眠る前にも夢を見て (ジッキンゲン男爵)
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降臨する神々
#1 眠りに付かずに


 そして、ヘロヘロもログアウトし現実へ帰って行った。

 

 ここは体感型オンラインゲーム『Yggdrasil(ユグドラシル)』の世界。

 仮想世界内で現実にいるかのように遊べるそのゲームは、西暦二一二六年にスタートして以来、一世を風靡し――二一三八年の今日、幕を下ろす。

 

 モモンガはたった一人、四十一席ある円卓の誰もいなくなった空席へつい溢してしまう。

「折角の最終日ですから、良ければ最後まで遊んで行きませんか…」

 その声は自分で呆れてしまう程に情けなかった。

 はぁ、とため息をつこうとした瞬間――

「はい!」

 虚しいはずだったセリフに、明るい肯定が届いた。

 

 ヘロヘロの座っていた方を向いていたモモンガは驚きながら、声がかかった方へ振り返った。

「――いつの間にインしてたんですか!フラミーさん!!」

 モモンガの斜向かい(はすむかい)には――天使にも見紛う六枚三対の羽を背負う、藤の花のような淡い紫色の肌をした女性が座っていた。

 彼女は神の敵対者(サタン)、悪魔だ。

「ふふ、今ですよ!でも驚いちゃったなぁ。インしたらいきなり最後まで遊びましょうなんて!」

 嬉しそうな声で笑う彼女はアインズ・ウール・ゴウンを設立し、後ろから数えたほうが早いほどに遅くギルドに加入したメンバーだ。

 遅くにギルドに入っただけあって、ゲームを始めたのも遅く、今でもたまに気が向くと遊びに来ていた。

 

「あ、ははは、すみません。ヘロヘロさんに言ったつもりだったので…。」

 モモンガはそう応えながら、驚きが落ち着いたせいか再び寂しさを感じ始めていた。

「ヘロヘロさんいらしてたんですね。私お会いし損ねました…。」

 寂しさは伝播するようで、楽しげな雰囲気だった声音は少しトーンが下がったようだ。

 モモンガは少し反省し、努めて明るく返す。

「あ、でも…ヘロヘロさん、またどこかでお会いしましょうって言ってましたよ!」

 フラミーはどこかで…と、来るはずのない明日を探すようにオウム返しをした。

 それはどこかモモンガ自身の姿に重なった。

「そうだ!ねぇ、モモンガさん。私今日落ちたら、皆でまた軽く遊べるようなゲーム探します!だから、良いものが見つかったら、また一緒に遊んでくれませんか?」

 モモンガは声が上擦りそうになるのを抑えながら、勿論!と笑顔のアイコンを出した。

 

+

 

 その後強制ログアウトまで約八分と短い時間を見咎め、華々しく終わりを迎えようと、モモンガはギルド武器を携え、二人は玉座の間へと向かった。

 

 途中NPC達――執事たるセバスや、戦闘メイド(プレアデス)を引き連れ、第十階層玉座の間へと辿り着く。

 玉座に掛けたモモンガと、玉座を挟みNPC(アルベド)とは逆サイドに立ったフラミーは感慨深げに四十一枚あるギルドメンバーの旗を眺めた。

 モモンガは途中、このNPC(アルベド)はどんな設定だったっけ…と思ったが、今はギルドの思い出に浸る事にした。

 

(本当に…楽しかったんだ…。)

 

「ホント楽しかったですね。」

 

 口に出ていたかと、この日二度目の驚きを持って声の方を見ると、モモンガは変わるはずのないキャラクターの表情に涙を幻視した。

 

「次は私、きっと初期メンバーになれますよね。」

「なれますよ、俺とふたりで始まっちゃう気がするのだけが問題ですけど。」

「ふふ。モモンガさんは中々の廃人だから、ふたりぼっちじゃすぐ置いてかれちゃいそう。」

 朗らかな笑い声が響く。

 

(最後の時を一人で過ごさないで済んで良かったなぁ。)

 

 そう思ったのはモモンガか、フラミーか。

 

 いよいよ時間が迫る。

 

 何年も遊んだゲームだ。

 

 アバターも、ハンドルネームも、既に半身のようになってしまった。

 

「こんな時、どんな言葉が似合うんだか…、私よくわかんないです。」

 へへ、とフラミーから薄い笑いが漏れた。

 

 こんな時にサービス精神が旺盛になってしまうのは男の性だろうか。

 

15..14..13...

 

「フラミー、そう寂しがる事はない。今日でユグドラシルは終わりを迎えるが、我らアインズ・ウール・ゴウンと、そしてナザリックの繁栄はここで終わるわけではないのだ。」

 

 これまで多くの友人達と遊ぶときによくやっていた、モモンガの「魔王ロール」だ。

 その声はどこか威厳を感じさせるものだった。

 

8..7..6...

 

 フラミーは大きく頷く。

「はい!モモンガ様!次の世界でもまた共に歩みましょう!」

「そうだ!その意気だフラミー!」

「はい!モモンガ様!」

 

3..2..1..

 

「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」

 

「「「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!!」」」

 

 二人は驚きに肩を揺らし、声の主たちを見た。




か、書いてしまいました。
因みに私の中の「サタン」のイメージはデビルマンの飛鳥了最終形態でございます。
でも肌色の肌では捻りがないかと思い、とりあえず異形感出していこう!ということで紫です。
緑も良いと思いかけたのですが、緑じゃナメック星人ですものね。

2019.4.27 ペリ様誤字修正ありがとうございます…(//∇//)使い方がわからず一瞬戸惑いましたが無事に直せました。
また一つ賢くなりました!


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#2 眠らぬ墳墓の

「「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!!」」

 

 モモンガとフラミーは向き合っていたが、続いて来た唱和に驚きを隠せぬまま、声の主を探してゆっくりと振り返った。

 NPC達はさっきまでと同じ格好のまま控えている。

 

 先に平常心を取り戻したのはモモンガだった。

 モモンガの頭の中にはギルドの中でも最も手のつけられない様々な問題を引き起こす問題児の名前が浮かんだ。

「るし★ふぁーさんのイタズラにしてはソフトでした…よね?」

 モモンガへ向き直ったフラミーは半笑いだ。

「こんなコマンドがあったんですね。るし★ふぁーさんならこのまま何かが爆発してもおかしくなさそう。衝撃に備えろ、なんちゃって。はは。」

 

 そして向き合っていたモモンガは硬直する。

 

「フラミーさん、なんで口が動いて…。」

「え?何言ってるんですか?口…?口が――動いてる…。」

 顔を触りながら感触がある事、口が動いていることに驚愕し、フラミーは慌て始めた。

「もしかして、ユグドラシルⅡ始まったんです?」

 聞かれてもモモンガには分からない。

 そしてモモンガもGMコールがきかない事、ゲームのログアウトや設定を開くことができるコンソールが開かないことに焦る。

 中空をコツコツと叩くように手を動かすモモンガの挙動と、身体中をせっせと触るフラミーは誰が見てもどうかして(・・・・・)しまったような雰囲気だ。

 

「どうかなさいましたか?」

 

 透き通るような女性の声に、二人はまるで練習したかのようにピタリと合った呼吸で視線を向けた。

 

「どうかなさいましたか?モモンガ様…?フラミー様…?」

 そしてもう一度同じ問いが届く。

 モモンガもフラミーも、誰の発した問いなのかを理解すると、唖然とした。

 その声は間違い無く、NPCたるアルベドのものだった。

 

「GMコールがきかないようで――いや、ようなんだが…。」

 なんとか絞り出した声が震えていない事に安堵しながらモモンガは答えた。

 

「…お許しを。GMコールと言うものに関する問いに、この私にはお応えする事ができません。どうか無知なる私に、この失態を払拭する機会をお与え下さいませ。」

 

 モモンガはフラミーと目を合わせた。

 お互いなにかを言おうとするも、何とも言えない空気が視線の間を流れ、モモンガは耐えきれずセバスの方へ視線を彷徨わせた。

 

 するとセバスと目が合い――

「申し訳ございません。私もGMコールが何たるか存じ上げません。」

 まるで生きているかの如くセバスも会話に参加してきた。

 

 一言も物言わず茫然自失となっているフラミーの様子に、逆に冷静さを取り戻したモモンガは、テキパキとセバス、戦闘メイド(プレアデス)へ地表の確認指示を飛ばした。

 

「セバス、そして戦闘メイド(プレアデス)よ、行動を開始せよ!」

「は!承知いたしました!」

 声が響きモモンガとフラミーへ跪拝すると、セバスは戦闘メイド(プレアデス)を伴い、巨大な扉の向こうへ消えていった。

 

 ――嫌がられなくて良かった。

 モモンガが安堵するのもつかの間、アルベドから問いが来る。

「それで、モモンガ様。私はいかがいたしましょうか。」

 

 何で俺に名指しで聞いてくるんだ、と焦りからか無意味な感想を抱く――と、ふと気持ちは落ち着き、モモンガの中にはもう焦りはなくなっていた。

「今から1時間後に第六階層アンフィテアトルムに集まるよう、各階層守護者達へ連絡を取れ。」

「畏まりました。そのように取り計らいます。」

「よし。行け!」

「それではモモンガ様、フラミー様、御前失礼いたします。」

 アルベドが優雅に玉座の間を後にすると――扉が閉まりきった直後に「命令キター!!!!」と雄叫びが聞こえた気がした。

 

「あ、あの、モモンガ…さん?」

 二人だけになった玉座の間に少し怯えたような、頼りなげな声が響く。

「はい。フラミーさん…。」

 答えたモモンガの声はこれまでと違い、威厳に満ち溢れるものから温和な雰囲気のものへと変わっていた。

 

 フラミーはいつものモモンガの声に安堵すると続けた。

「ここ、本当にユグドラシルなんでしょうか?落ちれないですし…こんなの電脳法違反です…。でも…まるでゲームじゃないみたい…。」

「本当、ゲームだとはとても思えませんね。コンソールも出ないですし、運営とも連絡取れないですし…。」

 仮想世界では電脳法によって五感の内味覚と嗅覚は完全に削除されており、触覚もある程度制限されている。また、DMMO-RPGなどで相手の同意なく強制的にゲームに参加させることは営利誘拐と認定されているのでログアウトは簡単にできるはずだ。

「私達、どうなっちゃうんでしょうね…。」

 モモンガはフラミーの中に不安が広がっていくのを手にとるように感じた。

「ともかく、ここが何なのか、どこなのかNPCが調べに行ってくれましたし、大丈夫ですよ!俺は今、NPC達に取った態度が正解だったのか分からなくて怖いです。セーブポイントがあればやり直したいなー、なんて、はは。」

 モモンガは己の不安を隠すために努めていつもと同じような言葉を選んだ。

「あは。モモンガさん、凄くカッコよかったですし多分大正解ですよ!こう、魔王って感じでした!行動を開始せよ、なんて私言ったことないですもん!」

「普通に生きててそんな事言うタイミングないですもんねぇ。俺も初めて言いました。」

「ふふ、モモンガさんはウルベルトさんとペロロンチーノさんと一緒に言ってそうです!」

「あー、そうかも知れないですね。ははは。」

 少し愉快な気持ちに乗って二人で笑い合うと、突然モモンガの笑い声は消え、素に戻ったような雰囲気を感じてフラミーは首をかしげた。

 

「はは――ん?どうかしました?」

「あ、いえ…なんか、さっき驚いた時もそうだったんですけど、感情に大きな動きがあると感情が抑制されるみたいで…。」

「何ですかそれ、怖いですね。アンデッドのスキルみたい…。」

 ハッとしたようにモモンガが声を上げる。

「俺、本当にアンデッドになっちゃったのか…?」

「え!じゃあ…私も悪魔になっちゃった…?」

 顔を見合わせ沈黙すると、フラミーの呼吸音だけが聞こえ続けた。

 

「私、悪魔になっちゃって生活していけるのかな。」

 間が空いてから漏れ出た素朴な疑問に、モモンガはさらに疑問を返す。

「フラミーさん、ここでその体で生活していくつもりなんですか?」

「あ、その…お恥ずかしながら、リアルに戻れないなら戻れないで、と言うか、落ちれないなら落ちれないで…もういいかなーと言いますか…。ははは…。」

 所在無げに言うフラミーにモモンガは瞳の灯火を一層赤くした。

 

「フラミーさんは絶対帰りたいと思ってました。最近仕事順調って言ってましたし。」

「あ、うーん。順調は順調でも、今まで泥の中歩いてた感じから泥舟に乗り換えられた程度なんで…正直、孤児院育ちの私はここで生活していけたらいいなーなんて、思っちゃったりして。」

 ははは…と笑うフラミーに、解る!と声を上げそうになったモモンガだったが、どこかと線が繋がる感覚にこめかみをそっとおさえた。

 地表部に出たNPCから<伝言(メッセージ)>が来たようだ。

 四十分後くらいには第五階層にある円形闘技場(アンフィテアトルム)に来て地表の状況を説明するように指示を出し伝言(メッセージ)を切った。

 ここ――ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのホームであるナザリック地下大墳墓は一から十の階層でできている。

 

「モモンガさん、今の独り言とっても危ない人です。」

「ちょっと!違います!違いますからね!!」

「ふふふ、なんちゃって。わかってますよ、冗談です。ユグドラシルの時の伝言(メッセージ)モーションと一緒でしたもん。」

 イタズラそうに笑うフラミーにモモンガは懐かしさを感じた。

 

「まったくもー。しかしゲームじゃなさそうなのに魔法が使えるんですね。実は俺、自分の中にある魔法の感触みたいなものをずっと感じてるんですけど――フラミーさんはどうですか?」

「私もです。何となく怖くって努めて無視しようとしてましたけど。」

 モモンガはふむ…と骨の手を口に当てた。

「…俺、伝言(メッセージ)使えるか試してみてもいいですか?」

「もちろんです!送って下さい!」

 フラミーはドンっと胸を叩き、モモンガはこめかみに触れ、唱えた。

「<伝言(メッセージ)>――。」

 ――すぐにフラミーもこめかみに触れた。

 二人の間にたしかに線が繋がる感じがした。

「『はひ!私です!』」

 空気の振動で耳に届く声と、直接脳内に響く声が二重に聞こえた。

「すごいな。本当に繋がった。」

 フラミーはむむ…と唸ると、じっとモモンガを見つめた。

「――…あれ?もしかして、そっちは繋がってないですか?」

「『あ、いえ!繋がってます!口に出さなくても聞こえるのかなってちょっと思ったんですけど、聞こえないみたいですね。』」

 モモンガはなるほどとうなずいた。

「俺も試してもいいですか?」

「『そしたら――』」フラミーはそう言うと、くるりと背を向け玉座下に続く三段程度の階段に座り込んだ。「『どうぞ!右手か左手上げてって声に出さずに送って下さい!』」

「行きますよ。」

 モモンガは心の中で話しかける。

(聞こえてますか?右手上げてくださーい。)

 しかし何も起こらない。

(ジョークでスルーするのは無しですよ。)

 しかし何も起こらない。

「ダメみたいですね。」

 モモンガがそう言うと、フラミーは振り返りこめかみから手を放した。

「魔法とはいえ流石にゲームの時と同じでしたね。」

「本当ですね。でも、仮想現実が現実になったとして…全てがゲームのままだと思って挑むのは危険です。ここで暮らして行くなら色々チェックが必要でしょう。……これから会うNPC達も。」

 今しがた会ったNPC達は従順だったが、他のNPC達も一様に味方であるとは限らない。

 フラミーはモモンガの言いたい事に思い当たると、呟いた。

「私、どのNPCにも勝てる気がしないです…。」

「大丈夫。ぷにっと萌えさんの楽々PK術を伝授されてる俺達なら、逃げ切れますよ。」

 

 二人はその後NPC――階層守護者と呼ばれる者達にどんな態度で挑むべきか、敵対されたらどうするかと様々な会議を行った。

 

「じゃあ、取り敢えず反旗を翻されなかったら、モモンガさんが社長って感じでいきましょうね!」

 モモンガは渋面だ。いや、表情は変わらないが唸り声があからさまに渋っている。

「いやー…順位みたいなの嫌なんですけどねぇ。普通に遊んできた友達ですし…。」

「でも友達同士で起業したって誰か一人は社長になるんですから!これは逃れられない運命なのねん!モモンガさんは社長さんなのねん!」

「それ何の真似ですか?なんか納得行かないですけど…仕方ないなぁ…。」

「えらいのねん!社長さんなのねん!」

 ふざけるフラミーを見て、この人歳下だもんなぁと昔交わした会話を思い出した。

 思い出に浸りかけたところで、モモンガの腕からは妙に幼い作られたような声が響きだした。

『モモンガお兄ちゃん。時間だよ。モモンガお兄ちゃん。時間だよ。』

 骸骨の腕から萌えボイスという頓珍漢な光景とは裏腹に、モモンガの頭の中は途端に緊張で塗りつぶされた。

「じゃあ、約束の十分前ですし、掛けられるバフをお互い全部掛けて――第六階層、上がりますか。」

 これから会う階層守護者と戦う事になるような最悪の場合、逃げに徹するとはいえ、命が掛かるかと思うと流石にいつも冷静なギルドマスターでも恐れるなと言うのは無理があるだろう。

 

 そんなモモンガの様子を知ってか知らずかフラミーも応えた。

 

「はい…。あ、じゃない、行動を開始せよ!!」

 

「それ俺のやつー。」

 




2019.06.20 KJA様 誤字のご報告をありがとうございます!適用しました!


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#3 忠誠の儀

 ギルドの紋章を頂く転移の指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を起動させ、二人は第六階層にある闘技場へと続く薄暗い廊下に移った。

 廊下の向こう、闘技場に守護者達がいる事を二人は確認した。

 良くも悪くも全員揃っていることに、緊張感が増す。

 アルベドは敵対しないという事が既にわかっているため、最強の盾役になる事をつい期待してしまう。

 どうやって気づいたのか、ふと全員の視線がこちらへ向いた。

 

 すると、その中から一人の少女が猛スピードで接近してきた。

 二人は身構えながら、話し合いの時に上がった「アルベドは敵対しないとしても、何かあった時に味方もしない状況の方があり得る」と言う話が何度も頭をちらつく。

 

 すぐに距離はつまり、キキキーッと急ブレーキを踏むように立ち止まると十歳ほどの少女は口を開いた。

「モモンガ様!フラミー様!あたし達の守護階層である第六階層へようこそおいで下さいました!」

 真夏に咲くヒマワリのように眩しい笑顔を見せたのはオッドアイの闇妖精(ダークエルフ)、この第六階層を守るアウラ・ベラ・フィオーラである。

 そのすぐ後ろを奇妙な走り方で追ってきた少女の影がモモンガの腕に抱きついた。

「ああ!私が唯一支配できない愛しの君!そして、フラミー様!一月ぶりの御降臨、心よりお喜び申し上げんす!」

 一息に言い切ったその少女は第一、第二、第三階層を守護する真祖(トゥルーヴァンパイア)、シャルティア・ブラッドフォールンだ。

 フラミーは固まり言葉が出なかった。

(NPCはゲーム内の記憶を持っているの…?)

 

 モモンガがどう感じたか探ろうと視線を向けるも、馴れ馴れしいとアウラに叱られるシャルティアの様子を少しだけ嬉しそうな雰囲気で眺めているその横顔は、一月ぶりという言葉に違和感を感じた様子はなかった。

 

「君たち、御方々の御前だよ。」

 気付けば近くまで来ていた三つ揃えの赤ストライプのスーツに身を包んだ悪魔が引き込まれるような張りのある声を挟む。

 第七階層《溶岩》を守護する叡智の悪魔、デミウルゴスだ。

 

「行きましょうか。フラミーさん。」

 支配者然とした声音でモモンガが言うも、腕にまとわりつくシャルティアの存在のせいかあまり格好がついていない。

 フラミーはうなずいた。

 アウラ、シャルティア、モモンガ、フラミーと横に並んで進むと、前にいたデミウルゴスは少しだけ道をあけた後、フラミーの斜め後ろから付いて来た。

 

 危害を加えられる様子がない事に気持ちが緩み、モモンガさんは人気者だなぁ…と考え――斜め後ろを無言でついてくるデミウルゴスにすぐに意識を向けた。

 何か話した方が良いのかとデミウルゴスに振り返ると、目が合いニコリと微笑まれる。

 少し笑って会釈を返し、結局なにも言葉を交わさぬまま歩いた。

 

 前方はちょうど、アウラの双子の弟である第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレが客席より闘技場へ飛び降りたところだった。

 すぐ下では第五階層《氷河》を守護するコキュートスが待っていた。

 翻ってしまったスカートを撫で付け、そそくさとコキュートスに駆け寄ると二人で並んで少し早足でこちらへ向かって来た。

 アルベドも優雅な足取りでこちらへ近付いて来ると、全員がある程度近くに寄り、立ち止まったのを確認し、統括としての仕事を開始した。

「それでは皆、至高の御方々へ、忠誠の儀を。」

 

 聞いたことのないチュウセイノギというものにモモンガもフラミーも自分達はどうしたらいいのかと内心焦る。

 しかし口を挟む隙なくアルベドを一歩前にし、守護者達は横一列に並んだ。

 一人一人が名乗りを上げ、皆一様にこうべを垂れて跪く――。

 もはや先程までの柔らかな雰囲気は霧散していた。

 

 最後にアルベドも名乗りを上げると――

「至高の御身に我らの忠義、全てを捧げます。」

 全員揃って再び恭しく頭を下げた。

 

 モモンガはどうしたらいいのか分からず、――誰も頭を上げていないのをいいことにフラミーの方を見た。

 対してフラミーは紫の顔を青くしたり赤くしたりしていた。

 あまり無様なところを見せてはいけないと思うも、何をどうしたらいいのか解らないモモンガは思わず絶望のオーラと黒き後光を背負ってしまった。

 絶望のオーラから感じた絶望に弾かれたようにフラミーがモモンガを見ると、モモンガは頷いた。

 少し冷静さを取り戻したフラミーを確認し、モモンガは告げる。

 

「面を上げよ。」

 

 ザッという擬音が聞こえそうなほどによく揃った動きで全員が顔を上げる。

 真面目な顔をして立っているだけで精一杯のフラミーに比べ、玉座の間の時と同じように――モモンガは守護者達へ様々な質問を投げかけた。精神が昂るたびに押し留められるように気持ちは凪いだ。

 モモンガ様と呼ばれるのがこんなにモモンガさんに似合うなんて――とフラミーが内心感心していると、更に戻ってきたセバスを交えて話し合いは続いた。

 

「それでは最後に、お前たちにとって私とフラミーさんはどのような存在だ。シャルティア。」

「美の結晶。まさにお二人はこの世界の宝でありんす。」

 

「コキュートス。」

「モモンガ様ハ、マサニナザリック地下大墳墓ノ絶対支配者ニフサワシキオ方カト。フラミー様ハモモンガ様ヲ支エル何ニモ代エ難イ()デス。」

 

「アウラ。」

「慈悲深く、深い配慮に優れたお方々です!」

 

「マーレ 。」

「あの、と、とっても優しい方達だと思います!」

 

「デミウルゴス。」

「深謀遠慮に優れた方で、まさに端倪すべからざると言う言葉はモモンガ様のために存在するかと。そしてフラミー様はリアル世界と我らの世界を行き来する次元を超える力をお持ちの方です。」

 

「セバス。」

「モモンガ様は最後まで残られた慈悲深きお方です。そしてフラミー様は例え一時的にナザリックを離れられても、必ずお戻り頂けると安心しておかえりをお待ちできるお方です。」

 

「アルベド。」

「私どもの最高の支配者と、そして最高の主人であります。そして、私の愛しいお方々!」

 

「なるほど。各員の考えは充分に理解した。フラミーさんはどうかな。」

 突然振られ、少しぼーっとし始めていたフラミーは今更ながらに第六階層に来てからまだ一度も言葉を発していないことに気が付いた。

 

「あ、えっと…皆…なんて言うんでしょう…。」

 

 躊躇いがちに出る言葉に、守護者は自分達の何かが気に入らなかったのではないかと、恐ろしい想像が黒雲のように胸いっぱいに広がっていくのを感じた。

 このまま、またリアルに行かれてしまうのではないか。

 それも、モモンガを連れて。

 

「その…皆…すごいです…。そう、すごいです!素晴らしすぎますよ。はは、ははは!私達、ねぇ、モモンガさん。私達、ここで生きていくんですね!」

 

 小さかった声は徐々に大きくなり、笑いが溢れ、輝くような瞳でモモンガと守護者をとらえた。

 

 その裏の無い真っ直ぐな言葉の意味を、その場にいた全員が、そう。

 モモンガも含めた全員が噛み締めた。

 

 ――ここで生きていくんですね。

 

 モモンガは動かぬ骨の顔で笑った。

「そうですね!――それでは私とフラミーさんは円卓の間へ行く。各員今後とも忠義に励め!」

 転移の指輪の力を解放し――モモンガの視界はいつもの円卓の間へと移った。

 一拍遅れてフラミーも現れると、二人は顔を見合わせ、モモンガは興奮気味に口を開いた。

「え、なに。あの高評価!あいつら、まじだ!」

「本当凄すぎますよモモンガ様!」

「ちょ、様なんでやめてくださいよフラミー様!」

「モモンガさんこそ!」

 朗らかに二人で笑いあい、そして笑い声は一人分になる。

 モモンガの沈静化を合図に、二人は守護者たちの感想を言い合った。




モモンガ:あ、今日はフラミーさんインしてたんですね!
フラミー:おはようございます!モモンガさん早いですね!
モモンガ:フラミーさんこそ!何時からいたんです?
フラミー:3時間くらい前から…笑
モモンガ:え?ほとんど夜じゃないですか!
フラミー:へへ。私、まだ弱いんで装備欲しいなーって思って。
モモンガ:言ってくれたら協力したのに!狙いのものは出たんですか?
フラミー:ひーん、でませーん。
モモンガ:それじゃ、そっち行きますよ!
<ヘロヘロさんがログインしました>
ヘロヘロ:おはです〜。
モモンガ:おお!丁度いい所にヘロヘロさん!
フラミー:おはおはです〜!
<ウルベルト・アレイン・オードルさんがログインしました>
ウルベルト:おはっすー。
ウルベルト:あれ?皆どこか行くんすか?
フラミー:私の装備を取りに行くのに付き合ってもらう所です!
ウルベルト:フラミーの装備か!お前もっと悪魔らしい格好しなきゃダメだぞ。よし、俺も行きますよ!
モモンガ:流石悪魔師匠〜!

こういうやり取りあったら楽しいですよね(//∇//)


2019.05.01 すたた様、誤字修正ありがとうございます(//∇//)


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#4 その頃の守護者

「す、すごかったね。お姉ちゃん!」

 マーレの言葉を皮切りに続々と守護者が立ち上がり、口々に支配者と主人の感想を言い合う。

 

 守護者たちにとって、最も大切なのは創造主だ。

 

 その次は絶対支配者たるモモンガ。

 ――もしかしたらいつか創造主と支配者の順位も変わるかもしれないが。

 そして、モモンガを支える至高の四十一柱の一柱、フラミー。

 フラミーは加入が遅かったのもあり、一人もNPCを創造してはいない。

 力も無く、百レベルではあるが、純粋な戦闘能力だけで言えば守護者最弱のデミウルゴス程度か、それよりも下だろう。

 天使を経て悪魔の王へと育て上げた浪漫ビルドの彼女は、モモンガと同じくカルマは極悪。

 そしてユグドラシルでは神の敵対者(サタン)は早いうちから発見されていたが、殆ど天使の見た目だと言うのに人間の街に入れなかったり、様々な制限ばかりが無駄にかかる上に、なんとなく不気味な紫の肌が合わさり中々の不人気職だった。

 フラミーは銀色の髪に黄金の瞳、紫色の肌に、重なり合う天使然とした六枚三対の翼を生やしている。

 足首まである少し広がりのある白いローブ風ワンピースは羽を避けるようにざっくりと背中が空いているデザインだった。

 長い髪はおだんご状に巻き上げられ、後れ毛がかかる首元が紫の肌とは言え艶かしかった。

 

「それでは、私はお二人のお側にお仕えするべきだと思うので円卓の間へ向かいます。」

 セバスは皆の感想を一通り聞き、自分は特に何も述べなかったが、とても満足した気持ちで守護者達へ挨拶すると、小走りで転移門の方へ向かっていった。

 

「ところで、随分静かだね?シャルティア、アルベド。」

 未だ跪いたままの二人にデミウルゴスが声を掛けると、それに合わせるように視線が集まった。

「ドウシタ。二人トモ。」

 掛けられた声にゆっくりと顔を上げたシャルティアの表情は、まるで夢見るように締まりなく、とろけきっていた。

「あ、あの凄まじい気配を受けて、少うし下着がまずいことになっておりんすの。」

「あなた、ビッチね!!」

 突然立ち上がったアルベドが大きな声を出した。

「あの素晴らしい気配を受けて――。」

「わかってるじゃないの!!」

 シャルティアに全てを言わせる前にアルベドが更に続けた。

 

「ああ、モモンガ様の何と素晴らしい気配!お力!フラミー様はお力を抑えられているのかあまり感じられなかったのが残念だわ!でもあの至高なる気配!くふぅー!」

 一呼吸で言い、手を前で組んで拝むようなスタイルで翼をバサバサと揺らしていた。

「モモンガ様の第一妃はフラミー様だとして、第二妃の座には立ちたいものでありんすね!」

「はぁ!?シャルティア、あんたフラミー様と殆ど同じ立場に立とうなんてちょっと不敬なんじゃないの!?」

 思わずアウラも口を挟んでしまった。

「それなら、側室を目指せば許されるんじゃないかしら!?」

「アルベドも何言ってんの!このバカがその気になるでしょ!」

「チビ助、女として間違っているのはおんしの方ではありんせんこと?あのモモンガ様に、側室でもいいから侍りたいと思うのは女に生まれたからには普通の思考じゃボケ!!」

 熱がこもり罵り始めるシャルティアに、アルベドは優しく語りかけた。

「シャルティア。やめましょう。そんな事を言ってアウラまで側室や第二妃の座を狙えばライバルが増えるだけよ。可哀想な子供は放っておきなさい。」

「ちょ!こ、子供って…!」

 アウラは反駁しようとするもシャルティアとアルベドはもう二人でビッチドリームの中だった。

 不思議と二人の後ろに桃色のキラキラと輝くようなものが見える。

 

「あー。女性同士の問題は女性同士に任せよう。」

 そう言って関わり合いたくないとばかりにデミウルゴスが少し離れると、コキュートスとマーレもそれに続いた。

「全ク。仕方ノナイ三人ダ。」

「ちょっと!三人!?コキュートスー!!」

 アウラの叫ぶ声が背中に降り注ぐが三人は聞こえないとばかりに離れていった。

 

「あ、あの、で、でも、フラミー様がモモンガ様のお妃様になるのかは、ちょっと気になります。」

「私もそう思うよ、マーレ。戦力の増強と言う意味でも、ナザリック地下大墳墓の将来と言う意味でもね。」

「そ、それはどう言う意味ですか?デミウルゴスさん。」

「なに、簡単なことさ。今はフラミー様はナザリックに居たいと仰って下さっているが、いつかまたリアルという世界に行かれる時、モモンガ様を伴って行かれる事があれば…。またはモモンガ様が我々に興味を失いフラミー様とリアルに行かれることがあれば…。その時、我々が忠義を尽くすべきお方を残していただきたいからね。その点ではお二人の間の御子ならば忠義を捧げるにこれ以上のお方はいない。」

「ソレハ不敬ナ考エヤモシレンゾ。ソウナラヌヨウ忠義ヲ尽クスノガ我々ノ役目ダ。」

 冷気を吐きながら横からコキュートスが口を挟んだ。

 

「ふむ。それは勿論理解しているとも。ただ、モモンガ様やフラミー様のご子息やご令嬢にも、忠義を尽くしたくはないかね?」

「ナニ…!?ムウ…ソレハ…憧レル…。オオ…爺ハ…爺ハ…!」

 コキュートスもトリップを始めた。やはりその背には星のような煌めきが見えた。

 

「それに、ナザリックの強化を考えれば、我々の子供はどれだけ役に立つかは知っておかねばならないからね。どうだろうマーレ。子供を作ってみないかね?」

「え?あ、あの、それは、デミウルゴスさんとですか?それともモモンガ様やフラミー様と?」

「ははは。私やモモンガ様とは難しいと思うけどね。ともかく、フラミー様とでなくても、どこかにいるかもしれない闇妖精(ダークエルフ)とかになるかもしれないかな。」

「そ、それがモモンガ様達のお役に立つことなら、ぼ、ぼく頑張ります!」

「そうかい。時が来たらまず君に声をかけるとしよう。」

 

 一息つき、まだ幼いマーレの事を下から上へとじっくりとデミウルゴスは眺めた。

 

「それにしてもマーレ。なぜ君は女性の格好をしているんだい?」

「ぶ、ぶくぶく茶釜様がお選びくださったものですから!オトコノコ、っておっしゃってましたから、間違いなくこれが僕の服なんです!」

 マーレは嬉しそうに声を張った。

 

「そうかい。ではナザリックにおいて少年はスカートを履くべきなのだろうかな。うん…?フラミー様は人間であるならば十八くらいにも二十五くらいにも見えますが…スカートを履かれているのはまさかオトコノコでは…ないですよね…?」

 

「「な、なんですって!?」」

 デミウルゴスの疑問に、今までトリップしていたはずのシャルティアとアルベドが遠くから耳ざとく食いついてきた。

 

 デミウルゴスの目には捉えきれないようなスピードで接近してきたアルベドとシャルティアがまくし立てる。

「ああ!!フラミー様が男性であったら、肉体がある分お情けを頂きやすいのではないかしら!?」

「で、デミウルゴス!!そ、そんな素晴らしいことがありんすの!?」

 興奮する二人にデミウルゴスはつい後ずさった。

 

「い、いえ…。私はわかりません…。滅多なことは言うもんじゃありませんね…。きっと女性だと思いますよ…。」

 

 デミウルゴスは思い付きで余計な事を口にしたことを後悔した。

 この後、コキュートス、シャルティア、アルベドの三人を正気に戻し、落ち込むアウラを慰める仕事が彼を更に後悔させたのは言うまでもない。




2019.06.04 kazuichi様 誤字報告ありがとうございます!適用しました!


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#5 世界を渡る力

 モモンガとフラミーが円卓の間で話していると、不意にノックが響いた。

 顔を見合わせ、二人は高速で身なりを確認し――「入れ」と命じるのはモモンガだ。

 

「失礼いたします。モモンガ様。フラミー様。」

 メイド数人を伴ったセバスに続き、数十種類の紅茶の茶葉が乗せられたサービスワゴンを押すメイド、手の平より小さなプチガトーが乗せられているサービスワゴンを押すキノコ頭の副料理長が入ってくる。

 モモンガはないはずの唾を飲み込んだ。

「モ、モモンガさん!見て!見て下さい!すっごく美味しそう!」

 犬なら尻尾を振ってハッハッと息を荒くするんじゃないかと思うようなフラミーの様子に羨ましくなる。

「見てますよ。はは。」

 モモンガは苦笑していた。この骨の体では食事なんてとても出来そうにはない。

 

「ふふふ。お疲れかと思い軽食をお持ちしました。お取りしますのでまずは副料理長であるピッキーよりメニューの説明です。」

 セバスに紹介され胸を張ってピッキーは料理を紹介していく。

 美味しそうだと自慢の料理を早速至高の御身に褒められ、ピッキーのテンションは相当上がっていた。

 セバスはなんと幸せなんだろうか、と仕えることを許された今という時間を噛みしめた。

 

 説明はまるで呪文のようで、モモンガはもちろんの事、フラミーの頭の中にも何一つ残らなかった。

 フラミーは欲張りすぎかと思いつつも、とりあえず一つづつと言い、ピッキーはメイドと揃ってせっせと配膳をした。

 食事のできないモモンガの前にも同じものが並んでいく。

 いくつもカトラリーが並び、フラミーは一瞬目を白黒させた。

 リアルでは液状食料と呼ばれるパウチに入った物ばかり食べていた。

 どうしたものかと思っていると、ピッキーから「どうぞお召し上がり下さい。」と一声掛かった。

 

 フラミーは恐る恐る一番小さいフォークを手に取った。

 何も言われない様子に内心安堵の息を吐き、桜色のスポンジケーキにフォークを入れ、口に運んだ。

「はわ〜!こ、こんなの…初めて食べました!」

 瞳をキラキラさせる横で、モモンガは同じものをつまみ、くんくんと匂いを嗅いでみた。

 ほのかに花の香りがする上品そうなものだが――液状食料ばかりを口にしていたので味の想像は難しい。

 

 続いてフラミーが口にしたのは抹茶味の緑色のつるりとしたドーム状のケーキだった。

 モモンガがフォークで切ってみると、中がババロアだったため蕩けるように簡単に二つに割れた。

「モモンガさん!これも美味しいですよ!」

「うん、美味しそうです。」

 

 フラミーは紅茶を一口含み、幸せな唸り声を上げると、次に手を伸ばした。

 縦に細長いガラスの器に入ったフランボワーズのムースは白いパンナコッタと層を成していて、甘酸っぱい香りだ。

「これ!液食に近いですね!」

「なるほど、確かに。」

 モモンガは器にチョイと指を入れ、ムースを口元に運んでみた。

(……ま、無理だよな。)

 当然のように舐めることもできずに手を戻した。

 後ろからセバスにそっとナプキンを差し出され、ちょちょいと指先を拭いた。

 ありがとう、と言うべきなのか何と言うべきなのか少し迷い、モモンガは口を開いた。

「セバス。助かった。」

「いえ。これしき。」

 応えたセバスは満面の笑みを浮かべていた。

 

 フラミーは小さなレーズンの入ったパウンドケーキを直接指先でつまむと、ほいっと口に放り込んだ。

 素朴ながらパサパサせず、たっぷりのバターでしっとりと焼きあがっている。

 うっとりと両頬を包む様子を見ていたモモンガは己の口元を撫でた。

(ある種の拷問だなぁ…。)

 続いてクルミの乗ったプチタルトはフラミーの口の中からクリスピーな音を立てた。

 持って鼻に近づけずとも、香ばしい香りが漂っている。

 こくんっと飲み込むと、フラミーはフォークを持ち直した。

「ふふふ。」

 実に楽しげだった。

 取ってもらったデザートは次で終わりだ。

 最後に残ったミルフィーユはいちごと生クリームが重なっていて、てっぺんに乗るいちごにはさらりとかかった粉糖がまるで雪のようだ。

 フォークで押すと、挟まっているクリームがわずかにくにゅっとはみ出し、パリパリと小気味良い音を立てて割れていった。

 簡単に小さな口に吸い込まれて行き、フラミーはほふっと息を吐いた。

「わたし…しあわせです…。」

 しみじみと漏れ出た声にモモンガは軽く笑った。

「それは何よりです。」

 ギルドメンバーの幸せを見られる幸せに心が軽くなる。

 しかし、あまりにも羨ましい様子だった。

 

「フラミー様、よろしければこちらもお召し上がり下さい。」

 そう言ってピッキーが差し出したのは乙女の夢のように色とりどりのフィナンシェやマドレーヌのアソートが入ったカゴだった。

 フラミーはやはりひとつづつ口にした。

「どれもおいしいです!ピッキーさんは天才です!」

 手放しの賛辞に副料理長はキノコ頭の赤いプルプルとした部分からルビー色の滴を軽く垂らし掛け、すぐに拭いた。

 紅茶で口の中をさっぱりさせたが、何個でも食べられるとフラミーは思った。

 が――ふとモモンガを見ると、その赤い瞳は悲しく揺れているような気がした。

「も、モモンガさ――ま…の…前では食べるの…やめようかしら…」

 わざと様付けで呼ぶフラミーに、モモンガは慌てた。

「あ、いえいえ。気にしないでください。匂いや食べてる姿を楽しんでいますから!」

 

 そうは言われたが、なるべく食事はモモンガの前では控えようと思ったフラミーだった。

 

+

 

 軽食を済ませ、紅茶を満足するまであれこれと飲み、フラミーがトイレへ立った所で、モモンガはセバスとメイドへ振り返った。

「セバスよ。今日はもう休んでいいぞ。私は睡眠を必要としない体だが、フラミーさんは流石に寝たいだろうしな。」

 フラミーも睡眠や疲労無効アイテムを装備しているだろうが、夜は寝るものだ。

「では、フラミー様のお休みのお支度をするように別のメイドへ伝えてまいります。」

 え?寝るのに支度がいるの?と、小学生の頃に亡くした母親しか女性を殆ど知らないモモンガは少しだけ驚いた。

 セバスの背中を見送り、部屋の隅に立つ一般メイド六人に視線を送る。

 

(ホワイトブリムさん、ヘロヘロさん、ク・ドゥ・グラースさん達の愛娘かー。フラミーさんは女性だし、一般メイド達ともしかしたら仲良くなるかもな。)

 そんな事を考えていると、扉がバン!と音を立てて開けられた。

 驚いて振り向けば、そこには紫の顔を青く――すっかり血相を変えたフラミーが立っていた。

「も、も、も、モモンガさん…!大変です!!」

 メイド達と、表に立っていたコキュートス配下のクワガタのような蟲型モンスター達がひどく慌てた様にオロオロしている。

 モモンガもただならぬ様子に慌てて立ち上がりフラミーの元へ駆け寄った。

「どうしたんですか!?侵入者ですか!?」

 一レベルに過ぎない一般メイド達は身を寄せ合い怯え始めていた。

 

「ち、ち、ちがいます。違いますけど――あのっ…私の部屋に来てください!!」

 フラミーの自室へ向かって廊下を翔ける二人の姿を、全てのしもべ達が驚きを持って目で追った。

 この二人でなければ、第九階層の廊下を駆けるなど許される所業ではない。

 部屋に着けばセバスの指示のもと、ベッドを美しく整え、シーツでアートを作り、花をそこら中にまいているメイド達の姿があった。

 それは新婚旅行で海外ホテルに泊まるとよく見る演出のようだった。

 フラミーは未だ落ち着かぬ様子で通達する。

「皆さん、あの!色々して下さってるのに申し訳ないんですけど、お部屋を出てください!」

 

 押し出す様に全てのNPCを外へ追い出し、無理矢理扉を閉め、何やら魔法をかけてた。

「こ、これでドアは開きません!!」

 モモンガはハラハラしすぎて鎮静と昂りを繰り返していた。

「そ、それでフラミーさん、何がどうしたって言うんですか!?」

「モモンガさん、お願い!笑わないで聞いてください!!」

「何ですか!?笑いませんよ!!」

 フラミーは青くなっていた顔を赤紫にするとローブのスカートを握り締めて言った。

「今、今おトイレに行ったら何もかもが正常なのに、茶釜さんみたいなのがお股についてたんです!!」

 叫ぶフラミーの金色の瞳の端には涙が浮かび、螺鈿細工のように光を反射させた。

 

(……は?)

 

 モモンガはパカリと骨の口を開けた。

 ただただその言葉を頭の中で繰り返す。

 茶釜さん――ぶくぶく茶釜と言えば、怪しいピンク色の男根姿のアバターだった。

 男根アバターが付いていると言うことは、この人は男なのかと数度瞬いた。

 しかし、フラミーの顔はどう見ても女だったし、胸の膨らみもあった。何もかもが正常なのに、と言うことは蛇足のようにそれだけが付いているのだろう。

 

「こんなのあんまりです。私、女の子なのに男の子にもなって…こんな…こんな…。」

 両手両膝を床につけ、崩れた様に座り込むフラミーに、モモンガはそっと肩に手を置いた。

「すみません。なんか、想像したことと全然違った分良かったというか、良くなかったと言うか、いや、その、なんて言うか、二つあれば、何かと便利なこともあるかもしれませんよ…?」

 と言いつつ、どちらから排尿するのだろうとモモンガは益体も無い事を考えていた。

 

「便利って何が便利なもんですか!これじゃもう私お嫁に行けませんよぉ…。」

 翼をペタリと床に落とし、心底落ち込んでいる様子のフラミーの背をさすり、なんとか慰めていると、扉が強く叩かれる音が鳴った。

「ん…?」「はぇ…?」

 

 二人で何事かとそちらを見ると、どんどん音が強くなっていく。

 このままでは扉が壊されてしまうんじゃないかと思うほどに、音は衝撃へと変わっていった。

 フラミーは立ち上がり、扉にかけた魔法を解除し、観音開きの扉の片方を開けると、シャルティアとコキュートスがもつれる様に部屋に転がり込んできた。

「フ、フラミー様、何があったんでありんすか!?」

「扉モ開カズ、中ノ音モセズ、不敬カトハ思イマシタガ、我ラ守護者、御身ニ降リ掛カル物ヲ薙ギニ参リマシタ!」

 どうやら力自慢のこの二人と、セバス、アルベドでドアを開けようと必死になっていたようだ。

 

 外にもズラッと守護者だけでなく僕達がおり、皆戦々恐々と言った雰囲気だ。

 フラミーはなんで集まってるの!と心の中で叫んだ。

「あの…ごめんなさい、ちょっと皆には言えない重大な事実が判明してしまったもので…。」

 NPC達は自分達には言えない重大な事実と言うものに必死に考えを巡らせ、最後は全員が自分たちの無力さを呪うように重く暗い雰囲気をまとって足下に視線を落とした。

 

「皆の者。私の口から説明しよう。」

 モモンガの威厳のある声に全員が顔を上げる。

「え!?そんな!嫌ですよ!やめて下さいよ!」

 フラミーはモモンガのローブのフードから垂れている紫の帯のような部分を握り両手でビンビン引っ張りだした。

 

 そっとモモンガはフラミーの頭に手を置くと――「俺に任せてください。」と、小さな小さな、ユグドラシルでよく聞いていた優しい声でフラミーの瞳を覗き込んだ。

 もうどうにでもなれ!と投げやりになったフラミーは背中を向けてモモンガの斜め後ろへ立った。

 NPCの顔を少しでも見ずに済むようにしているようだ。

 

 逆にモモンガはNPC全員の顔を滑らかに見回し、口を開く。

「フラミーさんは実は、リアル世界へ渡る力を失ってしまった事に気がついたのだ。」

 ざわりと場が揺らぐ。

「今確認したところ、世界を渡る力を私も失ったようだ。いつか取り戻せるかも分からないが、私とフラミーさんの世界へ与える力が弱まったことをフラミーさんは皆には伝えたくないと、このような状況になってしまったわけだ。」

 NPC全員が真剣に耳を傾ける中、フラミーも肩越しにモモンガの語りに耳を傾けた。

 

「だが、私は敢えてそれを皆に伝えよう。私たちの不出来や弱い力を皆で補って欲しい。」

 守護者の視線は火がつくような温度を感じるものになった。

 

「皆の望む、"至高の存在"と言うものでいられずに申し訳ない。そして、皆、頼む。」

 そうモモンガが頭を下げると、フラミーも振り返り、並んで頭を下げた。

 

 すると、アルベドが真っ先に叫んだ。

「そ、そんな!滅相も無い!お二人は、ただここにいて下さるだけで十分でございます!」

「そうです!!おやめ下さい!セバス!お二人の頭をおあげしろ!」

「そんな!デミウルゴス様!至高のお二方にそのような…!」

『っく――頭をお上げ下さい!』

「あわわわ!ぼ、ぼ、僕たちがきっと、きっと!その!お二人を守りますから!」

「そうですよ!マーレの言う通りです!それに世界を渡る力がなくったって、お二人は至高の存在に変わりないんですから!」

「ソノ通リデス!ドウカ、オ戻リ下サイ!」

「ど、どうしたらいいでありんすかー!!」

 

 大パニックだった。

 想像を絶するパニックに二人は頭を上げる気持ちが重くなった。

 うまい言い訳を思いついたとペロリと発言してさっと頭を下げ、なおかつ自分達は皆の言う"至高なる存在"とか言うものじゃないと言う事を軽く告げるだけのはずが、思ったのとは違う事になってしまった。

 

 ようやく二人が頭をあげると、全員の顔には凄まじい疲労が見えた。

 

 アルベドはほっと息を吐くと、軽く咳払いをした。

 守護者達から始まり、集まってしまった僕も早急に綺麗に並び、アルベドが代表して口を開いた。

 

「ご命令、承りました。我ら守護者、僕一同、全ての力をもってお二人の欠けたお力を補うよう努めます。」

 

「「「「「「努めます。」」」」」

 

 その直後から大量の護衛がついた二人は、わずか三十分で音を上げ、

「ま、まぁ欠けたとは言え世界を渡る力だけだからな?」

 そう言ってなんとか今まで通りの護衛に戻してもらったのだった。




少し前に椿山荘のル・ジャルダンへアフタヌーンティーをしに行きました。
椿山荘では、紅茶が飲み放題なので、色々飲みました!
紅茶だけで何ページもあるんですね〜。
中でもすごい紅茶があったのですが、それの茶葉の名前を忘れてしまったのが悔しいです。
あまりにも私の身近にない名前だったもので。ははは。
それを飲んだ私は第一声が「アジア系の古着屋の匂いがする!」でした。
友人にも飲ませたところ
「こいつぁ下北沢の味だぜ。」と言う場違い丸出しな会話をしました。

小市民です。


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#6 眠る前の運動

杠様より挿絵をいただきました!
ありがとうございます!!


 さっきまでの大騒ぎが嘘のように静かになった自室で、フラミーはベッドに潜り込んだ。

 が、眠気は訪れない。

 それもそのはずだ。

 ベッドルームの扉の脇には直立不動のメイドが控えている。人を立たせて自分だけ眠れる者がいるだろうか。

 

(落ち着かないよ…。)

 フラミーはベッドをゆっくり出ると、指示を貰おうとメイドが少し動いた。

 夜遊びなんてと怒られるんじゃないかとドキドキしながらゆっくりと反応を伺うように伝える。

「やっぱり…寝るのはやめて、少しお外を歩こうかなと思います。」

「かしこまりました。兵の準備は出来ておりますので、すぐに連れてまいります。それから、御髪はまた結われますか?」

 打てば響くように応えが返り、フラミーは怒られなかったことに安堵した。

 

 常に誰かしらがそばにいる為、最初に実験して以来一度もモモンガと伝言(メッセージ)を送り合っていなかった。

 外の空気を吸うのに誘おうかと思ったが、他にも実験してみたい事があると言っていたモモンガを気まぐれに付き合わせても悪いかと、やはり連絡をしない事にした。

 サラサラとしたサテンのくるぶしまであるネグリジェに、同じスタイルのガウンを軽く肩に羽織ってドレスルームに向かう。

「自分で伝言(メッセージ)を守護者に送るんで…兵とかは大丈夫です。髪も、すぐに戻るのでこのまま行きます。部屋の事だけお願いします。」

 守護者と動くと言われては守護者を信じる他ないメイドは、了解の意を示し、部屋を任されたことに密かなる喜びを感じた。

 

 ドレスルームに入ったフラミーは背中がざっくりと大きく開いた、膝下丈の黒いタンクワンピースと、背の開いていない深い紫色の大きなフードのついたローブを手に取った。一番手近にあったものだ。

 着替えを手伝おうといそいそと近付いてくるメイドに、脱いだガウンを渡した。自分のドレスルームだが、こんなガウンなど持っていた記憶も無く、しまう場所に検討がつかなかった為だ。

「あの…すみません…。」

「とんでもございません!どうぞ私めにお任せください!!」

 着替えつつ趣味やどんな音楽を聴くかなど話しをふってみたが、趣味は至高の御方々にお仕えすること、音楽は特に聞いたことがないと言われてしまい、友達になるにはもう少し時間がかかりそうだと思うフラミーだった。

 ただ、モモンガと違い女同士の為――あるいは孤児院という大所帯で育った為か着替えに付き添われる事には大した違和感を感じず、背のホックやリボンを留めることを自然と任せていた。

 じっと立たれているような状況でなければストレスも溜まらない。もちろん、真夜中にこうして付き合わせてしまっていると言うストレスはあるが。

 

 メイドがたくさんのピアスが掛けられた金のピアススタンドを持ってくると、アバターだった頃は付けっ放しだった赤紫のひし形の魔法石をあしらった大ぶりのピアスを迷わず取った。これは飲食、睡眠を無効とする装備だ。

 メイドに礼を言うとフラミーは部屋を後にし、扉脇に控えるクワガタのような蟲型モンスター達に守護者と約束をしたと嘘をつきそそくさと第一階層へ転移して行った。人に嘘をつくと言う状況に一瞬ハラハラした――が、不思議とそんな気持ちもどうでもいいと消えた。

 己の精神構造にカルマ値と言う歪みが生まれている事にフラミーは気が付かなかった。

 

 薄暗い霊廟を進みながらフードを目深にかぶり、ゆっくりと階段へ向かう。

 月明かりが霊廟を、階段を、自分までも青白く染め、まるで海に沈んだ神殿を歩いているような、美しく荘厳な雰囲気に思わず胸が高鳴った。

 

(私もナザリック攻略時にギルドに入れていたら良かったのになぁ。)

 

 静謐な空間に物思いに少し目を伏せると、数人の足音がし、短かい一人の時間に別れを告げた。

 ゆっくりと瞼を開ければそこには憤怒の魔将(イビルロード・ラース)嫉妬の魔将(イビルロード・ラスト)強欲の魔将(イビルロード・グリード)の三体の悪魔が立っていた。

 わずかに驚くが、悪魔達だと思うと何故か安堵し、フラミーは微笑んだ。

「皆さん、こんな時間まで働いてるんです?」

「は。畏れながら。」

 すると、答えた魔将達の陰から、スッとさらにもう一人悪魔が姿を現した。

「デミウルゴスさん…。」

「これはフラミー様。このような所へお一人でいらしたのですか?兵はどうされたのでしょう?」

 優しい声音と視線に後ろめたさを感じつつ、守護者と約束が、と口から出かけたでまかせをどうにか引っ込める。

 えーそのーあー…と言葉にならない言葉を出し時間を稼ぐと、閃いた。

「あ、そう。えっと、ここにデミウルゴスさんがいると小耳に挟んで来てみたんです。」

 これでここまで来る為についた嘘はチャラになったとフラミーは心の中でガッツポーズをした。

(そう、私は守護者(デミウルゴスさん)の顔を見る為にここまで来たんだ。うんうん。)

 

 デミウルゴスは優雅な笑いを浮かべた。

「これはこれは。仰ってくださればこちらから出向きましたものを。それで、どのような御用向きでしょうか。」

 そんなことを聞かれてもデミウルゴスには用なぞあるはずもない。

 最初から用があるのは"外"だけだ。

「えっと…ちょっとそこまで出ようかなーなんて。」

 繕いもせず返す言葉に悪魔はその顔を喜びで染め上げた。

「なるほど。そういうことですか。畏まりました。喜んでご一緒させていただきます。――お前達はここに残り私がどこへ行ったか伝えておけ。」

「畏まりました。デミウルゴス様。」

 叡智の悪魔は何かを察したように魔将へ軽い指示を出した。

 フラミーは当たり前についてくるデミウルゴスを斜め後ろに従え、ようやく外に出たいと言う小さな願いを叶えた。

 

+

 

 モモンガの自室にあるドレスルームで、ちらりと己の骨の姿を鏡で確認した。

(フラミーさんは増えただけましだよなー。俺なんて実戦使用しないでなくなっちゃったもん…。)

 感情の起伏が激しくなると抑圧されるように平坦なものになり、欲望は全体的に薄くなった。

 そんな事を思いながら、グレートソードを一本手に取り、ゆっくりと構え――奮おうとした瞬間剣は床に落ち、金属音を響かせた。

 モモンガは何も持っていない骨の手をギュッと握りしめた。

 生きたように動き回るNPC達の存在とは裏腹に、この体にはゲームのような縛りがある。やはりまだまだ調べなければいけないことが山積みだと確信した。

「片付けておけ。」

 その手から落ちた剣を拾い上げ、差し出そうとしていた戦闘メイド(プレアデス)が一人、ナーベラル・ガンマに指示を出した。

 上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)で作った鎧に身を包んだ。

「私は少し出る。」

「では近衛の編成を行います。」

「いらん。私は――そう、極秘裏にしなければならないことがある。」

 常にメイドやら近衛やらその身の回りにいるストレスは、いくら精神状態をなだらかにされるとは言えかなり応えた。

 男として女がはべってくれているという喜びよりも、自分の生活圏を侵されていると言う気持ちが大きい。

 そして、誰も彼もが――

「畏まりました。いってらっしゃいませ、モモンガ様。」

 こう従順なる僕として頭を下げる。

 モモンガは突き放してしまったと言う若干の罪悪感と共に一人で部屋を後にし、第一階層へ向かった。

 たった一人、自分と普通に付き合ってくれるフラミーに声を掛けたかったが――もう寝ると言っていたのだから我慢するしかない。

 

 外へと続く階段から月の光が降り注いでくる。

 この先にどんな景色があるのかと冒険心をくすぐられ、足早になり、いよいよ外が見えると言うタイミングで、三魔将が現れた。

 

(な、なんでこんなところに魔将が!?)

 考えてもわからないため無視して通り過ぎようとすると、背後から透き通った女性の声がかかった。

「待たせたわね、デミウルゴス。」

 

 デミウルゴスもいるのかとモモンガが声に振り返れば、アルベドがそこに立っていた。

「あら?これは!モモンガ様!近衛も連れずにどちらへ?ああ、こんなところでお会いできるなんて…もしかして運命…?」

 

 月光に照らされながらアルベドが頬に両手を当てうっとりとこちらを見上げる様は、独り言の内容とは裏腹に一幅の絵画のようだった。

 そして、鎧を着ていると言うのに何故か自分がモモンガだとバレた。

(――…指輪か?転移してここに来たせいか。)

 モモンガは状況を理解した。

 

「デミウルゴス様はつい先程ここを通られたフラミー様に付き従って行かれました。」

 三魔将の一人、憤怒が答えるが、アルベドはそれを無視して自分の世界に入り込んでいる。

「もしかしてモモンガ様、私がここに来ることをご存知で会いに来て下さったのでしょうか?」

 ああ!と声を漏らしながら悶えるアルベドを他所に、モモンガは別のことを考えていた。

(フラミーさんはもう寝ると言っていたけれど、デミウルゴスと外に…?どうせなら一緒に出たかったな…。)

 

+

 

 満天の星の下、フラミーは感動していた。

 

 飛べる気がする。

 自分の体の一部となった翼をはためかせようとすると、翼の上から着込んだローブが邪魔になっている事に気がついた。

 こんな事ならズボンにすれば良かったと思いながら、目深にかぶっていたフードを払うように脱ぐ。

 すると緑の香りをはらんだ風が、フラミーの長い、いつもは結い上げている銀色の髪を揺らした。

 リアルの自分の髪よりも、サラサラと柔らかくなびく髪が気持ちいい。

 

【挿絵表示】

 

「なんと言う美しさでしょう…。」

 そう言うデミウルゴスに、フラミーは頷いた。

「本当に、こんなに綺麗な星空が見れるなんて思いもしませんでした。」

 この世界に来て初めて心穏やかに微笑んだ。

 

 満点の星空はリアルで見る空とは違い、青、黒、紫と様々な色が混ざり合いながら瞬く星々を強く際立たせていた。

 ――リアルの空は汚染され、腐ったような空気に侵され、常に毒々しく分厚い雲に覆われていたせいで星など見えしなかったのだ。

 それはもちろん、太陽や月も同じことだ。

「星空…。いえ、この星達も、フラミー様の前ではくすみましょう。」

 デミウルゴスが何に向かって美しいと言ったのかようやく気付いたフラミーはツンと尖った自分の耳と顔に少し熱が溜まるのを感じた。

 こんなキザなセリフを言われたのは生まれて初めてだった。しかし、デミウルゴスの向こうに創造したウルベルトの事をフラミーは幻視した。

「デミウルゴスさんはお上手ですね。」

 そのような…と言うデミウルゴスの言葉と世辞を軽く聞き流しながら、フラミーはローブを脱ぐと腕にかけた。

 露わになった背と肩、足が、夏の終わりに向かう切ない空気と触れあう。

 六枚三対の白銀の翼と、腕を大きく広げ、――腕の中にあるローブを少し鬱陶しく思いながら体いっぱいに風を感じた。

 黒いタンクワンピースから藤色の肌を露わにし翼と髪を風に任せ月光に照らされる姿は、まるで月の光を栄養に咲く花のようだった。

 お持ちしますとローブを受け取ったデミウルゴスは、ドラゴンのような皮膜をもつ黒翼を背に出し、いつでも飛べますとでも言うように視線を送った。

 

 これで飛べなかったら恥ずかしいと思いながらも、鳥が何も教えられずとも空を飛べるように、頭の中には生まれた時から翼を持っていたものと同じように飛び方が浮かんでくる。

 思い切り一度はためかせ、地をドンッと蹴るとフラミーは高く高く飛び上がっていった。

 貧困層だったフラミーは飛行機に乗った経験もなく、まさしく生まれて初めての本物の空だった。

 

 高く上がると二人はピタリと止まった。

 

 翼はあるものの、魔法の力で飛んでいるようで、翼を動かさずとも空中に留まることができた。それはデミウルゴスも同じだった。

 見渡せば遠くには雪を頂く高山、風が吹くたびに波打ち輝く草原、月と星の光だけが照らすどこまでも続く地平線。

 そのあまりの雄大な景色に、フラミーは訳もなく涙が出てきた。

 

「い、いかがなさいましたか?フラミー様。」

 慌てるデミウルゴスは珍しく両の瞼をしっかりと開き、その宝石の瞳をのぞかせていた。

「あんまりにも世界が綺麗で…。私、生まれて初めて空を飛んだの。」

 そう目元を困ったように下げ、溢れ続ける涙を拭う事もせず困ったように微笑むフラミーに、デミウルゴスは強い衝撃を受けた。

 何百年、下手をすれば万と言う単位の時を生き、世界を創造した神とすら戦争をしたと聞く大悪魔(サタン)が――初めて空を飛んだと、まるでようやく巣立ちを迎えた雛のような事を言う姿に。

(世界を渡るような想像を絶する秘術をお持ちだった御身を空へ向かわせなかったものは一体…。)

 わずかに思考の海に潜り込みかけると、未だポロポロと溢れる綺麗な涙に我に返った。

 

「わ、私もウルベルト様と共にナザリックの中の空を飛んだことはありましたが、実を申しますとナザリックの外の空は初めてでございます。」

 うろたえながらも今までの数百年の自分の人生――いや、悪魔としての生を振り返り告げた。

 

「じゃあ、私達、一緒ね。」

「はい。一緒でございます。」

 悪魔達が囁き合う空はどこまでも透き通っていた。




デミウルゴススキー☆

2019.06.01 氷餅様 誤字修正ありがとうございます!適用させて頂きました!
2019.06.04 kazuichi様 誤字報告ありがとうございます!適用させて頂きました!
2019.06.20 KJA様 誤字のご報告をありがとうございます!適用させて頂きました!


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#7 宝箱

 霊廟を出たモモンガは空の美しさにブループラネットを思い出していた。

 興奮して自然について語る彼は、普段はバリトンボイスだと言うのに、声を高く高くして一生懸命色々なウンチクを語ってくれたものだ。

 広がる夜空は感嘆せずにはいられない、素晴らしいものだった。

「仮想世界でもここまでのものは……。」

 ため息のように言葉を紡ぐと、月と重なるように二つの影が見えた。

「アルベド、飛べるな。」

「勿論でございます。」

 二人とも<飛行(フライ)>の効果を宿したネックレスを下げ、高く飛び上がる。

 初めて感じる感触は、大気。

 リアルでは防護マスクなしでは表へ出る事など許されなかったモモンガは、今日の日の空への小さな冒険を忘れたくないと思った。

 

 遠く小さかった影は次第に大きくなりはじめ、フラミーの翼よりハラハラと落ちてくる銀色の羽と輝きが舞いながら中空で消えていっていた。

 

 支配者らしい低い声を出すことを心がけながら、呼びかける。

「フラミーさん。」

「モ、モモンガさん!出て来てたんですね!」

 慌てて目元を拭うような仕草に違和感を感じるも、普段と同じ態度を取ろうとするフラミーに合わせ、いつも通りを演じた。

「はい。フラミーさんの少し後に入れ違いになったようでした。」

「あぁ、こんな事なら最初からモモンガさんに伝言(メッセージ)してからくれば良かったです。」

「本当に。俺も伝言(メッセージ)すれば良かったです。」

 この空への感動を、同じ世界を生きていた者と分かち合いたかった。

 笑い合う至高の存在達を横目に守護者も語らった。

 

「あらデミウルゴス。奇遇ね。」

「全くだねぇアルベド。」

「私は今霊廟からここまでモモンガ様と少しデートしてしまったわ。あまり言葉は交わせなかったけれど、素晴らしいひと時だった…。」

「そうですか。それは良かったですね。私もフラミー様の初飛行に立ち会わせていただきました。」

 デミウルゴスに自慢されたのかと思ったアルベドは対抗するように続けた。

「私もモモンガ様のこの世界初めての飛行に立ち会わせていただいたわ!ああ、今夜あなたと防衛について話し合う約束をしていて本当に良かったわ。」

「全くですね。」

 デミウルゴスは返事をしながら、その聡明な頭脳を持ってフラミーが一人で上がってきた理由を考えた。

(最初から悪魔同士で飛行訓練をしようと思ってらしたのか。)

 

 モモンガとフラミーは遠く地平を眺めていた。

 死の化身と、ぱっと見だけは美しき清浄な天使のコントラストは神話の始まりのようで、気づけばデミウルゴスとアルベドは言葉を忘れ見とれていた。

 空などナザリックが第六階層に広がる物に比べればチンケなものだと思ったが、支配者達の姿は何よりも尊かった。

 

「キラキラしていて、まるで宝石箱のようですね。これが本物だなんて、信じられませんよ…。」

 優しい鈴木悟の声でつぶやくモモンガに、フラミーは涙を堪え頷いた。

「本当に…。こんなの…すごすぎますよね…。モモンガさん、世界って…こんなに綺麗なんですね…。」

 深く吸い込まれた空気はその肺を汚すことなく体中を廻り、ふぅーっと吐き出されていった。

 

「この世界が美しいのは、至高の御方々を飾る宝石を宿しているからに違いありませんわ。」

「ふ。アルベド。私達だけではなく、ナザリックを、お前達を飾る為だろう。」

「ご許可さえ頂ければ、ナザリック全軍をもってこの宝箱全てを手に入れて参ります。そしてモモンガ様とフラミー様へ捧げさせて頂ければ、このデミウルゴス。これに勝る喜びはありません。」

 スッと頭を下げる悪魔に、私が言いたかったと言わんばかりの視線をアルベドが向けた。

 それに努めて気づかないふりをし、モモンガは返した。

「ふふふ。この世界には私達より強大な何かが潜んでいるやも知れんぞ。だが、そうだな。世界征服なんて、面白いかも知れないな。」

「あら素敵ですね!」

 軽快なフラミーの返事に「しかもアインズ・ウール・ゴウンの名が轟けば、他にも来てるかもしれない仲間が見つかるかもしれませんよ。」と心からの笑顔――を乗せた声でモモンガは応える。

 ユグドラシルのように会話を続けるふたりは、守護者の顔に浮かんだものに、少しも気付きはしなかったのだ。

 

(きっと名を轟かせ、皆の帰還を助けるんだ。)

 そう決意したモモンガがナザリックへ目を向けると、地表が津波のようにナザリックへ迫る一大スペクタクルが行われていた。

 フラミーもモモンガの視線の先に気付くと、わずかに自分を恥じた。

「マーレ、すごいですね。私なんかさっきもう寝ようとしてたのに…。」

「御身は休みたい時に休まれれば良いのです。このアルベド、御身を煩わせぬよう守護者達を統括して参りますのでどうぞご安心下さい。」

「ふむ。マーレの陣中見舞いに降りるとしよう。何かいい褒美の案はないか?」

「モモンガ様の慈悲深さにはただただ頭が下がります。ですが、お二人がお姿を見せるだけで十分かと愚考いたします。」

 デミウルゴスの言葉にそうかと返し、四人でマーレの元へ降りた。

 トン、トン、と着地する足音が続く中、マーレは木の杖を抱きしめ、たったったと四人の元へ駆け寄った。

「も、モモンガ様!フラミー様!よ、ようこそおいでいただキます!」

「マーレ、そう焦らずとも良い。」

「は、ハ、はい!と、ところで、モモンガ様、フラミー様。どうしてこちらに…?ぼ、僕…何か失敗でも……。」

 マーレが叱られるのではとビクビクしていると、フラミーがその頭をさらりと撫でた。手の中を柔らかな髪が滑る。

「マーレは偉いねって、空で話してたんですよ。」

「ふ、ふらみーさま…。」

 マーレの顔はうっとりとし、わずかに上気した。

 モモンガはうんうんとうなずき、指輪を一つ取り出した。

「そんなお前に褒美を与えよう。受け取ってくれるな。」

 そう言い差し出された物へ、アルベドとデミウルゴスの視線がギンッと釘付けになった気がした。

 たらりと背を冷や汗が伝う幻想を感じる。

「も、モモンガ様!!取り出されるものが間違って、ま、ます!!う、う、受け取れません!!こ、これは至高の御方々のためのアイテムです!!」

 ガタガタと震えたしたマーレを前にモモンガとフラミーは目を見合わせた。

「…良い。受けとれ、マーレ。この指輪を受け取り、さらにナザリックの為、私達のために貢献せよ。これは命令だ。」

 マーレは震える手で指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を押し頂き、左手の薬指に入れた。

「も、も、も、モモンガ様っ!!こ、今後もこの宝にふさわしいだけの働きを!お、おみせっひっ、し、したいと思います!!」

「頼むぞ、マーレ。」

「はい!」

 はっきりと答えたマーレは格好こそ少女のようなものだが、その顔は決意に満ちた少年の凛々しさがあった。

 なんとか受け取って貰えたとホッとし、帰ろうとフラミーに声を掛けようとすると、アルベドの顔の尋常ならざる様子が目の端に映った。

 零れんばかりに見開かれた瞳はギョロリとマーレの指輪を捉えていた。

 モモンガがそちらへ視線を送ると、まるで先ほどまでのことは夢か幻だったのではないかと思うほどにアルベドはいつもの美しい顔に戻っていた。

「……いかがなさいましたか?モモンガ様。フラミー様。」

 フラミーも同じものを一瞬見たのか、呆然としたような顔をしていた。

「い、いや……あー、お前にも、これは必要なアイテムだな。」

 モモンガは指輪を一つ差し出した。

「…感謝いたします。」

 すんなりと指輪を受け取られ、先ほどまでのマーレとのやり取りが嘘のようだった。

「…忠義に励め。」

 その様子を見ていたフラミーもその手に指輪を取り出した。

「じゃあ、デミウルゴスさんには私から。」

「よ、よろしいのでしょうか…?」

「良いんですよ!私の予備ですけど、使ってください。」

 デミウルゴスはフラミーに見上げられると即座に膝をついた。

「つ、謹んで頂戴いたします。」

 深々と頭を下げ、両手を差し出し、受け取った。

 手袋をする右手の薬指にそっと入れると、指輪は魔法の効果を宿しぴたりとその手にフィットした。

「――じゃあ、そろそろ戻りましょうか。フラミーさん。」

「そうですね、お外楽しかったですねぇ。」

「本当ですね。次は一緒に出ましょう。」

「はひ!」

 

 至高の支配者達が自室へ戻っていくと、三人はそれぞれに歓喜に沸いた。

 

 マーレはウットリと左手薬指のそれを眺めた。

 アルベドはオッシャー!と一度雄叫びを上げ、全力疾走した後のように肩で息をした。

「ふぅ…ふぅ……くふっ、くふふっ!もうこれは結婚したと思っていいのよね!!」

 一人で虚空に向かって既成事実だと騒ぎ出した。

 デミウルゴスは絶対なる支配者のモモンガより指輪を賜ったアルベドとマーレに少しだけ羨ましさを感じながらも、自分も至高の主人に下賜された右手薬指のそれを大切そうにそっと撫でた。

 

デミウルゴスはいつかモモンガから更に指輪を下賜される日が来るかも知れないと、左手の薬指は敢えて空席にしたのだった。



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#8 姉妹はその姿を夢に見て

 モモンガの執務室で、モモンガとフラミーの目の前に浮かぶ鏡には二人の顔ではないものが映り込んでいた。

 そこにはおぞましい光景が広がっていた。

 遠隔視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)――。

 このアイテムには指定したポイントを映し出す力があった。

「……これは?」

「お祭りですね。」

 モモンガの呟きに何も感じていない雰囲気のフラミーの言葉が返るとセバスは少し心を痛めた。

 多くの人々が忙しなく行き交っている。しかし、それは祭りと言うにはあまりにも違和感のある光景だ。

 村人のような粗末な格好をした人々が騎士達により切り捨てられているのだから。

 モモンガもフラミーも生まれて初めて見る人の血を前に恐怖も憐憫も憤怒と焦燥も、何も感じなかった。

「助ける理由も価値もないですね。」

 モモンガが鏡の中に映る光景を切り替えようとする。

 セバスはその様子に自分は何故このナザリックに善なる存在として生み出されたのだろうと、心の中で今は姿を見せない創造主を想った。

「たっちさん…。」

 そう静かに漏らしたモモンガにセバスは自分の考えた事を見抜かれたと思い、何も言えず頭を下げた。

「恩は返します。――…フラミーさん、この世界での我々の戦闘能力を確かめに行ってみませんか?」

 モモンガは支配者と鈴木悟の入り混じる雰囲気で提案した。

「ん、そうですね。そう言う事も必要ですよね。でも、私弱いからな…。」

 フラミーが未だ装備を集めている途中だった事を知っているモモンガは僅かに不安になった。

「確か…フラミーさんの持っている装備と効果の重複しないローブがここら辺に…」

 ごそごそと空中に手を差し込む姿を眺めるとフラミーは尋ねた。

「モモンガさん、私の装備の効果覚えてるんですか?」

「ははは、一緒に取りに行ったじゃないですか。ほら、ヘロヘロさんとウルベルトさんと4人で。」

 モモンガはもう何年も前の話をつい昨日の事のように語った。

 側に控えていたセバスと一般メイド達は至高の四十一人の話を聞き逃さぬよう、特にヘロヘロに創造された者は全神経を耳に集中させていた。

「モモンガさんって本当記憶力良いんですねぇ。魔法も何百個も覚えてますし。」

「はは、そんな事ないですよ。好きな事しか覚えられないです。」

 フラミーに感心されながら、モモンガは目当てのものを見つけ、空中から群青の羽織るタイプのローブをズルリと引き出した。

「――あったあった!これです。ちょっと翼が窮屈かも知れないですけど、差し上げます。」

「え?差し上げって、そんな、頂けません!」

「良いですから、俺はもう使いませんし。さ、時間がありませんから行きますよ!」

 モモンガはフラミーに押しつけるようにそれを渡すと<転移門(ゲート)>と唱えた。

 闇に塗りつぶされた楕円が目の前に現れる。

 

「着られたら転移門(ゲート)くぐって下さいね。セバスよ、フラミーさんを守るようアルベドを呼べ。完全武装で来るようにな。」

 

 そう言い残すと、モモンガは闇を潜った。

 

 潜った先では鏡の中で追われていた少女達が傷を追い、互いを抱き合っていた。

 呆然と自らを見上げる騎士へ手を伸ばす。

 ――<心臓掌握(グラスプ・ハート)>

 それはモモンガが最も得意とした死霊系の魔法だ。いとも簡単に騎士の一人はぐらりと倒れ伏した。

 震えるもう一人へ指をさす。

 ――<連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)>

 迸る雷光に貫かれた騎士もすぐにその命を手放した。

(……弱い。弱すぎる。)

 モモンガは死体を見下ろし、次の実験を行った。

「中位アンデッド作成。死の騎士(デスナイト)。」

 モモンガはアンデッドを生み出すと、つい今しがた殺した男を指さした。

「この村を襲っている騎士を殺せ。」

「オオォォォォァァアアア――!!」

 激しい咆哮を上げると死の騎士(デスナイト)は猟犬のように走り出し、側から立ち去っていってしまった。

「――え?いなくなっちゃったよ…。」

 アインズがゲームとの違いに愕然としていると、転移門(ゲート)から完全武装のアルベドと、いつもの白いローブワンピースの上から先ほどのローブを羽織って杖を握りしめたフラミーが出て来た。

 その杖は白い珊瑚の骨を削り出して作られたもので、先っぽには細長く青いクリスタルを抱いた白いタツノオトシゴが絡みついている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「お待たせしました、モモンガさん。ほんと、これありがとうございます。」

 はにかむフラミーに「いえ」と返事をしようとすると、色っぽい声が届いた。

「ああ、フラミー様!何と羨ましい…!私もモモンガ様ご愛用だったお洋服を頂きたい…!」

 クネクネするアルベドにフラミーは困ったように笑うと、足元でこちらを伺う傷ついた少女達に目を向けた。

「ああ…私がグズグズしていたせいで――」――貴重な情報源が。

 フラミーは二人の顔を覗き込んだ。

 

 金色の瞳に覗き込まれた二人はゴクリと生唾を飲み下した。作り物めいてすらいる超越した美に一瞬怪我の痛みを忘れそうになった。

 薄紫の肌と言う聞いたこともない種類の森妖精(エルフ)から発せられる優しげな雰囲気に、少女は叫んだ。

「あ!あの!魔法詠唱者(マジックキャスター)さんと騎士さんですよね!?村を、お母さんとお父さんを、どうか助けて下さい!!」

 この世界にも魔法詠唱者(マジックキャスター)という概念があるという事が分かったモモンガとフラミーは目を見合わせ頷き合った。

 これをここで野垂れ死させるのはもったいない。

 クネクネしているアルベドを無視し、フラミーの使える<大治癒(ヒール)>で情報源(・・・)を回復すると、モモンガは身を守らせるのにちょうど良いアイテムを二つ二人に放り、三人は村へ向かった。

 

 殺戮を楽しむように過ごす死の騎士(デスナイト)を止め、モモンガは事態を収束させた。

 

+

 

 仮面をつけた怪しい魔法詠唱者(マジックキャスター)

 フルプレートに身を包む女戦士。

 そして尖った耳を隠すようにフードを深く被り、素顔をただ一人晒す菫色の森妖精(エルフ)

 

 アインズ・ウール・ゴウンを名乗る仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)一行は遠い地からやって来たと言っていた。

 恐らく全員が世俗に疎い森妖精(エルフ)なのだろうと村長は納得し、通貨から近隣各国に至るまで人間社会の多くのことを語った。

 

「いいんじゃないですか。アインズさん。」

 村民の葬儀を離れた所から眺めつつ、ふふと笑うフラミーにモモンガ――いや、アインズは頭を下げた。

「勝手にすみませんでした…。もう自分はナザリックを…皆の子供達を…フラミーさんを、ギルメンを…全てを守っていく為に生きるんだと思ったら…モモンガでいるだけじゃいけないような気がして…。それに、この名前を広めようって思って…。」

 心底申し訳なさそうに様々な理由を話すアインズをフラミーは正面から見据えた。優しく、真剣な目をして。

 

「私達の"アインズ・ウール・ゴウン"を名乗るのにあなた以上の人はいませんよ。私、全てを守るって言ってくれるあなたに、どこまでも付いていきます。ギルドマスター。」

 

 アインズは訳もなく目頭が熱くなり、涙がこぼれるかと思い慌てて顔を逸らすと、昂ぶった感情が沈静化された。

 自分がアンデッドとなった事をつい忘れてしまっていたようだ。

 涙の出ない体で良かった。

 沈静化されるも優しく凪いだ心が温かい。

「きっと守り抜きます。愛する子供達も、家も。大切な友人であるフラミーさんも。」

 そう言い切るアインズにアルベドが急接近した。

 目の前、今にも触れるような距離だというのにアルベドは更に一歩、二歩と迫ってきた。

「アァインズ様!!愛する!!愛するというのは!!この私もですよね!!」

「あ、ああ。子供達皆を、皆をだぞ。」

「ああぁ!愛する…愛する…愛する…愛する……」

 アルベドはトリップし、アインズはこのNPCの事を少し理解し始めた。

 愛する…と言い続けるアルベドの顔の前でフラミーが見えているのかと手を振っていると、色々なことを教えてくれた村長が駆け寄って来た。

「ご、ゴウン様!」

「今度はなんだ?どうかしたか。」

「謎の武装集団が――!」

 

+

 

 戦士長、ガゼフ・ストロノーフは森妖精(エルフ)の集団だと思われる三人によく礼を言った。

 違う種族だというのに助けてくれる者達がいる一方で、これから同族の殺し合いをしに行く己を恥じた。

 リーダー格だと思われるアインズ・ウール・ゴウンに協力を願い出たが、種族間のバランスや政治的情勢に思い至ってか、断られてしまった。

 

(あの御仁は紫色の肌の森妖精(エルフ)達の王に当たる方なのかもしれんな…。)

 素顔を晒せない訳に想像を膨らませながら、決して破られることのないであろう慈悲深き約束が思い出される。

「私も、もっと励まねばならんな!」

 種族は違えど"王"に会ったせいか、必ず生きて帰り己が王に忠義を尽くしたい、今日会った王のことを話したい、そう思いながら踏み出したのだった。

 

+

 

 戦士長が率いていた戦士達の血に濡れる大地は翳り始めた太陽に照らされ、どこまでも血の海が広がるようだった。

 

森妖精(エルフ)風情が!!」

 ニグン・グリッド・ルーインは叫ぶ。

 森妖精(エルフ)は人間よりも寿命が長い為、魔法に長ける者が多い。

 それにしてもこの相手達は何かがおかしい。

 

「こんな亜人どもに遅れをとったままでいられるか!最高位天使を召喚する!!時間を稼げ!!」

 

 最高位天使――その言葉にアインズは手の中の杖をギュッと握りしめた。

「あれはまさか…魔封じの水晶! 熾天使級(セラフクラス)が出るとまずいな。フラミーさん、悪魔は特に相性が悪いですし退避しますか?守りながら戦うとなると、前衛が不足するかも知れません。」

「いえ、私も戦います。私だって、守りますよ!アインズさんのこと!!」

 命のやり取りをするかも知れないというのに張り切るフラミーに恐れはないようだった。

 それでも退避した方がいいんじゃないかとアインズは理性で思ったが――ギルメンに守ると言われた喜びと、久しぶりのギルメンとの共闘に胸が踊るのを抑えられない――と思ったら沈静させられた。

 それでも次から次へと押し寄せるこれから始まる戦いへの期待にアインズとフラミーのボルテージは最高潮だった。

 

 ニグンの手の中でクリスタルが砕け散り、あたりにまばゆい光が満ちる。

 

「アルベド、特殊技術(スキル)を使用しフラミーさんを中心に守りながら私の詠唱の時間を稼げ!」

 冷静さを保ったまま早口に指示を出したアインズは、輝きが引き天使の全貌が明らかになった瞬間――全てのやる気を失った。

 フラミーも口を開け、体の芯から熱が引いていくのを感じた。

 

 輝く翼の集合体のような天使を前に、二人は最早先ほどのやり取り全てが恥ずかしいと思った。

 それは威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)だった。

 

 フラミーはハァ…とため息をつき膝を抱えるようにしゃがみこんだ。

「なんだか…がっかりです…。」

「はははは…。」

 アインズは乾いた笑いを返しながら、相手のレベルを看破する能力を持たないために未だやる気に溢れ、バルディッシュを隙なく構え続けるアルベドの肩に手を乗せた。

「すまないな、アルベド。わざわざ特殊技術(スキル)まで使わせたというのに。お前は外で戦ったことがないから知らないかもしれないが、あんなものははっきり言ってお遊びだ。」

「とんでもございません、アインズ様。しかし、あの天使は一体…。フラミー様もそんなに落ち込まれて…。」

「アルベドさん、もう大丈夫です。ありがとうございました。」

 しゃがんだまま見上げるように喋るフラミーにアルベドは視線の高さを合わせ慰めるようにフォローしていると、天から光の柱がゴシュウと落ちてきた。

 とは言え、攻撃を浴びるような事にはならなかった。アルベドは攻撃の気配を感じた瞬間に立ち上がり、余裕をもって二人を守った。

 大した力も感じさせないその攻撃は数秒経ち――消えた。

 

 フラミーはゆっくりと立ち上がりながら、その場にいる全員によく聞こえる声で言葉を紡いだ。

「貴方達は最高位天使と言うものが何だか解っていません。」

 

 アインズとアルベドを後ろにおいたまま、数歩前へ進む。

 かつて最高位天使たる熾天使になり、イベントを行い堕天したフラミーはビッと杖で格下の天使を指し示した。

 

「<内部爆散(インプロージョン)>!!」

 

 瞬間、天使はブクブクと膨らみ出し――激しい音を響かせながら爆散した。

 大量の美しい翼が辺りに散らばり舞い降りた。

 まるでそこには初めから何もなかったかのように昇り始めた月と星が世界に戻ってきた。

 

「おー!」とアインズとアルベドの嬉しそうな声と、ガントレットがぶつかり合う――拍手というには固すぎる音が静寂の中に響いた。

 

 フラミーは舞い散る翼の中ローブを脱ぎ去ると、最高位天使の名残たる翼を晒した。

 大きく広げられたその背に輝く三対の翼は、辺りに残る主天使の翼よりも――一見清浄だった。

 

 目の前の光景に陽光聖典達は全員が地に膝をついた。

「そんな…神の使いだったのか…。」

 誰が漏らしたかわからないその言葉は、団員達の胸にスッと沁みこんだ。

 

 勢いよく脱いだはいいが、せっかくもらったローブを蔑ろにはできず、そんな団員達を尻目にせっせと丁寧にたたむフラミーだった。




1話で私の中のサタンはデビルマンだとお話ししましたが、
ここでご存知ない方の為にwikiから引っ張って来たものを貼らせていただきます。

サタン
元々は天使であったが、自ら創り出した生命であるはずの悪魔達を恐れ忌み嫌い滅ぼそうとする神たちに反逆し堕天使となった者。

如何でしょうか。
永井豪先生のサタンの設定、美しいですよね。

と言うわけでフラミーが悪魔なのに回復魔法や天使の持つような技を持っているご都合キャラでもお許し下さい。
(懺悔)



2019.05.20 杖を一月越しによく考えました。白くてタツノオトシゴのついてる杖ってこんな感じでしょうか?
なんとなくアインズ様が蛇杖持ってるので動物で細長いのが良いなぁー!の結果ですたい!
https://twitter.com/dreamnemri/status/1130251093500280832?s=21
2019.05.28 valeth2様 ご連絡ありがとうございます!魔法の矛盾を訂正致しました!≪神炎/ウリエル≫→≪内部爆散/インプロージョン≫


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#9 法国の罪

 ニグンは薄暗くなり始めた荒野で考えていた。

(確かにあれだけの力…神か…従属神か魔神で間違いない…か。)

 辺りの隊員達は神の使いだと喜んでいる。

 しかし、神の縁者だとすれば、何故法国へすぐに来ずに、自分たちの道を阻むのか分からなかった。

 落ち着きを取り戻し始めたニグンは、空間にあけた小さな闇に手を入れている使徒のように見える者をじっと観察した。

 姿形だけならば美しく、清廉であるが――ハルピュイアやセイレーンなども翼は持つ。

 

「お聞きしたいのですが、どなた様に使わされたのでしょうか?」

 

 そう尋ねると、よく聞こえなかったのかこちらに紫色の顔を向け、キョトンとした。

 もう一度、今度は確実に聞こえるようにニグンは声を張った。

 

「どなた様のお使いなのでしょう。」

 

 使徒のように見える者は、意味がわからないとでもいうような顔をした後、背を向け仮面のマジックキャスターの元へ行った。

 

「お使い…?うーん…見てわかる通りこの人の仲間ですけど…。」

 

 やはり神の使いではないのか、もしくはあの仮面の邪悪極まりない魔法詠唱者(マジックキャスター)こそが神とでも言うのだろうか。

(そんなばかな…荒唐無稽すぎる。)

 

 魔神で間違いないと判断をしようとした瞬間、空に亀裂が入り、すぐに消えた。

 

「ふむ。何者かが覗き見でもしようとしたのか。何。大したものは見えなかったはずだ。さて、確かこうだったな?無駄な足掻きをやめ、そこでおとなしく横になれ。せめてもの情けに苦痛なく殺してやる。」

 

 ニグンは世界にこれほど深い闇があったのかと思わされた。

 仮面を外した魔法詠唱者(マジックキャスター)は、母国で崇め奉るスルシャーナ。その人だった。

 最後まで人類と共にあった慈悲深き闇の神。

「まままま、ま、ま、まって!!いえ!!どうかお待ちください!!」

 神は人類の守護者が人類を殺す姿を見て我らに神罰を下そうとしている。

 先程ガゼフ・ストロノーフにニグンが言った言葉を、まるで皮肉のように投げかける神に、全員が武器を投げ出し口々に贖罪の言葉を叫んだ。

「お許しください!!」「お戻りください!!」「どうか法国を――!!」

 喉から血が出るのではないかと思われるほどの懺悔に、神と従属神だと思われる二人はただこちらを見ていた――。

 

 ――男達の懺悔が響き渡る野で、アインズは骨の顎に手を当てた。

「なんだ…?様子がおかしいな?フラミーさんの姿を見て天使だと思い込んだだけにしては妙だ…。」

「アインズ様。これこそが人間たちの取るべき正しき姿かと。」

 アルベドの声音は実に平坦なものだった。

「それはそうだがな。薄汚く命乞いをするのかと思えば、法国を許せ、お戻りくださいとは…一体…。」

「どうします?殺さずにナザリックに全員一度連れて帰りますか?」

「フラミー様。畏れながら、申し上げます。このような下賤な人間どもに神聖なるナザリックの地を踏ませるのはいかがなものでしょうか?」

「アルベドよ、お前の言うこともわかるがフラミーさんは――。」

 アインズが咎めようとすると、フラミーは慌てて手を振った。

「あぁ!良いんです良いんです!アルベドさんの言いたいことが分かりました。これだけの大人数の汚いおじさん達を自宅に入れるのは確かに気持ち悪いですよね。」

 相手の集団は確かに土埃に汚れていた。

「ご賛同頂き心より感謝申し上げますフラミー様。しかし、至高の御身のご決定に口を出した我が身にどうか罰を。」

「いえいえ。もっともですもん。罰なんていいですよ。ばっちぃのが嫌な気持ちはとってもよく分かりますもん。」

「ありがとうございます。まさしく下劣な者共でございます。」

 少しずれながら、女性同士でなにかをわかり合ったように二人は話し続けていた。

 

(き、汚いおじさんって…ばっちぃって…俺は大丈夫なんだろうか…。骨とは言え風呂にはちゃんと毎日入ろう…。)

 アインズは人知れずゾッとしていた。

 フラミーに「アインズさんってばっちぃですね…」と言われる姿を想像したところで――その身を襲っていた恐ろしい想像や背筋を凍らせていた物は霧散した。この体は便利らしい。

 アインズは咳払いをし、二人の注目を集めた。

「それじゃあ、ここで少しだけ話を聞いてやりましょう。アルベド、代表者をもう少し見られる程度に、我々が(・・・)、そう。我々が(・・・)不快感を抱かない程度に身なりを整えさせろ。そして連れて来い。」

 俺も同じ気持ちだよ、と遠回しに表現してみた。

「かしこまりました。」

 アルベドは胸に手を当て優雅に頭を下げると巨大なバルディッシュを手にしたまま気楽な足取りでおじさん集団へ向かって歩いて行った。

 土下座するような勢いだった者達は希望に満ちた顔をし、空気が一変したのを感じた。

 大将格の坊主頭も向かうアルベドに小走りで近付いて行き、なにやら話しをした。

 すると一も二もなくその男は薄汚れた服を脱ぎ捨て、周りの者たちに身体中をよく拭かせ始めた。

 

「………は?」「……え!?」

 思わずアインズとフラミーの口からは疑問が声になって出た。

 呆然とする二人の下へ全裸の男を引き連れたアルベドが戻って来た。

 こんな状態の男に何を言えば良いのかわからなかったが、アインズの気持ちは途端に凪いだ。

「――…アルベド、何の真似だ。」

「これに御身と言葉を交わすに相応しくなれと言うのは無理があると思い、せめてあの土にまみれたゴミにも劣る服を脱がせました。」

 アルベドは清潔にさせました、とでも言うような雰囲気だ。

 フラミーはギュッと口をギュッと締めて顔を背け、アインズは固まった。

 

「は!も、申し訳ありませんでした!」

 何も言わぬ二人に弾かれたように謝罪を口にしたアルベドに、ようやく気付いてくれたかと黙っていた二人は苦笑を交わした。

「早く跪きなさい。それに少し近いわ。貴方は全く御方々と言葉を交わす姿勢がなっていない。」

 斜め上すぎる発想にアインズは眩暈を覚えた。

「どう言う――…んん!いや、アルベド。私は不快感を抱かぬようにさせろと言ったはずだ。」

 黒い布を空間より引き摺り出して放ると、アインズは目の前に落ちた布を眺め動かぬ全裸男に告げる。

「それを使え。」

「おお…!!!神よ…!!!なんと、なんという…!!!」

 見苦しく不快感しかない男が喜びながら腰に黒い布を巻きつける姿にアインズは少しほっとした。

(神様に感謝するほど喜んでるよ…。そりゃ骸骨に急所なんか見せたくないよな…。)

 可哀想にと動かぬ眉間を押さえた。

「な!?あ、あ、アインズ様!!そのような物を!!私も脱げばアインズ様から布を頂き秘部を覆えるのでし――」

 アインズは突然おかしくなったアルベドの肩を掴み、腰巻男とフラミーから慌てて離れた。

「落ち着け!アルベド!!」

「アインズ様!ローブが欲しいとは言いません!私も布で良いので――」

「いいか!?アルベド、お前が脱いでも絶対に何もやらん!!だから、至高の支配者からのお願いでも命令でもいいからさぁ!………せめてフラミーさんの前でそれはやめないか…?」

 支配者らしかったはずの声音は最後弱々しくなっていった。

「アインズ様…それは…全裸で居続けろと言うことですか…!」

 アルベドの反応に流石に女性に悪かったかと思いかければ――

「アインズ様ったら…大胆…。」

 アインズは確信した。

(こいつダメだ。)

 

 いそいそと鎧に手を掛けるアルベドを、アインズは少し強い口調で咎めた。

「よせ!よすのだアルベドよ!今はそのようなことをしている時間はない。いいか、侮られるような真似は絶対に控えろ。…わかったな…。」

 眼光を強め――瞳の緋が僅かに輝きを増した。

「も、申し訳ありません!己が欲望を優先させてしまいました。」

 アルベドはその様子にサッと頭を下げ、落ち着きを取り戻した。

「…よし。では行くぞ。」

 黙って立っていられそうな雰囲気になったのでフラミーと腰巻きの下へ踵を返した。

 アルベドを作ったタブラ・スマラグディナはギャップ萌えだったが――(なんて迷惑なNPC作ってんだ…。タブラさん…。)

 フラミーは半裸の男を前に心底困ったような顔をしていたが、アインズが戻ってくるとほっと息を吐いた。

 

「んん。失礼したな。で、お前は何なんだ。簡潔に答えろ。」

 

 そう問われた男は自らを見下ろした。

 

 神より投げられる質問の意味を考える。

 見苦しくないようになれと言われたと思えば、裸になり少しでも体を清潔にするように指示をされたニグンは、恥じる気持ちもあれど、神の言葉には従うのみだと思い実行した。

 そうして、団員に汚れが一つも残らぬように身体中を拭かれ、生まれたままの姿で神の前に立ったとき、この行動の真の意味がわかったのだ。

 

 何も持たず、何ひとつ身につけぬ自分は「ただの生き物」だった。

 国もない。

 金もない。

 生まれもない。

 守りたいものも守れない。

 弱く、救いのない生き物だった。

 

 神の前に膝を突くと、神は「人間」としての尊厳を与えるが如く、秘部を隠す布をニグンに与えたもうた。

 そして、自分のことを「なんなのだ」と尋ねている。

 

 神を待ちきれず、勝手に再臨されないと決め付けた法国。

 多くの命を奪い、正義のフリをし続けた無価値な自分の命。

 

 その全ての罪を簡潔に表す。

 答えは、ひとつしかない。

 

「貴方様の救いを待つしかない、弱く無価値な人間にございます。」

 

 神の眼光が揺らぐ。

 償いきれない罪を繰り返した弱いニグンと、法国を哀れむように。

 鎧の従属神は応えた。

 

「その通りよ。あなた、わかっているじゃないの。」

 

 ニグン・グリッド・ルーインは頭をただただ下げ続けるしかなかった。




2019.06.04 kazuichi様 誤字報告ありがとうございます!適用させて頂きました!


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#10 命

 アインズは何を言われているのかわからなかった。

 聞き方が悪かったのか、アンデッドを恐れ過ぎているのか、それともプライドをズタズタにしてしまったのか、相手はさっきまでとは違う人間なのではとすら思える。

「そうか…わかった…。」

 アインズは何一つ分からなかった。

 

 フラミーも捨て犬を見るような目で男を見ている。

「あなた、どこから来たんですか?お名前は?」

 全裸にさせられ、混乱してるいのかもしれないので、出来る限り優しく、わかりやすいように質問し直した。

 

「は。スルシャーナ様はお分かりかと思いますが――」

 そうアインズを見るその男の様子はアインズをスルシャーナと言う者と間違えているようだった。

「自分はスレイン法国が特殊部隊。陽光聖典隊長を務めるニグン・グリッド・ルーインでございます。この度は神々への数えきれないご無礼をどうかお許しください。そして、何卒法国へお戻りくださいますよう、伏してお願い申し上げます。」

 ニグンと名乗った男は深く首を垂れた。

「お前のいう通りアインズ様とフラミー様は神にも等しきお力をお持ちの御方々よ。最初から命を差し出して――」

「アルベドよ、黙れ。勝手なことをするな。ニグン・グリッド・ルーイン。私は神でもスルシャーナという名でもない。先に言った通り、我が名はアインズ・ウール・ゴウン。この名はかつて知らぬものがいない程に轟いていたのだがな。」

 そう答えるアインズにニグンは食い下がった。

「し、しかし!貴方様のお力、お姿、どれをとっても……!!スルシャーナ様、私から神官長達へ話し、法国の誤ち全てを改善させます!!必ず御身の理想とする国へと導くことを誓います!!求められれば何であっても差し出します!!どうか、お戻りくださいますよう…どうか再び我らをお導きいただきますよう…この通り!」

 

 伏せるニグンは頭を強く地面につけた。

 腰に一枚布を巻いただけの風呂上がりのおっさんスタイルで繰り広げられる土下座を見かねたフラミーがアインズへ耳打ちした。

「この人の事情はよくわかりませんけど…とりあえず何日か待ってもらって、その法国という国について調べてからお返事したらどうです?」

「まぁ、別に今すぐ決めなくたって良いわけですもんね。」

 アインズは頷いてからニグンへと向き直った。

「ルーインよ。今すぐどうするかは決められぬ。私は1週間後に再び…そうだな。この野に来よう。その時にお前の言への答えを聞かせる。その時まで大人しく待て。できるな。」

 ニグンは涙に濡れる声でもちろんだと、さらに深く頭を下げた。

「では行け。」

 よたよたと立ち上がるとニグンは何度も振り返り、自分の部隊の元へ戻って行った。

 

「…なんだか妙に疲れたな。」

「本当ですね。でも、見てください。」

 アインズはそう言うフラミーの視線の先を追った。

 夕暮れが終わり、紫色に染まり始めた空には星が瞬くのが見えた。

「――綺麗ですね。」

「はい!本当。とっても綺麗。」

 二人はニグンが服を着直す姿を極力見ないように空を眺めた。

 

 その後、一行は転移門(ゲート)でナザリックへ戻り、僕と守護者を呼び出した玉座の間にてアインズは新しき名を告げ、先ほどのニグンとの話を伝えた。

 

「隠密能力に長けた僕を用意し、法国へ向かわせろ。指揮は同じく隠密に長けしアウラ。そして隠蔽に長けしマーレ。二人で取り掛かるのだ。決して法国に我々が探りを入れていることを悟らせるな。何か必要なものがあればいつでも申し出ろ。期限は六日だ。最後の一日をかけて全員で情報を精査する。」

 

 玉座の間に双子の了承する声が響いた。やる気に満ち満ちた顔はキラリと輝くようだった。

 

+

 

 主人達の立ち去った玉座の間には、興奮によって生じた熱気が渦巻いていた。

「皆、面を上げなさい。」

 アルベドの静かな声に引かれ、未だ頭を下げたままだった者たちが、顔を上げる。

 

「デミウルゴス。私達がアインズ様と話した際の言葉を皆へ伝えましょう。」

「畏まりました。」

 跪いたまま昨晩の事を話すデミウルゴスは、ナザリックの外のものが見れば凍り付くような笑顔だった。

「『世界征服なんて、面白いかもしれないな』と…。」

「そしてアインズ様はすでに世界を手に入れるご計画を始め、フラミー様と共にわずか半日で国ひとつを手に入れるだけのご成果を上げられたわ。私達なんて足元にも及ばない智謀…策略…。」

 全員に聞こえるように話すアルベドの声は震えていた。

 震えは悲壮感ではなく、決して逃れることができないよう隅々まで張り巡らされていくその智謀を側で見ていられたことへの大いなる喜びに震えているのだった。

「各員、ナザリック地下大墳墓の最終目的は至高の御方々に宝箱を――この世界をお渡しすることだと知れ。」

 

「正当なる支配者、アインズ様と、我らが主人、フラミー様にこの世界の全てを。」

 

+

 

 フラミーの自室に入ったアインズは、人生史上二度目の女性の部屋に、以前ドタバタの末に入った時とは違う緊張感を少し感じていた。

「フラミーさん、ルーインとか言うあの人の…どうするんですか?例え法国がどんな国であったとしても、神さま呼ばわりしてくるあの団体と行って裸の王様みたいになったら辛いんですけど…。」

「あの人がさっき言った通り、本当に"求められればなんでも差し出す"んだったら、村長さんに見せて貰ったお金とか…地図とか…欲しいものはたくさんあるなって思っちゃって。」

 はははと笑うフラミーに、一理あるとアインズは考えた。

「それはそうですね。にしても、百歩譲って俺も神様だと思ったとして…何でフラミーさんじゃなくて俺を求めるんでしょうねぇ…。先に会った姉妹だって、俺のこと殆ど無視してフラミーさんに助けを求めてたのに。」

 それについてはフラミーも不思議に思っていたようで、首を傾げていた。

「どうみても死神ですもんね。これで死ぬと救われるみたいな教えが蔓延してる国だったらゾッとしちゃいますね。」

 言葉とは裏腹に大してゾッとしていない様子のフラミーに、本当ですねと応えるアインズも特別ゾッとはしないのだった。

 

「もし殺してくれって言うならアンデッドの材料にでもしようかな。アンデッドも作れるって分かりましたし、魔法の実験は急務ですしね。それに、人間を食べたいと思ってる僕もいるみたいですし。」

「皆のこと考えてあげて優しいですね、アインズさん。是非そうしましょう!皆喜んでくれるといいですね!」

 精神までも異形となった二人は来るかもしれない大虐殺に胸を踊らせるのだった。

 ポットの紅茶がなくなる頃に、話が聞こえるか聞こえないかと言う絶妙な位置どりに立っていたメイドが近付き、新しい物と取り替えた。

 

「そう言えば、昨日の夜デミウルゴスと何かありました?あいつちょっと怖いですよね。」

 そう言うアインズに、フラミーはふるふると首を振った。

「いえ、デミウルゴスさんは何も。ただ、世界って雄大なんだなと思ったら、感動しちゃって。ちょっぴり泣きそうになっちゃいました。」

「ああ、わかります。俺も本当に感動しましたもん。今日の夕暮れも、綺麗でしたね。」

「はひ!あんな色の空、初めて見ました。」

「これから感動するもの、たくさん見れたら良いですね。」

「たくさんお出掛けして、あちこち見に行きましょう!」

 二人は楽しげに今後待ち受ける冒険に胸を馳せた。

 

 温かすぎる。

 仲間と共に世界に繰り出すと言うのはこれ程までに温かいものか。

 

「法国も、ファンタジーよろしく素敵な国だと良いなぁ!」

 フラミーは楽しみで仕方がないと言うような様子だった。

「そう…だとしたら、死を望む国じゃないと良いですね。見たこともない建物とかがあったら、壊しちゃうのもったいないですし、ちゃんと管理させたいですもんね?」

「じゃあ、死にたがりの国だったとしても、生かしてあげましょう!別に無理に殺すことないですもんね。」

 

 まだ見ぬエリアへ思いを馳せる二人の楽しげな笑いはいつまでも続いた。




2019.06.04 kazuichi様 誤字報告ありがとうございます!適用させて頂きました!


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試される法国
#11 旅に出しは、その双子


(やっぱり、双子にこの作戦を任命したのは間違いだったかな…。)

 

 まだ殆ど外の情報がない中で子供達を外に出すことに、指示を出した張本人たるアインズは今更ながらに不安を覚えていた。

 眼前には広がる異世界と、それを背にするアウラ・ベラ・フィオーラ、マーレ・ベロ・フィオーレ、そしてクアドラシル。

 クアドラシルは六本足で、巨大なカメレオンとイグアナを合体させたような姿をしている神獣だ。

 アインズは双子と正面から向き合うと、口を開いた。

「気を付けるのだぞ。忘れ物はないか?寂しくなったらいつでも伝言(メッセージ)を送っていいんだからな。それから、もし万が一危険な目に合いそうだと思えば、無理をせずにすぐに逃げるんだ。アウラは後詰として共に来ていたから解るな?あのカルネ村に一時避難しろ。あそこには今私の貸し出したゴーレムが置いてある、それらと村人を盾にして時間を稼ぐのだ。私もフラミーさんも、いつでもあそこへ転移門(ゲート)を開けるから――」

「アインズさん。」

 フラミーの自分を呼ぶ声に、つい喋りすぎていた事に気がつきはっと口に手を当てた。

 見送りに出てきた守護者達も含め――全員が優しい眼差しをこちらへ向けていた。

 アインズの双子を心配する気持ちを皆が理解していた。

 

「大丈夫です!アインズ様!ちゃんとマーレと揃って六日後には帰ります!」

「ぼ、僕たちがお役に立つところを必ずアインズ様にお見せします!」

 

 やる気に満ち溢れたアウラとマーレの声に、「大きくなったな」と思ってしまうのは間違いだろうか。

 まだ命を持って動き始めてたった数日だと言うのに。

 手のひらにそっと触れる温かい感触に視線をやれば、フラミーがアインズの手を軽く握りこちらを見ていた。

 上質な陶器のようにさらりとしたその手を壊さないように握り返す。

 

 フラミーはそのままアインズの手を引き双子のすぐ近くまで行くと、優しく語りかけた。

「アインズさんの言う通り、気をつけて行って来てね。マーレ、男の子なんだから、お姉ちゃんを守ってあげてね。アウラ、あんまりマーレを叱らずに導いてあげて、仲良くね。」

 そう言うとアインズから手を離し二人を抱き寄せた。

「わぁ!フラミー様!」

 アウラは嬉しそうにフラミーを抱きしめ返し、マーレはスタッフを握ったまま夢見心地に顔を埋めた。

 翼で二人を包み、数度顔を擦り付けると、フラミーは二人から離れ、アインズの後ろへ立った。

 

 アインズさんも、と囁くフラミーを見やればニコリと微笑んでいた。

 こんな時表情があるのが羨ましくなる。

 アインズも気持ちだけは微笑み返すと、アウラとマーレを無言で順にわしわしと撫でた。

「わぁ!ふふふ、アインズ様、くすぐったいです!」

「へ、へへへ。アインズさまぁ。」

 少し髪型が崩れた二人からアインズは離れ、本当は寂しがっているのは自分なのかもしれないと思った。

 ぶくぶく茶釜の愛娘(マナムスメ)愛男娘(マナムスメ)の無事を祈った。

「アウラ。マーレ。二人で見事やり遂げるのだ。では、行け。」

 

「はい!アインズ様、フラミー様!行ってまいります!」

「い、行ってまいります!」

 アウラとマーレは挨拶をし、控えていたクアドラシルへ二人でまたがる。

 するとクアドラシルは鱗状の皮膚の色を虹色に変化させた――じわりと不可視となった。

 双子も不可視化の能力を持つ、通称透明マントを肩に掛け、墳墓から旅立って行った。

 

「行きましたね。」

 フラミーは誰に聞かせるでもなく呟いた。

 透明マントを羽織ったからと言って二人を見失うような者はここにはいない。

 ついには地平の彼方へ二人と一匹の背中が消えた、が、地平から目を離さずに、アインズは共に見送りに出ていた守護者達へ伝達する。

 

「万が一あの二人が助けを求めたら、すぐに向かうぞ。そしてアルベド、デミウルゴス。あの二人に知恵を貸してやってくれ。」

 

 慈悲深き声に全員が深く、深く、頭を下げた。

 

+

 

 クアドラシルは双子を乗せて緑の野を疾走する。

 アウラが前に跨がり、マーレはアウラの後ろに足を揃えて乗っていた。

 凄まじいスピードの為、前に乗るアウラの耳にはゴウゴウと風を切る音が届き続ける。

 

 カルネ村より三十分ほど南下すると、アウラの視界には、遠く巨大な城壁が飛び込んできた。

 アインズやフラミーが見ていたならば感嘆していたかもしれないが、二人にとってはつまらない建築物だ。

 それはナザリックに存在するあらゆるものに劣っていた。

(アインズ様があの村長から聞き出した話では確かエ・ランテルって言うんだっけ。)

 街を迂回すればしただけ法国への到着が遅くなる。それはつまり、調査時間が短くなることと同義だ。

「クアドラシル!突っ切るよ!!」

 後ろでここまでの地図を見える範囲で書いていたマーレが検問を指差した。

 地図は真っ直ぐ南に向かって伸びはじめ、山や森などが書き込まれている。

「お、お姉ちゃん、あそこに門があるよ!」

「バカマーレ!わざわざあんな所から入るわけないじゃん!」

 どんなに壁が近付いても速度を落とさないクアドラシルに嫌な予感がしたマーレは慌てて紙とペンをしまい姉の腰にぎゅっと両手で掴まった。

 するとクアドラシルは猛スピードのまま壁へ突っ込み――足の裏を壁に吸い付かせながら垂直に駆け登る。

 登りきれば壁はさらに中にも二重にあるのが見て取れた。器用に壁の頂点に飛び移りながら越えて行く。

 一番内側の壁から六本の足を広げるように大ジャンプをし、ズン!と街の中に着地すると、今度は家の壁や屋根を伝って人を避けながら疾走して行った。

 

 突然大きな揺れに襲われたエ・ランテルの人々が何事かと震源だと思われる辺りを見れば、そこにはハート型のような不可思議な跡が六つあった。

 この日、エ・ランテルの町の中心の道には奇妙な一陣の突風が吹いたのだった。

 

+

 

 エ・ランテルを軽々と通り抜けた二人と一匹の右手には連なる小さな山々、左手には遠く平原が広がっていた。

 夏の終わりとも秋の始まりとも言えない季節の結び目のような陽気だ。

 マーレは再び目に見えたものを――太陽の位置を確認しつつ次から次へと紙に書き込んでいった。

 気づけば、ナザリックから南へ一直線の地図が出来始めていた。

 

 マーレはそれを見ると満足げにふふ、と笑い、出来かけの地図とペンをしまった。そして空を仰ぐ。

 夜明け頃にナザリックを出発したが、太陽の高さから言って時刻はもうじき昼だ。

「お、お姉ちゃん。えっと、そろそろアインズ様とフラミー様とお約束したご飯の時間だよ。」

 マーレの提案にこれはいかんとクアドラシルは速度を緩め歩き出した。

 クアドラシルが巻き起こしていた風だけがビュンッと一行を追い越して行った。

「あ!そっか!ちゃんとご飯は三回食べろって仰ってたもんね!」

 アウラは鮮度を維持できる<保存(プリザベイション)>の魔法がかかったサンドイッチを取り出し、後ろに座るマーレと分け合った。

 疾走していてもクアドラシルの背は快適ではあるが、その凄まじい風速にサンドイッチの中身が吹き飛ぶようなことがあってはいけない。

 作ったのは副料理長だが、フラミーの指示で用意された一推しサンドイッチを失うようなことがあれば一度ナザリックへ戻り謝罪しなければならないだろう。

 食事をしながらゆっくりと進んでいると――恐らくスレイン法国のものであろう防壁が見え始めた。

 やはり双子は無感動にそれを視界に捉えた。

 長き歴史を感じさせる荘重な壁だが、この何でもないサンドイッチの方が二人には余程価値がある。

「フラミー様はこれがお好きなんだね!今度お食事にご一緒させて頂きたいなぁ!」

 フラミーはアインズと違い毎食きちんと食事を取っていた。

「そ、そうだねお姉ちゃん!あ、僕、それが良いなぁ!」

 この命令を見事にこなす事が出来た暁には好きな褒美を与えられる為、道中何にするか考えるよう言われていた。

 それを言われたとき、マーレは既に指輪も受け取っているのだからと必死に事態を申し出たが、初めて外に出ると言う重要任務なのだからと押し切られてしまった。

 至高の存在がそうするべきと言うのならば、そうするべきなのだろう。

 マーレはフラミーお食事権にするようだった。

 ぶくぶく茶釜や餡ころもっちもち、やまいこ、フラミーと良く第六階層でお茶をしていた事をアウラは思い出し、ほぅっと頬を染めた。

 色々な服を着せ、四人で可愛い可愛いと愛でてくれたものだ。

「あたしもそれが良いかなぁ。でも、アインズ様と過ごすのも良いし…――うん、もう少し悩もうかな!時間はまだあるしね!」

 

 青空の下、カメレオンの背で器用にサンドイッチを食べる双子はごちそうさまの後に、もうぬるまってしまった紅茶を交互に飲んだ。




平成の世が終わりを告げ、令和を迎えましたね。
アインズ様の生きた日本はどんな元号だったのでしょうか。

2019.05.01 すたた様 誤字修正ありがとうございます(//∇//)
2019.06.04 kazuichi様 誤字報告ありがとうございます!適用させて頂きました!


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#12 初めての冒険

「さ、行きな。調査が終わったらこの噴水広場で待ち合わせだからね!」

 

 王国エ・ランテルを出た後初めての都市でアウラは自分の影に潜んでいた影の悪魔(シャドーデーモン)達に指示を出した。

 同僚たるデミウルゴスから貸し与えられたものだ。

 悪魔達が闇に溶けていくのを見送ると、アウラは人々の話や様子をスキルを乗せた吐息を用いながら観察し、マーレは技術や文化の観察を行なった。

 

 王国は木造の建築物が多かったようだが、こちらはベージュがかった白い石材を用いた建築が主なようだ。

 都市の地下数メートルの所にまるでアリの巣のように長く長く空洞があるのをマーレは感じていた。

 スキルで大地の様子を確認すると、建物に使われている石材は都市の地下から掘り出されているようだった。

 恐らく遠出し運搬する必要がないため安価なのだろう。

 皆同じ石材を用いており理路整然とした雰囲気を醸し出しているが、決して無機質ではなく、どの建物の壁にもそれぞれ個性を持った彫刻が成されており、長い期間国として栄えていたことが伺える。

 また、王国のように木材を回収できるような大森林が近くにない事も想像がついた。

 ――後にアウラから森林はあるが、そこには森妖精(エルフ)が住まうため長らく手を出していなかった事を教えられた。そして今は戦争中であるとも。

 

 一方人々は明日が七日に一度の礼拝日なようで、各々信仰する神が祀られる神殿に祈りを捧げに行く際、神へ失礼にならぬよう、公衆浴場で前日のうちに正式に身を清めようとするものが多かった。

 この街は首都ではないという事が早々に判明していたが、アウラは小さなこの都市で、明日のすべての神への礼拝をきちんと確認しておく必要があると思っていた。

 至高なる御身、真なる神をスルシャーナというおかしな名前の偽神と間違えた愚かな人間達が、どのような方法でそれを祀っているのか調べるということは非常に優先度が高い。

 地、水、火、風、闇、光の六つの神を祀る法国は各都市に神殿が六つづつある。

 礼拝時の混雑を緩和する為、街の中でそれぞれが極力遠くなるように建造されているようだ。

(少し骨が折れるけど、アインズ様のご命令だし、仕方ないよね。)

 

 翌日アウラとマーレは手分けをして全ての礼拝を上手く回りきった。

 光の神殿は朝早くから礼拝が行われていたが、地、水、火、風、はほぼ同じくらいに礼拝がスタートした。

 

 闇の神殿は、夕暮れと共にそれを始めたのでじっくりと見ることができた。

 そして、双子は首都たる神都への警戒度を、最大まで引き上げた。

 

「スルシャーナ様。六大神の中でも最後まで残られ、我らに従属神をお残し下さった慈悲深き神よ。どうか再び死の底よりお戻り下さい。死者の国を統べたもう超越者――。」

 

+

 

 

「フラミ…いや、プラムさん! こっちです!ここ曲がったところみたいですよ!」

「はーい!」

 観光客のような態度で辺りをキョロキョロと見回していた――紺色のローブを着た色白の森妖精(エルフ)が漆黒のフルプレートの偉丈夫の元へ駆け寄った。

 冒険者の多い街の為か、辺りは見たことのないようなアイテムがたくさん売られていた。

 お上りさんのようにあちらこちらとフラミーは店を覗き込んだ。

「モモンさん!私、お金が手に入ったらデミウルゴスさんに何かお礼にお土産買ってあげたいです!」

「デミウルゴスがアルベドを制してくれなきゃこうやって外にも出られませんでしたからね!兎にも角にも今は金を稼がなきゃなぁ。」

「私頑張りますよぉ!」

 二人はキャイキャイと冒険者組合で勧められた宿に向かった。

 二段程度の階段を上り、ドアを押し開く。

 

 すると、店内は想像よりガラの悪い雰囲気と、不衛生な様子だった。

 一階は食事処で、昼間から飲んでいる者達がちらほらといた。

 アインズはフラミーの「汚いおっさんセンサー」が働かないか心配になる。

 せめて男達がたくさん周りにいる状況から脱した方がいいと思い、カウンターへ急いだ。

「宿だな。何泊だ。」

 ガードマンのようなガタイのいい店主に愛想なく問われた。視線はアインズの胸へと滑った。

「一泊でお願いしたい。」

「銅のプレートか。相部屋で一泊五銅貨だ。」

「いや、二人部屋で頼む。部屋は空いてるか?」

 店主はわずかに鼻で笑った。

「部屋は空いてるが、お前は(カッパー)の冒険者だろう。個室で寝泊りしても構わないが、それじゃ仲間はできんぞ。バランスの良いチーム編成をしなけりゃ死ぬ。普通は駆け出しの間は相部屋や大部屋で顔を売るんだ。もう一度言う。相部屋は一泊五銅貨だ。」

 アインズは首を振った。

「二人部屋だ。」

「ちっ。人の親切が理解できねぇ奴。まぁ良い、一日七銅貨だ。」

 無事に部屋を取れたことに僅かに安堵する。

「行きましょう。プラムさん。」

「はい!」

 

 アインズはフラミーを背に連れ、すぐさま部屋へ上がろうとする――と、二人の前に足が出された。

「なんだ?耳の落とされてない純正の森妖精(エルフ)とは珍しいじゃねーか。」

「耳があるやつはいくらなんだ?」

「そのフルプレートとどっちが高かったのか教えてくれよ。」

 下びた笑い声が店に溢れる。

 耳の話はよくわからないが、フラミーが侮辱されている事だけはわかった。

「二人部屋ご希望とはなぁ。どこまでやって貰えんだ?」

「羨ましいお話だなぁ?ははは――は?」

 アインズはそれを聞くと瞬時に足を出す男の胸ぐらをつかみあげ、一緒に囃し立てた男達に叩きつけた。

「――っへぶ!!」

 肉が叩きつけられる音と同時に、椅子やテーブルが壊される音、ひっくり返ったグラスが割れる音が響いた。

 賑やかだった店内はしん…と静まりかえり――

「も、モモンさん!」

 一拍程度置いてフラミーの驚くような声が、男達の呻き声と共に溢れた。

 抑制されても抑制されても怒りが湧き出てくる。

 アインズは慈悲を与える為(・・・・・・・)に更に手を伸ばした。

「貴様ら、俺の大切な仲間を侮辱した罪、その命で――」

「モモンガさん!!」

そっとしまい込んだはずのその名前で呼ばれ、ハッとする。

「落ち着いてください!大丈夫ですから!」

「あ――ふ、フラミーさん…。」

 アインズがふっと我に帰ると、フラミーはほっとした顔をし、中傷治癒(ミドル・キュア・ウーンズ)で、死にそうな男達を回復した。

「す、すみません…尻拭いさせちゃって…。」

「いえ、どうって事ないですよ。――皆さん、平気ですか?」

 回復された男たちは、三途の川が見える様な状態にされたため、動くこともできず、恐れるように必死に首を縦に振った。

「良かった。モモンさん、行きましょ。」

 鬼神のようだった鎧の男は途端に申し訳なさそうにすると森妖精(エルフ)の後ろに従い二階へ上がっていった。

 静かになった店内でしばらく口を開くものはいなかった。

 そして、ポツリと一人が口を開いた。

「お、男を片手で投げられる戦士と…第二位階魔法を使える魔法詠唱者(マジックキャスター)か…。」

 冒険者の中でも一番下である銅のプレートを下げていた二人がプレート通りの存在だと思う者はいなかった。

 

+

 

「モモンさんたら…らしくないですよ。どうしちゃったんですか。あんなの気にしなくったって良いのに。ああ言うのは無視すれば良いんですよ。」

 ベッドに腰掛けたアインズは魔法で作っていたヘルムを外すと手の中でそれを消した。

「す…すみません…。ついカッとなって…。」

「もー、精神抑制どこ行ったんですかぁ。――それにしても、お耳のある森妖精(エルフ)が珍しいってどう言う事なんでしょう?」

 フラミーは悪魔のため、デミウルゴスと同じように耳が尖っているのだが、現地の人々は耳が長く尖っているのは森妖精(エルフ)だと思い込む習性があることがカルネ村から分かっている。

 うーんと考え始めたフラミーに、アインズは自分の失態のせいで、せっかくの仲間との冒険初日を汚したような気持ちになり、無言で俯いた。

 

フラミーは物言わぬアインズに気付くと、正面にしゃがんで見上げた。

「モモンガさん。でも、嬉しかったですよ。大切に思ってくれてありがとうございます。」

 アインズは笑うような困ったような顔を――したが、それは骨のために見て取れなかった。少し視線を彷徨わせ頬をぽりぽりかいてから告げた。

「――俺の、大事な仲間ですから。」

 フラミーは嬉しそうに微笑むと立ち上がり、疲れた疲れたと言い肌を白くしていた幻術を解除し紫の肌に戻った。

 

「冒険、楽しみですね!」




子供達が働いているのだから我々も調査に赴く!!(気晴らしにお外に行きたい)

2019.06.04 kazuichi様 誤字報告ありがとうございます!適用させて頂きました!
お見苦しい点が多くて申し訳ありませんm(_ _)mとっても助かります。


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#13 初めての宝物殿と邂逅

*感想をお寄せいただいたotimusha様のご期待に応えようと虫ックスについてたくさん調べました。
おお!神よ!!!


 宿をとったらすぐにナザリックに一時帰還するつもりが、二人が部屋に入り随分時間が経っていた。

 あれ程までに心配していたアウラとマーレの事を一時的に頭から追い出し、アインズはフラミーと昔を語り合った。

 

 フラミーは飲食可能な為、食事に誘ってあげようかと一瞬思うアインズだったが、悲しいことに宿に泊まっただけで金がもうほとんどない。

 

「このスクリーンショットなんて傑作なんですよ!」

 ペロロンチーノと源次郎がエントマを以て繰り広げられるぐじゃぐじゃ虫ックスについて妄想し熱く語らっているのを聞き咎めたぶくぶく茶釜が、わざわざジョーク課金アイテム「拷問前の捕虜」を手に入れ、拘束した二人をエントマの前に置き去りにしたものだ。

 二人は笑顔のアイコンを表示させていて、「むしろご褒美なので撮っておいて下さい!この後触手がうごうごで…」と更に妄想を加速させたのだった。

 

 スクリーンショットは<設定>の<アルバム>を押すとフォルダ分けされたものが見れていたが、この世界ではフォルダーの中に、ごっそり紙焼きの写真が入っているという代物になっていた。

 アインズはそれを一生の宝物にしようと決めた。

「本当、なんでこの二人はこうなんでしょうね。特にペロロンチーノさんはご病気です。」

 向かいのベッドではははと笑うとフラミーは続けた。

「ねぇモモンさん。守護者や僕の皆で今度写真撮りたいですね!…カメラがどうやって出来てるのか知りませんけど…。」

 アインズはいい案だと思った。

 アンデッドや悪魔は老いも寿命も存在しないが、それこそ双子のように今後の成長が楽しみな者達も大勢いるのだ。

 何枚あっても足りないだろう。

 

「カメラ…そうですね!そういうのが作れそうなアイテムや魔法に詳しいNPCを募りましょうか。」

 アインズは第十階層にある最古図書館(アッシュールバニパル)で司書として働くティトゥスを思い浮かべた。

「あ、そっか!電気がないこの世界でもマジックアイテムとして作ればいいんですね!アインズさんのパンドラズ・アクターなんて居場所的にアイテムに詳しそうですし、アインズさんは魔法に詳しいじゃないですか!二人で作れるんじゃないですか!」

 電気がなくてもカメラが作れる事を知らないフラミーはアインズの魔法を用いようとする柔らかい頭に感心していた。

「えっパンドラズ・アクターは…」

「そう言えば、彼は宝物殿にいるんですか?カメラ、楽しみだなぁ!」

 NPCを製作していないフラミーにアインズの痛み(・・)を想像することは無理だった。

 楽しみ楽しみとわくわくしている様子にアインズは己の黒歴史に会いにいくことを決めた。

 

 すっかり日が暮れてからナザリックに戻ると、二人は一番に宝物殿へ飛んだ。

「――え?わぁ…。」

 想像を大きく上回る大量の金貨にフラミーは一瞬驚き足を止めた。

「どうしました?」

「い、いえ。これ、全部アイ――いえ、モモンガさんが貯めたんですか…?」

 アインズはたった一人で宝物殿と狩場を行き来していた日々を思い出し、胸が痛くなると、「えぇ。」とだけ短く返事をした。

「モモンガさん…。すごいです。ありがとうございました。」

 ぺこりと頭を下げられるとアインズは少し目を細めた。

「いえ、ナザリックの為ですから。」

 二人は金銀財宝が積み上げられた宝物殿を真っ直ぐ進み、真正面に二次元的な闇がべたりと張り付く場所にたどり着いた。

 アインズとフラミーは懐かしそうに「あ〜」と声を上げた。

「タブラさんは凝り性だったからな。」

「そうですね。パスワード、何でしたっけねぇ。」

 アインズは少し悩むと、ナザリック中に共通する一つのパスワードを口にした。

「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ。」

 その言葉に反応し、湖面に何かが浮かぶように文字が現れた。

 

 Ascendit a terra in coelum, iterumque descendit in terram, et recipit vim superiorum et inferiorum.

 

 これをタブラにも見せたかったなと少し思いつつ、あぁと思い出したように声を上げた。

「かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗き者は全て汝より離れ去るだろう――だったかな?」

 エメラルド・タブレット――タブラ・スマラグディナに記された言葉だ。

 闇はしゅるりとある一点に吸い込まれ、道は開かれた。

「あー!そうでしたそうでした。すごい。それまた覚えないとパンドラズ・アクターさんに会いに行けないですね。覚えられるかなぁ。」

 フラミーは「かくて汝…世界の栄光を手に入れ…」と既に少し間違えたパスワードを口の中で復唱した。

「はは、会いにいかなくて良いですから、覚えないで下さい。」

「えぇ。なんでですかぁ。」

「なんででもです。」

「昔はよく一緒に来たのに。」

 中へ進んで行くと博物館のようなところに出、そして待合室に辿り着いた。

 フラミーはぴたりと足を止めた。

「――タ、タブラさん!!」

 それは水死体のように真っ青な体に、紫がかった白いタコのような頭部を持った異形だった。

 ごぼりと首を傾げ、二人を迎えた。

「パンドラズ・アクター、元に戻れ。」

 アインズがそう言うと、異形はくるりと身を翻し――後には軍服に身を包む卵のような頭部を持つ姿へと変わった。

 それはカツンッ!と踵を合わせると、オーバーな動きで敬礼をした。

「ようこそおいで下さいました!!我が創造主たるモモンガ様!!――そして、我がフラミー様!!」

「――あ、そっか。パンドラズ・アクターさん、そうでしたね。こんにちはぁ。」

「…元気そうだな。」

 アインズは頭が痛くなりそうだった。

「はい。元気にやらせていただいております。ところで、今回はどうなされたのでしょうか?随分お久しぶりにお揃いで。」

 ウッキウキしてたまらん。そう言う雰囲気でパンドラズ・アクターは答えた。

「実は――」

 アインズはナザリックがユグドラシルでは違う世界に今ある事を簡潔に告げた。そして、名を改めたことも。

「――と言う具合でな。フラミーさんがカメラが欲しいそうだ。」

「おぉ…おぉ…!カメラ!!」

 わざとらしいリアクションで驚きを表現され、アインズはどうしてこんな風に作ってしまったのだろうと無い眉を顰めた。

「どうだ、作れるか。」

「それはもちろん。ところで――」

「なんだ。」

「かめらってなんですか?」

 フラミーはたまらず吹き出した。

 

+

 

 宝物殿を後にした二人はアインズの執務室へ向かった。中では既に守護者達が控えていた。

 双子からの定時連絡を受けたアルベドが朗々と法国について語る。

 

 かつて六百年前、この世界へ来たと思われるプレイヤー達を神と崇める法国は、特にスルシャーナを信奉する闇の神殿が最大の信者数を有していた。

 神都には未だ生きた「従属神」と呼ばれるアンデッドが残っているのも闇の神殿の人気の理由だが、何よりも、このアンデッド以外のすべての従属神達は堕落し『魔神』となり世界を荒らし回った為、スルシャーナを信奉する事は理性的且つ道徳的であると思っている節があるようだ。

 

「――と、ここまでが一次報告でございます。」

「なるほど。アウラ達はよく調べたな。」

 アルベドは頭を下げると続けた。

「畏れ入ります。そこで、アウラはこれより闇夜に紛れて神都大神殿へと潜入し、スルシャーナの従属神のレベルを看破する予定でございます。」

 それを聞いたフラミーは共にソファに座るアインズに視線を送った。

「あの…これ、危ないんじゃないですか?」

「俺もそう思います。スルシャーナがどんなビルドの死の支配者(オーバーロード)だったかは分かりませんが、経験値を消費するアンデッドの副官で生み出されたモノだとすれば…恐らく九十レベルを超えます。」

 スキルの説明を聞いたフラミーは背筋に冷たいものを感じた。

 アインズは顎に手を当て考え込んだ。

「守護者達よ…。お前達はこの問題にどう挑むのがいいと思う。」

 

 キラリとメガネを輝かせたデミウルゴスが一歩前へ出て進言する。

「恐れながら…百レベルに達する者に近付いてもそれを気取らせないだけの能力を持つものはこのナザリックに於いてアウラの右に出る者は存在しません。しかし、御方々のご心配もごもっともかと…。そこで、私は敢えてアインズ様とフラミー様、そして全守護者で向かうのがよろしいかと愚考いたします。」

 

 やはりそうか…とアインズは頷く。

 人任せにせず自分の目で確かめるのが一番だと思ったからだ。

 

「向かってどうするでありんすか?デミウルゴス。まさか見るだけで済ます気ではないでありんしょうね。」

「当然だとも、シャルティア。アインズ様を模し神を名乗る不届きものを全力で抹殺し、代わりにドッペルゲンガーを置いて帰るのさ。そうして、来たる約束の日、そのドッペルゲンガーにアインズ様こそ正当なる神である事を告げさせれば、不届きなアンデッドの信仰をアインズ様は一心に引き受けることができる。」

「ナルホド、ソウスレバ簡単ニアインズ様ノ御名ハ国中ヘト広ガルト…。」

 

 殺すことが前提だとは思わなかったが、名前が広がると言われてはそうするのがベストな気がする。

「素晴らしいぞデミウルゴス。そういう進言こそ私の望むものだ。」

「おお、アインズ様。貴方様は、既にお気付きになられていたと言うのに…。お二人で我々をお試しになった…そういう事ですね?」

 デミウルゴスからの不思議な期待に満ちた瞳を向けられるとアインズは背中がムズムズした。

「ん、んん。その通りだ。そこまで読みきるとは流石はナザリック一の知恵者。」

「いえ。私もアインズ様がご帰還された際に、一番に宝物殿の…会ったことはありませんが、パンドラズアクターの元へ向かわれた事を知ってこそでございます。」

 

 フラミーがこちらを見ている気配を感じるが知ったかぶりを重ねる己が恥ずかしくてそちらを見れない。

「では、これよりアンデッド討伐へ向かうぞ。準備を怠るな。アルベド、アウラにはお前が連絡しておけ。ナザリックの初陣だ!」

 

+

 

 アインズはフラミーとデミウルゴスを伴い宝物殿を訪れていた。

「ンァインズ様、フラミー様!これは、再びのご来臨このパンドラズ・アクター喜びに身が――あっ、ドン」

 瞬時にパンドラズアクターを壁側まで追い詰め、目一杯顔を近づける。

「パンドラズ・アクター!お前は、私を超えて行かねばならぬ。それが父と息子と言うものだ。良いか、デミウルゴスを見てみろ。」

 ゆっくり二人で顔を向ければ、落ち着いた様子でフラミーと何やら言葉を交わすデミウルゴスの姿があった。

「あれは、生み出したウルベルトさんの想像を遥かに超えている。わかるか?」

「はぁ…?」

 このハニワはまるでわかっていない様子だ。

 中二病全開だったウルベルト・アレイン・オードルの息子がああなり、同じく中二病に罹患していたアインズの息子がこうなっているのは何故なのか。

「アインズ様。何か。」

 フラミーとの話を中断させ、自分の話をしていることがわかったのか優雅にデミウルゴスが声をかけて来た。

「いや、今パンドラズ・アクターにお前を少しは見習えと言い聞かせていたところだ…。昔お前を生み出した時ウルベルトさんは最高傑作だと言っていたぞ。無論、私の生んだこれも素晴らしいとは思うのだが、な。」

 デミウルゴスは歓喜に震える。

 何か声を出せば涙が溢れるのではないかと思い、黙って頭を下げた。

 一方パンドラズ・アクターは、目の前の悪魔が果たしてどれだけの成果を上げたのかと、宝物殿の外で働ける守護者を少しだけ羨ましくなっていた。

 

「パンドラズ・アクターさんだって、今回きっと活躍してくれますよ!」

 フラミーのその声はパンドラズ・アクターにとってまさに福音だった。

「は。必ずや見事カメラなるものを生み出してみせます!フラミー様っ!」

 期待を越えようと、今までで一番華麗に舞いながら、フラミーの足元にひざまずき、胸に片手を当てながら、もう一方の手をフラミーのすぐ前に差し出す。

 背中にバラが咲いて舞い散るのを幻視したアインズは沈静化された。

「えぇ…。あぁ……いや………うん………。パンドラズ・アクターよ。今回はカメラとは別件で来たのだ。んん。先程伝えてからいこうと思ったが、守護者達を待たせていたのでな。詳しいことはデミウルゴス、お前が説明してやれ。」

 畏まりましたと頭を下げたデミウルゴスは、どのように作られたのか未だ解らないパンドラズアクターに懇切丁寧に説明をしようとすると、すぐに作戦の趣旨を理解し、討伐ではなく、実験体として使用するため捕縛で進められるよう見事なる作戦案等を次々と提案したのであった。

 

「御身は貴方に私を見習えと仰ったようですが…私も貴方を見習わせてもらいますよ。ここに私を連れてきたのは、恐らく貴方からの良い影響をアインズ様が計算されてのことでしょう。」

「我が創造主たるアインズ様は全知全能の御方。私達のこの会話すら、おそらく読んでいらっしゃることと思いますよ。」

 

 落ち着いた様子で話を続ける男子二人を、全く落ち着かない気持ちでパパアインズは嘆き見守った。

「あぁぁ。フラミーさん…どうしたらパンドラズアクターはあの動きをやめてくれるんでしょうか…。デミウルゴスみたいになれって言ってんのに…。」

「え?やめて欲しいんですか?可愛いじゃないですか。個性があって!それに、ちょっぴりキザな感じは、デミウルゴスさんぽさもありましたよ。」

 そう話しながら、フラミーは二人で外に出た夜を思い出し、デミウルゴスに言われたキザなセリフが脳裏をよぎった。

 再び熱を持とうとする悪魔の尖った耳を両手で頭に押し当てるように抑えた。

「デミウルゴスがあのポーズでバラでも持ってきたら…似合うんでしょうけど…。」

 イケメンに創造しなかった自分が悪いのかとアインズは再び苦悩し――二人は小さな呻き声を上げた。

 

+

 

 第六階層、円形闘技場(アンフィテアトルム)

 双子を監視しているアルベドの姉ニグレドと、転移門を開くため呼び出された戦闘メイド(プレイアデス)のオーレオール・オメガが来ていた。

「アインズ様。この度は御改名おめでとうございます。今後も我ら変わらぬ忠義を捧げます。」

 手短に挨拶を済ませると、ニグレドはスキルでアウラの様子を追った。

 オーレオールもどこにでも(ゲート)を開けるよう内部を記憶していく。

 アウラは連れてきていた全ての僕をマーレの影へ渡し、たった一人、アーチ状の天井のかかる回廊が囲む美しい中庭を音も無く駆け抜けた。

 

 すると、突然神殿が騒がしくなった。

「陽光聖典が!!!神官長様達をお呼びしろ!!」

 アインズに心を折られたニグンと、その部下達が這々の体で帰還したようだった。

 多くの者が走り行き交うが、大した力も持たない人間達は誰一人、アウラの存在に気がつかない。

 アウラは静かになり始めた廊下に少し気が抜けた。

 

 次の瞬間、声が響く。

 

「誰かいるの…?」

 

 守護者すら欺く力を持つアウラを看破する者の存在に、ニグレドの後ろから様子を見ていた全員が武器を強く握りしめ、今回の作戦を破棄しなければならない事を予想する。

 

 それは、左右で髪と目の色が違う、幼そうな女だった。




2019.06.04 kazuichi様 誤字報告本当にありがとうございますm(_ _)m適用させて頂きました!


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#14 疲弊した従属神

 謎の気配を感じた気がして、女――番外席次・絶死絶命は中庭を注意深く睨め付けていた。

 

「誰かいるの…?」

 

 しかし、返事はない。

 気配を感じた方へ足を運ぼうとすると、さっきまで寝ていたであろう神官長達が小走りで通り掛かった。

「おお番外席次よ、良いところに!お前も陽光聖典の報告の場に立ち会うのだ!」

「…うるさいわね。気安く話しかけないでちょうだい。後で行くわ。」

 神官達は何か言いたげな顔をしたが、番外席次を置いて去っていった。

 何となく気配を感じた場所に近付くも、そこには何もいない上、誰も踏んだこともないような柔らかい土と、天に向かってピンと生える若草達があるだけだった。

 辺りを見渡すが、中庭にはさわさわと静かな風が渡るだけだ。

(気のせいか…。)

 生まれて初めての感覚に戸惑ったが、神殿内がこれ程までに騒がしいのもまた、初めてだった。

(この私がいつもと違う神殿の様子に高揚しているとでもいうの?)

 自嘲するように笑うと神官長達の向かった方へ立ち去った。

 

+

 

 草むらの隠蔽を完璧に行ったアウラは神殿内部を駆け抜けていた。

 早くアンデッドの元へ行き、皆をこちらへ呼び寄せねばならない。

 大した攻性防壁も張られている様子もなく、遠隔監視ができるのであれば大人数で効率悪く移動する必要もあるまい。

 そしてたどり着いた、神殿の最奥。

 長く広い廊下の先に、まるで世界とその先を切り離すかのように二枚の分厚く重厚な扉がぴたりとしまっていた。

 アウラは鍵などがかかっていない事をさっと確認し、その向こうにたしかに死の気配を感じると、空中に向かい腕で丸を作る。

 すると転移門(ゲート)よりも巨大な闇が廊下に出現し、死の支配者・アインズ・ウール・ゴウンが足を踏み出してきた。

 隙なく当たりを見渡し、安全をもう一度確認すると闇に手を入れた。

 それを取りフラミーが出てくると、付き従うように守護者達も続々と闇を潜ってくる。

 一人ハニワ顔の見たこともないNPCと、どこで合流したのかマーレも来ていた。

 アインズはしばし目の前の――周りの廊下やニグレドの監視越しに見た物達に比べ異様に精巧な扉を眺めてから、アウラに声をかけた。

 

「――アウラよ。一時は肝が冷えたが、よくやったぞ。」

 アインズの称賛に頭を下げた。

「ありがとうございます。…だけど、アインズ様…。マーレと二人でやり遂げられず…わざわざ御身にお出ましいただいてしまい、申し訳ありませんでした。」

「良いのだアウラ。そしてマーレ。お前達の働きは見事だった。さぁ、この中にいる者を連れて帰ろうではないか。――フラミーさん。」

 パンドラズ・アクターの進言により、アンデッドは可能であれば捕獲となった。

 上半身より長いくらいの巻物を携えたフラミーがスッと前へ出る。

「どこからどこまでがコレに認識されるフィールドかわからないんで、中で発動させますね。」

「お願いします。俺は一歩遅れて、すぐに入りますから、時間を稼いで下さい。万一中の者がワールドアイテム保持者だった場合、マーレとアルベドと共に相手を抑え、一時退避します。」

 マーレの腕には天使のような清浄な輝きを宿す白きガントレットと、地獄の底を削り出したかのような邪悪な闇を纏うガントレット、強欲と無欲がはまっていた。

 アルベドは漆黒の鎧であるヘルメス・トリスメギストゥスを装備しているが、その手に収まるのはバルディッシュではなく、玉座の間に控える時と同じように真なる無(ギンヌンガガプ)だ。

 マーレとアルベドが扉を押し開き、中へ滑り込んだフラミーがその巻物、山河社稷図を発動させた。

 

+

 

 のどかな河の流れる風景にポツリと立ちすくむ闇が口を開く。

「貴様ら何者だ。私を捕らえるこの力は一体…。」

 

 疑問を口にする相手にフラミーが返事をしようとすると、切り離されたこの空間にアインズも入ってきた。本当にすぐに来た。

 アルベドとマーレは外で待たせているらしく一人だ。

 

 想像よりも穏やかな雰囲気にアインズは肩透かしを食らった。

死の支配者(オーバーロード)か。久しぶりに見たものだ。私を、その血肉をもって召喚せしめた至上の神もそうであった。紹介が遅れたな。私は具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)だ。侵入者よ、私に何か用か。」

 血肉というのは恐らく経験値だろうとアインズは推測する。

「そうか。やはり召喚された僕か。我が名はアインズ・ウール・ゴウン。持って回った言い方は好かん。単刀直入に言う、具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)よ、私とともに来い。」

 一息に告げ、手を差し出すが、相手はピクリとも動かずに返事をする。

「それはできない。ここを守るように言われている。」

「では、あなたを召喚せし小神は偉大なるアインズ様のことだと愚かな人間共に言ってはくれませんかね。」

 まるで対等な者のように至高の御身と話す下等アンデッドである具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)にデミウルゴスは相当な不快感を抱いていた。

いや、デミウルゴスだけではない。全ての守護者がそうだった。

 

「断る。主人を偽る理由がない。」

 

「交渉決裂でありんすね。」

 真紅の鎧に身を包むシャルティアが具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)に向かって飛び出すと、それを皮切りに守護者全員が目の前のものに襲いかかった。

 

 一人パンドラズ・アクターだけは相手の姿をコピーし変身を始めていた。

 

 アインズとフラミーは何もしなかった。

 九十レベルの具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)程度、守護者達の敵ではない。

 アインズは従属神が無力化されていく様子をフラミーと共に眺めながら口を開いた。

「フラミーさん、周りの建築に比べて、あの扉は精巧すぎた気がしませんか?」

 ナザリックが第十階層、ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)にある玉座の間へ続く扉に匹敵するような出来栄えだった。

「思いました。人の手で作れる限界を超えたような細工でしたよね…。あれって――」

 フラミーがそう言うと、アインズはうなずき、あの場所が何なのかという推測を告げた。

「恐らくあそこは、さっきのあの一部屋しか維持できないような状況のギルドホームでしょう。最後の従属神なんて呼ばれる具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)がいる事を考えると、ギルド武器もあるかもしれません。」

 それを聞くとフラミーは瞳を輝かせた。

「ギルド武器!ぜひ破壊しましょう!!前に建築物は壊したくないって言いましたけど、アインズさん、壊してくださいね!」

「それが…ちょっと正直悩み所です。」

「なんでですか?*ギルド武器を破壊できたら強くなるって言うじゃないですか。ワールドチャンピオンをはるかに凌ぐって。アインズさんが破壊して強くなるのがベストですよ!」

「それ、特定の条件を満たした人達だけだって言うじゃないですか。それがどんな条件か解ってない以上、俺がへたに手を出すのはもったいないと思うんですよね。」

「でも、壊してみないと分からないんじゃ、宝の持ち腐れになっちゃいません?」

「うーん、俺はフラミーさんが壊すって言う手もあると思うんです。」

 フラミーが数度瞬いていると、瀕死の状態の具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)捕縛(ホールド)魔法で動けなくしたシャルティアと、それを引きずるコキュートスが向かってきた。

「アインズ様、フラミー様。片付きんした!」

「オ待タセ致シマシタ。」

 キラキラした瞳だった。

「――あ、二人ともお疲れ様でした!」

「よくやったぞ。では、撤収の準備をしよう。」

 撤収準備を進めながら、アインズはシャルティアとコキュートスの初めての手柄を大いに褒めた。




*9 : Arcadia感想返し[2877]


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#15 覗き見る歴史

 具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)に化けたパンドラズ・アクターを残し、ギルドホームだと思われる戸を閉めた。

 ずずん――と音を立ててしまったそれは、やはり重厚で、異質な空気を放っていた。

 パンドラズ・タナトスには、ギルド武器の在り処を後で伝言(メッセージ) で伝える様に言い残した。

 

 万が一偽物だとバレるようなことがあったとしても、ギルドメンバー四十一人に変身できるパンドラズアクターならばなんとか逃げ出すことができるだろう。

 同じく残されるアウラが撹乱すれば、より安全に退避できるはずだ。

 

 フラミーから山河社稷図を受け取ったアウラは二色髪の女の監視に勤めるよういわれ、夜闇に紛れた。

 これと開戦する場合は伝言(メッセージ)をまずパンドラズアクターに送り、山河社稷図を広げる手筈だ。

 

 アインズ達が帰還すると、数時間後にニグンと陽光聖典数名を引き連れた神官長が扉の前に現れた。

「もし本当にスルシャーナ様のご再臨だとしたら、あの御方が何もおっしゃらないはずがなかろう。」

 全員が正装だ。

「しかし…確かにあのお力、全てを見通す智謀…あの御方がスルシャーナ様でなければ…それはこの世界の終わりにも等しいかと…。」

 ニグンの答えに、皆が悲痛な顔をした。

 漆黒聖典はこんな時に限って破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)支配のため出かけている。

「ともかく…久々にお言葉を賜るほかあるまい…。」

 闇の神官長は人類の技術を超えたその扉をゆっくりと開けたのだった。

 

+

 

(あー魔力がなくなるってこんなにだるいのか…。)

 

 さまざまな魔法対策を施された氷結牢獄で、手足と装備をもがれダルマのように転がる具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)の前にアインズは座っていた。

 痛みも恐怖もないアンデッドは別になんということもないという具合におとなしくしている。

 ただ、時折「スルシャーナ様…」などと呟きながらアインズを眺める姿は痛ましかった。

 

 記憶を覗き、法国やスルシャーナ、魔神、八欲王、竜王、ギルド武器、神官長達の事をじっくり調べるアインズのそばで、司書のティトゥスは情報を書き起こして行った。

 始まりの記憶はこうだ。

 スルシャーナは、愛するギルドメンバーと共に作り上げた国の民に神を残して欲しいと請われ、メンバーとの絆の証であるギルド武器を守るように具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)を生み、そして下がったレベルで八欲王との戦いへ身を投じた。まるで放逐されるように。

 白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)と呼ばれる竜王と共に。

 スルシャーナはこちらを向いて語っていた。

『良いか、ルフス。これまで使えなかった魔法が突然我が身に戻ったのだ。推測に過ぎないが、相手は世界級(ワールド)アイテムを持っている。私は恐らく戻れないだろう。だが、それでも、もういいんだ。この国を…皆のいない世界を…今後何千年と見守るのは…少し、辛い…。』

 スルシャーナのその後を、具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)――ルーファスは"母から切り離された感覚"をもって死を確信した。

 

 魔力がいくらあっても足りない状況に、フラミー、シャルティア、デミウルゴス、ルプスレギナが代わる代わるアインズへ魔力を流し込んだ。

「なんという……。」

 読み上げるのをやめ顔を抑えるアインズに、フラミーが近付き慰めようとすると――

「素晴らしい!!」

 高揚した声が響いた。

 すぐに沈静化されたらしく冷静さを取り戻した雰囲気でアインズは続けた。

「ここのギルド武器はパンドラズ・アクターのすぐ側にあるのだが…更に白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)の下に、五百年前現れた八欲王のギルド武器があるらしい!」

 それでも興奮しているようで、いつもの丁寧な話し方ではなかった。

「この世界最強の竜、でございますね。」

 デミウルゴスの問いに頷く。

「ここには…一度出向く必要があるようだな…。これで先んじて法国の物も破壊ができる。ふふふ、良いぞ。ははは!――ふぅ。ははは!」

 沈静を繰り返しながら上げる笑い声はまるで魔王そのものだった。

 それを眺める守護者達の瞳は歓喜に、フラミーの瞳は何かに迷うような色が一瞬だけうつった。

 アインズの話に出てくる八欲王の生み出した浮遊都市。――かつてユグドラシルにナザリック地下大墳墓があったとき、遠く米粒のような大きさで浮いていた天空城をフラミーは思い出していた。

 初めて外に出たセバスに、アインズはそれの存在を確認したほどだ。

 

 その後舐めるようにアインズが記憶を確認していくと、レベルの低いルプスレギナは魔力欠乏を起こしユリ・アルファに引きずられるように立ち去って行った。

 次はデミウルゴスが魔力を枯渇させたが、ティトゥスの情報精査を手伝う為その場に残った。

 そしてシャルティアも疲れ果てると、鏡で自分の顔を確認して悲鳴をあげて吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)に抱えられるように去って行った。

 

 なんとか一通り記憶を見終わったタイミングでフラミーの魔力も切れてしまった。

「あー…すみません。私、もーだめです…。」

 簡易的な椅子にだらしなく座った。

「お疲れ様でした、フラミーさん。今日はここまでにしましょう。」

「はひ、アインズさんもお疲れさまでした!あぁ…アインズさん、よく平気でいられますね。」

「あ、いえいえ。かなり怠いですよ。でもアンデッドなんで疲労感は多分フラミーさんほど無いのかもしれないです。」

「こんな時もアンデッドは便利なものですねぇ。」

 フラミーは疲れた顔で笑った。眠たそうだった。

 

 すると、後ろでふむふむと話を聞いていたデミウルゴスが口を開いた。

「アインズ様、フラミー様、良ければ我が赤熱神殿にいらっしゃいませんか?疲れを癒すには絶好の場所でございます。」

 はじめての遊びの誘いにアインズとフラミーはパァっと顔を明るくした。

「い、いいのかデミウルゴス。」

「ぜひ行かせてもらいましょう!アインズさん!」

 

+

 

 ティトゥスと別れた三人は、全員指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を持っているのですぐさま第七階層へと転移した。

 デミウルゴス配下の悪魔達が支配者達をもてなす準備を始め少しだけ慌ただしい。

 灼熱の大地に、高さ十五メートルのイオニア式の柱で天井屋根が支えられる黒き神殿が建っていた。

 神殿に入れば、薄暗い。普通の人間ならば目を凝らしたくなるような場所だが――アインズの闇を見通す目はそこに置いてあるものをしかと目に映した。

 そこには右半身のまだ完成していない、実物よりも少し大きなアインズ像が建っていた。

 

「これは…。これはなんだデミウルゴス。」

「はい。ここ数日時間がありましたので、悪魔のしもべを大量に召喚しまして…殺して良い部分を集め、アインズ様の像を作っております。完成した暁にはぜひ又当階層へお越しくださいませ。」

「デミウルゴスさんって器用なんですね!これは一見の価値ありですねぇ!」

すごいすごいと喜ぶフラミーと、まんざらでもない雰囲気のデミウルゴスは、アインズとの温度差に気付く様子もない。

「次はフラミー様の像をお作りいたします。」

「私は骨じゃ無いから難しいかもしれませんよぉ。」

 

 アインズ像を回り込むと隠すように地下への階段があり、下れば奥行きのある大広間と、さらに下層へ行ける階段があった。

 そこには部屋がいくつもあり、デミウルゴスについて行きながら風呂場や食堂などを軽く案内された。

 一階とは違いふんだんに白い大理石が使われ、随分と明るい雰囲気だ。

 さらに地下へ下れば、数部屋と長い廊下の先に大きな扉があった。

「そちらには当階層の玉座の間がございます。ですが、本日は宜しければ私の私室をご案内いたします。」

 アインズとフラミーは顔を見合わせ、それで良いか目で確認しあう。

「うむ。玉座はウルベルトさんと何度も通ったものだ。今日はそちらを見させてもらおう。」

 代表しアインズが答えるとデミウルゴスはふぃんふぃんと数度尻尾を振った。

「畏れ入ります。では――取るに足りない、質素な部屋ではありますが、どうぞおくつろぎ下さいませ。」

 デミウルゴスが扉を開けたその先は、ゴージャスな雰囲気かと思いきや、モダンな内装だ。

 しかし、決して質素などではない。

 

 広いリビングルームには向かい合うように四人がけの茶色いソファが二つあり、真ん中のテーブルの両脇には肘掛のある一人掛けソファがある。

 近くの壁の煖炉は燃えているが、薪は使われていない。

 リアルでも薪が高級品になり、エタノールで燃やすほとんど二酸化炭素の出ない暖炉が主流になっていたが――ここは魔法の炎が灯されていた。

 その先には執務机と、大量の本達が壁一面に所狭しと並べられている。

 本棚の脇にひとつだけ扉があり、その先が寝室のようだ。

「デミウルゴスさんって、このリビングで物作りしてるんですか?」

「これはフラミー様。まさに今その話をさせて頂こうと思っておりました。実を申しますと、私は工房を持っておりまして…こちらの本をこのように押し込み、ずらして……」

 カチリと何かが噛み合う音がし、本棚の向こうに隠し部屋が見える。

「このように、この先が工房にございます。」

 こんなに得意げなデミウルゴスは珍しい。

 アインズは確信した。

「やれやれ、ウルベルトさんはやっぱり中二病だな。」

「言うとウルベルトさんに怒られますよぉ。」

「…秘密にしてください。」

 

 進むデミウルゴスについて行くと、そこには白く美しい背もたれのない椅子があった。

 

「こちらは、アインズ様のために現在鋭意製作中の簡易玉座にございます。フラミー様の分もご用意しようと思ってはいるのですが…」

 珍しく何か言いづらそうな様子にアインズは先を促した。

「どうした。何か困ってるのか?」

「は。畏れ入ります。実を申しますと、こちらも悪魔の骨だけで作るというのは少々芸がないかと思い、制作を一時中止しようかと思っております。」

 え?それも骨なの?と思うアインズとフラミーは、その後決して気の休まらない、そして共感もできない趣味の話をしばらく聞いた。

「やはり、御身に触れるものかと思うと素材はより慎重に選びたいところでございます。」

「……そ、そうか。うれしく思うぞ。うん。」

 甘え下手な息子が始めて自分の描いた絵を見せてきたような雰囲気と、ちゃんと休みをenjoyできる守護者の存在に、若干は癒されたような気もする二人だった。




ほのぼの日常パートも大好きなんですけど、中々うまく行きません(-_-)
精進します!!

2019.5.4 もんが様誤字修正ありがとうございます(//∇//)


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#16 世界の夜明け

 ニグンとの約束の日の前日に帰還したアウラは玉座の間に向かっていた。

 その足取りは重く、これでもし慈悲深き御方々が失望されるような事があれば、きっと世界を渡る力を一番に取り戻そうとするだろう。

 それの手伝いだけはしたくない。

 アウラは拳を握りしめた。

 

 ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)にたどり着いてしまう。

 そこにはすでに第八階層の守護者たるヴィクティムを含めた守護者達が集まっていた。

 その視線は中長期遠征への労いと、大いにアインズの役に立った者に対する羨望で染まっていた。

 

 アルベドは支配者達の介添えとしての務めがある為、デミウルゴスの指示の元謁見の列や並びを覚えていく。

 様子のおかしいアウラにマーレが心配そうに声を掛けても、アウラは何も返さなかった。

 

+

 

「面を上げよ。」

 毎回このやり取りをしなければいけない事に面倒くささを感じながら、アインズはいつも通り皆に号令をかけた。

 

 今日は多くのしもべが守護者達の後ろに控えている。

 失敗できない状況だ。今日は誰もが功績をあげたいと思うように見事アウラを褒めなければならない。

「アウラよ、この度は六日間に亘る隠密任務、ご苦労だった。」

 アウラは物言わず、深く頭を下げた。

「それでは最終日のあの女と、神官長達の様子をここで聞こうじゃないか。」

 これまで、法国に残りアウラは様々なことを報告した。

 漆黒聖典というもの達がナザリックのほど近くの森林をうろついている事。

 番外席次と呼ばれる女があの法国最強である事。

 そのレベルは恐らく九十前後だという事。

 戻った陽光聖典は、パンドラズ・タナトスの元に現れたあと、神官長全員と共に転ぶような勢いで再びカルネ村へ発った事。

 他にも数えきれない報告を行い、目を見張る成果を上げた。

 

 そのアウラが、今にも泣き出しそうな様子で、話し始める。

「あ、アインズ様…。あたし…あたし……。」

 その様子に不穏なものを感じた守護者から立ち上がる殺気にフラミーは珍しく玉座の間で声を出した。

「アウラ、大丈夫?何があったの?」

「謝罪があるなら、顔をあげなさい。」

 そしてアルベドの冷たい声に、アウラは顔を上げた。

「今日、大神殿を出たら、番外席次が………『また来てね』…と……。」

 

 それは、「決して気取られずに監視しろ。」と言う命令の失敗を意味する言葉だった。

「自分より低レベルだからと言って見くびるなという良い例だな。しかし気付いておきながら相手はアウラが身辺を探る事をなぜ許していたか、分かるものはいるか。」

 僕達をざっと見渡すと、アルベドが口を開いた。

「畏れながら…。アインズ様が神であるとパンドラズ・アクターが神官長達にすでに通達していた為ではないでしょうか。如何に低俗な存在でもこのタイミングで現れたアウラとアインズ様に繋がりがあるくらいは理解できたのでは。」

 補足するようにデミウルゴスが続ける。

「しかもあれは自分より強い存在を求めるような発言を繰り返していました。アウラがそれに該当している事にも思い至ったのでしょう。」

 それを聞くとシャルティアは発言した二人へ視線を送った。

「強い相手を求めていたなら、なんで戦いを挑んで来なかったでありんすか?余計わけがわかりんせん。」

「ソウダ。シャルティアノ言ウ通リダ。強キモノノ存在ヲ求メテイタノナラ、何モシテコナイノハ矢張リオカシイ…。」

「ど、どういう事なんでしょうか…?」

 

 そして集まる視線にアインズはわからない答えを求め、近頃編み出した必殺技を繰り出した。

「仕方ないな。デミウルゴス。皆にわかるように説明してやりなさい。」

 この一週間、法国からの報告を聞き、分からないと言うものが出るたびにこれを言ってきた。

 時にはフラミーが分からないと正直に言い、デミウルゴスが答えると言うこともあったが。

「――は。お任せください。」

 デミウルゴスはゆっくりと立ち上がると、皆を見回してから口を開いた。

「簡単な事だよ。アウラの挙動から自分の事を見張らせている、更なる上位者――アインズ様の存在に気が付き、アウラを支配できるだけの強大な力に期待しているんだろうね。"強きものを求める"番外席次は恐らく、アインズ様との謁見の時にこそ動くでしょう。」

 なるほど、と皆がうなずく中、マーレがおずおずと手を上げた。

「あ、あの、じゃあ、デミウルゴスさん。番外席次さんは、アインズ様と会ったら、アインズ様に襲いかかるかもしれないんですか?」

「畏れ多くも、そういう真似をしでかす可能性も大いにありえるね。」

 マーレの問いに応えるデミウルゴスの言葉に、全員の瞳に剣呑な光が宿る。

 

「アインズ様。明日の陽光聖典との謁見後、あたしにもう一度法国へ一人で行かせてください!!」

 アウラの叫びに、精一杯の優しい声でアインズは応えた。

「アウラ、お前はまだ聞いていないだろうが、明日の謁見の後、皆でそのまま法国へ行く予定だ。パンドラズ・アクターの回収をしなくては。」

「そしたら、明日、あの女の命、必ずあたしが!!」

 血気盛んな様子にアインズは骨の顔をぽり…とかいた。

「殺す予定はないんだけど…んん。まだ様子を見るのだ。そう昂ぶるな。」

 アウラから視線を外して続ける。

「アルベド、明日の予定を皆に伝えろ。それから、ガルガンチュアの起動確認を忘れるな。私はこの後フラミーさんと共に天使の召喚を行う。コキュートスはアルベドの説明が終わり次第第五階層にて天使の訓練を行え。少しでも見栄えを良くするようにな。先に渡した者たちの調子はどうだ。」

「ハ。ナザリック・オールド・ガーター達ノ訓練ハ既ニ万全カト。後ハ天使ガ加ワレバ、正シク神話ノ軍隊ヘトナリマショウ。」

「よし。では我々は一足先に行く。フラミーさん。」

「はい!神話の始まりですね!」

 二人が玉座の間を後にすると、歓声が響いた。

 

 アインズ・ウール・ゴウン。

 

 明日、神話が始まる。

 

+

 

「<第十位階天使召喚(サモン・エンジェル・10th)>。」

 ちらほらと粉雪の舞う第五階層でフラミーは何度目かのその魔法を唱えた。

 アインズはすぐ隣で天使が召喚されていく様子を座って見ていた。

 そんな二人を包むように十メートルもの蒼白いドーム状の立体魔法陣が清浄な輝きを放ち、忙しなく形や文字を変えて回っていた。

「――ふぅ。天使、まだまだ呼びたいですね。」

 辺りには高レベルの天使達が随分と召喚されていたが、二人の求める天使の人数にはまだまだ届かなかった。

「疲れました?フラミーさん、少し休んでください。」

「いえ!平気です。頑張りますよ!私も役に立ちます!」

 フラミーがふんっと鼻息を吐いていると、二人の周りを回っていた魔法陣は強く輝いた。

「お、時間か。」

「わぁ。初めての超位魔法ですね。」

 二人の周りを回っているように見えた魔法陣だが、起点はアインズだ。

 アインズは下ろしていた腰を上げると目的の魔法を唱えた。

「<指輪の戦乙女たち(ニーベルング・I)>。」

 魔法陣は砕けるように輝きを放ち、複数体の高位の天使を召喚させた。

 超位魔法は魔法というよりスキルに近いもので、魔力を消費しない。ただし、一日に使用できる回数が決められている。アインズとフラミーならば日に四回しか使えない。

 更に強制的な冷却時間がパーティーを組んでいる全員にかかる。

 高位天使達はアインズの前に跪いた。

「召喚主よ。御命令を。」

「そちらにいるフラミーさんの天使達と共に控えていろ。」

 天使達は頭を下げると言われた通りに控えた。

「――じゃあ、私も使えるか試して見よっかな。」

「お願いします。」

 "パーティーを組む"と言う状態だと認識されれば恐らくフラミーにも強制的な冷却時間が押しつけられるだろう。

 ――が、再び二人の周りには輝く立体魔法陣が浮かんだ。

「大丈夫みたいですね。」

「良かったぁ。」

「フラミーさんの魔法陣の時間が来るまでお喋りでもしてますか。」

「はひ!ありがとうございます。」

 課金アイテムで時間を短縮する事もできるが、勿体無い症の二人はどちらもそれを使おうとは言わなかった。

 アインズが再び雪原に腰を下ろすと、フラミーも腰を下ろした。

 魔法陣は移動やダメージで砕け、キャンセルされてしまう。

 二人は真っ白な雪に座り込むと、話をしながら雪を丸めたりして時間を潰した。

「見てぇ、雪だるまです!――やぁ、ぼくはすのうまん!」

 手のひらサイズの雪だるまが出来るとフラミーはアインズへ見せながら鼻声でそう言った。

「ふふ、なんちゃって。」

「はは、何か可愛いことしてますね。じゃあ俺も――」

 アインズが雪を掌で丸め始めると、雪を踏む足音がザクザクと近付き、二人は音の方へ視線を送った。

「アインズ様、フラミー様。オ待タセ致シマシタ。」

 そう言い、現れたのはこの階層の守護者――「コキュートス、御身ノ前ニ。」

 二人のそばに来るとすぐさま膝を雪に下ろした。

 遠くには魔法の装備に身を包んだナザリックを守護するアンデッド達が足を揃え見事な行進を見せていた。

「まだ召喚は終わっていない。よく来たな、コキュートス。」

 アインズは作りかけた雪玉をそっと置いた。

「コキュートス君、もう少し待って下さいね。」

「ハ。畏レ入リマス!」

 コバルトブルーの武人はプシューと霜を吐き出した。

 三人に増えた雪原で、魔法陣が時間を知らせるまで飽きることなくお喋りした。

 コキュートスは何と良い時間だろうと胸を踊らせた。

 天使の召喚が全て終わる頃にはフラミーの作った小さな雪だるまは雪原に置かれ、静かに降る雪に隠されて消えた。



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#17 神話の軍勢

 従属神との謁見を行った法国の一行は「アインズ・ウール・ゴウン様の降臨を感じる。」たったそれだけ告げられ、一も二もなく出立の準備をしに再び大神殿内を駆けずり回り、深夜にも関わらず法国神都を発った。

 あの従属神が"様"を付けて呼ぶ者が神でないはずがないのだ。

 

 王国領に戻る道中、神官長達は馬車の中で大いに悩み、頭を抱えた。

「あぁ…戦う前に神だと分かればよかったと言うのに…。スルシャーナ様…。」

 闇の神官長、マクシミリアン・オレイオ・ラギエは特に思い悩んでいるようだった。

 同じ馬車に乗せられたニグンはギュッと拳を握りしめ震えていた。

「も、申し訳ありません…全ては我々陽光聖典と…私の失態でございます…。」

「もっと従属神様にお伺いを立てるべきだった…。」

 神官長達は誰もニグンを責めなかった。

 責めなかったが――神に喧嘩を売り、日付の指定だけ受けて一体何時に神が再臨されるのか聞かず、神を法国にお連れすることもできず――ニグンは身も心もズタズタだった。

 責められずとも、本人が自責の念に潰れてしまいそうな様子だ。

「ああ…。私は…私は…。うおおぉぉぁぁ!」

 ニグンが頭抱えて叫び出すと、神官長達は今にも発狂しそうなニグンを眠らせた。

 

 法国一行が約束の地に辿りついたのは、日付変更直前、真夜中だった。

 流石にこんな時間には現れないだろうとは思うが、すでに失態を犯している身だ。備えすぎるくらいが丁度いいだろう。

 遠くにある村を一瞥し、落ち着きを取り戻したニグンは団員に混ざり野営の準備をした。

 犯してしまった大失態を何とか取り戻そうと、嘆いている場合ではないと働いた。

 体を動かしていると発狂しないで済みそうだった。

 

 テントを建て終わり、幾人かが見張りとして交代でキャンプの周りに立つ。

 夜明けよりも早い時間、神官長とニグンの元に見張りが駆け込んできた。

 全員眠りが浅かったようで、飛び上がるように起きるが――見張りの言葉は期待していたものではなかった。

 

「ゴ、ゴブリンに囲まれました…!」

 

 いくらなんでもそんなものが神の使いだとは思えなかった。

「戦闘準備だ!」

 陽光聖典の制服のままで寝ていたニグンはテントを後にすると、ギュッと手袋を着けた。

「各員!戦闘配備!」

 陽光聖典の隊員達がゴブリンを迎え撃とうと、いつものように陣形を組む。

 そして、ニグンの指示のもと天使が召喚された。

 次々と辺りに天使達が降臨すると、既に気づかれたと理解した様子の隠れていたゴブリン達が姿を見せた。

 それは見たことのないような――どこか知性を感じさせるゴブリンだった。

 皆きちんと装備を整え、木の棒などではない、剣などを手にしていた。

(…こんなところで文明を築いているだと。)

 ニグンは苦々しげにゴブリン達を睨み付けた。

 すると――ゴブリンの後ろにはクワやオノ、ナタ、貧相な弓を抱えた人間が続いた。

 

「貴様ら、何のつもりだ。いや、操られているのか…?」

 ニグンの言葉に、醜きゴブリンが返す。

「おたくら、こんな所で一体何をしでかそうってんだか知りませんがねぇ。うちの姐さんの村を襲った人らの仲間たちにちーと似すぎちゃいないかって、村で結論が出たんですわ。」

 また別のゴブリンが話す。

「違うんなら違うでいいんですがね。もしまたあの村を襲おうって言うなら、こっちとしちゃ黙ってられないわけでしてね。」

 まさかこのゴブリンは、カルネ村の者によって召喚されたとでも言うのだろうか。

 しかし、そんな術者がいるならばあの日に現れなかった理由がわからなかった。

「――…確かに、あそこの村に手を出したのは我々だ。しかし、今日は村に行こうと言うのではない。」

ニグンの言葉に、対峙する全てのものから激しい憎悪が沸き立つのを感じた。

 

いつもならば、無視するそんな感情に、法国の面々は初めて向き合った。

「あの時はすまなかった。我々も、それこそが人類の為だと信じて疑わなかったのだ。取り返しのつかないことをしてしまったと、深く反省している。」

 様子を見ていた神官長達も出て来ると、ニグンの隣に並び共に頭を下げた。

「私達が決めた事です。申し訳ありませんでした。ただ、そうしなければ人類に未来はなかった――と、思ってしまったのです。」

 共に謝るその姿は、村人を一層苛立たせるだけだった。

 人類のために自分たちは殺されなければならなかったなど、聞いて納得できるものがいようはずが無かった。

 

 ただ、首すら差し出すと言うような相手達に斬りかかるような真似を村人達はできなかった。

「……お、俺たちは…俺たちは家族を奪われたんだぞ!!」

「それを人類のためって…あんたらは俺たちが人類じゃないって言うのか!!」

「その服、スレイン法国の神官だろう!!」

 村人達が怒りをぶつけようとするが、法国の者達はただ黙って頭を下げた。

 行き場のない感情を地面にぶつける者、叫ぶ者、再び涙を流す者。

 それらを前に神官長も、陽光聖典も、下を向き続けるしかなかった。

 これも神がここを指定した理由かとニグンは唇を噛んだ。

 

 そして日が昇りはじめる。

 あまりの眩しさに、聖典の誰かがそちらを向いた。

 それに引かれるように、一人また一人と昇り行く日へ目を向けていった。

 誰も視線を戻さないことに違和感を感じ、ついにはニグンも朝日を見た。

 

 日の出と共に現れたのは、魔法の防具に身を固めた大量のアンデッド。

 見たこともないような多くの大天使達。

 向こうには太陽すら掴めるかと言うような巨大なゴーレム。

 三十メートルを超えるそれは、どこから取り出したのか平べったい巨石を抱えていた。

 ゆっくりと動き出し、それをブーメランのように放り投げる。

 

 思わずニグンも神官長達も顔を覆ってしまった。

 村人達は逃げ出すかと思えば、足がすくんでしまったようで呆然と立ち尽くしていた。

 夢だろう。こんなのは夢だ。

 それが村人達の総意だった。

 

 凄まじい地響きと共に巨石が着弾する。

 土砂が舞い散り、あたりは土煙に覆われた。

 

 もうもうと立ち込める土煙の中、アンデッドと天使達が動き出し、道を作る。

 平べったい岩は大人の男の身長ほどの高さに、二十五メートル程の幅、奥行きも十メートルくらいだろうか。

 それの前に続々とアンデッドが集まり、二段の階段を作り出す。

 声を出せるものなどいるはずもない。

 

 土煙の向こうからは、腰から羽を生やした悪魔、憎っくきエルフの王の血を引くであろう双子、銀髪の少女、空中を滑るように移動する化け物、尻尾を生やした男…。

 

 それらが巨石の上へ立つと、跪き顔を下に向けた。

 

 最高神官長はピンと来て叫んだ。

「全員!!礼!!!」

 陽光聖典と神官達はザッと跪いた。

 訳もわからずオロオロとする村人達に構っている余裕などない。

 それぞれ自分の姿勢が失礼に当たらないかと、それだけが気がかりだった。

 

「ゴウン様!?」

 若い女の声が響く。

「ゴウン様だと…?」

「見ろ!!ゴウン様だ!!」

「ああ…仮面が…!!」

 カルネ村の人々が口々にその尊き名を口にする。

 

「すごい!すごいすごい!やっぱりゴウン様は、神様だったんだ!!!」

 

 村にも岩が落ちる衝撃が伝わったのだろう、気づけば殆どの村人が着の身着のままその野に出て来ていた。

 

+

 

 その夜、時間を指定しなかったことアインズはどうしようかと悩んでいた。

 召喚しておいた天使達にも時間制限はある。

(明日は一応いつでも出れるようにしろって言ったし…。法国の奴らが来たら出るくらいでいいよな…。もう伝達したし…今更だよな…。)

 そんな事を考えていると、ノックが響く。

 お付きのメイドが扉へ近づいた。

 細く扉を開け、外と数秒会話をすると扉を閉めてこちらへ来た。

「アインズ様、アルベド様とニグレド様が入室のご許可をお求めです。」

「ニグレドだと…?入れろ。」

 すぐに扉へ踵を返していく様子を見送った。

 ふわふわと揺れるメイド服に並々ならぬこだわりを感じるが――アインズはこのやり取りがめんどくさかった。

 すぐに開かれた扉から姉妹は入って来た。

「失礼いたします、アインズ様。夜分遅くに失礼致します。」

「気にするな。私は睡眠不要の身。それで、ニグレド。お前が来ると言うことは何かあったか。」

「は。それが、法国の者どもが、指定の場所に着いたようです。」

「え…?」

 

 ニグレドの言葉に時間を指定しなかった己の思慮の浅さに頭を抱えたくなる。

「彼らの到着後すぐにナザリックを発つというお話でしたが、フラミー様がお休み中ですので、どのようにするのが良いかとご判断を頂きたく参った次第でございます。」

 アルベドの言葉は最もだ。

 昔フラミーは趣味がユグドラシルと昼寝だと言っていた記憶もある。

 それに今は女性を起こす時間ではない気がする。生えているが。

 目の前のこの姉妹にもちゃんと寝て欲しいと言う思いが沸き立つも、ニグレドの睡眠は監視中断を意味するため口にできなかった。

 

「あの者たちはいくらでも待たせておけばよろしいかと。」

 悩んでいる様子のアインズに気付いてか、続くアルベドの提案は魅力的だった。

「そうだな。しばらく私もニグレドと共に監視に着きタイミングを見極めるとしよう。」

 そう言って腰を上げたアインズにアルベドが興奮し始める。

「んな!ね、ね、姉さんと一夜を共にすると…!?アァアインズ様!!私も、 どうか!!私も共に!!そうです!三人!三人では如何でしょうか!?」

 おかしな様子にまた始まったと思うアインズだった。




ちょっとーちょっと統括さん頼みますよ〜。


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#18 早すぎる出会い

 遠くに見える巨大なゴーレム、そしてそれが投げた巨石の起こす地響きに、予言された破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)かと男たちはまず周囲を見渡し安全確保に努めた。

 近くに危機が迫っていない事が分かると急ぎゴーレムの方に向かおうとする――が、闇に吸い込まれるようにゴーレムは消えていった。

「これは…なんと言うことだ…。」

 呟くは黒く長い髪にまだ幼さの残る顔立ちの、漆黒聖典隊長だ。

 本体が居なければ、神の残した力を使うこともできない。

 そうなれば、少しでも情報を得るためにゴーレムのいたと思われる地へ向かうか――投げられた岩の下に向かい、着弾地点の確認に行くか――。

 

「近いですし、一先ず岩の落ちた方を見に行きますか?」

 第五席次・一人師団、クアイエッセ・ハゼイア・クインティアが進言する。

 応えたのは神の秘宝に身を包む老婆、カイレだった。

「そうじゃな。あれだけのモノじゃ、恐らく急いでも後から行っても、残った痕跡に変わりはあるまい。」

 鶴の一声で漆黒聖典の向かう先は決まった。

 

+

 

「面をあげ、アインズ様とフラミー様のご威光に触れなさい。」

 ねじくれた角をいただく女が黒い翼を広げて告げる。

 顔を上げれば、後ろからも聞こえて来ていた通り、目の前には闇の神と、それに並ぶよう天使が立っていた。

 ニグンの話では天使は従属神だと言っていたが、その立ち位置からは神だと思われた。

 

 闇の神は何か言おうとしたが、何も言わない。

 女の悪魔はそれに気付き、辺りを睥睨すると、尻尾を生やした男に何やら伝えた。

 

『跪きなさい。』

 深みのある声が聞こえたかと思うと、後ろから村人が跪く音が聞こえる。

「すごいね!すごいね!」

「ゴウン様のお仲間なのかな!」

 膝を折ることに何の違和感も感じていない村人の興奮が聖典にも伝わった。

 

「アインズ様のお言葉を賜ります。」

 

 その言葉を聞き、ごくりと誰もが唾を飲んだ。

 

 "アインズ様"本人さえも。

(お言葉を賜るって、向こうが俺に来てくれって頭を下げて来るのに乗るんだとばっかり思ってたよ!!俺が舵取りするのか!!)

 

「え?んん。まずは、ニグン・グリッド・ルーインよ。お前の的確な働き、まさしく私の望むものだ。」

 ニグンは歓喜の中頭を深く下げた。

「神官長達もよく来てくれた。」

 その様子に、カルネ村の村民達が動揺の声を上げ始めていた。

「ゴウン様の配下の方達なの…?」

「じゃあどうして村を…」

「そんな…」

 

『静まりなさい。』

 デミウルゴスがカルネ村の者達を黙らせると、アインズは手前の法国の面々から視線を滑らせた。

「カルネ村の村長よ。まずはあの日、現在の世界について多くの事を学ばせてもらった事を感謝する。そして、私の留守中に、我が法国が迷惑をかけた事、心よりお詫び申し上げる。この事実は詫びても詫びきれないだろう。」

 アインズは、悲痛な面持ちで地面を見る村人に言葉を詰まらせた。

 すると、変わってフラミーが語り出した。

「村人の皆さん、私達も今回のこの事を見過ごすつもりはありません。」

 

 そうはいっても、死んだ者は帰ってこないのだ。

 口をきけないエンリはゆっくりと手を挙げた。

『どうぞ、話して下さい。』

 フラミーの許可に、エンリは軽くなった口を開く。

「天使様…。ゴウン様も天使様も…知らなかっただけなんですよね…?ゴウン様は、それに気付いて駆けつけてくださったんですよね…?だ、だって……だってあの時、天使様は『私が遅かったせいで』って、私達の傷を癒して下さったじゃないですか…!!」

 涙ながらの言葉に、村人はあの日、確かに命を助けてくれた二人に「もう一度信じさせて欲しい」と目で訴えていた。

 

 応えたのは、愛する者達を殺した者達の仲間だった。

「そうです。全ては我ら法国の罪…。神々は何の許可も、指示も…出されてはいません…。」

 その声は震え、今にも泣き出しそうだった。

 周りからは神官長様…という囁きが漏れ出ている。

 

「マクシミリアン・オレイオ・ラギエよ。」

 突然声をかけられた闇の神官長は神が自分の名前を知っていた事への喜びと、これから来ると思われる叱責に肩を震わせた。

「はい。スルシャーナ様。」

「私はスルシャーナではない。アインズ・ウール・ゴウンだ。お前は闇の神官を司りながら、我ら死の支配者(オーバーロード)の声に耳を傾けることを怠った。」

「はい…。しかし…我ら人間は、もう…こうする事でしか一つになれないと…そう思ったのです…。」

「人が一つになるためになぜ人を殺す。」

 分かり切っているはずの問いを敢えて投げかける神にガゼフ・ストロノーフがいなくなれば王国の崩壊が進む事、王国はもはや腐り切っている事を必死に話した。

「そうなのか、いや。んん。そんなことは分かっている。そうではない。アルベドよ、私の真意を教えてやれ。」

 

 アルベドと呼ばれた黒い翼を持つ天使が一歩前へ出た。

「アインズ様は、なぜ自分へ深く救いを求める祈りを捧げず、人を殺して回ったのかと、そうおっしゃっているのです。」

 

 確かに、自分達は必死でスルシャーナへ、いや、闇の神殿へ祈りを捧げただろうか。

 目の前に存在した従属神に数年に一度謁見し、供物を差し出し…聖歌を捧げるだけの日々に満足していたのではないだろうか…。

 本当の意味で、神を信じていたのだろうか。

 そして、再臨を助けるだけの事をしただろうか。

 

「申し訳ございませんでした…。」

 

 もはや謝ることしかできない。

 闇の神官長は涙を流し、嗚咽し、謝り続けた。

 

「アインズ様。」

「わかっている、アウラ。お出ましだ。」

 

 聖典も神官も村人もその言葉の意味を探ろうとアインズの視線の先を確認するように振り返った。

 すると、遠くから馬に乗った複数の人影が見えてきた。

 中には強大な力を持つ魔獣、ギガントバジリスクもいるが逃げ出す者はいない。

 法国の人間は近付いて来る者達に覚えがあった。

 村人はあまりの非日常的な展開に感覚が麻痺し始めていた。

 いや、中にはアインズを守りたいと思うものも大勢いたのだ。

 

 

 王国民に囲まれるその岩と、その上の魔物と言っていいのか解らない者達の存在に漆黒聖典は必要であれば開戦するつもりだった。

 しかし、近付けば法国の神官長、そして陽光聖典の存在が見咎められた。

 

 徐々にスピードを落とし、馬から漆黒聖典達は飛び降りるようにしてそれに近付いていった。

「最高神官長様!!それに神官長の皆様も…!」

「頭が高いぞ!!早く、お前達も!!」そう怒鳴る土の神官長の言葉に慌てて列を作り跪く。

 

「良いのだ、レイモン・ザーグ・ローランサン。」

 アインズはせっかく覚えた名前なのでとりあえず流れがあれば全員呼んで、アルベド達に暗記した自分の成果を――ちゃんとトップも働いていますよ、というアピールをしたい気持ちでいっぱいだった。

 

 その言葉に法国に連なる者達が頭を下げる。

 が、一人だけ…いや、正確には一人と一つだけはそうしなかった。

 

 わなわなと手を震わせ、一歩一歩近付いて来るのは漆黒聖典第五席次、一人師団。

「クアイエッセ・ハゼイア・クインティアか。」

 名前を知ってる者が立っていることにアインズは喜びを感じていた。

「スルシャーナ様!!!!」

 そう言って駆け出そうとするが、後ろから聞こえてきた声に驚いたようにクアイエッセは振り返った。

 

「…スルシャーナ…君なのか…?」

 

 アインズはその鎧を知っている。

 具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)に、魔神を諌めるように頼みにきた…この世界最強の竜。

「ツアー…。」

 

 呟いて、アインズははっと口を押さえた。

 つい具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)が呼んでいた名前で呼んでしまった。

 アインズはここまでうまく行ったのに、と失態に少し落ち込んだ。



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#19 モモンガ

コロ介様の感想を読んで、素晴らしいな〜!と思ったのでアイデア?妄想?想像?確信?をお借りします!



「…スルシャーナ…君なのか…」

 

 そんなわけが無いと理性ではわかっている。

 しかし、法国の神官に跪かれるこの存在がスルシャーナであって欲しいとツアーは願いを口にした。

 

「ツアー…。」

 

 目の前の死が友しか呼ぶことを許していないその名で語りかけて来る。

 しかし――呼び方も、外見も、その身に纏う物もスルシャーナによく似ているが別人だ。ドラゴンの鋭敏な感覚が否定する。

 周りにいる者達にこの姿が"ツァインドルクス=ヴァイシオンの物"だとは知られたくなかった。何か適当な名前を――そう、例えば"リク"を名乗りたかった。

 神官長達はツアーの想像通り、竜王(ドラゴンロード)だと?とこちらを忌々しげに睨みつけて来ていた。

 

「君は一体何者なんだい。その力、ぷれいやーだと言うことは間違いなさそうだね。」

「おお、やはりぷれいやー様!神だ!」

 湧き立つ法国の連中の様子にツアーは苛立たしくなった。

「君は、いや。君達は世界に協力するものかな。」

 聞いてみたが、正直そうは見えない。

 ほとんど全員から邪悪な波動を感じる。

 見た目だけは清らかそうな輝く翼を背負うスルシャーナ似アンデッドの隣の者も、根は悪だろう。

 しかしスルシャーナもそうだった。

 かつての友の中にはその邪悪さと、無垢なただの"ヒト"を併せ持つ者が多くいた。

 そして皆一様に激しく葛藤していたのだ。

 

「流石にこれまで六大神、従属神、八欲王、十三英雄と多くのプレイヤーに会ったことがある者は違うな。ツァインドルクス=ヴァイシオン。私達は世界に協力する者でいたいと、そう思っているよ。しかし、私は自分の愛する子供達を、仲間を守る義務がある。それを背負っている事だけは今ハッキリ言っておこう。」

 

 子供と言うのは従属神達のことだろう。

 しかし何を勘違いしてか、村人や法国の者達が感涙にむせんでいた。

 

「そうかい。それを侵されなければ、世界を蹂躙しない、と。そう誓えるかな?」

 

「誓えるとも。我がアインズ・ウール・ゴウンの名に今誓おう。」

「なに…?」

 

 ツアーから低い声でそう返されると、アインズは何かおかしかったかなと内心焦った。

 この竜王はこれまで幾人ものプレイヤーを葬って来た危険な存在だ。敵対はしたくなかった。

「アインズ様が、その尊き御名前に誓うと仰っているのです。これ以上の誓いはありません。」

 アルベドの助け舟に心の中で感謝し鷹揚に頷く。

 

「そうか、だからか。君がその服も見た目も、なにかとスルシャーナに似ていた筈だね。」

「似ているだと?」

 アインズは苛立たしい気持ちになった。

 この見た目も装備も誰かを真似した事はないと断言できる。

 何百何千とある外装を自分で選び、ビルドしたものだ。

 

「スルシャーナはひこうにんふぁんくらぶに入っていると言っていたよ。君を崇める宗教だろう?」

「何のことかさっぱりわからないな。」

 本当にわからないアインズはますます苛立たしくなった。

 

「おかしいな。スルシャーナはアインズ・ウール・ゴウンのひこうにん魔王を崇め、それを真似てヒトからアンデッドの身になったと聞いたよ。そしてこの世界に渡ったと。」

 神官達が「やはりスルシャーナ様は人の身から神に昇りつめた方だ」と興奮しているが今は無視する。

 ツアーはアインズに向かい、歩みを勧めて話した。

「初めて聞いたときは意味がわからなかったけれど、六百年経ってようやく分かった。君にはほかに本当の名前があるんだろう?アインズ・ウール・ゴウン。」

 アインズがこいつは何を知っているんだと目を細めると――

「待ってください。」

 隣に立っていたフラミーがふわりと岩から降りた。

「今アインズさんはアインズ・ウール・ゴウンを名乗っています。この名前はアインズさんが全てを守るという誓いです。」

 そこまで大仰なものではないが、間違いでもない。

 皆が戻ってきたら、きっとこの名を返して元の名前で再び生きていくことになるだろう。

 それまではこの名を背負ってアインズは全てを守らなければならない。

 

「…君もえぬぴーしーではなくぷれいやーなのかな。」

 ツアーの目の前まで進んでいくフラミーの後ろ姿から、アインズは目を離さなかった。

「プレイヤーです。悪いですけど、その名前は言えないですし、言わないでください。」

 ツアーの前で立ち止まり、杖を握りしめるフラミーの瞳はアインズを全てから守ろうとでも言うようだ。

 モモンガの名前が知られれば、真っ先にモモンガはプレイヤー達に狙われるだろう。

「…君はまるで従属神だね。良いとも。今日は漆黒聖典を追ってみて良かったよ、ゴウン。」

 フラミーの頭越しに声をかけられると、アインズは不機嫌そうに返した。

「私のことはアインズと呼んでくれ。そしてこちらはフラミーさんだ。」

「そうかい。では、アインズ。そしてフラミー。まさかこんな所で今回の揺り返しを見つけるとはね。また会おう。」

 

 そう言い残した鎧は後ろへ飛び上がって人々を越え、どこかへ向かって荒野を疾走していった。

 アインズは敵対するとも友好的とも言えない竜の後ろ姿を複雑な気持ちで見送った。

 

「ニグレド、あれの監視はやめておけ。バレれば後が怖い。」

 虚空に向かって呟いておくのを忘れない。

 しかし、いつか仲間にできたら良いなとレア物収集欲が高まるのを感じる。

「…まずはお友達から、か。」

 友達にもなっていないが。

 フラミーはアインズの声に振り返るとはははと笑った。

 

 立ち去ったツアーの背中を皆呆然と眺めていた闇の神官長はフラミーの笑い声で我に帰ったように体勢を戻した。

「アインズ・ウール・ゴウン様。スルシャーナ様が貴方様を崇めていた事はよくわかりました。して、私たち闇の神殿に使えし者も闇の神官、ではなく、ひこうにんふぁんくらぶの神官と名乗りを変えた方がよろしいでしょうか。」

 

 最悪だ。

 

 それがアインズとフラミーの総意だった。

 いや、スルシャーナも恐らくそんな事は望まなかっただろう。

 アインズは口が開きそうになってしまったのをなんとか抑えた。

 

+

 

 法国へ行く約束はしたが、アインズとフラミーはその前にカルネ村でやることがあると告げた。

 一行はぞろぞろとカルネ村へ移動した。

 

 遠くから聞こえてくるクアイエッセの狂信的な言葉の数々と、ニグンの初めて声をかけられたのは自分だと言う声、それに競うように村人達が自分達こそ神に選ばれ救われた者だという主張達に――アインズは既にこの選択は間違いだったんじゃないかと思い始めていた。

 アインズとは裏腹に守護者達は上機嫌に小さな声でヒソヒソと何かを話していた。

 

「ほぅ…。さすがはアインズ様…。プレイヤーの中にもアインズ様を崇める者がいたんでありんすね…。」

「全くだね。そしてアインズ様はこうなることを全てお読みになっていたかと思うと…私達ももっとお役に立てるように頑張らなくてはいけませんね。しかしあの従属神は全く。そんな事も知らなかったとは所詮は下賤の者ですね。」

「アア…我ラガ神ノ素晴ラシサヲモット多クノ者ニ知ラシメタイモノダ…。」

「ぼ、ぼくはもっとフラミー様の素晴らしさも皆に教えたいです!」

「あたしも!アインズ様が至高の御方々の中でも素晴らしい御方なのは分かるんだけどさ!」

「そうね、アウラもマーレも、勿論コキュートスの言うことも最もだわ。もっと知らしめましょう。そして、いつかはお世継ぎが必要になって!!あぁ!なんて素晴らしいの!!」

 アルベドが暴走しかけるのをデミウルゴスが制し、なんとか乱れずにカルネ村に進む――。

 なんとも恐ろしい会話は背に降り注ぎ続けた。

「フラミーさん…本当に俺このままじゃ神様なんですけど…」

 ヴィクティムを大切そうに抱えるフラミーはそれが何か?と顔に書いてあるようだった。

「え?はい。神様ですね!これで一気に私達のアインズ・ウール・ゴウンが広まりますよ!」

 少しフラミーと感覚がずれてきた気がする。

 ヴィクティムがいる為、あまり踏み込んだ話ができない。

 フラミーは神様神様!と嬉しそうに歩みを進めた。

 

 そして、カルネ村の墓地に着いた。

「じゃあ、実験ですね。」

「はい!やっぱり神話には復活がつきものですしね!」

 神話など殆ど知らないフラミーは上機嫌にそう言った。昔、タブラ・スマラグディナに横からあれこれと話されたが、フラミーの中に残る神話の情報は少なめだ。

 墓地に対して多すぎる野次馬達が、丘の上や木の上などさまざまな所からアインズとフラミーの様子を伺っていた。

 ヴィクティムと多くの儀仗兵は村についてから一度転移門(ゲート)で帰還させた。

 守護者達は僅かに離れた、いつでもアインズ達を守れる距離から様子を眺めた。

 

 フラミーは墓の盛り上がりに向けて白いタツノオトシゴの杖を向けた。失敗はしたくない。

 故に、選択したのは第九位階の――「<真なる蘇生(トゥルーリザレクション)>。」

 ゴォッとその翼は燃えるように輝いた。

 前髪が目に見えない力により起こされた風によって揺らされる。

 その光景の神々しさに、村人達は言葉を失い、黙って見つめた。

 

 ――しかし何も起こらない。

 

 まさか、復活魔法は流石に使えないのか…とどうやってこの状況を誤魔化せば良いのかわからないフラミーはぐるりと聖典、神官、村人、を見回した。

 すると目のあった人々が法国も村人も関係なく集まってきて、慌てて墓を掘り始めた。

 若干緊張感なく「ひぇ〜やっちゃったぁ」と思うフラミーを余所に、復活したばかりで力が入らない様子の村人が土から引っ張り出された。

 あたりはドッと歓声に包まれた。

 蘇生された者の家族は泣いてフラミーに礼を言い、這いつくばってその足に口づけをしようと近づくと、爆音と煙を上げてアルベドが村人の前に立ちふさがった。

「神聖なるフラミー様のお体に触れることは許されないわ。感謝は別の形で表しなさい。」

 極寒の瞳だったが、そんなもの気にもせず村人は何度も礼を言い、すぐに引き下がった。

 

 村人の収穫だ。などと思いながら、フラミーは次々に人々を生き返らせ、墓地は掘り返されて行った。

 これなら別に第七位階の蘇生(リザレクション)でも良いのでは、と欲を出すと、復活させようとしていた老婆は起き上がらないどころか灰となって消えた。

 歓喜に沸いていた墓地に静寂が訪れる。

「か…彼女は…スルシャーナの下で仕えることを選びました。スルシャーナもまた、彼女を選んだのです。」

 自分でも何を言っているのかよくわからない。

 しかし、勝手に皆納得していたのでフラミーは忘れる事にした。

 三割程度までなんとか生き返らせた所で魔力がほとんど底をつき始めるが、まだまだ死者はいる。

 一体何人殺したんだ陽光聖典。

 忌々しい隊員達は喜びに聖歌を歌っており、幸か不幸かフラミーの視線に気が付かなかった。

 

 フラミーは疲れ果てた体でフラフラとアインズの元へ行くと耳打ちした。

「アインズさん、実験はここまでにします…。もう良いですよね?これだけ大盤振る舞いしたんですもん。」

 しかし、答えは非情だった。

「ダメですよ。フラミーさんももっと崇められる神様になってください。ほら、魔力あげますから。シャルティアの分もあるんで多分全員行けます。さ、早く戻って下さい。」

 アインズはフラミーの手を取ると自分の魔力を小さな器に大量に流し込んだ。

 フラミーは魔力が戻ったと言うのに紫の顔を青くして戻って行った。

 

 フラミーのテンションとは裏腹に、人々のテンションは上がり続けた。




非公認ファンクラブの神殿
非公認ファンクラブの神官
非公認ファンクラブの信徒
非公認ファンクラブ聖典

非公認ファンクラブの神官長様…それだけは…それだけはやめて下さい!!


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#20 法国の決定と漆黒の剣

 夜明けから始まった会談も、ツアーの乱入やフラミーの蘇生作業によって、既に昼間になっていた。

 

 魔力がすっからかんの一行は、伝言(メッセージ)でオーレオールに神都神殿前に続く大通りへと門を開かせた。

 

 現れた闇に呆然としている法国民達は、そこから現れた高位の神官達を見て安堵した。

 そう言うことも、我らの神殿なら出来るだろうと納得したのだ。

 見たことの無い部隊を引き連れ進んで行く様は人類の守護者然としていて、そんな行進を一目見たいと中心通りには続々と街中の人々が集まってきていた。

 

 しかし続いて現れた獅子の顔の天使、アンデッド、さまざまな異形に何が起きて居るのかとざわめく。

 その後、闇の神官長と、南方の衣装に身を包む尻尾の生えている男が出てきて、それぞれ一言告げる。

「スルシャーナ様を教え導いた神々の降臨です。」

『我々が通り過ぎるまで跪きなさい。』

 自然と膝をついてしまう自分の体に人々は驚くも、恐怖はなかった。

 その様子に満足したように神官も男も再び進み出した。

 追うように闇から現れたのは幾枚も重なり合う翼を持つ、紫の肌をした天使だった。

 その美しさ、決して人ならざる者の威光に方々で感嘆の声が上がった。

 そして――更に出てきた死の化身は、誰もが学校で習い、日々感謝を捧げてきた神そのものだった。

 深く神々しい黒き後光を背負った――スルシャーナを導いたと言う神は威厳に満ち溢れた様子で、神とはこのように歩くのかと思わされた。

 続いて再びアンデッドと天使が神を守るようについて出て来ると、大神殿へと消えて行った。

 その姿が見えなくなると人々はワッと声をあげ、抱きしめあい、今日という祝福の日に感謝した。

 昨日闇の神殿と光の神殿に祈りを捧げに行った者達は、自分達こそ神を呼んだ敬虔な信徒であると声を高くした。

 

 この日は"約束の日"と呼ばれ、後に神聖魔導王と名乗るようになる神の神殿や、大聖堂へと必ず参拝に行く日となった。

 そして誰もが一生に一度はお伊勢参り、ならぬ一度は"約束の地"参りを夢見た。

 約束の地に建てられた神殿の中にある、美しく切り出された巨大な岩に触れると神聖魔導王の叡智を分けてもらえると、世界でも指折りの聖地になる事を、今はまだ誰も知らない。

 

+

 

 ニグンは神と共に自分の出立の時に土の神官長で、六色聖典の長でもあるレイモン・ザーグ・ローランサンから指令を受けた"長の間"に来ていた。

 縦長のステンドグラスがいくつも嵌められ、外からの光が複雑な色となり部屋に長く落ちた。

 静謐な空間で跪き、神々の言葉を待った――。

 

「面をあげよ。」

 自分はこれから断罪されるかもしれない。

 それでも、最後にもう一度神の威光に触れられた事に心から感謝した。

「ここに、国を守り続けた具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)を連れて来るのだ。」

 神の言葉に軽いざわめきが起きた。

 スルシャーナの従属神のことを言っているのは確かだが、あの従属神は唯の一度も神殿最奥から出てきたことはない。

 しかし、出来ませんとは言えない神官長達が静かな足取りで部屋を後にした。

 

 皆の呼吸する音だけが部屋に響いた。

 皆顔をあげても良い――つまり、神を見ても良いと言う許可を得ている為、じっとその姿を見つめた。

 神の瞳には赤い命そのもののような灯火があったが――しばらく見つめているとふっと消えた。

 そうしていると、まるで彫像のようで、神聖な不可侵の存在であると思わされた。

 身に付けている物も実に素晴らしく、ニグンは何故あの時もっと早くこの存在が神だと理解できなかったのか、ただただ悔しかった。

 それは森妖精(エルフ)と罵ってしまった輝く生命の神にも言えることだ。

 光っているわけではないが、眩しい。そう思った。

 ニグンが目を細めていると――扉が開く音がし、従属神は現れた。

 見たこともない剣を携えて。

 

「よく来たな、パン…んん。具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)よ。」

「ンァインズ様。再び拝顔の栄に浴する事ができ、恐悦至極にございます。一日も早く、神々の城に戻る事を、どうかお許し下さい。そして、こちらを…。」

 神々の居城へ帰りたいと願う従属神は、ようやく本当の自分を取り戻したかのように喜び、舞っていた。

 差し出す剣を真なる闇の神が受け取ろうとするが――「神よ!!」

 咎めるような声が響いた。その声の主はカイレだった。

 神々の行いに口を挟むカイレに、ニグンは苛立った。

 苛立ったのはニグンだけではなかったようで、静かに控えていた全ての従属神からも隠しきれない怒りの波動を感じた。

『だまり――』

「よいのだ、デミウルゴス。なんだ、カイレよ。」

 

「それは、六大神の残した、我らが神殿最奥を支える――世界に匹敵すると言われる剣…。それを…どうされてしまうのでしょうか…。」

 どうするもこうするも、神々の持ち物が神々に帰っただけだ。

 神官長もやめないかと声を荒らげる。

 ニグンは必要があれば今すぐこの老婆を殺す覚悟をした。

 

 そして、フラミーが告げた。それは死刑宣告のようにも聞こえた。

「破壊します。」

 

 崩壊だ。

 

「それではこの神殿が壊れてしまいます!そうなっては法国の力が弱まったと森妖精(エルフ)に悟られその戦線は――」

 カイレは壇上に控える双子の闇妖精(ダークエルフ)を視界に入れたまま、食い下がった。

 神官長達もどうなってしまうのかとオロオロしたようにカイレを諌める事をやめ始めた。

 堪り兼ねたニグンは我を忘れ、神の御前だと言うのに許可なく立ち上がり、気付けばカイレに向かって指を指していた。

「貴様…!神のされる事に刃向かうと言うのか!!この神殿の崩壊を以ってこれまでの法国の罪を濯ごうと言う神々のご慈悲に気付けないような貴様が!これまで神殿の中枢にいたのかと思うとヘドが出る!!貴様には神の秘宝を身に纏う資格など、ない!!」

 

 ニグンは既に誰よりも神の真意を悟るのに長けていた。

 

 カイレの言い分も最もかも知れないと黙った神官長達だったが、成る程とニグンに加勢する。

 

「カイレ様。貴女様はニグンがあの約束の地で受けた神の洗礼を知らなかったのだから仕方ありません。我らは、ただただ驕っていたのです。」

 

 ニグンは約束の地での事を思い出しながら熱を吐き出すように深呼吸をすると、優しく語り出した。

「私たちは、神の前では無力な生き物にすぎません。そこには権力も、生まれも、強きも弱きも、何一つ介在する隙はないのです。カイレ様。」

 先ほどとは打って変わって――神の洗礼を受け、真意に近付いた者だけが浮かべる事を許されるような慈悲深い笑みにあふれていた。

 

「これまでの法国を壊していただきましょう。」

 全員がニグンの言葉に静かにうなずいた。

 

 アインズは室内を見渡した。

森妖精(エルフ)の国との事は心配する必要はない。今後あの国は、この二人が象徴となろう。そして邪王は地獄に落ちる。」

 

 その淀みない言葉に、安堵の声が誰かから漏れた。

 

「私はこれから、人も亜人も、異形も、全ての者たちが幸せに暮らす、そんな国を作る事をここに宣言する。」

 

 神は、人だけを救うのをやめた。

 これまでとまるで正反対の方針に恐れを感じたが――皆ニグンの受けた洗礼を信じることにした。

 神の前では全ての命が無力であり、そこには権力も、生まれも、強きも弱きも、何一つ介在する隙はないのだ。

 

 翌日、法国中に触れが出された。

 それには一週間後に大神殿の一部が崩壊すると言う事から始まり、その日に法国は改名する事、これまで法国の犯した罪の数々。

 

 そして、神々の再臨が書かれていた。

 

+

 

 アインズとフラミーは約束の日の翌日から気晴らしの冒険者ごっこに出かけた。

 今回もやはりアルベドの猛反対にあったが、「これは必要なことだ」と言い張り――最後にはやはりデミウルゴスの謎の魔法をもって事態は収束した。

 二人は影の悪魔(シャドーデーモン)八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)と言った隠密能力に優れた僕を警護に連れていく事を約束し、お出かけした。

 冒険者組合では、デビュー戦――宿屋でモモンが格上の冒険者達を軽々と放り投げたことが噂になっていた。

(…悪かったからそんなに俺を見ないでくれ。)

 モモンは居心地の悪さを感じながら、プラムと共に掲示板に向かった。

「良いお仕事あると良いですね!」

「そうですね。一週間は出ていられますし、いくつか受けても良いかもしれません。」

 そう言いながら、モモンは掲示板の前に着くと、さてどうしたものかなと腕を組んだ。

 この世界の字はひとつも読めなかった。言葉は世界が翻訳こんにゃく(・・・・・・・)を食べているようで、自動翻訳されているので何とかなっていた。口の動きと聞こえてくる言葉が違うのだ。

 だが――こと、文字だけはどうしようもない。

 アインズは方針を決めると一枚の紙に手を伸ばそうとした。

「えっ!ファンタジーなのに読めない!!」

 フラミーの大きな声にびくりと肩を揺らした。周りの人々から何事かと視線を送られる。

「そ、そんな大声で読めないなんてプラムさん――」

「これじゃ、お仕事見つけられない…!」

 フラミーがひぃーんと鳴き声を上げていると、男の声がかかった。

森妖精(エルフ)さん、王国文字は初めてですか?仕事が決められないなら、よかったら私達の仕事を手伝いません?」

 

 それが冒険者チーム・漆黒の剣との出会いだった。

 

 報酬の折り合いがついた六人は揃って冒険に出た。

 街道に溢れ出てくるゴブリン狩りだ。

 辺りは清々しい風が吹き抜ける見通しのきく草原で、少し街道から離れたところに森がある。

 アインズとフラミーは初めて見る健康な森を見ると少し感嘆した。

「――トブの大森林は、プラムちゃんの生まれたエイヴァーシャー大森林とはまた雰囲気違うっしょ。」

 フラミーはチャラチャラした雰囲気のルクルット・ボルブにそう言われると振り返った。

「私、森では生まれてませんよ。」

「ん?そうなのか。じゃあ出身はどこ――」そう言い掛けると途端にルクルットの様子に緊迫感が漂った。「動いたな。」

 ゴブリンとオーガが森からわらわらと出てくると、リーダーのペテル・モークがアインズへ声を掛けた。

「モモンさん、本当に半分お願いしてしまって良いですか?」

「もちろんです。プラムさんも良いですよね。」

「はひ!頑張りましょうね!モモンさん!」

 フラミーが頷くと、アインズは動かぬ顔で笑い、背に掛けた二本の大剣を引き抜き駆け出した。

 そうしてその日はゴブリンやオーガを狩りに狩った。

 これだけ調子が良いならもっと狩って行こうと野営をする事にした。

 焚き火を六人で囲み、パチパチと爆ぜる火を眺めた。

「モモンさんもプラムさんも本当にすごかったですね。」

 魔法詠唱者(マジックキャスター)のニニャはそう言いながら、塩漬けの燻製肉の入ったシチューをアインズとフラミーへ渡した。

「そんな。あのくらい、皆さんもすぐにできるようになりますよ!」

 アインズはフラミーの言に相槌を打ちつつ、シチューをどうしようかと渡された器に視線を落とした。

「はは…そんな。お二人は何か――人に在らざる者のような…そんな雰囲気がありますよね。」

 アインズの胸の中をドキンッとないはずの心臓が跳ねた。

「まさしく、英雄であるな。」

 ダイン・ウッドワンダーがうむうむと頷くと、フラミーはちらりとアインズを見てから口を開いた。

「私は森妖精(エルフ)ですから。人じゃない感じするんだと思いますよ。」

 フラミーがそう言うと、確かにと漆黒の剣は笑った。

「――それにしても、空。」

 見上げたフラミーの視線を追い、アインズと漆黒の剣も空を仰いだ。

 雲の隙間から星が瞬き、真っ白な月が雲に陰りおぼろな光を落としていた。

 美しかった。同じ夜空でも、毎日見るたびに違う姿をしていた。

 隣で星を瞳一杯に映すフラミーは感動しているのか睫毛が少し濡れていた。――美しかった。

「曇りだけど、雨は降らなそうですね。」

 ペテルが見えている事を告げると、ルクルットも感想を口にした。

「なんだかパッとしねぇ空だなー。プラムちゃん、明日はきっと綺麗だよ。」

「今日も綺麗ですよ?」

「…そう?やっぱ、森妖精(エルフ)はちょっと感性違うのかな?」

 首をかしげるフラミーが納得いくようないかないような顔をしていると、アインズは腰を上げた。

「プラムさん、空見ながら食べましょう。あそこの岩、寄りかかると見易そうですよ。」

 アインズがそう言うと、フラミーは嬉しそうに頷き立ち上がった。

「わぁ、良いですね!行きましょ!」

「皆さんすみません。食事が終わったらすぐに戻ります。」

 二人は立ち去り、岩に背を預けて空を見ながら食事を始めた。

「…やっぱり、あの二人って出来てんのか?」

「種族を超えた愛であるな。」

 ダインが顎髭をなでて温かい目をする中、二人の楽しげな笑い声が風に乗り微かに届いた。

 

+

 

 あれから更にもう一泊し、袋いっぱいの魔物の部位を詰めた一行は再びエ・ランテルに戻って来ようとしていた。

 法国では聞こえてこなかった霜の竜(フロスト・ドラゴン)の話や、見たこともない魔法に二人は胸を躍らせた三日間だった。

「まだまだ見所がたくさんあって良かったですね!モモンさん!」

「本当ですね。俺、ちょっと法国で世界を知った気になってました。」

 夕暮れ、ハムスケと名付けられた大魔獣の背に乗る二人はエ・ランテルに戻りながらそんな話をした。

 すると、ルクルットが割り込むようにハムスケの下から声をかけてきた。

「二人は法国の出身なのか?モモンさんは南方の生まれかと思ったが。」

「そう言えば確か森妖精(エルフ)と戦争してましたよね?法国はもう勝ったんでしょうか?」

 ニニャの何気ない言葉に慌ててペテルが頭を下げた。

「ニニャ!すみません、冒険者の癖というか、つい新しい情報を求めてしまうんです。プラムさん、気を悪くしないでくださいね。」

「え?あ、良いですよ。前にも言った通り、私は別にエイヴァーシャーの生まれじゃありませんし、別に森妖精(エルフ)達が負けても関係ないですから!」

 見たことのない残酷な表情に、やはり地雷だったと漆黒の剣は頭を下げた。

 

 とっぷりと日が暮れ、エ・ランテルの城壁門にたどり着けば、そこには長蛇の列が伸びていた。

「ん?なんだろう?」

 ニニャの様子から、これが当たり前の光景ではないことが見て取れた。

「誰か!!この中に冒険者はいないか!!」

 衛兵達の声に最後尾に並んでいたモモン達は顔を見合わせた。

 二人の心の中は「ドラマで見る"お医者様いませんか"のようだ」と緊迫感がまるでなかった。

「我々は漆黒の剣、冒険者です、何があったんですか?」

 ペテルの問いに衛兵はその後ろの大魔獣を連れているのかと期待を持って応えた。

「中でアンデッドが大量に湧いているんだ。減るどころか次々と数が増えて行くせいでめちゃくちゃだ!頼む!加勢に行ってくれ!」




ニグンさん、お利口さんだな〜!

次回、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国

2019.05.20 ふまる様誤字修正ありがとうございます!
2019.06.04 kazuichi様 誤字報告ありがとうございます!適用させて頂きました!


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#21 神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国

 クレマンティーヌはついに法国は狂ったと思っていた。

 スルシャーナを超える神の再臨なんて夢物語だ。

 とっとと離れたいと言うのに。

 追手を巻くための行きがけの駄賃はうまく発動し、このエ・ランテルを蹂躙できたと思ったのに。

「ん?お前、クアイエッセに似ているな。」

 そう言う目の前の漆黒の全身鎧(フルプレート)の男にクレマンティーヌは鋭い視線を送った。

「…やっぱり法国の関係者なんじゃーん。そうだよー?私は元漆黒聖典第九席次、クレマンティーヌ。覚えなくってもいいよー。だって、今日ここで死んじゃうんだから!!」

 そう言ってクレマンティーヌは勢いよく飛び出した。

 風すら追い越せるようなスピードだ。

 しかし、『止まりなさい』と言う命令を耳にすると地面と激突するように無様に転んだ。

「な!?何なの!?」

 カジットと戦っていたはずの森妖精(エルフ)がこちらを見下ろしていた。

 その瞳の冷徹さにクレマンティーヌは数度瞬いた。

 先程までの雰囲気とあまりにも違い、別の森妖精(エルフ)かと疑う。

「モモンさん、今地下に降りたら半裸の男の子がこれを…。」

 その手には、叡者の額冠があり――そして体の陰から青年の死体を放り出した。

「煩かったから殺しちゃいました。…なんでこの世界の人は陰部を晒しがちなんですか?本当信じらんないです。」

 その声は明確な苛立ちを含んでいた。

「ちょっとちょっと!あんた慈悲ってもんがないの!?」

 きょとんと首をかしげる森妖精(エルフ)は心底何とも思っていない様子だ。

 すると、戦士が口を挟んできた。

「んん。プラムさん、その子は多分懸賞がかかってた薬師の子です。勿体ないことしちゃダメですよ。」

 クレマンティーヌが言えた義理ではないが、こいつらは命を命と思っていない。

「ありゃ、この子がそうでした?写真とかがないから分からなかったです…。あ、パンドラズ・アクターさんがお出かけしてた間カメラの製作って滞ってますよね?」

 よくわからない関係ない話を始めてしまった。

 土が口に入ってきて気持ちが悪い。

 

「いえ、向こうでもちまちま進めてたみたいですよ。とりあえずそれ、頼みますよ。随分良い金額出てたんですからね!名声にも繋がりますよ!」

 漆黒の戦士はどこからともなく布を引き出し、少年の秘部に放った。

「モモンさんと遊ぶためのお金じゃ、仕方ありませんね!」

 そして青年は輝き、森妖精(エルフ)はローブを激しくはためかせた。

 その時クレマンティーヌは確かに見たのだ。

 

 とっとと国を見限ってよかったと、国は狂ったと、ずっと思っていた。事実そのはずだった。

 

 しかし――煌めく翼、息を吹き返す死者。

 そして戦士が手の中で兜を消すと――そこには白磁の輝き。

 

 間違っていたのは自分なのかもしれない

 

+

 

「と〜の〜〜!!ひ〜め〜〜!」

 ハムスケは二人の元へ走った。

「あ、ハムスケ!」気付いたプラムもハムスケへ両手を広げて駆け寄り、顔を抱きしめた。

「可愛い可愛い!ハムスケかわいいね〜!」

 よしよしと撫で付けてくる優しい感覚と、メスとして褒め称えられる気持ちの良さにハムスケはふふんと得意げな顔をしてから尋ねた。

「姫、殿はどうしてるでござるか?」

「今は神さましてるから、ここで待ってようね!少し記憶を覗いて書き換えたら戻ってくるからね。」

 意味はよくわからないが、モモンに跪く薄着の女の姿があった。

「殿は誠に偉大なお方でござるなぁ。」

「本当ですねぇ。」

 二人はしばし様子を眺めた。

 

 その後、ンフィーレアを横抱きにしたモモンと、ハムスケに横乗りになるフラミーの凱旋は町中の大歓声をもって迎えられた。

 

 しかし、町はボロボロで、いまにも倒壊するのではと危ぶまれるような建物がいくつもある。

 木造建築はアンデッドの行進の前には無力だった。

 そして多くの者が怪我をしたり命を落としたりした。

 全くの無傷でいられたのは、門の外で足止めをされた商人達くらいのものだった。

 

 漆黒の剣の面々は駆け寄ると、モモンと共に生きて再会できたことをひとしきり喜んだ。

 翌日にはモモンが墓を突破して行く凄まじい剣技、魔獣を従えた威風、プラムの見事な魔法――それらはあっという間に漆黒の英雄としてエ・ランテル中に広がった。

 

 事態の収拾に喜んだのもつかの間、国王直轄地エ・ランテルの長きに渡る都市再建が始まる。

 家を失った人々は雨に打たれ、殆どの店が崩壊した街では商売も立ちゆかなくなり、その凄惨な状況に王国の貴族派閥はどんどん力を増していくのだった。

 

「――と、言うことがあった。」

 エ・ランテルでの出来事を聞いた守護者は瞠目した。

 転移して数週間、次の都市での名声を欲しいままにした主人達の偉業に、果たして自分たちはどれだけ役に立つことができるのかと焦る気持ちをもって。

 

「で、でも…人間達の中で名声を高めてどうするんですか?」

 マーレの素朴な疑問に今度は支配者達が焦った。

 お出かけ先で起こった事を無垢に発表していただけのアインズはコホンっと先払いをすると頼りになる男は顎をしゃくった。

「デミウルゴス、マーレに教えてあげなさい。」

 その言葉にデミウルゴスは立ち上がる。

「は。今後アインズ様の勢力範囲は法国のみならず――」

「神聖魔導国。デミウルゴス、神聖魔導国よ。」

 アルベドの横槍に悪魔は頭を下げた。

「これは失礼しました。大神殿の破壊とともに神聖魔導国へと改名されるその国、のみならず、アインズ様は王国も早々に手に入れるための布石を打たれたという訳です。これは――」

 続くデミウルゴスの解説に「そいつぁーすげーや!」と思うアインズと、「アインズさん、そこまで考えてるなんて賢いなぁ!」とすれ違い始めるフラミーだった。

 

 その後、双子は魔導国改名後エイヴァーシャー大森林へ派遣されることが決まった。

 同時にコキュートスは蜥蜴人(リザードマン)の集落へ、デミウルゴスは聖王国付近へ。

 シャルティアは地表に近い階層と言う事もありアルベドとともにナザリックの警護運営を任されたのだった。

 皆、何か困ったことがあればすぐに情報共有を行い、助け合うように言い添えられて。

 

+

 

 大神殿破壊の日。

 神の上に立つ神の降臨によって始まる新時代を前に、道行く誰もが希望に溢れた顔をしていた。

 

 神官長達の挨拶が始まった通行止の大通りには、国中から人が来たのではないかと思うほど多くの人でごった返していた。

 次々と神官長達が挨拶をする中、闇の神官長は、スルシャーナがアインズ・ウール・ゴウンを崇拝するひこうにんふぁんくらぶという神々で構成された組織の一員だった事を申し述べ、神官長の列に戻った。

 

 侵入禁止の大神殿の前に、深く静まり返る海の底のような闇と、山の頂を照らし出す夜明けのような光が現れた。

 

 そして、腰から黒い翼を生やした聖母のごとき笑みを浮かべた美しき従属神――いや、守護神が剣を持って現れ、御前に浮かべると、頭を下げて裾にはけていった。

 

「これより、古き時代と法国の罪を灑ぐ。」

 

 その声はどこまでも遠く、誰の耳にも届いた。

 

 アインズは魔法攻撃力を上げる魔法達を次々と唱え始めた。

 脇に立っていたフラミーもアインズに向けて攻撃力に寄与する魔法を次々と掛け――最後の魔法を、期待を込めて送り出した。

 剣と改めて向き合ったアインズからフラミーが数歩離れると、アインズは杖を前に掲げ、渾身の力で魔法を放った。

 

現断(リアリティスラッシュ)

現断(リアリティスラッシュ)

現断(リアリティスラッシュ)

 

 壊れるまで続ける。

 まるでそれは、そう簡単には灑ぎ切れない罪と向き合う、神聖な儀式のようだった。

 硬質な物がぶつかり合う澄んだ音が、大神殿前に幾度も響いた。

 アインズは思ったよりもギルド武器が硬く、早く壊れてくれと心の中で祈った。

「――<現断(リアリティスラッシュ)>!!」

 魔力の底が見え始めてしまった頃、剣にヒビが入り、カァッと光が漏れでた。

 余りの眩しさに、人の残滓がアインズの目を細めさせる。

 剣は光の中砕け散った。

 アインズは人の身であれば肩で息をしていただろう。

 すると、ズズズ…と地鳴りが響き、大神殿へ視線を送った。

 轟音と共に大神殿の一部は崩れていった。

 

 これで法国は許された。

 

 今日この時をもって、スレイン法国は神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国へとなったのだ。

 

 早馬が各国へ発つ。

 スレイン法国の改名と、新たな国のトップの降臨を伝えるために。

 

 もうもうと土煙が立ち昇る中、アインズは構えていた杖を下ろした。

「おめでとうございます!アインズさんっ!」

 ワッと駆け寄ってくるフラミーにアインズは振り返った。

「フラミーさん。ありがとうございます。でも、頼みますよ。俺一人じゃ王様も神様も…務まるとは思えないんですから。」

「ははは。神様が早速泣き言ですか?大丈夫ですよ。ずっと一緒にいますから。」

 そんなことを言っていると、アインズの体が光り出し、軽く浮かび上がった。

 

 神官長も国民も跪きながら、忘れたくないとその姿を目に焼き付ける。

 漆黒聖典の末席に戻ったクレマンティーヌは兄、クアイエッセと抱き合って喜び合っていた。すぐに我に帰り、クアイエッセをぎゅうぎゅうと押し返したが。

 漆黒聖典隊長の横で、神と言葉を交わすチャンスをもらえずに不貞腐れていた番外席次もその姿を忘れないようにと手を前に組んで、まるで敬虔な信徒が祈るようにアインズを見つめた。

 

「あ、アインズさん!?」

 強大な何かを破壊すると輝きの中どこかに消えて行ってしまうと言うのは異世界転移もののお約束だ。

「ま、待ってください!行かないで!!」

 このままではアインズが消えると思ったフラミーはアインズの脇腹に抱きついた。――いや、締め上げた。

「モモンガさん!いやー!!」

 アインズの光は、収まった。

「あ、あの、フラミーさん?」

「――はぇ?」

 フラミーは何ともないようなアインズを見上げると、慌てて離れ、まごまごと何かを違う違うと言っていた。

「はは、あの、どうやら、どのクラスに反応したのか分かりませんけど、俺強くなったみたいですよ!」

 その言葉を聞くや否や、フラミーはやっぱりアインズの首に飛びついた。

「おめでとうございます!おめでとうございます!!これでアインズさん、たっちさんを超えたんですね!!」

 ワールドチャンピオンを超える存在になった、本当にそうなんだろうか。

「わかりませんよ、それはたっちさんがこっちにきて、俺と戦って初めてわかることです。」

 ふふと笑うとフラミーの背中を軽く抱きしめ、一回ポンッと叩くとアインズはその身を下ろした。

「でも、これで守り切れるはずです。フラミーさんも子供達も!」

 その言葉にフラミーは目を細めた。

 

 闇の神を光の神が祝福するその姿は画家達の定番のモチーフとなり世の中に大量に出回る。

 それを見たフラミーとアインズが頭を抱えて唸り声を上げるまであとわずか数ヶ月。

 

+

 

 土煙を上げながら崩れ去った旧法国神殿を背に、アインズは国民へ口を開く。

「我が民よ。これよりすべての生あるものはアインズ・ウール・ゴウンの庇護の下、繁栄の時を迎えるだろう!!」

 

 守護者も、神官も、衛兵も、町の人々も歓喜に声を上げた。

 

 ――アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!!

 ――アインズ・ウール・ゴウン万歳!!

 

 その唱和に、初めてこの世界に来た玉座の間でのことをアインズは思い出した。

 

 そして――「ここで生きていくんですね。」

 脳裏によぎったフラミーの言葉。

 

(皆があっと驚くような成果を上げて見せる。そして皆に言わせるんだ、ここで生きていくと。)

 

 アインズは拳を固く握り締め、それを掲げた。




やったー建国できたよモモンガさん!

ンフィーレア君、ギリギリノトコロヲ助ケテ貰エテ良カッタネ。
きっとすぐに彼も元気になりますとも!


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試されるエ・ランテル
#22 閑話 カメラの完成


 その日ツァインドルクス=ヴァイシオンは、新たな国の建国の報を複雑な気持ちで受けた。

「まぁ、法国らしいと言えば法国らしいかな。」

 巨体からは想像もできないような柔らかな声で呟き、ツアーは竜の重く大きな顔を上げた。

「それでどうするんじゃ?」

 そう返したのは老婆だった。ツアーの住む場所まで来られる者はそう多くない。

「それがね、アインズはどうやらぎるど武器を破壊したようなんだよリグリット。」

 リグリット・ベルスー・カウラウ。かつて十三英雄と呼ばれ、世界を魔神から救ったがツアーの仲間だった。

 リグリットはツアーの体の向こうのギルド武器を見ようと視線を動かした。

「ぷれいやーの中にはギルド武器の破壊で強大な力を持つ者がいるとスルシャーナは言っていた。だから、僕はこうして八欲王のぎるど武器を守ってる。彼らは太古の昔、世界を渡る前は皆無垢なヒトだったんだ。力を持てば欲が出る。」

「つまり八欲王の再来になってしまうと…?」

「そういうことだね。」

 ツアーはうなずいて見せたが、リグリットは八欲王やスルシャーナ、そして今回現れたアインズ・ウール・ゴウンがかつてヒトだったとはあまり信じていない様子だった。

「僕は近いうちにもう一度アインズに会いに行くよ。約束の地とか呼ばれるようになったあの場所に。」

 

+

 

 ここ数日、神で王という謎の職業に従事していたアインズは尋常ならざるストレスを感じていた。

 ほとんど理解できない書類が大量に執務机に並び、隣でアルベドがあれこれと詳細情報を教えてくれている。

 当然そんな詳細情報もほとんど理解できない。

 一介のサラリーマン――それも、重職に就いていなかった者には王として国を預かるなどあまりにも難題だった。

 神として勝手に骨の姿をありがたがられるだけならまだ良かった。

 しかし――ギルド武器の破壊を決め、法国から戻ってきたアインズを待ち受けていたのは守護者達による「世界征服計画」が始動してしまったと言う予想外の事態だった。

 その場で王になることが決まり、ギルド武器を破壊して――凡人は王神様に就任だ。

「フラミーさん!!もう我慢なりません!!」

 ガタリと立ち上がったアインズに、顔を真っ赤にしたアルベドは興味津々な様子で二人を見た。

「わっ、びっくりした。アインズさんも食べたいですよね。どうぞぉ。」

 アインズの執務室で手伝うと言っていたフラミーはソファーで一瞬跳ねた。執務はしなくて良いと断られ、結局いるだけになっていたが。

 副料理長(ピッキー)からおやつのクッキーを受け取っていたフラミーが瞬いていると、ピッキーは「アインズ様も食べたい…」と呟き、慌てて追加のクッキーを焼きに飛び出して行った。

「クッキーの話をしてるんじゃありませんよ!!良い加減にそろそろ――」冒険に行きましょう、と最後まで言わせずにノックが響き、アインズは扉へ視線を送った。

 優雅な足取りで扉へ向かったアルベドが外と取り次いだ。

「――お話中申し訳ありません。パンドラズ・アクターが、アインズ様とフラミー様に、約束の物をと。」

 アインズとフラミーはパッと顔を明るくした。

「なに!パンドラズ・アクターがついにやったか!すぐに入れろ!!」

 

 背筋をピンと伸ばし、コツコツと靴音を鳴らして入ってきたパンドラズ・アクターは、フラミーと執務机からソファに移動したアインズに深々と頭を下げた。

「ンァインズ様、フラミー様に置かれましては本日もご機嫌麗しゅう存じます。して、ご希望のものが完成しましたので、本日はお持ちいたしました。」

 アインズは良い気分転換が来てくれたと初めてパンドラズ・アクターに心から感謝した。

 本当は冒険者をしに行きたいところだが日々の忙しさに中々出かけられずにいた。墓地より溢れ出した大量のアンデッドにより滅茶苦茶になってしまったエ・ランテルでは、仕事は減るどころか以前よりも増えているようだった。が、種類は少ない。今エ・ランテルでは冒険者への依頼はもっぱらトブの大森林に行く木の切り出し護衛と、街の瓦礫の撤去と瓦礫の破棄護衛だ。復興需要だった。

 外貨はンフィーレア救出の報酬でそこそこ獲得できた為、前より少し良い宿屋に部屋を取れるし、あれこれも買ってみたい物もあった。当然、宿屋に取る部屋はナザリックに戻るために転移する場所で、寝たりはしないのだが。

 

 パンドラズ・アクターは懐に手を入れると、絶対そこには入っていなかっただろうと思えるかなりの大きさのあるカメラを取り出した。

「ンンンカメラでっす!!」

 ババーンと音が聞こえてきそうな勢いでフラミーへ差し出された。

 フラミーはそれを受け取ると瞳を輝かせきゃいきゃい喜んだ。ギルメンのそんな姿を見ていると、多少もやもやとした苛立ちが和らぐのを感じる。

「良かったですね、フラミーさん。それで、まずは何を撮りますか?」

 リアルではスマホで何でもかんでも撮れる時代だった。待望のカメラというような様子だった。

「うーん、そうですね。テストで…あ、ズアちゃん、アインズさんの隣に並んでください!」

 少し前にシャルティアがパンドラズ・アクターをズアちゃんと略してから*と言うもの、フラミーは何といい略称だろうと正式採用した。

「ズァッ…はい。フラミー様。それでは、ンァインズ様失礼致します。」

 並んだ二人に向かって、フラミーが「はーいちーず」とリアルではお決まりの掛け声をかける。

 意味は分からないが写真を撮る合図だと察したパンドラズアクターは一人掛けソファに優雅に腰掛けるアインズの隣で敬礼をした。

 

 チャカっジー――……。

 

 なんともレトロな音が響き、出てきたのはB5ほどの大きさの羊皮紙に見事白黒印刷された写真だった。

 この羊皮紙はエイヴァーシャー大森林で働く双子の手助けをしながら、その傍でデミウルゴスが両脚羊からはいで送ってくるものだ。

 クリーム色の羊皮紙に印刷された写真はどこか古めかしく、エモーショナルな仕上がりだ。

 

「こちらのカメラは魔法詠唱者(マジックキャスター)にしか使えないマジックアイテムでございますので、実を申しますとこれが初めての撮影でした。勝手に至高の御方々に変身するのも不敬かと思いまして。」

「素晴らしい!よくやったぞ、パンドラズ・アクターよ!」

「ほんとすごいです!アインズさん、ご褒美あげましょう!ズアちゃんは何が欲しいですか?」

 フラミーの提案にパンドラズアクターは背中にぶあっと薔薇を舞い散らせ、フラミーの手元のそれを指し示した。

「畏れながら…ンァインズ様とのツーショット!!そちらを頂きたく存じます。はい。」

「パパとのお写真で良いんですか?」

「はい!!」

 フラミーはパンドラズ・アクターに写真をペラリと渡した。

 受け取ったパンドラズ・アクターはそれを熱心に見つめ、ほぅっと柔らかな息を吐いた。

「ふふ、嬉しそう。」

「ふ、フラミーさん…パパって…。」

「家族っていいですねぇ!」

 にこりと笑うフラミーに、アインズがこれは俺の息子なのかと落ち込んでいるとアルベドから大声が掛かかった。

「デミウルゴス!!――が、帰還いたしました。」

 不愉快な気持ちを抑えようとしているのを感じ、アインズは僅かに動揺した。

「あ、はい、んん。入れろ。」 

 

 頭を下げて入ってきたデミウルゴスの視線がギャンッとパンドラズアクターの手元のものに注がれる。

 フラミーもアインズもヒィと小さな悲鳴をあげた。

 パンドラズ・アクターは創造したアインズと同じく表情はないが、"ほくほく"といった様子で、背に小さな花が咲いては消えていた。

「――失礼いたします。双子より、エイヴァーシャーの邪王をこちらへ送って良いか、と、ちょうど聖王国より戻った所で連絡が来ました。御許可を頂きたく。アインズ様。」

 いつも通りの雰囲気で頭を下げるデミウルゴスだが、尻尾が今にも絡まろうとする様や、オールバックの額に浮かび上がる血管が少しもいつも通りではなかった。

 怖かった。

「そ、そうか。あれは高位の存在だし、殺してしまうのは惜しいからな。実験したいことは山積みだ。」

「仰る通りかと思います。」デミウルゴスは相槌を打つとパンドラズ・アクターの持つ写真を示した。「あれからは、そちらのように、いい皮が取れるかと。」

「む、そうか。やつをナザリックに入れる事を許可する。ただ、あれは双子の教育に悪い。デミウルゴス、お前がニューロニストと共に実験や剥ぎ取りを行え。」

「かしこまりました。それでは御前失礼致します。」

 頭を下げたデミウルゴスはもう一度だけパンドラズ・アクターの手元を見ると早々に立ち去ろうとし――フラミーはその背を引き止めた。

「デミウルゴスさん、待ってください。」

「はい。フラミー様。」

「デミウルゴスさんも、せっかく良いところに来たんですから、一緒にお写真、撮っていきますか?」

 あまりにも欲しそうで、可哀想になったのだ。

 アルベドとパンドラズ・アクターからは驚愕の声が上がった。

「ふ、フラミー様…?パンドラズ・アクターはそのカメラなるアイテムを作った褒美にアインズ様との尊きお写真を下賜されたのですよね…?何もしていない(・・・・・・・)デミウルゴスには分不相応なのでは…?」

 アルベドもアインズと撮ってあげようと思ったが、そう言われてみれば確かにパンドラズ・アクターの褒美の価値が下がるかとム…と考え直した。

「――アルベド、そちらのオシャシンに用いられている紙は私がナザリックに供給しているものです。その褒美と言うことなら、異論はないね?」

「っく…パンドラズ・アクターに比べて働きが少なすぎるのではなくて?」

 デミウルゴスとアルベドの抵抗が始まる。

「じゃあ、アインズさんとのお写真は少しご褒美過多なんで、私と二人という事でどうです?」

 なんと言ってもアインズはナザリック一のアイドルだ。

「フラミー様、是非お願いいたします!」

 ハンカチを噛むアルベドをよそに、デミウルゴスは立ち上がったフラミーの横にいそいそと身なりを整えながら並んだ。

「ふむ、それでは私がシャッターを押そう。」

 アインズは全てが整った様子にカメラを構えた。

「はい、二人ともこっち向いてー。はい、チーズ。」

 

 チャカっジー――……。

 

 写真が吐き出されていくとフラミーはワクワクしそれを覗き込んだ。

 手を前で軽く合わせるフラミーの斜め後ろで、にこりと目を細めるデミウルゴスが写っていた。

 フラミーはその写真を見て、思った。

 

 やっぱり悪魔のコンビはカッコいい。それに私のアバターは可愛い――と。

 

 そして、デミウルゴスの創造主で悪魔の師匠だったウルベルトとあちこち出かけてはスクリーンショットをたくさん撮ったのを思い出した。しょっちゅう「フラミー、もっと悪魔らしい格好しろよ」と怒られたものだ。

「――すみません、アインズさん、私の分も撮ってもらって良いですか?」

「「「「えっ!?」」」」

 アインズ、アルベド、パンドラズ・アクター、デミウルゴス、果ては控えていたメイドに天井のアサシンズまでもが声をあげた。

「え?あの、ダメ…ですか?」

 印刷されて出てきた写真を一緒に囲むように眺めていたデミウルゴスはフラミーに見上げられた。

 想像より近い距離にデミウルゴスは狼狽えて二、三歩後ずさってしまった。

「え!?だ、いや、ダメなわけありませんとも!んん。アインズ様、畏れながら、も、もう一枚、お願いいたします。」

 膝をついて、震える両手でカメラをアインズに差し出すデミウルゴスに、あぁ…と生返事をしたアインズがカメラを受け取る。

 

 そして、さっきと違って宝石の目を開いたデミウルゴスと、若干ドヤ顔のフラミーの写真が撮れたのだった。

 

「おぉ!これは素晴らしいものだぁ!!」

 写真を見て声を上げるフラミーに、デミウルゴスは自分の分の写真を胸に抱え、深く深く頭を下げてから退室した。

 カラー印刷を所望する御方々の声が、扉が閉まるまでの数秒聞こえた。

 廊下で写真をしばし眺めると、右手薬指の指輪をそっと撫で赤熱神殿に帰還した。

 

 そのあと、副料理長が慌ててクッキーをカゴいっぱいに入れて戻ってくると、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)に引きずられてアルベドがどこかへ連れて行かれるところだった。




*不死者のohの最新巻、特に外堀を埋めるお話のおかしさにしばらく笑ってました( ´ ▽ ` )ははははは

2019.06.04 kazuichi様 誤字報告ありがとうございます!適用させて頂きました!


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#23 宣戦布告と世界を穢す力

 法国の早馬から受けた話に絶句したバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは書状を机に放り投げた。

 ばさりと散らばるそれを文官のロウネ・ヴァミリネンが集め、トントン、と机で整えた。

 

「なんだこれは。信じられるか、闇の神と光の神の再臨だそうだぞ。」

「まーやっこさんらはちーと変わってますからね、元から。」

 呆れたようなジルクニフに帝国四騎士の雷光バジウッド・ペシュメルが応えた。

 鮮血帝とも呼ばれる若き皇帝からはははと上がる声は信頼する者達しかいない為か優しげだった。

「違いないな。とりあえず法国…いや、神聖魔導国か。ここには祝いの品をいくらか送っておけ。中身は任せる。ああ、存在するかは分からんが神への貢物も忘れるなよ。」

 頭を下げ手元のメモにロウネが書き留めた。

 

「それで、今年の王国との戦争だが…」

 ジルクニフの真剣な面持ちに皆姿勢を正した。

 

+

 

 法国の大神殿の残骸の撤去と、残った大神殿と合体させるように作られる大聖堂建設はアインズから齎された労働力によって急ピッチで進んでいた。

 多くの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達の指揮の下、働くはスケルトンに多数のゴーレム。

 音の出ない作業は夜でも関係なく行われて行った。

 闇の神、アインズ・ウール・ゴウンを頂点に戴くこの国で、その神が生み出したアンデッドに最初怯えはしたが、忌避感を持つものはいなかった為、民達は代わる代わる物珍しそうにアンデッド見物をしていた。

 

 そこには初めて見る「建築計画概要」「建築許可証」という看板が立っており、中には働く人間の「労災と神官による回復」についてや、どこの大工達が共に取りかかるのか、いつ生み出されたアンデッドが何体いるのか、地下空洞を埋める地盤の補強、大体の工期など初めて聞く言葉も交えながら、詳しく書かれていた。

 神の行うことに間違いなどある筈もなく、神聖魔導国では神殿への建築計画の提出が通らなければ建物の建築ができなくなった。

 全てはフラミーの「素敵な街だったら維持させたいですね」と言う一言から始まったことだった。

 いち早く景観を守る建物作りが義務付けられた神都はいつまでも美しくあった。

 

 正面に建築され始めた建物は日々の礼拝ができ、時には神との謁見も可能な大聖堂を予定しており、太陽が最も長い時間当たる位置には美しいバラ窓がはまる構想だ。

 鍛冶長の妙技によって生み出されつつあるそのステンドグラスは、リアルでは大抵中心にイエス・キリストが入っているが、もちろんそこにはアインズが。

 その周りの八つの丸い窓はナインズ・オウン・ゴールの最初の九人の、アインズを除いた残りの者達を。

 そして、周りを囲むように十二人の者達、さらにその周りをフラミーを含む残りの二十人が、加入順に収められていく事を予定している。

 その下には守護者達の姿が縦に入り…正面にはアインズ像とフラミー像。

 そんなパースに、フラミーはとても満足していた。

 

 アインズに、せっかくフラミーの所望で作るバラ窓に、ここにいるフラミーが真ん中から遠いのは如何なものかと言われたが、意味やストーリーのあるものの方が後世に語り継がれやすい、せっかく三年もかけて建てるそれは嘘偽りのないアインズ・ウール・ゴウンの物語で作りたいと本心から断った。

 鍛冶長や共に立ち会った多くの法国の設計者達、最古図書館(アッシュールバニパル)の司書達が既存物件の破壊一週間前から練りに練って提出された設計図には、長く深い奥行きと、高い天井、そしてバラ窓。

 破壊時に残った神官長達の部屋や神官達の出勤する部屋のある古い大神殿と新設の大聖堂はうまく繋がれ、デザインも実用性も新旧合わさった優れた設計だ。

 ――神官達の部屋は若干減ったが、四大神信仰はこれにてお取り潰しとなる為問題はないだろう。

 各小都市に残るれぞれの四大神の建物は順次役所を兼ね備えた闇か光の神殿へとなっていく。

 

 神聖魔導国を象徴するに相応しい美しい建物となるだろう。

 フラミーは完成予定の三年後へと想像の翼を広げる。

 人間もアンデッドも亜人も異形も竜も関係なく、多くの者達がここへ集う様が見え、フラミーは設計図で口元を隠すようにふふ、と笑った。

 その後、完成に至るまで実に三年間。

 フラミーは週に一度はここに来て、働く神官達やアンデッド、三日に一度は建材を生み出しに来るマーレなど、日々進む建築の写真を撮っていった。

 フラミーが現れるたびに周りの人々は傅き、熱心に平和への感謝を送った。

 大聖堂へ行けば運がいいと神と目見えると評判になり、実際に多くの者達に愛されるようになるその大聖堂には、フラミーの撮り続けた写真が後世展示される。

 それを見た人々がマジックアイテム・カメラを作ろうと躍起になるのはまた別のお話。

 

+

 

 リ・エスティーゼ王国にはいつもよりも少しだけ早いこの時期にカッツェ平野での戦争の書状が届いた。

 帝国から届いたそれには――エ・ランテルの状態を知っているようで、今年で決着を付けると言わんばかりの雰囲気の文章が綴られている。

 王は頭を抱えていた。

 

 今年はそれだけでなく、旧法国…神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国から、貧困と生活困難に喘ぐ民を助けるためと称しエ・ランテルとカルネ村付近の割譲を要求されていた。

 そして、そもそもそこは旧スレイン法国の持ち物なのだから正当な所有者への返還だとも。

 

「戦士長殿のいう通り、確かにアインズ・ウール・ゴウンと言うものは王だったようですな。」

 そう吐き捨てたのは果たしてどの貴族か。

「しかし戦士長の言うには、旧法国の手先のものが村々を襲っていたのだろう?それを旧法国の王が助けた?全くとんだ笑い話だ。」

「考えてみれば少なくともカルネ村を攻撃されているのですから、こちらから法国…んん。失礼。神聖なんたら国でしたかな?それに攻め入ってはいかがでしょうか。」

 忌々しげに語らう貴族達に、年老いた王が諌める。

「やめよ。今は目の前の帝国との戦だ。」

 

 そうは言ったが、正直エ・ランテルは今住んでいる者達も食事に困るような有様だ。

 いつものようにそこを中継地にして戦争へと行くと言うのは無理がある。

 逆に兵糧を町の者たちに配れば王への支持は高まるが、他の貴族は自分の領民に食わせない気かと反対してくるのが目に見えている。兵と言っても、専業兵士ではない一般の農民達を集めて編成する部隊なのだから。

 もはや八方塞がりだ。

 それでも、やるしかない。

 

「いつもの通り、帝国をあの平野で迎え撃とう。準備を進めるのだ。」

 

 王の号令は弱々しかった。

 

+

 

「ほう、戦争ですか。」

 冒険者組合で漆黒の剣と話をしていたモモンは口に手を当てた。

「そうなんですよ。帝国と毎年やっていた戦争が今年も始まるようです。」

 ペテルがそう言うと、ルクルットはつまらなそうに机に頬杖を付いた。

「俺は帝国と戦争してる間にここをスレイン法――じゃなくて、神聖……国に掠め取られるんじゃねーかと思うわ。おーやだやだ。」

「ルクルット、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国ですよ。…僕は何もしないで民から搾取するだけ搾取する王国の貴族が何もしてくれないなら、もう帝国か神聖魔導国に吸収された方がいいんじゃないかと思っちゃうな。」

 語るニニャには尋常ならざる恨みのようなものが立ち込めていた。ダインは空気をよくする為かコホンっと軽く咳払いをした。

「街の復興はまだまだかかりそうであるな。しかし、エ・ランテル都市長殿の働きは見事である。」

「そうだなー。豚みたいなおっさんだけど、まぁちゃんとやってるよな。」

 二人の評価をモモンは心の中に書き留めた。

「戦争が始まるまでは暫くは荷馬車の出入りが多いから護衛任務がたくさんあるけど――モモンさん達はそんな仕事やりたくないですよね?」

 ペテルの視線はその胸に輝くプレートに注がれた。

 王国三番目にして、エ・ランテル初のアダマンタイト級冒険者の証。冒険者の最高位の存在だ。

 都市を半壊させ、大量の死者を出したズーラーノーン事件をわずか二人で解決に導いた大英雄。モモンとプラムはカッパーからアダマンタイトへと異例の大昇格を以って名声を欲しいままにしていた。

「いえいえ、我々は何でもやりますよ。――困っている人がいるなら、助けるのは当たり前ですから。」

 モモンは自分のかつての友の背を思い出し、そう言った。

「いい言葉である。」

「私の言葉じゃなくて…私が弱かった時に私を救ってくれた私の憧れの人の言葉なんですけどね。素晴らしい仲間でした。」

 少しだけ寂しくなる。

「――素晴らしい仲間ですよね。」

 はっとモモンは隣に座る人を見た。

「ね、モモンさん。」

「はい、プラムさん。」

 二人は目を細めた。

 

 それから数週間が過ぎ、王国と帝国は開戦した。

 

 その年の戦争は実に悲惨だった。

 王国の兵は敗走したが、その先に待つものも、ボロボロのエ・ランテルだった。

 今まではカッツェ平野だけで行われていた戦争は、じりじりとエ・ランテルに近付いてくる帝国兵の様子からいって、これでは終わらないだろう。

 

 戦争に出ていた戦士長のガゼフはこの不毛な戦争に付き合わされて死んでいった無辜の民を思い、血が滲むほど手を握りしめた。

 そして、帝国兵に囲まれているせいで――急激に増えた人口に耐えきれず悪臭が漂い始めていたその都市を、一体どうしたら救えるのかと考えを巡らせる。

 王だけでも先に逃がしたい。

 しかし、どの問題にもいい案は何一つ浮かばなかった。

 もっと色々学んでくればよかったと、ガゼフは剣しか知らない我が身をいくら呪っても呪いきれなかった。

 

 誰もが疲労困憊と言う雰囲気の中、旧法国のものだと分かる装束に身を包んだ一行と、てんでバラバラな見た目の団体が帝国兵をすり抜けてエ・ランテルへの入都を申し入れてきていた。

 国名改名の書状にあった奇妙な紋章の織られた見事な旗を掲げて。

 

 帝国との戦争状態に臆することもなく進んできたその厚かましさに、王は笑うしかなかった。

 

 このままエ・ランテルを寄越せとでも言うのだろうか。

 帝国も今、わざわざ戦争をしてまでこのエ・ランテルを欲していると言うのに。

 

 神聖魔導国の使者と門番が入れろ入れないの押し問答をしていると、遠くから地響きが聞こえてきた。

 城壁の上高いところにいた者達が口々に叫ぶ。

「なんなんだあれは!?」

「山が歩いてる…!?」

「よく見ろ!!木だ!!枯れ木が歩いてきてるんだ!!」

 低いところにいる帝国兵は地響きとその異様な様子にただただ戸惑っていた。

 

+

 

 ツアーはリグリットとともに"約束の地"を訪れ、アインズとフラミーのことを考えていた。

「神聖魔導国を君達はこれからどこへ導いて行くんだ…。」

 その呟きはツアーの本体が発したもので、鎧は何も言わずにリグリットとその巨石を眺めていた。

「ツアー、こんな物を投げつけたゴーレムを操るアインズ・ウール・ゴウンがもし邪悪なものだったらわしらは…。」

 

 するとその言葉に呼ばれたかのように邪悪な気配がツアーとリグリットを襲った。

 広がるトブの大森林の先に、その木はいた。

 ツアーは確信する。

「世界を汚す力――…。」

 進行方向は、エ・ランテル。




https://twitter.com/dreamnemri/status/1126790988205371392?s=21

大きな薔薇窓と大聖堂、皆さまお気づきかと思いますが、ノートルダム大聖堂イメージでした。
フランスとシンガポールしか殆ど渡ったことのないジッキンゲンは、大聖堂や大神殿というとすぐにフランスにあるゴチック建築が思い浮かびます。
皆さんに見せたい欲が爆発してわざわざアカウントをとって写真をツイートしました( ̄▽ ̄)はははは

https://twitter.com/dreamnemri/status/1126793752360525824?s=21
こんな廻廊があったらもう堪りません。

ノートルダム大聖堂の一日も早い復旧、復興をお祈りします。


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#24 破滅の竜王

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)…」

 呟くは漆黒聖典隊長。ぼろぼろの槍を手にした髪の長い美青年だった。

「なんだ!?なんだそれは!あれを知っているのか!」

 

 さっきまで押し問答をしていた門番や衛兵が救いを求めるような眼差しを向けてくる。

 

「いえ、私達も詳しいことは何も。――そうか…魔導王陛下はあれの出現を予見されたために我々を…。」

 神聖な何かに触れようとするように顎を上げ、目を閉じる隊長に横槍が入る。

「じゃあ早くあれを止めてくれよ!!」

 命の危機を前に手段を選んでいられない衛兵がこちらへ向かう魔物を指差した。

 隊長は少しの苛立ちをもって薄眼を開けると、無作法な男を横目で睨め付けるように見遣った。

 他の隊員たちの視線も冷たい。

「な、なんだ、なんだよ!」

「助けてくれるために来たんだろ!!」

 騒ぎ始める衛兵に隊員達はやれやれと言った風にため息をついた。

 王国の国民性が見えるようだった。これだから早く帝国に吸収させたかったのだ。

 

「静まれ!」

 硬質な男らしい声音が響き、人を掻き分けて王国の秘宝に身を包んだ偉丈夫が現れる。

「君たちは…。」

「これはガゼフ・ストロノーフ戦士長殿。カルネ村では(・・・・・・)うちの陽光聖典が大変失礼いたしました。」

 さっと頭を下げる隊長にほかの漆黒聖典隊員達も続く。

「やはりそうか…。いや、それで、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国の皆さんはあれを知っているのかな。」

 ガゼフは自分の感情を読ませないように魔物に目を向けた。

 魔導国はカルネ村のみの襲撃を認め、残りの村の焼き討ちについては歴史の闇に葬ろうとしているようだった。

 

「先ほども申しました通り、詳しいことはわかりません。――占星千里。」

 呼ばれた者はボブヘアーに眼鏡を掛けた若い女だった。

「は。私は漆黒聖典第七席次、名は伏せさせて頂きますが、占星千里とお呼びください。」

 ガゼフがうむ、と頷き先を促す。

「あれは恐らく私の占いに出た破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)で間違いないかと。世界を壊す力を持つものの復活を少し前に読み()ました。」

「…それが…あれだと言うのか…。」

 

 魔樹はその巨大さからは想像もつかないような素早さを持つらしく、どんどん近づいてくる。

 

「戦士長殿…。」

 その声は人類国家最強の戦士ならそれを倒せるのでは?と言う希望と、あんな化け物と渡り合える生き物なんてこの世にはいないと言う理性の混じり合った複雑そうなものだった。

 

 すると、まだまだ遠くにいると思っていた魔樹の持つツルの一本がエ・ランテルへ向かって目にも止まらぬ速さで振るわれた。

 まだエ・ランテルには届かなかったが激しい地響きと共に、王都へ続く街道がごっそりと抉られ無くなる。

 表でエ・ランテルを囲んでいた帝国騎士を指揮する帝国第二将軍ナテル・イニエム・デイル・カーベインが帝国騎士数名を伴ってこちらへ向かって来ているのがガゼフの視界の端に入った。

 撤退しなければエ・ランテルの周りにいる帝国騎士達は全滅してもおかしくはなかった。

 先ほど薙ぎ払われた場所の様子から言って人の手でどうこうできる力では無い。

 そう評価を下したのは、当然ガゼフだけではなかった。

「陛下だ、陛下にお伝えしろ!!あれは止められん!!」

 漆黒聖典第八席次、巨盾万壁と呼ばれる大男が叫ぶ。

 ガゼフは一瞬ランポッサⅢ世の事かと思うが、すぐに誰を示す言葉なのか思い至った。

(――神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国…。ゴウン殿…。)

 ガゼフをスレイン法国、陽光聖典より救った慈悲深き魔法詠唱者(マジックキャスター)

 ふわりとした金髪の中世的な男が首を振った。

「しかし、陛下をお呼びして万一陛下に何かが起こっては――!」

「一人師団の言う通りだ!ようやく取り戻した陛下を失えない!」

 背の低い少年じみた者――時間乱流も反対した。

 

 すると、一台だけ引き連れていた馬車から十字槍に似た戦鎌(ウォーサイズ)を握った――左右で髪と目の色が違う少女がふわりと降りた。

 その戦鎌(ウォーサイズ)はあまりにも神々しく、辺りの空気が変わったようだった。

「いけません、勝手に降りては!」

 揃った装束に身を包む神聖魔導国の兵士や神官達が押し戻そうとするが、それの放った一言はまるで世界を凍らせるようだった。

 

「黙れ。」

 

 ガゼフであっても決して届かぬ頂を前に衝撃で一瞬呼吸を忘れる。

 周りには腰を抜かした王国兵と、帝国騎士達がいた。

 その顔にはここにも想像を絶する化け物がいたと書いてあるようだった。

 

「私が出るわ。神聖魔導王陛下とフラミー様を呼びなさい。全滅、いえ。絶滅したくなければね。」

 

 有無を言わせぬ声音に誰かがゴクリと唾を飲む音がした。

 いや、それは自分が立てた音かもしれないと誰もが思い直す。

 

「貴女は一体…。」

 ガゼフはカラカラに乾いた喉から何とか声を絞り出した。

 美しい少女はじろりとガゼフを睨みつけた。

「私は何者でもない。」

 有無を言わせない雰囲気だった。

「はぁ…私はこんなところで敗北を知る事になるのかしら。ああ、陛下、私の初めては――」グッと足に力を込め――「あなたに捧げたかった!!」

 そう言い残すと、ドンッと音を鳴らし、番外席次はものすごい勢いで駆け出した。

 力いっぱいに蹴られた地面はあらぬ力でめくれ上がっていた。

 その小さな体に向かって、山のように巨大な魔樹が全てを薙ぎ払うようにツルを振るう。

 あれだけ本体が近づいたのだ、次はエ・ランテルにも届くだろう。

 

 聞いたこともないような風切り音がしたかと思うと、番外席次とツルがぶつかり合う衝撃波がエ・ランテルを揺らした。突風が吹き荒れ、見ていた者達は顔の前に手を交差させ、飛んでくる土埃から自らを守った。

 魔樹の足元近くでは、叫び、逃げようと走り出した者達が細く短いツルによって液体に変えられていた。ビッと言う音だけを残し、粉々に吹き飛ばされ血が散乱したのだ。

 蔓の先が赤く染まる姿は、まるで魔樹が怒りに狂い、燃え上がっているようだ。

 激しい悲鳴が上がる。

「――陛下。…ランポッサⅢ世陛下!」

 思わず足がすくんでいたが、ガゼフは守らなければいけない者を思い出し我に帰った。

 数名の戦士を残して弾かれたように国王の元へ駆け出していった。

 

 番外席次は何度も何度もツルを弾いた。

「ッ――重い!!」

 正面から来るツルを生き物同士が上げるとは思えないような音で弾き、戦鎌(ウォーサイズ)で斬りつけた。

 その姿は誠神聖な戦乙女だった。

「オォォォォ――」と、声とも音とも付かない振動が襲う。

 時間稼ぎくらいなら出来そうだと番外席次はほくそ笑む。

 再びワンパターンにツルが正面から襲ってくると、戦鎌(ウォーサイズ)を振りかぶり――ヒュンッと風が通った。

「――な!」

 細いツタが目にも止まらぬスピードで迫ると目を見開いた。

 刹那、番外席次は叩き落とされ、城門を破壊しながらエ・ランテル奥深くに突っ込んでいった。

 如何に九十レベル前後の番外席次とは言え、生きる中で漠然とクラスを習得、積み上げてしまったそのビルドは――ユグドラシルプレイヤーが確認すれば発狂するようなものだ。

 

 番外席次、人類の切り札が手も足も出ない魔樹を誰が止められると言うのだろうか。

 ツルによって押し潰されるように城壁の破壊が進む…。

 それに至るまでに帝国騎士も王国戦士も多くが殺された。

 そして城壁付近でモタモタしていた一般市民も。

 

 漆黒聖典隊長はカイレを呼び出せば神の秘宝があると少し思ったが、あの破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)に有効範囲まで近付ける訳がない。すぐにその思い付きを破棄し、その手の中のボロボロの汚らしい槍――神々の最秘宝に視線を落とした。

 これを使えば、もしや――。

 しかし伝わる伝説は

 曰く、相手を絶対に消滅させることができる

 曰く、相手と使用者が消滅する

 曰く、相手の力を生まれた頃まで戻すことができる

 曰く、神をも殺す力を持つ

 ――どれも不確かすぎる。

 

 確かなことは、これが絶大な力を持つ事と、使用すれば秘宝は失われると言う事だけだ。

 この遠征が終わったら、人の身には過ぎたアイテムたちは全て神々に返却しようと話はついていたが、仕方がない。

 試す価値はある。

「番外席次が落ちた今、私が出る。しかし私には策がある。それが失敗しても成功しても私はここで死ぬだろう…。その後、陛下をお呼びしろ。少しでもあれの体力を削る。」

 魔樹が街への攻撃をやめ、再び進み始めた。

 その足元には大量の土と、周りに生えていたであろう木々がまだ付いていた。

「神聖魔導王陛下に――神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下に…、私は勇敢だったと伝えてくれ!」

「――隊長!!」

 そして飛び出す隊長の前方には、神々しくもやわらかな闇が広がった。

 

「そんな、まさか――陛下…!?」

 隊長を除く神聖魔導国の者達は一斉に跪いた。

 隊長は漆黒聖典隊員達へ振り返り怒鳴り声を上げた。

「誰が陛下をお呼びしたんだ!陛下にもしものことがあったら――」

 

「よい。」

 

たった一言、温かく優しい声が隊長の心に染み込んだ。

「へ、へいか…」

「お前の覚悟は見させてもらったが、覚悟とは犠牲の心ではない。覚悟とは、暗闇の荒野に進むべき道を開く事だ。」

 そして続々と神と守護神達が現れる。

 漆黒聖典は確信した。

 やはり神々は我等を救うために降臨されたのだ、と。

 

+

 

 アインズは完全に決まったと思った。

 かつてリアル、百年以上昔に映像化された超人気書籍、覚悟の物語に出てくる名言。

 魔法のないはずのリアルで、二一三八年の現在も作者は不老不死の為――未だにそのシリーズは続いていた。

 

 カルネ村の監視に出ていたルプスレギナから「自分では叶いそうにない相手が村のすぐ脇を通ってエ・ランテルへ向かっている」と伝言(メッセージ)が届いた時には驚いたが、せっかく手にしたワールドチャンピオンを凌ぐと言われるこの力を試すには絶好の機会だと思った。

 

 ふと視線を感じ顔を向けると、フラミーが横に並び、アインズと隊長を交互に眺めていた。

 

(………うん、はしゃぎすぎたね。)

 アインズは心の中で鎮静されない程度の恥ずかしい気持ちがしんしんと積もっていくのを感じた。

 すると、フラミーは何かに気づいたようにニヤリと笑った。

「あなたの覚悟は、この登りゆく朝日よりも明るい輝きで道を照らしている!です!」

 どうです?と言うような顔を向けられ、ますます恥ずかしくなり、ついには沈静化されてしまった。

 そもそも太陽は朝日どころか後二時間もすれば傾き始めそうな時間だ。

 賢者になったアインズの脳裏には不思議とパンドラズ・アクターのドヤ顔がよぎっていた。

「陛下、フラミー様…。」

 しかし効果は抜群のようで神聖魔導国の聖典達は皆一様に涙を堪えているようだった。

「……んん。守護者達よ。まずは私が少し押し戻そう。その後お前達のチームワークを私達に見せろ。最後は私とフラミーさんが手を下す。行くぞ。」

 いつの間にか背後で跪いていた守護者達は全員が顔を真っ赤にして震えていた。

 そんな笑う事ないじゃん!!と再び恥ずかしくなるアインズとは裏腹に、守護者達はその素晴らしい言葉を胸に刻みつけていた。

 いつか聖書を作るときに絶対に盛り込もうと。

 聖典達は帰ってこの言葉を国中に広めなければ死ぬに死ねないとすら思っていた。

 

 アインズとフラミーは後永遠に元ネタがあることは言い出せなかった。




2019.06.04 kazuichi様 誤字報告ありがとうございます!適用させて頂きました!


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#25 ずっとあなたを探してた

 神話の戦いだ。

 

 それを見ていた誰もが思った。

 

 光の神が深い闇を放つと、闇の神が瞳を焼く程の光を持ってその魔樹の命を奪った。

 

 神の放った輝きは、あれ程邪悪な魂すら救済したのだと、誰が見てもわかるものだった。

 

 神々が魔樹へ近付いていくと、魔樹の足元から、新緑の葉を揺らす何かが起き上がった。

 それは最初、生まれたばかりで何も分からないというような雰囲気だったが、最後は頭部の葉を揺らしてはしゃいでいた。

 そして闇の神が開いた天国の門へと進んだ。

 穢れきった魂は無事に本来の美しい姿を取り戻したのだった。

 

「どうじゃった?ツアーよ。」

 

 誰も気づかないような遠く、丘の上にその者達はいた。

 ツアーはリグリット・ベルスー・カウラウへ顔も向けずに、鎧の腕を組んだまま答えを返した。

「まさかアレ(ザイトルクワエ)がまだこの森で生きていたとはね。驚いたよ。」

 ハッハッハと豪快に笑う老婆は実に愉快そうだ。

 かつて十三英雄として旅をしていた時、リーダー達と共にあれの枝を倒した記憶を思い出しているのかその声は少し何かを懐かしむようでもあった。

 枝との戦いは熾烈を極めた。今日この時を迎えるまで、枝こそが本体だと思っていた。それほどまでに枝は強かった。

「素直じゃないのう。ワシはあの者達も世界に協力するものだと確信したわ。」

 パチンと拳と手のひらを合わせ、さてと…と誰に聞かせるでもなく呟き、遠くでアインズ・ウール・ゴウンを讃える人々から背を向けた。

 

「まぁ、今のところはそうみたいだね。」

 

 背中に向かって返事をすれば老婆はヒラヒラと手を振りながら既にゆっくりと歩き出していた。

「わしは久し振りにインベルンの嬢ちゃんの様子でも見に行くとするよ。」

「全く、気まぐれだね。君ってやつは。」

 

 ツアーの鎧はリグリットとは違う方向へ向かって丘を降りていった。

 二つの陰は別れを惜しむ様子もなく別れた。

 

 鎧の帰還の道中、ツアーは誰もいない自分の巣でひとりごちた。

 

「アインズ。あの魔樹は君が起こしたのか…?」

 あの時、アインズは世界に協力する者でありたいと言っていたが――。

(……君はいつからこの世界に来ていたんだ。これは本当にただの偶然だったと言うんだろうか。もし君が世界に背を向けたとして、僕は君に…、君達に勝てるだろうか…。)

 

+

 

 アインズの生命の精髄(ライフ・エッセンス)が魔樹の足元にある弱い命の気配を告げた。

 近付けば、根元についたままだった木々に気絶したドライアードが引っかかっていた。

 マーレが水を掛け、強制的に目を覚まさせた。

「え!?これがあのザイトルクワエ!?」

 ドライアードはピニスン・ポール・ペルリアと名乗り、説明すればする程にギャンギャンと興奮しきった様子で応えた。

 魔樹はザイトルクワエと言う名の魔物だったらしいことが分かった。ユグドラシルのレイドボスのような相手だったが、アインズにもフラミーにもザイトルクワエと言う名に心当たりはなかった。

「そういう訳だ。さあどうする。私に忠誠を誓うか?」

「ザイトルクワエに勝てるような人が守る場所に行けるならもちろん一生懸命頑張るよ!厄介になるね!!」

「よし、ピニスンはこれより第六階層の畑で働く。アウラ、マーレ。面倒を見てやれ。」

「「かしこまりました。」」

 ピニスンを送った転移門(ゲート)が閉じると、ワァっと人々が集まってくる。

 

 一番にアインズ達の元に辿り着いた、番外席次の輸送を行っていた神聖魔導国の兵士や神官によって必要以上に近付くことは許されないが、それでも少しでも神に近付きたいとばかりに人々が殺到した。

 帝国騎士も王国兵士も、王国戦士団も、城門衛士も、誰もが肩を抱き合って近くのものの生を喜んだ。

 

 ――アインズ・ウール・ゴウン万歳!

 

 その唱和は遠くの丘を越え、どこまでも響いた。

 遅れて漆黒聖典隊長に肩を預けた番外席次がよたよたとアインズに近付こうとするが、すでに分厚い人の壁がそれを阻んだ。

 人の波の向こうの神に、何でもいい。自分も隊長のように言葉をかけてほしい、せめてその目に自分を映してほしい。

 それだけなのに、自分が守ってしまった人間共が邪魔で、いっそ殺してしまおうかと思った。

 しかし神に失望される事を恐れ、できない。

 こんな時どうしたらいいのか知らない番外席次は――泣いた。

「ごうんへいかぁぁー!うわぁーん!!」

 流れ出した涙は止まらず、しゃくりあげながら泣くその姿はただの少女そのものだった。

 番外席次の見たこともない姿に隊長が化け物を見るような目をして硬直していると、誰よりも早くエ・ランテルを守ろうと魔樹へ挑んだその少女のため、人々はバラバラと神へ続く道を開けた。

 

 尊き姿が目にうつれば、抑えられないと思ったはずの声と涙がハッと止まる。

 名もなき番外席次と呼ばれる少女は親を求めるように進んだ。

 モーセがイスラエルの民を連れて海を割り、カナンの地を目指したように、ボロボロの体を引きずって――気付けば隊長を後ろに取り残して。

 

 しかし、割れたはずの海は再び閉じられた。

 

「アインズ様にこれ以上近付くのは、このあたしが許さないよ。」

 

 ある日自分のそばに現れた強い気配の正体、それが誰だったのかこの至近距離にあってようやく気付く。

 何かに守られるような初めての感覚に、それがいつまでも続けばいいと願った日々。

 

「あなただったのね…。」

 

 漏れ出た言葉にぴくりと守護神がその身を揺らした。

 もしやこの守護神とは遥かなる昔に同じ血を魔導王やフラミーにより分け与えられたのだろうか。

 そんな夢想に、番外席次は顔をギュッと拭いた。

森妖精(エルフ)との間に生まれたことを恨み続け、この耳も隠し疎んで生きて参りました。が…今日ほどこの生を喜んだ日はございません。」

 

「そうか。番外席次よ。」

 

 まだまだ続きそうな雰囲気にアインズは焦れていた。

 ザイトルクワエと呼ばれた魔樹を早くもっとくまなく調べたいと言う気持ちが抑えきれなかったのだ。

 口をつぐんだ番外席次に、アインズは続ける。

「このアインズ・ウール・ゴウン、お前の働き、確かに見届けた。よくこの町を守ってくれたな。後日褒美を取らせよう。私は急ぎザイトルクワエの遺骸を調べねばならない。フラミーさん。」

 一息にそう言うと、呼ばれたフラミーが番外席次を完全回復した。

 

 その瞬間、番外席次はアウラに飛びかかった。

 支配者と守護者が臨戦体勢になると――「守護神様!!私と子供を作りましょう!!」

 その叫びに呆気にとられ、皆が固まった。

 

「あ、あ、あの、デミウルゴスさん。同じ性別では子供は作れないって、その、前に言ってましたよね?」

 マーレの言葉は辺りに虚しく響いた。

 

+

 

「そんなの信じない!!私はアウラ様とお子を作りたいの!!ゴミの分際でこの私を止めようと言うの!?」

 すでにアウラから引き剥がされた番外席次を羽交い締めにする隊長は殴られ、蹴られ、最早どちらがザイトルクワエと戦ったのか分からないようなボロボロの有様だった。

「お、落ち着いてください!アウラ様は諦めるしかないんですから!!」

「離さないとまた馬の小便で顔洗わせるわよ!」

 隊長は顔を青くした。

 

 アインズの後ろに控える守護者は気味が悪いのか近付こうとしない。

 アウラは自分の身を抱きしめ、フラミーの腕の中で心底気持ち悪いと言う顔をしていた。

 そんな醜態を晒しているとガゼフ・ストロノーフを伴ったランポッサⅢ世がこちらへ向かってくる姿が見え、流石にまずいと思ったアインズは止めに入った。

 繰り出される若干下品な言葉の数々を止めようと、番外席次の前に出て片手で後頭部を、片手で口を抑え、極限まで顔を寄せて言う。

「番外席次よ、黙るのだ…!!」

 絶望のオーラに耐えるレベルの相手だと分かっているため狭い範囲にそれを放つ。

 番外席次と、番外席次を羽交い締めにしていた隊長はびくりと体を震わせ真っ青になった顔にだらだらと冷や汗をかいた。

 ようやく静かになった破廉恥娘からそっと手を離すと、隊長はドサリと他に膝をついた。

 汗だくの番外席次は肩で息をした。

「あぁ…陛下…なんてすごいの…。やっぱり、やっぱり最初に考えた通り私陛下の御子を産むわ!アウラ様、残念だけどあなたは諦めたわ。」

 ひらひらとアウラに手を振りアインズの腕にまとわりついた。

「――ちょ、何だお前!」

「陛下!お子を作りましょう!」

「離れんか!こら!」

 アインズは訳が解らず振り解こうとするが、じっとりとした視線を感じ、振り返った。

 そこには、睨むような呆れたような目をするアウラ、シャルティア、アルベド、マーレ――そしてフラミーがいた。

 

「やっぱり、殺した方が良かったんじゃないの?」

 アウラの言葉は女性陣と男の娘によって肯定された。




ツアーさんには困ったもんですね、ほんとに。
すぐ何かを誰かのせいにしたがるんだから!

番外ちゃん…このままじゃ第二の統括さんだよ…。
( ;∀;)


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#26 全く君と言う人は

「我が戦士長のみならず、エ・ランテルまでお救いいただいた事、心より感謝しますぞ。マジックキャスター殿(・・・・・・・・・・)。」

 相手をアインズ・ウール・ゴウン魔導王だと認めれば、国王としての立場上、この先一生礼を言えないと思い、敢えてランポッサⅢ世はその名を濁した。

 

「いえ、当たり前の事をしただけですよ。」

 その事を汲んだ目の前の王の慈悲深き返事に心の中で深く頭を下げたのだった。

 おぉ…と周りにいた神聖魔導国兵士、王国戦士、帝国騎士達が慎しみ深き魔導王の返事に感嘆の声を上げる。

 

 そしてアインズの視線はランポッサⅢ世の斜め後ろへ向く。

「……元気そうだな、ストロノーフ殿。」

「ゴウン殿も元気そうで…ふふ。元気と言ってもいいのかな?あれから人間、もしくは森妖精(エルフ)をやめたという事であれば失礼になってしまうからな。」

「ははは。あの時から私は変わっていないとも。」

 軽い笑い声をあげた魔導王は何か言葉を探すように視線を彷徨わせた。

 そして、破壊されたエ・ランテルをゆっくりと眺め、すぐに魔樹の遺骸を眺めた。

 その姿は、まるで壊れてしまった日常そのものと、ここで不本意にも一生の幕を閉じる事になった人々を悼み、苦しんでいるようだった。

「ゴウン殿…あなたという人は…。」

 戦士長が再びその名をつぶやくと、魔導王の後ろから捕獲魔法で拘束され地面に座る番外席次と呼ばれていた戦乙女が声を上げた。

「いつまでそんな呼び方をするつもり?近隣国家最強。」

 その不機嫌な雰囲気は、事態をあまり理解できていない様子の者達に伝播していった。

「そうだ…きちんと神聖魔導王陛下とお呼びするべき…だよなぁ?」

「国王陛下の態度は少し良くないんじゃないか…?」

 声を抑え、近くにいる者と皆がひそひそと喋った。

 ざわめきが生まれてくると、どこかからか誰かの耳障りの良い――しかし、怒りを孕むような声がした。

『不敬だ!皆声をあげろ!』

 それを聞くと、何故か皆声を上げるべきだと思った。

 しかし、不敬だと言う言葉に、その通りだと感じていた者達は何の疑問も抱かなかった。

「そうだ!国王陛下の態度はおかしいです!」

「戦士長だって何もしなかったくせに!!」

「国王は神聖魔導王陛下にきちんと礼をしろ!!」

「神聖魔導王陛下の優しさにつけ込むな!!」

「誰がエ・ランテルを守ったと思ってるんだ!!」

 場はどんどん熱を持ち、ヒートアップしていった。

『皆、神聖魔導王陛下を再び讃えるんだ!』

 またどこかからか深い声が聞こえた。

 そうするべきだとしか思えない。まるで体に誰かが入り込み、かわりに叫ぶようだった。

「「「神聖魔導王陛下万歳!」」」

 これはきっと、ズーラーノーン事件に苦しんだエ・ランテルを助けて貰えなかったことや、嫌だった戦争に行かされたというような小さな不満が爆発したのだろうと、口から出る言葉の温度とは裏腹に皆が冷静な気持ちで考えた。

「「「神王陛下万歳!!」」」

 

 爆発的に広がるその声に、ランポッサⅢ世は何も言えなかった。

 しかし慎み深い魔導王は国王の手前それを素直に受け取りはしなかった。

 増えゆくその唱和に応えることなく、左右を見渡した。

「デ、デミウルゴス…。デミウルゴスはどこだ。いや、すみません、フラミーさ――」

 光の神に何かを言いかけると南方の衣装に身を包む尾を生やした男が小走りで周りの守護神と呼ばれた異形の中に混ざり、丁寧に頭を下げた。

「は!デミウルゴスここに。」

「お前と言う奴は本当に…。さぁ、静かにさせろ。」

 畏まりました、と返し立ち上がると、神聖魔導王を称え続ける人々に向かって大声で呼びかける。

「皆さん!!神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下がお話になります!!」

しかし、人々の興奮はまるで収まらない。

『皆さん!!ゆっくり、ゆっくりでいいです!今だけ御静かに願います!!』

 そうもう一度大声で呼びかけると、徐々に人々は静かになっていった。

 魔導王の守護神と言うのは頭ごなしに物を言わない、人の心に寄り添うような者らしい。

「お待たせいたしました、アインズ様。」

 うむ、と魔導王は返すと、苦しみのせいか静かにしている王とガゼフへ向いた。

「失礼したな…。こんなことよりも……そうだな……えー…………。」

 そういって目を閉じたのか魔導王の瞳の灯火は消えた。

 皆察した。王は死んだ者たちへ黙祷を捧げていると言うことに。

 遠くのわかっていないもののためか、先ほどの守護神が厳かな響く声で周知する。

『皆さん。陛下に倣い、死した者へ祈りを捧げましょう。黙祷。』

 誰もが静かに目を伏せた。

 え?と誰か若い男が呟いた声が聞こえたが、誰もが熱心に死者へと祈りを捧げた。

 魔導国の者たちは、どうか哀れな者達を導いてくださいと、目の前の神々へ祈った。

 一分程経つと、『お直りください』とまた丁寧な声が響いた。

 ランポッサⅢ世は一番最初に国王の立場としてどうしたらと考えたが、この目の前の王は何よりもまず死者を悼む事が一番だと考えていたという事がその場にいた全てのものに伝わった。

 ガゼフは考えていた。

 この慈悲深さ、法国は確かに村々を焼いたが、それを見過ごせなくなって降臨したと言う噂は本当かもしれない、と。

 既に命を救われたのは二度目なのだ。

 驕りかも知れない――それでも、自分は王国内ではもう誰よりもこの王の本質を知っているだろうと思えてならなかった。

 

 そんな事を考えていると、城壁の方から都市長のパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアがこちらへ走って来るのが見えた。

 その後ろには冒険者組合長のプルトン・アインザックと、魔術師組合長のテオ・ラケシルが続いていた。

 

「へ、陛下…!こちらにおいででしたか!」

 パナソレイが息も絶え絶えにランポッサⅢ世に話しかけると、魔導王は自分は都市長に陛下と呼ばれる者ではないと示すかのように、背を向けた。

 

「お、おお…!パナソレイよ…。またもこの様な凄惨な事件にエ・ランテルが巻き込まれてしまったこと…一体何と謝れば良いか…。」

「いえ…王よ……。このような事を一体誰が予見できましょう…。」

 言葉を交わす王と都市長に、金髪ボブカットの猫のような女から横槍が入る。

「まー神王陛下は予見してたよねー?そして人々を助けようと最初っから動いていた。漆黒聖典のあたしらがここにいるってのは何よりの証拠なんじゃなーい?」

 兄妹だろうか。よく似た男が肘で小突いて黙らせる。

 

 王国戦士団の鋭い視線に何も感じないと言うように女はヘラヘラしていた。

 沈痛な面持ちで地を眺めた後、ランポッサⅢ世はハッとし、パナソレイに一番大切なことを訪ねた。

「…それで、都市の民は無事か?中はどうだ…?」

 

 都市内はズーラーノーン事件の経験を生かし、避難は順調だった。

 しかし、番外席次が突っ込んで崩れた城壁から魔樹が見えると一気に混乱状態になってしまったらしい。

 そこからは、文字通り地獄絵図と化したが、すぐに神話の戦いの火蓋が切られたのだった。

 その後パナソレイは都市内部で冒険者や魔術師組合員達の協力を得ながら、更なる民の避難や一時帰宅所の確保などに精を出していた為、少し遅れての登場となったらしい。

 

「そうか…。何という…。お前もよくやってくれたな…。」

 国は国王だけでは作られない。

 そして国王も国があるだけでは務まらない。

 民がいて、初めて国王と国が生まれるのだ。

 ランポッサⅢ世は空を仰ぐ。

 どこまでも続く空は、視界の端に映り込む巨大な魔樹の遺骸によって穢される。

 忌々しげについそちらを見てしまうのは仕方のない事だろう。

 

「な!?君は!?」

 その驚きの声に、王は魔樹の存在を瞳と頭から追い出した。

 それは普段冷静な、元冒険者としても活躍した冒険者組合長のプルトン・アインザック。その人が発した物だった。

 ぞろぞろと街から出て来始めていた冒険者達も何事かと駆けて来る。

 

「いや、肌の色が…いや、しかし!!しかし!!」

 そう言ってジリジリと神聖魔導王の方へ近づいて行く様子に、誰もがハラハラしていると――

 

「わっ!アインザックさん!」

「やっぱり!!!君はプラム君だろう!!!!」

 

 都市を半壊させ、大量の死者を出したズーラーノーン事件をわずか二人で解決に導き、カッパーからアダマンタイトへと異例の大昇格を以って名声を欲しいままにした謎の森妖精(エルフ)魔法詠唱者(マジックキャスター)――プラムの名を、光の神に向かって叫んだところだった。




がっつり顔を見せて冒険者をしていた知恵の足らないフラミーさん、少しはアインズ様を見習ってもらいたいものですね( ̄▽ ̄)
次は息抜き閑話です。
コキュートスはちゃんとリザードマン達を掌握できてるかな?

2019.05.13 もんが様誤字修正ありがとうございます!適用させて頂きました!


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#27 閑話 だって女の子だもん

 ――ザイトルクワエ襲撃の数日前。

 アルベドはアインズに迫っていた。

「アインズ様!それで、エ・ランテルは今後どの手を用いてその手中に入れるご予定でしょうか!」

 どの手も何も一つも手がない。全くのノープランだ。

「…アルベド、お前はどう思う。」

「私、でございますか?」

「そうだ。守護者統括としての意見を聞かせろ。」

「それは…もう…以前アインズ様が仰ったアレが宜しいかと。」

「アレ、だな。」

「はい!アレ、でございます!」

 アインズは"アインズ様"なる者が以前何をおっしゃったのか分からなかった。

(どれだよー!!)

 叫び出したい気持ちに襲われていると、しゅんっと精神の昂りは抑制された。

「ああ…もう一度私に、手取り…足取り…腰取り…アインズ様のお考えを叩き込んで下さいませ…。」

 アルベドは頬を赤らめ体をくねらせはじめていた。

 普段は頼りになる守護者統括だというのに、少し気を抜くとアルベドはすぐにこれだった。

 しかし、トリップしていてくれればむしろ時間を稼げる。

 くねるアルベドを放置して今後どうするべきか、アインズは自分なりに精一杯考えていると、気付けば机越し、息の掛かるような距離にアルベドが迫って来ていた。

「アインズ様…何もわからぬこのアルベドに…アインズ様の全てをお教え下さい…」

 うるむ瞳を揺らし、珍しく可愛らしい様子にアインズは少しどきりとする。が、目を覚まさせる事にした。

「仕方のない奴め。」

 アインズは苦笑を漏らし、アルベドの目の前に両手を伸ばした。

 百レベルの本気の力で両手を打ち鳴らすと凄まじい音が鳴る。口で戻れというよりも手っ取り早い。

 以前この手でアルベドの目を覚まさせた時、護衛として天井に張り付いていた蜘蛛型のモンスターである八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)が驚きすぎて一匹振ってきた。

 その時には不憫になる程謝罪を重ね天井に戻って行ったので、今日はちゃんと一度天井に視線を送った。

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)達が心得たとばかりに頷く。

 アインズが両手を軽く開くと――部屋には軽いノックが響いた。

 打ち鳴らそうとしていた手をそのままに、顔だけ扉に向けた。その日のアインズ当番と目が合った。

 来客がデミウルゴスならアルベドを目覚めさせるよう言えばいい。アインズはアルベドの顔の前に伸ばしていた両手を書類の乗った机にそっと下ろした。

 

 アインズ当番がいつもの入室許可前作業を行っている間に、自分の姿勢が支配者らしいか確認することも忘れない。

「申し訳ございません。これよりアインズ様はアルベド様と情交を結ばれますのでお急ぎでない御用のお取り次ぎはどなた様であっても――」

 小さな声だが、アインズの耳は確かにそれを聞き取った。

 情交。男女が肉体的な交わりを結ぶこと。

「待て!!シクスス!!違う!!」

 アインズは下ろしたばかりの両手で机を叩くように立ち上がり、扉に向かって駆け出した。

 一体何をどうすればそう思うのだろうか。この骨の体で。

「違うだろう!おかしなことを言うんじゃない!!」

 アインズは思わずシクススの手を引き寄せた。

「あ、アインズ様!?」

 シクススの手はノブに触れたままだったため、キィ…と扉が開いた。

 外に立っていたフラミーとハッと目が合う。

 フラミーは以前アインズが贈った紺色のローブを両手で抱いていた。

 

「あ……ふ…らみーさん………」

 

+

 

(アルベドと条項を結ぶってなんじゃ?)

 フラミーはまたアルベドが何かをしでかし、してはいけないリストでも作ったのかと心の中で苦笑していると、中からバタバタと慌ただしい音とアインズの声が聞こえ――扉が軽く開けば、そこは犯罪の匂いがする部屋だった。

 

「あ……ふ…らみーさん………」

 

 そう言うアインズは、つい今しがた扉から顔を半分だけ覗かせていたはずのシクススの右手を引っ張り上げ、その身を後ろから抱きしめていた。

 腕の中でシクススは空いている左手を顔の横に当てながら「はっ…はぅ…あぁ…」と息をしている。

 抱きしめるアインズの腕には柔らかそうな胸が乗っかり、シクススが息を吐く度に上下に揺れる胸が骨の腕をマッサージするようだった。

 

「ど、どうも……これは……あいんずさん……」

 

 その奥、アルベドは長い黒髪を片方の肩に全て流し、いそいそとドレスの前に掛かっている金の蜘蛛の巣のような装飾を外しているところで、手袋は脱いでいた。

 肩甲骨付近には玉の汗が光っていて、髪の毛が数本首筋に張り付く様が艶めかしい。

 

 アルベドが手袋とったの初めて見たなぁと思いながら、フラミーは踵を返す。

「じゃ……ごゆっくり……」

 何とかそれだけ絞り出し、ブリキのおもちゃのようなぎこちない動きで背を向けると、突然スピーディーな動きを取り戻しカササッと斜め三つ向かいの自室に駆け込んだ。

 

「ち、違う!!違うんですってばーー!!」

 

 支配者の叫びが第九階層に響き渡った。

 

+

 

「「はーーーーぁ!!???」」

 第六階層の湖のほとり、アウラとシャルティアの唱和が響く。

 

「私に伸ばされたその指の美しかった事…。あぁ…本当…夢のような時間だったわ…。」

 

「そ、そ、そ、そ、そんなの嘘でありんす!!!」

 シャルティアはひたすらに否定を繰り返していた。

「あのアインズ様がそんな訳ないじゃん!!第一アインズ様にはフラミー様が……あ!フラミー様は!?」

 アウラは何となくそんな場面を目撃したフラミーが心配になっていた。

 

「フラミー様は流石の貫禄よ。なんせ、さっとこちらを確認されたら、いい笑顔で私とアインズ様を応援する言葉を残していかれたもの!ああ、フラミー様ももしかして、奥手なアインズ様をその気にさせる者の台頭を楽しみにされてるのかしら!?」

 ご期待にお応えしなくてはとアルベドはハッスルした。

 

「アルベドばっかりアインズ様のお側にお仕えしてずるいでありんす!!あ、り、ん、す!!!」

「仕方ないじゃない、シャルティア。私は守護者統括、あなたはアインズ様から最も遠い階層の守護者なんだから。くふふっ。」

 幸せそうに、どこか見下すように笑った統括と、殺意剥き出しのシャルティアを呆れた眼差しでアウラは見ていた。

「ちょっとー、喧嘩しないでよねー。」

「いやね、アウラ。喧嘩って言うのは同じレベルじゃなきゃ成り立たないのよ?」

「キィーッ!!」

 アウラは従姉妹(シャルティア)が地団駄を踏むとやれやれと首を振った。

 しかし、この胸の小さな痛みはなんだろうと、アウラはそっと痛みの部分に手を当てた。

 

+

 

 その日玉座の間には階層守護者達が集まっていた。

 

「今日はよく集まってくれたな。さて、コキュートス。蜥蜴人(リザードマン)達の様子はどうだ。」

「ハ。族長ヲ倒シテ回ッタ私ノ事ヲ確カニ敬ッテオリマス。ソコデ、フラミー様ニオ願イシタイ儀ガゴザイマス。」

「そうか。フラミーさ――」

「なんですか?コキュートス君。」

 支配者の言葉を最後まで待たずに話し出したフラミーは満面の笑みでコキュートスを一直線に見つめている。

 余程コキュートスの成果を喜んでいると見えた。

 その待ち切れないと言う様子に守護者達は皆幸せな気分になる。

 そしてフラミーをこうも喜ばせるコキュートスを心から尊敬した。

「私ガ殺シテシマッタ族長達ヲ、ソノオ(チカラ)デ蘇ラセテ頂キタイノデス。ペストーニャニ頼モウカトモ思ッタノデスガ、ドウセナラバ御身ニ信仰ガ集マル方ガ宜シイカト…。」

「わかりました。明日は神都にマーレと写真を撮りに行くんで、明日以外ならいつでもいけます。」

「アリガトウゴザイマス。死体ノ損傷ガ増エル前ニ…モシ可能デアルナラバ本日ハ如何デショウカ。今日ハ丁度デミウルゴスト共ニ養殖技術ノ向上ノ会ト、ソレノ慰労会ヲ開ク予定ダッタノデ、蜥蜴人(リザードマン)モ多ク集マリマス。」

「なるほど、じゃあ今日行きましょう!」

「急ナ願イニオ応エ頂キ感謝致シマス。宜シケレバアインズ様ニモマタオ出マシ頂ケルトヨリアリガタイノデ――。」

「もちろん私も行こう。」

 またも食い気味に答える支配者の様子に皆幸せでいっぱいになった。

 

+

 

「コレデ全テノ族長デス。」

 ザリュース・シャシャがフラミーの前に腐り始めたシャースーリュー・シャシャの亡骸を優しく置いた。そこには四人の蜥蜴人(リザードマン)の亡骸が並べられていた。

 

「フラミー様の奇跡はそう易々と手に入るものではありません。皆、そのお姿をしかと目に焼き付けなさい。」

 デミウルゴスの発声を合図に、フラミーは白いタツノオトシゴの杖を空中から引き出した。

 そして、全ての部族の蜥蜴人(リザードマン)達が見守る中、族長達は次々に目を覚ました。

 

 その日はお祭りだった。

 闇の神の再臨と、光の神の新たな降臨、そして戻った族長達の生を誰もが心から喜んだ。

 

 族長達を殺したコバルトブルーの武人が何を要求するのかと思えば、全ての蜥蜴人(リザードマン)は同じ湿地に暮らすのだと、グリーンクロー族の村に集められた。

 これではまた食糧事情が悪化し、地獄の時代の到来だと皆が嘆けば、最族長に就任した武人は様々な事を知る尾を生やした人間と、闇の神を連れて戻ってきた。

 闇の神は新たな家々を建てるためにスケルトン数体を与えてくれた。

 そして、スケルトンを指揮するカジッチャンと呼ばれる死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の事も。

 カジッチャンは態度は横柄だが、アインズ様の為だと言って蜥蜴人(リザードマン)をよく助けてくれる、今となっては良い仲間だった。

 

+

 

 とっぷりと日が暮れた湿地で、蜥蜴人(リザードマン)達は大きく燃やされた火を囲み、祭りに盛り上がった。

 歌って踊る様子を眺め、楽しそうに手拍子するフラミーに、アインズは恐る恐る話しかけた。

 

「あの、フラミーさん?」

 フラミーはひゃ!と驚いた後、しどろもどろになりながら、キョロキョロと辺りを見渡した。

「あ、あー!こ、コキュートス君!」

 少し離れたところにいたコキュートスは腰を上げ、見苦しくない程度に小走りでフラミーの下に来た。

 それを見た蜥蜴人(リザードマン)の子供達は嬉しそうにコキュートスの後を追った。

「如何ナサイマシタカ、フラミー様。」

「あ、アインズさんがお話があるみたいなので、一緒に聞きましょ?」

「カシコマリマシタ。」

 膝をついたコキュートスを真似、子供達も膝をついた。

(…話せるかーーい!)

 アインズはコキュートスを取り敢えず褒め、褒美をとらせる約束をし、下がらせた。

 

「んん。フラミーさん?」

 フラミーは今度はあわわわと謎の言葉を紡いだ。

「で、デミウルゴスさーん!」

 手招くとすぐにデミウルゴスも腰を上げ、小走りでフラミーの下に来た。

「如何なさいましたか、フラミー様。」

「あ、アインズさんがお話があるみたいなので、一緒に聞きましょう!」

「畏まりました。」

 やはりデミウルゴスも早急に膝をついた。

(…話せるかーーーい!)

 アインズはコキュートスの成長を助けた事を褒め、渡す技術や知識には細心の注意を払うようにとデミウルゴスに話し、下がらせた。

 

「フラミーさん。」

 次は誰を呼ぼうかとキョロキョロするフラミーに、アインズはもう一度強い調子で声をかけた。

「フラミーさん!」

 ようやく観念したように、フラミーはしぶしぶアインズを見た。

「はひぃ…。」

「フラミーさん、絶対あの夜の事勘違いしてますよね?」

「いえ、勘違いなんて絶対しませんでした。」

「絶対してます!」

「いやだからしてませんて!!――わっ!そんな顔で見ないでください!!」

「顔は変わりませんよ!じゃなくて、じゃあ何であの夜から俺の事避けるんですか!」

 アインズは必死だった。

 フラミーが軽蔑する"汚くて臭いおっさん"の上位種、"汚れたおっさん"の烙印を押されているんじゃないかと。

 フラミーはしんどそうな顔をすると、怒ったように口を開いた。

「……仕方ないじゃないですか!エッチなんだから!!」

「んな!?エッチって!良いですか、あの夜は別にやましい事をしてたんじゃなくて、いつも通りアルベドの暴走に付き合わされてただけなんです!」

 更に言葉を続けようとすると鎮静された。

「それからシクススが間違った事を外の人に言ってると思って慌てて引っ張ったら、気付いたらあんな事になっただけで――」

 ふと気付けば何やら様子のおかしいアインズとフラミーに、蜥蜴人(リザードマン)達と、野性味溢れる酒を楽しみつつ何やら語らっていたはずの守護者二名の視線が集まっていた。

 

「と、とにかく!誤解なんですからね!」

 アインズは全く恥ずかしいとばかりにプイと顔をそらし何処かを眺め始めた。

 こうなったらこっちも徹底抗戦だ、と言わんばかりに。

 

 しかし――「いや、それはわかってますってば!」

「え!?」

 アインズの中の戦は早くも終わりを告げた。

 

「じゃ、じゃあ…なんで?何で無視するんですか…?」

「何でも何も、恥ずかしいじゃないですか!友達の……アインズさんとアルベドさんのエッチな姿を想像してしまった自分のエッチさが!!アインズさんの顔見ると、その日の想像が…その…あの…うぅ…何でこんな事言わせるんですかぁ…。」

 フラミーの紫色の顔は赤紫に染まっていった。

「あーーー……。」

 良いからほっといて下さいよと顔を背け、何かを汚されたとでも言わんばかりのフラミーに申し訳なさを募らせながら、アインズは今日の夜風はとても気持ちがいいと思った。




この後アインズ様がどうしたかって?
そりゃあ、一般メイド全員がシクススの話を聞いている事を知ってまた苦悩の日々に戻るんですよ!

ちなみにカジッチャンさんは死の宝珠さんと共に日々アインズ様の為に頑張っています。
いつかアッシュールバニパルに入る命令を受けたら、少しで良いから時間が貰えると嬉しいなと、その日の訪れをワクワクして待っているようですよ!


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#28 閑話 知ったかぶりの支配者達

「あ、待ってください。そう言えばあの日は何の用だったんですか?」

 もう寝ると言ってアインズの部屋を立ち去ろうとしたフラミーに声がかった。

「そうでした!アインズさんにもらったこのローブあるじゃないですか。」

 そう言いながらアインズの元へ戻りつつフラミーはズルリと紺色のローブを取り出した。

「――これ、ここの背中の辺り、切ってもらっちゃおうかなーって言う相談だったんです。」

 大きく背中のあたりをぐるっと指差して告げる。

「いいんじゃないですか?少なくとも俺は着ないですし、フラミーさんが使いやすいようにするのが良いと思いますよ。」

 想像より軽い返事に、フラミーは苦笑した。

 

「それでも、初めてアインズさんがくれたものですから。」

 フラミーが感慨深げにローブを眺めていると、アインズは何やらごそごそと空中を探り――出てきたのはフォルダーだった。

「はは。フラミーさん、俺が初めてあなたにあげたのはこれですよ。」

 そう言うと、何年も前のスクリーンショットを探すそぶりもなく、迷いなく取り出した。

 そこにはもうずっと使っていないネックレスを貰って、笑顔モーションを出すフラミーと、今とは全然違う装備に身を包むモモンガ、そして当時から最強だったたっち・みーの姿があった。

 フラミーはそれを覗き込むと数度瞬き、アインズを見上げた。

「ん……と、アインズさんはわかってないです!それもそうですけど、これは直接貰ったものだから違うんです!一先ず、背中を切るかは保留にしようかな。じゃっ、私もう寝ますね!趣味なので!」

 どこか早口に言い切ると、フラミーは部屋を立ち去った。

 

「そうか、確かにそれもそうか。」

 ふふと僅かに笑いが漏れるアインズだった。

 

+

 

(まずい…!まずいです、まずいです…!)

 ネックレスの存在を忘れていたフラミーは慌てていた。

 それが無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)に入っているのか、ドレスルームの何処かにしまったのか、そのネックレスに関する記憶がほとんどごっそり抜けていた。

 

 自室に戻ると今日のフラミー当番のフォスにフラミーは泣きついた。

「フォスさん、私のこのくらいの結構長いネックレス見ませんでした?つけるとおへそくらいまで来る長さで、金色で、トップはひし型の魔鉱石がついてるやつなんです!」

 フォスはこれぞメイドの腕の見せ所と言わんばかりにフンと荒い鼻息を出すと、胸に手を当てて堂々を宣言した。

「わたくしフォスは、そのネックレスがどこにあるのか知っております!!」

「おお…さすが神様!フォス様!女神様!良かった、良かったぁ!!」

 そんな畏れ多いと言うフォスの後ろからフラミーは抱き着き、ご機嫌で改めて尋ねた。

「それで、どこにあるんですかっ!」

「はい!アインズ様のドレスルームのっ――っきゃっ!?」

 フラミーはフォスを抱きしめたままソファーに横向きに倒れた。

「うぅ…なんで…なんでそんなところにぃ…。」

 

 フラミーは文字通り泣いていた。

 

+

 

 アインズは懐かしくなって、アインズ当番にそのネックレスを出させていた。

「わー懐かしいな…。フラミーさん、俺が金欠だった時貰った物なのに悪いけど良かったらこれを売ってくれって、わざわざ返してくれたんだよなぁ。」

 紺色のベルベットの張られたアクセサリートレイに乗っているそれをアインズはまじまじと眺めた。

 

(…この世界じゃアクセサリーの着用数制限はないみたいだし、何か効果付け足してまたフラミーさんに返すか。)

 アインズはアインズ当番に少し出ると言い、鍛冶長の元へ出かけた。

 もし寝てたら悪いなーと思いながら。

 

 当然のように起きていた鍛冶長は大喜びでそれを引き受けた。

 

+

 

 次の日の朝、フラミーの顔は青かった。

「あれ?フラミーさんよく眠れなかったんですか?」

 アインズの後ろに控えるアルベドが深々と挨拶をするのに手を挙げて答えつつ、フラミーは頷いた。

「あーいえ、うーん。はい。よく眠れませんでした…。」

「珍しいですね。自分に回復魔法かけたらどうです?」

「いえ、これは戒めなので…。」

 ふふふふふ…と不気味に笑う様子にアインズは首をかしげるが、この後玉座の間でどうやってエ・ランテルを手に入れるか発表すると言う課題を前に、フラミーにあまり構っている余裕はなかった。

 

+

 

「エ・ランテルだが、私は漆黒聖典を派遣する事を宣言する。」

 今エ・ランテルは帝国と王国の戦争の真っ只中だ。

 無事に戦線を乗り越えて街を乗っ取れるような部隊を送るのが正解だろうと思った。

 何よりそこにはフル装備のガゼフ・ストロノーフもいるのだ。

 あのクレマンティーヌは自分とガゼフは対等の強さだと言っていた。

 漆黒聖典の中では特別に強いわけではない彼女だが、陽光聖典や風花聖典はクレマンティーヌに勝てそうにない。

 なのでフル装備のガゼフ対策としてクレマンティーヌを基準とした結論だった。

(うんうん、中々論理的に導き出した結果だぞ。俺も結構できるじゃん!)

 アインズは心の中でふふふと笑った。

 

「漆黒聖典…でございますか…?」

 だが、アルベドの雰囲気がそれは不正解だと物語っていた。

 助けを求めてデミウルゴスを見ても、顎に手を当て、なにやら考え込んでいる。

 

 情けないがフラミーに視線を送れば、びくりと肩を震わせて、ふぃと視線を逸らされてしまった。

 誰か助けてくれ…そう思っていると、デミウルゴスが難しそうな顔をして手を挙げる。

 泣きたい気持ちで顎をしゃくって促せば――

「失礼かとは存じますが…漆黒聖典を送る理由を…お聞かせ願えないかと…」

 最悪の質問が届いてしまった。

「デミウルゴス…そしてアルベドよ……。」

 胃がしくしくと痛む。こんな痛みは幻だと思っても、それでも胃が痛む。

 二人は揃って深く頭を下げた。

「お前達にはわからぬか…。」

「「はっ!!申し訳ございません!!」」

 その声は玉座の間の中を軽く反響した。

 反響が聞こえなくなると、デミウルゴスが続けた。

「アインズ様の深遠なるお考えに、我々では近付くことが…できませんでした…。」

 大切な友人の子供達が非常に辛そうにしている。特にデミウルゴスを製作――いや、創造したウルベルト・アレイン・オードルとアインズは非常に仲が良かった。ウルベルトはフラミーをギルドに連れて来た大悪魔で、フラミーもウルベルトを時に師匠と呼びよく懐いていた。

 アインズは自分の情けなさに目を覆った。

「なんという…。」

 呟いた声に守護者達が口々に至高の支配者の足下にも及ばない我が身を罰してくれと嘆いた。

 アインズは自分が情けなくて何も言えなかった。支配者として一度言ってしまった漆黒聖典派遣を今更「やっぱりやめます」と言う訳にもいかなかった。

 一定まで自分の愚かさを罵る気持ちが膨れ上がると、アインズの焦りはスッと消えてなくなった。

 すると、隣にいたフラミーが口を開いた。

「皆、今はまだその意味がわからないと思いますけど、その時が来たら分かるんだと思いますよ。アインズさんの言う通り、漆黒聖典に行って貰いましょう。」

 フラミーの言葉は天啓のようだった。

 情けないと思いながら、顔の前からゆっくり手を退け、アインズは守護者達を見渡した。

「そう言うわけだ…。各員自分の目で学ぶように…。」

 

 そうして漆黒聖典の派遣は決まった。

 

+

 

 珍しくフラミーの自室に集まると、アインズはソファに崩れた。

 

「アインズさん大丈夫ですか?」

「もーダメです……」

 

 アインズとフラミー、それぞれの当番のメイド二人が焦った様子で近付いてくる。

「アインズ様。大致死(グレーターリーサル)を使える者をお呼びしますか?」

 だらしなくなり初めていたアインズは少し身なりを整えてからそちらを向きもせずに答えた。

「いや、いい。こちらの話だ。悪いが二人は少し――そうだな。隣の部屋で控えていてくれ。用ができたら呼ぶ。あぁ、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)もだ。」

「し、しかし…」「お側にお仕えしなくては…」とメイドや八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)達に食い下がられるもなんとか追い出すことに成功した。

 

「あ、フラミーさんすみません。人の部屋なのに勝手にあっち行ってろとか言って…。」

「いえいえ、本当支配者が堂に入って来たじゃないですか。」

 はははと疲れたように笑うフラミーに、そうかと疲れの理由に思い至った。

 

「フラミーさんも、支配者というか、至高の人で疲れますよね。わかります。」

「あ、いえ…。私は、伸び伸びやらせて貰ってますから。アインズさんのおかげで。」

「俺のおかげ…」そう言われるだけで少し滅入った気持ちが和らぐようだ。

「そうですよ。アインズさんが頑張ってくれるから、私、とってもナザリックの居心地いいですもん。」

 絶対支配者として君臨することは、ナザリックだけでなく、ギルメンを――フラミーを守る一つの手段なのかとアインズは思った。

 フラミーはしょっちゅう支配者業を手伝いましょうかと言いに来るが、一度も受け入れた事はない。

 

 この人のためにできる事は――

「そうだ。フラミーさん、これあげます。」

 よっと背もたれから上体を起こし、中空から、リボンのかかった小さな箱を取り出した。

 アインズは開けてくださいと告げてフラミーの手の上に箱を乗せると、フラミーはまじまじとそれを見た。

「こりゃなんですかい?」

「ははは、何。警戒しないで下さいよ。ただの懐かしいものです。」

 するりとリボンを引き、そっと箱を開けると、中にはまた箱が入っていた。

 赤紫に染められた皮で包まれてたその箱は、真ん中に金で"le souvenir"と書かれている。

「あ、アクセサリーボックス。かわいいですね。る…すーべにる?」

「フランス語で思い出、らしいです。」

 はぇ〜と声を漏らし、フラミーが箱を開けると、中にはあのネックレスが入っていた。

「あっ!これ!!」

 興奮するフラミーにしてやったりとアインズは思った。

「そう、それ、俺あの後結局売らなかったんですよ。だから、昨日鍛冶長に頼んで…多分この世界じゃ無意味なんですけど、気前よくドロップ率アップの効果を――って!うわ!」

 フラミーの目からはポロポロと涙が落ちていった。

 

「なん!?ああ!勝手に効果つけ足しちゃダメですよね!?あああ、わ、わかります!!」

 しどろもどろなアインズに、フラミーは想像とは違う事を口にした。

「私、本当はこれどこにやったか忘れてたんです。だのに、分かったみたいな嘘ついて、アインズさんは大切に持っててくれたのに。嘘吐きの知ったかぶりでごめんなさい。」

 そう言って泣くフラミーを、アインズは少し羨ましいと思った。

 よっこいせと腰を上げて、向かいに座っていたフラミーの隣に腰を下ろす。

 

「俺も、漆黒聖典に決めた理由、本当は滅茶苦茶で、皆にそれらしい事言って、フラミーさんに嘘の片棒担がせて…いつも知ったかぶりしてんです。俺も涙が出てたら、多分毎日泣いてますよ。」

 アインズの困ったような雰囲気に、フラミーは呆けたようにそちらを見た。

「アインズさんって、超級の策士じゃなかったんですか…?」

「うわ!何言ってるんですか!やめて下さいよ。そんな訳ないじゃないですか。」

「そうだったんだ……私、デミウルゴスさんやアルベドさんには大失敗しか浮かばないけど、アインズさんには見えてるのかな、閃いたのかなって思ってました…。」

「勘弁してくださいよ〜。はは。」

 とんだ勘違いに頭をかいていると、フラミーは濡れた睫毛でアインズを見上げた。

「ねぇ。アインズさん、私もやっぱり働きます…。一緒に。」

「それは良いですって。あなたはあなたで忙しいでしょう。ね。」

「忙しくなんて――」

「良いから良いから。」

 アインズは言いながら、もう止まったフラミーの頬に残る涙の跡を親指でグイと拭いて、忘れられてしまっていたネックレスに視線を戻した。

 それに気付いてか、フラミーはネックレスを箱からスーっと取り出した。

 

「これ、今度は忘れないようにちゃんと着けておきます。」

 ネックレスを首に何重にもクルクルと巻いて、チョーカーの様に付けると、魔法の装備のそれはピタリとフラミーの細い首に隙間なく着いた。

「長いネックレス、リアルじゃよく引っ掛けて切っちゃって…トップ無くしちゃったりとかしたんで、戦うこともありますし、こうしておきます。」

「ネックレス、そんな着け方あるんですね。」

「私はオシャレさんなので。」

「はは、俺二十四時間三六五日同じ服だ。」

 ふふっと笑うフラミーはまた申し訳なさそうな顔をした。

「アインズさん。本当、忘れててすみませんでした。」

 ぺこりと頭を下げるフラミーに、アインズは慌てて手を振った。

「そんな、頭あげてください。良いんですよ。ヘロヘロさんも言ってました。まだナザリックがあったんだーって。」

「え…?」

「でも、俺が維持してくれてたお陰でーって、言ってくれたんですよね。俺、その時良かったって思いました。」

 フラミーは黙って話に耳を傾けた。

 

「フラミーさんもそれの事忘れてたけど、でも、維持してる誰かや、覚えてる誰かがいれば、また思い出して貰えるんだって、俺はもう知ってますから。」

「アインズさん…。」

「これじゃ墓守ですかね。」アインズは恥ずかしげにポリポリと頬をかいた。

「墓守だっていいじゃないですか。前も言いましたけど、私も一緒に守りますよ。――どっちか一人が覚えていれば良いなら、きっと楽勝ですね。」

 ずれ掛けていた二人の感覚が、またピタリと合った気がした。

 

 隣の部屋から聞こえてくる和やかな笑い声は、まるで優しい歌のようだと、メイドもアサシンズも思った。




アインズさんは性欲の8割を失って女子との距離感狂ってますね。
フラミーさんも生えてるせいで男子との距離感狂ってますよね。


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#29 収束、そして始動

 プラムにアインザックは近寄ろうとするが、隣の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)や青い蟲型モンスターの存在に足が止まる。

 いや、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)しか知らなかったが、恐らくそんな存在ではない事にアインザックはとうに気付いていた。

 町から遠くに見えていた神話のようなあの戦いを誰が行ったのか米粒のような大きさで殆ど見えなかったが、本能が察する。

 

「…君は森妖精(エルフ)ではなかったのか…」

 大きな声を出しすぎたせいで衆目を集めてしまっていた。

 いや、この神聖な姿のプラムに近付けば静かに進んでもそうだったかもしれない。

 

「ははは、どうも…。」

 いつもと変わらない様子で返事をするが、その背には神か神の使いだとしか思えない様な翼が煌めいていた。

「君はまさか…。」

 謎に包まれた漆黒の英雄のバラバラだったピースがアインザックの中で全て繋がっていく。

 モモンは法国の出身者だと冒険者たちの中では有名な話だったじゃないか。

 そしてプラムを侮辱すれば殺され兼ねないと。

 それは、神と従者を意味していたのではないか。

 

「エ・ランテルを救う為だけに冒険者になってくれたのか…モモン君も情報を欲していたな…。もっと早くに我々が君に…いえ、あなた様に協力していたなら――。」

 ズーラーノーン事件はここまで酷く爪痕を残すような事にはならなかったかもしれない。

 例えズーラーノーン事件を未然に防いだとしても、魔樹によって結局は滅茶苦茶になっていただろう――が、魔樹の襲来後生活する余裕は残ったかもしれない。

 次から次へと悔恨、自責の念が押し寄せる。

 このエ・ランテルを壊したのは他でもない自分でもあるのだ。

 

 今やエ・ランテルは人が生活して行ける街ではない。

 それこそ、超常的な力を持つ何者かが手を差し伸べてくれなければ。

 

 皆同じことを思ったのか、魔導王に救いを求めるように視線を送っている。

 

「陛下…これから我々はどうやって生きていけば良いのでしょうか…。」

 アインザックのつぶやきは、神聖魔導王に向けられていた。

 パナソレイとガゼフは驚いたが、それを注意するでもなくやはり痛みを堪えるような顔をするしかない。

 しかし神聖魔導王は何も言わなかった。

 

 代わりにランポッサⅢ世は、少しでも民を安心させようと言葉を紡いだ。

「復興に向け、国が一丸となって――。」

「それが貴国にできますかな。」

 ピシャリと言葉を遮ったのは帝国騎士を率いていた帝国第二将軍ナテル・イニエム・デイル・カーベインのものだった。

「我らが皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下であれば、見事エ・ランテルを復興させましょう。」

 辺りに微妙な空気が漂う。

 周りの帝国騎士はハラハラした様子でカーベイン将軍を伺っていた。

「これ以上は戦争にもなりますまい。我らも同胞を多く失いすぎた…。一時休戦です。」

 そして背を向け続ける魔導王へ向かって頭を下げた。

「…神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下。此度は人類を、エ・ランテルを、我が騎士達をお守り頂き、ありがとうございました。私は皇帝陛下でなく神王陛下であってもエ・ランテルを復興できると信じております。」

 振り返らずに手を挙げるだけで応えるその背中は、とても大きかった。

 何を言いたいか分かっている、そう心配するなとでも言うように。

 周りのエ・ランテルの衛兵や冒険者、組合長達でさえ安堵に包まれたのが感じ取れた。

 偉大なる神々に深く頭を下げたのち、カーベインは馬に飛び乗り、帝国騎士達を引き連れ撤退して行った。

 野営の準備はいつのまにか片付けられていた。

 

 もはや誰が死んで誰が生き残ったのかもわからない状況だ。

 カーベインは馬の上で考えていた。

 皇帝ではエ・ランテルの復興はできない。

 そして隣り合う事になる神聖魔導国を御することもできないだろうと。

 忠臣として仕事はした。

 しかし、人間として魔導王にエ・ランテルを頼みたい気持ちでいっぱいだった。

 

 あの激しくも美しい戦いを思い出す。

 騎士もカーベインも、堪らず魔導王万歳の唱和に参加してしまったが、あれを見せられればそうしない方がおかしいと思えてならなかった。

 

「皇帝陛下にはあの万雷の喝采の事は黙っておこう。――ふ、神王陛下…か。」

 仲間を失い、己も死ぬかと思った状況で差し伸べられた強く大きな手に帝国騎士達はすっかり魅了されていたのだった。

 

+

 

 挨拶もそこそこに、アインズ達はナザリックに戻った。下手に声を発すればアインズがモモンだとバレてしまうと静かに過ごした。

 デミウルゴスの提案により、薬草しか見つからなかった魔樹の遺骸も、"偉大な戦いの痕"も今はまだ全てそのままだ。

 執務室ではアルベドの手によって王国に再度送られるエ・ランテル近辺の割譲を要求する文章が制作された。

 前回とは違い――少なくとも苦しむ者は助けるという事、邪魔すれば粛清するという文が追加されて。

 

 今回貴族の者達はエ・ランテルまで帝国騎士が迫った時に、自領を守る必要があると言い残しさっさと立ち去ってしまった為魔樹との戦いは見ていない。

 果たしてこの書状もどれだけの効果を発揮する物かとアルベドは溜息をついた。

「アルベドよ、疲れたのなら下がって良いのだぞ。」

 アインズから掛けられる言葉に胸がほわりと温かくなった。

「いえ、とんでもございません。しかしアインズ様。先程国王が目の前にいた時、なぜ殺してしまわれなかったのでしょう?そうすればエ・ランテルは、王国は今既に手中にあったのでは…?」

 

 何故か。

 アインズも当然それには思い至っていた。

 しかし――「今はいい。あそこには引き入れなければならない者がいる。それの反感を買ってはいけないだろう。」

 ガゼフ・ストロノーフ。

 自分ににはない、憧れの人と同じ輝きを持つ眩しき戦士長。

 アインズは彼が欲しかった。

 

「引き入れなければいけない者、でございますか…?人間にアインズ様の慧眼に叶うような者がおりましたでしょうか…?」

「ふふ。お前にはまだ難しいかもしれないな。いつか、わかるようになるとも。」

 その優しい声音は何かを懐かしむようでもあった。

「さて、そろそろ玉座の間へ行く時間だろう。」

「――はい!参りましょう!」

 

+

 

「セバス、ソリュシャン、そしてシャルティアよ。王都へ向かい、王都の情報を収集するのだ。魔導国の敏腕商人の娘と執事としてな。街の噂から我らが魔導国に関わることまで何一つとして漏らさず報告せよ。当面危険は無いと思われるが、ザイトルクワエの事もある。決して油断せず、三人で事に当たれ。」

 

 頭を下げた三人はやる気に満ち溢れていた。

 特にシャルティアは守護者の中でも出遅れている事に焦りを感じていた。

 地表に近い階層を受け持つ者として殆ど外に出ていなかった為、未だに従属神の拘束と、無礼な白黒女の拘束しか行っていない。

 デミウルゴスとアルベドは言うに及ばず、コキュートスはこの短い期間で見事に蜥蜴人(リザードマン)集落を統治せしめ、次は近くの湿地の蛙人(トードマン)に忠誠を誓わせるよう動き始めていた。

 アウラとマーレは、法国潜入時若干の失敗もあったが、今や神聖魔導国スレイン州エイヴァーシャー市の"象徴王"として君臨している。

 マーレはフラミーとお食事権を見事に手に入れた。

 温情でそこにアウラの出席も許されたほどだ。

 まだ何もできていないのは自分しかいない。

 ここで他の守護者達がアッと驚くほど見事な成果を上げて見せると、その目は爛々と光っていた。

 

 セバスは不安を抱かずにはいられなかった。




漆黒聖典や魔導国の神官の皆さんは漆黒の英雄、モモンはどこから来たんだろうと今も思ってます。

ユズリハ様より現在の勢力図を頂きました!なんて分かりやすいんだ!

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#30 閑話 一緒にお食事権!

 雲が素早く流れていく。

 空の高いところはかなり風が強いようだ――と思わされるが、ここはナザリック地下大墳墓、第六階層。アウラとマーレの守護する地だ。

 空はブループラネットの生み出した偽物の空だった。

 その湖畔に、双子とフラミーはいた。

 

 どこからか男性使用人によって持ち出されてきた――無駄に広い十二人がけのL字のソファと、ソファに対して小さいテーブルが置いてあった。

 九人掛け目で折れ、三人掛けと八人掛けがくっついているような具合だ。

 それの八人掛けのところにフラミーは双子に挟まれ座っていた。

「ぶくぶく茶釜様のお写真ですか!?」

 フラミーは興奮するアウラに優しく頷いてさらりと髪を撫でた。

「そうなの、気に入ったのがあれば二人にあげようと思って。」

 十三冊あるうちの、古いフォルダーを開くと、そこには日付順に大量の写真が入っている。

 写真は六つ切程度の大きさのため中々の重さだ。

「あ、あの、その!よ、よろしいんですか?」

 良いも悪いも良いに決まっていると二人に微笑めば、眼前に広がる湖の端っこで蜥蜴人(リザードマン)とハムスケ、死の騎士(デスナイト)が遅い昼食のために訓練から戻ってきたのが目に入った。

 

「そういえば、ここで暮らしたり出入りするようになった人達はどう?」

「うーん、少し目障りです!」

「ぼ、ぼくは、皆面白いなって思います!でも、別にいなくても良いです!」

 フラミーはアルベドが陽光聖典(おじさん)達を連れて帰るのを反対した日の事を思い出していた。

「トカゲは家を守ってくれる的な言い伝えがあってね、えーっと、家トカゲ?違うな。えーと…なんて言ったっけなぁ…。」

 ブツブツしゃべっていると、後ろから声がかかった。

「ヤモリですよ、フラミーさん。」

 気付けばアウラとマーレはソファから降りて膝をついていた。

「あ、アインズさん。」

 顎を上げて、真上を見上げる。

 アインズは両手をフラミーの肩にポンと乗せると、肩を揉みながら双子に目で戻るように指示をした。

「ブループラネットさんが確かそう言ってました。――…凝ってますねお客さん。」

「そうでした、ヤモリ。そのヤモリって言うのはトカゲの仲間でね、家を守ってくれるんだから、あんまり邪険にしちゃダメだよ、二人とも。」

 はーいと行儀よく声を上げる二人に微笑ましい気持ちになる。

 でも家を守るならあたしたちの方が強いし実績もあるよねと話すアウラに確かに、と思うフラミーだった。

 アインズの骨の指はゴリゴリとフラミーの肩を揉んだ。

「あーアインズさん、そこいっすね〜。羽の根元の方もお願いしていっすか〜。」

 フラミーは中年のくたびれたサラリーマンのような雰囲気を漂わせつつ、アウラとマーレの背中のあたりに開きっぱなしにしていた翼をわずかに持ち上げた。

「いっすよ〜お客さん、この辺ですか?」

「あー効きます、上手ですねアインズさん。」

 しばらく身を任せ過ごすと、フラミーは振り返った。

「そろそろ変わりましょうか?」

「あ、いえ。俺は凝るものないんで。」

「ははは、ですよねぇ。言ってみただけです。」

「ははは、ですです。」

 上がる支配者達の笑い声にアウラとマーレはお食事権は大正解だったと思った。

 

 しかし、続くフラミーの言葉にアインズは固まる。

「あースパ行きたいなぁ、それで全身マッサージとか…いいなぁ〜。」

「え……。」

「え?」

 フラミーが軽い疑問を口にするのと同時にアウラが片膝をソファに乗せるように体をフラミーに向けた。

「フラミー様、あたしがマッサージしますから行きましょうよ!!スパリゾート、ナザリック!!」

「わぁ良いね!今夜行く?」

「ちょちょちょちょ!フラミーさん!!そんな教育に悪い真似やめて下さいよ!!」

 え?何?と疑問に思いながら、アインズへ体ごと振り返り、まずいことに気がついた。

 はっと口を開け、若干顔を青くする。

「そうですよ!!女児に何見せる気ですか!!」

 まるで変態(ペロロンチーノ)のような扱いだ。

「やばい、もはや当たり前のようについてて忘れてました!!」

 何だろうと首をひねるアウラに、顔を青くしたり赤紫にしたりしながらフラミーは伝えた。

「わ、私はちょっとね、女の子に見せられないような体なんだった…。ごめんねアウラ。」

「え?何でですか?フラミー様とってもお綺麗なのに!」

 天真爛漫な太陽から目を背けると、そこにはマーレが同じく首を傾げていた。

「あ!えと、その!じゃあ、僕とならどうですか?」

「あ…マーレならギリギリセーフかな…?」

 肩揉みをやめたアインズがL字の三人掛け部分に座りながら、いやそっちもアウトなんじゃ…と呟いているのが聞こえた。

「うう…ですよねぇ…。」

 フラミーが悲しんでいると、後方の少し離れたところでパラソルの下、お茶を淹れたり食後の軽食を出す為に控えていた犬頭のメイド――ペストーニャがアインズの元に跪き来訪者を告げた。

 

「ご歓談中失礼いたします。デミウルゴス様がいらっしゃいました。あ、ワン。」

 アインズがちらりと斜めに座るフラミーを伺うと、フラミーは悲しい様な不満なような、自嘲するような表情をして、訳もわからぬ双子に左右から慰められていた。

 その向こう、ペストーニャが控えていたパラソルとワゴンのそばに、この晴天に暑苦しいスリーピースの悪魔がにっこりと控えていた。

「ふむ、通せ。ただ、双子とフラミーさんは休暇だと言うことを伝えるのを忘れるな。」

 頭を下げてデミウルゴスを呼びにペストーニャが戻っていく。

 

 替わりに現れたデミウルゴスはすぐさま跪いた。

「アインズ様、お忙し――」

「良い良い、デミウルゴスよ。私も今は休んでいる。して、あれは成ったか?」

「は。エイヴァーシャーの邪王から取れた皮が中位魔法を込めるのに耐えましてございます。」

「そうか!よくやったぞデミウルゴス。お前にも何か褒美をやらねばならんな。」

 頭を下げ辞退しようとするデミウルゴスを手で押し留めた。

「お前は実に良くやってくれている。何が欲しいか言ってみなさい。」

 アインズは父親気分だ。が、言ってから気がついた。

 椅子を作るための骨が欲しいと言われたら困る、と。

 

 しかし悪魔の願いは想像以上に困るものだった。

「それでは…今お話になっていた、アインズ様、フラミー様が、マーレと共に今夜行くスパリゾートナザリックに私もお供させては頂けないでしょうか。」

 ワクワクと言った雰囲気で尾を振る守護者に、アインズもフラミーも固まった。

「ちょっとデミウルゴス!あなたみたいな男がいたらフラミー様が入れる訳ないでしょーが!」

 アウラがブーブー言うが、こればかりは正論だ。

「しかし、アインズ様とマーレと入るのでフラミー様は恐らく水着で…。」

「だーかーらー!デミウルゴスはどうなの!マーレは子供だし、アインズ様は絶対的支配者だし、何より骨でいらっしゃるからフラミー様が入れるんでしょ!この!あほすけべ!!」

 フラミーは意外とおませなアウラの頭に手をポンとのせると愉快そうに笑い始めた。

「はははは。ありがとうね、アウラ。――デミウルゴスさん、私は今は誰ともお風呂には入らないつもりなんです。マーレもごめんね。でも、プールなら入れるかしら。」

 楽しそうに笑うフラミーにアインズはほっとした。

 

 しかし、デミウルゴスはすけべ呼ばわりされた事を訂正せずには居られなかった。

「フラミー様、自分は決して助平心で言ったわけではありません。先ほどのアインズ様との会話で、堕天使(サタン)であるフラミー様が両性具有であ――」

 アインズは慌ててバサリと立ち上がると、跪いたままのデミウルゴスのスーツの首根っこをつかみ、蜥蜴人(リザードマン)の方に引きずっていった。

「え?」と一言残し、呆然と猫のように引き摺られていく叡智の悪魔の姿にアウラは大笑いした。

「デミウルゴスのすけべー!すけべだからアインズ様にお叱りを受けるんだ!!」

「そ、そんなこと言っちゃデミウルゴスさんが可哀想だよ、お姉ちゃん…。」

 フラミーを挟んで姉に止めるように言うマーレはチラリとデミウルゴスを見ると、ははっと結局笑い出してしまうのであった。

 幸い、ダラダラと大量の脂汗を流すフラミーに二人は気付かなかった。




なんで生やしちゃったんでしょう。
これじゃあ楽しい女湯話が書けない…( ;∀;)
フラミーさんがアルベド、シャルティアと過ごす究極にエッチなお話しが脳裏をよぎる…。


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試される王国
#31 閑話 エ・ランテルの炊き出し


 エーリッヒ擦弦楽団は天使に化けると、華麗な礼をして鏡を潜っていった。

 

 アインズもエ・ランテルで行われるボランティアイベント、炊き出しに行く為モモンの装備と口唇蟲を身につけていた。似て比なる声を着け、少しづつモモンの声の印象を変えて行く予定だ。

 一方フラミーはもう冒険者のフリはできないので留守番だ。最初にフラミーとしてエーリッヒ天使ドッペルを伴ってエ・ランテルに行った時には町中狂喜の大混乱に陥ったので、フラミーとして出掛けることも難しい。なので、本日は表にフラミー当番を立たせて一人でスパリゾート・ナザリックに行き、文字通り羽を伸ばすと言っていた。

 エ・ランテルでは神の身でありながら自らズーラーノーン事件から人々を救ったと言う武勇譚と、ザイトルクワエから人類を救ったと言う武勇譚。そして、何より人に扮して共に生活していたと言うローマの休日よろしく物語チックな話は人々を夢中にさせた。

 

「さて、誰といくかな。」

 アルベドが隣でハンカチを噛んでいるのは見えないふりをするアインズは執務室で膝をつく戦闘メイド(プレアデス)と相対していた。

「――ユリ・アルファよ。共にいく場合のお前の意気込みを簡潔に聞かせて欲しい。」

 ユリは眼鏡をくいっと押し上げると口を開いた。

「はい。貧困と苦痛に喘ぐ人々を救うべく、最善を尽くします。」

 百点満点の答えにアインズは骨の顔で微笑んだ。

「ルプスレギナ・ベータ。」

「人間どもをさらなる地獄の底に――」

 ルプスレギナが口角を上げてそう言うと、アインズは遮った。

「分かった。黙りなさい。」

 余裕の落第だ。軽く咳払いをすると、次を促した。

「んん。ナーベラル・ガンマ。」

「は。私は必ずやアインズ様をお守りいたします。」

 ナーベラルのレベルに守られるアインズではないが――心配症なアルベドはナーベラルを推しているような雰囲気が伝わってくる。

「シズ・デルタ。」

「ん。アインズ様とお出かけ。楽しみ。」

 シズはアイパッチを着けていない方の瞳を小さく輝かせた。

「エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ。」

「はぁい!アインズ様ぁ!人間の死体が落ちてても食べないようにしまぁす!」

「はははは。偉いな、エントマ。しかしヨダレが出ているぞ。」

 ハッとしたエントマは愛らしく顎の下をじゅるりと拭いた。

 

 一通り聞いたところ、ボランティアと言う性質上ユリが最適なように感じられたが、恐らく彼女は頑張りすぎるだろう。

 そうなればアインズがふらふら遊んでいると叱られるかもしれない。

 エントマとルプスレギナは論外として、シズは少し子供すぎだ。

 で、あれば、アルベド一押しの――「ナーベラル・ガンマ。お前だ。」

 涼しい瞳でナーベラルが皆の列から一歩前に出て頭を下げる。

「かしこまりました。このナーベラル・ガンマ、アインズ様に無礼を働くものから必ずやアインズ様をお守り致します。」

 

+

 

「黙りなさい、下等生物(ガガンボ)。身の程を――」

 モモンがナーベラルをヘッドロックし、パンを受け取ろうとする人から引き離していく。

 十人連続でこのざまだ。

 炊き出しの列に並ぶ人々は二人の様子を苦笑の瞳で追った。

「ナーベラル・ガンマ!!お前何度言ったら分かるんだ!!フラミーさんと私の顔に泥を塗るつもりか!!」

「も、申し訳ございません!」

「いいか!お前はここにいる間は決して口を利くな。これは命令だ!あそこの"炊き出し最後尾こちら"の看板を持つエーリッヒの者と変わってこい!」

 肩を落としたナーベラルが立ち去っていくのを見送ると、モモンをモモンちゃんと呼んだだけの善良な老婦人の元へ戻る。

 この人はプラムと数度立ち寄ったパン屋の奥さんで、ザイトルクワエ襲来の際に店と窯も壊されてしまっている。

「すみませんね、あいつ魔導国の中でも特におかしな奴で…。」

「いいのよ、おばちゃんあんな美人さんに嫉妬されるなんて鼻が高いくらいよ。」

 うふふと笑う夫人にアインズは礼を言って頭を下げる――と、事態に気が付いたエーリッヒのドッペル天使が同族のナーベラルへ殺意を向けていた。

「…ほんとあいつ困ったやつですよね。」

 アインズがそう言いドッペル天使の肩にポンと手を置くと、ドッペル天使は「はい!誠に仰る通りでございます!」と応え、ふわぁっと花咲くような笑顔になり、殺意を霧散させた。

 夫人と連れ立ってきていたパン屋の主人はニヤリと笑った。

「しっかしわしゃーてっきりプラムちゃん…いや、フラミー様とモモン君がデキてるんだと思っとったわい。」

「ははは、ご店主そんな、やめて下さいよ。フラミーさ――まにも悪いですって。」

 そういうモモンはどこか満更でもない様子だった。

 話を聞いていた周りの人々はおや?と思うが、決して人間の身で実る恋ではないと分かっている為誰も深掘りはしなかった。

 

 お盆の上に皿を並べた人々は、モモンからスープを受け取り、続くドッペル天使達からパンや川魚のムニエル、グリーンサラダを受け取り、皆思い思いの場所で食べた。

 割れないように木で出来ている皿のセットとカトラリーには全て神聖魔導国の紋章が施されていた。

 最初に一人一つ、と決められタダで支給された物を皆洗って持ってきている。

 

 魔樹だった枯れた大樹から南に向かって見たこともないほど巨大な――神聖魔導国の紋章が入ったタープがはられ、その下には沢山の鉄でできたカフェテーブルと椅子が出されていた。

 これまで落ちていた肉片はドッペル天使によって綺麗にナザリックへと回収され、マーレの力で大樹の根元には芝生が生やされた。

 人を殺し、踏み、血を滴らせていたときは燃えるように赤かった大樹には、人の頭ほどの高さまでふかふかと優しい感触の花咲く苔がはやされ、子供たちは魔樹を倒すと言って体当たりをしたり、魔法を撃つ真似をしたりして遊んでいた。

 そこの穏やかな空気は最早高級な避暑地のようである。

 

 魔樹から半径約一キロ、真っ直ぐ十五分歩いた付近に幅六メートルほどの美しい人工の川が作られ、それは真円状に魔樹を囲むように流れていた。

 ――ちょうど魔樹の端からエ・ランテルの壊れた城壁の外までだ。あと一歩魔導王の到着が遅れていたら、エ・ランテルの人々は一人も生きてはいなかっただろう。

 その川に囲まれた場所は神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国の飛び地だ。

 川で洗濯をした者や、体を洗った者がエ・ランテルの恥さらしと袋叩きに合ったのは言うまでもない。

 後に東西南北の四停留所に止まる魔導国の旗を掲げた小さな幽霊船が水上バス(ヴァポレット)として内回りと外回りに2つ走るようになるとそう言うものはすっかり見なくなるが。

 魔樹の南側は現在食事広場になっているが、その裏北側には巨大なテントが四つでき、それらは男女で分けられ温かい湯に浸かれる巨大浴場テントと、帝国で売られているセンタクキが十台づつ置かれた脱衣テントができた。

 センタクキは魔導国で行われたボキンなる善良な制度によって集められた資金で、魔導国の商人が買って来てくれた物だ。

 そして東西には、スケルトンとゴーレム、死の騎士(デスナイト)によって建物の建築が進んでいた。

 偶に神話の戦いにも参加した双子の守護神が監督や資材生成に来ると人々は膝を折った。

 

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 日の昇る東には光の神殿、兼魔導国の行政窓口が建築されている。

 既に屋根のかかったそこでは祈りを捧げる聖堂と、脇には国籍とぱすぽーとと言う身分証明書が取れる部屋が既に運営を開始していた。

 日の落ちる西には闇の神殿、兼魔導国ザイトルクワエ州州庁ができて行っている。

 そこでは祈りを捧げる事ができる聖堂はもちろん、街づくりや、エ・ランテルの片付け計画、地上げ等の計画を立てていて、魔導国本国より日々八十名程度がそれぞれの神殿へ鏡の扉を使って出勤して来ていた。

 

 今度数キロメートル先に新たに作られる円形川はついにはエ・ランテルを取り込み始める。

 しかし、反対者はいなかった。

 と言うのもエ・ランテルのどこであっても魔導国が土地の買い取りを受け付けるそうで、仮河川設置の範囲内の売却申し込みが五十パーセントを超えるまでは川の製作が始まらない慈悲深い政策や、売却者には川の内側の土地を買う権利が優先的に与えられたことが大きい。

 そして――王都からの支援が未だ始まらないこともひとつだった。

 

 人々は売却の申し込みと魔導国国籍取得の為、光の神殿の行政窓口には連日長蛇の列ができていた。

 土地を買う者は少しでも良いところを買いたいと売却額に所持金を上乗せした。

 土地を持たない者は国籍必須ではあるが、州営のコンドミニアムと呼ばれる建物の賃貸申し込みをしたり、まるで金のない者はカッツェ平野で晩秋にスタートするという農業開拓に繰り出す契約を結び不安はありつつもちっちゃな地主を夢見た。

 魔導国は美しい街作りをスローガンに必要以上に土地を小さくすることを禁じた為、殆どの者は今までより大きな家を手に入れることができたが、小金しか持たない者は6世帯程度で寄り合って所持額を大きくし、Building co-operatives(コーポラティブハウス)の建築計画を進めた。

 

 人々は当然無償だが、これからできる美しい街の光景と、新たなマイホームを胸に、一刻も早い整備に向けて朝な夕なに働き続けた。

 

+

 

「おや!モモン君!精が出るね!」

 そう声をかけてきたのは冒険者組合長アインザックだ。

 都市長パナソレイと魔術師組合長のラケシルも来ている。

「これはアインザックさん。山盛りにしておきますよ。」

「分かっているじゃないか!しかし魔導国の飯はうまいもんだな。家も組合も壊れてしまったがこれが食えるならしばらく避難所生活でも文句はないとも。」

「全くその通りだアインザック。おっと、私は程々にしておくよ。この後また身が重くなるとスクロール発掘作業で若いもんに怒られる。」

 そう続くのはかなり痩せて見えるラケシルだ。

「私は沢山食べるぞ!痩せたりしたら仮州知事殿に心配されてしまう。」

 ぷひーと鼻を鳴らしたパナソレイは次の川ができるとザイトルクワエ州エ・ランテル市の地が公式に生まれるので、そこの都市長を再び任せられる事となっていた。

 最初は断っていたが、手紙を出しても何の連絡もない王都にすっかり愛想を尽かしてしまっていた。

 この感じで行けば王は今後、魔導国に取り込まれると思われる王国で、そのまま直轄のリ・エスティーゼの都市長か、ザイトルクワエ州の州知事になるだろうし、と流れに身をまかせる事にした。

 

 ガハハハと笑う仲のいいおじさん三人に、アインズは思わず――「友達と歳をとるって、素敵なことですね。」そう言ってしまう。

 少しだけ寂しそうなその様子におや?と三人は顔を見合わせた。

「モモン君、君も一緒にどうだね?ずっと立ちっ放しだろう。新しい冒険者組合の仮図面も見せるぞ。」

 アインザックは妙に距離の近い人だと思っていたが、面倒見の良い、父親気質のおじさんなのだとアインズは最近わかった。

「うむ。それに、旧法国に神々が降臨される前から神の下にいた君の話は是非一度ゆっくり聞きたいものだ。」

「全く。全く。」

 そう言うおじさんズに、アインズはふっと顔を綻ばせた。

 気安い人たちの存在がアインズを炊き出しに向かわせる一番の理由だ。

「ありがとうございます。食事はもう済ませましたが、休憩を取ろうかと思います。」

 

 四人でやいのやいのと空いてるテーブルに近付けば、人の立ち去ったテーブルと座面を拭く事だけを指示されている――魔樹に殺された者から作った地産地消型スケルトンがモモンのすぐそばの椅子を引いたので、自然とそれに腰掛けた。

 すると冒険者よりも身分の高い他の面々のことは無視してまたテーブルを拭きに立ち去っていってしまった。

 

「え………。」

 

「はははは!良いとも、良いとも!この魔樹の周りは王国ではないんだ!」

 そう言ったのはなんと都市長パナソレイだった。

「何を呆然としてるんだ英雄!ここは神聖魔導国だ!その国の貴賓である君がそうされる事に何も思う所はないとも!」

「しかし我々が国籍を取ったら、覚えてろよ!」

 お盆をテーブルにおき、椅子を引きながら笑うおじさんズに、アインズはきっとこの人たちはいい上司だろうなと心をあたたかくしたのだった。

 

「また、俺の休憩に付き合ってください。」

 いつもより若く聞こえるその声音に、三人は揃って笑顔で首肯した。




2019.5.15 12:53 書いておきながら伝える能力低くてごめんなさい…( ̄▽ ̄)今の所のエ・ランテルちゃんはこんな感じです。
https://twitter.com/dreamnemri/status/1128508382149668865?s=21
(描いておきながら伝える能力低くてごめんなさい 二度目)

パナソレイさん、あなたの手紙、本当に王様に届いてますか?
早馬から手紙を確かに受け取った衛士は、本当に、人間だったんでしょうか。
ああ、でも、黄金の姫は手紙が来たことを、たまたま見かけた犬から聞いているから、きっとダイジョウブですね。

州は県と違って本国の法律に反していなければ更なる法律の制定を行えるのと、
軍隊を持つことを許されるのでとっても便利便利です(*'▽'*)
都市計画にはつい胸が踊ってしまいまさぁ!

2019.05.21 挿絵という概念を知りました!
2019.06.04 kazuichi様 誤字報告ありがとうございます!適用させて頂きました!


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#32 ツアレニーニャ

 王都で調査を続けるその日、セバスは人間の女を連れて帰って来た。

「おや?セバス。その女はなんでありんすか?」

 吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)を連れた、金髪のカツラに白いドレスを身にまとったシャルティアが尋ねた。

 

「ただいま戻りました。カーミラ様。ソリュシャン。」

 

 いつもの戦闘メイド(プレアデス)の物とは違うメイド服に身を包むソリュシャンは、深々と頭を下げた。

「おかえりなさいませ、セバス様。それは私達へのお土産ですか?」

「拾いました。傷を癒して頂けますか?」

「傷ですか…。」

 ソリュシャンはセバスの抱くボロ雑巾のような女を冷たく捉えた。治癒系の巻物(スクロール)は持たされているが、これは人間ごときに使うべきものではないだろう。

 

「セバス、それは役に立つんでありんしょう?そのくらい私が直してやりんすえ。」

 セバスは人間の娘なんか絶対に回復しないと思っていたシャルティアの声に一瞬だけ呆け、深々と頭を下げた。

「これはカーミラ様、ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」

「これが至高の御方々を喜ばせるならお安い御用でありんす。」

 信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)のシャルティアはその場で大治癒(ヒール)をホイと小娘に向けて唱え、次は何をしたらいいかと楽しげにセバスに瞳を向けていた。

「とりあえず私はこれを寝かせて参ります。」

 

「セバス様。アインズ様に御報告なしにそれをここに置き止めるのですか?」

 セバスの足が止まると同時に、シャルティアの瞳に剣呑な輝きが宿った。

「セバス、そのゴミをアインズ様に隠し立てつもりでありんすか?」

「いえ、ただアインズ様を煩わせるほどの事でもないかと。と言うのもこの屋敷に対して仕えている者の数が少なすぎると思い、この娘は丁度いいと思ったのです。」

 吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)はなるべく人目には晒さない。シャルティアはしばらく逡巡した後短く応えた。

「…行け。」

「シャルティア様!!」

 セバスは深々と頭を下げ、立ち去って行った。

 

「シャルティア様!例えどんなに有用な者であろうとアインズ様のご許可なしに――」

「ソリュシャン、私からアインズ様に伝言(メッセージ)を送るからそうギャアギャア言いんせんでくれんかぇ。私達はどう動けば良いか御身にご相談すれば良いだけの話。」

 珍しく頭の回るシャルティアにソリュシャンは羨望の眼差しを持って応えた。

「さすがシャルティア様…。私一人ではこうは行きませんでしたわ。」

「ふふ、このくらい守護者として当然のことでありんすよ。おんしはあれがおかしな真似をしないように見張っておきんさい。」

「かしこまりました。」

 シャルティアはボウルガウンのスカートをふわりと靡かせ自室に帰って行った。階層守護者としてペロロンチーノに創造されたその小さくも大きな背中にソリュシャンは深々と頭を下げた。

 

+

 

 執務室にいたアインズは線の繋がる感覚に応答するべくこめかみに触れた。

「私だ。――シャルティアか。どうした。」

『アインズ様、セバスが何やら先程こっそり女を持ち帰りんした。』

 それを聞いたアインズの手はぴくりと動いた。

『あれはアインズ様にそのことを隠し立てしてこのまま飼い始めるつもりのようでありんす。そこで私も人間の女を何匹か飼ってみたいと――』

「却下だ。」

『あぁん御無体な…。では、セバスには女の処分を命じんしょうか。』

「…いや、セバスの事だ、今はそっとしておけ。」

 アインズはため息混じりにそう言うと頭が痛いとばかりに瞳の灯火を消した。

(たっちさんはリア充だったからなぁ。女の子の一人や二人お持ち帰りしても仕方ないのかもしれない…。)

 アインズ・ウール・ゴウン最強の存在。ワールド・チャンピオンと呼ばれる職業(クラス)に就く彼は桁の違う存在だった。それはゲーム内だけではなく、リアルでも同じことだ。

 美人な幼なじみの妻を嫁に取り、可愛い一人娘に恵まれた彼は警察官として働いていた。

『かしこまりんした。このままセバスは泳がせるようにしんす。それでは、またご連絡差し上げんすぇ。』

「あ、待てシャルティア。お前が私にそれを話したことはセバスには言うな。いいな。」

 セバスの名誉のために。

 恐らく女子を連れ込んだことなどセバスは恥ずかしくて知られたくないのだろう。

『もちろんでありんす。――それでは。』

 伝言(メッセージ)が切れるとこめかみからそっと手を離し、アインズは遠い目をした。

 そこにいたフラミーは首をかしげた。

 偶々蛙人(トードマン)を掌握したことを報告に来たコキュートスも気になるようで顔を上げていた。

「セバスさん、どうかしました?」

「ふー…いえ、なーんか女子をお持ち帰りしてきたーってシャルティアから連絡来まして。それも俺に秘密で飼うって。」

 ドン引きの表情をするフラミーに、アインズは全ての言葉の選択を間違えた事に気が付いた。

「セバスさんが…。」

「セバスガ…。」

「セバス様が…。」

 フラミーもコキュートスも一般メイドも全員がウワァ…と言うような声を上げた。

 しかし、フラミーとNPC達は違う感情を抱いている事に、アインズもフラミーも気付きはしなかった。

 

 次の日、デミウルゴスを伴ったコキュートスが入室してくるまで。

 

+

 

「ツ…ツアレ…ツアレニーニャ・ベイロンです…。」

 セバスの拾ってきた娘は死の支配者を前に怯えたように答えた。

「なるほど、なるほど。では、聞こう。ツアレニーニャ。お前の願いはナザリック地下大墳墓、我らが支配する地に行き、そこで暮らしたいと言う事だが、それは本当か?」

「は、はい…。セバス様と一緒に…暮らしたいです。」

 アインズはゆっくりと首を横に振った。

「そうか。しかし、その願いは聞き届けられない。」

 

 セバスは目を閉じ、ぐっしょりと汗をかいていた。

 この先に待つのは最悪の事態だとしか思えなかった。

 横目で窺ってみれば、ツアレは拒否の言葉に息を呑み、スカートを握り締めて俯いていた。

 

 すると、アインズがこめかみに手を当てた。

「私だ――ああ、フラミーさん丁度いい所に。今…はい、来ています。それが問題が起きましてね…。場所が解らないと思うのでこちらから転移門(ゲート)を開きます。」

 ナザリックの最高責任者であるアインズでさえ、頭を抱える問題なのかと守護者達は驚きを隠しきれない。

「――<転移門(ゲート)>。」

 セバスの斜め前に闇が開くと、清浄風な輝きを宿したフラミーが現れた。

 アインズを除く全員が一斉に畏まり、慌ててツアレも真似をした。

(一時は非情な方かと思ったが…哀れにも虐殺にあった人々を最後はその慈悲深さによって蘇らせたこの方ならば或いは…。)

 これは非常に礼を失した行為だが、ツアレにだけ聞こえるような非常に小さな声で、セバスは告げる。

「この方に助け舟を頼みます。」

 ツアレがハッとこちらを見ようとするのを視線で制した。

 

 フラミーは辺りをさっと眺め、状況を確認すると、アインズの方へ近寄った。

「すみません、わざわざ転移門(ゲート)開いて貰っちゃって。」

「いえいえ、とんでもないです。フラミーさんも掛けて下さい。」

「はい!ありがとうございます。――皆さんも楽にしてくださいね。」

 アインズはソファの中心からわずかにズレると、その隣にフラミーはヒョイと座った。

 

 楽にするように言われたが、セバスとツアレは顔だけを上げ、決して立ちはしなかった。

 フラミーも特別二人に立つようには言わなかった。

「それで、彼女が噂の?」

 既にツアレの事はナザリックに広まっているらしく、セバスはゴクリと喉を鳴らし身を固くした。

「ええ。そうなんですが、よく見てください。」

「うん?ツアレさん、でしたっけ。」

 さっと立ち上がり、フラミーが近付いてくる。

 ツアレは呆然と口を開けてフラミーの顔を眺め続けていた。

 そんな様子に、セバスはツアレの意識を取り戻そうとわずかに背中を押した。

「ひっ!はっ!!」

 ツアレが我に帰る時に大きな声を出すと、再びデミウルゴスとコキュートスから強い怒りの波動を感じた。

 シャルティアとソリュシャンもやれやれと言ったような雰囲気だ。

 このままでは悪感情を抱かれる恐れがあるため、セバスは代わりに返事をした。

「失礼致しました。そうです。この者はツアレ、ツアレニーニャ・ベイロンでございます、フラミー様。」

「はっ、そ、そうです。申し訳ありません…あんまり…綺麗すぎて…。」

 そう言うツアレとセバスに少し笑うと、フラミーはツアレの前髪を斜めに搔き上げる様に触れた。

 その手付きは優しく、まるで母のようだとツアレは思った。

 涙が頬を伝うことにも気付かず、またフラミーの金色の瞳に見入った。輝きが溢れて来るようだった。

 

「どう思いますか、フラミーさん。」

「なるほど、そういうことですか…。」

 

 支配者たちは守護者とツアレを置いて何かに納得している様子だ。

 そして、フラミーがツアレに向き直る。

「ツアレニーニャ・ベイロンさん。」

「は、はい…。」

 まだセバスはフラミーにツアレをナザリックへ連れて行きたいと――いや、せめて命を助けて欲しいと請願していない事に焦りを感じる。

「フ、フラミー様。」

 思わず名を呼び、話を遮ってしまうと、アインズがこちらへ視線を向け、それを嗜めた。

「セバス。」

「…は、失礼いたしました。」

 もはや口を挟む余地はない。

「貴女には妹がいますね。」

「ん?妹?」

「何故…それを…。」

 ツアレのつぶやきはセバスの心の声とぴたりと合っていた。

 フラミーは一度アインズへ振り返った。

「…どうしました?フラミーさん。」

「あ、いえ。アインズさんが何か仰った様な気がして。」

「そうですか、いえ。あー、頷いただけです。さぁ、続きを。」

 再びツアレへ向き直ったフラミーは告げた。

「…私は(・・)エ・ランテルで姉を探していると言う、ニニャを名乗る冒険者に会っています。」

 ツアレは再び息を呑んだ。

 

「そ、その名前は……」

 

+

 

「お姉ちゃん一緒に逃げよう!?」

 悲痛な声の響く月明かりが差し込む小さな部屋には向かい合うようにベッドが二つ。隣り合うように机が二つ。

「え…?……できない。できないよ…。そんな事したら村の皆も…お父さんお母さんだって…どうなるか……。」

 ツアレニーニャは妹の優しい言葉に決断が揺らぎそうになったが、親や友人達、そして目の前の愛する妹の未来を想った。

「私、ちゃんと領主様に仕えて…皆の未来を守るから…心配しないで。うまくやってみせるって、ね。」

「お姉ちゃん、今なら間に合うから!お願い!!」

 真っ直ぐな、請うような瞳だった。ツアレニーニャは静かに首を振った。

 妹が今、人質にしかなれない自分を責めているのが伝わってくる。

 

 重い静寂が続き、妹が落ち着くだけの時間が過ぎた。

 

「お姉ちゃん…。」

「なぁに?」

「私の一部をあげるから、そうしたら、ずっと持っててくれる?」

「…嬉しい…。」

 ツアレニーニャからふっと笑みが溢れると、妹は机に向かい、鉛筆を削る為に使うごく短いナイフを取り出した。

 そのナイフで身を守る様にと持たせてくれるのだろうかと、眺めていると――美しく長い栗色の髪をザクリザクリと一筋切った。

 そして生まれた時に親が作ってくれた自分のベビーリングを引き出しから取り出すと、切り落とした髪を一束結び付けて小さな巾着に入れ、それを渡してくれた。

「私がいつでも、お姉ちゃんのそばにいる事…忘れないでね。生まれたときから、今までも、これからも、きっと、ずっと…。」

 ツアレニーニャの視界を止め処ない涙が狂わせた。

「ありがとう…っうっ…ありがとう、っひぅ…うぅ…ありがとう…ありがとう……。」

 妹の生を詰め込んだ巾着を握り、ツアレニーニャはボロボロと泣いた。

 自分に何が返せるだろう。

 美しいと評判だった妹の髪は斜めに不格好に切られ、ボサボサだ。

 同じようにしたいが、ツアレニーニャは髪は切れない。

 明日領主のもとに行く時に、あれの思う通りで行かなければ両親は苦しめられるだろう。

 妹に背をさすられ、落ちて行く涙がようやく止まる。

 沈黙し、手の中の巾着を眺めると、ツアレニーニャは立ち上がり、ベッドの横にある机の引き出しを開いた。

 やはり自分のベビーリングを取り出す。

 一番ふさわしいと思える、自分の身の一部を渡す為、妹の隣に座り、手の平にベビーリングを乗せた。

 

「私の一部も、貰ってくれる?」

 妹は手の中に預けられた姉の生まれた証を大切に握った。

 その拳をツアレは愛しむように手の平で包んだ。

「私はツアレニーニャ。あなたに、私の半分。ニーニャをあげる。」

 え?と顔を上げた妹に、ツアレニーニャは続けた。

「私はツアレニーニャじゃなくてツアレ。この先どんなにツアレニーニャが辛い思いをしても、ツアレの私は大丈夫。ニーニャ、受け取ってくれる?」

 妹は涙で歪む視界を、ツアレ(・・・)でいっぱいにした。

「うん!うん!私、私はじゃあ、これからはニーニャ。私達、半分づつ自分を交換こしたから、きっと、きっといつまでもどこまでも一緒に居られるよね。」

「うん、私達、二人でツアレニーニャ。ニーニャ、沢山幸せになってね。ツアレがもし辛い思いをしても、ニーニャの幸せがツアレニーニャを幸せにしてくれるから。」

 

 二人は最後の夜、同じベッドで泣きながら眠りについた。

 

+

 

(ニーニャ…私の大切な半身。)

 その日の指輪も、ニーニャの髪の毛も、すべてもう捨てられた。

 二度と繋がることのできない半身を思って泣き暮れた。

 でも、自分はツアレ、ニーニャは幸せに暮らしてる。

 その思いだけがツアレニーニャを地獄の底で生かしてきた。

 

「その名前は…たしかに私の大切な半身でございます…。」

 

 フラミーは満足したように頷いた。

 そして、アインズの元へ行くと、アインズは立ち上がった。

 

「良し。聞け、我がシモベよ。」

 

 決まってしまった。請願する間もなく、決断が下された。

「アインズ・ウール・ゴウンの名において、ツアレニーニャを苦しみの時から解放する。」

 フラミーもデミウルゴスも嬉しそうに微笑んでいた。

 セバスは白い手袋が赤く染まるのを止められない。

 

「ツアレニーニャ・ベイロンはエ・ランテルに建ちつつある我が闇の神殿に仕えるものとする。住む場所は州営コンドミニアムだ。何、神殿から出る給料で家賃は賄えるはずだ。…そして、ザイトルクワエ州の今後の守護神はセバス。」

 驚きに顔を皆が上げた。

「我が魔導国の名に恥じぬよう、お前が指導してやれ。ナザリックとして、特別ツアレニーニャを保護することはないが、今度は匙加減を間違えずに行えるな?」

 セバスは体を温かな力が漲るのを感じた。

 その瞳には最早先ほどまでの焦りや恐怖はない。

「は。このセバス、必ずや神聖魔導国、延いてはアインズ様とフラミー様のご温情に相応しいだけの働きをお見せする事を深く誓います!」

 アインズはゆっくりと頷いた。

「さて、デミウルゴスよ。異論はないかな。」

「私の方からはこれでもう何もございません。」

「コキュートス。」

「私モゴザイマセン。」

 

「では、明日からツアレをしっかり指導するように。我々は帰還する。」




良かったね、ニニャ。ツアレ。
きっとまた幸せに暮らせるよ( ;∀;)


2019.06.04 kazuichi様 誤字報告ありがとうございます!適用させて頂きました!


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#33 血の狂乱とゲヘナ

 次の日、セバスは外に出たくないと言うツアレも連れて、方々に挨拶回りに行った。

 ツアレの指導は明日からと言ったアインズの言葉に忠実に従い、ソリュシャンも共にツアレの指導にあたった。

 シャルティアは、結局まだ何も手柄を立てていないのに帰還しなければならない事を腹立たしく思い、挨拶する人々につい不愉快そうな態度をとった。

 一軒十分程度の簡単な挨拶に留め、昼には屋敷に戻ってくることができた。

 

「これじゃまた結局デミウルゴスの麦の運搬係でありんす。なんでこの私があれを引き立てなきゃならないでありんすか!!」

 シャルティアが深窓の令嬢と言う設定をすっかり忘れてドタドタと馬車を降り、屋敷へ足を進めると前庭に生える草木の陰から男達が現れた。

 

「どーも、お嬢さん。御宅の執事さんは約束を守ってくれやしないみたいなんでね。一緒に来て貰わなきゃならないみたいですよ。」

 一人が代表してそう言うと、周りの男達が下衆な笑い声をあげる。

 男がシャルティアに手を伸ばそうとすると、男の手がコロンと地面に落ちた。

「汚い手で触らんせんで。」

「ぁ?――あ…うわぁぁああ!!!て、手が!手がぁぁああ!!」

「手が無くなりんしたくらいでそんなに喚かないでくんなまし。男なんだぇら。」

 シャルティアはそう呟くと再び無造作に手を振るった。

 それに合わせ、男の首――幻魔サキュロントの首が落ちた。

 吹き出した血は流れ落ちることなく、何かに引き寄せられるかのようにシャルティアの頭上に集まり、球を作る。

 

「い、いけませんカーミラ様!!」

「なぁーにぃ?妾はお前のせいでアインズ様のお役に立つ機会を奪われたんでありんすぇ?」

 セバスは言葉では止められないと悟る。

 ソリュシャンはアインズが自分の神殿で働かせると言った人間をとりあえず守ろうとツアレの前に立ちふさがった。

 

 そして白昼悲鳴が、怒号が、閑静なはずの住宅街に溢れかえった。

 

 誰かが通報したのだろう、「セバスさんの屋敷から恐ろしい悲鳴が」と。

 駆けつけたのはクライムと、魔樹によってあっさりと破壊されたアジトから命からがら逃げ出し、エ・ランテルで神話の戦いを見せつけられたことによって己を失っていたブレイン・アングラウスだった。

 同じく意気消沈していたガゼフが王都への帰り道で見つけ、拾ってくれた。

 二人はセバスと街中で出会い、子弟のような関係を築いていた。

 

「「セバス様!!」」

 屋敷の門の前に馬車があるせいで中がよく見えない。

 しかし中からは狂ったような女の笑い声が聞こえてきていた。

 

「仕方ありません、不本意ですが、御免!!」

 セバスのその力強い声と共に、グェと押しつぶしたような声が響き、馬車に何かが突っ込んだ。

 塀をよじ登って入ろうとブレインの手に足を掛けていたクライムのすぐ脇、かするように門も馬車も道の半ばまで吹き飛んで行った。

 破壊された馬車はバラバラと崩れ落ち、放たれた馬達が狂ったように逃げ出した。

 

 クライムは酷い有様の馬車に白いドレスの女性が乗っていたことに気づき慌てて駆け寄った。

「だ、大丈夫ですか!!」

「セバス様!!」

 ブレインはその血みどろの庭の中構えるセバスに向かった。

 

「いーつつつ。セバス、もう少しやり方ってもんがありんせんの?」

 シャルティアが馬車からよろよろと出て来た。

「申し訳ありませんでした、お嬢様。しかしご無事で何よりでございます。」

「ふん、よく言うわ。」

 手を差し伸べるクライムを透明人間のように無視してシャルティアはスタスタとセバスの方へ向かって歩いて行った。

 その頭上には赤く丸い球が浮いていた。

 

「あ…魔法詠唱者(マジックキャスター)…。」

 呟くクライムの声はひゅるりと風に流され消えていった。

 

+

 

「それで、そのツアレさんを救ったためにお嬢様を連れさらわれそうになったと…。」

「はい、我を忘れて暴れてしまいました。」

 クライムにそう話すセバスの白い手袋は血一つ付いていなかった。

「クライム君、これを。」

 ブレインが庭を片付ける衛士達が見つけた紙切れを持ってくる。

 それにはご丁寧に時間と場所を指定する文章が書かれており、クライムはその場所に覚えがあった。

「今夜、八本指のアジトを急襲する予定があるんです…。恐らく、ここは娼館を経営していた者の本部かと…。セバス様…共に来てはいただけませんか…?」

 セバスは悩む。シャルティアが最初に殺した者と同等の力を持つ相手ではクライムは再び苦戦を強いられるだろう。

 

 すると、ソリュシャンが耳打ちしてくる。

「セバス様、アインズ様と連絡が取れました。」

 クライムとブレインはその名前にハッと顔を上げた。

 スレイン法国の新たな名。それを知らぬ者はリ・エスティーゼ王国にはいないだろう。――神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国。

 この力、もしやこの人は――二人が何かの答えにたどり着こうとすると、庭に闇が開いた。

 

 そこから足を踏み出して来た者を前に、ブレインが堪らず声を上げる。

「あ…あいつ…あいつもあの魔樹をやった奴だ…。」

「おや?君はだれかな…?」

「デミウルゴス。またおんしかぇ。」

「これもアインズ様のご計画の一つですよ。さて、黄金の姫の仕いは…」そう言いながらクライムに視線を送った。「あぁ、君か。君はこの国を良くしたいかな?」

 クライムはブレインの怯えるこの人が魔樹を…と様子を見ていたが、投げられた問いに淀みのないまっすぐな声を返した。

「はい。自分は黄金の姫、ラナー様に仕えしクライムです。きっと国を良くし、守りたいと、そう思います。神聖魔導国守護神の…えっと…。」

「ふふ、いい返事だ。私はデミウルゴスと言います。」

 デミウルゴスはさて、と一息着くと軽く辺りを見渡した。

 邸宅の庭は大量の死者と片付ける衛士、門の外は野次馬でごった返している。

 クライムは酷い光景だと思っていると、視界の端にあり得ないものを捉え、バッとそちらへ向いた。

「な、なんだ……あれ……。」

 街の空には炎の壁が何本もドッと立ち昇った。

 

「ふふ。さぁ、働いて下さい。今こそ手柄を上げるチャンスですよ。」

 

 誰もが炎の柱に目を向ける中でデミウルゴスが浮かべたその笑顔は、とても神の使いには見えないものだった。

 

 人々は不思議な炎に茫然と目を奪われていた。

 

「制圧が終わったようですね。さぁ、行きましょうか。」

 デミウルゴスはそう言うと、クライムとブレインに視線を送って歩き出した。

 

 デミウルゴスはその場にいた守護者たちは言うに及ばず、大量の衛士を引き連れ進んでいく。

 たどり着いたのは、指定されるはずだった八本指の娼館本部だった。

「ここにたまたま六腕のほとんどがいたのは僥倖でしたね。」

 一本目の炎は立ち所に消え、中には気絶する大量の犯罪者たちがいた。

「こ、これは…。」

 ブレインがぱくぱくと口を動かしていると、デミウルゴスが優しい顔で振り向いた。

「さて、クライム君。もうじき君の大切な者が現れる頃かな。」

 クライムが事態を飲み込めずにいると、王国の紋章を掲げた馬車が二台近付いてきた。

 馬車は止まると、中からは第二王子であるザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフと、黄金の姫と呼ばれるラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフザナック、そしてエリアス・ブラント・デイル・レエブン侯が降りた。

 

「何と言う技だ…。」そう言うレエブン侯とザナックを他所に、ラナーは駆け出した。

「クライム!!」

 ラナーは真っ直ぐクライムの胸に飛び込んだ。その様を、野次馬が、衛士達が、その場にいた誰もが目撃した。

「な!?ら、ラナー様!いけません!!」

 振り解こうにも振り解けず、ワタワタするクライムの胸の中で王女は誰にも見えない顔を歪ませた。

 

「では、殿下方。約束通りこの者達は我が神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国が引き取らせて頂きますよ。」

 えっと驚いたのは何の事情も知らない衛士やクライム達、そして情けないことに守護者数名だった。

「ああ…頼みます。」ザナックは妹の変貌に呆れながら、デミウルゴスに軽く手を挙げた。

 

 満足そうに頷くデミウルゴスはセバスへ近づいていくと、神聖魔導国の紋章の印が押された書状を渡した。

「読んでください。」

 セバスは僅かにそれに目を通すと、胸を張って読み上げ始めた。

「王国犯罪組織八本指。罪状。神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国がザイトルクワエ州。エ・ランテル市にて、罪なき数十名の女性を誘拐した罪。不当にその国土に立ち入った罪。復興意欲を削ごうと人々に麻薬を渡した罪。神聖魔導国内の物を許可なく持ち出した罪。他にも九つの罪によって、ザイトルクワエ州が守護神、セバスの名に於いて逮捕する。尚、罪人は本国の新たに制定した神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国憲法に則り裁かれるものとする。以上。」

 全てを理解したシャルティアは堂々としたその姿にチッと舌打ちをした。

 何故自分がそこに立っていないのかと。

 そして仮面とかつらを外し、ソリュシャンに押し付けた。

 

 クライムとブレインはセバスの強さと、優しき人柄に心から納得した。

 そうか、これがエ・ランテルを飲み込み始めた神聖魔導国を守る一柱かと。

 僅かでもそんな相手に稽古をつけてもらえた事は何にも変えがたい経験になるだろう。

 男達の瞳はキラリと輝いた。

 

 その隣でツアレは自分は救われるべくして救われたことを、昨日の神々に心から感謝した。

 いや、今日が解放の予定だったとすれば、やはり感謝するべきはその前に殺されそうになっていた自分を救い出したセバスだろうか。

 

 拘束された罪人の周りに次々と闇が開いていく。

 そして、悍ましい悪魔が姿を現すと、身を固くする人々を避けるように歩いて行き、罪人達を回収し再び闇は閉じた。

 

「では、次のところへ行きますかね。セバス。」

 デミウルゴスは次の炎の柱に向かって歩き出した。

 

 セバスは一度丁寧に頭を下げると、急ぎその背を追った。




アインズ様が手に入れたいと言う人間の存在を統括と悪魔は一生懸命探し回ったんでしょうね〜!
でもその人じゃない…

2019.05.17 すたた様 誤字のご報告をありがとうございます!


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#34 ラナーの出発

 国王とガゼフはザナックとラナーの帰城をいくつもの驚きを持って迎えた。

 

 つい今朝方までは襲撃すると言っていた筈のそれを、神聖魔導国が何の被害もなく連れ去ったこと。

 いつの間にラナーやザナックと繋がりコンタクトを取っていたのかと言うこと。

 王都や王城にあれ程目立つ守護神と言う存在がどうやって誰にも知られずに入ったのかと言うこと。

 もはや何から突っ込めばいいか分からないランポッサⅢ世は考えるのをやめたくなった。

「全くお前達は…。」

 やれやれと国王が被りを振ると、ラナーは愛らしく微笑み、ザナックは満足気にうなずいた。

 

 ガゼフは後ろに控えるレエブン侯とクライム、ブレインへとやってくれたなといった様な、信頼の瞳を向けたのだった。

 久しぶりに和やかな空気が王の私室に流れる。

 すると王の向かいのソファにザナックと並んで座っていたラナーが王へ身を乗り出した。

「ねえ、お父様!私、神聖魔導国がどんな所なんだか、見に行きたいんです!スレイン州の神都では光の神も闇の神も偶にそのお姿をお見せになるそうですよ!」

 きっと素晴らしいんでしょうね、と正義の神のおわすその国へのまっすぐな憧れからキラキラと瞳を輝かせていた。

 

 ランポッサⅢ世は溜息をつくと、メイド達へ手を振り下がらせた。

「良いか、ラナーよ。王女たる者一歩国外へ出れば、お前の言葉はこの王国の言葉として扱われるのだ。普通の貴族の娘のように物見遊山とは行かない、わかるね?」

 ラナーが悲しそうな顔をするのが国王も悲しい。

「どうか、今は我慢してくれないか…。」

 そんな…と呟くラナーの声は、まるで籠に囚われる小鳥のようだった。

「では…ではお父様、せめて、我が国エ・ランテルを見に行くのは…ダメでしょうか…。」

 ザナックはラナーの様子に一度「おぇ」と舌を出してから加勢した。

「…んん、父上。あれからもうじき一月が経ってしまいますし、この辺りで王都と国王がエ・ランテルを見捨てていないと言う証明をされるのは如何でしょうか?今回神聖魔導国の守護神はザイトルクワエ州エ・ランテル市を守るために八本指を引き渡せと言っていましたし、エ・ランテルは実行支配を受けている只中です。」

 あの魔樹を神々はザイトルクワエと呼んでいたことを王は思い出した。

 なんと禍々しい名前だろうか。

「王陛下。ラナー殿下が物資を持ってエ・ランテルに現れ、支援と激励を行い、少しでも神聖魔導国に取り込まれる事を市民が拒否するようにするべきです。瓦礫の街の今、行かねばなりません。」

 口を挟んだレエブン侯は、今回の帝国との戦争では兵を王に貸し、王都の均衡を保とうと城に残ってうまく立ち回った影の立役者だ。

 レエブン侯のお陰でまだ王は貴族派閥の貴族達に見限られてはいないのだ。

「未だ都市長のパナソレイから連絡がない事を思うと…恐らく相当苦しんでいることと思われます。綺麗な服と、食事などを積んだ、大々的な支援団をラナー殿下が引き連れて行くと言うのは非常に絵になりますし、宜しいかもしれません。」

 その話を聞きながらクライムは首をかしげた。

 あの日パナソレイ都市長閣下から来ていたと思った手紙は別人からのものかと。

 

「それならば私が行くのが一番だと思うが…。あぁ…。」

 言っておいてランポッサⅢ世は必ず横槍が入る事に思い至る。

 この一ヶ月、王による支援は悉く邪魔立てが入り、エ・ランテルには未だ何もできていないのだ。エ・ランテルは王直轄領であり、王の力は削がれる一方だ。しかし、そんな事よりも王はあの地で苦しむ民を思い心を痛めて来た。

「そうです、陛下やザナック殿下が行こうとされては恐らく計画は頓挫します。ですが、ラナー殿下ならば…。」

 王位に繋がる二人が動くことは、長男であるバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフを次期王へと据えたい貴族派閥の者達が阻もうとするだろう。しかし、ラナーは王位の抗争とは関係が無かった。

 ラナーが連れて行ける程度の小さな支援団であれば目溢しされる可能性も高い。

 王はやる気に満ち溢れるラナーへ目をやった。

「…そうだな…。ラナー、行ってくれるか。我らがエ・ランテルへ…。」

「はい!私ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフが、陛下の分まで、苦しむ人々を救う事を誓います!」

 真っ直ぐな様子にランポッサⅢ世はいい娘に育ってくれたと思う。優しく気高く、人を愛し、人に愛される王女だ。

 しかし――その瞳の中に一瞬だけ、蠢く闇が見えたような気がした。

 

+

 

 八本指襲撃から一週間と数日。

 エ・ランテルを囲んでいた三重の城壁は、あと少しで全てがなくなるという勢いで撤去が進んでいた。

 ラナーを一番外側の川の西の橋で迎えたパナソレイは、自分の今の立場を気まずそうに告げたのだった。

「王陛下には…とても申し訳ないですが…。私たちもやはり、生きねばなりません。家族にも、食事を取らせなければいけないのです…。」

 ラナーの警護について来たアダマンタイト級冒険者<蒼の薔薇>は絶句していた。

 

「そうですか、パナソレイ都市長。仕方のない事です。」

 ラナーの返事は一見淡白だったが、責めるつもりは毛頭ないと言う雰囲気があり、パナソレイが目に見えて安心しているのがクライムにも、蒼の薔薇にもわかった。

 

 すると、蒼の薔薇のイビルアイが眼前に死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を見つけて身構えた。

「皆!!死者の大魔法使い(エルダーリッチ)だ!!くそ、綺麗な瓦礫に見えたがやはり人が大量に死んだだけはある…!!」

「了解。」

「まずは私から。」

 双子の忍者がすかさずクナイを握ると、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)はゆっくりとこちらへ向いた。

「ま、待って下さい!!その方は違うんです!!」

 パナソレイは慌てて死者の大魔法使い(エルダーリッチ)と双子の間に立ちはだかる。

 ガガーランは人間魅了(チャームパースン)かと相手の力量を早くも見極め始めていた。

「危ないぜぇ都市長さん。何、俺たちがさっさとやっつけてやるって!」

「煩い人間どもだ。全く。笑止。」

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)にラキュースは負けじと声を張るため大きく息を吸い込む。

 周りの瓦礫撤去をしていた人々は何事かとその手を止め冒険者達の様子を見始めていた。

「成仏させてあげるわ。私は蒼の薔薇リーダー!私のこの――」

 最後まで言う前に、後ろから大きな影がラキュースに落ちた。

「な…な…!なんだと!?」

 イビルアイの叫びにラキュースは振り返る前にさっとその陰から距離を取るように飛び退いた。

「貴様、まさか死の騎士(デスナイト)を呼んだとでも言うのか!!」

「ギャーギャー煩い小娘達だ。OT八ノ一七四番、何でも無いとも。こいつらは私を倒せると思ってるらしいが、何。すぐに気付くさ。自分たちの愚かしさに。」

 OT八ノ一七四番と呼ばれたそれは頷くと瓦礫撤去作業を始めた。

 

 ラナーは蒼の薔薇に恐る恐る声をかけた。

「あ、あの…ラキュース…皆さん…周りを…。」

 下を向くラナーに違和感を感じ、蒼の薔薇はサッと周りに視線を飛ばすと、そこには様々なアンデッドと手を取り合い作業をしていた様子の人々が何事かとこちらを見ていた。

 蒼の薔薇は死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の言った通り、自分達の急ぎすぎた愚かしさに顔を赤くした。

 

 ガガーランのお前のせいだぞと言う声が妙に大きく聞こえた。

 

+

 

 周りを行き交うデスナイトやエルダーリッチはこの数日で途端に増えたものだった。

 恐らく魔導国内で決められていた土地の買い取り率を達成した為工事スピードを上げるのだろうと人々は思った。

 すでに一番外側の環状三号川と名付けられた円形川はエ・ランテルの巨大な三重壁の一番外側をすっぽりと囲み切り、巨大なその川は北に位置するカルネ市をも飲み込もうと工事が迫っていた。

 

「ではパナソレイ都市長、案内してください。」

 深々と頭を下げてから、ラナーの馬車にパナソレイが乗ると六台の馬車と言う大所帯で、一行は移動し始めた。

 作りかけの川の次に見えてきたニ本目の円形川――環状ニ号川の内側はもう町になり始めていた。

 すると遠くから幽霊船が現れ、滑るように停留所に止まるのが見えた。

 

 バタバタと可愛らしい双子が降りてくると、ラナーよりいくらか年下の、冒険者のような出で立ちの少女が続く。

「ウレイ!!クーデ!!走っちゃダメだって言ってるでしょ!!」

「姉様こそ早く来てー!」

「姉様、きっとあれよ!あの建物!ほら、光の神殿で頂いた紹介のオシャシンと一緒!!」

 

 神聖魔導国の神官とは違う神官装束に身を包むおおらかそうな男が楽しげな声を上げた。

「ははは、よく見つけましたねクーデリカ!ウレイリカ!さぁ、行きますよ!」

 続いて痩せ型の、これまた冒険者のような男とハーフエルフが降りてくる。

「ふーん、あれがチンタイのコンドミニアムね。見えてるなんて思ったよりも停留所から近いじゃない。さ、ヘッケラン!グズグズしない!」

「まてよイミーナ、自分の分ぐらい自分で持てよ!」

 

 慌ただしく船を降りた一行は三階建ての、コの字型をしている建物に向かってズンズン進んで行った。

 新生活を始める移住者のようだ。

 白いその建物の全ての窓辺には、誰が管理しているのだろうか――赤い花が咲いていて、その者達の新生活を祝うようだった。

 

「近頃はエ・ランテルの外の人達も少しづつ増え始めて、前よりも賑やかになりそうだなと思います。宿とは違って賃貸と言う新しい概念が始まったことも人を呼ぶ理由かもしれませんね。」

 そう言うパナソレイは、心底良かったと思っている雰囲気だ。

「そのチンタイってやつは何なんだ?」

 一緒に馬車に乗っていたブレインは初めて聞く言葉に首をかしげた。

 パナソレイの説明を受け、俺もここに住もうかなと検討し始めると、パナソレイも自分の新しい町を気に入られたのが嬉しいのか、光の神殿併設の行政窓口を後で紹介すると言い出した。

 コンドミニアムは個人が運営することは宿業を脅かすと禁止されている為、それは州によって運営され、家賃は税収として国や州で使われるらしい。

 良いシステムかもしれないとクライムは思う、が、パナソレイのそれは引き抜き行為に近い。

 

「んん、すみません。ブレインさん、今はちょっと…。」

「ん?何だクライム君――…ああ、悪いな姫さん。俺は国に仕える気はないし、いつかはガゼフの家を出なけりゃならねーからな。情報収集ってやつだ。」

 はははとブレインは心底悪気のなさそうな顔で笑った。

 

 一番中心の円形川、環状一号川を渡ると、そこには王都にいる全ての者の想像をはるかに超える景色が広がっていた。

 

 魔樹は頂上から美しい水を、その枯れた体にくるくると這わせるように流していた。

 その魔樹から出ている水は東西南北に伸びる四本の川へ落ち、三本の円形川全てを繋ぐまっすぐな川として街を潤していた。

 

【挿絵表示】

 

 ラナーは思いがけず馬車を止めさせ、クライムが止めるのも聞かずに降りてその光景を眺めた。

「美しいですね…。魔樹と言うよりも、恵みの大樹と言ったところでしょうか。私は世界にこんなに美しいものがあるなんて知りませんでした。ねぇ、クライム。」

 そう言うラナーの横顔はもっと美しいとクライムは思った。




https://twitter.com/dreamnemri/status/1128886013755944960?s=21

こんなでしょうか…!


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#35話 閑話 新生活

 ――ザイトルクワエ州エ・ランテル市

 

 王国エ・ランテルを半径で飲み込んだ前代未聞の超巨大都市。

 そこにある光の神殿は、王国エ・ランテル先住の者達によって以前であれば長蛇の列ができていたが、地上げが殆ど終わりを迎え始めた昨今では随分とその列も短くなり、待ち時間は一時間程度まで短縮された。

 その神殿に、今日は珍しく帝国からの移住者が訪れていた。

 

「それで、そのこんどみにあむって奴は一日いくらなんだ?」

 聞く男はヘッケラン・ターマイト。

 帝国から渡ってきたワーカーだ。

「いえ、コンドミニアムは月額制の二年契約ですので一日、というより月の額の方がわかりやすいかと思います。それとも冒険者になられるなら宿屋と比べるために日割り計算のものをお出ししましょうか?」

 よく教育されているのがわかる窓口の男性はスラスラとお決まりの文句を返した。

 窓口の男性は神都から来たものではなく、エ・ランテルで以前四大神の神殿に勤めていたそうだ。

 一通り説明を受け、ヘッケランは一緒に聞いていた仲間達に振り返った。

「どのコンドミニアムが良い?」

 

 既に建っているのは五棟で、内一棟は一区と呼ばれるザイトルクワエのすぐ周りを囲む環状一号川の内側に建つ、一昨日から入居が始まったばかりの超人気物件だ。

 残りの四棟は二号川の内側、二区に位置する。

 さらに八棟が三区、三号川の内側に順次建って行く予定だが、まだ竣工まで数週間かかる予定らしい。

 

「うーん、一区は無理ね。ちょっと高すぎるわよこれ。」

 ハーフエルフのイミーナの声に全員が賛同した。

「安さではこちらの、二区北東の物件が一番安いですね…。三区の北東の物件より安いのは何か問題でもあるんですか?」

 ロバーデイクの質問は誰もが聞きたいと思ったことだった。

 

「こちらは南にあるザイトルクワエからの距離が半端に近い為少し日当たりに問題がある物件です。三区まで離れれば、殆どザイトルクワエの影響は受けないんですけどね。」

 そう言うことかとロバーデイクは唸った。

 

 イミーナも減点方式の値段設定に納得すると、続ける。

「じゃあこの二区の…ザイトルクワエより南側の二棟はどうして西側の物件が安くて東の物件が高いのかしら…?」

「東はスレイン州と帝国の商人の方々が大体この辺りで宿を取って露店を出したりするんで買い物好きな人にはかなり便利な地域なんです。」

 今度は加点方式だ。

 物件選びがこんなに難しいとは思いもしなかったため、ロバーデイクの隣でイミーナも一緒に唸りだした。

 

「じゃあ……こっち、この北のカルネ市のちかくのやつ…これはどうして三区なのにこんなに高いの?」

 アルシェの質問に神官はニヤリと笑った。

「それはもちろん、神王陛下が一番に旧法国の罪を裁こうと降臨された約束の地がありますから。良いですよねぇ。今神殿が新たに建てられて行ってるんですけど、私も建ったら絶対行くつもりなんですよぉ。あ、失礼。んん。すぐ近くのカルネ区は人とともにゴブリンとオーガが暮らすのでそこの区に入るためには講習を受けて下さいね。」

 神聖魔導王の事を語る時の神聖魔導国民は――エ・ランテルの人々だけかもしれないが、少し暑苦しい。

 

「そんな市の近くが高いなんて…信じらんねぇな…。俺たちにはあんま向いてなさそうだ…。」

 ヘッケランの言葉は総意だった。

 

「とすると、この王都街道に近い西二区のこれが私達には一番良さそうね。」

「よし、俺はイミーナの意見に賛成だ。中庭ありって書いてあるしな!子供も嬉しいだろ!」

 ヘッケランは双子の妹達と、いつか自分とイミーナの子をそこで遊ばせれたら良いなとつい夢想してしまった。

 アルシェは微笑み、待合椅子で眠りこける双子の妹をチラリと見やった。

「ありがとう。ウレイとクーデも喜ぶ。」

「では神官殿。ここに二部屋お願いします。」

 ロバーデイクの声に神官が頷き、手続きが始まった。

「ちなみに貴方のその身なり、神官ですね。神殿では神官の募集もやっておりますのでご興味があればこちらも。ただ、二点ほどご注意頂きたいのが――神聖魔導国では治療による報酬額が定められているので、それを上回る額を受け取るのは禁じられていると言う事と、普通の国家と違い神官や冒険者達による自由な治療を許していると言う事です。他所で治療をしている神官がいても咎めないでくださいね。そこだけご納得の上お願いします。もちろん、我々への報酬は国の税金から賄われる分もありますので生活に困窮することはありませんよ。」

 

+

 

 幽霊船の水上バス(ヴァポレット)に乗りながら、ロバーデイクは手元の求人チラシに目を落としていた。

 ヘッケランはわしわしと頭をかくと口を開いた。

「なぁ、ロバー。別に俺達と冒険者にならずに神殿に勤めたって良いんだぜ?」

「えっ、あ。いえ…違うんです。私が目指した神殿のあり方が…まさかこんなに簡単に実現するなんて…。ははは。本当、神様ってすごいですね…。っ…失礼…。」

 望んだ世界のあり方に、喋りながら感極まったようで黙ってしまった。

 ロバーデイクはこの神聖魔導国を作った王を神と認めたようだった。

 

「そうねー。この街も一月前にはなかったって思うと恐ろしいわね、神様って奴が。ふふ、また一月経ったら消えちゃうんじゃない?」

「イミーナ、不吉なこと言わないで…。」

 

 そんな話をしていると、幽霊船長が喋りだす。

「次は西二区。西二区です。中央西川線をご利用のお客様はお乗り換えです。お忘れ物のないようご注意ください。」

 鼻にかかった変な声で喋るそれの案内にアルシェはウレイリカとクーデリカを揺すった。

「二人とも、もう着くって。降りるからちゃんとして。」

「わぁ、起きたのにお姉様がいるぅ…ん〜よく寝たぁ!」

「お姉様、新しいおうちに着くの?」

「そうだよ。新しいおうち。」

「新しいおうち!」「きゃー!お姉さまとのおうち!」

 

 途端に騒がしく話し始める二人に、アルシェは他の乗客へ頭を下げた。

「静かに。迷惑になるから。」

 すると光の神殿から一緒に乗っていた向かいに座る老夫婦は楽しげに笑った。

「良いのよお嬢さん。お嬢ちゃん達、新しいおうち楽しみねぇ。」

 老婦人の優しい声音にアルシェは照れくさくなって不器用な笑顔を返した。

「この辺りは良いところさ。まぁ、どこに住むもんもそう言うけどね。ウチはパン屋をやってんだ。あの漆黒のモモンと、ザイトルクワエか来る前はフラミー様の御用達さ。良かったら遊びに来ると良い。運がいいと英雄を見られるぞ。」

 老夫はシワシワの大きな手でキャイキャイ喜ぶウレイの頬を優しくつまんで軽く振ると、西二区停留所からの道を書いてメモを渡してくれた。

 アルシェは礼を言いながら受け取り、その地図に目を落とした。

 

「あ、コンドミニアムの近く…。」

 おや?と顔を合わせた老夫婦は、この一行の新生活の場所に思い至ったようでニッコリと笑った。

「じゃあ、毎日元気なお嬢ちゃん達を見られるね。」

 そうこう言っていると船が止まる。

「ドァ開きイェッス。」

 やはり癖のある喋り方をする幽霊船長に双子のテンションはうなぎ登りだ。

「変なのー!」「変だねー!」

 そして荷物も持たずにタタタ…と降りて行ってしまった。

「あ!待って!」

 慌ててアルシェも二人を追って降りた。

 ヘッケラン、イミーナ、ロバーは近所のはずが降りる様子のない老夫婦にさっと頭を下げて下船して行った。

 

 パン屋の老夫婦は三区に取り込まれた――崩れた昔の家と窯に最後の別れを告げに行った。

 

+

 

 美しい鉄製の大きな門は開け放たれていて、すぐに広がる中庭には晩秋だと言うのにたくさんの花々が咲き誇り、噴水には小鳥が止まっている。

 木の陰では人間サイズのゴーレムが鳥達に何か餌をやっていた。

 うわぁーと全員がその小さな可愛らしい庭に見惚れ、思わず荷物を下ろして美しい光景を前に時間を忘れて眺めた。

「は…ははは、これ、大当たりなんじゃねーか?」

 ヘッケランの呟きに全員がうんと頷いた。

 

「あれ?新しい入居者さんですか?」

 中性的な声に振り返れば、買い物帰りなのか手に紙袋を抱いたザンギリ頭の、こざっぱりとした身なりの者が立っていた。

「はい。今日から住まう者です。私はロバーデイク、そしてこちらは私のルームメイトのアルシェさん、その妹のウレイリカ、クーデリカです。よろしくお願いします。」

 ロバーデイクが丁寧に頭を下げると、それに合わせるように慌てて三姉妹も頭を下げた。

「これはご丁寧にありがとうございます。ふふ、アルシェさん達は姉妹なんですね。そちらのお二人もお知り合いですか?」

 

 ヘッケラン達は送られた視線に応えた。

「あぁ。俺たちはワー…いや旧知の仲って言うか。一緒に引っ越してきたんだ。俺はヘッケラン。」

「私はイミーナ。ハーフエルフよ。よろしく。あなたは?」

 

「僕は――…いえ、私はニニャ。王国で冒険者をしていました。今はこの栄光ある神聖魔導国の冒険者です。ウチは姉さんと一階の、すぐそこの部屋で暮らし始めました。よろしくお願いします!」




本当街とか物件とか建物とか大好きすぎて困っちゃいましたね( ̄▽ ̄)

2019.06.08 83様 誤字のご報告ありがとうございました!これまでスルーだった事が驚きの誤字でした!笑
イメーナ→イミーナ


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#36 精神の異形

 すでに一週間滞在するラナーからの報告の手紙には、エ・ランテルは今や神聖魔導国そのものとなっていると書かれていた。

 

「エ・ランテルの民も民だ!!王家への恩も忘れて、よもやアンデッドに恭順するなんて!!」

「そうだ!それにパナソレイは神聖魔導国の都市長だと!?あいつは豚のようで頭の悪い奴だと思っていたが、まさかここまでとは!」

「王よ、このままでは三国家の交易拠点が本当に奪われてしまいます!」

「考えてみればズーラーノーン事件から税の支払いも滞ったままなのでは!?」

「せめて川が囲みきる前にカルネ村だけでも取り戻すよう動くべきです!」

 

 王はとうとう止められなかった。

 

 ラナーのいる街への出兵と、カルネ村への出兵を。

 

+

 

「なんですって!?」

 新黄金の輝き亭、食堂にラキュースの驚愕の声が響く。

「おい、少し声を下げろ。ここの連中はズーラーノーン事件、ザイトルクワエの襲撃となにもかもを奪われて来たんだ。この上戦争でまた奪われると知ればパニックになる。」

 イビルアイの冷静な声に、ラキュースはあっと口元を押さえて首を短くした。

 そのままの姿勢でキョロキョロと目だけで辺りを探るが、周りは特になにかを気にした様子はなかった。

「そんで?どーすんだよお姫様。」

 ガガーランはコーヒーをカップに置いてラナーに視線を送った。

「どう…しましょうね…。私はこの街が好きになりました。一生ここで暮らしたいとすら思うほどに…。」

 そう話すと、ラナーはなにかを迷うように瞳を泳がせた。

「ラナー様…。」

 後ろに立つクライムの声に、膝の上で握っていた手を切なげに前に組み、ぎゅっと目をつむった姫は、まるでこの世の全てを愛しているようだった。

「私…この街を守りたい…。ううん、この街だけじゃなくて…この街を育てた神聖魔導国を…守りたい…。例えそれがお父様やお兄様との道を別つ選択でも…。」

 躊躇いながら紡がれる言葉に、蒼の薔薇は唇を噛む。

 冒険者は戦争には行けない。

 それに、蒼の薔薇の本拠地は王都だ。ラキュースに至っては王国に実家もあるのだ。

「ラナー…。ごめん…今回ばっかりは、私達では力になれない…。」

 仕方のない事だ。当然それを責める王女ではない。

「良いんです。私、この後闇の神殿にお取次をお願いに行きます。」

 闇の神殿で取次を願う相手、それに誰もが思い至る。

「神聖魔導王陛下とフラミー様に、謁見とご相談を。」

 ラナーのその瞳からは、もう迷いは消えていた。

 

 次の日、闇の神殿は変わらず神官達の仕事の場として開いていたが、併設された闇の聖堂の扉には一般の者の参拝を断る旨が書かれたプレートが下げられ、表には死の騎士(デスナイト)が二体来るものを拒むように立っていた。

 普段並べられている長椅子は片付けられ、都市長パナソレイと仮州知事の任に就いている者が正面、闇の神の像を避けるように立っている。

 

 ラナーを先頭に、蒼の薔薇、クライムとブレインの三列で並び、神の降臨を待った。

 

 すると、神聖魔導王の美しき白い像の前に闇が広がっていく。

 中からは黒い翼を生やした美しき守護神と、王都で炎の柱を上げた守護神デミウルゴス、そして――クライムとブレインの憧れである守護神セバスが出て来た。

 

「セバス様…」

 クライムは思わず漏れてしまった自分の声にハッとし、口を強く結び直す。

 その様子にセバスが笑ったかと思うと、守護神達は揃って跪いた。

 それを合図に都市長達も、そしてラナー一行も膝をついた。

 

「神聖魔導王陛下と、フラミー様の御成です。」

 誰もが熱心に頭を下げる。

 カツーン、カツーンと杖が床をつく音が二つ分。

 それが止まると――「面をあげよ」と厳かな声が響いた。

 

 クライムは失礼にならないように、ゆっくりと細心の注意を払って頭を上げた。

 目の前には、想像を絶する存在が二人立っていた。

 黒き後光の射す死そのもののような存在と、光そのもののような神聖なる存在がいた。

 

「良く来たな。ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。」

「神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下。この度は私の急な願いをお聞き届けいただきありがとうございました。」

「何。お前は我が国を案じて私を呼んだのだろう。礼を言うのはこちらの方だ。助かったぞ。」

 ラナーは痛みいるように頭を下げた。

「では聞かせてもらおうか。お前と、お前の国の事を。」

 ラナーは王国によってこれから始まってしまう悲劇と戦争について熱心に話した。

 神聖魔導王はまたしても生を脅かす者が現れた事に悲嘆したように、語り終わったラナーにたった一言返した。

「そうか………。」

 

 慈悲深い神だとは聞いていた。

 本当は虫も殺せないような人なのかも知れない。

 それでもその強大な力を、生あるもの達の為に奮おうとするこの人は、正義なのだろう。クライムはそう思った。

 

「その日は、私とフラミーさんで出よう。ラナー王女よ。お前は、我が民を勇気付けてやってくれるか。」

「仰せのままに。」

 ラナーの返事は一点の曇りも淀みもなかった。

「よし。デミウルゴスよ、方針は決まった。お前は王都でこの者と行き来があったな。細かいディテールの組み立てはお前がラナー王女と行うのだ。」

「畏まりました。アインズ様。」

 闇の神は満足げに頷くと、光の神に顔を向けた。

「フラミーさん、何かありますか。」

「ありません。その日が来ればあなたと出るのみです。」

 

 光の神と闇の神の間に上下関係はないと何処かで聞いたが、恐らく闇の神の方が上位者なのだろうとこのやり取りだけで感じた。

 

「うむ。では、どの魔法を持って迎えるか決めるとしよう。私達は先に戻る。お前達、任せて良いな。」

 その言葉に守護神のみならず、都市長と仮州知事も畏まった。

 

 そして神々は立ち去ろうとするが、ふと思い出したように振り返った。

「セバス。お前の弟子達だろう。」

「は。」

 セバスの硬質な声が響く。

「ふふ、思い出話をして来ていいんですからね。無理に急いで帰らなくっても。」

 光の神は守護神にも丁寧に話すようだった。

 

 自分の支配する者にも優しい神々は今度こそ、立ち去っていった。

 ラナーはその後、セバスと共に皆で先に宿屋へ行くように言い、二人の守護神と共に大聖堂に残った。

 

+

 

「セバス様は、潜入捜査でなくとも執事服なんですね。」

 ブレインのその声に、セバスは軽く笑うと、自分が何者であるのかハッキリと告げる。

「私は生まれた時から、アインズ・ウール・ゴウン様と、フラミー様に仕える執事ですよ、ブレイン君。」

「生まれた時からと言うことは、セバス様は代々ご両親も神々に仕えてらっしゃるんですか?」

 クライムの投げかけた更なる疑問はイビルアイも知りたい所だと身を乗り出した。

「そうだ。あなた達はいつからそうなんだ…?」

「そうですね…。アインズ様とフラミー様がどのようにお生まれになり、何千年、何万年、一体どれほどの時を生きてらしたかは、分かりません。しかし、私は文字通り至高の御方々により創造された大地と空の下、創造されました。なので産みの両親はいません。」

 セバスはそう言って笑う。

「…本当は親もいるけど、と言うこともなく?」

「ありませんね。私は創造され、目覚めた日を覚えていますから。」

「目覚めた日…。」

 

 イビルアイは認めそうになった。

 大地と空を生み出し、更に心を持つ生き物を生み出し、自分に仕えさせる事などただのアンデッドに出来るわけがない。

 

(ツアー…お前は調停者を自負しているが、神殺しをするつもりか。)

 

 イビルアイもかつて十三英雄と呼ばれる存在だった。その身は小さく幼く見えるが、決して見た目通りの年齢ではない。

 数百年の時を生きるツアーとは言え、何万年という単位で生きると思われるそれらの事を知っていろというのは間違っているのかもしれない。

 前身の神、スルシャーナがアインズ・ウール・ゴウンを崇めていたと言うのはリグリット伝てで聞いている。

 止めなければ、ツアーは殺される、いや、それならまだいい。

 下手をすれば世界はまた一から創り直されてしまうかもしれない。

 イビルアイは、まるで暗闇に放り出された子供のように心細くなった。

 

+

 

 人のいなくなった聖堂内にひそひそとした話し声が響いていた。

 永続光(コンティニュアルライト)と揺れる炎がその者達を浮かび上がらせた。

 

「ふふふ、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下…なんと素晴らしいお方なのでしょう。私が足元にも及ばないあの智謀。」

 どこかうっとりとした少女の表情は亀裂のように走る笑みによって酷く邪悪なものに見えた。

「そうでしょう。我々はアインズ様のご計画の掌の中だと前に話した通りさ。君が何もしなくても、君の望むようになって行くから心配せずに"民を勇気付けて"やってくれたまえ。」

「かしこまりました。デミウルゴス様。」

 自分の家族を、血を、民を裏切ろうと言うのにその表情に後悔はない。王女がうやうやしく頭を下げると、アルベドはこれこそデミウルゴスの報告にあったラナーだと興味を刺激された。

「ラナー。全くこんな王女がいたとはね。アインズ様が王国には引き入れなければいけない者がいると言っていた時はそんな者がと思ったけれど、アインズ様はあなたの存在にいち早くお気付きになっていたのね。」

「心からの感謝を。恐らく帝国の皇帝に向けて行っていた事を読み解かれ私の存在に気が付かれたのでしょう…。本当に、デミウルゴス様を超えると聞いてそんな者がと私も思いましたが…まさかこれ程のお方だとは…。」

 これは人間であって人間ではない。精神の異形というべきもの。善や悪を心の中では理解しているのだろうが、あくまでも理解しているだけであり、それらに縛られることなく己の目的のためならいくらでも踏み躙れるタイプだ。

「あの短い間で君がちゃんとその事を分かってくれて良かったよ。」

 デミウルゴスは満足げに頷き、アルベドはジッとラナーを見つめた。

「アインズ様が高く評価しているのだから、失望させないでね。私の下でもしっかりとその優秀な能力を発揮して頂戴。」

 親しみすら感じる柔らかい声に、ラナーはより深く頭を下げる。

「勿論です、アルベド様。必ずやご厚意に見合うだけの、いえ。それ以上の働きをお見せいたします。」

 

 悪魔達(・・・)は心酔し、しばらく笑い合った。




次回#37 大虐殺
本日12時公開です。

2019.05.18.すたた様 誤字報告ありがとうございます!(//∇//)
2019.06.06.黒帽子様 誤字報告ありがとうございます!適用させて頂きました!


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#37 大虐殺

 その日、エ・ランテル市中に触れが出された。

 それはラナー王女に届いた王国の書状が転写されたもので、神聖魔導国以外から救われることのなかったエ・ランテル市民の心を激しくかき乱した。

 

 曰く――

 

 第三王女 ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。

 

 長きに渡るエ・ランテルの調査ご苦労だった。

 

 都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアと、エ・ランテルの民はこれより一週間で粛清されるだろう。

 それまでに呪われた地を離れ、王都へ帰還するよう偉大なるランポッサⅢ世も勧めておられる。

 

 エ・ランテル市民が王都からの支援を待たず、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国による実行支配を拒否しなかった事は明確なる国家への叛逆であろう。

 王家より借り受けた尊きリ・エスティーゼの地をあろう事か他国の王に恭順し、不当な取引に因って売り渡した行いは王家発足以来他に類を見ない大罪だ。

 又、エ・ランテルの民は税を納める国民の義務を放棄し、現在も国家の運営に損害を与え続けている。

 ついては市民を扇動した代償として神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国とエ・ランテルの民へは相応の償いを――――

 

 

 その不愉快な書状の隣には、簡潔に、三日後南広場に神聖魔導王とフラミーが降臨すると書かれた物が貼り出された。

 

 誰も自らの手で育てた愛する新天地を離れるつもりはなかったし、神々がこの地を救わないとも思わなかった。

 が、それでも安堵の一息をつかずにはいられず、思わずへたり込む者が続出するのだった。

 

 そして、三号川は工事をストップさせた。

 

+

 

 早朝。

 かつてエ・ランテルの人々が肩を寄せ合い食事を取っていた南広場に、今となっては懐かしい巨大なタープが張られた。

 昔とは違い中心に川が流れているが、人々はたった数週間前には当たり前だったその光景に、かつての雨に打たれ、食事と風呂だけを楽しみに生きていた自分たちの姿を幻視した。

 

 まだ神は広場に姿を見せていないが、声がかかる前に誰もが率先して床に座ったり、跪いたりしていた。

 そして、この浮かれた一行も。

「ロバー、やっぱりもっと前に行くか?よく見たいだろ?神様達。」

 ソワソワするロバーデイクにヘッケランが声をかける。

「そうよ、滅多に見れるものじゃないんだもの。その点に関してはこの戦争に感謝ね!」

「イミーナ…それは幾ら何でも不謹慎。」

「「お姉様ふきんしんってなぁに?」」

 妹達が首を傾げた。

「ははは、この大人数でこれより前は難しいので、ここで我慢しますよ。」

「しっ!セバス様が見えたみたいよ!」

 

 広場の中心、ザイトルクワエを背に現れたセバスが口を開いた。その声は魔法に乗せられているようで、広場中に問題なく届いた。

「魔導王陛下と、フラミー様の御成です。」

 全守護者、漆黒聖典、陽光聖典、風花聖典――更に三つの聖典と、都市長と仮州知事が跪く。

 広場の人々は自分達の身なりが失礼でないかを今一度確認した。

 

 渦巻くような闇が開いた。

 温かい闇だ。

 夢を見る前に見る温かい闇だ。

 

 人智を超越した神々が闇より降臨すると嗚咽する者もいた。

 自分達の街、今の優しい生活、全てはこの二柱によって支えられているのだと。

 

+

 

(えぇー…。)

 アインズは思ったよりも人々の温度が高い事に若干引いていた。

 

「アインズ様よりお言葉を頂戴します。」

 アルベドの声に、アインズは余計な思考を追い出し、散々練習し、頭に叩き込んで来た言葉を紡ぐ。

「我が民よ。我が子らよ。」

 人々の真剣な眼差しが痛い。

「私は…もっと早く王国へ手を打たねばならなかった。そうしなかった事で皆を不安にさせた事を、まず謝ろう。」

 

 ラナーは神聖魔導王のザイトルクワエ討伐以降の計画に瞠目していた。

 おそらく神聖魔導王はこの戦いで邪魔な脳のない貴族を葬るつもりだろう。

 ザイトルクワエ戦で戦士長ごと王を殺していれば、貴族は神聖魔導国を侮る事をせず、恐れこの機会は訪れなかったかもしれない。

 あの時戦士長を生かして帰し、ザイトルクワエに破壊させた街道を避けて帰るその身にブレイン・アングラウスを回収させ、クライムとセバスに出会わせる。

 ブレインはまるで何者かの手で操られるかのようにまっすぐ王女の元へたどり着き、エ・ランテル近郊の出来事を伝えてきた。

 そして――それに応えたラナーの元には叡智の悪魔が現れた。

 どうやって神聖魔導王が知ったかは分からないが、ラナーの望みは恐らく続く言葉によって叶える前段階を済ませるだろう。

 

「だが、安心するのだ。我がエ・ランテルは決して蹂躙されない。我が民の血は流させない。そのために、私とフラミーさんが出よう。そして、この情報をいち早く我々に知らせ、街と無辜の民の命を守ろうとその肉親にも背を向けた気高き王女に、喝采を。」

 

 万雷の喝采の中ラナーは立ち上がる。

 

 全ては、クライムのため。

 私はここで新たな地位を得る。

 慈悲深きものとして死の神の下で権勢を振るう。

 あらゆるしがらみから解き放たれた暁にはついにクライムと添い遂げるだろう。

 絶対に、何を使っても魔導王とフラミーを失望させてはならない。

 この神々は、慈悲深い振りをしているが、失望させれば――――。

 

+

 

 戦争の日、人々は三号川の内側から祈るように地平と偉大なる二つの背中を見つめた。

 冷たい秋の風は、動機に襲われて火照る体を撫でた。

 神々はそれぞれ腕を一振りする。それに呼応するように突如として十メートルにもなろうかという巨大なドーム型の魔法陣が二つ展開された。

 二人は左右に並び、互いの魔法陣は重なり合った。

 その幻想的な光景はエ・ランテルから様子を見守る者達の目を奪った。

 魔法陣は蒼白い光を放ち、半透明の見たこともない文字と記号を浮かべている。

 それは目まぐるしく形を変え、一瞬たりとも同じ姿にはならない。

 王国から驚きの声が上がるのが風になって届いて来た。

 それは見事な見せ物を見たときにあげるような、緊張感の全くないものだ。しかし、勘の鋭い者達は困惑していた。

 

 目の前の十四万の王国兵は、かつての同胞だ。

 どうか苦しみなく逝かせてやって欲しいとエ・ランテルの人々は願った。

 今や母なる木へとなっているこの魔樹を討伐した神々が負けると思っている者は一人もいない。

 神さま…近くの誰かの囁きが聞こえる。

 次の瞬間、二柱の周りを回っていた魔法陣が砕け散り、願いは聞き届けられた。

 これまで吹いていた風とは違う――黒い息吹が、王国軍の陣地を吹き抜けた。

 王国兵左翼七万、右翼七万。

 その場の命は即座に全て――奪われた。

 馬すらも突如と糸が切れたように倒れ伏した。

 目の前の十四万人が痛みも、恐怖もなく命を奪われた事に、人々は慈悲深き神々に感謝した。

 そして、今倒れた人々から無数の青い透けるような光の塊が尾を引きながら飛び、フラミーの下へ収まって行った。

 

 僅かに生き残る、陣地の奥に身を置いていた身分の高い者達含む一万人程度の兵はパクパクと口を動かした。

 あまりにも信じがたい光景に、脳がそれを受け入れる事を拒否する。しかし、起き上がる者は一人もいなかった。

「う、うそだ…。」「かみなどと…。」

 ぽつりぽつりと拒絶の言葉が紡がれ――どよめきと恐怖から逃れようとする叫びがうねりとなって生き残った者達を包み込んだ。

 

 そして、エ・ランテルの誰かが空を指差した。

 それに誘われるように次々と皆が空を仰いだ。視線の先には光を一切反射しない、空に黒いインクをポタリと落としたような漆黒の球体。

 徐々に球が大きくなっていく。

 わずかなざわめきの中――やがて、十分に実った果実は落ちる。

 球体は大地に触れると、熟しきった果実が爆ぜるように弾けた。

 ドプリと辺りに黒い液体が辺りに広がると、闇に染まった地に、ぽつんと一本の木が生えた。

 続くように二本、五本、十本と伸び始めた木は風もないのにうねり――決して木などという可愛らしいものではないことを知らしめた。 

 

メェェェェェエエエエエエ!!!

 

 可愛らしい山羊の鳴き声が響き渡った。いくつも重なる鳴き声が続く。

 コールタールは蠢き、噴き上がるように黒いカブのような生き物は現れた。

 果実にはいくつもの亀裂が入り、べろりと剥けると中には真っ赤な舌が見え――。

 

メェェェェェエエエエエエ!!!

 

 粘液をだらだらと垂らす大量の口から可愛らしい山羊の鳴き声が溢れた。

 山羊は疾走しだした。

 きっとあそこに並んでいた兵士達だって誰もエ・ランテルに来たくはなかっただろう。

 半分の者は帝国との戦争の時にエ・ランテルで起きた神話の戦いを見たし、中にはエ・ランテルに親戚が住む者だっていただろう。

 神に楯突く気などなかったんだと証明するかのように――自分達を駒のように扱い、重税によって苦しめた、後方に控える貴族達に向かった。

 

+

 

「見て見て!見てください!」

 フラミーの興奮した声が響く。

「うわ〜綺麗ですねぇ!経験値ってこんな風に見えるんですね!」

 愛らしい子山羊達が駆け抜ける中、フラミーの装備する黒いガントレットには絶え間なく経験値が――いや、魂が吸い込まれていった。

「本当ですね。これで何レベル分くらいなんでしょう。」

 アインズも楽しげに笑った。

「あーそれにしてもすごかったですね。黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)!あんなにたくさん。全部でえーと一、二、三…――」指をさしながら、ウキウキと目の前の可愛らしい仔山羊を数えていく。「――うわ!十もいますよ!!二人でやっても二匹かなって思ったのに!これは最高記録だろうなぁ!やっぱりあれだけ死んでくれただけありましたねぇ!」

「十匹ですか!すごい!ウルベルトさんにも見せてあげたかったなぁ!こういうの大好きだったし!」

「ウルベルトさんが聞いたら間違いなく俺もやるって大騒ぎしますね!」

 ゲーマーは自分たちの打ち立てた前代未聞の新記録を素直に喜んだ。十数万人の死者などどうでも良かった。

 二人で喜び合っていると、アインズはぴくりと顔を上げた。

 

「お、あっちに見つかったみたいです。ずっと戦士長仲間にしたかったんですよねえ。なんかアルベド達は王女様仲間にするって言ってたけど。」

「戦士長さんって勇者っぽいですもんね!お姫様を仲間にしたい人と勇者を仲間にしたい人と、皆それぞれ好きな人とパーティー作るのが一番ですね。」

「ま、それはそうですね!――<飛行(フライ)>。」

 アインズがふわりと浮かび上がるとフラミーは翼を広げた。

 目的の人物を見付け、凍り付いたように止まる十匹の子山羊達の間をするりと飛び、ガゼフと王の近くまで来ると二人は地に降り、歩いた。

 そこにはレエブン侯も控えていて、背後にはたくさんの戦士団がいた。

 

「ま…魔導王…殿…。」

 王はかすれた声を絞り出す。

「ランポッサⅢ世よ。私は大切な子供達とただ平和に、静かに暮らしたいだけなのだよ。分かるかな。」

 アインズは恐れるように瞳を揺らす王から視線を外した。

「戦士長殿。ザイトルクワエ来襲以来だな。」

 ガゼフは静かにうなずいた。

「私は言葉を飾るのは好まない。だからこそ、単刀直入に言おう。」

 アインズは骸骨の手を差し伸べた。

「共に来い。」

 

 フラミーはなんと素晴らしい光景だろうと思った。

 出かけるつい一時間前にパンドラズアクターが持ってきたカラー版のカメラを取り出し、画角を確認すると少し後ずさる。

 全員の表情がよく見えるようにとその馬鹿でかいカメラを横に向けた。

 ドキドキとガゼフの返事を待つアインズはその怪しい挙動に気付きもしなかった。

 

 チャカっジー――…。

 

 全くもって場違いな音が響き渡った。

 

「あはっ!」

 フラミーはカメラから出たこの世界初めてのカラー写真に思わず喜びの笑いが漏れてしまった。

 

 振り返ったアインズは数度瞬くように瞳の赤を明滅させた。




え?ちょっと!
空気読んでくださいよフラミーさん!


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#38 大復活

「あ…あー…んん。すまないな、戦士長殿。君の大切な決断の時に。」

 アインズは骨の頬をぽりぽりと掻いた。

「あ…いや、気にしないでくれ。魔導王陛下。」

「ゴウンで良いとも。」

「はは。ゴウン陛下…王国には、あなたを誤解した者が多くいるが、私はあなたの慈悲深さをよく知っている。だからと言うわけではないが、申し訳ない。私は王の剣。王から受けた恩義に懸けて、これを譲る事はできない。」

 そう言うガゼフは困ったように笑っていた。

 

「見てください。」

 場違い娘が手の中に持っていた写真を見せる。

 そこにはいつもと変わらないアインズと、何故かしてやったりと言う表情のレエブン侯、複雑極まる王の顔、そして、アインズの手を見つめて――驚く表情の中に歓喜が覗き見えるガゼフが写っていた。

 

 ガゼフは光の神が見せた自分の本当の感情に言葉を失った。

 自分は、この王の中の王に誘われた自分を誇らしくなってしまったのだ。

 

 フラミーはまじまじとカラー写真に見入る戦士長に、満足げに頷く。

 

「いい写真ですよね。焼増しできるようになったら差し上げます!」

 フラミーはガゼフと国王を順番に眺めたのち、レエブン侯をちらりと見ると、この人は誰だろうと思った。

 アインズはせっかくシリアスなシーンだったのに、と一瞬思ったが、もうすっかりおかしくなってしまった。

「はは。ランポッサⅢ世、戦士長殿。私の国では皆自由だよ。」

 

 周りにはまるで眠っているように綺麗な死体の平原が広がっている。

 そして、視界の端に映るおぞましい黒い仔山羊と、ぐちゃぐちゃに砕かれた王国の腐敗の象徴たる貴族達。

 国王は目を瞑った。これはきっと罰なんだろう。

 国民も貴族も御しきれなかったくせに、何かを守った気でいた自分への。

 

「自由…。久しぶりに聞いたような気がしますな…。」

 王は言葉を絞り出した。

「…分かりました。我がリ・エスティーゼ王国は、これより貴国の言葉に従いましょう…。属国化を…。」

 完敗だった。

「…………え。」

 アインズはこんな重要な事を一人で決めるのはまずいとなんと返答すれば良いのか分からなかった。

 姫を仲間にしたいと思っていたアルベドやデミウルゴスはそうなってしまっても姫と良好な関係を築けるだろうか。

 割と仲良くしているようなのに、ここで新しい友情に疵をつけるような真似は避けたかった。

 ここは言葉を濁すなどの手段で逃げるべし。アインズは方針を決めた。

「これほど重要な話を口頭だけで進めるのは危険だ。きちんとした場で文面に残して行おうじゃないか。」

 ランポッサⅢ世が了承すると、ガゼフもレエブン侯もホッと一息ついた。

 王国にはこれで家長のいない貴族と、男手のない農家しか残っていないのだ。

 レエブン侯は王女との秘密の約束がこれで果たせたことに安堵した。

 姫を送り出す協力は容易だったが、あの手紙を貴族の代表者から出させるのは中々骨が折れた。

 自分の頑張りを心の中で褒め、自分と妻、愛する息子との約束された未来に早くも想いを馳せる。

 そして、同時にこれだけの力を行使する相手を前に、子供に正しく伝え話して聞かせる必要があると確信する。

 

 アインズは詳しい話はまた後程と言い残すと、フラミーと共に後ろに下がって行った。

 そして、アインズは子供のようにフラミーの耳に手を当ててこっそりと耳打ちした。

「フラミーさん、あれお願いします。」

「あれです?」

「神話に付き物の。」

 フラミーは何を言いたいのか悟ると、バッとアインズの方を向き、げぇ…と嫌そうな顔をした。

「こんなに無理ですよぉ。私、死んじゃいます…。」

「ふふふ、そう言うと思いました。なので実は俺、今回は作戦考えて来たんですよ。想像よりたくさん死んじゃいましたけど。」

 そう言うと、アインズはユグドラシルの、上から数えたほうが早いほどに高価なスクロールを取り出した。

「まさか…アインズさん…。」

 

 アインズがニヤリと笑った気がした。

「アルベドとデミウルゴスの初めての現地のお友達のために、やってやろうじゃないですか!」

 娘と息子の心優しいお友達のためならばと、いつもは勿体ない病のはずのパパだが、大盤振る舞いを決めていた。

 アインズの手の中のスクロールが空中で燃えて消える。

 ザッと音を立てて現れたのは最高位の天使が複数体。

 

「お友達のため……。――シャルティア!!デミウルゴスさん!!マーレ!!」

 フラミーは街に向かって魔力の多い守護者を呼ぶと、自分たちが呼ばれたとすぐにわかった守護者三人が走ってくる様子を確認した。

 杖をギュッと両手で握ると破れかぶれに魔法を唱えた。

「<第十位階天使召喚(サモン・エンジェル・10th)>!」

 

 はははと笑うとアインズも二本目のスクロールを燃やす。超位魔法を打てればアインズでもスクロールなしで天使は呼べるが、今はクールタイムだ。

 アインズの隣でフラミーも魔力がなくなるまで高位の天使を呼び続けた。

 そして天使にも天使を呼ばせる。

 

 そこには、もう数えきれない量の天使が現れていた。

 フラミーはこんなもんかと目の前の天使軍団を見た。

「それじゃあ皆さん…――行動を開始せよ!!」

「あ、それ懐かしいですね。」

 楽しそうな支配者達は、今その手で命を奪った人々を無差別に生き返らせていった。

 アインズは復活魔法を持たない為自分の天使に指示を出すだけだが。

 

 大歓声とともにエ・ランテルから人々が走って溢れ出して来る。

 それを一瞥もせず、シャルティアに魔力を渡されながら、フラミーは天使に混じって一心不乱に人を生き返らせた。

 悪魔なのに、悪魔なのに…とぶつぶつと文句を言い、ひぃーん!と泣き声をあげながら。

 アインズは、デミウルゴスとラナー王女のお見事ですと言う言葉にそれはそれは満足げに頷いた。

 大切な子供達の友人に微笑む。顔は動かないが。

 そして可愛い仔山羊達をナザリックに送ってやった。

 

 生き返らされたものは、これまで自分の身に起こっていた恐ろしい事実をエ・ランテルの街の人々に肩を預けながら教えられた。

 神官達は復活したばかりでふらふらの人々をこぞって回復した。

 以前フラミーに命を奪われた――事を知らないンフィーレア・バレアレと、モモンに報酬をごまんと渡したリィジー・バレアレも大量のポーションを馬車に乗せ、人々に配って歩いたが、とても量が足りず、最後は薬草をそのまま配って回った。

 皆が神官とバレアレ家に大層感謝した。

 粛清に来たはずの兵士を何の憂いもなく手助けする人々のその姿はあまりにも美しかった。

 

 やっと人は一つになれるのかもしれないと思わせるほどに。

 

 聖典達は殆ど儀仗兵扱いだったことに、もっと役に立ちたいと不満を抱いていたが、全てがもうどうでもよかった。

 これを伝えることが今回の自分達の役目だと思い至ったのだ。

 この素晴らしい光景を、神殿から巫女姫を介して見ている神官長達は生で見たかったとさぞ悔しがっていることだろう。

 

 蒼の薔薇は、いつの間に現れたのかリグリットを伴って顔を青くするフラミーに近付いて行き、跪いた。後にも多くの冒険者達が続く。

「復活の神フラミー様、貴女様のお力をお借りしている蒼の薔薇、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラです。足元にも及ばぬこの力ですが、是非お使いください。」

「このリグリット・ベルスー・カウラウも捧げましょう。」

「私はイビルアイ。私も捧げるぞ。」

 フラミーは三人と、その後ろに同じく跪く冒険者達を見た。

 正直、第九位階の復活魔法一人分にもならなそうだと思う。

 しかし断って食い下がられても面倒だ。

「あぁ、ありがとうございます。ラキュースさんリグリットさん、イビルアイさん。じゃ失礼して…<魔力吸収(マジック・ドレイン)>。」

 フラミーが手の平を向けると冒険者達はばたりと息絶えたように倒れた。

 慌てる双子忍者とオーク戦士に、倒れた三人は大笑いしながら「ほんとに根こそぎ全部持ってかれた」と告げた。

 

+

 

 その後、昼前から始まった地獄の復活作業は数えきれない量の天使を伴っていながらまるで終わる気配がなかった。

 街の人々は日が暮れても、月が昇っても続くその作業を前に、もう冬の近付いた寒空の下毛布やスープを持ち出して、復活後の動けない人々に分け与えたりしていた。

 魔力切れを起こした天使が生き返らされた人々を、街の者達の前にどんどん置いていく。

 

 エ・ランテルの人々は皆また思い出していた。

 ザイトルクワエに何もかもを奪われ、身を寄せ合って南広場で食事をとることだけを楽しみに生き凍えながら眠っていた日々を。

 それは確かに強い痛みを伴う日々だったが、神聖魔導国があったから、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王がいたから、常に希望を胸に抱いていられた。

 今と同じように決して一人ぼっちになる者はいなかった。

 町中の、老若男女問わず、子供すら眠らず神々と天使達へ祈りを捧げた。

 

 守護者達からも魔力が空っぽになる頃、フラミーはぺたりと床に座った。

「ひぅ…ちょっと…休憩です…。」

 アインズは顔を青くするフラミーの前に膝をつきしゃがんだ。

「…や、やっぱりちょっと多すぎましたね…?すみません…。」

 天使すら魔力がなくなっている。フラミーも魔力の欠乏から調子が悪そうだった。

「フラミーさん、こんなもんにしましょう。本当にありがとうございました。」

「…でも、子供達のため、子供達のお友達のためですから、頑張ります。」

 フラミーが立ち上がろうとすると、アインズは手を差し伸ばした。

「俺の魔力も使ってください。」

 

 そして日が昇る。

 昼前になり、漸く終わりが見え始めると、たくさんいた天使達は突如光の粒となって消えて行った。

 

 そんなことには目もくれず、フラミーはアインズと手を繋ぎ、法国のギルド武器破壊以来アインズの無尽蔵に尽きることのない魔力を直に使いながら人を生き返らせ続けた。

 

 あともう少し程度、と言うところまで来ると、フラミーは輝き宙に浮かんだ。

 人々が眠い瞼をこすって様子を見ていると、光はパンと弾け、六枚三対だったはずの翼は一対増え、八枚四対になった。

 

 フラミーはしばしアインズと何やら盛り上がった後――再びアインズと手を繋ぎ直すと、一度に十人もの人々が動き出した。

 その日の夕暮れ時にはついには全ての人を生き返らせた。

 

 と、言いたいところだが殆どの貴族は生き返らなかった。

 その恐ろしい経験から、復活を拒否し、灰となって消えた。

 魔導国へ謝罪しなければならないと思い至ったものや、恐れよりも愛する家族を思い出したもの、王の役にもっと立ちたいと思ったもの。

 善良な一握りの貴族が息を吹き返したのだった。




フラミーさん、何か未発見のクラスを獲得!


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#39 新州知事の就任

 ラナーは自分が思った方法の数倍、いや何百倍も凄まじい間引きに言葉を失っていた。

 統治を邪魔するような貴族は死ぬだけでなく、灰にされ二度と復活を望めぬよう徹底的に断罪された。

「これが…あの神々の真の力……。」

 アインズを侮った事などなかった。

 それでも、本当に神かどうかは怪しいと思っていた。

 その智謀は確かに自分を遥かに超えていたが、本当に神と言う超常の存在だとすればわざわざ人間に構う意味は何だろうと、クライム以外に慈悲を抱いたことのない王女は思っていたのだ。

 しかし、王女は気付いた。

 世界でも一人居るか居ないかと言う歪んだカルマを持つその女だけは気付けた。

 

 神々は人間で遊んでいるだけなのだと。

 

 まるで遊ぶかのように殺したと思ったら、生き返らせ――それを人間が勝手に有難がって、まるで目の前を進む羊飼いに何の疑いも抱かぬ羊のように付き従う。

 実に超常の存在らしい遊びだと思った。

 もしラナーが物語の勇者のような人物であれば、「そんな者の下で与えられる平穏や幸せは、本当の幸せじゃない」と声を上げただろう。

 しかし、彼女はこれこそが自分の求めた幸せだと確信する。

 クライムと生きるためだけに存在する世界は、そうあった方が良い。

 しかし、自分がこの化物達に信頼されているはずなど――ない。

 あくまでも利用価値が高いから自分はこれから恩を得られるのだ。だからこそ、ラナーはしっかり働き、恩を受けた以上の価値を今後証明しなければならない。

(少しでも無能なところを見せれば安泰はないわ……。)

 ラナーは二人の神を思うと、我知らず戦慄が走った。

 それでも、ラナーは小さく笑ってしまう。

 大切な夢が王国一つを売り渡す程度で叶ってしまう。

 踊りたい。

 歌いたい。

 あまりにも、あまりにも幸せで、この胸の内が溢れて止まらない歓喜を抑えきれない。

 これからじっくり時間をかけて犬の新しい教育を施していくのだ。

「うふふ――あぁ、なんて私は幸せなのかしら!」

 

+

 

 人々の復活から一週間。

 南広場には、戦争前よりも多くの人で溢れていた。

 最早入りきれない人々は二区の民家屋上からもその様子を見つめている。

 

「ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフよ。」

 闇の神と光の神の前に、ラナーと仮州知事は並んで膝をつき手を前に組んでいた。

 

「お前はこれから、リ・エスティーゼと我が神聖魔導国の架け橋となるのだ。お前は父ランポッサⅢ世の元を離れ苦悩を得るかもしれない。覚悟は出来たな。」

 これから、神とクライムの為だけに生きる覚悟を問われ、ラナーは応える。

「はい。神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下。とうに覚悟は出来ております。」

 真っ直ぐな、心の底からの返事に闇の神は満足そうに頷いた。

 光の神が仮州知事に近付く。

「貴方はこれをもって現在の仮州知事の任を解かれます。復興への長きに亘る勤め、ご苦労でした。エ・ランテルの一番辛い時を支えた貴方は時代に名を残す良き知事でありました。そして、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。あなたを、このザイトルクワエ州の新州知事に任命します。」

 そう言うと、フラミーは仮州知事がこれまで羽織っていた神聖魔導国の紋章が入ったマントを外し、ラナーに掛けてアインズの隣に戻った。

 ラナーはゆっくりと立ち上がり、組んでいた手を下ろしてマントの端を両手で摘み上げながら細心の注意を払って頭を下げる。

「神王陛下、光神陛下。このラナー、全てを捧げ御二柱の望む州知事となることを誓います。」

 

 ランポッサⅢ世はラナーの後ろでパナソレイ都市長と神聖魔導国神官長達と共に跪いていた。

 誰よりも優しい心根を持って育った娘を誇りに思って流した涙は温かかった。

 そしてカルネ村に別働隊として派遣し、帰らなかったバルブロに心からの謝罪を送ったのだった。

 

 国家を越えて人の命の為に奔走した王女はこの日、リ・エスティーゼ王国、ヴァイセルフ王家よりその名を消した。

 その後永らくこの王女の素晴らしき行いは神聖魔導国で語り継がれるのだった。

 

 王位を返上したかつて王女だった州知事は、わずか三年後――神都大聖堂完成と時を同じくして崩御する父ランポッサの下属国だったリ・エスティーゼ王国をリ・エスティーゼ州になるよう政策を推し進める。新たに神聖魔導国に加わったリ・エスティーゼ州の州知事には自らの兄ザナックを推薦した。

 ザナックの元にはレエブンと言う子煩悩が都市長を務め、繁栄の時を迎える。

 

 ランポッサは、可愛らしい子犬のような孫の顔を見られた事を神聖魔導王に心から感謝して息を引き取ったという。

 

+

 

 数日前。

 

「あー…エンリよ、お前は角笛でこの者たちを呼んだのだな?」

 アインズは目の前の五千を越える大量のゴブリンの集団に言葉を失っていた。

 

「はい!ゴウン様から頂いたこの角笛で、私達は生き延びる事が出来ました!ゴウン様はこの日の為に二つ角笛をお渡し下さったのですね!」

 特区カルネは今、区壁の中にみっちりとゴブリンを内包する謎の区となってしまった。

 後にゴブリン区とあだ名がつく程に。

 

「んん。その通りだ。これでこの地は本当に何にも脅かされない場所となっただろう。しかし国籍登録は全員きちんと行うのだぞ…。」

 アインズがエンリや村人達と共に跪く大量のゴブリンを眺めていると、区壁の警護を行っていたゴブリンが駆けて来た。

 

「すみません、神王陛下、フラミー様。今姐さんの恋人が船で着いたみたいでして…。ちょいと御前に通してもいいでしょうか?」

 全ゴブリンは今ここでボスの未来の配偶者をお披露目したいとその目で訴えていた。

「エンリちゃん、彼氏できたんですか!アインズさん、是非見せてもらいましょうよ!カルネ区長の未来の旦那とやらを!」

 軽快に笑うフラミーにエンリは顔を赤くした。

「ははは、よし、その男を連れて来い。」

 アインズの号令に従い、ゴブリンは支配者の気が変わらない内にと急いで区壁に戻っていった。

 そして、現れたのはンフィーレアだった。

 ンフィーレアはフラミーの存在に気付くや否や小走りから猛ダッシュへと姿勢を変えてすっ飛んでくる。

「ふ、フラミー様!!神王陛下!!要人が来てるってカイジャリさん!そんなレベルじゃないじゃないか!!」

 足元にたどり着くとズザザと音を立てるように跪き、いや、スライディング土下座をしながら、フラミーへ改めて礼を言うのだった。

「ふ、ふ、フラミー様!!僕は貴女様にズーラーノーン事件の時に救われた――」

「ンフィーレア・バレアレ君ですね、よく知っています…。なにもかも。」

 フラミーの言葉に区民もゴブリンもオォ…と声を漏らす。

 フラミーは素っ裸だった男子を軽く見た後、ふぃと視線を逸らした。

 

「あー…そうか、君がカルネ村によく来ていたという薬師だったのか。」

 アインズは夏の終わりに言っていた当時の情報源(エンリ)の言葉を思い出す。

「し、神王陛下におかれましても、カルネ村を、いえカルネ区を救ってくださってありがとうございました!エンリは…僕の好きな人は、神王陛下のおかげで今を生きています!本当にありがとうございました!!」

 深く頭を下げたンフィーレアにアインズは何も言わなかった。「好き」という言葉に、青春しているなぁ…とおっさんじみた気持ちを抱き、ノスタルジーに身を浸したのも事実ではあるが、それ以上にもっと別の思いに包まれて。

 アインズは一度この青年を殺したことを思い出し、やはりふぃと視線を逸らした。

 そのことに気づいたンフィーレアは慌てだした。

「あ!あ!ごめんなさい!!公式な区長との会談中に失礼しました!!」

 エンリの後ろに入ると、ンフィーレアはネムに軽く小突かれて静かにした。

 

「いや、用は済んだ所だ。それではエンリ、カルネ区を頼むぞ。区壁は今後撤去が始まるが、それも問題ないな?」

 アインズの言葉に少し区民達が複雑そうな雰囲気を出すが、今はもう栄光あるこの王の庇護下に入っていると自分達を奮い立たせる。

「…はい!三号川の完成と共にという事ですよね。よろしくお願いします…!」

 エンリはぺこりと頭を下げると、それに習ってゴブリンと区民も頭を下げた。

「いや、厳密には川を渡る四箇所の橋の前に入国管理塔が設置されたら、だな。これまで区壁前で行なっていた講習にいくつか追加してそのまま川の門で行う。安心しなさい。」

 今までと同じ講習といわれ少し安心する区民と区長の顔をアインズは見渡した。

「先ほども話したが、全ての橋の門にはお前達ゴブリンも人間の管理官と共に働くのだぞ。ここに危険が迫らないように全ての門で見事危険分子の侵入を食い止めるのだ。今回は戦争で恐ろしい思いをさせたな。中心都市に気を取られてこちらに来られずすまなかった。」

 慈悲深き王はいつでもカルネ村を――いや、カルネ区を慮ってくれている。

 この期待に応えたい、カルネのゴブリンに川門を任せて良かったと言われたい。

 やる気に燃えた人々は頷きあった。

 

「アインズさん、そろそろ。」

 フラミーのその声にアインズは皆に別れを告げ、区壁の出口へ向かう。

 三号川を大森林方向に渡す北の橋へ向かう為。

 

 すると、アーグと呼ばれる子ゴブリンがその背中に向かって叫ぶ。

「へいかー!ふらみーさまー!!父ちゃんの仇を、皆の仇を!!どうか頼みます!!!へいかーー!!ふらみーーさまーーー!!」

 その声は、二柱が見えなくなるまでいつまでもいつまでも響いた。

 この子ゴブリンは数日前に仲間を、家族を、巨人達に攫われ、殺され、息も絶え絶えになりながら逃げているところをエンリに拾われた幸運な者だ。

 

 支配者の背中が見えなくなり、電池が切れたように静まったアーグは足から根が生えたようにその場を動けずにいた。

「安心しろ、アーグ。」

 カイジャリがアーグの頭に手をのせた。

「あれは…まじもんの化け物…いや……。神様だからよ……。」

 その表情は、畏れと期待の合わさった、とても複雑なものだった。




蒼の薔薇はこの先ナザリックやアインズ様とがっつり絡む予定です!
我らがBest girlガガーランの活躍をお楽しみに☆

現在の状況を地図にしていただきました!

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ユズリハ様、ありがとうございます!

2019.05.19 XYZ+様 誤字報告ありがとうございます!(*'▽'*)


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#40 閑話 お前には失望したぞ

 同じく就任数日前――。

 

 トブの大森林から帰ってきた支配者達は怒り心頭という様子だった。

 

「ルプスレギナ!お前には失望したぞ!!」

 

 玉座の間に響くそれは全ての僕の心胆を凍らせた。

 

「エ・ランテルに向かうザイトルクワエの存在を知らせたお前がなぜだ!!すでに我が国の一部となっているカルネ区に区民では勝てないモンスターが近付いている事をなぜ知らせない!!しかも王国の王子によってカルネ区が襲われていたなんて!!」

 

 口籠るルプスレギナにアインズは顔を歪めた。

 

「カルネ区に関する裁量権は与えていたが、それは何をやってもどんな判断をしても良いという意味ではない!状況が大きく変わる時には報告せよと言ったにも関わらず、これはどういう事だ!!」

 

 玉座の肘掛をゴーーーンと打つ激しい音が響き渡る。

 

 今回ルプスレギナはやり過ぎていた。

 区壁に逃げ込んだゴブリンとオーガが暮らしていた事は――エンリに連れられきちんとエ・ランテル光の神殿で国籍登録もしていたため良いとして、王国第一王子の引き連れた兵と開戦するカルネ村を傍観した後大量のゴブリンから逃げた王国兵と王子を面白可笑しく拷問し、殺し尽くしたのだ。

 

「あぁあ。ルプスレギナやってくれたね。」

 フラミーの冷たい声が響く。

 

 せっかくランポッサⅢ世に魔導国へ降ると言わせたというのに第一王子を殺されてはラナーの州知事就任に反対し、国民も復活したからと恭順するのをやめるかもしれない。

 そうなれば今回の戦争は全ての意味を失うだろう。

 見事な復活劇も含めて。

 

「…その兵士どうするんです…。魔導国の奇跡で全ての王国兵は蘇ったって世界中が言ってる中で………私とアインズさんが寝ずに人間を生き返らせた傍らで。」

 

 もはや私怨かもしれない。

 フラミーは数日前の復活に次ぐ復活に辟易していた。

 あの大復活祭りでは、まさに数えきれない量の天使が出ていたが、天使は当然途中で魔力切れを起こし、時間による回復の中で復活を行なった。

 もたもたしていると召喚の時間制限を超えて天使は消えた。

 フラミーが何百人目かを生き返らせると未発見のクラスを獲得した事によって一度に十人まで生き返らせられるようになったが、それでも夕方までかかったのだ。

 凡そ三十時間ぶっ通しで人間を生き返らせ続けたフラミーの失望は深かった。

 その努力と根気という泥にまみれた奇跡に、ルプスレギナは簡単にケチをつけたのだ。

 

「ルプスレギナ、あなたには反省が必要。」

 

 しかし怯えるルプスレギナにチクチクと罪悪感を感じる。

 ちゃんと反省してくれるならこれ以上責めることは双方のためにならない。

 

「アインズさん、行きましょ。ここにはいられません。」

 これ以上皆といてもフラミーは怒るだけだ。

 落ち着くには二人で一度愚痴り合わなければいけないという思いが一瞬で通じ合った。

 その声にどっこいせと腰をあげる支配者はフラミーとともにプリプリ怒りながら立ち去っていった。

 

 玉座の間の扉が閉まると、二人はフラミーの私室へ飛んだ。

 

+

 

「アインズさん、行きましょ。ここにはいられません。」

 

 それはルプスレギナへの死刑宣告だった。

 支配者達の立ち去った玉座の間には、ルプスレギナへの激しい殺意が渦巻いていた。空間を歪めるほどの怒気だ。

 

 アルベドが玉座を眺めながら立ち上がる。

「ルプスレギナ。アインズ様はいつも仰っていたわ。何か解らない事や困った事があれば誰かに相談し、相談を受けた者は自分の身に起きた事だと思って相談に乗るようにと。」

 ルプスレギナに振り返ったその顔は、怒りで何かを破壊せずにはいられないとばかりに歪んだ、大口の黒い化け物――アルベドの本来の姿だった。

 

 何も言わず、床を見つめ、涙と鼻水、汗を垂らし続けるルプスレギナの様子にアルベドは吼えた。

「このクズがぁぁぁあああ!!!」

 

 そして、一発。渾身の力を持ってルプスレギナを殴り付ける。

 誰も止めない、ルプスレギナも抵抗しない。

 虚しい一撃だった。たった一撃でルプスレギナはすでに瀕死だった。

「貴様は至高の御方々を失望させたわ。そして……フラミー様に一番言わせてはいけない事を……。」

 

 アルベドは元の美しい姿に戻り、転がるルプスレギナの前に崩れ泣き出した。

 その嗚咽は次第に広がり、気付けば来ていた全ての僕に広がっていた。

 

 今日は本当は王国を手に入れた事を労われる筈の、喜びの会だったというのに。

 

 しかし、誰も支配者達を追いかけられない。

 アインズは法国のギルド武器を破壊し、前にも増す激しい力と尽きることのない魔力を手に入れた。

 フラミーは人を生き返らせる中、突然覚醒したように新たな力を手に入れた。

 そんな支配者達が世界渡りの術を取り戻していないと誰が断言できるだろう。

 これで探してどこにも支配者がいなかったら、ナザリックはおしまいだ。

 誰もが真実を確かめる事が恐ろしく、立ち上がれなかった。

 玉座の間には悲壮な泣き声が響いた。

 

 そんな絶望の中、一番に立ち上がったのはデミウルゴスだった。

「アルベド……私は……フラミー様とアインズ様がどちらへ行かれたか探してきます……。皆を…頼みます…。」

 そしてセバスが続く。

「私も行きます…お二人がどこへ行かれたのかは分かりませんが……お側にお仕えするべきでしょう…。」

 

 セバスは責任を感じていた。

 ザイトルクワエ州を任されていたのは自分で、更にプレアデスは自分の直轄の部下なのだ。

 皆の絶望には自分も責任があると。

 

+

 

 フラミーの私室には事情の分かっていない――アルベドに玉座の間へのエスコートをバトンタッチしたフラミー当番、アインズ当番、そしていつも通り二人分の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)がいた。

 更に副料理長が呼び出され、私室のBARカウンターであれやこれやと用意する前でフラミーは変わらず怒り続けていた。

「もうルプスレギナ本当信じらんないんですけど……。」

「いや俺もまさか報連相一つできないとは思いもしなかったですよ。はぁ。これで国王が神聖魔導国信用しないって言い出したら…このデミウルゴスとアルベドの大掛かりな計画は………あぁ……国内の式典だって神官長達の到着に合わせてもう三日後だっていうのに…。」

 フラミーの隣に座るアインズも頭を抱える。

 復活のやりたいやりたくないは置いておいて、ばっちり証拠隠滅を行ったルプスレギナによって死体は跡形もなく消し去られている。

 じゃあ復活しましょうと言うわけには行かないのだ。

 それに、もし遺体があったとしても拷問されて死んだ者達が復活を受け入れるとは到底思えなかった。

 

 僕もいる中であまり大きな声で愚痴は言えず、二人ともブツブツと声を小さくして嘆いていた。

「アインズさん…まだ神官長さん達こっちに向かってる途中ですよね…?」

 フラミーのその声に隣に座っていたアインズはギクリと肩を揺らした。

「…まさか…フラミーさん…俺に言えと……今更やっぱりダメでしたと……そんなん言えないですよぉー!!」

 うわぁーー!ルプスレギナぁーー!!と突然大きな声を出すアインズの様子に僕達の中にはルプスレギナは何をやらかしたんだと戸惑いが広がる。

 

 すると、ノックが響き、アインズ当番が扉へ向かった。

 支配者達はなんだよと言わんばかりの瞳をジトッとそちらへ向けた。

「ひっ!あ、アインズ様、フラミー様。デミウルゴス様とセバス様が…おいで…です。」

 いつもは淀みなく答えるアインズ当番は恐る恐ると言う風にしりすぼみになってしまった。

「はぁ。仕方ないですね。どうぞ。」

 フラミーは許可を出したが、アインズは渋った。

 二人になんと謝れば良いのかわからないのだ。

「後五分待たせろ…。」

 珍しい拒否に慌ててアインズ当番は部屋の外へその事を告げに戻った。

 

「フラミーさん、どんな風に顔合わせればいいと思います…?しかもセバスまで…セバスも自分の任された州がどうなるってそりゃ気になりますよね…。デミウルゴスなんか怒ってるかも…。友達のこともあるし…。」

 小声でごにょごにょと頭を悩ませる支配者の隣でフラミーも顔を青くした。

「怒って出てきちゃったけど報連相ちゃんとしろって言わなかった私達の責任ですか…?デミウルゴスさんとアルベドさんはお姫様手に入れるためにすごい頑張ったのに……王様がやっぱり娘は魔導国にやらんて言い出したら…あああ………」

 

 結局何の答えも出ないまま五分が経過し、再びアインズ当番が入室許可を求めてきた。

 

 フラミーとアインズはもう逃げられないとばかりに頷きあった。

「入れろ…。」

 アインズは心底入れたくないと言わんばかりに声を低く低く出した。

 入ってきた二人は、扉の前ですぐに跪いた。

 

 いつもと違う様子に二人の怒りを感じて、アインズはフラミーと一瞬視線を交えると、ソファセットに黙って移動して行く。

 気配を窺われている気配に居た堪れなくなりながら、二人は静かにソファに腰を下ろした。

 

「んん…。それで…セバス…デミウルゴスよ…。」

 何も言わずに床を見つめる二人にやりにくさを感じる。

「そこじゃ遠いですし、二人ともとりあえず座ってください。」

 フラミーが呼ぶと、渋々と言う具合に近くまで来るが、向かいのソファの横に跪いて一向に座らない。

 反抗期だと思った。

 

「言いたい事があるなら、まずはお前達から言いなさい。さぁ、掛けて…。」

 アインズはソファをもう一度進める。

 目を合わせた後、二人は非常に居心地悪そうに小さくなって座り、ゆっくりとセバスが口を開いた。

 

「アインズ様とフラミー様を失望させ…この世界を……後にすると言わしめた……っ……」

 セバスは最後まで言えず、泣き始めた。

「どうか、アレを断じる事でお許しください。アインズ様…フラミー様…。」

仲が悪いはずの二人は肩を寄せ合って共に泣いている。

 

 あまりの光景にアインズとフラミーは絶句していた。

「なんですかいこりゃ…。」

 フラミーの声に誰も返事をする事はなかった。

 

+

 

 五分待たされるデミウルゴスとセバスによって、玉座の間には至高の存在がまだナザリックにいた報告がされていた。

「とりあえず御方々がいらっしゃって良かったわ…。」

 アルベドはやはり怒りに震えていた。

「全くでありんす。こんなもんがナザリックに生まれていたかと思うとそれだけで反吐がでる。」

 シャルティアが唾を吐いた先には至高の御方々より与えられた装備を全て剥ぎ取られ、姉妹から、仲間から、様々な責め苦を受けたルプスレギナが今にも息絶えようとしていた。

 

 扉が開く音がし、皆の視線がそちらへ向くと、支配者達が走って入ってきた。

 

 皆、これをボコボコにしておいて良かったと思った。

 御方々を不愉快にさせるゴミは、あとはゴミ箱に捨てるだけだと。

 

 しかし、駆け寄る支配者達の雰囲気は想像していたものと違った。

「「ルプスレギナ!!」」

 それを急いで回復するフラミーと、空中から黒い布を引き出し、ルプスレギナに掛けて抱き寄せるアインズに、皆呆然とした。

 

 後ろをついて走ってきたセバスとデミウルゴスに説明を求めるように誰もが視線を送る。

 

 デミウルゴスは代表して告げる。

「アインズ様とフラミー様は…その者をお許しになりました…。」

 

 ルプスレギナを抱き寄せるアインズの横でフラミーは泣きそうな声で謝罪を送りながらその顔にかかる髪をなで付けた。

「ごめんね…ごめんね……。私、私もう怒ってないから…怒らないから…許して…ごめんね…。」

 何故支配者達をこんな顔にさせるものがこの世に残る事が許されるのだろうかと皆首をひねる。

 

 しばらくフラミーの謝罪が響くと、ルプスレギナを抱いて立ち上がったアインズは、心を失ったそれを愛しむように抱えたまま玉座に腰掛けた。

 フラミーも続いて玉座の肘掛に座り、ルプスレギナの頭を軽く撫でる。

「アルベドよ…。」

 その声にアルベドが顔を上げた。

「私は前にお前に話しただろう…。カルネ村で…。私はナザリック全ての者を愛してると…。」

 アルベドが頷く。

「私は今こうして愛するお前達が、愛するルプスレギナを傷つけた事が悲しい。」

 ルプスレギナの瞳に光が戻る。

 アインズも優しくルプスレギナの頭を撫でた。

 

「皆は、私達を慈悲深いと言ってくれたのは嘘だったんですか…?」

 フラミーの言葉に沈痛な面持ちの僕と守護者達が首を横に振る。

 じゃあ…とデミウルゴスとセバスに視線を向ける。

「私はここで生きていくって言いましたよね…。」

「「はい…。」」

「私は嘘付きですか…?」

 その問いにフラミーがアインズを連れて去る事を想像した者達は唇を噛んだ。

「嘘つきですか…?」

 フラミーの二度目の問いに、一番疑っていたデミウルゴスが応えた。

「いえ。違います…。」

 優しく笑ってフラミーはうなずいた。

「私達はここで生きていきます。怒る事も泣く事もありますけど、皆と一緒にここで生きていくと、それだけは信じてください。」

 皆が頭を深く下げた。

 

 すると、アインズの腕の中からルプスレギナが小さく話し始めた。

「あいんずさま…ふらみーさま…この度は私の失態、申し訳ございませんでした…。このるぷすれぎな、二度と御身に失望したと言わせぬよう、二度と御身にここにいられないと言わせぬよう、命を懸けてお仕えいたします。どうか、おゆるしください…。」

 そう言うルプスレギナに、アインズとフラミーは微笑みを送った。

 

 会社勤めをする程生きたアインズとフラミーに比べて、ルプスレギナも僕も誰もがまだ生まれて半年と経たないのだ。

 生後数カ月の赤ん坊に求めすぎていたことを反省する。

 

「私達からみたらまだまだ赤ちゃんだったのにね。ごめんね。」

「お前の全てを許そう、ルプスレギナよ。」




次回#41 フールーダの来訪


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試される帝国
#41 フールーダの来訪


 皇帝の部屋には興奮したフールーダが魔法について語り続けていた。

 もうこれで一週間だ。

 その魔法談義は意訳すると、神聖魔導国に連れて行くか紹介状を書けと言っているのだ。

 

 ジルクニフは、これまで一切魔法で覗き見ることができなかったはずのエ・ランテル近郊が突然見えるようになった時から何かがおかしいと思っている。

 フールーダは王国民の大虐殺と大復活に終始興奮して見入っていた。

 そしてフールーダの弟子が帝国騎士にその事を話せば、帝国騎士は「流石神王陛下」とうっとりとその力を思い出し始めるではないか。

 王国との戦争、いや。魔樹の襲撃から帰ってきたカーベイン将軍からエ・ランテルと神聖魔導国について聞かされたが、隠しきれない尊敬と崇拝をジルクニフは感じていた。

 ほとんどの帝国騎士達は神聖魔導王に魅せられてしまっていたのだ。

 

「わかった。わかったよ爺。書簡を送ってやる。お前がエ・ランテルを視察したいと言っていると。」

 ジルクニフは遂に観念したが直ぐに訂正が入った。

「ジル、私はエ・ランテルを見たいのではなく神王陛下と光神陛下にお会いしたいのです。」

「相手は神で王で国家元首だぞ。そう易々と会えると思うな。全く。」

 ジルクニフは忌々しげにそう言うと文官のロウネ・ヴァミリネンを手招いた。

「ロウネ、神聖魔導国の新都市の見学を願う書状を早馬で送れ。神聖魔導王と光の神に十分でいいから時間をくれと添えてな。向こうも戦争で我が国が手に入れようとした都市を横からかっさらったんだ。このくらいは歓迎してくれるさ。」

 

「失礼ですが陛下。私もフールーダ様と共にエ・ランテルへ行かせてください。」

 控えていた四騎士のうちの一人、レイナース・ロックブルズの進言にジルクニフはつくづく部下に恵まれていないと思った。

「わかった。わかったが、お前も爺も向こうで絶対に誰にも迷惑はかけるなよ。皇帝の名を入れた書簡を送るんだからな。」

 

 次の日レイナースの口から漏れたエ・ランテル見学会の話は帝国騎士達の耳に入り、是非自分達もとカーベイン将軍自ら直談判に来たのだった。

 

 それから数日。

 

「それでは、陛下。行って参りますぞ。」

 フールーダは自分の持っている最もお気に入りのローブに身を包んでいた。

 共にはカーベイン将軍と、四騎士のレイナースとニンブル。

 そして抽選に当たった帝国騎士十数名とフールーダの弟子数名。

 約二十名のこの部隊は、とても迷惑をかけないとは思えない構成だった。

「…すまない、ニンブル…頼むぞ…。」

 ジルクニフは騎士達が神聖魔導国に骨抜きにされてしまった今、長く帝都を離れるのは危険だと判断しての留守番だ。

 神聖魔導国を見定めて帰ってきたら粛清したはずの貴族が復活してました、では目も当てられない。

 

「お任せください。この激風ニンブル・アーク・デイル・アノック、フールーダ様を守り…いえ、帝国の尊厳を守ってみせます。」

 ニンブルの言葉に皇帝は頷き、危なっかしい雰囲気の一行を見送った。

 

 その後ニンブルを除く全てのものが帝国には戻らぬとも知らずに。

 

+

 

 一行は二台の馬車と馬で移動していた。

 一台にはフールーダとその弟子達が乗り、一台には見学を受け入れてくれた礼の品が積まれている。

 帝国の騎士は誰もが信じていた。

 あの神王陛下ならばエ・ランテルを見事復興されているはずだ、と。

 そしてそれが間違っていなかったことに騎士達はすぐに胸を熱くするのだった。

 近郊は見えてもエ・ランテルは変わらず覗くことができなかった為、魔樹襲来後初めて見るその都市は、水の都になっていた。

 

「落ち着いてください!フールーダ様!陛下に呉々も魔導国の皆様にご迷惑をお掛けしないように言われたのをお忘れですか!」

 案内を任せられていた陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインとその部下たち、そして光の神官長イヴォン・ジャスナ・ドラクロワは優しい瞳で帝国の団体を眺めていた。

 

 ニンブルは環状三号川の外に建つ入国管理・東塔に入った時からフールーダの暴走にほとほと困らされていた。

 入れば普通の人間の衛士もいたが、信じられないほど礼儀正しいゴブリンと、帝国でも一匹捕らえている死の騎士(デスナイト)、講習官には西の魔蛇と呼ばれていたというナーガがいた。

 

 恭しげに貴賓にお茶を出す死の騎士(デスナイト)を前にしたフールーダはそこで一度目の絶頂を迎えた。

 そして都市内に入ると大量に設置されている――周りの明るさに反応してついたり消えたりする永続光(コンティニュアルライト)の前で弟子と共に絶頂した。

 二号川の幽霊船のヴァポレットには乗る予定がなかったのにも関わらず乗りたいとゴネにゴネ、仕方なくフールーダと弟子だけ乗せて他のものは馬と馬車で移動した。

 すると隣の停留所で降りる約束をしていたはずのフールーダは銅貨ニ枚で一律運賃だと知るや否や降りずにそのまま隣、また隣、とどんどん移動していき、帝国一行はばっちり町中にその痴態を晒したのだった。

 

 東二区から乗ったはずが西二区と呼ばれる真反対の停留所まで来て、ようやくフールーダは満足したように下船した。

 アンデッドの船長は愛想が良かったらしく、右側に見えるのが何、左に見えるのが何、と軽い観光説明を混じえた運航に弟子もホクホクといった様子で降りて来ていた。

 念のために一人付いて乗ってもらった陽光聖典隊員は対照的に、心底疲れたと言う様子で降りてきたのだった。

 

 帝国商人とスレイン州商人が出店を出したりして賑やかだった東に比べて西は閑静な住宅地という印象で、建物の窓辺には冬だと言うのに思い思いの花が掛けられ街を明るい雰囲気にさせていた。

 

「も…申し訳ございません…。ドラクロワ神官長様、そしてルーイン殿…。」

 ニンブルは改めて国より案内を任されてしまった可哀想な二人に謝った。

 すると、ニグンは機嫌良さそうに返してきた。

「何、神王陛下と光神陛下が一から生み出されたエ・ランテルは神都と同じくらい我が国にとっては尊く、また素晴らしき街ですからね。仕方ありません。」

「ニグンの言う通りです。さぁ、折角西二区に来たのですから、神王陛下の御考案されたチンタイのコンドミニアムをお見せしましょう。皆様、こちらです。」

 先頭を歩く神官長にすぐそこまで案内されると、そこには秘密の花園と言った雰囲気の中庭を持つ管理の行き届いた建物があった。

 

「ドラクロワ殿!!あのゴーレムはなんですかな!?」

 フールーダを興奮させるものが何処にでもある事にニンブルのみならずレイナースも苦笑する。

 しかし、帝国騎士達は相変わらず「流石神王陛下」と言い続けていて、もしや魅了の魔法をかけられたのではと思う程だった。

「ああ、あれは神王陛下がコンドミニアムに一体づつ配備したゴーレムです。彼は花や鳥の世話と、共用部の掃除、そして月に一度入居者から家賃の回収を行っています。」

 なんと近未来的なんだとフールーダは贅沢なゴーレムの使い方に唖然とした。

 

「ここは州営と仰っていたが…余程月々の金額はお高いのでしょうな…。税収もすごそうだ…。」

 カーベインは、チンタイと言う新概念に心底感服していた。

 そして騎士達は皆、国籍さえ取れば住めると言うそこに憧れ掛けていたのだ。

 しかしゴーレムを置いてこれだけ綺麗に管理される物が庶民の手に届く額な訳がないのだ。

「あ、いえ。大体三十日普通のクラスの宿屋の個室に泊まる四分の三程度の値段です。ここはコンドミニアムの中でも中クラスですからね。」

 カーベインの呟きを聞き取った陽光聖典副隊長がきちんと答える。

 

 ニグンは自分の部隊の行き届いた様子に満足げに頷き付け加えた。

「王国エ・ランテル約五つ分の大都市へと成長した我が国のエ・ランテルは土地もまだふんだんに残っています。買うなら今ですよ。私も畏れながら約束の地の近くに別荘を持ちましてね。」

 ニグンの自慢話にカーベインは移住を決意した。

 その晩直ぐに帝国の妻子と両親に手紙を送り、皇帝にも謝罪と辞任表明の手紙を送り、すっかり神聖魔導国に居ついてしまうのだった。

 家族も当然執事やメイドを連れて、一歩遅れて移住してくる。

 後にカーベインが庭付き一戸建てを建てると、その周りは帝国出身の元貴族達も越してきて住み始め――そこは中華街ならぬ帝国街と呼ばれたりしたとか。

 帝国騎士も皆その晩カーベインを真似、友人騎士や、貴族位を剥奪され力も未来もなくした友人などをエ・ランテルに呼んだ。

 新しく三区にたったばかりのL字形のコンドミニアムは、美しい庭と川が見える眺めの良いものだった。

 それには元帝国騎士ばかりが住み、殆どの者は入国管理局や冒険者育成窓口に再就職を果たすのだが、それはまた別のお話。

 

「フールーダ様!?」

 するとまたフールーダが問題を起こしていることを告げる声がニンブルの耳に届く。

 そちらに目をやれば、冒険者のような少女がフールーダと何やら話し込み始めていた。

 手招きするフールーダに嫌々近付けば、昔の教え子がそこに住んでいたようだと少女――アルシェ・イーブ・リイル・フルトを紹介した。

 

「ちなみにフルト君、君は神々を見たことがあるのかな…?」

 周りの弟子たちとレイナースがゴクリと喉を鳴らすのが聞こえた。

「…見ました。」

「して…その…お力は……。」

「光神陛下は、十一位階というところかと思います…。」

「じゅっじゅういち!?師よ!そのようなものがこの世に存在するのですか!?」

 近頃では光の神の名前を直接呼ぶのは不敬だとヴァイセルフ州知事が就任時に呼んだその敬称で――特別何の地位も持たなかったフラミーを便宜上国民は光の神、光神陛下と呼ぶようになっていた。

 

 フールーダは待て待てと興奮する弟子を落ち着かせ、アルシェに先を促す。

「ドラクロワ殿と陽光聖典の皆様の前でこんなことを言うのは失礼かもしれんが……光神陛下は神王陛下よりお力が劣るとわしは見ておる。神王陛下は如何じゃった。」

 本当にがっつり失礼をかますフールーダに、帰ったら全てをジルクニフに言い付けようとニンブルは決めた。

 

「神王陛下は…わかりません。余りにもすごすぎる魔力の奔流を前に、直視することも難しいです。でも、言うなれば、十二位階でしょうか…。」

「そんな位階が存在するのかフルト君…。」

 アルシェに講義で教えていた弟子が信じられないと言う視線を投げる。

 するとアルシェも不安げに口元を手で押さえ、悩み始めた。

「わかりません…。私もそんなものがこの世にあるのか…神王陛下にも光神陛下にもお聞きしたことはないので…。」

 それはそうだと弟子達も神妙な顔になる。

 

 そして答えを求めるかのように魔導国の者に目を向けると、ドラクロワ神官長が代表して応えた。

「神王陛下もフラミー様も…失礼、光神陛下も第十位階を超えた超位魔法と呼ばれる魔法をお使いになります。陛下方はいつも、自分達の間に上下関係はないと仰っておられます。」

 神官長は興奮したように舌でペロリと唇を湿らて、さらに続ける。

「しかし、強いてお力を比べるとするならば、たしかに神王陛下は光神陛下を上回るでしょう。今回王国の不信心者達を生き返らせる際、光神陛下は神王陛下よりお力をお借りしながら行われました。」

 陽光聖典と何故か帝国騎士達もうんうん頷いている。

 

「超位魔法…。」

 確かめるようにアルシェが繰り返す。

「そのようなものが…なんと素晴らしい…。」

 フールーダはこの旅に来て良かったと心底思った。

 そして紹介状を書いてくれた皇帝ジルクニフに心から感謝した。




次回#42 レイナースの失態


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#42 レイナースの失態

 帝国から神都に書状が届いた。

 それは帝国のトライアッド、フールーダ・パラダインのエ・ランテル見学と、わずかな時間で良いから少しでも魔法談義に付き合ってほしいと言うものだった。

 神都に行き、その手紙を確認したアインズは周りをそわそわする神官長達に囲まれたらしい。

 いつもは遠隔の監視や覗き見への対策を万全にしているが、あの日ばかりは神都からエ・ランテルの様子が見えるようにしておいたため、神官達の忠誠心が天元突破していた。

 

 アインズは午後のフールーダとの謁見に向け事前準備を進めていた。

 帝国には魔法省と呼ばれる厨二心くすぐる素晴らしい機関があると言う。

 そこの長が来ると言うのだ、何をするどんな所なのか詳しく教えてもらって、あわよくば神聖魔導国内にそれを作りたいと思った。

 

「よく来たな、フールーダ・パラダイン。そして共の者達よ。」

 アインズは支配者らしい喋り方を――人払いをした寝室で一生懸命練習していた。

 するとノックと声が響く。

「アインズ様。そろそろお召し物のお支度を。」

「そうか、もうそんな時間か。それなら仕方ないな。」

 少し気持ちが疲れて来たところだった為すぐさま寝室を後にした。

 

 ドレスルームに入れば、そこには赤、青、紫、黒、白の五着のローブが出されており、どれも派手だ。

 いつものように相応しいものを選んでおくように言ったが、今日は一着に絞られていない事に少しの不安を感じる。

「どれも私には少し派手ではないかな?」

 アインズ当番はキラキラする瞳を向け、ブンブンと顔を振った。

「とんでもございません!どれもアインズ様によくお似合いになるかと思います!さぁ、どちらに致しましょう!」

 アインズとしてはいつものローブが良いと思うが、絶対者が毎度同じ服を着ていては沽券にかかわる。

 しかしコーディネートに少しも自信のないアインズはいつも人任せだ。

「そうだな。フラミーさんはもう着たのか?あちらのコーディネートに合わせよう。」

 フラミーは服が好きみたいだし、最悪意見を仰げば良いと思ったのだ。

「畏まりました!それではフラミー様に御入室の許可を頂いて参りますのでお待ちください。」

 さっと頭を下げるとアインズ当番は出て行った。

 ふぅと一息ついてこんなの買ったっけと赤いローブを眺めているとアインズ当番はすぐに戻ってきた。

「お待たせいたしました。フラミー様はもうお召し替えを済まされていたのでいつでもどうぞとの事です。」

 うむと頷いてからフラミーの部屋へ向かい、入るとドレスルームから盛り上がる女性陣の声が聞こえてくる。

 いつでもどうぞの意思表示なのかドレスルームの扉は開けられていた。

 

 アインズはドレスルームに顔を覗かせ、扉の枠をコンコンと叩いた。

「フラミーさーん、今日何色か教えてくださーい。」

 フラミーは黄金の瞳で振り返った。

 肌よりも薄いラベンダーカラーの大きく背中の空いた長いエンパイアドレスに、白く長いベールをそれぞれの肩から垂らしている姿が目に入る。

 いつも背で畳まれている翼は引きずるように下げられ、肩のベールが翼の上から重なるように長く垂れている様は実に悪魔らしくない。

 チョーカーのように着けるのが定番になっていた通称思い出ネックレスは珍しく本来の長さで着けられているが、バックワードネックレスのようにチャームは背中側に垂らされ肩甲骨と翼の間で輝いていた。

 アインズはたまにフラミーの着る服達に、そんな装備ユグドラシルにあったっけと思う事があったが、装備の仕方で同じものも随分印象が変わるものだとしばらく見つめた。

 

「あ、アインズさん!私今日は肌色(・・)ですよ!」

「肌?あ、なるほど。はははは。じゃ俺も肌色(・・)にしようかな。」

 後ろから五着のローブを持ってついてきていたアインズ当番がせっせと白いローブを広げてよく見えるようにしていた。

「わー肌色いいじゃないですか!こないだラナーちゃんの就任式で黒だったし、メリハリですね。」

 うふふと笑うフラミーにそう言うものかとアインズは心得ていたかのように頷いた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「フラミー様、初めて帝国の者と謁見されるにふさわしいピアスはこちらのラインかと思うのですが如何でしょうか。」

 フラミー当番の声に視線を向けると、アクセサリートレイにはピアスが大量に乗っていた。

 え?その中から選ぶの?とアインズが呆然と眺めていると、フラミーはトレイをしばらく眺め、いくつかをジャラリと指で転がすと、楽しげにアインズを見た。

「アインズさんどれが良いと思います?こう言うダイヤの連なった細いピアスも繊細でいいと思うんですけど、やっぱり大振りゴテゴテビジュー系がカッコいいですか?」

 何を言われてるのかまるでわからないアインズは来るタイミングを間違えたと思った。

「そ、そうですね…ネックレスがシンプルですしゴテゴテいいんじゃないですか…?」

 精一杯の意見だったが、女性陣がオォ!と声をあげゴテゴテしたピアスをあれやこれやと試し始める。

 どうやら意見としては正解だったらしい。

「それじゃ…俺も着替えてこようかな…。行くぞ。」

 アインズは次は髪飾りと楽しげな声に背を向けアインズ当番と部屋に戻った。

 

+

 

 神王はエ・ランテル、闇の神殿に転移の鏡でその姿を現した。

 白磁の顔に白いローブを纏うその姿は実に神々しかった。

 まるで不可侵の聖域とでも言うような姿にニンブルは言葉を失う。神とはこう言うものかと。

 隣に立つ光の神は四対の翼をトレーンのように引きずっている。

 作り物のようなその顔は美しく、決して人間の手に入れられるものではないと思わされた。

 そして他にも守護神と呼ばれる美しき異形達が侍っていた。

 

 想像通り、フールーダは相手が話すのも待たずに一人喋り出した。

「…魔法を司るという小神を信仰して参りました。ですが、それが神王陛下と光神陛下でないと言うのならば、私の信仰心は今搔き消えました。真なる神々よ…。」

 そして勢いよく床に額を付け、ゴンッと痛そうな音が聖堂内に響くが感動に涙を流し続けるフールーダは気にした様子もなかった。

 

「失礼と知りながらも、伏してお願い申し上げます!私に両陛下の教えをお与えください!!私は魔法の深淵を覗きたいのです!!!何卒!!どうか!何と――」

 

「騒々しい。静かにせよ。」

 アインズはここぞとばかりに練習の成果を披露していく。

「良し。よく来たな、フールーダ・パラダイン。そして共の者達よ。」

 

「神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下!どうかこのフールーダ・パラダインの――」

 一時静かになったはずが再び興奮し始めたフールーダに尾を生やした理知的な雰囲気の男性から声がかかると――

『静かにしなさい。不敬ですよ。』

 フールーダはついに静まった。

 

「よせ、デミウルゴス。」

 デミウルゴスと言う名の凛々しいそのものは恭しく頭を下げた。

『自由にしたまえ。』

 

「神よ…どうか…神よぉ……。」

 フールーダは今は話ができるような雰囲気ではなかった。

 一番にフールーダには魔法省の事を聞きたいと思っていたが、アインズは取り敢えず守護者達を紹介して行った。

 そしてデミウルゴスを紹介すると騎士達がざわめいた。

「ん?デミウルゴスがどうかしたかな?」

 アインズの問いに騎士達を代表してカーベインが答えた。

「は。あの魔樹討伐の後、デミウルゴス様のその理知的で慈悲深い物腰に、騎士達は皆男として憧れてしまいまして…。デミウルゴス様が陛下方に信頼されている様子を見たら、なんといいますか…皆自分の事のように嬉しくなってしまったのです。」

 

 思いもしない返答にアインズも、なんとデミウルゴスも一瞬惚けた。

 しかし、確かにこいつは歩き方も決まっていてかっこよくてずるいと思った事もあるとアインズは納得する。

「そうだろう。デミウルゴスは我が配下の中でも指折りの知恵者だ。そうあれと私の仲間が創造したのだ。ウルベルトさんに聞かせてやりたいものだよ。ふふふ。」

 アインズは親友のウルベルトとその自慢の息子を褒められた気持ちよさからカーベインと帝国騎士への好感度を急上昇させた。

「な、アインズ様、い、いえ…私は…。そのぅ…。」

 嬉し恥ずかしと言う様子のデミウルゴスの態度は帝国騎士達をなぜか和ませたのだった。

 

 その後も順調に守護者を紹介していくと、最後にフラミーの番を迎えた。

 アインズのすぐ後に紹介すると大抵アインズの方がえらいと思われる事が多いので近頃では最初にアインズが名乗り、最後にフラミーを紹介する事で勘違いを未然に防ごうとしている。

 

「そして、こちらはフラミーさんだ。」

「フラミーです。皆さん宜しくお願いします。騎士の皆さん、この間はどうも。」

 ニコリと笑うフラミーに男達はとろけたような視線を送った。

 ――元はCGで美しく作られた顔なのだ、美しくないわけがない。

「んん。光神陛下は復活の神だとお聞きしたのですが…。」

 レイナースの少しぶっきらぼうな咳払いに、とろけた男達は途端に表情を締め直した。

「ふ…そうです…私こそ復活の神です…。」

 フラミーは欲しかったわけでもない称号に遠い目をした。

 

 レイナースはゴクリと唾を飲んだ。

「神王陛下!!光神陛下に私のこの、醜き顔の治療をお願いしてもよろしいでしょうか!!」

「…レイナース・ロックブルズよ。何故私に許可を求める。いや、帝国の皆さんには説明がまだだったな。光の神は闇の神の部下なのか、どちらが上の立場だ、と聞かれることがままある。だが、彼女は私の大切な友人だ。私の方がほんの少し年上というだけでフラミーさんは私をよく立ててくれている。それが君達の目には上下関係に映るかもしれない。それでも私達は対等であると覚えておいてもらおう。」

 瞳の灯火が燃え上がるように赤くなると、レイナースは睨まれたと直ぐに分かった。

 

 ――失敗した。完全に失敗した!

「も、申し訳ございません、神王陛下。」

「違うぞ、私ではなく、フラミーさんに失礼だと言っているのだ。」

 さらにレイナースは失態を重ねたようだった。

「申し訳ありません!!光神陛下!!」

 

 ダラダラと顔が汗を伝うと、膿が汗とともに美しい黒い大理石の床の上にポタリポタリと落ちる。

 なんと忌々しい顔なんだと、慌てて汚してしまった床をその手で拭いていると、光の神の朗らかな笑い声が響いた。

 

「ははは、良いですよ。私はアインズさんを尊敬してますから。それにアインズさんの方がほんの少しお兄さんなんですから、上といえば上の立場です。」

「…本当に申し訳ありませんでした陛下…。」

「気にしてませんよ。アインズさんもお兄さんなんだから許してあげてください。」

 顔を神王に向けると神王はふぅ、とため息をついた。

「もういっそアインズでも良いんですよ、フラミーさん。」

「え、あ、あいんずですか?……無理です。あ、私こそフラミーで構いませんからね!」

 二人のやりとりは本当にただの友人というような雰囲気だった。

 

 騎士達と聖典達、そして神官達は少しお兄さんって五百歳くらいかな?と考えていた。




おフラさんのイメージ図が今更できました!!
https://twitter.com/dreamnemri/status/1130081854072057857?s=21
皆さんイメージと違いますか?
誰か美しく描いてやって下さい…!
紫の肌って悪魔っぽくていいんじゃないと思ったんですけど、
紫の肌に尖った耳ってバリバリ魔族丸出しでした。

ちなみにアインズ様も、呼び捨ては辞退されたようです( ・∇・)
ああ、いつか二人は呼び捨てしあえるようになれるのでしょうか!
大人になってから出来た友達を呼び捨てにするのって、何故かものすごく難しいですよね。
子供の頃はあんなに簡単だったのに!
大人って難しい!!(小学生並み感想

次回#43 奇跡のオシャシン


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#43 奇跡のオシャシン

「それで、レイナースさんの顔の治療でしたっけ?」

 フラミーはレイナースに近寄っていく。

 願いが聞き届けられるのかと皆瞬きを堪えて二人の様子を見続けた。

 

「っは、っはい!私のこの顔は、昔村を救う為に魔物を滅した時に受けた呪いでございます。帝国はもちろん法国にも王国にもこれを治せるものは一人としておりませんでした…どうか、どうか御身の奇跡を我が身にも与えては頂けないでしょうか…。」

 レイナースはこれ以上失態できないと慎重に言葉を紡いだ。

 

「なるほど…」

 アインズは、こんな呪い簡単に解けるだろうに難しい顔をするフラミーに、やっぱり部下扱いは不愉快だったかなと思った。

 フラミーはアインズが皇帝と支配者同士仲良くしたいと言っていたことを思い出し、少し考えていた。

 

 部下にまず幾らか恩を売って好感度アップが望ましいだろうが、一応皇帝も治してあげたいと思っているのか聞いておいた方が確かだと思った。

 これが部下だけでなく皇帝にも直接恩を売れる行為ならより望ましいはずだ。

 本当は皇帝からお願いされたかった。

「光神陛下…いえ、フラミー様…もし解呪頂けるのなら、このレイナース。貴女様に全てを捧げます。」

「皇帝も、このことは?」

 

 ニンブルは帝国内の状態を察したような女神の発言にわずかに驚いた。

 いや、神々に隠し事などできようはずもないのかもしれない。

 レイナースは解呪されれば皇帝の元を離れるだろうが、それを皇帝は良しとするのか――わからない。

 ニンブルが迷宮に潜り込もうとしていると、レイナースの明るい声が響いた。

 

「当然、お望みです!」

 

 勝手な真似をと同僚の女をニンブルは忌々しげに睨んだ。

 

「…良いでしょう。」フラミーはそういうと中空から白いタツノオトシゴの絡みついた杖を引きずり出し、レイナースに向けた。「大治癒(ヒール)。」

 

 何も変わらないその様子に周りの者は少し首をかしげるが、レイナースだけはハッとし、ポケットから膿を拭くためのハンカチを取り出すと、ゴシゴシと顔をこすった。

 膿に埋もれ下――ぐずぐずになっていたはずのその顔は、今拭き取った膿によって少し黄色くなっているが何年も求め続けたレイナースの本来の顔だった。

 

「あ…あぁ……。うっ…うぅぅううわあああ!!」

 レイナースは人目も憚らずにフラミーの足元で這いつくばって泣き始めた。

「あらら…大丈夫ですよ。」

 フラミーがその肩を優しく抱くと、レイナースはフラミーに縋って泣き続けた。

 その神の奇跡に騎士団も聖典も神官長も皆目を潤ませていた。

 

 レイナースの嗚咽だけが聞こえる聖堂内に、鳴り響くは場違い音。

 

チャカっじー――…。

 

 シャルティアがカメラのシャッターを切った音だった。

 

 シャルティアはすぐ様写りを確認すると、師匠フラミーに見せて恥ずかしくないそれに満足した。

 フラミーは落ち着き始めたレイナースから離れ立ち上がった。

「…フラミー様。私の全てを御身に。」

 レイナースはそう言うと美しく跪き直し、ドレスの裾を恭しく手に持ち口付けを送ってから陽光聖典の末席位置に移動して行った。

 

「「え………?」」

 フラミーとアインズは二人でつい疑問を口にしてしまうと、レイナースは支配者達の心配事に思い至った。

「神王陛下、光神陛下。きちんと自分で帝国へ辞任の書状を(したた)めます。今後の神聖魔導国での配属先が決まれば、義理として皇帝にきちんとそれも報告しますのでどうぞご心配なきよう!」

 明るく声を張るレイナースに、ニグンはその姿をちらりとも見ずに告げた。

「当然の配慮だ。今後は両陛下をご不安にさせぬようしっかり働きなさい。」

 

 何が起こっているのかわからない支配者達を取り残して、聖堂内は当然だよね、うんうんと言った空気であふれていた。

 

 アインズはぽり…と頬を掻いた。

「あ…そうなの…?んん。いや、そうだな?さて、フールーダ・パラダインよ。私はお前に聞きたいことがある。」

 遂に自分の番かとフールーダは鼻息を荒くする。

「は!!何なりと!!」

 こちらも明るく声を張る様子にアインズは少し引いた。

 

「…うむ。帝国には魔法省と言うものがあるな?しかし、我が魔導国にそれはない。我が国も魔法省と魔法学院を作りたいと思うのだ。そこでーー」

「お任せください!!」

(ん?)

 フールーダはやる気に満ち満ちていた。

「このフールーダ・パラダイン、見事神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国に魔法省、いえ魔導省並びに魔導学院を設立して見せます!!」

 アインズとフラミーは顔をパッと明るくして目を見合わせた。

 なんて親切なおじいさんなんだと。

 それに魔導省に魔導学院と言うのは中々良い言い回しじゃないかと二人は感心した。

「そうか!やってくれるか!」

 例えノウハウを聞いても経験者がいなければ中々痒いところに手が届かないだろう。

 アインズもフラミーも最初はなんか煩い変な人だと思ったが、パラダインお爺さんの好感度はうなぎ登りだった。

 

「ふ、フールーダ様!?」

 帝国はこの破茶滅茶爺さんを失えば潰されてしまうとニンブルは慌てた。

 フールーダ・パラダインと言えば、人間種の魔法職なら大陸全土に四人しかいない、英雄の領域を超えた逸脱者の一人。 三系統の魔術を組み合わせた儀式魔で寿命を延ばし、帝国には六代前の皇帝から仕えている。

 フールーダの存在を仄めかすだけで他国を威圧することも可能な程の、大切な防波堤なのだ。

 それを失うことは想像を絶する、目を覆いたくなるほどの被害だ。

 

「いけません、フールーダ様!どうかお考え直しを!」

 しかしフールーダはニンブルごときに止められるじいちゃんではない。

「ニンブル、わしはちゃんとジルに許可を取る手紙を出すつもりじゃぞ?何の問題があるというんだ。」

「な、何って…そんな…そんな…!」

 

 何やら必死でフールーダを説得する様子にアインズとフラミーは目を見合わせた。

「ニンブルさん、フールーダさん。別に私達は無理に来ていただかなくても…。」

 フラミーがそう言うと、フールーダはニンブルの頭をバシンと叩き、フラミーとアインズの足元へ寄った。

「ど、どうかそう仰らずに!!このフールーダに魔導省並びに魔導学院の設立をお任せください!そして、お気に召していただいた暁には、どうか魔法の深淵を覗かせて下さいませ!!」

 伏して頼み込んでくる不思議なお爺さんに、やはりアインズとフラミーは顔を見合わせるのだった。

 

「フールーダ様!!そんな!!フールーダ様!!」

 一人で小旅行に行きたいという老人に、心配だから我慢して下さいと家族が頼み込む光景のようだとアインズは思った。

「良かろう、フールーダ・パラダイン。しかし、身内の方々に迷惑と心配をかけるのは良くない。ちゃんと手紙を週に一回はエル=ニクス皇帝に送れるな?」

 

「おぉ!神よ!!感謝いたします!このフールーダ、必ずや陛下のお役に立つ事をお約束いたします。そして皇帝に手紙も送ります!おい、お前達はどうする?」

 フールーダは己の高弟達に声をかけた。

「勿論我らはフールーダ様にお供させて頂きます!」

 いい返事に満足したように頷いたが、フールーダは流石にレイナースのように帝国の列を離れたりはしなかった。

 いや、最早ここに帝国の者はニンブルのみだとすら思っていた。

 

「さて、それではそろそろ時間かな?」

 アインズの声にアルベドと神官長が頷いた。

「この度の謁見、実に有意義で面白かったぞ。帝国は皆良い者達ばかりだな。エル=ニクス殿にも近いうちにお会いしたいものだ。」

 はははと笑い帰ろうとすると、何かを思い出したようにフラミーはふと足を止めた。

「あ、アインズさん待って下さい。シャルティア。」

 カメラを抱えたシャルティアはとてててと駆け寄り、フラミーのすぐ前に跪いた。

「はいフラミー様!シャルティア・ブラッドフォールン、御身の前に!」

 きっと褒められるとワクワクする瞳が実に愛らしい。

「シャルティア、さっき撮った写真を帰る前にドラクロワ神官長にあげてくれる?」

「畏まりんした!」

 そしてまたタタタと走って行くと、写真を見せた。

「人間の身でありながら、フラミー様とアインズ様の写る尊きお写真を頂けることによく感謝するように。この素晴らしき一枚はおんしらの命よりも――」

「シャル!シャルちゃーん!」

「はい!フラミー様!兎に角、大切にしなんし!」

 そう言って嫌々写真を渡すとフラミーの元へ走って戻った。

 えらいえらーいと頭を撫でられシャルティアは相貌を崩すと、何の手柄もまだ立てられていないが、今ばかりはとりあえず我慢しようと思った。

 

+

 

 神々が去った後、聖堂内を一行は案内された。

 ニンブルは顔を青くし、魂が抜けたようにトボトボと後ろをついてきていた。

 

 魔導国の者達は早く帝国も魔導国に降ればいいのに…と思いながら少しだけニンブルを可哀想に思った。

 

 すると、問題児ならぬ問題爺が口を開いた。

「ドラクロワ殿、先程守護神殿が仰っていたオシャシンとは一体何なのですかな?」

 ドラクロワとニグンは先程のシャルティアに負けないくらい目を細め、その締まっていた顔を崩した。

 

「ふふ、仕方ありませんね、神聖魔導国の民となられるパラダイン様にはたった今下賜されたこちらをお見せしましょう。」

 そこには感涙にむせぶレイナースがフラミーに抱きとめられ、それを見下ろすアインズが写っていた。

「こ…これは…なんと言う写実性…。彼の方は余程絵の才能がおありなのですな…。」

「いえ、パラダイン様。こちらはカメラと言う神の生み出した景色を切り取るマジックアイテムで生み出されるものなのです。絵ではございません。」

 あまりよく分からないと言う様子のフールーダにニンマリと魔導国勢は笑うと、闇の聖堂の入り口付近に帝国一行を連れていった。

 

 そこには魔導王が平和について語り、痛み入るランポッサⅢ世、そして差し伸ばされた慈悲深き手に戦士長が感動すると言う素晴らしい写真がかけられていた。

「ほほう、こちらもそのオシャシンですかな?」

「その通りです。このお写真の偉大さと言うのは、この通り、絵と違い複製が容易にできるのです!」

 ドラクロワの声に合わせて――ニグンが入り口前に設置されていたテーブルの上にドンっと大量の写真を出した。

「な!?こ、これも、これも、これもこれも、寸分違わず同じ絵…いや、オシャシン…!」

 フールーダは写真を興奮したように手に取った。

 フラミーがその手で撮った最初の一枚は神都大神殿に安置されているが、ラナー就任式後パンドラズ・アクターの手によって大量に複製されていた。

「そうなのです。今ではかつて王国民だったエ・ランテルの人々の家には大抵飾られていますよ!」

 ドラクロワの興奮が騎士達に伝わって行く。

 王国から神聖魔導国へ渡った事を許されるようなその写真は、少しだけ後ろめたい気持ちを持っていた旧王国民の心を見事に射止めたのだ。

 庶民には少しばかり値が張るが、宗教画を買うよりもはるかに安く、国中の闇の神殿、聖堂で複製が売られ始めると瞬く間に売れていったらしい。

 

「もちろん神都でも多くの者の手に渡っていますが、神都では王国の者達が写っていなければと皆よく言っております。」

 はははと軽快な笑い声が響く中、それを見ていたカーベインが五枚手に取った。

「私も神王陛下のお姿を家に飾ろう。いくらだね?」

「一枚あたり銀貨二枚です。五枚のお求めで銀貨十枚です。」

 陽光聖典の副隊員が普段ここに勤める守護神セバスのお気に入りの娘の代わりを行なった。

 カーベインが会計をしていると、それを見ていた帝国騎士達も二枚づつ手に取り後ろに並んで行く。

 

 すると、レイナースがドラクロワに遠慮がちに話しかけた。

「あの、ドラクロワ神官長様、私が写っているそれもこうして売られるのでしょうか…?」

「勿論です。奇跡とは誰にでも与えられる可能性を持つ事を全国民は知る権利があります。」

「では、販売の目処がつきましたら、どうかお知らせ頂けないでしょうか。素晴らしき両陛下とともに写っているオシャシンを一刻も早く手に入れたいのです。」

「良いですとも。あなたに連絡し、なんなら一番にこれを手に入れられるようにしましょう。あなたにはそれだけの権利がある。」

 

 レイナースは帝国の者達には見せたことがない笑顔でニコリと清々しく笑った。

 そして、取り敢えず王国の戦争の日のオシャシンを十枚買ったのだった。




ひこうにんふぁんくらぶ は なまじゃしん を うりはじめた!

フラミーさんの杖がどんなもんじゃいということで書きました!
https://twitter.com/dreamnemri/status/1130251093500280832?s=21
褒められて良い気になったのでたまに挿絵入れていけたら良いなと思います!


次回 #44 閑話 その後の仔山羊達


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#44 閑話 その後の仔山羊達

 魂を媒介に召喚された十匹もの可愛らしい仔山羊は消えず、今日も第六階層を元気に駆け回っていた。

 

「あたしもアインズ様とフラミー様の生み出された仔山羊を預かれるのはとっても光栄なんですけど…あの無礼な蜥蜴人(リザードマン)達とドライアードが嫌だって言うんですよ。」

 アウラはそのくらい我慢しろー!と憤慨しているが――口ではそう言いながら、何だかんだと自分の階層の者が仲良く幸せに暮らせるように気を配っている様子がアインズには伝わって来ていた。

 いかんせん仔山羊は触手まで含めると十メートル近くある。三階建ての建物に相当するサイズだ。巨大すぎた。

「苦労をかけたな、アウラ。他にも広い階層はあるのだから今から受け入れ先を探して来るとしよう。」

「ありがとうございます、アインズ様!でも御許可を頂けるならあたしが皆に聞いて来ますよ!」

 お任せくださいと胸を張るアウラの頭をくしゃりと撫で付けると、可愛い娘はくすぐったそうに笑った。

「いや、久し振りに各階層を見て回る良い機会だからな。私が行くとも。えーとフラミーさんは…――。」

 

+

 

 フラミーは畑を一部踏み抜かれたピッキーとピニスン、そして現地産トレント達に頭を下げていた。

「すみません、本当うちの子達が…。ほら、ちゃんと謝らないと。」

 フラミーは足にトマトの残骸を貼り付ける自分の生み出した不出来な仔山羊の足を手のひらでパンと叩いた。

 

 メエェェェェェ………

 

 申し訳なさそうにする巨大な仔山羊にピニスンとトレント達は顔をヒクつかせていた。

「それじゃあ、私ザリュースさん達のところにも謝りに行かなきゃいけないんでこれで。本当すみませんでした。」

 ペコペコと頭を下げながら立ち去るフラミーを最敬礼でピッキーは見送った。

 

 フラミーは蜥蜴人(リザードマン)の宿泊施設を直すマーレの下についた。

「マーレ、本当にごめんね。」

「え!あ、ふ、フラミー様!僕は全然構いません!」

 マーレが施設を破壊されたことを心底何とも思っていない様子で応えるのがむしろ怖い。

「ザリュースさん達は?」

「あ、あちらで仔山羊対策会議を開くそうです!」

 

 礼を言いマーレの言った方へ向かえば、すぐに湖と林の間に目的の人物達を見つけた。

 そこからは仔山羊に罠を張るとか、むしろ訓練になるかもしれないとか物騒な事を話している声が聞こえて来る。

 緑爪(グリーンクロー)族のザリュースと目が会うとフラミーは手を振った。

「ザリュースさーん!シャーしゅーリューしゃーーー…っく、しゃーしゅーりゅー…しゃー。すー。りゅー…。しゃーすーるー…ああ!」

 フラミーは頭を抱えてザリュースの兄をいつまで経っても呼べないことに苦悩した。

「こ、これはフラミー様!シャシャとお呼びいただければ良いと言いましたのに!」

 シャースーリューが駆け寄るが、フラミーは頭をブンブン左右に振った。

「折角ですけど、シャシャさんじゃザリュースさんもクルシュさんも、奥さんも皆シャシャしゃんじゃな……くっ……皆シャシャさんじゃないですか!」

 ただ折衷案もうまく言えないだけだと言うことを露呈させながらフラミーは申し出を断った。

 竜牙(ドラゴンタスク)族のゼンベル・グーグーがグヮハハハとワイルドな笑い声を上げると、フラミーの後ろについて来ていた可愛らしい仔山羊の一体からビッと目にも留まらぬ速さで触手が振るわれ、会議時に地面に書いていた図が抉り消された。

 当たっていたらゼンベルは煎餅になっていただろう。

「は……は……ははは…。いや…失礼しました。俺はフラミー様を笑ったんじゃねーんですよ。ただ、ほら、この言いにくい名前の兄弟を笑っただけで、なぁ…?」

 同意を求められる鋭き尻尾(レイザーテール)族のキュクー・ズーズーはふぃと無視した。

 キュクーは知恵を奪う代わりに絶大なる防御力を発揮する鎧を身に付けていたが、復活後呪いが解け知恵が戻ってからはゼンベルを脳足りんだと評していた。

「フラミー様、このスーキュ・ジュジュ良い案を思いつきました。」

 小さき牙(スモールファング)族の黄色い族長にフラミーは視線で続きを促した。

「我々は敬称は不要ですので、シャースーリューさんではなくシャースーリューとお呼び下されば良いのです。なぁ、そうだろう皆。」

 それはそうだとうんうん頷く可愛い爬虫類達にフラミーは唸った。

 

「フラミーさん、何の話ですか?ザリュース、シャースーリュー、キュクー、スーキュ、ゼンベル。皆今回は悪かったな。」

 アインズからかかる声にフラミーは振り返ると複雑そうな顔をした。

「く…至高の支配者は噛まないとでも言うんですか?」

「え…?まぁあんまり噛みませんね。」

「じゃあ、『シャシャさんちの、クルシュさんが、シャー、スー、リューさんと、散歩した』って早口で十回言ってください。」

 後ろで仔山羊達がウネウネと触手を動かしながらメメメェェェ…メェエェメエェェェェェと各々早口言葉を言っている気になっているのが実に愛らしい。

 

「シャシャさんちのクルシュさんがシャースーリューさんと散歩した。シャシャさんちのクルシュさんがシャースーリューしゃんとしゃんぽした……」

 フラミーはにやりと笑った。

「うすす、噛みましたね。」

「噛んでませんとも……。」

「噛みました!」

「噛んでないです!」

『噛んだって認めて下さい!』

「あ、ずるい!でも俺にそんな卑怯な手は効かな――」

「「「「「噛みました」」」」」

 悪魔のスキルである支配の呪言に誘われ、レベルの低い族長達が声を揃えて噛んだと口にした。

 至高の支配者に生意気にも噛んだと指摘してしまった族長達は慌てて口を抑えるが、支配者達は心底おかしそうに笑った。アインズは鎮静と笑いを繰り返したが。

 

+

 

 アインズとフラミーはシャルティアの元に来ていた。

 

「と言うわけで少しでも第六階層から他所の階層に引っ越させたいのだ。」

 一体だけ連れてきた仔山羊はとてもシャルティアの住まいには入れず、外で吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)に見張らせている。

「仰ることはわかりんすが、妾の階層では天井を擦ったりしそうなので出来ればもう少し広いところを当たった最終手段にしていただきたいでありんす…。」

 外からズンズン…と言う足音が聞こえ出すと――

「それに、あれの体重では罠として敢えて脆く作られた床が抜けるかもしれんせん。」

 バギィという床を踏み抜く音と、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)達の「キャー!!ハヤクハヤク!!」という悲鳴が聞こえてきた。

 外から聞こえる恐ろしい音に三人は顔を見合わせると慌てて外に出た。

 

「うわ!こら、こいつ、あんまり動くなって言ったのに!」

 ふよんふよんと触手を動かす仔山羊はどこか申し訳なさそうだった。

「すまなかったな。シャルティア、お前は自分の階層の性質をよく掴んでいる素晴らしい守護者だ!<転移門(ゲート)>!」

 アインズは転移門(ゲート)に仔山羊を蹴り入れた。

「すぐに金貨で直すようにズアちゃんに連絡しておくから、少しだけ待ってね!ごめんね!」

 二人はそそくさと闇に身を投じると去っていった。

 

「あ…アインズ様…フラミー様…もう行ってしまわれんした…。お写真を一緒に撮って頂きたかったのに…。」

 

+

 

「と言うわけで少しでも第六階層から他所の階層に引っ越させたいのだが、流石に第一から第三階層は無理だったわけだ。」

「ナルホド。ソウイウ事デシタラ我ガ階層デ全テ引キ取リマショウ。」

 コキュートスは広がる雪原に仔山羊が居ることに何の不都合も感じないだろうと結論付けた。

「そうか!預かってくれるか!よし、では早速外に転移門(ゲート) を開こう。」

「畏マリマシタ。タダ、氷ノ湖ニ死体ヲ保存シテイル為ソコダケ行カナイヨウニ言ッテオイテ頂ケルト…――ン?」

 コキュートスと共にスノードームを出ると、そこには寒さ故か小さくクシュクシュになって震える哀れな仔山羊がいた。

「パトラッシュ!パトラッシュ目を覚まして!」

 パンドラズアクターに連絡してから後で入ると言っていたフラミーが仔山羊の巨大な足をすりすりと暖めていた。

「メエェェェ………メェ……。」

 仔山羊は冷気への耐性を持っていなかった。

「…コキュートス、せっかく預かってくれるという事だったが…。」

「ハイ。コレデ死ンデシマッテハ元モ子モアリマセンノデ…。」

 

+

 

「と言うわけで流石に第一から第五階層は無理だったわけだ。」

「なるほど。そういうことですか。」

「全くどうしたらいいもんか。」

 目を離すと意外と何が起こるか分からない為、赤熱神殿の前で三人は仔山羊を見ていた。

「ふむ、私にいい考えがあります。」

 デミウルゴスの声に二人はさすが知恵者!と目を輝かせる。

「いっそ、殺してしまえばーー」

「なんだとデミウルゴス?」

「デミウルゴスさん…パトラッシュ達殺しちゃうんですか…?」

 支配者二人は二度とこれだけの数は出せないだろうと思うと、重度の勿体無い病を患っている為悲しそうな顔をした。

「失礼いたしました。愚かな提案をした私をお許しください。」

 仔山羊に自由にするようにアインズが言った為、暖かくて気持ちがいいのか火山の麓に湧く温泉に腹を沈め、極楽と言ったような顔をしている。

 が、冷気耐性を持たない仔山羊が熱耐性を持つはずもなく、段々黒い体は赤くなって行った。

 

【挿絵表示】

 

「ふふ。本当可愛い。あの子アインズさんの子ですよね?」

「そうですよ。俺と繋がりがあります。」

「あの子、パトラッシュって名前付けてもいいですか?」

「ははは。どうぞ。でも実は俺も名前考えてたんですよね。フラミーさん所の子に付けようかな。」

「なんて名前ですか?」

「おにぎり君ですよ。」

「あはっ!可愛い!」

 

 デミウルゴスは二人を見て思う。

 何とかしてこの慈悲深い支配者達の為にパトラッシュとおにぎり君達を生かす術を考えねばならないと。

 

「アインズ様、フラミー様。このデミウルゴス、良き方法を考えますので数日お時間を頂けないでしょうか。」

「ほう、考えてくれるか。デミウルゴス。」

「勿論でございます。」

 支配者達は頷きあった。

「じゃあ、デミウルゴスさんお願いします。すみませんね、聖王国に悪魔送るのに忙しいって言うのに。」

「いえ、とんでもございません。慈悲深き御方々のお役に立てるようこのデミウルゴス、精一杯努めさせて頂きます。」

「あ!そしたら明日貪食の魔将(イビルロードグラトニー)を呼ぶ時は私のスキルで召喚しますよ!」

「おぉ、なんと優しきお言葉。是非よろしくお願い致します。」

 

 デミウルゴスはナザリックにいる憤怒、強欲、嫉妬ではない魔将を一日に一回召喚し、知識を共有してから聖王国に送り込んでいる。

 支配者達がパトラッシュを連れて立ち去ると、忙しくなるぞとデミウルゴスは肩を回した。




ナザリック生活スーパーエンジョイ!

ジッキンゲンの脳内仔山羊です。
https://twitter.com/dreamnemri/status/1130354447979241472?s=21


次回 #45 閑話 だって男の子だもん


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#45 閑話 だって男の子だもん

 叡智の悪魔は久々に宝物殿、応接間を訪れていた。

 

「――と、言うわけなんだよ。」

「なるほど。少なくとも宝物殿では飼えませんねぇ。」

 応えるは卵頭の領域守護者、パンドラズ・アクターだ。

「それはわかっているとも。しかし、こうしている間にも御方々は第六階層で肩身を狭くする仔山羊達を思って御心を痛めてらっしゃる。早急に解決案をお出ししなければ。」

「同感ですね。一番は冷気耐性のアイテムを持たせて第五階層の雪原に置いておく事だと思うのですが、アインズ様は当然それには…?」

 パンドラズ・アクターは支配者達がいない為、少しだけ姿勢悪くソファに寄りかかっていた。

「お気付きでだろうね。恐らく仔山羊がありのままで過ごせる環境と言う条件をお望みなんだろうと思うよ。御方の慈悲深さには頭が下がる。」

 二人は唸り声を上げた。

 

 するとデミウルゴスは突然姿勢を正してこめかみに触れた。

 

「はい。デミウルゴス…――これはフラミー様。――何と!すぐに参りますのでそのままお待ちを。」

 何が起こったのかを察したパンドラズ・アクターはデミウルゴスに頷いてみせた。

「すまないね、パンドラズ・アクター。私から押しかけておいて。」

「いえ、とんでもありません。どうぞいつでもいらして下さい。」

 手短に挨拶を交わすとデミウルゴスは転移して行った。

 

 パンドラズ・アクターは立ち上がると、応接室にかけられている拡大コピーされたアインズとの写真へ向けてゆっくりと頭を下げた。

 

+

 

 第七階層に転移したデミウルゴスは赤熱神殿へ小走りで向かった。

 すぐに神殿へ続く数段の階段にフラミーが座っているのが見えてくる。

「フラミー様!」

「あ、デミウルゴスさん!」

 到着に気づいたフラミーはすぐに立ち上がり、パンパンとローブのお尻辺りをはたいた。

 デミウルゴスはフラミーの前に着くと、何故敷物ひとつ出していないのかと、側で控える魔将達を一瞬睨んだ。

「用事大丈夫ですか?すみません、一時間近く早く来るなんて思いもしないですよね。」

「いえ。フラミー様をお待たせする程の事ではございません!」そう言うとフラミーの足元に跪いた。「デミウルゴス、御身の前に。」

「ありがとうございます、立って楽にして下さいね。」

「は!畏れ入ります。」

 わずかな時間しか膝をつかないとしても挨拶は大切だった。

 

「あのぅ、今日貪食(グラトニー)出すってお約束したじゃないですか。でも…考えてみたら私と知識共有してる子を呼んでも足手まといなような気がして。」

 フラミーは申し訳なさそうに指先をつんつんと合わせるとデミウルゴスを見上げた。

「確かに精神の繋がりのない者は御し辛いかもしれません。私がいつも通り呼び出しますので御身はどうぞお気になさらず。――しかし、それだけならば先ほどの伝言(メッセージ)でも宜しかったのでは?」

 フラミーはキョロキョロと辺りを伺うと、少し背伸びをしてデミウルゴスの肩に片手で触れると耳元に唇を寄せた。

 デミウルゴスは至高の存在に触れられたことに一瞬うろたえそうになったが、内緒話のポーズだと言う事にすぐに思い至る。

 軽く小さくなりながらフラミーの方の肩を下げた。

「実はアインズさんに内緒の話というか…相談があるんです。もし今時間がなければ出直します。」

 そう言うと、フラミーはデミウルゴスから離れた。

 至高の支配者に秘密。

 果たしてそんな事が許されるのかとデミウルゴスは身を固くした。

 もしフラミーがアインズと違う道を行くと言ったら、自分はどちらに着いていけば良いのだろうと一瞬考える。が、そんな事は起こり得ないと嫌な想像を追い払った。

「と、兎に角お話をお聞きします。こちらでは何ですので、私の部屋へ移りますか?」

 フラミーは真剣な眼差しで、自分の右手中指にはまっている指輪をトントンと触ると告げた。

「私の部屋にしましょう。それ以外の場所だと、アインズさんは自由な出入りを許されますから。」

「かしこまりした。」

 返事と同時にフラミーの姿がかき消え、デミウルゴスも指輪の効果を発動させた。

 二人はフラミーの部屋の前に姿を現すと、男性使用人とメイドが掃除しているだけの廊下をキョロキョロと確認してから部屋に入って行った。

 

「お帰りなさいませ!フラミー様!」

 本日のフラミー当番、フォアイルが迎える。

「戻りましたぁ。」

 フラミーは翼が出せるように鍛冶長に背を切ってもらった紺のローブを脱ぎ、デミウルゴスを引き連れいつものソファセットに進んだ。

 

 フラミーは頭上のアサシンズに端に寄るように指示を出してから応接用の三人掛けソファに座った。腰を据えた話をする様子に、フォアイルはお茶の準備のため部屋を静かに後にした。

 デミウルゴスが立ったまま話を聞こうと構えていると、フラミーはポンポンと自分の隣の席を叩いて勧めた。

「どうぞ。」

 普段は正面を勧められるが、これは恐らく内緒話という事だろうと理解する。理解はするが、それは僕として許される事なのかと炎獄の造物主は思わず汗をかいた。

「どうしました?デミウルゴスさん、早く早く。」

「は…。では…失礼いたします。」

 デミウルゴスは頭を下げてからフラミーが座るソファの一番端に座ると、額を汗が伝う感覚に慌ててチーフを取り出した。

(これじゃあまるきりあの日のセバスじゃないか…。)

 人間を飼っていた事が露見した日のセバスの様子を思い出しながら軽く額をおさえ、チーフをポケットに戻す。

「それだけきてたら暑いですよね、脱いで良いんですよ?」フラミーはそう言うと、ハッと瞳を輝かせた。「あ!そっか!いや、むしろ脱いでください!さぁ、早く!お手伝いしますから!」

 デミウルゴスはフラミーが自らのジャケットのボタンに手を掛けるとその畏れ多さに再び汗が吹き出しそうだった。

「フラミー様!?お、落ち着いて下さい!ウルベルト様に頂いたこのお衣装は決して暑さを感じるようなことはなく、どのような場面でも快適に――」

「考えてみたら自分達は威厳の為って毎日違う服を勧めるのにいつも同じ服着て悪い子です!ほら、早く脱いで!」

「し、しかし暑くは――」

「えぇい、至高のなんちゃらの命令が聞けんか!!」

 半ば取っ組み合いになりかけると――カチャンっと音が鳴り、二人は揃った呼吸でそちらへ顔を向けた。

 フォアイルがお茶をカップに注ぎ終わり、サービスワゴンにポットを置いた音だった。

 これまで音もなくお茶の準備を進め、とっくのとうに部屋に戻っていたフォアイルは、命令が聞けないと言う言葉に思わず動揺してしまったようだった。

 デミウルゴスにもその気持ちはよく分かる。

 至高の存在より下される命令であれば、何であろうと遂行するべきだ。

 

「ほら、男の子でしょ!!」

 

 デミウルゴスは追い剥ぎにあった。

 そしてフォアイルとアサシンズは同じ部屋の、一番二人から遠い所に待機させられた。

 

 デミウルゴスは訳もわからずジャケットもジレも脱がされ、ネクタイも放り出されると、すっかりYシャツ姿にされてしまった。

 フラミーは至近距離でまじまじとその胸を見ていた。

「…触って良いですか?」

「は?あ…いえ…それはもちろん…。」

 至高の存在にNOと言うはずもない。フラミーはペタペタとシャツ越しにデミウルゴスの胸を触り首を傾げた。デミウルゴスはどう言う顔をしているのが正解かわからず、深淵なる意図にも思い至れず、ただフラミーを見下ろした。

「デミウルゴスさん、あなた最上位種の悪魔ですよね?」

「は……はぁ…。フラミー様程の存在ではございませんが…。」

 フラミーは触るのをやめるとふむ、と少し考えた後、ついに本題を口にした。

「どうやって隠してるんですか?」

 何の話かわからない。そう言う表情をしたのだろう。

 フラミーはフォアイル達のいる方の手で口元を隠し、読唇されないようにすると声を小さくして言った。

「デミウルゴスさんも両性ですよね?どうやって片方の性別隠してるんですか?おっぱいは?」

(…………ん?)

 デミウルゴスは訳がわからなかったが、理解はした。

「フラミー様、我々悪魔は大半が男女に分かれておりますが――」

「うぉっと!!デミウルゴスさん!声が高い!!」

 フラミーのその言葉に、デミウルゴスもフォアイル達のいる方から見えない様に口元を片手で隠すと声を落とした。

「し、失礼いたしました。もう遥かなる昔でお忘れになったかも知れませんが…御身は元が天使としてお生まれになった故に、両性具有なのではないでしょうか。そう言う性質は悪魔ではなく、天使の性質かと。」

 膝と膝が触れるような距離に座っていたフラミーはガタンと立ち上がった。

「な……な………!じゃ、じゃあ…私は…無駄にデミウルゴスさんを…脱がせた…だけ!でも、じゃあなんであの時気が付いたんですか!!自分もそうだからだと思ったのに!私デミウルゴスさんは一緒だと思ったのに…!」

 震える手で口を押さえ、数歩後ずさり、顔はどんどん紅潮していった。

「落ち着いて下さい、フラミー様。大丈夫です。どうぞご安心ください。考えてみればほぼ悪魔のニューロニストも両性でございます。」

 フラミーは途端に意気消沈すると、とすんっとソファに腰を下ろした。

「ニューロニスト…ニューロニストちゃんと…一緒…。」

「あ、ああ、いえ!違います、御身は余程高次の存在であり、決して一緒と言うわけではありませんが、ああ…!」

 デミウルゴスからしどろもどろなセリフが繰り出される中、お決まりのタイミングでノックは響いた。

 

 ハッとデミウルゴスは顔を上げたが、フラミーはずっと「ニューロニストちゃんと一緒ニューロニストちゃんと一緒…」と呟き続けている。

 デミウルゴスにはこの部屋の戸を叩く人物には一人しか心当たりがない。

(そろそろ私の階層に御方々が来る約束の時間だ…。)

 フォアイルに出るように言おうかと思うが、フラミーの最初の言葉が脳裏をよぎった。

 

(アインズさんに内緒の話しというか…相談があるんです。)

 

 デミウルゴスはその人生で最も悩んだ。

 この状態のフラミーでも、アインズなら瞬時に元に戻せるだろうが自分にできるのか。

 これで招き入れたとして、至高の主人の機嫌取りを至高の支配者に頼るというのは怠慢じゃないか。

 そもそも至高の主人には至高の支配者に見つからないようにこの部屋にしようと言われたじゃないか。

 

 返事をする様子のないフラミーをチラリと見ると、デミウルゴスは謹慎覚悟でフォアイルに告げた。

「い、今は……お入り頂けません……。」

「…かしこまりました。」

 そう言い頭を下げたフォアイルの心の中には疑問符が溢れていた。

 話し声が聞こえていなかった彼女にはデミウルゴスがフラミーを拒絶したようにしか見えなかった。

 何故?どうして?自分が至高の四十一人に望まれれば誰であっても喜びその身を捧げると言うのに。

 何とも言えない気持ちで扉へ行き、外のアインズへ声をかける。

「申し訳ありません。只今フラミー様はどなた様にもお会いになれる状況ではございません。また、ご一緒のデミウルゴス様よりアインズ様のご入室許可が出ません。」

 

「え?何て?」

 アインズは初めてのパターンに首をひねった。

(デミウルゴスから入室の許可が出ない?)

 中からフラミーとデミウルゴスの聞き取れないくらいの小さな声が聞こえたかと思うと、音もなく扉は閉められた。

 別に生意気だとかは思わないが、アインズは友達を取られた気分になった。

 それに約束の時間になるのに何故自分だけ仲間はずれなんだ、そう思うと微妙に傷付くようでもある。

 

 部屋の前でうんうん唸っていると、アルベドがアインズの部屋から執務の後処理を終えて出てきた。

「あら?アインズ様、フラミー様とデミウルゴスにご用では?」

「ああ、アルベドか。そのデミウルゴスが中にいるそうなんだがな。私に入るなと言っているんだ。」

「…あのデミウルゴスが…?」

 

+

 

「フラミー様、アインズ様がご到着されました。どうかお気を確かに。」

「デミウルゴスさん、一緒に初めて空飛んだ時のこと覚えてる?」

 やっとニューロニスト以外の言葉を喋ったフラミーにデミウルゴスは一生懸命頷いた。

「はい、このデミウルゴス。その日のことは全て覚えております。こちらも頂きました。」

 右手薬指の指輪を見せると、フラミーは手をグーにして中指にしている同じものをコンと当てた。

「その時私達一緒だよねって言ったじゃないですかぁ。」

「一緒でございます。」

「じゃあどうして女の子の要素がないんですかぁ!!」

 理不尽な怒りにデミウルゴスは狼狽えた。

「いや、そ、それは、ウルベルト様にそうあれと――。」

「ウルベルトさんのせいにするんですか!!」

「決してそう言うわけでは!」

 デミウルゴスはポコポコと叩いてくるフラミーの手を握るに握れず、しばらく手のひらで受け止め続けた。

 すると、許可を出していないはずの扉が開き、デミウルゴスは咄嗟にフラミーの手をギュッと握りしめた。

 

「フラミーさ――ぁあ!?」

 アインズが勝手に入ると、そこは犯罪臭が漂う部屋だった。

 デミウルゴスが割と頭をめちゃくちゃにさせ、アサシンズがとても遠く――端っこに群れている。

 ネクタイとジャケット、ジレがソファやテーブルに散乱し、デミウルゴスのシャツははだけていた。

 同じソファに座るデミウルゴスに正面から手を握られるフラミーは「離して下さい!」と若干涙目で切れていた。

 フラミーがそうでなかったら犯罪臭はしなかったかもしれない。

 

「アインズ様!!」

 デミウルゴスは考えるよりも先にその誰よりも何よりも大切な支配者の名前を叫んでいた。

「デミウルゴス!貴様!!」

 アインズは激昂すると同時に鎮静された。しかし、すぐにまた怒りは押し寄せる。

 よくも俺の大切な仲間を――そう思いながら手を硬く握り締め、未だフラミーの両手を握るデミウルゴスにズカズカと近付いていく。

 一発殴らなければ。いや、氷結牢獄にぶち込まなければ。いや、まずはフラミーの安否確認を。

 アインズの頭の中にあれこれと言葉が浮かんでは消える。

 すると、アインズがデミウルゴスに鉄拳を食らわせるより先に、暗殺者のようなスピードで入室したアルベドとセバスがデミウルゴスを羽交い締めにした。

「アインズ様、フラミー様。このセバスが責任を持ってこの不敬な者の首を落とします。」

 

「「「え"っ。」」」

 支配者達とデミウルゴスの情けない声が重なった。

 

「おい、セバス!ルプスレギナの時の話聞いてたか!」

「ちょ!ちょーちょちょっと待って!セバスさん!!」

 支配者達は途端に我に返ってセバスを止めるが、セバスは「どうぞ私めにお任せください」と清々しい笑顔を見せ、デミウルゴスを無理やり引きずり始めた。

「セバスさん!待って!待ってください!デミウルゴスさんは何も悪くないの!!」

「フラミー様、分かっております。」

「分かってるなら止まって下さい!止まってって!!やだ、やだ!!デミウルゴスさんを連れてかないでー!!」

 フラミーは着衣が乱れ、筋肉質な腹を若干覗かせるデミウルゴスにひっ付いていた。

 当のデミウルゴスは目を点にし、セバスに引きずられて尻を半端に床に付けた姿勢のまま動かない。

 外のコキュートス配下の者たちがコキュートスを呼んだらしく、そのあんまりな光景をコキュートスも目撃してしまった。

 

 アインズは転移直後のドタバタを思い出しながら、フラミーとデミウルゴス両名を残して一度全員追い出した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

+

 

「それで……フラミーさん。あんたがデミウルゴスから服を脱がせたわけですか。」

 ナザリック随一の功労者に何やってくれてんだとアインズは無性に苛々した。デミウルゴスといえば羊皮紙安定供給のための牧場の運営や、魔王作戦の準備など重要な案件をいくつも任せている。

「ごみんなさい…。」

「ごみんなさいじゃないですよ!!デミウルゴスのあれを見なさい!!いい歳した大人が!!」

 

 デミウルゴスはこちらに背を向け、心を失ったように床に転がったままだった。

 

「可哀想に!女子に剥がれる童貞の気持ちがわからんのですか!!」

(いや、それはご褒美か?)

 一瞬邪念が入った。

 そして勝手に童貞呼ばわりだった。

 

「だ、だって私デミウルゴスさんは女の子でも男の子でもないんだって思ったんだもん…。」

「だもんじゃない!!」

「はひぃ…。デミウルゴスさんは…私の一番の理解者だって思って…つい暴走しました…。ごめんなさい…。」

 デミウルゴスは突然むくりと起き上がると、こちらに顔もむけずに、メガネを押し上げた。

「私は…私はフラミー様の一番の理解者です。それでは。」

 それだけを言い残し、手近にあったジレだけ手に取るとネクタイもジャケットも置き去りのままスタスタと立ち去っていった。

 

「この……じゃじゃ馬娘ーー!!!!」

 

その後フラミーはしばらくアインズに叱られた。




はやしてよかったぁ!!てのひらくるりん☆
くー!やっぱりすれ違いとラッキースケベは最高だぜぇ!!(変態
自分、続き行っていいっすか?

じゃじゃ馬フラミーさんと心を失うデミウルゴスさん
→https://twitter.com/dreamnemri/status/1130476270855176193?s=21

次回 #46 閑話 だって両性具有だもん

(じゃじゃ馬って聞いたのらんま以来)

2019.05.21 響丸様のおかげで挿絵という概念を学びました!


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#46 閑話 だって両性具有だもん

「オ前トモアロウ者ガアレハ一体何ダッタンダ。」

 

 騒動の晩、コキュートスは久しぶりにデミウルゴスをBARナザリックに誘っていた。

「いや。少しフラミー様からその御生れについてご相談を受けただけさ。」

「ソレガ何故アアナルンダ…。」

「そうだね。フラミー様は天使として御生れになって、神と戦争し、悪魔だと言われ続けて何万年の時を生きてらっしゃった。そのせいで、生まれた時から自分は悪魔なんだと少し混乱されていたようだ。しかし…結局天使も悪魔も同じだと私は昨日気付いたよ。」

 全く質問の答えになっていないとBARを預かり持つ副料理長――ピッキーは思う。

「ソウカ…。フラミー様ハ確カニ悪魔モ天使モ呼ビ出セル。」

「そういうことです。」

 守護者は納得しているがどういう事だか訳がわからなかった。

「ソレデ?オ前ノソノ格好ハドウシタンダ。」

「これについては…説明したいが、フラミー様よりアインズ様にも秘密と言われている事だから、私は言えないんだ。すまないね。」

 至高の支配者に秘密という言葉にコキュートスもピッキーもザワリと動いた。

「アインズ様はフラミー様と対等だといつも仰っている。何。アインズ様の御意思に背くつもりはないよ。」

 それもそうかと納得すると、コキュートスは、デミウルゴスが昼前の騒動から何時間も経っていながら未だにその時の、Yシャツにスラックス、サスペンダーという姿のままな事に疑問をもった。

 髪はいつもの通りに美しく整えられ、Yシャツも綺麗に裾の中にしまわれているのに、ネクタイもジレもジャケットも着ていない。

 

「…デミウルゴス。ソノ格好ハウルベルト様ノ御意志ニ背イテイルノデハナイカ?」

 デミウルゴスはグラスを眺めながら話していたが、それを優しく手に取った。

「勿論、ウルベルト様の御意志に従っているさ。…アインズ様の御意志にも、フラミー様の御意志にもね。」

 軽く笑ったあとデミウルゴスはグラスの中身を一気に煽ると席を立った。

「今日は誘ってくれて嬉しかったよコキュートス。」

「次ハ隠シ事無シデ集マリタイ物ダ。」

 珍しいコキュートスの嫌味にデミウルゴスは背中をバンと叩いた。

 ピッキーは出て行く背中を見送り、口を開いた。

「デミウルゴス様が珍しいですね。昼に一体何があったんですか?」

「ソレガナ――――」

 

+

 

「「「えぇーーーーー!?」」」

 翌日。第六階層の湖畔にまたしても女子の声が響いた。

 いや、今回はマーレもいるので男女だが。

「デ、デミウルゴスがフラミー様を襲う!?そんなの信じられないでありんす。今日は隕石が降ってくるんでありんすか?」

 シャルティアは<隕石落下(メテオフォール)>かと眩しそうに偽物の空を仰いだ。

「全くあいつ、ついこないだアインズ様にすけべを叱られたばっかりだってのに!」

「「はぁ!?」」

「何なの!?アウラ、その情報は!!」

「それがさーあいつってばすけべにも程があると思うんだけど――」

「アウラ。あまりそれを言ってやるな。」

 湖を見ながら話していた全員が声の方へバッと振り返り、膝をついた。

「あ、アインズ様!フラミー様!」

 マーレが現れた者達の名を口にした。

 

 フラミーはアインズと現れたが、まっすぐに守護者へ向かうアインズから歩みを逸らし、黒い仔山羊を手招きして呼びなから、自分も仔山羊に向かって行った。

「皆、昨日のことはデミウルゴスに罪は無い。何というか…そうだな、全ては勘違いの積み重なりと悲しいすれ違いだ。」

 皆がフラミーに視線を送れば、唸りながら仔山羊の足にまとわりついて、触手によしよしと慰められていた。

 

 一体何事なのだろうかと思っていると、アウラとマーレは自分達の階層に起きた転移の波動を感じ、ぴくりと反応した。

「――あ、デミウルゴスだ。それにパンドラズ・アクター!」

 アウラは更なる来訪者を告げると嬉しそうに手を振った。アウラはパンドラズ・アクターと共に法国に潜入してから割と仲がいいらしく、指輪を持たないアウラは宝物殿には行けないが、パンドラズ・アクターが宝物殿を出るときは連絡を貰ってよく遊んでいるらしい。

 

「よく来たな、デミウルゴス、…パンドラズ・アクターよ。」

 アウラの歓迎とは対照的に、アインズはパンドラズ・アクターも来ること無いのに…と思っていた。

「ンァインズ様!!フラミー様!!このパンドラズ・アクター、見事素晴らしきアイテムを作成致しました!!」

 くるりと華麗に回転しながら片膝をつく無駄に高度な技を見せてくるせいでアインズは鎮静された。

 落ち着いてゆっくりと膝をつく隣の男とつい見比べてしまう。

 

「アインズ様。まずは昨日ご迷惑をお掛けしました事、改めてお詫び申し上げます。」

「良い良い。お前には苦労をかけたな。怖かったろう。」

 謝罪するデミウルゴスは深く頭を下げていたが、最後の言葉にピクリと耳を反応させた。

「いえ。そのようなことは。ありがたいことです。」

 デミウルゴスは男として、いや、童貞の無駄な矜持として全然怖くなかったもん!と言いたいのだろうとアインズは優しく察した。

「そうか。ほら、フラミーさ…――何やってんだ…?」

 フラミーは数匹の仔山羊に囲まれ、姿を見えなくしていた。

 仔山羊達は隣のものと身を寄せ合い幸せそうだ。

 そして無駄にでかい。

 

「お迎えに行ってまいります。」

 デミウルゴスは許されても責任を感じているのか、背に皮膜を持つドラゴンのような翼を出して飛び上がると仔山羊達の中心の空間にその身を投じた。

 

 コキュートスもアインズの存在に気がついて蜥蜴人(リザードマン)の宿泊施設からこちらへ向かってきていた。

「やれやれ、結局守護者全員になってしまったな。ん?あれはパトラッシュじゃないか。」

 そしてフラミーを囲む仔山羊達の一頭が自分の仔山羊ということに気がついた。

 

+

 

 デミウルゴスは仔山羊の生み出している空間に入り、フラミーの足元に跪いた。

「フラミー様。デミウルゴス、御身の前に。」

 一本の触手を大切そうに抱きしめていたフラミーは振り返ると、その狭い空間に跪く悪魔を見た。

「デ、デミウルゴスさん…。昨日は本当にごめんなさい…。」

「いえ、このデミウルゴス、むしろご褒美でございます。」

 フラミーはご褒美という言葉に一瞬疑問を持つが、確かに楽しかったと思う。

「そう…ですよね。アインズさんはちょっと過剰反応でしたよね?」

「はい。誠に畏れながら私もそのように愚考致します。」

 悪魔達はニヤリと視線を交わした。

「ははっ!やっぱりデミウルゴスさんは私の一番の理解者です!」

 触手を手放すと、シャツにスラックスとジレを着ただけのいつもよりさっぱりした身なりのデミウルゴスに近付いた。

 

「これ、返さなくっちゃ。」

 ネクタイとジャケットを取り出し、フラミーはネクタイを一度自分の首にかけ、ジャケットをデミウルゴスに向けて広げるように持った。

 袖を通してやると言うのだ。

「あ…いや…そこまでのお気遣いは…。自分で着られますので…。」

「良いですって!私が脱がしたものですし、着せてあげます!」

 デミウルゴスは何度かジャケットと、また随分楽しそうにしているフラミーを交互に見た後、遠慮がちにそれに袖を入れ――同時にフラミーが肩までジャケットを持ち上げて着せ掛けた。

「恐れ入ります。」

「いえ。そう言えばデミウルゴスさんの服って、翼をしまうと破れてたのが直るんですね、不思議。」

「えぇ、そのようにウルベルト様にお作りいただきましたので。」

 少し自慢げに語りつつ、ジャケットのボタンを留めてチーフを美しく胸ポケットにしまい直す悪魔の背中をフラミーは両手で確かめるように触った。

 

「え?ふら…あ…いえ…。」

 背をさすられるデミウルゴスの言葉にならない言葉が、仔山羊の小さな鳴き声の中響いた。

 フラミーは閃いてしまっていた。

 このデミウルゴスの翼を出したり引っ込めたりする能力があれば――と。

 

「デミウルゴスさん…着せておきながら言いにくいんですけど…やっぱり脱いで貰えませんか?」

 デミウルゴスは背中から手の感触が離れるのを感じると、やはり御身に着せられるのは良くなかったかとジャケットを急いで脱ぎ、その腕にかけ、フラミーに向き直って跪いた。

「失礼いたしました。」

 フラミーが前にしゃがんで頬杖をつくと、その瞳は昨日のように輝いていた。

 

「もっと全部脱いで下さい!」

 

(悪魔か……。)

 デミウルゴスはそう思いながら袖たたみにしたジャケットの胸ポケットから、しまったばかりのチーフを取り出すと額を拭った。

「それは…アインズ様の御許可が必要かと…。」

「ちょっとだけでも…?」

「ちょっとだけでも…。」

 気まずい沈黙が流れ、デミウルゴスは堪らず下を向いた。

「じゃあ、せめてジレ脱いで下さい。」

 渋々ジレを脱ぐために一度立ち上がると、上からボタンを外していった。

 この存在の命令は絶対だ。

 フラミーはもう待ちきれんとばかりに下からボタンを外すのを手伝おうとすると、仔山羊が突然ジャンプして退いていった。

 

「あ。」

 

 やっぱりちゃんと断れば良かったとデミウルゴスは後悔した。

 

+

 

 アインズは少し長すぎるそれに焦れて来ていた。

「随分長いな、デミウルゴスがフラミーさんを許さないとは思えないが…。」

「デミウルゴスハ、フラミー様ノ尊キオ考エニ触レラレタ事ヲ昨夜ハトテモ喜ンデオリマシタ。」

 じゃあ何故いつまで経っても仔山羊の門が開かないんだろうとアインズはまた首を傾げた。

「仕方ない。喧嘩になってたら厄介だからな。」

 アインズはギルメン誰にでも優しい男だ。

 いつでも喧嘩の仲裁をして来た。

 

「パトラッシュよ、退きなさい。」

 パトラッシュはその巨体に似つかわしくない素早さで、ピョインとジャンプしてずれる事でその門を開けた。

 

 アインズと守護者は固まった。

 

 デミウルゴスもこちらを向いて固まっている。

 

「アインズさん!」

 フラミーだけはいい笑顔で手を振っていた。

 デミウルゴスのジレに手をかけたまま。

 

 アインズはフラミーの元にズンズン進んでいくと、その頭に乗ってるお団子をペチンッと軽く叩いた。

「なんで昨日の今日でまたデミウルゴス脱がしてるんですか!」

 横ではデミウルゴスが許しを請うていた。

「あ、アインズ様、お許し下さい、どうかお許し下さい。」

 アインズはかわいそうなデミウルゴスの頭を撫でつけた。

「お前、本当可哀想なやつだな…。断れないもんな……。」

 フラミーはその首にデミウルゴスのネクタイをかけたまま、むんっと腰に手を当てた。

「邪魔しないでください!」

 

「は…?」

 

 アインズは何を言われたかわからなかった。

「せっかく今いい所だったのに!」

 フラミーは興奮し始めていた。

「あ、いや、ちょ、落ち着きましょうフラミーさん。何かおかしいですよ…?」

「今からデミウルゴスさんに大事なことを教えてもらう所なんです!!」

 アインズは何をだよと思いながらも、噛み合う様子のない会話に眩暈を覚えた。

「分かりましたから。ゆっくり後で部屋で話し合いましょうね?とにかく今は皆いますから。」

 アインズはフラミーの手を取って守護者達の元へ向かおうとすると、フラミーの身がガクンと止まった。

 振り返ると、フラミーの手を取るデミウルゴスがいた。

「…デミウルゴス。何のつもりだ。」

 

 デミウルゴスはハッとしてその手を離し、頭を下げた。

「あ、いえ。失礼致しました。」

 フラミーはデミウルゴスの教える気満々と言う雰囲気に嬉しくなった。

「デミウルゴスさん、続きは今度私のお部屋で!」

 怪しすぎる言葉を吐いてフラミーは離れたデミウルゴスの手を取り直すと歩かせた。

 デミウルゴスは続きについて考えてはプルプルと頭を振り、自分の中に広がる想像を不敬だ、不敬だ、と押し留めた。

 

「え?フラミーさん…?」

 アインズの声に、フラミーはちゃんと歩き出したデミウルゴスの手を離し、アインズに内緒話のポーズをした。

 アインズは小さくなって耳、の部分を近づける。

「デミウルゴスさんの翼をしまえる秘密が分かれば、私女の子に戻れるんですよ!」

 きゃー!と喜ぶその姿に、アインズは心底納得した。

「それは良かったですね。俺もその原理一緒に教えてもらおうかな。体欲しいですし。」

「体!あったらおいしいご飯食べ放題ですもんね!」

「本当ですねぇ。」

 繋いだ手を嬉しそうにブンブンと振る支配者たちの隣を、デミウルゴスは自分の手を眺めながらついて来た。

 

+

 

 パンドラズ・アクターが作ってきたマジックアイテム――すもーるらいとを仔山羊に当てて人の腰くらいまで小さくしていく横で、シャルティアは地面にあぐらをかいて座っているデミウルゴスに迫っていた。

「デミウルゴス、おんしどうやってフラミー様を篭絡したのか教えなんし。」

「そうよ。自分は何も興味ないみたいな顔をしながら。全くアウラの言う通りとんだスケべ男ね。」

 女性守護者の声にデミウルゴスはじっとりとした視線を送った。

「篭絡なんかできていませんよ。全く君達はそんな事を言って不敬だとは思わないんですか。」

「オ前ニハ言ワレタクナイト思ウゾ。」

 コキュートスが味方じゃない事にデミウルゴスは若干の居心地の悪さを感じた。

「全く。もし本当に篭絡できているのなら、あの光景は何ですか…。」

 吐き捨てるデミウルゴスの視線の先には小さな仔山羊にアインズとフラミーがキャイキャイ喜ぶ姿があった。

 たまに手を取り合っては楽しげに笑いあい、離れてはくっつく二人に溜息が出る。

 デミウルゴスは袖も通さずに肩にジャケットを掛け、膝に頬杖を付いた。

「じゃ、じゃあ、フラミー様のお世継ぎはまだお生まれにはならないんですね。」

 マーレの声にがっかりと言うようにコキュートスも溜息をついた。

「デミウルゴス、モット男ヲ上ゲルンダナ。」

「でもさー、アインズ様みたいな素敵な人が近くにいちゃーねー。」

 アウラの声に守護者たちはうんうんと首を縦に振った。

 不貞腐れたようなデミウルゴスの視線はフラミーの首に掛かったままのネクタイから離れなかった。




近いうちに引っ込める能力について言及したいところですね!

そして響丸様がフラミーさんを美しく描いて下さいました!!
あまりの素晴らしさにオォ!と口から漏れたのは初めてでした!
見て下さいこのタッチ!この美しさ!(興奮

【挿絵表示】


#4以来フラさんの見た目にほとんど触れていないと言う怠慢が発生していたのですが見事に描いて頂けて喜びにとろけてます(*゚∀゚*)

響丸様の他の絵もご覧になりたい方はこちらへどうぞ!
https://syosetu.org/?mode=img_user_gallery&uid=114164


次回 #47 ドワーフの工匠


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#47 ドワーフの工匠

 ニンブルはたった一人、二台の馬車を連結させ、さらにその後ろに十頭を越える馬を引き連れて帝都に帰還した。

 その顔は疲れ切り、自分もこれで粛清かなと自嘲する様はすれ違う町の人々に戦争があったのかと思わせるほどだった。

 いや、実際に神聖魔導国と帝国の高度な戦争は始まっているのだ。

 

「――最後に…帝国は皆良い者達ばかりだなと…神王陛下はおっしゃいました……。」

「そうか…。アインズ・ウール・ゴウン。人、それこそが目的だったか。」

 ジルクニフはまんまと相手の掌の上で踊らされていたことに気が付いた。

「誰をこちらが送るかも全て想定内とはな。ふん。良いだろう。フールーダもレイナースもカーベインもくれてやる。しかし如何に慈悲深い統治を行おうと、人間は同じく痛みを知る血の通った人間の手でしか御しきれん。ニンブル、お前はよくやった。今は休め。」

 ニンブルは深々と頭を下げ、四騎士――いや、三騎士の仲間に見送られた。

 

 一月後には魔樹との戦いを見た騎士達と、魔法省の抱えていた魔法詠唱者(マジックキャスター)、そして魔法学院の教師、粛清し力を落とした貴族達がこぞって神聖魔導国エ・ランテルに渡っていった。

 ジルクニフはバラバラと髪を落とし、胃痛に悩まされるようになるのだった。

 

+

 

 しんしんと雪が降る朝、神都大神殿では新たな聖典が生まれようとしていた。

「クレマンティーヌ・ハゼイア・クインティア。レイナース・ロックブルズ。お前達二人は今日から紫黒(しこく)聖典だ。現在陽光聖典はコキュートスと共に我が国に降る亜人や異形の捜索を行っているのは解っているな。」

 青空のように透き通った色のローブに身を包むアインズの言葉に二人は真剣な眼差しで頷く。

「漆黒聖典も竜王国の様子を見にいっている関係上簡単に呼び戻すことはできない。紫黒聖典はそう言う者達の補助、補佐を行って欲しい。そしてその傍らで、監査機関として独立し、論功行賞を与えるに相応しい働きをした者を最高神官長に伝えるのだ。」

 アインズが自分の胸三寸で決まる評価をなんとかしたいと考えていた結果だ。

 レイナースと言う実力者が増員されたのは幸運だった。

 クレマンティーヌも漆黒聖典に戻っていたが、一度空けてしまった穴にはもう新たな第九席次がいたし、正直ふらふらと何もしていないような感じだったのだ。

 四大神の信仰はお取り潰しとなった為、六色聖典も二色聖典に減ったので些か聖典が足りていなかった。これで今日からは三色聖典だ。

 

 棚から牡丹餅だなとアインズが考えていると、赤紫のローブに身を包んだ背中の寒そうなフラミーが正式に言い渡した。

「クレマンティーヌ・ハゼイア・クインティア、紫黒聖典・第一席次、隊長を任命します。レイナース・ロックブルズ、 紫黒聖典・第二席次、副隊長を任命します。変わらずに二つ名は疾風走破と重爆を使いなさい。」

 二人は頭を下げ、新たな団員服を受け取った。

 とりあえず陽光聖典みたいにわかりやすいユニフォーム欲しいよね!ユニフォームがあると連帯感出るし!と平凡なアインズとフラミーが話し合った結果だ。

 ナザリックで余っているものでサッと作らせた鎧だが、この世界でならまぁまぁいい働きをするだろうと思われた。

 胸当てとブーツ、ガントレットは紫黒色のアダマンタイトで出てきており、光が当たるとわずかに紫色に輝いた。

 機動性を重視して作られたそれは、普通ならばスカートのようにぐるりと腰を囲む草摺り(タシット)の前面が完全に開いている。とは言え、ブーツが腿の高さまであるし、腰と臀部を守る草摺り(タシット)は膝下程度まであるため無防備という訳でもない。

 

 紫黒聖典の任命式が無事に終わると、アインズはずっと気になっていたことを口にした。

「任命式はここまでだが、フールーダよ。お前の腰に佩いているその小さな剣に彫られているのはルーン文字か?」

「おお!流石は神王陛下!この文字をご存知で!!」

(…本当にルーン文字なのか…。)

 ルーン文字はリアルで大昔に使われていた文字だ。確実にプレイヤーのもたらしたものだろう。

「まぁな。知識として持っている程度だ。私はルーンを刻んでアイテムを作る能力はないからな。どちらの名工が作ったものかな?」

 アインズはこうして人前に十分身を晒しているが、常に他のプレイヤーの存在を――アインズ・ウール・ゴウンを憎むかもしれない存在を――気にかけていた。

「は!こちらはアゼルリシア山脈にある山小人(ドワーフ)の王国のルーン工匠が鍛え上げた短剣で、百五十年ほど前に帝国に交易で来ていた山小人(ドワーフ)より買い付けました。以来、魔力が切れてしまったときの護身用にと帯刀しております。抜剣したことは一度もございませんが、式典の間は不敬かと外しておりました。」

「なるほど。山小人(ドワーフ)は今も帝国を出入りしているのか?」

 フールーダは静かに首を振った。

「現在はとんと聞きません。山小人(ドワーフ)がまだいるかも分からない状態でございます。」

 そこにプレイヤーの存在がないか調べる必要があるだろう。突然下山してきたプレイヤーに襲われることは避けたい。

「…アゼルリシア山脈か。」

 アインズが呟くと、レイナースがふと手を挙げた。

「かつて私の村をドワーフが昔経由して帝都に来ていたと祖父から聞いたことがございます。」

 

+

 

「そうか、それは大変だったな…。」

「恐れ入りますじゃ…。」

アインズの慈悲深きその言葉に答えたのは、哀れなたった一人生き残った山小人(ドワーフ)、ゴンド・ファイアビアドだった。

 

 彼は廃れ始めたルーン技術をたった一人で追い求め続ける山小人(ドワーフ)だった。ルーン技術は魔法を付与するよりも時間もコストもかかるため、今では殆どルーンの工房を開いている山小人(ドワーフ)はいない。ルーン工匠として、たった一人採掘を行い、ルーンを刻む装備を作る日々。ゴンドがルーンにこだわる姿は、よく笑われたものだ。

 ある日、ゴンドが採掘を終わらせ不可視化のマントを羽織り街に帰ると、街の前で土堀獣人(クアゴア)と言うモグラのような亜人が友人達の死体を大裂け目に放り込んで行くところだった。土堀獣人(クアゴア)山小人(ドワーフ)の天敵で、これまでも何度も戦争を繰り広げてきた相手だ。

 その後は無我夢中で逃げ、昔破棄された街でただ一人、手持ちの食料とそこら辺に生えてるキノコで腹を満たしてなんとか生活していたらしい。

 

「ゴンドよ、それでも私はお前達の本来の街に行って見たい。案内を頼めるか。その後は我が国で難民としてではなく、ルーン工匠としてお前を受け入れよう。」

 ルーン工匠というアインズの言葉に、消沈していたゴンドの瞳はきらりと星が通った。

「…任せてくだされ陛下!しかし…人の国にわしが馴染めるかのう…。」

「安心しろ、ここにいる者は皆私とフラミーさんの民だが、いい者達ばかりだ。」

 そう言ってアインズはお供に強く立候補したシャルティアと、新しく生まれた紫黒聖典の二人。

 そして、蜥蜴人(リザードマン)のゼンベル・グーグーだ。彼はいつものようにナザリックにレベルアップ実験に来ていたのだが、アインズがザリュースに帯刀している凍河の苦痛(フロストペイン)の製作者が山小人(ドワーフ)ではないか尋ねたところ、「俺は山小人(ドワーフ)の都市でしばらく生活してましたぜ」と横から口出しして来たのだ。

 レイナースとゼンベルのダブル道案内だ。

 

「フラミー様…?」

 レイナースはフラミーのいつもと違う様子に、伺うように話しかけた。何か思い詰めるような目をしていたのだ。

 フラミーはハッとし、レイナースに何でもないと言ったが、何でもない雰囲気ではなかった。

 

 ゴンドに地上を案内されながら一行は陥落した都市、フェオ・ジュラに向かった。

 夕暮れが迫ると、レイナースとクレマンティーヌはせっせと焚き火を起こし、テントを張った。

 ナザリックに一時帰還する事も、魔法で要塞を出す事も可能だが、折角キャンプ技能を身につけた二人がいるのだからと、この数日すっかり任せていた。

「アインズ様、そのクアゴアという者共も神聖魔導国へ招きんすか?」

 シャルティアは準備を進める二人を無視してアインズに問うた。

「そうだな…幾らかは引き入れたいと思うが…。」

 チラリと横目にゴンドを伺えば、ぞっとするような表情でこちらを見ていた。

「ドワーフの面々が嫌がらない程度の量にするつもりだ。」

 ゴンドは言ってる意味が解らなかった。面々と言っても、もう自分しか生き残っていないのだ。

(いや、他の地域に住んでいたドワーフが神聖魔導国に住んでおるのかもしれんのう…。)

 例え育った街が違っても、同じ種族の者が居る国に行くのは非常に魅力的だった。

 ゴンドはもう生きる事も辞めようかというタイミングで出会えたこの王に心から感謝した。

 

「あれれー?フラミー様、やっぱり様子おかしいですよねー?どーかしたんですかー?」

 クレマンティーヌもフラミーの顔を覗き込んだ。

 フラミーはやはり真剣な、どこか悩むようでもある面持ちでアインズとゴンドの話を聞いていたのだ。

「何でもないですよ…。いえ、少し、嫌な予感がするんです…。」

 そういうフラミーの言葉に、二名の聖典はこれから行く街がどんな惨状に見舞われているかと恐怖した。

 

「フラミー様、ちょっとだけいいか?」

 ゼンベルがぶっきらぼうに来い来いと手招きすると、シャルティアが近くに落ちていた小石を投げつけ、ゼンベルのすぐ隣に立つ木数本を貫通して行った。

「あ……よろしい…でしょうか…。」

 言い直したゼンベルにシャルティアは満足げに頷いていると、アインズに頭を撫でられた。

 フラミーへの無礼を嗜めるとアインズに褒められ、アインズへの無礼を嗜めるとフラミーに褒められる為、永久機関のこのトカゲの事をシャルティアは割と気に入っている。

 こっそり心の中でよくやったとゼンベルを褒めた。

 

「どうしました?ゼンベルさん。あんよ痛くなっちゃいました?」

 ゼンベルはフラミーと共に少しだけ一行から離れた。

「あ、いや…ははは。そうじゃねーんですよ。その…もし、死体があったら…俺の世話になったドワーフだけでも…生き返らせてやって欲しいんだ…いや、です。」

 そういうゼンベルはとても言いにくそうだった。

 族長として生き返らされ、その奇跡はそうは起こらないと養殖指南役デミウルゴスが言っていた事を覚えている。

 それに、人を生き返すことは自然の摂理に反しているのだ。

 神々はそういうバランスも気にするだろうと思えてならなかった。

「…今は約束できません。ごめんなさいね。」

 フラミーはそう言うと、脚に回復魔法をかけ背中をポンポンと叩いてから戻って行った。

「フラミー様も神王陛下も良い奴らだってのに、周りがちょっと過激なんだよなぁ…。」

 ゼンベルは頭をボリボリとかきながら、もう見えないその背中を追って戻った。

 

 一行は食事を済ませると、張られた四つのテントに各々向かって行った。

 まずゴンドとゼンベルが一つに入っていくと、レイナースとクレマンティーヌも荷物を一つに入れて行き、食事の片付けに勤しんだ。

 それまでゴンドが居なかった時はレイナースとクレマンティーヌ、ゼンベルで一つのテントにギッチリと入り、後はナザリックの三人が一人一つづつテントを使っていた。

 

 しかし、今日からはテントは残すところ二つだ。

 

 アインズは思った。

 フラミーが眠るまで喋って、眠れば折角だから外で星でも眺めていれば良いやと。

 それに、シャルティアと一晩フラミーが過ごすんじゃ気が休まらないだろうし、シャルティアと自分はまず無理だ、眠らないが眠らせて貰えそうにない。

 

 シャルティアは思った。

 このタイミングを逃せばまた暫くアインズを籠絡できるタイミングは訪れないかもしれないと。

 そして、共同戦線を敷いているアルベドの強引な手口は目を見張るものがある。

 見習うべきだ。

 

 フラミーは思った。

 アインズは骨だが一応男性だし、ヨダレを垂らして眠ったりしたら恥ずかしいよなぁと。

 孤児院大部屋育ちだ、女子なら誰かと眠る事に何の気負いもない。

 

 そして三人が動いた。

 

 フラミーがシャルティアとテントに行こうと手を取ると、シャルティアは迷わずアインズとテントに行こうとその手を取り、アインズはフラミーとテントに行こうと手を取った。

 

 静寂だった。

 

 クレマンティーヌは面白そうにその様子を見ていると、レイナースに頭を引っ叩かれた。

「っつー!レーナースさぁ、あんた顔のせいで婚約者に振られたとか言ってたけどその暴力体質が原因で逃げられたんじゃないのー!?」

 クレマンティーヌが煽るとレイナースは太い薪を一本その手の中でボキリと折った。

「次無駄口叩いたらこの薪はあんたの腕よ。で、あんたは誰応援すんのよ。私はフラミー様の味方よ。」

「そーんなのつまんなーい!当然シャルちゃんと神王陛下の組みを推すに決まってんじゃーん!」

 

 外野は自由だった。

 

 アインズは焦った。

 迷わずフラミーがシャルティアの手を取った事に。

 自分がスケベニンゲンだと思われる気がする。

 女子は女子と寝る、考えてみれば当たり前だ!

 

 シャルティアは焦った。

 迷わずアインズがフラミーの手を取った事に。

 自分はもしかして至高の支配者の何か(・・)を邪魔しているのではないかとよぎる。

 しかし、デミウルゴスやアルベドのような強引さが無ければ、勝ち残れない!

 

 フラミーは焦った。

 迷わずシャルティアがアインズの手を取った事に。

 シャルティアとアインズが二人で寝るなんてエッチ極まりないと思ったが、その考えこそがエッチではないか。

 ここでシャルティアを止めた者がこの空間で一番エッチな者になる!

 

 フラミーとアインズは二人ともパッと手を離した。

 そして、フラミーは細心の注意を払って笑顔を作る。

「ご……ごゆっくり!!」

 そしてゴキブリのようにカサカサカサとテントに入っていった。

 

「え…。」

 アインズの呟きは冬の夜空に溶けていった。




フラミーさん、どんだけ復活に警戒してるんですか!
頑張れシャルティア…!

次回 #48 クアゴアの毛皮


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#48 クアゴアの毛皮

 翌朝、アインズはツヤツヤしていた。

「おっす、陛下。おはようございます。」

 ゼンベルの挨拶にうむと応えると、フラミーの元へズンズン進んでいく。

 

「おはようございます、フラミーさん。」

「あ、アインズさん、おはようございます。」

 フラミーは考えたら負けだと必死にえっちな想像を追い払いいつも通りに返した――が、続くアインズの言葉に限界を迎えそうになる。

「いやー昨日すごく良かったんですよ。」

 紫黒聖典の二人は驚きに振り返ったが、立ち聞きするのは不敬かとそそくさとテントの撤去に取り掛かった。耳を象のように大きくしながら。

 

「そ、そうですか。」

 フラミーはまだ平静だ、いつも通りの返事をできた自分を褒める。

「流石にシャルティア、ペロロンチーノさんに創造されただけありますよ。だって――」

 早くも限界だった。

「だぁー!!やっぱり!……カカロット。お前が、ナンバーワンだ。」

 ビッとフラミーはアインズへ指をさすと立ち去っていった。

 フラミーは歩きながら思った。

 昨日の夜、あの中で一番エッチなやつが決まると思ったが、まさか翌朝に試練が待つとは、と。

 

(な、なんだ……?)

 

 小さくなる背にアインズは数度瞬いた。

 昨晩、とりあえずシャルティアと二人でテントに入ると、迫るシャルティアを何とか正座させ、女子としてのなんたるかを説教した。

 決してフラミーのように追い剥ぎ行為を行ってはいけないと。

 気付けばアインズはシャルティアと、一晩中ペロロンチーノを筆頭としたギルドメンバーについて語り合っていた。

 それはとても楽しく、幸せな時間だったのだ。

 フラミーとも散々昔話をしたが、守護者目線から見る皆の話は新鮮だった。

 シャルティアの部屋でギルメンが話したことの多くを覚えていた彼女は、アインズの知らない話は勿論、自分が忘れかけていた話も覚えていたし、フラミーの知らないペロロンチーノとの内緒話も知っていた。

 そして普通の会話をしている中でたまにヤラシイ事を言う姿はペロロンチーノそのもののようだった。

 

(そう、楽しかったんだ…。)

 

 アインズは昨日の晩を思い出すように目を閉じると、シャルティアが髪を結び終わったようでテントから出てきた。

「アインズ様、素晴らしいお時間をありがとうございんした。このシャルティア・ブラッドフォールン、この日のことは決して忘れんせん。」

「あぁ、シャルティア。私も決して忘れないだろう。」

 二人は仲睦まじく笑い合った。

 

+

 

 フラミーはモヤモヤしながら一度ナザリックに帰還した。

(私にNPCは断れないんだから慎重に接してあげろみたいなこと言ったのに…。)

 アルベドに言いつけてやろうと少しワクワクしながらアインズの執務室にノックもせずに入っていくと――そこではアルベドとデミウルゴスが遠隔視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)を二人で覗き込んでいる所だった。

 バッとデミウルゴスがそれを伏せたが、音が出るようにスクロールを消費したのか木々のざわめきや朝食の用意をするレイナース達の声が聞こえてくる。

「こ、こ、これはフラミー様!!」

「フラミー様!シャルティアがついにやったようで――」

 ゲインとアルベドの頭をデミウルゴスが殴った。思い切り振りかぶられた拳だったが、最強の防御力を誇るアルベドを傷付けるにはまだまだ足りない。

「な!あなた何か勘違いしてるんじゃないの!?」

 アルベドは頭を抑えながら可愛らしく頬を膨らませ、口を尖らせながら小声でブーブー言っていた。

 フラミーはアインズを覚醒させるものの台頭を望んでいるはずだし、現に昨日も二人を激励してひとりのテントに潜っただろう、と。

 

 デミウルゴスが本当にそうなのだろうかと考えようとしていると、鏡から音声が流れてきた。

『アインズ様、素晴らしいお時間をありがとうございんした。このシャルティア・ブラッドフォールン、この日のことは決して忘れんせん。』

『あぁ。シャルティア。私も忘れないだろう。』

 

 フラミーはそれを聞くや否や、ドアからどんどん二人に進み――

「行け!アルベドさん!」

 何もない空間を指をさすとアルベドの前に無詠唱化された転移門(ゲート)が開いた。

 アルベドはピンと背筋を伸ばすと、今こそ自分の出番だと敬礼をしてみせた。

「かしこまりました!!フラミー様のご期待に私も見事応えてみせますわ!!えいっ!」

 恋する乙女は転移門(ゲート)にピョインと飛び込んでいった。

 

+

 

 朝食の準備が進む傍で、フラミーとバトンタッチしたと言って現れたアルベドにシャルティアがドヤ顔をしていた。

「ア、ル、べ、ド〜!最初にアインズ様と一夜を共にしたのはこのシャルティア・ブラッドフォールンでありんしたねぇ?」

「ふん、順番など関係ないわ。私はあなたよりも数多くその時を迎えるのみよ。ねぇアインズ様?」

 

 アインズは昨日のシャルティアとの楽しかったひと時を思い出していた。

「ん?あぁ、そうだな。皆を呼んで会を開くか。」

「み!!みんな!!アインズ様は大人数がお好きでいらっしゃるんですね!!」

「好き?まぁ、その方が多くのものが楽しめるだろう。」

「ななんて慈悲深い!!シャルティア、あなたよくやったわ!!」

 シャルティアとアルベドが手をにぎり合うのを尻目にレイナースとクレマンティーヌは勘づき始めていた。

 この方たちは多分噛み合ってない。

 

 思い出話をしたがる可愛い娘二人にアインズは顔をほころばせる。

 近いうちにナザリック大お泊まり会を開こうと心のメモに書き留めたのだった。

 

+

 

「アインズ様!モグラどもはここには王はいないと言っておりんす!」

 シャルティアは大量に殺したクアゴアを放り投げた。ゴンドと目指して来た都市は土堀獣人(クアゴア)で溢れていた。

「なんでもフェオ・ベルカナとか言う都市でドラゴンと共に下賤の王は暮らしているそうです。そちらに半分は残っているようなので、ここの者達は皆殺しで如何でしょうか。」

 アルベドは流石に聞き出す情報が細かかった。

 

「そうか、よくやったぞお前達。大裂け目の下にはドワーフの死体があるらしいからこいつらの死体は捨てるな。後でフラミーさんを呼ぶときにデミウルゴスも呼べ。毛皮が特殊だから何かにして売ったら良い税収になる可能性もある。見極めさせろ。」

 アルベドとシャルティアは頭を下げ、残党狩りに向かった。

 女子二人の仕事の早さにアインズはすっかり感心した。

 

 皆殺しが済むと、アルベドの提案なのかサイズに分けて――更に頚動脈を切られ血抜きしながら積まれていくクアゴアをアインズは興味深げに見ていた。

 どの個体も心臓は止まっているが、血は滴り落ちず、重力に逆らってシャルティアの頭上にぐんぐん溜まっていく。

 

 ゼンベルはその圧倒的な殺戮を前に神は怒らせたら怖いと胸に刻んだ。

 ゴンドは本当にこの王について行って大丈夫かと少し不安になった。

 

「アインズ様。これで以上でございます。全て整いました。」

 アルベドの声に頷くと、アインズはナザリックへ転移門(ゲート)を開いた。

 アルベドは一礼するとフラミーとデミウルゴスを呼ぶ為に入って行った

 

+

 

 フラミーとデミウルゴスは鏡を覗き込んでいた。

「アルベドさんは本当お利口ですねぇ!」

 ソファに座るフラミーは後ろに立って鏡を覗くデミウルゴスと笑い合った。

「全くです。血抜きをしなければ皮には汚らしい血の斑点が出ることがありますし、瞬時にシャルティアのスキルを応用させるのは流石統括と言わざるを得ません。」

 二人はアルベドの的確な働きに舌を巻いていた。

 そして紫黒聖典の二人と同じく、ここの二人もなんとなくアインズと女子が噛み合っていない事を鏡越しに察していた。

 つまり一番すけべだったのはやはりフラミーなのだが。

 

「じゃあ、そろそろ準備しますか?あー骨が折れそうだな!」

 そう言って立ち上がり、うーんと伸びをするフラミーにデミウルゴスはずっと疑問だったことを口にした。

「フラミー様は疲労無効のアイテムをお持ちではないのですか?」

「ふー…いえ、有りますけど、ずっと疲労を感じないと時間感覚なくしちゃいそうで。それに夜眠れなそうですし。」

 フラミーがはははと笑うと、デミウルゴスはその様子をわずかな時間見つめ、ゴクリと唾を飲み込み空中に手を突っ込んだ。

「…実は、このデミウルゴス。そうではないかと思いある物を作ってみました。」

 取り出したのは真っ白な――長い茎を持つ蕾が朝露に濡れてそのまま時間から切り離されたように見える不思議なものだった。

 綺麗…と呟くフラミーにデミウルゴスは安心してそのアイテムのなんたるかを語り出した。

「フラミー様の白い杖が珊瑚の骨ですので、聖王国の向こうの海から貪食(グラトニー)に上質な珊瑚の骨を帰りしなとって来させました。一日たった三回ですが、疲労回復効果をつけましたので、どうかお持ちください。」

 ソファの前に回り込み、片膝をついてその蕾を恭しくフラミーの前に捧げる。

 フラミーの瞳の中に花とデミウルゴスが浮かんだ。

 

「デミウルゴス、全くあなたのその図太い神経が羨ましいわ…。フラミー様、お分かりかとは思いますがアインズ様がお待ちです。」

 アルベドの声にデミウルゴスは宝石の目を開き口をヒクつかせていた。

 

「あ、はい!デミウルゴスさん、ありがとうございます。私がこういうの欲しいってよく分かりましたね、嬉しい!」

 フラミーはデミウルゴスから蕾を受け取ると、頭のお団子にプツリと刺した。

「い、いえ。こう見えて、私はフラミー様のお心の洞察には自信がございます。」

 デミウルゴスはさっと頭を下げてから立ち上がりそそくさと闇を潜った。

 

「デミウルゴス、御身の前に。」

 アインズの前に出ると悪魔は再び跪いた。

「来たか、向こうで見ていたとアルベドに聞いたぞ。さぁ、事情はわかっているかな?あれをどうするのがいいと思う。」

 そう言ってアインズは背後に積まれたクアゴアの山を親指で指し示した。

「は。毛皮としてそのまま使用すると、国に招き入れたクアゴアと身に付ける者の間で諍いが発生しかねないので皮はスクロールに、硬い毛は撚って染めて絨毯にでもするのが宜しいかと。ふふ、是非それはクアゴアの暮らす建物に敷きたいものですね。」

 上機嫌に残酷なことを言いながらも的確な判断にアインズは満足した。

「よし。それで良いだろう。お前とシャルティアにあれのナザリックへの運搬を頼んでもいいか?」

「もちろんでございます。この忠臣に何なりとお申し付けください。」

 アインズはいい子だなぁと思いながら、血抜きを言いつけられ、手持ち無沙汰にクアゴアの前に立っている愛らしい吸血鬼を呼んだ。

「シャルティア。」

 出番かと意気込んだシャルティアはクアゴアの運搬を頼まれると、ガクリと肩を落とした。

 

 その後フラミーとデミウルゴスのスキルで呼び出された最低位の大量の悪魔達によって、裂け目下のドワーフ達が拾われた。

「…やりますか…。」

 フラミーは次々と広い上げられて来る死体を前に呟いた。

 すると、すぐに手が差し伸ばされた。

「お願いします、俺も手伝いますから。」

 白い骨の手の上に手を重ねるとフラミーは杖を死の山に向けた。

 アインズと手を繋いで魔力を借用しながら、フラミーは十人づつドワーフを生き返らせ――やっぱりもう嫌だと嘆くのだった。

 

 

【挿絵表示】

 




シャルティア!よくやった!!

ローブの背中がこうだと可愛いですよね!
このリボンをひっぱるとピラリってなったりしたらと思うとヤバイ笑いが込み上げてきます。
→https://twitter.com/dreamnemri/status/1131205852373774336?s=21

次回 #49 動き出す邪神教団


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#49 動き出す邪神教団

 ほとんど丸一日かけて復活させられた山小人(ドワーフ)達は口々にアインズとフラミーに礼を言った。

 

「それで、我が国に来るかな?」

 もはやボロボロの街は食料も建物も、ドワーフの暮らせる要素を全て失っていた。

 摂政会の八人の長達は全員が移住に賛成した。当然渋々、と言う者もいたが。

 相手は強大なアンデッドだと思うと生き返らされたとは言えほのかに恐ろしさを感じる。

 しかしここではもう暮らせない。人と肩を並べて暮らすのは不安だが、飢え死によりは良いだろう。

 

 遠くからその様子を眺めるフラミーに、ゼンベルは近付いた。

「フラミー様、ありがとよ。俺の世話になったやつもちゃんと居たぜ。」

 ニヤリと笑うゼンベルの足に、フラミーはとりあえず回復魔法をかけた。

「…お安い御用ですって…。」

 フラミーはもうドワーフをしばらく見たくないと思いながら頭からデミウルゴスに貰った蕾を引き抜く。

 効果を使ってみると、蕾の中に生じた丸い輝きが先っぽに現れ、ポンと弾けた。

 フラミーは目を閉じてその光を浴びた。キラキラとした輝きが消える頃には、フラミーの体から疲労は消えていた。

 

「――よし!そしたらドラゴン狩りに行きますか!」

 ドワーフの今は遺棄されている王都には霜の竜(フロストドラゴン)と呼ばれるドラゴンが巣食っているらしい。

 以前、冒険者漆黒の剣と冒険をした時にニニャがそのドラゴンの存在を教えてくれていたが、まさかこんなところにいるはとアインズとフラミーは期待に胸を膨らませた。

 

 ゴンドとゼンベルを含めたドワーフ達はアルベドと紫黒聖典の先導で先に歩いて山を下って行った。

 帰りしな、ずっと女子達に魔導国の素晴らしさを聞かされた一行は自分達を復活させた王のその国を何だかんだ楽しみにしながら歩みを進めるのだった。

 

+

 

 アインズ達は溶岩地帯を抜け、天然のガスだまりを抜け、ドワーフの旧王都に来ていた。

「アインズ様!お言葉に従い、全て選別完了しんした!オスが四千、メスが四千、子供が二千でありんすえ!死体はまたデミウルゴスが持ち帰りんした!」

 軽快に声を上げるシャルティアに、アインズは優しく頭を撫でた。

 その後ろには十九匹の霜の竜(フロストドラゴン)が平伏している。ドラゴン達の父で、群れの長だったオラサーダルク=ヘイリリアルと言う者が大層不遜だったせいで、アインズは一瞬でドラゴンを一匹始末してしまった。が、他の者は従属を願ったためにこうして連れ帰ることにした。

「よくやったぞシャルティア。ペロロンチーノさんもお前の活躍を喜んでるはずだ。」

 シャルティアは素晴らしいその褒め言葉を絶対に忘れたくないと思いながら、撫でて来る優しいその手に頭を委ねた。

 次の夜はきっと語らうだけでは済ませないと胸に誓って。

「それで、王はどれかな?」

 アインズの問いにシャルティアは粗末な王を指差した。

 

 周りのクアゴアの恐れが伝わってくる中、アインズは王様らしく見えるように黒い後光を背負って、道中で練習した口上を王に述べる。

「私は慈悲深い王として知られている。お前は罪のないドワーフを皆殺しにしたな?しかしその罪はお前の同族が流した血によって償われたと考えている。今後お前達が私たちのために必死に働くのであれば、繁栄を約束しよう。」

 その時アインズはまさしく王だった。

 

「わーアインズさんカッコいいー!ぎるますー!」

「アインズ様ほんとにほんとにかっけぇでありんす!!」

 女子二人が台無しにしたが。

 

「んん。どうするかね。」

「ははぁ!!子々孫々に至るまで、御身に仕えさせて頂きます!!」

 いい返事にアインズは頷いた。

「お前達はドワーフとはあまり近くないところに住ませた方がいいな。日光の問題もある。一度ナザリックに行くのだ。」

 アインズはシャルティアの開く闇にクアゴア達を送り出した。

 こうしてナザリック鍛冶長の必死のサングラス製造の日々は幕を開けたのだった。

 

+

 

 アインズとフラミーはドワーフの城にある宝物殿を訪れていた。

「アインズさん!これみーんな持って帰りましょうね!税金!税金!」

 フラミーはリアルで納める税金の多さに日々嘆いていた為か、税金になる金銭には目がないようだった。

「大したものは無さそうですけど、とりあえず全部持って帰りますか?ドワーフは二度とここには来ないでしょうし、来たとしても誰かが盗掘したと思いますよね。」

 そうしようと興奮するフラミーに笑い、アインズは少し躊躇ってからこめかみに手を当てる。

「――パンドラズ・アクターか。悪いが宝物殿に持ち帰りたいものがあるのだ。うむ。……うむ。そうしてくれ。頼む。こちらから転移門(ゲート)を開こう。」

 アインズが開いた闇から出てきたパンドラズ・アクターは華麗に跪いた。

「パンドラズ・アクター、御身の前に。」

「よく来たな、パンドラズ・アクターよ。フラミーさんが残さず全部これらを持ち帰りたいそうだ。できるか?」

 その言葉にパンドラズアクターはパッと顔を上げ、それまで胸に当てていた手を顔に当てると、ゆっくりと丸い顔に沿わせていく。

「御身に生み出されたこの身に不可能はございません。」

 キラリと光る黒い目を見るとアインズは沈静化された。

「……では頼んだぞ。貨幣は使うとドワーフにバレるな。対策を考えておけ。」

「では、貨幣は全て潰して、新たな神聖魔導国硬貨に鋳造し直すと言うのはいかがでしょうか。」

 アインズは鷹揚に頷く。

「名案だ。話が早くて助かるぞ、パンドラズ・アクターよ。」

 褒められた事に嬉しそうに頭を下げると、くるりと回ってアインズの姿になりパンドラズ・アクターは転移門(ゲート)を開き直した。

「それでは回収を始めさせて頂きます。」

 

 親子の話が終わるとフラミーは深遠の下位軍勢の召喚(サモン・アビサル・レッサーアーミー)を発動させた。

 

 ギャギャギャギャギャギャギャ!

 

 黒い穴から、愉快そうに笑うライトフィンガード・デーモンが大量に出てくると、フラミーの前に並んだ。

 

「皆さん、これみーんな持って帰ります!ズアちゃんの言う事をちゃんと聞いて運ぶんですよー!」

 フラミーの楽しそうな声にギャーイ!と声を上げる悍ましくも愛らしい悪魔達はアインズの姿を模したパンドラズアクターの言う事をよく聞いて、せっせと宝を運んだ。

 宝を盗む性質を持つ悪魔達は今日の仕事が終わる頃、ほくほく顔だったらしい。

 

+

 

 バハルス帝国のとある墓地の霊廟の地下に、邪悪な空間が広がっていた。

 地下階段を降りた先には奇怪なタペストリーが掛けられ、その下には真っ赤な蝋燭が幾本も立てられ、ボンヤリとした明かりを放っている。踊るように揺れる灯りが、無数の陰影を作る。微かに漂うのは血の臭いだ。

 

 そんな場所に男女交えて、総数二十名ほどがいた。

 顔は骸骨を思わせる覆面を被っており、うかがい知ることは出来ない。その集団がおかしな存在だと言うのは誰が見ても一目瞭然だろう。覆面はまだしも、問題はその下だ。上半身、下半身共に裸であった。

 怪しい集団は肩身を寄せ合い、ひそひそと会話をしていた。

 

 彼らは邪神を祀る教団だった。

「近頃はクレマン様もすっかりそのお姿を現さない。やはり、神のおそばに侍っていらっしゃるのだろうか。」

「しかし以前クレマン様が仰っていたのは本当だったようですね。」

「全くですな。何せ、旧法国が王国の数々の村を焼き討ちにしていたら降臨されたとか。」

「たった数名の生贄や鳥では足りなかったと言う事ですね。」

「旧法国が一体何人を生贄にし、村を焼き討ちへ処したか知りたいものですな…。」

 

 しばらく思い思いに生贄の有用性について語り合っていると、これまで黙っていた男が躊躇いがちに口を開いた。

「…実はフールーダ様が神聖魔導国で魔導学院の設立を目指してらっしゃるそうなのだ。そこでノウハウのある者の引き抜きを行ってらっしゃる…。」

 語る声は枯れ木を揺らすようだった。体は皺だらけの老人のものであり、弛んだぶよぶよとした皮だ。

 周りの者もそう大差ない姿だ。どれも干し柿のようだった。

 何を言いたいのか干し柿達は理解を始めた。

 全員それぞれが何者なのかは知らない体でいたが、この老人だけは別格なため皆が何者なのか察している。

 

「行かれるのですか。」

 その言葉に頷く。

 

「ああ。私は、神王陛下のご降臨を心待ちにしていたのだ。向こうで成果を上げ…そしてフールーダ様のような不老不死を願おうと思う。」

 皆の心の中に嫉妬の炎が渦巻くが、誰も老人に手は出さなかった。

 神の役に立とうとする男に手を出すのは不信心者のする事だ。

「今日限りで私はここを出る。すまない。」

 

 しばしの沈黙が訪れると、ドタドタと無作法に誰かが教団の階段を下りてくる音がした。

 

「た、大変だ……!!大変だぞ!!神が、神が大量のドワーフを連れて帝国のすぐ側を通ってらっしゃるそうだ!!しかも、その隊列の中にはクレマン様らしき女性が!!」

 

「なんだって!?」

 男の絶叫に全員が立ち上がり、階段を駆け上ろうとする。

「待つんだ皆!!神は旧法国の生贄を捧げた男を裸にしたと聞きおよぶ、やはり生贄を捧げるにはこれが本来の正装だとは思うのだが…だが…生贄を捧げない時我々はどんな格好で神の前に参ずれば良いのだ!?」

 当然表に出れば服を着ている者しかいない。このままで出掛ければ神にまみえる前に御用だ。

「この覆面はいつも通り持って行って、クレマン様にお聞きするのが一番じゃないのか!?」

 違う男の意見に全員がソレだ!と瞳を輝かせた。

 頭のおかしな邪神教団は無駄にピタリとハマってしまったピースに歓喜し、服を着こみ――初めて魔法学院の学院長以外の者が何者だったのかを知った。




次回 #50 知られざる戦争

や、やばいやつら来ちゃった(//∇//)


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#50 知られざる戦争

 アインズ達は先を行かせた山小人(ドワーフ)に追いつき、一緒に歩いて帰っていた。

 山小人(ドワーフ)は復活したばかりで歩みが遅かったが、アインズはすぐに帰りたくなかった。

 帰れば聖王国の作戦が始まってしまう。

 考えるのも恐ろしいデミウルゴス発案の作戦に行かなければならない。

 渡された作戦案書類には嫌がらせかと思う程に「御心のままに」と言う文章が並んでいた。

 

 本来であれば下山は蜥蜴人(リザードマン)の住む湖に向かってまっすぐ険しい道で南下するのが早いが、山小人(ドワーフ)の足腰を心配してと言う名目で、わざわざ東の帝国のわきを通ってエ・ランテルを目指した。

 この道はレイナースの祖父が話したと言うものだ。

 アルベドには転移門(ゲート)を勧められたりしたが、なんとかのらりくらりと躱した。

 

 下山が済み、平野を歩くこと二日。ゾロゾロと進んでいると遠くから大量の馬車が向かって来るのが見え、レイナースとクレマンティーヌ、アルベドとシャルティアが組みになって立ちはだかった。

 

 馬車は止まると、一斉に中から中年から老年の男女が飛び出すように降りて来た。そして声を合わせて、呼びかける。

「邪神様!邪神様だ!」「か、神よ…!」

 口々に邪神様、神様、と言う。

 アインズはその様子に、どこか逃避するように目だけで周囲を見渡した。

 いない。邪神など何処にもいない。

 何処を見渡しても、それらしきおぞましき存在はいない。

 

 ならば残る答えは一つである。フラミーやアルベド、シャルティアというわけでもないだろうから。

 

 どうみてもそうとしか考えようがなかった。

 

(――やっぱり俺が邪神かよ!!)

 

 内心で絶叫する。アンデッドであるにもかかわらず、アインズは混乱した。

 

 おかしい。おかしすぎる。何故こうなった。

 フラミーと二人で王国軍を舐めるように崩壊させたが、同時に大復活させた慈悲深き光の神のお友達だ。そして何より良き統治を行う国王。

 そう理解してもらうよう、腐心してきたはずだと言うのに。

 

 それなのに、何でこうなった?それとも邪神とはこう……良い意味を持った神様なのだろうか?

 混乱が一定のラインを超えると、アインズはすっと落ち着いた。賢者だった。

 

 アルベドとシャルティアがいつでも殺せますと優しい微笑みをアインズに向けていると、如何にも身分の高そうな老人が馬車から降りて来た。

 クレマンティーヌのゲッという声が聞こえるが今は構わない。

 

「く、クレマン様…やはり神々の元にいらっしゃったのですね…。」

 老人は感動するようにクレマンティーヌを見ていた。

「…なんだ、お前の知り合いか。私達は先に行く。お前は後から来ればいい。何、十万の牛歩の列だ。一時間くらい話してもすぐに追いつくだろう。」

 そう言って賢者になったアインズは歩き出した。

 アルベドもシャルティアもここ数日、中々話のわかるクレマンティーヌを割と気に入っていたので武器を下ろしてまたアインズの左右につくと歩き出した。

 

「お待ち下さい!!神よ!!」

 しかし、謎の集団はクレマンティーヌに用がある訳ではなさそうだ。

(…やめろ。俺と関わらないでくれ。)

 アインズの悲壮な胸の内を知ってか知らでか助け舟が来る。

「あなた間違ってるわ。アインズ様にお言葉を頂きたければ神殿か聖堂に行って面会要求書を書くの。それがお会いするに相応しい内容だとわかって初めて拝謁の時を迎えられるのよ。」

「クレマンティーヌ、おんしの仲間でありんしょう。無礼なその者達によく言って聞かせなんし。」

 アルベドとシャルティアの言は至極当然のものだった。

 

 そもそも普通の王がいても呼び止めて話しかけたりするものだろうかとアインズは思う。

 しかし庶民のアインズは答えを知らない。

「じゃ…邪神様…。」

 再び呼ばれると、クリアな頭でアインズは少し考えた。

 今この時を逃せば、邪神という不名誉な呼び名を返上する機会は訪れないのではないだろうか。何故かNPC達は"アインズとフラミーが望んだ"世界征服をすると意気込んでいるし、ナザリック切っての知恵者達がここまで絶賛した道のりに間違いがあったとも思えない。

 では、今邪神と呼ばれてしまうのは何かアインズの失態故ではないのだろうか。

 アインズは左右にピタリとくっつきながら怒っている守護者達の頭に手を乗せ撫でた。

「…まぁ、帝国のこれだけ近くをこんな隊列を組んで歩いていたこちらも悪かったか。三分だけやろう。」

 アインズは二人の頭から手を下ろすと列を離れて行き、邪神呼ばわりして来る一団に向き合った。

 ゼンベルと楽しげに何か話していたフラミーもそれに気付くとゼンベルに手を振ってアインズの下へ向かった。

 ゼンベルは頭を下げるとドワーフ達を連れて再び歩き出した。

 アインズ達の後ろをドワーフの長い長い列が通る。

 

「この人たち誰ですか?」

 何の話も聞いていなかったフラミーは、何やら話の中心にいるようなクレマンティーヌに聞いた。

「あーえっとー神様の降臨を願う…その…慈善団体です……。うん。」

 クレマンティーヌはズーラーノーン事件を起こした時、アインズに記憶をのぞかれ、更に微妙にいじられている。

 いじられた内容は簡単だ。

 フラミーが薬師を殺したことを消し、モモンがアインズだったことを消し、そして素晴らしい――もう忘れてしまった何か洗礼を受けて、法国に戻ることを許されたという漠然としたものだ。

 

 しかし、覗いた方は割とじっくりと覗いたのだ。

 アインズの脳裏にビビッとクレマンティーヌの頭をのぞいた時の記憶が蘇った。

(――こいつら、まさかあいつらか!!勘違いじゃなければこいつらは変な面をつけて裸になって鶏を殺して遊んでた奴らだ…!!)

 閃きが迸る。

「お前、嘘をついていないだろうな?」

 クレマンティーヌは背筋をゾッとさせた。

 

 別に何を殺してどんな儀式をやっていてもいいが、クレマンティーヌの扇動していた怪しい教団が自分を邪神と崇めるのだけはやめさせなければいけない。

 アインズは邪神教団に極力優しい声で話しかけた。

「私は慈悲深い神として知られているので、二度と邪神などと呼ぶな。それから、お前達の生贄はもういらん。しかしその罪はまだ償われていない。今後お前達が私達のために必死に働くのであれば、繁栄を約束しよう。」

 クアゴアの王、リユロに言ったことをほとんどそのまま言った。

「おお!神よ!必ずや御身のお役に立つ事を我ら教団一同誓います!」

 そう言うと、誓いを示すぞと老人は後ろの者たちに声をかけ上着を脱ぎ始め――後ろの者達もそれに続く。

 

 フラミーは嫌な予感に襲われ、呆然とし始めたアインズのローブのフードから出ている紫の帯をビンビン引っ張った。

「やややややめさせてくださいよ!あの人達アインズさんの何か分かんないけど何かなんでしょ!!」

 アインズは我に返った。

「あ、あ!お前達やめろ!!いいか!絶対私達の前で裸になるな!!クレマンティーヌ!!」

 若干パニックになりかけたアインズは強制的に鎮静された。しかし感情は再び昂った。

 呼ばれたクレマンティーヌは慌てて跪くと頭をバシンと叩かれ、あまりの強さに一瞬意識を失いそうになるが何とか意識を手放さずに耐えた。

「お前今度怪しい宗教やったら殺すからな!!もしこいつらのせいで神聖魔導国に変な風習が根付いたら街ごと消す!!それを忘れるな!!」

 慈悲深い王にかなりの勢いで怒られたクレマンティーヌは血相を変えて目の前のせっせと服を脱ぐ教団の元に駆け寄っていった。

 

「なんでこの世界の人達は裸になりたがるんですか!?あの人達、アインズさんの知り合いなんですか!?」

 フラミーの久しぶりの問いと完全に引いてる雰囲気にアインズは焦った。

「ち、違うんですよ!クレマンティーヌの記憶にあった変な人達だから知ってただけで…!」

「…本当はニグンさん脱がしたのもアインズさんの指示じゃないですよね!?」

「そ、そんな!フラミーさん、そんなのあるわけないじゃないですか!やめてくださいよ。え!?そんな目で見ないで下さいって!」

 

 宗教団体も神様達もわちゃわちゃしていた。

 

 なんとか事態が収束し、再び行進を始めるとクレマンティーヌはレイナースに道中こってこてに絞られた。

 神官長達にも全てを報告すると言われて。

 あの慈悲深い王に街ごと消すと言わせるクレマンティーヌはある意味才能がある。

 

「レーナース…。」

「何よ。本当にあんたって旧法国に仕えてたわけ?」

「神様ってまーじすごいね…。」

 クレマンティーヌの謎の呟きにレイナースは当たり前だろと頭にあるたんこぶを叩いた。

 

 てんやわんやの後、エ・ランテルについたドワーフ達は数日かけて全員が国籍を取得し、ザイトルクワエによって最も日当たりが悪くなっているあまり人気のない地域にドワーフ街を作ることにした。

 元から穴蔵生活だった彼らはむしろ日当たりの悪い土地が残っていたことを喜び、可愛らしい小さな家をスケルトンと共に建てていくのだった。

 工房が完成し、鍛治仕事ができるようになると、ルーン工匠達は懸命に働き、街についてから神聖魔導王に見せられた素晴らしき短剣を再現するべく日夜研究に励んだ。

 人の家は景観規制もあり白い建物ばかりだが、この一角はドワーフらしさを出す様にと言う神聖魔導王直々の要請で赤や黄色、青に紫…実に様々な色に塗られたのだった。

 小さく可愛らしい家の立つカラフルな街並みはフラミーの「トゥーンタウンだ!」と言う一言から後に誰もがそう呼ぶ様になり、割と観光客が訪れる人気スポットになるのはまた別のお話。

 

 その後一足遅れてエ・ランテル入りを果たした霜の竜(フロストドラゴン )達はザイトルクワエの頂上に暮らすようになった。

 夜は大樹の上で眠り、五日は空輸便としてカッツェ平野――現カッツェ穀倉地帯から神聖魔導国中に新鮮な野菜や肉、魚を運んでいる。

 五日働くと与えられる二日の休日にはエ・ランテルの上空を自由気ままに飛び回ったり、友人が出来るとザイトルクワエの頂上に招待したりした。

 友人には、講習官のナーガであるリュラリュースを筆頭に、穀倉地帯で働く者達や、荷を受け入れる商人達がいた。

 その背に乗ってしか行けない頂上は、極一部の者達の秘密の遊び場にもなったのだった。

 

+

 

「国の横を神聖魔導王が通っただけでこれはどう言うことだ!!」

 ジルクニフは荒れに荒れていた。

 それもそのはずだ。

 魔法省の残りの人材と、魔法学院の人材が一気に殆ど魔導国に流れ出したのだ。

 次々と出される辞表はもはや開ける事も追い付かず、帝国はパニックになり始めていた。

 魔法に関わるもの達だけならまだよかった。

 なぜか神聖魔導王が通った翌日には粛清しなかった貴族達も何を思ったかお世話になりましたと国を出た。

 

 皆口々に「神王陛下のお役に立たねばならない」と言って。

 

 魔法省は壊滅だ。

 魔法学院も教師がいなくなったのだから生徒も教師を追って親と移住して行く。

 騎士団も半分程が帝国を離れた。

 貴族も出ていけば内政を預かるものが足りなくなる。

 

 早くも帝国は限界だった。

 フールーダを送り出してわずか一ヶ月。

 帝国は無血のうちに負けたのだった。

 

「ロウネ…ロウネ・ヴァミリネン…。」

 皇帝に呼ばれたその者はゴクリと唾を飲む。

「神聖魔導国に…いや…神聖魔導王陛下に書簡を出せ…。」

 

 皇帝がそれを陛下と呼んだ。

 それだけでロウネは書簡の中身がわかった。

 

「属国化を願い出ろ…。帝国が生き残るにはそれしかない…。」

 

 三騎士は悲痛な面持ちで床を見た。

 

+

 

 その日、BARナザリックには非常に珍しい組み合わせの守護者達が三人訪れていた。

 

「我々がアインズ様のお役に立てる日は来るのでしょうかねぇ…。アルベド…。」

 知恵ある悪魔はため息をつきながらもう一人の知恵者に聞いた。

「私…アインズ様が歩いて帰ると仰ったのをお止めしたのよ…。デミウルゴス、あなたは良いわよ、これから聖王国で手柄を上げられるじゃない。私は…私はどうなるのよ…。」

 統括は嘆いていた。

 帝国の属国化を願う書状が届いたのは、どう考えてもドワーフ行進のお陰だ。

 そしてアインズに忠誠を誓った謎の教団。

 何故行ったことも見たこともない帝国で何が起きているのかアインズが見通す事が出来るのか分からなかった。

 皇帝なんて未だ会った事もないのだ。

 

「アルベド、アインズ様のその何もかも見通すお力は我々の及ぶところではありません。そう自分を責めないで…。」

 デミウルゴスはよく働いたはずのアルベドを慰めた。

 その肩に手を乗せポンポンと叩く。

 そして、三人目の知恵者も口を開く。

「私からアインズ様にお写真をお願いしてさしあげましょう。アインズ様は貴女の働きを非常に喜んでいらっしゃいましたから。」

 卵頭は落ち着いた調子だ。

「ほ、本当?パンドラズ・アクター…。」

「私に任せてください。こう見えて私はアインズ様に結構可愛がられてるんですよ。」

「あ"ぁ!?」

「あ、いえ、失礼…。」

 

 その後知恵者三人は聖王国の一大イベントの最終確認を行うのだった。




次回 #51 閑話 月下に咲く花
5/25の12:00更新です!

これにて帝国編が終わって聖王国編が始まりますが、聖王国編は御身めっちゃ頑張っちゃいますよ!
帝国編、全くジルジル出てこなくてただただ反省ですね。
今後活躍する機会を設けます!

ユズリハ様より勢力図を頂きました!

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やはりわかりやすい!ありがとうございます!


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試される聖王国
#51 閑話 月下に咲く花


 ドワーフの国から戻ったアインズはその晩、風呂から上がったフラミーの部屋を訪れていた。

 

「こんな時間にすみませんね、フラミーさん。前にデミウルゴスの引っ込める能力聞くって言ってたじゃないですか。それってまだですよね?」

 フラミーは本日のフラミー当番のエトワルにまだ少し濡れる髪を梳かしてもらっていた。自分でやると言ってもさせてもらえないらしい。

「あ!それ、聖王国行っちゃう前に時間作らないとまたタイミング逃しちゃう!」

 フラミーは不思議な白い蕾を手の中でくるくる玩びながら応えた。

「エトワル、すまないが少しアサシンズと共に向こうに行っててくれるか?」

 アインズは人払いした。

 

「フラミーさん、そのタイミングで聖王国での細かい作戦内容をデミウルゴスから探りましょうよ。だから、明日とか…兎に角一週間後の出発までになんとしてもその会を開きたいです。」

 フラミーは下ろしたままの髪と不思議な蕾を片方の耳にかけると、瞳にギラリと光を写した。

「なんなら今夜でもいいっすよ。」

 二人はサムズアップを交わすとニヤリと頷きあった。

+

 

「デミウルゴス。御身の前に。」

「よく来たな!さぁ座るんだ。」

 

 デミウルゴスは一度断ってから支配者達の前のソファに座ると、ワクワクしている雰囲気の二人へ向いた。

「それで、今宵はどのような御用向きでしょうか。」

 

「デミウルゴスさん!こないだの続きです!」

 身を乗り出してそう言うフラミーにデミウルゴスは宝石の瞳をパチクリさせた。

「あ、あいんずさまもご一緒に…でございますか?」

 

 アインズは女子のデリケートな話を男二人で聞くのはマズイのではと言われたような気がして焦った。

 ここで出て行かされては聖王国のことが聞き出せない。

「…私がいては不服かな?」

「あ、いえ。とんでもございません。お望みとあらば。」

 デミウルゴスは頭をさっと下げた。

 

「それじゃ、デミウルゴスさん。すみませんが翼をしまえる秘密を教えてください!」

 フラミーの言葉にデミウルゴスは翼をしまえる秘密…と復唱した。

「んん、失礼いたしました。翼ですね。はい。分かっておりますとも。それでいかが致しましょう。」

 メガネをクイと上げる悪魔はとても頼りになりそうだ。

 

「とりあえずこの間見損ねたので背中見せて貰っていいですか?」

 フラミーの言葉に頷くと悪魔はいそいそと服を脱いでいき、筋骨隆々な細い背中を露わにした。

 フラミーはメモを持って近付くとそのたくましい背中をまじまじと見た。

「はい。じゃあ、ゆっくり出してください!」

「……それでは、始めさせて頂きます。」

 フラミーをがゴクリと唾を飲んだ音がした。

 背中からミチミチと音を立てて翼が出てくる。

 デミウルゴスはゆっくりやるのは初めてなのか、緊張したような顔をして少しだけ粘液にまみれた翼を出した。わずかなぬめりがテラテラと黒く光った。

 

「痛いですか?」

 フラミーはデミウルゴスの斜めから濡れた翼の生え際をツツ…と指で触りながらデミウルゴスを見た。

「…っ…いいえ、痛くありません…。」

 アインズは自分は何を見せられているんだろうとコホンッと咳払いをした。

「さぁ、しまって見せてくれ。」

 

「かしこまりました。」

 翼はデミウルゴスの背の中にゆっくりと吸収されるように押し込まれ、仕舞われていく。

「あ、もう入っちゃう!もっとゆっくり、入るところよく見せて下さい!」

 デミウルゴスはアインズに心底困ったような視線を送りながら、自分の中で一番ゆっくりな動きで翼をしまい直した。

 フラミーは翼がしまわれた背中を優しく撫でた。

「…痛いですか?」

 それしか聞くことはないのだろうか。

「いえ………。」

 そしてふーむと唸るとメモを取り、フラミーは核心に迫った。

「デミウルゴスさんは、しまったことありますか?」

 デミウルゴスはまさに今翼をしまったところだったので質問の意図を探したが、よく分からなかった。

「…フラミーさん?絶対こいつは試したことないと思いますよ。それは俺でもわかります。」

 アインズの返答にふむふむと頷き更に手の中でメモを取って行く。

 

 どんな事を書いているんだろう、と立ち上がってフラミーの手元を覗くとそこには――

 

 ○デミウルゴスさん

 ・だしても痛くない

 ・いれても痛くない

 ・未経験(アインズさん談)

 

 アインズは顔を覆った。

(もう…この人ある意味ペロロンチーノさんよりヤバい…。)

 フラミーは絶対にいらないであろうメモを見ると満足げにふんすと鼻息を吹いた。

「フラミーさん…それ誰にも見せないでくださいね。本当頼みますから…。デミウルゴスの名誉のために…。」

「見せませんよ!私の秘密のメモですからね。それじゃ、ちょっと今の感じイメージして試してきますから待っててくださいね!」

 

 そう言ってメモをテーブルに置くとタタタと寝室に入っていった。

 

「いつもすまないなデミウルゴス…。さ…着てくれ。」

 アインズの懺悔にデミウルゴスはいえいえと首を振りながらYシャツに袖を通して行った。

「とんでもございません…。フラミー様は翼をお仕舞いになりたいのですか?」

「へ?あ、いや、男子部分を仕舞いたいらしいぞ…。」

 どっこいせとソファに座り直すアインズに顔を向け、デミウルゴスは宝石の目を見せると中途半端にシャツのボタンを閉めたまま固まった。

 

「そのようなことが出来るのでしょうか…?」

「いや、多分無理だと思う…。」

 アインズはいつもよりずっと若い声でそう答えた。

 デミウルゴスはふーむと悩み、シャツをズボンの中にきちんと仕舞い切ると何か閃いたようだった。

「アインズ様。このデミウルゴスにいい考えがあります。」

 アインズは視線で続きを促すと、フラミーがちょうど寝室から出てきた。

 

「これはフラミー様。もしフラミー様がお仕舞い頂けない場合、お望みとあらばニューロニストに切らせれば宜しいかと愚考――」

 アインズは立ち上がってデミウルゴスの頭をスパンと叩き、顔を近付けて瞳の灯火を赤くした。

「お前…それは確かに愚考だ、初めての愚考だぞ…!」

「お、お望みかと…。」

 チラリとフラミーを見ると、呆然と自分の股間に視線を落としていた。

 

 アインズは咳払いをしながら再び座りなおすと、フラミーはいそいそとサスペンダーをあげるデミウルゴスを驚愕の瞳で見ていた。

「フラミー様。何はともあれ仕舞えるのが一番でございます。如何でしたか?」

 フラミーは黙ったままかぶりを振った。

「…フラミー様が天使だった名残を捨てたい気持ちは分かりますが、そのままで宜しいのではないでしょうか?」

 デミウルゴスの声にフラミーは少し悩んだ。

「うーん。もう少し、諦めないで方法を探してみます。それで全部試してダメだったら、もう諦めるしかないですね。そうなったら誰のお嫁さんにもなれなそうですけど。」

 フラミーは困ったように笑った。

「このナザリックにフラミー様をお嫁さんに貰える事ができるのであればその身体的特徴を理由に断る者は誰一人としておりません。」

 フラミーとデミウルゴスの口から出るお嫁さんという言葉にアインズはなんだかおままごとのような可愛らしさを感じた。

 

「ははは。うんうん、そうだな。デミウルゴスの言う通りだ。――まぁもう少し方法を探せば良いんじゃないですか?それにフラミーさんは綺麗だから大丈夫ですよ。」

「あは、ありがとうございます。何と言ったって元々CGですからね!」

 ははははと笑う支配者達に、シージーとは何だろうとデミウルゴスは考える。

(元々シージー…。天使という意味か。)

 デミウルゴスは一人納得した。

 

「ところでフラミーさん、ちょっと前から気になってたんですけどそれ何なんですか?」

 こめかみのところをちょいちょいとアインズが指差すと、フラミーは蕾を耳から引き抜いてアインズの前に摘んだまま見せた。

「綺麗ですよね、デミウルゴスさんに貰いました!」

 デミウルゴスは思わず思考の海から上がり支配者の様子を伺った。

「ほーこんなの初めて見ました。」

「とっても綺麗ですよね!」

 アインズがよく見せてとフラミーに手を伸ばすと、フラミーはそれを耳に戻した。

「ダメですよ!私のですから!あげません!」

 ふふっと笑うフラミーはいたずらっぽかった。

 

「ふーむ…。デミウルゴス、効果は何なんだ。」

「…は。疲労無効を一日三回利用できます。」

「それだけか?」

「は?あ、いえ、月の光の下に出すと、ゆっくり花が咲きます。」

 え!と声を上げフラミーは立ち上がった。

「そんなの聞いてないですよ!アインズさん、デミウルゴスさん、行きましょ!」

 そのまま指輪をきらめかせると姿はかき消えた。

 残された男達は顔を見合わせてから、おそらく地表に転移して行ったのだろうと続く。

 

 第一階層に出ると、フラミーはもう外に向かって走っているところだった。

「本当、偶にあれだからな。」

 アインズはやれやれと思いながら<飛行(フライ)>で後を追った。

 デミウルゴスもとりあえず引っ掴んできたジレに腕を通しボタンを締めながら走った。

 

 外は雪が止んだところだった。

 ちょうど雲間から出てきた月に照らされるフラミーの背中は音のない世界でひっそりと芽を出した銀色の蕾のようだった。

 

 するとフラミーの手の中の白い花はゆっくりと花を咲かせ始めた。

 あらゆる温度に耐性を持つ三人は積もった雪の中でも何の痛痒も感じない。

「綺麗…。」

 呟いた声に合わせて白い息がふわりと流れていった。

 フラミーはアインズと並んでその手の中の咲いて行く白銀の花に見入った。

 

 風が積もったばかりの雪を舞い上げると、その風はフラミーの翼と髪も舞い上げた。

 デミウルゴスは初めて外に出た日と同じことを思った。

(月の光を栄養に咲く花のようだ…。)

 フラミーとアインズに近付いて行き、胸に手を当て、少しだけ頭を下げた。

「実はフラミー様を見立ててお作りしました。…どうか飽きる日が来るまで使ってやってください。」

 

 デミウルゴスの言葉はまるで自分の事を言うようで儚く、アインズは甘え下手な可哀想な息子の頭をくしゃりと撫でた。

「お前のセンスが羨ましいよ…ほんとに…。」

 

 フラミーはいつまでも大切そうに月の花を見続けた。

 

+

 

 二人と別れて部屋に戻ったアインズは聖王国の事なにも聞いてないじゃん!と頭を抱えるのだった。




ザーボンさん!ドドリアさん!行きますよ!!

次回 #52 聖騎士と青の薔薇


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#52 聖騎士と蒼の薔薇

 魔導国の属国になった王国に、ローブル聖王国の聖騎士団が訪れていた。

「我々が悪魔に苦しめられている傍でこの国はアンデッドの治める国の属国になったと言うのか!」

「団長、抑えて下さい。蒼の薔薇の皆様申し訳ございません。」

 怒りに身を任せる聖騎士団団長レメディオス・カストディオを副団長のグスターボ・モンタニェスは止めた。

 

 流石に宗主国の王を侮辱されて蒼の薔薇ガガーランは気を悪くしたようだった。

「おい、団長さんよぉ?アンデッドって言っても神王陛下は神様だぜ。それも十四万人もの人間を生き返らせる事ができる神様に慕われた超級の神様だ。」

「それに光神陛下はアンデッドじゃない。美しい。」

「ガガーラン、ティナ。よして。我々にそのグラトニーなる悪魔を倒せるかは分かりませんが…。兎に角、共に参りましょう。報酬は――」

「待ってくれ、今の話は本当か?」

 蒼の薔薇ラキュースが話をまとめようとすると、レメディオスは再び口を挟んだ。

 

「は?はぁ、共に参りますが…?」

 ラキュースの答えが気に入らなかったようで、ガガーランを指差すと、もう一度ゆっくりと疑問を口にした。

「十四万人も人を生き返らせたというのは、本当か?」

 グスターボも止めない。

 いや、こればかりは止めてはいけない質問だ。

 今聖王国の北部はグラトニー率いる亜人達に支配され、もはやわずかな抵抗しかできていない。民達の多くは生きたまま貪り食われ、収容所に捕らえられ、残存する聖騎士達は敗残兵として洞窟に隠れ住んでいる有様だ。

 ただ、南部はまだ領土を維持しており、軍勢とグラトニー軍が睨み合っている状態だ。

 グスターボは亜人達の進行は瀬戸際で食い止められていると蒼の薔薇に説明したが、それはどちらかと言うと嘘の表現だった。

 

 表情の読めない仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)、イビルアイがグスターボに答えた。

「あぁ、本当だ。私達はその場で光神陛下に魔力もお渡ししてすぐそばで手伝ったんだ。陛下方に誓って真実だよ。」

 全ての聖騎士がゴクリと唾を飲んだ。

 

 グスターボは祈るような気持ちで頼む。

「蒼の薔薇の皆様…追加報酬をお出しするので、その神王陛下と光神陛下にお取り次ぎ頂けないでしょうか…?」

「良いですが…お出まし頂けるかは分かりません。」

 ラキュースの言葉にレメディオスは忌々しげな声を上げた。

「ち。所詮はアンデッドか。」

「おい、こっちは別に断っても良いんだぞ。二度とアンデッドだから何とかと言うな。陛下をなんだと思ってる。一国の主とそう易々と会えると思う方が間違っていると分からんのか。」

 イビルアイは怒っていた。

 あれ程までに善良な神がアンデッドだった事が嬉しかったのだ。

 だと言うのに先程からこの団長のあからさまにアンデッドを馬鹿にしたような態度は、今まさに自分が侮辱されているような気分にさせた。

「イビルアイ。」

 ラキュースの非難するような声がかかり、イビルアイはふんっと鼻を鳴らし顔を背けた。

「…落ち着きましょう。なるべく話が通るように…神殿に行くだけではなく、ザイトルクワエ州の州知事に就いた私の友人にも話をします。報酬に折り合いが着くようでしたら、明日出発で如何でしょうか。」

「是非それで。どうぞよろしくお願いします。」

 グスターボが頭を下げるのに合わせ、聖騎士達は一斉に「お願いいたします!」と頭を下げた。

 

+

 

 数日後――。

 蒼の薔薇と聖騎士団はエ・ランテル市、光の聖堂にいた。

 聖堂の前には一般の参拝を断るプレートが掛けられ、外には死の騎士(デスナイト)が二体立たされた。

 

 人を何人も殺して来たような目付きの少女――従者ネイア・バラハはその美しい聖堂に神様はこう言うところに降臨するのかと辺りを見渡した。

 そして、入り口すぐそばに置いてある写実的な二枚の絵を見て文化も発展しているのかと感嘆したのだった。

 

「欲しければお求め頂けます。銀貨二枚ですよ。」

 そうネイアに声をかけたのは執事服に身を包んだ品の良さそうな老人だった。

「あ、いえ…銀貨二枚も持ってませんから…。」

 ネイアは何で今日は一般の人も係員も入れない筈のここに執事が居るんだろうと不思議に思った。

「そうですか。それは残念ですね。大切な税収です。差し上げることはできませんのでいつかまた欲しくなったらいらして下さい。」

 執事服の老人はニコリと笑うと、聖堂の前方に行き、おそらく光の神なのだろうと思われる美しい像の隣に立った。その像もまた、大変細緻な作りで、髪の毛一本一本が流れるように表現されていた。

 

「皆さま。前方へお進みになり、両陛下をお迎えするご準備をお願いいたします。」

 ただのおじいさんじゃなかった事にネイアは驚く。

 神様に仕える時は神官服ではなく執事服が正式なのだろうか。

 

 ラナー、レメディオス、グスターボ、ラキュース

 そして後ろに三列、蒼の薔薇と聖騎士団が並んだ。

 

「陛下方は対等でいらっしゃいます。それだけは皆様お心にお留めください。くれぐれもご無礼のないよう。それでは神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下とフラミー様の御成です。」

 執事の声にネイアは頭を下げ、周りから浮いていないか自分の姿勢を今一度確認する。

 一瞬斜め前に跪く黄金の州知事の顔が恐ろしい物に見えた気がした。

 

 カツン、カツンと硬質なものが床を叩く音が二つ重なる。

 それが止まると、クシャリと何かを握ったような音がした。

 

「面を上げよ。」

 その深みのある声に、全員と合わせてゆっくりと顔を上げる。

 

 そこには金の豪奢なローブに身を包む闇と、銀のローブに身を包む光が立っていた。

 闇は頭蓋骨剥き出しの顔をしていて、眼窩には赤い輝きを灯していた。それはアンデッドに相応しい外見だが、不思議とおぞましさはなく、いっそ清々しさすらあった。

 光は流星の尾のように煌めく銀色の髪をしていて、闇よりよほど人に近い姿をしているが――人の考えられる力の範疇にいない、超越的な存在であると感じさせられた。

 オォ…と誰かが感嘆を漏らしたのが聞こえる。

(これがアンデッド…?嘘…。)

 

「遥々聖王国からここまでご苦労だったな。カストディオ殿。そして聖騎士団の方々よ。」

「ありがとうございます。神王陛下。」

「ラナー・ティエール州知事と蒼の薔薇の面々もご苦労だった。よくぞこの者たちの来訪をセバスに伝えてくれた。」

「とんでもございません。陛下。」

 ラナーの鈴を転がすような声が響き、斜め後ろに控える執事も頭を下げた。

 

「さて、貴殿らに時間的余裕はないのだろう。故に忙しい合間を縫って時間を作ったのだ。ならば無駄な時間は双方の為にならない。持って回った言い方や心にもないおべんちゃらは言うことなく、円滑に話を進めようではないか。腹を割ってな。異論は?」

「何一つございません。」

「よろしい。それでは聖王国の現状を教えて頂こう。隠し事や嘘偽りなくな。そうすれば、我が国としても貴国に何か有益なものを提供できるかもしれん。」

 了解したレメディオスは聖王国の現状を滔々と語った。

 話は王国で蒼の薔薇に話したように、戦局はギリギリで持ち堪えていると言うところで終わった。聖王国が崩壊寸前だとは他国の王――それもアンデッドには言いたくないのだろう。

 

「なるほど。なるほど。それで、貴国はこれからどのようにするつもりなのかな。」

「はい。そこで神王陛下にお願いがございます。お隣にいらっしゃる光神陛下を我が国にお貸しくださいますようお願い申し上げます。」

 神王の瞳の灯火がフッと消え、一拍置いてからまた光を取り戻す。

「セバスよ。お前は話さなかったのか?」

「いえ。ご降臨前に触れさせて頂きました。」

「そうか。同じことを二度聞かせるのは私の趣味ではないが、仕方ない。お前達が光神陛下と呼ぶこの人は私の友人だ。私から彼女にどうこう指示を出す事は決してないし、貸すとか貸さないとかそういう言い回しは特に好かん。私にそれを願っても無駄だ。分かったな。それでは、もう一度だけ聞こう。貴国はこれからどのようにするつもりかな。」

 レメディオスは言葉に詰まった。

「陛下方、申し訳ございませんでした。ここからは私、グスターボ・モンタニェスが変わらせていただきます。光神陛下。どうか我が国に共にいらして頂けないでしょうか。そして、リ・エスティーゼ王国の民に与えたその奇跡とご慈悲を、どうか我が国にも。」

 女神は目を閉じていたがゆっくりとその金色の瞳を覗かせた。その瞳からは金色の光がこぼれ落ちるようで、そうした瞬間に聖堂内の空気が澄んだ物へと変わったようだった。

 美しいものは度を過ぎれば恐ろしくすら感じることを、ネイアは初めて知った。これが動くのかと息を飲む。聖騎士達も震えるように呼吸を止めた。

 ゾッとするほどに美しい女神は、ここに来て初めて口を開いた。

「どれだけの人が死んだのですか。」

「…わかりません…。」

 先に人があまり死んでいないような、しかも持ち堪えていると説明したのが仇になった。多く死んでいると話した方が慈悲を掛けてもらえたかもしれない。

「…貴方達は命を取り戻すことを簡単に考えてはいませんか?」

 ネイアはあの生を統べたもう瞳に全てを見透かされているような気がし、無性に息苦しかった。

 確かに考えていたのだ。十四万を生き返らせる神ならば、きっと聖王国の犠牲になった人々は大した数ではないはずだと。

 

 誰も何も言わない姿を見渡して女神は再び口を開いた。

「そうでしょう。私は共に行っても良いですが、それを行うかは今はまだ約束できません。」

 迷わず真実を話さなかったせいで信仰を確かめられているのだろうか。

「光神陛下!我々は聖騎士です!!陛下のお力を日々お借りし、また祈りを懸命に捧げて参りました!神王陛下と違って貴女様には山をも動かすほどの信仰を――」

 必死になり、余計なことまで言い始めてしまったレメディオスに、グスターボの叱責めいた声が響く。

「団長!!両陛下!失礼いたしました!!ただ、団長は光の力を扱う為、特に光神陛下には並々ならぬ信仰を捧げて来たと言おうとしたまでで、他意はございません!」

 グスターボの額にはじわりと滲んだ汗が光っていた。

「分かりました。共に参りましょう。」

 聖騎士の顔に喜色が浮かびかけると、女神はそれを止めるように手を前に突き出した。

「――但し、私は神王の居ない場所には決して行きません。貴方達が忌み嫌うこの人が降臨する事や存在を国の者達は皆納得できますか?アンデッドを恐れるなとは言いませんが、なにかを決めつけて優しいこの人に無礼を働きませんか。」

 光と闇は切っても切り離せないとでも言うようなその言葉に蒼の薔薇のイビルアイがうんうんと頷いている。

 

「決して行いません。もしそう言うものが居たとしても、必ず止めてみせます。」

 グスターボの声に女神は頷くと神王へ向いた。

「いいですか?」

 簡潔なその言葉に神王はふぅー…と息を吐いた。――あの体でそれが必要なのかは不明だが。

「良いですよ。行きましょう。」

 

+

 

 神様二人はナザリックに一度戻った。

「アインズさぁん。」

 フラミーの声にアインズはギクリとしたように振り返る。

「な、なんですか…?」

「私嫌ですからね。自分の魔力が続く人数しかゼッッタイ復活させないんですからね。」

「は、ははは。それは作戦を立てたデミウルゴスに言ってもらわなくっちゃ…。」

「でも、作戦書にはまだどこにも生き返らせるとかは書かれてないし…こことここと、こことここと……ああ!これもこれもフラミー様の御心のままにって!私できる気がしないです…。」

 

 フラミーは渡された計画書に従ってやればいいんだよね、とずっと気楽に考えていた。

 が、以前アインズがデミウルゴスから聖王国の作戦内容のディテールをもっと詳しく聞き出したいと言った晩、眠る前にそう言えば何も聞かなかったなと思い出しサッと目を通したのだった。

 するとそれは想像を大きく超えた物だった。

 

「まぁまぁ、それは俺も同じです。頑張るしかないですよ。でもフラミーさん、人を生き返らせるの嫌で断るかと思ってハラハラしましたよ。」

「流石に断らないですけど…最初から絶対生き返らせるお約束では行きたくなかったんですもん…。」

 

 支配者たちの苦悩は始まったばかりだった。




次回 #53 神々の馬車

アニメを抜かし始めました。
この先分かりにくい所があったら皆さん仰ってください!


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#53 神々の馬車

 謁見後、一行は仮眠をとってから出発の準備を開始した。

 神の姿を見ると街の人々が興奮するため深夜――死の騎士(デスナイト)達が持つ幕の中、一行はいよいよ出発の時を迎えようとしていた。

「神王陛下、何かあればこの従者バラハに。光神陛下はグスターボにどうぞ仰ってください。」

 レメディオスのあからさまな差別にイビルアイは仮面の下でピクリと眉を動かした。

「待て。一国の王陛下、それも神に従者を付けるだと?つい数時間前に光神陛下から無礼を働くなと言われたばかりなのにお前達は何を考えている。」

「我々は陛下方をお守りするため、一番力の無いものをお世話に回しただけだ。グスターボは光神陛下に重要なお話があると言っているし、何も間違っていないと思うが?」

「な!貴様よくもぬけぬけと――!」

 蒼の薔薇の面々がイビルアイ!と周りで咎めるように声を上げるが、イビルアイはそれを無視して手に力を込める――と、神王が肩にポンと手を乗せそれを止めた。

「良いのだ。イビルアイ――と言ったかな。私は気にしていない。丁度良い、お前も乗りなさい。」

「へっ、陛下…よろしいのですか…?」

 イビルアイの驚愕はその場の総意を代弁していた。

 

「良い良い。さぁ、乗りなさい。」

「へいか……。」

 イビルアイは自分が神王の味方だと解ってもらえた事に僅かに胸を熱くした。

 

+

 

 馬車には、アインズとフラミーが隣り合って座っている前に、イビルアイ、ネイア、グスターボの順で座った。

 五人も乗っていると言うのに狭苦しさを感じさせない馬車は神聖魔導国の物だ。

 

 アインズはグスターボとフラミーが話している間や、フラミーが眠っている間、警戒心の強そうな目付きの悪い少女と何かを話さなければいけない状況に先手を打てた事に安堵していた。

 

「それで、出来れば光神陛下には九色と呼ばれた我が国の大将格の者達の復活だけでもお願いしたいのです…。」

 グスターボは出発から熱心に目の前の女神に頭を下げ続けていた。

「解ります。解りますが、皆納得できるのでしょうか。」

「納得させて見せます…。どうか…。」

 フラミーは少し辛そうに目を瞑った。

「全ては向こうについてからです。すみませんが、グスターボさん。解ってください。」

 そう言うと四対の翼で卵の殻を作るようにその身を包んだ。

 神との約束はそう簡単に交わすことは出来ないとグスターボは思い知る。

「畏まりました。お聞き苦しい事を…申し訳ございませんでした。」

 グスターボが頭を下げ、再び顔を上げた時にはフラミーは翼の殻に包まれ眠ってしまったようだった。

 

 ネイアは眠りについた――まるで人々の夢見る美を凝縮したような女神をジッと見続けていた。

「…バラハ嬢。フラミーさんがどうかしたかな?」

 つい先程まで熱心に流れる景色を眺めていた神王はチラリとネイアを伺った。

 思いがけもしない質問に慌ててそちらへ視線を向けると、隣で黙って座っていたイビルアイも神王に加勢した。

「そうだ、ネイア・バラハ。あまりジロジロ見るな。女神相手じゃなくてもそれは失礼だ。」

「あ、し、失礼しました。」

 その注意に最もだと頭を下げると、隣のグスターボも共に頭を下げた。

 

 沈黙。

 

 女神の心地好さそうな寝息だけが車内に響く中、ネイアは何か言わなければと精一杯頭を回転させた。

「へ、陛下方はご友人でらっしゃるのですよね。」

「そうだとも。」

「えっと…その…あ!神様は何をして遊ぶのですか?」

 ネイアは言ってからやめておけば良かったと後悔し始めると、隣のイビルアイから冷たい視線を感じた。

 しかし、神王からの反応は予想外にも楽しげで、温和なものだった。

「ふふ、そうだな。昔は我が支配地であるナザリックの空を作ったり、守護者…いや、君たちが呼ぶ所の守護神を生み出したり、色々したな。秘宝を探しに星の降る山に登ったりもした。そこには多くのドラゴンがいたものだ。懐かしいな。」

 神の語る遊びは、最早遊びではなかった。

「…そこにいたドラゴン達はどうしたのですか?」

 イビルアイが恐る恐ると言う具合に質問を投げかけた。

「ん?皆、我がナザリックの糧にしたとも。」

「ナザリックの…糧…。」

 神々の遊びは神話そのものだった。

 スケールが大き過ぎたせいかイビルアイは考え込んでしまった。

 その後も輝く草原を支配する巨人を倒した話や、誰も踏み込んだことのない底無し沼を発見した話、無限に広がる星空を支配する竜を倒した話など――語る者がこの目の前の神でなければ俄かには信じられないような話が続いた。

「陛下方の神話は神聖魔導国に行けば読めますか?」

 ネイアはもっと聞いてみたいと思った。

「あぁ…次々に部下達が神官長達と書き起こしていっているよ…。全く困ったものだ…。」

(何で困るんだろう?)

 もっと世界中の人に見せるべきだと思うのに。

 

「さぁ、フラミーさんが起きてしまっては悪い。仮眠もしただろうが眠れる者は眠るのだ。」

 優しい神王の声に皆頭を下げて目をつぶると、ネイアは神王の話した夢のような話を何度も反芻してから眠りに落ちた。

 その間にも、少しでも早く向かうために馬車に乗らない者たちは必死に聖王国を目指した。

 

+

 

 翌朝ネイアが目を覚ますと、神王が女神の顔にかかる前髪を静かによけているところだった。

 その光景はとても美しく、ネイアは何故か――子供の頃に部屋に差し込む朝日で目覚めた時の清浄な空気を思い出した。

 神王は視線に気づいたようで、こちらを向いた。

「わっ!んん。バラハ嬢、起きたかね。」

 

「あ!お、おは――」しー、と口元に人差し指を当てる神王に頭を下げ、声を小さくする。

「おはようございます、神王陛下。」

「うむ。おはよう。バラハ嬢。」

 すると、グスターボもム、と声を上げて目を覚ました。

「おはようございます。申し訳ありません。思ったより眠ってしまったようです。」

「それは良かった。副団長殿。」

 腕を組んでいたイビルアイも目覚めたようだった。

「んぅ……。はっ!神王陛下おはようございます。おはよう、バラハ、グスターボ殿。」

 これはこれはと皆が頭を下げると、馬車が止まり、女神も目を覚ました。

 恐らく朝食の為に止まったのだろう。

「ぁ?んんーー!はぁ、座って寝たのは久しぶりでした。おはようございます、皆さん。」

 伸びをした後にぺこりと頭を下げる女神に皆慌てて頭を下げた。

(神様でも座って眠るような夜があるんだ…。)

 

「陛下方はもう少しゆっくりしてらしてください。私は団長と話し合いがありますので、先に行かせて頂きます。何か必要な物はございますか?」

 ネイアはさすが副団長は違うと思った。あの団長では中々こうは気を使えないだろう。

「いいえ。私は大丈夫です。アインズさんは?」

「いえ。副団長殿、我々は何もいらない。バラハ嬢とイビルアイ嬢はどうかな?」

 イビルアイはピクリと体を動かした。

「いびるあい…嬢…。」

 確かめるようにその言葉を繰り返し続けている為、恐らく何も欲しくないのだろうと判断したネイアが代表して返事をした。

「何も必要ありません。お気遣いありがとうございます。」

 グスターボは一つ頷くと馬車を降りていった。

 

「イビルアイ嬢はあまり眠れなかったかね?」

「あ、い、いや!陛下、大丈夫です!よく眠りました。」

 イビルアイは柔らかく座り心地のいい椅子でぐっすり眠ってしまっていた。

 最初は仮面越しに熱心に神の観察をした。

 すると神は星を見ながらたまに小さく感嘆したり、並走する馬の筋肉を眺めてうんうん頷いたり、カクンと頭を揺らす女神に肩を貸したり…あまりにも善良すぎた。

 睡眠が深くなり足がパカリと開いてしまったネイアのそれを優しく閉じたりする場面もあった。

 ドラゴン狩りについて詳しく聞きたい気持ちがあったが、ツアーがそれを知らなそうなところを見るとここ六百年や千年の話ではない事だと一度胸にしまう事にした。

 やはり自分のアンデッドを見る目は間違っていなかったとイビルアイは確信すると、神に見守られながら眠りに落ちたのだ。

 

 神々が「やっぱり魔法によらない移動は良いものですね」と楽しげに話し始めると、外から副団長の朝食を告げる声が響いた。

 

+

 

 ネイアは大急ぎで流し込むように朝食を済ませると一人佇む神王の元へ走った。

 女神は物珍しそうに朝食を取っていて、グスターボやレメディオスにもてなされていた。

 イビルアイも今は蒼の薔薇と朝食を取って、馬車での話を共有しているようだった。

 

「陛下!」

「これはバラハ嬢。」

 背で手を組む神はゆっくりと振り返った。

「何をご覧になっているのですか?」

「あぁ、見たまえ。この連なる大山脈を。」

 ネイアはそちらを見るが、特別変わったところのない何の変哲も無い山々だ。

「美しいな。これを見るために私はこの世界に来たのかもしれないとすら思うよ。」

(陛下はロマンチックな方なのかもしれない…。)

「陛下は今まで違う世界にいらっしゃったのですか?」

「ん?そうだとも。」

 神々の世界がどんなものかネイアは想像の翼を広げる。

「光神陛下とも、そちらで?」

 神は笑ったような雰囲気をまとって頷き、また楽しげに山と雲を眺めた。

 神聖な姿にネイアはしばし見とれた。

 

 朝食を皆取り終わったのか聖騎士達がガヤガヤと出発の準備に取り掛かり出すと、空から翼を広げた女神がふわりと降りて来た。

「アインズさん!お山すごいですよね!アゼルリシア山脈はトブの大森林に囲まれてたからまた趣が違う気がします。」

 神王は一瞬それを受け止めるように腕を広げたが、すぐに後ろ手に組み直した。

「フラミーさん。本当ですよね、綺麗でいつまでも見てられそうですよ。ところで、もうご飯はいいんですか?」

「はひ!お腹いっぱいです!」

「ふふ、それは何よりです。」

 また神々は仲睦まじく話し出し、あの山が特にいいとか、なんだかこの風景はあの日を思い出すねだとか、静かに盛り上がった。

 ネイアは神様なのに山をあまり見たことが無いのかと一瞬思ったが、地表からはあまり世界を見たことがないのだという事に気が付いた。

 もし見ていたら神様が普通にそこらへんを歩いていることになってしまうのだから。

 

+

 

 出発から四日、いよいよ聖王国が近付いてくると、馬車からは海が見え始めた。

「綺麗ですねぇ。」

「本当綺麗です…。」

 神々が熱心に窓の外を眺めてる様子を見ると、イビルアイはおずおずと提案した。

「光神陛下、よ、良ければこちらの窓の隣に座ってよくお外を見ては如何でしょうか?」

「それは狭いんじゃ無いか?フラミーさんには翼もある。」

 神王の反駁にそれもそうかとイビルアイが唸ると、グスターボが解決策を提案した。

「それでしたら、自分が降りますので、ごゆっくりお外をご覧下さい。」

 こういう時のグスターボの気遣いは流石としか言いようがない。

 御者に止める合図を出すと、グスターボは丁寧に頭を下げ降りて行った。

 

 ネイアによって伝達された「神々は地上から世界をあまり見たことが無い」という話は部隊全員を納得させた。

 子供のように自分達で生み出したであろう世界を綺麗だと喜ぶ神々は自画自賛している事に気付かぬようでなんだか可愛らしいとネイアは思った。

 

「すみませんね、イビルアイさん。よいしょ。」

 女神はネイアの隣に腰を下ろし、嬉しそうに神王と一瞬視線を交わした。

 イビルアイも神王の隣に座ろうとすると、馬車が出発したのかガタンと揺れ、イビルアイは軽く神王の肩に寄りかかるように座ってしまった。

 

「あ、あ、陛下!申し訳ありません!」

 イビルアイが慌てて頭を下げ立ち上がると、神王は笑ったようだった。

「何。気にすることはない。さぁ危ないから座りなさい。」

「ありがとうございます…。」

 慈悲深い神の横顔をイビルアイは眺め続けた。

 何となくその仮面の下は惚けているような気がする。

 神々は飽く事なく外を見たりお喋りをしたりして夕暮れを迎えた。

 翌日は夜明け前に聖王国に入るので一行は早いうちに移動をやめ、野営の準備を始めた。

 

 女神は海に余程感動しているのか食事の時以外はこれまであまり馬車を降りなかったが、今日ばかりは降りたがった。

「あの、降りてもいいですか?」

 その言葉に誰もダメだと言うはずもなく、ネイアがまず降りて周りの状況を確認すると、次いでイビルアイが降りた。

 そして神王が降りると、女神もそれに続いた。

 神王と女神は真冬の静かな海に夕暮れが落ちて行くのを物言わず眺め続けた。

 グスターボも一応ネイアとイビルアイの隣に並んで、用事があればいつでも対応できるように控えた。

 

「神王陛下と光神陛下は、自然が…世界がお好きなんですね。」

 ネイアの問いに闇の神は振り返る。

「美しい大地というのは何にも変えがたい宝だ。君たちにはまだわからないかもしれないが、いつかそれは自分達の欲求を抑えきれない者達によって破壊されてしまう時が来るだろう。」

 そして光の神が続けた。

「私達はそれをする者達の台頭を許しません…それが例え世界を停滞させる事でも。」

 二人はまるで恐ろしい何かを見て怯えているかのようにネイアの目には映った。

 そして月が登り始めると、女神の頭の上にはゆっくりと白い不思議な花が咲いたのだった。

 その光景はどこか非現実的で、美しかった。

 神王が花が咲いたことを告げるように優しく花に触れると、女神は嬉しそうに目を細めた。

 

「陛下方は…未来が見えるのですか?」

 イビルアイの質問に、気付けば耳を澄ませて神々の言葉を聞いていた聖騎士達はゴクリと唾を飲んだ。

 

「見えるんじゃなくて…見て来ただけですよ。ね。」

 光の神の言葉に闇の神は辛そうに頷いた。

「フラミーさん、俺たちは…デミウルゴス達の言う通り本当にこの世界を手に入れなきゃいけないんでしょうね。」

 そういうと闇の神は光の神の手を取った。

「この綺麗な世界を…皆にも見せないといけないですしね…。」

 握り返された手は震えているようだった。

 

 ネイアは神々の背中に、何かとても強い決意のような物を感じたのだった。




次回 #54 神の嘆き

自然保護団体ナザリック…!


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#54 神の嘆き

 岩がちの山に穿たれた天然の洞窟――現在の聖王国解放軍の拠点に着くと、大慌てで神々の過ごす場所が用意された。

 今ここには聖騎士、神官、市民が総勢三百四十七名おり、誰もが個室なぞ望むべくもなく過ごしている。

 神王を見た者達はギョッとし、その後に続く女神を見ると皆手を前に組んで熱心に祈りを捧げているようだった。

(見た目が違うだけでこんなに態度が違うなんて…。)

 ネイアはショックだった。

 数日この二柱と旅をして、見た目が違うだけでこの神達は変わらない慈悲深さに溢れていると言うことはよく分かっていた。

 この神々が全ての生ある者を魔導国へ導きたいと熱心に生を守っている事も分かったのだ。

 だと言うのに、見た目だけで神王を拒絶し、女神には縋ろうとする。

(なんて浅ましいんだ…。)

 

 ネイアは聖騎士と神官の集まる会議室に神々を案内した。会議室と言っても入り口に一枚の布を垂れ下がらせただけのような部屋だが。

 女神は特になにも作戦等に口を出さなかったが、神王は現状の問題点を次々と提起した。

 満を持してある神官が物言わず目を瞑る女神に縋るように言葉を送った。

「それで…光神陛下…。恐らく聖王女様はまだ生きてらっしゃるかと思うのですが…それに連なる王族や有能な軍人達を生き返らせては頂けないでしょうか。」

 

 女神はきょとんとすると、恐るべきことを口にした。

「聖王女が生きている?」

 まるで死んでいるはずじゃなかった?と言うようなその言葉に神官達は背筋を凍らせた。室内が一気に静まり返った。

「へ…陛下…!聖王女様はお亡くなりになっているのですか!?お分かりになるのですか!?」

 レメディオスが静寂を打ち破り、すごい剣幕で迫る中、同席している蒼の薔薇は痛ましそうに目を伏せた。

「あ…いえ…そのはずですが……。」

 女神はチラリと神王に視線を送ると、全員が生を司る神よりも死を司る神の方がそれに詳しい事に思い至り、続くようにそちらへ視線を向けた。

 

 レメディオスも珍しく察したのか、そちらへ顔を向けると苦々しげに吐き捨てた。

「く…!おい!!どうなんだ…!!」

 レメディオスの神王への態度は女神に向けるものといつも真逆だ。

 やれやれと神王は手で顔を覆った。

「それを知って君達はどうする…。」

「どうするかだと!?光神陛下にお願いを――。く、なんだグスターボ!」

 興奮していくレメディオスをグスターボが部屋の隅に連れていく。

 ネイアも蒼の薔薇の面々も、会話は聞こえないがその内容は容易に想像出来た。

 最初に女神には神王に無礼を働かないのなら一緒について行っても良いと言われたのに、これは流石にやりすぎだ、と。

 

「失礼したな…。光神陛下にお願いし、祈りを捧げさせて頂くのだ…。それで、聖王女様のお命はどうなんだ…。」

 やはり少し大人しくなった様子のレメディオスが戻ってきた。

 神王がゆっくりと顔を左右に振ったのを見ると、全員が唇を噛み足下に視線を落として拳を震わせた。

「わかったな。さぁフラミーさん、一度戻りましょう。」

「え、えぇ。すみませんでした、アインズさん…。」

「良いんですよ。」

 優しい声でそう言うと二人は席を立ち、ネイアも同行しようとすると神王に手で押し止められた。

「――悪いがバラハ嬢はここに残って私の代理として話を聞いてくれ。光の神は失われた命を悼む必要がある。」

 身内と認められているわけではないのだろうが、代理と認められた事に喜びを感じる。

 

 そして神々は背を向け立ち去って行った。

 

「あれが…神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王…。カストディオ団長、あれは大丈夫なのですかな?」

「そうだ。光神陛下だけをお連れする事は出来なかったのか。」

 神の去った部屋での神官達の態度にネイアは顔を軽く背けた。胸の内を渦巻くドロドロとした感情を悟らさないように。

(…魔導王、ね。光神陛下にしか敬称はつけないか。)

 晒した視線の先でイビルアイと目があった――気がした。相手は仮面だが、ネイアだけでなくイビルアイもそう思ったようで、二人は頷きあった。

 

「悪いがウチの神を敬称も付けずに呼ぶのはやめてもらおうか。」

 神官達は僅かに苦々しげな声を出し、憎たらしそうにイビルアイを睨むが、何の痛痒も感じないという風にイビルアイはふんと鼻を鳴らした。

 神官は相手にしてられないと言った風にその様子を無視すると議題を戻した。

「しかし…なぜ光神陛下は聖王女様や我が国の民を生き返らせる事に躊躇されるのだ…。」

「あんたらは本当に話を聞いてたのか?」

 ガガーランのぶっきらぼうな声がかかると神官達との間には火花が散ったようだった。

「何を冒険者風情が。」

「冒険者風情でもわかるぜ。あれほど慈悲深い…一時は自分達に歯向かいすらした十四万人を生き返らせる程のお方が、なんでお宅らの国民や王女様を生き返らせる事だけを渋るのかな。」

 神官達は続けろと言わんばかりに睨みつけた。

「あのお方はここに来る前にこの騎士様に言ったぜ?『私は神王の居ないところには行きません』てな。」

 神官が確かめるようにグスターボに視線を向ける。

「たしかに仰いました。」

「そう言う事だよ。まだわかんねーか?」

 短い返答に神官達は分からないようで、少し焦りながら自分の左右にいる神官にそれぞれ分かったかと言わんばかりの視線を投げ合ったが、誰も分からないようだった。

 残念ながらネイアもよくわからなかった。

 神王と女神に刃向かう十四万人と、神王だけを嫌う聖王国の民。

 聖王国の民の方が余程信心深いと思えた。

 それともあの二人は愛し合っていて、それ故どちらかを嫌う相手を憎むとでも言うんだろうか。

 ネイアは考えるがそれは俗物的すぎると思えた。

 恐らく正解ではないだろう。

「ちっ。それでよく神官が務まるもんだ。おいラキュース。お前も神官の端くれだろ。それも光神陛下のお力をお借りして人を復活させる事があるんだ。教えてやれ。」

 ネイアは恥ずかしい気持ちになった。

 

 ラキュースは頷くと語り始めた。

「光あるところに闇は必ず生まれます。強い光であればあるほどにその闇は深まる。陛下方は表裏一体なのです。旧法国は陛下方が国にお戻りになるまで六百年、揃って陛下方を信仰し続けました。」

 神官達は熱心に耳を傾ける。

「そして私の生まれた王国は、今はもう廃されましたが四大神を信仰しておりました。」

「うちと違って光神陛下を祀ってすらいないじゃないか。」

 忌々しげに一人が吐き捨てた。

「聞いてください。祀ってはいませんでしたが、エ・ランテルの人々も、今回の戦争で生き返らされた十四万人も、誰一人として闇の神を蔑んだり、見くびるような真似はしませんでした。そして他者を傷付けざるを得ない自分達の境遇――闇に正面から向き合っていたんです。」

 段々と何が言いたいのか神官の中に伝わっていく気配がする。

「あなた達は闇の神だけじゃない。闇そのものを嫌いすぎる。光神陛下は最初からその事にお気付きです。」

 

 イビルアイもいい加減にしろというような調子で続けた。

「出発前から光神陛下はヒントをくれてたぞ。"アンデッドを恐れるなとは言わないが闇の神の存在に皆が納得できるのか"とな。グスターボ殿は納得できない者がいれば抑えると陛下に約束したがどうだ?今のこの結果を見ろ。女神の半身のような闇の神にどんな態度を取った。」

 双子も語る。

「行く事は構わないと言っていた。」

「でも復活は約束できないとも言っていた。」

 室内はしん…と重い沈黙で支配された。

 自分たちはまさに今試されている最中なのかと。

 しかし納得のいかないレメディオスは変わらず冒険者達を睨みつけた。

「それはお前達の想像に過ぎん。確かにこの世に闇がある事は認めよう。しかし悪人がいなくても正義はこの世に在り続ける筈だ。であればあのアンデッドを信仰する意味はない。」

 

 ラキュースは可哀想な物を見るような目でレメディオスを見た。

「悪人がいなければ正義という言葉は成立しません。闇は光がなくても存在出来ますが、光は生まれた時から闇とともにある事をよく考えてください。」

「ち。難しい言葉を使って煙に巻こうとでも言うのか。」

「…私達は命を奪って、それを食べて生きているんです。命を奪う事も、その生を永らえる事も、生と死、光と闇が一体となっているでしょう。陛下方はそう言う神なんです。」

 ネイアは激しい衝撃を受けた。

 闇の神は単体で存在できるが、光の神は闇の神の存在なくしてはこの世に存在できないのかもしれない。

 この教えはまさに生きる事なのだ。

 生き物は命を奪って食べなければ死に絶えるだろう。

 そこは闇だけが存在する世界だ。

「すごい…。」

 ネイアは思わず言葉が漏れてしまい慌ててその口を手で押さえた。

 

 ガガーランは大きくため息をついて追い討ちをかけた。

「闇の神も信仰しろとは言わねーが、お前さんら、少しは身分と立場をわきまえろっつー事だよ。ったく。おい、副団長さんよ。礼は弾めよ。俺たちのお陰で神様が聖王女様を復活させてくれるかもしれない一手が見えたんだからよ。」

「今の状況では私が…いえ、恐らく誰が復活魔法を唱えたところで、その力を司る光神陛下…フラミー様が拒否され魔法は発動しません。」

 ラキュースの言葉は会議室に大きくこだましたようだった。

 

 神官達の目には様々な感情が篭っていた。そんな中、最も年長に見える神官が口を開く。

「…神王陛下と、光神陛下をお呼びしてくれ…。」

 

+

 

 神々の控え室には謝罪が響いていた。

「ごめんなさい…本当にごめんなさい。」

 フラミーは辛そうにアインズに謝り続けていた。

「良いんですよ、平気ですから、フラミーさん。」

「私なんかに神様なんて務まらないです…すぐ顔にも口にも出るし、なるべく玉座の間や謁見みたいな時は喋らないようにしようって思って来たけど…私…私…。」

 手を握り締めてうぐうぐと泣くまいと堪える様子に、アインズはだらりと垂れる翼をさすっていた。

「仕方ないですって。フラミーさんは精神抑制を持たないし、表情だってあるんですから。汗だって涙だって出る体じゃ限界がありますよ。俺だって鈴木悟…あ、本名なんですけど…鈴木悟としてここ来てたら絶対務まらないですから…。ね、大丈夫ですから…。」

「うぅ……うっ…あいんずさんに、皆に、迷惑だけはかけたく無いのに……。」

 ポロポロ落ち始めてしまった涙に綺麗だなぁと場違いな感想を抱いてしまう。

「…良いんですよ、ちゃんとフラミーさんが神様出来るように俺も手伝いますから。今は鈴木の分も泣いてください。」

「鈴木さぁん…。うぅ………。」

 聖王女が既に処分されている事はデミウルゴスの計画書で二人は知っていたが、この国の者たちは知らないようだった。

 今日初めて来るはずの二人がそれを知っていてはおかしいだろう。

 アインズに背中をさすられながらフラミーが涙を零していると、外から声がかかった。

 

「神王陛下!光神陛下!少しよろしいでしょうか!」

 

 アインズは慰めるフラミーの首に煌めくネックレスを見て思い出す。

『アインズさんが頑張ってくれるから、私、とってもナザリックの居心地いいですもん。』

 自分が絶対者として君臨する事は、ギルメンを――フラミーを守る一つの手段なんだと瞳の炎を燃やした。

(この体と精神には感謝してもしきれないな。)

「守ります。ナザリックもあなたも、"アインズ・ウール・ゴウン"も。俺は一人じゃないんだ。」

 アインズはフラミーの翼をもう一度サラリと撫でると返事をした。

 

「入れ。」

 

「申し訳ありません、陛下方!あ?あ、あの、陛下方……あの、あ、あの……神官達がお呼びで……その……。」

「ネイア・バラハ、しっかりしないか。神王陛下!え!?」

 ネイアとグスターボが顔を出すと、神は不出来な人間達と死者を憐れみ泣いていた。




次回 #55 覚醒

蒼の薔薇めっちゃ鍛えられてるぅ!
あぁあ、フラミーさんやらかしましたねぇ。
言っちゃった言っちゃったー。


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#55 覚醒

「フラミーさんはお疲れだ。私だけで納得して貰えるかな。」

 それはまるで人々を試すような、そんな響きがあった。

 

「もちろんで御座います。どうか神王陛下、ご一緒にいらして下さい。光神陛下の事は私の口から説明いたします。」

 グスターボは正しく伝えなければいけないと思った。

 神々はヒントはくれるが決して試練無くして奇跡を与えないとわかったから。

 

 会議室に入れば、全員が立ち上がって神王を迎えたが、レメディオスの姿はなかった。

 誰もが納得したというのに、レメディオスだけは決して納得しなかったのだ。

「不浄なるアンデッドが神など貴様等に人間としての誇りは無いのか!」

 最後はそう言い捨てると神王が来る前に立ち去っていってしまった。

 いや、立ち去ってくれるくらいがちょうどいいだろう。

 グスターボの胃の為にも。

 

「神王陛下のお出ましです。光神陛下は…そのお心をとても痛め、涙しておられました。今はお出まし頂けません。」

 グスターボの言葉に、神官達は気付くのが遅すぎたその身の不出来を恨んだ。

 そして、その後ろから入ってきた、先程よりも威厳溢れるように見える神に皆が頭を垂れた。

 

「私こそ神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王。その人である。」

人々が改心し始めたのを知ってか、王は改めて名乗りを上げた。

 

+

 

「下がれ!!」

「もっと下がれ!!この子供が死んでいいのか!!」

 捕虜収容所に亜人の叫びが響いていた。

 

 ラキュースは絶望的な状況の中、ついイビルアイに聞いてしまう。

「イビルアイ!!何かいい手はないの!!」

「あればとっくにやっている!!くそ!!」

 目をそらしたラキュースに、双子が警笛を鳴らした。

「まずい。鬼ボス。」

「子供が殺される!」

 

 まるでその言葉を合図にしたかのように、子供は殺された。生きたまま首を掻き切られ、恐ろしい断末魔が上がった。

 そしてまた新たな子供が連れて来られる――。

 手も足も出せない聖騎士達と蒼の薔薇を背に残し、神王は新たに人質にされた子供を指差した。

「このままでは、人質の有用性がバレる。蒼の薔薇、いけるか。」

 その場の全員がゴクリと喉を鳴らした。

 ラキュースはこれから何が起こるのか察すると、きつく目を閉じ、首を縦に振った。

「…陛下。おねがいいたします。」

「よし。」

 

すると、神王の指先から激しい光が迸り、子供ごと目の前のバフォルクを射抜いた。

蒼の薔薇は感謝の言葉を送って駆け出した。

そして、レメディオスを筆頭に騎士団もそれに続く。

「――バラハ嬢、私が君たちの想像も付かないような魔法で少年を助けると思ったか。」

 ネイアは静かな声で語り掛けられるとうなずいた。

「はい…そう思いました。」

「そうだろうな。確かに私の力があれば少年一人助け出すことなど容易い。しかし、それではいけないのだ。」

 教えを想い、ネイアは胸をギュッと抑えた。

 人々が救い出されていく中、収容所から出てきたレメディオスは疲れ切った顔をすると、忌々しげに神王と蒼の薔薇を睨み、すぐさま女神に向かって手を組んだ。

 

 女神の復活の奇跡を期待するようにネイアもついそちらへ視線を向けてしまう。

 いや、恐らく皆がそうしただろう。

 救い出されて来た捕虜達も女神と祈る聖騎士団団長(レメディオス)の様子に気が付くとすぐさま祈りを捧げ、跪き、口々に救いを求めた。

 しかし、神王に跪く者も、祈りを捧げる者も誰一人としていなかった。

 それどころか人々は子供を殺した神王を睨みつけたり、なんて酷い事をと口を覆った。

 女神はそんな人々の様子に、一言も口を開かずただただ首を左右に振った。

 

 光も闇も受け入れる事が出来なければ奇跡は起こして貰えないと、いくら神官が話しても、子供を殺した神王は恐れられるばかりだった。

 この収容所の者達は誰かが担わなければならなかった、子供を殺すという闇を受け入れることはできなかった。

 そしてその闇の上に自らの命がある事を認められなかった。

 

 女神が救いを与えることが出来ない様子に、他でもない神王が一番苦しんでいるようにネイアには見えた。

 首を振る女神を見る瞳の朱は震えていた気がしたから。

 

 ネイアは光と闇は表裏一体と言った蒼の薔薇の言葉を思い出す。

(綺麗事だけでは世界は救われないんだ…。)

 

 ネイアは耐えきれず神王に話しかけた。

「神王陛下も、光神陛下も、お辛いですよね…。」

「バラハ嬢。優しさと言うのは、時に自分を最も傷付けるものだ。わかるな。それでも…。どんなに辛くても…俺たちは子供達の為にいつだって精一杯優しくいなきゃいけないんだ…。」

 神の深い言葉にネイアは考えを巡らせる。

 今女神は闇を受け入れられない子供達…目の前の民の様子に優しい心を傷付けている。

 そしてこの目の前の王も、優しいが故に奪わざるを得なかった子供の命を悼み傷付いている。

 ネイアは考える。

(慈悲深い神々は数えきれない痛みの中耐えて、闇を受け止め立っているんだ…。)

 それを感じる事もできず、自分達が一番辛いんだと嘆く人間を神々は哀れみ、また心を痛める。

 神々が全ての命を救いたいと降臨した理由がわかった気がした。

 

+

 

 一つ目の捕虜収容所から人々を救った解放軍は、翌日には次の捕虜収容所に向かった。

 すると再び人質に聖騎士の足は止まった。

 躊躇い続ける聖騎士団長と聖騎士を前に、次々と子供が、人質が殺されていく。

 昨日生きることは闇を受け入れる事だと教えられたばかりだというのに。

 蒼の薔薇が堪りかねた様子で何かをレメディオスに訴えているのが見える。

 

 神王はそちらへ近づいて行き言葉をかけた。

「私が行こう。いいかね。」

 神王の言葉に、聖騎士団と神官達が頷き、舌打ちをするレメディオスの代わりにグスターボが頭を下げた。

「お願いいたします、陛下。」

 ネイアは目の前の神に祈った。

(どうか、私達を導いてください――。)

 

「フラミーさん、一緒に行きますか?」

 女神は少し悲しそうに笑うと、やはりゆっくりと首を左右に振った。

「わかりました。鈴木に任せてください。」

 スズキとはなんだろう。神々の言葉は人知の及ぶところではない。

 

 ネイアは神王について街の中心に向かうと、そこには人間を貪り食う亜人達がいたが、神王の手によってすぐに殺された。

 そして、ネイアは王の心の嘆きを聞いた。

「くそ…こんな下らないお遊びのために…。行くぞ。さっさとグラトニーを葬る必要がある。」

 パキャッと手の中で亜人の頭蓋骨が割れた。神王が見せる初めての怒りを冷やすかのように、その夜街には雪が降った。

 

 その後都市の奪還、人々の解放は神王の力で順調に行われた。

 そして、聖王女の兄、カスポンド・ベサーレスの無事が確認されたのだった。

 

+

 

 支配者達は魔法で作り出した椅子に掛けていた。

「フラミーさん、もう三週間になりますしそろそろ一回ナザリック帰りますか?」

「いいえ、ダメな女神でも、一応最後まで居るだけ居ます。なんて、デミウルゴスさんの期待には何も応えてないですけど。」

「無理しないで良いんですからね。」

「ご迷惑ばかりおかけしてすみません…。」

 アインズは困ったように笑うと、フラミーの前髪に指の背でサラリと触れた。

「…ずいぶん髪伸びてきましたね。」

「本当だ…全然気付いてなかったです。」

「嫌じゃなかったら切ってあげますよ、俺が。」

 フラミーはえ?と顔を上げた。

「俺金無しだったんで、自分カットでしたから。そこそこ腕に自信はあるんですよ。」

 そう言うと、肘を曲げて骨しかないであろう腕をポンポンと叩いてみせた。

「あは、お願いしちゃおうかな。」

 久しぶりに少し笑った女神に、アインズはどうかそのまま笑っていて欲しいと祈った。

 

「じゃ、念の為一回お団子ほどきますよ。痛かったら言って下さいね。」

「ふふ、お願いしまーす!」

 そう言いながらフラミーの後ろに回り込み、お団子を崩すためにそっと蕾を引き抜くとそれを軽く咥えた。

 お団子から大量の銀色のヘアピンが取れて行き、お団子がすっかり崩れると、アインズは咥えておいた蕾を手に持ち直した。

 正面に戻ると、座ってニコニコするフラミーの前に跪く。

 これを持たせたデミウルゴスに感謝して。

「元気になるおまじない行きますよ!」

 そう言うと、蕾の中に丸い光が灯る。

 光が蕾の先から出ると、ポンっと弾けてフラミーに光が降り注いだ。

 しばらくその光を眺めると、フラミーは愉快そうに少しの間笑った。

「ふふ、アインズさん、可愛くして下さいね!」

「ははっ、任せておいて下さい!」

 

【挿絵表示】

 

 嬉しそうに笑ったフラミーの頭をクシャリと撫でて、蕾をその手に渡すと、アインズは魔法で作った少し背の高い椅子に腰掛け、これまた魔法で作ったハサミを使い、器用に前髪を切った。

 目を閉じたフラミーの顔にハラハラと前髪が落ちていく。

 頬の上と鼻の頭、まぶたに軽く積もった前髪を手の甲で取ってやる。指でつまもうとしては尖った指先がフラミーを傷付けるような気がした。

 フラミーはむぅ、と声を漏らした。

 

「このくらいが一番ユグドラシルで見慣れた長さかな?バランスどうですか?」

 そう言って遠隔視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)を取り出すと、フラミーに持たせ、魔法の力で正面、斜め、真横と映し見せて行く。

 前しか見てないのに自分の横顔が見える奇妙な感覚にフラミーは笑った。

「アインズさん、まさか運営もこの鏡がこんな使い方されるなんて思いもしてないでしょうね。ふふ。」

「鏡なんだから景色よりも女の子の顔を映せて本望だと思いますよ。」

 支配者達が愉快げに笑っていると、外から声がかかった。

 

「神王陛下、光神陛下、入室しても宜しいでしょうか。」

 

 フラミーは不安げにアインズの顔を見上げるが、アインズはなんて言うことは無いと動かぬ顔で笑ってみせ、フラミーの肩から落ちる長い髪の毛に指をサラリと通すと返事をした。

「構わない。入ってくれたまえ。」

 すると、デミウルゴスに貸し出したドッペルゲンガーが入ってきた。

 

「ご歓談中失礼致します。アインズ様にはご無礼を働き続け申し訳ございません。」

「良い。お前は勤めを果たしただけだ。」

「恐れ入ります。ここ数日、アインズ様に強い信仰心を寄せるものが特に増えて来たようですね。それで…いかが致しましょう。」

「うむ……。蒼の薔薇には注意しろ。あれは言わばうちの国民だ。あとは適当に間引け。ただ、間引きすぎには注意するように。まだ生き返らせてやるかは不明だが、万一そうなった時フラミーさんの負担になる。」

「畏まりました。では再起不能を中心に、適宜間引かせて頂きます。他には何かございますか?」

「ない。あ、いや。そうだな。あの不愉快な団長もうまく使え。」

 

 次の日、丘の向こうには大量の亜人と悪魔の軍勢が姿を見せた。




うわーアインズ様かっけぇー(統括並感想
https://twitter.com/dreamnemri/status/1133285867202666497?s=21

次回 #56 奇跡の上に

閑話じゃないですが12:00に上げまーす!


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#56 奇跡の上に

 会議室には救いを求める声が響いていた。

「神王陛下…どうか…お力をお貸し下さい。」

 そう言って多くのものが跪く。

 初日には女神にしか跪かなかった人々は、首を横に振るだけで、会議室にも姿を見せなくなった女神よりも、確かに命を救ってくれる神王に強い信頼を寄せ始めていた。

 特に比較対象がいるせいか神王の慈悲深さに皆胸を打たれているようだった。

 

 ネイアは即物的だと思ったが、これもまた仕方のない人の弱さ――闇なのだと思った。

「困ったものだ。私はフラミーさんについて来ただけだと言うのに。」

 その言葉に皆がぎゅっと唇を噛みしめていると、衛士達が無粋にも部屋に駆け込んで来た。

「か、神よ!!グラトニーが、グラトニーが出ました!!」

「人々を食い漁っています!!」

 神は瞳の灯火を消した。

 神よ、と叫ぶ人々の中、神王はゆっくりとその瞳に炎を燃やした。

 

「終わらせるか。」

 そう言って神王が立ち上がると、人々の視線はその後ろに集まった。

 

 不思議そうに神王が振り返ると、そこには銀色の髪を下ろした女神が立っていた。

 

「あ…フラミーさん…。」

「アインズさん、行きますよ!」

 

 その女神の声は明るく、人々の信仰が闇の神に充分集まったことを知らせた。

 

「ほらな、だから言っただろ。」

 ガガーランのおどけたような声が響き、神官達が気恥ずかしそうに頷くとラキュースも優しく笑った。

「あなた達は生きていく上で切っても切り離せない闇を、やっと受け入れる事ができ始めたのよ。」

「全く世話の焼ける国だ。」

 イビルアイは嬉しそうに腕を組んだ。

 

+

 

 人々は、女子供を盾にする亜人達に涙を飲んで投石した。

 生きるためには闇も光も必要なのだと、ネイアや神官の日々熱心な訴えかけや、闇の神の言葉を聞いて心を動かしていた。

 すると、その中についに亜人を扇動したグラトニーを名乗る邪悪な悪魔が姿を見せた。

 

 グラトニーは頭部を持たず、人の腹部分に顔がついていて、背徳的なピンクの体をしていた。

 その巨大な口がパカリと開くと長い舌がべろりと顔中を舐めた。

 その邪悪さに人々が息を呑むと、門の上にいた人をものすごい勢いで吸い込み始め、捕まえ、貪る。

「聖王国の皆さん。私は腹が減っているのですよ。貴方達人間は実に美味い。さぁ、ここを我々の牧場にしてさしあげましょう!!」

 グラトニーの声に後ろの亜人達が血を沸かせるように歓声を上げた。

「食って食って食い散らかすのです!!ここは飢える者の食卓ですよ!!ヒィーハッハッハッハァー!!」

 耳をつんざくような笑い声をあげると、片手を天高く掲げる。

 

 人々は手の上、天に視線を奪われる。

 そこには巨大な炎の塊が門に向かって降り注ごうとしているところだった。

 

「そんな――――」

 

 見たものは死んだ。

 

+

 

 門を完全に破壊され、逃げ惑っていたはずの人々は、街の中心広場に追い詰められ、囲まれていた。

 後ずさりをする事すら叶わない程に人が密集している。

 

 収容所では自分達の子供を、親を食わされた。

 亜人達は大笑いで美味いだろうと言っていた。

 皮を剥がされた者も大勢いる。

 そこから滴る血を飲まされ、狂った隣人もいた。

 この広場は、再び地獄になるのか――。

 誰もが絶望的な近い未来を予見すると、馬に跨ってこちらへ近付いてくる複数の影が見えた。

 それは聖騎士団を率いたレメディオスだったが、いつも何もしていないそれの登場に、人々は大した希望を見出せなかった。

 

「現れたな!グラトニー!!貴様、聖王女様をよくも!!」

「ん?なんだか見たことのある顔ですねぇ。――あぁ、わかった。ふふ、頭冠の悪魔(サークレット)よ。」

 グラトニーの後ろに闇が開き、そこから枯れ枝のような悪魔が現れた。

 その悪魔はレメディオスの妹ケラルトと、聖王女カルカの頭部をさくらんぼうのように飾っていた。

 

 それが目に入った瞬間、レメディオスは血の逆流を感じた。燃え盛るように体温が上昇し、愛する二人の変わり果てた姿に吠えた。

「ッき、きっさまぁぁああ!!」

 レメディオスはその手の中の聖剣に目一杯の力を込め、死を冒涜的するような目の前のサークレットと呼ばれた存在に攻撃を繰り出す――が、悪魔は何の痛痒も感じていないようだった。

 鬱陶しいとばかりにサークレットが無造作に腕を振るうと、たったそれだけの動作で、レメディオスは人々の中に吹き飛ばされた。

 レメディオスが激突した者達は苦しみから声を上げた。

「「「団長!!」」」

 聖騎士団が叫び人混みの中レメディオスをなんとか立たせると、レメディオスは大きく熱い息を吐いた。凍えるような街の中、口から吐き捨てられた呼気はぼわりと白く広がった。

「大丈夫だ!まかせろ、こいつらは邪悪な存在なんだ!我が聖剣の真の力を今こそ思い知らせてやる!!」

 レメディオスはついにその聖剣の力を発揮した。

 善良なる市民や聖騎士達、レメディオス本人は特に何の変化も感じないが、目の前の邪悪な二人には聖なる光が眩しく見えているはずだ。

 レメディオスは再びサークレットに向かって獣のように駆け出した。

「だぁあありゃぁぁああ!!!」

 全身全霊のその一撃は、サークレットと聖王女の顔を繋ぐ枝のような部分の根元を狙い繰り出された。

 人間ならそこに刃を受ければ致命傷だ。

 しかし、生き物が上がるとは思えないような金属音に近い激しい音が鳴るだけで、悪魔は再び何の力も感じないとばかりにその場所をぽりぽりとかいた。

「なんですか?あれは。」

 サークレットは困ったように呟いた――いや、困っているのではなく馬鹿にしているのだろう。

「相手が弱すぎても考えものですね。これでは引き立て役にもなりません。」

 グラトニーは自分を引き立てる事も出来ないサークレットとレメディオスの戦いに呆れているようだった。

「な、なぜ…なぜなんだ…。」

 愕然とするレメディオスは手も足も出ない目の前の悪魔たちにラキュースの言葉を思い出した。

「復活魔法の力を司る女神に拒否されれば…復活魔法は使えない…?」

 周りの騎士達はその言葉を聞くと、今の状況の訳に思い至った。

「そんな…私は光神陛下にはずっと…祈りを捧げ信じてきたのに…この私に聖なる力を貸す事をやめたとでもいうのか…?」

 

「勝手に絶望してますよ。面白いですねぇ?」

 グラトニーはそう言うと、ヒュオっと音を鳴らし、猛烈な勢いで息を吸い込み始めた。

 爆風の中、レメディオスよりも悪魔の近くにいた数人がその口に吸い込まれていく。

 必死に踏ん張るレメディオスも、台風のような吸気に食われるのかと思った次の瞬間、風は止んだ。

 二人の間には優しき闇の神が立っていた。

 

「そこまでだ。悪いがお前には私のストレス発散に付き合ってもらうぞ。」

 

 再びの地獄に突き落とされそうになった人々は大歓声を上げた。

 神王を応援する声が広場中に広がる。

 すると空からポタリポタリと赤い液体が降りだし、ついには赤い小雨に見舞われた。

 何事かと見上げれば、今までどんなに乞うても決して救いの手を差し伸べてくれなかった光の神が上空から真っ赤な血を振りまいていた。

 それに触れると、傷だらけだった人々は途端に癒えて行った。

 瀕死で担がれていた大量の人々も、レメディオスに突っ込まれ苦痛に声を上げていた人々も、町中に諦め置いていかれてただ死を待つだけだった人々も、目の前の奇跡に、神王と女神を想い涙し感謝した。

 

「これは…神の血……。」

 街の評判の薬師の呟きが、何とかその場に追いついたネイアの耳に届く。

「人を癒す…神の血…。陛下、陛下方はやっぱり自分を傷付けてでも人々を救うのですね…。」

 ネイアはその慈悲深さと、普通の人間ではあまりにも辛く耐え難い生き様に気付けば涙を流していた。

 一緒に走ってきた蒼の薔薇はネイアのそれを聞くと拳を握り締め、つい目を逸らしたくなる衝動に駆られる。

 いつの間にかかなりの怪我をしていたイビルアイは深くフードを被り、さらにその上にガガーランのマントを羽織っていた。

 イビルアイは自分の肩を抱きながらネイアの隣に並ぶと、ネイアの手を取り、遠く自らの血を流し続ける女神と、目の前で悪魔に立ちはだかる神王を交互に見続けた。

 この血を浴びれば怪我は治るのに、イビルアイが敢えてそうしないのは、きっと神に頼るだけではいけないという意思の表明だろうとネイアは思った。

 

+

 

 神王とサークレット、グラトニーの戦いは壮絶を極めていた。

 しかし、神王も悪魔たちもまるでじゃれ合うようにそれを楽しんだ。

 いや、そう見えただけなのかもしれない。

 目の前で行われる激しい魔法の応酬に、時には激しい砂塵を舞い上がらせ、時には残っていた家々を破壊し、街を殆ど更地にして行った。

 最初にサークレットが倒れると、そこに女神は降りた。

 なにかを話しかけているように見えるのは恐らく弔っているのだろう。

 女神は笑っていた。

 邪悪な命の終わりを喜ぶと言うよりも、まるでこれまでの生を労うような笑顔は人々に衝撃を与えた。

 人々が女神に目を奪われていると、神王の絶大な力を前に、グラトニーも地に伏せた。

 すると神王は大量にアンデッドを生み出した。

 死して尚聖王国のために戦いたいと願った聖騎士はその奇跡によって死の国から呼び戻され、残った亜人の討伐に駆け出した。

 そうして広場は何とか秩序を取り戻し始めるのだった。

 

 女神はサークレットをから恭しく二つの頭部を外すと、見たことも聞いたことも無い強大な魔法をかけた。

 輝きが二つの頭部に集まると、聖王女とケラルトは体を取り戻し、二人はゆっくりと目を覚ました。

「こ…ここは……。」

 聖王女は何があったのだと言う様に仰向けに寝転がったまま目を泳がせた。

「カルカ様…?」

 ケラルトの声からその存在に気付くと、聖王女はケラルトにより復活させられたのかと思った。

「ありがとう、ケラルト…復活させてくれたの…?私、グラトニーに振り回されて死んだわよね…。」

 すると、立っていた女神がしゃがみこんで二人を上からまじまじと覗き込んだ。

 美しい金色の瞳は何か言いたげだった。

「あなたは…?」

 聖王女の質問に、女神は神官達をちょいちょいと呼び寄せた。

 アンデッドとなった人々を闇に返し供養してくれた神王もそちらへ向かっていた。

 

 神官は神々の降臨やこれまであった事、そして一月にも及ぶかと言う苦難の日々を伝えた。

 皆誰もが涙ながらに話をした。

 いつから来ていたのか王兄カスポンドも神官の向こうで軽く手を挙げ聖王女の復活を祝った。

 そして絶望した様な顔のレメディオスに何やらこれまでの必死の抵抗に労いの言葉をかけているようで、レメディオスは再び手の中の聖剣を強く握りしめていた。

 

「そう…そうだったのね…。」

 未だ座っている事も辛いと言う様な二人に、神王が近付いて行くと、どこからか真っ赤な液体を取り出した。

 人々はすぐにそれが何なのか分かった。

 神は二人にその血をバッと振り掛けると、女神に頷いた。

 すると、力の湧いた聖王女とケラルトの叫びが響いた。

「「レメディオス!?」」

 

 レメディオスは、女神の背に剣を振るっていた。

 しかしその剣は女神には届かず、守ろうと間に入った王兄カスポンドの身を貫いていた。

「――ッウ……!」

 苦しげな王兄の声が辺りに満ちる、レメディオスは震える手で聖剣を王兄から引き抜き、ドシャリとその身は地に崩れた。

「殿下!」「お兄様!!」

 駆け寄ればすでに王兄は既に絶命していた。即死の一撃だ。

「そんな…王兄殿下…貴方が…こうしろと…なんで…。」

 レメディオスの呟きは混乱の喧騒の中、誰の耳にも入らなかった。

 聖騎士達の手で捕縛されたレメディオスは吠え出した。

「そんな…お、おかしい!!いや、私は間違っていない!これも殿下の御心に従ったまでだ!私はずっと正義を行なってきた!!そうだ、お前にも祈りを捧げ続けた!!なのに…くそ!!なのになのに!!!」

「レメディオス黙りなさい!!」

 王女の命令も無視し、レメディオスは続ける。

「こんなの間違っている!!守れた!!お前が最初から私に力を与えていれば!!全ての収容所の子供達だって守れたに違いないんだ!!殿下もそう仰ったのに何故邪魔を!!くそ!くそ!!お前は、いや!お前も、お前も神なんかじゃないんだろう!!」

 そう言って神王と女神を順に指差すと、女神はびくりと肩を震わせた。

 今まさに神の血によって人々を回復させた女神は、神王に顔を向けると、神王は黙って顔を左右に振った。

 

「許さない、許さないぞ!!分かった!貴様らだ、貴様らが犯人だったんだ!!」

 レメディオスは支離滅裂な事を叫ぶ。

 聖王女の命令で動きだした聖騎士達に引きずられながら、レメディオスは魂を震わせるように慟哭した。

「決して私は許さんぞ!!暴いてやる!!絶対に暴いてみせるかなぁああ!!」

 

 ネイアは哀れなその生き物はきっと救われることはないだろうと思った。

「あいつは自分で選んだんだ。世界は光だけでは救われない事を神々は示し続けたのに、光だけで世界を満たしたがったエゴが、結果的に多くを殺したんだ。」

 隣でネイアの手を握るイビルアイは怒りに震えているようだった。

「それでも…それでも光を求めたくなってしまう私達はどうしたらいいんでしょう…イビルアイさん…。」

「どうすることもできないさ。光だけを求めたくなってしまう心の闇を受け入れろ。」

 イビルアイの言葉にガガーランが頷く。

「目を逸らすなよ。その闇から目を逸らしたら、光を求めるはずが光に見放される。」

 

 ラキュースは話をする仲間たちから離れ、哀れな獣のようになって引きずられていくレメディオスを一瞬振り返ると神王と女神の前に跪いた。

「神王陛下、光神陛下…。その身を呈した王兄殿下に、再び命を与えては頂けませんか…。」

 二柱は悩んだ。

 聖王女もそれを見ると、闇の神にも何の抵抗もなく共にラキュースの隣に跪く。

 聖王女はその身に起きた奇跡と神官達の話をきちんと理解していた。

 女神は数度目を泳がせると、あの日のように静かに首を振った。

 闇を抱いてそれでも生きろと、女神は言ったのだ。

 果たしてレメディオスはこの罪を償い切れるのだろうか。

 ラキュースと聖王女は深々と頭を下げ、無言のまま了承の意を示した。

 神王はその様子に満足げに頷くと聖王女に告げた。

「この者の尊き命はこちらで弔わせて貰おう。――<転移門(ゲート)>。済んだ後に体は綺麗にしてお返しする。祀ってやってくれ。」

 恐らく誰よりも素晴らしい世界に旅立てるだろうと人々はその闇に神王が王兄を連れて入る背中を見送った。




次回 #57 帰路

グラトニーちゃんはピンクでまん丸で、丸に手足がついてて、
足は赤くって、食べたものの能力をコピーできるよ!
とってもかわいいね!


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#57 帰路

 ツアーは鼻先に突如感じたふわりとした空気の流れの変化に体を起こした。

 竜王として生まれ持った鋭敏な知覚能力は人間を遥かに凌ぎ、相手が不可視化を行っていようと、幻術で騙していようと、驚くほどの遠距離であっても正しく感じ取ることができる。

 

「なんだいリグリット。また来たのか。」

「ツアーよ。まだゴウン陛下を疑っておるのか?」

 リグリットの疑問にツアーは目を細めた。

「陛下、ね。そうだよリグリット。丁度ついさっき、世界が悲鳴を上げたような気がしたんだけど、アインズはまた何かやったのかな。」

「また…?」

「僕はね、リグリット。アインズが僕との約束を守っているようにはどうしても思えなくなってしまったんだよ。それを調べなければいけない。」

 リグリットはいつもツアーの鎧が置いてあるところに目を向けると、そこは空洞だった。

「それで、どこに向かってるんじゃ。」

 

「彼の神殿で謁見を申し込むさ。ルールに則ってね。」

 ツアーは牙を剥き出しにし、軽い笑い声を上げた。

 

+

 

 翌日街の小さな神殿に神々はいた。

 

 聖王女やケラルト、蒼の薔薇、これまで会議に参加していた神官達も来ていた。

 そして新しい聖騎士団団長のグスターボも。

 

 グスターボは道中のことを思い出しながら跪いた。

「神王陛下。この度は我が国をお救い頂き誠にありがとうございました。そして、光神陛下。今一度、伏してお願い申し上げます。どうか、九色の三人の復活を。」

 女神は初めて首を縦に振った。

「もっと…全ての者をと言わないのですか?」

 

 女神のその質問は最後の試練だとネイアは思った。

 ここで答えを間違えれば、九色の復活も叶わないだろう。

 聖王国は間違い続けてしまったのだ。

 

 グスターボはその瞳を僅かに揺らすと、心に決めた答えを力強く返した。

「はい。私達は、この惨劇を胸に生きようと思います。両陛下の教えを刻む為にも、敢えて受け入れます。」

 女神は今までで一番いい笑顔で頷いた。

「良いでしょう。遺体をこちらへ。」

 

 なんとか回収、保存されていた遺体が運び込まれる。

 グスターボと共に副団長を務めていたイサンドロ・サンチェス。

 騎士ではないが、その腕を買われていたオルランド・カンパーノ。

 そしてネイアの父で凶眼の射手、パベル・バラハ。

 

 女神は闇から白い杖を取り出すと三人へ向けた。

 

 一度に三人が金銭の代償なく起き上がる奇跡に、第五位階の復活魔法を行使できていたケラルトは目の前の存在を神と認めた。

 復活魔法を使うときに感じる存在はこの方だったのかと。

 しかし、姉のレメディオスの失態からケラルトはその力を女神から剥奪されたようだった。

 その後数多(あまた)の善行を積み、ついにはケラルトは力を取り戻すが、どんなに乞い願われても、あの日女神がしたように黙って首を左右に振って復活を断った。

 そんな事があった夜は必ず、「力を返されたとしてもそれを行使する権利はない」と聖王女の元で嘆いた。

 ネイア・バラハに聞かされた慈悲深き神々の話は余りにも切なく、苦しいものだった。

 ならば、闇を抱いて生きるしかないと、一時はその手で殺そうかとも思った――幽閉されわずか一年で狂った姉を許し聖王女の傍で懸命に日々を生きたと言う。

 

「陛下方。我々北聖王国は神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国に恭順致します。」

 ネイアが父に縋り泣いていた横で、昨晩紛糾した議題の結論を聖王女が伝えた。

 

「…北だけか…。それで、南は。」

 その問いはまるで南部貴族達が神王を嫌厭している事を知っているようだった。

 聖王女は首を左右に振り地に視線を落とした。

「畏れながら…ダメでした…。」

 北部は神の奇跡と教えを間近で見ると言う幸運に恵まれたが、南部は未だアンデッドには降らないと言い続けている。

 これでは北部も受け入れては貰えないのでは、と少し心配になったネイアは神王に瞳を向けた。

「いや、良い。仕方のない事だ。私達の落ち度でもある。デミウルゴスには謝らなければな。」

 デミウルゴスとは誰のことだろうと思ったが、恐らく南を案ずる慈悲深いものだろう。

「アインズさん、私の落ち度です。」

 闇の神も光の神も辛そうな雰囲気だった。

 南部に悪魔が逃げて行くのを見たと言う多くの人々がいる以上、魔導国に降り大々的に悪魔狩りを頼むのが一番だと言うのに。

 命よりも権力を選択した愚かな南の指導者によってまたしても神は心を痛めることになったのだ。

 

「陛下方!!」

 ネイアは気付けば叫んでいた。

 このいつも人々の愚かしさに嘆き傷付く優しい神々を、少しでもその痛みから守りたいと、身の程知らずにも思ってしまったのだ。

「私が必ず南部にも陛下方の教えを伝え、共に全ての命を愛する魔導国に降るように説得してみせます!!」

 父パベルは慌ててネイアを止めた。

「ネイア、やめないか。神々の前でいくらなんでも失礼だ。」

「良い。パベル・バラハ。――バラハ嬢よ、頼めるか。」

 ネイアは初めて神々の役に立つ事ができる今この瞬間に歓喜した。

「はい。ネイア・バラハ、蒼の薔薇と共に最も神王陛下のおそばで教えを受けた身。既に陛下方を讃える仲間達は三万人を超えております。皆で、南を魔導国へ恭順させて見せます。」

 それを聞くと神王と女神は安心したように頷きあった。

 

「ネイア・バラハ。今お前に簡易の儀式で魔導国の身分を与える。」

 ざわりと神殿内が揺らぐ。

 ネイアは神王と女神の前に進み、聖騎士団に入った時のことを思い出しながら膝をつくと、聖王女に渡された劔を足下に置いた。

「フラミーさん。」

 女神はネイアに一歩近付き、白い杖でその両肩を軽くトン、トンと叩くと告げた。

「ネイア・バラハ。紫黒聖典、第三の席次を与えます。二つ名は父から譲り受けなさい。凶眼の射手。国籍はこちらで取得しておきます。」

 

 フラミーは任命時など、あんちょこがある場面ではその役割をアインズより任せられていた為スラスラと言えた。

 アインズはフラミーに花を持たせる事ができたと満足する。

「後日隊長である疾風走破と重爆を送ろう。…とんでもない二人だが、バラハ嬢ならばうまくやるだろう。」

 そして念のため九着作っておいた紫黒聖典の鎧をネイアに一つ渡す。

 ネイアはそれを頭上に掲げるように受け取った。

 思いがけもせず、自分達の失態を埋めるために働くと言ってくれた目つきの悪い少女をアインズは結構気に入っていた。

 そして何より、"聖王国を手に入れるための作戦"と言ったアルベドとデミウルゴス、パンドラズ・アクター達の意に反して北しか手に入らなかった事にちゃんと布石を打てましたと言える状況に強い安堵を覚えていた。

 アインズは無限の背負い袋(インフィニティハヴァサック)に手を入れると、白く神々しい、ルーンが刻まれた弓と、黒いバイザーを取り出し、恭しく受け取り未だ掲げられる鎧の上に置いていく。

「バラハ嬢、君はこれも使ってくれ。我が国で作られるルーン技術によって生み出された素晴らしい弓だ。名はアルティメイト・シューティングスター・スーパー。そしてそれの能力を引き出すためにこのバイザーも使うのだ。常にきちんと装備しておくんだぞ?いいな。」

 ネイアは心得たとばかりに頷き、応えた。

「ネイア・バラハ、必ずや御身のご期待に応えて見せます。」

 

「良し。私達からは以上だ。カルカ・ベサーレス。今後ここには私の配下の者が今述べた聖典と共に現れるだろう。その者達と属国化を進めてくれ。 」

 そう言うと、神王は女神を伴って神殿を立ち去ろうとする――が、何かを思い出したように振り返った。

「そうだ、最近帝国も降ったのだがな。ふふ、今度支配者のお茶会でもしようではないか。きっと実りあるものになるぞ。」

 嬉しそうにそう言うと、今度こそ二柱は神殿を後にしたのだった。

 

+

 

 任命後、多くの遺体は全て綺麗に神王が引き取り、確かな供養を約束してくれた。

 後日街には大量の亜人達が送り込まれてきた。

 全ての亜人は神王に深く頭を垂れ、人々の復興をよく手伝った。

 貪食(グラトニー)と共に聖王国を襲撃した人間を食べる亜人達は殆どが種を維持できるギリギリまで数を減らされたが、聖王国を襲撃しなかった人間を食べない亜人達は、陽光聖典とコキュートスによって魔導国に一足先に降っていた為、率先して聖王国の復旧復興を手伝いに来た。

 人々はそれを指揮するコキュートスと陽光聖典、オークなどを筆頭とした亜人達と手を取り合って街の復興を進めた。

 

 人々が最後に救われた広場には"生死の神殿"と呼ばれる神殿の建築計画の看板が立った。

 初の一棟で二柱を祀るその神殿には、後にネイア・バラハと蒼の薔薇によって語られた神々の本質と生き様が神官達によって書き起こされ、安置されていく。

 神聖魔導国中の神官達が修行の為にそれを書き写しにこぞって北聖王国を訪れ、自分達の勤める神殿に持ち帰って公開するのはまた別のお話。

 

 何とか生きていける目処のついた今日、軽い式典を明後日にでも開こうと話が立つと、偶々何か急用のできた神々が帰り支度を始めてしまった。

 街の人々も、神官も、聖騎士も、誰もがその急な出発に心を痛めた。

 

 ネイアは心細かった。

 この一ヶ月共にあった強く優しい背中との別れに、とても耐えられないと思った。

「神王陛下!!」

 聖王女より正式に別れの言葉を送られて馬車の前に立つ神々に、声をかける。

 パベルは娘を軽く止めるが、目の前の慈悲深き神々はきっとそれを叱責しないだろうと分かっていた。

 

「バラハ、良いのだ。ネイア・バラハ。これから南をどうか、頼む。」

 神王は力強くネイアに南を任せた。

 パベルは神にそれ程までに信頼される娘を誇りに思って少し泣くと、ともに復活したオルランドに背中を叩かれた。

「お任せください…きっと…きっと…南部も救ってみせます…。この北部に訪れた真なる平和を伝えます。」

 ネイアは必ず人々を救って見せると決意すると、肩にかけてあるアルティメイト・シューティングスター・スーパーの重みを感じた。

「そうだな。明日には紫黒聖典の二人も着く。どうか協力して事に当たってくれ。もしルーン武器を借りたいと言うものが現れたら隊長達に伝えるんだ。わかったな。」

 ネイアは既に紫黒聖典の鎧を身につけている。

 自分は聖王国から魔導国に初めて渡ったこの神の民として、情けない姿はみせられないと口を一文字にキツく結んで流れそうになる涙を堪え何度も縦に頭を振った。

 

「…さぁ、そろそろ行きましょう、陛下方!」

 途中まで一緒に帰る蒼の薔薇のラキュースが声をかける。

 ネイアは震える手を神王に伸ばすと、慈悲深くも神王はそれを両手で握りしめた。

 冷たく細い骨の感触だと言うのにネイアは温もりを感じる。

「南を頼んだぞ!君は我が紫黒聖典になったのだ。神都で、エ・ランテルで、また会おう。」

 神は堪らず涙を流しかけるネイアの頭をクシャリと撫でて背を向けた。

 蒼の薔薇が続々と馬にまたがっていく。

 帰りは誰も神々の馬車には乗らなかった。

 きっとこの二柱には惨劇を悼む時間が必要だと思って。

 

 立ち去っていく馬車は数え切れない人々の歓声と万歳唱和の中出発して行った。

 

「陛下方の御心に平穏を!」

 ネイアはグイと目元を拭くと肩に置かれた父の手の優しい、神王とは違う温もりに笑顔を向けた。

 

+

 

「はー疲れた。明日にはデミウルゴスの牧場見学かー。」

 アインズは行きとは違って斜め向かいに座るフラミーに話しかけた。

「楽しみですよねぇ!」

「うーん、楽しみは楽しみですけど、あえて今は南を手に入れなかったみたいな言い訳を考えないといけないですからねぇ…。」

 支配者は悩みながらブーツを脱ぐとベンチチェアに対して横向きに座り直す。

 足を椅子に乗せると、壁に背を預け伸ばせるところまで足を延ばした。

 

「はは、まだ二十四時間ありますからきっといい案が思い付きますって。」

 それを見たフラミーもせっせとサンダルを脱ぐと、土ぼこりで意外と汚れていた足を綺麗に拭いてアインズと斜めに向かい合うようにベンチチェアに足を延ばした。

「一緒に考えて下さいよー。あー…両脚羊可愛いといいなぁ。」

「何か赤ん坊産ませたりしてるって言ってましたからきっとモフモフのヨチヨチですよ!」

 ふふふとフラミーは口元に手を当てて嬉しそうに笑っている。

「可愛いのいたら一匹くらい連れて帰りますか?」

「わぁいいアイデア!でも、生き物って途中で飽きちゃうんですよね。」

「飽きたら牧場に返してスクロールにしたら良いじゃないですか。」

「なるほど。やっぱりアインズさんて頭良いですよ!」

 慈悲深い神々は和やかに笑った。

 

 ひとしきり笑うと、不意に訪れた無言にアインズは心地よさを感じた。

 寝られるとしたら寝てるな、と目を閉じる。

 

「アインズさん。」

 

 目を開けフラミーを見ると伸ばしていた足を体に引き寄せて抱えて座っていた。

 

「毎度の事ながら…今回も本当、私役立たずで申し訳なかったです。」

 アインズも片膝を引き寄せると膝の上で手を組んだ。

「いいえ。いつも充分役に立ってますよ。」

「いつも?」

「いつもです。主に俺の気持ちが支えられてます。」

 それだけ言うとアインズは再び目を閉じた。

 

「優しいんですね、鈴木さん。」

 

 アインズはつい教えてしまった懐かしい名前にふふと笑いを漏らした。

 

「なんせ、少しだけお兄さんですからね。」

 

+

 

 聖王国にゴーレムの馬で乗り付けたクレマンティーヌとレイナースは小さな神殿に向かっていた。

 エ・ランテルや神都では馴染みになり初めていた亜人の闊歩する様子に何の違和感も持たずにズンズン進んでいく。

 街の人々は「バラハ様と同じ鎧だ」と二人を噂した。

 その腰にはルーンの刻まれた見事なスティレットと、これまたルーンの刻まれた劔が下げられていた。

 神殿前に着くと、二人はひとつ頷き合ってから中に入る。

 

「ちわー!ネイア・バラハちゃんいるー?」

 クレマンティーヌの呼び声に、一番前のベンチに座っていた少女がビクリと肩を震わせた。

「バカ。神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国が紫黒聖典。ネイア・バラハですわね。」

 レイナースの声に恐る恐る、その少女はベンチから立ち、振り返った。

「あ、あの…ううん。しっかりしなきゃ。神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下と光神陛下の命により、新たに紫黒聖典へ入りました!ネイア・バラハと申します!よろしくお願いいたします!先輩方!」

 ネイアはパッと頭を下げ、自信に溢れた顔を上げた。

 

 クレマンティーヌとレイナースは微笑むと視線を通わせ、ネイアに近付いた。

「よろしくー!私は疾風走破、クレマンティーヌ・ハゼイア・クインティア。一応隊長って事になってるからちゃーんと言うこと聞いてねー!」

 猫のように笑うクレマンティーヌとネイアは握手を交わした。

「私は重爆、レイナース・ロックブルズ。帝国で騎士をしていたの。この破茶滅茶な隊長の下にたった一人で困ってたわ。新しい人が入って嬉しい。よろしくね。」

 レイナースも美しい顔を露わにして握手した。

「クインティア隊長も、ロックブルズ副隊長も、と、とっても美人ですね!」

 ネイアのその言葉に二人はきょとんとすると、笑い出した。

「ははは、あんた面白いねー!クレマンティーヌでいいよ!」

「ふふ、私もレイナースで良い。ネイア・バラハ、流石に陛下方に見込まれただけあるわ!」

「あ!わ、私もネイアでお願いします!」

 ネイアは新しい姉二人にわしわしと撫でられながら、この二人とならうまくやっていけそうだと思った。

 

+

 

 冷たい尖塔の頂上に、大罪人はいた。

「頼む、頼むカルカ…ケラルト……。」

「ダメよ。フラミー様はあなたが罪を償う必要があると仰った。」

「せめてここを出してくれ!!ここは嫌なんだ!!」

 これまでレメディオスはいつも自分は悪くない、王兄の言う通りにしただけだと言い続けていた。

 しかし、ここ数日は狂ったように――

「影から、影から悪魔が出て来るんだ!!本当なんだ!!あいつらはお前達が居なくなると出てくる!!」

 そればかりを言い続けていた。

 

「姉さん、お願い。これ以上嘘をつかないで。罪は償えるんだから…。」

「嘘じゃない!!本当にここには悪魔が住んでるんだ!!」

 すると、カルカの後ろにおぞましく蠢く影が膨らんだ。

「おい!!カルカ!!後ろに奴がいる!!」

 カルカをその悪魔から守ろうとレメディオスは牢から手を伸ばし、その身を突き飛ばした。

 勢いよく尻餅をつくと、カルカは痛みに尻をさすった。

「姉さん!!カルカ様にまで!!」

「……私は悲しいわ…。ケラルト、今日はもう行きましょう。」

 二人は心底悲しそうに一度振り返ると、出て行った。

 

「違う!違うんだ!!信じてくれ!!カルカ!!ケラルトー!!!」

 虚しい叫びに影の悪魔(シャドーデーモン)達はゲタゲタと笑い声を上げた。




次回 #58 閑話 おいでよ!デミウルゴス牧場
閑話なので12:00更新です!

あああツアーきちゃう、ツアーきちゃうよお。
プレイヤー絶対殺すマン。

その前に現在の神聖魔導国の状況です!

【挿絵表示】

挿絵師ユズリハ様より頂戴いたしました!


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#58 閑話 おいでよ!デミウルゴス牧場

 蒼の薔薇と別れたアインズとフラミーはゴーレムの馬が引く馬車でデミウルゴスの牧場に着いた所だった。

 

「アインズ様、フラミー様。よくぞいらっしゃいました。」

「いらっしゃいませぇ、アインズ様ぁ!フラミー様ぁ!」

 跪いて迎えたのはデミウルゴスとエントマ、そして牧場勤務の悪魔達だ。

「うむ。邪魔をするぞ。今日は案内よろしく頼む。」

「は。その前に、アインズ様、フラミー様。聖王国への長期滞在誠にお疲れ様でした。見事聖王国も手に入り、お二人の素晴らしいその手腕とアインズ様の慧眼にはこのデミウルゴス日々瞠目しておりました。」

 その言葉にアインズとフラミーは少し気まずそうに目を合わせた。

「は、はは…私は何もしてないですし、南も何だかまだですけどね…。」

 ポリとフラミーは頬をかいたが、デミウルゴスは心底不思議そうに首をかしげていた。

 アインズは気付いた、これは放っておけばいい奴だと。

「そうだろう。何、後は任せたぞ。」

「は。聖王国のその後もお任せ下さい。――それにしても、フラミー様は御髪を切られたのですね。」

「あ!解ります?ふふ、アインズさんが切ってくれたんですよ!」

 嬉しそうに前髪を触るフラミーの様子に、アインズは聖王国で頑張った自分を心の中で褒め称えた。

「さようでございますか。長いのもお美しかったですが、今の長さがやはり一番お似合いになりますね。」

「あ、ありがとうございます。」

 フラミーはそういうとはにかみながらデミウルゴスを見上げた。

「んん。さて、それでは案内してもらおうかな?」

 アインズはよくそんなに褒める言葉がスラスラ出ると感心しながら、建物へ向かった。

 

「簡単に牧場内のご説明を申し上げますと、飼育、繁殖、皮剥、飼料作成の四プラントと飼育員小屋に分かれておりまして、まず最初の部屋ですが――。」

 デミウルゴスの説明半ばで、フラミーが杖を落とした音がガランッと大きく響いた。

 アインズは一瞬自分が杖を落としたかと焦ったが自分ではなかった。

 周りからは啜り泣く羊の声が聞こえてくる。

 羊達は皆裸にさせられ、腰骨のあたりに横向きの線がぐるっと入っていて、シャツの前身頃と後見頃を縫い合わせるかのように腰骨の線から脇下までも線が入っていた。

 その姿は一瞬タンクトップを着ているようにも見える。それはこれまで効率よく大きな形で皮を剥がれて来た傷痕だ。

 羊達はデミウルゴスの来訪に心底怯えているようだった。

 しかし、フラミーを見た羊達は一斉に檻の中を移動し始めた。

「天使様!?」「天使様!!」「お助け下さい!!」「お助けを!!」

 フラミーは呆然と立ち竦み、羊達を前に何とか声を絞り出そうとしていた。

 

「ひ、ひつじ………。」

 

 愕然としたフラミーの声に、デミウルゴスはまさかという顔をしてアインズと視線を交わし、さっと片膝をつくとフラミーが落とした杖を拾い、その前に差し出した。

「フラミー様、ここではローブル聖王国の両脚羊を飼って――」

「羊じゃないです!」

 フラミーは少し強い口調でデミウルゴスを咎め、アインズに向き直る。

「アインズさん、これ知ってたんですか?」

 アインズは知らなかった。

 しかし、知りませんでしたと言える立場にないため沈黙を送るしかなかった。

「知ってたなら…っ何で教えてくれなかったんですか!」

 そう言うとフラミーはダッと駆け出し出て行ってしまった。

 

 いなくなってしまった天使に再びの降臨を願い羊達は激しく泣き出した。

 

 デミウルゴスは呆然と杖を掲げたまま呟いた。

「フラミー様…。」

 その耳には羊達の喧騒は入っていないようだった。

「…デミウルゴスよ、お前はよくやっている。立ちなさい。」

 その声に我に帰ったのかデミウルゴスはゆっくりと立ち上がった。

「困ったものだな。エントマよ。人間共を黙らせここで少し待っていなさい。行くぞ、デミウルゴス。」

 アインズは初めてその種族の名を口にした。

 二人は牧場の外へ出た。

 

 アインズも別に人の皮を好きだとは思わない。

 しかし、別段気持ち悪いとも思わないし、正直それらを目の当たりにして出た感想は「別にどうでもいい」だった。

 アインズにとって最も大切なギルドメンバーであるフラミーの暮らすナザリック地下大墳墓のためであるならば、人間達がどうなろうと関係ない。

 もっと人間を連れてくれば、よりナザリックの為になると言うのであれば迷いなくおかわりを連れてくる事もできる。

 かつては人間であったが、この体になってからは大した親近感を覚えず、まるで虫や魚などの別の種族のように突き放して考えられた。当然、関わった者にはペットの犬や猫へ向けるような想いを抱きもするが。

 これは肉体の有無と性差だろうか。

 

 プラントの外は涼しい風が吹き渡り、海のように草原を波打たせた。

 フラミーは少し離れたところで草原に一人ぺたりと座っていた。

 正座を崩したように座るその背中は何も知らなかった自分を恥じているように見えた。

 

「フラミーさん。」

 アインズは極力優しい声で話しかけた。

 デミウルゴスは無言でフラミーの杖を持ってついてきていた。

「フラミーさん、デミウルゴスも悪気があったんじゃないんですよ。」

「悪気があるとか悪気がないとか…そんなの…。」

 アインズはデミウルゴスをちらりと見るが、じっと押し黙っていた。

「フラミーさん、ナザリックの為なんです。」

「ナザリックの為ってなんですか!アインズさんもデミウルゴスさんも…信じらんないです…。」

 フラミーは本当にもう嫌だといったような雰囲気で吐き捨てた。

 

「あんなに大量の人間を…。」

 言い辛そうにするフラミーに、アインズは隣に座って翼をさする。

 二人の斜め後ろに立っていたデミウルゴスは、背中に語りかけた。

「フラミー様が人間種をそこまで特別にお考えだとは思いもしませんでした。私の落ち度です。申し訳ございませんでした。」

 その声は悔恨と恐怖に震えていた。

 

 しかし、フラミーの続く答えは――

「人間種どうこうじゃないです。毛の生えてない生き物全般です。それをどうして全裸で飼うんだって話をしてるんです…。」

 二人の想像とは少し違った。

 

 アインズの視界の端に写るデミウルゴスはメガネがずれていた。

「んん。フラミーさん?」

「アインズさんだって、私がこの世界の全裸になりたがる人間達がイヤって知ってたのに。あんなに大量の裸の人間…。」

 やはりフラミーも歪んだカルマを持っていた。

「あ…その…すみません…。」

 とりあえずアインズは謝った。

 

 デミウルゴスはアインズと反対側、フラミーの斜め前に出ると、膝を地面につけ恐る恐る顔色を伺いながら杖を差し出した。

「フラミー様… こちらを…。」

「あ、ありがとうございます…。」

 フラミーがそれを受け取り軽く礼を言う姿にデミウルゴスは心底安心した。

「デミウルゴスさんも…何で裸で毛の生えてない生き物飼ってるのに裸で飼育してるって教えてくれないんですか…。」

「は。ご不快なものをお見せ致しました。申し訳ございません。早急に両脚羊に布を与えるように僕達へ伝達してまいります。」

 そういうとデミウルゴスは軽快に走って牧場へ戻って行った。

 

 アインズが呆然とデミウルゴスの背中を見送っていると、フラミーは怒り出した。

「やっぱり、ナザリックの為にって。アインズさんが今までの人達皆裸にして来たんじゃないですか!せめて裸の人間がいるって教えて貰えてたら、心の準備だってできたのに!」

 顔を赤くして怒るその横顔に、アインズは無性に笑いが込み上げた。

「は、はは…ははは…ははははは!」

「ひぇっ。」

 フラミーは翼をさすってくれていたアインズから少し離れた。

「はは――ちっ、抑制されたか。そうですよね、いつも何で裸になりたがるんだって怒ってましたもんね。」

「怒らない方がおかしいです。」

 腕を組んで頬を膨らませたフラミーはふんっとアインズから顔を逸らした。

「ははは、本当ごめんなさい。気持ち悪かったですか?」

「気持ちいい訳ないじゃないですか!私、まだ、男の人の裸はニグンさんとンフィーレア君しか見たことないし…アインズさんと違って私…私…。」

 フラミーは膝を抱えると顔をそこに埋めてしまった。

「あー…ちょっと待って下さい?俺もニグンとンフィーレアくらいしか他人の裸は見たことないです。」

 何も言わないフラミーが不名誉な想像をしていることをアインズが感じていると、デミウルゴスが走って戻ってきた。

 

「お待たせ致しました。全員に陰部を隠すように指導が済みましたので、今度こそご案内いたします。」

 座る二人の前に跪き告げる悪魔を、フラミーは膝に顔を埋めたまま侮辱した。

「デミウルゴスさんの変態。」

「え!?そんな、違うんですフラミー様。」

「じゃあ何で裸で飼うんですか。」

「お、お聞きください!羊達は身に付ける物を与えるとそれで自傷行為や自害を行おうとします。ですが、簡単に脱げないものを着せれば汚してそこから湿疹ができ羊皮紙の生成に問題が起こりますし、かと言って日々新しい布を与えるのもコストの面でナザリックの負担になりかねません!それに毛の生えた動物では毛を毟る必要もあり人手も時間も必要です!」

 驚くほど早口でスラスラ出てくる人間を飼う理由にアインズはなるほどと心底納得した。

 

 ようやくフラミーが膝から顔を上げるとデミウルゴスは戦々恐々と言った雰囲気でゴクリと喉を鳴らした。

「それは…仕方ないかも知れません…。」

 ようやく納得したフラミーにアインズもデミウルゴスも安堵のため息をついた。

 

 デミウルゴスは立ち上がるとフラミーに手を差し出した。

「お、お分りいただけてようございました…。さぁ、お手を。」

 差し出されるデミウルゴスの手を取って立ち上がると、手を預けたままフラミーは気まずそうに下を見た。

「すみませんでした、出てきちゃって…。」

「とんでもございません。先程申し上げました通り私の配慮不足でございました。」

 

 フラミーは漫画家のような瞳でちらりとデミウルゴスを見上げた。

「怒ってない?」

「あ…――くっ…!」

 その瞳を間近で覗き見たデミウルゴスは顔を抑え、うんうんと無言で頷いた。

「ほら、行くぞ。俺は怒った。」

 アインズも立ち上がると、空いているフラミーの手を取って牧場に向かった。

 

「あ、アインズさん、変態か疑ったから怒ったんですか?あの、アインズさん?アインズさんてば。」

 無言で歩く支配者をフラミーは何度も呼んだ。




あーなんだフラミーさんそっちですか。
安心しました〜。
もっとヘゔぃーな方が良かったですかね笑

次回 #59 閑話 だってだって両性具有だもん

あ?嫌な予感のする次回予告だって?
ひひひひひ。


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#59 閑話 だってだって両性具有だもん

 飼育、皮剥、飼料作成の三プラントを見終わる頃にはフラミーは悪魔としての何かを刺激されたようだった。

「はー面白かったですね!皆私が助けに来たと思ってましたね!んふふふ。」

 楽しげに話すその姿にデミウルゴスは満足げに頷く。

「はい。誠哀れで愚かな愛らしい羊達でございます。」

「お前達は本当に…。私はナザリックに歯向かっていない者達を痛ぶるのは好かん。」

 アインズは悪魔達のワクワク皮剥体験に少し辟易していた。

 これでフラミーがナザリックで拷問官をしたいと言い出したら嫌だなと思いながら。

 

「ねぇアインズさん、可愛い子羊いたら連れて帰るって言ってたじゃ――」

「却下です。」

 嫌な想像は当たるものだとフラミーを見る。

「良いですかフラミーさん。あんまりそんな事ばっかり言ってるとお嫁の貰い手本当になくなりますよ。」

 フラミーはぽかんと口を開けて顔を青くした。

「そ、それはマズイです。私の子供の頃からの夢は可愛いお嫁さんなので…。」

 男子は心のメモに書き留めた。

 後ろの拷問の悪魔(トーチャー)も。

「じゃあ自重して下さい。」

 

「ところで、アインズ様、フラミー様。次は繁殖プラントですので羊達は皆裸体のままでございます。今日は繁殖日ですので、あと五時間程は魅了に掛かっている為止めることもできません。如何なさいますか?」

 アインズとフラミーは顔を見合わせた。

「わ、私はやめておきます。向こうでエントマと待ってるんで男性二人で楽しんできてください。」

 そう言うとフラミーはエントマの手を取った。

「フラミーさまぁ、デミウルゴス様は次のお部屋が大好きなのでとってもおススメですぅ!」

 

 アインズとフラミーは黙ったまま叡智の悪魔を振り返った。

 

「………。」

 デミウルゴスはエントマに誤解を呼ぶような言い方はやめろと視線で訴えると、エントマは心得たとばかりにぴょんと頭の二本の触覚を立てた。

「フラミー様是非どうぞぉ!私もたまに蟲を出してお手伝いしてますぅ!」

「む…むし…?」

「はぁい!蟲種と人間種の間に子供が出来たら、それはとっても進歩なんですよぉ!」

「ははは、わかったからエントマ行こうね。」

「あやっ!」

 エントマはフラミーに引っ張られて出て行った。

 

 そう言う趣味があったのかと言わんばかりのアインズの視線にデミウルゴスは冷静に応えた。

「アインズ様。我々ナザリックの僕は皆種族が十人十色。異種間で子供をもうけられるか、と言うのは戦力増強と言う意味では大変重要なキーワードかと。特にあの番外席次が邪王の力を強く受け継いでいる点を見ても、我々の子供というのはかなり期待ができます。」

「なるほど。それもそうだな。ん、そう言えばセバスはあの人間の女とどうなったか。」

 アインズは進み始めたデミウルゴスに続いて歩き出した。

 

「まだうまく手も握れないなどと腑抜けた事を言っております。アインズ様とフラミー様を見習って自然に手を繋げば良いと言っているのですが。」

「…ん?それは、んん。私達はな。うん、その…アレだな。」

「はぁ…そのアレ、でございますか…?」

 段々目のやり場に困るような周りの状況にアインズはデミウルゴスから視線を外すことができなくなっていく。

「あーまぁ良い。男なら手ぐらい早く握れと言っておけ。触れ合いは人の心を動かす。」

「おぉ、流石アインズ様。何にでも精通していらっしゃる。」

 こいつは嫌味で言っているのかと童貞(アインズ)は一瞬疑うが、成る程成る程と顎に手を当て頷くその守護者の様子は尊敬で満ちている。

 

「では、セバスにはアインズ様も子を心待ちにしていると伝えておきます。」

「そうだな。しかしその前に結婚式か?ナザリックはじめての結婚だ。神都で盛大に祝ってやるか。」

 アインズはこういう時たっち・みーがいたら詳しそうだなと思う。

「なんと慈悲深い。では式ではアインズ様が仲人としてお出になられるのですね。」

「え、うわ――いや、本人たちの希望によるな。」

 一瞬想像して鎮静された。

 そんな事を話していると繁殖プラントをすっかり一周し、フラミーの待つと思われる職員食堂に向かった。

 しかし、職員食堂にフラミーはおらず、嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィー)がいた。

「これはアインズ様。よくぞお出で下さいました。」

嫉妬(エンヴィー)、興味深く見させて貰ったぞ。お前達の働きはナザリックに必要不可欠だ。これからも励んでくれ。ところでフラミーさんは?」

「畏れ入ります。フラミー様はあちらの外のデッキでエントマ様とお休み中にございます。」

 指し示した方に確かにフラミーがわずかに見えていた。

 嫉妬(エンヴィー)は恭しく頭を下げ、それではと立ち去っていく。

 

 アインズはその豊満な後ろ姿を見送ると、隣のデミウルゴスに振った。

「ふむ。お前はああいうのはどうなんだ?」

「は?ああいうの、とは?」

「悪魔種同士だ。お前達がその気になれば嫉妬(エンヴィー)との間に子供を持てるんじゃないか。」

「そう、でございますね。アインズ様がお望みとあらば。」

 デミウルゴスは素直に頭を下げた。

「いや。望みと言うほどでもない。忘れてくれ。」

 アインズはさっと手を振るが、デミウルゴスは何かを言いたそうにし、意を決したように口を開いた。

「悪魔種…という事でしたら――」

「うん?」

「悪魔種の繁殖という事でしたら、嫉妬(エンヴィー)とよりも、殆ど姿形が同じフラミー様との方が実りは早いかと。間違いなくナザリックの為にもなります。」

「……それは…そう…だが…。」

 デミウルゴスの提案は尤もだ。

 アインズがデミウルゴスに向いたままその光景(・・・・)を想像しかけると、後ろから冷たい声がかかった。

「二人で私の繁殖実験の話ですか…。」

 二人はハッと振り返った。

「流石デミウルゴスさまぁ!それでしたらお世継ぎも御生れになりますし、何よりですぅ!」

 きゃっきゃと喜ぶ愛らしいエントマと対照的に、アインズとデミウルゴスは自分たちの間の悪さに物が言えなかった。

 フラミーは何も言わないアインズとデミウルゴスを交互に睨んだ。

「アインズさんもデミウルゴスさんも…私のことそんな風に見てたんですか…。」

 静かにそう言うと無詠唱化した転移門(ゲート)を開き「酷い」と一言残して入って行ってしまった。

 

「…軽率にデリケートな話を振った私が悪かった…。」

「いえ、私も軽率でした…。」

 二人はしばらくごにょごにょと言い訳と反省を口にしてから、エントマに軽く挨拶をするとフラミーの部屋の前に向かった。

 後ろからは「お世継ぎ楽しみにしてますぅ!」と楽しげな声が響いた。

 

 目的の部屋の扉をノックをするとそこからはアルベドが顔を出し、フラミーに確認することもなく告げた。

「畏れながら、フラミー様はアインズ様にもデミウルゴスにも会いたくないと仰っております。」

 女子として共感しているのか冷たい視線を感じる。

「アルベド…。我々も反省しているのだ。」

「アインズ様の仰ることは解ります。でもデミウルゴス。貴方繁殖実験の為にフラミー様に近付くなんて不敬にも程があるわ。反省しなさい。」

 そして扉は閉められた。

 この世の終わりのような顔をするデミウルゴスの頭をアインズはくしゃりと撫でた。

「…今は少し時間を置こう。」

 そう言うと二人はアインズの部屋へ向かった。

 

+

 

 アルベドは扉が開いたままの寝室へ戻った。

「フラミー様、不敬なあの男は去りました。ご安心ください。」

「アルベドさん…。私が子供を作ったら、皆は嬉しいんでしょうか…。」

 膝を抱えるフラミーの瞳からは涙が溢れそうだった。

「…確かにそれは嬉しく思います。ですが、御身がお望みにならないのならば、私達も望むところではございません。」

「ありがとうございます…。アルベドさんは悪魔ですよね。」

「はい。悪魔でございます。」

「…もしアルベドさんに、私が子供を作ろうって言ったらどうします?」

「え?」

 

+

 

「デミウルゴス、本当に済まなかった。お前を陥れたようで私も辛い。」

「いえ…御身は何も…。私も何故あんな事を言ってしまったのか…。」

 大反省会が部屋で行われていると、俄かに廊下が騒がしくなる。

 何事だろうと二人が音の方に目を向けていると扉がものすごい勢いでバンと開かれた。

「あっ、あいんずさん!!」

 ローブを止める背のリボンが解かれているのか今にも服が肩からずり落ちるような状態でフラミーが部屋に駆け込むと、足がもつれたのかワッと部屋の真ん中で転んだ。髪もお団子頭から下され、妙に乱れている。

 アインズとデミウルゴスは慌ててフラミーの下に寄った。

「フラミーさん!?どうしたんですか!?」

「フラミー様!!」

「あ、あ、あるべどさんが!!」

 扉に向けて指をさすフラミーの後ろに、その悪魔は立っていた。

「デミウルゴス。貴方の気持ちはよく分かったわ。さぁ、フラミー様。ご安心下さい。女同士この私が手取り足取りお教え致します。その可愛らしい勲章をどうぞ私に。きっとご満足いただけるようご奉仕いたします。」

 そう言うとアルベドはフラミーを後ろから抱きしめ持ち上げようとした。

「ひゃっ!!や、やめて!やめて下さい!!」

 その手を止めようと握りしめるが、四十一人最弱に近いフラミーは止められない。

「――まさか!!やめろ、やめなさい!!アルベド!!」

「な!アルベドやめるんです!!守護者統括として恥ずべき行為は慎みなさい!!」

「デミウルゴス!あなたには言われたくないわ!!」

「アルベド様!御乱心!」「アルベド様!御乱心!」

 腕力最弱支配者と守護者最弱悪魔、アサシンズで無理やり引き離しても、それでもなお縋ろうとするその悪魔は表に控えていた配下の者より連絡を受けたコキュートスによって漸くお縄についた。

 

 アインズはアサシンズに引き摺られて行くアルベドを見送った。

「…よくやったコキュートス……。」

「イエ…ソレヨリモ……。」

 コキュートスが目を向ける先でフラミーは床で崩れたままその翼で自分の身を包んでいた。

 

 それを見たデミウルゴスは自分の中に生まれてしまった衝動と、昼にアインズに言われた言葉に突き動かされた。

(――触れ合いは人の心を動かす……。)

 床で小さくなるフラミーをデミウルゴスは抱きしめた。翼を避けて回した腕と、髪の中にくしゃりと入った手は悪魔の王の体を感じた。

「申し訳ございませんでした…。全てはこのデミウルゴスの責任です…。お許し下さい…とはとても言えません…。」

 フラミーは前で閉じていた翼を開くと、許すと言うかのようにデミウルゴスを包み静かに縋った。

 

「美味しいところは全部あれだ。なぁ、コキュートス…。」

「全クデゴザイマス。」

 アインズは二人に近付いて行き、フラミーの背で解けたままのリボンを結んだ。

「フラミーさん、行きましょう。」

 アインズはデミウルゴスからフラミーを引き離すと優しく横抱きにした。

 フラミーもアインズの肩に顔を埋めて首に手を回した。

「アインズ様。」

 後ろからデミウルゴスの声がかかる。

「よろしくお願いいたします。」

 頭を深く下げた悪魔にアインズは頷いてみせ、フラミーを自分の寝室に連れて行った。

 空気のように控えていたアインズ当番により扉が開かれ、くぐると音もなく閉められる。

 

 フラミーをベッドに腰掛けさせるとアインズは立ち上がった。

「さぁ、しばらくここにいて下さい。俺はアルベドの記憶を消しに行かなきゃいけないんで。」

 すると裾を引っ張られる感触に目を落とした。

「あいんずさん…ごめんなさい…。」

「そんな、俺こそ…。」

「でも、アルベドさんの記憶は…私が悪いんで…消さないであげてください…。」

「いいんですか…?」

「はい…。きっと、記憶操作(コントロールアムネジア)は怖いから…。」

 アインズは暗闇の中で一度フラミーを抱き締めて背中をぽんぽんと叩くとその場を後にした。

 骨の体に産まれた衝動に負けないように。

 

+

 

 アインズがアルベドを叱って戻って来て、しばらく経つとフラミーは照れ臭そうに寝室から出てきた。

「へへへ、こいつぁーどうも皆さんお騒がせしました。」

 精一杯いつも通りを装うその姿にアインズとデミウルゴスは痛みを感じた。

「いえいえ、全部我々の責任ですから…。本当すみませんでした。」

 アインズが座ったまま頭を下げると、デミウルゴスも立ち上がりそれに続き頭を下げた。

「申し訳ございませんでした。フラミー様。」

「ねぇ、アインズさん。デミウルゴスさん。」

 二人は顔を上げる。

「いつか、子供は作るかもしれないけど、ナザリックの為でも…今はまだ…。その…。」

 言葉を濁すフラミーにアインズは続きを押し留めた。

「そんな事いいんです。忘れてください。」

少し考えてからアインズは立ち上がり、困ったような顔をするフラミーの側に行った。

「全部忘れさせてあげましょうか。」

 真剣な眼差しでフラミーを見つめてその頬を優しく撫でると、デミウルゴスは目を伏せた。

記憶操作(コントロールアムネジア)は…怖いです…。」

「じゃあ――……いえ、なんでもありません。そうですよね。」

 頭にのるお団子をポフポフと叩くとアインズはソファに戻った。

 

 すると、ノックが響きセバスが入室許可を求めてきた。

 

「アインズ様。エ・ランテルにツァインドルクス=ヴァイシオンを名乗る鎧が。」




ラッキーラッキーラッキーすけべ☆
はぁ、早く結婚しろよもう。

次回 #60 世界の敵
12:00に更新します!

ストーリーが佳境に入ってきたのですけべが加速しています。
まぁまだ攻略先はまだまだありますけどね!

おフラさんがアインズ様とおデミとどっちとくっつくのが良いか、近々皆様にお聞きするかもしれません!
今のところデミしか応援されてないので何も聞かずにデミとくっつけちゃう可能性もありにけりです!
いや、もちろん結論を出さずにのらりくらりのラッキーすけべを無限に行う可能性もありますが…。(絶句)

2019.05.31 21:04 アンケートを開始しました!よろしくお願いします!


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試される世界
#60 世界の敵


 蒼の薔薇は聖王国から王都に帰国するまで飽きる事なく話し合いを行っていた。

「私は、エ・ランテルか神都で冒険者をしたい。」

 イビルアイは沈黙が訪れるたびにそう言っていた。

「気持ちは分かるけど…」

「ラキュース、俺は別に良いぜ。エ・ランテルならお姫様もいるし、お前も結構楽しいんじゃねーか?」

 ガガーランは丁度王都に飽きてきたタイミングでのイビルアイの提案に前向きだ。

「当然私も構わない。」

「勿論私も構わない。」

 双子は別にどこでも構わないようで、王都を離れ難く思っているのはラキュースだけだ。

 実家もあり友人もいる、そんな王都はやはり特別な場所だ。

 しかし、皆もう親元を離れて立派にやっている。

 リーダーの自分がこんな調子で良いのだろうか、ラキュースは悩んだ。

「…ごめん、両親に確認させてもらっても良いかしら。場所は神都よりもエ・ランテルが助かるわ。」

「勿論!ありがとうラキュース!!あぁ、これで私はまた神王陛下のお側にいける!!」

 イビルアイは興奮したように立ち上がった。

「何だよ。魔導国の冒険者組合のシステムが良いとかなんとか言っておきながら結局それじゃねーか。」

「んな!う、うるさい!!それもこれもだ!!」

 やれやれと全員が首を振った。

 帰路に吹く風はもう春の香りを運び始めていた。

 

+

 

「ツァインドルクス=ヴァイシオン。久しいな。」

 アインズは相変わらず練習をしていた。

 この一週間は氷結牢獄に手足をもいで放り込んだままの従属神(ルーファス)の記憶を改めて隅々まで確認した。

 隣に入れられているアルベドがブーブー言うのを聞きながら。

 六大神のギルド武器を破壊して以来魔力の底が未だに見えないので、以前は駆け足に眺めた記憶だったが、じっくりと隅から隅まで舐めるように確認した。

 知りたいのは、ギルド武器の他に世界級(ワールド)アイテムを持っているか。

 司書ティトゥスの書き起こした記録書はフラミーが読み漁っていたが、「難しい言葉が多くて小学校中退の限界を感じる」と嘆いていた。

 辞書を引きながら読んでいる姿はさながら受験前の学生だった。

 

 すると寝室の扉がノックされ思考の海から引き戻された。

「アインズ様。フラミー様と守護者の皆様がいらっしゃいました。」

「そうか。今行く。」

 アインズは寝室を後にし、謹慎のとけた統括と守護者の中で少し緊張した様子でなにかを話す紫色の悪魔に手を振った。

「お疲れ様です。フラミーさん。」

「あ、アインズさん。お疲れ様です!」

 柔らかに微笑んだ顔に動かぬ顔で笑い返す。

「さて、お前達もよく来たな。」

 守護者達は揃って膝をついた。

「パンドラズ・アクターよ、首尾はどうだ。」

「は。このパンドラズ・アクター、既にフラミー様と全守護者へ世界級(ワールド)アイテムの配布を済ませております。」

 珍しく落ち着いた様子で返事をするパンドラズ・アクターにアインズは鷹揚に頷いた。

「宜しい。特に滅魂の聖槍(ロンギヌス)には扱いに十分注意しろ。今後お前に持たせておくが、装備するだけで使用は固く禁ずる。いいな、パンドラズ・アクター。例え死んでも使うな。それはお前を他の世界級(ワールド)アイテムから守る為だけにある。今回は皆が出かけた後のナザリックを頼むぞ。」

「この宝物殿が領域守護者、パンドラズ・アクター。全て心得ております、アインズ様。」

 身振りも口振りもいつもより抑え目なその姿に、アインズはやれば出来るじゃんと嬉しくなる。

 本人はきちんとTPOを弁えられるので今はこのくらいかと加減しているのだが。

「信じているぞ、パンドラズ・アクター。さて、今一度最終確認を行う。相手は八欲王のギルド武器を持っている。それを気持ちよく献上させるのだ。その為にも友好的に、建設的な話し合いを行おうではないか。」

 守護者達は頷き、さらなるギルド武器の破壊に思いを馳せた。

「よし…――舌戦だ!!」

 

+

 

 蒼の薔薇はホームを変更して三日、宿屋ではなく一区のコンドミニアムに住み始めた。

 エ・ランテル中で最も高い家賃だと知られるそれの一番広い部屋は、リビングルームとダイニングルーム、寝室六部屋にそれぞれドレスルームとシャワールームのついた贅沢な作りだ。

 これまで宿屋生活だった為、殆ど荷物を持たない女五人は買い物に出ていた。

 東二区は活気に満ち溢れている。

「センタクキやレイゾウコも帝国より安いみたいね、すごい。」

 感心し切っているラキュースの呟きにガガーランが頷きながら応える。

「なんせあのフールーダ・パラダインが中枢にきたんだ。帝国の魔法技術が丸っと流れて来てるだろうな。」

 見渡すのは魔法詠唱者(マジックキャスター)のイビルアイだ。

「本当にエ・ランテルは未来都市だな…。」

「なぁイビルアイ。お前ちゃんとネイアに手紙出したか?ホーム変わったって。」

「あぁ。今日闇の神殿の近くで出す予定だ。空輸便がちょうど聖王国に向かって出ると聞いたからな。」

「本当は陛下を見に闇の神殿に行きたいだけ。」

「神様はそんなに暇じゃない。」

「う、うるさい!うるさい!!そのくらい良いだろ!!」

 双子の冷やかしに仮面の下が赤くなっていくのをイビルアイは感じた。

 

「――インベルン。」

 

 背後からかかった本当の自分の名前を呼ぶ声に少しの敵意を持って振り返ると、そこには馴染みの――かつて共に命を懸けて戦った白金(プラチナ)の鎧が立っていた。

 

「な、お前どうしてこんな所に?」

「ふふ。元気そうだね。まぁ元気なのはリグリットに聞いていたけれど。」

 蒼の薔薇の面々が何者かと少し身構えていた。

「皆、こいつはリグリットがよく話しているツァインド――いや、ツアーだ。怪しいやつじゃない。」

 それを聞くと面々の頭から警戒という言葉は消えた。

「あなたがあのツアー様。私はラキュースです。一度はお会いして見たかったので光栄です。」

「俺はガガーランだ。良かったら一緒に寝てくれ。」

「ティア。」「ティナ。」

 善良な心を持つ、この世界で生まれた冒険者達を眩しく感じながらツアーは手を挙げ応える。

「そうかい、よろしく。」

 

「それで、お前何やってるんだ?街なんかに来て珍しいじゃないか!」

「あぁ。ちょっとここの神様に用があってね。リグリットが来てから謁見に――」

「なんだと!!!」

 ツアーはイビルアイの変貌ぶりに驚くと、心の中で確信に近い何かが生まれた。

「私も、私も連れて行け!!いや、連れて行かなかったらお前の兜を外す!!」

「な、どんな脅しだい。しかし、そうは言っても二人で謁見と言ってしまったんだ。君も行けるかは――」

「行けるかどうかじゃない!!行くんだよ!!」

 イビルアイがアインズの何かを掴んだのか、もしくはアインズとイビルアイの間で何かが起きたのか。

「…わかった。三人で行こう。ダメだと言われたら悪いけど、僕は絶対に聞かなきゃいけない事があるから我慢して貰うよ。」

「わかった!!最悪リグリットに変わって貰うさ!」

 イビルアイはクゥー!と両の拳を握り、仲間達に背中を叩かれて激励された。

 

「…君達は、アインズとフラミーと何かあったのかい?」

 すると、行き交っていた街の人々がピタリと足を止め、ツアーを見た。

 その瞳はなにかを期待するようなものと、怒っているようなものの二種類だ。

「ツアー様、あまりそのような呼び方は…。」

 ラキュースは越して来たばかりのこの街で早速の厄介ごとは御免だ。

「お前の鎧は目立ちすぎる。お前を守護神か何かかと勘違いしてる者がいるな。兎に角ここを離れよう。」

 イビルアイの言葉に頷きながら、魔導国では従属神を守護神と呼ぶ事を覚えた。

 そして、街の人々は守護神に恐れを抱いているのかもしれないと心のメモに書き留める。

 

 南広場と呼ばれる川の通ったそこで、リグリットは合流した。

「なんじゃなんじゃ。お前達皆揃いも揃って。」

 やれやれと言う具合に現れた老婆に蒼の薔薇が手を振る。

「リグリット!お前今日謁見すると聞いたぞ!何で私に連絡しないんだ!」

「何でも何も、お前さんずっと王都におらんかったろう。」

 イビルアイはそうだった…と呟いたまま何かを考え始めたのでガガーランが変わった。

「一月程聖王国に行っててよ。悪魔をしょっぴいて来た所だったんだ。」

 なるほどと頷く老婆は旅をしていると近頃よく耳にした話を思い出した。

「あそこは確か悪魔、グラトニーだったか?それを亜人達が召喚したと騒ぎになっておったの。」

「あぁ。そう言うわけだ。」

 

 ツアーも悪魔騒動は小耳に挟んでいた。

 亜人の王達が強大な悪魔の召喚を行い、人間の国家を巨大な牧場にしようとしたと言う話だ。

「そうかい。解決したとは知らなかったな。君達は本当に腕が立つ。」

 ツアーの言葉にイビルアイは首を振った。

「いいや、私達だけじゃないさ。あのグラトニーは正直私では敵いそうになかった。あれはきっと魔神を上回る。」

 ツアーは竜の目に剣呑な輝きを宿した。

「それで、そんな化け物は今どうしてるんだい。」

「それは――。」

 ゴーンゴーンと闇の神殿に設置されている鐘が鳴り響き、イビルアイは言葉を遮られた。

 皆顔を上げその音の鳴る方へ目を向ける。

 魔導国では神殿に鐘が設置され、朝、昼と夕暮れ時の三度鳴らされる。

 余談だが三度目の鐘以降はなるべく働かないようにと神王よりお達しが出ていた。

「時間だ。じゃあ、悪いけど蒼の薔薇はここで。」

 ツアーがそう言うと、イビルアイ以外は皆心得たと頷いた。

「私達も神殿の前まで行きます。イビルアイが暴れ出さないか心配ですし、外で待ちます。」

ラキュースの言葉に、ツアーはぷれいやーとの開戦を覚悟した。

 

+

 

「両陛下が御成になります。」

 セバス・チャンを名乗る従属神――いや、守護神が通達すると、蒼の薔薇とリグリットは素直に膝をついた。

 しかし――「悪いけど僕はそう言うことはしない主義なんだ。」

「おい、ツアー!」

 イビルアイが咎めるように名を呼ぶ。

「仕方ありません。アインズ様とフラミー様がそれでお怒りになるようでしたら、私も共に叱責されましょう。」

 この守護神は善なる者だ。

 その優しさは一週間前に謁見を聖堂入口の女性に頼んだ時から気付いていた。

 誰にでも優しく、紳士的なこの老人を生み出す"アインズ・ウール・ゴウン"に感心しながら、あの邪悪な気配を纏い人と魔の間で葛藤しているであろう"アインズ・ウール・ゴウン"を警戒する。

 十三英雄にいたリーダーは同じぷれいやーを殺した事を悔やんで死んで行った。

 取り残されるえぬぴーしーは魔神になる。

 善なる者と悪なる者に道が別れる事があれば、何度でも同じ過ちは繰り返されるだろう。

「悪いね、セバス君。」

「いえ。同族のよしみですよ。」

 ツアーは目を細め、相手がどのような存在か確かめた。

「――…そうか、君は竜人か。」

 その言葉にセバスはニコリと笑った。

 

 そして闇が開く。

 

+

 

 守護者達が転移門(ゲート)をくぐって行くと、フラミーはアインズを引き止めた。

「…アインズさん。」

「ん?どうしました?」

「あのツァインドルクス=ヴァイシオンて人、すごく怖いです。」

 相手はこの世界最強の竜だ。

 恐ろしいと感じ無い方がおかしいかもしれない。

 しかしアインズはなんでもないといった顔をした。

 念のため全員に世界級(ワールド)アイテムを持たせてはあるが、相手は国の決まりを守って謁見を申し込んできた使者なのだ。今回戦闘になる可能性は非常に低いだろう。

「大丈夫です。初めて会った時だって、友達の友達なのかって友好的だったじゃないですか。」

「そう…ですよね…。ねぇ、アインズさん。」

 アインズは黙って続きを促す。

「もし、またモモンガさんの名前を聞かれたとしても、絶対に言わないでおきましょうね?もし、またあの具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)が記憶するようにプレイヤーが百年ごとに来るとしたら…あなたの名前は……。」

「大丈夫、言いませんよ。安心してください。さ、皆が待ってます。」

 アインズはいつものようにフラミーの手を取り歩き出した。

 

+

 

「ツァインドルクス=ヴァイシオン。久しいな。」

「やぁ、アインズ。それにフラミー。」

 周りの守護神から今にも溢れ返りそうな怒りを感じる。

 隠そうとしてもドラゴンの鋭敏な感覚は騙せない。

「わざわざ会いに来てくれた事にまずは礼を言おう。此方も丁度聞きたいことがあったんだ。」

「そうかい。それに答えるかは、僕の質問に、僕の望む答えを君達が言った場合のみ考えるとするよ。僕は(・・)正直者なんだ。」

 あからさまに喧嘩腰なツアーの様子にイビルアイとリグリットは焦っていた。

「や、