに燃え尽きるか』『少し杖が燃えた後に消え果てるか』の二つしかない。

 二つの違いは、その時の杖の頑丈さや使用した魔法に起因している。丈夫な素材をふんだんに使ったタフな杖なら、杖が燃え尽きるまでに二〜三秒はかかる。また、極めて稀な例だが、杖先を魔力で覆ったまま結界内に入った場合も同様で、杖先の魔力を焼いた後に杖本体を焼くという仕組みになっている。

 

──が、今回の場合は極めてイレギュラーな反応としか言いようがない。今、ベガの杖に込められた魔力に結界が反応し、焼いている──その真っ最中。

 そこで終わり。そこで止まっている。進むこともなければ、後退もない。

 業火が杖を包み込んでいるのだが、陽炎はベガの杖に干渉できていない。

 いくら火炎を注ぎ込んでも、一向に燃え尽きる気配がないということ……!有り得ない。遍く杖を焼失させてきた真域の檻を、禊せずして立っていられるなど……術式が狂っているかを確認するも、正常に作用している。

 となれば必然、杖の方に何かが──…

 

「────ニワトコ?」

「それも正解。まァ知ってるよな……」

 

 忘我の呟きは、しかしながらも的を射た。

 或いは、最強の杖。

 或いは、死の杖。

 或いは、宿命の杖。

 かつて闇の帝王がその唯一性と悪名高さ(ネームバリュー)に興味を抱き一時は探していたものの……結局、『他の出来事より優先する程ではない』と判断し、保留としていたモノ。

 これがシェリーとの戦いで『侮っていた小娘に魔法が通用しない』などといった現象が起きていれば、闇の帝王もニワトコ捜索に心血を注いでいたかもしれないが、そうはならなかった。

 

 悪人エメリック──

 極悪人エグバード──

 闇のゴデロット──

 その息子ヘレワード──

 魔法戦士バーナバス・デベリル──

 凶悪なるロクシアス──

 アーカス、或いはリビウス──

 杖職人グレゴロビッチ──

 

 そして、世界最悪の魔法使い、ゲラート・グリンデルバルド、その男相手に決闘で勝利した世界最強の魔法使いたるアルバス・ダンブルドア。

 闇の最奥に相応しい、殺戮が絡んだ奪い奪われる宿命にある文字通りの『呪われた杖』。

 血塗られた歴史、鮮烈なる記憶。

 その実態は、ペベレル三兄弟の長男、アンチオク・ペベレルが作った魔道具と言われている。杖と呼ぶにはあまりにもおぞましく、特異性の違いもの。

 それが何故ベガの手に渡っているのかは、ベラトリックスには最早知る由もないが……しかし、重要なのは杖の効果のほど。ニワトコの杖は決闘に勝った者に忠誠心が移ろいやすいと言うが……杖は、杖腕を失った程度で敗北を断じないとするならば。

 猪口才な小細工は、ベラトリックス自身の首を絞めることと同義ではないか……?

 

「クソッ……、クソ!!」

「左の杖が魔力を受け止め……そして!」

 

 右手のブラックバーンの杖が、炎を両断する。

 結界は一つの杖を燃やした後に他の杖を燃やすようプログラムされているが、次の杖を燃やすまでのタイムラグはあってないようなもの。が、今回の場合、ニワトコという不死身の杖のせいでバグが起きた。

 ニワトコを燃やし切らねばブラックバーンを燃やせないというのに、ニワトコが消滅しないせいでブラックバーンの杖を燃やせない、という。

 ベガが杖を一度に二本使ったのも想定外だ。本来あれは特異体質が生み出す稀な現象……確認されている限りではハヤト他世界中に数人程度しか使えない、再現も現状不可能なものだが。

 敗北しない限りは所有者に絶対従順の杖と、

 どんな所有者でも一定の能力を保証する杖。

 イレギュラーな取り合わせが、杖の同時使用という世界の歴史を見ても限りなく報告例の少ない想定外を生み出すことに成功した……!!

 結界は再び破壊される。視界は開けた!

 ニワトコを覆っていた火炎は晴れる……!!

 

「そして視界に接続した……アイオライト、開眼」

「!?うぎゃああああああああ!!!!」

 

 激しい苦痛が肩を焼き尽くす。

 『視点発火』──真域の炎が可能にした、杖に頼らない古代の魔法技術。泪の海を思わせる淡く鈍い瞳は、僅かな時間だけ、宝石のようなブルーライトカットへと変化せしめる。

 その輝きはまるでダンブルドア──

 奴は既にその領域に『成っている』。

 攻略する側が逆転する。

 どう料理して喰ってやろうと、俎板の上で包丁をくるくる回していたベラトリックスだったが……捕食される側はむしろ、彼女の方……!

 真域の焔で肩の焔を相殺し事なきを得るが、抉れた肉とひりついた痛みが矜持に障る。百戦を経て錬磨してきた技術と魔術を、目の前の男は踏み台(通過点)としてしか認識していないであろう事実に。

 奴の見据える先はたった一つ。世代最強の座。

 世界最強の魔法使いという称号を獲るという強い目的意識が心臓となって鼓動している。その音が、確かに聴こえてくる。

 

「ベガ・レストレンジィ……!!いくらお前でも我が君と並び立つなんて烏滸がましい!!あの御方の後ろを歩く人間はいくらいてもいいし、前は蹴散らすまでだが、横は駄目だ!!彼こそ世界を統べる者!!玉座は一つだからこそ玉座なんだ!!!!」

「薄汚れた椅子なんざぶち壊してやるよ」

「黙れ!!!凡百どもは我が君の贄に過ぎん!!!黙って首と魂を差し出せ、それが紅い力を強くする!!!」

「……この四年間、まァ色々なことが起こった」

 

「ムーディーブートキャンプで元闇祓いのおっさん共にDA共々しごかれて、スクリムジョールの学徒導入制度で後方支援に入って……毎日一人は怪我を負い、最悪の場合死も有り得る環境だった。そんな中でもネビルの奴は諦めやがらねえし、他の奴も当てられやがる。スラグホーンの爺さんは(打算もあるだろうけど)古代魔法の本をわんさか用意してくるし、ウインキーは命懸けの任務でもこなすしよ……

 だったら俺も落ち込んでる余裕なんざねえし、あの人達に報いなきゃ恩知らずってもんだろう」

「雑魚どもに絆されたかい……!!お前の強さはお前の才能由来のものさ、その他一切の衆愚どもは何らお前の強さに影響してないんだよ、ベガ!!」

「俺はいつも助けられてる。この城に来て少しなりとも魔力を消耗してたんだが、疲弊して魔力を減らした仲間が俺に少しずつ分け与えてくれた。

 戦えなくなったらほんの少しでも魔力を託す。だからあいつらは足手纏いになんてならねえ。要らねえ人材なんていねえ。強い弱いでしか物事を測れねえやつがよ、俺の仲間を語るんじゃねえ」

 

 そして、とベガは人差し指を上げる。

 

「人には役割がある。

 俺は戦闘担当だから……最強の魔法使いになるさ」

「思い上がりが二つあるね!最強は我が君だし……そもそも……何で我が君の所まで拝謁できるだなんて勘違いしてんだよ!!」

 

 羽のよりも軽やかに宙を蹴り──醜くも美しい闇夜の黒い魔力が空を覆い、夜は月を喪った(ムーンレスナイト)

 そして鮮血が如き紅い魔力がベラトリックスを包んでとぐろを巻き、炎をともなった咆哮を、我ここに在らんと叩きつけた。

 ドラゴン──ベラトリックスは竜形態へと移行!

 最大火力の焼却殺意は、悪逆を噴き出し、ベガを消さんと肉薄するッ!

 

「紅い力解放ォオオオ!!!」

「悪霊の炎!!!」

 

 翠と蒼の火炎のぶつかり合いは、煌めくクリスタルが散りばめられたかのようだ。単純な最大火力はベラトリックスのが上だが、ベガの狙いは魔力を研いで澄ませることにある!

 火炎男爵・炎魔大帝!

 螺旋する神速すらも越える超圧縮!

 即ち、解脱!魔力のクリティカルヒット!杖を二本同時に使用することで起こす魔力特異点!ニワトコの杖で業火を放ち、右手のブラックバーンの杖で魔力を強靭でしなやかな紐状に凝縮、火炎の連鎖を引き起こす!それによりほんの一瞬だけ魔力同士が共鳴しあう現象を引き起こすわけだが……

 それには熟練した技術と精密性が必要。他の魔法使いに杖を二本渡したところで、この現象を引き起こせる人間は“運が良くても”数えるほどしかいない。かく言うベガほどの男であっても、通常ならば『魔力を均等にして共鳴させる術式』を構築するところから始めるだろう。

 だが相手はベラトリックス──そんな暇はない!!

 

 黒き魔女もベガの思惑を察知する。下手を打てばベガ自身が傷つく諸刃の剣。口角が俄かに釣り上がる。単純な火力と魔力量ならばこちらが上……、このまま火炎放出を続けるだけで勝てる!

 ニワトコを持ちパワーアップしたベガ相手であっても、魔力量と出力はベラトリックスのが上だ!!

 

 

 

 

 

──竜は確かに、恐怖した。

──死神が、見えた。

 

 

 

 

 

 元来竜形態とは、極めて軽く、極めてしなやかで丈夫な繊維質で形成された魔力受肉体だ。高分子で衝撃に強く引張強度も極めて高い筋肉に、鱗はチタン合金並みに硬く、火炎は元より酸などにも強い。それが風船のように浮遊し、体内は魔力が循環しているわけだ。並の魔法使いでは傷一つ付けられない。

 だがベガの、異なる魔力同士がぶつかり合い共鳴して引き起こされたるは極めて高濃度の力場フィールド!

 魔力出力だけならばベラトリックスがベガの倍の数値を持っているだろうが……この時、瞬間最大火力がベラトリックスのそれを上回る。その計算式は魔力の足し算でなく掛け算だ!

 本能か、或いは戦闘経験が生んだ勘か、はたまた性格無比な分析なのか。

 兎に角、黒い魔女はその業火がぶつかる寸前、竜の姿を囮に脱皮して、人型となり地上へと降り立った。

 

──遅れてやって来る交差衝撃(クロスショック)

 焼く、というよりも空間ごと“呑む”。世界そのものに傷がついているのだ。悲鳴を上げて哭き叫ぶ空間の苦しみが死神に届くことはない。できるのは悃悃と首を晒して祈るのみ。

 宙空に火炎の十字架が刻まれる。

 ゾッとする。炎の撃ち合いは先程まで圧倒していた筈だ。しかしベガは二つの杖の魔力を交差させ、ほんの一瞬だけベラトリックスを上回るパワーを生成した。二つの魔力のクリティカルヒットは狙って出せるものではない。恐ろしいまでの技量が為せる神業…!

 

──危なかった。

 

 あと一歩遅ければアレに巻き込まれていた……胸中に湧いたほんの僅かな安堵。

──それが、ベラトリックスは何より許せない。

 

「……はっ、はっ、ハァ!ハァッ!!!」

 

(安心?安心しただと、この私が!『何とか攻撃を躱せて良かった』だなんて!苛立ちが天に登りそうだ!!いつからそんな腑抜けになった!?危険と危機は乗り越えるためにある……踏み潰してこそ火炎の魔女!!)

「竜・人・形・態!!移行!!!」

 

 竜の鱗を衣服に付着!息をする筋肉を荊のしもべに。

 通常の人形態をベースに、大きくも威厳なりしツノや尻尾や爪がベラトリックスの一部となる。

 黒い荊がドレスとなり、そして鎧となる様はまるで女王のようだ。長いスカート状の衣服の下からは荊が生えて不気味に鎌首をもたげている。

 竜の装飾(オーナメント)姫冠(ティアラ)

 攻防長けた竜人形態!外典礼装!

 その様は麗しくも気高き甲冑貴人鎧(バトルドレス)だが、決して白銀の美しい白騎士というわけではない。むしろ──堕ちた闇の魔竜騎士(ダークナイト)

 見れば、瞳は蛇のように縦長に切れ、口元には恐ろしいほどに白い牙が覗く。ベラトリックスの魔性の美しさに原生的な凶暴性が増した……!

 

「攻防一体!あんたの火力でも完全には焼き切れない、あらゆる攻撃に耐え得る構造!魔術的・物理的問わず害あるモノをシャットダウンする形態さ!!!機動力は削がれるが万能に対応できる!!!

 荊が貴様を締め上げ殺す!!!震えなァア!!!!」

「──受けに回ったな、ベラトリックス」

 

 この火炎の応酬の中にあって、ベガの声はどこまでも冷ややかだった。魔女の狂笑がぴたりと止んだ。普段の彼女であらば、話も聞かず殺しに行くか、軽く流して殺しに行くかのどちらかだったろうに。

 

「あんたの強みは“攻め”だろうによ……俺という存在にビビっちまってんのさ」

 

 荊のドレスがその証拠。

 僅かずつではあるが、思考が『どのようにしてベガに勝つか』から『どのようにしてベガの攻撃を防ぐか』という方向にシフトしてしまっていた。

 それは負け犬の思考。よほど実力差が離れていない限りは、勝つ思考をしなければ勝ちには行けない。

 受け身の対応策はベラトリックスの勝ち方ではない。

 図星を突かれた魔女は、顔の筋肉をぴくぴくと屈辱に震わせる。

 

「……許さんぞその侮辱行為ッ!私は傲慢のベラトリックス・レストレンジ……この世界に於いて上位者として君臨する魔女!!裁きが炸裂するぞ!!!」

「いいから、来てみろよオバサン」

「うるさいね──私がビビってるかどうか──その綺麗な顔が焦げた後でよーーーく考えな!!!!!」

 

 縦横無尽に駆け巡る荊。

 一つ一つが人間なぞ紙細工のように切り落とし、千切り破く威力を持っている必殺の刃。

 そして荊には火炎が付与され……火炎の竜となりて暴虐の限りを尽くす!逆巻く火炎の渦、蛇行する邪王!

 すなわち“逆鱗”──凡ゆる角度で、遍く全てで、この手が届かん場所が領地だと言わんばかりに、傲岸に地を炎上させていく!

 それはまさしく、地獄だった。

 見渡す限りに火炎が広がり焼けている。おそらく、この天の城でなければ炎を受け止めることすら敵わない。

 軋み・哭き、痛み震える。

 ベラトリックスの最大火力を全方位にぶつけてできるものは、どん詰まりの地獄でしかない。嘆きすらも許されはしない。彼女に残火は存在せず、燃えなくなるまで焼き尽くすのみだ。

 だが。まだ、ここで終わりではない!

 荊をひとところに束ねて超圧縮!獄炎と化して──鳴り響く邪竜行進曲(ドラゴンマーチ)!無双なり!

 連鎖的増強火焔弾!右肩上がりの豪熱血!

 

 ややもはや、畏敬の念すら湧いてくる。

 ベラトリックスの御業は人の域に在らず。紅い力など彼女を押し上げるための道具に過ぎず、強さの本質はその圧倒的自信から織り成される魔力の革命連鎖だ!

 銀髪の青年は、憎悪とは別に、一人の魔法使いとして敬服の念を覚えた。それは尊敬であり、それは畏敬でもあり、そして越えてみせるという覚悟の表れであった。

 

「ベラトリックスの野郎、出し惜しみしねえ気だな。ならこっちも決着はここでつけてやるッ。受けて立ってやるよ、先代さん」

 

 蒼の乱舞、焔の狂想。

 魔女が放つ火炎逆鱗は、しかしベガには届かない。

 一八五センチはある長身が縦横無尽に駆け巡り、銀の軌道を描きながらベラトリックスに肉薄する。

 容易いことかのように死を躱していき、恐れることはないかのように危険に足を踏み入れる。

 信念は恐懼を超克した。

 馬鹿なと、魔女は憎らしげに見る。

 屠れなかった相手などいない。倒せなかった相手などいない。それに裏打ちされたプライドが、今度はベラトリックス自身を苦しめる。

 絶対回避──究極の後出しジャンケン。

 つまるところは後の先読み。不死鳥の炎は使わない。

 ベガが今使っているのは『開心術』!

 焔のゆらめきで動きを察知し、精神を読む、闇祓いならば必須のスキルだが……ベガのその精度は無意識下の揺らめきまでも察知する!

 ベラトリックスほどの魔法使いであれば、開心術を使った相手に違う心を見せてフェイントを仕掛けるなど造作もないこと。それではない。その次元にないのだ、ベガの魔法は。

 

 ベガが練習でドラコ・マルフォイに開心術をかけた時に術を弾かれたことがある。理屈としてはシンプルに閉心術で防がれたというだけだが……戦いの中であればともかく、正面から術をかけて防がれるなど、ベガの経験上ほとんどなかったことだった。

 そう……ドラコは閉心術の天才、その分野にかけては他の追随を許さないほどだった。ヴォルデモートでさえも凌ぐほどに。

 そこで負けず嫌いなベガはドラコの閉心術を破るための魔法を考えた。その者が考えているか考えいないかに関わらず、魔力の動きを読んで反応する、という。心を開く開心術とは相互互換に当たるこの術は、対人戦において絶対的な効力を持つ。もっとも時間は短いが……!

 ムーディーによって磨かれた魔術的戦闘理論と、特殊な開心術の合わせ技!

 生物限定の未来予知!

 わずか五分間!けれどもベガは絶対の針を刻む!

 

(な、ぜ──当たらない!?)

 困惑。焦燥。

 未来でも見ているかのように正確に、己の攻撃を悉く躱していくベガが、恐ろしい。

 悪寒が魔女の体を駆け巡る──勘違いだ!こんなものは脅威ではない。何より、次の火焔弾は躱すことさえできはしない範囲のもの!不死鳥の炎も間に合わず、先程のように火炎の交差衝撃も狙えばしまい……!

 だが、ベガの出した答えは、予想を大きく上回るものであった。

 

 蒼い焔に包まれた、巨大な球体状の魔力物質。幻想的に光るそれは──色こそ違えど、ベラトリックスの使っていた黒い太陽。

(……こ、こいつッ、私の黒い太陽を──)

 不規則なアルゴリズム。不快なりし魔力の波。

 顕現させられた死の世界は、不愉快そうな苛立ちをおよそ隠そうともせず、広範囲に渡る火焔弾を吸収しては噛み殺して息絶える。

 黒い太陽は曲がりなりにもベラトリックスの大魔術であり、長い修練のもと編み出した地獄の火炎球。それをベガが、使ったのだ。

 沽券が泥を被った感覚。

 汚泥に顔面から突っ込まれたような──!

 

「これでも“天才”でな──火炎系の魔法なら、一度見れば大体コピーできちまうんだ」

「ベガ・レストレンジ……」

 

──来る。来る。

 死神が名を指し示す。

 

「まあ、俺流に言うなら──」

「貴ッ………様ァアア!!!」

 

 墓碑銘に名が刻まれる。

 蒼い目の轆轤は、確かに女に微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺にできねえことはねえんだよ、だ」

 

 

 

 

 




仮にもハリー・ポッターの二次創作なのに…
100話以上も書いてきたのに…
杖の設定が…一部のキャラ以外はまったく決まっていなかったことを…ここに懺悔します…。

でも自分は書いていくうちにキャラの設定やら何やらを変えたり追加することが多いのでむしろ今のタイミングで作ったのはよかったのかな…?


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12.傲慢のベラトリックス・レストレンジ Ⅲ

欲しいゲームがいっぱいあって、プレイ時間もいっぱい欲しいです。


 

「っだーーーー!!!!!こっち全っっっ然死喰い人いないじゃーーーーーん!!!!!」

 

 道間違えたー!!と唸る金髪の日本人女性。

 その名もミカグラ・タマモ。ヴォルデモート討伐に派遣された海外の闇祓いの内の一人で、魔力を弓矢状にして束ね、放つ魔法を得意とする実力者だ。

 好戦的な性格の彼女は、ひたすらに死喰い人(首級)のありそうな方へと走ってきたが……アテが外れたようだ。

 

 タマモはヴォルデモートや死喰い人に直接的な被害を受けたわけではない。そりゃあ、根が優しいコージローはイギリスの友人を放って置けなかったのだろうが、タマモやハヤトは違う。

 首だ。

 戦だ。

 血色の狼煙が上がったとあっては、そこに行かずはいられない、そういう性質(タチ)の戦餓鬼。

 クズはクズらしく、屍の上に墓標など立てられず、首を抱いて眠るのが性に合っている。だからこそこの戦場に来たのだから。……個人的に、外国の美少年や美少女を“食べてみたい”という性癖もあったのだが。

 

「流石になァ〜、大した首級も獲ってないのに酒池肉林するのも憚られるしなァ〜。いや、いつ死ぬか分からないんだからできる時にすることするのもアリかな?取り敢えずこの戦いが終わったら暫くは大きな戦はないだろうし、そうしたら────

 

 ────誰だ」

 

 

 

 やや幼さを残している女性の顔は、たちまち獲物を狙う捕食者のソレに切り替わる。

 威圧感……とも少し違う。それは、肉を前にした獣と同じだ。警戒や敵意の中に混じるのは、狂気的な戦への食欲である。

 眼力一つで人を殺せそうなほどの、不気味、かつ悍ましき視線とは不釣り合いに、漸く現れた『敵』への期待が高まっていた。

 

 

 

「──待ってくれ。味方だ。識別番号B025、ジキル・ブラックバーンだよ。分かるだろ」

「ブラックバーン……ああ!イギリスの闇祓いのお兄さんでしょ?知ってる知ってる。救助活動で活躍したって聞いたよ」

「お、おう」

 

 最近ようやく顔の厳つさに年齢が追いついてきた男、ジキル・ブラックバーン。アレンやエミルとは違い、派手な活躍こそ少ないが、裏方を中心として着実に実力や経験を積み、第一線で戦っている。

 そして顔に似合わず、女性が苦手という側面も持ち合わせているのがジキルという男だ。

 タマモが近付くと、一瞬狼狽えたような声を出した。

 

「うぉっうぉ……ぉぅ」

「?なに、絞首刑にかけられた罪人みたいな声出して……ああ、女の人が苦手なんだっけ?あんまり近寄らない方がいい?」

「い、いや!変に気を遣わないでくれていい!俺の都合で君に遠慮させるのは道理に合わないし、何より、今は戦いの最中だしな」

「そう?……ね、ところでなんだけど」

 

 タマモは逡巡すると、

 

「……活きの良い獲物とか、見なかった?」

「…………なに?なんて?」

「せっかくの戦場なのに中々倒せなくってさー。死喰い人の奴等、質は良いんだけど引き際も良いからあんまり歯応えなくってねー」

(……ううむ、たとえ死喰い人であっても命の価値を尊重するべきという意見もあるし、そういう価値観で育っているだろうから変に否定するのもな……という意見もあるな……)

「……んっ!?あっ、ごめん。引いた?」

「えっ!いや、人それぞれで良いんじゃないか!?」

 

 あはは、と苦笑するタマモ。

 血生臭い場所でこそ最も輝く彼女は、闇の城の中で心の昂りを抑えられる筈もなかった。

 

「まぁ私がクズってのは事実だしね。あんたとか、他の闇祓いみたいに、正義とか平和のために戦うって人は、皮肉抜きに尊敬するし、かっこいいとかすごいなって思うよ」

「……そんな立派なもんじゃないさ。俺の家の連中はイギリスの貴族連中に良いように使われる立場でな、それが嫌で……そんな風に、なりたくなくて。そんな、誰かを食い物にする連中なんかには……。

 だから、連中をしょっぴく仕事を目指したって、それだけの話さ。女手一つで育ててくれた母親にも、親孝行したかったしな」

「………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フウマ家って代々妖狩りや暗殺を生業にしてる家で、子供の時から生きるか死ぬかの鍛錬をさせられる一族なんだっけ?都合が良いから、魔法省も黙認してるっていう……』

『ん、ああ、まあな。フウマの忍として認められるのは鍛錬で死ななかった人間だけだ』

『でも、コージローはその家が嫌なんでしょう?そんな家なら出て行けばいいのに』

『……きょうだい達のことを捨て置けん、というのもあるが。……父が、子供の頃に粥を作ってくれて、一晩中看病してくれたことがあってな。

 本質的には優しい者も多い。心無いだけの家、というわけじゃないんだ。放ってはおけなくてな』

『呆れた。ご飯をくれた人は皆んな良い人なわけ?コージローはそんなに食い意地張ってるの?』

『うはははは!一宿一飯の恩とも言うしのう!』

『茶化すなよ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたみたいな奴は、生き残らせたいな」

 

 ふと漏らした呟きは、しかし掻き消された。

 気配のする方を見てみると……何人か、闇祓いが集まっているのが見えた。見覚えのある顔だ。

 そのうちの、ややふっくらとした一人は……ネビル。

 ロングボトム家の青年は、闇祓い達に医療処置を受けている最中のようだ。

 とは言っても、ネビルの傷はそれほど酷くはない。

 呪いと焔の痕はあれど、この程度ならば傷が残ることはないだろう。

 

「!タマモに、ジキルか……」

「ネビル、無事か?何があった」

「……ベガとベラトリックスが、今、戦ってる。ベガに限って負けはないとは思うけど……一緒に様子を見に行ってくれないかな」

「分かった。一緒にベガのサポートに努めよう」

 

 ネビルの示した方向に向かって走る、と……すぐに焼け焦げたような臭いに気付く。紅い力持ちが暴れても耐えられるように、この空の城の壁や床は高い魔法耐性を持つ素材で出来ているが……その殆どが焼け爛れ、崩れ落ちている。

 しかし、世界でも五指に入る火炎魔法使い同士の衝突と考えれば、これでも被害は小さな方だろう。

 ……察するに、ベラトリックスの攻撃の余波がネビルや他の仲間の所に向かってしまわないよう、ベガが気を遣いながら戦っていたことが見て取れる。

 

 

 

「よう、お前ら」

──かくて、男は立っていた。

 

 

 

 昏い床の上に燃え広がる宝石のような焔。ベガの蒼炎と、ベラトリックスの翠の焔だろう。元の装飾など跡形も残らぬ残骸の上で、男は一人、勝利に酔う。

 ベガ・レストレンジ。

 美しい髪を靡かせる青年は、地面に膝をつく火焔の魔女を見下ろしていた。

 細かな傷はあれども、ベガの受けたダメージは微々たるもの。反対にベラトリックスの肌は焼け焦げて、血を吐き項垂れて──これ以上の屈辱があろうか?

 世界最高峰の魔法を扱う若き天才に、ベラトリックス討伐という偉業が刻まれようとしていた。

 

「が……ッ、ハァ…………」

 

 ぴんと張り詰めた空気。

 いつもは口喧しく皮肉の一つでも飛ばしていたであろうベラトリックスも言葉らしい言葉を発せず、ベガもその舌を回すことはしない。

 その光景が、あまりにも、綺麗すぎた。

 “最強の交代”としてこれに相応しいものはない。

 ネビルも、ジキルも、タマモでさえも、ベラトリックスを罵ることも、ベガを讃える言葉もなく、重たい空気を呑み込むしかできなかった。

 

 これが一つの終わり。

 そして始まりだ、新たなる最強の。

 

(これで──終わったのか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──けれど静寂は破られた。

 

「クククク………ハハハハハ…………」

 

 

 

 笑って、いた。

 

 ベラトリックスが笑っていた。

 

 おかしくてたまらないと言わんばかりに、華奢な身体を折り曲げて、笑っていた。

 自身の敗北を悟り、狂っているのではない。

──あれは喜びの笑い声だ。

 確信しているのだ。自身の勝利を。

 

 醜く焼きさらばえて、汚泥を啜り屈辱に身を委ねる生き方は、美しさとは遥か縁遠い。けれどベラトリックスは敢えてその道に目を向けた。

 配られた手札(カード)は強力だが最強(ジョーカー)でも絶対(エース)でもない。

 積み上げた経験と実力は、あと一歩で及ばない。

 

「────」

「まずは賞賛を。そして感謝を!アタシが直接戦った相手の中で、最も強い男は、ベガ、貴様を於いて他にはいない。本当に……強かった。掛け値なしに、そう思う。

 強大すぎて、磨くことすらできなかった真域……その本領を掴んだのさ……!」

「そいつは死に際にいい思いできたな」

「終わりはここからで、そして始まりさ。アタシのな」

 

──だが、勝ちは譲らない。

 譲れない!

 

「私に足りないのは強敵だった……真域の肝心の使い道……それを教えてくれたのはお前だ。

 『似たタイプの魔法使い』……お前のお陰で、私は更なる成長ができる──!!

──次のステージへ!!!」

 

 

 

 瞬間、ベラトリックスを蒼焔が包む。

 ベガの火焔……ベガによる視点発火。弾劾の殺意が魔女の肉を焼いていく。

 ベラトリックスが何かを仕掛ける、その前に。

 死喰い人は追い詰められてからが最高に意地汚く、そして厄介だということを、ベガは知っている。

 

「──!?おい、ベガ!」

「…………ッ!」

 

 が……ぬかった。

 ベラトリックスは、ドラゴンの状態の時に脱皮して、抜け殻で攻撃をやり過ごすという戦法をとる。

 だがまさか、人間状態でも脱皮ができたとは。

 蒼炎の中で焼けているのは、人の殻。

 ベガの未来視──魔力の流れを読み取り、戦闘経験則と照らし合わせて『次の手』を計算し、弾き出す能力。それを意識してか、『殻』に今ある魔力の殆どを詰め込んでいたようだ。

 

 何処に──

 

 

 

 

 

「──アクシオ!来るが良い我が(しもべ)

 我が血となり肉となる許可を与える!

 暗澹の城を貴様の墓場にしてやる!破滅をもたらす雲よ空を覆い、呪いの言葉を乗せて飛翔せよ!この身をわが火焔で包むのだ!!!

 夜の闇よ──月さえも呑み込むがいい!!!!!」

 

 

 

「『紅い力の更なる解放』ォオオオ!!!!!!」

 

 

 

 

 

──いた。いた。少し離れた所に、いた。脱皮のせいで魔力は出涸らし程度しかない。けれどプレッシャーはこの場の誰よりも強い!

 火焔の竜がベラトリックスを護るようにとぐろを巻いて喝采し、どこからともなく現れた黒い鎧がベラトリックスの覚悟に哭く。

 ……解放?解放だと。

 紅い力はその者の特性に合わせて様々な力を授け、そして極めれば『更なる解放』というもう一段階上の能力を使用することができる。

 ベラトリックスのそれは、『十三の火焔の竜を呼び出して操ること』。竜はそれぞれに固有能力があり、状況によって使い分けていた。

 

 それとは、違うのか?

 それでは、ないのか。

 

 

 

──解放した(目覚めた)、のか。

 新たなる力に。

 

(まずい──!)

「──視点発火!!」

「アレナス、弓よ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──魔・鎧・着・装」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 揺蕩う(ほむら)

 一切の命が祓われて、寂寞の大気の中を闊歩と歩く、一体の黒色の影がそこにあった。

 真域の焔を羽衣のように傅かせた、黒い鎧。

 先刻の、竜人形態の時に見せた甲冑貴人鎧(バトルドレス)とは違う。

 今回の鎧は、完全重武装(フルアーマー)……(ヘルメット)から(サバトン)の先まで、全ての部位を鎧が覆っている構造をしている。

 そしていっとう目を引くのは、尾骶骨(キュレット)の辺りから生えている巨大な尻尾。

 竜を模した鎧、というよりも、竜が人の姿を模倣したような風貌だ。関節駆動部を焔のブースターで補い、活動に不便はない。太く捻れたツノは後ろ向きに流れており、ベヒーモスが如き威容を称えていた。

 

 全体的に──流線的なデザイン、と言えよう。

 竜人形態の鎧は華美な装飾に彩られた、中世的、耽美的なものであった。17世紀初頭のゴシック様式をベースに大胆なアレンジを加えた、オリジナリティをふんだんに盛り込んだ逸品で、己の力を誇示するための意匠が施された“芸術”をメインに置いた鎧だ。

 今回のはむしろ近代的……空気抵抗と熱耐性を意識したシャープなもの。実用性を意識した機能美で、無駄という無駄を排除した滑らかな玉体。装飾よりもシルエットで見せるタイプのものだ。

 

「なっちまったねェ……とうとうこの姿に……」

 

──歩く。

──歩く。

 一歩が重く、威を放つ。

 竜の歩進(ドラゴンマーチ)

 絶大な力をで持つ身でありながら、茨の魔女はその身の刻んだ日々に述懐した。それがどこか物悲しく、哀れに思えたのは錯覚だろうか。

 カチャカチャと、まじまじと己の肉体を見つめる女王の心は、鎧越しでは推し量れそうになかった。

 

「……随分とまあ、お洒落になったな」

「この鎧はね、特殊な魔法技術で作られた特別製。ゴブリンやら何やらの持つ技術をふんだんに盛り込んだ、世に二つとない魔の外装さ。

 魔力に対してほぼ完全の耐性を持ち、柔軟かつ強靭な鎧には傷一つさえつけられはしない。機動性にも優れ、全ての分野において一流の逸品……」

 

 ベラトリックスがそう断じるのならば、そうなのだ。

 恐らくは、きっと。

 紅い力の持ち主を比べた際、単純な能力値だけで言えばベラトリックスが一番だろう。ハリーのような超絶技巧も、ペティグリューのような生存能力も、グレイバックのようや俊敏さも、グリンデルバルドのような頭脳も彼女は劣っている。

 けれど最強は、“最低値の高さ”はベラトリックスだ。

 あらゆる場面に適応でき、あらゆる能力が高水準で纏まっている隙のなさ。ある意味での『完璧』が、形を為して奔り出す。

 

「“無敵”をコンセプトに基礎性能をとことんまで追求したこの外装は、ひとつだけ……しかし致命的な、恐ろしく燃費が悪いという欠点があった。

 紅い力の魔力を以ってしても、すぐに魔力切れしてしまうのさ。我が君に次ぐ魔力量を持つ私ですらこの鎧の性能を常時引き出せないほど、消費は激しい。まァ欠陥品もいいとこだが……、

 『真域を使える者に生涯装備させること』でのみその欠点を補える。真域は無限のエネルギーだからね」

 

 当然と言えば、当然の制約。

 ペティグリューを死体の王(ホーンドキング)とするなら、こちらは生ける暴君(イヴィルエンプレス)だ。ペティグリューが恥も外聞も捨てて生き物らしい行動を取るだけの肉体になったのなら、ベラトリックスは人間性を捨てて勝利を掴む。

 

「一度身に付ければ脱ぐことはできない。少なくとも向こう百年は解呪できないと言われた曰くつき……

 身に付けたが最後、十二時間で完全に人体と融合し、癒着し、そして一生この鎧のまま生き続けなくてはならない。

 分かるだろ?生命としてどん詰まりなんだ。最早子を望めず、人としての生を一切合切望めず、畏れられて生きていくしかない。“元には戻れない”」

 

 鎧を装備する……というよりもむしろ、人体に鎧の形をした呪いを埋め込み、寄生させるようなもの。

 魔導生命体、というやつだ。魔力によって生き存え、動く存在。血の代わりに魔力が全身へと行き渡り、肉体を躍動させる。

 まだ“馴染んでいない”ため、人と鎧の部分が完全には混ざりきってはいないのだが……それも時間の問題。

 完全に馴染んでしまえば、人間に戻る手段は──存在しない。少なくとも、向こう百年の魔法の発達スピードでは、とても。

 

「が……マシさ、敗北よりは。それで我が君の副官としての矜持が保てるのなら、人としての生き方など、捨て去ってやるさ……名は重い、命よりも」

「……お前、ベラトリックス・レストレンジだろ?」

 

 

 

「後悔するぞ、その遺言。考え直せ」

「それは命令かい?命令したのか?私に?大それたね」

 

 

 

 魔力を軋ませる人型の竜。散るスパーク、焼けついた呼吸音。カシャカシャと規則的な音を立てて、太く鎮座していたツノは形を変え、上を向き、まるでその威光を表すかのような王冠の姿へと変形する。

 同時、鋭利に尖る籠手部分には噴射口が現れた。

 マッチが擦れたかのような着火音。

 頭部から、腕から。天を貫かんばかりの勢いで燃え上がるは真域の火焔──!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間。

 ベラトリックスの爪が、眼前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 ベガがそれを躱せたのは、生来の反射神経の良さと、未来視による絶対的な後の先があったからだ。実際、遠距離から火炎を放つのが基本のベラトリックスの戦闘スタイルとは似ても似つかない、あまりに単調な一撃。

 彼女をよく知る者からすれば、そのスピードは不意打ちも良いところだろう。

 

 厄介なのは──そのシンプルな攻撃の魔力の余波が、鉄壁を誇る魔城の壁を抉り、僅かに星を覗かせるほどの威力を持っていたこと!必滅の一撃。

 

 ベガ達は即座に距離を取り、戦意をギラつかせる。

 攻撃の一部始終を少し離れた位置で見ていたタマモが真っ先にその仕組みに気付いた。ベラトリックスの肉体にはブースターが内蔵されている!

 真域の焔というエネルギーを使って彼女はパワーとスピードを得たのだ。防御なら鎧が担ってくれる。

 ベラトリックスが真域の焔を使い、鎧を動かして、鎧がベラトリックスを活性化させる。無限のサイクル、永久機関の爆誕だ!

 

「ま……やる事は変わらねえか」

 

 ベガは即座に攻撃態勢に移っていた。

 二つの杖を使用した接骨魔力、魔力の共鳴によるクリティカルヒット。それこそがベガ本来の魔力出力を大きく上回る交差衝撃現象を引き起こす。

 更には──ベガを上回る反射を越えた速度でタマモは矢を番えていた。先の先。生涯に於いて味わったことのない得難い獲物を前にして、タマモの思考は戦闘の愉悦の一色に染まり、思考せずとも攻撃できる一種のバーサク状態に陥っていたのである。タマモ自身ですら、己が攻撃したことすら自覚していない。

 

 空間が呑まれ、悲鳴を上げる。

 拓かれる火焔の十字架が、その惨劇を物語る。

──然して。

──敢えて。敢えてベラトリックスは攻撃を受け、そして悠然と火焔の中を闊歩した。

 

「がッ……はは……、あァア……耐えられる。

 耐えられる!耐えられるぞ、この鎧なら!!!」

 

 ベラトリックス自身、それを受けられるかどうかは賭けに近いものがあった。如何なるものか、と。そして事実として、自身の成長と未来と人としての生を捨て去って尚、ベガの攻撃を防ぎ切れた訳ではなかった。

 鎧越しでも確かに感じる魔力熱(ちから)。熱く、痛い。

 

 だがこそ、断言できる。

 ベガの攻撃が通ることはあっても、その牙が命に届くことはない。決して!

 

(──ああ、理解した。

 こいつは強くなったんじゃねえ。弱さが消えたんだ)

 

 最低値の底上げ。限界値の上昇。

 魔法使いに限らず、生き物というものは常にフルパワーで動いているわけではない。生物が生物である以上、大きすぎる力で自滅しないようにセーブしながら戦う必要がある。“強くなる”とはセーブした状態で使える強さの上限を上げることであり、“紅い力”もまた、魔力のリミッターを上げている行為。

 壊れない肉体などない。

 壊れない物質などない。

 だからベラトリックスの鎧は、限りなく頑丈で、限りなく壊れにくく、そして再生に限りがない。

 人狼も、鼠の腐肉も、ホムンクルスも吸血鬼もドラゴンよりも頑強、頑健!生物としての格が違う。

 

 

 

「この姿に堕ちた私に敵はいないッ!だがベガ・レストレンジ貴様だけは、貴様だけはここで仕留める!我が君に次ぐこの誇り高き名だけは守り倒す!!!」

 

 

 

 放たれた矢のようにベガを狙うベラトリックス。だがジキルは既に盾を展開していた。即席の杖を五つ使用した五重防壁。

──竜の牙はそれすらブチ抜く!

 ベガは即座に自身を守るように守護悪霊を展開するもベラトリックスの連撃はあまりにも重すぎる。弾かれて宙を舞い、地を転がり、そしてすぐに立ち上がる。

 視界の中に──ベラトリックスは──いない!

 

「ベェェェェエエエガァァァァァア!!!!!!」

「ッ、止まれええええええええ!!!!!!」

 

 竜の魔女が現れたのは上だ!

 断頭台のギロチンよろしくベガを狙い──すんでのところでネビルが剣で受け止める!

 紅の剣による身体強化、そして魔力強化!騎士に相応しき贅力とタフネスを持っているのが今のネビルだ。そしてそれ以上のパワーで叩き潰せるのが今のベラトリックス!

 ジェットさながらに飛来する姿は、まさに竜!

 魔力を吸収する剣により火焔は耐えられても、その物理的圧力までは消し去れない。

 ほんの数秒の膠着状態──ただの人間であるネビルにはあまりにも長すぎる時間。苦痛の苦悶の数秒間。

 だからこそ剣に宿る獅子(グリフィンドール)は、宿主たるネビルを生かす選択を取り、それは反撃の一手へと繋がった。

 剣から魔力を放出しながら受け流し──地面へと叩きつける!近接戦闘の経験が多くはないベラトリックスは出力を間違え、その勢いのまま地面を割り、沈む!

 

「お前にできることは俺にもできんだよ!!!」

 

 守護悪霊が頭蓋を掴み、地面に叩きつけ、引き摺りながら低空飛行する。向かう先はジキルと、闇祓い二人が用意した魔法の罠!

 悪霊はその中心──結界の最も効く位置へと魔女を投げ飛ばした!

 顕現する槍がその鎧を串刺しにせんと、何十本もの殺意となりて魔女に迫り──弾かれ、折れる。

 それで構わない。本命はそこではなく、ジキルが用意した魔力フィールドに引き摺り込むこと──!

 

(俺の強みは、何十人分もの杖を生み出せること……それだけの兵力を生めること!

 事前に俺が作った魔石と杖のエリア……すなわち結界の中にブチ込んで、収束する一撃を喰らわせてやることが俺の役目だ……ッ!!)

「この結界は……私の火焔結界の真似事か……!!」

 

 呪われた力も、ドラゴンの討伐には役に立つ。

 湧き上がる十三の火柱。ジキルが場を用意し、タマモが魔力の指向性を持たせ、ベガが火力を担当する。

 魔法使い達が織りなす三位一体のアンサンブル。

 構築式が面倒なため、本物のような完成度は求めず、ガワだけ真似した劣化品。

 ベラトリックスの奥義の真似事に過ぎないが……例え劣化版であろうと、足止めできたなら御の字。何故なら火焔結界による副次効果、“杖を焼く”という現象こそが狙いだからだ。

 魔力あるものを優先して焼く……それはベラトリックス自身が言っていたことだ、ならばあの鎧に対してもこの攻撃は有効な筈!少しでも削れないか……!!

 

「ハ、ハ、ハ──流石は私が作った魔法だ、例え劣化コピーだろうと動き辛くなるね!!!!」

「うそ。待って。どれだけ硬くて頑丈なの!?ちょっと嘘でしょう、サービス精神旺盛すぎない?アハハァ!」

 

──顕在!顕在!未だ顕在!

 軋みはあれど!実質的にはノーダメージ!

 鎧による絶対防御──結界内の魔力を焼き刻む術式であっても、食い敗れないほどの硬さ!

 

 更には──鎧の全身からブースターが飛び出して、真域の火焔の熱量で魔力をオーバーライド!

 “魔力を焼く焔”──

 その余りある魔力特性から、相手の魔力に干渉し、魔力ごと嬲り殺すなどという真似ができるのは、紅い力の中でもベラトリックスとハリーのみ!

 鎧を焼く筈が、むしろ、押し返される……!

 ベラトリックスは、ただ、焔を噴出しているだけ。

 基礎というにはあまりにもシンプル、技ですらない、その通常攻撃があまりにも必殺……!!

 

 

 

 三度、結界は破られた──!!

 

 

 

 爆炎が舞い、火花が散り、空気が焼け焦げる最中。

 強き魔女は惨劇の中を女帝さながらに闊歩する。

 防御こそ──最大の攻撃。

 無敵の防御力が、より大きなスケールでの魔力の放出を可能としていた!

 

 

 

(うっそ)じゃ〜〜ん!?

 やばいやばい、最高のサンドバッグ見つけちゃった!

 殺そうとしたら殺し返してくれる機能がついてるなんて最ッ高ォ……!」

 

 闘争本能から来る悦楽に思考を委ねながらも、身体までは委ねず──冷徹な弓使いとしてタマモは獣の姿へと既にそのカタチを変えていた。

 紅の鎧兜を身に纏う、金色の狐。

 魔力をふんだんに込めた剛弓でそのままシンプルに、頭部目掛けて太い矢を放つ。人狼の頭蓋くらいなら容易く持っていく威力はあるのだが、今回ばかりは分が悪いと言わざるを得ないだろう。

 だが、放つ。

 目眩しにしかならない、その筈の一閃。

 ベラトリックスもまた、その一射が通用するとは露にも思ってはいなかったが、半ば反射的に左腕を出して防御の姿勢を取っていた。未だこの無敵状態に慣れていない証左である。

 

 魔力の矢はつつがなく防がれて──しかし、視角から現れた何十本の矢が、寸分違わず眼の部分を狙ってきたことに、流石の魔女も動揺で動きが硬直する。

 “軌道変化”──タマモによる恐ろしきまでの精密射撃は角度を選ばない。攻撃力はシェリーに劣り、射程距離ではエミルに劣る。けれども彼女の技量を持ってすれば状況に合わせて凡ゆる角度からの攻撃が可能!

 人間状態の時の戦いの癖がまだ残っていたベラトリックスは、思わず体勢を崩しかけた。

 

「今のは驚いた!たまにいるんだよね、使う魔法は大したことないくせに使い方はイカれてる奴!与えられた武器がショボい分、練度が気持ち悪いんだよねェ!まっ!所詮は雑魚の戦い方、効きはしないけどね!!!」

「アハッ、効かない効かない!そんじゃまあ……

絶え間なく矢を頭にぶつけて脳を揺らしてみよっか!」

 

 「脳震盪、ってやつ?」そう無邪気に笑いながらも、決してタマモが手を緩めることはなかった。何十、何百もの弓の雨。傷はつかないにせよ、汚れはせぬにせよ。

 衝撃はある。それだけでタマモはその勝ち筋を通すことを決めていた。

 タマモは瓦礫や障害物を利用して、一人で偏差射撃をこなすことのできる近〜中距離型の弓使い!矛盾しているような魔法の使い方はすなわち、強さの証……!

 

(ああ……やっぱり効かない。私じゃこの人に、いやこの鎧に致命傷なんて負わせられる訳もない。私の火力はここ止まりだ……無理だ……。

 やばいなぁ……やばいなぁ……!

 世界の危機だったいうのに、こんな時なのに……私、ゾクゾクしちゃってる……!楽しいっ♡)

「アレナス・サジタリウス!!射殺せ!!!」

 

 放つ、放つ、放つ。

 蜂の巣よりも細かく、虫の大群よりもうざったく。

 脳内を侵食する快楽物質のまま、タマモは射る。

 腕で防ごうとしても、あまりにもあり得ない軌道を描いて鎧のどこかに直撃する。

「邪魔臭いね……!」

 気持ちが悪い。気味も悪い!痛みがない分余計に不快感は倍増する。挙げ句の果てに、ジキル達が茶々を入れ始めてくる始末……使い捨ての杖だから躊躇がない!

 不快感も露わに、ベラトリックスを中心として、太陽が如き火炎が発せられる。その範囲攻撃で震撼させ、弓矢を余す事なく焼き切った……!

 

「控えてな……ッ!塵は塵らしく!視界の隅で!心配しなくとも後で殺してやるからね!!!」

「がッ!!」

 

 火炎による範囲攻撃、それを剣の特性により物ともせず突っ込んできたネビルの首根っこを掴んで、布でも振り回すみたいに放り投げた。

 ジキルが即座にカバーに入り、事なきを得たものの、当のベラトリックスはまるで眼中にないかのように背を向けてベガへと向かっていく──。

 

(クソ……なるべくベガを消耗させずに戦わせるのが俺達の仕事だってのに、肝心のベラトリックスがベガを最優先で狙ってくるんじゃあな……!)

 

 この戦いのキーを握っているのはベガだと、ベラトリックスは正しく理解している。先程ベガは一対一で魔女を斃す寸前まで行っていた。逆に言えば、ベガさえ仕留めてしまえば、この戦いは総崩れだということを知っている。タマモもジキルもネビルも闇祓いの二人も、補助はできても決め手には成り得ない。

 が──だからと言って、何もしないという選択肢はハナから存在していない。放っておいても噛み付くタマモは元より、ジキルも、この若者二人も、勿論ネビルも、食らいつくのを止めはしない──!

 

「ネビル、無事か?不死鳥の炎の回復があるから即死はしないだろうが……このままダラダラ戦ってもダメだ。

 お前達も聞け!俺達は完全に足止めに徹して、ベガを闇の帝王の所へと行かせる!いいな!」

「は、はいっ!」

「了解です!」

「………ッ」

 

 ネビルは頷きを返したが、内心で燃え上がるのは、ほんのちっぽけだが嘘のつけぬプライド。あの女には怨みはあるが、そんなことじゃない。

 『敵が親友を殺そうとしている』

 『ベガを自分達の安否を心の片隅に抱えたまま闇の帝王との決戦に挑ませる』

 ……どれも、ネビルにとって、到底赦すことのできぬ所業でしかない。……眼中にない?それは、奴が、塵と侮っていた自分達ですら念入りなまでに潰そうとしていたベラトリックスが、天秤の比重をベガに傾けたことの何よりの証……!

 獅子は群れて狩りをする。牙が、煌めいた。

 

 

 

 

 

「ベガ、ベガ、ベガ!!!お前だ!!!

 我が君のステージに!!!私達の領域に!!!お前が登るその前に!!!!今、ここで!!!!」

(助かるよ……今更死の恐怖くらいで動揺するほど弱くはねえが……仲間を殺されて平静なほど強くもねえ……)

 

 拳と脚とがぶつかり合う。

 手甲から噴き出す火炎が、ベラトリックスの連続多段攻撃の一発一発を致命に至らしめているのは、見るまでもなく明らかだった。

 ベガは守護悪霊の蹴りのラッシュでいなし、致命傷を不死鳥の炎で癒やし、そしてまた蹴り飛ばす。

 しかし……どれだけ蹴っても、終わりはない。ベラトリックスがやっているのは、無限のエネルギーが織りなすただの連打でしかないが……その攻めが終わることはなく、強引に体勢を変えさせたりすることでしか中断はできない。

 本来であれば遠〜中距離戦をメインとするベラトリックスだが、鎧を纏ったことにより、このような殴る蹴るといった近接戦闘か、体内の炎の魔力を放出するくらいしかできなくなったようだ。ようだ、が……その分、下手な小細工どころか、攻撃さえ通用しなくなった。

 シンプル故に、かえって難しい。

 普通に早く、普通に硬く、普通に強い。

 だから躱して躱して、やり過ごして、たまに攻撃を入れるしかない。それも何度も繰り返すと、段々と息が切れるのはベガだけ……。

 

「──なんて風に思い上がってんのかよ?

 たかだか鉄屑纏って随分嬉しそうだな、オバサン!」

 

 ベガはこの攻防の中で、魔力の髄を掴んでいた。

 事ここに至って。ベガはしかし、自身の才能に歓喜と感謝を抱いていた。当て嵌めることをしなくていい、その強さの可能性の無限さに!

 

「真域は無限のエネルギー……それを聞いてピンと来たんだよ。アンタはその鎧を真域で動かし、鎧による恩恵をその身に受けて、真域を使う力を得ている。

──その無限サイクルも、俺ならコピーできる」

「…………ッ!!」

「──“魔力もあくまで身体機能の一つ”──使うほどに消耗する力……だが、真域のエネルギーを使えば……。

 魔力も、癒やせる。回復できる」

 

 

 

 

 

 不死鳥は炎を浴びて蘇る。

 治癒するのは、生命力──そして生命は、魔力の源。

 

 『似たタイプの魔法使い』……ベガもまた、ベラトリックスから着想を得ていた。その本質を掴んでいた!

──次のステージへ、死神は飛翔する。

 

 

 

 

「真域の次元に在る不死鳥の炎、その本質は──

──無限の、魔力か!」

 

 

 

 

 

 



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13.傲慢のベラトリックス・レストレンジ Ⅳ

 

 真域の魔法。

 遍く魔法の最高到達点、人の身が出せる凡そ規格外の超過魔力、人理の極み。その域に辿り着いたならばそれ以上は存在しない、魔法の究極の結実。

 ベラトリックス・レストレンジとベガ・レストレンジが扱っているのは、そのレベルの無法。神業同士の戦いに常識は通用しない。

 真域という武器を手に、どちらが巧く扱えるか、どちらがより優れた使い手なのか。そういう勝負だ。発想のスケールで負けた瞬間、勝敗は幕引かれる。

 ベラトリックスは経験が。

 ベガには才能が。

 それぞれ与えられていた。ベラトリックスの戦闘は、どこまでも乱雑なように見えて、恐ろしく技量が高く、そして正確無比だ。慣れない接近戦がメインだからか、少し手こずっているようだが、それでも、彼女の戦闘経験値からなる攻撃に、一切のブレはない。

 強い──強すぎる。ベラトリックスは。

 

(──あァ。分かってる。紅い力はあくまで魔力の底上げをする力……ベラトリックスの火炎魔法の腕は、奴自身の能力が一流だからだ。

 紅い力だけじゃないんだ、こいつの強みは。

 だが──……)

 

 それでも死神は、ニヒルに笑う。

 

「お前の魔力が無限なら──

 俺もまた無限だァ──!!」

 

 命を運ぶ黒山羊。

 祈りと福音の不死鳥。

 終わりの鐘を告げるブラックドッグ。

 

──なんとなしに理解した。真域は、あるいは神域は、死を実感した者でないとその真髄に気付けない。

 『生死を超越した力なのだから、命を懸けるのが最低限の代価』という傲慢な神の理屈。だからこそベガも、ベラトリックスも、真域の条件を満たせたのだろう。

 女は求めた。傷つくことのない鎧を。

 男は求めた。倒れることのない焔を。

 

 そして──ベガは得た。無限の魔力を、決して尽きぬことのない魔力を。失った魔力を、片っ端から『再生』していく無法。出し惜しみはしない。する必要がない。

──同じ真域使いの魔女は、ベガが、より一層の飛躍を見せたことを嫌でも理解した。

 過ぎる一抹の不安。

 ベガ・レストレンジは闇の帝王にも届き得る牙を持ち合わせており、その牙を突き立てられたとして、果たして生きていられるのか──という。

 インクの染みのように、じんわりと広がる絶望。

 搾取する側だった筈のベラトリックスの役割が回る。

 ベガがいるそこは、本来、私がいるべき──。

 

「──ははっ、笑える!」

「あ゛………!?」

 

 魔女の渇望を、魔法使いは一笑した。

 

 

 

 

 

「まあそう怯えることはねえよ。今まで散々人を殺して甘い蜜を吸ってたんだろ?絶望を味わわせてからぶち殺したんだろうが?今回もそれと同じだよ。

 “つぎはおまえだ”」

 

 

 

 

 

 死神の死刑宣告。

 心臓を、冷えた手で撫でられたような不快感。

 無敵の鎧を得ても、真域の火焔を使おうとも、覆すことのできない立ち位置。最強の座。ベガが、深淵の狭間で笑っているかのような、言いようのない気持ち悪さ。

 優っているはずだ。奴の全てに。

 勝っているはずだ。奴の総てに。

 

──では、何だ、このぞわりと総毛立つ淀みは!!!

 

 鎧を身に纏ってなお、拭いきれぬ焦燥。

 積み上げたものを壊してまで、人間らしさを捨てて、勝利にこだわったのだ。これで勝たなければ、ただの愚か者だ。凡愚だ!両手の火焔ブースターを起動、舞うが如く流れる如く、焦熱殺意を両手に乗せて、噴煙で切り裂き殺さんとする。

 

 対するはベガの未来視だ。特殊な開心術により相手の魔力の揺らぎを感知し、その僅かな挙動から予知するように動きを読む。見てから動ける、神速の神経衝撃が為せる離れ業。ただし、全ての生物の良いとこ取りをしたベラトリックスの鎧の動きには、見ることはできてもついていくことはできない。

 だから、ベガは魔力の膜を全身に貼っていた。

 その膜に攻撃が触れた瞬間にカウンターで魔力を解放し身を守る。この場合の魔力とは、すなわち守護悪霊による蹴打である。

 圧巻のセンスによる、秀逸なる対応遍歴!

 

──殴打と蹴撃。

 荒唐無稽の断末魔、享楽と狂気の混沌地。

 驚天動地の馬鹿騒ぎ(ヒアソビ)を!

 

「強くなったモンだね、ベラトリックスさんよ。もっと強くなってくれていいぜ?世界二位の女を倒したとあれば箔もつくってモンだ」

「やめろ──やめろやめろ、お前が一番であるかのような物言いはやめろ!!!私が、私こそが、我が君の隣に相応しいんだ!!!」

「俺は才能と経験だけでここまできたけどお前は?

 プチプチ殺してたんだっけ?精が出るな」

「〜〜〜ッ、貴様……ッ!!!貴様、貴様ァア!!」

 

 ベガの調子は、これ以上ないくらいに絶好だ。

 彼はもう決めている。もう、うだうだ悩みはしない。

 目の前で死なせない、殺させない。目が届くところにいない人達は、仲間達が見てくれていると信じる。

 それでもどうしたって、死んでしまう人はいる。

 だから──せめて、死ぬ前に。抱え切れないくらいの花束を渡して送り出す。

 

「もしかして──…『命懸けでパワーアップすれば、相手が格上でも倒せることができる』なんて風に思ったわけじゃねえよな?そんな都合の良い世界じゃねえって、お前自身が証明してきたろうに」

「私を見下すな……!!」

「それとも何か?

 ほんの僅かにでも、立てたと思ったのか?

 俺の領域(ステージ)に」

「違う……そこは、お前の場所じゃない!!!

 必ずもって、謝罪させてやるからね……!!!」

「…………。

 ふえぇ〜ん!怖いよぉ〜!ごめんなさ〜いベラおばさ〜ん!ゆるしてくださ〜い!」

「黙りなァア!!!!!!!!!!」

 

 これまでの鬱憤を晴らすかのように。魔女を苛立たせるために、ベガは暴君のフリを演じる。

 最初に意図に気付いたのはネビルだった。

 いくらベラトリックスに苛立っていたとはいえ、ベガの煽りはやや度が過ぎている。本音もあるだろうが、アレは魔女を自身に引き付けるため、口八丁で彼女を苛立たせているのだ。

 

「あいつ……まさか」

「ああ、ベガはベラトリックスを挑発して怒りを逆撫でして、冷静さを失わせようとしてるんだよ。ベガは自分から強さを誇示するタイプじゃないけれど、ベラトリックスの強さは否定したがってた」

 

 殺して強くなる力──守るために強くなるベガとは対極に位置するもの。認めてたまるか、そんなもの。ほんの少しでも価値を見出してやったりするものか。

 その挑発が、ベラトリックスを苛立たせる。

 ベラトリックス・レストレンジは、強い。間違いなく、この世界の頂点の一角だ。

だが、その強さ故に、彼女は追い詰められている。なぜなら、どんな敵でも一方的に蹂躙できてしまえるようになった彼女は、圧倒的な力で叩き潰すことに慣れすぎてしまっている。それが彼女にとって、最大のストレスとなっていた。

 ベラトリックスにとってこれは、強さを示す戦い。

 

 ベガにそれはない。何故ならば、彼は本質的に強さというものに価値を見出していないから。あくまでツールの一つであり、道具でしかない。必要であって大事ではないのだ。

 ベガにとってこれは、勝つための戦い。

 

(僕達を守るため…じゃないよな、ベガ。一番危険な役割をやりたがりはするけれど、僕達に一緒に戦おうって言うヤツだ。君はそういう男だ…!)

 

 全てをノーダメージにする鎧と、

 体力も魔力も全てを癒せる焔。

 最強の盾と盾がぶつかった時に生じる綻びは、あくまでネビル達が入れねばならない──!

 

「マジで人間の動きじゃねえな。不死身か?

 なあ、その鎧で何年生きれる?

 それとも死なねえのか?」

「我が肉体は別の生物に昇華された!

 天元の怪物たる私に寿命など存在しないんだよ!」

「知っておきたくてさ。生き恥を晒す年月をさ。

 向こうウン十年“恥”を抱えたままなのは可哀想だろ?介錯してやるよ、今のうちにな!!」

 

 来る!仕掛けてくる。ベラトリックスは構える。奴の腹の底から湧くような自信はどこから来るのかと。

 

 悪霊の炎。

 真域の焔。

 守護霊の強化版、守護悪霊。

 一年のインターバルを必要とする時間簒奪。

 不死鳥の炎による再生能力。

 不死鳥の炎による魔力の回復。

 心を読む開心術による未来視。

 

 この内の二つを、ベガは確かに使用してくる。

 選択肢の中から常に最適を選ぶしかない。

 最低限、これらを常に対処できるようでなければ勝利の芽は見えてこない……ッ!

 

(だがそのどれも、私に致命傷は与えられないだろう!?

 何を狙ってる!?何を──…)

「──ハッ!?ジキル……ッ!!??」

「気付くのかよ……ッ!!」

 

 意識の外より現れた男に、むしろ反応できるのは流石は腐っても戦闘巧者たるゆえんか。

 何千何万という攻防の最中に生じる、僅かな隙。

 その間隙をジキルは逃さなかった。

 事前の打ち合わせはない。ベガですら、予測不能なタイミングで…それ故に突けた隙なのだ。

 

 ジキルの、ブラックバーン家としての特質──触れたものを即席のマジックアイテムとして扱える能力──により、彼は透明マントを生み出していた…!

 数秒しか保たぬ、オモチャのような効果であっても、効果はこの通り覿面だ。彼の手が、ベラトリックスの鎧に触れる!

 

「先祖から紡がれた血の誇りは、俺が継いでる。

 そして純血は、ここで終わりだ!!」

「ッ──!!」

 

 『魔力侵食』──半ば強制的に魔力の主導権を奪うその力が、鎧に作用する。

 鎧の魔力をこちらのものにしようという判断か!

 バチバチ、と稲妻が如き魔力反応音。重っ苦しい感覚が空気中に伝播して。

──そして、弾かれる。

 結果が分かっていたかのように、余裕たっぷりにベラトリックスは咆哮した。

 

「アハハハ!残念だったねジキル!私があんたの能力に対策の一つも講じてないとでも!?残念!

 この鎧は肉体と融合している!ブラックバーンの魔力侵食なんてあるものか!無駄な──」

「狙いはそこじゃねえよ、バカ!」

 

 ジキルが主導権を奪おうとしたこと、それ自体が囮。

 既に床はジキルの魔力侵食により簡易的な結界となり果てていて、彼女の足を掬う。

 力を誇示することに頓着してしまった魔女は、そうであるが故に喰らってしまうのだ。

 

 

 

「──だからどうしたァァァアアアアアア!!!」

 

 

 

 全て効かない──ということを証明するために!

 元々、この程度の罠など効くべきもないが…。

 たとえ身動きが取れなくとも、ベラトリックスには炎がある。全身から発せられる熱が、城を灼く。

 魔女は魔力を右目に溜めた。

 兜の下から覗く、火焔を帯びた瞳から、質量を持った熱光線が放たれる。近距離に特化した『鎧』だが、ベラトリックス生来の魔力を以てすれば、遠距離攻撃など容易いことこの上ない!魔力をひとところに凝縮したらばそれは、破壊のための光線となる!

 崩落に次ぐ崩落!熱線が床や壁に赤い染みを線状に描いたかと思えば、そこから破壊されて、崩れ行く!

 

「陽動だの、罠だの、せせこましい真似を!あんた達がどれだけ足掻こうが無駄なんだよ!!……ああ、これを言うのも何度目だ!?」

(蜘蛛を散らすようにビビって逃げちまえば楽なものを!恐怖ってモンがないのか、こいつら…!!)

 

 ベラトリックスが苛立つもう一つの理由。

 絶対的な存在になった筈の自分に恐怖しない、という腹立たしさ。強さを疑われること、それ自体が自分への、ひいてはヴォルデモート卿への侮辱である。

 魔女は天井に向けて火炎弾を放ち、破壊し──そしてふわりと夜空へと浮かぶ。火炎をジェット代わりにして飛んでいるのだ。

 外は──流星群の光が瞬いていた。

 降り注ぐ星の中、煌々と光る月明かりの下、竜の鎧は焔と共に舞う。

 一人一人、嬲り殺していく算段だった。そうすれば心の安寧を得られるから。しかし、奴等の顔を見るだけで心が乱されるくらいなら、いっそのことソラから全てを消し去ってやる!

 

“I”“G”“N”“I”……“S”(イグニス……業火よ)!」

 

 インセンディオ──単純ながらも強者が使えば右肩上がりに破壊力の増す、火の魔法。

 痛いくらいに右の拳を握りしめて、一つずつ開く。

 指が上がると同時、蝋燭のように小ぶりな焔が指の先に発火する。それを繰り返すこと五回──、全ての指を合わせると、掛け合わされた魔力は太陽と成る──!

 あまりの熱量に空気が巻き上がり、城は溶けゆく。

 呼吸が苦しい。全身に魔力を纏わなければ、火の傷が全身にできていたであろう。

 神話だ、まさしく。

 ただし、厄災の。

 

「全身の火焔エネルギーを凝縮してッ!全てを消し去ってやるッ!!もうそのツラを見せるな!!私をこれ以上否定するなァア──!!」

 

 呪いを唱える様は、泣き喚く童女のようで。

 しかし火焔はこの世の何よりも美しい線を描く。

 太陽をその手に従えて、今にも業火の渦に沈めんと、高らかに右手を天に突き出した。

 描かれる地獄絵図の中を、箒で単身、勇者は飛ぶ。

 ネビル・ロングボトムは、片手にグリフィンドールの剣を持ち、片手でブラックバーンの箒を操作して、魔女の下へと飛んでいく。災いの焔を殺さんと、それだけのために。

 

「さあ、来い!」

 彼は叫んだ。自分の声が届くように。

「僕を見てみろ、ベラトリックス!そして忘れるな!君の憎しみを切り裂いてやる!!!」

 彼の声が届いたか、それとも気にも留めなかったのか。彼女は最大火力をぶちかます。ただひたすら、怒りに任せて焔を振り撒き続ける。

 ベガの魔力のクリティカルヒット、火焔の十字架の方が瞬間的なパワーは上だろう。上だろうが──もし、ベラトリックスが無限に焔を浴びせ続ければすれば、いずれ根負けするのはベガの方!

 その、前に──!!

 

「──その前に私を仕留めようってワケか!で、私を仕留める算段は見つかったのかい!?」

「これが答えだ!!!」

 

 ネビルが剣を振りかざすと、そこから焔が放たれる。

 蒼い焔…ベガが魔力を剣に込めていたか。

 …だからなんだと言うのか?

 ネビルの背後より、タマモの何百発もの援護射撃が放たれて、ベラトリックスを貫かんとする!

 …だから、なんだと言うのか!

 

「奥の手があるんなら!!さっさと出しなァ!!

 何を出し惜しみしてやがるんだい!!!」

 

──許せない。

 己が牙城に踏み込んでくるこいつらが……、こいつらを、全力でないと勝てない相手だと認識してしまっている自分自身が……!

 嫌だ、全力を出したくない。効率的な勝ち方をしたくない。それは心の敗北だ。ほんの僅かにでも相手を認めてしまうことこそが、すなわちヴォルデモート卿への背信と知れ。

 無慈悲に、残酷に──それこそがベラトリックス・レストレンジの在り方だ!!!

 

「どうするつもりだ!!やってみな!!!!」

「うおおおおおおおおッ!!!」

 

 吼えるネビルの声とともに。

 焔の中から現れる『真打ち』──真っ黒い呪いの塊!

 グリフィンドールが吐き出したのは焔だけではない。そのドス黒い魔力の矢を、彼は放ったのだ。

 そして装填したのは、言うまでもなく──!

 

「メルム・メンス・メトゥス──

 ──殺生石、顕現!!」

 

 タマモの『死の呪い』──その凝縮体!

 ニホンが誇る、殺すためだけの怨念の呪い!使用者に代償を要求する死ぬ気の一矢……ッ!

 なるほどあらゆる魔力を無効化する鎧だろうと、死の呪いを受ければ僅かばかり機能は停止するだろう。

 

「あんまり命を懸ける、だなんて言葉、使いたくはないけどさぁ〜!命を懸けないと楽しくないからね!!!」

 

 タマモ渾身の呪いの一撃が、ベラトリックスを穿たんと迫る。しかし。残念なことに、真正面から喰らってくれるほど魔女は甘くない。

 

「ハッ、喰らってやる価値すらないね!!」

 

 魔女は嘲笑った。呪いなど、当たらなければ意味はない。この身に届くほどの威力もスピードもないのだ。

 ネビルが剣から放つ攻撃は、強力な分コントロールが難しく、隙も大きい。ベラトリックスほどの強者なら躱してカウンターまで入れる余裕がある。

ベラトリックスが回避行動を取ろうとしたその時。

──彼女の背後から、新たな刺客が現れた。

「……!?」

 魔女は目を疑う。

 あれは……名も知らぬ闇祓い……!!

 

「いっけええええええ!!!!」

 

 闇祓いは乗っていた箒をベラトリックス目掛けて突進させて、衝突の寸前、彼は箒から飛び降りる。

 箒で体勢を崩して、ネビルの放ったタマモの矢を当てる算段か──!!

 

「コンフリンゴッ!!!」

 

 しかし悲しいかな、魔女の反射神経が勝った。

 右手に上げた太陽を爆散させて、箒も何もかもを、一切合切焼き尽くす。その上で咄嵯に身を翻して、間合いを外す。

 こうすれば、箒で飛ぶなどという小細工はもう彼女に通用しない。天を目指したイカロスがその身を焦がしたように、愚か者には相応の処罰が降る。

 結局──ベラトリックスに届いたものは何一つとしてなかった!タマモの矢も、闇祓いの箒も、彼女に当たることはなく……!

「……」

 魔女の視界の端。闇祓いが宙を落ちるのが見える。間一髪のところでジキルともう一人の闇祓いに助けられたようだ。運のいいやつ……、

 

 

 

「ベラトリックスゥゥウウゥゥウウ!!!」

「がッ!!!???」

 

 

 

 ベラトリックスの首元に、ネビルの剣がぶち当たる。

 カキン──鎧と剣が弾けて、金属音が高らかに鳴る。

 何故だ、箒は焼いた筈……ッ!?

 

「ハッ……守護悪霊……!?」

 

 ネビルを抱えるようにして、ベガの守護悪霊がベラトリックスを睨みつけていた。ここまで飛ばしたのか!?

 グリフィンドールの剣は、とうとう、ベラトリックスの首筋まで辿り着いた。ライオンが、魔女の喉笛を食い破らんとしている!!

 

「タマモ──君が『二発』も呪いの矢を込めてくれて助かったよ、本当に!!!」

「!?まっ、待てッ!!」

「喰らえええええええ!!!!」

 

 至近距離から飛び出したその呪いを、魔女は躱す術を持ち合わせてはいない。何十もの怨念を凝縮したニホン産の死の呪い。鎧を着ていなかったら軽く十回は死んでいるところだ。

 落ちていく。ブースターを制御できず、燃え盛る火焔を維持できず、ただ落ちていく。苦痛と苦悶と悔しさで脳が千切れそうだ。

 太陽は、洛陽する!

 いや──いや──!

 違う!まだ負けてない!!

 

(私は死んでいない!!死んでいないぞ!!あれだけの呪いを喰らってまだ生きてる!!真域の無尽蔵のエネルギーと鎧が私を守ったんだ!!!)

 

 あらゆる書庫を漁り、錬金し、いくつもの禁術を施して創られた金属でできた鎧だ。想像以上の防御性を持っていたのだ、この鎧は!

 感覚として理解できる。

 手脚が石のように動かないのも、鉛のように重たいのも、あくまで一時のこと。少し待てば、動けるようになるだろう。鎧とヒトの中間の生命体になった私なら、それができる!

 

 待っていろ!!すぐ焼き殺してやる!!

 

 ベラトリックスに再び闘志が宿った瞬間、視界の端に何かが映った。

 それは銀色に輝く、小さな何かだった。

 あれは……? 銀色の小さな物体は、落下するベラトリックスの懐に飛び込んできた。

 そして、彼女は見たのだ。

 銀色に輝く美しい髪の男の姿を。

 静かに燃ゆる、その()を。

 

「ベ、ガ……!!!」

「簡単な理屈……、鎧が死の呪いすら弾くのなら、鎧の内側に攻撃すりゃあいい。なあに、視点発火と要領は同じだぜ」

 

 右手に、最大限の焔を。

 左手は、飛ばす術式を用意する。

 

「俺は見ていた。戦って、弾き出した。あんたがどういう行動に出て、どういう動きをするのか……俺はずっと見ていた。分かるんだよ」

「ベガァァァアアアアアア!!!」

 

 何かがまずいと思った。

 理屈ではなく本能が、彼女を突き動かした。

 動かぬ身体に鞭打って、無理矢理焔を噴出して。肉体が動かなくとも、鎧ならば動かせる。爪を振るうことはできずとも、体当たりくらいならできる。ベラトリックスは残った力を振り絞って、最後の抵抗を試みた。

 ジェット噴射のように、一直線に。鎧ごとベガの所へと飛ばんとする。

 しかしもう遅い。

 何もかもが遅すぎる。

 何故なら計算は済んでいる。先刻の戦いの中から思考を読み取って、そして狭めて、次の行動すらも読んで、後はその位相に用意するだけだから。

 全てを見透かす蒼き瞳は、既にベラトリックスを捉えている。それは、死を告げる悪魔のような。

 

 

 

 

 

「──終撃、(モルス)

 

 

 

 

 

 ベラトリックスの内側から、火焔が噴き出して。

 絶対無敵の鎧は、火を吹いて弾け飛んだ。

 




名前のない闇祓いさん滅茶苦茶頑張ってない?


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14.色欲のフェンリール・グレイバック Ⅰ

 

 見下す者がいて、ようやく誇りを感じられる。

 そんなものはプライドではない。

 優越感に近い何かだ。

 誰かを見下して得る尊厳など、元から無いに等しい。

 

「があッ……!!」

 

 それに気付かなかったからなのか。あれだけ燃え盛っていた魔女は地に伏して、俄かに燻る火の粉の中で息も絶え絶えに、それでも生きていた。

 鎧は──ない。

 剥げている。ベラトリックスと鎧はあと数時間もすれば完全に融合して、内側への攻撃すら効かなくなっていただろう。しかしそうなる前にベガが魔法を喰らわせ、撃退するに至ったのだ。

 

(クソ──クソ──奴等は……!?)

 

 全身を焦がし、醜くなりさらばえた魔女は、ぎょろぎょろと白い目玉を動かして──気付く。満身創痍なのは自分だけではないことに。

 

 ネビルは、地面に倒れ伏して。

 タマモは立ってはいるが、ふらふらで。

 ジキルもまた、壁に体重を預けて。

 闇祓いの二人は、互いの肩を支えてる。

 そして最も警戒すべきベガは──

 

「──、ッ……、クソ」

 

 だらり、と鼻血を出してよろめいた。

 片膝をついて、玉のような汗をいくつも浮かべる。

 

(?こいつらの傷と魔力は回復するはず……いや、その分の疲労は据え置きなのか……!)

 

 無理もないこと──いくら蒼炎で傷が治るといっても、精神まで回復するわけではない。ベラトリックスを倒すためにいくつもの策を講じて、実践して、指示を取り合って。脳がハイになっていたのが切れたのだ。

 蓄積されたダメージも痛みも、なかったことにはならないから。極度の緊張状態を誤魔化し誤魔化しやっていたに過ぎないのだから。

 

(特にベガは、私の攻撃を分析して、常に魔法を二つ以上使用して、味方に不死鳥の炎を使って、最後は鎧の内側に火炎を飛ばした……その負担はとんでもない筈だ。

 最後の火炎飛ばしなんざ、あの女狐が私の動きを制限しなければ当てることすら不可能だったろう。そりゃ脳も悲鳴を上げるってもんだ)

 

 不死身の身体を持っていたとして、精神がそれに追いつくとは限らない。過覚醒、交感神経が高くなりすぎると心が疲弊するのだ。体力を回復する蒼炎の代償……!

 要は、超高難度の計算問題を数時間ぶっ通しで解き続けるようなもの。傷は塞がっても、飛んで跳ねて疲れた事実までなかったことにはならないのだ。

 

(ここは…一旦退く…!身を隠して反撃の機会を待つ!

 最低限の目標である『足止め』はもう既に十分なほど果たしてる…傷を癒せばまだ戦える…失態ではない…五体満足なのは気に入らないが、これは負けじゃない。

 対するあいつらも私を殺し損なった。

 あいつらも、私も、勝ってはないが負けてもない。この戦いに勝者はいない。そして次に戦った時、勝つのは私の方だ)

 

 ロングスカートの裾を引き摺るようにして、ベラトリックスは歩き出そうとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃げる……ぞ……追え!!

 ベラトリックスが……逃げる……!!」

 

 

 

(………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?)

 

 ぴたりと、その足を止める。

 『格下相手に本気を出すこと』を恥とすら思い、自ら勝ち方に制限を掛けるような、救えないくらいに驕り高ぶった炎の魔女。そんな女が、あまつさえネビルからそんなことを言われて。

 何も思わない訳がない。平時であれば流せたであろう発言も、今の彼女にとっては聞き捨てならない。

 誇りは命より重い。

──壊した天井から差し込む光。爛れた黒衣が、月明かりに照らされる。それは裁判場にて罪を告白する、罪人にも似た──。

 

(……誰が、逃げるって……!?)

 

 ぎゃりっ、という音を立てて、ヒールを地面に打ち付ける。すらりと背の高い身体が、焼けたドレスを纏って立ち上がる。

 眼光で人を殺せるなら、きっと彼女は凶悪殺人鬼だろう。そう思わせるほどの迫力があり、重っ苦しいプレッシャーが鳴動する。

──ここで逃げれば、一生後悔し続ける。

──ここで退けば、二度と我が君に顔向けできない!

 

「いいだろう……死にたいのはどいつだ!!!」

 

 立ち上がったのは、ベガとネビル。

 他の者も立ち上がろうとはしているが、取り敢えず後回しにしていいだろう。

 ベガの前でネビルを殺せばベガの戦意は削がれるか。

 

(──それができないから、私は『傲慢』だ!!

 いつだって狙うのは強者!より強い獲物!殺すなら、ベガからだ……!!)

「……っふぅー。もう一仕事、だな」

 

 残りカスのような魔力と、生命力は、おしなべて敵の殲滅のために。生き残るための余力など、残さない。

 

(正直賭けだが、私はさっきまで真域を身に纏っていたことで一種の覚醒状態……『ゾーン』のような状態に入っている。プラス、死を目前にしている今、余計なことを考えず澄み切ったような思考状態だ……。

 あんたはどうなんだい?ベガ。逆じゃないかい?肉体に傷はなくとも、『未来視』『真域』『火焔の姿現し』と綱渡りを何度も繰り返して、集中の糸が切れ始めているんじゃないのかい……!?)

「──なあ、ベガ!!!」

 

 ネビルを警戒しつつベガを仕留める、これだ!

 どうせ死ぬんなら、前のめりに……!!ベラトリックスにとっても分の悪い賭けを、敢えて選ぶ。狙うのであれば強者から!彼女の遠距離から焔を当てられる集中力は切れてる。酷薄して殺す!

 今のベガは集中が切れてる、今しかない。

 至近距離からの最大火力で即死!これしかない!!

 

「──ッァア!!」

 

 させまいと、ネビルが近付いてくる。

 剣を振りかぶって、されど、ベラトリックスはその対策も用意していた。魔女は真域でも悪霊ですらない最小限の炎を、ネビルへと放つ。当然、それを受けようと剣を振るうが──…。

 パチッ──剣に当たる直前で炸裂し、跳ねた火花がネビルの視界を遮った。動揺し、ネビルの動きが止まる。

 それで十分!ネビルには杖がなく、そして今斬ってくるということはグリフィンドールの剣に今、魔法は装填されていないということ。

 ネビルは死んだ駒だ、次はベガ!

 

(早撃ち勝負だよ、ベガ坊や!先の先を取るにはその二本の杖は不向きだろう!?)

(早撃ち勝負か……このタイミング、カウンターでも一本の杖しか使えねえ)

 

 早撃ちに付き合うにせよ、カウンター狙いにせよ。

 今のベガはどちらかの杖に魔力を集中させて、確実に射殺す必要がある。最強の杖で攻撃すると見せかけて、本命のブラックバーンの杖で仕留める……!

 トネリコの杖に見せかけの魔力を溜めて気を引いて、ブラックバーンの杖で魔力を一閃させる!

 ベラトリックスからしても、ほんの二通りだが究極の分岐点。死と隣合わせな上、選択にビビってほんの僅かにでも迷いを見せればその時点で死ぬ!

 

──ベガの視界はピンボケしている。

 熱気による蜃気楼か、脳の疲労からか。思考することさえ面倒臭い。ムーディーのしごきを反復するように、腕が勝手に自然と動く。

 そして、彼は、

 

 走ってくる『人影』を、見た。

 

 

 

 

 

──パチン!

 

 

 

 

 

 ベラトリックスからしても、その結果は意外なまでに拍子が抜けていた。火炎の魔力圧が、ベガの持っていたブラックバーンの杖を弾いたのだ。

 火花が炸裂して、エクスペリアームスのような弾く現象が起きた。

 ベガには今、攻撃手段が存在しない。もう一本の最強の杖で魔法を使うのも間に合わない。

 凝縮された時の中、ベラトリックスは数度、敗北要因を思考する。他の連中は死んだ駒、目の前のベガも、なす術なく死ぬだろう。

 実力は、運を引き寄せる。

 ベラトリックスが杖を振るい、火炎が直撃する寸前。ベガはよろめき、背中から倒れそうになる。

 

「……ッ!違う……!」

 

 ベラトリックスは、気付く。

 ベガのその倒れ方は、躱すためのもの。

 大きく背中を仰け反って!地面に手を付き!回りながら後ろに回避する!新体操のバックブリッジのような、華麗な回避!

 最後の足掻きかと思ったが、違う!地面に両手を付く時に最強の杖を手放している!確かにそうしないと地面に手を付いた時、痛いが!

──ベガは無駄な動きをする奴じゃない……!!

 

 

 

「俺はサポートだ……

──行け!!!ネビル!!!!!!!!」

 

 

 

 ベラトリックスの背中に、どうしようもないくらいの悪寒が走る。違和感。ベガが杖を弾き飛ばされたのは、わざとだとしたら?くるくると回る杖は、どこに。

 

「『ブラックバーンの杖は誰でも使える』」

 

 死んだ駒が、蘇る。

 ベガが杖を手放したのは、彼に渡すため。

 彼は、丸腰で走ってきていた。彼と練習していたフォーメーションが効く場面。そのことを理解した瞬間、即座に駆け出していた。仮に“効く場面”でなかったとしても彼は駆けていただろうが。

 問題は、ない。

 問題はないのだ。

 彼の武器は、剣ではない。杖ですらない。

 心に燃える、ひとさしの勇気。

 遠回りをしても、寄り道をしても。結局彼は、前に進む生き物なのだ。そういうタチなのだ。

 それはベガにとって、とても眩しくて羨ましく、しかし同時に恐ろしく怖いモノ。

 

(馬鹿が……後は俺に任せてくれりゃあいいのによ。何でお前まで駆け出してきやがる。これだから勇気ってのは面倒臭えんだよ。お前みたいな奴から死にやがる。俺が守るから、今度こそ絶対に守るから、来るんじゃねえ、こっちに来るんじゃねえ──

──って、昔の俺なら言ってただろうけどよ!!!)

 

「──行け!!ネビル!!!」

「任せろ!!ベガ!!!」

 

 弾かれた杖の先には、ネビルの姿。手にしたそれに、既に魔力を込めている!

 

「ペトリフィカス・トタルス!!」

 

 時間でも止まったかのように、ベラトリックスがその動きを止める。大きすぎる隙。あまりにも!

 そしてベガは、再び最強の杖を手に取った。その瞬間に火焔は巻き上がり、形を成して、山羊の悪魔へと姿を変えていく!

 宵闇の鐘は鳴った!勝利への確信と共に!!

 

「こ、の、馬鹿がァァァアアアアアア!!!」

「ゥゥゥウルリリリャアアアアア!!!!!!!」

 

 極悪な断末魔を掻き切るような蹴りの乱打!殲滅のためのレクイエム!何十、何百もの重い蹴り!鋼鉄がひしゃげるように、骨が軋んでは折れて!焼き切れた怒りが順繰りに狂い出す!

 破壊!乱撃!あまりにも壊滅的!

 熱が、焔と踊りだし、美しくも残酷な軌道を描く!

 骨身の髄の、果てまでも──!!

 

「リリリャアアアアア──ッハァーッ!!!」

 

 蹴り払われた部分から、芯まで届くような熱。

 地獄の釜は取っ払われた──怨嗟と苦痛をごちゃ混ぜにした鈍い痛みが、魔女を内側から蝕む!

 石化が解ける、その瞬間。

 守護悪霊はとびきり鋭い蹴りを、彼女の腹部にお見舞いする。魔女が鈍痛に怨嗟の声を撒き散らすと、石化が解けて彼女の細い体は宙を舞う。地面が遠くなる。抗う力すら残されていない。飛び行くベラトリックスの首根っこを掴んで、勢いよく飛び──

──そして、断罪のギロチンを落とす。

 上段からの踵落とし。

 

「ガハッ……………」

 

 自身の血で前が見えなくなっていた魔女だったが、蛇のような目を動かして、どこに落ちているのかを知る。

 ここは空の上。

 天に浮かぶ城が、視界の先に映っている。

 先程、ベラトリックス自身が開けた穴から、ベガが蹴り落としたのか──!!

 

「赦さん……!!赦さん、赦さん、赦さんぞ、貴様らァァァアアアアアア!!!!!!」

 

 落ちる。どこまでも、果てもなく。

 手を伸ばしても、届かない。

 腹の底から鳴動する声。喉が焼き切れんばかりの金切り声が、果たして連中に届いたのかどうか。ベガとネビルは、窓から身を乗り出して、ベラトリックスの最期を確認していた。殺す──!!

 落下しながらベラトリックスは、もはや無駄だと分かっていても、火炎魔法を行使せんとした。別に、それで倒せるとは思っていない。ただ、ベラトリックスという悪魔が、そういう死に方しかできないのだ。

 その、報いなのか。

 

「熱い!?熱い、熱い!!!!肉が、焼けるッ!?

 この、私が!?馬鹿野郎ォーッ!!!

 ギャアアアアア!!!!!!」

 

 世界最高峰の火炎魔法使いたる彼女とも有ろうものが、火炎の操作を間違えた。制御を外れた焔は、魔女自身の肉を焼き、蝕み、命を奪った。

 なんて事はない、単純な魔力コントロールのミス。

 魔女は火炙りで以て処されるのだ。

 赤く燃える亡骸が海面に叩きつけられる。

 凪いだ海には、光る月が煌々と反射していた。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「お疲れ様、皆んな!僕らの勝ちだ!」

「やったか……、はぁー、くそ、疲れたな」

「やったー!」

 

 各々が疲労の息を吐く。ジキルや闇祓い達はその場にへたり込むし、タマモは両手を突き上げる。

 激戦だった……終わってみれば、その疲労感は果てしないものだ。程度の差こそあれ、肉体だけでなく心が摘まれていく感覚だった。

 いくら回復できるとはいえ、ベラトリックスの火焔は蒼炎の回復量を何度も上回っていた。蒼炎の回復ばかりをアテにはしていられず、要所要所で攻め込む時にしか使えていなかった。

 

 ジキルやタマモも、『杖を作る能力』や『死を凝縮した弓矢』を使って相当の魔力や寿命を削っている。他人の魔力まで回復するのは今のベガにはまだ無理だ。

 とはいえ。

 ほとんど五体満足で、あのベラトリックスを倒せたというのは大きな戦果だろう。

 

「最強の火炎魔法使い同士の対決か……俺からしたらどっちもとんでもない強さだったけれど、結局どっちが強かったんだ?

「鎧を着る前なら7-3で俺が勝つ。着た後は2-8ってとこかな。双方共に勝ち筋はあって、それをどういう風に通すかって話になってくるからな」

「鎧、ね……あれズルじゃねえ?」

「そんなこと言ったらベガ君の杖だってズルじゃん?その杖ってさー死の杖……ニワトコでしょ?どこでそんなん手に入れたのよ」

「ダンブルドアがダームストラング城の戦いに行く前に契約したんだよ。あの時のダンブルドアが使ってたのは自分の杖だ。……」

 

『この杖は君の方がよりよく扱え、善い使い方をする』

 

 ダンブルドアが、杖をベガに渡す際。

 その杖をどこか──グリンデルバルドの忘れ形見のように使っていたように見えた。力への執着の証としてではなく、グリンデルバルドが遺した、証のように。

 ……多分、気のせいだ。

 戦いに赴いた際の彼はどこか、晴れやかな顔をしていたように思える。

 

「まァ、次戦うことがあれば一人でも勝つさ」

「わー、クソ生意気。前はもっと可愛いかったのに」

「感謝してるってマジで。助かったぜ」

「もっと崇め奉ってよねー。それで言ったら……ジキル君!杖とか魔法道具とか作るのめっちゃ頑張ってたじゃーん!助かっちゃったわー」

「うおっ!……あ〜…くぁ〜…疲れすぎて反応する体力もなくなってやがる……」

「あんなクソ魔女より怖い女とかいる?」

「言えてる!」

 

(クソ魔女ね〜…)

 

 タマモはほんの少しだけ、居心地が悪かった。

 好きなように生き、好きなように殺す。そういう意味ではタマモもベラトリックスもそう差はない。むしろ、火の魔法を使う魔女という点で、どこか親近感のようなものすら感じていたほどだ。

 たまたま善性に寄っただけの化物が、たまたま善行をしているだけ。別にそれでどうこうとは思わないが、この人達の輪の中には入れないという、漠然とした寂寥感のようなものを感じる。

 化け狐らしいといえば、らしいけども。

 

「タマモも、ありがとうな」

「……んっ!?何?聞いてなかった。何?ジキル君」

「あー、だからその…。理由が何であれ、死喰い人と戦ってくれてありがとう。イギリス魔法界の、いや、魔法界全土の未来は、あんたのお陰で守られる」

「いやー、別にそんな大層なことがしたかった訳じゃないって。私がそんな博愛主義に見える?魔法界の未来を本気で案じてたら、たぶん真っ先にニホン魔法界をどうにかしようって思ってる筈だし。そういう意味ではまだあのベラおばさんの方が魔法界のこと考えてるよ。

 私はただ、好きなことを好きなようにしたいだけ」

「十分じゃないか。少なくとも俺は、君が味方で心強かったよ」

「……マジで女性恐怖症なの?普通にモテるくない?」

 

 タマモはポンとジキルの胸を叩いた。

 ジキルは一瞬マンドラゴラみたいな悲鳴を上げたが、口角を無理矢理吊り上げて笑った。

 

「ネビル」

 ベガはぽん、とネビルの肩を叩いた。

「ああ、ベガ。お疲れ様」

「そっちもな。……お疲れ。お前がMVPだ」

「え?それはないでしょ」

「馬鹿言うな、お前が率先して危険な役割を引き受けてくれたから俺も100パーセント力を出せたんだ。俺という駒を活かしたお前の作戦勝ちだ」

「ええ〜?それを言うならMVPは君でしょ」

「うるせえハゲ!良いから有難くかつ大人しく有難がってろってんだ!」

「ちょ、痛い痛い。まだ傷は治りきってないんだって」

 

 ぐりぐりと拳を押し付けて戯れ合う。

 疲れと、緩みがあった。ベラトリックスは紅い力持ちの中でも最強格だろう。いくら彼女を倒すのが通過点とはいえ……どこか、弓を直すまではないにしても、張り詰めていた矢の先を、下ろしたようなものがあった。

 だからなのか──?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベラトリックスが作った巨大な天井への穴。

 月明かりに照らされて、孤高に立つ。どこまでも濃い影を落として、奈落へと塗り潰す。

 

「今日が流星群で良かったよ。明るい夜だ。

 ……貴様を、屠るに相応しい」

 

 闇の帝王の目が光る。

 ……そうして、何もかもが静止した世界の中。

 帝王はただひとり、焔の戦士達と対峙した。

───光が降る。

 闇に慣れた目は光に弱く、その痛みだけで涙が浮かんでしまう。

「────あ」

 見上げると、そこには一面の星があった。

 曇っていた夜空は澄み渡り、ただ無数の煌めきだけが視界を覆っている。

 

「ヴォルデモート……!」

 

 開闢を背に。

 闇夜さえもをしもべにした、黒い王がそこにいた。

 

(……が、ここにいるってことは……)

「アバさん……」

 

 ボロ雑巾のように投げ捨てられたそれを、恰幅の良いネビルとジキルが受け止める。

 アバーフォース・ダンブルドア……全身に傷を作り、文字通りの満身創痍。息は浅く、そして荒い。ベガはほとんどノータイムで不死鳥の焔を当てる。

 ……生きてはいる。治る。

 ただし、戦闘への復帰は無理だ。治しきれない。

 どことなしか、どこかで不死鳥(フォークス)が打ち震えて鳴いているような錯覚があった。

 

(足止め、ありがとう……アバさん……)

「────」

「オレ達はアバさんを連れて離脱する……!」

「頼む」

 

 闇祓い二人組がアバーフォースを抱えて走ろうとするのを、闇の帝王の視線が追った。

 

「待てよ。忘れ物だ」

 

 荷物でも放り投げるかのように、帝王は抱えていたソレをベガに向かって投げた。

 受け止めるベガ。無闇に敵の触れていたものを触るなというムーディーの教えは、この場合適用されないと判断した。闇の帝王が爆弾を投げてよこす筈もなし。

 

 投げたのは、またしても人だった。

 それがいやに重く、そして軽かった。

 

「ある意味で、俺様が貴様やアバーフォース以上に警戒していた者だ」

 

 ……もう味わいたくない筈の感覚だった。

 そこには、命の重みがまるでなかった。

 

「殺せてよかったよ」

 

 

 

 

 

「──シェリー」

 

 

 

 

 

 忘我の呟き。

 まず行ったのは、この死体が偽物であるという可能性を潰すことからだった。しかし、命の残滓は確かにそこにあって、虚空を写していた瞳には光があったことがすぐに分かった。

 ベガは、死体の重みを知っている。

 あれがどんなに、ふわふわしたものであるのかを。

 

「………、……」

 

 蒼炎は──死体には、効かない。

 癒すべきものがそこにはないからだ。

 視界が明滅し、思考は脈絡を失う。

 

「──ははっ!」

 

 おそらく、闇の帝王の不意に漏れ出たであろう笑いがベガの神経を逆撫でした。それは奈落よりも深い断絶に他ならない。

 蒼の瞳は冷ややかに燃えた。

 問答の余地は、ない。

 戦いへの全能感がそうさせたのか。あれだけ否定した復讐を、その時ベガは都合よく肯定した。

 

「────殺す」

 

 黎明の静寂は破られる。

 星に覆われた世界に、男の呪いのこもった絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 ドラコとコルダは闇の中を進んでいた。

 プラチナブロンドの髪が光る。もしも敵が現れたならいつでも戦えるよう、臨戦態勢だ。

 ……いや、むしろ早く敵が現れてくれれば、足止めすることができ、その分、他が楽になる。ドラコもコルダも、そういう戦いは得意だ。

 

「気をつけて進めよ、コルダ」

「……」

 

 敬愛する兄の姿を見て、彼女は考える。

 かつて少女だった日に思いを馳せたユメ──そして誰にも知られないように朽ちる筈だった恋心。

 

 マルフォイ家の人間として相応しき生き方を。

 そう希い、捨て去る筈だった想いは、今なお心の中で解けずにそこに在る。不安定な情勢と貴族社会の混乱もあってか、兄の縁談の話は遅々として進まない。

 自分はもう……駄目だろうが、せめて兄だけでも所帯を持って欲しいと願っている。

 その反面、兄の結婚話が進んでいないことを喜んでしまっている自分がいる。何もかも中途半端な自分が嫌になる。

 

(……揺れるな、コルダ・マルフォイ)

 

──何があっても、お兄様だけは守り抜く。

 それが『怪物』としての役割だ。

 

 ……たまに、夢を見る。

 狼の姿で、皆んなとホグワーツで食事をする夢を。

 幸せで暖かな、童女のものがたり。

 

 

 

 

 

「よォ〜!久しぶりだなァア〜!!」

 

 

 

 

 

 ……それは有り得ないと、現実に引き戻される。

 少なくとも、この男がいる限りは……。

 

「グレイバック……!」

「ツイてるぜ、まさかお前らと殺し合えるなんてよ。

 因縁しかねえ相手同士だ、仲良くやろうや」

 

 美しき白い毛並みに覆われた人狼。

 暗澹とした城の中に溶けていた巨躯が顕になる。

 緊張が走る。太く、重い隆々とした筋骨が、簡単にこちらの首を縊り殺せることくらい嫌でも分かる。

 

「あの時のガキどもとこうして相見えるとはよ……

 何というか、感無量だなァ」

 

 父の仇。コルダを苦しめる元凶。

 マルフォイ家を滅茶苦茶にした張本人。

 怒りを冷徹に鎮める。互いの獲物は杖と爪。だがその差を覆せるのが人狼の身体能力だ。

──精神は冬の湖畔の如く。あらゆる五感を鋭敏にした一つの探針に己を変える。

 

(……魔法は、感情によって力を増す。

 ならば私の怒りは、すべて魔力に充てる……!!)

 

「グレイシアス・フリペン──」

 

 

 

 

 

 

 

「──っとと。危ねえ危ねえ」

 

 ドラコ・マルフォイは、背後から聞こえた声に、動揺の色を隠せなかった。

 闇の中で踊る紅い刃。

 一陣の風が通り過ぎたかと思えば、グレイバックは既に背後に回っていた。

 

(早すぎる…‥!?)

 

 当惑も無理はない。

 グレイバックは紅い力のほとんどを身体能力の強化に充てている。オスカーやペティグリューとは真逆の、搦手がほぼないストロングスタイル。

 だからこそ、基礎性能の違いがハッキリと伝わる。

 単純にヤツは強く、速い。それだけだ。

 

「ま……いいや。収穫はあった」

「……?」

 

 ドラコはグレイバックの腕から垂れる赤黒い液体を、一瞬理解できなかった。

 ぼたり──重く粘ついた水音は、明らかに血。鮮血に他ならない。

 

 ……どこから?

 

「………ッ、…………」

「────」

 

 ドラコは、ゆっくりと振り返る。

 そこにはコルダが、杖を構えた姿勢のまま、石にでもなったかのように固まっていた。

 滝のような汗が、うなじに流れていた。

 

「……コルダ?」

 

 ぴくりとも動かない彼女の顔は、青褪めていた。

 

 

 

 

 

 コルダの右腕が、失われていた。

 

 

 

「──ぁ、が、ぁああああああっ!!!!!」

「…………」

 

 思い出したかのように、コルダの腕の断面から鮮血が噴き出す。それを皮切りに、氷のように研ぎ澄ませていた彼女の精神は形を失い、絶叫を上げた。

 腕を抑え、叫んでも、そこに在るべきものはない。

 

「貰ったぜェ、コイツの杖はよォ」

 

 ぽん、ぽん──グレイバックがコルダの杖腕を片手で弄んでいるのが視界の端に見えた。ボールのように扱われるそれが、コルダの腕だと、一瞬分からなかった。

 いや、理解を拒んでいたのだ。

 グレイバックの嗤い声。

 コルダの叫び声。

 

 ドラコはそれを、呆然とただ聞いていた。




ベラトリックス・レストレンジ 『死亡』
魔力の制御ミスによる自焼

シェリー・ポッター 『死亡』
死因:ヴォルデモートによる死の呪文


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断章 シェリーの終わり

「お前達の戦いはちょっと見たが、ペティグリューに勝てたのは相性勝ちによるところが大きかった」

 

 黒衣の帝王は、裾の長いローブをはためかした。

 暗澹、洗練された邪悪の煮凝り。およそ人らしさを排した恐るべき美貌が、翻って不気味に見える。

 語る言葉はあくまで軽く、紡ぐ台詞は威圧を孕む。

 

「基本はシェリー、貴様を軸にした戦術だったな。魔法無効化ガスの中でも、紅い力を使えば問題なく魔法を行使できる。その上ペティグリューの、グリンデルバルド以上の再生力に、貴様の攻撃はある程度まで対抗できていた。

 フウマのニンジャも身体能力で頑張っていたか。道具と肉体だけで良くやるものよ……コージローだったか?生きていれば何かしらやってきそうだったがな。

 後のメンバーは魔法無効化ガスの中でも腐らないサポート要因。特に……あー…ハーマイオニーだっけ。あいつは結構器用なことをしていたな。

 正直、死んだ(・・・)ペティグリューは鎧のベラトリックスに並んでイカれた力を持つ存在になったと思ったから、倒したのは素直に驚いたぞ?こいつめ」

 

 音もなく現れた男に、場の空気は支配された。

 休むという行為、息をするという行為。当たり前のそれでさえ許可を求めなければならない気がした。

 シェリーは……、ハーマイオニーは、ルーピンは、トンクスは、疲労さえ吹っ飛ばしかねない勢いで鳴る心臓の音に、鼓膜を破かれそうだった。

 

「まぁしかし、あくまで『ペティグリュー戦におけるサポート要因』だからな。俺様相手となると荷が勝ちまくるだろうよ。もう圧勝だよ。

 ああ、でも前にアレンと戦った時はスネイプとムーディーがサポートでいたんだっけ?……いや、アレンという盾がいたからこそ活きた駒だな」

 

 こちらの戦力を吟味するように笑う男を、シェリーは気力で睨み返した。

 

「……何をしにきた?」

「ん、そうだな。戦りにきた、付き合えよ。ハンデはくれてやる、撤回はせん」

「初めから全力を出さないと後悔することになるよ」

「バッカお前……今夜は間違いなく歴史に名を刻む戦いになるだろうが。そんな大戦の勝ち方がチマチマ雑魚どもを殺してついでに紅い力もレベルアップして勝ちましたー、じゃ格好がつかないだろ」

「私はその『雑魚』の中に入ってないんだ?光栄」

「挑発か?やめろ、お前には似合わない。

 俺様が戦うのは強者のみで良い。幹部達の戦いは選抜のようなものだな。あいつらを倒した者の中から俺様が戦うに相応しい強者を選ぶ。

 あいつらに負けるようならそこまでだ」

 

 ふ、とヴォルデモートの顔から笑みが消える。

 

「……あー、幹部で思い出した。オスカーのやられ方が最悪だったんだよ。大した力もないウィーズリーどもに数の力と集団戦で負けて、尚且つ自分から紅い力の資質を失う自爆っぷりだよ。マジで最悪、結局、個の力が抜きん出た奴はいなかったしさぁ?

 前に奴をサイコパスとか精神異常者とか言った気がするけど、撤回するよありゃ虫だ(目も複眼みたいだし)。

 ……という訳で、今、紅い力の幹部を倒した者の中で俺様と戦うに相応しいと思ったのは、シェリー貴様だ」

(……皆んながオスカーを……!)

 

 引き絞った鉉のような口元が、ほんの僅かに弛む。

 けれどすぐ、シェリーは戦闘態勢に入った。ヴォルデモートの底無しの魔力を感じ取ったからだ。

 

「ああ、ちょっと待て。やるべきことがあったんだ」

 

 ぱちん、と、彼が指を鳴らした途端。

 呪術で保存していたペティグリューとコージローの遺体が闇の炎に包まれた。

 

「なっ……!?」

 

 ごうごうと燃え上がる焔を見て、闇の帝王は満足そうに笑い上げる。

 

「真域って訳にはいかないが……火葬には十分だろ?」

「──貴様!!!!」

 

 恐怖と理性を最初に取っ払ったのは、ルーピンだ。

 彼は友のためならば、戦いに於いて邪魔なものを取っ払うことのできる人間だった。

 

「何を見ている?失せろ」

 

 だからといって、どうと言うこともなかった。

 ヴォルデモートへの攻撃も、怒りも、当の本人は何ら関心を示さなかった。

 二撃目を放ったのは、シェリーだった。

 死体を弄ばれたことに、憤怒を発露したシェリーは、怒りのままに弾丸を放つ。今のシェリーの弾速では、来る方向が分かっていても躱すのは難しい。ヴォルデモートは自動的に魔力を展開して身を守っていた。

 

「安心しろよ。紅い力は抜きだ」

 

 狙いを定めるように、腕を伸ばす。

 瞬間、浮遊感と共に腹部への強い衝撃が走る。

 吹き飛ばされた──視界の先の小さい人影が、ヴォルデモート。遅れてきた痛みに血反吐を吐いて、シェリーはラッキーだと思った。

──とてもキツいが耐えられる。

 絶対に勝つことはできないけれど、勝負の土俵には、上がれてはいる──!!

 

「俺様の知るシェリー・ポッターとは、やはり一味違うようだな!いいだろう、ならば捉えて殺すのみ!」

「やめて!あの子に手出しは──…」

 

 ハーマイオニーの叫びなぞ、最早聞いてもいない。

 ヴォルデモートは飛翔し、シェリーを追いかける。そしてシェリーも高まった身体能力で、ルーピン達から離れるようにして駆けていく。

 それが意図するところは、つまり。

 

 

 

「……ッ、シェリー、無事でいて……!!」

 

 

 

 

 

「紅い力、解放!!!フリペンド!!!」

 

 腕を振る、同時、弾丸が放たれる。ハリー戦やペティグリュー戦の時の経験が活きている、速い弾丸とはそれだけで相手を制限する武器になる。

 弾丸を放ちながら、シェリーはしなやかな蛇のように障害物の隙間を縫って移動する。

 対してヴォルデモートは、障害物を切り刻みながら空中を闊歩して追いかけた。走る先に刻んだ障害物を移動させている。まるでホグワーツの動く階段のようだ。

 

(速度に“慣れ”を作らせる!連続でギアを上げていく蓮撃を喰らわせる!!)

「面を叩くように──オリオン・フリペンド!!」

 

 シェリーが衝撃を与えたのは、空気面そのもの。風の圧力が大砲のようにヴォルデモートを襲うが、軌道さえ分かっていれば打ち消すのは容易い。

 そう──軌道さえ分かっていれば。

 

「流石にちょっと速いな……ついて行けん」

 

 紅い力で身体能力を強化したシェリーは、高速で駆け回りながら空気圧を飛ばす。速度は緩めない。紅い稲妻を走らせて、翻弄するようにヴォルデモートの周囲を飛び回る。

 

「で、速いだけか?」

「──アルテミス・フリペンド!!」

「おお!?おお……」

 

 守護霊を込めた追尾弾。タマモほど精密には曲がらないが、攻撃に緩急をつける意味では有効だろう。

 だが、有効打ではあっても決定打にはなり得ない。

 何故ならヴォルデモートは、どうやら強力なバリアのようなものを全身に張り巡らせているようなのだ。

 致命的な箇所への攻撃さえ喰らわなければ、どうとでもなってしまうのだ。

 

「──どうもなァ。紅い力、例えるなら筋肉のようなものだと思うんだよな。筋肉が千切れれば再生して更に強くなるって言うだろ?あれあれ」

 

 ヴォルデモートはあくまでも、シェリーと正面からやり合いたいらしい。一八〇センチの体躯が舞い、弾丸の斜線を切るように走る。

 アレン達との戦いでは多種多様な杖を用いて一手ずつ相手を積ませる戦法を良しとしていた彼だが、今回は近接寄りの戦闘と言えよう。

 

「殺人すると魂が千切れる……その千切れた魂を分霊箱の要領で固定して、紅い力で結ぶ。その全ての工程を引っくるめて俺様流『紅い力』って呼んでるわけだが。

 最初の内は爆発的に強くなるが、数が増え過ぎると成長は緩やかになるらしいな」

 

 その戦闘を可能にしているのはやはり『眼』。

 魔眼で魔力の流れを読み、動きを先読みする。紅い瞳は紅い力の証であったが、一から構築した今の肉体にはデフォルトで備わっているものだ。

 

「話 終わり」

 

 本を閉じるかのような、あっけない宣告。

 同時、帝王の杖から緑色の弾丸が放たれる。

 

「フリペンド」

「……!フリペンド!!」

 

 同じ呪文であっても、使い手によってその威力を大きく変えるのが魔法の摂理。シェリーのそれが万物を貫通する致命の一撃なら、ヴォルデモートのそれは超圧縮された魔力の塊。

 膨大なまでの魔力に物を言わせた、大海が如き破壊が地面を削る。シェリーは地面を蹴ってそれを躱した。

 

(何て凄まじいパワー……!元の魔力が比較にならないくらい多いから、一発一発にとんでもない量の魔力を注ぎ込めるんだ……!)

 

 とはいえ、時間をかけずに攻撃を放てるという点ではこちらも同じ。むしろスピードと貫通力においては利があるだろう。

 やることは変わらない。撃ち続けていくのみだ──!

 

「単調だな。貴様には健闘を期待していたのだが」

「──ッ」

「そら、次の手が読めるようだ。攻撃をして、またその瓦礫に隠れて……なに?」

 

 シェリーは障害物越しに魔弾を放った。

 用途に合わせていくつもの魔弾を用意している彼女の魔法の中でも、最も弾速に優れた弾丸。

 それが、一等星の弾丸(シリウス・フリペンド)

 これまでの弾は、(彼女基準では)弾速が遅い。つまり見せ弾としての役割で、意識に“慣れ”を作ってからの神速の一撃が、単純ながらも面白いくらいに効く戦法だ。

 ヴォルデモートはほとんど反射的に、それを手で塞ごうと考えた。腕が弾け飛ぶ。千切れて食い破られる。

 

「……ッ!成程、痛えな」

 

 痛みよりも、ダメージの甚大さに瞠目する。

 感覚としては、腕に一本の線が通ったような気がした後に、その線が大きく膨らんだ──ような。

 魔眼で追えない程の速度、無言呪文で速度を担保しつつ、強い魔力を弾き出すといったもの。

 流した血はいつ振りか。それこそ、ダームストラング城以来のことではなかろうか。

 

「──ッハァ!」

 

 脚の動きが止まる。

 彼女が最も得意な間合いでは、流石に分があるか?

 ヴォルデモートはシェリーの正面に厚い盾の呪文を形成し、オリオン・フリペンドやシリウス・フリペンドに対応した形を取る。

 ヴォルデモートの魔力量なら、それこそ分解弾でもない限りは正面から破れることはない。そしてその分解弾も魔眼があれば見切れる。

 

「その油断と慢心が命取りだ──ベガ達を待つまでもない!!ここでそのプライドごと殺してやる!!」

(……調子に乗るなよ、私。今まで何回、いけると思った状況をひっくり返されてきたと思ってる)

「オルガン・フリペンド!!」

(今の私は、ハンデをもらってようやく戦いの場に立たせてもらっているに過ぎない。大人が子供の遊びに付き合っているようなもの。

 私がヴォルデモートを倒すのは、無理だ)

 

 ならば手数で削り殺す。

 オリオン・フリペンドを散らすように撃って、ヴォルデモートを後手に回らせる。

 

(私は奴の機嫌次第で簡単に死ぬ状況にある……高く見積もっても、今のヴォルデモートは十分の一しか力を発揮していない……もっとかな?

 やるべきことは、ベガが来るまでの時間稼ぎ。それもアバさんほど長くは出来ないだろうから、どこかのタイミングで逃げるしかない……。

 プラス、万が一にも死ぬ訳にもいかない……!!私は闇祓い側の重要な戦力だ!もう私一人の命じゃないし、私が死んだらそれこそ皆んなに迷惑がかかるぞ!!)

 

──バカのフリをしろ。

──挑発に乗れ。

 奴の機嫌を取るのだ。

 今の状況はベストではないがベターだろう?

 シェリーはベラトリックスやオスカー相手だと何もできずに終わっていた可能性が高い。ペティグリューかグレイバックと戦うのが理想で、まさに今、一戦交えてきたばかりだろう……!?

 

(命の使い時(死に時)は、ここじゃない……!!)

 

 

 

「……、いやいや」

 

 帝王は厳かに、死出の旅を謡う。

 堕ちる空へと踏み出す──戦の愉悦に毒される。

 シェリーはもうその時点で、踵を返して全速で逃げ出していた。残していた余力を今使う。爆発的で瞬間的な魔力と脚力がスピードを生み出す。

 

「人間観察が足らんかった。怒り心頭に発するなら、そもそも初撃はルーピンではなく貴様だった筈。

 賢しらな真似をするな、似合わん」

 

 シェリーのやる気が紛い物だったと悟り、付き合う義理を見出せなくなったのだ。

 敬意は払うが、尊重する訳ではない。

 侮辱するならそこまで。

 杖で円を描き、二つに裂く。

 

「ヴァルプルギス、夜よ」

 

 帷が降りた。

 シェリーの視界全てが黒く染められる。

 

「貴様が生まれ落ちた所は地獄。

 けれど美しいものだと、赤子は錯覚させられる。

 無知の不知──人の生まれ持った罪業だ。だがたまにそうでない者が現れる。知っているのだ、醜いってさ」

 

 話なんて聞いちゃいない。

 訳がわからなくても、走るしかない。正面に弾丸を放ち、道を切り拓く。黒色の何かにヒビが入り、シェリーは蹴り飛ばす。そしてまた、疾走。

 背中を刺す悪寒に追い付かれないように。

 つんざめく恐怖を、振り切るように。

 

「……今どうか知らないけど、ウチ、午後二時に紅茶の時間みたいなのがあってさ。おやつと食べるんだ。

 くれてやることはあっても、そういえば分け合うことはなかったな。普通はそこで分け合うのかもだが、一つたりとも取られたくなかった。奪い合う機会を用意することが、俺様の誠意の示し方だった気がする」

 

 地面に──引っ張られる。

 顎を打ち付け、痛みに震える。

 すぐさま体勢を立て直し、顔を上げて……見る。

 

 ソラに輝く死出の星。

 それはシェリーの凶兆だった。

 

(まずい……逃げられ、ない……!)

「フリペンド」

(逃げられ、ない、なら……!!)

 

 

 

──ぱん、と、乾いた破裂音。

 シェリーの身体は跳ねて、地面に倒れ伏す。

 

「死んだか。いや気絶したか?」

 

 ぴくりとも動かないシェリーの身体。

 体内に残留している魔力も、とてもスローモーで緩やかなものになっている。ヴォルデモートは歩を進めた。

 ペティグリューという例外もあれど、シェリーは…。

 

「……念の為、八つ裂きに──」

「──フリペンド!!」

「うおッ」

 

 脇腹を掠めた弾丸は、容易く肉を抉る。その結果を見ることもなく、よろめきながらも立ち上がり、再びシェリーは駆け出した。

 

「うわマジ?驚いた……肉体に触れるタイミングで呪文を放ち、相殺したのか?器用な真似をする」

(もう一発……!)

「じゃあこっちも面白いものを見せてやるよ」

「フリペンド!」

 

 ヴォルデモートの肉体が削れているからといって、それがそのままダメージになっているとは思っていない。

 身体を治す魔法の一つや二つくらい、手抜かりなく持ち合わせているだろう。それに分霊箱の存在もある、本気で殺しにかかるなら、心臓を抉るなんて生半可なものじゃ駄目なのだ。

 だから狙ったのは、顔。より正確に言うと眼だ。

 効かなくてもいい。視界さえ塞がれば。

 逃げる時間さえ確保できれば──!

 

「……ッ!?があぁああッ!?」

「自分の魔法に脚を取られる気分はどうだ?」

 

 不意の痛みに、シェリーは叫ぶ。

 脚の腱に穴が空く。熱ばんだ血と一緒に、何か大事なものが傷口から漏れ出したような。シェリーは、自分の脚の肉に、乱杭歯で抉られたような傷跡がついているのを確認した。

 真っ直ぐに飛んで絶大な貫通力を生み、レダクトする効果の魔力が螺旋状に回転して内部から切り裂いて、粉微塵にすることでできる独特の傷痕。

 残酷無比なその痕を、見間違う筈もない。

 これは、シェリーの魔法でできた痕……!

 

「『魔法反射魔法』……消費魔力もタイミングもシビアなぶん、オスカーめの『無冠(相殺)やダンテの『涅槃(消滅)』とは次元がワンランク違うぞ。

 相手の魔法を、俺様の魔力分上乗せして返す。痛みに泣き叫んだ経験は少なかろう?まだ痛める内に味わっておけ」

「がッ、あッ、ぐうう……ッ!!」

「それにしても死んだふりとは、憤怒の名が泣くぞ」

 

──どこからか、魔力が飛んでくる。

 反射で杖を振るい、何とかいなした。

 まだやれる……まだ、走れる。

 

「……まだ杖を握るのか?脚はもう、動かんだろうに。

 流石に引くぞ、愚か者!」

 

 ヴォルデモートの呪いが、魔弾が、痛みが走る。

 意地がシェリーを生かしているけれども、意地故にシェリーは傷ついていく。

 ふっ──と、暖かな感覚に眠りそうになる。

 まずい。駄目だ。それはいけない。

 その眠りはきっといけないものだ。落ちれば戻れない深い深い真っ暗な闇なのだ。逃げて、逃げて、それでも蟻地獄のように引き寄せられる、ぽっかり空いた孔。

 それに捉えられれば、きっと死ぬ。

 

 蹲るな、立て!

 

 ヴォルデモートの足音が、死へのカウントダウンに聞こえて仕方ない。耳を貸すな。逃げろ。逃げろ。

 逃げて合流しろ。無様でもいい。それはとうの昔に味わい尽くしている。人生は辛酸に尽きたのだから、今更もうどうということもないだろう……!!

 闇の帝王とシェリーの距離が縮まる。

 その距離は、もう数メートルほどしかない。

 ヴォルデモートの紅い目と、シェリーの目が合う。

 血のように紅に染まった瞳が、シェリーの目を覗き込んでくる。

――そしてシェリーは、その瞳を覗いたことを深く後悔する。

 痛みも強がりも、彼女の中から消え去った。

 ただ、何か冷たくて気持ち悪いものが心の中に広がっていくのを感じる。

 心臓の中に、黒いインクが一滴垂れたような……そんな感覚だ。消えない。異物()が消えない。

 

 噛み殺せ、噛みちぎれ。奪わせるな、奪われるな!

 死ぬな、死ぬな、死ぬな、死ぬな。

 死んだら迷惑がかかる。死は償いじゃない。

 生きなきゃ、生きて、戦わなきゃ……戦うために逃げなくては……!

 

 思考にもやがかかっていく……あれ、戦うんだっけ、逃げるんだっけ……??? ? やめろ、逃げること以外考えるな……!!

 

──熱が、抜けていく。

 代わりに、血の暖かさに、毒される。

 

 脚を動かせ。──片脚は動かない。

 手を動かせ。──身体を支えるので手一杯だ。

 何でもいいから、前に、前に……!

 

(進めない……? ? 前に進めない、何で……?

 目の前に壁がある……濡れている?何だ、これ?

 ああ……壁じゃなくて床か、これ。

 ……いや、何で私は倒れてる?いつ倒れた?あれ?)

 

 進まなきゃ、立って、すす、まな、きゃ……。

 ……立つって、どうすればいいんだっけ。

 

 

 

 

 

「もう終われ……貴様は十分、生きたよ」

 

 何て、言ってる……?

 

 

 

 

 

「今の貴様に当てるのは容易い。アバダケダブラ」

 

 ………。

 …………………………。

 

 視界が、光を拒絶して。

 音が、遠ざかって。

 何もかもが、なくなっていく。

 

 死ぬという認識さえ、できないままに──…。

 

 

 

 

 

「じゃあな、シェリー。お前は道化だったが……

 ただの道化というわけでもなかったらしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『シェリーの終わり』、the end──

 

 

 

 

 




おまけ
不味い料理を作った時

【全部食べてくれる】
シェリー アレン マホウトコロ組 ハリー アルタイル
【一応食べるが残す】
ベガ チャリタリ ジキル デネヴ オスカー ダンテ
【手すらつけない】
コルダ エミル ネロ リラ バーニィ

コルダ「うわ…見た目からして最悪」
エミル「え〜嫌ですよこんなの笑」
ネロ「舐めてんの?これ持って消えロ」
リラ「美味しいものが食べたいのでこれ食べるのは嫌です」
バーニィ「見た目がこんなボロ炭の時点でゲストに出す料理として駄目じゃないです?お客さんに楽しんでもらうのがアタシ達の仕事なんで。…味の評価なら一応食べますかね…まず」

おわり。


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15.色欲のフェンリール・グレイバック Ⅱ

腕の骨がなくなったくらいならマダム・ポンフリーが何とかして生やしてくれるけど、耳に呪いで穴が空いたらモリーが止血するくらいしかできなかったので、ハリポタ世界の呪いって想像以上に殺意高いんですわ。


 

「ぅぎぃ、あっ、あっ、あああ……!!」

 

 顔を歪めて苦悶に震えるコルダ。

 脂汗がだらだらと流れて、膝をつく。右腕を失った痛みは尋常ではなく、芯の強い彼女が悶えている姿から、その痛みを想像するのは容易いだろう。

 だが、まさかこんなことが……。

 コルダは優秀な魔女だ。戦力の一員として期待されていた。それがこうもあっさりと、その力を削がれる。削がれてしまう。

 ドラコは呆然としていたが、しかし胸の内では激しい怒りが渦巻いていた。

 

「ヒャハハァア!」

 

 隙だらけだと言わんばかりに、グレイバックは今度はドラコへと紅い爪を振るった。

 ドラコの視線は緩慢に、しかし条件反射で腕は素早く防御の姿勢を取っていた。彼の手に光の粒子が凝縮し、一つのカタチと為す。

 

「スリザリンの剣……」

 

 エメラルドが嵌め込まれた、銀色に淡く輝くフランベルジュ。炎のような特殊な刀身が、グレイバックの直線的な攻撃の軌道を折り曲げる。

「うおッ!?」

 

 ぐにゃり──

 破壊的な一撃を生むはずの突進は、横方向へと受け流される。面白い能力だ、とグレイバックはその興味を剣の方へと移した。

 ホグワーツの四剣の一振りに、人狼が意識を向けた瞬間、コルダは自分の杖を手にしていた。

 

「──ッ、グレイシアス・ニクス……!!」

 

 氷が炸裂し、舞い散ったかと思えば、氷の粒が勢いを増して嵐のように吹き荒れた。視界が悪くなり、たちまちの内に冷気が伝播する。

 目眩しして、身を隠すつもりか。

 グレイバックは舌打ちして、氷霰を切り裂くが、既にそこには二人の姿はなかった。

 

「……面白い展開じゃあねえな」

 

 人狼は鼻が効く。普通、この程度の目眩しをしたところで相手を見失うことはない。が……氷魔法を使われたとなると話は別。

 スンスンと嗅いでみるが、いつものように上手く臭いを感じ取ることができない。

 人狼の唯一の弱点は氷魔法なのだ。

 鼻の効きは悪くなり、身体能力は損なわれる。氷の魔力そのものが人狼にとって有害ともされているくらいには、氷魔法は明確な弱点だ。

 グレイバックくらいになればある程度は克服も対策もしているものの、今回は少し位置が悪かった。氷を近くで喰らってしまい、少ないながらも影響を受けたか。

 

(まぁ、よっぽどデカい攻撃じゃなきゃ、あの嬢ちゃんの氷魔法は何とかなるレベルだ。さて今は、どうやってあいつらを追ったもんか……)

「──丁度良い、あいつらを使おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柱の影に隠れるように、ドラコ達は身を寄せ合ってもたれていた。

 

「はっ、はっ、はぁあ……、ふーっ、……ふーっ」

 

 氷で止血をして、何とか意識を保つ。

 断面が荒い……腕をくっつけるのは、今のドラコの癒術では無理だろう。失血死しないように努めるのがせいぜいだ。

 

「コルダ!大丈夫だ……全部終わったら聖マンゴで治してもらおう!大丈夫だからな……!」

 

 ドラコの声がけで、コルダは飛びそうな意識を何とか繋ぐことができた。

 ここまではいい……問題は、グレイバックをどう対処するべきか。正直、戦線離脱も十分視野に入る怪我だ。

 ベガの蒼炎があれば回復できるかもしれない……が、彼には彼の役割がある。敵だらけの城の中、ベガを探し回るのはナンセンスだ。

 にっちもさっちも行かない状況……!

 

「だい、じょうぶ。です。私なら大丈夫。

 ……グレイバックと戦いましょう。私の得意な氷魔法は足止めに向いてます。そうでしょう?お兄様」

「っ……、それは……」

 

──コルダという駒を活かすなら、それが一番良い。

 氷魔法を扱い、また自らも人狼であるコルダは、まさしくグレイバックの天敵となり得る。『自分がされて嫌なこと』を理解しているので、奴の一番嫌がることを実行できる。

 だがコルダという人間を想うなら、それは最悪だ。

 体力を大きく消耗する氷魔法を今使うのは、自らの寿命を削る行為に等しい。後々になって後遺症が出る可能性だってある。

 

(僕達はマホウトコロの連中みたいに、命をかけて当然なんて恐ろしくてとても言えないぞ……ましてや妹に)

「……コルダ、僕の考えは──」

「助けてくれェエエエ!!!」

 

 悲鳴のした方を見ると、よたよたとした足取りでこちらに歩いてくる人影。ボロ切れのようなローブを引っ掛けた、恐怖に顔が引き攣った男。

 

「やみっ、闇祓いだろう!?俺ァオスカーの野郎に酷い目に遭わされて、連れて来られたんだァ!助けて、俺を助けてくれよォ、頼むよお!」

(巻き込まれた一般人……!?)

 

 まさか死喰い人だけではなく、一般人までもが連れて来られていたとは……。有り得ない話ではない。死喰い人の中には、殺戮を快楽と捉える者もいる。

 であればこの人は、戦いに備える間の楽しみとして連れて来られたのだろう。

 

(今はグレイバックとの戦いに集中したかったが、放っておくわけにもいかないな……)

「大丈夫ですか?怪我はありませんか?」

「ああ、ああ。すまない。ありがとう。こんな俺に、こんなに親切にしてもらえるなんて……

 

 

 

……本ッ当にありがとよォ〜〜〜!!!!」

「──!?コルダ!!!」

「えっ……」

 

 ドラコがコルダの襟を掴んで引く。

 だが遅い。すぱりと、魔法が彼女の薄皮を切った。

 

「痛ッ……!」

「貴様!!僕の妹に何を!!」

「ひっ!そ、そう怒んなよォ。何だよぉ、ちょっとしたおふざけだろ?へへへっ」

 

 悪びれもせず、ヘラヘラと浅薄に笑う男に、侮蔑を含んだ怒りを覚える。この男……さては、グレイバックの手下か何かか……!?

 と思いきや、男は情けない叫び声を上げて逃げ出す。

 追うか……?いや、何が目的か知らないが、あんな奴に構っている暇も……。

 

 

 

「ガキどもがいたぞおおおおおおおっ!!」

 

 

 

 一瞬、呆ける。

 何を言っているのかと。

 

「おっ!あのオッサンが見つけたか!」

「お前らあっちだってよ!行くぞぉーっ!」

 

 祭囃子に誘われるように、現れたのは多数の人影。

 死喰い人──ではない。蛇と髑髏の紋章も、折目正しいローブも、彼等は着ていやしない。

 足運びは素人のそれ、紡ぐ魔力は平々凡々。

 ただの一般人、ただの人間。無辜の民が、徒党を組んで浮かれ歩く。ただ、マルフォイ兄妹の二人のもとへ。

 

「な、何でこんなに……!?」

「脚を動かせコルダ!多分グレイバックの部下だ、部下と協力して僕達を襲うつもりなんだ!!」

「は?誰があんな男の部下ですって!?」

 

 投げつけられたナイフを、ドラコの剣は寸前の所で防御して、叩き落とす。カァン、という独特の金属音。

 目を向けた先には、またしても新手の姿があった。

 

「貴族の坊ちゃん方をぶっ殺すだけで金が貰えるって聞いたから、私達スクイブにも一攫千金のチャンスが来たって大喜びで参加したら……あんた、強いじゃない!さっさとやられなさいよ!もう恵まれてんでしょ!?」

 

 キンキンとした金切り声が、いやに耳に残った。

 大勢の人の中には、女子供の姿もいくつかある。

 ただ、その誰もが武器を携えている。鉄パイプや木の棒、中にはナイフを構えた少女さえいた。

 身なりは皆粗末で、垢じみている。

 まともな家ではない、貧乏な家から仕事を求めて這い出してきた者達だろう。

 しかし彼等は一様に痩せこけた見窄らしい体をしていたが、目はギラつき、その実欲望に燃えていた。飢えた獣の目だった。

 

(気圧されるな……ああいった子供は、今まで何人も見てきたでしょうに……!)

 

 そう己を律するが、戦慄は止められない。彼らのような者には出会った事があるが、あんな目をして武器を振り回す人間を見た事はなかった。

 彼等は知らない。戦争において人を殺すのは兵士だけではないということを知らない。武器を持たない相手も平気で殺せる人間だけが戦士と呼ばれるのだと、知る由もない。

 マルフォイ兄妹は原始的なレベルの闘争を知らない。

 分かってはいても──目にすると、キツい。

 

「寄越せ、あんた達の全部を寄越せ!!

 どうせ持ち腐ってんだろうが!!」

 

 ウゥーフゥー!

 高らかなラッパのような、狼の鳴き声。

 グレイバックが、高い所からゲラゲラと笑う。

 

「オラオラァ!ちゃっちゃか働けお前らァ!闇祓い一人につき500ガリオン*1!コルダは『特筆戦力』だからもっと上がるぞォ!」

「旦那、ドラコの野郎ももっと値上げしてくれよ!あの剣が厄介だ」

「あ?仕方ねえな、じゃ600 ガリオン*2でどうだ。俺が上に交渉してやるから」

「ひゃっほー!話が分かるぜぇ旦那!」

「っ、あの馬鹿犬……!私達を賞金首か何かみたいに」

 

 そこはかとない、気持ち悪さ。

 自身の命の価値を相手が決めるという、嫌らしさ。

 そう憤慨するコルダには構わずに、人の群れは押し寄せる。杖と武器と飢えた者特有のギラついた目つきで以て自分達に襲いかかる。

 彼等には躊躇いがない──否、そもそも覚悟も何もない。

 ただ、今を生き抜く為に武器を持っただけ。

 その暴力的な力の波が押し寄せる様子は、波濤の津波を思わせた。

 

「しっかしよぉ、何であんたくらいの人がわざわざ他の奴に手柄を譲るようなことをすんだよ?魔法界の一大決戦なわけだろ、もっと積極的に動いた方がよくねえ?

 いや、俺達は儲かるからいいんだけどよ」

「ん〜…ベラとかは他の死喰い人に舐められるのが嫌だから積極的に参加しそうだけどよ。俺にはそういうこだわりはねえのよ」

「……あんた女子供を殺すのが好きじゃなかった?」

「それは性癖。いくら酒が好きだからって毒入りの美酒を呑もうとはしないだろ?」

「酒呑まないから分からん」

「ものの例えだろうが殺すぞ。

 だからさ……、俺はいっときの快楽のために死んでやる気は早々ないの。生き残って、より多くの人間から搾取する。そういう生き方をしたいのよ。

 ドラコやコルダは強くなって、万が一にも俺を殺せる力を身に付けた。その万が一を潰すために、今こうして雑魚どもで消耗させてるんだわ。

 俺は戦うのも殺すのも好きだけど、別に死んでもいい訳じゃねえんだよ」

 

 グレイバックと、ドラコとコルダの距離は一◯◯メートルはないくらいか。

 ここからでは、グレイバックに攻撃が届くかどうか微妙な距離。仮に運良く攻撃が届いたとして、誰かにその隙を突かれてしまうだろう。

 かといって、グレイバックを完全に無視して戦うこともできない。いつ気が変わって、奴が参戦してくるか分からないからだ。

 グレイバックが連れて来た人員は五十人弱。それだけの数をいなしながら、向こうの最大戦力(グレイバック)にも気を遣わねばならず、逃げるのも難しい……ときた。

 体力と、神経が、削られる……!!

 

「っぱさあ……紅い力の原動力は感情だから、何かに執着したりこだわった分だけ強くなれる、とは思うんだけどよ……どれだけ『こだわらずにいられるか』ってのも大事だと思うワケ」

 

「ベラ・ハリーは良い意味でも悪い意味でもプライドが高いんだコリャ。ダンテの野郎もそうかもな。基本的に舐められるのが嫌いで、『まともに戦えば』早々崩れることはねえ鉄壁の牙城だが、逆に一度崩れるとすぐブレちまう。何事も、考えすぎは良くねえってな」

 

「ペティグリューは一見誰よりもこだわってないように見えて、昔の友達?だっけ?に未練タラッタラだろ?あれじゃあ長生きしたって楽しくないわなぁ?

 そういう意味じゃグリンデルバルドの爺さんも相当執着してたよなァ。あいつの場合、ダンブルドア限定で強くなる能力だからこだわった方がいいんだけどよ。まァ楽しくはないよな」

 

「オスカーの野郎は気が合うが、肝心なとこで意見が合わないんだよな〜!別にさ、直接自分で殺して、相手の不幸を味わいたい、って気持ちは分かるけどよ?

 『相手が自分を復讐や私怨のために殺したら、自分と同じ外道に堕ちる。その様子を死に際に見れたら最高に面白いだろうな。人殺し、そう耳元で囁くのさ』

 ……って言ってたんだけどさ、そこまでやるのは流石にやりすぎだと思わねえ?俺は死にそうになったら普通に逃げるし?」

 

「ま・そういう訳でさ、あんまりゴチャゴチャ考えるのは精神衛生上良くねえよな。俺より数段強い奴が、つまらん自意識過剰のせいで損をするんだ。

──最強なんて勝手にやってろ、ってなァ!」

 

 グレイバックはあくまで“狡猾”。

 紅い力に選ばれていながら、狂い過ぎていないのだ。

 傲慢すぎず、怠惰すぎず、暴食しすぎず、強欲すぎず、憤怒すぎず、嫉妬しすぎず、色欲すぎない。

 欲はあっても、“仕方ないな”で諦めることができる。

 何事も程々に──…そりゃあ普通に遊び過ぎて痛い目に遭うこともあるが、それでもこうして生きているのは、『ヤバい時にはさっさと逃げる』というのが徹底されているからだ。

 グレイバックがぺらぺらと喋っている間にも、扇動されたスクイブや魔法使いどもが増えていく。

 

「おっ?例のマルフォイどもか?」

「え!?ちっちゃいぞ!?」

「女の子だ!」

「何でこんな所にいるんだ?」

「構やしねえ、殺っちまえ!!」

 

 血の匂いを撒き散らして、彼らは次々と湧き出る。

 その多くがマルフォイ兄妹より遥かに大きな体軀をしており、一癖も二癖もありそうな面構えをしていた。

 

「ひっ……、グ、グレイシアス!!氷河よ!!」

 

 熱狂に呑まれそうになるも、コルダは氷を地面に走らせて彼等の機動力を奪わんとする。が──、 氷が地表を滑り出した時には既に彼等の半数以上はその魔法のモーションを取っていた。

 

「「「インセンディオォオオオ!!」」」

「うおっ!?この嬢ちゃんの魔力強すぎだろ!?こっちが押されてんぞぉ!」

「うるっせぇ、いいからガンガン魔法使え!」

(っ、数が多すぎる……!!)

 

 ヴォルデモートの魔力源に選ばれるくらいには魔力の多いコルダだが、この状況は、いくら相手が素人とはいえ多勢に無勢。敵の全員を凍らすまでには至らない。

 もう少し威力を出せば、完全に無力化できるかもしれないが……多分、それ自体がグレイバックにとって美味しい流れなのだろう。

 これだけの数を捌くとなると、魔力を食い過ぎる。

 ここで全力を出して消耗したところを、グレイバックが狙う気なのだろう。

 

(とはいえ、この雑魚どもにいつまでも構っていたら、それこそ相手の思う壺……!)

「仕方ない──グレイシアス・フリペンド!!」

「ぎゃあああああっ!!痛え!痛えよおおおっ!」

(っ、うるさい、そっちから仕掛けてきておいて……!)

「耳を貸すな、コルダ!」

「分かってます!!」

 

 ドラコの声に怒鳴り返し、コルダは杖を振るった。

 焦りで苛立つ心を何とか無にしなければ……次のタイミングで、全体に向けて氷結を決める。

 あまり消耗はしたくないが、うだうだ戦っていても仕方がない……!!

 

 

 

「──お、兄様?」

 

 

 

 人の群れの中に紛れた、見間違う筈もない顔。

 背中に本物の熱を感じている筈なのに、心臓の時間(こどう)がピタリと止まった気がした。

 

(違う!ポリジュース薬……盾の呪文を……!!)

「──が、ああっ!?」

「ひゃっほー!大当たりィー!」

「コルダ!?」

 

 呪いの籠った釘を肩に喰らった。

 オスカー・フィッツジェラルドが制作し、生前愛用していた『告解』と呼ばれる呪具で、刺した者に怨嗟と悲鳴を聞かせるものだ。

 今の落ち込んだメンタルには覿面に効く。ずぐん、と重たい辛さがずっしりと。片膝を突かなかっただけでも褒め称えられるべきコルダの精神力。

 が──できる、隙が……!

 

「俺が一番乗りだああああ!!!」

「死んだか……」

「コルダしっかりしろ!!!攻撃が……!!!」

「──ッ!!こんなところで……!!!」

 

 

 

 

 

「ごぇ?」

 

 男の顔面に、蹴りの痕が残される。

 それを食らわせたスーツ姿の女性は、流れるように、印を結んで杖を振る。

 鎖、針、鎌──具象化した鉄が、グレイバックの集めた者どもを絡め取り、拘束あるいは無力化する。それはあまりにも早業で、驚いている内に形勢が強引に傾かされた感覚だった。

 

「は?」

 

 グレイバックは、思わず前のめりに身を乗り出した。

 瞬間。

 ぱん──という、風を切る鋭い弾丸が、自身の頬の先をすれ違ったのを理解した。

 

「うおッわっやっべっば」

 

 今、偶然顔を動かさなければ、あの弾丸は確実に自身の頭蓋に命中していただろう。顔周りの毛がはらりと落ちる。狙撃魔法……それも、グレイバックの鼻に引っ掛からないくらい遠くから……!

 

(……いや、それってどんだけ遠くだよ?

 匂いを消す魔法を使ったとして、ちょっと有り得ねえ距離だろうがよ……!)

 

 この場にはいない、エミル・ガードナーの射線を切るように動き、グレイバックは本物の狼のような前傾姿勢で地を駆けた。

 白い人狼はそこで、新たなる獲物の姿を見る。

 褐色の肌をした、男勝りの魔女……チャリタリ・テナの姿を、その目に捉える。チャリタリは、ドラコとコルダを庇うように立っていた。

 

「そこから動かないことを勧めるよ」

「へへ……そうかい、ご忠告ありがとうよ嬢ちゃん!」

 

 古来より、魔法使いマグル問わず、獣を狩る者達が生業としていたのは“狙撃”と“罠”だ。

 さしずめグレイバックは狩られる狼というところか。

 だが……頭の良い狼は、そんな人間の知恵や小細工など躱してしまえるだけの嗅覚と経験があるというのも、古来からの真理である。

 

「へへハハ……お前がどんな罠を仕掛けてあるのか知らねえが、それで俺は倒せねえよ!」

「試してみる?」

「そしたら死ぬがね、お前は。ちょいと好みとは外れるが、偶にはテメェみてえなのもオツなもんだ」

「それもいいけど……その前に一つ質問」

 

 チャリタリは、無表情で問いかける。

 

「クリシュナ・テナを殺した時……どんな気持ちだったか覚えてる?」

「クリシュナ。…………、………?誰だっけ」

「そっか。質問終わり。もういいよ」

 

 ドラコとコルダは、僅かに冷や汗を滲ませる。

 彼女の空気が張り詰めたのを肌で悟った。

──チャリタリは、姉を、グレイバックに──。

 

「ドラコ、コルダ。あんた達は三歩後ろに。罠魔法の邪魔になる」

「……!はい」

「オイオイ可哀想によぉ!戦力外通告かァ!?」

 

──否。これは符牒だ。

 『三歩後ろに』は、罠魔法の有効範囲は三十メートル以内、という意味。『罠魔法の邪魔になる』は、強襲を頼むぞ、というものだ。

 指示通りに、脚を動かす。今、罠魔法のブラフのお陰で魔法使いやスクイブ達はその場から様子を伺っていることしかできていない。中にはヒソヒソと陰で殺しの算段を立てているものもいるが。

 

「お、おい…お前、行けよ」

「やだよ!だってここ、罠があるんだろ!?俺達もさっきの連中みたいに……!」

「…………。あ〜あ!!せっかく戦ってくれるってのにな〜!一人で大丈夫かよ〜!?罠魔法は仕掛けた本人の魔力にしか反応しないんだろ〜!?」

「え……そ、そうなのか……?」

「じゃ、じゃあ俺達があのスーツの女をフクロにすれば罠は意味なくなるのか……!」

(おうおう動け動け木偶ども。お前らの価値なんざ動いて掻き回すことしかねえんだ、鉄砲玉の役割くらいキチンと果たせってんだ)

 

 言いつつ、グレイバックもその紅く染まった爪先に魔力を溜めていた。グレイバックの紅い力はシンプルに身体能力を強化するというものだが、その副次作用で爪から風の刃をほぼノーモーションで放つことができる。

 わざわざ罠魔法を踏むリスクを侵して殺さなくとも、一歩も動かずに殺せる力が彼にはある!

 

(盾の呪文ごと裂いて殺すだけの威力はあるが、流石に元アレン隊の精鋭相手に、真正面から撃つのはどうかなって思ったけど……雑魚どもが気になり出しただろ?俺相手にそれは命取りだぜ!)

 

 爪から空気を弾く──たったそれで終わる。

 

「今だ──食らえがぎゃっ!?」

 

 脚部に超長距離狙撃が直撃し、隙ができる。

 なぜ?射線は切っていた筈なのに!

 人狼は憤慨する。この狙撃は……間違いない、エミル・ガードナーのものだ!

 数々の長距離対策も、エミル相手では意味がない。

 

「クソ、この俺が一撃を貰うとは……!マジでどこから撃ってきてやがんだァ!」

「ステューピファイ!」

「あ!?効くかァ!」

 

 チャリタリの追い弾丸を、いともたやすく切り裂くグレイバック。裂帛の咆哮とともに、その女体を両断せんとして、しかし──弾丸が飛んでくる。

 血飛沫が上がり、筋繊維の表層が千切れた。

 その程度の傷ならばすぐに修復できる。しかし問題は一瞬、動きが硬直してしまうこと。

 必殺の衝撃波が出るまでの『振り』ができなくなる。

 

「チィッ……」

 

 尚も攻撃を続けようとするグレイバックは、手指の痺れを感じて距離を取った。

 今、チャリタリが放った麻痺呪文。妙な感触だなと思ったが、どうやら爪に触れる寸前に弾けたらしい。どんな呪文も切り裂くグレイバックの赤い爪だが、逆に言えば爪にさえ当たらなければ爪に当てなければ魔法は無効化できない。

 小賢しいことに、チャリタリは腕に当ててグレイバックの腕を痺れさせたらしい。ぶんぶんと腕を振り、いつもの正常な感覚を思い出す。

 すると、グレイバックはその腕部分に、何やら奇妙なマークがつけられていることに気付いた。

 

(いつの間に……何だこれ)

 

 スンスンと匂ってみるが、どうも害のある攻撃的な魔力のようなものは感じられない。

 害ある呪いの類ではないが……、かといって、一歩間違えれば死ぬ戦いの中で、無駄にこういう印をつける意味がない。何かある。何かある筈だが、それが何かまでは分からない。

 ……考えても無駄なものだろう。ならばと、グレイバックはいつも通りにチャリタリに切迫せんと踏み込みの姿勢を見せた。

 瞬間、飛来する弾丸。印をつけられた位置に正確無比に放たれたそれが、またしてもグレイバックの肉を抉り殺す。攻撃の余波が風刃を生むも、狙いがズレて彼女の服の端を切るに留まり、殺すまでは至らなかった。

 

(俺に印をつけて、そこに魔弾が着弾するようになっているのか?

 ……っていう風に考えるのは思考が誘導されてねえ?

 だってあのエミルだぞ、普通に狙撃の腕が神ってるしマーキングはブラフかもな。印のある位置に狙撃しておいて、ここぞというところで全然関係ないところを撃つくらいはするだろ)

 

 長距離から放たれる狙撃魔法……防ぐのは困難だが、耐えれはするくらいのダメージ。瞬間的に筋肉と魔力を凝縮すれば軽傷で済む。

 エミルの弾丸は脅威だろうが、意識をし過ぎるのもよくない。

 

(とにかく、印は無視。『エミルの弾丸はどこからでもどこにでも届く』。それさえ分かってればいい。あとは着弾の瞬間に体勢をズラすことだな、そうすりゃまぁ即死はないだろう)

(あ、やばい)

 

 チャリタリの狙いは『狙撃と罠を警戒して動きを鈍らせること』だったので、グレイバックの『狙撃も罠もある程度は仕方ない』という割り切り方は正直、とても困る展開だ。

 

「あ〜あひでぇことしやがる!クソッ、細けえことを考えるのは良くなかったな」

 

 色々やったが、結局グレイバックが『普通に』攻撃してきたらひとたまりもない。

 ベラトリックスやハリーの攻撃は、魔法で発生させた炎や毒であり、同じ魔法で干渉する余地が一応ある。極端な話、魔法を全て反射する盾みたいなのがあったら、彼女達は不利な戦いを強いられることになる。

 反面、グレイバックやゾンビ状態のペティグリューの武器は単純な暴力、物理攻撃だ。

 普通に鋭く、普通に硬く、普通に疾く、普通に強い。

 搦手がメインのチャリタリは元より、ドラコもエミルもコルダでさえも、コンパクトかつシンプルな攻めに、受けで回れば命はない。

──グレイバックは、腕の一振りで人を殺せる!

 

「攻撃来るよ!!」

「はい!!」

「うお……っ!?」

 

 グレイバックが腕を振り下ろそうとした瞬間、彼の体勢が大きく崩れる。いつの間にか罠魔法が発動しており、鎖が彼の脚を絡め取ったのだ。

 チャリタリは『魔力が届く範囲なら』罠の位置を自由自在に変えることができる!

 大きく空振った手から数多の衝撃波が生まれ、地面を切り裂き、抉るも、それはチャリタリ達には着弾することはなかった。

 

「っ、危ない……!!」

「分かってると思うけど喰らったら終わりだ、アンタら絶対当たんなよ!!」

「いつの間に罠を……?まァいいか!」

 

 すぐさま鎖を切り、駆けるグレイバック。

 まずは厄介な罠を使うチャリタリから……、

 

「……、あん……!?」

 

 チャリタリの杖の動きには注目していた。

 彼女の罠魔法を使うタイミングを把握しておけば、不意のトラップはないと……。

 なのに──、チャリタリは罠の起動を仄めかせる素振りすら見せなかったというのに、地面が槍となり、グレイバックの脇腹を僅かに抉っていた。

 

(ドンピシャのタイミングだったのに、何で今のを躱せるんだよこのクソ狼……!)

(何で罠魔法が発動してんだ?罠魔法にも無言呪文ってあんのか?)

 

 まあ一応なくはない。が、それではない。

 今、罠魔法を起動したのはドラコだ。

 

(罠魔法は、仕掛けた本人の魔力にしか反応しない。つまりコルダが仕掛けた罠魔法を、ドラコが起動する、なんて芸当はできない。

 ただしそれは『普通の罠魔法』の話。『私の罠魔法』は誰でも使える)

 

 ちなみに、安全性のために闇祓い以外は使えないようロックがかかっているので、凶悪犯罪者がチャリタリの罠魔法を使うなどといったことはできない。

 トンクスのような『七変化』と、ヴォルデモートやフラメルのような『魔眼』があれば可能かもしれないね、くらいのレベルだ。

 グレイバックの脳裏には、既に、罠魔法の存在が印象付いている。腰が及んだ!

 

「あァ〜やり辛ェ。どうするかな」

(でも何となく分かってきた。整理しよう。

 ①エミルの狙撃は止められない。止める必要はない

 ②チャリタリの罠の位置は自由に動かせる

 で、多分だけど、

 ③チャリタリの罠はチャリタリじゃなくても起動できるっぽい?

 優先度高い順に並べるとこんな感じか)

 

 ドラコ、コルダ、チャリタリ、どっかにいるエミルの戦い方は粗方知られた。本番はむしろここから……。

 戦闘はまた、膠着状態。

 グレイバックのダメージは大したものではない……!

 

(火力が圧倒的に足りない)

 

 コルダの氷の弾丸でも当てられれば、それが致命打に繋がるだろうが、リスク(worse)は踏んでも最悪(worst)を避けるグレイバックは当然警戒しているだろう。

 とはいえ罠魔法やエミルの弾丸では『崩し』にはなっても『崩した後』は効果が薄い。

 どうするか……!?

 

 グレイバックの脚が、前に重心がかかる。

 先程のコルダの腕切断は、前に体重のかかった状態でフリーにしたからやられた。

 奴がどれほど優れた生物であっても、生物である以上奴の脚の動きを読めば、対応できなくはない。身を以て経験したコルダなどはむしろ落ち着いていた。

──が、フェイント。

 グレイバックは後ろに飛びながら衝撃波を出した!

 

「避、」

 

 けろ、と思った時には既に切り払われていて、斬撃の衝撃波はコルダの頬を掠めた。

 一瞬遅れて、血が冷たい床に飛び散る。

 周回遅れの恐怖を噛み殺す暇さえ与えられない。

 

(今、腕を振るモーションが、見えなかった……!)

「っ、グレバの動きを追いな!!」

「二人とも、僕の後ろに!!」

 

 スリザリンの剣は物理防御に優れている。ドラコが前に出てチャリタリ達を守るように立つが、グレイバックは三人でもエミルでもなく、すっかり罠に怯えてしまった部下達の方へと向かっていた。

 呆ける部下達の肩を組み、馴れ馴れしく、応業に、グレイバックは恐怖だけの言葉をかける。

 

「なっ……グ、グレイバックさん??」

「お前らさ〜、何やってるわけ?数の暴力で消耗させるって話だったじゃん。やる気出させるために金もやるって言ったじゃん。それを、何?罠にビビって動けませんじゃ話にならねえのよ」

「あ……いや……私達は、」

「俺からは逃げられても、空に浮かぶ城からはどーせ逃げようがない。だからいずれ死ぬしかなくなるし、だからもう前に進むしかない。それすら分かってなかったんなら、もう要らねえよ」

 

 無慈悲な声と共に──グレイバックは男を“投げた”。

 純粋な質量攻撃。唖然とするより前に、コルダは氷の防御壁で身を守る。ぶちゅり、という、トマトでも撒き散らしたような音が、いやに耳に残った。

 

「ひゃはははは!血の目潰しよォ!」

 

 グレイバックは動き回る。走り回る。

 そして部下達を三人の所に投げる。罠や氷魔法で質量攻撃を防いでいくが、血が、飛び散る肉片が、三六〇度ありとあらゆる方向から須く飛来する。

 

「こんな、卑劣な……非道な……!!」

「オイオイ褒め言葉かよォ〜〜!?」

 

 こうなってはもう、何もかも滅茶苦茶だ。

 元々金目当てで動いていた者どもは逃げ出すし、恐怖の悲鳴を上げる。『そういう者から優先して』グレイバックは人間砲弾にしていく。

 視界が紅で染まり、聴界は金切り声ばかり。そして精神は、あまりの惨状に疲弊する。苦悶が、彼等の感覚を満たしていく……!

 エミルは、すぐにグレイバックが部下を“掴む”瞬間に狙撃を実行する。だがそれはほんの一秒攻撃を歪めるだけで、質量爆弾が降り注ぐのには変わりはない。

 グレイバックは手段を選ばない。

 どんな卑怯も、どんな卑劣も、彼は笑って肯定する。

 強くなりたいんじゃない。勝ちたいわけじゃない。

 ただ、愉しみ(殺し)たいだけだ──!

 

「最強決定戦なんて、勝手にやってろよ!!

 俺ァ気ままに楽しませてもらうからよォ〜!!」

 

 グレイバックの最大の強みは、身体能力ではない。

 ここまで楽しんでいながらも、逃げ退きべきと感じたならば簡単に引いてしまえるしたたかさ。

 最強の一角でありながら、『最強』という称号に興味がないから故の、ある種の合理的な狡猾さ。

 ベラトリックスやハリーとは真逆の強さが、彼にはあるのだ──!

 

「チャリタリ!!右■■■■■■」

「は!?何!?何て……、」

 

 違和感にハッと気付き、右耳を触るチャリタリ。そこにはある筈のものがなかった。視線を走らせると、十字模様のイヤリングがついた右耳が転がっている。

 

(いつの間に……聴覚には頼れないか!)

 

 サッと癒しの呪文を自身にかけるチャリタリ。頭部の血がなくなるのは避けたい。思考が纏まらなくなる。

 奴は、グレイバックは。人間砲弾の合間に斬撃を走らせてきている……!

 山勘で罠魔法を発動する。どこかでグレイバックが蹴躓きでもしたか?その間に距離を置き、体勢を整えようとする……が、コルダは、不意の脚の衝撃で転ぶ。

 息も絶え絶えの男……スクイブが、コルダの脚を掴んで、引っ張っていた。

 

「な、ちょ、何を……!?」

「500ガリオン、俺の家族のために……!!」

 

 家族、そう聞いて、コルダはどうしようもなく、硬直してしまう。それが命取り。グレイバックはその僅かな隙を見逃さず、弾丸が如きスピードで、コルダを標的と認めて──走る!

 このタイミングなら、エミルも反応できない。

 ドラコとチャリタリが焦ったような声を上げているがもうどうしようもない位置だ!

 斬撃など生ぬるい。直接、心臓を抉り抜く!!

 

「……ッ、貴方の狙いは分かってる!!

 終点は、ここだ……ッ!!」

 

 コルダはしかし、反撃(カウンター)の為の盾を作っていた。

 尖った槍が表面に装着された氷の盾。グレイバックのスピードで突っ込めば、人狼の肉をも槍は貫通して、内部から氷魔法が入り込む……!

 来るなら、来てみろ。そんな心積もりでコルダは臨み、そして、奴はその上を言った。

 グレイバックは衝突の瞬間、引き絞られた弓のような姿勢で渾身の力を込めていた。

 貫く、その瞬間──姿勢が美しければ!

 それは全てを貫く矛になる!!

 

「アレンで学んでんだよ!!

 最大の防御は、硬さで決まらねえ!タイミング!!

 腕や脚を振るばかりが脳じゃねえ。腕を回転させながら突くとな、こんくらいの貫通力を生むんだよ!」

 

 螺旋に風巻く、不可避な不可防御。

 一点に力が凝縮された突きは、人狼の筋力から織りなされる無比のパワーでさえ、想像の遥かに追いやった。

 盾は、捻れて歪んで貫通する。

 範囲は短いが、その威力たるや、シェリーの最大火力にも匹敵する!

 風がコルダの脇腹を貫いて、地面に叩きつけた。

 コルダに非があるとすれば、運と相手。杖腕ではない方で杖を使ったことで、ほんの僅かにタイミングがズレた上に、そのタイミングに必殺を捩じ込める絶技を、奴が持っていたという悲劇。

 

「がッ……は」

 

 だん、という熱い衝撃が背中に来る。地面にぶつかったのだとそこで知る。視界は左の脇腹が抉れたと告げているのに、あまりの鋭さに痛みが伴わないせいで、イマイチ状況が掴めない。

 覆い被さるような姿勢で、グレイバックが頭を貫こうとしている。コルダは、ドラコとチャリタリの焦ったような声が遠くに聞こえて、放たれた弾丸がやけにスローモーなことに疑問を持った。

 

──ああ。走馬灯だ、これ。

 

 

 

 

 

『教えてくれませんか、化物に変身しても自我を失わずにいる術を──内に眠る獣の制御の方法を』

 

『ほうほう、タマモお姉さんにそんな相談を。可愛い女の子の頼みなら断れないねー。

 うーん、あくまで私のイメージだけど……獣の姿に変身するんじゃなくて、獣の姿も自分の武器の一つ、数ある魔法の一つなんだって意識すること、かな?』

 

『武器の一つ……ですか』

 

『結局、体質を変えるなんて、今の魔法じゃ不可能な訳じゃんかさ?だったらばさー、もう割り切っちゃうしかないじゃない。

 どんだけコンプレックスでも、戦ってたら、それに頼らなきゃいけなくなる日は来るからさ』

 

 

 

 

 

「──ぁぁあぁあああああぁああ!!!!!」

 

 破れかぶれに放つ、コルダの弧を描くような軌道で振られた左腕!それは人間でなく、ヘドロのような色をした筋肉……すなわちコルダの狼の時の腕をしていた!

 身体の一部分だけを、狼に……!!

 リーマス・ルーピンと幾度も繰り返し練習した、気の遠くなるような鍛錬の下に作り上げた理想の渾身!

 

(土壇場の窮地を乗り越えられないで、どうしてグレイバックを倒せるだなんて言えるんです?

 私はコルダ・マルフォイ!!誇り高い女!!!)

 

 グレイバックの顔面が、俄かに切り裂かれる──!

 

「痛えじゃねえか、ガキ」

 

 当たった。ダメージもあった。

 ただ、コルダの腕力では、相当に恵まれたタイミングでないと利かないというだけ。相手は人狼として鍛えてウン十年の傑物だ。

 エミルの弾丸は切り裂かれる。罠魔法もここからだとコルダを巻き込んでしまう!とはいえ悔しいことに──

──グレイバックは未だ顕在で……!!

 

 

 

 

 

「──居合」

 

 全力の防御体勢。

 それでも尚、グレイバックは吹き飛ばされた。

 (チャリタリ)はいる。

 防御(ドラコ)もいる。

 狙撃(エミル)もいる。

 決め手の氷魔法(コルダ)もいる。

 ならば後は、捷さ(ハヤト)がいる!

 

「応ッ!よう引きもはんど。よか戦いっぷりじゃのう。

 後は(おい)がぶっ殺せば()えだけじゃ。

 切り裂いてやりもはん、そん首寄越せやァア!!!」

 

 人狼に対抗するは、戦餓鬼の山犬が如し男。

 人か、獣か。はたまた化け物か。

 健全な肉体に意志が宿るのではない。

 殺意に四肢が生えたのが、その男。

 

「はぁああ……、ほんっと、貴方は変わりませんね」

「重畳ッ!!こん城には首級(手柄)ずばあ(沢山)転がっちょる!

 人狼殿(おおかみどん)!!(だい)ぞ知らんが切り裂いてやっど!!!」

「何か言いたいなら分かるように喋れよな〜!?」

 

 サツマハヤト、参ッッッ!!!

 

*1
約41万円

*2
約49万円




おまけ

『ヴォルデモートの好感度』

ベラトリックス→お気に入り。忠実で積極的に動く。
グレイバック→普通。
ハリー→お気に入り。貪欲な性格を評価。
シェリー→猪。
ペティグリュー→壊れかけのオモチャ。
オスカー→そういう習性の羽虫。話が面白い
グリンデルバルド→ビジネスパートナー
ダンテ→嫌い。
ベガ→部下になってほしい。

多分こんな感じです。
原作基準でも割とこんな感じではなかろうかと思います。


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16.色欲のファンリール・グレイバック Ⅲ

 

 エミル・ガードナー……闇祓いの試験を受けた際、その能力は基準値を僅かに下回る(というか学力が壊滅的)程度のものだったが、その狙撃の腕を買われ、ムーディーのしごき+様々な実地訓練をこなして闇祓いになったという異色の経歴を持つ。

 当時は近〜中距離戦で多様な魔弾や魔法が飛び交う環境だったので、エミルのような遠距離で戦う尖った駒は使えると、ムーディーは判断したのである。

 あの時の判断を、エミルは感謝し切れない。

 

「…………標的確認」

 

 尊敬しているムーディーから魔法の義眼を貸してもらって戦えることは、エミルにとって誇りだった。

 エミルは『弾丸の軌道を変える術式が施されたブラックバーンの杖』に弾を当てて、自身の位置を悟らせずに狙撃を可能としていた。そしてその多角的な狙撃を可能とするのは、ムーディーのマジックアイテム。

 だが──真に恐るべきは、高揚を戦場に持ち込まぬ不屈の精神力か。

 

「…………装填」

 

 エミルは、グレイバック達が目視できない位置から、超精密な狙撃を何回も決めていた。

 いつもの軽薄な態度はそこにはない。魔弾を発射するためだけの決戦魔導兵器、それがエミルの役目だった。

 感情が冷えつき、全身の神経から発せられる熱は、人差し指の第一関節へと集中していく。そこだけが、エミルの意思で動かせる部品(パーツ)

 脳細胞に至るまで、全てが道具でしかない。

 

「…………発射」

 

 イギリス中の狙撃手を集めて能力を比較したとして、五本の指(マグル含む)に入る実力を持つのがエミル・ガードナーという男だが、彼の真に優れた点は狙撃の腕ではなかった。

 狙撃手に最も必要なのは……いや、最も不要なのは、人の心だと考える。

 エミル・ガードナーは例えスコープの先で自分の親兄弟が死のうと、友人が死のうと、それが原因で狙撃を失敗することもなければ、狙撃する相手を間違えることもない。

 限りなく機械に近い存在となり、迷いを失くすのだ。

 

「…………標的確認」

 

 だから……耐えれて、しまう。

 

──エミルのスコープは、チャリタリのスーツの肩部分を映した。

 ぴょこん、と肩に乗った小動物。

 半透明の銀色に輝く、守護霊と思しきハリネズミ。

 “あれ”はチャリタリの切り札だ。トラバサミや網などとは比べ物にならない、対グレイバック専用の、特別に拵えた彼女の人生最大の罠魔法。

 “あれ”について説明をされた時は、それはもう、取り乱したものだが──…

 

「…………装填」

 

──スコープを挟んだ先で何が起ころうと。エミルの心の波に、そよ風ほどの波紋すら起こることはない。

 彼の心には、ひとかけらの雲すらない。

 

「…………発射」

 

 心に雨が降るのは、何もかもが終わった時だ。

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「何であんた達ばっかり……!私もあんたみたいに……生まれたかった……!」

「…………」

 

 涙すらも、氷ゆく。

 コルダはちょうど、グレイバックの部下の最後の一人を凍り付かせて無力化したところだった。

 ……取るに足らない、恨み言。

 数が多かったのが面倒だったとはいえ、所詮は碌に訓練も受けていないスクイブや魔法使いの落ちこぼれが徒党を組んでいたのが実態だ。

 少しずつ対処していけば、いくら腕を失っているとはいえコルダの敵ではなかった。鬼気迫る形相に、後手を取ってしまったが。

 ……か弱いだけの少女ではなくなったのは、皮肉にもグレイバック達との戦いがあったからだ。

 

(『あんたみたいに』ですか)

 

 この醜い獣の身体を見ても、この少女はもう一度同じことが言えるのか。

 最悪なのは、お互い様だろう?

 

(切り替えなさい、コルダ・マルフォイ。

 こういう社会から“あぶれた”人達が増えたのは、グレイバック達のせい。私が貴族として生まれたこととは関係ないこと、別の話!

 この人達に何か悪いと思うなら、グレイバックを倒せていないことを悪いと思いなさい……!!)

 

 そして、もう一つ。

 どれだけ最低で最悪でも、どうしようもない運命ばかりの人生だったとしても。ドラコ・マルフォイの妹のポジションは、いくら金を積まれたってあげる気はない。

 

「──この席は、譲れませんね」

 

 コルダは、かの人狼の方を見る。

 やり辛いだろう。二杖流のハヤトが攻め、サラザールの剣を持つドラコが攻撃を受け流す。

 おまけにチャリタリの罠、エミルの狙撃を常に警戒していなければならず、かのグレイバックと言えども、流石に多勢に無勢といったところ。

 

「きさんボケェェエエエ!!俺の首じゃ、邪魔じゃどかんか!!!」

「っ!!……!!……早い者勝ちだろ!!それにお前も戦いに割って入ってきてるじゃないか!!」

「あ!?……!!確かにほうじゃの」

(怖〜)

 

 優しい忍者(コージロー)戦闘狂弓兵(タマモ)のようにはいかない。

 ハヤトはエゴイスティックの塊。話は通じるが理屈は通用しない、動く殺意そのものだ。マホウトコロの殺意を浴びるのは本当に嫌だし、正直、こうして肩を並べることすらちょっぴり嫌だ。

 ハヤトの足を引っ張ったりしたが最後、味方だろうが殺してきそうな剣幕。その暴威はグレイバックもひしひしと感じていた。

 

(二本の杖による破壊的な攻め!だが、このサムライの妙なところは杖が二本あることじゃねえ。

 言うなれば『一刀流が二つある』ようなもの……両方の杖がウゼェくらいに自己主張し合い、手柄を奪い合う独特の戦い方をしてやがる!)

 

 剣を二本使ってくるのとは少し違う。

 戦う相手が二人いるようなプレッシャーなのだ。

 流麗な剣技とは程遠い、粗野で荒い剣術。けれども、洗練はされている──巧い!

 右半身と左半身を別々に動かしているのと同じ。ハヤトと戦うと、二匹の野犬から食らいつかれているような感じがする。

 

(剣の振りがやたら早え!こっちは弧を描く動きだから初速で負けてんな……隙につけ込もうとしても、ドラコ坊ちゃんがそれを防ぐ……)

 

 攻防一体の布陣。

 この二人だけではない、エミルとチャリタリが絶妙なタイミングで茶々を入れるのだ。下手に踏み込めば──

 

「──うおっとぉ!」

 

──悪魔の罠。第一級の危険な植物が、チャリタリの指揮に合わせて開花し、絡めとらんとする。闇祓いで悪魔の罠の使用許可が出ているのは、現在、チャリタリに限られている。

 そして追い討ちをかけるように、「ニクス、雪よ!」と遠くで詠唱が聞こえた。コルダの氷魔法だ。コルダの守護霊のユキヒョウがフィールドを白一面に変えて、目眩しと撹乱を同時に行う。

 ユキヒョウが運ぶ雪風は、悪魔の北風に他ならない。

 動けばエミルの狙撃が飛んできて、

 止まればチャリタリの罠とコルダの雪が足を取り、

 ハヤトとドラコの剣戟は、考える暇を与えない。

 グレイバックの動きがあからさまに悪くなっていく。

 調子が出ないのだ──奴は!

 

「ちぃぃぃぇぇええええええええええい!!!」

「痛ッ君ッ馬鹿うるさい!!何語!?」

「はあ!?なんぞ言うたか!?聞こえん!!」

「黙れって!!!」

「うるっさ……爆弾でも仕込んでんのか!?その喉!」

 

 ドラコの聴覚すら破らんばかりの猿叫。頭が揺れながらも、グレイバックは目玉を動かして剣を見極める。

 

(神経は使うが、剣先の魔力の揺れ動きだけを見てりゃ次の動作くらいは分かるだろ!)

「動き自体は直線的だ、慣れりゃ避けられ……ッ!」

 

 突如、人狼の眼球目掛けて飛んでくる雪。ハヤトが蹴り上げたのか?絶え間ない剣戟の最中に、よくやる。

 

「サムライだろお前、卑怯じゃねえの!」

「よく言われるがのう。俺はサムライでんモノノフでんなかよ。ただの戦狂い、戦の獣。何でん使う」

 

 ハヤトが切り刻むのを避けた先には、ドラコの剣が待ち構えていて、それらの剣をいなしても、気を抜けば罠で足を取られて狙撃で削られる。

 更には、最悪の氷魔法の気配──地面を伝って氷塊が隆起し、間一髪で避ければ、またハヤトの剣がある。

 じりじりと、削られて──

 

 

 

「……いや、何で、ここまでしてるのに……

 大した傷を負っていないんですか、奴は……!!」

 

 消耗し焦燥しているのは、ドラコ達の方。

 ほんの少しでも手を休めれば、グレイバックは絶対にそこを突いてくる。そんな嫌な確信が、彼等に無茶を強いていた。

 俊足の脚でグレイバックの猛攻を縫うように動き回避して、魔力の剣を突き立てるハヤト。

 入った、と思いきや白狼の影は消え、空を切る音が遅れて聞こえた。

 

 全身の筋肉が針金で雁字搦めにされたような苦痛。

 最初に疲労がピークを迎えたのは──ドラコだった。

 

(あ)

 

 汗で濡れた手から、スリザリンの剣がこぼれ落ちる。

 強張る手を伸ばすけれども、届かない。

 グレイバックの、丸太のように太い腕から振り払われる拳の衝撃を何度も食らう内に、手が痺れてしまっていたのか──ギョロリと、人狼の瞳が捕食者に変わる。

 

(やば、)

「──ハハッハァ!!!」

 

 獰猛な爪が唸る。ドラコが攻撃を躱せたのは、チャリタリが咄嗟に罠魔法でドラコを引っ張ったからだ。がくんと落ちる視界の端っこで、グレイバックが大きく弧を描くように舞っているのが見えた。

 グレイバックの腕がハヤトの顔面を掠めた。びちゃりと床に鮮血が叩きつけられる。人形かと見間違うほど、ハヤトは軽々と床を転がった。

 

「ハヤト!!──眼が!!」

「敵はどこじゃ!!!」

「っ、正面に──」

 

 目を潰されてもなお健在なハヤトの気迫。

 言い終わるより先に奴は動いていた。グレイバックは紅い力最速、これまでも並外れた疾さで動いてはいたが……最高速度は、その比ではない……!!

 薄らとした白銀の影を目で追うのが精一杯だ……!!

 

「どこに……上か!?」

「当ったりィ!」

 

 天井に脚の爪を食い込ませて、蝙蝠のような姿勢で上下逆さに見下ろすグレイバック。

 そこに罠はない──!

 ぶぉん──最早腕を振ったとは思えぬ音がした。

 天井に張り付いていた時間は、ほんの二秒。

 その間に放たれた斬撃波は、大小含めて八十六。が、問題は数よりも不規則性。曲がる斬撃もあれば、直進する斬撃もある。速度も軌道もばらばらな斬撃が、豪雨のように降り注いだ。

 

(当たれば死ぬ!躱せ、躱せ、躱せ──)

 

 ドラコは必死に剣を振って凌ぎ続ける。今度こそは剣を離すわけにはいかない。……防御に優れた剣を託された自分ですら、一手間違えれば首が刎ねられそうだ。

 他の皆んなは、どれほどの……!

 仲間が無事なのかさえ定かではない。

 

(今ハヤトは目が見えないんだぞ……!?

 ああ、クソ。どうしてだ?マジで何なんだよ……)

 

 理不尽に怒る暇などないと、分かってはいる。

 だが、それでも。憤慨せずにはいられない。

 

(なんであんな奴に、こんな力があるんだ……!!)

 

 奴は、快楽絶対至上主義の暴君だ。

 魔法ですらない、技もない。爪と牙を振り翳すだけでこんなにも強い。奴は自由だ。縛られることなく、楽しみだけを原動力に、奔放に。

 ならばどうする?どうやって止める。

 チャリタリの脳裏には、この日のために用意しておいた特別な魔法の存在が過ぎった。

 

(やるか!?ここで、『奥の手』──…)

「遅ぇ!!!」

 

──ズパン。

 

 チャリタリは胴から真横に両断された。

 上半身と下半身が別れた死体の出来上がりだ。

 ごとり、重たげな音がして、彼女の肉体は地面に転がった。杖先から魔力が霧散する。チャリタリの肩に乗っていたハリネズミが逃げ出した。

 

 恐ろしく呆気なく、チャリタリは物言わぬ姿になった。

 

「ああん?守護霊じゃなかったのか?そのハリネズミ。

 まいいや。そのハリネズミがエミルの狙撃のサポートをしてたんだろ。視界でも共有してたか?ともあれ殺せて良かったよ!」

「…………」

 

 チャリタリの無機質な目が、こちらを睨んでいた、気がした。

 それがちょっと不快だったグレイバックは、もう動かないチャリタリの身体を蹴飛ばした。端正なウルフフェイスが醜く歪み、裂けたように口を開く。

 

「残念だったなァ〜!?俺に復讐するために色々と小細工してたようだけど、無駄!全部無駄!何もかも無意味に終わっちゃって可哀想にな!?

 ひゃーはっはっはっは!!!チャリタリちゃんは可哀想でちゅね〜!!!」

(…………乗ってこねえな。こんだけ挑発したらエミルも怒って魔弾を撃ってくるかと思ったが、冷静だ。流石にアレン隊、ちゃんと人でなしだ。

 ドラコの坊ちゃんは凄い顔をしてるけどな)

「何なんだ──ふざけるな貴様あっ!!!」

 

 はたと、グレイバックはチャリタリの殺害後にようやくその漫然としていた違和感の正体に気付いた。どうやらチャリタリは何やら魔法道具を使い、人狼状態にのみ聞こえる周波数の音波を発したり、罠に匂いをつけて位置を悟られないようにしたり……色々とやっていたようなのだ。もう少し早く気付けば、もっと早く上手く殺せていただろう。

 チャリタリは復讐のため相当の対策をしていた。

 まあ、逆に言えばもうそんな小細工もない。正真正銘のフルパワーを振るえる!

 

「さあっ!次はどいつだ!?」

 

 再び、斬撃の雨。

 差別も慈悲もない攻撃は、人と場所を選ばない。

 

「ひっ!や、やめてくれ、こっちに来ないで!」

 それはグレイバックが連れてきたスクイブや落ちこぼれの魔法使い達も、例外ではない。

 ドラコもコルダもハヤトも、躱すので精一杯。

 エミルは機を伺っている。

 彼等を守る者は誰もいない。

 

「た、助けて……」

 

 白い斬撃が、部下の一人に向かっていく。

 構っている余裕など、ない。

 

「…………あ゛ァっ!!!」

 

 けれど、選べなかった。

 それだけは……。

 

「あっ、あんた、何で……………!?」

「グズグズしない!!」

 

 体ずくでスクイブの少女を庇ったコルダ。庇われた方は困惑の声を上げるも、コルダは怒ったようにぴしゃりと言い放った。

 

「次の攻撃が来ます!!もう氷は解除してあるから走れるでしょ!?死にたいんですか!!」

「……!……わ、分かってる……!」

「ならさっさと立つ!他の人達も、早くここから離れなさい!!あの斬撃はかなりの距離を切り裂きますよ!!!」

 

 コルダの怒号で我に帰った者達は、脇目も降らず走り出す。

 ただ数人が、困惑の目でコルダに視線を向けた。

 

「何で、助けてくれるの……?」

「私も最初は、私達の力不足で助けられなかった人達に襲われるなんて……とか、凹みましたけれども!!

 貴方達はただ、深く考えずにグレイバックの儲け話に釣られてやってきた愚か者の集団です!!死喰い人と取引するというのはそういうこと、私の父の方がよほど狡猾に立ち回っていました!!

 自分の命くらい自分で守りなさい!グレイバックが素直に金を渡すと思っていたんですか?逃げる算段の一つも用意してないなんてどういう了見ですか!?そんな有様じゃここから先の人生も強者に搾取され続けることになりますよ!!!」

 

 名も知らぬ少女は、ぐしゃりと顔を歪めた。

 彼女に肩を貸しながら、他の逃げ遅れた者達の安否を確認するコルダ。死傷者は多いが、生き残りはまだほんの僅かにいる。

 少女はコルダの視線の動きを見て、その思考の意味を察した。

 

「…………………ありがとう」

「いいから早くここから……」

 

 がくんっ。

 コルダの右脚から力が抜けて、前のめりに倒れそうになってしまう。踏ん張りが効かなくなった。顔を下ろすと……右脚の指先が、切断されて……!

 

「コルダァ!歳食って美人になったお前をみすみす逃がすわきゃねえだろ!お前はここで殺されろ!!」

「コルダァア──ッ!!!!!」

 

 紙風船みたいに、コルダの身体は吹っ飛んだ。

 脚がくの字に折れ曲がる。口からは泡を吹き、意識が飛びかけた。気道にひと吸いの呼吸を入れて、叫んだ。

 

「兄様!!敵に集中なさい!!

 まだは攻撃終わってない!!!」

「………!!!」

 

 歯を食いしばらなければ、泣いてしまいそうだ。

 狂気の人狼の高笑いはあまりにも耳障りだった。

 

「ん……?ああ、スクイブの女」

「ひっ……」

 

 狼の瞳は氷よりも冷たかった。

 最早、部下の命などどうでもいい。

 ほとんど認識さえしていない。

 所詮は『闇祓い達を相手取る時のサブプラン』『戦いが楽になったらいいな』程度にしか思ってなかったので、期待通りの成果すら上げられなくなるのなら、大して興味さえ湧かなくなった。

 ああ、まだいたんだ。

 そんな感想をかろうじて抱くと、白狼はスクイブを無視してさっさとコルダを追いかけた。

 

「ひゃははははは──ッ」

 

 巨腕で頭蓋を潰してやろう。

 横薙ぎに白い腕を振るわんとして、

 ……ピタリと、止まる。

 

 

 

「────」

「ふしゅぅうううう………」

 

 

 

 サツマ・ハヤトは居合の体勢に入っていた。

 奴はもう、見えていない。だがだからこそ、万全ではないにせよ最上であった。

 二刀の獣が頸を咬み千切らんと、血風舞う戦場の只中で牙を研いでいた。ああ、こいつは獣なのだ。弱肉強食の世界で生きる餓鬼なのだ。ただ一つ獣と違うのは、ハヤトは肉は肉でも『より美味い肉』を求めていること。

 舌が肥えた山犬は、ダラダラと涎を垂らす。

 過去最大級の大捕物、その味に夢想を飛ばして。

 ハヤトを無視した瞬間、最速の居合が飛んで来るのが嫌でも分かった。ここは避けては通れない。

 

「いいぜ……受けて立ってやるよ」

 

 ならばとグレイバックも最速の構えを取った。

 ハヤトの性格上、ここでのブラフはない。

 勝負は一撃で決まる。

 びゅうびゅうと、なおも吹き荒ぶ雪嵐の中、一人と一匹はどちらともなく駆け出した。

 

(俺の全力をぶつける)

 

 ハヤトの脳裏に浮かぶのは、走馬灯か。死を目前にした時、人は記憶を懐古する。命を投げ出して斬らんとする以上、彼がそれを思い返すのは必定であった。

 コージローに勝つために積んだ幾星霜の鍛錬の記憶。

 合戦に勝つために殺すために何でもする武士として、あまりにも愚直に過ぎると言われた剣の記憶。

 

 一撃必殺、捨身のタイ捨流。その亜流。

 文字通りの『死ぬ気の剣術』を基に、我流にて鍛え上げられた、相手が死ぬか己が死ぬるか、という意味での必殺の剣。ハヤトはその全てを、剣を握る手から感覚として思い返す。

 一度だけ、ハヤトは笑った。

 その笑いが何を意味するのか、彼にすらもはや解らない。しかし、死を前にした人間が浮かべる笑みであることは確かだった。

 無我の境地に至った者のみ見せることの出来る笑みでもあった。極限まで集中すれば、目の前の出来事を気にすることは一切無くなる。そうすることで自身の全てを勝利のために発揮することが出来るのだ。

 知恵を、名を、命を、技を、剣を取る腕すらも、思考と沙汰の外に置いてきた。今この瞬間、ハヤトは己自身すらも捨て去っている。

 だから、彼は笑っていた。

 剣を握る意思と技を極めんと欲する心のみを懐に抱いて、心技体が一体となって完成される至高の剣術。それを生み出すためなら、命すら惜しくないのだ。

 

「──居合、二刀」

 

 そうして研ぎ澄まされたハヤトの剣はグレイバックの肉体に吸い付くように疾く振り抜かれる。

 真剣勝負には当然の結末として、その刀身には赤い液体が付着していた。それは紛れも無く、人の血だった。

 

 グレイバックとハヤトの位置は入れ替わっていた。

 

 

 

「…………負けた」

 

 グレイバックの両腕には、深い深い傷が残った。

 

「………クソッタレが、狼野郎」

 

 ハヤトの両腕は、宙を舞っていた。

 

 

 

「……チクショウ……!!」

 

 斬り合いをグレイバックが制した証だった。

 




【現在の状態】
ドラコ:極度の疲労
コルダ:右腕切断、右脚の指切断
チャリタリ:耳切断、胴体切断
エミル:五体満足
ハヤト:失明、両腕切断

聖マンゴ行こう。


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17.色欲のフェンリール・グレイバック Ⅳ

 

 一般家庭出身、世界に通用するほどの飛び抜けた何かを持って生まれた訳ではなかった。

 そんなサツマ・ハヤトが、二本の杖を使える理由。

 それは普通の魔法使いにおける『最も相性が良い杖は一本だけ』というルールが、彼にはたまたま当て嵌まらなかったとしか言いようがない。

 

 彼の初めての杖選びの時……杖を選び終わり、さあ帰ろうという段になって、ガタガタと、襖の奥に仕舞われていた杖がやおら自己主張したのを覚えている。試しに手を取ってみれば、それもまた完璧にハヤトの手に馴染んだ。両親は悩んだ末に、二振りの杖を買い与えた。

 もし一本の杖しか買わなければ、ハヤトは魔法使いとしては普通レベルの、多少不器用なくらいの存在にしかなれなかっただろう。

 

 けれど、結果としてハヤトは二振りの杖に好かれた。

 

 黒檀の木、芯はケルベロスの牙。27センチ、頑固。極めて強力な自我を持ち、己の精神を貫き通す杖。善悪に囚われない。

 

 桜の木、芯はドラゴンの心臓の琴線。26センチ、脆い。極めて破壊的なため自制心が求められる。戦闘以外ではやる気を出さないじゃじゃ馬。

 

 それぞれがハヤトにとって最適、最優の杖だった。

 だが、杖が二本あったとしても、別にハヤト自身の強さが跳ね上がる訳ではない。むしろあまり器用ではないハヤトに、杖を二つ使う修行は困難を極めた。

 だから、彼は剣を極めた。

 魔力を一点に集中させ、研ぎ澄ます魔力の刃。その修行だけを延々と、途方もなく繰り返した。そしていつしか至高の雑種、狂犬ハヤトと呼ばれるに至った。

 

 

 

 

 

──しかし獣は、より強い獣に淘汰される定め。

 

「ぐうッ……!!」

 

 ハヤトの両腕があった場所には、尋常ではないほどの痛みが走る。痛みに耐える訓練をしていた彼だが、グレイバックの悪辣極まりない斬撃は、思わず彼に苦悶の声を上げさせるほどの痛みを与えていたのか?

 そうではない。腕など痛くない。ハヤトが怒っていたのは己自身。鍛錬が足りていなかった。その悔しさに、知らず声を上げてしまっていた。

 

 必殺の居合剣術は、この時をもって失われた。

 杖を握りしめた拳は、くるくると宙を舞っていた。

 

「痛ッ……てェエエエな!ガキがよ、紅い力を持ってる訳でもねえのによ……!ムカつくが誇っていいぜ、俺にこれだけの手傷を負わせるとはな!」

 

 奥歯を噛み締めるハヤトとは逆に、グレイバックは勝ちを確信したような声を上げていた。

 それも当然だろう。

 グレイバックとハヤトの一騎討ちは、グレイバックの方に軍配が上がったのだから。

 

「まあ、種族と経験の差ってやつ?お前も大概の死線を越えてきたんだろうが、それは俺も同じ。

 だが俺にはこの至高の肉体と、紅い力がある。帝王様からいただいた、ありがた〜い力がな。紅い力は魔力の他にも身体能力を高める効果もあるんだが、俺の場合、魔力はほとんど上がらずに肉体強化がメインなんだよ。

 オスカーはすり抜ける能力に与えられた魔力の殆どを使ってたが、やっぱシンプルなのが一番いいよなァ。

 ごちゃごちゃ考えるのは性に合わねえ……お前もそう思うだろ?なあ──…」

 

 くるりと振り返ったグレイバックは、そこで、思いもよらぬ光景を目の当たりにした。

 

──がぶり。

 

 宙に舞っていた左腕。落ちてきたそれをハヤトは口に据えて咥え込み、魔力を流した。

 桜の杖は、再び鈍い光を放ち始める。そして矢のような速さで、グレイバックの土手っ腹に剣をブッ刺した!

 

「なッ!!!?????がっ、ぎゃあああああ!!!」

 

 完全に油断し切っていたグレイバックは、それを無防備にも食らってしまう。これまでのささやかなダメージなど非にならない、正真正銘、運命を分かつ一撃!

 

「なんッ、何、何をしやがるんだテメェ!!!

 自分の腕を噛んで!?!?イカれてんのかァ!?」

ああぁらひはれほふ(ハナからイカれとる)……

 へんへまへへほ(剣で負けても)……

 ひふはにははふ(戦には勝つ)……」

 

 もう、正気ではない。理性は捨てている。

 狂奔の執念に臆するグレイバック。有り得ない、俺は何と戦っているんだ?バケモノとして暴虐の限りを尽くしてきた夜の王は、正気を捨て去った怪物の姿を目の当たりにした。

 

 

 

「ぶっ……ころひて……やっど………!!!!」

 

 

 

 殺意の波動が確かに聞こえた。

 頭がおかしい。何がおかしいって、こいつはここまで追い詰められても尚、『殺し合いを愉しんでいる』。

 ハヤトはヤケクソになっているのではない。

 ただただ合理的に、殺しに来ている。

 それが気持ち悪い。こんな奴は今までいなかった。ハヤトは今や死に体だ。ただの屍が何故、どういう理屈で元気に動き回ってる?

 

「おっ…お前バカがァ!!いい加減にしろォ!!俺は俺好みの連中で遊んでそこそこのスリルを味わって生きてたいだけだァ!!死にてえ訳じゃねえ!!!お前みたいなのは迷惑なんだよォ!!!不細工があ!!!!」

「んんんんんんんん!!!!!!」

 

 もはや言葉まで失くしたか。

 相手をするだけ無意味だ。そうだ、自分は人狼だ。たかが人間の悪足掻きごとき、どうってことない。傷は深いが治せる深さだ!

 グレイバックは、ハヤトの身体をどかそうとして。

 

「ぐぅるるるるぅあああああ!!!!」

「なっ………」

 

──人狼に完全に変身したコルダが、巨大な氷柱を手に突っ込んで……!

 ぶちゅり。肉の破ける音。歪な醜い獣の振るう氷の槍が、白毛に鮮血を落とした。

 

「があああああああっ!!!

 コルダ!!!!???邪魔すんなお前ェ!!!

 もう十分遊んでやったろうが!!!」

「ヴァ……ダ……しハ……ゔぁるフォイ……け……の、娘ダ……!!」

 

 彼女の望みはもう叶わない。

 貴族の娘の務め(世継ぎを産む)は望むべくもない。

 コルダの密やかな夢も、務めも、破れてしまったのならば。あとはもう──マルフォイ家に恥じぬ行いしか、することがない。

 誇り高く、生きるべしと。

 

「逃がサナイ……この好機ハ……

 お前ハ……何処ニモ……行けナイ……!」

「お前もイカれてんのかァ!?どいつもこいつも!!

 痛ッ、痛え!!離せバカども!!!離せ!!!!」

「おん、コルダ……死出の道行き、付き合ってやっど」

 

(ま……まずい!)

 グレイバックは限りなく頂点に近い生物、その身一つであらゆる生物を蹂躙できる孤高の王者。けれどもその肉体を抑え込んでいるのは、剣を内臓の奥まで差し込んだ狂気の戰人(いくさびと)と、人狼の弱点たる氷をぶち込んだもう一人の人狼だ。

 至高の人狼は、ずるずると歩みを進めるくらいしかできない。抵抗する力が奪われている。

 

(コルダ、こいつ、長い間氷魔法を使っていたせいで、氷に対する耐性が俺より高いのか!?辛うじてだが……!

 やべえ、ここにいるのはやべえ!力が抜ける!)

「逃ゲ……る……ナ、卑怯者……!!!」

「うるせえ黙れ離せ──

 

──はっ?????」

 

 浮かぶ疑問符が、いくらあっても足りない事態。

 チャリタリの死体が動いていた。

 

「なっ……何してんだお前」

 

 チャリタリは答えない。その顔は能面の様で、答えは期待できそうになかった。コルダとハヤトも、グレイバックを抑えるのに夢中で、チャリタリの異常には気付けていなさそうだった。

 何故だ?何故だ!?殺したはずだろう!何故、チャリタリは動ける?胴を切断されているのに!?

 這いずるようにして、彼女の上半身が、グレイバックの方へと走ってくる。悍ましい。訳が分からない!

 

 グレイバックは知る由もないが、ほぼ同じ頃、ピーター・ペティグリューもまた、不完全ながらも死からの脱却を果たしていた。

 だがチャリタリのはそれとは違う。グレイバックは本能でそれを悟った。

 いや、違う気がする、と言うだけだが……。

 何というかアレは……生物とか死体とか、そういう肉体の範疇にない気がする。

 分からない。アレは本当にチャリタリなのか?

 いや、アレは……人間なのか!?

 

「寄るんじゃねェーッ!!!!!」

 

 グレイバックの叫びを無視して、チャリタリはグレイバックの首に絡みついた。それは恋人にキスをする娘のようでいて、獲物を絡め取る食虫植物のようでいて。

 恐懼を打ち払わんと咆哮を上げるけれども、チャリタリの死体のようなものは、止まらない。

 止まって、くれない。

 

「ガキどもがぁああああああ離せええええ!!!!」

 

 火事場の馬鹿力、とでも言うべきか。

 勝負の帰趨だとか、そういったものが頭から立ち消えて、ただ裂帛の雄叫びと胸を張り裂けんばかりの眼前の脅威を滅するという危機意識が、白狼の底力をこれ以上ないくらいに引き出した。

 大きく弧を描くように回り、へばりつく二つの邪魔者を振り払う。突き刺さっていた杖はからんと音を立てて床に転がった。尚も胸を締め付ける氷の温度は、気にならなくなっていた。

 

(死ねッ!!!)

 

 怪物──もはやそう形容するしか他にない。恐怖を切り裂かんとしたグレイバックの放った斬撃波は、これ以上ない怪音を発しながら直進した。

 物理法則が、一人の男の前に断末魔を上げる。燃え上がらんまでの四肢が唸り、常識を屈服させる。

 グレイバックは右手屈筋、左手屈筋、橈骨筋、回内筋──身に積んだ魔力と筋力に全てを託した。凶器として練磨された肉体が、極限の集中力でもって切り裂いた。

 壊れた腕が悲鳴を上げたが、無視する。

 

──水でも流れたような、滑らかな音。

 限度を超えた速度の斬撃は、しかしドラコの持つスリザリンの剣の前には、紙屑を払うよりも簡単に受け流されてしまう。

 

「──ごめん、コルダ……お前の言う通りなんだろう。

 僕はスリザリンに入るより前にお前の兄ちゃんになったけれど……それよりもっと前に……僕はマルフォイ家に生まれたから……!」

 

 だから、誇りのために動いた。

 コルダを、止めなかった。

 青年の述懐を気にも止めず、白狼は駆け出した。グレイバックは自身の技巧に信頼はあっても誇りはない。

 彼は逃げた。斬撃を目眩しに逃げ出した。

 冷酷なる鬼気は未だあれど、グレイバックは、更なる殺戮のために逃走を選択し、旋風を上げながら、地平線の彼方まで疾走せんとする。

 

(何だったんだ、ふざけんじゃねえ、馬鹿どもが。だがまあいい逃げれば勝ちだ仕事はした俺は勝った俺は)

 

 思考の渦に囚われていた時にはもう、遠く離れた物陰で全ての成り行きを見守っていたエミル・ガードナーが既に、引き鉄という名の魔弾の最後の構築式を、静かに引き絞っていた。

 今まで弾丸を“曲げて”直撃させていたエミルだが、戦いの終わりを予感した彼はグレイバックの逃走経路を予測して、弾丸が直進できる位置に陣取っていた。思考が散漫になっており、また、逃げることではなく走ることにのみ神経を注いでいたグレイバックにとって、エミルの魔弾はまさしく死を運ぶ風に他ならない。

 弾丸はグレイバックの疵口を貫いて食い破り、ゴロゴロと無様に転がった。

 

「エェェェェエエエエミィルゥゥウウウウウ!!!!」

 

 チャリタリの上半身はいつの間にやら、グレイバックの背後に立っていた。体温を失った筈の肉体からは、猟奇的な色気を感じさせた。男を惑わせるはずのそれが、痛みに悶えるグレイバックにとって、甘美な死の誘いのように感じられた。

 この苦しみに悶えながらずるずると逃げるのは、たとえそれが僅かな一瞬であろうとも、残酷なまでに長く感じられたであろうから。

 

 とん──細く長い指が狼の背中をなぞった。

 もはや咎を与えられるだけの身となった狼はゆっくりと振り向く。艶やかな邪さを秘めた蒼い瞳が、獣の狼狽を映していた。

 

「なにを──」

 

 言葉になるより前に、指が動いていく。

 とんとんとん──二度三度と繰り返し、やがてその腕は狼の毛皮に深く埋もれた。淡い金髪が揺れる。女はわずかに目を細め、細く息を吐く。女の体温を感じる。ただそれだけのことで、狼の心は平静を奪われる。鼓動が早鐘を打ち始めるのを自覚していた。

 

「不滅のサンスベリア

 慈愛のサンビタリア

 あなたを永久に思いましょう」

 

 やがて(むすめ)は呟いた。

 静かな声だった。

 それは美しい調べ(ハーモニー)のような響きを持ち、同時に心臓を突き刺す(どく)のようでもあった。

 その顔を見たとき、狼はなにかを言おうと口を開きかけたけれども──怨念の叫びさえ出なかった。獣は低く喉を鳴らすことしかできなかった。

 

「『復讐のクアドリフォーリョ』」

 

 ──頁を捲るようにそれは開いて、

  ──本を綴じるようにそれは閉じた。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「……何だここ」

 

 疑問を乗せた声色が空気を震わせる。

 グレイバックがいたのは、大樹のうろの中のような、花と苔がビッシリと生えた黄緑色の空間だった。

 空間は円形に広がっており、壁は分厚い蔦で覆われている。天井からはぽつぽつと無数の光の球体が蛍のように輝いており、周りを柔らかく照らしていた。

 辺りには人の気配はない。

 誰もいない植物の空間の中で、グレイバックは焦るどころか、戦いの緊張感から解放されて心地良ささえ覚えていた。

 

「訳わっかんねえ……」

 

 先程までのことは、鮮明に思い出せる。

 チャリタリの手が触れて、金縛りに遭ったことも。

 そして──、 と、そこまで思い出したところでグレイバックは頭を搔きむしった。

 気が付いたらこの場所にいた。そのようにしか説明のしようがない、という事実に気付き、グレイバックは舌打ちをするほかなかった。

 

「訳わかんねえのはこの身体もだ……

 何で治ってる?吸血鬼じゃねえんだから、あれだけの深手はそう簡単には治らねえ筈だが」

 

 コキコキと首を動かす。コンディションは万全で、擦り傷一つない身体。あの暗黒の城で戦闘していた時よりも調子が良いのを感じる。

 先程までの激戦が夢だったかのようだ。いや……夢見心地なのはこの世界の方か?

 

「ここはアタシが創り上げた罠魔法の中だよ」

「ッ!?」

 

 声のした方に振り返る。チャリタリが苔の生えた岩の上に腰掛けていた。母親に絵本を読み聞かせてもらっている童女のような穏やかな表情だった。

 いや……どこから現れた?

 遮蔽物の存在しないこの不思議な空間に、隠れる場所などありはしない。だと言うのに彼女は、グレイバックの鋭敏な鼻にも耳にも感じ取られることなく、突然その場所に現れた。

 

「さっきアタシはアンタに罠魔法を使ったんだ。

 人生を懸けた大魔術……効くかどうかは正直不安だったけど、上手く行ったみたいでよかった」

 

 ハッと気配がして振り返る。そこにもなんとチャリタリの姿があった。先程彼女が座っていた場所を見るも、影も形ももない。

 そうして周囲をキョロキョロと見回すグレイバックを見て、チャリタリがクスクスと笑う。

 グレイバックの背筋に冷ややかなものが走る。

 チャリタリはそんなグレイバックの姿を見て、まるで幼い子供に言い聞かせるように語り出す。

 

「ええと、そうだな。何から話そうかな。

 だから、まあ、えぇっとね?大前提として、アンタはもう逃げられない。永遠にこの植物の牢獄からは脱出できない」

「ふざけんなッ!」

 

 剛腕を振るって斬撃を発生させる。チャリタリの女体は容易く切り裂かれ、ぽすりと花畑の中に落ちる。

 

「アタシはこの罠と同化しているから、いくら攻撃しても無駄だよ」

「………!?」

 

 振り向くと、そこにもまたチャリタリがいた。

 また別の方向に振り向く。またそこにも。

 何度も何度も、グレイバックはチャリタリの身体を細切れにした。だがその度、彼女は別の場所に出現し、また語り始めるのだ。

 

「ここにいるのはアンタとアタシの二人だけ。ここにいる間はずっと殺人もできないし、アタシ以外の誰かと会うこともできない」

 

 自分の頭がおかしくなったとしか思えない光景だった。この空間を創り出した罠魔法?そんなものが実在するのか?もし仮に実在するとしても、存在するだけでこの女が使えるとは到底思えないのだが……。

 いやそもそも……何でこいつは憎き復讐相手とこんなに楽しそうに喋っているんだ?そもそもこの空間は何なんだ?こいつが言っていることは真実なのか?罠魔法? 混乱から立ち直れないグレイバックに、チャリタリは言葉を畳み掛ける。

 

「何で無限か、って言うとね。

 正確にはこの罠魔法は相手を約五十年ほど封じ込める魔法なんだ。創設者サマじゃないから、千年も残り続ける魔法なんて使えないからね。このくらいが限度。

 だからアタシはこの罠にとある仕掛けを施したんだ」

「………仕掛けだぁ?」

「アンタの意識を恐ろしく鋭敏にする魔法」

 

 疑問符が浮かぶ。鋭敏にするとはどういうことか。こうして話している分には何の影響もないし、試しに身体を動かしてみても、特別何か変なことが起きたような気はしない。

 

「そうだろうね。アンタの身体には、常時癒しの魔法がかかっている状態。本来感じる筈の痛みも苦しみもなくなっている。痛みを感じるより先に治ってるんだ」

「…………馬鹿な」

「身体の傷、治ってるでしょう?」

 

 ぞくりと、心臓を触られたような気持ち悪さ。

 グレイバックの焦りを知ってか知らずか、チャリタリは言葉を紡いだ。もう完全に彼女のペースだった。

 

「アンタは過去最高に素晴らしく心地良い、程良い体温と脈拍を繰り返し、疲労のないリラックスした状態。傷を負うこともない、充足して満ち足りた肉体だよ。

 ただしその代わり、この罠自体もアンタと同じ状態になる。五〇年の間は枯れないし、切り裂いても修復されるし、そもそもアンタが動けば壁や床の位置も移動するように設定してあるから、生きてる間にこの世界から脱出するのはまぁ〜無理だろうね」

「五〇年だと……」

「まあ、癒しの魔法の影響で老けないと思うから、そこは安心していいよ」

 

 五〇年。

 それだけの時間、ここで過ごせというのか。

 

(一か月やそこらならまだしも、五〇年だぞ?五〇年もの間この何もない空間で過ごせってのか? ……無理だ。少なくとも俺には無理だ。絶対に耐えられねえ。

 俺は死ぬのはゴメンだがよ、それなりに刺激のある人生ではあって欲しいんだよ!)

 

 グレイバックは脳の血管がはち切れそうなほど思考を巡らせて考える。チャリタリの言っていることを信用するかは別にして、それでもどうにかして脱出しなければならないと思ったからだ。

 チャリタリはそんなグレイバックを見て、にこにこと微笑みを落としていた。

 

「イカレ女が……!だが、ははっ、良い機会だぜ。ここには俺とお前の二人きりなんだろ?思う存分お前で楽しませてもらおうじゃねえの!」

 

 グレイバックはチャリタリを押し倒し、そして、その情欲のままに蹂躙してやろうと考えた。…だが、身体の異変に気付く。これほど良い女を前にして、全くと言っていいほど性欲が湧かないのだ。

 そのことに気付いてしまったグレイバックの脳裏に、一つの嫌な結論が浮かぶ。そしてそれが正解だと確信できるような直感があった。

 それは……つまり……。そういうこと、なのか。

 チャリタリがにこやかに告げる。

 恐ろしい事実を告げるように淡々とした口調だった。

 まるで幼子に物事を教えるように優しい声音だった。

 

「満ち足りた空間だからね。子孫を残す必要性さえ感じられないんじゃない?」

「テメェ、俺の愉しみを奪いやがったな!?」

「まあ、良かったんじゃない?これ以上罪を重ねずに済んでさ。あ、ちなみに睡眠も不可能で──」

「────ッ」

 

 チャリタリの首を折る。

 僅かに感じた筈の生の感触はなく、美しい褐色肌の女性の肉体は、メイプルの葉の束へと変わっていた。

 手に残る葉を握りしめて、地面を叩く。そのまま視線を上げると、やはり五体満足なチャリタリの姿。

 チャリタリを殺せば罠魔法が解除されるのではないか。そんな期待を密やかに込めていたのだが、どうやら裏切られてしまったらしい。

 

「クソ……クソが!!!そんなに俺に復讐したかったのかよお前は!!??お前も五十年ここに閉じ込められるんだぞ!?イカれてんだろうが!!!」

「……んー?あー、と。違う違う。

 うん、やっぱり話が下手だなアタシは。ようやく来た復讐の時間に舞い上がってるのかな?五十年っていうのは外から観測した時の話ね」

「何の話だよ!?」

「さっき感覚を鋭敏にする魔法をかけた、って説明したでしょう?より詳しく説明するとね、アンタは今、周りのものが超スローモーションに見えちゃうくらい早く動ける状態なんだ。アタシは例外だけど」

「それがどうしたってんだ!!!?」

「周りがスローに見えるくらい早く動けるってことは、時間の流れも遅く感じられる状態ってこと。今アンタと数分くらい問答したけれど、外の時計だと一分も経ってないんじゃないかな」

「………はぁ!?」

 

 それが意味するところは、つまり。

 

「うん。アンタとアタシは魔法が解ける五〇年の間を、時間の流れが遅く感じられる状態で過ごす。

 まあでも大体……感覚的には九九九九年くらいかな?何もない空間で退屈だろうけど、よろしくね」

「……………」

 

 やばい。

 この女は頭がおかしい。

 今まで出会ったどの女とも違う。狂ってる。

 オスカーと会った時でさえ、こんな、ここまでの感情を抱いたことはなかった。

 話すだけ無駄──いや、本音を言うともう、こいつの顔を見たくなかった。反射的に腕を振り──そして、彼女はあっさりと切り裂かれてまた細切れになった。

 数瞬置いて身体がくっつく。ただし傷はない。ただその不気味なまでに清々しく神々しい笑顔だけは変わらずにあるので、グレイバックは思わず膝をつく。そうして青ざめた顔でチャリタリを見上げた。

 彼女はグレイバックを見て、可笑しくて仕方ないとでも言うようにくつくつと笑っていた。

 

「ぅ、ぅううう、ぅうぁぁっあああああ!!!!」

 

 滅茶苦茶に爪を振り回した。チャリタリがこの世からいなくなればいいと思った。けれど、彼女はすぐに元に戻って、変わらぬ笑顔を浮かべるのだ。

 

「そんな馬鹿な話があるか!!!

 そうだ、魔力だ。魔力の問題はどうする?俺でさえこの牢獄は壊せない、それだけの再生力を持つと、お前さっきそう言ったよな!

 五〇年間、それほどの再生力を持たせる魔法なんてある訳がねえ、そうだろうが!?あ!?違うか!?」

「答えはこれね」

 

 チャリタリが右手を差し出すと、手元に落ち葉が集まってゆき、棒状に固まったかと思えば、それは見間違うこともない美しき剣の姿に変化していた。

 

「ヘルガ・ハッフルパフ様の剣。流石は創設者サマ達の剣だね、ドラコの剣捌きを見てて思っていたけれど。

 この剣の能力は回復と再生と癒しを与える能力。ハッフルパフ様らしい力だよね。その癒しの力をこの罠に使わせてもらったんだ。だから、アンタもこの罠もほぼ無制限に再生できる。

 正直こんなアタシに適合するか不安だったけど、剣を扱うための条件が他と違うのかな?こんな荒唐無稽な復讐に付き合ってくれて良かったよ」

「…………、………」

「それでも、アタシも道連れになる、アンタが傷つかない、五〇年の期限付き、とかの条件を組み込まなきゃいけなかったけれど。

 ……いい具合に絶望してくれて良かった」

 

 あらゆる情報が露わになっていく程に、グレイバックの顔から余裕が失われていく。有り得ない、という否定の言葉は先刻の先頭の記憶の前に立ち消えた。物理法則さえも捻じ曲げて放たれた必殺の斬撃波は、その刃の鋒を幾度となく歪められていた。

 

「ちなみにハッフルパフ様の剣を使ったのはほんの僅かな時間だけで、あの剣はもう手元(ここ)にはないよ。また誰か適合する人のところに行くんじゃないかな」

「お前はいいのかよッ!?殺したいほど憎いんだろ、俺のことがよォ!俺を殺せるチャンスだろうが!!!何でこんなことをする!?何で自分もろともこんな所に、何千年も、復讐相手と一緒に!!!」

「……うーん。何でかって言われると、難しいな。説明が難しいってより、単純に理解してもらえないような話なんだけどね……、」

 

 

 

 

 

「アタシの姉さんが殺された日から、復讐のことばかり考えすぎて頭がおかしくなっちゃったんだと思う。

 ……それとも元からこんな女なのかな。もうよく分かんないけどさ」

 

「どうやって復讐してやろうか、そんなことばかり考えていく内に、何だかその日が待ち遠しくなってきちゃってね。人生で一番特別な日にしよう、なんて思ったりもしてさ」

 

「……そんなこと考えてたら、ふと、思っちゃったんだよね。殺すのは一瞬で、一回こっきりな訳じゃんか。それって何だか……大丈夫なのかなって。

 アタシは、復讐を捨てた自分を想像できなかった、というか」

 

「変だよね?もうあの人の声も、顔も、仕草もほとんど朧げになっちゃったっていうのに、復讐だけはずっとやりたかったんだもんね」

 

「ああうん、そうなの。アタシ、クリシュナ姉さんの真似をしているけれど、全然似てないんだって。さっさとやめた方がいいって、前にエミルにそう言われたんだ」

 

「アルバムをめくってみたけれど、本当だね。アタシはベリーショートだけど、あの人の髪は肩くらいまであったし、言葉遣いももうちょっと男勝りだった」

 

「そのくせ、鏡には復讐してる姿が見えちゃうし」

 

「そうそう!みぞの鏡!賢者の石騒動の時にちょっと触らせてもらったけどさー、あれさー、身内を殺された人なんかはその家族の姿が映るんだって!

 でもアタシの場合は、靄のかかった人物を苦しめてる姿だったんだよ。それが“のぞみ”だったんだ。アンタが復讐相手だと分かった後にもう一度鏡を覗いてみたら、靄は晴れて、アンタが苦しんでる姿が映ってた」

 

「……復讐(それ)以外のことがさ、もうないんだ」

 

「なんかもう、いいかなって」

 

「人生の全てを復讐に費やしても、全然いいやって」

 

「発狂も、悟りもできないまま苦しめられる人を特等席で何千年も眺めてられるなんて、最高かなって」

 

「そんな風に思ったんだよね」

 

 

 

 

 

「あとね、挑発は無駄だよ。この魔法を解除するの、アタシにも無理なの」

 

 

 

 

 

 告げられた桁違いの数に、未だ実感が湧かなかった。

 けれどじわじわと蝕んでくる絶望感に、グレイバックは訳も分からず逃げ出した。アテはない。逃げ出せる訳もなかろうが、“それ”と“これ”は全然違う話だ。

 

 体感時間にして一日、彼は走り続けた。

 飲まず食わずでそれだけの時間を走れたのは、当然ながら初めてのことだった。

 だが、どこまで走っても地平線の先は見えないし、何かの影を目の端に捉えたと思えば、それはチャリタリの姿だった。

 

 体感時間にして三日、彼は地面を掘り続けた。

 地面は思ったよりも柔らかく、容易く侵入を許した。埋もれるようにして中に入るが、行き着いた先は天井であり──グレイバックは同じ所をぐるぐるとループさせられているだけだと突きつけられた。

 

 体感時間にして七日、彼は殺し続けた。

 花を摘むよりも殺しの実感がなかった。

 途中で空間ごと切り裂かんとしたけれども、斬撃が地平の先に消えていった。

 

 体感時間にして十日、彼は懺悔し続けた。

 赦しを乞うた。泣き叫んだ。

 しかしチャリタリは聞いているのかいないのか、ただいつもと変わらない笑みを浮かべるだけだった。

 

 

 

 

 

(何で?俺、死ねねえのか?生きるしかねえのか?こんなところでずっと?何もないところで、飯も食えず水も飲めず殺しもできず、イカレ女とずっと過ごすのか?向こう一万年近くも?嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、ふざけんじゃねえよクソバカが──……)

 

 

 

 

 

「こんな所を誰かが見たらさ、凶悪犯罪者とはいえ流石にやり過ぎなんじゃ……って感じる人もいると思う」

 

「でも当時の私にとってクリシュナ姉さんは、多分、生きる意味って言うのかな……宇宙みたいな存在というか、世界そのものだったっていうか……

 そんな存在を壊したアンタは、やっぱり、このくらいの仕打ちで丁度良いっていうか……

 うん……やっぱり、おかしいんだろうね、アタシ」

 

 

 

「まぁ……そんな女に目を付けられたのが、運の尽きだったね。フェンリール・グレイバック」

 

 

 

「嫌だああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 グレイバックは永劫囚われ続けた。

 

 彼女は笑う。

 

 無限の苦痛と、永遠の牢獄の中で。

 

 時は動き出す。

 

 彼女を置き去りにしたまま。

 

 

 




フェンリール・グレイバック
チャリタリ・テナ

以上二名を封印とする。


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18.あなたを想う

 

「大嫌いなアイツに復讐したい!最低な狼野郎に痛い目を見せてやりたい!そんなあなたにオススメなのが、入れ替わりトリックを利用した復讐方法です!さあ一緒に復讐をはじめましょー!」

 

 こつこつ。靴音は乾いていた。

 

「まずは動物もどき(アニメーガス)でハリネズミになりましょう。

 丸っこくて可愛らしくて、トゲトゲがイカした何ともファンキーな生き物です。最高ですね。ちょっと細工してやれば、周りからは守護霊とか使い魔に思われます」

 

 こつこつ。エミルは歩いた。

 

「んで次は、人間の自分の用意です。秘密の部屋騒動の時にトム・リドルが作らせた人形を参考に、同じものを作っておきましょう。

 ちょっと面倒ですが金と時間があれば簡単です!」

 

 こつこつ。ポケットに手を突っ込み、頭を掻く。

 

「最後にハリネズミくんが肩に乗って操ってやれば、皆さん人形のことをあなただと勘違いします。そんで人形の方を殺そうとするってワケ。苦労して肩に乗ってる方をぶっ殺すより、そっちのが早いしね」

 

 こつこつ。声色はどこか、から回っていた。

 

「人形には格別の罠を。あなたの人生をかけたものを。

 だけど焦っちゃダメ、絶対抜け出せないって確信が持てるまで使わないで。一回こっきりなんだから。

 最高のタイミングで、とびっきりをあげましょう」

 

 

 

 こつこつ。

 円環の樹の前で、エミルは止まった。

 

 

 

「……ねえチャリタリ、復讐(それ)、楽しかった?」

 

 人一人入れそうな、大きな大きな繭。乾いた樹木のような質感のそれに触れる。この中に、果てのない空間が広がっているなど、まるで思いもよらない。

 この中にいるのだ、チャリタリとグレイバックは。

──彼女は自分より、復讐を取った。

 笑えてくる。そして冗談じゃない。こんなのが彼女の望んだハッピーエンド?馬鹿げているにも程がある。

 

──この世でもっとも素晴らしく強大な力、それは愛。

 

 ダンブルドアの言っていたことが何となく分かった。

 チャリタリは、彼女の愛の矛先を、グレイバックに向けたのだ。自分の人生を一人の男のために捧げ、死ぬその時まで共に過ごす。それが愛でなくて何なのだ。

 憎しみ、妬み、僻み、そういったものが一周回って彼女を駆り立てる情熱へと変じたのだろう。言うなれば、家族愛や友愛に連なる……“仇愛(かたきあい)”と言うべきか。

 

 ……だからって、愛した対象以外を切り捨てるなんて生き方は虫と同じだ。一つの愛のために、他の愛を踏み躙るなんて行為は、いくら一つの愛が美しくとも、よからぬことだろう。

 かつて一つの愛にのみ殉じた者達がいた。

 復活したグリンデルバルド、オスカー、そしてかつてのスネイプ。その者達は美しくも、歪んでいた。

 

「ダメだったんですかねえ、普通に殺すのじゃ。

 普通に殺してスッキリして、失った日々や人生はあるけれどこれからは楽しく生きようぜって、ちょっと適当だけどそれなりに上手くやってさ。ジジイババアになるまで生きてさあ。

 生きるのがしんどいならさあ、しんどくさせる奴を端から端までぶっ殺して、それでもしんどかったら自殺くらい付き合ったのに。

 ずるいですよねー、一人で行っちゃうんだから!そこに引き篭もった状態でも給料は出るんでしょ?うわー、タチ悪っ。いや流石にクビかな?」

 

 ……それとも、ハナから誰でも良かったのか。

 彼女は生まれた時から加虐的な攻撃性の持ち主で、誰か正当に攻撃できる相手を探していたとか。

 だから、別に死んでもいいグレイバックと、一生を添い遂げることを選んだ?……胸糞悪い。

 魔性の女め。誰でもよかったなら、僕でよかったろ。

 

「君が次出てくる時には、おじいちゃんになっちゃってるんですよ、僕。分かってるんですかねこの馬鹿は」

 

 溜め息をついて、木の繭を引っ掻く。

「…………?」

 落とした視線の先に、手紙があった。

 それを拾い上げる。この筆跡は、チャリタリのもの。

 

「…………、…………。

 ガラにもねぇこと書きやがって……」

 

 綴られた言葉を飲み込んで、ようやく、エミルは重たい息を吐き出した。狂おしくはないけれど、確かに美しいと呼べる(もの)を、握りしめた。誰かに取られてしまわぬよう、強く強く握りしめて。

 

 じゃり、とハヤトの遺体の前に立つ。

 生命力に溢れていた肌は青白くなっており、常に見た物全てを貫いてきた眼光は、その輝きを失っていた。

 

「一応、死体保護の呪術をかけたけれど、いざという時は置いていくからね。ごめん。僕達の国で戦ってくれてありがとう」

 

 ハヤトの頭部に手を置き、目と口を閉じさせる。そして、死体の前でそっと両の掌を合わせた。ハヤトの国の弔い方らしい。

 彼とは結局一言も会話をしたことはなかったが、敬意を払うに値する人物だった。ポケットにしまった杖にわずかな重みを感じる。戦う理由が増えたのか。

 

「この戦争(いくさ)は必ず勝つ。

 あの世に届くくらいの名声を届けさせるよ」

 

 ハヤトのごつごつした手を握り、掴む。彼は常に万力のような力で杖を振るっていたから、だろうか。

 ハヤトの拳は未だ熱かった。

 ぎゅう、と拳の中で、温度を反芻した。

 

 

 

「コルダも……、……!」

「お…………ぃ…………ぁま………………」

 

 呪術をかけようとして、彼女の眼球が未だに輝き、揺蕩っているのをエミルは見逃さなかった。サッと心臓に耳を当てる。……遅く、小さい。それに氷魔法が解け始めて、傷口の出血がどんどん酷くなっている。

 彼女の身長は平均よりも少し低い。止血したところで失血死は免れない。ベガがいても多分どうにもならかったろうし、最良でも重たい後遺症は残るだろう。

 右手切断、右脚の指切断、脚はくの字に曲がり、改めて見ても酷い状態だ。

 コルダは死ぬ。

 むしろエミルは、そうまでして気力の糸を保とうとしている彼女の意図を探った。

 

(……って、分かり切ってるか)

「ごめん。君に気付くのが遅れました。ドラコの所に行きたいんですよね?いいよ、行こう」

「…………ぁ…………」

「ドラコに言ってやってください」

 

 ドラコは床の上で横になっていた。気を失っているのか、眠っているのかさえ、判別がつかなかった。

 スリザリンの剣の影響だろう。グレイバックの絶え間ない斬撃を、彼に最も近い位置で浴び続けていたドラコは幾度となくその力を使った。その皺寄せが来たのだ。

 随分と軽くなったコルダをドラコの隣に優しく寝かせてやる。彼女のかさついた唇は僅かに微笑み、瞳からは涙が一筋溢れた。

 

 ドラコとコルダは隣り合うように寝転がっていた。

 

「ぉ………にぃ…………、さま…………

 無事で…………良かった…………」

 

 心から、コルダはそう思った。

 敵討ちが済んで、最初に思いつくことが、結局のところドラコの安否だった。そういう女だった。

 

 ドラコは解放されたように眠っていた。長い睫毛。プラチナブロンドの、よく手入れされた髪がふわりと広がって、眠り姫のよう。口から漏れる息は細いが、自分と違って確かなものだ。

 

 もしあの世に持っていけるなら、彼のこのかんばせの記憶だけは持っていきたい。

 怖いのは、死ぬことでも忘却されることでもない。生命活動を止めた時、果たして自分が自分でいられるかどうか。コルダ・マルフォイでいられるかだった。

 

「ぁ……り……が…………とう……ぉにぃ、さま……

 …………私を…………愛してくれて…………」

 

 口を衝いて出た呼びかけは、愛に溢れていた。

 狼の姿からは、とっくに戻っていた。

 あの醜い姿ではなく、一人の少女として語り掛けられることに、幸せさえ感じていた。

 凍空ばかりの心の中に、どんなに小さくても灯りを灯してくれたひと。あたたかった。うれしかった。

 

「三つ………編み…………してくれて…………」

 

 頭の芯が痺れたような心地だからか、くらくらと、あれだけ秘めていた想いが流れゆく。黎明に染まった透明な空気の中で、光が色を放っていた。

 血はもう流れ出ているのに、どうしてだか、コルダは胸奥で熱を放つ何かを感じていた。それは、幾許もなく活動を止めていた筈の心臓を動かしていた。

 彼によくしてもらえたこと、愛してくれたこと、それがどうしようもなく、嬉しかった。

 

「………ほん、とうに………」

 

 二人を祝福するように柔らかな風が吹く。

 魔法が解ける。

 プラチナブロンドの三つ編みは、はらりと解けた。

 

 

 

「…………すき」

 

 

 

 ドラコは目を覚ます。/コルダは眠りにつく。

 

 瞼が上がる。/瞼が下がる。

 

 瞼を開ける。/瞼を閉じる。

 

 息を吸う。/息を吐き切る。

 

 視線が交錯したのは、ほんの一瞬のこと。

 けれどその刹那は、永遠だった。

 

 息が合わさる。そして、止まる。

 

「ぁ」

 

 意味さえ持たぬまま、温度を共有する。光が交わる。

 それだけで、ドラコは全てを悟った。けれど、受け入れるにはあまりに短かった。

 

──いいんですよ、忘れないでいてくれたらそれで。

 

──報われなくていい。あなたが生きてくれるなら。

 

 

 

 翡翠の風は、コルダを連れて行った。

 

 

 

「コルダ?」

 

 後に残されたのは、二人ぽっち。

 ドラコとエミルとが、残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこまで遠くまで来たかわからないけれど、

 ひたすら貴方に会いたくて、行く当てなく彷徨った。

 

「……お父様?」

「…………コルダ。どう、だった?

 ここまで来るのに、辛くなかったか?」

 

 知らない間に、暖かい場所に来ていた。

 見えない場所で、雪を見ている。

 

「──ええ、辛いことばかりでしたが……

 それでも胸を張って言えます!」

 

 

 

「コルダは幸せ者でした!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コルダ!!!コルダ!!!!目を開けてくれ!!!!コルダ!!!お願いだ、頼む、僕が治してやるから、生き永らえてくれ、起きてくれ、頼む、頼むから!!!

 こんなのが最後なんて……!!!コルダ、」

 

「ドラコ君。まだ、終わってない」

 

「──例のあの人(ヴォルデモート)が残ってる」

 




コルダ・マルフォイ 死亡
死因:出血多量

サツマ・ハヤト 死亡
死因:出血多量


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19.ベガvsヴォルデモート

 

「まだ終わってない」

「──そんな事言われたって……僕は……」

 

 ドラコは、ボロボロの言葉を垂れ流す。古雑巾のようにしわくちゃになった男は、蹲って涙で目を焦がした。

 

「……生まれた時からずっと一緒だったんだよ……コルダが赤ん坊の頃から……ずっと……一緒で……」

 

 

 

『だぁぶ、だぁ、きゃはっ』

 

 

 

「僕が覚悟として掲げてたものは……言い訳だった!現実から目を背けるための……!!僕は戦いたくなんかなかったのに……彼女を戦わせたくなんかなかったのに!僕は僕を騙した!!彼女の理想であるために!!」

 

 喉から出る音に嗚咽が混ざる。

 こわばった心臓は、どうしようもなく痛みを訴える。

 

「誇り高かったから戦ってたんじゃないんだ。所詮、格好つけたかったからなんだ。コルダがいなくなったら、僕はもう、英雄になりたかっただけの、ただの、狡いだけの男なんだ」

「……そうだね」

 

 意外にもエミルは肯定を返した。

 彼自身、クリシュナの死後にチャリタリの兄貴分として振る舞っていたからなのか。どうもドラコに対して、自己嫌悪にも近い感覚を味わっていた。

 

「僕達は闇祓いです。君はこの戦いが終わればその任を解かれるんでしょう。けど、少なくとも今は闇祓いだ。

 コルダも、チャリタリも、ハヤトもだ。……動けない彼等に代わって杖を振るうのが、今の僕達にできるチームワークなんです。唯一のね。かっこつけるべき時間(とき)はまだ続いている。立て」

「……僕はもう……無理だ、やれない」

「コルダは君のことを自慢の兄だといつも言っていた。鼻高々に、うるさいくらいにだ」

 

「で、君は“誰”だ?」

 

「…………」

「卑怯で狡猾な自分(きみ)。人に尊敬される自分(きみ)

 どちらも正しく君だけど、せめてどちらも笑える選択にしなよ」

 

 息を吐いて、振り向く。

 ……グレイバックが連れてきた部下達が、所在なさげに立っていた。確か、コルダに守られていた筈だが。

 

──ああ、守ってもらったはいいけど、ここから逃げる術はなくて途方に暮れてんのか。

 本音を言うと……このままジッとされてると殴ってしまいそうなので、さっさと消えて欲しいというのがエミルの考えだった。

 

「お、俺達……は、どうすれば……」

「自分で考えたら?僕はアレンさんみたいに『騙す方が悪い』なんてことは思いませんよ。騙される奴が悪い」

 

 エミルはダンブルドアではない。大いなる善だとか、そんな大層なもののために戦えない。今しがた、命に代えても守ろうとしていた人も去った。残っているのは義務感だけ。それでも歩みは止まらない。

 ダンブルドアではないので、遥か先を見据えることもできないし、人一人分のちっぽけな力しか使えない。

 

(ちっぽけなんだよ。ちっぽけな人間なんだ。

 ちっぽけなことを、一人分しかできないんだ)

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 吹き上る焦燥は心地良い。

 ピリつく感覚が緊張を生む。

 両者の感覚は最大まで高まり、そして昂る。

 

 ヴォルデモートとベガ・レストレンジは、互いに強大で大いなる魔力(ちから)を振るっていた。

 

──彼我には如何ともし難い差が存在する。

 大きくはない。薄氷のように、何か一つ要素があればひっくり返る程度の差だ。

 けれど『それ』は確かに存在する。

 

「まだ踊れるだろ!?ベガよォ!!!!」

「舐めてんじゃねえ、クソ野郎が!!!!」

 

 数十、数百では済まない量に展開された魔杖。

 攻撃のためのものから、防御、陽動まで、使い手の指揮により千変万化に形を変える、最も完成された魔法。

 それが虚の震天。

 ヴォルデモートは宇宙を踏み付け、支配する。

 

 対するベガは未来視を使わない通常の反射神経に依る回避行動で、その悉くを躱し、すり抜けていく。どうしても喰らう傷を真域の炎でカバーして、悪魔は神を引き摺り下ろさんと怨嗟を振り撒く。

 

──あいつは、殺した。シェリーを。

 

 息を吐く暇もない。その瞬間にやられる。それが両者における共通認識。

 天上に座す暗黒魔城よりもさらに高く、数百メートル上空へと打ち上げられるベガ。宙には流星群が降り注いでおり、両者の鮮烈な戦いに華を添えていた。

 

(アレン!!あんたの技、使わせてもらうぜ……)

「『メテオリーテース、隕石よ』」

 

 ソラより呼び寄せる高密度の岩石結晶。

 破壊の化身の規模は、今はまだアレンに及ばない。

 

(つってもこっから先は俺のアドリブだがなぁ!!)

「『悪霊の炎』よ!!嫌悪に塗れて潰れ死ね!!」

 

 ならば、自身の得意分野で勝負するだけだ。火焔でコーティングされた一撃が闇夜を食い破る。これはまさしく蒼い太陽……いや、堕ちる蒼月!

 純然たる質量兵器が、破壊を伴って──!

 

「さあ、どうするかな……なぁベガ、その隕石をどうしてやればお前は満足(絶望)するんだ?教えてくれよ」

「戯け事言いやがって。

 その余裕ヅラ引っ剥がして色男に変えてやる!」

「第一神器『虚の震天』」

 

 百本の杖による一斉掃射。対人において、これほど単純な暴力もないだろう。しかし今のベガは人の形をした化物と認識した方がいい。

 ならば怪物用の戦闘仕様に変更するまでだ。

 杖を束ね、一瞬の残響を煌めかせる。虚の哀哭、一時的な魔力の制限解除だ。優れた魔法使い達の戦いで散らされた火花に指向性を持たせ、ひとところにぶつける理論的至上の魔力の武器。

 

「換装──『虚の哀哭』」

「来たか……!」

 

 ソラを震わせる波濤の大魔術が、全てを奪い更の空間へと変貌させる。嘆きに暮れて闇が彷徨う!

 

「お前の真域の回復量、実にグッドだな。

 封印系の魔法は属性魔法相手だと分が悪い。生半可な封印では拘束ごと燃えてしまうだろう。

 しかし例えば肉体を九割くらい吹っ飛ばしてやれば、回復には時間がかかるんじゃないか?そうなれば俺様の勝ちじゃないか?」

「やってみろよ」

 

 炸裂する轟音。

 破壊されるステージ。

 最上階の天の大地は崩落し、戦いの場は城内部へと切り替わる。飛び散る火炎流星と共に、二人は着地した。

 

(あれが──ダンブルドアを貫いた『世界を終わらせる刃』!グリンデルバルドの廻天の劔に似てるな。あれは斬撃で重力を反転させてたが、こっちは剣に合わせて重力が捻じ曲がってるって感じだ……。

 間違いない、今の世界の中心はヴォルデモート。空間の生き死にはあいつの差配一つ!この世の全ては奴を基軸に回っている!!)

「さあてどうするかな……お前も無策で俺様に挑んできてる訳じゃないだろ?対策の一つ二つある筈だ。虚の哀哭に関しては『未来視』かな」

 

──うだうだと、よく喋るなこの野郎。

 

「アレン以降、楽しいんだよ戦いが。やっぱさあ、戦いは魔法使いの総決算って感じがあってさあ。近い実力の魔法使いと戦うのは、刺激を受けるしアガるよな。

 なあ──貴様は何を見せてくれるんだ?」

 

 ゾクゾクとした表情。美男子の顔が戦の愉悦に酔いしれて、三日月状に裂けた唇が、その高揚を物語る。

 

「その点ダンブルドアは惜しかったな。あいつは最後まで戦いと呼べるものを忌んでいた。ダメだよな?あんな輩が自己を使い捨てるなんて。

 愛と正義がダメって訳じゃあない。

 愛の中に自分を入れやがらねえから!」

「……驚いたよ……

 ……テメェごときが愛を語る日が来るなんてな」

戦う理由(ポリシー)なんて何でもいいんだよ。ペティグリューみたいな奴もいるしな。理由で自分を追い詰められるのが最悪なんだ。……お前もだぞ、ベガ?」

「あ゛?」

 

 びきり、ベガの血管が浮き上がる。

 

「仲間を守るために強くなるってそりゃあ、仲間の有無で強さが変わるってことだろう。たかだかシェリーが死んだだけだろう?強さの理由を他人に委ねるな」

「たかだか、だと」

 

 熱でベガの髪が浮き上がる。火炎の暴君が顕現し、怒りを露わに薙ぎ払う。弾丸のようなスピードで火炎を躱すヴォルデモート。その時にはもう、ベガは続く第二撃を振るっていた。

 火炎の巨腕が、ぽっかり開いた空間の中を、押し潰さんと踊り狂う。子供が砂遊びで作った城を気紛れで壊すかのように、打算も計画も打ち捨てた。

 炎。それは無垢の化身。ただそこにあるだけで延焼を与える純然たる暴力の現し身。

 

「テメェの理屈は一切合切がクソだ。お前が殺さなきゃいいだけだろうが。カスみてえな都合ばっか言いつけ腐りやがって!馬鹿が!!

 シェリーやセドリック達をぶっ殺したからここに俺がいんだろうがこのボゲ!!!何様が言ってんだ頭腐ってんのか!?ああ!?」

 

 火焔──それは吹き荒ぶ嵐よりも荒れ狂い、一切の万象と共に灰燼に消え行く。撒き散らされる火炎の火花をしかしヴォルデモートは徒花へと変え行く。

 空間の掌握──魔力による力場が発生し、ひずみ、ベガを立っていられなくする。重力が流転する!虚の哀哭を手中に収めるヴォルデモートがひとたびそれを振るうだけで、空間が捻じ曲がるのだ。

 

 時間にして約三十秒。

 しかしその中には数多の攻防が凝縮されていた。刹那にも満たぬ技の読み合い、魔法の見極め。心理戦も含めればそれはお互いにとって膨大な刻の積み重ねだった。

 

──そしてできた“隙”。

 ヴォルデモートとの攻防の最中、ほんの僅かにできた攻撃のタイミング。それはか細く不確かで、せいぜい、十が十五になった程度の差しかなかった。

 事実、どう見積もっても、たいした攻撃はできそうにないし、最悪、カウンターを貰うかもしれない。普通であれば敢えて見逃す攻防の隙間だ。

 

「関係ねぇ」

 

 ヴォルデモートに構っている時間が惜しい。

 早く、シェリーの側にいきたい。

 彼女には、まだ、何も──。

 

 

 

 ベガの火炎がヴォルデモートを焼き、

 ヴォルデモートの掌がベガに触れた。

 

 一見すれば、ベガが致命打を与えたように見える光景だが……致命の一撃を与えたのは、ヴォルデモートも同じだった。

 

「──第二神器『神託の庭』!!」

 

 

 

 生物の時間を停止させる、究極の時間魔法が発動。

 動画を停止したかのように。ベガからは音も、光も、全ての動きと知覚が失われてしまっていた。

 それが『時間を止める』という大魔法なのだ。

 

「──────」

 

 ベガの時間が止まる。

 彼の肉体が時の歩みを忘れてしまったのだ。たなびく髪も、黒い法衣も、風に吹かれても全くはためかずにそこで止まっている。

 

 アレン達との戦いで欠点を把握したヴォルデモートはその改良に勤しんだ。強大な魔法にはデメリットを支払う必要がある。それは変えられない。要は『どんな払い方をするか』の問題だった。

 これはヴォルデモートが殺してきた死者の声を聞かせて相手の時間を停止させる、というものだが……前回は死者の中にリリーがいたことで、スネイプに付け入る隙を与えてしまった。だから、今回は関係のない死者を自動で選択して浴びせるものに。

 かつ『相手に直接触れる』という条件のもと、半永久的に時間の檻に閉じ込めることを可能とした。当然、時間停止中に魔力も練れるし、範囲を犠牲にしたことで発動が早いので未来視も意味を成さない。

 

「お前のせいだぞ?ベガ。お前が俺様の誘いを受けず、強者としての在り方をしないから。だから、死ぬ。何も守れずに。こんな風にな」

「──────」

 

 反論することすらできず、反撃の機会すら与えられることもなく。ベガの眼前には、知覚すらできないヴォルデモートの杖が迫っていき──…

 

 

 

「…………何で動けるんだよマジで」

 

 呆れながら大きい溜息をつくヴォルデモート。

 その視線の先にあるのは、動きが止まって然るべき筈の『守護悪霊』の姿だった。

 本体のベガの魔力が止まっているのだから、当然、ベガの操る守護霊なども止まる筈。しかしこの守護悪霊はめらめらと燃え盛りながら、明らかにヴォルデモートを睨みつけている。

 

 これはどういうことか。

 答えは簡単。『ベガの時間が停止した後、自動的に魔法が発動した』だけのこと。守護悪霊はベガによる傑作魔法、その性能はただの傀儡や式神とは一線を画す。

 

「そんなこと……できるのか?ははっ」

 

 ベガの使う守護悪霊は、ベガの主導権を離れた際、自動で主人を守るようプログラミングされていた。……果たして世界にどれだけそんな所業をできる人間がいるだろうか。

 守護悪霊の細く長い指が鳴った。

 『時間簒奪』が発動する。

 

「──ハァッ!!!!」

 

 ベガの攻撃が再開され、ヴォルデモートに重たい一撃を喰らわせた。ベガは魔力の流れ方から『時間簒奪』が発動して、停止した時間が再開したのだと理解した。

 ヴォルデモートは勢いのままに着地すると、目の前の男の脅威に舌打ちする。自分にも届き得るその潜在能力の高さと、それを引き出してきた戦闘経験の数。悪手を踏んでも尚、全く問題としない豪胆さ。

 

「まったくふざけた男だ。俺様の第二神器だぞ!そうも易々と破られては立つ背がない!」

「…………」

 

──そして、それらを活かす生来のセンスを、ヴォルデモートは思い知ることになる。

 

「妙だな。思ってた程じゃない」

 

 片眉が上がるヴォルデモートとは対照的に、ベガは、戦い始めてから初めての笑みを浮かべていた。

 本来笑みとは、獰猛なものである。

 

「『紅い力』なんてモノがあるんだ。放置すればする程お前は強くなっていって、今や手のつけられない怪物と化してるモンだと思ってた。実際俺も、その想定で色々作戦を考えてた。

 でもなんか……今でも最強なのは間違いはねえんだろうけどよ。違和感、みてえなのがあるっていうか。魔力量も、思ってたよりは少なそうだし?」

 

 であれば今のベガは──獣、そのもの。

 

 

 

 

 

「──お前さ。紅い力の機能が壊れたか何かで、ダームストラングの時から全然強くなってねえだろ?」

 

 

 

 

 

「…………当たりだよ。小癪だな」

 

 ベガのブルーライトカットの眼に、獰猛な色が宿る。

 

「疑問だったんだよなァ。ダンブルドアとアレンがいてお前を傷つけるだけで終わる筈がねえんだよ。治ってねえんだろ?あの時受けた傷がよ!!だからお前はこの数年、ただ傷を癒やすしかできなかった!!」

 

 ダンブルドアの太陽をも焼く絶滅の槍、『ハスタム・エクスティンクティ』。

 アレンが今際の際に放った『守護神の呪文』。

 これらはどちらも、真域由来の無限のエネルギー。

 彼等の死後も残り続ける、神の呪いである。

 

「俺の先輩方が残して下さった魔法が生きてる……

 それがお前の喉元に、今も噛み付いてんだ!!」

「……チィ」

 

 だとするなら──これ以上のない戦果。ヴォルデモートですら治せない、やり過ごすしかない呪い。

 彼等が明確に遺してくれた『付け入る隙』だ。

 

(待ってろよシェリー……皆んな……

 死に動揺するのも、悼むのも、全ては闇がなくなった世界になってからだ)

 

 さぁ、後は──この闇をどう切り裂こうか。

 

 

 

「──あン!?」

「──はあ!?」

 

 

 

 ベガも、ヴォルデモートにとっても。それは未知の魔力だった。

 城の最上階に取り付けられた尖塔が、両者目掛けて飛来する。共に大きく距離を取り、灰燼立ち込める城の中で様子を伺った。

 

──誰の攻撃だ?

 

 図らずも二人の間に共通の疑問が生じる。

 その魔力は闇の魔法使いのように禍々しくはなかったけれども、かといって闇祓い達のような高潔さは一切感じられなかった。

 知らない魔力、知らない現象。

 そして──尖塔を動かした存在を、目視した。

 

 

 

 

 

 

「誰だ貴様は」

「ピィイイイイイイイブス!!!!!!!!!」




ヴォルはこの数年で一ミリも魔力が伸びてないです。
幹部達にも影響を及ぼしてるかもしれません。


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20.蟻のひと噛み、小鳥の囀り

「何……っだマジ、お前」

 

 それは誰の台詞だったか。

 ともかく、その時はただ呆気に取られていたことだけは覚えている。ベガとヴォルデモートという今世紀最高峰の魔法使い同士の決戦の舞台に舞い降りた、謎のポルターガイストというイレギュラーに、かける言葉を失っていたのだ。

 

(ポルターガイスト?確か、俺の父親(デネヴ)母親(アルタイル)の日記の中にポルターガイストの友人がいたって……

…………まさか、だな)

 

「はっはっはァー!!俺様の名前はピィ、……」

「…………」

「…………?」

「……いや、その名前は捨てたんだったな。

 お前達の好きに呼べよ」

 

 

 

「……よく分かんねえけど、じゃあ……

 ……『奈落の幻影』……『闇夜の凶兆』……

 『慚愧魂魄の墓守(オルト・ディザイア)』で……」

「マジで言ってる?」

「ふん、くだらん。『逍遙怨霊・葬骨(ファントム=ドルメン)』で良いだろう」

「くだらねえのはお前達のセンスだよ。何でそんな名前がスッと出てくんだよ。普段何考えてんだよ」

 

 

 

 コホン、と謎のポルターガイストは咳払いをすると、未だ流星群が止まない空を見上げて。

 

「デネヴ……はくちょう座……

 俺のことはアルビレオ様と呼べや。

 ヘンテコな名前を付けられるよかマシだ」

(変……?)

(変……?)

「で、アルビレオとやら。俺様とベガの戦いの邪魔をして何がしたいんだ?殺されたいならそう言えよ」

「ハッ、笑わせやがる」

 

 ヴォルデモートの剣幕に、しかしピーブス改めアルビレオは余裕の笑みを返した。ベガは素性も分からぬポルターガイストが相応の死線を潜ったのを悟った。(果たしてポルターガイストに死の概念があるかは別として)

 

「俺様が行くアテもなくブラついてたら、邪魔っけな城が空に浮かんでやがるんだ。最初は驚いたがよォ、ポルターガイストなら色んなモンに取り憑いて操って然るべきだよなァ〜〜!!」

「──貴様如き下郎が、俺様の城に憑くと?」

 

 ヴォルデモートの白い額に青筋が浮かぶ。

 同時、洗練された軍隊の隊列のように並んだ魔砲が立ち並び、連続で多段の攻撃を放っていく。

 

「ふざけた事を抜かすな、亡霊風情が!!!」

 

 憤怒の雨──それらがベガとアルビレオを襲う。

 咄嗟に放つ火炎の防御壁が、二人……一人と一体?を守った。

 

「味方でいいんだよな!?」

「は!?お前が俺の味方をするんだよ!!」

「何なの!?」

「何が!!」

 

 訳が分からない、何だこいつは。

 

「おいガキ!!下の階層にいんのはお前の仲間か!?ここに来るまでの間にいくつか気味の悪い魔力と会ったぞ!!」

「あ〜〜多分それはあいつ(ヴォル)の仲間だろ!

 連中、紅い力っていう禁呪を使って呪われてるから、気味の悪い魔力はそれじゃねえの!?」

「成程なァ〜〜!」

 

 

 

「じゃあ今さっき通りすがった紅い髪の女もあいつの仲間だったのかよ!変な魔力垂れ流して眠りやがって!」

 

 

 

「………、………」

 

 ベラトリックスが海に落ちた以上、紅い力を使える女は一人しかいない。っていうか赤い髪の女は他にジニーくらいしかいなかった筈。

 

──生き、てる? シェリーが?

 

 あの場面でどうやって?息をしてなかった

 ……いや!まずは無事を喜ぶべきだろ

 だが待てよ、こいつの勘違いの可能性も

 期待しすぎるな、絶望しすぎるな

 

──でも、ほんの僅かに可能性があるのなら。

 

「………そうか。……そうか!」

「あ?」

「いや何でもねえ。脚引っ張んなよアルビレオ」

 

 

 

 

 

 ベガとアルビレオ(仮)が何やら共闘の流れになったところで、ヴォルデモートはその魔力に気が付いた。

 暗黒魔城の中枢に向かっている人間がいる。

 

「『管制塔』に誰かいるな?」

 

──管制塔、とは。

 暗黒魔城内部に存在する、城の魔力障壁や浮遊能力を司っている城の心臓部、極めて重要なエリアである。

 暗黒魔城からの脱出を考えるなら、まずここの制御を第一に考えなければならない。

 今までは魔力のバリアで暗黒魔城は隠され守られていたわけだが、侵入者にとってはそのバリアが檻となる。

 だから、城から出ていくためには、管制塔で魔力障壁を解除する必要があるのだが……。

 

(自分の城に客人を招き入れるのは王の度量。

 しかし書斎や宝物庫を荒らされて青筋の一つも立てぬのは最早王に非ずだ。早急に潰してやる)

 

 当然、そこには防衛の要、地獄の番人が存在する。

 紅い力を持つ最高幹部には及ばないまでも、特殊な呪術を施された不死身の蛇。分霊箱の成り損ない、魂の欠けた怨念の集合体。

 その番人からの報告を聞き、ヴォルデモートは脳内で地図と敵の配置を照らし合わせ……そして、『城内部の構造を変更する』。

 

「少し待て、ベガ、怨霊。今俺様は忙しい。

 不届者に誅を下さねばならんのだ」

 

 ロジスティクス*1の基本は『分けること』。

 優先順位を決めることで、効率を最大限引き出す。

 ヴォルデモートの価値基準では、人も物も大差ない。

 ましてや弱いだけの生き物など、頭を取ってしまえば簡単に瓦解するものだ。それは死喰い人だけ?闇祓いや騎士団はダンブルドア達がいなくとも機能する?

 

──そんな訳あるか。

 それは羽根をもがれた虫と同じ。まだかろうじて機能しているだけの、被食者に成り下がるのだ。

 

「ネビル・ロングボトム。

 ルーナ・ラブグッド。

 ドラコ・マルフォイ。

 後は……そうだな、リラ・ダームストラング。

 以上四名を魔城の奥深くに『隔離』する」

 

 ヴォルデモートの宣言通りに、城がその形を変える。

 彼等は落とし穴のようにぽっかり空いた穴の中に落ちてしまい、悪魔の罠で絡め取られてしまう。

 すぐさま『剣』の力を使って最悪の事態は回避したようだが、彼等は、ドーム状になった一室へと一纏めに放り投げられてしまった。

 

「うん?近くにいた者も巻き込んだか。まあいい、ゴミ掃除は纏めて行った方が効率的だ。

 餌の時間だぞ、ナギニ」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「いったぁー!?」

「わーっ」

「ぎゃああああああ!?」

 

 ネビル、ルーナ、ドラコの三人は瞬く間にすってんころりんされた。

 創設者の剣を持った三人組が悪魔の罠に連れ去られ、何やら開けた空間まで連れて来られた。それでも彼等は騎士団のはしくれ、すぐさま攻撃態勢に入るも……見たところ、敵はいない。

 どうやら、剣を持った人物を優先的に招き入れたようだが……。

 

「……“アレ”は何なんだ」

「きゃあああああああ!!!」

「えっ!?チョ、チョウ!?」

 

 招かれたのは三人だけではない。チョウ・チャン、特別な力を持たない一般騎士団員も迷い込んでしまっていたのだ。

 

──本来、ここにはチョウ・チャンではなくリラ・ダームストラングが迷い込む手筈だったのだが……。運命の導きに誘われ、何故だかチョウがやって来てしまった。

 

「ウーン、ねえ、これってどういう組み合わせ?例のあの人が、私達の使う創設者様の剣を危険視したっていうなら分かるけど、それならメンバーがおかしくない?

 チョウは剣、使えないでしょう?」

「まあ……ええ……そうね。

 私、ルーナが攫われたのを見て、思わず手を伸ばしたのよ。そしたら、ここに連れて来られたってわけ」

「巻き込まれただけか……じゃあ、チャリタリは?あの人はハッフルパフの剣を使えてただろう?」

「チャリタリは犠牲になった」

 

 ドラコは、罪を告白する罪人のような声色で告げた。

 混乱気味で熱を帯びていた空気に、ぴしゃりと冷水がかけられた感覚だった。

 

「グレイバックを封印するために、自分を人柱にして結界の中に道連れにしたんだ。もう出てこれないよ。

 チャリタリだけじゃない……ハヤトも……、……コルダも、……死んだ」

「………嘘」

「嘘じゃない。嘘じゃないんだよ。……死んだんだ!」

 

 かける言葉を見失った。

 見知ったメンバーが死んだという事実。自分の預かり知らぬところでその命を散らしたという現実。

 到底受け入れ難いものだし、そして何より、一番辛いであろうドラコが感情が決壊するほんの僅か一歩手前で踏みとどまっていることに、その場の誰もが、言いようのない辛さを感じてしまっていた。

 

「正直なこと言うよ。僕、もうどうでもいい。

 父親も妹もなくなった以上、僕が守るべきだったものはこの城の中には残ってないからな。どうせ君達は勝手に帝王と戦ってるんだろうけどさ。僕はもう、どうでも良くなってきてるよ。さっさと家に帰りたい。

 …………けど、クソ、あぁ……」

 

 

 

 

 

『──ドラコ・マルフォイ!!今やるべきことは、貴方なら分かるでしょう!!』

『君は“誰”だ?』

 

 

 

 

 

「……僕は、まだ、闇祓いだからな……。

 だから、何か報告があれば、教えてくれ。頼む。今は必要なこと以外を考えたくない。動けなくなる……!」

 

 懇願の声だった。

 腹の底から生まれた、救いを求める鳴き声だった。

 息を吐くと、ルーナは口を開いた。

 

「……オスカーは倒したよ。何人か重傷を負った人もいるけれど、命に別状はないって」

「ネビルのところはどうだったの?灰塗れで、何だか酷くボロボロだけれど……」

「…………ベラトリックスと戦って。ベガが中心になって戦ってくれて。それで、皆んなの力で倒して。

……その後、シェリーが」

 

 そこまで言って──地面が鳴動した。

 

「な、何!?この揺れ!?」

「何かが来る……!?」

 

 危機感はまさしく正しい。地面が盛り上がり、派手な轟音と共に現れたのは、バジリスクにも勝るとも劣らない大きさの大蛇だった。

 しかしバジリスクと大きく違うのは、あちらが怪物らしい怪物で、生命として上位の存在ということをまざまざと見せつけてきたのに対して……こちらは生命としてあまりにも異質な不気味さがあった。

 チロチロと出した舌、狂気を携えた瞳。ぐにゃりと曲がる身体の中に詰まっているのは、筋肉か、それとも。

 

「──ァァァアアアアアア……」

「っ!?女の人の、声……?」

 

 チョウの指摘は、間違いではなかった。

 鳴き声と呼ぶには、あまりにも悲しい色。

 

──その名はナギニ。

 かつては美しく咲いた可憐な華だったものが、物言わぬ蛇と成り果てた、憐れで醜い雌の蛇。

 魔法に対する絶対的な耐性と強力な毒性から『第二のバジリスク』として恐れられ、命令に極めて忠実なことから唯一ヴォルデモートから愛に近い感情を賜った巨大な毒蛇である。

 

「キシャァァアアアア!!!!!!」

「──来るぞ!!」

 

 蛇の女王が、無為の牙を剥く。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

──ヴォルデモートはたった一つ、ほんの些細なミスを犯した。

 

「わーっ!?」

 

 ダンテの娘ということで、警戒してリラ・ダームストラングを『隔離』したものの、彼女は基本的に攻撃能力の劣る魔法使いである。

 リラは悪魔の罠になす術もなく囚われてしまい、そのまま締め上げられようとしていたのだ。特殊なルートで用意したこの悪魔の罠は、ジッとしていれば見逃してくれるといった親切設計など備わっていない。ぎりぎりと彼女の肌が締め上げられて──…

 

「…………?あれっ?わーっ!?」

 

──しかし、悪魔の罠は彼女の奇妙なオーラに怯え、慌ててリラの拘束を緩めたのだ。肉体……その特異な力を恐れ、『アレは捕食できない』と判断を下したのだ。

 

 そしてリラは他の剣持ちと合流することもなく、一人だけ変な方へと転がっていき……そしてすってんころりんと、誰もいない方へと迷い込んでしまった。

 

「いてて……いや、あんま痛くないか……。

 ここ何処だろ?……あれ?何かある」

 

 

 

「……貴方も死んだの?シェリーさん」

 

 

 

 リラの視線の先にあったのは、シェリーの遺体。

 ベガがヴォルデモートと戦いに向かう折、ベガはシェリーをネビルに託した。だが、その後ネビルは悪魔の罠に連れ去られてしまい、移動している最中にシェリーを手放してしまっていた。

 紆余曲折あって、彼女もここに運ばれたのだ。

 ……いや、彼女だったもの、か。

 

「…………でも、あれ?…………何か………

 ……シェリーさんが……

 シェリーさんじゃないみたいな……」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「がッ……は……!!」

 

 ネビルが尻尾を薙ぎ払われた余波で吹き飛ぶ。

 心配する余裕はない。ナギニの口から魔力砲が吐き出されて、辺り一面を熱で焼くのだから。

 

(クソ、こいつもちゃんと強いのかよ!!)

 

 ナギニは紅い力“程度”の力を持たされていた。洗練された能力や並外れた身体能力こそないが、何の捻りもなくただ普通に強い。

 おまけに尚のこと面倒なのが、相手に合わせて攻撃を変えるしたたかさだ。魔法を吸収するネビルには物理攻撃を、物理攻撃を逸らすドラコには魔力砲を。空間を捻じ曲げるルーナには──…

 

「キシャァァアアア!!!」

「やめ……てっ!離れてっ!!」

 

──眷属を差し向ける。一個体は大して強くない小さな魔力の蛇だが、ナギニは活動範囲を暗黒魔城に絞る代わりに相当の数のしもべを得ることに成功した。

 結果として、うじゃうじゃと、体全体に纏わりつくように蛇の群れが襲ってくる。

 

「っ……痛っ……!!」

「身を屈めて、ルーナ!『インセンディオ』!」

 

 ルーナに当たらないように調節した火炎を、チョウは杖先から放つ。通常の蛇ならば、自然の摂理に基づきそれを恐れただろう。だが、ここにいるのはあくまで『蛇のような行動を取る魔力生命体』。

 それは弱点に成り得ない。

 それどころか──

 

「指、が……ゔぁ……っ!!!」

「っ……!!ルーナから離れなさい!!」

 

 指が蛇に絡め取られ、骨が軋み、べきりと嫌な音が指先から鳴る。瞬く間に紫色に変色していくそれを見て、苦々しげな声を上げるルーナ。

 どうやら締め上げる力はかなり強いらしく、基節骨の関節が逆向きに曲げられ、腱や神経が引きちぎられる。

 骨を折る激痛と、流れ出る鮮血。チョウは蛇を切り落とすと、反射的に回復魔法を唱え、癒しの魔法をルーナにかける。しかし──

 

「……っ!!〜〜〜〜〜!!!」

「お願い、我慢して……!!お願い……!!」

 

 傷ついた指を元の位置に戻す。それだけの動きなのに、走る痛みは想像以上のものだった。折れた骨を無理やり戻したせいか、狂おしいほどの激痛が走る。

 そして、後手に回った彼女達にナギニが魔力を浴びせかける。軋む身体を無理矢理動かして、レイブンクローの剣を振るって事なきを得るが……代わりに募る痛みは増していく。

 

(この蛇、紅い力の幹部ほどの魔力や強さは感じないけれども、私達の弱点をしっかり理解してる!?)

 

 ナギニには魂も心臓も存在しない。

 似たような器官はあるけれども、本質的に普通の蛇とはその仕組みが根本から大きく異なっている。

 与えられた役割を忠実にこなし、生き物としての本能も自我も捨て去った、指示に忠実な哀れな存在だ。

 しかしだからこそ──ナギニは失敗をしない。感情に左右されることも、本能に揺り動かされることもない。

 

 対するネビル達はどうか?痛みと疲労に足を引き摺られて動きにキレがなくなってきている。最高幹部との連戦もそうだし、何より……彼等は『メイン戦力のサポート』が仕事だった。逆に言えば、サポート役ばかり集まったところで意味がないのだ。

 だから、こうなる。

 

「があああああっ!!!」

 

 頭から叩きつけられたネビルを見て、チョウは、焦りで歯を鳴らした。

 

「ぁ──ど、どうしよう」

 

 恐怖、それを直に感じて。

 

「──しっかりしろ私……!!!」

 

 すぐさまその思考を破却する。

 意味はない。考えるだけ無駄なことは考えるな。

 落ち着け、ムーディーの教えを思い出せ。

 こういう時、彼ならどうする。彼ならどうした?

 戦っても勝てない。逃げても逃げ場はない。ならばせめて何かで役に立て。時間を稼げ。思考を全体にまで行き渡らせろ。

 

──からん。

「……あれだ!!ハッフルパフのカップ!!」

 

 クィディッチを思い出す。スニッチを見つけた時の、自分という存在が入れ替わる感覚。ただそれを追うだけの何かと変わり果てた、あの経験が活きた。

 捕捉と同時、彼女は走り出していた。ドラコの、ギョッとしたような視線など認識すらしていない。猛然と走り、そのカップを掴む。チャリタリの封印後、ドラコが持っていたものだ。聞いた話が正しければ、これは剣の姿に変わるという。

 

(……!!少しくらい反応してよ!!)

 

 しかしチョウはあくまでもレイブンクロー。資格なきものに与えられる力はない。チョウは『真のハッフルパフ生』などではない。それどころか、真のレイブンクロー生ですらない、ただの非力な魔法使いだ。

 目の前にカップはあるのに。伝説級の魔法道具があるというのに、それを扱える資格がないと、カップの冷たさが告げている。

 

「──ぁ」

 

 ずぱり、と顔に鋭いものが走り、そこから熱いものが漏れ出した。顔を切られたのだ。何で、どうやって?

 どれだけ覚悟を決めようと、覚悟ごと塗り潰すように誤魔化せない痛みがやってくる。

 

(熱ッ、痛い、痛い痛い痛い!!やだ、いやだ!!!)

 

 苦しい。苦しい。助けて欲しい。

 そもそもこんな所に来たのが間違いだ。

 チョウ・チャンは戦いたくなどなかった。ただ人よりほんの僅かに優れていただけの、普通の女にすぎない。

 

 

 

「……しッ、かりしろ、わたし……」

 

 しかしその感情は必要ない。要らないのだ。

 自分がどれだけもがき苦しもうと、それが死喰い人や世界にとって何ら意味のない小娘の叫びでしかないことをチョウはもう知っている。

 

(私が何を考えようと、意味なんてないんだ)

 

 ちっぽけで、馬鹿らしい、小鳥の囀り。

 

 

 

 

 

「お願い……たすけて、セドリック」

 

 

 

 しかし覚えておくが良い。

 そのちっぽけな未練がましい恋心こそが、今まさに、世界を救う鍵となったのだ。

 

 チョウ・チャンが血に濡れた視界でそれを掴んだのは偶然にも等しい奇跡によるものだ。

 彼女はセドリック・ディゴリーから渡された、オルゴール入りのロケットを肌身離さず持っている。重たい女だがそれはさておき、この攻防の中でチョウはロケットを落としてしまっていたようなのだ。

 

 なんて事はない、脚を引き摺って、オルゴールの音色を頼りにただロケットを拾おうとしただけだ。戦いの最中に呑気かもしれないが、それでも、チョウはセドリックが呼んでいるような気がしたのだ。

 

 しかしチョウの手に触れたのは……何という巡り合わせだろうか、ハリーのナイフだった。

 

 ハリーとの戦いの後、シェリーが形見として受け取った罪の証。セドリックを刺したナイフ。そのナイフが、たまたま偶然ネビルのポケットに引っ掛かり……そして今、チョウの手に渡った。

 

 

 

「…………セド?」

 

 ハリーのナイフには、血をストックする機能がある。

 そして当然、今ストックされているのは『セドリックの血液』だ。……ぼどぼどと、カップを潤すように赤い血が注がれていく。

 

「…………!!!」

 

 チョウは真のハッフルパフ生ではない。

 では──セドリックはどうか?

 ネビル、ルーナ、ドラコに続き、セドリックは果たして真のハッフルパフ生と言えるのだろうか?……その答えは煌々と輝くカップの光が告げていた。

 

「──まだ……」

 

 金色の光は形を変えて、鉈ほどの大きさの、剣としては短くナイフとしては大きな剣へとなっていく。

 宝石が散りばめられた平たく厚い刀身には、櫛のような形状の施された峰があった。本来それは攻撃用のものではなく、守るための武器であると、如実に語っているようだった。

 

 ソードブレイカー。

 剣を圧し折る、伝説の魔法道具。

 すなわち、ハッフルパフの剣が、セドリックの遺した熱き血潮に応えたのだ──!

 

 

 

「──戦えるッ!!!」

 

 

 

*1
生産、保管、出荷、配送などに関わる「物が効率よく生産・流通する仕組み」のことを指し、経営管理やコスト管理なども含まれる概念




ピーブスのニックネーム決めに3時間かかりました。
私は慚愧魂魄の墓守派です。


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21.なまえのないかいぶつ

 

「痛みが引いていく……」

 

 癒しの魔法に長けたとされるハッフルパフ。

 とかく魔法界は魔法という爆弾を抱えて生きる者どもの生きる世界だ。初めて魔法を使った瞬間、それが悲劇の引き金になることは珍しくない。魔法が制御できず自分自身や周囲に怪我を負わせるなんてのはよく聞く話。

 そういった魔法界全体の魔法事故率、死亡率、それらの平均を大きく引き下げた女傑が、ヘルガ・ハッフルパフという魔女であり──

 

「傷が治っていく……!?立てる!!!」

 

──彼女が遺した剣もまた、そのように癒やしの力を行使することができるのだ。

 

 チョウが剣を高々と掲げると、花のような魔力が舞い散り、荒い呼吸が鎮まり、立ち上がる活力が湧く。ルーナに回っていた毒が癒やされ、彼女は纏わり付いていた蛇を振り払うことができた。

 塞がっていた視界が、段々と回復して……チョウは、その目を見開いた。

 

「そこにいたのね、セドリック」

 

 happy birthday to you(幸せな誕生日を君に!)

 happy birthday to you(誕生日おめでとう!)…♪

 

「……バースデーソングなんて、……ほんと、本当に、皮肉も良いところよね。……生まれてきてくれて、ありがとう、だなんて。ねぇ?シェリー……

 まぁ……そんなことは考えてないんでしょうけど」

 

 ここにはいない恋敵のことを思い、述懐する。

 バースデーソングを歌っている魔法のロケットはすぐ近くにあった。セドリックから誕生日プレゼントに贈られた、ささやかな魔法がかけられたアイテム。

 金細工が施されたそれを拾うと、優しいオルゴールの音色が、よく聞こえた。

 

「……魔法(ゆめ)はおしまい。

 今は戦いに集中しないと」

 

 ぱたりとオルゴールを閉じる。

──スイッチが切り替わる。

 

「助かったよ、チョウ。死ぬかと思った」

「……ネビルは優先的に回復した方がいいわね。なんでちょっと目を離した隙にそんなに傷ついてるの?」

「いやぁ……はは……面目ない」

「ドラコはまだ全然傷がないのにね」

(嫌味か?)

 

 ネビルの、どんな相手にも勇敢に立ち向かう美徳は傷つきやすいという悪癖でもある。苦笑するネビルの肩をチョウとドラコはどついてやった。

 未だナギニは健在だが、余裕のなかった雰囲気が、少しずつ元に戻っていくのを感じていた。

 

「………!おい、見ろ!」

 

 ドラコが指を指した方を見ると、ナギニが渦巻き状に塒を巻いて、何やら魔力を発していた。するとナギニについていた僅かな傷が少しずつ再生し、癒されていくのが分かった。

 

「間違えてあのヘビにも癒しの力を使ったの?」

「ちげぇわよ!」

「向こうも回復したか……クソ、これじゃジリ貧だ。

 僕達の火力じゃアレを一撃で仕留めるだけの攻撃は出せないし……」

「グリフィンドールの剣の反射能力は?あいつの魔力砲を吸収して発射すれば……」

「どうもこっちの攻撃を読んでるっぽいんだよね。僕には物理攻撃、ドラコには魔力砲。しっかり使い分けていて隙がない」

「……二人を一緒に行動させる?」

「けど、それじゃあ物理攻撃オンリーにされておしまいじゃない?向こうは魔力砲さえ撃たなければ反撃の心配はないわけだし」

 

 

 

「──私が皆んなを導くよ。

 私が皆んなの道を創る」

 

 そう宣言したのは、ルーナだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──生物であれ魔導人形であれ機械であれ。

 自立して動くものには必ず心臓部がある、というのがこの世の鉄則だ。

 心臓がなくとも短時間生きていけるものはある。予備の心臓を持つものもある。しかし『生まれた時から心臓が存在しないもの』などない。それらは災害や自然現象の範疇だ。

 

「オスカーとの戦いを思い出して、二人とも。あの時あいつは同時に七体のチェスの駒を操っていたでしょう。

 そのせいでオスカーはロン・パーシーとの戦いに集中できず常に意識を削がれていた。この蛇も、例のあの人が操っている可能性はある」

 

 

 

 

「……でも。例のあの人が私達“ごとき”にそんな手間をかける筈がない」

 

 

 

 

 だからナギニの動きは自動的で、一律で、ヴォルデモートらしい醜さがない。悪虐の魂も獣の本能も存在してはいないのだ。

 ナギニに敵の情報を学習させはするけれど、せいぜいがその程度。

 

「行くぞっドラコ!!」

「も〜〜前衛はいやだぁ!!!」

 

 ネビルは駆け出していた。傷と疲労が治ったのなら、彼は作戦通りに突っ込む。おっかなびっくりしながらドラコは彼に並走して、懐に潜り込まんとしていた。

 

「キャァァァアアアアアアス!!!!」

 

 ナギニは小さな蛇を呼び出し、襲い掛からせる。

 『剣』はどれもこれも強敵相手を想定して設計されたものだ、小型の敵相手だと対処がし辛い。

 だから使うのは剣ではない。彼等は魔法使いだ!

 

「インセンディオ!!燃えよ!!!」

「グレイシアス!!氷河となれ!!!」

 

 炎と氷。相反する魔法を背中合わせに撃ち、迫り来る蛇の群れを一掃していく。

 ネビルとドラコは知っている。とても身近に、素晴らしく優秀で参考になる手本がいたことを。

 

(ベガ──炎は君の専売特許じゃないぞ!)

(お前の魔法を借りるぞ、コルダ!)

 

 ならばと、ナギニがその巨体を鞭のように振るって、ネビルとドラコ目掛けて尻尾を叩き付けんとする。上空からの乱打をドラコが辛うじて捌き、ネビルは捌ききれなかった分を得意の盾の呪文でガードする。

 その隙にチョウがナギニの背面に回り込み……、

 

「キシャァァアアアア!!!」

「っ、そりゃあ来るよね……!!」

 

 しかしナギニはチョウの存在に気付く。頭だけチョウに今日に向けると、魔力砲を口から吐き出した。高熱の魔力はただそれだけで脅威となる。

 チョウの眼前に迫る魔力砲──しかし、直前で、それを庇うように現れたのはネビルだった!

 

 ネビルはドラコと共にナギニの相手をしていた筈。それが何故チョウの方へと移動できたのか。単純な話、有り得ない挙動とスピードで飛んで行ったのだ。ルーナの空間を操作する魔剣によって!

 

「いっぱい食えよな……!!!」

 

 グリフィンドールの剣に、魔力(弾丸)が装填される。

 ナギニはその弾丸の脅威を知っている。何せ自分が放つ魔力砲なのだから。それを喰らえばただでは済まないと理解している。

 故に、何ら疑うこともなく回避行動を取ろうとして。

 

「逃がすか……!」

 ドラコが、氷の壁を作っていたことに気付く。

 

 ナギニはプログラムされた行動に忠実だ、だからこういう一発ネタにはどうしても後手に回ってしまう。初見の策略で一発で仕留める……戦いの基礎だ。

 

 

 

(ルーナは僕達に道を創ると言った。

 僕達はその道を、全速力で走るだけだ……!!)

 

 

 

 ナギニの心臓部……そこが何処か、正直分からない。

 そこは頭かもしれないし、胴体かもしれない。或いは尻尾の先に魔力の核があるのかもしれない。

 魔眼もなしにそれを特定するのは不可能だ。だから攻撃を喰らわせるのは、体内に向けて、だ。

 

 蛇の大口の中に、魔弾を放つ。

「喰らえええええ!!!」

「ガアァ………ッ!?」

 

 ナギニの巨躯が膨らんだかと思うと、一瞬だけ光り、そして破裂した。青い血がシャワーのように噴射され、残骸が四方八方に飛び散っていく。

 蛇の女王はその活動を完全に停止した。

 

「……っやった!!!」

「ネビル!!やったね!!!」

 

 強く拳を振るうネビル、彼を労うチョウ。

 

「うわ、何だか感慨深いや。いっつも強い敵は他の誰かが倒しちゃうもんだからさ。紅い力の最高幹部には到底届かない強さだったけど、それでも、うわーっ」

「そんなの関係ないわよ!勝ったんだから!」

「うん!……ありがとう、チョウ……」

「ちょ、泣かないでよ」

「だって……。僕……嬉しくってさ。誇らしいよ」

「……貴方が諦めなかったから、私達は勝てたのよ。さあ、早くこんな戦いを終わらせてお婆様に教えてあげましょう?きっと大喜びするわよ」

 

 ネビルがチョウを見ると、彼女も嬉しそうに微笑んで頷いた。そして二人は固く握手を交わす。

 その様子を眺めながらドラコは大きな息を吐いて、その場にへたり込んだ。

 

「だっ……はぁああああ……神経削ったぞ……」

「ン。ドラコ、あんた勝ったのに微妙な顔してる。こういう時素直に喜びそうなのに。何で?」

「何でって……蛇は僕達のシンボルだぞ!?あんな芸術的な生き物は他にいない!戦っててしんどかったさ!」

「蛇、好きなの?」

「当然だ。昔から蛇は気高い生き物なんだ!美しい鱗を持ち、中には黄金を隠している物もいる。蛇は凄いんだぞ!戦っててそれは痛感しただろう!」

 

 ドラコは目を輝かせながら語った。ルーナは、その様子に微笑んだ。

 

「そうなんだ。でも、やっぱりあたしは蛇よりしわしわ角スノーカックがいいなあ。スノーカックの方が何だか雄大な気がするの。だからあたしはスノーカックを応援するよ」

「……お前は蛇の魅力を知らないからそう言えるんだ!ふん、ルーナ。僕がお前好みの蛇を見つけてやるよ」

「ホント?やった!楽しみに待ってるね」

 

 この後ルーナに振り回されるとも知らずに、ドラコがそんな約束をしていると。

 

 

 

 

 

…………シャアアアア…………

 

 

 

 

 

「っ、何だ……?」

 

 何かが這いずり、近付いてくる。

 耳の奥から突き抜けるその威圧感に悪寒が走る。四人は再び剣を取り、身を寄せ合った。

 

「また新手が来るのか……!?」

「いやでも、一度あんな奴を相手にしたのよ。そう何度も来られたんじゃ……」

 

──ぼとり。

 

 ここに連れて来られた時と同じように、天井にぽっかりと開いた大きな穴。そこから落ちてきたのは、禍々しい魔力を持った極めて特殊な魔法生物。

 

「な……」

 

 そう、ナギニが、もう一体。

 血走った瞳をしたその大蛇はギロリとした視線を彼等に向けた。ルーナはチョウを庇うように立ちはだかり、鋭く言った。

 

「何なの?また敵?あと何匹いるの?」

「……あれともう一回戦えっていうの……」

 

 彼等は先の紅い力の幹部との戦いで魔力をかなり消耗している。加えて今のナギニ戦……あくまで剣を主体に戦っていたとはいえ、残された魔力の少なさと疲労は、到底誤魔化せるものではない。

 彼等にとってナギニは、あまりにも重いデザートだ。

 

 

 

──ぼとぼとぼと。

 

「………嘘だろ」

 

 それが、

 

 

 

「……三……五……、じゅ、十二体……?」

 

 

 

 四人に走る緊張は、先程の比ではなかった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ここはどこだろう」

 

 目が覚めた、という感覚さえなかった。

 既に意識が覚醒していたことに気付いたのが先程のことだ。シェリーはぼんやりと、そのような倦怠な思考を浮かべる他なかった。

 

「………ここは………私は………」

 

 何だっけ?

 何かとても、大事なことを忘れていた気がする。

 

「………うん。そう、ええと……とにかく、列車に乗らなきゃいけない……んじゃなかったっけ?学校に遅れてしまう……あの時みたいに待ちぼうけを喰らって、スネイプ先生に来てもらう、のは……嫌だし」

 

 きょろきょろと周囲を見渡した。すると視界が開けて、もやの中から赤い風景……キングズ・クロス駅の構内が現れた。

 駅の中には人が沢山いた。みな一様に古めかしいローブを着込み、煙草に火をつけたり、新聞を読んだり、とにかく忙しそうにしていた。

 

「そう、そうだ……ああ、行かなきゃだったっけ……」

 

 ふらふらと立ち上がる。動くたびに視界がぐらぐらと揺れた。どうも身体がおかしい。しかし今はそんなことを気に留めている暇はない。誘われるように構内の雑踏の中に入って行く。

 

「……?」

 

 何か、違和感を感じた気がしたが、それが何かはわからない。周囲にいる人間の誰にも、おかしな点などないように思われた。皆忙しなく自分の用を済ませようとしており、誰も他人のことを見てなどいなかった。

 その割には、やたらと周囲の人間の話し声や走る音が耳障りだった。いつもならさほど気にならないはずなのに、今は何故か気になって仕方がない。

 

「頭が痛い……」

 

 ズキズキと、ミミズが脳内を引っ掻き回すような。早く静かなところに行かないと気が狂いそうだとシェリーは思った。まるで頭の中に誰かが入り込んできて喚き散らしているようだ。シェリーは頭を押さえた。とても我慢できなかった。

 

「ああ、もう……!」

 がんがんと頭を叩いていた。しかしそんなことで頭の痛みが取れる筈もなかった。

 

「……なんで私はこんなところにいるんだろう」

 

 シェリーは壁にもたれ掛かり、ぼんやりと考えた。自分には何か大事なことがあるような気が……。いや、そんなことよりも早く列車に乗ってしまわなければならないのだ。自分はあの場所に帰らなければいけないのだから……帰る?それはどこだろう……?

 そもそも何が理由でどこに帰らなくてはいけないのか、それすらもよく思い出せないことに気が付いた。記憶がひどく混乱している。

 

「……ううっ、気持ち悪い」

 

 シェリーは壁にもたれ掛かったままずるりずるりと座り込み、冷たい床に横になった。じっとしているうちに頭の中が静かになってくるのを感じた。

 周りに人がいるのに寝転ぶなんて、普段のシェリーからは到底考えもつかない思考だった。

 

「……」

 『間もなく11時発マグル界行き特急列車が出ます』

 

 どこからともなく感情のないアナウンスの声が聞こえてきた。

 ああそうか、とシェリーは思った。あれに乗ろう。あの列車に乗れば、きっと何もかも解決するに違いない。そうすればきっとこの息苦しさからも解放されるに違いない。シェリーは緩慢な動きで立ち上がった。

 

「こんにちは、シェリー」

 

 少女の声だった。

 懐かしい声だった。何故懐かしいと感じたのかは分からない。だけど何となしにそれを懐かしいと思ったし、それがとても、恐ろしく聞こえた。

 

「…………ぁ………あ、なたは…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長く赤い髪で、

 

 額に稲妻の形の傷がある、

 

 母親そっくりの少女。

 

 

 

 

「ええ、そうよ」

「ぁ……あ、ああ……ああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はシェリー・ポッター」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………そんな、そんな………!!!」

「貴方は生まれてきてはいけなかった」 





「一方が生きる限り 他方は生きられぬ」


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22.一方が生きる限り 他方は生きられぬ

 むかしむかし  あるところに
 なまえのないかいぶつがいました

 かいぶつは  なまえがほしくてほしくてしかたありませんでした
 そこでかいぶつは  たびにでてなまえをさがすことにしました

 でも せかいはひろいので
 かいぶつはふたつにわかれてたびにでました

 1ぴきはひがしへ、 もう1ぴきはにしへ



──なまえのないかいぶつ(エミル・シェーベ作)



「匂いがしたんだ」

 

 人狼たるリーマス・ルーピンは鼻が効く。警察犬にも劣らぬその敏感な嗅覚は、あらゆる匂いを探知する。

 しかし城の中に立ち込めるのは、死臭ばかり。

 血風舞う戦場の中で漂うは、それ以外なかった。

 

「私は嗅ぎ分けが得意でね、それならグレイバックにも負けない自信があるんだ」

 

 悲嘆に暮れた顔だった。生来ハンサムな筈のその顔はすっかり歳を取ってしまったようで、屍蝋と見紛うばかりに血の気が引けていた。

 

「コルダとシェリーの匂いだった」

 

 嗅ぎ分けた先で──分かってしまった。

 同じ人狼としての宿命を背負った女。

 今は亡き親友の忘れ形見。

 その行く末を見届ける筈だった二人は、自分よりも先に逝ってしまった。その事実を、彼の鼻は敏感に感じ取ってしまっていた。

 

「……嫌な臭いで、嫌な気持ちだったよ。

 娘が知らないところで 二人も殺されたような」

 

 嘆くように、男は唸った。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

「少し歩こうか。それとも座る?」

「……………」

 

 シェリーは、目の前の──『本物のシェリー』があんまり流暢に喋るので、言葉を失ってしまった。

 

──ここは何処?

──貴方は誰?

──これからどうなるの?

 

 そんな凡庸な質問がいくつも口につっかえていた。

 

「なに、黙りこくっちゃって。

 自分で決められないの?愚図ね」

「っあ! ある、く、ます……」

 

 本物はつまらなさそうに「そう」とだけ呟くと、線路沿いに歩みを始めた。いつの間にか周囲に人はいなくなっていた。

 

「…………」

 本物の後を追うように、偽物はついて行く。

 

(これは……こんなの……これって……)

 

 頭の中に、嫌な考えが浮かんでは消える。

 つまりはそういうことなのか。

 自分は、そういうことをしてしまっていたのか。

 

 本物の彼女は、小さかった。偽物よりも身長が低く、顔も幼い。身長が急激に伸びる前の、十六歳前後のシェリーといったところか。

 本物はホグワーツのローブを纏い、ひらひらと風に揺らしていた。偽物の戦闘に適した動きやすい服とは大違いで、可愛らしかった。

 

──偽物のシェリーが、得るべきだったもの。

 何もかも放り投げて眠りこけて、失った時間。

 

「……二人ともシェリーだと面倒ね。

 貴方、私のことはお姉様とか姉さんとか、そういうふうに呼びなさい。私はあなたのお姉ちゃんみたいなものだし、良いでしょう?」

「………………姉さん」

「よくできました」

 

 本物のシェリーは悪戯っぽく指を頬に当てたけれども、眼差しは冷たかった。

 

「それで、何を聞きたい?」

「…………ここは、何処……なの?」

「何処でもないわ。これは貴方の頭の中で起こっている取るに足りない出来事だから、別にクィディッチ・ワールドカップの会場がご所望なら、そういう風景になることもあるわよ」

 

 ふわりと跳ねる髪を撫でる本物。偽物のシェリーとは似ても似つかわしくない、可愛らしい所作。

 

「でも、これは現実に起こっていないことだと、誰も証明できないけれど。聞きたいのはそんなこと?」

「…………貴方、は、………誰、なの……?」

「改めて名乗りましょうか」

 

 軽やかな足取りで振り返ると、スカートの端を摘んで軽く会釈をする。その動作がとても可憐だった。

 

「“本物”のシェリー・ポッターよ、私は」

「……………っ」

「今からもう二十年も前になるのね。

 当時、一歳の赤ん坊だった私は、両親共々、ヴォルデモート、オスカー・フィッツジェラルドの襲撃に遭い殺害された。

 けれど、ママの愛の護りが私を守ってくれた。死の呪文はヴォルデモートに跳ね返り、奴の肉体を破壊した。

 ピーター・ペティグリューもその現場に居合わせていたけれど、ヴォルデモートが滅んだ時にネズミになって逃げ出したわね」

 

 ……それは知っている。

 そして、その後、どうなったかも。

 

「そうね。ママは命懸けで私を守ってくれたけれど、オスカーも来ていたことに気付かなかった。

 だから、オスカーはそこに遺された私を殺すことができた。魔法省に潜伏していたから、紅い力……ヴォルデモートとの繋がりもまだ持っていなかったようだし」

 

 最悪の結末。最低のバッドエンド。

 リリーの想いを侮辱するにも等しい、悪魔の所業を彼等は容易くやってのけた。

 

「そして、パパ、ママ、私の死体を材料に、ヴォルデモートの指示のもとオスカーはホムンクルスを創った。

 反吐が出るわよね?人間の命を弄んで、カミサマの真似事をしたのよ。でも貴方は……貴方達は、その反吐の中から生まれ落ちた。奴の一時の快楽のために」

 

 それが、シェリーとハリー。

 呪われた双子の姉弟。

 今よりも遥か昔、多胎児は縁起の悪く差別の対象で、忌み嫌われてきた歴史が存在するが……シェリーとハリーはまさしく悪魔によって堕とされた、命としてあまりにも欠けている存在だろう。

 

「そして、ハリーは死喰い人の下で。シェリー、貴方は意地悪な親戚の所で育てられるようになったわね?

 ……そこから先は知っての通りだけれど」

 

 

 

「……ええ、そうね。『貴方は誰なの』という質問に、まだ答えてなかったわね」

 

 偽物は目を伏せた。

 彼女のハシバミ色の目を見てしまえば、罪悪感に耐えられなくなると感じたからだ。

 

 

 

 

 

「私は殺された本物のシェリー・ポッターの魂が、ホムンクルスに引っ付いた存在」

 

 

 

 

 

──かつて、クィリナス・クィレルの頭部に、ヴォルデモートが取り憑いていたことがあった。

 二人は奇妙な主従関係を結び、絶大な力と引き換えに身体の一部を開け渡していた。

 

 

 

──かつて、デネヴ・レストレンジに、ピーブスが取り憑いていたことがあった。

 二人は奇妙な共生関係のもと、種族間を越えた友情を育み、デネヴの死後数分間だけ『死体を操る』というイレギュラーを起こしていた。

 

 

 

──かつて、ベガ・レストレンジが誘拐された際、無意識のうちに火炎魔法を行使しようとして、シグルド・ガンメタルから魔力を吸い上げたことがあった。

 以来、シグルドの魂はベガの火炎に宿り、ベガの焔は蒼く燃えるようになった。

 

 

 

──異なる世界線で、ヴォルデモートの魂のカケラがハリー・ポッターに宿ったことがあった。

 その魂は分霊箱として作用し、知らずのうちにハリーの助けとなっていた。

 

 

 

──で、あるならば。

 シェリー・ポッターの魂がホムンクルスに宿ったとて何らおかしいことはない。

 

 

 

「あの時死ぬ筈だった私の魂は、ホムンクルスの貴方に取り憑いた。哀れで、弱々しくて、瑣末な魂。貴方も私も暫くの間、その事実に気付かずに過ごしてた。

 私はこの不思議な世界にいる、よく分からない存在。そういう風に自分を認識していた。

 ……だけどある時から、私は、貴方越しに世界を知るようになったわ」

 

「…………それは」

 

 残酷な話だ、と思う。

 そして言いようのない罪悪感が湧く。

 曰く、偽物のシェリーの経験や感情はずっと流れてくるのに、本物のシェリーはこの精神世界の中でそれを見ていることしかできないのだという。

 偽物のシェリーのように話したり、遊んだり、誰かと関わることができないのだという。

 それはどれほどの……。

 

「……ホグワーツからの記憶、とても羨ましかった。

 楽しそうだった。幸せそうだった。

 はじめての友達に囲まれて、知らないことを学んで。

 箒で飛び回って、怖かったけど冒険があって。

 なんて素晴らしい経験だったんだろうって思った。

 貴方はこの全てを経験して人生の一部にできるチャンスを与えられた。貴方は『選ばれし者』だった」

「でも、それは……」

「ええ、そうよ」

 

 

 

「だって、おかしいわよね?何度も思ったわよ。

 ……何で私じゃないんだろうって。

 どうして、貴方がその場所にいるんだろうって」

 

「……私は生まれた時から、本物の貴方が生きる邪魔をしていた……?」

 

「そうなるわね」

 

 

 

 は、は、と、乾き切った笑いが出た。

 何だそれは。茶番にも程がある。

 『自分は生まれてきてはいけなかった』と散々言われ続けてきたけれど。その意味を、本当の意味で理解していなかった。

 くらくらして膝をつくけれども、泣く資格すらないことに気付く。だから、笑う。笑うしかない。 嘆きの笑い。疲れ切って何もかもがどうでも良くなってきて全てを放り投げ出したい気分。絶望と倦怠の海に沈んで、泥のように眠りたかった。

 けれど、まだ、聞かなくてはいけないことがある。

 

「他の人は、このことを……?」

「どうかな。ダンブルドアは気付いていてもおかしくないけれど、確信はしてないんじゃないかな。犯人の目星はついているけれど、決定的な証拠がなくて解決まではいっていない名探偵のようなもの。

 後はヴォルデモートかな?」

「私を作ったのは、あいつだもんね……」

「いいえ。私が取り憑いたのはあいつ等がゴドリックの谷を去ってからだから。勘付いたのは魔法省の戦いの時くらいじゃないかな?」

「……?」

 

 答えを求めるように、偽物は顔を上げた。

 

「服従の呪文。ヴォルデモートは計三回、貴方にその魔法を使っているけれど、そのどれもが不完全な結果に終わっているわ。服従の呪文は操られた意識さえなく、精神まで傀儡になって服従させられる魔法だけれど、貴方はそうはならなかった。精神までは服従しなかった。

 

 最初は賢者の石事件の時。あの時は身体だけを操作されたわね。あいつもまだ不完全な状態だったから、精神を乗っ取れなかったんだと思ったんでしょう。

 

 二回目はセドリックの……五大魔法学校対抗試合の時だったわね。あの時は復活したてだったし、紅い力兼分霊箱が邪魔したんだと思ったのかもね。何より良い見せ物だったから特に気にしてなかったんでしょう。

 

 三回目、魔法省の戦い。服従の呪文を一度に七回受けたけれど、貴方を操れなかった。流石におかしいと思ったんでしょうね。自分より確実に弱いくせに、自分の魔法が効かない理解できない存在。だからさっき念入りに殺した」

「奴が服従できなかったのは、貴方がいたから?」

「ビンゴ。いくら強力な呪いでも、呪う対象を意識しないと意味がないからね。

 罠人形に釘を刺しても、呪えるのは写真の相手だけってこと。見たこともない相手を呪うなんて無理よ」

 

 

 

 違和感が解けていく感覚だった。……では、服従の呪文はそれでいいとして、死の呪いという最上級の呪いを受けた今はどうなるのか。

 

 

 

「さっき……私は……、ヴォルデモートに、死の呪文を使われた。私の……、……私達の肉体は生命活動を既に終えている筈……だよね?」

「一応はね。今は仮死状態ってところかしら」

「仮死……って、そんな、生き返ることができるみたいな言い方……」

「ピーター・ペティグリューの例があるでしょう?」

 

 偽物は口を噤んだ。

 肉塊だけの状態になっても動いていた、おぞましい生きた死体。ペティグリューのあの状態を生きていたと言うのには抵抗があるが、少なくとも動いてはいた。

 

「まあアレはかなり稀な現象みたいだから、例には適さないかもしれないけど。……じゃあ、秘密の部屋騒動のヴォルデモートはどう?アレは分霊箱に切り分けられた魂が起こした騒動だったけど、あいつ、ジニーに肉体を作らせて最後は受肉してたじゃない。

 健全な魂と肉体さえ残っていれば再稼働する(生き返れる)、っていうのはかなりイメージしやすい理屈だと思うけどね」

「……死の呪文は魂と肉体を死に至らしめる呪文だと聞いたけれど」

「その辺はベガが上手くやったのね。流石は不死鳥の炎よね、肉体の方は生きてはいるけれど死んでもいるあやふやな状態まで持っていった。あとは魂さえあれば生き返れる」

 

 

 

「……でも、その魂って……」

「ヴォルデモートの死の呪文を貰ったからね。何の代償も払わないのは有り得ない。当然、二つある魂のどちらかを支払う必要があるわ」

 

 

 

 ……じゃあ。

 その場合、『どちらが』なくなるのか?

 

「決めていいわよ」

 

 彼女は、無慈悲なくらいに告げた。

 風船のように軽い言葉が背筋を凍らせる。残酷な決定権が重荷となってのしかかった。

 

「あなたか、私か。どちらが死ぬのか。

 決めなさい。今、ここで」

「……………それは、だって」

「残酷?でも、決めないといけないのよ」

 

 そうしないと、シェリー・ポッターはずっと眠ったままになってしまうから。眠ったままだと、戦えない。

 理屈の上では、理解している。

 けれど納得が追いつかない。

 わたしは。

 ……わたしは。……わたしは。

 

「わたし……、は」

 

 指が震える。歯を食いしばる。

 ……それでも、止まらない。

 

「……あなたに、死んで欲しくなんか、ない……!」「なら、あなたが死ぬのね」

「…………っ。姉さん。貴方は、戦えるの?

 私がこの世界からいなくなって、貴方があの肉体で生きていくとして、それで、貴方は、ヴォルデモートと戦える能力があるの?」

「あるわよ」

 

 偽物の問いに本物は即答した。

 

「私が戦闘経験がないのを危惧してるんでしょう。

 みすみす私が出ていってヴォルデモートに倒される未来を恐れてるんでしょう?

 でもね、私も貴方と一緒に生きてきたわけで、目は肥えている。そして貴方の肉体は戦いを覚えてる。断言するけれど、私は貴方とまったく同じように戦うことができるわ」

「………いや、でも。

 姉さんは、だって、一度も……戦ったことは……」

「ええ、無いわ。けどね、創設者達が遺した剣があるでしょう?アレは彼等の経験と技術を持ち主に与えることができる。同じことをすればいいだけよ」

「できるの?そんなことが」

 

 本物は、こくりと首を縦に振った。

 

「私と代わったことで戦いが不利になる、なんてことは一切ないわよ。

 付け加えると、貴方が望むなら、私は周りに真実を明かさずに『皆んなのよく知るシェリー』を演じてあげてもいい。

 貴方のことは誰よりも知っているからね。ここで起きたことを私と貴方だけの秘密にして、貴方らしく振る舞うことだってできる。

 ロンにもハーマイオニーにもベガにも『代わった』のを気付かれることなく生活できるし、その覚悟がある。

 

──わかる?本当にどっちが生き返ってもいいの。

 貴方がどちらを生き返らせたいか、って話なの」

 

 

 

 

 

 そんな説明をされては、もう、決まったようなもの。

 偽物のシェリーは、生きる理由を見出せなかった。

 だって──本物のシェリーは、二十年ものあいだ、偽物のわたしのせいで囚われ続けてきたのだろう?

 奪い続けてきたものを、返すだけ──。

 

「要らないんじゃん」

 

 結局辿り着くのはその結論。

 

「要らなかったんだね、私。本当に、生まれてきちゃいけなかったんだ。貴方から生きる権利を奪い続けて。

 その上、なに?私と同じように振る舞えるって、そんなの……そんなのって。私である必要性がまるで存在しなかったんだ。あはははは……ははは」

 

 

 

『……誰にも言わないでほしいんだけど……私、ね。この期に及んで、自分が死んだところで構わない、なんて思ってるんだ。私は、私自身に価値を見出せずにいる』

 

 

 

 自分の言葉が、自分に跳ね返る。

 支えてくれる他の人のために死ねない、という枷をつけなければ生きられない。だから逆に言えば、生きる理由が全てなくなったのなら、死ぬべき時に死ねる。

 シェリーを思い留まらせるものはなくなった。

 もう、済んだ。

 

 

 

「──お願い。ヴォルデモートを倒して」

 

「私の代わりに」という言葉は飲み込んだ。

 本物の代わりに偽物のシェリーがいたのだから。

 

「それが貴方の決断なら。いいわよ」

 

 偽物のシェリー・ポッターは、ここで死ねる。

 借り受けていたものを、返しに行く。

 ただそれだけのこと。自分の役割は終わった。役割を果たして死ねたのなら、それは幸福なことだ。

 

「その列車に乗りなさい。貴方をあるべきところに返してくれる」

 指の先を追うと、黒漆塗りの大柄な汽車がもくもくと煙を吐き出していた。煤けた重厚感のあるボディ。死出の旅には豪華すぎるくらいだ。

 

「この列車はどこに向かうの?」

「分からない。でもきっと穏やかなところよ」

「……嬉しいな」

 

 今までの選択に、意味があったのかは分からない。

 でも、この選択はより大いなる価値を生む筈だ。

 もし自分に生まれた意味が存在したなら、本物のシェリーに、残り少なくとも人生を返せたことだ。

 

 ここで死ぬために、生まれてきたんだ。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、バイバイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 ぼくをみて
 ぼくをみて

 ぼくのなかのかいぶつがこんなにおおきくなったよ

  バリバリ グシャグシャ バキバキ ゴクン


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23.シェリーのはじまり:re

 

 『生き残った女の子』という肩書きが、今ではとても重たいものに感じられる。

 生き残ってしまった、生まれてきてしまった女の子。

 それが偽物のシェリーの正体だった。

 生きる価値とか、理由というものを、結局まったく見出せなかった。呪われた出生だったし、普通の人が人生の間に見つけるべきものを、しかしシェリーはこの二十年の間に見つけきれなかった。

 

 死ぬべき理由ばかりが増えていく。

 しかも今回与えられた理由は、もう、存在理由(レゾンデートル)を丸ごと失ってしまうようなものだった。

──なら、もういい。

 もういいんだ。

 死ぬべき時に死ねるように。

 皆んなには悪いけれど、死んでしまおう。だって、意味なんてないんだから。

 

 

 

「────っ、あ、れ……?」

 

 そう、思っていたのに。

 立ち竦む。

 なんて事はない。両脚をかけるだけ。あと一歩、踏み出すだけでいい。それで終わる。全て終わる、のに。

 

(なんで、)

 

 なんで、震えてる。

 なんで、立ち竦む。

 

(分かっている)

 

 いや、分かってしまった。

 死を目前にしたこの土壇場に来て、最低最悪のエゴイスティックな感情を自覚した。

 どうしようもなく醜い感情だ。セドリックも、シリウスも、クラウチジュニアも、ドビーも、クィレルも、コータローも、最後には覚悟に殉じて死んでいったのに。

 

 私だけがそうしようなんて、許される筈がない。

 

「──わ、わたし、」

「どうしたの?死ぬんじゃなかったの?」

 

 後ろからかけられる言葉が、どうしようもなく、この身に刺さってしまう。

 やめろ。それを言ったら、この姉は困ってしまう。

 友達に会うという二十年越しの夢を、本物のシェリーは叶えられなくなってしまう。

 自分の身勝手な夢想によって、誰かではない、この本物のシェリーは踏み躙られてしまう。

 

「わたし……………!」

 

 皆んなのために生きてきたじゃないか。

 それと同じことを言うだけだ。

 それだけ、なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死にたくない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 くだらない想いが、胸を突いて出てしまう。

 堰を切ったように、涙と一緒にまろび出る。

 

 ハッとして、本物のシェリーの方へと向き直る。彼女はただ佇んでいるだけだ。青褪めて、口を閉じようとするけれど、もう、止めることはできない。

 

 

 

「ご、ごめん、ごめんなさい。すぐ、死ぬから。今死ぬから、お願い、聞かないで……!

 死にたくない、死にたくない、死ぬのが怖い……!

 なんで、なんで今になってこんなこと……!

 皆んなに会いたい、もう一度会って話がしたい!戦いの話なんかじゃなくて、くだらない、意味のないことをずっと話してたい、ずっと……!

 ごめん、ごめん……こんな時に……」

 

 嗚咽を孕んだ声が、消えてくれない。

 弱音が溢れて止まなくて。

 気付けば、もう、全てを吐き出していた。

 

「ホグワーツだって本当はもっと通いたかった!皆んなと一緒に勉強したかった!ロンとチェスがしたい。紅茶を飲みながら、ネビルがお菓子を食べていて、フレッドとジョージに揶揄われて、パーシーに注意されて、夜更かしをしてマクゴナガル先生に怒られるまでずっと話してたい!

 ハーマイオニーと遊びたい、旅がしたい。知らない土地の知らない文化を学んで、一緒に色々見て周りたい。他の学校の友達……ネロやリラ、ハヤトやタマモ達のところに遊びに行きたい!

 ドラコともまだクィディッチがしたい。箒に乗ってどこまでも行ったら、ジニーやチョウが箒の追いかけっこしてる。下を見たらコルダがドラコを応援していて、アーニーやハンナやジャスティン達と喧嘩してるんだ。

 疲れたらルーナとハグリッドの小屋でロックケーキを食べて、魔法生物のお世話をして、次の授業の準備をして、もっと、もっと、もっと……

 

……もっと皆んなと一緒にいたい……!!」

 

 シェリーは両手両脚を地につけて、懺悔するように言葉を漏らす。最悪だ。本物のシェリーが、今一番困ることばかりを話している。弱音を吐いて、楽になるのは自分しかいないのに。

 

(一体、いつから私はこんなことを?)

 

──ずっと前から。

 少なくとも、魔法省の戦いの時。

 紅い力で寿命が削れるという話と、ヴォルデモートを倒すために死ななければならないという話を聞いて、胸が苦しくなった。死ぬべきだと思っていたのに、本当は死にたくなかった。

 

(ごめんなさい……ごめんなさい……

 生きようとしてごめんなさい……)

 

 

 

「それでいいんだよ」

 

 

 

 ぽん、と偽物のシェリーを頭を撫でた。

 

「やっと言えたね」

 

 本物のシェリーは、その時、初めて、

──安心したように笑っていた。

 

「世界中の誰が貴方を否定したって、関係ない。

 貴方が決めることだよ、シェリー。

 生きたいなら生きればいい。

 死にたいなら死ねばいい。

──どっちでも尊重するよ、私は」

 

「……でも、……でもっ。

 その選択は、貴方を殺すことになる……」

 

「そうだね。貴方のやる事は誰からも褒められない」

 

 感情を抜きにして考えれば、本物のシェリーを生かすべきだろう。彼女の目を見れば分かる。ヴォルデモートと戦う覚悟と資質があるのだ。偽物のシェリーを通してヴォルデモートの悪辣さを見てきたのだから、奴に対して抱いている怒りも同じ筈だ。

 まして、偽物のシェリーのように過ごすのなら、代わることで生じる問題というものは全くない。もし周囲が違和感を抱いたとしても、気付ける要素などまるでないのだから。

 

 逆に──偽物のシェリーである必要性など一切ない。

 むしろ、自分を大切にしない分だけ本物のシェリーより劣っているとも言える。

 

 

 

「だからなに?そんなことは関係ない」

 

 

 

 本物のシェリーはぴしゃりと言った。

 

「関係ない。関係ないのよ、シェリー。世界中を敵に回したって、貴方が幸せになれたのならその選択は間違ってない。……正解を選べという話じゃないの。

 貴方が、その選択肢を誇りに思えるかどうかなの」

「違うッ!!」

 

 偽物のシェリーは声をカラカラにして叫んだ。

 受け入れる訳には、いかなかった。

 

「私は、貴方と一緒にいたい!!

 貴方とも……もっと話したいんだ!!皆んなで、一緒に笑って話して……そこには、貴方もいる……!消えて欲しくないんだよ!!」

「困った子ね……」

 

 眉を八の字にしながら、ふわりと包み込む。

 ……安心する自分が嫌になる。

 とても優しくて、心が暖まってしまう。

 

「ずっと一緒よ、ここに。そうでしょ?」

 

 

 

 

 

 いつだったか──ハーマイオニーがトイレで泣いていた時に、こんな話をしたことがある。

 

『小さい頃ね。男の子に意地悪されてた時、いつもこうやって、誰かに抱きしめてほしかったの。そんな人、いなかったから。毛布の中にくるまってたんだけど……』

 

『私は問題を解決する力も、意地悪した子に怒る度胸もないけれど。こういう時に何をしてほしいかくらいは、わかってる、つもりなんだ。私が、そうだったから。ね?ハーマイオニー』

 

『私は、今、ただの毛布かなんかだから。いつもの頑張り屋さんなハーマイオニーじゃなくって、弱音ばっかりの女の子でも、いいんだよ?』

 

 

 

 

 

「………うぇぇぇえええん………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さんざ泣き腫らした後、偽物のシェリーは最後に熱烈なハグをして、そっと離れた。

 泣きそうになるくらい優しい笑顔に、何だか救われたような心地がした。

 

「私は……こいつを連れて行く」

 

 霧の向こう側。意識していなかったけれど、恐ろしく気味の悪い、弱々しく痩せ細った蛇のような顔をした赤ん坊が、微かに息をしていた。

 

 それが何なのか、シェリー達は理解していた。

 紅い力の残滓。分霊箱として分け与えられた、ヴォルデモートの魂そのものだ。

 

「ヴォルデモートの欠片……姉さん、あれは……、助けられないの?」

「無理よ。魂と人間性を汚損した者は、ゴーストになって現世へ留まることも、死後の世界に行くことも出来なくなってしまう。

 まつろわぬ魂は辺獄(リンボ)に閉じ込められてどこへ行くことも叶わなくなってしまう」

 

 赤子は、ただ息をするだけで苦しそうにしていた。

 本物のシェリーは、諦めを含んだ心持ちで、その様子を見ていた。

 

「あれは、私達には救えないもの」

 

 魔法界が……人の差別と憎悪がヴォルデモートを生んでしまうのなら、いったい誰が彼を救えるのだろう。

 

「そして、救う必要のないもの」

 

 シェリーは、トム・リドルがどのようにしてヴォルデモートになったかを知らない。

 ダンブルドアから彼の話を聞いていないのだから、真実を知る由もない。本当の意味でヴォルデモートを理解できていない。

 

 だから──どんな言葉をかけても、意味がない。

 ヴォルデモートと分かち合う未来は、とうの昔にもう存在しなくなっているのだ。

 

 

 

「私は行く。貴方も生きなさい、シェリー。

 知らないイフの話なんかに惑わされないで。

 貴方が選んだ未来が、貴方にとっての真実なの」

「……うん」

「紅い力で寿命は削れてる。もってあと十年くらい。

 ……それでも」

「残された時間を、悔いなく生きる」

 

 本物のシェリーはこくりと満足げに頷いた。

 これから始まるのは、正真正銘、シェリーのためだけの物語。誰のためでもない、彼女のエゴによって執り行なわれるくだらない人生。

 

「……その、姉さん。……今更、何だか、ちょっと恥ずかしいんだけど……さ」

「なあに?」

 

 そして終わるのは、意味のないストーリー。シェリーの頭の中だけで起きた、誰からも知られることのない意味のない問答。人生の余分そのものだ。

 

「……私のこと、見てて」

 

──だが覚えておくが良い。

 その余分こそ、彼女に必要だったもの。

 誰からも感知されることのなかった話こそ、シェリーという存在を生かし、意味を与えたもの。

 

 

 

 

 

「それじゃあ。シェリー」

「うん。行ってくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死とは長い一日の終わりに眠りにつくようなもの。

 結局、きちんと整理された心を持つ者にとっては、死は次の大いなる冒険にすぎない。

 

 だからぱぱっと、ふわりと、いつの間にか。

 

 本物のシェリーを乗せて、その紅い汽車は煙の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──がたん、ごとん。

 揺れる車体は、本物のシェリーの心臓の音を表しているかのように穏やかだった。

 

「良かったの?顔を見せなくて」

「僕が出て行ったらややこしくなるだろ。

 ……それに何より、会いたくない」

 

 古めかしい汽車の中には二人だけ。

 一人分の距離を置いて、青年が座っていた。

 くしゃくしゃの黒髪をした、青年だった。

 

「じゃあ、何でわざわざここまで来たのよ。

 微かな繋がりを辿ってまで」

「それ」

 

 青年は本物のシェリーの膝の上に置かれた、ヴォルデモートの残滓を指差した。

 

「君が連れて行くんなら、ヴォルデモートとの繋がりが切れてしまうだろ。そうしたらあいつの中に残ってる紅い力もなくなる。戦う力をなくしてしまう」

 

 青年は丸眼鏡の縁を触ると、鼻を鳴らした。

 

「そんなの許さない。この僕を倒したんだ、ここでヴォルデモートにやられちゃ笑い話にもならない。

 もう負けるなんて許してたまるかよ。あいつが勝たなきゃ僕の強さも証明されないんだからさ」

 

──だから、あげてきた。

 自分が培ってきたものを、魔力を、全部。

 シェリーに戦う力を与えるために、何もかもを。

 

「……面倒臭い男ね」

「お互い様さ。シェリーがみっともなく死にたくないなんて言って喚くのを期待してたんだろ?」

 

 愛と呼ぶには歪んでいて、

 エゴと呼ぶには、慈しみ深い。

 

 

 

「可愛くない弟」

「うるさい姉だ」

 

 

 がたん、ごとん。

 

 揺れる車体は、二人を遠いところに連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「……っ!シェリーさん!?」

 

 目を覚ます。

 意識が覚醒する。

 全身に血が通って、痛みがあって、疲れている。

 浴びる光は眩しくて、受ける感覚は少ししんどい。

 

 それでも生きている。

 私は生きている。

 ちょっぴりの安心と、歓喜と、迸るほどの祝福を、その身に浴びた。

 

──リラが心配そうに覗き込んでいたのが分かる。

 

 この瞬間、シェリー・ポッターは生まれ落ちた。

 そして今この時から、彼女は歩き始める。

 

 

 

 

 

「──お待たせ……皆んな!!」

 

 




シェリーが自分の意思で生きたいって思い始めました。
この話のために今までがあったのかもしれねぇな…。
面倒臭い子だけどこれからもよろしくお願いします。


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24.蘇る伝説

 

 

 

「──お待たせ……皆んな!!」

 

 自分の身を巡る魔力の流れ。

──まだ戦えることに安堵する。そして、まだ生きられることに感謝する。

 

(死んだ方がいい存在、じゃない。

 皆んなのために生きなきゃいけない、でもない。

 私は自分のために生きる。どれだけの我儘だったとしても、それが私の生き方なんだ……!!)

 

「……?シェリーさん、無事だったんですか?

 死んでたみたいに顔色真っ青でしたけれど……」

「──うん。大丈夫だよ、リラ。色々あってね」

「そうですか?それじゃあ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けてぇ〜〜〜〜〜!」

「っえ!?ちょっと!?リラ!?!?!?」

 

 リラが巨大な蛇の怪物に絞められていた。

 起きた早々とんでもない修羅場に巻き込まれている。

 やべぇ展開である。

 

「今、助けに……!」

 

 しかし、そこで自分の身体が動かないことに気付く。

 まさか……?と恐る恐る視線を下に向けると、何とまあシェリーの身体も巨大な蛇に纏わりつかれていた。

 ぷらぷらと宙に浮いて、何とも間抜けな格好だ。

 

「嘘でしょ!?ちょっと!?嘘ーっ!?」

 

 せめて杖、杖を出して応戦しなければ!

 ……無い!

 キョロキョロ辺りを見渡すと、ヒイラギの杖が地面に転がっていた。手の届かない位置である。割とピンチ、どうしようもない事態である。

 

「うわあああ死にたくなーい!!!」

「ぎゃあああ助けてええええ!!!」

 

 蛇の鱗をバンバン叩くシェリーとリラ。しかし怪物はビクともしなかった。

 ちなみに本当に余談ではあるが、この蛇の怪物は当然ナギニである。そしてリラの身体はドラゴンに噛み付かれても傷一つつかないので、ナギニに絞められようが別に大丈夫だし痛みも感じていない。

 つまりこの状況で死にそうになって苦しんでいるのはシェリーただ一人だけということになる。

 

(ど!?どうしよう!?杖なしでも使える魔法……そんなもの習ってないよ!!!私はホグワーツを無断で中退してるんだよ!!!!????)

 

──別に通ってようが使えるものではない。

 

(いや待て待って落ち着いて、……ふぅ〜よーしちょっと落ち着いた痛いのは慣れてるから!

 ほとんど飲まず食わずで過ごしてた時みたいに、体内の魔力の流れを鋭敏にして──そして、放つ!普段から使ってる魔法くらいなら使える筈……!)

 

 

 

「──紅い力、解放!!」

 

 

 

 髪が逆立ち、その魔力圧でナギニの拘束が緩む。

 地面に着地すると、凄まじい速さで杖を拾い、立て続けにお得意の早撃ち魔弾を放った。

 

「フリペンド!!」

 

 ばちゅんとナギニの頭部が千切れ、断末魔さえ上げることすら許さずに、蛇はべちゃりと倒れ伏した。

 ついでにリラも拘束から逃れることができた。

 

「っぷはぁー助かった……!!」

「大丈夫?」

「はい、何とか……あ、シェリーさん後ろ」

「後ろ? ワァ……」

 

 ナギニと瓜二つの大蛇が、群れをなして、たかるように此方を見つめていた。シェリーとリラは息を呑む。これだけの数が相手、まともに戦っていればそれなりに時間と体力と魔力を消耗するだろう。

 

「一匹ずつ急所を狙って、魔力消費を最小限にしないといけないな……リラ、離れてて!」

「は、はい!……うわぎゃぴっ!?」

「何っどしたのえっ何!?」

 

 見ると、先程倒したナギニの死体と、リラの身体が激しい光に包まれていた。凄まじい魔力……ナギニの死体とリラが共鳴しているのだ。

 いったい何故?ペティグリューのように、死後発動する魔法でもかけられていたのか……!?

 

「キシャァァアア!!!!」

「っ、くそ──」

 

 その謎の光を危険と見たか、ナギニの群れが一度に押し寄せてくる。

 何が起こっているかは分からないが、とにかく今はリラを守らなければ。しかしこの数……シェリーの早撃ちで一秒間に殺せるのはせいぜい三、よくて四匹程度。急所以外に当てればギリギリ命を繋ぐ可能性もある。

 ここは少々魔力消費は激しいがオルガン・フリペンドで一掃するしか──!

 

 

 

 

 

 その時。

 今しがた殺した筈の、ナギニの死体が。

 光を放ち──めこめこと人形に変わっていった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

──同じ頃。

 奮戦を続けるネビル、チョウ、ルーナ、ドラコだったが、剣の力を以ってしてもじりじりと削られていく。

 チョウのハッフルパフの剣で持ち堪えられているけれども、だからといって根本的な解決とはいかない。魔法道具はあくまで魔法道具、使用者の助けになるもの。その使用者達の力も、強大な個には劣っている。

 

 だから彼等は、これまでの戦いは強大な個を相手に集団で行動し、サポートに徹していた。

 今回はその逆、数の暴力にジリ貧になる。単純に攻め手に欠けている。

 

(けど──泣き言ばかりも言っていられない……!!)

 

 援軍は望み薄。

 せめて生き延びられるよう、個々は考える。

 

(必ずどこかで仕掛けなきゃいけない……その時を見逃したら駄目だ……!僕に勇気を……!!)

 勇気の剣を固く握るネビル。

 

(シェリー達は必ず勝つ!それまで耐える……ここまで来たらやってやるわよ……!!)

 忍耐の剣に祈るチョウ。

 

(どんな生き物にだって弱点はある……考えるんだ、それが何かを……考え続けるんだ……)

 知恵の剣を持ち思考するルーナ。

 

(やってやる……どんな卑怯な手段だろうと、何が何でも生き延びるんだ……!!)

 狡猾の剣で簒奪せんとするドラコ。

 

 

 

 四人がそれぞれ決意を露わにした時、剣は、今まで見せたことのない反応を見せた。

 

「剣が……輝いて……!?」

 

 ふわりと浮く剣、それらが自らの手から離れて、ナギニの死体に突き刺さる。これまで信頼していた武器が、意味不明な挙動をしたことに四人は不可解な顔をした。

 一体、急に何がどうした?

 そしてこの光は何なのだ。

 

「ちょちょちょっと、剣さん?剣さーん!?」

「何が起きてるの……!?」

 

 ナギニの死体が光り輝く。

 そしてやはり、めこめこと形を変化させていった。

 

 

 

「キシャァァア!!!」

「っ、来る──!!」

 

 

 

 

 

 そしてバチリと稲妻が走ったような衝撃が起きて。

 死体は消えて──代わりに新たなる四人の魔法使いが召喚されていた。

 

 

 

 

 

「っ、え──?」

 

 

 

 彼等を庇うように立っていたのは、一目見ただけで分かる、尋常ならざる力を持った四人の魔法使い達。

 魔力云々の話ではない。その立ち姿──風格といったものが、他とは一線を画していた。

 そこにいるだけで、空気が変わる。痛いくらいのプレッシャーが立ち込めるのだ。けれども、彼等から感じるのは光のような眩い魔力。

 

 警戒しなくてはいけない。そう頭では理解しているけれども、無条件で味方だと思わせる何かがあった。

 

 

 

 

 

「──僕達が召喚された……ということは、相応に恐ろしい事態が起こっているようですね」

 

 青年はこの状況にあって、その穏やかな立ち振る舞いを崩さない。ゆるいセーターを身につけた、いかにも文学青年といった雰囲気の、眼鏡の男性。線が細くてふわふわとした柔和な印象を受けた。

 

「なるほど。特殊な力を持った……いや待たされた?化生の者が十二。これはいささか持て余しますか」

 

 しかし、醸し出す風格たるや生気と威厳、勇猛さに満ち溢れている。ライオンのように威風堂々と、しかし涼やかな声音で男は語る。その言の葉が、どこか安心と安堵を齎してくれる。揺籠の中にいるようだ。

──ああ、この人に任せれば大丈夫だと。

 初めて会ったばかりなのに、ネビルは、何故だかとても安心を覚えていた。

 

「それにしてもこの邪悪な魔力……悪の親玉が他にいるのか。いつの世も、闇と戦は絶えないな」

 

 燃えるような赤い髪が、柔らかに揺れていた。

 

 

 

 

 

「診せてみろパフ」

「えっ、何!?子供!?どうしてこんなところにあいだだだだだだだだ痛い痛い痛いちょっと!?」

「黙ってろパフ。……ふむ。魔力自体には問題はない。問題は魔力の流れパフね?」

 

 柔らかな栗毛の、白衣を纏った女の子だった。チョウの身体を無遠慮に触り、何やらブツブツと呟くと、少し考える素振りを見せた後に指をとん、とチョウの胸の辺りに当てた。

 

「この傷、誰が治したパフ?お前か?」

「えっ。い、いいえ、スーザン……友達が」

「対処法としては間違っていないパフが、経験が不足しているパフね。

 お前は強い衝撃を受けたことで、経絡系が圧迫され、骨と神経が傷ついている状態パフ。このまま放置すれば日常生活に支障を来たす恐れがあるパフ。具体的には、血中のカルシウム量が不足するなどの血管性由来の魔力疾患や……魔法を使っていないのに魔力が少しずつ漏れ出てしまう症状が考えられるパフ」

 

 具体的な症例を出されたことで、訝しげだったチョウの視線に動揺が走る。魔力の違和感は先程から感じていたが、剣の回復でも治らなかったので気のせいだろうと思っていたのだが……。

 

「すぐに症状が出ない分、厄介なんパフよね」

 ……いや。

 それを見抜くこの少女は何者だ?

 

「初期段階で気付けてよかった。

 スーザンに伝えておけパフ。次からは外傷だけでなく魔力器官の損耗も見ておけと。

 ああ、それと──…癒術(オペ)の腕自体は悪くない」

 

 お大事に。そう言って指を離すと、胸の中がスッと澄み渡る晴れやかな空のように軽かった。

 チョウにはその女の子が、まるで海千山千の経験を積んだ名医に見えた。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 腕を組み、難しい顔で黙りこくる女性。

 所作の一つ一つが美しい。ただ考えるだけの仕草が、まるで精緻な彫刻のように洗練されていて、持って生まれた品格や知性というものを思わせる。

 

「……ああ、ルーナ。こうして顔を合わせるのは初めてでございますね」

「……初めて?……それって」

 

 至高の海から脱却した彼女は、身震いする程の幻想的な冷たさを醸し出した。長い睫毛の下から刺さる視線は人を凍殺せるのではないかと思うほど。

 ややあって、ルーナは一つの回答に辿り着く。

 

「……貴方は……剣の、中の……」

「叡智に愛された貴方なら分かるでしょう?

──答えは貴方の胸の中にある」

 

 その瞳が全てを見通しているかに思えてならない。それだけのオーラを、妙齢の女は発していた。

 

 

 

 

 

「坊主、怪我はないか?……これ坊主、お主だお主。お前さんに聞いとるのだ」

 

 ドラコを庇うように立っていたのは禿頭の老人──そう、禿頭の老人、だった。

 けれども老いさらばえて痩せ細った体躯ではない。

 むしろ筋骨隆々で均整の取れた肉体で、たっぷりと髭をたくわえたメキシカンマフィアさながらの佇まいをしており──、見るからに只者ではない。

 というか、明らかにその筋の人だ。

 

「あ……や、うん。ああ。無事だけど……」

「ウム、それは重畳!運が良かったのォ!がははは!」

(態度と図体のデカい爺さんだ……)

 

 胸元から覗く刺青、長い耳に開いたゴテゴテとしたピアス、髑髏の指輪、鋭く黒い爪……仮に悪魔が人間に化けたら、こんな感じだろうか。蛇顔の時のヴォルデモートも大概だったが、こちらもかなり厳つい顔つきだ。

 

「がっはっは!そう警戒せんでも良いわ。別に取って食ったりはせんよ、なぁ?同胞よ」

「ど、同胞?」

 

 その顔面を豪快に破顔させ、老人は快活に笑う。

 

「うむ。この顔に心当たりはないか?おそらく最も肖像画や彫刻が残っているのはワシだと思うんじゃが」

「は?……は?…………んん?」

 

 まじまじと老人の顔を見つめる。言われてみると、はるか昔にこんな顔を見た気がする。

 強面の猿のような顔つき……どこかで……。

 

「…………あ」

 

 一つだけ、しかし明確な答えが浮かぶ。

 けれどそれは有り得ない……有り得ないけれども、現に今こうして、彼等は目の前に立っている。

 まさか、有り得るのか?こんなことが?

 ぱくぱくと口を開くしかできないドラコを満足そうに見ると、老人は髭をわしわしと撫でつけた。

 

「一度に四人全員が召喚されるなんざめっっったにない出来事じゃがのう。まあ、そういうこともあるわい。

 余程の邪智暴虐が相手なんじゃろ。安心せい、ワシら四人が味方になるぞい。のォ!?皆の衆よ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が名はゴドリック・グリフィンドール」

「──ヘルガ・ハッフルパフ」

「ロウェナ・レイブンクローと申します」

「ワシはサラザール・スリザリン」

 

『我ら四剣の下に集う魔法の使い手なり』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……間一髪、だったな」

 

 眼前に迫っていた脅威が、音を立てて崩れ行く。

 ナギニの首から上が消滅したのだ。その事実を認識した頃には、既に生命活動は終わっていた。

 

(………な、え?)

「──嘘」

 

 呆然とするシェリーとリラ。無理もない。そこにいる筈のない者が、黒衣を纏って其処に確かに立っているというのだから。

 ならず者といった雰囲気だが、品のある大柄な男。見間違う筈もない。つい先日、彼とは死闘を繰り広げたばかりだ。

 

(有り得ない。この人はもう倒して、そして死んだ筈)

「ギィ……ガ………」

「あん?……フゥン、まだ生きてやがるか。しぶとい奴だな、トカゲの尻尾じゃあるめえし」

 

 男がパチンと大きく太い指を鳴らすと、僅かに動いていたナギニの胴体が、邪悪な魔炎に包まれて焼け焦げていく。強力な呪いが込められていたのか、ものの数秒でナギニは完全にこの世から姿を消した。

 男は燃えカスの上をじゃり、と踏み締めると、冷ややかな目で、吐き捨てるように言った。

 

 

 

「俺の娘に手ェ出すな」

「父さん……!?」

 

 ダンテ・ダームストラングが、そこにいた。

 

 

 




新キャラ追加パート。
次回、久しぶりに挿絵をつける予定です。

ゴド→穏やかな文学青年
パフ→白衣の子供
レイ→知的な理系美女
サラ→豪快な禿頭の老人

よくスリザリンは美形の苦労人の長髪銀髪青年として描かれますが、シェリポタだとベガやドラコとキャラ被りまくってるのでこうなりました。ごめんね。


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25.殺戮の天秤 Ⅰ

 

 ホグワーツ創設者。

 数々の偉業を成し遂げてきた伝説の魔法使い。その中でも魔法界に最も影響を与えたものを敢えて一つ挙げるとすれば、それはホグワーツの創設だろう。

 それまで市井に隠れ潜み、バラバラだった魔法使い達が一堂に会する場を作る。魔力の制御もままならない子供達を集めて、それぞれの適正に合わせたカリキュラムを組み、正しい方向へ導く。

 それは魔法界における革命だ。ホグワーツ魔法学校のシステムが、各国に伝播していったのだ。

 

 各分野における魔法の頂点、超越せし者達。 

 その彼等が、こうして今、力を振るっている。

 

「──── 霞初月(シルフ)

 

 凄まじい勢いでナギニの頸が刈り取られていく。

 胴体と亡き別れ、微塵に斬られ、生命活動を完全に停止させていく。

 嵐が吹き荒んでいるようだ。目で追えない。ハッとしてそちらを見れば、全てを終わらせた自称ゴドリック・グリフィンドールが埃を払っていた。

 

「何が起きたの……!?」

(……いや……僕にはかろうじて分かった。目で追えた訳じゃないが、何をしたかは分かる……。

 単純だ。蛇どもを凄まじい速さで斬っただけだ。移動方法にタネがある感じか……?)

「あれ、君、勘付きました?参ったな……一撃必殺が僕のモットーなのに」

 

 ゴドリックは頬をかくと、先程までネビルが握っていた紅い剣を払い、ネビルへと向き直った。

 

「剣、貸してくれて感謝しますよ」

「……そっちが、僕達が何か言う前に取ったんだろ」

「威勢の良い子だ」

 

 ゴドリックの口角が僅かに上がった……気がした。

 底知れないものを感じる。ものの十数秒であれだけ苦戦した大蛇を仕留めてみせたのだ。それも、大した消耗もしていないように思える。ドラコは、その様子を見て一つの仮説を導き出す。

 

(……僕はグレイバックの速さやハヤトの居合術で目が慣れたから分かったけど……直線移動じゃない、色んなところに出たり消えたりする瞬間移動に見えた。

 姿現し……なんだろうけど、魔力を練る動作に一秒もかけてないってことになる。訓練された闇祓いでもあんな動きはできないぞ……!?)

 

──そして問題なのは。

(こいつがその気になれば僕達を全員殺せるってことだ)

「待て待て、ワシらは味方じゃぞい!」

 

 ドラコの警戒を悟ったか、スリザリン(仮)は静止せんとばたばたと手を振った。

 

「色々あって復活したんじゃってー!」

「そんな一言で済ませていい話じゃないが!!??」

 

 そりゃそうだ。

 が、ハッフルパフ(仮)は興味なさげに耳をかく。

 

「そういうのいいから。さっさと患者のところに案内するパフ。重篤患者がいたらどーする」

「怪しい奴を怪我人のところに連れてける訳ないだろ!

 ネビル、ルーナ、チョウ!用心しろ、例のあの人の策略かもしれないぞ!」

「え……いや……うーん。そんな感じじゃないと思うけどね……チョウは、ええと、そこのハッフルパフ様(?)に怪我を治してもらった訳だし」

「君は良い人そうだからって理由で信じるのか!?例えば道端で、親切そうな人が『君、この壺を買わないかい?今だけ特別にこれを一つ買うごとに……』とか言ったら絶対に詐欺だろ!僕は詳しいんだ!」

「すっごい実感こもってる」

 

 ノクターン横丁で痛い目に遭ったり遭わなかったり、やっぱり遭ったりした苦い経験がドラコにはある。

 父上、あの時の失敗はこのためにあったのですね。

 ドラコは胸中で亡き父に感謝を捧げた。

 

「治してもらって何だけど、私も同感。

 無条件に『一緒に頑張ろう』とは言えない」

「……んー。私は信じたいけど、『疑う理由』と『信じたい理由』の釣り合いが取れてないモン。そこの折り合いをつけたいかな」

 

 ルーナらしい理由だった。彼女は架空の魔法生物を未だに信じているとされるが、そこには彼女なりの考えと信じたい理由というものが存在する。

 その理由付けをしたい、とのことだった。

「僕達の方から提示できる証拠はありません。

 と言うより、今の僕達が何を提示したところでそれは証拠ではなくなる。そうですね?」

「っ、あ、ああ。そうだよ!」

「何じゃい、蛇語の披露の機会かと思ったのに。

 シューシュー!」

(!パーセルタング……シェリーやトム・リドルのと同じだった……)

 

 ただの与太話ではない実感が宿る。

 蛇語使いは極めて稀だが、この中で唯一ドラコは二人以上の蛇語使いと遭遇し、そしてそのイントネーションを直に聴いている。

 付け加えるように、ゴドリックは手を前に出すと、

 

「強いて言うならこれが証拠ですかね」

 

 と……紅い刀身を四人に見せた。

 

「ドラコ」

「……ああ、分かってる。こいつらがその気なら、僕達はとっくに死んでる」

「それもだけど、あの剣に僕達は助けられてきた。仕組みもよく理解しないままに、だ。助けてくれるのが人間に変わったからといって……」

「……態度が変わるのはおかしい、か?」

 

──一番怖いのは、例えば自分達を利用して何か企んでいたりすることだが……。

 

「結論は出ましたか」

「まだ僕の中では出てないよ。あんたらの話を聞く気になっただけだ。天秤がプラスに傾いただけ……マイナスの方の皿にも色々乗っかってることを忘れるな」

「結構」

 

 では、今の状況について軽く説明しましょうか。と、ゴドリックは緩やかに言う。どうも調子が狂うが……、それが何故か分かった。

 

 ホグワーツっぽいのだ、どことなく。

 

 居心地が良すぎる。どこか騒がしくも雰囲気が和み、無条件に安心してしまう。これまで戦い続きで疲れていた脳と身体に、彼等の穏やかな口調が覿面に効く。

 

 かつてのあの楽しかった日々を思い出し、それを無理矢理封印する。いけない、呑まれては。そんなネビルの杞憂をよそにゴドリックは語り始める。

 

「……僕達ホグワーツ創設者は、それぞれ自分達の魂を剣に封じ込めて、後世の人間が闇の魔法使いに滅ぼされることのないよう力添えをしてきたんです。

 戦いが終われば消えること、敵が闇に堕ちた人間であること、寮の精神を受け継いだ正しき心の資質を秘めていること……などの制限をかけて、ようやく達成できる代物ですが」

「私の場合は寮の精神についての制限が緩くなっているパフがね。生前は誰でも受け入れていたパフから」

 

 成程と、チョウとドラコは納得する。

 忍耐の精神は誰よりも強いが、どこか歪んでいたチャリタリに、正しき資質を持っていたのだろうが、既に死去しているセドリック。

 それぞれ特殊なケースではあるが、ハッフルパフの寮の精神を考えればまあ、理解はできる。

 

「今回の場合はさらに特殊……四本の剣が勢揃いし、互いに共鳴して魂の輪郭が強まった。加えてあの大蛇の死体。あれらが生贄になって受肉を果たしたわけです」

 

 曰く、材料さえあれば擬似的に生き返り、生徒達の助けになれるようプログラムされてあるのだとか。

 全ては世の安寧のため……怒涛の魔法界の未来をより良いものにするために、邪を斬り払うために。彼等はその魂を遺産の中に封じ込めたのだ。

 

(分霊箱みたいなものか……あれもトム・リドルの魂と容れ物が揃って、受肉したパターンだ)

 

「とは言っても、やはり一度死んだ魂。拒絶反応が出ているパフから、復活していられるのはせいぜい数時間が限度パフね。魔力も全盛期の半分もないパフし」

「逆に言えば、その数時間だけなら貴様等の助けになれるというわけぞい。悪い話じゃなかろう?」

「…………。分かった。よろしくお願いします」

「ちょっと、ネビル!?……いや、言いたいことは分かるけどさあ……!」

 

 戦力は削れている、何でも利用すべき……その理論は分かるが、躊躇いはするだろう。

 しかしネビルは見てしまった。

 シェリーとアバーフォースが、ズタボロになって目の前に放り投げられるのを、この目で。

 

「──? よくよく感知してみれば……

 僕達の知るものとは随分と様変わりしているけれど、この魔力、もしかして紅い力?」

「おお、ビリビリ強いのが伝わると思ったらそれか!派手にやっとるわい」

 

 いつの間にやら周囲の状況を探っていたらしいゴドリックが驚いたような声を出した。

 

「知ってたのか。まあ、元々は古代から伝わる魔法らしいし、知っててもおかしくないか……」

「……そうですね。

 生前の僕達に匹敵する極めて大きな魔力が二つ、上の方にありますね。片方は敵勢力でしょうか?禍々しい魔力……もう片方は澄み切っている。不死鳥のようだ。もう一つ変なのもありますが……」

(例のあの人(ヴォルデモート)とベガか)

「急かすようですが、戦況は刻々と変化している。僕達を戦場に行かせてください」

「〜〜っ、ああ、分かったよ!勝手にしろよ!」

「ドラコまで!?」

「仕方ないだろ、それに──…」

 

 ドラコはチョウとルーナに耳打ちするように近付く。

 

(──もし仮にこいつらが悪人だとして、例のあの人と共倒れしてくれれば楽だろ?)

(うっわ卑怯……最低)

(よくそんなこと考えつくね?)

(うるさい。とにかくそれでいいだろッ)

 

 それと、これも大声では言えないけれど。

 少しワクワクしている。ホグワーツ創設者といえば、かつて憧れて誇りに抱いていた偉人たちだ。

 彼等がどんな活躍を見せてくれるのか……その興奮が全くないわけではなかった。

 

「よォし、話は纏ったようだのォ!不謹慎ではあるが、久方ぶりの戦場は滾るものがあるわい!」

「ようやく患者の所へ行けるパフか……道中、どんな敵にどんな傷を負わされたか教えるパフよ」

「此度もまた、大きな戦になる……正しきホグワーツの資質を持つ者達へ、この剣を捧げましょう」

 

 

 

 

 

「──待ちなさい」

 

 

 

 

 

 冷や水をかけられたようだった。

 高まっていく熱気が、一気に現実に引き戻された。

 

(ロウェナ・レイブンクロー……!)

 

 他三人の、強大ではあったが安心するような……ダンブルドアのような雄大な雰囲気とはまるで違う。無表情で冷徹で、どこか不気味。

 ネビルは何となく彼女が苦手だった。例えるならスネイプやムーディーのような異質な空気を、更に煮詰めたような気味の悪さを感じていたからだ。

 

「ゴドリック。二時の方向、角度七十五。

 五〇〇ヤード先にも紅い力の反応があります。

 他にもいくつか紅い力の魔力残滓があるのが気になりますが……ひとまず“生きている紅い力の持ち主”が一人この城にいます。おそらく女性かと」

「僕は道具なしではそこまで精密に分かりませんが……成程、確かに。反応がありますね」

「…………!?」

 

 ネビルは瞠目する。

 『紅い力を持つ女が一人生きている』という情報は流石に聞き逃せない。ベラトリックスは城の外に吹き飛ばしたから該当しないとなると……、

 つまり……シェリーが生きている……!?

 

(そうか……不死鳥の炎が効いたんだな……ベガ!)

 

 ネビルは彼女の生存を悟り、ロウェナ達がシェリーを敵だと勘違いする前に真実を告げようとして。

 

「…………いや……この魔力は」

「ええ。ダンテのものでございます。千年前にかけた封印が解けてしまったのですね。封印の守護を命じておりましたが、一族が滅びたか、役目を放棄したか……。

 ともあれ、ダンテが復活し、紅い力の持ち主と行動を共にしております」

「…………!」

「……ハァー……またダンテパフか……」

「あやつも懲りないのォ……」

「──ダンテ?ダンテ・ダームストラングか!?」

 

 有り得ない。ダンテは二週間ほど前にシェリー達が倒したはず……とも言い切れない。死んだ筈の人間が保険をかけておいて蘇るケースを、今、目の当たりにしている真っ最中だ。

 

「今一度復活したのならば、女諸共殺すまで」

「……!ちょ、ちょっと待った!多分その女は僕達の仲間だ!紅い力を使えるだけの、僕達の友達なんだ」

「友達……?なら何故ダンテと一緒に……」

「たまたま一緒にいるだけだと思う!そういう酷い目に遭うことが多い奴なんだ!」

「何パフ?そいつ……」

「詳しく話を聞かせてもらっても──」

 

 

 

 

 

「──関係ありません。闇の力を振るう者は殺すまで」

 

 

 

 

 

 身勝手な暴論に絶句する。ロウェナ・レイブンクローは聞く耳を持たない。さっさと結論を出して、そして行動に移してしまっていた。

 全身を総毛立たせる、嫌というほど伝わる殺気。

 無表情でも分かる剣幕……彼女は本気だ……!

 

「なっ……ま、待って、シェリーは……」

「成程、シェリーと言うのですね。

 情報提供感謝します」

 

 ロウェナのヒールの音が、いやに響いていた。

 

「ダンテとシェリーを殺します」

 




◯ゴドリック・グリフィンドール
穏やかな物腰の青年。口調は丁寧で穏やかだが雄大な心の持ち主。元騎士団長で誇り高く、仲間思いで情に熱い。誰でも使えるコスパの良い魔法を多く編み出しており、最も戦いに特化している。

◯ヘルガ・ハッフルパフ
可愛らしい少女。数々の医療危機を救った鉄の乙女。人の強さを信じており、例え才能がなくとも忍耐強さは誰でも身につけられる最も強い武器だと豪語する。治癒魔法のスペシャリスト。医神。

◯ロウェナ・レイブンクロー
気品ある淑女。ストイックで完璧主義な反面、かなりのスパルタ。友情や愛情を理解しているが重んじてはおらず、ただの馴れ合いやぬるま湯を嫌う。ただし本質的に愛情深い女性。最も作った術が多い。無敗の女。

◯サラザール・スリザリン
豪快な禿頭の老人。好々爺だが時として手段を選ばない危険人物。強大な力を持つ魔法使い故に、人とはズレた価値観を持つ。禁術を多くその身に宿す。最も強く、そして最も悪知恵が回る。


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26.殺戮の天秤 Ⅱ

私「私登場キャラクターのイメソンとかよく考えるんだけどこの四人がまだ決まってなくてさあ」
友「これとか良いんじゃない?(即出し)」
私「解釈一致」

有能か?
完結したらまとめてイメソン出すかもです。


 

「ダンテとシェリーを殺します」

「はっ……はあ!?」

 

 とんでもないことを言い出したロウェナだが、周囲からの様子などいざ知らずといったように、彼女はチラリと視線を飛ばした。

 

「都合が良いわね。ルーナ、その剣を渡しなさい。本来の所有者である私の方がそれを上手く扱える」

「……っ!待って、ロウェナ」

「何?まさかこの私に意見でもおありなの?」

 

 暴君かなにかのような言い草にも、ルーナは毅然とした態度を返す。

 彼女は唯一、剣を通してロウェナと対話した人物だ。だからこそ言う資格もあるし、言う必要があった。立ち塞がるようにロウェナの前に立ち、必要な言葉のみを算出した。

 

「……シェリーは例の……、ヴォッ、ヴォルデモートを倒すために必要な戦力の一人で、私達の大切な仲間。

 それにシェリーはこれまで何度も紅い力を使って敵と戦ってきた。彼女は能力も性格も信頼に足る人物。紅い力を持ったのだって敵の策略によるものだから、殺す必要は全くない」

「……何度も?紅い力を使って?それはどういう……」

「貴方は黙ってて、ゴド」

 

 ぴしゃりと、ロウェナは友の言葉を遮った。

 清々しいまでの暴挙……ロウェナからは、抑え切れないほどの憎悪が見て取れる。

 

「身に余る闇を振るった者は、須く闇に堕ちる。大いなる力に酩酊し、判断を狂わせてしまう。

 そのシェリーとやらもいずれそうなります。そうなる前にここで殺しておく必要がある」

 

 身勝手な暴論に、呆気に取られていたネビル達も段々と表情が変化していった。自分達の友人が、闇に?勝手なことを言ってくれる……。

 しかし、相手は“あの”レイブンクローである。

 創設者と言われても納得させられてしまう凄みを漂わせているのが彼女だ。迂闊には動けない。

 ……それにしても。

 あの理智公平で知られるロウェナ・レイブンクローがどこか、焦っているように見えるのは、気のせいか。

 

「いい加減にしろパフ、ロウェナ。後進達の前で何を喚いてるパフ。我らがホグワーツの愛する子供を手にかけるだと?私達はそんなことをするために魂を封印したんじゃない!

 第一、闇の魔術はあくまで人の振るうものパフ。その人間が悪だと決めつけるのは……」

「ヘレナがそうだったでしょう!」

 

 荒げた声は、びりびりと痺れるようだった。

 

「ダンテも!闇に憑かれた者はいずれ駄目になる。私が導いてあげるべきだったのに……もうあの時のような間違いは犯さない。ここで殺しておくべきなのよ」

(ヘレナ……?って誰?)

(ダンテともどういう関係なんだっけ……)

 

 

 

 

 

──ロウェナにはヘレナという娘がいた。

 

 ヘレナは天才の娘と言われることにコンプレックスを持っていたらしく、ある時母親から髪飾りを盗んで家を飛び出したのだ。

 

 この髪飾りは「装着した者に知恵を与える」という噂がある。物に頼ってでもロウェナや周囲の面々を見返したかったか、あるいは、違う地で知恵者として尊敬を集めたかったのか……。

 

 とにかくヘレナははるばるアルバニアまで逃げた。

 ロウェナは娘の愚かな行いに怒り、髪飾りを失ったことを親友三人にも秘密にしていた。

 

 そこで親子の関係は断絶したかに思えたが、ロウェナは娘が家を出て行ったショックからか、程なくして重い病にかかってしまう。

 心境の変化が起きたか、ロウェナは最後に娘の裏切りを許す、だからもう一度会いたいと願うようになり、ヘレナを好いていた男爵に彼女を捜索させた。

 

 しかしその人選がいけなかった。

 

 男爵はアルバニアの森でヘレナを見つけた。悲劇のヒロインを助ける王子様の気分だったのだろう、ヘレナを連れ帰り、そして結婚しようと手を差し伸べるものの、にべもなく断られ……自由奔放な彼女に嫉妬し、その事実に怒り狂ってしまう。

 

 男爵は、衝動的にヘレナを刺し殺した。

 

 返り血を浴びて我に帰った男爵は、自分の行いに絶望してすぐにヘレナの後を追った。そして皮肉にも、二人はゴーストとしてホグワーツで再会する。灰色のレディと、血みどろ男爵という新しい名を得て……。

 

 血みどろ男爵の身体には、今でもヘレナの返り血と、自分を戒めるための鎖が巻き付いているのだ。

 

 ルーナは灰色のレディと仲良くしていたのでこの過去も知っているが……基本は歴史に語られることのない、悲しい物語である。

 

 

 

 

 

──とまあ、これがロウェナとヘレナの過去である。

 聞くところによると、ヘレナが死んだと知ったロウェナはみるみる衰弱し、長くはなかったとか。当然だ、ヘレナの死亡時期は諸説あるがホグワーツをまだ卒業していない年頃の可能性もあるのだ。

 

 ちなみにダンテはホグワーツ創設者達に直々に指導を受けた生徒の一人で、元孤児ながら高い学習意欲で見る見るうちに力をつけていったという過去がある。

 彼の存在も、あるいは。ヘレナのコンプレックスを助長していたのかもしれない。

 

「そのシェリーも、どうせいずれヘレナやダンテのようになってしまう。失敗してしまう。そうなる前に殺してあげるのが、愛情だとは思いませんか?」

 

 ……いや、だからといって、その結論はあまりにも滅茶苦茶が過ぎているのではないか。

 

(こういうの何て言うんだっけ。毒親?)

(シッ!聞こえるぞ)

「シェリーがどういう人かも分からないのに、殺そうとするなんてどうかしてる」

「ルーナ。貴方はどういうものかも分からない生物を見たこともないのに好んでいるでしょう?それと同じよ。

 未知の邪悪を理解するだけの時間はない。だから取り敢えず排除しておく。それだけのことでございます」

 

 『子供を躾けるように』ロウェナは厳しく言った。

 高圧的な態度が、彼女の尊厳の在り方を物語る。

 ああ、もう、駄目だ。この人は、もう自分の意見を変えたりしない。

 

「剣を渡しなさい、ルーナ」

「……渡さない」

「私に二度言わせる気?

 いいから、渡しなさい。ルーナ。早くしなさい」

 

 

 

「──いつもそんな風にヘレナに接していたの?」

「……………………」

 

 

 

 ぎらり──猛禽類のように鋭い目が開く。

 青筋が浮かんでいるわけではないし、怒鳴っているわけでもない。ただそのひと睨みだけで場を萎縮させる程の怒りが伝わってくる。

 ただの瞳が、首筋に突きつけられたナイフのように思えてならなかった。直接彼女と対峙していないネビルやドラコ達でさえこれなのだ、彼女と向かい合っているルーナには、一体どれほどのプレッシャーがかけられているのか想像もつかない。

 

(怖っ)

(怖〜〜っ)

(怖ぁ)

(怖いのォ…)

(怖パフ)

(……レイ、君は……)

 

「……生意気な口を叩くのね。貴方は賢い子だけれど、聞き分けのない子供は嫌いよ。もう一度だけ言うわ、ルーナ。剣を渡しなさい」

「……嫌だと言ったら?」

「……仕方ないわ。腕が一本無くなろうと、脚が一本無くなろうと、その命が尽きるまで永遠に貴方を拷問し続ける。目と脳味噌さえ残っていればナーグルやしわしわ角スノーカックは見ることができるでしょ?」

「……!」

「正気か、レイ!」

 

 容赦のない宣言に戦慄が走る。

 冗談を言っているのではないとわかりきっていた。彼女が本気だと言うことくらい誰が聞いてもわかることだ。あの目は──そう、獲物の息の根を止めるまで止まらないだろう。

 だが、ルーナは退かなかった。

 

「おい待てよオバサン!……お姉さん!」

 

 それに同調するかのように。ネビル、チョウ、ドラコの三人は彼女を庇うように立ち塞がる。

 

「……何のつもり?」

「今、分かった。あんたは僕達の敵だ。ルーナは僕達の誇るべき友人なんだ。ルーナを殺すなら僕達を殺してからにしろ」

「貴方が伝説の魔法使いだろうが何だろうが、関係ないって言ってるのよ!」

「……そう」

 

 勝算はないではなかった。

 ロウェナには今、武器がない。杖も剣も、たった一つの魔法道具さえありはしない。

 魔法の達人は杖なし魔法を使って戦うというが、それでもやはり杖がないと実力を完全に発揮することはできないだろう。それにロウェナは今、魔力は制限されているという。相手が如何に伝説の存在といっても、逃げるくらいはできるだろう。

 

(というか、そのくらいできないと困る。僕達は元々あの闇の帝王を倒すためにここに来たんだし……)

「…………」

(正直、あの尊敬するレイブンクローが本気でこんなことするなんて、思えないけど……どうくる……?)

「残念だわ」

 

 ロウェナの腕の先に、蒼い稲妻が走る。

 蜘蛛の巣のように大気を走ったそれは一点に収束すると、一瞬眩い光を放ち──そして杖へと変わっていた。

 

(マジかよ……!?)

 

 ロウェナ・レイブンクローは杖があろうがなかろうが戦闘力の一切変わらない魔法使いのひとり。蒼い魔法使いは、人を殺せそうな眼で凄んだ。

 

「逆らうなら貴方達も……」

 

 

 

 

 

「──もうやめませんか、レイ。いや、ロウェナ」

 

 

 

 

 

 穏やかな青年は、あくまで冷静に話し合いの意思を見せた。ロウェナとネビル達の間に割って入る。……紅い剣はまだ握られたままだ。

 ロウェナは攻撃の動作を取り止め、苛立たしげにとんとんと指を叩いた。

 

「ゴド……!」

「君が過去のトラウマで闇の魔術に対して慎重になる気持ちは分かります。僕達も君の気持ちはよく理解しているつもりです。ヘレナもダンテも、僕達にとって大切な宝だった……それが、一時の欲で失われた。

 彼等を正しく導けなかったことは、僕達にとっても慚愧の念に耐えません。

 でもそのために、今ここにある宝を傷つけるのは違うでしょう?彼等はこれからの未来を築く宝だ。彼等の存在は、僕達が築き上げたホグワーツが未だ教育機関として成立していることの、何よりの証なんですよ?」

 

 

「しかし……!」

「それにここでそのシェリーという子を殺せば、それはまた新たな戦いの火種になりかねない。見てください、彼等の目を。僕達が望んでやまなかった魔法使い同士の結束が、ここにはある。

 それをまさか、貴方一人の個人的な感傷の大きく入った判断によって摘み取るというのなら、僕達も相応の態度を取らざるを得ない」

「っ、相変わらずずるい言い方をするのね、ゴド。貴方も大概性格が悪いこと……!」

「ふふ、今更ですよ。僕はこう見えても、貴方が知っている頃よりも大分老け込んだんです」

 

 ゴドリックの不敵な笑みを見て、ロウェナの頰が微かにひくつく。追従するようにして、サラザールとヘルガも口を開いた。

 

「そうだのォ。、ドの言う通りだの。儂等が四人揃って受肉することなど、まずないことよ。ちょっとした異常事態とも言っていい。

 となれば……まずは情報を識るところから始めても良かろうよ。敵は清濁合わせねば倒せん敵ということやもしれんぞ?」

「…………」

「そのシェリーという子は一旦置いておくとして、お前達はダンテを知っているようパフな?」

「あ……ああ」

「お前達から見てどうパフ?ダンテは倒すべき“敵”なのか、引き入れるべき“仲間”なのか。お前達の印象をヒアリングしておきたいパフ」

 

──シェリーはともかく、ダンテに関しては、情状酌量の余地がない悪人だ。ここは正直に全てを答えた方が良いだろうか……。

 

「……僕達もよくは知らないけど。ダンテは十数年前に封印が解けて復活して、その後は闇の帝王……今、僕達が倒そうとしてる悪人な。そいつと共謀して陰でコソコソやってたよ。一度倒した筈なんだけど、どういう訳かまた復活したみたいだ」

「…………そうパフか」

「……でも、最後はネロとリラ……子供を助けるために動いたって聞くぞ。闇の帝王とも仲間割れしたっていうし……」

「……誰に子供が、ですって?」

「えっ、いやだからダンテに」

「ダンテが!?あのダンテに子供!?あいつが……!」

 

 あいつ子供なんぞ作ってやがった!

 創設者達が色めき立つ。まさしく親戚に子供が産まれたくらいのテンションだ。威圧感はあるのに、威厳はあったりなかったり……これが創設者の姿か……?

 

「ええ……確かにダンテとシェリー氏の他に、もう一つ魔力がありますね。ダンテの魔力によく似ている……そうでしたか、彼に子供が……」

「がっはっは!どうやら儂らの知るダンテとはまるで別人のように変わっとるようじゃのォ!」

「歳は取るものパフなぁ……あの痩せっぽちで小さかったダンテが……ハニトラ対策に一生独り身でいると聞いていたパフが、考えが変わったパフか……」

「〜〜〜っ、で、どうなんだ!?

 殺すのか!?殺さないのか!?ハッキリしてくれ!」

「どうします、レイ?」

「…………」

 

 時間にして十秒にも満たない、僅かな間。

 しかしロウェナにとってはこれ以上ないくらいの長考であり、ネビル達にとってもそれは時間以上の長さに感じられた。

 やがて、重々しく口を開くと、

 

「……。……二人の処分は見送ります。妙な動きを見せれば、その時はまた彼等の様子を見ます。……頭を冷やします」

 

 そう言った彼女の表情は、明らかに疲弊していた。

 ほっと息を撫で下ろすネビル達。この短い間の中で、何となく理解していた。ロウェナは潔癖すぎるほど潔癖な性格なのだ。だから、自分の言うことにはきちんと責任を持つだろうことも。

 

「……少し、一人にさせて」

 

 重い息を隠そうともしないロウェナは、フロアの隅まで歩いて行くと、こめかみを抑えた。ルーナは複雑そうな顔で、その様子を伺っていた。

 

「我が友の非礼を詫びます。……友のために立ち向かう君達はとても勇敢でした。その勇気に敬服を。この時代の教育者はきっと素晴らしいのでしょうね」

「ああ……尊敬する先生だよ、皆んな」

「では、僕達も仕事をこなすとしましょう。僕はその闇の帝王とやらと戦います。パフは怪我人の所へ。サラ、君はどうします?」

「儂はレイの様子を見とるよ。遠くから眺める分には構わんじゃろ。また極端な考えに陥らんように監視する役目もあるしの」

「では、そのように。君達はパフを連れて怪我人の所へ向かってください。彼女は役に立ちますよ。ああ、サラの剣はそのまま君が持っていた方がいいかな」

「え……あ、はい」

 

 一度ゴドリックの手に舵が渡ると、とんとん拍子に事が進んでいく。そのことに少し安心感すら覚えながら、四人は再びやるべきことに向かって走り出す。

 

 若者達の行動を遠巻きに見ていたロウェナは、なんだかその光景が、とても眩しいものに感じられた。

 

(……ヘレナも、あんな風に……あんな子達が、周りにいてくれたら……闇に堕ちることも……いや……そうさせたのは私か……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『わたし、おかあさまみたいになりたい!』

 

『お母様、見てみてっ!びゅーん、ひょいって!もう浮遊呪文を使えるのよ?お母様みたいになるのも、そう遠い未来の話じゃないわね!』

 

『明日から私もホグワーツ!沢山勉強をして、お母様みたいに頭の良い、何でも魔法の使える素敵な魔女になります!』

 

『ホグワーツって、すごく頭の良い人が多いのね!私、びっくりしちゃった!でも頑張るね!』

 

『……大丈夫!大丈夫だよお母様!もっと勉強すれば良いだけの話!もう失敗しないから!大丈夫だから!』

 

『……お母様、私、部屋で勉強するから。おやすみ』

 

『うるさい!話しかけないで。……テストの点が悪いのは謝るから、出てってよ……!』

 

『……最近帰りが遅いって?……関係ないでしょ』

 

『……何?私が誰と何してようが勝手でしょ!?勉強時間じゃない時くらい好きにさせてよ!!』

 

『何よ……うるさい、うるさい!あんただって、私が邪魔なくせに!!私に失望してるくせに!私のことを落ちこぼれだと思ってるくせに!!』

 

『私なんて要らないんでしょ!!!』

 

『……その髪飾りさえあれば……もう……悩まなくて済むんだ……もう……』

 

 

 

 

 

「………………」

 

 ぼりぼり。

 ばりばり。

 何度も何度も、ロウェナは自分の頭を杖先でかき、そして思考の渦から脱却すると、単純な事実に気付く。

 

「あらま、いけない。私ったら。

  憂いの篩(ペンシーブ)はないのでした」

 




ロウェナは創設者組の中で一番キャラ付けに悩みました。言わずもがなキャラの濃いパフとサラ、話を進めてくれるゴド以外にどんなキャラを出すかなーと悩んでたんですね。毒親設定をつけたら物凄い勢いでキャラが定まりました。レイブンクローが好きな人は地雷かもしれません。この小説そんなキャラ多いな…。


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27.反撃開始

 

「久しぶりだな、リラ」

「……父さん……?」

 

 有り得ない光景だった。

 いや、この城に来てから何度もそういう光景は目にしてきたし体験してきたけれども、それでも、これは十分有り得ない光景だった。

 

 倒した筈のダンテ・ダームストラングが、五体満足でぴんぴんと──強者の風格のようなものすら漂わせて、シェリーとリラの前に立っている。

 

(死んだ人が生き返るなんて……でも、条件さえ満たせば有り得なくはない……のか。魂と肉体さえあれば……その二つが何かの切っ掛けで揃ったのか……)

「…………!危ないっ!」

 

 見れば、シェリー、リラ、ダンテを取り囲むように大蛇の群れがシューシューと鎌首をもたげていた。まだあれほどの数が残っていたか……!

 

「増殖か、複製か、分身か、あるいは……フゥン、まあ何だっていい。リラ」

「え?」

「杖を貸しなさい」

「あ、はい」

(……!いや、この人にそれを渡すのは……)

 

 

 

「──輪廻(サンサラ)

 

 

 

「……っ!!!」

 

 眼で追えない……早すぎる。

 側から見れば、黒い閃光が空気中を走ったかのようなスピードで飛び回っているのだ。

 シェリー以上の速さで、シェリー以上の火力をぶつけて大蛇達を殺していっている。

 

 いや……、いや、それはおかしい。

 

 シェリーが前にダンテと戦った時は、まだ今より魔力があった。怒り狂って冷静さを欠いていたとはいえ、あんな速さで向かって来られたら正直、瞬殺だったろう。

 違和感めいたものさえ感じる……あの時と、一体何が違う?今のダンテはまるで別人だ……!

 

(この人……私が会った魔法使いの中で、一番速い。

 前に戦った人と同じだとは思えない……今の方が明らかに強い……強すぎる……!?)

「──ふうっ」

 

 死体を念入りに燃やすと、ダンテはひと息ついた。

 以前のような圧倒的な魔力量も、威圧感もない、ただ殺すための動作を数十回繰り返して、事を終わらせたかのような……戦闘でも何でもない行動を、たった今終えたかのような……。そんな印象を受けた。

 

 ……多分あれは、理想形だ。

 

 スネイプが言っていた。相手が何かする前に、速攻で相手を仕留める……そんなことができれば、魔法使いとして一つの理想へと至ったと言えるだろう、と。

 ならばこその早撃ちだったし、余計なことを考えず、速さと威力だけ考えて魔法を鍛えてきた……が……まさかダンテが、あんな動きをするとは……。

 

(凄い……!一体どうやってあんな動きを……、

 ……って、いやいや。蘇ったのは良いとして、この人はこれからどういう行動を取るんだろう)

「父さん?父さんなんだよね?……生きてた、生きてたんだね。良かった……」

「…………リラ」

 

 ダンテの厚い胸の中にぽすんと頭を突っ込んで、リラはぼろぼろと泣いていた。そんな光景を見せられては、シェリーも何も言えない。

 しばし、ダンテは噛み締めるようにして娘を優しく抱擁していたが……。リラの首筋に杖を当てると、何やら唱えて、ぱったりと意識を奪った。

 

「リラ!?」

「眠らせただけだ。じき起きる」

 

 高い魔法耐性を持つリラにこんな初歩的な睡眠魔法など効く筈もないのだが、その身体を用意したダンテであれば話は別である。ちょっとした裏技を使い、リラを簡単に眠らせてしまった。

 ふらりと倒れ込むリラを抱えて、シェリーに背を向けるとさっさとどこかに向かおうとするダンテ。行動の意味はよく分からないが敵意はなかった。

 ……ポカンとしていたシェリーだったが、我に帰ると慌ててダンテを静止する。

 

「ちょっ、ちょちょちょちょちょっと待って!

 えっ、どこ行こうとしてるの!?」

「うるせえなぁ、お前に関係ねえだろ。……」

 

 そう口にして、ダンテの脳裏にはとある記憶が思い出される。不意にぴたりと歩みが止まった。そういえばこのシェリーという小娘には、死ぬ直前に、色々としち面倒くさいことを言われたのだったな、と。

 

 

 

『──捨ててなんて、ないでしょう。私が力を欲していたのは、大切な人を守りたかったから。……あなたもそうなんじゃないかな』

『そんな奴は俺にいねぇ……!!』

『いるでしょう、ここに。ダンテさん自身の誇りと、あなたの子供達。……あなたは自分と子供を大切に思える人だって、私は思うよ』

 

 

 

「………………」

「……?」

「…………はぁ〜〜……」

 

 ダンテは大きな溜息を吐くと、面倒臭そうなのを隠そうともせずにシェリーへと向き直った。

 

「黒い力は紅い力の劣化版扱いされるが、実はそうじゃない。紅い力が『殺す数』が大事なのに比べて、黒い力は『誰が死んだか』が大事なんだ。

 あの世へ行く筈だった俺の魂は、たまたま魂の相性が良かったリラの黒い力によって保存され、今まで生き延びてたってわけだ。あとは肉体さえあれば復活できる」

「そんなことが……」

「とはいえ大蛇の肉体を乗っ取っただけだから拒絶反応が出ちまってる。俺がこうして動けるのはもって数時間が限度だろうよ」

 

 成程……理解できた。

 直前に本物のシェリーと会っていたおかげか、割とすんなり受け入れることができた。

 

「その間にリラをこの城から逃がす。ここは……察するに海の上だろ。俺の能力なら、魔力を無駄遣いしなければその内岸まで辿り着ける」

「……っ。いや、それは……」

「なんだよ」

 

 腹に据えかねたものがあるといった雰囲気で、ダンテはカツカツと靴を鳴らした。両手は塞がっているため自然と脚で苛立ちを表現しているのだ。

 

「リラは戦い向きの性格じゃない。リラがヴォルデモートなんぞに立ち向かおうとしてるとは驚いたが、こいつじゃ無駄死にするだけだ」

「…………」

「この子も馬鹿じゃない、色々考えて戦う覚悟を決めたんだろうが……。生憎と俺は世界の危機ってやつに興味を持てなくてね。それよりも(リラ)を逃がす方が、今の俺にとって優先度の高いことだ」

 

 ぐうの音も出ない。

 愛する人のために行動する……その行いが、間違っていよう筈もない。

 しかし……ここで戦力が欠けるのはどうなんだ、という懸念も捨てきれない……!

 

「どうせお前らじゃヴォルデモートは倒せねえしな」

「……!何で、そう思うの?」

「何でもなにも……そりゃそうだろ。全力でベガのサポートを行えば多少は勝ちの目もあるだろうが、どうせベガがお前達のサポートをしてる状況だろ。そこからどうにかしねえとどうしようもない」

「…………」

(そして俺自身も……あいつには敵わないだろうな……)

 

──分かっている。単純な話、力不足なのだ。

 シェリーはヴォルデモートと対峙したから分かる。奴を倒すということは思っていたより不可能な話ではないけれど、かといって、どうしようもない話であることに変わりはない。

 身一つで深海まで潜ってみせろ。

 普段着でエベレストを制覇してみせろ。

 そういう、無理に限りなく近い難題だということを、シェリーは薄々察していた。

 

(……でも。……考えろ、私。

 今一番大切なことをやるんだ……)

「──ダンテさん」

「あ?まだ何か……、……」

「お願いします」

 

 シェリーはコージローに教えてもらった、土下座と呼ばれるポーズを取っていた。合っているかは自信がないけれども、これ以上に遜るポーズを他に知らなかった。

 

「一緒に戦ってください。私達だけじゃヴォルデモートに勝てるか分かりません。これからリラさんが生きる世界がより良いものになるように、協力してください。

 協力していただければ、私の持ち得る、或いはこれから得る財産全てを使ってリラさんの人生を守ることをお約束します」

「…………」

(確か頭を擦り付けるんだっけ……)

 

 そんなことを考えながら、不恰好にも、謝意を見せつけていくしかない。沈黙が場を支配する。

 

 どうしたものかと、ダンテは悩んでいた。

 シェリーの出した条件は曖昧すぎる口約束。取引材料にすらなっていない言葉の羅列に過ぎない。普段なら、こんな小娘の戯言など無視してさっさと自分のやるべきことをやるのが、ダンテという男だ。

 だから今悩んでいるのは、シェリーの説得に心打たれた訳でも、急に正義感が芽生えた訳でもなかった。

 

 だが、何かが、引っかかるのだ。

 

 何もないゼロから口先一つで北部魔法界の重鎮にまでのし上がった、海千山千の人間経験を持つダンテは、こういう時に働く『勘』というものを身に付けている。

 戦いの時には一切仕事をしないが、商売話や情勢を的確に読み取り、勝ち馬を見極める勘……それが今、働いているのだ。

 

(俺は何を見落としている?何か……この状況をひっくり返す手があるってのか?)

 

 そして──気付く。

 約四五〇メートル先に見慣れた魔力を感じる。

 この魔力の波形……忘れる筈もない。

 

(ゴドリック……ヘルガに……ロウェナ、そしてサラザール……!あの四人が勢揃いしてるってのか!?)

 

 一体、何故?

 ……そうか、分霊箱システム!

 かつてダンテを封印した時と同じように、自分達も魂の保存を行い、条件付きで受肉したのか。

 別に驚くことじゃない、自分もこうやって受肉を果たしているのだから、同じようなことが彼等に起きていてもまぁ不思議じゃない。

 魔力こそ当時の半分以下にまで減っているものの、彼等はそれでも絶大な力を持つ魔法使いと魔女達だ。あの四人がいるなら……勝機はいくらでもある。

 

(……悔しいが……千年経って、時代が変わり、新しい魔法が生まれ、あらゆる偉人と天才が出てきて……

 それでも尚、いやだからこそ、断言できる。あの四人は最も優れた魔法使いだった)

 

 だって彼等は、笑いながらエベレストの頂上まで歩いていってしまうような、馬鹿で無謀で、そして最高に愉快な連中だった。

 

(……あいつらがいるなら……まぁ、賭けるか……)

 

 下から持ち上げるように髭を触るダンテ。それは苦渋の決断をする時の、彼の癖だった。そして、大体の場合その決断は上手くいく。

 ダンテ自身が、その決断に全力で行動するからだ。

 

「おい」

「……!」

「さっきも言ったがお前らじゃヴォルデモートには勝てねえよ。そのレベルに達してない。俺が加わったところで勝率が僅かに上がるだけだ」

「………それは、やってみないと……」

「だからそのレベルまでお前を押し上げる」

「え?」

「シェリーお前、戦い方は我流だな?脚運びの癖や杖捌きが滅茶苦茶だ。そんなんじゃ身体に負担がかかるし、長くは戦えねえぞ」

 

 ダンテは、自分の知る限りのシェリーの問題点を指摘していく。まるで教師のように。それは正鵠を射ている上に、シェリーにとっては目から鱗の内容だった。

 

 奇しくも二人の戦闘スタイルはかなり近い。

 紅い力で身体強化して、高速で動き回りながら高い火力で早撃ちを行うシェリー。

 時空を歪めることで超スピードで飛び回り、ガード不可の空間魔法で相手を削るダンテ。

 その共通点があるからこそ、シェリーに対してダンテはここまで的確な指導を行えるのだ。

 

「子供の時から紅い力を使っていた弊害だな。力を伸ばすことばかりに囚われて、力の使い方を知らない。筋肉はあるのに運動音痴なんだよ。

 お前の悪癖を直す時間を俺に与える。それが協力する条件だ。それが飲めないならこの話は無しだ」

「……いや、私にそんな時間を費やしてる間にヴォルデモートは皆んなを……!」

「もっともな心配だが、そこは問題ない。魔力感知は苦手か?強力な援軍がやって来たことに気付いてねえな」

「援軍?」

「時間は稼げる。その時間を、俺の考え得る限り最も有意義な時間に費やす。そう言ってるんだよ」

 

 ヴォルデモートと戦うのはゴドリックかロウェナだとして、稼げる時間は三〇分から一時間は固いだろう、と予測を立てるダンテ。「どうだ?飲めるか?」と、紅い少女に問いかける。

 

 正直なことを言うと……シェリーは、今すぐにでも飛び出してヴォルデモート戦に加勢したかった。

 彼女視点では、ヴォルデモートと戦って負けて、しばらくの間は気絶していて、今さっき起きたばかりで。自分が何もしていない間に、他人が戦況を押し留めてくれていたという状況なのだ。

 

 ここで足止めを食っている暇なんてない。一刻も早く向かうべきだ。……と、以前のシェリーならそう言っていたかもしれない。

 けれど数年の間、戦乱の中で一人眠っていた経験と、何より本物のシェリーから告げられた言葉が、彼女の選択に影響を与えていた。

 勿論、悩みはした。

 けれど彼女の答えは最初から決まっていた。

 

「……お願いします」

 

 深々と頭を下げるシェリー。それを見て、ダンテは満足そうに頷く。

 

「とにかく時間がねえ。取り零すなよ、シェリー」

「はい!」

 

 気を引き締めるシェリーに、ダンテはニヤリと笑うのであった。マクゴナガル、スネイプ、偽ムーディー(クラウチJr.)、ダンブルドア……彼女を指導し、彼女の強さに寄与してきた教師達は、これまでにも何人かいた。

 けれどより深く、そしてより的確に個人で指導する教師は、彼が初めてであった。

 

──もしシェリーに師匠と呼べる存在がいたとしたら。

 それはきっと、ダンテ・ダームストラングがその一人なのだろう。

 二人の奇妙な師弟関係は、こうして始まった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「──霞初月(シルフ)

 

 柔らかな風が吹いた。

 暖かい心地の春風、花がそよいで木々を揺らすような穏やかで優しい風だった。

 戦場の只中にあって、その風の存在は異常とさえ言えるだろう。涼しげなその風が吹いた途端、どこからか男が現れて、そして消えた。

 

(何が起きた?)

(何が起きたんだ今)

(えっ、何今の)

 

 ヴォルデモート、ベガ、アルビレオは、それぞれ困惑の表情を見せていた。無理もあるまい。戦いの最中に現れた謎の男が、魔法使いの頂点同士の激闘に割って入ったというのだから。

 

(ベガに当たる筈だった俺様の魔法が、当たる寸前で突然消えた。かと思えば、消えた筈の俺様の魔法が死角から飛んできた……)

(つまり……今の一瞬で魔法の転移を行った!)

 

 魔法の転移自体は、ベラトリックス戦でベガも行っている。最大火力の火炎魔法を、姿現しで相手の体内に出現させる……杖を二本持ち、類稀なる演算能力が為せる神業だ。

 しかし今の場合は、使えるシチュエーションが限られる代わりに難易度は数段下がるお手軽版だ。

 グリフィンドールの剣で敵の攻撃を吸収し、姿現しで相手の死角に移動して、吸収した魔法を放つ……難しいことには変わりないが、訓練すれば実現可能ではある。

 

(よっぽど空間魔法に長けてなきゃできない芸当ではあるけどな……グリフィンドールの剣ってことは、ネビルがやったのか?……いや……そんな感じじゃねえな)

 

 アルビレオに続き、心当たりがない援軍がもう一人。

 あの空間魔法……おそらく妖精魔法の範疇だ。

 通常の姿現しではない、ハウスエルフが使う特殊な術式を使っての魔法移動。だがそれを使ったのは、どう見ても人間の成人男性だ。

 

「貴様は誰だ!」

「──僕の名前はゴド。ベガ君、君の味方です」

 

 

 

 

 

(ゴッド)だぁ?また変なのが来たな」

「お前もそのクチかよ!ったく、ヘンテコなセンスの奴が増えやがった」

「俺様の前で(ゴッド)を名乗るとは不遜な!」

「…………。ええ、まあ……それでもいいです」

「ったくよォ、ここにまともな奴はいねえのかよ」

(ポルターガイストが何言ってんだ)

 

 

 

 

 

 ゴドリックはちょっと頭を抑えると、自身の象徴であるルビーの剣を掲げた。ネビルが使っていた剣……ベガはその男が、「真のグリフィンドール生」であることを認識した。

 

「……取り敢えず、僕は君の先達のようなものです。突然現れて色々と複雑な心境でしょうが、僕のことをどうか信頼していただけると助かります」

「…………!」

 

 ベガはアルビレオの方をチラッと見ると、

 

「まぁ……そういうこともあるわな」

「何でコッチをチラッと見たんだコラァ!」

「うるせーな!別に『急に現れてキレ散らかすポルターガイストより、急に現れたとはいえこっちの物腰が丁寧な兄さんの方が信頼できそう』とか思ってねえよ!」

「思ってるから出る台詞じゃねえか!」

(あのポルターガイストは何なんだろう……最初は彼の使い魔かと思いましたが……)

 

 何だか賑やかな面子だなぁ、と一人ごちるゴドリックだったが……ふと、ほんの僅かに焦りを含んだ顔でベガの方へと駆け寄る。

 

「君……!随分無茶をしましたね。時間稼ぎはしておきますから、少し休憩をなさってください」

「はぁ?何を……」

「不死鳥の炎の使いすぎです」

「!………」

「確かに便利ですが、疲労まで癒せる訳じゃない。多数の人間を同時に回復し続けながら戦うとなると、君の負担は計り知れません。幸い、癒し手は来ています。少しの間休んでいなさい」

「……………………チッ」

「いい子だ。『オーキデウス・アージェ』」

 

 ゴドリックはベガの周りにラベンダーの花をふわりと舞わせた。柔らかく穏やかな女性的香りの中に、清潔感のある匂いが混在している。決して不快ではなく、疲れた身体を穏やかに包み込む香りだ。

 

「おい、勝手に……」

「ラベンダーにはリラックス効果があります。トップノートにはまろやかなカモミール系の高級感溢れるテイストを、ミドルノートにはリンゴ、洋梨をふんだんに使ったスパイシーな香りを用意しました。最後は奥ゆかしい甘さに仕立ててありますが、気に入らなければ調整してくださいね」

「……フローラルブーケか……華やかだが、上品だ。だがこの香りは女性向けだろ」

「君はそちらの方がつけ慣れてると思いましてね。余計なお世話だったでしょうか」

「ハッ。……濃度は?」

「オーデコロン」

「香りの調整は?花瓶式か、蝋燭式か」

「蝋燭式ですが、スナーガラフの種の粉末を10%ほど配合しています。調整温度の幅と時間は花瓶式にも劣りませんよ」

「んあ……悪くねえ。十分だ」

「それはよかった」

 

 大きく息を吐くと、ベガは簡易的な結界を張り、その場に座り込んだ。あれは休憩というよりも、刃毀れした包丁を研ぎ直す時間と言った方が性格だ。

 今ベガに不用意に攻撃したとて、あまり意味はない。また先程のような戦いが繰り返されるだけだ。

 それよりもまずは……。

 

「ゴドとか言ったか。……貴様が何者かは知らんが……見る限り明らかに只者ではない。貴様のような魔法使いがまだ残っていたとは……」

「…………」

「海外の魔法界が重い腰を上げたか?……しかし、腕の立つ魔法使いの顔くらい把握している自負はあったが、見ない顔だな?ゴド、ゴドね……まさかゴドリック・グリフィンドールだったりしてな!ハハハ……」

「…………」

「……いや待て有り得るか?ダンテがいるわけだし……チッ、まあ、ここで叩き潰せばいいだけよ」

「やってみるといい。やれるものなら」

 

(──こいつ。先程から全く表情に変化がない……ポーカーフェイスにしたって不気味だ。そのくせ視線だけはこちらを捉えてきやがって……可愛げのないやつ。どうもこういう手合いは好かん……)

 

(──自分の力に自身があるタイプのようですが……あの口振りを見るに他人を分析する癖がある……多分、手数が多いんでしょうね。切るカードに絶対の自信があるというよりも、カードを切る上手さに自信があると見ましたが……さて)

 

 

 

「お辞儀をするのだ、ゴドよ」

「騎士として、最低限の礼は返します。ミスター・ヴォルデモート」

 

 

 




ダンテは戸籍もないところから北部魔法界の中心人物にまで上り詰めてるだけあって、政治能力や人を扱う才能みたいなのがとても高いです。本人は別にそんなつもりなかったのにシレッと監督生になったり初代ダームストラングの校長になっちゃいましたもんね。

逆に創設者達は良くも悪くも魔法界の超優秀な天才達なので、人間関係や教育はあまり得意な方ではありませんでした。

ゴド:淡々と叱るタイプ。無表情なのが怖い
パフ:基本的に厳しい。たまにお菓子くれる
レイ:とても厳しい
サラ:フレンドリーだが、かなり甘い


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28.ゴドリックvsヴォルデモート

 

──時は少し遡る……。

 

 今後の方針が決まったところで、ネビルや創設者達はとある一つの疑問に気付く。

 そもそも彼等はヴォルデモートの奸計により、城の奥深くまで連れて来られ、密閉空間でナギニに食い殺されようとしていたのだった。

 いわばここは、廃棄物処理場……疲弊した侵入者達をひとところに集めて、纏めて処理するための場所。

 

「つまり──エクスペリアームス!……やっぱり。簡単には逃げられないように壁や床もかなり頑丈に作られてるってことね」

「そういうことです」

 

 チョウは適当な魔弾を壁に向かって放つが、全くのノーダメージ。まるで大海に拳を突き出したかのような手応えのなさだ。

 

「ここに連れて来られた者は、あの大蛇に襲われる。大蛇から逃げようとしても、この部屋から脱出するのは難しい。強制的に大蛇と戦わせられて消耗してしまう……そういう仕組みですね」

「随分詳しいな……」

「禁じられた森も、元は侵入者を逃がさないための大仕掛けのトラップのようなものですから」

 

 これもそういう類のトラップだ。

 純粋な戦闘力こそ劣るものの、回復やサポートなどの能力が高い、放っておけば面倒な相手を纏めてこの処理場に放り込み、ナギニというシンプルな数の暴力で食い殺す……という。単純ながら、理に適っている。

 この城自体がヴォルデモートや紅い力の幹部が全力で戦えるように頑丈にできているのだが、ここはより堅牢な作りというわけだ。

 

(グレイバックも似たような戦術を取ってたな……)

「むっほっほ、しかし奴さんも計算が一つある。言わずもがな儂等の存在だのォ。

 若人よ、下がっていなさい。この程度の空間、儂の魔法なら簡単に穴を開けられる」

「おいサラ!お前の魔法は消耗が激しいパフ。魔力の少ない今、大技を下手に使えば即・魔力が尽きて受肉体から魂が離れてしまうパフよ!」

「まァそう言うでない。兵は拙速を尊ぶ、この程度のことにあまり時間はかけられんじゃろ?さっさと壁をブチ破って、外に出るに限るわい」

「……。チッ」

「ようし、それじゃあズドンと一発行くとするか!」

 

 サラザールはブラックバーンの杖を借りると、ブツブツと何やら唱え始める。彼の足下には禍々しい魔法陣が浮かび上がり、悪魔でも召喚するかのような仰々しさで狂気が紡がれる。

 

(あれ、この感じ……)

 

 真域使いの戦いを近くで見たネビルは理解する。この老人が操っている魔法が、神の領域にある魔法だと。

 

「真域の水、真域の風」

 

 右手には水、左手には風。

 天変地異を掌に乗せて、魔法の言葉を唱えましょう。

 

 

 

 さあさ君もおいでよ、死の行進(デス・パレード)

 大丈夫さ怖くない、手を繋いで一緒にさ。

 天に吠えて、地を捩じ伏せて。人の身に闇を灯す。

 

──溶けた。堅牢な壁が融解した。あまりの破壊力に、世界は音を忘れてしまっていた。余波で稲妻が生まれ、肌は暴威に総毛立つ。

 

「これって……ベガやベラトリックスが使っていた真域級の魔法……!?それを、二つ同時に使ったのか……」

「おお、この時代にも真域使いがいるのか。左様、属性魔法の頂点、神々の領域にある力。その力を儂は二つも振るう権利を戴いた。

 もっとも、そんなことをしたせいで神様の怒りを買っちまってのう。他の魔法を全て使えなくなってしもうたんじゃ!ズルはするもんじゃないのう、神様からバチを貰ってしもうた。今ではアロホモラすらできんわい」

 

 ……話のスケールが違いすぎる。ガッハッハと豪快に笑う禿頭の老人が、ダンブルドアの同類──伝説級の魔法使いだということを、まじまじと思い知らされた。

 

「ありがとう、サラ。それでは僕はこれで失礼」

「おう、気をつけて……、ム。もう行きよったか。相変わらず速いの、魔法界で二番目に速いと言われただけのことはある!」

 

 ……こんな絶大な力を持った魔法使い相手に、僕達ができることなんてないな……。

 それが分かると、何だか気が抜けてしまった。しかしルーナはマイペースにサラザールに話しかける。怖いものとかあるのかこいつ。

 

「さっきのあんたの攻撃も凄かったけど……闇の帝王のところにグリフィンドールを行かせたってことは、彼が一番腕が立つの?」

「ううむどうじゃろうなァ……ゴドと戦えば、100回の内の99回は儂が勝つじゃろうて」

「駄目じゃん」

「そうだのォ。四人の内、最強は儂じゃろう」

 

 「しかし、」と老人は過去を振り返るように続けた。

 

「彼奴はいつも僅か1パーセントを引き寄せる……そんな不思議な男じゃったよ」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

(この赤髪……!腕が立つ……!!)

 

 ヴォルデモートは、三割の杖で盾の呪文を展開し、残りの七割の杖で攻撃する単純ながらも強力な戦法──それを放棄していた。

 今の彼は、魔力を鋭敏に感じ取り、高速で動き回る機動戦を行っている。それはヴォルデモート本人が望んだものではなく、そうせざるを得なかったのだ。

 

(あの剣、魔法を吸い込む能力ではなかったのか!?俺様の盾の呪文をいとも容易く切り捨てた……あまりにも鋭すぎる切れ味、触れればどうなるか分からん!)

 

 物理攻撃も、魔法攻撃も、関係ない。

 あの剣に触れたものは一切の抵抗なく切断される。あまりにも抵抗がないので、すり抜けているように錯覚したほどだ。

 

──ヴォルデモートは魔弾を放つ。

──しかし、切断される。

 

──ヴォルデモートは城を操作して質量で押し潰す。

──しかし、切断される!

 

 あの剣は何もかも擦り抜けて、そして分断する。それだけの威力を秘めている!何重もの盾の呪文を展開していながら、容易く首元を掠めた時は、心臓がまるで跳ね上がるかのようだった。

 

「あのロングボトムの小僧がその剣を振るった時は、そんな切れ味はなかった筈だが……!?」

「これがこの剣の本質です。とある小鬼の名工がその生涯をかけて作り上げた『失敗作』。特殊な力なんてありはしない、ただの切れ味が良すぎるだけの剣。

 一切の刃毀れは存在せず、刃が止まることはない。全てを拒絶するが故に、返り血さえ浴びることはない。斬れ過ぎて使い勝手が悪すぎるんで、性質を反転させてようやく実用に至ったじゃじゃ馬ですよ」

 

 ゴドリックはその剣があまり好きではない。

 手加減ができないのは勿論のこと、剣戟も鍔迫り合いもこの剣とは縁遠い存在だからだ。剣を交えて得る喜びを、鋭過ぎる斬れ味故に知ることはない。

 故にこれは剣というよりも──凶器。

 人を殺すことに特化した名もなき刃。

 

(こいつもどうせ時間稼ぎだと思っていた!アバーフォースのように、シェリーのように!ベガという最高戦力を万全の状態で俺様にぶつけるための捨て駒だと!)

 

 しかし、どうもそういう雰囲気ではない。

 殺しに来ている。獣を狩るように、淡々と、冷徹に。

 魔法使いは良くも悪くも感情的になりやすい者が多いが──…奴は冷静だ。冷淡すぎる。

 

(冷淡に俺様を殺しに来ている……!初めから全力全開で魔力を回してやがる、こいつめ!)

 

 勝負は互角。

 だが実態はそうではないことを、ヴォルデモートの魔眼は捉えていた。今のゴドリックは不安定な受肉体、魔力がなくなれば消えてしまう儚い存在。

 だからこの猛攻の狙いは、魔力が残っている内に押し切ろうとしているわけだ……!

 

「いいだろう──虚の震天!!」

「エクスペクト・パトローナム」

 

 現れたるは一頭の雄ライオンだ。豪放で雄大なたてがみが威厳を物語り、毅然とした顔が凛々しく、強さを感じさせる。

 だが──たかだか守護霊に何ができる?

 その思考を吹き飛ばすように、獅子は落雷のような威圧を孕んだ咆哮を上げる。そして……彼女達は一匹、そしてまた一匹と姿を現した。

 獅子の叫びに呼応して──どこから雌ライオン達が出現する。最初から潜んでいたかのように、突然に。瓦礫の隙間から金色の眼光を光らせて、彼女達は百獣の王に肉を捧げる女騎士となる。

 

「──突撃」

「ぐがォォォォォ!!!!!」

 

 ゴドリックの号令で、雌ライオン達が一斉に帝王目掛けて襲いかかる。十、二十……いやそれ以上。百頭にも登る獅子達による奮迅。数の暴力が牙を剥く。

 ヴォルデモートもまた、百本以上従えている杖から魔弾を放ち、獅子達を粉砕していく。

 一頭一頭はそれほど強力ではない。ヴォルデモートの魔弾ならば、獅子は数発当たれば消えてしまう。

 

 だが──…しかし、獅子の群れは顕在!

 一向に数は減ることはない!

 

(全く勢いが衰えない。確実に仕留めているのに、雌ライオン達は消える様子はなく、そして奥にいる雄ライオンは叫び続けている……。

 おそらく、あの雄ライオンを仕留めない限り、永遠に雌ライオンは尽きない。一度に呼べる数に上限はあっても呼べる回数に上限はないのだ!)

 

 虚の震天は杖の軍隊を創る能力だが……千年前にも似たようなことを考えた魔法使いがいたのか。

 

(俺様の第一神器が破られることはないが、獅子の守護霊は絶えず攻めてくる!これでは決着が着かん。

 となれば──…)

「勝敗は俺様達の攻防で決まる!という訳だな!」

霞染月(シルフ)!」

 

 ノーモーションの妖精魔法で、帝王の背後から斬りかからんとするゴドリック。こうも視界の外に移動されたのでは魔眼も通用しない。ゴドリックの魔力を感知し、瞬間移動する先に攻撃を当てるしかない。

 

(あの『何でも斬れる剣』に『姿現し』……面倒だ!おまけにこちらの魔弾は……)

燕千鳥(ノウム)!」

(奴の盾の呪文で威力を殺される……!何やら特殊な術式が施されているようだが)

 

 ゴドリックの盾の呪文は、ハッフルパフの使う盾の呪文ほど強固ではない代わりに、状況に応じて変幻自在に形と耐性を変える万能性が強みだ。

 攻撃が当たる箇所にだけ、盾の呪文が最高のタイミングで現れる……自動防御(オートガード)であり、瞬間的防御(ジャストガード)

 火炎魔法を使えば火の耐性を得るし、範囲が広ければその分盾も広がる……やり辛い相手だ。

 

(完全防御なら諦めもつくが、この盾の場合、俺様の攻撃を半減してるって感じが苛立たしいな……!

 いっそのことタイミングを合わせて過剰火力で吹き飛ばすか?ああ、いや、その場合だとあの剣を魔力吸収の方に切り替えて吸収するのか。よくできてる……)

「──ッ、そこか!」

 

 魔力一閃。ゴドリックを感知した瞬間に、超高速の魔弾を放つ。あの姿現しも、何度も行えば目が慣れる!

 タイミングも火力もバッチリだった、確実にダメージは入っている筈……、という、ヴォルデモートの目算は外れることになる。

 

鳩吹風(ニンフ)

「枯葉……!?囮か!」

 

 魔弾が貫いたのはゴドリックではなく、ただの紅葉。

 堆く積もった葉の集合体を囮に使われた……しかも、その紅葉は旋風と共に吹き荒れて、ヴォルデモートの視界を塞ぐではないか。

 

(ま──まずい!此奴相手に視界を塞がれるのは……!)

霞染月(シルフ)

「……!闇の帝王を、舐めるなぁッ!!」

 

 ヴォルデモートは風の魔力を飛ばして、強引に周囲一帯を捩じ切った。膨大な魔力が為せる荒業である。

 さしものゴドリックも瞠目した表情だ。ヴォルデモートのすぐ近くで剣を振るわんとしていたが……、高濃度の嵐のような風に、ほんの半歩、狙いが狂っていた。

 

「体勢を崩せば剣は振れまい!喰らえいッ!!」

 

 指揮者のように腕を振り、夜空の星々が如き数の魔力を叩き込まんとするヴォルデモート。

 しかしゴドリックもまた、戦いの申し子だった。

 

「なッ──…剣を捨て……ッ!?」

 

 ヴォルデモートの虚を突くため、ゴドリックは敢えて剣を手放した。手から離せばただの棒切れと化す杖と違って、剣は手元から離れようともその切れ味が衰えるわけではない。

 ましてあの凄まじい斬れ味を見せつけられた後では、ヴォルデモートの焦りも必然と言えよう。

 

「ふんッ!」

「があッ!?」

 

 ゴドリックはヴォルデモートの身体を投げ飛ばした。

 諸国を巡り修行の旅をしていた際に身に付けた、ちょいとした武術である。虚の震天のリソースのほとんどを守護霊に当てて、尚且つ剣を警戒して防御よりも回避の魔法を使っていたヴォルデモートは、その技を喰らってしまう。

 ぐるん──…

 ヴォルデモートの視界が反転し……

 そしてゴドリックは、無防備な体勢の帝王目掛けて渾身の一撃を放つ。

 

 それは後に、ウィーズリー家に伝わる秘奥義。

 空気中の魔力を凝縮して放つ──…

 

 

 

「──英雄の槍(ロンゴミニアド)!!」

 

 

 

 どれだけ捻じ曲がっていようとも、必ず前に進む螺旋の槍が、煌々とした赤い閃光となって弾けた。

 その威力たるや、烈火の如し。

 ヴォルデモートに出来た隙を見逃さなかった、ゴドリックという名うての勇者が喰らわせた一撃だった。

 

 英雄の槍は、ゴドリックの持つ魔法の中で最も高密度の破壊力を持つ魔法だ。これを喰らって無事で済んだ者はいなかった。かの創設者達でさえも。

 しかも今の攻撃は、紅花苺(イドラ)……妖精魔法の一種を付与した一撃だった。無言呪文を唱えれば完全詠唱並のパワーを、完全詠唱すれば無言呪文並のスピードを得る妖精魔法だ。

 パワーもスピードも、申し分なかった。

 ……決着は着いた、その筈だ。

 

──静けさが、場を支配する。

 

 ビリビリと、杖腕が痺れる感覚を味わうゴドリック。

 痺れを押して自身の名が冠された武器を拾い上げ……しかしてその鋭い眼光を絶やさない。勝利の余韻に浸ることはなく、目の前の相手をキッと睨んだ。

 

 

 

 

 

「があッ、はぁ、はぁ……!!」

 

 砂利を踏み締める音。

 ゴドリックは油断なく、杖と剣を再び構える。

 

「今のは痺れたぞ、クソめが……!!だが、まあ……重たい一撃だったが、貴様を倒すのに支障はない……!」

「……流石に凹みますね……」

 

──煙の中から現れるヴォルデモート。

 必殺の魔法を喰らっていながら、彼はしかし五体満足で立っている。

 

 ゴドリックは相変わらずのポーカーフェイスだったが内心では困惑を抑えられなかった。

 今の英雄の槍(ロンゴミニアド)は、通常より多く魔力を込めた。

 あらゆる魔力障壁をも貫く魔槍……それがあの程度の消耗で済んでいるのは、流石に何かおかしい。急所を外れたにせよ、あの魔法は毒も内蔵する。その魔力は確実に帝王の内部へ侵食し、傷を負わせたはずだ。

 

(しかしどう見ても奴に毒は回っていない……!

 この千年で防御や治癒の魔法が進化したと言われればそれまでですが……どうも様子が変だ……)

 

 まるで不死身の敵と戦っているような……。

 しかし、分霊箱(ホークラックス)の気配はない。

 奴に秘められた謎を解かなければ、奴を倒すことは敵わないだろう。

 

「……くっ……」

 

 だが、その謎を解く時間は、どうやら残されていないようだ。ゴドリックは膝をつき、息を荒くした。

 

「ようやく効いてきたか……貴様があの魔法の槍を放つ瞬間、俺様も呪法を放っていたのだ。高速で動き回る貴様にはカウンターが最も有効だと踏んでな」

「……そうですね。攻撃の瞬間だけは……回避や防御をすることができない……魔法使い同士の戦いでは、ままある決着の一つですね……」

「危ない賭けだったがな。しかし楽しめたよ。最期に貴様の名前を聞いておこう」

 

 チラリと視線を泳がせるゴドリック。

 守護霊の雄ライオンは、いつの間にやら倒されてしまっているようだった。数多くの獅子の群れを呼び、操るという強力な能力だが……それ故に魔力消費も大きい。

 加えてこの呪い……放って置いても、ゴドリックの魂は再び天に昇り、その役目を終えるだろう。

 

「……ゴドリック・グリフィンドール。勇敢で誇りある騎士たらんとする者だ」

「!やはりか……あの妙チキリンな剣が、どういう訳か貴様達を呼び寄せたのか……?

 しかし魔力こそ見劣りするものの、ベガやアレン、ダンブルドアに次ぐ力を魅せてくれたな……できることなら全盛期の貴様と戦ってみたかったが。俺様もこの貴重な時間を過ごせたことに感謝を表そう……。

 我が名はヴォルデモート卿。いずれ世界を支配する偉大なる闇の魔法使いだ。箔がついたな、ミスター・グリフィンドール」

 

 ヴォルデモートは、ゆっくりと手を上げて、数多の魔法の杖の照準をゴドリックに合わせた。

 

「……どうやら何か勘違いしているようですね、ヴォルデモート卿」

「なに?」

「今のは騎士として、最低限払うべき礼節を通したまでのこと。闇に堕ちた魔術師と言えど、王を名乗るならば名乗るのが必定。ましてや倒すべき敵として相対するなら尚のこと……」

「……何の話をしている」

「分かりませんか。戦場において魔法使いが名乗る理由は一つ。決闘の開始の合図だ」

 

 ゴドリック・グリフィンドールの眼は死んでいない。

 獅子の如き眼光は衰えを知らない。

 魔力を殆ど失ってしまっているというのに……ゴドリックのまるで、これから戦いが始まるかのような言い草に困惑するヴォルデモート。

 猛き紅獅子は、己を奮い立たせんと、裂帛の気合いを放っていた。

 

「何をする気だ!?……いや聞かんでもいい!今すぐ貴様を殺す!抵抗するなら勝手にしろ!」

 

 ヴォルデモートは一斉に魔弾を掃射する。

 目の前の脅威を即刻、排除するために──…。

 

「──死に体で抗えるならなあッ!!!」

 

 ゴドリックは、ポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────紅い力、解放」

 

 

 

 

 

 

 




創設者は基本的には学びを乞う者には寛容で、分け隔てなく接してはいましたが、寮の精神に個性があるようにそれぞれ苦手な人種がありました。

ゴド→契約の抜け穴を突いてくる小鬼や、悪戯好きで気まぐれな妖精などの異種族が苦手。差別意識こそないが彼等には何度も痛い目を見ているため、扱いに困ると思っている。種族問わず勇敢で高潔な精神は好き。

パフ→医療の現場に差別意識は最も不要なものなので誰でも等しく扱う。強いて言うなら、治療を受けようとしない患者は嫌い。

レイ→向上心のない者、やる気のない者に嫌い…と言うよりも興味を持たない。他人の脚を引っ張る者、闇の輩を軽蔑、唾棄している。自分にない知識や技術を持つ人間を尊敬する。

ザリン→一見寛容で甘く見えるが、生まれつき強大な力を持つために無自覚に傲慢。マグルを魔力を持たない哀れで脆弱な生き物と思っており、魔法族がマグルを守るべきだと考えている。



◯ゴドリックの妖精魔法
紅花苺(イドラ) 冬の花 攻撃バフ
燕千鳥(ノウム) 夏の鳥 変幻自在の盾
鳩吹風(ニンフ) 秋の風 身代わり+回復
霞染月(シルフ) 春の月 特殊な姿現し
別に覚えなくていいです。


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