ヒエヒエの実を食べた少女の話 (泰邦)
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始まり/ゼロデイ・スタート
プロローグ


色々迷走した結果書き直すことになりました。
古い方はそのうち消します。


 ふと気が付くと、私はこの世界に転生していた。

 生前の記憶というものはほとんどないが、ぼんやりと今とは違う自分だったということだけが感覚として残っている。だから、転生したと何となく理解した。

 鏡を見れば生前とは似ても似つかない美少女がいるし、声を出せば凛とした声が出る。黒髪赤目の美少女。うん、これはいい。

 問題は転生先である“ここ”がどんな世界であるか、だ。

 もし仮にこの世界が碌でもない世界なら、私はあっという間に悲惨な末路を遂げることになってしまうだろう。だが、その心配は無用らしい。

 なぜそれがわかるのか、と問われれば、答えは簡単。

 

「……海軍」

 

 海辺から見える軍艦にかかっている旗を見て、そうつぶやく。

 さらに言えば、先程出港したその船に乗っていた人物。海軍の英雄、モンキー・D・ガープ。

 

「そうきたかー」

 

 西の海(ウエストブルー)の特に何かあるわけでもないこの島に来た理由は知らないが、少なくとも彼がいるということはそういうことだろう。

 ワンピースの世界。なんとなく覚えている事を頼りに、つつましく生きて行こう。

 

 

        ☆

 

 

 そう思っていた時期が私にもありました。

 元々捨て子なので、私には両親がいない。孤児院で育っているわけだが、私は良くも悪くも目立つ。自慢じゃないが見目は相当いいから仕方ない。10歳だからまだロリなのだが。ロリに手を出すとか最低だぞ。

 見目がいいということは、つまり奴隷としても高く売れるわけで。

 ド変態の貴族に売られるとか世を儚んで自死を選びたくなる。

 

「こんなに高く売れそうなガキが西の海(ウエストブルー)なんかにいるとはなァ」

「まったくだ。偉大なる航路(グランドライン)から田舎くんだりまで来た価値はあったぜ」

 

 下品に笑う声が扉の向こうから聞こえる。

 私はかび臭い船室の中に首輪をかけられて放置、というわけだ。手錠に足枷までつけられてはろくに動くことも出来ない。

 失敗したな、と思う。

 孤児院でさえ爪はじき者だったのだ。直前に院長と話していたところを見てしまったこともあるだろうが、私は遅かれ早かれ売られてしまう結末だったらしい。

 孤児院の前で囲まれ、あっという間に捕らえられて船に連れ込まれた。下卑た視線を向けられたこともそうだが、周りにいる大人も、同じ孤児院にいる子供たちも、誰も助けようとしてくれないことが実に悲しい。

 まぁ、わかっていたことだ。

 私はこの島では異端であったし、気味悪がられていた。島から出られたこと自体はいいことだと思う。

 しかし、逃げ出そうにも厳重に監視されているし、私以外の商品である奴隷は別室のようだ。

 何か逃げるには都合のいいものでもないかと、部屋の中を改めて確認する。

 

「……ん?」

 

 金品や盗品はこの部屋に置いているのか、宝箱もそこらに転がっている。金も相当あるようだが、何を考えて私をこの部屋に置いて行ったのだろうか。小さい船だったし、単純に部屋が少ないと考えるべきだろうか。

 私は手近のわずかに開いた宝箱に手を伸ばし、中身を見る。

 

「これは……」

 

 奇妙な模様の変な果物。この世界のことを考えると、おそらくこれが『悪魔の実』というものだろう。

 初めて見るが、一体何の実なのだろうか。

 悪魔の実図鑑というものがあって、私も少しだけ目を通したことがあるが……流石に何の実かまでは判断できない。

 だが。

 

「どうあれ、現状を打破するにはこれが一番可能性が高そうだ」

 

 それに、私は博打が嫌いじゃない。

 ──その悪魔の実を、口にする。

 

「うっ……」

 

 あまりの不味さに思わず吐き出しかけたが、なんとか飲み込む。

 悪魔の実が入っていた宝箱を閉じ、目を閉じて壁に寄り掛かる。薄暗くひんやりとしたこの部屋が、今は心地よくさえ感じた。

 食べてからどれほどの時間で変化が起こるのかはわからない。しばらくはこのまま、時を待つとしよう。

 どのみち私が逃げるには次の島までたどり着いた後にしなければならない。私一人では航海など出来ないのだから。

 

 

        ☆

 

 

 この船室に閉じ込められてから数日が経過した。

 窓も何もないこの部屋では時間の経過すらわかりにくい。日に二度持ってくる食事だけが、時間の経過がわかる唯一の方法になっていた。

 ……しかし、栄養バランスなど欠片も考えられていない保存食ばかりだ。この調子でいくと体調を崩しそうだな。

 何度か食事を運んできた男と会話をしたが、この船の目的地は聖地マリージョアだという。もっとちゃんと言えばシャボンディ諸島らしいが、天竜人に売り込むからお前は実質マリージョア行きだ、と笑っていた。さぞや高く売れるだろう、と皮算用をしていたのが印象に新しい。

 道中いくつか島を経由するというから、その時を狙って脱出するしかないだろう。……体力が持てばいいのだが。

 食事はもとより、乗りなれていない船での旅、日の光を見られない密室と、悪条件がそろい踏みだ。

 だが、私とて好き好んで天竜人などという変態どもに買われたいわけではない。何とか生き残る意思を保たねば、末路は想像する中でも最悪だろう。

 

 ──そうして、時が来た。

 

「おら、飯だ」

「……どこかの島に着いたのか?」

「おうよ。水と飯を補給しないとならねぇからな」

 

 割と気のいいやつなのか、小太りの男はそう言って食事を置いて出て行った。不用心というか、警戒心が欠片もない。こんな少女一人に何ができると侮っている態度だ。

 いくらか部屋の中にあるお金を持っていった男は、買い出しに行ったのだろう。見張りはいるが、少なくとも1人は減ったわけだ。

 ひとまず食事を平らげ、足枷に手をかける。パキパキと音を立てて木製の足枷が凍り、強く衝撃を与えれば粉々に砕け散った。

 手錠も同様に凍らせて砕き、最後に首輪も砕く。

 彼らが私を子供だからと舐めてかかっていたのが功を奏した。鉄製の首輪などもあったが、能力者でもない子供にそこまでやる必要性を見出せなかったのだろう。

 

「おい、何か今変な音がしなかったか?」

「今更暴れてんだろ。ガキ一人じゃ何も出来ねぇ、放っておけ」

 

 のんきに会話している彼らを鼻で笑い、私はドアを開けて目を丸くしている彼らに対して能力を使う。

 私が食べたのは自然系(ロギア)の一つ──ヒエヒエの実だ。

 

「──凍れ」

 

 能力を発動すると同時に一瞬で全身が凍り付いた男たちを尻目に、私は部屋の中をあさる。

 海図などは置いてないようだが、私でも持てるサイズのバックパックはあった。適当に換金出来そうなものを詰め込み、冷凍庫と化した部屋を出る。

 どうにもあまり大きい船ではないらしく、船室の数はそれほど多くない。遅かれ早かれバレるだろうが、一刻も早く脱出して行方をくらまさなければ──と。

 

「──オイ、なんでテメェが外に出てやがんだ」

 

 まずい、と思った瞬間には銃声が響いていた。

 威嚇射撃だったのか、私には当たらなかったが……銃声に思わず身がすくみ、その間に近付かれる。

 片腕をつかまれ、強引に部屋に戻そうとする男が冷凍庫と化した部屋のドアを開け、動きが止まった。

 

「これはどういう──」

「私に触るなッ!!」

 

 バキン、と音を立てて一瞬で氷漬けにする。

 吐息が白く染まり、つかまれた腕を振りほどく。衝撃で凍った男の腕が砕けるが、知ったことではない。

 廊下も凍り付き、異変に気付いた船員が次々に現れはじめる。

 こうなれば、もはや否応もない。すべて凍らせるしかないだろう。それが出来る力があるのだから、悩む必要もない。

 あとは、一歩踏み出すだけだ。

 いつか来ると思っていた時期が今日来ただけに過ぎない。この時のために、私はもう今までの私を捨てるのだ。

 ぞろぞろと現れる連中へ向けて──あるいは、私自身に向けて、口を開く。

 

「──よくもやってくれたものだ。死にたい者からかかってくるがいい」

 



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第一話:最初にやること

 人攫いの一味を一網打尽にした。

 この手の連中は一部こそ必要悪で存在しているところもあるかもしれないが、少女にとっては紛れもなく悪だった。凍らせて粉々にして持ち物はすべて奪う。もしかしたら賞金首も混じっていたかもしれないが、今となっては後の祭りだ。

 

「ふぅ……」

 

 人を殺した。まぁやってしまったものは仕方ない。凍らせて砕いたため血生臭いにおいがしないのは僥倖というべきか。

 全滅させたとは思うが、生き残りがいないとも限らない。隠れている可能性を考え、少女は船室を見て回ることにした。やるなら徹底的に、だ。

 せっかくだからこの船ごと貰っていこうと思い、手始めに船長室を探す。こんな仕事をしていた以上、どうせ海軍に目を付けられ──てはいない可能性の方が高いのか、とふと考えた。

 天竜人はこの世界の最高権力者。彼らに奴隷を提供する、という立場である以上、世界政府も海軍も余程のことでない限り動かないだろう。

 クソッタレな世界だ。下手に海軍に入って、天竜人に目を付けられては敵わない。どこかで静かに暮らしたいものだとぐだぐだ考えながら探索を続ける。

 

「……おや」

 

 船長室らしき場所で奴隷のリストを発見した。それと、おそらくは航海日誌と思しきものも。

 当然といえば当然だが、少女以外の奴隷候補もこの船に乗っている。

 別室にいたためわからなかったが、おおよそ20人ほどか。大半は女性で、まぁ、そういう用途。男は労働奴隷だ。

 航海日誌はあとで確認するとして、まずはほかの奴隷を確認しなければと歩き始める。

 

 

        ☆

 

 

 奴隷たちは男女で分けられていた。大部屋二つに女性14人と、大部屋一つに男性6人。

 鍵は既に回収済みで、どれが部屋の鍵かわからないので適当にガチャガチャと試して開ける。

 

「……あ、あなたは……?」

 

 怯えながら問いかける女性。

 それはそうだろうな、と思う。奴隷を扱う船に似つかわしくないと自負している容姿だ。天竜人に見られたら少女の方が奴隷にされてしまうだろう。

 女性の質問に、少女は少しだけ考え込んだ。

 

(……あの島でも見捨てられたし、どうせなら誰がつけたかもわからない名前も捨てるか)

 

 忌々しいつながりなど不要だ。捨てたものにしがみつく趣味はない。

 口調も、少女だからと舐められないようにしなければ。

 

「私はカナタ。この船は制圧した。詳しいことは明日決めるため、今は大人しく寝るがいい」

 

 私のようなロリが言っても信用があるかといえばないのだろうが、そこはそれだ、と開き直る。今の段階で手枷足枷を破壊するとカナタの身が危なくなるかもしれないのでそのままだが、首輪だけ破壊しておいた。

 これをあと2度繰り返し、船長室に戻る。狭い船内だ。それほどの時間はかからない。

 さて、と一息つく。

 これからどうするべきか。この船を動かすには航海士が必要だろうし、航海士の指示に従って動ける船員も必要だろう。この船に乗っている連中がカナタに従うならば船員の問題はないが、それにしたって奴隷として攫われている者たちが船員として働けるかもわからない。

 男たちも下手に自由にさせると襲われる可能性があるから厄介だ。

 信用できる仲間、などそうそう簡単に手に入るものではない。

 傭兵でも雇うべきだろうか? だが傭兵だからって信用できるかというと……などと頭を悩ませる。

 

「……これは困ったな」

 

 船長室の一角に置かれているベッドに倒れこむ。やや臭いが贅沢は言えない。

 いっそのこと船ごと売り払い、手に入れた金でどこかの船に乗って旅でもしてみようかと思い立つ。

 元居た島に帰る気はない。自身を売った人間がいた島に戻ったところで何か変わるわけでもないだろう。

 なら、自由気ままに旅をするのも悪くはない。

 だが足として使える船を残すか、売り払って……そもそも売るための伝手もないのかと気付き、ため息をこぼして航海日誌を開く。

 死んだ彼らのこれまでの旅路と、自分のこれからの旅路の手掛かりを得るために。

 

 

        ☆

 

 

 パタン、と航海日誌を閉じる。

 ベッドの上で読みふけっていて忘れていたが、今は夜中だ。昼間は食事をとってから寝ていたため、カナタに眠気はない。今のうちに考えられることならばやっておくべきだ、と。

 航海日誌を読んでわかったのは、この船に乗っていた男たちは偉大なる航路(グランドライン)からきて、西の海(ウエストブルー)で奴隷を集めて赤い土の大陸(レッドライン)を上り、聖地マリージョアでカナタたちを売りさばく予定だったということ。

 正確に言えばシャボンディ諸島まで連れていき、そこでオークションにかける予定だったようだ。カナタと同じ部屋に無造作に置かれていたヒエヒエの実も売り飛ばすつもりだったらしいが、本物かどうか訝しんでいたためにあのような雑な扱いだったと。

 結果としてそれが命運を分けたので、カナタとしては運がよかった以外に言うことはない。

 それはそれとして。

 

「何の参考にもならない……」

 

 当たり前の話だが、同じことをやっても一歩間違えば海軍に目を付けられる。それに奴隷を扱うなどカナタとしても好ましくない。かといって海軍に保護してもらうのも、信用できるかと言われると素直には頷けない。

 正直なところ、この世界に来てから人間関係で碌な目にあってないので誰も信用できない。売り物である彼ら彼女らを使うという判断もやめておくことにする。

 だが、それはそれで話が振り出しに戻ってしまい。

 うんうんと悩んでいる間に夜が明けてしまい、微妙に寝不足のまま甲板に全員を集める。

 彼ら彼女らも夜通し話し合っていたのか、目の下にクマが出来ていた。

 

「──さて、ではお前たちの選択を聞こう。どうしたい?」

 

 彼らは互いに目を合わせ、全員が怯えを見せながら船を降りたいと告げた。

 

「……そうか。ならば、その選択を尊重しよう」

 

 全員に十分とは言えないが金品を渡して船から降ろしたところ、みなカナタから逃げるようにして去っていった。

 まるで化け物から逃げようとするように、だ。

 表面上は何も変わっていないが、カナタは内心非常に落ち込んでいた。

 当てにしていたわけではなかったが、ああも怯えられるとカナタとしても反応に困る。

 

(何もしてないのに……むしろ助けたのに……)

 

 ため息をこぼして船長室に戻り、少しだけ仮眠をとる。

 食料と水は既に元船員たちが補給した後であるため、十分に積まれている。そこから朝食を適当に用意し、食べ終わった後で船を降りて街へと繰り出す。そして船番をやってくれる人手もないことに気付き、また気落ちした。

 船を動かすにせよ、船を売り払うにせよ、町で情報を集めなければならないだろう。

 幸い文字は孤児院で習っていたし、計算は出来る。交渉など経験はないが、多少ボラれてもいいや、くらいの感覚で歩き回ることにした。

 最悪凍らせてやればいい。肉体言語は人類最初の意思伝達手段だ。

 

 

        ☆

 

 

 まず最初に服を買い、最低限の身だしなみを整える。

 船を降りる前にシャワーを浴びたのでにおいなどはないはずだが、年頃の娘としてはやはり気になるところで。

 

(……船を降りた時から目立ってたけど、余計に目立ってるような……)

 

 ボロボロの服から普通の服に着替えただけなのだが、露骨に視線が増えたような気がする、とカナタは目を細める。

 見慣れない余所者の姿が目立っているというだけならいいのだが、と気にせず町を歩く。

 食料と水はいらない。服も後ほど買い足すとして、どこに向かうべきだろうかと街並みを見渡す。

 海図、コンパスなど航海に必要なものは船長室にあった。必要なのは人員か、コネだ。どこまで信用できるかという話になるが、それはもうこの際妥協するしかない。

 どこかの商会にでも売り込んで金を稼ぐしかないだろう。

 誰か適当な人物に聞くべきか、と手近にいた男に声をかける。

 

「すまない、少しいいだろうか」

「あん? どうした嬢ちゃん」

 

 いかにも裏稼業やってますといった顔立ちだが、船に乗っているのは大概そういった強面連中ばかりだ。カナタを奴隷として連れて行こうとしていた連中も似たようなもので、既に慣れ切っていた。

 この辺りでは見ない少女に話しかけられたことで、男も怪訝な顔をしながら目線を合わせてくれた。

 

「船はあるのだが人夫がいない。どこか商会などで雇えないだろうか」

「あァ? 船があって動かす奴がいない? どういうこった? 船でここに来たわけじゃねェのか?」

 

 見慣れない顔ということもあり、カナタが余所者だと一目でわかったのだろう。

 船でここに来ていながら、船を動かす人夫がいない。不思議な状況に首をかしげる男に、カナタはため息をついて「人夫に逃げられたのだ」と告げた。

 

「あァ……そいつは運がワリィな」

 

 気の毒そうな顔でそういう男に、カナタは肩をすくめた。

 人夫に心当たりがないのか、男は難しい顔で腕を組む。これはダメそうだな、とカナタが思い始めた直後、後ろから声がかかる。

 

「少々、よろしいかな?」

 

 振り向いた先にいたのは金髪の優男だ。人当たりの良さそうな笑顔を浮かべ、礼儀正しく話を続ける。

 

「少しばかり会話が聞こえたのですが、人夫をお探しだとか?」

「そうだ。船を動かしたい。航海士と操舵士あたりは最低限確保したい」

「であれば、我が商会はどうでしょうか?」

「おい、嬢ちゃ──っ」

 

 ギロリ、とにらみつけられ、先に会話していた男は口を閉じた。顔色が悪く冷や汗をかいているようだったが、カナタはその様子に気付かない。

 いや、興味がないというべきだろうか。

 

「人夫に当てがあるというのなら頼もう。時間を無駄にしたくないのでな」

「では、こちらに」

 

 先に話しかけた男に礼を言い、先導する男に続いて歩き始める。

 

 

        ☆

 

 

 そうして。

 辿り着いた先で相手が地元のマフィアであること、騙されたことを知り、カナタは運の悪さに思わずため息をこぼした。

 もっとも、なんとなく予想は出来ていた。自分のような少女が船を持っていて他に人員がいないとなれば、それはもうカモがネギをしょっているといっても過言ではない。犯罪組織に目を付けられるのも時間の問題だろうと考えてもいた。

 これほど事態が早く進むとも思わなかったが。

 逃がす気のない相手と逃げる気のないカナタ。密室で何も起こらないはずもなく。

 事態は順当に当然に、マフィアの面々が半分氷漬けにされかけて土下座することで事態は収束したと思われた。

 

「──なんだ、この状況は?」

「だ、旦那! このガキがやったんでさァ!」

 

 マフィアが雇った用心棒と思しき男が現れた。

 赤髪に半裸で鍛え上げられた肉体を惜しげもなく晒し、この辺りでは珍しい中華風の服をまとった男を見て、カナタは思わず目を見開く。

 フン、と氷漬けにされかけた男たちを見て、赤髪の男はカナタに視線を合わせた。

 

「能力者か。珍しいな」

「少々事情があったものでな。それで、どうする?」

「決まっている──手合わせ、願おうか」

 

 その一歩を、カナタは目で追うことが出来なかった。

 すさまじい速度で接近し、おそらくは死なない程度に手加減された拳が腹部に突き刺さる。

 派手に吹き飛ばされるカナタに対し、赤髪の男は油断なく構え──カナタに触れた部分が凍っていることに気付いた。

 

「やれやれ、手荒いな」

 

 吹き飛ばされこそしたが、衝撃をすべて受け流すことはできた。見た目は派手だがダメージはない。

 パキパキと砕けた氷が集まって元通りに修復されていく様をみた男は、思わずといった様子でつぶやく。

 

「なんと、自然系(ロギア)か!」

 

 悪魔の実の中でも希少な部類に入る自然系(ロギア)の能力。並の実力では傷一つ与えられないその能力を前に、どうするつもりかとカナタはわずかに構える。

 相手取るには分が悪いと判断したか、赤髪の男は拳を収めることにしたらしい。構えを解き、どかりと座り込む。用心棒が諦めたのを察したのか、マフィアたちも逃げの姿勢を見せながら静かになる。

 ちょうどカナタと目線が合う高さになった男を見て、カナタは少しだけ考えた。

 

「ふむ……お前、中々強そうだな」

「少なくとも、我が故郷にいたままではこれ以上強くなれぬと判断した程度にはな」

「ほう。そうか……ならば、私の下につく気はないか?」

 

 ぴくり、と眉を動かした。

 どのみちこのマフィアごと吸収するつもりだ、とカナタは告げ、ならばと男は快諾した。

 強いものと戦えるならばそれで良し。日々の飯に困らぬ程度に金を貰えればよいとつげて呵々と笑う。

 

「──儂の名はジュンシー。ひとまずよろしく頼むぞ、小娘」

 



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第二話:そういうこともある

 半分氷漬けにされかかっていた彼らは、医療の心得のあるものを筆頭に風呂場で水を使って氷を融かし、温かいスープで冷えた体を温めていた。人体の氷漬けなど皆初めての経験だったし、ジュンシーもまた同様に腕が凍っていたが、ほかの面々よりも遥かに軽傷であったため、カナタとマフィアのボス──坊主頭に強面の大男であるジョルジュとともに話し合いを始めていた。

 一番奥の部屋でソファに座り、足を組んで長い黒髪をポニーテールにまとめた少女を前に、ジョルジュがお茶を置く。ジュンシーは毒がないことを証明するために三つの器にそれぞれ口をつけ、カナタはそれを理解して信用を見せるためにお茶を飲む。

 まず最初にカナタの事情を話し、その上で今後の予定がないことを伝える。

 

「……なるほど。そういった事情か」

「私には特にこれと言ってやりたいことがあるわけでもない。だが、生きるのに金が要る」

 

 赤い瞳を向けられ、射竦められたように身を縮こまらせるジョルジュ。

 びくびくしながら話を聞いている彼の隣で、ジュンシーは思案する。

 元々このマフィアはこの島で幅を利かせていただけの小さい組織だ。島の官憲とも少なからずつながりはあるが、それほど大きいものではない。

 既得権益があるにしても、島と島の交易はそれほどあるわけではない。奴隷商船が通ろうとした理由の一つでもあるが、この辺りは凪の帯(カームベルト)に近いため、海獣が多いのだ。滅多にないが、海王類が姿を見せることもある。船などほとんど通らない。

 だが、カナタがいれば話は別だ。

 彼女の能力があれば、ほかの船よりも比較的安全に物資を運ぶことができる。

 

「ジョルジュ、良いか」

「へ、へいっ! なんでしょう、旦那!」

 

 随分と卑屈な態度になったものだ、とジュンシーは思う。

 これでも先日まではそれなりに気骨があったのだが、カナタにぼろぼろにされてからはこの有様だ。

 滅多に見かけない悪魔の実の能力者、それも希少な部類に入る自然系(ロギア)の能力者と相対したのだから、ある意味仕方のないことではあるのだろう。

 ジュンシーはそうでもないが、能力者に対する差別は根深い。

 子供が間違って口にし、悪魔の子──そう呼ばれて迫害されることもそう珍しくはない。

 理解の及ばない力を行使する彼女が、怖いのだろう。

 

「海運を営む者に心当たりがあるだろう。お主、渡りをつけてこい」

「て、手伝うんですかい!?」

「このままつまらん小遣い稼ぎばかりやっていたところで先はないぞ。うまくいけば儲けられる」

「そうか……わ、わかった。行ってくる。後は頼んだぞ!」

 

 そういって部屋から出てドタバタと走り去っていくジョルジュ。ジュンシーは思わずため息をついてソファに座りなおす。

 組織のトップがいなくなってしまったが、さして問題はないだろう。ジュンシーとカナタでやることを決めてしまえばジョルジュに反論する気骨もないのだから。

 

「すまんな、あれは体躯の割に臆病なのだ」

「構わない。それで、どうするつもりだ?」

「船があるなら海運だろう。この辺りは船もあまり通らんからな、交易をやればそれなりに利益にはなろうさ」

「そうか」

「お主にも手伝って貰うことになるだろう」

「わかった」

 

 言葉少なく、カナタはそう告げた。

 実際のところ、ほかにやることがあるわけでもない。何をやるにも金は必要なのだから、自分の力で稼げるならばそれでいいと思っていた。

 降って湧いたようなこのヒエヒエの実の力も、利用価値があるならそれでいいと。

 

「私は何をすればいい?」

「船の護衛だ。儂もつくが、船の上ではお主に分があろう」

「私もこの力を手に入れて日が浅い。力を使う練習をしたいのだけど」

「こちらもしばし時間がいる。町の西、港は反対方向に浜辺がある。そこで練習するといい」

「おあつらえ向きだな」

 

 ほかにやることもない。細かい制御も出来たほうが色々と便利だろうと、カナタは浜辺に向かうことにした。

 ジュンシーは他の面々を集めて決まったことを通達するといい、明日またここに来るようにと言い含める。

 誰がこの組織のボスなのかわからない状態だが、トップが予想以上の腑抜けだったし仕方ないな、とカナタは納得していた。

 殴って気合入れたりはしないのだろうかと小さく思う。

 この建物の中にいても遠巻きに恐れられるだけだ。

 ため息をつきたい気分になりながらもそれを隠し、建物を出て西へ向かう。

 潮の臭いとさざ波の音、わずかに聞こえるカモメの鳴き声。

 砂浜を歩いて適当な石に座り込む。

 

(……何故、あれだけ怯えられるのだろうな)

 

 ちょっと凍らせただけなのだが、と。

 当人はそれほどのことはしていないつもりでも、周りからすれば脅威だということに気付いていなかった。

 なまじ能力が強力なだけに、少しばかり力を込めただけで出来たことにそれほど驚かれても困る、という状態らしい。

 ひとまず、全力で能力を使えばどうなるのかだけ確かめよう。そう考え、浜辺の端で海に手を付ける。

 悪魔の実の能力者は総じて海から嫌われ、水につかると動けなくなるという。流石にこの程度ならどうにもならないが、泳げなくなったのは痛いなとカナタは思う。

 船に乗る仕事で海に落ちて泳げないのは致命的だ。対策を考えなければならない。

 まぁそれはあとでいい、と思考を切り替える。

 

(──さて、全力でやればどうなるか)

 

 ──目をつむって集中し、文字通り全力で能力を発動させた。

 吐いた息が真白に染まる。

 辺りの気温が一気に下がったのを肌で感じる。

 さざ波の音が止んだのがわかる。

 ──目を開けば、辺り一面が完全に凍り付いていた。

 

(……ここまでか)

 

 なるほど、これは恐れられるだろう。

 これほどの力があるとは思っていなかった。そこらにあった大きめの石を投げても氷が割れないし、浜辺付近の浅瀬で何度か氷の上を跳ねてもヒビすら入らない。

 これなら海に落ちても海面を凍らせれば泳げなくても不便はなさそうだ、とカナタはぼんやり考える。

 次に思ったのは「これどうやって戻そう」ということだったが、凍らせた後は自分でも操作できないようなので、諦めて氷で槍を作ったりしてみる。

 ヒエヒエの実の名の通り、基本は冷気を操る能力なのだろう。凍らせた後のものには干渉できない。もしかすると練習次第で操れるようになるかもしれないが。

 それだけわかれば十分と判断し、今日は船に戻ることにした。

 次の日、ジュンシーに滅茶苦茶怒られた。

 

 

        ☆

 

 

 一週間後。

 海運の準備が出来たとジョルジュの部下から報告があったので、ジュンシーを引き連れて港へと足を運んだ。

 荷物、人夫、その他必要なものを船に積み込みながら、カナタはジュンシーに目を向ける。

 腑抜けのトップよりこの男に聞いた方が色々早い。

 

「最初はどこの島に向かうのだ?」

「より凪の帯(カームベルト)に近いティジャ島というところだ。あれだけの真似ができるのだから、海獣も海王類も怖くはなかろう」

 

 ちなみにカナタは凍らせた次の日から行っていないが、氷はまだ融けていないらしい。

 

「巨大な生物を相手にしたことはない。相手取る機会はない方が良かろう」

「呵々、確かにそうだ! 海獣程度ならばまだしも、海王類となっては儂も手を焼く」

「……素手で戦うのか?」

「槍も使えるが、まぁ基本は素手だ。覇気使いならば素手で鋼鉄くらいはたやすく砕くぞ」

 

 ハキ? と首をかしげるカナタ。うろ覚えの知識を総動員して思い出そうとするが、その前にジュンシーが明朗に答えた。

 

「お主のような能力者の実体をとらえる“武装色”、相手の気配をより強く感じ取る“見聞色”。そして周囲の相手を威圧する力、“覇王色”。この三つを総じて覇気という」

「そのようなものがあるのか。お前、最初に相対したときは使わなかったようだが」

「当然だ。見聞色で探っても素人の小娘一人、それだけの相手に武装色など使わん」

 

 必要とあらば躊躇せず使うが、あの状況では不要と判断しただけらしい。

 運がよかったというべきか、なんというべきか。

 こうして味方に引き込めたのだから、良しとすべきなのだろう。必要ならば覚えたほうがいい技術でもある。

 

「……時間だ。俺はここに残るぜ、旦那」

「良かろう。儂はお嬢と出るが、既に一蓮托生であることを忘れるな」

「わかってる、わかってるよ旦那。心配すんな。もう腹ァくくってる」

 

 がりがりと坊主頭をかきながらジョルジュはため息をつく。カナタと会ったのが運の尽きだ、と。

 そんなジョルジュを尻目に、カナタはジュンシーと共に船に乗り込んだ。

 

「出航だ。帆を張れ!」

 

 ジュンシーの声に合わせ、人夫たちが一斉に帆を張る。甲板で動き出した船から陸の方を一度だけ振り返り、ジョルジュを見る。

 彼もカナタが見ていることに気付いたのか、軽く手を挙げて「しっかりやって来い、お嬢!」と声をかけていた。

 それに微笑みを浮かべながら一度だけ手を振り返す。驚いたジョルジュの顔を見納めに、カナタは船室へと入った。

 お嬢呼びは固定なのか、と思いながら。

 

 

        ☆

 

 

 ティジャ島まではおよそ三日でついた。

 道中は特に何か起こるというわけでもなく、予定通りに航海は終わった。

 

「ここは何か珍しいものはあるのか?」

「さて、俺っちは知らねえっスね……この島、確か凪の帯(カームベルト)のすぐそばだから他の島ともほとんど交流がないって話っスけど」

「そうか。私は少し出歩くが、問題はあるか?」

「了解っス。旦那にも伝えておきやす」

「ああ。それほど時間をかけずに戻る」

 

 ジョルジュの部下の中でもほぼ唯一といっていい、カナタ相手に普通に喋れる船員にそれだけ言って船から降りる。

 ジュンシーは交渉役の護衛としてついて行ったため、暇になったのだ。

 この三日間はニュース・クーの新聞を見るくらいしか娯楽がなかったこともあり、久々の陸地に足取りも軽くなる。

 それほど大きい島ではなく、ちょっと大きめの街が一つあるくらいで、あとは山間部に畑と牧草地帯が広がる程度。見て回るのに時間はかからないだろう。

 港から町の方へと繰り出す。

 余所者ということもあるが、カナタが幼いながらに常人離れした美貌を持つということもあり、非常に目立っていた。

 交易品となりそうなものはあまりなさそうだが、ジョルジュたちの島にない食料なり織物なりを売買できれば利益は出るだろう、とカナタは考えていた。

 町は一通り見て回り、少し山を登って農作物を見る。

 この辺りは凪の帯(カームベルト)に近いだけあって気候が安定している。作物も育てやすいのだろう。

 

(……ん?)

 

 牧草地帯でのんびりしている家畜たちを尻目に、複数人の大人たちが山を登っていくのを見つけた。

 足元を見れば通った道がしっかり踏み固められており、普段からよく通られていることがわかる。

 何かあるのだろうかと好奇心の赴くまま、カナタはこそこそと彼らの後をつけていく。

 それほど歩かないうちに開けた場所に出た。見つからないようにカナタは近くの茂みに身を隠す。

 そこにあったのは、大きめの一つの檻だった。

 その中にいる誰かに向けて、大人たちは聞くに堪えない罵詈雑言を浴びせ、時には檻の中に向けて石を投げる。

 

(罪人でもいるのか?)

 

 田舎の島ではよくあることだが、犯罪が起きた際に市長の一存で罪が決まることがある。王国と呼べる程度に大きい島だったり、世界政府加盟国であればまた話は別だが、この島はそうではない。

 この島独自の司法で動いているのだろう。

 やがて大人たちは踵を返し、同じ道を通って山を下りて行った。

 カナタは茂みから姿を現し、檻の中の罪人と思しき人物を見る。

 全身余すところなく刺青が入った褐色肌の青年だ。石を投げられたりしていたようだが、ケガは見当たらない。

 檻の中で横になっていた彼は、近づいてくるカナタに対して怪訝な顔をする。

 

「アンタ誰? 見ない顔だけど、この島に最近来た人?」

「私はカナタ。この島には交易の一環で来ている商人だ」

 

 間違いではない。船自体は彼女の持ち物だし、それを使ってジョルジュたちが商売をしているだけなのだから。

 それを聞き、彼は「へぇ」と笑う。

 

「そりゃ珍しい。何にもない島だけど、楽しんでいってくれよな」

「檻の中から言われてもな」

「全くだ」

 

 けらけらと笑う彼を、カナタは不思議な顔で見る。

 あれだけ聞くに堪えない罵詈雑言を受け、石を投げられ、悪意をぶつけられていたというのに。彼はひねくれてこそいるが腐ってはいない。

 そんな表情を読み取ったのか、彼は口を開いた。

 

「オレはずっとああやって悪口言われたり、石投げられたりしてきたからな。それしか知らない」

「……」

「いつだったか忘れちまったけど、とびっきりのお人好しがオレを助けようとしたこともあった。けどまぁ、今こうなってるってことはそういうこと」

 

 そうか、と簡潔にカナタはつぶやいた。

 話し相手が出来たことが嬉しいのか、彼は聞いてもいないのに次々と話し出していた。

 ある日、この島の人たちに自分が悪魔の実を食べたことがバレて、そのままここで虐げられていること。

 一時期、どこかから来た『正義の味方』を名乗る誰かが自分を助けようとして失敗したこと。

 その『正義の味方』とやらに色々教えてもらったこと。

 話したいことはいくらでもあったのだろう。カナタはそれを相槌を打ちながら聞き入っていた。

 

「──っと、もう夕方か。わりぃな、オレばっかり話しちまって」

「構わぬ。面白い話を聞けた」

「そう言ってくれるなら嬉しいね。ここしか知らない、オレのちっぽけな話だ」

 

 石を投げられるのはまだ軽い方で、四肢を潰されたり喉を潰されたり火で炙られたこともあると彼はいう。

 それでもまだ五体満足なのは、おそらく彼の食べた悪魔の実の力なのだろう、とカナタは思っていた。

 自分も同じ目に遭っていてもおかしくはなかったのだろう。

 そう考えると、自分でも意識しないうちに口を開いていた。

 

「お前、名は?」

「あん? オレはもうずっと名前で呼ばれることもないからな……自分の名前も忘れちまった。好きなように呼んでくれていいぜ」

「ならクロとでも呼ぼう。お前、私と共に来る気はないか?」

 

 クロ、と呼ばれた男は、カナタの言葉に目を見開き驚く。

 

「おいおい、こんな不気味で何の役にも立たない貧弱男を連れてどこ行こうってんだ。奴隷として使いたいの、アンタ?」

「まさか。面白そうな男だから誘ったに過ぎんよ」

「オレは化け物だぜ。さっきも言ったけど、色々拷問まがいなことされてきたけどピンピンしてるくらいには」

「私も似たようなものだ。化け物同士、仲良くできると思わないか?」

 

 右手に冷気を起こしながら、なおも諦める様子を見せないカナタに対してクロは笑った。

 

「ははははは!! なるほど、化け物同士で傷の舐め合いか! ま、それも悪くないかもな!」

「どうする?」

「そうだな……よし、じゃあ連れて行ってくれ。アンタの傍にいると面白いことが起きそうだ」

「決まりだな。ついてくるがいい」

 

 檻を極低温まで下げた冷気を使って砕き、クロを中から出す。

 久々の外に背伸びしながら、カナタの方へと向き直る。

 

「そんじゃ、これからよろしく頼むぜ、嬢ちゃん。オレはクロ。ヤミヤミの実を食った闇人間だ」

 

 



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第三話:モンキー・D・ガープ

ゼロ巻読み直したら若いころのガープの口調が違ったので修正しました。


 

 クロを引き連れて船に戻ったところ、ジュンシーに変な顔をされた。

 

「どーもどーも、初めまして。オレはクロ。嬢ちゃんが仲間にしてくれるってんでついてきました!」

「こやつも悪魔の実の能力者だ。色々あって連れてきた」

 

 頭が痛そうに額に手を当てるジュンシー。

 既に苦労人としての立場が確立されているような気もするが、本人は出来るだけ考えないことにした。

 

「……その男はこの島にいたのか?」

「そうだ。詳しい経緯は後ほど話そう。この島の住人に見られないほうがいい」

「厄介ごとか。先に相談してほしかったものだな」

 

 ジュンシーはそう言って船に乗る。

 肩をすくめるカナタに「おいおい、今更追い出されても行くとこねえよオレ?」と笑うクロ。

 ひとまず船室に入り、どかりとソファに座り込んだジュンシーの反対側にカナタとクロが座る。

 

「それで、どういった経緯だ?」

 

 カナタは一日歩き回ったこと、山頂付近でクロを見つけたこと、クロの境遇などを手短に話した。

 クロは自分の話だというのに説明はカナタに放り投げ、本人は興味津々な様子で船室を見ている。

 

「……なるほど」

 

 クロを一瞥し、ジュンシーは説明を聞いてソファにもたれかかる。

 呆れとも諦めともとれる溜息を吐いて、カナタの方へと視線を向けた。

 

「定期航路を結ぶ可能性が高い島だが、それをふいにしても良いのか?」

「商売など他の島でも出来る。だがこの男は一人しかいない」

「そうか。ならば良い」

 

 元よりジュンシーは護衛でしかない。口出しするのは筋違いだと思ったのだろう。

 交渉役は怒るかもしれないが、それはカナタの問題だ。ジュンシーは子守のためにいるわけではない。

 それに、個人的にも悪魔の実の能力者には興味があった。

 

「クロ、お主の悪魔の実の能力はどんなものだ?」

「ん? オレが食ったのはヤミヤミの実っていうんだけど、何が出来るかって言ったら……ほとんど使ってこなかったからわかんねぇな」

 

 痛みを人間の限界以上に抱え込める、ということ以外はほとんどわからないらしい。

 あとは文字通り『闇』を広げることができるくらいはわかるらしいが、具体的なことは不明だ。

 

「海の上でやるのはリスクもある。どこかの島に着いたときにある程度使って理解をしておけ」

「あいよ」

 

 ひとまずはよろしく頼む、ということで握手を交わす二人。

 カナタはそんな二人を尻目に海図を取り出し、次の目的地を確認する。

 元居た島──マルクス島からティジャ島へ移動し、そこから別の島を経由してマルクス島へ戻るルートだ。

 

「次はどの島に向かう予定になっている?」

「オハラだ。世界中から考古学者が集まる、考古学者たちの島だと聞く」

「考古学者たちの島か。面白そうな本でもあれば買うのも悪くないな」

 

 生きるために知識は必要だ。殴れば解決することも多いが、それだけで終わらないこともある。

 学べる場があるなら学びたいこともあった。

 そう思うカナタを傍目に、ジュンシーは別の懸念事項を伝える。

 

花ノ国(かのくに)にも近づく。気をつけねばなるまい」

「何かあるのか?」

「花ノ国を拠点とするギャングがいる。八宝水軍と呼ばれる連中だ」

 

 幹部級以上は全員が覇気使い。いかに自然系(ロギア)の能力者であっても分が悪い。

 苦々しい顔をしている辺り、何か思うところもあるのだろう。だが、カナタは無理に聞き出そうとは思わなかった。

 必要になれば自分から話すだろう。出会って日が浅いのだから、そういうこともある。

 

「特に最近はよく噂を聞く。棟梁が代替わりしたこともあり、勢力を拡大しようと躍起になっているらしい」

「ふむ……出会わないことを祈るばかりだな」

「全くだ」

 

 ジュンシー個人としては戦いたい気持ちもあるのだろうが、自分の役割を考えればそうもいかないと理解している。

 航路の確認と積荷、船員のチェックを終えてから、夜明けと同時に出航する。

 船長は一応カナタということになっているため、航海士を含めてそれらの確認を終えて一日を終えた。

 

 

        ☆

 

 

 風は穏やか。波も荒れず、快晴。

 出航には良い日だ、とカナタはこぼす。

 チェックを終え、時間を迎えて一斉に帆を張る。オハラへはおおよそ4日ほどの船旅になるという。

 ニュース・クーの新聞を読み、のんびりと船旅を楽しむカナタ。ジュンシーは日課の鍛錬をおこなっており、クロは面白そうにその鍛錬を眺めていた。

 昨夜話題に出ていた、八宝水軍が商船を襲ったと新聞に載っている。

 

「……いずれは私も覇気を身につけたほうがいいかもしれんな」

「能力だけに胡坐をかけば足をすくわれる。鍛錬するならば早いに越したことはあるまい」

「運動などほとんどしていないが、私でも身につけられるのか?」

「才能が有無をいう部類のものだ。儂には何とも言えん」

 

 面白そうだというクロを含め、カナタは覇気の鍛錬をすることにした。

 武装色は肉体を鍛えるとともにやった方がいいというジュンシーのアドバイスを受け、まずは見聞色の覇気を身につけるべく鍛錬を始める。

 

「どうすればいい?」

「難しいことはない。お主等に目隠しをして、気配だけで儂を捉えるだけだ」

 

 視覚に頼らず、聴覚に頼るでもなく、気配を感じとるのが見聞色の覇気。

 甲板の上で背中合わせに立つカナタとクロ。その周りを音もなく移動するジュンシー。

 当然だが、一朝一夕で身につくものではない。欠かさず行うことでもしかすると身につくかもしれない、という難易度の高い技術なのだ。

 

 

        ☆

 

 

 そうして、三日が経った。

 今日も今日とて覇気の鍛錬か、と思っていたところで、見張りから大声で警告の声。

 

「てっ、敵襲!! 九時方向から海賊船です!!」

 

 慌てて甲板に飛び出し、敵船を確認する。

 風にはためく海賊旗。帆に大きく描かれた髑髏のマーク。

 

「あれはどこの海賊団だ!?」

「あれは……海軍からのリストには載ってません!」

「何? ということはルーキーか?」

 

 商船として申請した際、海軍から貰った近海での注意事項や最近名を揚げている海賊のリストを貰っている。だが、少なくとも今襲ってきている海賊の名は載っていないという。

 船員たちと会話している間にも海賊船は徐々に近づいてくる。迎撃するにしても近づかれるのは拙いと考え、カナタはジュンシーに視線を向ける。

 

「どうする。この距離なら接敵される前に海を凍らせて逃げられるぞ」

「……そうだな。乗り移られると厄介だ。儂はともかく、お主等はな」

 

 基本的には陸で暴れていた小さいマフィアたちに過ぎない。本物の海賊たちとの戦闘は荷が重いと判断し、カナタの能力による迎撃を図る。

 やることはごく単純──冷気を操作し、相手の船の周囲を凍らせるだけ。

 一面を氷に変え、敵の海賊船の動きを封じている間に逃げようとした──が。

 

「──砲撃が来るぞ!」

 

 砲撃音が響くと同時にジュンシーが動き、正確に船に飛んできた大砲を弾き飛ばす。

 相手はあきらめていないのか、氷を壊そうと砲撃したり船から降りて攻撃したりしている。

 

「急いで距離をとれ!」

 

 ジュンシーの迎撃に合わせて航海士の男が指示を出す。やや航路はずれるが、四の五の言ってる場合ではない。

 次いで海軍への通報をして、逃走を始める。

 それほど大きい船ではないのが幸いし、小回りを利かせて逃げる。相手の船は二回り以上大きいが、氷に邪魔されて動けないまま砲撃の射程範囲から出た。

 

「ここまで離れれば安全か?」

「しかしすげぇな旦那。大砲の玉ってあんなポンポン蹴り飛ばせるもんなのか」

「修行を積めばな」

 

 油断なく海賊船を見据えるジュンシーとカナタ。

 やがて見えなくなったところで、ようやく肩の力を抜いた。

 

「初航海で海賊に出くわすとはな。運が悪い」

「構わんさ。私の力で迎撃できることがわかったからな」

「ルーキー相手ならば、とつくがな」

 

 カナタの言葉に思わず言葉を漏らすジュンシー。

 歴戦の海賊ならば遅れをとった可能性もある。油断や慢心は足をすくわれるだけだと、ジュンシーは理解していた。

 

        ☆

 

 

 数時間後、通報を受けた海軍の軍艦が現れ、事情聴取を行いたいと言ってきた。

 特にやましいこともないカナタは快諾したが、どちらかといえば困惑したのは海兵の方だった。

 責任者として呼んだ中に10歳の少女が混じっていたのだから、困惑するなというほうが難しいかもしれないが。

 ともあれ、航海士兼組織代表としてスコッチという男に白羽の矢が立った。

 軍艦に初めて乗ったカナタは興味深そうに海兵や大砲などを見ており、はぐれないようにジュンシーが時折注意していた。

 

「こちらです」

 

 案内役の海兵が通した先には、筋骨隆々とした一人の男がいた。

 黒髪を短く切りそろえたその男は、煎餅を食べながらどかりとソファに座ってくつろいでいる。

 

「おう、来たか! なんじゃ子供も一緒か? ほれ、煎餅くうか?」

「いただこう」

「おう! うまいぞ! 茶もどうだ!」

 

 差し出された煎餅を一枚とり、バリバリと食べるカナタ。案内役の海兵をちらりと見るジュンシー。申し訳なさそうに首を横に振る海兵。

 笑いながらお茶を入れ、「座れ座れ」と手招きされた。言われる通りにソファに座ったカナタ、ジュンシー、スコッチの前に部下の海兵たちがお茶を並べる。

 

「さて、まずは自己紹介だな。おれはガープ。モンキー・D・ガープ。そこそこ偉い」

「責任者代理のスコッチです」

「護衛のジュンシー」

「代表の関係者、カナタだ」

 

 面倒じゃからさっさと済ませるぞと言い、ガープは面倒くさそうにいくつか質問して部下が議事録を作成する。

 本当に形式上のものらしく、通報を受けて出撃した際に提出するものらしい。

 ざっくりした報告用の議事録を作った後、バリバリと煎餅を食べながらガープはつぶやいた。

 

「なんじゃい、無名の海賊か。八宝水軍かと思ったわ」

「やはり最近被害が増えているのですか?」

「うむ。出来れば潰してやりたいところだが、花ノ国の軍部にまで食い込んでいるからな。こっちとしても下手に手出しできん」

 

 それ一般市民に言っていいのかとスコッチは思うが、八宝水軍に関してはもはや暗黙の了解のような状態なのだろう。

 ガープもいつまでも西の海(ウエストブルー)に居られるわけではない。活動を大人しくさせる程度はしたいのだろうが、難しいのが現状だ。

 

「今は偉大なる航路(グランドライン)も不安定。この辺りも荒れるかもしれん。商売するなら気を付けることだな」

「お気遣い、ありがとうございます」

「嬢ちゃんも十分気を付けるんじゃぞ!」

 

 煎餅を食べながらこくりと頷くカナタに「可愛いのぅ」と笑うガープ。

 やることも終わり、立ち上がって船に戻ろうとするスコッチとカナタ。その中で、ジュンシーだけはガープを見ていた。

 

「ガープ殿。折り入って頼みがある」

「なんじゃ?」

「一手、手合わせ願いたい」

「ほう! おれと勝負か! いいぞ、甲板に行くか」

 

 真剣な顔をしたジュンシーの頼みにあっさりとOKを出し、先に部屋を出て行った。

 カナタはちらりとジュンシーをみたが、ガープほどの猛者と力を比べられるとあってか、獰猛な獣のような笑みを浮かべていた。

 スコッチに肩をすくめて「どうしようもない」とアピールし、ガープに続いて甲板へと出る。

 日差しが強い。カナタはスコッチを伴って端に避け、相対するガープとジュンシーを見ていた。

 

「よし、どこからでもかかって来ていいぞ!」

 

 甲板で仁王立ちして待ち受けていたガープ。周りには何だ何だと海兵たちが集まっているが、相対する二人は気にした様子もない。

 

「では、胸を借りるとしよう」

 

 静かに構えるジュンシーを見て、ガープは何かに気付く。

 

「その構え……お前さん、花ノ国の出身か?」

「如何にも。だが、出身というだけだ。八宝水軍と関わりはない」

「ならいい」

 

 腰を落とし、呼吸を整え、覇気を纏う。

 対するガープも笑みを浮かべながら構え、その拳に覇気を纏う。

 一瞬の静寂の後──甲板が抜けるかと思うほどの踏み込みでガープの懐に潜り込み、その拳を放った。

 

「ハァ──ッ!」

「ぬぅ──ッ!」

 

 互いの拳がぶつかり合う。

 強烈な覇気を纏った拳を正面衝突させたためか、空気がびりびりと振動していた。

 やがて互いに弾かれるように距離をとり、ジュンシーはガープに対して一礼する。

 

「……感謝する」

「ぶわっはっはっはっは!! これくらい構わんわい!」

 

 拳を交えてこそわかることもあるのだろう。男はこういうの好きだな、とカナタは思っていた。

 二、三言話したのち、ジュンシーはすっきりした様子でカナタの下へ戻ってきた。

 

「すまんな、勝手なことをして」

「構わん。得るものもあったのだろう」

 

 そうして船へと戻ろうとして、ふと足を止め振り向いた。

 

「そうだ、ガープ殿」

「うん、どうした嬢ちゃん?」

「先の海賊だが、おそらくまだ足止めをくらっているだろう。沈めて貰えると助かる」

「そりゃ構わんが」

「よろしくお願いします、ガープ殿」

 

 ガープの返答に微笑みを浮かべるだけのカナタの態度を拙いと思ったのか、スコッチが慌てて頭を下げる。

 必要なことは告げたと判断したのか、カナタたちは船へと戻った。

 

 

        ☆

 

 

 カナタたちが去った後。

 先程襲われたといっていた場所に到着し、ガープの部下たちが絶句する。

 

「これは……」

「なるほど。足止めか」

 

 辺り一帯が凍り付き、身動きが取れなくなった船が一隻。海賊旗も掲げられているし、帆にも髑髏マークがある。間違いなく海賊船だ。

 ガープは躊躇なく砲弾を投げて撃沈させ、部下に後始末を任せる。

 

(あの嬢ちゃん、海賊に襲われたという割に妙に落ち着いていたが……やっぱ能力者だったのか)

 

 自分で対処できるとわかっていれば、あれだけ落ち着いているのもわからないでもない。

 それに、と拳をぶつけた男を思い出す。

 

(あれだけの覇気を纏った拳は久々だった。チンジャオにも劣らんな)

 

 あの男を護衛に置いているなら多少の心配もなかろうな、と思わず笑みを浮かべる。

 またやりたいもんだ。そう考えながら部屋へと戻った。

 

 

 



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第四話:オハラ

 道中色々あったが、ひとまずオハラには無事到着した。

 島の中央には「全知の樹」と呼ばれる巨木があり、その中には膨大な量の文献がある。

 世界中から考古学者たちがあつまり、その英知を以て歴史を解き明かさんとしている島だ。

 

 

        ☆

 

 

 桟橋に船を寄せ、錨を下ろして停船する。

 元々海運をやっていたわけではないマフィアたちなので、数日ぶりの陸に自然とテンションを上げていた。

 商売の話をしに船を降りたスコッチに続き、「多少は刺青を隠せ」と上着を強制的に着せられたクロが降り立った。

 島から出ること自体はじめてなので、好奇心の赴くままにきょろきょろと見回しては声を上げている。

 続いて降り立ったジュンシーとカナタは、クロの様子を微笑ましく見守っていた。

 まるで犬のようだ、と思っていると、パタパタと戻ってきて島の中央部にある巨木を指さす。

 

「なぁ、でっけぇ木があるけど、あれが“全知の樹”か?」

「おそらくはそうだろう」

「世の中ってのは広いな、あんなモンがあるなんて」

 

 初めて島の外に出たクロは子供のようにはしゃいでおり、それを横目にカナタは時間をとりたいとジュンシーに相談していた。ほとんど保護者のような扱いである。

 商談に関してはスコッチがほぼ請け負っているのでカナタにやることはない。

 護衛のジュンシーとて、何かあった時のためにスコッチの傍に控えるだけで口を出すことはなかった。

 迷子にならないよう言い含める程度で、カナタの行動を縛ることもない。

 「では、私たちは全知の樹にいる」とジュンシーに伝えておき、時間になれば迎えをよこすよう伝えておく。

 

「クロ、行くぞ」

「おう、探検だな」

 

 まずは“全知の樹”だ。

 ちらちらと見える刺青のせいか、はたまた高いテンションのせいか。奇異の目で見られるクロを連れて、カナタはまっすぐに巨木の根元へ向かう。

 すぐ隣に湖があり、クロは淵から湖の中を観察して落ちそうになっていた。カナタはため息をついて首根っこを掴んで引きずり、図書館の中へと足を踏み入れる。

 一歩入ると、本特有の臭いが鼻についた。

 

「おぉ……これが図書館ってやつか。すげーな、こんなに本が」

「大したものだ。全知を名乗るだけはあるな」

 

 見渡す限りずらりとならぶ本の山。その驚くべき蔵書量に目を見張る二人。きょろきょろと図書館を見渡す中、一人の老人が近づいてきた。

 司書だろうかとカナタが考えていると、彼が笑みを浮かべながら話しかけてきた。

 

「お二人さん、ここは初めてかね?」

「ああ、オレたちは他の島から来たんだ。“全知の樹”っていう凄い木があるって聞いたから、見に来たんだけど」

「失礼、ご老公。ここの本は島民以外でも借りることは出来るだろうか?」

「おお、そうかそうか。で、本だな。一応貸し借りのための規約があるから、それを読んでおいてくれ」

 

 その間に手続きをするといい、老人はカウンターの奥へと戻っていった。

 カナタは貰った規約に一通り目を通したが、大したことは書いていない。本を傷つけないように、といったことばかりだ。もしも破るなどした場合は罰金もあると書いている。

 デポジット代としていくらか先払いで置いておく必要があるらしいが、これだけの蔵書をタダで読めるのだから安上がりだろう。

 クロにも説明すると、わかったようなわからないような顔をして「よし」と呟いていた。

 

「オレもなんか本借りてみるか」

「お前はまず文字を覚えろ」

「そうなんだよなー」

 

 事情が事情なので仕方ないが、クロは最低限の教養も受けていない。本を読むのはまだ早いだろう。

 戻ってきた老人の言うとおりに手続きを進め、本を借りられるようになった。島民ではないので身元保証も含めて少し高めのデポジット代をとられたが、それはそれ。小遣いと称していくらか貰っていたお金で足りたので問題ない。

 カードを貰ったので、今後はこれで本を借りられるらしい。

 定期航路が作られるといいのだが、と思うカナタ。

 よくよく考えれば別の船でも移動は出来ると思うのだが、この時はすっぽり頭から抜け落ちていた。

 

「お嬢、何の本借りるんだ?」

「まずは航海術に関する本からだ」

 

 スコッチに言われてカナタの呼び方を変えたらしいクロは、興味本位で何の本を借りるのか聞いてきた。

 船に乗るなら航海術を知っていて損はない。今はスコッチに任せきりだが、何事にも予備があるに越したことはないと考えている。

 それに、スコッチも航海士が本職というわけではない。知っておいた方がいいだろう。

 

「なーるほどな」

「それが終われば……そうだな、偉大なる航路(グランドライン)について書かれている本でもあれば、読んでみたい」

「ん? お嬢、偉大なる航路(グランドライン)に興味あんのか?」

「あるにはある。行こうとは思わんがな」

 

 今のところ偉大なる航路(グランドライン)に行く予定はない。

 ないが、未知のものに興味はある。もしも何らかのきっかけがあって行くことになったとしても、知識があるのとないのでは大きく違うだろう、ということもある。

 人生思い通りにいくことばかりではない。カナタ自身、孤児院で疎まれて売られた身でもある。自分の力だけでなんとかできるだけの知恵と力を持たねばならないと考えている。

 前世でもそうだったが、困ったら殴り倒して逃げればいいのだ。

 今は凍らせるという手段もあることだし。

 

「暇つぶしには丁度いいからな……あった」

 

 航海術に関する本を探して図書館の中を歩き回り、陳列されている棚を見つける。

 だがカナタが取るには高く、クロに持ち上げて貰っても微妙に届かない。

 氷で段差を作ってもいいが、図書館で氷は流石に駄目だろうと自制心を働かせ。

 

「仕方ない、さっきの御老公に踏み台でも──」

「これでいいかしら?」

 

 諦めて踏み台をとり行こうとした時、脇から手を伸ばして目的の本をとってくれた。

 その身長が羨ましい。いや、まだ10歳だから伸びるし。などと他愛のないことを思いながら礼を言う。

 白髪の若い女性だ。

 

「ああ、すまない。礼を言う」

「ありがとさん」

「いいのよ。貴女のように小さい子でも、本に興味を持ってもらえるのは嬉しいもの」

 

 白髪の女性はオルビアと名乗った。

 カナタとクロもそれぞれ自己紹介し、折角なので少し話をすることにした。クロは話しているだけではつまらないのか、早々に図書館の中を探検するといってどこかに行ってしまったが。

 普段から図書館に入り浸っているという彼女もまた、この島で歴史を解き明かそうとしている考古学者だという。

 近い年代で話の合う者もあまりおらず、見慣れない顔のカナタたちに興味を持ったらしい

 

「新しい商船の航海ルートを? すごいのね」

「その年で考古学者として認められている貴女も、十分にすごいと思うがな」

「ふふ、ありがとう。でも私はまだまだよ。もっと勉強して、いつか……」

「いつか、なんだ?」

「……ううん、なんでもない。それよりもカナタちゃんって、結構高い身分の人だったりするの?」

 

 商船の新しい販路開拓をするなら、普通はカナタのような少女は連れて行かない。それに、どことなく育ちの良さそうな話し方と雰囲気、それに「お嬢」と呼ばれていることから、オルビアはそう判断した。

 が、まぁ当然そんなわけはなく。

 

「立場が特殊なだけにすぎないから、普通に接してくれて構わない」

「そう? じゃあそうさせてもらうわ」

 

 カナタは他人に対して、敵対しない限り基本は平等に接する。信用も信頼も、欲の前では無力に等しいことを身をもって知っている。

 オルビアはニコニコしながらこの島のことや考古学のことを話し、カナタはそれに時折相槌を打ちながらわからないところを聞く。

 若くして考古学者として認められただけあって、オルビアは知識が豊富だった。

 あっという間に時間が過ぎていき、程なく外が暗くなってきた時分に迎えが来た。

 

「む、もうこんな時間か」

「そうね、つい話し込んでしまったわ」

 

 入口に来ていたジュンシーと、先に合流したクロの下へ歩いていく。

 オルビアは名残惜しそうにしていたが、カナタたちは明日の朝出航する予定を伝えた。

 商談は上手くまとまったらしく、定期的にここに来ることはできるとジュンシーは言う。

 それなら別れを惜しむ理由はない。いつでも、とはいかないが、会うことなら出来る。

 

「ではまた、次に来るときにでも話すとしよう」

「ええ、楽しみに待ってるわ」

 

 司書の老人にも挨拶し、図書館を出る。見送りに出たオルビアに小さく手を振り、帰路についた。

 友人と言える程度には仲良くなれたか、と思いつつ、うす暗くなってきた道を歩く。

 機嫌がいいことに気付いたのか、ジュンシーが思わずといった様子で言葉を漏らす。

 

「随分と機嫌がいいな」

「そうだな。周りが男ばかりだと女性の知己が欲しくもなる」

「呵々、なるほど。それもそうだ」

 

 元々がマフィアだけに女性がいない。孤児院でも疎まれていたカナタにとって、オルビアこそが最初の友人と言っても過言ではない。多少話せるというだけでもだいぶ違うものだ。

 もしかすると、彼女もカナタが悪魔の実の能力者だと知れば突き放すかもしれないが、その時はその時だろう。

 人はそういうものだ。信じても裏切る。いちいち怒ったり泣いたりしていては疲れる。

 だから、友人と言える程度、で済ませておく。

 

「……ままならぬものだがな」

 

 二人に聞こえない程度に小さくつぶやいた。

 



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第五話:目指す場所

 二つの島と交易をした船は、無事マルクス島へと帰還した。

 帰りは特にトラブルもなく、せいぜいジュンシーの修行でクロの頭にたんこぶが出来たくらいだった。

 スコッチと船の中で交易の支出を計算したが、元手が荷物のみということもあって好調な出だしと言える結果になった。

 この結果には島で留守番をしているジョルジュも喜ぶだろう、とスコッチは笑みをこぼす。

 どうだかな、とクロを見ながら思うジュンシー。

 残念ながら、ジュンシーの予想の方が正しかった。

 

 

        ☆

 

 

 ジョルジュが頬を引きつらせる。まるで幽霊でも見たような顔だ。

 クロは気にせずにこやかに挨拶する。

 

「どもー。オレはクロ。お嬢に誘われて船に乗ったんで、どうぞよろしく!」

 

 視線はジュンシーに行く。何かにすがるような視線だった。

 ジュンシーは肩をすくめ、淡々と話す。

 

「事実だ。儂が目を離している間にティジャ島のどこかから連れてきた」

 

 最後に泣きそうな顔でカナタの方を向く。もうやめてくれ、と言わんばかりの顔だった。

 カナタはドヤ顔で胸を張りながら答える。

 

「クロも能力者だ」

「やっぱりーっ!!」

 

 バターン! とひっくり返るジョルジュ。相変わらず気の小さい男だった。

 そも、最初から嫌な予感はしていたらしい。

 出航したときはいなかった男で、カナタが絡んでいるなら、それはもうジョルジュにとって厄ネタに違いないという妙な確信があったのだとか。

 カナタも驚きの未来予知である。

 笑いながら倒れたジョルジュをつつくクロ。それを見ながら、ジュンシーはため息をついた。

 

「こうなるだろうとは思っていたがな」

「大丈夫なのか? おっさん、派手に倒れてたけど」

「気が小さいだけだ。そも、能力者などめったに見かけるものではないからな」

 

 偉大なる航路(グランドライン)ならばともかく、それ以外の海で悪魔の実の能力者などそうそうお目にかかれない。

 その中でも特に希少と言っていい自然系(ロギア)の能力者が二人もいるという時点で、既に珍しいのだ。

 

「そういうもんか」

「そういうものだ」

 

 納得したクロを伴い、ジュンシーは交易した積荷を港の倉庫へ入れるよう指示を出す。建前上はボスであるジョルジュが気絶してしまったので、自然と把握しているジュンシーが指示を出すことになっていた。

 スコッチは船の上で卸す積荷の確認をやっている。終わるまでまだしばらくかかるだろう。

 

「暇になってしまったな」

「オレはこの島初めてなんだ。案内してくれよ」

「そうは言うが、私もこの島にいたのは数日足らずでな」

 

 人攫いに連れられて物資の補給のために寄っただけの場所だ。カナタが把握しているのは港と町と浜辺くらいしかない。

 町に関してもマフィアたちの事務所の場所くらいしか把握しておらず、それ以外はほぼわからない。

 攫われた日から含めても一月足らず。激動の日々に人生何が起こるかわからないものだ、とカナタは遠い目をする。

 日はまだ高い。鬱屈するような思い出とは裏腹に、空は抜けるような青空だった。

 

「じゃあお嬢も含めて島の探索と行くか」

「……好きだな、探索」

「そりゃあそうでしょ。”自由”ってのはそういうことだしな」

 

 けらけらと笑いながら街へ歩き始めたクロにカナタも続く。

 檻の中ではなく、外の世界を好きに見て回ることのできるという”自由”を知った。

 あの場所で理不尽に縛られ、およそ人間が体験できるあらゆる責め苦を受けてなお()()()()()()()。だから当然、あの島の人間たちに対する怨嗟はある。怒りも、恨みも、憎しみも。

 だが、あの狭い世界から抜け出し、彼の取りこぼした”当たり前の日々”を享受する楽しさを知った。

 だからカナタに感謝しているし、恩も感じている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「自由、か」

「お嬢は何かやりたいこととかねぇの?」

「特にはない。この事業も、元はといえば生きるために金が必要だというだけにすぎない」

「なるほど、生きるのに金は必要だわな。でもよ、それは()()()()()()であって()()()()()()じゃねぇだろ?」

 

 きょとんとした顔でクロを見るカナタ。

 確かに生きて行くうえで金は必要だが、あくまでもそれは手段の一つに過ぎない。その気になれば()()()()()()()()()()()()

 もちろんその場合は色々と敵に回すだろうが、それこそ能力者であるカナタなら対処も出来るだろう。

 

「……お前」

「お、何か疑われてる? オレだって生まれてからずっとあの檻の中って訳じゃないんだぜ」

 

 悪魔の実を食べるまでは普通の生活をしていた、普通の島民だった。全くの無知というわけではない。

 それもそうか、とカナタは納得する。

 

「退屈は嫌いだ。何にも出来ないってのもな。だからオレは色んな場所を見たいし、面白そうなことがあればやってみてもいい。そういうの、なんかないの?」

「……私は……」

 

 欲しいものなど、考えたこともなかった。

 手に入れたいと、願うことすらなかった。

 常に彼女は商品のような存在だった。

 国、家、そう言ったものに尽くすだけの存在である。

 そこに自身の意思は存在せず、ただ誰かの利益のためだけに生かされていたにすぎない。

 そのような道を歩んできた彼女が選ぶなら。

 

「……なんだろうな」

 

 名誉も地位も肩書も不要だ。

 生きるために金は必要だが、それだけで生きていくなどつまらない。

 自由に生きるなら──それこそ、だれも知らない未知でも探しに行くのも悪くないかもしれない。

 

「まぁすぐには出てこないだろうな。でも、アンタは権力とか興味なさそうだ」

 

 町に近付いてきたのか、人と良く会うようになり、全身刺青のクロはひどく目立っていた。

 それを全く意に介さず彼は笑っている。

 

「今のところは、だがな。刺激がないとつまらないが、静かに暮らすのも悪くない。迷いどころだが、世の中そううまくはいかないものだ」

「そうだなー。ある日突然人身御供みたいになることもあるもんな」

「お前が言うと洒落にならんな」

「でも実際そうだぜ? 他人に依存した環境は他人に簡単に壊されるモンだ。自分が作った環境でもないとな」

 

 ある日突然囚われてあらゆる拷問を受けた男が言うと説得力がありすぎる。

 だが、自分で生きる環境を作るというのは難しい。それに、一国の王になっても外敵や自然災害で環境が壊れることもある。

 金と力があれば、大抵のことには対処できるだろうが。

 

「環境、か。国でも作ってみるか?」

「お、いいね。笑って毎日過ごせる国なら大歓迎だ」

「笑って過ごせる国か……それは、いいな」

 

 誰もが笑って過ごせる国なら、それは良い国だろう。

 いずれ組織を大きくするだろう。金と力があって、場所があって、国があるのなら──そういう場所にすることも、出来るかもしれない。

 悪くないな、とカナタは思いを馳せる。

 怯えられるのも怖がられるのも、今更どうしようもない話だ。それが当然(・・・・・)の環境になってしまえば、少なくとも暮らしやすくはなるだろう。

 

「じゃ、とりあえずそういう方向でいいんじゃないの?」

「そうだな。理想は高い方がいい」

 

 そういって二人は笑い合った。

 

 

        ☆

 

 

 そうして、五年の月日が経った。

 ジョルジュの率いる「ジョルジュ一家」は少しずつ商業の範囲を広げ、西の海(ウエストブルー)でも屈指の商人として名を上げていく。

 当初の小さい船ではなくガレオン船を購入し、海賊たちも滅多に手を出さない強力な護衛付きの商船であることが知られたこともあり、日に日に荷物の量は増えていった。

 西の五大ファミリーと呼ばれる大物たちも注目し始め、裏の取引にも関わることとなる。

 

 ──そして。とある一人の少女と、一体の馬が西の海(ウエストブルー)に現れた。

 これにより、西の海(ウエストブルー)は否応なしに荒れていくこととなる。

 

 



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今章のキャラまとめ

 1章のキャラまとめです。
 興味ない方はスルーして構いません。裏設定っぽいのも投げてますが、本編には関わってきません。多分。


 大海賊時代の幕開けまであと15年。

 

所属 ジョルジュ一家

活動地域 西の海(ウエストブルー)

 

・カナタ

 本作の主人公。10歳。自然(ロギア)系ヒエヒエの実の能力者。

 転生者だが昔のことはうっすらとしか覚えていない死に設定。

 長い黒髪に赤目が特徴的な少女。色々美辞麗句を書いているがとりあえず可愛いロリ。

 恐ろしいほど物怖じせず、相手が強面のマフィアでも淡々と氷漬けにした。戦闘民族の片鱗がこのころから現れている。

 

 両親に捨てられて孤児院で過ごしていたところ、孤児院の院長に売り払われて奴隷落ち。船内にあったヒエヒエの実を食べることで窮地を脱した。

 その後、地元のマフィアを半泣きにさせ、自分の手足にしてまっとうな生き方をさせ始める。具体的には商船の航路を新しく開拓して職を生み出した。10歳のやることではない。

 必要だと感じれば習得するための時間・労力を惜しまない。オハラの学者とも知り合い。

 航海術を始めとして海で生きるために必要な学問を自力で習得した。オハラの〝全知の樹〟の蔵書量は世界一。

 

 覇気はまだ修練し始めたばかりなので全く扱えない。

 能力が強力でも本人の実力次第では大した力は扱えないのが悪魔の実の条理だが、このロリは戦闘民族なので幼くとも強かった。

 

 拠点であるマルクス島では広範囲の海を凍らせたことで恐怖の対象となっているが、同時にその見た目から多くのロリコンを生み出した。

 名前も人攫いに売られた時点で捨てた。孤児院の院長は両親について知っていたようだが、今となっては知ることもない。

 

 好物はアイス。暑いのは苦手。

 

 

・ジュンシー

 赤い髪を後ろで纏めた筋肉質な男。23歳。

 故郷を捨てて色んなところで自分より強い相手を探している。八極拳ならぬ八衝拳の使い手。

 見聞色、武装色の両方の覇気を習得しており、現時点ではカナタより強い。

 相手が子供だと判断して覇気を使わずカナタに腕を凍らされたのをひそかに悔しがっている。面倒見がいいので半分保護者のような存在。

 

 戦いだけを求めて生きているが、それだけではいつか野垂れ死にすると考えて用心棒などで適当に路銀を稼いでいた。強いやつと戦えれば大体それで満足する。

 花ノ国出身。お茶と団子が好物。

 

 

・クロ

 黒髪黒目に褐色肌の少年。全身に刺青が入っている。17歳。自然(ロギア)系ヤミヤミの実の能力者。

 ティジャ島でカナタが拾ってきた。

 ある日興味本位で悪魔の実を食べたところ、化け物扱いされて島中総出で檻の中に閉じ込められて聞くに堪えない拷問を受け続けた。

 あらゆる痛みを常人以上に引き込んでしまう〝闇人間〟であるため、自然(ロギア)系であるにもかかわらず実体を持ち、覇気を使わずとも攻撃が通る。

 攻撃を受け流せない代わりに痛みを引き込むため、常人よりよほど頑丈。生きたまま焼かれたり串刺しにされたりしたが、あらゆるものを飲み込んでしまうために余計化け物扱いされていた。

 島民たちは「化け物を虐げることは正しいこと」だと思っており、度々クロに対して「お前は化け物で悪党であり、我々はそれを虐げる正義だ」と言っていた。

 

 過去には助け出そうとした『正義の味方』もいたが、クロの知らないところで島民たちが袋叩きにして殺害している。

 クロ本人は虐げられたことへの怒りも恨みもあるが、全部飲み込んでティジャ島以外の世界を見て回る楽しさを満喫している。

 

 過去の経験から、「自分は正しいと思い込んだ人間ほど醜い」という持論を持つ。

 カナタは「正しくても正しくなくても、自分の道を貫く」ために気に入っている様子。

 

 

・ジョルジュ

 黒髪黒目に二メートルほどの大柄(この世界においてはあまり大柄とは言えないが)な男。25歳。

 喧嘩は(田舎の島の中では)強く、マルクス島で用心棒として雇ったジュンシーの存在もあってあくどいことをやっていた。チンピラで小悪党。

 が、カナタに一瞬で全滅させられた上に能力者だったので、生来のビビりもあってカナタの下に付いた。臆病という性格を暴力で隠していただけ。

 一応周りからは組織のトップとして認識されている。仕事を押し付けられているだけともいう。

 

 町民を脅してカツアゲしたりして暮らしていたが、カナタによって真人間にさせられた。数字の扱いは(なぜか)得意だったため、経理と帳簿を任されている。

 あと出来るだけカナタと同じ場所に居たがらなかったので船には乗らなかった。

 

 船が無事に帰ってきたと思ったら能力者が増えていたので卒倒した。

 好物はプリン。

 

 

・スコッチ

 金髪碧眼の小太り男。サングラスをかけている。25歳。

 ジョルジュとは幼馴染で、本人は商船でまっとうに働いていた。

 ある日突然幼馴染が来たかと思えば、海運をやりたいから手伝ってくれと土下座され、商船の親方に二人で土下座して一時的に手伝うことにした。

 海には危険がつきものだが、護衛として船に乗っていたカナタを見て目を丸くし、能力者ということに目を白黒させ、その強さに白目を剥いた。

 

 商人として働く中で10年かけて航海士としての技能も学んだ。

 カナタが航海術を本で学びながら色々聞いてくるので、妹に教えてる気分で色々教えている。ロリコンではない。

 

 新規航路の開拓などそうそう上手く行くものではないのだが、一回で上手くいったので何とも言えない顔をしている。

 元々勤めていた親方にまた土下座して商品の仕入れなどを手伝って貰った。恩返しを兼ねて、新規航路の商船の一つとして顔をつないだ。

 お汁粉が好物。

 

 

 所属 オハラ

・オルビア

 長い白髪と白銀の瞳の少女。16歳。原作キャラ。

 考古学者。新規航路の開拓でオハラに訪れたカナタと会い、全知の樹で話すうちに仲良くなった。

 弟は考古学にはあまり興味がないため、会話も少ない。色々話すうちにカナタを妹のように扱い始めたので、余計に会話が減った。

 

 考古学一筋だったが、カナタがいろんなことを知っていたので考古学以外にも少しだけ興味を抱き始めた。

 




 オルビアは原作キャラですが、この時点でオリキャラって言ってもそんなにいなかったのでなんとなく追加しました。
 次のまとめでは被害者一覧でも作ります(


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胎動/ウエストブルー
第六話:荒れ始めた海


 西の海(ウエストブルー)には他の海にない特徴として、西の五大ファミリーというものがある。

 それぞれがどこかの国の中枢に近い場所に位置する組織で、並々ならぬ資金と武力を持って存在する強大な組織だ。

 互いに拮抗しあう勢力ではあるが、成長と衰退を繰り返して五大ファミリーも入れ替わってきた。しかし今の五大ファミリーは安定していてここ何年かは大きな抗争もない。

 だが、その中にあって最近は花ノ国に拠点を置く八宝水軍が飛躍的に勢力を拡大していた。

 『錐のチンジャオ』と呼ばれる男が棟梁となってから、均衡が崩れ始めたのだ。

 

「ここまではいいか、坊主」

「ああ、そのあたりは嫌って程聞いたぜ」

 

 耳にタコが出来るほどにな、と青年──クロはぼやいた。

 ストーブが近いせいか、やや汗をかいてパタパタと服を仰いでいる。椅子を傾けて不安定な様子でぐらぐらと動かしながら、ジョルジュに話を続けるよう促す。

 ジョルジュは真面目に聞く気があるのかと思いながらも、不満を飲み込んだ。

 

「……まァいい。で、続きだがよ」

 

 ジョルジュはおもむろに先日の新聞を取り出した。几帳面に畳まれた新聞をクロの机に放り投げる。

 見ろ、と放り投げられたそれを、クロは受け取って広げる。

 一面にデカデカと乗せられたそれは、五大ファミリーのうち二つが戦争を起こして共倒れ──それも、国に甚大な被害を与えての壊滅というものだった。

 戦場のド真ん中に巨大な足跡のようなものが出来ている。白黒写真でややわかりにくいが、周りの木々の大きさと比較すれば相当な大きさだ。

 巨人か──とは思ったが、いくら何でもこの大きさはでたらめすぎる。

 

「こりゃすげぇな。二つもファミリーが潰れたのか」

「幹部級は全滅、下っ端どもも他のファミリーが吸収したり潰したり新しい勢力起こしたりと、てんやわんやの大騒ぎよ」

「うちにも余波が来るかもしれねぇな」

「だからテメエに話してんだろ。お前だってうちの幹部級だってこと忘れんな」

 

 サボり癖があるのが困ったところだが、基本的に仕事はきちんとこなしている。とはいえ、ジョルジュではなくカナタの直属の部下という扱いだから幹部級なのだ。

 今の組織のトップはあくまでジョルジュ。その下にカナタがいて、直属のクロとジュンシー以外で幹部級はスコッチのみ。人手不足でそろそろ誰か倒れるかもしれないとジョルジュは頭を悩ませている。

 

「事業を始めて五年経つけど、未だにジョルジュがボスっていうのがわかんないよな」

「俺だってそうだよ。だがカナタのやつは面倒くさがってボスやらねェし、ジュンシーはそもそも用心棒だからな」

「あいつももう身内みたいなもんじゃね?」

「だが本人はあくまで雇われの立場だと言ってる。困ったもんだ」

 

 ジョルジュ一家の深いところまで入り込んでいる以上、今更用心棒として雇っているなどというのもおかしな話ではある。本人がそのつもりはなくても、周りは違うものだ。

 そろそろあいつにも覚悟決めさせねェとな、とジョルジュはぼやく。

 

「……しばらく荒れるなァ……」

 

 クロは新聞を読みながら呟いた。

 天変地異でも起きたのかというような戦場の写真。巨人かもしれないし、もしかすると能力者かもな、と思いながら。

 

 

        ☆

 

 

 吐息が白く染まる。薄暗い空を見上げれば、雲がかかっていて雪でも降りそうだと感じる。

 この五年でこの島も変わったな、と思う。

 埠頭は工事が行われて大型船を受け入れる数を増やしていたし、港に並ぶ倉庫の数も増えた。大半はジョルジュ一家のものだが、それ以外のものも多い。合わせてこの島も交流の拠点として発展しつつある。

 資金も貯まった。ジョルジュ一家と契約したいという商人も増えた。傘下に入りたいとおこぼれ狙いのチンピラも寄ってきた。

 だが、使える人材というのは得てして少ない。

 今でも組織総出で荷運びをやっている最中だ。商人としてやっていくからには信用が第一。積荷の扱いには細心の注意を払っている。

 盗もうとする者は後を絶たない。

 

「最近はつまらん連中も増えたな」

 

 コソコソと荷物を盗もうとする泥棒どもを殴り倒し、倒れ伏す彼らを見下す。

 うめきながら立ち上がろうとする彼らを見ながら、カナタは言葉を投げかけた。

 

「組織的な感じではないな。盗みに慣れているという風でもない。ただのチンピラか」

「テメェ……ッ! クソがァッ!!」

 

 懐からナイフを取り出し、姿勢を低くタックルするようにして刺そうとしてくる。

 カナタは慌てるでもなく、ナイフを指で摘んで動きを止めた。

 

「な……なんでっ! クソっ!」

 

 ピクリとも動かないナイフを捨て、そのまま至近距離で殴ろうと左手で拳を握った瞬間、カナタに顔面を殴られる。

 派手に吹き飛んだ男は、今度こそ意識を失って倒れ伏す。

 他に二人ほど残っているが、あっさりやられたのを見て抵抗の意思を失ったらしい。悔しそうににらみつけているが、カナタにとってはどうでもいいことだ。

 摘んだままのナイフが凍って砕ける。

 部下の一人が終わったことを察して島の官憲を連れてきている。仕事が増えてあちらも大変そうだな、と他人事のように考える。

 

「荷物はまだ積み終わらないのか?」

「もうちょっとだ、お嬢。やっぱり人手増やさねェとダメじゃねェか? 最近はどんどん荷物増えてるしよ」

「そうだな……どこかのタイミングで雇わないとな」

 

 とはいえ、元が町のゴロツキどもばかり。知り合いを連れてこいと言っても似たような連中しかいない。

 基本的に力仕事なので、監督する者の教育さえきちんとしていればいいだろうと考えてはいるのだが。

 それも今請け負っている仕事が終わってからだ。

 ジョルジュにも話しておかねばな、と心の中でメモをしておく。

 そうこうしているうちに荷物を積み終わり、寒空の下で作業して冷えた部下たちに休憩をとらせる。

 

「よし、積み終わった。確認も終わったぜ」

「ではジョルジュに伝えてこい。半刻後に出航だ。他のものは休憩しておけ」

 

 部下の一人を使いに出し、カナタは船番として残る。先程のような連中も多いから、あまり長時間離れるのは好ましくない。

 流石に四六時中船番を置くわけにもいかないので、どこかで妥協は必要になってくるのだが。

 澄んで冷たい空気を吸い込み、「悪魔の実を食べてから寒さも全く気にならなくなったな」と思いながら時間まで適当に暇をつぶすことにした。

 

 

        ☆

 

 

 定刻通り出航となった。

 大型船に変えて以降、速度の違いが如実に出てかかる日数も減った。荷物が少なければさらに早くなる。

 それに、武装も増やしたのでカナタの出番もなく海賊を退けることも多い。大砲の玉もタダではないので金はかかるが、それはもう必要経費として仕方がないことだと判断している。

 西の海(ウエストブルー)は他の海に比べてマフィアが多いが、海賊を兼業している者たちも少なくない。襲撃も時たまある。

 今まさに、その襲撃が行われていた。

 接近しながら大砲を撃ち込まれているが、ジュンシーとカナタで当たりそうなものを片っ端から叩き落している。最近ではこの迎撃方法も珍しくなくなった。

 手早く済ませようとカナタは船の縁に足をかけ、ジュンシーに声をかける。

 

「大丈夫だとは思うが、乗り移られないように注意しておけ」

「また乗り込む気か?」

「少しくらい運動しなければな」

 

 小さく笑い、真冬の海に飛び込む。普通なら──悪魔の実を食べていることもあって──自殺行為だが、彼女の場合は違う。

 着水した足元から一気に海が凍り、一直線に敵船へと氷の道が出来上がる。

 撃ち込まれる大砲にかまわず、そのまま走って船へと接敵し、飛び上がって敵船に乗り込んだ。

 

「な、な……っ!!?」

 

 驚愕する海賊たちは、船長と同時に一斉に銃口を向けた。

 カナタは船長と思しき男を見るが、見覚えのない顔に首をひねった。

 

「見ない顔だな。ルーキーか?」

「何ィ? 俺を知らねェだと? 800万ベリーの賞金首、この”大兜”のマーシー様をよォ!!」

「知らんな。小物か」

「……ッ!! 撃ち殺せェ!!」

 

 カナタの言葉にいきり立って銃を発砲してくるが、彼女は気にした様子もない。見聞色の覇気で自分よりも強いものがいないとわかり切っているが故の慢心だった。

 丁寧に一人ずつ殴り倒し、大した運動にもならなかったと最後の一人を放り投げる。

 人数だけは多かった。ガレオン船を動かしているのだから当然必要な人数ではあるが。どうにも既に一戦おこなったあとらしく、船室には縛られた女性たちが大勢囚われていた。

 正直なところ彼女たちがどうなろうと興味はないが、『ジョルジュ一家』としての評判を上げる一助にはなるだろう。

 これ以上の評判で仕事が増えても捌けないが。

 

「……ん?」

 

 金品などがまとめてある宝物庫で、懐かしいものを見つけた。

 果物に不気味な紋様がある、カナタの人生を変える転機になったもの──悪魔の実だ。

 一つの時代に同じ実はないため、これは私が食べたものとは別だろうが、とカナタは手の中でくるくる回して確認する。

 それにしてもまさか、というところだ。

 

「こんなところで見つかるとはな」

 

 一つ食べれば悪魔の力を得て、二つ食べれば死ぬという。

 流石にそんな強欲な真似はしないが、扱いに困る代物でもある。食べれば当然特殊な力が手に入るが、売っても凄まじい大金になる金の木でもあるからだ。

 現にこの海賊たちも食べずに置いてあったわけだし、どこかに売り払うつもりだったのだろう。滅多に手に入らない貴重な代物だが、無いわけではない。

 そのあたりはあとで決めようと考え、ひとまずこれ一つだけ持ってジュンシーたちの待つ船へと戻ることにする。

 悪魔の実の図鑑に載っているかもしれない。決めるのはそれからでも遅くはないだろう。

 

 

        ☆

 

 

 ──西の海(ウエストブルー)、トロアと呼ばれる街。

 五大ファミリーの一角である、ドレヴァン率いるラーシュファミリーと呼ばれる組織が拠点としている町だ。そこでドレヴァンは今まさに憤激していた。

 部下からとある報告を受け取った彼は、一瞬でブチ切れて部下へと殴りかかったのだ。

 

「──ふざけてんのかテメェ!!!」

 

 覇気こそ纏っていないが、凄まじい勢いでぶん殴られた部下は扉を破壊して廊下まで吹き飛び、意識を飛ばしていた。

 他の部下がいそいそと殴られた男を抱えてどこかへ運んでいき、ドレヴァンは怒りが収まらないままに酒を呷る。イラついたときには酒を飲むのが一番だ。

 上手くいかないことばかりだ。

 八宝水軍が勢力を増しているのはこの際置いておく。あれはドレヴァンよりも強いため、潰そうにも潰せない。勢力の強さで言えば負けるつもりはないが、今戦っても旨味はないとわかっている。

 それはいい。それはいいのだが、問題は別にある。

 五大ファミリーのうち二つが潰れた。トップが前線に出ることはチンジャオを見るように珍しくはないが、両方のトップが同時に戦死するなど、面倒極まりない話だ。

 普通は勝った方が処理をするものだが、同時に潰れた上に国が疲弊しているため、処理の手間が他の組織にいっている。

 

「クソっ、どうなってやがんだ……」

 

 混乱の極みにあるこの状況で、ドレヴァンをキレさせた出来事が立て続けに起きている。

 一つ目は先の五大ファミリーの二つが落ちたこと。これによって新しい縄張り争いが行われているが、うまくいっていないこと。

 二つ目は木端海賊から手に入れるはずだった悪魔の実を、どこかの誰かに奪われた(・・・・・・・・・・・)こと。

 三つ目──巨人が現れ、縄張りが荒らされたこと。

 特に二つ目と三つ目は見逃せない。

 

「巨人だと? 連中は偉大なる航路(グランドライン)にしかいねえんじゃなかったのか…!」

 

 先日の新聞にも載っていたように、二つのファミリー壊滅に巨人がかかわっているのは間違いない。だが、肝心要の巨人がどこにいるかわからないというのが問題だ。

 隠す場所などないだろうに、時折襲撃に来る以外で目撃情報がない。となれば、誰かが意図的に隠しているとみるべきだろう。

 人間の十倍にも達する体格だという巨人族を、そう易々と隠していられる組織など中々ない。

 しらみつぶしに探させているが、海は広い。どこかの無人島に匿われていれば見つけるのは難しいだろう。

 戦力の確保は急務だ。

 なればこそ──ここ最近名を上げ始めているジョルジュ一家に目を付けるのも、自然だった。

 




困ったら殴って解決させるタイプの主人公にしてみたら、単なるナチュラルボーン戦闘民族になってしまった。
目と目があったら殴りかかりそう。

感想頂けると嬉しいです。


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第七話:巨人

 

 プルプルプル、と電伝虫の鳴き声がする。

 商船の中でカナタは受話器を取り、面倒くさそうな声で応えた。

 

「こちらカナタ。誰だ?」

『ジョルジュだ』

「珍しいな……となると、そっちも(・・・・)か?」

『お前の反応聞く限りだとそうらしいな』

 

 ジョルジュは滅多に電伝虫で連絡しない。大抵は部下任せだ──余程の事態が起こらない限りは。

 先日の新聞を見て、そろそろどこかの組織から話を持ち掛けられるだろうと事前に相談もしていた。

 だから、カナタが『ジョルジュからの連絡』を受け取った時点で厄介事が起きたということは十分把握できた。

 そして同時に、カナタも厄介事に巻き込まれていることにジョルジュが気付く。

 

「そっちはどこから来た?」

『ラーシュのドレヴァンだ。そっちは?』

「チンジャオだ。部下として使う気かと思っていたが、あくまで商人として扱ってくれるらしい」

 

 元はマフィアみたいなものだが、基本的にジョルジュたちのやっていることは単なる交易業。八宝水軍お抱えの商人のような扱いになるらしい。

 大口の仕事、という形になるだろうか。

 

『ラーシュは部下として抱え込むつもりらしい。色々と優遇してくれるらしいが』

 

 代わりに上納金が必要だという。

 守ってやるから利権に絡ませろ、という話だ。それでも大口の仕事が増える以上、利益は出るだろう。

 とはいえ。

 

「いい話ではないな」

『チンジャオたちにとって必要なのはあくまで物資。ラーシュにとって必要なのは物資と金。その違いだろう』

 

 今でも武力は足りている──が、あくまでそこらの木端海賊や小規模マフィア相手という前提がある。

 これまでは五大ファミリーのような巨大マフィアが手を出してくることはなかったが、どこかにつけばそれ以外との小競り合いが生じることもあるだろう。

 能力者を複数擁すると言っても限度はある。やるからには商人だからと手加減してくれる相手でもない。

 ではどうするか。

 

「身内として扱ってくれるならラーシュの方がマシか?」

『良し悪しだな。身内になるってことはそれだけ縛られるってことでもある。これまでのように自由に貿易して金を稼ぐのも難しくなるだろうぜ』

「金は今のままでも利益は出ている。上納金はどれくらいだと言っているんだ?」

『四割だ』

「……随分と暴利だな」

『ドレヴァンは特に金にがめついからな。守ってやるんだからこれくらい安いだろう、だとよ。考えるために少しばかり時間を貰ったが、チンジャオの方は急かしてきてるか?』

「表面上はそうでもないが、焦っている様子ではあった。出来れば早く答えが欲しいとな……本人がここに来ている。相当だろうな」

 

 何ィ!? と驚いた様子のジョルジュ。

 格下相手の交渉にトップが出張ることなど普通はない。

 それだけジョルジュたちを取り込みたいのか、はたまた焦っているのか。

 どちらにしても、カナタたちにとって〝いい話〟とは言い難い。

 

『……嫌な予感がするぜ』

「同感だな。私も悪運の強さには自信があるんだ」

『じゃあどうする。実務は俺がやってるが、実質的なトップはお前だろう』

「決定には責任を伴う。難しい話は余計にな」

 

 さて、と一息つく。

 二つに一つ。どちらを選んでも敵は増える。相手にならないと判断するようなら手を組もうと思わないからだ。

 だから、ここはカナタの独断で決定する。

 

「つくならチンジャオだな。トップの強さは勢力の強さだ。ドレヴァンも猛者ではあるだろうが、チンジャオほどではない」

『お前らしい答えだよ……あァ、わかった。ドレヴァンにはそう伝えておく』

「お前の方にも護衛を増やさなければな。クロだけではそろそろ危なかろう」

『そうしてくれるとありがてェな。未だに覇気が使えねェあいつが護衛ってのもおかしな話だ』

 

 ため息でも漏らしそうな声で言うと、ジョルジュは通話を切った。

 

 

        ☆

 

 

「すまない、待たせた」

「ひやホホホ。構わぬとも。それで、決めたのかね?」

「ああ、私たちは八宝水軍と手を組む」

「英断だ。私としても嬉しい限りだよ」

 

 船の別室にて、頭の長い筋骨隆々とした男──八宝水軍の首領、チンジャオとカナタが対面していた。

 互いに護衛付きではあるが、カナタたちの船で交渉をという辺りに己の実力に疑いを持っていないことがうかがえる。

 急ぐ理由でもあるのか、それとも別の理由か。そのあたりはカナタには想像がつかないが、ともあれ無事に交渉成立となってチンジャオも一安心のようだった。

 

「確認だが、物資の輸送だけでいいのか?」

「うむ。我々全軍が動くともなればそれなり以上の物資が必要。輸送の強化も急務でな」

 

 もちろん平時から備えてはいる。一国の軍としての側面もある以上は当然だ。

 だが、今回の騒動は長引くとチンジャオは判断しているのだろう。軍備は金がかかるが、金だけがあっても食べ物が無ければ人は死ぬ。

 

「それと──出来るならば、情報も買いたい」

「……専門ではないが、私にわかることならば」

「感謝する。では、いくつか心当たりがあれば聞きたいのだが」

 

 一つ、最近目撃情報が時折上がる巨人のこと。

 二つ、他の五大ファミリーの動き。

 三つ、近頃名を上げつつある組織。

 これらの情報が入れば優先的に伝えてほしいとチンジャオは言う。

 

「わかった。こちらも情報が入ればそちらに連絡しよう」

 

 チンジャオはカナタの答えに満足したのか、席から立ち上がってコートを羽織る。

 忙しないが、彼も暇ではないのだろう。

 後ろにつけていた部下たちと共に船を降り、凍り付きそうなほど冷え切った空気の中でもう一度カナタの方へと向き直る。

 

「では、よろしく頼むぞ」

「ああ。依頼はきっちりこなすさ」

 

 どちらかといえば、カナタの傍に控えるジュンシーの方を気にしている様子だった。カナタは特段興味もなさそうにその視線を流し、チンジャオ一行を送り出す。

 ここはオハラ。まだ交易の途中だ。

 この交易が終われば、次は間を開けずに花ノ国へと物資の輸送を行わねばならない。

 割のいい仕事だが忙しくなる。

 

「……さて、今度は何が起こるかな」

 

 普段起こらないことが起きるときというのは、大抵いくつも同時に起こるものだ。それも原因が同じことが多い。

 それに、こういう時は大体考えても無駄なのだ。

 事件とは、常に当事者の予想を飛び越えて起きるのだから。

 

 

        ☆

 

 

 ほらな、とカナタは自らの勘の良さを恨んだ。

 オハラからの帰り道の最中、この辺りでは滅多に見ないガレオン船と鉢合わせになった。

 そこまではよかったのだが、その船の甲板に巨人が座っているのを発見した、と部下から報告を受けたのだ。

 もしやと思ったが、カナタは念のためにジュンシーと共に甲板で迎撃態勢をとった。

 直後、怒声と轟音が聞こえると同時に鉄の塊が飛んでくる。

 

「なぁジュンシー。私、悪運が強いにもほどがあると思わないか?」

「しゃべってないで迎撃しろ! そら、また来るぞ!」

 

 飛んできてるのは大砲の玉ではなく、大砲そのもの(・・・・・・)だ。

 相手の巨人が砲身そのものをぶん投げて攻撃してきているらしい。それなりに距離があっても届く辺り、かなりの怪力らしい。しかし当然だが、そんなことをしていればいずれ投げるものがなくなる。

 しばらくすると何も飛んでこなくなり、巨人らしき人影も甲板の上を何やら右往左往している。

 

「どうする?」

「どうしたものか……」

 

 おそらく今回の五大ファミリーのうち二つが壊滅した事件の中心となるであろう巨人が目の前にいるのだ。チンジャオからも情報は高く買うといわれているし、何かしらわかれば僥倖か、とカナタは手すりを乗り越える。

 ジュンシーにちょっと待っていろとだけ告げて海へと飛び降り、氷の道を作って軍艦へと歩を進める。

 近づきながら見聞色で船の中を探るが、どう探っても気配が二つしかない。

 

(……ガレオン船に乗っているのに、気配が二つ?)

 

 これではまともに船を動かすことも難しいだろう。帆を張って舵を操作するだけならまだ何とかなるかもしれないが、それだけで海を渡れるかというとそう簡単ではない。

 だが実際そうなっているところを見ると、向こうも面倒な状況である可能性がある。

 穏便に済ませられればいいが、とは思うが──気配の一つがカナタよりも強いことを示している。戦闘になると厄介かもしれない。

 氷の道をたどってガレオン船にたどり着き、ジャンプして船へと乗り込む。

 下をのぞき込んでいた巨人の目の前に現れる形になり、一瞬二人の距離が触れ合うほどに近くなった。

 

「ひぅっ!?」

 

 巨人がびくっと驚いて後ろに下がる。平均的な大きさはわからないが、目の前の巨人を見るに10メートル弱といったところか。紫色の髪に紫水晶のような瞳。

 巨人用の服がないのか、カーテンのようなものをいくつも縫い合わせて着ているようだ。

 確かに大きくはあるが、恐れるほどではない。

 カナタよりも強い気配はこの巨人の女性からはしないからだ。

 警戒するべきはむしろ──。

 

「失礼、ヒヒン。突然攻撃した非礼を詫びたい。そして厚かましいお願いですが、食料を恵んでいただきたい」

 

 ちらり、と声のした方に視線を向け、巨人の少女に視線が行き、また視線を戻して二度見した。

 そこにいたのは、馬だった。

 馬というか……馬なのだが、ケンタウロスのような存在だった。手には槍を持ち、油断なく構えている。

 人間部分の無いケンタウロス、というのが一番妥当な表現だろうか。頭は馬で四本脚、手は普通の人間と同じなのでよくわからない。

 

「……まずは事情を聞こう」

「そうですね。私はゼン。馬のミンク族です。そしてこちらはフェイユン。巨人族の少女です」

「ふぇ、フェイユン、です……」

「カナタだ。商人をやっている」

 

 自己紹介も済んだところで、三人は互いに話し合うことにした。

 ゼンは警戒を解いていないのか、手に持った槍はそのままだ。

 カナタは胡坐をかいて座り、フェイユンはゼンの体に隠れるように──全く隠れていないが──後ろに座った。

 

「さて、どこから話すべきでしょうか……」

 

 腕を組んでウームと悩むゼン。

 その間に船を見渡すカナタだが、ところどころについた血痕や傷を見て「もしや奪ったのか?」と考えていた。

 巨人の少女と言い、目の前で唸っているミンク族の男と言い、妙に服がボロボロなのも気になる。

 こちらから聞いて行った方が話は早く済みそうだと思い、カナタは口を開いた。

 

「私が質問しよう。それに答えてくれればいい」

「おお、それはいい。私としてもそれが楽そうです」

 

 ヒヒン、と嘶くゼン。相変わらず後ろにいるフェイユンは警戒心マックスでカナタを見ているが、そこまで怯えられる理由にカナタは心当たりがない。

 ともあれ、質問して情報を引き出さなければ事が進まない。

 

「まずはこの船に二人でいた理由だ」

「奪ったのです。我々はこの近くの無人島に放り出されていたのですが、数日ごとに来る補給物資を持ってくる船──まぁつまりこの船なのですが、これを奪って状況の打開を図ろうと思いまして」

「情報が一気に増えたな」

 

 そのあたりを詳しく聞き出すと、少しだけ状況が見えてきた。

 そもそも、この二人は偉大なる航路(グランドライン)から凪の帯(カームベルト)を通ってこの海に来たらしい。襲い来る海王類を逆に倒して食料にしながら抜けてきたんだとか。

 それだけでも相当な実力者だとわかる。あの海は常人には越せない。

 だが、なぜ偉大なる航路(グランドライン)から逃げる羽目になったのか。

 

「危険だからです。発端はロックス海賊団の解散でしょうね。ロックスが海軍に討ち取られたのちに台頭してきた、ビッグマム海賊団、百獣海賊団など……彼らはその圧倒的な力で持って海を荒らしまわり、勢力を拡大しています。同じように強大な力を持って勢力を拡大、多くの島を支配している金獅子のシキという男に目を付けられ、我々はここまで逃げることになったのです」

「何をしたんだ?」

「何も……とは言い難いですね。私は元々武人として色々な島を回って自らを高めていたのですが、その際に金獅子海賊団傘下の海賊を一つ二つ潰したことがありまして」

 

 巨人族としてはまだ子供のフェイユンを守り、海賊と戦っているうちに狙われることになったのだとか。

 それほどの価値がこの少女にあるのかと視線を向けるが、相も変わらずカナタへの警戒心は高い。

 

「彼女は悪魔の実の能力者でしてね。その力を狙われ、奴隷にされかけたので警戒心が高いのですよ」

「……なるほど」

 

 近年の不安定な偉大なる航路(グランドライン)にいることは危険だと判断して、凪の帯(カームベルト)を抜けてこの海に来た、ということらしい。

 そうして西の海(ウエストブルー)にたどり着き、最初に接触したのが西の五大ファミリーと呼ばれる一団だったという。

 

偉大なる航路(グランドライン)以外ではめったに見ることのない巨人。しかも悪魔の実の能力者。彼女の力、そして私の力を使って他のファミリーと戦争を始めた彼らは、我々を戦争に投入し、相手の能力者とぶつかった彼女の戦闘の余波でどちらも壊滅、というわけなのです」

「そういうことか……」

 

 壊滅したファミリーには食料を分けて貰ったり、無人島とはいえ一時的に住む場所を貰ったので義理もあったらしいが、今拾われているファミリーはゼンとフェイユンを奴隷か何かと勘違いしているらしく、この補給船を奪ってどこかへ逃げようとした、とゼンは説明する。

 慣れない大型船での移動と知らない土地という点が重なり、こうして遭難しているところにカナタたちが通りがかったと。

 

「それで攻撃してくるのはどうなんだ」

「だって、目があったから……」

「諫められなかった私の落ち度です。申し訳ない、お嬢さん」

「怪我人もいないし、怒ってはいないさ。食料品と水もある程度は予備があるし、船も牽引しよう」

「ありがたい。この恩はいずれ」

 

 ほっとした様子(馬面なので表情はわからない)のゼンに対し、むすっとした様子のフェイユン。

 相当根が深いな、とカナタは肩をすくめ、一度戻ろうと船の淵に立つ。

 

「それにしてもお嬢さん、どうやってこちらの船に?」

海を凍らせて(・・・・・・)。私も能力者なのでな」

 

 そう言って船から飛び降り、ジュンシーたちの待つ船へと歩を進める。

 またジョルジュが胃を痛めそうだな、と他人事のように思いながら。

 



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第八話:次の一手

 ゼンとフェイユンに食料と水を分け、船をけん引して島へと向かう途中でチンジャオに連絡を取った。

 まさかあちらも協定を結んだ直後に件の巨人の情報が入ってくるとは思っていなかったようで、だいぶ慌てていたが。

 ジョルジュにも電伝虫を使って連絡したが、彼も深いため息をついていた。彼の場合は諦観のため息ではあったけれども。

 

「……このまま島まで連れて行くのか?」

「ああ。事の原因が手元にあれば、今後起きることも大方予想が出来る」

 

 チンジャオが頼んだのはあくまでも「巨人の情報」であって「巨人の捕獲」ではない。彼女たちをどうしようとカナタたちの勝手だ。

 ただし、その場合フェイユンたちを使おうとしていた組織がカナタたちに牙をむく可能性がある。

 もっとも、その時は戦うだけだ。

 カナタたちとて、商人として活動している間にいくつもの海賊船を沈めてきた。タダでやられはしない。

 

「血が騒ぐな……」

「……お主、そんなに血の気が多かったか?」

「戦わねば生きて行けない世の中だ。楽しむくらいの精神でいなければな」

 

 金を持っていれば自ずと襲われる。大海賊時代が幕を開けていなくてもこれなのだから、カナタとしては辟易するほかにない。

 戦いを楽しむくらいの精神でいなければやっていられないというものだ。

 実際、この五年でジュンシーの格闘技術と槍術、覇気の扱い方を見て学んだカナタの実力はそれなり以上にはなっている。いくつになっても自分が強くなることを悪く思うことはない。

 それに、これに関してはジュンシーに言われたくはない。

 

「お前も十分血の気が多いだろう。単純に強さを求めるために外海に出たのだからな」

「……そうだな。だが、儂はこうして燻ぶっているだけだ。功夫が足りん」

 

 単純な技術、力は修行をするだけでも身につくだろう。

 だが、覇気は別だ。

 自身が実戦でより強大な敵と対峙した時にこそ、覇気は成長する。使い方を覚えるだけではより高みを目指すことはできない。

 

「チンジャオとでも戦ってみるか?」

「それも悪くないがな」

 

 だが、それはジュンシー自身の立場を悪くするに留まらない。理性を以てその考えを抑えている。

 それゆえに燻ぶっている(・・・・・・)のだ。

 

「海賊にでもなれば別だがな」

「ようやく軌道に乗ってきたのに、苦労を水の泡にしていいのか?」

「まさか。この事業を捨てざるを得ない(・・・・・・・・)事態にでもならない限りは、海賊になんてならないさ」

 

 とは言ったものの、カナタ自身はおそらく「何かあるだろう」とは思っていた。

 自分の悪運の強さは十分に思い知っている。人生順風満帆で全部うまくいくことなどありはしない。

 何があっても大丈夫なように己を鍛えているという側面もある。

 

「ゼン──確か、馬のミンク族といったか。見聞色で見る限り相当な強さだ。一度は戦ってみたいものだな」

「同感だ。儂もかの御仁とは刃を合わせたいと思っていた」

 

 ケンタウロスのようなミンク族のゼンを遠目に見ながら二人はつぶやく。

 隣にいたフェイユンが薄紫の長い髪を梳かしながらこちらを見ていたので手を振ってみたが、彼女はじっとこちらを見るばかりで動こうとしない。

 どうにか警戒心を解きたいものだと思う気持ちと、別にこのままでもあまり困ることはないという実利面での判断がせめぎ合い、ひとまずこのままでそのうち慣れるだろうと後者の考えに沿うことにする。

 

「マルクス島まであと一日。ジョルジュが首を長くして待っているだろうから、早く帰ってやらねばな」

「面倒事を持って帰ることに胃を痛めていそうだがな」

「違いない」

 

 呵々と笑うジュンシーに合わせ、フフフとカナタも笑みをこぼした。

 

 

        ☆

 

 

 クロは港でカナタたちの帰りを待っていた。

 到着予定の時間になったので、ジョルジュと共に迎えに来たのだ。

 今回の航海も大きな問題はなく商売は順調に終わり──ついでのように厄介事も持って帰ってきた。

 出て行ったガレオン船の後ろに、もう一隻のガレオン船が姿を現す。

 遠目でもわかる巨大な影──あれが巨人か、とジョルジュは冷たい空気を思いきり吸い込んで気合を入れる。

 

「おー、あれが巨人か。流石にでけぇな」

「おれァもう既に気が重いぜ……」

「大丈夫だろ。暴れるようならお嬢が何とかしてくれるって」

「だといいがなァ」

 

 ぼやきながらタバコを一本吸い始めるジョルジュ。

 クロはどちらかといえば好奇心の方が勝っているのか、双眼鏡をのぞき込んでいる。

 薄紫色の長い髪にアメジストを思わせる紫色の瞳。身長は距離の関係もあってよくわからないが、十メートルはないだろうと判断する。服はボロボロだが、着せるものがないのだろう。冬空にあれでは寒そうだなとクロは他人事のような感想を抱く。

 

「巨人の年齢で考えるとまだガキらしいが、俺たちからすれば十分でけェよな」

「ガキの扱い方なんかオレわかんないんだけど」

「そりゃ俺だってそうだよ。カナタに任せておけ」

「あいつもガキは苦手そうだけどなァ……」

 

 そうこう言っているうちに船が港に着き、錨を下ろして停船した。

 荷物を下ろす準備をしている間にカナタとジュンシーが船から飛び降り、クロとジョルジュの前に立つ。

 

「珍しいな、出迎えとは」

「好奇心が勝ったか」

「そりゃあ巨人ですよ? 面白そうだし、オレだって興味持つって」

「巨人もだが、どっちかといえばそのあとの問題がでかそうだから出張ってきたんだよ」

 

 つまり、巨人を取り戻そうとする勢力が現れた場合──それだけの気概があればの話だが──のことについて、一刻も早く相談するために待ち構えていたというのだ。

 電伝虫での通話も盗聴されている可能性があるし、いくつかすれ違った船もある。情報が広まるのは避けられないだろう。

 この町で戦うのは不本意だが、ジョルジュ一家の人数だけでは先手を打つための情報を得られない。

 それゆえに。

 

「花ノ国へ行く」

「……情報を各地に流して、釣ろう(・・・)ってのか」

「雑魚が千人いようと万人いようと、私の前では木偶同然だ。強者が混ざっているならそれもまた良し」

「ハァ……八宝水軍に迷惑かけることになるかもしれねェぞ」

「目を付けられることを心配しているのなら安心しろ。あそこの氷河が少し増えるだけだ」

「そういうことじゃねェよ!!」

 

 カナタのとぼけた発言にジョルジュが切れながらタバコを携帯灰皿に捨てる。

 どのみち物資の運搬を依頼されている以上、一度は花ノ国へと向かう必要がある。そのついでと考えればいいのだが、ジョルジュはそう簡単に割り切ることはできないようだった。

 

「巨人の子は放っておいていいのか? 服ボロボロっぽいけど」

「あの体格に合う服がなかろう。厚手の布をありったけ持ってこい。継ぎ接ぎだらけにはなるが、最低限の防寒具を作る」

「あいよー。お嬢が作るのか?」

「私以外に裁縫が出来る人間がいるのか?」

 

 そっと目をそらす男衆を前にカナタは肩をすくめる。

 ゼンの方は防寒具があったので平気のようだが、フェイユンの方はそうではないだろう。

 巨人族でも入れる程度の大きさの船のはずだが、頑なに部屋の中に入ろうとはしない。何かしらの理由があるのだろうが、本人が言いたがらないなら無理に言う必要もないとカナタは思っている。

 ここまで守ってくれたゼンに対してはそれなり以上になついている様子を見せているが、それでも部屋の中へ入らない理由はわからないそうだ。

 あるいは、本人でもよくわかっていないのかもしれない。

 

「体も冷えていることだろう。温かい料理を用意してやれ」

「そっちは準備できてるが……」

 

 巨人がいるということで急遽量を増やして用意したらしい。

 しかし、とジョルジュは顎に手をやりながらつぶやく。

 

「随分とあのガキに入れこんでるじゃねェか。巨人だからか?」

「さてな。私自身、よくわからん」

「そうかい。じゃ、ひとまず荷物に関してはスコッチに任せるとして、あっちの船に行けばいいか?」

「そうだな。町に行っても入れる場所があるまい」

 

 フェイユンとゼンが待機している船の方へと足を運ぶ四人。

 カナタとしてはこの船も多少掃除と改装すれば使い物になるなと感じていた。経費削減は商人として当然のやり方だ。盗品だが相手はマフィアなので文句も言われまい。

 バレると襲われはするだろうが。

 

「ゼン! 少しいいか?」

「おやお嬢さん。構いませんよ。そちらの方は?」

「一応うちのトップのジョルジュと護衛のクロだ」

「一応てお前」

「クロでーす。アンタ、ミンク族って種族なんだって? 色々話聞かせてくれよ」

「ゼンです。この度はお世話になります」

「あァ、そりゃいいんだ。うちのが請け負うって一度口に出したからなァ」

 

 ゼンたちのいるガレオン船に乗り込むと、快く迎えてくれた。相変わらずフェイユンはゼンの後ろでジト目のまま体を隠している(隠しきれてない)が、船に上がることをどうこう言う気はないらしい。

 寒い甲板の上ではなく、ひとまず船室に入って暖をとることにした。

 

「やっぱオメェがいると余計に寒いんじゃねェか?」

「暑いのは好かぬ」

「いやお前、夏でも厚着して汗一つかかないやつが何言ってんだ」

「それは能力で周りを冷やしているだけだ。おかげで夏はみんな私の近くに寄りたがって鬱陶しい」

「お嬢の近くがいつも涼しいのってそういう……」

 

 などという一幕もあったがそれはさておき。

 

「まずはこれからのことだ。私たちは明日か明後日、花ノ国へ向けて出発する。お前たちを追っている連中を釣って一網打尽にする予定だ」

「なるほど……後顧の憂いを断つというわけですね。私も手伝いましょう。力になれるはずです」

「出来ればこちらで済ませたいところではあるが、力を借りることになれば遠慮なく借りるつもりだ」

「それと……そのあとは、お前さんたちどうするんだ?」

 

 普通の椅子には座れないので改造した椅子に座っているゼンと、部屋の隅で体育座りをしているフェイユンに向けてジョルジュは言う。

 どのみち行く当てがないのならば、このままうちで雇いたいと。

 ゼンには武力を期待し、フェイユンも働くのであれば積荷を運んでもらえれば随分と助かるが、とジョルジュは頭の中でソロバンを弾く。

 

「うちもいろんな勢力に目を付けられ始めてる。安全とは言い難いが……住む場所も仕事も提供できるぜ」

「……そうですね。正直なところ、そろそろ限界を感じてはいました」

 

 偉大なる航路(グランドライン)にいたころは海賊を狩って金を奪ったり、その首で賞金を貰ったりしていた。

 だが、フェイユンも連れてとなると行動に縛りが出てくる。それでも見捨てようとはしないが、生きにくくなっているのは事実だ。手持ちの金も少ない。

 居場所が確保できるのであれば、ゼンとしては言うこともないのだが。

 

「フェイユン、貴女はどうです?」

「……私も、追いかけまわされるのは疲れました……でも、あなた、私を怖がってますよね? それに、あっちの船の人たちも、いっぱい」

 

 指をさされたジョルジュは露骨に顔をしかめる。

 他の三人からは特にそういった感情を読み取れなかったようだが、それでカナタは確信を得た。

 

「見聞色か。生まれつきか?」

「そのようです。〝声〟が聞こえるだけでなく、感情もある程度読み取れるようで……まぁ、そういうことです」

 

 ここに至るまでに、様々な悪意を読み取ってしまったわけだ。

 生まれつき発現している分、自分でもコントロールが利いていない。これでは人間不信になっても仕方がないだろう。

 しかし、単純な好奇心で胸いっぱいのクロや特に興味もないジュンシーは初めて見るタイプのようで、フェイユンも若干困惑しているようだ。

 初対面でじっとカナタを見ていたのも、悪意を読み取ろうとして悪意を持ってないことがわかったからなのかもしれない。まだ子供だというから、経験のないものを観察するのも仕方ない。

 

「余計にうちで引き取った方がいいと思うがな」

「そうだなァ……俺ァそりゃビビりだがよ、怖いっつーならカナタの方がよっぽど──」

「よっぽど、なんだ?」

「……いや、なんでもねェ」

 

 じろりとカナタに睨みつけられて目をそらすジョルジュ。呵々とジュンシーが笑い、釣られてゼンも笑う。

 ガリガリと坊主頭を掻き毟り、ジョルジュはため息をつく。

 

「まァなんだ、今すぐ決めろって話じゃねェ。身の振り方を考えておいてくれってだけだ」

「そうだな。我々は強制しない」

 

 決断は相手にゆだねる。カナタにとってはどちらでも構わないからだ。

 不満を持ったまま雇うことになっても、それは身内に爆弾を抱えることと同義になる。リスクは最小限にという意味合いもあるが、足を引っ張る味方が一番有害なことをよく知っているからでもある。

 

「では、我々の話は以上だ。次の出航は早い。準備が必要なものがあれば先に言っておいてくれ。フェイユンの防寒具はこちらでなんとかする」

「ありがたいことです」

 

 頭を下げるゼンを尻目に、カナタたちは船室を出た。

 うまく釣れればいいが、と呟いた言葉は波の音に消えていった。

 

 



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第九話:襲撃

 

 天気明朗なれど波高し。風は強く、大きく煽られたように船が揺れる。

 予定通り花ノ国へと出発し、道中特に問題なく航行している。

 邪魔が入るかと思えばそうでもなく、問題といえば──。

 

「カナタはどこだ?」

あっち(・・・)っス」

「……厚手の布を縫い合わせて、有り合わせで防寒具を作っただけで随分と懐かれたものだな」

「まァしょうがないんじゃ無いっスかね。聞けば今までずっと、誰かにやさしくして貰えなかったって話だったっスから」

 

 涙なしには語れない話っスよね。という部下の言葉にジュンシーはため息をつく。

 巨人の少女、フェイユンのために町中の布を買い漁って不格好なコートをカナタが作った。それが随分と気に入ったのか、あるいは作ってくれたこと(・・・・・・・・)自体が嬉しかったのか、フェイユンはカナタの傍にずっといるようだった。本当に有り合わせで一日ちょっとくらいで作ったものなのだが、それすら気にならないらしい。

 別にカナタたちが普段使っている船でもフェイユンは十分乗れるのだが、積荷の関係で積載量を増やしたくないという理由もあり、カナタがフェイユンたちの方の船に乗っていた。

 護衛としてはどちらの船に乗っていても問題ないが、とジュンシーが考える横でジョルジュが口を開く。

 

「しかし、俺たちまでついてきてよかったのか? 事務所空っぽだぜ?」

「仕方あるまい。あのまま残したところで厄介事が増えるだけだと彼女が判断したのだ」

「狙われると厄介だからなァ……護衛っつってもクロの野郎は当てにならねェし」

「覇気を扱えればよかったのだが、あやつは才能がないからな」

 

 カナタが拾ってきてから同じように訓練したが、ついぞ覇気を宿すことが出来なかった。その手の才能が皆無なのだろう。

 能力者というだけでそこらの雑兵よりも強いので、護衛という意味では確かに正しいのだが。

 基本的にジョルジュに付き添って護衛の役割をこなしている。下手に船に乗せるといろんなものに好奇心を刺激されて行方不明になるので、乗るのを禁じられたのだ。

 

「うちの総戦力でどこまでやれるか、だなァ」

「おおよそカナタだけで十分だ。クロの能力も使えれば万全と言えよう」

「ほぼほぼカナタ一人でいいって話だろ。本当に自然(ロギア)系の能力者ってのは……」

 

 超人(パラミシア)系や動物(ゾオン)系と違い、肉体そのものが大きく変質する自然(ロギア)系の能力者は、その性質上対個人戦よりも対大群戦向きの場合が多い。

 もちろん超人(パラミシア)系にも災害を起こすような力を持つ実もあるが、数としては少ないのだ。

 ジュンシーも個人としては強者の部類に入るが、大群相手ではやはり能力者には劣る。

 

首領(ドン)・チンジャオはなんて言ってた?」

「国に被害を出さなければ構わないと……焦っていた理由、わかったのか?」

「あァ、大事(おおごと)だったぜ──天竜人が来る(・・・・・・)

 

 天竜人。

 世界貴族と呼ばれる、世界で最も貴き血族の末裔たち。

 赤い土の大陸(レッドライン)の頂にある〝聖地マリージョア〟に住むが、時折視察として各国を回ることがある。今回は花ノ国がその対象だった、ということだろう。

 とてつもない権力を持ち、もし天竜人に手を上げるようなことがあれば海軍大将が出撃するという。

 

「天竜人とは……なるほど。チンジャオが焦るわけだ」

「下手なことをやりゃあ一族郎党さらし首にされてもおかしくねェ。あっちも気が気じゃねェだろうさ」

 

 天竜人の権力の前では一国の王とて木端のように吹き飛ばされてしまう。『奴隷にされた王族』というのも決してゼロではない。

 扱いは細心の注意が必要なのだ。

 

「なんだって遥々この海まで天竜人が来るのかはわからなかったけどな」

「そこまでの情報は不要だろう。天竜人が来る、ということだけわかれば十分だ」

 

 護衛としてやってくるであろう海軍、および政府の〝サイファーポール〟にも気を配っておかねばならない。

 下手なことをして目を付けられれば、今後生きにくくなってしまう。

 ジュンシーとジョルジュの二人は、とにかく花ノ国で余計な騒ぎだけは起きてくれるなよと願っていた。

 

 

        ☆

 

 

 花ノ国。

 八宝水軍が拠点とする国で、巨大な氷河の下には莫大な財宝が眠るという。財宝目当てに来た盗賊たちはもれなく八宝水軍に捕らえられるというが、真偽のほどはわからない。

 いくつか港はあるが、荒事になる可能性を考えて普段使われていない港に案内された。壊れた場合の修理費用を請求されるとのことなので、出来ることなら被害なしで沈めたい。怪しい船はこっちに誘導するらしいので難しいかもしれないが。

 この島に着く直前に二、三隻ほど軍艦を沈めてきたカナタは、いい運動をしたとばかりに清々しい顔で桟橋に立っていた。滅多に海に出ないジョルジュは襲われたことで顔が青くなっている。

 隣にはゼンが警戒するように立っており、この中で一番気合を入れているといっても過言ではなかった。

 

「さっきのは思ったより雑魚の集団だったが、あれがお前たちを使っていた組織か?」

「いえ、ヒヒン。あそこまで統率の取れていない賊ではありませんでした」

「なら情報を聞きつけてきた連中か」

 

 ラーシュファミリーのボス、ドレヴァンからも鬼のように電伝虫に連絡を入れられたが、鬱陶しかったので無視した。敵に回すと恐ろしいが、今回のゴタゴタで大変なのはあちらも同じだ。下手に手出しはすまいと考えているし、何よりあちらとは協定を結んでいない。

 そもそもの話、巨人のフェイユンを切り札的な存在として認識しているのであれば、カナタたちの手に落ちた場合取り戻すことが出来ないと判断する可能性もあるわけで。

 

「……少しミスしたか?」

 

 それならそれでジョルジュ一家の戦力強化をアピール出来るというものだが。

 どちらに転んでも害はない。少し大きい組織に狙われるようになるだけだ。

 

「どうあれ、先に荷物を下ろしてチンジャオに連絡を──」

 

 刹那、火薬の爆発する轟音が響き渡る。

 とっさに海の方からと判断して氷の壁を作り出し、直後に爆発で砕かれた氷の破片が辺り一帯に飛び散った。

 

「大砲か? 一体どこから?」

「周囲を警戒しろ! 大砲が届くくらいなら近くにいるはずだ!」

 

 双眼鏡を手に辺りを警戒するも、誰一人として辺りに船を見つけることができない。

 意味が分からない。船影さえ見えないほどの遠くから大砲で狙撃など出来るはずがないのだ。ガープのような砲弾の威力というわけでもなかった。

 それこそ、透明にでもならなければ──。

 

「──透明、そうか」

 

 カナタは即座に港から海へと飛び降りた。

 ジョルジュが思わず声を荒らげる。

 

「おい! どうする気だ!」

「辺り全域を凍らせる! 見えなくても、周りを氷で覆えば浮かび上がる(・・・・・・)!」

 

 ──一切の躊躇なく、視界に映る海の全てを凍らせる。

 冬の海は寒いが、辺り一面を凍らせたことでより一層気温が下がる。吐息が白く染まり、敵船の姿も浮かび上がった。

 

「こんな近くにいて、なんで……!」

「透明になる悪魔の実でも食った奴がいるんだろう。私はあれを沈めてくる。あとは──」

「私も行きましょう。我々がまいた種ですから、バヒヒン」

「よし、二人いれば十分だ。ジュンシーは他に伏兵がいないか気を付けろ」

 

 「私の背に」というゼンの言葉に頷き、カナタはゼンの背に乗って透明化が解けた船へと疾走する。

 足場自体はしっかりしているものの、凍る直前の波が高いために走りにくい氷の上でもお構いなしに。

 これは速い、とカナタは笑みをこぼす。

 

「お嬢さん、相手をどうみますか?」

 

 相手は少なくとも透明化が出来る能力──おそらくスケスケの実の透明人間がいる。

 暗殺に使われないだけよかったと思うべきだが、実質的なトップであるカナタが自然(ロギア)系の能力者。無駄だと判断したのかもしれない。

 見聞色でも防げるかもしれないが、無意識のうちに使えるほど卓越しているわけでもない。

 だが、意識的に探すのならば話は別だ。

 

「位置はつかめるだろう。時間をかけたくもない、覇王色で選別する」

「ほう、覇王色の覇気を使えるのですか……いいでしょう。それでも倒れない兵がいた場合、私も手助けをします」

「頼んだ」

 

 凍り付いた海で船は動かない。透明化も既に解けていて、姿が見える。

 船の上で騒いでいるのが聞こえてくる。見聞色で感じ取る限り──二、三人ほど、強いものが混じっているようだ。

 

「大砲が来るぞ!」

「ヒヒン、問題ありません!」

 

 手に持った槍で撃ち込まれる大砲を次々に弾くゼン。

 その間も一切速度を緩めず、船のすぐ近くまで来たところで大きく飛び上がって乗り込んだ。

 船の上にいた者たちも驚きと同時に銃や剣を構える。

 だが、カナタはその行動を許さない。

 

「雑魚に用はない」

 

 一瞬の間をおいて、覇王色の覇気にあてられて次々に倒れていく男たち。

 その中で数人、覇気にあてられてもなお睨みつける姿があった。周りの部下たちが倒れていくことには驚きを隠せないようだが、戦意は衰えていない。

 

「なんだ、クソっ! どうなってやがる!?」

「いきなり気絶した……?」

「それはいい! あの女と……馬? を殺せ!」

 

 ゼンの方を見て一瞬首をかしげたが、カナタの姿を見て刀と銃を構える。

 スケスケの実を食べた透明人間がいるはずだが、さてどいつだとカナタは目を凝らす。

 正面に三人。見聞色で感じ取る限りあと二人いた。

 

「お嬢さん、私があの三人を相手しても?」

「構わない。姿が見えないが、あと二人ほど隠れているらしい」

 

 首を傾けて正面から撃たれた弾丸を避ける。事前に来ることが分かっていれば避けることは造作もない。

 ゼンがその間に接近して槍をふるうも、一人が抜き放った刀に阻まれてもう一人がその間に切りかかる。

 

「死ねェ!」

「ヒヒン、未熟!」

 

 紙一重で振るわれる刃を避け、その懐へと入り込んだゼン。槍を持たぬ手を相手の胸元へと近づけ──そのまま、手を触れることなく相手を弾き飛ばした。

 敵と同様、カナタもまたその技に驚き目を見開く。

 思わぬ拾い物だったか、と口元に笑みをこぼしながら。

 

「死ねェ、女!」

 

 正面から何度も銃で狙われるも、カナタは気にすることなく避ける。覇気も込められていないが、当たっても平気だからとて好きで当たりたいわけではないのだ。

 それに、この乱射はおそらく当てるためのものではなく、足音を隠すためのもの。

 ──気取られることなく忍び寄り背後から振るわれたナイフを、カナタは覇気を纏った腕で防いだ。

 

「覇気使いか。それにスケスケの実とは、まったく厄介な」

 

 だが、この距離でカナタに接近戦を挑むのならば無謀の一言。

 何か言葉を発する暇すら与えず、ナイフを持った者の後ろにいる能力者まで一瞬で全身を凍り付かせた。

 能力者なら味方につけたほうが得ではあるのだが、敵対したのなら不可能だと割り切っている。

 

「クソっ、クソっ! どうなってんだ!」

「まだまだ青い。この程度で私を倒そうなどとは笑止千万!」

 

 覇気を扱えるという点を考えるに、おそらくは以前ぶつかってトップが消えた元五大ファミリーの一角に所属していたのだろう。カナタの目から見てもそれなりの強さではあるが、ゼンの強さが圧倒的だ。

 金獅子海賊団の傘下と幾度も戦い、フェイユンもこの海まで逃がしたのだ。これくらい出来なければ話にならないということだろう。

 

「は、ははは! 俺たちを倒したところで無駄だぜ。もうあっちは動いてんだ──そら、うちのボスが動き出したぞ」

 

 指差す先は港──その奥。

 花ノ国の外縁部、山が形を変えて人となり、巨人族を超える巨体を生み出した。

 氷の海が震えている。一歩踏み出すたびに地震が起きる。

 山がそのまま動き出したような巨大さを持つ人影を見て、カナタもゼンも絶句した。

 

「なんだ、あれは……」

「ボスを舐めんなよ。イシイシの実の岩石同化人間。あの能力は無敵だ!」

 

 




元が一発ネタなので大体行き当たりばったりです。
感想もらえると気力が出るのでください(直球)


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第十話:VS岩石同化人間(前篇)

 ──山が、動いた。

 遠くで見ていたカナタたちでさえそう感じたのだから、より近い港でその姿を見たジュンシーたちは言わずもがな。

 巨人族であるフェイユンと比較してもなお数倍から十数倍の大きさを誇り、手のひら一つで町ほどもある姿に誰もが絶句した。

 

「……世の中広いな。あんな人間もいるのか」

「んなわけねェだろ!! 能力者に決まってる!」

「どうあれ、普通に戦って何とかなるサイズではない。船を壊されても困る、急ぎ避難しろ!」

「避難たってどこにだ!? このデカさだ、一歩歩いただけで踏みつぶされちまう!」

 

 普通の人間にどうにかできるサイズではない。

 かといって巨人でもサイズが違いすぎる。

 ジョルジュの中でこの状況をどうにか出来そうな人物のうちの一人に視線を向ける。

 

「クロ! お前あれどうにかできないのか!?」

「どうだろうな……流石にあの質量は飲み込んだことねェから何とも言えねェ」

「やれることは全部やるしかあるまい」

「だが、オレの〝闇〟を使うにしても、あのデカさだ。飲み込むまでに時間かかるぜ」

「儂が何とか時間を──」

「──私が、やります」

 

 フェイユンが山のような巨体を見据えて、震える声でそう告げた。

 確かに普通の人間よりも巨人の方がまだ相手になりそうだが、それでもあの山のような巨体には到底かなわない。

 無茶だ、とジョルジュは叫ぶ。

 今でも巨人である少女を恐れているくせに、心配する口ぶりに思わずフェイユンは苦笑する。

 

「大丈夫です──私も、能力者ですから」

 

 ズン! と大地を踏みしめる。

 カナタの作った継ぎ接ぎの防寒具を預け、戦うことを厭いながらもまっすぐに敵へと進む。

 一歩進み、フェイユンの身長が倍に。また一歩進めば更に倍。

 倍、倍、倍と巨大化していくうちに、フェイユンは巨大な石の怪物と同等の大きさにまでなっていた。

 目を見張るほどの巨躯を誇る二人は、ここに二度目の対峙を果たした。

 石の巨人は厳かに口を開き、静かに闘志を燃やす。

 

「──やはりお前か。今度こそ叩き潰してくれる」

「やられません。今度は、私ひとりじゃないから!」

 

 一度目はかつて五大ファミリー同士の抗争で。

 二度目は今ここに、新しい五大ファミリーの一角となろうとする者とそれを阻む者として。

 互いに両手で取っ組み合い、純粋に力で打ち負かそうとぶつかり合う。

 ぶつかった瞬間にびりびりと衝撃波が辺りにまき散らされ、倉庫に備え付けられていたガラスが次々に割れていく。

 フェイユンが巨大化したこともそうだが、その巨大な二人のぶつかり合いに思わず目を白黒させるクロ。

 

「こりゃすげえな」

「ぼさっと見ている場合か! あの娘が時間稼いでくれてんだ、さっさとやれ!」

「あいよー!」

 

 クロの体からぞわりと〝闇〟が立ち昇る。

 光すら飲み込む〝闇〟は大地を覆うように広がって行き、石の巨人の片足程の大きさとなった。

 まるで、そこだけ地面に穴が開いたように。

 

「いくぜ──闇穴道(ブラック・ホール)!」

 

 ズズン! と石の巨人が傾いた。広がった〝闇〟に左足が飲み込まれている。

 無限の引力で〝闇〟へと引きずり込み、石でできた体を少しずつ砕いていく。

 流石に巨大であるため、飲み込むにも時間がかかってしまうのが難点ではあるが──このままいけば勝てる。

 そう判断したが。

 

「舐めるな、片足奪われた程度で!」

 

 左足を自ら砕き、石の破片が辺りに飛び散る。

 だがそれも束の間。見る見るうちに足が再生し、〝闇〟が覆っていない大地へと再び足を下ろした。

 

「どうなってんだありゃあ……体が石で出来てんのか? ってことは自然(ロギア)系か?」

「いずれにせよ、容易く倒せる相手では無いようだな」

「あのサイズじゃオレがつかむって訳にもいかねェしな」

 

 だが、わずかにサイズが縮んだ(・・・・・・・)

 自然(ロギア)系であればそんなことは起こらない。カナタやクロを見ればわかるように、体の構造そのものが変化しているがゆえに意図的でもなければ体積が増減することなどないのだ。

 それに、覇気を使っていないフェイユンの拳を受け流していない。

 なればこそ、あの石の巨人の能力が超人(パラミシア)系であると断言できる。

 

「フェイユンもそう長くはもつまい。海にでも叩き込めれば話は早かろうが……」

「引きずり込んでみるか?」

「やめておけ。やるにしてもカナタが戻ってからだ」

 

 そのまま引きずり込んで凍った海に落としたところで、クロまで海に落ちてしまっては本末転倒だ。

 ジュンシーだって冬の海で寒中水泳など御免被る。

 ともあれ、クロの〝闇〟で飲み込むこと自体は効果があった。何度か繰り返せばじわじわと削ることも出来るだろう。

 そう判断して、もう一度〝闇〟を広げていく。

 だが。

 

「──お前か」

 

 ギロリ、と石の巨人の視線がクロを捉えた。

 足元には大地が広がっており、能力を使うには申し分ない状況。であればと、彼はやり方を変えた。

 ふと、石の巨人が動かなくなる。

 

「え、っ!?」

 

 フェイユンがつかみ合っていた石の巨人が動かなくなる。

 唐突に力が抜けたようで、思わずそのまま押し倒して体を砕いた。ジョルジュたちはその様子に歓声を上げるが、ジュンシーは眉根を寄せて警戒を怠らない。

 

(一体どうなって……?)

 

 フェイユンの持つ生まれつきの見聞色が、おぼろげにその姿を捉える。

 先程押し倒した石の中──ではない。

 足元、地面の中を滑るように移動する一つの影。見えないところから〝声〟が、〝悪意〟が聞こえてくる。

 そして、それは彼女だけに出来ることではない。

 

「クロ、下がれッ!」

 

 クロの首根っこを掴んで後ろへ放り投げ、唐突に地面から現れた石の棘から身を逸らす。

 下にいる(・・・・)と判断した瞬間、ジュンシーは迷うことなく攻撃行動に移った。

 

「フンッ!!」

 

 思いきり足元を踏み抜く一撃。放射状に亀裂が入って港を叩き割り、それから逃れるように敵が姿を現す。

 黒く長い髪をぼさぼさにした、3メートルほどの巨漢だ。

 不気味な姿をしたその男の、虚ろな瞳がジュンシーを捉えた。

 

「ギガガガガ、やるじゃねェか」

「まさかそちらから姿を現してくれるとはな。手間が省けた」

「姿を現した程度で勝てると思われちゃァ困るなァ──」

 

 男の周りの石が形を変え、無数の槍となってジュンシーへと襲い掛かる。

 背後にはまだ味方がいる。避ければ被害は拡大する以上、防ぐしかない。

 

「ぬぅ!」

 

 武装色を纏った拳で次々に石槍を打ち払い、ジュンシーの後ろにクロがぴったりとついたことを確認する。

 いつでも行けると小声でつぶやき、ジュンシーは腰を落として拳を構えた。

 

「その自信──打ち砕かせてもらおう」

闇水(くろうず)!」

「──ッ!?」

 

 クロの持つ〝闇〟の引力が、能力者の実体(・・・・・・)を正確に引き寄せる。

 誰であろうと逃れられない「引力」を以て。

 そして──その先には、拳を構えたジュンシーがいる。

 

「八衝拳、奥義──」

 

 正確無比、絶対の一撃を男の心臓めがけて打ち放つ。

 

「──錐龍錐釘(きりゅうきりくぎ)!!」

 

 

        ☆

 

 

 凍り付いた海を疾走する影。冷たい空気をものともせず、港へと急ぎ戻るカナタとゼンの二人だ。

 

「……あの石の巨人、沈黙したままのようだが」

「ヒヒン。急いだほうが良いでしょうか」

「岩石同化人間……石があった場合、やつの姿はどこへでも消えるし無数の武器にもなる。クロとジュンシーがいれば大丈夫だとは思うが……」

 

 それでもあの山のような巨体にはどうしようもなかっただろう。

 フェイユンがあの能力を持っていなければ、じり貧でやられていた可能性も十分にある。

 

「デカデカの実の巨大化人間。彼女自身、あまり戦いには向かない性格ですし、何より巨人族としてもまだ幼い」

 

 親のいない彼女の親代わりとして育ててきたゼンにとって、あまり戦場に出したくはなかった。

 それでも戦うことを避けられず、抗争で争い、あの岩石同化人間ともぶつかった。

 前回はあまりの巨大さにゼンも手が出せなかったが、今回はまた別。

 頼りになる味方がいる。

 

「うちの船員も能力者が増えてきたな……」

 

 そういえばこの間拾った悪魔の実もある。あれ自体は動物(ゾオン)系の悪魔の実であることしかわからなかったが、興味がある誰かに食べさせてみてもいいかもしれない。

 よっぽど運が悪くない限り変な能力を引くこともないだろう。

 

「ヒヒン、もう少しです。何事もなく終わってくれれば──」

「……いや、それは無理そうだ」

 

 突如、港が爆発した。

 地面が蠢き形を変え、岩石で出来た人間が再び立ち上がる。

 石の鎧をまとったままでは全身を凍らせたところで効果は薄いだろう。クロの引力でも〝中身〟だけを引きずり出すことは出来ない。

 だが、打つ手はある。

 

「急げ、ゼン」

「言われるまでもなく! 私! 全速力です!」

 

 ゼンの背中で力を貯める。

 感覚を研ぎ澄ませ、敵の姿を、敵の位置を、敵の〝声〟を感じ取るために。

 ──そうして、カナタは万全の状態で港にたどり着く。

 

 

        ☆

 

 

 ジュンシーの放つ錐龍錐釘は確かに男の胸部を打ち抜いた。

 八宝水軍のボスであるチンジャオ同様、氷河を叩き割るほどの一撃を受けてなお、その男は立ち上がった。

 

「舐めるんじゃねェよ……この、程度で……ッ!」

 

 血を吐き、膝をつきそうになりながらもその瞳から炎が消えない。

 ジュンシーは再び拳を構え、後ろに控えたクロもまた手をかざして引き寄せようとする。

 だが、男の動きの方が早かった。

 地面に潜り、港に存在する石を掌握して再び巨人として顕現する。

 

「俺が……俺が、この西の海(ウエストブルー)の王になるんだよォ! テメエらみてェなゴミに、邪魔されてたまるかってんだ!!」

 

 石の巨人の手が振り上げられ、勢いよく叩きつけられ──港を押しつぶす直前に、その動きを止められる。

 背後から近づいていたフェイユンによって、振り下ろした腕を掴まれたことで。

 

「やらせません。私が守りたいと思った人たちに、ケガをさせる事は絶対に!」

「小娘がァ……!」

 

 ──そうして、二人の巨人は再びぶつかりあった。

 

 




クロの存在が能力者殺し過ぎて扱いに困る巻。


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第十一話:VS岩石同化人間(後編)

 

 石の巨人には先程までの圧倒的な力がない。

 単純に、ジュンシーの一撃をくらったダメージがあるからだろう。つかみ合っても押し負けはしない。

 殴り合いの心得などないが、聞こえてくる〝声〟がどこに攻撃を仕掛けようとしているのかを教えてくれる。ケガの影響もあって動きに精彩を欠いている今、これだけでも十分攻撃をかわせる。

 それに、時折足元に広がる〝闇〟が石の巨人の足を飲み込み牽制してくれていた。

 素手で碌な武器もないフェイユンでも、この状況ならば抑え込める。

 

「ハァ……ハァ……!」

「ぐぬ……この俺が、こんな小娘にィ……!」

 

 現状、純粋な力勝負ではフェイユンに利がある。

 それほどにジュンシーの一撃は重かった。

 だが。

 

「クソが……ッ! こうなれば、もはや手段など選ばねェ!!」

 

 石の巨人が形を変えてフェイユンに巻き付く。まるで檻のように覆いつくして、逃がさないように。

 再び姿を消した男は地面へと潜り──己が操れる最大の武器を手にする。

 イシイシの実の能力によって岩石と同化すれば、あらゆる石は武器となり鎧となる。能力者自身の実力によって左右されるところも大きいが、その点で言えばこの男は天才だった。

 大地が二つに割れる(・・・・・・・・・)

 

「お、おおぉぉぉぉ!!?」

 

 まるで大地が口を開いたかのように中央が陥没してジュンシーやクロたちを呑み込み、両側の石が全員を圧し潰さんと迫ってくる。

 海が凍っていなければ海水が流れ込んでいただろう。

 

「おいおいおい!! これどうすんだよ、死んじまう!!」

「クロ!」

「無茶言うなって、こんなもん引力じゃどうにもならねェ」

「冷静に言ってる場合かァ!!」

 

 パニックを起こすジョルジュを尻目に、ジュンシーとクロはどうにか事態を打破出来ないかと考えるが──今にも自分たちを圧し潰そうとしてくる大地の壁を前に、打つ手はない。

 どうしようもないのか。

 その諦観を感じ取った男が、大地の中でにやりと嗤う。

 ──だが。

 

「──凍れ」

 

 次々に作られる分厚い氷の柱が盾となって大地をせき止める。

 石は再び形を変えて槍となり、飛び降りてきたカナタを串刺しにしようと殺到する。だが武装色も使っていない攻撃ではダメージなどなく、砕かれた体が一つに集まって肉体を構築した。

 ゼンはつっかえ棒となった氷を足場として降りてきた。

 

「悪いな、遅くなった」

「ヒヒン。ギリギリでしたね」

「いや、助かった……早速で悪いが、お前あれどうにかできるか?」

 

 脱出だけなら氷で階段でも作れば済む。だが、それではあの男を倒せない。

 錐龍錐釘を受けてなお戦えるタフさといい、これだけ能力を使えることといい、一筋縄でいかなくとも確かに西の海(ウエストブルー)で覇権を握れる力はあるのだろう。

 ここで相手取ったカナタたちがいなければ、の話だが。

 

「クロ、引きずり出せんか?」

「わかんねェ。地面の中にいるんじゃ余計なものまで付いてきそうだ」

「やってみろ。引きずり出せれば御の字だ」

「そうか? わかった」

 

 どうあれ、引きずり出さなければ勝機はない。見聞色で位置だけは捕捉できるが、それが出来るのもカナタとジュンシーくらいのものだ。

 フェイユンは石の檻に閉じ込められて身動きが取れず、ゼンはそちらを救出するために動くことにした。

 

「オレ、相手がどこにいるかわからないんだけど」

「あっちだ」

「よしきた──闇水(くろうず)!」

 

 方向をカナタが指差し、クロはそちらに手を向けて能力者の実体を引きずり寄せる。

 地上にあるような石の鎧をまとっていれば〝中身〟だけを引き寄せることは出来ないが、大地の中に身を隠しているのならば話は別だ。

 ベキベキベキ!! と大地が砕けるような音が連鎖して岩が隆起し、巨大な腕となってクロを狙う。

 引きずり寄せられるのを察知して大地の中から攻撃しているのだろうが、この程度ならばジュンシー一人で対処できる。

 

「フンッ!! 功夫が足りんな」

 

 振り回される石の腕を叩き割り、ついに姿を見せる能力者の男。

 先程で学習したのか、ある程度の大きさで石の鎧を纏ったまま現れた。逃げられないならこのまま倒そうという腹なのだろう。

 

「クッソがァァァァ!!! このままぶち殺してやる!!」

 

 激高しながら振るわれる石の腕が、クロの引力による加速も相まって勢いよくジュンシーへと向かう。

 ジュンシーはそれを受け止め、その勢いを利用して一本背負いの要領で投げ上げた。

 その一瞬を見逃さず、カナタは能力を使う。

 

「カナタ!」

「任せろ!」

 

 陥没した大地の表面を氷で覆い、その上にジュンシーが投げ飛ばす。

 イシイシの実は岩石に触れる(・・・)ことで自由自在に操ることができる。間に別の何かを挟んでやれば、能力を使用することは出来ない。

 追い詰めた。

 散々手を焼かされたが、事ここまで来てしまえばあとは容易い。

 目の前の男を倒せば、それですべてが終わる。

 

「ハァ……ハァ……俺を、この程度で追い詰めた気になってんじゃねェよ……! この程度で! 俺が! 終わるわけねェ!!」

 

 血を吐きながらも叫び、未だ抵抗の意思を見せる男。

 分厚い氷を突き破ろうと石の鎧が形を変え、足裏がスパイクのようになって振り下ろされる。

 だが、その程度で易々と砕けるようなものではないし、何よりカナタとジュンシーがそれを見逃さない。

 

「いいや、終わりだよ」

 

 瞬きするほどの間に全身を凍らされ、氷で作られた槍を武装色で硬化してジュンシーが心臓を穿つ。

 背中まで貫いた槍に血が滴り、見聞色で感じ取れていた〝声〟も程なく消えた。

 血の臭いの混じった空気を吸い込み、戦いが終わったことを実感する。

 

「……やっと、倒したか」

「おおお……俺ァもうダメかと……」

 

 疲れたようにどかりと座り込んだクロと未だに泣いているジョルジュ。

 これほどの敵が出てくるとは流石に想像していなかった。見通しが甘かったが、

 後詰めの部隊でもいると厄介だが、この男が攻めてきてる時点で後詰めまで巻き添えをくらうだろう。いるとすれば海の方だが、それこそ先ほど潰したし、まだいても凍った海で何ができるわけでもない。

 まずは港に戻らねば、と思うカナタへと頭上から声がかかった。

 

「あ、あの! 大丈夫ですか?」

 

 フェイユンがおずおずと穴の淵から顔を出している。

 彼女を閉じ込めていた石の牢獄はゼンが破壊したらしく、ところどころひっかき傷のようなものこそ出来ていたが、大きな傷はなさそうだった。

 

「フェイユン、悪いが私たちを引き上げてくれないか?」

「それくらいでしたら、お安い御用です」

 

 飛び降りてきたフェイユンは既に通常サイズに戻っており、その状態で頭一つ分足りないほど穴は深かった。

 ややサイズを大きめにして手のひらに乗せて貰い、地上部へと戻る。

 ジュンシーが踏み砕いたことといい、石の巨人とフェイユンが取っ組み合いをして暴れたことといい、港は客観的に見ても壊滅状態だった。

 後でチンジャオに怒られるだろう。

 

「酷い目に合ったものだな」

「全くだ。儂もこの手の敵と戦ったのは初めてだ」

 

 覇気は使えなかったようだから、カナタには勝てなかっただろうが……少なくとも多少強い程度ではどうにもならなかっただろう。

 まったくもって厄介な能力者だったといえる。

 地面の底に逃げられなければ、見聞色で本体を見つけ出して攻撃するしかなかっただろうから。

 ともあれ、終わった以上は後始末をしなければならない。

 

「これだけ暴れれば気付いているだろうが、チンジャオに連絡を入れておけ。金が必要なら船にある悪魔の実を渡して構わない」

「あれ渡すのか? いい拾いものだったのに」

「ここまで盛大に破壊した以上、こっちにも賠償させようとしてくるだろう。支払いだけで首を吊るなど御免被る」

 

 そうなれば揃って海賊家業に切り替えるしかあるまい。

 借金を踏み倒していけばチンジャオたちから狙われるようになるだろうが、そう易々とやられるつもりもないし、争わずに済むならそっちの方がいい。

 基本的には平和主義者で秩序を重んじる女なのだ、カナタは。

 己が強くなることには貪欲な女でもあるが。

 

「しかし、悪魔の実がいくらで売れるかにもよるな」

 

 相場は一億ベリーだというが、これだけ派手にぶち壊して一億ベリーで足りるのだろうかとふと思う。

 そして、今もなお凍った能力者の死体がある陥没した港を見る。

 

「……ふむ」

 

 一度船に戻った後、クロを連れてもう一度陥没した穴に降りる。

 船にあった適当な果実を手に、心臓を貫かれた男に近付く。

 

「……何してんだ?」

「悪魔の実というのはな、能力者が死ねば世界のどこかにまた同じ実が出来るという」

 

 では、なぜそういった伝達条件が発生するのか。

 『悪魔の実』という名前の通り、実を食べることによって身体に悪魔を宿すためだ、とカナタは考える。

 死ねば悪魔は肉体を離れ、世界のどこかで果実となってそれを食すものを待つ。どういった理由でそのようなことが起こるのかはわからないが、少なくともカナタはそれを利用できると考えた。

 

「悪魔の実を食べれば体に悪魔を宿すという。二つ実を食べれば肉体が耐えられず爆散するとも。では、死んだ後(・・・・)に悪魔はどこへいくのか」

「その果実に悪魔が宿るとでも?」

「可能性の話だ。お前を連れてきたのも実験の一つにすぎない」

 

 ヤミヤミの実の力は〝引力〟だ。

 先の戦闘で能力者の実体を正確に引き寄せていたように、死んだ後に抜け出る悪魔を引き寄せることが出来るのならば。

 それは、〝能力者狩り〟をおこなう理由足り得る。

 または、死んだ能力者の一番近い果実に宿る性質があるのであれば、闇の引力は不要という話にもなる。

 左手に持った果実を死した能力者の胸元に近付け、少しばかりまつ。

 ──すると。

 

「お、おおお?」

「……ふむ」

 

 ただの果実だったそれに、少しずつ奇妙な紋様が浮かび上がっていく。

 それは、紛れもなく──悪魔の実の特徴だった。

 カナタは小さく笑みを浮かべ、その実を懐にしまう。

 

「実験は成功だな」

「悪魔の実の能力者を倒せば、その実を手に入れられるってことか」

「少なくとも死んだ直後ならば、という前提だがな」

 

 仮定の話ではあったが、少なくとも裏付けが取れた形になる。

 強力な能力なら誰かに食べさせてもいいし、不要だと思ったなら売って金にしてもいい。

 能力者を優先的に狙う理由が出来たわけだ。

 

「しかしこれ、誰かに知られたらまずいんじゃねェか?」

「そうだな。強力な能力者ほど狙われるだろう。お前も十分に気を付けろ」

「能力者でも最弱って自負はあるぜ」

「自分で言うことか。少なくともお前のその力は使えるし、誰かに奪われていい類の能力でもない。伝達条件は未解明のままであることを願うばかりだな」

 

 そのうち誰かが知って〝能力者狩り〟をやる可能性もゼロではないが、カナタが知る限りでは三十年以上先の〝黒ひげ〟だけが伝達条件を知っていた可能性がある。

 どうやって知ったかは謎だが……この情報は少なからずアドバンテージになり得る。

 ヤミヤミの実の持つ〝能力者殺し〟ともいえる力も含め、悪魔の実を集める最適解かもしれない。

 

「今のところはお前と私だけが知っていればいい。知っている人間は少ないに越したことはないからな」

「あいよーっと。頑張ってオレを守ってくれよ」

「善処しよう」

「ちょ、んな他人事みたいに」

 

 氷で作った階段を上りながら、カナタは思う。

 

(欲しい悪魔の実ならいくつかあるが……私が食べるわけにもいかないしな。強い部下でもいれば、この物騒な海でも生きて行くのに不便はないだろうが)

 

 難しいだろうな、と小さくこぼした。

 

 




悪魔の実の伝達条件に関しては原作ちらちらと確認しながらのオリジナル設定です。
大きくは外れてない……と、思いたいところ。


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第十二話:天竜人

 

 チンジャオは激怒した。

 厳密にいえば、八宝水軍と契約を交わしている花ノ国の上層部が激怒した。

 港の一つが壊滅したうえ、山は崩れて大きく荒れたところもある。当然といえば当然な反応だった。

 近く天竜人が来るということも相まって、国としても体裁を整えるために大至急金と物資を請求されてしまったが……当然ながら、カナタたちには即決で払える金額ではなかった。

 それゆえに。

 

「……悪魔の実か?」

「相場で売れば一億ベリー。それが三つ(・・)。ひとまずこれで我慢してくれ」

「……うむ、上々か。正直に言えば、刃傷沙汰になるかもしれんと覚悟していた」

「私としてもそれは望まない。この額は痛いが、今後の取引で賄える部分もあるだろうと踏んだ」

 

 八宝水軍は曲がりなりにも国と手を結んでいるマフィアだ。取引額は今までの額よりも断然高い。

 それに実質的な持ち出し額はゼロに近く、これで手を打ってもらえるというのならカナタとしてもありがたかった。

 商人としての信用も落とさず、国と関係を持っている八宝水軍と取引をおこなえるのだから、この程度で済んだことをありがたく思うしかないだろう。

 

「ひやホホホ……しばらくはそちらと取引を増やすことにしよう」

「そうしてくれるとありがたい」

 

 今回の件はカナタたちを──厳密にはフェイユンたちを──狙ったものではあるが、チンジャオたちにとっても無視できない事件でもあった。チンジャオとてその辺りはわかっているため、謝礼の意味も込めて巨額の取引を提示することにしたのだ。

 もっとも、最初は借金を払えないものと判断してジョルジュ一家を下部組織にしようと画策していたわけだが、それはそれ。マフィアとして取り込めるならば取り込みたい人材が多かったというだけの話。

 商談も一段落し、カナタはぬるくなったお茶に手を付けながらチンジャオへと疑問を投げかける。

 

「天竜人が来ると聞いたが、いつ頃だ?」

「おおよそ二月後。冬も峠を越したころになる。それまでに港と街道の修復をしなければならない」

「単なる傭兵が随分と国内のことを任されているのだな」

「ひやホホホ……どこも手が足りねェのさ。天竜人が来るとなれば、どこも死ぬ気で準備しなきゃならねェ」

「〝創造主の末裔〟か……腐敗した権力の象徴と聞くが」

「そうさな、下手なことをやれば海軍大将が出張ってくる。お前さんも気を付けるがいい。見目がいいと妻にされてマリンフォードまで無理やり連れていかれるぞ」

「それは怖いな。大人しく船から降りないようにしておこう」

 

 笑うチンジャオに肩をすくめるカナタ。

 実際笑いごとではない。カナタの見目であれば十分あり得る可能性だし、下手に抵抗すれば政府の諜報員であるサイファーポールに海軍まで出張ってくるかもしれない。

 出来れば花ノ国にはいたくないものだな、と心の中でメモしておくことにした。

 

 

        ☆

 

 

 花ノ国で数日ほど物資輸送の調整をし、別の島へと向かうことになった。

 全員少なからず傷を負っており、無傷なのはゼンとカナタくらいのものである。クロも怪我はしていたが既に治った。

 彼の場合、治ったというよりも飲み込んだ(・・・・・)といった方が正しいのかもしれないが。

 

「カナタ殿、少々よろしいか?」

 

 荷物の搬出も終わり、特にやることもなく暇を持て余していたカナタの部屋にゼンが訪問してきた。

 言われるままに連れ出され、冷え込んだ空気の中で甲板へと出る。

 雪がちらつく甲板の端に、様々な厚手の布を縫い合わせただけの不格好なコートを着たフェイユンがいた。

 チンジャオにも確認したが、やはり巨人族用のコートなどは偉大なる航路(グランドライン)でもなければ入手は難しいらしい。いずれそちらにも手を伸ばすことがあればよいが、とカナタは思っている。

 

「カナタさん!」

 

 うとうとしていたフェイユンだが、カナタが来たと気づいた瞬間に「にぱー」っと笑顔を浮かべ、立ち上がってパタパタと小走りで近付いてきた。

 犬みたいだな、と率直な感想を浮かべながら、笑顔で迎えるカナタ。

 

「話があると聞いたが、何か不便なことでもあったか?」

「いえ、そうじゃないんです。ジョルジュさんは相変わらず怯えてますけど、色々気を利かせてくれますし。クロさんはちょっと見た目が変なだけですごくいい人ですし。ジュンシーさんは……あんまり話さないんですけど、居心地悪くないように気を配ってくれて……みんな、とてもいい人たちばかりで」

「……そうか」

「だから……だから、その、えっと……」

 

 もじもじと指をつつき合わせて視線を揺らす。

 ゼンはニコニコとしながら──馬面の表情など読めないのでカナタの想像だが──フェイユンの答えを待っている。

 やや顔を赤くしたフェイユンは、覚悟を決めたように真っすぐとカナタを見た。

 

「わ、私たちをこの船に置いてください!」

「構わない」

「なんでもしま──え、いいんですか?」

「元々私たちから提案したことでもある。二人がここにいてくれるなら歓迎しよう」

「ヒヒン。だから言ったでしょう、フェイユン。心配は不要だと」

「うん……うん……!」

 

 安堵感からか涙ぐむ彼女の足を撫でて、カナタは苦笑を漏らす。

 

「お前たちの気が済むまでずっといて良い。どこか行きたいところがあれば連れていく。欲しいものがあれば言うがいい。我々と〝違う〟からと遠慮することはない」

「……なんというか、母親のようですな」

「私はまだ十五だ」

 

 十五!? 嘘でしょう!? と驚くゼンにどういう意味だと視線を投げる。

 思わずといった様子で顔をそらすが、彼の場合は多少顔を背けたところでジト目で見られていることが見えているだろう。

 馬なので目は横にある。

 

「お母さん、ですか?」

「……そうだな。フェイユンがそう呼びたいのならそう呼んでもいい」

 

 母と呼ぶには些か若すぎるが、とカナタは思う。

 フェイユンの親に関しては特に聞いていないが、この様子だと死別したと考えるべきだろうか。あまり踏み込んだことをいうことは避けたいのだが、聞いておいた方が後々いいかもしれない。

 ゼンが拾って育てたという時点で、なんとなく想像は出来るけれど。

 

「フェイユン、お前の本当の両親は一体どうしたのだ?」

「……エルバフの村って、ご存じですか?」

 

 巨人の国の中でもとりわけ有名な国の名を、フェイユンは口にした。

 目をぎゅっとつむり、苦々しい顔で。思い出したくないという気持ちがありながらも、彼女は続ける。

 

「私、その国の出なんです。でも、両親と一緒に海へ出て……海賊に、襲われたんです」

 

 過去の記憶がフラッシュバックする。

 どんなに忘れたくても忘れられない、巨人族にとって(・・・・・・・)最悪の存在が暴れていた。

 一度目に〝彼女〟が暴れた時はエルバフの村が半壊し、尊敬する巨人族の英雄が死亡した。

 二度目に〝彼女〟が海賊として現れた時、殺戮と略奪を繰り返してフェイユンの両親も殺された。

 

『ハ~ハハママママ!! お菓子を置いていきな! お菓子がないなら滅ぼしてやる!』

 

 人間族の中でも極めて巨大な体の女性。

 太陽(プロメテウス)雷雲(ゼウス)を従え、海を荒らしまわった海賊──〝ビッグ・マム〟シャーロット・リンリン。

 それと出会った両親は数年前に殺され、フェイユン自身は命からがら逃げだしてゼンに拾われて今こうしているのだと言う。

 

「……シャーロット・リンリンか」

 

 懸賞金の額は確か五億を超えている。

 その強さは圧倒的で、偉大なる航路(グランドライン)後半の海で大暴れしているという、現代の大海賊の一人。

 襲われては確かにひとたまりもあるまい。

 

「エルバフの村に帰りたいって思ってましたけど……行く先々でいろんな人に襲われて」

 

 悪魔の実を食べ、金獅子海賊団傘下の海賊に目を付けられ、ゼンに守られながら凪の帯(カームベルト)を超えてこの海にまで逃げてきた。

 想像を絶する旅だっただろう。

 それでもここまでたどり着いたのだ。

 

「エルバフの村か……ここからだと流石に遠いな。凪の帯(カームベルト)を通れるならいいが……」

「あまりやりたいことではありませんね。海王類の巣ですから」

 

 それなり以上の実力者がいれば通り抜けることは消して不可能ではない。が、それでも進んで通りたいとは思わないルートだ。

 ゼンとてずっと戦い続けていたわけではないにせよ、通り抜けるとなればかなり疲弊する。

 

「覇王色の覇気で簡単に通り抜けたりは出来ないのか?」

「さて、どうでしょうか……私も覇王色は持ち合わせていませんから」

 

 顎をさすりながら思案するゼン。

 覇王色の覇気で海王類を威圧すれば、あるいは被害もなく通り抜けることが可能なのかもしれない。チンジャオなどに聞いてみれば何かいい方法を知っている可能性もある。

 ともあれ。

 

「エルバフか。いずれ訪れてみたいものだな」

「いいところですよ。皆いい人たちばかりです……ゲルズちゃんやハイルディン君、元気にしてるかな……」

 

 遠い故郷に思いを馳せ、静かに瞳を閉じる。

 カナタには望郷の念などないが……帰りたいと願う気持ちは理解できる。

 今は無理だが、いずれは連れて行ってやりたいものだと静かに考えていた。

 

 

        ☆

 

 

 天竜人が来るということで、慌ただしく準備のために走り回ることになった。

 資材を運ぶための船が大量に行き来することとなったため、カナタたちも自然と駆り出されていた。

 出来れば天竜人が来る当日は別の島にて待機していたいものだが、「天竜人の船の前を横切ることは不敬」だからと出航許可が下りなかった。

 過去に横切って船を沈められた例もあるらしく、能力者が多数在籍するジョルジュ一家はどうあれ留まることを余儀なくされていた。特にフェイユンなど、海に落ちては誰も助けられない。

 

「決して船から出ないこと。天竜人に見つかると面倒だ。誰か来ても対応は俺たちでやるからよ」

「私と……カナタさんもですか?」

「そうだ。こいつが出ると高い確率で厄介事が起きる。俺ァ確信してる」

 

 ジョルジュは断言した。カナタが表に出ると必ず何かが起きると。

 毎度毎度何かしらトラブルを起こす、あるいは呼び込んでいるのがカナタだからか、ジョルジュは確信を持っている様子だった。

 言われた当人は肩をすくめただけだが。

 

「お前と違って色々と動き回っているからな。引きこもりよりも動いている方が何かしらの事態に遭遇するのは当然だろう」

「グサーッ!! 刺さったぞ今! 俺だって好きで引きこもってるわけじゃねェ!!」

 

 経理やら注文やらといった部門はジョルジュの直下でやっているため、どうしても実働のカナタたちよりも動くことは少なくなる。

 「だが俺の方が人生経験はある! テメェと違って余計な騒ぎなんざ起こさねェ!」と言い、ジュンシーを伴って出て行ったジョルジュから電伝虫に連絡があったのは昼過ぎのことだった。

 甲板に出ることも出来ずにカナタが作った食事で昼を済ませ、暇を持て余しているときのこと。

 

『……すまん。どこから漏れたのか、天竜人が山よりもでかい巨人を見せろって言ってきててな』

「貴様、私に好き勝手言っておいてそれか」

『イヤ本当にすまん。でもこれは俺悪くないと思──』

 

 ガチャ、と無造作に電伝虫を切る。

 間を置かずに連絡が来て、受話器を取る。

 

「こちらカナタ」

『私だ。チンジャオだ』

「……天竜人絡みか?」

『いかにも。誰かから連絡があったか?』

「ちょうど今しがたな。フェイユンを見世物にするつもりか?」

 

 静かに怒気をにじませたカナタの声色に、チンジャオも困った様子で話を続ける。

 

『私としても避けたかったことだ。だが、あれだけの戦闘、それも天を突くような二人の巨人の激突など緘口令を敷きようもない』

「それはそちらの都合だ。この場にいないといってしまえば済む話だろう」

それで済まないのが(・・・・・・・・・)天竜人なのだ(・・・・・・)

 

 厄介な話だ、と両者が同時にため息をこぼした。

 無視したいし、出来れば拒否したいが、それはそれで厄介なことになるだろう。

 非常に嫌な予感しかしないが、動かざるを得ない。フェイユンにも嫌な思いをさせてしまうだろう。何かしらの埋め合わせを考えなければと思いながら、カナタは通話を切った。

 

 




次の投稿はちょっと遅れます。


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第十三話:竜殺し

 フェイユンは肩にカナタを乗せて港から花ノ国の中心街へと向かっていた。

 天竜人──クリュサオル聖の命令となれば、無視するわけにはいかない。最悪の気分であっても、彼ら世界貴族に逆らえば殺されたとて文句は言えないのだ。

 それが〝創造主の末裔〟の権力。

 カナタとて他人事ではなく、フードを目深にかぶって顔を隠しているが、不敬であると言われてしまえば外さざるを得ない。見目に自信はあるがこの場合は裏目に出た形になる。「美しいというのも罪だな」などと笑い話にする気力もない。

 とにかくカナタの機嫌は最悪だった。

 フェイユンはその様子に少々困った様子で口を開く。

 

「気にしないでください。あれだけ派手に暴れたんですから、仕方ないですよ」

「だからと言って見世物のように扱っていい道理はない。私はな、フェイユン。私の船に乗ると言った以上は最後まで面倒を見るつもりなんだ」

 

 天竜人に道理を説いたところで無駄だということは理解している。

 だが、理解と納得は別物(・・・・・・・・)だ。

 無意識に覇王色の覇気を発してしまっているのか、大気がビリビリと震えている。

 そうして中心街へと足を踏み入れたところ、町の入り口にチンジャオが待機していた。カナタはフェイユンの肩から降りてチンジャオを睨みつける。

 

「随分とご立腹だな、カナタ」

「当然だろう。考え得る限り最悪の相手だ」

「だが、だからこそ怒らせるわけにはいかない。私とて立場もある。ひとまずはその覇気を抑えろ」

 

 言われて気付いたのか、深呼吸して覇王色の覇気を抑える。

 怒りで頭に血が上っていたが、冷静になってみれば見聞色でこの町にかなりの強者がいることがわかる。

 天竜人の護衛だろう。

 このまま中心街にある宮殿に向かえば、その護衛達に取り押さえられた可能性もある。

 

「……すまんな、迷惑をかけた」

「ひやホホホ。随分と殊勝じゃねェか。そうしてれば下手に目を付けられることもねェだろう」

「だといいがな」

 

 どうあれフェイユンは目を付けられている。うまくやり過ごせればいいのだが、あまり期待できることではない。

 特に今回来ているクリュサオル聖は〝珍獣〟を好むという。

 

「さァ行くぞ。クリュサオル聖を待たせてる。ただ、場所は宮殿じゃねェ。町の外れだ」

「そうだろうな。その案内のために来たのか」

 

 フェイユンの巨大さを考えれば中心街の宮殿付近で巨大化など出来るわけがない。

 それなりの広さがなければ、満足に能力も使えないだろう。

 では、町にいる強者は天竜人の護衛ではないのかと眉を顰める。

 

「ついてこい。〝天竜人〟が待ってる」

 

 

        ☆

 

 

 クリュサオル聖という天竜人は、一言で表すなら〝収集家〟だ。

 珍獣、珍品──そういったものを世界中から集めてはパーティで他の天竜人に自慢することが趣味の、天竜人にしてはまだ普通寄り(・・・・)の感性を持った人物である。

 護衛にサイファーポール〝イージス〟ゼロを四人控えさせ、同じ空気を吸わないために被っているシャボンのマスクの中でニヤニヤと笑みを浮かべている。ジョルジュたちも先に呼ばれていたのか、奴隷たちの横に並んで膝をついていた。

 カナタはフードを被りなおし、チンジャオも気を引き締めなおす。

 海軍の護衛は地上では不要とでも言ったのか、宮殿や港の方に集中しているのが見聞色でわかる。政府の護衛はいるが、それほど数は多くない。

 近づいていくカナタたちはある程度の距離を保ったまま止まるよう命令される。

 そのまま膝をつくように言い、クリュサオル聖はフェイユンをじろじろと観察した。

 

「ふーむ? 普通の巨人とさして変わらないようだが、どういうことだえ?」

 

 CP-0と同じように控えさせている奴隷の中にも巨人がいる。そちらを尻目に、クリュサオル聖は膝をついているジョルジュたちへと声をかけた。

 ジョルジュたちはそれに答えず、事前に説明を受けていたCP-0が答える。

 

「クリュサオル聖。あの巨人がさらに巨大化するのは悪魔の実の能力によるものです」

「んー、なるほど。まぁ構わんえ。珍しいものが見れるならな」

 

 納得した様子で屋外に用意された椅子に腰かけ、早速といった様子でフェイユンへと命令を下した。

 

「では巨大化してみせるがいいえ」

「はい」

 

 フェイユンは瞬く間に巨大化していき、十メートルもなかった身長が百メートルを超すほどの巨躯になる。

 その様子には流石に目を疑ったのか、クリュサオル聖もぽかんと口を開いてフェイユンを見上げていた。後ろに控える巨人たちも開いた口が塞がらない。

 

「なるほど……〝天を衝くほどの巨人〟という噂も理解できるえ」

 

 クリュサオル聖も思わずといった様子で言葉を漏らす。

 大昔、〝国引き〟をおこなったとされる魔人オーズの伝説も知っているが、あれもこれほどの巨人だったのだろうかと想像を膨らませる。

 そうして同時に〝欲〟が顔をのぞかせる。

 ──あの巨人が欲しい。

 収集家としての血が疼くのか、口元に笑みを浮かべてCP-0を手招きする。

 

「あの巨人が欲しい。巨人用の海楼石はあるかえ?」

「あるにはありますが……」

 

 言葉を濁すCP-0に対して眉を顰めると、「あの大きさではどうにもなりません」と告げられた。

 まず海楼石の手錠を嵌める事が難しい。ふむ、と理解した様子で視線をフェイユンの足元にいる二人に向ける。

 暴れては困るから海楼石の手錠を先に嵌めたかったが、仕方がないと考え。

 

「おい、そこのお前」

「はい、なんでしょうか」

「この巨人をわちきの奴隷にするえ」

 

 空気が、震えた。

 一息の間にCP-0はクリュサオル聖の前へと出て、チンジャオはカナタの前に立ちふさがる。

 覇気ではない、単なる気迫だ。それでも咄嗟に体を動かすほどには殺意が滲んでいた。

 想像は出来ていた。最悪の想像だ。

 そうならないようにと願ったが──そう、なってしまった。

 

「──お断りします」

「……何?」

「彼女は私の娘のようなもの。奴隷になど──」

「お前の意見など聞いていないえ! この巨人を奴隷として、献上しろと言っているのだ!」

 

 ピストルを片手にカナタを脅すクリュサオル聖。

 CP-0も動き出し、二人は護衛として残り、他二人がカナタを抑え込むために。

 だが、その前にチンジャオが動いた。

 

「天竜人の言うことは絶対だと言ったはずだ! お前に拒否権はない!」

「それを承諾した覚えはない」

「逆らったところで、この海で生きて行けるはずもない! 商売など出来なくなるぞ!」

「こんな不条理に(こうべ)を垂れて生きるくらいなら、戦う道を選ぶだけの話だ」

 

 武装色を纏った拳を同じく武装色を纏った腕で受け止め、風圧でフードがめくれ上がる。

 ふわりと浮き上がったフードの下から顔が露になった。

 それを見たクリュサオル聖は興奮したように鼻息を荒らげ、カナタへと近寄ろうとする。

 

「ほ、ほほほう~!!?」

「クリュサオル聖!? 危険です、前へ出てはなりません!」

「あの女、あの女も欲しいえ! 巨人と一緒に奴隷にしてマリージョアへ連れていくえ!」

 

 やはりこうなったか、とチンジャオは臍を噛む。

 ジョルジュたちも一斉に動き出し、ジュンシーは素早くCP-0の一人を吹き飛ばしてカナタの方へとジョルジュを逃がす。

 距離をとったことを確認したカナタはフェイユンへと声をかける。

 

「フェイユン! 吹き飛ばせ!」

「はい!」

 

 百メートルを超える巨体から繰り出される蹴りは爆風を伴って振るわれ、クリュサオル聖が命令しようとした奴隷と護衛たちを虫のように吹き飛ばす。

 無論それは巨人であっても例外ではなく、CP-0が守っていたクリュサオル聖を除いてほぼすべての戦力が吹き飛ばされたことを意味する。

 二十メートルほどにまで小さくなったフェイユンはジョルジュたちを手のひらに乗せ、港へ向かえというカナタの指示通りに動き始めた。

 

「おい! お前はどうすんだよ!」

「このまま逃がしてはくれないようなのでな」

「当然だ」

 

 CP-0は全員が〝六式〟使いの超人。〝(ソル)〟による高速移動を駆使して回り込み、フェイユンを追いかけようとする。

 ジュンシーはチンジャオが受け持ち、護衛を一人残してカナタを三人で抑え込もうというつもりらしい。

 歩幅の違いもあってみるみる遠くなっていくフェイユンを追うCP-0の前に巨大な氷の壁を作り、行動を阻害する。

 

「能力者か。だがこんなもので──!」

 

 〝嵐脚(ランキャク)〟による斬撃で氷の壁を切り裂こうとするが、予想以上に分厚いのか切り傷を入れるだけにとどまった。

 そして、動きが止まったその瞬間。

 

「まず一人」

 

 背に触れたカナタが全身を凍結させ、さらに背後から迫る二人を見聞色で感知する。

 いくつも放たれる〝嵐脚〟が体を切り刻むが、カナタはすぐさま再生して次の目標を定めた。

 

 

自然系(ロギア)か、厄介な」

 

 武装色を纏った一人が再び〝嵐脚〟でカナタへと斬撃を放つ。

 これはカナタも避けざるを得ず、その隙に一人が〝月歩(ゲッポウ)〟で氷の壁を飛び越えた。

 

「……なるほど、これらが〝六式〟か」

 

 政府、あるいは海軍にて教えられる戦いの技術。

 超人の戦闘方法。

 強靭な肉体と技術を持つからこそ、彼らは強いのだ。

 

「そうだ。普通なら逆らった時点で殺すところだが、お前はクリュサオル聖の命によって奴隷にする」

「お断りだ。天竜人の奴隷になどなるつもりはない」

「お前にその気があるかなど関係ない。〝神〟が欲したモノはすべて差し出せと言っているだけだ」

 

 〝剃〟による高速移動で近付き、武装色を纏った蹴りでカナタを吹き飛ばす。

 流石に超人と言われるだけあり、カナタでも勝つのは難しい。

 普通に戦えば、の話だが。

 

「確か……こう、だったな」

「──何!?」

 

 見よう見真似で〝剃〟を使い、カナタは相対するCP-0の懐へと潜り込む。肉体が基準に到達しているならば、必要なのは使い方という技術のみだ。

 咄嗟にCP-0は〝指銃(シガン)〟を使うも、カナタはそれを避けて触れるだけでいい。

 

「二人」

 

 パキン──と凍り付いたCP-0。

 フェイユンの方も気になるが、港にはゼンとクロがいるし、ジョルジュは子電伝虫を持っている。すぐには問題にならないだろう。

 それよりも──カナタとしては、天竜人の方が気になった。

 これだけ抵抗したのだ。賞金首になることは避けられないだろうし、商売も続けていくことは不可能だろう。それに、フェイユンを奴隷にしようとしたことを許してはいないのだ。

 残った一人のCP-0が飛ぶ〝指銃〟でカナタに攻撃するが、カナタはそれを見聞色で避けて近づく。

 クリュサオル聖は奴隷として欲しがったためか、手に持ったピストルを使う様子はない。

 

「く……貴様、こんなことをしてタダで済むと思うのか?」

「奴隷になるか賞金首になるかの二択だろう。だったら私は後者を選ぶ、それだけの話だ」

 

 氷で作り出した槍を手に、護衛として残ったCP-0の男へと襲い掛かる。

 一合、二合と切り結ぶも背後の天竜人を狙ってやれば避けることも出来ずに攻撃を受けた。だが、そう易々とやられてはくれない。

 〝鉄塊(テッカイ)〟にて槍を防ぎ、返すように覇気を纏った〝嵐脚〟で肩口を切り裂かれる。

 少しだけ距離をとり、肩口から流れる血に視線を落とす。

 

「く……血を流したのは久しぶりだ」

 

 ヒエヒエの実を食べて以降、ジュンシーと武装色の覇気で鍛錬をしたときくらいしか怪我らしい怪我などしたことがなかった。

 だがこれしきで見聞色を乱しているようではまだ甘い。

 傷は浅く出血は気にするほどではない。足元を蹴っていくつもの氷の棘を生み出し、男を串刺しにしようと迫る。男は避けようにも背後にはクリュサオル聖がおり、避けることも出来ないためにクリュサオル聖を抱えて〝月歩〟で空へと逃げる。

 

「クソ、このままでは──何!?」

「何度も見せてくれればやり方くらいわかる」

 

 CP-0の男同様に〝月歩〟で空を駆け、その心臓めがけて槍を穿つ。

 咄嗟に〝鉄塊〟と武装色でガードするもカナタの武装色を纏った槍はそれを貫通し、心臓を逸れて右肺へと突き刺さった。

 護衛としての矜持か、クリュサオル聖を地上に抱えて降りるところまでは意識が持ったようだが、直後に仰向けに倒れた。

 

「ハァ、ハァ……! クソ、役に立たない護衛だえ!」

 

 倒れ伏したCP-0を蹴って逃げようとするクリュサオル聖の足元を凍らせて強制的に足を止める。

 カナタは肩口から流れる血を軽く止血して近づいていく。

 

「クソ、わちきは偉いのに……! 世界貴族だえ! この無礼は一体どういうことだ! この世界の〝創造主の血筋〟を、一体何だと思っている!!」

「天竜人は偉いが、()()()()だ。その権力を守っている者から引きはがせば、こうも脆い」

 

 天竜人に逆らったというだけで懸賞金を掛けられるだろう。

 海軍本部も動くだろうし、世界政府も動く。

 ならば目の前の天竜人一人くらい手にかけたところで大して変わりはしない。

 

「私も怒りの限界だったんだ。私を慕って船に乗る子を見世物にして、挙句奴隷にするだと?」

 

 赤く染まった氷の槍が、クリュサオル聖へと向けられる。

 カナタの深紅の瞳に射竦められたのか、彼は尻もちをついて何とか逃げようともがきながら命を乞う。

 

「や、やめろ! わちきはドンキホーテ・クリュサオルだえ! 天竜人で、〝創造主の末裔〟だぞ!」

()()()()()()()。海軍大将が動く? 世界政府を敵に回す? ()()()()()()()()()()

 

 カナタにとって、居場所はここにしかないのだ。

 親に捨てられ、孤児院に売られ、友もおらず、奴隷として売られていく人生を己の力のみで切り拓いた。

 ならばこそ、親のように頼られたならば、笑い合える仲間がいるならば、友がいるならば。

 竜殺しさえも厭いはしない。

 

「その心臓、貰い受ける──」

「やめ──っ!!?」

 

 カナタの槍は寸分たがわずクリュサオル聖の心臓を穿ち──そして、ついに〝声〟も消えた。

 

 

 

 




END 胎動/ウエストブルー

NEXT 代償/ドラゴンキラー


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第十四話:逃走

ENDって書きましたけど、この章はもうちょっとだけ続くんじゃ。
あと古戦場終わったのでペース戻します。週2(多分)くらいで。


「何ということを……!」

 

 ジュンシーとぶつかっていたチンジャオは、カナタの所業に怒りを露にする。

 天竜人が害されるというだけでも大事件だというのに、殺害されるなど前代未聞。世界政府も、海軍本部も、カナタの行動を許しはしないだろう。

 文字通り全世界が敵に回る。まともに生きて行くなど不可能だ。

 

「くははは! 遂にやりおったか。いつか大きなことをしでかすと思っていたが、ここまでとは!」

「笑い事か貴様! これは前代未聞だぞ……!!」

「前代未聞、大いに結構」

 

 ジュンシーは狂気的な笑みを浮かべ、チンジャオの懐に潜り込んで大きく吹き飛ばす。

 武装色による防御の上から殴ったにも関わらず、チンジャオに蓄積したダメージは大きい。口の中の血を吐き出し、ジュンシーを睨みつける。

 

「権力にも地位にも、金にも興味はない。儂はただ強者との戦いこそを望むまで」

「……だから貴様には八宝水軍を任せられなかった! お前ほど強ければ、私の右腕になれたものを!」

「任せられるつもりもなかったさ。軍を率いての戦いなど儂には向いていない」

 

 武装色を纏った拳が何度もぶつかり合う。

 ビリビリと強烈な衝撃波が辺りにまき散らされ、爆発したような音が何度も響き渡った。

 怒りの形相で殴りかかるチンジャオの攻撃を、ジュンシーは笑いながら丁寧に捌く。油断できる相手では無いとわかっているからには、一切の妥協を許さず本気でやるしかない。

 少なくともCP-0よりは強い以上、追いかけまわされる可能性があるならチンジャオはここで倒しておいた方が後々楽になる。

 

「この、大馬鹿者がァ──ッ!!!」

 

 八衝拳奥義、錐龍錐釘。

 氷の大地を叩き割るほどの一撃がジュンシーへと向かい、またジュンシーも同じように錐龍錐釘をチンジャオへと叩き込む。

 

「貴様との縁ならとうに切った! 儂は儂の道を行くまで!!」

 

 互いに必殺の一撃がぶつかり合い、衝撃で大地が割れる。

 どちらかが砕けるまで止まらないと思われたぶつかりあいは、横合いからとびかかってきたカナタによって突如として終わりを迎えた。

 

「今貴様と遊んでいる暇はない。事態は一刻を争う」

 

 意識の外から叩き込まれた強烈な蹴りをくらい、チンジャオは意識を飛ばして倒れ伏せる。

 ただでさえジュンシーとの戦闘で傷だらけだったのだ。意識の外から防御も出来ずに強烈な一撃を受ければこの結果も必定だった。

 ジュンシーは不満そうだが、そんなことを言っているほど暇な状況ではない。

 

「CP-0も一人取り逃がしている。海軍の軍艦もいる。下手に時間をかけると包囲網を組まれて一網打尽にされるぞ」

「……確かに、そう考えれば遊んでいる暇はないか」

「電伝虫は盗聴の恐れがあるが……時間との勝負だ。一刻も早く島を出る」

 

 カナタは胸元に隠していた子電伝虫を使い、船へと連絡する。

 数秒待ち、応答したのは船で待機していたクロだった。

 

『こちらクロ。なんかあったのか? さっきも誰かからかかってきてゼンが慌てて出てったけど』

大事(おおごと)だ。いつでも出航できるように準備しておけ」

『ん、よくわからんがわかった』

 

 特に理由も聞かず、カナタの言うように準備だけしておくと言って通話を切る。

 話が早いのはいいことだ。余計な手間が省ける。

 カナタとジュンシーの二人は港へと急いで向かいながら今後の対策を練ることにした。

 

「だがどうする。こうなった以上、海軍も追いかけてくるだろう。どこか行く当てはあるのか?」

「あるわけないだろう。だが……そうだな。追手がかかるなら逃げる必要はある」

 

 少なくとも今までのような生活は望めまい。サイファーポール程度ならカナタ一人で迎撃は事足りるが、海軍の軍艦が相手ともなれば難しい。

 

「天竜人を殺したんだ。海軍大将、政府の犬、賞金稼ぎといろんな奴から狙われるだろう」

「今更臆したか?」

「馬鹿を言え。私は退かん。誰が相手でも戦うまでだ」

「それでこそだ。少なくとも儂はお前についていこう」

 

 今まで商船として動いていた以上、いきなりの事態に船を降りると言い出す者もいるかもしれない。

 選別はいずれにしても必要になる。

 もっとも、降りることを選択したとて〝あの〟天竜人が見逃すとも思えないが、とカナタは考えている。

 

「とはいえ、足りないものはいくらでもある。 記録指針(ログポース)を手に入れなければ偉大なる航路(グランドライン)にも入れない」

「しばらくはこの海で物資の調達か」

「あとは船医だな。多少の怪我なら私たちだけでなんとかなったが、今後は必要だろう」

 

 無いものばかりで溜息を吐きたくなるが、それでも時間は進み続ける。

 一手間違えば為すすべなく殺されるだろう。

 現状、最大の敵は海軍だ。天竜人の護衛に誰が付いているかで状況は変わってくる。

 

「今回の海軍の護衛、誰が来ているか知っているか?」

「……いや。その口ぶりだと知っていそうだな、ジュンシー」

「ああ。今ここに来ているのは、ガープ同様に大将に近いとされる中将──センゴクだ」

 

 

        ☆

 

 

 花ノ国の宮殿内にて。

 天竜人の身辺警護は基本的にサイファーポールの仕事であるため、海軍が同行することは少ない。海上での護衛を終えれば特にやることはないのだ。

 だが、現在西の海(ウエストブルー)は秩序が不安定であるという情報の元、一時的に護衛としてセンゴクが就くことになっていた。

 本部を出るときは気合十分といった様子だったセンゴクも、実際に現地に来てみれば事件は収束済み。現在は安定を取り戻しているということで、宮殿内にて今後の予定の確認をおこなっていた。

 安全が確保されたのなら護衛はCP-0のみでいいとクリュサオル聖に言われ、しぶしぶ宮殿内に残ることになったためだ。

 国内では特に危ないこともないだろうと思い、茶を飲んで一服していた折に部下がノックもせずに扉を乱暴に開ける。

 

「ちゅ、中将殿! 大変です!」

「どうした。何か問題でもあったか」

 

 どうせ天竜人の無茶ぶりで何かあったのだろうと思ったセンゴクは、ややうんざりしながらも報告を促す。

 顔面蒼白で姿勢を正し、センゴクの部下は緊急事態であることを伝える。

 

「世界貴族〝ドンキホーテ・クリュサオル〟聖が、花ノ国に滞在中の商人に殺害されたとのことです!!」

「………………何?」

 

 思考が停止した。

 世界の常識を知っている者ならば決して行わない所業。それが今まさにおこなわれたという事実。

 センゴクの驚愕が収まらぬまま、部下は報告を続ける。

 護衛についていたCP-0が、死に際に残した言葉を。

 

「主犯は近年西の海(ウエストブルー)にて活動を活発化させているジョルジュ商会の一人、カナタという女性。護衛のCP-0を殺害し、現在逃走中とのことです!」

「……CP-0を破り、天竜人を殺害して逃走中だと!?」

 

 天竜人の護衛を任されるだけあって、CP-0の戦力はサイファーポール内でも最上位。それを食い破って天竜人の殺害をおこなったとなれば、相当の実力が無ければ不可能だとセンゴクは判断する。

 何より、手際よく逃走していることと言い、計画的な犯行だったのかと考える。

 もうすぐ日が暮れる。夜のとばりに包まれれば、追うのは至難の業になるだろう。

 しかし、今は何をとっても犯人である女を捕まえなばならないと判断し。

 

「すぐに港を封鎖しろ! 絶対に逃がすな!」

 

 

        ☆

 

 

 ジョルジュは泣きたい気持ちでいっぱいだった。

 絶対面倒事になるから表に出るなとカナタに言ったというのに、蓋を開けてみれば誰が表に出ようと天竜人に興味を持たれていたという事実。

 逃げ道がなかった。内容を聞いたとき、カナタは絶対に承諾しないだろうなと思ったのも本当だ。

 何気にこの五年間という付き合いの中でジョルジュもカナタのことはそれなりに理解している。

 だから素直にフェイユンを連れてきたときは驚いた。

 

「素直に連れてきたと思ったら……やっぱり物事ってのは上手くいかねェもんだよなァ……」

 

 あっという間に天竜人を怒らせ、自らの美貌をさらけ出して奴隷にされる寸前と来た。

 今も後ろからCP-0に追いかけまわされているが、フェイユンの方が足が速い。このままでも追いつかれはしないだろうが、ジョルジュは念のために船に連絡を入れて援軍を要請していた。

 フェイユンを狙っていると言えば飛んでくる、頼りになる援軍を。

 

「ヒヒーン!」

 

 前方からものすごい速度で疾走する馬の姿を視認し、ジョルジュは安堵したように息を吐く。

 フェイユンの肩に乗って移動していたが、相当揺れていつ振り落とされるか気が気ではなかったのだ。その点ゼンであれば大丈夫だろうと。

 もっとも、ゼンの背中に乗ったのはカナタ一人でそれ以外はジュンシーでさえ乗せようとはしていないのだが。

 

「おい、ゼン! 後ろにいるCP-0がフェイユンを狙ってる!」

「承知! 再起不能にします!」

「いやそこまでは」

 

 ジョルジュの言葉を最後まで聞かずに背後でCP-0とぶつかり合うゼン。

 六式の体術を相手に一歩も引かず、覇気のみで対等以上に──否、圧倒してさえいる。

 

「……やっぱスゲェな、あいつ」

「当然です。ずっと私を守ってくれてましたから」

 

 やや距離を置いたままゼンとCP-0の戦いを見守る二人。

 ゼンの槍を受け止めるたびにCP-0は雷に感電したように痙攣して動きを止める。ゾウ出身の者が使える、〝エレクトロ〟という力だ。

 悪魔の実の能力ではない、異質な力を前にして遂にCP-0は膝をつき、〝鉄塊〟で体を守るもその上から覇気で強化された槍をぶつけられて意識を飛ばす。

 あっという間にCP-0を打倒したゼンは、一息ついてフェイユンたちの方へと近づく。

 

「一体何があったのです。追われているというから慌てて出てきましたが、状況が飲み込めない」

「いやァそれがよ」

 

 カナタが天竜人に逆らったことを簡潔に話すジョルジュ。

 それを聞き、ゼンはうーむと腕を組む。

 

「そうですか。天竜人に……ではもうこの島にはいられませんね。船に戻って出航の準備をしましょう」

「立場も全部捨てることになるなァ」

 

 人手が足りないこともあり、拠点とするマルクス島から書類や金銭もすべて持ってきていた。人のいない事務所に置いておくと盗まれる可能性が高かったからだ。

 倉庫にはいくらかまだ残っている品もあるだろうが、固執すれば狙われる。捨てたほうが賢明だろう。

 ともあれ。

 

「まずは無事にこの島を出てからです。カナタさんとジュンシーさんが戻るまでには出港準備を整えねば」

 

 こんな時でも結局ジョルジュはゼンの背中に乗せてもらえず、フェイユンの肩の上で激しい揺れに耐えながら船へと戻る。

 ようやくついたころには慌ただしく出航の準備を整えつつあり、防寒着を着込んだクロが出迎えた。

 

「おー、早かったな。さっきカナタから連絡があって、すぐにでも出航できるようにしとけって」

「だろうな。幸い、荷物は全て降ろした後だ」

 

 あとは人さえ乗せてしまえば出航自体は出来る。

 天竜人に逆らった以上は海軍も出張ってくるだろうし、海軍が出張るなら港が封鎖されてもおかしくないとジョルジュは考え。

 カナタとジュンシーが早く戻ってくることを祈るしかない現状、やれることはないかと必死に頭を回転させていた。

 

「で、実際のとこ何やったのよ」

「天竜人に逆らった」

「マジか。ハハハ!」

 

 けらけらと笑うクロはカナタの心配など欠片もしていないようだったが、フェイユンは自分のせいだと思って気が気でないようだった。

 不安そうにカナタたちがいるであろう方向を見ては、周りに海軍の船が来ていないか確認をしてもらっている。

 こういう時は何もせずにいるより、少しでも出来ることがあればそっちに気を回していた方が心持ち楽になると考えたために。

 

「早く戻って来い、急がねぇと軍艦が来るぞ……」

 

 幸い、海軍の軍艦はカナタたちとは別の港に停泊してあったので今は姿が見えない。

 だがこの情報が海軍に伝わればすぐにでも港を閉鎖されるだろう。

 これは時間との勝負だ。

 

「──来た! 来ました! カナタさんたちです!」

 

 フェイユンが陸を指さし、声を上げる。

 同時に、海の方から砲撃音が響いた。

 

「ゼン!」

「承知!」

 

 飛んでくる砲弾を次々に弾くゼン。これが出来るのは現状、カナタとジュンシーを除けばゼンしかいない。

 海軍本部を今後相手取るにあたって、やはりこのままではだめだとジョルジュは直感的に意識した。

 

「急げ、逃げ切れなくなるぞ!」

 

 ジョルジュの叫びと同時にジュンシーが船へと飛び乗り、すぐに出航しろと伝える。

 同規模のガレオン船二つでも、軍艦数隻相手ともなれば大きさでも早さでも負けている。このまま逃げても道はない。

 それゆえ、カナタは足止めをするために残るというのだ。

 

「バカ言ってんじゃねェよ! 海軍本部だぞ! まともに相手してどうする!」

「だが誰かが足止めをせねば船ごと沈められるぞ! 海上で戦える奴だけが殿を務められるのだ!」

 

 中将こそセンゴク一人だが、ジュンシーとゼンを除けば海軍本部の佐官でも十分に脅威だ。まともに戦っては勝ち目がない。

 それになにより。

 

「奴が全力で戦うなら、我々は足手纏いだ。奴の能力の規模はよく知っているだろう」

「そりゃそうだが……いや、わかった。俺たちのトップはあくまでもあいつだ。あいつが決めたんなら、俺たちは従うだけだ」

「賢明だな。では一度オハラへ向かう。合流場所はオハラの近海だからな」

 

 

        ☆

 

 

 カナタが乗船しないままジョルジュたちは船を出し、それを追うために舵を切った軍艦の動きがふいに止まる。

 海が凍り、軍艦を止めている。

 海上には氷の槍を手に一人の女性が立っていた。逢魔が時の夕日が水平線の果てに消え、月が頭上から照らし始める。

 しかし空は雲に覆われて月は陰り、まともな明かりもないままにジョルジュたちを乗せた船は外海へと向かう。

 だが、軍艦に乗っているセンゴクはそれを許しはしない。

 

「何者だ!」

 

 氷の上に飛び乗ったセンゴクは、見聞色で捉えた一人の女性へと言葉を投げかける。

 返答を期待したわけではない。海軍として、最低限の儀礼としての問いかけに過ぎない。

 それでも、その問いには答えがあった。

 

「カナタ。お前たちが追っている最大の犯罪者だ」

「……貴様がそうか。だが、天竜人を殺めた以上はその首一つでは事は収まらん。全員捕縛していく」

「そうはさせないし、私も捕まる気はない」

 

 雪が降る。

 息が白く凍り付く。

 武装色の覇気で体を覆わねばたちまち凍ってしまいそうになるほどの外気に、センゴクは呟く。

 

「……これほどの力。なるほど、報告にあったように自然系(ロギア)、ヒエヒエの実の能力者か」

「そうだ。海の上ということは私にとって有利に働く」

「笑わせるな。その程度で、おれを倒せるとでも思ったか!」

 

 ヒトヒトの実の幻獣種、モデル〝大仏〟。

 自然系(ロギア)よりさらに希少なその力で巨大な大仏の姿となったセンゴクに対し、カナタは気負うでもなく笑みを浮かべる。

 倒せるなどとは思っていない。もとより力の差なら見聞色でもわかるほどだ。

 それでも、やらねばならないと覚悟しているがゆえに。

 

「行くぞ。甘く見ればその首を落としてやる」

「抜かせ。叩き潰してくれる!」

 

 二人は同時に飛び出し、武装色を纏わせた槍と拳がぶつかり──同時に、二人の覇王色がぶつかって氷の大地を裂いた。

 

 

        ☆

 

 

 夜が明ける。

 氷の海はひび割れ、砕け、氷山の如く巨大な物体が形成されたところもあった。

 未だ曇天は続き、凍り付いて完全に動きを止めた軍艦の上でずぶ濡れのセンゴクは怒りの形相で水平線を睨みつける。

 

「やられた……クソ、すぐに軍艦を動かせないのか!」

「無理です! 海が凍っているのもありますが、その、この雪が……」

 

 天候さえも操り、海と同様に軍艦さえも完全に凍らせてしまっていた。

 派手に戦ったために氷は一部砕けているが、それさえ利用されてセンゴクは海に突き落とされたのだ。

 そうでなければ、取り逃がすことなどありえなかった。

 

(天候さえ操って、おれを出し抜くなど……奴の見聞色は、そこまで強力ではなかったはずだ)

 

 月明かりの無い夜の海でも、見聞色が十全に働いていれば敵を見失うことなどない。加えてセンゴクの見聞色はごく近い未来を読むことさえできた。

 加えて、強靭な肉体と武装色によってカナタの攻撃はほぼセンゴクに通っていない。センゴクの攻撃はカナタの実体を確実に捉えてダメージを蓄積している。

 逃がす要素など一つもなかった。

 負ける要素さえ一つもなかった。

 それでも、センゴクはカナタを取り逃がしたのだ。

 理解しがたい。理解しがたいが、あるいはセンゴクとの戦いを通して成長したとでもいうのか。

 悪態をつきたいところだったが、理性で押しとどめて指示を出す。

 

「急いで氷を融かせ! 奴とて致命傷のはずだ、そう遠くまでは行けない!」

 

 コング元帥に報告するのが憂鬱だな、と考えながら、センゴクは歯を食いしばっていた。

 

 




作中は真冬ですけど現実は夏なので皆さん熱中症にお気を付けください。
私は既に一度熱中症で倒れました。

ちなみに最後のセンゴク戦、海上ではなく陸上だったら間違いなくカナタの完封負けでした。


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第十五話:〝この出会いは運命だ〟

 

 ──この出会いは、きっと運命だ。

 大海賊時代が幕を開ける、その十年前の出来事。のちに〝海賊王〟と呼ばれる男と、〝雷帝〟と呼ばれる少女の最初の出会い。

 

 

        ☆

 

 

 冷えた空気の中で大きく深呼吸をし、早朝の霧が濃い海の中で朝を迎えたことを実感する。

 今日も寒いな、と見張りに立っている船員に声をかけ、冷たい水で顔を洗う。

 ぼさぼさの金髪をかき上げ、オールバックに纏めて甲板へと戻る。

 

「霧が濃いな。大丈夫か?」

「あァ、この辺りには岩礁もないはずだし、大丈夫でしょう」

「そうか、ならばいいが……ん?」

「どうしました、副船長」

 

 副船長と呼ばれた男は、船の淵に立って真下を見る。

 船の横っ腹に小さい流氷がぶつかったのか、と小さく聞こえた音の正体に納得し、船体に傷がないことに安堵する。

 流氷にぶつかって穴が開いては水が入り込んで沈むこともある。気を付けろよ、と見張りに声をかけて剣を片手に流氷へと飛び降りた。

 このままにしておくわけにもいかず、破壊しておこうと思ったためだ。

 

「……これは」

 

 飛び降りた流氷に乗っていたのは、全身血塗れで倒れた一人の少女だった。

 ふむ、と顎をさすって脈を測り、かろうじて生きていることを確認する。だが傷を見る限りかなり拙い。

 加えてこの寒さ。低体温症になりかかっている。すぐに手当てせねば手遅れになるだろう。

 

「おい、部屋を開けろ! 怪我人だ!」

「怪我人? こんな海のど真ん中に!?」

 

 抱き上げて船に戻った男は血塗れの少女を船室へと運び、テキパキと傷を手当てしていく。

 頭部からも血が出て顔がよくわからなかったが、手ぬぐいで拭いてみればかなりの美人だとわかる。

 黒曜のように艶のある長い黒髪。整った顔立ち。白磁を思わせる白い肌。シンプルなドレスは傷だらけで左腕は骨が折れている。

 もうこの服は着られないだろう、というレベルで破れているし、ほとんどぼろきれと言って差し支えなかった。

 

「おう、どうした朝っぱらから! 変な奴を拾ったって聞いたがよ!」

「うるさいぞ」

「遭難者らしい。これだけ傷だらけとなると、海賊にでも襲われたのか」

 

 俺たちが言えることじゃねェな、と笑う。

 ある程度の応急処置は終わった。ぱっと見で大きな傷といえば左腕の骨折くらいだが、肋骨も何本か折れているようだ。こちらも手当はしたが、少女は中々起きない。

 しばらくは休ませてやれ、とぞろぞろと集まってきた船員を散らし、朝食にすることにした。

 そのうち目を覚ますだろう、と。

 そうして一度部屋から出て、皆が朝食に向かったことを確認し、一人部屋へと戻る。

 ベッドの横に立ち、男は声をかけた。

 

「起きているんだろう。あまりおおごとにはしたくなさそうだったから、他の連中には外に出て貰ったが」

「……気付いていたのか」

「それだけ警戒されていれば嫌でも気づく。海賊なら手負いの女性にも乱暴する輩はいるから、その警戒心は間違っているとは思わんがね」

「この状態でお前たち全員を相手にするのは面倒だからな。一人ずつ殺すつもりだった」

「それは怖い」

 

 小さく笑みを浮かべ、男は椅子に座って話を続ける。

 カナタはベッドから起き上がろうとしたが、肋骨が折れていて痛みに顔をしかめ、起き上がることを諦める。

 そのさい服を脱がされて下着の状態で包帯を巻かれていることに気付いたが、さして気にせず、それでも胸元までシーツを寄せる。

 

「おれはシルバーズ・レイリー。君の名を聞かせてほしい」

「……カナタ」

「ではカナタ。君は何故この冬の海を漂流していた?」

「漂流していたわけじゃない。とある島から逃げていたら、傷がひどくて途中で倒れただけだ」

「なるほど……怪我をした原因を話すつもりはあるか?」

 

 首を横に振る。

 すべてを話すつもりはなかった。

 そうか、とレイリーは頷き、それ以上を追求することはなかった。

 

「腹が減っただろう。かなり弱っているようだから、消化のいいものを取ってこよう」

「……感謝する」

「なァに、君は将来美人になる。おれは美人に目が無くてね」

 

 笑いながら部屋を出ていくレイリー。

 部屋の中で目をつむり、カナタは静かに一人考える。

 

(ひとまず生き残ったか……センゴクめ、捕縛すると言いながら殺す気でやったな)

 

 体全体に鈍痛が走っている。疲労感もすさまじく、しばしの休息が無ければまともに動くことさえままならないだろう。

 致命傷だけは避けたが、放っておけば死んでもおかしくない出血量だったのは確かだ。近くの籠に入れられているボロボロの服を見ればよくわかる。

 レイリーに抱き上げられた時点で意識を取り戻してはいたが、体がろくに動かなかったために好きにさせていた。欲情されることはよくあるが、レイリーからはそういった感情をあまり感じ取れなかったことも理由の一つだ。

 ついでに言えば、船内に潜り込んだ方が後々始末もしやすいだろうと思ったこともある。

 

(しかし、シルバーズ・レイリー……となると、この船は)

 

 そこまで考えたところで、扉が勢いよく開けられる。

 

「おう! 目が覚めたか!」

 

 麦わら帽子をかぶった精悍な顔つきの男がどかりと椅子に座る。

 その後ろからレイリーが食事を持って部屋に入り、カナタのベッドの横に台を持ってきてその上に置く。

 

「おれはゴール・D・ロジャー! 海賊だ!」

「……噂は聞いているよ。ロジャー海賊団」

「そうか! おれたちも有名になったもんだ。なァレイリー!」

 

 がははと笑うロジャーに対し、レイリーは肩をすくめる。

 カナタはゆっくりと体を起こし、レイリーが運んできた食事に手を付ける。見聞色でも悪意は感じられなかったため、食事に毒も入っていないだろうと判断した。

 下着姿のままというのも不憫に思ったのか、レイリーは大きめのシャツを持ってきてカナタの背にかける。

 シャツの前を適当に閉じてゆっくり食事をし、その間にロジャーからいくつか質問が飛んでくる。

 

「お前どっから来たんだ?」

「拠点としているのはマルクス島だ。先日までは花ノ国にいた」

「花ノ国からこの辺りまでってなると、結構な距離だぞ。どうやって移動してきたんだ?」

「海の上を歩いて」

 

 冗談だと思ったらしく、ロジャーもレイリーもカナタの言葉を笑って「そんなバカな」と否定する。

 だが、マルクス島が拠点ということでレイリーには心当たりがあったらしい。

 

「あそこを拠点にしているというと、最近評判のジョルジュ商会の関係者か? 花ノ国とも取引が増えて行き来が頻繁におこなわれていると聞く」

「……耳聡いな。私はそこで働いている」

「ってなると、船が海賊か何かに襲われたか?」

「いや……そういうわけじゃない」

 

 一晩あけた今、情報がどれだけ飛び交っているのかもわからない。

 流石に昨晩のことが今日の朝刊に載るというのも考えづらいが、相当額の賞金首になっている可能性は十分にある。

 海賊の前で高額の賞金首が弱っているとなれば、名を上げるために殺される可能性だってある。彼らがそうだとは思わないが、カナタは警戒を解くことが出来なかった。

 ロジャーは警戒しているのを感じ取ったのか、少しだけ真面目な顔で話す。

 

「話しづらいなら話さなくても構わねェ。何ならマルクス島まで送ってやってもいい」

「……随分と親切だな?」

「最近は特にやることねェからな」

「海賊が不景気なのは我々にとって良いことだ」

「そりゃそうだ!」

 

 膝を叩いて笑うロジャー。喜怒哀楽の表現がいちいちオーバーなこの男を見ていると、ついカナタの口元も緩むというもので。

 それを見たロジャーとレイリーは顔を見合わせてまた笑う。

 ずっと気を張っていたカナタの緊張がほぐれたと感じたのか、ロジャーは更に軽口を叩く。

 

「笑うと可愛いじゃねェか! しかめっ面してねェで笑えよ、嬢ちゃん」

「……私は十五だ。嬢ちゃんなどと呼ばれる年ではない」

「おれ達からすれば十分ガキんちょだぜ」

「そうとも。何があったのかは知らんが、我々は君を害したりはしない。そんなに気を張る必要などないのだ」

「海賊に言われてもな」

「わはは、それもそうだ!」

 

 騒がしい食事を終え、部屋の外からちらちらとこの部屋のことを探ろうとしている者がいることに気付く。

 レイリーはそれを諫めるために一度部屋を出ていき、部屋の中にはカナタとロジャーだけが残った。

 

「……マルクス島には向かわないほうがいい」

「そりゃまたなんでだ?」

「あそこは今海軍本部の軍艦が網を張っているだろう。お前たちも、海賊なら下手に相手をしたくはないはずだ」

 

 笑っていたロジャーの顔が真剣になる。

 顎をさすり、じっとカナタを見て「嘘を言ってるわけじゃねェらしいな」と呟いた。

 

「だが、なんで海軍本部の軍艦が?」

「私を捕えるためだろう。世話になってありがたいとは思うが、あまり関わりすぎると海軍本部に追われることになるぞ」

「構わねェよ、今更。こちとらガープの野郎に嫌って程追いかけまわされてんだ」

 

 ロックスを倒したと噂される、海軍の英雄ガープ。それに追いかけまわされてなお未だに捕まっていないのだから、実力は本物なのだとわかる。

 実際、見聞色で感じ取っても満身創痍のカナタでは手も足も出ずに負けるだろうとわかるほどだ。

 にやりと笑みを浮かべ、ロジャーは言う。

 

「お前、おれの仲間にならねェか?」

 

 カナタは目を丸くした。

 

「…………断る」

「何でだ? 追われてんだろ?」

「追われているが、私にはまだ残っている仲間がいる。彼らを見捨てることはできない」

「そうか、なら仕方ねェな」

 

 いやにあっさりと引き下がるロジャー。

 彼も「仲間のため」というところに何かしら思うところがあるのだろう。

 

「じゃあどこに向かう? 合流場所は決めてんのか?」

「オハラへ向かってくれ。近くまで行けば合流は出来るだろう」

 

 オハラの近海で合流すると打ち合わせをしておいたが、現地に行くまでは合流できるかわからない。

 大雑把な合流地点だが、下手にどこかの島で合流すると関連を疑われて世界政府が来る可能性もある。だから本来ならオハラへは近寄ることもしたくなかったが──どうしても、別れを告げたい相手がいた。

 

「よし、オハラだな。任せろ──野郎ども! 出航だ!

 

 にやりと笑ったロジャーは扉をあけ放ち、一路オハラへ向かうと船長権限で決めた。

 特にどこに向かうという目的はなかったためか、レイリーを含む船員たちは文句も言わず船の方向を変え始める。

 気のいい船乗りたちに助けられた幸運を、今更ながらに感謝したい気持ちでいっぱいになった。

 

 

        ☆

 

 

 オハラまでそう遠い距離ではなかった。

 船で二日ほどというところで、その間ロジャーの船員は皆こぞってカナタの病室を訪れていた。

 男ばかりで華がないというのもあったのだろうし、レイリーがカナタを拾った次の日の新聞に大々的に手配書が載っていたからでもある。

 

「わはははは!! まさかお前みたいなガキんちょが三億を超える賞金首とはな!」

「全くだ。世の中わからんな」

 

 天竜人を殺し、センゴクを含む護衛の軍艦を足止めしてつけられた額は実に三億八千万ベリー。

 何故か花ノ国で大暴れして港一つを全壊させたのもカナタのせいになっていた。あれはイシイシの実の能力者のせいなのだが、どこかで情報がねじ曲がったらしい。

 世界政府お得意の情報操作だろうとカナタは気にも留めなかったが。

 

「私の仲間を奴隷として引き渡せと言われたのだ。頭にきて護衛ごとぶち殺した。センゴクと戦った際には流石に死ぬかと思ったがな」

 

 事実、レイリーに拾われていなければ死んでいてもおかしくないくらいの傷だった。

 命の恩人である以上、いずれ恩を返したいところではあるが。

 

「センゴクと戦って無事に生きてる時点でスゲェよ、お前は。やっぱうちの海賊団に入らねェか?」

「断ると何度言わせる。私を待っている仲間がいるんだ、彼らを見捨てられない」

 

 指先に小さい氷を作ってデコピンで弾く。

 ロジャーの額にコツンと当たって床に落ち、コロコロと転がってレイリーの足元で氷が止まる。

 

「悪魔の実か。珍しいな」

「この辺りの海にそうそういるものではないからな。偉大なる航路(グランドライン)では珍しくもないと聞くが」

「そうか? そんなにみたことはねェがな。おれ達の運が悪いだけか」

 

 ロジャーたちが主に活動しているのは偉大なる航路(グランドライン)の後半の海、新世界と呼ばれる海だ。

 〝白ひげ〟や〝金獅子〟をはじめとして多くの能力者がいる海だが、ロジャーはそれほど多くの能力者と出会ったことはないらしい。

 

「運次第だろうな。私は仲間と合流した後偉大なる航路(グランドライン)に入る予定だ。またいずれ会うこともあるだろう」

「そん時は敵同士だなァ」

「命を救って貰った恩がある。お前たちと戦おうとは思わんよ」

 

 恩は返す。困ったことがあれば連絡しろと電伝虫の番号だけ渡しておくことにする。

 連絡が来るとも限らないが、これで縁が完全に切れるということもないだろう。

 か細い縁でも、つながっているならいつかまた出会うこともある。

 

「そろそろオハラだ。どの辺に船があるかわかるか?」

「適当にうろついていれば子電伝虫の電波圏内に入るだろう。すぐにわかる」

 

 だが、その前に一度やっておくことがある。

 カナタは貰った服を着て船の淵に立ち、改めてロジャーへと礼を言う。

 

「ありがとう。お前たちのおかげで死なずに済んだ」

「気にすんな! また会う日を楽しみにしてるぜ」

「ああ、いつかまた会うときも、我々は君を歓迎しよう」

 

 なんだかんだと仲良くなったため、ロジャーの船員たちも名残惜しそうにしている者がちらほらといる。

 カナタは小さく笑い、あまり長居をすると別れられなくなると感じて島を前に船から飛び降りた。

 

「えェ!? お前能力者だろ!? 泳げないんじゃ──」

「え、おいあれ……海の上を歩いてる!?」

「私は〝ヒエヒエの実〟の氷結人間だ。海の上を歩くことくらい訳はない」

「そ、そうか……ひやひやさせやがって……」

 

 船の淵に一気に集まり、海の上を普通に歩いているカナタを見て驚く面々。

 心臓に悪いな、などと言いながら安堵のため息を一斉に漏らす。

 その光景を見てまた笑い、カナタはオハラへと歩を進める。島が見えているのだから、それほど時間はかかるまい。

 最後に一度だけロジャーの方を振り返り、別れの言葉を告げた。

 

「さらばだ。次は偉大なる航路(グランドライン)で会おう」

「おう! その時はもう少し良い女になってろよ!」

 

 余計なお世話だと思いながらも、カナタは手を振って反転していくロジャー達を見送り、自身はオハラへと向かう。

 おそらく、もう会うことは無くなるだろうクローバー博士などの知り合い……そして、オルビアに別れを告げるために。

 




ロジャー海賊団の情報が断片的にしかないのでほぼほぼ想像で補ってます。
バギーとシャンクスはまだ乗ってない時代。

9/1
グランドラインに入ったことがない→主な活動場所はグランドラインの新世界
と修正しました。


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第十六話:きっといつか会う日を

 〝竜殺しの魔女〟カナタ。

 天竜人を殺害し、護衛についていた海軍の艦隊と戦ってなお逃げ延びた西の海(ウエストブルー)最悪の犯罪者。

 初頭での手配で三億八千万ベリーという前例のない額を付けられた少女。

 花ノ国でその事件があった二日後、大ニュースとなって世界に広まったその手配書を見て、オルビアは酷く心配していた。

 五年間ほどの付き合いだが、意味もなくこのようなことをする少女ではないことをよく知っている。だが、同時に必要ならこれくらいのことをやってしまいかねない〝武力〟を持つことも知っている。

 英知の樹にある多くの本を読み、様々な知識を蓄えては世間話をしていた妹のような存在。

 

「あの子……大丈夫かしら」

「ワシらが心配してもどうにもならないが……せめて、無事を祈るしかないだろう」

 

 オルビアの隣に座るクローバー博士もまた、カナタのことをよく知る一人だ。

 考古学の識者が多く集まるこの島で、貪欲に知識を求める彼女の姿勢は学者としても好ましかった。

 当人は学者よりも商人の方が性に合っていると言っていたが。

 まぁ商人と言っても、カナタ自身は荷物を運ぶ護衛をしていただけなのだけれど。

 

「無事でいれば……そうね。無事でいてくれれば、それだけで」

 

 きっとまた逢う日が来るだろうと、そう思っていた。

 その日の夜更けのことだ。

 普段から英知の樹に入り浸って失われた過去の歴史──いわゆる〝空白の百年〟を研究している彼ら彼女らは、夜遅くに研究していることが多い。

 世界政府には禁止されている行為であるため、地下でひっそりと誰にも知られることなく行われている。

 丁度休憩を挟むために地上部へと戻った際、控えめなノックに気付いたオルビアは学者の誰かが来たのだろうと思い警戒心も薄くドアを開ける。

 瞬間、口元を手でふさがれて強引に中へと押し入られた。

 

(──っ!?)

 

 護身術くらいは出来るが、目の前のフードを目深に被った誰かはそんな隙さえ見せずに足でドアを閉めた。

 そしてオルビアの耳元へ「静かにしてくれ」と小声で言う。

 声を聴いてすぐにわかった。

 彼女はオルビアの口元から手を戻し、目深にかぶったフードを少しだけ上げて顔を見せる。

 

「カナ──」

「静かに、と言っているだろう」

 

 思わず叫びそうになったオルビアの口元を再度手で押さえる。

 バツの悪そうな顔をして、大丈夫だと数度頷いて手を退けて貰う。

 驚きはあったが、今は喜びの方が大きい。もう会えないかもしれないと思っていた妹分と再会できたのだから。

 

「カナタ、無事だったのね」

「無事、とは言い難いが……生きてはいるな」

 

 包帯でぐるぐる巻きにされた左腕を見せながらカナタは肩をすくめる。指先だけは出ていたので物を握るくらいは出来るが、戦闘などもってのほかだ。

 フードで隠されているが、よく見れば頭にも包帯が巻かれている。着ている服は男物でぶかぶかなので怪我の度合いを測ることは難しいが、ちらりと見える包帯からでも怪我をしていることはわかる。

 少なくとも、オルビアはカナタがこれほど怪我をしているところは初めて見た。

 自然系(ロギア)の能力者であることも要因の一つだが、単純にオルビアから推し量れないほどにカナタが強かったのもある。

 ()()カナタがこれほどまでに大怪我をしているのだ。

 

「……大丈夫なの?」

「……私は、もうこの島に来ることは出来ないだろう」

 

 オルビアの質問には答えない。

 漠然とした質問でも、カナタにはオルビアが何を聞きたいのかがわかる。それでも。

 大丈夫かもしれない。大丈夫じゃないかもしれない。そんな漠然とした答えを、返したくはなかった。

 

「この島と他をつなぐ定期航路の便、英知の樹によく訪れていたということ……政府は、恐らくオハラを私につながる手掛かりとして執拗に迫るだろう」

 

 拠点としていたマルクス島にもよく話す相手はいたが、表面的だったのは知っている。彼らはカナタに関する情報を売ることに躊躇いはないだろう。

 何せ、彼らにとってカナタは化け物だから。

 便利だからよく利用していたというのもあるし、表向きは能力者ではないジョルジュが仕切っていたということもあって商売は上手くいっていた。だが、カナタに対しては恐怖を抱いていたことはよく知っている。悪魔の実の能力者の扱いなどどこもそんなものだ。

 だから、カナタは基本的に拠点とするマルクス島の家には私物をほとんど置かなかった。船室に用意された部屋が唯一の居場所だったから。

 しかし、オルビアたちはそうではなかった。

 

「私のことを政府に売っても構わない。お前たちの身の安全を最優先にしてくれ」

「そんな……そんなこと、出来るわけないじゃない!」

「政府に目を付けられてはお前たちも困るだろう」

「それは……でも、だけど!」

「私なら大丈夫だ」

 

 大怪我している状態でそれを言われても説得力がない。

 カナタのことを心配して引き下がろうとしないオルビアに対し、カナタは困ったように笑う。

 

「参ったな。せめてオルビアには心配を掛けまいと思ったのだが」

「無理に決まってるじゃない。私は貴女を妹のように思ってるんだから」

「……そう、か」

 

 考古学者の島と呼ばれているが、島民全員が学者というわけではない。生活が成り立たなくなるので当然といえば当然の話だ。

 オルビアの弟もまた学者ではなく、カナタは姉弟でこうも違うものかと驚いた記憶がある。 

 英知の樹に入り浸って研究ばかりしているため、カナタと顔を合わせるのと然程変わらない頻度でしか家族と会わないという。

 とはいえ、色恋沙汰と無縁というわけではない。

 

「なら、妹分からの最後の頼みだ。もうすぐ結婚するのだろう? 余計ないざこざを抱え込まないほうがいい」

 

 それを言われると恥ずかしいのか、オルビアは頬を染めて目をそらす。

 だがこれだけは言わないといけないと思ったのか、睨みつけるようにカナタの方を見た。

 

「最後の頼みだなんて、やめて……また、いつか会いましょう」

「そうだな。その時はオルビアの子供と会うことを楽しみにしよう」

「気が早いわよ……でも、そうね。気軽に会うことも出来なくなるものね」

 

 もしかすると、本当に一生会うことが無くなるかもしれない。

 世界は広く、赤い土の大陸(レッドライン)凪の帯(カームベルト)で隔てられている。他の海に移動してしまえば、戻ってくることは容易ではない。

 それでも再び会うことを願って。

 二人は抱擁を交わし、程なく分かれた。

 カナタはフードを目深にかぶりなおし、英知の樹の外へと出る。オルビアはそれを見送るために外に踏み出し、冷えた空気に少しだけ体を震わせた。

 そうだ、とカナタはふと思い出して足を止める。

 

「借りていた本、返せそうにない。クローバー博士に謝っておいてくれ」

「……馬鹿ね。いつでもいいわよ、そんなの。きちんと返しに来なさい」

「そうか。それなら、いつか返しに来る」

 

 カナタは小さく笑って、返答したオルビアを見ることなく夜のとばりの中へと消えていく。

 雲がかかって星は見えない。薄暗い、どこか不安を煽るような夜だった。

 

 

        ☆

 

 

 子電伝虫を片手に海上を歩くカナタ。

 電波を盗聴される恐れはあるが、持ち主に向かって引き寄せられる特殊な紙──〝ビブルカード〟もない以上はこうでもしなければ合流は難しい。

 夜は一段と冷える。

 今は平気だが、あまり動き回るのも傷に障るだろう。早めに見つけたいものだが、と考えながらオハラ近海を歩き回っていた。

 時刻は真夜中に差し掛かろうという頃、子電伝虫の電波がつながった。

 

『──無事だったか!』

「あいにく無事とは言い難いが、生きてはいる」

 

 安堵したようなジョルジュの声と、それ以外のざわめきが聞こえてくる。

 子電伝虫の電波圏内にいるならそれほどの距離はない。海軍が近くにいる可能性もあるが、合流することを優先することにして信号弾を上げるという。

 

「そちらの方がいいだろうな。確認できればいいが」

『今日は星明りもない。信号弾は目立つだろうから大丈夫だろ』

「そうだな──見えた」

『よし、じゃあ早速戻って来い』

 

 打ち上げられた信号弾が尾を引いて空へと吸い込まれるように飛んでいく。

 その光を見つけ、カナタは方向を修正して海の上を駆けて行った。

 程なく船を見つけ、その船の甲板へと飛び上がる。気になったことといえば、二隻あったはずの船が一隻しかないことだが。

 

「カナタさん! 無事だったんですね!」

「フェイユンか。お前も無事のようでよかった」

「はい。カナタさんのおかげです。でも私、心配してて……それにやっぱり怪我してます。もう無茶はしないでください」

 

 早速駆け寄ってきたフェイユンは今にも泣きそうな顔でしゃがみ込み、出来るだけカナタと目線を合わせようとしていた。

 カナタはフェイユンの冷えた頬をさすり、バチンと大きな額にデコピンをする。

 「あうっ」とのけ反った彼女に対して、カナタは腰に手を当てて呆れたように話す。

 

「これは私のエゴだ。フェイユンが気にすることじゃない」

「でも……」

「じゃあ、今度はお前が私を守ってくれ。きっとそれが出来るだけの力があるだろうから」

「……はい!」

 

 何度も頷き、強くなるんだと決心を固めるフェイユン。

 話が終わったことを感じ取ったのか、船室からぞろぞろと船員たちが出てくる。

 ただし、その数は少ない。仕事の関係もあって三百人近くの船員が詰めていたはずだが、今はその十分の一程度の数だけだ。

 これは一体どういうことなのか。首をかしげながらジョルジュへと視線を向ける。

 

「あー、なんだ。これはだな」

「端的に言うと、単なる労働者連中だった奴らは軒並みもう一つの船に乗り込んでマルクス島に帰った。『俺たちは無関係だから帰らせてもらう』ってさ」

 

 ジョルジュが言い淀んでいたところにクロが気負うでもなく端的に説明する。

 カナタのやったことは世界を敵に回すといっても過言ではない。それについていけるかと言われれば、やはり出来ないと思ったものがいたのだろう。

 元々ただの肉体労働者として雇った連中だ。そこまでの忠誠心など求めていないし、双方にとって不要な要素だった。

 

「そうか。それならそれで構わん」

 

 残ったのは最初期からいたジョルジュとその部下。それにジュンシー、クロ、フェイユン、ゼン。

 総勢三十三人しかいなくなってしまったが、これはこれで不都合もない。帰っていった彼らにも家族がいるのだから、選択を非難することはしない。

 昔の人数に戻っただけだ。

 ……それに、今更無関係だからと島に戻ったところで世界政府が鵜呑みにするとも思えなかった。

 

「それで、色々と話すべきことはあるが」

「これからどうするんだ、お嬢」

 

 ジュンシーとクロはそこが気になっていたようで、カナタへと質問を投げかける。

 対して、カナタは簡潔に答えた。

 

「──偉大なる航路(グランドライン)に入る」

 

 このまま西の海(ウエストブルー)を逃げ回っていてもいいが、せっかく人間関係がリセットされたのだ。

 多少冒険してもいいだろうと判断した。

 それに、顔がよく知られているこの海にいるよりも偉大なる航路(グランドライン)の方が身を隠しやすいだろう。

 海軍本部も世界政府も本腰を入れて捜索活動に移るはずだ。出来る限り目立つ行動は避けたい。

 

「オレ達もお尋ね者って訳だ。海賊でも名乗るか?」

「自分から海賊を名乗る気はない。海賊旗も不要だ」

「そうか?」

 

 ロジャー達のように海賊だと堂々としているのもどうかとは思うが、カナタとしては出来れば身を隠しながら動きたかった。

 大々的に動くのはある程度戦力が充実してからでなければ磨り潰されるだけだろう。

 もっとも、戦力を集めて何をするかという話になるのだが。

 

「せっかくだ。誰も踏破したことがない偉大なる航路(グランドライン)の踏破でも目指してみるか」

「そりゃあ……面白そうだが、かなり厳しい道のりになるぞ?」

「構うまい。元よりほかにやることもないのだからな」

 

 目標は難しいほどいい。

 追われるだけの人生ほどつまらないものもないだろう。達成が難しい目標を掲げていれば、少なくとも生きる意味はある。

 そのついでに世界政府と一戦交えることになるかもしれないが、その時はその時だ。

 黙ってやられるつもりはない。

 

「おし、決まりだな」

 

 目標は偉大なる航路(グランドライン)の制覇。

 そのための準備が必要だ。記録指針(ログポース)がなければ島から島に移動することすらままならないし、食料や水の不足もある。

 偉大なる航路(グランドライン)一つ手前の街に向かい、諸々の必要なものを買い揃えなければならない。

 

「忙しくなるなァ」

「賞金稼ぎに海軍、政府の追っ手……歯応えのある敵がいればいいが」

「私、頑張って皆さんを守ります!」

「ヒヒン! 賑やかになりそうですね!」

 

 カナタの決定に従い、各々が今後の旅路に思いを馳せる。

 まず目指すべきは偉大なる航路(グランドライン)の入り口であるリヴァースマウンテン。その手前の街。

 西の五大ファミリーの一つ、ラーシュファミリーが治める場所だ。

 

「──では、征くぞ。出航だ」

 

 

        ☆

 

 

 そうして、オハラ近海から移動を始めて三日後。

 海軍本部の大将が発令した〝バスターコール〟にて、マルクス島が焦土と化したことが報じられた。

 

 

 




この章は今回の話にてようやく終幕。
次回から章が変わります。グランドライン入口~グランドライン前半のどこかの島までになるかなと思ってます。


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今章のキャラまとめ

二章のキャラまとめです。
一章のまとめ同様、微妙に裏設定とかありますが本編には特に関係してこない(多分)ので読まなくても大丈夫です。


 大海賊時代の幕開けまで、あと10年。

 

 所属 ジョルジュ一家

 

・カナタ

 本作の主人公。15歳。自然(ロギア)系ヒエヒエの実の氷結人間。

 〝竜殺しの魔女〟懸賞金3億8000万ベリー。

 黒髪赤目の美少女。五年間で成長して、出るところが出て引っ込むところは引っ込んでいる。

 五年間で無自覚に多くのロリコンを生み出した。

 素手でも強いが基本は槍を使う。

 

 マルクス島を拠点としていくつもの島をつなぐ定期航路を開拓した。既得権益を持つ商人たちに「自分たちの商売が脅かされている」として邪魔されたこともあったが、カナタがしおらしく挨拶に行くと大体鼻の下を伸ばして許してくれる。世渡りに慣れすぎてジョルジュからは恐れられた。

 ちょくちょく海賊の襲撃を受けてなお迎撃に成功していることもあって、荷物を安全かつ確実に運んでくれると評判の商人兼運び屋として有名になりつつあった。

 厄介事が爆弾持ってきて気付いた時には手遅れということが多い。

 五年間で血の気が多くなった。

 

 巨人族のフェイユンとミンク族のゼンを拾う。

 またもジョルジュの顔が百面相することになったが、素知らぬ顔で手を差し伸べている。

 見聞色、武装色、覇王色の覇気を自在に操ることが出来るようになり、ジュンシーと同等以上に戦えるようになっている。

 センゴク相手に決死の覚悟で戦いを挑み、生死の狭間で極限の集中力を発揮することで一瞬だけセンゴクの見聞色を上回り、海に叩き落して逃走に成功。

 偶然西の海に来ていたロジャー海賊団に拾われることで生き延びる。

 ついでのようにCP-0と戦闘した際に〝紙絵〟を除く六式を見ただけで習得した。悪魔の実の能力も本人の実力に比例して強くなっており、天候に干渉出来るまでになった。

 

 オルビアとは姉妹のように育ち(主にオルビアが一方的に可愛がり、カナタはそれを無抵抗で受け入れる形で)、家族よりも家族らしい間柄になった。

 最大の懸念は政府がカナタと関係が深いオハラに手を伸ばすことだったが、幸か不幸かマルクス島がバスターコールで焦土になるだけで済んだ。

 肉体的にも精神的にも常人と比べて「強すぎる」ため、一見すると人間味が薄いように見える。しかもこれからまだ強くなる。

 

 かつて育った孤児院の院長はカナタが賞金首として大々的に手配書が出回った際、「××××が賞金首に……?」と呟いたという。

 偽名を使っても一目でわかる両親の面影の残る姿に、院長は複雑そうな表情を覗かせたとか。

 

 

・ジュンシー

 赤い髪に筋肉質な肉体が特徴的な男。28歳。

 5年間カナタに修行を付けていたら自分と同格になるまで強くなっていてちょっと焦っている。

 安定した生活を送れているが退屈な現状に嫌気がさし、組織を離れるか考え始めていたところにフェイユンたちが現れ、あれよあれよという間に天竜人を殺害して追われる身になったので、笑いながら「カナタの下に居たほうが労せず戦う機会に恵まれる」と判断した。

 基本素手で戦うことが多いが、本人曰く槍を使った方が強い。

 

 見聞色と武装色を高いレベルで扱うことが出来、全身を武装硬化することも出来るがあまり好まない。

 どちらかといえば見聞色を得意としており、相手の動きを読むより自分の動きを読ませない特殊な見聞色を会得しつつある。

 

 ジョルジュ一家の中では護衛としての役割が半分、カナタとクロの保護者役が半分というところ。

 本人はそうでもないと思っているが、面倒見がいいので自然とそういうポジションになった。

 

 出身は花ノ国。

 元八宝水軍にしてドン・チンジャオの愛弟子。若くして八衝拳の奥義を使えるまでになったが、本人に人を纏める気質がなく、またチンジャオとも馬が合わなかったので出奔。

 順当に成長していればのちにチンジャオの孫であるサイの副官として八宝水軍の活躍に大きく貢献しただろうが、この世界線ではそうならなかった。

 懸賞金5億を誇るドン・チンジャオとまともに打ち合える程度には強いが、あと一歩足りない感覚を長く味わい続けている。

 

 

・クロ

 黒髪黒目、全身に刺青の入った褐色肌の青年。22歳。

 自然(ロギア)系ヤミヤミの実の闇人間。

 

 ジョルジュ一家では一応幹部に数えられているが、喧嘩はからっきしでジョルジュより弱い。

 ただしその特異な能力で能力者相手にはめっぽう強く、引き寄せるだけでジュンシーが倒してくれるので「蟻地獄みたいだな」とは本人の談。

 イシイシの実の能力者と戦った際には能力が大きく活躍した。本人が弱いので原作ティーチほどには能力者キラーになれていない。

 覇気は使えないまま。

 

 相変わらず好奇心の赴くままに動くので「ネコみたいなやつ」と思われがちだが、本人は至って真面目に「犬だろ犬、勢いで飼い主をガブっと食べちゃうからな」と言っている。

 それでもいろんな意味でお世話になってるカナタにはしっぽを振って付き従う。やっぱり犬だった。

 世間知らずなことと好奇心で行方不明になりやすいので、カナタは船に乗せるのを嫌がる。大体騒ぎになっている場所に行けばいる。

 ジョルジュの護衛として残されたが、基本的に弱いので役に立たない。それでも能力を使えば一般人は相手にならないので不要というほどでもない。

 

 マルクス島では刺青の入った体を惜しげもなく晒していたので、差別とまでいかずとも避けられていたのは間違いない。

 バスターコールで島が焦土に変わったと聞いても、特に思うことはなかった。

 

 

・ジョルジュ

 黒髪黒目に二メートルほどの大柄(巨人族が現れたのでもはや人族としてはそこそこ大きい程度)な男。30歳。

 相変わらず臆病者で苦労している。カナタが何かと問題を持ってくるので最近喫煙の本数が増えた。

 それでも商会としてはかなり成功している部類で、マルクス島では一番の金持ちになっている。増えていく資産を見ると頬が緩む。

 

 増えていく仕事に対して人手が足りないので、マルクス島の至る所で腐っていた昔の自分と同じようなゴロツキを集めて人夫として雇い、島の就職率と治安を向上させている。

 結果的に彼らが乗ったガレオン船がマルクス島に帰ってきたことで「関係あり」と判断され、大将ゼファーの手で(実際は世界政府の命令だったとしても)ゴールデン電伝虫を使用させた。

 新聞でマルクス島が焦土になったと報じられたとき、親兄弟や昔馴染み、行きつけの酒場の親父や最近見直したと言ってくれた幼馴染の女がみんな死んだことに実感を覚えていなかった。それでも時間が経つにつれて「もう会うことはできない」と決定的に理解し、一時はカナタを恨みもしたが、一蓮托生だと五年前に決めたことを今更蒸し返すのも女々しいと割り切った。

 

 割り切れない思いもないではないが、それをカナタに言うのは見当違いだと判断できる程度には理性が残っている。

 

 

・スコッチ

 金髪碧眼の小太り男。サングラスをかけている。30歳。

 航海士としてジョルジュ一家の中心的な存在になった。世話になった商船の親方に恩返しができると喜び、惚れた女が別の男と結婚すると聞いて失恋でやけ酒したりしていた。最近は行きつけのバーでキャシーちゃんと話すのが楽しいらしい。バスターコールで死んだのでまた泣いた。

 西の海は大体網羅したが、偉大なる航路(グランドライン)だけは入ったことがない。

 

 マルクス島が焦土になった際、号泣して落ち込んで三日三晩ほど引きこもったが、臆病者のジョルジュが立ち直っているのを見て「おれもやらなきゃ男じゃねぇ」と奮起した。

 新たな恋を探しているらしい。恋はいつでもハリケーンなのでそのうちいい出会いがあるだろう。多分。

 

 

・フェイユン

 巨人族。薄紫の長い髪とアメジストのような紫色の瞳が特徴的な少女。38歳。

 年齢は一番高いが、人間族に換算するとまだ10代。カナタとそんなに変わらないが、色々と良くしてくれている間に懐いた。

 超人系(パラミシア)デカデカの実の巨大化人間。最大全長170メートル。

 

 エルバフの村出身。ビッグマムことシャーロット・リンリンが羊の家にいたころを知っているが、あちらは覚えておらず、海賊となったのちにフェイユンの両親を殺害している。

 命からがら逃げだしたが、どうしようもないときにゼンと出会って食料や水を何とか手に入れ、間違って食べた悪魔の実の力を狙って金獅子傘下の海賊に襲われたりしていた。

 凪の帯を通って西の海に逃げ出し、ゼンと二人で放浪していたところで西の五大ファミリーの一つに拾われる。

 食料と水をくれる代わりに戦えと言われ、ゼンも渋ったが最終的には戦わざるを得なかった。水と食料がなければ巨人族といえども生きて行けない。

 

 イシイシの実の能力者と二度戦い、一度目は互いに初見と言うこともあって小手調べのような形だったが戦場は大荒れ。

 二つの組織の幹部が全滅して戦場が大混乱したところで互いに引いた。

 二度目の戦いにおいては覚悟を決めて自ら戦う決心をした。悪魔の実の能力もあり、怪獣大決戦のようになったが相手の方が一歩上手だったため、翻弄されて封じられる。

 正面からの力比べなら勝てはしなくても負けなかった。

 

 唯一の同性であり、色々と世話を焼いてくれるカナタに恩義を感じて船に乗せてくれるよう頼みこみ、あっさりと許可された。

 その後天竜人に奴隷にされるところだったが、CP-0もろともカナタが虐殺したのでまた恩義を感じている。カナタのことを母親のようだとさえ思っており、多少の無茶なら叶えようとする。

 陸の上ならまだしも船の上では能力が使えないので若干困っている。

 

 生まれつきで見聞色の覇気を扱える。

 他人の感情を強く感じ取ることが出来、これによって他人の悪意をより強く受け取って人間不信になりつつあった。

 カナタは特に何も考えずフェイユンに接していたので、逆に救われたらしい。

 

 

・ゼン

 黒鹿毛の馬(?)のミンク族。37歳。

 いわゆるケンタウロスのような姿だが、神話に描かれるそれと違うのは、上半身は人間でありながら人間の頭部があるべき場所に馬の頭部があるということ。

 四足二腕の奇形。ミンク族の共通として電気を操る〝エレクトロ〟と満月を見ることで成る〝月の獅子(スーロン)を扱える。

 

 槍の名手。見聞色、武装色を高いレベルで使いこなす。

 元々新世界の海を単独で渡り、様々な国を回って武者修行をしていた。背に乗せるのは己が認めた強者のみと決めており、及第点ではあるがカナタとジュンシーはお眼鏡に適った。

 かつてワノ国に流れ着いた折には光月スキヤキと知り合い、一時滞在していた。鎖国国家ワノ国において大大名である光月スキヤキが戦場に出ることはほぼなかったが、戦場に出た際には背に乗せて千里を駆けるとさえ謳われる瞬足で戦場を駆け抜けた。

 

 その後、また武者修行の旅に出た。

 旅の途中で金獅子海賊団の傘下の海賊団に襲われているフェイユンを見つけて助け、金獅子海賊団に目を付けられることとなる。

 消耗する戦いでこれ以上は限界だと判断し、凪の帯を越えて西の海に入った。

 

 西の五大ファミリーの一角にフェイユン共々拾われ、食料と水を渡す代わりに傭兵として戦えと強要された。

 フェイユンは戦わせずに自分だけが戦うと言ったが聞き入れてもらえず、フェイユンと二人で戦場に出た。

 結果として二つの組織が壊滅的被害を受け、イシイシの実の能力者が後に接触して「自分たちに協力すれば水と食料を渡す」と言われて渋々従っていた。

 だが、嫌気がさして船を強襲。逃走を図っていたところカナタたちと出会う。

 

 フェイユンのことを随分と可愛がっており、妻もいないのに気分は子育てである。

 CP-0に追われていると連絡が入った際には一も二もなく船を飛び出してフェイユンを守るために疾走し、エレクトロも使用してあっという間に迎撃した。

 その姿もあって迫害や奴隷にされそうになったことも多く、カナタが天竜人を殺した事の顛末を聞いてからは彼女に付き従うことを心に固めた。

 

 

 

 所属 ラーシュファミリー

 

・ドレヴァン

 小太り長身。短い黒髪に剃りこみを入れている男。35歳。

 西の五大ファミリーの一つであるラーシュファミリーを率いる。今回の章の被害者その一。

 

 木端海賊から悪魔の実を買いあげる予定(半信半疑ではあった)だったが、偶然カナタたちが襲撃されて反撃して奪ったのがその悪魔の実だった。

 さらに自分たちのシマを巨人(フェイユン)に荒らされ、壊滅した二つのファミリーからの引き抜きもうまくいかず、消耗するばかりで飲酒量が増えた。

 

 戦力的にはチンジャオ率いる八宝水軍と正面から戦える数はいるが、チンジャオ一人が強すぎるので無双ゲーで蹴散らされる。

 

 

 所属 八宝水軍

 

・チンジャオ

 別名〝錐〟のチンジャオ。頭部が長い。原作キャラ。44歳。

 懸賞金5億4200万ベリー。ガープとは度々勝負をしている仲。今回の章の被害者その二。

 

 天竜人が花ノ国を訪れるということで上層部から色々無理難題を投げられ、それでも国とつながるメリットを取って中間管理職に甘んじた。最近髪が薄くなっているのではと危惧している。

 元から少ないので誰も気づかない。

 

 様々な物資を集めることもそうだが、西の海で五大ファミリーが大きく動いて不安定なため、何とかするように(意訳)と言われて頭を抱えながら何とかしようとした結果、花ノ国の港一つが全壊して多額の金を用意する必要が出てきてカナタたちに何とか支払わせようとしたら悪魔の実の現物を渡された。

 オークションで三つ全部売り払い、一つはラーシュファミリーに。一つは好事家が購入して凪の帯を越えて北の海へ。一つは資産家のおっさんが買っていった。

 天竜人が来る前に悩みの種は全部取っ払うことが出来、これもカナタたちジョルジュ一家のおかげだなガハハと思っていたら最大級の爆弾を落とされた。

 

 ジュンシーとはまともにぶつかっても勝てるが、戦闘の最中にカナタに不意打ちをされて流石に対応しきれず意識を落とす。

 花ノ国の王に盛大に怒られ、しわくちゃの顔で「儂、悪くないのに……」と呟いていたとか。流石のガープも(バスターコールのついでに勝負しに来て)同情して勝負を挑まなかった。

 

 

 所属 なし

 

・ドンキホーテ・クリュサオル聖

 天竜人。金髪金目の男。ドフラミンゴとロシナンテの伯父。

 花ノ国に視察という名目で珍しいものを探しに来た好事家。天竜人の中ではまだしも普通に近い感性を持つが、あくまで珍品を探すために一般の感性に近いだけ。

 例に漏れず下々民は自分に全てを献上するべきだと思っているし、欲しいものは全て手に入れるのが当たり前だと思っている。

 

 噂を聞きつけてフェイユンを呼び寄せたのが運の尽き。珍しいという理由でフェイユンを奴隷にしようとし、カナタも美しいから奴隷にしてやろうと考えた。

 怒れるカナタに護衛を虐殺され、本人もカナタに殺害される。自業自得。

 天竜人は激怒し、権威を恐れぬカナタに恐怖を抱いて多額の賞金をかけた。センゴクから逃げきったのも相まって懸賞金が破格の高さなのはこれが原因。

 

 この事件が発生し、弟であるドンキホーテ・ホーミング聖も影響を受けたらしいが……。

 

 

 所属 ローウェル海賊団

 

・ローウェル

 ぼさぼさの長く黒い髪が特徴的で3メートルほどの巨体の男。42歳

 超人系(パラミシア)イシイシの実の岩石同化人間

 本編で名前が出なかった。厳密にはファミリーの用心棒のような立ち位置だったが、雇っていたファミリーが潰れたので乗っ取って海賊団を名乗り始めた。

 

 西の五大ファミリーが二つ壊滅した事件の原因の一人(もう一人はフェイユン)。

 元々自分の力こそが最強だと思っており、長い時間をかけて錬磨した力を以てして西の海の王になろうと考えた。

 手始めに五大ファミリーの一つを潰し、そこを足掛けとして平定していく予定だったが初手でつまづいた。

 

 長い時間錬磨しただけあって相応に強く、覇気が使えないことを除けば本当に西の海を平定してもおかしくない強さを誇る。

 途中で海軍の邪魔さえなければ、という前提はあるが。

 

 

・ココ

 超人系(パラミシア)スケスケの実の透明人間。

 透明になれるので初手では有利だが、見聞色が使えるカナタたち相手にはあんまり意味がなかった。見聞色以前に力技で見破られたのでもっと意味がなかった。

 素の戦闘能力はジョルジュと同じくらい。

 

 

 所属 ロジャー海賊団

 

・ロジャー

 精悍な顔つきをした男。麦わら帽子がトレードマーク。原作キャラ。43歳。

 副船長であるレイリーが流氷を壊そうとしたら少女を拾ってきて目を丸くした。

 自由を何より愛し、偉大なる航路(グランドライン)後半の海である〝新世界〟を主に活動している。西の海には暇を持て余して釣りをしに来ていた。

 

 現時点ではカナタよりも遥かに強く、カナタがセンゴクから逃げきったと知った際には大笑いして強さを認めた。

 カナタとは何となくまた会いそうな予感がすると言っている。

 




次回は本編を投稿します。


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代償/ドラゴンキラー
第十七話:物資補給


 自分の船室でゆったりと横になりながら、カナタはずっと考えていた。

 センゴクとの戦いで己の力はほとんど通用せず、攻撃を受け流せる自然系(ロギア)の肉体にダメージを与えられた。これ自体は武装色の覇気の練度の問題だから理解は出来る。

 だが、攻撃のほとんどを()()()()()()こと。それだけが気にかかっている。

 

(見聞色の覇気は、極限まで鍛えれば数秒先の未来を()()ことができるようになるという。大将、あるいはそれに近い実力者ならそれだけの練度を誇っていても不思議はない)

 

 逆に言えばそれだけの実力がなければこの先の戦いで生き残ることは難しい。

 センゴクとの戦いでカナタが生き残れたのは運によるところが大きいだろう。

 怪我をして休養している今こそ、あの時の感覚を思い出しておかねばならない。

 この先追ってくるであろう海軍本部の中将や大将は皆そのレベルだと思っておかねば、痛い目を見るのは自分だ。

 

(最後……センゴクを海に叩き落したあの一瞬。確かにセンゴクの見聞色を上回った)

 

 そうでなければ隙をつくなど出来はしない。

 海の上だったことと能力の相性もあるが、すべてはそこに集約する。

 生死の狭間という極限の状態でこそ発揮した集中力を、普段から出来るようにならなければ。

 もっとも、その前にこの大怪我を治さないことには体を動かすことも難しいのだが。

 うつらうつらと船の揺れに合わせて意識を揺蕩わせていると、部屋にノックの音が響いた。

 

「儂だ。起きているか?」

「ああ」

 

 簡潔な返答をすると、新聞片手にジュンシーが部屋へと入ってくる。

 ここは私室ではあるが物は少なく簡素なもので、椅子を引っ張ってきてベッドの脇に置いて座った。

 左腕と肋骨数本が折れているカナタはベッドで横になったまま安静にしている。傍には誰が切ったのか、不格好な果物が置いてあった。

 

「今日の新聞だ。マルクス島は〝バスターコール〟で焦土となったらしい」

「だろうな。天竜人を殺した私の拠点としていた島だ。そうでもせねば世界政府も天竜人も海軍もメンツが立たないだろう」

 

 海軍大将及び元帥のみが持つゴールデン電伝虫によって発令する、国家級戦力〝バスターコール〟。

 海軍本部中将五名と軍艦十隻による殲滅行動で、対象となった場合は誰であろうと生き残れない。

 ただでさえカナタたちの拠点としていた島だったのに、別れた船に乗って戻った者たちが滞在していたのだろう。関係者全員皆殺しにしようとしても不思議ではなかった。

 

「奴らの本気度がわかるな。これほどとは」

「動いている海軍大将は〝黒腕〟のゼファーだったか。ガープやつる、センゴクは実質的な戦力としては大将と大差ないだろうが……」

 

 それ以外でも、中将ともなれば実力者揃いだ。出来ることなら相手はしたくない。

 なるべく一般人(カタギ)には手を出さないようにするつもりだが、そういっていられるのも何時まで続くかというところだ。

 これほどの大戦力をこの海に一手に集めているのだから、余裕などあるはずもない。

 

「早めに移動する必要があるな。補給が終わり次第出航か。滞在する暇もなさそうだ」

「そうだな……マルクス島からこの辺りまでは軍艦でも数日かかるだろう。その前に島を出る必要があるから、島に着き次第ありったけの食料と武器を手に入れる必要がある」

 

 生鮮食品などは日持ちしないのだが、カナタがいれば氷室を作ってある程度日持ちをさせることができる。

 船の上では栄養が偏る。壊血病などを起こさないためには柑橘系の果物などが不可欠だ。ザワークラウトだけでは心許ない。

 コックはいるのでその辺りをきちんと指示して補充しておかねばならないだろう。

 これまでは数日から十数日程度の航海だったので必要性としては少なかったが、これからはそうもいかない。

 

「武器は銃と弾薬、剣を予備まで見積もって用意しておけ。金に糸目はつけなくていい」

「伝えておこう」

 

 ジュンシーはそう言って立ち上がり、新聞を置いて部屋を出て行った。

 ジョルジュと細かいところを話しに行ったのだろう。経費に関してはカナタよりもジョルジュの方が詳しい。懐事情は経理担当の仕事だ。

 交易で儲けていたからそれなり以上に金はあるはずだが、労働者たちにある程度渡していたというからカナタは詳しいことを知らないのだ。

 

(金はまぁいいが……()()()()()()()が問題だな……)

 

 この辺りは実際に行って確かめるしかないだろう。

 懸念を覚えつつも、カナタは再びベッドでゆっくりと眠ることにした。

 

 

        ☆

 

 

 翌日。

 船は問題なく偉大なる航路(グランドライン)手前の島──トロアに到着した。

 西の海(ウエストブルー)にしか生息しないアイランドクジラの漁場として有名な島で、以前手を組むか声を掛けられたラーシュファミリーの縄張りでもある。

 少なくとも食料と武器は大量においている島だ。

 

記録指針(ログポース)は私とスコッチで買いに行く。永久指針(エターナルポース)もあればいくつか購入しておこう」

「お前、その怪我で外出るのか?」

「人数が減ったからな。最低限船に残す人数を含めても、遊ばせている余裕はあるまい」

「そりゃそうだが……いや、わかったよ。お前が船長だしな」

 

 ジョルジュは頭をガリガリとかきながら納得し、武器と食料をそれぞれ買いに出かけた。

 ゼンとフェイユンは船番だ。この二人は非常に目立つし、万が一()()()()()()()()船を守れるだろう。

 それなりに大きい島だが、カナタの見聞色で大して強いものがいないことは確認済みだ。

 

「左腕と肋骨数本やられてんだ、寝ててもいいんだぜ、カナタ」

「私も航海士だ。現物を確認しなければ安心出来ない」

「そりゃあわかるけどよ……」

 

 荷物持ちとして同じ航海士でもあるスコッチを引き連れ、カナタはフードを被ったまま街道を歩く。

 この町は交流の無かったラーシュファミリーの拠点だが、賞金首であるカナタは顔を隠した方がいいと判断したためだ。

 手配書が配られて日が浅いため、印象に残っている人も多いのだろうと考えてのことだ。

 顔が広く知られているのはカナタだけであるため、他の面々は特に顔を隠したりはしていない。

 

「港の検閲はおこなっていなかったが、人夫に紛れてこちらをコソコソ見張っていた連中がいた。我々がこの町にいるとドレヴァンに知られているとみて間違いないだろう」

「おいおい、それはちっと拙いんじゃ……」

「ラーシュは五大ファミリーの中でも突出して数が多いが、数だけだ。チンジャオのように強いやつは混じっていない」

 

 そして、頭数だけ揃えただけの組織ならカナタの敵ではない。

 流石に頭数だけで五大ファミリーまでのし上がってきたわけではないだろうから、警戒を怠ることはできないが。

 

「西の五大ファミリーも今や風前の灯火だな」

 

 二つ潰れ、八宝水軍は今天竜人の件で動けず、ここでラーシュが動けば否応なしに戦争して潰すことになる。

 入れ替わりは今までにもあったが、過半数が一気に消えるとなると荒れるだろう。

 関わる気のないカナタにとっては、もはやどうでもいいことではあるが。

 そんなことを考えているうちに店に着き、中に入って物色する。

 

記録指針(ログポース)を二つ。それと永久指針(エターナルポース)を見せてくれ」

 

 スコッチが店員から必要な物を買っている間に店内を見回す。

 偉大なる航路(グランドライン)前半用の記録指針(ログポース)偉大なる航路(グランドライン)後半、新世界用の記録指針(ログポース)

 同じものではあるが、新世界用の物は針が三つあるのが特徴だ。

 いずれ新世界に入った時のためにこちらも買っておくか、とスコッチに渡して金を払わせる。

 

「今のところうちにある永久指針(エターナルポース)はこれだけだな」

 

 店員に案内された店の一角には永久指針(エターナルポース)がいくつか並んでいた。

 凪の帯(カームベルト)を抜けた先が新世界であるためか、並んでいる永久指針(エターナルポース)に書かれている島は新世界の物ばかりだ。

 偉大なる航路(グランドライン)は入り口から入っていくばかりではないため、需要自体はあるのだろう。

 チンジャオなどは凪の帯(カームベルト)を抜けて偉大なる航路(グランドライン)に入れるようだし。

 逆に言えば、入り口から入った場合帰ってくるのに赤い土の大陸(レッドライン)を越えなければならないので、前半の島のものは需要がないのだろう。

 しばらくは必要ないものになりそうだが、今ある中で適当にピックアップすることにした。

 

「〝プロデンス王国〟、〝ハチノス〟、それと〝ドレスローザ〟を」

「毎度あり」

 

 顔を見られないように気を付けながら金を払って店を出る。

 航海に必要な物は手に入れた。海図もあればよかったが、でたらめな気候と海流が主な偉大なる航路(グランドライン)の海図などあっても役に立つまいと思いなおす。

 東西南北の海から入る場合は余計にそうだ。

 経験を積んだ航海士ほど、常識が通用しないことにパニックを起こす。

 

「私たちの買い物は終わりだ。あとは船に戻って食料と武器の積み込みが終われば……」

「どうした?」

「……客のようだ。私から離れるなよ」

 

 会話の途中で立ち止まり、十字路の右側から現れた一団を見て眉を顰める。

 小太りで長身の男が率いている。カナタには見覚えがないが、あちらはすさまじい形相でカナタを睨みつけていた。

 特に何かした覚えはないが、用があるのは確からしく、近くまで来るとカナタとスコッチの二人を取り囲むようにして男たちが銃を構える。

 

「よォ、初めましてになるかね、〝魔女〟」

「そうだな、お前の顔には見覚えがない。覚えるほどの相手でもなさそうだ」

 

 ビキリと額に青筋が浮かぶのが見える。

 こんなことをこの島でやる連中なら一つだけ心当たりがあるが、目の前の男には本当に見覚えがなかった。

 おいおいおいとスコッチが慌てているが、カナタは意に介さず目の前の男に話しかける。

 

「それで、何の真似だ?」

「フン。おれ達のシマに海軍なんぞ呼ばれると迷惑なんでな。連中にはテメェの首を送り付けてやるよ」

「……呆れたな」

 

 その程度の理由で襲われたということに、思わずため息をこぼす。

 だが、建前としてはそんなものだろう。

 西の五大ファミリーに分類されるだけあってラーシュファミリーも後ろ暗いことはいくらでもある。海軍など呼ばれたくもないはずだ。

 それに加えて、以前カナタたちはラーシュとの取引を蹴って八宝水軍と取引をした。規模からいけば命令にも近い形だったから、反抗されたことは面子にも関わると思ったのかもしれない。

 

「つまらんな。相手にする価値もない」

「この状況で良く口が回るもんだ。テメェらの船にいる連中も、別で動いてる連中も、まとめて全部首を晒してやるから覚悟してろ」

 

 銃などカナタにとっては特に脅威ともならないが、後ろにいるスコッチにとっては厄介だ。

 カナタは未だに腕には包帯を巻いて固定しているから、ケガをしているなら簡単だとでも思われているのかもしれない。

 それでも能力者だとバレているはずなのだが。

 

「能力者だろうが何だろうが、頭ぶち抜けば死ぬだろ!」

 

 なるほど、とカナタは納得し。

 

「無知は時として蛮勇を生む、か」

 

 覇王色の覇気で取り囲む連中を気絶させる。ビリビリと物理的な圧力さえ伴って放たれる威圧感に、倒れなかった小太りの男とその取り巻きが慌てだす。

 倒れなかったということは、それなりに実力はあるのかもしれない。

 仮にも五大ファミリーを名乗るなら当然か、と考えている間に正面から銃を撃たれる。

 

「うおお!? ちょ、危ねェぞ!?」

「黙ってろ」

 

 カナタは氷の壁を作り出して弾丸を防ぐ。この調子で動けば撃たれることなく移動できるが、さてこのまま船のところまで連れて行っていいものかと思案する。

 左腕と肋骨がバキバキに折れているので正直戦いたくないのだが、そうは問屋が卸さないらしい。

 氷の壁を回り込んで何かが疾走し、カナタの首へと噛みついた。

 

「かっ、カナタ!」

 

 淡黄色の毛並みに黒い斑点。

 四足歩行の巨体が、小柄なカナタの首筋を噛み千切ろうとのしかかっていた。

 

(……こいつ、動物(ゾオン)系の能力者か。虎のような見た目だが、近すぎてわからんな)

 

 さっきまでこんな奴はいなかった。

 見聞色で確認しても数が増えたわけではない。ということは、やはり能力者。

 ネコネコの実かな、などとのんきなことを考えながら、空いている右手で虎のような生き物の首を掴む。

 二メートルを超える巨体でのしかかられても微動だにしないどころか、片手で首を締めあげているその様子にスコッチでさえ思わず息をのんだ。

 

「お、おい! 大丈夫なのか……?」

「私が覇気も纏っていない攻撃で傷を負うものか。それより、動物(ゾオン)系は初めて見たな……お前、どこでそれを手に入れた?」

「ぐ、く……!?」

 

 深々と牙が刺さっていたはずの首を食い千切らせるように離し、瞬く間に氷が集まって修復する。

 その様子に目を白黒させながらも、次は爪でカナタの顔を引き裂こうと動かす。

 

「女性の顔を傷つけようとは、躾がなっていないな」

 

 爪もまた同様に受け流され、先程よりも強く首を締めあげる。

 とはいえ、カナタの片手程度で完全に締め上げられるほど体躯が小さいわけではない。

 仕方がないので引き寄せるように動かし、その反動で腹部へと蹴りを見舞う。

 

「ごぶッ──!?」

 

 骨を数本砕きながら吹き飛ばし、近くの民家に激突する虎っぽい生き物。

 全貌をよく見てみれば、虎というよりもむしろ──。

 

「ヒョウか、あるいはジャガーといったところか?」

「……よくわかるな。俺には違いがわからねェ」

「あてずっぽうだ。それより、まだ動くぞ。動物(ゾオン)系はタフさがウリだからな」

 

 民家を破壊したせいで立ち込める煙の奥から、今度は獣人形態の男が走ってくる。

 あれだけやられて諦めないとは随分タフだ、と笑う。

 だが、あまり遊んでいる暇はない。

 

「私たちも暇じゃないんだ。お前は土産に持って帰るが、それ以外はいらん」

 

 振るわれる強烈な爪の一撃を意に介さず、四肢を氷の槍で突き刺して動きを止める。全身を凍らせては運ぶのが面倒だ。

 武装色を纏った足でハイキックをしてこめかみを蹴り飛ばし、今度こそ意識を飛ばす。そこそこ重いが片手で持てる程度だと判断し、傍にいるスコッチに被害がいかないように氷の壁を作って分断する。

 壁の向こうから罵倒が聞こえてくるが、完全に無視して背を向けた。

 

「派手にやったな。ジョルジュたちは無事だといいが」

「大丈夫だろう。ジュンシーもクロも……いや、クロは足を引っ張る側か」

 

 能力者なので弱いわけではないが、身体能力が大したことないので何とも言いにくい。

 それはさておき、さっさと逃げることにする。

 倒せるからといちいち相手にしていてはキリがない。ただでさえ絶対安静の身の上なのだから、カナタとしては無駄なことをしたくなかった。

 

「いくぞ。さっさと島を出る」

「あ、おい待てよ」

 

 片手でジャガー人間を引きずりながら歩きだしたカナタの後ろを慌ててスコッチがついていく。

 ラーシュファミリーはとにかく数が多い。

 この分だと他の面々はおろか、海上封鎖までおこなわれているだろうな、と考えながら。

 




カナタたちがチンジャオに売った悪魔の実を買って食べたのがこの男だった、という無駄な裏設定。
ネコネコの実、モデル〝ジャガー〟
前出た時は動物系ってことしか示唆してなかった…はず。


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第十八話:もっとも偉大なる海

遅刻しました。
ワンピの映画は面白かったです(小並感


 やや急いで船へと戻ってきたカナタとスコッチ。

 足止めはしてきたが、氷の壁は一か所しか作っていない。回り道されればそれまでの話だ。

 片手で気絶した能力者の男を引きずりながら、スコッチのケツを蹴って急かす。

 

「そら、急げ。後ろからまた来るぞ」

「ゼェ、ゼェ……! これでも精一杯だ! なんでお前は涼しい顔してんだよ!?」

「鍛え方が違う。これからはお前たちもみっちり鍛え上げねばな。海軍との戦いで命を落としかねない」

「死ぬのは御免だな! 手加減してくれよ!」

「加減無く手加減して、手抜かりなく手を抜いてやる」

 

 どっちだよと言いたげなスコッチの視線を無視し、本当に怪我人かこの女? と疑いたくなるような身体能力をつまびらかにしながら船へとたどり着く。

 息を切らしながら走ったのでスコッチは非常に疲れている様子だが、カナタは息一つ切らさず船に飛び乗っていた。

 土産と称してボロボロの男を投げ渡し、動けないように縛っておけと命令しておく。

 

「食料と武器の調達はどうなってる?」

「ま、まだ終わってないっス。金に糸目をつけずにって言ってたんで、交渉自体はすぐ終わったみたいなんスけど」

「急がせろ。面倒なことになってきた」

 

 連絡役として残っていた者から報告を受ける。

 物自体の交渉が終わっているならあとは運び込むだけだ。

 目立つからあまりやりたくはなかったが、フェイユンに運んでもらうのが一番早い。

 ゼンと共に船番をやっていた彼女は船室でうとうとしていたようだが、手伝えると知ると張り切って船を降りた。

 場所は連絡役から教えてもらい、急いで手伝いに行ってもらう。

 その間にカナタは連絡を取ることにして電伝虫をつなぐ。

 

「ジュンシー、聞こえるか?」

『どうした。またぞろ厄介事か』

「ご明察。おそらくラーシュファミリーだと思うが、連中、私を目の敵にしているようでな。フェイユンを使いにやったから荷物運びを急げ」

『……よくもまぁ次から次へと厄介事を引き寄せるものだ』

「私だって好きで呼び寄せてるわけじゃない」

 

 少なくとも今回の件に関しては濡れ衣もいいところだろう。

 ラーシュファミリーとは取引が破談になっただけの関係性だ。それを『メンツが潰された』と取って喧嘩を吹っかけてくるなど、避けようがない。

 もっとも、タダでやられる気は毛頭ないのだが。

 

「だが、気を付ける必要があるな」

『何をだ?』

「町ぐるみだとは流石に思えないが、食料の一部にでも毒を混ぜられていれば判断は難しくなる。あるいは偉大なる航路(グランドライン)に入ってから手に入れたほうが安全かもしれない」

『……なるほど』

 

 この島で町を治めているのも商会を束ねているのもラーシュファミリーだ。武器に関しては整備を怠らねば良いが、食料はそうもいかない。

 どこまで相手を信用できるか、という話になる。

 そういう意味ではこの町で補給する選択をしたのは間違いだったかもしれない。

 補給場所に選んだのは偶然に近いため、細工しにくい永久指針(エターナルポース)記録指針(ログポース)は信用できるが。

 何より問題は船医がいないことだ。

 

「この状況で誰かが毒に倒れてみろ。解毒も出来ない以上は死を待つだけだぞ」

『ならば武器だけ運んで食料は廃棄すると?』

「保存食なら船にもいくらか積んである。まともな食料というなら適当に海獣でも狩っておけば保つだろう」

 

 何なら凪の帯(カームベルト)で海王類を狩ってもいい。

 船の大きさの割に人数は少ないが、巨人族が一人いるので消費はそれなりに早い。海獣だけでは心許ないのだ。

 栄養バランスという観点からみると非常に眉根を寄せたくなるが、この際背に腹は代えられないだろう。

 

『ふむ……了解した。では武器類のみ積み込むことにしよう』

「ああ、急げ。海上を封鎖しようとしているらしいからな」

 

 遠目にうっすらと見える船影を見るに、囲めば倒せるとでも思っているらしい。

 能力者であることは知られているはずだ。海に落とせばいいと考えているのか、それとも能力者についてよく知らないのか。

 田舎の海だ。後者の可能性も十分に考えられる。

 

「お前たちが戻り次第、すぐに出航する。アイランドクジラの一匹でも捕獲出来ればしばらくは安泰だが」

『漁場か。少し遠回りになるが、港の漁師から聞き出すか?』

「残念だがそんな時間はない。適当な海獣で済ませよう」

 

 ジュンシーとの連絡を終え、カナタは一息ついてどかりと椅子に座り込む。

 外の空気は未だ冷たいが、冷気を操る能力者として寒さは特に気にならない。

 バタバタと出港準備を整える船員たちを見ながら、徐々に近づいて包囲を狭めている船影をどうするかと考える。

 

(凍らせるのが一番だが、そうなるとうちの船も動けない。砕氷船に改造できればいいのだがな)

 

 船の数は多い。が、数だけで強いものはさして乗っていないらしい。

 目をつむって集中した見聞色で探ってみるも、能力の高い敵はいない。相手も包囲するだけで攻撃指令は出ていないのか、遠巻きにこちらを囲んでいるだけだ。

 さて、とゆっくり立ち上がる。

 フェイユンが戻ってきているのが見える。巨人族であることもそうだが、その能力で巨大化すれば持てる量はさらに増える。重いがそれを支える筋力もあるから出来ることだ。

 急いで船に積み込んでいるところを尻目に、空を見上げるカナタ。

 

「……一雨来そうだな」

 

 ここ最近は寒さから雪が降ることが多かったが、今日は風も出てきた。

 吹雪くかもしれないな、と呟く。

 

「お嬢、積み込み終わったぜ」

「ご苦労。全員乗り込んだか?」

「おう。ちゃんと全員いるぜ」

 

 クロの報告を聞いて甲板へと足を運ぶ。

 準備は既に終わり、カナタの号令一つですぐに出航できる状態になっていた。

 

「では征こう。我々はこれより偉大なる航路(グランドライン)に入る!」

『うおォォォ!!!』

「まずは包囲を敷いているラーシュファミリーを食い破る! 気合を入れろ!」

 

 大声をあげて気合を入れ、バタバタと走り回って出航する。

 風が強くなってきた。それと同時に雪が降り始め、嵐の様相を見せ始める。

 にわかに慌てだした敵船団は砲撃の用意をはじめ、カナタたちが先んじて攻撃をし始めた。

 

「大砲、撃て!!」

 

 爆音とともに射出された大砲。

 正確に狙いを付けたはずだが、わずかに逸れて波間を揺らして水しぶきを盛大に上げるに留まった。だがそれだけでは終わらず、次々に大砲を撃ち続ける。

 カナタたちは当たりそうな砲弾を次々に弾いているが、敵船はそういったことが出来るものがいないらしい。

 砲撃が着弾しては炎上して沈んでいく光景が見られた。

 そして、カナタたちの攻撃は砲撃だけにとどまらない。

 

「フェイユン、やれ」

「はい! 行きます!!」

 

 カナタが海水を凍らせて作った氷塊を、フェイユンが野球のボールのように投げてぶつけていく。

 氷塊自体の大きさもさることながら、巨人族の膂力で投げられたそれは大砲と変わらない──あるいは、弾の大きさから言って上回っている──威力で船を沈めていた。

 

「畜生! なんでだ! なんであんな船一隻沈められねェ!!」

 

 敵船から怒りの声が聞こえてくる。

 大砲の弾をどれだけ撃ち込もうともカナタとジュンシーの二人に弾かれる。遠距離だと大砲しか手段がないのもあり、戦況は既に傾いていた。

 

「私はお前たち程度に手間取っていられるほど暇じゃないんだ──我々の敵はもっと巨大なのでな」

 

 カナタが右腕を掲げる。

 強くなり始めた風と雪へと能力で干渉し、さらに凶悪な存在へと変えていく。

 

「〝氷晶開華〟」

 

 雪が敵船に触れ──まるで種子が芽吹くように、触れた場所から氷の花が生まれる。落ちた場所が海であっても関係なく、夜に花開く月下美人のように。

 嵐によって強くなる風も相まって、敵の船団は次々に氷の花を咲かせては動きを止めた。

 海軍の艦隊でさえ足止めした力だ。一介のマフィアであるドレヴァンたちに切り抜ける方法などあるはずもなかった。

 

「クソっ! テメェ、カナタァ──ッ!!」

「失せろ。お前たちに用はない」

 

 だが、この力は制御が難しい。

 カナタ一人で戦っていた場合は考える必要もないが、自分の船にさえ花を咲かせてしまう。

 しかし──この船には、もう一人自然系(ロギア)の能力者がいた。

 

「……これ、オレがいなかったらどうするんだろうな」

「使わないだけだろう。あやつの能力は何かと利便性が高いからな」

「羨ましいぜ」

 

 傘をさすように広げられた〝闇〟が降りしきる雪を飲み込み、進行方向に咲いた氷の花も船に纏わりつかせた〝闇〟が飲み込むことで難を逃れていた。

 凍り付いて足を止められ、人に当たれば咲いて人の熱を奪う凶悪な氷の花。

 ──嵐の風を帆で受け、カナタたちはラーシュファミリーを蹴散らして〝リヴァースマウンテン〟へと向かう。

 

 

        ☆

 

 

 リヴァースマウンテン。

 四つの海から海流が流れ込むことで山さえも駆け上がる運河となり、偉大なる航路(グランドライン)へ入ることが出来る。

 トロアから一直線にここを目指し、道中で海獣を仕留めて食料を補給して巨大な壁のように立ち塞がる赤い土の大陸(レッドライン)を見上げていた。

 

「……なるほど、初めて見たが流石にデカい」

「これが赤い土の大陸(レッドライン)……」

 

 これを再び見るときは世界を半周した時。そして三度目を見ることになれば、その時こそがこの海の〝王〟として生き残った時だろう。

 果たして並み居る強豪を打倒して最果ての島まで行けるかどうか。

 心配など今からしたところでどうなるものでもないが、カナタはまだ見ぬ世界に小さく笑みを浮かべていた。

 

「ここから先は最も偉大なる海──気を抜くなよ、お前たち!」

 

 皆当然だとばかりに気勢を上げ、運河を登り始める。

 ──ここから先は常識が通じない海。すべてを乗り越えなければ、命はない。

 




難産だったので今回は短めです。
そのうちちょっと修正入れるかもしれません。


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第十九話:双子岬

 双子岬。

 偉大なる航路(グランドライン)の入り口となるその場所。

 初めに七つの島のいずれかへと至る航路を選ぶための灯台だ。

 

「ここが……偉大なる航路(グランドライン)……」

 

 誰かが呟いた声が響く。

 運河を登ってリヴァースマウンテンを越えた先にある大海原。この世界で最も偉大なる海に、誰もが感慨深いように視線を向かわせていた。

 だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。

 まずは灯台守がいるはずだと、双子岬の船着き場に停泊することにした。

 

「こんなところでも人は住んでるんだなー」

「そうだな。暮らすには随分と不便だろうが……気候はかなり違うらしい」

 

 聞いた話によると診療所もやっているらしいが、ここまで人が来るのだろうかと疑問に思う。

 気候は安定しているようで、凍えるような寒さだったのが嘘のように心地良い陽気だ。

 ぞろぞろと全員で行くのもどうかと思い、カナタとジョルジュ、クロの三人で診療所を訪れることにした。

 数度ノックをして出てきたのは、手拭いを付けて頭の周りに花弁のように髪が生えた男性だった。

 

「なんだ、患者か?」

「いや、私のこれに関しての治療は終わってる。これから偉大なる航路(グランドライン)に入るのでな、少し話を聞きたい」

「良かろう。だが代わりに食料を分けてもらう」

「食料か。そう余裕があるわけでもないが……」

 

 ジョルジュにちらりと視線を向ける。

 食料事情に関してはカナタよりも把握しているはずだが、一人分分けるくらいは問題ないと頷いて返す。ここに来る前に海獣を一匹狩って食料自体は補充してあるから大丈夫なのだろう。

 

「問題ない。それくらいで良ければな」

「交渉成立だな」

 

 右手で握手を交わし、診療所の外にあるテーブルで話を聞くことにする。診療所の中は手狭らしい。

 「まずは何が聞きたい」という男に、ジョルジュは「あんたの名前から聞こう」と返す。

 

「名前を聞くのなら自分から名乗るのが礼儀じゃないか?」

「そりゃそうだな。俺は──」

「私の名はクロッカス。双子岬の灯台守をやっている。年は三十九だ」

「お前今自分から名乗れって言ったよな!?」

 

 ジョルジュを笑いながらなだめるクロ。それを尻目に、カナタは一番聞きたいことを口に出す。

 

「船医を探している。我々は追われる身だが、それでも船医をやってくれる者に心当たりはないか?」

「何? お前たち船医もなしにこの海を渡ろうとしていたのか」

「ああ、何せ突発的に追われることになったのでな。人生は準備不足の連続だというが、今回ばかりは焦っている」

「ふむ……海賊か?」

「自発的に海賊を名乗った覚えはない」

 

 海賊と認識されているかどうかもわからない。

 広義の意味では海賊になるかもしれないが、海軍の判断は適当なところもある。カナタとしてはどちらでもいいことではあるのだが。

 クロッカスは少しばかり考え込むように腕組みし、カナタたちはクロッカスの言葉を待つ。

 数分して、静かに口を開いた。

 

「ここから行ける島の一つに、〝ウイスキーピーク〟という町がある。私の知り合いの息子がそこで医者をやっているのだが、かなりの変わり者でな」

「そいつなら私たちについてきてくれると?」

「可能性があるとしたらの話だ。断言は出来ん」

「だろうな。だが、情報が聞けただけありがたい」

「腕だけは保証しよう。それ以上のことは実際に行って確かめることだ」

「決まりだな。航路も自ずと決定したわけだ」

 

 目的地はウイスキーピーク。そこで船医になるかもしれない者を勧誘する。

 季節、天候、海流、風向き──すべてが出鱈目に巡るこの海では、島々の交流さえまばらで文化の止まった島さえ存在する。

 例えば〝太古の環境がそのまま保存された島〟。例えば〝独自の進化を遂げた島〟。

 そういった島々を訪れることになるのなら、風土病や感染症などにかかる可能性は十分考えられる。船医の加入は急務だ。

 

「ほかに何か聞いておくことはあるか?」

「そうだな……〝ウイスキーピーク〟の特徴でも聞いておこうか」

「あそこは賞金稼ぎどもが集まったゴロツキの街だ。懸賞金がかかっているなら気を付けることだな」

「懸賞金、ね……」

「お嬢の額聞いても立ち向かってくるくらい骨があるなら勧誘したいくらいだな」

「……そこの小娘の顔、どこかで見たと思ったが……もしや」

 

 クロッカスはカナタの顔を知っているらしい。

 ここ最近は世界を揺るがす大事件としてずっと報道されていたから、目の前の少女が()()賞金首だと気づけたのだろう。

 当の本人は包帯でグルグル巻きにされてうんざりした表情をしていた。

 

「〝竜殺しの魔女〟か……西の海(ウエストブルー)最悪の犯罪者とはな」

「間違っても海軍に通報なんて真似はやめてくれよ」

「この双子岬は様々な海賊が通る。一々通報などするものか」

 

 海賊に限らないが、この偉大なる海を踏破しようと訪れるものは古来より後を絶たない。それを毎回通報などしていてはキリがない。

 それでも未だ誰も踏破できていないのだから、この海の厳しさを物語っていると言えよう。

 だが、それはそれとしてクロッカスは気になったことがあるらしい。

 

「お前のその傷、海軍と戦った際の物だろう。船医がいないのなら誰が手当てを?」

「死にかけていたところをとある海賊に拾われてな」

「見せてみろ。私も医者だ、きちんとした手当てをしてやる」

 

 半ば無理やり診療所の中に連れ込まれたカナタを見送り、ジョルジュとクロは船に一度戻って食事の準備をすることにした。

 クロッカスに渡す分の確保もしなければならない。

 元々人数に対して大きすぎる船であることも相まって食料は十分すぎるほど積めるのだが、トロアでは食料の補充が出来なかったのが痛い。

 道中で狩った海獣の肉も、フェイユンという巨人族がいることを考えるとそれほど長期間は持たないだろう。

 

「どっかで補充してェがなァ……」

「〝ウイスキーピーク〟ってとこで補充できねェかな」

「それを期待するしかねェか。だが賞金稼ぎどもの巣窟だって話だからなァ」

 

 意気揚々と偉大なる航路(グランドライン)に入ってきた海賊たちをカモにする賞金稼ぎの集まる街なら、農業や漁業などは盛んでない可能性は多分にある。

 金を稼いで他所の街から買ってくるという生活スタイルなら、あまり期待しないほうがいいだろう。

 

「肉はいいんだが野菜なんかがな……ん?」

「どうした?」

「いや……あれ、見てみろ」

 

 ジョルジュが指さす先には、まだ子供のアイランドクジラが双子岬の近くを遊泳していた。

 子供と言ってもそこはアイランドクジラ。相当な大きさを誇っており、ジョルジュたちの船だけでも何か月分の食料になるのかというレベルだ。

 西の海(ウエストブルー)にしか生息していないはずのアイランドクジラがなぜここにいるのかはわからないが、食料補充にはちょうどいい。

 カナタが戻ってきたら仕留めて貰おうと思いつつ、二人は船に戻った。

 

 

        ☆

 

 

「駄目だ」

 

 飯の用意が出来たとジョルジュが診療所を訪れ、道中見たアイランドクジラのことを話すと、カナタの前にクロッカスが口を開いた。

 

「あのクジラはとある海賊たちから預かっている。捕鯨するのはやめて貰おう」

 

 治療を受けて新しい包帯に付け替え、ベッドの上で横たわっているカナタは「何をそこまで執着している?」と聞く。

 ペットとして飼うには、アイランドクジラは些か珍しい部類だ。いないとは言わないが、少なくともカナタは見たことがなかった。

 

「昔の話だ」

 

 気のいい海賊たちが偉大なる航路(グランドライン)に入ってきた。その際後ろからついてきた子クジラこそが遠目に見えるアイランドクジラ──ラブーンだった。

 西の海(ウエストブルー)で共に旅をして、今回の旅路は危険だからと置いてきたはずの仲間。

 アイランドクジラは本来群れを成して泳ぐ。ラブーンにとってはその海賊たちこそが群れの仲間だったということだろう。

 船が故障して修理のために数か月停泊し、その間に仲良くなったクロッカスは海賊たちからラブーンを預かったのだという。

 

「『二、三年預かっていてくれ。必ず世界を一周して戻ってくる』とな」

「なるほどなァ……大事な仲間って訳か」

「そうだ……もっとも、十六年ほど前の話だがな」

「十六年!? そいつは……」

「おかしくはあるまい。この海で名を馳せる〝白ひげ〟も〝ビッグマム〟も〝金獅子〟も、長い間この海で覇権を争い続けている」

 

 とはいえ、そのレベルの大海賊ともなれば噂くらいは届いていてもおかしくはない。

 ラブーンの仲間の海賊たちが紙面に載らなくなったというのは、そういうことなのだろう。

 だが、それでもクロッカスとラブーンは信じて待っているのだ。

 

「その海賊団の名前は?」

「ルンバー海賊団という。西の海(ウエストブルー)出身で、キャラコのヨーキという男が船長だ」

「ふむ……」

 

 聞き覚えはあるかとジョルジュに視線を向けるカナタ。向けられた当人は肩をすくめて首を振る。

 カナタにも聞き覚えはない。十六年前に活動していた海賊なら手配書を探せば見つかる可能性はあるが……これほどの時間が経って名を馳せていないというのなら、生存は絶望的というほかにないだろう。

 だが、手配書が残っているのなら海軍に捕縛、あるいは処刑されているわけでもない。

 探せばどこかで身を潜めていたりするのかもしれない。

 

「私もクロッカスには世話になった身だ。航海する傍らで情報を集めてみよう」

「そうしてくれるとありがたい。便りがないのは元気の証というが、流石にこれだけ情報がないと不安にもなるというものだ」

 

 何より、ラブーンが不憫だ。

 岬の近くまで来ていたラブーンを見て立ち上がり、カナタは外へと出る。

 自身の何倍もある大きさのクジラを前にして何を思ったのか、近寄ってきたラブーンを撫でながらつぶやいた。

 

「ずっと待ち続けているのか……寂しいだろうにな」

 

 仲間に見捨てられたのではないかという不安。

 待ち続ける意味を無くす恐怖。

 カナタとしては、少しばかり感情移入してしまっていた。

 カナタに続いて出てきたジョルジュたちに対し、ラブーンを撫でながら告げる。

 

「数日ほどここに停泊する」

「いいのか? 急ぎの旅じゃねェが、いつ追手が来るか分からねェぞ」

「構うまい。まだ海軍は私たちが西の海(ウエストブルー)にいると思っているはずだ」

 

 追われる旅である以上、ゆっくりと過ごす時間も今後あるかわからない。休めるうちに休んでおきたいというのも本音だ。

 この怪我ではカナタもまともに戦うことは難しいのだし、悪手と呼ぶほどではなかった。

 

「数日ほどクジラと遊んで癒されるとしよう。構わないか、クロッカス?」

「……ああ、ずっとこの辺りを遊泳しているだけだからな」

「決まりだな。今夜は宴にしよう。これからの私たちの旅と、ルンバー海賊団の無事を祈って」

 

 

        ☆

 

 

 騒がしい夜が始まった。

 星明りの下で焚火をしながら皆で騒ぎながら食事を食べて酒を飲む。

 英気を養うという意味では一番の薬だった。

 

「これは驚いたな。外から入ってくる船に巨人族が乗っているとは」

「元々はエルバフの村の出身なんですけど、色々あって」

「そうか、エルバフの……ラブーンとは、流石に比べるほどではないが」

 

 ここに来た頃は人間族が数人乗れるほどだったラブーンも、今や全長百メートルを超している。

 高さだけで言えばフェイユンとそう変わらないが、全長では比べるべくもない。

 

「フェイユンは能力者でな。ラブーンに負けないほどの大きさになれるんだ」

「何? そうなのか」

「はい! クジラさんには負けませんよ!」

 

 岬で一気に巨大化したフェイユンは、ラブーンの全長と同じくらいの大きさにまでなった。

 ラブーンもこれには驚いたのか、「ブオォォォ!」と叫びながらフェイユンに水をかけてくる。

 

「わぷっ! やりましたね! えいっ」

 

 バシャバシャと海水を手ですくってラブーンにかけ、水遊びを楽しんでいた。

 スケールが違いすぎるのでクロッカスも目を白黒させながら見ていたが、ラブーンが楽しそうに遊んでいるのを見て目じりを緩ませている。

 カナタはというと、片手が使えないので不便に思いながらも器用に食事をしていた。

 

「あの子は巨人族の年齢でいうとまだ子供なんだ。たまには遊ばせてやりたい」

「……ラブーンも楽しそうだ。子供の笑顔はいいものだな」

「ああ、活力がある」

 

 カナタも年齢的にはまだ少女というべきなのだが、これまでの生活で随分と擦れてしまっている。

 今更無邪気に、と言っても無理なのだろう。

 

「ここの〝記録(ログ)〟はどれくらいで貯まる?」

「ここではどの航路を選んでもそう時間はかからない。〝ウイスキーピーク〟は半日もあれば貯まったはずだ」

 

 では多少のんびりしたとて海軍本部の追手からは逃げられるだろう。

 酒を飲まずにジュースを口にしつつ、冷静に考えているとクロッカスから話しかけられる。

 

「お前たちは海軍本部から逃げ続ける事が目的なのか?」

「基本的にはな。だがそれだけでは面白くない。ついでに世界を一周でもしてこようかと思っている」

「困難な道のりだぞ」

「構うまい。逃げ続けるだけの人生より、挑戦し続ける人生の方が面白いというものだ」

「……そうだな。前向きに見るほうが良かろう」

 

 誰もが目指し、そして誰もが出来なかったことを成し遂げる。ついでに海軍本部の大将たちから逃げきる。

 何事も挑戦だとカナタは笑う。

 賑やかに夜は更けていく。宴はまだこれからだと、ジョルジュたちは大騒ぎしていた。

 



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第二十話:一つ目の航海

 双子岬での停泊は一週間ほどになった。

 食料に余裕がないと言っていた割には随分長い滞在となったが、元々逃走のための長期航海を想定しての食料不足だ。数日から一週間程度なら問題なかった。

 クロッカスの腕がいいのか、カナタの生命力が強いのか、滞在している間にカナタの怪我もすっかり治っていた。

 久々に包帯が取れてすっきりした様子のカナタは、ジュンシーと軽く手合わせをして体の調子を把握していた。

 ガキンゴキンと到底人体がぶつかっているとは思えない音を響かせ、肩慣らしをしている。

 

「ふむ、問題ないようだな」

「ああ。流石に一週間程度で腕が鈍るということもなかろう」

 

 骨折が治るには些か早すぎる気もするが、クロッカスはこの手の回復力が強い者がこの海にはいくらかいることを知っていた。

 カルシウムを取れば骨折などすぐ治るなどとうそぶいている者もいたくらいだ。

 

「しかし、おぬし……また覇気が強くなってないか?」

「センゴクとの戦いの賜物だな。強者との戦闘こそが覇気を成長させる最速の手段だ」

 

 覇気とは極限状態にこそ開花する力でもある。実戦に勝る鍛錬もないだろう。

 そういう意味では、格上の覇気使いであるセンゴクとの戦いはカナタにとって有益でもあった。

 だが、まだこれで満足するわけにもいかないのがこの海の厳しいところでもあるのだが。

 

「休養も取れた。怪我も治った。これ以上留まる理由もないな」

「そろそろ出航か。ラブーンも寂しくなるだろう」

 

 「がおー、食べちゃうぞー」と言いながらラブーンと遊んでいるフェイユンに視線を向けながら、クロッカスはそう言った。

 元より追われる身だ。一か所に留まることは難しい。

 世界政府や海軍が容易に手出しできないほどの勢力であれば、また話は変わってくるが。

 この広い海を見渡してもそれほどの勢力は片手で数えられる程度だろう。

 

「世界を一周して戻ってくるさ。逃亡生活だからな、また会うこともあるだろう」

「であればいいがな。気軽に言うが、この海はそう簡単に行き来できるほど容易いものではないぞ」

「覚悟の上だ」

 

 双子岬にまた戻ってくることのできる海賊など今までいなかった。

 だからこそ、未だ踏破出来ぬこの海を〝偉大なる航路(グランドライン)〟と呼ぶのだ。

 

「昼には出航する。準備を整えておくように」

「準備っても、精々下ろした荷物を片付けるくらいだからな。そうはかからんだろ」

 

 あとはクロッカスに渡す食料くらいだ。あまり長いこと滞在する予定もなかったのだから、そんなものだろう。

 フェイユンは名残惜しそうにラブーンと別れの挨拶をしており、随分と仲良くなったことがわかる。

 それ以外にやることは特にないが、一つだけ決めかねていることがあった。

 

「悪魔の実が一つだけ手元にある。誰か食べたい者はいるか?」

 

 トロアで戦ったジャガー人間。カナタに一瞬で沈められたあの男の持っていた能力だ。

 双子岬に来た最初の夜、宴が終わって皆が寝静まっている間に寝首を掻こうとしていたので手早く始末していた。

 人手が足りないので配下につくならばと生かしていたが、女の下にいるのはプライドが許さないと反抗してきた。

 

「随分と珍しいものを持っているな」

「まぁな。私は縁があるのか、悪魔の実が結構手に入る」

 

 嘘ではない。能力者がいれば殺して奪うというだけの話だ。

 それがカナタにとって有益な能力であれば何であれ嬉しい。動物(ゾオン)系は身体能力が上がってその動物の特性を得る能力なので、純粋に近接戦をやるものに食べさせたいところだ。

 そう考えると一番に候補に挙がる人物は二人。

 

「ジュンシー、ゼン。お前たちは食べる気はあるか?」

「不要だ。儂は能力に頼らず強くなりたいのでな」

「私も特には必要とは思いませんね。泳げなくなるのも少々……」

「そうか。ではほかに食べたい者はいるか?」

 

 ジュンシーは単純に能力に頼らない強さを得るために能力を得ることを拒み、ゼンはカナヅチになることを嫌った。

 手っ取り早く強くなるなら食べたほうがいいのだろうが、二人とも今はそれを必要とはしていないのだろう。

 だが、二人が拒んでチャンスが来たと思ったのか、数人手を挙げた。

 

「カナタ、こいつは相談なんだが」

「どうした」

 

 ジョルジュは手を挙げたので実を食べたいのかと思ったが、そういうわけではないらしい。

 曰く、「船のルールとして明確にしておくべきだ」と。

 

「悪魔の実ってのは貴重だ。同じ時代に同じ能力者はいない以上、得られる能力は限られる。今後手に入れた場合、誰が食べるかルールを決めておかないと遺恨を残すぞ」

「……一理あるな。だがどうしたものか」

 

 見つけたものが食べていい早い者勝ちのルール。

 船の中で誰が食べるか船長のカナタが決める下賜(かし)するルール。

 あるいは実を見つけるたびに船の中で食べたい者を募ってバトルロワイヤルをやる、強さこそが正義のルール。

 どれにしたところで完全に異論が出ないということはないだろうが、カナタとしては二つ目と三つ目の混合したルールを制定したい。

 

「非常に貴重、あるいは強力な能力だとわかっていた場合は私が決める。それ以外はお前たちで争って食え」

 

 強力な力を持たせる場合、使い手はカナタこそが見極めたい。

 裏切りは海賊の華だが、カナタはそれを許さないために。

 逆にカナタの興味をひかない能力などであれば、船内で告知したうえで欲しいもの同士で戦って奪い合う。

 やや横暴かとは思うが、船長であるカナタを絶対とする規律を作っておかなければならない。組織における規律とは、統制を取るためにも重要な要素だ。

 

「ついでだ。お前たちで実を取り合っている間に船内でのルールを明確化しておこう」

「そいつは名案だな。何事もルールがあってこそだ。無法者のおれ達が言っても説得力ねェけどな」

「無法者でも規律は必要だ。破ったものは私が殺す。覚悟しておくがいい」

 

 覇気こそ発していないが、赤い瞳で睨みつけられて肌を刺すような殺意に思わず黙りこくる一同。

 理解したと判断し、カナタは悪魔の実をゼンに預けてジョルジュ、ジュンシーと共に船室へ戻ることにする。

 素手によるバトルロワイヤルで勝ち残ったものに実を与えるようにと言い残し、三人で船のルールを明確化しに行ったのだ。

 

「いやはや、恐ろしい方だ……もっとも、あれくらいきちんとしていた方がいいでしょうね」

「うん。私もそう思う。でも、ゼンは馬なのに虎っぽくなるとどうなるのか興味もあるよ」

「絶対食べませんからね?」

 

 世にもおかしな珍生物が出来上がったことだろう。

 フェイユンは残念そうに眉尻を下げ、ゼンはそっぽを向いてバトルロワイヤルを始めさせていた。

 

 

        ☆

 

 

 一時間後、丁度昼の時間のこと。

 バトルロワイヤルを勝ち抜いて悪魔の実を勝ち取った、筋骨隆々とした大男──サミュエルが雄叫びを上げていた。

 顔面青あざだらけでパンパンに腫れていたが、本人は全く気にした様子もなくゼンから悪魔の実を貰ってかぶりつく。

 

「ウハハハハハハ!! ──うっ」

「どうしました?」

「ま、不味い……」

 

 顔色を青くしたり赤くしたりしながら飲み込み、疲れと達成感をない交ぜにしながら仰向けに倒れた。

 体の変化が起きるのはまだ後になるだろう。今は青あざだらけで倒れこむ四人の治療をしなければならない。

 クロッカスに頼んだところ、「最後まで騒がしいやつらだ」と笑いながら治療を受け持ってもらえた。

 

「終わったのか」

 

 カナタたちが船から出てくるころには治療もある程度終わり、サミュエルも能力でジャガーに変身したり人に戻ったりを繰り返していた。

 

「お、勝ったのはサミュエルか」

「使いこなせるように修行を積ませねばな」

「それはあとだ。まずは明確化したルールを発表しておく」

 

 航海中の飲酒は時間を区切って数名ずつ。

 仲間内での賭博、金品の窃盗・横領の禁止。

 銃や剣の整備の徹底。

 女性や子供への乱暴目的で船に乗せる事の禁止。

 などなど、決定した規律に一部の者がうへぇと嫌そうな顔をする。特に飲酒の制限や賭博などは慣れ親しんだものであるがゆえに反発も覚える。

 だが、命を懸ける航海で全員同時に飲酒で酩酊するなど話にならないし、賭博は仲間内であっても悪感情を起こす。

 必要な規律だ。

 

「破ったものは私が処刑する。具体的には──」

「ん?」

 

 わかりやすくジュンシーに視線を送り、カナタは武装色で黒く硬化した足を振りぬく。

 同時にジュンシーも武装色で腕を硬化させて蹴りを防ぐが、衝撃で空気が爆発したような音が響いた。

 これでも手加減していたのか、二人とも涼しい顔をしている。

 蹴った相手がジュンシー、あるいはゼンでもなければ今の一撃で体が吹き飛んでいるだろう。

 

「こうだ」

「いや死ぬわっ!!」

「処刑なんだ。当たり前だろう」

 

 ジュンシーとゼンが破った場合は少し手間だが殺せないわけじゃない。

 出来るだけやらせるなよ、と皆によく言い聞かせておく。皆首が取れるのではないかと言わんばかりにぶんぶん首を振って肯定していた。

 ともあれ、これで船に関することは問題ない。問題が起こったら都度解決していけばいい。

 

「さて、世話になったな、クロッカス」

「ああ、退屈しない一週間だった」

 

 握手を交わし、別れの挨拶を告げて全員船に乗り込む。

 ラブーンが見送るように声を上げ、フェイユンが甲板でラブーンの姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 

 

        ☆

 

 

 リヴァースマウンテンの麓、双子岬を出て〝ウイスキーピーク〟を一路目指す。

 現在の気候、冬──時々春。

 先程までは雪が降りしきる冬の海だったのが、今は気持ちのいい陽気の春一番が吹いている。

 偉大なる航路(グランドライン)の出鱈目な天候とはこういうものをいうのだろうな、とカナタはぼんやり考えていた。

 

「さっきからずっと記録指針(ログポース)見てるな」

「目を離すとあっという間に指針がずれるのでな。目を離せないと言った方が正しい」

 

 ふと目を離すと船が逆走していた、なんてこともザラだ。

 天候も、波も、風も、すべてが出鱈目で常識が通じない──ここはそういう海なのだと、あらためて思い知らされている。

 先程も霧だ突風だ虹だ氷山だと大騒ぎしていた。いや虹だとはしゃいでいたのはサミュエルの阿呆なのだが。

 

「さっき氷山にかすってたが、大丈夫だったのか?」

「水漏れはなかった。島に着いたら一度点検するさ」

 

 ジョルジュは珈琲を飲みながらそう言う。

 何かあった時の対処、という意味では船大工も必要になるだろう。大工をかじっていた者ならいるが、元々まともに仕事が出来なかったならず者だ。

 腕に期待など出来るはずもない。

 

「船大工も必要だな……」

「そうだなァ……水漏れを防ぐくらいなら出来るが、それ以上ともなると専門知識が必要だろ」

「あと必要な役職は何だ」

「船医、はこれから交渉するとして。船大工……それくらいじゃねェか?」

 

 お世辞にも腕がいいとは言えないにせよ、コックはいる。

 航海士はスコッチとカナタの二人体制で、必要な役職といえばそれくらいだろう。あとはジョルジュが金庫番をやっているくらいで、それ以外はみんな戦闘員だ。

 操舵士くらいはいてもいいかもしれないが、この海をそれだけ深く知っている者などそうはいない。

 

「焦る必要はあるまい。必要なら船は買えばいい」

「最悪どっかで奪えば何とかなるわな。海上で沈みさえしなけりゃ」

「海上でやられても私さえ生きていれば次の島まで歩きで移動できる。問題ない」

 

 船で数日かかるような距離を歩きで移動など、考えるだけで嫌になる。

 だが最悪を考えればそうなるのだろう。保険があるというのはいいことだ。

 

「優先度は高いが、船大工か……またどこかで探さねばならんな」

 

 探せば船作りで有名な島くらいあるだろう、とカナタは思っている。

 ぼんやりと覚えているが、ウォーターセブンで船大工が仲間になっていたはずだと。その辺りで探せば手の空いた船大工の一人や二人は見つかるだろう。

 それまでに船が沈まなければいいが。

 

「……気候が安定してきたな。そろそろ島が見えてくるはずだ」

「意外と早いな」

「最初の島はそれほど離れていないから、最初の海はこれだけ荒れるんだ」

 

 クロッカスからそう聞いていた。

 七つの島の磁場がそれぞれ干渉して海が荒れるため、一番最初の海が一番の難関なのだと。

 それ以降でも難関と言える場所はゼロではないにせよ、この海に慣れていない者にとって最初の航海が一番難関だというのは厄介だ。

 

「見えてきたぞ! 島だ!」

「着いたか。うまく船医を乗せることが出来ればいいがな」

「変わり者って話だったが、どんな男なんだろうなァ……またぞろ厄介な性格してなけりゃいいが」

 

 疲れたように言うジョルジュを放って甲板に出たカナタ。

 徐々に輪郭が見えてきたその島には、特徴的なサボテンのような山がある。海につながる大きな川があるが、船は海側の港に着けるよう指示を出す。

 こうして、偉大なる航路(グランドライン)一つ目の航海が終わった。

 

 

 

 




海賊船での規律に関する資料はバーソロミュー・ロバーツを参考にしました。


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第二十一話:ウイスキーピークの変わり者

私のハートがパラディオンされました。これは引かざるを得ない……。


 〝歓迎の街〟ウイスキーピーク。

 双子岬から続く一つ目の島として存在するこの場所は、〝新入り〟を文字通り歓迎するための街だ。

 様々な場所から集った賞金稼ぎ達が偉大なる航路(グランドライン)に入ったばかりの海賊たちを騙し、捕まえ、海軍に引き渡して懸賞金を得ることで成り立っていた。

 農業はお世辞にも向いていると言えない土地だが、最低限賄える程度には食料もある。

 酒造を得意とし、その酒で海賊たちを酔わせて油断させ、捕らえることが常套手段である。

 とはいえ。

 

「お、億超え……!? なんでそんな大物がこんなところに……!!」

「お、おれが知るか! 〝魔女〟っていえば、最近噂になってる西の海(ウエストブルー)最悪の犯罪者だぞ! 絶対に手を出すなよ!?」

 

 あくまでも入り口で浮かれた海賊を狩っているだけの者たちなので、億超えの賞金首など相手にしようとも考えていなかった。

 この場所で一千万を超えていれば十分大型ルーキーの部類だというのに、三億など想定外にもほどがある。

 夕刻に停泊して夜は泊まるからと宿を取り、宿にいる者たちが顔を確認したが、やはり間違いではなかった。

 別の建物の中で数人集まり、全員が頭を抱えている。

 

「冗談じゃねェぞ……海軍中将とやりあうような化け物、おれたちの手に負えるわけがねェ」

「むしろ海軍に連絡したら情報料貰えるんじゃねェか、これ……」

 

 護衛を撃退し、天竜人を殺害しているのだ。海軍の面子のために全力で追いかけているようだし、情報を高値で買ってくれる可能性は十分にあった。

 だが、そうなると次に恐ろしいのは報復だ。

 

「あの仏のセンゴクから逃げきってるんだぜ。また捕まえられずにこの街に報復に来たらどうすんだ」

「その時はこの街を捨てて逃げるしかないんじゃねェか……?」

「命あっての物種だしなァ」

 

 そもそも海賊が来る頻度自体そう多くはない。あくまで賞金稼ぎは街ぐるみの副業に過ぎなかった。

 掃いて捨てるほど海賊が出るならまだしも、この時代にそれほど多くの海賊はいない。

 

「じゃあそういうことで決定だな。下手に手を出したら街が壊滅しかねない」

「「「異議なし」」」

 

 自らの本能が危機を訴えていると判断し、誰一人として異議を上げることなくカナタたちへの襲撃は中止された。

 

 

       ☆

 

 

 次の日。

 船を降りて宿で体を休めたカナタたちは、大半は船に残って待機することになった。

 そもそもの話、この街は基本的に食料はカツカツなので余所者に売るほど余裕があるわけではない。あるのは精々住人に対して数の多すぎる酒造で作られた酒くらいのものであった。

 もちろん酒が好きな船員たちはこぞって酒を買うと言っていたが、買うにしても限度はある。

 水と違って腐りにくい酒は航海するうえで必須であるため、ジョルジュが必要量を計算して買い足しておくことになった。

 その間にカナタたちはクロッカスから言われた医者の勧誘だ。

 場所は住人から聞き出した。

 

「さて、どんな奴が出てくるか」

「オレとしちゃあ面白いやつなら何でもいいけどな」

「変わり者だと言っていたからな。具体的なことは聞かなかったが、折り合いがつけられるなら何でもいいさ」

 

 ジュンシー、クロを引き連れて街から少し離れた場所に構えられた大きめの建物を目指す。

 医者というなら普通町中にいるものだと思うのだが、副業の性質上巻き込まれる可能性があるから離れた場所に建てたのだろうか。

 まぁ、その辺りはどうでもよかった。

 

「ここだな」

 

 病院として建てられたのか、個人宅というにはいささか大きい建物だった。

 早速ドアをノックしてみる。

 パタパタと誰かが小走りで駆けてくる音がした後、かわいらしい声と共にドアが開く。

 

「はーい、どちら様ですかー?」

 

 ピンク髪の少女がナース服を着ていた。

 看護師の一人だろうかと思いつつ、ここの医者に用があると告げる。

 

「先生ですか? 病人でも怪我人でもなければお会いにならないと思いますがー」

「そういうタイプか……どちらかといえばその息子に用がある。そちらは?」

「ご子息様は……」

 

 一瞬嫌そうな顔をした後、取り繕うように笑顔で「呼んできますー」と間延びした声で返答して扉の奥へと消えていった。

 しばらく外で待っていると、白い髪をぼさぼさにして目の下にクマのある男が出てきた。

 身長は二メートルを超えるくらいで細身。目つきは悪いが、本人はどうでも良さそうにしている。

 

「僕に用があると聞いた。患者でないなら帰れ」

「そうもいかん。私たちは船医を探しているのだが」

「船医? 何故僕にその話を?」

「双子岬のクロッカスから聞いたのだ。お前ならばあるいは私の船に乗ってくれるとな」

「ふん……僕にメリットはあるか?」

 

 じろじろとカナタたち三人を見る男。

 あまり期待していないと言いたげな顔だったが、カナタが「大概のことなら叶えよう」と告げると、眉をピクリと動かした。

 

「……なら、悪魔の実の能力者と出会ったことは?」

「いくらでもあるさ。私も能力者だ」

 

 右手で簡単に氷を作ると、男はその手を掴んで様々な角度から観察し始めた。悪意を感じなかったためか、カナタは振りほどくこともせず好きにさせる。

 やがて納得したのか、手を放して何やらメモを取り始めた。

 

「興味は引けたようだな」

「ああ、十分すぎるほどにな。僕は医者だ。()()()()()()()()()()()だと考えている」

「能力者が病人、ね」

「何かに憑かれているというべきかもしれない。クソ不味い果物を食べただけで泳げなくなるなんて、そんなもの病気以外に何だというんだ」

 

 なるほど、とカナタは納得する。

 これは変わり者だ。悪魔の実は偉大なる航路(グランドライン)であろうと簡単に手に入る代物ではないし、手に入れようと思うと莫大な金がかかる。

 軍か国の研究者でもなければそれほどの資金など手に入りようもないだろう。個人の道楽でやっているなら十分すぎるほど変わっている。

 

「能力者を解剖させてくれるなら船に乗ってやる」

「私はダメだが、これから能力者の敵がいたら生け捕りにしてやる。それで勘弁してくれ」

「……いいだろう。抵抗できないようにしてくれるならそれでいい」

 

 準備をしてくるといい、建物の中へと戻っていく男。話はスムーズだったが、勢いに押されて結局名前も聞けていない。

 戻ってきてからでいいかと思っていると、建物の中で怒号と悲鳴と何かが割れる音が断続的に続く。

 しばらくして手荷物一つ持たずに出てきたかと思えば、「ちょっと手伝え」と手招きをしてきた。

 

「なぁ、オレ嫌な予感するんだけど」

「儂もだ。帰っていいか?」

「駄目に決まっているだろう」

 

 三人とも嫌な予感を覚えながら建物の中に入る。

 病院なだけあって中は非常に清潔で、手招きされるままに奥に入っていくと薬品の臭いが鼻についた。

 中には先程話したピンク髪の少女を含めた数名が机の下に隠れており、カナタと目が合うと何とも言えない顔で目をそらす。

 いなくなってくれたほうがいいのに、という小さい声が聞こえてきた。

 

(……父親の方はともかく、息子の方はあまり歓迎されていないのか?)

 

 ずかずかと奥へ踏み入っていくと、先程の男と同じ白髪の男が椅子に座っていた。父親だろう。髭がある以外は顔がよく似ている。

 目つきの悪さも遺伝だな、とくだらないことを考えながら視線を息子の方へと移す。

 

「それで、何を手伝えばいいんだ?」

「僕は海へ出る。こんなつまらない島で医療の発展は望めない。ドラムにでも行けばより優れた医術が学べる。連れて行くことは出来るか?」

「どこかで永久指針(エターナルポース)を手に入れる必要はあるが、不可能ではない」

「ということだ。文句はあるかクソ親父」

「大ありだバカ息子」

 

 「クロッカスめ、余計なことをしてくれる……」と小さくぼやく男。

 まずは名前を知りたいのでそれを尋ねると、クロッカスはそれさえ教えなかったのかとまたため息をつく。

 息子はスクラ、父親はクラテスと言うらしい。

 

「僕は医術を発展させたい。ちまちま病人や怪我人の治療をやっていたところで進歩はない」

「それでも医者は必要だ。患者を放って好き勝手にやるつもりか?」

「クソ親父一人いれば医者は足りているだろう。僕は海へ出る」

「悪魔の実の研究のためか? そんなものを研究して何になる」

()()()()()だ。それ以上でもそれ以下でもない。どんな病気でも、どんな怪我でも治すには医術が必要だ。それを進歩させることの何が悪い」

 

 互いに睨み合い、ついにクラテスが折れて「勝手にしろ」と言って机に向かってカルテを見始めた。

 スクラは鼻を鳴らして部屋を出た後、カナタたちを伴って別室へと移動する。

 自室だという場所には様々な薬品や機材が置かれていた。

 

「これらすべてを運ぶ。少し時間が必要になるが構わないな」

「ああ。必要な物は全て持っていけ。私たちの命に関わる」

 

 薬品は特にそうだ。病気になって、それを治すための薬剤が足りないなどということになっては困る。

 買い揃えられるものがあれば街で十分に買い足していく必要もあるだろう。

 ともあれ、人手は必要だ。

 

「薬品と機材は僕が梱包する。それ以外の服なんかは適当に詰め込んでいい」

「ジュンシー。船に戻って四、五人ほど連れてこい。荷物をまとめる手伝いをさせる」

「フェイユンも呼んでこよう。この手の仕事ばかりで悪いが、一番向いているからな」

 

 巨人族のフェイユンなら運べる量は普通の人間の何倍も多い。何度も船と病院を往復するのはジュンシーも御免なのだろう。

 そそくさと部屋から出ていき、クロとカナタは私物を、スクラは薬品と機材を適当な箱に梱包し始めた。

 黙々とやっていても良かったが、同じ船に乗るに当たって聞いておきたいことがある。

 

「お前にとって能力者は患者なのか?」

「そうだ。海に嫌われただの呪いだの、非科学的なことをのたまう馬鹿が多いがな。あれも一種の病気だ」

「病気だと判断する根拠はあるのか?」

「根拠だと? そんなものはない。だが、果物一つ食べただけで泳げなくなるなど病気と呼ばずして何と呼ぶ」

 

 最終的には、一度食べれば取り返しのつかない悪魔の実を食べても分離することを目指しているという。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()と言うのだ。

 そんな技術が開発されれば、カナタとしても自身の身が危なくなるだろう。だが、それを補って余りあるメリットでもある。

 可能か不可能かはさておき。

 

「なるほど……よかろう。船医として必要な物があれば用立てよう」

「理解があって何よりだ。それと、僕が船医として船に乗る以上病気や怪我をしたときは僕が絶対だ。医者の言うことに従わない患者の面倒など見切れない」

「それは徹底させよう」

 

 専門分野は専門家に任せるのが一番だ。それをわかっていない阿呆も多いが、信用できない専門家ならそう言いたくなるのもわかる。

 クロッカスのお墨付きである以上、医者としての腕は信用できる。ゆえに今回は大丈夫だとカナタは判断しているが。

 変わり者だと聞いていたが、この程度なら許容範囲だろう。

 

「うちの船には巨人族もいるが、そちらの治療も出来るか?」

「巨人族だと? 僕の医術は基本的に人間族のためのものだが……いや、船医としてついていく以上、巨人族であっても治療しよう。少し研究は必要だがな」

「それくらいは構うまい」

 

 単純に体の大きさが違うだけ、というわけではないのだ。

 そのうち巨人族の島にでも行ってみなければわからないこともあるだろう。巨人族以外の種族も船に乗せることになるかもしれないが。

 その時はその時だ。規律を守れるなら、人間だろうが魚人だろうが種族が何であろうと関係ない。

 

「種族が増えるのはいいことだ。サンプルが増える」

 

 その種族しかかからない病気もあるだろう。スクラとしては様々な病気を解明出来れば何でもいいらしい。

 

 

        ☆

 

 

 結局夜までかかって荷物をまとめ、フェイユンにまとめて船へと持って行ってもらうことにした。

 船医を無事確保できたということでジョルジュも安堵していた。心配していた変わり者という話も、その程度ならと安心したらしい。

 ジョルジュは関係ないと言わんばかりの顔をしているが、そのうちスクラの患者の対象に入る可能性は十分にある。

 この海を乗り越えるために、力を得ようと悪魔の実を食べることは決して少なくない事例だからだ。

 

「ともあれ、無事に船医は勧誘できた。心配事が一つ減ったな」

「ああ。病気は全滅の危機にもつながる。最優先で何とかしなければならなかった」

 

 目的地の一つに医療大国ドラムが入ったが、それくらいなら特に支障もないだろう。

 どこかで永久指針(エターナルポース)を手に入れなければならない。

 ジョルジュは気になっている次の島についてカナタへと質問する。

 

「次の島についての情報はあんのか?」

「不思議な話だが、誰も知らんらしい」

 

 最初に選べる七つの島はそれぞれほど近い距離にあるため、交流するならそちらとおこなうだけで充分らしい。

 過去に次の島に行ったものがいないわけではないが、〝ウイスキーピーク〟から次の島に行って戻ってくるための方法がないのだ。

 それこそ永久指針(エターナルポース)でもあれば話は別なのだが。

 

「一方通行ってわけか」

「戻る理由もないだろう。拠点にするならまた別だが」

「こんな街を拠点にしてもなァ……追われてる身でもあるし、とっとと先に進むとするか」

 

 賢明だな、とカナタはグラスを傾けて琥珀色の液体を飲む。

 出発は明朝になるだろう。特に物資の補給も出来ていないが、こればかりは仕方ない。次の島で食料を補充する必要がある。

 スクラに確認して、必要なら医薬品の類もいくらか買い足さねばならないだろう。専門家が必要だというなら必要なのだ。

 

「次の島の名前くらいはわかるのか?」

「あぁ、それはわかった。〝リトルガーデン〟と呼んでいるらしい」

 

 どういう意味かは行けばわかるだろうと、カナタは再びグラスに琥珀色の液体を継ぎ足し、月見をしながら消灯時間まで過ごしていた。




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第二十二話:リトルガーデン

 〝ウイスキーピーク〟での用事は全て終わった。

 医者であるスクラを仲間にし、水と酒も補充出来た。記録指針(ログポース)も溜まっている。

 これ以上この島に留まる理由もない。

 

「この島に思い残したことはあるか?」

「ないな」

 

 カナタの質問をばっさりと切るスクラ。

 この島で生まれ育っていても、理解者がいない以上は特段思い入れもないらしい。

 考えてみれば、悪魔の実の能力者は偉大なる航路(グランドライン)以外では化け物扱いされているのだ。入口であるこの島でも似たようなものだとすれば、それを治療したいと考えているスクラは異端と言ってもいいだろう。

 そういう意味では、確かに変わり者だ。

 

「元より、いつかは島を出るつもりだったんだ。それが早まっただけにすぎない」

「海に出るつもりだったのか?」

「当然だ。あの島にいたところで何も研究は進まない。それに、能力者への偏見だけで僕まであの扱いだ。あの愚かさは治療できない」

 

 スクラ自身は能力者ではないが、化け物を治療したいなどと言えば住人からよく思われなかったことは容易に想像できる。

 カナタもそういった扱いを受けてきたから理解できる。化け物だからと忌避されるのはいろんな面でデメリットも多い。

 もっとも、カナタはそういったデメリットがあってもうまく商売を続けていたわけだが。

 

「言ってなかったが、私たちは……もとい、私は賞金首だ。海軍本部から追われている」

「何? それを今更言うのか……僕は戦いなんてまっぴら御免だぞ。戦いなど生まれてこの方したことがない」

「だろうな。お前は治療に専念してくれればいい。戦うことが出来る奴は他にいる」

 

 だが治療が出来るのはスクラしかいない。簡単な応急処置ならカナタやジュンシーも出来るが、本格的な処置は本職に任せられるなら安心感が違う。

 海軍本部の中将、大将に追われている現状を考えれば、怪我をする機会も多かろうというものだ。

 任せられることは他人に任せるのがうまく生きるコツだ。

 専門職は特に。

 

「しかし、だいぶ顔が知られているようだ。この分だと偉大なる航路(グランドライン)に入ったことがバレるのも早いかもしれんな」

「あの街は特別だろう。街ぐるみで賞金首などの情報をすぐに仕入れるからな」

「新聞にデカデカと載せられている顔を知らないお前もどうかと思うが」

 

 知られていてはデメリットが多いのも事実だ。

 もっとも、顔が広く知られているのはカナタのみなので変装か何かで誤魔化す手もないではない。最悪船から降りずに過ごす手もあるが、それは避けたかった。

 追われているからとつまらない人生を送る気は毛頭ない。戦うときは戦うのがカナタの流儀だ。

 

「では出航しよう。最初の海ほどではないだろうが、全員気を引き締めるように」

 

 

        ☆

 

 

 数日の航海が終わり、船は無事に〝リトルガーデン〟にたどり着いた。

 〝ウイスキーピーク〟と違い、人の住んでいるようには見えない島だ。加えて川幅が狭いため、船は海辺に停泊させておくしかない。

 人が住んでいれば〝記録(ログ)〟が何日で溜まるか聞けるのだが、望みは薄そうだ。

 自然あふれるジャングルに、遠目に見える恐竜。

 航海の困難さ故に他の島との交流もなく、文明が築かれることもないままに今に至る太古の島。

 珍しいものは多々あるだろうが、食料はともかく情報は手に入りそうもない。

 

「ひとまず島を調べてみるか」

「そうだなァ。誰か住んでいれば御の字だけど、期待出来ねェな」

 

 ジョルジュはタバコを咥えながら島を見ている。双眼鏡を使ったところで木々が邪魔で見えないのだが、島の真ん中にある火山はよく見えるらしい。

 島の中を探索するにあたって誰が行くかという話になるわけだが、今回は能力者三人で行くことにした。

 すなわち、カナタ、フェイユン、サミュエルの三人だ。

 

「ウハハハハハ!! 冒険か! イイな!」

「人がいればいいがな……最悪人じゃなくても意思疎通さえできれば」

「見聞色でわからないんですか?」

「この島は結構広い。特に強そうな反応は二つあるが、人とも限らないからな」

 

 自分を基点として強いか弱いか、どれくらいの距離の位置にいるかくらいはわかるが、どんな生物かまでは判断できない。

 見聞色とはそういうものだ。あるいは類まれなほど鍛えられた見聞色であれば、そういったことまで知覚できるようになるのかもしれないが。

 少なくとも今必要とはしていない。

 弁当と連絡用の子電伝虫を携えて三人は探索に出た。コンパスが使えないのが地味に面倒くさいが、何とかするしかないだろう。

 船に残った面々は海辺でキャンプの用意をしておくように指示した。今日の探索は軽く見て回るだけに留める予定だからだ。

 

「珍しい植物、珍しい動物とくれば、病気も珍しいものがあるかもしれないな。出来る限り肌の露出は抑えたいが」

 

 カナタはともかくとして、フェイユンとサミュエルは難しいだろう。湿度の高い熱帯林で探索用の装備は体力の消耗が激しい。

 もっとも、それを見越しての巨人と動物(ゾオン)系の能力者なのだが。

 サミュエルは忠告を無視して長袖を腕まくりして露出させている。

 思わずため息をつくが、言っても聞かないなら言うつもりもない。逆にフェイユンはきっちりと着込んでいる。

 

「なァボス、あの果物食えそうじゃねェか?」

「あんな毒々しい色の果物を食う気かお前」

「悪魔の実だってあんな感じだったぜ? 食ってみればわかるだろ。フェイユン、一つ取ってくれよ!」

「これですか?」

 

 フェイユンが背の高い木に生っている紫色の丸い果実を一つもぎ取ってサミュエルに渡す。

 見た目明らかに毒がありそうだが、全く気にせずかぶりつこうとするのを寸前で止めた。

 サミュエルの顔面にアイアンクローを決めながら額に青筋を浮かべるカナタは、ミシミシと頭蓋から嫌な音を立てているサミュエルに言い聞かせるように耳元で告げる。

 

「余計な仕事を増やすな」

「……す、すぴばせん…」

 

 カナタが放した後もしばらく痛みで悶えていたサミュエルだが、復活するなり名残惜しそうに紫色の果実を捨てた。

 食べられそうなら持って帰って調べてもいいが、何日滞在するかもわからないのだ。時間がかかりそうなことは後回しにするべきだろう。

 時折現れる恐竜を蹴り飛ばしながら、カナタたち三人はジャングルの奥へと進んでいく。

 

「結構な距離を歩いたはずだが、対岸には出ないな」

「海から一周した方が早かったんじゃねェか?」

「外を見て回るだけならな」

 

 どのみち海岸線には誰かが住んでいる風でもなかった。見聞色で調べても人がいるようには思えなかったし、それなら中を調べたほうがまだ有意義だと判断しただけだ。

 遠目に見える火山といい、我が物顔で歩き回る恐竜と言い、この島は人が住むにはいささか厳しい環境だ。

 島の中心付近まで歩いたところで、カナタとフェイユンが同時に足を止めた。

 

「どうしたよ、ボス」

「……何者だ?」

 

 臨戦態勢で視線を横に向けるカナタ。それに合わせてフェイユンもグッと拳を握って構えるが、相手はそれを一切気にせず現れた。

 使い古した剣と兜を身に纏い、長いあごひげが特徴的な男。何よりも特徴的なのは、フェイユンよりも一回り大きい体躯の巨人族だということ。

 すわ敵かと構える三人を前に、男は高らかに剣を掲げる。

 

「我こそはエルバフ最強の戦士、ドリー!! ゲギャギャギャギャギャ!! よく来たな人間。久しぶりの客人だ、歓迎しよう!!」

 

 名乗りを上げるドリーに目を丸くし、ひとまず敵ではなさそうだと敵意を収めるカナタとサミュエル。

 フェイユンはと言えば、目をキラキラと輝かせてドリーを見ていた。

 

「ド、ドリー!!? まさか、巨兵海賊団の!!?」

「なんだ、おれのことを知っているのか?」

「も、もちろんです!! 私もエルバフの村の出身ですから!」

 

 エルバフの村の巨人たちにとって、巨兵海賊団は伝説の海賊だ。

 過去に世界中の海を豪快に荒らして震撼させた海賊たち。その二人の頭目のうちの一人、〝青鬼〟のドリー。

 六十六年前に活動していた海賊たちだが、かつての船員の多くはエルバフの村に戻っているし、巨人族の寿命からすれば六十六年など大した年数ではない。

 もっとも、フェイユンにとっては生まれる前の出来事であるが。

 

「ゲギャギャギャギャギャ!! そうか、エルバフの出身か! 珍しいこともあるもんだ!!」

 

 招待するという言葉に偽りはないのか、後をついてくるようにと背を向けるドリー。

 道中で首長竜を一刀のもとに切り伏せて持ち帰り、手際よく肉をさばいて火にかける。丸焼きが美味いらしい。

 カナタとサミュエルはドリーのことをよく知らなかったが、エルバフの村の者にとってドリーは伝説の人物に等しい。憧憬を向けながらいくつか質問しているのを静かに聞いていた。

 

「そうか、海軍に追われて偉大なる航路(グランドライン)に来たのか」

「そうなんです。この島で〝記録(ログ)〟はどれくらいで溜まるんでしょうか?」

「一年だ」

 

 さらりととんでもないことを聞き、カナタは思わず飲んでいた水を吹き出した。

 

「一年だと!? そんなにかかるのか……」

「その辺にチビ人間どもの骨が転がっているだろう? この島に来た奴らは大抵〝記録(ログ)〟が溜まる前に死んじまうのさ」

 

 巨人族にとって一年などあっという間だが、普通の人間にとって一年は相当な長さだ。

 ある者は飢えに。

 ある者は恐竜の餌に。

 ある者はドリー、あるいはもう一人の巨人に攻撃を仕掛けたために死んでいく。

 人間と巨人の時間に対するスケールの違いを感じさせるな、とカナタは口元を拭きながら思った。

 

「だがまぁ、幸い目的を急ぐ旅じゃない。永久指針(エターナルポース)があるわけでも無し、海軍から身を隠す意味でも一年ここに留まるか」

永久指針(エターナルポース)ならばある」

「あるのか?」

「ああ。だが、行先は我らの故郷エルバフだ。おれともう一人の男がそれを巡って決闘しているわけだが……強引にでも奪ってみるか?」

 

 にやりと笑いながらカナタに問いかけるドリー。

 対して、カナタは肩をすくめて答えた。

 

「あいにく、巨兵海賊団の頭目を相手にしようとは思わないな」

 

 見聞色で探ってみればわかるが、ドリーともう一人の巨人は流石の強さだ。あまり相手にしたいとは思えなかった。

 これは船に戻って要相談だな、と恐竜の肉にかぶりつくカナタ。

 首長竜の肉は非常に美味く、サミュエルが食べ過ぎて動けなくなっていた。

 

 

        ☆

 

 

 一方、船で待機していたジョルジュたちの方には、もう一人の巨人──ブロギーが現れていた。

 

「ガバババババ!! 我こそはエルバフ最強の戦士、ブロギー!! 客人よ、酒は持っているか!?」

「でかいな……フェイユンより一回り以上デカいとは。巨人族というのはみなここまで成長するのか?」

「さァな。成長しなくてもあいつはとんでもなくデカくなれるだろ……酒ならある! 分けてもいいが、少しばかり話をしようぜ!」

「おお、構わんぞ! それくらいはお安い御用だ!」

 

 ジョルジュはビビっていたが、ジュンシーとクロは今更巨人だからと驚くこともなかった。

 今夜は海岸でキャンプの予定だったため、機材は全て船から降ろしてある。そこで話をすることにして、まずは飯だと用意をすることになった。

 昼食のついでに酒と情報を交換するということで決まり、ジャングルの中でブロギーが狩ったトリケラトプスの肉を焼く。

 豪快に捌いて丸焼きにし、その肉にかぶりつくブロギー。

 巨人族にとって普通の人間族のサイズに調理することは難しいため、そこはコックが腕を振るうことになった。

 肉を焼くだけなら料理の腕もクソもないのだが。

 

「ほう、こりゃうめェ」

「ガババババ!! だろう! この恐竜の肉は実に美味い!」

 

 物怖じしないクロを気に入ったのか、ブロギーは非常に機嫌良さそうに話している。

 〝記録(ログ)〟を溜めるのに一年かかるという話も当然聞いたが、流石に一年同じ島は飽きるなァと考えるだけだった。

 恐竜がいることは問題だが、それとてカナタやジュンシーたちにとっては大した敵ではない。食料の確保は簡単だと言えるだろう。

 飲み水の確保はスクラの指示の元で行うことになったが、問題は病気や怪我をした際の医薬品があまり多くないということだ。

 

「予防が大切になるわけだ。太古の島となれば過去に絶滅した伝染病などもあるかもしれない。注意しておこう」

「オレたちって一応海賊になるわけだし、この島に来る船を襲って医薬品とか奪えねェかな」

「難しいな。七つある航路のうち、〝ウイスキーピーク〟を選んでこの島に辿り着く者たちがどれだけいるか」

 

 ただでさえ常識が通用しない海で消えていく船は多いというのに、多少賞金がかけられた程度の海賊なら〝ウイスキーピーク〟で狩られるだろう。

 そう考えると、偉大なる航路(グランドライン)というのは実にシビアな海だ。

 運、航海術、強さを最低限備えていなければ、先に進むことすらままならない。

 

「そうだな。この島に来るのはお前たちが久々だ」

 

 簡単に進める海ではないことは最初からわかっていたが、二つ目の島でこうも足止めをされるとは思ってもいなかった。

 だが、逆に考えれば海軍さえほとんど寄り付かないこの島なら身を隠すにはもってこいでもあるということ。

 

「事のついでだ。この島に一年滞在する間に、全員最低限戦えるように体を鍛えておくか」

「そうなるか……流石に戦いをお前らだけに任せるのもなって思うしよ」

「それはいいが、いざというときに逃げられるようにだ。心構えを説くだけではどうにもならないこともある。体で覚える必要があることもある」

 

 大抵の敵ならどうにかなるだろうが、最低限戦えるラインに鍛えておけば逃げるときにパニックを起こさずに済む。

 もっとも、スクラを除いて一度も戦ったことがないわけではない。これから相手をすることになるであろう海軍本部の佐官や将官を想定してのことだ。

 佐官を超えると、流石にレベルが桁違いに上がるゆえに。

 

「しばらく修行だ。カナタも儂も、今のままでは海軍大将を相手にしたときになすすべもなくやられる可能性もある」

「ガバババ!! 向上心があっていいことだな!」

 

 事情は知らずとも、逼迫した状況であることは理解できる。ブロギーは肉を食べながら、一つ提案をした。

 

「久しく飲んでいない酒を分けてくれるというのだ。礼と言っては何だが、修行相手になろう」

 

 手斧を片手に持ちながら、ブロギーはふんすと鼻を鳴らした。




カジノの正装はバニーですので…ってことで流行りに乗っかって水着海賊七色勝負とか考えてたんですけど、冷静に考えるとこの時代に名高い女海賊とかビッグマムくらいしかいないのでは説が出てきて諦めました。原作の時代でもいない?そうですね…。
でもブエナ・フェスタはどっかで出ると思います。あとバレット。

いきなり一年すっとばすのも何なので、多分次話は日記風に一年キンクリします。


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第二十三話:航海日誌

日記風って書いたことないからこんな感じでいいのかなって思って書いてます。
多分二度と書かない。


 〇月×日

 リトルガーデンでのログの溜まる日数が一年ということで、暇つぶしもかねて航海日誌を書くことにした。この手のものは長く続いた試しがないのだが、やる分には無駄にならないだろうと思っている。

 決まったことを纏めておくには確かに便利だ。

 ということで、夜に決まった今後の身の振り方を記しておく。

 

 一つ目、ログが溜まるまでの間、船員を最低限戦えるレベルにまで鍛える。

 二つ目、島の中を探索して食料、水源、薬として使えそうな植物を探す。

 三つ目、もしこの島に誰かが来た場合は薬品その他を強奪することを視野に入れておく。

 

 一つ目と二つ目はこの島で一年過ごすなら必要だろうと判断した。特に二つ目は精力的に行わなければ命に関わる。

 三つ目に関しては、これは仕方ないだろう。海賊行為を忌避して我々のうち誰かが死んでは意味がない。

 〝ウイスキーピーク〟を越えられる海賊、あるいは普通の旅人(そんな奇特な奴がいるのかは知らないが)がここに辿り着くという前提条件が非常に厳しいため、余り気にすることでもないだろう。

 ドリーとブロギーに確認したところ、我々の前にこの島に来た船は数年前が最後だったようだし。

 例に漏れず、この島で全滅したらしいが。

 

 

 

 〇月△日

 早朝から行動を開始した。食料、水源の確保に関してはドリーとブロギー両名の協力もあって非常にスムーズに進んだ。

 薬になる植物に関しては、スクラを中心に武力担当が最低一名ついて護衛しながらの探索だ。

 この島は広いが、一月もあれば隅々まで見て回れるだろう。スコッチをつけてマッピングをさせておく。方位磁針は使えないが、太陽の位置から方角を算出して書き込めば間違いはないだろう。少なくとも、上空から確認したから島の形状は間違っていない。

 

 ドリーとブロギーは島の中心部にある火山が噴火するたびに殺し合いをしている。

 戦いの理由すら忘れ、互いの誇りのために戦っているという。

 戦士の誇り、信念などは私には無縁だが、それ自体は理解できる。譲れないもののために戦ったのは私も同じだ。

 二人の戦いは凄まじい。一撃一撃が必殺を誇り、必殺の攻撃を紙一重で躱し、受け流す。殺陣のようだったが、二人とも本気で殺しにかかっている。

 あれだけの勢いで武器をぶつけあえばあっという間に消耗するはずだが、流石に海を荒らした巨兵海賊団の頭目。武装色の覇気で覆うことで劣化を最大限防いでいるらしい。

 見聞色の覇気で互いの次の一手を読み切っているからこそ拮抗しているのだろう。実力が伯仲していながら七十年近くも決着がつかないとは、呆れる話だ。

 

 覇気の話で思い出したが、ゼンが使っていた覇気は私たちが知っているものと少し違う。あれは何なのだろうか。

 

 

 

 〇月□日

 ジュンシーズブートキャンプで船員の大半がしごかれている。体を鍛えるのは無駄にはならないから、無理しない程度にやらせることにする。

 覇気に関してゼンに確認した。

 曰く、あれは〝流桜〟と呼ばれる覇気の一種らしい。

 偉大なる航路(グランドライン)後半の海、新世界にある〝ワノ国〟での覇気の名称であり、応用方法でもあると。

 興味があったので習ってみることにする。

 

 普通の武装色硬化と違い、自分の肉体を強化するわけではないようだ。どちらかといえば身に纏う覇気、というべきか。

 衝撃をコントロールしての破壊にも優れるらしく、私の武装色で強化した氷の槍も一撃で砕かれた。ムキになって何度か挑戦したが、全て一撃で破壊されている。

 ……あれは多分、〝流桜〟だけの力ではないだろう。

 見聞色で強化の甘い部分を見抜かれたとみた。武装色硬化も一点集中ならばともかく、全体硬化など無駄が多いしムラもある。

 修行が足りないな。

 

 ドリーとブロギーは今日も元気に殺し合いをしている。

 修行の手伝いをしてくれるということで私が死なない程度に加減した一撃を受けてみたが、島の端まで吹き飛ばされて危うく海に落ちるところだった。

 あんなものまともに受けたら死ぬ。ロギアの能力者である私でも、武装色を纏っている以上は避けられない。

 

 

 ×月●日

 航海日誌はどうしたとジュンシーに言われて思い出した。三日で書くことに飽きていた。

 とはいえ、一月の間でどう変わったかと言われれば難しい。

 食料と水は安定的に供給できているし、フィールドワークを兼ねたマッピングも大まかには終わった。

 太古のジャングルだけあって珍しい植物も結構あるようで、スクラは楽しそうに色々と調べている。なんだかんだ病院で働いていたこともあって体力自体はあるらしく、ジュンシーのしごきも耐えているようだ。

 スクラに関してはやりすぎると困るということもあって、余りきつめにはしていないようだが。

 

 私の覇気に関してはあまり進展していない。

 ゼンも最初からそううまくいくとは思っていなかったようで、気長に修練を続けるのがいいと言われた。

 CP-0の使っていた〝六式〟は一度見れば使い方がわかったが、〝流桜〟の難易度はその比ではない。

 見聞色にもさまざまな方向性があるようだし、一から鍛えなおすことにする。

 

 ドリーとブロギーは今日も元気だ。

 本質的に嫌い合っているわけではないようだし、二人でフェイユンをちょっと鍛えてくれと頼んだら快く引き受けてくれた。

 同郷の子供ということもあって、割と可愛がられているらしい。戦士としての心構えや戦い方を仕込まれていた。

 何かしら武器があればと思うが、肉体が巨大化するという特性上、武器よりも自身の肉体を主眼として鍛えたほうが強くなれるだろう。

 

 

 

 ×月◇日

 覇気を鍛える傍ら、〝六式〟を鍛えている。

 正式に習ったわけではないので自身の変な癖がつく恐れがあるが、それでも便利だ。五つしか習得していないが。

 〝紙絵(カミエ)〟もいずれは習得したいが、必要ないような気もするので機会があれば程度に考えておく。

 軽く模擬戦をしながら覇気を研ぎ澄ましているが、ジュンシーとゼン以外は相手にならないので難しいところだ。ドリーとブロギーの相手は中々厳しいし、何とかしたい。

 

 サミュエルも能力者になってから身体能力は上がったが、微妙に物足りない。

 滞在している間に一番伸びているのはフェイユンだろう。同じ巨人から戦い方を教わっているのが功を奏したのか、随分と動きが洗練されている。

 あれを首が痛くなるほど見上げないといけないくらいの巨体がやると考えると、とんでもないものを生み出してしまった気がしてきた。

 

 

 

 ×月〇日

 サミュエルがぶっ倒れて熱を出した。

 ジャングルを上半身裸でうろついていたらしく、腹部を有毒ダニ〝ケスチア〟に刺されて細菌感染していたそうだ。

 スクラを仲間にしておいてよかったと心底思う。医者の知識の多さには舌を巻く。

 抗生物質を処方することで治るらしいが、手持ちの量が少ないと言っていた。生産設備を用意しなければならない。

 機材そのものはあるが、抗生物質の元になるカビがこの島で手に入るかどうか。

 

 

 

 ×月☆日

 サミュエルの症状は随分と落ち着いている。

 本来ならいくつもの症状が複合的に現れる非常につらい病気のようだが、スクラの薬は効くらしい。

 〝ケスチア〟の細菌に効く抗生物質の元になるカビは意外とすぐ見つかった。元々心当たりがあったらしい。

 フィールドワークをしておいてよかった。スコッチのマッピングも役に立っている。

 

 

 

 ◇月●日

 サミュエルがぶっ倒れた。

 今度は変なものを食って食あたりになったらしい。

 初日に毒々しい色の果実を食べようとしていた辺り、驚きはない。あの阿呆は死んでも治らないだろう。

 

 クロが鍛えても強くなれないと不思議な顔をしていた。

 周りが強くなっているから相対的に変わらないだけではないかと思う。

 そうでなくとも、奴の能力は特異だ。どんな能力者でも一度は不意を突ける。

 ロギアの能力者相手には初見殺しになり得るので、ジョルジュたちと連携の練習もさせておきたい。

 

 

 

 ◇月×日

 ジュンシーとゼンが殺し合いをした。

 覇気の修練には実践が一番だと、互いに全力で殺し合っていた。ドリーとブロギーに触発されたのかもしれない。

 最悪の事態になりそうなら止めるつもりだったが、ギリギリ死なないレベルで終わった。大怪我したのは間違いないので、スクラは半ギレで治療していたが。

 互いに笑いながら戦っているのは半ば猟奇的だったが、お前も似たようなものだとクロに言われた。

 解せない。

 

 

 

 ◇月☆日

 一回殺し合いをするだけで覇気が大きく強化されるならいくらでもやるが、絶対に強くなるわけではない。

 拮抗している実力だと決着がつきにくいが、今回はゼンに軍配が上がった。どちらも少しは足りないものが見えたようで何よりだ。サ〇ヤ人のようだな。

 

 私もそろそろ〝流桜〟をしっかり身に付けたいので、ドリーとブロギーに挑むことにする。

 

 

 

 ☆月〇日

 〝流桜〟を身に付けた。

 二、三度ばかり……いや、両手の指で足りない回数死ぬかと思ったが、やはり覇気の鍛錬において実戦に勝るものはない。

 ゼンは衝撃を集めて攻撃に使うが、私は衝撃を散らして防御に使うことを念頭に置いている。

 武装色硬化のように見た目に現れるわけではなく、重さの無い鎧を纏っているようなものだ。攻撃を〝弾く〟こともたやすい。

 ドリーとブロギーの攻撃を受けても吹き飛ばされないためにはこれしかなかった。どこに来るかは巨人族だからまだわかりやすいが、動作を始めてから受ける用意をしていては間に合わないので見聞色も鍛えざるを得なかった。

 臆せば死ぬ。そう思っていたら半ば無意識のうちに使えるようになっていたから、やはりこの手法が一番だ。

 ついでに数秒先の未来を視えるようになったのは僥倖というべきか。

 

 しかしこの〝流桜〟、体内の不要な覇気を流す技法ということもあってか、センゴクの使っていた技も再現できそうな気がする。

 

 

 

 ☆月△日

 センゴクの使っていた衝撃波は中々難しい。今は〝流桜〟をより高いレベルで使えるように鍛錬することが一番だろう。

 ジュンシー、ゼンと何度か戦ってみたが、まだまだ甘い。防御だけに使ったところで勝てるわけではないのだが、防御をおろそかにすれば死に直結する。

 覇気を扱えるのは、うちの船では私とゼン、ジュンシーくらいなので鍛錬の幅を増やすことも難しい。

 フェイユンも使えるが、あの子が使えるのは見聞色だけなので、そろそろ武装色を教えてもいい頃だろう。

 

 あの子の見聞色は生まれつきだ。才能はあるようだし、少し鍛えてやればより高度に扱えるようになる。

 

 

 

 △月△日

 半年が経った。

 折り返しだが、まだ半年かと思うとため息をつきたくなる。海軍に追われないのはいいことだが、一か所に留まり続けるというのも面白みがない。

 面白いものでもないかと思い、ドリーとブロギーに聞いてみると「東の海に魔物が住んでいる」という話を聞いた。

 興味本位でフェイユンとゼンを連れて見に行ってみると、巨大な金魚が住んでいた。

 海の上を歩いているといきなり現れたので驚いたが、食われる前に冷凍保存してやった。

 

 曰く、「島食い」

 その大きさ故に島を食べて成長するという。海獣の一種になるのだろうか。それとも海王類か?

 種別は大して興味もないが、何を食えばここまでデカくなるのだろうか。最初から島を食べていたわけでもないだろうに。

 この金魚のことを話すと、ドリーとブロギーは笑いながら「何もない島」について話してくれたが、日誌に記したいことではなかった。記憶の端に留めておく。

 

 

 

 △月☆日

 珍しく船が来た。

 海賊船だ。四、五十人ほどの数がいて、特に強そうなのは二人。顔に覚えがないが、賞金首らしい。

 千五百万と千二百万の大型ルーキーとの話だが、五、六発殴ったら大人しくなった。覇気も使えずよく生き残ってきたものだ。

 片方は能力者でもう片方は能力者ではないようだが、その残虐性で一時期話題になったとジョルジュが言っていた。南の海(サウスブルー)出身らしい。

 

 私が殴って腫れあがった顔で正座している姿を見ると、とてもじゃないが残虐性など見えない。

 能力者の方はボムボムの実を食べた爆弾人間で、私が殴ると同時に爆発するカウンターを得意としていた。〝流桜〟で爆発の衝撃を全て受け流したら目が飛び出るほど驚いていたが。

 なんにしても大した相手じゃない。

 能力にかまけて鍛えていないようで、能力そのものを上手く扱えていない印象がある。全身爆弾と言っても大した威力じゃなかった。

 

 巨人を見たのは初めてらしく、三人の巨人を見たら泡を吹いてひっくり返っていた。

 船にあった酒と薬品類だけ奪って後は放置した。命まで奪う気はないし、それ以前に私のような少女にボコボコにされたことで心が折れているようだ。

 

 

 

 Γ月◇日。

 数日前にこの島に来た海賊連中、気が付いたら全滅していたようだ。

 我々がキャンプ地としている浜辺から離れたところにある川から上流へとのぼって行ったようだが、スクラ達が薬草と食料を探しに行ったところ全滅しているのを見つけたらしい。

 食いちぎられた遺体が多数あり、そのままにしておくと疫病の原因になりかねないので一か所に集めて火葬したと報告を受けた。

 生き残ったのは唯一能力者であった男一人だが、こいつも大分怪我をしている。

 目が覚めたら話を聞こうと思う。

 

 それはそれとして、サミュエルもついに武装色の覇気を扱えるようになった。

 まだ初歩的なところではあるが、使えるようになったなら硬化が出来るようになるのも近い。

 フェイユンももう少しといったところだろう。

 

 

 Γ月〈日

 ニュース・クーの新聞にロジャー達のことが載っていた。

 どうやら彼らも偉大なる航路(グランドライン)に戻ったらしく、戻って早々に事件を起こしたために新聞に載ったようだ。

 命の恩人でもある彼らと会う日も近いかもしれない。もっとも、彼らの活動地域は後半の海である新世界。いつか出会えるだろうという程度の話だ。

 

 爆弾人間が目を覚ました。

 年は三十四。長年海賊をやっていて、集まった仲間と共にこの海に挑んだらしい。

 結果は二つ目の島で全滅。遺品と呼べるほどのものも残っていない。

 こうして書き連ねてみると哀れなものだが、私もこうならないとは限らないのがこの海の怖いところだ。

 

 生きる気力があるなら船に乗せてやるし、もう生きる気力もないというのであれば介錯する。それだけは伝えたが、さてどうするつもりか。

 どうせまだあと半年近くはいなければならないから、じっくり悩めとは伝えたが。

 

 

 

 ÷月Δ日

 フェイユンが武装色の覇気を使えるようになった。

 あの巨体から繰り出される覇気の込められた格闘術は末恐ろしいものがある。ドリーとブロギーには及ばないにしても、かなり戦えるようにはなっただろう。

 私もようやくドリーとブロギーとまともに打ち合えるようになった。

 一撃一撃に相当集中しなければあっという間に吹き飛ばされるため、かなり消耗するのだが。

 

 戦い終わった後は毎回変な目で見られるのが非常に解せない。あの二人との鍛錬は非常に身になるからやらせてみるか。

 

 

 

 ÷月◇日

 ドリーとブロギーの相手は無茶だったらしい。

 挑んだ全員が吹き飛ばされ、かろうじてゼンとジュンシーが食らいついたくらいか。

 鍛錬が足りんなと言ったところ、「お前がおかしいだけだ」と言われてしまった。

 おかしいと言われてもな。これくらいやらなければ海軍大将とはまともに打ち合えないだろう。ジュンシーは特に鍛え上げてやらねばならない。

 

 先日の爆弾男だが、ひとまず生きることを選択したらしい。

 名をデイビットと言い、私の船で下働きとしておいてくれと土下座された。

 許可しておいたが、私が三億八千万の賞金首だというと卒倒した。賞金額だけで気絶するなどジョルジュでもせんぞ。

 

 

 

 〈月÷日

 ついでなのでデイビットも鍛えてやることにした。

 覇気が使えない連中よりは戦えるようだが、能力なしではサミュエルにさえ完封される始末。随分とぬるい戦いをしてきたのか、能力にかまけて鍛えることを怠ったのか。

 能力は当人の強さに比例して出来ることも増え、より強く能力を発揮できるようになる。

 この程度なら二、三年前の私でも勝てるだろう。

 

 スクラが研究で妙なものを作っていた。

 悪魔の実の能力者だけに作用する薬のようで、サミュエルに食わせると三段変形のどれでもない奇妙な変身を遂げていた。

 同時に暴走したので、数発殴って大人しくさせたがまだ暴れようとしていた。

 仕方がないので海に突き落として無理やり沈静化させたが、あれは何だったのだろうか。

 能力者に効く薬を作りたいというスクラの願いはわかるが、暴走するのは考え物だ。サミュエルは頑丈だから臨床試験に使うのは構わないが、安全性を確保してからにしてほしい。

 

 

 

 Φ月Ψ日

 あと三か月ほどか。長いものだ。

 相も変わらず修行修行で、私はそろそろ飽きてきた。嗜好品も何もないこの島では読み終えた本をまた読むくらいしかないのだ。

 毎日代わり映えのしない日々で日誌に書くことすらなくなっている。男連中も女を抱けないと嘆いていた。

 私の風呂を覗くくらいならまぁ構わんが、手を出そうものなら氷の彫像にしてやるつもりだ。

 

 規律破りは私の船では重罪だと理解しているため、どいつもそこまではしてこないが。

 

 

 

 Ψ月÷日

 この島で過ごすうちにまた一つ年を取っていた。

 美人であることを鼻にかける気はないが、華の十六歳。海軍に追われながら逃亡生活とは泣けてくる。

 

 最近は私の情報を探してか、新聞で情報提供求むとまで書かれている。面子もあってか、海軍も必死だ。

 あいにく私はまだこの島から出られないので、姿を現すまでもうしばらくかかるわけだが。今ならセンゴクともそれなりに戦える自信はある。

 少なくとも、花ノ国で戦った時のような無様は晒さないだろう。

 

 嗜好品代わりの新聞も毎日買っていては馬鹿にならないのだが、金だけは相当額がある。商船としての儲けの大半はガレオン船を買う際の借金返済に充てていたが、海賊を狩って金目のものを奪っていたこともあるし、余裕はあった。

 もう私たちの故郷の島はないので、全財産を持ち出していてよかった。

 ……私の育った孤児院のいた島を、故郷とは呼びたくはないからな。元の名前も捨てたことだし。

 

 

 

 ξ月〇日

 〝ビッグマム〟シャーロット・リンリン、〝金獅子〟のシキ、〝白ひげ〟エドワード・ニューゲート。

 ロジャーは上記の三人と同等の扱いをされているらしい。

 海軍の英雄であるガープに追いかけまわされて、今なお存命の海賊など彼らくらいのものだから当然といえば当然か。ガープは海軍にとっては英雄でも、海賊にとっては死神のような男だ。

 ロジャーたちは行く先々で事件を起こしていて話題に事欠かない。

 

 昨日も鉢合わせたワールド海賊団と一戦交えたらしく、現場となった国の被害は惨憺たるものだと今日の新聞に記してある。

 何をやるにも派手な奴らだ。

 

 

 

 Θ月□日

 暇なときにはよく聞いていたドリーとブロギー、フェイユンのエルバフの村の話だが、今日は少し変わっていた。

 以前日誌に書いたシャーロット・リンリンに関わることだ。

 過去にエルバフの村に住んでおり、とある事件を起こして追放された話。

 巨人族最高齢の英雄である〝滝ひげ〟のヨルルを殺害したことで、同じく巨人族の英雄たる〝山ひげ〟のヤルルに追放された。

 

 この話はフェイユンもあまり語りたがらなかったが、ドリーとブロギーはどうしても聞かせてほしいと願ったために。

 二人は絶句していた。

 巨人族の戦士とは、長寿を生きる故に〝死に様〟を重要視する。巨人族の英雄たるヨルルがそのような死に方をしたことに涙を流し、追悼の念を送って──同時に、シャーロット・リンリンに対する憎悪もむき出しにしていた。

 

 あまり記したいことではないので記憶の端に留めておくが、リンリンはマザー・カルメルと呼ばれる女性に関連しておぞましいことをおこなっている。

 ドリーとブロギーは決闘の件があってこの島から出られず、戦友を殺された〝山ひげ〟のヤルルが国外追放のみで済ませた以上はとどうにか納得していたようだが……怒りは収まらない様子だった。

 

 もしエルバフの村に行くことがあり、なおかつシャーロット・リンリンと敵対することがあれば。

 巨人族は味方足り得るかもしれない。

 

 

 

 γ月×日

 ログが溜まった。

 遂にこの島から出られると思うと感慨深いものがあるが、明日最後の仕上げとしてドリーとブロギーと一合ずつ武器を交えることにした。

 一年間世話になった礼であり、修行を付けてくれた師への手向けとして。

 キャンプ地の片付けなども行い、明日中には島を出ることになるだろう。

 酒はもうなくなってしまったが、最後の宴として派手に飲むことにした。旅の醍醐味とはこういった出会いと別れの連続でもある。

 

 二人の決着は、私たちがいる間には終ぞつかなかった。いつになったら決着がつくのだろうか。

 




オリキャラ多くてわからなくなってくるって言われたんですけど、設定集っぽいの必要ですか?
書くとしたら章ごとに「今章の登場人物」みたいな感じで簡単にまとめたやつになりますけど。多分雑にギャグ。
あと本編がちょっと遅れます。アンケは8月いっぱいということで。

9/1
ロジャーに関する部分で修正をしました。


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第二十四話:何もない島

今回はちょっと短め。
あとちょくちょく聞かれるんですけど、この作品にはクザンは出てきません。


 〝リトルガーデン〟での一年は、過ぎてみればあっという間だった。

 航海日誌に書くことに困らない程度にはいろいろな出来事があったが、特筆するべきはこの一年で船員が皆力を付けたことだろう。

 少なくとも、海軍にすぐやられるということもないとカナタたちは判断している。

 鍛え上げられた当人たちは、明らかに自分たちとは別世界の強さを誇るカナタたちを見て若干心が折れていたが。

 〝己の力を疑わないこと〟が覇気の根幹であるとカナタは考えており、この調子では覇気の習得は難しいだろうと頭を悩ませている。

 

「ガババババ!! もう出航するのか! 寂しくなるな!」

「ゲギャギャギャギャギャ!! 何ならもう一年くらい住んでいかねェか?」

「先を急ぐわけではないが、流石にもうこの島で過ごすのは飽きたさ。やはり色々な島を見てみたい」

「そうか! 海は広いからな。気が向いたらまた来るといい! その頃には決着がついてエルバフの村に帰っているかもしれんがな!」

「違いない! 次にお前たちがこの島に来たときは居ないかもしれねェな!」

 

 互いに自分が勝つと疑わない二人。そこに言及するとまた決闘が始まってしまうのであえて口を閉ざし、船出前の最後の挨拶としてカナタは武器を取り出した。

 己が能力で作り出したものではなく、時たま現れる海王類の牙を削って創り出した特製の槍だ。

 二メートル超の白い槍で、武装色の覇気を纏わせることで赤黒く変色する。

 

「ではおれから──全力で行くぞ」

「ああ、殺す気で来るがいい」

 

 ドリーが高く剣を振り上げ、より強く覇気を纏わせたそれを勢いよく振り下ろす。

 互いの得物がぶつかった瞬間に大気が爆発したかのような音が響き渡り、わずか一合交えただけで辺りに凄まじい衝撃波が舞う。

 体格の違いすら気にせず、カナタは強大な一撃を受けてもなお一歩も後退していない。

 

「──よし、次はおれだな」

 

 ドリーとカナタは一歩ずつ足を退き、目礼を交わしてカナタはブロギーへ向き直る。

 ブロギーはドリー同様に高く戦斧を振り上げ、大地を叩き割らんとばかりに力を込めたそれをカナタ目掛けて振り下ろす。

 こちらもまた同様、覇気を纏わせた槍でブロギーの戦斧とぶつかり、再び衝撃が大地を舐める。

 爆発的な衝撃は不自然なほど周囲に散っていき、衝撃と音が収まってから二人は一歩ずつ下がって目礼を交わす。

 

「──ガババババ!! ここまでになるとは、一年前は思いもしなかったぞ!!」

「ゲギャギャギャギャ!! まさかチビ人間が、おれたちと打ち合えるようになるとはな! 人生何があるか分からねェもんだ!」

 

 どかりと座り込み、二人して大笑いする。

 一年前にこの島に辿り着き、二人に「強くなりたいから」という理由で挑んできた少女が、まさか一年後には自分たちと武器をぶつけ合うことが出来るようになるとは。

 想像だにしていなかった出来事だ。

 一方、二人の攻撃を一度ずつ受け止めたカナタはというと、大きく息を吐いて腕の調子を確かめていた。

 

「……まだ何とか受け止めきれる、という程度だ。二人には敵わない」

「それが出来る人間が、果たしてどれだけいるかという話だ」

「そうだ。お前はもっと誇ってよいのだ。我らはエルバフ最強の戦士であり、その一撃を受け止められるのだからな」

 

 武器をぶつけるだけで凄まじい衝撃波が起こるのだ。カナタは〝流桜〟で受け流しているが、それとて一歩間違えばミンチになる危ない橋でもある。

 受け損ねて島の端まで吹き飛ばされたこともあれば、衝撃を流しきれず島に亀裂を入れたこともある。

 おかげでジュンシーやゼンの全力攻撃など意にも介さなくなったが、何度死にかけたことか。

 

「また来るさ。次はいい酒を持ってこよう」

「おお、そうしてくれるとありがたい」

「てんで決着がつかねェからな。まだしばらくはここにいるだろうよ」

 

 ドリーの肩に乗って三人で船へと戻り、出港準備を整えて待っていた皆へと手を上げる。

 肩から飛び降りて船へと降り立ち、ドリーとブロギーの方へと向き直った。

 甲板で待っていた中で、フェイユンが前へ出た。

 

「あの、ドリー師匠(せんせい)! ブロギー師匠(せんせい)!」

「おお、フェイユンか!」

「お前も元気でやれ! いつか先にエルバフへ帰ったなら、我らのことは心配するなと伝えてくれ!」

「はい……はい! 二人もお元気で!」

 

 涙ぐみながら手を振り、フェイユンは挨拶を済ませた。

 他の面々もドリーとブロギーに別れの言葉を投げかけ、二人はそれに笑って答えた。

 別れは済ませた。後は先へと進むだけだ。

 

「出航だ! 帆を張れ!」

 

 バサリと大きく帆を張り、風を受けて次の島へと進み始める。

 浜辺でそれを見送るドリーとブロギーは、互いの武器を高く掲げて言葉を送った。

 

「お前たちの旅路が、良きものであることを!!」

「お前たちの行く末に、エルバフの加護があらんことを!!」

「さらばだ! 元気でやれ! ガバババババ!!」

「また逢う日を楽しみにしてるぜ! ゲギャギャギャギャギャ!!」

 

 フェイユンは大笑する二人の姿が見えなくなるまで手を振り続け、ついに見えなくなって寂しそうに手を下ろした。

 気を取り直すように頬を叩き、船の前方へと向き直る。

 後ろ髪を引かれる思いでも、先へ進むのだ。

 最初からわかっていたことだ。旅路とは、出会いと別れの物語なのだと。

 

 

        ☆

 

 

 次の島への日数はわからないが、余りかからないとドリーとブロギーに聞いた。

 巨人族の感覚で「あまりかからない」だと数週間かかるのではと危惧したのだが、本当に大した距離ではなさそうなので安堵したのは内緒の話だ。

 久しぶりの海の上ということもあってか、感覚を取り戻すように最初はぎこちない操舵だった。

 徐々に感覚を取り戻し、偉大なる航路(グランドライン)の船旅も順調に進んでいる。

 カナタは甲板にビーチチェアを持ち込み、パラソルの下で時折進路を確認しながらニュース・クーの持ってきた新聞を読んでいた。

 

「次の島はどんなところなんだろうな?」

 

 そこへ暇そうにしていたクロが話しかけ、カナタは新聞から視線を移して簡潔に答える。

 

「金魚のフンだ」

「……すまん、もう一回言ってくれ」

「金魚のフンだ」

「オレの聞き間違いじゃないよな? 金魚のフン? 何だよソレ?」

 

 カナタの簡潔すぎる答えにクエスチョンマークを乱立させるクロに対し、どう説明したモノかと新聞を畳んで考え込む。

 そこへ〝リトルガーデン〟で仲間となった、新人の〝爆弾人間〟デイビットが現れる。

 カナタに負けたことと仲間が全滅したことが重なり、年を食っていても礼儀正しく口を開く。

 

「俗称では〝何もない島〟と言われている島ですな。文字通り〝何もない〟島なのでそう呼ばれていたのですが、その、ドリー殿とブロギー殿が言うには……」

「金魚のフンなのだ」

「いや、それはわかったから」

「我々が辿り着く前に、船長殿が凍らせた巨大な金魚がいたらしいですが、それなのです」

「その金魚の……フン?」

 

 こくりと頷くデイビット。

 クロは腹を抱えて大爆笑していた。

 カナタとデイビットはドリーとブロギーの二人に話を聞いていたが、次の島である〝何もない島〟は、〝島喰い〟とも呼ばれる巨大な金魚が周辺の島を食べて出したフンらしい。

 〝島喰い〟そのものはカナタがあっという間に氷漬けにしたのだが、過去に食べて出したものは残っている。

 

「私は次の島では上陸しない。お前たちも上陸はするな。どうせ何もないのだからな」

「あー、腹いてェ。そうか、そういう島なのか…ブフッ」

 

 クロは笑いが収まらないらしく、未だに小刻みに笑っている。

 そういう事情を知っているからか、カナタは次の島に上陸することをひどく嫌がった。どうせ船に乗っていても記録(ログ)は溜まる。

 デイビットも苦笑はしているが、問題は別にあった。

 

「問題はそこじゃないんですがね……」

「なんだ、金魚のフンってこと以外に問題があんの?」

()()()()()()()()()()ということが問題なんだ」

 

 偉大なる航路(グランドライン)の島々はそれぞれが磁力を持ち、記録指針(ログポース)記録(ログ)を溜めることで次の島へと移動することが出来る。

 〝何もない島〟は複数の島の磁力が混じっているためか、そこに辿り着くことが出来てもその次の島が()()()()()()()()()

 

「いくつもの島の磁力が混じっているためか、滞在する日数によって()()()()()()()()()らしい。溜まった記録(ログ)が次々に上書きされていくわけだな」

「ほー、そんな特性が……次の島がどんなものかはギャンブルってわけか」

「そうなる。実際に通ってきた二人の言うことだし、信憑性はあろう」

 

 余りにデカいフンなので大陸と間違って上陸したと笑い話にしていたが、カナタとスクラは非常に嫌な顔をしていた。

 飯時にする話ではないということもあったし、何より生理的かつ衛生的に嫌だった。

 だが、二人の話は非常に面白かったのも事実だ。

 絶えず雷が降り続ける島、見えないところに足場がある島、巨人族の何十倍もある巨大な樹が生えている島。

 それに、前半の海(こちらがわ)に来る際に通ったという魚人島の話や、空島の伝説。

 長いこと生きているだけあるというものだ。

 それはさておき。

 

「新世界用の記録指針(ログポース)ならば複数の島の記録(ログ)を溜められる。私はどこでもいいから、お前たちで決めてもいい」

「そうか? オレはどこでも面白そうだし、お嬢が決めたところなら異論はないけど」

「おれもそうです、船長殿」

 

 ふむ、と二人の返答を聞いて考えるカナタ。

 船長である以上、この船の行く先を決めるのはカナタであるべきだ、と考えるのもわかる。

 こだわりがないのでどこでもいいという考えもあるが、この船の航海士でもある以上、カナタが決めたほうがいろんな意味で角が立たないだろう。

 

「……まぁ、そうだな。出来ればとっとと離れたい島だ。どこかの記録(ログ)が溜まった時点で出航するか」

「ヒヒヒ、偉大なる航路(グランドライン)ってのは、本当に面白い海だなァ」

 

 楽しそうにケタケタと笑うクロ。

 まさか島を食うほどに巨大な金魚がいるとは思いもしなかったし、その食べた島をフンとして出したら複数の島の磁力が混じっているなど想像だにしない。

 こんな不思議なことがあるから、冒険とは面白いのだ。

 

「どんな島なのか、今から楽しみだぜ」

 

 

        ☆

 

 

 数日後、〝何もない島〟に辿り着いた一行は絶句した。

 本当に、〝何もない〟島だったと。

 

 



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第二十五話:ギャンブル・ログ

 〝何もない島〟には、その名の通り何もない。

 とはいえ、草木の一本もないというわけではなく、足元には名も知らぬ雑草がまばらに生えている荒野のような島だ。

 目立つものは何もないが広大で、ただ茶色の大地が広がっている。ドリーとブロギーが大陸と間違えたというだけはあり、随分と広大だ。

 島の成り立ちを知ると、この大地の色も深く考えてしまうので誰もが口をつぐむ。

 心なしか臭う気がする。

 

「……広いだけの荒野だな」

「さっさと次の島に移動しよう。しばらく待機だ」

 

 面白半分で上陸しようとしたクロの首根っこを掴み、各々船の上で自由に過ごす。

 外周を回るくらいは良かろうと、船を一か所に停めずにぐるりと島を回っていると、遠目に船が停泊しているのが見えた。

 〝リトルガーデン〟から続く航路であるため、同じ島を通ったはずだが見覚えがない。

 〝永久指針(エターナルポース)〟を使用してこの島に来たのだろうか。

 海賊ではなさそうなので、接舷して声をかけてみることにした。

 

「おーい! あんたら、何してるんだ?」

「うん? 我々は南の海(サウスブルー)の植物学者だ。偉大なる航路(グランドライン)でも珍しい、植物がほとんど植生していない島だから調べているんだよ」

 

 カナタたちが乗っている船より一回り小さいが立派な船だ。掲げている旗にはどこかの王国のマークが印されており、彼らの発言を裏付けていた。

 記録(ログ)が溜まるまでの暇つぶしにはなるかと、消毒させたうえで船に上げて話を聞いてみることにした。

 連れてこられた数名はいきなり消毒されて目を白黒していたが。

 この島の成り立ちを知らなければさもありなん。

 簡単に説明したところ、彼らはものすごい勢いでメモを取り始めた。

 

「それは……すごいな! どこでその話を!?」

「私たちがこの島の一つ前の島で聞いた話だ。実際に〝島喰い〟と呼ばれる金魚とも遭遇した」

「なんと! だが、我々も前の島から記録(ログ)を辿ってこの島に辿り着いたんだ。そんな金魚がいれば噂になってもおかしくはないのではないか?」

「私たちは〝リトルガーデン〟という島から来た。この〝何もない島〟自体、複数の島が混じって生み出された島なんだ。複数の島への記録(ログ)が溜まることもあれば、複数の島からこの島へ続く記録(ログ)が溜まることもあるだろう」

 

 なるほど、とメモを取って学者たちは考察し始めた。

 全員が全員植物学者というわけではなく、地質を専門とする者、海洋生物を専門とする者など、多様な学者が乗っているらしい。

 偉大なる航路(グランドライン)にはいまだ多くの謎がある。最近では突き上げる海流(ノックアップストリーム)と呼ばれる不可思議な海流の研究が本格的に始まったと言っていた。解明にはまだ時間がかかるだろうとも。

 

「この海、面白いこと多いな」

 

 けたけたと笑うクロ。 

 航海士であるカナタにとっては、海流の現象などは無視できない情報だ。スコッチも交えて最近の研究の成果などを聞き、航海に活かしたいと考えていた。

 一方で学者である彼らも、カナタたちが通ってきた航路での情報を聞いて研究に活かそうと積極的に交流している。

 しかしカナタたちが通ってきた島は未だ二つ。大した情報が提供できるとも思えなかったが。

 

「いやいや、あなたたちが持っている資材の中にある植物や研究サンプルは非常に興味深い……絶滅したはずの病原体など、どこで手に入れたのです?」

「〝リトルガーデン〟だ。僕たちだからよかったが、普通の学者があの島に足を踏み入れるのは推奨しないが」

 

 ただでさえ生きるには厳しい環境だ。研究まで行えるような人材などいるとは思えない。

 

「なるほど、そんなに……あなた達もよくそんな環境で生きていられたものだ」

「僕たちはまぁ、そうだな……強いやつが多いんだ」

 

 自然と視線が向いたのはやはりフェイユンだった。

 巨人族というだけで受ける偏見ではあるが、やはり体格差というのはいかんともしがたい。次に視線が行くのは筋骨隆々としたサミュエルだ。

 逆に一番非力でもおかしくないカナタがこの船で一番強いのだから、人とは見た目によらないなと思うスクラ。

 

記録(ログ)は一日では溜まらないようだし、文化交流を兼ねて宴としよう」

 

 カナタの言葉に皆が沸き立つ。

 だが、やはりというべきか、陸地に降りずに船の上での宴となった。

 

 

        ☆

 

 

 二日後。

 記録(ログ)がぼちぼち溜まり始め、次の島へと移動できるようになった。

 いくつかの磁気が周期的に溜まる影響で次に辿り着く島がわからないため、どこへ辿り着くかは行ってみてのお楽しみというわけだ。

 宴で騒ぎつつも規律を守って見張り役は酒を飲まず、時間交代で仮眠をとるカナタたちの規律の良さに学者たちも驚いていたが、既に慣れ切ってしまっていた彼らにとっては大したことではない。

 

「島そのものは面白みもなかったが、いい勉強になったな」

「ああ、学者がいるとは随分と間のいいことだ。日頃の行いというやつだな」

 

 カナタとスクラは二日間の交流で色々と知識を得ていたが、他の船員たちにとってはあまり面白くはない話だったようだ。

 各々で釣りをしていたりして過ごしていたようだが、島自体が〝島喰い〟の縄張りだと主張しているのか、あまり魚も釣れなかったらしい。

 〝島喰い〟が食べたことで土壌が汚染されているらしく、植物もろくに育たない不毛の大地になっているようだし、この島はやはり人が住むことは出来ないだろう。

 学者たちが話していた内容からすると土壌の改良も難しいようだ。

 

「オレには面白いことばっかりだと思うけどなァ」

偉大なる航路(グランドライン)は様々な島がありますからね。私の故郷も巨大なゾウの背中に作られた国ですし」

「何それ超見たい」

「いいところですよ。我々ミンク族は生まれながらの戦士なので下手に暴れると即座に鎮圧されますが」

 

 その中でもゼンは相当強い部類に入るとカナタは思うのだが、本人は謙遜するばかりで肯定も否定もしない。

 いずれ行ってみればわかる話だろう。見聞を広める意味でも、多くの島を訪れるのは悪くない。

 

「戦士ばかりの国か……興味があるな」

「ジュンシー殿は些か見境が無いのでは……」

「何を言う。儂とて歯応えのある相手がいれば血が滾ることもある。最近は同じ相手と組み手ばかりでつまらんがな」

 

 一方ではジュンシーとデイビットが「生まれながらの戦士」というゼンの言葉に反応していた。

 ジュンシーもまた、〝流桜〟を初歩的な段階は使えるようになっている。腕を磨く意味でも歯応えのある相手を求めているようだが、同じ相手とばかりでは流石に面白くないらしい。

 巨人の一撃を受け流す、あるいは受け止める段階まで行けなかったのが悔しかったのか、カナタとよく手合わせしていたが結局一度も勝てなかった。

 今後は優先的に敵と戦わせればいいだろうとは皆の総意である。

 

「いや、いい話が聞けたよ。我々の研究も捗るというものだ」

 

 学者の一人が笑顔で握手を求めるのでカナタが対応したところ、他の学者たちもこぞって握手しようと集まってきた。

 面倒なので後の対応をジョルジュに任せると一斉に顔をしかめたが、それでも研究に協力したことは感謝しているらしく、和気藹々としていた。

 彼らはまだしばらくこの島に残るようだが、カナタたちは一足先に出航する。

 

「また会うことがあったらよろしくなー!」

「カナタちゃん! また会おうなー!」

「また会いに来てくれー!」

 

 段々と欲望が漏れ始める別れの挨拶だったが、カナタは苦笑して手を振り返す。

 男所帯だったためか、カナタへの対応は露骨だった。やはり女性の船員というのは珍しいのだろう。学者という意味ではそう珍しくはないはずだが。

 学者と言っても、カナタが知っているのはオハラの考古学者くらいではあるが。

 

 

        ☆

 

 

 気候は安定し、快晴で風は穏やか。

 〝何もない島〟から数日ほどで気候が安定した海域に入ったようで、次の島までは然程かからないと判断できる。

 次の島がどんなものかはわからないが、流石にもう〝リトルガーデン〟のような島はないだろう。そう願いたい。

 記録指針(ログポース)をスコッチに預け、船内でお茶を飲んでいたところにジョルジュが急いだ様子で入ってきた。

 

「おいカナタ! 船の後ろに海獣だ!」

 

 慌てた様子ではあったが、カナタは特に興味も抱かず「放っておけ」とだけ伝える。

 「ニ゛ャー!!」と言いながら現れたのは海ネコと呼ばれる海獣だ。

 船と同じくらいの大きさを誇る海獣だが、目の前にいたのが巨人族のフェイユンであったためか、目が合った瞬間にビクッと驚いて後ろに下がった。

 船の後方に現れたため、少しずつ距離が開いていく。

 

「……敵ですか?」

 

 ジッと見つめるフェイユンに恐れをなしたのか、海ネコは特に何もせずにゆっくり海の中へと消えていった。

 残念そうに海面を見つめ、また何か出てこないかと視線をさまよわせる。

 海面は波立つばかりで海獣や海王類が出るということもなく、新しい島の影が見え始めた。

 甲板で双眼鏡をのぞき込みながら確認すると、かなり大きい島だとわかる。

 

「……遠目に砂漠が見えるな。気候も温暖で湿度は低い。砂漠の国か」

 

 嫌な顔をするカナタ。

 カナタの能力を考えると厳しい気候の島だ。もっとも、本気で戦う場合は気候さえ変えてしまうこともある。手加減が難しくなるというだけの話である。

 最近では能力に頼ることも少ない。能力を使うほどの相手がいないということが最大の理由だが、それを抜きにしても武装色の覇気の鍛錬のために槍一本、拳一つで戦うことが多い。

 あと暑いのは苦手だ。

 

「島の外縁に沿って移動しよう。どこかに港があるはずだ」

 

 それほど時間をかけずに見つけて寄港した場所は、〝ナノハナ〟という名の港町。

 この島は〝サンディ島〟、国の名は〝アラバスタ〟──偉大なる航路(グランドライン)の中でも有数の文明国だ。

 〝ナノハナ〟は港町であると同時にオアシスでもあり、物資を調達するにはちょうどいい場所でもある。

 何かと不足しがちなものを買い揃えるためにも、一度上陸する必要があり。

 

「あつーい……」

 

 上陸するやいなや、カナタは気温の高さと日差しの強さにやられていた。

 能力で自分の周りを冷やすことはできるが、それをやっても直射日光による熱は防げない。肌が焼かれないように上着は羽織るが、日陰でも十分な暑さだ。

 カナタがこんな状態なので、ジュンシーとジョルジュが数人連れて全員分の服と食料、水を買いに出かけた。

 〝リトルガーデン〟で過ごすうちに服もボロボロとまではいかないにせよ、擦り切れているものも多い。

 資金はあるが使いすぎるのも考え物なので、どこかで金を稼ぐ手段を考えねばならないだろう。

 

「カナタさんにも苦手なものがあったんですね」

「私だって苦手な物の一つや二つはある……フェイユンは平気なのか?」

「私は元々暑さにも寒さにも鈍感なので」

 

 真冬の海でも甲板にいたくらいだから本当にそうなのだろう。この暑さでも堪えた様子がない。

 それはそれで羨ましいなと思いつつ、日傘を片手に甲板でジョルジュたちが帰ってくるのを待つ。

 この国は世界政府加盟国でもあるため、あまり長時間寄港していると海軍に見つかる恐れがある。もっとも、海賊旗もなければ帆にマークもない。カナタの顔さえ見られなければバレる要素は少ないと言える。

 二時間ほどであらかた必要な物を買い揃えてジョルジュたちが帰ってきた。

 

「服と食料と水を買ってきたぜ。それと、もうすぐ雨期らしいから、そうなると少しばかり涼しくなるらしい」

「雨期か……」

 

 水の少ない砂漠の国では、雨期に降る雨を蓄えることで乾期を越える事が多い。

 同時に、この国では本来高価な水もこの時期だけは値段が落ち着くだろう。

 

「せっかくだ、記録(ログ)が溜まるまでこの島の観光といこう」

「いいな。色々と見て回ろう」

 

 何か適当な仕事でもあればより良い。交易でも出来ればいいのだが、偉大なる航路(グランドライン)では島と島での交易というのは極めて少ない。

 危険の多い海だ。交易などまともにできるはずもない。

 交易が出来れば利益は大きかろうが、カナタたちでは海軍に待ち伏せされるのがオチだ。

 海軍に追われなくなれば、色々と出来ることは多いのだが。

 

「夜は街に繰り出して食事にしよう。巨人族でも入れる場所があればいいが」

「私は外でも構いませんよ? いつものことですし、平気です」

「馬鹿を言え、扱いは平等だ。見つからなければ食事だけ買ってきて船で夕飯にするさ」

 

 〝何もない島〟では船から降りることもなかった。息抜きもかねて〝ナノハナ〟で食事をとることにして、日が落ちるのを待つことにする。

 日は長いが、落ちてしまえば気温はぐんと下がる。湿度が低いので昼間の暑さが続かないのだ。

 カナタとしては随分過ごしやすい時間になったので、顔を隠すフードだけ被って町へと繰り出す。

 

「昼間のうちに酒場を探しておけばよかったか」

「そうだなァ……港町だけあって酒場は多いが、やっぱりどこも人は多いぜ」

 

 街中ではどうにもらちが明かないので、街外れにあるという大きめの酒場へと足を運ぶことにした。

 巨人族が使うことを想定したわけではないだろうが、かなり大きい扉と建物だ。フェイユンでも身をかがめれば十分入れるだろう。

 問題は、人が多いかどうかだが。

 カナタとクロが中に入ると、騒がしい酒場の中が一瞬だけ静かになった。

 

「……結構いるが、十分入れるだろう」

「じゃ、ここで決まりか。美味い飯だといいけどな」

 

 珍しく服を着こんでいるクロが合図をして外で待つ面々を呼びに行く。

 カナタはカウンターにいる店主と思しき人物に近付き、この店は大丈夫か確認をする。

 

「あァ? 巨人族? 入れるとは思うが……まァ構わねェよ。今日は客もすくねェからな」

「感謝する。適当に酒と食事を用意してくれ」

 

 迷惑料もかねて多めに金を渡し、カウンターから離れようとすると、おもむろに手を掴まれる。

 振り向いてみれば、かなり酒に酔った男たちがニヤニヤと笑いながらこちらを見ていた。周りの客も似たようなものであることを考えると、いつもこんなものなのだろう。

 地元の者ほど近付かない店、というわけだ。

 

「おい姉ちゃん、随分な美人だな。おれたちの酒の酌もしてくれよ」

「いいなそれ! こんな綺麗な女に酌してもらえるんなら酒が美味くなる!」

 

 カナタは一つため息をこぼし、つかまれていないほうの手で酒瓶を手に取った。

 昼間の猛暑でひどく消耗しているところにこれだ。普段なら理性的に抑えているだろうが、今回ばかりは一瞬で振り切れた。

 

「お、素直に酌してくれんのか? 何なら夜の方も──」

 

 ガシャン! と派手な音を立てて酒瓶で男の頭を殴りつけた。

 酒と割れた瓶の破片が辺りに飛び散り、男は頭部から血を流して床に倒れる。

 

「用はそれだけか」

「て、テメェ……!!」

「おれたちを誰だと思ってやがる! 泣く子も黙る砂賊、『ガイレイ団』だぞ!」

 

 酒が入ってることもあり、沸き立って銃や剣を構える男たち。店主は慌ててカウンターの下に身を隠し、カナタはどうでも良さそうに視線を向けていた。

 大人しくするなら許してやるだの、色々と喚いていたがカナタは一切話を聞かずに覇王色の覇気で男たちを気絶させた。

 

「店主、迷惑料だ。あとこいつら邪魔だから片付けておいてくれ」

 

 カウンターから恐る恐る顔を出した店主に金を渡し、倒れた男たちを踏みながらテーブルへと移動してクロたちが戻ってくるのを待つ。

 本格的にどうにかしないと、店にもろくに入れないな、と思いながら。

 




活動報告にも書きましたが、アンケ結果が出ました。
とりあえず今週は章ごとにまとめ作ります。

あと、ロジャー関連で少し修正しました。


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第二十六話:金策

 酔っ払いどもを外に放り出した直後に、クロが他の面々を連れて戻ってきた。

 随分と人が減った様子の店内を見て目を丸くしていたが、不機嫌そうなカナタの顔を見て「ははぁ、絡まれたな?」と察していた。

 

偉大なる航路(グランドライン)の中でも有数の文明国だと聞いていたが、治安の方まではそうでもないようだ」

「街の外れだし、ゴロツキがいてもおかしくはないんじゃねェの?」

 

 フェイユンが座れる椅子は流石にないので直に床に座り、それ以外は適当にテーブルにつく。

 程なく給仕の者が酒を運び始め、全員が揃ったところで一斉に杯を持ち上げる。

 

「無事にこの島に辿り着けたことを祝して──乾杯!」

「「「乾杯!!」」」

 

 カナタは酒を好まないためにジュースを飲んでいるが、皆が酒を飲みながら思い思いに来た料理から食べ始めている。

 結構な人数が一気に入ったので厨房も忙しそうだ。

 健啖家であるサミュエルとデイビットがバクバク食べているのもあって、追加で金を出した方が良さそうだとまで考えるカナタ。

 一通り料理が行き渡り、ジュースのお代わりを頼む。その際店主が出てきたので、ついでに気になったことを聞いてみることにした。

 

「あの手の輩はこの辺りに多いのか?」

「うん? ……ああ、あのゴロツキどもか。あれはこの時期だけだな」

「この時期? もうすぐ雨期だと聞いたが、それか?」

「そうさ。砂漠で雨期を迎えるなんて溺死しにいくようなもんだからな」

 

 アラバスタでは雨期に入ると砂漠の移動も制限されるという。

 乾ききった砂は水分を容易に吸収せず、一気に降る大雨によって表面の砂が土石流のように押し流されるためだ。

 島の中央にあるサンドラ河流域まで流されてしまえばまず助からない。

 砂賊と名乗る彼らも、この時期ばかりは街の近くに避難するらしい。

 

「だがまァ、雨期ってのは悪いことばかりじゃない。特に雨の少ないこの国だとな」

 

 大雨によって普段は高価な水の値段も落ち着き、川幅五十キロもあるサンドラ河が緩やかに氾濫することで土壌を回復させて多くの作物を作れる。

 乾期は皆忙しく働くが、雨期になれば家族でゆっくり過ごすのが通例なのだと店主は笑う。

 

「なるほどな……やっぱ何事にも理由ってのはあるもんだ」

「面白い話を聞けたな」

 

 だが、観光しようにも街の移動には砂漠を渡る必要がある。雨期を過ぎるまで待たなければ移動すらままならない。

 もっとも、カナタがいればその限りではないのだが。

 

「わざわざ危険を冒すこともあるまい。雨期が過ぎるまで待とう」

「雨期ってのはどれくらい続くんだ?」

「大体二ヶ月くらいだな」

「そんなに続くのか……さっさと次の島に行って、雨期が過ぎたころに戻ってくる方がいいんじゃねェか?」

 

 これでも雨期なので気温は低い方らしく、カナタは絶望的な顔をしていた。

 昼間の猛暑でも、この島では冬に該当するらしい。救いはない。

 机に突っ伏して絶望しているカナタをおいて、カナタたちのテーブルに移動してきたジョルジュが店主に質問を投げた。

 

「おれ達はこの島に来たばっかりなんだが、路銀が心許なくてな。日雇いの仕事とか知らねェか?」

「仕事? そうだなァ……もうすぐ雨期なんで、堤防の工事をやってるぜ。昨日も今日も仕事に行く連中を見たから間違いねェ」

「堤防の工事か……技術的なところはともかく、力仕事ならうちの連中でも出来るだろ」

「そうだな。巨人族がいるなら百人力さ。今年は堤防に亀裂が見つかったってんで、急ぎの工事が多くて間に合ってないらしい。明日の朝、この酒場に来な。おれが紹介してやるよ」

 

 サンドラ河流域では氾濫することによって農村部の収穫量に差が出るのだが、それはそれとして水害を防ぐために堤防を作る必要もある。

 氾濫してもいい場所をあらかじめ用意しておくわけだ。そこから水が越えないように堤防を用意するのだが、それの修繕工事をやっていると店主は言う。

 サンドラ河流域はとにかく広い。

 堤防の距離も相当で、資材を運ぶにも周りは砂で移動しにくいので時間がかかると。

 

「……なるほどな。おれ達向きの仕事かもしれん。明日話を聞いてくるから、お前らは自由時間だ。いいだろ、カナタ?」

「好きにしろ。どちらにしても記録(ログ)が溜まるまでこの島からは動けない」

 

 ある程度の蓄えはあるとしても、時折稼いでおかねば資金面での不安はぬぐえない。

 物入りなときは一気に消耗するのだ。特に今回はスクラが薬品や清潔な包帯などを大量に購入しているので一気に目減りした。

 物が物だけに文句も言えない。

 

「だが、この島の者でもない部外者がいきなりそんな仕事をやっていいのか?」

「何しろ雨期までに終わらねェと堤防が決壊するかもしれないからなァ。おれだって紹介するだけだし、あとはお偉いさんが判断するだろ」

 

 実際、国王軍が駆り出されるほどに忙しいらしい。

 余所者であろうと札付きでもない限りは歓迎している、という話だ。

 

(私は札付きだが……顔を隠しておけばいいか)

 

 暑いところは苦手だ。船の中で大人しくしていることにする。

 久々の文明に触れて新しい本をたくさん買ったので、暇を持て余すということもないだろう。こういうのが財政を逼迫する一因なのだが。

 本を読むのに飽きたら覇気の鍛錬をし始めるので暇になることはない。

 

「何にせよ、会ってみてからだな。お前もちゃんと来るんだぞカナタ」

「いやだ」

「嫌だじゃねェだろ。一番偉いやつが話を付けないでどうすんだ」

「お前がやれ。私は船で適当に暇をつぶす」

「お前な……」

 

 いつになく強情で子供っぽいカナタに呆れて頭を抱えるジョルジュ。

 珍しい姿に皆が注目するが、キリっと澄ました顔で店主にジュースのお代わりを要求するカナタ。

 カナタは酒は飲んでいないので酔っていないはずなのだが、砂漠の国の暑さにやられたのだろうかとジョルジュは酒を飲みつつ思う。

 

 

        ☆

 

 

 明日仕事の話を付けに行く必要もあるため、全員が飲みすぎないよう程々のところで切り上げさせることにした。

 

「やはり最初の金だけじゃ足りなかったな」

「あの二人、良く食うよなァ」

 

 クロがけらけら笑いながらカナタと共に店を出ると、ポツポツと雨粒が降っていた。

 雨期はまだにしても、この時期になると雨も増えるのだろう。カナタはサミュエルを手招きし、氷で作った傘を投げ渡す。

 

「私が濡れないように持っておけ。大きめに作ったからお前も濡れないだろう」

「おお、こいつはいいな」

 

 夜の砂漠は氷点下を下回る。オアシスであるこの街ではそこまで下がらないにしても、夜になれば冷えることは間違いない。濡れないほうがいいだろう。

 カナタは手早く傘を作り出し、次々に投げ渡していく。

 もっとも、氷で傘の形に造形したに過ぎない。強度はそれなりだ。船までは持つだろうが乱暴に扱えばすぐに壊れる。

 

「では帰ろう。足を滑らせるなよ」

 

 屈強な男たちを率いて夜道を歩く少女の姿に、思わず誰もが道を譲る。

 昼間の暑さも今はなく、寒暖差の激しい環境に慣れないとこの国はつらいなと思うカナタ。

 この国で皆が上着を常に羽織っているのは、昼間は肌が焼けるほどの日光から身を守るため、夜間は肌を刺すほどの冷気から身を守るための服装なのだろう。

 文化とは、そういうものだ。

 

「明日はジョルジュが話を付けに行くとして、今日だけで必要な物は買えたか?」

「いやお前も来いよ……まァ、一通り必要な物はそろったぜ」

 

 リトルガーデンで薬品類や包帯などはほぼ全て使い切ったので、今度は多めに買い揃えている。それと食料に水、服など。

 ほかに必要な物はあったかなと顎をさするジョルジュの後ろから、スクラが声を上げた。

 

「僕は医療大国ドラムに行きたいんだ。ここなら永久指針(エターナルポース)が手に入るんじゃないか?」

「ドラムか……そうだな、一度足を運んでみるのもいいだろう」

 

 医療技術が上がって悪いことはない。

 運が良ければもう一人くらい医者が増えるだろう。現状船員はそれほど多くないとしても、スクラ一人で全員分のカルテの管理などをやるのは大変なはずだ。

 医者でなくとも、スクラの手伝いが出来る程度の知識があればいいのだが。

 

「……そうだな。僕は大変だとは思わないが、医者が治療だけに集中できる状態を作るのは好ましい」

 

 船員は最低限、自分の怪我の応急手当くらいは出来るようになっている。

 リトルガーデンで時間だけは腐るほどあったので、ジュンシーのしごきの合間にスクラが教えていた。これがあるとないとでは大違いだろう、と。

 それで怪我人が減るわけではないので、スクラの仕事量はそのままなのだが。

 

「ではドラムの永久指針(エターナルポース)の確保だな。あとはないか?」

「今のところは」

「よし。スコッチ、明日探しておいてくれ」

「いやおれかよ。いいけどよぉ……」

 

 あくまで自分は動かないつもりのカナタに思わず笑うクロ。

 肩をすくめて「こりゃ駄目だな」と、ジョルジュは明日は自分が行って話を付けてくるしかないと判断した。

 カナタがここまで我儘を言うことは滅多にないので、今回くらいはと目を瞑ったのもある。

 うまくいけばいいが、とジョルジュはタバコを咥えて煙をくゆらせた。

 

 ついでに気絶から目覚めてカナタに復讐しようとたくらんでいた連中もいたが、明らかに堅気じゃない雰囲気の男たちや巨人族が後ろにいるのを見てそっと諦めていた。

 

 

        ☆

 

 

 翌日。

 今日も良く晴れており、非常に暑かった。

 カナタは変わらず船室でダウンしていたので、ジョルジュは予定通り昨日の夜に訪れた店に足を運ぶ。

 話し合いだけならジョルジュ一人でもよかったが、ついでの買い物もあるのでスコッチとジュンシーも連れて、男三人で。

 

「スパっと決まればいいんだがなァ」

「実際のところ、資金はどれくらいあるんだ?」

「七百万ベリーってとこだな」

「それだけあればまだ十分そうに思えるが……」

「何だかんだ西の海(ウエストブルー)でも結構稼げてたからな。当座の資金としては十分だろうが、うちには巨人族もいるし、馬鹿みてぇに食うやつも多い。金はあって困らないだろ」

「そりゃそうだ」

 

 カナタが賞金首になっている今、まともな方法で資金を得るのも難しい。お宝でも見つかればいいだろうが、そんなうまい話は早々ないのが現状だ。

 海賊を狩って奪うのが一番手っ取り早いにせよ、海賊だって金を持っているとも限らない。

 必要物資だけでも得られれば御の字だろう。

 

「そういう意味じゃ、自給自足出来てた〝リトルガーデン〟での生活はある意味理想的だったかもな」

「もうあんなサバイバルは勘弁だ……女の子と遊びてェよ、おれも」

「カナタがいるだろ」

「あいつは……見た目はいいけど、あれだろ」

「あれだなァ」

「お主等、本人が聞いていたらぶっ飛ばされるのではないか」

 

 いいんだ、本人は今暑くてダウンしてるから、とジョルジュは笑う。

 そうこう言っているうちに昨夜の店に着き、ノックして店主が出てくるのを待つ。

 やがて出てきた店主は、やや眠そうにしながら「いつも工事関係者が集まってる場所がある」と言って先導する。

 

「しかし、そんなところに伝手があるとは。店主殿も工事関係者だったのか?」

「いやいや、まさか。おれのところに酒を飲みに来る奴らに工事関係者がいるってだけさ。最近はゴロツキも増えて、街外れのおれの店にはあまり近寄らなくなったがね」

 

 雨期の影響というのは色々なところにあるものだ。

 普段のこの国の生活が垣間見える。

 それほど歩かずに詰所のような場所に着き、店主が中に入って少しすると、二人ほど伴って戻ってきた。

 店主は何故か緊張した様子で、ジュンシーはそれを疑問に思いながらジョルジュが前に出た。

 

「やぁ、こんにちは。君たちが工事の手伝いをしたいという者たちかね?」

「そうです。人数はまだいるんで、工事が遅れてると聞いて雇ってもらえないかと」

「ふむ……確かに工期は予定より遅れている。今から人数を雇って間に合うのかね?」

 

 店主に伴って出てきた二人の男性のうち、若い方の男性がもう一人の壮年の男性に質問を投げる。

 壮年の男性は、手元の資料を確認しながら「少なくとも、今のままでは工期には間に合いません」と告げた。

 

「先日サンドラオオトカゲが現れて怪我人が多く出ていますし、少しでも人手が増えるのはありがたいですが……」

「なるほど。君たちは全員でどれくらいの人数がいる?」

「我々は全員で三十四人、うち一人は巨人族です。力仕事なら十分出来るでしょう」

「巨人族! それはありがたい」

 

 技術的な面はさておき、堤防の修繕ともなると力仕事が大半だ。巨人族一人いるだけでも効率は段違いだろう。

 なお、後ろで聞いていたスコッチとジュンシーは「今の人数絶対カナタ外したよな」と話し合っていた。この暑さなのでどうせ出てこないだろうと判断したのかもしれない。

 話はまとまったらしく、ひとまず明日から手伝ってほしいと場所を教えて貰っていた。

 あとは昨夜スクラに頼まれたドラム王国の永久指針(エターナルポース)だ。

 

「ではまた明日だな。それと──申し遅れたが、私はネフェルタリ・コブラ。今回の工事の責任者をやっている。困ったら私のところへ来てくれ」

 

 若い男性はそう名乗り、笑顔を見せながらジョルジュと握手をしていた。



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第二十七話:ガッデムホット(めっさ暑いわ)

タイトルはカナタ(と作者)の心の叫び。


 サンドラ河流域にある農耕地帯ではサンドラ河が氾濫することを前提としているため、堤防は必然的に川から少し距離を置いた陸地に作ることになる。

 ここを境として畑と家をわけているわけだ。

 無論、サンドラ河の傍にもある程度の高さの堤防はある。そちらはどちらかといえば人が間違って落ちないようにという意味合いの方が大きいため、然程高さはない。

 雨期以外で雨が少なく水害とも縁がないため、これで十分なのだ。

 

「いいか、フェイユン。堤防を補強と修繕するには砂が必要だ」

「はい! 土嚢を作るんですね?」

「そうだ。だが、砂漠があって砂はそこら中から取れるとはいえ、それを運ぶのは一苦労だ。砂漠の砂は熱いし量も半端ではないからな」

「私が運ぶんですか? でも私、道具を運ぶだけなら大丈夫ですけど、砂に直接触れるのは流石にちょっと……」

 

 巨人とはいえ熱いものは熱い。流石に直接砂を運べとはカナタも言わない。

 

「安心しろ。道具は私が作る」

 

 フェイユンに工事の説明をしているのはカナタだ。

 何故暑いのが苦手な彼女がこの場にいるのかというと、前日にジョルジュたちが帰ってきて「会った責任者が国の王子だった……」と告げられたせいだ。

 危うく手に持っていたジュースをひっくり返すところだったし、実際ちょっと零したのだがそれはさておき。

 この手の治水事業で国が主導というのは何らおかしくないし、国の生命線でもある大河の堤防工事ともなれば責任者が国のトップなのはある意味当然なのだが……普通は名目上の責任者になるだけで現場には出てこない。

 それでも何故かいた。

 なので、流石に船長として顔を出さないわけにはいかないと判断せざるを得なかった。苦渋の決断である。

 

「ついでに武装色の覇気を纏わせる練習だ」

 

 日傘を差してアラバスタの民族衣装で上から下まで直射日光を防ぐ完全防備。

 中は常に能力で冷却しているので、直射日光さえ避ければ割と快適ではあった。見ている側は見ているだけで「暑そう……」という感想しか出てこないが。

 加えて、下からの熱気は自身の冷気で中和しているおかげか光が妙な感じで屈折している。

 

「作るんですか?」

「私にとっては簡単なことだ」

 

 カナタはフェイユンのサイズに合わせた氷のスコップを作り出して持たせる。

 自分の分も作り、やり方を見せるように武装色の覇気をスコップに纏わせた。

 

「これは氷だからな。私の能力で作ったから多少の熱では融けない。だが、それでも氷は氷だ。お前の膂力で振るえばそれほどの回数は持たずに壊れる」

「それを武装色で補って壊れないようにするんですか……なるほど」

 

 もう少し強度を強くすることも出来るが、せっかくなので少し弱めに作って武装色の練習をさせることにした。

 自身の肉体を武装色で硬化することは出来るようになっているが、物に纏わせるのはまた別のセンスが必要になる。

 やれることは多い方がいい。

 引き出しの多さはどんな時でも選択肢の幅を広げられる。

 

「作る分にはいくらでも作ってやる。安心して練習するといい」

「はい!」

 

 元気よく返事をしたフェイユンは、むむむと唸りながら武装色の覇気を氷のスコップに纏わせようと奮闘し始めた。

 その間に現場に来ていたコブラたちへと挨拶に赴き、ジョルジュと共に顔を合わせる。

 急ごしらえではあるが、移動式のテントで救護室と本部を兼ねた建物を設営していた。

 いや本当になんでいるんだ。普通は名義上の責任者で報告書に目を通すだけなのでは? カナタは訝しんだ。

 

「初めまして。ジョルジュから話を伺いました。船長のカナタです」

「ほぅ、これはこれは。こちらも人手が足りていなかったのでありがたい限りだとも。それにしても……失礼だが、お嬢さんほどの若さで船長とは、君たちはどういった関係性なのか教えて貰っても?」

「単なる物好きな旅人が集まった船ですよ。海の果てまで進んでみようと偉大なる航路(グランドライン)に入ってきたのです」

「なるほど……険しい旅路だろうが、航海の無事を祈ろう」

「ありがとうございます」

 

 普段から慇懃無礼でチンジャオにすら敬語を使わなかったカナタが、コブラに対しては愛想笑いを浮かべながら敬語で話している。

 初めて見る光景にスコッチたち古参メンバーは何とも言えない顔でもにょもにょしていた。

 流石に一国の王子ともなれば対応は考えるのだろう。

 基本的に交渉事はジョルジュかスコッチが対応していたので、カナタは表に出てこなかったせいでもあるが。

 

「工事の資料を確認させていただいても?」

「ああ、イガラム! 資料を持ってきてくれ!」

「はい、すぐに!」

 

 パタパタと急ごしらえの本部の奥からカールした髪型が特徴的な男性が数枚の資料を持ってきた。

 カナタはその髪型に目を丸くしながら資料を受け取り、工事予定に簡単に目を通す。

 やっていることは大して難しいわけではないが、なにぶん堤防が非常に長い。今年はトラブル続きで国王軍を動員してまで工期に間に合わせようとしていたようだが、それでもギリギリ間に合うかどうかというところだったらしい。

 カナタたちがいれば工期にも間に合うだろう。

 

「……なるほど。技術的な部分は専門の方にお願いするとして、力仕事であればうちの部下でも十分仕事になるでしょう」

「うむ。よろしく頼む」

 

 資料を返し、コブラとの話し合いを終えてテントから出る。

 スクラは力仕事ではなく救護室で待機だ。気を付けてはいるが、急病人や怪我人はいつ出るとも限らない。医者がいるに越したことはないのだ。

 テントから出た瞬間、うだるような熱気と人を殺しかねない日光が一斉に来る。

 

(あっつい……帰りたい……)

 

 凛とした表情とは裏腹に帰りたい気持ちでいっぱいになりつつ、現場監督と話しているジョルジュの方へと足を運ぶ。

 日傘をしていれば割合マシだな、と独りごちる。

 カナタは力仕事の頭数には入っていないので、諸々の調整と確認が仕事だ。

 

「おうカナタ。コブラ王子との話し合いは終わったか?」

「つつがなくな。そっちは?」

「大体の仕事の割り振りは決まった。あとは何かあったか?」

「昼食は先日の酒場に五十人前ほど弁当を頼んでおいた。飲み物もな」

「今日は一日こっちにいるのか? というかその恰好暑くないのか」

「最初は何事もトラブルがあるものだ。何も無いようなら明日から船にいたいが、フェイユンの出来次第だな。この格好なら涼しいぞ」

 

 現場監督の男に変な目で見られながら服をパタパタとはためかせると、服の隙間から涼しい空気が出てくる。

 直射日光さえ避ければまだ平気なのだ。単なる熱気なら冷気を纏えば相殺できる。

 そんなもんか、とジョルジュは顎を撫でる。

 

「じゃあ、私は本部に詰めている。何かあればそちらに来い」

「了解。トラブルがないことを祈るぜ」

 

 ひらひらと手を振って踵を返し、本部へ──行く前に、もう一度フェイユンの方へと足を運んでおく。

 言ってすぐできるほど簡単な技術ではない。コツは〝リトルガーデン〟でもドリーとブロギーに教わっていたが、あの時はまず武装色を扱うことからのスタートだった。

 今なら多少はマシになっているだろうと思いつつ、砂漠に足を踏み入れた。

 

「フェイユン、どうだ」

「それが、うまくいかなくて……」

「最初はそんなものだ。腕を武装硬化できるようにはなっているのだから、一度腕に集めてそれを流すイメージでやるといい」

 

 この辺りは〝流桜〟にも通じるものがある。

 不要な覇気を〝流す〟技術。国や文化が違っても人間は考えることは似通っているな、と思う。

 集めて流す、集めて流す。とぶつぶつ言いながらゆっくり覇気を扱うフェイユンを尻目に、工事の準備を進めている他の船員を見る。

 サミュエルやデイビットを筆頭に土嚢を作ってソリに載せている。荷台だと普通の車輪ではあっという間に砂に埋まってしまうので、ソリを使っているらしい。

 フェイユンが巨大化して一度に掘る砂の量とサミュエルたちが時間をかけて作った土嚢の量を見ると、体格の差はすさまじいと言わざるを得ない。

 というか。

 

「……フェイユンが運んだ砂をあっちで袋に入れて土嚢を作った方がいいんじゃないか?」

 

 はっとした顔で「その手があったか」と言わんばかりの表情をする一同に思わず額に手を当てる。

 土嚢を一か所に集めてから堤防に持っていくなら、こちらの方が効率的だろう。

 先日出たというサンドラオオトカゲなる巨大なトカゲも、フェイユンなら難なく倒せるだろうから危険もない。少なくともカナタの見聞色で感じ取る限りは。

 一通り確認して予備のスコップを数本作っておき、フェイユンは試行錯誤しながら武装色の練習をさせておく。

 あとは本部で待機しておけばいいだろう。

 

 

        ☆

 

 

 夕刻。

 予定していたより工事の進みが早いとコブラがニコニコしていた。傍に控えていたイガラムから教わったが、他の書類もある程度はここで処理しているらしい。

 国王が病床で仕事の多くを急ぎ引き継いでやっているらしく、まだ慣れない仕事ということもあって現場を見に来たという。今も見に行っており、本部には別室の救護室に控えているスクラを除けばカナタとイガラムだけだった。

 まだ若いので時間をかけるつもりが急ぐ羽目になっているともなれば、大変だろう。

 コブラの年齢を聞くとカナタの一つ上だとか。

 ちなみにイガラムは幼馴染でもあり護衛でもあるらしい。カナタは本部でイガラムと雑談しているうちに随分と仲良くなっていた。

 

「本来なら堤防の工事ももっと早くに終わっているべきなのですが……中々上手いこと行かず」

「何事にも不慮の事態はあるものだ。私は旅人だから詳しくは知らないが……皆で何とかしようと努力している辺り、国王も随分と慕われているようだ」

「ええ、我がくに゛……ゴホン! マーマーマーマーマ~♪ 我が国の誇りです」

 

 工事中に見つかった堤防の亀裂やサンドラオオトカゲによる被害など、想定外が多く余裕のあった工期もどんどん切り詰める羽目になっていた。

 それでも皆文句を言うことなく、工期内に終わらせようとしている。コブラが現場に行くと、すでに周知されているため混乱はなく、気さくに声をかける者もいた。

 為政者でこれほど好かれているものも珍しい。

 

「ところで、気になっていたのですが……貴女はどこかの国の貴族だったりするのでしょうか?」

「いいや、私は孤児だよ。元の血筋は知らない」

「そうですか……」

 

 昼食の際に少し見ていたが、他の船員たちと比べても一目でわかるくらいマナーが良かった。

 あれは貴族としても通じるマナーの良さだとイガラムは判断していたが、そうではないとわかって怪訝な顔をする。

 何かを探るような様子のイガラムに対し、気付かないふりをしながらカナタは口を開く。

 

「私は貴族という柄でもない。権力にも興味はないしな」

「そうですか? 貴女は人を動かすのに慣れている様子。ならば権力を持っても有効に使えそうですが」

「上手く扱えるかというなら扱うだろうが、権力を得ると人はそれに固執してしまうからな……目的のために使うのが権力であって、権力を維持することを目的にしてはならない」

 

 船で人を動かすのも権力といえば権力だ。

 だがあれは次の島に辿り着くためという目的のために使う権力であって、その権力を維持するために船員を使っているわけではない。

 力を持ちすぎるとろくなことはない。天竜人がいい例だ。

 

「……なるほど。彼らが貴女に付き従うのも、なんとなくわかる気がしますよ」

「それは彼らの勝手だ。私が強要したことなど一度も……一度もない」

 

 ジョルジュとのファーストコンタクトの時のことを思い出し、記憶から消して言い放った。

 まぁ、何だかんだと逃げ出すことはできただろうから、それをしなかった時点で彼らはカナタに従うことを心に決めたということでいいのだろう。

 そうこう話しているうちに時間となり、全員が仕事を終えて本部前に集まる。

 今日の工期予定より随分と進んだようで、二週間後の工期までには少し余裕を持って終われそうだと現場監督の男が言っていた。

 明日も同じようにこの場所に集合だと聞いてから、今日の分の人件費について現場監督の男に了承のサインをもらう。

 人数的にも拘束時間的にも金額が大きいので、工事終了後に纏めて清算する形になったのだ。

 

「よし、では我々も船に戻る。今日は私が料理を作ろう。食材を買って帰るぞ」

 

 今日はコックの面々も工事で疲弊しているので外食にするかと思っていたが、イガラムからアラバスタ料理のレシピを貰ったので作ることにした。

 滅多に料理をしないカナタが腕を振るうというので、デイビットやスクラなどの新入りは心配していたが。

 

「大丈夫なのか?」

「安心しろ、奴の料理はコックより美味い」

 

 基本的に何でもできる超人のようなやつなのだ。マルクス島では一人で暮らしていたこともあって家事全般は出来る。

 苦手なことといえば泳げないことと暑い場所がダメなことくらいだ。

 コックが作る飯より美味いと言われて、スクラはコックの方を向くがむしろ彼らが一番喜んでいた。

 料理出来ない連中の中でかろうじて料理が出来るからコックをやっているだけであって、別に料理は得意でも何でもなかったのである意味仕方ない。

 

「食材もだが酒だな。アラバスタの地酒買って戻ろう」

「明日に響かない程度にしろよ」

 

 わかってるよ、と言いながらジョルジュはタバコに火をつける。

 大規模な工事で工期もそれなりに長いため、結構な金額が入ることもあって機嫌が良かった。

 一方、カナタは「明日は船に居よう」と心に決めていた。

 

 

        ☆

 

 

 二週間後。

 バタバタとした工期だったが、堤防の工事はなんとか終わりを迎え、同時にアラバスタは雨期を迎えることになる。

 




アラバスタ編が微妙に長くなりつつありますが、今章はアラバスタ編で終わりです。
あと二話か三話くらい書いたら幕間として海軍とロジャーの視点、今章の人物纏めの予定。

次章はどうなるか、まだ予定は未定です。


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第二十八話:雨期

 砂漠の雨というのは凄まじい。

 普段降らないので雨期になっても大したことはないだろうと思いがちだが、その実バケツをひっくり返したような大雨が短時間に降る。

 それによって増水したサンドラ河が氾濫するのだが、それ以外でも大雨による水害というのはあるものだ。

 

「おれ達の仕事は終わったが、国王軍はまだ駐留して有事の際に動くらしいな」

「決済する書類もこちらにあるままだ。首都アルバーナに戻らなければ支払いもされないとは」

 

 カナタとジョルジュは特にやることもなく、雨音を聞きながら雑談していた。

 大雨で砂漠の移動もままならないとなれば、二ヶ月この島に拘束されることになる。

 二週間の労働の間に記録(ログ)も溜まっているし、その気になれば島を出ることはいつでも出来るが……肝心の支払いが滞っていては出られない。

 どうしたものか、と二人はため息をこぼす。

 

「あんまり長いこと留まっていちゃァ海軍に気取られそうで怖いぜ、おれは」

「案ずるな、もうバレてる」

「そうか……あァ!?」

 

 バレていると言っても海軍にではなくコブラやイガラムといったアラバスタの上層部に、だが。

 そもそもの話、商人の時の癖で当たり前のようにカナタが対応していたが、賞金首になった以上はそんなことをすればバレるのは必然だろう。直射日光に当たらないように色々着ていたが、肝心の顔を隠していなかったので変装もクソもない。

 あまりにも堂々としていたので半信半疑ではあったようだが、初日にずっと話していた感触からするとバレているとみて間違いないとカナタは見ている。

 

「じゃあなんで海軍が追いかけて来ねェんだ?」

「知らん。労働力として使った後で海軍に通報して金を払わない気かと思い、見聞色でずっと周辺を探っているが……特に大きな動きもない」

 

 アラバスタは広大なので流石に全域はカバーできないが、少なくともカナタの感知出来る範囲内に海軍らしき動きはない。

 そもそもカナタに勝てるほど強い相手がいるようならここで資金稼ぎをしようとは考えないため、警戒するべきは応援を呼ばれた場合だ。

 ガープなど呼ばれたら堪ったものではない。

 

「一年も経てば話題も薄れて顔も忘れられると思っていたが、認識が甘かったな」

「そりゃあお前、天竜人の殺害なんて普通はやらねェからな」

 

 神をも恐れぬ所業、というべきか。

 無神論者であるカナタにとっては「何が神だ」という感想しか出てこないが、巨大な権力を持っているのは確かでもある。

 それでも目撃情報がぱったりと途絶えて一年も経てば話題も風化すると思っていたが、やはり手配書の効果は大きいというべきか。()()()()()()()()()自分たちを長く警戒しないとカナタは踏んでいたのだが。

 アラバスタが世界政府加盟国だったことを加味しても一発でバレるのは想定外だった。

 

「……意外と何も考えてねェな、お前も」

「そうだな。どうせなら大々的に新聞に載るようなことをしたいものだ」

「勘弁してくれ。海軍大将なんかとぶつかった日にゃ、おれは死を覚悟するぜ」

「〝黒腕〟のゼファーか。犯罪者だろうと〝不殺〟を貫く正義を掲げていると聞くが……どれくらいの強さかは未知数だな」

「海軍大将ってんだから、お前が戦ったセンゴクよりも強いんじゃねェか?」

「あれで海軍は意外と雑な配置だからな……ガープが中将だからと言ってそれ以上に強いとも考えにくい」

「……そうだなァ」

 

 ゼファー、ガープ、センゴク、つる辺りは同期になるのだろう。有名になるだけあって実力は抜きんでて高い。

 これが一度はマルクス島を焦土にしに来たというのだから頭が痛くなる。国を亡ぼすどころではない戦力だ。

 センゴクの強さは実際に戦ったカナタが一番わかっているし、一度ガープと拳を交えたジュンシーもその強さはよくわかっている。

 それを抑えて海軍大将に就いている以上、ゼファーもまた生半可な実力ではないはずだ。

 

「海賊たちの一つの〝時代〟を終わらせた英雄ガープが海軍大将になっていないのも不思議だが……あれも何を考えているかわからん男だからな。これ以上権力は要らないとか、そういう理由やもしれん」

「いやいやいや、まさかそんな理由で大将にならねェなんて、そんな訳が……」

 

 ある。

 海軍内では割と有名な話だが、コング元帥に大将に推薦されるたびに「自由にやるのにこれ以上の地位は要らん」と昇格を蹴っている。

 あのロジャーでさえ時には追い詰める強さだというのに、地位がそれに見合っていない。コングも頭が痛いだろう。

 

「海軍が来ないならそれに越したことはない。早いうちに請求書を叩きつけて払わせたいところだが……」

「まさかコブラ王子に直談判も出来ねェよなァ……」

「数日待ってくれという話だったから、雨期でも砂漠を渡る手段自体はあるのかもしれんな」

 

 払う意思自体はあるのだろう。

 払いたくても現物がないからこうして決済用の書類にサインしているわけなのだし。

 

「仮に海軍本部に応援を要請されてたらどうするんだ?」

「どうするか……応援が来たとわかった時点で割と手遅れではあるからな。大人しくしっぽを巻いて逃げるしかあるまい」

 

 ただ働きにはなってしまうが、命には代えられない。

 コブラ王子にせよイガラムにせよ、そういう男には見えなかったが……カナタの勘は意外と当てにならないので何とも言えないところだ。

 

「やっぱそうなるか……金庫番預かってる身としては、今回の仕事は実入りが良かったんだがなァ……」

「どうあれ、今は待つしか出来んだろう」

 

 他にやることもないのだ。この時期のアラバスタは街と町の移動すらままならないのだから。

 

(……気になることも無いわけではないが……)

 

 サンドラ河の中にいる、カナタが感知できる中でも一際強い反応を示す何か。工事中から気になってはいたが、動きは鈍く河から出てくる様子もなかったので放置していたそれが、今になって活発に動いている。

 この大雨でサンドラ河は氾濫するほどの水量になる。移動できる範囲が増えるとなれば、少し不味いかもしれない。

 

 

        ☆

 

 

 サミュエルに傘を持たせ、カナタは堤防の上から氾濫するサンドラ河を見る。

 ここに来る途中で危ないからやめておけと言われはしたが、他の能力者ならばともかくカナタは河に落ちるくらいで死にはしない。

 一番危ないのは傘を持っているサミュエルだ。

 それでもカナタがいればすぐに助けられるので、特に気負うことなく歩き回っている。

 

「なァボス、なんで堤防の上なんかに?」

「少し気になっていることがあってな」

 

 カナタたちがこの国に到着する一週間ほど前に堤防に亀裂が見つかったという話だった。

 土嚢を積み上げレンガで補強した堤防に亀裂。どういった規模のものかまでは聞いていなかったが、実物を見てみればわかる。

 足を止め、雨の中で目を凝らして堤防を確認する。

 

「……これを見てみろ」

「こいつは……」

 

 濁流で見えにくいが、堤防に亀裂が入っている。

 新しく工事をしたばかりの堤防に出来ている巨大な亀裂を見ながら、カナタは顎に手を当てる。

 

(これは、少し不味いかもしれないな)

 

 一度ぶつかっただけなのか、それとも複数回ぶつかっているのかは定かではないが……少なくとも()()がいるのは間違いない。

 それも土嚢とレンガで補強した堤防に巨大な亀裂を入れられるほどの何か。

 国王軍はこれの存在を知っているのだろうか?

 

「亀裂の入った堤防。工事に駆り出されて雨期に入っても戻らない国王軍。王子が直接現地に赴く案件……」

 

 意外と物事は全てつながっているのかもしれない。

 その場合、雨期に入る前にも既に()()の存在は周知されていてしかるべきだと思うが……はっきりと姿を捉えられていない可能性もある。

 亀裂が雨期に入る前にも出来ているとなれば、陸上を移動できても不思議ではない。どこかで不審な影でも見つかっていれば国王軍が動く理由にもなるだろう。

 

「行くぞ。コブラ王子に用が出来た」

 

 サミュエルを伴って堤防から降り、未だ設営されたままの工事関係者詰所本部へと足を運ぶ。

 その中に工事関係者の姿はなく、コブラ王子を含めた国王軍が慌ただしく動いていた。

 カナタたちの姿に気付いたイガラムがそそくさと近くまで移動し、表面上はにこやかに「どうかしましたか」と尋ねてきた。

 

「少し気になることがあってな」

「気になること、ですか?」

「先程堤防を見てきたが、亀裂が入っている箇所がある。場所はここからまっすぐ東へ行ったところだ」

 

 サッと顔色を変え、すぐに近くにいた誰かに伝言を頼んでイガラム自身はパタパタと奥へ走っていった。

 少しばかり待っていると、奥からイガラムと一緒にコブラも出てきた。

 話を聞きたいと言い、本部の一角に座って机の上に周辺の地図を置く。

 

「堤防に亀裂が入っていたのはどの辺か、わかるかね?」

「本部の場所がこの辺りなら……おおよそこの辺りです」

「……なるほど、ならばやはり……」

「何がいるのか、国王軍は掴んでいるのですか?」

 

 カナタの質問に、コブラは答えにくそうに口を濁す。

 だが、コブラとしても不誠実だと思ったのだろう。ゆっくり口を開き、「ヘビだ」と答えた。

 

「ヘビ? 目撃情報があったのですか?」

「ああ。地面をはいずる巨大な影が、ここ最近目撃されていた。アラバスタには元々そんな生物はいなかったはずだが、どこかの海域から流れ着いたのか……」

 

 偉大なる航路(グランドライン)は常識では測れない海だ。何が起きてもおかしくはないとはいえ、まさか巨大なヘビが流れ着くとは思わない。

 しかも、海から来たくせにサンドラ河の中に潜んでいる。

 加えて陸上まで移動できるとは、そんな不可思議な生物がいるとは思わないだろう。

 少なくとも河の中を移動していることから能力者ではないだろうと判断出来るが、それくらいだ。

 

「国王軍としてもこれを放っておくわけにはいかない。私が陣頭指揮を執って討伐に来たのだが……結局、工事の最中には出てこなかった」

「なるほど……」

 

 工事の最中に来なかった理由は知らないが、少なくとも今堤防に亀裂が入っているのは確かだ。近いうちに現れるだろう。

 あるいはこれもビジネスチャンスかもしれないな、とカナタはふと思いつく。

 

「コブラ王子、一つ提案が」

「提案?」

「我々の提示する金額に納得していただけるのなら、その怪物退治をお請けします」

 

 がめついと言われるかもしれないが、船長として船員を食わせていく義務もある。鍛え上げた武力で金が稼げるならそれも良し、だ。

 コブラは反応に困ったような顔をして──直後、大地が揺れた。

 ズズン……! と何かが倒壊するような音と、外から聞こえてくる悲鳴。

 すぐさま本部から飛び出したコブラとイガラムを尻目に、カナタは見聞色の覇気で状況を把握していた。

 

「出たようだな。ビジネスチャンスかと思ったが、このままだと国王軍が退治するだろう」

「おれ達が倒して金をせびるんじゃダメなのか?」

「契約も交わしていないのに金を払うわけがなかろう」

 

 その時は船の食糧庫を少し圧迫するだけだ。どうせ船の人数は少ないので部屋は余っているし、余っている部屋を氷室代わりにして食料を突っ込んでおけばしばらく持つ。

 今回は外れだなと呟いて、カナタも同様に本部から出る。

 その瞬間、二人は自分の目を疑った。

 

「……でっか。なんだあれ」

「私に聞くな。巨大なヘビとは聞いたが、流石にここまでとは……」

 

 全長二百メートルはありそうな、白色の巨大なヘビがそこにいた。巨人族でも絞め殺せそうだ。

 海王類の一種だろうか。確かにあんなものがぶつかれば堤防などひとたまりもあるまい。

 国王軍も必死に応戦しているが、あの巨大な敵に対しては焼け石に水と言ってもいい。二名ほど能力者もいるようだが、動物(ゾオン)系では相性が悪いだろう。

 

「手伝わなくていいのか?」

「国を守るのが国王軍の仕事だろう。私の仕事じゃない」

 

 とは言ったものの、このままでは巻き込まれる。

 崩れた堤防から濁った水が押し寄せてきているし、巨大なヘビもまた鎌首をもたげてチロチロと舌を出している。

 はたして国王軍に退治できるレベルの怪物かどうか。お手並み拝見だとは思ったものの、そんなことを言っている場合でもないかもしれない。

 

「と、言っている間にピンチだな」

 

 濁流で足を取られる中、国王軍がヘビの体当たりで吹き飛ばされた。

 上空から時折攻撃しているハヤブサや、地上で攻撃しているジャッカルもいるが効果は薄い。

 どこに現れるかもわからないままでは防御陣地も作れず、大雨の中では大砲などの火器類も使えない。

 更には──

 

「早く逃げろ! ここは危険だ!」

「でも、まだ家の中に子供が!」

 

 堤防から少し離れた場所にはいくつかの民家がある。先の地震で様子を見に外に出た人々が、巨大なヘビを見て恐慌状態に陥っていた。

 逃げようとする人。子供とはぐれて探そうとしている人。薙ぎ払われる国王軍を見て絶望する人。

 カナタにとって他人事ではあるが、あまり見ていて気持ちのいいものではない。

 コブラも先頭に立って国王軍を指揮しているが、スケールの違いに碌なダメージすら与えられているように見えない。

 

「怯むな! 我々の後ろには守るべき民がいる!」

 

 イガラムを傍に置き、剣を片手にコブラが国王軍を奮い立たせる。

 それを視界に捉えたヘビは、一際目立つ位置で声を張り上げるコブラを一番に食べようと大きく口を開けて襲い掛かった。

 巨体に見合わぬ速度で地を這い、イガラムがせめてもと身を挺して庇おうとしたその刹那。

 

「──王子が最前線に立つものじゃない。貴方が死んでしまってはこちらも困る」

 

 ──カナタがその巨体を片手で受け止めた。

 空気が破裂したような音と共に衝撃が突き抜けるが、カナタは一切下がることはない。

 しとどに濡れた黒髪を鬱陶しげに払い、再度コブラに問いかける。

 

「この怪物退治、金で解決できるとすれば──貴方はどうする?」

「……ああ、金で命が救えるのなら是非もない」

「交渉成立ですね」

 

 パキン──と。

 一瞬で巨大なヘビはおろか、押し寄せる濁流までもを凍らせて塞き止めていた。国王軍には被害が出ないよう指向性を持たせていたため、凍っているのは蛇と堤防の周辺だけだ。

 吐く息は白く染まり、極度に下がった気温が濡れた体を冷やす。

 

「体の芯まで凍らせました。あとはこの蛇の処分と、堤防の応急処置を。そのままにしていても一週間は融けませんが」

「あ、ああ……」

 

 海王類にも匹敵する巨大なヘビをわずか数秒で仕留め、濡れた服を不快そうにつまみながらサミュエルを連れて船に戻る。

 その後ろ姿に、畏怖と恐怖を抱く軍隊を置いて。

 




コブラ王ってこんなアクティブな人だったかなと思ったんですけど、まぁ娘があれでしたし親もこんな感じの頃があってもいいはず。


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第二十九話:避けられぬもの

 翌日。

 イガラムと数名の部下がカナタの船を訪れていた。蛇の切り身を土産にしようとしたらしいが、血抜きもせずに凍らせたので食べられたものではなかったそうだ。

 用件はすぐ済むことだったのでお茶を飲むこともなくすぐに帰ってしまった。色々あったので彼も忙しいのだろう。

 ジュンシーは熱めのお茶をすすりながらカナタへの用件はなんだったのかと問いかける。

 

「賃金の支払いだな。ただ、現物が無いからアルバーナまで取りに行くと言っていた」

「……それだけか?」

「いや、出来れば昨日の件の礼も含めて私についてきて欲しいそうだ」

 

 たまたま同席していたフェイユン曰く「嫌な感じはしなかった」そうなので、罠にかけようと思っているわけではなさそうだ。

 荷運びも一人では大変だろうから、あちらで人手は出すと言っていた。

 断ったが。

 

「ジュンシー、お前も来い。あとはサミュエルだな。金を運ぶ係だ。何かあったとしてもお前たちなら自分の身くらい守れるだろう」

「何か起こること前提か。随分と慎重だな」

「あまり他人を信用するな。我々は──というのは違うかも知れないが、少なくとも私は世界的に賞金がかけられている犯罪者だ。何をされても文句は言えない」

 

 イガラムがたとえ好意的でも、コブラがたとえ敵意を持っていなくても、現国王や国王軍も同じだとは限らない。

 誰であれ、善意や正義だと思えば罪悪感なく行動を起こすことはあるものだ。

 正しさは時に目を曇らせる。

 もっとも、カナタは世界的犯罪者だ。この場合は確かに通報する方が正しいのだろう。

 

「追われる身だ。面倒ではあるが、海軍や世界政府を正面から相手にして跳ね返すだけの戦力も地盤もない……嫌なら、それ相応の力と勢力を整えなければな」

 

 少しだけ遠くを見つめるようにして、カナタは呟いた。

 〝新世界〟の海を支配する四つの海賊。その一角を落とせるレベルにまでなれば、迂闊に海軍も手を出さなくなるだろうが……現状では望むべくもない。

 逃げ回るだけではいずれどん詰まりに陥るだろう。奪うだけで生産性のない海賊など長くやるものではない。

 何か、政府にとって無視しえない──しかし手出しが難しい立場を確立しなければならない。

 

「……何をやるにも、賞金首であることが足を引っ張るな」

「お前の選んだ道だろう。後悔はないのではなかったのか?」

「過去を悔やむことに意味はないからな。単なる感傷にすぎん。失くしたならまた積み上げればいいだけの話だ」

 

 だが、実際問題どうしたものか。

 下手に目立つと海軍大将が飛んできかねない現状、ろくに動くことも出来ない。逃げ回るにも限界はある。

 こうなると手詰まりを起こしてしまうだろう。いっそ覚悟を決めて正面から跳ね返せれば気持ちにも余裕が出来るのだが。

 

「……いっそ本当に海軍に仕掛けてみるか」

「また何かろくでもないことを考えているな?」

「追われるくらいなら一度立ち向かうというだけの話だ。準備はするがな」

 

 どうあれ、アラバスタでこれだけ目立ったのなら海軍がここに来るのも時間の問題だろう。

 それまでに迎撃の準備を整えておかねばならない。こちらの動きの方が早ければ接触することもないだろうが……。

 

「いつかはぶつからざるを得ない相手だ。逃げてばかりもいられないだろう」

 

 賞金首である以上は狙われ続ける。鬱陶しくはあるが、連中もそれが仕事だ。

 訓練は積んだが、まともに戦力として数えられるのは五人だけだ。多少質は落ちるが戦えるというレベルなら他全員が該当する。

 カナタ、ジュンシー、フェイユン、ゼン、サミュエル。当面主力として扱えるのはこの五人だけだろう。クロは対能力者であれば切り札になり得るが、直接的な戦闘は得意とは言い難い。

 デイビットは基礎的な身体能力に難がある。スコッチとスクラは基本的に非戦闘員だ。

 

「では、今回は儂とサミュエルが付き添いでいいな。ジョルジュにも伝えておこう」

「もし私たちが出ている間に海軍が来たら外海に逃げろとも伝えておけ。スコッチがいれば船は出せるし、必要な物は買ってあるだろう」

「我々はどうするつもりだ?」

「私が記録指針(ログポース)を持っているから、次の島に行く途中で落ち合う。船はないから私が先導して海の上を走って移動だ」

 

 とんでもない提案を受けた。

 確かにカナタの能力であればそういった移動も可能だろうが、いくら何でも力業過ぎないだろうかとジュンシーは呆れた顔をする。

 

「だが有効な方法ではあるか……」

「あくまで保険だ。戦ってもいいが相手次第だな。フェイユンとゼンがいれば大抵の相手なら何とかなるが、将官クラスになると少し厄介だ」

 

 准将、少将クラスだと多少覇気を使えるものが交じっている程度か。中将クラスになると覇気を完全に使いこなしている。

 巨人族の海兵もいるにはいるが、フェイユンとの質量差なら押し負けることもないだろう。覇気が使えるならなおさらだ。

 流石にセンゴクやガープと同等レベルはそうそういないだろうが、それでも危ない橋は渡らないに限る。三十六計逃げるに如かずだ。

 

「倒せそうなら戦ってもいい。この島にいる連中が相手ならゼンが戦えば負けはないだろう」

 

 〝リトルガーデン〟で一年修行している間、単純な武術だけならカナタをも上回る技量をまざまざと見せつけられた。

 あれに覇気が加わればこの島でゼンに勝てる者はいないだろう。

 何事にも絶対はない。カナタだって決死の覚悟で格上のセンゴクと戦って生き残ったのだから、他人がそうである可能性もゼロではないのだ。

 

「伝えておく。だが残念だな、儂が残っていいのなら儂が戦いたかったが」

「ゼンもこの国は辛そうだったからな。私だって本当は砂漠を渡るなどしたくないんだ」

 

 カナタも暑いのは苦手だが、ゼンは余計にそう見える。

 へばってこそはいなかったが、外を移動する際は常に汗だくだった。それも高い体温と気温ですぐに蒸発していくので空気が揺らめいていたほどだ。

 海岸近くならまだ気温も落ち着いているので戦いやすいだろう。

 

「……そうだな。あやつもこの国はきつそうだ」

「その点、お前とサミュエルは平気そうだったからな。私の方でも戦闘になったらお前たちに任せる」

 

 ほとんど自分で戦う気がないカナタ。

 先日も派手に戦ったし、やる気もない。突進を止めて凍らせるだけの行動を戦闘と呼んでいいのかはさておき、やる気があるなら戦いは完全に任せるつもりだった。

 この国で過ごすのはカナタにとってだいぶ気力を消耗するのだ。

 雨が降って多少マシになっているとはいえ、長時間雨が降り続くわけではないのだから。

 

「用が済んだらさっさとこの国を出る。聞いた話だとドラム王国は冬島らしいからな」

「現金な奴だ。この調子では先が思いやられるな」

「夏島は出来るだけ避けて進みたいが、先の島のことはわからないことも多い。何もわからないからこその冒険だ、というやつもいるだろうがな」

 

 少なくともカナタたちは前人未到の最後の島を目指している身だ。多少は情報がなくとも楽しめるくらいでなければ、この先のつまずくこともあるだろう旅を続けられない。

 それはそれとして暑いのはもう勘弁願いたいというのがカナタの正直な気持ちだが。

 

 

        ☆

 

 

 首都アルバーナ。

 雨期の砂漠は危険と聞いたが、流石に雨期だからと言って四六時中雨が降っているわけではない。

 涸れた川──いわゆる()()と呼ばれる雨期にのみ発生する川を避ければ移動自体は可能らしい。

 アラバスタ最速を誇る超カルガモ部隊に乗り、コブラとイガラムに護衛二人。それからカナタたち三人は王宮を目指していた。

 

「ここが首都なのか」

「ええ、入り口は階段のみで、有事の際にはすべての扉を閉めることで守りを固めることが出来るのです」

「ふむ……階段を上るのか。街の足場を高くしているのは雨期でも沈まないようにか?」

「そうです。元々の地形ということもありますが、雨期には近くを流れるワジもありますからね」

 

 サンドラ河の氾濫は流石にここまで流れてこないが、小さい砂丘だと大雨で形を変えることもあるという。

 王子がいるので門はすぐに通れる。

 王宮までそれほど距離はなく、超カルガモ部隊に乗って街道を歩きつつ向かうことにした。

 

「活気があるな。流石は首都ということか」

「この時期は外に出るのは危険ですから。多くの人は街中で雨期が過ぎるのを待ちますし、それゆえ稼ぎ時の者もいます」

「興味はあるから少し見ていきたいが、それほど時間もない。急いでもらっても?」

「構いません。元々こちらから言い出したことですから」

 

 王宮で手続きをして、即金で払って終わりだそうだ。

 カナタたちの正体に気付いていることもあり、早めに国を出たほうがいいというコブラからの配慮でもあるのだろう。

 あれだけ派手に動けば海軍にかぎつけられる、と。

 王宮の中に入ってもいいと言われたが、カナタたちは固辞した。

 

「気付いているだろうから言っておくが、不用心に我々のような存在を王宮内に入れないほうがいい。いつか寝首をかかれる」

「……少なくとも、私は貴女がそういうことをしないと判断しています。コブラ王子もです。そうでなければ、王宮はおろかアルバーナへ招くこともしません」

「悪党は何を考えているかわからないものだ。軽く信用しない方が身のためだぞ」

「理解しています。それでも、貴女にはコブラ王子を守っていただいた恩もありますゆえ」

 

 そう言って笑うイガラム。

 そもそも、そういうことを考えているならわざわざ口に出すことはないでしょう。と言われてカナタはそっぽを向く。

 王宮に招くと決めたのはコブラだと聞き、「一度命を救われたくらいで悪党相手に心を許さないほうがいいと思うが」と呟く。ロジャーに絆された女の言うことではない。

 イガラムと話している間にコブラは経理担当の者を呼び、賃金の清算をしている。

 少しばかり時間がかかるだろうと、王宮の入り口にある庭園で待つことにした。

 今日も暑いな、と空を見上げていると、ふとこちらに近付く気配があった。

 

「──カナタ」

 

 ジュンシーの言葉でフードを被り、後ろから来る人物が通り過ぎるのを待つ。

 『正義』の文字を刻んだコートを羽織り、堂々と歩く二人の偉丈夫。片方は銀髪碧眼に眼鏡をかけた美男子だ。もう一人の男も同様のコートを羽織り、黒い髪を撫でつけて鷹のように鋭い瞳をカナタの方へと向けた。

 数人の部下を連れるその男たちは、緊張した様子のイガラムの前で立ち止まった。

 銀髪の男性が穏やかな笑顔で一礼し、イガラムへと話しかける。

 

「──失礼。海軍本部大佐ベルクです。イガラム殿、コブラ王子は戻られたと聞きましたが」

「海軍の……いえ、失礼。王子は現在執務室にいらっしゃると思いますが……急用でしょうか?」

「急用というほどのことではありません。駐留部隊としての任期が満了に近付いていますので、引継ぎと後任の顔合わせをと思った次第です」

「それは……なるほど。王子に伝えますので、応接室にてお待ちいただけますか?」

「ありがとうございます。では、我々はそちらで待たせていただきます」

 

 カナタたちの方は特に気にせず、イガラムとにこやかに会話するベルク。

 そのままイガラムが先導して応接室に向かおうとしたところ、視線をカナタの方へと向けた。

 

「……貴殿の顔を、当方はどこかで見たことがある気がするのだ。どこかで会ったことはないだろうか?」

 

 ぴたりとイガラムが動きを止めた。

 緊張した様子を見せるが、カナタは特に気負うことなく自然体で肩をすくめて答えた。

 

「その手の質問はよく受ける。何しろ男というのは私と親密になりたい奴が多いからな。だが海兵、口説きたければ休日かつ王宮の外にすることだ」

「これは失礼した。そういった意図はなかったのだが……」

「構わない。私も慣れている」

 

 サミュエルが口を開こうとしていたがジュンシーに無理やり口を閉ざされている。この男が口を開けばまず口を滑らせるので、そうさせないためだ。

 イガラムも最大限の注意を払ってベルクたちを応接室へと連れて行き、姿が見えなくなってから緊張した空気がようやく弛緩した。

 視線を動かさないまま、カナタとジュンシーは小さく言葉を交わす。

 

「……あの男、かなり強いな」

「あの覇気で本部大佐か。肩書は当てにならんな」

 

 同時にカナタの存在が海軍にバレたと見て良さそうだ。

 留まる理由は無くなった。金をもらったらさっさとこの島を出るべきだろう。

 しばらくすると急いだ様子でコブラが現れ、確認してほしいとケースを渡される。ジュンシーに中身を検めさせている間に、コブラはカナタを心配して口を開いた。

 カナタは自分が賞金首だとバレているため、猫を被ることなく自然体で接している。

 

「港まで超カルガモ部隊で送ろう。私も君に命を救われた身だ、恩を仇で返す真似はしたくない」

「超カルガモ部隊はありがたく借りていく。だが、我々のことは下手に庇わないほうがいい。貴方の立場を悪くする」

「……正直なところ、最初は警戒していたのだよ。私たちネフェルタリ家はかつて世界政府を創設した二十の家の一つだ。私を殺しに来たのではないかとね」

 

 八百年前に世界政府を創設した二十人の王たちの一人であり、唯一聖地マリージョアに移り住むことを拒否した一族でもある。

 天竜人と同じ血の流れるネフェルタリ家を殺しにアラバスタに現れたのではないかと、コブラは当初警戒していた。

 

「だが、全くの杞憂だった。君たちは真面目に働き、汗を流し、誰にも偏見なく接していた。噂とはあてにならないものだ」

「天竜人を殺したのは事実だ。その時点で通報されていても、私は何も言えなかっただろう」

「それでもだよ。今ではあの時の判断は間違っていなかったと胸を張って答えられる。何しろ、君に命を救われたのだから」

 

 コブラの妻──ティティにも、「危ないことはしないでください」と怒られたとコブラは笑う。

 カナタはそれに苦笑し、ジュンシーが中身に間違いが無いことを伝えてきた。

 やや金額が高いようだが、怪我人が少なく済んだことで金額を上乗せしてくれたらしい。

 

「よし。では帰るとしよう」

「またいずれアラバスタへ来てくれ。次は海軍にバレないようにもてなそう」

「考えておこう」

 

 出来る事なら二度と訪れたくはない国だが、こう言われるとまた来ることもあるかもしれないとカナタは思う。

 もうちょっと涼しく過ごせる方法があればいいのだが。

 コブラの見送りを受けてアルバーナを出立し、港へととんぼ返りする。

 

「……ジュンシー、気付いたか?」

「ああ、海兵がいくらかいたな」

「海兵くらい居たって普通じゃねェのか?」

「阿呆。私たちの顔を確認しようとしていただろう。あの調子では包囲網を組まれるのも時間の問題だな」

 

 まだ疑惑の段階だとは思うが、急いだほうが良さそうだ。

 砂埃を巻き上げながら、カナタたちは砂漠を渡る。

 

 

        ☆

 

 

『アラバスタ駐留部隊全体に告ぐ。〝竜殺しの魔女〟を含む魔女の一味を発見。すべての港を封鎖し、直ちに包囲せよ』

『繰り返す。〝竜殺しの魔女〟を含む魔女の一味を発見。すべての港を封鎖し、包囲せよ。海軍本部へは連絡済み。ゼファー大将の到着まで持たせよ』

 




今回の後書きは活動報告にて。


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第三十話:命まで届く正義の雨

「──既に戦っているな」

 

 超カルガモ部隊に港近くまで送ってもらい、誰にも見つからないところで降りて街へと移動する。

 海軍と戦闘が始まっているようだが、それほど苦戦してはいないらしい。

 ただ、多数の軍艦が包囲網を作りつつある。強い海兵はいないが囲まれると厄介だ。

 

「随分と動きが早いな。事前に準備でもしていたのか?」

「正義感が強いやつはどこにでもいるものだ。これだけ用意周到に準備されてるなら早い段階で通報されていたのだろう」

 

 だが、間一髪で囲まれる前に出航は出来そうだ。

 包囲網を作られると厄介なので先に軍艦を沈めておく必要があるが、それはカナタ一人でいい。

 

「私は先に包囲網を崩す。お前たちは戻って船を出せ」

「任せろ! おれも暴れるぜ!」

 

 話を聞いていたのか怪しいサミュエルを連れ、ジュンシーは先に船へと向かう。

 カナタが軍艦の方へと向かっていったのを確認し、ジュンシーは港で海兵相手に大立ち回りをしているゼンとフェイユンに声をかける。

 

「船を出す! 二人とも船へ戻れ!」

「はい!」

「承知しました!」

 

 次々に現れて発砲している海兵をフェイユンが薙ぎ払う。巨人族の海兵は交じっていないようで、彼女を止められるものがいないらしい。

 これ幸いと混乱に乗じて船に乗り込み、すぐさま船を出す。

 カナタがどこかの軍艦を沈めて包囲網を崩せば、そちらから抜けられるだろう。

 

「……あれだ。随分と派手にやったな」

 

 海中から突き上げるように発生させた巨大な氷の槍が軍艦を貫き、風穴を開けて上空へと吹き飛ばしている。

 まだ何隻か軍艦がいるが、一隻沈めればそこから穴を作れる。そちらに向かうよう指示を出し、ゼンとジュンシーは砲撃から船を守るために動くことにした。

 カナタは次々に軍艦を沈めていき、包囲網を崩して船に戻ってきた。

 だが、顔は苦々しい。ジョルジュはどうしたと声をかける。

 

「乗っているのは雑魚ばかりだが、全部は相手をしていられない。大将ゼファーがこちらに向かっているらしい」

「何ィ!? だが、マリンフォードからここまで来るなら相当日数が……」

「奴はすぐそこまで来ている。既に私の見聞色の範囲内にいるからな」

 

 カナタが感知出来るということは、あちらも感知出来ていて不思議ではない。

 出来るだけ軍艦の数が少ない場所を崩したが、間違いだったかもしれないとカナタは沈めた軍艦がいた方向を睨みつける。

 逆側に今から逃げるのも難しい。将官こそいないようだが、中佐や大佐クラスはそこそこいるようだ。

 

「少し長期間この国に居すぎたな。追われる側としての意識が足りなかったらしい」

「それは……そうかもしれねェな。だがどうするんだ、海軍大将だぞ?」

「私はゼファーの相手をする。お前たちで軍艦を切り抜けられるか?」

「なら、私が!」

 

 フェイユンが手を上げる。

 アラバスタにほど近い浅瀬の海なら巨大化すれば十分戦えるだろう。それに、軍艦という移動手段を沈めておけばゼファーも追っては来られない。

 あとは防御に人員を割り振り、ゼファーを足止め出来れば問題はない。

 ゼファーの足止めが一番の問題なのだが、これはカナタに任せるしかないだろう。

 

「──そら、来たぞ!」

 

 遠目に見える軍艦から〝月歩(ゲッポウ)〟で空を駆けてくる紫髪の大男。

 スコッチが持ってきた槍を手に飛び上がり、まっすぐ突っ込んでくるゼファーを空中で蹴り飛ばして迎撃するカナタ。

 それを片手で防ぎ、ギロリとにらみつけるゼファー。

 

「──お前が〝竜殺しの魔女〟か」

「──そういうお前が〝黒腕〟だな」

 

 互いに武装色を纏い、バリバリと空気を引き裂くような音を響かせて弾かれるように距離をとった。

 カナタは船を守るように海上に立って広範囲に氷の足場を作り、ゼファーもまたそこへと降り立つ。

 出方を窺うように視線を動かすゼファーが、おもむろに口を開いた。

 

「随分と若い……その年でこれほどまでに覇気を扱えるとは、驚異的だな」

「あいにく、これくらいやれねば生きてはいられなかったのでな」

「そういう環境で育った、か……センゴクが取り逃がしたというのも納得だ。加えて自然系(ロギア)の能力者とは……骨が折れそうだぜ」

「捕まるつもりはない。監獄の中などつまらんからな」

「抜かせ。仲間共々インペルダウンにぶち込んでやる」

 

 一瞬で距離を詰め、武装色で黒く硬化した腕を振るうゼファー。

 カナタは槍に覇気を纏わせ、その一撃を受け止める。

 ビリビリと衝撃波が辺りに飛び散り、一歩も引かずに拳と槍をぶつけ合う二人。

 

「海軍大将相手に一歩も引かねェたァな!」

「逃げてばかりいられる相手でも無かろう! それとも引けば見逃してくれるのか?」

「まさか! お前はここで終わりだ!」

 

 拳を振りかぶったゼファーは一際強烈な一撃を振り下ろし、それを受け止めたカナタの足場へ放射状にヒビが入る。

 舌打ちして堪らず距離をとり、ゼファーはそれを許すまいと距離を詰めにかかった。

 見聞色の未来視にも精度がある。より鍛錬を積み、経験を積み上げたゼファーのそれはカナタの見聞色を上回って余りある。

 

「逃げられると──思うなァ!!」

 

 武装硬化した拳が深くカナタに突き刺さる。

 大きく吹き飛ばされるも、ダメージはそれほど大きくない。立ち上がって軽くせき込み「容赦のないやつだ」と吐き捨てた。

 ゼファーは流石に目を丸くした。それほど簡単に立ち上がるとは思っていなかったのだろう。

 

「随分と頑丈だな。加減した覚えはねェんだが」

「手加減が苦手な奴に鍛えられたものでな」

 

 かなり重い一撃だったが、何も無防備に攻撃を受けたわけではない。覇気を纏って衝撃を流している。

 それに、これくらい出来なければドリーやブロギーとまともに打ち合うなど出来はしない。

 カナタの言葉を聞き、にやりと笑ってゼファーはより強く覇気を腕に集める。

 

「そうかい。なら、次はもっと──」

 

 ゼファーが構えると同時に、巨大な爆発音が響いた。

 思わずそちらを見ると、巨大化したフェイユンが軍艦を持ち上げて次々に投げ飛ばしている。太腿まで海に浸かっているのでそれほど力は出ないのだろうが、それでも軍艦を持ち上げるには十分らしい。

 軍艦同士がぶつかり、火薬に引火して爆発を引き起こして炎上した。

 燃え上がる軍艦を目にして、ゼファーは思わずといった様子でつぶやいた。

 

「なんだありゃあ……お前らの船にはバケモンが乗ってんのか?」

「化け物とはまた随分な言い草だな。悪魔の実の能力者なら誰だって化け物だろう。私もそうだし、センゴクもな」

「……そうだな、こいつは失言だった」

 

 だが、カナタは最初に足場を作った以外に能力を使うそぶりはない。能力にかまけて鍛えることを怠った能力者は多く見てきたが、それとはまったく違うタイプだ。

 ゼファーは気を引き締めて殴りかかるも、それをカナタは槍で防ぐ。

 

「距離は十分だろう。これなら()()()()()()()()()()()()()()

「テメェ──」

 

 吐息が白く染まる。

 空気が身を切るほどに冷たくなっていく。

 砂漠の国アラバスタの近海でこれほどまでに気温が下がることなどありえない。

 あり得るとすれば、ただ一つ。

 

「強力な能力というのも意外と頭の痛い問題でな。こうでもしなければ味方にまで被害が出てしまう」

「……そうかい。なら、それに見合うだけの強さってのがあんだろうな」

「論じるまでもない。気合を入れろよ、大将ゼファー。気を抜けば一瞬で凍り付くぞ」

 

 視界を埋め尽くすほどの氷の槍が、ゼファーを串刺しにしようと吹き荒れる。

 それを見聞色で最低限のものだけ見分けて武装色の覇気を纏った腕で弾き、視界から消えたカナタの奇襲を受け止める。

 受け止めた腕が少しずつ凍り始め、ゼファーは咄嗟にカナタを弾き飛ばして距離をとった。

 武装色の覇気を纏っていても、触れている状態ならば凍結を止められない。

 

「しかもこの寒さで体力を奪う、か……手慣れているな」

「お前のような格上と戦ううえで、どうやれば有利になるか考え続けた結果だ。こうでもせねば止まらないだろう」

 

 見聞色でも武装色でも、ゼファーは積み上げた年月が違う。カナタがそれを上回るためには悪魔の実の能力に頼るほかにない。

 

「末恐ろしい小娘だぜ……やはり、逃がすわけにはいかねェな」

 

 身を切る冷気の中でも、全身を武装硬化してしまえば多少は軽減できる。

 鍛え上げ、積み上げた腕っぷしの強さこそがゼファーの強みだ。これまでからめ手を使ってもなおカナタからはまともに攻撃が通っていないのも合わせて、その強さは際立っている。

 しかし、長期戦になればこの寒さは不利だ。

 

「気合入れろよ……さっきまでのように甘くはねェぞ!!」

 

 咄嗟に覇気を纏ってゼファーの拳を片手で受け止めるも、そのあまりの衝撃にミシミシと嫌な音が鳴る。

 堪らず距離をとるもすぐさま詰められ、怒涛の連撃を槍一本でしのぐ。

 カナタの見聞色がゼファーの見聞色を上回らない限り、逃げ切ることは難しいだろう。背後ではフェイユンの手によって軍艦が次々に沈められているが、それでもまだ逃げるには時間が要る。

 救いといえば、ゼファーが〝不殺〟を貫く海兵であることか。

 

「殺す気ならすぐにでもやれただろうに、甘いことだな……!」

「お前を恨みたい気持ちもあるが、おれの正義は曲げねェ。殺しはしねェよ!」

 

 どんな海賊であっても殺さずインペルダウンに幽閉する。海軍の正義の体現者として動く彼が、唯一世界政府の命令で強制的にバスターコールを発令させられた事件。

 カナタが西の海(ウエストブルー)で使っていた二つの商船のうち、別れた船がマルクス島にあることで『関係あり』と判断されたために民間人を含めて虐殺してしまった。

 誰が関係者で誰が関係者ではないのか、海軍には判別する手段がなかったからこそ起きた事件だ。

 怒りはある。だが、それでも自分の正義を曲げてまでカナタを殺そうとはしない。

 それが、自分の正義を貫くことだと信じているからこそ。

 

「今回はバスターコールはなしだが、センゴクもこっちに向かってる。お前らに逃げ場なんざねェ!」

「お前に加えてセンゴクの相手などしていられんな。さっさと逃げさせてもらおう」

「逃がすわけが──ねェだろう!!」

 

 ゼファーの拳がカナタの拳とぶつかる。

 衝撃でカナタの体が氷の破片となって砕け散り──キラキラと海上でダイヤモンドダストのように輝く。

 その中でゼファーは背後から来るカナタの槍を伏せることで避け、その腹部へと黒腕を叩き込む。

 再びカナタの体は氷の破片となって砕け、黒く染まった槍だけが空に浮かぶ。

 氷の破片が目くらましとなる中で、猛烈な吹雪が局地的に発生する。

 

「凍り付け──!」

 

 全身を凍り付かせる強力な冷気がゼファーに襲い掛かり、一瞬でそのすべてを凍り付かせる。

 だが、程なくヒビが入って内側から破られる──が。

 カナタの姿はどこにもない。空に浮かんでいた槍もご丁寧に回収して姿を消している。

 

「……逃げたか。判断の早いことだ」

 

 一瞬、確かに凍った。

 あの一瞬だけは意識が途切れたため、ゼファーの見聞色も機能しなかった。そこでゼファーに攻撃することではなく逃走を選んだ辺り、千載一遇のチャンスでも目的を見失わない冷静さがあるのだろうとゼファーは認識した。

 もちろん、攻撃されたとて対応できる自負はあるが……今は、沈められた軍艦に乗っていた海兵の救助も急ぐ必要がある。

 

「──〝竜殺しの魔女〟か。お前は、必ずおれが捕まえる。首を洗って待っていろ」

 

 

        ☆

 

 

「まったく、死ぬかと思ったぞ」

「戻ってきて開口一番それか」

 

 実際ギリギリだった。

 氷の破片による目くらまし、見聞色を欺くための凍結など、色々と手段は用いたが手ごたえは薄い。あれで逃げ切れたのも運が良かった。

 ゼファーには慢心も油断もなかった。偶然も多分にあるだろうが、沈んだ軍艦の味方を救助しに向かったのだろう。

 何度か攻撃を受けたのもあって体が痛む。軍艦が追って来る気配もないため、しばらくは大丈夫だと思いたい。

 

「怪我はあるのか?」

「打撲だ。大したことはない」

「それを決めるのは船医である僕の仕事だ。いいから傷を見せろ」

 

 やや強引ともとれる言い方で、スクラが無理やり医務室に引っ張っていこうとする。

 その前に、カナタは指示だけ出しておくことにした。

 

「スコッチ、私は少し休む。行先はわかっているだろうが、ドラム王国だ」

「ああ、〝永久指針(エターナルポース)〟を頼りに進めばいいんだろ」

「そうだ。それと、フェイユンもよく頑張ってくれた。助かった」

「えへへ……私、次も頑張りますね!」

 

 ふんすと気合を入れるフェイユン。それにカナタは笑みを浮かべ、しばらくは海軍を警戒しながら進むように指示を出す。

 しばらく休みたい。こんなところでいきなり海軍大将とぶつかるとは思っていなかったのもあり、だいぶ消耗した。

 致命的な一撃こそ貰わなかったが、細かくダメージは受けている。

 次は正面から打ち倒せるくらいに強くならねばと考えながら、スクラに連れられて医務室へと向かった。

 

 

        ☆

 

 

 次の日。

 カナタの懸賞金が更新され、更にフェイユンも手配書が作られていた。

 

 〝巨影〟のフェイユン。懸賞金八千万ベリー。DEAD OR ALIVE(生死問わず)

 

 〝竜殺しの魔女〟カナタ。懸賞金四億ベリー。 ONLY ALIVE(生け捕りのみ)

 




フェイユンの異名でいいのが思い浮かばなかったのでそれっぽい感じに。


END 代償/ドラゴンキラー

NEXT 追走劇/チェイスバトル・グランドライン


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幕間 海軍/ロジャー/???

「遅かったな、センゴク」

 

 アラバスタの海軍屯所にて、ゼファーはくつろいだ様子でマリージョアから来たセンゴクを出迎えた。

 数日遅れで出発したので到着時刻も同様に遅れ、カナタたちとの戦闘には間に合わなかったのだ。

 センゴクがいれば、また違った結果があったかもしれない。結果論だとしてもそう思わざるを得なかった。

 すぐにでも追いかけたいところではあったのだが、軍艦が全て沈められたので追いかけようにも追いかけられない。どうせならとセンゴクを待つことにしたのだ。

 

「お前がいながら逃げられたのか、ゼファー」

「ああ。お前を海に突き落として逃げたってのも納得いく実力だったぜ。ありゃ天才だな、海軍にいりゃあ将来的に大将だって目指せただろう」

 

 ただし、海軍で上り詰めようと思うと経歴と学が必要になる。

 ガープなどやっていることは適当に見えるが、あれで必要な知識は持っているのだ。

 ゼファーは水を飲みながらソファに座りなおし、一度拳を交えた少女を思う。

 

「お前やおれを出し抜ける辺りを見ると頭は使える。覇気も使えて自然系(ロギア)の能力者で実力もある。経歴はどうなってるか調べたか?」

西の海(ウエストブルー)生まれ、六年前に商人としてジョルジュ一家を立ち上げた際の創立者の一人だが……それ以前の経歴がまるで見つからない」

「見つからない? どういうことだ?」

「わからん。どこを探しても〝()()()()()()()()()()()は見つかっていない」

「……奴は現在十六歳。六年前の時点で商人として動き始めていたのは海軍の記録にも残っている」

 

 ガープが担当した海賊被害の報告書に名前が記載されていた。あの男自身は適当だが、部下は書類仕事をきちんとしている。

 商人として動き出して間もない時期だろう、と判断できる記録だった。

 ゼファーは顎をさすりながら眉を顰める。

 

「十歳以前の記録がない、か……あの女、謎だらけだな」

「孤児の記録までは流石に残っていないから、恐らくはその辺りだと思うんだがな」

「それにしたって商家の創立者の一人に十歳の小娘がいるんだぞ? 何かしらあるとみて間違いないだろう」

 

 証拠や記録が数多く残っていたであろうマルクス島は、世界政府の命令とはいえ海軍の手で焦土と化している。情報を得ることは叶わない。

 その点を考えると失敗したとしか思えないが、世界政府にとっては何より面子が大事だったのだ。

 海軍だって護衛として中将が出ていながらこのような大事件を起こされて面子が丸つぶれだ。元帥であるコングも頭が痛かっただろう。

 センゴクはゼファーの対面に座り、水差しからコップに水を注いで一息に呷る。

 

「実際に戦ってみた感想はどうだ?」

「武装色の覇気はおれとまともに打ち合えるくらいに強く、見聞色はおれに一歩及ばねェくらいか。お前の話だと覇王色も使えるんだったな」

「……おれと戦った時はそこまでじゃなかった。武装色はおれの方が圧倒的に強かったし、見聞色も同じだ」

「それでもあの小娘はお前を出し抜いた。頭が使える能力者ってのは実に厄介だ」

 

 当時のセンゴクだって中将の中では抜きんでて強かったのだ。それを出し抜いて海に叩き落して逃走するなど、多少強いだけで出来ることではない。

 運のいい奴、で済ませていい話でもない。当時十五歳の少女がセンゴクから逃げきったなど、海軍本部では誰もが驚いた。

 そして次は大将ゼファーの手からも逃げてみせた。

 これを、海軍は見逃すことはできない。

 

「新しい手配書も出来たようだが、大して額は上がらなかったな」

「本当はもっと上げてもいいと思うんだが、懸念しているのはあまりに上がりすぎることで奴が注目されて〝旗頭〟になることだろう」

 

 懸賞金が高いことと強いことはイコールではない。

 これは世界政府に対する危険度の高さなので、実質的に戦闘力がなくとも懸賞金が高い場合もある。

 だが今回はそのパターンではなく、天竜人に逆らった挙句殺害し、海軍中将から逃げ延びて一年間誰にも見つからずに潜伏。なおかつ海軍大将からさえ逃れるという異質さもあった。

 センゴクはため息をつきながらソファにもたれかかり、天井を見ながら呟く。

 

「これは独り言だが、天竜人は恨みを買うことも多いからな」

「……ああ、そういうことか……」

 

 その名の下に集まるのが誰であれ、カナタが()()()()()()()()()()()()()()になることをこそ政府は恐れている。

 反政府軍、あるいは革命軍。

 そんなものが出来てしまえば、世界政府としては何をおいても最優先で戦わねばならないからだ。

 だからこそ、世界政府は懸賞金をあえて上げずに海軍に討伐を任せようとしている。ゼファーにセンゴクを派遣しているのはその意思の表れだ。

 しかし。

 

「だとするなら、〝生け捕りのみ〟ってのはどういうことだ? 公開処刑のためか?」

「こっちは世界政府からの命令という訳じゃないらしい。コング元帥から聞いた話だが、殺されたドンキホーテ・クリュサオル聖の弟──ドンキホーテ・ホーミング聖からの要望だと。政府もどうせ公開処刑にするからと許可を出したようだ」

「弟……仇は自分の手で、ってことか?」

「違う。何故かはおれも知らないが、〝魔女〟と一度話をしてみたいと」

「話を? ……天竜人の考えることはわからんな」

 

 ゼファーはため息をついてソファに体を預ける。

 センゴクは体を起こし、もう一つの手配書をテーブルに置いた。〝巨影〟のフェイユンのものだ。

 巨大化したフェイユンが海の上で軍艦を持ち上げているところが写真に収められており、まるで軍艦がおもちゃのようにさえ見える。

 サイズ的にはほぼ同じ。人型巨大戦艦とでも呼べそうだ。

 

「何にせよ、奴にも一筋縄ではいかなそうな部下がいるようだ。おれとお前の二人がかりでやると言っても油断は出来んぞ」

「そうだなァ……ありゃ実際に見るとすごかったぜ。驚きで目を丸くしちまった」

「おれだって写真を見た時は目を疑った。こんな巨大な人類がいるなんて想像したこともなかったからな」

 

 普通の巨人族の十倍近い大きさだ。海王類の巨大な種ならばこれくらいの体躯はあり得るだろうが、巨人族だとしてもこの大きさは信じがたい。

 カナタたちの船だってそれほど大きいという訳ではなかった。悪魔の実の能力によるものだということは明らかだ。

 それでも、浅瀬の海では足が浸かる程度なので能力を完全に封じるということも難しい。

 軍艦六隻を沈めた力は脅威と言って余りある。

 

「おれの見聞色で感知した限り、少なくともあと二人はそれなりに強いやつがいるぜ」

「……やはり脅威だな。この島でやつらは一体なにを?」

「それなんだがな」

 

 ゼファーは一度立ち上がって、別のテーブルに置かれた資料を手に戻ってくる。

 それをセンゴクに手渡し、再びソファに座って「読んでみろ」と促す。

 センゴクは数枚の資料にサッと目を通し、怪訝な顔をした。

 

「……堤防工事の肉体労働? 危険生物の討伐? どういうことだ?」

「姿を隠して普通に肉体労働して路銀を稼ぎ、ついでにコブラ王子が討伐しようとしていた危険生物の討伐を請け負ってこれを討伐。両方とも既に支払いを終えているそうだ」

「路銀稼ぎか……略奪しているものと思っていたが」

「報告によると随分大人しい。普通に働いて普通に金を稼いで工事関係者とも仲良くなってやがる」

 

 少なくとも海賊のやることではない。

 もっとも、本人たちも海賊を名乗っていないので暫定的に〝魔女の一味〟と呼んでいるが……これを無法者とは言い難い。

 元が商人だけあってか、秩序だった行動をしている。海賊でも規律を絶対とする船はあるが、これほど大人しい海賊は多くない。

 一般人に危害を加えているわけでも無いようだ。

 

「奴らが犯した罪は天竜人の殺害のみだが、それだけに惜しい……あれほどの逸材、海軍に欲しいくらいだ」

「最悪の犯罪だからな。海軍ではもはやどうすることも出来ん。同情は……まぁ、無いでもないが」

 

 事が事だ。センゴクもゼファーも、カナタに対して同情はする。

 だが、それとこれは別の話。海軍としては確実に彼女を取り押さえなければならない。

 そのためには戦力が必要だ。

 

「報告を上げた本部大佐のベルクは元々ガープの部下らしいが、今回駐留部隊からおれの部下に移ってもらうことにした。書類作業も出来るし、何より強い。実践経験を積めばもっと上まで行けるだろう」

「少しでも戦力が欲しいところだからな、おれの方でも本部に追加で援軍を要請しておこう」

「お前から逃げた時は重傷だったようだが、おれが相手をしたときはろくに傷も与えられなかった。油断は出来ねェ、気合入れろよセンゴク」

「一年でそれほどに成長を……次は逃がさん」

 

 次会った時が奴らの最後だと、センゴクは再び水を呷って気合を入れなおした。

 

 

        ☆

 

 

「ワハハハハ!! おらレイリー、飲んでるか!?」

「ああ、飲んでるよ。今日は随分と上機嫌だな、ロジャー」

「これが飲まずにいられるか! カナタが生きてて、今度はゼファーから逃げたってんだぜ!」

 

 酒を片手に上機嫌で笑うロジャー。

 レイリーはつまみをかじりながら今日の新聞に目を通す。

 海軍大将〝黒腕〟のゼファーと〝竜殺しの魔女〟カナタがアラバスタ王国のあるサンディ島沖にて衝突。軍艦九隻を沈め、これから逃走。

 カナタの懸賞金が上がるのはもちろん、彼女の部下であろう巨人もまた賞金首になっていた。

 

「軍艦とサイズ的には同じくらいか。凄まじい大きさだな。これも悪魔の実の能力か?」

「多分な。一度会ってみてェもんだぜ」

「あの子ならそのうち〝新世界(この海)〟に来るだろう。焦ることはない」

 

 偉大なる航路(グランドライン)前半の海を踏破することは彼女たちにとって難しくはないだろう。

 問題があるとすれば、魚人島へ行く際だ。

 シャボンディ諸島で船をコーティングして魚人島へ行く必要があるが、その瞬間を海軍本部が見逃すはずもない。

 何せ、シャボンディ諸島のすぐ近くには海軍本部を有する町、マリンフォードがあるからだ。

 大将を始めとして多くの戦力を投入することは想像に難くない。

 

「なァに、あいつなら誰が相手でも勝ち抜けるだろうぜ」

「随分とあの子を買っているようだな。お前にしては珍しいことだ」

「おォよ。あんなちんちくりんの小娘に何が出来るかって思うぜ、普通はよ」

 

 だが、とロジャーは酒をジョッキに注いで一口口に含み、味わうように嚥下する。

 酒が美味いと空になったレイリーのジョッキに注ぎ、にやりと笑いながら続けた。

 

「だからこいつは勘だ。おれの勘はよく当たるぜ? 相棒」

「……そうだな、おまえの勘は不気味なほどよく当たる。占い師でもやったらどうだ?」

「んなつまらねェことはやらねェ! おれは自由に海賊やってんのが一番だ!」

 

 バクバクと肉を食い始めたロジャーを尻目に、レイリーは笑って新聞に目を戻す。

 世界政府としてはあまり注目させたくない案件のようにも思えるが、新聞会社に所属する記者たちは随分と気概があるらしい。

 ここまで金額が大きくなり、場所も次第に割れ始めた以上は海軍だけでなく賞金稼ぎにも襲われることになるだろう。

 海軍大将でさえ取り逃がすほどの相手を狙う賞金稼ぎが果たしているのかどうかは不明だが。

 

「ふふ……次に会う時が楽しみだな、カナタ」

 

 手配書を見ながら、笑みを浮かべるレイリー。

 そこに写った顔に、誰かの面影を感じながら。

 

 

        ☆

 

 

「最近はあまり話を聞かないからくたばったかと思ってたぜ、〝金獅子〟。何の用だ?」

「ジハハハハ……! 相変わらず口の減らねェ野郎だ! だが、今日はちょいと聞きてェことがあってなァ、〝白ひげ〟」

 

 〝新世界〟の海の一角。

 〝白ひげ〟の有する船、モビー・ディック号にて、二人の大海賊が話をしていた。

 世界政府および海軍にとっては卒倒しかねない事実だが、〝金獅子〟はその悪魔の実の能力によって空を飛べる。海軍の包囲網など容易にかいくぐれた。

 葉巻に火をつけ、一服しながら懐から取り出したのは先日の新聞だ。

 そういえばマルコが『とんでもないルーキーがいる』と言っていたな、と白ひげは考え、それ関連かと顎をさする。

 

「こいつを見ろ。()()()()()()()()()()()?」

「こいつは……」

「ジハハハハ。おれも見た時は驚いたぜ。あの女が生きているのかとな……だがそんなはずはねェ。あの女は死んだはずだ」

「ああ、それはおれも保証してやる。確かにあの女は海に沈んだはずだ」

()()()()()()()()()()()

 

 一年前。

 天竜人を殺害して指名手配になった際に徹底的に調べた。もしまだ西の海(ウエストブルー)にいるのならと凪の帯(カームベルト)を越えて捜索させたこともある。

 そしてつい先日、再び新聞を賑わせた事件と二つの手配書。

 〝竜殺しの魔女〟と呼ばれた少女の()()()()()()()()()()()()()()を見て、〝金獅子〟のシキは居てもたっても居られずに白ひげの船に来た。

 眉をひそめて考え込んだ白ひげは、恐らく正解であろう答えを出す。

 

「……奴の娘、か?」

「ま、大方そんなとこだろう。だが、次の問題は()()()()()って話だ」

「……見目はよくても性格は最悪だったからな。口説こうとして殺されかけたやつは両手両足の指じゃ足りねェくらいだ」

「ジハハハハハ!! 確かに見た目だけはよかったな!」

 

 奴は船の中でも常に仮面をかぶっていた。素顔を知っている奴はそう多くないがな、と白ひげは言う。

 だが、とシキは笑みを浮かべたまま言う。

 

「この小娘が奴のガキだってんなら……お前、どうする?」

「どうもこうもねェ。もうおれはあの船の一員じゃねェんだ、何かする義理もねェな」

「そうか……だったら、こいつはおれが貰ってもいいな?」

「好きにしろ」

 

 白ひげはそれ以上話す気はないというように、酒を持ってこいと言い出す。

 シキはついでにそれを飲んでから帰ろうと腰を下ろし、手配書を今一度確認する。

 シキの知る女は手配書こそあったが素顔はほとんど誰にも見せなかった。同じ船に乗る仲間でさえ素顔を知るものは少なく、素性も全くと言っていいほどわからない。

 だが、その美貌と強さだけは一線を画していた。

 

「見れば見るほどよく似ている……オクタヴィア。()()()()()()()()()()のガキが、今になって姿を現すとはな」

 




フラグだけは乱立させていくスタイル。
ロジャー視点で色々書こうと思ったんですけど、思ったより書くことないなと気付いて今後ちょっとずつ出そうと思っていた設定出していくことに。

次回は人物纏めです。数がだいぶ増えたので簡素にやります。


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今章のキャラまとめ

三章のキャラまとめです。
例によって裏設定ちょっと足してるところはありますが読まなくても問題ないです。多分。
必要な設定は順次本編で開示していきますので。

年齢は最新話時点でのものです。



 大海賊時代の幕開けまで、あと9年。

 

 所属 ジョルジュ一家改め魔女の一味

 

・カナタ

 本作の主人公。16歳。自然(ロギア)系ヒエヒエの実の氷結人間。

 〝竜殺しの魔女〟懸賞金4億ベリー。ONLY ALIVE(生け捕りのみ)

 船長兼航海士。

 黒髪赤目の美少女。センゴクとの戦いで死にかけたが運よく後に残る傷はなかった。

 

 記録指針(ログポース)を偉大なる航路前半と後半のものを予備含めて二つずつ所持している。

 また、永久指針(エターナルポース)は〝プロデンス王国〟〝ハチノス〟〝ドレスローザ〟のものを所持。

 リトルガーデンで海王類を狩り、その牙を削り出して真っ白な槍を作成した。最近ではもっぱらこれを武装色で黒く硬化して戦っている。

 

 西の海から偉大なる航路へと入り、偉大なる航路の踏破を目指し始めた。

 トロア→双子岬→ウイスキーピーク→リトルガーデン→何もない島→アラバスタを踏破。現在ドラム王国へ向けて航海中。

 

 トロアでラーシュファミリーを半壊滅状態に追い込み、双子岬で医者のクロッカス及びアイランドクジラのラブーンと仲良くなり、ウイスキーピークで医者のスクラを仲間にし、リトルガーデンでサバイバル生活の傍ら修行しつつ巨人族のドリーとブロギーと友誼を結ぶ。

 何もない島では南の海出身の植物学者と歓談し、アラバスタ王国ではコブラ王子の命を救うことになった。

 

 リトルガーデンで一年間みっちりと修行をした結果、武装色の覇気はかなり高いレベルで操れるようになり、武器の武装硬化や透明な鎧を纏うような使い方も可能となった。覇気の鎧によって衝撃を流すことで巨人族にも一歩も引かない打ち合いすら可能となり、その異常ともいえる成長性にドリーとブロギーは恐ろしささえ感じている。

 見聞色も同様に使えるようになり、まだ数秒先ではあるが未来を見通すことさえ可能となった。どちらかといえば武装色の方が得意なため、見聞色の修行の成果は武装色に比べればまだ低い。

 これはカナタ個人の資質の問題で、自身の精神性があまりに強固で他者への共感などといった〝感じ取る〟ことよりも自身の強化の方が彼女にとっては容易いため。

 覇王色も二つの覇気の強化に伴ってより強く発現できるようになった。

 今や海軍大将とも(防戦一方ではあるものの)まともに戦えるようになった。

 

 アラバスタでは暑さにやられ、「二度と来ない」と珍しく弱音をこぼした。

 リトルガーデンも熱帯雨林なので暑かったはずだが、アラバスタの暑さはそれとは比にならなかったらしい。

 

 少しずつ仲間を増やして勢力を拡大しており、本人としてはいずれ行き詰まりになる海賊家業よりもどこかで拠点を築いて政府や海軍を跳ねのける戦力を確保したいと考えている。

 本人は何よりも秩序を重んじるため、船の掟も非常に厳しい。が、あくまで最低限の規律であるため、意図的に破ろうとしなければ基本的に破ることはない規律である。

 天竜人の存在も相まって、世界政府の秩序には疑問を抱いている。

 

 本人はあずかり知らぬことだが、新世界の海で2人の大海賊がカナタの母親について知っている様子を見せた。

 また、一年経って生存が報じられ、大将から逃げきった際は本人がかつて住んでいた孤児院の院長も「嵐を呼ぶのもやはり血筋か……」と零したという。

 本来の名前は××××だが、本人が知らないだけで家名も存在する。両親のことについては欠片も知らないが、その因縁はきっとついて回るだろう。

 手配書でわかるほど母親にそっくりだが、父親の特徴は手配書では確認できない。

 

 

・ジュンシー

 赤い髪に筋肉質な肉体が特徴的な男。29歳。

 戦闘員。

 カナタばかりが強者と戦って少し不満に思っている。しかしリトルガーデンで巨人と打ち合ってみた際、「あれは馬鹿のやること」と言い放った。

 一撃で島の端まで吹き飛ばされ、骨折こそしなかったが腕がしびれて半日安静にする羽目になった。

 武装色も見聞色も一年でそれなりに成長し、カナタが横で異常な速度で成長しているのを見てゼンと殺し合って修行することを決意。

 ゼンも快諾し、両者半死半生の状態まで戦った。

 

 その甲斐あってか、覇気の扱いはより上達したという。

 ゼファーと実際に戦ったカナタ曰く「まともに打ち合わないよう立ち回れば戦える」との評価。

 アラバスタでは特に戦う機会には恵まれず、肉体労働に汗を流した。

 

 懸賞金こそかけられていないが、ゼファーが魔女の一味を拿捕するうえで脅威になると判断したうちの一人。

 

 

・クロ

 黒髪黒目、全身に刺青の入った褐色肌の青年。23歳。

 自然(ロギア)系ヤミヤミの実の闇人間。

 (一応)(自称)戦闘員。

 

 修行しても相変わらずあんまり強くなれていない。ただ体力はついたのと能力の修練は怠らなかったのでそれなりに使えるようにはなった。

 一般人よりは喧嘩に強い程度。

 能力の特性か本人の資質か、痛みに強い。

 

 相変わらず好奇心旺盛で常に笑っている。

 島を訪れるごとに様々なことに興味を示してあちらこちらにフラフラと歩いていくので、最近では必ず誰かが見張りをしているようにとカナタから命令が下った。

 問題を起こすことは少ないが、迷子にはなる。方向音痴ではないが興味本位で移動するので道がわからなくなることが多い。

 

 アラバスタでは流石に肌を晒さずに上から色々羽織っていたが、顔にも刺青が入っているので奇妙な目で見られることはあった。

 本人は特に気にしていなかった。

 

 リトルガーデンではカナタの風呂をよく覗いていた。カナタは別に気にもせずに好きにさせていた。

 

 

・ジョルジュ

 黒髪黒目に二メートルほどの男。31歳。

 金庫番。

 よく食べる奴が多いので支出に頭を悩ませていたが、船医が加入したことで医薬品関連の出費が増えて必要なこととはいえちょっと頭が痛くなった。

 アラバスタで割のいい肉体労働にカナタが勝手に契約した仕事もあってだいぶ懐が温まり、本人的には非常にうれしいらしい。

 同時にカナタの生存が海軍にバレ、追手に大将ゼファーと中将センゴクがいるので胃を痛めている。

 

 そういう意味ではリトルガーデンでの生活は悪くなかったと思っている。

 自給自足の生活になるとはいえ、追手もかからずに危険も(航海中に比べれば)まだ少なかったため。しかしタバコは手に入らなかったので自然と禁煙する羽目になった。

 カナタ同様に「このまま海賊やっててもいずれ行き詰まる」と考えており、生産性のない現状を非常に危惧している。

 

 強大な海賊の傘下に入るか、それとも賞金首として手配されて様々な勢力から逃げながら略奪を繰り返すか、選択をしなければならない。

 手遅れになる前に選択しなければ、もはや道はないと考えている。

 

 また、カナタ同様に規律を重んじる。元々街の荒くれものとして過ごしていたが、裏社会においても鉄の掟は存在していたし、無法者は即座に排除されるのが世の常だと知っていた。

 特に遺恨を残しやすい悪魔の実の権利を決めずにいれば、内側からヒビが入る可能性を示唆して船の規律をカナタとともに制定した。

 

 

・スコッチ

 金髪碧眼の小太り男。サングラスをかけている。31歳。

 航海士。

 一年間みっちり鍛えて少しやせたが、アラバスタでドカ食いや飲酒を繰り返して体型は戻った。体力はついたままなので誰も何も言わない。

 女好きでリトルガーデンでは正直地獄のような思いで過ごしていたが、アラバスタでは割と羽目を外していた。規律はきちんと守らないと殺されると理解(カナタに弁明したところで聞く耳持たない)しているので女遊びは程々に楽しんでいた。

 

 海軍大将に追いかけられていて正直精神的にきついと思っているが、双眼鏡でまともに戦えているカナタを見て「大丈夫だな」と楽観視している。

 

 新たな恋を探しているが、身近な女がカナタという戦闘民族とフェイユンという巨人なので時たまその事実だけで膝から崩れ落ちる。

 加えて言えば、カナタは10歳の時から面倒を見ている(上司でもあるので見られている)のもあって女として判定していいのか疑問が残っている。

 リトルガーデンでクロと一緒にカナタの風呂を覗いたが、娘に近い感覚なので「これはないな」と二度目はなかった。

 

 

・フェイユン

 巨人族。薄紫の長い髪とアメジストのような紫色の瞳が特徴的な女性。39歳。

 超人(パラミシア)系デカデカの実の巨大化人間。最大全長173メートル。

 〝巨影〟懸賞金8000万ベリー。

 戦闘員。

 一年で少し身長が伸びた。

 

 リトルガーデンにてエルバフに住む巨人族のあこがれである〝巨兵海賊団〟の大頭の二人と出会って目をキラキラさせていた。

 二人も娘のような年齢の少女に照れつつも、それぞれ戦士としての心構えや戦闘術を教え込んだ。ジュンシー、ゼンに並んでゼファーが警戒したほど。

 みっちり鍛え上げられたので近接戦闘に秀でる。

 武装色も使えるようになり、ゼファーの見立てでは能力込みの強さだけで判断しても懸賞金2億はくだらないと考えている。が、政府が魔女の一味に注目を集めたくないという判断もあって懸賞金は意図的に下げられた。

 サイズ的には同じ軍艦でも持ち上げられる怪力。

 

 憧れの巨兵海賊団に出会えて舞い上がったり、カナタに褒められるだけで笑顔を見せるようになり、ゼンは大人しかったフェイユンがここまで感情を露にするようになったと目頭が熱くなっていた。

 覇気は武装色と見聞色が使用できる。

 生来の気質から武装色より見聞色の方が得意。また、その中でも取り分け相手の感情を読み取る力に長けている。

 

 

・ゼン

 黒鹿毛の馬(?)のミンク族。38歳。

 戦闘員。

 

 カナタの船にあって卓越した武勇を誇る英傑。

 技術面だけで言えばカナタより上だが、互いに能力全力使用での戦いになれば五分の勝負かカナタに少しだけ軍配が上がる。

 リトルガーデンではサバイバル技術を遺憾なく発揮してその知識を惜しげ無く教えていた。

 

 覇気の扱いにも長けており、武装色、見聞色を共に高いレベルで使いこなす。

 ジュンシーと殺し合いをした際にはエレクトロこそ使わなかったが、自身の全力を以て戦って引き分けとした。あれ以上長くやっていれば殺してしまっていたとは当人の談。

 エレクトロ込みならゼファーと正面から戦える。

 

 アラバスタでは毛皮もあって非常に過ごしにくかったが、本人が弱音を吐くことをよしとしなかったので時々熱中症になりかけた。

 懸賞金こそかけられていないが、ゼファーは魔女の一味を拿捕するうえで脅威になると判断したうちの一人。

 

 

・サミュエル

 身長三メートルほどの筋骨隆々な大男。坊主頭。28歳。

 動物(ゾオン)系ネコネコの実 モデル〝ジャガー〟の能力者。

 戦闘員。

 

 ジョルジュたちがマルクス島でチンピラをやっていたころからの付き合い。ジョルジュとカナタの頭痛の種その2(その1はよく迷子になるクロ)。

 単細胞で考えなしに動くことが多いので、よくカナタにアイアンクローされたりジョルジュに引っ叩かれたりしている。

 

 元々喧嘩っ早く、ジョルジュの下で喧嘩も良くやっていたがカナタには抵抗する間もなくやられたこともあって素直に恭順した。

 商船をやっていたころは自慢の力で荷運びを主にやっていた。単細胞ではあるが口酸っぱく「壊さないように慎重に運べ」と言われ続けたので、荷運びに関してはちゃんと考えて動ける。

 リトルガーデンではよく変な物を食べようとしてカナタに止められたり、カナタがいないところで口にしては食中毒や変な毒でスクラの世話になったりしていた。

 

 覇気は武装色のみ使える。とはいえ、まだ基礎的な段階でしか扱えていないので今後の修練次第。

 

 ジョルジュたちの下にいる前は普通の一般家庭で育ったが、父親も同様にとにかく喧嘩っ早くろくに仕事にもつかなかったらしく、サミュエルも結局そうなりそうだったところをジョルジュが拾ってチンピラになっていた。

 カナタが来てからあれよあれよという間に大きな商船の一員となり、ちゃんとした収入を得るようになって父親や出て行った母親が金を無心しに来るようになったが、サミュエルは手切れ金だと大金を渡した後は一切関わろうとしなかった。

 マルクス島が焦土になってもあまり感情を乱すことはなかった。

 彼にとって、家族とはジョルジュ一家の仲間だけだったからだ。

 

 

・スクラ

 ぼさぼさの白い髪、二メートルほどの身長と線が細く目つきの悪いイケメン。25歳。

 船医。

 

 ウイスキーピークの街の外れにある病院の一人息子。

 父親からその医術を受け継ぎ、病院では薬剤やカルテの作成を主にやっていた。手が足りない時は自身も施術をおこなっていたため、経験不足とは言わないが、まだ若いので豊富と言えるほどでもない。

 医術を学ぶためにドラム王国へ一度は立ち寄ることを条件にカナタの船に乗船した。

 リトルガーデンでは早速その知識が役に立ち、主にサミュエルが彼の世話になった。

 

 悪魔の実の能力者を病人であると考えており、最終的には生きた人間から悪魔の実を取り出すことを目的としている。

 そのために能力者にのみ効く薬などを研究しており、サミュエルが時折被検体になる。

 リトルガーデンでサミュエルに試作品を飲ませたところ、自我を失って暴走したのでそれを見ながら何が悪かったのか成分の検証をしていた。(暴走したサミュエルはカナタが海に突き落として止めた)

 

 病院に勤務していたこともあって体力はそれなりにある。が、根を詰めすぎることがよくあるのでカルテの整理や薬剤の整理などが出来る助手が欲しいと思い始めている。

 

 母親が悪魔の実の能力者で、嵐の日に船が沈んでスクラと父親は助かったが母親は泳ぐことが出来なかったために亡くなった。

 これが原因で悪魔の実をどうにかしたいと考えるようになり、父親はそれを複雑そうな顔で見ていた。

 

 目的のためならば手段を選ばない人種。使えるものなら海賊だろうと海軍だろうと使うが、最低限の倫理観だけはある。

 また、誰であろうと目の前で死にかけていれば助けるのが医者だと思っている。

 

 

・デイビット

 ツンツンと尖った髪型のウニ男。身長は180ほど。34歳。

 超人(パラミシア)系ボムボムの実の爆弾人間。

 〝爆撃〟懸賞金1500万。

 

 元は別の海賊団にいてリトルガーデンに辿り着いたが、キャンプ地を作っていたカナタたちを襲撃したところあっという間に沈められて正座させられた。

 特に相棒と一緒に戦ってなお勝てなかったカナタに恐怖している。

 殴られた瞬間に爆発するカウンター型の戦い方をしていたが、カナタ相手に使っても衝撃を流されるわ爆風も通じないわで手も足も出なかった。

 5、6発殴られて大人しくなったところで船の物資の多くを奪われ、別の場所でなんとかキャンプ地を作ろうとするが恐竜に襲われて壊滅。

 一人生き残ってカナタたちに拾われた。

 

 生き恥を晒すくらいなら死ぬことを考えたが、死ぬ覚悟も持てないまま生きることを選んだ。

 

 

 所属 ラーシュファミリー

 

・ドレヴァン

 小太り長身。短い黒髪に剃りこみを入れている男。故35歳。

 西の五大ファミリーの一つであるラーシュファミリーを率いていた首領。

 

 港町トロアに本拠地を置き、カナタを狙って行動を起こすが艦隊のほとんどを沈められ、戦力がガタ落ちしたところで下克上を受けてラーシュファミリーは事実上壊滅した。

 多分手を出さなければまだ生きていたし、何ならジョルジュ一家が抜けた分の商船の航路を使って勢力拡大も出来たが、それが出来ずに死んだ。

 

 

 所属 海軍

 

・ベルク

 銀髪碧眼に眼鏡をかけた偉丈夫。22歳。

 海軍本部大佐。ガープの弟子であり部下でもある。

 

 詳細不明。

 軍歴3年目。アラバスタ駐留部隊で一年働いていたが、今回ガープからの命令もあってゼファーの部下としてカナタを追うことになった。

 使用する武器は剣。カナタをして「あの覇気で大佐か」と言われた男。

 

 地元に美人な恋人がいるらしい。

 

 

・ゼファー

 原作キャラ。紫の瞳と髪の大男。41歳。

 海軍本部大将。〝黒腕〟の異名を持つ。

 

 アラバスタ王国にカナタがいると通報を受け、世界政府から即刻出撃要請を受けてマリンフォードを出立した。

 逃げられる寸前でカナタと一戦交えたが、その能力と個人の武勇の前に逃走を許す。

 カナタを「天才」と評し、その才能を惜しんだ。天竜人案件で少なからず同情しているが、それでも仕事は仕事と割り切っている。

 異名となるほどの武装色の覇気の使い手。同様に見聞色の卓越した使い手でもあり、大将の名に恥じない実力がある。

 

 ガープから部下のベルクを借り受け、コング元帥に連絡した追加で戦力を整えてカナタを追っている。

 

 

 所属 なし

 

・ドンキホーテ・ホーミング

 原作キャラ。天竜人。

 兄を殺したカナタと話がしたいと言って世界政府に「生け捕りのみ」にするよう要請した人物。

 全体的に思慮が浅いところが目立つ。

 

 

 所属 アラバスタ王国

 

・ネフェルタリ・コブラ

 原作キャラ。アラバスタ王国王子。17歳。

 行動力の化身。堤防工事の責任者として出張ったり怪物退治のために国軍率いて戦いに赴いたりしている。

 

 幼馴染で護衛のイガラムや妻のティティにはよく怒られている。

 カナタたちと最初に会った時は自分を殺しに来たのかと警戒していたが、特にそういうこともなく、最終的に命を救われることになった。

 色々と世話になった部分もあるので個人的に恩義を感じているらしい。

 もう一度この国に来たときはもてなしたいと考えている。

 

 なお、カナタはこの国の暑さに馴染めず二度と来ないと言い張っている模様。

 

 

 所属 元ロックス海賊団

 

・オクタヴィア

 詳細不明。カナタの母親と目される人物。

 普段から仮面をかぶっていて素顔を知るものは少ない。カナタは白ひげや金獅子が手配書を見て彼女が生きているのかと錯覚するほど似ているらしい。

 わかっていることは「傍若無人」「口説こうとして殺されかけたやつ・殺された奴は数知れず」「怪物たちが集まっていたロックス海賊団の中でも一線を画す実力者だった」ことだけ。

 白ひげや金獅子は彼女が海に沈んだところを目撃しているため、死んだと判断しているが……。

 




多分抜け漏れとかはないはず…これだけ増えると私も忘れそうになります(


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追走劇/チェイスバトル・グランドライン
第三十一話:ドラム王国


四章開幕です。



 プルプルプル、と電伝虫の鳴いている声で男は浅い眠りから目を覚ます。

 海にゆらゆらと揺られる船の上で、軽くあくびをしながら受話器を取った。

 

「誰だ?」

『おう! 元気でやってるか? おれだ!』

「……あんたか。珍しいな、連絡してくるなんて」

『お前が全く連絡寄越さんからだろ。おれは放任主義だが心配してないわけじゃない』

「……そうか。まァ元気でやってるさ」

『そうか。何か面白いものは見つかったか?』

「面白いもの、か……空島の噂なら幾らか耳に入ったが、本当かどうかはわからんな」

『ぶわっはっはっは!! 空島か! ありゃァ海軍でも真偽を確認できとらんからな! 噂だけはよく聞くが、実際に行ったって奴もいれば与太話に過ぎないと笑うやつもいる』

 

 お前はどっちだと思う? という問いが投げられ、男は寝そべったまま窓から空を見上げて考え込む。

 白く大きな雲が空を泳いでいる。もしかしたら、その上には誰かが国を作っているのかもしれない、という空島の伝説。

 ぽつりと、男は呟いた。

 

「……あれば面白いだろうな」

『見聞を広めるために海へ出たなら、()()()()()()を探すのも悪くないんじゃないか?』

「そうだな。だが、おれはそういうものよりも国の在り方を見て回りたい」

『おれはそういうのはわからんな……まァ好きなようにやれ。本当なら海軍に戻ってくれるのが一番いいんだがな』

「そういう割には、おれが旅に出ると言った時に反対しなかったな」

()()()()()()()()()()()()()()()()()……海賊になるなんて言い始めたら流石に止めたがな』

「フフ……海賊になる気も海軍に戻る気も、今のところはないな」

『そうか。おれだって息子を捕まえるなんてのは、出来るだけしたくないからな』

 

 じゃあ仕事があるから切るぞ、と言って通話は切られた。

 男は受話器を置き、船室から出て潮の臭いを嗅ぎながら空を見上げる。

 雲の無い快晴。青く澄み渡る綺麗な空だ。

 

「……今日も、いい風だ」

 

 男は頬を撫でる風を感じながら小さくつぶやいた。

 その手にある記録指針(ログポース)の導く先は──ドラム王国。

 

 

        ☆

 

 

 偉大なる航路(グランドライン)は今日も今日とて気まぐれだ。

 先程まで心地良い陽気だったかと思えば、今度は大嵐。

 対処しきれない大波は凍らせたりしつつ、強すぎる風に帆が裂かれかけて焦ったりしつつ、一行はなんとかドラム近辺の安定した海域に入っていた。

 体の芯まで凍り付くような冷気だが、カナタはさして気にすることもなく指針を確認している。

 

「……ふむ。問題なさそうだ。しばらくすれば島が見えてくるだろう」

 

 雪がちらついているが天気が大きく崩れる様子はない。風は弱く、ドラム王国までまっすぐ進んでいる。

 アラバスタで購入した釣り竿を手に、船の端で釣りをしているサミュエルやジョルジュは暇そうにしていた。

 

「中々釣れねェもんだな……」

「マルクス島に居た頃は結構釣れたもんだがなァ。やっぱ色々と違うもんだ」

「魚がいねェわけじゃなさそうだが、食いつきが悪い。餌変えてみるか?」

 

 二人が釣りをしながら話しているのを尻目に、カナタはニュース・クーから新聞を買って室内に戻る。

 私室で新聞を広げてみると、でかでかとカナタの名前が載っていた。

 随分人気者になったものだが、こればかりはもう仕方ないだろう。天竜人を殺害し、海軍中将センゴクから逃げ、一年間姿を見せずに潜伏し、姿を見せたかと思えば海軍大将ゼファーからも逃れる。

 新聞屋にとってはいい飯のタネだ。

 それにしても連日同じネタとはあきれ果てる。他に話題はないのだろうか?

 

「……ん?」

「カナタ、ちょっといいか?」

 

 ノックの後、ジョルジュが困惑した声色で声をかけてくる。

 島が見えてきたという訳じゃなさそうだな、と思いながら扉を開けた。

 

「何かあったか?」

「いや、それが……まァなんだ、とりあえず甲板に来てくれ。見たほうが早い」

 

 よくわからないが、ひとまず甲板に行けばいいということでジョルジュを伴って部屋を出る。

 カナタの見聞色で探ってみれば、妙に強い反応が甲板にあったが……特に戦闘をおこなっているという訳でもないようだ。

 甲板に出てみれば、一番最初に目に入ったのは五メートルほどの巨体の男だった。

 それ以上に特徴的なのは、首筋のエラや背ビレ、赤い肌など──魚人族の特徴だ。

 

「魚人族か、珍しいな」

「ん? ああ、あんたがこの船の船長か?」

「ああ。お前は何者だ?」

「おれはタイガー。フィッシャー・タイガーだ。冒険家をやっている」

 

 聞けば、先の嵐で船の舵がやられてしまったので遠目に見えたこの船に助けを求めたらしい。

 海賊旗も海賊船のマークもないため、安全だろうと考えたのだ。

 差別などについても考えたが、このまま舵が使えず流されるだけではどうにもならないと考えて接触を図ったと言う。

 タイガーの言葉に、カナタは特に考えることもなく答えた。

 

「構わん、乗っていくがいい。私たちが目指す島もすぐそこだ、船を直したければそこで部品を調達することだな」

「感謝する……あんたは、魚人に対する差別はしないんだな」

「うちには巨人族もいる。一々差別していてはキリがない」

 

 もっとも、差別はなくとも区別はある。体のサイズ的に仕方のないことなのでこればかりはどうしようもない。

 タイガーは目を丸くし、そういうものかと呟いた。

 魚人や人魚に対する差別というのは根深い。二百年近く前まではこの二つの種族は〝魚類〟に分類されていたほどだ。タイガーとてこれまでの冒険で多くの差別を受けてきた。

 それがないというだけで、居心地というのは随分違う。

 

「しかし、冬島の気候に入っている海を泳いできたのか?」

「ああ、深海の水はここより冷たい。これくらいなら平気だ」

「そういうものか」

 

 それでも冬島の近海だ。平気とはいうものの、冷たいことに変わりはない。

 丁度昼時だ。ついでだからと食事に誘って温まることを提案する。

 

「……いいのか?」

「旅は道連れだ。冒険家なんだろう、旅の話でも聞かせてくれ」

 

 ただでさえ巨人やミンク族などが乗っている船だ。今更差別も何もない。サミュエルのように悪魔の実の能力で人獣形態になれるものもいる以上、見た目でどうこう言う気はなかった。

 普通の人間でも派手な刺青でかなり目立つやつもいるのだし。

 

「……感謝する」

 

 タイガーはそれだけ言って、カナタについて食堂へと入っていった。

 

 

        ☆

 

 

 程なく船はドラム王国に着いた。

 お尋ね者である以上は仕方ないことだが、船は見つかりにくいよう港から外れた場所に隠すようにして停泊することにする。

 入江には港があったが、下手にカナタやフェイユンの顔が見られると厄介なことになる。

 タイガーにその辺りを説明し、彼とは王国近くで別れることにした。船は牽引してきたので、外縁部まで来てしまえばあとはオールでもなんでも使って港まで移動できる。

 

「今回は本当に助かった。この広い海であんたたちと出会えたことは運が良かったというほかにない」

「大袈裟なやつだな……私たちも短い時間で面白い話を聞けた。しばらく島にいるんだろう? また会うかもしれんな」

「ああ、その時は飯でも奢らせてくれ!」

「フフ……やめておけ、巨人族もいるんだ。お前の財布一つじゃ足りなくなるのがオチだ」

 

 タイガーの船を見送り、カナタたちは港から離れた場所に錨を下ろして船を停める。

 これからの行動については既に決めてあり、準備万端で待ちきれない様子のスクラを尻目にサミュエルとジョルジュにゼン、他二人を付けて船から降ろす。

 彼ら六人はまだ政府に顔がバレていない。短期間での医術の勉強など不可能だとわかっているため、この場所を拠点としてカナタたちは島を離れる。スクラ以外は護衛と物資調達だ。

 時折この場所に船をつけて物資を補給し、進捗を報告する。

 電伝虫でのやり取りは海軍に盗聴される恐れがあるため、出来るだけ避けたい。

 

「では三日後にまた来る。どれくらいの期間滞在する必要があるか、それまでに考えておけ」

「ああ、お前の方も海軍に見つからないようにな」

「そればかりは何とも言えんな。運次第だ」

「僕もなるべく短期間で学び終えるように努める。船医が長期間船を離れるわけにはいかないからな」

「そうしてくれ。あまり長く一か所に留まると海軍も鬱陶しいからな」

 

 近く大捜索が始まるだろう。ドラム王国に向かったことはバレていないと思うが、記録指針(ログポース)の指すアラバスタの次の島にいつまでも現れないとなれば海軍も捜索に動く。

 ゼファーにセンゴクもいる今の追撃部隊と真正面からぶつかることだけは避けたい。

 ドラム王国も世界政府加盟国だ。下手に見つかれば海軍と一戦交えることになる。

 

「帆を張れ! ドラム王国から離れて航海に入る!」

 

 永久指針(エターナルポース)がある以上、どれだけ離れてもドラム王国に向かうことは出来る。

 最悪カナタが足場を作って船まで走って移動する羽目になるだろうが、そうならないように立ち回ることが最善と言えよう。

 甲板の淵から手摺にもたれかかってドラム王国を見つめるクロは、不貞腐れたように唇を尖らせて文句を言う。

 

「オレもドラム王国に行きたかったなー。なんでダメなんだよ?」

「お前を降ろしたら好き勝手に歩き回るだろう。雪で遊びたければ甲板でやっていろ。あの島でお前を放置していられるほど余裕はないんだ」

「ちぇー」

 

 クロは好奇心の赴くままに歩き回るので、下手に船から降ろすと大捜索をする羽目になる。

 今回のように動かせる人員が限られている状態だと船から降ろすわけにはいかないのだ。探すのに手間取って海軍と戦うなど御免被る。

 物資補給のために数日滞在する程度ならば、監視付きで船から降ろしてもいいのだが。

 

「私とフェイユンは顔が割れているし、一番海軍とぶつかる可能性が高い以上はジュンシーかゼンを残すしかないが、ジュンシーは戦いたがってるしな。ゼンは目立つが護衛として不足はない。今スクラを失うことは一番の痛手だ」

「ゼファーとセンゴクか。それ以外にも増援を呼ぶと思うか?」

「私たちをどれだけ危険視しているかによるな。だが、少なくとも二度失態を晒しているんだ。次はバスターコール級の戦力を引き連れてきても驚かない」

 

 実際、アラバスタではそれに近い戦力だった。

 軍艦六隻を引き連れ、アラバスタに駐留させていた軍艦三隻と挟撃する形での戦闘。その全てを沈めて足止めをした以上、次は確実により多い戦力を率いて出てくるだろう。

 戦力の逐次投入など愚策の中の愚策だが、カナタたちにとっては首の皮一枚つながっている状態だ。

 もっとも、手配書が〝生け捕りのみ〟になっている以上はバスターコールも発令しないだろうという楽観的な見方もある。

 

「デイビットがもう少し使い物になればいいのだが」

「うっ……おれだって、多少は強いと思ってるんですがね」

「大佐くらいなら相手取れるか? 覇気さえまともに使えないままでは将官の相手など出来んぞ」

「それは……おれのボムボムの実の力でこう、なんとか」

「なるわけがなかろう。お前、私に素手でボコボコにされたのをもう忘れたのか」

 

 いとも容易く一味全員戦闘不能にされ、物資を奪われて〝リトルガーデン〟をさまよう羽目になったことはよく覚えている。

 デイビットとて忘れたくとも忘れられない記憶だろう。

 このまま戦ったとて、精々が佐官相手にいい勝負をするのが関の山と言ったところか。

 

「ゼファーは私がやるし、センゴクはジュンシーが相手取る。分厚い足場を作ってフェイユンも戦えるようにはするつもりだが、ゼファーがどれだけ部下を連れてきているかにもよるな」

「ジュンシー一人でなんとかなるか? センゴクはお前が殺されかけた相手だろ?」

「不安ではあるが、他に方法がない。奴ほどの強さではヤミヤミの能力もあまり意味がないからな」

「フェイユンはどうだ?」

「体格差で埋められるところはあるだろうが、武装色の強さに差がありすぎる。まともに戦うのは難しいな」

 

 やはりしばらくは逃走一択になるだろう。

 スクラの用事が終わるまで、海軍とかち合わないことを祈るばかりだ。

 




ワポルとか出すぞーって思ってたんですけど、年齢調べるとワポルはまだ生まれてないという。
仕方ないので別のフラグ立てに行きます。


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第三十二話:医者の心得

 ドラム王国に降り立った六人は、まず休める場所を求めてどこかの街を目指すことにした。

 借家でもあればいいが、期間次第では宿屋の方が安く済む可能性もある。一度見て回る必要があった。

 

「……さて、街はどっちだろうな」

「ここへ来るときに見かけた街ならおおよその方向はわかりますが、山道を行くとなれば方向を見失う可能性がありますね」

「冬島の山は雪ばっかりで方向を見失いやすい。どうしたもんか……」

 

 だが、この場で立ち往生していても埒が明かない。

 待ち合わせ場所でもあるこの簡易港の場所がわかるように槍で近くの崖に大きくバツ印を付け、一行は街があるであろう方向へと歩き始める。

 幸いにも雪は小降りで足跡が残るため、時折確認してまっすぐ歩いているかわかるだけありがたい。

 雪の積もっている獣道を注意しながら歩いていると、少しばかり時間はかかったが街が見えてきた。

 

「それなりに近いところに街があるみたいだな。助かったぜ」

「あそこで医術が学べるとも限らない。僕としてはすぐにでも学べるならいいが、物事はそううまくいくものじゃない」

 

 ほっとした様子のジョルジュにスクラが釘を刺す。

 事実、着いてみればそれほど大きい街ではなさそうだった。医術を学ぶための施設などがあるようにも思えない。

 誰か高名な医者でもいれば、その人に弟子入りなりして技術を学ぶことも出来るのだろうが。

 

「さて、どうしたものか……」

「おい、まずは宿を取ろう。拠点の確保は大事だぞ」

「そうですね。そこでついでにこの国の情報でも手に入ればいいのですが」

 

 ジョルジュが部下を伴って宿を取りに行き、ゼンとスクラ、サミュエルは近くの店に立ち寄って話を聞いてみることにした。

 

「すまない、少しいいだろうか?」

「ん? ああ、構わんよ。どうした?」

「僕たちは旅の者なのだが、ドラム王国は医学が最も進んでいる国と聞いて来た。どこかで医学を学べる場所はあるだろうか?」

「医学を学ぶ場所か……おれも医者じゃねェから詳しくねェんだが、少なくともこの街で一番腕のいい医者は知ってるぜ」

「ほう、どのような方なのかな?」

「〝マスターオブ医者〟なんて呼ばれてる百歳近いババアさ。とんでもない額の報酬を請求されるが、腕だけは一流だ」

 

 重ねた年月は無駄ではない、ということか。それだけの知識を持つ人物ならばぜひ会ってみたいと、スクラはやや前のめりになりながら住んでいる場所を聞く。

 店番の男はその勢いにやや引きながら、街外れの大木に住んでいるという情報を渡した。

 

「それはどこか教えて貰っても?」

「ああ、あっちの方角に──」

「ヒルルクだーッ! 捕まえろ! 金を盗みやがった!」

 

 スクラ達の話す後ろで窓が割れる音がした。

 何事かと振り向けば、黒いコートを着た男が鞄を片手に走って逃げている。白昼堂々盗みとは、随分気合の入った犯罪者だ。

 こちらに来るようならとゼンとサミュエルは構えたが、こちらとは別方向に逃げて行ったのでひとまずは安心というところか。

 だが、名前を叫んでいたところを見るに知り合いだろうか。

 

「あー、すまんな、旅の人。嫌なモン見せちまった」

「構わないが……あれはよくあることなのか?」

「ヒルルクって奴でな、医者を名乗ってるが酷いヤブ医者だよ。あいつの治療で病気が治ったことなんて一度もない。しかも金を持ってると思われれば金を盗む始末だ」

「それは……国軍が動いたりしないのか?」

「国の守備隊は長年追ってるが、未だに捕まえられないらしい」

 

 それだけ盗みに慣れているのか、守備隊に捕まえる気がないのか。

 どちらにしても市民にとってはいい迷惑だろう。いくら志の高い医者でも腕がなければ価値はない。

 男は嘆息して呟く。

 

「迷惑な奴だよ……病人を心配しているのは本当のようなんだが」

「……そう、か。情報をありがとう、これは礼だ」

 

 いくらか金を渡し、スクラたちは三人で一度ジョルジュが宿を取っている店へと足を向ける。

 ひとまず近くにいる医者の情報は手に入れた。あとはその医者に弟子入りでも出来ればいいのだが、こればかりは一度話してみなければわからない。

 あとで行ってみるべきだろうとメモを取る。

 

「おう、戻ったか。なんか聞けたか?」

「この辺りで一番腕のいい医者の話を聞いた。あとは医者もどきの泥棒の話もな」

「なんだそりゃ。まァいいや、ひとまずこの宿で三日間過ごすから、不要な荷物は置いてこい」

 

 鍵を渡され、スクラ達は各々借りた部屋に荷物を預けに行く。重要な物は常に持ち歩く必要はあるが、嵩張る服などは流石に持ち歩けない。

 身軽になった三人を含め、六人で雑談をしながら街外れの大木を目指す。

 大木の中に居を構えるとは洒落てんなと思いつつ、雪道に足を取られながら各々雑談をしていた。

 

「百歳近いババアって話だが、おれはそっちが大丈夫なのか気になるぜ」

「ウハハハハ、どっちが医者が必要か分からねェな!」

「話を聞いた限りだとまだ現役だし、随分と元気な婆さんのようだ。何にしてもその知識は非常に欲しい」

「世界一の医術があると言いますし、国が主導で学び舎を作っていたりしないんでしょうかね?」

「そっちの可能性もあるなァ。ただそっちは時間かかりそうなのがな」

「医術はどうあれ時間がかかるものだ。数か月は見ておきたい」

 

 学ぶというのは時間がかかるものだし、手間もかかれば金もかかる。それでも船医としていてくれるならとカナタたちは船に乗せたのだから、それに文句はない。

 出来れば早くしてほしいというのは本音でもあるのだろうが。

 そうこう話しているうちに目的地に辿り着いた。

 

「すみませーん! くれはと言う方はいますか?」

 

 ノックして尋ねると、少し経ってドアが開く。

 中から出てきたのは一人の女性だ。白髪で皺はあるが、腰が曲がっているわけでもなく元気な老人。

 彼女はサングラスをかけたまま、ノックしたスクラたちを奇妙な目で見ながら尋ねた。

 

「何の用だい? 若さの秘訣かい?」

「いや、それは後ほど。貴女の医者としての腕を聞いてここに来ました。医術を学ばせていただきたい」

「……あたしは弟子なんか取っちゃいないよ。医術を学びたきゃ他所へ行きな」

「僕は旅人でこの国には詳しくない。学び舎のようなものがあるのですか?」

「ないよ。医術を学びたきゃ国に所属してる医者から直接教えてもらうくらいさ。あとは独学か、在野の誰かに師事するかのどっちかさね」

 

 国家事業としての学び舎では医術を学べない。

 専門性が高いこともあるが、医者になりたい場合は親から受け継ぐことが基本になることが多い。医療大国とはいえ、基礎的な知識は医者の子供でなければ得られないのだ。

 だから、ヒルルクのようなヤブ医者も時たまいる。

 

「では、やはり貴女に師事したい。素晴らしい腕をお持ちと聞く」

「何度も言わせるんじゃないよ。あたしは弟子なんか取らない。患者じゃないなら帰りな」

「おいおいバアさん、少しくらい話を聞いてくれたっていいじゃねェか」

 

 くれはに拳骨をくらって倒れたサミュエルを尻目に、ジョルジュが前へ出る。

 

「金なら払う。医術を学びたいのはこいつ一人なんだが、どうにかならねェか?」

「あんたらもしつこいね。大体医術なんてあたしからじゃなくても学べるだろう? なんであたしに拘るんだい」

「街で話を聞けば、貴女がこの街一番の医者だと言われたからです。僕は船医としてとある船に乗っている身だが、誰も死なせないためにより良い医術を学びに来た。最も腕のいい医者に師事したいと思うのは当然でしょう」

 

 スクラの言葉にくれはは目を細め、何かを考えてから小さく笑う。

 

「……ヒッヒッヒ。お前たちの有り金と積荷全部寄越すっていうなら考えてやるよ」

「おいおい、そりゃいくら何でも……」

「船長は僕ではない。僕の裁量で渡せる分で良ければいくらでも。命を救う技術に代えられるものではない」

「スクラ!?」

「ヒッヒッヒ。お前さんとは交渉成立だね。船長とは後で話をさせな。それと、住むところは決まってんのかい? 明日からうちに来な、一から叩き込んでやるよ」

「ありがたい。お世話になります、Dr.くれは」

「ドクトリーヌと呼びな、若造」

 

 スクラは頭を下げ、礼を言う。

 交渉はひとまず成立した。今日のところは一度帰ることにする。

 どれくらいの時間を見ておくべきかはわからないが、少なくとも学ぶことは多そうだ、とスクラは気合を入れた。

 

 

        ☆

 

 

「……なるほど。それでこんなに早く連絡を入れてきたわけか」

『まァな。流石に積荷全部ってのはお前に一報入れておかねェと』

「必要なら金くらいくれてやれ。積荷は……この船の積み荷全部となると流石に多すぎる。我々も困るが、一気に渡されても困るだろう」

 

 電伝虫を片手に、カナタは甲板でビーチチェアに寝そべったまま答える。

 日差しが心地良いので眠くなってくるが、意識ははっきりしていた。

 本来なら電伝虫は緊急連絡用でしか使わない予定だったが、個人名を出さなければ盗聴されても問題ないと判断し、ジョルジュから連絡を受けている。

 もっとも、伝えられた情報は緊急でも良さそうではあったが。

 

『今はあいつは護衛付きで医術を学びに行ってるところだが、そうなるとこっちで多少は稼いでおいた方が良さそうだな』

「そうだな。有り金全部を要求されたならそれなりの金額になる。明日の飯にも困ることになってはこちらも少々考えねばならない」

『だよなァ……ところで、さっきから砲撃音が聞こえるんだが気のせいか?』

「気のせいではない。今海賊船から襲撃を受けている」

『呑気に話していていいのか?』

「雑魚だ。私が出るほどでもないな」

 

 海賊旗もないので一般の船だと思って襲撃に来たのだろうが、運が悪いとしか言いようがない。

 デイビットとジュンシーが相手の船に乗り込んで戦っているようだし、カナタが出るまでもないと判断できる。

 カナタの顔が売れれば売れるほど、今後は海賊として名を上げるために襲ってくる金づる──もとい海賊も現れるだろう。海上戦は商人のころからやっていたので多少の経験はあるが、デイビットとフェイユンは不慣れなのもあって順番に経験させている。

 フェイユンは少し扱いに困るのでカナタがいるときでもなければやらないが。

 

『まァ問題ねェならいいんだが』

「それより期間はどれくらいかかりそうなんだ。この辺りを拠点にするにも限度があるぞ」

『そこなんだよな。まだ一日目だし、覚えることがどれくらいあるのかざっくり聞いてくるとは言ってたから、次にこっち来るときに伝えるぜ』

「わかった。場合によっては一時的に拠点を変えることも考えねばな」

『そうだなァ……永久指針(エターナルポース)があればここに来ることは難しくねェしな』

 

 また連絡を入れるとだけ言ってジョルジュは通話を切った。

 受話器を置いたカナタは、敵船を落として戻ってきた二人を労って積荷と有り金を奪うように指示を出す。

 生存者はいるようだが、これだけボロボロにやられれば反抗も出来ないだろうというレベルだ。

 

「スコッチ。ドラムを拠点にした場合、どれくらいの期間身を隠せると思う?」

「難しいな……ドラム王国は世界政府加盟国だしよ、顔を見られたら一発で通報されると思うぜ」

「だろうな。だが、ドラムには海軍支部がない。通報されたところで一日二日くらいの猶予はある」

「本当はドラム王国で誰か医者を仲間に出来ればいいんだろうけどな。おれは女の子がいい。出来れば可愛い方が」

「お前の趣味なぞ聞いていない」

 

 スクラたちを置いてこの先の航海をするわけにもいかないし、しばらくはこの辺りを拠点にするほかにない。

 だが、それも限度が来るだろう。

 

「……全てはスクラ次第だな」

 

 とにもかくにも、予定を聞かなければ今後の動き方さえ決めることが出来なかった。

 




話が進まなくてどうしようかという感じ。
今章ちょっと長くなりそうです。


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第三十三話:契約

これは果たしてネタバレになるのだろうか…と思いつつ。
単行本派の方は注意を。ロックスに関する内容が少しだけ出てます。


「由々しき事態だ」

「〝金獅子〟と〝白ひげ〟の接触を許すとは……あの二人が手を組むとは考え難いが、可能性があるだけでも非常にまずい」

「〝ビッグマム〟といい、ロックスの残党が動いているのが不気味だな……」

「原因はやはり〝魔女〟か」

「動き出す契機となったのは彼女の手配書の更新後だ。何かしら彼らが動くに値する理由があったということだろう」

 

 聖地マリージョア、パンゲア城。

 天竜人の住まうこの地において、天竜人の中でも最高位に位置し、実質的に世界政府の最高権力者とされる者たち。

 俗に〝五老星〟と称される彼らは、つい最近海を騒がせている者たちに頭を痛めていた。

 五老星の一人の手にあるのは、一人の少女が写った手配書。

 

「カナタ、か。西の海(ウエストブルー)のどこを探しても痕跡の見つからない少女。これは偽名ではないのか?」

「戸籍のない子供などいくらでもいる。疑えばキリがない」

「ロックス海賊団をガープが倒したのは五年前。彼女が活動を始めたのは六年前……これも偶然と言えるのか?」

「元ロックスの船員が動き始めたことも、彼女と何らかの関係がある可能性はゼロではない」

「まるでロックスの船員の一人が彼女を西の海(ウエストブルー)に逃がしたかのようだな……」

 

 当時の年齢を考えてもカナタ自身がロックスの船にいたというのは考えにくい。

 その親類縁者がいた、と考えるのが妥当だろう。

 そして、親類縁者となれば現在海で名を馳せている大物たちの血族である可能性がある。

 

「サイファーポールを動かす必要があるな」

「だが彼女は相当な実力者だ。一年前の時点でCP-0を物ともしない武力を持っている。今ではゼファーでさえ手を焼くのだ、諜報員とて暗殺は難しいだろう」

「こうなると〝ONLY ALIVE(生け捕りのみ)〟としたのは失敗だったな……一刻も早く打ち倒さねばならん」

「ホーミング聖にも伝えておかねばな……」

「CP-0を通して『話がしたい』と伝えてきたときは何かと思ったが……いや、実際に話して何か情報を得られるか試してみるか?」

 

 天竜人の殺害以外では目立った行動もしていない。何を目的としているのかもわからないため、世界政府としても手の打ちようがないのだ。

 せめて目的だけでもわかればと、ホーミング聖の案を採用してもいいのではと判断する。

 ゼファーがカナタを取り逃がした影響か、わずか数日にして海賊被害が増えている。

 原因である彼女の目的が大したものでなければ、今は多くの海賊たちを抑止する方向に海軍を動かすべきだと考えていた。

 

「どのみち新世界の大物たちが動いている今、海軍大将を自由に動かせるほど余裕のある状況ではない。次のチャンスでダメなら一旦退かせるようコングに言わねばならん」

「天竜人を恨む者たちの旗頭になる可能性だけは留意しておかねば」

「どうにかサイファーポールを潜り込ませられないものか……試してみるか?」

「虎の尾を踏む真似はよせ。アラバスタでの行動を見る限り、彼女たちはまだ理性的だ。下手に政府への敵対心を煽る必要はない」

 

 少なくとも現状は、と付くが。

 天竜人を殺害して以降、特に目立つ犯罪行為は見受けられない。海上での略奪がある可能性は決してゼロではないが、今のところはそういった情報もない。

 とにもかくにも情報が足りないのだ。

 海軍大将でさえ取り逃がすというのなら、現状では様子見をするしかないだろう。

 監視は必要になるだろうが。

 

「──では、今回の議題は以上だ」

 

 より良い世界のために、五人の男たちはまっすぐに立ち上がる。

 

 

        ☆

 

 

 一方、カナタたちは予定通り再びドラムへと寄港していた。

 先日船を寄せた場所と同じ場所に船を寄せ、今回はフードを目深に被ったカナタも船から降りていた。

 

「ではDr.くれはと少し話したら戻ってくる。今日はここに停泊することになるだろう」

「じゃあ街に行ってもいいか?」

「こいつは船に縛り付けておけ」

 

 なんでだよーと喚くクロを無視し、ジョルジュとサミュエルに連れられてカナタは近くの街──ギャスタへと向かう。

 相変わらずの積雪量で足元は雪で埋まっているが、カナタは特に苦も無く歩いていた。能力で雪の表面を凍らせて舗装しているのだ。

 ジョルジュとサミュエルは「便利な能力だな」と思いつつ、その恩恵に(あずか)る。

 くれはがどんな人物か簡単に話しながら歩き、街外れの大木に向かって歩を進める。

 

「……ある程度は妥協案が必要だな。一気に渡すとなると流石に荷物の移動が面倒だ」

「金はいいのか?」

「金などまた稼げばいい。略奪はなるべく避けたいが、必要になればまた何か考える必要があるな」

 

 天竜人を殺しはしたが海賊を名乗った覚えはない。

 とはいえ流石に船員の命を預かった状態で生ぬるいことを言うつもりはない。必要なら商船からでも略奪するだろう。

 もっとも、海が世界のほとんどを占めているためか、海賊が多いので海賊を襲えば大体食料は手に入る。商船を襲うのは本当に最後の手段だ。

 食べるだけなら海獣や海王類を仕留めても良いのだし。

 

「海賊が多いのはいいことなのか悪いことなのか……」

「一般市民にとっては悪いことだろうな。懸賞金のついている海賊なら懸賞金を貰いたいところだが」

「お前が行っても駄目だろうなァ……顔がバレてるのはお前とフェイユンだけだし、おれとジュンシーで取りに行くとか出来ねェかな」

「商人をやっていた時期に名前と顔は売れている。海軍が素性を調べていないとも考えにくいが、それでも行くか?」

「……やめておく」

 

 マルクス島こそ焦土になったが、それ以外の定期航路を結んでいた島々でジョルジュ一家の顔は売れている。

 特に航海士であるスコッチは代表代理ということもあって表に出ることは多かったし、この海を渡るのに航海士なしというのは自殺行為だ。

 どこまで警戒しているかわからないが、捕まるリスクを背負ってまで賞金を手に入れる必要はないだろう。

 

「……ん? あれは」

 

 カナタがふと視界に入った人物に目を向ける。

 何かしら考え事をしているのか、難しい顔で街中を歩く魚人。タイガーだ。

 声をかけてみると、目を丸くしてカナタたちの方を向いた。

 

「タイガー! 舵は直ったか?」

「……ん? おお、カナ──」

「私の名前は出来るだけ呼んでくれるな。これでも追われている身なのでな」

「ああ、そうだったな……また会えるとは運がいい」

 

 やや声量を落として話し始め、立ち止まって話をするのもなんだからと、共にくれはの家へ向かう。一人増えたが、カナタは出来るだけ顔を見られないように街中での行動を避けているのでこればかりは仕方ない。

 街外れの大木まですぐだが、タイガーが難しい顔をしていた理由は到着するよりも早くわかった。

 

「舵が直せない?」

「ああ。おれも冒険家だ、多少壊れた程度なら自分でも直せるが、今回のは壊れた部位が悪かった」

 

 舵の根元が壊れた影響で竜骨にヒビが入っているらしく、このままだと遅かれ早かれ船が沈んでしまうという。ついでに暴風で帆も裂けていた。

 この島で新しい船を手に入れることも考えたのだが、それをするには手持ちの金が足りない。

 

「ははあ、なるほど。それでどうするか悩んでいたわけか」

「おれは魚人だ。最悪荷物を担いで泳ぐのも手ではあるんだが……休むことも出来ずにずっと泳ぐってのは無理があるからな」 

「この街で金を稼ぐことを考えなかったのか?」

「余所者──それも魚人に出来る仕事なんてのはそうそうない。動くに動けずどうしたものかと思っていたところで、お前たちと出会ったわけだ」

 

 他の島に移動するにも船が必要で、船を調達するには金が必要で、金を調達するには仕事が必要。しかし魚人では仕事は出来ないという状況。

 差別というのは根深い。

 二百年近く前まで、人魚や魚人は〝魚類〟に分類されていたという。今でも差別が残っている地域も少なくない。

 見た目が人間とは大きく違うことも差別の要因なのだろう。巨人族などは大きさこそ違うが見た目は普通の人間と変わりない。

 

「それでだな、頼みがあるんだが……」

「船に乗りたいなら好きにしろ。我々は追われる身だが、それでも良ければな」

「……いいのか?」

 

 ジョルジュは肩をすくめ、サミュエルは何も考えていない顔をしている。

 カナタが決めたことなら特に異論はないらしい。進退を左右する重要なことならばまだしも、船室が大量に余っている船に船員が一人増えるだけだ。

 巨人や能力者が多数いる中で魚人が増えたところで大して変わりはない。

 タイガーとしては魚人島まで送ってくれればいいと考えているらしく、そこまで乗るにあたって雑用でもやると言い出す。

 カナタは少し考え、タイガーに尋ねた。

 

「得意なことはあるか?」

「得意なことか……一人旅だったからな、大体のことは出来る」

「そうか、ならその辺りは追々決めていけばいいだろう」

「ところで、おれ達はいまどこに向かっているんだ?」

「うちの医者が修行中でな……ここか?」

 

 くれはの家に辿り着き、ジョルジュはノックして中にいるか声をかける。

 間を置かずに扉が開き、中からくれはが顔を出した。

 

「ヒーヒッヒッヒッヒ。お前らか、船長は連れてきたんだろうね?」

「ああ、こっちのやつが船長だ」

「あんたかい? 随分でかいねェ、それに魚人とは」

「そっちじゃねェ」

 

 改めてカナタの方へと視線を向けなおす。

 なるべくなら顔を晒さないほうがいいのだろうが、スクラの師匠なのだから顔を出さないのは駄目だろうと、反対を押し切って素顔を晒した。

 カナタの顔を見た途端、くれはは怪訝な顔をしてジッと見つめ始める。

 

「……お前さん、歳はいくつだい?」

「? 十六歳だが」

「十六か……なら別人だね。一瞬()()()が生きてるのかと思ったよ」

「あの女? カナタに似てる奴でもいたのか?」

「似てるなんてもんじゃないね。生き写しさ。瞳の色が違うが、違いと言ったらまぁそれくらいかね」

 

 そこまで似てるとなれば、姉妹ないし親子である可能性は十分に考えられる。ジョルジュは少し興味がありそうだったが、カナタ本人は欠片も興味がなさそうだった。

 両親とも孤児院とも縁は切っている。既に捨てたものに執着する趣味はない、ということだろう。

 

「あたしも話す気はないよ。あの女が絡んでいいことなんて一つもなかったからね」

「会ったこともない親のことなど興味もない。そんなことよりも、私は他の用事で来たのだが」

「ヒーッヒッヒッヒ。あの坊主のことだろ? 筋はいいね、半年もあればモノにはなるだろうさ」

 

 元々が医者だったのだ。一から全て叩き込むわけではない以上、基礎的な部分で教えることはない。

 本当に全て教え込むつもりなら数年は必要になるだろう。

 だが、流石にそこまで時間がかかるとなるとスクラもカナタも困る。

 

「半年から長くなるか短くなるかは当人の努力次第さ。じゃあ、次の話だ」

 

 いつまでも玄関先で話すのもなんだからと、くれはは奥へと引っ込んで椅子に腰かける。

 カナタたちも各々家の中でくつろぎつつ、ジョルジュは勝手知ったると言った様子でお茶を入れ始めた。

 随分狭そうにしているタイガーを尻目に、カナタは懐から札束を取り出してテーブルに置く。

 

「ひとまず前金、スクラの取り分としてプールしてある分だ。船の有り金全部を所望と聞いたが、間違いないか?」

「ああ、そうさ。有り金と積荷、全部寄越すならあの坊主にあたしの技術を全部叩き込んでやるよ」

「それ自体は構わないが、積荷はこの家に入れるには少しばかり量が多い。定期的にドラムに寄港する予定でもあるから、そのたびに積荷を引き渡すということでどうだろうか?」

「偉く素直じゃないか。海賊は大概ゴネるもんだがね、〝竜殺しの魔女〟」

「海賊を名乗った覚えはない。天竜人を殺したのはうちの可愛い船員を奴隷にしようとしたからだ。また同じことがあれば同じことをするだろう」

「ヒッヒッヒ、怖い女だね、お前も」

 

 上機嫌に笑うくれは。

 彼女はテーブルに乗せられた札束を受け取り、枚数を数えながら次の予定を聞く。

 

「積荷はそれで構わないよ。巨人も乗ってるような大型船の積荷が全部入るとは思っちゃいない」

「そうか。では都度必要な物を聞いて必要な分の積み荷を運ぼう」

「ああ。あたしはあの坊主に医術を叩き込む。あんたはあたしに有り金と必要な積荷を運ぶ。これで契約成立だ」

 

 書面で契約を交わすわけではないが、金額だけは確認してきている。一千万ベリーを超える金額にくれはも驚いているが、逆に言えばここから稼いでもくれはに渡す金額が増えることはないというストッパーでもある。

 青天井に増えていく借金など想像したくもない。

 元が商人なので、そういうことには敏感なのだ。

 

「随分ため込んでたようだね」

「食費も馬鹿にならないのでな。医薬品も必要なだけ用意するとなるとそれなりに額がいる」

「ま、その辺りはあたしには関係のないことだ。半年かけてしっかり払うことさね」

「そうさせてもらう」

 

 最後にスクラの姿を見ていこうと思ったが、彼は今薬の調合で忙しいらしい。

 邪魔をするのは本意ではない。スクラによろしく言っておいてくれ、とだけジョルジュに言伝を頼んでタイガーと共に船に戻ることにする。

 酒と食料はまだ余裕がある。カナタは、一時的とはいえ新しい仲間が増える。今日は宴にしよう、と笑った。

 



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第三十四話:革命の灯火

 一ヶ月後。

 ドラム王国近海で釣りをしたり海賊を狩ったりしていたカナタたちだが、やることもなく暇を持て余していた。

 スクラはやることが多いだろうし、護衛に残してきたジョルジュたちはくれはに随分とこき使われているらしいが。

 

「暇を持て余すというのも悪くはないが、長期間続くと流石につらいものがあるな」

「だなァ……なァ、おれ次に寄港するときちょっと遊んできていいか?」

「節度を守ればな」

「オレも行きたい」

「保護者付きなら構わんぞ」

 

 どうせ後五ヶ月前後はドラム近辺から動けない。

 別の島に足を運んでもいいが、緊急時のことを考えるとどうしても船医の有無が課題になる。

 

「スクラ以外に医術が出来る奴はいないのか?」

「いたらこんなに悩んでいないさ。保守的な考えではあるが、医者というのは居るだけで違うものだ」

 

 タイガーも一人旅をしていた経験上、ある程度の怪我や病気に対する知識はあるが、それはあくまでも応急処置に近い。

 カナタたちが持つ知識とそれほど大きくは変わらないのだ。

 

「Dr.くれはの手伝いをさせられてるジョルジュたちが少しくらい医術を覚えて帰ってくるなら、スクラの仕事も楽になるだろうがな」

 

 それを見越して部下数名を連れて行かせたのもある。本格的な処置は出来ずとも、多少医療の知識があるだけでも違うものだ。

 もっとも、スクラと一緒に帰ってくることになるのだから今は結局何も出来ないのだが。

 デイビットも険しい顔で告げる。

 

「しかし、海軍も本腰入れて探していることでしょう。おれ達もドラムを拠点にしていては近いうちに見つかるのでは?」

「そうだな、余り長いことドラムにいては海軍にかぎつけられるだろう」

 

 とは言ったものの、世界政府加盟国ならどこでも同じようなものだ。

 どこかで永久指針(エターナルポース)を手に入れ、リトルガーデンに戻って潜伏してもいいが、あの島に滞在するならそれこそスクラが不可欠だろう。

 一時的にでも滞在してくれる船医がいれば、多少は自由に動けるのだが。

 

「スコッチ。ひとまず今回寄港するときに永久指針(エターナルポース)を探してほしい。行先は……出来れば世界政府加盟国ではない場所がいいが、無ければ無いでどこかの島の物を」

「わかった。どっか適当な島の永久指針(エターナルポース)買ってくる」

「デイビットはクロのお目付け役だ。本当にすぐどこかに行くから、目を離すなよ」

「了解です、船長殿」

「オレはガキかよ」

 

 目を離すとすぐにいなくなるのだから仕方がない。もう少し落ち着きを持ってくれれば一人で街に出してもいいのだが、下手をすると迷子になって帰ってこなくなるので目付け役が必須になっている。

 そうこう話しているうちにドラム王国が近くなってきた。

 海軍の影はない。まだ見つかってはいないようだ。

 だが。

 

(……妙に強い気配があるな。海賊、という訳でもなさそうだ。海軍か政府の狗あたりか?)

 

 一抹の疑念を抱えながら、ドラム王国へと寄港する。

 

 

        ☆

 

 

 一ヶ月ぶりに会うジョルジュは少し疲れた様子だった。

 毎日くれはにこき使われているようで、否が応でも薬の名前を覚える事になっているらしい。

 今回必要な物をリストアップした荷物を用意し、サミュエルに持たせてくれはの家へと足を運ぶ。特にカナタが行く理由はないが、理由の大半は暇つぶしだ。

 それに、今回は気になっていることがあった。

 

「……どうした? ギャスタの方に何かあるのか?」

「いや……そうだな、何かある、というより誰かがいるというべきか」

 

 カナタをして警戒するほどの強さ。

 街中に目を向けているカナタの視線の先には、黒いフードを被った一人の男がいた。

 同時に、その男も街中から町の外にいるカナタの方を見ている。

 

「こちらを見てはいるが、仕掛けてくる気はなさそうだな」

「じゃあ放っておいていいんじゃねェか? 厄介事は勘弁だぜ」

「そうだな。先にこちらの用事を済ませよう」

 

 カナタは男から視線を切り、くれはのいる街外れの大木へ向かうことにした。どうあれ、街中ではカナタも派手には動けない。

 街から少し離れている家に着き、スクラとくれはの顔を見て荷物の確認をさせてから家を出る。

 玄関から見える場所に、その男がいた。

 男はフードを外しており、その顔がよく見える。カナタもフードを外して風に髪をなびかせ、男に相対した。

 

「……〝竜殺しの魔女〟だな。なるほど、ドラム王国にいるとは思わなかった」

「私に何か用か? あいにく、そんなに怪しい姿の知り合いなど記憶にないが」

「用というほどの事でもない。ただ、一つ聞いてみたいことがあっただけだ」

 

 カナタは眉を顰め、男の言葉を待つ。特に何か聞かれるようなことなど覚えはないが、内容によっては答えてもいいと考えていた。

 

「──天竜人を殺した理由を聞きたい」

「……天竜人を殺した理由?」

 

 新聞には載っていなかった。凶悪な犯罪者と方々で言われるカナタに、それを聞くためだけに追いかけてくるというのも酔狂ではある。

 だが、その程度なら隠すほどの事でもない。

 

「私にとって大切な船員を、あの男は奴隷にしようとしたからだ」

「それでも、普通なら天竜人に逆らおうとは考えないだろう。商人として動いていたならなおさらだ。奴らの権力の強さはわかっていたはず」

「私は権力にひれ伏して船員を見捨てることはしない」

「……それで、全てを失うことになってもか」

「仲間の命以上に失って困るものなどなかろう。金も地位も名誉も名声も、あとから幾らでも取り戻せる」

 

 そうか、と男は小さくこぼした。

 男は腕を組み、目を瞑って数秒何かを考え込んだ。

 やがて考えがまとまったのか、男はやがて眼を開いて話し始める。

 

「まずは名を名乗ろう。おれはドラゴン、ただの旅人だ」

「ドラゴンか。それで、もう聞きたいことはないのか?」

「ああ、君の考えはわかったからな。問答は不要だ」

 

 カナタは少しだけ身構え、ドラゴンの出方を見る。

 だが、ドラゴンは動く様子はなく、戦意も持たずに語り掛けてきた。

 

「おれは、この世界は間違っていると思っている」

「……間違っている?」

「そうだ。海賊や人攫いの被害もそうだが、天竜人に納める天上金の存在が恒久的に被害を広げている。おれは、天上金を納めるために貧困に喘いで滅びかけている国を知った」

 

 国民は飢えるしかなく、貴族や王族でさえ天上金を納めるために質素な生活を強いられる。いや、貴族や王族が質素な生活をするならまだいい。

 自分たちは特権階級だからと一般市民に負担を押し付け、自分たちは贅沢な暮らしをしている国もある。

 ドラゴンは見聞を広めるためにこの海を渡り歩き、そういった国々を見てきた。

 

「すべてが世界政府と天竜人のせいだというつもりはない。だが、この格差社会を何とかしたい」

「……革命でも起こすつもりか」

「それも一つの道だろう。だがおれは何も知らない、それゆえに世界を回って世界を変える方法を模索している」

「なるほど。それで天竜人を殺した私のところに」

 

 同じ考えを持つ同志かもしれないと思ってか、あるいはこの世界で唯一〝天竜人を殺した女〟だからか。

 どちらにしても、ドラゴンにとっては会う価値のある相手だと判断したのだろう。

 

「同じことがあれば、きっと君はまた天竜人を殺すだろう」

「当然だな。私にとって敵なら殺すまでだ」

「では、もしもおれがこの先、世界政府と敵対することがあれば──その時は手を貸してほしい」

 

 ドラゴンはカナタへと手を差し出す。

 一度は天竜人を殺し、世界政府と敵対したがゆえに。

 再び敵対する可能性がわずかにでもあるのならば、世界政府を倒すためにその力を貸してほしいと。ドラゴンはそう言っている。

 カナタは少し考えこみ、にやりと笑う。

 

「手を貸してほしいなら──私にとってそれほど価値のあることか、説得してみせることだな」

「……なるほど。世界政府と海軍を真正面から相手取ることになる。それだけの価値があるか理解してもらう必要があるのは道理だな」

「そうとも。だから、()()()()()()

「……何?」

 

 ドラゴンはやや困惑した様子でカナタを見る。

 カナタはなおも変わらず、その価値を示して見せろと告げた。

 

「お前に賭ける価値があるかどうかだ。信頼を得るなら同じ飯を食べ、同じ船に乗り、同じように過ごすのが一番だろう?」

「なるほど、それも道理だ。ああ、いいだろう。おれを船に乗せてくれ。必ず君からの信頼を勝ち取って見せるとも」

「フフ……お前のような男は嫌いじゃない。何も世界政府を打倒して世界の王を名乗ろうという訳じゃないんだろう?」

「ああ。おれの目的は、あくまで権利の格差を是正することにある。必ずしもおれが頂点に立つ必要はない」

「いや、革命を起こすならお前が一番上だ。私はそういうことをする柄ではないのでな」

 

 カナタの最終的な目的はあくまで偉大なる航路(グランドライン)の踏破にある。その最終着地点をいくつも増やすわけにはいかない。

 今まで誰も踏破出来ていない以上、そこには何かしらの理由があると考えるべきだ。だから、それをやるまでカナタは革命などやるつもりは毛頭ない。

 時間がかかるだろう。革命など起こせずに終わる可能性もある。

 ゆえに、ドラゴンがトップとして組織を作り出す必要がある。カナタはあくまでその手伝いをするだけだ。

 世界の王を名乗ろうというのなら余計な敵を増やしかねないから、そこだけは釘を刺しておかねばならなかった。

 

「短期間に人が増えるとはな……まぁ、うちの船は部屋が余っているから多少増えたところで何ともないが」

「おれ以外にも最近増えたのか」

「ちょっとした縁で魚人と仲良くなってな。船が壊れたらしく、魚人島まで送り届ける予定だ」

「そうか、おれは魚人島に行ったことがない。新世界の海も含め、その辺りの見聞も広めねばな」

「熱心な奴だ」

 

 カナタは笑い、一度くれはの家に戻って「船に戻る」と告げて家を出る。

 ドラゴンを伴って船へと移動しながら、先に話しておくべきことを話すことにした。

 二人とも黒いフード姿なので傍から見ると非常に怪しい。

 

「私たちがドラム王国を訪れたのは、うちの船医がこの島で医術を学びたいと言ったからだ。その研修期間が終わるまで、ドラム近海から離れられない」

「船医がいないからか。だが、追われる身だろう」

「そこが問題でな。既に一月ほどこの周辺にいるが、そろそろ見つかってもおかしくはないと考えている」

 

 海軍とて間抜けではない。世界政府加盟国に頻繁に出入りしていれば船を見られることもあるし、怪しい船なら通報されていてもおかしくはない。

 一ヶ月に一度寄港する必要こそあるが、本来ならばそれ以外はドラム周辺にいるべきではないのだ。

 一度怪しまれると罠を張られる。

 

「そうか……おれの知り合いでよければ、船医を紹介しよう。半年ほどでいいならあちらも了承するはずだ」

「何? 伝手があるのか……そうだな、出来ればそうしてくれると嬉しい」

 

 一時的に滞在してくれる医者がいるならそれを頼るのが一番いいだろう。数名ドラムに残したままになるが、どのみち一ヶ月に一度は会うのだから問題もない。

 ドラゴンは懐から永久指針(エターナルポース)を取り出し、その医者のいる島を告げた。

 もっとも、正確に言うならば医者ではないらしい。

 悪魔の実の力、それとそれなり以上の医術の知識を持っているために医者としての働きが出来ると、ドラゴンは言う。

 

「この島だ。モモイロ島、カマバッカ王国。数ヶ月前に一時滞在し、同志となった男──本人が言うところの〝ニューカマー〟がいる」

 

 名を、エンポリオ・イワンコフ。

 




世界政府に敵対する三銃士が揃ってしまった回。今日も五老星は胃が痛い。
ドラゴン、ほとんど原作で出てないので割とオリキャラに近い感じで作ってます。原作でもうちょっと詳しい描写が出たら「これは若い頃だから…(震え声)」って誤魔化します。


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第三十五話:カマバッカ王国

本作初の(ほぼ)全面ギャグ回です。
私はギャグ苦手なのであんまり書かないんですけどね…。


 偉大なる航路(グランドライン)──夢の島〝モモイロ(アイランド)

 動物も草木も見渡す限りピンク一色。この島に集まる誰もが乙女の心を持っている。

 一週間ほどの航海を経て辿り着いた第二の女ヶ島と名高いこの島に、目的の人物はいた。

 

「そう……それでこのヴァターシを頼りに来たのね」

 

 でもその前に、と彼あるいは彼女は言う。

 手にマイクを持ち、派手な即席ステージの上で派手な衣装をまとい、マイクスタンドを叩き壊しながら叫ぶ。

 

「ン~フフフッ!! ウェルッ!! カマーーーッ!!! ようこそ、このカマーランドへ!! 歓迎するわ、ヒィーハー!!」

 

 四メートルほどの身長だが、体に対して顔の大きさがアンバランスなほどに大きい。ハイテンションで歓迎の用意をするように指示する彼を見ながら、カナタは少しだけ思った。

 

(うるさい……)

 

 ドラゴンはイワンコフのテンションにも慣れているのか、特に表情を変えることなく挨拶を交わしていた。

 後ろで泣き崩れるスコッチを無視し、カナタもひとまず挨拶を交わしておこうと船を降りる。

 

「ン~フフ。ヴァナータが〝竜殺しの魔女〟ね。噂はかねがね聞いているわ。まさかヴァターシを船に誘うとは思っていなかったけど」

「ああ、ドラゴンがお前ならば信用できるというのでな。実際に会ってから決めようと思っていた。思っていた人物とは全然違ったがな」

「あらそう? でも残念、ヴァタシは〝新人類(ニューカマー)〟! 想像なんて軽々しく超越するッチャブル!!」

 

 この島にいるのは誰もがオカマ──もとい〝新人類(ニューカマー)

 ホルホルの実を食べ、性別・体温・色素・成長・テンションなど、人体のホルモンを操る〝ホルモン自在人間〟であるイワンコフの手で性別を容易に変えられる。

 男が元は女だったかもしれないし、女が元は男だったかもしれない。

 ここは、そういう島なのだ。

 だからスコッチは号泣しているのだが。

 

「ウォォ……こんな地獄が、この世にあっていいのか……! 夢だと言ってくれェ……」

「夢じゃなーい! 夢の国!!」

「ぶへっ!」

 

 ただのまばたきで爆風を起こしてスコッチの顔に叩きつけるイワンコフ。

 続いて降りてきたタイガーは不思議そうな顔で周りのオカマ達を見ており、一緒に降りてきたクロは腹を抱えて笑っている。

 二人ともこんな場所は初めてだし、そもそもオカマという人種に会ったことがないので珍生物でも見ている気分になっていた。

 

「人間ってのは多種多様だな……」

「ヒヒヒ、こういうことがあるから旅は面白いんだよなァ」

「違いない。いい土産話が出来たもんだ」

 

 確かに面白い話ではあるかもしれないが、これが普通だとは思わないで欲しいところである。

 ひとまず落ち着く場所に移動し、親睦会を兼ねて食事にすることにした。

 調理の間に一通り事情を説明し、イワンコフに船に乗って欲しいと再度頼み込む。

 

「──なるほど。そういうこッティブルね。数ヶ月前に来たドラゴンがまた来たから、一体何があったのかと思っちゃったわよ」

「信頼して欲しいならそれなりの行動が必要だ。もっとも、この男は面白そうだから船に乗せたかったのもあるがな」

「でも、ドラゴンだって大きな目的があるのなら目立つのは良くナブルわよね?」

「海軍の追手は私たちで戦うさ。お前たちはあくまで客人として乗っていればいい。仕事はしてもらうがな」

「そういうわけにもいくまい。船員として置いてもらう以上は、最低限仕事はせねばな」

 

 とは言ったものの、ドラゴンやイワンコフが海軍中将や大将を相手に真正面から戦えるとは思っていない。カナタだって真正面から戦えば高い確率で負けるだろう。

 手っ取り早く強くなる方法など存在しない。日々の積み重ねが己の力をより高める。

 西の海(ウエストブルー)での五年間や、〝リトルガーデン〟での一年間は決して無駄ではなかった。

 逃げてばかりもいられない。

 いずれは、大将さえ打ち倒さねばならない。

 

「そういうことなら、ヴァターシのところからコックも出すわ! 何を隠そうこのカマバッカ王国には、代々伝わる新人類(ニューカマー)拳法がある!!」

 

 その奥義の中の一つに〝花嫁修業〟というものがある。

 体格、性格──食事という〝環境〟は人体の全てを作り上げる土壌だ。料理によってこの環境を作り上げる〝攻めの料理〟こそ、この島にいる強靭なオカマ達の力の源。

 ただし、この〝99のバイタルレシピ〟は文字通り奥義。気軽に教えるわけにはいかないため、イワンコフのところから数名コックとして船員を出すと言っている。

 

「オカマが船に乗るのか!? 嫌だぜおれァ!!」

「嫌って何よ! 私たちを船に乗せないっていうの!?」

「差別よ差別! オカマ差別反対!」

「やかましい!!」

 

 スコッチを始めとして猛反対の声を上げる船員数名。

 カナタとしては別にオカマが乗ろうがどうでもいいのだが、彼らにとっては非常に困ることらしい。

 船長権限で無理やり乗せてもいいのだが、余り強権を使いすぎると後々遺恨を残しかねない。無茶なことはやらないに限る。

 イワンコフは……まぁ、乗るしかないのだが。

 

「ならコックたちに新人類(ニューカマー)拳法を習わせるか?」

「それならいい」

「スコッチてめぇ!?」

「他人事だと思いやがってこの野郎!」

「うるせえ! オカマが乗るよりお前らがなんちゃら拳法習ってレシピ覚えたほうが後々得だろ!? 強くなれるだろうしよ!」

「言っておくけど、この〝99のバイタルレシピ〟は新人類(ニューカマー)拳法奥義! 軽々しく教えるわけにはいかなっシブル!!! 知りたきゃ心を乙女に!! 新人類(ニューカマー)拳法を真面目に学ぶことね!!」

「本末転倒じゃねェか!!?」

 

 オカマを乗せたくないのにレシピを学ぶにはオカマになるしかないとはこれ如何に。

 スコッチがもうどうしようもなくなりつつあるこの状況で、縋りつくようにカナタの方を見る。

 彼女ならどうにかしてくれる、と信じて──。

 

「お前が学ぶか?」

「嫌に決まってんだろアホンダラァ!!?」

 

 即座に裏切られた。

 

 

        ☆

 

 閑話休題(それはさておき)

 実際問題、困っているのは船医だけなので船に乗るのはイワンコフだけでいい。〝攻めの料理〟に興味はあるが、奥義の一つだというのなら気軽に教えて貰えない理由も理解できる。

 料理を食べるだけならカマバッカ王国に立ち寄ればいいので、スクラの修行が終わるまでカナタたちはここを拠点にするだけでいい。

 スコッチと数名の船員は嫌がるだろうが、まぁそれはそれ。

 あれも嫌だこれも嫌だと子供のように言われても困るので、最低限これだけは妥協させた。

 

「ウィッチィガール。ヴァタシが船に乗るのは構わないけれど、どこか目的地はあるの?」

「目的地か……特にどこかに行きたいということはないな。今のところは船医の勉強が終わるまでの時間つぶしだ」

 

 あとは一月に一度ドラム王国に寄港する必要がある、ということだけだ。

 それ以外であれば特に用事はないため、どこか行きたいところがあるのならば連れて行くこともできる。

 もっとも、追われている身なので長期間滞在するわけにはいかないのだが。

 

「どこか行きたいところでも?」

「いいえ、特に行きたいところがあるわけではないわ」

 

 手でバッテンを作りながら答えるイワンコフ。

 オカマ達が料理を配膳しているのを目で追いながら、「特に行くところがないのなら、この島で新人類(ニューカマー)拳法を習ってみない?」と言う。

 

「私がか?」

「そう。拳法と言っても戦うばかりの技ではないのよ。美容、健康……そういった〝女の武器〟を磨くための拳法でもあるの!!」

「そうか。私は生まれてこの方化粧もしたことがないからわからんな」

「ヴァナタ化粧なしでそれなの!!?」

 

 厚化粧をしているイワンコフは言うに及ばず、カマバッカ王国の誰もが自分を磨くために化粧をする。

 というか、化粧無しのスッピンでこの美しさなのだという事実に周りのオカマたちが打ちひしがれていた。

 周りが男所帯ばかりだったということもあったが、カナタ自身〝そういうもの〟に欠片も興味を抱かなかったので、化粧などしたこともない。

 そういえば、とふと思い出す。

 

「──ああ、いや。姉……のような知人に一度化粧をしてもらったことはあるな。自分ではやったことがない」

「勿体無い!! 自分の美しさを磨く!! それが持って生まれた自分への義務であり、生んでくれた親への感謝というものっチャブル!!!」

「私は孤児だから両親とは会ったことがないし、孤児院からは人攫いに売られたから感謝と言われてもな」

「ヴァナタ、ハードな人生送ってるわね……」

 

 イワンコフも思わずテンションが下がった。

 ひとまず続きは食事が終わってからにしようと、皆思い思いに食事を始める。

 カマバッカ王国、新人類(ニューカマー)拳法総本山の誇る〝攻めの料理〟は、確かに体の内側から気力が湧いて出るような凄まじいものだった。

 肉体を内側から作る。そういう発想をしてこなかったこともあり、ゼファー相手の鍛錬をするにも持って来いの島かもしれない。

 巨人族が入れるほどの巨大な食堂ということもあって、フェイユンも食堂で料理を次々に平らげていた。

 

「美味しいですね! 私どんどん食べられます!」

 

 ニコニコしながら食べるフェイユンの姿に感じ入るものがあったのか、周りのオカマたちは我先にと彼女のお世話を焼いている。

 

「これが……母性……!」

「私の中の母性が目覚めるわ……!」

「愛って、こういうものね……!」

 

 トゥンク……とときめいているその様子を見ながら、カナタとイワンコフは視線を交わす。

 

「フェイユンは随分と気に入られたようだな」

「この島に来るのは大体がニューカマーで、誰かの世話を焼くなんてことは滅多にないから仕方ナッシブル! 良ければ好きなようにさせてあげたいけど、いいかしら?」

「フェイユンも嫌がってはいないようだ。好きなようにやらせても大丈夫だろう」

「ありがとう! 感謝するわ!」

 

 スコッチも料理は認めたようでバクバクと食べていた。

 人に関しては好き嫌いのある奴だが、食べ物に関しては食べられるなら大丈夫の精神が養われている。主にリトルガーデンで。

 まぁ、あの時は本にも載ってない果物はまずサミュエルに毒見させてから食べていたので、被害を受けるのは基本的にサミュエルだったのだが。

 

 

        ☆

 

 

 懇親会も込めた食事は終わり、各々一休みしながら今後の活動計画を練っていた。

 

「世界政府加盟国以外なら、我々が移動してもバレることは少ないだろうが……」

「この辺りにあったか……イワ、永久指針(エターナルポース)は持っているか?」

「そうね。ヴァターシというか、ヴァターシのキャンディ*1たちがいくつかの永久指針(エターナルポース)を持っていたっチャブル」

「海賊を狩って金品を強奪してもいいんだが、特に用事もないならドラムとここの往復だけにして修行の期間にあてたい」

「修行? 何のために?」

「ゼファーを倒すためだ。逃げてばかりもいられないからな」

 

 カナタ、ドラゴン、イワンコフの三人は海図を確認しながら会議を続け、ひとまず次の一ヶ月はカマバッカ王国で過ごすことに決定した。

 どのみちイワンコフが新人類(ニューカマー)拳法を教えてくれると言っていたこともあり、多少滞在が長引くことはあっても損はないだろうと判断したのだ。

 それにしても、と──カナタはカマバッカ王国の宮殿から外を見る。

 

「うちの船も人が増えたものだ」

「元は何人だったんだ?」

「最初は……そうだな、三十人に満たない数だった。商人になって人が増えて、一時期は二百はいたはずだ」

 

 マルクス島のゴロツキどもを集めて人夫として雇い、中古のガレオン船二隻を使って西の海(ウエストブルー)を回っていた。

 ほんの一年前のことのはずだが、妙に懐かしく感じる。

 

「フェイユンとゼンを拾って、私が天竜人を殺してからまた三十人ほどに戻り……偉大なる航路(グランドライン)に入ってからスクラやお前と出会ったわけだ」

「フフ……元は商人だったのねェ。ヴァナタの過去はちょっと気になるけれど」

「あまり素性を詮索してやるな、イワ。話したくないこともあろう」

 

 特に元々孤児で、更には人攫いに売られたという過去もある、下手に聞くべきではないとドラゴンはたしなめた。

 カナタは特に気にした様子もなく、「昔は生き残るのに必死だったからな」と答える。

 孤児院の時のことは今まで誰にも話したことはない。言う必要がないということもあったし、誰も聞こうとしなかったのもある。

 

「特に面白いことなどない。精々ハゲジジイの院長が私に──というより、私の親に怯えていたくらいか」

 

 何故かと疑問を持ったことはあるが、それを解消する前に売られてしまったのでもはや興味も失せている。

 だが、くれはと会った時もそうだったが、母親とカナタは随分そっくりらしいので今後間違えられることもあるかもしれない。

 面倒な話だが、変な輩が寄ってこなければいいのだが、と願うばかりだ。

 

 

        ☆

 

 

 マリンフォードにある海軍本部。

 その一室、元帥の椅子に座る男──コングが慌てた部下から報告を受け取っていた。

 

「ほ、報告します! 〝金獅子〟のシキが新世界にて軍の監視船を全て沈め、行方不明に! その後、ウォーターセブン付近にて()()()()()()()の目撃報告があり……」

「奴め……! 一体何が目的だ?」

 

 コングは頭が痛そうに額を抑え、ひとまずゼファーとセンゴクに一報を入れておくように指示を出す。

 あの二人は今別件で出ているが、〝金獅子〟ほどの相手ともなると並の中将では相手をするのは難しい。

 ガープは例によってロジャーを追いかけているし、おつるは本部に詰めているが別件で忙しい。すぐに動けて対処できるのはあの二人くらいのものだ。

 

「何事もなければいいが……」

 

 ゼファーが追いかけている女の手配書を見て、ため息をつく。

 妙なことが続く場合、原因は意外と同じことが多い。

 ()()がそうでないことを願うばかりだと、コングは静かにお茶をすする。

 

*1
(カマバッカ王国の住人もといイワンコフの部下)




そろそろ投稿頻度を週一くらいにしようかなと思ってます(マスターランク7の顔)(発売日に買った)


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第三十六話:神はサイコロを振らない

ジャンプが月曜発売なので毎週月曜に投稿します(適当)


 長い金髪に袴姿の男──〝金獅子〟のシキは船に据え付けられた玉座でうとうとと眠そうにしていた。

 いつもの葉巻も今はしておらず、シキの一存で連れてきた傘下の海賊たちも普段の雰囲気とは違う彼にやや戸惑っている様子だ。

 いきなり「〝楽園〟へ向かうぞ」と言われ、着いてきたはいいものの……何をするのかさえ聞かされておらず、どうすればいいのかと指示を待っている段階だった。

 そこへプップップーと間抜けな音を響かせながらピエロのような男──Dr.インディゴが現れ、身振り手振りで一生懸命に何かを伝えようとしてくる。

 皆がそれに注目し、何を伝えようとしているのか考え始め──。

 

「シキの親分! ウォーターセブンに到着しました!」

『喋るんかい!?』

 

 うとうとと眠そうにしているシキを除いた全員が突っ込みを入れた。

 大声で叫んだため、シキもはっとした様子でインディゴの方に視線を向ける。

 

「ん? おお……え? ジャヤ?」

「ウォーターセブンだって言ってんだろ!! ……それはそうと、シキの親分。お疲れなら部屋で休まれては?」

「そうだな……あの女のガキに会えると思うと夜も眠れなくてなァ」

「旅行を楽しみにしすぎて眠れない子供か!!」

 

 ジハハハハ! と陽気に笑うシキは、何度も見返した少女──カナタの手配書を眺める。

 インディゴはため息をつき、傘下の海賊たちに「指示は追って出す」と告げて用意した部屋へ戻るよう促す。今のシキは海賊艦隊提督としてはあまりよくない姿だと判断したためだ。

 

「随分とその少女に執着されてますね」

「まァな。こいつの母親であろう女に、ロックスの船に居た頃は何度も煮え湯を飲まされたが……何度も殺し合ったが……何度、も……あのクソ女ァ!!」

 

 いきなり怒りが爆発したシキをなだめ、お茶を用意させて一息つく。

 インディゴや他の幹部クラスにしか出来ないことだ。この男を怒らせてなお前に立つほどの度胸など、普通の船員には持てない。

 シキはお茶を飲み、あくびを噛み殺しながら話し続けた。

 

「オクタヴィアって女はな。性格はクソの極みだったが、強さだけは本物だった。リンリンなんかはよくサンドバッグにされていたからなァ」

「リンリン……というと、あの〝ビッグマム〟ですか。それはまた……」

「あいつは頑丈だから()()()サンドバッグにされてたが、大体の連中は軒並み一回で死んだ。扱いにくい女だったが、あの強さは実に魅力的だったぜ。部下に欲しいくらいにな……いや、やっぱりあの女を部下にはしたくねェ」

 

 つまり、シキの狙いとはごく単純なことで。

 

「あれの娘なら今後の成長性にも期待できる。青田買いって奴だな、ジハハハハ!!」

 

 葉巻に火をつけ、玉座から立ち上がって軽く体を動かすシキ。

 先日はアラバスタで海軍と一戦やりあったと聞いた。そこからどこかの島へ向かったかはわからないし、その後海軍ともぶつかった様子もなさそうだ。

 ここからは人海戦術で探す必要がある。

 

「ひとまず十八隻、八つの傘下の海賊どもを連れてきたが……どうだDr.インディゴ。探し当てられると思うか?」

「その辺りまでは何とも……偉大なる航路(グランドライン)も広いですからねェ」

「ジハハハハ! 違いねェ!」

 

 カナタとシキ、どちらの運がいいかという話だ。

 これで見つからなければ更に数を増やしたいところだが……あまりこっちにかまけすぎると〝新世界〟側が手薄になる。

 白ひげやロジャーは欲がないので仕掛けてくることはないだろうが、ビッグマムやそれ以外の海賊たちは日々しのぎを削っているのだ。下手に戦力を分散させるとシマが荒らされる恐れもある。

 それでも、動く価値があるとシキは判断していた。

 

「名前だけは何度も聞きましたけど、そのオクタヴィアなる人物の手配書などは見たことがありませんが」

「ん? 見たことねェか。〝残響〟のオクタヴィアってんだが」

「寡聞にして存じませんな」

 

 そうか……と顎をさするシキ。

 ロックス海賊団のことは情報統制を敷かれている節がある。一般には出回っていない情報だと言ってもいいのかもしれない。あれだけ暴れ回ったのも懐かしい話だが、互いに殺し合いをするくらいには仲の悪い海賊団だったことも事実だ。

 だが、それにしたって忘れられるのが早すぎるようだが……インディゴはあまり情報収集に熱心な方ではない研究者なので、彼が知らないだけかもしれない。

 

「世の条理って奴だなァ……追々教えてやる。ひとまずおれァ寝るぜ」

「了解しました。ゆっくりお休みください」

「おう。適当に探させて、見つからなかったらその時はその時だ。別の方法を考える」

 

 海軍も追っている以上、あまり時間をかけすぎると互いにぶつかることもあるかもしれないが、シキはそんなものを欠片も気にしていなかった。

 邪魔をするなら潰す。絶対強者として当然の手段だ。

 

「ロックスの船に居た連中でもオクタヴィアの顔を知らねェやつは多いが、知っててこいつの顔を見れば殺しに行くだろう。その前に何としても見つけねェとな」

 

 多少不利益を被っても、この少女を味方に引き込めるなら安いくらいだと、シキは再び笑った。

 ──もっとも、母親と同じような強さで味方になる見込みが全くないのなら、消した方が後々脅威にもならないだろうと考えてもいるのだが。

 

 

        ☆

 

 

 ゼファーとセンゴクは頭を痛めていた。

 カナタを追って部隊を展開したはいいものの、足取りは全くつかめずに既に三ヶ月が経つ。本部からも一度戻ってくるように再三通達されていたところに〝金獅子〟の襲来だ。

 本部に戻らず警邏をするようにとの元帥からの通達が降り、ウォーターセブン近海からいくつかの島を渡って警戒を強めていた。

 二人で次の動きを考えていると、ノックをした後にベルクが報告書を持ってきた。

 

「ロンズ中将、サウロ中将。共に捜索するも見つからずとの報告が入っております。また、〝金獅子〟はウォーターセブンにて逗留中。傘下の海賊たちは散らばって移動中とのことです」

「そうか……〝金獅子〟め、このクソ忙しい時に一体何をしに来やがったんだ」

「奴は狡猾な男だ。何かしらの目的があって動いているとみるべきだが……今回は何の兆候もなかったことが気がかりだな」

 

 どんな時でも策を講じて動く男が、今回に限っては突発的に動いている。

 あるいは海軍が兆候に気付けなかっただけなのか……どちらにしても、後手に回ったのは事実だ。

 

「傘下の海賊どもが散らばって移動してるってのが気になるな。何かを探しているのか?」

「……まさかとは思うが、〝魔女〟を傘下に加えようとしているのか?」

 

 だとしたら、海軍としては非常に憂慮すべき事態だ。

 金獅子の勢力がまた強くなることもあるが、カナタの成長性を考えると今後〝新世界〟のパワーバランスが大きく崩れる可能性がある。

 自身の強さもさることながら、多大な勢力を持つ〝金獅子〟

 驚異的な個の力を持つ〝ビッグマム〟

 世界を亡ぼしかねない力を持つ〝白ひげ〟

 そして一騎当千の実力と少数ながらも強力な仲間を率いる〝ロジャー〟

 今でこそ争いつつも均衡を保っている勢力図が、ここに来て崩れる可能性があるなど考えたくもない。

 

「誰かの傘下に入るような女には思えねェが……いや、それよりも〝新世界〟に入ってすらいねェルーキーを傘下に? 〝金獅子〟にしちゃあ随分と妙な……」

「……あの男は決して考えなしで動く奴じゃない。何か、意味があるはずだ」

 

 平穏などという言葉とは程遠い男でもある。まさか遊びに来たわけではあるまいし、ある程度の戦力を割く必要があるのは確かだ。

 ガープは相変わらずロジャーを追いかけているようだが、あの男を海軍本部に呼び戻さなければならないだろう。大将に匹敵する戦力なのに色々動き回っているあの男が自由人過ぎるだけなのだが。

 ゼファーとセンゴクもこのままカナタを追うのは難しいかもしれない。

 

「〝魔女〟を優先したかったが……相手が〝金獅子〟ならそうもいかねェな」

「それなのですが」

 

 ゼファーが頭を悩ませていたところで、ベルクが一枚の資料を机に置いた。

 近くの支部からの情報を共有して得た資料らしい。

 

「可能性は低いのですが……ここ最近、ドラム王国にて月に一度不審な船が停泊しているそうなのです。港があるのに港に停泊せず、一日程度停泊しては居なくなっている。アラバスタ王国から記録指針(ログポース)で辿る次の島に居なかったことと、付近の島でも発見報告がないことを考えると……ゼロではないと判断しました」

「なるほどなァ……どうせ当てもねェんだ。ここを探してダメなら〝金獅子〟の対応に注力する。それでどうだ、センゴク」

「ああ、それで行こう」

 

 期待するほどでもないだろう。不審船などよくある話で、海賊船が海軍から姿を隠すために偽装していることもよくある。

 カナタたちは海賊旗も帆にマークもないから一見すると海賊船に見えない。商船として大っぴらに港に着けなければ不審船として通報されるのは十分あり得る話だろう。

 

「ロンズとサウロにも通達しておけ。ここが外れならコング元帥からの要望通り〝金獅子〟の抑えに回る。当たりなら〝魔女〟を捕縛する」

 

 

        ☆

 

 

 ドラム王国。

 再びこの国を訪れたカナタたちは、イワンコフを見て百面相をしているジョルジュたちを放って降ろす荷物の確認をしていた。

 

「なァ……なんだこれ……?」

「これとは随分な言い草だっチャブルわね! ヴァターシの名はエンポリオ・イワンコフ! カマバッカ王国の女王よ!!」

「珍獣か……? 珍獣なんてゼンやサミュエルで十分だぜ」

「おれは珍獣枠かよ!?」

 

 ジャガー人間なので珍獣と言えば珍獣だが……それを言ってしまうと、動物(ゾォン)系悪魔の実の能力者はみんな珍獣になってしまう。

 ゼンはミンク族の中でも極めて珍しいので珍獣と言っても差し支えはないのかもしれないが。

 

「スクラの勉強が終わるまでだ。最速で半年とは聞いているが、余裕をもって数ヶ月ほど伸ばしても大丈夫なようにな」

「ン~フッフッフ!! よろしくお願いするわ!! ヒーハー!!」

「ああ、よろしく頼むな……」

 

 疲れた様子のジョルジュはもはや突っ込む気力もなさそうだ。くれはに相当こき使われていると見える。

 先日も薬草やキノコを求めて山に入り、危うく遭難しかけた上にラパーン──熊のような体格を持つ肉食の兎──に襲われたらしい。

 ゼンもサミュエルも雪上戦闘には慣れたようで怪我はない。

 

「一ヶ月居ないだけで人が増えるとは思わなかったぜ」

「ドラゴンは先月この国で会ったが……そうだな、お前たちと別れてから勧誘したから会ってはいないのか」

 

 くれはの家の目の前で話していたが、ジョルジュは覚えていないらしい。

 ひとまず全員が顔合わせをしたところで、イワンコフも興味があるからとくれはの家までついて来た。

 数名で荷物を運びつつ街外れの大木に向かい、そこでイワンコフはくれはとスクラに顔を合わせることになる。当然と言えば当然だが、イワンコフは曲がりなりにも船医代理として乗っているので医術そのものにも興味はあるらしい。

 どちらかといえば、方向性は健康維持だとか体型維持だとか、そういう方面に向かうのだが。

 

「ホルモンを打ち込んで顔面だけが成長する……? そんなホルモン存在しないんだが……?」

「まァまァ落ち着けスクラ。悪魔の実の能力者に常識なんて通用しねェだけだ」

 

 額に青筋を浮かべてブチ切れているスクラをジョルジュが一生懸命になだめていた。

 悪魔の実の能力者というのは常識の範囲内に収まるものではない。言っても仕方のないことではあるが、どうしても納得がいかないらしい。

 

「ンフフ。ヴァナータ、医者としては随分腕がいいようだけど、悪魔の実に関してはそれほどでもナショナブルなようね」

「僕は医者だが悪魔の実について研究している身でもある。それでも納得のいかないことくらいはあるものだ」

「そういうのダメよ。悪魔の実に常識が通用するなんて思ってはいけナッシブル!」

「そうか。解剖させてくれ」

「脈絡ないにもほどがあるわよ!?」

 

 随分にぎやかになったものだ。くれはも「またみょうちきりんな連中連れてきたね」と呆れた顔をしている。

 ひとまず急ぎの用事はなくなったので、しばらくはカマバッカ王国で時間を潰しながら海軍の出方を見ることになるだろう。

 ついでに〝99のバイタルレシピ〟を狙ってコックたちを鍛えさせてもいいかもしれない。

 だが、問題があるとすれば一つ。カマバッカ王国を出立した直後に新聞で報じられた出来事だ。

 

「……気になることといえば、これだな」

「おれ達もこの記事は見たが、本当に〝金獅子〟がこっち側の海に来てるのか? なんであんな大物が……」

「さてな。何をしに来たのかは知らないが、あんな奴を呼び寄せるような傍迷惑なものに心当たりもない。出会わないことを祈るばかりだな」

 

 フェイユンとゼンは西の海(ウエストブルー)に逃げる前に〝新世界〟で金獅子傘下の海賊を潰したらしいが、それに気付かれたとも考えにくい。

 今更になって動くことでもないだろうから、恐らくは別の事だと思われるが……少なくとも、カナタには心当たりがなかった。

 〝新世界〟で巨大な勢力を誇る金獅子など、本来ならこちら側の海に居ていい存在ではない。

 出会わないことだけを粛々と祈るしか、今できることはないのだ。

 

「いずれはこいつらを退けて〝新世界〟の海を渡ることになる。いつまでも逃げていられる相手では無いが、今相手をするのは時期尚早だな」

「本当にこいつらを敵に回して大丈夫かよ……おれは不安で仕方ないぜ」

「私たち自身が力をつけることもそうだが、何より勢力の増強を考えねばな。今の三十人余りの状態では巨大な組織を相手に逃げ回ることしかできない」

 

 金獅子に傘下の海賊がいるように、カナタに従う部下を増やす必要がある。

 今のところは当てもないし、部下に出来たとしても海賊は裏切りなど日常茶飯事だ。

 ひとまずは今やれることをやるしかないのだが。

 

「そういえば、ラパーンは兎なのだろう? 美味いのか?」

「曲がりなりにも肉食獣だ。肉は硬くて臭いから食えたもんじゃないぞ」

「……食ったのか?」

 

 サミュエルは食べたらしい。

 

 




 0世代ではガープ、センゴク、おつるが中将の中でも突き抜けて強い(センゴクは後に元帥まで昇進する)わけですが、この時期ってゼファー以外に大将いなかったんでしょうかね。
 いないってことは流石に無いんでしょうけど……。

 ロジャー世代の話書いてる二次増えてくれー頼むー。


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第三十七話:雪国での襲撃戦

難産でした。バトルシーン難しい……。


 不審船がいる、という通報を受けてドラム王国へとやってきたゼファー一行。

 期待はなかった。不審船などよくある話で、決定的な証拠になどなりえていなかったからだ。

 だが──。

 

「……驚いたな。当たりだ」

 

 ゼファーは双眼鏡を覗きながら小さくつぶやいた。

 その先にあるのは一隻のガレオン船だ。アラバスタ王国の沖合で一度戦った際に確認しているため、間違えることはない。

 何より、船の上にいる巨人には見覚えがあった。

 

「〝巨影〟のフェイユンですね。〝魔女〟の姿は確認できていませんが、島に上陸しているものと思われます」

「ドラム王国の軍隊……ここでは守備隊だったか。そいつらに連絡しろ。一戦交えるが、近隣の街に賞金首が紛れ込んでいるとな」

「〝魔女〟は単独で海を渡れるため、最悪の場合彼女だけ取り逃がす可能性がありますが……」

「それはねェよ。今から襲撃するって大々的に言ってやった方が釣れる」

 

 仲間を見捨てて自分の命を取るような人物だったら、他者を庇って天竜人を殺害するような真似はしない。

 一度戦ったセンゴクもゼファーも、その辺りのことはよくわかっていた。

 

「ロジャーと同じタイプだな。実力がなけりゃあすぐにでも死ぬタイプだが……」

「実力を伴うと厄介なタイプでもある。ベルク、すぐにロンズとサウロの二人に連絡を入れろ。船を包囲する」

「はっ!」

 

 船上はバタバタと慌ただしくなってきた。

 近くにある軍艦三隻が徐々に包囲網を形成し、十分だと判断したころには相手も迎撃態勢を整えている。

 手始めに動いたのは──〝巨影〟の名を冠する巨人だ。

 

「動きました! 〝巨影〟です!」

「見りゃあわかる。あんなデカい人間なんて他にいねェよ」

 

 普通の巨人族の十倍ほどの大きさを誇るその体躯に、思わずため息が出る。

 体格だけで言えば彼女に勝てるものはいないだろう。比べるならそれこそ海王類やアイランドクジラなどの巨大生物になる。

 だが、それだけ巨大でも大砲は有効だ。

 四隻の軍艦から絶え間ない砲撃を浴びせかけてやれば、多少なりともダメージは入る。巨大だからこそいい的だ。

 

「ロンズとサウロは〝巨影〟の抑えに回れ。おれとセンゴクは乗り込んで始末をつける」

 

 フェイユンを相手取るならロンズとサウロ、二人の中将でも十分だろう。体格差こそあるが、ある程度は覇気の強さで差を埋められる。

 体格差だけではなく、彼女自身も覇気使いであることを考えれば妥当な人選と言える。

 船に収まり切れない巨体のフェイユンは冬の海に足を浸け、武装色で硬化した拳を軍艦へと振り下ろす。

 

「その程度で、おれを倒せると思うなァ!!」

 

 その巨大な拳を横に弾き、ゼファーとセンゴクはカナタたちの船へと向かう。

 飛んでくる砲撃を避け、時に弾きながら船に着地し、甲板を見渡してすぐさま防御態勢に入ったゼファー。

 硬質化した腕に槍の穂先がぶつかり、甲高い音を立てて動きが止まる。

 

「随分な挨拶だな」

「いきなり乗り込む輩に礼儀など不要だろう──それに、相手が大将ともなれば不意打ちで倒れるほど軟弱ではあるまい」

「当然だ。お前もそれなりに強そうだが……〝魔女〟はどこだ?」

「今は下船中だ。そのうち戻ってくるだろうが、茶を飲みながら待つつもりもなかろう?」

「そりゃあ、当然だ──な!!」

 

 槍を弾いて踏み込み、ジュンシーへと殴りかかるゼファー。

 ジュンシーはそれを弾かれた槍を回転させて薙ぐことで逸らし、長大な槍を巧みに操って距離を置きながらゼファーの喉を突く。

 紙一重でそれを避けてさらに踏み込むが、ジュンシーはそれを先読みしてゼファーの踏み込もうと浮いた足を払った。

 

「チッ!」

 

 見聞色でそれらの攻撃を予見しながら捌いていくが、どうにもやりづらい。

 

(こいつは……〝魔女〟とは別の意味で厄介だな)

 

 明確に未来を視る力があるわけではないが、相手の嫌がる動きをして場を支配する戦い方だ。この手のタイプは非常にやりづらいからゼファーとしてもあまり戦いたくないタイプだが──それでも、負けるほどではない。

 硬化した拳でジュンシーを弾き飛ばし、数メートルの距離を置く。

 ジュンシーが持つ槍はカナタのそれとはまた違う、〝六合大槍〟と呼ばれる三メートルほどの槍だ。

 穂先を除いて木で作られているため、武装色の覇気を纏ったそれは硬さを持ちながら柔軟性を持ち、たわむことで衝撃を受け流している。

 

「一定の距離をおけば防戦ならこなせるって訳か」

「勝てると思い上がれるほど楽観的にはなれんのでな」

 

 それでも完全にダメージを受け流せているわけではない。カナタよりも戦い方は巧みだが、武装色は彼女ほど強くないからだ。

 加えてゼファーの見聞色を凌ぐほどではないため、防戦も何時まで続くか──。

 ゼファーとジュンシーが同時に動き、拳と槍がぶつかる。

 武装色の覇気を纏ったそれらはぶつかるたびに衝撃波を生み、いかに広い船の甲板と言えども逃げ場のない状況では巻き込まれる可能性が高かった。邪魔にならないよう、スコッチたちは船の端に避難している。

 くれはのところに行っているカナタたちが戻ってくれば、少なくともこの絶望的な状況を多少は巻き返せるだろうが……それを許してくれるほど、状況は簡単ではない。

 

 

        ☆

 

 

「ゼファーの相手を出来るほどの実力者が〝魔女〟のほかにもいたか……しかし、他にはもう乗っていないようだな」

 

 フェイユンは巨人族の中将二人で抑え込んでいる。今回が初のコンタクトとなるジュンシーはゼファーを相手取っており、現状この船にいる面々でセンゴクの相手が務まるような強者はいない。

 センゴクは立ち向かってくる船員たちを纏めて倒しておこうと、一歩踏み出し──向かってくるデイビットの拳を受け止めた。

 

「この船の留守を預かってるんだ……! テメェらの好き勝手になんかさせるか!」

「だったら、守って見せろ……!」

 

 デイビットの能力で拳が爆発するも、武装色の覇気を纏っているセンゴクにダメージはない。

 基礎的な力に差がありすぎる。センゴクが能力を使うまでもなく、デイビットの能力ではダメージを与えることが出来ない。覇気を貫けないからだ。

 

「クソ……クソっ! なんで、おれはこんなに……!!」

 

 あまり派手にやり過ぎると船が壊れる恐れがあるとはいえ、それでも手加減をしているわけではない。

 完全に力負けしているという残酷な現実が、デイビットの自信を完全に打ち砕く。

 

「やはり脅威となるのは〝魔女〟一人か。先に船を制圧すれば、奴は大人しくなるだろう」

 

 仲間を大事に思う彼女相手ならば、船員を抑えることで大人しくさせることも容易だろう。彼女の強さはセンゴクとてわかっているし、真正面から戦わずに済むならそれに越したことはない。

 デイビットをしたたかに殴り飛ばして気絶させ、残る船員を戦闘不能にしようと構えるセンゴク。

 

「どどどどうすんだよあれ!? センゴクなんておれらじゃどうしようもねェぞ!!?」

「どうって言われてもな……カナタもゼンもいないんだからオレたちがどうにかするしかないんじゃね?」

「何で冷静なんだお前!?」

 

 スコッチが取り乱している横で冷静な判断をするクロ。

 この船の最大戦力であるカナタとゼンの二人がいない時点でだいぶまずいのだが、先程電伝虫で連絡してそれきりだ。多少の距離があるので時間を稼がねばならないが、この状況ではそれもままならない。

 ジュンシー一人ではゼファーの相手をするだけで手一杯だし、フェイユンだって中将二人を相手取っていて期待は出来ない。

 クロやスコッチではセンゴクの相手など務まらないだろう──だが。

 

「やるっきゃねェだろ。任されたんだからな!」

 

 船の中でも最弱に近いクロがこう言っているのだから、スコッチとしては半ばやけくそでやるしかないという状況だった。

 カトラスを片手に気勢を上げ、負けるとわかっていても戦わないわけにはいかない。

 その状況で、船の中から一人の男が出てきた。

 センゴクは目を細め、警戒したように歩みを止める。

 

「──おれが相手になろう。カナタには世話になった身だからな」

 

 タイガーが身をかがめ、凄まじい速度で飛び出してセンゴクへと殴りかかる。

 魚人特有の膂力に物を言わせ、防いだセンゴクが踏ん張り切れずに数メートルほど甲板を滑った。

 

「ぐ……!」

「タイガー! 助かったけど、お前まで賞金付いちまうぞ!?」

「構わねェ! どうせ海軍は魚人を守っちゃくれねェんだ。お尋ね者になるくらいどうってことねェよ」

 

 タイガーの言い分にセンゴクは顔をしかめるが、反論することはない。

 世界政府の在り方と天竜人の在り方。それに海軍の在り方を考えれば、タイガーの言い分に対して反論する言葉を持たなかったからだ。

 たとえその在り方を、センゴクが良しとしていなくとも。海軍に所属している以上は従わねばならない。

 誰もがガープのように生きられるわけではないのだ。

 

「……邪魔をするなら、誰であろうと容赦はしない!」

 

 遂にその能力を発動させ、大仏の姿となるセンゴク。

 巨人族と変わらない大きさを誇るその姿を見てもなお、タイガーは睨みつけて一歩も引くことはない。

 

「ありゃ動物(ゾォン)系か……オレの能力じゃあんまり意味ねェかな」

 

 身体能力の向上が主な能力である動物(ゾォン)系が相手では……というよりも、そもそもセンゴクが相手ではクロの〝闇〟の引力で引き寄せることがそもそも多大なリスクを背負う。

 下手に引き寄せればクロの方がやられることになるだろう。

 大仏となったセンゴクは振り上げた拳をタイガー目掛けて振り下ろし、タイガーはそれを避けて船の甲板に大きな穴をあけた。

 

「うおおお!? センゴクをこのまま暴れさせると拙いんじゃねェか!?」

「船が先に壊れそうだな……どうにか追い出すか、海に落とせねェもんか」

 

 海の上に直接氷を張って戦っていたカナタと違い、船の上での戦闘ともなればセンゴクの不意を突くのは難しい。

 魚人であるタイガーは海の中に入れればかなり戦いやすくなるだろうが、それをさせてくれるはずもないだろう。

 タイガーが動く前にセンゴクは掌から覇気による衝撃波を放出し、タイガーもろとも後ろに控えていた船員たちを吹き飛ばす。

 

「ぐ、あああ……っ!!」

 

 吹き飛ばされたタイガーはすぐさま体勢を整え、センゴクへと飛び掛かる。

 センゴクの覇気を纏った拳とぶつかりあい、せめぎ合って互いに弾かれるように距離をとった。

 距離をとった直後に後ろから銃を構えてタイガーの援護をするが、センゴクが相手ではそれもあまり意味をなさない。

 いかにタイガーの膂力が常人離れしていようと、センゴクはそれすら上回る。

 

「クソ、やはり強いな……!」

「お前ら! 客人のタイガーにばっかり戦わせてんじゃねェ! 援護するんだよ援護!」

 

 スコッチが声を張り上げ、カトラスを振り上げてセンゴクへと切りかかる。

 勝てないとわかっていても、このまま客人であるタイガーに戦わせたままでは船を任された身としてカナタに合わせる顔がない。

 覇気すら纏っていない攻撃ではダメージなど与えられないが、少しでも隙が出来ればと考え──そこに、横合いから吹き飛ばされてきたジュンシーがぶつかる。

 スコッチを巻き込んでゴロゴロと転がり、壁にぶつかって二人が止まる。

 

「ジュンシー! おい大丈夫かお前!?」

 

 スコッチと共に転がっていったジュンシーにクロが声をかけるが、それに答える声はない。

 頭から血を流すジュンシーはすぐさま立ち上がり、ゼファーの追撃に備える。

 しかし、ゼファーは予想に反して追撃することはなく、センゴクの横に並び立って腕を組んだ。

 

「まだまだ甘いな。おれを倒せるほどじゃあねェ」

「ゼファー、何を遊んでいる! 〝魔女〟が戻ってくる前に船を制圧する必要があるんだぞ!」

「そういうな、センゴク。奴は結構強かったぜ。多少手こずるくらいにはな」

 

 少なくとも、一切手は抜いていない。

 ジュンシーにはところどころに打撲痕があるが、流血は頭部を切ったせいだ。それほど深い傷ではない。

 対してゼファーは頬に一筋の傷こそ出来ているが、それ以外はほぼ無傷。善戦したとは言ってもこれではジュンシー本人が納得しないだろう。

 

「それに……手遅れだ」

 

 ゼファーが視線をドラム本島に向け──その直後に音速を超えて氷の槍がゼファーの喉元目掛けて飛来した。

 それを武装硬化した両腕を使い、白刃取りの要領で受け止め──空を飛んで来たカナタの蹴りが氷の槍の柄に叩き込まれ、ゼファーが吹き飛ぶ。

 センゴクが声を上げる間もなく、カナタはセンゴクへと向き直って巨体の横っ腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐ、ぬぅ──!?」

 

 以前戦った時よりもはるかに覇気が強くなっている。

 センゴクはたたらを踏むも、すぐさま船の端で体勢を整えてカナタに向けて覇気による衝撃波を放つ。

 カナタはそれを正面から覇気で防ぎ、ギロリと赤い瞳でセンゴクを睨みつけた。

 

「随分好き勝手やってくれたようじゃないか、センゴク」

「〝魔女〟め……!! ここまで実力をつけていたか!」

 

 二人の覇気でビリビリと大気が震えている。

 このまま暴れては船も無事では済まない。まずいと思ったクロは声を掛けようとするが、その前にカナタが動いた。

 

「ここでは狭い。海の上でデートと行こうじゃないか」

 

 センゴクが拳を振るうのに合わせてカナタは拳をぶつけ、衝撃波をまき散らしながらそんなことを言う。

 どういうことだ、と声をかける前に、視界の端に巨大な顔面が映った。

 

「ん~~、ヒーハー!! 行くわよォ~!! 〝顔面成長ホルモン〟!! 〝地獄の(ヘ~~ル)〟!!! 〝WINK(ン~~ヌウィ~~ンク)〟!!!」

 

 ただの瞬きによる爆風が、更に顔面成長ホルモンで巨大化した瞼によって強化された。

 その爆風を横合いからまともに受けたセンゴクは船からはじき出される。だがすぐさま空を蹴って船へと戻ろうとして、船から飛び出したカナタとぶつかる。

 海上が瞬く間に凍っていき、二人は同時に着地した。

 

「ゼン!」

「承知!」

 

 センゴクと入れ替わりで船に戻ってきたゼファーに対し、ゼンが武装色の覇気を纏ってゼファーに攻撃を仕掛けていた。

 卓越した二人の攻防はめまぐるしく変わり、ここでは狭いとゼンが氷上へゼファーと共に移動する。

 カナタは氷上でセンゴクと正面から向き合い、静かに怒りの炎をたぎらせる。

 

「カナタ!」

 

 船に戻ったドラゴンが、カナタの私室に置きっぱなしにしてあった白い槍をカナタ目掛けて投げた。

 それを受け取り、武装色の覇気を纏わせて黒く硬化させる。

 

「……一年前も、似たような状況だったな」

 

 天竜人を殺し、すぐさま港から逃げようとしたカナタたちを追ってセンゴクは船を出した。

 今回は既に包囲されていて逃げ場はない。ここで戦って打ち勝つ以外に、生きる道はないのだ。

 

「今度は逃がさん。覚悟しろ」

「いつまでも逃げているつもりはない。今度はお前を叩き潰す番だ」

 

 二人の覇王色の覇気がぶつかり、拳と槍が衝突し──天が割れた。

 




次回、カナタ&ゼンVSセンゴク&ゼファー


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第三十八話:正念場

「──このような別れになることを心苦しく思う」

 

 雪の降る中で、スクラはくれはに別れを告げていた。

 このままこの国にいるわけにはいかない。居場所が海軍にバレた以上、捜索されるのは自明の理だ。

 そこまでくれはに迷惑をかけることを良しとはしなかった。

 

「ヒッヒッヒ。前より多少は使い物になるようになっただろうが、まだまだ若造さね。研鑽を怠るんじゃないよ」

「それは、もちろん。次にこの島を訪れる際には貴女と対等な立場で話し合えるようになっておきたい」

「言うじゃないか。楽しみにしてるよ」

 

 笑うくれはに背を向け、荷物をまとめたスクラはジョルジュたちと共に船へと向かう。

 実質的に戦力にはなりえない面々だが、サミュエルが道中の護衛として残っていた。ゼンとカナタがいればゼファーとセンゴクは相手取れると判断して。

 だが、事態はそう簡単でもない。

 

「軍艦四隻が取り囲んでいるらしい。フェイユンもジュンシーも手一杯、カナタとゼンはゼファーとセンゴクの抑え……このままだとまずいな」

「おれも戦うぜ!」

「馬鹿正直に正面から戦ったって、あんな化け物ども相手に勝てるわけねェだろ」

 

 策を練らねばならない。

 純粋に力だけで押し勝てるならそれでもいいが、ゼファーとセンゴクの強さはおそらくカナタを上回る。

 頭を使って出し抜かねば勝ち目はないだろう。

 

「考えろ。ただ戦うだけじゃ生き残れねェんだ。バカのままでいられる時期は過ぎたぜ、サミュエル」

「……だけどよ、おれは考える事なんか苦手だぜ」

「それでもだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それでいい」

 

 難しいことはわからないというサミュエルとて、何も考えられないわけではない。自分にできることをやればいいのだとジョルジュは言う。

 スクラが医者として怪我を治療するように。

 カナタやスコッチが航海士として海を渡るように。

 サミュエルにしかできないことがある。

 

「今回はおれが策を考えねェとな……カナタはいの一番に飛び出しちまった」

「彼女ならジッとはしていられないだろうからな。僕はすぐ医務室に戻って怪我の治療を始める」

「ああ、そうしてくれ」

 

 連絡が来た限りでは、大将一人に中将三人。それに大佐や中佐が相当な人数。

 巨人族の中将二人はフェイユンが抑え、カナタとゼンでゼファーとセンゴクを抑えればひとまずは問題ないだろう。本部大佐とて十分に強いが、イワンコフやドラゴン、ジュンシーがいる現状を考えればそれほど脅威にはなりえない。ジョルジュたちだって最低限の力をつけている。

 カナタたちの援護にジュンシーを回してもいいくらいだ。

 

「だが、カナタたちが到着するまでにどうなってるかだな……」

 

 誰が無事で誰がダウンしているかを明確に知らなければ策を練ることも出来ない。

 大将か中将のどこか一人でも欠ければ、勝機はあるのだが。

 太陽は未だ中天にある。闇夜に紛れて逃げることも出来ない現状では、厳しいと言わざるを得ない。

 

 

        ☆

 

 

 ──斬撃が拳に弾かれ、次いで放たれる氷の刃が砕かれる。

 めまぐるしく変わる攻防の中で、無数に形作られた氷の武器が砕かれては消えていく。

 全身を覇気で覆ったセンゴクに傷はなく、センゴクの攻撃を的確に弾くカナタにもまた傷はない。

 

(──この女、まだ強く──!)

 

 戦っている最中でさえ覇気が強くなっていく。

 かつては容易く攻撃を当てることも出来たというのに、今となっては姿を捉えることすら難しい。加えて当てたとしても覇気による防御を貫けない有様。

 その強さは異質に過ぎる。

 

「どこでこれほどの強さを……!」

()()()に決まっている。お前や、ゼファーとの戦いからな」

 

 命があれば負けたとしても次はある。逃走は敗北ではないのだ。

 かつて死にかけたセンゴクとの戦いも、一歩及ばなかったゼファーとの戦いも、カナタにとっては十分すぎるほどの糧となった。

 研ぎ澄まし、磨き上げられた強さは海軍大将にすら引けを取らない。

 

(……だが、長くは続かないな)

 

 覇気は無限に湧いて出るものではない。極限まで練り上げた覇気を纏うことでセンゴクとまともに打ち合っているが、覇気の消耗もまた尋常ではない速度だ。

 長時間の戦いはカナタにとって不利となる。

 局所的に集中させた覇気によって四肢は青紫色になり、小さな島なら粉砕してしまいかねないほどの威力を持っていた。

 それでもセンゴクは崩せないのだから、彼の実力のほどがうかがい知れる。

 単独で戦っていれば強制的に短期戦に追い込む戦法も使えるのだが、今回はすぐ近くでゼンが戦っている。巻き込みかねない以上は下手に大技も使えない。

 だが。

 

「──ゼンなら死にはしないだろう」

 

 常人ならば呼吸をするだけで肺が凍り付く冷気を纏い、センゴクと近接戦闘をおこなう。

 影響を逃れることはできないにしても、出来る限り範囲を狭くすることでゼンへの影響を出来る限り少なくしているのだ。

 センゴクにも通用はするが、強固な覇気を貫くにはまだ足りない。

 

「小癪な!」

「これだけの戦力を私一人捕まえるために動員しておいて、小癪とはよく言ったものだな」

 

 並の海賊なら一瞬で壊滅している。今こちら側に来ている金獅子でさえ無傷で切り抜けることは出来ないほどの戦力だ。

 もっとも、これほどの戦力を向けられても未だに落とせていないのだからカナタたちが異常だと言った方がいいのかもしれないが。

 槍を構え、センゴクへと一閃。

 斬撃の後を追うように氷の刃が氷上を走り、センゴクの足を切り裂かんとする。

 

「ふ──っ!!」

 

 一息。

 振り下ろした拳は氷の大地ごと刃を叩き割り、氷塊をカナタ目掛けて投げつける。

 それを正面から受けて砕けた体はすぐさま寄り集まって修復し、お返しとばかりに巨大な氷のハンマーを生み出して上から叩き潰そうとする。

 再び振るわれた拳は巨大なハンマーを砕き、その破片が辺り一帯に飛び散った。

 

「流石に小手先の技は通用しないか」

 

 キラキラと陽光を反射して煌めく氷の破片の中、カナタは巨大な竜の(アギト)を形作って上下にセンゴクを挟み込む。

 センゴクは片手片足でそれを抑え込み、残った片手でカナタ目掛けて衝撃波を放った。

 ゴォ──ンと鐘の音のように響き渡る〝覇気による衝撃波〟はカナタを飲み込んで吹き飛ばすが、カナタはその衝撃を自身の覇気を使って受け流す。

 そして──。

 

「そう何度も見せられれば、解るというものだ」

「──ッ!!?」

 

 虚空に突き出した掌底から、センゴクと同じように〝覇気による衝撃波〟を発した。

 不意を突かれたためか、真正面からくるそれを両腕でガードしたものの、その威力に押されて数メートルほど後ろに滑るセンゴク。

 

「これもか……! そう易々と使える技ではないのだがな!」

「悪魔の実の能力によるものでもない限り、結局は人間が使える技だろう?」

 

 少なくとも、それを容易く真似することが出来るほどにカナタの実力が高まっていることは事実だ。

 動物(ゾォン)系幻獣種という特異な力であるものの、センゴクは覇気による力で戦っている部分が大きい。

 戦いの中でも、カナタという少女はより強くなる。

 

「お前やゼファーからは色々学ばせてもらったよ」

 

 振り下ろされた拳をカナタは片手で止めた。

 内側から覇気による強化で青紫色に染まり、更に鎧のように覇気を纏った腕はセンゴクの攻撃すら一歩も引かずに受け止める。

 

「──もう、負けはしない」

 

 センゴクの腕を弾き、飛び掛かったカナタ。

 すぐさま防御の態勢に入るも、その防御の上から強烈な斬撃を浴びて鮮血が飛び散った──。

 

 

        ☆

 

 

「あっちも随分派手にやっているな」

 

 ゼファーは両腕を武装硬化して戦いながら、時折センゴクとカナタの方へ視線を向けていた。

 手を出すだけの余裕があるわけではないが、視線を向ける程度には関心を持っていた。

 ゼンもゼファーも小手先の技で牽制しつつ出方を探っている状態で、本格的な衝突に至っていないからだ。

 

(あれだけ強化を施せば覇気の消耗も早い……短期決戦狙いか)

 

 流石にセンゴクとカナタでは経験値の差がありすぎる。その差を埋めるにはこれだけの無茶をしなければならない、ということだろう。

 あの強さならゼファーとてただでは済まない。

 彼女の纏った冷気はこちらまで影響が出ているが、それを気に留めずにゼンも気合を入れた。

 

「彼女も本気でやるようです。私もそろそろ、全力でやりましょうか」

「お前も随分と強そうだ。船に居たもう一人の槍使いと言い、いい人材がそろっているようだな」

「海軍大将殿から褒められるとは光栄です。彼女の下には色々と事情のある人が集まりますからね」

 

 ミンク族であるゼンもしかり。

 巨人族であるフェイユンも、魚人族であるタイガーも、普通なら同じ船に乗るような人物ではない。

 彼女だからこそ、付き従ってもいいと思っているから船に乗っているのだ。タイガーは客人なので少しばかり事情は違うが。

 

「私も彼女には恩のある身です──ここでは負けられない」

 

 踏み込み──横薙ぎに振るわれた槍をゼファーが腕で防いだ刹那の瞬間。

 

「──ッ!!?」

 

 ミンク族特有の能力である〝エレクトロ〟による雷撃がゼファーを襲い、一瞬動きが止まった。

 すかさず最大出力の覇気を込めた槍を突き出し、ゼファーの心臓を狙う。

 

「ぐ──これしきで!」

 

 覇気で全身を覆い、ゼンの槍を無防備で受けることだけは避けるゼファー。

 心臓にまでは達しなかったが、覇気の防御を打ち破って突き刺した槍から再び〝エレクトロ〟が発せられ、電撃によって肉の焼ける臭いが漂った。

 ミンク族の使う〝エレクトロ〟は悪魔の実の能力ではないため、覇気だけでは完全には防げないのだ。

 一切の容赦も加減もない。如何に大将とてこれを受ければただでは済まない一撃。

 ──だが、これで倒れるほどやわな相手なら苦労はしない。

 

「お、おォォォ──!!」

 

 吼える。

 ギロリと鋭い眼光がゼンを捉え、自分に突き刺さった槍を掴んで引き抜き、ゼンの体ごと引っ張って硬化した拳で殴りつけた。

 ミシミシと腕が嫌な音を立て、そのまま氷に叩きつけられるも歯を食いしばって耐える。

 連続して振るわれる拳をかろうじて避け、飛び上がって槍を拾い上げた。

 

「ぐ……流石に、簡単には倒れてくれませんか……!」

「当然だ。これくらいで倒れてたら、海軍大将なんざやってられねェ!」

 

 踏み込み、再び氷を叩き割るかのような一撃。

 先程よりもさらに威力の上がったそれを何とかしのぎ、覇気で防御してなお軋む体に鞭打って反撃に転じる。

 

「まだまだ!」

 

 槍による連続の突きをゼファーはひらひらと避け、最大出力の〝エレクトロ〟を纏った槍と武装硬化した拳がぶつかった。

 「来るとわかっていれば動けないことはない」とばかりに槍ごとゼンを押し返し、吹き飛ばす。

 電撃で見聞色こそ乱されるが、それだけに頼って戦っているわけではない。

 

(消耗が激しい。これでは、私もカナタさんのことを言えませんね……)

 

 どうあれ、格上相手では無茶をしなければ立ち行かないことはわかっていた。

 切り札もないではないが、日はまだ高い。加えて長時間の戦闘ではこちらが不利となれば、焦燥感も出る。

 自分かカナタのどちらかが崩されない限りは、とゼファーを睨みつける──が。

 

「──あっちは決着がついたか」

 

 ゼファーが視線を向けた先にゼンも視線を向ける。

 そこには──中将二人を相手にしていたフェイユンが、倒れていく姿があった。

 




 おかしい……週一になって楽になったはずなのに、一話出来上がるのにかかる時間がはるかに増えている…。
 何かがあったに違いない…(セイバーウォーズをやりながら)。


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第三十九話:黄昏を越えて

今更ではありますが、多分サンファン・ウルフもこの作品には出てきません。


 崩れ落ちる巨人の少女。

 いたるところに火傷の跡があり、多くの血を流して倒れ伏せる彼女を見て、最も動揺したのはゼンだった。

 親代わりとしてフェイユンの面倒を見続け、カナタの船に乗るまではずっと二人で旅をしてきた。如何に強靭な精神を備えた武人であるゼンと言えど、彼女の敗北に動揺せずにはいられなかった。

 

「──く」

 

 すぐさま助けに行こうとして、目の前の海軍大将を睨みつける。

 しかし精神的に()()()()()ことに気付いたゼファーは、その隙をついてゼンに正面から拳を叩きつけた。

 氷の大地とゼファーの拳に挟まれ、血反吐を吐きながらその身で衝撃を受け止める。

 

「仲間想いなのはいいことだが、まだ甘ェな」

 

 見聞色は冷静でなければ発動しない。

 動揺すれば当然、相手の動きを見切ることなど不可能。格上を相手にそれをやってしまえば──こうなることも必然だった。

 ゼンの武装硬化とて並の強度ではないが、それもゼファーを越えるものではない。

 

「ゼン!」

「余所見をするほど余裕があるのかァ!」

 

 ゼンがやられたことに気を取られ、カナタの意識が一瞬そちらに向かう。その一瞬を見逃さずにセンゴクは巨大な拳を振り下ろし、防いだカナタに膝をつかせた。

 見聞色を乱すほどではなかったために致命傷にはならなかったが、真正面から振るわれたセンゴクの拳は重い。

 何よりもまずいのは、今までゼファーを抑えていたゼンが倒れたことでカナタが二人を相手にしなければならなくなったこと。

 

「崩れたな──」

 

 倒れ伏したゼンを尻目に、ゼファーの視線がカナタへと向く。

 センゴクの相手だけで手一杯だというのに、これに加えてゼファーとなると勝ち目は限りなくゼロに近い。

 だけど、それでも。

 

「私が崩れなければ、まだ負けではないだろう……!」

「その強がりがいつまで持つか、試してみようじゃねェか。おれはお前を格下とは思わねェ。全力で潰しに行くぞ──!」

 

 カナタはセンゴクの拳から逃れ、追撃に走ったゼファーの拳を蹴りで逸らす。

 そのまま懐に入り込んだカナタは、踏み込みと同時にゼファーの腹部へと肘打ちを入れて吹き飛ばした。

 カナタの間合いは槍があるのでかなり広いが、だからと言って至近距離での戦闘が苦手なわけではない。『槍は手足の延長である』という考えの下で鍛え上げているため、当然素手でもそれなり以上に戦える。

 それに、ゼファーとて無傷ではない。ゼンの与えたダメージは確かに蓄積している。

 

「二対一だろうと、そう簡単に崩せると思うな……隙を見せた瞬間にその首をへし折ってやる」

「……恐ろしい女だぜ、お前は」

「全くだ……ここで終わらせなければ、いずれ必ず脅威になる」

 

 今はそうでなくとも、今後も一般市民に被害が出ないとは限らない。

 強さだけで言えば現時点でも十分すぎるほどの脅威だ。ゆえに、此処で手を緩めることはない。

 長期戦はカナタにとって不利になることはセンゴクたちにも十分わかっている。確実に、真綿で首を締めるように力を削いでいくだろう。

 

(私の力が尽きるのが先か、援軍が来るのが先か……期待は出来ないか)

 

 そも、センゴクとゼファーを相手に正面から戦える者がいない。

 ゼンは既に倒れているし、ジュンシーも今は船の防衛で手一杯だ。客人であるドラゴンやタイガーに期待するわけにはいかないだろう。

 カナタ一人で乗り越えなければならない。

 この怪物たちの相手を。

 ──火蓋を切ったのは果たしてどちらか。

 三つの影がほぼ同時に交差し、氷の大地が軋みを上げた。

 

 

        ☆

 

 

 まずい、と思った時には既に事態が動いていた。

 並み居る中佐、大佐たちを倒しながらドラゴンはフェイユンとカナタで視線を迷わせ、近くにいたイワンコフに声をかける。

 

「イワ! おれはカナタの方に行く。お前はフェイユンの方を手助けしてやれ!」

「わかったっチャブル! でもドラゴン、ヴァナタここで派手に目立ってもいいの?」

「今更だ。それに、危ないなら助けるのが仲間だろう?」

「フフ、それもそうね! 武運を祈るわ」

「お前も気を付けろ」

 

 イワンコフは船を降りて島の沿岸から走ってフェイユンの方へ。

 ドラゴンはカナタの創り出した氷の大地へ降りて手助けに向かう。

 

「儂も行きたいところだが……」

「貴殿の相手は当方がしよう。他の大佐たちでは相手にならないようだ」

 

 眼鏡をかけた銀髪の美丈夫が、剣を片手にジュンシーの前に立つ。

 腰には短剣がいくつも下がっており、ジュンシーは槍を構えて警戒する。彼の覇気は他の佐官とは比にならないため、この中でも最も警戒すべき相手だと判断したからだ。

 そして、その判断は決して間違っていなかった。

 

「こちらの戦闘態勢は万全である。来い」

「では先手を取らせてもらおうか──ハッ!」

 

 ベルクは連続する高速の突きを紙一重で躱し、剣と槍のリーチ差を物ともせずにジュンシーへと切りかかる。

 込められた覇気もさることながら、ただただ純粋に腕力が強い。

 槍で斬撃を受けたジュンシーは動きを止め、受け止めきれずに数メートルほど後ろへ下がった。

 

「何という重さだ……これで大佐か……!」

「海軍が軍である以上、年齢その他の理由で階級が上がらないことはままある。将官が相手でも当方は負けるつもりはない」

「随分な自信だな」

 

 だが事実だろう。

 大将相手に防戦とはいえ戦えたジュンシーとまともにやり合えている。

 まだ余裕も見て取れるあたり、甘く見れば切り伏せられるのはこちらだと気合を入れなおした。

 現状は劣勢だ。フェイユンが倒れた今、相手をしていた二人の巨人海兵もこちらへ向かってくるだろう。

 

(今フェイユンの方にはイワンコフが行っているが……あやつ一人では厳しかろう。もう一人いれば……)

 

 ゼンも倒れた上、カナタの手助けのためにドラゴンが向かった。船を守るための人員も割かれている現状、こちらも余裕はない。

 サミュエルがこちらに向かっているだろうが、彼一人が来てどれほどの足しになるかというところだ。

 それに、包囲されている状態では逃げることも出来ない。どこまで戦えば終わるのかも不明だ。

 ゼファーとセンゴクを相手に退かないと言っても、あの二人を相手にして勝てるとも思っていない。どうにかして脱出の機会を作らなければならない。

 

「考え事か。だが、当方を前にしてそれは致命的な隙になるぞ」

 

 短剣を数本投げ上げ、回転しながら落ちてきたそれの柄を殴りつけてジュンシーの方へと投擲する。

 弾き、躱しながらジュンシーは距離をとり、踏み込んできたベルクの斬撃を受け流した。

 

「く……ッ! 考え事をする暇もないか!」

 

 追い詰められていくのが感覚的にわかる。

 どこかで巻き返さなければ、敗北は必然だ。

 

 

         ☆

 

 

 巨大化が解け、普通の巨人サイズにまで戻ったフェイユン。

 至る所に砲撃による火傷の跡があり、サウロとロンズの二人による攻撃で打撲と裂傷も出来ていた。

 大きさという一点だけで二人の中将を相手取っていたが、地力の差は大きかった。

 

「ぐ……」

「人を見上げるのは初めての経験だったでよ」

「全くだ。海は広いな」

 

 それぞれ大きな怪我もなく、倒れたフェイユンを前に一息をつく。

 意識こそあるが、ダメージは大きく体を動かすことが出来ない。

 だが、治療などで復活すれば脅威となるため、海楼石の手錠を用意しなければならない。抑え込むにはまだ二人の力が必要であるため、此処に残っていた。

 

「海楼石は持ってきているのか?」

「船に置いてあるでよ。今部下に持って来させてるところだで」

「そうか。〝巨影〟は落とした。あとは……〝魔女〟はゼファー大将とセンゴク中将が相手をしている。おれ達は船の方に行こう」

「そうだなァ……そっちがええか」

 

 巨人族の中将二人が加勢に加われば、今手こずっている相手も倒すことが出来るだろうと判断し。

 カナタの船に視線を向けると、巨大な顔面が視界に入った。

 

「は??」

「なんだ、あれ……?」

「ん~~GANMEN(ガンメン)残像(スペクトラム)!!!

 

 飛び上がったイワンコフが高速で顔面を移動させ、残像を作り出す。

 カッ! と見開いた目がロンズを捉えた。

 

銀河・WINK(ギャラクシー・ンヌウィ~ンク)!!!」

 

 ただの瞬きによる爆風が超高速で放たれ続け、驚きで隙を突かれたロンズが吹き飛ばされた。

 イワンコフは次にサウロに視線を向け、バチーン!! と巨大化した顔面で瞬きをする。

 サウロはそれを受けても揺るがず、イワンコフを睨みつけた。

 

「〝魔女〟の一味の一人か? 結構強いみたいだが、ワシは手加減出来んでよ」

「ン~フッフッフ。手加減なんて不要よ! ヴァターシだって遊びに来てるわけじゃナッシブル!!」

 

 とはいえ、巨人族二人を相手に勝てると思うほど、イワンコフは命知らずではない。どうにか隙をついてフェイユンに近寄ることが出来れば、〝ホルホルの実〟の力で復活させることができる。

 多少無茶させることになるとはいえ、このまま捕まってインペルダウンに収容されるよりはいいだろう。

 それを知ってか知らずか、イワンコフとフェイユンの間に体を入れるサウロ。

 吹き飛ばされたロンズも服をはたきながら立ち上がり、斧を片手に鉄仮面をかぶりなおす。

 

「効いたぞ。だが、二度は通じない」

 

 この二人には油断も慢心もない。

 大きな怪我こそないが疲労はある状態で、ゼファーが警戒する〝魔女〟の傘下を相手取ることの危険性を理解しているためだ。

 サウロは構え、イワンコフを相手に踏み出そうとして──横合いから飛びかかってきたサミュエルの噛みつきを咄嗟に腕で防いだ。

 

「グルルルル!!」

「こいつは……能力者か」

 

 巨人族の分厚い皮膚を貫く牙を持ちはするが、圧倒的に体格が違いすぎる。虫を払うように腕を振ってサミュエルを振り払い、追撃するように拳を振り下ろした。

 

「うおおお!?」

 

 咄嗟に避けてゴロゴロと転がり、イワンコフの横に並んで獣人形態に変わる。

 イワンコフは肩を並べたサミュエルに対し、視線を向けずに声をかけた。

 

「ヴァナータ、どれくらいやれる?」

「体力満タンだ。だけど、勝てるかって言われると……」

「ヴァタシもよ。でも勝つチャンスはある。どうにかあの子に近付きたいから、手伝ってくれるかしら?」

「フェイユンにか? よし、任せろ!」

 

 詳しいことを説明する前にサミュエルは走り出し、サウロへ飛びかかっていった。

 頭が痛そうに額を抑えるイワンコフだが、このまま放ってはおけないと自身も飛び出し、斧を構えるロンズの前に立った。

 

 

        ☆

 

 

 天が割れ、氷の大地が裂け、凍り付きそうな空気の中でカナタはゼファーとセンゴクを相手に戦っていた。

 センゴク相手になら十分戦えていたが、ゼファーが入った今となっては劣勢になるのは免れない。

 直撃こそしていないが、堅実にダメージを与えてくる二人の猛攻に体は軋みを上げていた。

 

「ゼェ……ゼェ……!」

 

 日は沈み始めている。

 限界は近く、既に覇気は酷使しすぎて尽きはじめた。

 ゼンも気絶してからそれなりに時間が経ったが、まだ意識を取り戻していない。

 万策尽きた状態でもなおカナタの目は死んでおらず、センゴクは最後まで気を抜かずに彼女を倒そうと全力でその拳を振るう。

 ──その、刹那。

 

「〝竜爪拳〟──〝竜の息吹〟!」

 

 轟音を立ててセンゴクの拳が止まる。

 カナタの目の前でその拳を受け止めたのは、誰あろうドラゴンだった。

 

「無事か、カナタ」

「なんとかな……だが、お前が助けに来るとは思わなかった」

「お前の信頼を得るにはこれが一番だろう? 共に飯を食い、共に海を渡る。肩を並べて戦うことでわかることもある」

「……ふふ、そうだな」

 

 ドラゴンの視線はセンゴクから途切れていないが、カナタが笑ったことがわかった。

 覇気すらまともに使えなくなるまで体を酷使しているせいで動くこともままならないが、だからと言って逃げ出すことも出来ない。

 横合いから姿を現したゼファーの拳が間近に迫り、ドラゴンに当たるその寸前で氷の下から誰かが現れる。

 

「──おれもいるぞ!」

 

 ゼファーの拳を正面から受け止めたのは、海中を通って移動してきたタイガーだった。

 ドラゴンとタイガーはそれぞれカナタを守るようにセンゴクとゼファーの前に立つ。

 

「どれくらいで覇気は復活する?」

「……あの二人相手なら三十分程度で最低限戦えるまでには戻る。だが、やれるか?」

「それくらいならおれ達にもやれるだろう。なァ、タイガー」

「ああ。おれ達だってそれなりに戦えるんだぜ」

 

 船に乗っている間に仲良くなったのか、ドラゴンとタイガーはそれぞれニヤリと笑ってそう言った。

 勝てるかどうかはまだわからずとも、手札は残っている。

 ならば──諦める理由などどこにもない。



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第四十話:宵闇に煌めく一条の星

「無事か、スコッチ!」

「なんとかな。お前らも無事みたいでよかったぜ」

 

 ジョルジュたちはサミュエルと別れて船に戻り、海兵の撃退の手伝いを始めた。

 その中で、擦り傷切り傷こそあるが大きな怪我のないスコッチの下へジョルジュが近寄った。

 見れば、周りにも怪我人は大勢いる。というよりこの状況で怪我のないやつなどいない。誰もが必死に軍艦から雪崩れ込んでくる海兵たちの相手をしているのだ。

 スクラは急ぎ医務室に戻って怪我人の手当てを始めており、少しでも状況が良くなるように各々動き始めている。

 

「誰かやられたか?」

「デイビットがセンゴクにワンパンKOだ。それ以外は船で大きな怪我したやつはいない」

「センゴクにか……大怪我したのか?」

「いや、吹っ飛ばされはしたが、そんなに大怪我じゃないはずだ。邪魔だったから船室に連れて行かせた」

「わかった、船室だな」

「おい、どうするつもりだジョルジュ!」

「叩き起こす! センゴクもゼファーも、あっちの巨人族どもも相手取るには能力者の力が必要だ!」

 

 頭を使わねばならない。

 ジョルジュだって元はただのチンピラだ。育ちがいいわけでも抜きんでて頭がいいわけでもない。

 それでも、船員たちの能力くらいは把握できている。

 

「クロ!」

「あいよー! オレはどっちに行けばいい?」

「巨人族どもは能力者じゃなさそうだった。お前の力を一番有効に使えるのはカナタだ」

 

 センゴクに致命的な隙を作ることが出来る、唯一絶対のジョーカー。

 ()()()()()()()()()()()()という、能力者限定とはいえ誰にも真似できないその力はカナタの傍でこそ活かせる力だ。

 中佐と大佐が攻めてきている現状なら軍艦からの砲撃もない。日も落ちてきた今ならクロの姿を視認される可能性も低いだろう。

 動くなら今だ。

 

「じゃあオレはあっちだな」

「……気を付けろよ、お前はうちの船の中でも弱いんだからな」

「ヒヒヒ、精々気を付けるさ」

 

 船から降りて氷を渡り、急いでカナタの下に向かうクロを見送って、ジョルジュはデイビットを叩き起こしに船室へと向かう。

 ここから反撃開始だ。

 一番厄介な相手を船長が相手取ってくれているのだから、自分たちとて踏ん張らねばならない。

 

 

        ☆

 

 

 ゼファーは自身より一回り以上大きい魚人のタイガーを相手に手こずっていた。

 いつもであればすぐさま叩き伏せることも出来ただろうが、ゼンとカナタを連続で相手取ったために少しガス欠気味だ。

 無論、この状態でも並の相手ならすぐに倒せるだろう。

 だが、目の前の男は並の相手というにはいささか強靭だった。

 数度ぶつかり、電撃と凍傷で傷だらけの腕を軽く確かめながら語り掛ける。

 

「巨人に魚人、よくわからねェ種族もいるようだし、〝魔女〟ってのは随分いろんな仲間を集めてんなァ」

「彼女の船に〝規律〟はあっても〝差別〟はない。おれのような魚人でも対等に接してくれる」

 

 魚人族の海兵は存在しない。

 何故なら、世界政府に種族として認められても未だ差別は強く根付いているからだ。

 人に虐げられることはあっても人に助けてもらうことなどそうそうない。そんな種族から海兵が出ることなどまずない。

 過去に〝巨兵海賊団〟が大暴れして恐怖の対象であった巨人族も、〝マザー・カルメル〟という女性の力があってようやく海兵が生まれた。

 そういった存在が出てこない限り、今後も魚人族から海兵になろうという者は出てこないだろう。

 

「耳の痛ェ話だ。本来ならおれ達海兵がそうでなきゃならねェってのによ!」

「そうじゃないから、おれはこっち側にいるんだ!」

 

 言葉を交わしながらも、二人は一歩も引かずに殴り合いを続けている。

 三十分あれば覇気が回復するとはいうものの、多少覇気が回復したところでゼファーとセンゴクを相手取るには厳しいことに変わりない。

 今、ここで。自分が倒すという気概を持たねば敗北するのはタイガーの方なのだ。

 そして、一方でドラゴンとセンゴクも熾烈な戦いをしていた。

 

「──海軍中将センゴク、やはり強いな……!」

 

 ドラゴンはセンゴクと直接の面識はない。

 だが、父親を通してその強さは十分に知っている。

 

「ぐ……〝魔女〟め、まだこんな隠し玉を……!」

 

 センゴクが攻め切れない相手が複数人も乗っている船など、〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半の海に居るには異常にすぎる戦力だ。

 その目的こそ不明だが──数年前まで活動していた最悪の海賊団を連想させる。

 

「これほどの戦力で、お前たちは何をしようというんだ!」

「彼女はお前たちに打ち勝って、〝偉大なる航路(グランドライン)〟を踏破するつもりだ」

 

 今まで誰にも成し遂げられなかった夢物語。

 〝偉大なる航路(グランドライン)の踏破〟という、前人未到の目的にセンゴクも眉根を寄せる。

 理由はわからないが、世界政府は誰であろうと〝それ〟をさせまいとしている。そこには恐らく〝何か〟があるのだろう。

 世界政府すら暴くことを恐れる、開けてはならない〝パンドラの箱〟が。

 

「そこに何があるのか、お前たちは知っているのか?」

「いいや、彼女を含めて誰も知らない。誰も知らないからこそ、見てみたいそうだ」

 

 〝記録指針(ログポース)〟を辿ってたどり着ける最後の島なら海軍も把握している。

 その先には島はなく、〝赤い土の大陸(レッドライン)〟があるだけだ。

 だがもし、その先があるとすれば。

 海軍が把握している島が果てではなく、未だ誰も知らず辿り着いていない島があるのなら、それは確かに〝偉大なる航路(グランドライン)の踏破〟となるだろう。

 

「第一、彼女が追われる原因になったのは天竜人の暴走が原因だ。そちらから手を出さなければこちらが手を出すこともなかっただろう」

 

 ドラゴンは当時船に乗っていなかったが、時折酒の肴で聞いていた。

 フェイユンを珍しがって奴隷にしようとして、それに反抗して護衛ごと天竜人を切り殺したのだと。

 海軍が手綱をきちんと握っていれば防げたことでもある。

 巨大な権力に逆らうものはいないだろうという慢心が、これだけの勢力を生み出す原因になったのだ。

 

「……返す言葉もない。だが、悪法でも法は法だ」

 

 法を守る側の人間としては、これを見逃すことはできない。

 

「だろうな。だから、おれ達は全力で抗う」

 

 互いの覇王色の覇気がビリビリと大気を震えさせる。

 海軍という〝正義〟がいるからこそ〝秩序〟は保たれている。悪法だからと破ることを黙認してしまえば、瞬く間に〝秩序〟は崩壊するだろう。

 後に残るのは混沌だけだ。

 

「その女が、この先台風の目になる! ここで、必ず捕らえる!!」

「やらせんよ、〝仏〟のセンゴク相手でもな──!」

 

 ドンッ!! と二人の拳がぶつかり、衝撃波が舞い散った。

 

 

        ☆

 

 

「起きろ、ゼン!」

 

 ドラゴンとタイガーが時間を稼いでいる間に、カナタは体を休めつつ倒れたゼンを叩き起こそうとしていた。

 ゼファーの一撃をまともに受けたので体はボロボロだが、このままここで気絶させていてもどうにもならない。

 カナタとて無事とは言い難い。

 使えるものは全て使わねば、状況を打破出来ないのだ。

 

「ぐ……」

「起きたか……体は動くか?」

「……何とか。今、どうなってますか?」

「ドラゴンとタイガーが時間を稼いでいる。戦えるなら立ち上がれ、戦えないなら船に戻れ」

「戦います。まだ体は動きますし……それに、都合よく()()()()()です」

「満月?」

 

 気が付けばすっかり日が落ちている。

 夜の帳が降りて満月が闇夜を照らし、砲撃音が響くたびに船がちかちかと光って見えていた。

 

「〝切り札〟を使います。少しだけ、時間をください」

「あと十分、体を休めろ。私の覇気もそれで多少は戻る」

 

 座り込んで息を整えるカナタの隣に並び、大きく息を吸って体の調子を確かめるゼン。

 痛みの走り方から骨の数本はやられているだろう。

 全てが終わってからゆっくり治療を受ければいい。ここさえ乗り越えられれば、また時間をとることも出来る。

 

「……フェイユンも、無事であればいいのですが」

「あの子なら大丈夫だ」

 

 ドラゴンからイワンコフが助けに行ったことを聞いた。ジョルジュが戻っていればそちらからも人手は出すだろう。

 問題があるとすれば、巨人族の中将を相手取らなければならないということだ。イワンコフ一人で中将二人は流石に無理だろうし、ジュンシーも今は手が離せないという。

 だが、今カナタに出来るのは船に残った者たちを信頼して任せることだけだ。

 こちらに手一杯の現状では、助けに向かう余裕などない。

 

「ジョルジュは臆病者だが地頭は悪くない。船の方は奴に任せていていいだろう」

 

 なんだかんだと度胸もついてきている。カナタのいない船を任せても十分動かすことが出来るだろう。

 そうやって話しているうちに、短い時間はすぐさま過ぎていった。

 

「──時間だ。体はどうだ、ゼン」

「満足には戦えないでしょう。ですが……私にも意地がある」

 

 ゼンは月を見上げ、その光を目にする。

 ミンク族特有の特殊な力──〝月の獅子(スーロン)〟と呼ばれる力だ。

 雲に遮られていない満月の光を直視することによって野生の力を開放し、一晩限りの強大な力を操ることが出来る。

 これこそがミンク族の〝真の姿〟だ。

 

「……なるほど、凄まじい」

 

 茶色の(たてがみ)は覇気も相まって炎のように赤く染まり、纏う雷もまた赤くなってバリバリと放電している。

 肉体は肥大化して見るからに強そうだ。

 

「これが〝切り札〟です。ですが、長くは持ちません」

 

 怪我の影響もあるが、元々〝月の獅子(スーロン)〟は正気を失って敵味方関係無く襲いかかり、疲労のため一晩の内に衰弱死するという自爆行為に等しい能力。

 下手に長時間維持していてはゼンの方が先に自壊する。

 

「では早く終わらせねば……ん?」

「おーい、やっと見つけたぜ」

 

 声が聞こえたほうに顔を向ければ、クロが走ってこちらに向かってきているのが見えた。

 船とは少し方向が違うが、もしかしなくても迷っていたのだろうか。

 

「真っ暗で全然見えねェし、派手に戦ってるあの二人の傍かと思ってグルグル探し回ってたんだよ」

「そうか、だがお前では……いや、お前の力は使える。ジョルジュの差し金か?」

「おう。アンタの傍が一番活かせるってさ」

 

 クロのヤミヤミの力を活かすなら、とこちらに来たのだ。

 一度センゴクの方に視線を向け、頷いてクロに語り掛ける。

 

「合図をする。お前はセンゴクを吸い寄せろ」

「おう。任せときな!」

「ゼン、ゼファーの方は頼んだぞ」

「承知!」

 

 ドンッ!! と驚くべき強さで踏み込み、先程までとは比べ物にならない速度でゼファーへと肉薄するゼン。

 それを見送り、カナタは覇気を両腕と槍に纏って構える。

 

「何度も戦う気はない。ここで終わらせなければな」

 

 

 

        ☆

 

 

「ゼェ、ゼェ……!」

「なんて頑丈なやっちゃブル! ヴァターシの攻撃をこれだけ受けても揺るがないなんて!」

 

 サミュエルとイワンコフはサウロとロンズを相手に苦戦していた。

 肉体の強さが人間とは比べ物にならない。巨人族を敵に回すとこれほど厄介なのだと痛感していた。

 

「我らは生まれつきの〝戦士〟! お前たちとは流れる血が違うのだ!」

「ワシはエルバフ出身じゃないからまた違うでよ」

 

 ロンズと違い、サウロはエルバフの戦士ではない。それでも地力に大きな差異はなく、中将として戦うにふさわしい実力を備えている。

 巨人族であっても大佐クラスならイワンコフでも十分戦えるレベルだ。

 運が悪かった、という他に無い。

 

「諦めて投降することを勧めるでよ。お前さんたちの船長も強かろうが、ゼファー大将とセンゴク中将相手に勝てるとは思えん」

「うるせェ! ハァ、ハァ……カナタがそう簡単に負けるか!」

 

 少なくとも、六年前からずっと近くで仕事していたサミュエルはその強さをよく知っている。

 そう簡単に負ける女ではない。

 

「信じるのは自由だ。おれ達とて遊びで来ているわけではない。投降しないのならここで──」

 

 ロンズが振り上げた斧をサミュエルに振り下ろそうとして──どこかから、()()()()()()が着弾した。

 派手に爆発したそれに驚いたロンズは、ぶつかった衝撃から飛んで来た方角を見る。

 海軍の軍艦からではない。〝魔女〟の船から飛んで来たものだ。

 

「砲撃? だが、音も何も──ウグァ!?」

「ロンズ!?」

 

 続けて二発、ロンズに着弾した。

 ()()()()()()()。月明かりしかない夜の中だから見えづらいだけかと思えば、そういうわけでもない。

 

「何が飛んできている……!? ただの砲弾じゃないのか!?」

「多分、何かの能力者だ! 砲弾を透明化する能力とかだと思うでよ!」

「違う! 透明化するだけなら砲弾の風切り音は聞こえるはずだ……だが、それすらなかった!」

 

 ロンズに着弾した砲撃はどれも威力が高い。普通の砲弾ではないと考えたほうがいいだろう。

 次に気を付けなければ、と再び船の方へ視線を向けるが──次々に放たれる不可視の砲弾は着実にロンズとサウロの体力を削っていった。

 

 

        ☆

 

 

「──着弾を確認! 効果ありです!」

「良し! デイビット、次だ!」

「良し来た!」

 

 双眼鏡を手に着弾を確認する部下の声を聴き、ジョルジュはグッと拳を握ってデイビットに次の指示を出す。

 デイビットは大きく息を吸い込み、大砲の中に向かって吐息の全てを吐き出す。

 それを連続して行い、微調整を繰り返して再び敵の巨人へ向かって砲撃する。

 デイビットはボムボムの実を食べた〝爆弾人間〟だ。

 腕、足などの肉体に限らず鼻くそなどの老廃物──果ては()()()()()()()()()()

 

「やっぱり想像通りだ! お前の能力は随分と応用が利くぜ!」

「ああ……おれも、こういう使い方があるなんて考えもしませんでした」

 

 近接戦闘ではセンゴクに後れを取り、簡単に気絶させられていた。その失態を帳消しにするほどの活躍になり得るのならと、デイビットは気合を入れて大砲に〝吐息砲弾(ブレス・ボム)〟を装填していく。

 見えず、聞こえず、見聞色で感じ取るにも距離があって難しいこの砲撃はサウロとロンズほどの実力者でも防ぐことは難しい。

 

「軍艦にも数発ぶっ放せ! 半分沈めれば楽になるぞ!」

「──それ以上はさせん」

 

 船上で戦うベルクはジョルジュたちの行動に気付き、攻撃させまいとすぐさま数本の短剣を飛ばす。

 しかし──それは、ジュンシーの槍に叩き落とされた。

 

「お主の相手は儂だろう。余所見はさせんぞ」

「……そう易々と倒れてはくれないか。では、この船を斬るつもりでやろう」

 

 ジュンシーとベルクの戦いも激しくなり、下手に援護することも難しい。そもそも、ジュンシーの性格を考えれば横から手出しをしてはあとで怒られると考え、ジョルジュは引き続きデイビットに〝吐息砲弾(ブレス・ボム)〟を装填するように言う。

 何度も食らわせていればいずれ倒れるだろうが──巨人族のタフさは尋常ではない。

 砲撃が来るとわかっていれば武装色の覇気を纏って防ぐことも出来る。最初こそ効果的だったが、こうなると効果は薄いと言わざるを得ない。

 

「ここまでか。あとは船の砲撃に回った方がいいな」

「……ジョルジュさん。頼みがあります」

「なんだ?」

「おれ自身を砲弾にして飛ばして下さい」

「……は?」

 

 〝爆弾人間〟になったためか、デイビットは爆発によるダメージを一切受けない体になった。

 それを利用すれば、砲弾の速度で飛んで行って自爆を行う人間爆撃が可能となる。

 

「いや、だが……危険だぞ?」

「承知の上です。おれは〝リトルガーデン〟で昔の仲間を失った……また仲間を失うのは御免だ!」

「……よし、だったら準備しろ。先に軍艦に砲撃したら、お前を飛ばしてやる」

「はい!」

 

 ジョルジュの言葉通りに軍艦へ砲撃して二隻沈めたあと、デイビットは自ら大砲の中に入って準備していた。

 角度を調整し、まっすぐサウロとロンズのいる方向へ。

 

「近くにはイワンコフとサミュエルがいるはずだ。向こうへ行ったらあいつらの援護をしろ」

「了解です」

 

 腰に銃を備え付け、準備完了だ。弾薬はデイビットが息を吹きかけるだけでいいため、弾代がかからないのが良い。

 

「良し──行け!!」

 

 ドンッ!! と砲撃音が炸裂し、デイビットはまっすぐ打ち上げられた。

 空気抵抗ですぐさま減速していくが、そこも織り込み済み。何度も足を爆発させることで推進力を得て、空中でどんどん加速していく。

 その一撃は流星の如く。

 

「くらえ──これがおれの、〝流星爆撃(シューティング・ボンバー)〟だァァァァ──ッ!!!」

 

 撃ち落とそうとするロンズの斧を直前で細かく爆発して避け──到達した瞬間に大爆発を巻き起こした。

 

 




苦渋の決断です。わかりますね?


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第四十一話:最後に立つのは

「どわァ──ッッ!!?」

 

 巻き起こされた大爆発の余波で煽られ、サミュエルがゴロゴロと転がっていく。

 イワンコフも顔面巨大化状態で煽られたのでひっくり返っており、爆風と一緒に飛んでくる雪を顔面で受け止める羽目になっていた。

 

「ぶふっ! な、なにが起こっちゃブルの!?」

 

 状況が良く理解できないままに何かが起こったので、イワンコフもびっくりしながら爆風が収まるのを待つ。

 サミュエルは近くの木に引っ付いてやり過ごし、キーンと耳鳴りが起きていることを不快に思いながらイワンコフを助け起こした。

 

「普通の砲弾じゃなかった。透明な砲弾か? だけど、おれたちの船に透明化することが出来る能力者なんていないぞ?」

「……砲弾を透明化したんじゃなくて、そもそも砲弾が透明だったんじゃないかしら?」

 

 直前のロンズとサウロの反応を見る限り、イワンコフの見立てが正しそうだと判断する。

 あれだけの大爆発が起こせる能力があるとすれば、二人の知っている中では一人しかいない。

 

「まさかデイビットか……?」

「おそらくそうでしょうね。でも、彼はセンゴクにやられてダウンしてたはず。叩き起こしたのかしら?」

「あー、ありえそうだな」

 

 これだけ不味い状況なら呑気に寝させていられる余裕などあるはずもない。

 だとすれば、先程の大爆発もデイビットの仕業と考えたほうがいいだろう。

 

「さっきの砲弾よりずっと大きい爆発だったけど、どうやっチャブルのか……ヴァナータ、見当つく?」

「つくわけないだろ。あんな大爆発起こせるのすらそもそも知らなかったんだ」

 

 〝リトルガーデン〟であんな大爆発を起こされていたらと思うとゾッとする。もっとも、あの時はデイビットの仲間がすぐ近くにいたのでそれはあり得ないのかと考え直した。

 なんにしても、巨人族を吹っ飛ばせるほどの大爆発を起こせるのであれば先に言っておいてほしかったと思う。

 舞い上がった雪埃が徐々に収まり、周りを見通せるようになってきた。

 倒れている二人の巨人と、爆発の影響で雪が吹き飛んだために露出した土が見える。

 

「倒した……のか?」

「油断は禁物よジャガーボーイ。あの二人のタフさはよくわかってるでしょう」

 

 少なくとも二人がどれだけ攻撃しようとも全く揺らぐことのなかった二人だ。そう簡単に倒せるとは思わないほうがいい。

 中将という肩書は軽くない。

 

「……あー、びっくりしたでよ……」

「ぐ……流石にあれだけの大爆発は堪えるな……」

「うっそだろ……あの爆撃受けてまだ起き上がるのかよ……」

「でもチャンスよ。少しだけ時間を頂戴」

 

 イワンコフはゆっくり起き上がりつつあるサウロとロンズの様子を確認した後でどこかへと消えていった。

 時間を稼ぐと言っても、サミュエルに巨人族二人を相手取れるような力はない。どうしろってんだよ……と小さくつぶやきながら周囲を見渡すと、誰かが雪に突き刺さっているのを見つけた。

 不自然なそれに一瞬目を奪われ、目をごしごしとこすってもう一度見る。

 

「……デイビットか!?」

 

 すぐさま近寄って足を持ち、雪の中から助け出そうと引っ張る。

 スポンと引っこ抜けたデイビットは酸欠で青い顔になりながらもサムズアップし、「任務……完了……」と言ってガクリと倒れた。

 

「デイビットー!?」

 

 鼻血を出しながら力なく倒れているデイビットを抱えながら叫ぶサミュエル。

 それが悪かったのか、サウロとロンズはサミュエルの方へと視線を向けた。

 

「……さっきのはお前かァ!」

「良くもやりやがったなおんどりゃァ!!」

「「うおおおお!!?」」

 

 サミュエルとデイビットは同時に駆け出して投げつけられた岩を回避する。雪の上を二人同時にヘッドスライディングして滑って岩に頭をぶつけ、大きなたんこぶを作りながら立ち上がった。

 

「どうすんだよあれ!?」

「どうって、どうするんですか!? おれの決死の攻撃でも倒れないとかどうしろと!?」

「分かんねェけどなんかいい攻撃方法ねェか!? おれの爪じゃひっかき傷しか作れねェ!」

 

 サイズの差がありすぎてサミュエルの爪ではほぼダメージになっていない。多少の出血にはなっているはずだが、こちらの消耗の方が激しい。

 かといってデイビットに同じことをやらせても駄目だろう。既に一度見られた以上、二度目は余裕をもって対処される。

 どうにか方法を模索せねばならない。

 

「フェイユンと戦った時はどうやったんだろうな、あいつら……」

「あっちもあっちで相当なサイズ差がありますけど、中将ともなれば色々出来るんでしょうね」

 

 ぜひとも教えて欲しいが実践できるとも限らない。

 デイビットは腰にぶら下げていた銃を手にして、焼け石に水かと思いながらもサウロへ数発放つ。

 当たった部分が爆発しているが、弾丸程度のサイズではあまり効果はないらしい。

 

「どうやってんだ、それ?」

「おれの息は爆発するんですよ。だから弾丸の代わりにこうやって吐息を込めてやれば……」

 

 銃口に息を吹きかけ、再びサウロに向けて引き金を引く。

 すると当たった場所が爆発し、小さい傷を与えた。

 

「……なるほど。さっきのはもうちょっとデカいのにそれを込めたのか」

「ええ、大砲の弾の代わりです」

 

 能力の強さは能力者の強さに比例する。

 本人の強さがそれほどでもないので、強力な能力であっても威力はそれほど大きくはないのだ。

 それでも先程の大爆発は効いているようで、サウロとロンズは足取りがおぼつかない。

 

「ところでイワンコフさんはどこに?」

「さァな。ちょっと時間を稼いでくれって言われてどっかに行った」

 

 どれくらい時間を稼げばいいのかもわからないが、とにかく時間を稼げと言われたのでその通りにしているような状態だ。何か秘策があるのだろう。

 そう考えて注意を引こうと構える二人の視界に、また一人の巨人が立ち上がるのが見えた。

 その肩にはイワンコフが乗っている。

 

「フェイユン!」

「……おいおい、流石にもうあれと戦う体力はねェぞ……!」

「あれだけダメージ受けてまだ立ち上がるとは、随分タフだで……」

 

 フェイユンの体には至る所に打撲や裂傷、砲撃による火傷がある。痛みも残っているだろうに、それでも立ち上がった。

 イワンコフの能力によるもので、ここで立ち上がれば後日壮絶な後遺症が来るとわかっていても。

 このまま自分だけ倒れているわけにはいかないと、そう思ったから。

 

「ビッグガール。あまり言いたくないけど、次倒れたらもう立ち上がれないと思っておきなさい。〝エンポリオ・テンションホルモン〟は体をごまかすだけの劇薬。痛みも疲れも消えてなくなるわけじゃない」

「……はい。もう、負けません!」

 

 イワンコフはフェイユンの肩から降り、距離をとって回り道をしながらサミュエルたちのいるであろう場所を目指す。

 フェイユンは再び巨大化し、巨人族の十倍ほどの体躯を以てサウロとロンズにリベンジマッチを挑む。

 今度は一人で二人の中将を相手取るわけではない。

 四人で二人を相手取るのだ。

 

 

        ☆

 

 

 〝リトルガーデン〟に居た時、ドリーとブロギーが手本として一度だけ見せてくれたことがある技が一つある。

 巨人族の技、エルバフの槍。

 全てを貫くというその技は巨人族の体躯と筋力あってのものだというが、それと打ち合えるだけの剛力があれば人間族であっても使うことは不可能ではない。

 槍の穂先を後ろに、弓を引き絞るかのように。

 より強く覇気を纏わせ、時間をかけて狙いを定める。

 

「クロ!」

「おう! いくぜ──闇水(くろうず)!!」

 

 ドラゴンと戦っていたセンゴクの体がクロに引きずられて僅かに宙に浮き、まっすぐ引き寄せられてくる。

 チャンスは二度はない。この一撃で沈めなければ、ドラゴンとてこれ以上引き受けるのは厳しいだろう。

 

「巨人族の槍を見よ──〝威国(いこく)〟!!」

 

 まともに受ければセンゴクであっても死を免れられない。

 それを感じ取ったのか、空中で体勢を変えて避けようと動く。〝月歩〟による歩法があれば地に足がついていなくとも移動は容易い。

 ──だが。

 

「焦ったか」

 

 それはカナタとの見聞色の読み合いに勝ってこそ意味のあることだ。

 氷の大地を割りながらまっすぐに飛ぶ斬撃はセンゴクの脇腹を抉り、多大な出血を強いる。

 

「ぐ──っ!!」

 

 しかしそれで諦める男ではない。

 空中で大きなダメージを受けながらも勢いは止まらずクロの方へと引き寄せられている。それを逆手に取り、叩きつけるように掌から衝撃波を放ってカナタを仕留めにかかる。

 カナタは一つ、息を吐いて槍を構え──その攻撃を縦に切り裂いた。

 

「その心臓、貰い受ける」

 

 下から振り上げたその勢いで一度回転し、もう一度下から──今度はセンゴクの心臓めがけて投擲した。

 覇気で黒く染まったその槍はセンゴクの心臓を射抜かんと飛び、センゴクは咄嗟に変身を解くことで左腕を掠るにとどめた。

 その直後。

 

「──こちらも忘れて貰っては困るな」

 

 吸い寄せられるセンゴクの背後にドラゴンが追い付き、カナタの投擲した槍を空中でつかみ取った。

 同時にカナタはセンゴクの方へと飛び掛かり、挟撃する形をとる。

 逃げ場はない。

 これが最後で、最大のチャンスだ。

 

「これで、終わりだ──!!」

「沈め──!!」

 

 前面と背面の両側から強烈な衝撃を受け、ついにセンゴクは意識を飛ばした。

 

 

        ☆

 

 

 雷鳴が響く。

 移動し、槍を振るうごとに赤い雷が追従する。

 先程まで戦っていた時よりも威力は高く、より早い。見た目から変わっている辺り、能力者だったのかと思うゼファー。

 

「さっきまでは手加減してたってのかァ!?」

「手加減など滅相もない! 私は常に全力で戦っていますよ、ヒヒン!」

 

 嘘ではないとすれば、このパワーアップには条件がある。ゼファーとまともに戦えるようなパワーアップなど悪夢のようだが、消耗度合いはより激しくなっている。

 常に全力、というのもあながち間違いではないのだろう。

 パンプアップした筋肉はゼファーと打ち合ってもなお引かぬ筋力を誇り、追従する雷がより戦いにくくさせている。

 

「ふっ!」

「はっ!」

 

 互いに短く呼吸しながら打ち合いは激しさを増していき、ゼンの雷がゼファーの肉体を焼く嫌な臭いが立ち込め始める。

 痛みだけならまだましだが、痺れて動きが止まればその瞬間に滅多打ちにされるのは想像するに容易い。

 

「雷の能力者とは、また厄介な!」

「あいにくですが私は能力者ではありませんので!」

「何ィ!?」

 

 自然(ロギア)系最強種、無敵と謳われる能力の一つであるゴロゴロの実の能力者かと思えば、そうではないと本人は言う。

 

「これは我々の種族全員が使える力。能力者のそれとは違うのですよ!」

 

 驚くゼファーだが、同時に納得も出来る。

 ゴロゴロの実の能力者であれば体を流体にして避けることも出来る攻撃はあったし、何より規模が違いすぎる。

 かつて戦ったことのある雷の能力者は、ゼンとは桁違いの規模で操ることが出来た。今より未熟であったころの話とはいえ、ゼファーが勝てないほどに強い相手だったこともあるが。

 

「種族全員がこんな力を使えるとは、それはそれで脅威だな」

「我々は幼子から老人まで、全てが戦う力を持った戦闘種族。舐めないでいただきたい」

 

 ミンク族自体、そもそも見かけることのないレアな種族だ。ゼファーの驚きも無理のないことだろう。

 

「舐めちゃいねェさ。だが、〝魔女〟にそんな珍しい種族ともつながりがあったとはな」

「色々あったのですよ」

 

 互いに一歩も引かず、槍と拳をひたすらにぶつけ合う。

 激しく戦うその近くで──遂にセンゴクが倒れた。

 しかし、ゼファーは揺らぐことなどない。

 

「──仲間が倒れても、動揺すらしませんか」

「おれと奴ァ、それなりに長い付き合いだ。かつては倒れていく仲間を踏み越えながら戦った時もあった」

 

 背中を預けるに足ると認めた男でも、いつかは倒れる日が来る。

 そういう〝覚悟〟を決めて、海軍にいるのだ。義憤に燃えることはあっても、動揺することなどない。

 ──しかし。

 

「……分が悪いな、こりゃ」

 

 カナタ、ドラゴンは満身創痍とはいえゼファーも相当疲弊している。クロはゼファーからすれば未知の能力者であり、怪我をした様子もない。

 先程まで戦っていた魚人のタイガーも、今は海面下に潜んで隙を窺っていることもある。

 四隻あった軍艦の半分が沈んでいることも含め、総じてゼファーが戦うには非常に不利な状況だ。

 ゼンを弾き飛ばし、いったん距離をとる。

 戦いが膠着したその状況で、カナタが口を開いた。

 

「センゴクを連れて帰れ、ゼファー」

「……何?」

「連れて帰れと言ったんだ。追ってくるなら戦うが、その怪我で今戦って死ぬことに意味があるのか?」

 

 センゴクも脇腹がえぐれていて、早く治療しなければ手遅れになるだろう。

 追われている側のカナタにとってはそちらの方が都合がいいはずだが、さっさと連れて帰れとセンゴクを雑に投げつける。

 怪我人でも容赦はしないらしい。

 

「私も疲れているんだ。海兵たちもさっさと退かせろ」

「……ここでおれが死ぬまで戦うと言ったらどうするんだ?」

「その時は潔くその首を飛ばしてやるさ。だが、私は秩序を大事にする方だ。お前たちが死んで海賊が増えるのも気が進まない」

 

 カナタたちにとっては海賊が増えたほうが色々と都合がいいのは確かだ。

 だが、それはそれとして、〝新世界〟で動く大海賊たちの動きを抑止する存在が弱まることはいただけないのもある。

 

「私を追うならまた戦ってやるさ。今度は一対一(サシ)でお前を倒してやる」

「……そうか。だが、しばらくお前を追うことはない。今回でダメなら〝金獅子〟の方にかからなきゃならんのでな」

「それは重畳。しばらく顔を見なくて済みそうだ」

 

 余裕を見せて笑うカナタ。

 ゼファーはしばし逡巡していたが、やがてこれ以上戦っても崩せないと判断したのか、子電伝虫を使って撤退の命令を下す。

 

「お前はおれが必ず捕まえる……〝金獅子〟は今、ウォーターセブンを根城にしている。関わるつもりがねェなら近寄らねェことだ」

 

 それだけ告げて、ゼファーは軍艦の方へと戻っていった。

 あれは、彼なりの忠告だったのだろう。自分が捕まえるその日まで死ぬな、という遠回しの言葉。

 カナタはため息を一つついて肩をすくめる。その様子を見ていたドラゴンもまた、呆れたように息を吐いた。

 

「……見栄を張っていたが、限界だろう」

「バレたか。実は立っているのも限界でな」

 

 あのまま戦っていれば、死んでいたのはどちらかわからない。首を落とすと気軽に言ったはいいが、あの調子では負けていた可能性も十分にある。

 カナタは覇気も使いつくし、ドラゴンは相当疲弊し、クロはまともに戦えばワンパンで落とされるだろうという状況。

 センゴクを落としても何一つ状況は有利に好転してなどいなかった。

 こちら側の誰かが死ぬくらいなら、センゴクを連れて帰らせた方が得策だと判断したのだ。

 足元の氷が割れ、海面からタイガーが顔を出す。

 

「終わったのか?」

「ああ、船に戻ろう。もう歩くのも億劫だ。ドラゴン、肩を貸してくれ」

「ん? ああ」

 

 ひょいとカナタを抱え上げ、お姫様抱っこの状態にするドラゴン。

 

「……私は肩を貸せと言ったんだが」

「おれと君では体格の差があって肩を貸すのはおれがきつい。こちらの方が君も楽だろう」

「それはそうだが……いや、もういい。好きにしてくれ」

 

 何を言っても無駄だと悟ったのか、大人しくドラゴンに抱きかかえられることにしたカナタ。流石に恥ずかしいのか、頬に赤みが差している。

 ゼンは〝月の獅子(スーロン)〟化を解除し、こちらもふらふらになりながら船へ戻ることになった。

 軍艦が水平線の彼方に消えていくのを見ながら、氷の大地を伝って船に辿り着く。

 タイガーはクロを抱え、ドラゴンはカナタを抱えてそれぞれ船の上までジャンプする。

 船員皆が満身創痍と言った様子で、誰も彼もが疲れていたが、死人は一人もいなかった。

 ドラゴンの腕の中で無事な皆の顔を見て、カナタは拳を上げる。

 

「──この喧嘩、私たちの勝ちだ!」

 

 直後、疲れているにも関わらず、皆が大きく歓声をあげた。

 

 




あと一話か二話くらいで今章は終わりとなります。
W7編もとい金獅子編は新世界まで取っておきたい気持ちありありなので、多分書いてもニアミスとか電話越しとかそんな感じになるかなと。
次章でグランドライン前半は終わり(の予定)です。


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第四十二話:一つの伝説

 ドラム島での激戦から数日後、カナタたち一行はカマバッカ王国にて療養していた。

 誰も彼もが疲弊した状態だったが、あのままドラム島に留まる方がリスクが高いと判断したためだ。

 流石に海軍もあそこから追手を出すほど余裕のある状態ではなかったのか、何の音沙汰もなく実に静かなものだった。

 カナタが軽くストレッチをしながら体の調子を確かめていると、扉をノックしたのちにイワンコフが入ってきた。

 

「元気かしらウィッチィガール」

「イワンコフか。今日の新聞は持ってきてくれたか?」

「ええ。ちょうどさっき来たところ」

 

 あれだけ派手に戦ったのだから新聞にいくらか載るだろうと思っていたが、ここ数日の新聞では全く記事になっていなかった。

 不思議な話ではあるが、わからない話ではなかった。

 

「今日の新聞にもドラムでの戦いは載っていなかったわね。いったいどうなっているのかしら?」

「世界政府にとっても海軍にとっても、海軍大将含む大戦力で戦って敗北したなどと新聞で大々的に言えるわけもない。当然と言えば当然のことだろう」

 

 新聞をにぎやかしているのは相変わらず前半の海に現れた〝金獅子海賊団〟のことばかりだ。カナタたちのことは一切記事になっていない。

 ざっと目を通した限りだと、目立つ記事はそれくらいだ。〝ロジャー海賊団〟や〝白ひげ海賊団〟も相変わらず各地で暴れているらしい。

 しばらくはカマバッカ王国で過ごすつもりだが、いつまでもこの島に留まるつもりはない。

 造船業などで有名なウォーターセブンで船の整備をおこなってから〝新世界〟へ行きたいものだが、どうしたものか。

 

「出来る事なら船大工も船員に加えたいところだが……」

「その辺りはヴァターシも心当たりはないわねェ」

 

 さてどうするかと考えていたところで、新聞から一枚の紙が落ちた。

 どこかに挟まっていたのだろう。

 

「手配書か?」

「ええ……これ、ヴァナータの手配書ね。ええと、額は……」

 

 拾い上げたイワンコフは額を確認し、目をこすってもう一度確認し、目頭を揉んでもう一度確認する。

 

「こ、この額が〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半の海で出るの!!? 前代未聞もいいところよ!!?」

「見せてみろ」

 

 驚きで冷や汗をかくイワンコフから手配書を受け取り、その額に目を通す。

 ──〝竜殺しの魔女〟カナタ。懸賞金十二億ベリー。

 

「……なるほど。確かにこれは見たことのない額だな」

「ヴァナタのことよ!? なんでそんなに落ち着いてるの!!?」

「金額がどれだけ上がっても私がやることに変わりはない。面倒な連中は増えるかもしれないが」

 

 ぱさぱさと新聞をめくっていくと、他にも数枚の手配書が滑り落ちた。

 ──〝巨影〟フェイユン。懸賞金二億三千万ベリー。

 ──〝赤鹿毛〟ゼン。懸賞金三億三千万ベリー。

 ──〝六合大槍〟ジュンシー。懸賞金三億ベリー。

 ──〝爆撃〟デイビット。七千万ベリー。

 先の戦いで実力を示した者たちが軒並み高額の賞金首として手配されていた。フェイユンとデイビットは手配書の更新になるが、相当額が上がっている。

 

「凄まじいわね……総合賞金額(トータルバウンティ)いくらになるのかしら」

「ざっくり計算しても二十億を超えるな。うちも有名になったものだ」

「呑気ねヴァナタ……」

 

 軽く笑うカナタに対し、イワンコフは呆れた顔で腰に手を当てる。

 しかし、と手配書を並べてみる。

 

「ドラゴンとタイガーは手配されていないのか? ゼファーとセンゴク相手に戦った以上、あの二人も賞金首になるものだと思っていたが」

「そうね、そこはヴァターシも気になったところだけど……新聞にはもう手配書は挟まっていないようだし、手配されていないと考えていいんじゃないかしら」

 

 イワンコフもそうだが、ドラゴンとタイガー、それにサミュエルなどと言ったそれなりに戦える面々も手配されていないというのが少しばかり気にかかるところだ。

 世界政府や海軍の考えることはわからない。気にしても仕方がないだろう。

 

「あれだけ頑張って賞金がかからないのかと、サミュエルは騒ぎそうだな」

「普通は賞金なんかつかないほうがいいのだけど……まァ、海賊なら箔が付くって考えるものよね」

「海賊を名乗った覚えはない。船の名前も海賊団としての名前もないしな」

「そうなの? そうね、そういえば聞いたことなかったわ。〝魔女〟の一味としか呼ばれないものねェ」

 

 ゼファーの言葉が本当なら、しばらくは海軍もこちらに注力する暇はないだろう。しばらくはゆっくり療養して、今後のことを考えて行けばいい。

 力をつけるにしても、この島なら環境が揃っている。無理に移動することもないか、とカナタは考えていた。

 

 

        ☆

 

 

 世界のほぼ中心に位置する町、マリンフォード。

 海軍本部に併設されている病院の一室にて、センゴクは今日の新聞を読みながら茶をすすっていた。

 そこへ、騒がしい男が騒がしく現れる。

 

「おう、元気にしてるかセンゴク! 見舞いにおかきを持ってきてやったぞ!」

「怪我は平気かい? 果物持ってきたから、こっちに置いとくよ」

「失礼します、センゴク中将。当方からはお茶を持参いたしました」

「やかましいぞガープ! ここは病院だ、静かに出来んのか! それと果物をありがとう、おつるちゃん。ベルクも茶をありがとう」

 

 センゴクの個室だが、ガープは勝手気ままに椅子に座って自前のせんべいを開けて食べ始めた。

 センゴクとつるは同時にため息をつくが、こういう男だということはよく知っている。つるもセンゴクに勧められるままに椅子に座り、ベルクは急須に茶葉とお湯を入れてお茶の用意をしていた。

 

「新聞を見たが、やはりあの件は公表しないのか」

「出来るわけないさね。仮にも海軍大将が中将三人と軍艦四隻引き連れて討伐に行ったってのに、捕縛どころか敗北して帰ってくるなんて」

「お前がそれだけ大怪我するほどの相手だったってことだろ。実際、どうだったんだ?」

「そうだな……」

 

 一年前に戦った時とは別人のような強さだったことや、一癖や二癖もあるような船員たちをまとめ上げて船に乗せていることなどを、センゴクの印象も踏まえて話す。

 ベルクが淹れた茶をすすりながら、ガープは珍しく真剣な表情で考え込んでいるようだった。

 

「とんでもないルーキーが現れたもんだね。コング元帥もてんやわんやだったよ」

「一年間どこで身を隠していたのかも気になるが……たった一年であそこまで飛躍的に実力をつけていることが一番の疑問だな」

「一対一で勝てなかったのかい?」

「いや、数人と連戦だな。だが、〝魔女〟とサシで戦っても無傷とはいかなかった」

 

 ゼファーと二人であと一歩のところまで追い詰めたのだ。油断も慢心もなく、確実に捕らえることのできる戦力だったと自負している。

 だが、現実はそうはいかなかった。

 一対一で最後まで戦えていれば、まだセンゴクに勝機はあっただろうが……カナタを支える船員に強者が多かったのが敗因だろう。

 

「信じられるか? おれやゼファーを相手に退かずに戦える船員が何人もいるんだ。まるでかつてのロックスの船のようだった」

「ロックス」

 

 ガープは非常に嫌そうな顔をして、その海賊の名を復唱した。

 

「あいつと違うのは、船員同士が協力し合っているということだ。ロックスの船だって、船員同士で仲が良ければおれ達が負けていたかもしれない。今後〝魔女〟の船が()()()()可能性もある」

「……やけに〝魔女〟を評価するじゃないか、センゴク。やられたのがそこまで堪えたか?」

「……負けたこともあるが、そうだな……〝魔女〟の姿が、どうしてもとある女に重なって見えるのもあるのかもしれん」

「重なって見える?」

「オクタヴィア──〝残響〟だ」

 

 今度はガープに続いてつるも嫌そうな顔をした。

 

「嫌な女の名前を出すんじゃないよ。政府からしたらロックスだけでも揉み消したい事件は数えきれないほどあるっていうのに、あの女まで入れると数えたくもないね」

「だがあの女は死んだはずだろう。おれはそう聞いてるが」

「伝聞だけだ。死体は見つかっていない」

「あの激戦で死体が残るかって言われたら疑問もあるしな」

「生きていたらそれこそ大事件だよ。歩くだけでトラブルを巻き起こすあの女が、トラブルを起こさずに五年も過ごせるもんかね」

 

 つるはガープから一枚せんべいを貰ってかじりながら吐き捨てる。

 空になったセンゴクの湯飲みにお茶を注ぎながら、ベルクは質問を投げかけた。

 

「当方はまだ新米ゆえ、〝ロックス〟なる海賊については多くを存じませんが……オクタヴィアという女性はそれほどにトラブルメーカーだったのですか?」

「トラブルメーカーなんてもんじゃないよ。奴が関わると基本的にろくなことにならない」

「勝手にほれ込んだ国の王族が大金使って国が傾くわ、暴れた島は焦土になるわ……確かにろくなことになってねェな」

「懸賞金三十五億。〝残響〟のオクタヴィア……当時最強の海賊と言われれば間違いなくロックスだが、奴が唯一背を預けた女がオクタヴィアだ」

 

 逸話など掃いて捨てるほどあるが、そのほとんどは新聞に載っていない。

 それゆえに彼女について知るものは多くはなかった。

 

「顔は常に仮面で隠していた。国を傾けるほどの美貌を持つだとか、目も当てられない醜女(しこめ)だとか、顔に大怪我をしているだとか色々言われていたがな」

「覇王色の覇気の持ち主で、黒髪で得物は槍……」

「──……」

「……お三方?」

 

 三人が同時に口を噤んだ。沈黙が場を包み、ベルクはやや困惑しながら誰かが口を開くのを待つ。

 まさか、とセンゴクが最初に口を開く。

 

「奴に子供がいた?」

「類似点だけ上げれば……ゼロじゃあないね」

「おいおい……勘弁しろよ。おれァゼファーの代わりに天竜人の護衛で奴に会いに行けって言われてんだぞ」

「お前がか、ガープ。政府は一体何を考えているんだろうな……」

「まァ個人的にもちょっと用はあったが……本人に問いただしてみるか」

「……天竜人があの女に一体何の用があるんだ?」

 

 センゴクの疑問に「おれが知るか」と投げやりな返事をするガープ。

 ただでさえ今〝新世界〟の海は荒れている。

 白ひげとロジャーがぶつかっただとか、〝楽園〟で妙な動きをしている金獅子だとか、海軍としても頭の痛いことばかりだ。

 ここに来てロックスの船の残党がまた増えるなど勘弁してほしいところではある。

 

「ゼファーが現場に復帰したら〝金獅子〟の方に当たる予定で、ガープは〝魔女〟に会う天竜人の付き添い。あたしは〝新世界〟の方に──」

 

 つるが話している途中で、病室のドアがノックされた。

 返事をしてドアが開けられると、〝正義〟のコートを纏ったその男は焦ったように矢継ぎ早に話し始めた。

 

「失礼します、センゴク中将。おつる中将とガープ中将がこちらにいらっしゃると伺いました……ああ、よかった。いらっしゃるようですね」

「どうした、何かあったのか?」

「将校各位に緊急招集がかけられております」

 

 緊急招集とは穏やかではない。またぞろ厄介なことが起きたのかと、センゴクは額に手を当てて続きを促す。

 男は手元の紙を確認し、重い口を開いた。

 

「重要事項が二点。一点は〝ビッグマム〟シャーロット・リンリンが動き、本人と幹部が乗っていると思われるクイーン・ママ・シャンテ号をシャボンディ諸島周辺にて目撃とのこと。もう一点は……その、西の海(ウエストブルー)にて()()()()()()()()()()()()という奇妙な天候が発生したとのことで」

「……()()()()()()()だって?」

「はい。詳しいことはわかっておりませんが、島全域が焦土と化し、生存者はゼロと……」

「……生きていたのか、やつめ」

「噂をすれば、って奴かねェ。焦土になったのはどんな島だったんだい?」

「普通の街と……目立つのは()()()()()()()()()()()()が確認されております」

「孤児院か……狙いはわからないけど、十中八九あの女だろうね」

 

 伝令に来た男もベルクもわかっていなかったが、三人の中将はその事象だけで誰が引き起こしたのかわかったらしい。

 コング元帥が緊急招集をかけるのも納得だな、とセンゴクはぬるくなったお茶をすする。

 

「急ぎだろ。どこに集まるんだい?」

「あ、はい。大会議室に緊急対策本部を設置すると──」

 

 ガープとつるは伝令の男に連れられて急ぎ部屋を出て行った。

 残されたのはセンゴクと召集対象とならなかったベルクの二人のみ。

 

「ほら、お前も食え。うまいぞ」

「いただきます」

 

 センゴクからおかきを貰ってそれを口にするベルク。

 部屋の中は静寂に包まれるが、今日の新聞を片手にセンゴクは呟いた。

 

「この先、海は荒れるだろう。元ロックスの船員たちが軒並み動いていることを考えると、恐らく台風の目は〝魔女〟だ」

 

 良くも悪くも、事態は大きく動くことになる。

 悪夢のような海賊団は、まだ完全に消えたわけではないのだから。

 

 




物体を浮かせる男VS天候を支配する女
ファイッ!!

相性的に金獅子ボロ負けする気が。本人の強さで拮抗しそうな気はしますが。

オクタヴィアに関しては「二次創作だし盛れるだけ盛ってしまえ」と勢いだけで作り上げたキャラクターなのでとんだ化け物になりました。反省はしていません。


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幕間 くれは/???

本日二話同時投稿です。こちらは一話目になります。


「聞いたか!? ついこの間の海賊と海軍の戦い、新聞に載ってねェらしいぞ!」

「うるさいね……そんなこと知ってるよ。そんなこと言うためだけにうちに来たのかい?」

 

 大騒ぎする黒いシルクハットと白衣の男──ヤブ医者と名高いヒルルクを相手に、くれははため息をつきながらお茶を淹れる。

 新聞片手に身振り手振りで大騒ぎするヒルルクはくれはの冷ややかな目に気付かず話し続ける。

 

「一瞬で凍り付く海! 爆音と轟音! 巨人族の海兵と、その何倍も大きい怪物! そこそこ長いこと生きてきたが、あんなのはこの広い海でも見たことはなかった!」

 

 わざわざ高い丘から双眼鏡で見ていたらしい。

 ドラム島のすぐ近くでの戦闘だったので他人事ではなかったが、くれはにとってはどちらが勝っても自分に被害が来ることはないとわかっていたことだ。勝敗そのものにさしたる興味はなかった。

 だが。

 

「……ヒッヒッヒ。随分大変なことになったじゃないか」

 

 十二億もの賞金を懸けられた少女の手配書を見ながら、懐かしい顔を思い出す。

 何かあると訪ねてきてはトラブルを起こして迷惑を掛けてきていた女を。

 

「知り合いか?」

「知った顔の娘さ」

 

 初めて会ったのがいつだったかなんてことは覚えていないが、数年前までは何をしたかわからずとも名前だけは響き渡っていた。

 思い出すと久しぶりに会ってもいいかと思ってしまう。

 会ってしまえばきっと何かしらのトラブルに巻き込まれるのだろうけれど、それはそれで退屈はしない日々だろう。

 「こんな面倒なことに巻き込んで」とぐちぐち言いながら、それでも結局手を貸してしまうのだ。

 いつだって、そうだった。

 

「……十二億の女が知った顔の娘なのか? どうなってんだお前の知り合い」

「うるさいよ。あたしの交友関係があんたに関係あんのかい?」

「いや、そりゃねェけど……」

「だったら黙ってな」

 

 人の思い出に土足で踏み込むものではない。

 ヒルルクよりも長く生きているのだから、それ相応にたくさんの思い出がある。

 

「皆不安に思ってんだ。一時期世界を騒がした海賊団はとんと話を聞かなくなったが、最近は他の海賊もいっぱいいる。だが! 皆疲れて擦れてしまっても! おれの研究さえ完成すれば不安なんか消し飛ばしちまう!」

「……変なモン作ってんじゃないだろうね」

「変なモンとは失敬な! おれァ本気で万能薬を作ろうと思ってんだぜ」

「万能薬なんざないよ。だから医者がいるんだ」

「いーや、あるね。不治の病だって治ったんだ! 奇跡はきっとある!!」

 

 聞く耳を持たないヒルルクにくれははため息をこぼし、椅子に深く座り込む。

 しかし、とヒルルクは部屋の一角を見る。

 山のように積まれた物資が所狭しと置かれている。生活用品から食料や服まで何でもありだ。

 

「この大量の荷物はどうした。また患者から奪ったのか、業突く張りのババアめ」

「向こうもちゃんと納得したんだ。それに、()()はあたしの弟子から送られたものだ。勝手に触るんじゃないよ」

「……弟子? お前に弟子なんかいたのか? そういやここ最近見慣れねェ連中が出入りしてたな」

「ヒッヒッヒ。お前さんよりよほど腕のいい医者だよ。あたしの全ては叩き込めなかったが、最低限のことは教えた。あとはあいつの勝手さね」

「いなくなったのか? ……いや、まさか、お前……」

「さて、どうだろうね」

 

 ヒルルクが何か言いたそうな目をしていたが、くれはは答える気もなく新聞を読み始める。

 もごもごと口ごもっていたヒルルクだが、最終的に諦めたのか、「帰る!」と言って帰ってしまった。

 しばらくして暖炉の火が消えそうになっていることに気付き、誰かを呼ぼうとして口を閉じた。

 この家にはもう、くれは一人しかいない。

 

「……この家はこんなに広かったかね」

 

 物資が所せましと置かれていても、どことなく家の中が広く感じた。

 

 

        ☆

 

 

 ──西の海(ウエストブルー)のとある島。

 小さな船から一つの影が港に降り立ち、まっすぐに孤児院の方へと歩いていく。

 この島には特に大きな産業もなく、捨て子となった子供たちを集めては日々を慎ましく生きる大きな孤児院だけが目立つ建物だった。

 院長は人格者で、時折孤児院から出ていった子供が戻ってきては院長と話すこともあるという。

 きっと彼女もその中の一人だろうと、微笑ましく見送る港の男たち。

 彼らの視線を受けながら、金色の髑髏の仮面で顔を隠した女性は迷うことなく孤児院を目指す。

 

「……お姉さん、誰?」

 

 警戒心の強い子供が孤児院の入り口で女性を見つける。

 ボロボロのマントに節々のほつれた安物のドレス。さらには金色の髑髏の仮面をした女性など、それなりに長いこと孤児院にいる少年には見覚えがなかった。

 

「孤児院の院長に用がある。いるか?」

「……いるけど。誰? 名前も名乗れないの?」

 

 挑発するように少年は鼻で笑う。

 女性はそれを気にするでもなく孤児院の扉に手をかけるが、少年はそれをさせまいと手に持った箒でドアノブにかけようとした手を叩き落とそうとした。

 面倒くさそうに一瞥し、覇王色の覇気で気絶させる。

 また対応するのも面倒だと言わんばかりに、女性は覇王色の覇気を発したまま孤児院の中に入った。

 その圧力だけで建物が軋み、現れた少年少女の全てが倒れ伏していく。

 院長の部屋に辿り着いた女性は、ノックすらすることなく無造作にドアを開けた。

 部屋の主は特に慌てた様子もなく、眼鏡をして書類とにらめっこをしている。その横には武器を持ったまま倒れている少年少女たち。

 それを一切気にすることなく、女性は金色の髑髏の仮面を外し、その素顔を露にする。

 艶のある黒髪を流し、翡翠の瞳を除けば院長にとって見覚えのある顔がそこにはあった。

 院長はため息をついて眼鏡をはずし、肘をついて組んだ手の上に顎を置く。

 

「……久しぶりだね、オクタヴィア」

「ノウェムが賞金首になっている。お前に預けたはずだが、何故あの子はここにいない?」

「簡単なことだよ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ピクリ、と女性──オクタヴィアの眉が動いた瞬間、一条の閃光が迸って院長の心臓を正確に撃ちぬいた。

 部屋の中で轟く雷鳴に窓が割れる。しかし院長には傷はなく、隣に倒れていた少年の肉体が焼け焦げたかと思えば大きく痙攣して動かなくなった。

 

「せっかちなのは昔から変わらないね」

「お前のつまらない冗談を聞くためにここに来たわけじゃない」

「とはいっても、事実は事実だ。ノウェムは人買いに売り払った。それ以外の事実はないよ」

「…………」

「理由が知りたいって顔だね。ふふふ……さしたる理由があるわけじゃないけれど、そうだね。()()()()()()()()()()()()()、かな」

 

 院長は強くなるオクタヴィアの殺気に臆することなく、白髪を撫でつけて笑みさえ浮かべて話し続けた。

 

「ノウェムを売り払った時は心が痛んだとも。()()()()()()()()ね。でも、それ以上に君に似ていることが耐えられなかったのさ──母親を殺した君に、よく似ていることがね」

 

 優しそうな笑顔を浮かべる院長の瞳は、いっそ狂気的だった。

 かつて愛した女性の面影を強く残す娘が、母親を殺し、孫を連れてきた。孫もまた血筋として当然のようによく似た容姿で──愛しさと憎しみがぐちゃぐちゃに混ざり合って、最終的に遠ざけることにした。

 手配書を見れば、院長は自分の判断が間違っていなかったと安堵できる。

 あのまま手元に置いておけば、きっと自分は彼女を殺していた。

 

「……言いたいことはそれだけか?」

「ああ、これだけだ。君が僕を殺しに来ることもわかっていたから、身辺整理も終わらせてある。だけど、死ぬ気もない」

「勝てるとでも?」

「ゼロじゃないさ。君、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 院長はオクタヴィアに向かって指をさす。

 まるで、自分には全てお見通しだとでもいうように。

 

「ゴッドバレーの一件を政府は隠していたようだけど、当時最強だったロックス海賊団の壊滅は裏世界にとって衝撃だった。君もあの時の戦いに参加したんだろう? 君がロックスを見捨てられるはずがない。激しくなる戦闘、いつ殺し合いを始めてもおかしくない仲間たち、ロックスの野望。そういったものを考えて、君は唯一頼れる僕にノウェムを預けた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 院長は立ち上がり、机を回り込んで倒れている少年少女を気にすることなく踏み越えていく。

 

「理由まではわからないけど、あの一件のあとで君はすぐにあの子を迎えに来なかった。もっとも、あの子を捨てたのはそれより前だから迎えに来たとしても無駄だったけどね」

「…………」

「そう怒るなよ。迎えに来ても僕には戦う準備はあった。けれども君は来なかった──随分酷い怪我みたいだね?」

 

 ざわざわと床が変質する。

 木製の建物が藁へ。そして院長自身も藁で覆われて足元からいくつもの人形が生み出される。

 

「降魔の相──」

 

 両手の指にはそれぞれ五寸釘が握られ、覇気を纏ったそれらはすさまじい速度でオクタヴィアへと振るわれた。

 彼女はそれらを気負うことなく全て躱し、右手で院長の胸部へと拳を叩き込む。

 すると、先程倒れた少女の一人の胸部が破裂して即死した。

 

「いつ見ても妙な能力だ。気味が悪い」

藁人形(ストローマン)さ。十人宿せば十回死ねる。さて、僕は何人宿しているのだろうね?」

「死ぬまで殺せばそれで終わりだろう。つまらん能力だな」

 

 脅威足りえる能力ではないと判断したのか、右手に雷を収束し始める。

 だが、これだけ強いということは院長は既に知っている。対策を何もしていないわけではない。

 

藁人形軍団(ストローマンズレギオン)──仮面舞踏会(マスク・パレード)

 

 足元から広がる藁の床が倒れた少年少女たちを呑み込み、藁で覆われてゆらりと立ち上がった。

 幽鬼のように覚束ない足取りでふらふらしていたかと思えば、オクタヴィアを敵と認識した瞬間に機敏な動きで襲い掛かる。

 微弱ながら覇気を纏っている。元から使えたのか、それとも院長が自身の覇気を纏わせているのか。

 それすらどうでもいいとばかりに、オクタヴィアは右手を軽く横に振った。

 

「──この程度か」

 

 迸る雷撃は一切の躊躇なく中身ごと撃ちぬき、纏った藁ごと中身の少年少女たちを焼き殺した。

 一拍遅れて雷鳴が響き渡る。

 

「ふふ、何の罪もない少年少女を殺すことに一切の忌避感無しか。悪魔のようだね」

()()()()()()()()()として孤児院を経営しているお前に言われたくはないな」

「確かにそうだ──でも、死体でも使い道はあるんだよね」

 

 再び足元から藁が纏わりつき、焼け焦げた死体が立ち上がって向かってくる。

 死してなお操られるおぞましい能力だ。死体を操る能力は数あれど、無制限に使い潰すのにこれ以上の能力はない。

 院長は笑いながら範囲を広げていき、孤児院の各所から悲鳴が飛び交い始める。

 どこまで広がるのかはわからないが──この男は、全てを使ってオクタヴィアを殺しに来ている。

 

「君、さっきから攻撃は全部右手でやってるけど──左腕、動かないんじゃないかい?」

 

 院長の背後に現れた巨大な藁人形から無数の五寸釘が放たれ、オクタヴィアはそれを受け流す。

 ゴロゴロの実の雷人間──数ある自然系の中でも桁違いのエネルギーを誇る能力者だ。自然系の例に漏れず、肉体としての形を持った雷のようなものなので攻撃を受け流すことも造作ない。

 オクタヴィアは院長の言葉を否定も肯定もせず、再び右手を振るって周りの藁人形たちを薙ぎ払っていく。

 

「当たりのようだね。海軍大将にやられたのか、それともロックス海賊団の仲間にでもやられたのか……どちらにしても好都合だよ」

 

 藁人形だけでは飽き足らず、足元から藁が伸びてきてオクタヴィアの体に纏わりつき始める。

 覇気を伴ったそれらは自然系の肉体であっても逃がさず、縛り付けて動けなくしていく。

 その間にも藁人形はオクタヴィアへと殺到し、両手に持った五寸釘を次々に突き刺しては引き抜き、突き刺しては引き抜く。

 

「……?」

 

 先程から反応が薄いこともそうだが、余りにもあっけなさ過ぎる。

 懸賞金三十五億というのは並の金額ではない。広い海でも上から数えたほうが圧倒的に早い。

 それほどの実力を誇る彼女が、この程度の攻撃でやられる? まるで嵐の前の静けさのような空気を感じ取った院長は、やることは変わらないと切り札を切る。

 藁が鋭い針のようになり、覇気を纏って黒く染まったそれらはオクタヴィアの全身を隙間なく狙う。

 

「──死ね、オクタヴィア」

 

 狙いを定めて殺到する藁の槍を前にしてもオクタヴィアは微動だにせず、全身でその槍を受ける。

 それでもなお──彼女の体に傷はない。

 血の一滴も流れず、かすり傷一つ負った形跡もない。

 何故か。理由は実に単純──すべての攻撃を見聞色で感知して受け流しているからだ。

 

「お前の見聞色では私の見聞色を破れない。何時間やろうと傷一つ負わせられん」

「バカな……だったら、逃げる隙間もなく叩き潰してやる」

「別に何時間かけて戦ってもいいが──鬱陶しい」

 

 先程までとは桁違いの雷撃がオクタヴィアから放射状に放たれる。

 纏わりついていた藁や少年少女を覆っていた藁は全て焼け焦げ、燃え上って炭化した。院長は咄嗟に武装色の覇気で防いだが、無造作に放たれた一撃でもこの威力。

 政府が脅威と判断するのも道理というもの。

 

「ぐ──!?」

「私の一族は〝暗月〟の名の下にその全てを継承してきた。私と私の母も例外ではない」

 

 そこに他者の入り込む余地はない。

 時代を見定め、その時代の〝Dの一族〟に手を貸し、あるいは敵対する。

 オクタヴィアはロックスこそ時代を変える者だと判断して手を貸してきたが、ガープに敗北してその全ては水泡に帰した。

 それでも、戦ってきたことすべてが無駄なわけではない。 

 

「私は母を殺すことで全てを受け継いだ。戦い続けることが使命だとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()戦ってきたんだ」

「……だが、それでも! 僕は彼女を失いたくはなかった!」

「誰だってそうだ。失いたくないから戦っている」

 

 ──そして、オクタヴィアは天へと右手の人差し指を向けた。

 

()()()()()──彼方より来りて星を撃ち抜く者(デウス・アルクス・トニトゥルス)

 

 天より無数の、音が飽和するほどの雷鳴が連続して炸裂した。

 院長が貫かれたのは一撃だが、これは彼一人を狙ったものではない。

 

(──馬鹿な!? 今の一撃ですべての藁人形(ストローマン)が消えた!?)

 

 見聞色の覇気を使って探知しても、船着き場以外の全てで生命反応が消えている。

 天から降り注いだ雷が、この島に住む全ての生き物を皆殺しにしたのだ。それほど大きい島ではないとはいえ、たった一度攻撃しただけで寸分違わず住人全てを狙い撃ちにした。

 

「お前の能力は生き残るという点に関しては有用だが、傷を押し付ける相手がいなくなれば発動しないだろう?」

「……そこまでお見通しか……」

 

 肉体から次々に焼け焦げた藁人形(ストローマン)が吐き出される。

 この島で最後に死ぬのは自分だと、そう思っていたが──こうもあっさりやられると、いっそのこと笑みすら浮かべたくなる。時間をかけて用意した手段を使う暇もなかった。

 ボロボロに焼け焦げた肉体も悲鳴を上げている。足は体を支える事すら出来ず、膝をつく。

 

「……僕は無力だ」

 

 うつぶせに倒れ伏した院長は、孤児院だった残骸の中で小さく呟いた。

 

「神様になれなかった。彼女を救うことも、仇を討つことも……何も、出来なかった」

「…………」

 

 震える手で胸元から一枚の古い写真を取り出し、こぼれた涙は地面を濡らす。

 止めを刺すこともなく、オクタヴィアは背を向けて港に帰ろうとする。

 その途中で藁に変換されず一部残った孤児院の中に、唯一傷のない机があった。その引き出しの中には、大事そうに写真立てに入れられた二枚の写真があった。

 一枚はオクタヴィアと、院長と、母親の映ったずっと昔の色褪せた家族写真。

 もう一枚は……記憶の中にあるよりもずっと大きくなったノウェム──カナタが、つまらなそうに本を読んでいる姿だった。

 

「…………」

 

 一枚だけ写真を抜き取り、オクタヴィアは孤児院を後にする。

 思い残したことはない。

 

 

        ☆

 

 

「おかえりー。どうだった?」

「全部終わらせてきた」

「そっか。その大事そうに持ってる写真は?」

「……唯一残ったあの子の写真だ」

 

 船着き場に辿り着き、オクタヴィアは小さい船に乗り込んでどかりと椅子に座り込む。

 同乗者の少女は笑いながら水をコップに注ぎ、オクタヴィアの前に置く。

 

「次の目的地はどうする?」

「ドラムへ行く。いい加減この動かない腕をなんとかしなければな」

「前の海軍大将って凄かったんだねぇ。君にこんな後遺症を残すなんてさ」

「毒を使う能力者だった。殺しはしたが、流石に大将二人を同時に相手取るのは少しばかり無理があったらしい」

「そりゃあね。普通は一人相手するのも難しいんだよ」

 

 疲れた様子のオクタヴィアを気遣ってか、少女は明るく話す。

 戦いそのものはすぐに終わったが、相手が相手だった。何も思うところがないかといえば、そうではないのだろう。

 

「でもまあ、ドラムに行っても駄目だったらこの万能の天才に任せることだ。数年以内に何とかして見せるとも!」

「頼もしいことだな。ついこの間海賊に襲われて泣いてた小娘が」

「うっ……それは言わないで欲しいなあ」

「ふふ……船を出すぞ。もうここに用はない」

 

 錨を外し、港を離れて程なく。

 オクタヴィアは空へと手をかざした。

 

「何をしてるの?」

「立つ鳥跡を濁さず、だ──神立(カンダチ)

 

 立ち込める暗雲の真ん中に雷を打ち込むと、それを契機に無数の雷が島へと降り注ぐ。

 島そのものは破壊できずとも、その表面にあるものは全て灰塵に帰すだろう。

 無駄な破壊は好まないが、この島に残したものをそのまま自然に朽ちさせるよりは自分の手で葬りたかった。

 ──オクタヴィアの暴れた場所は焦土と化し、ただ雷鳴だけが虚空に響く。

 故に、彼女は〝残響〟と呼ばれたのだ。

 

 




後書きは夜にでも活動報告にて。

END 追走劇/チェイスバトル・グランドライン

NEXT 激突/スプリンター


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今章のキャラまとめ

本日二話同時投稿しています。こちらは二話目になります。

四章のキャラまとめです。
例によって例の如く読まなくても特に問題はないです。
キャラ増えすぎてきたのでちょっと短めに纏めてます。


 大海賊時代の幕開けまで、あと9年。

 

 所属 ジョルジュ一家改め魔女の一味

 

・カナタ

 本作の主人公。16歳。自然ロギア系ヒエヒエの実の氷結人間。

 〝竜殺しの魔女〟懸賞金12億ベリー。ONLY ALIVE(生け捕りのみ)

 船長兼航海士。

 黒髪赤目の美少女。ドラゴンとクロと協力することでなんとかセンゴクをKOした。一対一だとまだちょっと勝てない。

 

 記録指針(ログポース)を偉大なる航路前半と後半のものを予備含めて二つずつ所持している。

 また、永久指針(エターナルポース)は〝プロデンス王国〟〝ハチノス〟〝ドレスローザ〟〝ドラム王国〟のものを所持。

 メインの武器は海王類の牙を削って作った槍。

 覇気は覇王色、武装色、見聞色の全てを高いレベルで使用可能。

 覇気の練度が増しており、極度に集中させると青紫色に変色するようになった。

 

 偉大なる航路の踏破を目指して移動中だが、現在はスクラの医術の勉強のためにドラム王国とカマバッカ王国を往復していた。

 海軍に見つかったことでドラムから離れ、カマバッカ王国にて滞在中。

 ドラムとカマバッカを往復しているだけなのにタイガー、ドラゴン、イワンコフが仲間になった。

 

 海軍との決戦時にはセンゴクと戦った。

 能力と覇気を駆使し、少なくない手傷を負わせたが、フェイユンがやられたことでゼンも連鎖的にやられて瓦解寸前だった。

 タイガーとドラゴンの助けがあって持ち直し、クロとドラゴンと協力してセンゴクを倒す。

 ゼファーを撤退させた後でバッタリ倒れて寝込んだが、スクラに「食って寝れば治る」と言われて放置された。包帯でグルグル巻きにされていたが、本人の回復力が高いのか他の怪我人よりも治るのがずっと早かった。

 

 本名は「ノウェム」

 かつてとある王国に存在した一族の末裔。役目はいずれオクタヴィアから引き継がれることになるだろう。

 

 

・ジュンシー

 赤い髪に筋肉質な肉体が特徴的な男。29歳。

 〝六合大槍〟懸賞金3億ベリー。

 戦闘員。

 武装色、見聞色の覇気を扱える。

 

 ドラム島では特段やることもなく暇していたが、カマバッカ王国では肉体をより強く出来ると知って嬉々として鍛え上げていた。

 ニューカマー拳法の使い手と戦って技の研鑽をしていたらしい。

 

 ドラム島での戦いにおいてはゼファーと戦い、カナタが戻るまでの足止めに徹した。

 その後は本部大佐たちをなぎ倒していたが、途中で現れたベルクと最後まで戦い続けた。

 

 

・クロ

 黒髪黒目、全身に刺青の入った褐色肌の青年。23歳。

 自然(ロギア)系ヤミヤミの実の闇人間。

 (一応)(自称)戦闘員。

 

 オカマ相手でも全く物怖じせずに話していた。相変わらず本人は大して強くない。

 能力の特性か本人の資質か、痛みに強い。

 

 カマバッカ王国でオカマたちと仲良くなっていた。

 海軍との戦闘時にはその能力で多数の相手を飲み込んで無力化するなどしていた。最終的に切り札としてカナタ、ドラゴンと協力し、センゴクを倒すことに成功した。

 

 

・ジョルジュ

 黒髪黒目に二メートルほどの男。31歳。

 金庫番。

 戦闘力はそれなりで本部大佐くらいなら同格に戦える。ただし覇気は使えないので自然系相手だと不利。

 直接的な強さではカナタたちに及ぶべくもないが、頭を使って状況を整えたり形勢逆転の目を作ったりと、裏方として活躍した。

 

 スクラがくれはから医術を習う代わりに有り金全部渡すことになって卒倒しかけた。カナタがそれを簡単に承諾するものだから頭が痛くなったが、必要なことだと認めて最終的に有り金全てを差し出すことに。

 ついでのように自分も労力としてくれはの下にいたため、少しだけ医療のことがわかるようになった。

 専門的な病気やけがはともかくとして、簡易的な応急処置や薬の種類などはわかるようになったので船医の手伝いも出来るように。

 

 

・スコッチ

 金髪碧眼の小太り男。サングラスをかけている。31歳。

 航海士

 義理人情に厚いため、タイガーがゼファー相手に戦っているときに「客人にばっかり戦わせるんじゃねぇ」と一喝して自分も前に出た。

 女好きで雪国の美女を探そうと思っていたらオカマばっかりのカマバッカ王国に居つくことになって絶望した。この世の地獄である。

 

 オカマたちとはよく反発しているが、その強さは目を見張るものがあるのでしぶしぶ訓練相手として戦って貰っている。ストレスでやけ食いするのでまたちょっと太った。

 本部大佐とはそれなりに戦えるが、大将は流石に無理だった。

 

 カナタがセンゴクを倒して軍艦を追い返したあと、船倉から酒を持ってきて大騒ぎしながら勝利の美酒に酔っていたが、カナタが戦闘の疲れで動けない間は単独で航海士として動かなければならないのにやらなかったのでガッツリ怒られた。

 しばらく酒を飲めなくなった挙句、しばらくの間首から「私はルール違反をした間抜けです」とかかれた板を下げる羽目になっていた。

 

 

・フェイユン

 巨人族。薄紫の長い髪とアメジストのような紫色の瞳が特徴的な女性。39歳。

 超人系(パラミシア)デカデカの実の巨大化人間。最大全長173メートル。

 〝巨影〟懸賞金2億3000万ベリー。

 戦闘員。

 武装色と見聞色の覇気を扱える。生まれつき見聞色を扱えることもあり、相手の感情を読み取る力に長けている。

 

 ドラム王国では暇していたので船から降りてすぐ近くで大きな雪だるまを作ったりして遊んでいた。

 カマバッカ王国ではドリーとブロギーから習った技術を反復練習したり、覇気の修練をやっていた。その傍ら、オカマたちの母性本能をくすぐったのかよくお世話をされていた。

 本人は特に自覚はなくやっていたらしい。

 

 海軍との戦闘時にはサウロ、ロンズという巨人族の海軍中将を相手に戦っていた。

 地力の差と戦闘経験の差もあり、一度は敗北するもイワンコフの能力で一時的に復活して戦った。

 そのあとすぐに撤退したのでそれほど大きな怪我もなかったが、〝エンポリオ・テンションホルモン〟の影響でしばらく寝込むことに。

 相変わらずオカマたちに甲斐甲斐しく世話されていた。

 

 

・ゼン

 黒鹿毛の馬(?)のミンク族。38歳。

 〝赤鹿毛〟懸賞金3億3000万ベリー。

 戦闘員。

 本人の毛色は黒鹿毛だが、〝月の獅子(スーロン)〟化したときの毛色が赤く染まることから〝赤鹿毛〟の名がついた。

 

 エレクトロと本人の卓越した武勇からゼファーとまともに戦える数少ない船員。

 海軍との戦闘時もゼファーと戦っていたが、フェイユンが敗北したことに動揺してKOされ、カナタを窮地に追いやってしまう。

 その後なんとか復活して〝月の獅子(スーロン)〟を使うことでゼファーを追い詰める。

 

 ボロボロの体で〝月の獅子〟を使ったこともあってフェイユン同様しばらく寝込むことになったが、こちらはスクラに怒られながら看病されるはめになっていた。

 多少の無茶をしなければどうにかできる相手では無かったこともあったが、心配をかけたことは事実なので平謝りをしていた。

 

 カマバッカ王国でもう少し鍛えなければと考えている。 

 

 

・サミュエル

 身長三メートルほどの筋骨隆々な大男。坊主頭。28歳。

 動物(ゾォン)系ネコネコの実 モデル〝ジャガー〟の能力者。

 戦闘員。

 覇気は武装色のみ使える。とはいえ、まだ基礎的な段階でしか扱えていないので今後の修練次第。

 カナタの船の珍獣枠。

 

 スクラとジョルジュの護衛としてドラム王国に残った。

 くれはによく力仕事を頼まれるなど、顎で使われていた。本人は特に不満にも思っていなかったようだ。

 

 海軍との戦闘ではサウロ、ロンズの二人の中将を相手に戦っていた。

 能力を駆使してもサイズ差があるために決定打を持たず、ちまちまと傷をつけるくらいしか出来なかったので非常に悔しく思っているらしい。

 船の中では比較的怪我の少ない方だったので、海軍が撤退した後でカマバッカ王国に向かうときに操舵をしていた。

 スコッチがベロンベロンに酔っぱらった状態で指示を出すのでちょっと迷子になった。

 

 カマバッカ王国ではイワンコフを筆頭に大量のオカマたちがいたので面食らったが、〝攻めの料理〟などを食べながらしばらく鍛え上げたいと気合を入れていた。

 

 

・スクラ

 ぼさぼさの白い髪、二メートルほどの身長と線が細く目つきの悪いイケメン。25歳。

 船医。

 最近見聞色を診察に使えるのではないかと思い始めた。

 

 念願のドラム島で医術の勉強をすることが出来ることもあり、気合を入れてくれはの下へ弟子入りした。

 くれはには厄介がられていたが、その姿勢は認められていた。

 様々な病気や症例を叩き込まれ、短い期間ながらも実りある勉強が出来たとほくほくである。

 海軍が嗅ぎつけてきたので途中で終わらせる羽目になったが、それでも十分すぎる程色々教えてくれたくれはに感謝している。

 

 戦闘力はないに等しいため、海軍との戦闘時は船の中に隠れて負傷者の治療にあたっていた。

 

 カマバッカ王国では重傷者であるゼンとフェイユンの看病で忙しくしていた。カナタも動けなかったがこちらは食って寝れば治ると治療が終わったのち放置した。

 〝月の獅子〟という無茶な戦い方をしたゼンのことを怒りながら看病していたが、そうしなければ全滅の危機でもあったという事情もわかっている。

 それでも医者として「無茶をするな」というほかになかった。

 

 

・デイビット

 ツンツンと尖った髪型のウニ男。身長は180ほど。34歳。

 超人系(パラミシア)ボムボムの実の爆弾人間。

 〝爆撃〟懸賞金7000万。

 覇気は未だ扱えず。

 

 カマバッカ王国ではジュンシーに付き合ってもらいながら覇気の修練をしていたが、あまりうまくいっていなかった。

 それでも鍛え上げること自体は無駄ではなく、爆発の威力は少なからず向上している。

 ただしセンゴクには全く通じず、ワンパンでKOされた。

 

 その後ジョルジュにたたき起こされ、吐息が爆弾になるという特性から「大砲に吐息を込める」という特殊な方法で砲弾を形成。これを使って軍艦二隻を沈めることに成功した。

 通常の砲弾では対処されてしまうが、こちらは透明で見えないので対処が難しく、船に砲弾が容易く着弾するため。

 最終的に自分を砲弾に見立てて大砲で飛ばし、自爆することで大ダメージを与える技を思いつく。

 後のことを一切考えずに最大出力で自爆するため、周りを巻き込む危険性こそあるが自分はボムボムの実の特性で爆発そのものでは無傷。

 

 これによって巨人族の中将二人を吹き飛ばすことに成功。

 ただし倒すまではいかず、時間稼ぎに回ることになった。

 

 

・フィッシャー・タイガー

 原作キャラ。タイの魚人。五メートルを超える巨体を持つ。27歳。

 

 若くして冒険家として魚人島を出て色んな島を回っていたが、嵐で船がやられてカナタたちの船を偶然発見。ドラム島まで牽引してもらう。

 船は直すことが出来ず、魚人島まで泳いで帰るのも現実的ではないため途方に暮れていたところで再びカナタと出会い、船に乗せてもらうことに。

 すぐに帰る理由もないのでカナタたちと冒険しながら魚人島を目指すことにした。

 

 カナタたちがお尋ね者ということも知っており、海軍に狙われていても魚人差別の残る海ではあまり選択肢がないことも理解していた。

 ゼンやフェイユンなど、普通の人間ではない種族もいるので若干安心している。

 

 海軍との戦闘時には自身もこの船の一員であるとしてセンゴクに立ち向かった。

 その後は本部大佐相手に戦っていたが、ゼンがやられてカナタがピンチになったと知るや否や、ドラゴンと共に駆け出して救援に駆け付けた。

 大怪我こそしなかったが非常にキツイ戦いだったので「二度とやりたくはない」と言っている。

 

 

・ドラゴン

 原作キャラ。2メートルを超える体躯の男。22歳。

 見聞を広めるために各地を回っていたところでカナタと偶然出会い、いくつかの質問の後にカナタの船に乗ることになった。

 

 船医がいないこととドラムに滞在する仲間がいるという二点から、ドラム近海にいたカナタたちに「一時的に別の船医を乗せる」という選択肢を与えた。

 カマバッカ王国で船医としてイワンコフを勧誘。彼(彼女)を乗せて移動することで選択肢が大きく増えた。

 

 海軍との戦闘時にはイワンコフと共に戦っていたが、ゼンがやられたことでカナタが窮地に陥ったと判断してタイガーと共に救援に向かった。

 最終的にカナタ、クロの両名と協力することでセンゴクを倒すことに成功した。

 

 今でも時々ガープと連絡を取っているらしい。

 

 

・エンポリオ・イワンコフ

 原作キャラ。派手な化粧とタイガーに次ぐ体躯のニューカマー。20歳。

 カマバッカ王国の女王(永久欠番)

 超人系(パラミシア)ホルホルの実のホルモン自在人間。

 性別・体温・色素・成長・テンションなど、人体のホルモンを操る人体改造エンジニア。

  

 ドラゴンの紹介でカナタの船に船医として一時的に乗船。カナタの船の中では随一のテンションの高さを誇る。

 ニューカマー拳法を修めており、戦闘力も一級品。

 

 本部の大佐・中佐くらいならものともしないが、フェイユンの救援として巨人族の中将二人と戦った際には力及ばず打開策を見いだせなかった。

 デイビットの自爆特攻によって作った隙にフェイユンを復活させるなどのファインプレーも目立つ。

 

 個人的にカナタには化粧をちゃんとやって欲しいらしい。

 カナタに一度全力で化粧させたらカマバッカ王国のニューカマーたちの自信が圧し折られたとかなんとか。

 

 

 

 所属 海軍 

 

・ベルク

 銀髪碧眼に眼鏡をかけた偉丈夫。22歳。

 海軍本部大佐。ガープの弟子であり部下でもある。

 剣士としての実力は中将とさして変わらないらしく、大将相手でも退かなかったジュンシーを相手に互角以上の戦いを繰り広げた。

 武装色と見聞色の覇気を高いレベルで扱える。

 

 頭が切れるのと分析能力が高いため、カナタたちがドラムに時折現れることを看破した。

 

 地元に美人な恋人がいるらしいが、なんとなくカナタと声が似ているとか。

 

 

・ゼファー

 原作キャラ。紫の瞳と髪の大男。41歳。

 海軍本部大将。〝黒腕〟の異名を持つ。

 

 その名に恥じない覇気の持ち主で、魔女の一味と戦う際にはゼンの相手をした。

 フェイユンがやられた影響で隙が出来たゼンを一撃で沈め、一時はセンゴクと共にカナタを追い詰めるも救援が来て形勢が逆転。

 〝月の獅子〟状態のゼンと互角以上に戦い、少しずつ崩していたところでセンゴクがやられ、撤退を決意。

 

 両腕にひどい火傷を負ったせいで短期間の入院を余儀なくされ、妻子に心配されてバツが悪い。

 復帰してすぐ金獅子を相手にするため、軍艦を引き連れてウォーターセブンへ向かう予定。

 

 

・センゴク

 原作キャラ。アフロヘアーが特徴的な眼鏡をかけた男。46歳。

 海軍本部中将。〝仏〟のセンゴク。

 動物(ゾォン)系幻獣種ヒトヒトの実 モデル〝大仏〟の能力者。

 ガープやゼファーと同期。実力的にはガープたちとそう大きくは変わらない。

 

 カナタに護衛中の天竜人を殺されたり、捕らえようとして海に突き落とされたりと、カナタが関わるとあまりいいことがない人。

 ゼファーと共に必ず捕まえると意気込んでの戦闘だったが、カナタを完全に崩す前にドラゴンの救援やクロとの協力などが重なって敗北した。

 

 カナタの雰囲気や少数の海賊団ながら大将と戦える者が複数名いるという異質さに、ロックスを想起していた。

 

 

・ガープ

 原作キャラ。短く刈り込んだ髪と口周りに蓄えた髭が特徴的な男。45歳。

 海軍本部中将。〝ゲンコツ〟のガープ、あるいは〝海軍の英雄〟

 

 センゴクとゼファーの二人掛かりで捕まえることが出来ず、センゴクに至っては大怪我をして帰ってきたと聞いて珍しくびっくりした顔を見せた。

 魔女の一味として新しく手配される予定だった写真を確認していたところ、ドラゴンの顔を見つけてへんな顔をしているところでコング元帥に呼び出された。元帥の部屋で問い詰められ、隠す気もなく「おれの子供だ」と言ったところ、コング元帥は頭を抱えて手配書の作成を中止した。

 海軍の英雄としての影響が大きいガープの息子が、よりにもよって天竜人を殺した女の船にいるのは些か影響力が強すぎると判断したため。

 コング元帥に「子供の教育をしっかりやれ!」と怒られた。

 

 ドンキホーテ・ホーミング聖の護衛としてカナタを探すことになった。

 ついでにドラゴンに海賊になった理由を問い詰める予定。

 

 

 所属 元ロックス海賊団

 

・オクタヴィア

 艶のある黒い髪、翡翠色の瞳、金色の髑髏の仮面を常に被っている女性。

 自然(ロギア)系ゴロゴロの実の雷人間。

 〝残響〟のオクタヴィア。懸賞金35億ベリー。

 かつて海を荒らして回ったロックス海賊団において、唯一ロックスがその背中を預けた女。最高戦力である海軍大将二人を相手取ってこれを殺害するほどの実力を誇る。

 

 左利きだが、現在は大将との戦闘の後遺症で左腕が動かない。

 

 〝Dの一族〟に手を貸し、あるいは敵対しながら歴史の分岐点に度々現れていた。歴代の誰もが一筋縄ではいかない実力者であり、〝暗月〟の一族と呼ばれている。

 歴史を紡ぐものを守るための剣として存在し、その意志は母から娘へ、何代にもわたって受け継がれてきた。

 〝何か〟が蘇るその時を。

 世界の夜明けを──暁の時を待ち続けて。

 

 

 所属 なし

 

・院長

 名称不明。オクタヴィアの父親であり、カナタ(ノウェム)の祖父。

 超人系(パラミシア)ワラワラの実の藁人間。覚醒した能力者。

 体を藁に変化させる。他者の命をストックとして所有し、自身の身代わりにすることが出来るといった能力を持つ。

 覚醒しているため、能力の範囲が劇的に広がっており、自身以外の物も藁に変化させる、あるいは藁で覆うことで操ることが可能になるなどの能力を得た。

 

 〝引継ぎ〟のためにオクタヴィアが母親を殺したため、その復讐のために後の一生を使った。

 様々な手段を用意し、オクタヴィアから何度殺されようともすべての手段を試して殺すと意気込んでいたが、用意していた命のストック全てを一撃で葬られたため、為すすべなく敗北。

 降り注ぐ雷に焼かれ、絶命した。

 

 ──かつては妻と娘を愛し、慈愛に満ちた青年だった。

 妻はその一族の宿命であると娘を厳しく育て上げ、己が技術、体術、全てに至るまでを叩き込んだ。

 せめて親の愛を知って欲しいと優しい父になったが、唐突に訪れた〝引継ぎ〟の日に全てが瓦解。

 「私の時代ではなかった」と彼女は言った。

 「次の時代を待つしかない」と彼女は笑った。

 娘に全てを引き継がせ、その刃で貫かせた瞬間に、父親の愛は憎しみに変転した。

 

 次に会ってしまえば殺し合いになる、と考えていたことをカナタには「両親に怯えている」と判断された。

 



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激突/スプリンター
第四十三話:フールシャウト島


五章開幕です。


『お前もオクタヴィアの娘が狙いか』

『だったらどうだってんだい。大人しく自分の領地に帰んのかい?』

『ジハハハハ! 言うようになったじゃねェか! ああ、大人しく帰るなんざありえねェな』

『だったらどっちが早いかだけさ。ママハハハ……! それとも、先に殺されたいのかい? 〝金獅子〟』

『来てみろ。返り討ちにしてやるよ、リンリン』

「──以上が、〝金獅子〟のシキと〝ビッグマム〟シャーロット・リンリンの通信を傍受したものになります」

「……やはり〝魔女〟は奴の娘だったか」

「頭の痛い話が増えたね、まったく」

「どうあれこちらは厳戒態勢で監視を続ける必要がある。ガープは予定通りホーミング聖を連れて〝魔女〟と接触する準備をしろ。つるとゼファーはいつでも動けるように待機だ」

「はァまったく、なんでおれが天竜人の護衛を……」

「お前は待機しろっつってもすぐ出撃するだろ。それに〝魔女〟に用があるっつったのもお前じゃねェか」

「あんたと一緒に出撃するとすぐ船壊すから同じ任務は御免だよ」

「今は〝魔女〟の行方がつかめていないが……場所がわかり次第動け。あまりグズグズしていると〝金獅子〟と〝ビッグマム〟に鉢合わせするぞ。そうなるともう手が付けられん」

 

 

        ☆

 

 

 浜辺にビーチチェアとパラソルを置き、ゆったりとくつろぎながら新聞を読む。

 時折カマバッカ王国でも有数のシェフが作ったドリンクを口にしながら、さざ波をBGMに静かな時を過ごしていた。

 

「……お前、いくらなんでもくつろぎ過ぎじゃねェか?」

「お前たちと違って特段やることもないのでな」

 

 カナタは振り返ることもせずにスコッチからの質問に答える。

 くつろぎモード全開のカナタに対し、スコッチは砂まみれに汗まみれでヘトヘトだった。

 散々な様子にカナタは小さく笑い、スコッチはどかりと座り込んだ。

 

「大変そうだな。ニューカマー拳法の師範はそれなりに強いだろう?」

「お前にとっちゃそれなりでも、おれにとっちゃ相当強いんだよ!」

 

 ストレスでやけ食いして太り、また修行して痩せてを繰り返しているスコッチの現在の体型はやや肥満、と言ったところか。

 ニューカマー拳法の師範は海軍で言えば本部少将に相当する実力者ばかりだ。生半可な実力の持ち主では相手にならない。

 もっとも、海軍大将と張り合うような面々は自分たちで修練しているため、師範たちとは戦っていないのだが。

 

「二ヶ月でどれくらいやれるようになった?」

「いいとこ二十人ってとこか。おれとジョルジュはそれなりに腕っぷしには自信があったんだが、その辺りが関の山だな」

「サミュエルはどうだ?」

「あいつは……三十人くらいか。地力はおれたちとそんなに変わらねェが、能力があるからな。デイビットはまだ十人ちょいってとこだ」

「デイビットはまだまだだな。もう少し若ければ無茶もさせたが」

「おれとそんなに変わらねェだろ!」

 

 暗に年を食っていると言われて思わず反論するスコッチ。

 カナタの倍は生きているとはいえ、まだ三十代だ。伸びしろはあるとみてもいいのだろう。

 

「どちらにしても、そろそろカマバッカ王国を離れる。ここは悪くない場所だが、このままではいつまで経っても〝偉大なる航路(グランドライン)〟を踏破出来ないのでな」

「そりゃあいい。さっさと出ようぜ」

 

 一も二もなく飛びついたスコッチ。この島は余程お気に召さなかったらしい。

 普段からオカマと接していては色々と来るものがあるようなので、仕方ないと言えば仕方ないのだろう。

 カナタはその辺り全く気にしないのでよくわからないところだが。

 

「次の目的地はどこだ?」

記録指針(ログポース)を辿る。行先がわからずとも、これの指す先に行きつけばそこが終点だからな」

 

 どうあれ、最終的には記録指針(ログポース)を辿って最果ての島までたどり着かねばならない。多少のショートカットは出来るだろうが、そこまで急ぐ理由はない。

 出航は二日後だとカナタは言い、スコッチは「急だな」と笑って荷物を準備しに行く。

 それと入れ替わりになるように、今度はジョルジュがカナタの下へやってきた。

 

「スコッチから聞いたが、二日後にはこの島を出るのか?」

「ああ。出港準備を整えておくようにと言った」

「イワンコフはここで降りるってことでいいのか?」

「そうだな。元々スクラの代わりに船医として乗ったんだ。それに、イワンコフもこの国の女王としての仕事もあるだろう」

 

 もちろん本人がついてくるというなら止める理由もないが、いずれドラゴンと共にこの世界に革命を起こすと言っていた。

 今はまだ、下手に目立つことはしたくないというのがあちらの本音でもあるだろう。

 それ以外の船員で残るという者もいないし、しっかり休んで航海に備えさせておくべきだ。

 

「海軍も今は〝金獅子〟と〝ビッグマム〟の対処で忙しいようだし、今のうちにさっさと前半の海を抜けてしまいたいところだな」

「だなァ……大海賊の二人がなんで今前半の海に現れたのかはさっぱりだが、おれはずっと嫌な予感がしてるぜ」

「杞憂だ、と笑い飛ばしてやりたいところだがな」

 

 〝偉大なる航路(グランドライン)〟後半の海で動いている二人が急に前半の海に現れた以上、そこには何かしらの理由があると見るべきだ、とカナタは言う。

 せめて無関係であることを祈るばかりだな、とジョルジュは疲れた顔をする。

 新聞に載った二人の大海賊が何を狙っているのか、知らぬままに。

 

 

        ☆

 

 

「もう行っちゃうなんて、寂しいじゃないのウィッチィガール」

「この海を踏破しようというんだ。いつまでも留まっては居られないさ」

「ン~フフフ。大きい夢ね、いいことよ」

 

 二日後、出航の準備を整えつつある中で、カナタとイワンコフは最後の挨拶を交わしていた。

 今生の別れではないとはいえ、この広い海の中で次に会えるのはいつになるのかわからない。悔いを残すことは出来るだけしたくなかった。

 

「ドラゴン。いずれヴァナータがこの世界に革命を起こすとき! ヴァターシはその活動を手伝う覚悟があるわ! その時のために準備をしておくから、いつでも連絡を頂戴!」

「ああ、感謝する。これからの旅は船長の意思一つだが……おれたちの無事は、恐らく新聞を見ていればわかるだろう」

「そうね。ヴァナタたちなら話題には事欠かなナッシブルでしょう」

 

 大将を退けたことは新聞に載っていないとはいえ、その懸賞金の高さは異常の一言に尽きる。

 何かとトラブルメーカーなカナタの傍にいれば、事件に巻き込まれて新聞に大きく取り上げられることも多くなるだろう。

 そうでなくとも、カナタの強さを知っていればそうそう死んだりはしないと信用しているところもある。

 

「カマバッカ王国の次の島は〝フールシャウト島〟よ。のどかな島だけど、最近は海賊がいるって話も聞くわ」

「私たちの前に立つなら倒すだけだ。いずれは〝金獅子〟も〝ビッグマム〟も倒したいところだがな」

 

 一筋縄ではいかない大海賊だ。今のままでは、勢力の規模にしても個々の実力にしても敵わないだろう。

 この海を制するなら、避けては通れない敵でもある。

 

「ヴァナタたちならきっとやれるわ。ヴァターシはその旅路についていけないけど、ここから応援してるっチャブル!」

「いずれまた会おう。私の目的を遂げた後はドラゴンの目的を果たす約束だからな」

「ヴァナタが仲間になってくれるなら、これ以上に心強いこともナッシブルね!」

 

 それがどれだけ先になるかはわからないが、いずれ旅は終わるものだ。今はまだ考えるには早いかもしれないが。

 そうこう話しているうちに出港準備を終え、ジョルジュが「いつでも出せるぞ」と声をかけてくる。

 

「そろそろ時間だ。あっちのオカマたちはどうするんだ?」

「そうね……」

 

 二人が揃って視線を向けた先には、フェイユンが出ていくということで泣きながら別れを惜しんでいるオカマたちがいた。

 中にはついていこうとしたものもいたが、スコッチが決死のブロックで押しとどめている。

 フェイユンもあわあわとあっちこっちに視線をさまよわせ、最終的にカナタの方を見て「どうすれば」といった顔をしていた。

 

「また連れてくる。私たちの旅路は険しいが、それでもついてくるか?」

「÷〈ΨΘ×γ!!」

「わかる言葉で話せ」

 

 泣きじゃくって訳の分からない言葉で話すオカマをなだめ、落ち着かせてから再度話す。

 

「ぐすっ……そうね。私たちも別れは悲しいけど、ついていくことは出来ないわ。またきっと、会いに来てね!」

「はい! またきっと、遊びに来ます!」

 

 なんとか宥めたあと、フェイユンと幾らか言葉を交わしているオカマたちを疲れた顔で見るスコッチ。

 一番体を張ったのは彼だった。

 ニューカマー拳法師範クラスならともかく、単なるオカマを乗せてもここから先の旅についていけるとも思えない。短絡的に船に乗せるわけにもいかなかったのだ。

 

「では出航しよう。帆を張れ!」

 

 バサリを帆を張り、風を受けて港を離れる。

 水平線の彼方に消えるまで、港で手を振り続けるイワンコフたちを後にして。

 

 

        ☆

 

 

 フールシャウト島には日数にして約四日で辿り着いた。

 道中嵐に見舞われることもなく、航海は順調に終わった。

 大きめのサボテンがある以外に目立つものもなく、人々が日々穏やかに暮らす静かな島だ。

 ──大きな海賊船が港に無ければ、という前提ではあるが。

 

「なんだァテメェら。商船か? 命が惜しけりゃ、積荷を置いていくことだな」

 

 人数はそれなりにいるらしく、港に着くや否や船ごと包囲されてしまった。

 ふむ、とカナタは包囲する面々を一瞥し、隣にたつジョルジュに声をかける。

 

「どうみる? それなりに実力はありそうだが」

「どうみるったって……どのみち、次の島に行くには数日滞在する必要があるんだろ? 選択肢なんか無いじゃねェか」

「そうだな。さっさと潰して住人に話を聞くとしよう」

 

 カナタたちの船は巨人族が乗るほどには大きいガレオン船だが、彼らの乗る船はそれより一回り大きい。相当な人数がいると見るべきだろう。

 だが大半は島の内部にいるようで、港の監視にはそれほど人数が割かれていないようだ。

 この程度なら制圧も造作ない。

 船から降りたカナタの姿を見ると、彼らは好色そうな視線を向け、数人が怪訝な顔をして何かを話し出す。

 

「おい、あれ……あの顔、もしかして」

「ああ、多分そうだろう……おい! お前、まさか〝竜殺しの魔女〟か!?」

「そう呼ばれることもある。今更怖気づいたのか?」

「〝金獅子〟のシキの親分より、お前を見かけたら連絡しろと言われている。大人しくついてくるか、親分がここに来るまで待つか、どちらを選ぶ?」

 

 今度はカナタが怪訝な顔をした。

 話を聞くに、恐らく彼らは〝金獅子〟傘下の海賊なのだろう。〝新世界〟を根城にするほどの実力者たちなら、それなりに強いのも頷ける。

 だが、問題はそこではなく。

 

「〝金獅子〟が私に何の用だ?」

「おれたちも詳しいことは聞かされていない。お前が選ぶのは二つに一つだ。待つか、親分のところまでついてくるか」

「どちらも御免だな。お前たちが私に用があったとしても、私はお前たちに用などない」

「……相手は〝金獅子〟だぞ」

「上等だ。来るなら殺すさ」

 

 カナタから発される〝覇王色の覇気〟で雑兵はバタバタと倒れていき、それに気圧された実力のある者たちもジュンシーたちの手で次々に倒されていく。

 〝金獅子〟傘下の海賊なら骨のある相手がいるだろうと意気込んでいたジュンシーは、期待外れだったのか不貞腐れたように殴り倒していた。

 あっという間に港にいる者たちを制圧し、相手の船に積み込んであった金品や食料品などを根こそぎ奪っておく。

 相手は海賊、情け容赦などいらない。

 

「〝金獅子〟か……嫌な予感が一発で当たった感じだなァ」

「私に用があると言っていたな。どうせろくなことではないだろうから放っておくか」

 

 どうせ戦力増強のための青田買いだろう。

 〝新世界〟で鎬を削る海賊たちは今、こぞって戦力を強化しようとしていると聞く。ロジャーだけはその辺りの話を聞かないが、あの船にはカナタが会った時は既に相当な実力者たちが揃っていた。そういったこととは無縁なのだろう。

 

「島の内部にもそこそこ人数がいるようだが……」

 

 人数はわかるとしても、誰が住人で誰が海賊なのかまでは見分けがつかない。

 船の大きさを見ても、港にいる人数はあまりに少ない。それなり以上に内部にいるはずだ。

 港に居た者たちは全員縛り上げているが、ここに放置しておくべきかと頭を悩ませる。

 

「じゃあこうするか」

 

 クロが自身から広げた〝闇〟を海賊たちの足元に集め、その中に沈みこませていく。

 誰もが逃げられない〝闇〟の中へと。

 全員を飲み込み、「これでいいだろ」と笑うクロに対してジョルジュは思わず口元をひくつかせる。

 

「こわっ……あいつも結構容赦ねェな……」

「だったら怒らせないようにすることだな。私たちは島の内部に行くから、数人は船に残っておくように」

 

 カナタはフェイユンを含めた数人を船番として残し、島の内部へと向かった。

 

 

 

 




 年末忙しすぎて執筆時間があんまり取れない現状です。
 クリスマスプレゼントです、って次話投稿しようかとか思ってましたけど無理っぽそう。
 なんとか週刊連載を途切れさせないようには頑張ります。

 12/26追記
 無理っぽいので諦めて次話は1/6日に投稿します。申し訳ありませんがご了承ください。


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第四十四話:〝金獅子〟

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。


 のどかな風景を通り過ぎ、程なくして街へとたどり着く。

 遠目に見る限りでは特に争っている形跡はなさそうだが、住人の中には怪我をしているものが多い。女子供の姿は見えず、外に出ているのは働き盛りの男ばかりだ。

 街のすぐ近くまで来てしまえばあちらも流石に気づいたようで、武器を手にカナタたちの方へと歩み寄ってくる。

 

「おいおい、なんだお前ら。ここは金獅子海賊団の拠点の一つとして使ってんだ。木端海賊が逆らっていい相手じゃねェぞ」

「拠点か。いつから使っているんだ?」

「質問できる立場か? おれ達はな、シキの親分の命令で〝竜殺しの魔女〟の行方を追って……追って……」

 

 話していくうちに尻すぼみになり、カナタの顔を凝視する。

 流石に最近更新された手配書が強く印象に残っているのか、見間違えるということもなかったようだ。

 

「て、テメェ! 〝竜殺しの魔女〟!? 何でここに!! 港の連中はどうした!?」

「どうした、と言われてもな。クロ、返してやれ」

「あいよー、っと、〝解放(リベレイション)〟」

 

 クロの体から生み出された闇が上空に立ち昇り、飲み込んだものを吐き出し始める。

 先程飲み込んだ海賊たちも例に漏れず〝闇〟から解放されていき、血塗れのままで無造作に打ち捨てられていく。

 

「お前ら!」

「や、闇に……闇に引きずりこまれた……」

 

 ひどく恐ろしいものを見たように、飲み込まれた海賊たちは一様にガタガタと震えていた。

 尋常ではないその様子に思わず息をのみ、躊躇いもなく能力を行使したクロを強くにらむ。

 

「能力者か……! 総合賞金額(トータルバウンティ)が二十億を超えてるんだ、能力者くらい何人もいるよなァ!」

「どうする。シキの親分には見つけ次第すぐ知らせろと言われたが」

「すぐ連絡するに決まってんだろ! あいつら、おれ達にどうこう出来るレベルの海賊じゃねェ……!」

 

 僅か三十人程度と思えば、一人一人が異常なほどの実力者。

 そういった少数でも恐ろしく強い海賊団という存在を、彼らは他にも知っている。

 

「ロジャー海賊団みてェな化け物ぞろいかよ……シキの親分が傘下に欲しがるわけだぜ……!」

 

 あそこまで突き抜けた強さでなくとも、シキが欲しがるには十分すぎる強さだと肌で感じ取った。

 同時に、見つけたら捕縛ではなく「おれに連絡しろ」と言った意味も理解する。

 カナタたちは海賊たちの様子など気にもせず、住人が怯えながらこちらを見ていることに気付いて一つだけ告げておく。

 

「住人には手を出すな。私たちの目的はあくまで海賊だけだ」

「承知している」

「そこまで野蛮になった覚えはないぜ」

「ならば良い。手早く制圧するぞ」

 

 誰もがそれぞれ武器を構え、一斉に動き出した。

 〝新世界〟に居を置く海賊とて、その強さはピンキリだ。傘下に収まる程度の海賊で、カナタたちを止められるはずもなく──それほど時間はかからず、海賊たちは全て制圧された。

 

 

        ☆

 

 

「さて」

 

 広場で全滅させて縛り上げた海賊たちを前に、カナタは一息つく。

 聞くべきことは色々とあるが、何から聞くべきか。そう考えているところで、縛り上げた海賊の一人が吼えた。

 

「お前ら、おれ達を倒したってことは〝金獅子〟と敵対したってことだぜ。ハァ、ハァ……あの人の恐ろしさを知らねェから、そんな無謀な真似ができるんだ」

「……呆れたな。自分たちが負けたら親分に泣きつくか」

 

 果たして泣きつかれた金獅子はどう動くか。

 よくもうちの子分どもを、と怒れば身内に甘い。

 売った喧嘩で負けて泣きつく奴は要らん、と見捨てれば冷酷と言える。

 金獅子の気性など会ったこともないカナタからすれば想像の域を出ないが、時折聞く噂から推測するに後者だろう。

 どちらにしても、配下の海賊が負けたとあっては面子を保つ意味でも一度は仕掛けてくるだろうが。

 

「そもそもの話、何故金獅子は〝こちら側〟に来たんだ?」

「……お前を捕まえて部下にしたいと、シキの親分が言ったからだ」

 

 親子の盃を交わした以上は逆らえるはずもない。

 それだけの理由で多くの部下を引き連れて前半の海──〝楽園〟を訪れることに疑問もあったが、親の命令は絶対だ。

 傘下の海賊たちはそれぞれ〝楽園〟の島々を回り、情報収集にあたっている。

 

「なるほど。私も厄介な奴に狙われたものだな」

「〝金獅子〟つったら大海賊だろうに、そこまでしてカナタを部下にしたがってんのか?」

「理由なんざおれ達も知らねェ。動き出したのは最近だが、それ以前から情報を集めてはいたんだ」

 

 世界中を驚愕させたとはいえ、カナタはまだ前半の海に居る小娘だ。金獅子が狙って〝新世界〟から来る理由に心当たりもない。動き出した時期を考えれば強さを察することも難しいだろう。

 が、それが初頭の手配の頃から興味を持たれていたとなれば多少は察することも出来る。

 

「天竜人の殺害がそれほど気に入ったのか? だがそれにしては……」

「お前を見つけたらシキの親分に連絡しろと言われてる。気になるなら直接聞いてみることだな」

「……そうだな。直接問いただしてみるのも悪くない」

「おい、正気か!? 〝金獅子〟と直接やり合うのはまだ早ェぞ!」

「くはは、構うまい。あちらは我々を狙っているのだ。儂もいつまでも逃げているのは性に合わん」

 

 困惑するジョルジュとは正反対に、ジュンシーは獰猛な笑みさえ見せていた。

 金獅子傘下の海賊たちが持っていた電伝虫を使い、〝金獅子〟へと直接連絡をする。

 準備をスコッチに任せ、カナタはジョルジュたちと共に拠点としていた建物へ入る。

 拠点としているだけあって物資のほかに海図もいくつか並べられており、それぞれ別の海賊団が拠点として利用している島の名前が書き連ねてあった。

 同様に、拠点間移動のためと思われる〝永久指針(エターナルポース)〟も並べてある。

 金獅子の目をくらませるなら、拠点にしている島を一つ一つ制圧していくのも一つの手だ。

 

「敵対するなら先手を取った方が有利ではあるが……どう思う?」

「本気で追いかけてくるだろうなァ……上手いこと海軍でもぶつけられりゃあ、力を削ぐことも出来るかもしれねェが」

 

 拠点としている島を見るに、世界政府加盟国には手を出していないのだろう。海軍や世界政府とやり合うにはまだ時期尚早だと考えているのかもしれない。

 物資を奪う意味でも、拠点としている島々を襲撃するのはアリだろう。

 話をしてみて、金獅子が追うのを諦めるならそういったことをする必要もなくなるのだが。無理だろう。

 ジョルジュと共にため息をついたところで、電伝虫の準備が出来たとスコッチが呼びに来た。

 広場に戻ると、既に電話をかけて金獅子に繋いでいる最中だという。

 程なくして、はっきりとした声が聞こえてきた。

 

『……おれだ』

「お前が金獅子か」

『あァ……お前が〝魔女〟か。うちの連中を締め上げたみたいだが、直接連絡してくるとは度胸があるじゃねェか』

「どうやら私を追っていると聞いたのでな。お前に狙われる理由に心当たりもないと不思議に思っていたところだ」

『なんだ。お前、母親から何も聞いてねェのか?』

「私は孤児だ。親の顔など見たこともない」

『何? ……ふむ。だがお前の顔は母親と瓜二つだ。他人ってこともねェだろう』

 

 また母親か、とカナタは密かにため息をつく。

 くれはの時もそうだったが、カナタの母親は随分と顔が広いらしい。それにいろんなところで恨みを買っていると見える。

 

「……それで、その母親と私が何の関係がある。まさか自分が父親だとでも?」

『んなわけあるか──オクタヴィアはおれが認める数少ない実力者の一人だ。その娘ってんなら、将来に期待が持てるってもんだろう』

「要するに青田買いか。〝新世界〟に辿り着いてもいないというのに、随分性急だな」

『ジハハハハ! オクタヴィアは色んなところで恨みを買ってるからな! 誰かに殺される前におれが確保するのも一興だと思ったまでだ』

 

 例えば、と金獅子は一人の名を挙げた。

 

『シャーロット・リンリン。今あいつはシャボンディ諸島でお前のことを待ち構えている。魚人島に行くには必ず通る必要がある場所で構えてるあたり、本気のようだぜ』

「シャボンディ諸島?」

「〝赤い土の大陸(レッドライン)〟の近くにある諸島だ。魚人島に行くにはそこで船をコーティングしてもらう必要がある」

『そうだ。詳しいやつがいるようだな』

 

 コーティングを知らないカナタに対し、タイガーは「船をシャボンで包むんだ。船が海中を進めるようにするためのものだな」と説明をする。

 

「どうしても通らなければならないのか?」

「魚人島以外のルートは聖地マリージョアを通るルートしかない。金もかかるし船も乗り捨てることになる。何より、お前には許可が下りないだろう」

 

 魚人島出身でいろんなところを旅しているタイガーはその辺りにも詳しい。

 シャボンディ諸島は魚人や人魚が捕まって奴隷にされることも多い場所であるため、そう近づける場所でもない。だが、タイガーほどの強さがあれば船の調達なども可能だったのだろう。

 魚人本人はともかく、カナタ達が魚人島に行くにはどうしたって船をコーティングする必要がある。

 そもそもの話、タイガーを魚人島に送り届けるという目的があるので魚人島に向かう以外の選択肢はない。

 

「我々にはルートが限られているわけか……」

『だが、おれに限ればもう一つのルートがある』

 

 シキは超人系(パラミシア)フワフワの実の能力者だ。

 触れたものを浮かせることのできる能力を使えば、魚人島を通ることなくマリージョアの上空を抜けて〝新世界〟と〝楽園〟を行き来できる。

 この場で傘下になるなら、安全に〝新世界〟に移動させてやる、とシキは言う。

 

「お前の傘下になるつもりなどない。理由がなんであれ、敵がいるなら踏み潰すまでだ」

『ジハハハハ!! その気の強さは母親そっくりだな。大言に見合うだけの強さはあんのか?』

「さてな。〝ビッグ・マム〟がゼファーやセンゴクより強いなら話は別だが、そうでなければどうにでもなる」

『──ほう、言うじゃねェか』

 

 電伝虫越しにシキが笑みを浮かべたのがわかる。

 〝獅子〟に例えられるほどの男は、獰猛な本性を露わにした。

 

『お前は奴の娘だ。ああ、強いだろうってことは大方予測出来てた。おれの部下にならねェってんなら──殺した方が良さそうだ』

「誰が来ても同じだ。私は私の前に立ち塞がる者は誰であろうと踏み潰す」

 

 今までもそうだった。

 天竜人だろうと、海軍大将だろうと敵対するなら戦ってきた。次に大海賊を相手取ることになったとしても、カナタは退くことはない。

 

『いい根性だ。首を洗って待ってろ──近いうちに殺しに行ってやるよ』

 

 ガチャリ、と通話が切れる。

 ジョルジュはまたしても額に手を当てて頭痛をこらえ、スコッチは「もう知らん」と言わんばかりに明後日の方向を向いている。

 対照的にジュンシーは好戦的な笑みを浮かべ、クロは相変わらず何も考えていないような顔で笑っている。

 

「まぁ、そういうわけだ。海軍大将の次は〝金獅子〟と〝ビッグ・マム〟が敵になった」

「お前……いや、いい。そういうやつだってわかってたからな」

「ひとまずこいつらを片付けて、そのあと出航の準備をする。詳しい話は船に戻ってから全員いる場所でやる」

 

 もう海賊たちを生かしておく理由もない。物資も資金も全て奪ったのなら、その命も奪う。敵の傘下の海賊ならなおさら。

 

「一つずつ金獅子の拠点を潰して回るぞ。数を揃えられるのが一番厄介だ」

 

 

        ☆

 

 その後、船に戻ったカナタはドラゴンに声を掛けられ、カナタの自室で二人きりになっていた。

 重要な話だ、というので他人に聞かれないよう配慮したのだ。

 

「……それで、何の用だ?」

「次の目的地についてだ。現在金獅子の拠点の一つになっている島でいいのか?」

「ああ。〝永久指針(エターナルポース)〟があったからな。まずはここから近いバナロ島を目指す」

 

 そこまで話したところで、ドラゴンはやや言い淀んでから、覚悟を決めたように口を開いた。

 

「お前に会って欲しい人がいる」

「……会ってほしい人? 誰だ?」

「海軍中将ガープ──そして、ガープが護衛している天竜人だ」

 




早速予定からずれて行っている気がする…。


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第四十五話:バナロ島

 ドラゴンの言葉を聞き、カナタは少し考え込む。

 

「……お前、海軍の回し者だったのか?」

「いや、おれはあくまで個人的にガープと時々話をしているだけだ。親子だからな」

 

 カナタは目を丸くしてドラゴンを見る。

 海軍の英雄ともいわれるガープと親子ならば、手配書が作られなかった理由もなんとなく察することは出来る。

 ガープ本人はその辺りは無頓着だろうが、知っているであろう周りの人間が良しとはしない。

 

「それで、ガープと天竜人が私に何の用があるんだ?」

「おれも詳しいことは聞かされていない。用事があるのは天竜人の方らしいが、カナタと話をしたいと言っているらしい」

 

 カナタにとって天竜人はこの状況を作り出した原因だ。今更会って何を話そうというのか。

 恨みつらみを直接吐き出したいというわけでもないだろう。ガープを護衛に置いているとはいえ、その程度で直接会おうとはしない。

 

「……意図が読めんな」

「どうする? 会うというのなら、次の目的地を伝えるが」

「バナロ島で合流するのか。ふむ……」

 

 〝金獅子〟の件もある。厄介事をこれ以上増やしたくはないのだが。

 戦争をしに来ているわけでは無いようだし、ドラゴンのこともある。

 父親がガープだというのに海軍と真っ向から戦っていたのだから、スパイという訳でもなさそうだ。これなら信用してもいいだろうとカナタは判断し。

 

「……いいだろう。バナロ島で天竜人と会おう。ガープと一戦交えるのは勘弁してほしいがな」

「そればかりはおれにも予想できん。もしそうなれば殿(しんがり)はおれがやろう」

 

 ガープの自由奔放さはドラゴンとてよく知っている。天竜人との話の内容次第ではガープと戦う可能性もあるだろうが、カナタたちならガープを退けることも不可能ではないだろうと考えている。

 相手はガープ一人でも総力戦になりかねないのが怖いところだが。

 

「出航はいつにする?」

「明日だ。〝永久指針(エターナルポース)〟が手に入った以上、この島に長居する理由もない」

 

 物資は海賊船から奪ったもので賄える。怪我をした者も特にいない。

 被害者であるこの島の住人たちは少しばかり可哀想ではあるが、カナタたちに出来るのはある程度物資を渡すくらいだ。ドラゴンにガープを通じて海軍を動かしてもらった方がいいだろう。

 彼らにとっては、賞金首であるカナタも同様に恐怖の対象でしかない。

 

「ガープと連絡を取るならここでやれ。電伝虫もあるしな」

「構わないが、聞きたいことでもあるのか?」

「少しな」

 

 特に時間を指定しているわけでもないらしく、ドラゴンは部屋に置いてある電伝虫を使ってガープへと電話をかけ始める。

 程なくつながり、「おう、おれだ!」と声が聞こえた。

 

「おれだ」

『ドラゴンか。天竜人の件は伝えたか?』

「ああ。話し合いに応じるそうだ」

『そうか。拒否されるかと思ったが、意外だな』

「拒否しても良かったが、お前が暴れないのなら話し合いに応じるさ」

『あァ? なんだ、〝魔女〟本人もいるのか』

 

 ガープは特に気にした様子もない。聞かれても何の問題もないと思っているのだろう。

 

『お前さんは賞金首だが、海賊を自称しているわけでもないし、何かしら事件を起こしたわけでもない。特に争う理由もないから安心しろ』

「それならいいがな」

 

 堂々と言い放つガープに呆れるカナタ。

 

『お前さんに会いたがっているのはドンキホーテ・ホーミング聖。殺害されたドンキホーテ・クリュサオル聖の弟だ』

「……余計にわからんな。兄を殺した私に直接文句を言いたいということか?」

 

 それなら随分と気概のある天竜人だと言えるだろう。傲慢で権力を使えば何でも解決できると思っている彼らが、わざわざ文句を言いに来るなど普通はあり得ない。

 

『おれが知るか。連れて行くから本人と話せ』

 

 すっぱりと言い切るガープ。

 一応海軍は世界政府の下部組織であり、天竜人を守るのも任務の一つなのだが……ガープ本人は天竜人に対していい感情を持っていないのが言葉の節々から伝わってくる。

 この男に腹芸は無理だろうから疑う必要もないと考え、ため息を一つついて聞きたかったことを尋ねる。

 

「私が聞きたいのは別のことだ。〝オクタヴィア〟という名前に聞き覚えはあるか?」

『そりゃあ……お前の母親だろう? おれよりお前の方が詳しいんじゃないか?』

「どいつもこいつも同じことを言うが、私は孤児だ。母親も父親も見たことはない」

 

 なるほど、とガープが煎餅をかじる音が続く。

 ズズ、とお茶を啜って一息つき、考えをまとめたのかガープは口を開いた。

 

『おれもあまり話したいことじゃないが……』

「金獅子も奴の娘だからと私を狙っていた。それほどの実力者だったのか?」

『まァな。三十五億の懸賞金がかかっていた女だ。過去に〝金獅子〟や〝ビッグ・マム〟と同じ海賊団にいた』

「……なるほど、知り合いと言った風な話し方だったが、同じ船にいたのか」

 

 お前の父親についてはわからん、とガープは言う。

 可能性の高い存在についてはなんとなく察することも出来るが、それを口にすることはなかった。

 

『数年前から行方知れずで死んだと思われていたが、最近になって奴が起こした事件らしきものがあった。西の海(ウエストブルー)の大きな孤児院のある島が焦土になったそうだ』

「────」

『お前さん、さっき孤児だと言ったな? 奴がお前の手がかりを求めて襲いに行った可能性もある。精々気を付けることだ』

「……随分親切だな」

『おれだって息子の乗ってる船なら心配もする。特にあの女は見境なく大暴れすることが多かったからな』

 

 ガープは嫌なことを思い出したと言わんばかりの口調でため息をつく。

 過去に大暴れした海賊団にいたのだ。警戒するのもわかるというもの。

 

『ともあれ、あんまり長電話してるとうるさいやつがいるんでな。そろそろ切るぞ。場所はどこだ?』

「私たちは今からバナロ島に向かう。どれくらいで着くんだ?」

『バナロ島か。それほど遠くはないが……まァ早くても一週間後だな』

 

 天竜人を連れてとなると色々面倒なこともある。多少時間がかかるのは仕方ないところもあるだろう。

 それと、とカナタは付け加えておく。

 

「金獅子の傘下の海賊たちが拠点にしているらしい。私たちで片付けるが、連行していくか?」

『ふん縛っておくなら連れて行くが』

 

 天竜人の護衛である以上はあまり歓迎されないかもしれないが、そこはそれ。ガープがその程度で諦めるわけがないし、海軍としても見逃すわけにはいかない。

 そうか、とだけカナタは返答し、電伝虫から離れる。

 話すべきことは終わった。後はドラゴンに任せることにしたのだ。

 

『あとは何かあるか?』

「こちらは特にない」

『そうか、なら一週間後にバナロ島だな』

 

 打ち合わせが終わり、ガープは通話を切った。

 相手が相手だけにやや警戒すべきところではあるだろうが、血のつながった兄を殺した相手と話したいという奇特な天竜人のことも考えなければならない。

 面倒ではあるが……話の持って行き方次第ではメリットになり得る可能性もある。

 一か八か、賭けてもいいだろう。

 

 

        ☆

 

 

 翌日。

 奪った荷物を纏め、ある程度は島民に渡しておく。義理があるわけでもないが、金獅子の傘下の海賊に襲われたのはある種の災害のようなものだ。多少は同情もする。

 人数の関係で相当な量を奪い取っていたらしく、物資はかなり余裕がある。多少渡しておいても懐は痛まない。

 海図を確認しながら、スコッチと話し合って

 

「バナロ島までは数日ってところだな。もう出るのか?」

「ここに留まる理由もない以上は次の島に向かった方がいいだろう」

 

 カナタが視線を向けた先には、遠目にこちらを窺う島民たちの姿があった。

 彼らにとっては海賊も海賊を倒したカナタたちも似たようなものだ。特にカナタなど、とんでもない額の賞金首だという情報ばかりが先行して悪い噂を流されている。

 世の中そういうものだ。

 気にしたところで仕方がない。

 

「次の島でも金獅子傘下の海賊を潰すことになるだろう。その後ガープが来る手筈になっている」

「ああ……あァ!? なんでガープが来るんだよ!?」

 

 スコッチは驚いて思わずひっくり返る。

 カナタは落ち着いた様子で答えた。

 

「天竜人が私に用があるらしい。その護衛だとさ」

「天竜人がお前に何の用があるんだよ……目の前でバスターコールでも発令するのか?」

「流石にそんなことはしないだろう……と思うがな」

 

 準バスターコール級の戦力を集めてドラム島沖で戦った結果を知らない可能性はあるが、少なくとも今の状況を考えれば海軍が止めるだろう。

 天竜人にとっては市民に被害をもたらす〝金獅子〟や〝ビッグ・マム〟より、自分たちに刃を向けた〝魔女〟の方が脅威に映るのかもしれないが。

 

「争いにはならないと思うが……確実とは言えん。戦闘準備だけは怠るなよ」

「ガープ相手に余裕なんて見せてられねェだろ……クソ、海軍の相手はしばらくしなくていいと思ってたんだが」

「状況が好転する可能性もある。限りなく低いが、私に会うためにわざわざここまでくるような奇特な人物だ。実際に会って確かめてみねばな」

 

 軽く笑ってカナタはそう言う。

 腕組みして難しい顔のスコッチとは正反対だ。

 

「まァ……わかったよ。他のやつにも伝えておく」

「ああ。すぐに出航する。忘れ物がないようにな」

 

 

        ☆

 

 

 ──そして、一週間後。

 バナロ島には拠点として使っていた金獅子傘下の海賊たちが転がっており、カナタたちはややピリピリした様子で海軍の軍艦が到着するのを見ていた。

 港に軍艦が停泊し、中から出てきたのはガープとベルク、それに数名の部下たちとCP-0の姿もあった。

 その中でひときわ目立つ格好をした男性が一人おり、恐らくは彼が天竜人であろうことは纏う雰囲気でわかった。

 

「おう、初めましてだな、〝魔女〟」

「……昔、一度会ったことがあるが」

「そうだったか? そんな気もするな。だが細かいことは気にするな」

 

 肩をすくめるカナタに笑うガープ。一触即発と言った雰囲気はなく、一同はひとまず衝突することはないと判断し、ほっと一息つく。

 続けて後ろに視線を向け、護衛してきた天竜人を顎で指した。

 

「天竜人、ドンキホーテ・ホーミング聖だ」

「初めまして。私がドンキホーテ・ホーミング。君がカナタ、でいいのかな?」

「ああ。好きなように呼ぶと良い」

 

 天竜人にしては随分と腰が低い。

 カナタの物言いにCP-0が前へ出ようとしたが、カナタに睨まれて動きを止め、ホーミング聖が「構わない」と宥めた。

 

「今回の一件は私が〝五老星〟に頼んだことだ。物言いを咎めるつもりはない」

「……それで、私に一体何の用だ?」

「……聞きたいことがあったんだ」

 

 誰も天竜人には逆らわない。

 誰も天竜人には手を出さない。

 生まれついての絶対王者。持ちうる権力の前にはどんな大国の王であろうとも頭を垂れる以外に道はない。

 だというのに。

 

「まずは、そうだな……場所を変えよう。テーブルについて、落ち着いて話せる場所に」

 

 ホーミング聖は、朗らかに笑いながらそう言った。

 

 




ドラゴンってガープの事なんて呼んでるんだろうか…親父?


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第四十六話:ドンキホーテ・ホーミング

やることが…やることが多い…


 今日も今日とて雪がよく降っている。

 ドラム島沖で発生したある種の戦争とも呼べる戦いから時間も経ち、ドラム王国の島民もみな普段の生活に戻っていた。

 くれはも例外ではなく、いつものように街へ繰り出しては患者を見つけて法外な治療費を取っていた。

 帰路について雪道を歩いていたくれはは、自分の家の前で誰かが待っていることに気付く。黒いフードを被った全身真っ黒な女と、防寒着をたくさん着て着膨れしている少女の二人だ。

 患者かと思うも、立ち尽くしている二人はぱっと見では病気とは思えない。

 何か用でもあるのかと考えていると、一人がくれはの方へと振り向いた。

 見覚えのある仮面をした女だ。

 

「──帰ってきたようだ」

「あ、そうみたいだね。はじめまして! あなたがDr.くれはさん?」

「そうさ……一体いつ振りかね、オクタヴィア」

「さてな。前に会ったのはジーベックといた頃だ……十年以上前になるな」

 

 昔のことを思い出しながら、オクタヴィアはフードと髑髏の仮面を外す。

 「その趣味の悪い仮面、まだ使ってたのかい」と言うくれはに対し、オクタヴィアは肩をすくめながら「こうでもしないと目立つのでな」と返した。

 確かに街中にいれば人目を引く美貌だ。

 しかし、黄金の髑髏の仮面という趣味の悪い仮面を使っていては別の意味で目立つだろうとくれはは笑った。

 

「まァ立ち話も何だ、さっさと入りな。あんたが来るときは大体碌な話じゃないが、退屈はしないからね」

 

 それと、と家の中に入ったくれはは、コートをハンガーにかけながら告げる。

 

「あんたの娘にも会ったよ。一目でわかるほどにそっくりだった」

「何? ……そうか、あの子にあったのか」

「十二億なんてとんでもない賞金額だよね。何をしたのか、くれはさんは知ってるのかい?」

「少し前にドラム島沖で海軍と一戦やらかしたのさ。知り合いのヤブ医者が何が起こったか勝手に教えていった」

 

 くれはは慣れた手つきで暖炉に火をつけ、お茶の準備を始める。

 オクタヴィアたちは肩についた雪を払って同様にコートをかけ、暖炉の前で一息つく。

 何から話すべきか、とオクタヴィアが考えている間に、くれはは初めて見る少女の方へと視線を向けた。

 

「それで、こっちの子供は何だい? お前の娘って訳じゃないんだろう?」

「……西の海(ウエストブルー)で拾った子供だ。海賊に襲われていたところを助けたら、そのままついて来た」

「私の名前はカテリーナ。よろしく、くれはさん」

 

 茶色のウェーブがかかった髪の少女はそう名乗り、笑みを浮かべて一礼をした。

 幼いながらに所作が洗練されており、育ちがいいことをうかがわせる。

 

「海賊にね……親はどうしたんだい?」

「まぁ色々あってね。親とははぐれて一人旅の途中なんだ。特に目的もないからオクタヴィアと一緒に旅をしてるのさ」

「……ま、本人がいいなら私は何も言わないよ。それで、あたしのところに来た理由は何だい?」

「私の腕を治してほしい」

 

 

 端的に目的を告げるオクタヴィア。

 服の上からではわからないが、全く力が入っていないように見える左腕へと視線を向けるくれは。

 

「怪我でもしたのかい?」

「それもあるが、能力者の毒だ。私には判別がつかない」

 

 袖をめくりあげてくれはの診察を受ける。

 五年前、ゴッドバレーでロックス海賊団と海軍がぶつかった戦いの際に負った傷が未だ生々しく残っている。

 無傷で切り抜けられるような戦いではなかった。こればかりはどうしようもないことだろう。

 

「素人がやったね。傷跡も残っちまってる。多少は治るだろうが……問題はこれだね」

 

 オクタヴィアの左腕を診ながら、くれははため息をつく。

 

「妙な毒だ。能力者が作ったっていうなら余計にわからない。時間がかかるだろうね……なんでもっと早く来なかったんだい?」

「動けなかった、の間違いだ。動けていればもっと別の選択肢があった」

「……あんたがそうなるってことは、よっぽどのことだったわけか」

 

 オクタヴィアの強さはくれはとて知っている。

 彼女が後遺症を残すほどの毒や傷を負っているとなると、想像もつかないような戦いがあったのだろう。能力者同士の戦いは時に常人の想像を遥かに超えていくものだ。

 

「ヒッヒッヒ。あたしは金さえ払ってくれるなら治してやるよ」

「そう言うだろうと思っていた」

 

 金ならいくらでもあるとオクタヴィアは言う。

 くれはの性格を知っているのだ。金なら山のように用意していた。

 

「時間もかかる。あたしの前から患者がいなくなる時は治った時か死んだ時のどちらかだ。しばらくはここにいてもらうよ」

「是非もない」

 

 契約はここに成立した。

 カテリーナは自分もついでに医療の勉強をさせてもらおうと意気込んでおり、ニコニコしながら準備をしていた。

 ──カナタたちがバナロ島に着いた日と同日の事である。

 

 

        ☆

 

 

 バナロ島、沿岸部。

 天竜人の付き人であろう黒服の執事たちがテキパキとテーブルを用意し、パラソルを差して飲み物をテーブルの上に置く。

 テーブルに着くのはホーミング聖とカナタの二人であり、ガープとドラゴンはそれぞれ二人の背後に立っていた。

 他の者たちは皆、会話が聞こえないほど距離を置いたところに陣を構えている。

 

「何か飲み物でも?」

「不要だ。私は仲良くなりに来たわけではない」

 

 仮にも兄を殺したカナタを前に、ホーミング聖はいっそ奇妙なほど落ち着き払っていた。

 紅茶を一口飲み、視線を手元のカップからカナタへと移す。

 

「私は、兄のことは嫌いではなかった」

 

 口を開いて最初に言ったことは、それだった。

 カナタはその言葉に反応することはなく、静かに話を聞くだけだ。

 

「変なものを集める癖はあったが、他の天竜人に比べればずっとかわいいものだ……何が、君に決断させたのかを聞いても?」

「私にとって大事な部下を奴隷にしようとしたからだ」

「部下……君は元々商人だったと聞いている。全てを捨てるほどの価値があったのか?」

 

 その後の人生の全てを捨ててでも天竜人に反抗する。その価値を、ホーミング聖は見いだせなかった。

 決定的な価値観の相違。生まれた時から全てを持っていて、失うことを知らなかった彼には理解の及ばないことなのだろう。

 いや、天竜人を敵に回すということをよくわかっているからこその発言なのかもしれない。

 現にカナタは海軍大将や中将に追いかけまわされているし、カナタたちでなければとうの昔に捕まって公開処刑になっていただろう。

 拠点にしていたマルクス島をバスターコールで消滅させるほどだ。天竜人に逆らったカナタたちをインペルダウンに幽閉させるだけで済ませるとは思えなかった。

 

「リスクを考えれば見捨てたほうが良かったかもしれないな。だが、私は世界政府を敵に回してでも部下を見捨てるような真似はしない」

 

 ホーミング聖は目を丸くして驚き、その後ろに立つガープは何とも言い難い顔でカナタを見ていた。

 

「……そこまでするほど、こだわっていたわけか」

「私にとって彼ら部下は家族のようなものだ。血は繋がっていなくとも、繋がっているものはある」

 

 生まれた時からカナタは独りだった。

 独りでも変わらず生きて行くことは出来ただろうが、彼女はその道を選ばなかった。

 

「……そうか」

 

 ホーミング聖はまた一口、紅茶に口を付けて考え込む。

 

「……私にも、大事な人はいる。妻も、子も。何故兄が殺されなければならなかったのかとずっと考えて、どうしてもわからず君に尋ねたいと思った」

 

 それが出来る、というのもまた天竜人の権力の大きさがゆえだろう。

 普通ならば、このようなことは不可能だ。

 

「兄を殺した君のことを憎んでいないといえば嘘になる。だが、大事な人を奪われようとすれば反撃するものだ……君のように、相手が天竜人であっても反抗する人間はいるのだな」

「特殊な例だとは自覚している。そこらの人間なら奴隷に差し出せと言われて否とは言えないだろう」

「それでも……大事な人を奴隷として差し出せとは、残酷なことだ」

 

 天竜人らしからぬ発言に、カナタは怪訝な顔をする。

 苦悩するホーミング聖の考えはカナタにはわからない。だが、他の天竜人とは毛色が違うことだけはなんとなくわかる。

 普通の人間とは違うものとして育つ天竜人の中で、特に際立つ異端の天竜人。それが彼なのだろう。

 

「天竜人は自分たちのことを神だというが、我々もお前たちも同じ人間だ。海軍に守られているから好き放題出来るだけで、多くの人間に恨まれている」

「……そう、か……」

 

 天竜人は常に恨まれ続けている。

 そのことを正しく認識しているのはごく一部だけで、守られ続けているために外のことを知ろうともしない天竜人の多くは理解さえ出来ないだろう。

 偉いのだから殺されていいわけがない。

 そんな理由で自分たちは安全だと思い込んでいるのだ。

 

「庇護が無くなれば、世界中の人間は天竜人に牙をむくだろう。私に対して初頭で三億もの賞金を懸けたのも、その辺りが理由なのではないか?」

「おれの方を見るな。知らんぞ」

 

 ガープはぞんざいに答える。

 世界政府の思惑まで知らされているとは思えないため、ある意味では当然の答えではあった。

 ゼファー辺りならば、あるいは知らされていても変ではないのだが。

 

「私は……妻と子を連れ、一家四人で人として暮らすことを考えていた。だが、君の言う通りならば……」

「すぐさま、とは言わずとも、殺されるだろうな。海軍の庇護下にいない天竜人など格好の的だ」

 

 積もりに積もった怨恨は、ホーミング聖とその家族に向けられるだろう。

 誰もが怒りの矛先を向ける場所を探していた。見つかれば何が何でも見つけて拷問の後、殺されることになるだろう。

 

「では私は、一体どうすれば……」

 

 人として生きることを願って、それを実行してしまえば殺されることになる。

 叶わない願いなら諦めるべきだが、欲しいものを全て手に入れてきた天竜人にあって手に入らないのが〝人として生きる事〟とはな、とカナタは思う。

 

「少しでも恨みを減らしたいのなら、天竜人の内側から変えるべきだろう」

「内側から……?」

 

 天竜人の最高権力者は〝五老星〟だ。

 直談判するなり根回しをするなりすれば、ある程度内部改革をおこなうことも可能だろう。

 それが出来るだけの頭があれば、という前提の話になるが。

 

「恨みは消えることはない。海軍が守っているとしても、いずれ天竜人に牙をむく存在は現れる」

「……天竜人に、牙をむく……それは、君のような存在ということかね?」

「私もそうだが、()()()()()()もっと大々的に事件を起こした奴は一人くらいいるだろう」

 

 カナタの言葉にガープが非常に嫌そうな顔をする。

 世界政府が出来てから八百年以上が経つ。その間に一度も反抗しなかったとは考えられないと考えての発言だが、ガープとホーミング聖には覚えがあったらしい。

 

「ロックスか……! 確かに、彼らはゴッドバレーで大事件を起こした。だが、それは政府によって隠蔽されたと聞いたが……」

 

 政府によって隠蔽された事件であっても、隠蔽する側である天竜人が口を閉ざさない限りは情報は伝わる。ましてや同じ天竜人同士であれば口が軽くなることもあるだろう。

 ホーミング聖が知っていてもおかしくはない。

 だが、ガープはカナタがどこで知ったのかが気になったらしく。

 

「お前、どこでそれを知ったんだ?」

「世界政府が設立されてから何年経ったと思っているんだ。その間に一度も反抗されていないなど、ありえる訳がなかろう」

「……そういうことか。ロックス海賊団について、何か知っているわけじゃないんだな?」

「昔大暴れした海賊団というくらいだ。ほかに何かあるのか?」

()()()()()()()()()()()船でもあるからだ」

 

 ガープの言葉に、今度はカナタとホーミング聖が目を丸くした。

 うちの母親はろくなことをしていないな、と他人事のように考えるカナタ。血縁関係がバレれば海軍も血眼になる理由がわかるというものだ。

 先日聞いた話と統合すると、そのロックス海賊団には〝金獅子〟や〝ビッグ・マム〟も乗っていたことになる。

 随分とんでもない海賊団がいたものだ、と頭が痛くなる。

 

「しばしば名を上げる〝D〟の名を持つ者が現れるたびに、老人たちはこう言うのだ。『〝Dの一族〟はいずれ再び嵐を呼ぶ』と……」

「〝Dの一族〟か……」

 

 ちらりとガープの方を見るが、本人はさしたる興味もないのか、あくびを噛み殺している。

 カナタが他に知っている人物で言えばロジャーやドラゴンだが、片や大海賊、片やいずれ革命を起こそうとしている。あながち間違いでもないのかもしれない。

 ガープ本人も嵐のような男なのだし。

 

「天竜人にとって都合の悪い存在であることは確か、という訳か」

「おそらくは……だが、そうだな。天竜人の中で、内部の価値観を変えていくところからやっていくべきか」

 

 ホーミング聖が生きている間に変わる可能性は低いだろう。だが、やらねば何の影響も起こすことはできない。

 今の世代が変わらずとも、次の世代に少しでも影響を与えることが出来れば御の字というところだ。

 それが出来ればの話ではあるとしても。

 

「今回は会談に応じてくれてありがとう。有意義な話が出来た」

「私はわざわざ私に会いに来るような物好きに興味が湧いただけだ。ついでに懸賞金も取り消してくれるといいのだが」

「そればかりは私の一存ではどうにもならない。進言はしてみるが」

 

 実際に話した印象で言えば、かなり良いのだろう。

 ホーミング聖から見てカナタは理知的で思慮深い女性だ。余計な手出しさえしなければ世界政府にとっても害にはならない。

 それはガープも口添えしてくれるだろうと考え、にこりと笑いながらカナタたちを見送る。

 

「ああ、そうだ。ちょっと待て」

「ん、まだ何かあるのか?」

 

 ガープの呼び止めにカナタとドラゴンは振り返り、ガープは大股でそちらへと近づいていき──

 

 

        ☆

 

 

「おう、戻ってきたか……ドラゴンはなんで頭にたんこぶつけてんだ?」

 

 ジョルジュは一連の流れを見て疑問を浮かべながらカナタに問うた。

 ドラゴンは頭に大きなたんこぶを作っており、カナタに氷を作ってもらってそれで冷やしているところだ。

 カナタはくすくすと笑いながら答えた。

 

「『海賊になるのを許した覚えはねェぞ!』、だそうだ。海賊を自称した覚えはないと言ったが、元帥であるコングに随分怒られたらしい」

「なんでガープがドラゴンにそこまで……?」

「そりゃあ親子だからだろう」

「そうか、親子……親子だァ!!?」

 

 今日一番の驚きは間違いなくドラゴンとガープが実の親子である、ということだった。

 




「親しみを込めてキティちゃんと呼んでくれたまえ」って書こうと思ったけど、どう考えてもいろんなところに喧嘩売ってたので止めました。


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第四十七話:模索

遅刻しました。古戦場とか古戦場とか古戦場で忙しかったんです。


 クイーン・ママ・シャンテ号。

 〝ビッグ・マム〟ことシャーロット・リンリン率いるビッグマム海賊団の母船とも呼べる巨大な船である。

 シャボンディ諸島を拠点として様々な場所ににらみを利かせており、彼女がここを根城にし始めて以降は天竜人すら降り立っていない無法地帯となっている。

 彼女自身が強大な力を誇る大海賊とはいえ、数多の賞金稼ぎが名前だけのこけおどしだとなめてかかり、その首を晒すことになった者も少なくない。

 

「ママハハハ! 〝金獅子〟の奴、部下の拠点がいくつも襲われているそうだよ。あのクソッタレの娘も中々やるようじゃないか」

 

 リンリンは実に狡猾に、密偵を様々な島に放って情報収集に徹していた。

 幹部のほとんどは彼女の子供たちであり、海賊としてはリンリン一人の力に依存している部分が大きいにも関わらず、これほど強大な勢力として認識されているのは──ひとえに、彼女の生来の強さと警戒心の高さゆえだった。

 十七年前から毎年子供を生み続けているというのに、他の勢力と小競り合いこそ起こすも致命的な状況に至らない。

 子を宿し、産むという行為は実に繊細でリスクが高い。それをこなしてなおこれだけの立場にいる彼女のリスクマネジメントの高さは称賛するべきだろう。

 

「だけどママ、そいつが〝金獅子〟と一戦やらかすつもりなら、獲物を取られちまうんじゃないか?」

「そうだねェ……先に〝金獅子〟を潰しておきたいけど、今はあまり動かないほうがいい」

 

 身重の体を見下ろし、リンリンは小さくため息をつく。

 怒りに任せてシャボンディ諸島まで来たのはいいが、よりにもよって産気づき始めた時期だった。船医を必ず一人傍につけるようにはしているが、それでも出産のリスクは決して低くならない。

 オクタヴィアの強さを身をもって知っているリンリンとしては、今の状態でカナタと戦うことは出来る事なら避けるべきだと理性ではわかっていた。

 母親ほどの強さはないだろうと思っていても、念には念を入れるべきだと。

 

「〝魔女〟もそう簡単にくたばるタマじゃねェだろう。〝金獅子〟と潰し合って、弱ったところを狙ってもいいね」

「ちょこちょこ居場所を変えてるみたいだし、捜索は継続ってことでいいかな、ママ」

「ああ、そうしておくれ。優秀な息子に育ってくれておれは嬉しいよ」

 

 笑いながら息子──長男であるペロスペローの頭をなでるリンリン。

 

「〝魔女〟以外にも結構懸賞金高いやつもいるし、おれ達も準備をしておくよ、ペロリン♪」

 

 このシャボンディ諸島にいるのはビッグマム海賊団の総戦力。

 船長たるシャーロット・リンリンを始めとして、〝美食騎士〟シュトロイゼンにタマゴ男爵。

 リンリンの実の子供であるペロスペロー、カタクリ、ダイフクにオーブンたち。

 多くの部下が船と共に拠点を築き上げており、海軍でさえ手を出しかねる程のそうそうたる面々が戦いの時を待っている。

 

「ママハハハハ!! 頼もしいじゃないか、ペロスペロー。しばらくは奴らの動向を調べて──ウッ

「……ママ?」

 

 バリバリとチョコを齧っていた手が唐突に止まる。

 ペロスペローはリンリンの様子に眉を顰め、どうしたのかと首を傾げて──。

 

「う……産まれる……」

「えェ~~~!!? 今!!?」

 

 唐突に来た陣痛にペロスペローは驚き、びっくりしながらも船医をすぐに呼んで対処を任せる。

 バタバタと船医たちが部屋に入って対処を続ける中、自分がやれることはないと部屋を出て船のテラスへと向かう。

 すると、そこには丁度午後のティータイムで歓談するシュトロイゼンとカタクリ、オーブンの姿があった。

 

「珍しいな、ペロリン♪ カタクリが一緒にいるとは」

「個人的なメリエンダはさっき終わった。やることもないんだ、たまに話すくらいはいいだろう」

「そりゃいいことだ。私にはアツアツの紅茶を」

 

 傍に控えた従者に紅茶を注文しながら席に座り、ひとまず状況が動いていないことを告げる。

 

「頭は十二億、その部下の〝赤鹿毛〟〝六合大槍〟〝巨影〟も億超えだ。海軍大将を何度か退けているらしい」

「それはまた……〝魔女〟の母親はママと因縁があるんだろう? 奴らからこっちに仕掛けてくることはないのか?」

 

 オーブンが腕組みしながら問いかける。

 実際、リンリンがここまで執心するほどに殺したい相手なら、相手からしてもリンリンへ何かしら考えていても変ではない。

 ペロスペローは熱々の紅茶を受け取りながら答えた。

 

「わからん。私もその辺りは詳しくないんだ。だが〝魔女〟は今のところ〝金獅子〟との戦いに比重を置いているようだし、こちらに仕掛けてくることはないと思っていいだろう」

 

 詳しいことはペロスペローも知らない。リンリンは思い付きで行動することも少なくないが、ここまで感情的になって動くことは珍しいのだ。

 過去に在籍した海賊団での因縁らしいが、その辺りに詳しいのはむしろ──と、ペロスペローはシュトロイゼンに視線を向けた。

 ショートケーキを食べながら考え込むシュトロイゼンは、それを飲み込んだ後でため息をついた。

 

「美味なるケーキを食べながらする話じゃないが……〝魔女〟の母親、オクタヴィアは確かにリンリンからすれば殺したいほど憎い相手だろう」

「……何をしたんだ?」

「何を、か……難しいな。だが──オクタヴィアはリンリンより強く、何度もリンリンを殺しかけたことは確かだ」

 

 大海賊と語られるほどの強さを誇るリンリンだが、ロックス海賊団にいた頃はそれでも最強とは程遠かった。

 船長であるロックスを始めとして〝白ひげ〟エドワード・ニューゲート、〝残響〟のオクタヴィアなど──多くの怪物たちが在籍していた船なのだ。

 リンリンの強さはカタクリたちも良く知るところだが、それより強いともなると想像がつかない。

 

「気に入らなかったことが多かったのもあるが、殺し合った原因は『飯の前に菓子を食べるな』というオクタヴィアの一言だった……」

『それだけ!!?』

 

 ペロスペローとオーブンは同時にびっくりして思わず突っ込みを入れる。

 だが普通なら何事もないような一言でも、相手がリンリンであれば話は別だ。

 

「甘いものが何より好きなリンリンは反発してオクタヴィアに挑み、返り討ちにあったのさ」

「それがもう信じられねェ……あのママが返り討ちとは」

「オクタヴィアの強さは常軌を逸していたからな。リンリンの癇癪は過去にもあったが、そのたびに力づくで止めていたのもあの女だ」

 

 食べたい物が浮かんだ際、それを食べるまで暴走して止まらない〝食い煩い〟。

 見境なく暴れるリンリンを止めることが出来るものなど、少なくともペロスペローは見たことがない。

 

「そのオクタヴィアの娘ってんなら、まァ潜在的な強さはお前たち以上って可能性は高いな」

「なるほど……だがおれ達だって負けるつもりはねェ」

「当たり前だ、ペロリン♪ ママより強いっていうオクタヴィアは居ねェんだ。〝魔女〟はママが相手をするとしても、それ以外ならおれ達で何とでもなる」

 

 相手がどれほど強くとも、最大のネックである相手がいないならやりようはある。

 ぺロスペローとオーブンは笑い合い、シュトロイゼンは何も言わずにショートケーキを切り分けて口へ運ぶ。

 一方でカタクリは紅茶を口に運びながら、目標である〝竜殺しの魔女〟の手配書を見ていた。

 

(……そう簡単に行けばいいがな)

 

 少なくとも十二億という高額な懸賞金をかけるだけの〝何か〟があると、政府は判断したということでもある。

 それがカタクリたちにとって凶と出ないことを祈るばかりだった。

 

 

        ☆

 

 

 聖地マリージョア、パンゲア城。

 五老星はガープとホーミング聖から上げられた報告書を一通り確認し、今後のことについて話し合っていた。

 

「ひとまず〝魔女〟については放置でいいだろう。この思想が本物であれば、現状では急いで軍を派遣するほどではない」

「あのオクタヴィアの娘とは思えんが……思想は環境に左右されるものでもある。孤児として育てられていたのであれば、オクタヴィアの思想を受け継いではいないだろう」

「オクタヴィアの娘ということは、父親は()()である可能性が高いのが一番頭の痛いところだが……不確定のところまで考えても仕方がないか」

「ともあれ、現状は〝金獅子〟と〝ビッグ・マム〟に注力できる。そこだけは喜ぶべきだ」

「〝魔女〟と〝金獅子〟がぶつかろうとしている。互いに潰し合ってくれるのが一番いいのだが……」

 

 やはり現状で一番対処するべきと判断しているのは〝金獅子〟の一件だった。

 カナタたちは天竜人を殺害こそしたが、それ以外で明確に政府への敵対行為をおこなったわけではない。海軍による追撃にしてもそれほど大きな被害は出していないのだ。

 現状では優先度を下げても構わない、というのが五老星の意見だ。

 

「ホーミング聖は彼女と話してから何か雰囲気が変わっていた。やはり、彼女も他者に与える影響力が大きいところがあるな」

「単なる覇王色の使い手というだけではない。かつてオクタヴィアに心酔した愚かな王の二の舞にならないことを祈るばかりだ」

 

 かつてオクタヴィアが引き起こした事件の一つを思い出しながら、五老星は一斉にため息をついた。

 ああいったことにならないと断言できないのが怖いところではあるが、報告書を見る限りでは大丈夫だろう。

 もしホーミング聖が似たようなことを引き起こすのであれば──その時はその時だ。非情な決断をすることになる。

 

「ガープが敵対的な行動を取っていないことが意外ではあるが……あの男のことだ。危害を加えたのが天竜人だけならまだ良いとでも考えているのだろう」

「あれも強くはあるが……扱いにくいことは確かだな」

「それでも海軍に所属しているだけマシと言えるだろう。ロジャーのようになられても困る」

 

 現状は大将と並んで海軍最高戦力に近い存在だ。思想はあまり歓迎できたものではないが、下手に手を出すことも出来ない。

 力と名声を持つ英雄は権力者にとっては常に疎ましいものだ。

 それでも海軍にいるだけマシだと思うしかない。ロジャーのように暴れ回る無法者の方がよほど厄介なのだから。

 

「〝金獅子〟の動向はどうなっている?」

「未だウォーターセブンから動いてはいないようだ。だが、傘下の海賊たちが〝魔女〟によって狩られているせいか、彼らを集めているようだな」

「ふむ……情報を〝魔女〟に流すことで二人をぶつけることは出来ないか?」

「我々は彼女の信用を得ていないが……ガープはどこかで伝手が出来ているようだ。あの男から情報を流させることは可能だろう」

 

 対処すべき案件は多い。

 最優先で対処するべき〝金獅子〟も、単に海軍をぶつけるより海賊同士で潰し合ってくれた方が何かと都合がいい。

 ウォーターセブンは造船所として名高い場所だが、最近は高騰する木材や手に入らない部品も多く、路頭に迷う者たちも増えている。

 世界政府加盟国ではあるが、造船所ならば他にもいくつか存在する。世界政府にとって大きな痛手となるほどではない。

 

「優先すべきは海を大きく乱す〝金獅子〟の討伐だ。多少は被害が出ても構わない」

「オクタヴィアの娘だ。倒せる可能性は十分にある」

「では決定だな」

「多少ならこちらから融通を利かせてもいいだろう。討伐できれば、の話ではあるが」

 

 海軍を直接ぶつけるには制約も多い。海賊同士ならば被害の矛先を擦り付けられるのも都合がいいところだ。

 五老星はそう考え──ガープを介して情報を流すことを決定した。

 

 

        ☆

 

 

 美食の街、プッチ。

 偉大なる航路(グランドライン)でも有数の〝食〟の街であるここで、カナタたちは休息をとっていた。

 ガープたちとバナロ島で会談して以降、三つの島を回って金獅子傘下の海賊たちを潰していたため、リフレッシュのためにも訪れたのだ。

 訪れた三つの島のうち二つで海賊を討伐したものの、一つは既にもぬけの殻だった。

 おそらくはシキが個別に撃破されることを嫌って傘下を集め始めているのだろう、とカナタたちは判断し、次の一手を考えるためにもいろいろなところで情報収集をおこなっている。

 

(ウマ)ァァァイッ!! この人参料理、実に美味です! あるだけ包んでもらえませんか!?」

「え、ええ、いいですよ。しかし結構な量がありますが……」

「お金なら十分にありますとも! ええ、レシピを教えてくれるのであればなお良い!」

「レシピは流石にちょっと」

「そうですか……では買うだけにしておきましょう! ヒヒン、いい買い物でした! 流石は〝美食の街〟ですね!」

 

 大興奮で人参料理を大量に包んでもらっているゼンの近くでは、フェイユンが巨人族用のカップにジュースを入れて貰っているところだった。

 食料も金も、道中で倒した海賊から大量に奪ったものがある。多少使ったところで微々たる量だ、というレベルであった。

 これには金庫番のジョルジュもにっこり顔で皆に小遣いを渡すほどであり、各々リフレッシュ期間を楽しんでいる。

 

「儂らも相当目立つ方だと自負しているが、あの二人は別格だな」

「ああ。あの辺だけ人が寄ってこねェ。目立つ分見つけやすくていいぜ」

 

 ジュンシーとスコッチはそれぞれ手にタコ焼きを持ちながら、ゼンとフェイユンの二人の方へと視線を向けていた。

 この二人も風貌が明らかに堅気ではないので人が近寄ってこないのだが、得てして本人たちはそれに気づかないものである。

 対照的なのはカナタだった。

 イワンコフに怒られたこともあり、多少は見た目を気にするようになった彼女。黒い水兵(セーラー)服を着て様々な場所で服や日用品を買い漁っていたところ、大量の男たちにナンパされる羽目になっていた。

 これにはさすがのカナタも辟易したようで、一度船に戻って船番をしていたドラゴンを荷物持ち兼男避けにしたほどである。

 買い物の途中で小休止を挟み、近場のレストランに入って食事を取ることにした二人は、邪魔の入らない部屋で次の行動を相談していた。

 

「──手詰まりだな。〝金獅子〟の勢力を多少は削ることが出来たが、それでもそれほど多くはない。今の状態で〝金獅子〟の本船と戦うのはリスクが高い」

「……意外だな。喧嘩を売った以上はリスクを背負ってでも戦いに出ると思ったが」

「そうせざるを得ないのならな。だが今回は私たちが攻め込む側だ。主導権は私たちにある」

 

 誰かを失うリスクを背負ってまで、シキと戦うメリットはない。

 少しずつ戦力を削っていく戦法が使えない以上、後は攻め込む以外にないのだ。この方法が取れないなら素直にシキの討伐は諦めるべきであった。

 ドラゴンは腕組みし、ふむ、と考える。

 

()()()を通じて〝金獅子〟の動向はつかめているが……お前がそう言うならその判断に従おう」

「動向が掴めても戦力が足りん。仮にシキの強さがガープやセンゴクと同格だと考えても、私一人では手に余る」

 

 センゴクの時も、結局カナタは単独で打ち倒すことは出来ていない。

 どれだけ強がりを言おうとも決定的な戦力差は存在するのだ。そこを打破出来ない限りは動けない。

 絶対に討ち果たしたい相手という訳でも、討ち果たさなければ自分たちが死ぬという状況でもないのだから、現状では嫌がらせに留めておくべきだった。

 

「……戦力か」

「戦力だな。奴は傘下の海賊があと五つほど残っているのだろう。であれば、今まで倒したような連中があと五つあると考えるべきだ」

 

 一つ一つの海賊団はそれほどではなくとも、徒党を組めば厄介な存在になる。

 相手取るにはこちらの数が足りない。

 

「ふむ……おれとしては、叩けるうちに叩いておいた方が後々良いと思うが……戦力か……」

 

 では、とドラゴンは一つの提案をした。

 

「あの男をこちら側につけるのはどうだ?」

 

 その提案に、カナタは思わず目を丸くした。

 



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第四十八話:準備

『イ・ヤ・だ!』

 

 電伝虫から聞こえてくる声にドラゴンは小さくため息をついた。

 

「どうしてもか」

『どうしてもだ! なんでおれが海賊と手を組まなきゃならん!』

「海賊を名乗った覚えはない、と何度も言っているのだがな」

『まァ大したことはしてねェが、政府は政府に従わずにいる連中は大体海賊って言ってるから海賊でいいんだよ』

 

 随分滅茶苦茶な定義だ。

 世界政府という巨大な組織に従わない存在を全て纏めて〝海賊〟あるいは〝山賊〟と呼んでいるに過ぎないのだろう。

 そういう意味では、確かにカナタたちも海賊と言える。

 

「〝金獅子〟は海軍にとっても目の上のたんこぶだろう。お前が私たちに情報を流すのも、無法者同士で潰し合うことを期待しての事だろう?」

『おれは上からやれって言われてるからイヤイヤやってるだけだ。海賊の手を借りるなんぞ反吐が出るわ』

「……だが、聞いた話じゃアンタは昔ロジャーと──」

『あーあー! 聞こえねェな!』

 

 ドラゴンの言葉を遮ってしまうガープ。

 どちらが年上かわからない状態だが、こうなってしまっては意固地に拒否されるだけだろう。

 だが、カナタたちに情報を流すのはガープよりも上の地位の人間が指示したことだとわかった。海軍中将より上ともなると、元帥か、あるいは世界政府上層部のどちらかになるだろうとカナタは考える。

 

「現実的に考えて、私が〝金獅子〟と戦って得られるメリットは少ない」

 

 このままウォーターセブンに留まっているなら、これ幸いとまっすぐにシャボンディ諸島へ向かえばいい。魚人島への指針(ログ)はウォーターセブン以外でも貯められるし、〝赤い土の大陸(レッドライン)〟付近まで行けばタイガーが案内してくれる。

 海賊艦隊提督とまで呼ばれる男を正面から相手取る必要などどこにもないのだ。

 どうあれカナタを狙ってくることは変わらないだろうが、今カナタたちが単独で争うのはデメリットの方が大きい。

 だから手伝え、と言外に告げる。

 

「自分たちだけ何の被害も受けずに脅威を消そうなどと、虫のいい話だとは思わないか?」

『ぐぬぬ……』

 

 ガープ本人としては海賊と手を組むことに大反対だが、上層部は海賊を使って海賊を潰そうとしている。

 なら、相応にメリットを示さなければ動かないとカナタは言う。

 

『お前が戦わなくとも、シキの野郎はおれが……』

「倒せないから私たちを使おうとしているのだろう?」

 

 実力はガープが上回っているのだろうが、シキの能力を考えれば逃走は容易だ。いくら追いかけても逃げられるのではどうしようもない。

 シキ自身もガープに引けを取らない実力者の上、策略家として動く彼は狡猾だ。まともな手段では捕らえることなど出来ない。

 だが──()()()()()()

 策略家として戦うシキが、今だけは感情的に動いている。

 カナタにとっても、海軍にとっても、今この状況が最大のチャンスなのだ。

 

「奴が今いるウォーターセブンを交易させないようにしても、一番最初に干上がるのは市民だろう。各地の拠点の様子を見れば、一般人を相手に情けをかけるような連中じゃないことはわかる」

 

 交易船は多少なり通っているようだが、現在は海賊に支配された町になってしまっている。

 この状況で最も困るのは市民で、その市民を助けるために海軍はある。

 ならば、動かない理由はない。

 理詰めで説明するカナタに対し、ガープはうめき声をあげる機械のようになっていた。

 

『ぐぬぬぬぬ…………!』

「どうする、ガープ」

『……上に、進言する……それでいいな』

「ひとまずはな。シキ本人は私の方でなんとかするとしても、市民と傘下の海賊どもはそっちでどうにかすることだ」

『わかっとるわ! クソ、やっぱり()()()()()()

「お前たちの大嫌いな私の母親同様に、か?」

『ああ! お前の母親も最悪だった! 親子そろって口の……ザ、ザザ……──』

「……ガープ?」

 

 先程まで明瞭に聞こえてきたガープの声が突然ノイズ交じりになった。

 ドラゴンとカナタは互いに眉を顰めながら何度か声をかけてみるが、反応は薄い。

 用件は終わったので切ってしまうか、と受話器を置こうとしたとき、電伝虫からガープではない誰かの声が聞こえてきた。

 

『ザ、ザザザ……シキは〝フワフワの実〟──ザザ──能力者だ。触れた物を浮かせることが出来る。──ザザザ……無機物に──が、海水も浮かせることが出来……ザザ』

「……誰だ?」

 

 女性の声だ。カナタには聞き覚えがないのでドラゴンの方を見るが、そちらも記憶にないと首を横に振る。

 シキのことについて知っていると思しき情報を流しているので、ひとまず声を聴くことに注力する。

 

『……得物──二振りの剣だ。〝桜十(おうとう)〟と〝木枯し〟──ザ、ザ……』

 

 カナタはドラゴンに目配せし、ドラゴンは近くにあった紙に情報を書き殴っていく。

 

『それなりに強いが──ザザザ……だ。奴と戦うなら嵐を選べ……』

「嵐を選べ……?」

『奴の能力は嵐の中では半減する……あとはお前次第だ──()()()()

「──!」

 

 それきり声は聞こえなくなり、ノイズも消えて通話は切れてしまった。

 ガープの方にも聞こえていたのかは定かではないが、今話していた人物はおそらく。

 

「……我が娘だと?」

 

 どうやって電伝虫の通話に割り込んだのか。

 どうやってシキと敵対している情報を手に入れたのか。

 疑問点は山ほどあるが……目下確認するべきは、()()()()()()()()()()()だろう。

 信用など出来るはずもないが、かつては同じ船に居たと聞く。殺し合うほどに仲が悪かったことも聞いている。なら、あるいは潰させようと情報を流す可能性もゼロではない。

 

「……ガープにもう一度連絡を取れ。あいつなら知っているだろう」

 

 状況を変える手札になり得るなら、利用しない手はない。

 

 

        ☆

 

 

「オクタヴィア、誰かと話していたのかい?」

「ああ」

「でも、電伝虫なんて置いてないよ?」

「私は私の能力で飛び交う電波を読み取ることも、電波に介入することも出来る。この程度は些事だ」

「へぇ……面白いね。今度原理とか教えて欲しいな」

「ああ、どうせ暇だから構わない……ふふ、それにしても──あの子は随分と数奇な運命を辿っているようだ」

 

 

        ☆

 

 

 海軍本部、元帥の部屋。

 コングが山のように積まれた書類に目を通し、手早く捌いていたところで勢いよく扉が開かれた。

 

「なんだ、騒々しい」

「全く嫌になる!」

「どうした、ガープ。今日は随分と荒れているな」

 

 乱暴な足取りでコングの前まで歩き、ガープは勢いよくテーブルを叩いた。

 その拍子にコングの机から書類が何枚か落ちたが、双方それを気にする様子もない。

 

「サイファーポールがおれのところに来た。〝魔女〟に情報を流して〝金獅子〟とぶつけろって命令だ。〝五老星〟から直接の命令だってな」

「あァ、おれのところにも連絡は来ている。どうせぶつかるなら厄介な連中同士で潰し合わせようって腹だろう」

「〝魔女〟の方は〝金獅子〟と戦うつもりはありそうだが、戦力が足りねェと言ってる」

「……それで?」

「傘下の海賊と市民を守るのはこっちでやれ、だとよ」

 

 ふむ、とコングは背もたれに寄りかかる。

 手元のお茶はすっかり冷えてしまっていたが、気にせず一口含み、ガープの言葉を反芻しながら整理していく。

 市民を守るのは、まぁ当然と言うべきだろう。コングとしてもその辺りは海軍で処理しなければならない案件だと思っていた。

 傘下の海賊の数も把握できている。〝新世界〟にいる本隊とは別に連れてきているだけで、質はさほど高くないことも。

 加えて〝金獅子海賊団〟の幹部もこちらには来ていない。

 

「〝魔女〟の要求はそれだけか?」

「ああ、今のところはな」

「随分ぬるい要求だな。こちらの思惑まで見抜かれているなら、もっと法外な要求でもしてくるかと思っていたが」

 

 あるいは、最初から何かを受け取る気もないのかもしれない。

 それがどういった理由からかはコングはわからないが、自分を犯罪者として手配している組織から受け取っても、ということなのだろうか。

 現実的に考えても、カナタの懸賞金を取り下げることなど不可能だ。

 やったことがやったこと。加えて懸賞金の額も今や〝新世界〟で暴れる大海賊に引けを取らぬほどになっている。

 

(……金に執着しているわけでもない。名誉も名声も求めていない。こちらから()()()()()()()()()、というのが正しいかもしれんな)

 

 カナタたちの旅の目的は〝偉大なる航路(グランドライン)〟の踏破だということは聞いている。

 一番欲しいものは世界政府が手出しをしないというお墨付きかもしれないが、それは不可能だとわかっているはずだ。

 だからこそ、ガープへの要求は多少の戦力と一般人の保護という最低限のものになる。

 海賊と呼ぶには少しばかり平和的だ。

 

「……ふむ。まァ構わないだろう。〝魔女〟と〝金獅子〟の戦闘のどさくさに紛れて市民を保護。それから傘下の海賊を討伐だな」

「それと、誰が入れ知恵をしたか知らんが……ウォーターセブンの近くで嵐の多い海域はないかと聞いて来た。そっちは部下に情報を纏めさせてるが」

「ウォーターセブンの近海で嵐が多い場所? そんなものを聞いて何になるんだ?」

「シキと戦うための準備だと」

 

 一度通話が切れた後でガープにしたいくつかの質問ののち、カナタたちは情報を求めた。

 シキの能力はガープも良く知るところだが、弱点までは把握していない。誰から聞いたのか問い詰めたが、カナタは口を割らなかった。

 ともあれ。

 

「……本気で〝金獅子〟と事を構えるつもりだな」

 

 まだまだルーキーもいいところの〝魔女〟だが──その戦歴は頭が痛くなるほどに凄まじい。

 これからさらに〝金獅子〟と……加えて〝ビッグ・マム〟と事を構えるつもりなら、最早ルーキーと呼ぶべきではないのかもしれない。

 その辺りは血筋か、本人の気質かは不明だが。

 

「おれは海兵として海賊と協力するなんぞ反吐が出るんだが」

「我慢しろ。少なくとも市民と海兵に被害が出ないなら言うこと無しなんだからな」

「だが……おれは、あの女はどうも苦手だ」

「確かに相性は悪そうだな」

 

 少なくとも弁舌では勝てなさそうだ、とコングは茶化して笑う。

 冷えたお茶を飲み切り、「新しく熱いお茶を入れてくれ」と部下に頼む。

 

「〝金獅子〟の件に関してはおつるに任せている。シャボンディ諸島に居座っている〝ビッグ・マム〟をどうにかしろと天竜人に再三言われていてな、ゼファーはそっちに駆り出されているんだ」

「〝金獅子〟とぶつかった後の〝魔女〟の処遇はどうするんだ?」

「放置で構わん。最優先は〝金獅子〟だ。〝魔女〟の方は放っておいても大きな問題は起こさないだろう」

 

 天竜人が関わらなければ、という一言が付くが。

 カナタたちがシャボンディ諸島に移動するときは天竜人を全員マリージョアに引き上げさせるよう陳情しておかねばな、とコングは心にメモしておく。

 いらぬ火種を抱えることはない。〝五老星〟もこの辺りは認めるだろう。

 前科がある以上は二度目が無いとも限らないのだから。

 

「センゴクはしばらく駄目だろうからな。お前たちには頑張って貰うことになる」

「そりゃ構わねェが……〝新世界〟の方はどうなんだ?」

 

 四人いる大海賊のうち、二人が前半の海である〝楽園〟に来ている今、〝新世界〟の海は非常に不安定と言っていい。

 縄張り争いもさることながら、裏社会での取引も活発化していた。

 ロジャーもニューゲートも野心はないと言っていいが、それに続く海賊たちは違う。

 船長のいない海賊団の縄張りへと攻め入り、争いとなっている所も少なくない。

 

「そっちはそっちで頭の痛い問題でな。現状は大丈夫だが、仮に〝金獅子〟が倒れた場合、混乱は更に大きくなるだろう」

「どうするんだ?」

「どうもこうも、回す手が足りん。世界政府加盟国以外は優先度を下げることになるだろう」

 

 ため息をつくコングにガープは嫌そうな顔をする。

 海兵として、余りやるべきではないことだと両者ともにわかっているからだ。

 

「ひとまず、現状はどうにかなっている。後手ではあるがな」

 

 台風の目とも言うべき存在はやはりカナタだ。

 カナタを中心にあらゆる事象が起きている。歩くトラブルメーカーなのは母親譲りかと頭を痛めたものだが、かと言ってバスターコール級の戦力でも攻め落とせるか怪しいとなれば放置しかない。

 手綱を握ることが出来れば、と考えはするのだが。

 報告書などで知った気質そのままなら、互いに利用し合う立場にもなれそうなものだとコングは考えていた。

 それをやるには現状の制度では不可能だということも。

 




予定と全く違う方向に動いてて作者もどうなるかわからなくなりました。

      '``・ 。
           `。
      ,。∩          もうどうにでもな~れ
    + (´・ω・`) 。+゚
    `。 ヽ、  つ ゚
     `・+。・' ゚⊃ +゚
     ☆   ∪~ 。゚
      `・+。・ ゚


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第四十九話:NO SCARED

 二週間ほどかけて準備を進めた。

 都合よくウォーターセブンには嵐が近づいており、カナタはこれ幸いとばかりに当日の昼に着くよう調整しながら船を動かした。

 風は強いが未だ雲はかからず、晴天が顔をのぞかせている。

 戦うにはいい日だ、とカナタは目を細める。

 

「ほ、本気で〝金獅子〟とやり合うつもりかよ? 今からでも逃げねェか?」

「諦めろ。この距離ならもう奴には捕捉されている」

 

 ビビるジョルジュを窘めるカナタ。既にウォーターセブンは目前だ。ここまで来て逃げ出すことなど出来はしない。

 少し離れた場所で様子を見ながら島をぐるりと一周し、シキが出てくるのを待つ。

 程なくして、傘下の海賊たちを連れたシキが現れた。

 

「電伝虫をつなげ」

「あいよ」

 

 スコッチが手早く用意した電伝虫から、以前手に入れた番号を使ってシキの電伝虫につながる。

 海軍が近づいてくるまでの時間稼ぎという意味合いもあるが、これから戦う相手と言葉を交わすのも悪くはないと思ったからでもあった。

 

『──本当に逃げずに来るとはな』

「逃げる理由はない。追ってくるなら先んじて潰すまでだと判断しただけだ」

『ジハハハハ! 気の強いことだな。その口ぶりに見合う強さってのを見せてほしいもんだ』

 

 敵は大型のガレオン船が十二隻。四つの海賊団を引き連れ、先頭の船にシキは乗っている。

 対するカナタはガレオン船一隻に三十人ほどしか乗っていない。戦力の差は決定的だ。

 

『最後通告だ。おれの部下になる気はねェか? オクタヴィアの娘なら、強さは保証されてるようなもんだ。お前がおれに手を貸せば世界を取るのも不可能じゃねェ!』

「私はお前と手を組む気など毛頭ない。それに、手を組むなら言い方があるだろう?」

『言い方だァ?』

「〝部下にして下さい〟と言うべきだろう?」

 

 電伝虫から大声で笑うシキの声が聞こえてくる。

 スコッチやデイビットは冷や汗を流しているが、クロやジュンシーは笑っている。

 ──そして、シキの笑い声は唐突に止み。

 

『──つまり、それが遺言ってことでいいんだよなァ!?』

「ここで消えるのはお前の方だ。震え、凍てつき──砕け散るがいい」

 

 ガチャン、と乱暴に通話を切り、カナタとシキは全く同時に船を飛び出して空を駆ける。

 シキは得物である二本の名剣──〝桜十〟と〝木枯し〟を持ち。

 カナタは得物である一本の武骨な武器──海王類の牙から削り出した無銘の槍を持ち。

 暗雲が立ち込め始めた海の上で、互いに初手から全力の一撃をぶつけ合う──その衝撃は天を割り、海を荒れ狂わせ、戦争の幕開けを報せる号砲となった。

 

 

        ☆

 

 

 ビリビリと衝撃が肌に突き刺さる。

 二人の怪物が海上で武器をぶつけ合うたびに、離れた場所まで衝撃が響いているのだ。

 それを感じ取ったガープは、すぐさま部下たちに指示を飛ばす。

 

「始まったみたいだな。おい! 船を連中とウォーターセブンの間に回せ!」

 

 市民の安全を確保するため、最初に金獅子海賊団とウォーターセブンの間に割り込んで逃げ場を無くす。その後、傘下の海賊たちに向かって攻撃するという流れだ。

 ガープは一度肩を回し、砲弾を片手に持って狙いを定め──勢いよく投げつける。

 

「拳・骨──隕石(メテオ)!!」

 

 大砲で撃つよりも余程強力な弾が海賊船のうち一隻に直撃した。

 黒煙を上げながら炎上し、直撃した船は徐々に沈み始めた。

 

「ぶわっはっはっはっは!! 傘下の海賊と言ってもショボい奴ばっかりだな! 弾千発持って来い!」

「ガープ中将、あまり張り切り過ぎないようにお願いします。あくまで建前上は〝金獅子〟と〝魔女〟の抗争から市民を守るためですので」

 

 あまり片側に入れ込み過ぎると後々面倒なことになる、と部下に言われ、白けた様子で腕組みするガープ。

 やることは同じだが、海軍と海賊で手を組むなどというのはあまり世間にバラしたくはないらしい。

 この辺りは海軍ではなく世界政府の考えなのだろう。

 

「海賊を利用しておいて手を組んでないと言い張るか。まァ手を組んでるとは言い難いがなァ……」

 

 あくまで互いに利があるからこその関係性だ。どちらかに不利益があればその時点でこの関係性は破綻するだろう。

 ガープとしては海賊がどうなろうが関係ないのだが、ドラゴンがいる魔女の一味にはそれなりに気にかけている。

 気にかけているだけだが。

 

「ガープ中将。おつる中将から連絡が来ています」

 

 砲弾を片手で持って狙いを定めている途中、ベルクが電伝虫を持って近寄ってきた。おつるからガープへ、急ぎの連絡があるという。

 狙いを定めるのをやめたガープは、砲弾を片手に持ったまま通話に出た。

 

「おう。どうした、おつるちゃん」

『今来てる(シケ)、どうも単なる嵐って訳じゃないらしいからね。あんたなら大丈夫だろうけど、一応連絡入れておこうと思っただけさ』

「あん? どういうこった」

『ウォーターセブンには毎年この時期に高潮が来るらしい。〝アクア・ラグナ〟って呼ばれる弩級の大嵐さ』

 

 この島に住む者なら毎年のことで慣れているが、それでもこの大嵐を舐めれば容易く人は死ぬ。

 そも、この高潮が来ている状態で海へ出ること自体が自殺行為なのだ。海上で大暴れしている二人を除けば、船ごと高波に飲まれてしまう可能性は十分にあった。

 

「そうか……だがまァ大丈夫だろ。特に〝魔女〟の方は氷の能力者だしな」

 

 シキはシキで空を飛べる能力を持つ。嵐の中で空中に移動すれば制限を受けるにせよ、大津波に飲み込まれるということもない。

 危ないのはむしろガープたちの方だが、単なる津波程度ならどうにか出来るだろうと楽観的に見ていた。

 天気も徐々に悪くなっている今、さっさと金獅子傘下の海賊を沈めて引き上げたいところだが、とガープは思っていた。

 

「〝金獅子〟と〝魔女〟の戦い、おつるちゃんはどう見る?」

『〝魔女〟も強いが、金獅子が後れを取るほどとは思えないねェ……あれなら、嵐の規模次第で五分ってところじゃないかい?』

「そんなもんだよなァ……」

 

 素の実力で正面からぶつかればカナタが負けるだろう。

 だが、それを見越して有利な局面を選び、互角に持ち込んでいるのだから末恐ろしい。

 戦闘に関するセンスは母親譲りか、と独りごちるガープ。

 

「親が親なら娘も娘だなァ」

『実感がこもってるね。さっさと傘下の海賊を潰して戻ってきな、津波に飲まれるよ』

「お、心配してくれてんのか。じゃあさっさと潰さねェとな」

 

 通信を終え、気合を入れて大砲の弾を用意させるガープ。

 これは言っても聞かないな、と部下は諦めた。上から諫めるよう言われてはいたが、自分も津波に飲まれるのは勘弁願いたいこともあって黙認することにした。

 ──ガープが傘下の海賊たちを全て沈め終わったのは、津波が島へと押し寄せ始めた頃だった。

 

 

        ☆

 

 

 空中を高速で駆けまわりながら、シキとカナタはぶつかり合っていた。

 天気は少しずつ悪くなっていき、暴風が吹き荒れ始めた頃にはシキの動きも精細を欠き始めている。

 

(……シキの能力は〝浮遊〟だ。自然の風が強くなれば制御は難しくなるのも道理か)

 

 対し、カナタは六式の一つである〝月歩(ゲッポウ)〟によって空中を高速移動している。

 休む暇もなく移動する必要はあるが、シキ程に大きな影響は受けない。

 だが、能力による利点を抑えてもシキは強い。

 

「わざわざ嵐の日を選んで来たようだが、テメェ一人殺す程度ならさして変わらねェな。空中戦でおれに勝てると思ってんのか」

 

 強まる雨と風の中でも、大海賊は揺らがない。

 葉巻に火をつけ、強烈な覇気を纏った刃がカナタの首を両断しようと迫り──同じく武装色の覇気を纏った槍で防ぎきる。

 空中戦では勝ち目がない。

 だが、シキ相手に空中戦以外では攻撃が届かない。

 さてどうしたものかと考えながら、鍔迫り合いに押し負けて海へと叩き落される。

 

「能力者なら海に落ちた時点で終わりだな──何?」

 

 カナタが落ちた場所を基点に、海が凍り始めていく。

 荒波がそのままの形で凍り付き、氷の中から無傷のカナタが現れる。

 シキは高度を落とし、カナタを斬撃の射程範囲に収めながらため息をついた。

 

「氷の能力……自然系(ロギア)か。親子そろって面倒な能力を持ってやがる」

「海の上なら私にも勝ち目はある。あまり甘く見ないでもらおう」

 

 にやりと笑ったシキは右手に持った剣を振り、離れた位置で立つカナタの体を両断する。覇気を纏ったそれは、自然系(ロギア)の能力者であっても致命傷は免れない。

 カナタはその斬撃を受けてバラバラになり、氷の破片が転がって消えた。

 ──そして、海上に巨大な氷の柱がいくつも作り上げられる。

 

「目くらましのつもりか?」

 

 シキの見聞色からは逃れられない。

 どこにいるのかと気配を探ってみれば、()()()()()()()()()()

 剣を構え、一閃。移動した先の氷の柱を真っ二つに切り裂き、中から出てきたカナタの姿を捉える。

 

「──斬波(ざんぱ)ァ!!」

 

 両手に持つ剣を振るい、いくつもの飛ぶ斬撃がカナタへと襲い掛かった。対するカナタはそれらを紙一重で避け、屹立する氷の柱を足場にしてシキへと近づく。

 回転しながらシキの上を取り、剣を交差させて防ごうとするシキへカナタは遠心力を使って上から槍を叩きつけた。

 ビリビリと衝撃がまき散らされ、勢いよく海へと吹き飛ばされるシキ。

 海面に触れるかどうかというところで体勢を立て直し、海面付近を低空飛行しながら海を切り裂いた。

 

獅子威(ししおど)し──〝御所地巻き〟!」

 

 切り裂かれた海は形を変え、いくつもの獅子となって落下するカナタを狙い撃ちにする。

 カナタはそれを一息で凍らせ、苦も無く蹴りでバラバラに破壊した。

 その一瞬で間合いを詰めてきたシキは今度こそカナタを逃がすまいと、至近距離でその首を狙う。

 

獅子(しし)千切谷(せんじんだに)

 

 氷の塊が細切れになるほどの猛烈な斬撃の連続に、さしものカナタも無傷では切り抜けられない。

 いくつもの切り傷を作りながら斬撃を弾き、受け流すことでようやく逃れる。

 落下して海面を凍らせ、呼吸を整えながらカナタは次の策を練り始める。シキは今ので仕留めるつもりだったのか、気勢が削がれたように空中でため息を吐いた。

 

「……これでも死なねェのか。おれの部下に欲しいくらいだ、まったく」

「諦めろ。私はお前の部下になどなるつもりは毛頭ない」

 

 嵐の中に吹き荒れていた雨はいつしか雪に変わっていた。

 気温は徐々に下がり、暴風はより強く吹き荒れている。

 シキの視線は沈んでいく傘下の海賊たちの船へと移り、次にいくつもの砲弾を流星のように投げ飛ばすガープを見る。

 

「海軍を味方につけたらしいな。おれの部下が全滅とは……よくガープの野郎を納得させたもんだ」

「あれもお前の首を獲りたいらしい。私よりも優先してな」

「はっ、くだらねェな。嵐だからおれに勝てるなんざ、夢見てんじゃねェよ」

 

 〝新世界〟の海で覇権を争うほどの大海賊は、これだけの悪条件下でもそう簡単に落ちてはくれない。

 更に、遠くから船など簡単に飲み込んでしまうほどの大津波が押し寄せるのが見える。

 シキは片手間に自らの母船を空へと浮かばせ、多少風で揺らされようとも津波に飲まれないようにしている。

 

「図に乗るな小娘。テメェの母親は怪物だったが、おれたちはそれに容易く負ける程弱くもなかった。生きてきた時代が違うんだ」

「くだらないな。苦労したからお前の方が強いのか? 小娘と侮る相手の首一つ取れずにいる状態でそんなことを言っても、滑稽なだけだろう」

 

 迫る大津波を見ても、カナタは一切気にした様子はない。

 このまま放置すれば自身はおろか、船にいる仲間たちも飲まれることになるが──大津波が直前まで迫った時、カナタは動いた。

 

「〝白銀世界(ニブルヘイム)〟──」

 

 ──巨大な津波が一瞬で凍り付く。

 水平線の果てまで続く波であろうとも、カナタの能力圏内であれば影響は逃れられない。

 

「──〝悪食餓狼(フェンリスヴォルフ)〟」

 

 刹那、凍り付いた大津波から巨大な氷の狼が現出する。

 シキを飲み込もうと大きく口を開けた氷の狼は一刀のもとに両断されたが、その巨大な体を伝ってカナタがシキの目の前まで移動する。

 振るわれる槍はシキの喉元を狙い、シキはそれを紙一重で避けてカナタへと斬撃を見舞う。

 一進一退の攻防が続き──嵐はより強くなっていた。

 

 

        ☆

 

 

「くそ、流石に風が強ェな……」

 

 シキをして無視できないほどに風が強く、大雪になっている。

 体勢が安定しないため、斬撃にも思うように威力が乗らないのだ。

 視界にはいくつもの凍らされた大波があり、ところどころぶつかり合いの余波で崩れている。

 ここまで来ると流石にシキも無傷とはいかず、ところどころに傷を作っていた。

 

「流石に強いな……この調子では先に崩されるか」

 

 対するカナタも、満身創痍とまではいかずとも幾らか大きい怪我を負っていた。

 動きに支障はないとはいえ、血を流しすぎると動きが悪くなるのは明白だ。あまり時間をかける訳にもいかない。

 

(……この小娘を片付けた後、ガープの野郎も控えてやがるからな。あんまり手間取って体力を使いたくはねェんだが……)

 

 カナタを片付けた後ですぐさま逃走に入ればいいのだが、それでもこの嵐の中では制御も覚束ない。狙い撃ちにされては面倒だということもある。

 ここらが引き時か、と考え始めた時。

 シキの意識がカナタから逸れ始めたことに気付いたのか、カナタは槍を低く構えた。

 

「余所見をするとは──随分余裕だな」

 

 カナタがシキを睨みつけ、槍に覇気を纏わせた──その瞬間、シキ目掛けて雷が落ちる。

 空気を引き裂く爆音が響き渡り、シキの肉体を焼け焦げさせた。

 この大嵐で空中を漂っていればそういうこともあるだろうが、今の落雷は実にタイミングがよかった。

 

「──威国!!」

 

 この隙を見逃さず、カナタはシキを殺すべく最大の一撃を放つ。

 一瞬意識の飛んだシキを目掛け、強烈な斬撃が飛び──肩から腹部にかけ、大きく切り裂いた。

 

「……──が、は……!!」

 

 落雷による火傷と斬撃のダメージを負ってなお海に落ちることはなく、シキは強くカナタを睨みつけた。

 

「今、のは……テメェの仕業かァ!?」

「雷のことを言っているなら見当違いだな。私に雷を操る力はない」

 

 本当に、今のは()()()()()なのだ。

 口から血を吐きながら、シキは激怒しつつも冷静に戦況を見極めていた。

 馬鹿なと思いつつも、今の一撃はシキにとっても致命傷一歩手前だ。この状況で戦っても落とされる可能性が高い以上、退くのが最善と言えた。

 売った喧嘩で逃げ出すなどプライドがズタズタだが──それでも、此処で死ぬ無様を晒す方がシキにとっては屈辱だった。

 

「──クソ、退くしかねェか」

 

 意識が飛んだ一瞬に叩き込まれた斬撃だ。覇気で多少は軽減しているとはいえ、傷は深い。このまま飛んで逃げるのに支障は……ないとは言えないが、それでも逃げるだけの体力は残っている。

 これだけ風が強ければガープの砲弾投げもブレて当たらないだろうと判断し。

 

「ここは退いてやる……〝新世界〟で楽しみに待ってるぜ」

 

 艦隊を用意して、確実に殺すと宣告する。

 だがこれは、自慢の艦隊も、幹部もおらず、戦力がごく限られた状態でようやく追い詰めた好機だ。カナタとて易々と逃がすつもりもなかった。

 

「一騎打ちで勝てないなら数で補うと? 負け犬の発想だな」

「何とでも言いやがれ。おれはここで死ぬつもりはねェ」

 

 船と共に上空へと逃げ出すシキを相手に、カナタは飛び上がって追撃に移る。

 これだけの傷を負ってなお、シキはカナタと同等に張り合って船が遠くに移動するまで時間を稼いでいた。

 遂には追いきれない距離まで離れ──シキの飛行速度に追いつけないと判断すると、カナタは刃を下ろして船へと戻ることにした。

 




予定にない戦闘だったので今回は決着つかず。
ちょこちょこ起動修正いれないと駄目な感じがしてるので、筆が遅くなりがちなのが困ったところ。


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第五十話:一難去って

予定から大幅にずれてるので章タイトルそのうち変更します。
何にも探求してねぇ。


 シキとの決戦の翌日。

 カナタは医務室のベッドの上で下着姿になり、スクラに包帯を取り換えて貰っていた。

 

「経過は良好。相変わらず人間離れした回復力だな」

「最近は特にな。昔はここまでじゃなかったのだが」

 

 強靭化していく肉体に比例して回復力も高くなっているように思える。鍛えれば鍛える程回復する力も強くなるなど、聞いたこともないのだが。

 スクラとしてはそれこそ研究したいほどだった。

 

「だがかなりの深手だ。あと三日は安静にしていろ」

「多少運動するくらいは構わ──」

「安静にしていろ」

「わかった。わかったからその手に持っているメスを下ろせ」

 

 昨日の夜からずっとベッドで拘束されているカナタは非常に暇らしく、少しばかり体を動かしたい気分だったが……スクラは般若のような顔でそれを押しとどめた。

 カナタの返答を聞いて手に持ったメスを下ろし、どかりと椅子に座ってカルテを書き始める。

 

「当然だ、この愚患者め。僕が安静にしろと言ったら安静にしていろ。普通なら二週間はベッドに縛り付けておくくらいの重傷だったんだぞ」

 

 他の船員よりもずっと頑丈なカナタでそれだけの大怪我だったのだ。金獅子という男の規格外の強さがわかる。

 傷跡こそ残らないだろうが、包帯を替える際に確認した時点ではまだ治り切っていなかった。下手に動くと治るものも治らない。

 

「どのみち船も動かせないからな」

 

 今のウォーターセブン近海はほぼすべて氷に覆われている。砕氷船でもなければ船など出せない。

 が、今回は別に問題があった。

 

「……フェイユンも随分と落ち込んでいたな」

 

 戦闘中、フェイユンがうっかり足を滑らせて()()()()()()()()()()()()のだ。落ち込みもするだろう。

 嵐の中での戦闘ということもあり、かなり足場が悪かったのもある。

 もっとも、倒れこんだだけで圧し折れるようなメインマストでは遅かれ早かれ折れていた。船自体は中古なので型も古いのだ。

 

「船を修理するか新しくするか、考えなければな」

「いい加減新しくしてもいいんじゃないか。この船は随分と古いんだろう?」

 

 西の海(ウエストブルー)で商人をやっていた時分に購入したものだ。あの時は元手も少なかったので、なるべく安く手に入れようと型落ちの船を購入した。

 天竜人を殺した後で別れた船員たちが乗っていった船の方が幾らか新しかったが、いまさら言っても仕方のないことでもある。

 運がいいのか悪いのか、ウォーターセブンは造船業で栄える島だ。金さえ積めばいい船を作ってもらうことも出来るだろう。

 ついでに船大工を探してもいい。

 

「資金に関しては余裕もある。それなりに頑丈な船をつくるのが一番だが……この辺りはジョルジュとも相談しなければな」

「僕は医務室さえきちんと作ってくれれば何でも構わないが」

「必要なら金は惜しまんさ」

 

 数日は情報や物資を集める必要があるだろうが。

 カナタが着替えている間にスクラは荷物を片付け、カルテを片手に「今日の診察は終わりだな」と言って部屋を出ていく。

 そこへ丁度入れ替わるようにドラゴンが現れた。

 

「む、終わったのか?」

「ああ、ちょうど今終わったところだ。何か用事か?」

「ガープが来ている。船の前で待っているが、どうする?」

「安静にしていろ、とは言われたが……ずっと寝ている必要もなかろう。少し待たせておけ、すぐに行く」

 

 戦いに来たわけでは無いだろう。見聞色の覇気で探っても戦意は見えない。

 カナタは手早く私服の上からコートを羽織って船を降りる。

 空を見上げてみれば、雲一つない台風一過の空模様と言ったところだった。少しばかり空気は冷えるが、これは仕方のないことだろう。

 船を降りたすぐ近くにガープとベルクの二人が立っており、ドラゴンと何か話をしているようだった。

 いち早くカナタのことに気付いたガープは片手をあげてカナタに声をかける。

 

「おう、来たか。まさか本当に〝金獅子〟を追い返すとはな」

「信用していなかったのか。もっとも、私も少し危ないところだったがな」

 

 偶然雷が落ちなければ、シキに大怪我を負わせることも出来なかっただろう。カナタとしても運に助けられたことは業腹だが、こればかりはどうしようもない。

 一方で、話を聞いていたガープは嫌そうな顔をしながら「雷か……」と呟いていた。

 

「何か気になることがあるのか?」

「あァ……オクタヴィアは雷の能力者だ。射程範囲は知らねェが、海軍の軍艦が船影を捉えることも出来ずに落とされたこともあった。奴の仕業って可能性もゼロじゃねェ」

 

 オクタヴィアの生存が確認されている今、ガープの懸念はそこにある。

 過去に大暴れしたロックスという男が背を預けた存在が、今もなおどこかに潜んでいる。この際ロジャーのことを置いてでもオクタヴィアの動向を探る必要さえあると思っていた。

 それほど危険な存在なのだ。

 

「娘のお前を助けるために遠距離から狙撃した、って可能性もあるか」

「……私との戦いに集中していたとはいえ、シキの見聞色をかいくぐってか?」

「あの女はシキより強い。ロックスがいねェ今、この海で最強の存在はあの女かもな」

 

 ガープは腕組みして吐き捨てるように断言した。

 無論、ガープやロジャーとて戦えば簡単にやられることはないだろう。〝白ひげ〟とて負けていない。

 だが──ロックスという怪物の存在は、ガープの記憶にこれでもかと焼き付いている。その怪物と共にいた女を警戒せずにいる理由はない。

 

「お前は会いたいと思わねェのか? 実の親だろ?」

「興味はない。会って話すこともないからな」

 

 ざっくり斬り捨てたカナタに、ガープは思わず大笑いした。

 目の前の少女がオクタヴィアの娘というのもガープにとっては驚きの話だが、その少女と自分の息子が同じ船に乗っているというのも不思議な話だ。

 ドラゴンが乗っていなければこうして話すこともなかったと思うと、運命というのはよくわからないものだと感じる。

 

「お前らはいつまで滞在するつもりだ?」

記録(ログ)が溜まればすぐにでも発つ──と言いたいところだが、船がこれだからな」

 

 カナタが視線を向けた先には、圧し折れたメインマストが船の傍に置かれていた。

 これをどうにかしない限りは船を出せない。困ったものだと肩をすくめる。

 

「その辺りはおれ達の関知するところじゃねェからな。だが、そうか……お前らが出てからおれ達も出航する予定だったが」

「何かあるのか?」

「あー、まァな」

 

 ちらっとベルクの方を見て、首を横に振られたのでガープは言うのを止めた。一応極秘扱いらしい。

 海軍としては〝金獅子〟の代わりに居座るのが〝魔女〟に変わっただけ、と言われかねないので追い出したいらしいが、船がないのではどうしようもない。

 カナタ達よりも優先して戦わなければならない相手がいるらしく、あまり長時間留まることも出来ないとか。

 大変だな、とカナタは他人事のように言う。

 

「半分はお前のせいなんだがな……話はこれだけだ。今回は見逃してやるよ」

 

 ため息を一つ吐き、ガープは踵を返して街へと戻っていく。

 この場でカナタを倒して連れて行くことも可能ではあったろうが、あちらこちらに尋常ではない被害が出る上に他の作戦に支障が出る。

 事前に決めていた通り、カナタ達には手を出さずにいることにしたわけだ。

 

「……何かと忙しそうだな、あの男も」

「そうだな。厄介事に巻き込まれるのはおれもあの男も同じだ」

「自分で言っていては世話もない」

 

 肩をすくめて船に戻るドラゴンとカナタ。

 どちらかといえばガープとドラゴンは自分から厄介事を作りに行っているような気もするが、巻き込まれる側からすればどちらでも同じことだった。

 

 

        ☆

 

 

「では新しい船をつくることで決定だな」

 

 夜、船内の甲板で皆が思い思いにくつろぎながら話し合いをした結果、そういうことになった。夜風で肌寒い中でも彼らの熱気には関係ないらしい。

 口笛を鳴らしたり拍手したりと騒々しいが、カナタはそれを諫めながら続きを話す。

 

「船は巨人族も乗れる大型の物になる。資金もそれなりに必要になるため、今船にある資産に手を付けないように」

「値段はいくらぐらいだと見積もってるんだ?」

「新造となるとオプション込みでも七億は必要だろう。期間もそれに伴って長くなる」

 

 人数的に言えば現状でも船の大きさに対して少なすぎるくらいだが、巨人族が乗ることを考えると必然的に大型船以外の選択肢がなくなる。

 フェイユンはまた縮こまってしまったが、大型船に慣れている面々は「まァそんなもんだろうな」と頷いている。

 資金の出処はシキの傘下の海賊たちが持っていた金品だ。〝支配〟を旨とするだけあって相当貯め込んでいたため、カナタたちの懐もかなり温かい。

 多少の無茶は利くだろう。

 

「スコッチの腹もまたデカくなったからな、そろそろ船もデカくしないと扉を通らねェんじゃねェかと思ってたところだ」

「何だとこの野郎!? おれは動けるデブだからいいんだよ!」

「デブってところは否定しないのか……」

 

 スコッチと他の船員が酒に酔ってギャーギャー言っている隣では、タイガーとクロが酒を飲みながら料理に舌鼓を打っていた。

 

「おれァ魚人島までの付き合いになるが、新しい船ってのはやっぱりわくわくするもんだな」

「ヒヒヒ、オレはこの船以外に乗ったことねぇからなァ。どんな船になるのか今から楽しみだぜ」

 

 巨人族ほどではないが巨体のタイガーにとっても、船が大きいに越したことはない。

 ウォーターセブンから記録指針(ログポース)が示す島は魚人島だ。共に旅をするのはここまでの関係とはいえ、これだけ長く留まっていると別れるのが惜しくなってくる。

 今後も一緒に旅をしてもいいと思えるが、冒険家として様々な場所を訪れたいというのも本音だ。

 一度区切りをつけるのも悪くはないだろう、とタイガーは思っていた。

 視線を向けた先では、酒を飲みながらああでもないこうでもないと、まだどこに頼むのかも決まっていない船について熱が入っている。

 

「冷蔵庫は最新のやつで頼むぜ! 大量に入る奴をな!」

「バカ、それは部屋単位で作るべきだろ。カナタに氷室を作ってもらおう。そうしたら金がかからねェ」

「スコッチ、私が頼んだアイスクリームはどこにおいた?」

「このクソ寒い時にアイスなんか売ってるわけねェだろ! この島特産の水水アメ買ってきたからこれで我慢しろ!」

「最近はカナタばかり戦っていて羨ま……いや、負担をかけている。儂らももっと戦いた……いや、負担を分散させるために前に出るべきではないか?」

「それ本音が漏れてますぜ……おれも能力をもうちょっと使いこなせるようにしたいんですよねェ」

 

 各々があれが欲しいこれが欲しいと、次第に船から外れて宴会のようになっていた。

 夜遅くまで酒盛りは続き、流石に寒いと部屋の中に場所を移してはまた酒を飲み、皆次第に酔いつぶれて眠っていた。

 

 

        ☆

 

 

 翌朝。

 夜遅くまで騒いでいたにもかかわらず、カナタは特に疲れた様子も見せずに甲板に出ていた。

 ニュース・クーが来たのだ。

 新聞を一つ取って金を払い、朝の冷える空気から逃げるように部屋に戻って新聞を広げることにする。

 途中で顔を出したラウンジには皆が酔いつぶれて寝ており、特に酷いのは上半身裸で腹に盛大に落書きをされたスコッチだ。たまにくしゃみをして風邪を引きそうなので、近くにあった上着を投げてかけておく。

 丸くなって寝ているフェイユンには厚手の毛布を丁寧にかけ、それ以外の男衆には雑にそこらにある毛布をかけて最低限風邪を引かないようにさせる。

 いびきがうるさいのでここでは読めないと判断し、毛布を掛け終えると部屋を出る。

 自室でゆったりしながら新聞を開き、中身を読む。

 おそらく今日あたりの新聞に載っているだろうと当たりを付けていたが──予想は当たったようだ。

 

 ──〝金獅子〟のシキ、〝竜殺しの魔女〟カナタと激突!

 

 先日の一戦が大きく新聞に取り上げられていた。

 〝新世界〟におけるシキの勢力を削ぐつもりなのか、ルーキーであるカナタから敗走したと書かれている。これではシキを舐めてかかる輩も出てくるだろう。

 当然、カナタの懸賞金にも変化があった。

 

 ──〝竜殺しの魔女〟カナタ 懸賞金十五億ベリー。

 

 上り幅としては前回ほどではないにせよ、これでも十分すぎる程の増額だ。

 賞金額は政府にとっての危険度を表す数値として扱われることもあるが、今回は純粋にカナタの実力を鑑みての事だろう。

 出来る限り有利な状況で戦ったとはいえ、〝新世界〟で幅を利かせる大海賊と正面からぶつかって撃退したのだ。政府としては危険度を上げる他に無い。

 カナタ本人からすればあまり興味のないことだが。

 新聞を一通り読み終わるころには、船員の皆が続々と起き始めていた。二日酔いで顔色の悪い者もいれば、風邪を引いたかもしれないとくしゃみをする者もいる。

 しばらくは平穏無事に過ごしたいものだが、ガープが何か急用があると言っていたことが気にかかっていた。

 こういう嫌な予感は得てして当たるものだ、と思いながら。

 

 

        ☆

 

 

 ──これは数日後の話。

 シャボンディ諸島に拠点を築いていたビッグマム海賊団に対して、海軍は大将ゼファーを始めとして多くの戦力を投入。これの撃退に成功し、ビッグマム海賊団は〝楽園〟の海をさまようことになった。

 大なり小なり傷を負った〝ビッグ・マム〟を追うべきと進言したゼファーの言葉は却下され、シャボンディ諸島から追い出した事だけを見て「作戦成功」と政府は判断した。

 深追いしてしっぺ返しを食らうことを恐れたのだ。

 そして。

 シャボンディ諸島から出た〝ビッグ・マム〟は、最初に狙っていた標的のいる島──ウォーターセブンを目指す。

 

「ママハハハハ……! 待ってな、〝魔女〟……おれが直接殺しに行ってやるからよ……!」

 

 ──〝ビッグ・マム〟がシャボンディ諸島から追い出されたことが報じられた日。

 ドラム島の一角で、カテリーナが正座してくれはに問い詰められていた。

 

「……で、あのバカはどこ行ったんだい?」

「それが……『娘と昔の知り合いに会ってくる』って……数日で戻るとは言ってたけれど」

「昔の知り合い、ね……あいつの知り合いなんて大概碌な奴じゃないだろうが……」

 

 治療中の左腕は未だ完治していない。

 先日ようやく動くようになった程度で、まだこれからリハビリも行わなければならないというのに。くれはは「仕方のないやつだ」とため息を吐いた。

 つい数時間前までオクタヴィアが寝ていたベッドの脇には、新聞が置かれていた。

 外を見れば、今日も雪が強く吹雪いている。

 

「……嵐が来るね」

 

 オクタヴィアが動いたのならろくなことにならないだろうと、くれはは諦めたように開け放たれていた窓を閉めなおした。

 




折角なのでボーナスステージ(連戦)いきます。

予約投稿ガッツリミスってて笑いが出ました。


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第五十一話:雷霆

「お前は死んだはずだ!」っていう例のセリフを使おうと待機してたんですが、使う機会がありませんでした。


 ウォーターセブンで腕のいい船大工は誰かと問えば、人々の口から様々な名前が出てくる。

 その中で誰を選ぶか、という話になるのだが……。

 ジョルジュが持ってきた情報を元に、カナタたちはとある船大工の下を訪れていた。

 

「……なるほど、それでワシのところに」

「ああ。腕のいい船大工だと聞いている」

 

 トムと呼ばれている男は、コンゴウフグの魚人だった。

 ウォーターセブンは魚人島からほど近い島であるため、魚人がいても然程不思議ではない。

 同じ魚人のタイガーは、長いことこの島で船大工をやっているトムに興味を持ってついてきていた。

 

「納期はいつ頃だ?」

「特に決めてはいない。私たちは船作りに関して素人なのでな。期間と値段はそちらで見積もってくれ。急ぎの仕事ではないから、好きなようにやってくれて構わない」

「たっはっはっは! 気前のいいことだ! なら、言葉に甘えて好きなようにやらせてもらおう」

 

 図面はある程度流用出来るとはいえ、巨人族が乗る船などトムでもそう多くは作っていない。

 時間はそれなりにかかるだろう。

 木材や鉄はウォーターセブンではほとんど手に入らないので、この規模では他の島に買い付けに行く必要もある。

 交易船でいくらか入ってきてはいるものの、量が量だけにそれだけでは足りないだろう。

 

「久々の仕事だねェ。〝金獅子〟がここを根城にし始めた時はどうしようかと思ったよ」

「ああ。だが、人生何があるかわからねェもんだ」

 

 秘書のココロが予算を聞いてソロバンを弾き始め、トムはそれを隣に笑っていた。

 角界ガエルと呼ばれる種の幼いカエルがいることといい、二股の人魚であるココロがいることと言い、トムズ・ワーカーズは魚人や人魚ばかりで構成された会社らしい。

 あと一人、見習いの少年もいるが。

 

「トムさん。アンタ、この島で船大工を始めて長いのか?」

「そうだな……この島に来て、かれこれ何年になるか……」

「魚人や人魚は迫害されることも多い。船を作るだけなら魚人島でも出来ただろうに、この島にこだわった理由はあるのか?」

「そりゃあお前さん、ウォーターセブンは造船業で一時代を築き上げた島だ。人間だ魚人だなんてのは職人にとっちゃ大して関係ねェのよ」

 

 何より、船作りが好きだからこの島で学ぶことにした。とトムは言う。

 タイガーは「そういうものか……」と腕組みして頷いていた。世界を旅してまわる冒険家として、彼なりに思うこともあったのだろう。

 

「悪いな、口を挟んで。続けてくれ」

「ああ。船に対しての要望はあるか? あるなら先に聞いておこう。設計図を引いてから一度確認するが、互いに齟齬は少ない方がいいからな」

 

 カナタたちが船に対しての要望をつらつらと告げ、トムはそれをメモして一通り確認する。

 何か特殊な設備を付けるわけでもないので、基本は普通の船と同じだ。

 海軍の軍艦のように人間と巨人が同じ船で生活できるように区分けする必要こそあるが、それくらいだ。

 

「……ふむ、こんなものか。ほかに何か聞いておくことはあるか?」

「いや、大丈夫だ。じゃあ早速設計図を引くとしよう」

「材料調達のために船を出す必要があるなら、私のところからも人手を出そう。航海するならうちの連中も慣れている」

「たっはっは! 頼もしいな。その時は頼むとしよう」

 

 大雑把なレイアウトはこの場で決めてしまったので、後はトムが図面を引いて材料を調達する段階になってから図面を再度確認することになった。

 カナタたちに出来ることはもうないため、立ち上がって部屋を出ようとする。

 その時だ。

 

「おれも頑張るよ、トムさん!」

「たっはっはっはっは!! おう、しっかりやれよアイスバーグ!」

 

 まだ幼い少年が張り切って手伝うと言っているところを見かけ、微笑ましく思ったカナタはアイスバーグの頭をなでる。

 子供扱いされたからか、それとも別の理由か。顔を赤くしてたじろぐアイスバーグと目線を合わせ、カナタは「トムの弟子か。頑張っていい船を作ってくれ」と声をかけた。

 

「あ、ああ! もちろんだ!」

「フフ……頼もしいことだな」

 

 「図面が出来たら声をかけてくれ」とだけ告げて、カナタたちは部屋を後にする。

 これからやることは特にない。しいて言うなら物資の調達くらいだ。

 もっとも、それも〝金獅子〟が締め上げていたようなのであまり期待できるものでもないのだが。

 

 

        ☆

 

 

 それから数日後。

 新聞で〝ビッグ・マム〟撃退の情報が流れ、「ガープが口を噤んでいたのはこれだったのか」と納得するカナタ。

 シャボンディ諸島からどこへ行ったのかという疑問こそあるが、それに関してはあまり考えたくはなかった。

 以前〝金獅子〟と話した時、どうもカナタのことを狙っていると取れる発言をしていたためだ。

 待ち構えることが出来なくなったとなれば、恐らく次に狙う場所はおのずと絞れる。……カナタとしては最悪に近い予想だが。

 

 ──そして。その予想は的中する。

 

 沖に浮かぶ一隻の船。

 巨大な船は一直線にカナタたちの停泊している裏町の岬へと向かってきていた。

 

「おいおい、あれおれ達に向かってきてねェか?」

「海賊旗のマークが一致する。〝ビッグ・マム〟の船だな」

「ちょっと前にシャボンディ諸島から追い出されたって言ってたあれか!? なんでここに!?」

「そりゃあお前……なァ?」

 

 スコッチとサミュエルが同時にカナタの方を向く。ため息でも吐きそうな雰囲気のスコッチに対し、サミュエルは「なるほど」と納得して頷いていた。

 「ため息を吐きたいのはこっちの方だ」とカナタは肩をすくめる。

 〝新世界〟で名を馳せる大海賊が次から次に襲い掛かってくる現状は彼女にとっても気の休まる暇がない。

 

「船は動かせない。街で戦うのも得策とは言えない。海上で戦う準備をしておけ」

 

 各々武器を持ち、船から降りて岬で迫りくる巨大な船を見る。

 ある程度距離が詰まると、船──クイーン・ママ・シャンテ号から強烈な覇王色の覇気が発された。

 大地が震えて暗雲に覆われ始めた空を視界に入れつつ、カナタは同じように覇王色の覇気で威嚇する。

 

「やべーなこいつら……冷や汗が出てくるぜ」

「船に乗ってる比較的若い連中は〝ビッグ・マム〟の子供らしい。カナタと同年代くらいか? どちらにしても強者であることに違いないようだ」

「…………リンリン……」

 

 肌を突き刺すような覇気を前に、意識を飛ばされまいと気合を込める者。強者の気配を感じて笑みを浮かべる者など様々だ。

 その中でも、フェイユンだけが複雑そうな顔でリンリンの乗っている船を見ていた。

 

「征くぞ。相手が大海賊だろうと構うな、船ごと沈めてやれ!」

『おおォォォ!!!』

 

 〝金獅子〟との戦いで凍った海がようやく溶けていたところが、カナタの力で再び水平線の果てまで氷で覆われる。

 クイーン・ママ・シャンテ号の動きが完全に止まり、カナタたちの船に向けて砲弾がいくつも飛んでくる。

 それをカナタが盾となる氷を作って防ぎつつ、着実に前進して距離を詰めていく。

 大砲では埒が明かないと判断したのか、船から次々に幹部と思しき敵が氷上に降りてくる。

 その中で一際存在感を放っていたのは、やはり──

 

「──お前が〝魔女〟かい?」

 

 ピンク色の髪をなびかせ、二角帽〝ナポレオン〟を手で押さえながらギロリとカナタを睨む美女。

 その傍には〝雷雲〟ゼウスと〝太陽〟プロメテウスが漂っており、巨人族にも近しい巨体にカナタ達の足が止まった。

 

「そうだ。狙いは私か?」

「ママハハハ……! 当然さ!」

 

 リンリンはオクタヴィアに対して余程恨みがあるらしい。カナタの顔を見るなり、怒りの形相で睨みつけてきた。

 

「母親にそっくりのムカつく顔だ……そのクソッタレな顔でおれの前に立ったことを後悔しなァ!!

 

 右手に剣であるナポレオンを持ち、覇気を纏って叩きつけるようにカナタへと振り下ろした。

 カナタはそれに一歩も退くことなく槍で受け止め、バリバリと二人の〝覇王色〟が激突する。

 巻き起こる爆風に髪をなびかせながら二人は互いに武器をぶつけ合い、リンリンが一歩下がって左手を後ろ手に構えた。

 

「プロメテウス!」

「はい、ママ!」

「〝天上の火(ヘブンリーフォイアー)〟!!」

 

 リンリンの左手に収まったプロメテウスをカナタ目掛けて叩きつけ、防御の上からカナタを飲み込む。

 その爆炎がカナタの背後にいる仲間ごと飲み込もうと広がりを見せ──

 

「〝白銀世界(ニブルヘイム)〟──〝悪食餓狼(フェンリスヴォルフ)〟」

 

 ──巨大な氷の狼が爆炎ごとリンリンを飲み込んだ。

 氷の狼はすぐさま蒸発していくが、少なくとも爆炎はそこで止まって後ろまで被害はいかなかった。

 軽いやけどを負ったカナタは厄介な相手を前にして、距離を置きながら相手の船へ向かうよう指示を出す。

 リンリンの目にはカナタしか映っていないようで、フェイユンの方には見向きもしない。

 

「ここで戦うと少しまずいか……」

 

 リンリンの剣戟はいくらでも捌けるが、プロメテウスとゼウスは厄介だ。

 隙を見て覇気を纏わせた氷の槍を投げつけてみたが、効果があるようには見えなかった。攻撃範囲も非常に広いので、下手に近くで戦うと味方まで巻き込みかねない。

 少しだけ距離を置きながら、船から引きはがすように誘導する。

 どちらにしても、海上ならカナタに分がある。リンリンの周りを考えない攻撃でところどころ割れたり溶けたりはしているが、それほど気にする必要はない。

 

「ちょろちょろと、逃げるんじゃねェ──ッ!!!」

 

 的確にカナタを狙ってナポレオンを振るうリンリン。それを紙一重で躱し続け、船から十分離れたところで反撃に出た。

 

「──威国!」

「──その技は、巨人族の……!? なんでテメェが……!」

 

 抉り取るように放たれたカナタの斬撃を受け止め、リンリンが驚愕に目を見開く。

 

「私が巨人族の技を使えることがそんなに不思議か?」

 

 リンリンと巨人族の確執はフェイユンから聞いている。何を言っても火に油を注ぐだけだろうが、それならそれで煽るのには使える。

 下手にカナタ以外の船員が目を付けられると厄介でもあるし、此処に留めておくのが一番なのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「て、めェ……死にたいらしいなァ!!」

 

 一層激しさを増すリンリンの攻撃を槍一本で捌き、なんとか隙が無いかと見聞色を最大限に張り巡らせる。

 ただの斬撃では仕留められないと判断したのか、リンリンは手にゼウスを持ってカナタへ叩きつける。

 

「〝雷霆〟!!」

「チッ──」

 

 あれは防げないと判断し、即座に距離を置いて雷撃を回避する。海上に広がる氷が容易く砕け、雷の熱で海水が蒸発する。

 カナタは蒸発する海水に紛れ、リンリンの顔面へ強烈な蹴りを叩き込んだ。

 渾身の一撃だったが、吹き飛ばすまではいかずとも数歩たたらを踏ませることは出来た。

 

(硬いな……大したダメージにはならないか)

 

 まるで鋼鉄だ。

 並の相手なら今の一撃で砕けるのだが、リンリンの体は想像以上の頑丈さを持っているのだろう。

 だが、効いていないわけでは無い。

 持久戦にはなるが、時間をかければ倒せるか──と考えたところで、リンリンはナポレオンにプロメテウスを纏わせた。

 

「〝皇帝剣(コニャック)〟──〝破々刃(ハハバァ)〟!!」

 

 燃える剣を振り回し、カナタの首を落とそうとするリンリン。

 カナタは構えてそれを受け止めるが、炎まで纏った刃は流石に受け止めきれないと判断したのか、自分から体を浮かせて吹き飛ばされる。

 そのまま距離を置いたカナタは海からいくつもの氷の刃を生み出し、追撃しようと追ってきたリンリンを串刺しにしようとする。

 ──だが。

 

「この程度じゃ無理か……!」

 

 防御態勢すら取ることなく氷の刃に突っ込み、一切傷を作ることなくカナタへ一直線に向かってきた。

 氷の刃が通用していない。覇気すら込めていない武器では傷など作れないということか。

 何より厄介なのは、隙を作ろうにも両脇に構えるゼウスとプロメテウスがリンリンのサポートをしてまともに隙が作れないことだ。

 確かに、大海賊に数えられるほどの力はある。

 だが、シキと同格の強さがあると言っても、シキよりは随分と戦いやすい相手だ。空中での三次元軌道をしなくていい分、まだ動きには余裕がある。

 

「その首寄越しなァ、クソッタレの〝魔女〟がァァァ!!」

「お断りだ! あまり鬱陶しいと海に沈めるぞ、〝ビッグ・マム〟!」

 

 武器がぶつかり合うたびに振動で足場の氷にヒビが入る。

 カナタにとっては気にするほどの事ではないが、リンリンにとっては死活問題になるはず──と考えるも、割れた氷から飛び上がってゼウスの背に乗ったリンリンを見て考えを改める。

 やはり、ゼウスとプロメテウスをどうにかしなければリンリンを倒すのは難しい。

 さてどう崩すか──そう考えていると、一条の閃光が空から落ちる。

 

「──!?」

「なんだ!?」

 

 リンリンとカナタの中間地点に落ちた落雷は放射状に氷を砕き、そこから一人の人物が現れる。

 黒い髪に髑髏の仮面。腰には安物のサーベルが一本差してあり、カナタにとっては初めて見る人物で──リンリンにとっては誰よりも殺したい相手だった。

 

「──生きていやがったか、オクタヴィアァァァ!!!」

「うるさいぞ、リンリン。そういうところは変わらんな」

 

 オクタヴィアは〝皇帝剣(コニャック)〟を剣すら抜かずに素手で受け止め、視線だけをリンリンに向けた。

 よく見ればオクタヴィアの肌に触れてすらいない。鎧のように纏った覇気に阻まれて空中で停止しているのだ。

 

「……昔と同じだ。お前の戦い方は相変わらず獣のままだ」

 

 ため息を吐き、オクタヴィアは〝皇帝剣(コニャック)〟を弾いて腰に差したナマクラのサーベルを右手に持つ。

 来る途中で適当な船を襲って奪ってきただけの安物だ。左腕はまだ完全ではないため、片手で扱えるサーベルを持ってきたにすぎない。

 

「そら、構えろ──〝神避(かむさり)〟」

 

 無造作に振るった斬撃は容易くリンリンを吹き飛ばし、オクタヴィアとの距離を大きく空ける。

 なんとかそれを防いだリンリンは体勢を崩しながらも持ちこたえ、ギロリとオクタヴィアを睨みつけた。

 

「テメェ、その技……ロジャーの……!」

「この程度の技なら見れば模倣できる。そう難しいものでは無かろう」

 

 覇気も技術も、オクタヴィアのそれは一級品だ。

 かつてロックスはロジャーとガープの二人がかりでようやく倒せるような怪物だったし、それに並んでいたオクタヴィアの実力は推して知るべきだろう。

 その実力者を前に、リンリンは一切怯むことはなかった。

 

「わざわざ殺されに来やがったのかァ!?」

「……いいや、違うな」

 

 オクタヴィアは一度だけ視線をカナタに向け、すぐに視線を戻す。

 

「娘の顔を見に来たことと……お前への教育が足りなかったようなのでな。ついでに叩きのめしてやろうと思ったまでだ」

「教育だァ? お前に教わったことなんか一つもねェよ!!」

「いいや、教えたはずだぞ──()()()()()()

 

 肌がひりつくような覇王色の覇気を受け、直接向けられたわけでは無いカナタでさえ思わず戦闘態勢を取った。

 

「私を殺す? ジーベックの船にいた頃は私に手も足も出なかったお前が、私に勝てると思っているのか──舐められたものだ」

 

 漏れ出る雷がバチバチと音を立てる。

 リンリンも一切の油断なく、ナポレオンにプロメテウスを纏わせてゼウスに乗る。

 僅かなにらみ合いがあり──二人の影が交差した。

 

「ぐッ──!!」

「威勢がいいのは口だけか?」

 

 ナポレオンとオクタヴィアの剣は直接ぶつかっていない。剣に纏わせた覇気でナポレオンを受け止めている。

 プロメテウスの炎も少なからず影響はあるはずだが、オクタヴィアの覇気の鎧を貫けずにいた。

 

「ゼウス!!」

「はい、ママ!」

「〝雷霆〟ィ!!」

「──〝神戮(しんりく)〟」

 

 バリバリと空気を引き裂いてゼウスを叩きつけるリンリンに対し、オクタヴィアは剣に雷を纏わせて覇気と共にゼウスへと叩きつける。

 オクタヴィアの雷は力負けしたゼウスごとリンリンの腕を焼き、リンリンを守ろうと動いたプロメテウスとぶつかってようやく相殺された。

 

「ぐああァァァッ!!」

「構えろ、リンリン──加減はせんぞ」

 

 剣を捨て、オクタヴィアは少しだけ動くようになった左腕を後ろ手に構える。

 リンリンは痛みに顔を歪めながらも、ナポレオンを取り落とさずにプロメテウスを左手に持った。

 

「刺し穿ち──」

 

 リンリンの手にあるナポレオン目掛けて雷が走り、武器を弾き飛ばす。

 

「──突き穿つ──」

 

 再び雷がリンリンへと向かい、僅かな間だけ痺れて動きを阻害させ──極大の一撃を放つ。

 

「──〝天穿つ紫電の槍(タラニス・モール・ジャブロ)〟」

 

 ──海王類すら容易く屠る雷の槍が、リンリンへと突き刺さった。

 




 ちょっとオクタヴィア強くしすぎた感あります。でも当時のロジャーとガープ二人がかりで倒したロックスと同格って考えるとこれくらい盛ってもいいのでは?って思ったんです。
 まぁリンリンもこの時代はまだそんなイカれた強さじゃない(はず)ということでここはひとつ。

 あとゴロゴロの実の攻撃性能があまりに高すぎる。
 ヒエヒエの実なんてほぼフィールド効果とデバフしかないんですけどあの…。


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第五十二話:冷たい指先

そういえば章タイトル変更しました。
困ったときは曲名を使っていくスタイル。


 ──迸る一条の閃光は、まっすぐにクイーン・ママ・シャンテ号へと突き刺さる。

 並の人間なら蒸発しかねないほどの熱量が、空気を引き裂き雷鳴を轟かせ──リンリン、カナタ両陣営の誰もが言葉を失った。

 すぐさま動き出したのは、誰よりもリンリンと長い付き合いのある〝美食騎士〟ことシュトロイゼン。

 サーベルを手に持ってジュンシーと切り結んでいた彼は、船の側面に突き刺さったリンリンの傍へとすぐさま駆け寄り、声をかける。

 

「おい、リンリン! 無事か!?」

「ウ……! クソ、あの女、何が『加減はしない』だ……!」

 

 悪態を吐きながら起き上がったリンリン。

 雷撃による火傷は大きなダメージだが、動けないほどではない。生来の頑丈さもあるが、ここ数年間まともに戦ってこなかったオクタヴィアと戦い続けてきたリンリンの差でもある。

 端的に言ってしまえば、()()()()()のだ。

 

「オクタヴィア……! あの女、生きていたのか……!」

 

 再び手に剣を持ち、まるで王のように堂々と戦場をまっすぐに歩いて近づいてくる。

 リンリンの援護をしようと、オクタヴィアの背後から不意打ちを仕掛けた三女アマンド──しかし覇気を纏わせた剣であっても実体を捉えることは出来ず、雷の体をすり抜けるたびに感電していた。

 歩みを止める事さえできず、ついには倒れ伏す。

 オクタヴィアの見聞色を破り、その実体を捉えることが出来なければ意識すら向けられない。隔絶した実力差がそこにはあった。

 船の前で足を止め、リンリンとシュトロイゼンを視界に入れるオクタヴィア。

 

「シュトロイゼンか。久しいな」

「ああ……出来れば会いたくなかったがな」

「フフフ……随分と嫌われたものだ。リンリンはともかく、お前の扱いは然程悪くなかったはずだが」

「これでも〝ビッグマム海賊団〟の一員でね。船長を蔑ろにされて媚びへつらうなんて真似はしないのさ」

 

 リンリンの幼少期から面倒を見てきたのだ。相棒とも言っていい付き合いのある彼女を貶められてヘラヘラしていられるほど、シュトロイゼンは落ちたつもりなどない。

 サーベルを手に冷や汗をかきながら、リンリンと並んでオクタヴィアに刃を向ける。

 

「ほう、二人がかりか。構わんぞ。私も久しく戦っていなくて勘が鈍っていたところだ──錆を落とすには丁度いい」

「言ってくれるじゃねェか……! ゼウス! プロメテウス!」

「リンリン! 大丈夫だ、お前は強い! 冷静に戦え!」

 

 口ではリンリンを鼓舞しつつ、シュトロイゼンは冷静に戦力を分析していた。

 カナタたち魔女の一味を相手取るなら十分以上の戦力だったが……オクタヴィアがここに現れたという事実だけで戦力差は容易くひっくり返る。

 どういう訳か殺意がないのが謎だが、それでも彼女を相手取るのは困難だった。

 出来る事なら退いた方がいい。

 しかし、頭に血の上ったリンリンと、殺すつもりはなくとも戦うつもりのあるオクタヴィア。

 二人の状況を考えれば逃走など不可能だった。

 

(せめて、死ぬことだけは避けてくれよ、リンリン……お前が死ねば〝ビッグマム海賊団〟は終わりだ)

 

 左腕は完治せず、長らく戦いから離れていたオクタヴィアと万全の状態で戦い続けてきたリンリン、シュトロイゼン。

 この状況でようやく対等と言ったところで──しかしそれでも、勝敗は明白だった。

 

 

        ☆

 

 

「獲物を取られたのだが、どうすればいいと思う?」

「儂に聞くな。こちらも戦う相手がいなくなったのだ」

 

 リンリンと戦っていたカナタ。シュトロイゼンと戦っていたジュンシーは、ともに戦う相手がいなくなってしまったのでどうしたものかと思っていた。

 無論、ビッグマム海賊団の方が圧倒的に数が多いので戦う相手には困らないのだが……対等以上に戦える相手かと言われれば、首を傾げる他にない。

 幹部級は強いが、既に他の誰かと戦っている。

 ジュンシーは肩をすくめて適当に相手を探しに行くことにしたらしく、ふらふらとどこかへ歩いて行った。

 カナタも同様に仕方ないから適当に倒しておくかと思ったところで、カナタを野放しには出来ないと考えたのか、二つの影が近づいて来た。

 シャーロット家次男カタクリ、そして四男オーブンである。

 

「お前を野放しには出来ない……!」

「ここで死ねェ!!」

 

 〝ネツネツの実〟の能力者であるオーブンは、その能力を十全に活かして高熱の拳を。

 〝モチモチの実〟の能力者であるカタクリは、三叉槍の〝土竜(モグラ)〟を手に。

 全力の覇気を込めてカナタへと襲い掛かった。

 

「〝燃風拳(ヒート・デナッシ)〟!!」

「〝モチ突き〟!!」

 

 オーブンの高熱の拳はカナタの頬をしたたかに殴りつけ、カタクリはモチとなった腕を強く捻じってドリルの如く回転させた強烈な突きを脇腹へと突き刺す。

 ──だが、攻撃を受けたカナタは身じろぎ一つしない。

 オーブンの拳は確かにカナタの頬を殴りつけており、カタクリの槍は明らかにカナタの脇腹を貫いている。

 それでも、手応えは全くなかった。

 

「〝ビッグ・マム〟──リンリンの子供か。母親ほどではないようだな」

「──なッ!!?」

「──ぐッ!!?」

 

 殴りつけたオーブンの腕が徐々に凍り付いていき、貫いた槍を伝ってカタクリの腕も凍り始める。

 咄嗟に離れたものの、腕の一部は既に凍り付いていた。

 オーブンは〝ネツネツの実〟の高温人間だ。普通ならば凍ることなどありえないが──純粋にカナタの実力が上回っていれば不可能ではない。

 もっとも、凍り付いた腕も離れてしまえば溶かすことは可能だ。

 オーブンはカタクリの腕を掴んで高熱で氷を溶かし、歯ぎしりしながらカナタを睨みつける。

 

「クソッタレめ……どうなってんだよ、あの能力は!」

「落ち着け、オーブン。あまり能力を多用すると足場の氷も溶けるぞ」

 

 能力者にとって海は鬼門だ。

 シキのように浮遊出来る能力、あるいはカナタのように水に直接干渉出来る能力でもない限りは。

 現状カナタの能力によって氷の足場を形成している以上、下手にオーブンの能力を使えば足場を奪われる結果になる。

 

「高温人間と……モチ人間か? あっちのビスケットの能力者と言い、お前たちは()()()()()()()が多いのだな」

 

 大量に生み出されたビスケットの兵士とそれを踏み潰すフェイユンを尻目に、カナタはカタクリとオーブンを観察する。

 二人とも体躯こそカナタの何倍もあるが、カタクリは実力で言えばジュンシーと互角くらい。ゼンに及ばないくらいだろう。オーブンはそこから二つほど落ちる。

 リンリンの子供、ということから年齢は若いはずだが、それでここまで実力を伸ばしているなら十分称賛に価すると言っていい。

 カナタがそれを言っても嫌味に取られるしかないが。

 

「おれ達とそう年は変わらないはずだが……ママと正面からやり合えるだけはあるな」

「こちらもそれなりに修羅場をくぐってきたのでな。易々とやられはせんよ──しかし、退く気はないのだな?」

「ママが戦うと決めている以上は、おれ達が退くことはない」

「ママ、ママと……自分で判断することも出来んのか。船長に進言するのも船員の仕事であろうに」

 

 肩をすくめて困った顔をするカナタ。

 引くならそれで構わないと思っていたが、どちらかが全滅するまで戦うというならやるまでだ。

 今回は特に、突発的に乱入してきたオクタヴィアが引っ掻き回して滅茶苦茶になっている。人数差も引っ繰り返すことは不可能ではない。

 リンリンの次に強いシュトロイゼンもオクタヴィアが相手取っている今、カナタを止めることのできる相手などいないのだ。

 

「船長の命令に従うのも船員の仕事だ。特に、ママが殺したがっている相手ならな」

「……そうか。一度決めたことを混ぜ返すのも無粋だな」

 

 男が一度やると決めたのなら、それを止める権利など誰にもない。

 もっとも、勝てるかどうかは別の話だが。

 

「オーブン、こいつの相手はおれがやる。他の援護に行ってくれ」

「しかし──」

「頼む」

「……わかった。無茶はするなよ、カタクリ」

 

 オーブンの能力は氷上では使えない。自身でもそれはわかっているのか、カタクリの言葉に頷いて他の援護に向かう。

 その間、カナタは特に手を出すことはしない。

 一対一(サシ)でやろうというなら是非もなし。互いに槍を構えて覇気を纏わせる。

 

「フフ──力を見せてみろ。リンリン以外ならお前が一番期待できそうだ」

「何とでも言え──おれは負けん!!」

 

 バリバリバリ!! と覇王色の激突が起こり、周囲の氷にヒビが走る。

 即座にそれを修復しながらカタクリに接近し、互いの槍をぶつけ合う。

 

(こ、の女──なんて怪力だ!)

 

 槍をぶつけ合うだけで体勢が崩れかかる。リンリンと正面から戦えるだけあって、素の力も凄まじい。

 カタクリは槍を弾いて拳を武装硬化し、殴りかかる。

 カナタもそれに合わせるように素手を武装硬化してカタクリの拳にぶつける。

 

「ぐ……!!」

 

 武装色の強度が違う。

 カタクリが全力で覇気を込めた攻撃でも、カナタの覇気を纏った防御を貫けない。

 攻撃を当てようにも、カナタの見聞色を破れない。

 戦えば戦うほどに力の差を思い知らされる。

 

「そら、まだまだ行くぞ」

 

 三度、カナタは槍を振るって斬撃を飛ばす。

 カタクリはそれをなんとかかわそうと体を効率よく変形させるも、完全には避けきれずに浅く斬撃を受けてしまう。

 それでもカナタにとっては必中の一撃だったはずの攻撃だ。「良く避けた」と称賛の言葉を送り、続けてカタクリを追い詰めるように連続して斬撃を浴びせかける。

 なんとか食らいつこうと斬撃を避けながらカナタへの攻撃のチャンスを探るが……完全には避けきれなかった斬撃を浴び、一瞬だけ見聞色が途切れた瞬間にカナタの強烈な蹴りが顔面に突き刺さった。

 

「ぐ……クソッ!」

「ほう、まだ倒れんか」

 

 背中から倒れそうになったところでなんとか体勢を立て直し、くるりと一回転して着地する。

 傷だらけになり、徐々に追い詰められているのがわかる。

 だが、カナタが本気で殺そうと思えばもっと簡単にやることは出来るはずだ。カタクリには、それだけが解せなかった。

 

「私がお前を殺さないのが不思議と言わんばかりの表情だな」

「……よくわかったな」

「フフ。単にお前のような男は嫌いではないだけだ。私の船に欲しいくらいにな」

 

 刃を交えればわかることもある。

 リンリンと違って激情に流されることはなく、まだ成長の余地はいくらでもあるのだ。今後もオクタヴィア関連でいろんなところから狙われる可能性が高い以上、カナタとしても戦力の補充は急務と言ってよかった。

 リンリンの子供でなければ船に乗れと誘っていたところだ。

 

「おれはママを裏切らねェ。兄弟たちを裏切ることもな」

()()()()()()()も、私は嫌いではないよ」

 

 にこりと笑うカナタ。

 カタクリは一瞬見惚れ、頭を振って戦闘に集中する。

 各所から血を流しながらも覇気は未だ衰えず、今なおカナタを上回ろうと洗練させていた。

 見聞色を破らなければ、自然系(ロギア)の流動する肉体を捉えることは出来ず。

 武装色を破らなければ、カナタの肉体を捉えようともまともにダメージなど与えられない。

 先に動いたカナタの槍を紙一重で避けながら、なんとか一撃を与えようと試行を巡らせる。

 

「そのモチで動きを止めたいのか?」

「──っ!?」

 

 カタクリがカナタの動きを止めようと網状のモチを用意し始めた瞬間、それを見破ったカナタがモチごとカタクリを凍らせた。

 体の表面だけを凍らせる簡易的なものだったため、カタクリはなんとか内側から破壊して逃れたが──その額には冷や汗がびっしりと浮かんでいた。

 一歩間違えば体の内側まで凍らされていた。咄嗟に全身に覇気を纏ったために助かったのだ。

 完全に動きを読まれている。

 数秒先の未来すら視るカナタの見聞色の前では、いかに〝ビッグマム海賊団〟最上位の実力者と言えども赤子の手をひねるように容易くあしらわれる。

 

「ハァ、ハァ……! 厄介だな、その見聞色は……!」

「見聞色は鍛えれば〝数秒先の未来〟すら視えるようになる。方向性を変えれば、相手の感情もある程度は読めるようになるものだ」

 

 フェイユンの見聞色はカナタのそれと違い、相手の感情を読み取ることに長けている。

 口でいうのは簡単だが、これを会得できる覇気使いが果たしてどれだけいるのかという話だ。カナタは自分を特別だとは思っていないが、多少常識外れだという認識はあった。

 

「武装色もそうだ。鍛えれば単純な武装硬化だけでなく──」

 

 カナタは離れた位置からカタクリに向けて拳を振るい──カタクリは不可視の〝何か〟に強かに殴りつけられて吹き飛んだ。

 センゴクの覇気を使った衝撃波や、オクタヴィアの鎧のように〝纏う〟覇気など……参考に出来る前例はいくらでもあった。

 ゼンが〝流桜〟と呼ぶ、武装色の覇気を流す技術だ。

 

「──このように、ある程度は自身でコントロールすることも出来る」

 

 自身を守る鎧にも、敵を撃ち抜く槍にも出来る。

 カタクリに教授するように、カナタは説明する。

 吹き飛んだカタクリは血反吐を吐きながら転がり、なんとか立ち上がって槍を構える。

 

「無理はしないことだ。かなりダメージがあるだろう」

「お前をここで止めなきゃ、他のみんなのところに行くだろう……! それだけは、させねェ!」

「家族思いだな……少しばかり羨ましく思うよ」

 

 カナタには決して手に入らなかったものだ。

 そんなことを思いながらも、カタクリを倒すために全力を出すことにする。余り時間をかけすぎてもカナタの仲間が疲弊する。

 人数差は十倍では利かない。多勢に無勢なら、強者のカナタが踏ん張らねばならない。

 

「させねェと、言っている──!」

「いいや、お前に拒否権はない」

 

 カタクリの猛攻を避けながら至近距離まで近づき、カナタは手を伸ばしてカタクリの胸に手を触れる。

 ──瞬きするほどの間で、カタクリは氷像と化していた。

 吐息は白く染まり、カナタは凍り付いたカタクリに背を向ける。

 

「──お前は強かったよ。生きていればまた会おう」

 

 暗雲が広がっている。全力で戦うリンリンとオクタヴィアの決着が付かないことを確認しながら、カナタは味方の援護をするためにその場を後にした。

 




備考。
カナタ:16歳
カタクリ:15歳


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第五十三話:〝母親〟

本編とは全く関係ありませんが、進捗報告用にTwitterアカウント作りました。
詳しくは活動報告にて。


 視界の果てまで続く凍った海。

 足場としては申し分ないが、一部の能力者にとっては能力を使うと足場を崩すリスクを負うことになってしまう場所でもある。

 敵の作った足場など信用に値しないと、ペロスペローは自身の能力で飴を生み出し足場をコーティングしていた。

 突然足場が無くなっても大丈夫なようにという理由もあれば、あらかじめ生み出しておけば利用するのは簡単だからという理由もあった。

 例えば、今目の前にいる敵──デイビットを捕らえ、全身を飴でコーティングした〝キャンディマン〟を作ることも簡単だ。

 

「ペロリン、こうも簡単に捕まってくれるとはな……厄介なのはやはり一部の船員だけか」

 

 リンリンと正面から戦っていたカナタもそうだが、シュトロイゼンと切り結んでいたジュンシーや十男クラッカーの生み出したビスケット兵を簡単に踏み潰すフェイユン。

 能力者もいくらか交じっているところを見るに、一筋縄ではいかないと踏んでいたが……少なくとも、目の前のデイビットに関してはそうではなかった。

 

「くくくくく……恐怖で顔が歪んでいく様を見せてくれよ、ペロリン♪」

「あめェな。おれは〝ボムボムの実〟を食べた爆弾人間。こんな飴で捕らえられたところで、爆発させればなんてことはねェ!」

「何!?」

 

 余裕を見せるペロスペローに対し、不敵に笑うデイビット。

 全身が徐々に飴で固められていく状況においても、彼の持つ能力ならば内側から吹き飛ばすことなど造作もない。

 

「〝全身起爆〟!!」

 

 デイビットの全身が爆発し、ペロスペローの生み出した飴が内側から吹き飛ぶ。

 そう甘くはいかねェか、と舌打ちしたまさにその時。

 

「ん?」

「え?」

 

 盛大に爆発したデイビットの足元から放射状にヒビが入っていき──次の瞬間、足場になっていた氷が割れて海の中へドボンと落ちた。

 

「あああああああああ!!?」

「えェ~~!!? 自爆したァ~~!!?」

 

 あっぷあっぷともがいていたが、世は無情。

 能力者であるデイビットは浮かぶことなく沈んでいく。

 それを見つけたジュンシーがペロスペローを急襲し、スコッチが氷の割れた部分から海の中へと飛び込んでいった。

 

「あの阿呆め……帰ったら説教だな」

「無事に帰れると思っているのか? ペロリン」

「そのセリフ、そっくりそのまま返してやろう」

 

 目の前でジュンシーを捕らえるために生み出された〝キャンディメイデン〟──キャンディで作り上げた〝鋼鉄の処女〟──を即座に躱し、横合いから踏み込みと同時に強烈な拳を叩きつける。

 武装色を伴って振るわれる拳はペロスペローの脇腹を深々と撃ち抜き、骨数本を圧し折りながら大きく吹き飛ばす。

 

「……今の一撃で決めるつもりだったが」

 

 手応えが薄かった。

 さながら鎧を想起させるようなキャンディを纏っていたようで、ジュンシーの拳にはわずかにキャンディの破片がついている。

 鋼鉄に匹敵するほどの硬度を持つキャンディの上から殴ってなおこれだけの威力があったが……それでも、ペロスペローは未だ意識を保ったままだ。

 敵ながら気概はあると認めるべきだろう。

 

「何やってんだ馬鹿野郎!!」

「す、すぴばぜん……」

 

 背後では海中から引っ張り上げられたデイビットがスコッチに怒鳴られていた。

 相手の能力から脱するためとはいえ、足場まで自分で破壊していては世話はない。

 表面を分厚い氷で覆っていることもあって海水の温度は非常に低い。氷の上に上がった二人は寒そうにガタガタと震えていた。

 

「クッソ寒いな!? おいジュンシー! あったまるもん持ってねェか!?」

「持っているわけがなかろう。サミュエルの毛皮でも借りてこい」

「なるほど、あいつの毛皮ならさぞ暖かそうだ」

 

 寒すぎて思考が鈍ってるのか、スコッチは素直に頷いてサミュエルを探し始める。

 ペロスペローの相手をジュンシーに任せたことを謝ったのち、デイビットもそれについていった。

 デイビットだけなら小規模な爆発で火をつけることも出来そうだが、燃やすものがないのでどうにもならない。加えてさっきの二の舞になる可能性もあるのでやらないのだろう。

 今後のことも考えて能力を鍛え上げる必要があるな、とジュンシーは考えていた。

 

「クソ……舐めやがって……!」

 

 あばら骨を数本圧し折られたペロスペローは、顔色が悪いままジュンシーを睨みつける。

 カナタの影に埋もれがちではあるが、ジュンシーも三億の賞金首だ。生半可な実力ではない。

 加えてビッグマム海賊団の幹部級もかなり分が悪い状況だ。最大の戦力であるリンリンが突発的に現れたオクタヴィアと戦闘をしている今、カナタを止められる戦力がいない。

 ジュンシー、フェイユン、ゼンの億超えたちはペロスペローたちですら分が悪いのだから、他の弟妹に相手取れるとも思えなかった。

 

(戦況は悪くなる一方だ……! このまま戦っていて本当にいいのか!?)

 

 リンリンの子供たちはまだ年若い。

 カナタと同年代かそれ以下ばかりの子供では、数で勝っていても質で負けている。

 それ以外の船員──シュトロイゼンはリンリンと一緒に戦っているし、他の部下でも無数のホーミーズでも止めることが出来ない。

 かといって、ここで退くことも出来ない。退けば後々リンリンに問い詰められることがわかっているからだ。

 

(ここで死ぬか、あとでママに殺されるか……最悪の二択じゃねェか!)

 

 ビッグマム海賊団において船長命令は絶対だ。

 リンリンが〝退く〟と判断しなければ、退くことは許されない。

 持ちこたえることが出来るのか──そう考えていた時、一際巨大な落雷が目もくらむような閃光と爆音をまき散らす。

 

「……あちらも決着がついたようだな」

 

 数時間に及ぶ戦闘でオクタヴィアとリンリン・シュトロイゼンの決着がついた。

 響き渡っていた雷鳴が収まり、そう思わせるほどの静けさが夕暮れの氷上に広がった。

 

 

        ☆

 

 

 流石のオクタヴィアと言えどもリンリン・シュトロイゼン相手に無傷とはいかなかったのか、ところどころ傷を負っている。

 軽傷ではあるが、傷を負った本人は「随分と鈍ったものだ」とため息を吐いていた。

 火傷、切り傷、打撲──昔は傷などつかなかったものだが、リンリンも当時からすれば実力が上がっているということだろう。

 ロックスが倒れてから五年。

 時代は、既に変わったのだ。

 

「……私も、既に過去の時代の亡霊か」

 

 オクタヴィアは自嘲するようにつぶやいた。

 気絶して倒れ伏すリンリンへと視線を向ける。その横には、血塗れのまま肩で息をするシュトロイゼンの姿もある。

 

「この場は帰るがいい。死ぬまで戦いたいというのなら構わんが──リンリンに死なれるのは、()()()()()()()()()()()のでな」

「何を……言ってやがる……!」

 

 海賊はこの広い海に数えきれないほどいても、大海賊とまで呼ばれる強さを誇る者は片手で数えられるほどしかいない。

 ロックスの野望は潰えたが、オクタヴィアはオクタヴィアで目的を持って動いている。

 この場でリンリンに死なれるのは困るのだ。

 世界政府と海軍にとって警戒すべき対象として存命してもらわねばならない。

 

「……何が目的か知らねェが……見逃してくれるってんなら逃げさせてもらうぜ。命あっての物種だ」

「フフ。お前のそういうところは嫌いではないよ」

 

 シュトロイゼンの言葉にオクタヴィアは笑い、リンリンの巨体を担いで船に戻るのを見送る。

 そうしていると、ふと背後に誰かが立った。

 先程、長女コンポートを倒したカナタだ。

 互いに視線を交わすが、距離をとったまま動くことはなく数分経ち──オクタヴィアが、静かに口を開いた。

 

「……こうして会うのは初めてかもしれないな。最後に会ったのは、まだ幼い頃だった」

「私の記憶にはない。両親の存在など、つい最近まで知らなかった」

「何? あの男から聞いていないのか?」

 

 西の海(ウエストブルー)のとある島で孤児院を運営していた〝院長〟と呼ばれていた男。

 彼から何も聞いていないのかと、オクタヴィアは疑問の声を出す。

 その質問に、カナタは首を横に振った。

 

「何も──私は、何も知らなかった」

「そうか……」

 

 想像できたことではある。

 院長はオクタヴィアを殺すためにあらゆる手段を講じ、準備を整えていた。孫娘と言えども、恨みの対象であれば何かを話すこともないだろう。

 

「知りたいことはあるか? 私に答えられることなら答えよう──古代兵器の在処も、知りたいのなら教えてやろう」

 

 もっとも、オクタヴィアの知る古代兵器は〝ポセイドン〟だけだ。

 過去に探しても見つからなかった存在であるため、眉唾物の存在ではあると付け加えた。

 だが、カナタはまた首を横に振る。

 

「そんなものに興味はない。お前に尋ねることも、ありはしない」

「ふむ。──では、何が欲しい?」

 

 欲しいものなどない。

 カナタは既に過去と決別した。

 かつて付けられた〝ノウェム〟という名前を捨て、〝カナタ〟として生きている。

 母親が生きていると知った時から、もしかしたらこうなるかもしれないと考えてはいたが……今更親が現れても、交わす言葉など持ち合わせてはいなかった。

 感情には折り合いをつけたつもりだったが──実際、本人を前にしてみると、違うものだ。

 

「……今更母親面して何かを語るつもりはない。その資格はないだろうからな」

「…………」

「だが、()()()()。お前は、私たちの一族の末裔だ。いずれ起こる嵐に否応なしに巻き込まれるだろう」

「嵐?」

「〝空白の百年〟からもうじき八百年となる。〝Dの一族〟を探せ。我々は、彼らと共に戦う〝騎士〟の一族」

 

 ──これは宿命だ。

 オクタヴィアはそう告げる。

 

「……宿命だと? 私は」

「そんなもの興味はない、か? それでもいいだろう……時に、お前は今何を目指して旅をしている?」

 

 賞金首になった以上は海軍に追われる。逃げ回るだけの生を送るのかと、オクタヴィアは問う。

 カナタは、オクタヴィアを睨みつけるように見つめながら答えた。

 

「……この海の果てを見るためだ」

水先星(ロードスター)島か──いや、()()()か? いずれにしても、果てを目指すのなら〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を探すことだ」

 

 その島への近道はない。

 いずれにせよ、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を探しておいて損はないと言う。

 世界政府が禁じている〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の探求。古代兵器復活阻止のためというお題目はあるが、()()()()()()()()()()()

 ──おそらく、オクタヴィアはカナタの思っている以上に深いところまで知っている。

 世界の禁忌(タブー)に触れ過ぎたが故に、ロックス海賊団はほとんど新聞にも載らなかった。ロックスとオクタヴィアはそれだけ世界政府にとって不都合なことを知り、戦ったのだ。

 

「ジーベックは全てを相手取っても〝世界の王〟を目指したが……お前はそうではないだろう。好きなようにやるがいい」

 

 世界政府を完全に敵に回すも良し。

 来る日まで身を隠し、戦力を集めるも良し。

 いずれにしてもカナタは世界のうねりから逃げられない位置にいる。

 オクタヴィアはそう言うものの、カナタとしては納得しがたい。気になることもある。

 

「〝Dの一族〟を探して、どうなるんだ?」

「今はまだ好きなようにさせておけ。いずれ天竜人を地に引きずり下ろす者が現れる──もっとも、お前もまた〝Dの一族〟に名を連ねてはいるがな」

「……お前は違うのだろう?」

「ああ。だが、()()()()()()()()()()()

 

 ──お前の父親はロックス・D・ジーベックだ。

 

「──……」

「想像していなかったわけではあるまい」

 

 可能性は、確かにあった。

 同じ船にいたこと。

 同じ強さを持つこと。

 誰もが〝ロックス〟と呼ぶ男を、オクタヴィアだけは〝ジーベック〟と親しそうに呼ぶこと。

 その事実は、恐らくこの場にいる二人しか知らないことだが……これを政府が知れば、決してカナタを生かしておこうとはしないだろう。

 

「……厄介なことを知った気分だ」

「ロックスの名を名乗りたければ好きにするがいい。それもまた、お前の自由だ」

 

 束縛するつもりはない。

 ロックスもオクタヴィアも、〝自由〟を求めて世界を〝支配〟しようとした海賊なのだから。

 話は終わりと言わんばかりに、オクタヴィアは背を向けた。

 趣味の悪い仮面を外し、カナタにそっくりの顔をさらけ出す。

 

「いずれまた逢う日が来るだろう」

 

 翡翠の瞳が夕焼けを背に輝く。

 小さく笑みを浮かべた彼女は、雷鳴と共に何処かへと消えた。

 カナタもまたオクタヴィアに背を向け、ウォーターセブンへと帰る。

 ビッグマム海賊団との抗争は終わりだ。煮え切らないところはあるが──これもまた、一つの結末として受け入れるしかなかった。

 




 多分多くの人が予想したであろう父親。
 詳しいことは出てないけどまぁいいよね的に。カナタの瞳は父親譲りって設定ですが、これ「赤は悪魔」っていう例のあれを使いたかっただけなのでそれ以上の意味はありません。
 そのうち「ここに秩序は崩れ落ちた」とかやるかもしれませんが。


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第五十四話:悩み

今回はちょっと文字数多め。


 ──人間、生きていれば悩むことの一つや二つはある。

 〝ビッグマム海賊団〟の襲撃から一週間が経ち、腕に覚えのある命知らずがウォーターセブンへと攻め入ること三隻目。

 上から下まできれいに真っ二つにされた船に腰かけ、カナタはため息を吐いた。

 

「暴れて少しは気が晴れるかと思ったが……そうでもなかったな」

「て、テメェ……! おれたちの船を、よくも……!」

 

 今回の騒動でカナタの懸賞金は上がらなかった。

 新聞の記事には〝ビッグマム海賊団〟と〝残響〟のオクタヴィアが激突と大きく見出しを付けられ、ここに〝魔女の一味〟も含めた三つ巴の乱戦と書かれていたが……事実とは異なるし、政府としても事態を完全に把握できてはいないのだろう。そもそもカナタとリンリンの懸賞金はそう変わらない。たとえ倒しても額が上がるかと言われれば首をひねるところだ。

 

「運が悪かったな。海賊ならそういうこともある。覚えておくといい」

 

 沈みゆく船と運命を共にする彼らには、カナタの忠告など届いていないだろう。

 賞金狙いなのか名を上げるためなのか、こういった命知らずは意外と多い。海賊なのだから直情的で考えなしなのも当然かもしれないが、それにしたって命の危機くらいは感じ取って欲しいものである。

 自慢気に名乗りを上げていたが、口ほどにもなさ過ぎて既にカナタの記憶にはない。前半の海ならこれが平均なのだろうか。

 

(流石に歯応えがないな……こんなものか?)

 

 ウォーターセブン沖で沈んだ船から飛び降り、海を凍らせて足場を作る。

 沖を散歩しながら考え事をしていて偶然見つけた海賊船だが、金などろくに持たない小物だった。よくウォーターセブンまで来られたなと感心するほどの弱さだったが、どちらかといえばしょっちゅう海軍大将だの〝金獅子〟だのといった怪物に追われる方がおかしいのだ。

 海軍に追われる方は自業自得だが、〝金獅子〟や〝ビッグ・マム〟に狙われるのは母親関連なので恨み言の一つも言いたくなる。

 父親も父親で爆弾だったので頭が痛い限りだ。

 

「……ロックスか」

 

 五年ほど前まで活動していた海賊らしい。

 らしい、と曖昧なのはなぜかというと、政府が彼らの情報のことごとくを揉み消したためにあまり情報が出回っていないからだ。それでも人々の間でまことしやかに〝ロックス海賊団〟という存在が噂されている。壊滅したということだけが世界中に報じられたが、船員の多くは散り散りになったと聞く。

 あまりに残虐、冷酷な所業は瞬く間に島々へと響き渡り、新聞すら使わずにその脅威を世界に知らしめた〝悪の代名詞〟とでもいうべき海賊。

 情報を集めようとロックスについて聞いてみれば、人の姿をした化け物だとか、死んでくれてせいせいしただとか、罵詈雑言ばかりが飛び出してくる。

 聞いているだけで気が滅入るというものだ。

 会ったこともない男を父親と言われるのも妙な話ではあるが、その父親が誰に聞いても罵詈雑言を飛ばされる存在だった時の気持ちたるや……計り知れないものがある。

 暗澹たる気持ちで船を停めている岬へと帰路につく。

 

「おう、帰ってきたか。今日はフェイユンが大物釣りあげてきたぜ」

「ああ、外からでも見えた。張り切っているようだな」

 

 ウォーターセブンは毎年の高潮(アクア・ラグナ)やそれに伴う地盤沈下のせいで農業がほとんど出来ない。そのため、食料の大部分は輸入に頼る形になる。

 最近はどこぞの海賊が無理やり徴収したり大暴れしたせいで慢性的な食糧不足に陥っていた。

 金があっても物がないのだ。

 こうなってはもう仕方がないので自分たちで獲ることにしていた。

 先程戻ってくる際にチラッと見たが、今日は海王類の大物を釣り上げていたようなので食べるものには困らないだろう。

 外では海王類を解体してバーベキューにするつもりらしく、がやがやと準備で騒がしい。

 

「少しは気分は晴れたか?」

「あまり。頭の痛くなることばかりだ。船長というのは大変だな」

「船長であることとお前の悩みはあんまり関係ない気がするが……まァしばらくはゆっくり出来るだろ。悩み事は今のうちに存分に悩むこったな」

 

 ジョルジュは帳簿をつけながら笑う。

 忙しい時は悩む余裕すらない。悩めるのはそれだけ余裕のあるということなのだと。

 オクタヴィアとの会話は今のところ誰にも話していない。信用はしているが、どこから情報が洩れるか分かったものではないからだ。海軍や政府にバレるとろくなことにならないのはわかり切っている。気を付けるに越したことはなかった。

 

「コックも本格的に見つけねばな……船大工もどこかにいればいいのだが」

「トムは誘えないのか?」

「一度誘ってみたが断られた。船で旅をするよりもここで船を作る方が性に合っている、だそうだ」

「そりゃァ残念だ。手に職付けたやつってのは貴重なんだがな」

 

 貴重だが、追われる立場になってもいいという職人が果たしてどれだけいるか。

 断られるのが普通だろう。なかなか難しいものだ。

 料理に関してはカナタがやってもいいが、毎日やるのはかなり骨が折れる。数十人分を賄うのにも中々労力が必要だ。

 

「のんびり探すとしよう。少なくとも二、三ヶ月は必要なようだからな」

 

 私は部屋で休むと言い残し、カナタは自室へと戻っていった。

 

 

        ☆

 

 

 その夜。

 岬で海王類の肉を使ったバーベキューをしながら、カナタはドラゴンにいくつか質問をしていた。

 

「お前、〝ロックス海賊団〟について何か知っているか?」

「ふむ……確か、〝白ひげ〟〝金獅子〟〝ビッグ・マム〟──それに〝王直〟や〝銀斧〟も所属していたと聞く」

 

 なにぶん、政府もロックス関連の事件は揉み消そうと新聞に載せていなかった。正しい情報は中々出回っていない。

 その中でもドラゴンの話は信用できるものだ。何せ父親が直にロックスと戦っている。

 本人はあまり話そうとはしないそうだが。

 

「あらゆる海を踏破し、あらゆる国を恐怖に陥れた……世界政府を直接狙ったテロリストのような集団だったらしい。おれの目的を考えると同じ事をやることになりそうだ、他人のことを悪くは言えんな」

 

 海王類のステーキにかぶりつきながら、ドラゴンは自嘲するように語る。

 世界政府を打ち倒すという意味では同じだが、その後の目的は違う。卑下するものでもないだろうが、ドラゴンは世界政府を打ち倒すことによって生じる混乱を懸念しているようだった。

 世界を滅茶苦茶にしたいわけではない。世界政府を倒し、天竜人の権力を奪うことが出来れば何をやってもいいわけでは無いのだ。

 

「テロリスト、ね……それに見合う強さはあったのだろうな」

「かつて〝残響〟のオクタヴィアを右腕として、どこぞの島で海軍と戦い、負けた海賊か……ガープは話そうとしなかったが、ロックスはガープとロジャーの二人がかりでようやく倒せるような化け物だったらしい」

「何? 何故そこでロジャーが出てくるんだ?」

「おれも知らん。ロックスとロジャーの間にも何かしらの因縁があったんだろう」

 

 そうか……と酒を一口飲みながら、カナタは思考を巡らせる。

 ロジャーとは何かと縁があるらしい。命を助けてもらった恩人だが、同時に父親の仇でもあったと。復讐などやるつもりは毛頭ないが。

 ガープは……ああいう男だ。ロックスを直接倒したとは知らなかったが、海兵と海賊ならそういうこともあるだろう。

 しかし、と視線をドラゴンに向ける。

 

「ドラゴン、ガープ、ロジャー、ロックス……〝Dの一族〟とやらは意外と多いのだな」

 

 かく言うカナタも血筋は〝Dの一族〟に連なっている。互いに引き合う訳でもないだろうに、縁というのは不思議なものだ。

 

「海軍にはガープの他にもいるそうだぞ。詳しいことは知らないが」

「あれだけ大きな組織なら二人や三人いても変ではなかろう……しかし、〝D〟というのは一体何なのだろうな」

 

 ドラゴンも理由までは知らないらしい。ガープも、その親も……ずっと昔から、名前についていたのだと。

 オクタヴィアが言った「〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を探せ」というのも、あるいはそのことを知るためなのかもしれない。

 カナタは古代文字を読むことは出来ないが、()()()()()()()()()()には心当たりがある。

 海王類のステーキを綺麗に切り分け、フォークで刺して食べながら姉と慕った人物を思い出す。

 

「……少し、その辺りも考えたほうがいいかもしれないな」

「何がだ?」

「世界政府は〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読むことを禁じている。オクタヴィアは〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を探せと言った……未知なる〝最後の島〟に辿り着くにはそれが必要だと言ってな」

「なるほど……」

 

 〝水先星(ロードスター)島〟の先にある島だとオクタヴィアは言っていた。カナタはうろ覚えだが、最後の島の名前を思い出そうとして……思い出せずに諦める。

 必要なら思い出すだろう、と楽観的に考えながら。島の名前そのものにはあまり興味もない。

 

「〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の事には詳しくないが、書いてある古代文字に関しては読める人物に心当たりがある。一度〝水先星(ロードスター)島〟まで行ってみて、他に何の手掛かりも無いようなら古代文字を解読してもらう必要があるな」

 

 出来る事ならあまり迷惑をかけたくはないが……あちらも古代文字を読んで〝空白の百年〟を研究しているのだ。危ない橋を渡っているのは同じだろう。

 有事の際は近くに居たほうが守りやすい。そういう意味でも手近な場所にいてほしいものだが。

 しかし、だ。

 

「こういった情報を知っているということは、オクタヴィアはその〝水先星(ロードスター)島〟とやらに辿り着いたということか?」

「さてな、私にもわからない。あるいはロジャーの奴も辿り着いたことがあるのかもしれないが──」

「……ロジャーと知り合いなのか?」

「一度会ったことがある。命を救ってくれた恩人だ」

 

 思えば、あの時ロジャーが〝西の海(ウエストブルー)〟にいたのも〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を探すためだったのかもしれない。

 オハラは考古学の聖地だ。古代文字や〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟について情報を得るなら、まずはそこを探す──確かに道理と言えるだろう。

 

「奇妙な縁もあったものだな。これでお前は〝新世界〟にいる大海賊のうち、三人と縁を持ったことになるわけだ」

「……業腹ながらそうなるな」

 

 三人のうち二人とは関わりなど持ちたくもないのだが、状況がそれを許すまい。

 しばらくは大丈夫だろうが、〝新世界〟に入った時のことを考えると今から頭痛がする。

 カナタが嫌そうな顔をしていることに気付いたのか、ドラゴンはカナタのコップに手酌して気を紛らわせる。

 

「ロジャーと会うことは嫌ではないが、後の二人は会ったところでまたぞろ厄介なことになるだけだろう。〝白ひげ〟も元ロックス海賊団の船員なら、ひと悶着ある可能性は十分にある」

 

 オクタヴィアは多方面で恨みを買っているようだからな、とため息を吐く。

 何とも頭の痛いことばかりだ。悩み事ばかりでため息を吐いていては幸せも逃げてしまうだろう。

 ドラゴンに注いでもらった酒を一息に呷り、海王類のステーキを口にする。シンプルに塩と胡椒だけで味付けしたものだが悪くない。

 焼きすぎて少々硬いのが難点だが、これくらい歯応えがあった方がカナタとしては好みだった。

 トムやアイスバーグ、ココロも誘っており、視界の端ではそれぞれ食事と酒を楽しんでいるようだ。ホスト役はスコッチに任せたため、カナタは特にやることもない。

 

「……しばらくは平穏だと良いがな」

「平穏とは程遠い生活をしているからな。特に何もしていなくても、厄介事というのは向こうからやってくるものだ」

「フフ、確かにそうだ」

 

 せめて少しくらいは休ませてほしいものだ、と思う。

 視線を空に向ければ、明々と輝く月が頭上に来ていた。

 この海の果ても、あれくらいはっきりと見えていれば楽なのだが──そんなことを思いながら、カナタはまた一口酒を飲んでいた。

 

 

        ☆

 

 

 一週間後。

 〝魔女の一味〟に──というより、カナタに客が訪れていた。

 天竜人だ。 

 

 

「……私に何の用があるんだ?」

「おれが知るか。海軍の軍艦を引き連れてきたらしいが……」

 

 またぞろ厄介事か、と呟く。

 ジョルジュは無言でコクリと頷き、二人同時に肩をすくめた。

 海軍から呼び出しを受けている。今更ではあるがカナタは賞金首だ、警戒はするが……今戦争をするつもりとは思えなかった。心配の必要はないだろう。

 

「天竜人──ドンキホーテ・ホーミング聖か。今度は一体何の用なのやら」

 

 予期せぬ客に辟易しながらカナタは一人で軍艦に向かう。

 当然のように警戒した海兵からは銃口を向けられるが、カナタは一切気にした様子もなく降りてきたホーミング聖とその後ろに控えるベルクに視線を送る。

 ベルクは武装こそしているが、あまりやる気があるようには感じられない。ホーミング聖は逆にやる気に満ちているようだ。

 

(これは面倒事の予感がするな……)

 

 奇しくも──というべきか、順当というべきか……カナタの予想は当たっていた。

 

「久しいな、ホーミング聖。此度は何の用でここに来たのか聞いても?」

「ああ、久しぶりだ。と言っても、あれから一月くらいだがね」

 

 苦笑するホーミング聖は「食料を持ってきたんだ」と言った。

 眉を顰めて訝しがるカナタに、今度はベルクが説明を始める。

 

「ウォーターセブンが〝金獅子〟の一時的な拠点として使われていたころから食料不足が懸念されていた。この島では食料が自給できないためだ」

「……それで機を見て食料を売りさばこうと?」

「商人の考え方だな。当方としては理解は出来るが共感はしない──ホーミング聖はこの大量の食料をこの島に寄付すると仰られている」

 

 それは、まずい。

 カナタは考えなしのホーミング聖の行動に思わず手で額を抑えた。ベルクも同意見なのか、ホーミング聖から見えない位置で肩をすくめている。

 

「……島民全員に行き渡るだけの量はあるのか?」

「軍艦に積めるだけ積んできたが、人口を把握しているわけでは無い」

「……画一的な物か? そもそも食料の配給なのか?」

「栄養が偏るといけないから、という理由で多種多様の食材になった。食材をそのまま配るつもりとのことだ」

「……お前たちの上司やここの市長に話を通したか?」

()()()()()()()()()()

 

 関わるべきではないと即座に判断し、「私に関係ないなら帰る」と踵を返した。

 が、ベルクがそれを呼び止める。

 

「貴殿を呼んだのは別件だ。〝残響〟のオクタヴィアが現れたと聞き、情報を纏めるようにと言われている」

「そっちか。そうだな、私が関係ありそうなのはそっちだものな」

 

 ホーミング聖の件はカナタを呼んだこととは別件らしい。

 厄介事に関わらなくて済んだと喜ぶべきか、海軍に直接「情報を渡せ」と言われるようになったことを嘆くべきか。一応高額の賞金首なのだが。

 ホーミング聖は別の将校と共にどこかへ移動し、ベルクは手にメモ帳を持って質問する体勢に入っている。

 そういえば、こういう時に一番に駆り出されていた男がいない。

 

「時にガープはどこへ行ったんだ?」

「〝残響〟が現れたと聞いてウォーミングアップに山を五つほど崩したところ、海軍に猛抗議が来たので謹慎になっている」

 

 カナタも思わず笑ってしまった。

 確かにガープならばやりかねない。本人は至って真面目に海賊を討伐しようとしているのだろうが。

 ひとしきり笑った後、「オクタヴィアなら〝ビッグ・マム〟と戦って帰った」と告げる。

 話した内容を海軍に教えるつもりもない。ある程度誤魔化して伝えればいいだろうと考えていた。

 

「ふむ……事前情報とあまり変わりはないか」

「賞金首に馬鹿正直に聞いて正しい情報が得られると思っているのか?」

「当方の見立てでは、貴殿と〝残響〟の間には特筆すべき感情はないと考えていた。貴殿は()()()()()()()()()()()()()()()()()タイプだろう」

「……」

 

 カナタは目を細めてベルクを観察する。

 この男の観察眼はかなりのものだ。実力もジュンシーと対等以上に戦ったと聞く。大佐としてはやや異常な強さだろう。

 戦えば負けはしないが、食らいついては来ると感じていた。

 

「どこか拠点にしている場所などは言っていなかったか? 今回戦った目的などは?」

「それはわからない。その辺りのことは言葉を交わしたわけでは無いからな」

「……そうか。ではそう報告を上げておく」

「用事はそれだけか?」

「ああ。手間を取らせた。感謝する」

「……」

「賞金首に感謝する、などと言ったことが不思議と言わんばかりの表情だな。当方はガープ中将の下で働くことが多い。必然、似た思考になってもおかしくはなかろう」

 

 要は「天竜人を害した以外は特に目立つことはしていないから放っておいていい」ということ。

 凶悪犯罪者なら〝新世界〟の海に腐るほどいる。〝楽園〟の海に多くの戦力を割くのは海軍としては愚策なのだ。

 加えてガープは天竜人を嫌っている。ベルクもそうなら、今回の仕事に乗り気でないのも納得できる。納得していないが仕事はきちんとやるタイプではあるようだ。

 

「当方は当方の善に従って動いている。貴殿は未だ悪と認定していない」

「それは僥倖だ。お前は大佐の割に、あまり敵に回したくないくらいには強いと聞いている」

「貴殿の部下も相当強かった。また手合わせ願いたいと思っている──それと、当方は既に准将だ」

 

 先日の〝ビッグマム海賊団〟との一戦で階級が上がったらしい。

 強大化する海賊たちに対し、海軍側も戦力を求めているということか。大変だなと他人事のように考えるカナタ。いや全く以て他人事ではないのだが。

 階級で判断するほど愚かではない。ガープなど実質大将のようなものなのだし。

 

「しかし……こう何度も私のいるところに天竜人が来ると、要らぬ詮索をされそうだな」

「当方も同じ考えを持っている。特にホーミング聖と貴殿が殺害したクリュサオル聖は兄弟だ。天竜人の間で権力争いなど到底起こりえないが……関係性を勘ぐる者も出てくるだろう」

 

 もっとも、それでカナタたちの懸賞金が上がるといったことはないだろう。既に限界まで上がっていると言ってもいいのだから、気にするだけ無駄というものだ。

 余計な罪状が増えそうではあるが──それも今更だ。

 海軍と海賊につながりがあるのも世間一般的には良くないイメージがつくが、新聞各社を自由に動かせる世界政府がバックにいれば世論の操作も可能となる。

 報道するもしないも思いのまま、というわけだ。

 

「ほかに用事がないなら私は戻る」

「ああ、手間を取らせた──そうだ。どれくらいこの島に滞在する予定か、聞いても?」

「船が出来るまで数ヶ月はかかるだろう。具体的な日取りはわからない」

「そうか。海軍としても貴殿らの所在を把握しておいた方が色々楽なのでな」

「喧嘩がしたいなら他所へ行って欲しいものだが」

「言われずとも、最近は大物海賊たちが〝新世界〟で次々に動きを見せている。しばらく貴殿らに関わる余裕はないだろう」

 

 〝金獅子〟と〝ビッグ・マム〟が〝楽園〟に来たことで〝新世界〟の海が荒れに荒れている。

 海賊同士の縄張り争いが激化して被害を受けるのは市民である以上、海軍としてもこれを無視は出来なかった。

 しかもここに来てロックス海賊団の幹部の生存が確認されたのだ。今カナタたちに戦力を差し向ける余裕などない。

 

「〝残響〟の足取りを探す必要もある。当方も本来なら警邏に当たらねばならないのだが……」

 

 天竜人の指示である以上は海軍も否とは言えない。

 現場をかき乱す独断専行など、迷惑以外の何物でもなかった。

 カナタも同情しそうになったが、天竜人の横暴を許している以上はこれくらい苦労してもいいだろうと思いなおす。

 ドラゴンの計画も、今のうちから本格的に練っておいた方がいいのかもしれない。

 

 

        ☆

 

 

 ──そうして、数ヶ月後。

 カナタたちの首を狙っていくつもの海賊団がウォーターセブンを訪れ、またいくつかの海賊団は傘下につきたいと言い出し、勢力をわずかに拡大させていた。

 新しい船──〝ソンブレロ号〟も完成し、次の島に向かう準備も整った。

 その中で、世界中を騒がせたニュースが一つあった。

 

 ──とある天竜人に海賊を使った天竜人殺害の嫌疑が掛けられ、一家丸ごと聖地マリージョアを追放となっていた。

 

 




 今回で五章閉幕となります。
 イイ感じに区切りが出来たので(予定と全く違うところとはいえ)切ってしまえとなりました。修正に頭を抱えております。お前のせいやぞシキ(八つ当たり

 感想とかいただけると嬉しいです。


 END 激突/スプリンター

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今章のキャラまとめ

五章のキャラまとめです。
例によって例の如く読まなくても特に問題はないです。

二話同時投稿の一話目です。


 大海賊時代の幕開けまで、あと8年。

 

 所属 魔女の一味

 母船 ソンブレロ号

 

・カナタ

 本作の主人公。17歳。自然(ロギア)系ヒエヒエの実の氷結人間。

 〝竜殺しの魔女〟懸賞金15億ベリー。

 船長兼航海士。

 黒髪赤目の美少女。シキやリンリンとの戦闘経験、およびオクタヴィアの戦闘を間近で観察したことによりまた一つレベルが上がった。

 

 記録指針ログポースを偉大なる航路前半と後半のものを予備含めて二つずつ所持している。

 また、永久指針エターナルポースは〝プロデンス王国〟〝ハチノス〟〝ドレスローザ〟〝ドラム王国〟のものを所持。

 メインの武器は海王類の牙を削って作った槍。

 覇気は覇王色、武装色、見聞色の全てを高いレベルで使用可能。

 覇気の練度が増しており、極度に集中させると青紫色に変色するようになった。

 

 〝金獅子〟のシキに喧嘩を売ったり〝ビッグ・マム〟シャーロット・リンリンに急襲されたりして波乱万丈な日々を送っていた。

 さらにはそこにオクタヴィアまで現れたものだから大変なことに。

 それはそれとして戦闘経験を積んで一つ上のレベルをじっくり観察出来たので実力は上がった。

 

 いい機会だったのでウォーターセブンで船を新調。海軍の軍艦と同じくらいの大きさのため、最大で八百人程度乗船可能。

 動かす人手の方が足りないのでちょっと困っていた。

 船の名前を決める際にひと悶着あったが、誰も彼もが碌な名前を出さないのでカナタが独断で〝ソンブレロ〟と名付けた。「伐採されそうだな」とは本人の談。

 

 本名は「ロックス・D・ノウェム」

 かつてとある王国に存在した一族の末裔。役目はいずれオクタヴィアから引き継がれることになるだろう。

 父親のことはオクタヴィアから初めて聞いたが、誰に聞いても罵倒されるようなろくでもない父親だったために辟易している。

 一応ロジャー、ガープにその息子ドラゴンのことは親の仇だと認識しているが、「会ったこともない父親の仇と言われても」といった気持ちなので特に思うところはない模様。

 

 

・ジュンシー

 赤い髪に筋肉質な肉体が特徴的な男。30歳。

 〝六合大槍〟懸賞金3億ベリー。

 戦闘員。

 武装色、見聞色の覇気を扱える。

 

 金獅子傘下の海賊団を相手に大立ち回りを繰り返し、狂犬呼ばわりされたりしていた。

 金獅子海賊団相手には海戦しかしていないので不満げだったが、ビッグマム海賊団が急襲してきたときはシュトロイゼンやダイフクを相手に戦っていて満足したらしい。

 

 船を新調している間に入った新人を最低限使い物にしようと、戦闘系の訓練を担当した。

 あまり出来は良くないらしい。

 

 

・クロ

 黒髪黒目、全身に刺青の入った褐色肌の青年。24歳。

 自然(ロギア)系ヤミヤミの実の闇人間。

 (一応)(自称)戦闘員。

 

 金獅子海賊団との戦闘の際は基本的に役に立たなかったので船の操作に尽力していた。

 ビッグマム海賊団との戦闘の際は邪魔にならないようにしつつ、雑兵相手に能力で無双していた。なんだかんだと能力が強いので早々やられることはない。

 下手に能力者を吸い寄せるとやられかねないのでゼンと付かず離れずの距離を保っていた。

 

 〝美食の街〟ブッチで舌が肥えたので料理に挑戦してみるも、食材をダメにすることが多く怒られていた。

 ウォーターセブンでは暇つぶしにゼンと食べ歩きに興じていたらしい。

 

 

・ジョルジュ

 黒髪黒目に二メートルほどの男。32歳。

 金庫番。

 戦闘力はそれなりで本部大佐くらいなら同格に戦える。ただし覇気は使えないので自然系相手だと不利。

 直接的な強さではカナタたちに及ぶべくもないが、基本的には頭脳担当として指揮することが多い。

 

 金獅子傘下の海賊団を潰すたびに金庫が潤うので毎日血眼になって探していた。臨時ボーナスでホクホク顔だったが、新しい船を作るにあたってほぼ中身を使ったので空っぽになった金庫の前で哀愁を漂わせている。

 ウォーターセブンで入った新人に船のルールなどを教えていた。

 「守らなかったらああなる」と両断された海王類を見せたため、青い顔をしながら頷いたとか。

 

 

・スコッチ

 金髪碧眼の小太り男。サングラスをかけている。32歳。

 航海士。

 義理人情に厚く、金獅子傘下の海賊団が大暴れしていた島では島民に同情して多少なり金と食料を置いていくなどしていた。

 ブッチでは美味しいものがいっぱいあったのでまた太った(らしい)。

 

 金獅子海賊団相手にもビッグマム海賊団相手にも怯まず戦っていた。特に後者は海戦ではなく直接刃をぶつけたため、船員のレベルの高さに苦い顔をしていた。

 「タマゴみたいに丸くてそこそこ強いガキが交じっていた」とは本人の談。

 

 

・フェイユン

 巨人族。薄紫の長い髪とアメジストのような紫色の瞳が特徴的な女性。40歳。

 超人系(パラミシア)デカデカの実の巨大化人間。最大全長173メートル。

 〝巨影〟懸賞金2億3000万ベリー。

 戦闘員。

 武装色と見聞色の覇気を扱える。生まれつき見聞色を扱えることもあり、相手の感情を読み取る力に長けている。

 

 金獅子傘下の海賊団を相手どる時に巨大化して船ごと引っ繰り返すことも多く、島民からも恐れられていた。

 本船を相手にしたときは嵐の中で帆を動かしたりと忙しかったため、うっかり足を滑らせてメインマストを圧し折ってしばらく落ち込んだ。

 ビッグマム海賊団と戦った際はリンリン相手に難しい顔をしていたが、当人はカナタしか目に入っていなかったようで気にもされなかった。

 氷の上での戦いだったため、あまり巨大化しすぎると氷が割れる危険があったのでそのまま戦った。大きさで同じサイズの相手はいなかったが、ビスケットの能力者が足元でうろちょろしていたので踏み潰したり薙ぎ払ったりして戦っていた。

 

 今までの船は巨人族用の部屋がなく、大部屋の壁を取っ払って部屋にしていたため、新しい船に巨人族用の自室が出来ると聞いて待ち遠しく感じていたらしい。

 食料調達のため、海王類を一本釣りしたりしていた。

 何気に新人に一番恐れられているのは他の誰でもない彼女だったりする。

 

 

・ゼン

 黒鹿毛の馬(?)のミンク族。39歳。

 〝赤鹿毛〟懸賞金3億3000万ベリー。

 戦闘員。

 本人の毛色は黒鹿毛だが、〝月の獅子スーロン〟化したときの毛色が赤く染まることから〝赤鹿毛〟の名がついた。

 

 ブッチで美味しいものを買い込みすぎて自室に収まり切れなくなり、冷蔵庫を自費で増設した。

 金獅子海賊団との戦いにおいては飛んでくる砲弾を次々と撃ち落とし、ビッグマム海賊団との戦いにおいてはリンリンの息子や娘と戦い、ホーミーズを圧倒した。

 

 その後、クロとウォーターセブンで食べ歩きに興じていた。

 アクア・ラグナが持ってくる特別な塩を使った料理を作る料理人と出会い、舌鼓を打っていたらしい。

 

 

・サミュエル

 身長三メートルほどの筋骨隆々な大男。坊主頭。29歳。

 動物(ゾォン)系ネコネコの実 モデル〝ジャガー〟の能力者。

 戦闘員。

 覇気は武装色のみ使える。とはいえ、まだ基礎的な段階でしか扱えていないので今後の修練次第。

 カナタの船の珍獣枠。

 

 金獅子傘下の海賊相手には負けることはないが、いい練習相手だと言ってジュンシーと一緒に殴り込みに行っていた。武装色はそこそこ使えるようになったらしい。

 能力者になった影響かは不明だが、猫舌になったらしく、熱々のタコ焼きを食べられなくなったと嘆いていた。

 

 

・スクラ

 ぼさぼさの白い髪、二メートルほどの身長と線が細く目つきの悪いイケメン。26歳。

 船医。

 最近見聞色を診察に使えるのではないかと思い始めた。

 

 戦闘にはほとんど関わらず、後方で待機していた。

 金獅子傘下の海賊団が支配下に置いていた島では怪我人を治療して周り、いろんなところで女性に言い寄られていた。本人は興味もなく放置していたらしい。

 

 カナタの回復力が人間離れしているので解剖したいと時折零すが、本人からは拒否されている。それでもあきらめずに時折健康診断と称して血液を採取したりしている。

 新人にカナタの次に逆らえない人物(下手なことをすると怪我や病気をしたとき対応してもらえないため)として認知されている。

 

 

・デイビット

 ツンツンと尖った髪型のウニ男。身長は180ほど。35歳。

 超人系(パラミシア)ボムボムの実の爆弾人間。

 〝爆撃〟懸賞金7000万。

 覇気は未だ扱えず。

 

 金獅子傘下の海賊団を相手に戦って経験を積んでいるが、未だ覇気が目覚める気配はない。

 金獅子との海戦の際はまたも「吐息爆弾」が猛威を振るったが、流石に新世界で覇を競う大海賊の船だけあって易々と落ちてはくれなかった。

 ビッグマム海賊団との戦いの際はペロスペロー相手に有利を取れたが、間抜けを晒してあとでジュンシーにガッツリ怒られた。

 

 

・フィッシャー・タイガー

 原作キャラ。タイの魚人。五メートルを超える巨体を持つ。28歳。

 操舵士。

 冒険家と言いつつ半分海賊のようになっているが、本人はさして気にもせずに毎日楽しそうにしている。

 

 海賊たちを相手にしても一歩も退かずに戦っていたが、支配下に置かれていた島民たちには魚人というだけで避けられていた(フェイユンはどちらかといえば船を持ち上げる怪力で避けられていた)。

 美食の食べ歩きをしたり酒を買い込んだり、何だかんだとカナタの船で旅をするのは気に入っている様子。

 

 海戦、氷上の戦闘どちらにおいても活躍した。

 その後、ウォーターセブンではフェイユンと共に食料調達に奔走していた。

 

 

・ドラゴン

 原作キャラ。2メートルを超える体躯の男。23歳。

 戦闘員(参謀的な立場でもある)。

 

 船員の中では頭一つ抜けて頭が切れるため、カナタからは参謀的な扱いをされつつある。ジョルジュやスコッチ、ジュンシーにも意見を聞くことはあるが、短絡的なことが多いのでドラゴンの方が何かと融通が利くらしい。

 〝英雄〟ガープの息子でもあり、ガープとカナタとの橋渡し役としても機能した。この二人が繋がったことで金獅子の撃退、天竜人との接触、海軍との関係性の融和が起こったので、彼を船に乗せたことをカナタは「運が良かった」と思っている。

 親子だと知っているのはカナタの船でも古参のメンバーだけで、新人は特に知らされることはない。

 

 金獅子海賊団、ビッグマム海賊団の両方とも戦った際にはその実力を遺憾なく発揮し、戦いを有利に運んだ。

 

 

 

 所属 海軍 

 

・ベルク

 銀髪碧眼に眼鏡をかけた偉丈夫。23歳。

 海軍本部准将。ガープの弟子であり部下でもある。

 武装色と見聞色の覇気を高いレベルで扱える。

 地元に美人な恋人がいるらしいが、なんとなくカナタと声が似ているとか。

 

 ビッグマム海賊団との一戦で武功を上げて大佐から准将に昇進した。仕事は増えたがその分部下もつくようになり、ガープから船を任されることも多くなったらしい。

 鍛錬は欠かさずおこなっているが、天竜人の無茶ぶりで頭を痛めることも多くなってきた。

 色々な意味で苦労人になりつつある。

 

 

・ガープ

 原作キャラ。短く刈り込んだ髪と口周りに蓄えた髭が特徴的な男。46歳。

 海軍本部中将。〝ゲンコツ〟のガープ、あるいは〝海軍の英雄〟

 

 ドラゴンを中継としてカナタと接触した。天竜人は嫌いだがホーミング聖の思想自体は嫌っていない。でも強権で命令してくるのは鬱陶しいとは感じている。

 オクタヴィアの娘であるカナタには色々と思うことはあるが、母親と違って仲間殺しを許容しているわけでもなければ海を荒らそうとしているわけでもないようなのでひとまず放置で、後ほど対処すべきだと考えている。

 ビッグマム海賊団と魔女の一味がぶつかった際、オクタヴィアが現れたという一報を聞いてウォーミングアップで山を五つほど消し飛ばしたところ、海軍に猛抗議が来てコング元帥から謹慎処分をくらった。是非もなし。

 

 

 所属 元ロックス海賊団

 

・オクタヴィア

 艶のある黒い髪、翡翠色の瞳、金色の髑髏の仮面を常に被っている女性。

 自然(ロギア)系ゴロゴロの実の雷人間。

 〝残響〟のオクタヴィア。懸賞金35億ベリー。

 

 左利きだが、現在は大将との戦闘の後遺症で左腕が動かなかった……が、ドラムで治療を受けた結果、多少なりとも動くようになった。

 基本的には槍を使うが剣も使えないことはない。参考にする相手が身近にいたので剣筋も当然似通っている。

 

 ブランクと後遺症で大分実力は落ちているはずだが、それでもリンリンとシュトロイゼンを同時に相手取ってなお勝利するほど隔絶した実力を誇る。

 この女一人が現れたと報告が入っただけで海軍・世界政府の上層部は騒然とした。

 

 

 所属 なし

 

・ドンキホーテ・ホーミング聖

 原作キャラ。天竜人。

 カナタと出会って下界に自ら降りる真似はしなかった人。ドフラミンゴも天竜人生活安泰かと思われたが、海軍に強権使って余計な仕事増やすわ自分の兄を殺した海賊と度々接触するわで問題になった。

 最終的にその思想も問題になってマリージョア追放。

 北の海の世界政府非加盟国に降ろされることになった。

 

 息子のドフラミンゴはカナタを逆恨みしている。

 

 

・カテリーナ

 茶色のウェーブがかかった髪、青い瞳が特徴的な少女。自分のことを天才と呼ぶ。10歳。

 

 紆余曲折あってオクタヴィアに拾われた少女。

 立ち振る舞いや頭の良さから良家の子女と思われるが、本人は特に語ることはない。くれはもオクタヴィアも興味はないので放置している。

 今はドラム王国にてオクタヴィアの治療の傍ら、くれはから医術を学んでいる。

 



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帰郷/Seabed
第五十五話:魔の三角地帯


六章開幕です。
一応二話投稿です。こちらは二話目になります。


 名残惜しい、と思うほどこの島に愛着はない。

 元々島から島に移動することを生業としていた以上、一つの場所に愛着を持つということもなかった。

 船大工であるトムは予想以上のいい船を作ってくれたし、傘下に入った海賊や直参の部下に入った海賊たちもいる。人手は補充出来た。

 記録(ログ)もとうの昔に溜まっていたし、これ以上この島に留まる理由は無くなっていた。

 やや性急ではあるが、思い立ったが吉日ともいう。

 カナタは全ての準備が整ったと判断すると、次の日に出航すると告げた。

 

「世話になったな、トム」

「たっはっはっは。こっちこそだ。いい仕事させてもらった」

 

 島に来た海賊はカナタに潰されるか、彼女を恐れて大人しくしているかのどちらかだった。彼女自身に起因する騒動もないではなかったが、それでも過去一番平和な時期だったと言っても過言ではなかった。

 木材や鉄、食材の買い付けもカナタの力添えがあれば苦もなかったのだし。

 

「アイスバーグにココロも、いい船を作ってくれたことに感謝している」

「んがががが……いいのさ。あたしらにとってもいい取引だったからね」

「おれも、今までで一番いい船を作ったつもりだ!」

「ほう、それは頼もしいな」

 

 アイスバーグの言葉に笑みを浮かべ、顔を赤くする少年を尻目にトムへ言葉を投げかける。

 

「次の島は〝魚人島〟だと聞いたが」

「ああ。ワシらの故郷だ。潜って潜って海底一万メートルのところにある。いいところだぞ」

「行き方については、そっちの魚人の方が詳しいんじゃ無いかねェ。あたしから言えるとすりゃあ……魔の三角地帯(フロリアン・トライアングル)くらいさ」

 

 〝魔の三角地帯(フロリアン・トライアングル)〟。

 何が起きるか誰も知らない、霧に包まれた魔の海域。

 毎年百隻を超える船が消息を絶つという──その海域を越えなければ、魚人島も〝赤い土の大陸(レッドライン)〟も見ることは叶わない。

 都市伝説、あるいは迷信だと笑い飛ばすことは簡単だが……物事には何であれ理由があるものだ。

 〝何か〟がその海域に生息していたとしても、決して不思議な話ではない。

 

「出来る限り注意はするつもりだが……航海に不測の事態は付き物だ。生きるも死ぬも運任せさ」

「たっはっは……! ……! 随分と豪気じゃねェか! 船乗りってのはそうでなくちゃな」

「笑い事じゃないよ、まったく……」

 

 食料は大量に載せてある。多少長いことさまようことになったとしても、食べ物に困る事態は早々ないだろう。

 傘下に入った二つの海賊団にも、十分荷物を積んでおくよう言っておいた。きちんと聞いていればいいのだが。

 

「最初来たときは三十人くらいだったのに、もう十倍くらいになっちまったねェ」

 

 傘下に入った海賊団は二つ。直参の部下に入った海賊団は三つ。合計で百五十人ほど人員が増えている。

 そのうちカナタたちの新しい船──〝ソンブレロ号〟に乗るのは百人程度だ。元々乗ってきた船が老朽化でこの先の海には乗っていけないものもあれば、一戦交えてフェイユンが片手で叩き潰した船もある。

 他に乗る船がないので本船に乗せた形になる。

 まぁ海軍の軍艦と同規模なので、乗ろうと思えば八百人くらいは乗れる船だ。百や二百増えたところで問題はない。

 逆に人員が増えて楽が出来るのでありがたいくらいだ。

 

「三十人であの船を動かすのは中々面倒だったからな。人手が増えたのはいいことだ」

 

 きちんと動かせるようになるまで少しかかるだろうが、大型船の経験値は十分にある。元々の人数だけでも十分動かせるので問題はなかった。

 反抗的な連中は最初に叩き潰している。船から降ろされると行く当てもない連中ばかりだ。死に物狂いで覚える事だろう。

 

「無事に魚人島に着くことを祈ってるよ。んがががが」

「カナタさん、また来ることはあるのか?」

「そうだな……私たちはお尋ね者だからな。あちらこちらをふらふらとしているだけだ。船が欲しくなったらまた来ることもあるだろう」

「ンマー、そうか……じゃあ、おれはその時までにもっと腕を磨くよ!」

 

 トムはアイスバーグの頭をぐりぐりと撫で、「言うじゃねェか」と笑う。

 これから〝新世界〟に向かうとはいえ、そのままずっと永住する予定もない。気ままに旅を続けるならまた会うこともあるだろう。

 ──談笑している間に出航の準備も終わり、カナタたちは船に乗り込んだ。

 別れの言葉をいくつか交わしながら、一路魚人島へ向けて船を出した。

 

 

        ☆

 

 

 波は高くなく、風も穏やか。航海をするには気候条件として悪くない。

 だが、周りが霧に包まれているので非常に視界が悪い。新しい船が座礁でもすると厄介なので見張りを多めに置いていた。

 

「結構濃い霧だなァ……おかしなものとかないといいんだが」

「おかしなもの?」

 

 ジョルジュが嫌そうな顔しながらタバコをふかし、スコッチが双眼鏡を覗き込みながら船縁で見張りを続けている。

 昼間だというのに夜と見紛うほどに薄暗い。それだけ霧が濃い海域なのだ。

 後ろからついてきている二隻も付かず離れずの距離を保っている。目指す場所は同じとはいえ、一度見失うと合流するのも時間がかかる。

 

「お前知らねェのか? 〝魔の三角地帯(フロリアン・トライアングル)〟って言やァ、年間何十隻もの船が行方不明になる場所だぜ。幽霊船(ゴーストシップ)の噂だって絶えねェ!」

幽霊船(ゴーストシップ)ね……眉唾だろ、んなモン」

 

 ジョルジュと違ってスコッチは幽霊船(ゴーストシップ)の存在に懐疑的だった。

 〝偉大なる航路(グランドライン)〟は常識をことごとく凌駕する超常の海だが、それでも流石に幽霊など存在しないだろうと。

 ──()()()()()

 

「スコッチさん! ジョルジュさん! 報告です!」

「なんだ、どうした」

「二回りほど小さい船が近くに来ています! どうしますか?」

「あー、なんだ。海賊か?」

「いえ、それが……」

 

 若い新入りが言葉を濁すと、二人は「はっきり言え」とため息を吐く。

 もごもごと言いにくそうにしていた新人だが、「見てもらうのが早いかと」と言って反対側に歩き出す。

 それに続いて船の反対側に行くと、ボロボロで今にも沈んでしまいそうな船が流されているのが目に入った。

 

「帆も船もボロボロだな……海賊船ではあるようだが」

「海賊同士で戦って負けたんだろ。船員は皆殺しになっても船自体は沈まずにこの辺りをグルグルと回遊してる……なるほど、ゴースト(シップ)なんて噂が出るわけだ」

「気候自体は穏やかみたいだしなァ」

 

 どれほど長い間、この霧の海を彷徨い続けていたのか……想像もつかないが、彼らも戦って負けたのだろう。

 双眼鏡を覗いてみれば、白骨死体がそこかしこに転がって──

 

「ん?」

「どうした?」

「いや……いやいやいや、そんなまさか」

 

 ごしごしと目をこすってもう一度双眼鏡を覗き込むスコッチ。

 眉を顰めて新人から双眼鏡を受け取り、自分ものぞき込んで何があるのかと確認してみれば。

 

「お、おい……あれ……」

「……あ、あれは……」

 

 進行方向は同じだったが、少しずつ近づいてきていたのだろう。

 ボロボロの船はいつしか肉眼でもはっきりわかるほどに近付いており、姿を現したその船の不気味な姿が嫌でも目に入った。

 そして同時に、聞き覚えのない声が霧の海に響いてくる。

 

「ヨホホホ~……♪」

 

 ボロボロの、誰も乗っているはずのない船から聞こえる不気味な声。

 ジョルジュたちの周りに何人も集まり、その異様な船を見て──その船で立っている何かを発見した。

 

「「「ゴ、ゴースト(シップ)~~!!?」」」

 

 動く骸骨。何故かアフロ。

 明らかに異常な存在であるそれに対し、その場にいる誰もが驚きで目を見開く。

 

「どどど、どうなってんだよあれ!!? 骸骨が動いて!? 歌ってる!?」

「あばばば……」

「ジョルジュ! しっかりしろジョルジュ! おい誰かカナタ呼んで来い!」

 

 ゴースト(シップ)を前にパニックを起こす船員たち。ジョルジュは恐怖で意識を半分飛ばしており、スコッチは頬をビンタしながら近くの船員にカナタを呼んで来いと命令する。

 あんなおかしなものに対抗できるのはカナタくらいだ、と信頼してるのかよくわからないことを考えていた。

 

「船を急いで離せ! 近づくと何されるかわからねェぞ!!」

「あ、アイアイサー!」

 

 すぐさま舵を切って船を移動させ、それに後ろの二隻も追随する。

 徐々に距離を置きつつある中、急いで呼ばれてきたカナタがスコッチたちの下へ着く。

 

「何があった?」

「動く骸骨だ! あれ見ろあれ! どう考えてもゴースト(シップ)だろ!?」

 

 スコッチの指差す先にはこちらに手を伸ばすようにしている骸骨の姿。

 何か叫んでいるようだが、風と波の音に阻まれて届かない。

 見聞色で探ってみるとそれほど強くもなさそうだが……それよりも、見聞色で感知できるということはそこに何かしらの意思があるということ。

 意思疎通が出来るなら、とは思うも──既に船は遠くなっている。

 

「……ん? あの船に掲げられている海賊旗……」

 

 どこかで見覚えがある。

 果たしてどこだったか──それに、動く骸骨──と、そこまで考えて思い出した。

 

(麦わらの一味にそんなのがいたな。ということは、あれがルンバー海賊団の生き残りか)

 

 双子岬でクロッカスと話した後、海賊旗と船長である〝キャラコ〟のヨーキのことは調べていた。

 足取りはつかめていなかったが……ここで全滅したのなら情報がないのも頷ける。それほど強い海賊団でもなかったようだし、運が悪ければそれこそロックス海賊団と鉢合わせして全滅したのかもしれない。

 船は既に遠く離れているが、骸骨──ブルックは悲しそうにカナタの方を見ていたので、自然と二人の視線がかち合った。

 引き返すことは出来ない。またこの霧の海を揺蕩うことになるだろう。クロッカスのことを考えればここで彼を確保するのが一番だが、考えている間に随分離されてしまっていた。

 

「…………動く骸骨か。捕まえてみても良かったのだが」

「「フザけんな!!」」

 

 カナタの呟きに半ば意識を飛ばしていたジョルジュさえ突っ込みを入れていた。

 

 

        ☆

 

 

 シャボンディ諸島。

 〝魔の三角地帯(フロリアン・トライアングル)〟を抜けた先、〝赤い土の大陸(レッドライン)〟の近くにそびえる巨大な〝ヤルキマン・マングローブ〟の集合体だ。

 島とはいうものの、実際には樹木の集合体であるために〝記録指針(ログポース)〟ではたどり着けない。

 〝新世界〟へ行くにはマリージョアで船を買い替えるか魚人島を経由するかの二つに一つしかないため、無法者は必然的に魚人島へ向かう準備をするためにこの島に集まることになる。

 双子岬から七つに分かれた磁気も、再びここで一つに集まるわけだ。

 当然、ここまで航海することのできる海賊たちである以上は実力もそれなりになる。

 その海賊を狙う賞金稼ぎも多い。

 

「全員、特に新入りは気を付けるように」

 

 カナタの忠告に頷く面々。

 一番気を付けるべきクロは聞かずに興味津々に島を見ていた。

 地面からシャボン玉が浮き出て浮かんでいくのだ。確かに興味をそそられる幻想的な情景ではあった。

 

「ヤルキマン・マングローブの樹液とこの辺りの気候があるからこそシャボンは作られる。島の中ではシャボンを利用した器具なんかも売っているが、買わないようにな。あれはここか魚人島でしか使えん」

「だ、そうだ。忘れないようにな」

「それはいいんだが、ここでその〝コーティング〟ってのをするんだろ? どれくらいかかるんだ?」

「詳しい時間はおれの知り合いのコーティング屋に聞いた方がいいが……あの船のデカさ、三隻あるってことを考えると一、二週間は考えておいた方がいいだろうな」

 

 その間は否応なしにこの島に滞在する必要がある。

 どこか場所を確保して野営をすることになるだろう。ここは賞金稼ぎが多い場所でもあり……人間屋(ヒューマンショップ)がある島でもある。注意するに越したことはなかった。

 攫われると色々面倒だ。

 

「実力に不安があるものは出来るだけ集団での行動を心がけろ。実力に自信があるなら好きに出歩くといい」

 

 その辺りはもう自己責任だ。新入りには海賊に憧れた十代の子供も多いとはいえ、自分の意志で海へ出た以上はそういった覚悟も持っているだろう。

 これくらい脅しておかないと、カナタの名前を笠に着て好き勝手にやられても困る。

 百人以上ともなると流石にカナタの目も行き届かない。

 加えてここは諸島だ。何かあっても探しきれないだろう。

 

「タイガーと私はコーティング屋に行ってくる。必要な物があるなら買い出しもしておく必要があるが……」

「その辺はおれとドラゴンで調整しておく。任せておけ」

「ではスコッチに一任する。どこかに出かける際は最低限の人数は船に残しておくように」

 

 了解と返事をする船員たち。

 カナタがいなくても最低限のことは出来るだろうと判断し、タイガーと二人でタイガーの知り合いのコーティング屋へ足を運んだ。

 

 

        ☆

 

 商談も済み、やはり期間は一週間と少しはかかるのでその間どうするかを考えねば──と思いながら船に戻ったところ、ジョルジュが慌てた様子で報告を上げてきた。

 

「おいカナタ! 厄介なことになったぞ、クロが人攫いにさらわれたらしい!」

 

 早速の厄介事にカナタは思わず天を仰いだ。

 

 



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第五十六話:捜索

 シャボンディ諸島は広大だ。

 ヤルキマン・マングローブは世界一巨大なマングローブなので、それが七十九本も集まればそれ相応の広さになる。

 それぞれの樹に番号が振られており、それを目印に区分けしているのだ。

 そして、ここは海軍本部が目と鼻の先にある上、駐屯所も存在するので基本的には海軍が目を光らせている。

 だが、シャボンディ諸島は広い分どうしても政府や海軍の目の行き届かない場所が出てくる。

 賞金稼ぎや海賊、人攫い──無法者たちが集まる場所。

 当然、カナタたちも賞金首である以上はその付近に船を停めていたわけだが、それが仇になった。

 

「……詳しく話を聞こう」

「あいつ、一人でどっか行こうとするから適当に何人か連れて行けって言ってたんだがよ……どうも、一緒に行った連中と同じように人攫いに連れて行かれたらしい」

「一緒にいたやつら全員が捕まったわけじゃなくて、買い物しようと少数に分かれた時を狙われたっぽいな。捕まった瞬間を見たやつがいるから、人攫いに捕まったのは間違いないってよ」

「……そうか」

 

 目を瞑って少し考え、手早く結論を出す。

 

「探すぞ。あれでも長い付き合いだ、放っておくわけにもいかん」

「だと思って、出る準備はしてるぜ」

 

 ジョルジュたちはそれぞれ武器を手にやる気を見せている。

 だが、全員を出すわけにもいかない。船を守るのも仕事だ。

 

「船の護衛にはゼンと……十人ほどいればいいだろう。それ以外は全員出る」

「わかりました。ここは私に任せてもらいましょう! ヒヒン!」

 

 実力を考え、幹部にそれぞれ十人ずつ部下をつけて無法地帯の〝人間屋(ヒューマンショップ)〟と人攫いチームを総当たりする。

 ミイラ取りがミイラになることだけは避けてもらいたいが、部下だけではそうなりかねない。

 というか。

 

「クロの奴も海楼石さえされていなければ逃げ出すことは容易いはずだが……」

「捕まったら首輪をされるんだ。外そうとすると爆発するから、外したければ鍵を見つけるしかない」

「壊せないのか?」

「かなり頑丈だが……悪魔の実の能力か何かなら壊せるかもしれんな」

 

 タイガーはこの島に何度か来たことがあるため、首輪の存在も当然知っている。見たこともある。

 だが、それを壊すことが出来るかと問われれば首をひねるしかない。少なくとも、タイガー自身はそれを壊せる人間など見たことはなかった。

 魚人にも巨人にも壊せないのだ。普通の人間に壊せるとは到底思えない。

 

「……その辺りは見つけた後で考えるとしよう。壊す方法もあるかもしれんからな」

「ああ。今はあいつらを探すことが先決だ」

 

 複数に分かれて探索する。

 足取りを追うには時間がかかるだろうが──時間をかけすぎると売られる可能性もあった。手早くやる必要がある。

 

「躊躇はするな。後ろに誰が控えていようと潰せ。なんならこの辺り一帯の〝人間屋(ヒューマンショップ)〟と人攫いどもを全滅させてしまえ」

 

 

        ☆

 

 

 カナタに命じられてからの行動は早かった。

 ひとまず賞金稼ぎを見つけて無理やり聞き出した近場の〝人間屋(ヒューマンショップ)〟を訪れたフェイユンは、部下が止める間もなく()()()()()()()()()()()()()()()

 普通の巨人族なら楽に収まる建物でも、巨大化したフェイユンからすれば小さい建物だ。

 ベリベリと引き剥がした屋根を投げ捨て、中を覗き込む。

 

「クロさんいますかー? ……うーん……いませんねー」

「ちょちょちょっと何やってるんですか!!? 営業妨害はやめてください!」

 

 慌てた様子で出てくる店員を無視し、フェイユンは次々に建物を素手で解体していく。どこかに隠していないかと探しているのだ。

 唖然とする部下もすぐに武器を持って店員を殴り倒し、鎮圧に出ようとした警備の兵はフェイユンが容易く薙ぎ払う。

 外れだが、奴隷たちをそのままにしておくより逃がして混乱させた方がいいと、鍵を探して檻から出しておく。金庫は力づくで壊して中の金だけ奪い取った。

 相手がまっとうなカタギならこんな真似はしないが、相手は奴隷売買をしている悪党だ。躊躇などあるはずもない。

 最終的に建物ごと踏み潰してしまったフェイユンは、次の人攫いか〝人間屋(ヒューマンショップ)〟を探して歩き始める。

 

「え、えげつねェな、フェイユンさん……やっぱ一番恐ろしいのってあの人じゃ……」

「どうだろうな……賞金額じゃあの人四番目だからな……」

「あいつは手加減ってモンを知らねェからな。お前らも気ィつけろ。近くにいると巻き込まれるぞ」

 

 古参の面々がドン引きしている部下たちに言うが、それはそれとして多額の金が手に入ったので半分目がベリーになっていた。

 海賊に人権はない。天竜人や権力者に買われてしまえば一生地獄が続く。

 海賊なら自業自得ではあるが……海賊ではない人間も多数交じっていたのが闇の深いところだろう。

 

 

        ☆

 

 

 ──一方、ジュンシー。

 

「……これですべてか?」

「ええ、ええ。ここにあるのでうちの商品は全部です。あんまり広くないんで、種族によっては仕入れも上手くいかないのが難点ですが……その分質は保証しますよ」

 

 とある〝人間屋(ヒューマンショップ)〟を訪れ、商品として並べられている奴隷たちをぐるりと見回す。

 皆一様に生気がなく、俯いて絶望に打ちひしがれている。

 奴隷には首輪と腕輪がしてあり、逃げてしまえばこれが爆発する。運が良ければ重傷──運が悪ければ死ぬ。だから逃げ出そうとはしない。

 ジュンシーはクロがいないことを確認し、店主に尋ねる。

 

「ふむ……儂は褐色肌で全身に刺青の入った男を探している。見なかったか?」

「え? 探し人ですか? うーん……私はみたことありませんねェ」

「そうか。他の〝人間屋(ヒューマンショップ)〟の場所はわかるか?」

「ええ」

 

 客ではないとわかってからは随分雑な対応になったが、店の場所自体は手に入れた。詳細な地図はないが、そもそも競合店なので各マングローブごとにばらけさせているらしい。

 同じ番号のマングローブ内に店は少ない。

 ジュンシーは礼を言い──店主の胸をその拳で貫いた。

 

「え……ごぼっ……!?」

 

 血反吐を吐いて倒れた店主を捨ておき、奴隷たちの入っている檻を壊し始める。

 ジュンシーたちは奴隷を欲しているわけでは無い。だが、主な取引相手は天竜人や権力者だ。彼らが困ってその上金が貰えるとなればやらない理由はなかった。

 何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ほ、本当に大丈夫なんですか……?」

「構わん。一度は敵対した相手だ、資金源になっているなら潰しておいた方がいい。おぬし等は手錠の鍵と金庫を探せ」

 

 資金源の一つとして奴隷オークションなどを使っている以上、此処を潰しておけば巨大な組織に流れる金を一部断つことが出来る。

 〝新世界〟に行けば否が応でも再び戦うことになると考えれば、ここで出来る限り破壊工作はしておくべきだ。

 檻から出した奴隷の一人に近付き、その首にある爆発する首輪を観察する。

 

「頑丈だな……まともな方法では壊れんか」

「へ、下手に触らないでくれ。外そうとすると爆発しちまう」

 

 コンコンと叩いてみるが、音からして随分頑丈だ。首輪をつけられている男は冷や汗をかきながらジュンシーを宥め、部下が鍵を探してくるのを待つ。

 海楼石が入っているかどうかは外からはわからないが、入っていなければ悪魔の実の能力で破壊、あるいは外すことは可能だろう。

 もっとも、海楼石の手錠など持っているのは世界政府か海軍くらいのものだ。可能性としては限りなく低い。

 それほど経たないうちに部下たちが手錠の鍵を見つけ、奴隷たちが次々に解放されていく。

 喜ぶ彼らを前に腕組みし、ジュンシーはふと気になったことを尋ねる。

 

「お前たち、解放されて行く当てはあるのか?」

「……それは……」

 

 元海賊という者もいれば、人攫いに連れてこられただけの一般人(カタギ)もいる。

 前者はともかく、後者は奴隷の身から解放されても行く当ても生きて行く力もない。放っておけばまた別の人攫いに捕まるか、野垂れ死にするかの二択だ。この島に住んでいたならまだしも、他の島から連れて来られたものもいるだろう。

 すがるような目でジュンシーを見る彼らは、全員が既に戻る場所もないらしい。

 

「……電伝虫を用意しろ」

 

 適当に逃がせばいいかと思っていたジュンシーとしても当てが外れた。こればかりは一人で決める訳にもいかない。

 

 

        ☆

 

 

 ──また一方、ジョルジュとスコッチ。

 

「あァ、別にいいだろ。こっちも同じ問題に突き当たったが……付いて来たい奴は付いて来いって言ってる」

『いいのか?』

「まァ部屋は余ってるからな」

 

 〝人間屋(ヒューマンショップ)〟の店主も店員も、警備兵も纏めて斬り捨てた。

 剣についた血を拭って鍵を探し、部下たちに命令して鍵を次々に開けさせていく。統率という意味ではこの二人ほど慣れた者もいない。

 

「八百人くらい乗れるんだ。今更百や二百増えたところでどうってことねェ」

「臨時収入もあるしな。何より美人もいるのがイイってもんだ」

 

 奴隷として売られる予定だった美女もいれば、懸賞金のかけられている海賊もいる。この辺りは多種多様だった。

 一番GR(グローブ)にはオークションハウスもあるらしく、そちらに行けばより選りすぐりの奴隷もいるという話だった。

 ジョルジュは適当に椅子に座り、金庫や奴隷の鍵を回収する部下たちを見ながらタバコをふかす。

 

「別に奴隷が欲しくて襲ってるわけじゃねェが……役得と言えば役得か」

「珍しい種族の奴もいるらしいが、その辺りはオークションに出されてるらしいぜ」

 

 スコッチが斬り捨てた店主の服で剣に付着した血を拭いつつ、思い出したように言う。

 美人に見惚れながらもその辺りは話を聞いていたらしい。

 

『オークションか……どう思う?』

「クロの奴は普通の人族だが、珍しい自然系(ロギア)の能力者だからな。値を釣り上げようとオークションに連れて行かれる可能性は低くはないと思うぜ」

『ではそちらに向かうか。だが一度船に戻ってこ奴らを置いてくる必要があるな』

「そうだなァ……ん?」

 

 バリバリバリ!! と轟音を立てて天井が引っぺがされる。

 巨大な指が壁を貫き、屋根を無理やり引き剥がしたのだ。

 屋根が無くなった建物からは空が見えるようになり、太陽を遮る巨影が建物を覆う。

 

「クロさーん? あれ、二人ともここにいたんですか」

「フェイユンか、びっくりさせんなよ……」

「なんつー力技だ……お前、それでいくつ壊してきたんだ?」

「んー? 五つくらいですね」

 

 フェイユン本人は特に気にもかけていないが、後ろから付いてきている部下たちは皆息切れしている。彼女の歩幅は普通の巨人族より遥かに大きい。付いていくのも一苦労だろう。

 加えて、壊すだけ壊してそれ以外の作業は全て任せきりなので作業量が非常に多い。

 多額の金を持ったまま移動するのもそれなりに疲れるのだ。

 しかも解放した奴隷たちはフェイユンについて回るのが一番安全だと理解しているのか、自発的に付いてきていた。

 

「あー……まァ、なんだ。お前らも大変そうだな」

「うるせェ! 戦う必要は欠片もなかったがな!」

 

 他人事のような言い方をするスコッチに対し、フェイユンに同行していた古参の面々は半ギレで現金の入ったケースを投げる。

 「お、いい重さ」などと言いながらそれを受け止め、中身を確認する。

 結構な額が入っている。奴隷売買はそれなりに儲かるのだろう。

 これからまた移動することになるが、これだけの人数がいると移動も一苦労だ。荷物を置く意味でも一度船に戻った方がいいだろう。

 

「フェイユン、お前一度船に戻れ。こいつら、行く当てがねェんだろ? おれ達の船に乗りてェって奴は乗せても構わねェ」

「いいんですか?」

「ああ。役に立たねェんなら船から投げ落とすだけだからな」

 

 慈善事業でやっているわけでは無い。今後のことを考え、人員を増やす意味で登用しているだけだ。

 感謝して自発的に手伝ってくれるなら御の字、邪魔になるようなら斬り捨てる。ただ飯ぐらいを置いておくほど余裕があるわけでは無い。

 女子供でも出来る仕事はあるのだ。資金は十分手に入ったことだし、今後どこかにシマを持つことになればそこを切り盛りするための人員も必要になる。

 当座は必要ないだろうが。

 

「カナタの方は連絡つかねェのか?」

『ああ、儂も最初はあやつに連絡を入れようと思ったのだが、繋がらなかった』

「じゃあ別の奴と話をしてるのかもな。ひとまずこっちはフェイユンに奴隷と金を回収させる。道すがらお前と合流出来るならそっちにも向かわせるが』

『そうだな。そうした方が良かろう』

 

 少し遠回りになるが、増えた人員と金を守るためにフェイユンを一度戻すことにした。

 合流場所を決め、スコッチとジョルジュは一足先に一番GRへ向かう。

 オークションハウスでクロが見つかれば、と思いながら。

 

 

        ☆

 

 

 ──そして。

 一番GR付近にて、一人の女性が幼い少女を腕に抱えながら逃げ回っていた。

 

「ハッ、ハッ、ハッ……まったく、しつこい……!」

「へへ、逃げられるわけねェだろ!」

「おれ達はバイクだぜ! 走って追いつかれないだけ大したもんだ!」

 

 シャボン玉をフレーム代わりに使ったバイクに乗り、女性を追いかける複数の影。

 この島に住んでそれなりになる女性でも、人攫いのためにこの辺りのことを知り尽くしている相手から逃げるのは容易ではない。

 戦えば負けはしないが、腕の中にいる幼い少女を守りながらではまともに戦うことも出来ない以上、逃げるしか出来なかった。

 このままでは遠からず追いつかれる──と考えていた矢先。

 

「そこニョ者たち、逃げろ! 人攫いが来るぞ!」

 

 十人ほどの集団がどこかへ向かって歩いていたところに遭遇した。先頭を率いる女性は目も眩むほどに美しい──間違いなく、人攫いの対象になるくらいには。

 女性がそう思ったのも束の間、背後に迫る人攫いたちは目敏く視線を動かした。

 

「おお、上玉じゃねェか!! ガキなんざ放ってそっち捕まえたほうが良さそうだなァ!」

 

 人攫いたちは狙いを変え、真っ直ぐにその女性へ──オークションハウスへと向かっていたカナタへと突っ込んでいく。

 きっとあの女は高く売れるだろう。そう、海軍に引き渡せば十五億くらいで引き取ってくれる。

 ()()()()()()()()()()()

 

「────」

 

 視線が人攫いたちに向き、赤い瞳が彼らの姿を捉える。電伝虫に受話器を置き、面倒くさそうに目を細めた。

 追われている女性の方はそれなりに強そうだと判断したところで──辺り一帯に向けて覇王色の覇気を放つ。

 バタバタと倒れていく人攫いたち。指向性を持たせたおかげで部下たちは気絶せずに済んだが、追われていた女性はその覇気を受けて思わず距離をとる。

 人攫いたちが動かなくなったことを確認し、覇気を収めて部下たちに身包みを剥がさせていく。

 その間に追われていた女性へと声をかけた。

 

「ふむ。私の覇気で倒れないくらいには強いようだな」

「あ、ああ……やはり今のはそなたの……背筋がひやりとした。久しぶりニョ感覚だ」

 

 追われていた割に大して息切れをしているわけでもない。カナタの覇王色を正面から受けても気絶しない辺り、それなり以上の実力ではあるのだろう。

 追われていた女性はその段階になってようやくカナタの顔を正面から見て、()()()()()

 

「おニュし……!?」

「? どこかで会ったことは無いハズだが」

「……いや、そうか。別人か」

 

 冷や汗を拭って息を吐き、女性は気を取り直して礼を言う。

 

「ともあれ、助かった」

「お前の子か?」

「いや……この子は、実の両親に()()()()()と捨てられた子供でな。私が拾ったニョだが、目を離した隙に人攫いに一度連れ去られてしまい……」

 

 無事取り戻すことは出来たが、再び追われることになっていた、ということらしい。

 拾った子供だが、一度拾った以上は見て見ぬ振りも出来ない。

 

「礼をしたいが……」

「不要だ──と言いたいところだが、〝新世界〟についての情報を持っているなら聞きたい」

「〝新世界〟か……私も元海賊だ、情報は持っている。ただ長くなると思うが……」

「ふむ……」

 

 場所を聞き、後でそちらに訪れることを伝えるカナタ。

 どうせ今は他に優先すべきことがある。そちらの用事を済ませてからになるだろう。

 

「おっと、名乗り忘れておったわ。私はグロリオーサ」

「カナタだ。この〝シャッキー’sぼったくりBAR〟という店でいいのだな?」

「ああ。私もこの後そこに行く。そなたが訪ねた時に私がいなくても、私の名を出してくれれば融通してくれるだろう」

 

 名前からして全面的にぼったくる気満々の店のようだが、グロリオーサがそういうならそうなのだろう。

 騙されたとしてもどうせ二週間は暇だ。多少時間を無駄にしたところで支障はない。

 これから用事があるのか、というグロリオーサの問いに頷き、近く見えるオークションハウスへ視線を向ける。

 

「私たちは今からオークションハウスに用事があるのでな」

「……奴隷を買うニョか?」

「私たちの仲間が数人連れ去られた。探すついでにこの辺りの人攫いどもと〝人間屋(ヒューマンショップ)〟を潰して回っている」

 

 シャボンディ諸島にいくつもある〝人間屋(ヒューマンショップ)〟だが、今はその大半が壊滅状態と言っていい。

 人攫いたちも随分と減ったことだろう。もっとも、この手の仕事は多少減らしたところで雨後の筍よろしく勝手に増えるものだが。

 かといって統治するには難しい場所でもある。

 天竜人の奴隷を確保するためにこの場所を残したい政府の意向もあるし、海軍本部を目の前に置くこの諸島を海賊の統治下におけるはずもない。恒久的にこの状態を保つのは不可能だろう。

 そこまでする義理もないのでやらないけれど。

 

「なるほど……無事に見つかることを祈っている」

「ああ、そうしてくれ」

 

 まぁ、オークションハウスはどのみち潰すのだが。

 




シャボンディ諸島でこの時期関われそうなキャラって言ったらこの人かなぁと思った次第。


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第五十七話:人身売買

 雑に持ち抱えられたクロが首輪をつけられ、牢屋の中に放り込まれる。

 ゴンと床で頭を打ち、思わず「あだっ!」とうめき声をあげた。

 

「いてェな! もう少し丁寧に扱え!」

「うるせェやつだ……お前は奴隷として売られるんだ。静かにしてろ。他の奴らみたいにな」

 

 周りを見れば誰もが俯いて絶望している。

 ここにいるのは人間オークションに出品される予定の奴隷たちだ。未来に希望を抱く者などここにはいない。

 

「今月は中々厳しくてな……お前がいい値段で売れることを祈ってるぜ」

「いやァ、無理じゃねェかな」

「自分で言うのか……」

「オレの仲間がいただろ。あいつらはどうした?」

「お前と同じように首輪と手錠を付けてる。労働力としてならそこそこってところだな」

 

 自分を捕まえた人攫いと普通に話すクロに、横で聞いていたオークションの職員は「変な奴だ」と感じていた。

 危機感がないというか、他人事のように感じているというか。

 奴隷全般にありがちな悲壮感というものが感じられない。

 

「奴隷として売られるって言っても、何させられるんだ? 雑巾がけとかか?」

「子供の掃除か! ……いやまァ買い手(バイヤー)によっちゃそういうのもあるかもしれんが」

 

 馬の代わりに使う〝人馬〟、掃除をさせる〝掃除人〟、痛めつけるためだけの〝サンドバッグ〟──奴隷の使い道は多岐にわたる。買い手が好きなように使うから〝奴隷〟なのだ。

 人攫いの男は脅すように買われた後のことを想像で話す。

 

「買い主の機嫌を損ねりゃ殴る蹴るは当たり前。ボロ雑巾になるまで〝サンドバッグ〟にされることもあるかもなァ。精々機嫌を損ねないように──」

「おっ、アンタ魚人か? 珍しいな。魚人島の話とか聞かせてくれよ」

「聞けよ!!!」

 

 クロは一切話を聞かずに同じ檻に入れられていた魚人の男へと近寄っていた。

 話していた男は半ギレで突っ込むが、クロは意に介していない。

 あまりに今まで捕まえてきた奴隷と毛色が違うせいか、どうにも空回りしている気すらする。人攫いの男は職員に「出来るだけ高く売ってくれよ」と言い残して部屋を出て行った。

 その後、程なくしてクロと一緒に捕らえられていた船員たちが檻に放り込まれる。

 

「おー、全員いるか?」

「そりゃいますよ……これからどうするんですか、おれら」

「奴隷になるらしいぞ」

「そんなこと、シャボンディ諸島の事知ってれば誰だってわかりますよ……おれたち、海賊になってようやく海に出たのに……」

「こんなところで奴隷になんて嫌ですよ!」

「まァそんなに悲観するなって。何とかなる」

 

 今にも死にそうな顔をしている船員を前にしても、クロは一貫して気楽な態度だった。

 

「でも……」

「うちの船長を信じろって。天竜人に『奴隷として部下を差し出せ』って言われたら、それを言った天竜人をぶっ殺した女だぜ? それに、いざとなったらオレが何とかしてやるよ」

 

 生い立ちからして悲惨な目に遭うのは慣れているし、カナタならそのうち助けに来てくれるだろうと確信している。

 首輪と手錠には海楼石が入っていないので、いざとなれば自分でオークション会場を潰すことも出来る。心配などするだけ無駄というものだ。

 下手なことをすると首輪が爆発するらしいが、まぁ死にはしないだろうと楽観的に考えていた。

 

「……戦ってるところ見たことないですけど、アンタ強いんですか?」

「いや、オレは船の中で一番弱いけど」

「船長ー! 早く助けてー!!」

 

 絶叫した、少年と言っていい年頃の部下はオークションハウスの職員にぶん殴られていた。

 

 

        ☆

 

 

 グロリオーサと別れ、オークションハウスに着いたカナタ。

 連絡のついたドラゴンとタイガーはこちらに向かうと言っていたが、オークション自体は既に始まってしまっている。無駄に時間を浪費するくらいならカナタ一人で制圧してしまった方が早いだろう。

 職員たちのいる裏口へ向かい、そこで警備をしている警備兵がカナタたちのことを見つける。

 

「こちらは職員専用通路です。オークションに参加されるのであれば正面入り口からお願いします」

「我々はオークションに参加するつもりはない。うちの船員が数人、ここで売られている可能性があるのでな。返してもらいに来た」

「それは……不可能です。海賊であれば、なおさら」

 

 あくまで丁寧な口調だが、取り付く島もない。

 海賊だからと見下しているのが丸わかりだ。海軍にどれくらい袖の下を渡しているのかは知らないが、〝金獅子〟が噛んでいるとなれば下手に手を出すことも出来ないのだろう。

 世界政府も都合がいいからと放っておいているのが現状なのだ。

 

「奴隷として売られる筋合いはない。返せと言っているんだ」

「しつこいですね……あまりしつこいと〝法的手段〟を取りますよ。営業妨害です!」

 

 奴隷売買が合法なはずもなく、海軍を呼べば当然彼らも摘発される──が、海軍は〝奴隷売買〟という言葉が()()()()()()()らしい。

 海軍を呼ばれて損をするのはカナタ達だけ、という訳だ。

 そうか、と静かに息を吐く。

 

「フフフ……どうぞお引き取り下さい。お客様としてであればいつでも歓迎しますよ、〝竜殺しの魔女〟さん」

「……ここは確か、シキがスポンサーになっているんだったな」

「? ……ええ、そうですが、それが何か──」

 

 大柄な警備兵の顔を片手で掴み、自分の方へと引き寄せるカナタ。

 体格差をものともしない怪力に思わずたたらを踏みながらしゃがみ込み、強制的に目線を合わせられる。

 

「私は既に奴と敵対している。一度は殺し合った仲だ──言いたいことはわかるな?」

「い、いいえ……一体、何を──」

「わからないか? ()()と言っているんだ」

 

 鎧が粉々になるほどの蹴りを入れて警備兵を吹き飛ばし、ついでに職員用の扉も破壊する。

 後ろに控える部下は「やっぱりこうなったか」と言いたげに武器を構え、誰一人躊躇することなくカナタの後ろに続く。

 

「手早く制圧するぞ。他の連中を待つほど手強い相手もいない」

 

 海軍大将だろうと、大海賊だろうと──誰が敵になっても怯むことはない。

 慌てたように武器を取る警備兵たちを次々に倒し、一切躊躇することなく先へと進む。

 今まで海軍や〝金獅子〟の名を出せば誰であろうとも身を引いて来た。だが、それが仇となってこういう事態への対処に慣れていない。

 仮に慣れていたとしてもカナタ一人いれば全滅は必至なのだが。

 

「手錠と首輪の鍵を探せ」

「おう、任せろ。全員出していいんだよな?」

「ああ。行き場のない連中は受け入れて構わない」

 

 やることは決まっている。カナタの指示を待つまでもなく、各自で動いて鍵を探し始める。

 カナタはと言えば、檻を適当に壊しながらクロを探していた。

 売れたにしてもオークションが終わるまでは引き渡すこともないはずだが──と思っていると、ステージの方からひときわ大きな悲鳴が上がっていた。

 そちらも制圧するかと思っていると、檻の中にいる一人から声をかけられる。

 

「お、おいアンタ、もしかして全身に刺青が入ったガキを探してるのか?」

「ガキという歳でもないが……おそらくその男だ。知っているのか?」

「ああ。ここにいる連中とは随分毛色が違ったからな……そうか、本当に来たのか……」

 

 奴隷として連れて来られて、助けに来てくれる誰かがいるなどという幻想は抱けなかった。

 だから、クロの言っていたことは戯言だと誰も相手にしていなかったが──あながち、幻想でもなかったらしい。

 

「あいつなら今、表でオークションにかけられてる最中だ。だが、買いに来ている奴らには天竜人もいるかもしれんぞ」

「天竜人はいない。既にこの島から政府が引き上げさせている」

「何……? な、なんでそんな……」

「身の危険でも感じたんだろう」

 

 カナタとしては邪魔にならないなら放置するが、政府側としてはそうもいかないだろう。シャボンディ諸島のどこで鉢合わせするかわかったものではない。

 もっとも、流石の天竜人と言えども一度〝天竜人殺し〟をやり遂げたカナタがいる島に好んで滞在しようとも思わないだろうけれど。

 連絡を入れたガープも「減ってくれた方が楽ではあるが」と本音を漏らしていたが、カナタは聞かなかったことにしている。よくあれで処罰されないものだとあきれ果てる。

 ともあれ。

 

買い手(バイヤー)に用はない。適当に脅して散らせ」

「あいよ。歯向かってくる連中はどうする?」

「手足に鉛玉でもくれてやるといい。大人しくなるだろう」

 

 必要なのはクロと一緒に攫われた船員だけだ。極論、それ以外はどうなろうと関係ない。

 競り落とした奴隷にそれほど愛着を持つとも思えないため、すぐにここからいなくなるだろう。

 ──程なくして、銃声と悲鳴が響いて来た。

 慌てて出ていく足音が聞こえ、静かになったところで数人がステージから戻ってくる。

 

「おー、お嬢。悪いな、探してもらって」

「全くだ。この島に来て早々こんなことになるとは思わなかった」

 

 鎖をジャラジャラと鳴らしながら陽気に手を上げるクロ。後ろに続く部下たちは顔面蒼白だったが、安心したような顔をしている。

 信頼の表れと言えば聞こえはいいが、クロにはもう少しトラブルを回避する努力をしてほしいものだ。

 

「その首輪、外れないのか?」

「どうだろうな。結構頑丈そうだけど、オレが飲み込めるかって意味なら多分行けるぜ」

 

 体表を這うように〝闇〟が立ち昇り、肌に密接している手錠と首輪の間に入り込む。

 細かな制御は必要だが、ここまで出来ればあとは簡単だ──飲み込むだけでいい。

 〝闇〟の引力で砕かれながら首輪と手錠が飲み込まれていき、クロは鍵を使わずに自由の身になった。

 

「……意外といけるもんだな」

「ふむ……」

 

 棚から適当に余っている首輪を手に取り、カナタはガチャガチャといじくる。簡単に壊せないようにはなっているが、繋がっている鎖を外すと爆発する仕組みだ。

 なるほどと呟き、一息に()()()()()

 ぐしゃりとひしゃげた首輪は異音を発し、カナタがすぐさま投げ飛ばした先で派手に爆発した。

 

「は?」

「え?」

「壊せないことはないな。頑丈だが、少し硬いだけだ」

 

 覇気を使って内側から破壊してやれば握力だけで握りつぶすことも出来る。

 武装色の覇気をそれなりに使いこなしていれば誰でも出来ることだな、とカナタは思う。

 

「これに懲りたら気を付けて行動することだ。いつまでも面倒は見切れんぞ。子供ではないのだからな」

「や、まァ年下のお前に言われちゃ言い返せねェな」

「母親に怒られるガキみてェだな」

「勘弁しろよ。年下の母親とか」

 

 くだらないことを言っている面々に拳骨を食らわせ、「さっさと帰るぞ」と言い放つカナタ。

 たんこぶを押さえながら頷く数名を尻目に、他の部下が鍵を持ってくる。

 奴隷一歩手前の者たちも大半は解放されたようだ。まさかこの状況から助かるとは思っていなかったようで、誰もが目に涙を浮かべて喜んでいる。

 

「行く当てが無い者は付いてこい。どこかの島で適当に降ろしてやる」

 

 使えそうな人材がいれば残って欲しいが、無理やり残らせたところで仕事をしないのは目に見えている。

 仕事をしない役立たずを置いておくほど余裕があるわけでもない。船に乗るなら最低限の仕事はさせるし、しないなら叩き出すまでだ。

 普通の人間が大半だが、珍しいところでは手長族や魚人族もいる。元海賊で賞金首も珍しくない。何かしらの技能はあるだろう。

 

「アンタたちは〝新世界〟に行くのか?」

「ああ。魚人島を通って〝新世界〟に行く。〝楽園〟に未練がある者は残った方がいいぞ。死んでも責任は取らん」

「いや……少なくともおれはアンタについていく。助けてもらったのは一生の恩だ」

 

 手長族の男は深々と頭を下げた。

 大多数はカナタの船に乗ると決めたようだが、〝楽園〟の海に未練がある者や〝新世界〟の海に恐怖する者も当然いる。

 行く当てがあるならそれでも構わないと、カナタは無理強いすることなく逃がした。

 

「ドラゴンとタイガーに連絡を入れておけ。こっちはもう終わったとな」

「あァ、そうだな。結局おれ達だけで制圧しちまったもんな」

 

 金庫の中身も強奪してまとまった金も手に入った。船を作ってだいぶ懐が寂しいことになっていたので、これはこれでありがたいことだ。

 あとは船のコーティングが終わるまで薬と食料、水の補給を済ませておけば問題はないだろう。

 ……またクロが厄介事を持ってこなければ。

 

「海軍本部も近くにあるんだろ? 堂々と居座ってていいのか?」

 

 クロが〝闇〟の力で建物を飲み込んで処理したところで、カナタたちはオークションハウスを後にする。

 随分大所帯になってしまったが、雑用を任せる人員が出来たと喜んでいいのかは微妙なところだ。人攫いに連れ去られる程度の実力しかないのでは、海戦で足手纏いになる可能性も十分ある。

 その辺りは今後の課題だろう。

 単純な戦闘だけなら今の面々だけでも十分ではあるのだが……。

 

「下手に手を出す真似はしないだろうさ。私を敵に回して被害がどれだけ増えるか、連中も知っているからな」

 

 今となってはセンゴクだろうとガープだろうと刺し違えるくらいは出来るだろうと思っている。複数人で当たれば盤石だ。

 そも、人身売買を止めたことを称賛こそされど叱責されるいわれはない。センゴクやゼファーは生真面目なので要請があれば動くかもしれないが、ガープが動くとは思えない。

 もっとも、海軍中将や海軍大将が動くほどの案件とは思えないが。

 

「いやァ、お嬢がいるってだけで動く可能性はあると思うぜ?」

「そうか? ……そうかもしれないな」

 

 〝金獅子〟や〝ビッグ・マム〟を相手に戦える以上、政府や海軍が放置したままとは考えにくい。

 どこかのタイミングでまた襲撃があるのは確実だろう。

 天竜人を害した者をそのまま放置はしないはずだ。問題は、それが何時なのかということだが──。

 

「……考えても仕方ない。一度船に戻って、それから考えるとしよう」

「賛成。オレも疲れちまったぜ」

「お前何もしてねェだろ」

「捕まってただけじゃねェか」

「うわ、そんなひでぇこと言っちゃう? オレだってそれなりに気配りしてたんだって」

 

 最初のピリピリとした雰囲気はなく、辺り一帯の人攫いと賞金稼ぎを全滅させたことで安全になった道を使って船まで戻った。

 

 

        ☆

 

 

 そして、翌日。

 海軍大将ゼファーの退任と、新たに大将としてセンゴクが就任することが新聞で発表された。

 




スクエナカッタ…


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第五十八話:シャッキー’sぼったくりBAR

 シャボンディ諸島の人攫いや人間屋を軒並み壊滅させた翌日。

 広い食堂で食事を取りながら新聞を見ていたカナタは、一つのニュースを見て思わず目を丸くした。

 ゼファーが第一線を退くという報道は、カナタにとっても非常に衝撃的だった。

 二度戦い、敗北こそしなかったが強大な敵として立ちはだかった男だ。忘れるはずもない。

 カナタは新聞を見ながら首を傾げる。

 

「……まだ老年というほどの年ではない。それなりの理由があってのことだろうが……」

 

 内部の事だ。ガープに尋ねても答えは返ってこないだろう。

 「必ずお前を捕まえる」とまで言われたが……こうなっては会うこともない。

 

「おれ達からすれば、あんな強い奴が出て来なくなるならありがたいけどな」

「少なからず影響はあるだろうな。海軍大将が変わるとなれば、それなりに戦力が減ることになる」

 

 センゴクとてゼファーに負けず劣らずの猛者だが、やはり現役の海軍大将の名は重い。勢いづく海賊も一定数出てくるだろう。

 もっとも、それで崩れる程海軍もやわな組織ではない。ガープを筆頭に強大な海兵は多いのだ。

 カナタは新聞を畳み、出かける準備を整える。

 今回は話を聞きに行くだけなのでカナタ一人だ。サミュエルたちも行きたがったが大勢でぞろぞろと行くような場所でもないし、幼い子供もいるところに強面の男を連れて行く必要もない。

 

「クロがまた厄介事に巻き込まれないように誰か監視しておくように」

「わかってるよ。目を離さねェようにしておく」

「酷くねえか!? オレだって分別くらいありますよ!?」

「珍しいものがあったら?」

「見に行く」

「海楼石の首輪とか用意した方がいいと思うか?」

「一考の価値はあるよなァ……」

 

 反省の色が見えないクロに思わずジョルジュもため息をこぼす。

 昨日の今日でおかしなことに巻き込まれることは流石にないと思うが、今度はシャボンディ諸島の海軍支部を壊滅させる羽目になりかねない。そこらの海賊程度ならカナタ抜きでも対処は容易いので問題ないのだが。

 手綱を握ってさえいれば大丈夫だろう、と思うことにする。

 

「人数も増えた。食料と医薬品の類を買い足しておかねばな」

「そうだな。魚人島までそれほど時間はかからねェって話だが、何事にも想定外の出来事ってのはあるもんだ」

 

 まさにシャボンディ諸島でも想定外の出来事があったわけだが、武力でなんとかなる程度の出来事なら話は簡単だ。

 海で遭難するなど、武力ではどうにもならない場合が厄介なのだ。

 ある程度は多めに想定しておいて損はない。

 

「あとは何が必要だ?」

「食料、医薬品と来て……服と備品くらいか?」

「そうか、着るものが無かったな」

 

 無理やり連れて来られた連中ばかりなので替えの服を持っていない。流石に着たきり雀という訳にもいかないだろうから、ある程度は買い揃える必要がある。

 金は色んなところから奪ってきたので腐るほどある。数が必要なので資金は目減りするだろうが必要経費だ。

 使わない金に意味はない。貯め込んでも死んでしまっては元も子もないのだから。

 食料品はスコッチ、医薬品はスクラがそれぞれ担当して買い揃える。

 

「食料に関してはあの手長族に任せてもいいかもな」

 

 ここに来る前はとある船で料理人をやっていたらしい。ただ作れるからという理由で任せていたコックたちは晴れてお役御免となり、本人たちも一安心していた。

 包丁を握るより剣を握る方が得意な連中だ。ほかにやれる人間がいないのでやっていただけなので、専門職がいるなら任せた方がいいに決まっている。

 色々揃える必要はあるが、どうせ十日から二週間程度は暇なのだ。ボチボチやっていけばいいだろう。

 

「オレは?」

「大人しくしていろ」

「シャボンディパークっていう遊園地があるらしいんだが、行っていいか?」

「お前やはり反省していないな?」

 

 クロはやはり監視が必要らしい。

 

 

        ☆

 

 

 無法地帯の中に、その店はあった。

 シャボンディ諸島十三番GR──〝シャッキー’sぼったくりBAR〟

 いの一番に目に入ったのはグロリオーサから紹介されたその店の前にボロ雑巾のようになって倒れている海賊たち。昼間から酒を飲みに来て法外な代金を請求され、払わないで出ようとして半殺しにされたのだ。

 カナタはそういった事情を知らないが、明らかに関わらないほうが賢明な気がしていた。

 それでも〝新世界〟の情報は貴重だ。今後の航海を左右する情報が得られる可能性も考え、意を決して扉を開ける。

 

「いらっしゃい、何にする……あら、あなたは……」

「グロリオーサから話を聞いて来た。彼女はいるか?」

「いいえ、今は居ないわ。でも、話は聞いてる……どうぞ、座って。私もあなたとはちょっと話したいと思っていたの、〝竜殺しの魔女〟さん」

 

 黒いショートボブの髪形をした妙齢の女性──この店の店主、シャクヤクだ。

 口にタバコを咥えて新聞を読んでいたようで、彼女の手元にはいくつかの新聞が置いてある。日付はここ数日の物だ。

 カウンター席についたカナタの前におしぼりと珈琲が置かれる。

 シャクヤクは自分の前に酒を置き、自己紹介をしてからカナタの顔をじっと見て話し始めた。

 

「……やっぱり、あなたとは初めて会った感じがしないわね」

「? 初対面だろう? どこかで会ったことがあったか?」

「ふふ、そうじゃないわ。あなた、オクタヴィアの娘でしょ? そっくりだもの」

 

 またか、とカナタはため息を吐きたくなった。

 あちらこちらにオクタヴィアの痕跡がある。彼女も海賊、それも当然だが……行く先々でこうも言われると辟易する。

 シャクヤクは昔を思い出すようにタバコをくゆらせる。

 

「私、オクタヴィアとは知り合いだけど、グロリオーサと違って元ロックス海賊団って訳でもないのよ。だからそんな嫌そうな顔はしないで欲しいわね」

「シキにリンリンと、母親絡みで色々あればこうもなる」

「アハハ、苦労してるのね!」

 

 カナタは肩をすくめ、これまで厄介事ばかり引き寄せて来る母親に思いを馳せる。

 

「私もグロリオーサも元海賊なのよ。もう海賊からは足を洗ったけどね」

「……グロリオーサと違って、と言うことは、奴は元ロックス海賊団の船員なのか?」

「ええ。本人は貴女の顔を見て一瞬オクタヴィアが来たのかと思ったらしいけど、雰囲気が全然違うし、何よりお互いグロリオーサの事を見ても反応がなかったらしいじゃない」

「知らない相手に反応は出来ないからな……しかし、ロックス海賊団の連中はどいつもこいつも気性の荒い連中ばかりだと思っていた」

「否定は出来ないわね。グロリオーサも言ってたわ、『あの船はいつでも殺し合いが絶えなかった』って」

 

 乗っているのは誰もが強者だったが、船内では殺し合いも絶えなかった。

 仲間殺しを許容する者と許容出来ない者の間でも諍いは絶えず、弱い者から死んでいく。死ねば死ぬだけ色んなところから引き抜いて部下にしていたため、生き残った者たちは必然的に強者ばかりになる。

 間違いなく、あの時代においては最強の海賊団だった。

 

「今となっては懐かしい話ね……でも、あなたの父親が誰なのかはわからないのよね。なんとなく想像は出来るけど、あなたは知っているの?」

「ああ。言うつもりもないがな」

 

 シャクヤクは元ロックス海賊団の船員ではないが、母親が母親なら父親はあらかた想像がつく。だが断言出来るほどではない。

 会ったこともない相手だ。父親と断言出来るほどの材料は持っていなかった。

 それよりも。

 

「〝新世界〟についての話が聞きたいんだっけ」

「そうだな。何か役に立つような情報があれば聞きたい」

「そうね……〝新世界〟の気候に関しては言うまでもないけど、これまでの海とはまた一味違うわよ。でも、私は航海士って訳じゃないから具体的に何がどうっていうのは話しにくいのよね」

「その辺りは実際に体験したものだけ聞かせてくれればいい」

 

 〝偉大なる航路(グランドライン)〟に関する情報は多岐に渡るが、想像の埒外のような気候が書かれていてにわかには信じがたい。

 確かめるには実際に行ってみるしかないというのも、この手の情報が書かれた本が御伽噺のような扱いを受けている原因の一端だろう。

 どれだけ情報を漁っても、どれが事実なのか判別しにくいのだ。

 〝魚人島〟に行くまでのルートも非常に過酷だとは聞いているが、タイガーが道案内をしてくれるというからそこの心配はしていない。

 

「後は……私から話せるのは今の〝新世界〟の情勢くらいね。それと、シャボンディ諸島に集まっているルーキーたちのことかしら」

「あまり興味はないな」

「そう? でも、情報は武器よ。知っておいた方がいいわ──あなたは今集まっている中でも懸賞金はトップ。この島には今億超えが六人いるけど、上から四人があなたとあなたのところの船員よ」

「感覚が麻痺しているが、億超えの賞金首は早々出てくるものではないからな」

「ふふ……少し前までは他にもいたけど、今この島にいてあなたの船員じゃない億超えの海賊は〝剛力〟アーテファと〝大渦蜘蛛〟スクアードよ」

 

 どちらも一億と少しの賞金が掛けられているらしいが、カナタは全く興味がなかった。

 部下に欲しい訳でもなく、同じものを目指すライバルという訳でもない。海軍に同じ海賊として扱われているだけの間柄だ。

 敵対しているならまだしも同じ島にいるだけなら興味など湧くはずもない。

 

「〝新世界〟の海は今荒れているわ。あなたがシキを撃退したことを皮切りに、リンリンの敗北もあって領土の奪い合いが激化してる。〝世界の破壊者〟バーンディ・ワールドはシキと抗争してる真っ最中。〝白ひげ〟はこの状況を嫌って〝新世界〟から一時的に〝西の海(ウエストブルー)〟へ移動したわ」

 

 領土(シマ)を持たない〝白ひげ〟だからこそだろう。

 本人の強さがあれば早々負けることなどないだろうが、規模の大きい戦いを嫌って〝新世界〟から移動したらしい。

 それを腰抜けと言うつもりはない。

 相手は勢力の大きいシキやリンリンだし、ワールドとて名を知られた大海賊だ。相手取るなら白ひげ海賊団が如何に強くとも無傷とはいかないだろう。

 身内を何より大切にする彼らしい行動ともいえる。

 

「ロジャー海賊団は相変わらず色んなところで問題を起こしてるわね。あとは──」

 

 思い出すようにシャクヤクが話していると、店のドアが開く。

 そちらに視線を向けると、幼子を連れたグロリオーサが立っていた。

 

「やっているか、シャッキー。おお、カナタもいるニョだな」

「あらグロリオーサ。いらっしゃい」

 

 幼い少女を抱き上げたグロリオーサは、カナタの隣に腰かけてお茶とミルクを頼む。

 少女は初めて見るカナタにおどおどとしながらグロリオーサの服を掴んで離さない。

 紫色の長い髪と言い、臆病な様子と言い、フェイユンを想起させる子だ。

 

「ふむ……その子の名前は?」

「……カイエ」

 

 グロリオーサの陰に隠れるようにしながら、少女は答えた。

 シャクヤクはお茶とミルクをテーブルに置きながら、タバコを消してまたどこかへと行く。

 

「シャクヤクも忙しないな」

「この子はかなり人見知りするニョでな。あまり良くはないが飴を食べさせたりして落ち着かせているニョだ」

 

 グロリオーサの下にいる経緯が経緯であるため、仕方のないことではあるのかもしれない。

 境遇としてはカナタも似たようなものではあるが、カナタの場合は精神的に成熟していることも大きかったので参考にはならないだろう。

 すぐに戻ってきたシャクヤクの手には色々な種類の飴が個別包装されて入れられている籠があった。

 コロコロと口の中で飴を転がすカイエを見ながら、グロリオーサはカナタへ質問をする。

 

「役に立つ情報はあったニョか?」

「それなりだな。新聞だけでは得られない〝新世界〟の情勢をどうやって知っているのかは疑問だが」

「そこは企業秘密よ」

「……まぁ、荒れているという情報が得られただけ良しとしておこう」

 

 何が起こっていようとも、〝魚人島〟を通って〝新世界〟へ行くことは変わらないのだ。事前に把握しておけば一手早く動けるだけ儲けもの程度だろう。

 

「グロリオーサはずっとこの島にいるのか?」

「うむ。私は〝女ヶ島〟という島の出身なニョだが、とある病を患って外へ出てな……今は完治したが、一度国を飛び出した以上は戻れニュ」

「戻れない? 何故だ?」

「元〝皇帝〟なニョだ。一度国を捨てて飛び出した以上、戻れるもニョではない」

 

 悪名轟く〝九蛇海賊団〟の船長にして〝女ヶ島〟アマゾン・リリーの皇帝。

 かつてはそう呼ばれていたが、今は一人の少女を育てる親でしかない。

 

「昔は海賊として暴れていたこともあったが、一線を退いてここに来てから戦いに身を置くこともなくなり、随分鈍ってしまった。かつての私であれば、この子を攫われるなどありえなかったニョだが……」

「平和な環境に身を置けばそうなることもある。逆に、鉄火場に身を置けば研ぎ澄まされることもある」

 

 戦うしかなかった環境に居続けたから、カナタはこれだけの力を手に入れた。戦う必要のない環境であればこうはならなかっただろう。

 カイエの頭を撫でながら、悔やむように呟くグロリオーサ。

 

「この島にいる〝人間屋(ヒューマンショップ)〟や人攫いはあらかた全滅させた。しばらくは大丈夫だろう」

「私も聞いたわ。色んなところで人身売買を生業とする人たちが襲撃されてるって。あなたたちだったのね」

「うちの船員に手を出されたから仕方なく探し回って全滅させていた」

「なんと……随分派手にやったニョだな」

 

 オークションハウスを襲撃したことは知っていたが、そこまで手広く大々的にやっていたとは知らなかった。

 仲間一人のためにそこまでするとは、とグロリオーサも目を丸くする。

 

「そういえばあなた、天竜人の殺害もしたのよね。前代未聞の大事件だったから、世界中で話題になったけど……もしかして、その時も似たような状況だったの?」

「そうだな。似たようなものだ」

 

 カナタは珈琲を飲みながら簡素に答える。

 天竜人を害するということがどれだけとんでもないことか、シャクヤクもグロリオーサも知っている。それをやり遂げてなお生きているということ自体が信じがたい。

 懸賞金が大きく跳ね上がったのも、海軍の追撃を跳ね返したからだろうとシャクヤクは当たりを付け──グロリオーサに視線を向ける。

 

「ねぇ、グロリオーサ。あなたも彼女の船に乗ったらどうかしら?」

「なぬ?」

「……何故だ? この島で困っているわけでは無いのだろう?」

 

 シャクヤクの言葉に二人は疑問を浮かべた。

 カナタたちは追われる身だ。この島で静かに暮らしているグロリオーサとカイエにとって、カナタの船に乗ることはデメリットしかないはずだが、と。

 

「この島だって安全じゃないわ。人攫いはカナタちゃんが全滅させたけど、無法地帯には海賊も多いし人攫いもまた出てくる。そこらの海賊にグロリオーサが負けるとは思わないけど、カイエちゃんの身の危険はあるかもしれないじゃない?」

「ううむ……それはそうだが」

 

 海に出ても危険なことに変わりはない。

 何か有ったときに対処できる人数の違いはあるが、カナタたちとてお尋ね者だ。シキやリンリンに襲われたこともある。

 それを込みでも、カナタの船に乗る方が安全だとシャクヤクは言う。

 

「それに、グロリオーサだってお尋ね者じゃない。海軍本部がすぐ近くにあるこの島で、子供を連れて無法地帯に住むのはお勧めしないわよ」

「なんだ、懸賞金がかかっているのか?」

「ええ。〝天蓋〟のグロリオーサ。懸賞金は八千万を超えてるわ」

 

 仮にも悪名響く九蛇海賊団の船長だったうえ、元ロックス海賊団の船員となればそれなり以上の額の懸賞金を付けられている。

 元々の実力とて弱いわけでは無い。

 

「昔の話だがニョ」

「少し鈍ってるだけでしょ。それに、その子がいたら実力を発揮できないじゃない」

「だが……」

「カイエちゃんの安全を考える意味でも、カナタちゃんの船に乗った方がいいと思うわよ。情報だと、解放された多くの奴隷たちを受け入れてるんでしょ?」

「まぁ、行き場がない連中を抱えたのは事実だな」

「ほら。小さい子供も受け入れてくれるわよ」

 

 随分と後押ししてくる。シャクヤクとしてはグロリオーサがいないほうがいいのかと勘ぐってしまうが……それを抜きにしても、現状が正しいとは言えないのは確かだった。

 偉大なる航路(グランドライン)は島と島の行き来でさえ命懸けだ。もっと安全な島に移動するにしても、それなり以上の強さと航海術を必要とする。

 シャボンディ諸島も安全ではない。

 日々魚人島を目指して準備をする海賊たちが訪れ、無法地帯では賞金稼ぎもいるし、手配書があるのでは海軍に狙われることもある。

 

「お前たちが共に来るというのであれば歓迎はしよう。強制はしない」

「ううむ……悩みどころだな」

「カイエちゃんはどうしたい?」

「わたし? わたしは……どっちでもいい」

 

 どこにいても命の危険はある。カイエにとっては周りの全てが危険地帯だ。

 グロリオーサと少し離れただけで人攫いに攫われたこともあるし、海賊と賞金稼ぎの戦いに巻き込まれかけたこともある。

 ただ、もう一人になるのは嫌だという気持ちだけがあった。

 

「……この島で安全な場所もそうそうない。カナタの船に乗るニョが一番いい選択か」

「それでいいのだな?」

「うむ。不肖ながらこのグロリオーサ、世話になる」

 

 カナタの方を向き、ペコリと頭を下げるグロリオーサ。

 カイエが独り立ちするまで……とは言わずとも、心配のない年齢になるまでは見守りたいという親心もあるのだろう。

 

「ちなみにカイエは能力者なのか?」

「ああ。動物(ゾォン)系ヘビヘビの実を食べたようなニョだが……本人が獣人型や獣型になりたがらないのでどんなもニョかはわからぬ」

 

 本人としてもあまり使いたくない能力なのだろう。これが原因で親に捨てられたとなればさもありなん。

 その辺りは今後の心持ち次第だ。

 カナタの船には能力者も多い。自分の得た能力に自信を持てるようになるといいが、こればかりはわからない。

 

「では──グロリオーサとカイエの加入を祝して」

 

 カナタ、シャクヤク、グロリオーサ、カイエの四人は、それぞれコップを手に祝杯を挙げる。

 今後の旅路が、よりよくなることを祈って。

 




グロリオーサ、九蛇海賊団が前々からあったことを考えると賞金首でもおかしくないんですけど、如何せん本編では既にリタイア組なのでどれくらいの強さかさっぱりわからないという。
「この時代に老いぼれを見たら生き残りと思え」の精神で改変していく予定です。


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第五十九話:魚人島

 二週間後。

 グロリオーサとカイエを連れ帰り、物資の準備やコーティング作業などの諸々の作業が全て終了した。

 三年近く旅をした前半の海──〝楽園〟から〝新世界〟へ向け、ついに出航する。

 

「忘れ物は無いか?」

「物資、コーティング、〝記録指針(ログポース)〟──準備万端だ」

 

 記録指針(ログポース)に関しては既に西の海(ウエストブルー)で〝新世界〟用の物を購入している。

 予備まで含めて準備は十分だ。

 

「魚人島まではどれくらいかかる?」

「おれ達なら一時間もあれば着くが……船なら四、五時間くらいだな。海流に上手く乗れればもっと早い」

 

 タイガーに聞いてみれば、深海へ潜るにあたって必要な海流に上手く乗れれば数時間もかからないという。

 魚人や人魚であれば真っ直ぐ泳いでいけるのだが、船ではそうもいかない。

 道案内はタイガーがしてくれるというし、操舵に関しては彼に任せておけば大丈夫だろうと判断する。道中の危険はあるが、それは今までの航海とてそうだったのだ。今更とやかく言うことではない。

 

「エアバッグから空気を入れてくる。少し待ってろ」

 

 タイガーは船から飛び降り、三隻それぞれの船底に用意されたエアバッグのバルブをいじり、船にコーティングされたシャボンを膨らませる。

 船も巨大なのでシャボンの大きさも比例して大きくなるが、これだけのコーティングをするのにもかなり金がかかっている。失敗はしないで欲しいものだが──と考えていると、近くの岸に見覚えのある姿を見つける。

 シャクヤクだ。

 手招きをする彼女を訝しみながら、カナタは一度船から降りる。

 

「どうした、シャッキー。別れを言いに来たのか?」

「それもあるけど、一つあなたに伝えておこうと思って」

 

 シャクヤクが渡してきたのは一枚の海図だ。

 その中央にある島の名前は、〝ハチノス〟。

 

「これは?」

「海賊島〝ハチノス〟の海図よ。昔、ロックス海賊団にいたとある測量士が作ったんだけど、グロリオーサが海賊を辞めるときに〝ハチノス〟に置いてあったこれを奪ってきたらしいのよね」

 

 強かよね、と笑うシャクヤク。

 かなり正確な海図だ。島の内部に関する地図も描かれている。

 通常、海図は軍事的な行動をする上で重要な情報だ。盗まれたりしないよう厳重に保管してあるはずだが…グロリオーサがロックス海賊団を抜けたのはロックスが死んだかららしく、海賊団としての統制が取れていなかった時期だ。容易ではなくとも盗むことは可能だったのだろう。

 

「優秀な測量士がいたらしいわよ。船長であるロックスはもちろん、その測量士やオクタヴィアは全部頭に入っていたでしょうけど……あるいは、それ以外の面々は知らなかったかもしれないわ」

「……何かが隠されている可能性がある、と?」

「ええ。もしかしたら、ロックスが貯め込んだ財宝があるかも」

「あまり興味はないが……」

「そう? お金はいくらあっても困らないし、探す分にはいいんじゃないかしら」

 

 財宝があろうがなかろうが、探すこと自体にロマンがあるものだ。

 行楽気分で世界一周をしているカナタにとってはやや理解しがたいが、言っていることはわかる。

 暇があれば探しておこう、と海図を受け取っておく。

 

「しかし、なぜこれを私に? 財宝が欲しければ自分で獲りに行けばいいだろう」

「私は海賊から足を洗った身だし、その海図も死蔵してて私たちには意味のない海図だった──でも、あなたには意味のある海図よ」

 

 ──何せ、ロックス海賊団が発足した島なんだから。

 シャクヤクはタバコを吸いながら笑い、懐かしそうに語る。

 

「昔、ロックスは『儲け話がある』と宣伝して多くの海賊をこの島に集め、ロックス海賊団を立ち上げた。最終的には文字通り〝世界〟を手に入れ、それを部下たちに分配するつもりだったの」

「世界を手に入れて、か……なるほど、世界政府が執拗に情報を消そうとするわけだ」

「多くの禁忌(タブー)に触れてきたから、仕方ないところもあるけれど……」

 

 それにしたって異常な執着だ。どうしても()()()()()()()()()()があって、それに気付かれたのだろうか。

 世界政府を直接倒そうとする勢力でもあったというし、オクタヴィアは遥か昔に作られた〝古代兵器〟の存在も知っているようだった。そういう身では世界政府も危険視するのはよくわかるが。

 ともあれ。

 

「……私にとって、意味のある海図か」

「ええ。勘だけどね……一度は訪れてみるといいわ」

「そうだな。偶然か必然か、〝ハチノス〟の永久指針(エターナルポース)は持っている」

「それはまた──すごい偶然ね。いえ、必然なのかしら」

 

 かつて偉大なる航路(グランドライン)に入る直前の島で手に入れた三つの永久指針(エターナルポース)。そのうちの一つが〝ハチノス〟のものだ。

 今考えると何故あの島の永久指針(エターナルポース)を売っていたのかという疑問もあるが、こればかりは考えたところで仕方ない。

 

「オクタヴィアやロックスが、何を考えて世界を手に入れようとしたのか……あなたならわかるかもしれないわね」

「……そうだな。暇つぶしに探してみるのも一興か」

「詳しいことは実際に所属していたグロリオーサの方が詳しいと思うわ。時間がある時にでも聞いてみるといいわね」

「そうさせてもらおう」

 

 シャクヤクとしては、ロックスやオクタヴィアが地位や名誉、金のために世界を手に入れようとしていたとはどうしても考えられなかった。

 ()()()()()()()()と考えるべきだ。それが何なのか、今となってはわからない。

 もっとも、オクタヴィアは生きているのだから本人に聞いてみてもいいのだが、居場所もわからないし連絡も取れない。

 カナタならばいずれまた会うこともあるだろう。()()()()()はその時でいい。

 

「では、私たちは魚人島に向かう。そのうち〝ハチノス〟に向かってみるさ」

「ええ、元気でね。グロリオーサとカイエにもよろしく言っておいて」

「ああ」

 

 あとは浮袋を外すのみとなった船へ戻り、カナタは手に持った海図を折り畳んで手に持っておく。

 

「悪いな、時間を取らせた」

「構わねェよ。それで、もういいのか?」

「ああ。グロリオーサとカイエによろしくと言われたよ」

「うむ。私たちもシャッキーには世話になったニョでな」

 

 グロリオーサに抱き上げられたカイエはシャクヤクに向けて手を振っており、グロリオーサも船の縁へ行って同じように手を振る。

 タイガーは三隻全ての浮袋を外し、船は徐々に海の中へと沈んでいく。

 ここから先は今までの航海とは違う、未知の領域だ。

 

「──では、行くぞ。出航だ!

『うおおおおおおおおお!!!』

 

 ──気勢を上げ、帆を張って深海一万メートルに位置する魚人島へと進み始めた。

 

 

        ☆

 

 

 タバコの煙を吐き出しながら、ゆっくりと沈んでいくカナタたちの船を見る。グロリオーサとカイエが手を振っているので、こちらも振り返す。

 カナタは母親によく似た顔立ちだったが、性格は似ても似つかない少女だった。顔を知らなければ親子とは気付かないだろう。

 海軍が気付いているかどうかは定かでないにせよ、彼女たちは一度のバスターコールでは倒せない。戦えば消耗は大きいが、他の大海賊と違って危険度はそれほど大きくないと判断して戦力を向けていないのだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 シャクヤクはこれから荒れるであろう〝新世界〟に思いを馳せ、姿が見えなくなったところで手を下ろす。

 

「運命に〝偶然〟なんてものは、無いのかもしれないわね……」

 

 グロリオーサが〝ハチノス〟周辺の海図を持っていたこと。

 カナタが西の海(ウエストブルー)で〝ハチノス〟の永久指針(エターナルポース)を手に入れたこと。

 ──まるで、運命が彼女を導いているようだ。

 

「ロックスが倒れてから六年──時代がまた、うねり始めたのね」

 

 

        ☆

 

 

 

 海の中は普段見ることのできない神秘的な場所だ。

 シャボンに覆われた船の中で見上げれば、日の光に揺らめく海面やヤルキマン・マングローブの巨大な姿に思わず見惚れる程だ。

 

「絶景だな……」

「スゲェだろ。人間は普段これを見れないからな。存分に堪能して行け」

 

 タイガーは舵輪を持ちながら笑い、後ろから二隻の船がちゃんとついてきていることを確認する。

 あちらの航海士には注意事項を伝えたうえできちんと付いてくるように言ってある。大丈夫だとは思うが──。

 海の中では海上とは別種の危険がある。油断は出来ない。

 

「海獣でもいれば船を引かせることが出来るが、大人しいやつは早々いないからなァ」

「馬車のように船を引かせるのか? それは面白そうだな」

 

 通常、海中では海流を帆に受けて移動する。海獣がいれば帆を操作する必要もなく安定して進めるので楽ではあるのだが、ガレオン船を引ける大きさの海獣など獰猛な種ばかりで言うことなど聞きはしない。

 

「ふむ……あれくらいの大きさなら十分か?」

 

 カナタが指差す先には、海獣の中でも一際大きいライオンのような種が泳いでいた。

 ガレオン船を引くにはやや大きすぎる程だが、他はサイズ的に少し劣る。多少大きい方が馬力もあっていいだろうと判断し。

 

「そりゃ十分だが……どうやって言うこと聞かせるんだ?」

「野生は力でねじ伏せるのが一番だ」

 

 覇王色の覇気で威嚇し、大人しくなった海獣に頑丈なロープを回して足にする。

 後ろの二隻にも同じように小さめの海獣を用意した。

 タイガーはカナタのやり方に目を丸くしていたが、「力技だが便利なもんだな」と感心する。

 ともあれ、これで予定より早く魚人島に着きそうだ。

 道中の危険はそれほどなく、時たまある海獣の襲撃もグロリオーサの弓矢で撃退していた。

 

「ただの弓矢だというのに、随分と威力が高いのだな」

「矢に覇気を纏わせておるニョだ。水圧の高い深海でも、覇気を纏わせれば矢は折れることなく敵を射抜く」

「覇気使いか! おれ達も訓練してるが中々使えなくてな……カナタ達のはあんまり参考にならねェんだ。今度教えてくれ」

「構わニュ。私もこの船で世話になる身なニョでな、これくらいはお安い御用だ」

 

 深海は水温が急激に低くなることもあって寒い。加えて日の光も届かないので真っ暗だ。

 その中でもグロリオーサは襲い来る巨大な海獣や海王類を撃退し続ける。見聞色の覇気も並以上の練度なのだろう。

 〝九蛇海賊団〟の船長を務めていただけはある。

 

「なァ、あの魚食えそうじゃねェか?」

 

 サミュエルが指差す先には随分カラフルな色合いの魚が優雅に泳いでいた。深海でもわかるとは随分派手な魚だ。

 コックを務める手長族の男は一言告げる。

 

「あれ毒持ってるから食えねェよ」

「何ィ!? じゃああっちの魚はどうだ!?」

「あれは身が固くて食えないやつだな」

「……あれはどうだ?」

「あれも毒を持ってる」

「なんで毒持ってる奴ばっかりなんだよ!!」

「なんでお前は食べられない魚ばかりピンポイントで当てるんだ……」

 

 思わずカナタも呆れる嗅覚だ。この男はサバイバルをやっても生きて行けなさそうだ。ジャガーの能力者のくせにその辺りは鼻が利かないらしい。

 どちらにしても食料はかなり多めに積んでるのでこれ以上載せる必要はない。サミュエルには悪いが鑑賞に留めておくべきだろう。

 ──サミュエルがいじけた以外に問題もなく、予定よりも早い時間で魚人島へとたどり着いた。

 

 

        ☆

 

 

「これが……魚人島……」

「スゲェな……ここ深海だろ? なんで明るいんだ?」

「〝陽樹イブ〟って巨大な樹があるんだ。魚人島の奥に見えるだろう? あれがあるから、魚人島に居ても太陽の恩恵を受けられる」

 

 日の光が届くから植物も光合成を行える。水中で暮らせる魚人や人魚だけではなく人間も暮らせるのは、この〝陽樹イブ〟のおかげなのだ。

 海獣たちを放してやり、一行は魚人島の入口へと向かう。

 簡易的な入国審査などがあるらしいが、タイガーはその辺りは問題ないだろうと話す。

 魚人島はシャボンの二重構造になっており、一枚目を通過する段階で船のコーティングは剥がれ、二枚目を抜けると──そこが魚人島だ。

 

「……懐かしき我が故郷だ」

 

 果たして何年ぶりか。前回旅立ってから随分と経ってしまったが、今回も無事帰り着くことが出来た。

 入国審査が終わり次第、正式に入国と言うことになるが……カナタたちの名前は魚人島まで響き渡っていた。少しばかり時間がかかるだろう。

 国軍がこちらに向かっている最中らしく、待って欲しいと言われたのだ。

 

「まァ仕方ねェな。十五億の賞金首なんぞ、ネプチューン王子でも手に余る」

「王子か。強いのか?」

「ああ、強いぞ。〝海の大騎士〟と呼ばれるほどだからな」

 

 シーラカンスの人魚にして王族の長子。

 〝人魚柔術(マーマンコンバット)〟の使い手にして勇敢なる騎士。

 十メートルを超える巨体からは威容を感じられるほどだ。

 強いと聞いてジュンシーは少しばかり血が沸きたっているようだが、後ろからカナタに叩かれていた。余計な問題は起こさないに越したことはない。

 程なくして国軍が現れ、少しばかり厳しめの入国審査を受けることになった。

 

「おれがネプチューンじゃもん! お前たちが〝魔女の一味〟か!?」

「初めましてだな、ネプチューン王子。我々に魚人島を襲う意思はない。滞在許可をくれ」

「うーむ……タイガーがいるなら、大丈夫だと思うが……」

「ああ、心配なら魚人島から離れた場所に船を置こう。少しばかり滞在することにはなるが、仲良くしたいのは本心だ」

「……良かろう。滞在を許可するんじゃもん」

 

 リスクはあるが、カナタたちが起こした事件と言えば天竜人殺害くらいだ。天竜人をよく思わない魚人や人魚は多いし、フィッシャー・タイガーという魚人の仲間もいる。

 あまり大仰に考える必要はないと判断し、滞在許可を出した。

 

「これだけ大きな船だと置く場所にも一苦労するんじゃもん。魚人島の南東に〝海の森〟という場所がある。そこなら船を置けるじゃろう」

「〝海の森〟か。わかった、そこに置かせてもらう」

 

 潮の流れのせいで沈没船などが辿り着く場所だが、その分場所は広い。

 シャボンで覆われた広場もあり、船を置くには丁度いい場所だ。

 タイガーの操舵で〝海の森〟へ向かう途中、タイガーはカナタへと声をかける。

 

「カナタ、おれはこの後弟分たちに会いに行くが……お前はどうする?」

「そうだな……特にやることもない。人魚(マーメイド)カフェなるものに足を運んでもいいが、男連中が行きたがっているようだしな」

 

 ちらりと後ろを見ると、美人の多い人魚(マーメイド)カフェへ行くんだと意気込んでいる船員たちが随分と多い。

 この人数が一度に押しかけるのも迷惑だろうと順番制にしているが、この分ではカナタは行けるかどうかもわからない。

 なので、〝海の森〟の探索でもしようかと考えていた。

 

「魚人島を散策してもいいが、まずはこの辺りを散歩して色々見て回ろうと思う」

 

 何かあるかもしれないし、何もないかもしれない。

 ただの散策なのでどちらでもいいのだ。

 

「そうか……」

「お前ともここでお別れになるな。寂しくなる」

「……そうだな。おれも名残惜しい」

 

 だが、最初からカナタとタイガーの旅路はここまでだった。〝新世界〟の地上までは案内するだろうが、同じ船で旅をすることはない。

 今はここでお別れだ。

 またいつか、タイガーの気が向けば同じ船に乗ることもあるだろう。

 

「宴をしよう。一度はここでお別れだが……お前が望むなら、私たちはいつでもお前を受け入れよう」

「ハハハ、豪気だな。ありがたい話だ」

 

 魚人や人魚にとって人間は恐ろしいものだと教えられて育った。

 シャボンディ諸島にあるシャボンディパークに憧れて近くまで行ったこともある。

 だが……人間は、それだけではなかった。少なくともタイガーにとって仲間と言える者たちが出来た。

 これはきっと──運命を変える、一つの出会いだった。

 




先が長すぎて気力がなくなるのが怖いので巻きで行きます。


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第六十話:海の森

GW家に居ろキャンペーン開始です。


 ──海の森の奥地に、()()はあった。

 現代では読める者は数少なく、世界政府は()()()()()()()()()()()()古代文字を記した石碑。

 知る人ぞ知るその石碑の名を、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟と言う。

 

「……やはりあったか。しかし──」

 

 ここに〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟があること自体は知っていた。朧気ながら残っていた知識によるものだが、()()あることは予想外だった。

 片方は通常の〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟。

 もう片方は赤い〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟──〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟と呼ばれるものだ。

 〝最後の島〟へと至る場所を示す四つの石のうちの一つ。

 場所が判明していなかった最後の一つだと推測できるが、まさかこの場所にあったとは……カナタとしても驚いている。

 

「──〝最後の島〟を目指すならいずれ必要になるもの、か」

 

 魚拓のような形で〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を写し取り、後ほど読んでもらう必要がある。

 古代文字を解読出来るのは、カナタの知る限りでは〝オハラ〟の考古学者くらいだろう。ロジャーたちはどうやって読み解くつもりなのかはわからないが……命を助けてもらった恩もあることだし、協力してもいいと思っていた。

 ロジャー以外が〝最後の島〟へと至る可能性を潰す意味でも、これはここに無い方がいい。

 回収しておくべきだ。

 フェイユンをこの場所に呼び、人が持ち運ぶにはいささか大きすぎる〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を船まで運んでもらう。

 船のどこに置くかという話だが……宝物庫の奥にでも放り込んでおけばいいだろうと、フェイユンに頼む。

 船員のほとんどは街に繰り出しており、船に居たのは船番になった数名だけだ。何か運んでいるくらいにしか思っておらず、特に興味もなさそうだった。

 

「……これ、何に使うんですか?」

「さてな。だが、いずれ必要になるものだ」

「そうなんですか?」

 

 カナタたちに必要なくとも、これを必要とする者を牽制することが出来る。

 〝新世界〟に行けばいずれロジャーと会うこともあるだろうし、写しはその時にでも渡せばいいだろう。

 他の者にこの石碑は不要だ。()()()()()()()()()()()()()()()

 少なくとも、今は。

 上から厚手の布をかぶせ、覇気を纏わせた氷で覆って外部から見えないようにしておく。しばらくは大丈夫だろうが、ジョルジュとドラゴンくらいには話しておいた方がいいかもしれない。

 もう一つの〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟は写しだけ取っておいたが、こちらはあまり重要なものではなかったはずだ。とはいえ、重要な資料であることに違いはないのできちんと保存しておく必要はある。

 

「何をやっておるニョだ?」

 

 食堂で写し取った〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を眺めていると、街から一足先に戻ってきたグロリオーサとカイエが近付いて来た。

 手元にあったそれを見せてやると、二人は読めないものを見てクエスチョンマークを躍らせている。

 

「なんだこれは?」

「古代文字と呼ばれるものだ。〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟に書かれている文字でな」

「ニョンと……世界政府はこれを読むことを禁じているのだろう? 本物を見るニョは私も初めてだ」

「……これを読むことを禁じているんですか?」

 

 カイエは不思議そうに首を傾げている。

 グロリオーサは「そうだ」と答えた。

 

「古代文字を解読すると世界政府に追われることになる。政府が言うには、古代文字を解読することで古代兵器を復活させかねないニョだと」

「古代兵器?」

「うむ。遥か昔、どこかの島で作られた兵器ニョことだろう。どんなもニョかは私も知らニュが……」

「私も詳しいことは知らん。だが、危険なものであるということだけはわかっている」

 

 オクタヴィアは古代兵器の情報を持っていたようだった。

 つまり、ロックス海賊団の誰かはこの古代文字を解読出来たのだろう。シキやリンリンが未だに古代兵器を手にしていないところを見るに、読めた人物は既に死んでいる可能性が高い。

 あるいは、オクタヴィア自身が古代文字を扱えたのか。

 

「古代兵器を探すんですか?」

「後々脅威になるようなら先に見つけて破壊しておいてもいいな。だが、見つけること自体リスクのある行為でもある」

 

 世界政府も執拗に狙うだろうし、同じように古代兵器の存在を知っているシキやリンリンがアンテナを張っていないとも限らない。

 そういう意味では古代兵器は静かに眠らせておいた方が安全ではある。掘り起こそうとすることそのものが危険なのだ。

 あちらこちらを敵に回して兵器を破壊して、それで隠し持っていると思われれば戦争になる。

 

「しばらくは放置でいい。どうせ誰にも見つけられはしないのだから」

 

 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟をどうやってか読んだロジャー以外は、と但し書きがつくけれど。

 

 

        ☆

 

 

 その夜、海の森の一角でバーベキューの準備をしていたところでタイガーが戻ってきた。背には大きな酒樽を担いでおり、重そうなそれを慎重に降ろしていた。

 後ろには見知らぬ魚人が一人。年齢的にはカナタよりも若い。

 

「悪いな、遅くなった」

「構わない。長いこと故郷を離れていたんだ、積もる話もあっただろう。後ろの男は?」

「おれの弟分のジンベエだ。おれが今日の宴に参加すると言ったら付いてくると言ってな」

 

 ジンベエはカナタよりいくらか若く、人間ばかりのこの場所で警戒心を持ち、ギラギラとした目をしていた。

 

「随分警戒されているようだな」

「おれが世話になった船だと言ったんだが……悪いな」

「フフフ、構わんさ」

 

 種族間の感情というのは往々にして消えにくい。魚人や人魚からすれば人間に対して思うこともあるだろう。

 どちらかと言えばタイガーの方が変わり者なのだ。

 とはいえ、タイガーが世話になった船と言うこともあって大人しい。あくまでタイガーが認めた人間がどんなものなのかを見に来ただけなのかもしれない。

 

「そら、そこに立ってないで座ると良い。飲み物は何がいい?」

「酒ならおれが持参してきた。故郷の酒に勝るものはねェ! ぜひ飲んでいってくれ!」

「ほう。自信がありそうだな」

 

 ならそれを頂こうと、コップを三つ用意させる。乾杯にはまだ早いが、見ればそこかしこで既に酒を飲み始めている。

 まだ食事は準備中だが、つまみはあるので全員戻ってくる前に始めてしまってもいいだろうと考えていた。

 出て行った中で随分遅いのは〝マーメイドカフェ〟に行った連中だ。かなり気に入ったのだろう。

 タイガーが持参した酒を一口呷り、カナタは「いい酒だな」と零す。

 

「そうだろう! おれはこれが好物でな、戻ってくるたびにたらふく飲んでるんだ」

「アニキは飲みすぎじゃろ。帰ってきた当日は大体飲み潰れとる」

「ウグッ……言ってくれるな、ジンベエ。おれは無事に戻ってこれたことを祝って飲んでるんだ」

「酒飲みながらたい焼き食べてベロベロになっておる」

「ジンベエ!!」

「フフフ……仲が良さそうで何よりだ」

 

 思わぬところから暴露されたタイガーは頭を抱えていたが、カナタは笑いながらつまみのカルパッチョを食べる。

 人魚は食べないが、魚人は魚も肉も食べる。深海の国ということもあって素材は無いわけではないのだ。

 味は調理した者の腕次第だが、カナタが舌鼓を打つ程度には美味い。

 

「どうだ、久々の故郷は」

「ああ、結構期間が空いたからな。ようやく帰ってこれたって気分だ……おれ達が生まれ育った〝魚人街〟って場所はな、元は行き場のない連中を受け入れるための場所だったんだ」

 

 孤児院などを中心とした福祉施設だったが、次第に荒廃してギャングや海賊が住み着くようになった。

 タイガーは自らの腕っぷしでその連中をまとめ上げていたが、冒険家として色々なところに出向くようになってからあまり顔も出せていないという。

 

「ジンベエはおれの次に強かったからな。おれがいない時はこいつが纏めてくれてたんだ」

「アニキがいてこそじゃろ。ワシだけじゃどうにも出来ん」

 

 わしゃわしゃと頭を撫でるタイガーにされるままのジンベエ。嫌そうではないが、やや恥ずかしそうではあった。

 

「〝魚人街〟か……スラムのような場所なのだな」

「まァ有体に言っちまえばそうなる。今回の旅は長かったから少し心配だったが、とんだ杞憂だった」

「ワシは心配しておったぞ。アーロンの奴もな。今回は妙に長かったからのう」

「悪いな。色々あったんだ」

 

 船が故障してカナタの船に乗り、危うく賞金首になるところだったが何とか無事に魚人島に辿り着いた。

 酒を入れながら旅の話をジンベエに聞かせ、語り終わるころにはすっかり夜も更けていた。それだけ、ここまでの旅は濃かったのだ。

 〝マーメイドカフェ〟に行った面々も流石に帰ってきており、各自で酒と魚と肉を楽しんでいる。

 途中からジョルジュが茶々を入れたり、グロリオーサとカイエも話を聞いていたりと随分にぎやかになっていた。

 とはいえ、カイエは流石に眠いのか、うとうとして時たま目をこすっている。

 

「眠いなら眠ると良い。私が抱きかかえよう」

 

 カナタに抱きかかえられたカイエは、寝ぼけ眼をこすって起きていようとしていたが……いつしか腕の中でゆらゆらと揺れて眠りについていた。

 

「♪~」

 

 子守歌でも歌ってやろうと小さく口ずさめば、周りの騒いでいた連中も静かになっていた。

 静かな場所で一人、カナタの声だけが響く。声は小さくとも静かになればこうなるのは必然だった。

 

「……どうした、さっきまで騒がしかったというのに」

「いや、お前が子守歌歌ってたのが珍しくてな……あと、二度と歌わないほうがいいと思うぞ」

「何故だ!?」

「……まァ、なァ?」

「ああ」

 

 そっと目を逸らしたジョルジュ。その視線の先に居たスコッチは酒を一口呷って頷く。

 

「お前が童謡とか子守歌を歌うと呪いの歌に聞こえる」

「そんなつもりはないが」

「そんなつもりが無くても聞こえるんだよ! こんな夜も更けた中でそんなもん聞かされてみろ! トイレにもおちおち行けなくなっちまう!」

 

 しかも街から外れた森の中だ。余計に恐怖感が出る。

 カナタはむくれて頬を膨らませ、スコッチは「酔いが醒めたから飲みなおしだ!!」と音楽家に〝ビンクスの酒〟を弾いてくれと頼んでいた。

 どんちゃん騒ぎでまた喧しくなってきたところで、カイエが目を覚ましてはいけないので船の中へ連れて行くことにした。

 グロリオーサがカイエを抱えて船室へ戻るのを見送り、カナタはタイガーと共に酒をまた呷る。

 

「……アンタは、この船の船長じゃろ? いつもこんな感じなのか?」

「ん? まぁそうだな」

「船長の威厳とか、そういうものを大切にはせんのか?」

「大したことじゃないからな。それに、いつも気張っていては疲れるだろう?」

 

 いざというときに船長を立てられない一味は崩壊するが、そういう時は一丸となる。時と場所さえ弁えていれば厳しいことは言うつもりもないのだ。

 普段からルールは厳しい方だが、最低限のモラルは必要なのでそこは仕方がない。

 本当の意味でカナタを軽んじているような者はこの船に乗っていない。軽んじられるほど度胸のある者がいないのもあるが。

 

「タイガーだって普段は頼りになるが、酒が入るとああだろう?」

「……そうじゃな」

 

 タイガーは酒を飲みすぎてふらふらしながらもスコッチと肩を組んで〝ビンクスの酒〟を歌っている。ジンベエはあまり酒を飲んでいないのか、僅かに顔が赤くなっているくらいだ。

 当初の警戒はどこへ行ったのか、ジンベエはこの宴を楽しんでいるように見える。先程までカナタがタイガーと楽しそうに話していたのを見て絆されたのかもしれない。

 

「ワシらはずっと、人間は恐ろしいものじゃと言われて育った。差別の果てに、ワシらは海底に住むしかなくなったと」

「人間だ魚人だと言うのは小さいことだ。肌の色や体格が違うと差別して何になる」

 

 種族や性別がどうであれ、気に入らないやつは気に入らないし、仲良くなれる奴は仲良くなれる。

 人間だ魚人だ人魚だと、主語の大きい言葉で括ると目が曇るものだ。

 

「皆そうであればいいが、そうもいかん。人間は悪いものばかりではないが、良いものばかりでもないからのう」

「いざというときは自分の手で守れるようにするんだな。弱ければすべてを失うのが世の中だ」

 

 この世は生存競争だ。

 権力、暴力、支配力……力は全てに優先する。大事な物を守るためには舞台は違えど戦うしかない。

 カナタだって、失わないために戦い続けてきた。

 

「ワシもタイのアニキが頼ってくれるくらい、強くなれるじゃろうか」

「タイガーは既にお前を頼っていると思うが……もっと強くなりたいなら、明日も来るといい。少しばかり稽古を付けてやろう」

「何? いいのか?」

「タイガーの弟分だ。嫌とは言わんさ」

 

 ただ、カナタの場合は我流が多い。魚人が使う〝魚人空手〟や〝魚人柔術〟はもっと詳しい師の下で学んだ方がいいだろう。

 なので、教えるのは主に覇気の使い方になる。

 戦い方などこれから経験を積み上げて自身に合ったものにすればいい。そのための基礎を鍛え上げる修行だ。

 なるべくならウォーターセブンで入った新人たちも鍛え上げなければならない。〝新世界〟はぬるい実力のまま渡れるような海ではないだろう。

 

「では……お頼み申す」

 

 両手をつき、頭を下げるジンベエ。

 カナタは頷き、酒を呷る。

 どれだけ強くなれるかはジンベエの心持ち次第だ。何せ、覇気とは文字通り〝心の強さ〟が出る力なのだから。

 〝新世界〟へと行くためには魚人島で再び船をコーティングする必要がある。それが終わるまでの期間、短くともしっかり鍛え上げねばならない。

 




カナタの知識は朧気なのでほぼ出てきませんが、重要部分だけ時々出てくる感じになります。
ちなみにこの小説書き始めた時期には93巻くらいまでしか出てなかったので過去編はほぼノータッチ。30~40年あったら原作時期の知識もなくなるよね!という精神で行きます。

備考
ジンベエ 14歳
アーロン 9歳


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第六十一話:〝新世界〟

GW家に居ろキャンペーン二日目


 船のコーティングが終わるまでの期間、カナタはジュンシーと共に新人とジンベエを鍛え上げた。

 この短期間では流石に基礎的なことをやることしか出来なかったが、やらないよりはずっとマシだろう。

 新人たちもほとんどはへばっていたが、何人かは見どころがありそうだ。

 触発されたのか、時間を見つけて鍛えていたジョルジュやスコッチも覇気を扱えるまでもう少しと言うところだ。毎日の修練が大事なので気長にやるしかないだろう。

 

「二週間はあっという間だったな」

「色々楽しんだり鍛えたりしてりゃあ時間なんかあっという間だろ、そりゃ」

「最低限の底上げはしたかったが……流石に二週間ではな」

 

 鍛錬で倒れ伏す新人とジンベエを尻目に、カナタ、ジョルジュ、ジュンシーの三人で成果を話し合っていた。

 最低でも一ヶ月は欲しいし、覇気の鍛錬を目的とするなら年単位での修行が必要だ。一朝一夕で身に着く力ではないため、〝新世界〟の実地で力を付けさせるしかないだろう。

 やらねば死ぬと脅せば嫌でもやるだろう。

 やらない奴は本当に死ぬだけだ。カナタとて万能ではないのだから守り切れないこともある。

 

「ここから先は過酷な海だ。降りたい奴は降ろしても構わないが……」

「ここで降ろされても困る奴ばっかりだろ。シャボンディ諸島で助けたやつの中には魚人もいたみたいだが、そいつはさっさと逃げたみたいだしよ」

「過酷な海か……くはは、血が滾るな」

 

 戦いをこそ求めるジュンシーは今すぐにでも行きたいと気が高ぶっているし、反対に根は臆病なジョルジュはあまり乗り気ではない。

 ゼンとフェイユンは買い出しに行き、スコッチは浮上のやり方を習っていた。

 出発の準備は十全に出来ている。明日にでも魚人島を発つことは出来るだろう。

 

「タイガーとはしばしの別れだな」

「海は広いが、旅をしていればまたいつか会うこともあろうさ」

「……タイのアニキはお前さんらと一緒に行きたがると思っておったが……違うのか?」

 

 ジンベエはむくりと起き上がって尋ねる。

 どうしても聞きたかったことだ。ここまで旅をしてきて仲良くなって、ここで別れるのかと。

 また一緒に旅をするものだと思っていた。

 

「元々魚人島に着くまで船に乗せる約束だったからな。自由に海を渡るなら私の下にいるより独りで動いた方が良かろう」

 

 政府や海軍、海賊など……カナタは何かと目を付けられることも多い。

 それらをすべて弾き返すことは不可能ではないが、タイガーは今までのように自由に動くことが出来なくなる。

 今までのように冒険家として動くなら窮屈だろう。

 極論、カナタとタイガーでは目的地も違うのだし。

 

「そうか……アニキはお前さんらと一緒に行きたがると思うが」

「私は基本的に来るもの拒まず、去るもの追わずだ。好きにさせるさ」

 

 傘下や部下も増えたが、好きなようにさせることがほとんどだ。最低限定めたルールさえ守れば後は自由にさせている。

 ここまで来て「海賊ではない」と言うのも無理があるのかもしれない。そろそろ考えるべきか……と割とまじめに考えていた。

 結局、政府の許可なく海を渡っていればそれは海賊なので同じなのだけれど。

 

「まァその辺は後回しでいいがよ……」

「どこか拠点を置ける国を探す必要もある、か」

「旅をしていればそのうちいい国が見つかるのではないか?」

「天竜人を殺した一味を受け入れる国があるといいけどなァ……」

 

 最悪、国一つ乗っ取ってでも場所を作る必要がある。そこまでせずとも世界政府加盟国以外なら大丈夫だとは思っているが。

 問題は、大半がリンリンやシキのシマになっていることだ。

 最近は〝百獣海賊団〟という海賊団も台頭してきている。〝新世界〟の荒れた海の中にシマを作らずとも良いのではとジョルジュは言うが、どのみちリンリンやシキには目を付けられている。いつか戦う相手なら同じ海に居たほうがいい。

 勢力を拡大させたいところではあるが、当てもないのでひとまず島を回りながら金獅子海賊団の勢力を削るところから始めるつもりだった。

 

「〝金獅子〟か……奴の幹部もそれなりに強い奴はいるだろう。楽しみだな」

「おれは勘弁してほしいが……」

「奴の部下なら有用な悪魔の実の能力者もいるだろう。出来るだけ生かして捕まえたいところだな」

 

 能力者狩りをおこなってこちらの能力者を増やせば、それだけ戦力強化につながる。

 ジュンシーのように悪魔の実を食べたがらない者もいるが、それはそれで構わない。いざというとき泳げる人員は確保しておきたいのもある。

 ジョルジュとスコッチの二人は出来れば能力者にしたいところだ。

 

超人系(パラミシア)動物系(ゾオン)自然系(ロギア)か……お前はどれがいい?」

「どれがいいって言われてもな……フワフワの実は便利そうだが、あれを奪うのは至難だろうからなァ……」

「何にしてもお前とスコッチは幹部格だ。そう簡単にやられてもらっては困るからな」

 

 モノにもよるが……能力者になれば、一段階程度は実力が上がると見込める。相性次第では格上とも戦えるようになるだろう。

 これからの海ではカナタだけではどうにもならない事態になる可能性も十分にある。全体的な戦力の底上げは急務だ。

 特に、これから重点的に狙われるであろう〝金獅子海賊団〟と〝ビッグマム海賊団〟に対抗するためには。

 

「戦力拡充、領土獲得……ただ戦うだけならゲリラ戦法も有効ではあるが」

 

 どこまで続くかと言う話でもある。ゴールの見えない戦いはつらいものだ。

 完全に倒すまで続くなら、どこかと同盟を組むのもいいかもしれない。その場合、今シキに噛みついているという〝ワールド海賊団〟が第一候補になる。

 船長のバーンディ・ワールドは二億の賞金首だ。最低限の実力は保証されている。

 あれはあれで見境なく暴れ回る狂犬という話なので難しいかもしれないが。

 ともあれ、一度行ってみないことには何とも言えないだろう。

 

「今日中に準備は整う。明朝出発するから、そのつもりで準備を整えておけ」

「了解。新人どもは早めに休んでおけよ」

 

 ジンベエはかなりタフなのでまだ若干余裕がありそうだが、無理をしてもいいことはない。ギリギリやれるところまでやってしっかり休むのが肝心だ。

 それに、覇気は一朝一夕で身に着くものでもない。教えた鍛え方を毎日しっかりやっていればいつか身に着くものだ。

 座り込んで頭を下げるジンベエは、動くのも億劫だろうが構わず礼の口上を述べる。

 

「……どうもお世話んなりやした。稽古つけていただいて、感謝の念に堪えません」

「構わん。次に会うとき、お前がどれだけ強くなっているかが楽しみだよ」

「期待を裏切らねェように毎日しっかり修練しやす!」

 

 次に会うときはタイガーの右腕になっているかもしれない。義理堅い男のようなので裏切ることはないだろう。

 魚人島でやることは一通り終わった──あとは、〝新世界〟に行くだけだ。

 

 

        ☆

 

 

 明朝。

 〝陽樹イブ〟が朝日で輝き始めた頃、カナタたちは出航準備を整えて船に乗り込んでいた。

 

「……もう行くのか。しばらくゆっくりしていきゃァいいのによ」

「人生は短い。生き急ぐくらいで丁度いいくらいだとも」

「そんなもんか……」

 

 名残惜しいが、タイガーは魚人島に残る。

 浮上のやり方は既に習っているし、航路もある程度は把握している。指針(ログ)も溜まっているし、ずるずると滞在していては出航する機会を見失ってしまうだろう。

 旅は出会いと別れの繰り返しだ。縁があればまた出会えると握手を交わし、笑って別れる。

 

「また会おうぜ、タイガー!!」

「次来るときは旨い酒持ってくるからなァ!!」

「元気でやれよ、兄弟!」

「美人な嫁さん捕まえろよ!」

 

 最後の奴にだけは「うるせえ! 余計なお世話だ!!」と反論したが、それ以外は笑って手を振るタイガー。

 出立すると事前に伝えていたため、見送りにはネプチューン王子もいる。彼らからしても、カナタたちのような大物がいなくなるのでほっとした気分だろう。

 門を出てから〝クウイゴスの木片〟を出し、海上に向けて出航する。

 ここから先は猛者たちの集う海。ロジャーたちのいる海だ。

 ──行きたい場所も、行くべき場所も多い。大変な旅になるだろうが……未知を知る楽しさはそれをきっと上回るだろう。

 

 

        ☆

 

 

 〝新世界〟で最初に訪れる島は三つある。

 〝ライジン島〟、〝リスキーレッド島〟、〝ミストリア島〟──魚人島から記録指針(ログポース)で辿れる島はこのどれかになる。

 大抵の海賊は〝ミストリア島〟を選ぶ。

 理由は簡単で、三つの指針の中でこの島の磁気が最も安定して〝安全な島〟だからだ。

 前半の海を乗り越えた者たちばかりで生半可な海賊などいないが、それは〝新世界〟の基準で言えばまだまだルーキー。

 ゆえに、安全な島だからこその危険も存在する。

 

「この島を治めるのは懸賞金三億を超える〝鬼武者〟のドレッド様だ……無事に生きてこの島を出たいなら金を出せ。それが嫌なら傘下に下ることだ」

 

 構成員五百名を超える規模の大きい〝鬼武者海賊団〟がこの島を縄張りとし、〝新世界〟に来たばかりのルーキーから金を巻き上げたり傘下に加えたりして勢力の拡大を図っていた。

 当然、この島を訪れたカナタたちもその標的となり得る。

 港に掲げられた海賊旗を一瞥し、港を監視しているそこそこ強そうな男へと視線を移す。

 

「誰がやる?」

「あいつも結構強そうだぞ……あった。〝大角〟って呼ばれてんな。懸賞金は億を超えてる」

「デイビットやサミュエルでは勝てんか。では儂が行こう」

「? どうした、怖気付いたのか?」

 

 甲板で簡単に話し合いをした後、ジュンシーが一人港に降りていく。

 大刀を持った鎧武者の男は油断なく構え、部下数名が「金を出すか傘下に下るか、好きに選べ!」と喚き散らす。

 

「どちらも御免だな」

「……お前、見た顔だな」

「副船長! こいつ、〝六合大槍〟のジュンシーですよ!!」

「ってことは、こいつらは〝魔女〟の……!?」

「副船長……お前で二番手なら、それほど期待も出来んか」

 

 露骨に不満そうな顔をしたジュンシーに、男は青筋を浮かべる。

 ジュンシーよりも遥かに巨体で、身長はおよそ四メートルを超えるほど。これだけの巨漢から威圧されれば並大抵のものは委縮するだろう──が。

 今更そんなもので臆するほど、経験不足ではない。

 

「〝新世界〟は魔境だと言うから期待したが、そうでもなかったようだな」

 

 大刀を鞘から出して振り下ろす男。

 それを紙一重で避けて大きく踏み込み、鎧に守られた腹部へと武装硬化した拳を叩きつける。

 鎧は一撃で粉々になり、衝撃はそれだけでは防ぎきれずに大きく吹き飛ばされる。

 

「ふ、副船長!!」

「テメェ、よくも……! 誰に手ェだしたかわかってんのか!!」

「文句があるならかかってこい。海賊だろう」

 

 懸賞金が億を超えていても、覇気すらまともに使えない者がこの先生きて行けるとは到底思えない。

 不安に思ったからこそここで戦力の拡充をしようとしたのかもしれないが。

 何にしても、手早く制圧した方が良さそうだが……この島で集め続けたためか、数だけは多い。

 むくりと起き上がった男も、口から血を流しながら再び大刀を構える。

 

「なるほど、タフさは相応のようだ」

「ほざけ……! お前が強いのは身に染みてわかった。だが、おれだって修羅場を越えてここまで来たんだよ……!!」

 

 振るわれる大刀を武装硬化した両腕で捌きながら時折強烈な一撃を加えていくジュンシー。

 戦闘技術もそうだが、何より二人の実力差を大きくしているのは覇気の有無だろう。武装色も見聞色も、十全に使える者とそうでない者なら前者の方が圧倒的に有利だ。

 それこそ、他の要素で大きく差をつけていない限りは勝ち目もない。

 僅か数分で副船長と呼ばれた男を下し、逃げていく連中を追うべきか一瞬迷う。

 動く前に、船の甲板からジュンシーへと声がかかった。

 

「船長の方もお前がやるか?」

「ああ、三億の首だろう? なら楽しめるだろう。他はどうする?」

「そうだな……うちは非戦闘員も多いが、カナタが残るって言ってるから大半が出てもいいな」

 

 特にフェイユンとゼンが出るというのだから問題なく制圧は出来る。が、時間はかかるだろう。

 デイビットやサミュエルも久々の戦闘とあってやる気を見せていた。

 防衛をやるなら最悪カナタさえいればいいので、予備の人員として残るドラゴンとグロリオーサを除いて戦闘員は皆出るつもりらしい。

 

「もうすぐ昼だ。昼食までには潰してしまえ」

「はーい」

「ヒヒン、わかりました」

「昼までって……あと一時間もないんじゃねェのか?」

「おれに任せろ! ウハハハハ、久々の戦闘だぜ!」

「おれも、前みたいな醜態を晒さねェようにやりますぜ」

 

 港を仕切っていた副船長と呼ばれていた男を倒してから、既に辺りは騒がしい。

 ここで新しく彼らの部下になった者たちまで合わせると七百を超えるだろうか。とはいえ、大半は〝楽園〟を越えたとは言え雑兵だ。

 カイエは不安そうにグロリオーサに引っ付いていたが、来る敵来る敵皆薙ぎ倒して街の方へと進むジュンシーたちを見ていると心配はいらないと悟ったようだ。

 ジュースを飲みながら観戦モードに入っている。

 

「外海の者たちは覇気を使えない者が多いと聞いていたが、〝新世界〟でもあまり変わらニュのだな」

「まだ入口だからな。流石に〝新世界〟では覇気使いも多いだろう」

 

 比率としては少ないかもしれないが、名を大きく上げる程の海賊は例外なく覇気使いだ。三億くらいまでならピンキリだろうが、四億を超えるとかなりの割合で覇気使いと思っていいだろう。たまに名も知られていない者が覇気使いだったりするので油断は出来ないが。

 「自分を無敵と勘違いした自然系(ロギア)の寿命は短い」と言われるように、これまでの海で無敵を誇った自然系(ロギア)の能力者でも、此処から先の海では地力が無ければ脱落するだけだ。

 ……前半の海でもシキやリンリンに襲われたカナタからすれば、「何をいまさら」と言いたくなる話だが。

 

「高額の賞金首は能力者であることも多い。手っ取り早く強くなりたいなら悪魔の実を食べるのが楽だろうからな……ドラゴン、お前は何か食べたい悪魔の実はあるか?」

「おれか? おれは……特にはないな」

 

 ドラゴンは今のところ困っているわけでもないので、悪魔の実に手を出す気はなかった。

 ゆくゆくは何かしらの悪魔の実を食べる可能性は高いが……少なくとも、今は必要とはしていない。

 

「それと、これは別件だが……この島を制圧した後、情報を集めて明日には島を出る。そのつもりでいてくれ」

「何? 滞在しないのか? 指針(ログ)はどうする?」

永久指針(エターナルポース)を使う。なるべく早く訪れておく必要があると思っていてな」

「そうか。わかった、そのつもりで準備しておこう」

「どこニョ島に行く予定なニョだ?」

 

 カナタは簡潔に答える。

 かつてロックス海賊団が生まれた島──海賊島〝ハチノス〟だと。

 



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第六十二話:〝ハチノス〟

キャンペーン三日目


「流石に三億の首、中々に強かったな」

「あれだけボコボコに殴り倒しておいてよく言うぜ……ちょっと同情したよおれ」

「一撃当たれば死ぬパワータイプだったからな。反撃させずに倒すのは当然だろう」

 

 甲板で昼食を食べながらジュンシーとスコッチは先の戦いを振り返っていた。

 ミストリア島を牛耳っていた鬼武者海賊団の面々は既に壊滅し、至る所に屍を晒している。流石にこの中で昼食を取る気にはなれなかったのか、船に戻って血を落としてからの昼食となった。

 既に制圧したことは島民たちにも知れ渡っているのか、こちらの船を遠巻きに見ているようだ。

 

「どうする。制圧したついでにこの島を拠点にするのか?」

「利便性は悪くねェが、やや小さい島だ。おれ達のシマにするならまだしも、拠点として使うにはちと手狭だな」

 

 〝新世界〟に来たばかりの海賊たちを相手に商売することを生業としているものが多い。

 横に流す商人ばかりでこの島の特産も多くはないため、拠点として使うにはやや不向きでもあるだろう。何より食糧の自給率が悪い。

 この島で食料を調達しようと思うと他の島よりもだいぶ割高になってしまう。

 

「カナタ、この島で指針(ログ)はどれくらいで溜まるんだ?」

「この島で指針(ログ)は溜めない。永久指針(エターナルポース)を使って〝ハチノス〟へ行く。夕方には出発するから、午後は情報収集だ」

「何? 滞在しないのか……まァいい、わかった。何の情報が必要だ?」

「この二週間で勢力図に変化はあったかどうか。それと、航海するうえで気を付ける場所があるかどうかだな」

 

 このところ戦争が多いため、短い期間でも勢力図に変化が起きる可能性は低くない。

 シキやリンリンの動向には注視しておくべきだ。あちらもカナタたちの情報は常に仕入れているだろうから油断は出来ない。

 そういう意味では予想を外す航路を取るのは理に適ってもいる。

 

「最低限で構わない。大きな動きがあれば新聞でもわかるからな」

「そうか、そうだな。じゃあ情報収集メインで……可愛い女の子が酌してくれる場所を探そう」

「お前それ女の子と飲みてェだけだろ!?」

 

 スコッチが神妙な顔をして頷くので思わずジョルジュも頷きかけたが、よく考えると酌をしてくれる場所である必要はない。

 確かに人が多く出入りする場所なら情報は集まるだろうけれど。

 

「今日は情報を集めて体を休めるように。明日からまた海に出るのだからな」

 

 それぞれ返事をして動き出す。

 ──結局、大した情報は集まらなかったのだが。

 

 

        ☆

 

 

 海賊島〝ハチノス〟。

 かつてロックス海賊団が旗揚げをした場所であり、海賊同士のゲームである〝デービーバックファイト〟が生まれた地でもある。

 島の中央には巨大な髑髏の岩山があり、周囲には石造りの建物が建ち並ぶ場所だ。

 だが、建物はあれど人はいない。今は誰も住んでいない廃墟の土地でもある。

 港は古いが十分使えるので船を停泊させ、カナタはドラゴンを連れてシャクヤクから貰った海図を片手に島の中央へと向かう。

 

「島の造りまで書かれた海図とは……どこで手に入れたんだ?」

「シャボンディ諸島でシャクヤクから貰ったんだ」

 

 カナタにとって意味のある海図だと言っていた。

 海図とは基本的に航海するために使うものなので、普通は島の内部など描かないのだが……この海図には島の内部構造まで描かれている。

 建ち並ぶ石造りの建物は古いがまだ使えそうだし、居住区として見るなら十分な広さがある。拠点として使うにはいいかもしれない。

 ガープにはカナタがオクタヴィアの娘と言うことがバレているし、また要らぬ詮索をされそうな場所ではあるが。

 

「気候は夏島、今は春と言ったところか。過ごしやすい島ではあるが、食料や水の調達に困りそうな場所でもあるな」

「ここに来るまでにかなり大きい島があった。ハチノスからほど近い島があるなら、そこから食料や水を調達しても良いのではないか?」

「そうだな。それも一つの案だ」

 

 海賊島と言われる通り、元々海賊たちが根城にしていた島なのだろう。島の外周には過去の防衛設備と思しき大砲などが乱雑に置いてある。

 火薬はシケって使い物にならないし、大砲そのものも古い上に錆び付いている。防衛設備は一新しなければならない。

 港も古いが、多少改修すれば大きな船でも数多く泊められる程度には広い。大工が必要だ。

 各所を見回って確認しながら、いよいよ島の中心部に位置する髑髏の岩山に辿り着いた。

 

「……近くで見ると思ったより大きいな」

「よくもまァこんな不安定な形にしたものだ。何かの能力者でもいたのかもしれないな」

「可能性はあるな。岩と同化する能力者なら私も見たことがある」

 

 西の海(ウエストブルー)で過去に戦った能力者を思い出しながら、髑髏の岩山を見上げるカナタ。

 普通に切り出すには奇妙な形だ。能力者によるものと考えたほうがいいだろう。

 単純に戦いに使うだけではなく、使い方によっては生産や工業にも使える。超人系(パラミシア)の能力者の中でも物質を生み出す部類の能力は本来そういうことを想定するべき存在なのかもしれない。

 正面から扉を開けて入ってみると、中は風通しが悪いせいか埃が積もっている。

 顔をしかめ、あちらこちらの窓を開けて換気をするが、本格的な掃除は必要だろう。

 ひとまず埃を吸い込まないようにマスクをして奥へと進む二人。

 

「……ここだな」

 

 島の図解とにらめっこしながら歩き回り、解りにくい扉を二つ三つと開けて奥へと入っていく。その中で、地下への階段を見つけた。

 明かりが必要になると考えてランタンを持ってきたが正解だったらしい。

 地下への入り口はだいぶ大きい。普通の人間でも数メートルの体格が珍しくないので、自然とこういう形になるのだろうか。

 

「換気は行き届いているのか? 酸欠など御免だぞ」

「風の流れはある。酸欠になることはないだろう」

 

 わずかではあるが風が通っている。どこかに吸気口があるのだろう。先程建物内の窓を全開にしてきたのでそれで空気が通ったのかもしれない。

 壁を触ってみるも、カビが繁殖している様子もない。地下室は空気の流れが悪いので能動的に換気してやらなければ湿気で酷いことになるはずだが、と考えるカナタ。

 夏島であることも相まって、環境は酷いことになっていると考えるのが自然だ。

 足元に注意しながら階段を下りていき、ついに最奥へとたどり着く。

 

「──これは」

「〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟か? だが、なぜここに……」

 

 しかも何故か薄く明るい。光るコケのようなものがそこかしこに繁殖しているのだ。

 ランタンが不要と言うほど明るいわけでは無いが、ぼんやりと周りが見える程度には明るく──それほど広くもないこの地下室の壁と地面の至る所に苔むしている。

 その中央に〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟があった。

 地下室への入り口のサイズもかなり大きかったので、入らないことはないだろうが……それにしたって何故この場所にあるのかという疑問はある。

 かつてこの島を根城にした海賊が持ってきたのか。それとも最初からここにあったのか。

 いや、此処は地下室だ。能動的に移動させない限りここに鎮座しているという状況にはならない。

 

「ロックスか、あるいはオクタヴィアがこれをここに持ってきたのか?」

「理由はわからんが……それと、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟だけではないようだ」

 

 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の手前に棒のようなものがあり、近づいてみると一振りの刀が突き立ててあるとわかる。

 この環境の中に刀を置くというのはどうかと思うが……それほど価値のあるものでないのかと思い、カナタはドラゴンにランタンを預け、刀を手に取って鞘から引き抜く。

 

「……美しい刀だな」

 

 刀身は反りが少なく、肉つきが薄く、鎬が高く、しっかりとしていて切れ味が良さそうだ。

 細かい波が乱雑に乱れた〝ぐの目乱れ〟と呼ばれる紋様と言い、妖しい魅力を放つ刀と言えるだろう。

 そして何より──〝黒刀〟だ。

 

「恐竜が踏んでも一ミリも曲がらないという噂は聞くが、実物を見るのは初めてだな」

 

 武器に武装色の覇気を流し込めば同じように黒く染まるが、これは覇気を流し込まずとも最初から黒く染まっている。

 ()()()()()()()()()だ。

 

「銘はわかるか?」

「知らん。私はそこまで刀剣の類に詳しくないのでな」

 

 だが、船に戻れば資料はあるし、知っている者もいるだろう。ジョルジュなどはどこから仕入れたかわからない情報を色々持っている。

 黒刀になっているおかげか錆び付いているわけでもないのが救いだ。

 

「誰が置いていったのかはわからないが、貰っていくとしよう」

 

 無造作に突き立てられていた刀を回収し、地下室を後にする。〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟はどうせ読めないので放置しておいていいだろう。ここにある限り見つかることはない。

 というかカナタ達にも読む方法が無いのでどのみち放置するしかない。

 地下室への道は今まで通りわからないようにしておき、来た時と同じようにしておく。

 まるで、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を守るために突き立てられているようにさえ見えた刀を手に、二人は船へ戻った。

 

 

        ☆

 

 

「おかえり。何か収穫はあったか?」

「ああ。お前、刀の銘には詳しいだろう。()()、わかるか?」

 

 地下室から戻ったカナタは港付近にいたジョルジュを見つけ、手に持った刀を見せる。

 「珍しいな」と刀を鞘から出し、造りや刃紋を丁寧に観察する。

 特徴的な刃紋なのか、じっくり見た後で目を丸くした。

 

「こいつは……信じられねェな」

「いい刀だと思うが、位列はわかるか?」

「いい刀、なんてもんじゃねェ。こいつは()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

 刀剣の類は様々な要素によって五つの位列にあてはめられる。

 位列は業物とも呼べぬ普通の刀に始まり、業物、良業物、大業物、最上大業物と呼ばれている。

 そのうち最上大業物は十二工しかなく、その多くは行方不明だ。

 ここで見つかったとなれば大騒ぎになるだろう。

 売ればどれだけの値が付くかわからないほどの逸品だ。

 

「銘はわかるか?」

「ああ──銘は〝村正〟……かつて神を亡ぼすと呼ばれた刀だ」

 

 最上大業物が一振り、〝村正〟。

 誰が使っていたのかはわからないが、凄まじいものだ。

 とはいえ、これを使うにも少しばかり問題がある。

 

「ただ、こいつは同じ最上大業物の〝初代鬼徹〟と同じように妖刀って呼ばれててな……お前は刀なんか使わねェし、誰が使うんだこれ」

「妖刀か。まぁそうだろうなとは思っていた」

 

 見る者を魅了する刀だ。

 妖刀と呼ばれる由縁もなんとなくわかる。持ち主を死に追いやる妖刀ではなく、持ち主を自ら死地へと向かわせる妖刀だ。

 すなわち、()()()()()()()()

 強い武器、美しい武器を手に入れれば振るってみたいと考えるのが人の心情だが、この刀はそれが飛びぬけて強い。

 

「これは私が預かろう。部屋の飾りにする」

「最上大業物十二工の一振りが部屋の置物か……使う訳にもいかねェし、仕方ないのかも知れねェが……」

 

 何とも言えない顔でジョルジュは刀を返す。

 使いたいなら使ってもいいぞとカナタは言うが、「振るうたびに人が変わる」とさえ言われる妖刀ではジョルジュも使おうとは思わないらしい。

 自制心の強いものでなければ呑まれるだろう。カナタが持っておくのが一番だ。

 それと、とカナタは話を変える。

 

「ちょうどいいから此処を拠点にすることを考えている。この島に来る途中、ほど近い場所に島もあった。補給はそこでやればいいだろう」

「そりゃいいが……今から準備するのか?」

「いや……シキやリンリンとの戦争も視野には入れているが、やはり一度〝水先星(ロードスター)島〟に行っておこうと思う」

「その後この島を拠点に色々動くわけか……なるほど」

 

 後々拠点として使えるだろう、という話だ。今すぐと言う話ではない。

 それに、色々な場所へ足を運んで未知のものを発見するのも嫌いではないのだ。

 

「となると、次はこの島で指針(ログ)を溜めて次の島に行くわけか」

「そうだな」

 

 どこか行きたい場所でもあればそこを優先してもいい。どうせ行きつく先は全て同じなのだから、多少行く場所が前後しても変わることはないだろう。

 そう話していると、耳聡く聞きつけたゼンが現れた。

 ヒヒンと嘶くゼンは片手をあげて意見があると言う。

 

「話は聞かせていただきました! 私から一つ提案があります!」

「聞こう」

「〝ゾウ〟へと行きませんか? 私の故郷なのです」

 

 それと、出来れば一度〝ワノ国〟にも行きたいと言う。

 かつて世話になった光月スキヤキに挨拶したいらしいが、永久指針(エターナルポース)を持っていないのでまずは〝ゾウ〟へと向かいたいと。

 

「だが、〝ゾウ〟にはどうやって行くんだ? 永久指針(エターナルポース)を持っているのか?」

「いえ。指針(ログ)を辿って〝ゾウ〟へは行けないのです」

 

 そこで、とゼンは一枚の紙を取り出した。

 〝ビブルカード〟──別名、〝命の紙〟とも呼ばれる紙だ。

 爪の欠片を原材料として作り、平らな場所に置くとその爪の持ち主に向かって動き続けるという不思議な紙。これを辿ればそこにビブルカードの材料である爪の持ち主がいるという理屈らしい。

 燃やそうが濡らそうが灰になったり使い物にならなくなったりはしないが、破って小さくちぎることは出来る。

 これを辿ることで〝ゾウ〟へと行き着く。

 

「そんな便利なものがあるのか」

「ビブルカードは〝新世界〟にしか無いものですからね。他の海から来た人は驚くことも多いです」

 

 そういえばゼンは〝新世界〟の出身だった。フェイユンも同様に〝新世界〟のエルバフの出身なので、今回の旅で帰郷することもあるかもしれない。

 まぁ、追々行くこともあるだろう。まずはゼンの故郷だという〝ゾウ〟を訪れてみることにした。

 次の日──ミンク族の暮らす国、〝モコモ公国〟のあるという〝ゾウ〟へ向けて出航する。

 その前にちょっとばかり寄り道をして。

 




新世界は話題に困らないけど話題が多すぎて結構端折ってるところ多いです。
詳しいことは今後やるので許して…許して…

あと刀の名前なんですけど、一番ありそうな銘で出しました。
もう一つ候補あったんですけどね。「百鬼(なきり)」って銘。
かつて空を亡ぼすと言われた刀とかそんな感じで。没になりました。


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第六十三話:寄り道

キャンペーン四日目


 〝ゾウ〟へ行くことは決まったが、その前に一つだけやっておくべきことがある。

 〝ハチノス〟からほど近い場所に島があり、ひとまずそこを目指す。

 ここへ辿り着くまで指針(ログ)を溜める前に島を出たので、記録指針(ログポース)にはいまだ魚人島から最初に行ける三つの島への指針(ログ)がそのまま残っている。

 そのため、〝ミストリア島〟と〝ハチノス〟の直線航路で島が見つかる場所まで移動すればいい。

 

「物資をそろそろ補給してェところだな。次の島でまた多めに補充しておくべきか」

「それがいい。何が起きてもいいようにはしておきてェからな」

 

 ジョルジュとスコッチは倉庫で物資を確認しながら話していた。

 その後、半日もかからずきっちりその島へと辿り着いた。三隻の船を港につけ、その巨大な島に降り立つ。

 カナタの見聞色でも全域は探れない。過去に行ったことのある島の中ではアラバスタ王国のある〝サンディ島〟が最も広い島だったが、この島はそれを上回るだろう。

 アラバスタは砂漠の多い島だったが、この島は温暖湿潤だ。資源保有量と言う意味では広い海の中でも屈指と言える。

 カナタは停泊させた本船に随伴の船にいる船員も含めて全員を呼びつけ、宣言した。

 

「ここから先はより過酷な旅になる。シャボンディ諸島で私の船に乗るしかなかった連中はここで降りても構わない」

 

 今後の仕事などは自分で探す必要はあるが、少なくとも戦いに巻き込まれることはなくなる。他の海賊ならまだしもカナタたちを標的としているのは〝ビッグマム海賊団〟や〝金獅子海賊団〟だ。

 もちろん〝新世界〟にいる以上はある程度のリスクはあるが、カナタの船に乗る以上のリスクではない。

 幸運にもこの島は広大で人も多い。仕事に困ることもないだろう。

 

「いいのか? せっかく増えた人員だが」

「後方で作業する船員が重要なのは理解しているが、非戦闘員ばかり増やしたところで何の価値もない。残るというなら気概は買うが、命の保証まではしかねる」

「そりゃそうだな。戦争しようってんならやる気のある奴だけで固めたほうがいい」

 

 士気と言う意味でも前向きに考えられる人員がいたほうがいい。何より現状、戦闘員と非戦闘員の比率があまりに悪すぎる。

 期限は三日。魚人島からここまでろくに補給できていなかったので、物資の補給を済ませるまでに決めるようにと通達しておく。

 急な話ではあるが、元々行き場のない連中を拾っただけの話。安全に暮らせる場所があるならそこに住みたい者もいるだろうと判断した。

 

「私は街に出る。いつも通り食料と水、医療品の類を補充しておくように」

「スコッチとジョルジュ、スクラにそれぞれ荷物持ちだな。把握している」

 

 ドラゴンはいつも通り補給のためにジョルジュたちと相談に行き、カナタはカイエとグロリオーサを連れて街に繰り出すことにした。

 早朝に〝ハチノス〟を出たが、半日近くかかったので既に夕刻が近い。

 暇潰しでもあるが、新しい島で新しい文化を知るのも旅の醍醐味だ。

 港で島の名前を聞いてみると、「ここは〝ラーケン島〟の〝ロムニス帝国〟だ」と教えてもらった。

 

「かなり広い島だ。港の近くには精強な軍隊も配置してある。世界政府加盟国の一つだろうが、かなり力のある国のようだな」

「これほど人ニョ往来が激しい場所は初めてだ。シャボンディ諸島でも中々ニョいぞ」

「そうだな。それだけこの国が栄えているということだろう」

 

 カイエは人の多さにびっくりしたのか、グロリオーサから引っ付いて離れない。

 一度はぐれると探しきれないだろう。グロリオーサはカイエを抱き上げてカナタの傍から離れないように注意する。

 仕事終わりで一杯ひっかけようとしている労働者が多いのか、大通りに面した店はどこも人で溢れていた。

 活気があるのはいいことだが、それだけにトラブルも絶えない。

 酒が入って路上で喧嘩する者もおり、官憲に連れて行かれる者もしばしば見受けられる。

 夕食は船に戻って食べる予定だが、いくらか面白い食べ物があれば買って帰ってもいいなと思いつつ、屋台を見ていると──不意に見上げるような巨体が目に入る。

 巨人族と見紛うほどの巨体。頭部には角があり、その肉体には竜の刺青が入っていた。

 男はふとこちらを向き──目が合った瞬間に爆発したかのような叫び声をあげた。

 

「──オクタヴィアァァァァァ!!!」

「──!?」

 

 突如として金棒がカナタ目掛けて振り下され、咄嗟に氷の槍で受け止める。

 武装色の衝突で辺り一帯に衝撃波が流れるが、ぶつかった二人は気にも留めない。

 

「……誰だ、お前は」

「何だァ!? おれの事忘れたってのかよ!! 散々どつきまくりやがって……!! 生きてたんならおれの手で殺してやる!!!」

 

 顔に赤みが差して金棒とは逆の手に酒の入った瓢箪がある。

 ──この男、酔っていた。

 

「カナタ!」

「大丈夫だ。お前たちは船に戻れ! 面倒なことになりそうだ……」

 

 グロリオーサは咄嗟に距離をとり、カナタへ声をかけるも船へ戻れと指示を出される。

 カナタとグロリオーサだけならばまだしも、この場には幼いカイエもいる。この子を巻き込んで戦う訳にはいかなかった。

 すぐさま船へと駆け出すグロリオーサを尻目に、カナタは目の前の男へ視線を移す。

 

「見たことのある顔だな……〝百獣海賊団〟のカイドウか」

 

 懸賞金は八億を超えている。ジュンシーやゼンではやや分が悪い相手だろう。

 愛用している槍を持ち合わせていないが、武器ならいくらでも作り出せる。問題は周りに一般市民が多いことだ。

 そこらの労働者同士での喧嘩とは訳が違う。

 高額の懸賞金がかけられた、海賊同士の衝突だ。

 

「オオォォォ──!!」

 

 カイドウの振り回す金棒を受け止め、受け流し、弾き返してその顔面に蹴りを叩き込む。

 かなり頑丈な男だ。並の覇気ではない。

 このまま戦うと巻き込まれる者が多く出るだろう。カナタは近くにいた男に声をかけ、「この辺りに人のいない広い場所はあるか」と尋ねる。

 

「え? あ、ああ……北東に軍の演習場がある。かなり広くて、今の時間なら人もいないはずだ」

「では少しそこを借りるとしよう」

 

 方角を確認し、顔面に蹴りをくらってたたらを踏んでいたカイドウの顔面を再度蹴り飛ばす。

 

「ほブ!!」

 

 カイドウの角を掴んで北東へと投げ飛ばし、演習場へと移動する。

 投げ飛ばされたカイドウは頭から地面に激突するが、大したダメージもなさそうで当然のような顔をして起き上がった。

 広い無人の演習場で互いに睨み合い、どちらともなく武器を構える。

 

「さて……オクタヴィア、オクタヴィアとうるさい男だ。ここで殺していくとしよう」

「ほざけ……! 死ぬのはテメェだァ!!

 

 二人の覇王色を纏わせた武器がぶつかり、島が揺れる。

 バリバリと空気を引き裂く雷鳴のような音が鳴り響き、激突する二つの覇気。

 連続して金棒を振り上げ、叩きのめそうとするカイドウ。対し、カナタはそれを全て捌いてカイドウの体に打撃を叩き込んでいく。

 

(……硬いな。頑丈なやつだ)

 

 まともな武器ではダメージが入らないだろう。単に覇気を纏わせただけの攻撃では駄目だ。

 思考を切り替え、カナタは再び横殴りに振るわれる金棒を避けてアッパーカットを決める。

 その瞬間にカイドウの足を凍らせて地面に縫い付け、腹部へと覇気を放出して叩き込む──その瞬間、カイドウの腹部が破裂して出血した。

 

「これは効いたか」

 

 内部からの破壊でなければダメージを与えられない。表面を無意識に覇気でコーティングしているのか、はたまた何らかの悪魔の実の能力か……詳細は分からないが、ダメージは通るのでどちらでも構わない。

 一度内側にダメージを通してしまえば外部からでも通るだろう。外皮が異常に硬いだけなのだから。

 

「舐めやがって……!! この程度でおれを倒せると思ってんじゃねェ!!!

 

 苛烈になるカイドウの攻撃を捌きながら再び攻撃しようとするが、カイドウも一度食らった攻撃を二度受けようとは思わない。

 カナタの攻撃を防ぎながら戦うが──面倒になったのか、その姿を龍へと変える。

 フェイユンの最大状態よりもさらに全長は長い。

 巨大な龍はカナタへとその矛先を向け、口を開けて熱線で吹き飛ばさんとする。

 

「──〝熱息(ボロブレス)〟」

 

 カナタの背後には街がある。下手に避ければそこまで吹き飛ぶだろう。

 そう考え、カナタは覇気を流し込んだ氷の盾を作り出してカイドウの攻撃を全て受け切った。

 威力は確かに高いが、これならまだリンリンの〝天上の火(ヘブンリーフォイアー)〟の方が威力が高い。

 

「──ぬるい炎だ」

 

 燃え盛る炎は演習場の周辺に飛び火し、辺りを炎上させ始める。

 その中でなおカナタは笑い、その両腕に強大な覇気を練り上げた。

 周辺の破壊を厭わぬほどの戦いは激しさを増し、二人はなおも倒れずぶつかる──。

 

 

        ☆

 

 

 スコッチとゼンは大きな店で食料品と水を発注し、明日中に船に届けてくれるように頼み終わったところで騒ぎに気付いた。

 大通りは騒然としており、ところどころで壊れている店が目に入る。

 

「なんだ、喧嘩か?」

「にしては少々規模が大きいですね。軍も出ているようです」

 

 国の軍隊が話を聞いたりしているようで、騒ぎは収まる気配がない。

 そんな中、大通りを駆け抜けている女性が目に入った。カイエを抱えたグロリオーサだ。

 

「おい、グロリオーサ! どうした、そんなに急いで」

「スコッチか! それにゼン! カナタが酔っ払いに襲われてな……移動しながら戦っているようだ」

「酔っ払いだァ?」

 

 そこらの酔っ払いなら相手にならないはずだが、と二人は首を傾げる。

 疑問に思っていると、通りの反対から大声で怒鳴る声が聞こえてきた。

 

「カイドウさんが戦ってるだァ!?」

「は、はい! いきなり誰かに襲い掛かって……すげー美人でした」

「なに? そりゃおれも是非見てみたいが……カイドウさんに襲われたんならもう原型留めてねェだろ」

「それが、カイドウさんの金棒を受け止めていたようで」

「なんだとォ!!?」

 

 スコッチとよく似た体型、よく似た髪、よく似た顔で葉巻を吸う男がいた。部下らしき男からの報告に一々リアクションを取っており、騒がしい。

 思わずゼンはスコッチの方を向く。

 

「……生き別れの兄弟か何かですか?」

「んなわけねェだろ! 他人の空似だよ!!」

 

 思わず怒鳴ると、向こうもこちらに気付いたらしい。数秒目が合い、スコッチとよく似た男の部下が口を開いた。

 

「……クイーン様の兄弟か何かですか?」

「んなわけねェだろ! 他人の空似だよ!!」

 

 まったく同じことを言っていた。

 やっぱり兄弟なのでは? とゼンは首を傾げたが、そこへもう一人、黒い羽の生えた大柄な男が現れる。

 黒を基調とした服にマスクをしており、何より背中に炎を纏っているのが特徴的だ。

 

「キング様!」

「遊んでんじゃねェよ、馬鹿野郎。カイドウさんが戦ってる奴が分かった──〝魔女〟だ」

「あァ!? 遊んでるわけじゃねェよ変態野郎! ……で、なんだ。〝魔女〟?」

 

 クイーンと呼ばれた男は部下から手渡された手配書を見て、「こりゃ確かに美人だ」と言う。

 何より目を引いたのはその賞金額。カイドウの倍近い額を見てクイーンは驚いた。

 

「えェ~~~~!!? こいつと戦ってんのかよ!?」

「そうだ。テメェも準備しろ、奴らの一味も近くにいるはずだ」

 

 船長同士が激突したとなれば、自ずと部下同士で戦うことになる。海賊同士の面子をかけた戦争でもあるのだから。

 クイーンはスコッチの方を向き、横にいるゼンと手元の手配書を見比べる。

 

「あいつじゃねェか!!」

「何……!?」

 

 羽の生えた男も視線を移し、目敏くゼンを見つける。

 腰に下げた鞘から刀を引き抜き、クイーンが動くよりも先にゼンへと斬りかかり──ゼンはそれを同じく覇気を纏わせた槍で受け止めた。

 互いに覇気を纏わせた武器は派手な音を立てて衝突し、鍔迫り合いになる。

 

「恨みはねェが、カイドウさんから殺せって命令が出てるんでな。ここで死ね……!」

「ヒヒン! それは御免被りますね! 珍しい種族の人! ……人?」

「テメェにゃ言われたくねェよ!!」

 

 キングと呼ばれた男はゼンと剣戟を交わし始め、クイーンはスコッチの方へと視線を向けた。

 獲物を取られた気分ではあるが、賞金首は他にもいる。スコッチは違うが敵対する一味の仲間なら関係なくここで殺すべきだと、覇気を纏わせた拳を振り上げる。

 スコッチは覇気を使えない。

 不味い、と思った瞬間、グロリオーサがスコッチにカイエを預けて前へ出た。

 

「ここで死ね、おれに似たやつ!!」

「させニュ!!」

 

 両腕を交差し、覇気を纏ってクイーンの一撃を防いだ。

 派手な音を立ててぶつかった二人は同時に距離をとり、スコッチは慌てて衝撃波からカイエを守るように背を向ける。

 覇気を纏ってなおビリビリと衝撃が来た。グロリオーサとて弱くはないが、クイーンも相当強い。

 

「カイエを連れて船へ! 奴は私が請け負う!」

「すまん! 頼んだ!」

「逃げんじゃねェよ、腰抜け野郎がァ!!」

 

 再び振るわれる剛腕を受け止め、「早く行け!」と促すグロリオーサ。

 〝百獣海賊団〟は今の海の中でも特に凶悪と言われる海賊として有名だ。カイドウの賞金額の高さから見ても、〝新世界〟にいる海賊の中でも頭一つ抜けて強いと言える。

 戦いになるならジュンシーやドラゴンの力が必要だ。

 カナタは負けはしないだろうが……あれだけ凶暴な男が相手では不安にもなる。

 態勢を整えてクイーンへと襲い掛かり、グロリオーサはクイーンの横っ腹へと蹴りを叩き込む。

 当然それは防御されるが──矛先がスコッチに向かなければそれでいい。

 クイーンの部下たちはスコッチを追っていったが、流石にそちらまでは意識を割けない。

 

「邪魔すんじゃねェよ、ババア……!」

「侮るな、若造! まだまだ衰えてはおらニュわ!」

 

 ゼンと違って得物はないが、グロリオーサとて弱くはない。

 武装色の覇気を纏い、此処から先は通さぬとばかりに立ち塞がるグロリオーサ。クイーンもまた自身の能力を使い、殺して押し通ろうとする。

 ──かくして、〝魔女の一味〟と〝百獣海賊団〟の突発的な抗争が幕を開けた。

 

 

        ☆

 

 

 戦いは五日に及び、連日激しい衝突が続いた。

 特に港付近は激戦区となり、港町は半壊状態。数で勝る百獣海賊団は息もつかせぬほどに攻め立てていたが、対する魔女の一味は少数ながらも実力者と能力者の力で防衛しきり、結果的に百獣海賊団をほぼ壊滅状態にまで追い込んだ。

 特に、最も注目されていたであろうカナタとカイドウの戦いは熾烈を極めた。

 何もかもを圧倒的な暴力で吹き飛ばそうとするカイドウ。

 冷静に隔絶した技量を以て切り崩しにかかるカナタ。

 ──天秤はカナタに傾いた。

 

「〝百獣〟のカイドウか……大した名前だ。実力も高かった」

 

 だが、それだけだ。カナタを崩すには実力が足りなかった。

 確かにかなりの実力者ではあったが……シキやリンリンと比べれば、まだ容易い相手である。

 演習場は互いの能力で炎上、凍結した場所が多数あり、激戦であったことは想像に難くない。

 ──しかし、その中でもなおカナタに傷はない。

 正確に言うならば、カイドウに付けられた傷は()()()()()()()

 戦い始めの方で受けた傷は多少なりともあったが、軽傷だったので数日戦っている間に完治していただけの事。

 

「だが──私と戦うには不足だな」

 

 カイドウは血塗れで倒れ──片方の角が圧し折れていた。

 




キングの羽、漫画だとベタ塗なのにカラーだと白だし……。
クイーンの髪、漫画だとベタ塗なのにカラーだと金色だし……。
微妙に???って感じはありますけど、まぁ一応原作準拠ってことで一つ。

※グロリオーサのセリフを少し修正しました。
※キングの羽、だいぶ前にOPで「白!?」ってなったのが印象的だったんですけど修正されてる上に本編でも黒だったので修正しました。


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第六十四話:〝ゾウ〟

キャンペーン五日目

筆が乗ったなあと思ったら普通にいつもの1.5倍くらいになりました。


 カイドウの撒き散らした炎のせいで辺り一帯が炎上している。

 このままさっさと止めを刺すべきだが──決着がついたと見るや否や、取り囲んでいた国の軍隊が一斉にカナタに銃口を向けた。

 

「動くな! 〝竜殺しの魔女〟カナタ、並びに〝百獣〟のカイドウだな!」

 

 そこそこ強そうな手合いも交じってはいるが、カナタの敵ではない。()()()()()

 今は五日間戦い通したせいで疲れている。出来れば軍隊など相手したくはないが……そうも言っていられないかと、氷の壁を作って射線を遮り、港へ目掛けて走り出す。

 この分だと海軍も近くまで来ている可能性がある。百獣海賊団と海軍を同時に相手取るなどやってられない。

 止めを刺せなかったことは心残りだが、今はここを抜け出す方が先決だ。

 港町近辺も半壊状態で、百獣海賊団との戦闘が激しかったことを物語っている。

 皆が無事であることを祈りながら大通りを駆け抜け、港に辿り着く。

 

「──無事だったか」

 

 ソンブレロ号は無事だ。見る限り船員たちも。

 カナタの姿を見つけたジョルジュは、慌てたように船に乗れと急かす。

 

「戻ったか! 急げ、海軍の軍艦がもうすぐそこまで来てる!」

「食料や水は大丈夫か!?」

「なんとか合間を見て積み込んだ! 急がねェとまた中将が出張ってくるぞ!」

 

 並の中将ならまだしも、ガープやおつるが出張ってくると厄介だ。

 カナタは船に乗り込み、全員の無事を確認してひとまず安堵した。

 百獣海賊団も大半は倒したが、幹部格と思われる数名だけは崩せなかったとジュンシーは言う。

 

「おそらく動物系(ゾオン)の能力者だな。かなりタフで持久力もあった」

「数の多い下っ端はクロの闇でなんとかなったんだが、そいつらはどうしてもな……」

 

 グロリオーサと戦っていたクイーンと呼ばれる巨漢。

 ゼンと戦っていたキングと呼ばれた羽の生えた男。

 どちらもかなり若かったが、実力は他より頭一つ抜きん出て強かった。

 とは言え、こちらは戦っていた二人を始めとして同格以上の実力者がさらに複数いる。倒そうと思えば倒せたはずだが、戦況が不利と見るや三日目でどこかへ退いたらしい。

 

「好都合ではあるな。カイドウも相当タフだった」

「……お前がそう言うほどか」

「ああ。耐久力と回復力はリンリンと並ぶだろうな」

 

 殴っても蹴り倒しても起き上がる。まるでゾンビのような男だった。

 なので倒れるまで殴り倒し、起き上がっても蹴り倒し、氷漬けにしたり串刺しにしたりと色々やったが、それでもまだ生きていた。

 首を落とさない限り死なないのではと思わせる生命力は驚嘆に値する。

 本当に止めを刺せなかったのが心残りだ。放置すればまた強くなってカナタの前に立ち塞がるだろう。

 

「ここで殺しておくべきだったが……邪魔が入ったからな。出来なかったものは仕方ない。私たちと来る者は全員乗り込んだか?」

「ああ。降りたやつもいないわけじゃねェが、半数以上は残ってるぜ」

「そんなにか。戦いとは無縁の一般人も多かったはずだが……?」

「お前に恩義を感じて、ここで働かせてくれってよ。おれ達としても助かる部分は多いし、良いんじゃねェか?」

 

 料理人の手長族の男といい、スクラの手伝いを買って出ていた女医といい、助けてくれたカナタに恩義を感じて船に残る者も少なくないらしい。

 降りた者も残る者も、自分で決めたことだ。カナタはその選択を尊重する。

 出航の準備を急ぎながら、一つ一つ確認していく。

 

「怪我人は?」

「重傷が数人いる。それと軽傷がそこそこ。今は病室に放り込んでスクラに治療させてるところだ。お前、怪我は?」

「治った。それにかすり傷だ」

「怪我は? って聞いて治ったって返事はおかしいだろ」

 

 街ごと吹き飛ばそうとする攻撃があったので、それを止めるために攻撃を遮ったら少し火傷をしただけだ。

 それ以外では怪我もない。そもそもの話、武装色を纏っていてもカナタの見聞色を破れなければ攻撃など当たらないのだから。

 

「一応見せとけ。スクラの奴、『ケガをしたならどれだけ軽傷でも一度は見せろ』って口を酸っぱくして言ってるからな」

「今は重傷者が先だ。それに海軍の軍艦から逃げてからでいい」

 

 急いで帆を張り、港から船を離して出航させる。

 軍艦はもう間近まで来ている。砲撃が始まっているが、そちらはフェイユンやジュンシー、ドラゴンに任せておいていいだろう。

 カナタはゼンのところへ行き、ビブルカードを出せと手を差し出した。

 

「それを辿れば〝ゾウ〟に辿り着けるんだな?」

「そうです。深い霧と押し返す海流で来る者を阻む場所ですから」

 

 詳しい話は近くまで行ってからでいい。ひとまず方角がわかればいいので、カナタの言うようにジョルジュが舵を切る。

 色々と想定外のこともあったが、無事に切り抜けることが出来た。

 次の目的地は、幻の島とも呼ばれる島──〝ゾウ〟だ。

 

 

        ☆

 

 

 〝ゾウ〟とは、巨大な象の背に栄えた土地の名だ。

 深い霧と海流で来る者を拒み、常に象が動き続けるために一定の場所には存在しない幻の島。

 

「……なるほど、記録指針(ログポース)では辿り着けないわけだ」

 

 そもそも陸では無いから磁気を発しない。ゆえに辿り着けない。

 象はフェイユンの最大状態よりもさらに数十倍大きい。その巨大さに誰もが目を丸くしていた。

 

「我々〝ミンク族〟はこの人を寄せ付けぬ島にて、千年の昔より存在すると伝承があります」

「千年!? そんなに昔からか……」

 

 思わずあんぐりと口を開けるスコッチ。

 紡いだ歴史はとても長く、それこそ〝空白の百年〟以前からあるのではないかと思わせる。

 だが、それよりも問題がある。

 

「これ、どうやって上るんだ? 象の背中に国があるんだろう?」

「そうですね。どうやって上るかについてですが……レッツクライミング!!」

「「「フザけんな!!!」」」

 

 ゼンの言葉に思わずキレて返す船員たち。

 実際、空を駆けることのできる面々を除けば素手でよじ登る以外に背中まで辿り着く方法はない。

 〝月歩(ゲッポウ)〟を覚えさせておくべきだったな、とは思うものの、どのみち船員全員を連れて行くわけにもいかない。ある程度は船番で残す必要がある。

 非戦闘員の面々だけ残すわけにもいかないので、幹部が交代で降りることになるだろう。

 滞在期間にもよるが。

 

「……ひとまず私とゼンが行って話を付けてくる」

「それがいいでしょうね」

 

 この高さでは上からロープを垂らすことも出来ない。ミンク族は登り降りをどうしているかゼンに問うてみたが、そもそも登り降りをする必要が無いから手段が存在しないと言っていた。

 自給自足出来るのならわざわざ降りる必要もないのだろう。

 一部のはねっかえりだけが海へ飛び出すのだ。

 カナタとゼンは空を駆けて登頂し、国の入口であろう門のある場所に辿り着いた。

 

「何者だ!? ゆガラ達、今……空を飛んでいただろう!?」

「ヒヒン、懐かしい……何もかもが」

「お前……もしや、ゼンか?」

 

 門番をしていたらしき羊のミンクが目を丸くし、ゼンをマジマジと眺める。

 

「ええ、そうです。久しぶりですね」

「なんと……! 帰ってきたのか!? そっちの人間は?」

「今お世話になっている船の船長です。良ければ船員の方々も招待したいのですが」

「そうかそうか! では少し待っていろ!」

 

 カンカンと鐘を鳴らし、門を開いてニコニコしながら国へと招いてくれる。

 これは大丈夫と思っていいのか、と視線でゼンに問いかけるカナタ。頷き返すゼンを見て、カナタは電伝虫を取り出した。

 簡潔に「大丈夫だ、登って来い」と告げ、門番に数名後から登ってくる旨を伝えて先に国へと入る。

 門の先には森があり、森の中の道を抜けた先にはミンク族が暮らす街──クラウ都がある。

 

「ここは〝ゾウ〟の背中にある国。〝モコモ公国〟だ──歓迎するぞ! ガルチュー!」

 

 当たり前と言えば当たり前の話だが、周りのどこを見てもミンク族だらけだ。ガルチューと言いながら頬ずりするのがこの国流の挨拶らしい。カナタもそれをされた。

 ただ、それぞれ見た目は違う。犬、猫、羊に牛や山羊……ゼンは比較的壮年の面々と知り合いのようで、懐かしそうに話をしている。

 ゼン曰く、魚人や人魚と同じで親と子で違うミンク族が生まれるのが当たり前らしい。現にゼンの父親は牛のミンクで、母親は兎のミンクだと話していた。

 ……その中でも、ゼンの姿はやはり特異だ。

 疎外感のようなものがあったのだろうか。

 

「何年ぶりだ、ゆガラ! いきなり国を飛び出したと思えば、こうしていきなり帰ってくるとは! 無事でよかったぞ!」

「ここを出てから、もう二十年以上は経ちますか……ワノ国にて、古くからの兄弟分である光月家の方とお会いしたりもしました」

「なんと! 長旅だったのだな……積もる話もある。そちらの船長殿もいることだ、今宵は宴にしよう! 旅の話を聞かせてくれ!」

 

 宴だと言ってゼンとカナタは手持ち無沙汰になる。その間にあとから来る者たちを案内しなければならないので、カナタは一度門のところへと戻ることにした。ゼンは古い知り合いと積もる話もあるだろうと思ったためだ。

 それほど時間もかからず、ジュンシーとドラゴンが登ってきた。

 この二人ならそうだろうな、と思う反面、誰を残してきたのかが気になる。

 

「スコッチとジョルジュが残るそうだ。儂とドラゴンは後ほど交代する」

「そうか。だが、あの二人は登れるのか?」

「これくらいはやってもらわねばな」

 

 グロリオーサとカイエもフェイユンに引っ付いて登ってきているらしく、人数的にはそこそこいるようだ。

 こうなると降りるときの心配もした方がいいが……まぁ、どうにかするしかないだろう。

 

「しかし……なんというか、落ち着かない場所だな」

「……心がざわつく、か?」

「ああ。お前もか?」

 

 ドラゴンとカナタは共通して()()()()()()()()()()()()感覚を覚えていたが、他の者はそうでもなかったようだ。

 特に理由はわからないが、それほど広くない国を見聞色で探っても何かあるわけでもない。

 首を傾げつつも放置する以外になかった。

 次にフェイユンが登ってきて、最後にサミュエルだ。

 

「くそー! フェイユンに負けるとは……!」

「私の方が大きいので負けられません! ドラゴンさんとジュンシーさんはあっという間に登っちゃいましたけど……」

 

 ジャガーは木登りが得意な動物なので、サミュエルとしては負けられなかったのだろう。

 フェイユンの肩に乗ってきたグロリオーサとカイエも珍しそうにキョロキョロと周りを見渡している。

 登ってきたのはこの面々だけのようなので、彼らを連れてクラウ都へと歩を進める。

 宴の準備の最中、連れてきた面々をまた歓迎するように「ガルチュー!」「ガルチュー!」と頬ずりをしてくるミンク族たち。

 滅多に客人が来ないこともあってか、陽気で友好的だ。

 巨人族は特に珍しいのか、かなり群がっていた。

 

「宴の準備をしている間に、私たちは公爵の下へ行きましょう」

「公爵?」

「はい。この国の長のようなものです」

 

 ひつギスカン公爵と呼ばれているミンクがこの国の長らしい。

 ゼンは二十年以上前に国を飛び出した身だが、それでもこの国は故郷だ。一時世話になるなら挨拶をせねばならない。

 クラウ都のさらに奥、森の中にある砦の中に彼はいた。

 

「おお……無事に戻ったか、ゼン」

「はい。心配をおかけしました」

「それはお前の父母に言うがいい。当時は大変な騒ぎになったものだ……だが、随分と覇気に溢れる男になったな」

「いえ、私もまだまだ修行中の身の上です」

 

 羊のミンクであるひつギスカン公爵は涙ぐみながら無事を喜び、カナタたちにも歓迎の意を示した。

 そこで、ふと思い出したようにゼンが言う。

 

「そういえば……くじらの森の奥には赤い〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟があるのです。見ていきますか?」

「何!? そんな重要なことを今言うのか!?」

「お恥ずかしい話ですが、すっかり忘れてました」

 

 恥ずかしそうに頭を掻くゼン。

 国を出て長いため、今の今まですっかり忘れていたのだろう。何せこの国よりも外海で過ごした期間の方が長いほどだ。

 見る分には構わぬと快諾したひつギスカン公爵は、案内を申し出た犬のミンクに任せて執務に戻る。

 部屋を出ようとした際、こちらもまた思い出したように言葉を投げた。

 

「そうだ、一つ聞きたい。外海でイヌアラシとネコマムシという名前のミンク族を見なかったか?」

「イヌアラシとネコマムシ?」

 

 ゼンはカナタの方に視線を向け、カナタは首を横に振る。

 他の面々もまた、見たことも聞いたこともないという。

 「そうか……」と静かに項垂れるひつギスカン公爵に、ゼンは疑問を浮かべた。

 

「外海に出て行った()()()()()()ですか? ヒヒン、私の後輩のようなものですね」

「ああ。とんだ悪ガキどもだった……いなくなったのは一年前。まだ七歳だった」

「七歳で外海へ!?」

 

 ゼンとて外海に出たのはもっと後のことだ。

 七歳で海へ出るなど些か無謀が過ぎる。航海術をまともに学んでいるとは思えないため、高確率で難破か遭難しているだろう。

 

「……お前はどうやって海へ出たんだ?」

「手作りの船で、昔この〝ゾウ〟へやってきた海賊が置いていった永久指針(エターナルポース)を使って航海したのです」

 

 それでも遭難したのだ。出て行った二人は死んだと見るのが順当ではある。

 運が良ければ、もしかしたら……と言う程度だ。

 機会があれば探しますと月並みな回答をし、ゼンはカナタたちを連れてくじらの森へと向かう。

 犬のミンクの案内を受けて隠し扉を通り、その最奥にある場所へ辿り着く。

 

「……二つ目の〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟か。順調といえば順調だが」

 

 どちらにしても読むことが出来ないので、魚拓のようにして集める事だけしておくべきだ。解読自体はあとで読める者を探して読ませればいい。

 残りはリンリンが持つ物と、恐らくワノ国にあるであろう物の二つ。

 〝最後の島〟まであと半分。

 

「奥に描かれているのはなんだ?」

「あれはワノ国の将軍、〝光月家〟の家紋です」

 

 ミンク族とは遥か昔から兄弟分として固い契りを交わしたのだと、常々言い伝えられてきた。

 イヌアラシとネコマムシがいなくなったのもこの家紋を見せてからだったそうなので、もしかするとワノ国へと向かったのかもしれないと言っていた。

 ゼンもまた、懐かしそうに家紋を見て呟く。

 

「光月スキヤキ様には、頭が上がりません……あの方には随分とお世話になった。おでん様も、今は随分と立派になられたことでしょう」

「光月スキヤキに光月おでんか……」

「はい。〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を作った石工の一族です」

「「「はァ!!?」」」

 

 ゼンの言葉に誰もが驚き、カナタは「またこいつは……」と頭を抱えた。

 

「ニョんと……鎖国国家ワノ国の話は聞いていたが、まさかその国の将軍が……」

「何故お前はそういうことを早く言わんのだ」

「そういうところだぞ」

「なんだかわからんが重要なことか! ウハハハハ!」

 

 サミュエルはさておき、次々に罵倒されるゼン。流石に堪えたのか、肩をがっくりと落としている。

 だが、縁があるなら話は早い。

 

「ワノ国の光月スキヤキに私たちが手に入れた〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読んでもらおう。なんならおでんでも構わない」

「ヒヒン。そういうことなら、私から頼んでみましょう。一時はおでん様の教師を務めた身です。なんとか説得して見せますとも」

 

 読める者の当ても出来た。

 本来なら西の海(ウエストブルー)にある〝オハラ〟まで持って行って読んでもらおうと考えていたが、下手に巻き込まずに済むならそちらの方がいい。

 世界政府に狙われるのも中々面倒なのだ。

 目的を果たしてくじらの森を後にした一行は、再びクラウ都に向かう。宴の準備も終わり、今か今かと待っていたらしい。

 

「ゼンが無事に帰郷したことに! 珍しい人間の訪問者たちに! 乾杯!!」

 

 ドラゴンとジュンシーは宴の半ばでジョルジュとスコッチに交代すると言っていたが、それはそれとして酒を飲んで楽しんでいた。

 象の背中を登るのも一苦労なのだ。他の船員たちでは訪れる事すら困難だろう。

 移動するなら何かしらの準備をしなければならない。こういう時、空を飛べる悪魔の実の能力者が羨ましくなる。

 ちびちびと酒を飲んでいると、カイエが一人で歩いてきてカナタの隣に座った。

 少しの間沈黙があり……カイエが口を開く。

 

「……世界には、こんなにいろんな種族の人たちがいるんですね」

「そうだ、世界は広いぞ。人魚、魚人、ミンク族、巨人……様々だ」

「……悪魔の実の能力者も、珍しくないんですか?」

「うちの船にも能力者はそれなりにいるからな」

 

 かく言うカナタも能力者だ。

 泳げなくなるデメリットはあるが、それを補って余りある力が手に入るのが悪魔の実でもある。

 カイエはジュースを手に、ジッとカナタを見つめる。

 

「……私も、能力者です」

「ああ、ヘビヘビの実の能力者だとグロリオーサが言っていたな」

「その能力で……お父さんを石にしたんです」

「……石に?」

 

 ヘビヘビの実の能力で相手を石にする能力──だとすれば、その悪魔の実の能力は。

 

「幻獣種か。驚いたな」

 

 悪魔の実の中でも、特に自然(ロギア)系は希少とされる。だが、それよりもさらに希少な部類として動物(ゾオン)系幻獣種というものがある。

 姿を変え、更にそれぞれで特異な能力を有する。

 ある種、二つの悪魔の実を口にするに等しいため、欲しがる者は後を絶たない。

 先日戦ったカイドウも、恐らくは幻獣種の能力者だろう。

 

「蛇の姿に変わり、相手を石にする能力……ヘビヘビの実の幻獣種、モデル〝ゴルゴーン〟と言ったところか」

「私も、強くなれますか?」

「そうだな。希少な能力だ。鍛えればきっと強くなる……だが、あまりその能力は好きではないのだろう?」

「でも、強くならないと……グロリオーサは、また怪我しちゃいます」

 

 クイーンと戦い、グロリオーサは重傷とまでは言わずとも傷を負った。

 カナタたちの中でも、巨人族であるフェイユンを除けば恐らく最年長に位置する。長く戦いから離れていたこともあって衰えが見え始めているのだ。

 それでも船員の中では上から数えたほうが圧倒的に早いのだが、本人も力の衰えは自覚しているだろう。

 

「私、この能力はあんまり好きじゃないんです。でも……強くないと、またいなくなっちゃいます」

 

 この能力を得たことで親から捨てられたが、この能力を使って強くならなければ親代わりのグロリオーサを失うかもしれない。

 先日の百獣海賊団との戦闘は、カイエの意識に大きな影響を与えたらしい。

 あれだけ凶暴な海賊団との戦闘を見せれば、意識も変わろうというものだが。

 カナタはカイエの頭を撫で、「焦るな」と言う。

 

「まだお前は幼い。もう少し大人になってからでも遅くはない」

「でも……」

「心配せずとも、私がいる。もっと色んなものを見て、ゆっくり学んでから強くなればいい」

 

 否応なしに戦いに巻き込まれることは今後もあるだろう。強くなるなら早いに越したことはない。

 だが、こんな幼い子にまで求めるのはあまりに酷だ。出来る事なら平和に暮らしてほしいものだが、カナタの船に乗っている以上それは難しい。

 

「……はい」

 

 カイエはやや納得しがたいような顔をしていたが、小さく頷いた。

 カナタと違って守ってくれる大人がいるのだ。存分に頼ればいい。親に捨てられたことは不幸だが、グロリオーサに拾われてカナタたちと出会ったことは決して不幸ではないのだから。




備考
カイエ 5歳
イヌアラシ 7歳
ネコマムシ 7歳


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第六十五話:妖精伝説

GW終わりましたがおまけで一話投げときますね。



 〝ゾウ〟に滞在すること数日。

 ゼンも久しぶりに故郷に戻って積もる話もあるだろうと長めに滞在することにしていた。

 入れ替わり立ち替わりで〝ゾウ〟の背中に登って来たり船へ降りたりしているが、そのたびにミンク族の皆は快く受け入れてくれるので非常に友好的だとわかる。

 ついでとばかりに〝月歩(ゲッポウ)〟の練習もさせている。

 出来るようになれば機動力の面でもだいぶ違うのだが、理屈がよくわかっていないらしい。

 身体能力の面ではサイファーポールに負けているとは思えない連中ばかりなので、時間をかければ体得は可能なのだろうけれど。

 そして、遂にカイエの能力の制御をおこなう訓練を始めた。

 

動物(ゾオン)系には人型、獣型、人獣型の三つの形態がある。サミュエル」

「おう!」

 

 サミュエルがカナタの言うように姿を変え、ミンク族の観戦者たちが囃し立てる。外海から人が来ることなどほとんどないため、悪魔の実の能力者は特に珍しいのだろう。

 ポーズを決めるサミュエルを見ながら、カイエも自身の姿を変えようと力を籠める。

 

「おお、姿が変わっていく……これは、蛇か?」

 

 ミンクたちがどよめく。

 両手両足に蛇の鱗のようなものが現れ、腰のあたりから蛇の尻尾のようなものが生えてきた。そして何より、体格が二回りほど大きくなっている。

 髪がある程度まとまって蛇の頭のようになっており、それが数本。自在に動かせはするが、かなり難しいようだ。

 

「これが、私の能力……」

「ヘビヘビの実なら下半身が蛇のようになるかと思ったが……トカゲの尻尾のようになったな」

 

 それなりに長く、力があるようだ。尻尾だけで自分の体を浮かせることも出来るらしい。

 両手も鋭い爪があり、腕力などもかなり強化されていると見える。

 元の腕力が貧弱なのでどれだけ強化されようとも大したことはないのだが。

 

「ふむ……獣型になってみてくれ」

「はい」

 

 体は更に巨大化し、数メートルほどの大きさになる。まだ体の小さい少女がこの姿になったと考えると、成長したときの姿は巨人族に匹敵するかそれ以上になるだろう。

 下半身は完全に蛇の姿となり、髪がまとまって現れていた蛇の頭も少しばかり数が増えた。

 この辺りは能力者本人が強くなることで強化されていく傾向にある。本人が強くなればなるほど引き出しが増えるのは全ての悪魔の実の共通点だ。

 何より特徴的なのは、背中に金色の翼が生えたことだろうか。

 

「なんと……外海にはこのような姿になれる者もいるのだな……」

「伝説に謳われるゴルゴーンの姿か。興味深いな」

 

 驚くミンクたちを尻目に、カナタは各所を観察して特徴を調べていた。

 鱗になった部分は生半可な武器では通じないだろうし、何なら生身の部分もそれなりに強化されているようだ。

 幻獣種の名に恥じない強さと言えるだろう。子供でこれなら大人になった時が楽しみでもある。

 

「あの、そんなにじろじろ見られると恥ずかしいんですけど……」

「ん、ああ、すまない」

 

 ズリズリと蛇のように移動しながら感覚を確かめており、慣れない動きで時折倒れそうになると髪で出来た蛇が体を支えていた。

 うまく使うものだと思っていたが、どうやらこの辺りは無意識のうちにやっているらしい。

 木で出来た的に向けて髪の蛇を噛みつかせたりしていると、その蛇の頭からビームが出た。

 

「え?」

「は?」

「ビーム!?」

 

 威力は大したことないようだが、撃った本人も相当びっくりしていた。

 対象を石化させる眼といい、多彩ではあるが……なるほど、これは欲しがるものが後を絶たないわけだと納得する。

 悪魔の実一つで出来るようになることがあまりに多い。複合した能力を得られるというのはデメリットを凌駕するだろう。

 

「サミュエルの能力とは比べ物にならんな」

「身体能力が上がるのが動物系(ゾオン)の特徴だったが……特徴とはいったい……」

 

 項垂れるサミュエル。

 純粋に身体能力だけが強化されるのが普通の動物(ゾオン)系悪魔の実だ。肉食獣の能力であれば凶暴性も増すが……サミュエルはそうしたところはあまり見せない。

 元が食いしん坊なのであまり変わってるように見えないだけかもしれないが。

 

「能力を上手く使うのも訓練が必要だが……下手に船の上で使える能力でもないな」

 

 単純に身体能力が上がるだけならいくらでも対処の仕様はあるが、こうも多彩だとフォローしきれないところも出てくる可能性がある。

 陸に上がるたびに少しずつ慣らしていくのがいいだろう。

 どのみち〝ゾウ〟にはまだ数日滞在する予定なのだし、ここで慣らしていってもいい。ある程度うまく扱えるようになれば船でも失敗することは無くなる。

 ……完全にゼロではないだろうけれど。

 

「……そろそろ噴火雨の時間だ。移動しよう」

「そうだな。ゆガラたち、今日も砦に?」

「ああ、宿を貸してもらっている。何か手伝えることでもあればいいが」

「客人を顎で使うようなことはせぬ。不思議な物も見れたのだ、我々としては満足している」

 

 一日に二回、この巨象は水浴びをする。

 海水を使った〝噴火雨〟と呼ばれる現象だ。洪水になるほどの海水が流れ、これをろ過することで飲み水に。一緒に流れてきた魚を取ることで魚を食べることが出来る。

 人型に戻ったカイエは、とことことカナタの後ろを歩いて砦へと戻る。

 日常的にある噴火雨に対応するため、建物は全てこの水位に順応している。初日はびっくりしたが、これが象と共存してきたミンク族の文化なのだ。

 興味深くはあったし、学者肌の船員が実際に色々調べて回っていた。昨日フェイユンに引っ付いて登ってきたが、あいつらは降りるときにどうするか全く考えていなかったようだ。どうするつもりなのだろうか。

 

「おや、カナタさん、戻ったのですか」

 

 砦に戻ると談笑していたゼンがいの一番に言葉を投げてきた。

 学者肌の船員たちはこぞっていろんなことを聞いてはメモしており、「迷惑じゃないのかあれ」と思わざるを得ない。実際は快く話してくれているらしいが。

 

「出立はいつにするのですか?」

「お前の気が済んだらだな。長いこと帰っていなかった故郷だろう。いつでも帰れるとは言え、思い残すことはないようにしておけ」

「ヒヒン。それはありがたいですが……」

「どうせ先を急ぐ旅ではない。ゆっくりやっていくさ」

「そうですか……いえ、それでもあまり長いことここにいる訳にもいきません。ワノ国へ行くという理由もあります。数日中に支度を済ませますので、その後出立しましょう!」

「……随分やる気だな?」

 

 カナタとゼンの言葉を聞き、学者肌の船員たちが「え、マジ?」と言わんばかりの顔で見てきていたが、それはさておき。

 人生の半分以上を外海で過ごし、語りつくせないほどの冒険も出会いもあったが……その中でも取り分け世話になった光月スキヤキに再び会いに行くという最大の理由がある。

 ゼンにとって大恩ある人物なのだ。

 

「〝ゾウ〟にはまたいずれ訪れることも出来ます。今はカナタさんの冒険を優先しましょう」

「……そうか。それならそれで構わない」

「えー!? もう行っちまうのかよ!? ゆガラ、久々に帰ってきたんだからもっとゆっくり……」

「いえ、これは決めたことです。あまり長いこといる訳にもいきません!」

 

 じゃあせめて盛大に送り出したいと、最終日には再び国中を巻き込んだ宴をおこなった。

 仲良くなったミンク族も多いが、船員として連れて行くことはない。命の保証が出来る旅でもないのだ。

 外へ出るしかないような者ならまだしも、〝ゾウ〟での生活を捨てさせてまで連れて行くべきではなかった。

 楽しい滞在の時は終わり──学者肌の船員たちは予想通り、降りるときに地獄を見ていた。

 

 

        ☆

 

 

 ワノ国は鎖国国家だ。

 そもそもの話、そこへ行くまでの手段がない。スキヤキのビブルカードを所持しているわけでもないため、航海しようにも目的地の場所も方向もわからないのだ。

 ではどうするかと言うと、どこか適当な島でワノ国の永久指針(エターナルポース)を手に入れるという手段。

 

「……手に入るのか?」

永久指針(エターナルポース)自体は手に入るでしょう。鎖国国家と呼ばれるのは、かの国へ到着する方法がわからないからです」

 

 屈強な侍に守られる国でもあり、同時に侵入が酷く難しい国でもある。

 外海との接触を一切持たず、自国のみで完結する。ゆえに鎖国国家。

 外縁部は常に嵐と渦潮で阻まれ、ぐるりと回っても入れる場所は見当たらないために入りようがない。

 

「私がその辺りは何とかしますが、まずは永久指針(エターナルポース)を手に入れてからですね」

 

 向かうこと自体は不可能ではないのだ。永久指針(エターナルポース)も出回っている。

 侵入できないだけで。

 そういう訳で、手持ちの永久指針(エターナルポース)を使って〝ドレスローザ〟を訪れていた。

 〝ドレスローザ〟──別名を〝愛と情熱の国〟。

 訪れた者はかぐわしき〝花の香り〟〝料理の香り〟〝島の女性の踊り〟に心を奪われる……リク・ドルド三世の治める平和で優しい国だ。

 三隻の船を岩場の海岸に停泊させ、いつものように補給と……必要な物を買いに出かける必要がある。

 船を任せ、今回はドラゴンを引き連れて街を歩くカナタ。

 

「意外と大きな島だな。活気もある」

「この国は豊かではないが、国民のことを思う王がいる。戦争をしないために外交や自軍の鍛錬を欠かさないらしい」

 

 ドラゴンはどこから情報を拾ってきたのか、そう言って周りを見渡す。

 豊かではないと言っても、普段の生活が貧しいわけでは無い。毎日笑って過ごせるくらいには、皆稼ぎもあるのだ。

 隣国の危機には援助を惜しまないから豊かではないと言われているに過ぎない。

 

「……いい国だな」

「ああ。どこもこうであればと思わざるを得ない」

 

 フードを目深に被り、ドラゴンは重苦しく言う。

 ドレスローザはいい国だ。この国を手本に、国民のことを考えてくれる国が増えればと思っている。

 実際にはとても難しいことだ。

 

「難しく考えすぎるな。今はまだ、私の信頼を十分に勝ち得る段階だろう。しっかり世界を見ておけ」

「……そうだな」

「さて、サミュエルではないがたまには買い食いでも──」

 

 刹那、カナタの右腕が目で追えない速度で動いた。

 何かを吹き飛ばし、近くの店の窓が割れる。

 

「ぴぎゃ!」

「うわ! な、なんだァ!?」

「──……今、何か弾き飛ばさなかったか?」

「反射的にな。何だったんだ?」

 

 悪意を持って害そうとしたか、あるいは何かを盗もうとしたか……カナタの見聞色の前では不意打ちだろうと無意味だ。

 よくわからないが、先のやり取りで諦めるだろうと判断した。どのみち何度やろうと結果は変わらない。

 それよりも先程からとてもいい香辛料の香りがしているのが気になる。レシピは無理かもしれないが、実物を持って帰ればある程度はコックたちが再現してくれるだろう。

 ワノ国の永久指針(エターナルポース)を始めとして様々な物を買い漁り、一度船へ戻ることにした。

 

「帰ったぞ。補給は順調か?」

「ああ。水も食料も全部積み込んだ。ただ……」

「船長!! どうしよう、おれ達武器を取られちまったァ!」

「武器を取られた? 盗まれたのか?」

 

 街に繰り出し、食料や水を買って用意して貰ってる間にカフェで待っていると、少し目を離した隙に武器を盗まれたという。

 ドレスローザの誰に聞いても「それは妖精の仕業だ。諦めるしかない」と笑っており、要領を得ない。

 これからのことを考えても武器を盗まれたままと言うのは面倒だ。取り返した方がいいが……どこに行ったのかもわからないのではどうしようもないだろう。

 

「カナタ。さっきお前が吹き飛ばした奴……もしかすると、その〝妖精〟かもしれんぞ」

「うん? ああ、なるほど」

 

 目に見えないほど素早い誰かが盗もうとして、カナタに吹き飛ばされたが……あれも恐らく〝妖精〟の仕業だ。

 となると、同じようなことをしているものが複数名いるということになる。

 組織だった犯行なら武器を集める集団と言うことになる。市民に根付いているならそれなりに長い間言われ続けているのだろうが、集団で武器を集め続けているとなると……。

 

「……面倒事になりそうな予感がするな。武器ならワノ国で質のいいものを仕入れてもいいが」

「そんな! あの剣、結構愛着あったんだよ!」

「ああ、わかった……全く、毎回どこかの島で面倒事を起こすことになるな」

 

 武器に愛着を持つ気持ちはわかる。それに武器だってタダじゃない。泥棒から盗んでも罪に問われるわけでは無いし、行くだけ行ってみることにした。

 先日の〝ロムニス帝国〟においてはカイドウのせいで大事になったが、今回はそうならないことを祈っておこう。

 

 

        ☆

 

 

 〝ドレスローザ〟北部──〝グリーンビット〟への橋。

 ドレスローザの北に位置する孤島を前にして、カナタたちはどうすべきか迷っていた。

 

「ここでいいのか?」

「多分な。盗人らしき気配は最終的にあの孤島に向かっていった」

 

 あの後、再び「妖精の仕業」と言われて盗まれた現場に遭遇し、そこから高速で逃走する気配を追った結果がこの場所だった。

 北へ向けて鉄橋がかかっているが、入口には立ち入り禁止の看板が置かれている。

 話を聞くに、〝闘魚〟と呼ばれる凶暴な魚がいるせいで船で行っても転覆するし、橋を渡っても壊されるから渡れないらしい。

 もっとも、カナタがいれば往来に不便などない。

 鉄橋の横から海に降りたカナタは、その能力で〝グリーンビット〟までの海路を全て凍らせる。

 

「これで闘魚とやらも手出しは出来まい。無駄は省くに限る」

「つまらんな。凶暴な魚と言うから興味あったのだが」

「あの小さい鉄橋じゃどうせ私は渡れませんから。でも、こんなに人数必要なんですか?」

「念のため、だ。そもそも戦わずに済むならそれがいい」

 

 歩いて海を渡り、無人の孤島と呼ばれるグリーンビットに辿り着いた。

 見聞色で島を探ってみると、生物の気配はある。地下と地上部分にあるが、地上で見える分には獣しかいない。本当に無人島なのかはわからないが……中に入る他に無い。

 巨大な植物の生い茂る森の中に足を踏み入れ、しばらく歩くとどこからともなく声が聞こえてきた。

 

「止まれ!」

「おまい達はいい人間れすか? それとも悪い人間れすか?」

 

 気配が複数。囲まれているのがわかる。

 やるのか、とジュンシーが視線を向けてくるが、カナタはひとまず会話を続けることにした。

 

「いい人間だ」

「では武器をくらさい!!」

「武器を……? それは出来ない。我々は奪われた武器を取り返しに来た」

「じゃあ仕方ないれす……身包み剥がせてもらうれすよっ!!」

 

 囲んでいた気配が動いた。

 かなり素早い。が、来るとわかっていれば対処は容易い。

 ミンク族を相手に鍛錬を積ませたこともある。この程度なら十分対応できる範囲だ。

 僅か数分の戦闘で辺りには静寂が戻り、ジュンシーは六合大槍を肩に乗せて呟く。

 

「──で、結局何なのだ、こやつらは」

「小人族だな。私も初めて見る」

 

 気絶した小人族をつまみ上げ、マジマジと観察する。尻尾が生えているが飾り物と言うわけでは無いようだ。

 それに、先の戦闘を見る限り腕力も速力も決して人間に劣っているわけでは無く、むしろ勝っていると言っても過言ではない。

 地上部分にある気配は獣のものばかりであることを考えるに、大多数はおそらく地下で暮らしているのだろう。

 監視もいたようで、彼らの後を追って小人族の集落を探す。

 

「小さくてすばしっこくて……とっても戦いにくいです」

「フェイユンからするとそうなるか。人選を誤ったな」

 

 ただでさえ普通の人間であっても小さく感じる巨人族だ。小人族などアリにも等しい。

 見聞色は扱えるのでどこにいるかさえわかれば薙ぎ払えるのだが、すばしっこいので当てるのも一苦労だろう。

 

「──出てきたな」

 

 入口で待ち構えていると、小人族の戦士らしきもの達が大勢出てくる。

 皆武器を構え、それぞれ仲間をやられた怒気に溢れていた。

 

「おまい達、わるい人間れすね! ぼく達の仲間をよくも……!」

「我々は奪われたものを取り返しに来ただけだ。返してもらえればすぐにでも出ていくが──」

「うるさいっ! 問答無用れすよっ!」

 

 襲い掛かってくる小人族を前に、カナタは一度肩をすくめ──覇王色の覇気でそのほとんどを戦闘不能に追い込んだ。

 

「え……えっ!? ど、どうなってるれすかっ!?」

 

 残ったのは小人族の戦士の中でも特に強いと目される数名のみ。

 その数名もジュンシーの槍で吹き飛ばされた。穂先ではなく柄部分で吹き飛ばしたのは、せめてもの情けか。

 

「……結局、これが一番早いわけか」

 

 力づくではあるが、これも仕方がない。

 取り返すべき物だけ取り返して、手早く帰るのがいいだろう。盗人から盗まれたものを取り返そうとしただけでとんだ大事になったものだ。

 入口から小人族の国に侵入し、内部にいる小人族たちを軒並み気絶させて探し物をする。

 フェイユンは入れないので入口で留守番だ。

 

「……あ、あったー!」

「良かった……何とか見つかった……」

「探し物は見つかったか? ならさっさと出て行くぞ」

「船長、此処に置いてある金目の物とか持って行かないんです?」

「私たちの目的は略奪じゃない。お前らが愛用している剣を取り返したいと言うから来ただけだ」

 

 相手が海賊ならまだしも、悪いことは何も──してないとは言えないにしても、一般市民だ。迷惑料でも貰いたい心持ちであることは否定しないが、それをやるほどの相手でもない。

 何故小人族が盗みを許容されているのか不明だが、カナタ達からすればいい迷惑だった。

 武器を奪うだの身包みを剥ぐだの、ろくでもないことばかり言う種族もいるものだと思う。

 何が〝愛と情熱の国〟──人の物を奪うことの愚かさを知らぬらしい。

 まぁカナタたちは一般的に見れば海賊なので、奪われても基本文句は言えないのだが。

 

 




次話から普通に週一投稿に戻ります。365連休が欲しい。


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第六十六話:ワノ国

 ドレスローザでの用は全て終わった。

 小人族から武器も取り返せたし、物資の補給も終わったし、ワノ国への永久指針(エターナルポース)も手に入れた。

 あとは出航するだけなのだが、その日のうちに出航するほど急ぐ旅でもない。

 一日くらいはドレスローザの名物料理を楽しんだのち、ワノ国へ向かう。そう決めて様々な料理を楽しみ、海軍に見つかる前に退散するのだ。

 出航直前、ゼンが二枚の紙を持ってカナタの下へやってきた。

 

「……これがそうか」

「はい。カナタさんとクロさんのビブルカードです」

 

 事前に爪の欠片を貰っておき、〝新世界〟で店に持って行けばビブルカードを作ってくれる。

 もし後ろから付いてきている二隻のうちどちらかがはぐれても、このビブルカードを辿れば合流できるという訳だ。

 クロの方はよく迷子になるので念のために作った。

 

「助かる。これで迷子になっても探すのが楽になる」

「えー、オレそんなに迷子になった覚えはないぜ?」

「シャボンディ諸島で奴隷にされかけたくせによく言う」

「ヒヒヒ、あん時は首輪も手錠も海楼石じゃなかったからな。海軍に捕まって海楼石付けられたらヤベェかもしれねェけど」

 

 クロだって自然系(ロギア)の能力者だ。真面目にやればそうそう遅れは取らないはずなのだが、間が抜けているのか戦闘センスがないのか、単純な戦闘能力だけで言えば戦闘員の中でも下の方だ。

 もう少し何とかならないものかと思うが……こればかりは本人次第でしかない。

 

「……ま、捕まってもまたお嬢が助けてくれるだろ」

「毎回当てにされても困るのだがな」

「そう言っても助けてくれるところがいいところだと思うぜ。よっ、このツンデレ!」

 

 鈍い音がしてクロの頭にたんこぶが出来る。

 こりゃいかんと退散したクロにため息を吐き、カナタたちの後ろに付く二隻の航海士を呼んでカナタのビブルカードを渡しておく。

 迷ったらこれを辿れと使い道を教えて。

 傘下の海賊として忠実に後ろをついてきているが、何だかんだとよく言うことを聞く出来た部下たちだ。

 忠義には報いるのが上役の常だ。これを怠ると離反されたり裏切られたりする。

 勝手に期待して勝手に失望する分にはどうでもいいが、きちんと仕事をするなら褒賞を与えなければならない。

 古参も含めてある程度は考える必要があるだろう。

 

「……今はワノ国に行くことだけ考えておけばいいか」

 

 後で考えることにした。

 今は兎にも角にもワノ国だ。

 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟に関する様々な情報を手に入れる最大のチャンスがすぐそこにある。

 ついでに質のいい武器を手に入れたい──と、此処まで考えてふと気が付いた。

 

「……おい、ゼン」

「ヒヒン。なんでしょう?」

()()()()()()()()()()()()()()

 

 ワノ国は世界政府加盟国ではないし、鎖国国家であるがゆえに他国との交易もない。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「あー……独自通貨、ですね……」

「……必要な資金は何かを売って手に入れる必要がある、か」

「一応完全に鎖国という訳でもないのですが……中に入れば独自通貨なので変わりませんね」

「そうなのか?」

 

 ワノ国の中で〝白舞〟という土地では唯一外との交易がおこなわれているという。

 とはいえ、それだけでワノ国全土の需要を満たせるわけでは無い。ゼンは為替をおこなったこともないので出来るかわからないし、交易するならそれに越したことはない。

 

「交易するなら何がいいですかねェ」

「そうだな……」

 

 自給自足が出来ていると考えると、ワノ国では手に入りにくいものがいい。

 ドレスローザで手早く大量に手に入って、ワノ国で需要がありつつ手に入りにくいもの──即ち、香辛料だ。ついでに銀や金の類も基本的にはどこの国でも価値はあるだろう。

 出航直前とはいえ、気付いただけよかったと思う。

 積めるだけ船に積んでようやく出航だ。香辛料は交易で使える上に何かと便利だし、何なら自分たちで使ってもいいので腐らない。

 潰しが利くという意味ではこれ以上のものは無いだろう。

 気を取り直し──カナタ達一行はワノ国へ向けて帆を上げた。

 

 

        ☆

 

 

 ──ワノ国近海。

 常に渦巻く悪天候、岩礁と押し返す海流の最後に待ち構える巨大な滝。

 座礁した船がそこかしこに流れ着いている。カナタたちとて一歩間違えればああなるだろう。気を付けて操舵しなければならない。

 選ぶ急流を間違えれば船はたちまち大破する。

 そこは航海士の腕の見せ所──カナタはきっちり海流を読み、無事急流を抜けて滝付近へと辿り着いた。

 

「……どうやって登るんだ?」

「私は最初は鯉にしがみついて登ったのですが、今回は別の方法で行きます」

 

 ()()()()のだ。

 通常、この方法で入国するには〝白舞〟大名である霜月康イエの許可が無ければ無事には通れないが……ここにはカナタがいる。

 凍り付かせた滝を叩き割り、上からさらに落ちてくる水を氷の傘で防ぎながらその奥──〝潜港(モグラみなと)〟へと辿り着く。

 積荷や船員はゴンドラで引き上げるのだ。

 しかし、当然ながらいきなり見知らぬ船が入り込めば警戒される。

 

「何者だ!?」

「止まれ! どうやってこの場所のことを知った!?」

「ヒヒン、驚かせて申し訳ない。霜月康イエ様はいらっしゃいますか?」

「何……!?」

 

 警備にあたっていた侍の下へ降り立ったゼンは、出来る限り温和な態度で大名である康イエがいるかどうかを尋ねる。

 訝し気にゼンのことを眺める侍たち。ワノ国でも随一の猛者たちと言うだけあって肝が据わっている。

 多分、彼らの中でゼンのことは妖怪扱いだろうから。

 

「私の姿と『ゼンが訪ねてきた』と告げてもらえればわかるかと思います」

「貴様、康イエ様とどういう関係だ……!?」

「過去に友誼の宴を開いていただきました。荒事にはしたくありません、取次をお願いします」

 

 ゼンの発する覇気に気圧されたのか、侍たちはやや後ずさりながら刀を構え、うち一人が伝令としてゴンドラへ走る。

 待つこと十数分──侍たちもゼンも動かずに互いの動きを見張っていると、ゴンドラが降りてきた。

 伝令に走った侍と、ハリネズミのような髪形の堂々とした男性──霜月康イエが息せき切って降りてきたのだ。

 

「ゼン殿! 伝令を聞いてもしやと思ったが……やはり貴殿だったか!!」

「康イエ様! ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです!」

 

 互いに笑いながら握手を交わし、康イエは周りの侍に「おれの友人だ! 丁重に扱え!」と一喝する。

 周りの侍は一斉に姿勢を正し、謝罪するように頭を下げた。

 

「いえ、私も長くワノ国を離れていた身。今や私のことを知る者も少ないでしょう」

「……そうだな。貴殿がワノ国を出てから十年以上が経った。あのおでんも今や〝九里〟の大名だ……時が過ぎるのは早いものだな」

「なんと、あの〝九里〟の大名におでん様が!?」

 

 目を丸くするゼンに、思わずと言った様子で康イエが笑う。

 

「そうとも! 昨年の話だ。〝九里〟の荒くれどもをまとめ、あの〝地獄〟を人の生きる〝(さと)〟に変えたのだ!!」

「あのおでん様が……なんと立派に……」

 

 話が弾んで立ち話が長くなりそうなところで、カナタは船から声を上げた。

 このままでは日が暮れてしまう。

 

「ゼン。まずは話を付けるのだろう。長い話は酒の肴に取っておけ」

「そうですね。まずはこちらを優先しましょう」

「……あちらの御仁は?」

「ヒヒン。今お世話になっている船の船長です。〝潜港〟に来たのは交易で通貨の都合を付けたいという理由もありまして……」

「なるほど……しかし、あれほど若い娘がこの三隻の船の船長を?」

「ええ、見た目に寄らぬ豪傑です。私の背に乗せても良いと思うくらいには」

「ゼン殿がそう言うほどか……なるほど。交易の件は了承した」

 

 交易をする分には問題ない。

 多少時間はかかるが、持ってきた品物を確認して支払いをするまで康イエの治める〝白舞〟に宿を用意してくれるという。

 盗みは基本的にありえないが、念のために手に持てるような貴重品は出来る限り持って行くべきだ。

 不届き者がいれば康イエの顔に泥を塗ることになるので侍たちの眼光もすさまじい。

 ワノ国で使えない金品は鍵をかけておけば大丈夫だろうし、魚人島から持ってきた〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟は持ち運べるようなものでもない。カナタの部屋にある最上大業物〝村正〟だけはカナタの腰につけ、ゴンドラに乗って〝白舞〟へと登る。

 

「──ここがワノ国か」

 

 今まで見てきた島のどれとも違う景色が広がっていた。

 建物の様式、文化、文明……鎖国国家であるがゆえに独自に発達したそれらは、時折噂に聞くワノ国の姿からかけ離れている。

 

「ここはワノ国が〝白舞〟……我が霜月家が治める土地だ。ゆるりとしていってくれ、お客人」

 

 自らが治める土地を誇るように、康イエは笑って迎え入れた。

 

 

        ☆

 

 

 交易の代金の清算は少しばかり時間がかかる。

 急にやってきて即日納品即日換金とはいかないものだ。量を考えても二、三日はかかるとみていい。

 康イエはある程度外貨の換金もしてくれるようなので、少額ながら小遣いを渡された船員たちは騒ぎを起こさないことを条件に観光しようと散らばっていった。

 とはいえ、あまり遠くには行けないので近隣の街へ行くくらいだが。

 一方で、カナタとゼン、ドラゴンの三人はワノ国の中心に位置する場所──将軍の暮らす〝花の都〟に向かっていた。

 ワノ国に訪れた最大の目的を果たすためであり、ゼンが世話になったという光月スキヤキに会うためでもある。

 

「〝白舞〟から〝花の都〟へは矢文を飛ばしてあるそうです。話は通っていると見ていいでしょう」

「……通信手段はないのか?」

「無いですね。とはいえ、ワノ国の矢は千里を越えて飛びますから、大事であればすぐに伝わります」

 

 徒歩で移動するにはやや遠い距離ということで馬を二頭貸してもらい、ゼンと並走させながら都を目指す。

 自分で走った方が圧倒的に早いといえばそうなのだが、折角の好意を無下にするのもどうかと思ったのだ。結果としては尻が痛くなってしまったが。

 慣れないことはするものじゃないと思いつつ、都の入口で待っていた侍に案内されて都の中央──将軍の住む城へと案内される。

 

「都と言うだけあって、ここはかなり発展しているな」

「刀を腰に下げた侍たちがそこかしこにいるな。ワノ国の侍たちは世界政府も手を出しあぐねる程と言うが……」

 

 ワノ国の武人を総称して〝侍〟と呼ぶ。

 ゼンの話によれば忍者もいるようだが、彼らも枠組みとしては侍の一部なのだとか。

 平均的な実力は高いが、カナタの見聞色の範囲内で言えばドラゴンやジュンシーほど強い者はほとんどいない。いても片手で数えられるくらいだ。

 

「練度で言えば〝白舞〟の侍がワノ国一の強さでしょうね。彼らは唯一外との繋がりがあるので、常に精強でなければならないのです」

「なるほど……確かに組織としての練度で言えばかなりの強さだった」

「都にもちらほら強そうなのが何人かいるが、都の番人か何かか?」

「ヒヒン、侠客でしょうか? 私がいた頃にも名を揚げていた方がいましたし」

 

 案内人にその辺を聞いてみると、現在のワノ国で一番有名なヤクザは〝花のヒョウ五郎〟なのだという。

 手を出さぬようにと言われたが、言われずとも手を出すつもりは無かった。

 ヤクザの相手など面倒なことに関わるつもりは無い。

 

「しかし、我々は目立ちますね」

「一番目立っているのはお前だと思うが」

「ミンク族と光月家は兄弟分なのだろう? ワノ国とゾウで交流はなかったのか?」

「無いですね。あったらああも心配されませんでしたよ」

 

 それはそうか、と納得する二人。

 深い関係はあっても交流があったのは過去の話。だが「何かあったら互いに協力し合う」という口約束にも等しい、しかし命よりも重い誓約を結んだ仲だ。

 ゼンもまた、その関係性を頼ってワノ国にまで来たのだから、少なくとも約束は果たされているということだろう。

 そうこう話しているうちに城につき、上へ上へと登って将軍のいる広間へと通された。

 護衛に数名、腕の立つ侍。

 屋根裏には怪しい動きをしていないか見張る忍者。

 その奥に──ワノ国の将軍、光月スキヤキがいた。

 

「──久しいな、ゼン!! お前が戻ってきたと聞いて、私は胸が躍ったぞ!」

「ヒヒン、お久しぶりです、スキヤキ様! 壮健のようで何よりです!!」

 

 ゼンの記憶の中にいるスキヤキよりも幾分年を取って皺が増えているようだが、人間ならばそれも当然。

 懐かしそうに談笑する二人の横でカナタとドラゴンはしばらく静かにしており、話が一段落したところでスキヤキは二人に話を振った。

 

「──して、横の二人はゼンとどのような関係が?」

「今お世話になっている船の船長と、その補佐をやっておられる方です」

「おお、そうなのか! 船に世話になっているとは、今は商船でもやっているのか?」

「似たようなものですが……いえ、色々ありまして、今は追われる身です」

「何と、追われているのか!?」

 

 世間知らず、と言うのがスキヤキの印象だ。

 当然といえば当然ではあるが、ワノ国の外から情報など入ってこないため、世界政府の存在自体も知らないのだろう。

 時折国外に出ていく者もいるようだが、基本的にワノ国では海外に出ることは違法である。

 

「お前には世話になった。好きなだけここにいると良い」

「ありがたいお話です。……して、実はスキヤキ様に内密のお話がありまして」

「ふむ?」

 

 出来れば他の誰にも聞かせたくない、と言うゼンの話に眉をピクリと動かし、スキヤキは周りの侍たちに「下がっていろ」と命じる。

 しかし、と反抗する侍たち。

 カナタたちは海外の者だ。ただでさえ信用できない相手だというのに、内密の話をするためとはいえ護衛もなしに部屋を出るのは納得できないのだろう。

 たとえ忍者が潜んでいたとしても、だ。

 

「御庭番衆たちも退かせよ。私の命令である」

「……わかりました」

 

 スキヤキの強行に苦渋の顔をしながら、侍たちは部屋を出る。

 見聞色で探ってみたが、お庭番衆と呼ばれた忍者たちもいないようだ。

 カナタはドラゴンに目配せし、持ってきたバッグから数枚の紙を取り出す。

 

「実は、こちらを見ていただきたく」

「──こ、これは……!!?」

 

 二枚の〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟と、二枚の〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟だ。

 スキヤキは驚きで目を見開き、食い入るように石の写しを見る。

 

「何故これを……これは、光月家に代々伝わる暗号だぞ!?」

「国外において手に入れたものです。〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟に書かれていた物の写しになります」

「……それは国外にて手に入れたのか?」

「そうですね。我々は現在、この謎を追っています」

 

 驚きで虚脱した様子のスキヤキは、そこで視線をゼンからカナタへと移す。

 

「そなたたちがこれを集めているのか? ゼンは武人だ。こういったものに興味を示すとは考えにくい」

「そうですね。我々はこの文字を読める者を探し、ゼンに心当たりがあると言うのでこうしてワノ国に赴いた次第です」

「そうか……これは、何を目的とした物なのだ?」

「我々にもわかりません。歴史や過去に遺失した兵器などが書かれていると噂されていますが、真実は今のところ誰にも」

「なるほど……」

 

 スキヤキは納得したように紙の一枚を持ち上げる。

 ゼンにはかつて秘密の暗号を見せたことがある。光月の創り出した〝壊れない石〟の存在も然り。

 そこからスキヤキを訪ねて情報を得ようとするのは、なるほど道理でもあるだろう。

 ただし……スキヤキが知っているのは、〝古代文字〟と〝壊れない石〟の存在だけだ。過去に光月家の先祖たちが作ったそれの存在を知ってはいても、石そのものがどこにあるのか、何が書かれているのかまでは知らない。

 最初に手に取ったのは魚人島にあった石の写しだ。

 

「この紙に書かれているのは、〝ジョイボーイ〟なるものから〝人魚姫〟なるものへの謝罪文だ。歴史のようなものではないようだが……」

「なるほど、謝罪文……」

 

 スキヤキが嘘をついていたとしても確かめるすべはない。だが、嘘を吐く意味もない。

 ゼンが信じたこの男の誠実さを信じるしかないだろう。

 スキヤキはもう一枚を手に取り、目を通して内容を咀嚼していく。

 海賊島ハチノスに在った石の写しだ。

 

「……これは、〝暗月〟と呼ばれる侍……いや、この読み方は少し違うな……騎士か? その存在と、〝Dの一族〟の盟約を記した内容だ」

「〝暗月〟……」

 

 騎士の一族。

 Dの一族。

 引っかかる言葉だ。オクタヴィアの言葉が脳裏をよぎる。

 ──〝Dの一族〟を探せ。我々は彼らと共に戦う〝騎士〟の一族。

 

「……私も〝そう〟だとでも言う気か」

 

 カナタは考え込みながら小さく呟いた。

 オクタヴィアはロックス・D・ジーベックという男を見出し、彼と共に戦った。

 ではカナタはどうすべきか。

 図らずもドラゴンと行動を共にし、今現在肩を並べて戦っている。今後のことはわからないが、少なくとも見殺しに出来ない程度には情も移っている。

 一族だの血脈だのに興味はないが……古くから引き合うものなのだろう。なるようにしかならないのなら無理に引き離すこともない。

 

「時を待て。再び〝彼〟が現れる時を……誰かを待ち続けると言った内容でもあるな。この紙からわかるのはこれくらいだ」

 

 スキヤキは一息置き、怒涛の展開に思わずため息を吐く。

 古い友人が訪ねてきたかと思えば、一子相伝の暗号で書かれた紙を見せてくる。歴史の一端を知ったせいか、他にはどんなものがあるのか気になってきていた。

 これではおでんのことを放蕩息子と笑うことは出来んな、と茶を飲みながらスキヤキは思う。

 再び紙を手に取り、内容に目を通す。

 残りの二枚は魚人島とゾウにあった〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟だ。

 

「この二枚はどこかの場所を表しているのか? わかりにくい言い回しだ……」

 

 スキヤキが読み上げることを一つ一つメモし、解読していくカナタ。

 古代文字を読むことは出来ても、航海士としての知識は全くないスキヤキでは場所を割り出せない。

 一通り読んでもらった情報を精査し、「これをもとに海図を描くことが出来る」とカナタは言う。

 

「四つの地点を示し、その中央にまだ見ぬ島が浮き上がる……か」

「そこに誰も行ったことのない島があると?」

「そうだな。残りの二つを探す必要があるが……」

「……赤い石を探しているのであれば、少しばかりついてくるがいい。この国にも()()はある」

 

 そういえばここにもあったな、とカナタはうすぼんやり考える。

 カナタ達三人はスキヤキの後ろに続いて城の倉庫に入り、そこに鎮座している赤い石を見上げた。

 

「順調も順調、恐ろしいくらいだな」

「後の一つに関しては全く手掛かりがない。地道に探すしか無かろうさ」

 

 実際のところ、全くないわけでは無いのだが……まぁその辺りは誰に言っても信じてもらえるわけでも無し、カナタは一人胸の内に秘めておくだけだ。

 そもそもぼんやりとしか覚えていないので地道に探した方が確実なのは事実だ。

 広間に戻った四人は、一仕事終えてどっと疲れが出たのでお茶を飲んでいた。

 

「どれくらいワノ国に滞在する予定だ?」

「そうですね。その辺りは彼女の意思一つですが……」

「少なくとも一、二週間は滞在したいと思っています。我々もこの国の質のいい武器には興味がありますし、何より情報を精査する時間が欲しい」

「そうか。では今日くらいは泊まっていけ。城下町の宿を手配しよう」

「ヒヒン。それはありがたい。しかし、康イエ様に連絡を入れねばなりませんな」

「康イエのところに滞在しているのか?」

「我々は〝潜港〟より上がってまいりましたので」

 

 康イエにはスキヤキから矢文を飛ばすそうだ。

 カナタは子電伝虫を使ってジョルジュに連絡を入れ、今日は戻らない旨を伝えておく。

 ゼンも積もる話があるだろうし、カナタ達は城下町で目立ちつつもワノ国の文化を肌で感じることにした。

 

 ──翌日。海外から船が来たと聞きつけた光月おでんが現れ、カナタに対して「おれを船に乗せろ!」と勝負を挑んできた。

 



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第六十七話:光月おでんの憂鬱

 宴を開き、夜通しスキヤキとゼンが懐かしそうに話していた次の日の事。

 手配してもらった宿にて、スキヤキに読んでもらった〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟の内容を精査して海図を描く準備をしていると、にわかに宿の前が騒がしくなる。

 何事かと思って顔を出してみれば、カナタの倍はあろうかと言う背丈の大男が仁王立ちして宿の女将と話しているところだった。

 

「だから、おれは父上の客と言うやつに会いてェだけなんだって!」

「スキヤキ様から『絶対に会わせるな』と言われているんです。お願いですからお引き取り下さい!」

 

 非常に厄介事の気配がするので黙って顔を引っ込め、また作業に戻る。

 別室のドラゴンは「何事だ?」と尋ねてきたが、どうもスキヤキが会わないよう手を回しているため、言うとおりにしておいた方がいいだろうと伝えておく。

 どうせカナタはやることがあるので部屋から出るつもりは無い。

 ドラゴンは特にやることもなく暇なようなので、姿を隠して宿の裏口から外に出て行ったようだが。

 押し問答を続けること一時間近く。

 随分粘るなと思いながら作業を終え、窓の外をのぞき込む。

 ──すると、視線に気づいたか、あるいはずっとこちらを見ていたのか……大男がカナタに気付いた。

 

「いるじゃねェか……ちょっと会って話をするだけだ! 降りてきてくれねェか!?」

 

 大声でカナタを呼ぶ男。

 「おでん様!」とどこかから来た侍たちが宥めようとしているが、おでんと呼ばれた男は退く気もなさそうだ。

 スキヤキの意図に反することになるが……あまり居座られては宿としても迷惑だろう。

 カナタは渋々部屋を出て階段を降り、正面入口から顔を出す。

 

「うるさい男だ。静かに出来ないのか?」

「おお……お前が海外から来たという商人か!? なるほど別嬪だ。噂になるだけはある」

 

 おでんは実に機嫌が良さそうに笑い、カナタの姿を上から下まで眺める。

 

「……見た目は別嬪だが、それ以上に底知れねェな。かなり強いだろ、お前」

「そういうお前も中々強そうだ。うちの部下といい勝負をするだろう」

 

 カナタと比べればまだ弱いが、ドラゴンやジュンシーと比較すればいい勝負になるだろう。

 おでんはにやりと笑い、「自信がありそうだな」と刀に手をかけた。

 慌てたように後ろに付く侍は諫めようと言葉を投げかけた。

 

「おでん様! ここで刃傷沙汰は拙いですよ!」

「おっと、そうだな。それに戦うことが目的じゃねェんだった」

 

 うっかりしていたと言わんばかりに額を叩き、おでんはまっすぐにカナタの方を見やる。

 

「おれをお前の船に乗せてくれ!」

「いいぞ」

「駄目と言っても──うぇ!? いいのか!!?」

「自分から言っておいて驚くとは……」

「駄目ですよおでん様! ワノ国には国外に出ることを罰する法律があるんですから!」

「うるせぇな……相手がいいって言ってんだ。構わねェ!」

 

 おでんが聞く耳を持たないと判断した錦えもんと呼ばれる侍は、次はカナタに向き直って説得し始める。

 曰く、ワノ国には出国を強く罰する法律があり、勝手に連れて行っては困ると。

 本人に言っても聞かないのだから船の船長であるカナタに言えばどうにかなるだろうと思ったようだが、カナタとしては本人が好きなようにやらせればいいと思っていた。

 

「私は来る者拒まず去る者追わず、だ。乗りたければ好きにしろ」

「話が分かる女だ! じゃあ早速出立の準備をするぜ!」

「ただ、事情は知っておきたい」

 

 適当に近くの茶屋へと足を運び、茶と団子で一服しながらおでんと錦えもんに話を聞くことにした。

 海外に出ることを禁じる法律がありながら、おでんはこの国を出たいという。そこまでやる理由はあるのか、と。

 

「そんなもん、この国が窮屈だからに決まってる!」

「窮屈? ワノ国は他の島と比べても幾分広い方だ。窮屈と感じる程ではないと思うが」

「広さの話じゃねェよ! あれは駄目、これは駄目と……この国はおれには小さすぎる!」

「ふむ」

 

 法律、ルール……そういったものが自身を縛り付けることがどうしても苦手なのだろう。

 強さはあるし、慕われてもいる。本人がそう思わずとも君主としては最低限やっていけるだろうが、本人は国にいるより外に出たいと。

 わからないでもないが、そういう理由であればカナタの船は向いていない。

 

「だったら私の船はやめておけ」

「……何故だ?」

「船とて一つの組織。規律は当然ある……お前が思っているより、私の船は規律が多いぞ」

 

 一つ一つ船の上でのルールを聞かせていると、おでんの顔が段々と嫌そうな顔になってくる。

 遂には机に突っ伏してしまい、どうしたのかと錦えもんが目を白黒させた。

 

「今回は……諦める……」

「えェ~~~~!!? おでん様が自発的に諦めた!?」

 

 あまりに衝撃的だったのか、錦えもんは椅子に座ったままひっくり返った。

 一方のカナタは「だろうな」と言わんばかりの顔をしている。

 一人旅ならまだしも、同じ船に乗って暮らす船員であればそれなりにルールはある。ある意味船が一つの国のようなものだ。

 ワノ国の法律や決まりごとが窮屈だからとカナタの船に逃げても、船にあるルールが守れないのならワノ国にいるのと何ら変わりはない。まぁカナタの船は他の海賊などと比べるとかなり厳しい規律を敷いているのだけれど。

 これがロジャーであれば「好きにやれ!」とでも言いそうなものだが、生憎カナタはそういう性分ではない。

 

「満足したか、錦えもんとやら」

「あ、ああ……今も驚きで心臓がバクバク言っておるが、そういうことならこちらとしてもありがたい」

 

 元より大名。国から出るのは下の者にも示しがつかない。

 そういう意味では確かに良かったのだが、おでんらしくないと思わず視線を向ける錦えもん。向けられた本人は折角の機会だというのにしょぼくれていた。

 カナタは団子を一つ口に運び、舌鼓を打ってお茶を頂く。

 

「他人の船がダメなら自分で船を出すことだな」

「おれがやらなかったと思うのか? 当然何度も出ようとした……だが、おれ自身に航海の才能がねェんだ。毎回失敗して戻る羽目になる」

「生きて帰れるだけ儲けものと思え。ワノ国周辺の海は常に悪天候だ、一度出れば戻るのも至難だぞ」

 

 並の人間なら船から放り出された時点で命を諦めるレベルだ。航海の才能がないならなおさら出ることは諦めたほうがいい。

 一部の能力者以外は泳げたとしても海に落ちれば命はない。それが〝新世界〟なら尚更のこと。

 

「おれは海外に行きてェんだよ! 世界が見てェんだ!!」

「我儘な……私の船でも乗っ取ってみるか?」

「船だけ乗っ取ったっておれは船を動かせねェだろ」

「密航したところで海に放り出して終わりだからな。今回は縁がなかったと思って諦めろ」

 

 がっくりと項垂れたおでん。

 今まで海外から誰かが来ることなどなかったが故に、これが最大のチャンスだったのだが……乗った先でも同じように多くの規律に縛られるのでは国を出る意味がない。

 そこを何とかと頼み込むも、カナタは聞く耳を持たない。

 

「特別扱いしろとは言わねェ! どこかの島まで送ってくれるだけでもいい!」

「私の船に乗るなら()()()()()のが最重要項目だ。言うことを聞かない者を連れて行く理由はない」

 

 乗りたければ乗せるが、それは規律を守るという前提があってこそだ。

 規律を乱す者はいずれ不和を招く。

 この男は堅苦しい慣習やワノ国の法律を嫌って国外に出ようとしている。その感覚のままカナタの船に乗っても、恐らく規律を守ることはないだろう。

 自分が約束を守らないのに相手に約束を守れなどとは片腹痛い。

 

「それとも、私を打ち負かして言うことを聞かせてみるか?」

「……いや、それは止めておく」

 

 いつもなら挑発に乗っているところだが、カナタはスキヤキの客分として都に滞在している。

 如何におでんが破天荒でも、父の客人と喧嘩をするつもりは無かった。

 お茶と団子を楽しんだのち、カナタは一度城に行くという。ついでのようにおでんと錦えもんも城を訪ね、ゼンと鉢合わせしておでんがひっくり返った。

 

「ゲェッ、ゼン殿ォ!? 帰ってきてたのかよ!?」

「おでん様、お久しぶりです。相変わらずの破天荒ぶり、私の耳にも届いていますよ」

「ウ……いや、それは……」

「お、おでん様?」

 

 妙にタジタジになるおでんを見て、錦えもんは首を傾げる。

 何をやったんだとカナタがゼンに問うと、昔少しばかり教師役をやっただけですと答えた。

 

「昔から言うことを聞かない悪童でした。遊郭へ入り浸って城の金を使い込んだり、酒の勢いで博徒たちと大喧嘩したり……それが今では九里の大名とは、立派になったものです……」

「碌なことをやっていないな」

「うるせェ! 昔のことだ! それに、やったことを後悔してもいねェ!」

 

 子供のころから遊郭やら酒やらで騒ぎを起こしていたらしい。今でも十分破天荒だが、昔からのようだ。

 おでんは居心地悪そうにしている。昔の自分をよく知る者は城に多いが、ゼンはまた別らしい。

 スキヤキの友人兼家臣だったという理由もあるし、おでんの家庭教師であったという理由もある。唯一おでんを止められる存在だったのだ。

 

「ゼン殿は昔からめちゃくちゃ強くて勝てたことがねェ……今となっては負けるつもりもねェがな」

「ほう、言うようになったではないですか。〝天羽々斬〟と〝閻魔〟を使いこなせるようになって、この国では頂点に立ったかもしれませんが……海外にはより強い者も多い。まだまだ井の中の蛙ですよ」

 

 〝天をも切り落とす〟と呼ばれる〝天羽々斬〟。

 〝地獄の底まで切り伏せる〟と呼ばれる〝閻魔〟。

 共に〝大業物二十一工〟に属する銘刀である。

 ワノ国で唯一おでんだけが使いこなしていると呼ばれる刀だ。それを扱うおでんとて並の実力ではない。

 

「いいぜ、だったらおれの今の実力を見せてやる!」

 

 ゼンとおでんは互いに火花を散らしながら城の外に出て行った。どこか広い場所で手合わせでもするのだろう。錦えもんも一礼しておでんに付いていったが、あの男はストッパーとして機能していない気がする。大丈夫かとカナタはぼんやり考えながら、視線をスキヤキに移した。

 一晩中飲み明かして顔色の悪いスキヤキはと言えば、酷く痛む頭を押さえながら二人を見送っていた。

 

「……ゼンは何故ああも元気なんだ……まだ若いな……」

「調子が悪いのであれば休まれてはどうですか?」

「そうしたいのは山々だがな……いや、客人に心配されるとはこのスキヤキ、一生の不覚だ……」

 

 これだけ調子が悪いのでは公務にも支障が出る。

 素直に休んだ方が賢明だろう。

 

「ゼンは好きなようにさせますが、私とドラゴンは一度〝白舞〟へ戻ります。交易の件もありますし、置いてきた部下たちもいますので」

「そうか。昨夜は楽しい宴だった……康イエもゼンとは友人だ。あまりゼンを引き留めるとあやつもへそを曲げてしまうだろう」

 

 スキヤキは笑って「ゼンも連れて行ってやってくれ」と言う。

 午前中は諦めて休むことにしたのか、スキヤキはふらふらと部下に付き添ってもらいながら部屋から出て行き、カナタもまた城を出てゼンを探すことにした。

 他と比べて強い気配を辿っていくと、都から少し離れた場所で剣戟を交わす二つの影があった。

 大刀二振りを自在に操るおでんと、一本の槍を自在に操って互角以上にわたり合うゼン。

 実力的にはややゼンが優勢だ。

 近づくカナタに気付いたのか、錦えもんは手を挙げて「こちらだ」と呼び寄せる。

 

「おでん様と互角以上に張り合うとは……凄まじい槍の名手でござるな」

「奴は私の船の中でも一、二を争う実力者だ。あの男より強い者などそれほど多くは……」

 

 いない、と言おうとして脳裏をよぎる人数が多かったので途中で言葉を切った。

 平均的な実力で言えば強い方だが、ゼンより強い者はこの海にそれなりにいる。

 今やカナタもそちらに入るのだ。

 

「海とは広いのでござるな……」

「ああ、広いぞ」

 

 その後、ゼンとおでんの戦いは数時間続けても決着が付かなかった。

 ゼンに「一度〝白舞〟に戻る」と告げ、ドラゴンと合流しておでんたちと共に一路〝白舞〟へと向かうことになる。

 

 

        ☆

 

 

 その夜。

 黒炭オロチ、黒炭せみ丸、黒炭ひぐらしの三人はとある家屋で密談をしていた。

 突如として現れたカナタたちの存在で計画にズレが生じ始めていたため、必要だと判断してひぐらしが集めたのだ。

 そして、会議が始まって早々にひぐらしはオロチに対して「今は絶対に目立つ行動をするな」と指差した。

 

「……動くな? 色々手を回す段階だろう。今動かないでいつ動くんだ」

「ニキョキョキョキョ……まだ若いね、オロチ。手を回すのはいつでも出来る……だが、お前の命は一つしかない。下手に動けばその首、簡単に刎ね飛ばされるよ」

「何……!?」

 

 脅すように顔を近づけるひぐらしに対し、オロチは下がりながらひぐらしを押し返す。

 ババアに近寄られても何も嬉しくない。

 

()()()はね、わしの知ってる中じゃ取り分け()()()()()()()()()()だ」

 

 ひぐらしが何かを思い出すように視線を上げ、恐ろしさにぞわりと背筋を震わせる。

 かつてひぐらしはとある海賊団に所属していた。ワノ国において権力闘争の果てに家が取り潰しとなり、その復讐を行うための準備を整えようとしたのだ。

 所属していたとある海賊団の船長にその能力を見出され、互いに利用し利用されの関係の果てに手に入れた悪魔の実を持ってワノ国へと帰ってきた。

 オロチに与えた〝ヘビヘビの実〟がそうだ。

 そして、準備を整えて後ろ盾を選別している最中──カナタたちが現れた。

 

「あの女の動き次第では後ろ盾として候補に挙げても良かったが……光月家と縁が深いのであればそれも不可能。なら関わらないのが賢明ってもんさ」

「そんなにヤバい奴なのか……?」

「ヤバいなんてもんじゃない! ()()()()()()から、本人じゃなくあの女の母親ではあるがね……ニキョキョキョ」

 

 本人でないことは確実だ。本人であれば、どれだけ隠そうともすべての会話は筒抜けになる。

 隠し事など不可能──密談がバレていない時点で、カナタとオクタヴィアは別人だと判断できる。

 

「……何をしたんだ?」

「色々さ。奴と関わると碌なことがなかった」

 

 かつての仲間を疫病神か何かのように言うひぐらしに、オロチも怪訝な顔をする。

 思い出したいことではない。

 同じ船には乗っていたが、船員同士での殺し合いは日常だった。魔境のような船の中でも絶対に手を出してはいけない数名──特に船長と副船長。そして今、この海で名を揚げている数人。

 凶悪さで言えば誰も彼もが超一流の悪党だが──当時の船長と副船長は、まさしく別格だった。

 

「……敵対すれば滅ぼし、傘下に入れば〝支配〟する。世界政府でさえ正面から打倒せんとした男を、世は〝悪魔〟と呼び……その〝悪魔〟が一声かければ容易く国を亡ぼす女を〝残響〟と呼んだ」

 

 今でこそ世界最強は彼らだと名を挙げられるロジャーやニューゲートと言った実力者も、当時はまだ最強から遠かった。

 あの時は名実ともに〝悪魔〟が世界最強だった。

 その遺志が残っているとすれば……〝残響〟にそっくりの少女に違いない。

 ひぐらしはそう考えた。

 

()()()()()()()()()。身の程を知るのは大事だよ、オロチ……ニキョキョキョ……」

 

 元より後ろ盾になってもらう海賊の手綱を握れるとは考えていないが……ひぐらしたちにとって、カナタはあまりにも荷が勝ち過ぎると判断せざるを得なかった。

 オロチは知る由もないが、ひぐらしが手に入れた情報から考えれば妥当だろう。

 この国に復讐したいオロチと外部から目的が見えないカナタでは、後ろ盾とするにはあまりに博打が過ぎる。

 大人しく時期を待つのが賢明だ。

 

「おでんを連れて海外へ行ってくれれば御の字だが……その辺りは運次第さ」

「……わかった。おれも下手には動かねェ」

「わかればいいのさ……だが、長期滞在をするのであれば何かしら考えないといけないね……」

 

 ひぐらし、せみ丸、オロチの三人の密談は深夜まで続き、カナタ達への対処を話していた。

 

 




敵対→死ぬ。
味方に付ける→やり方によっては不興を買って死ぬ。
中立を保つ→光月に不利益を与えたことがバレれば死ぬ。
うっかりオクタヴィアのことを口走る→死ぬ。
存在がバレないようにする→生き延びる。

と言うことでこういう形に。
ハードモードだけど原作でもバレたら死ぬし是非もないネ!
存在を知らないと対処できないマネマネも大概だし仕方ない。


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第六十八話:相性

 おでんと錦えもんは花の都を挟んで〝白舞〟と反対側にある〝九里〟の大名と家臣だ。

 本来であれば用事もない〝白舞〟に移動するなどしないが……錦えもんの言葉などおでんは聞き入れず、「たまには康さんに顔見せに行くか!」などと言ってカナタたちに付いてきていた。

 やはりストッパーとして力不足なのだろう。

 行きと違って徒歩での移動なのでやや時間はかかるが、おでんと錦えもんは外の話を興味深そうに聞きながらカナタ達に道案内をしていた。

 

「くそ……やはりおれも海外に行きてェな……どうにかしたいもんだ」

「駄目ですよ、おでん様!」

「少なくとも今じゃねェよ……コイツと一緒にいたら息が詰まりそうだからな」

「随分な言い草だ。自分が規律を守れないからと他人のせいにされても困るのだが」

「テメェも言うじゃねェか」

 

 カナタの返答に青筋を浮かべながら睨むおでん。対するカナタはどこ吹く風と言わんばかりだ。

 この二人、どうにも根本的なところで相性が悪いのか、時折こうして対立することがあった。

 他者から縛られることを極端に嫌うおでんと、規律を以て統率するカナタではやはり相容れることはないのだろう。

 ドラゴンとゼン、錦えもんは肩をすくめるばかりだ。

 

「まァ人間、たまにはこういう相手もいる。うちの船長とそちらの大名がそうだったというだけの話だ」

 

 表面上の付き合いに留めれば互いにいいのだが、おでんはどうしても外の話を聞いていたいらしい。

 カナタは多少の挑発を受けても流すだけだが、おでんは少し挑発されると鯉口を鳴らし始めるので厄介だった。

 似たようなやり取りもあって既に三度止めに入っている。

 カナタならまず負けないだろうが、相手は次期将軍と目される大名だ。下手なことはしないに限る。

 

「何というか、おでん様が申し訳ない……」

「いえいえ。私もおでん様のああいうところは初めて見ましたが……おでん様も大人になったものです」

 

 ゼンのよく知るおでんならとうの昔に斬りかかっている。

 それが鯉口を切るだけに留めているなら十分理性が働いていると言っていいだろう。

 カナタに関しては……どちらかと言えば先に挑発するのはおでんの側なので、おでんに余計なことを言わせなければ特に何もしないと判断されていた。

 ところで、と錦えもんが口火を切った。

 

「ずっと気になっていたのだが……カナタ殿の腰にある刀、随分な名刀ではござらぬか?」

「ああ、これか。〝最上大業物〟の一振りだ」

「何と!! かの〝最上大業物〟でござるか!?」

 

 目を丸くして〝村正〟をまじまじと見つめる錦えもん。やはり侍の性なのか、気になってしまうものらしい。

 カナタは基本的に槍を使うので刀は不要なのだが、今カナタの船で一番価値のあるものは何かといえばやはりこの刀になるだろう。それを放置して出るわけにもいかないのでこうして腰に差しているが……これはこれで様々な視線がある。

 多くは興味本位の視線だが、良くない視線も時折交じっていた。

 もっとも──そこらの野盗なら逆に処理が簡単で助かるのだけれど。

 ごくりと唾を飲み込み、錦えもんは緊張した様子で恐る恐る声をかける。

 

「み、見せていただいても……」

「構わない」

「かたじけない!」

 

 ついでに休憩することにして、カナタは適当な岩場に腰を下ろす。

 鞘ごと腰から引き抜いた〝村正〟を錦えもんに預けると、錦えもんは震える手でそれを受け取る。

 未だ剣の道半ばながら、畏れ多くも〝最上大業物〟の一振りを手にする喜びに緊張で汗をかきつつ──ゆっくりと鞘から引き抜いた。

 黒刀の紋様、反り、鎬──様々な場所をじっくりと見て、ほう、と思わず息をこぼす。

 

「美しい刀でござるな……同時に、とても強い力を感じる」

「あまり眺め過ぎない方がいい。それに憑りつかれると面倒だ」

「憑りつかれる!?」

 

 びっくりして思わずカナタの方を見る錦えもん。

 おでんも冷や汗を流してカナタの方に視線をやり、「どういうことだ!?」と問い詰める。

 普段は碌な扱いはしていないが、おでんにとって錦えもんは大事な家臣だ。おかしなことをさせまいとする気持ちはカナタでも理解は出来る。

 

「その刀は持ち主を〝人斬り〟に変える妖刀だそうだ。自分が未熟だと思っているなら余計に気を付けることだな」

「な、なるほど……その、カナタ殿は大丈夫なのでござるか?」

「私は刀を使わないからな」

「使わねェのかよ!」

 

 一瞬「それを制するほど強いのか……」などと考えたおでんだったが、そんなことは何も関係がなかった。

 鞘から抜くことすらないなら刀身を見ることもない。なるほど、刀の魅力に憑りつかれることもないだろう。

 刀を使うことはまずないが、完全に扱えないわけでは無いので人斬りになった場合は実に厄介なことになる。しかも、恐らく戦えば戦うほど強くなっていく。

 「憑りつかれてくれるなよ」と言うしかないドラゴンだった。

 そうなると誰も止められなくなる。

 

 

        ☆

 

 

 色々あったが無事〝白舞〟に到着した。

 康イエは既に積荷の換金をおこなってくれているらしく、ジョルジュが金銭関係のやり取りは全て受け持ってくれていたのでカナタは特に仕事はない。

 無いが、一連の報告は受ける必要がある。

 数名の部下から口頭で連絡を受ける様子を見ながら、おでんはぽつりと呟いた。

 

「……お前みたいな小娘が船長って聞いたときは何かの間違いかと思ったもんだが、本当なんだな」

「ぶちのめされたいのかダメ男」

「なんだ、やるのか!?」

「ちょ、おでん様!? 駄目です! 彼らは将軍のお客人ですよ!?」

 

 二本の刀を抜こうとするおでんを止める錦えもん。

 騒ぐ二人を見ながら目を丸くするカナタの部下たち。止めに入ろうとする者もいれば、刀を抜くのを今か今かと待っている者もいる。後者は襲い掛かる気満々だった。

 最終的にゼンがおでんを羽交い絞めにして止め、また余計なことを言わないうちに康イエのところへ引きずっていった。

 カナタとおでんは出来るだけ同じ場所に居させないようにするべき、という暗黙の了解が錦えもんとカナタの部下たちの間で出来上がった瞬間である。

 引きずられるおでんを見送り、ジョルジュはタバコを吸いながら呆れた顔をしていた。

 

「……何だったんだ?」

「どうも私のことが気に食わないらしい。私もなんとなくあの男は気に食わない」

「そんなもんか……珍しいことではあるが」

 

 基本的に……と言うか、少なくとも母親が絡まなければ誰にでも平等に接するカナタがこの態度を取っている辺り、不思議ではある。

 初対面では普通だったのだが、互いの事情を知るにつれてこうなったとドラゴンはお手上げ状態だ。やはり根本的に馬が合わないのだろう。

 そういうこともあるだろうとジョルジュは流し、収入と船員たちの小遣い配分などを報告する。

 事後報告ではあるが、金銭関係はあらかじめジョルジュに一任しているので問題が起きた時以外は特に対処することもない。

 出来るだけ集団で行動するように言ってあるため、何かあれば対処は簡単だろう。

 

「まァこれくらいか。そっちはどうだったんだ?」

「ああ、こちらは色々と収穫があった。だが、全員に知らせるには少しばかり厄介な内容でな」

 

 買収、スパイなども確実にいないとは言い切れない。特に最初期からいる連中と違って新規組はまだ規律が行き届いていないところがある。

 幹部格の数名だけ知っていれば十分だろう。その数名の中でも興味の有無は分かれるが。

 ハチノスと魚人島にあった通常の〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟だけならまだいいが、〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟に関しては情報の流出は避けたい。

 厳重に管理する必要がある。

 同時に、規律の徹底もしておかねばならない。

 

「少なくとも一月程度は滞在する余裕がある。他の誰かに出し抜かれるということもないだろう。多少時間をかけてでも内部の統制を優先する」

「新人どもの鍛錬と規律の徹底化だな。この国には世界政府も手出し出来ないだろうし、ゆっくりするにはいい場所だと思うぜ」

「今後は億超えの連中と戦うことも多くなるだろう。お前たちの鍛錬も同時にやるつもりだ」

「マジか……」

 

 幸か不幸か、〝白舞〟の侍たちは精強な軍隊だ。

 康イエに頼み込んで実戦形式の鍛錬をおこなえばいい刺激になるだろう。

 ここ最近で一番歯応えがあったのはカイドウだが、あれとてただ硬いだけのサンドバッグ状態だった。カナタもここらで一段上を目指したい気持ちもある。

 対等に戦える相手がいないという不満はあるが……ある程度の妥協は必要だ。

 まさかガープなど呼び寄せるわけにもいかないし、カナタと同格の相手など今となっては早々いない。

 

「……ま、必要なことではあるか。おれ達もそろそろ六式と覇気を覚えたほうが良さそうだしな」

「六式はやり方さえきっちり理解すれば容易い。覇気の基礎鍛錬のようなものだ」

 

 歩法二つは確実に覚えさせた方がいいとして。

 他四つは最低限鍛えておけば使う機会もあるだろう。覚えておいて損はない。

 今までのように基礎鍛錬と実戦形式の訓練でも強くはなれるが、引き出しは多いに越したことはない、と言う話だ。

 激化するであろうここから先の戦いで、誰も死なないためにはそうするのが一番だ。

 

「〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟について誰がどこまで知っているか定かではないが、この海にいる四人の強者は知っていると思っておいた方がいいだろうな」

 

 ロジャー、ニューゲート、リンリン、シキ。

 この広い海において、海軍ですら正面からぶつかると大打撃を免れられない四人の強者。

 特にロックスの一員であったオクタヴィアがある程度知識があったことを考えると、ロジャーを除く三人はその辺りの知識を持っていても変ではない。

 ハチノスの地下に〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を置いていたし、船員には隠していた可能性もゼロではないが。

 まぁ、何にしても今後ぶつかることは間違いない。

 戦力強化をして損することもないだろう。

 ロジャーとは出来れば戦うつもりは無いが……あの男は破天荒過ぎてどうなるか全く読めないので、どうなることやらと思っている。

 

「ひとまず康イエ殿に頼んでみよう。合同訓練ならいい刺激になる」

 

 戦闘員ではない船員は規律を叩き込むだけだが、基礎鍛錬は体力をつけるためにやるので全員参加だ。

 そう言ったら「自分は戦闘員ではないから大丈夫」と思っていた船員たちの顔が蒼白になった。

 

 

        ☆

 

 

「そういうことなら我々としてもありがたい。外の強さの指標を知るいい機会でもあるからな」

「いやァ、おれ達はあんまり参考にならないと思いますけど……ともかく、許可を頂けるのであればすぐにでも」

 

 康イエは快諾してくれたので、早速内容を決めるためにジョルジュが打ち合わせを始めていた。先に来ていたゼンも心なしか嬉しそうに尻尾を振っている。

 その横で聞いていたおでんは顎をさすり、「ふむ」とジョルジュを見る。

 

「……中々鍛えられてるな。おれも参加してェが」

「駄目ですよ、おでん様。大体、もう九里を離れて何日経ったと思ってるんですか。我々としても限度があります。というか拙者も多分怒られます」

「九里はおれがいなくても回るだろ」

「そういう問題じゃないでしょう!?」

 

 実力者の多いカナタの部下たちを見ておでんも血が滾っていたが、錦えもんは流石にもう駄目だと気勢を上げる。

 仮にも大名なのだから軽々な行動はするべきではないし、そもそも突発的に数日いなくなるなど大名のやることではない。

 おでんのやることなので周りも大体慣れているが。

 

「おでん、お前も参加したいなら参加していい」

「ほんとかよ康さん!」

「だが、一度九里に戻って説明してから来い。お前のところの侍たちも連れてな」

「あァ? なんでだ?」

「いい鍛錬になるぞ。お前のところの侍もより強くなる」

 

 康イエはおでんこそが次期将軍に相応しいと思っており、それを支える家臣たちもまたワノ国一の侍であるべきだと考えていた。

 霜月の侍たちは精強だが、最強と問われればそれは違うと答える。

 この国の守り神となるべきは、やはり将軍の家臣であるべきなのだ。

 

「……そうか。じゃあ一度帰るか」

「大名となったからにはお前ひとりの考えで軽々に動くことは止めるんだな。その行動力はお前のいいところではあるが、悪いところでもある」

「わかったよ……」

 

 康イエの言葉を受け、納得した様子でおでんは九里へと帰った。

 あの我が強いおでんが康イエの言葉だけは容易く受け入れる。かなり信頼されているらしい。

 

「おでんは強いぞ。ゼンも武人としてかなり強いが、彼もおでんの今の強さを知れば驚くだろう」

「あー、何といいますか……既に一戦交えた後でして」

「何? そうだったのか。まァおでんも大概喧嘩っ早いからな。して、どうだった?」

「ヒヒン、とてもお強くなられてます。並大抵の強者は打ち倒してきましたが、この船では私も二番目ですからね。おでん様と鍛錬して一番を目指すのもありかもしれません」

「ゼン殿で二番目なのか!?」

 

 康イエが目を丸くして驚く。

 かつてワノ国一の武人とまで称されたゼンと対等以上に切り結べる侍が、果たして今のワノ国にいるのか……おでんを筆頭に〝豪剣〟と呼ばれるヒョウ五郎や剣の達人と名高い霜月牛マルくらいだろうか。

 カナタの船には巨人族もいる。まさか彼女が一番かと思うが、ゼンは否定した。

 

「我が船長、カナタさんがこの船で最も強い武人ですよ。今となっては私も追い抜かれてしまいました」

「なんと……彼女がか」

 

 康イエはカナタのことを戦わない船長だと思っていたが、予想が外れて「人は見かけによらないな……」と零す。

 

「どれほど強いか気になるところではあるな……場所と日取りについても任せてもらえれば調整しよう」

「本当ですか? それはありがたいですが、康イエ殿に負担が大きいのでは?」

「何、友人の頼みとあればこの康イエ、嫌とは言わん」

 

 カナタたちは基本的に観光と鍛錬以外やることはないので、康イエの準備が出来次第合同鍛錬をおこなうことは可能だ。

 余計な負担を増やすことになってゼンは平謝りするが、康イエは「このくらい構わん」と笑い飛ばす。

 

「懸念があるとすれば……おでん様とカナタさんの相性が飛び切り悪いことですかね」

「ああ、それは聞いた。あのおでんが女性を邪険にするというのもにわかには信じがたいが……」

「単純に船に乗せてもらえない僻みも入ってそうですが、それを抜きにしても……」

「……なるようにしかならんだろうな。一戦交えれば多少考えも変わるかもしれん」

 

 ひとまず合同訓練の件を進めるべきだと判断し、霜月の侍たちの日程を合わせてもらうことになった。

 数日中に準備が出来ると回答を貰ったので、それまでは自主訓練になる。

 その間にスパイや買収に対して何かしらの対抗策を考える必要もあった。奴隷寸前だった面々も可能性はゼロではないし、ある程度看破するための仕組みなども作らねばならない。

 ジョルジュは今から頭が痛かった。

 



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第六十九話:高い壁

 九里に戻ったおでんと錦えもんは、まず九里城で出迎えられ、そして怒られた。

 本来それぞれの郷を治める大名であるおでんが飛び出していったかと思えば、それを抑えるために付いていった錦えもん共々中々帰ってこなかったのだから当然である。

 おでんは相変わらずどこ吹く風と言った様子だったが、錦えもんは項垂れて反省していた。

 女形の装いをした男性──イゾウは溜息を吐き、反省する錦えもんに首尾を聞く。

 

「……それで、どうだったんだ?」

「おでん様は国を出ることだけは諦めたようだ。おでん様の行動力を考えれば密航を警戒するところだが……今回はその心配は要らぬだろう」

「何故だ?」

「あー、まァ、なんだ。その船長殿とおでん様の折り合いが非常に悪くてだな……おでん様が自発的に乗るのを諦めたくらいだ」

「何!? おでん様が自発的に!?」

 

 イゾウが目を丸くして驚く。

 錦えもんもそうだったが、普段のおでんが如何に行動力溢れる男かがわかる。

 それはさておき。

 

「康イエ殿に誘われ、我々を含めたおでん様の家臣一同も〝白舞〟にて行われる合同訓練に参加するようにと」

「合同訓練……おでん様は何と?」

「当然、参加するつもりのようだ」

 

 若い者ばかりだが、おでんの家臣たちは皆実力は人並み以上だ。

 精強とされる〝白舞〟の侍たちとの訓練は確かにいい経験になるだろう。だが、外の商人を含めた訓練が果たしてどれほど実になるものか……と疑問に思う。

 懐疑的なイゾウに「まァ気持ちはわかるが」と顎をさする錦えもん。

 

「ともかく、一度みんなを集めよう。そこで説明する」

 

 錦えもんの言葉に従い、イゾウは溜まった執務の処理でぐったりしていたおでんを含めて家臣を集めた。

 女形の装いをしたイゾウとその弟、菊の丞。

 錦えもんと同じく最初期からおでんの家臣として仕えている傳ジロー。

 長い赤髪と絵に描いたものを実体化する能力が特徴的なカン十郎。

 元々将軍家お庭番衆の一人であった雷ぞう。

 モコモ公国出身のミンク族であるイヌアラシとネコマムシ。

 トラフグの魚人だが河童を自称する河松。

 そして、かつて九里の親玉として君臨していた巨漢の男、アシュラ童子。

 しめて十名。おでんの家臣として認められた侍たちである。

 

「……して、経緯は以上になる」

 

 錦えもんは全員が揃ったその場で合同訓練を含めた全ての経緯を話した。

 お茶を飲みながらだらりとしていたおでんも、話が終わるや否や「準備しろ! 康さんにお前らの力を見せてやる時だ!」とやる気満々になっていた。

 

「それはいいんですけど、その外の商人ってのは強いんですか?」

「少なくともゼン殿は強いぞ。おでん様と互角以上に戦っていた」

「おでん様と互角以上に……! ミンク族ってのは本当なんですか!?」

「わしら以外にもワノ国に来たミンク族がいたとは、知らんかったぜよ」

「ん? 話したことはなかったか? おれの先生だ!」

 

 犬のミンク族であるイヌアラシと猫のミンク族であるネコマムシは、自分たちと同じようにワノ国を目指したミンク族がいたことに驚いていた。

 出会った頃にぽろっと話したような気がするおでんだったが、細かいことは気にせず笑い飛ばす。

 

「まァ弱いということは無かろう。外海を越えるのにも弱いままではいられないだろうからな」

「それもそうか……」

「ゼン殿以外の船員も強そうなのはいたぞ。おれの何倍もデカい女もいた! 巨人族という種族らしい!」

 

 ワクワクした様子のおでんは、今すぐにでも戻りたいといった雰囲気を漂わせていた。

 話をまた聞きたいという理由もあれば、合同訓練と言う場で恩人でもある康イエに今の自分たちの強さを見せることが出来るという理由もある。

 何より──おでんも戦うことは嫌いではない。

 合法的に暴れられるならそれもまた一興と考えていた。

 特に、カナタの部下にはそれなりに強い者も交じっていると感じ取っていただけに期待している。

 

「しかし、またカナタ殿と顔を合わせることになりますが……」

「…………」

「嫌そう!?」

 

 おでんが一気にしかめっ面になった。

 嫌そうな顔をするおでんを見て、カン十郎と菊の丞が錦えもんに視線を向ける。

 

「何かあったのでござるか?」

「おでん様がああいう顔をするのは珍しいですね……」

「あー……色々あってな。カナタ殿というのは、先程話した商人たちの船の船長なのだが……この方、おでん様とすこぶる相性が悪い」

 

 根本的に規律を敷く人間と規律を無視する人間なので相性がいいはずもないのだが、その辺りはもうどうしようもない。

 相性が良かったらおでんが勝手についていくと思われるので、錦えもんたちからすれば良し悪しではある。

 錦えもんは「一度会えばわかるが」と前置きし。

 

「カナタ殿はとてもいい方だ。スキヤキ様とも懇意にされている。何より美人だ」

「鼻の下が伸びてるぞ、錦」

「お鶴さんに言いつけるぞ! あんな美人な嫁を貰っておいて……羨ましい!」

「止めてくれ」

 

 カナタのことを思い出し、思わず鼻の下を伸ばした錦えもんも雷ぞうの言葉に真顔になる。お鶴は怒らせると怖い。

 ともかく、この場にいる全員行くのは確定だ。

 また何日か城を空けることになるので傳ジローとイゾウは諸々の調整で忙しくなるだろうが、康イエからの誘いとあれば断るわけにはいかない。

 

「おでん様と同じかそれ以上に強いとは……血が滾るど」

「ワハハ、期待していいぞ!」

 

 だが、すぐに出るということは出来ない。数日空けていたので仕事も溜まっているし、また数日空けることが決まっているなら先に処理すべき仕事もある。

 大名というのは暇ではない。

 またも嫌な顔をすることになるおでんだったが、「今回ばかりは仕方ねェ」と腹をくくって仕事をこなすことにした。

 

 

        ☆

 

 

 ──数日後。

 仕事をある程度終わらせ、錦えもんたち家臣を連れておでんは再び〝白舞〟を訪れていた。

 合同訓練は既に始められているようで、見慣れぬ姿の者たちと侍たちが実戦形式で戦っていた。

 

「もう始まっているようだ。遅くなっちまったからな」

「仕方ありません。康イエ様もその辺りは理解して下さるでしょう」

「そうだな。まずは康さんのところに顔を出しに行くぞ」

 

 家臣を引き連れたおでんは康イエに挨拶するために城へ向かう。

 道中で訓練している風景を眺めていると、やはり巨人族であるフェイユンが戦っているのが非常に目立つ。初めて巨人族を見た面々は目を丸くして驚いていた。

 

「あれが巨人族……なるほど、確かに大きい……世界は広いんですね」

「あれだけ大きいと力も相当なものだろうな」

 

 手長族などにも驚いたが、やはり一番インパクトが大きいのは巨人族だった。

 あれと一戦交えると考えると、気を引き締めなおして康イエの下を訪れる。

 康イエは笑いながらおでんたちを迎え入れ、自身の視察も兼ねて訓練場へと足を運ぶことになった。

 道中で休憩中のゼンを見つけ、声をかける。

 

「ゼン殿! どうだ、訓練の様子は?」

「白舞の侍たちは流石に精強ですね。皆気勢を上げて訓練に打ち込んでいます」

「そうか! ゼン殿の御目に適う者はいたか?」

「それは……いえ、正直なところ、そこまでの方はいませんでした」

「ふむ……まァ仕方ない。中々ゼン殿も厳しいからな」

「して、そちらの方々がおでん様の家臣ですか?」

「そうだ。おでん、紹介してやれ」

 

 おでんが一人ずつ紹介していき、イヌアラシとネコマムシの紹介をしたところでゼンがストップをかけた。

 ひつギスカン公爵に言われていた二人と同じ名前だったからだ。

 

「あなた方二人、二年ほど前にモコモ公国からここに?」

「そうじゃが」

「なんでそれを知ってるんだ?」

「ここに来る前、〝ゾウ〟に立ち寄ってきました。あなた方がいなくなってとても心配していましたよ」

 

 二人はゼンの言葉にバツが悪そうに目を逸らす。

 ゼンはため息を吐き、「私も若い頃に飛び出したので説教できる立場ではありませんが」と前置きし。

 

「あなた方の無事は〝ゾウ〟に行ったときに伝えておきましょう。いずれにしても、何年かかっても一度は戻って顔を見せる事です」

「そうだにゃあ……」

「一度は会いに行った方がいいか……」

 

 勢いに任せて飛び出してきた身だ。家族のことを考えれば、一度くらいは……と思うイヌアラシとネコマムシ。

 ただ、出ようにも二人には航海術などないし、そもそもワノ国は国外に出ることを禁じている。

 立場も何もない頃ならまだしも、おでんの家臣として仕える身となった今では好き勝手なことは出来ない。

 どうにか考える必要があるだろう。

 

「おっと、紹介の途中でしたね。すみません、続けてください」

「ん、いいのか?」

「ええ、伝えるべきことは伝えましたから」

 

 残りの面々を紹介し終え、挨拶が済んだところで早速訓練に交ざるようおでんが言う。

 ところが、ゼンがそれを止めた。

 

「まずカナタさんのところに行きましょう。全員の実力を把握してもらった方がいい」

 

 少し離れたところでドラゴンとジュンシーを相手に戦っているというカナタの下へ連れて行く。おでんは非常に嫌そうな顔をしていたが、おでんと打ち合える実力者もそう多くはない。

 同じ相手とばかり戦うよりはいい経験になる。

 康イエと雑談しながら着いた場所では、カナタが目隠しをして戦っていた。

 視覚を奪われた状態でも一切関係なく、ジュンシーとドラゴンを相手に一歩も退かない戦いだ。

 まぁ、見聞色の覇気をかなりの練度で使えるカナタにとって目隠しなどあまり意味はないのだが。

 

「カナタさん! おでん様たちが到着しました」

 

 ゼンが声をかけると、三人は戦意を解いて一息を吐く。

 それなりの時間戦っていたようだが、ドラゴンとジュンシーとは違ってカナタには傷も疲労も見えない。

 目隠しを解いて髪をなびかせ、赤い瞳がおでんたちの方を向く。

 

「おお……確かに美人」

「美人だが……それ以上に近寄りがたいな」

 

 雷ぞうが鼻の下を伸ばし、イゾウは垣間見た槍捌きなどを考えて警戒した様子を見せている。

 カナタは特に気にするでもなく、おでんの家臣たちを一通り確認していく。

 アシュラ童子のところで少し目を止めたが、カナタが期待するほどの実力ではなかったらしい。特に言葉もなく視線を外した。

 

「ふむ……それなり以上には強いようだな。おでんと同じくらい強いのが一人、それ以外は一つ二つ落ちる程度か」

「おれの自慢の家臣だ。文句があるのか?」

「文句はない。これくらいの強さならうちの船員たちといい勝負になるだろう。実力が違うと経験にならないからな」

 

 カナタも自分一人だけ実力が隔絶しているので鍛錬一つとっても難儀している。

 ドラゴンもジュンシーもかなりの実力者だが、二人同時に相手取ってもカナタは涼しい顔で戦っていた。おでんがもう少し強ければいい相手になったのだが、目論見も外れて部下の育成に力を入れることにしたのだ。

 おでんはカナタの実力を垣間見て興味が湧いたのか、二本の刀を抜いて「じゃあおれの相手をしてもらおうか」と笑みを浮かべる。

 おでんはゼンと互角に戦えるくらいには強い。無駄にはならないだろうと考え、少し離れて槍を構えた。

 

「先手は譲ろう。それと、殺す気で来るといい」

「その首落としちまうかもしれねェぞ?」

「お前に落とされるほど軽い首ではないさ」

 

 笑みを浮かべるカナタに対し、おでんも笑みを浮かべて一気に斬りかかった。

 轟音を立ててその斬撃を受け止め、連続する剣戟を槍一本で全て捌ききっていく。近距離であっても関係なくおでんは斬りかかるが、カナタはさして気負う様子もない。

 体格的におでんの方が力が強いはずだが、カナタは一歩も下がることはなかった。

 

「おでん様の攻撃をああも綺麗に受け流すとは……槍の名手でござるな」

「傍から見ても力を込めているのはわかるが、それで押されないカナタ殿は一体どうなっているんだ……?」

「カナタさんは巨人族とも打ち合いますからね。おでん様の腕力くらいではびくともしないでしょう」

 

 かつて戦ったリンリンは巨人族をも凌ぐほどの怪力だった。

 この海で強者とされる者たちとまともに戦うには、それくらいの力が無ければ立ち行かないのも事実だ。

 カナタは涼しい顔ですべての攻撃を凌いでいたが、対するおでんは段々と険しい顔になっていく。

 

「……こうも攻撃を凌がれるのは初めての経験だ!」

「実戦で経験せずに済んでよかったと思うことだな──そら、今度はこちらから行くぞ」

 

 槍に覇気を纏わせてフルスイングし、二刀で防ぐおでんを防御の上から吹き飛ばす。

 派手に吹き飛ばされたおでんは十メートルほど先の砂山に激突し、砂埃を巻き上げて止まった。

 加減したのであれくらいで気絶はしないだろうと思い、カナタは再び槍を構える。

 砂山から飛び出したおでんは口に入った砂を吐き出しながら真っ直ぐカナタへと疾走し、再び轟音を立ててぶつかる。

 

「なんじゃ今のは! あんな攻撃も初めてだ!」

「武装色の覇気を纏わせた攻撃だ。お前も普段からやっているだろう」

「武装色……〝流桜〟か!? だが、おれがやってもああはならんぞ!!」

 

 ワノ国で〝流桜〟と呼ばれる武装色の覇気。

 それは鎧のように纏えば防御に使え、武器に纏えば大きく威力を上げられる。

 おでんは斬撃を飛ばすのに使っていたが、カナタのそれは使い方が違う。()()()()()のではなく、()()()()()()()ように加減していた。

 殺す気で使えば相手を体内から破壊する技でもあるが、今回はそういう使い方はしていない。

 

「一から十まで教えてもらえると思うな。男なら、見て盗んでやるくらいの気概を見せろ」

「……! 言うじゃねェか……やってやるよ!!」

 

 直後、武器と同時に二人の覇王色が激突した。

 バリバリと黒い稲妻のようなものが迸り、衝撃波が辺り一帯にまき散らされる。

 

「第二ラウンド開始と行こう。少しは楽しめそうだ」

「言ってろ! 一泡吹かせてやらァ!!」

 

 

        ☆

 

 

 一時間ほど戦い、おでんはボロボロになって仰向けに倒れていた。

 カナタは涼しい顔で「介抱してやれ」と医療部隊に治療を任せ、康イエたちのところへと足を運ぶ。

 

「凄まじいな。あのおでんをああも一方的に……」

「おでんは海外基準でも相当強い方に入る。が、私に勝てる程ではないな」

 

 今の所、実力はカイドウと互角か少し強いくらい。どちらにしてもカナタに勝てる程ではなかった。

 根性はあるので食らいついて来たが、カイドウほど耐久力があるわけでは無かったので一時間でギブアップしたようだ。

 

「おでんは回復まで時間がかかるだろう。ドラゴンとジュンシーは準備をしろ、休憩には丁度良かったな」

「おれ達は構わないが、お前はいいのか? 休憩なしの連戦で」

「構わない」

 

 多少疲れた程度だ。休憩が必要なほどではない。

 おでんは強かったが能力を使わせられるほどではなかったし、ドラゴンとジュンシーにしても全力での戦闘という訳ではない。

 カナタの見聞色を打ち破れるくらいになってくれればそれなりにやりがいもあるが、今の状態でそれは少し気が急いていると言う他に無いだろう。

 着実にやっていくべきだ。

 

「おでんの家臣の侍たちはジョルジュたちの方に連れて行ってやれ。六式の修行をしている頃だろうが、実戦で覇気の訓練も怠らないようにな」

「ヒヒン、了解です」

 

 錦えもんたちはおでんの心配をしていたが、治療中のおでんは「おれのことはいいから修行して来い」と送り出していた。

 自分の不甲斐ない姿を見られるのも嫌なのだろうが、カナタとの戦闘がいい経験になっていると見える。

 カナタを見る目つきが変わった。

 見られている本人は気にも留めず、少し離れた場所で槍を構える。

 一ヶ月しかない。

 長いようで短い期間だ。この期間を最大限に活用し、強く、堅実な組織を作らねばならない。

 




幕間を一話挟んで今章終了となります。
次章では新世界を漫遊しながらロードスター島…まで行けるかなぁと言うところで。
相も変わらず予定は未定です。多分戦闘多めになるかと。


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幕間 ワノ国/カイドウ/シキ

「……錦えもん。お前、何故斬り付けるたびに火が出るんだ?」

 

 とある日の事。

 訓練の休憩中、錦えもんの剣戟を見ていたカナタは疑問に思ったことを尋ねる。

 一息ついて河松と茶を飲んでいた錦えもんはと言えば、特に隠すこともなく答えた。

 

「ん? 拙者の“狐火流”は炎で焼き斬り、また、炎を斬り裂く事を奥義としている。刀を振るえば火が出るは道理であろう?」

 

 「そんな訳があるか」とカナタは喉まで出かかった言葉をグッとこらえ、実際に炎を切って見せるように頼む。

 とはいえ、火を吐くことでも出来なければすぐには用意できないし、本当に切れたかどうかもわからない。

 カナタは少しばかり考え、デイビットを呼び出した。

 

「なんです、船長」

「錦えもんが炎を切り裂けると言うのでな、実際に確かめたい。爆発で炎を起こせるか?」

「爆炎出せってことですか。お安い御用ですよ」

「よし。錦えもん、合図をしたらやってみてくれ」

「? よくわからんが、わかった! 任されよ!」

 

 少しばかり距離を置き、デイビットと錦えもんが相対する。

 周りには物珍しそうに見学するギャラリーが出始めるが、危ないから下がるように注意をしておく。こんなことで一々ケガさせていてはスクラに「手間を増やすな」と怒られてしまう。

 錦えもんの背後に回ったカナタはデイビットに目配せし、その合図を受けて全身を起爆させた。

 爆風と爆炎が巻き起こり、一番近くにいた錦えもんを吹き飛ばさんとして──錦えもんはそれを容易く切り裂いた。

 錦えもんが真っ二つに切り裂いたことで地面に出来た爆発の焼け跡が奇妙な形として残っている。

 

「ほう……〝炎を斬る〟か。なるほど、実際に見てみると確かに……」

「拙者、思わず普通に切ったが……あの御仁、いきなり爆発したが大丈夫でござるか?」

「気にするな。あいつはそういう能力者だからな」

「能力者?」

「そこから説明が必要なのか……」

 

 あるいは、武装色の覇気を〝流桜〟と呼ぶように、能力者のことを別の呼び名で呼んでいる可能性もある。

 この世のものとは思えないほど不味い奇妙な果実や、それを食べることによって特殊な力を得たものがいないか聞いてみると──錦えもん本人がそういった奇妙な果実を食べたのだと言った。

 錦えもんは〝フクフクの術〟と呼ぶ妖術を使い、自在に服を着せることが出来る能力らしい。

 

「使えるのか使えないのか……新しい服を買わずに済む能力か?」

「拙者のフクフクの術で作り出した服は一定以上のダメージを受けると消えてしまう故、普段着に使うくらいならまだしも戦闘にはあまり推奨せぬが」

「……絶妙に使いづらい能力だな」

 

 夜の街などでは重宝されそうな能力ではあるが、流石にそれを本人に言うのははばかられる。

 他にはどこかの組織に潜入する際に服装を真似ることが出来るくらいか。

 まぁ悪魔の実の能力は本人の発想次第でいくらでも化けるものだ。カナタには使い道があまり浮かばないが、発想を変えれば何かに使えることもあるだろう。

 

「まぁ、そういう力があるということがわかっていればいい。我々はその果実を〝悪魔の実〟と呼び、食べた者を〝能力者〟と呼んでいる」

「カナタ殿もそうなのでござるか?」

「ああ。デイビットは爆発を起こす能力者だ。だから気にしなくていい」

 

 分類などについては面倒なので後回しにするとして、ワノ国にもやはり能力者は存在するらしい。

 カン十郎も何かの実の能力者のようだが、今は置いておく。

 カナタが目下一番気になっているのは錦えもんの〝狐火流〟だ。

 

「中々便利そうな流派だ。デイビット、私もやるからちょっと爆発してみろ」

 

 カナタの場合は炎の能力者が相手でも同じ能力で相殺できるが、他の者たちはそうもいかない。

 それに、炎が切れるなら武装色を纏った攻撃すら効かなかったリンリンのプロメテウスにも有効となる可能性がある。

 今後ぶつかる可能性がある以上、ここで覚えておきたい流派だ。

 

「いやいやカナタ殿、拙者この流派を修めるのにそれなりに年月をかけたのでござる。一朝一夕に出来るようになるものでは──」

「こうか」

「えェ~~~~!!? い、一度見ただけで真似したァ!!?」

 

 デイビットの起こした爆炎をスパッと切ったカナタを見て、錦えもんは目玉が飛び出るほど驚いた。

 近くで見ていたスコッチは錦えもんに近付き、ポンと肩に手を置いて慰める。

 

「あいつを常識で測ろうとするな。頭がおかしくなるぞ」

「し、しかし……拙者、それなりに年月をかけて……」

 

 錦えもんはがっくりと膝をつき、落ち込んでしまった。

 流石に哀れに思ったのか、河松も錦えもんを慰めるように背中をポンポンと叩いている。

 一方で爆炎を槍で切り裂いていたカナタはと言うと、「これは便利だな」と言いながら槍を振るって発火させていた。

 引き出しが増えれば対処できることも増える。

 プロメテウスのように武装色の覇気を纏わせてもダメージを与えられない存在も、もしかすると今後出てくる可能性もゼロではない。

 ゼウスの対処も考えなければならないが……流石に雷を切り裂く流派は存在しないらしい。

 

「これだけでもワノ国に来た()()があったというものだ」

「代わりに錦えもんが落ち込んじまったけどな」

「技術の習得は模倣から始まる。覚えようと思ったら真似をするのが当たり前だ。何を落ち込む」

「真似する速度がおかしいからだろ!」

 

 普通は一度見て使えるようにはならない。カナタがおかしいだけだ。

 真似した本人は特に気にした様子もなく、槍を振って「炎は切れるようになった」と呟く。

 

「次は雷を斬る練習だな」

「ゼウス対策か? それにしたって雷は斬れないだろ、流石に」

「ゼウスのこともあるが、オクタヴィアもな」

 

 敵対する可能性はゼロではない。とはいえ、オクタヴィアの方は能力によるものであるため、覇気で攻撃も防御も出来るだろう。

 本人の実力が隔絶しているのでまともに防御しても大怪我は免れないだろうが。

 あそこまでの力は今のカナタにはない。ぶつかれば敗北は必至だ。

 だからこそ何かしらの対処法を探しておきたいが……これこそ一朝一夕でどうにかなるものではない。

 

「シキとリンリンをどうにかするのが先だが、いずれオクタヴィアともぶつかるだろう」

「お前の母ちゃんなんだろ? 襲ってくるのか?」

()()()()()()()準備をしておくんだ。その時ある手札で戦うしかない以上、手札を増やすに越したことはない」

 

 〝狐火流〟の理は解った。錬磨すれば炎以外も切れるようになる可能性はある。

 この辺りは今後の修練次第と考えていいだろう。

 

 

        ☆

 

 

 訓練の傍ら、スクラは時折自室に篭って新薬の開発をしていた。

 元々彼は船医として乗ったこととは別に〝悪魔の実の能力者の治療〟を目的としている。前段階として〝能力者にだけ効く薬〟を作ろうと色々実験しているのだ。

 かつて〝リトルガーデン〟ではサミュエルに投与して暴走させてしまった。その反省を生かして新しく作り直している。

 スクラは少量の液体が入ったフラスコをサミュエルに渡し、カルテを片手に様子をうかがう。

 

「飲んでみろ」

「……スゲェ嫌な予感がするんだが、この毒々しい色の液体、飲んでも大丈夫なのか?」

「通常の人体には何の影響もない薬だ。それは僕が自分で実験したから保証する」

「……通常の?」

「能力者には効果がある、と思う。副作用はない……はずだ」

 

 毒々しい紫色の液体を見て、流石のサミュエルも腰が引けている。

 一度飲んで暴走したのがトラウマになっているのかもしれない。

 同室にいるグロリオーサとカイエも毒々しい色の液体にドン引きしていた。カイエは〝動物系(ゾオン)〟の能力者として呼ばれたが、これを口にさせるのはグロリオーサとしても同意しかねる。

 

「飲んでも本当に大丈夫なニョか?」

「理論上能力者全員に効果があるはずだが、どのような影響が出るかは定かではないな」

「そんなモン飲ませる気なのか!?」

「少なくとも、僕が飲んでも何の効果もなかった。能力者の検体が欲しいが、中々捕まらないので研究が進まないんだ」

 

 カナタは敵の能力者がいれば出来る限り生きたまま捕まえて薬の被検体にすると言っていたが、それが出来るレベルの相手と言うのも中々いない。

 いつまでも手をこまねいていては一向に研究が進まないので、出来る限り安全策を取りながら実験していくしかないのだ。

 どちらにしても、それほど強い薬は混ぜていない。能力者の血を採って調べ、一番安全なものから調べている。

 

「能力に何らかの影響が出ると思うが、一番わかりやすいのが〝動物系(ゾオン)〟だからな」

「まァデイビットなんかは危なくて実験できないのはわかるけどよ……」

 

 下手に能力が暴走すると船が吹き飛ぶので気を付けなければならない。

 その点、〝動物系(ゾオン)〟なら変身に影響が出るだけで済む。意識が混濁するような症状は出ないと言い切れないが、それこそ実験してみないとわからないことだ。

 念のためにジュンシーには隣の部屋で待機してもらう程度に警戒している。

 

「大丈夫だ。前回の二の舞にはならない。僕を信じろ」

「ええ……クソ、こうなりゃヤケだ! ナムサン!」

 

 グビっと一気飲みし、口当たりの悪さに思わず眉を顰める。

 味は最悪だが、前回のように飲んだら腹の底が熱くなるということもない。やや動悸が激しいが、それは緊張によるものと判断できる範囲だ。

 様子見をしながらスクラの問診に答えつつ、どこか変わったところが無いか確認していく。

 一番顕著に効果が表れたのは、やはり能力に関する部分だった。

 

「……何か、何だこれ。いつもより爪が長いな」

「自分ではわからないだろうが、牙も長くなっている。体躯は通常の人獣型より細めだな。別の形態に変化出来るか?」

「ああ、でも何だろうな、何かいつもより変な感じがする」

 

 薬を飲んだことにより、人獣型と人型の中間のような形態と人獣型と獣型の中間のような姿に変化出来るようになった。

 効果時間は約一分から二分ほどで、暴走の兆しは無し。

 〝能力者に影響を与える薬〟としては及第点と言ったところだろう。

 

「〝動物系(ゾオン)〟の能力者の変身形態を増やす薬も作れそうだな。それはそれで需要がありそうだが」

「そうだなァ。おかしなことにならないなら使ってもいいと思うぜ」

 

 薬に頼るのは業腹だが、強くなれるならそれも一つの方法だ。

 特にこの海にはとんでもない強者が多い。〝新世界〟で出会った海賊はそれなり以上の強さだったし、ビッグマム海賊団や金獅子海賊団も根城は〝新世界〟だ。

 足を引っ張らないようにするなら薬に頼るのも一つの方法だろう。

 頼りきりになるつもりもないが。

 

「どちらにしても改良が必要だな。用量を増やすと劇薬になるし、難しいところだが」

「ウハハハハ、まァ改良出来たら教えてくれや」

「ああ。カイエも飲むか?」

 

 いかにもヤバそうな液体を前に、カイエはグロリオーサの後ろに隠れて首を横に振る。

 「味は最悪だ。子供が飲むには厳しいだろ」とサミュエルが付け足すので余計に嫌がっている。

 これでは駄目だと判断し、スクラもため息を吐いて諦める。あくまで被検体になるのは任意だ。強制できるものではない。

 カイエはまだ幼いので採血をするのも憚られる。グロリオーサも認めないだろう。

 スクラはお茶を飲みながらカルテを見直し、書き漏らしが無いか確認して「今日は終わりだ」と告げる。

 

「薬の改良にはしばらくかかるだろう。また頼むぞ」

 

 スクラの一言で今日は解散となった。

 カイエはどうもスクラに苦手意識を持ったようで、スクラに近付かなくなったらしい。

 

 

        ☆

 

 

 〝新世界〟──とある冬島。

 先に停泊していた別の海賊団を血祭りにあげ、奪った食料と酒で宴をしていたところ──巨大な龍が空に現れた。

 船員たちは一様に傷だらけだったが、その龍の下へ食料と酒を集め、「おかえりなさい」と声をかける。

 

「今回は遅かったですね、カイドウさん」

「あァ……クソ、イライラするぜ。酒持って来い酒!!」

 

 人型に戻った龍──カイドウはどかりと地面に座り込み、目の前に並べられた食料と酒に手を付け始める。

 幹部であるキングとクイーンはそれほど大きな傷はなかったが、ところどころに包帯が巻いてあった。〝魔女の一味〟との戦闘で負った怪我がまだ治っていないのだ。

 カイドウもまた言うに及ばず、折れた片角と粉砕された肋骨は未だ治っていない。

 角に関しては治るかどうかすら不明だ。

 カナタとの戦闘後、海軍に捕まって海底監獄〝インペルダウン〟に護送されている途中に目を覚まし、そのまま護送船を沈めて逃げ出してきた。強靭な肉体を持つカイドウをして動けなくなるほどの大怪我だったので、キングの〝ビブルカード〟を頼りに戻ってくるのも時間がかかったのだ。

 

「しかし、あいつら予想以上に手強かったな」

「そうだな。船長以外の賞金額はパッとしねェが……実力はかなり高い」

 

 クイーンと戦ったグロリオーサ。

 キングと戦ったゼン。

 どちらも覇気を使いこなす実力者だった。

 グロリオーサに至っては億を超えていない賞金首だったが、金額と実力が全くかみ合っていない。あれだけの実力があるなら億超えでも決しておかしくないのだが。

 巨大な肉を噛み千切りながら、カイドウは二人の会話に加わる。

 

「オクタヴィア……じゃ、ねェな。確かに似てたが、あのおかしな仮面を被ってなかった」

「〝竜殺しの魔女〟カナタっすか? そんなに似てるなら娘かなんかじゃねェんで?」

「娘……娘か」

 

 ぐびぐびと酒を飲みながら自身をボコボコに叩きのめした女を思い出す。

 言われてみればオクタヴィアとはどこか雰囲気も違った。偽名を使っているのかと思ったが、オクタヴィアは周りを気にして戦うタイプでもなかったから恐らく本当に別人なのだろう。

 娘と言われれば、なるほど納得だ。

 使っている能力も別物だった。

 

「おれの部下に欲しいくらいだが……いや駄目だ。あの顔を見るたびに殺したくなっちまう」

 

 あれだけの強さなら部下に出来れば海賊団としてはかなり強くなるだろうが、カイドウ自身がカナタの顔を見るたびに殴りかかりかねない。

 それくらいの自覚はあった。

 オクタヴィアに対する恨みは積もりに積もっているのだ。娘だろうと構わず発散したい気持ちもある。

 

「あいつらにやられた部下も結構多いんで、どっかで補充しねェと駄目ですね」

「適当な海賊を無理やり傘下にします?」

「それと、食料と酒も補充しねェと……」

「あれもこれも足りねェな。この近くにシキの野郎のシマがあっただろ。ちょっくら襲って物資奪いに行くぞ」

 

 当然と言った顔で金獅子海賊団に喧嘩を売ろうとするカイドウ。キングとクイーンも特に異論はなく、略奪と聞いて部下たちも浮かれていた。

 だが略奪で人員は増えない。

 〝新世界〟に来るならそれなりに強い海賊も交じっているはずなので、その辺りから適当に部下にしに行くのもありだろう。

 海賊には何よりも強さが重要だ。

 弱くては、何も手に入れることは出来ないのだから。

 

「イライラするぜ……!! あの女……次に会ったら絶対にぶっ殺してやる!!!」

 

 今日のカイドウは怒り上戸だった。

 カナタに負けたのが響いているのか、随分イライラしているようだ。

 キングとクイーンもカイドウが暴れ始めれば流石に手に負えない。機嫌を損ねないように酒をどんどん振舞って何とか宥めていた。

 この海賊団で一番苦労しているのはこの二人なのかもしれない。

 

 

        ☆

 

 

「はっ、綿あめかと思った」

「どう見ても積乱雲だろ! あっちは嵐なので方向転換してください!」

 

 シキとインディゴは船に乗って移動しながらシマを巡回していた。

 カナタとの一戦でシキが敗走したと報じられ、侮った海賊たちがシキのシマに次々と攻撃を仕掛けていたのだ。

 それを部下たちと一つ一つ潰していき、今は一度本拠地に帰還している途中である。

 幹部たちも総動員して潰している辺り、シキの苦労が窺える。

 

「しかし、クソ面倒な連中だぜ……ゲリラ戦法なんざ下らねェことしてくれるもんだ」

「〝世界の破壊者〟バーンディ・ワールド……ここ最近名前はよく聞きますが、賞金額は二億とあまり高くはないのですね」

「あいつは暴れてるが、おれ達ほど実力があるわけじゃねェからな。一般市民からすりゃあいつもおれもあんまり変わりはしねェだろうが……海賊としての規模も格も、何もかも足りてねェのさ」

 

 葉巻に火をつけ、香りを楽しみながらシキは笑う。

 実力はそこそこあるようだが、正面切ってシキと戦えるほどではなく、ちまちまとゲリラ戦法でシキの嫌がることをするばかりだ。

 噛みついてきている海賊の中ではそこそこ強い方だが、既に対処はしてある。

 

「サイファーポールから連絡はあったか?」

「先程『準備が出来た』と」

「そうか。ならあとは大したことねェ連中ばかりだな」

 

 上げられた報告書を読み、確定した損害額を見てシャボンディ諸島の〝人間屋(ヒューマンショップ)〟が壊滅させられたことに嫌な顔をする。

 天竜人相手の商売としてはそれなり以上に稼げる商売であったため、損害は目も当てられない。

 略奪やシマの締め上げで補う必要があるが……しばらくは忙しい。後回しになるだろう。

 「碌でもねェことしてくれやがる」と不機嫌そうに煙を吐き出し、インディゴに報告書を投げ渡した。

 

「しばらくは金欠だ。カナタの奴、おれの嫌がることをピンポイントでやってきやがった」

「この商売、額だけで言えば相当な物でしたからね。新しく〝人間屋(ヒューマンショップ)〟を作るので?」

「今は無理だな。あっちもこっちも人手が足りてねェ……」

 

 世界政府に媚を売るために〝人間屋(ヒューマンショップ)〟を作ったわけではない。襲った島から()()()()()()()()()()()()()()の〝人間屋(ヒューマンショップ)〟だ。

 それに世界政府──ひいては天竜人が釣られたに過ぎない。シキの方から譲歩する理由など何もないのだ。

 サイファーポールを通じて「再開してくれ」と何度も連絡が来ているが、それどころではないと突っぱねている。

 世界政府が一枚岩ではないのは解り切っていたが、シキの敗走を大々的に流してシマを混乱させておきながら同じ口で商売を再開しろとのたまう面の皮の厚さには思わず目を丸くした。

 

「奴隷商売のおかげで政府への伝手が出来たのは良かったが、あいつらの面倒くささと言ったらねェな」

「裏取引でサイファーポールを動かせるようになったと考えれば……メリットとしてはありでしょうか」

「そうだなァ……カナタのところにもサイファーポールを潜り込ませるよう言ってみるか。あいつらも天竜人殺しをした女を野放しには出来ねェはずだ」

 

 海軍も一時期は活発に動いていたが、最近はカナタを標的に動くことが少なくなった。どういう理由かはわからないが、サイファーポールを通じて海軍のケツを蹴っ飛ばしてやれば嫌でも動くだろう。

 カナタを部下にしたいという気持ちは未だにあるが、それ以上に理性の部分で「早めに潰さないとまずいことになる」と考えていた。

 自分の手に負える範囲を逸脱し始めているような感覚。

 懸賞金の額は上がっていないが、カイドウを叩きのめしたことは新聞にも載っていた。ウォーターセブンで戦った時より間違いなく実力は上がっているだろう。

 

「……Dr.インディゴ。今回の掃除が終わったら幹部どもを呼び集めろ」

「はい。標的はやはり、彼女ですか?」

「ああ。非常に惜しいが……野放しにしておくと厄介なことになりそうだ」

 

 少なくとも海賊団としての規模は大きくなっている。今後も規模を増やし、シマを得ていくなら──見過ごすわけにはいかない。

 ロジャーのようにどうしても部下にしたい相手ではないのだ。

 殺しておくのがいいと、シキは判断した。

 

 





END 帰郷/Seabed

NEXT 海の果て/RoadStar


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今章のキャラまとめ

本日二話投稿しております。

六章のキャラまとめになります。
興味ない方はスルーでも大丈夫です。



 大海賊時代の幕開けまで、あと8年。

 

 所属 魔女の一味

 母船 ソンブレロ号

 

・カナタ

 本作の主人公。17歳。自然(ロギア)系ヒエヒエの実の氷結人間。

 〝竜殺しの魔女〟懸賞金15億ベリー。

 船長兼航海士。

 黒髪赤目の美少女。ハチノスで最上大業物である黒刀〝村正〟を手に入れた。

 

 記録指針ログポースを偉大なる航路前半と後半のものを予備含めて二つずつ所持している。

 また、永久指針エターナルポースは〝プロデンス王国〟〝ハチノス〟〝ドレスローザ〟〝ドラム王国〟〝ワノ国〟のものを所持。

 メインの武器は海王類の牙を削って作った槍。

 覇気は覇王色、武装色、見聞色の全てを高いレベルで使用可能。

 覇気の練度が増しており、極度に集中させると青紫色に変色するようになった。最近は武装色の覇気を鎧のように纏ったり放出したりと自在に操れるようになり、実力が上がっている。

 錦えもんから〝狐火流〟を学んだり、ジンベエの〝魚人空手〟をラーニングしている。

 

 ウォーターセブンからシャボンディ諸島、魚人島を通って〝新世界〟に入った。

 〝ミストリア島〟を通って海賊島〝ハチノス〟、〝ロムニス帝国〟、〝ゾウ〟、〝ドレスローザ〟を通過して現在〝ワノ国〟に滞在中。

 シャボンディ諸島で大量に奴隷になりかかった者たちを保護し、ついでにシキのシノギである奴隷売買を潰して人と金の一石二鳥になった。ついでにシャクヤクから〝ハチノス〟の海図を手に入れた。

 三十人程度だった人員が数百人規模まで増えて管理が行き届かないところが出始めたので、ロムニス帝国から残った面々に対してワノ国で内部の引き締めをおこなった。

 

 魚人島ではタイガーと別れ、再び会う日を楽しみにしている。

 タイガーの弟分であるジンベエも数日間だけとはいえ鍛えた弟子のような存在なので気にかけている。

 カイドウと突発的に一戦交えたり、〝新世界〟の海賊ともぶつかったが現時点では特に被害もなく敵を壊滅させている。

 定期的に行方をくらませるので海軍は場所を探すのに苦労しているらしい。

 おでんとは気質が合わず、あまり仲は良くない。(実力を認め合ってはいる)

 

 

・ジュンシー

 赤い髪に筋肉質な肉体が特徴的な男。30歳。

 〝六合大槍〟懸賞金3億ベリー。

 戦闘員。

 武装色、見聞色の覇気を扱える。

 

 〝新世界〟に入ってからこっち、戦闘に出張ることが増えた。本人はウキウキで戦っているが相手をさせられた方は軒並み瀕死まで追い詰められている。

 百獣海賊団を相手に戦った時は最前線で敵を止めていたが、キングとクイーンを除く幹部格はあまり強くなかったので不満げ。

 

 数百人規模に増えた部下のうち、戦闘員に該当する者を鍛え上げた。最低限使い物になるようにしたいとは思ったが、一ヶ月では満足いくレベルには仕上がっていない模様。

 ジュンシー自身はおでんやカナタとの戦闘で傷だらけになりながらも実力を伸ばしている。

 アシュラ童子とは割と気が合うらしい。

 

 

・クロ

 黒髪黒目、全身に刺青の入った褐色肌の青年。24歳。

 自然(ロギア)系ヤミヤミの実の闇人間。

 (一応)(自称)戦闘員。

 

 最近はタイガーの代わりに操舵士として船を動かしている。適当に舵輪を動かして怒られることも。

 シャボンディ諸島では散策していたら人攫いに連れて行かれたが、悲壮感溢れる他の者たちと違って一人笑っていた。

 人間オークションの職員には不気味にさえ思われていたが、一切気にせず好き勝手に行動していた。

 

 どこの島でも基本的に好き勝手に散策しているが、最近は見張り役にサミュエルが付いていくことが多い。二人で島のグルメを巡っている。

 ゾウではその性格から数多の住人たちと仲良くなった。

 百獣海賊団と戦った時はフェイユンと並んで敵を倒した数がトップクラスに多い。

 ワノ国で鍛えたが、やっぱり覇気は使えないしあんまり強くもなれなかったとか。

 

 

・ジョルジュ

 黒髪黒目に二メートルほどの男。32歳。

 金庫番。

 戦闘力はそれなりで本部大佐くらいなら余裕をもって戦える。将官とはそれなり。ようやく覇気を使えるようになった。

 直接的な強さではカナタたちに及ぶべくもないが、基本的には頭脳担当として指揮することが多い。

 

 シャボンディ諸島で金獅子の奴隷売買を潰し、ついでに金庫からありったけの金を奪ってきたので金庫に溢れる程の金が入っていてご満悦。

 なお拾って増えた部下の諸々で出費も莫大になったので支出としてはトントン。

 刀マニアな点があり、業物については中々詳しい。最上大業物を使うことに憧れはあるが「〝村正〟は呪われそうだから使いたくない」とは本人の談。

 

 ワノ国に来てから色々武器を補充したり海楼石の手錠なども手に入れておいたが、使う機会があるのかは不明。

 金のことで苦労したりと共通点があってか、傳ジローと仲良くなった。

 

 

・スコッチ

 金髪碧眼の小太り男。サングラスをかけている。32歳。

 航海士。

 実力はジョルジュとそう変わらない。覇気もなんとか扱えるようになった。上達するかは今後の修練次第。

 

 魚人島では連日マーメイドカフェに通って至極のひとときを過ごしていた。もっと長く滞在したいとカナタに進言したが、「長期間滞在すると金を使い込むから駄目だ」と却下された模様。是非もなし。

 〝新世界〟においては前半の海よりもさらに訳の分からない気候天候に頭痛すら起こしかけたが、カナタとあれこれ相談しながら何とか乗り切った。

 

 ロムニス帝国で百獣海賊団と遭遇した際、クイーンに狙われたがカイエを連れて逃走。クイーンそっくりなので百獣海賊団側も困惑していたらしい。

 ただし体格はクイーンの方が二回りほど大きい。

 ワノ国で徹底的に鍛え上げて少しやせたはずだが、美味しいお汁粉の店を見つけて常連になったので体格的にはあんまり変わっていない。

 忍者の雷ぞうと仲がいいらしい。

 

 

・フェイユン

 巨人族。薄紫の長い髪とアメジストのような紫色の瞳が特徴的な女性。40歳。

 超人系(パラミシア)デカデカの実の巨大化人間。最大全長173メートル。

 〝巨影〟懸賞金2億3000万ベリー。

 戦闘員。

 武装色と見聞色の覇気を扱える。生まれつき見聞色を扱えることもあり、相手の感情を読み取る力に長けている。

 

 シャボンディ諸島では人間屋の最多壊滅数を誇り、百獣海賊団と戦った時はクロと最多撃破数を競った。本人は特に意識した覚えはないが、攻撃範囲が圧倒的に広いので一定以下の実力の敵にとっては死神にも等しい。

 至ってのほほんとしたまま日々を楽しく過ごしており、故郷でもあるエルバフの村へもそのうち帰れるのではないかと思っている。

 それなりの重さがある〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を運んだり、巨人族の力を生かした単純労働を行うことが多い。周りへの被害も大きいのであまり無茶をすることも出来ないが。

 

 ゾウではミンク族と仲良くなったり、ドレスローザでは小人族を踏み潰しかけたり、ワノ国で侍と戦ったりしていた。

 基本的に手加減が出来ないタチなのである意味一番恐れられている。

 

 

・ゼン

 黒鹿毛の馬(?)のミンク族。39歳。

 〝赤鹿毛〟懸賞金3億3000万ベリー。

 戦闘員。

 本人の毛色は黒鹿毛だが、〝月の獅子スーロン〟化したときの毛色が赤く染まることから〝赤鹿毛〟の名がついた。

 

 生まれ故郷である〝ゾウ〟に帰郷し、第二の故郷と言えるほどに世話になった〝ワノ国〟へと立ち寄ってご機嫌。

 光月スキヤキの元家臣。光月おでんにとっては幼い時に世話になった師である。

 霜月康イエにとっても良き友人であったり、顔が広い。

 

 ミンク族は魚人や人魚と同じように親と違う姿かたちで生まれることも多い。それゆえ姿かたちで差別することはないが──同じはずの馬のミンクであってもあまりに姿かたちが違うことに悩み、自分の見聞を広めるために国を飛び出して即漂流。

 ワノ国に辿り着いて紆余曲折の末に光月家と出会い、君主としては凡庸であるスキヤキと仲良くなり、友人であり家臣となった。

 一生をワノ国で過ごすことも考えたが、一度決めた目的のため家臣としての立場を返上して国を出た。今現在は家臣ではなく友人と言う立場になる。

 その後は様々な島を渡り、フェイユンと出会って今に至る。

 

 おでんが立派になっていて泣きそうになり、歳を取って涙腺が緩んだと自覚しているようだ。

 

 

・サミュエル

 身長三メートルほどの筋骨隆々な大男。坊主頭。29歳。

 動物(ゾオン)系ネコネコの実 モデル〝ジャガー〟の能力者。

 戦闘員。

 覇気は武装色のみ使える。実践と鍛錬を繰り返し、それなりの練度で戦えるようになった。懸賞金が付いてないのが不満らしい。

 カナタの船の珍獣枠。

 

 あちらこちらで戦うことになった時に鉄砲玉のようにジュンシーと飛び出していく。

 最近はクロの目付け役として一緒に島のグルメを巡ることも多い。

 実力はそれなり以上にあるはずだが、相手に恵まれない。目立たないためか懸賞金が掛けられていないのが気になっている。

 同じ動物系の能力者としてカイエのことを気にかけているが、あちらは幻獣種なので珍しさと多彩な能力に嫉妬気味。ただ自分があれを食べても使いこなせないとは理解している模様。

 

 スクラの作った〝能力者にだけ効く薬品〟の被検体になっている。

 一度失敗した過去があるので警戒してはいるが、新しい薬は今までの形態とは別の形態になれるのもあって面白がっている。

 ネコマムシとイヌアラシはそれなりに気が合うらしい。

 

 

・スクラ

 ぼさぼさの白い髪、二メートルほどの身長と線が細く目つきの悪いイケメン。26歳。

 船医。

 戦わないのに見聞色に芽生えつつある。

 ワノ国では独自の医術や薬に興味を持って色々調べている。

 

 基本的に戦わないので船に引きこもりがち。シャボンディ諸島で一気に人が増えてカルテの作成が追い付かなくなっていたが、奴隷にされかけていた者の中に医術の心得があるものがいたので助手として使っている。

 それはそれとして手長族などの多様な種族にも興味津々。

 能力者に対する薬を作る実験がしたいので被検体を今か今かと待ち望んでいる。

 

 〝ドレスローザ〟では小人族を色々と調べたがったが、伝手もなく攫う訳にもいかないので断念した。

 ワノ国で独自に発展した生薬などを学んだらしい。独自に作った薬なども惜しげ無く教授していたので「先生」と呼ばれている。

 サミュエルに〝能力者にだけ効く薬〟を渡して実験している。あらかじめ自分でも試しているが、能力者ではないので特に体に影響は出ていない。

 成分としてはかなり強い薬もあり、量を間違えると毒になりかねないため、早く使い潰せる被検体が欲しいようだ。

 

 カイエに苦手意識を持たれた。

 

 

・デイビット

 ツンツンと尖った髪型のウニ男。身長は180ほど。35歳。

 超人系(パラミシア)ボムボムの実の爆弾人間。

 〝爆撃〟懸賞金7000万ベリー。

 覇気は未だ扱えず。

 

 能力を鍛え上げながら戦っているが、伸び悩んでいる。覇気の扱いも上手く行っておらず、中々厳しい現状である。

 その横でカナタはメキメキと強くなっていくので半分心が折れている。

 賞金額相当の強さはあるので〝新世界〟でも一兵卒相手なら十分に通じる実力ではある。だが、本人が納得していない。

 

 

・フィッシャー・タイガー

 原作キャラ。タイの魚人。五メートルを超える巨体を持つ。28歳。

 操舵士。

 

 シャボンディ諸島に詳しいのでコーティング屋の伝手を使って船にコーティングして貰ったり、魚人島までの航路をカナタに教えたりしていた。

 騒動の尽きないカナタの船で楽しんでいたが、当初の約束通り魚人島に着いた時点で船を降りた。今後また会うことがあれば一緒に旅をする機会もあるかもしれない。

 

 帰って早々弟分のジンベエやアーロンに歓迎され、歓迎の宴をやろうと言われたが「用事がある」とカナタの約束を優先した。

 ついていったジンベエ同様、アーロンもかなり不満そうではあったが、しばらく魚人島にいるということで機嫌が直ったらしい。

 カナタがジンベエに戦いの基礎を教えているところを観戦しながら酒を飲んだり、スコッチに互いに嫁がいないことを罵り合ったりしていた。

 随分仲良くなって船を降りるのがつらかったが、一人で身軽に世界を見て回ることも捨てがたく、「また会う機会はいくらでもある」というカナタの言葉に甘えて一人旅をすることにした。

 

 

・ドラゴン

 原作キャラ。2メートルを超える体躯の男。23歳。

 戦闘員(参謀的な立場でもある)。

 

 戦う機会はそれほど多くないので実力を疑われがちだが、ワノ国の訓練にてジュンシーと二人がかりでカナタと戦っているのを見て認識を改めるものも多かった。

 どちらかと言えば人を指揮することが多い立場なので戦いよりもそちら方面の能力が伸びている。

 ジョルジュやスコッチ、ジュンシーと言った面々も指揮したり人を扱うことは多いが、不思議とドラゴンの方がカリスマがあるらしい。覇王色の持ち主なので不思議でもないかもしれない。

 

 カナタと共に〝歴史の本文〟を探したりハチノスの地下を探し当てたり、重要な情報を共有されることが多い。

 当初の目的であるカナタの信頼を得るのは既に達成されていると言えるが、個人的にも気に入っているようでしばらく船を降りる様子はない。

 カナタの実力がワープでもしているのかと思うほどの速度で上がっているが、ドラゴンもおでんやおでんの家臣たちと模擬戦を繰り返してそれなり以上の実力を身に着けている。

 

 

・グロリオーサ

 原作キャラ。身長はやや低め。年齢不詳。

 戦闘員(兼船長補佐)

〝天蓋〟懸賞金8800万ベリー

 

 〝凪の帯(カームベルト)〟にある女ヶ島、そこに住む戦闘民族〝九蛇〟の元皇帝。

 昔、航海の途中で一人の海賊に恋をして恋煩いになり、国を飛び出して生き永らえた。その後は国に戻れず、シャボンディ諸島を拠点に生活していた。

 数年前にシャクヤクと出会って意気投合し、最近カイエという一人の少女を拾って親代わりに育てていた。

 目を離した隙にカイエが人攫いに攫われ、取り戻したはいいが追われているところでカナタと出会った。

 

 カナタの船に乗ることになって以降、かつて〝九蛇海賊団〟で船長をしていたころの経験からカナタの相談役としてアドバイスすることも増えた。それ以外の時は子供の面倒を見ていることが多い。

 とはいえ、〝新世界〟を訪れるのは初めての経験(九蛇海賊団は前半の海にナワバリである女ヶ島があるため)なので、アドバイスは経験則で分かることだけに留めている。

 ミンク族や巨人族など、他の種族が交じっても特に問題なく組織運営が出来ていることに驚いていた。

 経験則から、種族が違うと生活様式の違いから同じ船に乗っても上手く行かないことが多いことを経験的に知っている。

 

 実力は九蛇の皇帝に相応しい強さを持っているが、長いこと前線から離れているのでやや勘が鈍っている。

 それでも百獣海賊団のクイーン相手に一歩も退かずに戦う程度には強く、武装色・見聞色の覇気を高い練度で扱える。残念ながら覇王色の素質はない。

 ワノ国では覇気や基礎鍛錬の教師役として船員の面倒を見ていた。

 

 

・カイエ

 紫色の髪の少女。5歳

 動物(ゾオン)系ヘビヘビの実 モデル〝ゴルゴーン〟の能力者。

 戦闘員(暫定)

 

 シャボンディ諸島で生まれ、父親が取引のために持ち帰った悪魔の実を口にして能力者になった。

 怒り狂った父に殺されかけ、恐怖のままに能力を使って石にし、母親に棄てられた。

 行く当てもなく泣いていたところをグロリオーサに拾われ、紆余曲折の後にカナタの船に乗ることになる。シャクヤクとはそこそこ仲が良かったので会えなくなるのは残念がっていた。

 能力を得た経緯から男性が苦手だが、サミュエルとは同じ動物系の能力者同士と言うこともあってか(頭が同レベルと言うこともあってか)仲が良いようだ。

 カナタのような美人になりたいとキラキラした目線を時折送っているとか。

 

 自分の能力はあまり好きではないが、親代わりのグロリオーサがクイーンと戦って傷を負った時には「自分も戦わないと」と本能的に思ったらしい。

 ゾウにて能力の確認をしたが、サミュエルが落ち込む結果になった。

 人獣型になれば体が少し大きくなり、髪が蛇のような形をして腰のあたりから尻尾が生えてくる。

 獣型では数メートルほどの大きさになり、両足が無くなって下半身は完全に蛇のようになる。蛇の形をした髪からレーザーを出したり、視線を合わせた対象を石に変えたりと、幻獣種の名に恥じない多彩な能力を誇る。

 

 ワノ国ではあまり能力を人前で使いたがらないカイエに配慮し、カナタが少し遅い時間に一人だけ別で能力の訓練をしていた。

 

 

 所属 大渦蜘蛛海賊団

 

・スクアード

 原作キャラ。20歳。

 〝大渦蜘蛛〟懸賞金1億2000万。

 詳細不明だが、億超えの大型ルーキーとしてシャボンディ諸島で名前を挙げられた。カナタの同期として〝新世界〟に入っている。

 同時期にいたカナタの船に自分より高い金額が4人もいることに嫉妬している。

 

 

 所属 大斧海賊団

 

・アーテファ

 詳細不明だが、人間族にしてはかなりの巨体らしい。22歳。

 〝剛力〟懸賞金1億3800万。

 詳細不明だが、億超えの大型ルーキーとしてシャボンディ諸島で名前を挙げられた。カナタの同期として〝新世界〟に入っている。

 名を挙げようとチャンスを狙っている。

 

 

 所属 百獣海賊団

 

・カイドウ

 詳細不明。〝百獣〟懸賞金8億1110万ベリー。

 名称不明だが、龍の姿に変わる能力者。

 

 ロムニス帝国にて酒に酔っていたところでカナタをオクタヴィアと勘違いして襲撃、返り討ちにあった。

 全身を叩きのめされた上に片角を折られ、動けなくなったところを海軍に捕まった。インペルダウンに護送中、暴れて護送船を沈めて逃走。

 カナタに対しては戦力として欲しい気持ちと「ガキが酒を飲むな」とオクタヴィアに酒を取り上げられていた恨みで後者に傾いている。

 

 

 



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海の果て/RoadStar
第七十話:騒乱の幕開け


本日二話投稿しております。

新章開幕です。


 一ヶ月の訓練期間も終わり、ワノ国の住人たちとすっかり仲良くなっていた。

 おでんの家臣とカナタの部下は随分仲良くなったようで、訓練の合間に話をしたりすることも多かったようだ。

 出航の前日には盛大に宴を開き、仲良くなったカナタたちの船出を祝福していた。

 

「……あっという間の一ヶ月だったな」

「規律も戦い方も何とか叩き込んだ。最低限使い物にはなるだろう」

「死ななければいい。強者は多いが、大抵の連中は私たちでやるからな」

 

 幹部や船長といった実力者たちはカナタや幹部たちがいる。それ以外の一兵卒相手には負けないようにしておけばいい。

 足を引っ張らなければ十分だ。元より誰かに倒してもらうつもりもないのだから。

 カナタとジュンシーは訓練の成果におおよそ満足している。このレベルならそうそうやられはしないだろう、と。

 

「出航準備は出来たか?」

「忘れ物は無し、積荷も積んだ。この国で手に入れた物もな」

 

 海楼石はこの国で加工されることが多い。近年では海軍でも運用されているが、大本の技術はワノ国から出たものだという。

 少なくとも加工技術は随一だ。今後の能力者対策として、いくつか海楼石製の手錠を購入した。

 武器の類も質のいいものを購入したので、しばらく武器には困らないだろう。

 確認が終わったころにゼンとおでんたちが見送りに港近くまでやってきていた。

 

「別れは済んだか? またしばらく会えなくなるぞ」

「ヒヒン、大丈夫です。元より一時的な滞在とわかっていましたから」

「おれは父上の代理も兼ねてる。お前のことは嫌いだが、合同訓練は身になった。そこだけは礼を言う」

「相変わらずだな。もう少しボコボコにしてやればよかったか」

 

 口の減らないおでんの言葉に思わずカナタも投げ返す。

 この二人の関係も改善することはなかった。精々互いの実力を認めたくらいのものだろうか。

 

「まあまあ。我々も今日で出立です。今日くらいは友好的に行きましょう」

「……ゼン殿がそう言うなら」

「いずれまた訪れることにはなるがな。スキヤキ殿にはまた世話になる」

 

 〝水先星(ロードスター)島〟まで一度辿り着き、その後また〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を探すことになる。

 古代文字を読めるスキヤキにはまた世話になるだろう。

 おでんも読めることは読めるだろうが、カナタの船に乗らないのでその場で読むことは出来ない。

 おでんがカナタの船に密航するのではと勘ぐった家臣たちもいたが、普段の様子を見ていれば大丈夫だろうと判断したらしい。おでんとは別にそれぞれカナタの部下と挨拶を交わしていた。

 

「信用されたものだな、おでんが私の船には乗らないと」

「業腹だがな。海外に行くならお前の船に乗るのが早いが、お前の船に乗ってちゃおれは息が詰まりそうだ」

「賢明だな。私もお前を船に乗せると問題ばかり起こしそうだから嫌だ」

「この野郎……!」

 

 トラブルメーカーなら既にいるのでこれ以上は不要だ。

 笑いながら拒否するカナタに、おでんは額に青筋を浮かべている。

 ゼンがおでんを宥め、挨拶が済んだ船員たちが次々に船へと乗り込んでいくのを眺める。

 

「……次会うときは、お前をぶっ飛ばせるくらいには強くなっておいてやるよ」

「フフ、楽しみにしておこう」

 

 結局、悪魔の実の能力すらろくに使うことはなかった。全力で使えば加減が出来ないのもあるが、影響範囲が広すぎるのだ。

 局所的に天候や気候を変えてはその後の生活にまで影響する。全力など、到底出せるものではない。

 能力を使わない状態だとしても、カナタとサシで戦えるほど強くなればほとんどの敵は敵と呼べなくなるだろう。

 名実ともにワノ国の守り神となれる。

 

「──時間だ。出航する」

 

 〝白舞〟にある〝潜港(モグラみなと)〟の桟橋から船を離し、ゆっくり動き始める。

 桟橋で手を振り、康イエやおでんが笑みを浮かべてカナタ達を見送っている。

 

「ゼン殿、カナタ殿! またワノ国に来るといい! 歓待しよう!」

「今度は絶対負けねェからな!」

 

 二人の言葉に手を振って返し、嵐と渦潮の渦巻く海へと躍り出た。

 

 

        ☆

 

 

 ワノ国を出て次の島に辿り着き、補給と情報収集のためにカナタはグロリオーサとカイエを連れて街へ出る。

 気候はやや寒いが安定している。秋島の秋と言ったところか。食料は随分と豊富なようで、相場に比べるとずいぶん安い。

 露店で安く売っている果物をいくつか買い、カフェで紅茶を頼みつつ小さめのナイフであっという間に皮をむいて切り分ける。

 氷の皿に載せて盛り付け、街の様子を眺めながら紅茶と果物を楽しむ。

 

「この島では何日くらい滞在する予定なニョだ?」

「この島は大体一週間くらいだな。休暇もかねてのんびりやるさ」

 

 シキにせよリンリンにせよ、ここ一ヶ月で縄張りの騒動は大方鎮めたらしい。

 もう少し長引いてくれればよかったのだが、最低限部下たちを鍛える時間が稼げただけ良しとしておくべきなのだろう。

 海軍もここのところ活発に動いているようで、ロジャーとやり合ったガープ、シキとやりあったセンゴクの話題などが新聞に載っている。

 ゼファーが大将を退いた影響は少なからずあったはずだが、ガープやセンゴクなど、海軍にはいまだ猛者が多い。遠からずこちらも鎮火するだろう。

 

「ゲリラ活動をやっていたワールド海賊団も、ここ最近は何度か金獅子海賊団の本隊とぶつかって撃退されている。流石にシキ本人は出ていないだろうが……接触するなら早い方がいいのは確かだな」

 

 シキ本人が出ているならワールド海賊団を逃がすはずがない。おそらく戦ったのは幹部だろう。その金獅子海賊団の幹部と衝突して島一つを焦土に変えながら逃走したらしい。

 ワールド海賊団としては金獅子海賊団の縄張りを荒らすだけでも価値があるので、金獅子海賊団としては頭が痛いところだろう。

 バーンディ・ワールド。

 二億の賞金首だが、シキを相手にこれだけ大立ち回りをやっているところを見るに金額が上がってもおかしくはない。

 もぐもぐと果物を食べるカイエの頭を撫でながら、グロリオーサは疑問を口にした。

 

「海賊同士で同盟を組むつもりなニョか?」

「今のところはな。敵が同じなら支援してもいいと思っている」

「ふむ……海賊同盟というのは、基本的に碌な結末を迎えない。新聞でしか知らニュが、このバーンディ・ワールドという男、こちらの言葉に耳を貸すような男とは思えニュがな」

「組まないというならそれはそれで構わない」

 

 おそらく能力者であろうワールドを捕えてスクラの薬の被検体にしてもいい。

 最終的に能力を奪えるならそれで十分だ。無理に味方に付けることもないだろう。

 ワールドの部下に能力者がいれば一石二鳥くらいに考えている。

 

「問題は、シキとリンリンが予想以上に早く事を収めていることだな」

「どちらも勢力としては格上だ。戦力が分散している間に消耗させられれば良かったが」

「そこは仕方ない。ワールド海賊団のようにゲリラ戦法で少しずつ削っていくしか無かろう」

 

 本隊を直接叩けるならそれでもいいが、シキにしてもリンリンにしても部下の数が桁違いだ。如何に強い部下を育てても、数という力には何者も及ばない。

 幹部とて相当な強さなのだろうだし、策を考える必要がある。

 

「今は無視して、少しずつこちらの勢力を拡大するという手もあるが……」

「無理だろう。シキの奴がそれまで大人しくしているはずがない」

 

 あれだけカナタにこだわっていた男が、のんびり準備する暇を与えてくれるはずがない。

 状況が落ち着けばすぐにカナタの首を狙ってくるだろう。

 

「……逃げ回っても見つかるのは時間の問題か」

「打って出たほうが良かろうな。幹部一人、傘下一隻でも減らしていければそれだけこちらが有利になる」

「それは経験か?」

「私も海軍や他ニョ海賊から追われたことがある身ゆえな」

 

 ではその経験に従おう。

 まずはワールド海賊団と接触。交渉が成功するにせよ失敗するにせよ、少なからず戦力は増える。

 悪魔の実の能力者であることが前提だが……億を超える賞金首は大体能力者だ。確率としては悪くない。

 問題は、ワールド海賊団の居場所がわからないことか。

 

「こればかりはな……情報屋でもいればいいニョだが」

「〝新世界〟には伝手も何もないからな。あるいは海軍なら居場所を掴んでいるかもしれないが……」

 

 ガープに聞いても教えてくれはしないだろう。どこかでワールド海賊団の情報を探さねばならない。

 ──そう考えていると、船に戻った後でスコッチとジョルジュが情報を拾ってきた。

 酒場で大々的に情報を流していた奴がいたらしい。

 

「……その話、本当か?」

「ああ。ワールド海賊団の居場所が分かったらしい。どうする?」

「本当、だとは思うけどな」

 

 ジョルジュはやや訝しげだ。

 まずは情報を手に入れた経緯から話すことにする。

 最近の話だ。ワールド海賊団に対し、複数の海賊で連合を組んで倒そうとする動きがあるという。

 ワールド海賊団は元々あちらこちらで大暴れして一般市民にも海賊にも多大な被害を与えてきた。それゆえに〝世界の破壊者〟と言われ、それにふさわしい実力を備えている。

 ワールド海賊団に恨みを持つ海賊は多く、誰かが「復讐のために海賊連合を作る」と言い出したのがきっかけらしい。

 居場所を掴んでワールド海賊団に奇襲をかけ、バーンディ・ワールドを倒す。それだけのために作られた海賊連合なのだと。

 そして今、ワールド海賊団の居場所が判明したために各地からワールドに恨みを持つ海賊たちが続々と集まりつつある。

 

「……なるほど」

「どうも、ワールド海賊団を壊滅させたいから色んなところに情報を流して海賊を集めてるみてェだな」

「居場所だけは確かだと思うぜ」

 

 だが、こうなると少し考える必要がある。

 シキを倒すためなら悪評ばかりのワールドでも手を組むが、デメリットが上回るとなれば話は別だ。

 余計なものに手間取られながら相手に出来る程、シキは安い相手では無い。

 

「ふむ……一度行ってみれば真偽ははっきりする。どうせダメ元だ、行ってみよう」

 

 ビブルカードで合流する予定らしく、スコッチは手持ちのビブルカードをカナタに渡してくる。

 このビブルカードで行き着く場所に海賊連合の本隊がいるらしい。

 

「三日後、ここから一日くらいの場所にある島に合流だそうだ」

 

 色々都合よく進んでいるが、どうも彼らは色んなところでワールド海賊団の話を振って味方を増やしているようだった。カナタの参戦は想定外だろうが、その辺りは目を瞑って欲しい。

 数に頼って集めていればピンキリなところも出てくるだろう。

 ただ、ワールドは二億の首だ。

 それを討ち取ったとなれば、恨みがあろうとなかろうと自身の名を轟かせることも出来るだろう。その辺りが目的の海賊も少なからず交じっていると見える。

 

「……ワールド海賊団は倒すのか? それとも同盟を?」

「評判という意味では、ワールド海賊団と組むのは悪手だな」

 

 現状、組む上でのデメリットが多い。

 実力にしても、シキの幹部に敗走するレベルなら組むより能力を奪った方が戦力強化になるだろう。

 ひとまず一度会ってから考えるべきだ。

 手に入れたビブルカードを懐に入れ、カナタは次の動きを考えていた。

 

 

        ☆

 

 

「ジハハハハ!! 久しぶりだなロジャー!! おれの部下になる覚悟は出来たかァ!?」

「わはははは!! 笑わせんじゃねェよシキ!! テメェの部下になるつもりなんざ、これっぽっちもねェ!!」

 

 〝新世界〟、とある海域にて。

 この海における四人の強者のうち二人がぶつかっていた。

 片や海賊大艦隊の大親分〝金獅子〟のシキ。

 片や少数ながらも精鋭の揃う海賊団の船長〝鬼〟のロジャー。

 ロジャーの実力に惚れ込んだシキが度々ロジャーを部下にしようとぶつかっていたが、今回の戦いは実に数ヶ月ぶりだった。

 

「現実を見ろ、ロジャー! 忌々しい海軍も、〝白ひげ〟もリンリンも、おれとお前が組めば全て蹴散らせる!! こんなにうまい話があるか!!?」

「現実を見ろだァ!? ふざけんじゃねェぞシキ!! 海賊ってのは()()()()()()()()()()!!! テメェの下で窮屈な現実に縛られる気なんざ毛頭ねェ!!」

 

 天候は快晴。波は穏やかだが〝新世界〟の海は時に気紛れな嵐を起こす。この辺りの海域は突発的に天気が変わることが多い場所だった。

 その中で、二人の強者は睨み合って言葉をぶつけ合う。

 片や〝支配〟を求めて。

 片や〝自由〟を求める。

 海賊なら、言葉でわからなければ倒して言うことを聞かせる──二人はいつもそうだった。

 そして今回もまた、二人の意見は決裂する。

 

「今日という今日は逃がさねェ!! 海に沈めてやらァ!!」

「かかって来いよシキ!! ぶっ飛ばしてやらァ!!」

 

 二人の覇王色がぶつかり、それを機にシキの艦隊とロジャーの船が動き始めた。

 いつも通りの海戦が始まり、集まった幹部と部下たちがロジャー海賊団の面々と戦い始める。

 その中でも、やはりロジャーとシキは一際激しい戦いをしていた。

 

「しばらく見なかったが、カナタにやられて忙しかったみてェだな!!」

「ああ、クソ面倒だったがな……いや待て、お前なんであの女の事知ってんだ!」

「知り合いだ! 偶然会ったことがある!」

 

 空から二振りの剣を振るってロジャーに斬りかかったシキは、ロジャーの言葉に眉を顰めた。

 

「知り合いだァ!? お前、あの女が誰の娘か知ってんのかよ!!」

「知らねェな!! あいつが誰の娘だろうが、同じ釜の飯を食ったなら友達でいいのさ!」

 

 一日二日程度の、ほんの短い間だったが──同じ船で同じ釜の飯を食べた間柄だ。ロジャーにとってはそれで友達と呼ぶには十分だった。

 シキは額に青筋を浮かべながら剣を振り、剣に纏わせた武装色の覇気を叩きつける。

 ロジャーはそれを涼しい顔で受け切り、逆にシキの腕を斬り飛ばそうと構えた。

 

「舐めんな!」

 

 ロジャーの斬撃を受け止め、覇王色の衝突で海が荒れ狂う。

 フワフワの能力でロジャーの船──オーロ・ジャクソン号を支配下に置こうとするが、そうする直前にロジャーの攻撃で集中力を削がれる。

 力任せに振るわれた斬撃を何とか受け止めながら吹き飛んだシキは、海を切り裂きながら距離を取った。

 

「何が友達だ! ふざけたこと抜かしやがって!」

 

 切り裂かれた海は巨大な塊となって空に浮かび、オーロ・ジャクソン号諸共ロジャーを海に沈めようと落下し始める。

 ロジャーは笑って覇気を纏わせた剣を振り、巨大な海水の塊を真っ二つに切り裂いた。

 シキはオーロ・ジャクソン号の甲板に立ち、にやりと笑うロジャー目掛けて疾走した。

 

「えらくご立腹じゃねェか。そんなに負けたのが悔しいのか?」

「ああ、そうだな、それもある。だがな……あの女が誰の娘か知ってりゃあ、そんな軽口は出て来ねェはずだぜ!」

「誰の娘かってのがそんなに大事かよ!」

()()()()()()()()()

 

 ロジャーの連続する斬撃を次々に弾き、シキは至近距離で押し込もうと鍔迫り合いになる。

 

「テメェも無関係じゃねェぞ。何しろ、おれの予想が正しけりゃあ──()()()()()()()()()()()()()()!」

「何!? どういうことだ!!?」

「ジハハハハ!! 本人から聞け!」

 

 シキはそれ以上答えるつもりは無いらしく、ロジャーは気になって無理矢理聞き出そうと本気で剣を叩きつける。

 武装色を纏った剣がぶつかり合い、衝撃は天を裂いて雲を吹き飛ばした。

 どうしても答えさせようとするロジャーの猛攻を凌ぎ、シキはロジャーを逃がさずその首を落とそうと剣を振るう。

 どちらも「この程度じゃ死なないだろう」という信頼があった。長いこと戦い続けてきたが故の信頼でもあるのだろう。

 二人の戦いは長時間続き──結局、艦隊を相手に戦い続けることを諦めたロジャー達が逃走する形で幕を閉じた。

 そして、その夜。戦い疲れて皆休んでいる中、ロジャーは甲板で星空を見ながら酒を呷っていた。

 

「ロジャー、シキの言葉を気にしているのか?」

「ああ……まァな」

 

 そこへ現れたのは副船長であるレイリー。

 シキの言葉は少なからずロジャー海賊団の船員たちにも聞こえていた。バギーやシャンクスは知らないだろうが、それ以外の船員はカナタのことははっきり覚えているのだ。

 ロジャーは酒瓶をグイっと傾けて酒を飲み、口元を袖で拭って垣立に背中を預ける。

 

「……おれァカナタを仲間に誘ったこともある。だが、あいつの親の仇だってんなら、おれはあいつにひでェことをしたのかもな」

「だが、あの子はそのことをおくびにも出さなかった」

 

 ガリガリと酒瓶を持ってないほうの手で頭を掻くロジャー。

 うじうじと悩むのは()()()()()のだが、最近〝新世界〟入りしてきたカナタの記事を見て、再会を楽しみにしていたこともある。

 どうしても気にはなっていた。

 

「……おれ達は海賊だ。こういうこともある。だが、友達の親の仇だって言われるとな……」

「カナタは何も言っていないからな。お前に気付けというのも無理がある話だろう」

「そりゃそうだが」

「実際に会って、話してみればいい。あの子は聡明だ。話せば……まァ、パンチの一発くらいで許してくれるかもしれんぞ?」

「わはは、そりゃ痛そうだ」

 

 ロジャーとレイリーは笑い合い、拳をゴツンとぶつけ合った。

 「シキの言葉が本当だったら殴られるだろうな」とロジャーは言い、レイリーは「お前を動揺させるための嘘かもな」と言う。

 真実はカナタ本人にしかわからない。

 どうせそのうち会おうと思っていたのだ。少し早まったにすぎないと考え。

 

「よし、そんじゃカナタの奴を探してみるか!」

 

 ロジャーは再び酒を飲み、動くことを決めた。

 




ワールドの部下にキュブキュブの実(物・人などをキューブにする能力)の能力者がいると知って「なるほどね」となった。


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第七十一話:ワールド海賊団

 ガープとセンゴクは軍艦数隻を伴ってワールド海賊団の捕縛に動いていた。

 コング元帥直々の命令ということもあり、二人は特に文句もなくとある島へと向かっている。

 文句もなく、とは言ったが──ガープにしてもセンゴクにしても、不満はあった。

 何故ならば、ワールド海賊団捕縛に当たって()()()()()()()()()()()()()()()()()()からである。

 

「ワールドを捕まえるだけならおれ達だけでも十分なはずだが……コングさんは何を考えてんだ」

「奴の能力が厄介なのは知っているだろう。奴の行動は世界政府へ直接的に害を与えている。いずれにしても放置は出来ない……海賊と組むのは業腹だがな」

「なーにが世界政府に直接害を与えている、だ」

 

 そんな理由で海賊と組むならカナタの時もやっている。

 いやまぁ、あちらは完全に世界政府だけに喧嘩を売ったので味方に付けられる海賊などいなかったのだが。

 ガープは嫌そうな顔で軍艦に乗り込んだ新兵たちを見ながらぼやいた。

 

「……ゼファーの奴は、教官として馴染み始めたみてェだな」

「ああ。あんなことがあったんだ、心が折れて軍を辞めたとしてもおかしくはなかったが……後方に下がったとはいえ、残ってくれたことは嬉しく思う」

「〝ゴッドバレー〟の事件があってからこっち、海軍も新兵育成が間に合っていないからな……正直、ありがたいところだ」

 

 かつて、世界政府に直接牙を剥いたロックスと言う男が暴れ回った時代。

 世界各地でロックスの手勢と化した海賊たちが海軍と正面衝突し、海に沈んでいく海賊たちと同様に海兵の屍の山も築かれた。

 海軍本部に勤務する将官、佐官も同様だ。

 ガープやセンゴクのような一握りの強者こそ残ったが、当時の海軍大将でさえ屍となるほどの戦場を越えられた海兵は多くない。

 海賊の数も当然減ったが、分裂した元ロックス海賊団──シキやリンリン、ニューゲートはそれぞれ自分の仲間を集め、この海で勢力を築き上げている。

 ガープと共にロックスと戦ったロジャーも健在だ。

 正直なところ、海賊の数に対して海兵の数が足りていないのは事実だった。

 

「この船に最近入った〝自然系(ロギア)〟の新兵もいる。ゼファーが特に目をかけているそうだぞ」

「ほう、そりゃ楽しみだ。次世代の芽も出始めたか」

 

 笑うガープとセンゴクのところに噂の新兵の一人が報告に現れた。長身の角刈り頭の男だ。

 真新しい水兵服を着て敬礼をし、はきはきと報告を始める。

 

「報告します! 現在、目的の島を目視できる位置に到着しました! いかがされますか!」

「おう、ご苦労」

「このまま遠巻きに目視出来る位置を維持しろ。海賊どもが動き次第、我々も動く」

 

 なし崩しに協力することになったとはいえ、ガープもセンゴクも肩を並べて戦うつもりは無い。

 下手に歩調を合わせるよりも個別に戦った方がいいだろう。合わせられるとも思えない。

 ガープは誰がワールドの首を狙っているのか確認しようと双眼鏡を覗き込み、島に滞在している海賊船を確認する。

 すると、おかしなものでも見たのか、何度か目をこすってもう一度確認する。

 

「……待て待て待て、なんであいつがいる! ワールド海賊団と因縁はねェだろう!?」

「なんだ、誰がいた?」

 

 困惑するガープの手から双眼鏡を取って覗き込むセンゴク。

 その視線の先には海賊旗のない巨大な船が一隻あり、その船上には見覚えのある姿があった。

 紫色の髪の巨人。一度は戦った非常に目立つ女。

 

「〝巨影〟……! と言うことは、〝魔女〟もいるのか!?」

「今回は敵対しているわけじゃないが……何を考えてるんだ、あの女」

 

 バーンディ・ワールドとカナタの間に何かしらの因縁があるとは聞いていない。もしかするとどこかで会っている可能性もあるが、あの二人がどこかでぶつかれば確実に海軍の情報網に引っ掛かる。敵対しているならなおさらだ。

 カナタが何を考えているのかわからないが……ガープは直感的に「碌なことにはならない」と思い始めていた。

 そしておそらく、その直感は正しい。

 

 

        ☆

 

 

 カナタはワールド海賊団に恨みを持つ海賊たちと合流し、遠目に海軍の軍艦を確認しながら「厄介なことになったな」と思い始めていた。

 自分たちも例外の中に入るが、普通の海賊は海軍との伝手など持たない。

 つまり、ここに海賊たちを集めた海賊は海軍の回し者か、あるいは世界政府の回し者である可能性が高い。

 ワールド海賊団を捕縛することが最大の目的だろうが、その後まではどうなるかわからない。最悪その場で海軍と連戦する可能性まである。

 ガープとセンゴクの二人を相手に戦うなど御免被るのだが。

 

「もうすぐワールド海賊団の滞在する島に着くが……おれ達はどう動く?」

「しばらくは様子見だな」

 

 集まったのは大した連中ではない。仮にカナタたちが戦えばすぐにでも全滅させられる程度の弱い海賊ばかりだ。

 もちろん〝新世界〟まで辿り着いた以上は相応の実力を持つのだろうが……大半は一度ワールド海賊団にやられて弱体化した海賊ばかりだ。当てには出来ない。

 海賊たちを退け、ガープとセンゴクから逃げきれるなら相応のリスクを背負っても同盟を組む価値はあるだろう。

 駄目ならガープとセンゴクと一戦交えてでもワールドの能力を奪いにかかる。

 

「多少は傲慢に行かねばな。ただでさえガープとセンゴクの相手など負担が大きい」

「戦いたくてうずうずしてるのがいるが……まァあいつはいつものことだし放っておいていいか」

 

 ジュンシーを見ながらタバコを吹かすスコッチ。

 天気は良好。ワールド海賊団とて馬鹿ではないだろうから見張りは居るだろうし、既にかなり近付いているから気付かれていてもおかしくない。

 カナタが気配を探ったところ、そこそこ強い気配が一つと少し強めの気配が複数。この程度なら危険を覚える程ではないと判断する。

 

「向こうも打って出るだろう。大砲には気を付けておけ」

 

 それ以外の遠距離攻撃はカナタが対処する。

 カナタたちは少し離れたところで趨勢を見守る。観察している間にいくつもの海賊船でワールド海賊団を包囲し、一斉に砲撃を始めた。砲撃音が海原に響き渡り、爆発音と叫び声が空に混じって消えていく。

 〝世界の破壊者〟と呼ばれるだけあって、ワールドも弱くない。

 何らかの能力によるものか、巨大化した砲弾が次々に海賊船を沈めている。あれでは碌に消耗させることも出来ないだろう。

 海軍の軍艦も戦線に参加して攻撃を始めているが、直接ガープとセンゴクが出るならともかく海戦だとやや不利であることは否めない。

 ──流れが変わったのは、海戦が始まってしばらくしてからだった。

 

「……攻撃が止んだ? 何かあったのか?」

 

 海軍の軍艦と撃ち合いをしていたワールド海賊団の攻撃が止まった。

 諦めたわけでは無いだろうが、様子がおかしい。

 双眼鏡で詳細を確認してみれば、ワールドと思しき男が味方から銃を突きつけられている。

 様子を見ていると、船員たちはワールドに対して発砲を始めた──この土壇場で船員に裏切られたのだ。

 

「仲間割れ……? この状況で仲間割れとは、誰かにそそのかされたか?」

「仲間割れだァ? ワールドの奴はどうなったんだ?」

「銃撃を受けたが、致命傷には遠いな。仲間たちを自分の手で屠っている。だが、あの様子では海賊団として保てまい」

 

 ワールド一人だけ確保するにせよ、身柄を諦めて悪魔の実だけ確保するにせよ、この距離ではどちらも出来ない。

 敵船に乗り込んで何とかする必要がある。

 最悪に備え、悪魔の実を確保するための準備をして双眼鏡をスコッチに渡した。

 

「乗り込んでワールドを連れてくる。少し視界を悪くするぞ」

「それで簡単に天候を変えられるお前が恐ろしいよ、おれは……」

「一時的なものだがな」

 

 ゆっくりと暗雲が立ち込め、次第に気温が下がって雪が降り始める。

 船の指揮はドラゴンに任せ、カナタはなるべく海軍に気付かれないように注意しながらワールド海賊団の船へと近付く。移動方法は海の上を歩いてなので、余程こちらに注意を向けていなければ気付かれることはないだろう。

 船の縁に張り付き、様子を窺っていると、黒いスーツの男たちがワールドたちと話しているのが聞こえてきた。

 

「──お前たちまさか、サイファーポールか!?」

「あァ!? なんだそりゃ!?」

「世界政府の諜報機関だ……まさか、仲間として入り込んでいるとは……」

「如何にも。仲間としてしばらく過ごさせてもらいましたが、これもすべて任務。ここまでです」

 

 サイファーポール。

 世界政府の諜報機関が海賊として入り込み、内側から崩壊させたのかと理解し──カナタは目を細めて動いた。

 

「──ッ!!?」

 

 奇襲に対応出来なかったサイファーポールは次々に投げつけられた氷の槍で船に縫い付けられ、凍り、首を圧し折られ、胸部を打撃で撃ち抜かれていくなどして絶命していく。

 次々に倒れていく仲間を見て焦ったサイファーポールの一人は、奇襲してきたカナタに六式と覇気で応戦。しかしそれを容易く制圧してサイファーポールを全滅させた。

 海賊団一つを内側から崩壊させた手腕は見事なものだが、直接的な戦闘力に関してはそれほどでもなかったらしい。

 もっとも、この場合は相手が悪かっただけかもしれないが。

 カナタは膝をつく大男──ワールドの前に立ち、見下ろしながら話しかけた。

 

「お前がバーンディ・ワールドだな?」

「……テメェは、誰だ?」

「〝竜殺しの魔女〟……! 十五億の賞金首が、おれ達に何の用だ!?」

 

 点滴をつないだ小柄な男がワールドの横で驚いたように声を上げる。先のサイファーポールのことを知っていたのもこの男だ。

 ワールド海賊団における頭脳なのだろう。

 ワールドはその言葉に驚き、銃弾をまともに受けて血塗れの体でカナタを睨みつけた。

 

「おれの首でも取りに来やがったか……!?」

「名を揚げるつもりならたかだか二億程度の首など取ろうとは思わん。お前の実力次第では〝金獅子〟を相手取るための同盟を組もうと考えていたが……」

「ハッ……仲間に裏切られて、死にかけているおれを笑うか……」

 

 致命傷ではないと思っていたが、銃弾はかなりダメージとして深いらしい。それとも裏切られたという精神的な問題もあるのだろうか。

 少なくともまだワールドを守ろうとしている仲間が数名いる。

 さてどうしたものか。

 能力込みで考えれば、恐らく実力はかなり高い。シキに及ばずともシキの幹部と渡り合えるくらいであれば御の字、くらいに考えていたが……この状態では同盟を組むことも出来ないだろう。

 

「シキを相手に戦う気はまだあるか?」

「……この状況で、それを聞く意味があるのか? おれは今にも殺されそうだってのに」

「治療ならこちらで請け負ってやろう。ガープとセンゴクも私なら退けられる。だが、その代わりにお前たちは私の部下として働いてもらう──お前が選べ」

 

 海賊団としては壊滅したも同然だ。ガープとセンゴクから逃げることも出来ないだろう。生き残りたいなら、カナタの部下になるのが一番いい。

 ここで死ぬか。

 プライドを捨ててでも生き残るか。

 ワールドは隣にいる兄──ビョージャックに視線をやり、裏切らなかった部下を見る。

 覚悟を決めた彼は、立ち上がってカナタを睨みつけた。

 

「──舐めんな。おれは誰かに頭を垂れて生きるつもりはねェ!!」

「……そうか。では、その在り方を尊重しよう」

 

 部下二人、そしてワールドはカナタに抵抗しようと構える。

 カナタは氷で作り出した槍を構え、決死の覚悟で戦おうとする戦士への礼儀を持って対応する。

 

「〝世界の破壊者〟バーンディ・ワールド──その心臓、貰い受ける」

「やれるもんならやってみやがれ! おれは、おれ達バーンディ兄弟はこんなところで終わらねェ──!!」

 

 ワールドは超人系(パラミシア)、モアモアの実の倍化人間。

 六式もある程度扱える上、その速度を百倍まで倍化させることが出来る能力者だ。単純な速度勝負ならカナタでも分が悪い。

 自身の能力の長所がわかっているワールドは、全身を武装硬化して身をかがめ──疾走する。

 文字通り目にも留まらない速度だ。

 ガープやセンゴクでも手を焼くほどの力を前に、カナタは気負うことなく自然体で対応する。

 

「死ね──ッ!!」

「──未熟」

 

 勝負は一瞬だった。

 ワールドの速度でも尚カナタに攻撃を当てることは叶わず、カナタはワールドの速度にカウンターを合わせる形で心臓を貫く。

 完全な致命傷だ。返り血を浴びたカナタは、槍を引き抜こうと半歩下がる。

 

「ぐ、がはっ……」

「ワールド!!」

 

 ビョージャックの叫び声を聞いて、崩れ落ちかけたワールドの足がもう一度力を取り戻した。

 引き抜かれかけた槍を掴み、死に際の全力で一矢報いようと拳に武装色の覇気をありったけ込める。

 

「流石に十五億、伊達じゃねェな……だが、タダでは死なねェ!!」

 

 兄を含め、ワールド海賊団は全滅するだろう。だが、冥土の土産にその首を貰っていく。

 この距離なら逃げることも出来ず、避けることも難しい。確実に当てられると判断し──カナタはその拳を正面から弾き返した。

 ワールドの拳はカナタの覇気を破れずに弾かれ、カナタは槍から手を放して狙いを定めた。

 

「武装色の強さなら自信があったようだが、そちらも未熟だったな──だが、その気概は認めよう」

 

 最後の最後まで敵の喉元に食らいつく気力の強さがあったからこそ、ワールドはこれほどまでの力を手に入れたのだろう。

 だからカナタも手を抜くことなく、確実にその首を刎ねる。

 再び作り出した氷の槍に覇気を纏わせ、ワールドが次の動きを行う前に即座に首を落とした。

 

「惜しい男だった」

 

 実力は額に相応しい、いやそれ以上のものがあった。

 それだけに、対金獅子同盟を組むには良い相手だったのだが……別のやり方を模索せねばならないだろう。

 少なくとも悪魔の実を一つ手に入れただけでも満足しておくべきだ。

 

「貴様、よくも船長を!!」

「殺してやるダス!!」

 

 ワールドを裏切らなかった部下の二人が敵討のために襲い掛かってくる。

 機関士のガイラムと船医のナイチン。ワールドが世界を取ると信じて疑わなかった船員たち。

 ガイラムの方は能力者らしく、空気をキューブに圧縮して手に持ったハンマーで飛ばしてくる。ナイチンは拳法使いのようで、ガイラムの攻撃の邪魔にならないよう側面からカナタへと襲い掛かる。戦うならワールドと協力すればよかっただろうが……もっとも、ワールドの能力が速度を活かしたものである以上、邪魔な味方を近くに置くのは足を引っ張るだけだった。

 どちらも実力は未熟。ワールドを殺したカナタの下に付くつもりもないだろう。

 復讐など考えられても厄介だ。ここで殺しておくのが良い。

 襲い掛かる二人を即座に斬り捨て、ビョージャックの元へと歩きだそうとして、背後からの奇襲を感知した。

 

「──テメェ、よくも船長と仲間たちを!!」

 

 巨人と魚人のハーフ──一般に巨魚人(ウォータン)と呼ばれる種族だ。

 巨人の体躯で魚人空手を扱えると考えるとそれだけで脅威だが、覇気も使えないのではカナタの前では張子の虎にも等しい。

 襲い来る巨魚人(ウォータン)の男を一息に氷漬けにし、改めてビョージャックの前へと歩み寄る。

 

「……お前はどうする?」

「おれは……おれは、ワールドがいたからこの海で戦って行けた。あいつがいない海に、未練はない」

「……そうか」

 

 かつてビョージャックとワールドは二人で世界の果てを目指して海に出た。

 海賊になり、その航路にあるものは全て壊してきたのだ。その苛烈さ故に〝世界の破壊者〟と呼ばれるまでになった。

 だが、それらの評価は全てワールドありきのもの。頭脳として副船長を務めていたビョージャック一人では出来なかったことだ。

 

「手に負えないものまで敵に回したことが、おれ達の敗北の原因だったのかもしれない……お前も気を付けることだ、〝魔女〟」

「忠告、痛み入る」

 

 互いに一度は世界政府を敵に回した身だ。サイファーポールの悪辣な手腕も一度は見ることが出来た。

 ビョージャックに先はないが、カナタは今後も敵に回すことになるだろう。

 

「では──さらばだ」

 

 ──この日、海賊団がまた一つ壊滅した。

 




最後の方がだいぶ駆け足になってしまった感が…。


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第七十二話:腹心

 ワールド海賊団壊滅から数日後。

 カナタ一行は一度〝ハチノス〟へと寄港し、悪魔の実の配分を検討していた。

 ついでに船に載せたままになっていた〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟を島の地下室に隠し、船の宝物庫を広くしておく。

 結構大きいので船に載せておくと邪魔なのだ。機密の点でも載せっぱなしというのはよくないだろう。

 仮に船が沈んだ場合、〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟も海に沈んでしまうことになるのだから。

 

「──それでは、こいつの使い道を決めよう」

 

 カナタの創り出した氷のテーブルには、二つの悪魔の実が置かれていた。

 ワールド海賊団船長、バーンディ・ワールドの所有していた〝モアモアの実〟。

 ワールド海賊団機関士、ガイラムの所有していた〝キュブキュブの実〟。

 どんな能力でも使い方次第で強くもなるし弱くもなる。使い手の発想次第で大きく変わるのが悪魔の実だ。

 

「ワールドの使っていた能力であるモアモアの実は強力だ。自身の速度を何倍にも引き上げられ、銃や剣などの質量を倍加する複合能力」

「もう一つの方は?」

立方体(キューブ)を作り出す能力らしい。影響は人、物問わずに与えられるようだ」

 

 少なくともキュブキュブの実の能力はカナタの目で実際に見たわけでは無い。運よく悪魔の実図鑑に載っていたからどんな能力かわかったのだ。

 使い手が弱かったので何の印象も残っていないが、使い方次第では強いのだろう。

 モアモアの実はワールド本人が覇気もそれなりに使える実力者だったことを差し引いても厄介であるということはカナタとて理解している。

 

「誰が食べるか、だが……」

 

 ジュンシーとゼンの二人に視線を向けてみるが、二人はまたもや無言で首を横に振る。

 以前もそうだったが、どんな能力であれ悪魔の実を食する気はないらしい。

 この二人は素の実力が高いので悪魔の実を食べればかなり強くなれるはずなのだが、そうするつもりはないのだろう。

 困ったことだが、実力は十分あるので無理強いするほどではない。

 

「では、モアモアの実はスコッチに」

「おれか? ジョルジュの方がいいんじゃねェか?」

「ジョルジュは今後別の悪魔の実を与える予定だ。手に入ればな……この能力はお前が持っておいた方がいい」

 

 スコッチも最古参からいる幹部だ。今後組織が拡大するにあたって、幹部がそれなり止まりでは色々と困る。力で劣る者には従わないのが海賊だ。

 今のままでもそれなり以上に強いが、悪魔の実を食べれば更に強くなれるのだから食べるだけ得というものだ。泳げなくなる欠点はあるが。

 奇妙な紋様が浮かび上がった果実を受け取り、スコッチはマジマジと観察した後でかぶりつく。

 顔を激しくしかめるスコッチ。

 

「クッソ不味いな!!」

「わかるぜ……おれも二度と食べたくねェと思うくらいには酷い味だった」

「クソみたいな味だもんなァ」

 

 能力者であるサミュエルとクロが腕組みしてうんうんと頷いている。

 何とか飲み込んだスコッチは齧った果実を見て「これ、全部食べなきゃダメなのか?」と嫌そうに言っている。

 

「食え食え、全部食わないと能力者に成れないぜ」

「嘘を教えるな馬鹿者。一口食べればその時点で能力者だ」

 

 全部食べさせようと囃し立てるクロを宥めるカナタ。

 スコッチは安心して食べかけの果実を投げ捨て、「ゴミはちゃんと片付けろ」と怒られてすごすごと回収する。

 何はともあれ、新しい能力者の誕生だ。数日ほど様子を見ながら能力の鍛錬をおこなわせるべきだろう。

 

「もう一つの悪魔の実はどうするんだ?」

「新人と古参を含め、食べたい奴を募って実力で決めさせる」

 

 サミュエルと同じパターンだ。欲しがる者の中で強い者に食べさせる。

 このまま腐らせるわけにはいかないし──悪魔の実が腐るのかどうかという問題はさておき──置いたままというのも宝の持ち腐れだろう。

 欲しいものがあれば力づくで奪い奪われるのが世の常。悪魔の実も然り。

 どんな能力かはある程度説明するが、それでも欲しい者が出るのが悪魔の実というものだ。

 これ一つを求めて海に出て、姿を見る事すら叶わず海の藻屑となる者も少なくない。それだけ貴重な果実だから。

 まぁ、それはさておき。

 

「次の話にしよう。今後の動きだ」

「ワールド海賊団との共闘は無くなった。〝金獅子〟の艦隊を相手取るには数が足りねェ。戦力追加の当てはあんのか?」

「業腹だが逃げ回るしかないだろうな。出来るだけ一か所に長居はせず、動き回ってかく乱しながら敵を削るしかない」

 

 正面衝突して勝てる戦力ではない。カナタがどれだけシキと一進一退の攻防を繰り広げようとも、部下の数の差で押し切られては意味がない。

 こちらも傘下の海賊を増やすなどの対応を取れば、多少は戦力差を縮めることも出来るだろうが……ワールド海賊団がサイファーポールの工作活動で壊滅したのをつい先日見た手前、その決定を楽観視することも出来ない。

 天竜人の殺害という、世界政府を一番怒らせる方法を取った以上警戒はしてしかるべきだ。

 ……今更の話ではあるのだが。

 

「……有象無象を傘下に入れて勢力を増やしても、烏合の衆ではな」

 

 困った話だ。

 カナタはお茶を飲みながらグルグルと考えを巡らせ、「何か意見はないか」と問いかける。

 

「一つ思うんだが、海軍を焚きつけられないのか?」

「難しいだろう。ウォーターセブンでの一件は海軍と共闘できる下地があったから実現出来たことだ」

 

 〝金獅子〟を〝新世界〟に押し込んでおきたい世界政府および海軍と、狙われて戦うしかなかったカナタたちの利害が一致したから出来たことだ。

 今回はそうもいかないだろう。海軍にとって海賊の撃破は義務だが、無謀な特攻などするつもりもないだろうから。

 今のままぶつかれば海軍も被害が大きすぎる。

 

「〝金獅子〟の勢力が明確に減じたと判断すれば海軍が動く可能性もあるが……」

 

 〝人間屋(ヒューマンショップ)〟のスポンサーにシキがいたことを考えると、世界政府がシキの討伐に二の足を踏むことは間違いない。

 むしろ世界政府としてはカナタの方をより敵視している可能性すらある。CP(サイファーポール)を動かすよう世界政府に要請していても不思議ではないのだ。

 誰もが黙りこくったまま一向に話は進まず、仕方ないので今回の会議は終わりとした。進展のない話し合いに意味はない。

 

「仕方がない……シキの傘下の海賊を見つけ次第沈める方針にしておこう」

「お前、立案が段々と雑になってねェか!?」

 

 優先順位は一に〝水先星(ロードスター)島〟に辿り着くこと、二にシキやリンリンの撃破、三に〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の解読だ。

 そこは間違えないようにやっていきたい。

 ……シキとリンリンを倒した方が、この海を旅するのは楽になりそうだが。ただしその時は漁夫の利を狙った海賊や海軍に狙われるだけだろう。

 世の中ままならない。

 

 

        ☆

 

 

 ジャラジャラと音を立てて何本もの鎖が敵船へと突き刺さる。

 島から逃げ出そうとしていた海賊たちは、突如船に縫い付けられた鎖を見て顔を青褪めさせた。

 

「や、やばい! もう追いついて来やがった!!」

「クソ、鎖を外せ! 急げ!!」

「外せるわけないだろう。僕たちにたてついたんだ──生きて帰れるとは思わないことだよ」

 

 鎖は緑色の長い髪をなびかせる少年へとつながっており、白くゆったりした服の袖から鎖が出ていた。より正確に言うなら、その体から鎖が生えているというべきだろう。

 その隣には五メートルを超える巨体の怪物が立っている。その頭部には巨大な角があり、髪も肌も白く染まって雷が迸っていた。

 怪物は鎖を握ると、筋骨隆々とした肢体に力を込めて引っ張った。

 巨大な船を縫い付けた鎖は派手な音を立てて収縮し、今まさに出航しようとしていた船を海岸へと引き戻す。

 海岸に座礁した船は横倒しになり、投げ出された海賊たちはうめき声をあげて倒れている。

 

「そら、処刑の時間だ。殺しつくしてやるといい」

「ウゥ──ガァァァァァ!!!」

 

 少年の声を聞いた白い怪物は両手に戦斧(ハルバード)を持ち、勢いよく走りだして海賊たちを殺戮していく。

 巨体から来るパワーに勝てず、薙ぎ払われる海賊たち。

 〝新世界〟に来るだけあって実力はあるが、それでも怪物を相手取るにはあまりに不足だった。

 力の限り戦斧(ハルバード)を振るって虐殺する怪物は、遂に最後の一人を殺して返り血に染まったまま動きを止める。鎖を出していた少年は一切恐れる様子を見せずに「お疲れ様」と声をかけた。

 

「おわり?」

「ああ、君の仕事は終わりだ。食事にしよう、疲れただろう?」

「うん」

 

 そこには先程までの嵐の如き暴虐を振るった怪物の姿はなく、少年の言葉に素直に従う青年がいた。先程までの真っ白な姿とは違う、黒髪に角の生えた大柄な青年だ。

 海岸から島の内部に移動し、森に囲まれた集落の一角にある巨大な建物へと足を踏み入れる二人。

 多くの部下たちから声を掛けられるが、それを手で適当に返しながら目的の部屋をノックして入る。

 

「ただいま」

「帰ったよ」

「おう、お疲れさん。連中はどうした?」

「全滅させたよ。後で部下を派遣して後始末しておいてくれ」

「オーケー、了解だ。時間も時間だし、指示を出したら食事にしよう」

 

 中で待ち受けていたのは快活とした一人の男だった。

 筋骨隆々としたその男は山のように積もっている書類を捌きながら少年と会話し、懐中時計で時間を確認して食事にしようと席を立つ。

 道中で部下に海岸の死体と船の処理をするよう指示を出し、大きめの通路を通って食堂に着く。

 三人はそれぞれ食事をしながら和気藹々と会話をしていた。

 

「しかし、親分はいつまでオレ達をここに留めておくつもりなんだろうな。オレも暇じゃないんだが」

「さあね。僕はその辺り興味ないから」

「お前さんたちはいいだろうが、部下が困るだろう。大艦隊と言っても、指揮出来る者がいないんじゃあ烏合の衆だぜ」

 

 大きなハンバーガーにかぶりつく少年は口元を指で拭き、「指示を出したのは彼だからね」と悪びれることなく言う。

 その横で青年は巨大なステーキにかぶりついていた。

 

「ハッハッハ。まァ確かにそうだ。呼びつけられてしばらくここにいるが、結局何をさせられるのやら。お前さんは何か聞いてないのか?」

「何も。〝竜殺しの魔女〟とやり合った一戦の時だって、提督は自分で勝手に動いていたからね」

 

 ──ここは金獅子海賊団の所有する島。

 幹部格たる三人はシキの呼び出しを受けてこの島に待機し、いつでも出撃出来るように準備しているのだ。

 時折金獅子海賊団の領土だと知らない海賊が足を踏み入れることもあるが、その場合は先程のように屍の山を築くことになる。

 

「我らが提督も自由人だな。そういうところも上に立つ者の器って奴なんだろうが」

「振り回されるこちらの身にもなって欲しいね。君はどう思う?」

「ぼく? ぼくは……特には、なにも?」

「そう……ま、いいけどね」

 

 聞いたのが間違いだったと少年は悟り、食べ終わったハンバーガーの包みを丸めて机の上に放置する。

 三人が雑談しつつ時間を潰していると、部下の一人が電伝虫を持って近付いて来た。

 

「お三方、シキ様より伝令です」

「おう、繋いでくれ」

『──ジハハハ! 元気にしてるか、お前ら!』

「こっちは書類仕事で忙殺されそうだぜ。文官を増やしてくれ」

「僕たちは暇してるよ。次の敵くらい用意して欲しいね」

『おう、元気そうで何よりだ。文官に関しては何人か送ってやる──それで、お前らを集めた本題だ』

 

 ついに来たか、と二人は真剣な顔で聞き、一人は食べた直後であくびをしながらうとうとしている。

 

『〝竜殺しの魔女〟カナタの率いる船団──〝魔女の一味〟を潰せ』

「ほう、今話題の魔女か。敵の数はどれくらいいるんだ?」

『船の数は三隻。船員の数は多くても千人は超えねェ』

「……随分少ないな。ロジャー海賊団のような精鋭揃いと考えていいか?」

『あァ、ロジャーのところほどではねェがな。油断すると手痛いしっぺ返しを食らうぜ』

 

 しっぺ返しを食らった本人が言うと説得力がある。

 シキは笑いながら「今度は確実に殺しに行く」と告げた。

 

「ようしわかった。準備をしよう。敵の場所はわかってるのか?」

『いいや、今から探すのさ。だが、あいつらも目立つ存在だ。すぐに見つかるだろう』

 

 何かと話題に上りやすい存在だ。行く先々で事件を起こすトラブル体質はロジャーにも引けを取らないとシキは言う。

 捜索網を広げ、網にかかったところを一気に叩く。これ以上ないほど簡単な仕事だ。

 シマを守る最低限の戦力だけ残し、後は全て打って出る。海賊大艦隊とまで呼ばれる〝金獅子海賊団〟の本領発揮となるだろう。

 

「……随分大袈裟だね。相手はたった三隻なんだろう?」

『異論は認めねェ。文句があるならテメエがおれを倒してトップに立つことだな』

「……わかったよ、従う。逆らう気はない」

 

 緑色の髪の少年は手を挙げて降参し、筋骨隆々とした男は顎に手を当てて必要な質問をしていた。

 

「ある程度場所が絞り込めたら動くという形でいいか? むやみやたらと動かせるほど安い艦隊じゃないからな」

『方針はそれでいい。それに、そっちの指揮はお前に任せる。おれはおれで艦隊を動かすからな。情報は逐一共有しろ』

「了解。任せてくれよ提督殿、お望み通りの戦果を挙げてやるぜ」

 

 現在この海を席捲する金獅子海賊団の誇る大艦隊は、遂に魔女一味を全滅させるために動き始める。

 次は容赦なく、確実にカナタを殺すために。

 

 




一応シキの幹部は全員元ネタありなんですけど、あんまり増やしすぎてごっちゃになりそうなのが一番怖いところです。
どうせ減るでしょうけど(


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第七十三話:セントラル島

 ──新世界、セントラル島。

 嘘か真か、この島は新世界のほぼ中央に位置する島であるという。

 古今東西の武闘家たちが荒れ狂う海を越えて集まり、己、ひいては己の流派こそが最強であると内外に示す〝セントラル格闘会〟が行われる島。

 ()()()()()()()()()()()()まごうことなく最大の大会である。

 ……もちろん、中には海賊が交じっていることもそれなりにあるのだが。

 

「つまらんな」

 

 あらゆる格闘家たちが集まる無差別級の試合において、一人の男が吐き捨てた。

 赤い髪を後ろ手に纏め、その拳一つでチャンピオンと名乗る格闘家たちを薙ぎ倒してきた傑物──〝六合大槍〟ジュンシーその人である。

 古今東西の格闘家たちが鎬を削る、この海で最も強者の集まる島……などという噂に釣られて足を運んでみたものの、期待外れもいいところだった。代名詞の六合大槍の出番もない。

 参加できる部門には全て参加して優勝をもぎ取った彼は、ファイトマネーを受け取って落胆した顔で滞在している宿へと足を運ぶ。

 それなり以上のグレードのホテルを複数貸し切り、船員全員がそのホテルに滞在している。金もかかるが今回はジュンシーのファイトマネーで全て賄えていた。

 巨人族用の部屋もある辺り、新世界では割と普通の事なのだろう。

 

「戻ったぞ」

「おう、お疲れさん。今回も稼がせてもらったぜ」

 

 ジョルジュが上機嫌に金を数えている。

 突発的な挑戦者とあって、ジュンシーに賭ける者はそう多くなかった。その中でジョルジュはジュンシーの実力を信じて大金を賭け、結果大儲けしたわけだ。

 堅気の大会なので、ある程度配慮して服装や髪形を変えて出場したため賞金首だとはバレていない。

 おかげで今大会のダークホースとなっていた。

 

「つまらん試合だった。もう少し歯応えがあると思ったのだがな」

「普段練習として戦ってるのが()()だからなァ」

 

 視線を向けた先には今日の新聞を読んでいるカナタの姿があった。

 今日の一面を飾っているのは一般的に同期とされる〝大渦蜘蛛〟スクアードの記事だ。会ったことはないが、それなりに頑張っているらしい。

 普通は億を超えているだけでも十分すぎるが、カナタ達から見ればまだ小物の域だ。相手にすることはないだろう。

 

「最初から大したことのない大会だと見抜いていたようだからな。この程度なら儂も出なくて良かったかもしれん」

「いやいや、試合に勝って賞金貰ってくれねェとこっちが困る」

 

 あと賭けた金も。

 ちなみに、カナタは前日にカジノに遊びに行って勝ちすぎて既に出禁を食らっている。

 カードにしてもルーレットにしても、ディーラーがある程度操作するので勝ちすぎるということは基本ないのだが……カナタの見聞色は未来が視える。ディーラーでは太刀打ちのしようがない。

 本人も金を稼ぐだけ稼いで飽きたようなので、特に問題もないが。

 

「お前の用事も終わったなら、ぼちぼち次の島に行くか」

「その辺りはカナタ次第だな。少なくとも儂はもうこの島に用はない」

 

 既に数日ほど滞在しているが、船番を交代でやる以外は皆思い思いに過ごしている。急ぎの旅でもないのでこういう日があってもいいとは思うが、あまり一か所に長期間留まることは出来ない。

 そろそろ出立を考えるべきだろう。

 

「物資の補充もそろそろ終わるころだろうし、記録(ログ)も溜まっただろ」

 

 なァ、とジョルジュがカナタに声をかけた。

 カナタはちらりと手首の記録指針(ログポース)を見る。

 

記録(ログ)なら既に溜まっている。が、情報収集が終わるまではどのみち離れられない」

「あー、そういえばそうだったな」

「ドラゴンの奴が各所を回って情報を買っているところだ。少しばかり待っていろ。そう時間はかからない」

 

 シキやリンリンの情報は出来るだけこまめに仕入れておきたい。優先的にこちらを狙っている可能性が高いのだから当然のことだ。

 それよりも、とカナタは新聞から目を逸らさずに言う。

 

「そこ、危ないぞ」

「? 危ないって、何が──」

「──ここかァ!!」

 

 ジョルジュが呆けた顔で聞き返した次の瞬間、ホテルの入り口が破壊されて鉄やガラスの破片が飛び散った。

 カナタは指先を一つ振ると氷の壁を作り出してそれを防ぎ、厄介な客の方へと視線を向ける。

 非常に長い特徴的な頭部をした男だ。

 カナタも良く知るその男は、憤怒の形相でカナタとジュンシーを睨みつけている。

 

「見つけたぞ、カナタ、ジュンシー……!! 己らはこの場で殺してくれる!!」

「久しいな、チンジャオ。あの後随分と苦労したと聞くが」

 

 ドン・チンジャオ。

 西の海(ウエストブルー)にある〝花ノ国〟と契約し、海賊行為を行いながらも公的な立場を得た海賊。〝八宝水軍〟の長にして五億ベリーの賞金首。

 カナタはソファに座ったまま、氷の壁を挟んでチンジャオと対峙する。

 

「貴様がそれを言うか……! ああ、大変だったとも!! 貴様が天竜人を殺したせいで、〝花ノ国〟は責任を擦り付けられて莫大な賠償を払う羽目になった! 今や斜陽の国だ!! ──それもこれも、貴様があの時部下一人見捨てることも出来ずに逆らったせいで!!」

「部下一人見捨てることも出来ずに、か。お前のその在り方を否定はしないがな──部下を見捨てることが船長の器だとでも思っているなら、甚だ不愉快だよ」

 

 カナタとチンジャオの覇王色がぶつかって大気が震え、両者の間にあった氷の壁がひび割れ砕けていく。

 立ち上がったカナタはチンジャオの前に仁王立ちし、先手を取ったチンジャオの拳を僅かに屈むことで回避。直後に武装色の覇気を放出してチンジャオをホテルの外まで吹き飛ばした。

 追撃をかけようとしたカナタを制し、ジュンシーが立ち上がる。

 

「儂が行こう」

「……いいだろう。今回はお前に任せる」

 

 久々に手応えのある相手が来たからか、ジュンシーは凶暴な笑みを浮かべてホテルを飛び出した。

 カナタは即座に身を守りに入ったジョルジュの方へ顔を向け、「ホテルに払う代金には色を付けておけ」と言う。ほぼ奇襲してきたチンジャオのせいだが、それを奴に言ったところで素直に支払いに応じるとも思えない。

 金なら余裕がある。ケチるほどの事ではなかった。

 

「チンジャオが連れてきた部下たちはどうする?」

「八宝水軍か。襲ってこないなら放置しておけ」

 

 チンジャオが暴れているところに割って入るほど命知らずではないだろうし、そうでなくともチンジャオ以外の面々ではカナタたちと互角に戦うことさえできない。

 八宝水軍とて精強な海賊だが、チンジャオ以外に強者がいないのが欠点だ。多少覇気が使える程度ならフェイユン一人で海の藻屑に出来てしまう。

 西の海(ウエストブルー)有数の海賊も、新世界では数いる海賊の一つに過ぎない。

 

「今更連中に負けるほどぬるま湯に浸かっていたわけではあるまい。戦う気があるなら全滅させても構わない」

「まァそうなるなァ……とりあえず乗り込んでくるつもりはなさそうだし、放置でいいか」

 

 新世界に辿り着くまでに何度も修羅場を潜ってきた。

 海軍本部の中将や大将を含む艦隊。新世界で幅を利かせる大海賊たち。それら全てをはね返してきたのだ。そう簡単に落とされるほどやわではない。

 派手な音を響かせて戦うジュンシーとチンジャオを尻目に、カナタとジョルジュは慌てることなくくつろいでいた。

 ガラスや備品が壊れて散乱しているが、ホテルのスタッフにチップを払って後で掃除させればいいだろうと考え、ジュンシーの戦いが終わるのを待つ。

 しばらく拮抗した戦いが続き、その間に外出していたドラゴンが帰ってきた。

 

「……何があったんだ?」

「八宝水軍のチンジャオが襲撃してきた。お前が仲間になる前の因縁でな」

 

 だいぶ人数が増えたのもあって、西の海(ウエストブルー)から共に旅をしてきた古参の面々も数で言えば少数派になってしまった。

 新しく増えた仲間もいれば、途中で降りた仲間もいる。

 イワンコフが船に乗っていたのも、思えば随分昔のように感じる。それほど前ではないというのに。

 ……あの顔だけは忘れようがないが。

 

「ふむ、そういうこともあるか……」

「それより、そっちの成果はどうだった?」

「ん? ああ。やはり〝金獅子〟は大規模に動き始めているようだな。新聞にこそ載っていないが、情報屋の間では情報が流れている」

 

 ドラゴンはシキやリンリンの動きを掴むために情報屋を回っていた。

 シキは最低限の隠蔽を図っていたようだが、虎の子の海賊艦隊を動かすとなるとどうしても動きは派手になる。子飼いの部下でもない情報屋に情報が流れるのは必然と言えるだろう。

 逆にリンリンの方は不気味すぎる程に静かだ。情報屋の方にも動きが流れてこないし、新聞にも載っていない。

 何かを企んでいることは間違いないが、今のところは不明だ。機を窺っていると見るべきだろう。

 

「ふーむ。シキの奴もいよいよ本気で私の首を獲りに来たか」

「だろうな。こちらの戦力増強は間に合わない。こちらの居場所はバレていないと思うが、時間の問題だろう」

 

 シキは用意周到な男だ。様々な場所へ情報収集のために子飼いの部下を走らせていることだろう。

 カナタ達とて隠密行動をするにも限界がある。ここらで一度ぶつかる方がいいかもしれない。

 

「勝算はあるのか?」

「良くて一割か二割だろうな。シキとの一対一なら勝てないまでも負けない自信はあるが、艦隊となると厄介だ」

 

 シキにもそれなり以上の強さを持った部下がいるだろう。数だけと見るのは愚策だ。

 そちらの情報もドラゴンに集めてもらっていた。

 

「特に強力な幹部と見られるのは三人。〝白獣〟レランパーゴ、〝赤砲〟リュシアン、〝黒縛〟アプス」

「懸賞金は?」

「それぞれ五億五千万、六億七千万、八億二千四百万だな。額の高さから見ても相当な強さと言っていいだろう」

「……またぞろ厄介な奴がいたものだ」

 

 リンリンにもシュトロイゼンという副官がいたし、リンリンの子供たちも若くして驚くべき強さを誇っていた。今後成長すれば確実に脅威になる。

 ロジャーにもレイリーという副船長に多数の精鋭と呼べる部下がいる。このレベルの海賊になると船長以外にも驚異的な強さを誇る者は多い。

 こうなると、カナタ一人でどうにかできる問題ではなくなってくる。

 

「ドラゴン、お前はどう見る。勝てそうか?」

「流石に戦ったこともない相手では想像も難しいが……すぐさまやられるということはないだろう」

 

 ガープやセンゴクを圧倒できるという訳ではないのだ。ドラゴンも良く知るガープを指標として考えると、最低限戦うことは出来るだろう。

 同じようにジュンシーやゼンは戦えるだろうと考えれば、少なくとも幹部三人とシキは抑えることが出来る。

 残る問題はシキの誇る艦隊だ。

 

「正確な数は不明だが、傘下の海賊全員を含めれば船の数は五十を超えるだろう」

「対してこちらは三隻。数の差は圧倒的だな」

「フェイユンの頑張り次第で引っ繰り返せると思うか?」

「いやァ、流石に無理があるだろ。カナタが足場を作れば海上でも戦えるが、シキがそれを許してくれるとも思えねェな」

 

 先日、ワールド海賊団壊滅後にガープやセンゴクたちから逃走した際には、カナタが海を凍らせて足止めすることで無事に逃げられた。しかしシキが相手では海上を凍らせても効果は薄い。

 カナタが天候を操作すればある程度シキも抑え込めるが、どこまでやれるかはまだわからない。

 艦隊としてまとまって襲ってくるなら個別に戦って処理するのも難しいだろう。

 想定していた状況が刻一刻と変わりつつある。どこまで行っても思い通りになってくれない相手だ。

 

「能力者が二人増えたくらいでは厳しいか」

「だがやるしかない。出来る限りこちらに有利な状況で戦って初めて五分になる相手だ」

「……では、一ついい場所がある」

 

 カナタは一つの提案をした。

 

「〝水先星(ロードスター)島〟への航路からは逆走するが、新世界の入り口付近に天候が勝手気ままに変わり続ける特殊な海域がある。ここならシキの能力を抑えつつ艦隊を相手取ることが出来るかもしれん」

 

 海域の名を〝モベジュムール海域〟──またの名を〝不機嫌海域〟と呼ぶ。

 フワフワの実の弱点である悪天候は、シキの実力を抑えると同時に少数で多数の艦隊を相手取る際に必要な要素だ。

 場を荒れさせることが格上殺し(ジャイアントキリング)の最低条件。

 全滅の危機と隣り合わせだが、そうでもしなくてはシキの相手など務まらない。

 

「やるからには全力で叩くしかない。道中金獅子海賊団のシマに寄港して出来るだけ数を減らしつつ、連中をモベジュムール海域へと誘導する」

「……奴らが乗ってこない場合は?」

「その時はリンリンのシマである万国(トットランド)にでも誘導するさ。あの二人を同時に相手取るのは面倒だが、同じ組織でもない以上は連携など取れるはずがない」

 

 決まりだ。

 少しずつ削っていく予定が正面から戦うことになっているが、シキの行動が予想以上に早いのでこれしか方法がない。

 下手にぶつかるとこちらが踏み潰されてしまう以上、最大限使えるものを使っていくべきだ。

 

「気合を入れろ。シキとの決戦は近いぞ」

 

 

        ☆

 

 

 武装硬化した拳が激突して互いの体が弾き飛ばされる。

 全身を武装硬化するのは弱者のやることだ。真の強者は必要な部分に必要なだけの武装色を運用する無駄のない戦いをする。

 そういう意味では、ジュンシーとチンジャオは猛者と言えた。

 武装色で威力を上げ、武装色で防御をする。至近距離でのインファイトは両者の得意とするところだが、それゆえにどちらも退かずに消耗戦となっている。

 

「また腕を上げたか、ジュンシー!」

「くははは、カナタといると敵に困らぬのでな! 海軍にせよ海賊にせよ、強者ばかりが集まってくる!」

 

 片や五億の賞金首。

 片や三億の賞金首。

 金額には差があるが、船長と一介の戦闘員であることを考えれば金額に差が付くのも当然のこと。

 億超えの賞金首が何人もいる海賊など、そう多くはない。

 

「あの小娘も、最後に会った時から随分と覇気が強くなった!」

 

 それだけに惜しい。

 あれだけの覇気を有する少女を味方に引き入れることが出来ていれば、八宝水軍はさらなる強化をすることが出来ていただろうとチンジャオは言う。

 だが、ジュンシーはそれを笑って否定した。

 

「あやつが八宝水軍程度で収まる訳が無かろう。貴様よりも上に立つ素質がある」

「ほざけ! 何かを斬り捨てる事も出来ぬ甘えた精神で、何が出来る!!」

 

 チンジャオの攻撃は激しさを増し、ジュンシーはその攻撃の合間を縫って懐へと入り込んだ。

 地面に亀裂が入るほどの踏み込みの後に、チンジャオの腹部へと肘打ちをぶちかました。

 

「ぐぬ──ッ!!」

 

 間一髪のところで覇気による防御が間に合ったものの、衝撃は殺しきれずに大きく後ろへ吹き飛ぶ。

 ジュンシーは呼吸を整え、再び立ち上がるチンジャオを冷静に観察する。

 

「何かを斬り捨てねば立ち行かなかったお前とは違うのだ。斬り捨てずとも状況を打破できるなら斬り捨てる必要は無かろう?」

「……理想論だ! 何も捨てずにこの海で生き残ることなど、出来はしない!」

「それはお主が弱かったからだ」

 

 バッサリと切り捨てるジュンシー。

 生き方も、死に方すらも──弱者には選ぶ権利などない。

 チンジャオとて新世界でやっていけるだけの実力はある。だが、そこに居続けるには多大な力が必要で、そのためのリスクを負うことを良しとしなかった。

 だから彼は西の海(ウエストブルー)で国に雇われている。

 

「組織を維持することだけに注力して、危険を冒さず安定したシノギを得る。なるほど確かに堅実的だ。()()()()()()()()()

 

 ジュンシーはチンジャオのやり方を「つまらない」と吐き捨てる。

 安定は確かに必要なことだ。食うにも困れば戦いどころではない。

 だが、ただ維持するためだけに力を付けるなど、ジュンシーにとってはまっぴらごめんだった。

 その力を振るうこともなく、無意味に老いていくことなど耐えられない。力を振るってこその我が人生である。

 ──ゆえに、彼は八宝水軍から飛び出した。

 

「カナタに付いて来たのは我ながら英断だった。こうして強い敵と戦う機会に恵まれたのだからな」

「貴様……この狂犬め!」

「何とでも言うがいい。お主こそ、あの時のままの儂と同じと思うなよ──」

 

 ジュンシーの覇気が鎧のように体に纏わりつく。

 過去に戦った時よりも覇気の扱いは更に熟達した。チンジャオと違い、強い敵と戦い続け、常にカナタと鍛錬を欠かさず、武の理を磨き続けた。

 かつてはチンジャオの方が強かっただろう。

 だが今──果たしてどちらが上なのか。

 

「──我が武威、試させてもらおう」

 

 その拳に二の打ち要らず。

 チンジャオの懐まで一瞬で入り込んだジュンシーは、迎撃に動いたチンジャオの拳を弾き、その心臓めがけて拳を振るう。

 だがチンジャオも易々とやられるほど間抜けではない。

 ジュンシーの拳に合わせ、最大の武器である頭部を使った頭突きを繰り出した。

 

「──八衝拳奥義、錐龍錐釘ィ!!!」

「七孔噴血――撒き死ねィ!!」

 

 氷の大陸を叩き割る頭突きに拳一つで立ち向かう。

 極限まで覇気を注ぎ込んだ最大の一撃は真っ向からぶつかり──数秒の拮抗の後、ジュンシーに軍配が上がった。

 大気を震わす轟音と共にチンジャオは吹き飛び、ジュンシーもまた衝撃で腕が痺れてうまく動かない。

 

「ハァ、ハァ……くはははは、悪くない手応えだ」

 

 修行の成果が出たということだろう。

 チンジャオは確かに強かったが、常に鍛錬を欠かさず強敵に立ち向かってきたジュンシーと比べれば成長性は低かった。

 気絶したチンジャオに八宝水軍の部下たちが群がり、治療をしようと運び出す者とジュンシーに敵意を向ける者とに分かれる。さて立ち向かってくるなら戦うまでと再び覇気を纏い──その頭上を巨大な影が覆う。

 

「何を暴れてるんですか?」

「フェイユンか。何、八宝水軍の連中を相手していたまでだ」

「ふうん……」

 

 近くの浜辺で遊んでいたのだろう。麦わら帽子に水着姿のフェイユンは、何人かの部下を連れてホテルへ戻るところだったらしい。

 巨人族の少女に視線を向けられ、数で勝っていたはずの八宝水軍も流石に分が悪いと判断したようだ。チンジャオを抱えて逃げるように立ち去っていく。

 

「……追わなくていいんですか?」

「構わん、満足した」

 

 武の頂に至ったとは言えないが、十分修行の成果は出ている。

 まだ経験と練度を積めばより強くなれると確信し、ジュンシーは一人笑っていた。

 フェイユンにはよくわからないのか、首を傾げていたが。

 

 

 




Q:鎖の色って黒なの?

A:ワンピース世界には色に困ると何でも黒くできる手法があるので使いました。
 ね、ゼファー先生!


 単に某大隊長に色合わせようと思っただけなんですけどね。
 ビッグマムが将星、カイドウが大看板、白ひげが隊長って考えるとシキは何になるんだろうなぁとグルグル考えて思いつきませんでした。
 シャンクスも不明なので適当でええやろ()という感じです。

7/6追記 新世界においてはログは全て半日で溜まる(原作653話)ことを失念してたので修正しました。


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第七十四話:モベジュムールの海戦 その1

 ──海軍本部。

 けたたましい警報音が鳴り響き、何事だと誰もが辺りを見回す。

 雑談したり報告を行っていた者たちも一斉に口を閉ざし、緊急事態を示すその警報へと意識をやった。

 

『──コング元帥へ緊急報告! 新世界、モベジュムール海域にて〝金獅子〟と〝魔女〟が接触!』

『〝金獅子〟の艦隊は今までに確認されている全勢力です! 傘下の海賊を含め、三人の幹部──大都督も確認されています!!』

 

 コングはその報告を聞き、頭痛を抑えるように頭に手をやる。

 だが嘆いてばかりはいられない。どう動くかを考え始める。

 シキが自身の誇る大艦隊を引っ張り出すほどカナタに執着していたとは予想しきれなかったが、海賊同士で争ってくれる分にはありがたい。

 とはいえ、これだけの規模ともなれば近隣の海域に被害が出ないとも限らない。軍艦数隻は出撃させる必要があるだろう。

 電伝虫をすぐさまセンゴクへとつないだ。

 

「センゴク! シキの件はお前に一任している。出られるか?」

『ええ、任せてください。〝魔女〟の方にも因縁がある。次は負けません』

「無理に戦う必要は無い。どちらか捕まえられそうなら被害が拡大しない範囲でやれ」

『わかりました』

 

 無理をしてまで捕まえる必要は無い。だが、これがある種のチャンスであることも確かだ。

 どちらも海軍の頭を悩ませる新世界の怪物だからこそ、両者がぶつかって弱ったところを突くべきという意見も理解出来る。

 勢力として打撃を与えられるなら海賊同士で潰し合ってくれるのが一番いいのだが、と思いながら通話を切ろうとしたところ、また声が聞こえてきた。

 

『おい、ガープ! 貴様何を勝手に──』

『コングさん、おれも出るぞ!』

「何? お前が執着してるのはロジャーだけだと思っていたが……」

『おれなりのけじめだ! 行くなと言っても行くぞ!』

 

 ガープとカナタ、ではなく、ガープとドラゴンの関係かと気付く。

 死ぬくらいならせめて自分の手で捕まえるのがガープなりの親心のようなものなのだろう。

 実際、シキの艦隊が相手ではいくらカナタが強かろうとも生き残れるとは思えない。引導を渡すにせよ、終わりを見届けるにせよ、それくらいはやってもいいだろう。

 

「……いいだろう。許可する」

『! ありがとう! 行くぞ、センゴク!!』

『おい、こら待てガープ!! っと、コング元帥、すぐに準備して出撃します!』

「ああ、頼んだ」

 

 ガチャリと通話を切り、すっかり冷めたお茶を一口飲んで考えに耽る。

 

「……親子の情か」

 

 ガープも人の親ということだろう。

 海賊にとっての悪魔のような存在で、海軍にとっての英雄も一皮むけば人の親という訳だ。

 さて、と書類作業に戻ろうとしたところで、コングの元にもう一つの報告が上がってくる。

 

『コング元帥、もう一つ報告が』

「なんだ? 手短に頼む」

『──────』

「……なんだとォ!!?」

 

 その報告に、コングは驚いて思わず立ち上がった。

 

 

        ☆

 

 

 ──新世界、モベジュムール海域。

 不機嫌海域とも呼ばれるその海域は、ころころと天気が変わる奇妙な場所だった。

 遊蛇海流、海坂、海上に降る雪崩──短時間に次々と襲い掛かる悪天候の嵐は、新世界の入り口付近にあることもあってルーキーたちを苦しめる。

 その場所で今、〝金獅子〟のシキと〝竜殺しの魔女〟カナタが相対していた。

 片や数十隻もの海賊大艦隊。

 片や三隻の少数海賊団。

 ロックス海賊団が壊滅して以降、恐らく最大規模にまで膨れ上がった海賊大艦隊を前にしてもカナタは臆することはない。

 

「よくもまァ、おれのシマで暴れてくれやがったな、カナタァ!」

「あんな陽動で釣れるとは、随分私を侮っているようだな」

 

 数日前からこの海域を目指す途中、金獅子海賊団のシマを次々に荒らして傘下の海賊を壊滅させながら進んできた。

 わかりやすく目立ちながら戦ってきたため、シキもカナタの仕業だと気づいていた。

 どのみち全戦力を投入して叩き潰すつもりだったのだ。居場所がわかるなら好都合と、カナタの跡をたどりながらこの海域へと辿り着いた。

 

「あれだけおれを挑発したんだ。生きて帰れるなんざ思ってねェだろうな!!」

「生きて帰れるだと? それはそっくりそのまま返してやろう。数で圧倒すれば私を倒せるなどと、甘い考えは捨てるがいい」

 

 目まぐるしく天候、海流、風向きの変わるこの海域で、二人の海賊は睨み合う。

 両者ともに臨戦態勢。既に問答に意味はなく、刃をもって決着をつける他に無い。

 ──後の世に〝モベジュムールの海戦〟と呼ばれる戦争が始まった。

 

「──テメェら全員、皆殺しだ!!」

「──気合を入れろ! 奴らを滅ぼすぞ!!」

 

 開戦と同時に飛び出したシキとカナタは、かつてのように空中でぶつかってその覇気を衝突させる。

 二刀を振るうシキ。一振りの槍を手繰るカナタ。

 互いの刃は触れ合わず、武器に纏わせた覇気だけがぶつかって海を荒れ狂わせるほどの衝撃を生み出した。

 

「また覇気が強くなりやがったな! どこまで強くなるつもりだ!」

「必要ならどこまでも強くなるさ! お前のように狙ってくる奴も多いのでな!」

 

 荒れ狂う天候を気にも留めず、カナタは空を蹴ってシキと剣戟を繰り広げる。

 ウォーターセブンで戦った時よりも更に覇気を研ぎ澄ませたカナタに対し、シキは苦々しい顔で空を移動しながら攻撃を凌いでいた。

 やはり早々に殺すべきだった。前回戦った時からそれほど長い時間は経っていないというのに、カナタの実力は天井知らずに上がっている。

 末恐ろしい才能だ。「親が親なら子も子か」とシキは吐き捨てる。

 

「ここでテメエの部下ごと海に沈めてやるよ──斬波ァ!!」

 

 二刀を振るって斬撃を飛ばしつつ艦隊から距離を置き、カナタが自分の船の助けに行けないように仕向けて行く。

 シキやロジャーもそうだが、良くも悪くも船長の強さが突き抜けすぎてそれに依存しがちになる。シキは艦隊を上手く使う部下がいるが、カナタのところにそういった人材がいるという情報は入っていない。

 海戦ならシキに一日の長がある以上、その利点を生かさない理由はない。

 ──当然、シキの部下たちもそれは理解していた。

 

 

        ☆

 

 

「オーララ! 提督殿も随分張り切ってるみたいだな。しかしあれだけの美人を殺すなんて勿体無いぜ」

「あの子にご執心みたいだからね。で、どうするんだい? 僕らが行って沈めてくる?」

「そうだな……油断はするなってことだし、確実に倒すやり方を取ろう」

 

 二角帽子を風で飛ばされないよう抑えながら、艦隊の指揮を任された男──リュシアンはにやりと笑う。

 電伝虫を使い、それぞれの船へと指示を飛ばす。

 

「本艦から伝令! 右翼艦隊は敵船の進路の妨害をせよ! 左翼艦隊は敵船と並走し砲撃準備! ここは天気が変わりやすい、火薬が湿気らないよう気を付けろ!」

『了解!』

 

 打てば響くように返ってくる部下の声を聞きながら、リュシアンは敵船の動きを読む。

 新世界は一騎当千の怪物たちが蔓延る海だが、決して砲撃が無駄になるわけでは無い。

 船に当たれば少なからずダメージになるし、相手が能力者なら海に落ちた時点でこちらの勝ちだ。

 敵船の進路を塞ぎつつ並走して大砲を構え、リュシアンの指示を待つ。

 

「──総員、砲撃用意! 撃て!!」

 

 合図とともに一斉に放たれた砲撃はカナタたちの船であるソンブレロ号と傘下の船二隻を沈めようとする──だが、それらは次々に弾かれ、船に着弾することはなかった。

 大砲の弾程度でどうにかなるほど簡単な相手では無いとわかっている。だが、少なくともそちらに手を取られることになるなら意味はある。

 

「砲撃を続けろ! 奴らの手を休ませるな! ……で、ここでお前らの出番だ」

「この砲弾の雨の中で敵船に乗り込めって?」

「お前らなら死にはしないだろう?」

 

 その辺りは信頼しているらしい。

 それを信頼で呼んでいいものかはさておき、緑色の髪の少年──アプスは肩をすくめてソンブレロ号へと狙いを定めた。

 

「レラ、僕は先に行くよ」

「うん。ぼくも、すぐに追う」

 

 角の生えた青年──レランパーゴが頷くのを見てから、アプスは勢いよく船を飛び出す。

 弾丸の如く空を駆け、その両腕からいくつもの金色の鎖を生み出した。

 

「──さあ、君たちの力を見せてくれ」

 

 笑みを浮かべ、上空から悪天候をものともせずに襲い掛かるアプス。

 ジャラジャラと音を立てていくつもの鎖が意思を持って船へと襲い掛かり、それを六合大槍を持ったジュンシーが弾き飛ばす。

 その間にアプス本人へとドラゴンが襲い掛かり、アプスは当然のようにその攻撃を凌ぐ。

 

「へえ、中々やるじゃないか」

「〝黒縛〟のアプスか……船を任された身なのでな、容易く落とさせはしない」

「だったら守ってみなよ。出来るものならね!!」

 

 体から伸びる鎖は覇気を込めることで通り名のように黒く染まり、ドラゴンへと襲い掛かる。

 時に弾き、時に躱して至近距離まで肉薄すると、ドラゴンはアプスの胸部へ殴りかかり──アプスはそれを容易く弾いて返すように鎖を薙いで吹き飛ばした。

 超人系(パラミシア)、ジャラジャラの実の鎖人間である彼は自在に鎖を生み出すことが出来る。

 鎖の強度も操作の精度も、一朝一夕で身に着くものではない。カナタとあまり変わらない歳ながらも驚異的という他なかった。

 能力だけにかまけているような存在がシキの幹部になれるわけがない。当然といえば当然のこと。

 

「まだまだ甘い。この程度なら串刺しにしてしまうよ?」

「ぐ……流石に簡単にはいかないか」

 

 元より一人で抑えられるとは思っていない。

 多勢に無勢のこの状況で、ソンブレロ号の上で暴れられては全滅してしまう。

 数人がかりででも、船の外に弾きだした上で戦わねばならない。

 

「ジュンシー!」

「承知!」

 

 縦横無尽に狙い打ってくる鎖を弾き、ドラゴンとジュンシーは前後から挟むように襲い掛かった。

 二人の攻撃を覇気を纏った腕で捌きながら、時折手が足りないところに鎖を挟み込んで防御する。熟達した能力者は実に厄介だ。

 二人がかりで攻撃しても、手足の代わりに使える鎖があるアプスの方が手数が多い。

 

「何と厄介な……!」

「どいてろ、二人とも!」

 

 横合いから声をかけたのはスコッチ。

 巨体を屈ませ、〝(ソル)〟による体当たりを狙っているのだ。

 だが、単なる体当たりでは駄目だ。

 

「モアモア百倍──鉄塊砲弾!!」

 

 半身を武装硬化し、爆発的な速度でアプスの不意を打つ。油断か慢心か、体当たりは見聞色をすり抜けてアプスへと直撃した。

 アプスは武装の覇気で防ぐものの、勢いまでは殺すことが出来ずに船の外へと吹き飛ばされる。

 

「おお……悪魔の実一つ食べただけで随分と頼もしくなったな」

「その調子であいつの相手は出来ないか?」

「無茶言うなアホ!! あんなもん最初の不意打ちが関の山だってわかってるだろ!?」

 

 軽口を叩くドラゴンとジュンシーに言い返すスコッチ。

 こちらもこちらで暇ではない。飛んでくる大砲の対処もさることながら、こちらから大砲の弾を反撃で打ち込む際にモアモアの能力を活用している。

 

「とはいえ、三人がかりでようやく船から追い出せるレベルとはな」

「おれとジュンシーの二人で船に来ないよう追いかける。船の方は頼んだぞ」

「任せろ! 悪魔の実を食って百倍頼もしくなったおれにな!!」

 

 半分ヤケになりながらドラゴンとジュンシーを送り出し、スコッチはデイビットを呼び出して反撃の準備に移る。

 秘策の一つや二つは用意しているのだ。

 

「あれやるぞ、デイビット!」

「よっしゃ! でも、あれは秘策では? こんなすぐ使っていいんです?」

「使わねェ策に意味なんざねェよ! 使えるもの全部使ってぶっ飛ばすだけだ!」

 

 デイビットは納得したように頷き、すぐさま大砲の中へと空気を送り込む。

 ボムボムの実の能力者であるデイビットの吐息は爆弾になる。砲弾代わりに吐息を込め、それを射出することで無色透明の爆弾として機能するのだ。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 不可視の砲弾は普通の砲弾と比べ物にならない威力となり、より鍛えられた見聞色の使い手でもなければ感知するのは難しい。

 

「百倍吐息砲弾を食らいやがれ!!」

 

 射出された砲弾は誰にも見えない。

 不可視の砲弾は百倍の大きさに膨れ上がり──シキの旗艦から左翼側の艦隊の一隻が見事に吹き飛んだ。

 大型のガレオン船だろうと、これだけの破壊力の前にはひとたまりもない。

 

「次だ次! ぼさっとするな! あんな数の艦隊相手にまともに戦ってられねェぞ!」

 

 戦闘員の面々は慌ただしく大砲を用意し、デイビットは走り回ってそれらに一つ一つ弾を込めていく。

 デイビットの能力に依存せずとも、ただの大砲もスコッチの手で百倍まで質量を増やせるので完全に無駄ではない。デイビットの手が回らないところは普通の砲弾で対応していく。

 天候は相変わらず気まぐれで、先程まで雪が降っていたかと思えば今度は雹が降り始めた。

 人の頭部ほどもある巨大な雹だ。

 ──雹に紛れて、巨大な獣も船へと落ちてきた。

 

「──なんだありゃあ! シキの幹部か!」

 

 驚愕するジョルジュの目の前に、白い巨大な獣が降り立つ。

 全身は白い毛に覆われ、バチバチと放電する音が聞こえている。両手に持った戦斧(ハルバード)もそうだが、何よりその鋭い眼光が圧倒的上位者としての威圧感がある。

 まずい、と思った時には既に遅い。

 

「ガアァァァァァ──ッ!!!」

 

 雄叫びと共に振るわれた戦斧を剣で防ぐが、その膂力を受け切れずに船の外まで吹き飛ばされるジョルジュ。

 能力者ではないため、海に落ちても死にはしない。防いでいたのは見えたので気絶もしていないだろうと判断し、次に誰かが襲われる前にゼンが動いた。

 エレクトロを纏わせた槍と雷を纏う戦斧がぶつかり、派手な音を立てて動きを止める。

 

「ヒヒン、動物系(ゾオン)の能力者ですか……! これまた厄介な!」

 

 膂力が桁違いに強い。

 特に身体能力が強化される動物系(ゾオン)の能力者が相手ともなれば、ゼンとて一瞬たりとも気を抜くことは出来ないだろう。

 覇気を纏わせ、振り回される戦斧を何とか弾いていく。レランパーゴの巨体も相まって一撃の威力は途轍もない。

 このまま船で戦っていては被害は増すばかりだ。先程アプスを船外へと弾き飛ばしたように、レランパーゴも外へと押し出したうえで相手をするべきだが──。

 

「この怪力が相手では、分が悪いですね……!!」

 

 ゼンでも攻撃を凌ぐので手一杯。

 暴風の如き連続攻撃が襲い掛かっている状態では、とてもじゃないが反撃に移る余裕などない。

 

「背中がガラ空きだぜ!」

 

 そこを隙と見たサミュエルが人獣形態で襲い掛かり、鋭い爪を振るってレランパーゴの背中へと攻撃する。

 ……が、レランパーゴの背中にうっすらと傷が入るだけで、血の一筋も流れていない。

 頑強な筋肉に阻まれて傷が入らないのだ。

 覇気も纏っていない状態でこれでは、まともな方法でダメージを与えるのは難しい。

 

「クソ──やべっ」

「伏せて!」

 

 ゼンの言葉に反射的に従い、振り向きざまに振るわれた戦斧がサミュエルの頭の上を通り過ぎる。

 もし一瞬でも遅れていたらと思うとゾッとする。

 すぐさま距離を取り、追撃に移ろうとするレランパーゴへとゼンが槍を振るった。

 

「ウゥ──ガアッ!!」

 

 覇気を纏わせた戦斧でゼンの攻撃を防ぎ、もう片方の戦斧を振るってゼンの首を飛ばさんとする。

 ゼンは僅かに身を屈めて攻撃を避け、槍を持たない手を突き出して覇気を放出した。

 

「グゥ──!!」

「これでも駄目ですか……羨ましいくらいの頑丈さですね!」

 

 たたらを踏ませることは出来たが、吹き飛ばすまでは行っていない。

 威力が足りていないのだ。ゼンの攻撃でダメなら、それこそスコッチのようなやり方か、あるいは──巨人族並みの膂力が必要だ。

 苦戦していると判断したフェイユンは、両腕に武装色の覇気を纏ってレランパーゴへと殴りかかった。

 

「えーいっ!」

「ガアァァァ!!」

 

 轟音を立ててフェイユンの拳とレランパーゴの戦斧がぶつかる。

 膂力で勝つのは難しいと判断したフェイユンは、瞬く間に巨大化してレランパーゴの体を掴み、対応させる間もなく船の外へと投げ飛ばす。

 ここまで空を蹴って来たことを考えるとすぐに戻ってくるだろう。空中で対応しなければならない。

 

「フェイユン、私が行きます! あなたは船の防衛を!」

「でも──」

「大丈夫です。どうやら、援護もありそうですからね」

 

 ゼンが視線をマストの上へと向ける。

 そこには弓を構えたグロリオーサの姿があった。勢いよく投げ出されたレランパーゴが空中で体勢を整えようとしているところへ矢を打ち込んでいるのだ。

 単なる矢なら気にも留めないだろうが、覇気を纏わせた矢ともなれば無防備に受けるのは危険だ。

 地上ならともかく、海上であるがゆえに。

 

「こうなると、カナタニョ先見ニョ明には驚かされる」

 

 船から飛び立ち、〝月歩〟で空を駆けるゼンを見送りながら、グロリオーサはぽつりとつぶやく。

 六式を覚えるだけで戦う場所を選ばなくなる。それに、能力者はその戦闘能力を何倍にも引き上げられる。

 便利な技術だ。短期間で無理にでも覚えさせようとしたカナタの判断は正しかった。

 遠目にはアプスと空中戦を繰り広げるドラゴンとジュンシーの姿があり、更に遠くではカナタとシキが天変地異もかくやと言わんばかりに大暴れしている。

 カナタ側三隻の船の指示は戻ってきたジョルジュに任せておけばいい。グロリオーサの役目はレランパーゴの牽制と艦隊からの砲撃の迎撃だ。

 

「伊達に歳は取っておらニュということを見せてやろう」

 

 彼女が〝天蓋〟と呼ばれるのは、ひとえにその弓の腕前が卓越しているからだ。

 海上で九蛇海賊団に襲われた者は、曲射によって天から降り注ぐ矢に射貫かれるという。

 研ぎ澄まされた見聞色で敵の攻撃を予測し、武装色の覇気を纏わせた矢は鋼鉄であろうとも射貫く。逃げ場などない。

 とは言え、ここでは流石に距離がありすぎる。大砲の弾を撃ち落とすのが関の山だ。

 矢の数にも限りがある。あまり長期戦はしたくないが……。

 

「…………」

 

 状況は厳しいと言わざるを得ない。

 本来なら乗り込んで戦ってでも沈めていくべきだが、迎撃で手一杯な上に幹部たちは軒並み敵の幹部である大都督にかかり切りと来た。

 戦いは始まったばかりだ。スコッチとデイビットの頑張り次第で、この戦いの趨勢が決まるといっても過言ではなかった。

 




感想欄で「大都督」って役柄を教えてもらったので採用しました。将星と言い、中国のこの辺りの役職名的な物は便利ですね。

感想、評価いただけると嬉しいです。


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第七十五話:モベジュムールの海戦 その2

「ヒュウ、連中もやるじゃないか。あの二人を抑えられるとは思わなかった」

 

 リュシアンは口笛を吹いてアプスとレランパーゴを抑える敵を褒め称える。

 相手が誰であろうと強き者には敬意を表するのが彼なりの礼儀であり敬意だ。当然、滅ぼせと言われたからには手を抜くことなどありはしないが。

 自分の仕事には真摯に向き合うのが彼の流儀でもある。電伝虫を使い、被害が拡大していく左翼艦隊へと連絡を入れる。

 

「こちら旗艦。左翼艦隊、被害報告を」

『こちら、左翼艦隊のマッド海賊団! 目視出来る範囲では既に十隻ほど沈められています! 継続して攻撃中です!』

「把握した。砲弾でやられたのか?」

『いえ、単なる大砲の弾なら落とせるはずですが……』

 

 だろうな、とリュシアンは思う。

 単なる大砲の弾で船が吹き飛ばされる程度の海賊なら〝新世界〟まで辿り着けるはずがない。

 カラクリがある。恐らくは何らかの悪魔の実の能力だろうと判断し、続けて敵艦の進路妨害に移った右翼艦隊へと連絡をつなぎなおす。

 

「こちら旗艦。右翼艦隊、報告を」

『こちら右翼艦隊のバルク海賊団! 巨大な渦潮のせいで足を取られている艦隊多数! 船の壁で敵艦の進路は妨害できています!』

「良し、ではそのまま船の側面から大砲を撃ち続けろ。相手側には何らかの能力者が乗っている。何かわかれば報告しろ」

『了解!』

 

 通話を切り、戦況の推移を見守る。

 元より海賊の集まりだ。艦隊と呼ばれていても、その実体は軍には程遠い。大雑把な指示を出してそれにその場その場で対応させるのが精一杯だろう。

 そういう意味では、リュシアンは海賊として身を立てるべきではなかった。

 が、海賊になったものは仕方ない。

 

「敵旗艦は能力者多数、腕のいい航海士もいる、大砲程度じゃ手間取らせるのが精一杯か」

 

 中々厄介な状況だ。

 少数精鋭の海賊だということは事前に聞いていたが、特に厄介なのは旗艦に集中しているらしく、後ろの二隻は大砲の迎撃ばかりで反撃できていない。

 付け入るなら()()だな、とリュシアンは顎をさすって考える。

 

「左翼艦隊へ通達。照準を敵旗艦から隊列中央の船へ変更、合図の後に一斉射撃せよ」

 

 船長の腕が立つ海賊なら新世界にはそれなりにいる。

 だが、この海で生き残るには一人だけの強さでは頭打ちとなる。数という力には何者も及ばない。

 旗艦であるソンブレロ号は強固な防衛網が敷かれている。乗っている連中もアプスとレランパーゴの二人をはね返したことからそれなりの手練れだ。

 ならば、その周りから切り崩していくのが戦略というもの。

 リュシアンは容赦なく、その砲口を向けた。

 

「──左翼艦隊、撃て!!」

 

 

        ☆

 

 

「彼が本気を出したようだね」

 

 アプスは海上に降り注ぐ雪崩を回避しながら、鎖を傘下の海賊の船に巻き付けて自在に空中を移動していた。

 海の上で雪崩など本来起こりえないが、新世界の気候天候を常識で測る方が間違っている。雷が降り注ぎ続ける島もあれば、上空にある島に引っ張られる海域もある。

 空を蹴って同様に回避したドラゴンとジュンシーは、視界の外から虚を突くように攻撃してくる鎖を弾きつつアプス本体へと攻撃を繰り返す。

 覇気の練度も、多対一の戦い方も、二人より巧みだ。

 伊達に金獅子海賊団の幹部を名乗ってはいないらしい。

 

「君たちもやるようだけど、少しずつ崩されていくよ。仲間たちが一人一人沈んでいくのを眺めるのが好みかな?」

「──あちらも心配ではあるが、お前を抑えるのがおれ達の仕事だ」

「おぬしを野放しにする方がよっぽど危ないことくらい理解している」

「……へぇ、僕らに逆らうなんて脳みそまで筋肉が詰まってるだけの馬鹿な敵かと思っていたけど、存外そうでもないみたいだね」

 

 二人を見下すように笑うアプス。

 危ない橋を渡ることは今までにもあった。

 その度に戦い、生き延びてきたのだ──相手が誰であろうとも。あるいは戦力差がどれほど絶大であろうとも。

 傘下の海賊たちも、船にいる仲間たちも、出来る限り鍛え上げてきたのはこういう時のためだ。

 一朝一夕で落とされるほどやわではない。

 

「儂らではなく自分の心配をしたらどうだ? 二対一は気は進まんが、おぬしを落とすことも不可能ではないぞ」

「言うじゃないか。だったらそれだけの力を見せてみなよ!」

 

 黒く染まった鎖がジュンシーへと殺到する。

 傘下の海賊の船であることなど関係なく、串刺しにしようとするそれらを弾き、時に避けて凌ぎ──自身へと意識を集中させる。

 横合いからドラゴンがアプスへと殴りかかり、見聞色で察知したアプスは武装色を纏って攻撃を防いだ。

 一瞬の拮抗の後に打撃の応酬があり、接近戦でドラゴンが押し負けて吹き飛ばされた。

 それをカバーするようにジュンシーが割り込み、六合大槍を巧みに操ってアプスの攻撃を捌く。

 

「まだまだ弱いね。この程度で僕に挑もうなんて、舐めてるとしか思えないよ!」

 

 鎖の一本がジュンシーの足に巻き付き、体を持ち上げて海へと投げ飛ばす。

 それを追いかけようとするアプスの背後へドラゴンが奇襲をかけ、アプスは背中から幾本もの鎖を出して迎撃する。

 

「ぐ──っ!!」

 

 アプスにはまだ余裕がある。

 二人がかりでもまだ実力の底を引き出せない。だが、カナタはこの男より強いシキと戦っているのだ。

 たった一人で戦う彼女の背中を、居場所である船を守るのがドラゴンたちの戦いだ。ならば、弱音など吐いてはいられない──!

 

「舐めるな!!」

 

 飛び出した鎖を無理やり掴み、ドラゴンは力任せに振り回して船へと叩きつけた。

 びっくりした顔のアプスへと追撃に動き、アプスは先程よりも多数の鎖を出してドラゴンを迎撃する。

 まるで壁のように迫る鎖に一瞬動きが鈍くなるが、ドラゴンは冷静に感覚を研ぎ澄ませた。

 

(──焦るな。冷静に、敵の感情を読み解け)

 

 敵の思いを、感情を、狙いを──アプスがどこを狙うのかを感じ取る。

 激流のように押し寄せる鎖を前に、ドラゴンは僅かに身を捩った。

 

「──何?」

 

 アプスの攻撃を()()()()()

 確かに数に任せて狙いは雑だったが、それだけで避けられるほど簡単な攻撃ではない。

 加えて、鎖の中に捕えたことは事実。このまま絡めとってしまえばそれでおしまいだ。

 広がった鎖を束ねるように、内側へと収束させ始め──船の外から突っ込んできたジュンシーがずぶ濡れのままアプスの顔面へと強烈な拳を叩き込んだ。

 船を破壊しながら船室へと突っ込み、しかし大した傷も負わずにすぐに立ち上がる。

 

「これでもまだ倒れんか……!」

「……痛いじゃないか」

 

 軽く口を切ったのか、口端から僅かに血が出ている。

 雑に片手で血を拭い、不機嫌そうにドラゴンとジュンシーを睨みつける。

 

「面倒な連中だ。君たちに構っていられるほど、僕らも暇じゃあないんだけどね」

「ならば儂らを倒すことだな。もっとも、そう簡単にやられるつもりもないが」

「まだ勝てると思っているのか? 僕らを敵に回した時点で、君たちは終わりだと何故理解しない」

 

 ビリビリと覇気で船が軋んでいる。

 更に、アプスの体ではない部位──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──殺すよ。君たちの存在は不愉快だ」

「ジュンシー、気合を入れろ。今までの敵とは一味も二味も違うぞ」

「くはは、厄介さなら海軍大将ともいい勝負だな! 俄然やる気が湧いて来たところだ!」

 

 警戒するドラゴンと笑うジュンシーへ、アプスは苛烈な攻撃を始める。

 

 

        ☆

 

 

「オオォォォ────ッ!!!」

 

 叫び声と同時に戦斧(ハルバード)が振り下ろされる。

 その一撃は落雷の如く。

 まともに受ければ敵の命を断絶させる刃は、しかし命に届くことなく空を切る。

 

「ぜえい!!」

 

 気合一閃、下からレランパーゴの心臓を狙って槍を振るう。

 ゼンの一撃は強靭な肉体によって受け止められ、防御行動に移ることなくレランパーゴはゼンの首を狙って戦斧を振るった。

 ギン──!! と武装色の覇気がぶつかり合い、海上で衝撃波が散って雹が砕ける。

 

「ぐぬ、防御すらしないとは! 頑丈にも程がありますよ!」

 

 既に数発ぶつけているが、レランパーゴはびくともしない。

 しかし、完全に効いていないわけでは無いようだ。多少なりとも傷は出来ているし、単純に耐久力が異常なだけなのだろう。

 海にでも落とさなければ倒せそうにない。

 

「──ッ!」

 

 ──刹那、上空からレランパーゴの眼球を狙って覇気を纏った矢が降り注ぐ。

 咄嗟に空を蹴ってそれを回避し、追い打ちをかけるようにソンブレロ号からまっすぐ飛んで来た矢を打ち払った。

 直後にゼンが距離を詰め、上から叩き落すように槍を振るう。

 流石のレランパーゴもこれは拙いと感じたのか、両手の戦斧を使ってゼンの攻撃を防ぎ、海に落とされないように味方の航行する船へと降り立った。

 

「……結構、つよい?」

「おや、話せるのですか。獣のようだと思っていましたが……理性があるならそれはそれで厄介ですが」

 

 少なくとも会話が成り立つだけの知性はあるらしい。ゼンが言うと話がややこしくなるのだが、本人は気にした様子もない。

 獣のような暴力性のみでも十分強いが、それを活かせる理性があるなら尚更厄介だ。

 グロリオーサの援護を貰ってもなお崩せない強さ──これが、この海で覇権を競う強者の最高幹部。

 いつになく、血が滾る。

 

「ふっふっふ、海軍大将と戦った時も血が滾りましたが、此度は一味違う相手でいいですね」

 

 いつも同じ面々と鍛錬するだけの日々だった。

 ゼファーを相手に〝月の獅子(スーロン)〟まで使ってようやく互角だったことを反省し、より技術を磨き、覇気を鍛え上げてきた。

 今以上に強くなるなら、より強い敵に挑むのが一番だろう。

 そういう意味では、今回の戦いは渡りに船と言える。

 

「今の主は随分と好戦的だ、故に私も鍛錬を怠る理由無し──」

 

 武装色を何重にも纏って腕と槍は赤黒く染まり、全身が白く染まっているレランパーゴとは対照的だ。

 周りの海賊たちなど気にも留めず、ゼンはレランパーゴだけをじっと見つめる。

 

「────ッ!!」

 

 一閃、二閃。

 連続で振るわれた槍はレランパーゴの戦斧とぶつかって激震を起こし、戦場となった船を破壊しながらその首を狙う。

 直感的にまずいと感じたのか、レランパーゴはゼンの槍を正面から受け止め、弾き返しながら力任せに戦斧を振り下ろした。

 ゼンはそれを避け、ゼンの倍はあろうかという巨体を下からかち上げるようにぶつかる。

 

「ふっ、はっ!!」

 

 受け止めたレランパーゴの体が浮くほどの衝撃が走り、続いて踏み込みと同時に二撃目を当てた。

 船の上を滑って衝撃を流し、追撃に走ったゼンをレランパーゴは迎撃する。

 

「ぐぬ──!」

「オォ──!」

 

 漏れ出る雷が閃光となって迸り、雲がかかって薄暗い海上を照らし出す。

 レランパーゴはミンク族でもなく、雷の能力者でもない。単なる動物系(ゾオン)の能力者ではなく──幻獣種の能力者だ。

 

「新世界というのは魔境ですね! 世界でも数少ない幻獣種の能力者がこうもゴロゴロと!」

 

 動物系(ゾオン)の中では古代種と幻獣種が特に希少だ。後者は自然系(ロギア)よりも希少とさえ言われるほどに。

 

「この程度ではないでしょう。貴殿の全力、見せてもらいましょう!」

「う? ……うん。全力で、やる!」

 

 より強固に武装色を纏ったレランパーゴとゼンが、激しく打ち合う。

 余波だけで船が壊れていき、そのたびに足場を変えて──時折援護射撃が飛んでくるが、レランパーゴは地に足がついていればものともしない。

 強靭さで言えばゼンが今まで出会ってきた敵の中でも指折りだ。それだけにやりがいがある。

 口端に笑みさえ浮かべながら、ゼンは敵を打ち倒さんと槍を振るう。

 

 

        ☆

 

 

 ──それは、まさしく災害だった。

 空へと逆さまに流れる海、降り注ぐ巨大な雹。斬撃は天を裂き、海を割ってなお留まることなく世界を揺らす。

 互いの能力だけで天変地異にも等しい影響を及ぼしながら、時折空中でぶつかった余波で海を荒れ狂わせる。

 

「テメェ、どこまでも厄介になりやがって──!」

「それはお互い様だ。わざわざお前の得意なフィールドで戦っている以上、文句は言わせんぞ」

 

 元より空中戦ならシキに分がある。

 その状態でも実力は拮抗している以上、地上での戦いならカナタに分があると取られても文句は言えない。たとえ天候が安定しない海域におびき出されていたとしても、それで揺らぐならそれまでの存在ということ。

 額に青筋を浮かべて両手に持った剣を振るい、切り刻まんと連続で振るう。

 

獅子・千切谷(しし・せんじんだに)!!」

 

 シキの能力で逆巻く海が水滴に分解されるほどの斬撃の嵐。

 まともに受ければミンチになるそれを、カナタは槍一本で受け切ってシキの目の前へと肉薄する。

 

「ぬるい。この程度で私を殺せると思うな──!」

 

 槍に覇気を纏わせ、海へと叩き落すべく振り下ろす。

 シキも同様に両手の剣に覇気を纏わせ、武器は直接ぶつかることなく覇気が衝突した。

 たった一撃で空を覆う雲の一部が吹き飛び、押し負けたシキがやや高度を落として海面すれすれを飛行する。

 

獅子威(ししおど)し──〝御所地巻き〟」

 

 切り裂いた海が獅子に形を変え、上空にいるカナタに喰らい付く。

 カナタは焦ることなく槍を一閃し、力任せに吹き飛ばして海上に降り立った。

 

「……ふむ。思ったよりぬるいな」

 

 かつてウォーターセブンで戦った時は、短時間の戦闘でも多くの傷を負っていた。

 しかし、今は傷一つ負うことなくシキの攻撃の全てを捌くことが出来ている。大きな成長という他に無いだろう。

 シキ本人を空から引きずり落とすには未だ至らないが、以前よりは肉薄できていると言っていいだろう。

 

「クソ……やっぱりあの時殺しておくんだったぜ。あの女の娘だ、強くなるのなんざわかり切ってたってのによ」

 

 イライラした口調でシキは葉巻に火をつける。

 先程までは雹が降ったり小雨が降ったりしていたが、今しがたのぶつかり合いで局所的に雲が吹き飛んだので雹も雨も止んでいた。

 風はそれほど強くないのでシキの能力への影響は大きくないが、元よりカナタは全力のシキを相手に戦うつもりで来ている。ここで退くことを良しとはしない。

 葉巻の煙が風に揺蕩う中、カナタはジッとシキを見つめて隙を窺っていた。

 

「おれを倒すにはまだ足りねェが……いずれ脅威になるとわかってるなら、ここで潰さねェ理由もねェな」

「出来ると思うのか? この程度で」

「抜かせ。お前が一番厄介だが──テメエの部下はそれほどじゃあねェようだからな」

 

 シキの視線の先には、一斉射撃によって炎上する一隻の船があった。

 カナタの部下──傘下に入った海賊の船だ。

 

「リュシアンは本人もそれなりに強いが、艦隊の指揮をやらせるに限る。おれの狙いをちゃんとわかってるからなァ」

 

 三隻連なった中で中央の船がやられたため、前方と後方に船が分断されている。

 進路を阻むように動いた艦隊からの砲撃を防ぐため、ソンブレロ号を先頭にしたことが仇になった形だ。

 これが数の力だ。

 部下一人一人はそれなりに強いかもしれないが、艦隊の数の前には屈するしかない。シキの強さはその艦隊にある。

 

「……これで私を追い詰めたつもりか?」

「いいや。オクタヴィアは仲間殺しをしても顔色一つ変えやしなかった。本人も殺してたしな。だからテメエにも期待はしねェ──だが、数を減らせばテメエの勢力は弱まるだろう?」

 

 たった一人で海を渡るパトリック・レッドフィールドという例外こそいるが、それを除けば海賊としての強さは勢力としての強さだ。

 勢力が減じれば、あとは他の海賊や海軍が勝手に追い込んでくれる。

 じわじわと周りから削っていくのが、この女には最適のやり方だと判断したまでのこと。

 そうでなくとも、カナタは前回の戦いから見ても仲間を重要視しているのは理解している。平静を欠けば覇気も揺らぐ。

 実に()()()だ。

 

「なるほど──お前のやり方は十分に理解した」

 

 ならばこそ、此処で殺すしかない。

 これ以上の被害を看過することが出来ないのなら、この場でシキの首を獲ることこそが最善手。

 冷静さを欠くことなく、怒りのままに覇気と能力を解放し──急激に周辺海域の気温が下がっていく。

 

「ジハハハ! なんだ、随分やる気になったじゃねェか!」

 

 笑うシキへと斬りかかり、シキはそれを剣で防ぐ。

 カナタの槍の軌跡を辿るように氷の刃が生成され、時間差でシキの手を休めることなく攻め立てる。

 吐息は白く染まり、極端なほどに低下していく気温に体の熱が奪われる。

 

「凍り付け──」

「甘ェな!!」

 

 全身を覇気で覆うことで体の内部を凍り付かせず、シキは返す刀でカナタの首を狙う。

 斬撃を避けることなく反撃に転じ、カナタの首が落ちると同時にシキの頬に一筋の傷が生まれた。

 直後にカナタの首から上が再生し、攻撃などなかったかのように動き続ける。

 

「そういや自然系(ロギア)だったな。厄介な能力持ってやがるぜ」

 

 武装色の覇気を纏えば自然系(ロギア)の能力者だろうとダメージを受ける。しかし、卓越した見聞色の使い手であれば武装色の攻撃さえ避けることは可能だ。

 シキの見聞色も相当なレベルだが、カナタの見聞色もまた未来視に至るほど卓越している。

 切り傷から血が流れることはなく、僅かに滲んだ血も極寒の環境のせいで凍り付いていた。これほど激変した環境の中では、シキほどの強者であろうと体力の消耗は避けられない。

 呼吸をするだけで肺が凍り付きそうになる。

 カナタは当然影響など受けず、先程と同じ──否、先程よりも技巧が精細になっていると言っても過言ではない。

 

「──斬波ァ!」

「──威国!」

 

 二本の剣から繰り出される十字の斬撃。

 僅かな溜めの後に放たれる巨大な斬撃。

 一瞬の拮抗の後に相殺され、直後に二人の影が交錯する。

 その衝突は雷鳴のように響き、拮抗する二人の力は空や海へと影響を及ぼしていた。

 

「ジハハハハ!! テメエがちんたら戦ってる間に、テメエの仲間は死んでいくぜ! 見てみろ! 炎上した船は沈んだ! 後二隻沈めればテメエらは全滅だ!!」

 

 上機嫌で刃を振るい、シキは次に狙われるであろうカナタの傘下の船を見て嘲笑う。

 カナタは目を細め──怒りのままに刃を振るった。

 連続してシキと剣戟を交わし、上空でぶつかる二人の姿が爆発した船の光で照らし出される。

 

「そら、自慢の仲間が沈んでいくぜ。気分はどうだ?」

「貴様──!」

 

 鍔迫り合いをするカナタとシキ。笑うシキは激情を煽ろうと口を開き──カナタの怒りが頂点に達した。

 気温が更に低下し、能力が暴走しているとも取れる状況になりつつある。

 その中で、爆発が連続して起こった。

 カナタの船は今しがた沈んだものを含めても三隻しかない。多少シキの艦隊に被害は出ているようだが、カナタの船からは距離のある位置だ。反撃で落とされる場所ではない。

 ()()()()()()

 ──答えはすぐにわかった。

 

「わはははは!! また会ったな、〝金獅子〟ィ!!!」

 

 その海賊船は二人の人魚像を船首に掲げ、シキにとっては見慣れた海賊旗が風になびく。

 大きさはソンブレロ号と比べれば小さいが、少数海賊である彼らにとっては十分な大きさを誇る。

 その船の名を、オーロ・ジャクソン号。

 掲げられた海賊旗と、聞こえてきた声にシキが激怒した。

 

「──ロジャー!! テメエ、何しに来やがったァ!!!」

 

 海賊、ゴール・D・ロジャー。

 いつでも快活に笑うその男は、シキの疑問に迷うことなくこう答えた。

 

「何しにだとォ? んなもん決まってんだろ!! 友達を助けに来たんだよ!!!

 

 ──ロジャー海賊団、参戦。

 




アプスはどちらかというとドゥよりグゥ寄りな感じで書いてます。


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第七十六話:モベジュムールの海戦 その3

今週末は私用で執筆する時間が取れないので、次の更新は(遅れなければ)8/10になります。


 ──かくして、後の世に〝海賊王〟と称される男は戦場へと乗り込んだ。

 降り注ぐ雨、荒れる海も何のその。巧みに舵を取りては自由に海を駆け抜ける。

 乗っているのは誰も彼もがロジャーと苦楽を共にした傑物揃い。さりとて相手は世界最大最強の艦隊と名高い〝金獅子海賊団〟。

 如何に一騎当千の傑物揃いと言えども、整然と海に並ぶ艦隊の前では勝ち目無し。

 しかし彼らは怯むことなく、一様に笑みさえ浮かべて見せる。

 ただ一度だけ船に乗せ、怪我の介抱をしただけの間柄であるにも関わらず、ロジャーはその手に武器を取った。

 カナタとロジャー、ロジャーとシキ、シキとカナタ。

 合縁奇縁多々あれど、各々の信念の下にこそ運命は交錯する。

 さあさあお立合い。

 勝っても負けても世界を揺るがす大勝負──ここより本番。

 

 

        ☆

 

 

「友達だァ!? まだそんなこと抜かしてやがんのか、バカ野郎が!!」

「テメエにバカ呼ばわりされる筋合いなんざねェよ!」

 

 ロジャーの行動にキレ気味なシキに対し、ロジャーは笑いながらも戦う気満々で既に刀を構えている。

 だが、ロジャーに海を渡る術はない。空を飛ぶシキに対しては待ち受けるしかないのが実情だ。

 なので、次にロジャーが取るべき行動は至極単純。

 

「カナタ! おれにも足場をくれ! シキの野郎はおれが相手をする!」

「そこは私頼りなのか……だが、シキよりもうちの船員の手助けをしてくれ! この男の相手は私だけでいい」

「あァ!? 言うじゃねェかよ、小娘がァ!!」

 

 シキは両手に持った剣を振るい、カナタは黒槍を振るって迫る白刃を弾き返す。

 返す刃でシキの心臓を狙い穿つも、ひらひらと自在に空を移動して巧みに躱す。

 そのまま次の行動に移ろうとしたところ、ロジャーが声を張り上げた。

 

「おれを放って戦ってんじゃねェ! いいから足場作れ!」

「お前は邪魔をしに来たのか!?」

「助けに来たんだよ!」

 

 正直ここで言い争いをしている時間も惜しいのだが、ロジャー達の手助けそのものはありがたい。

 オーロ・ジャクソン号までの道を氷で作り、ロジャーが降り立った後に船はソンブレロ号の方へと向かう。ロジャーがいなくともレイリーやギャバンなどの実力者も多い。

 易々と敗北することはないと断言できる。

 氷の上を走ってカナタの隣まで来たロジャーは、剣を片手に笑いながら「久しぶりだな」と声をかけた。

 

「こんな状況でなければ素直に再会も喜べたのだがな」

「わははは、そう言うな。ちょっと気になることもあって、お前のことを探してたんだ。ここに来たのも偶然じゃねェよ」

「気になること?」

「シキの野郎がちょっとな」

 

 その辺は後でいいとロジャーは視線をシキの方へ向ける。

 イライラした様子のシキは、葉巻に火を付けながらギロリとロジャーを睨みつけた。

 

「随分おれの言ったことを気にしてるみてェじゃねェか。テメエが殺した奴の娘と友達だって? 笑わせんじゃねェよ、反吐が出るぜ!」

「おれはこいつのことを友達だと思ってる。おれがカナタの親の仇でも、おれがカナタ自身に何かすることはねェよ」

 

 カナタの頭をぐりぐりと撫でまわすロジャー。

 不快ではないが鬱陶しいので片手で振りほどき、カナタはロジャーの〝気になること〟を察した。

 

「会ったこともない父親の事など興味もない。そんなつまらないことを気にする暇があったら、早くあれをどうにかすることだ」

「わっはっはっはっは!! 興味もねェと来たか!!」

「それに、仇と言うならガープもそうだからな」

 

 ガープの息子であるドラゴンも、まぁ無関係とは言い辛いところだ。しかしカナタにとっては些事でしかない。

 彼のことは背中を預けるに足る仲間だと思っているし、ガープのことも別に嫌っているわけでは無いのだ。愚直な男だが、あれはあれで悪い男ではない。

 「なんでそこでガープの名前が出るんだ?」とロジャーは首を傾げ、襲い掛かってきたシキの剣戟を受け止めた。

 

「興味もねェか。歴史に名を残してもおかしくなかった男がこのザマとはな!」

「なんだ、お前も知ってる奴なのか?」

「テメエが知らねェ訳ねェだろ!」

 

 連続する剣戟と覇気のぶつかり合いは激しさを増し、地上でロジャーとぶつかったあとで空に逃げればそこにはカナタが待ち構えていた。

 逃げ場のない挟撃にさしものシキも手を焼き、悪態を吐きながら攻撃を凌ぐ。

 カナタ一人、あるいはロジャー一人を相手するのにもかなり疲弊するのだ。冷静に考えればここでこの二人を相手するのは割に合わない。

 

「厄介な奴と手を組みやがって……! ロジャー諸共海の藻屑にしてやるよ!」

「出来るものならやってみろ……!」

 

 先程までの凍り付くような冷気はない。

 ロジャーと共闘する以上、味方にまで被害を及ぼす大技は使えないと判断したのだ。

 この程度で死ぬ男ではないとはいえ、ロジャーが十全に動ける方が勝率は高い。シキの動きを鈍らせるよりロジャーが動きやすくなる方を優先した。

 結果としてシキの動きは先程より軽やかだが、カナタの動きが悪くなったわけでもない。

 

「シキとあそこまで正面からやり合うたァな。やるようになったじゃねェか」

 

 昔出会った時はセンゴクに殺されかけて傷だらけだった。今ではその時とは比較にならないほど覇気も強くなっている。

 わずか数年でこれだけ成長したと考えると末恐ろしいが、ロジャーとしては楽しみでもある。

 生きていてこその殺し合い。友達とは言うが、一度くらいは刃をぶつけ合ってみたいものだ。

 と言うか。

 

「おれを放って戦ってんじゃねェよ!! 降りてこい!!」

「うるせえ野郎だ。テメエの相手は後でしてやるから黙ってろ!!」

「そっちがその気ならおれにだって考えがあるぜ……!」

 

 ロジャーは剣を構え、狙いすましてシキへと飛ぶ斬撃を放つ。

 シキはひらひらと避けるが、それも見越して何度も何度も斬撃を飛ばし、動きを制限させたところでカナタが更に上空から襲い掛かった。

 それを受け止めつつも、シキは飛んでくる斬撃を避け続けなければならない。

 どちらかに集中すればもう片方が首を獲りに来る。非常に鬱陶しそうにしながら、シキは剣を振るってカナタを殺そうとする。

 

「随分と動きが悪くなったな。ロジャーがそんなに気になるか?」

「わかってて言ってんだろテメエ! 後ろからこうもブンブン攻撃されちゃあ、ろくに集中も出来ねェ!!」

 

 カナタを弾いて急降下し、ロジャーへと斬りかかるシキ。

 速度の乗った重い剣を笑いながら受け止めるロジャー。

 

「わはは、ようやくこっちに来たか!」

「テメエに構ってる暇なんざねェんだよ! こっちはあの女の首を獲るのに忙しいんだ!!」

 

 二回、三回と激突した二人はやや距離を取り、シキは足場になっている氷を空へと浮かべ上げる。

 バランスを崩しかけてふらふらと足取りがおぼつかないロジャーだが、巨大な物質を持ち上げようとする際は隙が出来る。

 巨大な氷塊ならばさもありなん。

 徐々に空へと浮かんでいく氷塊から振り落とされまいと、足を踏ん張ってシキへと斬りかかった。

 

「テメエはここで退場だ。カナタと勝負を付けた後にゆっくり相手してやるよ」

 

 中途半端に浮かび上がった氷塊は空で回転してロジャーを海に落とし、更にそのまま上から氷塊を叩き落した。

 この程度で死ぬとは思っていないが、カナタと決着を付けるまで邪魔をされないためにはこうするのが一番いい。

 あるいは、不安定な海域の妙な海流に捕まってしまうかもしれないが……シキがそこまで心配してやる必要もない。死んだら死んだでそこまでだったということ。

 落ちる氷塊から目を離し、カナタの姿を探して──意識が逸れたその瞬間に、氷塊を切り裂いて斬撃が飛んで来た。

 

「ぐ──っ!!?」

()()()()()()()()

 

 何とか斬撃を防いだその刹那の間に、カナタが横合いから凄まじい速度で飛び込んで蹴りを食らわせる。

 長い時間戦っているが、ようやく一発目のクリーンヒットだ。

 続けて攻撃に移るべきか迷うが、先にロジャーを助けたほうがいいと判断し、氷塊の隙間から海面に降り立ってロジャーを引っ張り上げる。そのまま片手を掴んで空中に移動した。

 直後に氷塊が海面に叩きつけられて巨大な水飛沫が立ち、水面が大きく揺れて海が荒れる。

 

「いやー、助かったぜカナタ」

「その調子でよく今までシキの相手が出来たな」

「いつもならそうさせる暇もやらねェんだがな」

 

 これだけ巨大な氷塊では、シキが離れた場所に降り立つとそこに移動するまでに時間がかかってしまう。

 船の上ならそういうこともないのだが、中々難しいものだ。

 

「へくしっ! 寒っ! おいカナタ、何とかならねェか!?」

「私に出来るのは冷やすことだけだ。熱が欲しいなら船に戻るか?」

「いや、それは駄目だ。お前を助けるって言った以上はまだ戻らねェ!」

 

 強情な奴め、と呆れるカナタ。

 幸い、シキが奇襲をかけてくる気配もない。

 再び海を凍らせて足場を作り、ロジャーをそこに降ろす。

 

「悪魔の実の能力者は海に落ちると何も出来なくなるというが、お前を海に落としても意味はなさそうだなァ」

「私の能力は直接海に干渉出来る数少ない力だ。海楼石でも付けられない限りは溺れることもない」

「便利なもんだ」

 

 海に落ちてびしょびしょのロジャーは、上着を脱いで水を絞っていた。これくらいやらなければ動きにくいらしい。

 濡れたままでは凍り付きそうな寒さなので仕方ないのかもしれないが。

 

「シキの野郎はどこに行った?」

「そう遠くない場所にいるが……」

 

 今の一撃でノックアウトと言うことはないだろう。そう簡単に倒せる相手なら苦労しない。

 何かを狙っていると考えるべきだが……そう考えていると、視界の端に巨大な津波が発生しているのが見えた。シキがいる方向も同じだ。

 まさか、と呟くカナタ。

 

「おいおい……あいつの能力で()()()()()()()()()のかよ……!」

 

 テーブルをひっくり返すとは訳が違う。

 海をめくりあげて巨大な津波を起こし、カナタたちを飲み込もうというのだ。

 だが、それが通用しないことも十分理解しているはずでもある。

 

「これまで私の能力は存分に見せてやった。たかだか津波程度でどうにか出来る訳がないとわかっているはずだがな」

 

 カナタの能力は万物を凍らせる。能力者の弱点となる海であろうとも例外ではない。

 掌に生み出した小さな氷塊を津波に投げつけ、当たった場所から瞬時に津波が凍り付く。それで終わり──かと思えば、そうではない。

 凍った津波を切り裂き、上空から叩き落して視界を塞がれる。

 それも対処は容易く、ロジャーが氷塊を切り裂いてみた先には──浮かび上がった膨大な量の海水があった。

 

「──津波をぶつけても凍らせりゃいいが、上から落ちてくるものを凍らせても意味はねェよな」

 

 隕石のように飛来した巨大な海水の塊は、しかし二人の前では意味もなく。

 

「──小賢しい。こんなものでどうにか出来ると思ったのか?」

「舐めんじゃねェよ、金獅子ィ!!」

 

 一瞬で凍り付いた海水を、再びロジャーが一刀の下に両断する。

 ──だが、未だ制御はシキの手から離れていない。

 切断された氷塊は再び一つにくっついて落下を続け、ロジャーはならばと細切れになるまで斬撃を繰り返して氷塊を消し飛ばした。

 バラバラになった氷のかけらが空を舞う中、一条の流星の如くシキが飛来する。

 互いの武装色で覆った武器が衝突し、細切れになった氷が完全に吹き飛んで衝撃波が舞い散った。

 シキとロジャーが拮抗した一瞬の間にカナタが槍を構え、横合いからシキへと斬撃を見舞う。

 

「チッ──!!」

 

 紙一重でそれを躱したシキは片手で反撃に転じ、ロジャーとカナタに挟み撃ちされたまま覇気を纏って二人同時に攻撃を仕掛けた。

 カナタもロジャーもその攻撃を防ぎ、ならばとカナタがシキの全身を凍らせ、その一瞬の隙にロジャーが斬撃を見舞う。

 しかしシキはこれを覇気で防ぎ、後退しながらも足元の氷を切り裂いて海を操り、ロジャーへの牽制とする。

 

「埒が明かねェな!」

「だが追い込んでいるのは確かだ」

 

 カナタとロジャー。それこそこの海でも上から数えたほうが早い実力者二人を前にして、一歩も退かないシキも怪物である。

 二人が連携に不慣れであることと互いに互いを庇って全力を出せないことを抜きにしても、ここまで拮抗していることがその証左だ。

 

「この程度でおれを殺せるなんざ、思ってんじゃねェよ!!」

 

 剣戟は舞踏のように軽やかに。

 しかし、気を抜けばその瞬間に誰かの首が落ちる戦いは、未だ終わらず──

 

 

        ☆

 

 

 リュシアンは突如として現れたロジャー海賊団に思わず舌打ちをした。

 数による暴力も、練り上げた戦略も、あの海賊団は正面から食い破る。実力者揃いの海賊団だ。指揮官としてなら尚更戦いたい相手では無い。

 今は先に魔女の一味を沈めるべきだが──そうさせてはくれないらしい。

 

「ロジャー海賊団、こちらに砲口を合わせています!」

「砲弾を防げ! 左翼艦隊に連絡を入れろ! ロジャー海賊団を食い止めろ!」

 

 放っておけば好き勝手に盤面を荒らされる。放置して魔女の一味の船を狙おうものならあっという間にこちらの喉元を狙われてしまうだろう。

 ロジャーはどうやらシキの方に行ったようだが、残った面々だけでも厄介極まりない。

 

「シルバーズ・レイリー、スコッパー・ギャバン……乗ってる面々全員が実力者なんぞ、悪夢もいいところだな」

 

 こうなれば自身も戦う他に無い。

 リュシアンは腕を振り、船上の至る所に大砲が現れ、その全てがオーロ・ジャクソン号へと狙いを定める。

 彼はウテウテの実の砲撃人間──自身の体を除いてどこからでも火器を生み出し、砲撃することが出来る能力者。

 その制圧能力は自然系(ロギア)にも劣らない。

 

「勝利は前進する。風穴を開けろ──!」

 

 砲撃音が途切れることなく連続し、無数の砲弾による弾幕は絶えずロジャー海賊団を攻撃し続ける。

 防御に手を割かれればそれだけ余計なことをされずに済む。リュシアンもその分拘束されてしまうが、右翼艦隊は変わらず魔女の一味に向けて攻撃中だ。

 制圧するのも時間の問題かと思われたが──突如、船が大きく揺れる。

 

「なんだ、どうした!?」

「ほ、報告します! 巨大な渦潮が発生して足を取られてしまい、沈まないのが精一杯です!」

「クソ、この海域はこれだから……!」

 

 大きく揺れ続ける船の上では狙いもままならない。

 気候も絶えず変わり続けている。こんな厄介な海域でロジャー海賊団の相手をするなど頭が痛くなる。

 だが、提督であるシキがやると言った以上はやるしかない。中間管理職は辛いものだ。

 

「とにかく船を安定させろ! このままじゃ狙いもままならんぞ!!」

 

 既に一隻沈めているとはいえ、魔女の一味も油断できる相手では無い。

 渦潮の起きるタイミングの良さと言い、随分運のいい連中だ──いや、本当にそうか?

 リュシアンは船の縁から海を見る。そこには、海の中に一つの影があった。

 

「サンベル……! あいつか!!」

 

 ロジャー海賊団の一員である魚人、サンベル。

 魚人は時に海流さえ変えてしまうほどの力を持つという。ロジャー海賊団にいる程の猛者ならばそれも不可能ではないだろう。

 沈んだ船から船員の救助をし、攻撃する船の近くで渦潮を作って牽制をする。

 狙いが定まらないまま撃っても無駄だ。

 

「通信をつなげ! 左翼艦隊、一刻も早く魔女の一味の船を沈めろ!」

「だ、ダメです! 左翼艦隊、度重なる攻撃で半壊滅状態です!!」

 

 ソンブレロ号とオーロ・ジャクソン号からの苛烈な攻撃で左翼側の艦隊は半壊滅状態に追い込まれている。先程のような砲撃の弾幕は不可能だろう。

 思わず舌打ちをするリュシアン。

 だが、まだ数が減っただけで完全に壊滅したわけでは無い。残っている船から砲撃を続けさせ、リュシアン自身はこの揺れる船から直接砲撃をする。

 

「舐めんじゃねェ。オレがここにいる限り、この艦隊に負けはない──!!」

 

 船が揺れるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 砲台そのものが能力によるものであるため、遠隔でも操作が可能なリュシアンにしか出来ない芸当だ。

 それでも、この状況を打破できるなら十分だ。

 

「射撃用意──撃て!!」

 

 壁のように放たれる砲撃の弾幕。それぞれの船に着弾する前に防がれるも、敵からの攻撃も牽制することが出来る。

 この期に及んで出し惜しみはナシだ。

 おそらくアプスとレランパーゴの方にもロジャー海賊団の誰かが向かっていることだろう。そちらはそちらで対処してもらう他に無い。

 

「砲撃を続ける! 出来るだけ早く沈めねェと、ロジャー海賊団の相手は辛いぞ!」

 

 オーロ・ジャクソン号も並の強度の船ではないが、沈むまで何十発でも撃ち込むまで。

 もう少しで魔女の一味に壊滅的損害を与えられたというのに、惜しいことだ。

 いや……泣き言など言っていられない。

 数では依然優勢なのだ。魔女の一味諸共、ここでロジャー海賊団を海に沈めて見せる。

 

「燃えてきたぜ……! やってやろうじゃねェか!!」

 

 二角帽子を目深に被りなおし、にやりと笑って猛る。

 残る敵船は三隻。対する金獅子海賊団の艦隊は未だ三十以上。十倍に比する数の船を以て、ここで敵を撃滅する。

 有利な立場は変わらない。世界最強の艦隊の名に恥じない強さを見せつけてやろうと、リュシアンは気合を入れなおした。

 

 



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第七十七話:モベジュムールの海戦 その4

 ──感覚が研ぎ澄まされていく。

 一撃一撃が致死の攻撃であることは見なくてもわかる。確実に殺すつもりで、アプスは次々に鎖を生み出している。

 超人系(パラミシア)とは思えない能力だ。自分以外の物質を別の物質に変換するなど、今まで見たことがない。

 今まで以上に集中して、敵の感情を読み取り……どこを狙っているのかを正確に感じ取れなければ、一秒後には串刺しにされていることだろう。

 アプスにはそれが出来る力がある。

 

「まだ死なないのかい? 鬱陶しいな……!」

 

 ジュンシーの槍を武装硬化した腕で防ぎ、津波のように押し寄せる鎖がアプスの背後に回り込んだドラゴンへと向かう。

 身を捩ってギリギリのところでそれを回避し、攻撃を中断して後退するドラゴンへとアプスが追いすがる。

 一撃、二撃と拳をぶつけ合い、ドラゴンの足を鎖で絡めとって動きを封じ、心臓を狙って貫手が迫った。

 

「ぐ──!!」

 

 まずい、と冷や汗を流したその刹那──横合いから迫った刃がアプスの腕を止めた。

 

「彼女の仲間を殺させはせんよ」

「──シルバーズ・レイリー……何故君が邪魔をする!」

「そりゃあ、今回の我々はカナタの味方だからな」

 

 飄々とした態度を示す金髪の男──〝冥王〟シルバーズ・レイリー。

 ドラゴンを守るように間に入った彼は、手に持った剣を振るってアプスに向き合った。

 共に武装色の覇気を纏った武器をぶつけ合い、ビリビリと衝撃波を撒き散らして相対する。ドラゴンは間近でそれを浴びるが、足をからめとられているために動けない。

 如何にレイリーが強くとも、アプスもまた金獅子海賊団の最高幹部。覇気を纏った鎖はそうそう壊れはしないのだ。

 ゆえに。

 

「悪いが、少し手荒に行くぞ」

 

 ズバン!!! と──()()()()()

 鎖の基点になっているのはあくまでも船の方だ。なので、変質した鎖が断ち切れないなら足場を崩せばいいと船を叩き斬るレイリー。

 どうせ船は金獅子海賊団傘下のものだ。躊躇など必要ない。

 ドラゴンは緩んだ鎖から抜け出してすぐさまアプスから距離を取る。

 

「助かった。だが、何故アンタがここに?」

「カナタとは少しばかり縁があってね。色々偶然が重なってここに居合わせたわけだ」

 

 アプスから意識を逸らさず、しかし気になることだけを手早く確認する。

 「あいつは色んなところに接点があるな……」と半ば呆れながらも、今回はその縁に救われた形となる。何が命運を分けるかわからないものだ。

 船は斬撃でゆっくり沈みつつあるが、三人はうまくバランスを取りながらアプスの攻撃を避け続ける。

 

「一旦退くべきだ。シキの艦隊が相手では正面から相手をしてもキリがない」

「だが、あいつを放置すれば船の方に危険が行くぞ?」

「そこは君たちの腕の見せ所だな」

 

 どのみち防御を固めなければ危険なのは変わりない。

 ロジャー海賊団が参戦したせいか、リュシアンも本気で追い詰めにかかっている。遠目に見えるシキとロジャー、カナタの戦闘も激しさを増しているし、このままではいずれ巻き込まれるだろう。

 あの三人が本気で戦えば、多少離れた程度では安心も出来ない。

 

「我々もロジャーの足を引っ張るわけにはいかない。今は大人しく退くべきだと思うが──」

「──逃がすと思ってるのかい?」

 

 アプスが波濤(はとう)を思わせる程の鎖を生み出し、三人を絡めとろうと自在に動く。

 レイリーは巧みに剣を操って鎖を捌き、ドラゴンとジュンシーは沈みつつある船から一足先に離脱する。

 カナタ達の勝利条件は出来るだけ味方に損害を出さずに金獅子海賊団に損害を与えることだ。そういう意味で言えば、既に目的は達成できていると言えた。

 欲をかけば要らぬ犠牲まで強いることになるだろう。

 

「おれ達は先に船に戻る。アンタは?」

「何、君たちが逃げる時間くらいは稼ごう。炎上した船にいた仲間たちの救助に当たった方がいい」

 

 アプスと相対してなお余裕を見せるレイリーは、二人を逃がした上で時間稼ぎのために残った。

 その態度が気に入らないのか、アプスは沈みつつある船に鎖を突き刺してレイリーの足場を奪いながら追い詰めていく。

 レイリーはロジャーの右腕と呼ばれる実力者だが──アプスと大きく差があるわけではない。

 厳しい戦いだが、ロジャーが決めたことを補佐するのがレイリーの仕事だ。

 あの破天荒な男のやることに、呆れはしても文句などあろうはずもない。

 

        ☆

 

 

 レランパーゴの驚異的な頑丈さに辟易しつつ、ゼンは手助けに来たというスコッパー・ギャバンの手をありがたく借りることにした。

 ロジャー海賊団は誰もが個々に名を知られている。ロジャーやレイリー任せの海賊団では決してない。

 現に、手助けに来たギャバンはレランパーゴと正面から打ち合って戦っている。

 

「流石にロジャー海賊団。伊達ではありませんね」

 

 ゼンはレランパーゴの右手に持った戦斧を打ち払い、ギャバンは両手に持った手斧でレランパーゴの左手に持った戦斧を弾く。

 直後──爆撃のように降り注ぐ矢がレランパーゴを吹き飛ばした。

 

「うおっ、えげつねェな……援護はありがてェがよ」

「ヒヒン、彼女の弓の腕は一流ですから。援護は彼女に任せて一旦退きましょう」

 

 ドラゴンとジュンシーも既に船へと戻りつつある。ゼンも船に戻って防御に回るべきだろう。

 金獅子海賊団の船も多く沈んでいる。今なら切り抜けるのも難しくはない。

 どちらかが全滅するまで戦い続けるのでは、あまりにカナタたちに不利だ。

 空中を駆けるゼンは背にギャバンを乗せ、置き土産に船をぶった切って沈めていく。レランパーゴは能力者だ。海に落ちる可能性を増やしつつ、追いかけて来られないように道中で足場となる船を沈めておくに越したことはない。

 

「カナタの仲間ってのは変わった奴がいるもんだな……」

「そうですか? 確かに種族は色々いますが、彼女はそういう区分を気にしませんからね」

 

 巨人族にミンク族、それに手長族もいる。一時期は魚人も乗っていた。文化や生活様式に違いはあっても、言葉が通じるなら問題はそうそう起こらない。

 問題を起こすような輩は教育されることになる、というのもあるが。

 ゼンはギャバンを連れてソンブレロ号まで戻り、追ってくるレランパーゴはグロリオーサが迎撃する。

 

「戻りました! 状況はどうですか?」

「最悪だ! 怪我人は医務室にやったが、敵の攻撃がここに来て激しくなってやがる!」

 

 吐き捨てるようにジョルジュが告げ、直後に飛んで来た砲撃を剣で迎撃する。

 敵の船は減って弾幕も薄くなっているはずが、ここに来て更に砲撃が過密になっていた。

 主戦力が乗っているソンブレロ号でこれなのだ。後方にいる傘下の船では言うまでもない。

 防衛に全戦力を割いてようやく防いでいる。このままではもう一隻沈められるのも時間の問題だろう。

 

「──まずい、また来るぞ!」

「クソ、デイビット! 壁になれ!」

「合点承知!」

 

 無数の砲弾を相手にデイビットが船から飛び出して壁となり、大爆発を引き起こす。

 次々に誘爆して爆風が吹き荒れるが、これくらいなら何とでもなる。デイビットは〝ボムボムの実〟の能力者であるために爆発が効かないので、単純だが有効な手段だ。

 肉壁の如き防ぎ方にギャバンが呆れた様子でそれを見ていると、アプスと戦っていたドラゴンとジュンシーもまた船へと戻ってきた。

 

「レイリーがそっちに行ったはずだが、どうした?」

「おれ達が逃げるための時間を稼ぐ、と」

「そうか。まァあいつなら心配いらねェだろ」

 

 それだけの実力があると信頼している。

 今はそれよりも、金獅子海賊団から逃げるほうが優先だ。

 

「ロジャーと〝金獅子〟がまともにぶつかってる今、あそこに近付くのは危ねェ。どうにか回収して逃げてェところだが……」

「追いかけてくる〝金獅子〟をどうするかが問題だな」

「あれはカナタも相当ヒートアップしてるぜ。退けと言って素直に聞くかどうか」

 

 普段は冷静だが、頭に血が上ると何をしでかすかわからない。

 大局が見えていないわけでは無いはずなので、言えば聞くと思うが……仲間を逃がすために単身センゴクに立ち向かった前科もある。ましてや相手は〝空飛ぶ海賊〟のシキだ。

 ロジャー共々残って戦うと言い出しかねない。

 

「ロジャーもその辺りは考えて……いや、どうだろうな」

 

 あれはあれで何も考えずに突っ走るタイプなのでタチが悪い。

 作戦とか、そういうものを考えられるタイプでもないので成り行きに任せるしかないのかもしれない。

 負けることだけはないと断言できるのが救いか。

 

「サシで戦えばロジャーが負けることはねェだろうが、カナタがどこまで戦えるかだな」

「……それ以前にあの二人、連携とか出来るのか?」

 

 全員が押し黙る。

 ロジャーもカナタも突出して強いがゆえに他人と合わせる戦い方をしてこなかった。カナタの方はまだ船員と協力することはあるが、ロジャーとの連携などいきなりでやれるわけがない。

 

「……これ、実は結構まずいんじゃねェか?」

 

 ギャバンは冷や汗を流して呟いた。

 

 

        ☆

 

「沈め、ロジャー!!」

「わははは!! この程度でおれを倒せると思ってんじゃねェ!!!」

 

 シキとロジャーの、互いに武器に纏わせた覇気がぶつかった。

 海上に浮かぶ氷の大地は衝撃でひび割れ、ロジャーは浮かぶ足場を転々として海に落ちるのを回避する。

 シキはその能力で海を操り、いくつもの獅子がロジャーの後を追う。

 

「カナタ! そっち頼んだ!」

「便利屋扱いだな、全く!」

 

 追いかけてくる獅子を一息に凍らせるカナタ。

 動きの止まった獅子の氷像をロジャーが剣を一振りして砕き割り、カナタが再び作り上げた氷の大地を疾走する。

 先程から似たようなことの繰り返しだ。海の上という不安定な足場では、どうしてもロジャーの動きが制限されてしまう。実力はあってもそれを活かす場所がこれではどうしようもない。

 

「ええいクソ、厄介だな! お前なんとか出来ねェか!?」

「無茶を言うな。私だってどうにもならないから奴に合わせて空中戦をやってるんだ」

「どうにか引きずり降ろせばこっちのものなんだがな……」

「まるで地上戦ならお前の方が強いみてェな言い草じゃねェか! えェおい!」

 

 斬りかかってきたシキの剣戟をカナタが受け止め、鍔迫り合いに持ち込んだ。

 直接武器同士がぶつかることは最早なく、武器に纏わせた武装色がどれだけ強いかで優劣が決まる。その点で言えば、確かにシキは世界でも一、二を争う実力者だ。

 しかしカナタも押し負けてはいない。

 武装色の覇気を重ねて纏うことで青紫色に変化しており、覇気による強化のおかげでシキにも力負けしていないのだ。

 

「小賢しい真似だ。それが何時まで続くか見物(みもの)だなァ!!」

「そう易々と落とされるものか。今回はお前の首を落とすために来たのだからな……!」

 

 追いかけられることには慣れているが、いつまでもこの状況を続けるのは無理がある。

 特にカナタは色々な事情で敵が多い。潜在的なものまで含めればキリがないほどに。

 母親関連でシキやリンリンに追われ、それに加えて天竜人関連で海軍にも追われる。恐らくロックス繋がりで潜在的には〝白ひげ〟も敵だ。

 広い海でも五指に入るほどの実力者たちがこぞってカナタを追っている。出来る事なら一つでも多く潰しておかなければ、困るのはカナタなのだ。

 それもこれも全て〝ロックス〟のせいだ。

 ……天竜人に関しては自業自得だけれど。

 

「ここでお前の首を獲る。リンリンも、いずれは〝白ひげ〟もな」

「ほう! 吼えるじゃねェか! リンリンはともかく〝白ひげ〟は強ェぞ。おれとタメを張るくらいにはな!」

 

 鍔迫り合いから一歩引き、連続した剣戟でカナタを攻め立てる。

 既に何度も見た剣術だ。真似できるくらいには熟知している。

 涼しい顔で捌きながら、カナタは狙いを定めた。

 

「どのみち敵に回るだろう。お前たちは皆、あの女のことが嫌いらしいからな」

「ジハハハハ! そりゃあそうだ! あの女が嫌いなら当然、お前に矛先が行くよなァ!!」

「だから殺すんだ──〝神戮〟」

 

 覇気と悪魔の実の能力を武器に重ねる。黒く染まった槍の周囲の空気が一層冷たくなり、横薙ぎに振るわれた刃は急激に空気を冷やしてダイヤモンドダストを作り出す。

 オクタヴィアが使ったそれは雷を纏っていたが、カナタの使うそれは冷気を纏う。

 触れた傍から凍り付く、絶対零度の斬撃。

 ()()()()()()()()だ。

 

「──ッ!!?」

 

 ダイヤモンドダストが空気中に煌めく。

 斬撃は吸い込まれるようにシキの首へと走り、覇気を纏った刃がカナタの槍を防ぐ。

 二つの刃は甲高い音を立ててぶつかり合い、同時に触れた場所からシキの肉体へと冷気が迸って肉体を一瞬で凍り付かせた。

 動きが止まったシキの首へと、再び別の角度から槍を走らせる。

 

「──ッ!!」

 

 シキは内側から覇気を放出することで凍り付いた体を無理やり動かし、カナタの槍を二本の剣で受け止めた。

 

「テメェ……その技、オクタヴィアの……!!」

()()()()()()()()()()()()()。誰に言っても理解されないがな」

 

 元より体格も同じで血も繋がっている。親が出来るなら子に出来ても不思議ではない。

 こればかりはカナタにも修練無しに使えなかったほどの技だが、それでもシキを追い詰めることが出来る程の力だ。

 まともに受ければ体力の消費は免れず──そして当然、この隙を見逃すロジャーではない。

 

「おれもいるんだぜ、忘れんな!!」

「! ロジャー!!」

 

 カナタの槍を弾き、咄嗟に反転してロジャーと武器をぶつけ合う。

 だが、今度はカナタに対して無防備な姿を見せつけることになった。

 

「クソ──」

「──その首、貰うぞ」

 

 目にも留まらぬ一閃。

 剣による防御は間に合わないと判断したシキは、僅かに体を逸らして鎧のように覇気を纏った。

 覇気を纏えば鋼鉄にさえ負けぬ硬度を得られる──ただし、それで防げるのは相手が格下だった場合のみ。

 同格かそれに近い実力者なら、シキの覇気を打ち破ってダメージを与えられる。

 シキの纏った覇気を突き破り、その斬撃はシキの額を深々と切り裂いた。

 

「──ぐ、がァァァ……! クソがァ……!!」

 

 斜めに切り裂かれた傷から血を流し、シキは憤怒の形相を浮かべながら後退する。

 一度ならず二度までも、後れを取った不甲斐ない己に激怒した。

 例えロジャーとカナタの二人がかりであったとしても、海賊ならば卑怯などという言葉は存在しない。ただ、その二人を跳ね除けられなかった己が弱かったと断じるのみ。

 僅かに距離を取ったシキに対し、カナタとロジャーは肩を並べてシキを睨みつける。

 

「このまま押せば奴の首を獲れそうだな」

「いや、難しいと思うぜ。おれ達はともかく、()()()がな」

 

 くいっと親指で仲間たちの乗る船の方を指さし、「あっちはだいぶ危ねェし、追い詰められた金獅子も手強いぜ」とロジャーは言う。

 シキの首を獲れても、仲間たちが全滅したのでは意味がない。

 カナタもその辺りはまだ冷静なのか、このチャンスをふいにしても仲間たちを守る方に天秤が傾いた。

 

「……背中は任せた。私は船までの道を作る」

「おう、任せろ!」

 

 海を凍らせて足場とし、船までの道を作る。

 おそらくシキは追ってくるだろう。多少傷を負わせたとはいえ、それだけで落とせるほど容易い相手では無い。

 それゆえにロジャーに後ろを任せ、カナタは道を作りながら船へと急ぐ。

 

「おれが逃がすと思ってんのかァ!!?」

 

 空を飛ぶシキは怒りに任せて大津波を引き起こし、自身の艦隊すら飲み込まんとしている。

 だが、それだけならば対処は容易だ。

 

「ロジャー、少し冷えるぞ。覇気で防御しておけ」

「ん? おお、わかった!」

 

 ロジャーに忠告をして、カナタはその能力を使う。

 片手を振ればシキの引き起こした大津波を一息に凍らせ、天に手を掲げればたちまち雲が集まって雪を降らせる。

 雪に触れれば人であろうと船であろうと凍り付く紅蓮の華。

 

「ほう、こりゃスゲェな!」

「迂闊に触れるなよ。この力は見境が無いんだ。お前も凍るぞ」

「なんつーことしてんだお前!?」

 

 降ってきた雪に驚き、それに触ろうとするロジャーをカナタが窘めた。

 シキを足止めするためとはいえ、敵味方の見境なく凍り付かせるような力を振るうとは思わなかったらしい。

 ロジャーが白い息を吐きながらカナタの後ろを走り、時折背後を確認してシキが何かしてこないかを見張る。

 カナタの生み出した雪が鬱陶しいのか、随分と動きが鈍い。

 

「しかし、逃げると言ってもどこに逃げるんだ?」

「どっか適当な島に逃げ込めばいいだろ。ここから少し距離があって撒くのに都合のいい島に心当たりはあるか?」

「……出来るなら人がいない島がいいだろうな。となると、永久指針(エターナルポース)があるのは〝ハチノス〟くらいか」

「よし、じゃあそこにするか」

 

 シキが能力で浮かせては放り投げてくる氷の塊を処理しながら、カナタとロジャーは行き先を決める。

 シキ一人だけが追ってくるならいくらでも対処のしようはある。艦隊さえ足止めしてしまえばこちらのものだ。

 

「先に船に戻っていろ。私は敵の艦隊を足止めする」

「わかった。おれたちはお前らの後を追いかける」

 

 オーロ・ジャクソン号までの道を氷で作り、カナタは次の動きを指示しなければならないので一度ソンブレロ号へと戻る。

 今回はクロが操舵を担当しており、永久指針(エターナルポース)を使って〝ハチノス〟へ行くようにとスコッチとジョルジュ含めて告げておく。

 カナタは一度船を降りて敵の艦隊の足止めに向かい、広範囲を一斉に凍らせて身動き一つ取れないようにすると、近くの船でレイリーが戦っているのを発見した。

 敵の幹部と戦っている彼も回収しなければならないだろうと思い、寄り道に走る。

 

「──レイリー、手助けはいるか?」

「カナタ! シキの方はいいのか?」

「奴も追ってきている。離脱するなら早い方がいい」

「逃がすつもりは無いと──何度言わせる気だい?」

 

 足場となっている船が変質して鎖が現れ、カナタの体を串刺しにしようと狙いを定めた。

 

超人系(パラミシア)か? だが、それにしては妙な能力だ」

 

 己が変質する、あるいは己の体から何かを生み出すのが超人系(パラミシア)の特徴だ。元からある物質を別の物質に変化させる能力が果たして存在するのか?

 疑問はあるが、それは今考えるべきことではないと思考を切り替え、槍を片手にアプスの懐へと入り込んだ。

 一斉に動いた鎖がカナタの体を串刺しにするも、カナタはそのまま武器に覇気を纏わせて思いきりアプスへと叩きつけた。

 

「──吹き飛べ」

 

 横薙ぎに振るわれた槍はアプスの体を容易に吹き飛ばし、遠くにある別の船に衝突する。

 突き刺さった鎖を引き抜き、貫かれた部分を氷が覆って元通りになった。体を流動的に変化させて避けたので、貫いたように見えてもダメージはない。

 

「今のうちに移動する。こっちだ」

「あ、ああ……仮にもあの男は金獅子海賊団の最高幹部だったのだが……見違えたな」

 

 アプスに油断があったわけでは無いだろう。

 ただ、カナタの実力が昔と比べて尋常ではなく上がっているだけ。

 「今ではおれより強いやもしれんな……」と哀愁を漂わせるレイリーだが、それに気付くことなく一足先に海の上に降り立つカナタ。

 ひとまずレイリーもソンブレロ号に乗せ、ギャバン共々砲弾の迎撃にこき使ってやることにした。

 

「追え!! たった数隻、何故仕留め切れねェ!!」

 

 激怒するシキの言葉にリュシアンたちも必死に追いすがるが、カナタの遅延工作にやられて船が動かない。

 シキの能力で船を浮かべて空を移動させようとするも、この気紛れに天候が変わり続ける海域では何十隻もある艦隊を浮かせたところで移動も覚束ない。

 

「今回はここまでだ。次は一隻残らず沈めてやるから覚えておけ」

「カナタァ!!!」

 

 笑うカナタに怒るシキ。

 ──かくして、後の世にモベジュムールの海戦と呼ばれる戦いは幕引きとなった。

 

 

        ☆

 

 

 魔女の一味の被害は船一隻。

 対し、金獅子海賊団の損害は数十隻。半壊と言っても過言ではないその戦果に、近海で監視していた海軍も息をのんだ。

 世間を騒がすロジャー海賊団と新進気鋭の魔女の一味が海賊同盟を組んだと言ってもいい状況に、海軍、世界政府の誰もが頭を抱えることになる。

 




もっといろいろ書こうと思ってたんですけど、これ下手すると一章丸々使うなと思って短めにしました。原作まであんまり長すぎると私のモチベーションも落ちかねないので。

あとガープは突っ込もうとしてセンゴクに押さえつけられてました。
次話は戦後処理(の予定)


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第七十八話:宴

 ──金獅子海賊団、ロジャー海賊団及び魔女の一味と衝突。

 一面に大きく見出しが付けられた新聞は世界各地に届けられ、この大事件は瞬く間に世間に知れ渡ることとなった。

 戦場となったモベジュムール海域は以前にもまして気紛れな天候を引き起こす〝新世界〟でも有数の危険地帯となり、如何にこの三つの海賊団がぶつかった影響が大きかったのかが窺い知れる。

 新聞を運ぶカモメは西へ東へ空を渡り、各地の人々にその新聞を受け渡す。

 西の海(ウエストブルー)のとある考古学が盛んな島では、考古学者の女性が友人の元気そうな姿に安堵し、また上がった懸賞金に心配そうな顔を覗かせ。

 同じく西の海(ウエストブルー)のとある酒造が盛んな島では、〝新世界〟のゴタゴタを嫌った大海賊がしかめっ面で見知った顔の写る新聞を読み。

 北の海(ノースブルー)のとある島では、聖地から降ろされた天竜人の少年が憎悪の籠った目で新聞を読み漁り。

 偉大なる航路(グランドライン)の入り口、〝双子岬〟では「彼女らは元気にやっているようだ」と医者が笑いながら鯨に話しかける。

 ──そして。

 偉大なる航路(グランドライン)の前半、〝楽園〟と称されるその海でも特に医術の発展した島では、一人の女性が新聞を読んで目を細めていた。

 

「…………ロジャー、か」

「知り合い? 随分と目つきが悪いようだけど」

「知り合いと言えば知り合いだな。何度も殺し合った仲だ」

 

 かつてロックスと敵対し、その野望を阻んだ男。

 オクタヴィアとしても思うところはあるが、今は相手をするつもりは無い。

 

「あの子が選んだ道だ。今更口出しする資格もなかろう」

「うーん……親なら心配するのが普通、だとは思うけどね」

 

 カテリーナは机の上に散乱する医学の資料を片付けながら返答する。この家の主であるくれはは現在外出中で、その間に部屋の掃除を終わらせなければならない。

 オクタヴィアと二人で作業していたが、新聞が来た途端に手を止めて新聞を読み始めたのでカテリーナが忙しくなっていた。

 

「もー、先に片付けしようよ。早くしないとくれはさん帰ってくるよ?」

「……そうだな。あの子も無事ではあるようだ。心配は不要だろう」

 

 新聞を机の上に置き、自由に動くようになった左腕で重い物も難なく動かして掃除を終える。

 しばらくしてくれはが帰ってくると、机の上に置かれた新聞に気付く。

 くれはは暖炉の前に置かれた椅子に座り込み、眼鏡をかけてゆっくりと新聞を読む。

 

「ヒッヒッヒ。あの小娘も随分有名人になったもんだね」

「私の娘らしいといえば、そうかもしれないな」

「トラブルメーカーなのは母娘揃ってかい。厄介な体質さね……ところで、あんたはいつまでここにいるんだい?」

 

 左腕はとうに完治している。この島にいる理由も、くれはの下に居続ける理由ももうないだろう。

 暇なときにカテリーナへ医術を教えたりもしたが、彼女はまだ子供だ。初歩の初歩を教えただけで大したことはまだできない。

 「まさかこのまま居付くつもりじゃないだろうね」と睨みつけると、オクタヴィアは肩をすくめて否定した。

 

「私がいる理由はもうない。特に行く場所もなかっただけだ……折角だ。〝新世界〟にでも行くか」

「娘さんに会いに行くの? いいね、私も会ってみたい!」

「まだついてくるつもりか?」

 

 このままくれはの下で医術を学びながら過ごす方がいいんじゃないか、と暗にオクタヴィアは残ることを勧める。

 だが、カテリーナは首を横に振った。

 

「私もこの広い海を色々見て回りたいんだ。ね、いいでしょ?」

「……足手纏い一人くらいならどうにでもなるが、死んでも知らないぞ」

「大丈夫。オクタヴィアは強いしね!」

 

 ウインクしながらサムズアップするカテリーナに思わずため息をこぼすオクタヴィア。

 これは言っても聞かないなと判断し、連れて行くことを決めた。

 

「旅をするなら目的がないとね! どこか行きたいところとかある?」

「それはむしろお前に聞きたいところだが……そうだな、〝新世界〟に行くなら〝ハチノス〟に一度は行っておきたい」

「何かあるの?」

「大した物はない……だが、ジーベックの墓代わりに置いてきたものがある」

 

 しばらく行っていない。感傷に浸るつもりはないが、一度くらいは顔を出すべきだろうと思い。

 

「じゃあ、まずはそこだね!」

 

 そんな感じで、二人は〝ハチノス〟を目指すことにした。

 

 

        ☆

 

 

 昼間から酒の匂いが充満している。

 生きるか死ぬかの瀬戸際だったこともあり、今回ばかりは頑張った皆に酒と食事を大盤振る舞いしていた。

 戦闘員たちは軒並み疲れて先程まで眠っていた。カナタの船には非戦闘員も多く乗っているので、食事の用意などもそれほど苦にはならなかったのが幸いか。

 ロジャー海賊団も交え、勝利の酒宴が開かれる──前に、カナタたちは一度集まってやっておくべきことがあった。

 今回の戦いで死んだ者たちへの弔いである。

 

「ギーク、ジェット、ロズ──」

 

 船一隻が沈められた。傘下の海賊の船であり、それなりに船員が乗っていた船だ。

 ある程度は助けられ、治療を受けて生き残った者もいる。彼らはカナタの後ろに包帯でグルグル巻きにされたまま立ち並んでいた。

 カナタは死んでいった者たちの名前を一人一人読み上げ、最後に手に持った花を海へと投げる。

 海賊だ。死ぬこともある。

 弔いは生きている者から死んだ者への別れの儀式だ。蔑ろには出来なかった。

 簡素ではあるが、やらないよりはマシだろう。

 そうやって弔いを終え、昼を幾何か過ぎた時間帯から酒宴が始まった。

 

「金獅子の首は取れなかったが、今回はおおよそ我々の勝利と言っていい。今は勝利の美酒を味わえ──乾杯!!」

『乾杯!!!』

 

 ロジャー海賊団と合同で始まった酒盛りは盛大に。

 〝ハチノス〟の一角に用意された大量の酒と食事を前に、誰もが酔いしれ、歌い、自分が生き残ったことを実感する。

 普段は酒を飲まないカナタも、今回ばかりは酒を口にしていた。

 

「また懸賞金が上がったな」

「そりゃァ上がるだろ。〝金獅子〟をあそこまで正面から追い詰めたのはお前らくらいのもんだぜ」

 

 多くの海賊が挑み、蹴散らされてきた。あるいは力の差を思い知らされて部下になった。

 その中で多大な戦果を挙げて己が強さを示したのだ。懸賞金が上がるのも道理と言う他に無い。

 ロジャーは機嫌よく酒を飲みながら、カナタの手元にある手配書に目をやる。

 

「お前の仲間も、結構なタマ揃いなんだな。だが……」

「非戦闘員も多い。戦力を集中させたのも、本船だけは絶対に沈められるわけにはいかなかったからだ」

 

 女子供もそれなりにいる。

 ロジャー海賊団の船にも子供はいるようだが、彼らは同い年くらいのカイエと話しているようだった。

 こちらの視線に気付いた二人の少年──赤い髪の少年と、赤い鼻の少年がジュースを片手にこちらに駆け寄ってくる。

 

「バギーとシャンクスもまだまだガキんちょだからな。仲良くしてやってくれ」

 

 笑うロジャーに、カナタも「子供の扱いなど慣れていないのだが」と口ごもりつつも承諾する。カイエの世話は基本的にグロリオーサがやるのでカナタの出番はない。

 それ以外の子供は居るには居るが、それこそ非戦闘員の女衆が面倒を見ているのでカナタが出る幕などないのだ。

 

「船長、おれ達の事話してた?」

「そのツマミ貰っていい?」

 

 シャンクスがロジャーに問いかけ、バギーが目の前に置いてあるツマミをひょいひょいと手に取って食べ始める。

 「行儀が悪いから座って食べろ」とカナタが言うと、「海賊だから行儀なんか気にしねェ!」と反論する。

 生意気なのでゲンコツを落として黙らせた。

 

「いってェーー!! 何すんだよ!!?」

「屁理屈を言うな。海賊だろうと貴族だろうと、マナーというのは相手を不快にさせないためにあるんだ」

「わはははは! 固いこと言うなよカナタ。ガキのやることだ」

「こういうことは子供だからこそ言っておくべきだと思うがな」

 

 三つ子の魂百までともいうし、子供のころからきちんと教育しておくに越したことはない。もし堅気に戻るつもりなら一般的なマナーくらいは知っておいた方がいい。

 まぁ、その辺りは船長であるロジャーの決めることだ。カナタが口を出すべきではないだろう。

 ロジャーの背に隠れたバギーはそろそろと手を伸ばしてツマミを取ろうとするが、カナタが見ているのに気付くとサッとロジャーの背に隠れた。

 

「何やってんだよバギー。座って食べればいいだろ」

「うるせェ! またゲンコツしてくるかもしれないだろ!」

「ちゃんと座って行儀よく食べれば何も言わないさ。な、そうだろカナタさん」

「ああ」

 

 シャンクスはロジャーの隣に座り、ツマミに手を伸ばしてパクパクと食べ始める。

 カナタが何も言わないので、バギーはロジャーを挟んでシャンクスと反対側に座り、ツマミとしておいてある海王類の肉を食べ始める。

 酒のツマミなのでやや塩辛く固いが、そこは飲み物片手に食べるものなので問題ない。

 カナタの横に置かれた新聞に気付いたシャンクスは、「それ、今日の奴? 見てもいいか?」と問いかけた。

 

「構わない。私とロジャーが海賊同盟を結んで〝金獅子〟と戦ったのではないか、という飛ばし記事が書かれているだけだがな」

「? 船長、同盟結んだの?」

「結んでねェ! 新聞屋が勝手に言ってるだけだ。わはは、勝手に言わせとけ」

 

 あくまで今回のことはロジャーが偶然、カナタとシキが戦っているところに割り込んだだけだ。それ以上でも、それ以下でもない。

 世界政府や海軍としては記事が本当なら頭が痛いことだろうが。

 

「懸賞金も凄いことになってる」

「ああ。うちの連中は軒並み懸賞金が上がっているな。ロジャーの方はそうでもない」

 

 途中参戦したからか、それとも元からシキと同格とみなされているからか……理由としては後者の方が可能性が高い。

 シャンクスは新聞に挟まれた手配書を取り出し、パラパラとめくり始める。

 〝尖爪〟サミュエル──懸賞金7500万ベリー。

 〝爆撃〟デイビット──懸賞金9000万ベリー。

 〝暴風〟スコッチ──懸賞金9500万ベリー。

 遂にサミュエルやスコッチにも懸賞金がかけられた。〝金獅子〟の艦隊を相手に大暴れした以上、海軍としても見逃せない実力者だったのだろう。

 

「ジョルジュの奴には懸賞金が付かなかったが、あちらも時間の問題だろうな」

「実力はあんのか?」

「それなりだ。シキのところの大都督ほどではないがな」

 

 アプス、レランパーゴ、リュシアンの三大都督。

 シキの艦隊をより強靭なものとしている実力者たちだ。この三人と立ち向かえるレベルの実力者なら、億超えは当然だった。

 〝天蓋〟グロリオーサ──懸賞金1億3800万ベリー。

 〝竜爪〟ドラゴン──懸賞金2億5500万ベリー。

 〝巨影〟フェイユン──懸賞金2億8000万ベリー。

 〝六合大槍〟ジュンシー──懸賞金3億8000万ベリー。

 〝赤鹿毛〟ゼン──懸賞金4億ベリー。

 誰も彼もが相応の実力者。億を超えればそうそう上がらない懸賞金も相当上がっている。

 ドラゴンは今まで懸賞金がかけられていなかったのが不思議だったが、とうとう懸賞金をかけられたらしい。

 

「〝金獅子〟の奴をあれだけ派手にブチのめしたんだ。お前の懸賞金がこれだけ上がるのも当然って話だぜ」

 

 ロジャーは酒の飲みすぎで赤くなった顔のまま、シャンクスが見ていた手配書を一枚とる。

 〝竜殺しの魔女〟カナタ──懸賞金22億4000万ベリー。

 

「──これだけの金額を懸けられた賞金首なんざ、そうそう見ねェ。〝金獅子〟とあれだけやり合ったお前の強さを、誇っていいと思うぜ」

「自分を卑下するつもりはない。次会えば奴の首も落としてやりたいところだが」

「あいつのお前に対する執着も相当だが……お前もあいつに恨みでもあるのか?」

「私の方は恨みも何もない。降りかかる火の粉を払っただけだ……奴は私の母親が嫌いなんだと。部下になるなら良し、ならないなら海の藻屑にすると言ってな──二度撃退した」

「わははははは!! 何だ、女絡みか! お前の母親ならさぞ美人だっただろうな!」

「お前も会ったことがあるはずだぞ」

「んん? いや、おれは覚えがねェが……」

「私の母親はオクタヴィアだ」

 

 ブーッ!! とロジャーが口に含んだ酒を吹き出した。

 バギーとシャンクスはロジャーが酒を吹き出したことに驚いてひっくり返り、カナタは自分の方に酒がかかりそうだったので氷で壁を作っていた。

 ゲホゲホと咳き込むロジャーは、びっくりした顔でカナタの方を見る。

 

「母親がオクタヴィアだと!? じゃあお前、あの女の娘か!?」

 

 酒に酔っているせいか、若干言葉遣いが怪しい。

 それはともかく、ロジャーはどうしてもそこが気になるようだった。

 

「そうだと言っている。父親も母親もロクデナシだ」

 

 カナタは「改めて考えるとロクデナシばかりの血筋だな」と自虐するように笑う。

 父親も母親も世に名を知らしめた悪党だ。系譜を辿ればそういう者たちばかりが出てくるだろう。

 カナタ自身も今や立派な賞金首なので、人のことをとやかく言える立場でもないのだが。

 

「……そうか……お前が、あの女の……」

 

 ばたんと後ろに倒れるロジャー。

 シャンクスとバギーは心配そうにロジャーの顔を覗き込むが、ロジャーはすっかり酔いが醒めた様子で起き上がった。

 そのまま立ち上がってカナタの周りをグルグルと回りながら確認し、またカナタの対面に座り込む。

 

「言われて見りゃあ後ろ姿はそっくりだな」

「ロックス海賊団の連中は私の顔を見るなり、母親が奴だと看破したが」

「オクタヴィアはずっと仮面をつけてた。素顔を知ってんのは同じ海賊団だった奴くれェだろ」

 

 そういえば悪趣味な仮面をつけていたな、とウォーターセブンで会った時のことを思い出す。

 ロジャーは顎をさすりながら海王類の肉を摘むカナタの顔を見て、「しかし」と口にする。

 

「よく似てるが、どれだけ似ててもあいつとは全然雰囲気が違うな……」

「……私は一度しか会ったことがないから、その辺りのことはわからんな」

「そうなのか? あいつはもっとこう……擦れたというか、弱い奴に興味ない、みたいな感じだったような……」

 

 ロジャーの記憶の中にあるオクタヴィアはカナタよりももっと苛烈な性格だったらしい。

 仲間殺しが絶えないとされるロックス海賊団にいたのだ。彼女が仲間を大事にするタイプではないことくらいは容易に想像できる。

 カナタとは正反対のタイプだ。

 

「じゃあ父親は……」

 

 誰なんだ、と聞こうとして口を閉ざした。

 親に対してあまりいい感情を抱いていないとはいえ、流石に自分が殺した相手を教えろというのもどうなんだと思ったらしい。

 あー、とかうー、とか言い淀んだ挙句、「やっぱりいい」と頭を掻いて誤魔化す。

 一人で百面相するロジャーにカナタは思わず笑い、シャンクスとバギーにも「船長一人で変顔してる」と笑われていた。

 

「うるせェ! それよりカナタ、お前らは次はどうするんだ?」

「どうする、とは?」

「逃げ回るだけかって聞いてんだよ。旅の目的とかねェのか?」

「そうだな──ひとまず、〝水先星(ロードスター)島〟を目指している。その後は辿り着いた後で考えるつもりだ」

「〝水先星(ロードスター)島〟か」

 

 現状、記録指針(ログポース)を辿って行き着く最後の場所とされる島だ。

 何はともあれ世界一周。その後は様々な海を観光目的で回るのも良し、どこか居心地のいい場所を見つけて居座るも良し、だ。

 

「いいことだ。逃げ回るだけなんざ楽しくねェからな。海賊やってるからには自由でなくちゃならねェ!」

「海賊を自称しては……いや、もうこの言い訳も通じんな」

 

 今となっては広く知られた悪党だ。海賊ではないなどと言ったところで理解されはしないだろう。

 海賊を自称して何か不都合があるわけでもない。この辺りが頃合いだ。

 とは言え、すぐに名前が思い浮かぶわけでは無いので保留にしておくが。

 

「最終的には……そうだな。ロックス海賊団の生き残りを倒して回るか」

 

 父親の尻拭いなど御免被るが、今のところシャクヤク以外のロックス海賊団の船員は誰も彼もがカナタに良くない感情を向けている。

 いつまでも襲われるのは面倒なので、こちらから先に潰して回るのがいいかもしれない。

 シキとて、正面から戦えば厄介だが取り巻きの艦隊をこまめに潰していけばいつか倒せる。それに劣るリンリンなど言うまでもない。

 〝白ひげ〟は未だ未知数だが……強さはともかく、ロックスの船に居たという時点で性格は期待しないほうがいいだろう。

 

「ニューゲートは強いぜ。おれと同じくらいにな」

 

 にやりと笑うロジャー。

 対するカナタも笑みを浮かべる。

 

「なら倒せるな。今は無理でも、追いつける強さだ」

「わはははは!! 言うじゃねェか!!」

 

 大笑いするロジャーの隣では、シャンクスとバギーが不機嫌になっていた。

 ロジャーを倒せると言ったのが気に食わなかったのだろう。

 

「船長がお前なんかに負けるか! ロジャー船長は最強なんだぜ!」

「そうだそうだ! ロジャー船長は最強だぜ!!」

「時代は変わるものだ。かつて最強と呼ばれた海賊も、ロジャーとガープに倒されて移り変わった」

 

 ロジャーも、いずれはそうなる。カナタだっていずれは敗北するときが来るだろう。

 その時が何時になるかはわからないが。

 カナタの言葉にシャンクスとバギーは押し黙る。ロジャーも神妙な顔で顎をさすり、「ロックスか」と呟いた。

 

「だが、あいつに関しては世界政府が執拗なほどに情報統制をしたはずだ。まだ若いお前が良く知って──」

 

 ロジャーの言葉は、途中で途切れた。

 シャンクスたちを見ていた瞳が、ロジャーの方を向いたからだ。

 雰囲気も顔立ちも性格も、何もかもが全く違うロックスとカナタだが──唯一、その瞳の色だけは共通していた。

 過去、ロジャーの前に立ち塞がった最大最強の敵。海軍と協力することでようやく倒せた当時最強の海賊。

 そして、母親だというロックス海賊団出身の女。

 すべてが、繋がった。

 

「──お前、まさか……」

「気軽に名前を口にするな。バレると色々面倒なんだ」

 

 カナタは思い出すのも嫌そうな顔で酒を呷る。

 確かにバレれば海軍は今まで以上に執拗に追いかけるだろう。それくらい厄介な血筋だ。

 なるほど、とロジャーは腑に落ちた。シキがあれほど執着するわけだ。

 かつて一度だけ船長と認めた男。実力は自分以上だと嫌でも認めざるを得なかった女……シキにとって、カナタという存在は限りなく〝期待値が高い〟存在なのだろう。

 ロジャーではシキの内心を推し量ることは出来ないが、何となくそう感じていた。

 

「……お前も、色々と難儀してんなァ」

「遅かれ早かれバレるだろうがな。結局、私に平穏な生活は無理だったということだ」

 

 カナタは溜息を吐いた。

 日は沈みかけ、夜の帳が落ちようとしている頃合いだった。宴はまだ始まったばかりで、周りは酷く騒がしい。

 夕暮れの陽光は眩しく、沈みゆく太陽がカナタに丁度重なる。

 影になって見えないその少女の顔に──雰囲気も何もかもが違う、かつての敵の姿が重なった。

 




備考
シャンクス 7歳
バギー   7歳


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第七十九話:二日酔い

 宴の翌日。

 大盛り上がりを見せたロジャーたちの宴も終わり、酒臭い息をまき散らしながらゾンビのようにうろうろする船員たちが各所に見られた。

 酒の飲み過ぎで大半が二日酔いになったらしい。

 呆れた様子でそれを見るカナタは、「この分だと今日の出航は無理だな」と予定を後に伸ばした。

 急ぎの用事があるわけでもない。一日二日出航を伸ばしたところで問題はなかった。

 

「お前たちはどうする?」

「うちの連中も大半が二日酔いで潰れてる。出航は明日だな」

 

 案の定ロジャーも酔いつぶれており、無事だったレイリーは「どうしたものか」とため息を吐いて笑っていた。

 年少組も酒を飲んでいないので無事だが、こちらは夜更かしした影響でまだ寝ている。

 

「……君の父親に関して、ロジャーは何か言っていたか?」

「ロジャーにも言ったが、私は父親に会ったこともないんだ。今更仇がどうと言われても困る」

「そうか……君がそういうなら」

 

 元より興味も薄い。ややほっとした様子のレイリーを尻目に、カナタは二日酔いになってない者たちを集めて後片付けをさせておく。

 今や誰もいない無人島とはいえ、今後拠点として使う予定があるので片付けくらいはさせておかねばならないだろう。

 ……拠点として使うのもいつになるかわからないが。

 

「お前たちはどこかに行く目的があるのか?」

「ん? ああ……一応、前人未到の世界一周が目的ではあるが」

 

 カナタの質問に答えるレイリー。

 〝水先星(ロードスター)島〟にも辿り着いたが、そこが最後の島ではない。その先にある島を探して、ロジャー達は旅を続けているのだ。

 となれば当然、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟も集めている。

 

「あれを解読出来る者がいるのか?」

「いや……我々はあれを解読出来てはいない。どうにかして読みたいとは思っているが……君たちはどうなんだ?」

()()()()()()()()()()()

 

 レイリーが目を見開いて驚く。

 ロジャーたちが長年求めてやまない人物を、目の前の少女こそが知っているというのだから驚くしかないだろう。

 

「ワノ国の将軍である光月スキヤキ殿。あるいはその息子である光月おでんなら〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読める」

「……驚いたな。そこまで辿り着いていたのか」

「私たちも色々なルートから情報を仕入れているのでな。ワノ国に関しては縁者がいたこともあるが」

 

 西の海(ウエストブルー)、オハラの考古学者たちも読めるだろうが、あちらはあまり危険に巻き込みたくはない。

 勧めるならワノ国の方だろう。

 ふむ、とレイリーは考え込み、「読んでもらうように交渉出来るのか?」と質問を投げかけた。

 

「私たちは将軍とゼンが旧知の仲だったから余計な手間は省けたが、そちらはどうだろうな。ゼンが一筆書けば無下にはされないだろう、とは思うのだが」

「そこまでしてもらうのもな……」

「私は二度お前たちに救われた。これくらいなら何も問題はないさ」

 

 「それとも、解読したものが直接欲しいか?」とカナタは問いかけた。

 レイリーが答えようとしたとき、横合いからロジャーが大声で叫ぶ。

 

「要らねェ!!」

「……起きてたのか、ロジャー。解読したものがあれば最後の島にかなり近付くぞ?」

「要らねェって言ってんだろ! おれ達は誰も見たことがねェものを探して旅をしてんだ! あるかどうかも、道筋も、自分で見つけなきゃ意味がねェ!! つまらねェ冒険なんざするつもりはねェ!!!

「フフ……そうか、それは残念だ」

 

 ロジャーなりのこだわりなのだろう。

 あるとわかっているものをただ取りに行くわけでは無い。本当にあるかどうかもわからず、誰も見たことのない宝を探して、この広い海を旅しているのだ。

 ショートカットなど言語道断、と言うことらしい。

 時間をかけてでも自分で辿り着いてこそ意味のある道のりと言うものもある。結果だけを求める男ではなかったということだ。

 それだけ言うと、ロジャーは再び横になっていびきをかき始めた。カナタとレイリーは肩をすくめて会話を続ける。

 

「……まァ、それはそれとしてワノ国の情報は欲しいがな。ロジャーがいくら張り切っても読めなければ意味がない」

「ああ、それは構わない……が、一つだけ約束して欲しい」

「約束?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 レイリーは意味が解らずに首を傾げた。

 「どういうことだ?」と疑問を呈する彼に、カナタは「これは予想だが」と前置きして。

 

「お前たちが一緒に来いと言えば、光月おでんは一も二もなく船に乗るだろう。〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟も読めるはずだ」

「おれ達にとっては悪いことではないが」

「だが、奴は光月家の跡取りだ。ワノ国の現将軍のスキヤキ殿には義理もある。下手に国外に連れ出されると私の立つ瀬がない」

「ははあ……なるほどな。それは確かにそうだ」

 

 カナタとは折り合いが悪く船に乗ることはなかったが、ロジャーとおでんは恐らく気が合うだろう。どちらも似たような男なのでその辺りは想像が容易い。

 自分から情報を与えておいて何だが、スキヤキへの義理があるカナタとしてはロジャーとおでんを引き合わせるべきではない。

 今更言っても聞かないだろうから釘を刺すだけにとどめておくが。

 ……もっとも、おでんもきっかけ一つで簡単に海外に出る男だ。勝手にふらふらされるよりは居場所を把握できていた方がいいかもしれない。

 ロジャーにせよおでんにせよ、カナタの言葉一つで止まるような男ではない。釘を刺したという事実だけ用意しておけば言い訳は立つかもしれないが、おでんの家臣には文句を言われるだろう。

 

「……どれだけ効果があるかはわからないがな」

「実際に本人に会ってみないことには何とも言えないな」

「恐らくあの二人は意気投合するだろう。ブレーキも利かない」

 

 まず間違いなくおでんはロジャーの船に乗る。気質が同じなのだ。

 自由を求めて世界を旅したいおでんにとって、ロジャーは文字通り渡りに船。見逃す男ではない。

 

「そもそもワノ国には国外に出ることを罰する法律もある。集めた〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読んでもらうだけなら問題もないだろうが……」

 

 かなり制約をかけられることになる。果たしてロジャーがそれを許容できるかどうかだが……まぁまず無理だろう、と二人の意見は一致した。

 

「スキヤキ殿やおでんの家臣にとっては教えないほうが良かっただろうが、私にはお前たちへの恩があるからな」

「気にしなくても良かったというのに。だが、まァ情報はありがたく受け取っておこう」

 

 二度命を救われたのだ。恩に報いるならこれが一番だと判断したまで。

 ……二度目に限って言えば、カナタだけなら死ぬことはなかっただろうが、仲間たちは無事では済まなかった。

 もっと力が必要だ。

 

「私たちは〝水先星(ロードスター)島〟に向かう」

「ほう、ひとまず世界一周、という訳か」

「ああ。他に行く場所も特にはないしな」

 

 希望があれば聞くが、他に寄り道する場所と言えばフェイユンの故郷である〝エルバフ〟くらいだ。

 ひとまず〝水先星(ロードスター)島〟に向かうのを最優先として、その後色んな島々を回るのがベストだろう。

 

「電伝虫の番号は以前伝えた時から変わっていない。何かあったら連絡してくれ。協力が欲しいなら出来る限り手伝おう」

「ああ、ありがとう。助かるよ」

 

 レイリーも長いこと海賊をやっているので大抵の事には慣れているが、それでも不測の事態と言うのは起こり得る。特におでんの件に関しては顛末がどうなっても教えるのが筋であると考え、「少なくともワノ国に行ったら一度は連絡を入れる」と告げた。

 カナタも「そうしてくれ」と返答し。

 

「最後に一つ、ロジャーが起きた後で見せておきたいものがある」

 

 最も重要な情報を、ロジャーに渡すことにした。

 

 

        ☆

 

 

「……こいつは……!」

「赤い〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟か!」

「〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟と呼ばれるものだ。ここに置いているのは元々魚人島にあったものだがな」

「奪ってきたのか?」

「ああ。下手に他の誰かに見つけられると厄介だと思ったのでな」

 

 〝ハチノス〟の地下。

 薄暗くジメジメしたその場所に鎮座した巨大な石を前に、ロジャーとレイリーは来ていた。

 カナタの案内で辿り着いたそこには〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟が二つあり、どちらも写し取って紙として持ち歩く。

 

「まさかこんなところにあるとはな……ほかにある場所も知ってんのか?」

「知っている。〝ワノ国〟にもあるし、〝ゾウ〟という場所にもある」

「合計三つ……もうそこまでわかってんのか。スゲェな!」

「だが、あと一つがどうしてもわからん。私の方でも地道に探してみるが、あまり期待はしないでくれ」

「いやいや、これ以上の情報を知っちまったら面白みが無くなっちまう! 十分だぜ!」

 

 カナタは既に解読したものを持っているが、他の誰かに情報を渡さないためにここに隠している。ロジャーなら構わないと見せたが、今後誰かに見せることはないだろう。

 そのうちカナタたちが最後の島に上陸した後でなら、教えても構わないかもしれないが。

 最後の島に何があるか次第だろう。

 

「いやはや……まさかの大収穫だったな、ロジャー」

「おう、カナタがここまで色々知ってるとは思わなかったぜ」

「何かと縁があったのでな。〝ゾウ〟にも、〝ワノ国〟にも」

 

 地下から戻り、笑いながら無人の街を歩く三人。

 あちこちに縁があったおかげでロジャーよりも先を行っているが、最後の一つはカナタにもわからない。

 まさか海に沈んでいる可能性も、と考えないではないが、地上をくまなく探したわけでは無いのだから考えるだけ無駄だろう。

 海中にあるなら魚人や人魚の仲間を増やすまでの事だ。

 

「〝金獅子〟の野郎もまた襲ってくるかもしれねェが、その時はどうする?」

「あれだけの戦力を整えて落とせなかったんだ。しばらくは大人しくしていると思いたいがな……襲ってくるなら返り討ちにするまでだ」

「わはは! 気の強いこった!」

「母親関連であれだけ襲われていればな。あとはリンリンやカイドウもいるが……まぁ、こちらも今ならどうにでもなるだろう」

「母親? 父親関連なら〝金獅子〟から幾らか聞いたが……」

 

 レイリーはチラッとロジャーの方を見ながらそう言う。

 今のところロジャー以外はカナタの親について誰も知らない。バギーとシャンクスも聞いてはいるが理解はしていないだろう。

 「言っていいのか?」とロジャーは視線を寄越し、「構わない」と頷くカナタ。

 ロジャーはレイリーの方に向き直り、近くに誰もいないことを確認して小声で言う。

 

「コイツの母親はオクタヴィアだ。ロックス海賊団のな」

「な……!!?」

 

 パクパクと口を開け閉めし、言葉が出ない様子のまま視線をカナタの方に向けるレイリー。

 普段は冷静な彼も、今回ばかりは動揺を隠せていない。

 

「じゃあ、お前……父親は、まさか……!」

「ロックスだとよ」

「──ほ、本当なのか!!?」

「ああ、本当だ。そうだろ、カナタ」

「事実だ。オクタヴィア本人から聞いたからな」

 

 会ったことがないのでどれくらい似ているかは不明だが、これまで会ってきたロックス海賊団の面々の反応から察するに父親には似ていないのだろう。

 代わりに母親そっくり過ぎて狙われているが。

 

「とんでもない爆弾だな……あの男に娘がいたとは……」

「父親母親どちらがバレても面倒なことになる。基本的には他言無用で頼む」

「そりゃ構わねェが」

「兄弟とかはいないのか?」

「私が知っている限りではいないな。あるいはどこかに腹違いの兄弟でもいるかもしれんが」

 

 あー、とロジャーとレイリーは顔を見合わせる。

 

「……あり得るかもな」

「ロックスも人の子だ。子供の一人や二人くらい居ても変ではないか」

 

 まぁリンリンやシキに狙われている理由はよくわかったらしい。これ以上聞くと藪蛇になりそうだとレイリーは肩をすくめる。

 隠し事はもうないが、あるとすれば精々ドラゴンの素性くらいか。あれも知れば驚くだろうが、本人は話す気がなさそうなのでカナタから言うことでもない。

 

「しかしあの二人が両親か……君の強さの根源が何となくわかった気がするな」

「本名はロックス・D・カナタになるのか?」

「昔の名前は捨てたんだ。それとロックスの名前で呼ぶな」

 

 昔の名前を知っているのはもうオクタヴィアしかいない。孤児院があった島は原因不明のまま滅んだと新聞が報道していたし、その島以外の誰かと交流があったわけでもない。

 カナタが言わなければ誰も知ることはない名前だ。

 

「お前がそういうならそうしよう。誰だって思い出したくないこともあらァな」

「そうだな。これだけ色々な情報を貰ったんだ。我々としても君に害するようなことは避けたい」

「そうしてくれるとありがたい」

 

 二人には「くれぐれも他言無用で頼むぞ」と念を押し、船に戻る。

 出発は翌日だ。運が良ければまた会うこともあるだろうが、海賊家業は海風気任せ波任せ。潮の向こうで夕日も騒ぐというもの。

 カナタはカナタの。

 ロジャーはロジャーの目的のために、それぞれ動くことになる。

 出会うときは、きっとまた嵐になるだろう。

 

 




書くことがn……面倒くs……このままのペースだと原作まで流石に長すぎるのでちょっと時間飛ばします。
ロードスター島に行って、今章は終了の予定です。シキとかに関しては幕間にて。

これ物凄い原作崩壊要素っぽくてワノ国編大きく変わりそうな予感がひしひしと(元から原作通りなんて不可能ですが)


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第八十話:〝水先星(ロードスター)島〟

スキップするとは言ったんですが、このまま原作時間まで飛ぶわけでは無いです。
ちょこちょこイベント挟むのでそこまでスキップしつつ進行するというだけで。


 〝ハチノス〟でロジャーたちと別れ、数ヶ月ほど旅をした。

 〝新世界〟各所で対〝金獅子〟の動きが活発化しており、カナタたちが戦ったことによって支配力が落ちたと判断されているようだった。

 そちらに手を取られるなら襲われる心配もないと、カナタたちはゆっくり島を巡りながら海の果てを目指す。

 常に溶岩が噴き出る島ではカナタが溶岩を氷で覆い尽くし。

 雷が降り続ける島では老婆から奇妙な傘を買ってやり過ごし。

 通常では考えられないような島々、海域、天候を越えて──〝記録指針(ログポース)〟は遂に、最後の島を示した。

 

 ──その島は、何もなかった。

 

 暴風、高波、大雨……およそ考えられる限り最悪と言っていい天候を抜け、それほど大きくもない島に辿り着く。

 世界の中でもこの島の名を知る者は少なく、辿り着いた者さえ数えるほどしかいない島。

 名を、〝水先星(ロードスター)島〟と言う。

 道中の悪天候とは打って変わり、晴天に恵まれた中で一同は島へと上陸する。

 

「何にもねェな、この島」

「それほど大きくもない。探索してみないことにはわからないが、住んでいる人もいないようだ」

 

 植物が生い茂る島だが、動物の気配さえない。虫がいくらか存在している程度で生き物の気配がしないのだ。

 それほど広くはなく、探索は半日もかからずに終わった。

 見つかったのは一つの石碑のみ。それ以外には取り立てて目立つものは無い。

 

「……この石碑、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟かと思ったが、違うみてェだな」

「使われてる文字が古代文字じゃねェ。おれ達でも普通に読めるぞ」

 

 ジョルジュとスコッチが興味深そうに鎮座する石を確認している。

 似たようなものは今までいくつか見てきたが、今のところ古代文字が使われていないのはここだけだ。

 

「……〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟に使われている石とも違うな。ここだけ後で設置したんだろう」

 

 古代文字で書かれた〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読ませないために文化を滅ぼそうとした何者かがいたとして。

 それに対抗するために情報を記し、導くための一助とした〝情報を与える石〟なのだろう。

 学者肌の船員が物凄い勢いでメモを取り、興奮気味に色々と書き連ねている。考古学者ではないはずだが、学者として興味をそそられるのだろうか。

 カナタは石碑を一通り確認し、内容を知って溜息を吐く。

 

「ほとんど知っていることばかりだな。ここではない最後の島があること。そこに辿り着くためには〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟を四つ集める必要があること」

 

 本来はこの島に辿り着いてようやくわかることなのだろう。

 そして最後の島へと辿り着くには〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を求めて海を渡り、過去の歴史を探らねばならない。

 カナタの目的地は最後の島ではなく、区切りをつけるために〝水先星(ロードスター)島〟へとやってきただけだ。

 無論、興味はあるので情報を集め続けはするが、これまでのように積極的にとはいかないだろう。

 

「……ひとまず、この島で野営を行う。準備をしよう」

 

 今後の方針を決めるにせよ、今日はこの島で野営だ。ゆっくり考えればいいだろう。

 

 

        ☆

 

 

 早朝に到着して半日以上が過ぎるが、記録指針(ログポース)はこの先の島を指すことはない。

 やはりこの島が記録指針(ログポース)で辿り着ける最後の島なのだろう。

 目立つ物と言えば石碑くらいで、それ以外は自然が豊かなだけの何もない島。天然の要塞ともいえるこの島になら、石碑をそのまま置いても破壊されはしないと踏んだのか。

 今となっては作った者の考えなどわかるはずもない。

 海岸沿いをキャンプ地として野営を作り、食事と酒を楽しみながら皆が話している中、カナタの隣にドラゴンが座った。

 

「ここから先の目的はどうするんだ? 当面の目的だった〝水先星(ロードスター)島〟には辿り着いた。〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟を探して最後の島に向かうのか?」

「……いや、最後の島には向かわない。情報は集め続けるが、優先度は下だな」

「そうか」

 

 旅が終われば解散という訳にはいかない。

 これはまだ序章だ。ここから先は組織として繁栄させるために様々な手段を取る必要がある。

 奪い続けるだけの海賊でも生きて行くことは出来るが、それだけでは未来がない。奪い続けて、奪う場所が無くなれば滅亡するしかなくなるからだ。

 であれば、おのずと選択肢は決まってくる。

 

「〝ハチノス〟を拠点に海運と海賊狩りを主にやるつもりだ。悪名ではあるが、広く知れ渡ったならそれなりに使いようもあるだろう」

 

 世界中に名の轟くカナタへと挑戦する者は存外少なくない。

 海賊として名を揚げようと考える愚か者は意外といるものだ。無論、襲い掛かってきた海賊は全て返り討ちにしているが。

 ドラゴンはカナタの今後の展望を聞き、何かを考え込む。

 

「……お前はどうする?」

 

 カナタは考え込んだ様子のドラゴンへと、答えの分かり切っている質問を投げかけた。

 

「おれは……船を降りる。元よりお前の信頼を得るためだけに乗ったのだからな。個人的にこの島に興味があったのもあるが……それも達成された以上、おれはおれで動きたい」

 

 ドラム王国でカナタの信頼を得るためだけに船に乗り、海軍や海賊と戦っては共に酒を飲み交わした。

 ドラゴン自身、これ以上共にいれば本来の目的を忘れかねないという理由もある。カナタは「私の信頼を十分得られたと?」と笑い、ドラゴンも「そうでなくては背中を預けはしないだろう」と笑う。

 

「おれはおれで世界に革命をもたらすために動く。手伝ってくれるか?」

「愚問だな。助けが必要になったらいつでも呼ぶと良い」

 

 ドラゴンのことは認めている。その考えも、それなりに長いこと同じ船で過ごしたので理解出来る。

 ならば手伝うことに否はない。

 元より天竜人の統べる世界など壊れたところで困りはしないのだから。

 

「いざとなったら呼ばせてもらう。当面は基盤になる組織作りだな」

「その辺りはお互い苦労しそうだ……どこで降りる?」

東の海(イーストブルー)だ」

 

 ドラゴンの故郷の海である東の海(イーストブルー)。その海から、革命への第一歩を踏み出すつもりだとドラゴンは言う。

 もっとも、カナタと会う前から活動そのものはしていた。一時期共に海を渡った〝オカマ王〟イワンコフもドラゴンの思想に共感した一人だ。

 カナタの船に乗ってから活動はほとんどしていなかったこともあり、以前声をかけていた面々にもう一度声をかけていくつもりらしい。

 先日の〝金獅子〟の一件でドラゴンも懸賞金をかけられた。海賊でありながら革命活動をするというのは些か不利なところもあるだろうが、この男なら恐らく大丈夫だろう。それくらいの信頼はある。

 

「では、航路を考えねばな」

 

 一度凪の帯(カームベルト)を通って西の海(ウエストブルー)へと移動し、偉大なる航路(グランドライン)に入りなおしてから再び凪の帯(カームベルト)を通って東の海(イーストブルー)へ向かうことになる。

 魚人島を経由して前半の海である〝楽園〟に戻ってもいいが、今のところ〝新世界〟で信頼できるコーティング屋に出会っていない。安全に行くなら遠回りでも凪の帯(カームベルト)を通るルートを選ぶべきだろう。

 ……大型の海王類の巣を通ることが果たして安全と呼んでいいのかは疑問だが。

 

「イワンコフによろしく言っておいてくれ」

「ああ。わかった」

 

 イワンコフも一時期とはいえ共に旅をした仲間だ。協力が必要なときは呼んでくれればいいと思っている。

 カナタは酒を飲み、「海賊団としての名前も決めねばな」と呟いた。

 

「結局、海賊としてやっていくのか?」

「他に道はあるまい。賞金首になって以降、特に海賊を名乗るつもりは無かったが……ここまで来ると、いっそ海賊として名前を表に出した方が色々都合もいい」

 

 あれこれと変な名前で呼ばれるよりは統一させた方がいいだろう。海運などもやっていくなら組織としての名前も必要だ。

 以前使っていた名前はもう使えないだろうから、海賊団としてやっていくというだけの話でもある。

 だが、カナタには案がない。どうしたものかとため息を吐いた。

 

「何かいい案はないか?」

「ふむ……おれは特にそういうものを考えたことはないが……」

 

 顎に手をやり、空を見ながら考える。

 薄暗くなり、太陽が水平線の彼方に沈みゆくのを見て、ドラゴンは口を開いた。

 

「天竜人の世を終わらせることを目的として動く海賊団。斜陽の世界を変えるもの──〝黄昏の海賊団〟と言うのはどうだ?」

「──〝黄昏の海賊団〟か。悪くはない」

 

 海賊旗は絵が得意なものに追々作らせればいいだろう。

 名前さえ決まっていれば、後はそれに沿って作ればいいだけだ。

 

「では、新たな海賊団──〝黄昏の海賊団〟の門出を祝って」

 

 カナタとドラゴンは手に持ったコップをぶつけ、酒を飲み交わす。

 ──この日、〝新世界〟最後の島で一つの海賊団が産声を上げた。

 

 

        ☆

 

 

 その後の話をしよう。

 凪の帯(カームベルト)を通って西の海(ウエストブルー)へと移動し、偉大なる航路(グランドライン)に入りなおしてから再び凪の帯(カームベルト)を通って東の海(イーストブルー)へ。

 ドラゴンを送り届けるためにやや遠回りの航路を使い、時に海賊、時に海軍とぶつかりながら旅をした。

 時折子供を拾ったり、オルビアに会いに行こうとして止めたりしつつ、大きな問題が起こることはなく。

 偉大なる航路(グランドライン)の入り口にある〝双子岬〟ではクロッカスと再会し、〝魔の三角地帯(フロリアン・トライアングル)〟でそれらしき船を見たことだけを伝え、スクラと医療に関する話を夜通ししたり。

 以前使った航路とは別の航路を通って〝楽園〟を通り抜け、約一年かけて〝新世界〟へと戻ってきた。

 魚人島にも当然立ち寄ったが、タイガーは旅に出ていたようで会えず、実力を磨いたジンベエを数日ほど鍛え上げたりして過ごした。

 当然、カナタがいなかった間に〝新世界〟の状況も変化が起きている。

 リンリンは勢力を伸ばし、シキはゴタゴタを片付けて組織の再編に奔走し、ロジャーはワノ国に長く滞在し、ニューゲートは西の海(ウエストブルー)から〝新世界〟へと舞い戻る。

 

 ──大海賊時代と呼ばれる時代が始まる六年前。

 世界政府から一大勢力として認知されたカナタたちは、〝ハチノス〟を拠点に組織を肥大化させていた。

 




原作と比べるとこの時点でも割と相違点は多いんですが、まあその辺どうなるかを想像してもらうのも二次創作の楽しみかなと思いつつ。
今章は幕間を投稿して終わりになります。
次章はカナタさん19歳!


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幕間:オクタヴィア/ロジャー

 ドラム王国から島をいくつも辿り、シャボンディ諸島を経由して魚人島を通り抜けて〝新世界〟へ。

 後ろ姿をカナタと見間違えられることもあったが、騒ぎになることもなく懐かしい海へと戻ってきた。

 

「ここが〝新世界〟……海自体は〝楽園〟と変わらないんだね」

「お前はここを何だと思っているんだ。気候や天候が〝楽園〟以上にデタラメなだけで、海であることに変わりはない」

 

 キョロキョロと海を見渡すカテリーナを尻目に、オクタヴィアは呆れた様子で返答していた。

 海中から追ってきて船ごと飲み込もうとする海獣を一撃で焼き殺し、記録指針(ログポース)の針を頼りに船を進める。

 旅そのものは非常に順調と言っていい。

 襲い掛かってくる海獣、海王類、海賊に海軍。それらは全てオクタヴィア一人でどうにでもなるものだし、カテリーナという荷物がいても然したる問題にはならなかった。

 何しろ強さの次元が違う。

 覇気も碌に使えぬ海賊など木端の如く吹き飛ばし、海軍の誇る軍艦であろうとも障子の如く打ち破る。

 小さい船の上で時折進路を確認しながら新聞を読み、見知った顔の海賊たちの名が載っているのを見るたびに目を細めていた。

 カナタに会う機会があるかと思ったが、新聞を読む限りだと現在は〝新世界〟にはいないらしい。もっとも、会ったとしても何か話すことがあるわけでもない。

 母親として思うことはあれども、今更会って何を話せばいいのかもわからないのだ。

 ウォーターセブンでも一度だけ顔を見に行ったが、長年会っていなかった彼女に出来るのはそこまでだった。

 欲しいものがあれば与えよう。手に入れたい情報があるなら与えよう。そう思っていても、カナタは何も求めることはなく。オクタヴィアが母親として出来ることなど何一つなかった。

 だから、今はまだ会わないほうがいい。

 

 ──そう考え、旅を続けて〝ハチノス〟へと辿り着いた。

 

「ここが〝ハチノス〟かぁ……悪趣味だね?」

「あの髑髏は元からだ。昔、どこぞの能力者が作り出したものだろう」

 

 島の中央にある巨大な髑髏を模した岩を見て、カテリーナは率直な感想を口にした。

 あれはオクタヴィアたちが拠点として使う以前からあるものなので、作られた理由も何もわからないものだ。「よくあんな悪趣味な物を作ったね?」と言わんばかりの視線に思わず口を出すのも仕方ないと言える。

 

「それで、オクタヴィアの探し物はどこにあるの?」

「この島の地下だ」

 

 勝手知ったると言わんばかりに歩き出し、カテリーナはその後ろをとことこと歩いていく。

 かつてはロックス海賊団の活動拠点として多くの海賊が暮らしていた島だが、今や誰もいない無人の島だ。栄枯盛衰は世の常とは言え、当時の活気あふれた島を知るオクタヴィアとしては思うところもある。

 大抵はいつ死んでも仕方ないようなロクデナシばかりだったので同情はしないのだが。

 

「ここって誰かが拠点にしたりしてないのかな」

「この有様を見る限りはないだろう。時折上陸する船乗りくらいはいるかもしれないが」

 

 そもそもこの島では自給自足も難しい。よほど大きな組織でもなければ拠点として使うことも出来ないだろう。

 もっとも、かつてロックス海賊団が拠点としていた島を拠点とするならば、政府から目を付けられることは確実だ。多少情報を得ている組織なら基本的に避けるだろうし、それが出来ないレベルの組織ならここを拠点として扱うほど地力があるとも思えない。

 ……時たまそれが出来てしまうほどの不条理な組織もいるのだが。

 

「ここだな」

「ここから地下に行けるの?」

 

 建物の一角から内部に入り、入り組んだ迷路のような通路を通って地下へと向かう。

 隠し扉を複数開け、わかりにくい道を辿れば、オクタヴィアが探していた物がある──()()()()()

 

「む? 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟が増えている……?」

 

 かつてここには一つしかなかった〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟が、今は赤い〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟も含めて二つある。

 誰かがここに運び込んだのだろう。だがまぁそこはいい。地下室は結構な広さがあるし、一つ二つ増えたところで手狭と感じる程でもない。

 問題は、もう一つの方だ。

 

「誰かに盗られたか。この場所を見つけるのは至難だったはずだが……」

「入れる以上はどんなに対策してもいつかは入られるよ。でも、ここに何があったの?」

「刀だ……ジーベックの形見のな」

 

 〝最上大業物十二工〟が一振り──銘を〝村正〟。

 かつてロックス・D・ジーベックが振るった刀であり、ロックスの死後にオクタヴィアが回収して誰にも見つからない墓代わりに鎮座させていた物でもある。

 しばらく顔を出せていなかったが、大丈夫だろうと楽観していたことが仇になった。

 これほど入り組んだ地下まで探しに来るなど、よっぽど気合の入ったトレジャーハンターか何かだったのだろう。そうでもなければ何かがあるかどうかもわからない場所まで探しに来るはずがない。

 オクタヴィアは溜息を吐き、二つの〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を見上げる。

 

「誰が盗んだのやら……」

「探す?」

「そうだな。この〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟を置いている辺り、これの秘密を知っている人間だろう。もしかすると、しばらくここにいれば戻ってくるかもしれんな」

「えー? その間ずっとここにいるの?」

「そんな訳があるか」

 

 しばらく近くの島で過ごし、時折様子を見に来る程度でいいだろう。〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の秘密を知っているならこの場所を探り当てた海賊の数も自ずと絞られる。

 今世界で名を揚げている海賊団のいくつかがそうであるなら、オクタヴィアはそのほぼすべてを知っている。

 能動的に探しに行くのもありだが、さてどうしたものか。

 

「……あの子の手にあるのなら、問題は何もないのだがな」

 

 可能性の一つとして考えられるし、彼女の手にあるのならオクタヴィアも文句はない。

 子が親の形見を持つことなど、珍しくもないのだから。

 

 

        ☆

 

 

 ──その日、ワノ国は大騒ぎが起きていた。

 〝九里〟の大名である光月おでんとその家臣たちが日々鍛錬を続けている中で、〝九里〟にある伊達(イタチ)港に海賊が現れたと情報が入った。

 すぐさま城から出て行ったおでんを追いかけ、錦えもんとカン十郎は急ぎ伊達港へ向かっていた頃。

 浜に打ち上げられたオーロ・ジャクソン号から這い出て、「まいった」と帽子を押さえる男が一人。

 

「いやァ……鯉に掴まって滝を登るなんざ、生まれて初めてだぜ。わっはっは」

「滝を登った先に島と海とはな……ここがワノ国か」

 

 陽気に笑うロジャーと辺りを見回すレイリー。

 船は無事だが、浸水で積荷がダメになってしまっていた。調達も必要だろうと思い、ワノ国の探検に出かけようとロジャーは言う。

 

「まァ待て。まずは色々と把握しないと──む」

「ほう……こいつは強そうだな!」

 

 ウキウキで刀を抜くロジャーは、森から飛び出してきた一人の男に視線を合わせる。

 大柄な男で両手に刀を持っている。あちらもロジャーを見るなりニヤリと笑い、「海賊の船か!」と声を上げた。

 

「よくぞ来た! 悪天候を越え、滝を越え! よくぞここまで!!」

 

 振りかぶった二刀を勢いよく振り下ろし、強烈な斬撃を放つおでん。

 対するロジャーも一切引かず、おでんの攻撃を真正面から受け止める。

 ぶつかった衝撃は周囲に広がり、すわ戦闘かと構えたところでおでんが口を開いた。

 

「おれの名は光月おでん! 誰だか知らんが、お前の船に乗せてくれ!!!」

 

 ファーストコンタクトがまさかの目的の人物と言うことで、ロジャーもレイリーも目を丸くして驚く。

 

「お前が光月おでんか!! おれ達はお前を探しにワノ国に来た!! だが船に乗せてやることは出来ねェ!!!」

 

 ひとまず二人とも刃を収め、おでんを追いかけてきた家臣二人が追い付いたところで本題に入る。

 元より目的は光月おでん、あるいは光月スキヤキのどちらかだ。仲間になってくれるというのならロジャーにとっても好都合……カナタとの約束が無ければ、という話ではあるが。

 おでんは自分を探しに来たという事と、しかし船には乗せてやれないという二つに首を傾げていた。

 

「なんで海外の奴がおれのことを知ってんだ?」

「おれ達はカナタに聞いてこの国に来たんだ」

「何と、カナタ殿の! かの御仁は元気にしておいでか?」

「おう、前に会ったときは他の海賊とドンパチやってたぜ!」

「ハハハ、なるほどカナタ殿らしい。あの御仁、見かけによらず血の気が多いところもあったでござるからな」

 

 確かに、と錦えもんはカン十郎の言葉に頷いて笑っていた。錦えもん本人は自分の流派を一目で真似されたのでややトラウマ気味なのだがそれはさておき。

 

「あの女か! しかし船に乗せられないとはどういうことだ?」

「ワノ国の将軍の息子だから下手に国外に連れ出すな、と言われている。スキヤキ殿には義理もあるからとな」

「あの女……! 毎度毎度おれの邪魔しやがって!!」

「いやおでん様、この場合カナタ殿が正しいのでござるが……」

 

 錦えもんの言葉にも聞く耳持たず、カナタへの怒りを燃え上がらせるおでん。

 ロジャーとレイリーは顔を見合わせ、錦えもんへと疑問を投げかけた。

 

「カナタとは知り合いなんだろ? 仲が悪ィのか?」

「あー、まァ何と言うか、おでん様とカナタ殿は折り合い悪く……」

「次会ったらぶっ殺してやる!」

「……まァこんな感じでござる。ちなみにカナタ殿には全く相手にされておらず」

「わははははは!! 確かに並の強さじゃカナタをどうこうするのは難しいだろうな!」

 

 生半可な実力で挑んでも一蹴されるだけだろう。今や彼女の実力は世界でも指折りだ。

 おでんも確かに強いようだが、カナタに一矢報いることが出来る程ではない。特に彼女は自然系(ロギア)の能力者だ、攻撃を当てるにも相応の実力が求められる。

 

「ぐぬぬぬ……!」

「おでん様、今回()諦めていただくという事で」

「フザけんな!! おれは海に出て冒険してェんだよ!!」

「ご自分の立場をわかってください! あなたは〝九里〟の大名で! 将軍の息子なんですよ!?」

 

 意固地になって海外に出たがるおでんとそれを諫める家臣。

 彼らを見ながら、ロジャーとレイリーは「長くなりそうだな」と感じていた。

 

 

        ☆

 

 

「おれを船に乗せないならこれは読まねェ」

 

 当然というかなんというか、おでんはロジャーの頼みを蹴っていた。

 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読んでもらう事が目的なのだが、光月スキヤキは病床につき一部の側近や大名以外は面会できず、おでんも不貞腐れたように読まないと言う。

 そこを何とかと交渉してみるも暖簾に腕押しもいいところで、おでんにとって「海外へ出る事」以外は交渉にならないらしい。

 さてどうしたものかと頭を悩ませるが、すぐさまいい考えが浮かぶわけもなく。

 ひとまず浸水して駄目になった積荷の処理などを済ませながら考えることにした。

 

「意外と難航しそうだなァ……」

「おれとしてはおでんを乗せてやると言い出すと思っていたんだがな」

 

 カナタも恐らくそう思っていたから釘を刺したのだろうし、釘を刺しても無駄だと思っているようでもあった。

 だが、予想に反してロジャーはおでんを頑なに船に乗せようとはしていない。ロジャーらしくないと言えばらしくない動き方だ。

 

「おいおい相棒、お前おれを何だと思ってんだ。おれは約束を破らねェ!」

 

 直接約束したわけでは無いが、レイリーを通して聞いた以上はそうするのが筋というもの。

 破天荒な男として有名だが、友人との約束は極めて誠実に守るのがロジャーという男だ。時たま約束そのものが頭からすっぽり抜け落ちることもあるが。

 

「それはいいが、ではどうするんだ?」

「どうすっかなァ……」

 

 何か考えがあるのかと思いきやそういう訳でもないらしい。

 もっとも、急ぐ話ではない。ワノ国を見て回りつつ考えりゃいいだろと楽観視しながら、ロジャーは笑っていた。

 

 ──そんなことを言っている間に一ヶ月が経った。

 

 事態は全く進展せず、流石にワノ国に居るのも飽きてきた。一度ワノ国から出て冒険するかと思い始めていたところ、おでんが虎視眈々と密航するチャンスを狙っていることに気付く。

 わかりやすい男なので対処は出来るが、下手に海に出ると何としてでもついてきかねない男だ。

 こうなると根気よく交渉し続けるしかないのだが、肝心のおでんの譲歩が「海外に出る事」なのでどうしようもない。

 あれこれ考えているうちに、おでんはワノ国の都である〝花の都〟に出かけることになったという。

 

「〝花の都〟?」

「ワノ国の都だ。将軍の住む城のある町でな、いい場所だぞ」

「ほー。そこにワノ国の将軍がいるのか」

「ああ、おれの父上だ」

 

 時折「船に乗せろ」「乗せねェ」の論争が起きるが、基本的に馬が合うロジャーとおでんはよく一緒に食事を取っていた。

 その時にこの話題が出たのだ。

 

「どうも父の容体があまり良くないらしくてな。一度家臣どもの顔見せもかねて〝花の都〟まで行くつもりだ」

「なるほどなァ……お前がいねェってことはおれ達も出航するチャンスだな」

「バカ言え! お前らにとっても悪い話じゃねェぞ。お前らが読みたがってたあの暗号、あれと同じ文字が書かれた石が城にある。赤いがな」

「一番欲しい奴じゃねェか!!」

「カナタもそんなことを言っていたな……城の中にあったのか」

 

 どこかの遺跡にでも置いてあるのかと思い、交渉が難航している間に探していたのだがまさか城の中にあるとは思わなかったらしい。

 おでんはにやりと笑い、「興味が出たらしいな」と食いついたロジャーを見て満足そうにする。

 

「これを読んで欲しけりゃおれを船に乗せろ!」

「それは出来ねェ! カナタとの約束だ!」

「あのアマァ!!」

 

 おでんの怒りはさておき、ロジャーはとりあえずついていってみるかと考えていた。

 スキヤキが病床についているという事もあり、ロジャーたちは城の中に入れていない。無理に入ることも出来なくはないが、おでんとの関係も悪化しかねない以上は避けたかったのだ。

 一度〝花の都〟を訪れてから考えようと、ロジャーとレイリーの二人はおでんに付いていくことにした。

 

 

        ☆

 

 

「……父上から海外に出ていいと許可を貰ったんだが」

『えェ~~~~!!??』

 

 おでん自身も困惑しつつ、家臣たちにそう告げていた。

 どういうことかと視線で尋ねてみると、経緯を説明し始めた。

 

「父上と城で会ったんだが、まァとりあえず今日明日にどうこうなるって感じではなかった。顔色も悪くなかったしな」

「危篤と呼ぶほどではないが、体調が悪いのが続いていると?」

「そんなとこだ。それで、今来ている海賊と一緒に海外に行きてェって話をしたんだがな」

 

 おでんは腕を組み、先程の内容を思い出すように口を開く。

 

「父上は『何を言ってもついていくつもりだろう。だから私から条件を付ける代わりにワノ国から出ることを黙認する』と」

「なんと……! ワノ国では海外に出るのは違法では!?」

「だから『黙認』なんだ。あずかり知らぬところでこっそり出て行けば大事にはしないと父上は言っていた」

 

 おでんの破天荒ぶりを考えればいずれどうにかして海外に出るのは目に見えていた。今回のロジャーの件は渡りに船だ。

 これを逃す男ではないだろうと考え、スキヤキはこっそり出ていく代わりに国外に出ることに目を瞑ると。

 そして付けられた条件はもう一つ。

 

「父上も何年持つかわからないと言っていた。だから、少なくとも二年で帰ってこいと」

「二年……帰ってこれますか?」

「わからん。一度国から出ればもう戻れないくらいの覚悟でいたからな。まして、国外に出る大罪を犯したものが将軍などとは……と思っていた」

 

 だが、将軍の実質的な『黙認』が通っているというのなら話は別だ。

 一度は絶縁された身だが、既に取り消されて家族仲も良好だとおでん自身は思っている。もしスキヤキがおでんに将軍になって欲しいと考えているなら、それを受け継ぐのもやぶさかではないとも。

 ロジャーがいるこのチャンスを逃すことは出来ない。

 

「おれはこの国を出ていく。誰に何を言われようともな」

 

 覚悟を決めた顔で告げ、家臣たちもみな押し黙る。

 もはやおでんを止めることは出来ないだろう。将軍の実質的な許可が下りた以上、家臣たちに止める道理はないも同然なのだから。

 だから、せめて。

 

「私もついていきます。あなたを一人にしては何をしでかすかわからない」

「イゾウ」

 

 本当に二年で帰ってくるかどうかもわからない。ならば、おでんの家臣として、付き人として海賊船に乗るのも一つの道だ。

 おでんの家臣の中でも頭が回る方なので、おでんのフォローをするという意味でも最適な人材と言えるだろう。

 

「……そうだな、イゾウがおでん様に付いていくなら心配は無用だろう」

「お兄様なら大丈夫です!」

「イゾウが一緒なら問題ないでござるな」

「お前ら!」

 

 おでんよりもイゾウの方が頼りになると言いたげな家臣たちにおでんも声を上げるが、軽口を言い合えるのも一つの信頼の証だろう。

 「それじゃお前ら」と家臣たちを見渡し。

 

「おれとイゾウはしばらく留守にするが……ワノ国を頼むぞ!」

『はっ!!』

 

 

        ☆

 

 

 翌日。

 おでんはロジャーに経緯を説明し、改めて船に乗せてくれと頭を下げる。

 この場合はどうなんだとロジャーとレイリーは互いに顔を見合わせ、「将軍の許可があるならカナタへの義理も欠いてねェだろ」と判断して乗せることを承諾。

 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟も手に入り、昼の内に出航準備を整えて夜の闇に紛れながらの出航となった。

 一ヶ月ほどよく一緒に行動したのでロジャー海賊団の船員たちともすっかり打ち解けており、おでんとイゾウは快く迎えられ、ワノ国の外へ出る。

 そして。

 

「密航者だー!」

「イヌアラシ!? ネコマムシ!? なんでお前らここに!!?」

「いやァ、ははは」

「やっぱりワシら、おでん様を近くでみゆうがが一番楽しいぜよ!」

 

 悪びれる様子もなく、イヌアラシとネコマムシもちゃっかり密航していた。

 

 




END 海の果て/RoadStar

NEXT 海賊王/ビリーバーズ・ハイ





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今章のキャラまとめ

今章のキャラまとめです。
段々と書くことが少なくなって短めになってます。例によって興味が無い方はスルーしていただいて大丈夫です。(時々妙な情報載せたりしますが)


 大海賊時代の幕開けまで、あと6年。

 

 所属 魔女の一味改め黄昏の海賊団

 母船 ソンブレロ号

 

・カナタ

 本作の主人公。19歳。自然(ロギア)系ヒエヒエの実の氷結人間。

 〝竜殺しの魔女〟懸賞金22億4000万ベリー。

 船長兼航海士。

 黒髪赤目の美少女。

 

 記録指針(ログポース)を偉大なる航路前半と後半のものを予備含めて二つずつ所持している。

 また、永久指針(エターナルポース)は〝プロデンス王国〟〝ハチノス〟〝ドレスローザ〟〝ドラム王国〟〝ワノ国〟のものを所持。

 メインの武器は海王類の牙を削って作った槍と最上大業物〝村正〟。

 覇気は覇王色、武装色、見聞色の全てを高いレベルで使用可能。

 

 ワノ国を出て対金獅子海賊団のために色々と策を練り、最終的に荒れた海域で迎え撃つ戦法を取ることになった。

 ワールド海賊団を倒してモアモアの実とキュブキュブの実を確保し、セントラル島で金銭と物資の補充をしてからモベジュムール海域にて激突。

 ロジャー海賊団の助力を得て金獅子海賊団と戦い、敵艦隊を数多く沈めて引き分けた。

 シキ本人とは周囲の環境を変える程の熾烈な戦いとなり、ロジャーを含めた三人の戦いの結果としてモベジュムール海域は今まで以上に奇天烈に荒れる海域となってしまった。

 

 〝ハチノス〟でロジャー海賊団と合同で宴をおこない、〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟を見せたり読める人間を紹介したり、過去世話になったロジャーに対して多くの情報を与えた。

 その後いくつもの島を越えて記録指針(ログポース)で辿り着ける最後の島である〝水先星(ロードスター)島〟へ。

 名を〝黄昏の海賊団〟として活動することを決め、ドラゴンを東の海(イーストブルー)へ送るついでに傘下の海賊を増やしたり勢力を増しながら再び新世界へと戻ってきた。

 

 

・ジュンシー

 赤い髪に筋肉質な肉体が特徴的な男。32歳。

 〝六合大槍〟懸賞金3億8000万ベリー。

 戦闘員。

 武装色、見聞色の覇気を扱える。

 

 〝新世界〟に入ってからこっち、戦闘に出張ることが増えた。本人はウキウキで戦っているが相手をさせられた方は軒並み瀕死まで追い詰められている。

 セントラル島にて5億の賞金首であり、色々と因縁のあるドン・チンジャオと戦闘。

 熾烈な戦いの果てにチンジャオを打ち倒し、その実力を知らしめた。しかし海軍の手違いで懸賞金には未だ反映されていない模様。

 

 金獅子海賊団との戦いではドラゴンと共にアプスと戦闘。

 覚醒した能力者を相手に苦戦を強いられるが、シルバーズ・レイリーの助力を得て撤退する。

 次は単独で打ち倒すべく修行を重ねている。

 

 

・クロ

 黒髪黒目、全身に刺青の入った褐色肌の青年。26歳。

 自然(ロギア)系ヤミヤミの実の闇人間。

 (一応)(自称)戦闘員。

 

 タイガーが抜けて以降、舵輪を握る回数が増えた。

 海戦では能力もうまく機能しないのでスコッチの指示で船を動かすことが増えたためでもある。

 ただ、時折発生する陸地での戦闘ではフェイユンと殺害数のトップを争っている。一定以上の強さがある相手には歯が立たないが、それ以下の敵だと能力だけで無双できるため。

 

 

・ジョルジュ

 黒髪黒目に二メートルほどの男。34歳。

 金庫番。

 戦闘力はそれなりで本部大佐くらいなら余裕をもって戦える。将官とはそれなり。二種類の覇気を使える。

 直接的な強さではカナタたちに及ぶべくもないが、基本的には頭脳担当として指揮することが多い。

 スコッチが能力者になったので実力は離れたが、戦い以外のところでの役割が多いので戦闘を任せられるようになった分仕事は減ったのでありがたがっている。

 

 新世界から各地を回っている間に部下を育てて仕事を割り振れるようになり、楽が出来ると思ったら予想を超えた規模で組織が膨れ上がって結局てんてこ舞いになっている。

 

 

・スコッチ

 金髪碧眼の小太り男。サングラスをかけている。34歳。

 〝暴風〟懸賞金9500万ベリー。

 航海士。

 超人(パラミシア)系モアモアの実の倍化人間。

 覇気と能力を組み合わせた戦闘でかなりの実力を持つようになった。

 

 デイビットのボムボムの力と合わせたり大砲の弾に能力を使ったりすることで金獅子の艦隊相手に多大な被害を与えた。対金獅子海賊団でのMVP。

 覇気と能力を組み合わせることによって近接戦闘の実力も大幅に上がり、金獅子の幹部相手でも不意打ちで吹き飛ばせるくらいになった。

 

 二年かけて敵対した海賊団を潰しつつ増えた部下の育成をしていた。腰を落ち着けられるようになったので嫁探しに本腰を入れている。

 

 

・フェイユン

 巨人族。薄紫の長い髪とアメジストのような紫色の瞳が特徴的な女性。42歳。

 超人系(パラミシア)デカデカの実の巨大化人間。最大全長173メートル。

 〝巨影〟懸賞金2億8000万ベリー。

 戦闘員。

 武装色と見聞色の覇気を扱える。生まれつき見聞色を扱えることもあり、相手の感情を読み取る力に長けている。

 

 海上での戦闘はあまり強くないが、陸地での戦闘ではクロと並んで敵殺害数トップクラス。金獅子海賊団相手にはあまり暴れていないが、各地を回っているときには敵対する海賊の多くが彼女の手で葬られた。

 エルバフへと行く機会が中々無いので里帰り出来ていないが、巨人族らしく時間のスケールが違うため、その辺りは「いつか帰れればいいかな」くらいに思っている。

 

 

・ゼン

 黒鹿毛の馬(?)のミンク族。41歳。

 〝赤鹿毛〟懸賞金4億ベリー。

 戦闘員。

 本人の毛色は黒鹿毛だが、〝月の獅子スーロン〟化したときの毛色が赤く染まることから〝赤鹿毛〟の名がついた。

 

 金獅子海賊団との戦いの際にはグロリオーサの援護を受けながらレランパーゴと衝突した。

 技術で上回っていたので暴力の化身のような攻撃も受け流せたが、単純な身体能力や悪魔の実の力だけでも倒しきれないほどの強さに久々に胸が躍っていた。

 最終的にスコッパー・ギャバンの助力を得て撤退。決着はつけられなかった。

 

 各地を回っている間に自身を鍛えなおそうとしていたが、新世界から離れた時点で自分と対等に戦える相手がいなかったため、たまに来る海軍との戦いでは率先して前に出ている。時々ガープが出張ってくるので気を付けながら戦っていた。

 

 

・サミュエル

 身長三メートルほどの筋骨隆々な大男。坊主頭。31歳。

 動物(ゾオン)系ネコネコの実 モデル〝ジャガー〟の能力者。

 〝尖爪〟懸賞金7500万ベリー。

 戦闘員。

 覇気は武装色のみ使える。スクラの薬を使うことでいくつか変形の種類を増やせる。

 カナタの船の珍獣枠。

 

 セントラル島でジュンシーと一緒に大会に出たりしていたが、堅気ばかりの戦いではあまり面白くなくすぐに飽きたらしい。

 その後はフェイユンと一緒に海辺で遊んだりクロと食べ歩きしたりと満喫していた模様。

 金獅子海賊団との戦いではレランパーゴに奇襲するなどして攻撃していたが、レランパーゴの悪魔の実と覇気の前には攻撃が全く通じず諦めて船の防衛に回った。

 

 各地を回っていた際にはクロと食べ歩きをし続けてちょっと太った。相手になるレベルの敵も多くなく、時折現れる海軍もジュンシーやゼンなどの強者が率先して戦いに回ったので出番はあまりなく、実力は伸びていない。

 

 

・スクラ

 ぼさぼさの白い髪、二メートルほどの身長と線が細く目つきの悪いイケメン。28歳。

 船医。

 戦わないのに見聞色に芽生えつつある。

 ワノ国では独自の医術や薬に興味を持って色々調べている。

 

 金獅子やそれ以外の海賊、海軍との戦いで負傷者が出るたびに忙しく仕事している。

 本来の目的をあまり進められていないので困っているが、二年かけて助手や船医の数を増やしたので治療の合間に悪魔の実の研究を続けている。

 

 

・デイビット

 ツンツンと尖った髪型のウニ男。身長は180ほど。37歳。

 超人系(パラミシア)ボムボムの実の爆弾人間。

 〝爆撃〟懸賞金9000万ベリー

 覇気は未だ扱えず。

 

 海戦においては〝吐息爆弾〟を使い、スコッチの倍化の能力を組み合わせて次々に船を沈めている。直接的な戦闘は少ないので個人の実力はあまり伸びていないが、役割としては十分と言えるレベル。

 駆けずり回って準備をするので体力だけは相応についた。

 

 二年間各地を回っている間も役割は変わらず、敵船を近付く前に沈めることも多い。海軍はデイビットの能力によるものだと把握できていないので懸賞金は据え置きのまま。

 

 

・ドラゴン

 原作キャラ。2メートルを超える体躯の男。25歳。

 〝竜爪〟懸賞金2億5500万ベリー

 戦闘員(参謀的な立場でもある)。

 

 金獅子海賊団との戦いにおいては情報を集めたり作戦立案に手を貸したりと、参謀としての役割を十全に果たしていた。

 実際の戦闘でもジュンシーと共にアプスと戦い、極限の戦いで見聞色を研ぎ澄ませながら死地を乗り越えた。

 最終的にシルバーズ・レイリーの助力を得てアプスから撤退。いずれ倒したいとは思っているが、それ以外にもやるべきことがあるのでしばらく戦うことはない。

 

 〝水先星(ロードスター)島〟で〝黄昏の海賊団〟の名を与え、その後東の海(イーストブルー)でカナタの船を降りた。

 以降各地を回りながら革命活動の下準備をおこなっており、海軍や世界政府からは捜索されているものの見つけられていない。

 

 

・グロリオーサ

 原作キャラ。身長はやや低め。年齢不詳。

〝天蓋〟懸賞金1億3800万ベリー

 戦闘員(兼船長補佐)

 

 船の中でも取った年の分だけ知恵があり、困ったときは彼女の知恵を頼ることもある。

 金獅子海賊団との戦いにおいてはレランパーゴと戦うゼンの援護に回り、〝天蓋〟の名に恥じない超越的な弓の腕を見せつけた。

 

 各地を回っている間はカイエの世話をしながら年若い者たちの育成にあたり、特に覇気の使い方を教えることが多い。

 海賊や海軍との戦いでは基本的に出てくることはないが、時折ガープやセンゴクが現れた際には援護のために動くこともある。

 

 

・カイエ

 紫色の髪の少女。7歳

 動物(ゾオン)系ヘビヘビの実 モデル〝ゴルゴーン〟の能力者。

 戦闘員(暫定)

 

 まだ幼いので基本的に戦いに出ることはない。セントラル島でジュンシーがファイトマネーを稼ぐ傍ら、フェイユンと砂浜で遊んだりクロの食べ歩きについて回ったりしていた。

 ロジャー海賊団との宴の時にバギー、シャンクスと知り合い、歳が近いこともあって仲良くなった。

 まだ能力を見せてはいないらしい。

 

 各地を回る二年の間に背も少し伸び、幼いながらも悪魔の実の能力も相まってクロよりよっぽど強くなった。

 武器は選ぶほど熟達していないが、何となくで大鎌を使っているらしい。

 

 

 

 所属 ロジャー海賊団

・ロジャー

 

 原作キャラ。ひげと帽子が特徴的な海賊。

 快活に笑うその男は金獅子との戦いでカナタの父親と因縁があると知り、その辺りを知ることも含めてカナタを探していたところ、半ば偶然ともいえる状況でシキとカナタの戦いに乱入した。

 未だ病に蝕まれていない肉体はすさまじい強靭さを誇り、この時代でも1、2を争うほどの実力は伊達ではないと見せつけた。

 

 〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟の情報を求めて各地を彷徨っていたが、カナタから有力情報を得て一路ワノ国へ。

 カナタとの約束のためにおでんを船に乗せるのを嫌がり、そのために〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読んでもらえず1か月以上足止めをくらった。

 だがスキヤキの黙認と言う許可を得たため、それならとおでんを乗せることを許諾。

 〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟を探して各地を再び放浪し始めた。

 

・光月おでん

 29歳。

 原作キャラ。ワノ国の将軍の息子。九里の大名。

 ロジャーの船を最大のチャンスと考え、何が何でも乗りたいので色々手段を講じていた。最終的にスキヤキが実質的な許可を出したことで止められる理由もなくロジャーの船に乗る。

 イゾウ、イヌアラシ、ネコマムシと共に見たこともない島、景色、どこまでも広がる海に心を躍らせている。

 

・天月トキ

 原作キャラ。青い髪の女性。26歳。

 人攫いに襲われていたところをおでんに助けられた。

 その後ワノ国に行きたがったが、おでんの嫌そうな顔でいったん諦めることに。現在はロジャーの船で船員として働きながら過ごしている。

 

・シャンクス

 原作キャラ。10歳。赤い髪に麦わら帽子がトレードマークの少年。

 カナタたちとの宴の際に年が近いこともあってカイエと仲良くなった。カナタのことは実力も相まって認めているが、ロジャーをいずれ倒すという発言には不快感を抱いたらしい。敵視とまでは行かないがやや苦手意識を持っている模様。

 

・バギー

 原作キャラ。10歳。ニット帽と赤く大きい鼻がトレードマークの少年。

 カナタたちとの宴の際に年が近いこともあってカイエと仲良くなった。

 カナタには行儀が悪いと拳骨を食らったこともあってかなり苦手意識を持っている。宴が終わって別れる際にはロジャーの背に隠れていた。

 

・ダグラス・バレット

 原作キャラ。15歳。引き締まった下半身と逆三角形にパンプアップした上半身、ところどころに残る生々しい傷跡がある青年。

 故郷である〝ガルツバーグ〟を滅ぼし、絶対的な強さを求めて海に出た。

 様々な海賊を襲っていたところ、ロジャーと衝突して敗北。何度も挑むも勝てず、また自身を殺さないことに疑問を抱く。

 何度戦っても勝てないロジャーの強さの秘密を知りたいと考え、ロジャーの船に乗船した。

 

 

 所属 金獅子海賊団

・アプス

 〝黒縛〟懸賞金8億2400万ベリー

 緑色の髪の青年。穏やかな表情をしているが、こと戦闘になると鬼神もかくやという強さを誇る。

 超人(パラミシア)系ジャラジャラの実の鎖人間。能力は覚醒している。

 

 元は孤児で悪魔の実を食べて色んな人間を襲って生きていたところ、シキに目を付けられて拾われる。

 その後シキから直接鍛え上げられたり多くの戦闘経験を積むことで能力が覚醒。幹部としての地位と強さを堅実なものとした。

 ジュンシー、ドラゴンの両名が同時にぶつかっても揺らがない強さを誇るが、レイリーが相手ともなると流石に手を焼く。

 

・レランパーゴ

 〝白獣〟懸賞金5億5000万ベリー

 黒い髪の巨大な青年。普段は大人しいが、戦闘になると暴れ回る獣と化す。

 動物(ゾオン)系の能力者。幻獣種と思われるが詳細不明。

 

 とある島にて「人を喰う怪物」と恐れられていた能力者の青年。噂はともかく、実力は確かなものだったのでシキは部下としてスカウト。

 本人は特に考えることもなくこれを受け、実力だけで幹部にまでのし上がった。

 動物系の能力者の常として身体能力が非常に強化されるが、レランパーゴは自身の覇気の強さも相まってかなりの実力を持たなければ傷一つつくことがない。

 また能力によるものか、雷をある程度操れるため非常に厄介。

 

・リュシアン

 〝赤砲〟懸賞金6億7000万ベリー

 巨大なナポレオン帽と軍服が特徴的な男性。理知的でシキの艦隊の指揮を任されることが多い。

 超人(パラミシア)系ウテウテの実の砲撃人間。

 

 元々とある王国の将軍をやっていたが、政争に負けて殺されかけたところをシキに拾われた。

 その後は国への忠誠を捨てて恩人であるシキのために働いており、「戦争の絶えない島から出られたのは運が良かった」とは本人の談。

 能力によって大砲を生み出すことが出来、それによる砲撃で制圧を可能とする。対軍勢向きの能力であることも相まってシキが出撃する際には防衛を任されることも多い。

 



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海賊王/ビリーバーズ・ハイ
第八十一話:〝黄昏の海賊団〟


八章開幕です。
前章のキャラまとめも同時投稿してるので興味のある方はどうぞ


 〝黄昏の海賊団〟──。

 ここ数年で急激に勢力を肥大化させている海賊団だ。

 船長は史上初ともいえる〝天竜人殺し〟で有名な〝竜殺しの魔女〟カナタ。懸賞金は22億を超え、その実力は海軍の英雄ガープでも一筋縄ではいかない。

 〝新世界〟にある〝ハチノス〟を拠点として活動しており、時折様々な海に足を延ばしては海賊狩り、海運などを行う()()()()()()()()秩序立った海賊団。

 世界政府も海軍も、ここまで肥大化する前に何とかしたかったが……こればかりは簡単にどうにか出来るものではなかった。

 そして──ついに、かの勢力はどうしようもないほど巨大化していた。

 これは、〝新世界〟でも名の知れた〝金獅子〟や〝白ひげ〟、〝ビッグマム〟、〝ロジャー〟に並ぶ五つ目の勢力としてその名を轟かせる中で、ロジャーが〝海賊王〟と呼ばれるようになるまでに起きた、裏の事件の話。

 

 

        ☆

 

 

「この島は夏島と言うだけあって夏は暑い。気候を変えていいか?」

「ははーん、さてはお前バカなんだな?」

 

 鈍い音と共にゲンコツが落ちる。

 あまりに暑いので部屋の各所に氷の柱を作って冷房代わりにしつつ団扇で扇いでいたカナタの仕業だ。

 小さいたんこぶを作ったスコッチは、「おれは正論を言っただけなんだが……」と頭を押さえつつ苦言を呈する。

 

「有史以来正論が人を救ったことはない。この暑さ、どうにかならないか?」

「なるわけねェだろ! むしろ暑いから気候を変えてやろうって考えの方がどうなってんだ!」

 

 呆れたようにため息を吐き、スコッチはやや過剰ともいえる涼しさを保つ部屋を見渡す。

 これは確かに涼しいが、それなら別の島を拠点に構えれば済む話だ。今から変えるのは面倒ではあっても不可能ではない。

 だが、ある程度整備されていて人が住んでいない島となると数が限られる。丁度いい島と言うのは中々見つからないのだ。

 

「条件がここよりいい島が見つかればな……今のところは暑いこと以外に問題もない」

「お前以外は暑いことにも問題はねェよ」

 

 カナタの愚痴はさておき、呼ばれた本題に入るスコッチ。

 

「今のところ海運に問題はねェな。海賊だから利用しねェってところもあるにはあるが、世界政府非加盟国で軍隊も貧弱だとそうも言ってられねェところが多い。割と需要はある」

「既存の商会が文句を言ってきたりはしていないか?」

「まァうちに文句言うほど肝の据わった奴は居ねェなァ。〝闇〟の世界の連中もボチボチ嫌がらせを始めてきたくらいだ」

 

 〝海運王〟〝倉庫業老舗〟〝闇金王〟に〝大手葬儀屋〟──裏の世界の強者たちも、自分たちの事業に手を出され始めて少しばかり頭に来ているらしい。

 今のところ影響は限定的だが、領分を侵した者には相応の報復を行うだろう。

 下手に潰すと影響が大きすぎるのでカナタたちにとっても手出し出来ないのが痛いところだ。

 

「シキやリンリンより余程手強い相手だ。もう少し大人しくしてくれると良いのだがな」

「そりゃ無理ってもんだろ。連中からすりゃあおれ達の方が新参で自分たちの顔を潰しかねないわけだしな」

 

 スコッチは肩をすくめる。

 カナタからすれば面倒この上ないが、その分野でならともかく金獅子さえ抑えつけられるほどの戦力を持つ〝黄昏の海賊団〟を止められる存在など早々いない。

 工作を仕掛けてくるのは目に見えていたし、実際そういう動きもあった。

 

「リンリンも世界政府も飽きずによくやるものだ」

「あいつらからしてもおれらは目の上のタンコブみてェなもんだ。一応スパイもあらかた始末してあるが、どうするよ」

「スパイは定期的に洗う必要がある。フェイユンには苦労を掛けるが……」

 

 他人の悪意に敏感なフェイユンは、その見聞色の力である程度悪意を持って入ろうとするものを見分けられる。もちろんカナタもある程度は目を通すが、どうしても完全には弾ききれない。

 ある程度スパイが入るのは許容するしかない部分もある。

 

「あまり激しくなるようならすこし過激にやり返してやれ。舐めた真似をさせたままだとつけ上がらせることになる」

「そうだな。最近じゃどこからか妙に質のいい武器も流れてきてるみてェだし、政府も海軍の強化に金を出してる。おれ達も戦力強化は急務だなァ」

 

 カナタたちは海賊としてはかなりの穏健派だ。それもわかっているから〝闇〟の世界の連中はちょっかいを出すのだろう。

 その辺りの嗅覚は流石と言うべきか。

 まぁ痛い目を見てもらう事に変わりはないのだが。

 

「フェイユンは忙しい。クロに護衛を付けて潰させて来い」

「あいよ」

 

 広範囲を壊すならフェイユンかクロの二択だ。どちらが行っても更地になるのであまり変わりはない。

 スコッチは心の中で標的に合掌した。

 

「あとは今のところ問題ねェな」

「ではいつも通りに──む?」

 

 コンコン、と控えめなノックの音がした。

 カナタはすぐに許可を出すと、扉が開いてカイエが顔を出す。

 

「お仕事中ごめんなさい。カナタさん宛てに荷物が届いたから知らせてほしいと言われたのですが」

「荷物?」

 

 何か頼んでたのか、とスコッチは視線を寄越す。何かに思い当たったのか、カナタは「そういえばそろそろだったな」と零した。

 

「すぐに向かう。ありがとう、カイエ」

「いえ、では私はこれで」

 

 言葉少なに返答すると、カイエはすぐさまどこかへ行ってしまった。

 あの子も忙しないなと思いつつ、カナタは立ち上がって港へ足を向ける。

 

「何を頼んだんだ?」

「頼んだわけじゃない。あれば運がいいくらいに思っていた代物を探させていたんだ」

「あァ? なんだそりゃ」

「木材さ──宝樹〝アダム〟と呼ばれる世界最強の樹だがな」

 

 

        ☆

 

 

 宝樹〝アダム〟と呼ばれる樹がある。

 曰く、「世界最強の生命力を持つ」とまで言われる樹だ。

 とある戦争を繰り返す島で砲弾の雨にさらされようとも、島中の人間が死に廃墟と化しても、倒れることなく立ち続ける巨大な樹。

 世界にたった数本しかなく、裏のルートで売りに出されれば僅かな部分でさえ末端価格は優に億を超える。

 それほどの品物が今、カナタの目の前にあった。

 

「ほう、これが宝樹〝アダム〟か……見るからに頑丈そうだな」

「本体はあまりにデカすぎたんで持って帰れなかったがな。とりあえずうちの連中をそれなりに常駐させてる」

「それでいい。どうせ持ち帰っても置く場所がないからな」

 

 ジョルジュは疲れたようにタバコを一つ取り出し、火をつけ始める。

 樹に合った環境と言うものもある。宝樹アダムともなればどんな環境でも生き延びる生命力を持つかもしれないが、余計なリスクを背負う必要もない。

 ともあれ、これで世に数本しかない樹の一本を抑えることが出来たわけだ。

 時たま行う枝の剪定だけでも、大きさを考えれば十分様々な用途に使える。大きな収入源になるだろう。

 

「よくこんなもん見つけたな……一体どこに?」

「最近滅んだ〝ガルツバーグ〟だ」

 

 戦争を繰り返す島にある、という噂は前々から聞いていた。

 噂を確かめる意味でも「戦争の終わらない島」である〝ガルツバーグ〟へと捜索に行かせたのだ。

 

「〝ガルツバーグ〟っていやァ、あの〝ガルツバーグの惨劇〟が起きたっていう?」

「ああ。二つの国が戦争していた根本的な理由も宝樹アダムによるところがあったらしい。そこを私が抑えてしまえば戦争が起きることもなかろう」

 

 宝樹アダムはそれ単体で莫大な富を生み出す。欲に目がくらんだものがこれを手に入れてしまえば、際限なく手に入る富に笑いが止まらなくなる。

 狙ったものが複数人いれば争いになる。規模が膨らめば当然、それは戦争ともなるのだ。

 戦争していた二つの国が近年滅んだのも簡単に手に入った理由だが、生き残った民はカナタの手である程度コントロールした方がいいだろうと考えていた。

 

「私が言えたことではないが、欲の皮が突っ張っていると碌なことを考えないからな」

「ワハハハハ、まァ手にしたのが国か海賊かって話だわな! うちが手に入れたのは運が良かったってことだ!」

「それなりの戦力を常駐させる必要がある。新兵の育成も急がねばな」

「そっちもだが、こんなもん売りさばく販路はあるのか?」

「欲しがる奴はいくらでもいるさ。造船業をやっている島もそうだが、船以外の建物を作る際にもこの強度はすさまじい」

 

 それに、売れなくても自分たちで使えばいい。この樹を使った建物の強度はどんな攻撃でも揺らがないものとなるはずだ。

 ゆくゆくは〝ハチノス〟の建物も宝樹アダムで作っていきたいところだ。これがあるか無いかで町全体の強度が変わってくるだろう。

 何なら、〝闇〟の世界の連中に餌として流してやってもいい。自分たちの利益になると思えば下手なちょっかいも少なくなる。

 不利益になるなら潰す。利益になるなら生かす。海賊家業はこういう世界だ。

 

「近くロムニス帝国に向かう。準備をしておけ」

 

 〝ハチノス〟からほど近いあの国には既に販路を開拓している。造船業もやっていると考えると、需要も少なからずあるだろう。

 ……だが、ここ最近何かときな臭い動きがある。あの国の動きには気を付けたほうがいいかもしれない。

 

「あいよーっと。おい、()()()()!」

「うす! 何すか!」

「ひとまず休憩だ! その後で出航準備をする。声かけてこい」

「わかりやした!」

 

 ジョルジュの声に反応して小走りで近付いて来た小太りの少年は、休憩するという言葉を伝えるために今度は船の方へと走り去っていった。

 偉大なる航路(グランドライン)で拾った孤児の一人だ。他の子供よりよほど力があるので荷物持ちをやらせたりしているが、それでも年齢はカイエとさして変わらない。

 あまり無茶なことはさせないようにはしていた。

 もっとも、カナタだけは少年に対して別の意見を持っていたが。

 

(……ティーチか……)

 

 まだ年若い少年だが、得体のしれない感覚があった。それが今後どう転ぶかはわからないが……今は様子見に徹するべきだと判断していた。

 少なくとも仕事は真面目だ。子供にしては実力もある。他の子と差別をする理由はなかった。

 

「スコッチは今回留守番だ。次の区画の修理も進めるから、手が空いた連中に片付けさせておけ」

「おう、わかった。次は綺麗な姉ちゃんと酒を飲める店も作ってくれ」

「必要な建物が終わったらな」

 

 娯楽は少なくとも必要だろうから歓楽街は作らねばならないが、その辺りはカナタもよくわからないので適当にやりたい奴に放り投げておこうと考えていた。

 海賊ばかりの島とは言え、規律の厳しさは国軍とさして変わらない。

 傘下に入った海賊があまりの規律の厳しさに夜逃げした例もある。ちょっと訓練を受けさせただけでこれなので、入ってくる連中にはあらかじめ伝えてそれでも残った強者ばかりだ。

 少なくとも食いっぱぐれることも職を失うこともないので安定していると言えば安定している職場だろう。

 もはや海賊と呼べるのかどうかも怪しいが。

 

「美人の姉ちゃんが酌してくれる店が欲しいぜ」

「適当な島でスカウトしてくることだな。海賊相手に商売したいという連中もいるにはいる。金払いさえ良ければ嫌とは言わんだろう」

「金か。金ならまァあるしな」

 

 少なくとも財政状況はいい。海賊狩りと〝新世界〟における海運はそれなりに需要があるのだ。

 ともあれ、その辺りは一度ロムニス帝国に行ってから探さねばならないだろう。

 ここ最近は荒れた話題もない。シキやリンリンも表立って大規模な動きは見せていないので、もうしばらく大人しくしていてくれればいいのだが。

 勢力としての基盤が違うので、カナタは彼らにまだ及ばない。今のところはまだ大人しくしていて欲しいものだ。

 




例によってガルツバーグに宝樹アダムの辺りは捏造です。
二次創作。それは便利な言葉。


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第八十二話:契約

 ロムニス帝国は新世界においてもかなり巨大な島だ。

 気候は島の中央で分かれており、北部は雪に覆われた寒帯地方。南部は四季が巡る冷帯に属する。

 冬の寒さは厳しいが、南部では農業が可能なので自給自足も可能な島だ。経済力も相応に高いので、新世界でも有数の大国に分類される。

 経済的に豊かという事は、それだけ金の回りが良いという事でもある。

 商売をするにはもってこいの島、という訳だ。

 

「──では契約はこれで構わないな?」

「ああ。良い木材卸してくれるんならこっちはありがてェからな」

「作った船はこちらで買い取る。目途が付いたら連絡をくれ……しかし、商会丸ごと売る気はないか? 木材を売って、それで作った船を買ってを繰り返すのは些か面倒でもあるのだが」

「この店は親父から受け継いだ店だ。海賊にくれてやる訳にゃァいかねェな」

「商会の名前を変えずとも、私たちがスポンサーとして後ろに付くだけでもいいのだが」

 

 宝樹アダムを仕入れ、それを造船所に売り払って強靭な船を作ってもらい、船を買う。

 最初から造船所を手に入れることが出来ていれば造船に困ることもなかったのだが、造船所を一つ丸ごととなるとかかる金も莫大だ。

 何より海賊をスポンサーに置く気はないと突っぱねられる。造船所側が切羽詰まっているならまだしも、この国では逼迫した理由もない。手に入れるのは難しかった。

 ともあれ、船を手に入れる目途はついた。

 黄昏の海賊団も人員は増える一方だ。裏の商売に色々と手を出し始めてることもあり、船も増やさなければ取引する貨物の量が増えない。

 カナタは商談を終え、荷物の目録を確認しているジョルジュに話しかける。

 

「ひとまず船の目途はついた。あとは食料品と衣類の積み込みはどうなっている?」

「どっちも今やってるところだ。あと一時間もかからねェよ」

 

 船団と呼べるほどに膨れ上がりつつある組織になっているが、人ばかり増えてもこれを管理する人材がいない。

 どこかで拾えれば話は早いのだが、そんな存在が都合よく海賊になるわけもない。いても政府の諜報員がいいところだ。

 悪いところで行くと横領するために別の商会から身元を隠して入ろうとしてくる。

 どちらも一瞬でフェイユンに見抜かれて海王類の餌になったが。

 

「いっそトムをスカウトしてみるか」

「あの男はウォーターセブンから離れねェだろ」

 

 造船の島として名高いウォーターセブンにいることがあの男の船大工としての誇りなのだろうから。

 船自体はどこでも作れるが、あの島には多くの船大工が集まる。切磋琢磨して自分の技術を磨くことに余念がないなら、離れることはないだろう。

 今のところは取引の量を増やして資金を増やすのが一番だ。金にものを言わせて買い取れる造船所もあるかもしれない。

 

「仕事が終わったら今日は終わりだ。出航は明日の早朝にする」

「了解。この後でいくつか取引の確認が──」

「姉貴! 姉貴に客が来てる、です!」

 

 ジョルジュとカナタの会話に割り込んだのはティーチだ。

 どういう訳かカナタのことを姉貴と呼んでいるのだが、カナタは特に訂正させることもなく好きに呼ばせている。敬語は慣れていないのか時折おかしくなるが。

 それよりも、今日は客が来る予定などないのだがと眉を顰める。

 

「客? 誰だ?」

「知らねェ奴だ、です。この国の軍隊みてェな恰好で」

「軍隊か……特に関わりはないはずだが」

 

 この国の近くで活動しているのは確かだ。しかし、ティーチの言葉を聞くに海軍が一緒にいるわけでも無い。

 何が目的なのかわからないが、ロムニス帝国の軍は精強と名高い。波風を立てないに越したことはなかった。

 世界政府加盟国なので、何かあると海軍も飛んでくる。〝ハチノス〟にほど近いこの島で面倒事は御免被るところだ。

 ティーチに連れられ、港の近くで待っている場所へと案内してもらう。

 待っていたのは仮面を被った軍服姿の男性だ。背筋を伸ばして鋭い眼光を飛ばしており、並の人間なら視線を合わせるだけで気圧されてしまうほどの覇気を感じる。

 カナタは目を細め、男の前に立って問いかけた。

 

「私に用があると聞いた。何者だ?」

「まずは突然来訪したことを謝罪します。そして、対応していただいたことに礼を──私はノルドと申します」

 

 男──ノルドは一礼し、カナタに対して丁寧に説明を始める。

 

「貴女方と商談をしたいと、我が主は言っております。もしお話を聞いていただけるのなら、明日の正午に再びこの場所へ。その後に我が主の場所まで案内いたします」

「……なるほど。随分迂遠なやり方だが」

 

 それほど周りを警戒する立場である、という事なのだろう。

 リスクを考慮しても取るべきリターンがあれば受けてもいいのだが……一度会わなければ何もわからない。

 

「良いだろう。相応のリターンがあることを祈っているよ」

「ありがたい限りです。それでは、また明日」

 

 再び一礼し、ノルドは背を向けて歩き始めた。

 それを見送り、カナタとティーチは船へと戻る。

 

 

        ☆

 

 

 次の日。

 約束通りの時間に同じ場所に現れたノルドは、昨日と同じ服装のままカナタを連れて港を離れた。

 港は人通りが多く、軍服姿などどうしても目立つのだが……内密の話と言う割には姿を隠そうとしているわけでは無い様だった。

 

「……軍服姿で目立っているようだが、大丈夫なのか?」

「この国に軍服姿の人間が何人いると思っているのです。素顔さえバレなければいくら目立とうとも問題はありません」

 

 そもそも、軍隊と海賊の癒着など珍しくもない。特に新世界はリンリンやシキの影響もあって国と海賊の結びつきが強いところも多いのだ。

 世界政府加盟国ではあまりないことだが、前例が無いわけでは無い。

 要はあまり大っぴらにやらなければいいだけの話だ。

 港を抜けて人通りの少ない道を通り、閑散とした場所に建てられた洋館へと辿り着く。

 ノルドに続いて中に入ったカナタは、案内されるままに部屋の奥へと入ってテーブルに着いた。

 別室から一人の女性が現れ、ノルドはその女性の後ろに控える。

 

「──初めまして。〝竜殺しの魔女〟カナタさん」

「お前が私と商談をしたいと言っていた者か?」

「ええ、ノルドにお願いしました。承諾していただけると良いのですけれど」

 

 金髪の美しい女性だ。

 恐らく貴族であろう彼女はテーブルに着き、ノルドは慣れた様子で紅茶を入れ始める。

 「紅茶でよろしいでしょうか?」という質問に頷きで返し、ノルドは同じようにカナタの前にも紅茶の入ったカップを置く。

 

「まずは名を聞こう」

「そうですね……では、ディアナとお呼びください」

 

 本名かどうかは定かではないが、少女はディアナと名乗った。

 あちらからすると他所にバレると困る話でもあるので、カナタは特に気にすることはない。

 

「商談というのを聞きたい。何が欲しい?」

「武力です」

 

 カナタよりも年若い彼女は、カナタの質問にはっきりと答えた。

 紅茶を一口飲み、唇を湿らせてからゆっくりと説明を始める。

 

「この国は他の多くの国よりも豊かで力もある。けれど、この海においては絶対ではない」

 

 リンリンやシキを始めとした大物海賊たちは、この新世界の海に居を置いている。ひとたびその怒りに触れれば国ごと滅ぼされるのは必定と言えた。

 ニューゲートやロジャーは能動的にそういったことをすることはないが、少なくともロジャーは国を滅ぼした前科がある。気紛れなあの男と手を組むのはリスクが大きい。

 そして、一番手を組みやすいニューゲートにしても、本人の強さはともかく勢力としての強さはそれほど大きくない。

 そういった事情からカナタが選ばれた。

 

「この国をさらに豊かにするには、貴女の力が必要です」

「なるほど……しかし、この国は世界政府加盟国だろう。海賊と手を組んでは除名されるのではないか?」

「表向きは隠せばいいのです。加盟国でも海賊と手を組んでいる国などいくらでもあります」

 

 表向きは世界政府加盟国として海賊を撲滅することを謳っていても、裏では海賊と手を組んで治安維持や武力の保持に努めている。花ノ国などがいい例だが、あの国は表向きにも海賊を護衛として使っている。

 ロムニス帝国の場合はカナタ達だったというだけの事。

 

「貴女方の拠点である〝ハチノス〟もこの国から近い。悪い話ではないと思いますが」

「そうだな。資金援助だけでもありがたい話だ」

 

 今のところは自分たちの資金だけで賄えているが、基本的に略奪を行わない分リンリンやシキと比べて実入りは少ない。

 後々のことを考えると、今のうちに〝ハチノス〟を要塞化しておきたいこともある。渡りに船と言うべき取引だった。

 しかし、確認しておくべきことはまだある。

 

「一口に武力と言っても、何に使うつもりだ?」

「そうですね……許可を得た商船の護衛に始まり、貴女方自身にも積荷を運んでもらう事もあるでしょう。それに、もし戦争になればその時は──」

「速やかに敵国を滅ぼす先兵に、か……うちの海賊団は基本的に堅気には手を出すつもりは無いのだがな」

「あら、もし取引に応じていただけるのなら、この国が疲弊して困るのは貴女方も同じでしょう?」

「弱ったこの国を乗っ取るのもありかもしれないな」

「ふふ、怖いですね」

 

 一切恐怖など感じていないように、ディアナは笑みをこぼす。

 カナタは常に見聞色でディアナの機微を観測し続けているが、どの言葉にも動揺する様子さえ見せていない。

 機嫌を損ねればすぐさま首を刎ねられてもおかしくないというのに、緊張することもなく妖艶な笑みさえ見せている。

 不気味と言えば不気味な少女だった。

 

「実際のところ、お前がこの国においてどのような立場にいるのかもわからない。この取引が信用できるものなのかどうかもな」

「なるほど、道理です」

 

 紅茶を飲みながら少女は肯定し、ノルドに目配せして部屋から出す。

 何かを取りに行っていたのか、程なく戻ってきた彼は大きなカバンを二つ手にしていた。

 テーブルの上でそれを開けてみれば、びっしりと詰められた大量のお金が入っていた。

 

「実のところ、この契約は私個人からのお願いなのです。国を挙げての、と言うものではありません」

「……ふむ」

「こちらは前金です。契約を結んでいただけるのでしたら、追加で資金の融資もしましょう」

 

 個人での契約ならば少女の立場は関係ない。金さえ払えば傭兵の真似事だってしてみせよう。

 だが──()()()()()()にしておけば、何かあった時に国は関係なかったと言い張れる建前でもあるのだろう。

 外患を呼び込んだとして首を斬ることも出来るという訳だ。

 だがまぁ、それならそれで悪い話ではない。カナタには今更流されて困る悪評などないのだし、繋がりがあったとバレて困るのはロムニス帝国ばかりだ。

 

「……良いだろう。互いの利益になる以上は断る理由もない。その取引に乗った」

「良かった。もし断られたらどうしようかと思っていました」

 

 どうしようかと思っていた、とは言うものの、内心断られるとは欠片も考えていなかったのだろう。

 二つのトランクケースにはそれぞれ一億ベリーずつ入っており、前金で二億ベリー。ここから更に必要なだけの資金の融資。

 公的な立場はどうあれ、ディアナには相当な資金源があると見るべきだった。もっとも、この程度の額では今のカナタからすると()()()()なのだが。

 新造した船、取引をするための品物など、色々な物を揃えるためには元手の金が必要だ。一億や二億程度は簡単に溶けていく。

 その分利益も多いが、勢力拡大中の今はそれも今後のための投資に消えているのが現状だった。

 

「今後の連絡はどうやって行う?」

「電伝虫を使いましょう。盗聴の恐れはありますが、具体的な内容を省いた暗号でやり取りすればバレることはないはずです」

 

 役割と必要な船の数さえ通達できればいいので、簡素で暗号交じりのやり取りでも双方がわかっていれば対応できる。

 互いに連絡用の番号を交換し、一旦別れることにした。

 近いうちに一度連絡を入れるという事なので、それまではまだ自由らしい。

 

「今回はいい取引が出来ました。今後もいい関係を築けることを祈っています」

「互いに利のある取引なら否とは言わんさ」

 

 トランクケース二つを軽く持ち上げ、カナタは船へと戻る。

 人目を避けるように道を変え、人通りの多い港でも出来るだけ目立たないように。

 

 

        ☆

 

 

「お、戻ってきたか。どうだった、取引とやらは」

「まぁまぁだ。悪い取引ではなかろう」

 

 気になることはいくつかあるが、カナタ側が困ることではない。無視してもいいことだろう。

 臨時収入として手に入れた二億ベリーはひとまず置いておくとして、一度〝ハチノス〟へ戻らねばならない。本来なら今日戻る予定だったが、もう夕方だ。

 夜間航行は出来るだけ避けたいため、戻るのは明日になる。

 

「あいてはどんな奴だったんだ?」

「金髪碧眼の少女だった。見目は良かったぞ」

「そりゃァおれも会ってみたかったぜ。スコッチの野郎も羨ましがるんじゃねェか?」

「だろうな。だが会わせないほうがいい。あの手の女は魔性だぞ」

 

 男を掌で転がせるタイプだ。単純に国益のために動いているという訳でもなさそうだったし、あまり深入りしないほうがいいだろう。

 そういうと、ジョルジュは微妙な顔をしていた。

 

「なんだその顔は」

「いやァ……まァ、なんだ。お前に言われたくはないだろうぜ」

「?」

 

 人生を狂わせる、と言う意味ではカナタも大差ない。

 本人は特に自覚も無いようだが。

 

「ああ、それと……ロジャーから連絡があった」

「ロジャーから? 一体何の用だ?」

「正確にはロジャーを通したおでんからの連絡だな。『二年で帰って来いと言われたが、まだ帰れねェ。父上に伝えておいてくれ』だそうだ」

「あのダメ男、約束一つ守れないのか」

 

 呆れた顔で肩をすくめるカナタ。

 人を顎で使うとは良い度胸だなと思う反面、今のスキヤキは病にかかっているとも聞いている。一度会っておくのも良いだろう。

 ゼンなど特に会いたがるだろうし、ついでに連れて行くかと考えていた。

 ディアナとの契約の件はスコッチに伝えておき、連絡があれば対応するようにさせればいい。

 

「明日〝ハチノス〟に帰還した後、ゼンを連れてワノ国へ行く。スキヤキ殿の病の様子も気掛かりだしな。ついでにあのダメ男の伝言も伝えよう」

「スクラも連れて行くか?」

「あちらで許可が下りればいいがな」

 

 知人なので会えはするだろうが、外部の医者を連れて行って果たして診察させて貰えるかどうかが問題だ。

 国家元首の病ともなれば国一番の医者が診ている。下手に横入りしてしまうとまたややこしくなる。

 その辺りは臨機応変に対応するべきだろう。

 

「それと、おでんが『うちの家臣たちにもよろしく言っておいてくれ』って」

「私を何だと思っているんだあの男!?」

 

 便利屋扱いもいいところだった。

 



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第八十三話:想定外

「お疲れ様です! ジョルジュさん! ボス──あれ、ボス、朝『一足先に帰ってきた』って港歩いてませんでした……?」

 

 〝ハチノス〟に帰るや否や、開口一番に部下から困惑される。

 部下の言葉に困惑したのはカナタも同じだ。朝に出航してロムニス帝国から今戻ったばかりだというのに、既に朝には戻っていたことになっているとは。

 誰かがカナタの振りをして入り込んだという事だろうか。

 

「顔は確認したのだろうな?」

「もちろんしました! ボスの顔を間違えることはありません!」

「間違えてるから侵入されてんだろうがアホめ!!」

 

 ジョルジュも思わず突っ込み、カナタも思わず額に手をやる。

 

「それで、朝見かけた私そっくりの女と話をしたのか?」

「はい。子供を連れていて、『一足先に戻ってきた。部屋で休む』とそのまま奥に……」

「……子供を連れていた?」

 

 黄昏の海賊団はそれなりに子供を拾って来たりすることも多いので、子供を連れていること自体に違和感はない。ティーチやカイエを筆頭に既に働いている子供もいるのだ。

 だが、カナタにそっくりで〝ハチノス〟の地理を把握しているとなると──と、そこまで考えて、一人思い当たる人物がいた。

 

「……まさか」

 

 すぐさま見聞色で広く探知してみれば、強い気配を持つ誰かがすぐ近くまで来ていることに気付く。

 カナタは部下に槍を持って来させ、まっすぐこちらへ歩いて来ている誰かを待ち受けた。

 カナタの知る限り、顔がそっくりで〝ハチノス〟の地理を把握している人物など一人しかいない。

 ──懸賞金35億を超える賞金首にしてカナタの母親、〝残響〟のオクタヴィアだ。

 特に戦意を持っているわけでは無いものの、カナタはオクタヴィアの姿を見るや否や警戒を露にする。

 

「久しいな。壮健のようで何よりだ」

「何の用だ。()()()でも取りに来たのか?」

 

 鏡に映したようにそっくりな顔立ちに部下たちも視線を彷徨わせ、オクタヴィアは背後に連れていたカテリーナに「少し離れていろ」と告げる。

 カナタもオクタヴィアもそれ以上言葉を交わすことはなく、互いに槍を構え──武装色の覇気を纏う。

 これはまずいとジョルジュは冷や汗をかき、すぐさま背後にいる部下に向けて声を荒らげた。

 

「全員伏せろォ!!!」

 

 ──直後、二人の怪物は互いに武器を振りかぶり、纏った武装色の覇気を衝突させた。

 大規模な爆発と言っても過言ではない衝撃波が迸り、港に停泊していた船がことごとく転覆しかかるほどの爆風と大波を引き起こす。

 能力を使わない、覇気の衝突だけで()()だ。

 ジョルジュの言葉に反応できなかった部下たちは衝撃波で海、あるいは内地まで吹き飛ばされ、かろうじて反応した部下も地面にへばりついて吹き飛ばされないようにするので精一杯だった。

 その爆心地に立つ二人は、これ以上の戦意を持つことなく武装を解除する。

 

「ふむ……あの時よりは随分と成長したようだな」

 

 かつて〝楽園〟で会ったときは今ほど覇気は強くなかった。槍捌きもそうだが、より強くなった覇気を感じ取ればどれだけ過酷な冒険をしてきたかわかる。

 それでも、まだオクタヴィアの方が強い。

 互いにある程度の実力を推し量ったところで、カナタは周りの部下に手を出すなと言い放つ。

 オクタヴィアはまだカナタより強い。数で囲んだところでゴミのように蹴散らされるのが関の山だ。

 

「もう一度聞くが、何の用だ」

「ここの地下に一振りの刀があっただろう。あれの行方を捜している」

「〝村正〟か。あれなら私の手元にあるが──お前の物か?」

「いいや……だが、そうか。お前が持っているなら私も文句はない。好きに使うがいい」

 

 それ以上は何も言わず、オクタヴィアはカナタの横を通り抜けて停泊してある小舟へ向かう。

 その後ろをとことこと付いていくカテリーナ。

 オクタヴィアは思い出したように振り返り、カテリーナの首根っこを掴んでカナタの前に押しやった。

 

「ついでだ。この子を預かってくれるか?」

「……お前の子供とは言わないだろうな?」

「まさか。どこぞで拾った子供だ。行く当てが無いから私に付いてきているだけのな」

「猫みたいに扱うの止めてほしいなー……ってそうじゃなくて、私をここに置いていくつもり?」

「そうだと言っている。私に付いて回るよりここの方が多少は安全だろう」

 

 同じくらいの年代の子供もいるようだしな、と視線をティーチに向ける。

 ティーチに関してはオクタヴィアも一目見るなり眉を顰めたが、特に何を言うでもなく視線を切り、カテリーナを下ろして背中を押しやる。

 

「子供一人受け入れるくらい訳はないが……何を企んでいる?」

「何も企んでなどいないさ。いつかお前が私を超えるまで、海のどこかで待ち続けるだけだ」

 

 オクタヴィアの母親も、そうやってオクタヴィアを待ち続けた。

 そういう一族なのだ。それ以上の理由などなかった。

 

「今はまだ、私に挑むには早かろう……いつかその時が来たら、お前がそう思わずとも会うことになる。()()()()()()()()()

 

 オクタヴィアの言葉にカナタは答えることはなく、カテリーナはやや不満そうに頬を膨らませていた。

 カナタとオクタヴィアの力の差は大きくないが、それでも勝てる程ではない。

 今戦うのは愚策だった。

 小舟に乗り込んだオクタヴィアに、カテリーナは背後から声をかける。

 

「不満はあるけど、ありがとう、オクタヴィア! またね!」

「──ああ。また会おう」

 

 どこで改造したのか、オクタヴィアの乗っている船は雷を動力とする。船はゆっくりと動き出し、次第に速度を上げてどこかへと消えていった。

 嵐のような女だったが、結局何をしに来たのかわからないままだ。

 カテリーナは知っているのかと、カナタはオクタヴィアが水平線の先に消えていくのを眺めながら尋ねてみる。

 

「うーん……一振りの刀を探してるって言ってたよ。ジーベックの形見だーって言ってたけど」

 

 そもそもジーベックが誰なのかも知らないカテリーナは、よくわかってない顔で首を傾げていた。

 一方、尋ねたカナタは「そういう事か」と理解してため息を吐いた。

 

「ジーベックって人、知ってるの?」

「ああ」

 

 言葉少なに答えたカナタは、それ以上話すつもりはないとばかりに背を向けて歩き出した。

 転覆しかかった船を戻すよう指示し、怪我人は医務室へ行くように通達する。カナタ自身はワノ国へ向かうための準備とゼンに連絡を入れるために一度部屋へと戻る。

 オクタヴィアに何か盗まれてはいないかと思ったが、精々食料と水を少しばかりかすめ取られたくらいで大きな被害はない。

 カナタと一撃交えたのが一番被害が出ているくらいだ。

 何を考えているのかよくわからない女だが……今はまだ、放っておいていいだろうと判断した。

 

 

        ☆

 

 

 数日の休養と準備期間を経て、カナタはワノ国へと繰り出した。

 今回連れて行くのはゼンとグロリオーサ、カイエくらいであとは下っ端ばかりだ。おでんの家臣とそれなりに友好があった者もいるが、今はまだカナタ達も忙しい。

 グロリオーサはカナタの相談役でもある。伊達に長生きしているわけでは無いのだ。

 ……とは言っても、大抵のことは力ずくで何とかなるのであまり出番も無いのだが。

 

「ヒヒン、ワノ国に行くのも二年ぶりですね。スキヤキ様もお元気にしていればいいのですが」

「今は病気を患っていて療養中と聞く。許可が取れそうなら一度戻ってスクラを連れてきてみることも考えているが……」

「難しいでしょうね。ワノ国は鎖国国家。外部の者があまり将軍に近付きすぎるのは良くない影響があるでしょう」

 

 今の関係性を壊したいわけでは無いのだ。下手に踏み込むことは避けるべきだろう。

 何はともあれ、一度スキヤキに会えそうなら会って、その後でおでんの家臣に伝言をしておけばいいと考えていた。

 だが、ゼンはカナタと共にスキヤキに会うことはしないと言う。

 

「私が行くと話が長くなりそうですからね。私は先におでん様の家臣の方々に伝言を伝えてきますので、カナタさんはスキヤキ様の容体を見てきていただけますか?」

 

 病人のところに長居するのはあまり良くないとゼン自身も思っているのだろう。

 容体が悪いようなら会わないほうがいいが、危篤と言うなら顔見せくらいはした方がいい。その辺りの判断はカナタに任せるというのだ。

 それならそれで構わないと判断し──数日の航海を経てワノ国へと辿り着く。

 二年ぶりのワノ国は大きくは変わっておらず、前回同様〝潜港(モグラみなと)〟へと船を着ける。

 前回からそれなりに時間は経っているが、ゼンやカナタの顔をしっかり覚えていたらしく、今回は特に騒ぎになることもなく〝白舞〟へと足を踏み入れた。

 康イエのいる城まで案内してもらう道中、ワノ国の近況を聞いてみることにした。

 

「康イエ殿は健在か?」

「はい。お元気にしていらっしゃいます」

「スキヤキ殿が病気と聞いたが、今は?」

「最近はあまり体調が優れぬらしく、今は代理を立てて療養されているようです」

「代理? 一体誰が?」

 

 聞いてはみたが、カナタはあまりワノ国の事情には詳しくない。具体的な名前を出されてもどういう人物かはわからない。

 少なくとも康イエでは無いようだが……と考えていると、案内人は代理の名前を教えてくれた。

 

「黒炭オロチという方です。黒炭家はかつて大名でありましたが、他の大名を暗殺した疑いがあるとして家を取り潰されたと聞きます……しかし、オロチ殿はおでん様の弟分と言う話ですし、大丈夫でしょう」

「……おでんの弟分?」

 

 カナタはちらりとゼンに視線を向けてみるが、ゼンは眉を顰めて首を横に振った。

 ゼンがワノ国を出た後の話かもしれないが、それなら前回ワノ国に来た時の話題にならないのも妙な話だ。

 家臣を含め、それなりに長い期間滞在していた。話す暇ならいくらでもあったはずだというのに。

 気になりはするが、それも一度会ってみればわかること。とはいえ流石に今日来て今日会うことは難しく、康イエの城に滞在して将軍にお目通りを願う必要がある。

 返答まで含めれば数日必要だろう。

 

「私はここに居るが、お前たちはどうする?」

「ゼン殿と共に〝九里〟へ向かおうと思っておる。カイエに年の近いミンク族ニョ二人もいることじゃしな」

「そうか。部下たちは……好きなようにさせておくか。長期滞在の予定はないから〝白舞〟から離れさせることは出来ないがな」

 

 スキヤキ殿の体調を確認し、ゼンが顔合わせ出来そうならそちらの日程も調整しなければならない。

 長くても一週間程度の滞在になるだろう。

 康イエ殿には世話になると思い、交易品の売買には多少()()()()()ように部下に伝えておく。毎度のことだが、カナタ達がこの国で一番世話になっているのは康イエかもしれない。

 ──夜になり、歓迎の宴の席にやや遅れ気味で到着した康イエが現れた。

 

「すまない、遅くなってしまった!」

「いえいえ、康イエ様もお忙しいようで」

「ハハハ、まァ閑古鳥が鳴くよりは良かろうさ! だが、このところ妙な連中が増えている。どこぞの(さと)に住み着いた海外の者のようだが……」

「ほう、海賊か? そちらでやりにくい相手なら私が相手をしてもいいが──」

「いや、いや。それには及ばん。何より他の郷の事だ。下手に手を出してはこちらが咎められる」

 

 やや疲れた顔の康イエを迎え、宴が始まった。

 二年分の話がある。

 酒の肴になることもあれば、おでんの事のようにカナタと康イエが二人して愚痴を溢す話もあった。

 

「元はと言えば、奴が海外に出るきっかけを作ったのは私だ。首に縄をひっかけてでも連れて帰ってくるべきなのだが」

「気に病むことはあるまい。あの男の事だ、カナタ殿のことがなくとも海外に出て行っていただろう」

「そう言って貰えるとありがたい」

 

 おでんが海外でどうしているかはカナタも詳しくは知らない。

 ロジャーの船でどんちゃん騒ぎをしているのだろうとは思うが、あれで〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読める数少ない人物でもある。海をまたいで探し回っていることだろう。

 カナタ達も仕事の傍ら探しはしているが、そう易々と見つかるものでもない。

 世界政府が読むことを禁じていることとそれ自体が宝に関係する物という認識が無いことが相まって、海賊の中でも探しているものはごく一部に限られる。

 実際、その先にあるのが宝とは限らない。〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟が無ければ単なる文化遺産としか思わないだろう。

 

「おお、そうだ。海賊で思い出したのだが、最近〝九里〟に海賊船が停泊していてな」

「海賊船? 大人しくしているのか?」

「ああ。滝を登って来たらしく、船が壊れたので修繕のために停泊しているらしい。名前は……確か、ニューゲートと名乗っていたな」

「──ニューゲートだと!?」

 

 その名前には聞き覚えがある。

 ロックス海賊団から離れ、今や〝金獅子〟や〝ビッグマム〟、〝ロジャー〟に並ぶ強大な海賊──〝白ひげ〟エドワード・ニューゲート。

 その男が今、〝九里〟に居るという。

 会えば恐らく戦いになるだろう。〝金獅子〟や〝ビッグマム〟の前例を考えれば、カナタの顔を見せるだけでそのまま全面戦争に突入しても不思議ではない。

 カナタは嫌そうな顔をして額に手を当てる。

 酔いも醒める衝撃だ。

 カナタの様子がおかしいことに気付いたのか、心配そうに康イエが尋ねる。

 

「……どうした。ニューゲートのことが気になるのか?」

「ああ……そいつは外ではかなり名の知れた海賊だ。本人の実力もな」

 

 どこかにシマを作っているという話は聞かない。船には恐らく全戦力が乗っているだろう。

 対し、こちらは幹部数名がいるのみ。ニューゲート一人だけならともかく、部下まで含めては分が悪い。

 少数でありながら〝金獅子〟や〝ロジャー〟に並ぶ名は伊達ではないだろう。

 

「……ここで敵対するのは愚策か」

 

 幸いにもあちらにはまだカナタたちの存在はバレていない。今ここで情報を得られたことは幸運と考えるべきだろう。

 おでんの家臣たちには康イエから伝言をしてもらうとして、ゼンたちは〝白舞〟に留まらせておくべきだ。

 下手に接触があればバレる可能性がある。ゼンもグロリオーサもそれなりに名の知られた賞金首だ。

 

「予定変更だ。ゼンたちはここに留まれ。おでんの伝言は康イエ殿から伝えて貰えないか?」

「それは構わないが……ニューゲートとは会わないほうがいいのか?」

「会えば敵対は確実だ。一対一(サシ)なら勝敗はわからない」

 

 ロジャーと同レベルなら善戦は出来るだろうが、勝てると断言出来る相手では無い。

 何より、下手に正面衝突してはワノ国にも甚大な被害が出かねない。戦わないに越したことはないだろう。

 

「部下たちも出来るだけ一か所に留まるように言っておかねばな……〝九里〟から動いてはいないのだろう?」

「ああ。船の修繕のために〝九里〟周辺をうろうろしているくらいだな」

「なら〝白舞〟から出なければいいだろう」

 

 幸先悪い話にため息の一つでも吐きたくなるが、こちらはこちらで目的を果たすだけだ。

 ひとまずスキヤキ殿と早いうちに面会出来るよう頼み込むしかない。

 少数で〝白ひげ〟と全面戦争など御免被る。

 幹部全員が揃っているのなら、また話は変わるのだけれど。

 




私用につき次の更新は(多分)26日になると思います。
しばらくお休みですがご了承ください。


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第八十四話:罠

私用が終わったので復活。
来週からまた月曜投稿で頑張ります。ほどほどに。


 ワノ国に到着してから一週間余り。

 ようやく将軍へのお目通りが叶うこととなり、カナタは一人〝花の都〟へと移動していた。

 康イエは忙しそうにあちらこちらを駆けまわっているようで、今日のお目通りも本来ならカナタと共に行く予定だったがそれも出来なくなった。

 数日前に〝花の都〟へと向かっていったため、用があるカナタだけで向かうことになったわけだ。

 もっとも──〝花の都〟に着くなり、抜刀した侍たちに囲まれる状況になるなど考えてもいなかったわけだが。

 

「──やはりこの女だ!」

「この女がスキヤキ様を……! 成敗してくれる!!」

 

 向けられる怒気には覚えがない。

 侍たちの敵意を無視し、指揮している康イエの方へと顔を向けるカナタ。

 

「これは一体どういうことか、説明して貰っても?」

「下手人と話すことなど──!!」

「黙っていろ! ……カナタ殿、本当に覚えがないのか?」

「私はずっと〝白舞〟に居た。〝花の都〟で起きたことなど知るはずもない」

「……つい昨日の事だ」

 

 ワノ国の将軍であるスキヤキが暗殺された。

 白昼堂々の犯行で目撃者も多く、下手人の手配書も作られている。

 康イエが見せたその紙には、カナタそっくりの顔が書かれていた。

 腰に差した刀こそ拵えが違うが、それくらいいくらでも偽れる。別人だと言い張るのは不可能に近い。

 

「私と同じ顔の誰かがスキヤキ殿を暗殺したと?」

「そうだ。白昼堂々の犯行ゆえ、捕まえられなかったことを悔やむばかりだが……一瞬で姿をくらませてしまったのでな」

「康イエ様、何を悠長な! この女が下手人でしょう!!? 一刻も早く捕まえねば!!」

 

 怒りに沸き立つ侍たちを前に、カナタは肩をすくめるばかりだった。

 同じ顔というだけならカナタがやった証拠にはならない。少なくともほぼ同じ顔の別人がいることはわかっているのだ……侍たちは知らないだろうから、結局は言い逃れしようとしているとしか思われないだろうが。

 だが、オクタヴィアがやったにしては違和感も残る。

 白昼堂々と犯行に及んだのはまだしも、()()()()()()()()()()()()()。わざわざ自分の顔をさらけ出すような真似をするとも思えない。

 

「カナタ殿……本当に貴殿がやったのか?」

「私じゃない、と言って信じてもらえる状況とも思えないがな」

 

 カナタと交友がある康イエだけが疑心を持っているが、侍たちは聞く耳を持たない。

 厄介なことに巻き込まれたが、このまま捕まるわけにもいかない。包囲する侍たちから逃げ、その外側で待機しているお庭番衆を振り切らなければ延々と追ってくるだろう。

 ことここに至っては康イエが何を言っても覆せはしない。

 気になるのは、そうやってカナタに罪を擦り付けた誰かのことだが……ワノ国で何かをしでかした覚えもないため、首をひねることしかできない。

 思い当たる相手がいないというのは厄介だ。おでんとは不仲だがあの男にこういった搦め手を使える頭があるとも考えられず、その家臣が勝手にやったとも考えにくかった。

 まぁ何にせよ、考えるのは後からでいいだろうと判断し。

 

「──悪いが、押し通る」

「……捕まっては、くれんか」

「いわれのない罪を被せられることには慣れているが、それで簡単に捕まってやれるほど安い首になったつもりもない」

 

 とは言え、ワノ国の侍といえば世界政府ですら手出しを躊躇うという屈強な軍隊。さしものカナタも手を焼くかと思われたが──存外、噂とはあてにならないものだった。

 能力で作り出した氷の槍に武装色の覇気を纏わせ、一振りするごとに侍たちが吹き飛んでいく。

 以前康イエの部下たちと訓練を共にしたが、侍一人一人がそれなり以上の実力を持つ。国家ぐるみでこの軍隊を持つなら、確かに世界政府も手を出しあぐねるだろう。

 まぁ、多少数を揃えただけではカナタの敵ではないのだが。

 

「バカな……! たった一人だぞ! 何故倒せない!」

 

 侍の一人が驚愕しつつも斬りかかり、再び振るわれる槍の一薙ぎで軽々と吹き飛ばされる。

 罠に嵌められたのは事実だが、命を奪うほどの理由ではない。カナタにとっては加減する余裕がある相手である以上、能力を使って殺す理由もなかった。

 侍たちをあらかた戦闘不能まで追い込んだ後、カナタは急いで〝白舞〟へ向かって走り出した。

 スキヤキが暗殺されたのが昨日の昼なら、既に各郷に伝令が走っているはずだ。易々とやられるような部下ではないが、こういう時は得てして予想外の出来事が起こるものだ。

 非常に不服な話だが、この年になると親譲りのトラブル体質にも慣れてきていた。

 

 

        ☆

 

 

 同時刻。

 やはりと言うか何と言うべきか、〝白舞〟に残ったゼンたちの方にも客が現れていた。

 元々〝白舞〟にいたカナタたち〝黄昏の海賊団〟を包囲するための軍が〝花の都〟に集まっていたのだが、カナタがそのほぼ全軍を戦闘不能に追い込んだので、郷から直接〝白舞〟へ向かった侍たちだけが無事なままゼンたちと相対することとなっていた。

 その中には顔見知りであるおでんの家臣──錦えもんたちも交じっている。

 

「ヒヒン、これは一体どういう状況ですか?」

「ゼン殿……拙者たちも信じがたいが……カナタ殿が昨日、ワノ国の将軍である光月スキヤキ様を暗殺した疑いが掛けられている」

「暗殺!!? 一体どういうことです!? 昨日は日がな一日鍛錬に明け暮れていたところ……暗殺などありえません!!」

「だが、目撃者も多いのだ! 言い逃れは出来ぬ……!」

 

 顔が同じだけなら別人の可能性は消えない。が、親子でさえあれだけ似た顔というのも珍しい。

 オクタヴィアのことを話しても信じてくれはしないだろう。

 ──そして、ゼンが錦えもんと対峙している裏では、グロリオーサが子電伝虫でカナタと連絡を取っていた。

 

「……状況は良くない。どれくらいで戻ってこられるニョだ?」

『〝花の都〟からそこまでは少し時間がかかる。全員すぐに〝潜港(モグラみなと)〟へ撤退しろ。もうワノ国には居られないだろう』

「それしかないか……冤罪を晴らさなくても良いニョか?」

『悠長に裁判してくれる状況でも無さそうだ。私も罪を擦り付けた者は気になるが、それは後々おでんにでもやらせればいい』

「あニョ男が素直に聞き入れてくれるとも思えニュがな」

『私もそう思うよ』

 

 肩をすくめてため息を零し、グロリオーサはすぐさま全員に通達した。

 

「総員、傾聴!! ──これよりワノ国から撤退する!! 〝潜港(モグラみなと)〟へ向かえ!!!」

 

 黄昏の海賊団の面々はすぐさま行動に移り、物々しい雰囲気になってから準備していた部下たちがすぐさま必要な荷物を持って一斉に移動を開始した。

 錦えもんたちとてそれを見逃せるはずもなく、苦々しい顔で刀を抜いた。

 

「逃がすわけにはいかぬ……これはワノ国の一大事なのだ。わかってくれ、ゼン殿」

「ヒヒン、私とてスキヤキ殿に一度忠誠を捧げた身。ですが、今はカナタさんの部下なのです──それに、疑問に思う点も多い」

 

 槍を構えて覇気を纏わせるゼン。

 その実力をよく知る錦えもんたちおでんの家臣は緊張感を高め、港へ向かう様子のないゼンへとグロリオーサが声をかけた。

 

「ゼン! 急げ、撤退だ!」

「私は殿を務めます!! どのみち追われながら逃げることは難しいでしょう!」

 

 多くの侍を相手取るなら実力のあるゼンが適任だ。あと一人か二人、実力のある者がいればよかったのだが……ないものねだりは出来ない。

 〝潜港(モグラみなと)〟に船を構えていることは知られているはずだ。下手をすると船が壊されている可能性もあるため、戸惑っている時間はなかった。

 

「……死んではならニュぞ、ゼン!」

「まだまだ死ぬ気はありませんとも! フェイユンの花嫁姿を見るまでは……まさかとは思いますが、既に彼氏がいるとかありませんよね!?」

「私が知るかァ!!」

 

 半分キレながら返答し、ゼンを一人置いて撤退するグロリオーサ。

 横にはカイエが並走しており、部下たちが均等に距離を置いて港へかけていくのを後ろから見ていた。

 港に先回りされていた場合は厄介だが、部下たちとて無力ではない。侍相手でも戦えはするだろうと考え、背後に残してきたゼンを気にしていると──前方にいた脅威に気付くのに遅れてしまった。

 

「ギャアアアアアアア!!!」

「痛ェ……クソ、痛ェ!」

 

 最前列にいた部下たちが薙ぎ払われ、後ろへと吹き飛ばされてきた。

 侍たちにそれほどの実力者が交じっているのかと思えば──グロリオーサは道を塞ぐ敵に目を見開いた。

 

「──テメェらには悪ィが、錦えもんたちには世話になったからな。この国の一大事とありゃァ、手伝わねェ訳にもいかねェ」

 

 六メートルを超える巨体。薙刀を持った金髪の偉丈夫──何より特徴的なのは、鼻の下に生えた白い髭。

 この海でも有数の実力者、〝白ひげ〟エドワード・ニューゲートがそこにいた。

 グロリオーサは嫌そうな顔をしながら足を止め、その巨体の前に姿を晒す。

 

「こニョ忙しい時に、随分と厄介な男が出て来たものよ……!」

「グロリオーサ……こんなところで懐かしい顔を見るとはなァ」

 

 かつて同じ船に乗っていた者同士、思うところもあるが──今は既に道を違えた。

 古い知り合いでも乗る船が違えば殺し合うのが海賊というもの。互いに言葉はなく、覇気を纏わせた武器を構える。

 振り向くことなく、グロリオーサは背後にいる部下へと指示を出した。

 

「私が何とか抑える。部下の方は……」

「私がやります」

 

 カイエが鎖のついた大鎌を構え、フードを目深に被ったまま目線を送る。

 まだ幼い子供だが……実力はある。白ひげ海賊団にも子供は居るようだし、そちらの相手なら任せられると考えて前に出た。

 体格差もあるが、何よりその恐ろしいほどに洗練された覇気に冷や汗が出る。それでも臆することなく、グロリオーサはニューゲートを睨みつけた。

 

「邪魔をしないでもらおう。我々はこの島を出る」

「そりゃ出来ねェ相談だな。テメェ、あの女の部下だろ? どこに行った?」

「元々今日謁見の予定だったニョだ。〝花の都〟に行っている」

「自分で殺しておいて謁見の予定だったからノコノコ出向くとはな。何のつもりだ」

「暗殺したのはカナタではない。顔が同じというだけニョ理由ならほかにも該当者はいる」

「……オクタヴィアか。だが、あの女が暗殺なんざするわけがねェ。まどろっこしい真似するくらいなら正面から首を獲りに行く女だからな」

「違いない」

 

 タイミングを見計らいながら会話を続けていると、ニューゲートが嫌そうな顔でオクタヴィアの名を出した。

 オクタヴィアは大抵の相手と関係性が最悪だった。グロリオーサは思わず笑い、ニューゲートはグロリオーサの反応を見て増々嫌そうな顔をする。

 これ以上の問答は不要とばかりに薙刀を構え、ここから先を通す気はないと無言で圧力をかけてくる。

 ニューゲートの後ろには若いながらも相当な実力を持つ部下たちがいる。易々とは通れない。

 グロリオーサは腰からナイフを引き抜き──目にも止まらぬ神速で斬りかかった。

 

「甘ェな」

 

 しかしそれは容易く凌がれ、ニューゲートは薙刀の柄でグロリオーサの体を弾き飛ばす。

 僅か一合の打ち合いで実力差を思い知らされるが、その一瞬でニューゲートの横をすり抜けたカイエが一番近くにいた少年──マルコへと接近する。

 

「ここは通さねェよい!」

「邪魔です」

 

 カイエの前に立ち塞がったマルコは、相手を子供と思って侮り──勢いよく接近したカイエから顔面にドロップキックを食らっていた。

 

「ホブッ!!?」

「マルコ!?」

 

 錐もみ回転して弾き飛ばされたマルコに目を丸くした女性──ホワイティ・ベイの足元へと潜り込み、カイエがその手に持った大鎌を振るう。

 流石に簡単にはやられてくれず、武装色の覇気を纏わせた拳銃でカイエの大鎌を受け止めた。

 横で鼻血を出すマルコはといえば、「き、効いたよい……」と情けない声を上げている。

 マルコの顔に突如青い炎が立ち昇ったかと思えば、打ち身も鼻血も綺麗に治っていた。

 ──トリトリの実の幻獣種、〝不死鳥〟の能力を持つマルコは、多少の怪我などすぐさま治癒してしまう。真正面から戦っても不利となるだけの相手だ。

 

「小さいのにやるよい」

「アンタが油断してるからでしょ!」

 

 大鎌を捌きながら軽口を叩くベイに対し、マルコはムッとした様子で腕を不死鳥の翼に変化させながら前へと出る。

 

「おれがやるよい! ベイは下がってていいぞ!」

「見習いのくせに生意気な──マルコ!」

「ごちゃごちゃと……うるさいです」

 

 カイエへお返しとばかりに蹴りを見舞おうとしたマルコの上を取り、踏みつけて地面に落とした後で人獣形態へと変化する。

 見る見るうちに巨大化する体に目を丸くするベイとマルコを尻目に、カイエは石化の能力を発動させた。

 

「うぐっ!? な、なんだこれ!?」

 

 指先から徐々に石化する体に慌て出すマルコ。

 単なる怪我なら一瞬で治癒する不死鳥の体も、石化する魔眼の前では形無しだった。

 だが相手を石化させるには対象を凝視しなければならない。理屈はわからずともそのままやらせるのはまずいと判断し、襲い掛かったベイへ意識が向いたためにマルコの石化が停止する。

 そのままカイエの足を弾いて脱出し、片腕が石化したままマルコはベイの隣へ戻った。

 

「た、助かったよい!」

「助かったの? その腕、戻ってないけど……アンタの能力でも回復しないわけ?」

「わからねェよい……」

 

 半分泣きそうな顔になりながら石化した腕を見るマルコ。

 無理矢理にでも戻す方法を聞きださねばならないと、ベイは拳銃を構えた。

 人獣形態から人形態に戻ったカイエは、再び大鎌を構えてベイと対峙する。

 ──一方、ニューゲートとグロリオーサの戦いは戦いと呼べるレベルですらなかった。

 強力な武装色の覇気を纏わせた攻撃はどれだけ強固に覇気を纏って防いでも防ぎきれず、しかし避けようとしても極めて正確に敵の動きを予見する見聞色の覇気の前では避ける事すら許されない。

 かつてロックス海賊団に居た頃から、ニューゲートは頭一つ抜けて強かった。グロリオーサとて負けているつもりはなかったが、ニューゲートは昔より更に強い。

 

「ぐ、が……流石に強いニョう……!」

「……気は済んだか。おれァ別に殺すつもりはねェ。じき錦えもんたちが来るだろうしな」

 

 ニューゲートは涼しい顔でグロリオーサを見ており、時たまマルコたちの方を気にして視線を向けていた。

 目の前の相手が自分に集中しないなど、戦士として育ったグロリオーサとしては屈辱極まりないが──時間が味方するのは決して彼らばかりではない。

 

「──余所見をしていて良いニョか?」

「何を──」

 

 言っている、と。

 そう言葉を発しようとした刹那、背筋を襲う悪寒と自身の危機感が警鐘を鳴らした。

 

「──ッ!!」

「──!?」

 

 横合いから襲い掛かってきたカナタの槍を薙刀で受け止め、ぶつかり合った覇気の衝撃が轟音となって響き渡る。

 

「……やっと船長のお出ましか」

「部下が世話になったようだな。〝白ひげ〟」

 

 〝花の都〟と〝白舞〟の距離はそれほど遠くない。カナタの最高速度で移動すれば、瞬く間に踏破出来る程度の距離だ。

 先んじて港へ向かった部下たちを追いかけ、足止めを食らっている様子を確認し──グロリオーサの前に立ち塞がるニューゲートを見た瞬間、手に氷の槍を生み出して襲い掛かっていた。

 一度ぶつかった後でグロリオーサを抱えて距離を取り、手近に居た部下へ預ける。

 カナタの槍を預かっていた部下はすぐさま前に出て槍を渡し、カナタはそのまま前に出た。

 

「噂はかねがね聞いている。かなりの実力者ともな」

「そうか。おれもテメエの噂はよく聞くぜ」

()()()()()()()()()()()

 

 傍から聞けば何のことかわからない質問だった。

 しかし、白ひげは嫌そうな顔をするだけで答えることはない。

 それでも、それだけで回答としては明白だった。

 

「元ロックス海賊団。〝白ひげ〟エドワード・ニューゲート──()()()()()()()

「お前も、だァ?」

「シキといい、リンリンといい、お前たちの思考回路は全部同じだ──口を開けばオクタヴィアがどうこうと、そればかり。やはり元ロックスの連中は全員首を獲るのが一番いいらしいな」

 

 それが確認出来ただけでも十分だ。

 これ以上の問答は必要ない。

 

「テメェ、何を言って──」

「問答は不要だ。今はお前の相手をしている暇はない」

 

 覇気によって黒く染まった槍を構え、カナタはニューゲートを見る。

 視線はそのままに、奥で戦うカイエへと声をかけた。

 

「カイエ、一度退け!」

 

 目の前の男と正面からぶつかるなら、敵以外は後ろに置いておくべきだ。

 素直に退いたカイエと、石化したマルコのためにそれを追おうとしたベイが同時に動き、ニューゲートがベイを止めた。

 

「親父! マルコの腕を戻す方法を聞き出さなきゃ!」

「わかってらァ! だが……加減できる相手じゃねェ。ちょっと下がってろ」

 

 今度は一切視線を逸らさず、カナタへと集中している。

 互いに覇気を武器に纏い──衝突に伴って音が消え去るほどの爆発が起きた。

 




カイエの石化、一応設定としては
・覇気を纏えば防げる
・傷を負わせるわけでは無いのであくまで自然治癒力を爆発的に高めるマルコの能力が通じない(ただし生身の部分から切り落とせば治せる)

辺りは考えてます。
能力者本人が気絶したら能力が解除されるかって言われるとちょっと困る感じに。動物系、そういう特殊な能力者がいないので前例無くてちょっと判断に困ってるところあります。


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第八十五話:〝白ひげ〟

 ──実際のところ、光月スキヤキはとうの昔に殺されていた。

 死人に口なしとはよく言ったもので、黒炭オロチと黒炭ひぐらしがワノ国の実権を握るためには邪魔な相手だった以上は生かしておく理由もない。

 今回カナタを罠にかけた方法は()()()()()()()()()()使()()()ものだ。

 ワノ国には〝鈴後(りんご)〟という土地があり、この土地は気候の関係で()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 本来なら殺害した相手の遺体は見つからないように処理するのが良いのだが、今回は元々使う予定だったので〝鈴後〟に隠してあった。

 それを掘り起こし、かつてオクタヴィアと同じ船にいたひぐらしがマネマネの能力でオクタヴィアに化け、事件を起こしたという訳だ。

 よく見知った相手でさえ間違えかねない二人である以上、初めて見る侍たちに見分けなどつくはずもない。

 

「上手く行ったが……あれでよかったのか?」

「ニキョキョキョキョ……スキヤキの振りをして会うのもリスクが高い。()()()()使()()()()()()だったが、まァよかろうて」

 

 〝花の都〟にある城の中で、オロチとひぐらしは策が上手く行ったことに安堵していた。

 直接的に敵対すれば破滅は免れないが、スキヤキの仇となればワノ国全土を敵に回すことになる。カナタがどれほど強かろうとも、侍たちを全て敵に回してまで犯人捜しをしようとはしないと踏んだからこその策だ。

 城下に集まった侍たちを一蹴されたときは冷や汗をかいたが、逃走を選んでくれたことに内心安堵したものだ。

 

「あの女は今後ワノ国に寄り付かなくなるだろう。次はおでんのための策を用意せねばな。ニキョキョキョキョ……!」

「……そうだな。おでんが戻ってきたときのために、準備を整えねェと」

 

 将軍の地位を渡すため、などではなく。

 光月の威光を地に落とすために。

 二人は笑い、机に置いた茶飲みを取ろうとして──カタカタと揺れていることに気付く。

 

「なんだ、地震か……?」

「……まさか」

 

 ひぐらしは今ワノ国を訪れている一つの海賊団を思い出して、嫌な想像が脳裏をよぎる。

 カタカタと微細な揺れはすぐに収まり、オロチは「止んだようだな」と気にした風もなく茶飲みを手に取った。

 ──次の瞬間、ワノ国全土を襲う大地震が引き起こされた。

 

 

        ☆

 

 

 〝白ひげ〟エドワード・ニューゲートはグラグラの実の地震人間だ。

 一般人が食べれば精々微細な振動を起こすのがせいぜいと言ったところだが、ニューゲートほどの強さを持つ怪物がこの実を食べれば地震さえ引き起こす。

 拳を振るえば大気にヒビが入り、衝撃波を巻き散らしてはぐらぐらと大地を揺らし。

 ひとたび薙刀を振るえば大地を揺らすエネルギーが直接相手に叩き込まれる。

 ロジャーやシキと互角以上に戦う、この海における大海賊の一人。

 ──その男は今、僅かに傷を負いながら苦い顔をしていた。

 

(……小娘が。まだ若ェだろうに、なんて強さだ。随分生き急いでるみてェだな)

 

 易々と崩されるほど腕が鈍った覚えもない。

 鋭く振るわれる槍の一撃を丁寧に防ぎ、気を抜けば凍らせようとする冷気も振動で防ぐ。

 ヒエヒエの実の能力は敵を凍らせる強力な冷気こそが強みだ。だが、カナタがいくら能力を使いこなしていようとも〝振動〟そのものは凍らない。

 相性という意味では天敵に近い相手だった。

 だが、その程度で倒れる女ならとうの昔に死んでいる。

 

「そこを退け、ニューゲート……!」

「そうはいかねェなァ……おれにも錦えもんに世話になった義理がある」

 

 もはや数える事すら億劫になるほど刃をぶつけ合った。

 直接的に武器がぶつからずとも、纏う覇気は常に強靭だ。加えてニューゲートの攻撃はそれそのものが地震を引き起こす。

 はじめは微細な揺れだった地震も、今や島そのものが傾いてさえいる。

 

「なんて無茶苦茶な……あニョ男、こニョ島ごと沈める気か!?」

「グロリオーサさん、ここも危ねェ! 離れねェと!」

「だが、逃げ場など……!」

 

 白ひげ海賊団の者たちはニューゲートの能力を理解しているため、邪魔にならないよう既に離れているが……本気になったニューゲートの前では、どれだけ離れても安全な場所などない。

 カナタはバランスを崩されることを嫌がり、傾く大地から離れて空を駆ける。

 高速で振るわれる刃を弾き返し、ニューゲートは()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──!!?」

 

 ぐらりと世界が揺れる。

 天地がひっくり返ったかのような錯覚さえ覚える一撃に、さしものカナタも驚愕を禁じ得なかった。

 

「それだけ強ェんだ──加減は出来ねェぞ」

 

 僅か一瞬のこと。

 ニューゲートの能力に気を取られ、カナタの反応が遅れた。

 弓のように腕をしならせ、横薙ぎに振るった拳がカナタへと直撃し──遠目に見える山が一つ吹き飛ぶほどの衝撃波が叩き込まれた。

 

「ぐっ──がはっ……!」

 

 武装色による防御こそ間に合ったが、まともに食らえば即死しかねない一撃を食らって血を吐き出す。

 しかしそれでも膝をつかず、槍よりも拳の方が速いと判断して氷の爪を纏ったカナタはニューゲートの腕にそれを突き刺した。

 鮮血が宙を舞い、もう一発重いモノが来ると察知してすぐさまカナタは距離を取る。

 

「チッ……頑丈な奴だ。まともに食らってまだ立つたァな」

 

 腕に刺さった氷の爪はカナタが離れると同時に引き抜かれ、ニューゲートの腕が鮮血に濡れる。

 だが、この程度ではかすり傷にも等しい。カナタが負った傷に比べれば軽いものだ。

 

「まだまだ……この程度では倒れんぞ」

 

 漏れ出る冷気が気候を急激に変えていく。

 ビリビリと肌を刺す覇王色の覇気に対し、ニューゲートはよく似た顔の女を思い出さざるを得なかった。

 とてもよく似ているが、それでいて纏う雰囲気は全くの別物。

 瞳の色だけは違うが──そこまで気付くと、今度は別の人物を想起させた。

 

(──赤い目にあの女と同じ顔……なるほど、()()()()()()

 

 ロックス海賊団の内情にある程度通じていれば、可能性は否定できない。オクタヴィアに執心していたシキや恨みを持っていたリンリンはこちらの事情を気にしないだろうが、もし海軍が知れば何が何でも殺そうとするだろう。

 世界政府も海軍も、()()()()()()()()()()など望んでいないのだ。

 若くしてこれほどの強さを誇り、勢力も未だ拡大を続け、自身よりも強いと判断できるニューゲートに対して臆することなく戦いを挑める気概。

 これを脅威と見るならここで殺すべきだが──ニューゲートはそういう気質の人間ではなかった。

 

「小娘。テメェ、親父のことは知ってんのか」

「……知っている……会ったことはないがな」

 

 痛みに耐えつつ、時間を稼ぐようにニューゲートとの会話に応じるカナタ。

 ニューゲートは顎をさすりつつ、意識をカナタから逸らさないままに僅かに考え込んでいた。

 

「……テメェの親父が何をしようとしたかは知ってんのか?」

「興味もない。お前が狙っているものでもあったか?」

「いいや、おれも興味はねェよ……だが、そうか。()()()()()()()()()()()

 

 カナタの背後にいる黄昏の海賊団の様子を見るに、慕われていることはわかる。

 ロックス海賊団とは明確に違うのはすぐに理解できた。

 この海を旅する目的もロックスとは違うのなら、放置したとしてもニューゲートとは目的がかち合うこともないだろう。

 もっとも──ロックスのように全てを〝支配〟するつもりなら、いつでもニューゲートはカナタの敵になり得る。

 

「問答は終わりか……ゼンも追いついてきたようだな」

「ああ、知りてェ事は知れた。後はテメェを倒すだけだ」

 

 一瞬の静寂の後──二人の影が衝突した。

 刃に冷気を纏わせ、ニューゲートの発する地震の力を凍結させて抑え込もうとするカナタ。対し、薙刀に地震の力を纏わせることで途轍もない破壊力を生み出すニューゲート。

 打ち合うだけで大地が揺れる戦闘も長くは続かず、ゼン……というよりも錦えもんたちが近付くにつれて、ニューゲートの能力の規模が段々と小さくなっていく。

 ニューゲートの力をよく知るマルコたちならまだしも、錦えもんたちは地震の力についてあまり詳しくない。

 あまり大きな力を使うと()()()()()()()()のだ。

 

「その力、強力だが使いにくそうだな」

「生意気言ってんじゃねェよ、ハナッタレが」

 

 ニューゲートの強さは悪魔の実の力によるところも大きいが、その覇気と技術も並々ならない。

 カナタよりも長くこの海で戦ってきたその技術を余すことなく使い、的確にカナタを追いこんでいく。

 ──だが。

 

(この小娘……少しずつおれの攻撃に対応し始めてやがる)

 

 同じ攻撃は通じない。

 一度見れば大抵のことは覚えられ、二度見れば盤石。

 戦いが長引けば長引くほどに手の内を多く見せることになり、それは結果的にカナタを強くすることになる。

 両親は共に並外れた強さの怪物だったが、その子供も十二分に素質はあるらしいな、とニューゲートは苦い顔をした。

 

「白ひげ! カナタ殿を止めていてくれたのか! 拙者たちもすぐに加勢を──!」

「来るんじゃねェ! 巻き込まれたいのかバカ野郎!!」

 

 ゼンがグロリオーサたちと合流し、進退窮まった状況。

 錦えもんたちはこれを好機と捉えたが、カナタとニューゲートは真逆の見方をした。

 すなわち──この状況こそがカナタにとって一番の好機。

 

「〝神戮〟──!!」

「──ッ!!」

 

 炸裂する冷気の暴風にニューゲートも動きを止めて対応せざるを得なくなり、最大の攻撃である地震の力も錦えもんたちが近くにいる状況では使うに使えない。

 動きを止めた瞬間にゼンたちへ向けて叫んだ。

 

「船へ走れ! すぐに追いつく!!」

 

 ゼンを筆頭に黄昏の海賊団の全員が走り出し、カナタとニューゲートの横をすり抜けて〝潜港(モグラみなと)〟へと向かっていく。

 そうはさせまいと侍衆が後を追うが、黄昏の海賊団が走り去った後に氷の壁を作られ、道を閉ざされる。

 

「……仲間を逃がしたか」

「私もすぐに追いつくさ。止めたければ、この島を沈める覚悟で来るがいい」

 

 先程までとは立場が逆転した。

 この先に通すつもりのないカナタと、カナタを越えねばならないニューゲート。

 侍たちはニューゲートの加勢をするつもりのようだが、邪魔になっているだけだと理解してはいないらしい。

 無理矢理にでも能力を使えば直接的に侍たちを巻き込む。世話になった相手に対してそれが出来る程、ニューゲートは無情では無かった。

 

 

        ☆

 

 誰一人欠けることなくワノ国を脱出することが出来た。

 出航準備を終えてすぐにカナタの持つ子電伝虫に連絡し、港から出たところで海の上を走って追いついたカナタは、すぐさま医務室に放り込まれた。

 スクラがついてきていないのでその助手を務める女医が治療に当たる。

 治療を受けながら、グロリオーサとゼンを呼びつけて状況を確認していた。

 

「スキヤキ様を暗殺したというのは、実際のところどうなのですか?」

「私であるはずが無いだろう。〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読める唯一といっていい協力者だぞ」

 

 おでんも読めるだろうが、ロジャー相手ならともかくカナタ相手なら絶対に協力はしないだろう。あれはそういう男だ。

 それもそうですね、とゼンは納得したように頷く。

 

「だとすると、一体誰が?」

「光月に恨みを持つ者か、あるいは本当に私を罠にかけるためだけにやったのか。動機としてはその辺りだろう」

 

 ワノ国では交易するくらいで余計な怨恨は買っていないはずだが、光月関連が原因ならカナタは罪を擦り付けられただけという事になる。

 どちらにしても事の顛末はおでんに伝えなければならない。

 電伝虫を持ってくるように部下に言い、その間にある程度の治療を終える。本来なら安静にしていろと言わねばならないところだが、通話するくらいならと女医も許可を出したのだ。

 手早く持ってきた電伝虫を受け取ってロジャーへつなぐ。

 数コールの後、快活な声が響いた。

 

『こちらロジャー! 誰だ?』

「カナタだ。おでんはいるか?」

『おう、久しぶりだな! おでんとなると、伝言の件か! ちょっと待ってろ!』

 

 バタバタと音がして静かになり、数分後にまたバタバタと足音が聞こえてきた。

 

『おれだ! 悪ィな、伝言頼んじまって!』

「本当に悪いと思っているか疑問だがな……それより、お前に伝えねばならないことがある」

『あん?』

「スキヤキ殿が亡くなった」

『……そうか。父の体はやはり悪かっ──』

 

 おでんがロジャーの船に乗って出ていくときも、既に体調が芳しくないと聞いていた。あれから二年が経った今、亡くなっていても変ではない。

 そう自分を納得させようとしていたところで、カナタから爆弾が放り込まれた。

 

「暗殺だ」

『──…………何だと?』

 

 数秒固まり、電伝虫を握りつぶさんばかりに強く握って問い返した。

 

「暗殺された。それも私がワノ国に滞在している間にな……おかげで私は将軍暗殺の下手人扱いだ」

『暗殺されただと? お前がやったのか?』

「私な訳があるかダメ男。ロジャーにとって〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読める協力者がお前なら、私にとって同じ立場にいるのはスキヤキ殿だぞ。殺す理由がない」

『それもそうだ……だがちょっと待て、そうなると一体誰が』

「わからない。相手は随分用意周到に準備していたようだ」

 

 困惑した様子のおでんの声が聞こえる。

 恐らくおでんの家臣三人も近くにいるのか、時折声が混じって聞こえてきていた。

 

「私から言えるのは一つだけだ──二年経って、本来今ワノ国に居たのはお前だったはずだ。今回の罠はお前を陥れるものだった可能性が高い」

『おれを? だが……おれを狙って、一体どうしようってんだ?』

「将軍の血筋だ。お前が親殺しをしたともなれば、今後将軍の地位になど付けるはずもない。地位を狙ったものかもしれないな」

 

 あくまで想像でしかないが、人間の欲望が刺激されるのは金か異性か地位辺りだ。

 ワノ国だろうと他の国だろうとそれは変わらない。

 おでんは考え込んだように黙る。カナタは伝えるべきことは伝えたと判断し、最後に言うだけ言っておこうと考え。

 

「帰るなら気を付けることだ。今帰ればワノ国の混乱は小さくなるだろうが──」

『……いや、まだ答えが出てねェ。まだ、帰るわけにはいかねェんだ……!』

「……だろうな。お前ならそう言うと思っていた」

 

 これで帰ると言い出すならカナタに伝言を頼むまでもなくワノ国に帰っている。

 ため息を吐いて肩をすくめ、「話は以上だ」と告げた。

 

「また何かあったら連絡する。ワノ国に関しては入れなくなったが、もしスキヤキ殿を暗殺した犯人が分かったら連絡しろ」

『ああ。お前も無関係じゃねェからな』

 

 それだけ言い交したのちに通話を切った。

 伝えるべきことは伝えた。おでんの伝言に関しては康イエを通して錦えもんたちに伝わっているはずなので問題はないだろう。

 目下の問題はひとまず終わった。〝白ひげ〟と事を構えるとは思わなかったが、あれもいずれ倒すべき敵と考えれば今回の戦闘も無駄ではない。

 彼我の距離が測れたと考えれば十分だろう。

 

「……ともあれ、仕事はひとまず終わりだ。私は少し寝る。進路は〝ハチノス〟へ向けておけ」

「わかった。ゆっくり休め」

 

 グロリオーサが頷いてゼンと共に部屋を出ていき、カナタはベッドに横になりながら考え事をする。

 ワノ国への伝言は終わり、今後はしばらく〝ロムニス帝国〟との取引に集中することになるだろう。

 シキ、リンリンに加えてニューゲート……倒すべき相手が増えたが、やることは変わらない。

 数時間前まで得物をぶつけ合っていた相手の戦い方を反芻させながら、カナタはゆっくり意識を沈めていった。

 

 

        ☆

 

 

 二年の月日が経った。

 〝ロムニス帝国〟との取引も順調に大きくなり、黄昏の海賊団の規模もさらに拡大している時。

 カナタの下にレイリーから連絡があった。

 

 ──曰く、ロジャーが病に倒れたと。

 




大地震が頻発しても必死にゼンを追いかける錦えもんたち。途中で過半数が脱落してそう。

今章はロジャーが海賊王になるまで続くのでちょっと長めです。
たまにちょこちょこ年代飛びますがご了承ください。


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第八十六話:不治の病

カナタ21歳
大海賊時代が始まる4年前の出来事


 レイリーから連絡を受ける事数日。

 〝ハチノス〟の港に寄港したロジャーはすぐさま病室に放り込まれ、スクラの診察を受けていた。

 随分急な話だったが、一刻を争う可能性もゼロではない。ロジャー海賊団の船医も診察に参加して意見のすり合わせを行いつつ病気の解明を急いでいた。

 

「しかし、あの男が病に倒れるとは……どこかで病気を貰って来たのか?」

「わからない。いきなりの事だったのでな……」

「感染症なら数日一緒に乗っていたお前たちも感染している可能性がある。ひとまずスクラの診察待ちだが、大人しくしているよう伝えてくれ」

「ああ。だが悪いな、この辺りで頼れそうなのは君くらいのものだったのでね」

「気にするな。私もお前たちには恩がある」

 

 ロジャーたちの乗る〝オーロ・ジャクソン号〟はそれなりに大きな船だが、やはり島に拠点を構えるカナタ達とは違って医療器材や薬の数にも限度がある。

 様々な設備を用意しているカナタたちを頼るのは、ある意味で当然の選択と言えた。

 ところで、とレイリーは気になっていたことを訊ねようと視線を港の方へ向ける。

 

「随分荒れているようだが、襲撃にでもあったのか?」

「三つの海賊団が同盟を結んで私を潰しに来たらしい。少しくらい骨があればと思っていたが、港で壊滅したらしくてな。拍子抜けもいいところだ」

「その割には港が壊れているが……」

「ああ……あれはフェイユンがな……」

 

 スクアード、アーテファ、ラルゴの三人の億超え海賊がカナタを倒すためだけに同盟を組み、船団を揃えて〝ハチノス〟に襲撃をかけてきた。

 だが、港で釣りをしていたフェイユンにあっという間に壊滅させられて海賊同盟は崩壊。アーテファ、ラルゴは死亡を確認したが、スクアードは命からがら逃げだしたと聞いている。

 港が半壊する被害にあったが、ほぼフェイユンが暴れたせいなのでため息を零すことしか出来ない。

 それなりの規模だったのでフェイユンが対応しなければ部下たちに被害が出ていた可能性がある以上、怒るわけにもいかないのだ。

 カナタとしては挑む気骨はあれども実力がなかった三人に落胆するばかりだが。

 

「修復はそのうちやる予定だ。職人もそれなりにいるからな」

「君のところも随分規模が大きくなったものだ……悪いとは思うが、頼らせてもらうよ」

「困ったときはお互い様だ」

 

 疲れた顔のレイリーを見送り、カナタはスクラの診察を待ちながら書類作業をこなすこと数時間。

 スクラの部下が診察が終わったことを伝えに来たので、書類作業を切り上げてスクラのところに向かう。

 レイリーとギャバンも呼ばれたのか、二人揃って難しい顔で医務室に現れた。

 三人でスクラのところに行き、中に入るとロジャーが医務室のベッドで寝ていた。ロジャー海賊団の船医もカルテを見て難しい顔をしている。

 

「む、来たか」

「ロジャーの容体はどうだ?」

「安定している。ひとまずすぐにどうこうなるという病気ではない」

 

 スクラの言葉にレイリーとギャバンはホッとした顔をする。

 だが、カナタは難しい顔をしたままだ。

 

「すぐには、か。長期的に見ると厄介なのか?」

「色々検査した結果、悪性の腫瘍が見つかった。転移したものも多い……投薬で痛みを抑えることも出来るし、手術すればある程度は取り除くことも出来るが、完治は難しいな」

 

 今の時代の医療技術では治せない──いわゆる〝不治の病〟と呼ばれるものだ。

 有効な治療方法も確立されておらず、スクラとしても手探りで治療を行う他に無い。

 

「感染する病気ではないのが救いだな。もし感染病だったならロジャー海賊団全員を隔離するしかないところだった」

「ゾッとしねェ話だな……」

 

 顔色悪く話すギャバンに対し、レイリーは覚悟を決めた顔でスクラに尋ねた。

 

「……ロジャーは、どれくらい持つ?」

「……まだ未知と言っていい病気だ。まだ断言は出来ないが……今のまま行けば、持って二、三年と言ったところだろう」

 

 ギャバンとレイリーは愕然とした顔でスクラの言葉を反芻していた。

 カナタは「事実か?」と問い詰め、スクラはカルテを見ながら「僕は患者に関して嘘を言うことはない」と断言する。

 

「長くても、あと三年……だと……?」

「おい、そりゃ本当なのか!?」

「お前たちのところの船医も同意見だ。それに、断言は出来ないと言っただろう。長期的な治療を受ければ多少は余命も延びるはずだ」

「そ、そうか……」

 

 スクラの胸倉をつかんでいたギャバンも、一切物怖じせずに説明するスクラに気圧されたのか、「悪かった」と謝って手を放す。

 白衣の襟元を直し、説明を続ける。

 

「少し長期的に様子を見る必要がある。しばらくロジャーは入院だ」

「……病気だからと言って、ロジャーが大人しくしていると思うか?」

「いやァ、無理じゃねェかな……」

 

 痛みがあろうと調子が悪かろうと、大人しく病院のベッドの上で寝ているような男ではない。

 だが、ここで無理をすればそれこそ寿命を縮めることになる。何が何でも縛り付けておかねばならなかった。

 

「いざとなれば両手両足に海楼石の錠を嵌めてでも縛り付けるしかあるまい。能力者でもないこの男には精々頑丈な手錠くらいの意味しか持たないが……」

 

 およそ病人に対する扱いではないが、ロジャーほどの男を縛り付けようと思えばそれくらいはしなければならないだろう。

 単なる手錠などすぐにでも壊されるのが目に見えている。

 ひとまずスクラから説明を聞き終え、レイリーとギャバンは船へ戻ることになった。感染症でない以上は陸に上がっても問題はない。

 それに、船員たちにもロジャーの病状を伝える必要があった。

 詳しいことは明日決めるとして、今日は各々受け止める時間が必要だと判断した。

 

 

        ☆

 

 

 一週間後。

 ロジャーは元気に逃げ回っていた。

 

「いたぞ、追え! あの愚患者を抑えつけろ!!」

 

 スクラの怒号が病棟中に響き渡る。

 ロジャーは笑いながら追いかける医者を振り切り、病棟から脱出を図っていた。

 

「わはははは!! 大人しく寝てられるかってんだよォ!! おれは海に出て冒険するために生きてんだ!!!」

 

 この元気さで本当に余命数年なのか? という疑問は誰しもが抱いているが、病気とは目に見えるものではない。

 ある日突然倒れることもあるのが病だ。ロジャーは既に一度倒れているが、それくらいでは堪えないらしい。

 呆れた強靭さだが、副船長であるレイリーとしては頭が痛い。

 

「ロジャー……お前、不治の病って言われているんだぞ。大人しくベッドで寝ている気は無いか?」

「ある訳ねェだろ! おれはおれのやりたいようにやって生きる! それで死ぬなら本望だ!!」

 

 直後に「ゴフッ!」と吐血してひっくり返り、レイリーは半分キレながらロジャーを肩に担いで病室に連れ戻していた。

 この一週間で二桁は脱走を図り、そのたびにカナタやレイリーに止められて病室に連れ戻されている。いい加減大人しくしてほしいものだが、ロジャーは聞き入れるつもりは無いらしい。

 ロジャーの病室から医務室に移動し、スクラは疲れたように椅子に座り込んだ。

 

「このままでは治療も定期検査もままならない。何とかしろ!」

「と言われてもな……おれにもあの男を止めることは出来ん。何とか冒険を続けながら治療は出来ないのか?」

 

 額に青筋を浮かべてブチ切れ気味のスクラはレイリーに怒鳴るが、レイリーもほとほと困った様子で肩をすくめるばかりだ。

 冒険と治療を両立出来ればいいのだが、それが出来ていれば苦労はしない。スクラもある程度はどうにか出来るが、彼も黄昏の海賊団の医療部門トップ。迂闊に他の海賊団の船医として動くことも出来ない。

 

「定期的に僕のところに必要な薬を取りに来るなら、一時しのぎにはなるだろう。だがどのみち長くは持たないし、不測の事態が起きれば対応できる医術が無ければ即死もあり得る」

「やはり難しいか……」

「……僕と同じかそれ以上の医術を持つ人物には心当たりがある。どうしてもと言うならその人たちのところに行って、自分で船医として乗ってもらうように説得することだ」

 

 スクラとしても、このまま医者の言うことを聞かない患者を置いておくつもりは無かった。

 カナタの恩人でもあるし、多少の事ならと思っていたが流石に度が過ぎる。医者として病人を放り捨てることは出来るだけ避けたいこともあるので、信頼できる医者に任せるのが一番だと判断した。

 レイリーはスクラの上げた医者の名前をメモし、どこにいるかを確認して「ロジャーと相談してくる」と言って部屋を出て行った。

 「あの愚患者め……」とブツブツ言いながら電伝虫を取り出し、カナタへと連絡をし始めるスクラ。

 数コールの後、いつもの調子で応答するカナタ。

 

『どうした。またロジャーが脱走したのか?』

「そっちは何とか解決した。だが、これ以上医者の言うことを聞かない患者をこの病棟には置いておけない。あの病気に対応できる医者を紹介するから自分で船医として乗ってもらうよう交渉しろと伝えた」

『そうか……お前と同じかそれ以上の医者となると、Dr.くれはか?』

「あの婆さんもそうだが、もう一人心当たりがある」

 

 そもそも彼女はドラム王国から出る気はないだろう。海にも冒険にも欠片も興味が無い。

 スクラの言う本命は〝双子岬〟にいるクロッカスの事だった。

 

『確かに彼も医者だったな。それほど腕がいいのか?』

「灯台守をやっている傍らで医者もしているが、少なくとも彼以上の医者を僕は知らない。あまり有名ではないが腕の立つ医者だ」

『そうなのか。ルンバー海賊団の一件を伝えて以来久しく会っていないが、話を聞くと様子を見に行きたくなるな』

「お前も今は好き勝手に動ける立場じゃないだろう。あと研究費を増額してくれ」

『それはジョルジュに言うことだ』

 

 金庫番は相変わらずジョルジュなので、予算の増額を要求するならカナタよりもジョルジュに直談判した方がいい。

 話は終わりかと思えば、スクラは「ロジャーは不治の病だが」と話を続ける。

 

「治せる可能性はゼロじゃない」

『……どういうことだ? 何か特殊な薬が必要なのか?』

「薬じゃない……噂ではあるが、とある悪魔の実を食べればあらゆる病気を治すことが出来るようになるという」

 

 眉唾な噂ではあるが、悪魔の実の超常的な能力を一度でも目の当たりにすれば一笑に付すことも出来ない。

 曰く〝オペオペの実〟──極まった最上の名医が使えば〝不老不死〟すら可能にするという。

 

『……可能性はゼロではない、か』

 

 ロジャーの事だ。寿命を延ばすよりも寿命の限り好きなことをやって力尽きるほうを選ぶ可能性はある。

 それでも、カナタとしては命を救われたことがある以上、選択肢を与えるくらいはした方がいいと考え。

 

『オペオペの実か……良いだろう。あらゆる手を尽くして探してみる。手に入ったらお前が食べろ』

「……能力者になるつもりは無かったが、良いだろう」

 

 不老不死は特に必要ないが、より多くの病気を治療できるようになると考えればデメリット以上の価値がある。

 能力者になることはないと思っていたが、こうなると食べる可能性は十分あるだろう。

 

『まぁ、手に入ればの話だ。気長に待つことだな』

「そうさせてもらおう」

 

 それなりに長いこと旅をしているが、悪魔の実の情報というのは本当に限られる。偽の情報が混じっていることもあるし、本物が手に入る可能性は僅かと言っていいだろう。

 闇のルートではたまに悪魔の実が流れてくることもあるが、本物かどうかは怪しいところだ。

 時間をかけて探るほかに無い。

 

 

        ☆

 

 

 ロジャー海賊団の船員たちは、ロジャーが不治の病を患ったと聞いて多かれ少なかれ動揺していた。

 特に顕著に動揺したのが、最近〝鬼の跡目〟と呼ばれるようになった男──ダグラス・バレットだ。

 ロジャーに何度も敗北し、そのたびに勝利を目指して挑み続けてきた。バレットにとってロジャーは絶対的な存在なのだ。

 その男が、病に倒れた。

 バレットにとっては根幹から崩れ落ちるような衝撃を受けるのも止む無しだろう。

 日が落ちてもなお、己の落ち着かない心を抑えつけるように一人鍛錬に勤しんでいたところ──見回りもかねて散歩していたカナタが見つけて近くに来ていた。

 

「……なんだ、テメェ」

「散歩中に見かけたから気になっただけだ、他意はない。それとも、鍛錬の相手が欲しいか?」

 

 筋骨隆々のバレットと比較すれば、カナタは触れれば折れるかのような小柄だ。傍目には気性の荒い肉食動物に近付いている草食動物のようにすら思えるだろう。

 カナタの返答が気に障ったのか、不意打ち気味に覇気を纏った拳を振るうバレット。

 それを易々と片手で受け止め、「良い覇気だ」と評価するカナタ。

 

「だが練度はまだまだだな。噂は聞いているよ、ダグラス・バレット」

「……フン」

 

 ロジャーの後継者として注目されている実力者だ。カナタとしても気にならないはずがない。

 実際の実力はまだロジャーには程遠いが、レイリーには善戦するくらいだろうか。カナタよりも若いはずだが、驚異的な成長性という他に無い。

 いずれカナタも追い抜かれるかもしれないが、今はまだカナタの方が強いと言える。

 バレットは無言で拳を構え、カナタはそれに対するように拳を構えた。散歩していただけなので槍は持ち歩いていないのだ。

 

「言うだけの実力があるか見せてみろよ、〝魔女〟」

「青いな。相対する相手の実力くらい直感的に計って見せろ、〝鬼の跡目〟」

 

 バリバリと二人の覇気が収束し──互いの拳が衝突して轟音を立てた。

 一合目はカナタが押し勝ち、衝撃でビリビリと痺れる腕を庇いながらバレットは逆の腕で殴りかかる。

 カナタはそれを容易く凌ぎ、勢いよく振り抜いた蹴りがバレットの腹部に直撃して吹き飛ばした。

 

「ぐっ──!!」

 

 武装色を纏って何とか防いだが、衝撃までは殺せない。

 吹き飛ばされつつも体勢を立て直し、両腕に覇気を纏って愚直にカナタへと殴りかかっていくバレット。

 

「ロジャーが不治の病と聞いてショックでも受けたか。この調子ではロジャーを超えるなどまだまだ先の話だな」

「お前に……何がわかる!」

 

 躱し、弾き、受け止めるカナタ。バレットと違ってかなり余裕を持っており、対するバレットは焦りからか段々と単調になっていた。

 ロジャーに迫るという実力に嘘はないが、そこに至るまでの壁は未だ分厚い。カナタにこれだけいいようにあしらわれているなら尚更だ。

 今回は特に集中しきれていないこともある。本気でやればこの程度ではないだろうが、全力でやれば周りへの被害も大きい。

 カナタも()()()()()、今はそこまでやる気はない。

 

「……あまり派手にやり過ぎると警備が飛んでくるか。この辺りにしておこう」

「……チッ」

 

 互いに然したる傷もなく、スパーリングに近い形での戦闘を終えた。

 覇気の使い方とは個々人によって異なる。口で言ってわかるものでもない以上、実際に戦って経験してこそ分かることの方が多い。

 そういう意味では、バレットにとって不足は無かった。ロジャーに近しい実力者など早々おらず、ロジャー海賊団ではレイリーくらいのものだったからだ。

 

「おれはまだ、強くなれる」

「ああ、お前はまだ強くなれる。ロジャーのところが嫌になったら私のところに来てもいいぞ」

「……ふん」

 

 バレットが自分に言い聞かせるようにつぶやいた言葉に、カナタは律義に反応した。

 向上心のある者は嫌いではない。今後敵も増えていくことを考えれば味方にしたい相手でもある。

 カナタの真意を知ってか知らずか、バレットは答えることなく船へと戻っていった。

 

 




備考:ダグラス・バレット 17歳

おでんとモモの助とか、他にもちょこちょこ出したいキャラは居たんですがとりあえず今回はバレット。
あんまり色々出しすぎると進まないのが困りどころです。


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幕間 海軍/クロ

章の途中ですが、主人公が出てこないので今回は幕間です(適当)


 海軍本部、大将センゴクの部屋にて。

 いつものように煎餅片手に遊びに来ていたガープを怒鳴りつけていると、ベルクが報告を上げに部屋を訪れた。

 

「おうベルク! 元気にやっとるか?」

 

 部屋の主であるセンゴクよりも先に、煎餅を齧っていたガープが片手を上げて声をかける。

 

「これはガープ中将。当方はいつでも万全であることを心がけております」

「なんだ、相変わらず固い奴だな。お前も中将になったんだから立場は同じだぞ?」

「いえ、それでも当方はガープ中将を敬意を払うべき相手と考えていますので」

 

 ひとまず仕事の報告書だけ上げに来たのだろう。服にはやや血が滲んでおり、海軍の若手の中でも取り分け高い実力を持つ彼には珍しく疲弊していた。

 ベルクがここまでなるほどの実力者となると、流石に数が限られるが……ガープはバリバリと煎餅を齧りながら「誰と戦った?」と質問を投げかける。

 

「〝黄昏の海賊団〟です。〝魔女〟を相手にサカズキが先走りまして……ボルサリーノも加勢したのですが、あの二人では相手にならず」

「ぶわっはっはっはっは!! 海軍の次期大将候補も、流石の〝魔女〟相手ではボロ負けか!!」

「笑い事か! 全く……お前の怪我はあの二人を庇ってのものか」

「はい。加えて、最近懸賞金が六億を超えた〝六合大槍〟、並びに四億を超えた〝巨影〟の姿もあり、撤退するのが精一杯でした」

 

 構わん、とセンゴクは報告書を受け取る。

 黄昏の海賊団の勢力はここ数年で急激に拡大している。海軍としてはあまり見過ごせる状況ではないが、カナタ自身は海賊の中でも比較的穏健派に属する。

 恐怖政治と略奪ばかりの〝金獅子〟や、裏の世界の帝王たちと協定を結んだ〝ビッグマム〟に比べればまだマシと言えるだろう。

 ……あくまでもまだマシな部類であって、世界政府と海軍にとって最悪の敵であることに変わりないのだが。

 

「ここ最近は〝竜爪〟の姿を見ませんが、やはり仲違いしたとの見方でいいのでしょうか?」

「さてな……どうなんだ、ガープ」

「おれが知るか」

 

 時折連絡を取っていることを知っているセンゴクはガープに話を振るが、当のガープはさして興味もなさそうに茶を啜っている。

 お茶を催促するとベルクがそそくさとお茶を入れ始め、センゴクに「部下だろう。休ませてやるくらいの器量は無いのか」と呆れられていた。

 

「当方は慣れていますので」

「だそうだ。まァ構わんだろ、まだ元気がありそうだしな」

「カナタは以前おれと戦った時も相当な実力だった。今の奴の実力など、考えるだけで頭が痛いな……サカズキとボルサリーノはどうしている?」

「重傷を負いましたので医務室に搬送させました」

 

 サカズキは溶岩の能力者、ボルサリーノは光の能力者であり、共に〝自然系(ロギア)〟に属するが……氷の能力者であるカナタを相手に一方的にやられたらしく、帰投するなり医務室に搬送されていた。

 負傷者もそれなりの数に上るが、不思議なことに死人は出ていない。

 死人が出てもおかしくない戦いではあったが……基本的には実力のある少将や中将が幹部を抑えられたのが大きいだろう。

 偶発的な戦闘にしては上手く行ったと言える。

 

「あの女も最近は大きな事件こそ起こしていないが……拡大する勢力と実力を付けている幹部のことを考えれば、懸賞金を見直すべきかもしれんな……」

「これ以上懸賞金を上げたところで大きく変わりはせんと思うがな」

 

 現状の懸賞金でさえ記録的な高さなのだ。ここまで来ると海賊同士の潰し合いも期待しにくい。

 〝金獅子〟、〝ビッグマム〟の二人とは時折衝突しているようだが、大規模な戦闘には至っていない。正面からぶつかると被害が大きいと踏んでの事だろう。

 天竜人にせっつかれることも多いが、海軍としても正面からぶつかるとかなりの被害を覚悟しなければならない。そこまで踏み切れないのが現状だ。

 

「当方としましては」

 

 ベルクは考え込むように顎に手を当て、慎重に発言する。

 

「彼女は勢力の拡大ばかりに注力しているように思えますが、それを為し得る財力がどこから来ているのか、ということが気になります」

「……確かに。奴もいくつかのシマを得て徴収しているようだが、それほど大した額ではないと聞いている」

 

 では、一体どこからお金が出てくるのか。

 何もないところから湧いて出るわけがない。どこかに必ず資金源がある。

 

「あの女は元々商人だ。何かしらの取引をしていることは把握しているが、金額まではわからない」

「……おれ達が思っている以上に資金を集めているかもしれんな」

 

 拡大する勢力にばかり目が行くが、幹部たちが活発に動いていることを考えるにやはり大きな取引で資金を得ていると考えるべきだ。

 どこか一つでも潰せれば、そこから芋づる式に取引を潰していくことも可能かもしれない。

 

「ふむ……〝魔女〟に関してはベルクに一任しよう。お前も次期大将候補として名前が挙がっている。この件を解決できればおれから推薦してもいい」

「過分なお言葉です。当方はまだ未熟ゆえ、大将の件はお引き受け出来ませんが……全力を尽くします」

 

 実力は十分だろうが、実績が少ない。もう少し経験を積んで実績を作れれば大将として問題なく着任できるとセンゴクは考えていた。

 今の海軍はロックス以降の強力な海賊に対抗するべく、大将の席に空白を作らないようにしている……ガープが大将になれば対応できることも増えるのだが、当人にその気はない。

 〝天竜人の直属になるから〟という嫌がる理由も理解出来ないことはないが、あれだけはっきり態度に表して消されないのもガープの凄いところではあった。

 話が一段落したところで、センゴクはベルクに淹れてもらったお茶を飲みながらおかきをばりばりと食べる。

 

「お前も帰投したばかりで疲れただろう。治療を受けて今日は上がっていいぞ」

「いいのですか?」

「新婚だろう。たまに帰ったときくらい顔を見せてやれ」

「お恥ずかしい限りですが……ありがとうございます」

 

 一礼して部屋を出て行ったベルクを見送り、ズズズとお茶を啜りながらガープが笑った。

 

「随分と優しいな。おれはあんまり顔を見せに帰った記憶もねェ!」

「だからお前の息子は()()()()()んじゃないだろうな……それはともかく、家族は大事にしてやるもんだ。ゼファーの件もあるしな」

「ああ……」

 

 ゼファーの妻子が襲撃され、亡くなったことでゼファーは海軍大将を降りる決断をした。マリンフォードには海兵の家族たちも住むため、通常は起こることではないが……運が悪かった、としか言いようがない。

 センゴクも数年前に拾った子供を海軍に入れて我が子のように思っている。

 その辺りのことは理解があった。

 

「まァここ最近はどこの海賊も大きな動きはない。一日二日休んだところですぐに何かが起きるという事も無いだろう」

 

 おかき片手にお茶を飲むセンゴクがそう言うと、バタバタと部屋の前がにわかに騒がしくなる。

 勢いよく扉が開けられ、センゴクの部下が一枚の紙を片手に持ったまま「緊急の入電です!」と話す。

 

「緊急? 何があった!」

「き、〝金獅子〟と〝残響〟が接触! ドレスローザ近海で二人が衝突したとの情報が!」

 

 センゴクとガープは二人同時にお茶を吹き出した。

 

 

        ☆

 

 

 新世界、とある島の食事処。

 治安はあまり良くないためか、ガラの悪い輩も多いこの場所で、数人の男たちが店主に対して恫喝をしていた。

 

「おれ達は〝黄昏の海賊団〟からこの島を任されてるんだぜ!? おれ達に逆らうってことは、あの〝魔女〟に逆らうってことだ! 意味わかってんのか!?」

 

 小太りの店主は額にあせをびっしょりとかきながら、視線を彷徨わせて助けを求める。

 だが、店にいる誰もが関わり合いになりたくないのか、視線を寄越すこともなく……そそくさと店を出る者もいた。

 銃や剣を持っている彼らは威嚇するように大声を上げ、店の中にいる客を追い出して店主に詰め寄っていた。

 

「金を出せと言ってるんだ。おれ達が守ってやってんだから、もう少し金額に色を付けるのが当然ってもんだろ?」

「だ、だが、うちの店は最近支払ったばかりで……」

「徴収する金額が変わったんだよ! あの程度の額で守ってもらおうなんて、虫が良すぎると思わねェのか!?」

「ひいっ!」

 

 誰一人いなくなった店の中で、ガタガタと震える店主。

 以前聞いた話と違う。〝黄昏の海賊団〟は規律を大事にする海賊団で、最初に契約を交わした額を払えば大丈夫という話は何だったのか。

 もう諦めて金を払ってしまおう──そう考えていると、店の扉が開く音がした。

 夜も更けているこの時間に来るとすれば酔っ払いか……どうせ大したことはないと男たちが入り口を見やれば、予想以上に小柄な少女が入ってきていた。

 背中には少女に不釣り合いな大鎌があったが、男たちは気にすることなくため息を吐いた。

 

「おいおい、ガキがこの店に何の用だ? 今大事な話をしてるところだ、とっとと出ていきな」

「話は聞きました。〝黄昏の海賊団〟の直属ではありませんね? 所属しているのはどこの海賊団ですか?」

「あァ?」

 

 訳の分からないことを言うガキだ、と。

 摘んで放り出せというリーダー格の男の言葉に従おうとしたその瞬間、少女に足を払われて体勢を崩し、そのまま床に叩きつけられる。

 

「見覚えのないマークですね……最近傘下に入った新入りですか?」

 

 服の背中にある髑髏のマークを確認し、少女は懐から手帳を取り出した。

 ペラペラとページをめくっていると、手帳の中に同じマークを見つけた。「やっぱり」と呟き、手帳を懐に戻す。

 

「規律を守れない海賊は傘下であろうと必要ありません。除名しますので、大人しく詰所まで連行されるか、無理やり連行されるか選んでください」

「何だと、このガキ……! ふざけやがって! 黙らせろ!!」

 

 次々と襲い来る男たちを簡単に沈め、少女──カイエは表に待機させていたクロの名前を呼ぶ。

 クロはティーチを伴って店に入り、「おー、随分派手にやったな」とケタケタ笑う。

 

「こいつらどうするんスか?」

「ん? まァうちの部下がいる詰所に連れて行って……船長を呼び出して問い詰める。反抗的ならこれよ」

 

 首をトントンと叩くクロ。まぁそれもそうかとティーチは納得し、どうやって連れて行くのかと問う。

 引きずって連れて行くには数が多い。面倒くさいから部下を呼ぼうと子電伝虫を取り出すクロ。

 その間にカイエは店主のところに行き、立たせて「怪我はありませんか?」と聞いていた。

 

「あ、ああ……あんたたちは……?」

「〝黄昏の海賊団〟です。傘下の海賊たちが迷惑を掛けました」

 

 ぺこりと謝るカイエに店主は目を白黒させ、部下たちに連絡を入れたクロが陽気に近づいてくる。

 上半身裸で見える場所全部に刺青が入っているので威圧感はあるが、クロ本人は全くそう言ったものを感じさせない雰囲気で「悪いな店主!」と笑っていた。

 

「これ、少ねェけど迷惑料だ。うちの部下が迷惑かけたからな」

「は、はァ……」

 

 札束を置かれて更に混乱する店主は、札束とクロを交互に見やってどうしたらいいのかとうろたえていた。

 

「じゃ、オレ達は用が済んだからこれで」

「あ、は、はい……ありがとうございました……」

 

 何が起こったのかを完全に理解する前に、クロたちはさっさと店を出て入れ替わりで入ってきた部下が恫喝していた男たちを引きずっていった。

 店主はしばらく放心状態だったらしい。

 

 

        ☆

 

 

「最近は急に傘下の海賊を増やしたからか、規律が行き届いてねェなァ」

「カナタさんもある程度は織り込み済みだと言っていましたが、こう毎日駆り出されると面倒ですね」

 

 クロとカイエは仕事終わりにジュースを飲みながら焼き鳥を買い食いしていた。

 夜も更け始めた時間だ。出店も多く、クロはあちらこちらに目を吸い寄せられている。

 

「……寄り道は駄目ですよ」

「わかってるって……ところでカイエ、オレはあの水水肉のから揚げってやつに興味があるんだが……」

「まっすぐ帰るって言ってるじゃないですか」

「ちょっとくらい遅くなったってわかりゃしねェって。なァティーチ」

「おれに言われても……」

 

 話を振られたティーチも困っていた。クロは上司だが、ティーチはカイエ共々クロの監視役でもある。下手にうろうろされると困るのは二人の方だ。

 普通は子供二人の面倒を見るのが大人の役割のはずだが、完全に立場が逆である。

 

「カナタも連日オレ達を駆り出してんだから、多少はご褒美があってもいいと思わねェ? ちょっと美味いモン食べに行こうぜ?」

「それは……まぁ……」

 

 急激に拡大する勢力は海軍などに危機感を抱かせる一方で、内部では規律の統制に負荷がかかっていた。

 何せ海賊だ。はみ出し者の粗暴な連中が集まったのが海賊だし、新世界まで来るような海賊は我が強い者たちも多い。

 基本的に来るもの拒まずのスタンスだが、内部の統制に無理が出るようなら多少は抑制するべきだと言う者もいる。

 カナタが判断することなのでクロはあまり難しく考えてはいないが、それはそれとして仕事が忙しいので何か美味しいものでも食べて気晴らししたいと思っていた。

 カイエも巻き添えにすれば報告されないだろうと考えて。

 

「カイエの姉御?」

「……わかってます。ちゃんと仕事します」

 

 年齢自体はティーチの方が上のはずだが、先に海賊団に入っていたカイエを先輩として呼ぶ辺り律義な男である。

 ティーチの言葉でクロの誘惑を振り切り、懐から取り出した子電伝虫らしきものの背中のボタンをカチッと一回押す。

 

「なんだそれ?」

「クロさんが余計なこと言ったり変なことしようとしたら押すようにと言われてる道具です」

「……もしかしてどっかに連絡入る奴?」

「詳しいことは知りませんが、受信機はあると聞いてます」

 

 ゴールデン電伝虫とシルバー電伝虫の機能に近いものを取り付けたらしく、受信機の方にボタンを押した回数がカウントされるらしい。

 つまり、これを押すたびにクロにペナルティが一つ付く。

 

「なんつーもん持ち歩いてんだよ!? 誰がそんなモン作ったんだ!?」

「カテリーナです」

「あのガキんちょ、おかしなものばっかり作りやがって!」

 

 てへっ、と舌を出すカテリーナの姿を幻視しつつ、クロはその子電伝虫を奪い取ろうとする。

 ティーチは止めた方がいいかと構えたが、カイエは軽く躱していてその必要すらなかった。

 元々は問題が起きた時に支部から〝ハチノス〟への緊急連絡手段として開発したものらしいが、カテリーナは時たまこういう道具を作るので重宝される一方でおかしなものを作る変人の気質もあった。

 クロとサミュエルは大抵おかしな道具の実験台にされている。

 

「なァ手伝ってくれよティーチ」

「いや、おれに言われても……」

 

 子供相手に本気になって奪い取ろうとするも、クロの身体能力ではカイエを捕まえられずに空振りするばかり。

 ティーチはカナタに監視を厳命されているので手伝うことも出来ず、手に持った焼き鳥を食べてクロが飽きるのを待っていた。

 追いかけまわすうちに諦めたのか、がっくりと肩を落として「大人しく帰るしかねェか」と呟く。

 

「なんでそんなに好奇心のままにフラフラ歩くんですか? あなたもカナタさんに迷惑を掛けたいわけじゃ無いんですよね?」

「そりゃあお前、気になるものがあったら気になった時に確かめるもんだろ。人生ってのは短いし、後悔しない生き方をするのがオレの信条だ」

「……よくわかりません」

「ヒヒヒ、だろうな。だが、未知のものを開拓するのが人間って奴の性さ。()()()()()()()()()()からな」

 

 ティーチはわかるか? と話を振られ、少し考えた様子を見せた後に「少しは」と答えた。

 

「そりゃあ将来有望だな。男なら荒野を行くもんだ」

「なんですか、それ」

 

 首を傾げるカイエの頭をガシガシと撫で、三人はまっすぐ詰所へ向かう。

 先日海軍と一戦交えて怪我人も出た。物資の補給も兼ねてこの島に寄ったが、明日には出発するだろう。

 今回の目的地は〝北の海(ノースブルー)〟だ。

 取引の拡大と、悪魔の実の情報を求めて──行ったことのない海へ向かうことに、クロは好奇心を疼かせていた。

 




備考
カイエ:9歳
ティーチ:12歳


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第八十七話:憎悪の矛先

 海賊島〝ハチノス〟には巨大な図書館が存在する。

 元々カナタが幼少期に世話になっていた〝オハラ〟には、〝全知の樹〟と呼ばれる世界中から集められた蔵書や資料が収められた場所があった。

 流石にそれには及ばないものの、多くの島々を巡って集めた蔵書が一か所に集められた巨大な図書館だ。

 海賊の中にも読書を好む者や情報の大切さを知る者は居るため、許可を得た者に限り利用出来るようにしていた。

 もちろん貸し出しもしている。

 

「おうティーチ、何読んでんだ?」

 

 〝北の海(ノースブルー)〟へと向かう道すがら、特にやることもなく暇していたクロはラウンジで本を読んでいたティーチにちょっかいを出しに来ていた。

 〝黄昏の海賊団〟は人数が多いこともあって、担当の時間でなければ割と自由にくつろいだり船の食堂を利用することも可能だ。鍛錬も可能だが、船の上で出来ることは限られているので精々筋トレくらいである。

 貸出されている本を休憩中に読む者も少なくはなかった。

 

「なんだそれ、悪魔の実大全?」

「悪魔の実の図鑑だよ」

 

 クロの気安さにも慣れたもので、以前「敬語はいらない」と言われたこともあって友達のように接していた。

 多くの悪魔の実は姿が判明していないものばかりだが、まれに実の能力と形が判明したものは図鑑に纏められていた。

 市販されているものだけでもそれなりにページ数はあるが、ティーチの持っている図鑑はカナタが後からスケッチして書き足したものが追加されている。

 スケッチした紙はコピーしたものなので失くしても安心だ。

 返す時に司書に死ぬほど怒られるが。

 

「お前、悪魔の実に興味があるのか? 何々……お、ヤミヤミの実じゃねェか」

「簡単な歴史みたいなのも纏められてるから、読んでみると結構面白いんだぜ」

「そういうもんか……しかし懐かしいな。確かにこんな形してたぜ」

 

 クロがヤミヤミの実を食べたのはかなり昔の事だが、懐かしそうに思い出していた。

 結果的に住んでいた島で迫害される羽目になったのでいい思い出ではないだろうが、これが無ければカナタと出会うこともなかった。そういう意味では運命的だったと言える。

 

「……ヤミヤミの実ってのは、やっぱ強ェのか?」

「そうだな……強いのは強いと思うぜ」

 

 能力そのものだけで客観的に評価するなら、確かに〝自然系(ロギア)〟の名に恥じない強さはあると言える。

 能力者に対して絶対的な優位性を保てる力もあることを考えれば、弱いとは口が裂けても言えないだろう。

 クロは本人が驚くほど弱いので悪魔の実の強さを全くと言っていいほど引きだせていないのだが。

 

「欲しい悪魔の実があるんなら早めに言っておけよ。()()()()()()()()()()()()()()()()からな」

「……ああ、そうだな」

 

 またふらふらとどこかへ歩いていくクロの背中を、ティーチはずっと見つめていた。

 

 

        ☆

 

 

 〝北の海(ノースブルー)

 この海は〝西の海(ウエストブルー)〟に負けず劣らず治安が悪い島が多い。

 五大マフィアのように明確に定義されているわけでは無いが、裏世界の大物たちが多数存在しており、既に多くの国に対して戦争を煽り続けていた。

 国に雇われた海賊たちによる戦争は鎮火することなく、十年以上続いている。

 武器、食料、奴隷、その他……多くの品物が裏取引されるこの海では、悪魔の実が流れることも多い。

 目的であるオペオペの実に限らず、探せば様々な実が手に入ると期待できる場所でもあった。

 ……だが、当然ながらカナタたちの到来を歓迎しない勢力も少なくない。

 

「……今ので何隻目だ?」

「十を超えてからは数えていない。一つ一つは取るに足らんが、こうも連続で来ると面倒だな」

 

 カナタとジュンシーは同時にため息を零した。

 〝新世界〟を出る前に海軍と一戦構えて以降、出来るだけ戦闘は避けてきたが……〝北の海(ノースブルー)〟ではどこから情報が漏れたのか、〝凪の帯(カームベルト)〟を越えてから絶えず襲撃を受けていた。

 カナタたちを止められる勢力など〝北の海(ノースブルー)〟には無いが、疲弊させるという意味では確かに断続的な攻撃は有効である。

 炎上して沈没していく敵船を見ながら、カナタは先行きを案じていた。

 

「随分手荒い歓迎だ。そこまでして私たちを排除したい連中がいるのか」

「儂らもそれなりに名を知られるようになってきた。自分のテリトリーに入れたくない連中も多かろうさ」

 

 ひとまず近い島に停泊し、情報を集めるところから始めなければならない。

 廃墟ばかりの島に三隻の船を泊め、これからの行動方針を決める。

凪の帯(カームベルト)〟を通過する際に大型の海王類を仕留めて冷凍したので、食料に関してはしばらく考えずとも良いだろう。

 問題は。

 

「この海に入った途端にちょっかいをかけてくる連中か」

 

 カナタたちが今いる島からほど近い島がいくつかあり、そちら側には街の明かりが見える。人がいることは間違いない。

 少なからず情報を得ることは出来るだろう。ただ、カナタ達を狙っている組織が尻尾を見せるとは思えない。

 はい、とフェイユンが手を挙げる。

 

「全部潰しちゃえばいいと思います!」

「物騒だな。完全に敵対するかどうかは少し様子を見なければならない。却下だ」

 

 却下されてしょんぼりしたフェイユンの横で今度はクロが手を挙げた。

 

「じゃあ次襲ってきたやつを拷問して口を割らせようぜ。オレがやるから」

「お前も物騒なことを言うな……というか、お前の拷問は〝闇〟の中に引きずり込むだけだろう」

 

 あれは加減が利かないので生半可な相手にやると即座に発狂してしまう。拷問の意味が無くなるのでこれも却下だ。

 ぶーぶー文句を言うクロを無視し、ひとまず次に襲ってきた連中は捕らえることで決定した。

 ある程度事前に準備はしてきたが、海域を隔てると情報も入って来にくい。〝北の海(ノースブルー)〟には伝手も無いので現地で調べるしかないと思ってはいたが……ここまで敵対的とは予想外だった。

 少し認識を改める必要がある。

 何はともあれ、まずは情報を集めてからしか動けない。

 

 

 

        ☆

 

 

 五日後。

 あの後にも何度か襲撃があり、それぞれを殺さない程度に船を攻撃して捕虜とした。

 拷問などするまでもなく、ある程度の情報はカナタとフェイユンの見聞色で引き出せる。質問に対してどの程度嘘をついているかがわかれば十分だった。

 一時的に拠点とした島──ミニオン島から移動し、隣にあるスワロー島で情報を集め、現在はフレバンス王国に滞在している。

 珀鉛と呼ばれる鉛を主とした産業で暮らす裕福な町で、〝白い町〟とも呼ばれることもある場所だ。

 

「あの女、一体何を考えているのだろうな……」

 

 カナタは新聞を読みながら朝食を食べており、隣の席ではクロとティーチが朝食のパンを取り合って朝から元気に喧嘩していた。

 〝金獅子〟と〝残響〟の激突がここ連日報道されており、〝ビッグマム〟も加わって混沌とした様相を呈していた。〝ハチノス〟にあまり戦力を残していない現状、敵対組織二つの目がこちらを向いていないのはありがたいことではある。

 が、それ以上にオクタヴィアが何を狙っているのかが不明な方が気にかかっていた。

 目的もなく暴れる女ではないはずだが……と考えはするが、シキとリンリンのカナタへの態度を考えると、あの二人が一方的に突っかかっていった可能性も否定は出来ない。

 トラブル体質は母娘揃って同じのようだし。

 

「そっちも気になるだろうけどよ、オレ達の方の問題は片付きそうなのか?」

 

 ティーチに負けてパンを取られたクロは、宿泊しているホテルに追加を頼もうとしながら話しかけていた。

 カナタは「すぐに、とはいかないな」と言葉を濁す。

 襲撃自体は既にぱったりと止まっている。隣国に組織の拠点があることも掴んでいるし、これを潰せば早いが……それで今後邪魔をされずに済むかと言われると微妙なところだった。

 何しろ〝新世界〟でも闇の世界の帝王たちを軒並み敵に回している。あちらから手を回しているなら、末端を一つ二つ潰したところで意味はない。

 この連中の厄介なところは()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。

 

「海軍も嗅ぎつけているようだし、本部のおつるが出張ってきている。あまり大々的に動くのは避けたいところだな」

 

 ガープやセンゴクほどではないが、おつるも十分すぎる程に厄介な海兵だ。率先して敵に回したいとは思わない。

 先日のベルクとの遭遇戦は偶然だったが、今度は確実にカナタ達を狙ってきている。〝ハチノス〟の防衛に戦力を分けていることを考えると、海軍も十分に戦えると判断しての事だろう。

 

「儂は別に誰が相手でも構わんが」

「私とて相手がガープでもセンゴクでも構わないが、船員たちはそうもいくまい」

 

 流石のカナタも部下たちに中将でも最強クラスの海兵と戦えとは言い難い。

 フェイユンとジュンシーも力を付けてはいるが、ガープやセンゴクはまだ別格に強いのだ。

 ともあれ。

 

「少なくとも、今日は隣国に移動して私にちょっかいを出してきた組織を探る。他の組織の情報が手に入るならよし、そうでなくても潰しておけばいい」

「折角のフレバンスだし、珀鉛の品物買っていかねェのか?」

「今回は商売が目的ではないからな。あまり色々と手広くやると仕事が増えるからやりたくないのだが」

「ヒヒヒ、まァ頑張れ」

「他人事だと思いおって」

 

 まだ眠そうにしているカイエの髪を三つ編みに整え、食事を終えてホテルを出る。海賊相手だからと嫌がられたが、相場の三倍ほど出して無理やり泊まったのだ。

 チップにも色を付けておいたのが功を奏したのか、出るときには随分と扱いが違った。

 この分なら次に来るときも拒絶はされないだろう。

 ……流石に巨人族であるフェイユンが泊まれる部屋は無かったので、彼女は船番もかねて船に泊まって貰ったが。

 

 

        ☆

 

 

 スパイダーマイルズ、という港町がある。

 〝北の海(ノースブルー)〟の中でも工業が盛んな島で、位置的にはだいぶ端の方にある。

 数日かけていくつかの組織を潰しながら移動を繰り返し、海軍の軍艦と鉢合わせにならないよう気を付けながらここまで移動してきた。

 残念ながら今回の遠征では悪魔の実は見つからなかったが、巨大なマーケット自体はあることがわかった。この辺りは今後の課題と言えるだろう。

 成果もあったので、遠征はこれくらいで終わりだなと考えていたところで最後に立ち寄った島でもあった。

 工業を主体としているだけで、他の島と大きく違うわけでは無い。変わったところがあるとすれば──すさまじく治安が悪いことくらいだ。

 

「……驚くほどチンピラが多いな、この島は」

 

 思わずカナタも呆れる程である。

 工業主体というだけあって工場も多いが、安い賃金で休む間もなく働かされて体を壊し、職を失って落ちぶれる。

 カナタも良く知っている光景だった。

 かつて拠点にしていた島でも同じような光景を見たが、あそこはカナタが次々に拡大していく商会の人手として雇った後に治安は驚くほど改善した。

 今では既にバスターコールで焦土と化した島だが……懐かしくも、あまり思い出したくはない。

 あそこには、ジョルジュやスコッチ、サミュエルの家族がいた島でもあるから。

 

「……食い扶持を稼げない奴は連れてくるがいい。仕事ならある」

 

 最近は食料生産のために島をいくつか開拓している。人手ならいくらでも欲しいところだ。

 そうでなくとも食料自体には困らない。大型の海王類を一匹狩ればすぐに手に入るのだから。

 

「全く、またみょうちきりんな連中を拾って……」

「えへへ……カナタさんのそういうところ、良いと思いますよ!」

 

 昔から変わらないことにジュンシーは呆れ、フェイユンは笑う。

 巨人族が居るだけで委縮して襲ってくることはないが、遠巻きに見てくる連中はいる。スリが狙っているのかもしれないが、それこそ一捻りだ。

 食い扶持を手に入れようと必死なのだろう。そうまでしてこの工場で何を作っているのかと思えば、答えは明確──武器だ。

 

「……北の海の至る所にこういった工場が出来ているのだろうな」

「戦争をしている島も多いしなァ。終わらない戦争だ……楽しくもねェってのにな」

 

 クロは珍しくつまらなそうな顔をして工場を見上げていた。

 街を一通り歩き、港に戻ってきた。街のチンピラたちが声を掛け合って集まったのか、結構な人数が怪訝な顔で戻ってきたカナタの方を見る。

 美貌に見惚れる者。懸賞金の額を知ってか顔色が悪い者。進退窮まって覚悟を決めた者。多くの者が集っていた。

 

「お前たちにチャンスをやろう」

 

 集まったチンピラたちに対し、カナタは穏やかに言葉を投げかける。

 

「海賊稼業をやれという訳じゃないが、仕事はしてもらう。住人のいない島の開拓作業だ」

 

 過酷な仕事だが、何もゼロから全て自分たちでやれという訳じゃない。

 フェイユンを始めとした巨人族の手伝いもある。物資は定期的に運ぶ。最低限は戦力を置いて治安維持と外敵からの防衛をする。

 そんなに旨い話があるはずもない。そう思うものもいるし、実際声を上げた者もいた。

 だが、開拓した島で取れた食料は自給自足に使うわけでは無く、交易品として使う。

 

「これを罠と思うかどうかはお前たち次第だ。ついてこないならそれでも構わない」

 

 人手は足りていないが、無理に徴集するほどではない。いざとなればまた部下を増やせばいい。

 傘下になった海賊もまさか島の開拓をやらされるとは思わないだろうが。

 

「……お、おれは行くぞ!」

「おれもだ! この島に居たって先なんかねェんだ!」

「やってやる!」

 

 これは自分たちを騙して奴隷にするための方便かもしれない。

 ──だが、それでも。夢を捨てきれないのが人間の在り方だ。

 熱狂は伝播し続け、学もなく、力もない者たちが〝新世界〟に夢を見て船に乗り込んでいく。その先が地獄かどうかは行ってみてからのお楽しみだ。

 

「人手は確保できた。規律は追々整えていけばいいだろう」

「人を煽る話し方は随分上手くなったものだな」

「フフ……海賊の船長も、これだけ長くやっていれば慣れもする。代わってみるか?」

「御免だな。儂は地位に興味などない」

「だろうな。私の長年の部下はそういう連中ばかりで困ったものだ」

 

 肩をすくめるカナタは部下を伴って船へ戻ろうとして、不意に振り向く。

 ジュンシーも釣られてそちらを見ると、短い金髪にサングラスをした少年を先頭に、数名の男たちがこちらを見ていた。

 ほとんどは少年と言っていい年頃の者たちばかりだ。船に乗り遅れたのかと思ったが、その割には船に乗る様子がない。

 

「〝竜殺しの魔女〟……!」

「なんだ、私に用でもあるのか?」

 

 カナタの悪名は今や全世界に轟いている。〝北の海(ノースブルー)〟の片田舎にも名前が知られていたところでおかしくはない。

 が、どうもそういう雰囲気ではなかった。

 

「随分若いが、海賊か?」

「……ああ、海賊さ! テメェはおれのことなんざ覚えちゃいねェだろうがな……!!」

「うん? ……お前のような子供の顔など見覚えは無いが」

 

 特徴的なサングラスだし、そうでなくとも記憶力はいいので顔は一度覚えればそうそう忘れない方だ。そのカナタが「見覚えがない」と言う以上、直接会ったことはないのだろう。

 ジュンシーは弱者に興味が無いのでほぼ相手のことなど覚えていない。その辺りはカナタに丸投げだった。

 

「ドンキホーテの名を忘れたか……!!」

 

 少年の言葉に思わず眉を顰める。

 その名前が出たという事は、()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

「クリュサオルかホーミング。どちらの関係者だ?」

「ホーミングだ!! テメェのせいで、おれは……!!」

 

 言いたいことは色々あるのだろう。クリュサオル聖にしてもホーミング聖にしても、カナタが関与したことは間違いない。

 だが、前者は直接殺害したが、後者は大きな関わりなどないはずだ。精々二、三度会話したくらいだろう。

 拳銃をカナタに向ける男は、憎悪を伴って引き金に手を掛けた。

 

「記憶にないな。その憎悪は見当違いだよ」

「──ッ!! テメェ……!!!」

 

 連続して引き金を引き、鉛玉がカナタへと突き刺さる。

 当然ながら自然系(ロギア)の体にそんなものは通用せず、流体の体は鉛玉を受け流すのみ。

 

「トレーボル、ピーカ、ディアマンテ、コラソン!! やるぞ、ここであの女を殺す!!!」

 

 後ろに控えていた男たち四人が動き出し、金髪の少年と共に駆け出す。

 力の差は歴然だ。それを理解していないとは思えないが……それすら憎悪が上回ったという事だろうか。

 もっとも、カナタの方はその辺りのことは関係ない。見聞色で探っても、やはり実力は見た通りのもの。自ら戦うつもりさえなかった。

 

「ティーチ、相手をしてやれ。()()()()()()()()()()()()

「ゼハハハ! あァ、任せてくれ、姉貴!」

「後ろの四人は……カイエ、どうだ?」

「……構いませんが」

「能力を使ってもいい。()()()()()()()()()()

「ッ! ……ふざけやがって!!」

 

 憤る男たちの前にカイエが立ち塞がり──能力によって変成した姿を露にする。

 人獣形態でも体躯は人形態の数倍になる。危なくなったらフェイユンもジュンシーも後ろにいる以上、多少の無茶は可能だ。

 四人を纏めて相手取り、「加減をするいい練習」を「殺さない程度に倒してみせろ」という指示と受け取って戦闘を開始した。

 カナタはと言えば、興味もなさそうに指示を出した後は船へと戻っていく。

 少年──ドンキホーテ・ドフラミンゴはその背中を追いかけようとして、横合いからティーチに強かに殴られた。

 

「ゼハハハハ!! 追いかけたきゃァおれを倒すことだな!」

「クソ……雑魚に用はねェよ!!」

 

 指先から生成した糸を手繰ってティーチを雁字搦めにし、刻もうとするも……ティーチはそれを容易く避けて再びドフラミンゴの顔面に強烈なパンチを見舞う。

 二度も顔面に打撃を食らい、ふらついて後退するドフラミンゴにティーチが「弱ェな」と呆れた声を出す。

 

「その程度で姉貴に挑もうってのかよ。おれを倒しても、まだ幹部が二人いるぜ?」

 

 ティーチとカイエの戦いを見る二人は、二人の賞金額だけで十億を超える。

 未だ年若いドフラミンゴたちでは逆立ちしても勝てる相手では無かった。

 カイエとティーチの年少組二人に圧倒されるドフラミンゴたちは、このままでは到底敵わないと悟り、撤退を決める。

 血を流して少しは頭が冷えたらしい。

 

「逃げるのか? ああ、構わねェ。逃がした方が面白そうだ!」

「ティーチ、遊んでると貴方から踏み潰しますよ」

「おお、怖ェ怖ェ。だが()()()()()ってのはそういうことだろ、姉御!」

 

 ここで殺すつもりなら最初からそう命じるはずだ。だが、あくまで手加減しろ、練習相手に良いとしかカナタは言わなかった。

 ()()()()()()()()()、と。

 言外にそう告げていたのだとティーチは言う。

 〝北の海(ノースブルー)〟での収穫はあった。今後はまた定期的に闇のマーケットで悪魔の実を探すことになるが、今回はこれで十分だと判断したのだろう。

 賞金首でもないチンピラの首など不要だ──それがたとえ、元天竜人だとしても。

 

「クソッ──覚えてろ。この借りは必ず返すぞ……!」

「ゼハハハハ、口だけは一丁前だな……! あァ、また相手してやるよ。精々強くなるこったな!」

 

 血を流しつつ撤退するドフラミンゴを見送り、ティーチは笑う。

 傘下になることはないだろう。だが、あの憎悪を見る限りは強くなる素質はあった。

 カナタは強い人間が好きだ。今後強くなってカナタの前に現れるなら、その時は相手をするだろう。

 もっとも、その前におれが叩き潰しちまうかもな、とティーチは思っていた。

 




備考
ドフラミンゴ:13歳
トレーボル:21歳
ディアマンテ:17歳
ピーカ(非能力者):12歳
コラソン(ヴェルゴ):13歳

今後厄介になるかもしれない相手を見逃すあたり、血筋だなぁとちょっと思ってしまった次第(敵対するリンリン、シキを見逃しているオクタヴィアを見ながら)


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第八十八話:エルバフの村

 世界政府加盟国には四年に一度、世界会議(レヴェリー)と呼ばれる会議が開かれる。

 170前後の国のうち50程度の国が世界政府の本拠地である聖地マリージョアに集まり、一週間かけて様々な議題について会議を行う。

 各国の王たちが直に話し合うため、きっかけ一つで戦争が起きかねないところもあり……それを差し引いても、貧富や教育、宗教に資源に技術。国によって価値観が違うことも多いため、穏便に話し合いが解決することは決して多くない。

 それでもこうして集まり、話し合いをするのはそれだけの価値があるからだ。

 多くの国が頭を悩ませる海賊についての対応など、世界規模での対応が必要な事柄も少なくない。

 ──この場に集まる王たちは皆、「立場は平等」という建前こそ掲げているが……加盟国の三分の一程度しか集まっていないことからもわかるように、平等さなど不完全なものだ。

 だからこそ、誰しもが他国を出し抜いて富と力を手に入れようと水面下で動いている。

 

「……面倒なものね」

 

 金髪碧眼の少女──カナタがディアナと呼ぶその少女が、今まさに世界会議(レヴェリー)が行われている外で多くの国と交渉をおこなっていた。

 会議に参加する王たちの決議も重要なものだが、それに付随して参加する親族や側近による他国との交渉などのロビー活動もまた、国としては重要な仕事だった。

 彼女がおこなっているのはその一環である。

 

「ノルド、次はどの国?」

「は、次はプロデンス王国です」

「ああ、例の戦う王とかいう……」

 

 王が前線に出て戦うなど正気の沙汰ではない。

 ディアナとしてはあまり友好的に接する価値を感じない国だが、無下にして戦争など始まっては大事だ。ディアナ自身の評価も下がってしまう。

 もっとも、戦争になればその時はそれこそ〝黄昏の海賊団〟の出番なのだが。

 

(最近はまた取引の量が増えたし、彼女の周りで動く金額もどんどん上がっている。競争相手に出し抜かれないようにだけ気を付ければ、もう私の勝ちは決まったようなものね)

 

 ディアナは僅かに頬を緩ませ、競争相手から一歩抜きんでた現状を考える。

 このままいけば、()()()()()()()()()()()()()()

 ロムニス帝国における王族の血筋は多く、親類縁者の中からより優秀な者を伴侶として選ぶ気質があった。

 その中でもディアナは比較的若い方に入り、地盤固めも他の競争相手より弱かった──それゆえに、博打にも近い「海賊と手を組む」という手を選んだ。

 結果から見ればディアナが得た富は莫大だったし、それを元手に様々な工作をすることも可能だった。

 世間では〝魔女〟と呼ばれるカナタも、ディアナにとっては福音をもたらす〝天使〟ともいえる。

 帝国にとってもカナタにとっても、この関係性は重要だ。互いに利がある限り、この関係性は崩れない。

 

「武力も財力も、今や我が帝国──おっと、我らが帝国に比する国も多くありません。今まで以上に交渉を有利に運ぶことが出来るでしょう」

「誇らしい限りです。姫の今後も安泰でしょう」

 

 世界会議(レヴェリー)の開催に合わせてマリージョアで活動することを王から許可された時点で、既に内々の勝敗は決している。

 彼女がやるべきは対外的な関係性の構築に他ならない。

 騎士たるノルドも、表情にこそ出さないが言葉の節々から嬉々とした感情を読み取れた。

 あとは、下手に天竜人に目を付けられないように立ち回る必要こそあるが……カナタ達との関係性を表沙汰にしなければ大丈夫だろう。

 国家ぐるみで漏らせない情報などいくらでもある。誰も口にしないだけだ。

 

「ふふ……」

 

 権力を得るのは気持ちが良いものだ。

 ディアナは僅かに笑みを見せ、次の交渉に臨むべく情報を精査し始めた。

 

 

        ☆

 

 

 〝新世界〟ウォーランド島。

 育つ木々も住み着く生き物も、ここは何もかもが巨大な国──それも当然。この島は〝巨人族の王国〟だ。

 巨人族の中でも取り分け有名な〝エルバフの戦士〟が住む国。

 数十年前に〝聖母〟マザー・カルメルの進言を得て略奪から交易へと方針転換し、しかし危険な海域の真ん中にあるこの島と交易をするのも難しいが故に細々と貿易をしている。

 〝黄昏の海賊団〟に籍を置くフェイユンもまた、この島の出身だった。

 

「わぁ……久しぶりです!」

「あらゆるものがデケェな……さすがは巨人族の島ってことか」

「この辺りの海域に住む生物も巨大だ。我々からすれば食料には困らないな」

 

 フェイユンが住んでいたころからあまり大きくは変わっていないらしく、カナタたちを連れて港から村へと足を運ぶ。

 今回は交渉メインで進める予定のため、幹部で連れてきたのはスコッチとフェイユンのみだ。

 巨人族の住む村という事でクロが非常に興味を持って密航を試みていたが、あえなくカナタに見つかって留守番させていた。

 

「村に帰るのは何年ぶりなんだ、フェイユン」

「そうですね……うーん、二十年くらい?」

「……わかっちゃいたが、巨人族の時間のスケールはおれたちと全然違うな……」

 

 スコッチは呆れたような、それでいて納得したような顔をしていた。

 巨人族は得てして時間のスケールが違う。フェイユンはカナタ達と過ごすうちに多少は矯正出来ているが、他に数名居る巨人族は時間を守れないものも多い。

 この辺りは生物的なものでもあるし、培った価値観の違いもあるのでとやかく言っても仕方のない部分でもある。

 カナタとしては仕事さえきちんとやってくれれば多少時間を守らなくても問題は無いのだが。

 そうこう話しているうちに村に辿り着いた。

 

「ここが私の生まれ故郷です。懐かしいなぁ……」

 

 懐かしそうにしているフェイユンに気付いたのか、村の中から一人の巨人が出てきた。

 

「あなた、フェイユン? 懐かしいわね! 元気にしてた?」

「ゲルズちゃん!」

 

 女性の巨人族だ。フェイユンの幼馴染らしく、懐かしそうにいくつか言葉を交わしていた。

 

「親と一緒に交易に出たきりだったけれど、帰ってきたの?」

「お父さんとお母さんは……」

 

 交易の途中でビッグマム海賊団と戦闘になり、食い煩いによって我を失ったリンリンに殺されている。

 あまり思い出したいことではないが……フェイユンはその辺りの事情も話し、今はカナタの船に世話になっていると話した。

 

「そう、リンリンが……」

 

 かつてリンリンはこの巨人族の村に隣接する、行き場を無くした孤児たちが集まる〝羊の家〟に居た。ゲルズは幼いころに遊んでいたが、とある事件以降、その名を口に出すことさえ憚られるようになってしまった。

 どんな理由があろうとも、戦士の誇りを穢したリンリンを許すわけにはいかない。

 少し暗い話をしたが、本題はそこではないのでフェイユンも早々に話を切り上げる。

 

「今日はカナタさんがこの村と交易をしたいって言うから来たんだ」

「交易を? じゃあ、王様のところに?」

「うん」

「それじゃあそこまで案内するわ。フェイユンとも話したいことはいっぱいあるもの」

 

 フェイユンもこの村の出身である以上、道は覚えているだろう。

 けれど、二十年ぶりに会った幼馴染と話したいことはいくらでもある。案内ついでに語り合ったとて文句を言うこともない。

 幼馴染は他にも何人かいるらしく、最近はハイルディンが強くなって凄い獲物を取るようになったとか、ゴールドバーグの作るご飯が美味しいなど……近況を話すゲルズと楽しそうに相槌を打つフェイユンを先頭に道を進む。

 

「エルバフの村では交易に何を輸出しているんだ?」

「そうね……あまり詳しくは知らないけれど、木材が多いわ」

 

 カナタの疑問にゲルズが答え、周りの巨大な木々を指さす。

 

「私たち巨人族からしても巨大なこの木々を切って、それを輸出するの。でも数は多くないわ」

 

 元よりこれだけ巨大な木材を運べる船も多くなく、交易に来る人間も数える程しかいない。

 生半可な実力では辿り着く前に海で命を落とすことも珍しくないからだ。

 輸出する数が少なければ当然、輸入する数も非常に少ない。ましてや巨人族ともなれば、食料にせよ衣類にせよ必要な量は普通の人間よりもはるかに多い以上、物資の不足は避けられない。

 過去に大暴れしたという巨兵海賊団がそこかしこで略奪に走ったのも理解出来る。

 

「……なるほど」

 

 この辺りはカナタとしても考える必要がありそうだった。

 既存の交易が少ないなら入り込む余地は十分にある。また一段と忙しくなりそうだ。

 

 

        ☆

 

 

 巨人族の王と交易と取引に関しての会談は無事に終わった。

 カナタ達が求めるのは良質な木材と巨人族の労働力であり、対価として様々な物資の輸入と金銭を渡すことを提案すると快く受け入れられた。

 巨人族側としても、略奪より交易をというマザー・カルメルの言葉を出来る限りは尊重したい考えを持っているらしく、同時にそれを台無しにしたシャーロット・リンリンと全面的な敵対関係にあるカナタ達とは仲良くしたいらしい。

 ジョン・ジャイアントを始めとした巨人族の海兵は何人かいるが、国そのものが世界政府加盟国として存在するわけでは無い。海賊と手を組むのも自由という訳だ。

 

「案外あっさり終わったなァ。もう少し時間がかかるかと思っていたが」

「リンリンと全面的に敵対関係にあることがプラスに働いたな。フェイユンから事情は聞いていたが、これほど影響が強いとは思わなかった」

 

 いつも邪魔ばかりで小競り合いも多い相手だが、今回に限っては良い影響があった。世界最強の軍隊を有するとさえ言われる巨人族と仲良くできるならそれに越したことはない。

 巨人族の王がウキウキで「いつリンリンと戦争をする?」と聞いて来た時は思わず目を丸くしたものだ。

 流石に今日明日戦争を仕掛けるという訳にもいかないと猶予期間は貰ったが。

 例に漏れず時間感覚は適当なようで、十年二十年くらいなら待つとのことなのでゆっくり準備をしていいだろう。

 

「これから忙しくなるな。取引先が増えるのはいいことだが、巨人族の国と交易ともなれば量も莫大だ」

 

 巨人側からしても、今まであまり多くなかった取引の量が一気に増える事だろう。もっとも、最初は様子を見ながらになる。

 労働者として働きに出る巨人族も最初は少ないだろう。こういうのはゆっくり順序立ててやっていくべきだ。

 そう考えながらゲルズのいた村まで戻り、最初はこの村から労働者として働きに出る者を集うことになった。

 フェイユンの知り合いも多いので誘いやすいだろうというのもある。

 

「あ、ハイルディン君だ!」

「フェイユン!? お前帰ってたのか!」

 

 フェイユンよりもだいぶ背の高い男性の巨人だ。まだ年若いが村の戦士たちに鍛えられているらしく、様々な武器を背に持って狩りから帰ってきていた。

 手には巨大な猪が握られており、今日はこれを捌いて村の食料にするという。

 

「折角だ、うちの船から酒を出して振舞ってやれ」

 

 故郷に帰って幼馴染と再会したこと、そして巨人族とカナタたち〝黄昏の海賊団〟とのこれからを祝して。

 巨人族には少しばかり量が少ないかもしれないが、彼らの村にも酒はある。

 ……ついでに海外の酒の味を知ってもらえれば取引の量が増えるかもしれないという目的もあったりする。

 それはさておき、喜びの宴は昼日中から始まり、日が落ちても長く続いた。

 

「フェイユン、聞いたぞ! 億を超える賞金首になったそうだな!!」

「ゲルズが言ってたぞ、ドリー船長とブロギー船長に会ったんだって!!?」

「魚人島には行ったのか? 海の底にある神秘の島だ!!」

 

 てんやわんやの宴の中、主役と言ってもいいフェイユンは巨人族の皆から矢継ぎ早に話しかけられて目を白黒させていた。

 カナタたちは少し離れたところでテーブルを作り、宴を楽しみつつ今後の動きを話し合っている。

 

「今回の取引の拡大で、当面は他に回す余力は無くなるだろう。巨人族の船員が増えれば余裕は出てくるだろうが……」

「元巨兵海賊団の船員がもしいれば雇いたいところだよなァ。ロムニス帝国との取引も増やせってあっちがせっついて来てるしよ」

「優先度は高いが人員が足りん。あまり派手にやるべきではないし、世経のモルガンズがスクープを狙ってうろうろしている。下手を打ちたくないならしばらく待てと言ってある」

 

 常にスクープを狙って色々なところに出没してはニュース記事を書く世界経済新聞社のモルガンズはカナタとしても頭の痛い存在だ。

 仲良くすればそれなりに情報操作を行えるが、あの男は何かとカナタを食事に誘いたがる。それにリンリンの茶会にも顔を出しているので深い付き合いは不可能だろう。

 この手の裏工作はあまり得意では無いので四苦八苦しているのだ。

 

「巨兵海賊団に関しては好きなようにやらせればいい。傘下と言わずとも同盟でも構わない」

「まァ巨人族の軍隊ってだけで十分強力と言えば強力か……ビッグマム海賊団とはどう戦うんだ?」

「巨人族との信頼関係をどれだけ短い期間で築けるかどうかだな。準備を整えるのに二、三年はかかるだろう」

 

 リンリン率いるビッグマム海賊団はカナタ達からしても邪魔な存在だ。金獅子海賊団同様に出来る事なら潰してしまいたい。

 とは言え、そう簡単に潰せるなら海軍が潰してしまっているだろう。

 年々強化される海賊団とリンリン本人の実力、それに裏工作の巧みさを考えると事前の準備をどれだけ出来るかが重要になる。

 特にスパイは最近増えているので、近々また掃除が必要だ。

 

「……そろそろリンリンとは決着を付けねばならんな。シキはその後だ」

「シキの野郎は相変わらずロジャーにご執心みてェだし、こっちに目を付けることはねェんじゃねェか?」

「あの男は病気だ。全力で戦うのは難しかろう」

 

 当面の目的がリンリンなのは、シキの意識がロジャーに向いているうちに、という理由もある。

 両方を一度に相手取るには少しばかり勢力が巨大すぎる。黄昏の海賊団もそれなりに勢力は巨大化しているが、片方と正面からぶつかればそれだけで全戦力を使うことになるだろう。

 多少なりとも余力を残さなければ弱ったところを食い破られるのが厄介なところだ。

 海軍もそうだが、虎視眈々とカナタの首を狙う海賊も少なくない。

 

「最近手に入った悪魔の実も早いところ食べさせねばな」

「結構大量に手に入ったよなァ……よくあんなに手に入れたもんだぜ」

〝北の海(ノースブルー)〟のブラックマーケットは予想以上だったという訳だ」

 

 色々なところに伝手を作っておけば、こうして悪魔の実も手に入れることが可能になる。

 いきなり悪魔の実を十数個手に入れたのは想定外だったが。

 切り分けられた巨大な肉を手に持ったナイフで食べやすい大きさに切り分け、カナタはそれを口に運ぶ。

 巨人族の村にも家畜はいる。人間からすれば家畜というにはいささか大きすぎるが、丸焼きにするだけで味もそれなりに良い。

 戦争にはとにかく食料が必要だ。無人島を開拓して食料生産プラントに変えていることも含め、食料はやや過剰生産に近い状態にある。

 準備は着々と進んでいた。

 

「巨人族との関係性がもう少し良好になってからの話だが──リンリンを墜とす」

 

 大きな戦いになるだろう。カナタ自身も無事では済まない可能性だってある。

 キャンプファイヤーを囲んで笑い合う宴の中で、カナタとスコッチだけが険しい顔をしていた。

 

 

        ☆

 

 

 そして、年を跨いだ。

 戦力拡充、食料の増産、巨人族との取引拡大──黄昏の海賊団が様々な行動をしている最中。

 ロジャー海賊団と金獅子海賊団による〝エッド・ウォーの海戦〟が勃発した裏で、ビッグマム海賊団と黄昏の海賊団が全面衝突することとなる。

 




次話は空前絶後のキャットファイト


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第八十九話:〝ハチノス〟襲撃事件

 今回は色々考えて(主に作者のモチベーションアップのため)原作軸(新世界編)の話を少しだけ冒頭に入れこみました。
 若干ズレる可能性もありますが、おおむねこういう風に進んでいくんだな、くらいに受け取ってもらえればと思います。

 それはそれとして、女同士で始まる空前絶後の怪獣大決戦(キャットファイト)、始まります。
 どうなっても知りませぬぞ。


 空は快晴、流れる風は心地よく、穏やかな空気は傷ついた体を癒すに持って来いな陽気だった。

 不満があるとすれば、自分のサイズにあった部屋がないことだが……世話になっている身でそこまで文句を言うつもりもない。雨風が凌げれば十分だし、今は天気もいいので外にいるのも悪くはない。

 傷が疼く。

 昔やられた傷も、つい先の戦場でつけられた傷も……傷は男の勲章と言うが、多くの兄弟姉妹たちを守れなかった自分には後悔を忘れないためのものでもある。

 

「おーい、調子はどうだ?」

「……ああ、悪くない」

 

 あずき色の短い髪がふわりと揺れる。

 至る所に包帯を巻いた男──シャーロット・カタクリは近付いてくる船医、チョッパーの質問に簡素に答えた。

 頭上には麦わら帽子をかぶった髑髏のマークが掲げられており、船長である麦わら帽子をかぶった男は船の船首の上で暇そうにだらけていた。

 

「包帯を換えよう。傷は……うん。経過は良好だ。順調に回復してるよ」

「……おれは一応、ビッグマム海賊団の将星だ。一時的に共闘関係こそ結んだが、本来は敵だぞ」

「いいんだ。おれも助けてもらったし、四皇の幹部でもルフィが良いって言ったからな!」

「……そうか」

 

 この船に乗ってから、何度か繰り返された問答だった。

 チョッパーは気にすることなく笑って包帯を取り換え、カタクリはされるがままに治療を受けている。

 そこへ、ルフィが腕組みして近付いて来た。

 

「なんだおめー、そんなこと気にしてんのか。おれ達もう友達だろ? 気にすんなよ!」

「友達……?」

「こまけーことは気にすんなって」

 

 「ししし」と陽気に笑うその男の顔を見て、カタクリは悩んでいるのが馬鹿らしくなったのか、口元を緩めて笑みを見せた。

 包帯を換え終わり、チョッパーが医務室に戻ると入れ替わりでゾロとウソップが甲板に出てきた。

 

「だいぶ顔色も良くなったな……まだ礼も言ってなかっただろ。おれ達全員が無事に逃げられたのはアンタとアンタの兄弟のおかげだ。ありがとう」

「ああ、アンタたちが居なけりゃおれ達はとっくに全滅だった!」

 

 ゾロとウソップがカタクリの近くに座り込んで礼を言う。

 先の戦いでは、カタクリとその兄弟たちの助力が無ければ逃げる事すらままならなかった。

 

「ああ──自慢の弟たちだ。生きていれば、いいのだが……」

 

 一緒に逃げることは出来なかった。

 自分たちを逃がすことで精いっぱいで、あの場に残ってカタクリたちを逃がすことだけに専念したからこそ──〝黄昏の海賊団〟から逃げ出すことが出来た。

 あのままでは、間違いなく全滅だったのだから。

 

「この船は〝ワノ国〟へ向かっているんだろう? 黄昏の次の目標は百獣海賊団だ。行けば必ずかち合うが……どうするんだ?」

「進路は変えねェ」

 

 カタクリの疑問に対し、ルフィははっきりと断言する。

 

「おれ達が先に着くだろうから、カイドウを先に倒しちまえばいいだろ?」

「お前な……簡単に言うが、相手は四皇だぞ?」

 

 ルフィの楽観的な言葉にゾロが呆れてため息を零す。

 先の〝黄昏の海賊団〟との戦闘でも全滅しかかったというのに、同格の〝百獣海賊団〟を相手取ることに何故楽観的でいられるのか。

 そこがルフィの良いところだが、悪いところでもある。カタクリは立ち上がり、覇気こそ発していないが強い威圧を持って問いただした。

 

「今、あそこにはママもいるはずだ……それでもやるのか?」

「ああ。おれは絶対に海賊王になる!! 四皇だからって逃げるわけにはいかねェ!!」

「──ふっ……随分な自信だな」

 

 ルフィが自信満々に言うものだから、カタクリも思わず笑みをこぼす。

 これほどまでに真っ直ぐ「海賊王になる」と言う馬鹿を見たのは初めてだ。今まで近くに居なかったタイプだけに、カタクリとしても興味深い。

 威圧を収め、再び船の縁に体を預けた。

 

「だけどよ、〝百獣海賊団〟にもやっぱり〝ハチノス〟にいたオーズよりデカい巨人とか、あの蛇女とか影女とかと同じくらい強い奴らがいるんだろ? 対策練らないとヤバくねェか?」

「〝巨影〟に〝魔眼〟か……影女と呼ぶ奴はわからん。少なくとも〝六人姉妹〟のメンバーではないはずだ」

「小紫もその〝六人姉妹〟の一人なのか?」

「そのはずだ……〝百獣海賊団〟に居るか居ないかで言えば、居る。〝災害〟と称される三人の実力者がな」

 

 その下に〝飛び六胞〟という六人の集団もいるが、カタクリは実力では〝災害〟──正式名称を〝大看板〟──と呼ぶ三人の方が近いだろうと考えていた。

 実際に対峙してみたからこそわかるが、自分にも引けを取らない実力者ばかりだった。〝黄昏の海賊団〟がこの海の覇権を握る日も遠くはないと感じるくらいに。

 ウソップは身震いしながら「あれと同じくらい強いのがいるのか……」と情けない顔をしていた。

 

「ジンベエも入ったし、強い奴はルフィやジンベエに任せよう!」

「おうとも、存分に任せてくれ! わしもルフィのためなら力の限りに戦おう!!」

「頼もしいぜ、ジンベエ親分!! 援護は任せろ!!」

 

 舵輪を操作するジンベエは笑いながら力こぶを作り、ウソップは囃し立てるように指笛を鳴らす。

 

「〝巨影〟と〝魔眼〟は昔からいる。何度もうちとぶつかったからな……残りの四人はあまり表に出てこないから情報は少ない」

 

 そもそもからして、〝六人姉妹〟という枠組みそのものが近年作られたものだ。カナタ直属の部下、〝戦乙女(ワルキューレ)〟の中でも取り分け実力の高い六人を選んだだけの集団だが、その強さは目を見張る。

 ビッグマム海賊団の将星、百獣海賊団の大看板と同格の強さを持つ女が少なくとも六人。

 加えて同格の〝騎士〟と称される男たちが数名。

 それにカナタの副官が二人……層の厚さで言えば他の四皇を遥かにしのぐ。

 

「白ひげ海賊団の〝火拳〟と引き分けたという噂もある。あの中の誰が()()なのかはわからないが、全員がほぼ同格と考えておいた方がいい」

「エースと? そりゃスゲェな……」

 

 ルフィが目を丸くして驚く。

 白ひげ海賊団で隊長を務めるエースと同格の強さがある、というのは一般的にかなりの強さを持つ。ルフィの知るエースは負けなしの男だったし、それと引き分けられる女がいるというのは口をあんぐりと開けて驚くに値する衝撃だった。

 

「今回逃げられたのは〝黄昏〟の幹部のほとんどが居なかったからだ。〝魔女〟の副官二人がどちらもいなかったから逃げることが出来た……おれが負けた相手がいなかったのは大きい」

 

 意識せず、カタクリは左目に付けられた三本の傷を撫でる。

 ゾロはそれに気付き、「その傷をつけた相手か」と問う。

 

「これはまた別だ。昔……〝黒ひげ〟に付けられた傷でな」

 

 随分昔……二十年以上前、大海賊時代が始まる前の最大の抗争時に付けられた傷だ。カタクリが負けた相手はまた別にいる。

 油断は無かったし、誰が相手でも負けるつもりは無かった。

 だが、ティーチの強さはカタクリの想像を遥かに超えていた──子供だとしても、脅威を抱くほどに。

 

 

        ☆

 

 〝新世界〟──海賊島〝ハチノス〟

 黄昏の海賊団が拠点とするこの島を、今ビッグマム海賊団の艦隊が取り囲んでいた。

 傘下の海賊、そしてリンリンの子供たちが乗り込んだ何十隻もの海賊船。姿だけ見れば非常に威圧感がある。

 世界でも有数の大海賊を相手にするとあって緊張する部下たちを尻目に、カナタたちは気負う様子もなく普段通りに軽口を飛ばす。

 

「エルバフの村にも連絡を入れておけ。リンリンを討つ機会を伝えなかったと知られると、連中がヘソを曲げるかもしれないからな」

「ワハハハハ! そいつは確かに困るな!」

「数は多いが、迎撃の準備は万端だ。いつでもいけるぜ」

 

 ハチノスの外縁部には城塞が建てられている。

 大砲もかなりの数を用意し、港も軍港として改装していた。完全に戦うための拠点である。

 滅多に攻めてくる敵もいない上、いても大したことがない敵ばかりだったので今回が初の防衛戦だ。存分に力を振るえるとあって、やる気が出ているものも多い。

 十分に近付いて来たのを確認してから動くことになるので今のところは暇だが、ビッグマム海賊団の包囲網は着実に狭まっている。

 

「……そろそろいいんじゃねェか? まだか?」

「慌てんなよスコッチ。もう少し近づけてから──」

「発射だァー!!」

 

 スコッチとジョルジュが慎重に距離を測りながら待っていると、先走ったサミュエルが大砲を発射した。

 

「うおおおおお!!? 何してんだアホォ!!」

 

 案の定というべきか、適当に撃ったので敵船の手前に着弾している。

 今の一発で正確な距離は測れたが、それにしたっていくら何でも先走りし過ぎである。

 サミュエルに対してチョークスリーパーを決めながら、スコッチは「このバカ野郎!」と罵倒していた。

 一方でビッグマム海賊団も、今の砲撃に触発されたのかどんどん撃ち返してきている。

 

「ええいもう関係ねェ! こっちもどんどん撃ち返せ!!」

 

 サミュエルを放り投げ、敵艦を指さしてスコッチが砲撃の号令をかける。

 一斉に放たれた砲撃は放物線を描いて空を飛び、敵艦の船員に弾かれていた。

 

「やっぱ普通の大砲じゃ効かねェなァ」

「デイビットはどこに行った?」

「あいつは別方面だ。仕方ねェ……俺が一肌脱いでやるよ」

 

 腕まくりをしたスコッチが砲弾をぺたぺたと触り、それをどんどん大砲にこめさせて砲撃の合図を待つ。

 あらかた準備を終え、だいぶ近付いて来ている敵艦に向けて再び砲撃の号令をかけた。

 

「モアモア百倍砲弾を食らえ、クソッタレのビッグマム海賊団!!」

 

 飛んでいく途中で砲弾が膨張し、凄まじい大きさになって敵艦へと降り注ぐ。流石にこれには対応出来ないのか、大砲の弾が着弾するごとに敵艦が爆発して炎上していた。

 スコッチはガッツポーズをして、炎上して沈んでいく敵艦を前に大笑いする。

 

「ワッハッハッハッハ!! 気分が良いぜ!」

「あとは近付く奴から順に沈めれば……あん?」

 

 ジョルジュが双眼鏡で確認していると、〝ハチノス〟を中心に海が凍っていく。カナタの仕業だろう。先程まで近くにいたはずだが、一人で動いていたらしい。

 敵艦は凍った海の中で動くことも出来ずに砲撃の的となり、次々に沈められている。

 一見すればこちらが優勢だが、ジョルジュは妙な胸騒ぎがしていた。

 いくら防衛戦でこちらが有利と言っても限度がある。ましてや相手はこの広い海の中でも上位に位置する海賊団。無策で突っ込んでくるだけの猪ではない。

 

「……嫌な予感がするな」

 

 カナタも同じように考えたから動いたのか。

 上機嫌で船を沈め続けるスコッチに「ここは任せる」とだけ告げ、自分は城塞から離れる。

 内部には非戦闘員を集めたシェルターがある。城塞を突破されない限りは被害を受けない場所だが……ジョルジュは自分の勘に従ってそちらへと向かった。

 

 

        ☆

 

 

 シェルター内部。

 〝ハチノス〟にある建物の中でも特に堅固に作られている建物だが、外からの衝撃に強い分内部に侵入されると弱いという弱点もあった。

 無論、外にはカナタを始めとした多くの実力者がいる。ここまで忍び込むのは容易ではない。

 だが、世の中には常識を覆す存在──悪魔の実も存在する。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「──こいつら、どこから入って来やがったァ!!」

 

 手長族のコックが剛腕を振るって敵を殴り倒す。

 それなりに長いことコックを務める男だが、いざという時のために多少は体を鍛えている。易々とやられる男ではない。

 非戦闘員も軽く運動できるくらいには鍛えられているので、何も出来ずに殺されることはない……が、この男に限って言えばそれだけで説明がつかないくらい普通に強かった。

 リンリンが能力によって生み出した、動くチェスの駒──チェス戎兵と呼ばれる戦闘員を一人で軒並み倒している。

 

「鏡だ! こいつら、鏡の中から出てきてやがる!!」

 

 誰かが大声で鏡から敵が出てきていると叫び、それが事実だと指し示すようにぞろぞろと鏡の中からチェス戎兵が現れていた。

 数が多い。いくら何でも一人で倒せる数ではない。

 

「鏡を割れ! 奴らの出入り口を塞ぐんだ!!」

「む、無理だ! あいつらどんどん湧き出てきて……」

「やらなきゃこっちがやられるだろうがよ!」

 

 迫るチェス戎兵を再び殴り倒し、男は長い腕をボクシングスタイルに構えて次に備える。

 せめて助けを呼んでくるまでの間は自分が、と──そう考えていた最中、ジョルジュが現れた。

 

「……! 嫌な予感がしていたが、こうなってたか……!」

「ジョルジュさん! 良かった、このまま敵であふれかえったらどうしようかと!」

「鏡の中から敵が出てきてる! あれをどうにかしねェとジリ貧だ!」

「鏡の中から敵だァ!? どういうことだ! そういう能力者か!?」

 

 剣を片手に乗り込んだジョルジュは、次々に現れるチェス戎兵を斬り捨てて設置された鏡へと近付く。

 よくよく見てみれば、鏡に自分の姿が映らず何か別の風景が見えている。鏡の中に別の空間が出来ている、というべきか。

 そういう特殊な能力者なのだろう。

 

「厄介な……!」

 

 何を置いてもまず最初に鏡を叩き割る。

 他にも何ヶ所か出入り口として使っているようで、こちらに意識が向いていなかったのが良かった。

 ジョルジュは即座に鏡を叩き割って出入り口を潰し、幹部たち全員が持っている子電伝虫を使って連絡を入れる。

 

「全員、鏡に気を付けろ! 敵の能力者は鏡を伝って〝ハチノス〟内部に侵入してきてる!」

 

 島中を一斉に点検する必要がある。

 非戦闘員もそれなりに多い海賊団だ。城塞で囲んで守りに入れば落とされることはないと踏んでいたが、こうして侵入されるのは想定外だった。

 カナタはリンリンの相手で手一杯だろう。それ以外の部分では自分たちで何とかしなくてはならない。

 

「敵の幹部も侵入して来てるかもしれねェ!! 情報は逐一報告しろ!!」

 

 

        ☆

 

 

「ウィッウィッウィッウィッ! 混乱してるねェ! ホーミーズに兄さん姉さん、うちの主戦力が敵のど真ん中に現れるとあっちゃあ当然か」

 

 鏡の中の世界──鏡世界(ミラーワールド)と呼ばれる世界で、リンリンの娘の一人であるブリュレは笑っていた。

 悪魔の実の能力は時に常軌を逸するが、ブリュレの食べたミラミラの実は一際異質だ。

 鏡の中にある異世界を通り、移動することが出来る能力。どれほど堅牢な城であろうとも人が通れるサイズの鏡さえあれば侵入は容易く、次々に増援を送り込むことが出来、またいざという時には撤退することも出来る。

 総勢一万を超える軍隊を鏡世界(ミラーワールド)に抱え、いくつかの出入り口からチェス戎兵やリンリンに(ソウル)を与えられた怪物──ホーミーズたちを次々に送り出していた。

 

「雑兵はホーミーズでいいが、敵の幹部は手強い。ぺロス兄、どうする?」

「そうだな……連中の強さはわかってる。なるべく複数で囲んで叩け。特に〝六合大槍〟〝赤鹿毛〟〝巨影〟には気を付けろ」

 

 ペロスペローは前回戦った時、ジュンシーに痛い目にあわされている。あの頃より強くなっているが、敵も強くなっていると考えるとあまり相手はしたくない。

 なるべく複数人で倒すのがいいだろう。

 海賊同士の戦いだ。卑怯も何もない。

 

「非戦闘員を人質にとれるならそれも良し。なるべく正面から戦わないようにしろ。ペロリン」

「……そうだな」

 

 カタクリも前回の戦いでカナタに敗北を喫している。

 リベンジマッチに挑みたいところだが、カナタの相手はリンリンがする。あの二人の戦いに割り込むほど命知らずでは無かった。

 それに、重要な橋頭保の役割を果たすブリュレの護衛をする意味合いもある。

 リンリンの子供たちは総じて強いが、カタクリはその中でも頭一つ抜けている。敵の幹部にぶつけるのが良いのかもしれないが、ペロスペローは安全策をこそ選んだ。

 そして、カタクリもペロスペローを信頼しているがゆえにその判断には異を唱えない。

 

「む」

 

 ガシャン、と。

 チェス戎兵たちが乗り込んでいた鏡の一つが割られた。敵が感づいたのだろう。

 ペロスペローとカタクリは互いに顔を見合わせ、一つ頷いた。

 

「ホーミーズと一緒におれ達も出るぞ。ついてこい、ペロリン♪」

 

 オーブン、ダイフク、コンポート、アマンド、クラッカー──それ以外にも多くの兄弟姉妹。錚々たる面々が顔を引き締め、ペロスペローの後に続く。

 この先は死地だ。いかにビッグマム海賊団が強大とて、一つ間違えば全滅しかねないほどの魔境。

 傘下の海賊たちが外から攻め、リンリンの子供たちが鏡の世界を通って内側を崩す。悪魔の実の能力を使った、これ以上ない奇襲作戦だった。

 鏡を抜けた先に在ったのは、どこか少女趣味を思わせる部屋だった。姿見鏡から出てきたが、人が使うにはいささか大きすぎる──恐らくは巨人族のものだろうと判断し。

 部屋の外へと出て行ったホーミーズの後ろに続いてみれば……そこには、大量に倒れ伏したホーミーズの姿があった。

 

「ほう、ようやく幹部のお出ましか。雑魚ばかり寄越すものだから出てこないのかと思ったぞ」

「流石に無策で来ることはないでしょう。彼らも馬鹿ではないですしね。ヒヒン」

 

 呵々と笑う赤髪の男。そして、馬のようなケンタウロスのような不思議な姿の男がそこにいた。

 

「〝六合大槍〟に〝赤鹿毛〟か……一番会いたくない二人といの一番に会うとはな」

「くはははは。随分嫌われたものだな、儂は少しくらい強くなったお主等と戦うのを楽しみにしていたのだが」

 

 嫌な顔をするペロスペローに対し、ジュンシーは長槍を持ったまま笑う。

 どちらにしてもどこかでかち合う可能性は常にあった。ここで出会ったのを幸運と考えるべきだ。

 

「こいつらの相手は数人がかりで行く。コンポート、ダイフク、手伝え」

「任せな」

「おう、何時でもやれるぜ、ぺロス兄」

「別動隊はオーブンに任せる。熱くなりすぎるなよ」

「わかってらァ」

 

 ホーミーズを連れてオーブンたちが別の方向に移動し始め、ペロスペローはジュンシーとゼンを相手に油断なく構える。

 数の上で勝っていても、黄昏にいる幹部は誰もが強力だ。油断できる相手では無い。

 

「今回は遊びは無しです。油断なさらぬよう」

「わかっている。だが、血が滾るのは抑えられん」

 

 ──ジュンシー、ゼン対ペロスペロー、コンポート、ダイフク。

 幹部同士の直接対決が勃発した。

 

 

        ☆

 

 

 氷の大地を悠然と歩く。

 時折飛んでくる砲弾も槍の穂先で撫でるように弾き、カナタの体には一切傷がない。

 

「──外縁部にいる敵はフェイユンに任せる。しばらく港が使えなくなるが、広範囲を凍らせた。常駐していた巨人族たちも出してやれ」

『りょーかい、んじゃまァ好きに暴れてもらうとするか。ヒヒヒ』

 

 子電伝虫でつないだ先では、クロがあちらこちらに連絡を入れていた。

 巨人族の船員は何人かおり、フェイユンと同様に島の内部で戦うには些か狭すぎると判断して待機させていたのだ。

 氷の大地の上でならそれも関係ない。

 

「……来たか」

 

 普通の巨人族のおよそ十倍近い巨体が視界に入る。

 覇気を使いこなし、その巨体で持って軍艦すら容易く投げ飛ばす幹部──〝巨影〟フェイユン。

 足元には巨人族が何人かおり、カナタの部下になる代わりに手に入れた悪魔の実の能力を既に使用している者もいた。

 カナタが海を凍らせて船が止まり、氷の大地の上をかけてくるビッグマム海賊団傘下の海賊たち。彼らの掃除は巨人族に任せるとして……カナタの目的は最初から一つ。

 

「出て来い、リンリン。わざわざ出向いてやったのだ、顔くらい見せたらどうだ?」

 

 クイーン・ママ・シャンテ号。

 リンリンが乗る母船だ。どうやってか知らないが、敵の島の内部への侵入を許したようだが……それでもなお、船にはそれなりの数の敵がいる。

 もっとも、リンリン以外はカナタと釣り合う実力者もいない。余程の命知らずでもなければ出てこないだろう。

 

「ママハハハ……! 随分生意気な口を利くようになったもんだねェ。小娘が……!」

「そうやってシキも私を小娘扱いしたが、ついぞこのか細い首一つ取れずじまいだった。()()()()()()()

 

 ミシミシと互いが放出する覇気で船が軋む。

 船を傷つけるのは本意ではないのか、リンリンは自身の魂を与えたホーミーズ──ゼウスに乗って船を降りる。

 氷の大地に降り立ったリンリンは、カナタと比べてかなりの巨体だった。

 身長は九メートル近くまで達し、従えるゼウスとプロメテウスの威容もあって更に巨大に見える。

 対するカナタは僅か160ばかりの身長で、同じ人族の中でも小柄な部類に入る。吹けば飛ぶような華奢さと発する覇気の強烈さがアンバランスな印象を与えていた。

 

「その首、引き千切って晒してやるよ!!」

「やってみろ──出来るものならな」

 

 リンリンの手には〝二角帽ナポレオン〟があり、変形して武器になっている。

 ゼウスとプロメテウスも臨戦態勢で準備しており、リンリンの怒りのボルテージが上がるごとに天候も荒れていく。

 

「どうやったか知らねェが、巨人族とまで仲良くなりやがって……!! そのムカつく面、今度こそぶっ潰してやるよ!!!

 

 ナポレオンに覇気を纏わせ、リンリンは怒りのままに刃を振るう。

 

「つまらん八つ当たりだな。私もいい加減お前たちとの関係を終わらせたい──ビッグマム海賊団は、今日で終わりだ!!!

 

 銘無き無骨な槍に覇気を纏わせ、カナタは力の限りに刃を振るう。

 ──そして、世界に激震が走った。

 



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第九十話:Lubricate our blades with blood and tears

「えーい!!」

 

 普通の巨人族の十倍に比する体躯を誇るフェイユンは、巨大な軍艦ですら容易く持ち上げていた。氷の大地に叩きつけ、船を一隻ずつ壊して次に進んでいる。

 部下となった巨人族の戦士たちもそれぞれビッグマム傘下の海賊団に襲い掛かり、次々と撃破していた。〝新世界〟で悪名を轟かせた海賊たちとて、エルバフの戦士には敵わないらしい。

 遠目に見ていたスコッチは「味方で良かったな……」と思わず零していた。

 

「巨人族の能力者なんて中々聞かねェが、実際のとこどうだったんだろうな」

「身一つ、武器一つで戦うのがエルバフの流儀ではあるんでしょうけど……別に悪魔の実を忌避してる訳でもねェって話ですしね」

 

 正式にカナタの部下になった巨人族には悪魔の実を獲得する権利が与えられ、それを望んだ二人の巨人が能力者となった。

 共に動物(ゾオン)系〝古代種〟の能力である。

 ただでさえ強い巨人族が能力者になれば強いに決まっている。まともに戦える者もそれほど多くはないだろう。

 スコッチは部下と話しながら外の船の状況を確認し、顎をさすりながらタバコを咥えた。

 

「外はひとまず大丈夫か。となると、後は内側に入ったビッグマムのガキどもだな」

「スコッチさんは行かないんですか?」

「全員内側の対処に動くわけにもいかねェだろ」

 

 外の状況を把握しつつ指示を出す幹部が居なければならない。カナタがリンリンと衝突して轟音が響き渡り、暴れる巨人族の咆哮を聞きながら、スコッチは子電伝虫を取り出す。

 先程はああ言ったものの、内側の対処が間に合わないなら手を貸す必要もある。情報共有は大事だ。

 

「こちらスコッチ。こっちは手が空いたが、どこか手助けはいるか?」

『こちらジョルジュ。今のところ問題ねェな』

『こちら南方居住区。敵の幹部三名とジュンシーさん、ゼンさんが戦闘中です。戦況は拮抗している模様』

「じゃあ大丈夫だろ。あの二人が戦ってるところには流石に交ざれねェ」

 

 下手に介入するとこちらが被害を受けかねないので放置を決め込み、「このままのんびり大砲撃ちながら船を沈めるか」と考えていたところで通信が入った。

 

『オレだオレ、オレオレ!』

「名前を言え馬鹿。どうしたんだ」

『ちょっと試したいことがあるんだけどよ、手伝ってくれねェか?』

「ああ? またぞろ面倒なことしようとしてんじゃねェだろうな」

 

 クロが何かをやろうとすると色々厄介事が付いてくる。かと言って一人でうろうろさせるには状況が危険すぎるし、仕方がないと重い腰を上げるスコッチ。

 剣を携え、時折現れるチェス戎兵たちを斬り捨ててクロのいる場所へと向かう。

 

 

        ☆

 

 

「本気でやるのか?」

 

 クロの提案にティーチは「本当に出来るのか」という意味で眉を顰め、クロは笑いながら「出来るだろ」と言う。

 スコッチが来るのを待ちながら、それなりに大きな鏡の前で待機する二人。

 先程までは近くにカイエとグロリオーサもいたが、次々に湧き出るチェス戎兵を掃討するために二人は打って出ていた。

 チェス戎兵とてリンリンが生み出した兵隊だ。決して弱くはないが、ティーチの足元にも何体か転がっている。

 右手に鉄の爪を装備し、また鏡の中から出て来やしないかと警戒しつつの待機だ。クロの提案が本当に上手く行くかどうかもわからないし、なるべくならクロをこの場から離れさせたいのが本音だった。

 ここで死なれては困る。

 

「だったらせめて、スコッチが来るまで離れるくらいはしようぜ。ここにいるとまた雑魚が湧き出てきちまう」

「ヒヒヒ、その時はオレが何とかしてやるよ」

「こいつら倒したのおれだよな!?」

 

 クロは能力は強いがそれだけなので、接近戦を挑まれると驚くほど弱い。ティーチが守らなければチェス戎兵にやられていただろう。

 多少距離があれば何千体いようが関係ないのだが。

 

「まァ任せろって。いいこと思いついたんだ」

「おれは嫌な予感しかしねェ」

 

 そんなことを言っている間にスコッチが到着し、クロは時間が惜しいとばかりにすぐさま準備に取り掛かる。

 

「何やろうってんだ?」

「相手は鏡の中から出てきてる。これが悪魔の実の能力なら、能力者が中にいる。能力者なら()()()()()()()()()()()()()()()のさ」

 

 事は実に単純だ。

 あらゆる能力者の天敵足り得る〝ヤミヤミの実〟の力をもってすれば、鏡世界(ミロワールド)の中に潜む能力者さえ引き寄せられると豪語した。

 懐疑的な態度の二人を尻目に、クロは確信をもって鏡に右腕を向ける。

 既に鏡の中の世界にいる能力者には当たりを付けている。見えているなら引き込むのは容易い。

 

「──〝闇水(くろうず)〟!!」

 

 光さえ逃れられない無限の引力の前では、世界の隔たりでさえ逃れる術はなく──ミラミラの能力者であるブリュレは、否応なしにクロの下へと引き寄せられた。

 

「ぎゃああああ!!? い、一体何が……!!?」

「どんなもんよ!」

 

 鏡の中から引きずり出されたブリュレはすぐさまクロの手元に置かれ、その能力を封じ込まれるだろう。

 だが、その直前。

 クロがブリュレに触れる一瞬の合間に、鏡の中からもう一人出てきた。

 

「ゲッ! カタクリ!?」

「おれの妹に──何をしている!!」

 

 すさまじい速度でクロへと三叉槍を振るうカタクリだが、その間にはブリュレがいる。下手に攻撃すれば巻き込みかねず、躊躇した刹那の隙に横合いからティーチが攻撃した。

 右腕に付けた鉄の爪がカタクリの腕を切り裂き、鮮血が舞い散った。

 

「くっ……!」

「ゼハハハハ! 本当に出来るとは思わなかったぜ!」

 

 ティーチでさえ半信半疑だったことをやり遂げ、クロはガッツポーズしてブリュレを抑え込む。

 あるいは能力を使えば対処できたかもしれないが、クロの手で抑え込んでしまえば悪魔の実の能力さえ使用不可能となる。

 あとは、護衛としてブリュレに着いて来たカタクリを倒すだけでビッグマム海賊団は瓦解させられるだろう。

 逃げ場を失ったリンリンの子供たちを各個撃破していけばいいだけなのだから。

 

「いつもの思い付きで何をやるかと思えば、意外と出来ることが多いな。とっととその女を殺しちまえば、鏡から出てくることは無くなるんじゃねェか?」

「どうだろうな。鏡の世界もこいつが作り出した能力なら、殺した瞬間に手近な鏡から外に弾きだされる可能性もある」

 

 下手に殺してしまうと鏡の世界に閉じ込めた敵兵がどうなるかがわからない。そのまま閉じ込められるならいいが、万が一のことを考えると止めておいた方がいいと考え。

 準備が出来るまで生かしておいて、敵を全員倒した後で処理するのが一番だろう。

 

「殺させるか!」

「出来るもんならやってみろ!」

 

 スコッチよりも巨大な体躯から繰り出される三叉槍の技の数々をティーチが捌き、クロはその間にブリュレを担いで距離を取る。

 下手に近くにいると取り返される恐れがあった。

 無論、それを許すカタクリではないが──ここにはティーチだけではなく、スコッチもいる。

 

「モアモア百倍──」

 

 右腕を武装色で覆い、黒く硬化した腕で狙いを定めた、スコッチは一切慢心なく最大の一撃を叩き込まんとする。

 

「──〝ギロチン・ラリアット〟ォ!!」

 

 カタクリの鍛えた見聞色でさえ反応できない速度を以て、強烈なラリアットをブチかます。

 すさまじい速度でカタクリの首元へと激突し、体格差をものともせずに吹き飛ばした。

 

「どんなもんよ!」

 

 クロと同じようにガッツポーズするスコッチ。

 ティーチは警戒したまま動かず、吹き飛んで壁に激突したカタクリから目を離さない。

 煙の中から出てきたカタクリに大きな傷はなく、ギロリと睨みつけるばかりだ。

 

「流石に幹部格。甘く見たおれの失態だな……」

「ほとんどダメージ無しかよ……ビッグマムのガキだけあって頑丈だなァ、オイ」

「次は、当たらん」

 

 カタクリは槍を持った腕を捻じり、ライフルのように回転させながら突き出した。

 

「モチ突き!」

「うおっ!」

 

 武装色を纏った剣で咄嗟に受けたが、スコッチは勢いを受け止めきれずに吹き飛ばされ、その間にティーチが近付いた。

 カタクリに子供だからという油断はなく、自らのモチの能力を最大限に生かして手数をさらに増やしてティーチを仕留めようと腕を振るう。

 ティーチはカタクリの攻撃を一つ一つ捌き、距離を取りながら何とか隙を見つけようと動く。

 だが、カタクリの目的はティーチではない。

 

「助けて~~!! お兄ちゃ~~ん!!」

「暴れんな! こっちに来ちまうだろ!」

 

 〝黄昏〟の中でも指折りの弱者に入るクロではカタクリが向かってきたら対処できない。

 暴れるブリュレを抑えつけながら、カタクリの意識がこちらに向かないことを祈るしかなかった──が、祈りもむなしく、モチの能力者であるカタクリが腕を伸ばしてブリュレへと向かう。

 ヤバい、と感じる間もなくブリュレを取り返され、クロは弾き飛ばされた。

 

「無事か、ブリュレ!?」

「な、何とか……」

「しっかり掴まってろ、お前だけでも鏡の世界に……いや、駄目だな」

 

 クロがいる限り、鏡の世界から再び引きずり出されるだけだ。

 それなら、カタクリの手が届く範囲に置いておいた方がまだ安心できるし、このチャンスにクロを仕留めておかねばならない。

 

「やべ、こっちに狙いつけやがったな」

 

 クロもカタクリが自分を狙い始めたことを悟り、護身用に持っていた短剣二本を引き抜いた。

 無いよりはマシと言う程度でしかないが、無防備に殺されるつもりもない。

 

「今後の〝脅威〟だな──ここで消しておくのが一番か」

「ヒヒヒ、やってみろよ。殺せるもんならな」

 

 左腕でブリュレを抱えたまま、カタクリは右手に槍を構えてクロへと襲い掛かる。

 たった一撃当てれば死ぬ相手だとしても、確実にこの手で殺そうと。

 ──しかし、その一撃はスコッチによって防がれる。

 

「ティーチ!!」

 

 背後からティーチがカタクリへと襲い掛かり、カタクリは咄嗟に流動化して攻撃をいなす。

 しかし攻撃はそこで終わらず、()()()()()振り返ったカタクリの左目を切り裂いた。

 

「ゼハハハ! 舐めすぎだぜ!」

 

 黄昏の戦闘員は希望すれば〝六式〟を学ぶことが出来る。

 同年代の中でも一歩抜きんでた強さを持つティーチやカイエは、若年ながらも既にいくつかの〝六式〟を会得済みだった。

 カタクリの視力を奪うほどではないにせよ、三本の傷跡から流れる血はカタクリの視界を大きく制限した。

 元より見聞色があれば視界に縛られることはないが、それでも少なからず影響はある。

 

「くっ……!!」

「お兄ちゃん!?」

「大丈夫だ。だが……少し不味いな」

 

 二人相手でも負けることはない。足手纏い(ブリュレ)がいてもカタクリの強さがあれば大丈夫だ。

 しかし、鏡の中から兵たちを出すことも出来ず、カタクリもここで足止めを食らうとなれば──兵力差で押し潰されかねない。

 

「ブリュレ、クラッカーとぺロス兄に連絡を入れろ。事はおれ達が思うより厄介なことになった……作戦負けだ」

 

 クロの存在が全ての前提をひっくり返した。このまま内部から崩すやり方ではこちらの兵力がいたずらに消費されるだけだ。

 作戦を変えねばならない。カタクリはそう判断し、血を流しながらどうすべきかを考え始めていた。

 

 

        ☆

 

 

 ──天候が著しく悪化していく。

 ところ構わず落雷が発生し、大雨暴風の嵐が巻き起こる。これがたった一人の人間によるものだと誰が想像出来ようか。

 巨人族にも近い体躯を持つリンリンは、高笑いしながら惜しみなく覇気を発露させる。

 

「ママハハハ!! 〝皇帝剣(コニャック)〟──〝破々刃(ハハバ)〟ァ!!!」

 

 〝太陽〟プロメテウスを刃に纏わせ、覇気と共に叩きつける。リンリン自身の怪力も相まってまともに受ければ絶命は必至の一撃だ。

 もっとも、それとて彼女以下の実力の者に限る話。

 

「──〝神戮(しんりく)〟」

 

 覇気と氷の能力を纏わせた一撃がリンリンの刃と正面からぶつかり、激しい衝撃と共に急激な熱膨張で大気が破裂したような音が響く。

 リンリンはすぐさま空いた左手に〝雷雲〟ゼウスをつかみ取り、カナタ目掛けて振り下ろす。

 

「〝雷霆〟!!!」

 

 見聞色でそれを感じ取ったカナタは上半身を吹き飛ばされても傷はなく、すぐさま再生して作り出した氷の槍の柄を蹴り飛ばした。

 リンリンは僅かに身を捩って氷の槍を避け、再び二人の武器が激突する。

 

「流石に強いな、そこらの海賊なら既に死んでいるところだが」

「おれをそこらの雑魚と一緒にするんじゃねェよ!」

 

 互いに一歩も譲らぬ鍔迫り合いをしながらも、どうやれば相手を殺せるかと隙を窺い続けている。

 その中でも、リンリンが〝(ソウル)〟を分け与えた意思を持つ存在であるプロメテウスとゼウスは独自に動き、カナタの隙を作り出そうとしていた。

 ゼウスが雷で牽制し、カナタがそれを避けたところにプロメテウスが巨大化して襲い掛かる。

 

「燃えろ~~!!」

「プロメテウスか……以前は対処しきれなかったが、あの頃と同じと思うな」

 

 意思を持つ炎であるプロメテウスは覇気を纏ったところでダメージは与えられない。しかし、カナタはワノ国で〝狐火流〟を会得している。

 炎で焼き切り、また()()()()()()ことを奥義とする流派である。

 

「狐火流──〝焔裂き(ほむらさき)〟!」

 

 一刀の下に炎を切り裂く流派だが、カナタにとって武器が刀であろうと槍であろうと関係ない。武装色で黒く硬化した槍を振るい、焼き尽くさんと降りてきたプロメテウスを真っ二つに切り裂いた。

 

「ギャアアアアア~~~~!!?」

「プロメテウス!!?」

 

 生まれてから一度も傷を負ったことのないプロメテウスが、激痛に叫び声をあげた。その衝撃は大きく、リンリンでさえも驚愕して目を見開くほどである。

 僅か一瞬と言えども、カナタを相手に一瞬の隙を見せたのは致命的だった。

 砲弾は効かず、ただの刃も通らないほど硬質な肉体を持つリンリンだが──カナタの前では障子紙にも等しい。

 

「──ひれ伏せ」

 

 武装色を纏った槍を振るい、リンリンの体を袈裟切りにする。

 リンリンは膝を突くが、倒れるまでは行かずにギロリとカナタを睨みつけた。

 

「む……浅かったか」

 

 リンリンが無意識のうちに纏っている覇気の鎧さえ上回った斬撃だったが、やや威力が足りなかったらしい。

 その辺りは流石に大海賊と呼ばれるだけはある。

 ならばもう一度、次は心臓を貫けば死ぬだろうと槍を構えた。

 

「く……プロメテウス!!」

 

 真っ二つにされたプロメテウスを両手でつかみ、無理矢理一つにくっつけて自身に纏う。

 立ち昇る炎の熱で足元の氷が解け始めるが、ゼウスに乗り込むことで足場の問題を気にもせず、怒りのままに刃を振るった。

 ギィン──!! と、白刃を煌めかせてカナタの首を狙い、槍とぶつかって衝撃波を生む。

 

「考えたな。身に纏えばプロメテウス単体を仕留められることはない」

 

 だが、身に纏って炎を自在に操ってもカナタに通用するわけではない。冷気こそ完全に防げるようになるが、自動的に相手を攻撃する二体の片割れが防御に回ればその分攻撃がおろそかになるのは自明の理だ。

 ゼウスだけではカナタを追い詰められないのだから。

 

「舐めやがって……!!」

 

 切り裂かれた傷口から血を流しながらも、威圧感は変わらない。放っておけば致命傷にもなりかねない傷だが、気にしてすらいなかった。

 カナタも一撃与えたからと油断することなく、片手に氷の槍を生み出し、二槍を振り回してリンリンの攻撃に備える。

 

「舐めてなどいないとも。お前たち元ロックスを相手にするにはこれくらいやれねば話にならないとわかっていたから、備えただけの話だ」

 

 ゼウスの方はプロメテウス程完全に対処法が確立出来ていないが、片方を抑えることが出来ただけ僥倖と言うべきだった。

 先んじて攻め込まれたのは想定外だったが、準備は六割方終わっていた。迎撃でリンリンの首を獲れれば目的の一つは達成できる。

 リンリンの方も何やら策を仕込んでいたようだが、緊急事態と言うほどの報告は受けていない。

 ならば当然──この場で、ビッグマム海賊団を壊滅させる。

 

「お前はここで終われ」

 

 シキも、カイドウも、ニューゲートも──元ロックスならば、その首を狙う理由はある。

 カナタの両親が残した負の遺産とも言うべき存在を、この手で消し去るのだ。

 ……シャクヤクだけは特に争う意思を見せていなかったのでその必要はなさそうだったが。

 

「終われ、だとォ……!? ふざけんじゃねェ!! 終わるのはテメェの方だァ!!!

「ッ!!」

 

 ビリビリと覇王色の覇気が放たれ、カナタが咄嗟に身構える。

 炎を纏った刃がすさまじい速度で何度も振るわれ、カナタはそれを二槍で捌き、弾き返していく。

 力でも押し負けることはないが、あえて弾き飛ばされることで距離を取って助走をつける。

 真っ直ぐにリンリンの心臓目掛けて氷の槍を投げつけ、リンリンがそれを弾いた瞬間にもう一本の氷の槍を刺し穿つ──その刹那。

 

「──貰った」

 

 それまでリンリンとの戦いに集中していたカナタの死角を突くように、〝美食騎士〟シュトロイゼンがカナタの心臓めがけて刃を振り下ろした。

 

 

 

 




言動だけ取り出すとブリュレが妙にヒロインムーブかましてて「???」ってなりました。
いや原作からあんな感じですけども。


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第九十一話:炎雷

炎と雷が合わさり最強に見える。そんな回です。


 無数に湧き出る同じ顔の兵士たち。

 創り出されたビスケットの兵士を前に、グロリオーサとカイエは苦戦を強いられていた。

 

「いくら倒してもキリがない……厄介な能力者じゃニョう」

 

 壊しても壊してもすぐに復活し、あまつさえ数が増えていく兵士。これには流石に疲弊を隠せない。

 敵は〝千手〟のクラッカー……加えてオーブン、アマンド。カナタの育てた船員たちも容易くやられるほど弱くは無いが、拮抗できるかと言われれば難しい。

 チェス戎兵こそ現れなくなったが、それでも多勢に無勢。戦力差は大きいと言わざるを得なかった。

 

「一つ叩くと二つに増えて、も一つ叩くと三つに増える──おれの無限に増えるビスケットの兵士たちを何体も倒す実力は認めるが、それだけじゃおれは倒せねェ!!」

 

 壊れたなら直せばいい。足りないなら増やせばいい。

 ただビスケットを生み出すだけの能力も、極めればこれほど強力な力となり得る。

 

「おい、クラッカー! おれたちはカタクリの手伝いに向かう! ここはお前一人でいいか!?」

「構わねェ! おれ一人で十分さ、兄貴」

 

 ブリュレから連絡を受けたオーブンがアマンドと共にどこかへ移動を始める。カタクリ一人でも勝てない相手では無いが、()()()()()()()と言っていたからには何かがあるのだろうと判断して。

 二人を見送り、複数体のビスケット兵を操ってグロリオーサとカイエの二人を相手に有利なまま戦闘を行う。

 集まってきた部下たちも、ビスケット兵の前には歯が立たず時間稼ぎにもならない。

 

「幹部と言ってもこの程度か!? 〝巨影〟がいなければこの程度か!」

 

 以前戦った際にはフェイユンにひたすらビスケット兵を踏み潰されており、クラッカーの方は打つ手もなかったが……あの時よりクラッカーは腕を磨き、強くなった。

 それにこの二人はフェイユン程の強さを持たない。ならば、ここで首を獲るのも悪くない──!

 

「ロール──プレッツェル!!」

 

 二つとない名剣〝プレッツェル〟を回転させながら突きを繰り出し、カイエはそれを大鎌で受けるも受け止めきれずに吹き飛ばされる。

 追撃をかけるビスケット兵へとグロリオーサが襲い掛かり、互いに覇気と纏わせた武器をぶつけて衝突した。

 グロリオーサでも一体を相手取るのが精一杯だ。隙を突けば壊すことも出来るが……壊したところですぐに修復されてしまう。

 これほど厄介な能力者も中々いないだろう。

 

「グロリオーサ! 大丈夫か!?」

 

 カイエへと向かっていったビスケット兵の一体を援軍に来たジョルジュが切り伏せ、もう一体をサミュエルが人獣形態になって抑え込む。

 ようやく来た援軍にホッとしたグロリオーサは、僅かに下がって更に数を増やしたビスケット兵から距離を取る。

 

「何だコイツら……フェイユンが前戦ってたビスケット野郎か!?」

「私はそニョ頃は知らないが……あのビスケットの兵隊、壊しても壊してもすぐに元通りにニャる上、一体一体が強い。油断せニュことだ」

「さっき斬った奴も結構固かったしな。ああいうのは能力者の出番だ。デイビット!」

「承知!」

 

 弾の入っていないリボルバー拳銃を片手に、デイビットが狙いを定める。

 カテリーナに作らせた特注品で弾の口径は大きく、弾丸そのものが生産出来ていないが──デイビットにとって実弾は不要だった。

 

「〝そよ風吐息爆弾(ブリーズ・ブレス・ボム)〟!!」

「ッ!!?」

 

 カチカチと引き金を引く。

 だが、当然ながら弾が入っていないので実弾は発射されない。代わりに飛ぶのは()()()()()()だ。

 

「なんだ、特殊な弾か!?」

 

 弾が見えないが故に、見聞色で攻撃を察知しても軌道が読みにくい。クラッカーは咄嗟に盾を構え、着弾と同時に爆発してビスケットの鎧の上から受けた衝撃でたたらを踏んだ。

 爆発の威力は高いが、ビスケット兵には効果が薄い。ならばとデイビットが取る手段は一つしかない。

 一番手近なビスケット兵のところまで突撃し、デイビットは体一つで体当たりをする。

 

「〝全身起爆〟!」

 

 ビスケット兵の至近距離で大爆発を巻き起こし、爆風がジョルジュたちにも打ち付ける。

 流石にこれは効いたのか、クラッカーはビスケットの鎧の中から放り出されて半身に火傷を負っていた。

 

「クソッ! いきなり目の前で自爆するとはな……!」

 

 悪態を吐きながらも体勢を立て直し、ジョルジュたちをぎろりと睨みつけた。

 自爆してでも、という気概は買うが、それでも倒せなかった以上はただの無駄死にでしかない。

 

「だが勝手に自爆してビスケット兵を一体破壊しただけだ。おれのビスケットは無限。一つ二つ壊したところで──」

 

 パンパンと手を叩き、ビスケット兵を再び生み出していく。煙幕の中で動く影を見つけ、新しい敵かと構え──

 

「クソ、ダメだったか……!」

「生きてんのかよ!?」

 

 自爆して吹き飛んだはずのデイビットがむくりと起き上がったので、思わずクラッカーも大声を出していた。

 

「おれはボムボムの実の爆弾人間。全身が爆弾だから爆発しても死にやしねェ!」

「そういう能力か……!」

 

 攻撃力に関しては突出している。いくら元通りに出来るとはいえ、ビスケット兵でさえ破壊できる火力を好き放題使われると厄介だ。

 とは言え、攻撃方法が爆発である以上、〝ハチノス〟内部では制限せざるを得ない。

 クラッカーがデイビットに意識を割いていると、先ほどカイエを吹き飛ばした方向からバキバキと何かが壊れる音がした。

 

「……この姿はあまり好きでは無いのですが、仕方ないですね……!」

 

 下半身は蛇となり、髪が纏まっていくつもの蛇となる──神話に謳われるゴルゴーン。その獣形態となって巨大化したカイエの姿があり、ジョルジュ、サミュエル、グロリオーサもまた同時に構える。

 ビスケットの兵隊を操る軍団規模の敵ではこれですら心許ないが、他の敵は他の味方が対処してくれるだろうと考えて。

 

「……〝黄昏〟の中にも化け物が多いみてェだな。構わねェ、全員纏めて相手してやるよ!」

 

 パンパンと手を叩き、クラッカーが次々にビスケットの兵隊を生み出していく。

 クラッカー一人にこれだけ手を割かれるのは非常に痛いが、〝黄昏〟は幹部ではなくとも多くの能力者がいる。辛く見積もっても戦力は拮抗していると言えた。

 あとはカナタがリンリンを早く倒してくれることを祈って、目の前の敵に集中するのみだ。

 

「こいつを手早く倒して他のリンリンのガキどもの相手をしなきゃならねェ。気合入れろよお前ら」

「ウハハハハ! 結構強そうだし、久々に暴れられるんなら何でもいいぜ!」

「ほざけ、おれがテメェらを倒すんだよ!!」

 

 〝千手〟のクラッカーVSジョルジュ、サミュエル、デイビット、グロリオーサ、カイエ。

 ビスケットの軍勢を前に一歩も退かず、戦力が拮抗した状態での戦闘が始まった。

 

 

        ☆

 

 

 ──鮮血が氷の上に散る。

 カナタの心臓を狙って穿たれた刃は僅かに逸れて腕を切り裂き、不意を打ったシュトロイゼンは返す刃で首を獲りに来たカナタの槍を弾き返す。

 一合の打ち合いの後で距離を取り、流れる血を気にも留めずにカナタはシュトロイゼンを見つめる。

 

「……そういえば、お前もいたな」

 

 〝美食騎士〟シュトロイゼン。

 ビッグマム海賊団旗揚げ当初からリンリンの傍にいる実力者だ。仲間殺しが横行していた当時のロックス海賊団にも所属しており、五体満足のまま今も生き残っていることが実力の証左でもある。

 あるいは、料理人としての腕前を買われて殺されなかっただけかもしれないが……それでも、気に食わない者は誰であろうとも殺していた者たちの集まりだ。

 その中で生き残ってきた以上、弱いはずがない。

 

「お前の見聞色は卓越している。それを欺くならばこの一瞬しかないと思ったが……これが失敗するとは思わなかった」

 

 カナタの反応速度がシュトロイゼンの予想を超えていた。オクタヴィアを想定した奇襲だったが、恐らく地力の差によるものだ。

 カナタでこれならオクタヴィアが相手では確実に失敗していただろう。

 

「奇襲は失敗したが、手傷を負わせられただけ十分だろう」

 

 あとはリンリンと二人がかりで戦えば負けは無い。

 リンリンが武器を構え、シュトロイゼンはそれに従うように低くサーベルを構えた。

 

「甘く見られたものだな。この程度の傷で私を倒せると思ったか」

 

 右腕を切り裂かれたが、それほど深い傷ではない。槍を構えて攻撃に移ろうとした刹那、シュトロイゼンが先手を取った。

 高速で接近するシュトロイゼンはサーベルを振るって斬りかかり、カナタは咄嗟に氷の壁を生み出してシュトロイゼンを止める。

 だが、その氷の壁は一瞬で破られた。

 切り裂かれたわけでも、破壊されたわけでもない。氷の壁が()()()()()()()()()のだ。

 

「何!?」

 

 攻撃を防ぐつもりだったが、予想に反して動きすら止められていない。カナタはすぐさま槍を振るってシュトロイゼンのサーベルを受け止め、剣戟を交わして距離を取る。

 シュトロイゼンは〝ククククの実〟を食べた能力者。

 彼の手にかかれば万物は食物となる。それは能力者が生み出した物質でさえ例外ではない。

 どれほど強固な壁であろうとも、柔らかい食材に変えてしまえば突破するのは容易いという訳だ。

 そして当然、シュトロイゼンに意識を割かれる分、リンリンはカナタの見聞色から外れている。

 

「〝雷〟──」

 

 距離を取ってもなお追いかけるシュトロイゼンの刃を捌き、反撃に移ろうとした瞬間にリンリンが入れ替わるようにしてカナタに襲い掛かる。

 右手に〝ナポレオン〟を持ったまま、左手に〝ゼウス〟を持って。

 

「──〝霆〟!!!」

 

 強烈な雷撃が氷の大地に叩きつけられる。

 既のところで攻撃を回避したカナタは、戦いにくそうに眉を寄せていた。

 それなりに長い付き合いだけあって、この二人は息の合った戦いが出来ている……息が合っているというよりも、シュトロイゼンが合わせている、と言うほうが正しいかもしれないが。

 どちらにしてもカナタにとっては良いことではない。

 

「厄介な……」

 

 だが、手立てが無いわけでは無い。

 再び斬りかかってきたシュトロイゼンの前に氷の壁を生み出し、身軽なこの男の動きを制限させる。

 しかし、シュトロイゼンからすれば先ほどと同じように柔らかい食べ物に変えてしまえばいいだけの話だった。

 

「──何!?」

 

 能力で変化させてしまえば、いかに堅牢な壁であろうとも無意味。だがそれでも、悪魔の実の能力に対抗する方法ならある。

 生み出した氷の壁に武装色の覇気を流し込み、黒く染まった氷がシュトロイゼンの刃と能力を完全に防いだ。

 

「私はどちらかと言えば武装色の方が得意でな──これくらいなら訳はない」

 

 見聞色とて鍛錬を怠っていたわけではない。数秒先の未来を視る程度は造作もなく、敵の感情から嘘か真かを判別するくらいは出来る。

 だが、それ以上に武装色の覇気の操作が得意だった。

 炎を纏った武器(ナポレオン)を振り回すリンリンの前に立ち、カナタは槍に武装色を纏わせて再度激突する。

 互いに武器そのものは衝突せず、纏わせた覇気だけが鍔迫り合い、軋みを上げて大気を震わせる。

 

「この、小娘がァ……!!」

「ぬるい炎だ。それに、体格の割に随分可愛らしい腕力だな、リンリン」

 

 かなりの体格差があるにも関わらず、カナタはリンリンと力で拮抗していた。

 体に纏ったプロメテウスの炎がかなりの熱を発しているが、足場の氷に覇気を流し込むことで多少の熱では溶けなくなっている。

 通常の氷ならどれほど分厚く張ってもすぐさま割れてしまう衝撃波の連続でも、こうしていれば耐えられる。

 氷の壁が壊せないならと、小柄な体躯を活かして立ち回るシュトロイゼンがカナタの背後から斬りかかった。

 しかし、それをカナタの背後に作り上げられた氷の狼が防ぐ。

 

「黒い、氷の狼だと!」

 

 更に足元の氷の大地が盛り上がり、巨大な狼の口となってシュトロイゼンを飲み込もうとする。

 だが、流石にそううまくは行かず、シュトロイゼンは狼の口から何とか逃れる。

 自慢のサーベルでも切れず、破壊も変化も出来ないとなれば避けるしかない。どれか一つでも成し遂げられれば対処は容易くなるが、カナタの武装色を上回らねばそれも難しい話だ。

 リンリンのプロメテウスならばあるいは、と思うが、今下手にプロメテウスを使えば今度こそ消滅させられかねない。

 ゼウスを掴んで叩きつけるも、覇気を流し込んだ氷の盾で防がれる。

 分が悪い、と言わざるを得なかった。

 

「リンリン! 出し惜しみは無しだ!」

「おれに命令するんじゃねェよシュトロイゼン!」

 

 リンリンは怒りで頭に血が上っている。

 どこかに火でもあればプロメテウスは最大まで力を取り戻せるが……氷の上では炎も発生せず、今の弱ったプロメテウスの火力ではカナタの氷を破壊しきれない。

 悪化していく天候の中、リンリンは空に渦巻く雷雲をゼウスに食べさせて力を最大限に高め、それをナポレオンに纏わせた。

 

「〝炎雷──皇帝剣(コニャック)〟!」

 

 プロメテウスとゼウスの力を一か所に集め、ナポレオンに宿らせた最大級の一撃を構える。

 原理的にはカナタが使う〝神戮〟と同じだ。悪魔の実の能力と覇気を最大限に利用して相手を攻撃する技。

 リンリンの場合は──そう、極めて破壊に特化した一撃だったというだけ。

 

「──〝威国〟!!!」

 

 巨人族の奥義。極めに極めた飛ぶ斬撃。炎と雷が尾を引くように後を追い、カナタの氷の壁を貫いた。

 正面から受ければ死を免れられない斬撃に対し、カナタは真っ向から勝負を挑む。

 

霜の巨人(ヨトゥン)よ」

 

 カナタから放出される覇気が足元の氷へと送り込まれ、黒くなった氷の上から更に覇気を重ね掛けし、黒から青紫色に変化していく。

 氷は徐々に形を変えて巨人の上半身となり、カナタの動きと同期しているかのように槍を持った巨人が動き出した。

 その威容はリンリンにも負けず劣らず、カナタが放出した覇気を吸い取って強烈な存在感を放っていた。

 

「我が威、我が槍を見よ──」

 

 猛烈な勢いで氷上を削り進むリンリンの〝威国〟を前に焦ることもなく、巨人と連動したカナタは槍を構えた。

 投擲の構えだ。

 左手を前に出して距離を測り、右腕を後ろに構えて狙いを定める。

 

「──〝大いなる冬よ、厄災となれ(フィンブルヴェト・ギュルヴィ)〟」

 

 その一撃は雷鳴の如く。

 音を超えてなお速く投擲された槍は、リンリンの放った〝威国〟と正面から衝突する。

 斬撃と炎雷、刺突と氷。互いに強大な覇気を纏わせた一撃であるが故に、それらがぶつかった瞬間に空を覆う暗雲が軒並み吹き飛んでいた。

 カナタの覇気を流し込まれた氷の大地も悲鳴を上げて砕かれていき、両者の攻撃がどれほど強烈なのかをまざまざと見せつける。

 拮抗する一撃は実際には僅かな間であれど、その場にいた三人にとっては長すぎる程の時間だった。

 互いの攻撃は中間地点で対消滅し、氷の大地に空いた巨大な穴がその威力の高さを物語る。

 

「……まだまだ、退く気はないのだろう? リンリン」

「当然だ。テメエをぶち殺すまで、帰るつもりはねェよ!!」

 

 二人はあれほどの攻撃を放ってもなお消耗が見られず、凶暴な笑みを浮かべたリンリンと涼し気に笑うカナタは再び衝突する。

 

 

        ☆

 

 

 ──黄昏の海賊団とビッグマム海賊団の抗争は都合三日にもおよび、昼夜を問わない激しい戦闘が続いた。

 事態を重く見た海軍及び世界政府は、将校たちに緊急招集をかけて最悪に備えていた。

 しかし、三日目に入ってから事態は一変する。

 巨人族の軍勢──エルバフの戦士たちの援軍が到着したのだ。

 どちらの味方をするのかなど誰が見ても明白。ただでさえ〝古代種〟の能力を持つ巨人族や多くの能力者がいたことでビッグマム海賊団がやや不利とも言える状況だった中、世界最強の軍隊が肩入れをすれば戦況はすぐに傾く。

 結果は即ち、ビッグマム海賊団の〝敗走〟である。

 とは言え、シャーロット・リンリンが死んだわけではない。勢力としての規模は落ちたものの、その強さはいまだ健在……これを好機と見た海軍が跳ね除けられる程度には軍勢も残っていた。

 その後も黄昏の海賊団は、勢力を拡大し続ける金獅子海賊団と小競り合いを起こし、自由に海を渡る白ひげ海賊団とは暗黙の不可侵を貫き、ビッグマム海賊団とは常にその首を狙い続け。

 巨大な勢力が拮抗し続ける中──それなりの年月が経過した頃、ゴール・D・ロジャーが世界一周を成し遂げた。

 



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第九十二話:〝海賊王〟

メリークリスマス


 ──〝富〟〝名声〟〝力〟……この世の全てを手に入れた男、〝海賊王〟ゴールド・ロジャー。

 前人未到の世界一周を成し遂げた男を世界はそう呼び、また手に入れた全てのものを総称して〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟と呼んだ。

 

「……〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟か」

 

 海軍、世界政府はロジャーを狙って過剰なまでに動き始め、同様にロジャーが手に入れた全てを奪おうと誰もがロジャーの行方を探した。

 カナタは新聞を読みながら小さく笑い、「ついにやり遂げたか」と我が事のように喜ぶ。

 執務室に丁度書類を運び込んできたティーチは、カナタの肩越しに新聞を読みながら「ロマンがあるな」と笑っていた。

 

「最後の島には何があったんだろうなァ……姉貴は何だと思う?」

「さあな。数日前に酒の勢いで連絡を入れてきたときは、随分支離滅裂なことを言っていたが……」

 

 かろうじて分かったのは最後の島を〝ラフテル〟と名付けたことくらいだ。

 かなり酔っぱらっていたので祝いの言葉だけ伝えたが、あの分だと連絡してきたこと自体を忘れている可能性もある。

 

「〝ラフテル〟……姉貴は気にならねェのか? そこに何があるのかってよ」

「気にならないと言えば嘘になるが……そうだな、あの男が〝ラフテル(Laugh Tale)〟と名付けたんだ。余程のことがあったんだろう」

 

 財宝が〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟と呼ばれていることも鑑みて、カナタは「〝赤い土の大陸(レッドライン)〟の崩し方でも書かれた石碑があったのかもな」と冗談めかして言う。

 ティーチは一瞬きょとんとした顔をした後、意味を理解して大笑いした。

 

「ゼハハハハハ!! ()()()()()ってそういう意味かよ!!」

 

 世界中の海をひとつにするという意味での()()()()()

 もっとも、カナタの予想に過ぎない。莫大な宝は本当にあったと言っていたし、恐らくは違うのだろう。

 ティーチはひとしきり笑った後、部屋を出て行った。

 

「……しかしティーチめ、随分と大きくなったな……」

 

 ちょっと前までまだ子供だと思っていたが、既に背丈は抜かれたし横幅も随分大きくなっていた。

 カイエもここ数年でかなり背が伸びていたし、子供の成長は早い。

 〝西の海(ウエストブルー)〟で天竜人を殺害してからこっち、勢いのままに突き進んできた。資金繰りは安定しているし、易々と潰されないだけの戦力も抱えることが出来た。

 久しぶりの……本当に久しぶりの、平穏だ。

 だが。

 

「〝海賊王〟か……また、時代が動くのだな」

 

 海軍も世界政府もロジャーを放ってはおかないだろう。

 ロジャーを狙う海賊も増える──否応なしに世界は荒れる。

 時代のうねりは、すぐそこまで迫っていた。

 

 

        ☆

 

 

「わはははは!!! 久しぶりだなァ、カナタ!! 元気してたか!?」

 

 相変わらず病人とは思えない元気さのまま、いつかと変わらない笑みを浮かべるロジャー。

 追われていたのか、遠目には多くの海賊旗が見えている。ロジャーなら蹴散らすことも難しくないだろうが、相手にするのも面倒なのだろう。

 そういう意味では面倒事を押し付けに来たとも言えた。

 財宝に目が眩んでロジャーを追いかけてきたはいいものの、カナタのいる〝ハチノス〟に攻め入る勇気はないのか……多くの船はうろうろと島の回りを回遊している。

 目障りなので哨戒を出して潰させておくように通達し、カナタはロジャー達を快く迎え入れた。

 

「久しいな、ロジャー。不治の病を患った割には随分元気そうだ。クロッカスの腕が良かったからか?」

「ああ、クロッカスのおかげだ! あいつを紹介してくれたスクラにも感謝だな!」

 

 丸っきり言う事を聞かなかったが、それでも治療にあたってくれたスクラに感謝してはいるらしい。本人が聞けば「感謝の前に言う事を聞け、この愚患者め」と罵ることだろう。

 既に余命以上の時間が過ぎている。いつ死んでもおかしくなかったが……クロッカスのおかげで旅が出来た。

 カナタはロジャーの後ろで気恥ずかしそうに頭を掻くクロッカスに視線を向け、「久しぶりだな」と声をかけた。

 

「数年ぶりか。〝双子岬〟に報告に行った時以来だな」

「そうだな。お前たちの情報を信じていなかったわけではないが、やはり自分でも確かめたかったのもある……結果は残念だったがな」

 

 ルンバー海賊団を探すことを条件に、クロッカスはロジャー海賊団に乗船した。結果は途中で脱落したことしかわからなかったが……それでも、確かめられただけ良しとするべきなのだろう。

 誰もがカナタやロジャーのように強く在れるわけではない。成功する者がいれば、必然的に脱落していく者もいるのだから。

 握手を交わしたのちにクロッカスは「医務室を借りるぞ」と言ってロジャーを引きずって行き、レイリーが入れ替わるように現れた。

 

「薬が切れそうだったんだ。済まないが、少し分けてくれるか?」

「構わない。他にも必要な物資があればこちらで用意しよう」

「すまない、助かる」

 

 ロジャーの病気を抑えるために必要な薬は数が多い。クロッカスとてそれは理解して必要な量の薬を都度調達していたが、世界一周を成し遂げて以降はどこへ行くにも海賊や海軍が現れて補給もままならなかったらしい。

 今後どうするかは全員が覚悟していることだが、最後に宴をしようとカナタのところに寄ったのでついでに物資の補給を行うことにしたようだった。

 続々と降りてくるロジャー海賊団の船員たちの顔は明るい。今後はどうあれ、この旅の思い出は皆の心に残る良い物だったのだろう。

 ふと、降りてくる船員の中にイゾウとおでんを見つけた。

 

「イゾウ! 久しいな、元気にしていたか? ついでにロクデナシも」

「おれはついでかよ!?」

「カナタさん、お久しぶりです」

 

 おでんに対しては適当に挨拶し、イゾウには握手を交わして話しかける。

 おでんは不満そうだが、言っても仕方がないと思ったのか口をへの字にして黙り込んだ。

 以前来た時にはイヌアラシとネコマムシがいたが、今回は見回しても姿が見えない。どうしたのかと聞けば、「トキ様が病に倒れたので一足先にワノ国に降りました」と答えた。ロジャーのような不治の病ではなく、船旅の疲れによるものだという。

 錦えもんたちが把握していないトキや子供たちだけを降ろすわけにもいかず、ミンク族の二人が降りたという訳だ。

 

「お前たちもワノ国へ帰るのか?」

「ええ、その予定です」

 

 本来ならイゾウも先に降りておくはずだったが、おでんのお目付け役が一人はいたほうがいいという事で相談の上残ったらしい。

 

「……出来た家臣だな」

「そうだろう! 何せおれの家臣だからな!」

「上がこれだというのに」

「どういう意味だァ!!」

 

 ドヤ顔で自慢したおでんが次の瞬間にはキレていた。

 だが、自分の我儘で海外に出ることが禁止の国から無理矢理出国しているのだ。半ば暗黙の了解を受けているとはいえ、好ましいことではないだろう。

 このまま立ち話というのもどうかと思い、詳しい話は夜の宴にすることにして全員を〝ハチノス〟に迎え入れた。

 

 

        ☆

 

 

 その日の夜。

 集まった〝黄昏〟の面々とロジャー海賊団は、手に酒の入ったコップを持って宴が始まるのを待っていた。

 出来上がった料理が次々にテーブルに並び、立ち飲み形式で好きなように歩き回って食べられるようになっていた。

 ロジャーは今か今かと待ちくたびれ、準備が終わったと聞いた瞬間に立ち上がる。

 

「よォし、もういいだろ! 時間だ!」

「では──ロジャー海賊団の世界一周を祝って!!」

『乾杯!!!』

 

 酒の入ったコップをぶつける音がそこかしこから聞こえてくる。

 誰もが笑って酒を飲み、料理を摘んで舌鼓を打つ。旅の終わりを迎えたロジャー海賊団への祝福であり、それぞれが新しい道を行く旅の門出への餞別でもあった。

 カナタはロジャーと少しばかり立ち話をして、〝黄昏〟の古株たちがロジャーのところへ殺到したので少し離れてイゾウとおでんのところへ足を向ける。

 

「おうカナタ、飲んでるか!?」

「まだ始まったばかりだというのに、もう出来上がっているのか?」

「ワハハハ! 今日は祝いだからな!」

 

 呆れた様子のカナタの態度も気にせず、おでんは酒を浴びるように飲んでいた。

 一方でイゾウは控えめにおでんを窘めつつ、ワノ国のことを考えているのか難しそうな顔だった。

 

「ワノ国が気になるのか?」

「……ええ。一度だけ、トキ様をお送りしたときに見た光景が……脳裏に焼き付いて離れないのです」

 

 かつてのワノ国からは想像も出来ない状況だった。

 多くの工場が建ち並び、決定的な何かが豹変している……それを感じ取っていたのだ。

 それでも、イゾウにはやるべきことがあった。それ故にワノ国に戻ることは出来ず、今の今まで頭の片隅に追いやっていた。

 戻ってからやるべきことは数多くあるだろう。

 

「それだがな」

 

 カナタは以前ワノ国に行った時の事を再び話す。

 何者かに陥れられて将軍殺しの汚名を着せられたこと。〝白ひげ〟と戦ったこと。そして、将軍代理とされる〝オロチ〟のこと。

 その名前を聞いた瞬間、酔って気分が良さそうだったおでんも思わず真面目な顔をする。

 

「オロチ? 何故その名前が出る?」

「お前の弟分だと認識されていた。私は寡聞にして知らないが……本当か?」

「そんな訳があるか! あいつはヤスさんのところで小間使いをしていたから、気を使って金を貸していただけだ!」

 

 それ以上の関係性ではなく、ましてや弟分などとは片腹痛い。

 だが市井の者たちにそう思われていた以上、どこかで情報操作が行われていたのだろう。何の目的があって、などと聞くまでもない。

 ()()()()()()()だ。

 

「恐らく、今のワノ国はかなり厄介なことになっていると言っていい。私も恩義のあるスキヤキ殿を暗殺した容疑を掛けられた以上、犯人には思うところがある」

「……だから手を貸すって?」

「そうだ」

 

 今の〝黄昏の海賊団〟の勢力は凄まじい。

 〝ビッグマム海賊団〟〝金獅子海賊団〟と抗争を繰り返すも敗れることはなく、拮抗した勢力を保って海の皇帝の如く君臨している。

 ワノ国で誰が暗躍しているかは知らないが、カナタが手を貸せば解決することは可能だろう。

 しかし。

 

「……いや、駄目だ。ワノ国のことはおれが解決する」

「何故だ? 敵の事は何もわかっていない。戦力は多い方がいいだろう?」

「おれは一度国を出た身だ。そんな奴が将軍になるなんて虫のいいことを言うつもりは無かったが……旅をするうちに、そしてお前の話を聞いて気が変わった」

 

 ──おれがワノ国の将軍になる。

 

「……身内のサビは身内で何とかするとでも言うつもりか?」

「あァそうだ。ワノ国はおれの国だ。おれが何とかしなくちゃならねェ……どのみち、ワノ国は開国するつもりだ。いずれはおれがやらなきゃいけねェ」

「おでん様……」

 

 覚悟を決めた顔をするおでんを見て、イゾウは感極まったように「立派になって」と涙ぐむ。

 カナタは数秒、睨みつけるようにおでんを見ていた。だが、おでんの決意が固いと見るや、ため息を吐いて「仕方がない」と諦めた。

 おでんの頑固さは良く知っている。何を言っても意見を変えることはないだろう。

 

「だが、そうだな……イゾウは置いていけ」

「あァ!? なんでだよ!?」

「ワノ国を開国するのだろう。世界政府加盟国になるかどうかはともかく、他国との交渉や貿易に関してはお前たちにノウハウが無い。最低限のことは叩き込んでおこう」

「そういう事か……いや、だが……そういう事なら仕方ねェ、か?」

 

 うーんうーんと頭から湯気を出しながら考え込むおでん。

 適当に料理を取って酒のツマミにしつつ、カナタはイゾウの方に視線を向けた。

 

「お前自身はどう思っている?」

「……他国との交渉術は必要でしょう。貿易は少なからず康イエ様がやっていましたが、(まつりごと)となると、各郷を治める大名との折衝くらいしか無いのも事実です」

「だが、それはイゾウじゃなくてもいいんじゃねェか? お前らのところから得意そうなやつを何人か貸してくれりゃァ済むだろ」

「外交を外様にやらせる君主がいるか、阿呆め」

 

 イゾウが経験を積むために〝黄昏〟にいれば、少なからず影響はあるだろうが……それでもおでんの家臣であることに変わりはない。

 カナタの部下が外交を担当するようになってはワノ国の実効支配をしているのと同義だ。それはおでんにとっても良いことではないのだからと、考えなしの発言をするおでんに頭を痛めながら説明する。

 要はおでんの顔を立てているのだから素直にアドバイスを聞けという事だ。

 カナタのことを信用しているからこその発言なのだろうが、国の王となるなら公私混同は避けるべきだ。

 

「多少年数はかかるが、最低限のことは覚えさせる。その間にワノ国を何とかしておけ」

「……仕方ねェ。イゾウ、頼めるか?」

「おでん様のためとあらば、文句なく」

 

 おでんは渋々といった様子でイゾウに頼み、イゾウは一切文句なく受け入れる。

 真面目な話になったが、今夜は祝いの席だ。気が合わずともそれなりに理解はある。話はこれくらいにして、宴を楽しむように告げて二人から離れた。

 おでんに気付かれないように、イゾウに「おでんのビブルカードを作っておく。爪のかけらを切っておいてくれ」と頼みごとをして。

 その後、レイリーやクロッカス、ギャバンやバギーにシャンクスと話していると、ロジャーが少し離れたところでカナタを呼んでいた。

 人気が少ない場所で、やや喧騒から離れている場所だ。

 

「どうした、ロジャー。こんなところに呼び出して」

「いや……まァ、なんだ。お前には色々感謝してんだ。クロッカスの事とか、おでんの事とかよ」

 

 二度命を救ったとはいえ、ロジャーの旅にとって重要な情報をもたらしてくれた存在でもある。

 これを逃せばもう会うことはないと、ロジャーは深々と頭を下げた。

 

「ありがとう。お前のおかげで、おれたちは無事に旅を終えられた」

「……礼を言うのは私の方だ。お前に受けた恩は一生のものだからな」

「ワハハ、そうか! おれはもう長くねェ。もしお前が良けりゃだが……おれの子供を助けてやって欲しい」

「子供? お前、子供がいたのか?」

「これから出来る!」

 

 なんだそれは、と言いたげな顔で呆れるカナタ。

 だが、他でもないロジャーの頼みであれば否は無い。

 

「私のビブルカードを渡しておこう。お前の子供に肌身離さず持たせるよう言っておけ」

 

 ビブルカードの切れ端に「親愛なる友へ」と書き、ロジャーに手渡す。もしロジャーの子供が海を渡ってカナタの元まで来たとき、手助けが出来るように。

 ロジャーは「世話をかける」と笑って受け取り、酒を飲む。

 ……かつて、ロジャーがガープと共に打ち倒した男がいた。その娘にこんな頼み事をする日が来るとは、夢にも思っていなかったが……運命というのは数奇なものだ。

 長い付き合いのある相棒でもなく、共に海を渡った仲間達でもなく、カナタにこそ頼むべきだとロジャーは考えた。

 ただの勘だが、ただの勘だからこそでもある。

 

「ロジャー海賊団は今日限りで解散するつもりだ。もう、おれ達の向かうべき冒険はねェからな」

「……そうか。これからどうするつもりだ?」

「最後に〝白ひげ〟に会うつもりだ。あいつとは長年戦ってきた……ガープと同じで戦友みてェなもんだ」

「〝白ひげ〟か」

 

 カナタも一度戦ったことがあるが、確かに個人の強さという意味では頭一つ抜けていた。リンリンもシキも、直接的な戦闘力という意味ではニューゲートに及ばないだろう。

 もっとも、シキはロジャーと互角に戦う実力者だ。易々とやられはしないだろうが。

 

「お前も一度戦ったんだって? どうだった」

「どう、と言われてもな。かなり強かったが、それだけだ」

 

 勝てるかどうかで言うならかなり厳しいが、ニューゲートは能力の及ぼす影響が大きすぎるがゆえに全力を出せない。その辺りを考えれば互角と言っていい。

 本当に本気で殺し合えば、カナタではまだ及ばないだろうが。

 二人はツマミを手に取りながら酒を飲み、話題はロジャーの名前へと移る。

 

「近頃は海軍も新聞もおれのことをゴールド・ロジャーだと言う!! 違う! おれは()()()()D()()()()()()だ!!」

「Dか……うちの部下にも一人いるし、何人か知ってはいるが……結局何なのだろうな」

 

 ティーチや、かつて肩を並べたドラゴン。それに海軍のガープ。

 他ならぬカナタも〝Dの一族〟に名を連ねているが、その名の由来までは知らない。

 

「おお、知りてェか? ラフテルへの行き方も知りてェなら教えてやるが」

「そちらは興味が無いな。単なる財宝なら今となっては座っているだけで手に入る」

「わははは! すっかり商人だな、お前も!」

 

 ラフテルへ本気で行くつもりならもっと本気で動いている。カナタにとって最重要目的ではないのだ。

 だが、〝Dの一族〟に関しては興味もある。父親にも……母親にも関わる話だ。

 

「いいか、〝Dの一族〟ってのは──」

 

 ──ロジャーは最後の旅で得た情報を話し、カナタもそれを知った。

 本来であれば敵対してもおかしくなかった二人が友好的になり、このような結果となった──この二人の出会いは、きっと運命だったのだ。

 

 

        ☆

 

 

 それから一年後のことだ。

 ロジャー海賊団が〝ハチノス〟で解散し、一人一人行方知れずとなった一年後──ロジャーは海軍へと自首していた。

 「〝海賊王〟が海軍に捕まった」と報道され、激高したシキが海軍本部に殴りこんでガープ、センゴク両名と戦闘。

 海軍本部を半壊させるまでに及び、戦いはシキの敗北という形で決着を見た。

 〝金獅子〟のシキはインペルダウンに投獄され、〝海賊王〟ゴールド・ロジャーの処刑は生まれ故郷である〝東の海(イーストブルー)〟にて執り行われることとなる。

 海軍の厳重なる警備の下、ロジャーは〝東の海(イーストブルー)〟のローグタウンにある処刑台へと送られ、処刑の瞬間を待つ。

 そこには多くの見物人がおり、後の世に大きく名を馳せる海賊たちが集っていたという。

 その中で、誰かが叫んだ。

 

「お前の財宝はどこに隠したんだ!」

 

 誰もが探し、見つけられなかった存在。

 〝富〟〝名声〟〝力〟──この世の全てを手に入れたとされる男の隠した財宝はどこにあるのだと。

 それに対し、ロジャーは処刑直前にも関わらず……()()()()()()()

 

「おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやるぜ。探してみろ。この世の全てをそこに置いてきた」

 

 ──それは、小さな灯が業火へと姿を変える瞬間だった。

 瞬く間に燃え広がっていく熱狂が渦を巻き、誰もが海に(ロマン)を見る。

 老若男女を問わず、強きも弱きも関係なく──〝偉大なる航路(グランドライン)〟を目指す。

 

 ──ここに、大海賊時代が幕を開けた。

 

 

        ☆

 

 

 〝ハチノス〟の砦内部。

 カナタはドラゴンからロジャー処刑の報を聞き、その最期を知るや否や大きく笑った。

 あの男らしい最期だ。

 月夜に盃を掲げ、死んでいった男に捧げるように言葉を紡いだ。

 

「さようなら、偉大な男。地獄の果てでまた会おう」

 




END 海賊王/ビリーバーズ・ハイ

NEXT 大海賊時代/insane dream


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幕間 オクタヴィア/バレット

年内最後の更新となります。
本年はお付き合いいただきありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

今回まで大海賊時代前の話です。


「……〝海賊王〟か」

 

 ニュース・クーの運ぶ新聞を読みながら、オクタヴィアはかつての仇敵がそう呼ばれていることを知った。

 この世の全てを手に入れた男。

 オクタヴィアにとっては己とロックスの野望を打ち砕いた男だ。いい気分ではない。

 だが、それはそれとしてノウェム──カナタはそう思っていないらしい、という事はわかる。

 二人の間に何があったか具体的には知らないが、少なからず友人として接する間柄であることは理解していた。

 やや複雑ではあるが……親としての責務を放棄してきた手前、彼女の行く道に口を挟むのも筋が通らない。ロックスを打ち破ったロジャーに復讐することも考えたが、ロックス本人が敗北を認めてこの世を去った以上、オクタヴィアが復讐に動くのも道理が通らない。

 色々考えた結果──カナタが己を殺しに来るまで、技の研鑽に努めることにした。

 

「もうすぐ到着だ。構えておけ」

「う、うっす……」

 

 それなりに大きな船の甲板で、オクタヴィアは海賊船の船長を半殺しにして無理矢理言う事を聞かせていた。

 ここは巨大な島国〝ウエストランド〟──俗に〝西の最果て〟と呼ばれる島である。

 大きな島だが、そのほとんどを一つの山で占められており、雲をも突き抜ける程の巨大な山に海賊たちもぽかんと口を開けていた。

 

「あ、あのう……言われた通りに進んできましたが、ここで降りるので……?」

「いいや、このまま山を登る」

「山を登るゥ!!?」

 

 何を言っているんだと言わんばかりの顔をする船長。

 オクタヴィアは相変わらず仮面をつけたまま、入江近くで帆を畳むようにと指示を出す。

 一体何をするつもりなのかわからず、困惑しながら言うとおりに帆を畳んで入江近くで船を停める。

 

「……今日は雲がかかっているな。運が良かった」

 

 オクタヴィアが山の方を一瞥してそうつぶやき、おもむろに笛のようなものを取り出す。

 仮面を僅かにずらして笛を吹くと、甲高い音が海原に響き渡った。海賊たちは一体何が起こるのかと戦々恐々のまま、その時を待つ。

 ──ことは、すぐに起こった。

 船の下に巨大な影が発生し、その()()はそのまま船を持ち上げて海面に浮上した。

 

「ななな、なんだァ!?」

「エビ……エビです!! 巨大なエビが船を持ち上げてる!!!」

「エビィ!!?」

 

 船の縁から下を見ると、巨大なエビが船を持ち上げて一直線に入江の方へと進んでいく。

 そのまま川を遡上していき、遂には山を登り始める。

 山を登るとはこういう事かと知り、船長は不意に〝ウエストランド〟の噂を思い出していた。

 ──〝ウエストランド〟には世界一巨大な山がある。〝ハイウエスト〟と称されるその山は伝説の〝空島〟に通じている。

 まさか、とオクタヴィアの方へ視線を向ける。

 

「あんた、まさか……!?」

 

 今でも時折語られる〝空島伝説〟……多くの者はただの都市伝説や眉唾物の話だと思っているが、オクタヴィアはその存在を知っていた。実際に行ったこともある。

 巨大なエビはなおも加速して船を持ったまま山の中腹を過ぎ、山の頂上にかかる雲の中へと入っていく。

 雲の中は水中と同じように水で満たされており、数秒とも数分とも取れる時間の後に雲を突き抜けた。

 そこから巨大なエビは徐々に減速し、遂に雲の海の上で動きを止めた。船を降ろしたエビはそのまま姿を隠し、海に沈んでどこかへと消えていく。

 

「ゴフッ、ゴホッ! ハァ、ハァ……い、生きてるか……?」

 

 船長はなんとか船にしがみついて無事だったが、船員の何人かは途中で振り落とされたのか姿が見えない。

 オクタヴィアは気にすることなく、濡れた髪を後ろでひとまとめにして周りを見る。

 ここは地上7000メートル……通称〝白海〟と呼ばれる場所。〝ハイウエストの頂〟はまだ上だが、既に空気はかなり薄くなっている。

 謎のエビが川を上ってこれほど高いところまで辿り着くとは思わず、船員たちは皆放心していた。その中でオクタヴィアは指先をどこかへ向け、一条の閃光が迸ると同時に雲が吹き飛んだ。

 遅れて空気を引き裂く雷鳴が響き、衝撃で船が大きく揺れる。

 

「こ、今度は一体何事だ……!?」

「あちらへ向かえ。ここはまだ頂上ではない」

 

 空気の焼き付いた臭いに顔を歪めながら、船員たちはオクタヴィアの指示に従って船を進める。

 見たことのない景色におっかなびっくりしつつ、雲の海の上を走らせる。

 行き着いた先に在ったのは、山だった。

 現在位置は〝ハイウエスト〟と呼ばれる山の頂付近だ。そこから更に上に行くにはまた川を上らねばならない。

 

「ここからは帆を張れ。上昇気流が渦を巻いて川を上れる」

 

 オクタヴィアも詳しい理屈は知らないが、登り方だけは知っていた。

 船の帆を張り、風を受けて円を描くように川を上っていく。

 ほどなく山頂に到着し、船員たちは誰もが頭上を覆う巨大な雲を見上げる。

 

「なんだ、こりゃァ……雲に乗るのも妙な感じだったが、こっちはもっと……」

 

 不自然に浮いている雲の道が、頭上の巨大な雲へといくつも存在していた。触れてみれば弾力を感じ、乗ることさえ出来る。

 つまり、これに乗れば上に行けるという訳だ。

 船が乗れるほど大きな雲の道は少なく、川から繋がる道が数本垂れ下がっているだけだった。

 

「おい、船員のうち何人か降りてあの祭壇に行け」

「祭壇?」

 

 オクタヴィアが指差す方向を見れば、確かに古臭い祭壇のようなものがあった。

 何をすればいいのかもわからず、降りて祭壇に上った船員たちは当たりをキョロキョロと見回して何をすればいいのかと船の方を振り返る。

 ──その瞬間、川から出てきた巨大なウミヘビが船員たちを飲み込んだ。

 

「な──っ!!?」

 

 船よりも大きなウミヘビは飲み込んだ船員たちでは足りないのか、船の方を向いてチロチロと舌を出す。

 再び川の中へ潜ったかと思えば、今度は船が大きく揺れ始めた。

 

「ふ、船の下にウミヘビが!?」

「こいつ、おれ達を上に連れて行くつもりか!!?」

 

 誰もが困惑してパニックになっている中、オクタヴィアだけは特に何も思うことなく揺れる船の上で静かに佇む。

 船を乗せたウミヘビは巨大な雲を突き抜けて雲の海の上に辿り着き、船を降ろす。戦うのかと思えばそうではなく、ウミヘビは船を一瞥して雲の海へと潜っていった。

 ここは地上一万メートル──通称〝白々海〟。

 地上の人々が辿り着こうと思っても難しく、複数ある手段の内〝ハイウエストの頂〟を通るには仲間を失わなければたどり着けない場所。

 

「ここが……空島……?」

「そうだ。〝ハイウエストの頂〟にかかる巨大な雲は地に足をつけるように乗ることができ、一般的にこのような島を〝空島〟と呼ぶ」

 

 空島にもいくつかあり、オクタヴィアが目指す島はまた別の場所だが……そもそも空島そのものの情報も少ない。

 オクタヴィアの知らない強者を探し、その技を己が物とするために鍛錬する場所としては最適と言える。

 辿り着くだけならオクタヴィア一人でも可能だが、生贄がいればより早く辿り着ける。都合のいい人材を手に入れられたのは幸運だったな、とオクタヴィアは思う。

 その彼女へと、船長は銃を向けた。

 

「テメェ……わかってておれの部下たちを祭壇に行かせたな?」

「ああ。あの蛇はどういう訳か、数人の生贄をくれてやれば船を上へ持ち上げてくれる」

 

 〝ハイウエストの頂〟を通れば必ず仲間を失うという。

 その理由が()()だ。

 

「辿り着くだけなら簡単だ。だが、時間の短縮には都合が良かろう」

「そんな理由で、おれの部下たちを……! ふざけ──」

 

 引き金を引こうとした瞬間、その上半身が吹き飛んだ。

 

「ここまで来たらお前たちは用済みだ。死ぬか、逃げるか選べ」

 

 空島から空島に移動する方法はごく単純で、島そのものが浮遊して移動しているのでそのルート上で接触するか……あるいは〝島雲〟と呼ばれる雲を作って風を使い移動するかの二択になる。

 どちらにしてもオクタヴィア一人でどうにでも出来ることだ。

 ここから先の旅にこの海賊たちは必要ない──もっとも、帰ると言ったところで降りる術など知らないのだから選択肢など無いようなものだが。

 誰もが武器を取り、最後のチャンスに賭けてオクタヴィアを睨みつける。

 

「戦いを選ぶか──ならば良し! お前たちの全力を見せるがいい!!」

 

 物資を奪われ、死体だけが残った船は雲の海を永遠に揺蕩い続けるだろう。広い空に雷鳴だけが残響し、全ての気配は途絶えた。

 ──目的地は屈強なる空の戦士たちがいるという空島〝ビルカ〟。

 ただひたすらに強さだけを求め、オクタヴィアは空の海を移動する。

 

 

        ☆

 

 

 ──おれと戦え、カナタ!!

 

 その日、〝ハチノス〟は揺れていた。

 カナタが鍛錬場として使っている場所では二人の傑物が衝突し、一両日を経て勝敗がつく。

 勝者はカナタ。そして、敗者として地面に横たわっているのは……誰であろう、〝鬼の跡目〟ダグラス・バレットだった。

 大きな怪我もなく、僅かなかすり傷もすぐさま治癒するカナタの前で、バレットは上半身裸のまま大きく息を乱して仰向けに倒れている。

 

「強くはなったが、まだまだだな。お前の拳には()()が多い」

「……迷い、だと?」

「お前がロジャーの船を降りて各所で暴れていることは聞いている。ロジャーが不治の病にかかった時に一人で鍛錬していた時もそうだったが、己の気持ちの整理がついていないと見える」

「…………」

 

 バレットは横たわったままカナタを睨みつけ、ビリビリと衰えない覇気が大気を揺らす。

 「そう怒るな」と肩をすくめ、カナタは僅かに考えるそぶりを見せた。

 バレットは恐らく、今の感情を言語化出来ずにいるのだろう。

 あれほど強く、強さの底を見せなかったロジャーでさえ病魔に蝕まれて余命幾ばくもない。彼を超えることをこそ最大の目標にしてきたバレットにとって、それは何よりも許せないことだった。

 ロジャーの強さを知るために乗船し、ロジャーが仲間を守るために絶大な強さを発揮することを知り、しかしそれは仲間を守るために全力を出せないことがあるという意味でもあると知った。

 仲間の存在が己の強さを濁らせる。

 仲間がいるから強いなどとロジャーは言うが、バレットはそれが許せず、己が最強になるために己を追い込み、ロジャーに最後の勝負を挑み──そして敗北した。

 

「……ロジャーは、仲間がいるから強いと言った」

「奴はそういう男だからな」

「だが、奴は仲間を守らねばならないという意識があるがゆえに全力を出せない時もあった……お前もそうだろう」

「そうだな」

 

 バレットの言葉にカナタは同意し、氷で作った椅子に腰かける。

 

「それは不要なものだ。おれにとって、強さとは己だけで完結するものでしかない」

「そうだな、そういう考え方もあるだろう」

「……おれは、何故ロジャーに勝てなかったのか……わからねェ」

 

 潜った修羅場、戦闘経験、戦闘スタイルの違い……ロジャーとバレットの差はあるが、それでもバレットからすれば決して超えられない壁では無かった。

 〝一人だからこそ強い〟──バレットがバレットであるが故の強さは、決して陰ることはない。

 ロジャー海賊団にいる間に感化されたこともあったが、一人であった頃の勘は既に取り戻している。それでも、ロジャーに勝てるビジョンは浮かばなかった。

 

「おれは、何故ロジャーに勝てなかった……! お前なら何かわかるんじゃねェのか、答えろカナタ!!」

「……お前とロジャーの違いなど、明確だろう」

 

 呆れた様子でカナタは答えた。

 

「強さを第一とするか、強さを以て何かをしようとするか。その差だよ」

「……何だと?」

「お前は強さを第一と考えるが、ロジャーは違う。あの男は強いが、強くなりたいから強くなったわけではない」

 

 仲間を守りたいから強くなったのだ。

 バレットとは前提条件が違う。

 誰かを守るためでもいいし、誰かを殺すためでもいい。ただ強くなることだけを目的にしたところで、伸びしろは見えている。

 

「そもそも、お前が強さを求めるのは何のためだ?」

「何のため、だと?」

「戦い始めたことにも、強くなることにも……物事には何かしらの理由がある。お前は何が欲しくて、あるいは何がしたくて強くなろうと思ったんだ」

「何が、欲しくて……」

 

 一人でいれば裏切られることはない。故国にいた頃は裏切りが常だった……それこそ、バレットを拾ったダグラス将軍でさえも裏切った。

 誰かを信じれば裏切られる。だが、己の強さだけは己を裏切らない。

 戦い始めたのはダグラス将軍に拾われ、少年兵として戦争に参加したからだ。武勲を上げたものに与えられるメダルを手に入れるために戦い、仲間の少年兵に裏切られた。そうして自らの油断や慢心、味方を信じる心が弱さの原因と知った。

 強ければ強いほど、思うままに過ごすことが出来る。

 強さだけが、()()()()を保障する。

 

「…………」

「……何となくわかったようだな」

「ああ」

 

 バレットは身を起こし、立ち上がった。

 迷いは吹っ切れたのか、みなぎる覇気も先程とは質が違う。

 

「フフフ、良い顔になったものだ」

 

 覇気とは己を信じる強さ。心の強さこそが肝要である。

 迷いがあれば濁るのもまた道理というもの。

 打てば響くように理解する。その貪欲な強さへの渇望は好ましいとカナタは考えた。

 

「お前、うちに入る気は無いか?」

「……なんだと?」

「自分で言うのも何だが、私なら大抵のものは手に入れられる。〝富〟か〝名声〟か〝力〟か……何が欲しい?」

「おれは──〝自由〟が欲しい」

 

 〝ガルツバーグ〟で孤児として拾われ、少年兵として育てられ、同じように育てられた者たちは全員が弾丸(バレット)と呼ばれた。

 ダグラス将軍がバレットの強さを手に入れるために養子に迎え、軍が管理していた弾丸(バレット)の中では()()とされて戦い、敵国を倒して戦い以外の自由な暮らしを夢見て──ダグラス将軍に裏切られた。

 今なら違う。

 バレット自身の強さを以て、自由な暮らしを手に入れられるチャンスだ。

 何をすればいいのか、何をするべきなのか……何もわからないが、それでも。

 ロジャーが目指した〝自由〟を……一度、目指してみたいと思った。

 そうすれば、ロジャーの強さの秘密も理解できる気がして。

 

「……そうか」

「だから、お前の海賊団には入らねェ。ロジャーのように世界を旅して……その後でテメェのところに居ても良いと思ったら、その時は考えてやるよ」

「フフ……随分上から目線だな。まぁ良かろう、私はいつでも歓迎しよう」

 

 小さく笑うカナタは、道に迷う子供のようだったバレットが一皮むけたことを感じ取り、背を向けて部屋へと戻る。

 一日戦い通しだったのだ、少しは休息を取りたい。

 

「待て、カナタ」

「なんだ、まだ何かあるのか?」

 

 その背中に向けて、バレットは声をかけた。

 

「おれは〝自由〟ってモンを探すが……今までの生き方を簡単に変えられるとは思わねェ。今まで通り〝最強〟は目指し続ける」

「良いのではないか? ロジャーにばかりこだわる()()()()よりも、広い視野で〝最強〟を目指した方が良かろう」

「だから、いずれはテメェを倒す」

 

 この海で〝最強〟を名乗るなら避けて通れない存在は何人かいる。

 当然、カナタもその範疇に入っているとなれば、バレットの言葉も当然だった。

 カナタは背を向けたまま、笑みを浮かべて告げる。

 

「いつでも来るといい」

 

 簡素に、しかし確かな重さを持った言葉で……バレットの前に絶対の壁として立ち塞がる〝最強〟の一角たる彼女は、歓迎の意を示した。

 自分の強さに絶対の自信を持っている彼女だからこその言葉だ。

 バレットは、何故ロジャーが彼女のことを気に入っているのかが何となくわかった気がした。

 そのままどこかへと歩いていくカナタを見送り、バレットは脱ぎ捨てた上着を拾って港へ向かう。

 かつて、バレットは〝自由〟をこそ求めた。戦場しか知らないバレットにとって、それ以外は未知だったこともある。

 ロジャーの船にもそれなりにいたが、ダグラス将軍が言っていた「戦い以外の豊かな暮らし」というものを理解しきれていない。

 〝自由〟とは何だ?

 

「……わからねェ」

 

 わからないが。

 ロジャーがあるかどうかもわからない宝を目指して、最後の島を探したように。

 バレットも、〝自由〟を求めて広い海を探すことにした。

 




バレットに関しては賛否両論あるかと思いますが、本作ではこういう感じで行きます。


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今章のキャラまとめ

だいぶ遅くなりましたが人物纏めになります。
例によって読まなくてもあんまり問題はありません。小ネタを仕込んでるくらいです。

興味の無い方はスルーして頂いて大丈夫です。


 大海賊時代開幕。原作まであと22年。

 

 所属 黄昏の海賊団

 母船 ソンブレロ号

 

・カナタ

 本作の主人公。25歳。自然(ロギア)系ヒエヒエの実の氷結人間。

 〝竜殺しの魔女〟懸賞金22億4000万ベリー。

 船長兼航海士。

 黒髪赤目の美女。

 

 メインの武器は海王類の牙を削って作った槍と最上大業物〝村正〟。

 覇気は覇王色、武装色、見聞色の全てを高いレベルで使用可能。

 

 〝黄昏の海賊団〟と名を改めて以降、海賊として本格的に動き始めた。

 拠点を〝ハチノス〟に置き、ロムニス帝国やそのほかの国と闇取引を繰り返して資金を得ては規模を拡大している。

 ワノ国においては黒炭ひぐらしに陥れられ、光月スキヤキ殺害の罪を擦り付けられた。

 一方、リンリンと敵対関係にあるため〝エルバフ〟とは好意的に関係を構築。巨人族を雇ったり取引をしている。

 また、北の海を始めとした四つの海や偉大なる航路で悪魔の実をかき集め、巨人族に食べさせたり部下に食べさせたりして強力な軍隊を作り始めている。

 

 〝白ひげ〟とワノ国で戦った。実力としてはまだ〝白ひげ〟が一枚上だが、食らい付ける程度には差は詰まっている。

 リンリンとはあまり差は無く、実力はカナタの方がやや上という程度。しかしエルバフとの繋がりは大きく、実質的な勝利をしたため世間的には黄昏の方が上と判断されている。

 バレットにアドバイスを送ったりしているあたり、結構気に入っている模様。会うたびに勧誘しているがすげなく断られている。

 

 ロジャーに「親愛なる友へ」と書いたビブルカードを渡した。きっといつか、ロジャーの子供が来るだろうと今から楽しみにしているらしい。

 

 

・ジュンシー

 赤い髪に筋肉質な肉体が特徴的な男。38歳。

 〝六合大槍〟懸賞金6億8000万ベリー。

 戦闘員。

 武装色、見聞色の覇気を高いレベルで扱える。ある程度なら見聞色をすり抜けられるようになったらしい。

 

 カナタが商売メインに切り替えたため、どちらかと言えば防衛に残ることが多くなった。

 ただ、防衛に居てもカナタの首を狙う海賊が多く、敵には困らない(満足はしていない)ので武術の研鑽に努めている。

 拠点が出来たので部下の育成にも力を入れ始め、覇気や六式を始めとした技術を徹底的に叩き込んでいる。

 どちらかと言えばカナタの元に集まるのは金があるからで、商売に関わりたいと思う者が多いため、実力の高い者が多くないのが最近の悩みの種。

 

 でもならず者なのは変わりないので、黄昏でも実力で上に行けると知った者が弟子入りに来ることもあるらしい。

 

 ビッグマム海賊団との戦争の際はうきうきで準備して幹部格を相手に戦っていた。

 

 

・クロ

 黒髪黒目、全身に刺青の入った褐色肌の青年。32歳。

 自然(ロギア)系ヤミヤミの実の闇人間。

 懸賞金5500万ベリー。

 (一応)(自称)戦闘員。

 

 急激に拡大する海賊団の規律を守るため、カイエやティーチと一緒に行動して見回りをすることが増えた。

 見た目は刺青があるので一番怖いが、三人の中で一番陽気なので被害にあった店などは基本的にクロが対応している。

 冒険よりも防衛に回ることが増えたためか、食べ歩きをしながら仕事をする癖がついてしまった。カイエによく怒られる。どちらが大人なのかわからない。

 ビッグマム海賊団との戦争の際は能力を最大限に活かした戦法で相手の度肝を抜いた。ある種の戦争におけるジョーカー的な扱いをされている。

 

 よくカテリーナの妙な道具の実験台にされている。

 黄昏がナワバリにした島の一つにある教会のシスターと仲が良いらしい。

 

 

・ジョルジュ

 黒髪黒目に二メートルほどの男。40歳。

 〝夕凪〟懸賞金9000万ベリー。

 金庫番。

 二つの覇気を使えるようになり、戦いも一線級になった。

 黄昏が〝ハチノス〟を拠点にして恐らく一番忙しくなった人物。金勘定でひーこら言っている。部下がほしい。

 その割に色んなところにカナタが連れまわすので仕事に追われている。

 カナタに部下が欲しいと言ったら好きなだけ引き抜いていけと言われたものの、金勘定を任せられるレベルで頭が使える海賊は基本的に油断ならないので結局統括は自分でやる羽目になっている。

 最近はカナタに心酔している部下が出てき始めたのである意味楽になった。

 

 カテリーナとスクラが予算を分捕っていくので頭を痛めている。しかし両方ともかなり貢献しているので文句も言えないらしい。

 

 

・スコッチ

 金髪碧眼の小太り男。サングラスをかけている。40歳。

 〝暴風〟懸賞金9500万ベリー。

 航海士。

 超人(パラミシア)系モアモアの実の倍化人間。

 覇気と能力を組み合わせた戦闘でかなりの実力を持つようになった。

 

 カナタに代わって航海士として多くの海を渡るようになったので、ジョルジュ共々滅茶苦茶忙しくなった。

 夜の街で酌をしてもらいながら酒を飲むのを楽しみにしつつ仕事をしている。結婚願望が強く今でも嫁を探しているらしい。

 最近はとある店の金髪の女性にちょっと入れこんでいる。

 

 

 

・フェイユン

 巨人族。薄紫の長い髪とアメジストのような紫色の瞳が特徴的な女性。48歳。

 超人系(パラミシア)デカデカの実の巨大化人間。最大全長185メートル。

 〝巨影〟懸賞金4億5000万ベリー。

 戦闘員。

 武装色と見聞色の覇気を高いレベルで扱える。生まれつき見聞色を扱えることもあり、相手の感情を読み取る力に長けている。

 

 他の船員たちと比べ、より目立つので標的にされやすい。しかし覇気も体術も兼ね備えるようになってからは並の実力ではどうにもならないくらいの強さを得た。

 巨大化出来る利点を取って荷物の積み下ろしを手伝うことが多い。また、戦闘においては防衛よりも暴れ回るだけでいい侵攻の方が得意。

 エルバフに数十年ぶりに帰って幼馴染たちと酒盛りをした。色々な縁があってエルバフと取引が出来るようになり、巨人族の部下も出来たので頑張って勉強している。

 

 

・ゼン

 黒鹿毛の馬(?)のミンク族。47歳。

 〝赤鹿毛〟懸賞6億3000万ベリー。

 戦闘員。

 本人の毛色は黒鹿毛だが、〝月の獅子スーロン〟化したときの毛色が赤く染まることから〝赤鹿毛〟の名がついた。

 

 拠点防衛に回ることが多く、ジュンシーと共に後進の育成に精を入れている。

 それでもカナタの首を狙ってくる海賊だけあって実力はそれなりにある者が多く、懸賞金もどんどん上がっている。

 ワノ国では冤罪を掛けられたカナタ同様に追われることになったが、錦えもんたちを相手に大立ち回りして逃走出来るくらいの余裕はあった。

 フェイユンに関しては親のような気持ちで見守っているため、よく気にしている。

 

 ビッグマム海賊団との戦争の際は幹部と戦闘。ジュンシーと共に幹部三人を相手に戦ったが、決着はつかなかった。

 

・サミュエル

 身長三メートルほどの筋骨隆々な大男。坊主頭。37歳。

 動物(ゾオン)系ネコネコの実 モデル〝ジャガー〟の能力者。

 〝尖爪〟懸賞金7500万ベリー。

 戦闘員。

 覇気は武装色のみ使える。スクラの薬を使うことでいくつか変形の種類を増やせる。

 

 カナタの船の珍獣枠。動物系の能力者もかなり増えたので珍獣枠も返上しようとしているが、相変わらずスクラの薬で変形を変えるのは彼だけなのでしばらくそのまま。

 見聞色が苦手で扱えないが、腕っぷしの強さと勘で攻撃を当てる戦い方で黄昏内部でもそれなりの実力者になっている。

 しかし相変わらず頭の回転は遅いので締め上げられることも多い。

 

 

・スクラ

 ぼさぼさの白い髪、二メートルほどの身長と線が細く目つきの悪いイケメン。34歳。

 船医。

 戦わないのに見聞色が使えるようになった。

 

 運動がてら体を鍛えようとジュンシーに頼んだら、予想以上に強くなってそれなりのものになった。言う事を聞かない患者は殴り倒して治療している。

 商売に関しても戦いに関しては興味は無いが、怪我人がいるとなれば敵味方を問わず治療する。

 ロジャーに関しても全力で治療をしようとしていたが、ロジャーがあまりにも言う事を聞かないのでとうとうキレて治療を投げた。

 部下が増えて手が空くようになったので後進の育成と能力者の研究に勤しんでいる。

 

 カナタが捕らえた能力者に無理やり薬を飲ませて経過を観察したり、やや非道なこともやっている。

 

 

・デイビット

 ツンツンと尖った髪型のウニ男。身長は180ほど。43歳。

 超人系(パラミシア)ボムボムの実の爆弾人間。

 〝爆撃〟懸賞金9000万ベリー

 覇気は未だ扱えず。

 

 結婚した。子供が出来た。

 スコッチが羨ましがってやけ酒をすることもあったが、本人は幸せそうに仕事に積極的になったらしい。

 

 

・グロリオーサ

 原作キャラ。身長はやや低め。年齢不詳。

〝天蓋〟懸賞金1億5800万ベリー

 戦闘員(兼船長補佐)

 

 後進の育成に取り組むことも多いが、カナタから助言を求められることが多い。黄昏の海賊団におけるご意見番のようになっている。

 また、指揮を任せられることも多く、カナタが一人で動くことが多いのも相まってよく代理で指示を出している。

 ワノ国でも同様に指揮を任せられ、〝白ひげ〟と一戦交えた。流石に一対一では勝ち目もなかったが、カナタが到着するまでの時間稼ぎが出来たのでやはり有能。

 

 そろそろ海賊も引退かと思っているが、まだまだ若いものには負けないという気概もあるのでしばらくはこのまま続ける予定。

 帰郷の念も多少はあるが、色々な事情から帰れないので諦めている。

 

 

・カイエ

 紫色の髪の少女。13歳

 動物(ゾオン)系ヘビヘビの実 モデル〝ゴルゴーン〟の能力者。

 戦闘員

 

 まだ年若いがティーチ、クロと共にナワバリの見回りに動いている。実力は能力抜きでもかなり高く、カナタから次世代の主力として期待されている。

 本をよく読むので図書館に入り浸っており、そこでもティーチとよく会うのである意味気の合う二人である。

 暇な時はカナタに直接稽古を付けてもらう事も多く、一部の船員からは羨ましがられている。

 

 バギーやシャンクスとは同年代なのでそれなりに仲が良い。でもあまり自分から話すことはないらしい。

 

 

・ティーチ

 原作キャラ。黒髪で小太りの少年。16歳

 戦闘員。

 見聞色、武装色の覇気を使える。

 

 とある島で孤児になっていたが、カナタに拾われた。

 腕っぷしの強さはこの年代にしてはトップクラス。クロとカイエと共にナワバリ内の見回りに行くことが多い。

 クロと共に買い食いをするなど、結構仲は良い。陽気な性格と野心を見せないことから黄昏内部でもそれなりに好意的に接してもらえることが多く、入り浸る図書館ではカイエと共に司書に気に入られている。考古学を学ぶのが趣味。

 

 フェイユンに良くジッと見られているらしく、少し苦手意識があるらしい。

 

 

・カテリーナ

 茶色のウェーブがかかった髪、青い瞳が特徴的な少女。自分のことを天才と呼ぶ。18歳。

 紆余曲折あってオクタヴィアに拾われた。

 立ち振る舞いや頭の良さから良家の子女と思われるが、本人は特に語ることはない。

 

 オクタヴィアからカナタに預けられ、学んだ医術を生かしてスクラの手伝いをしたり造船技術を学んだり道具を作ったりと自由に過ごしている。

 ジョルジュに時々仕事の手伝いを頼まれる傍ら、予算を多めに割り振って貰って最新鋭の造船技術を学んで図面を引いたりおかしな道具を作るので重宝がられている。

 半面、おかしな道具を作ってはクロとサミュエルが被害にあっている。

 何かと多才なのでカナタも護衛を付けるくらいには目をかけているらしい。

 

 

 

 所属 ロジャー海賊団

・ロジャー

 原作キャラ。ひげと帽子が特徴的な海賊。享年53歳。

 〝海賊王〟懸賞金55億6480万ベリー(海賊史上最高額)。

 

 病に侵されながらも世界一周を成し遂げた大海賊。リンリンとカナタの激突や、シキとオクタヴィアの衝突を尻目に世界の謎を解き明かした。

 色々と物資の手配やサポートをしてくれたカナタには恩義を感じており、最後の航海を終えてから顔を見せた。

 自分の冒険はここまでと判断し、ロジャー海賊団を解散した。

 

 妻であるルージュにカナタのビブルカードを託し、海軍に自首して処刑された。

 

 

・光月おでん

 原作キャラ。ワノ国の将軍の息子で九里の大名。35歳。

 ロジャーと共に世界一周を成し遂げた。多くの戦い、多くの冒険を経てワノ国が何故鎖国国家として確立したのかを知り、ワノ国を開国させるために動くことを決意する。

 カナタとは相変わらず不仲だが、互いのことを認め合ってはいる。

 

 

・天月トキ

 原作キャラ。青い髪の女性。32歳。

 ロジャー海賊団でおでんと結婚。二人の子を産んだ。

 世界一周をする旅の途中で病に倒れ、イヌアラシ、ネコマムシと共にワノ国で降りることを決断。〝ラフテル〟に同行しなかった。

 

・イゾウ

 原作キャラ。女形の秀麗な男性。

 ロジャー海賊団に入ろうとするおでんのお目付け役として同乗していた。トキが病に倒れた際、イヌアラシ、ネコマムシと共に船を降りようとしたが、おでんのお目付け役として船に残ることにした。

 その後世界一周を成し遂げ、多くのことを知っておでんと共にワノ国に戻ろうとした。

 が、カナタの助言を得て〝黄昏〟で外交を学ぶことに。おでんに弟である菊の丞への伝言を託し、一人〝ハチノス〟に残った。

 

・シャンクス

 原作キャラ。16歳。赤い髪に麦わら帽子がトレードマークの少年。

 カイエと仲が良い。ティーチとも酒盛りでそれなりに仲良くなり、ロジャーの病気に関することや物資に関することでカナタに世話になっていたことを知って頭が上がらない思いをしている。

 いずれ自分の海賊団を作ってまた遊びに来る予定。

 バギーが高熱を出し、その看病をするために船を一時下船していたので世界一周をしていない。

 

 

・バギー

 原作キャラ。16歳。ニット帽と赤く大きい鼻がトレードマークの少年。

 カイエ、ティーチとそれなりに仲が良い。しかしどちらもロジャー海賊団に所属しているというだけでバギーの実力を過大評価しており、本人も特に訂正していない。

 ロジャーの病気の件で色々世話になったことを知っているが、それはそれと割り切っているので特に思うことはない。

 スコッチやジョルジュに気に入られている。

 高熱を出してシャンクスに看病して貰っていたため、一時下船していたので世界一周をしていない。

 

 

・ダグラス・バレット

 原作キャラ。21歳。引き締まった下半身と逆三角形にパンプアップした上半身、ところどころに残る生々しい傷跡がある青年。

 ロジャーの強さの秘密を知るために船に乗ったが、仲間を思う心が拳を鈍くすると考えたこと、ロジャーが病に倒れて焦ったことなどが重なって船を降りた。

 一人で海を渡り、鍛錬を続け、しかし答えが出ないままにロジャーに再び挑んで敗北。

 勝てないままロジャーが死に、くすぶり続けてカナタに挑んだがここでも敗北。

 しかし、その際に戦う根源的な理由などを理解して視界が晴れた。

 

 カナタに勧誘されたが、まずはロジャーが言っていた〝自由〟を探す旅に出ることにした。

 もう、その瞳に曇りは無い。

 

 

 所属 白ひげ海賊団

・エドワード・ニューゲート

 原作キャラ。オールバックの金髪に白い髭が特徴的な大男。50歳。

 超人(パラミシア)系グラグラの実の地震人間。 

 〝白ひげ〟懸賞金32億4600万ベリー。

 

 ロックス海賊団崩壊以降、仲間を集めつつ各地を旅していた。争いを好まず、仲間を思い、家族を欲して海を渡る海賊。

 実力は世界でも屈指で、ロジャーと伯仲するほどの強さを誇る。

 旅の途中でワノ国に立ち寄った際、滝を登った先で船が座礁し、修理の部品や滞在中の食事などで錦えもんたちに世話になった。恩義を感じて宝を置いていったらしい。

 また、カナタがワノ国で将軍殺しの冤罪を掛けられた際は真偽はどうあれ錦えもんたちを手伝うためにカナタの前に立ち塞がった。

 能力を含めてあまりに強すぎるため、味方が近くにいると全力で戦えない制約を持つ。

 

 かつてロックス海賊団に所属していた時はオクタヴィアとは不仲だった。

 船長であるロックスを含めて仲間殺しに肯定的だったオクタヴィアと、否定的だったニューゲートは真っ向から対立しており、事あるごとに仲間殺しをしようとするオクタヴィアをニューゲートが止めようとしていた。

 その辺りの経緯も相まって娘であるカナタに対しては否定的な感情が先行した。

 元々親の罪がどうあれ子にその罪はないと考えるタチだが、カナタに関してはあまりに母親に似すぎていたために切り離せなかった。

 とは言え、冷静になればその辺りは俯瞰的に考えられる。カナタの方から仕掛けてこない限り動かない消極的対立を選んだ。

 

 

 所属 その他

・ドラゴン

 原作キャラ。2メートルを超える体躯の男。31歳。

 〝竜爪〟懸賞金2億5500万ベリー

 独立した。

 

 カナタとは道を違え、己の目的のために動き始めた。

 イワンコフと合流し、各地で仲間を集める旅に出る。その最中にロジャー処刑の報を聞き、〝東の海(イーストブルー)〟にあるローグタウンでロジャーの処刑を見届けた。

 その後、カナタにロジャーの最期を伝えた。

 

・オクタヴィア

 艶のある黒い髪、翡翠色の瞳、金色の髑髏の仮面を常に被っている女性。

 自然(ロギア)系ゴロゴロの実の雷人間

 〝残響〟懸賞金35億ベリー。

 

 この時代最強格の怪物。

 ロックスの遺産を〝ハチノス〟に取りに行ったが既に無く、カナタが持っていると知って「それならいい」と探すことを止めた。

 カテリーナと旅をしていたが、ずっとそばに置いていると便利だが巻き込めないと判断してカナタに預けた。

 料理や金勘定はカテリーナ任せだったらしく、カナタに預けて以降は焼いただけの肉を食べたりしていた。

 

 〝空島〟を目指して移動し、〝ハイウエストの頂〟を登った。

 いずれ来たる戦いの日を待ち、己の技術を研鑽することを選択した。

 

 




白ひげの懸賞金については大海賊時代が始まった時点でのものなので、恐らくこれくらいだろうという憶測によるものです。
特に根拠はありません。


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大海賊時代/insane dream
第九十三話:時代の変革


明けましておめでとうございます。
今年も本作をよろしくお願いします。


 ──受け継がれる意志、時代のうねり、人の夢……これらは止めることの出来ないものだ。

 人々が〝自由〟の答えを求める限り、それらは決して留まることはない。

 〝海賊王〟ゴールド・ロジャーが残したもの。

 あるかどうかもわからない〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟に夢を見て、誰もが〝偉大なる航路(グランドライン)〟を目指す。

 

 ──世はまさに、大海賊時代。

 

 

        ☆

 

 〝海賊王〟ゴールド・ロジャーの処刑。

 これによって世界中の多くの海賊たちの心を折るつもりだった海軍だが、目論見は外れ……今や世界中の海で発生した多くの海賊たちの対処に手を割かれていた。

 世界のどこかに置いてきたという〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟を探すために海賊になりたがる者は多く、世界は大きく変わった。

 海軍はもちろん、以前から海賊をやっていた者たちも同様に。

 同時にロジャーの処刑の際、海軍本部へと単身で乗り込んだ〝金獅子〟のシキが残した影響もまた大きい。

 ガープ、センゴク両名と戦闘し、最終的に〝海底監獄〟インペルダウンへと幽閉されたが、残された海賊艦隊とナワバリは当然ながらそのままだ。

 言うまでもなく、シキのいない〝金獅子海賊団〟など同格以上の海賊たちから見れば数だけの存在でしかない。

 〝ビッグマム海賊団〟と〝黄昏の海賊団〟が競うように〝金獅子海賊団〟のナワバリを奪い、邪魔をする海賊たちは全て海の藻屑へと変えられた。

 〝白ひげ海賊団〟は海が荒れた状態を嫌い、いくつかの島をナワバリとして君臨し。

 〝百獣海賊団〟はその武力でナワバリを食い荒らす。

 ぶつかればただでは済まないと互いに思っているニューゲートはともかく、それ以外の海賊たちとカナタは積極的に闘争するくらい仲が悪い。武力衝突以外の解決策などなかった。

 

「ん~~~~、成果は中々。悪くねェな」

「〝白ひげ〟とだけ衝突を避けてりゃいいからな。カナタの奴はナワバリの拡大には消極的だが……」

 

 ──〝暴風〟スコッチ。懸賞金1億3500万ベリー。

 ──〝夕凪〟ジョルジュ。懸賞金1億2000万ベリー。

 二人はシキのナワバリだった島を襲い、守っていた海賊たちを沈めていた。島ごと傘下に治めてしまえば他の海賊たちも迂闊には手が出せないので、島の者たちからすれば今までと生活はそう変わりはしない。

 海軍の力がそれほど影響しない〝新世界〟ならではの状況と言える。

 デイビットやサミュエルは生き残りの海賊がいないか探して回っているところだが、カナタはナワバリを増やすことに乗り気ではないとジョルジュは言う。

 

「ナワバリが増えりゃ、おれ達の力の影響は増えるだろ? なんで嫌がるんだよ」

「バカ、ナワバリだけ増やしたって維持コストがかかるってんだよ。特におれ達は商売がメインだからな」

 

 海賊にとってナワバリの広さは力の強さを示すものだが、実利的に考えると広すぎるナワバリは維持コストが高い。

 この場合の維持コストというのは財政ではなく人手だ。

 金は最低限徴集すれば賄えるが、ちょっかいを出す海賊を退けるにはそれなりの強さの人員が要る。

 略奪ではなく商売をすることで財政を維持しているカナタからすれば、人手が取られるのは痛い。

 

「人手か……中々増えねェもんだからな」

 

 傘下の海賊を増やしたところで、元が海賊なので取引が出来る者は多くない。この辺りは悩みどころだった。

 金獅子傘下の海賊たちを寝返らせたところで、使い物になるかといえば否だろう。そもそも勢力圏で言えばカナタは十分な広さを持っている。現状は金獅子海賊団の掃除をしているに等しい。

 メリットは海賊たちから物資の略奪が出来るくらいで、実入りはほとんどないと言っていい。

 それでも地道に潰しているのは万が一のことを考えてだ。

 

「出てこねェとは思うが、万が一シキがインペルダウンから出てきたときのためにも……しっかり芽は摘んでおかねェとな」

 

 シキほどの強さを持つこと──それに、その能力を考えればインペルダウンから抜け出す可能性は決してゼロではない。

 今後再び台頭してこないように、念入りに芽を摘んでおくのが最良だ。

 

 

        ☆

 

 

 ぐしゃり、と巨大なガレオン船が踏み潰される。

 帆に描かれた金獅子海賊団の髑髏は無惨にも海の藻屑となって沈んでいく。

 抵抗は空しく、突き立てた武器は容易く弾かれ空を舞う。

 

「次は誰ですか? まとめて潰してあげます」

 

 ──〝巨影〟のフェイユン、懸賞金7億8000万ベリー。

 普通の巨人族のおよそ十倍まで巨大化出来る彼女からすれば、有象無象の敵など歯牙にもかけない。多少懸賞金が掛けられている程度では傷一つ付けることすら叶わない。

 カナタの部下の中で、恐らくは()()()()()()()()()()()()()()が彼女だった。

 

「フェイユン、そこニョ奴らで終わりじゃ! 片付け終わったら昼食じゃぞ!」

 

 ──〝天蓋〟のグロリオーサ。懸賞金1億8800万ベリー。

 グロリオーサの後ろにはいくつもの石像があり、今にも動き出しそうなほど精巧だった。それを作り出した張本人は特に怪我もなく、沈んでいく船を一瞥する。

 

「存外、強くもありませんでしたね」

 

 ──〝魔眼〟カイエ。懸賞金6600万ベリー。

 長く伸びた紫色の髪を後ろで縛り、邪魔にならないように纏めていた。

 グロリオーサもいくらか髪に白いものが交じっているので、そろそろ引退を考え始めているところだった。まだしばらく若い者には負けんと気合を入れているが。

 三人で十隻近い海賊船を沈め、金獅子のナワバリの島を制圧していた。

 金獅子海賊団の幹部である三人の〝大都督〟もいないとわかっていればこんなものだろう。

 三人は港から引き上げ、制圧した島へと戻る。

 

「お腹が減りました……」

「あれだけ暴れれば空腹にもなろうて。心配せずとも食料は潤沢じゃ」

 

 十隻近い船のほとんどはフェイユンが一人で制圧している。

 流石に金獅子海賊団ともなれば、下っ端の戦闘員もそれなりに強いが……フェイユンを相手に多少強いという程度では手も足も出ない。

 瞬く間に殲滅されていく金獅子海賊団の取りこぼしをグロリオーサとカイエで始末するだけの簡単な仕事だった。

 

「しかし、金獅子海賊団の幹部たちが行方知れずとはどういうことでしょうか」

「この辺りニョ島はそれほど重要な拠点ではない……というだけでは無かろうな」

 

 明確な目的をもって動いている。

 シキがいずれインペルダウンから出てくることを見越して、最低限の人員を逃がしているのか……あるいはシキを取り戻すためにインペルダウンへ強襲するための戦力を集めているのか。

 何にしても、グロリオーサたちがやることは変わらない。

 

「ここが終わったらまた別の島ですか?」

「そうじゃのう……もう少しニョ間は忙しかろうな」

 

 フェイユンはふんすと力を入れ、「がんばります!」と気合を入れなおしていた。

 金獅子海賊団の完全壊滅までにはまだ時間がかかるだろう。それだけ巨大な組織だったし、リンリンやカイドウも動いているので状況はより複雑化している。

 ロジャーの処刑に合わせて海賊そのものが激増したこともあり、しばらくはこのままだろうとグロリオーサは考えていた。

 

 

        ☆

 

 

 覇気を纏った拳が空気を切り裂き、強烈な痛打を与える。

 僅か一撃で敵は沈み、その後も次々と敵を拳の一撃で倒していく。

 その拳に二の打ち要らず──この程度の実力で〝ハチノス〟に攻め込んでくるなど、笑い話としてもタチが悪い。

 ロジャーの処刑以降、この手の輩も随分と増えた。身の程知らずの実力不足……宝を探すためだけに海賊になった、新参者たち。

 

「つまらんな。この程度で挑むか」

 

 ──〝六合大槍〟ジュンシー、懸賞金8億8000万ベリー。

 

「我々に挑むというなら、もう少し鍛えてからにしていただきたいものですね! ヒヒン!」

 

 ──〝赤鹿毛〟ゼン、懸賞金8億ベリー。

 〝ハチノス〟防衛のために残った二人はと言えば、ロジャー処刑以降に激増した海賊たちの相手をしていた。

 海賊になったばかりの新参者であり、実力も相応程度にしかない。

 〝新世界〟は広い海の中で最も強者の集まる海。生半可な実力で挑んだところで、大半が海の藻屑になるだけだ。

 無論、その中でも見込みのある海賊もいるのだが。

 

「先日のクロコダイルとかいう小僧はまだ骨があったが、こやつらは駄目だな」

 

 何が目的だったのかは不明だが、先日攻め込んできたクロコダイルという男はそれなりに強かった。

 ジュンシーやゼンに敵うほどではないが、自然系(ロギア)の能力者ならまだ伸びしろはある。もう少し歯応えが出てくると良いが、とジュンシーは期待しているところだ。

 相手もこちらを測るような様子だったこともあり、恐らくは威力偵察のつもりだったのだろうと判断している。

 仕留めきれなかったのは事実なので報告だけは上げておくが。

 

「流石に〝新世界〟まで辿り着いた海賊ですから、有象無象と言うほどではありませんが……この程度なら掃いて捨てる程いますからね」

「全くだ。儂らが出るまでも無かったのではないか?」

「今は皆さん、あちこちに出かけていて人手が足りていませんからね。仕方ないと言う他に無いでしょう」

 

 残党は部下たちが片付けており、懸賞金のかかった者だけはあとでブローカーを通じて換金する予定だ。

 海賊が激増して賞金稼ぎもある程度は増えたため、余程の金額でもなければ海軍に怪しまれることはない。定期的にブローカーを変えて顔を覚えられることも避けている。

 これだけやってもバレるときはバレるが、賞金額が大したことはないのでカナタ達からすれば小遣い稼ぎのようなものだった。

 

「これなら儂も金獅子海賊団を追う方に回れば良かったかもしれんな」

「同感ですが、流石に防衛に手を抜くわけにもいきませんからね」

 

 ジュンシーはアプスに、ゼンはレランパーゴにそれぞれ借りがある。以前戦った時は決着をつけられなかったので、今回の掃討戦で勝負をつけたいところだったが……リュシアンも含める大都督の三人は現在行方知れずだった。

 幹部以外を相手にしても仕方がないと残った二人だったが、鍛錬に時間を当てられると思いきや頻繁に海賊が来るのでその時間もあまり取れていない。

 これで襲ってくる海賊が骨のある輩ならまだ良かったのだが……。

 

「商船の護衛を増やした方がいいかもしれんな。状況が落ち着くまでしばらく時間がかかるだろう」

「また人手不足が加速しますね……カナタさんも頭が痛いと言っていましたし」

 

 戦闘員を鍛えるのはゼンとジュンシーの仕事なので、こちらもやることが増える。

 時代は変わったが、良いことばかりではない。

 

 

        ☆

 

 

 各地でビッグマム海賊団や百獣海賊団と小競り合いを起こしつつ、カナタは大都督の三人の足取りを掴んで追い詰めていた。

 金獅子海賊団の勢力は最早風前の灯火。完全壊滅まで時間の問題だろう。

 とは言え、大都督の三人はジュンシー達では手に余る可能性を考え、カナタは自分で動くことにしていた。

 〝黒縛〟アプス。

 〝白獣〟レランパーゴ。

 〝赤砲〟リュシアン。

 全員が高額の賞金首だ。実力も他の海賊団の幹部たちに見劣りしない。

 

「以前に会ったのはモベジュムール海域での一戦か。元気そうで何より」

「……戯言を。僕らを追い詰めておきながらそんな言葉を吐くとはね」

「何もお前たちを殺そうという訳ではないからな」

 

 凍り付いた海の上で、カナタは笑って戦闘態勢を解いている。

 カナタの船はやや遠い距離にあり、金獅子海賊団の髑髏を掲げた船はおよそ五隻。全盛期にはかなりの数だった艦隊が、今やこれだけと思うと感慨深いものがある。

 追い詰めた側のカナタが言う事では無いが。

 

「私の部下になる気は無いか?」

「……なんだって?」

 

 アプスが思わず眉を顰めて聞き返した。

 今まで敵だったアプス達を部下にしたいと勧誘する。正気かと思ったが、カナタの問いかけには嘘が感じられない。

 この女、本気で勧誘している──。

 

「シキはインペルダウンに入った。築き上げた組織も今や潰れかけ……お前たち程の実力者であればシキの下から足抜けして別の組織に移ることも出来よう」

 

 もっとも、仁義が命の海賊稼業だ。白い目で見られることもあるだろうが……所属を変えることはないわけでは無い。

 盃を返すべき相手が今はいないので自己満足の範囲ではあるが。

 

「それで僕らを部下にしたいって?」

「生憎、おれはお断りだな」

 

 リュシアンは「お断りだ」と断言した。

 永遠に勝ち続けることはないとわかっていた。人生とはそういうものだ。

 だが、その後で生き残り、這いずってでも生き延びて再び立ち上がる。その後はまた、勝利を目指して邁進するのみ。

 彼はそうやって生きてきた。かつて祖国──とある戦争の終わらない国で、政争相手に負けて落ち延びた時のように。

 もっとも、祖国も祖国と戦争をしていた国も、既に纏めて滅んでしまったようだが。

 

「そうか……それは残念だ」

「──ガァァァッ!!」

 

 残念そうな顔のまま槍を構えると、カナタが動く前にレランパーゴが動いた。

 動物(ゾオン)系……それも恐らくは幻獣種に当たる能力者だ。身体能力の向上は著しく、元より覇気の練度も高い。

 カナタ相手でも僅かながら時間稼ぎが可能なほどに。

 

「僕とレラで抑える。あとは予定通りに、だね」

「ああ……すまんな」

「謝る必要は無い。僕らは僕らにやれることをやるだけさ」

 

 船から降りて動きを止めていた氷を砕く。船の周りさえ破壊してしまえば、あとはリュシアンの能力で氷を壊して移動できる。

 相手はカナタ一人だが、アプスとレランパーゴ二人がかりでも時間稼ぎが精一杯だろうという自覚はあった。

 シキの参謀であるDr.インディゴをここで捕らえられるわけにはいかない。

 アプスはレランパーゴに続いてカナタへ接近し、両腕から鎖を出して捕えにかかった。

 

「どうしても逃がしたい相手がいると見える──構わないとも、逃げたければ逃げれば良い。〝金獅子〟自慢の艦隊は既に壊滅状態。一人二人逃がしたところで大きな影響はない」

 

 カナタは槍を氷の大地に突き刺し、無手で迎え撃つ。

 至近距離で二本の戦斧を振り回すレランパーゴは、どれだけ相手の動きを読んで攻撃しても一撃も当たらず、一瞬で懐に入りこまれて覇気を纏った拳を数発撃ち込まれる。

 体内に浸透する衝撃波は内臓に直接ダメージを与え、殺傷性は無くとも呼吸が止まって動くこともままならない状態に陥った。

 〝錐〟のチンジャオが扱う〝八衝拳〟の極意を利用したものだ。

 武装色の覇気の扱いも卓越しているが、それを自在に使いこなす武術もまたカナタの強みの一つ。

 

「まず一人」

「くっ──!」

 

 動きの止まったレランパーゴから離れ、アプスへと視線を向ける。

 アプスは即座に距離を取り、覚醒した能力を用いてあらゆる場所から生成した鎖をカナタへと向かわせた。

 

「能力の〝覚醒〟か」

 

 そこまで辿り着ける能力者も決して多くはない。希少な存在だ。

 カナタは無数に迫りくる鎖をすり抜けるように避け、傷一つなくアプスの前まで移動する。

 

「こ、の──化け物め……!!」

「心外だな。()()()()()()()だろう」

 

 カナタにとって、槍とは即ち手足の延長である。

 リーチが多少短くなったところで、基礎的な力が変わるわけでは無い。

 武器を持たずとも覇気を纏えば強度は十分。アプスが咄嗟に防御に回した鎖の上から拳で叩き、衝撃は鎖を貫通してアプスを吹き飛ばした。

 血反吐を吐いて氷の大地を滑り、なんとか体勢を立て直してカナタを睨みつける。

 口の中の血を吐き出し、即座に正面から襲い掛かった。

 同時に、動けるようになったレランパーゴが背後から二本の戦斧を振り下ろし──二人は同時に、カナタの手によって凍結された。

 

「未熟」

 

  ──〝竜殺しの魔女〟カナタ、懸賞金28億9000万ベリー。

 

「シキの幹部と言えども、この程度か」

 

 カナタは凍結した二人の間に立ったまま、遠くへと逃げる一隻の船を見る。

 周りの船は既に制圧にかかっている。そう時間はかからないだろう。

 リュシアンとDr.インディゴをどうすべきか思案し……今回は見逃すことにした。

 事ここに至っては何が出来るでもない。少しだけ仕込みをして、万が一の可能性を考えた策を仕掛けるだけに留めておく。

 

「……あとはリンリンとカイドウ、それにニューゲートか」

 

 最近はリンリンと小競り合いを起こすことが多い。一息に潰してしまいたいが、カナタとリンリンが衝突すれば様々なところで影響が出る。

 ニューゲートは素知らぬふりをするだろうが海軍は勢力が減じたところに来る可能性もある。

 今のところはロジャー処刑以降に山ほど増えた海賊を掃除しつつ、カナタの勢力圏内だけでも経済を安定化させることを優先すべきと考えていた。

 一、二年は混乱が続くだろう。

 博打を打つには、時期が悪い。

 



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第九十四話:王下七武海

ロジャーの死から約一年後の出来事。
割と時間はポンポンすっ飛ばす予定です。


 ロジャーの言葉は良くも悪くも時代を変えた。

 多くの人間に夢を見せ、同時に多くの人間を不幸にした。

 魚人島もまた、その被害を受けた島の一つである。

 人魚、魚人は奴隷として非常に高値で売れる。元よりその存在は知られていたが、大海賊時代となった今では魚人島を訪れる者も増え、多くの無法者たちが人魚や魚人たちを捕まえては売り払おうとしていた。

 ──その男が現れるまでは。

 

「──おれのダチの国を荒らしてんじゃねェよ!!! ハナッタレどもがァ!!!」

 

 ロジャー亡き今、およそ世界最強と言っても過言ではない大海賊。

 〝白ひげ〟エドワード・ニューゲート。かつて国王ネプチューンと友誼の酒を飲み交わし、友となった男。

 白鯨を模した船から多くの海賊たちが降り立ち、魚人や人魚を攫おうとしていた者たちを次々に打ち倒していく。

 世間から悪党と呼ばれることはあれども、悪党の世界にも仁義はある。かつて酒を飲み交わし、世話になった友人の大事となればニューゲートは必ず動く。

 ニューゲートは、そういう男だ。

 

「この島は、おれのナワバリにする!!!」

 

 ニューゲートを敵に回すほどの大馬鹿など、世界広しと言えどもそうはいない。

 実力を過信する者、野心溢れる者……この大海賊時代に生まれた多くの海賊たちを正面から迎え撃ち、ある時は沈め、ある時は息子/娘として迎えた。

 勢力はゆっくりと、しかし着実に拡大していき、ロジャーと渡り合った実力も相まって次期〝海賊王〟と目されている。

 その男が「ナワバリにする」と宣言したのなら、その瞬間から手を出した者は〝白ひげ〟を敵に回すことになる。

 大多数の海賊にとって、その名前は非常に効果的だった。

 

 

        ☆

 

 

 ──それが、約一週間前の出来事。

 海賊たちの残した爪痕は大きく、人間に対して憎悪や恐怖を抱いた者も少なくない。

 攫われた魚人や人魚は多く、ひとまず手に入れた安全の中で皆が悲しみに包まれていた。

 リュウグウ王国の兵士として働くジンベエもまた、それは同じだった。

 ニューゲートが暴れ、他の海賊たちを一蹴したその現場を訪れ……どかりと座り込んで難しい顔をしている。

 人間たちは何故魚人や人魚を奴隷として扱うのか。ジンベエには、どうしても理解できなかった。

 ぐるぐると渦巻く感情をどう処理すればいいのかわからないままここを訪れ、ニューゲートに感謝しつつも人間との付き合い方を考えていたところ──慌てた様子で同期の兵士がジンベエの下へと駆けてきていた。

 

「ジンベエ! 海賊だ!」

「何!? すぐ行く!」

 

 ニューゲートのナワバリとなったが、それでも本当に頭のネジが飛んでいる海賊は構わず略奪を行う。ジンベエたちネプチューン軍の仕事が減ることはない。

 同期の兵士に連れられて現場へと駆け付けたジンベエは、現れたという海賊を見て目を丸くした。

 

「カナタさん!!」

「うん? おや、ジンベエか。久しいな」

 

 入国審査が厳しくなった今、魚人島の中へと入れる人間は多くない。必ず一度は海中で危険度の確認を行う。

 だが、ジンベエの顔見知りであるカナタであれば入国審査もそれほど厳しくはない。

 どういう訳か大勢の魚人や人魚も船に乗っていることもあり、ひとまず入国してから事情を聞くこととなる。

 

「それで、今日は一体どうしたんじゃ?」

「魚人島が大変なことになっているというニュースを受けて出立したはいいが……ニューゲートの奴に先を越されたと聞いてな」

「ええ、おかげで何とか他の海賊の蛮行を防げてますが……カナタさんも同じ考えで?」

「他人のナワバリになったなら私の出る幕ではないさ。だが、タイガーの故郷だ。何もしないわけにもいかないだろうと考えたわけだ」

「……それで」

「近場の奴隷商を一通り片付けてきた。売られる前の奴隷たちもいたので解放した」

 

 カナタとジンベエが同時に、船に乗っていた魚人や人魚へ視線を向ける。

 二度と会えないと思っていた家族や友人と再会できたことを喜び、涙を流す彼らを見て目を細める二人。

 

「……ありがとう、カナタさん。わしァ、彼らは諦めて人間を恨むしかないと思っとった」

「礼は不要だ。解放できた魚人や人魚は全員じゃない。私たちは〝新世界〟側から来たからな」

 

 多くの奴隷売買はシャボンディ諸島で行われている。

 今すぐにでも攻め込んで奴隷商を潰していきたいところだが、シャボンディ諸島にカナタが乗り込めば必ず海軍本部が動く。

 海軍も暇ではないだろうが、それでも本部に近い島に滞在するとなれば無視は出来ないだろう。

 カナタも今は〝新世界〟に乗り込んできた新世代の海賊やリンリンとの小競り合いが多い。海軍と戦うために割ける戦力は多くなかった。

 友人のために動きたいところではあるが、無理をして部下を死なせるわけにもいかない。有名になるのも善し悪しだ。

 

「それでも、助けられた者はいる」

「……そうか。ところで、タイガーはいるか?」

「いや、タイのアニキはここしばらく見かけておらん。前に帰ってきたのは一、二年ほど前だったか……」

「一、二年くらいならいつもの事だろう。心配せずとも、あいつは強い」

 

 冒険家として様々な場所を旅するタイガーの実力はカナタも認めている。たまに連絡の一つくらいは寄越して欲しいものだが、それもない。

 便りが無いのは元気な証とでも思うしかないだろう。

 

「カナタさんはどれくらい滞在するつもりなんじゃ?」

「補給と準備が済み次第、すぐにでも出るつもりだ。ニューゲートのナワバリにいつまでも居座っていては面倒だからな」

 

 ニューゲートとの確執はなるべく避けておきたい。

 いずれは戦わねばならない相手だろうが、今はまだ時期ではない。人手も足りていないし、これ以上の敵を抱え込めば遅かれ早かれ瓦解する。

 カナタのことを鬱陶しく思う者は多いのだ。

 

「では仕方ない……久々に会ったからには酒の一つでも、と思ったが」

「それはまた別の機会だな。ネプチューン軍を離れてうちに入るというならいつでも歓迎するが」

「ワハハ、そうもいかん。わしもこの国のために戦わねばならんからな」

「フフ……それは残念だ」

 

 〝白ひげ〟のナワバリになっても小さい諍いはある。兵士になった時はこうなると思っていなかったが、どうあれ国のために尽くすのが兵士の役割だ。

 荒くれ者でも雇ってくれた恩もある以上、裏切れはしない。

 その後、カナタはジンベエと雑談をした後でネプチューンと話があるらしく、色々と忙しそうに動いていた。

 どのみち船のコーティング作業もあるため、急いだところで出航は出来ない。

 大きな問題が起きることもなく、カナタ達は〝ハチノス〟へと帰っていった。

 

 

        ☆

 

 

『失態だな』

 

 電伝虫から聞こえる声に、海軍の上層部は肩身が狭そうにしていた。

 海軍本部の一角、会議室に集められた面々は各位腕組みをしたり難しそうな顔をして叱責を受け入れていた。

 コングは真摯に謝罪の言葉を口にする。

 

「申し訳ありません。我々としても、この事態は予測できず……」

『言い訳は無用だ。ロジャーの死を皮切りに激増した海賊の始末をどうつけるか。それが君たちの仕事だ』

 

 ロジャーの死から約一年。

 激増した海賊たちによる被害は最早目も当てられず、多くの海賊たちに手を割かれて海軍は常に人手不足に悩まされていた。

 実力のある者たちも段々育ってきてはいるが、海賊の中にも強大な力を持つ者がいる。後手に回らざるを得ないこともあり、海軍の疲弊度合いは誰もが閉口するほどである。

 

「それなのですが」

 

 挙手と同時に発言したのは、銀髪に眼鏡の偉丈夫──ベルク中将だ。

 

「以前、世界政府より提案のあった〝王下七武海〟の件はどうなっているのでしょうか」

『ふむ……あれか』

 

 〝王下七武海〟

 世界政府より提案のあった、()()()()()()()()()()だ。

 より強い海賊にある程度の恩赦を与えることで他の海賊たちへの抑止力とする、毒を以て毒を制すと言わんばかりのやり方である。

 

『我々はあの制度を利用することで海賊被害をある程度は減らせると考えている。海賊同士で潰し合ってくれれば海軍への負担も減るだろう』

「当方もそれには賛成します。ですが、七武海の所属はどうなるのでしょうか?」

『世界政府の直下になる。海軍とは別組織だ』

 

 海軍と慣れ合う気は無いと言う海賊。海賊に手を借りる気は無いと言う海軍。両方からの意見があるが、折衝案として世界政府の直下に置かれることになった。

 与える恩赦や特権は追々決めることになるが、この大海賊時代に於いて多くの海賊たちへ影響を及ぼせるほどの海賊がどれほどいるのかという話でもある。

 無論、世界政府への忠誠など期待していない。特権と引き換えに海賊を狩ることを容認できる海賊の中で、という意味でだ。

 政府の下につくことを嫌がる海賊も少なくない。

 

「最低限の実力を持つ海賊をリストに挙げているが……この提案に乗ってくるかどうかは賭けでもある」

 

 コングは手に持った資料をペラペラとめくり、強さと知名度を兼ね備えた海賊たちを見ていく。

 懸賞金は並の高さでは意味がない。それ相応の高さが必要だ。

 故に、最低でも億超えであることが望ましいが……そこまで行くと我の強さも振り切れている。扱いにくさもあるだろう。

 

「……ん?」

 

 コングが資料をめくっていると、気になる名前を見つけてめくる手を止める。

 確かに知名度、強さ共に常軌を逸しているが……世界政府に与するとは到底思えない名前が挙がっていた。

 

「何故〝魔女〟の名前がここに? 彼女は天竜人を殺害した海賊です。世界政府の用意した椅子に座るとは思えませんが……」

『確かに彼女は天竜人を殺害したが、その原因は他の天竜人にあると判断されている』

 

 かつてドンキホーテ・ホーミング聖という天竜人がいた。

 殺害されたのはその兄であるドンキホーテ・クリュサオル聖だ。天竜人に家督相続などあまり関係ないが……クリュサオル聖殺害後に度々接触していたこともあり、殺害事件の黒幕としてホーミング聖とその一家を下界へ追放する処断をしている。

 これにより、天竜人の間では「〝魔女〟が他の天竜人に手を出す理由が無い」と判断されていた。

 

「そんなバカな! あの女がそんな理由で天竜人の殺害に動くなど……!」

『彼女は商人だ。金さえ出せば何でもやるだろう。これも一種の取引だと言えば、乗ってくる可能性はあるのではないかね?』

 

 電伝虫の向こう側にいる人物──五老星は、余程カナタにご執心らしい。

 どうしても七武海として迎えたいようで、センゴクの反論にも聞く耳を持たなかった。

 確かに知名度と強さという点で見れば、これ以上の海賊など他にいない。度々小競り合いを起こす〝ビッグマム〟が政府の下につくとは考えられず、自由に海を渡る〝白ひげ〟もまたこのような席に興味はないだろう。

 勢力としては海軍と同規模の戦力が増えるようなもの。喉から手が出るほど欲しいのは確かだが……これは飛びつくべきではない餌だと、誰もが考えていた。

 

『天竜人関連の事情に目を瞑れば、彼女は経済を回す商船を多数持ち、多くの海賊を沈める強さを持つ』

 

 他の海賊への抑止力という観点で見ても、経済を回す潤滑油という観点で見ても、彼女の力は魅力的だ。

 何より。

 

『彼女の力と海軍の力があれば、〝ビッグマム〟や〝白ひげ〟、最近名を揚げてきた〝百獣のカイドウ〟を始めとする強大な海賊たちを打ち倒せると思わんかね』

「……!」

 

 七武海の抑止力を以て海賊の数を減らすことができれば、それは〝白ひげ〟を始めとする大物海賊へと戦力を回せる。

 カナタに関しては少々気になることもあるが、五老星はこの際「オクタヴィアの血縁」という事実には目を瞑るつもりらしい。

 海賊としては比較的穏健派な彼女だからこそでもある。

 ……同じ海賊に対しては非情だが。

 

「つまり……ある程度の年月を使って海賊を抑えたのちに、〝白ひげ〟や〝ビッグマム〟の打倒を目指すという事ですか?」

『そうだ。連中を野放しには出来んだろう』

「それは……そうですが」

 

 だからと言ってカナタを味方に引き入れるというのはリスクが高いように思える。

 センゴクは二度戦ったことがあるが、彼女は誰かの言うことを聞くような人物とは考えられなかった。

 ちらりとガープの方を見てみるが、あまり興味もなさそうに茶を啜るばかりで発言しようとはしない。

 

「ベルク、お前はどう思う?」

「当方の意見を言わせていただくのならば、彼女とはあくまでビジネスの関係が最良と考えます」

『……ビジネスだと?』

「文字通り、彼女に利益がある代わりに彼女に海賊を狩ってもらう。そういう形でのビジネス的な関係です」

『ふむ。懸賞金の取り消しや加盟国以外からの略奪を許可するくらいならばと考えているが、そういうものか?』

「それは彼女にとって利益になるとは考えにくいでしょう。彼女程の強さ、勢力があれば懸賞金がどれほど高額になろうとも打ち倒せる者はほとんどおらず、そもそも彼女は略奪を必要としていません」

『ならば、〝魔女〟にとって何が利益足り得るのだ』

「難しいところですが……金銭よりも、加盟国との交易を正式に許可するなどの方が良いのではないかと思います」

 

 だが、当然ながらリスクも大きい。

 海上輸送の大部分をカナタの商船に握られてしまえば、今後加盟国であっても多大な影響は免れない。

 全てを彼女の商船で抑えられるとは思えないが、ある程度限定した契約にするべきだろうとベルクは言う。

 海軍から追われなくなるメリットは多くの海賊にとって魅力的だが、カナタにとっては追ってくるなら退ければいい相手の一つでしかない。彼女を追うことが海軍にとってのリスクでさえある場合もある。

 難しいところだ。

 

『……なるほど。考慮しよう』

「他に意見はあるか?」

 

 コングは会議室を見渡すが、ベルク以上の意見は特に出せないらしく、誰も手を挙げることはない。

 海兵の面々は「カナタを七武海に入れるのは無理だろう」と思っているが、五老星が無理矢理ねじ込もうとするので何とか案を絞り出したに過ぎない。

 何より、この提案を受けるとは思えなかった。

 

「……では、ひとまずそういう方向で考えることとする」

 

 難しい案件だ。七武海として海賊を迎えて他の海賊への抑止とするまではいいが、その面子に問題があるとなれば……正常に機能するかどうかも疑わしい。

 この場にいる誰もが「ベルクに丸投げだろうな」と他人事のように考えていた。

 

 

        ☆

 

 

 海軍との話し合いを終えた五老星は、各々で上手く行くことを願うばかりだった。

 

「〝魔女〟の海賊としての勢力、商人としての勢力……どちらも手にしたいが、本質はそこではない」

「『天竜人を手にかけた海賊が政府の旗下に入る』という事実のみが重要なのだ」

「奴らはそれがわかっていない」

「表向きの事実はそれだけあればいい。多少こちらに不利な条件であろうとも、〝白ひげ〟を打ち倒した後ならば何かしらの理由を付けて契約を切ればよいだけの話」

「〝金獅子〟は既に失墜した。〝ビッグマム〟や〝カイドウ〟は後回しでも我々への影響は大きくない」

 

 何より厄介なのは〝白ひげ〟だ。

 世界を滅ぼす力を持っていることもそうだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()などと思われてはたまったものではない。

 サイファーポールを通して得た情報では、〝白ひげ〟は自分のナワバリから何かを徴収することもないという。そのようなことがまかり通っていては世界政府の治世に影響が出てしまうのだ。

 あの男だけは、何としても打ち倒さねばならない。

 カナタもナワバリに対しては似たようなところがあるが、あちらはあくまで金銭を納めることで安全を担保しているに過ぎない。在り方としては世界政府のそれと似通っているため、それほど問題ではない。

 この荒れる時代においても、世界政府の在り方を変えるわけにはいかないのだ。

 

 



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第九十五話:交渉

 手入れをしなければ刃は錆びる。

 常に鍛錬を欠かさず、己が刃を研ぎ澄ませる。言うだけならば簡単だが、それを常に続けられる人間が果たしてどれほどいるのか。

 日々の業務に追われる中でも最低限の鍛錬は続け、世界でも有数の実力者と名を知られてもなお在り方を変えることはない。

 カナタの鍛錬に付き合うだけで勝手に強くなる者もいれば、〝海賊王〟になるにはあれを超えねばならないのかと心を折られた者もいる。

 今日もいつも通りに鍛錬を済ませ、シャワーを浴びて自室に戻ると、見慣れない手紙を持ったジョルジュが部屋を訪ねてきていた。

 

「おう、鍛錬は終わったか?」

「ああ。その手紙は誰からだ? 見慣れない封筒だが」

「世界政府さ」

 

 カナタは思わず眉を顰めた。

 今このタイミングで世界政府がカナタに対して書簡を出す理由は、少なくともカナタには思いつかない。

 厄介事かと思い、ジョルジュから受け取った手紙をぞんざいに開けて中身に目を通す。

 簡素な手紙が数枚。海賊に渡す手紙という事を考えれば、礼儀がどうこうなどとつまらないことは言わないが……それにしてもこれは、カナタにも予想外だった。

 

「〝王下七武海〟に推薦する、か。またおかしな制度を作ったものだ」

「なんだァ、そりゃ。天竜人の思い付きか?」

「世界政府の狗になれという事だろう。ロジャーの一件からこっち、右肩上がりに増え続ける海賊の被害にとうとう海軍が音を上げたらしいな」

 

 世界政府から指名手配、懸賞金の解除や他の海賊、世界政府未加盟国への略奪を容認する特権を得られる。

 その代わりに星の数ほど増えた海賊に対しての抑止力的な役割を果たす海賊になるわけだ。

 

「今更世界政府から認められたところで何も変わりはしない。私に対して首輪をかけようと思っているなら大間違いだ」

「まァそうだろうな。昔ならまだしも、今更認可を受けたところでなァ……」

 

 勢力図で言えば、〝黄昏〟は今や海軍と正面から戦える程度には膨れ上がっている。

 これを今更「世界政府が認めるから海賊を抑制するのを手伝え」などと言われたところで馬鹿にされているとしか思えない。

 もっとも、世界政府はどうしてもカナタを七武海に迎え入れたいらしく、七武海になるにあたって必要な上納金の免除や加盟国での交易を正式に許可する旨まで書かれている。

 天竜人を殺した事などどうでもいいと言わんばかりだ。

 

「ニューゲートにせよ、リンリンにせよ、この手の話が出来る相手では無いからな。私に白羽の矢が立ったのも仕方ないと言うしかないが」

 

 それにしたって無謀な賭けだと言う他に無いのだけれど。

 政府に用意された椅子になど興味はない。貰った手紙を手早く破り捨てようとして、ふと思い立つ。

 

「……ふむ。折角だ、少しばかり交渉してみるか」

「交渉? 何か欲しいモンでもあるのか?」

「無ければ無いでいいが、あれば便利程度の物がな」

 

 手紙に書いてある番号へと連絡し、世界政府の担当者へとつながった。

 極度に緊張した様子で対応する相手へと、カナタは前置き無しで「五老星を出せ」と告げる。

 発案は誰であれ、これほど手が込んだ対応は相当な地位でもなければ出来ない。十中八九五老星だろうと考えていた。

 程なく通話が繋がる。

 

『……まさかこれほど早く連絡が来るとは思わなかったよ、〝魔女〟』

「初めましてだな、五老星。生憎私は〝王下七武海〟などという座に興味は無い。本来なら手紙も破り捨てているところだ」

 

 だが、政府がこれほど譲歩して迎え入れようとしているなら突きつけたい条件があったというだけだ。

 

「七武海に入って欲しいなら、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 五老星が電伝虫の向こう側で息を呑んだ。

 本来、聖地マリージョアとは世界政府が認めた者しか通ることは出来ない。

 世界を隔てる〝赤い土の大陸(レッドライン)〟があることで〝偉大なる航路(グランドライン)〟は二つに分かたれ、〝凪の帯(カームベルト)〟を挟んでさらに四つの海に分類される。

 カナタ達にとって〝凪の帯(カームベルト)〟はそれなり以上の強さを持つ者がいれば通り抜けられる場所だし、〝赤い土の大陸(レッドライン)〟も魚人島を通れば通行は可能だ。

 だが、当然ながら問題は多い。

 

「私たちが取引を行うのは〝新世界〟がほとんど。〝凪の帯(カームベルト)〟を挟んで〝北の海(ノースブルー)〟や〝西の海(ウエストブルー)〟で取引を行うことはあるが、〝楽園〟や〝南の海(サウスブルー)〟、〝東の海(イーストブルー)〟との取引はほとんど無い。理由はわかるだろう?」

『……〝赤い土の大陸(レッドライン)〟の存在か』

 

 今までは魚人島を介してある程度は行き来も可能だったが、現在の魚人島は〝白ひげ〟のナワバリだ。

 そう気軽に使えるルートでは無くなっている。

 そこで必要になるのが〝楽園〟と〝新世界〟を繋ぐルートだ。

 

「海賊が増えたこの時代で、お前たちは経済の安定化も狙っているのだろう」

 

 マリージョアを介して移動する場合、船は乗り捨てていくのが常だ。

 だが、カナタは両側に拠点を用意すれば物資の移動だけで済ませられるし船はいくらでも用意できる。場合によっては物だけでなく人も運べるだろう。

 申請に時間もかかるし船の用意も必要なのでかなり金のかかる移動法だが、このやり方ならかなり安く移動できるので往来も増える可能性はある。

 問題があるとすれば──マリージョアに海賊が足を踏み入れる事そのものだろうか。

 

『聖地マリージョアを海賊が通行することを許可しろと? 多少の経済効果のために?』

「税収が増えるのはお前たちへの天上金が増えることと同義でもある。好き勝手に金を使う天竜人にとっては悪い話でも無かろう」

『王下七武海の目的は海賊被害の抑制だ。経済はそれに伴って勝手に回復する』

「そう思っているなら甘いとしか言いようがないな。今やどこを通っても海賊に遭う海だ。多少武装したところで島と島を繋ぐ商船など多くはない」

 

 島と島の往来は途絶え、海賊に怯えて品物が手に入らなくなる……世界の経済は着実に崩壊しつつある。世界政府の権威もこのままでは危うい。

 それを是正するための〝王下七武海〟制度なのだろうとカナタは言う。

 

『……考慮してみよう』

「存分に悩めばいい。今すぐに決めろとは言わんよ──それと、これは要求ではなく忠告だが……仮に私が七武海に入ったとして、立場を慮って天竜人に手を出さないなどとは考えないことだ。同じことが起こればまた同じようにする。精々天竜人の手綱を握っておくことだ」

『……善処しよう』

 

 電伝虫の番号だけ伝え、五老星との通話を切る。

 横で聞いていたジョルジュは呆れた顔でタバコを吹かしていた。

 

「……呑むわけねェだろ、そんな条件」

「だろうな。それならそれで構わないさ」

 

 元より七武海に就くつもりもない。世界政府に無茶ぶりをしただけの話だ。

 初めからあちらが呑めない条件を突き付けておけば、何度も食い下がってくることはないだろう。無駄な交渉などしないに限る。

 

 

        ☆

 

 

 金獅子海賊団は壊滅状態になったが、幹部の数人は未だ行方不明だ。

 参謀であるDr.インディゴ及び〝赤砲〟リュシアンは音沙汰もなく、またカナタたちは探すこともしていなかった。

 大都督のうち二人、アプスとレランパーゴは既に捕縛していたこともあるし、シキのいない金獅子海賊団など恐れるに値しないと判断していたこともある。

 二人は両手両足はある程度自由に動くが、海楼石の鎖で繋がれているので牢屋から出る力も出せないまま幽閉されていた。

 それなりに長いこと幽閉されているので、アプスは退屈で体が鈍りそうだと思っていた。

 牢屋で退屈な日々を過ごしているある日の事。

 

「……なんだ、襲撃か?」

 

 海岸にほど近い牢屋に幽閉されているためか、時折どこかの海賊が襲撃してくるとその音が聞こえてくることがあった。

 大抵は港で鎮圧されるが、今日の海賊は随分頑張っているらしく、音が段々と近付いてくる。

 

「こっちは……牢屋か?」

「好都合だ。〝魔女〟の野郎に反抗している奴が入ってるはずだ、出してやれ!」

 

 侵入してきた海賊たちがガタガタと辺りを捜索してまわり、見つけ出した鍵でアプスとレランパーゴの牢屋を開ける。

 海楼石の鍵もあったらしく、久々に自由の身となったことで何時振りかの解放感を味わっていた。

 

「……外に出るのは久々だ。気分はどうだい、レラ」

「ウゥ……わるく、ない」

 

 アプス達を解放した海賊は随分ボロボロだったが、それだけやられていてもまだ諦めてはいないようだった。

 

「あんたら、〝魔女〟に捕まってたんだろ? あの女、おれ達の仲間を次々に……! 手を貸せ!!」

「悪いけど、僕は君たちに付き合うつもりは無いよ」

「何だと……! テメェ、誰が出してやったと──」

「うるさいな。彼女との戦力差を理解出来ないような小物に命を預けられるはずがないだろう」

 

 掌から出現させた鎖が二人の海賊を貫き、そのまま放り捨ててレランパーゴと二人で牢屋の外に出る。

 海賊の襲撃で未だ港は騒然としており、アプスは脱出するなら今しかないと判断した。見聞色で探ってもそれほど数は多くない。

 レランパーゴに声をかけ、手早く襲撃してきている海賊船を奪い取って沖合へと船を出す。

 それほど大きい船では無いので、二人でも動かすことは出来ると判断した。

 

「おい、あれ〝大都督〟の二人だぞ! なんで外にいるんだ!?」

「逃げやがったのか! おい、ボスに報告を急げ!!」

「急ぐよ、レラ。彼女が来る前に海域を脱する」

「うん」

 

 港に備え付けられた大砲から何度か砲撃を受けるが、それらは全てアプスが叩き落す。

 襲撃していた海賊たちの内、少数が船に残っていたので力づくで言うことを聞かせることにした。文句を言おうとも海賊の世界では強さが全てだ。

 気に食わないなら船から叩き落すまでのこと。

 躊躇なくそれをやる相手だと理解したのか、残った海賊たちは渋々ながらも船を操舵して〝ハチノス〟から離れていく。

 

「……ひとまずは安心かな」

 

 カナタは二人のことを部下にしたくて生かしておいたようだが、それが裏目に出た。

 ひとまずどこかの島で物資を補充しなければならない。

 いずれシキが戻ってきたときのために、幹部だけでも生き残らねばと考えていた。

 ……それにしても。

 

「随分簡単に逃げ出せたな……監視が薄いのは元からだったが、ああも警備がザルとはね」

 

 牢屋の位置も随分港に近かった。

 まるで捕まえておく気が無いかのように……そこまで考えて、カナタにはアプス達を逃がす理由が無いのだと無駄な考えを打ち消す。

 今はリュシアン達と合流することが先決だ。

 まだ、こんなところで死ぬわけにはいかない。

 

 

        ☆

 

 

「……良かったのか、あの二人を逃がして」

「構わない。レランパーゴはともかく、アプスは頭も悪くないからな」

 

 逃げられる状況ならカナタに復讐するよりも逃げることを選択するであろうことは想像できた。

 ジュンシーは「そうか」とだけ告げ、カナタの部屋で茶を飲む。

 

「それに、あの二人のビブルカードは作成済みだ。どこに逃げても見つけられる」

 

 アプスとレランパーゴ、それぞれの名前が書かれたビブルカードをひらひらと見せるカナタ。

 殺すつもりは元より無く、このまま飼い殺しにするよりも他で役に立ってもらった方が何かと便利でもあると判断していた。

 カナタが一番警戒しているのはシキの脱獄だ。リュシアンとアプスは頭の回転が速いので、現状派手に動くことはないだろう。放置していても障害にはなりえない。

 リュシアンやDr.インディゴと合流してくれていれば、カナタとしては十分だ。居場所が掴めないことが一番厄介なのだから。

 

「シキの脱獄を警戒するのはわかるが、インペルダウンに幽閉されたのだろう? 本当に脱獄するのか?」

「カイドウが何度捕まって脱獄していると思っている。あの馬鹿に出来るならシキに出来ない理由は無いよ」

 

 カイドウは監獄船からの脱出であってインペルダウンに入ったことはないが、あの男なら力づくでも出てくるだろうと考えていた。

 シキとてロックスの時代から暴れ回った海賊だ。多少の無茶をしてもいずれ出てくるだろうと言う確信がある。

 その時こそ、確実にシキの息の根を止めねばならない。

 

「ロックスの遺産は全て潰しておかねばな……面倒なものを残してくれたものだ」

 

 会ったこともない男を父親などと認めたくもないが、血が繋がっているのは確かだ。

 オクタヴィア共々やってきたことが巡り巡ってカナタに不利益を生じさせている。どうあれ後始末をしておかねば今後も不利益が出るだろう。

 ニューゲートも、リンリンも、カイドウも──全員始末をつけねばならない。

 何としてでも。

 

「……儂は強い相手と戦えるなら何でも構わん。次の相手は誰だ?」

「暗殺はしばらく不要だ。時代が勝手に淘汰してくれる」

 

 時折出かけてはカナタにとって邪魔な相手を暗殺するのが、ここ最近のジュンシーの仕事だった。

 もっとも、それも今は落ち着きつつある。

 ある程度力を持っていてカナタの邪魔をする相手はあらかた消したし、これ以下となると海賊被害で勝手に自滅していく。

 海賊被害も多少はあった方が物価が高騰しやすいので、人手を増やして販路を広げるよりも余程簡単に金を稼げる。七武海になって他の海賊への抑止力となっては自分の首を絞めるようなものだ。

 悪辣と言えば悪辣だが、海賊にそれを言っても仕方がない。

 

「金だけ稼いでも仕方がないが、有って困るものでもないからな」

「確かに。プールした資金は何に使ってるんだ?」

「ここ最近はカテリーナが次から次に研究費として持って行く。その分良い物も作っているようだが……うん?」

 

 電伝虫が鳴り始めた。

 この部屋に直通で電話はかかってこない。一度別室で対応してから繋がるようになっている。

 

「私だ」

『お忙しいところすみません。その、世界政府から連絡が来ていますが……』

「ああ、繋いでくれ」

 

 事務から連絡が来て、カナタは簡素に返答する。

 五老星からなら七武海についての件だろうが、結果は見えている。手早く終わらせようと椅子にもたれかかった。

 

『私だ』

「五老星か。七武海の件だな」

『ああ──喜びたまえ。条件付きではあるが、マリージョアの通行を許可することが決定した』

「は?」

 

 カナタにしては珍しく、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

 




この条件なら相手も飲むはずないし、交渉決裂だな!ヨシ!
  ↓
何を見てヨシって言ったんですか?

来週はお休みです


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第九十六話:顔合わせ

 聖地マリージョア。

 天竜人が住まう、およそ世界で最も神聖な場所である。

 当然ながら世界政府を守る諜報員たちが守りを固め、間近にある海軍本部からも常に多くの海兵たちが張り込んでいる。

 とは言え、マリージョアが攻め込まれたことなど歴史上一度もない。警備と言っても形骸化しているのが常だ。

 その場所で今──史上かつてないほど、緊張した雰囲気に包まれている場所があった。

 

「〝仏〟のセンゴクに〝英雄〟ガープ……それ以外にも名うての中将がこれだけ揃うとはな」

「世界政府のお偉いさんはおれ達のことが余程怖いと見える。なァ、そう思わねェか、ワニ野郎」

「……さァな。どうでもいいこった」

 

 〝王下七武海〟と()()()()()()()()()海賊たち。

 世界政府が選んだ七人の海賊の内、六人が既に円卓に座していた。

 懸賞金の高さは元より、その類稀な実力を見込まれて選ばれた者たちだ。天竜人もいるマリージョアに集めるともなれば、海軍も当然防備を固める必要がある。

 ガープ、センゴク、おつる……仮にマリージョアで暴れても即座に鎮圧出来るだけの戦力を集めていた。

 しかし、だ。

 

(……政府が選んだ海賊をマリージョアに集めるから海兵を置くのは理解できるが、少しばかり過剰じゃねェか?)

 

 政府の想定する七武海の戦力は、あくまで増えすぎた海賊への抑止力。それに〝新世界〟に居を構える大海賊に対して海軍と共に対抗するための戦力だ。

 それなり以上の実力を持つ七人の海賊が集まるからとて、海賊被害が増えている現状で人手が足りていない海軍が実力者を勢ぞろいさせるだけの理由にはならない。ガープとセンゴクだけでもこの場の六人を圧倒して余りあるだろう。

 上層部が心配しただけか……あるいは、世界政府の罠に嵌められたか。

 悟られないように警戒心を強め、七武海の一人に選ばれた海賊──クロコダイルは視線を僅かに泳がせる。

 もしこれが名を揚げつつある海賊をおびき寄せるための罠だとすれば、その時は相応の対応を取るために。

 

「おいセンゴク、まだ揃わんのか?」

「もう少し待て。到着したとは聞いている」

 

 しびれを切らし始めたガープが欠伸をしながら問いかけるが、センゴクは特に焦る様子もなく茶を飲んでいた。

 海軍本部に到着し、そこからマリージョアに移動するまで多少時間がかかる。程なく到着するだろう、とセンゴクは言い……実際に、程なくして到着したと先触れが来た。

 コツ、コツと鳴り響く足音を隠しもせず、威風堂々と姿を現す。

 

「──な」

「なんで、こいつが……!?」

「遅いぞ、遅刻だ」

「ああ、悪いな。ギリギリまで契約を反故にするか悩んでいた。素直に政府の狗になるのも癪だったのでな」

 

 〝竜殺しの魔女〟と呼ばれる女だ。

 黒曜の如く美しい髪。背はやや低いが、見る者を魅了する顔立ち。陶器のような白い肌は黒を基調としたドレスに包まれており、ガープやセンゴクなど一部の面々を除いた多くの者たちが赤い瞳に魅入られていた。

 およそ世界で知らぬ者のいない、世界で五指に入る大海賊の一角である。

 

「……正直なところ、お前が七武海に入るとは思っていなかった」

「ああ、受けるつもりもなかった。とは言え、一応は商人として働く身でもある。交わした契約を自分勝手に反故にするのもどうかと思ったまでだ」

「律義な奴だ」

 

 センゴクと軽口を交わし、カナタは空席だった場所に座る。

 七武海として呼ばれた海賊の誰もが絶句していたが、クロコダイルだけはいち早く平常心を取り戻した。

 

(……なるほど、こいつが来るならこの過剰な配備も頷ける)

 

 彼女に対する噂は絶えない。〝海賊王〟と友誼を結び、〝金獅子〟のいなくなった金獅子海賊団を滅ぼしたとされる〝黄昏〟の首魁だ。

 〝ビッグマム〟〝白ひげ〟……この海に海賊は星の数ほどいるが、その中でも大海賊と呼ばれるのはごく一部のみ。

 その一角に名を連ねる〝魔女〟ならば、なるほどガープやセンゴクがいるのも当然だろう。

 その他の海兵で彼女と渡り合えるはずもない。

 

「では、揃ったところで始めよう」

 

 センゴクの一声で会議が始まった。

 会議と言っても特別な話し合いをするわけでは無い。七武海に入るにあたって条件の再確認を行い、納得した者だけが残る。

 七武海の特権を目当てに来る者もいれば、海軍に追いかけられずに済むことで放浪せずに安定した住処を得ようと考える者もいる。

 その辺りの理由は様々だが、彼らがやることは一つだけ──有象無象の海賊を狩ることだ。

 懸賞金こそ上から下まで幅が大きいものの、政府が念入りに選んだだけあって実力は十分。

 海軍もこれで多少は余裕が出るだろうと、賛成派の海兵たちは胸をなでおろしていた。

 

「戦力の振り分けはどうするんだ。全員で〝新世界〟に乗り込むのか?」

 

 七武海に選ばれた海賊の一人が発言する。

 この場にいる海賊は誰もが最低限の強さを得ているが、それは単独で〝白ひげ〟や〝ビッグマム〟と並び立つことを意味するわけでは無い。

 元より増えすぎた海賊への抑止力が目的である以上、一か所に戦力を集中させる意味もないだろう。

 

「おれは自由にやらせてもらう。拠点も決めてねェからな」

 

 クロコダイルがそう言い、他の海賊たちは各々が拠点にしている島を報告していく。

 最終的に〝新世界〟に二人、〝楽園〟に五人と……やや前半の海に戦力が傾いている結果になったが、誰も文句を言うことはなかった。

 大海賊たちが拠点を構える〝新世界〟に拠点を置くことそれ自体が大きなリスクでもあるし、そもそもクロコダイルのように拠点を構えていない者もいる。その辺りまでは海軍も口出ししてくることはなかった。

 

「我々からすれば、どこに拠点を置こうとも海賊を狩ってくれればそれでいい。〝白ひげ〟を始めとした大物たちを相手に勢力の均衡を保てればな」

 

 海軍の仕事が減ることはないだろうが、多少手が浮くことも確か。

 どれだけ真面目に仕事をするか、という話になるが……どこまで行っても海賊は海賊だ。信用は出来ない。

 そういう意味では、センゴクの目には今の政府はやや危ういように見える。

 

「随分簡単な仕事だ。私を味方につけるならリンリンの首くらい獲れるだろうに、やるつもりは無いと見える」

「……まだ時期ではない」

「そうか」

 

 やる気の有無だけでも知りたかったのだろう。カナタはセンゴクの反応に小さく笑みを浮かべ、それ以上聞くことはないとばかりに口を閉じた。

 この場にいる面々もどれだけ()()()()()()()()わからないが、政府も海軍もカナタ以外の海賊は数合わせに過ぎないと思っている。

 数合わせだけならいくらでも可能だろう。

 話し合いと顔合わせはスムーズに終わり、カナタ以外の六人は部屋を後にした。

 

「お前から出された条件だが、いくつかの条件を付けた上で許可が出た」

「それは聞いている。詳しい内容をすり合わせたいのだろう」

「ああ」

 

 具体的に政府が出した条件は全部で三つ。

 一つ、マリージョアを通過する際には最低でも一ヶ月前に連絡を入れておくこと。

 二つ、通過の際には海軍から監視を出すこと。

 三つ、通過するのはマリージョアの外縁部であること。

 大まかなところはそれくらいだった。

 ただ、一々連絡を入れて通過するのは面倒くさいので「月に一度でいいから通過する日を設けろ」とだけ言って変更させた。

 とは言え、海は広いし、巡る島も多い。移動に時間がかかることを考えれば月に一度でも多いと言える。

 

「……それだけか?」

「一応はな。何か不満でもあるのか?」

「いや……」

 

 簡素と言えばそうだが、カナタとしてはもう少し厳しい条件を付けられると思っていた。

 危険物がある可能性を考えて荷物を検めるでもなく、マリージョアに侵入者が出ないよう荷運びを海軍にさせるわけでもない。

 ここまで手緩いと逆に疑いも強くなるというものだ。

 それだけ切羽詰まっているという事かもしれないが、それにしてもおざなりに見える。

 カナタにとっては有利な条件なので特に口出しすることもないが。

 

「監視はどれくらいいるんだ」

「将官を数名だな。お前たちの頑張り次第でもう少し増やす可能性はある」

「では精々見逃しておこう。お前たちの手が足りているとこちらも仕事がやりにくくなる」

 

 もちろん互いに「そんなわけがない」とわかっている。

 人手が足りない状態なら政府が〝黄昏〟に通過許可を出すはずもなく、海賊を狩っている様子が無ければカナタは七武海から除名される。

 ……二人の会話を聞いて世界政府の役人は睨みつけるように視線を送っていたが。

 

「実際のところ、リンリンやニューゲートを倒す予定はあるのか?」

「……今のところ計画は上がっていない。ただ、お前たち七武海がしっかり働いて海軍の戦力に余剰が出来れば考えてもいい」

「勢力間のバランスを保つのが最優先か。お前も大変だな」

 

 崩れかけている海賊と海軍のバランスを取るのも海軍と政府の仕事、という訳だ。

 ニューゲートにはナワバリを広げる意識が薄く、リンリンはカナタと度々衝突しているため勢力が大きくなりにくく、最近台頭してきたカイドウは勢力と実力はカナタやリンリンに比べて一枚も二枚も落ちる。

 今のところは大きな影響は無いが、今後どうなるかはわからない。

 七武海の存在がどれほど役に立つかは今後の働き次第だろう。

 

「お前には言うだけ無駄だと思うが……政府や海軍に真っ向から反抗するようなことがあれば、七武海の地位は剥奪される。肝に銘じておけ」

「安心しろ。一度契約した以上、私にもメリットがある間は余計なことはしないさ」

 

 暗に七武海の地位を捨ててでもやるべきことがあれば即座に捨てることを匂わせながら、話し合いは何事もなく終わった。

 

 

        ☆

 

 

 七武海同士の顔合わせが終わった数日後。

 世界政府は新聞各社と通じて全世界に〝王下七武海〟制度の発足とそのメンバーを大々的に発表し、世間の度肝を抜いた。

 懸賞金は下は7000万から上は28億まで多岐に渡り、政府の指示によって海賊を狩る海賊となった。

 もちろん他の海賊から「政府の狗になった」と非難の声が上がったが……そんなものに一々反応するような連中ではない。

 ただひたすらに強く、有象無象の海賊が挑んでは返り討ちにされるような存在として徐々に認知されていった。

 カナタにも当然その手の輩が来ることがあったが、今のところ誰一人としてカナタの顔すら拝めていない。

 

「つまらん」

 

 もう少し歯応えのある敵が出てくるかと思ったが、湧いて出るのは有象無象ばかり。

 これでは普段の鍛錬の方がまだしも有意義だった。

 

「バレットの奴もバスターコールで捕まったしなァ……新しい鍛錬相手が見つからねェとおれ達の身が危ねェ」

「違いねェな……」

 

 ボロボロでカナタにひっくり返された状態のまま、ジョルジュとスコッチが相談していた。

 普段は二人も商船に乗って海に出ていることが多いが、現在は幹部全員が〝ハチノス〟に集合していた。

 七武海の地位に就くことで襲ってくる海賊を撃退するため──などでは無く。マリージョア通行許可が下りたことによる今後の計画修正のためだ。

 

「憂さ晴らしにおれ達をしごくのは止めてほしいモンだが……」

「憂さ晴らしではない。八つ当たりだ」

「なお悪いわ!!」

「お前本当に……そういうところだぞ」

 

 切れるスコッチに呆れるジョルジュ。いつもの光景であった。

 この二人とも長い付き合いだ、カナタが色々考えることが多くてストレスが溜まっていることも理解している。

 

「……それで、今後の計画はどうするんだ」

 

 しばらくは現状のままだろう。だが、折角聖地マリージョアの通行許可をもぎ取ったのだ。教育に時間をかけても販路を広げたいところではある。

 うーむと頭を悩ませ、名案も特にないので商売についてはその辺りで終わらせておく。

 

「どちらにしても船は必要だ。ウォーターセブンが現在危機的状況らしいのでな、支援するついでに造船会社を引き抜いてくる」

「トムの奴、ロジャーの船を作ったから死刑になったって聞いたが」

「猶予付きだ。詳しいところまでは知らないが」

 

 〝新世界〟にも造船島のような場所はあるが、カナタ子飼いの職人という訳ではない。優先的に自分たちの船を造る子飼いの職人が欲しいのだ。

 ウォーターセブンを滅ぼしたい訳では無いので数は限定されるが、情報を集めた限りでは提案に乗る者は多いだろうと踏んでいる。

 その辺りを踏まえ、優先度を決める。

 

「一つ目、ウォーターセブンで造船会社の引き抜き。

 二つ目、人材育成。商人と職人はお前たちに任せる。戦闘員は私が鍛えよう。

 三つ目、海賊狩り。この三つでいい」

 

 海賊狩りの優先度は最低だ。マリージョアの通行許可をもぎ取ったものの、今ではまだ使い道がない。金をとって人を運ぶのに便利なくらいだ。

 海軍や政府からせっつかれるかもしれないが、その時は襲撃に来た海賊の首でも届けてやれば満足するだろう。

 その辺りが決まったところで、日も暮れ始めた。後ほど幹部に通達しておかねばならない。

 これも、仕事だ。

 

 

        ☆

 

 

 一年後。

 ウォーターセブンでトムやアイスバーグと再会し、旧交を温め……彼らが海の上を走る列車を作っていることを聞くと大笑いした後で必要な物を支援することにした。

 潰れかけた造船会社も多かったが、カナタの下で新たに造船所を始めた。

 カテリーナを主導に新しいタイプの船を造ったり、パドルシップの研究を進めたりとやることは多く、カナタも忙しい日々が続いていた。

 そんな中、新聞が一つの事件を大きく報道する。

 〝西の海(ウエストブルー)〟より出発した船が、世界政府が禁じている〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の解読をして回っていたという事実。

 更には船がオハラより出立したものであると判明した事実。

 そして──一度は捕まり、脱走したことで懸賞金をかけられたオルビアの指名手配書が挟み込まれていたこと。

 全てを知り、カナタは執務室で即座に判断を下した。

 

「──船を出せ。オハラへ向かう」

 




脳内設定で下から
7000万
8100万
9200万
1億3000万
2億2800万
2億4000万
28億9000万
くらいかなーとか思ってたんですが、カナタ一人入るだけで平均値が恐ろしく跳ね上がっててどうなんだ、って感じに。


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第九十七話:未来へ贈る花束を 前編

長くなったので分割


 かつて、カナタには姉と慕った女性がいた。

 幼いカナタに対して色々と世話を焼いてくれたこともあり、随分と仲良くなった。

 その女性が賞金首になり、あまつさえ世界政府に狙われているとなれば──カナタが動かない理由はない。

 〝凪の帯(カームベルト)〟を越え、〝西の海(ウエストブルー)〟へと移動して〝オハラ〟を目指す一行。

 だが、風向きが悪かった。オハラまではやや遠く、時間がかかる。

 オハラは考古学者の聖地だ。

 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を探し求める考古学者は後を絶たず、それらへの見せしめも兼ねてか政府がオハラへの関連を常に探し続けていたことは知っている。

 この機会を逃すことはないだろう。現に海軍本部の軍艦も動いていると情報が入っていた。

 なので。

 

「……船だと時間がかかる。私は一人先行して軍艦を沈めてこよう」

「待て待て待て!!」

「ツッコミが追い付かねェ!! 海軍は〝バスターコール〟を発令するつもりなんだろ!? いくらお前でも分が悪ィ!」

「そうだぜ! そもそもオハラまで結構な距離がある! 軍艦の足は速いが、まだ数日の時間はあるだろ!?」

 

 ジョルジュとスコッチが先行しようとするカナタを必死に引き留めていた。

 カナタの実力は良く知っているが、流石に中将五人は相手取るにしても誰が来ているかによるところが大きい。仮にガープなどが来ていれば目も当てられない大惨事になってしまう。

 カナタが姉と慕う女性──オルビアが心配なのはわかるが、結論を出すのがいくら何でも早すぎる。

 

「つーか、政府主導の襲撃だろ? お前が介入したら流石に七武海除名じゃねェのか」

「構うまい。元より私が欲した地位ではない」

「おれ達の一年間の準備が無駄に……まァお前がやるっていうなら仕方ねェが」

 

 カナタにどれだけ言っても、決めたことを覆すことはないと知っている。

 二人は溜息を吐き、「海軍と全面戦争か」と呟いた。

 

「一人二人くらい、お前なら秘密裏に助け出せるだろ。オルビア一人攫って来れば済む話じゃねェのか?」

「仲が良かったのはオルビアくらいだが、学者たちとも不仲だったわけでは無いからな」

 

 あれもこれもと言い始めるとどこまでも広がっていく。折り合いは付けるべきだが、今回は全員助けるべきだと思っていた。

 

「〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読める学者だ。いずれ必要になる……世界政府が消したい者ほど生かしておくべき人間も他にいない」

「反骨精神溢れすぎだろ」

「政府に何の恨みがあるんだ……」

 

 出来る事ならオハラに先行して防衛に回りたいところだが、本部の軍艦を相手取るには数が少なかった。数は多くないが政府の役人もいるだろう。

 幹部を招集する暇もなく出てきたし、〝ハチノス〟の防衛に戦力を残す必要があったので、今オハラに向かう戦力は軍艦三隻分にも満たない。

 〝バスターコール〟と正面衝突するにはやや不利だ。

 招集はかけているので一時的にでも凌げば戦力は増えていくが、その辺りは出てきた中将にもよる。

 ……〝バスターコール〟の発令権限は海軍大将か元帥しか持たないので、最悪センゴクかコングが出張ってきている可能性もあるが。

 

「だがまァ、急ぎたくなる理由はわかった」

 

 ジョルジュは「こんなこともあろうかと」と言って何かをカナタに投げ渡す。

 カナタは受け取ったそれを見てみると、趣味の悪い金色の髑髏のお面だった。

 オクタヴィアが付けていた物によく似ている。

 

「失わなくて済むならそれに越したことはねェ。七武海の立場だって、お前はどうでもいいかもしれねェがおれ達にとっては使える手札だからな。最悪、オクタヴィアに全部罪をひっ被せちまえ」

「お前は人の母親を何だと思っているんだ」

 

 だが悪い手ではない。

 オクタヴィアへの感情などそんなものだったし、ドラゴンが世界政府に牙を剥いて革命を起こそうとしているのを知っている以上、政府側の情報を手に入れる立場として七武海の座は有用だ。必要な物ではないにせよ、一度手に入れた席なら進んで手放す必要は無い。

 それとマリージョア横断を商機と見て準備してきたスコッチとジョルジュの頑張りも無駄にならない。

 

「だがもう少し時間はあるだろ。オハラまで数日かかるだろうし、焦らず待つことも──」

「そのことだけどよ」

 

 船内からクロがメモを片手に現れた。

 話はある程度聞いていたのか、今しがた話していたことについて追加の情報が来たと言う。

 

「元々オハラに矛先を向けてたんだろうな。思ったより行動が早ェ。政府の船がオハラ近海まで移動してるらしいぜ」

 

 海軍の軍艦と政府の船で定期的に連絡を行っているのだろう。通信を傍受した限りだと、カナタ達よりも先に到着する可能性は十分にある。

 様子を見ながら、などと言っている場合では無くなった。

 

「──私は先行する。オハラに近い島で待機しておけ」

 

 無人島ならいくつかある。身を隠すには良いだろう。

 派手に開戦するよりも時間稼ぎに徹して奇襲をかけたほうがいいと判断し、カナタは船を飛び降りた。

 

 

        ☆

 

 

 一人船から飛び降りて、およそ一晩海上を走り通した。

 道中で軍艦を確認出来れば奇襲して時間を稼ぐことも考えたが、残念ながら既にオハラ近海の北西部に集合している。ガープはいないようだが、ひとまずオルビアの安否確認が先だ。

 ざっくり船の位置関係を把握し、趣味の悪い仮面を被って島の中央にある〝全知の樹〟付近へと足を運ぶ。

 タイミングとしてはかなりギリギリだったらしい。

 政府の役人が学者たちに銃を突きつけ、クローバー博士と役人が何かを話している。オルビアは傷だらけで倒れているし、すぐにでも動きたいところだが……まずは数を把握してからだ。

 何を言っているかは聞き取れないが、政府の役人を全滅させれば足は付かないと考え──どう動くか思案している間に、クローバー博士が銃で撃たれた。

 一刻の猶予もないと判断し、即座に動く。

 

「──では、大将センゴクから預かったこの〝ゴールデン電伝虫〟で……ああ?」

 

 現場を任されたサイファーポール──CP9の長官であるスパンダインは、左手に持ったゴールデン電伝虫で〝バスターコール〟を発令しようとして、気付く。

 ()()()()()()()()()()

 

「あ、ああ、あああああああああ!!? お、おれの腕がァァァァァ!!!」

「長官!? 一体何が──!?」

 

 刀か何かで綺麗に切り落とされたかのような断面だ。

 傍にはCP9が控えていた。その二人に悟られず、スパンダインの腕を切り落としたのだ。

 

「なるほど、これが〝ゴールデン電伝虫〟か……〝バスターコール〟の発令はこれで行う訳だな」

 

 カナタは手刀で切り落とした腕を投げ捨て、珍しそうにゴールデン電伝虫をマジマジと見る。

 背中についているボタンを押すだけで、オハラは砲撃の雨が降って壊滅するだろう。そう思えばここで止められてよかったと言うべきか。

 勿体無いが、ゴールデン電伝虫は踏み潰して破壊し、学者たちを守るようにスパンダインの前に立つ。

 周りの役人など気にも留めていない──どのみち、意識を保ってなどいられないのだから。

 

「テメェ……! 何者だ!」

 

 スパンダインの横に控えていたサイファーポールの一人が声を荒らげる。

 もう一人は即座にスパンダインの腕をベルトで止血しており、時折視線だけカナタへと向けていた。

 

「……その仮面、まさか──」

 

 ここ数十年の中でも五指に入る超高額の懸賞金を掛けられた存在を思い出しかけ──次の瞬間に発された強烈な覇王色で()()()と意識が揺れた。

 数多の経験を積んだCP9でそれなのだ。そこらの役人が耐えられるものではない。

 学者たちを囲んでいた役人たちは次々に倒れ、スパンダインもまた泡を吹いて倒れていた。

 

「……殺しておくか」

 

 カナタの覇王色でも意識を保っていられるのなら、それなり以上に強いという事。

 邪魔をされる前に消しておいた方が良いだろうと考えて、一歩踏み出した瞬間にCP9の二人は動いていた。

 一人はスパンダインを抱えて逃走。

 一人はカナタへと時間稼ぎを兼ねて攻撃。

 CP9はサイファーポールの中で唯一殺しを許可された集団でもあり、CP0に及ばないまでも実力はある者たちで構成されている。並の強さでは太刀打ちできない。

 

「──死ね」

 

 カナタの咽喉へと指銃(シガン)を繰り出して殺害しようとして──カナタの右足が僅かにブレた。

 それを知覚することも出来ず、男は凄まじい勢いで島の外まで吹き飛ばされる。

 逃走を選んだなら追う必要は無い。優先するべきはオルビアの方だ。

 カナタは学者たちの方へと振り返り、歩を進める。

 誰もが突然の事態に驚愕を隠せない中で、オルビアだけがカナタのことを正確に把握していた。

 

「……久しぶりね、今日はそんな恰好までして……七武海になって、政府の側についたと聞いていたけれど」

「仮面一つ付けただけだろう。七武海の座は私が望んで欲したモノじゃない……お前を助けられるなら安いものだ」

 

 怪我をしているオルビアを抱き起こし、仮面を外して撃たれたクローバー博士の近くに寄る。

 

「こちらも久しぶりだな、クローバー博士」

「まさか……カナタか。最後に会ったのは、何年前だったか……随分美人になった。貸していた本を返しに来たのか?」

「フフ。残念だが、まだ本は返せそうにない。だが、あなた達の命を救いに来た」

 

 クローバー博士は撃たれているが、致命傷にはなっていない。手当をすれば十分助かるだろう。カナタは仮面を付けなおし、ひとまず服を破って止血だけしておく。

 すぐ近くにいた黒い髪の少女はおろおろとクローバー博士とオルビアを見回していたが、意を決したようにオルビアに話しかけた。

 

「あの……お母さん、ですか?」

 

 カナタは少女の声に顔を上げ、オルビアと少女を見比べて「なるほど」と呟いた。

 髪の色は違うが、目元などはよく似ている。

 結婚したという話は聞いていたし、子がいても何ら不思議ではない。

 オルビアは迷ったように目を伏せ、何かを言おうとして口を閉じる。その様子を見てカナタは溜息を吐いた。

 

「ここにいるのはお前の味方だ。何を言っても咎められることはない」

「……そう、ね──おいで、ロビン」

 

 手招きし、オルビアは少女──ロビンの手を取って抱きしめた。

 

「お母さん!!」

「大きくなったのね、ロビン……」

 

 六年前にオハラを旅立って以降、一度も会うことが出来なかった我が子を抱きしめ、オルビアの目から自然と涙が零れ落ちる。

 ロビンもまた、長い間待ち望んでいた母との再会に堪え切れず涙を流す。

 再会は喜ばしいことだが、いつまでもそのままにしておくわけにはいかない。

 

「今のうちに籠城の準備を──」

「お、おい、あれ!! 〝全知の樹〟が燃えてるぞ!!」

 

 政府の役人たちが〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の研究資料を探して爆弾などを使用したためか、〝全知の樹〟が発火して炎上し始めていた。

 貴重な文献や本が無数に収められた場所だ。燃えて無くなるのは惜しい。

 すぐに学者たちが立ち上がって火を止めようと動き始め、カナタは手持ち無沙汰に立ち尽くすことになってしまった。

 

「私も、火を消しに行かなきゃ」

 

 オルビアもロビンを離し、立ち上がって〝全知の樹〟を見る。

 政府の役人たちはカナタが全員気絶させている。邪魔をする者はいないが……激しく炎上を始めた樹を鎮火させるのは難しいだろう。

 それに、〝バスターコール〟の発令こそ止めたが、逃げたCP9はそのままだ。遠からず砲撃が始まる。

 時間が無い。

 

「時間が惜しい。手荒に行くぞ」

「何を──」

 

 言って、と。

 続ける前にカナタが〝全知の樹〟へと掌を向けると、炎上していた部分が一瞬で凍り付いた。

 蔵書も凍り付いてしまうかもしれないが、炎上して失われるよりはいい。

 唖然とするオルビアを尻目に、遠くから近づいてくる巨人へと視線を向ける。

 一度見たことのある顔だ。

 

「……巨人族の中将、サウロか」

 

 ドラム島沖でフェイユンと戦った巨人族の中将だ。もう何年も前だが……一度会った以上顔は忘れていない。

 すわ敵かと敵意をにじませると、ロビンとオルビアが彼の名を呼んだ。

 

「サウロ!?」

「サウロ! どうしてここに!?」

「オルビア! ロビンも無事だったか……それに、そっちは」

「何の用だ、海軍中将。一人先行して様子でも見に来たか?」

「いや……ワシは海軍は辞めたでよ。一度不信感を抱いちまったら、軍にはいられなかった」

「大丈夫よ、彼は一度捕まった私を助けてくれたから」

「……そうか」

 

 オルビアの言葉もあり、敵意を収めるカナタ。

 それよりも、サウロは別のことを気にしていた。

 

「海軍の軍艦がすぐ近くまで来てるでよ! 早く逃げねェと!!」

「島民全員を逃がす時間はない。一か所に集めて防衛するか、軍艦全てを沈めた方が良い」

 

 カナタの無茶苦茶な意見にギョッとするサウロ。正気かと言いたげな顔をしているが、カナタは自身の発言を撤回することはない。

 守りたいなら戦う以外に方法はないのだ。

 

「ゴールデン電伝虫は破壊したが、砲撃は遠からず始まるだろう。だが、学者たちは逃げるよりも本の方が大事と来た」

 

 これは流石にカナタもどうしたものかと頭を悩ませる。

 命あっての物種だが……学者たちにとって、本や文献は何物にも代えがたいのだろう。カナタにとってはオルビアがそうだったように。

 なら、この島を防衛する以外に方法は無い。

 

「駄目よ。貴女は七武海になったんでしょう? 私たちのせいで貴女の立場を悪くするのは……」

「不要な地位だと言っただろう。固執しているなら最初からここに来ていない」

「それでもよ……出来るなら、この子だけでも逃がしたいところだけど」

 

 オルビアたちは明確に法を犯した。それは自覚もあるし、政府に狙われた以上はこの結末も仕方が無いと受け入れられる。

 だが、ロビンは別だ。

 まだ幼い子供を道連れにすることなど出来るはずもない。

 

「何も知らないこの子を道連れに死ぬのは、流石に忍びないもの」

「何も知らない訳じゃ無いよ! 私だって、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読める!! 考古学の試験だって合格したんだから!」

「なんじゃと!? ロビン、それは本当か!?」

 

 今まで世話を焼いて来たクローバー博士も、流石にこれには驚いたらしい。

 幼くして考古学の試験に合格するほどの頭の良さは知っていたが、これほどとは思わなかった。オルビアもまた同様に驚き、笑ってロビンの頭を撫でた。

 

「そう……とても勉強したのね。誰にでも出来る事じゃない。凄いわロビン!」

 

 これまで親族に疎まれ、仲良くなった学者たちにも受け入れられなかったロビンを手放しで褒めて……ロビンは、堰を切ったように泣き始めた。

 なだめる様にオルビアはロビンの背中をさすり、落ち着かせていると──海から砲弾が飛んできて〝全知の樹〟へと直撃した。

 爆発を起こして炎上する〝全知の樹〟を前に、カナタは急がなければと視線をクローバー博士へ向ける。

 

「防衛する。少しばかり時間を稼げば、援軍が──」

「いや……もう、いい」

「……何?」

「わしらは世界政府と戦った。奴らは、どこまでもわしらを追い詰めるだろう……お前にそこまで重しを背負わせるわけにはいかん」

「何を言う! 私は、こういう時のために戦力を整えてきた!! 誰が相手であろうとも、失わないためだ!」

「だったら! だったら……オルビアとロビンだけ助けてやってくれ」

 

 銃弾を受けて血を流すクローバー博士は、深々と頭を下げた。

 全員で助かる道など元より考えていない。自分たちの命よりも、貴重な文献を守らねばならないと考える程に。

 そこにカナタの手助けを得たところで、世界政府と海軍本部の戦力を相手にどこまで戦えるのかわからなかった。

 だから、せめて。

 ロビンとオルビアの親子だけでも、と……クローバー博士は願ったのだ。

 

「そんな! 私も残るわ! この島を巻き込んだのは、元はと言えば捕まった私のせい──」

「黙っていろオルビア!! ……後生だ、カナタ」

「…………本当に、良いんだな」

「ああ。〝歴史〟とは受け継がれるもの……ここですべてが潰えてしまうのではなく、後を託せる者がいるのなら本望だ!」

 

 正直なところ、カナタは海軍との全面戦争も辞さない構えだった。

 だが、ここまで言われてしまっては言い返しようもない。今の戦力では分の悪い戦いであることも違いない以上、クローバー博士の選択もあながち間違いではない。

 オルビアはまだ言いたいことがあるようだったが、カナタは問答無用でオルビアを背に抱き上げ、前にロビンを抱える。

 

「サウロ! お前はどうする!?」

「わしもこの島を出るでよ! だが、その二人を逃がすなら手伝おう!」

「手助けが必要なほどではないが……いや、手を借りる。東の海岸へ向かうぞ」

 

 西の海岸にはオハラに住む学者ではない人々が乗る避難船がある。当然、軍艦が近くに居るだろうからそちらは使えない。

 最後にクローバー博士の方を向き、別れの言葉を告げた。

 砲弾は既に雨のように降り注ぎ始めている。時間が無いため、簡素に。

 

「さようなら、クローバー博士。貴方のことは尊敬していた……後日、貴方達が残した文献は全て回収することを約束しよう」

「……ああ、それはありがたい。さらばだ」

「カナタ! 駄目よ、私は降ろして!」

「博士が!」

「黙っていろ二人とも! 舌を噛むぞ!」

 

 カナタは二人抱えているとは到底思えないほどの速度で走り出し、サウロもまたそれに追従する。

 道中の森も凄まじい速度で走り抜け、東の海岸へと向かう。サウロはやはり目立つのか、それとも裏切った元中将を撃てと命令が出ているのか……サウロを狙う様に大砲が飛んできていた。

 カナタは飛んで来た砲弾を的確に避けているが、サウロはそうもいかずに何発か直撃している。

 

「この砲撃、わしを狙っとるでよ! お前たちは先に行け!」

「でも、サウロ!」

「大丈夫だ! こんなもんでわしを殺せると思ったら大間違いでよ!」

 

 カナタ達が逃げるための時間を稼ぐつもりなのか、海岸近くにいた船へと近寄るサウロ。

 

「覚悟せェ……! わしを敵に回したら、ただじゃすまんでよ!!」

 

 巨人族さえ乗せられるほどのガレオン船を一息に持ち上げ、そのまま海に叩きつけて破壊する。

 流石は中将まで上り詰めたほどの実力者と言うべきか、その膂力はすさまじい。

 今のうちに東の海岸へ、と思った瞬間──横合いから斬撃が振るわれた。

 カナタはすぐさまそれを回避しようとして、背に乗せたオルビアが回避しきれないことを察して斬撃を脚で受け止めた。

 

「チッ」

「む」

 

 剛腕で振るわれた斬撃は普通なら受け止めた足ごと真っ二つにするが……カナタの足を切ることが出来ず、バリバリと覇気が衝突して木々が薙ぎ倒される。

 続く二撃目は距離を取って回避し、森の中から海岸線の砂地へと場所を変える。

 見覚えのある顔だ。何度も戦ったことのあるその顔を見て、思わずカナタも辟易した。

 

「その仮面……まさか〝残響〟とは。随分な大物が出てきたな」

 

 海軍中将の中でも取り分け高い実力を示す銀髪の美丈夫──ベルクだ。

 

 

 

 




ノルマ達成(幼女抱えて森を疾走。実績解除)

ちなみに気絶した政府の役人たちはばっちりバスターコールに巻き込まれております。


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第九十八話:未来へ贈る花束を 後編

 降り注ぐ砲弾の雨により、既に島は炎上していた。

 炎に包まれつつある島の一角──海岸沿いの砂浜で、二人は対峙する。

 島を燃やす炎に照らされるその男の姿を見て、カナタは思わず舌打ちをしたくなった。

 

「ベルクか……また厄介な奴が出てきたな」

「貴殿と相対するのは初めてだが、当方の名を知っていたとは驚きだ」

 

 趣味の悪い金色の髑髏の仮面を被ったカナタは、傍から見れば〝残響〟のオクタヴィアに見える。

 例に漏れず、ベルクも仮面を見てオクタヴィアだと認識していた。

 カナタは背にオルビア、前にロビンを抱えており、現状ベルクと戦うにはかなり不利と言わざるを得ない状況にある。かと言って逃げられるほど容易い相手でもないので、思わずため息の一つもこぼしたくなっていた。

 一方のベルクも、元海兵に暴れられて〝バスターコール〟を食い止められてはかなわないとサウロを止めに来てカナタと接触したため、次の動きをどうすべきか悩んでいた。

 練度も能力も、ガープから聞いた通りなら一人で相手をするには荷が重い。懸賞金35億オーバーは伊達では無いのだ。

 

「その二人をどうするつもりだ?」

「考古学者だ。お前たちは殺すつもりだろうが、私はこの二人を生かす」

「では当方の敵だな」

 

 ベルクとて女子供を殺すために海軍に入ったわけでは無い。

 それでも、〝古代兵器〟の復活を阻止するためには己の矜持を飲み込んで行動せねばならないと考えていた。

 〝古代兵器〟が復活すれば悲劇が起きるのは想像に難くない。過ぎた力は万人を暴走させるものだ。手に渡るのが海賊であれ世界政府であれ、誰かの手に渡った時点でろくなことにならない結末は見えている。

 それならば、最初から復活の目を潰してしまえばいい。

 

「生きていることが悪とは言わない。しかし、古代兵器の復活により多くの犠牲が出る可能性を考えれば……その首を落とすまでだ」

「世界政府の言う事を鵜吞みにして、誰であろうとも首を落とすか。それで正義を語るとは笑わせる」

「少なくとも、貴殿に渡していいものではないとわかっているつもりだ」

 

 カナタはベルクの話に応じつつ、じりじりと位置取りを調整し、ベルクもまたそれに合わせて剣を構える。

 オルビアとロビンへ「しっかり掴まっていろ」と告げ、一息に距離を詰めた。

 覇気を纏った脚が暴風を伴って振るわれ、ベルクの剣と衝突する。

 およそ人体がぶつかったとは思えない音が辺りに響き渡り、衝撃波で木々が大きく揺れた。

 

「その二人を守りながら当方と戦うつもりか」

「お前一人くらいなら何とでもなる」

「舐められたものだ」

 

 ベルクは剣に覇気を上乗せし、オルビアとロビンごとカナタの体を切り裂くべく剣を構えた。

 ベルクを甘く見る言葉とは裏腹に、カナタは見聞色を最大限使用して一挙手一投足の全てを捉える。ベルクからすれば三人とも斬るべき相手だが、カナタからすれば二人を守りつつ戦わねばならない。

 背に乗っているオルビアと抱えられているロビンは高速で激突する二人の動きも何もわからないが、自分が足手纏いになっている自覚だけはあった。

 何か言葉を発しようにも、これだけ激しく動いていてはまともに話すこともままならない。

 数度の激突を経て、無差別に打ち込まれる砲弾を避けて互いに距離を取る。

 

「チッ、面倒な」

「両手も使えず、能力も使わないまま当方を倒せるとは思わないことだ」

 

 更に言うなら、大きく避けるか受け止めるかの二つしか選択肢が無いので反撃も出来ていない。

 〝自然系(ロギア)〟なら実体を切り裂かれなければダメージにならないので無茶な動きも出来るが、今回はそうもいかないので苦戦気味だった。

 だが、それを加味しても妙だとベルクは感じていた。

 

「当方が伝え聞いていた情報とは随分と食い違う。〝古代兵器〟が狙いだとしても、二人も助ける必要は無いだろう」

「……何が言いたい」

()殿()()()()()()()()()()

 

 鋭い眼光がカナタを刺す。

 オクタヴィアの情報はガープやセンゴクからいくらか伝え聞いている。ガープは過去のことを語りたがらないが、強敵を相手に情報を持っていることの有無は時に戦況を左右することは理解していた。

 その情報と、目の前の女の情報が()()()()()()

 

「懸賞金35億超えの賞金首。〝自然(ロギア)系〟ゴロゴロの実の雷人間──元ロックス海賊団である貴殿の悪事は数えきれないほどあるが、伝え聞いた情報を統合しても他者をそうまでして守る類の人間とは思えない」

 

 曰く、彼女が暴れた国は廃墟となり雷鳴だけが残り響いた。

 曰く、彼女が王族を篭絡して国庫の大半を誰も気付かないまま横領した。

 曰く、彼女が──。

 ベルクが伝え聞いた情報はまだあるが、彼女の人を人と思わぬ所業は数多い。〝古代兵器〟復活に必要なのは〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読める考古学者一人である以上、それ以上の余分な荷物を背負うタイプには思えなかった。

 本当にオクタヴィアなら、必要なのは背に負った考古学者一人でいいし、片手が使えるだけでベルク相手にも有利に立ち回れるはずだ。

 何よりも、能力を使わないことが一番の疑問である。

 

「両手が使えずとも能力は使えるだろう。雷の性質からその二人に感電する可能性もあるが、貴殿ほどの実力者がそんな下手を打つとも思えない──貴殿、何者だ?」

「…………」

 

 相変わらず勘が良い。

 本来ならオルビアとロビンを下ろしてベルクに集中したいところだが──砲弾が降り注ぐ現状では、下手に離れると砲撃に巻き込まれかねない。

 オクタヴィアの犯行に思わせたい以上は能力も使えず、状況は悪化していくばかりだ。

 ──そう考えていた時、西の海岸から島を離れていた避難船が爆発、炎上した。

 

「そんな、避難船が!?」

「……海軍の軍艦から砲撃されたか」

 

 ベルクが目を丸くし、砲撃した船……海軍中将サカズキの乗る船を見る。

 

「サカズキ……奴め、また勝手なことを」

 

 苦虫を嚙み潰したような顔をして、ベルクは口を噤む。

 考古学者ではない一般人全員を殺害する暴挙に思うところが無いわけでは無いが、それは後ほど問い詰めればいい。

 今は、目の前の相手に集中する。

 一方で、同じくベルクを視界から外さないようにしているカナタに、ロビンがサウロの危機を教えていた。

 

「サウロの方に赤い……溶岩みたいなものが!」

「溶岩……サカズキか。あの男、好き放題やってくれる」

 

 同じ中将でもベルクやサカズキの強さは一線を画す。サウロも弱いわけでは無いが、中将の中でも取り分け上位に位置するこの二人には勝てないだろう。

 役割を代わるべきだな、と判断した。

 即座にベルクに背を向け、サウロの方へと疾走する。その判断に気付いたベルクが斬撃を何度も飛ばしてくるが、ある程度の距離を取れていれば見聞色で回避は可能だ。

 飛来する巨大な溶岩の拳を前にして、どうにか回避しようとするサウロへオルビアとロビンをパスする。

 

「サウロ、二人を任せた!」

「うおっ!? も、戻ってきたのか!?」

「彼女でも手こずる海兵がいたの! 彼もこっちに向かってきてて……」

 

 オルビアがサウロに説明している間に、カナタは飛来する溶岩の拳を空中で蹴って弾いた。

 普通に触れば大火傷をする溶岩も、覇気を鎧のように纏えば触ることなく弾ける。

 そしてそのままサウロが沈めた船の上に着地し、倒れた海兵の一人から剣を一本拝借する。剣はいつも使う得物では無いが、使えないわけでは無い。

 

「──ベルク! お前も来たのか!」

「サウロ中将。貴殿はそちら側に付くのだな」

「当たり前だで! お前はさっきのあれを見ても、まだ胸を張れるのかァ!!」

「耳の痛い話だ」

 

 避難船を吹き飛ばしたサカズキの行為に憤りを示すサウロに、ベルクは反論出来なかった。

 あそこまで極端なことをやるつもりは無いにせよ、同僚がやった以上はどんな言葉も軽くなる。

 

「だが、当方も海兵である以上は立場がある。貴殿を逃がすわけにはいかない」

「くっ……逃げるど、ロビン、オルビア! あいつの強さは異常だで!!」

「逃がさんと言ったばかりだろう──()()()()

 

 ベルクは両手で剣を握り、上段に構えて狙いを澄ます。

 尋常ではない覇気が集中し、サウロの背筋にぞわりと怖気が走った。戦いの経験などほとんどないオルビアにすら、生存本能が危険だと訴えかけるほどの脅威がそこにはあった。

 

「貴殿の矜持は理解した。その上で、当方の最高を以て貴殿を斬る」

「あれはまずい……! オルビア、ロビンを連れて逃げるんだで!!」

「駄目よ! あんなのを受けたら、いくらあなたでも──」

「──〝竜切り(レギンレイヴ)〟」

 

 振り下ろされた剣から覇気が放出され、島を二つに切り裂きながら真っ直ぐサウロへと向かう。

 ここまでかとサウロは覚悟を決めて受け止めようとして──その直前でカナタが斬撃の直線上に割り込んだ。

 カナタはベルクの斬撃を剣一本で受け止め、海へと弾き捨てる。

 

「……当方の斬撃をこうも容易く弾くか。やはり生半可な実力では無いな、貴殿」

「体勢も崩さず、隙も突かず、力任せに放っただけの斬撃に倒されるほどやわになった覚えはない」

 

 カナタが手に持つ得物はただの数打ち物でしかないが、覇気を纏わせればその強度を大きく引き上げられる。それこそ恐竜が踏んでも一ミリも曲がらないほどに。

 流石に万全の状態になった彼女を相手に一人は厳しいかと考えていると、ベルクの隣に一人の海兵が降り立った。

 ベルクよりも随分背が高い、海軍帽とフードをかぶった男──海軍中将サカズキだ。

 

「ベルクさん、アンタほどの人が手こずるとは……相手は誰だ?」

「〝残響〟のオクタヴィアと思われる相手だ。ガープ中将でも手こずる相手である。油断はするな」

「ほォ……」

 

 ボコボコと体から噴出するマグマが海水に触れて水蒸気を発生させている。

 その中でサカズキはカナタを睨みつけ、その後ろにいるサウロにも視線を向けた。

 

「〝悪〟は根絶やしにせにゃァならん。サウロ中将、おんしもわかっとるじゃろうなァ……」

「そんな正義、わかりたくもないでよ……! お前らのやっていることは、ただの虐殺だで!!」

「今回の一件、やるからには徹底的にやらにゃァ、これまでの犠牲の全てが無駄になる! それを許すこともまた〝悪〟だ!!」

 

 サカズキの怒りに反応するように、体から湧き出るマグマの量が更に増えていく。

 カナタは触れるだけで大火傷をしかねないマグマを見てしかめっ面になり、目の前の二人から視線を外すことなくサウロへ声をかけた。

 

「サウロ。オルビアとロビンを連れて東の方へ泳いで逃げろ」

「だが、後ろから攻撃されたら避けきれんでよ!」

「私が殿(しんがり)を務める。あの二人と……他に来ている中将三人も私が食い止めておく」

 

 〝バスターコール〟は中将五人と軍艦十隻による殲滅行動だ。

 軍艦は既に六隻沈められており、中将二人がここにいる。変装をしている都合上能力は使えないが、時間稼ぎに徹するだけなら中将五人が相手であっても不可能では無い。

 サウロは本当に大丈夫なのかと心配になるが、今しがたベルクの一撃を容易く受け止めたことからも実力は信頼できると判断。

 オルビアとロビンを抱えて頭の上に乗せ、海へと入った。

 

「わしが逃がすと思うか!」

「余所見をするだけの余裕があるとは、私も甘く見られたものだな」

 

 海へと逃走を始めたサウロを追い、マグマの拳を飛ばそうとしたサカズキの横腹へカナタの蹴りが直撃する。

 メキメキと嫌な音を立ててサカズキが吹き飛び、海岸線の崖へとぶつかって島の内陸側へと押しやられた。

 

「油断するなと言ったばかりだというのに……」

「目的を達成しようとする執念は買うが、実力が追い付いていないな」

 

 振り下ろされたベルクの剣を受け止め、カナタは慣れない剣でベルクの攻撃を捌く。

 だがそれも数合打ち合う頃には動きが修正されていき、ベルクから見ても剣の腕はかなりのものになっていた。

 

「不慣れな武器を短時間でここまで使いこなすとは……!」

「実戦に勝る経験はない。槍があればもう少しうまくやれるが──」

 

 ベルクの斬撃を紙一重で避け、一瞬の隙をついて軍艦へと斬撃を飛ばす。

 その斬撃は軍艦の側面を削るように切り裂き、サウロへと向いていた砲台を軒並み使用不可能へと追い込んでいた。

 あと三隻と考えていると、地面がボコボコと高熱を発して融解し始め、カナタとベルクは咄嗟に距離を取って地面から噴出したマグマを回避した。

 マグマの熱であらゆるものがドロドロに融解しており、常人ならその熱だけで倒れかねない。

 

「おんどれェ……邪魔をするな、〝残響〟!!」

「喧しい奴だ。黙らせたければ実力でやってみせろ」

「貴殿こそ、能力も使わず当方たちを相手取るなど甘く見過ぎだ」

 

 赤熱するマグマが波のように押し寄せ、カナタは空中でベルクと衝突する。

 砲弾の雨は降り止まず、災害規模の攻撃が何度も繰り返されて島が崩壊していき──。

 

 

        ☆

 

 

「ハァ……ハァ……随分遠くまで泳いだが、方向はあってるか?」

「ええ……オハラから東へ真っ直ぐ。あの子が言った通りに」

 

 サウロは頭の上に乗せたオルビアとロビンを気遣いつつ、かなりの距離を泳いで移動していた。

 船を沈めるときに何度も砲撃を受けたこともあり、体力も気力も尽きつつあるが……この状況では休息することも出来ない。

 何とか近くの島まで移動しなければと、気力だけで踏ん張っている状態だった。

 

「ロビンは眠ったわ。この子にはショックなことが多かったから、少し休ませてあげないと」

「ワシもそろそろ脚と腕が攣りそうだで……」

「ごめんなさい、サウロ。何とか頑張って」

 

 海軍の追手は今のところ見えない。

 オハラから脱出するときはかなり危険な状態だったが、海軍中将五人をカナタ一人で抑え、更には砲撃まで迎撃していたのでサウロたちは安全に抜けられた。

 砲撃が来なくとも船が追ってくると思っていたが、今はそれもない。

 サウロの気力が尽きる前に何とか島影が見え始め、その近くに巨大なガレオン船があることも確認出来た。

 

「ありゃあ……!」

 

 掲げられた髑髏のマークには見覚えがある。

 オルビアと親しげに話していたし、あの時は追及するべきではないと思っていたから言わなかったが……やはり、あの趣味の悪い仮面を被っていたのは〝魔女〟だったのだろうとサウロは思う。

 オルビアとどういう関係だったのかは知らないが、少なくとも敵では無いのだろう。

 敵でないのなら大丈夫だ。ひとまずは助かった──と、安心したところで、サウロが足を攣った。

 

「いっで! いでででで!! や、やばいでよ……脚が攣っちまった!!」

「ここで!? サウロ、何とか踏ん張っ──きゃあ!?」

 

 安心したことで蓄積した疲労が一気に来たのだろう。片足が攣って溺れかけていると、遠目に見える船から誰かが飛び出してきた。

 船よりはるかに大きいその姿に目がおかしくなったのかと思っていると、近くに着水したその()()がサウロを救い上げた。

 紫色の髪に白いリボンをした巨人族の女──〝巨影〟のフェイユンである。

 巨人族であるサウロをより巨大な掌に乗せ、かろうじて海の上に出ている首が動いてサウロに焦点を合わせた。

 

「きょ、〝巨影〟……!!」

「……あなた、ドラム島で見たことあります。敵ですか?」

 

 能力者は例外なく海に浸かれば弱体化するが、一度巨大化したフェイユンの大きさが変わるわけでは無い。水深は深いが、ギリギリ足も届くので溺れかけたサウロを助けに来たのだ。

 正確には、その頭の上にいたオルビアをだが。

 

「待て待て、ちょっと話してくるからよ」

 

 ジョルジュがひょっこりとフェイユンの頭の上から顔を出し、視線をオルビアの方へと向ける。

 ポンポンと空中を蹴って移動し、オルビアの目の前まで来ると辺りを見回す。

 オルビアとジョルジュは互いに顔を知っているため、詳しい事情を聞きに来たらしい。

 

「久しぶりだな、オルビア。カナタはどこだ?」

「カナタは……私たちを逃がすために〝バスターコール〟を食い止めてて……」

「そうか。おれ達の方に連絡が来ねェってことは大丈夫だろ。そっちの子供と、こっちの巨人は?」

「この子は私の娘よ。こっちの巨人はサウロ。軍に捕まった私を助けてくれたの」

 

 なるほど、と一つ頷くジョルジュ。

 ひとまず船に移動しようとフェイユンに指示を出し、フェイユンは掌にサウロたちを乗せたまま船の方へと歩き出した。

 

「……誰かの掌に抱えられるのは初めての経験だで」

 

 巨人族であるサウロを抱えられる者など普通はいない。巨大化出来る能力者のフェイユンくらいのものだ。

 疲れ切った様子で大の字に倒れるサウロを尻目に、ジョルジュはどう動くべきかと頭を悩ませる。

 このままカナタが戻るのを待ってもいいが、方向がバレているなら海軍も遠からず動くだろう。電伝虫で連絡を入れるにしても盗聴をされては面倒だ。

 ひとまず船まで戻り、サウロとオルビアの怪我の治療を行うことにした。ロビンは医務室のベッドに寝かせてある。

 

「何が起きたか、簡単に説明してくれるか」

 

 ジョルジュはオルビアに説明を頼み、スコッチやクロなど幹部のいる中で状況を整理し始めた。

 オルビアが軍に捕まったことから始まり、オハラの考古学者たちを集めて島ごと〝バスターコール〟で滅ぼそうとしていたことやカナタに連れられてオルビアとロビンだけが助けられたこと、カナタが残って脱出のための殿を務めてくれたことなどを簡単に話す。

 

「……他の中将ならともかく、ベルクにサカズキか」

「ガープやおつるがいないだけマシだったと言うべきかもしれねェが、運が悪ィな」

 

 中将の中でも指折りの実力者が二人。能力が使えないままこの二人を相手取るのはかなり厳しい。

 海軍の追跡は無いようだが、方角がバレている以上は既に動いているとみていいはずだ。

 

「移動するか。海軍に目ェ付けられたら面倒だしな」

「カナタは……まァどっかで拾えればいいだろ。あいつが〝バスターコール〟くらいで死ぬとは思えねェし」

 

 カナタの扱いが雑だったが、スコッチとジョルジュは基本的にカナタからの扱いも雑なのでお互いこんなものだった。

 特にカナタは船が無くても海を渡れるので放っておいても移動手段には困らない。

 船員たちに指示を出して船を動かし始めていると、にわかに甲板が騒がしくなった。

 何事だと思っていると、服がボロボロになったカナタが少しばかり疲れた様子で姿を現した。

 

「戻ったぞ、オルビアたちは無事に辿り着いたか?」

「おう、早かったな。海軍と一戦やったって話を聞いたところだったが」

「ああ。途中まではバレないように空中を移動してきた。軍艦も舵を壊してきたから時間稼ぎは出来ただろう」

 

 中将五人を相手にかなりの大立ち回りをやったらしく、カナタにしては珍しい疲労具合だった。

 とは言え、多少の切り傷や擦り傷はあっても大きな傷は無い。その辺りは流石と言うべきか。

 

「船を出せ。出来るだけ人の目を避けて〝凪の帯(カームベルト)〟を渡る」

「良し来た、任せとけ!」

 

 趣味の悪い金色の髑髏の仮面を投げ捨て、ひとまずオルビアとロビンが無事だったことに安堵する。

 クローバー博士たちのことは残念だったが……彼らが選んだ道だ。後日、言ったとおりに文献の類を回収しに向かう必要があるだろう。

 オルビアと話したいことは山のように積もっているが、今は束の間の休息を取りたかった。

 死んでいった学者たちのためにも。

 

 

        ☆

 

 

 余談だが、オクタヴィアの懸賞金は後日上乗せされ、38億を超えていた。

 

 




オクタヴィア「また身に覚えのないことで懸賞金が上がってるのだが」


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第九十九話:とある考古学者の一日

 ──まどろみから、目を覚ます。

 朝というには些か遅い時間帯。太陽の位置から考えて昼前だ。

 本を読んでいてうたた寝をしていたらしい。朝食を食べたのも早い時間だったので、随分お腹も減っている。

 与えられたばかりでまだ物がほとんどない部屋から出て鍵を閉め、ロビンは食堂へと向かう。

 ここに来てから数日ばかりだが、図書館と食堂の位置だけは少なくとも覚えていた。それ以外は広いこととあまり出歩かないことも重なってよくわからない。

 後々探検しようと思って、まだそのままだった。

 

「おや、こんにちは。どこへ行くんですか?」

「食堂。一緒に行く?」

「そうですね。そろそろ昼食の時間ですし、私もご相伴(しょうばん)(あずか)るとしましょう」

 

 道中、医務室から出てきたカイエとばったり出会ったので一緒に食堂へ行くことにした。

 訓練で怪我をしたらしく、頬と腕に治療の跡が見て取れる。

 紫色の髪をうなじでひとまとめにした彼女は、ロビンから見て頼れるお姉さんと言った風で……ロビンに兄弟姉妹はいないが、勝手に姉のように思っていた。

 オルビアの弟の家に居候していた時は、誰もがロビンのことを遠ざけた。

 でも、ここではそれが無い。

 それだけで……とても、居心地が良かった。

 

「全く、スクラにも困ったものです。妙な薬ばかり飲ませようとしてきて……」

「妙な薬?」

「悪魔の実の能力者にだけ効果がある薬です。〝動物系(ゾオン)〟なら変形の波長がずれて、〝超人系(パラミシア)〟なら能力が扱いにくくなるだけのね」

「? なんでそんなもの作ってるの?」

「さあ。彼の目的は能力者から悪魔を引き抜くこと──と聞いていますが、実際のところは本人しかわかりません」

 

 黄昏の海賊団では能力者など珍しくもない。ロビンの能力も、便利そうだと笑う者はいても恐れる者は誰一人いなかった。

 サウロもそうだったが、その反応自体がロビンにとっては物珍しい。

 聞けばカイエも能力者だと言うが、能力自体は見せてもらっていなかった。カイエ自身もあまり好きな能力ではないらしい。

 雑談をしながら食堂に着くと、既に多くの人でごった返していた。

 

「流石に人が多いですね」

 

 いつもの事ではあるが、今日は商船として出払っていた面々が戻ってきているようで一際多い。

 少し時間をずらそうかと考えていると、視界の端にこちらへ手を振っている人物がいることに気付く。

 

「よォ、カイエの姉御! そっちは新入りか?」

「ええ。ここは空いてるのですか?」

「おう! 何かわからねェが、おれの周りには近付いて来ねェんだよ!! ゼハハハハ!!」

 

 人が多い中でもすぐにわかる巨体を誇る人物。パイを片手に手招きをしていたのはティーチだった。周りには席が空いているようなのでロビンを連れてそちらへ近付き、二人分の席を確保しておくように頼む。

 パイを食べながら大口を開けて声を張り上げるものだから食べかすが飛び散っている。周りに人が近付かないのも当然と言えば当然だった。

 その辺りは後で言い聞かせるとして、カイエはロビンを連れて料理を注文しに行くことにした。

 セルフ方式なので取りに行って食べ終わったら返さなければならない。ルールを守らなければ即締め上げられるのである意味一番規律が取れている場所と言える。

 全部無料だが規律が悪化すれば有料化すると聞かされているので皆結構必死だった。

 

「ロビンはどれにしますか?」

「うーん……こっちの定食!」

「では、私は別のものにしましょう」

 

 この時間帯の厨房は戦場だ。厨房内ではひっきりなしに声が飛び交い、あれを作れだのこっちが先だので言い争いながら食事を作っている。

 古株の手長族の男がカイエに気付き、ひょっこり顔を出してきた。

 

「おう、カイエ! 今日は新顔連れて飯か!」

「ええ。この子はまだ幼いですし、不慣れですからね」

「それがいい。ここの連中と来たらガラの悪い奴ばっかりだからな!」

 

 海賊なので当たり前だが、強面どころではない連中ばかりだ。カイエは幼いころから〝黄昏〟所属なので慣れ切っているが、いきなりここに連れて来られた子供は基本的に泣く。

 ロビンは最初に連れてきたときから平気そうだったので大丈夫のようだが。

 雑談していると、厨房の中から怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「サボってんじゃねェぞコラァ!!」

「うるっせェな!! こっちも仕事だ!!」

「……忙しいのでは?」

「まァいつも通りだ。それより、うちのボスは今日どうするか聞いてねェか?」

「カナタさんですか?」

 

 いつも通りなら自室に食事を運ぶのだが、今日は席を外しているようで連絡を入れても返答がない。

 〝ハチノス〟から外出したという話は聞いていないので一応準備はしてあるが、どこに運べばいいのかかわからないらしい。

 

「あの人、食堂に顔を出すと色々面倒だからって一人で飯食ってんだよな……」

 

 敵が多いので毒殺対策も兼ねてコックが運んで毒見も行うが、基本的に一人で食事を取る。

 幹部の内誰かがいれば時折一緒に食事をしているようだが、宴の時を除けば一人で食事を取っている事の方が多い。移動の手間が惜しいくらい書類が山積みになっていることもよくあるので仕方ないのだが。

 最近はイゾウが使い物になるようになってだいぶ楽になったと聞く。

 

「私は今日は見てませんね」

「そうか。もし見かけたら一報入れてくれるよう伝えてくれ。あの人、結構几帳面だから連絡を忘れるなんてのは珍しいんだがな」

「どこにいるかは私も知りませんが……わかりました。もし会ったら伝えておきます」

「頼んだぜ」

 

 それだけ言い残し、手長族の男は厨房の中へと戻り……程なくして戻ってきた。

 

「おう、お待ち! 定食だ!」

 

 ロビンとカイエの注文した料理をそれぞれ片手で運び、目の前に差し出す。

 二人はそれを受け取ってティーチのところへ戻り、テーブルを手早く拭いてから席に着く。ティーチの対面側だ。

 食べてる途中で口を開くなと釘を刺すことも忘れない。

 

「そういえば、カナタさんがどこに行ったか知ってますか?」

「あァ? 姉貴は今日は島にいるんじゃねェか? どっかに出かけたって話は聞かねェが」

「……そうですか」

 

 ティーチは意外と色んなところから情報を拾ってくるので、彼が知らないなら大体の人は知らないだろう。

 どちらかと言うとティーチはロビンの方に興味があるようで、数日前の新聞を見せてきた。

 

「新入り。これ、お前か?」

 

 燃え盛るオハラから逃げ出した三人。オルビア、ロビン、サウロはそれぞれ賞金首になっていた。

 オルビアは元から7900万の懸賞金がかけられていたが、ロビンも同じ金額が懸けられており、サウロは9000万もの額が懸けられていた。

 かなり高額だが、うち二人は〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読める考古学者。サウロも元海軍中将で実力は高い。妥当と言えば妥当な金額なのだろう。

 ロビンはティーチの言葉に頷き、肯定した。

 

「ゼハハ、やっぱりか。お前とお前の母ちゃんも考古学者なんだろ?」

「うん」

「おれも考古学にはちっとばかし興味があってな、図書館にもその辺りの文献がいくつかある。あとで案内してやるぜ」

「本当!?」

 

 最初は母の面影を追うことを目的として始めた勉強だったが、今のロビンには考古学者としての精神が強く根付いている。考古学の文献があるとなれば興味を惹かれるのも当然と言えた。

 カイエは二人の意外な相性の良さに目を丸くしていたが、ティーチは見た目の割に頭が良い。こういうこともあるだろうと思い。

 話が弾んでいたところで、食堂がにわかにざわつき始めたことに気付いた。

 

「……何かあったんでしょうか?」

「さァな。それよりおれはこっちの方が──」

「ここにいたのか」

 

 ティーチの後ろに現れたのは、カナタだった。

 傍にはオルビアがおり、滅多に食堂に姿を現さないカナタの登場にざわついていたらしい。

 

「ロビン、探したのよ」

 

 昼食の時間になったので呼びに行ったが、部屋にいなかったので探し回っていたと言う。

 ロビンはバツが悪そうに目を逸らして「……ごめんなさい」と謝る。

 オルビアは怒っている様子は無く、ロビンの隣に座った。

 

「良いのよ、きちんと言っておかなかった私も悪いから。次からは一緒に食事をしましょう……もう、一緒にいても大丈夫だから」

「うん……うん!」

 

 カナタはティーチの隣に腰を下ろし、カイエの方に視線を動かした。

 

「カイエがあの子をここまで連れてきたのか?」

「ええ。一人で食堂に行くと言っていたので。一人にしておくのもどうかと思いまして」

「そうか。世話をかけたな」

 

 色んなところから孤児を拾ってくることもあるので子供自体は珍しくもないが、ハチノス中央にあるドクロ岩内部に子供がいることは珍しい。

 多くの海賊が出入りすることもあるし、何より危ないので出入りはほとんど無いのだ。

 カナタもついでにここで食事をするらしく、手長族のコックがバタバタと忙しそうに動いているのが遠目に見える。

 

「そういや姉貴、オクタヴィアの懸賞金が上がってるが……姉貴が変装してたのか?」

「ああ……それに関してはさっきセンゴクから連絡があってな。『二度目は無いぞ』と釘を刺された」

 

 ベルクがいたのが運の尽きだ。あの男とはそれなりに長い付き合いでもあるし、能力を使わなかった時点で怪しまれてはいたのだろう。

 オクタヴィアが能力を使わない理由もないのだし、最初から無理のあるなりすましだった。

 ガープやつるがいるわけでもない中将五人くらいなら能力無しでも相手をするのは簡単だったのだが。

 

「それでもオクタヴィアの懸賞金が上がっている辺り、海軍は公表する気は無いらしい。政府が知れば怒鳴り込んでくるはずだが、それもないとなると……政府にも話していないのだろうな」

 

 知らぬは政府ばかりという訳だ。海軍としても七武海の中核をなすカナタに今抜けられては困るという判断でもあるのだろう。

 そこらの木端海賊程度ならまだしも、リンリンやカイドウを抑えられる海賊となるとカナタしかいない。

 

「……そのオクタヴィアって人、前も思ったけど誰なの?」

 

 詳細を知らないオルビアは、カナタとティーチの会話に首を傾げていた。

 カナタが「私の母親だ」と簡素に答え、今回の一件の罪を押し付けたことも併せて教えておく。

 今更罪状が一つ二つ増えたところで大した意味もないのだが。

 

「カナタの母親……どんな人だったの? っていうか、押し付けちゃって良かったの?」

「私を捨てて海賊をやっていたロクデナシだ。構うまい」

 

 カナタからオクタヴィアへの評価などそんなものだ。

 程なくしてオルビアとカナタの食事も出来上がり、五人で食事をする。ティーチも趣味が考古学なので存外オルビアと気が合い、この後図書館に行くことになった。

 カナタは仕事があると言い、カイエも訓練の続きに戻るという事で三人で図書館へと向かう。

 

 

        ☆

 

 

 ハチノスにある図書館はオハラにある〝全知の樹〟を模して作られている。

 あらゆる海、あらゆる島から集められた多数の文献を所蔵する巨大な図書館だ。

 オハラの文献も近いうちに回収に行きたいが、今はまだ政府が後始末をしようと動いている。政府や海軍の出方次第ではあるが、残された文献の回収は急務だ。

 隙を見て回収するつもりであることをオルビアはカナタから聞いており、それが一刻も早くなされることを願うばかりだった。

 

「オハラの文献か……ゼハハハ、興味あるなァ」

「ティーチ……さんも、考古学をどこかで学んだの?」

「ティーチでいい。さん付けなんざケツが痒くなっちまうぜ。考古学に関して勉強し始めたのはここに来てからだよ、おれァ姉貴に拾って貰った孤児だからな」

 

 選択肢はいくつかあったが、ティーチは〝黄昏〟に入るのが良いと判断した。

 ティーチと似たような境遇の者は多いが、考古学に興味を持った者は片手で数えられるくらいだ。

 文字を読めない者も多いし、必要ないと思っている者もいる。学ばせようとしても覚えられない者も多い。

 雑談をしながら図書館に到着し、ティーチは文献がどのあたりか知っているかと問いかけた。

 

「図書館には来たことあるんだろ? 歴史の文献の場所は知ってるか?」

「ううん。まだ図書館の中はあんまり見て回ってないの」

「私たち、またここに来て日が浅いから……図書館よりも先に身の回りの物を揃えるのを優先してたのよ」

「ゼハハハ、そりゃそうだな。じゃあ付いてこい、こっちだ」

 

 意外に思われることが多いが、ティーチは図書館に結構な頻度で入り浸っているので蔵書の大部分を把握していた。司書を任せている者ほどではないが、大まかな分類は頭に入っている。

 それに沿って文献を見に行くと、途中でいくつか本を持った女形の男性──イゾウと出会った。

 

「おう、イゾウ。なんか資料探してるのか?」

「ああ、ワノ国近くの国の資料をな」

 

 今後ワノ国が開国するにあたって、どの国と取引をしていくべきか見極める為にも、多くの資料を読み込んで独自に考えているらしい。

 普段の仕事の合間にそういうことをやっているらしく、進みは遅いが真面目な奴だとティーチは笑う。

 

「そうだ、お前にも紹介しとこう。こっちの二人は考古学者でな、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟が読める」

 

 イゾウが目を丸くしてオルビアの方を見る。

 あまりその情報を表沙汰にすると政府の耳に入るので幹部に近い面々にしか情報開示されていないはずだが、大丈夫かとオルビアはティーチを見る。

 言った本人は気にもかけていない。

 

「オルビア。こいつはワノ国の出身でな。〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を作った石工の末裔の家臣だ」

 

 今度はオルビアが目を丸くしてイゾウの方を見る。

 今まで謎が増えるばかりだった〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を作った者の末裔に仕えている……となると、気になる情報がいくつも出てきた。

 イゾウとオルビアは握手を交わし、互いに名乗って自己紹介を済ませる。ついでにロビンも握手を交わしていた。

 

「イゾウは元ロジャー海賊団の船員だ。〝空白の100年〟についても色々情報を持ってるとおれは見てるが、口を割らねェ」

「その辺りはおでん様から誰にも話すなと念を押されているのでな。いずれ来る大きな戦いに備えて、おれはおれに出来ることをやるだけだ」

 

 オルビアとはいくつか話したいこともあったようだが、資料の整理に忙しいらしく、また次の機会に話すと約束して立ち去っていった。

 その後ろ姿を見送り、ティーチは最初の目的通り考古学の文献を並べてある棚へと向かう。

 ティーチはオルビアからするとかなりの大柄だが、その背丈よりも大きい書棚が所狭しと並べられている。本を取るために移動式の階段もいくつかあるようで、オルビアはきょろきょろと周りを見回しながら「〝全知の樹〟に似てるわね……」と呟いていた。

 

「そりゃあそうだろ。姉貴は〝全知の樹〟を模して作ったって言ってたからな」

 

 カナタからしてもそれなりに思い入れのある場所だった。図書館として一番使い勝手が良かったこともあり、それを模して作るのは当然ともいえる。

 いつか本を返しに行く、という約束は果たせないままだったが……オハラで学んだことは常にカナタの根底にあった。

 忘れていたわけでは無かったのだ。

 

「……そう、なのね」

 

 危険を顧みずに助けてくれたことも含めて、カナタには頭が上がらない。

 古代兵器を復活させるなどと言い出すなら流石に止めなければならないが、歴史の真実を白日の下に晒すためにはカナタに協力するのがいいだろう。

 自分と娘を助けてくれたことへの、そしてクローバー博士たち学者仲間から託された〝歴史を紡ぐ〟役割を果たすことへの、一番の方法だ。

 ここに所蔵されている文献はまだ多くないが、これから増える。

 〝空白の100年〟に起きた真実を知るために、オルビアは再び気合を入れなおした。

 




危険を顧みず(かすり傷)

次回は劇場版復活のSです


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第百話:復活のシキ

遂に本編だけで百話到達してしまいました。
原作何時になったら始まるんだろう…。

今回一万字を超えてます。時間のあるときにどうぞ


 ──大監獄インペルダウンから初の脱獄。

 今まで一人たりとも脱獄を許したことがないため、大監獄と呼ばれていたインペルダウン。両足を素手で切り落とし、能力で移動することで初の脱獄者となったシキは、当然ながら世間を賑わせた。

 海賊艦隊の提督である彼が逃げたとなれば、再び海は大きく荒れる──その予想に反し、海の状況は変わらなかった。

 理由は二つ。

 一つは、かつて隆盛を誇った海賊艦隊が壊滅していたこと。

 もう一つは、シキ本人が非常に用意周到な男だったこと。

 すぐにどこかに戦争を仕掛けるようなことはなく、海軍も足取りを掴むことが出来ない場所へと潜伏していた。

 それが〝偉大なる航路(グランドライン)〟にある雲に届く秘境──〝メルヴィユ〟である。

 

 

        ☆

 

 

「懐かしいな、お前ら」

「アンタが無事に戻ってくれて嬉しいぜ、提督殿」

「屈辱の数年間だったけどね」

「ジハハハハ! 色々とムカつくことはあったが──ひとまず、お前らが残ってただけ良しとしよう」

 

 リュシアン、アプス、レランパーゴの大都督と呼ばれる三人。

 うち二人は一時期カナタに捕まり絶体絶命の状況だったが、どうにか逃げ出して合流することが出来た。今はメルヴィユで科学者であるDr.インディゴの護衛をしている。

 〝金獅子〟の名の下に集まった海賊艦隊は既に壊滅した。

 主な相手はカナタだが、散り散りになったところをリンリンやカイドウにも襲撃されていたのでほとんど残っていない。

 ここから再び隆盛を取り戻すのは難しい。それに、今のシキにとってカナタやリンリンよりも執着しているものがあった。

 ──ロジャーだ。

 

「で、どうするんだ提督殿。また一から海賊艦隊を作り直すのか?」

「そっちは多少時間をかけても構わねェ。おれの計画が動くまでまだ時間があるからな……Dr.インディゴ! どれくらいかかる!?」

「そうですね……五年、十年……いえ、二十年は必要かと」

「良かろう! 計画発動は二十年後だ。それまでに準備をしておけ!」

 

 宝目当てで海賊になったミーハー共などシキの眼中には無い。

 あるのはただ、大海賊時代などというこのクソッタレな時代に対する憎悪だけだ。

 シキはにやりと笑って葉巻に火を付け、煙を吹かす。

 

「リンリンもカイドウも、落ちぶれたおれに興味はねェだろう。業腹だがあのクソどもの相手をしなくていいんだ、楽が出来ると考えるべきだろう」

「……〝白ひげ〟と〝魔女〟に対してはどうされますか?」

「ニューゲートも今更おれの首を狙うことはねェさ。ここに来る前に酒を飲み交わしてきたしな」

 

 だから、問題があるとすれば〝魔女〟だ。

 

「しつこく首を狙い続けたからな。あの女もおれの首を狙ってくるかもしれねェ。ジハハハハ!」

「おいおい提督殿、笑い事じゃないぜ。相手は今や〝白ひげ〟に並ぶ怪物。それに政府と取引をしている七武海だ。アンタを狙う理由はいくらでもある」

「……政府と取引か」

 

 そこだけがどうしても解せないと、シキは顎をさする。

 母親はあれだし、父親もシキが想像する男なら政府と取引などするはずがない。カナタが政府とどのような取引をしたのかはわからないが、ロクでもない理由なのは想像できる。

 何も考えずに政府と取引をするようなやつではない。必ず何か狙いがあるはずだ。

 とは言え、インペルダウンに入っていて情報が少ないシキでは察することも難しい。

 

「……あの女の考えることはわからん。とにかく、おれ達の居場所がバレさえしなけりゃ襲撃もねェだろう。今あいつの相手をするのは面倒だからな」

 

 海賊艦隊がいない今、黄昏の海賊団と正面からやり合うのはいくらシキでも分が悪い。

 ……それを見越してカナタは海賊艦隊を徹底的に磨り潰したのだろう。

 用意周到な奴だ、とシキは溜息と煙を吐き出す。父親が父親ならそれも当然かと思いなおし、インディゴに研究を進めるよう指示を出して引き上げることにする。

 どうせしばらくはやることもない。インペルダウンでは何もない無間地獄にいたのだ、まずは酒だと考え──突如として発生した島を揺らす轟音に瞠目した。

 慌てたようにリュシアンが確認しようとして、アプスが口を開く。

 

「何事だ!?」

「あれは……島の獣が次々に倒れていく……?」

 

 島の端からシキたちのいるこの場所まで直線状に、凶暴な獣たちが次々に倒れていくのが見える。

 凄まじい速度だ。あれならそれほど時間がかからずにここへ到達するだろう。

 

「追手か? それにしちゃあ早すぎるが……」

 

 シキの疑問に誰も答えず消えるかと思われたが、予想外の場所から返答があった。

 

「いいや、私たちは最初から待ち構えていた。お前が脱獄したと聞いたときから既に準備を整えていたからな」

 

 聞こえた声に対し、シキはすぐさま振り返る。

 ここにいるはずのない人物がそこには居た。

 

「久しいな、シキ。インペルダウンに入って残念だと思っていたが、無事に出てきてくれて嬉しく思う──何しろ、檻の中では直接殺しに行けないからな」

「カナタァ……!! テメエ、何でここに居やがる!!」

 

 カナタはシキの疑問に答えるように、小さい紙を取り出した。

 

「それは……ビブルカードか! だが、おれのビブルカードを渡した覚えはねェぞ!」

「当然だ。これはお前のではないからな」

 

 カナタの手にあるビブルカードは二枚。

 アプスとレランパーゴのものだ。

 以前二人を捕らえた時に作成したビブルカードで常に監視していた。大都督の三人は高度な見聞色も使えて勘もいいが、潜り込んで監視するだけならカナタでなくとも出来る。

 特に暗殺を得意とする部下もいるし、姿を隠して潜むことだけが得意な部下もいる。

 

「しかし……随分珍妙な姿になったな」

 

 頭にはロジャーとの戦いの最中に抜けなくなった舵輪が食い込んでおり、両足はすねで切り落とされて剣が埋め込まれている。

 海軍から貰った情報によると、インペルダウンを脱獄する際に両足を切り落としたという話だったが……義足の代わりに剣を埋め込むとは思っていなかった。

 

「うるせェな。おれァ能力があれば両足はいらねェんだ。くれてやったまでよ」

 

 フワフワの実の能力を使えば移動に足は必要ないと主張するシキは、言葉通りふわりと浮いて覇気をみなぎらせる。

 

「どうせ後ろのあれもテメェの差し金だろ。テメェ一人と部下程度、捻り潰してやるよ」

「随分と大口を叩くものだな──お前、口だけだろう」

 

 ウォーターセブンの時も然り、モベジュムール海域の時も然り。

 時の運もあったが、シキはチャンスだったにも関わらずカナタの首を獲れなかった。

 ()()()()だろう、と。

 カナタは挑発する。

 

「──ほざけ、小娘がァ!!」

 

 剣に覇気を込め、横薙ぎに振るってカナタの首を狙う。

 当然カナタはそれを槍で受け止め、視線をそちらに向けた。

 

「…………」

 

 覇気は以前とあまり変わりはない。明確に変わったのは戦闘スタイルだが、それだけでは無い。

 

「お前、随分と()()()()()()

 

 インペルダウンに入っている間、特に鍛錬もしていなかったのだろう。

 戦闘スタイルの変化と鍛錬不足、何より戦いから身を引いていたことによる()()()()だ。

 たかが二年、されど二年。

 常に戦い続け、鍛錬を欠かさなかったカナタと違い、シキの実力は明確に減じていた。

 

「一時は私よりも強かったお前が、ここまで落ちるとは……久しく全力で戦えると思っていたが、そうでもなさそうだ」

「言ってくれるじゃねェか。だったら、テメェのそれが口だけじゃねェってところを見せてみろ!!」

 

 二人の覇気が衝突し、ビリビリと衝撃波が辺りに舞い散る。

 アプス達は避難しようとして、その背後に先程から近付いて来ていた存在が遂にここに来たことを感知した。

 

 

        ☆

 

 

「オオオォォォォォォォォ──!!!」

 

 現れたのは、巨大な狼だった。

 人間サイズのそれではない。明らかに巨人族より一回り程大きい、黒い毛並みの狼だ。

 

「何だ、このデカさ!! この島の怪物どもと同じかそれ以上だぞ!」

「レラ!」

「うん!」

 

 巨大な爪が迫り、咄嗟にレランパーゴが前に出て両手に持った戦斧で防ぐ。

 覇気を纏った爪だ。それだけで、この島固有の生物では無いとアプス、リュシアンの二人は判断した。

 

「巨大なだけならただの的だ! アプス、動きを止めろ!」

「わかってるよ!」

 

 地面から無数の鎖が生み出され、巨大な狼の動きを止めようと縛り始める。

 鎖の能力者であるアプスが動きを止め、砲台を作れる能力者であるリュシアンがいればこの程度の狼など一捻りだ。

 無論、それは狼一体であればの話。

 

「──ッ!?」

 

 二つの影が狼の背中から飛び降り、アプスとリュシアンにそれぞれ襲い掛かる。

 覇気を纏った拳を鎖で防ぎ、同様に覇気を纏った槍を腕の横に発生させた砲台を盾にして防ぐ二人。

 見覚えのある顔だ。

 

「〝六合大槍〟に〝赤鹿毛〟……幹部勢ぞろいかよ」

「ヒヒン。そうでもないですよ」

 

 幹部というなら、今や黄昏にはそれなりの数がいる。全員が集まるという事はほとんどない。

 だが、強さで言えばこの二人は明確に最上位に位置する。大都督の三人を決して舐めてはいない。

 

「くははは。久しいな、アプス。お主と決着をつけられると聞いて来てやったぞ」

「そりゃ、どうも!」

 

 アプスは地面から幾本もの鎖を生み出し、ジュンシー目掛けて波濤のように攻撃し続ける。

 ジュンシーはそれを最小限の動きで躱していき、時折鎖を破壊して接近戦に持ち込もうと牽制し続ける。そうなれば当然、狼を縛っていた鎖までは意識を割くことが出来なくなり、狼の発した覇気によって鎖が破壊された。

 

「オオオォォォォォ!!!」

「ぐ……!」

 

 動物(ゾオン)系幻獣種の力を持つレランパーゴをして、歯を食いしばって全力を振り絞らねば拮抗できない相手。

 何者だと睨みつけ、膠着状態を脱するようにレランパーゴは体から雷を発した。

 バリバリと空気を引き裂く音と共に狼が感電し、動きが緩まった瞬間に殴り飛ばされる。

 体が痺れて思う様に動かない。

 動こうと足掻く狼に対し、レランパーゴは容赦なく両手の戦斧を打ち付けて攻撃し続ける。

 

「容赦ねェな、レラの野郎。お仲間助けなくていいのか?」

「あれくらいでやられるようなら連れてきていませんし、背を向ければあなたが私を狙い撃つでしょう」

「バレてんのか。そいつは残念」

 

 リュシアン自身は明確な中遠距離タイプだ。至近距離では分が悪いと判断し、腰に下げた剣を引き抜いて応戦しつつ距離を取ろうとするが……ゼンも手慣れたように距離を詰め、エレクトロで牽制しつつ隙を窺っていた。

 決して弱いわけでは無いが、艦隊の指揮や作戦立案などが主な役割だ。リュシアンの実力ではゼンの相手は身に余る。

 どうにかレランパーゴと交代出来ないかと考え、狼を執拗なまでに殴っているレランパーゴへと声をかけた。

 

「おい、レラ! そっちが終わったなら交代だ! こっちはオレの手に余る!!」

「う──」

 

 レランパーゴがリュシアンの言葉に振り向いた瞬間、横合いから巨大な拳が振り抜かれて勢いよく吹き飛ばされた。

 

「まだ、終わっとらんだろうが……!」

 

 むくりと立ち上がったのは狼──では無く、鎧を纏った巨人族の男だった。

 動物(ゾオン)系古代種……イヌイヌの実、モデル〝ダイアウルフ〟。

 数少ない古代種の悪魔の実を食べた、()()()()()()()だ。

 動物系の能力者の例に漏れず、その肉体の頑強さは巨人族の持つ強さと相まって途方もなく増していた。それこそ、レランパーゴの攻撃を受け続けても倒れないほどに。

 

「巨人族の能力者とか、そんなのアリかよ……!」

 

 リュシアンが思わずと言った様子で言葉を零す。

 ただでさえ強い巨人族が能力者となれば、強くなるのは当たり前の話だ。

 フェイユンもそうだが、その存在は一人いるだけで戦況をひっくり返しかねない。

 

「ディルス! レランパーゴの足止めをお願いします! 倒してもいいですよ!!」

「承知した!!」

 

 ディルスと呼ばれた巨人族の男は、再び狼の姿になって駆け出した。

 一人落とせば戦力は格段に落ちる。ゼンがどれだけ早くリュシアンを倒せるかどうかで作戦の難易度が変わるのだ。

 ゼンは至近距離に生み出された砲台を飛び越え、その間に離れたリュシアンへ一直線に向かう。

 砲口の向きからどこを狙っているのかはわかる。ゼンの見聞色と動体視力があればまず当たらない。

 

「今ならまだ、投降出来ますが! どうしますか!」

「するわけねェだろ! オレだって誇りを持ってあの人の部下やってんだよ!」

 

 海賊となって後ろ指を指される存在になっても、一度決めた以上はやり抜くのが男だろうとリュシアンは言う。

 

「自分が危ねェから寝返りますじゃあ、世の中渡っていけねェだろう……!」

「なるほど、仁義に厚いですね」

 

 大都督は恭順するなら部下にしてもいいとカナタは言っていたが、元より従うとも思っていない。

 近距離で剣と槍をぶつけ合い、やりにくそうにするリュシアンへとさらに一歩踏み込む。

 

「ぐぬ……!」

「やはり貴方は戦闘力という意味では一枚落ちる。鍛錬が足りませんね」

「オレは指揮官だぜ、前線で戦うのは役割じゃねェっての!」

 

 剣が弾かれ、隙が出来る。

 まずは一人目だとゼンが槍を振りかぶり──にやりとリュシアンが笑った。

 

「最後に教えといてやるよ。オレはウテウテの実の砲撃人間。能力は()()()()()()()()()

 

 火器を生み出す能力者。砲台をそこかしこに生み出し、砲弾を乱射していたことからもその能力に偽りはない。

 ただし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「生み出せるのは砲台だけじゃねェ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 辺り一帯、ゼンを囲むように無数の銃器が宙に浮いていた。地面に固定する砲台と違い、銃器は空中に浮かせているので数が段違いだ。

 この位置取りではリュシアンにも弾丸は当たってしまうが、それでもいいと覚悟を決めている。自爆覚悟の包囲網だ。

 

「これは……!」

「地獄に一人ってのはちと寂しいんでな。美女じゃないのが残念だが、一緒に死んでくれや」

 

 ゼンの槍が動くより一瞬早く、銃器の引き金が引かれた。

 

 

        ☆

 

 

 ガキンゴキンと、拳と鎖がぶつかり合って派手な音を立てる。

 

「ご自慢の六合大槍は使わないのかい?」

「お主が相手では絡めとられてしまうのでな。今日は素手だけだ」

 

 槍は腕の延長だ。徒手での技術があってこそ槍術となる。

 リーチの長さが槍の長所だが、アプスの無数の鎖の前ではリーチの長さは利点にならない。それゆえに徒手空拳の方が良いと判断した。

 以前戦った時はドラゴンと二人がかりでようやく足止めが出来るくらいだったが……今では一人でも互角に戦えている。

 

「雑魚のくせに、随分と粘る……!」

 

 ジュンシーは常に格上とばかり戦ってきた。同格や格下と戦うのはほとんどが部下を育てるときと鍛錬ばかりだ。

 常に強さを求め続け、常に己を磨き続ける。

 以前はアプスの方が強かったが、磨きをかけた今では同格程度にまで落ち着いている。

 

「やはり、お主のような強者との戦いは血が滾る。実に良い!」

「僕は御免だけどね……!」

 

 体から生み出した鎖が弾丸のように飛び出し、ジュンシーの急所を狙って放たれた。

 それを紙一重で躱し、地面をも鎖へと変換していくアプスの懐へと入り込む。

 鎖を掴んで引き寄せるのも考えたが、アプスの生み出した鎖は長ささえも自由自在だ。限界はあるはずだが、多少引っ張った程度ではグラつかせることも出来はしない。

 更に、普通の超人系(パラミシア)では考えられない()()()()()

 これのせいで、ジュンシーは攻めあぐねていた。

 

「煩わしいな……超人系(パラミシア)にしてはやや特殊だが、物質を鎖に変換するのもお主の能力か?」

「〝覚醒〟を知らないのかい?」

 

 能力者は稀に〝覚醒〟し、己以外にも影響を及ぼし始める。

 アプスの例は超人系(パラミシア)のみに当てはまることだが、当然ながら動物系(ゾオン)にも自然系(ロギア)にも〝覚醒〟は存在する。

 これらの能力者はごく僅かにしか存在せず、早々出会うことはない。

 

「なるほど……そういう者たちがいることが知れたのは良かったと言えよう」

 

 能力者にもステージがある。

 能力に振り回される者。

 能力を扱えるだけの者。

 能力を〝覚醒〟させた者。

 もちろん〝覚醒〟したから強いという訳ではないにせよ、強者に〝覚醒〟した者が多いのは間違いないだろう。

 これからの楽しみが出来たと、小さく笑うジュンシー。

 

「お主の力、存分に見せて貰おう!!」

 

 覇気を纏った拳が鎖で編みこまれた壁を破壊する。

 ただの覇気ではない。相手に覇気を流し込み、内側から破壊する技術だ。

 続くジュンシーの拳を避け、アプスは横から強烈な蹴りを見舞う。しかしそれは片手で防がれ、片足を掴まれてバランスを崩した。

 体から生み出した鎖がジュンシーの腕を貫くが、それを気にもせずアプスの腹部へと打撃を食らわせる。

 

「ごぼっ……!」

 

 覇気で防いだが、僅か一撃でアプスは血を吐いた。

 並の一撃ではない。アプスとてこの世界でそれなりに戦ってきた強者だ。多少のダメージなら意にも介さず反撃に移れる。

 それが出来なかった。

 破壊力だけで言えば自身よりも上だと、アプスは危機感を覚える。

 

「ハッ!」

 

 鎖を外し、掴まれた脚とは逆の脚でジュンシーの腕を弾いて距離を取った。

 すぐさま怒涛の勢いで地面を鎖に変換してジュンシーへと殺到させるが、それを月歩(ゲッポウ)で空中へと回避したのちにアプスへと距離を詰める。

 空中にいるジュンシーを叩き落そうと、鎖が鞭のようにしなって縦横無尽に動き回る。

 軌道の読めない動きをする鎖をギリギリで避け、地面に降り立ってすぐさまアプスの元へと走った。

 一歩、二歩。

 僅か三歩で鎖をすり抜けてアプスの元へと到達し、アプスによる怒涛の体術を捌ききる。

 

「お主の実力は凄まじいが、体系立った技術ではない」

 

 戦いの中で磨いた自己流の戦い方だ。より合理的な動きをして、相手を殺すための理論、合理を突き詰めた武術とは積み重ねた年月が違う。

 実力差があるならばまだしも、ほぼ同格の戦いでの差は僅かながらも致命的だった。

 アプスの振り抜いた拳を受け流し、同時に一歩踏み込んでアプスの心臓へと肘打ちを直撃させる。

 覇気と鎖、二つの防御で守りに入ったにもかかわらず衝撃はそれらを貫通し、心臓を撃ち抜いて致命傷を負わせた。

 

「──ッ!」

 

 心臓を撃ち抜いた直後の僅かな隙を突き、アプスの鎖がジュンシーの足を絡めとる。

 

「まだ動くか!」

 

 口元から血を流し、自らが死するとも目の前の男を倒すとジュンシーの心臓めがけて鎖を突き立てる。

 ジュンシーはそれを焦ることなく覇気を纏った腕でいなし、足が動かずとも拳の当たる距離ならば腰の回転だけで威力を出せるとアプスが動きを止めるまで殴打し続けた。

 ここで殺すと決めたのならば、容赦はしない。

 アプスが動きを止めずに防御に入り、ジュンシーの腹部に鎖を突き刺そうとも。

 動けず、逃げられない以上は攻撃に転じて先に潰すしかないのだ。

 

「オオォ──!!!」

 

 一撃一撃が致命傷になるほどの打撃を受け続け……ついに、アプスは膝から崩れ落ちた。

 

 

        ☆

 

 

 大地をひっくり返すつもりかと言わんばかりの大質量が空へと移動する。

 両腕に剣を握らないことで腕を基点に物質の操作をより容易にしているのだ。

 既にいくつもの巨大な岩塊が海に落ちていくのが視界の端に映っており、シキの得意な空中戦であってもカナタ相手に苦戦を強いられていた。

 

「クソが、傷が疼くぜ……!」

 

 以前の大規模な戦争時に付けられた額の傷が疼く。

 足に埋め込んで縛っているだけの剣では威力が足りない。覇気を纏わせても、今のカナタの前ではどれほど足しになるか。

 

「空中戦はお前の十八番だろうが、それでもなおこの状態とは」

 

 持ち上げた海水が細切れになるほどの斬撃の雨を躱しきり、手の中に生成した氷の短槍を次々に投擲する。

 シキは投擲された槍を躱し弾くが、目を離した一瞬で距離を詰められてカナタの槍が首元に迫った。

 それを後ろに倒れ込むことで回避し、そのまま縦に回転して斬撃を飛ばし反撃に移りつつ再び距離を取る。

 インディゴが逃げる時間を稼ぎたいところだったが、リュシアンとアプスがやられたことでシキ自身も本気で殲滅にかからなければならなくなった。

 ここから先に逃げ場はない。

 

「ようやくやる気になったか」

 

 隙を見つけてインディゴを拾って逃走、などとされては困る。

 もちろん下手に背を見せればカナタに落とされるだろうが、シキほどの実力者なら不可能とも言い切れない。

 そうさせないために空中で覇王色と武装色の衝突を繰り返し、シキの余力を地道に削っていた甲斐があったというものだ。

 逃走に向いている能力である以上、何が何でもここで逃がすわけにはいかない。たとえインディゴを見捨てて単身逃走に移ったとしても、確実にここで斃す為に準備をしてきた。

 

「鬱陶しい奴だ……良いだろう、ここで決着をつけてやる!!」

 

 メルヴィユの大地が地殻変動でも起きたかのように変形していく。

 大地が獅子の形を取ってカナタへと襲い掛かり、それを切り裂いて近づけば両足の剣を巧みに操って防御を崩そうとしてくる。カナタと同レベルの実力者でもなければ多少実力が落ちたところで結果は変わらないのだ。

 フワフワの実の力であらゆる物を浮かせて武器にする戦法は非常に厄介で面倒だし、カナタとしても戦いにくい。

 カナタに逃げる気が無い以上、シキが時間をかけて戦うやり方を選べば負けは無いと判断していた──だが、カナタも以前までの実力ではない。

 時間をかけずにシキを倒す方法を考えてきていた。

 

「──〝白銀世界(ニブルヘイム)〟」

 

 これまではただ強烈な冷気を撒き散らし、能力圏内の氷を操作するだけの技だったが……以前までのそれとは別物だ。

 周囲を氷で包み、更に莫大な覇気を消費することで黒化した氷が敵の逃げ場を塞ぐ。当然ながらドーム状になった氷のせいで冷気が逃げることはなく、人間が生存不可能なほどに気温が下がり切って体温を奪い続ける。

 氷の中はカナタの能力圏内。冷気を操る彼女による、()()()()()()

 

「これは……!!」

 

 状況の拙さを理解し、すぐさま脱出しようと図るが──覇気を流し込まれた氷は生半可な強度では無く、シキの一撃を以てしても砕くどころかヒビすら入らない。

 氷が無数の武器になってシキへと殺到し、すぐさま空中へと移動して避けるも、動くたびに強烈な冷気がシキの体から容赦なく体温を奪っていく。

 呼吸をするだけで肺から凍りかねないほどの冷気だ。

 時間をかければかける程不利になる。

 

「クソが……ろくでもねェやり方しやがる!」

「逃げ足ばかり早いお前相手にわざわざ考えたんだ。感謝して欲しいくらいだな」

 

 カナタとシキが衝突し、再び武装色の覇気が激突した余波で大地が揺れる。

 シキの能力で大地を操るも、その上にカナタが氷を被せて覇気を流し込んだため、シキに操れる物体がほぼ無くなっていた。

 状況は段々とシキが不利になっていく。

 シキは全身に武装色の覇気を纏うことで体が凍り付くのを防いでいるが、カナタと全力で何度も衝突していればそれもいずれは限界が来る。

 段々とシキの動きは鈍くなり、体の端から凍り付き──ついに、致命的な失敗を犯した。

 

「──ぐおっ!」

 

 シキの覇気を打ち破り、肩口が切り裂かれる。

 当然血が出るが、流れる血が表出した瞬間に凍り付いていた。

 強烈な冷気が凍り付いた血から体内の熱を奪い始め、カナタはその隙を見逃さずに槍を投擲して両腕を落としにかかる。

 

「この程度で……おれが死ぬかァ!!」

「いいや、お前はここで死ぬ。元ロックス海賊団は誰一人生かしておくつもりは無い」

 

 カナタにとって害悪となる者は、と頭に着くが。

 何にしても、この男を生かしておいてカナタに得となることは何一つとしてない。

 投擲された槍をかろうじて避け、その間に一瞬で距離を詰めたカナタは迷うことなくシキの心臓へと槍を突き立てた。

 

「ガ、アアアアアァァァ!!!」

「お前の心臓を貰い受ける。〝金獅子〟は終わりだ」

 

 シキの心臓を貫いて地面に縫い留め、下半身を凍らせてダメ押しをしておく。この男に限らないが、実力が高い連中は総じて生命力も強い。下手に殺したつもりになっていると足を掬われかねないのだ。

 流れる血はすぐさま氷となり、シキの体温を奪っていく。既に感覚も無いだろう。

 その中で、シキは口を開いた。

 

「ぐ、が……元ロックスを殺すって言ったな、テメェ……」

「ああ、お前が終わったらリンリン、カイドウ、ニューゲート辺りを次に狙う」

「ハッ……じゃあ、オクタヴィアも殺すのか?」

「……そうだな」

 

 こうなった元凶とも言えるオクタヴィアも、カナタにとっては害悪だった。

 彼女の思惑はどうあれ、今まで会った中では対話をするつもりもないように感じていたし、何より──

 

「迷惑度合いならお前と変わらない。居所が知れれば殺しに行くさ」

「母親でも変わらず、か……ジハハハ。容赦のなさはロックス譲りだな」

 

 シキはロックスのことをよく知っている。

 容赦のなさも、その強さも。

 敵対した者を確実に殺すまで油断せず、赤い瞳でこちらを見下すその姿。姿形が似ていなくとも、やはり。

 

「お前、ロックスに似てるぜ……」

 

 そう言い残して……シキは死亡した。

 

 

        ☆

 

 

 〝金獅子〟の死亡はカナタの口から海軍へと伝えられた。

 本人であることを確認するために死体は引き取られたが、シキの持っていた二振りの剣はカナタが持ったままだ。

 〝桜十(おうとう)〟そして〝木枯し〟

 この二振りはジョルジュとスコッチに渡され、「シキが足に刺して使っていた」と言うと非常に嫌な顔をしていた。

 死亡したのはシキを始めとしてアプス、リュシアン、そしてDr.インディゴとその他部下。レランパーゴは自身の頑丈さもあってか、重傷ではあるが死んではいない。

 ゼン、ジュンシーともに深手の怪我を負ったものの命に別状はなく、元気に槍を振り回している。

 手に入れた悪魔の実の内、ウテウテの実とジャラジャラの実はしばらく保管されることになり、フワフワの実は秘密裏にジョルジュへと渡された。

 これにより〝金獅子海賊団〟は完全に崩壊。歴史の闇に消えることとなる。

 

 ──そして。

 二年後……光月おでんのビブルカードが燃え尽きたことにより、舞台はワノ国へと移る。

 

 




やや駆け足になりましたが、シキに関しては今回で終わりです。
次はワノ国過去編。一章丸々やるわけでは無いので章分けはこのままです。


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第百一話:騒乱のワノ国

カナタさん29歳の回

前章のキャラまとめをようやく書き上げたので、興味がある方はそちらもどうぞ


 それは、ある日の夜の事だった。

 イゾウとカナタがロムニス帝国の王に長子が生まれたことを祝い、贈り物の手筈について話し合っていた時の事。

 バタバタと慌てた足音が廊下に響き、ノックもそこそこに執務室に飛び行ってきた影が一つ。

 スコッチだ。

 

「何事だ、慌ただしいな」

「ヤベェぞ、カナタ! イゾウもだ! おでんのビブルカードが小さくなっていってる!!」

「何だと!?」

 

 スコッチの言葉にイゾウが反応し、すぐさま部屋を飛び出てビブルカードを安置してある部屋へと走った。

 取り残されたカナタはと言えば、イゾウ程慌てた様子も無く「何時頃気付いた?」と尋ねる。

 

「ついさっきだ。普段はあんまり気にしねェんだが、今日はたまたまな……」

「そうか。だが、多少縮んだところで奴が死んだわけではない」

 

 それでも、ビブルカードが縮んだという事は相応の怪我をしているという事だ。

 一体誰と戦っているのか。

 カナタは恐らくは──とあたりをつける。カイドウだ。

 おでんのことは嫌いだが、おでんの父親であるスキヤキには義理と恩がある。カイドウが島の外に出た際に海賊団丸ごと潰すと言う手もあったが、あの男はあの男で海軍やリンリン達に何度か捕まってそれでも生きているのだ。単なる強さだけではない何かがあると踏んでいた。

 以前戦った際には殺害寸前まで追い詰めたが、首を獲るまでは行かなかった。生き汚さ、天運に関しては人並み以上と言っていい。

 

「……ワノ国はあの馬鹿に任せた。私は手出ししないが……恐らくはカイドウと戦っているのだろう」

「お前から見てどうなんだ。勝てそうか?」

「さてな。私が戦った頃のカイドウとおでんなら、十中八九おでんが勝つだろう……あの頃のままのカイドウなら、な」

 

 海賊の戦いに卑怯という言葉は存在しない。

 単純な強さだけで勝敗が決まる世界なら、カナタだってとうの昔に死んでいる。

 それに、カイドウと以前戦ったのはもう十年以上前の話だ。懸賞金の額もかなり上がっているし、実力は以前の比ではないだろう。

 

「杞憂であればいいがな」

 

 冷めた紅茶を飲み、経過を観察するように指示だけだして仕事は終わりにした。

 

 

        ☆

 

 

 三日後。

 憔悴した様子で燃え尽きる寸前のビブルカードを見るイゾウと、その周りに集まったカナタ及び黄昏の幹部たち。

 スコッチから報告を受けて以降、ギリギリの状態を保ったまま三日が経った。敗北したか、あるいは勝利してもビブルカードがここまで縮むほどの戦いになったのか……。

 どちらにしても、おでんが死の淵にあることは間違いなかった。

 カナタはジョルジュとスコッチを部屋の外に出し、外に出ている他の幹部たちを含む全戦力を集めるよう指示を出した。

 

「勝ったにせよ負けたにせよ、あの状態では長くはない。今のうちに斥候を出せ」

「いいのか?」

「勝って死にかけているだけなら手出しは無しだ。負けて死にかけているなら()()()()()()()()()()()

「……それ、イゾウとゼンは納得するのか?」

 

 ある意味では見殺しにしたも同義だ。スコッチが眉根を顰めて苦言を呈するが、カナタはスコッチを()()()と睨みつけた。

 赤い瞳に気圧されたように半歩下がるが、即座に半歩詰めてカナタはスコッチの胸元を掴む。

 

「あの男は自分で解決すると言ったんだ。命の危機に瀕して前言を翻すような男と約束を交わした覚えはない」

「……おっかねェ女だよ、お前は」

 

 厳しい言葉にスコッチは頭をガリガリと掻く。

 わかったと一言言って頷き、カナタはスコッチの胸元から手を放して「急いで準備をしろ」と告げる。

 ジョルジュもスコッチ同様に頷き、二人はそれぞれカナタの指示を実行するために動き始めた。

 カナタとしても色々と思うことはあるが……男が一度約束を口にした以上、尊重してやるのが〝情け〟というものだ。

 たとえ、それで死ぬことになろうとも。

 

「……頑固者め」

 

 果たして、それは誰に言った言葉だったのか。

 カナタの言葉は虚空に消え、静寂だけが残った。

 

 

        ☆

 

 

 結局、おでんは助からなかった。

 ビブルカードは灰になり、悲しみに暮れるイゾウとゼンを尻目にカナタは準備を急がせる。

 世界中に散らばった〝黄昏〟の戦力を一か所に集め、戦争の準備を淡々と進めていると、当然ながら動きは海軍に察知され、センゴクから連絡が来た。

 

『戦力を集めて、何のつもりだ。戦争でもするつもりか?』

「お前たちに不利益なことをするつもりは無い。カイドウの首を落としに行くから黙って見ていろ」

『カイドウの? ……お前がそこまで感情的になっているのは珍しいな』

「ああ、少しばかり腹に据えかねることがあった……百獣海賊団は私が潰すが、その間にリンリンが動く可能性がある。海軍に動く気があるなら監視船を出してくれるか」

『……それくらいならばいいだろう』

 

 こういう時、七武海という立場は便利だ。

 あくまで政府が任命した海賊という存在でしかないが、〝黄昏〟の貢献度は他の七武海とは文字通り桁が違う。

 海軍としても多少の融通は利かせられる程度には信用している者も多い。

 カナタは唯一の懸念事項だったリンリンへの対処を海軍に任せ、船を出した。

 旗艦に〝ソンブレロ号〟を置き、〝黄昏の海賊団〟本隊はおよそ5000人。加えて傘下である22の海賊団を率いてワノ国を目指す。

 総勢3万近い戦力が船団を組み、行く手を遮る者は海王類であろうと海賊であろうと容赦なく踏み潰していく。

 その様相は嵐の如く。

 いかなる存在をも飲み込む黄昏の闇が、ワノ国へと手を伸ばしていた。

 

 ──数日の航海を経て、黄昏の軍勢がワノ国へと辿り着く。

 

 ワノ国に侵入する手段は大きく分けて二つ。

 滝を登るか、滝を割って奥にある港を使うか。

 ワノ国における正規の港は一つだけで、そこ以外の港はあくまでワノ国の中を船で繋ぐ為の港でしかない。

 当然、カナタは後者──港を使うことを選択した。

 もちろん、滝を通過する以上許可が無ければ普通に通過することは出来ない。()()()()()

 カナタの能力を使えば力ずくでも滝を割って侵入出来る。

 以前訪れた際は霜月康イエの部下である侍たちが港を管理していたが……今では見慣れない格好をした海賊たちが使っていた。

 最初から姿を隠すつもりもない。カナタは港を即座に制圧し、その場にいた百獣海賊団を皆殺しにしてワノ国への橋頭保を確保した。

 

「ここを拠点として使う。ゴンドラの上部にも敵は居るだろう。制圧に行くぞ、私に続け!」

 

 滝の奥にある〝潜港(モグラみなと)〟は広大だが、船団が丸ごと入る程巨大な空間ではない。港を橋頭保にして〝ハチノス〟から補給をするために船団の三分の一は人を降ろして引き返す。

 港にあるゴンドラは巨人族でも優に何人も運べるほど巨大だ。

 ワノ国地上部にはもちろん百獣海賊団の見張りがいたが、瞬きするほどの間に全員が氷漬けになっていた。後ろに続いていた部下たちも今のカナタには近寄りがたいらしく、少々距離を空けてゴンドラのある建物から外に出る。

 この規模で動くのは初めてのことだが、かねてから想定はしていた。カナタはスコッチを呼び出してざっくりと指示を出す。

 

「ここは橋頭保だ。ディルスを中心に巨人族で第一陣の防衛圏、黄昏本隊で第二陣の防衛圏を形成しろ。港に繋がる建物は死守するように」

「おう。まずはどこから侵攻する?」

「……まずは先に出していた斥候の情報から聞こう。どこにいる?」

「まだ到着してねェ。ビブルカードを持たせてたから、場所はわかるはずだ。到着時間は知らせてたが、予定より少し早いからな」

「なら先に陣地の構築だ。急げ」

 

 ワノ国においては百獣海賊団に地の利がある。まだ向こうも情報が入り始めた段階だろうが、橋頭保である港を落とされては面倒だ。

 ゴンドラを使って次々に登ってくる巨人族を中心に防衛陣地を形成。奇襲を防ぐための防壁と物見台をカナタが氷で作り出し、侵攻の準備を整える。

 その間に数日前に出していた斥候数名が戻ってきたので、幹部たちを含めて情報共有の場を設けた。

 

「それで、おでんはどうなった?」

「光月おでんはカイドウに敗れ、臣下の侍九名共々捕まりました。その後、公開処刑として〝釜茹での刑〟に」

 

 淡々と報告する斥候の言葉に、ゼンとイゾウの怒りがヒートアップしていくのを感じるカナタ。

 他人が感情を乱しているのを見ると相対的に冷静になれる。二人に落ち着けと視線で合図し、斥候した部下に報告を続けさせる。

 

「光月おでんはそのまま処刑されたようですが、九名の臣下たちは逃亡。九里城まで逃亡したことは掴めましたが、その後の足取りは不明です」

「……おでんの家族はどうなった?」

「光月トキは死亡が確認されています。しかし、光月モモの助及び光月日和の死亡は確認されていません」

 

 となると、まだ生きてどこかに潜伏している可能性がある。

 僅かにでも可能性があるのならと、イゾウとゼンが縋るようにカナタへ視線を送る。カナタはそれを受けて考え込み、側頭部を指でトントンと叩く。

 ここは敵地だ。

 かつてのワノ国ならばまだしも、今はカイドウが支配している。戦力を分散する真似は避けたい。

 それに、可能性があるとすればおでんが大名をしていた〝九里〟にいる可能性が高いだろう。〝白舞〟から〝九里〟へ行くには〝花の都〟の横を通る必要がある。

 ならば、やはり。

 

「まずはワノ国を落とす。〝花の都〟の現将軍とカイドウを落とせば、あとは人海戦術でワノ国中を捜索出来るだろう」

 

 海軍から得た情報では、百獣海賊団における主要な戦力はそれほど多くない。

 百獣海賊団総督〝百獣〟のカイドウ。

 大看板〝火災〟のキング。

 大看板〝疫災〟のクイーン。

 それと正体不明の巨大生物たち。表沙汰にはされていないが、どこかの研究機関で生み出された〝古代巨人族〟の失敗作だという噂もある。

 カイドウの強さに惚れ込んだ猛者たちも含め、その戦力は1000と少し。

 更に将軍に仕える侍衆〝見廻り組〟と忍者軍〝お庭番衆〟がそれぞれ5000人。敵がおでんならばまだ刀を振るう手も鈍るだろうが、彼らにとってカナタは完全な外敵だ。

 迎撃には全力を注ぐだろう。

 

「それ以外に報告は?」

「……つい先日の話ですが、各郷の大名たちが決起し、将軍への謀反を企みました。結果はカイドウに敗北したようですが……先の光月おでんとの戦いを含め、百獣海賊団には少なからず被害が出ているものと思われます」

「被害は憶測か?」

「はい。申し訳ありません」

「構わない。だが、憶測で被害規模を語るな。過大評価も過小評価も判断が鈍る要因になる」

 

 先入観は思考を鈍らせる。

 戦力差は十分。敵には被害が多少なりあると考えるなら正面からでも叩き潰せるが……こちらで把握している百獣海賊団の数がブラフであった場合、手痛い被害を受けるのは部下たちだ。

 やはり、確実に行くべきだろう。

 

「防衛に回した巨人族の部隊を半数に分けろ。それと黄昏本隊の精鋭の半数を巨人族の部隊と共に防衛に回す。残りの黄昏本隊と傘下の海賊たちは私と来い」

「防衛に幹部は残すか?」

「グロリオーサを指揮に残す。それとカイエを付けておこう。何かあったら連絡を入れろ」

「わかりました」

「任せろ。ニョんとしても守り抜こう」

 

 目標はワノ国の中心にある〝花の都〟。

 ワノ国と百獣海賊団の総戦力を上回る数を以て、カナタはこの国を踏み潰しにかかった。

 

 

        ☆

 

 

 〝白舞〟にある〝潜港(モグラみなと)〟から〝花の都〟へはそれほど遠くない。

 道中の大橋は少々狭く、2万を超える軍勢が通るには時間がかかると思われたが……何のことはない。カナタが氷で橋を作り、真っ直ぐに()()()()()()()

 ワノ国忍者軍〝お庭番衆〟による斥候が何度か現れたが、カナタの見聞色の範囲内に入ればカモ同然に一撃で殺害され、ロクに情報が渡ることなく〝花の都〟から少し離れた場所でカイドウと相対する。

 侍、忍者、そして百獣海賊団の総戦力。

 流石に目を見張る戦力だが、おでんとの戦いや先日あったという大名たちの武装蜂起の影響か、思ったよりも数が少ない。

 もっとも、事前に想定していた最大戦力だったとしても──黄昏の海賊団はその上を行く。

 巨人族30名からなる部隊を始めとして、2500人の精鋭。22の傘下の海賊団。総勢20000を超える軍勢が今か今かと開戦を待っている。

 既にカイドウは龍の姿で臨戦態勢を取っており、酒を飲んだ時からは考えられないほど冷静な声色をしていた。

 

「ウォロロロロ……テメェが直接ここに乗り込んでくるとは思わなかったぜ」

「光月おでんが死んだからな。もう、誰にはばかることなくこの国の土を踏める」

「なんだ、あの男に配慮してたのか? あのクソ女の娘とは思えねェな」

 

 カイドウは訝し気に呟き、「まァどうでもいいことだ」と適当に流す。いずれ殺す相手だ、理由がどうあれ目の前に現れた以上は戦う以外の選択肢はない。

 カナタはこの国では将軍殺しの悪名を着せられた大罪人だ。侍と忍者たちのやる気も漲っている。

 

「さァ、殺し合おうじゃねェか。今度こそテメェを殺してやるよ、カナタァ!!!

「ほざいたな、カイドウ。もう一本の角も圧し折って、貴様の首を獲ってやる──それがおでんへの弔いだ」

 

 以前圧し折った角はそのままだ。治ることは無いのだろう。

 気勢を上げるカイドウを前に、カナタはいの一番に飛び出した。

 

「私は今、少々怒っている。気合を入れろよ、カイドウ──簡単に死んでもらっては拍子抜けだからな」

 

 目にも止まらぬ速度で飛び上がったカナタに反応が遅れ、カイドウの視線がそちらに向いた瞬間には既に蹴りを振り抜く寸前だった。

 防御も回避も間に合わず、カナタの蹴りはカイドウの顔面に直撃し──その巨体を容易く吹き飛ばした。

 




おでん及び赤鞘9人(+1)との決戦
各地の大名の武装蜂起
黄昏の海賊団全軍襲撃 ← new!
自業自得案件とは言え一挙に押し寄せる敵にカイドウが過労死しそう。

ちなみに人数とか戦力は原作を参考に割とざっくりした数字になります。
でも頂上決戦ですら海軍の巨人族は10人前後だったのに、ここでこんなに出していいのだろうかという気はしてます。


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第百二話:〝百獣海賊団〟

区切りの良いところで切ったので若干短めです


 カイドウの巨体が吹き飛ばされる。

 百獣海賊団、及びに侍と忍者の部隊は誰もがその事実に放心し──黄昏の海賊団はその瞬間に大地を踏み鳴らした。

 

「行くぞ、戦争だ!! ぶち殺せ!!!」

「ウオオオォォォォォォォォォ──!!!」

 

 大地を踏み鳴らす軍靴の音が響く。

 雄叫びを上げて全面衝突し、まず最初に巨人の振るう一撃で百獣海賊団の最前線にいた者たちが薙ぎ払われた。

 彼らの目標は百獣海賊団のやや後方にいる存在──自分たちの倍ほどの体格の巨人族たちだ。

 

「巨人族の相手なんざまともにやってられっかよ! ナンバーズ!!」

「ジュキキ!!」

「ハチャチャ!!」

 

 金髪の大男──クイーンが呼びかけると同時に、ナンバーズと呼ばれた巨人族たちが動き始めた。

 彼らこそが〝古代巨人族〟と称される存在。理性なく、本能のままに暴れ、壊し、絶望を与える者。

 膂力も並の巨人族以上。まともに相手をするのは巨人族と言えども分が悪い。

 だが。

 

「私がやります!」

 

 大きさだけなら、それよりも遥かに勝る存在が〝黄昏〟には居た。

 

「えェ~~~~!!? なんだあのデカさ!!?」

 

 全長およそ200メートル弱。古代巨人族であるナンバーズの倍以上の大きさを誇る巨人──〝巨影〟のフェイユンである。

 敵のど真ん中に踏み込み、前へと出てきたナンバーズの一人を上から叩き潰そうと拳を振り下ろした。

 

「ジュ、ジュキキ……!!」

 

 両手両足を突っ張ってフェイユンの拳を受け止めようとするも、拳を引かれてよろけた瞬間に横合いから殴り飛ばされた。

 二人目は飛びかかった瞬間に足を掴まれ、そのまま武器代わりに振り回されて他のナンバーズに叩きつけられた。

 本能のままに暴れ回る怪物も、覇気と体技を駆使する理性的な怪物の前に次々と沈んでいく。

 

「こいつァ少しばかり面倒だな……」

「おれも出る。テメェも無い頭使って戦え」

「一言多いんだよテメェは!」

 

 クイーンが舌打ちをしていると、キングが横を通って嫌味を言いつつ戦場へと躍り出た。

 動物(ゾオン)系リュウリュウの実──モデル〝プテラノドン〟。

 世界でも数少ない飛行出来る能力者であり、動物系(ゾオン)の例に漏れず肉体の頑強さも凄まじい。高速で飛行して〝黄昏〟の前線へと斬り込んでいく。

 クイーンもまたかなりの実力を持つ幹部だが、彼の場合は単なる実力だけではなかった。

 

「かなりの数を揃えてきたようだが、舐めんじゃねェぞ〝黄昏〟のクソ野郎どもォ~~!!」

 

 ワノ国は侍の強さが有名だが、優秀な職人を数多く擁する技術立国でもある。

 海楼石を世界で最初に加工したのもこの国であり、この国を牛耳るオロチとそのバックにいるカイドウは当然ながらそれらの高い技術を手にしている。

 例えば、()()()()()()などだ。

 

「おれの傑作を受けてみろ!」

 

 クイーンが構えたのも、まさしくこの国で独自に作られた銃だった。

 通常は単発で弾丸を込めて使う銃しか出回っていないが、クイーンのそれは弾丸を弾薬を帯状にして供給する機関銃(マシンガン)と呼ばれる全く新しい銃だ。

 更に、弾丸とするのはただの弾ではなく──。

 

「なんだ、これ!?」

「体が熱い……!? や、焼けてるみてェだ!」

「ムハハハハ!! おれの傑作、〝疫災(エキサイト)弾〟を存分に味わえ!!」

 

 クイーンに付けられた二つ名は〝疫災〟。

 その名の通り、細菌兵器(ウイルス)を好んで使用して人が苦しむ様を見る悪辣な男だ。野放しにしておけば、被害は甚大になるだろう。

 しかし、当然ながら彼の情報も海軍から既に得ている。

 

「ふん!!」

「ぬあ!」

 

 一息に集団から飛び出したゼンが手に持った槍でクイーンの持つ機関銃を切り裂き、あわや腕まで切り落とされる寸前で回避した。

 既に何人かクイーンの細菌兵器に感染してしまっているが、こういった戦い方をすることは既に聞いていた。感染した者たちは抑えつけて後方に待機している医療部隊に引き渡し、細菌兵器をバラまかれないようにこの男を抑えておけばいい。

 

「この馬野郎ォ……おれの邪魔してんじゃねェよ!!」

「敵の邪魔をするのが戦いの基本ですよ、若人」

 

 クイーンの姿が徐々に変化していく。

 百獣海賊団の中でもナンバーズを除けばカイドウに次ぐ巨大さを誇る恐竜。リュウリュウの実、モデル〝ブラキオサウルス〟の能力者。

 人形態の時はただ太っていただけのように見えたが、獣形態では隆々とした筋肉に覆われている。

 

「貴方も邪魔されて腹が立っているでしょうが──私は、それ以上に怒りではらわたが煮えくり返っている!!!」

 

 普段のゼンでは見せない、暴力的とさえ言える覇気。

 クイーンもその姿に油断なく構え、気合を入れてゼンを見下ろす。

 

「おでん様を殺したカイドウをこそ相手したかったところですが、貴方でも構いません。八つ当たりさせてもらいましょう!!」

「おでんだァ!? カイドウさんに負けたあの侍が何だってんだ! 易々とこのおれを倒せると思ってんじゃねェよ!!」

 

 ゼンを踏み潰そうとクイーンの前足が振り下ろされ、ゼンは正面からそれを受けて立った。

 大地が揺れる程の衝撃が走り、足元には放射状にひび割れが起こる。

 しかしなおも膝をつかず、ビリビリとぶつかる覇気が大気を震わせる。

 

「──軽い一撃です。こんなものでは、私を潰すことなど出来ませんよ!!」

「ぐぬ……!!」

 

 クイーンの足を押し返し、飛び上がったゼンの槍が煌めく。

 斬撃がクイーンの体を切り裂き、たたらを踏んだところで更に追撃で覇気を纏わせた打撃を打ち込んだ。

 

「ぜえい!!」

「オォ……!!」

 

 ミシミシとクイーンの巨体が軋む。

 肉体の内部にまで浸透する衝撃は古代種の能力者であっても痛烈な一撃だ。倒れ込むことこそないが、先の斬撃と合わせて出血が増えていく。

 並の相手ならこれで終わるが、そこは流石に動物(ゾオン)系。肉体の頑丈さは他に類を見ない。

 たたらを踏もうと、血反吐を吐こうと──己の強さを疑うことはなく。

 

「舐めやがって……! おれはクイーン!! 〝百獣海賊団〟の大看板だ!! 〝黄昏〟なんぞに、負けて堪るかよォ!!!」

 

 ──恐竜、未だ倒れず。

 

 

        ☆

 

 

 六合大槍が空を切る。

 人が手繰るには些かばかり長いと思われる槍だが、武具を体の延長と考えるジュンシーにとっては広い場所であれば何のことはない。

 敵対するは〝プテラノドン〟──〝火災〟のキングである。

 空中で三次元的な動きをしつつ、時折痛打を与えるジュンシーに状況は傾いていると言えるが……手応えはあっても倒れない、今までにない感触に笑みをこぼしていた。

 

「くははは……動物系(ゾオン)の頑丈さは知っていたが、存分に使いこなすとこうも厄介か」

 

 ディルスを始めとした古代種の頑丈さは知っているが、併せ持つ飛行能力もあって中々攻撃が当たらない。空中戦には相手に分があると見える。

 人形態でも存在する翼を見るに、恐らく普通の人間では無いのだろう。

 こういう手合いは引きずり降ろして自分の優位な場にしてしまうのが一番だが、ジュンシーは不要だと考えて笑っていた。

 

「お主以外に見たことのない種族だ。以前まみえた時も思ったが、どういう種族だ?」

「テメェに教える義理があるのか?」

 

 ガキン!! と空中で衝突する二人。

 覇気を集中させて硬質化した(くちばし)は鋼に負けない頑丈さを持つ。ジュンシーの槍もまた覇気を纏って黒く染まっているが、キングの嘴に傷は無い。

 衝突の影響で一瞬動きが止まったジュンシーの腕を嘴で挟み、そのまま高速で地上へ向けて飛行する。

 

「このまま地面にぶつけて終わりだ! 腕一本貰っていくぞ……!!」

「これは厄介な……!」

 

 腕を噛まれたままでは逃げることも出来ない。鋭角に地面へ向けて進む中、ジュンシーは体を揺らしてキングの腹に強烈な蹴りを見舞う。

 しかしキングはそれが来ると想定していたのか、腹部に覇気を纏わせてダメージを軽減させていた。

 二発、三発と強烈な衝撃が来るもジュンシーの腕を離すことはなく、遂に地面へと墜落させる。

 衝撃と土埃で一時的に視界が悪くなり、近くにいた〝黄昏〟の船員がジュンシーへと声をかける。

 

「ジュンシーさん!?」

「今のはヤベェんじゃ……!!」

 

 助けに行くべきか、と思案していると、土埃の中から人形態のキングが転がり出てきた。

 その直後、キングを追う様に出てきたジュンシーは武装色で全身を固めていたのか、大きな傷こそないがところどころに血が滲んでいた。

 

「ぐあ……!」

「やってくれたな。今のは中々効いたぞ」

 

 横薙ぎに振るわれる槍はうねりを上げてキングの首を狙い、キングは咄嗟に刀でそれを防ぐ。

 キングとジュンシーではキングの方が体格が遥かに良い。刀と槍ではリーチが違うが、体格差で武器のリーチ差を埋めている形だ。

 それでも巧みに槍を操るジュンシーの技術にキングは防戦一方となり、大きく距離を取ろうとも即座に距離を詰めてくる。

 空中で腹に何度も蹴りを食らったのが効いているのか、キングの動きは戦い始め程の精細は無い。

 

「くははは! 頑丈なものだ! あれだけ蹴りを食らわせたというのに、まだ動くか!」

「舐めんじゃねェ!! おれはキングだ! カイドウさんの右腕として、簡単に倒れられねェんだよ……!!」

「その意気や良し」

 

 光月おでんの敵討ちという意味合いの強い戦争だが、ジュンシー個人としてはそこまでおでんに対する思い入れは無かった。

 あの男は強かったし、ジュンシーとしても強い武人が死んだことに対する悲しみはあるが、ゼンやイゾウのように近しいわけでもなく、カナタのように親しくもない。

 キングと戦いつつも、ジュンシーは戦場を俯瞰して見ていた。

 戦いは優勢。負ける要素は無い。

 ここで潰れるならそれも良し。抵抗して見せるならそれもまた良し。

 

「その大言壮語に見合う力を見せてみろ。出来なければここで死ね」

 

 ──恐竜、未だ沈まず。

 

 

        ☆

 

 

 〝花の都〟付近で百獣海賊団、侍、忍者連合と黄昏の海賊団が戦争をしているころ。

 オロチへの従属を拒み、反乱を起こしてカイドウと戦って敗れた敗残兵たちにも情報が入っていた。

 

「今、〝花の都〟の近くで誰かがカイドウと戦っているらしいぞ!」

「一体誰が……ワノ国には、もうオロチとカイドウに逆らうようなやつがいるはずがない……」

「それが、海外の海賊だって話でよ」

 

 人々の噂は瞬く間に広がり続け。

 

「……海外の海賊が、今……? あまりに出来過ぎているように思うが……」

 

 かつての大名は傷だらけになってなおオロチへの反抗心を失わず、一縷の望みがあるのならと考え。

 

「〝花の都〟へ? 今は危険だと思うんじゃが……」

 

 大名の娘は傷だらけになってもなお動こうとする父に呆れつつもそれを支えようとし。

 

「姫様。もし本当に彼女がここに来ているのなら……恐らく、イゾウも来ているはず。ワノ国に留まるよりは、海外に出たほうが良いかもしれません」

「……私は……」

 

 また別の場所では、入った情報の真偽を疑いつつも僅かな可能性に賭けて移動することを決断し。

 

「海賊……一体誰だ……?」

 

 カイドウを倒す可能性が僅かにでもあるのならと、盗賊団を作り上げていた男は動き始めた。

 そして。

 グロリオーサたちは〝白舞〟にある〝潜港(モグラみなと)〟上部で陣地を形成し、カナタたちの戦の趨勢を気にしていた。

 

「……カナタさんは、私がまだ子供だと思っているから……前線に出してもらえないんでしょうか」

「それもあろうな。此度ニョ戦いは凄惨なもニョとなろう……出来るならば子供に見せたくは無いと思うニョも理解出来る」

「でも、ティーチは戦ってますよ?」

「向き不向きニョ問題だろうて。そう気にするな」

 

 カイエは今年で17になる。子供扱いされるような歳では無いが……それでもやはり、カナタから見ればまだ子供だった。

 そういう意味でも前線に出していないが、防衛も立派な仕事である。

 

「カナタニョ考えはあまりわからないが……この港を橋頭保とする以上、攻め続ける上でニョ補給路と何かあった際ニョ退路ニョ確保は出来ている。ここを守るニョも重要な仕事だ」

「そうですが……」

「子供は逸るものだ。いっぱしの戦士にはまだ遠いな」

 

 巨人族のディルスが笑う。

 黄昏の本隊の半数と巨人族部隊の半数は防衛に残されている。何があってもこれだけの戦力があれば対処できるが……念には念を入れるのも理解出来るにせよ、今回の動員は些か過剰にすら思えた。

 繋がっている前線の情報を聞けば、百獣海賊団と侍、忍者の連合部隊の人数は多くても一万を超えない。総戦力で言うなら三倍近い数を用意しているし、天然の要害である滝を既に突破している。負ける要素は無い。

 

「勝ち戦だと気を緩めるなと怒られそうではあるが、ことこの状況ではこの陣地まで攻め込まれることはまずあるまい」

「で、あろうな」

 

 グロリオーサの指揮の下で陣地の構築も終わり、補給のために〝ハチノス〟へ戻った船団の一部を除いて休息を取っている。

 戦っている〝花の都〟付近までは多少距離があるが、ここに居るのは怪我人と入れ替わりで投入される予備戦力でもある。場合によってはカイエにも戦う機会はあった。

 可能性は限りなく低い、というのがグロリオーサの見立てだったが。

 

「今一番危惧しなければならないのは、むしろ……」

 

 戦力のほとんどを引き抜いて来た〝ハチノス〟の方かもしれない。そう思うグロリオーサだったが、口には出さなかった。

 〝黄昏〟とまともにやり合おうという海賊は〝白ひげ〟か〝ビッグマム〟くらいのものだが、前者は互いに手を出すことはなく、後者は海軍の監視がついている。

 細々とした海賊の襲撃はあるかもしれないが、そちらに関しても最低限の戦力は常駐させていた。

 落とされる可能性は限りなく低い。

 しかし。

 

(なんだ、こニョ妙な胸騒ぎは……)

 

 グロリオーサの中には、長年培ってきた勘が僅かな危機感を報せていた。

 何かがある。しかし、具体的に何があるのかがわからない。

 もやもやした感情を抱えつつも何かが起きることはなく……戦いが早く終わることを祈っていた。

 その時のことだ。

 

「プルプルプルプルプル」

 

 電伝虫が鳴き始めた。

 連絡事項があるのだろうと判断し、グロリオーサはすぐに受話器を取った。

 少しだけ音質の悪い声がすぐに聞こえてくる。まるで誰かに聞かれることを恐れるように、声は小さかった。

 

『あ、あー……聞こえているか? 黄昏の海賊団』

「ああ。こちらは黄昏ニョ海賊団だ。誰だ?」

『おれは海軍本部大佐、X(ディエス)・バレルズ──あんたたちにとって重要な情報を伝えるために、こうしてコンタクトを取った』

 

 おれ達が上に報告した情報は世界政府に握りつぶされているようだからなと、聞き逃せない情報を口にして。

 




ちなみにビブルカードによるとオーズの身長が67mらしいので、ナンバーズは大体プラスマイナス10mくらいで考えてます。何喰ったらそんなになるんだ。
あと一人オリキャラ混じってます。

感想、評価を頂けると嬉しいです。
あと明日も投稿します


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第百三話:生れ落ちる災害

 カイドウの巨体が宙を舞う。

 大地を削り取るように吹き飛ばされ、土埃を巻き起こしながらようやく停止する。

 既に数えきれないほどに繰り返され、しかしカイドウが何度やっても対処できていない攻撃によるものだった。

 

「ゼェ……ハァ……!」

「昔に比べれば強くなった。だが、それだけだな。おでんと戦っても勝敗は紙一重だったろう」

 

 対するカナタの体に傷は無い。

 巨龍が鎌首をもたげて口を開き、大地を焼く熱線を放とうとも、咆哮と共にかまいたちを放とうとも──その全てを避けきっている。

 元より自然系(ロギア)のカナタにとって攻撃を回避することは容易く、見聞色で上回っている以上は反応することも難しくない。

 カイドウの頑丈さだけが、この戦いを長引かせている原因だった。

 

「まだ立ち上がるか。頑丈な奴だ」

「そう簡単に倒れるワケ、ねェだろうが……!!」

 

 獣形態から人形態へと移り、片手に金棒を持って膝を突きつつもカナタを睨みつける。

 小柄な体のどこにカイドウを吹き飛ばすだけの膂力があるのかと思うが、カナタの能力は割れている。冷気を操るだけの能力で膂力は上がらない。

 つまり、あれが素の力なのだ。

 イかれている。

 

(何故だ……何故、この女におでんやロジャーと同じものを感じる……!)

 

 発される覇気だけではない。

 おでん、ロジャー、ニューゲート、オクタヴィア……そしてロックス。

 かつてカイドウが挑み、戦い、その強さを認めた相手。彼、あるいは彼女を前にした時と同じものを感じていた。

 オクタヴィアの娘だから当然、などとは思わない。つい先日、おでんの息子と思しき子供に失望したばかりだ。たとえ血が繋がっていても、親の才能の全てを受け継ぐわけでは無い。

 子供への期待、あるいは落胆。カイドウの子供も、あるいはこう成れるのか?

 否、とカイドウは断じた。

 あの子では、この域には至れないだろうと。

 

「オオオォ──!!」

 

 吼える。

 他ならぬカイドウが至れていない。未だ辿り着けない境地に辿り着く目の前の女を倒して、初めてカイドウは頂が見えるようになる。

 ロックスは死んだ。

 ロジャーも死んだ。

 ニューゲートが頂点と呼ばれるようになって数年──だが、あの男とて一体何年頂点に立ち続けられる?

 殺したい。

 殺さねばならない。

 挑み、己の力を出し切り、死力を尽くし、そうして──そうして、どうしたい?

 唐突におでんの事が脳裏をよぎる。

 

「私を前に考え事か。余裕がありそうだな」

 

 斬撃がカイドウの肉体を抉る。

 おでんに受けた斬撃よりもなお深い。普通の人間であれば死んでもおかしくないほどの傷だ。

 だが、それを受けてもなおカイドウは考えることを止めない。止められない。

 光月おでんの事を思い出す。

 最期まで死力を尽くして戦い、そして処刑されるとなってもなお笑っていたあの男を。

 思い出すたびに腹部に付けられた十字の傷が疼いた。

 

「おでんに受けた傷が痛む……テメェも強いが、あの男も強かった」

「そうだろうな。私はあの男が気に食わなかったが、強さは認めていた」

「あのまま、普通に戦っていたら勝敗はわからなかった……だが、邪魔が入った」

 

 黒炭ひぐらしの介入により、おでんは一瞬の隙を見せ、カイドウは死に物狂いでその隙を突いておでんを打ち倒した。

 だが──不完全燃焼だったのは間違いない。

 あれほど強い侍になら殺されても良かった。

 しかし、今はそう思わない。

 

「おれはおでんを本当に倒す機会を失った──おれは、おでんに勝ちたかった」

「…………」

「テメェを倒せば……おれは、おでんを超えたことになるのか?」

「そんなものはお前が決めろ。死者の言葉を代弁するのは生きている者の勝手だ」

「そうかよ──じゃあ、そうさせてもらうぜ」

 

 肉体が変化していく。

 人形態でも、獣形態でもない──人の体技と獣の肉体を併せ持った、人獣形態へと。

 

「〝死〟こそが人の完成だ。だが、そこに至るまでの過程にも価値はある──男なら、一度は最強(てっぺん)を目指すもんだ」

 

 カイドウは強い。あれほどの男にやられたのなら、おでんも本望だろう──世界にそう思わせることが、カイドウからおでんに送る最大の弔いだった。

 ことここに来て一皮剥けたカイドウは、左胸から腹にかけて深々と切り裂かれた肉体を気にすることも無く笑う。

 

「ああ……オクタヴィアの娘だなんだと、つまらねェことは言わねェ。()ろうぜ、カナタ」

「たった数時間ほど殴られ続けただけで、随分と変わったものだ」

 

 おでんはワノ国を取り戻すために戦った。どう戦ったのかをカナタは知らないが、結果として敗北した。

 そこにおでんは果たして納得していたのか? 処刑の様子まで詳しくは聞いていないが、カイドウの執着ぶりを見るに決して悪い最期では無かったようにさえ感じる。

 ワノ国を取り戻せなくとも、笑って死んだのなら第三者がとやかく言う必要は無い。

 

「……お前は、おでんの最期を看取ったのか」

「ああ──〝おれのことは忘れてくれて構わねェ。おれの魂は生きて行く〟と……やつはそう言っていた」

 

 ──〝一献の、酒のお伽になればよし。煮えてなんぼのォ~~、おでんに候!!!〟

 

「奴の魂は生きて行くだろう。見事な死に様だった」

 

 カイドウは本当におでんを尊敬していた。あれほど覚悟の決まった侍が、果たして今後現れるのかどうか……それすらわからない。

 海賊に卑怯などという言葉は無い。

 だが、それでも。

 カイドウはおでんに勝ちたかったのだ。

 正面からの戦いで、武器をぶつけ、覇気をぶつけ……死力を尽くして、死んでも構わないほどの戦いを感じたかった。

 本当に強い相手との戦いを。戦いの愉悦を感じて、その最高潮の中でこそ死にたい。

 だが、そこに至るにはまず己こそが最強という名の頂に近付かねばならない。未だ至っていない身で、死ぬわけにはいかない。

 

「おれはお前を倒すぜ」

「やってみろ」

 

 〝焔雲〟と呼ばれる赤い雲が腕に纏わりつき、獣形態の時と同じ青い鱗が全身を覆っている。

 肉体は人形態の時よりも肥大化し、ただでさえ顕著だったカナタとの体格差がさらに大きくなっていた。

 それでもなお、カナタには及ばないだろうとカイドウは感じていた。

 

「最強に挑むのも、一興じゃねェか……!」

 

 バリバリと強烈な武装色の覇気が雷と共に金棒へ集まっていく。加減無し、最大の一撃だ。

 対するカナタは同じように槍へと覇気と冷気を収束させる。当たれば死ぬ、一撃必殺の槍術。

 

「──〝雷鳴八卦〟!!!」

「──〝神戮〟!!」

 

 

        ☆

 

 

「……つまり、世界政府が敵に回ったという事か?」

『いや、世界政府も一枚岩じゃねェって話さ。〝黄昏〟は強大だ。今は七武海として政府の味方になっているが、これがいつか自分たちに向けられる可能性がある……政府のお偉方はそれを嫌がってるらしい』

 

 ワノ国の侵攻に際して、あまりにも精強な軍隊としての形を見せ過ぎた。

 これに危機感を覚えた政府の一部の役人は〝黄昏〟の勢力を削ることを考えたのだと言う。

 

『強い力は欲しいが、自分たちの手に余るって判断したんだろう……もしかすると、それ以外にも理由があるかもしれねェがな』

 

 海楼石の数少ない産出国の一つがワノ国だ。政府の持つ質の良い武器など、もしかしたらと考えられる要素はいくつかある。

 〝黄昏〟と政府の間には七武海としての間柄しかなく、武器も食料も個々の国で取引している。政府と直接の取引は無い。カナタにそのつもりが無いからだ。

 ワノ国を〝黄昏〟が征服するのは都合が悪い、と考える者がいてもおかしくは無かった。

 

『これが五老星の指示によるものかどうかはおれも分からねェ。だが──』

 

 と、そこまで話して本題からずれていることに気付く。

 先に本題を話すべきだろうと考え、『話が逸れた』と軌道を修正する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……!!」

『ああ、驚くのはわかる。だが目的地は恐らく〝ハチノス〟じゃねェ』

「ではどこに?」

()()()()

 

 グロリオーサが息を呑む。

 今まさに戦っているこの場へと、ビッグマム海賊団が向かっている。百獣海賊団だけであればこのまま潰してしまえるだろうが、もしビッグマム海賊団まで参戦すれば──。

 

「重大事件ではないか。政府は全てを敵に回す気か?」

『さァな。だが、三つ巴の戦いになればすべての勢力が否応なしに削れる。どこか一つでも消えてくれればって考えはあるかもしれねェな』

 

 その辺りはバレルズにもわからない。

 数日前にビッグマム海賊団が根城にしているホールケーキアイランドから出立し、方角的には恐らくワノ国を目指していると判断されたが……リンリンたちが何を狙ってワノ国へ向かっているのかもわかっていない。

 状況は常に変化し続けている。

 当然、バレルズ自身もこのままでいられるとは思っていなかった。

 

『おれも政府の命令に逆らって情報漏洩した以上、海軍には居られねェだろう。そっちで雇ってくれねェか?』

「それは私ニョ一存では決められない。だが、有用な情報を持ってきたことは考慮しよう」

『十分だ。おれにも息子がいる。路頭に迷うことは避けてェからな』

 

 では、何故政府に逆らってまで連絡を入れたのか。

 息子、家族のことを思うなら口を噤んでいた方が良かったのではないか。グロリオーサはそう言う。

 

『まァそうだな。少し前のおれなら政府に逆らうなんて真似はしなかったろうさ』

 

 だが、とバレルズは笑った。

 

『カナタって女はまさしく〝魔女〟だった。直に一目見ただけで、おれはあの人の味方をしてェと思っちまったからな』

 

 一目惚れ、とは少し違う。

 海賊に熱を上げるなどというのは海兵にあるまじき行動だが、カナタには人を惹きつける何かがあった。

 バレルズはその衝動のままに、政府の緘口令を破り、海軍を裏切って海賊についた。

 それでも彼に後悔は無い。

 

『無事を祈るぜ。再就職先が無くなってるのは困るからな』

 

 

        ☆

 

 

 爆発が起きた。

 嵐の如く吹き荒れる衝撃波で木々が薙ぎ倒され、ボールのようにカイドウの体を吹き飛ばす。

 動物(ゾオン)系の能力者と正面から打ち合う怪力も、恐らくはカナタの卓越した覇気の使い方にある。カイドウは体でそれを理解しながら、吹き飛ばされつつ己の力を研ぎ澄ましていく。

 部分的に収束させる。これではまだ足りない。

 肉体全てを覇気で覆う。これではあまりにも無駄が多い。

 ではどうするか──カイドウは考えることを止めない。

 思考を止めることは敗北と同義だ。

 最強を目指すと決めたのなら、目の前にいる強者から全てを盗み取る。戦い方も、強さの根源も、再現不可能な能力以外の部分は同じ人間であるなら不可能は無い。

 

「オオォ──!!」

 

 両手で金棒を振り回し、カナタの肉体を吹き飛ばす。

 しかし瞬きした次の瞬間には既に再生しており、フルスイングした隙だらけの懐に入りこまれて斬撃を食らった。

 もっとコンパクトに、もっと早く──回避させる暇もないほどの速い一撃を。

 

「──〝雷鳴八卦〟!!」

 

 覇気と雷を伴った強烈な打撃は、しかしぬるりとした手応えで受け流されたと理解する。

 横腹に蹴りを食らい、またも大きく吹き飛ばされて血反吐を吐く。

 一方的だが、カナタは確実に最短、最速の一撃を打ってくる。それさえ理解してしまえば、自分が攻撃した後どこが隙だらけなのかを考えれば防御は間に合う。肉体に覇気を局所的に集中させてダメージを軽減し、一秒でも長く戦い続ければいい。

 まだ、まだ、まだ──(いただき)は遠い。

 

「…………」

 

 少しずつカナタの攻撃に対応し始めている。体勢を崩して確実に当てているが、元から頑丈なのと覇気を局所的に集中させる技術を身につけ始めたことで耐久力が更に上がっていた。

 昔の自分のようだ。

 覇気は常に強者との戦いで開花する。

 この男は、いずれ自分を超えるかもしれない。そう考えると少し惜しい気もするが──見逃す道理もない。

 心臓を潰し、首を落とせばそれで終わりだ。

 既に出血は致命傷の域に達しており、動物(ゾオン)系の能力者であってもこのまま放っておけば危ないというところまで来ていた。

 

「お前はここで終わりだ」

 

 百獣海賊団はここで終わりだ。

 黒く染まった槍を構え、カイドウとの距離を一瞬で詰める。

 金棒と数度打ち合い、カイドウの体勢を崩し、その心臓へと狙いを定めた。

 

「──その心臓、貰い受ける」

 

 どれだけ頑丈でも、内臓を潰せば再生は出来ないだろう。今後の脅威になることを考えれば確実に殺しておくべきだ。

 体勢を崩して倒れ込むカイドウの胸元へと、黒槍は寸分の狂いも無く向かい──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──!?」

 

 それを理解した瞬間、カナタは即座にカイドウとの距離を取る。

 カナタとカイドウの戦いに割って入れる者などそう多くはない。何より、その武器には見覚えがあった。

 

「リンリン……何故お前がここに居る!」

「ママハハハ……! おれがここに居ちゃいけねェってのかい?」

 

 ピンク色の髪の、巨人と見紛うほどの巨体。

 〝プロメテウス〟と〝ゼウス〟を従えた、天候を操る女。

 海軍が監視船を出していたはずだが、連絡は無かった。ホールケーキアイランドからワノ国まで距離があるため、数日前には出立していなければ間に合うはずがない。

 

「センゴクめ……!」

 

 イラついたようにカナタが呟く。

 やはり海軍など信用すべきでは無かった。傘下の海賊を使ってでも監視に置いていれば、この状況は防げただろう。

 リンリンは構えはするものの動くことは無く、カナタの出方を窺っていた。

 

「リンリン……テメェ、何しに来やがった……!」

「死にかけで強がってんじゃねェよ、カイドウ」

 

 血塗れで死にかけながらも、カイドウは起き上がってリンリンに問いかける。

 少なくとも、カイドウがリンリンを呼び寄せたわけでは無いらしい。その眼には敵意が宿っていた。

 

「おれはあの女が嫌いなんだ。テメェもあいつは嫌いだろう? だったら、やることは一つさ」

「なんだと……?」

()()()

 

 カイドウとカナタが共に目を丸くする。

 海賊同士の同盟。カナタが気に食わないリンリンは、自分の勢力だけでは足りないと理解し──カイドウに手を貸せと言う。

 

「それとも、テメェはここで死ぬかい?」

「……いいや」

 

 ここではまだ、死ねない。

 最強には程遠い。もっと強く、もっと上の世界を見てから──死ぬのはそれからだ。

 カイドウは笑いながらカナタを睨みつけ、リンリンの言葉に返答する。

 

「良いぜ、リンリン。その提案、乗ってやる!」

「ハ~ハハママママ!! そう来なくちゃなァ!!」

 

 リンリンは手に〝ナポレオン〟を構え、カイドウの隣に立つ。

 対するカナタは油断なく槍を構え、増えた敵を面倒そうに見る。

 

「面倒なことをしてくれたものだ。だが構わないとも──二人ともここで沈めていくだけだ」

「ハ~ハハママ!! 言うじゃねェか、カナタ!! だったらやってみなァ!!!」

「ウォロロロロ!! さァ、殺し合いを再開しようぜ!!」

 

 三者ともに覇王色の覇気を炸裂させ──三つ巴ではなく、二対一の戦いが始まる。

 世界最悪の海賊同盟が産声を上げるように、世界を軋ませながら。

 

 

        ☆

 

 

 三叉槍が勢いよく飛んで来た。

 ゼンは紙一重でそれを躱し、続いて振るわれる槍を弾いて距離を取る。

 

「なんと……ビッグマム海賊団がここに居るとは思いませんでした」

 

 傷だらけのクイーンを庇う様に前に出たのはビッグマム海賊団の誇る〝将星〟の一人、カタクリだった。

 クイーンは敵対しているはずの海賊に助けられたのが気に食わないのか、はたまたやられっぱなしで機嫌が悪いのか……イラつきながらカタクリの方へと視線を向けた。

 

「なんの真似だ、カタクリィ……!」

「ママの命令だ。百獣海賊団と同盟を結ぶ……どうなるかと思っていたが、無事に同盟締結したようだからな」

 

 カタクリの手の上に子電伝虫が乗っており、リンリンとカイドウの同盟の話が大音量で流れてきた。

 その場に現れたビッグマム海賊団はそれを聞き、即座に動き出した。

 

「正直気は乗らねェが、ママがやると言った以上はやるまでだぜ、ペロリン♪」

「敵は強大だ。油断するなよ、ぺロス兄」

「巨人族の数が多いわね……厄介そうねェ」

「〝黄昏〟の幹部格は強いぜ。最低でも二人一組で当たれ。カタクリやクラッカーは単独でもいいかもしれねェがな」

「スムージー。お前〝黄昏〟を相手にするのは初めてだろ。気ィ抜くなよ」

「オーブン兄さんこそ、やる気が空回りしないよう気を付けた方が良いんじゃないか?」

 

 リンリンの子供たちは強い。幹部のほとんどはリンリンの子供たちで形成されており、実力はリンリンの血を引いているだけあって並外れている。

 中でもカタクリとクラッカーは相当な実力を持っており、単独で黄昏の海賊団の幹部を相手にしても問題ないと認識されていた。

 ジュンシーと戦っていたキングもクイーンたちと合流し、仕切り直すように息を整える。

 一方の黄昏の海賊団も、ビッグマム海賊団と百獣海賊団の海賊同盟という寝耳に水の出来事に驚きつつも態勢を整えていた。

 

「おーおー、まさかビッグマム海賊団が百獣海賊団と同盟とは。海賊に忍者に侍、更に生き物か怪しいのも混じってきたか。何でもありになってきたなァ」

「くはは、それもまた一興よ。ビッグマム海賊団にも強者が多い。退屈はせずに済みそうだ」

「何人いるんだよありゃあ……本隊に傘下、それにビッグマムの〝ホーミーズ〟か。少なくとも2万くらいはいそうだなァ……」

「ヒヒヒ、雑魚が何万人いようと変わらねェだろ。なァ、ティーチ」

「ゼハハハハ! 違ェねェ! しかし幹部勢揃いとは、敵ながら壮観だな!」

「笑い事ではありませんよ。まったく、おでん様の弔い合戦だと言うのに……」

「あれも敵ですか……? 潰しますか……?」

 

 互いにやる気は十二分。世界を揺るがす大勝負。

 ──ラウンド2、開幕。

 




どうせ原作でも同じことになるんだしちょっとくらい早めてもいいよね、というあれ。

しかしバレルズ、アイドルにハマって沼ったドルオタみたいになってしまった…。


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第百四話:侍の矜持

「あ、やべっ。黄昏の海賊団! 全員退避しろ、退避!!」

 

 ジョルジュがうっかりしたと言わんばかりの口調で退避を命じる。

 何事かと振り向いた黄昏の海賊団及び傘下たちは顔を青くして一斉に逃げ出し、それにつられるように視線を上にあげたビッグマム海賊団や百獣海賊団もまた、顔を青くして一斉に逃げ出した。

 空に浮かんだ巨岩が落ちてくる。

 巨人族よりも遥かに巨大な岩が頭の上に落ちてくるとなれば、ただの人間などひとたまりもない。

 退避しながら傘下の海賊たちは悲鳴を上げていた。

 

「おれ達を殺す気ですか!?」

「止めてくれよジョルジュさん!!」

「すまんすまん。もう一発行くぞ」

「鬼か!?」

 

 次々に落とされる岩を対処していては幹部の相手も出来ないと、カタクリたち幹部も一度退避していた。

 

「なんだよありゃあ……ジョルジュの野郎、能力者じゃ無かったはずだろう!」

「小競り合いはあっても大規模な戦いは数年ぶりだ。悪魔の実を手に入れていても不思議じゃない……それに、あの能力」

 

 物を浮かせる能力、おそらくはフワフワの実。

 ビッグマム海賊団の情報力は高い。シキが倒れて以降、フワフワの実が出回っていないか探したが一切の情報が流れてこなかった。

 シキを倒したのがカナタであり、食べたのが黄昏の幹部。これが何の関連もないとは考えられなかった。

 

「……〝黄昏〟には悪魔の実の能力者から悪魔の実を取り出す方法があるのかもしれないな」

「何? あり得るのか、そんなこと?」

「憶測だ。だが、現にフワフワの実の能力に酷似した能力者が〝黄昏〟にいる」

 

 カタクリはこれを偶然とは考えなかった。

 今なお隕石のように巨岩を落とし続けるあの男をどうにかしなければ、近づくこともままならないと視線を上げていたが──ふと嫌な感覚を覚えて視線を下にやる。

 そこには、音も無く〝闇〟を広げつつあるクロの姿があった。

 

「やべ、バレちまった」

 

 悪戯がバレた子供のようにペロッと舌を出し、更に速度を上げて〝闇〟が足元へと広がっていく。

 咄嗟に「まずい」と判断し、カタクリは声を張り上げた。

 

「上ばかりを見るな! 足元の〝闇〟に気を付けろ!! これに触れると飲み込まれるぞ!!」

「触れただけじゃ飲み込めねェよ、流石に。でもまァ──」

 

 ──早いか遅いかの違いでしかねェけどな。

 クロが言葉を言い終わる頃には、既に〝ホーミーズ〟を含むビッグマム海賊団の部隊の足元に〝闇〟が広がり終わっていた。

 

「食べちゃうぞーってな──〝闇穴道(ブラックホール)〟!!」

 

 〝ホーミーズ〟が次々に足元の闇に飲み込まれていく。

 カタクリの警告で逃げ出した者も多いが、全員が逃げ出せたわけでは無い。

 触れなければ問題ないが、一度飲み込まれ始めれば脱出する術はない。無限の引力によって〝闇〟の中に引きずり込まれ、屍を晒すのみだ。

 雑兵が何万人いようとも、クロの前ではさして変わりはない。

 

「奴が一番面倒だ──最初に潰せ!」

 

 ビッグマム海賊団にとって、クロは前回の襲撃の時に致命的な失敗をしてしまう要因になった男だ。今回の戦争で見逃す理由は無かった。

 当然、黄昏の海賊団がそれをさせる理由も無い。

 

「下がっていろ! 掃除したならあとは邪魔にしかならん!」

「あいよー! じゃあ邪魔者は逃げるとしますかね!!」

 

 クロが背を向けて逃げ出すのと同時に、迫りくるリンリンの子供たちを遮るようにジュンシーたちが前に出た。

 カタクリを筆頭にダイフク、オーブン、アマンド……多くの子供たちが一斉に襲い掛かり、黄昏の幹部たちがそれを迎撃する。

 一対一に持ち込んだのはカタクリとクラッカーのみで、それ以外のリンリンの子供たちは二人ペアを組んで相対し、数的有利を保ったまま戦闘に入る。

 だが当然、そう簡単に有利な状況を許してくれるほど黄昏の幹部も甘くはない。

 

「えーい!!」

 

 武装色を纏った拳が勢いよく振り下ろされる。

 ともすれば味方ごと巻き込みかねない、巨大な拳による単純な打撃だ。

 それを避けるために戦場はバラバラになり、フェイユン一人に対して百獣海賊団とビッグマム海賊団は共同戦線を張ることにした。

 

「あのデケェのをなんとかしねェと、こっちが荒らされるだけだ。何かいい方法はねェか!?」

「いい方法って言ってもな……」

 

 普通の巨人族のおよそ十倍。並の巨人族の倍以上の体躯を持つ〝ナンバーズ〟から見ても数倍の大きさを誇る巨人など、正面から対抗できる相手では無い。

 唯一可能性がありそうなのはビスケットによる兵隊を作れるクラッカーだが、彼は今黄昏の他の幹部を抑えるために動いている。

 ペロスペローは一つ舌打ちして、何とか自身の能力で止められないかとキャンディの拘束具をフェイユンの足へ巻き付けた。

 

「……駄目か!!」

 

 だが、フェイユンが僅かに身じろぎするだけで砕け散る。

 そもそも拘束が間に合っていない。足元から足全体を覆う様に動くキャンディも、あれだけの質量を覆うのにはかなりの時間がかかる。

 そこへ、再びフェイユンの巨大な拳が降ってきた。

 

「どわァーー!!?」

 

 ペロスペローは間一髪のところで拳を回避し、近くに来たクイーン、キングに「何か止める方法はねェのか!」と焦った様子を見せる。

 百獣海賊団には〝ナンバーズ〟がいる。僅か数秒でもいい、動きを止められればペロスペローの能力で何とか動きを制限できるだろう。

 キングとクイーンは一瞬目を合わせ、互いに頷いて動き出した。

 キングは倒れた〝ナンバーズ〟の元へ。

 クイーンはペロスペローの元へ。

 

「ヘイ、ペロスペロー! おれが今から作戦を説明する!」

「手段があるのか!?」

「おれ達の部下に〝ナンバーズ〟ってのがいる! あのデカブツほどじゃねェが、普通の巨人族よりはデケェ! 足止めは出来る!!」

 

 動きを止めればペロスペローの出番だ。しかし、一度倒れた彼らを起こすのには時間がかかるだろう。

 そこで、クイーンの出番となる。

 

「キングの変態野郎が〝ナンバーズ〟を叩き起こしに行った! おれ達はそれまで奴の意識をこっちに向けさせて、時間稼ぎをしなきゃならねェ! 出来るな!?」

「ああ、良いだろう! ペロリン♪ 多少の時間稼ぎならおれ達でもなんとかなるはずだ」

 

 ペロスペローとクイーンの力で、なんとかフェイユンの意識をこちらに向けつつ時間稼ぎをする。

 言葉にしてみれば簡単だが、恐らく二人ではそれすら叶わないだろうとペロスペローは考えていた。

 ビッグマム海賊団の強みは数だ。ならば、それを活かさない理由は無い。

 

「オペラ!! こっちを手伝え!!」

「わかったファ!」

 

 シャーロット家五男、シャーロット・オペラ。

 超人系(パラミシア)、クリクリの実のクリーム人間だ。

 オペラの肉体から流れ出た生クリームがフェイユンの足元へと広がり、足に触れた瞬間生クリームが発火してフェイユンの足を焼く。

 熱でキャンディが溶けてしまうのでペロスペローとの相性は良くないが、フェイユンの意識をキングの方へ向けさせないためには彼の力も必要だった。

 

「どうファ! これが生クリームの〝甘い〟という力ファ!!」

「邪魔です!」

「ギャーッ!!」

 

 フェイユンが地団駄を踏むだけでクリームが吹き飛び、発火した生クリームがオペラの方へと飛んで来た。

 地団駄を踏んだことで発生した風圧と揺れる地面で立っているのも難しい中、オペラは顔面に発火した生クリームを受けて悶絶する。

 下手な動きをさせれば危ないとオペラを退避させ、ペロスペローが代わりに前に出た。

 鎮火した生クリームの上にキャンディを流し込み、一瞬でもフェイユンの足を止めようとするが……ペロスペローの奮闘もむなしく、今回もフェイユンが僅かに身じろぎしただけでキャンディが砕け散った。

 それを見て、クイーンが苦言を呈する。

 

「バカヤロー、ペロスペロー! それじゃ〝ナンバーズ〟が来ても止められないぜコノヤロー!」

「ラップで言うな! 腹が立つ!!」

 

 クイーンの指摘にペロスペローがキレ、再び振り下ろされる拳を二人一緒に何とか回避する。

 

「ハァ……ハァ……! 畜生、キングはまだか!?」

「キングが来ても今のままじゃ駄目だぜペロスペロー! 言っただろ、それじゃ止められねェ!」

「じゃあどうするってんだ!」

使()()()()()()んだよ!」

 

 クイーンはペロスペローに説明するために片足を上げる。

 

「いいか、人間の足を止めるには全部ガチガチに固めればいいってモンじゃねェ。あのデカさを相手にそんなことやってたら時間がいくらあっても足りねェ!」

「それはおれだってわかってる! どうすりゃいいかって聞いて──」

()()()()()()!!」

 

 人間の足も同じだが、駆動するには関節が重要だ。

 指先に始まり、足首、膝──関節を一つ一つ固めていけば、フェイユンの巨体であろうと止めることが可能になる。

 足さえ固めてしまえば、あとは遠距離から徹底的に叩くだけだ。

 

「なるほど……」

「ボチボチ時間稼ぎも終わりだ。自分の能力を最大限使えるよう準備しておけ!」

 

 遠目に〝ナンバーズ〟が立ち上がるのが見える。キングは上手くやったのだろう。

 フェイユンは鬱陶しそうに足元で立ち回るクイーンたちを潰そうと躍起になっている。足元に近付く〝ナンバーズ〟には気付いていない。

 ペロスペローはいつでも行けるように準備し、フェイユンの背後から〝ナンバーズ〟が襲い掛かった。

 

「ジュキキキキ!!」

「ハチャチャチャ!!」

 

 足を動かないように十鬼(ジューキ)八茶(はっちゃ)の二人が固定し、横合いから五鬼(ゴーキ)が巨大な棍棒で殴りかかる。

 フェイユンは動きにくそうにしながら棍棒を受け止め、五鬼の顔面に武装硬化した拳を叩き込む。

 その隙にペロスペローが能力を使い、流動するキャンディがフェイユンの足の関節へと絡みついていく。

 

「良し!! あとは袋叩きだ!!」

 

 足を固定され、動けなくなったフェイユンへと〝ナンバーズ〟が殺到する。

 関節を固めるキャンディを一瞥し、フェイユンは大きく息を吸い込んだ。

 

「Laaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」

 

 空気を震わす大声に、思わずその場の誰もが耳を塞ぐ。

 ペロスペローやクイーンはもちろん、フェイユンの足を掴んで離すまいとしていた十鬼と八茶までも、平衡感覚を狂わしかねない声量に対して反射的に手で耳を塞ぐことを選んでいた。

 フェイユンはその瞬間に自身の足を殴りつけて固定していたキャンディを破壊し、十鬼と八茶を掴んで投げ飛ばす。

 

「ぐ……! クソ、上手く行きかけたってのに……! だったらもう一度、関節固めてやらァ!!」

 

 要領は既に掴んだ。フェイユンが再び動き出す前に、足を固めて動きを制限する。

 流動するキャンディが再びフェイユンの足に絡みつこうとして──足元に広がった瞬間、フェイユンの姿が掻き消えた。

 

「は?」

「あァ?」

 

 ペロスペローとクイーンが同時に間抜けな声を出す。

 あの巨体が掻き消えた、という事実そのものに驚愕しすぎて理解が追い付かないのだ。

 だが視線は自然とフェイユンの動きを追い、二人の上へと移動した巨人を見る。

 

「あ、あの巨体で──」

「なんて速度で動きやがる……!!」

 

 黄昏の海賊団に属する戦闘員は例外なく一定以上の能力を持つよう鍛錬を施される。それはフェイユンも同様だ。

 武装色、見聞色の覇気を有する彼女もやはり、()()()()()()()()()()()()

 

「あなたたち、やっぱり邪魔です。ここで消えてください」

 

 今度こそ確実に。

 驚愕で思考が僅かに止まった二人と、勢いを付けて更に速度を増したフェイユン。勝敗がどちらに傾くかは明白だった。

 フェイユンは巨大な拳に武装色を纏い、大地に巨大な亀裂を入れる程の一撃を叩き込んだ。

 ──クイーン、ペロスペロー。両名脱落。

 

 

        ☆

 

 

 ビッグマム海賊団の参戦は百獣海賊団と侍たちにとって福音だった。

 しかし圧倒的な数の差を覆す巨大な勢力の登場に場は荒れつつも、クロとフェイユンの二人の手で多少の数的有利は簡単に覆される。

 お庭番衆、侍衆、共に疲弊しつつも百獣海賊団と共に戦い続けていた。

 

「クソ……やはり将軍に仕えるだけあって強い……!」

 

 お庭番衆と侍衆に対しての陣頭指揮を任されたイゾウは、最前線で黄昏の海賊団と肩を並べて戦いつつカナタの方を気にしていた。

 おでんと戦い、勝ったであろう相手は確実にカイドウだ。その仇討ちのために戦うのであれば、やはりカイドウとこそ戦いたかった。

 気もそぞろになりつつ、しかし指揮を任された以上はそれを放り投げることも出来ずに戦う。

 その最中のこと。

 

「貰ったァ!!」

 

 背後から迫る凶刃に反応が遅れ、あわや深い傷を負う──その刹那の瞬間、見上げる程の巨体が割り込んで刀を受け止めた。

 

「遠目に見えたから来てみたが、やっぱりお前か! 久しぶりだど、イゾウ!!」

「アシュラ童子!」

 

 背中合わせになりつつ、二人は小声で会話を交わす。

 

「ここに来たのはおでん様の敵討ちか?」

「ああ。そのために海外の海賊の協力も得てきた」

「海賊……」

 

 思うところがあるのか、アシュラ童子は僅かに眉を顰める。

 しかし今言うべきことではないと判断し、「腕は鈍ってないだろうな!」と声を荒らげた。

 

「誰に物を言っている! 海外で様々なことを学んだが、戦い方を忘れた覚えはない!」

「だったらいい! 背中は任せるど、イゾウ!!」

 

 言うが早いか、飛び出したアシュラ童子は卓越した剣術で次々に侍たちを斬り倒していく。

 イゾウは片手に銃を構えてアシュラ童子の死角をフォローし、時に敵を斬ってその動きを止めてはアシュラ童子がそれを一息に斬り倒す。

 元より二人は同じ主に仕えた者同士だ。合わせようと思うまでも無く、互いの呼吸を理解していた。

 

「時に、他の家臣たちはどこへ?」

「わからん! おいどんも今は散り散りになった同志たちを集めているところだからな」

 

 呼吸を整えるために背中合わせで休息しつつ、二人は情報のすり合わせをおこなっていた。

 アシュラ童子はトキの残した言葉を何度も自分に言い聞かせ、20年後に同志たちが戻ってくることを信じて潜伏することにしていたのだ。

 

「20年? 本当にそう言われたのか?」

「トキ様の言葉だ。信じる以外にねェど」

 

 〝月は夜明けを知らぬ君。叶わばその一念は、二十年(はたとせ)を編む月夜に九つの影を落とし──まばゆき夜明けを知る君と成る〟

 アシュラ童子自身も他のおでんの家臣とは会っていない。

 おでんが処刑された夜、逃げ出した同志たちを逃がすために傳ジローと共に足止めに残った。その傳ジローも行方不明となり、今では一人同志を集めている。

 

「……そうか」

「同情は不要だど。これはおいどんが選んだ道だ。トキ様を信じて、錦えもんたちが戻ってくる20年後のために戦うと決めた」

 

 だが今、20年後を待つ必要さえ無くなってきている状況に居てもたっても居られなくなった。

 誰かがカイドウを倒そうとしている。遠目に叩きのめされているカイドウを見て胸がすっとする気分になりつつも、一体誰がと考えて戦場に近付き、イゾウを発見したのだ。

 

「お前、誰が戦っているか知ってるのか?」

「カナタ殿だ」

「カナタ……おでん様と仲の悪かった、あの商人か!?」

 

 顔を合わせれば悪態を吐いてばかりだったように思うし、何よりカナタはこの国において将軍殺しの汚名を着せられている。

 おでんはアシュラ童子たちに「あいつじゃない」と言っていたが、真実はわからないままだ。

 アシュラ童子自身はあまり交友が無かったのでよくわからないが、イゾウが共にいるという事は少なくとも信用は出来ると判断していいのだろう。

 

「……倒せるのか、カイドウを」

「おそらくは……だが、邪魔が入っている」

 

 リンリンの強さはイゾウも把握している。ロジャー海賊団時代に何度かぶつかったことがあるし、勢力としての強さも個人としての強さも頭一つ抜けていることは把握していた。

 だが、正面からの戦いならカナタに分がある。

 一対一でなら、という話だが。

 

「流石にカイドウとビッグマムの二人を前にしては、カナタ殿も苦戦は免れないだろう」

「おいどんとイゾウでカイドウを抑えれば……」

「二人で抑え込める自信はあるか?」

 

 イゾウにそう言われると、アシュラ童子は口を噤んだ。

 カイドウの実力は本物だ。どうあれ、おでんに勝利したカイドウを抑え込むのにイゾウとアシュラ童子の二人では難しい。

 あと数人いれば……そう考えるも、カイドウとの戦いについてこられるほどの実力者たちは、現在百獣海賊団とビッグマム海賊団の幹部を相手にするので忙しい。

 

「あと一人……我らの同志がいれば」

 

 錦えもん、カン十郎、菊の丞、雷ぞうの四人はモモの助と共に未来へ飛んだ。

 傳ジロー、河松、イヌアラシ、ネコマムシ……いずれか一人がいれば、カイドウが相手でも時間稼ぎが出来ると考えていた。

 万全ならばともかく、今のカイドウはカナタの手で半死半生まで追い詰められている。

 しかし、イゾウはそうは思わなかったらしい。

 

「今のカナタ殿の近くには行かない方が良い。巻き込まれるだけだ」

「だが! このままでは勝てねェんだろう!?」

「それでもだ! 我々が近付けば、カナタ殿が本気を出せなくなる……!」

 

 カナタの強さはイゾウも承知している。

 カイドウよりは強く、リンリンとは互角以上。しかし二人合わさればカナタを上回っても不思議ではない。

 それでも、下手に介入すればカナタの邪魔にしかならない。彼女の強さは、既にイゾウに測れる域を超えているのだから。

 

 

        ☆

 

 

「康イエ殿! ご無事でしたか!」

「おぬし……河松か!? それに、そちらの幼子は……」

「日和様です。あの日、燃える城から拙者が連れ出しました」

「そうだったか……いや、生きていたのであれば僥倖よ」

「そちらは……ご息女ですか?」

「ああ。〝白舞〟に居ても危険だと思い、連れ出した……今となっては、ワノ国のどこにも安全な場所などありはしないというのにな」

 

 戦場から少しばかり離れた場所。

 日和を連れた河松と、自分の娘と数名の生き延びた侍を連れた康イエが偶然出会っていた。

 イゾウが来ていればと考えて戦場近くまで来ていたが、日和を連れて戦場のド真ん中に乗り込むわけにもいかず……どうしたものかと思案していたところで、近くに来ていた康イエに気付いたのだ。

 

「やはり、康イエ様もこの戦場を気にして?」

「ああ。どこの大馬鹿者がカイドウとオロチに挑んでいるのかと思えば……まさか、カナタ殿とは」

 

 カイドウの巨体が吹き飛ばされるのは遠目からでもよく見える。

 戦っている相手が誰かというのを突き止めるには少々距離がありすぎたが、フェイユンの巨体を見ればおおよそ判断は出来た。

 カナタにワノ国を救う義理は無い。何かしらの目的があっての事だろうと康イエは考えていたが、そうだとしてもカイドウとオロチを倒してくれるのなら悪魔にも祈ってみせるだろう。

 オロチの治世を続けてはいけない。

 おでんが倒れ、オロチがワノ国を荒廃させると、誰もがそう考えて大名たちは立ち上がった。

 しかし。

 

「我々大名はカイドウの前に蹴散らされた……こうして命からがら逃げ出すことしか出来なかった腰抜けよ」

「何を仰いますか! 戦うことを選んだ貴方がたは立派です!」

 

 大名たちはほとんどがカイドウの前に倒れた。

 康イエは何とか生き延びたが、ここから何が出来るのかと考えているところでもあった。

 カナタがカイドウを倒してくれるというのなら──ワノ国に、再び朝日が差すだろう。

 

「微力なれど、カナタ殿に助太刀したいところですが……」

「なるほど。日和様か……」

 

 トキに託されたおでんの娘、日和。

 彼女のことを思えば、河松は傍を離れるべきでは無かった。

 特にここは戦場に近い。何が起こるかわからないのだ。

 

「日和様のことは任せろ、河松」

「康イエ様?」

「イゾウが来ていて、カナタ殿がカイドウを倒す。それが成れば、もう日和様は日陰に隠れて生活する必要もなくなる……そうだろう」

「ですが……」

「河松!! 何が大事かを考えろ!! 今ここでカイドウを討つ機会を逃せば、次は無いのやもしれんぞ!!」

 

 康イエの叱咤に対し、河松は苦悶した表情で考え……日和に対し、土下座をした。

 

「日和様! 申し訳ありません……この命、貴女がこれから自由に生きられるように! 20年後に戻ってくるであろう同志たちに先んじて、イゾウと共に戦場に立ちたく思います! ……あなたの護衛という、トキ様に託された使命を一時とは言え放棄すること……どうか、お許しください!」

「河松……」

 

 日和は心配そうに河松を見て、しっかりと決断する。

 

「私は大丈夫。だから、イゾウを助けてあげて」

「姫様……ありがとうございます!」

 

 再び土下座をし、河松は康イエに対してまた土下座をした。

 

「康イエ殿……どうか、姫様のことをよろしくお願いします」

「任せろ。と言っても、こちらも敗残兵だ。おぬしも無事で戻れ」

「必ずや。この河松、姫様のことを託された身でありますゆえ」

 

 河松は愛刀〝外無双〟を手に、戦場へと駆けだした。

 戻ってきた同志と肩を並べ、カイドウと戦うために。

 空には暗雲が立ち込め、行く末が心配になるも……あの男ならば大丈夫だろうと康イエは信じて。

 日和は走り去る河松を見送り──鼻先についた雪に気付き、空を見上げた。

 

「……雪?」

 

 ──〝花の都〟に、季節外れの大寒波が押し寄せようとしていた。

 




誰とは言いませんが、元ネタになったキャラって筋力耐久EXで俊敏Aなんですよね。
誰とは言いませんが。


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第百五話:大寒波

ちょっとやりたいことあるので急ぎ目で更新しております。


 咆哮と共に雷が走る。

 カナタはそれを回避し、龍の口を蹴り上げて強制的に閉じさせた。

 

「ハッハァ!!」

 

 横合いから斬りかかってきたリンリンの攻撃を槍で防ぎ、二合、三合と轟音を立てて衝突しながら捌いていく。

 プロメテウスを纏ったリンリンに氷の槍で牽制するが、覇気も込めていない攻撃では牽制にもならない。

 ゼウスを手に殴りかかってきたため、僅かに体を逸らして懐に入り込み、槍を捨てて素手で踏み込みと同時に両手で掌底をぶつける。

 肉体を貫通する衝撃にリンリンは一瞬息が詰まり、動きが止まったその瞬間に蹴り飛ばした。

 

「…………」

 

 カナタは掌底を繰り出した両手を見る。

 僅かな熱さはあったが、火傷をするほどではない。炎を纏っていると言っても、カナタは冷気を纏うことで相殺できるからだ。

 だが、手応えは薄かった。

 

「以前より強くなったか、リンリン」

「テメェ、誰に向かって上から目線で物言ってんだ……! おれはずっと、テメェより強ェよ!」

「その割に私の首は付いたままだがな。私はカイドウを始末したいのだが……先にお前から落とすぞ」

「出来るもんならやってみやがれ!!」

 

 力任せに叩きつけられた斬撃を()()()と受け流し、再び打撃を当てようとしたところで見聞色が危険を察知する。

 咄嗟に回避を選択すると、先程まで居た場所に雷撃が落ちてきた。ゼウスの仕業だろう。

 

「厄介な」

 

 リンリンの操るホーミーズは意思を持つ災害のようなものだ。

 大火事の化身、プロメテウス。

 嵐の化身、ゼウス。

 これまで何度か戦ってきたが、この二体のホーミーズはリンリンの魂を分け与えているだけあって並の強さではない。

 カナタはプロメテウスを纏ったままのリンリンに対して肉薄し、今度はカナタから攻撃を仕掛けていく。

 体格差が大きいので狙うのは足元。鬱陶しそうにカナタの攻撃を捌くリンリンは、カナタと鍔迫り合いに持ち込んでプロメテウスが更に燃え盛る。

 

「ハ~ハハママママ!! このまま焼き殺してやるよ!」

「ぬるい炎で私をどうこう出来るとでも──」

「──〝熱息(ボロブレス)〟!!」

 

 カイドウの放つ強烈な爆炎が背後から迫る。

 リンリンは武装色で固めるばかりでそれを避けるそぶりも見せず、カナタは舌打ちしてリンリンの刀を弾き、鍔迫り合いの態勢から槍を回転させて〝熱息(ボロブレス)〟を縦に切り裂く。

 まるでカナタがそうすることを知っていたとばかりにリンリンが攻撃に移り、横薙ぎに振るう刃をカナタは右ひじと右ひざで挟み込むように受け止めた。

 片足では当然踏ん張り切れず、リンリンが振り抜くと同時にカナタが弾き飛ばされる。

 それを待っていたかのようにカイドウは金棒を構え、最速最短で振り抜いた。

 

「〝雷鳴八卦〟!!」

 

 ガシャン! と音を立ててカナタの体が砕け、次の瞬間には氷が集まって再生する。

 金棒を振り抜いた直後で体勢を戻せないまま、カイドウは腹部に槍の一撃を受けた。

 

「オォ──!」

 

 ギリギリのところで武装色による防御が間に合い、斬撃で切り裂かれることこそ避けたが衝撃で大きく弾き飛ばされるカイドウ。

 入れ替わるようにリンリンがゼウスを手に接近し、カナタへと叩きつけた。

 

「〝雷霆〟──!!」

「入れ替わり立ち代わり、鬱陶しいことこの上ないな!」

 

 地面を凍らせ、そこから生み出された氷の巨人の腕がリンリンの一撃を止める。

 轟音を立てて砕け散る氷の腕の奥からリンリンが姿を覗かせた瞬間、カナタは槍を構えて迎撃に入った。

 

「──〝威国〟!!」

「〝威国〟!!」

 

 全く同じタイミングで同じ技を使い、僅かに技量で上回ったカナタの斬撃がリンリンのそれを打ち破る。頬に切り傷を入れられながらもリンリンは止まらず、炎を纏った刀──〝ナポレオン〟を振り被る。

 

「〝皇帝剣(コニャック)〟──〝破々刃(ハハバ)〟ァ!!」

 

 炎を纏った刃を槍で受け止め、熱気と冷気の衝突による急激な温度変化で大気がうねる。

 カナタは足元を凍らせていき、徐々に氷の範囲を広げていく。

 リンリンはカナタが次に何をするつもりか察したのか、咄嗟に離れた。

 

「勘のいい女だ」

「伊達に長生きしてねェよ!!」

 

 足元から急襲するつもりが、リンリンは見聞色では無く積み重ねた経験則でカナタの攻撃を予測していた。

 二人の付き合いもそれなりに長い。これだけぶつかっていれば相手の手札もある程度はバレている。予測されたとて不思議はない。

 次はカナタから攻勢に入り、氷の槍に覇気を流し込んで投げつけつつ自身も接近戦へ移る。

 リンリンに弾かれた槍を宙に浮かせ、両手で手繰って叩きつける。更に宙に残っている槍は柄を蹴って再び勢いよくリンリンへと向かう。

 体勢を崩すことを目的とした細かな攻撃に業を煮やしたのか、リンリンは左手にゼウスを呼び出して辺り一帯を薙ぎ払った。

 

「鬱陶しいんだよォ!!」

「体勢も崩さず、隙も作らないままで大ぶりな攻撃が当たる訳が無かろう」

 

 何事も積み重ねだ。

 カナタは雷撃の隙間を縫うようにリンリンに斬りかかり、ふと気付く。

 

 ──プロメテウスを纏っていない!

 

 先程までリンリンが纏ってカナタの冷気を無効化していた。今の雷撃を放った瞬間に離れたのだろう。

 だが、プロメテウス単体ではカナタに封じ込められることはリンリンとて承知の上のはずだ。

 何が目的だ──思考を巡らせる最中、リンリンの肩越しにプロメテウスが大きく膨らんで炎を吐き出すのが見えた。

 

「〝天上の(ヘブンリー)ボンボン〟!!」

 

 ともすればリンリンすら巻き込みかねない爆炎が辺りに炸裂する。

 カナタを直接狙ったものではない。カナタの周囲を燃やすことで冷気を軽減させることが目的なのだろう。

 

「ぬるい炎だと、何度言わせる!」

「だったら凍らせてみなァ!!」

 

 バリバリと覇王色を纏った一撃が衝突して大気が悲鳴を上げる。

 その周囲に巨大な龍の姿になったカイドウがとぐろを巻き──カナタとリンリンを包み込むように回転し始めた。

 何の真似だ、と聞くまでもない。

 

「プロメテウス!」

「ハイ、ママ!!」

 

 再びプロメテウスを纏ったリンリンは竜巻の中心から外れ、追いかけようとするカナタへ〝威国〟を放って僅か一瞬の足止めをおこなった。

 

「──〝龍巻(たつまき)〟!」

 

 プロメテウスの炎をカイドウが発生させた龍巻が巻き上げ、火災旋風として空へと立ち昇る。

 尋常ではない勢いで燃えあがる火災旋風にカイドウとリンリンは距離を取り、僅かでも効果があればとジッと経過を見守る。

 大地を焼き、空を焼き焦がす炎の竜巻は留まるところを知らずに破壊を続け、生身であれば容易く焼き焦がす災害の様相にリンリンも笑みを浮かべていた。

 これだけの規模ならカナタとて無事では済まないだろうと。

 ──僅かに気が緩んだ一瞬、巨大な火災旋風から巨人の腕が突き出された。

 

霜の巨人(ヨトゥン)か!」

「なんだありゃあ……!」

 

 火災旋風を引き裂くように内側から這い出た氷の巨人の姿に、さしものカイドウも絶句する。

 表面は覇気によって黒く染まり、一切の傷も無く火災旋風を抑えつけた。のちに巨人の肩からカナタの姿が現れ、じろりとカイドウとリンリンを睨みつける。

 

「気合入れな、カイドウ。ここからが本番だ」

「あァ……そうみてェだな」

 

 これまでは本気ですらなかった。

 カイドウは本気を出すに値するとさえ見られていなかったのだと、カナタが能力を広大な範囲に使っている様を見て実感する。

 気温が著しく下がり、空に立ち込める暗雲からは雪が降りしきる。

 環境が激変していく。

 世界がカナタの手によって改変されていく様を前に、カイドウは恐ろしくも笑みを浮かべて高揚していた。

 

「そう来なくちゃな……おれが倒す〝最強〟の敵は、やはりお前だ、カナタ……!」

 

 

        ☆

 

 

 暗雲が立ち込め始め、急激に気温が下がるのを誰もが感じ取っていた。

 イゾウも空を見上げ、カナタが本気で暴れはじめたのを本能的に察する。

 

「これは……まずい。ジョルジュ!」

「わかってらァ! 黄昏の海賊団! 戦線を後退させるぞ! 急げ!!」

 

 幹部たちは慣れた様子で戦線を後退させ始め、傘下の海賊たちも困惑しつつ言われた通りに戦線を後退させる。一か所だけ突出していてはあっという間に叩かれるので、彼らも必死だった。

 急に戦線を下げ始めた黄昏の海賊団に対し、侍や百獣、ビッグマム海賊団は困惑していた。

 

「何の真似だ……?」

「我々のこれは必要な行動ですよ。ここに居ては近すぎますので」

 

 眉根を寄せるカタクリに対し、ゼンは簡素に答えた。

 急激に下がる気温、暗雲から降り始めた雪──そして、遠くに見えた火災旋風を突き破って現れた氷の巨人を見て、カタクリは全てを察する。

 

「ぺロス兄……は、駄目か……!」

 

 先程フェイユンにやられ、クイーン共々重傷を負っている。

 ならばとカタクリは後方で指揮に徹していた弟、モンドールに声をかけた。

 

「モンドール! おれ達も距離を取るぞ!」

「あ、ああ……! だが何故だ!? 黄昏を追い返せばいいとは聞いているが、このタイミングでどうして奴らは動き出したんだ!?」

「〝魔女〟が全力を出し始めたんだ! ここに居ては巻き込まれる!!」

 

 モンドールはギョッとした様子でリンリンたちが戦っている方向を見る。

 天変地異のような戦いを続けているあちらの余波で、ここまで危険にさらされるとは思わなかったのだろう。「まさか」と呟くが、肌を刺すような大寒波に冗談でも何でもないと気付き、すぐさま行動に移った。

 

「キング! 百獣海賊団はそっちに任せた! 奴らを追う形でおれ達もここから退避するぞ!」

「良いだろう。おれ達も巻き込まれるのは御免だからな」

 

 フェイユンを速度で撹乱しつつ〝ナンバーズ〟に相手をさせていたキングは、モンドールの言葉を聞いて地上に降りてきた。

 一撃で重傷を負ったクイーンを「情けない奴だ」と吐き捨てつつも、医療班に急ぐよう怒声を飛ばしている。

 恐竜の能力者の頑丈さは伊達ではない。ペロスペローよりも復帰は早いだろう。

 それでも、たった一撃でクイーンを気絶させたフェイユンの腕力は甘く見ていいものではない。キングも何度か危ない場面があった。

 ビッグマム海賊団との共闘で何とか押し返せつつはあるが……この戦場に於いて、フェイユンをどうにかしなければ勝ちの目はない。

 同時に。

 

(……カイドウさん。アンタが負けるとは思わねェが……)

 

 〝魔女〟はこれまで戦ってきた多くの敵の、そのどれとも違うと理解していた。

 ここまで大規模に環境を変えるような化け物など見たことがない。キングもそれなりに強いと自負しているが、あれに巻き込まれれば余波だけでもただでは済まないだろう。

 船長を信じることしかできない自分を恥じたのは、初めての事だった。

 

 

        ☆

 

 

「私は暑いのは嫌いでな」

 

 降りしきる雪の中で、カナタはそう言った。

 火災旋風の中にあって多少熱い思いはしたが、即座に防御に移ったので火傷などはない。

 細かな傷はどちらかと言えばリンリンとカイドウの方が多く、カナタの肌に未だ傷は無かった。

 だが。

 

(面倒だな)

 

 一見カナタが押しているように見えるが、リンリンとカイドウの怒涛の攻撃で反撃が難しい。

 防御に専念すれば凌げるが、それでは打つ手がないと言っているに等しかった。

 なので、多少の傷を織り込んでも攻撃に移ることにする。

 

「〝霜の巨人(ヨトゥン)〟よ」

 

 武装した氷の巨人は覇気によって黒く染まり、カナタと動きが同期している。以前リンリンと戦った時よりも更に精度が増しており、その動きに淀みはない。

 異様な姿にリンリンとカイドウは笑い声をあげた。

 

「ママハハハハ……! 毎回毎回、驚かせてくれるじゃねェか!」

「ウォロロロロロ……!! 気持ちが高ぶって暑苦しかったところだ! 涼しくなって丁度いいぜ!!」

 

 巨大な龍の姿に変化したカイドウは、容赦なく霜の巨人を狙って強烈な一撃を放つ。

 

「〝熱息(ボロブレス)〟!!」

 

 しかし霜の巨人は右手に持った槍であっさりとそれを切り裂き、見た目とは裏腹に猛烈な速度でカイドウとの距離を詰めて抑え込んだ。

 リンリンは拳に覇気を纏い、霜の巨人の背中を強かに殴りつける。

 

「……! 手応えがあった。やっぱりテメェの肉体と同期してやがんのか!!」

 

 カイドウを抑え込むだけの膂力と覇気を、単なる氷が持ち得るわけがない。

 カナタの肉体と同期することで流し込まれた覇気が力を押し上げている。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ママハハハハ!! 丁度いい的が出来たぜ!!」

 

 左手にゼウスを呼び出したリンリンはカナタ本人ではなく、カイドウを抑え込むために動きを止めて背を向けている霜の巨人へと向かう。

 頑丈ではあるが、破壊できないほどではない。

 先程までの戦いでは勝てないと悟って別の戦法を取って来たようだが、付け焼刃だったなとリンリンは口元を歪めた。

 

「〝雷霆〟!!」

 

 叩きつけられる強烈な雷撃。霜の巨人の胸元には巨大な穴が開き、そのままカイドウにまで余波が及ぶほどの威力を見せた。

 少なくとも今は共闘相手だ。「悪いな」と口で謝りつつも、この隙を逃せばカナタにまともなダメージを与えることは出来なかっただろうと考え。

 今の一撃は強力だった。

 たとえカナタでも無傷ではいられないだろうと考え──霜の巨人を形作る氷の色が黒から元の水晶のような透明に戻っていることに気付いた。

 まさか、とリンリンは咄嗟に振り向く。

 

「お前は頭は悪くないが──油断が過ぎるな」

 

 再び作り上げられた霜の巨人。

 速度を重視したためか、不格好な右半身だけの姿でリンリンを殴りつけた。

 

「同期が出来るなら同期を切ることもまた同じ。一つ勉強になったな、リンリン」

 

 カナタの覇気を込めた一撃だ。リンリンとて真正面から受けた以上ダメージ無しとはいかない。

 このまま続けてダメージを与えようとした刹那──カイドウがカナタの至近距離にまで迫っていることに気付く。

 見聞色をどれだけ鍛えても、目の前の相手だけに集中していれば死角は生まれる。ましてや相手は同格のリンリンだ。

 既にカイドウは攻撃動作に入っている。迎撃ではなく回避を選択しようとして、右腕に痛みが走った。

 

「〝刃母の炎(ははのひ)〟ィ!!」

「リンリン……!」

 

 プロメテウスの炎を纏った刃が霜の巨人の右腕を破壊する。

 リンリンの頑丈さを甘く見ていた。

 カイドウの方に意識を移して見聞色がおろそかになったこともあるだろう。攻撃した後のリンリンの動きを確認しなかった。

 だが。それでも。

 この状況で、カイドウを目の前にして、リンリンに意識を割くべきではなかった。

 

「──〝雷鳴八卦〟!!!」

「──ッ!!」

 

 その一撃は雷鳴の如く。

 雷を纏った金棒の強烈な打撃が、カナタの頭部を捉えた。

 今回の戦いにおいて、初めてカイドウの攻撃がカナタに直撃する。

 

「オォ──らァ──ッ!!!」

 

 今出せる全力で金棒を振り抜き、カナタを吹き飛ばす。

 全身全霊、これ以上のものは無いと自負するほどの一撃だった。

 既にカイドウの肉体はボロボロだ。如何に頑丈な動物系幻獣種の能力者とは言え、これ以上のダメージが蓄積すれば命に関わるほどに。

 それでもカイドウは不敵に笑い、吹き飛ばしたカナタを見る。

 

「……どうだ、おれの最高の一撃は」

「……ああ。悪くない一撃だった」

 

 吹き飛ばしたカナタは頭部から一筋の血を流し、口の中を切ったのか血を吐き出す。

 冷えた空気が心地良く火照った頭を冷やし、攻撃のために無数の氷の武器を生み出した。

 

「だがお前も限界だろう。お前もリンリンも、殺せないことは無いが……」

 

 正直、分が悪い。

 霜の巨人は同期する特性上、破壊されれば直にカナタにダメージが行く。それでもブラフとカイドウを抑え込むために使用したが、リンリンは学習した。次はない。

 奥の手である〝白銀世界(ニブルヘイム)〟もあるが、あれは体に炎を纏うリンリンとは相性が悪い。

 閉鎖空間を作り出して冷気で弱らせる空間であるため、熱を自前で生み出し続けられる能力相手では効果が薄いのだ。 

 二人同時に閉じ込めればカイドウは殺せるが、それだけやって莫大な覇気を消費した後でリンリンの相手は些か手に余る。

 無論、リンリンも消耗はするだろうが……カナタとは疲弊度合いが違う。

 

(……今回はここまでか)

 

 カイドウだけは殺しておきたいところだった。

 今回の戦いで今後の脅威になる可能性を見た上、リンリンとの共闘ありきとは言えカナタに一撃入れるまでに研ぎ澄まされている。

 しかし無理をしてカイドウを殺してもリンリンとの連戦になる上、最悪の場合そのまま海軍との戦争にもつれ込む可能性もある。

 リンリンの動きを報告しなかったセンゴクの真意も不明だ。

 このまま戦っても良い結果が得られないなら、余力を残しておく方にシフトした方が良い。

 

「残念だが、今日はここまでだ」

「ほォ、偉く素直じゃねェか。簡単に尻尾巻いて帰るとは思わなかったよ」

「カイドウを殺すだけなら簡単だが、お前を殺すのは骨が折れる。実力はそれなりに認めているつもりだ」

 

 いずれ落とす首ではあるが、その強さは認めている。

 生み出した無数の氷の武器を一斉に投擲して目くらましにして、カナタはカイドウの懐に入り込んだ。

 

「次は殺す。首を洗って待っておけ」

 

 覇気を纏った蹴りをカイドウの横っ腹に叩き込み、リンリンの方へと蹴り飛ばす。

 リンリンは武器を切り払った直後に飛んで来たカイドウを危うく切りそうになり、慌てて手を止めて受け止めた。

 邪魔になったカイドウを横に振り落としてカナタの姿を探すが、既にどこにもいなかった。

 




前回あれだけ援軍登場!みたいな河松登場フラグ立てたのに次の話で登場する前に撤退とは…。


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第百六話:撤退

いつも誤字脱字報告ありがとうございます。
滅茶苦茶助かってます。


「〝櫓流桜〟!!」

 

 張り手一発で敵の侍たちを吹き飛ばす。

 覚えのある技にイゾウとアシュラ童子は即座に気付き、安堵した顔を見せた。

 

「河松!」

「カッパッパ! 久しいなイゾウ! それにアシュラ童子も無事だったか!」

「それはこっちの台詞だど!」

 

 九里にある城が落城した日以降、アシュラ童子は常に同志を探し続けていた。

 しかし、これまで傳ジローや河松は見つかっていなかった。このタイミングで見つかるのはある意味必然だったのかもしれないが、非常に運がいい。

 

「微力なれども助太刀に来た! 拙者の力も存分に振るおう!」

「ああ、ありがたい……! だが、少し遅かったな」

 

 暗雲から落ちる雪を見上げ、イゾウは呟いた。

 もう少し早ければ……いや、今のカイドウを相手に出来るのはカナタを措いて他にはいない。ゼンやジュンシーならばとも思うが、ビッグマム海賊団もまた強大だ。

 目を離していい存在ではない。

 

「遅かったとはどういうことだ?」

「今は戦線を下げている。このままここに居ては巻き込まれてしまうのでな」

「巻き込まれる?」

 

 河松の疑問に答えるように、遠くに見える火災旋風が氷の巨人に引き裂かれる様が見えた。

 対峙するカイドウにも劣らぬ威容に河松も息を呑み、同時に巨人を中心に暗雲が広がっていることにも気付いた。

 あれをやったのがカナタだという事を聞き、下手に手を出せば巻き込まれるというイゾウの言葉になるほどと頷く。

 

「であれば、敵の百獣海賊団や侍たちを攻撃しつつ味方が下がるのを援護すれば良いのだな」

「そうだな。しかし、こちらの戦力が劣っているわけでは無い。無理をすることは無いぞ」

 

 黄昏の海賊団に所属する巨人たちが戦力の大部分を担ってくれている。幹部は幹部が相手をするとしても、ホーミーズや雑兵を逃げながら相手するのはそれなりに面倒だ。

 特にフェイユンは一人で敵の幹部を相手しつつ雑兵の掃除までしている。本人に自覚は無いが、あれだけの巨体が暴れていれば足元の敵兵は何も出来ずに潰される。味方には近寄らないよう周知徹底させておけばいいだけだ。

 血で血を洗う戦ではあるが、黄昏側は出来るだけ被害を抑えつつ戦えていた。河松一人が突出したところで助けにもならない。

 

「そうか……では、今のうちに情報交換をしておこう」

「そうだな。私はおでん様の死を知って敵討ちのために。アシュラ童子はおでん様が亡くなられたのちに足止めに残ったと聞いた」

「河松とおいどんは途中ではぐれた。城に戻ったはずだが、そっちはどうなった?」

「トキ様からお話を聞いたのだ」

 

 曰く、トキは今よりもずっと過去の時代からやってきたのだと言う。

 その力を使ってモモの助、錦えもん、カン十郎、雷ぞう、菊の丞の五人を未来へ飛ばし、おでんが成しえなかったカイドウの討伐──ひいてはワノ国の開国をして欲しいと。

 河松も未来へ共に飛ぶつもりだったが、何かあった時のために日和を残すため、その護衛として留まった。

 

「やはり日和様は生きておいでか!」

「良かったど……!」

「ああ、此度の戦を遠くで見ていて、本来なら日和様の護衛として離れるつもりは無かったが……道中康イエ様と出会ってな」

「康イエ様……あの方も生きておられたか!」

 

 日和の無事を知り、また世話になった康イエが生きていることを知ってイゾウは安堵する。

 今は康イエが日和の護衛を代理でやってくれているらしく、そのおかげで河松は援軍として参戦出来た。

 タイミングは悪かったが……こうしてイゾウと出会い、情報を共有できたのは大きい。

 

「イヌアラシとネコマムシはどうしたか知っているか?」

「わからない。だが、あの二人は恐らく〝ゾウ〟へ向かったと考えている」

 

 処刑から逃げ出したおでんの家臣たちは全員で九里の城へと向かったが、イヌアラシとネコマムシの二人は逃走中に警戒をおろそかにして喧嘩していた。

 〝ナンバーズ〟に捕まったところまでは把握しているが、河松はその後を知らない。

 アシュラ童子に視線を寄越すと、彼もまた首を横に振った。

 

「あのデカいのに捕まった後、逃げたのは確かだど。だがその後まではわからん」

 

 おでんの家臣の誰かが捕まっていれば、確実にオロチは大々的に処刑を執り行うはずだ。それをしないという事は即ち誰も捕まっていないという事。

 どうにか逃げ出し、海外へ出ることが出来ていれば……二人の故郷である〝ゾウ〟へ逃げることは十分に考えられる。

 

「……なるほど。そのうち足を運ぶ必要がありそうだ」

 

 今回の戦いの結果がどうあれ、一度出会って今後のことを話し合う必要もある。カイドウの事、未来へ飛んだ者たちの事、日和に関しても。

 カナタが勝てば憂いは何もなくなるが──イゾウの願いは露と消えることとなる。

 

 

        ☆

 

 

「撤退だ」

 

 カナタは額から流れる血を手で拭いながらジョルジュに伝える。

 負けた様子でもなく、勝ったという風でもない。ジョルジュは「撤退?」と呆けながら判断を下したカナタを見ていたが、槍の柄で頭を強めに叩かれて正気に戻った。

 

「ぐおお……よ、容赦がねェにもほどがある……!」

「さっさと伝えろ。殿(しんがり)は私がやる」

 

 フワフワの実の能力で一番身軽に移動できるのがジョルジュだ。基本的には子電伝虫で各部隊に連絡すればいいが、戦場ではどうしたって統制が取れなくなる場合もある。

 そういう場合に伝えて回るのが彼の役目だ。

 直前まで戦っていたオーブンとアマンドはカナタの乱入に警戒しつつ、距離を取っていた。

 

「心配せずとも、撤退を決めた以上は襲い掛かることはしない」

 

 カナタはオーブンたちの警戒を笑うでもなく簡素に告げるが、二人は警戒を解くことは無い。

 海賊の戦いに卑怯などという言葉がない以上、本当にカナタたちが撤退するまで警戒を怠ることは出来なかった。

 リンリンの子供は優秀だなと思いつつ、撤退を急がせるカナタ。

 最後尾にカナタがいれば余計な手出しは出来ない。カイドウもリンリンも、逃げるカナタを追撃するつもりはないだろう。

 死ぬまでやる気ならとことんやるが、今はあの二人も防衛だけに注力していた。下手に全面戦争をやっても両方に甚大な被害が出るし、誰が死んでもおかしくはない。

 

「あらかた伝え終わったぜ。グロリオーサ達にも連絡を入れた」

「ああ。では撤退を始めろ」

 

 船は物資の補給のために〝ハチノス〟へ戻っている途中だったが、引き返させる必要がある。すぐにワノ国から出ていくことは出来ない。

 全戦力がこの場に集中している今、おでんの娘である日和だけでも探させるべきかと考えていると、後方からイゾウが二人の侍を連れて現れた。

 

「カナタさん! 撤退とはどういうことですか!?」

「文字通りだ。カイドウとリンリンの二人を相手にすれば、私でも死力を尽くすことになる。分の悪い賭けをやるつもりはない」

 

 多くの部下の命を背負う身でもある。良くて相打ち、悪くてもカイドウだけは殺すが、残ったリンリンに対応出来る者がいない。

 お前が抑えられるなら別だが、と視線をイゾウへ向けるカナタ。

 ゼンやフェイユンならばあるいはカイドウを一時抑えることが出来るかもしれないが、そもそも全力のカナタ自身が誰かと共闘出来ない。自分で何とか出来るロジャーなどならばまだしも、ゼンやフェイユンにそれを求めるのは難しいだろう。

 カナタの言葉をイゾウは(ほぞ)を噛む思いで聞き、その決断を渋々と受け入れる。

 だが、それとは別に報告があると告げた。

 

「アシュラ童子と河松か」

 

 イゾウの後ろにいる二人を見る。

 おでんの家臣のことはカナタも覚えていた。今回の戦いに手を貸してくれたとイゾウが伝え、次いで日和と康イエが生きていることを話す。

 死亡確認がされていないだけで生きている可能性は薄いと考えていたが、生きていたと聞いてカナタも僅かに安堵した。

 

「河松が日和様を守っていたそうです」

「そうか……ご苦労だったな」

「おでん様のお子です。家臣である拙者が守るのは当然の事!」

「この国に残していくわけにもいくまい。お前も含め、連れて行こうと思うが……どうだ?」

 

 今のワノ国はカイドウの手に落ちている。しかもリンリンと同盟を組むとなれば、もはやワノ国に安全な場所などない。

 戦力比で言えばビッグマム海賊団の方が遥かに巨大だが、リンリンは「傘下にする」のではなく「同盟を組む」ことを選んだ。

 カイドウの実力を認めてのことだ。

 今後百獣海賊団も成長するだろう。それに伴ってワノ国は開拓される。今は大丈夫でも将来的に逃げる場所は無くなる。

 

「……乗せていただけるのであれば、是非とも」

「アシュラ童子はどうする」

「おいどんは……残る。この地にはまだ同志たちがいる。彼らを纏めて、20年後に錦えもんたちが戻ってくるまで待つつもりだど」

「20年後だと?」

 

 トキの事を含め、おでんの処刑の時に何があったかを説明するイゾウ。アシュラ童子と河松は基本的にイゾウに話すことを任せ、どこか間違っていることがあれば訂正していた。

 ある程度説明を聞き終えたカナタは「ふむ」と考え込み、撤退の殿を務めながら敵が追ってこないのを確認しつつ口を開く。

 

「錦えもんたちが20年後に戻ってくる、か。気の長い話だ」

「カナタさんも20年後を待つのですか?」

「そこは状況次第だが……」

 

 少なくとも現状ではワノ国に迂闊に手を出せなくなった。

 ビッグマム海賊団と百獣海賊団、そして侍たちを同時に相手取って勝利できるだけの戦力となると、今の黄昏の海賊団では厳しい。

 かと言って同盟を組む相手に心当たりもなく、しかも政府の裏切りがある以上海軍も敵に回っていると考えなければならない。

 頭の痛い話だ。

 

「河松。日和と康イエ殿を連れて〝白舞〟にある〝潜港〟へ来い。私たちは今そこに陣を敷いている。誰か逃がしたい者がいると言うなら一緒に連れて行こう」

「承知!」

 

 河松は撤退するカナタ達から離れ、日和たちが待つ場所へと戻る。

 その間に聞いておこうと、今度はアシュラ童子へ声をかけた。

 

「アシュラ童子。今はどれくらい同志が集まっている?」

「まだ20から30くらいだど。大名家に仕えていた武士がほとんどだ」

 

 こちらは連れて行くと言っても難しいだろう。康イエはまだ理解があるほうだが、他の大名にとって黄昏の海賊団はワノ国を征服した百獣海賊団と同じようなものだ。

 ワノ国内部に潜伏して20年後を待つ者ばかりになるはずだ。

 

「……お前に電伝虫を渡しておく。使い方も教えよう。何かあれば私に連絡を入れろ」

「……あんたは、おでん様と仲が悪いと思っていたが」

「悪かったとも。だが、スキヤキ殿には恩と義理がある」

 

 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の事もそうだし、ゼンはかつてスキヤキ殿に仕えていた。おでんが死んだ今、他にやる者がいないならばカナタがやるしかない。

 そう判断しての遠征だったが……上手く行かないものだ。

 カナタは溜息を一つ吐き、どうしたものかと先行きを案じる。

 これだけ大々的に戦力を動かして手に入ったのは日和と康イエの無事だけとはままならない。

 

 

        ☆

 

 

 〝白舞〟にある〝潜港〟──その上部にある建物付近に敷いた陣の中で、カナタはグロリオーサから報告を受けていた。

 撤退の準備も滞りなく進めており、船もそれほど時間はかからずに戻ってくるだろう。

 その間に、河松が連れてきた康イエのところへと足を運ぶことにした。

 

「悪いが、おれは残る」

 

 河松が連れてきた康イエは、ボロボロの姿のままそう言った。

 周りの侍たちも康イエと共に残るつもりのようで、「食料と水だけ少し分けてくれ」と言っている。

 

「残るのはおれ一人だ。娘とその護衛に部下を付ける」

「待ってください! 我々は康イエ様こそ危険だと……」

「駄目だ。お前たちはおれの娘──千代を守ってやって欲しい」

 

 日和と年の近い少女だ。

 名を霜月千代(ちよ)。康イエの一人娘である。

 河松と日和は元より連れて行くつもりだったし、康イエも部下含めて連れて行くつもりだったが……どうにも康イエはワノ国を離れるつもりがないらしい。

 

「このワノ国が危険な時に、逃げ出したとあっては大名の名が廃る! カナタ殿、おれはおれで独自に動く。このままでは終われない……もし死んだらおれはそれまでの男だったという事!」

 

 どうか娘を頼むと、康イエはカナタに対して深々と土下座する。

 部下の侍たちは慌てて止めようとするが、康イエの決意が固いと知るや共に土下座をして頼み込んだ。

 この国の人間はこういう連中が多いな。カナタはそう思いつつ、康イエの意志を尊重して千代と護衛の侍たちを乗せることにした。

 この国でカナタは〝将軍殺し〟の汚名を着せられているが、この際それを気にする者はいないらしい。オロチの所業が余りにも酷かったせいでもあるのだろう。

 

「あとは海軍の監視船に乗っていたバレルズという男の事か……」

「どこまで信用出来るかはわからねェが、少なくともビッグマム海賊団がここに来たのは本当だったんだろ」

「バレルズという男を雇い入れるのは実際に会ってみてからだな」

 

 フェイユンならば表面上どれほど取り繕っていても内側の悪意を感じ取れる。カナタもある程度はわかるが、覇気の資質は武装色寄りなので保険程度にしか考えていなかった。

 それに裏切ったのが海軍というよりも政府の判断なら、事の真意は五老星に問いただすべきかもしれない。

 カイドウを殺すチャンスをふいにしたのはいつぞやの帝国以来二度目だが、あの男も随分と運がいい。

 そういう星の下に生まれたのだろう。

 

「どうする? 七武海を辞めるか?」

「辞めてもいいが、現状で海軍を敵に回すのは避けたいところだな」

 

 ビッグマム海賊団と百獣海賊団の海賊同盟は世界に波紋をもたらすだろう。

 元より巨大な勢力として〝新世界〟に版図を広げていたビッグマム海賊団。

 新進気鋭の巨大化しつつある百獣海賊団。

 片方だけなら黄昏の海賊団一つで事足りるが、この二つが同盟を組むとなると黄昏だけでは少々勢力としては劣ってしまう。

 正面からぶつかればどちらも甚大な被害を負うと互いにわかっているのでしばらくは大丈夫だろうが、百獣海賊団が今後勢力を飛躍的に伸ばすようなことがあれば──。

 

「……奴らが次の〝海賊王〟に成る日は、意外と遠くないのかもしれないな」

「随分弱気じゃねェか。珍しいな」

「カイドウは現時点では容易く捻り潰せる男だ」

 

 だが、リンリンの助力込みとは言えカナタに一撃食らわせた成長の速さ。

 能力によるところもあるだろうが、驚異的なほどの肉体の頑丈さ。

 どちらも甘く見ていいものではない。

 

「いずれ私より強くなるやもしれん。そうなれば止められる者はいないだろう」

 

 可能性は十分にあった。

 覇気は常に強者との戦いで開花する。格上のカナタとあれだけ戦っていたカイドウが何かしら掴めていても不思議はない。

 黄昏の海賊団も戦力拡充が必要だ。

 現時点で海軍を敵に回すのは愚策だろう。もっとも、海軍がそれを狙ってカナタの背中を狙うというのなら〝七武海〟などという称号に何の意味もなくなってしまうのだが。

 

「何にしても責任の所在ははっきりさせておかねばな。もし五老星が私をまだ〝七武海〟に置いておきたいというのなら、政府にも使い道はある」

 

 リンリンの情報を意図的に遮断したことに関して頭に来ているのは事実だが、組織の長としては冷静な目で見る必要がある。短絡的に行動していても行き着く先は滅亡だ。

 まずは五老星に連絡を取るべきだと考え、カナタは電伝虫の受話器を取った。

 

 




次の投稿は31日(まで)にする予定です。
一応4月1日にも投稿予定なんですけど、色々段取り作って丁度章終わりに突っ込みたいなって思ったので。


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第百七話:〝永久指針(エターナルポース)

 黄昏の海賊団を追い返し、同盟を組んだビッグマム海賊団と百獣海賊団は勝利の宴を行っていた。

 普段は仲が悪いと評判のカイドウとリンリンも、今回ばかりは肩を組んで酒を飲んでいる。

 もっとも、戦いが終わった直後にカイドウが倒れて一週間ほど寝込んだので、宴は随分遅れての開催になっていたが。

 

「ママハハハ!! あのクソッタレの鼻を明かしてやったと思うと酒がうめェな!!」

「ウォロロロロロ!! ああ全くだ!! 最後に一発入れてやった時はスカッとしたぜ!!」

 

 浴びるように酒を飲む二人に次々につまみを用意し酒を用意しと、侍女たちも非常に忙しく歩き回っていた。

 カナタの能力の影響で〝花の都〟周辺は冬のようになっているが、これに関しては後々リンリンが何とかすると言っていたのでカイドウは放置していた。カイドウとしては別に環境がどうなろうと気にもしないが、本拠地としている場所の環境はできる限り整えたいのが人情だとリンリンは言う。

 ホールケーキアイランドの方はシュトロイゼンに任せているらしく、同盟としての形をしっかり整えた後は帰ると言っていたが。

 

「次は確実に倒せるように鍛え上げねェとな……!」

 

 おでんを処刑して以降、どこか気の抜けたような気持ちがしていたカイドウも──今や滾る気力を抑えきれなくなっていた。

 とは言え、カナタから受けた傷は未だ癒えていない。医者にしばらく安静と言われ、渋々ながら従っているのが現状である。

 

「……カイドウ。お前、角は誰に折られたんだい?」

「ああ、これか……カナタに昔やられた」

 

 リンリンは上機嫌に酒を飲みながら、今更ながら圧し折られたカイドウの片角の事を聞く。

 あの時も隔絶した実力差を感じたが、カナタの強さは今ほど絶望的では無かった。数日間戦い続けられる程度には迫っていたのも事実だ。

 カイドウは圧し折られた片角を触りながら、当時のことを思い出す。

 

「酒に酔ってオクタヴィアと勘違いして殴りかかってなァ……ひたすら戦ったがほとんど傷も付けられなかった」

 

 最終的に国の軍が動き、カナタは面倒を嫌ってカイドウを放置して逃走。カイドウはインペルダウンに護送されたが、その途中で暴れて護送船を沈めて逃げた。

 イラつきやムカつきはあったが……今にして思えば、つまらないことだと酒を呷るカイドウ。

 〝強さ〟はこの海に於いて最も必要な素質だ。

 弱ければ全てを失う。

 強ければ全てを手に入れられる。

 かつてカイドウとリンリンが所属していたロックス海賊団はそういう集団だった。

 あの集団はロックスとオクタヴィアが無理矢理かき集めた、当時の海賊の中でもロックスが選り好みして乗せたオールスターだ。

 この世の全てを手に入れるため──世界の王になることを企てたロックス。

 

「……今となっちゃ、ロックス海賊団の頃も懐かしい話だ」

「思い出したくもねェな。毎日殺し合って、船は汚ェ血で黒ずんでた。おれはお前を弟のように思ってるが──」

 

 リンリンは嫌そうな顔をして昔のことを思い出し、気を取り直すように酒を呷る。

 

「──当時ロックスの船に乗ってた連中はぶっ殺してやりたいくらいだよ」

「ウォロロロロ……次の〝海賊王〟になるのはおれかお前だ。ロジャーは死んだが、白ひげはおれが倒してェな」

「生意気言うんじゃねェよ。あいつの強さはお前だってよく知ってるだろう?」

 

 伊達に〝次期海賊王〟などと言われてはいない。

 恐らく、現在の海で最強の存在があの男だ。リンリンとて死力を尽くせばいいところまで追い込めるだろうが、殺せるかと言われると厳しいだろう。

 カイドウがいてもそれは変わらない。ニューゲートはカナタよりもさらに強いのだ。

 もっとも、同盟を組んだ以上は勢力を今以上に拡大させて踏み潰せるようにするのが最優先だが。

 

「あァ、そうだ。同盟と言えば、おれは傘下の海賊とは婚姻関係で縛る。お前と……いや、キング辺りとおれの子供を結婚させる気はねェか?」

「結婚だァ?」

 

 カイドウが面倒くさそうな顔をする。

 キングは今や世界的に見ても非常に希少な種族の生き残りだ。珍獣コレクターの一面を持つリンリンとしては、何としてもその血筋を残したかったし、取り込みたいとも考えていた。

 クイーンは頭の中にもなかった。

 

「そりゃあいつ本人に聞け。おれはその辺りまで縛るつもりはねェんだ」

「お前に子供でもいりゃあ、おれの子供と婚姻させてもいいんだがねェ」

「…………いるぞ」

「いんのかい!?」

 

 目を輝かせ、ずいっと顔を寄せるリンリン。

 歳、性別、好み……矢継ぎ早に質問をしてくるリンリンを片手で押し返し、「まだ小せェガキだ」と嘆息する。

 おでんが処刑された頃から様子がおかしいのでやや頭を痛めているが、リンリンとの同盟関係を続ける上で必要だと判断すれば結婚させてもいいとカイドウは考えていた。

 いずれオロチに代わってワノ国の将軍に据えるつもりだったが……他の邪魔者全員を排除した後でリンリンの子供ごと取り込めば問題は無いだろうと判断し。

 

「娘の名は〝ヤマト〟──まだ8歳だ。ヤマトとお前のガキを結婚させてェならしばらく待て」

 

 流石に幼過ぎるヤマトを嫁にくれてやるつもりもないのか、酒を呷って話を打ち切る。

 リンリンは焦ることは無いと思っているのか、今回はこれで勘弁してやるよと笑った。

 どのみち、カイドウには断るという選択肢はない。リンリンとの同盟関係が打ち切られれば、今度こそ本当にカナタに攻め滅ぼされる。それだけは避けなければならない。

 

「ロックスが倒れたあの日にくれてやったウオウオの実のことも含めて、お前はおれに一生の恩が二つある。それを忘れるなよ」

「……実は昔の話だろう」

「いいや、一生の話さ」

 

 どちらにしても、今回リンリンの介入で命を救われたことに変わりはない。

 憮然とした表情でため息を吐くカイドウ。

 同盟を組めたのは良かったが、面倒な奴に借りを作っちまった。そんなことを思いながら、今日は宴だから面倒な話は止めだと言い放ち、ぐびぐびと酒を飲む。

 酒癖が悪いのは変わらないので、この後笑い上戸になったり怒り上戸になったりしてリンリンと喧嘩し、本拠地としている鬼ヶ島の一角を崩壊させていた。

 

 

        ☆

 

 

 五老星は報告書を読んで一斉にため息を吐いていた。

 カナタに依頼されたビッグマム海賊団の監視をセンゴクが受け持ち、報告をしようとしたら世界政府の役人に情報を止められた。

 簡潔に言えばそれだけだが、とんでもない大問題である。

 

「カイドウはパンクハザードで生まれた〝古代巨人族〟の失敗作を買い取った男だ。ワノ国で作られた武器、それに多数の奴隷……多くの取引を行ってきた奴を贔屓にする者がいても不思議はない」

「だが、この状況で黄昏を敵に回すのは非常に厄介だな。あの女の戦争のやり方は従来のそれとは違うぞ」

 

 戦争の組み立て方が根底から異なっている。ただ強大な武力で愚直に蹂躙するだけの存在とは違い、戦略を以て敵を攻略する戦い方だ。

 既に何度か〝マリージョア〟を通行しているので、ある程度の地理も把握されているだろう。現状、敵に回せば世界政府と言えども危ない。

 

「だが幸い、彼女にはまだ〝七武海〟続投の意思がある」

「しかしその条件が厳しい。本気でこれを言っているのか?」

 

 カナタから〝七武海〟続投の条件として出された要求は四つ。

 一つ、多額の賠償金。

 二つ、今回の件を引き起こした役人の首。

 三つ、インペルダウンに捕まっている虜囚から能力者を数名、要望があるたびに引き渡すこと。

 四つ、()()()()()()()()()()()()

 

「……あの男が誰かに従うとは到底思えないが、彼女には御せる自信があるのか?」

「どうかな。そもそも手綱を握る気が無い可能性もある」

 

 黄昏の海賊団とロジャー海賊団の交友関係は政府内では既に共有されている事実だ。

 かつてロジャー海賊団に所属していたバレットともそれなりに友好な関係を築いていたとしても不思議はない。

 ……それはそれでまた頭の痛い話ではあるのだが。

 ただでさえ現時点でも強大な黄昏の海賊団に、バスターコールを発令してまで捕えた〝鬼の跡目〟ダグラス・バレットが加わるとなると……その戦力は海軍でも手に負えなくなる可能性は高い。

 

「だが、ビッグマム海賊団と百獣海賊団の同盟が成されたという情報もある。黄昏が彼らとぶつかってくれるのであれば、むしろ好都合ではないか?」

「そううまくいくとは思えんがな……」

 

 百獣海賊団は現時点ではまだ規模としては中堅。カイドウの実力も〝白ひげ〟や〝魔女〟に比べれば劣るにせよ、今後を考えれば留意しておくに越したことは無いだろう。

 ビッグマム海賊団は黄昏に一度敗北を喫しているが、その勢力は決して見劣りするものではない。

 現に今回、二つの海賊団が同盟を組んだことで黄昏の侵攻をはね返している。

 〝白ひげ〟はこの争いに加わるつもりもなく、静観の構えを取っているようだが……巨大な勢力が入り乱れたまま海の安定を欠くとなると、それはそれで大問題だ。

 

「今回の一件で分かったのは、黄昏の影響力が我々の考えていた以上に大きくなっていたことだな」

「物価の上昇に歯止めがかからない。戦争のために流通を止めた途端にこれだ。頭が痛くなる」

 

 流通という動脈を握られている以上、政府にはカナタの要求を呑む以外に道がない。

 カナタが七武海から離反した場合、今以上に海は荒れる。それに加えて経済と流通の麻痺が起きるとなると、海軍や政府に対応出来る範囲を超えかねない。

 最悪の場合、経済的に支配される国が続出する可能性もある。

 世界政府の力関係が崩れかねないため、現状ではカナタの出した要求は飲まざるを得ないのが実情だった。

 

「インペルダウンの虜囚を引き渡すことに関しても、何を考えているか不明だからな……」

「……議論はまだしばらくしておくべきだろう」

 

 期間を告げられたわけではない。答えを出すまで七武海としての行動はしないと言われたが、容易く飲める条件でもなかった。

 頭を悩ませ、五老星はああでもないこうでもないと議論を繰り返し続ける。

 

 

        ☆

 

 

「実際のところ、なんでこの条件にしたんだ?」

「バレットに関しては、連中がどこまで言う事を聞くかを測る試金石のようなものだ。能力者の引き渡しはスクラの要望だな」

 

 バレットを釈放しなければカナタが七武海を抜けると考えているだろうし、この要求を呑めるくらい政府がカナタに依存しつつあることを証明する手段にもなる。これが通るなら多少無茶な要求でも通るだろう。

 政府はカナタに首輪をつけたと思っていたようだが、実際に首輪を付けられていたのはどちらだったのか、という話だ。

 黄昏の海賊団が物流の多くを抑えている以上、経済面で各国に圧力をかけることも出来る。特に〝新世界〟は魔境の海だ。民間の船でも物流は賄えるが、この大海賊時代に海を渡ることの危険性は誰もが知っている。誰しも危険は冒したくないものだ。

 バレットの釈放を渋ってもじわじわと真綿で首を締める様に天上金を差し押さえてやればいい。

 能力者の引き渡しに関してはスクラの研究が進まないからと、人体実験用に引き取ることを目的としたものだ。死んでも能力は奪えるので一石二鳥でもある。

 

「えげつねェな……」

「大したことはない」

 

 ジョルジュがドン引きする横でカナタは視線を移し、ワノ国から連れてきた面々を見る。

 光月日和とその護衛である河松。

 霜月千代とその護衛の侍三名。

 衣食住に関しては何の問題もないが、誰が面倒を見るのかという話である。

 

「まァお前らには好きにしてもらってもいいけどよ。どうせ部屋だって余ってるしな」

「ワノ国とは色々勝手が違うことも多かろう。スコッチに用意をさせているから少し待て」

 

 カナタの言葉に日和はやや落ち込んだ様子で頷いたが、千代の方は最初から話を聞かずにそわそわと辺りを見て回っている。

 物珍しさに好奇心が刺激されているらしい。

 大人しくしてくれない千代に護衛の侍たちは四苦八苦していた。

 

「姫、大人しくしていてくだされ!」

「お転婆が過ぎますぞ!」

「これくらいいいじゃろ! 初めての外国じゃし、興味が尽きんからのう!」

 

 半ば無理矢理連れてきたようなものだが、随分元気のいいことだ。

 これくらい肝の据わった少女なら心配は要らないだろうと判断し、カナタは日和へと視線を向ける。

 

「必要な物があったら言うといい。出来る限りは用意しよう」

「ありがたい限りです。イゾウ共々、世話になります」

 

 深々と頭を下げる河松。

 日和も頭を下げて礼を言い、騒がしい千代も含めて準備が出来たからと呼びに来たスコッチに預けることにした。

 イゾウも後で顔を出すと言っていたので、今後のことは侍たちで考える事だろう。今後の身の振り方も考えねばならないだろうし、とジョルジュは思う。

 

「おでんもああなっちまったし、母親も死んだんだろ? あの年でそれはキツイだろうし、何とかケアしてやらねェとな」

「? 親などいなくとも子は育つだろう? 心配は要らんさ」

「おめーに話したおれが馬鹿だったよ……」

 

 そういえばカナタも生まれてこの方両親と過ごした記憶が無いのだった、とジョルジュは気付く。

 しかもその後、引き取られた孤児院でも奴隷商に売り飛ばされている。

 親無しでも逞しく育ってきた女なので説得力も段違いだった。僅か十歳で町のチンピラを締め上げて商会を開く子供など普通はいないのだが。

 どっと疲れた様子のジョルジュが「用事も終わったし部屋に戻る」と扉に手をかけようとすると、ノックの音が聞こえてきた。

 

「やあ、カナタさん! ちょっといいかな?」

「カテリーナか」

 

 部屋の主であるカナタに問うでもなく扉を開けたジョルジュは、ノックしてきた女性に目を丸くする。

 決め顔でポニーテールを振り回すカテリーナは何かと妙なものを作っては見せに来ているが、今日はそういう訳ではないらしい。

 特に急ぎの用事もないので部屋の中に招き入れると、彼女は「珍しいものを手に入れたんだ」と〝永久指針(エターナルポース)〟を掌の上に乗せて見せてきた。

 

「……普通の〝永久指針(エターナルポース)〟じゃないのか?」

「ちっちっち。それが違うんだなー」

 

 ドヤ顔で〝永久指針(エターナルポース)〟を机の上に置くカテリーナ。

 ジョルジュとカナタがそれをよく見てみると、指針がやや斜め上を向いていることに気付いた。

 

「斜め上を指している……? 島の標高が高いだけではこうはならない。何かあるのか?」

「これはね、〝空島〟の〝永久指針(エターナルポース)〟さ!」

「〝空島〟だァ?」

 

 ジョルジュも噂だけは聞いたことがあるのか、胡乱げな顔でカテリーナの方を見る。

 

「あれは船乗りの間で伝わる伝説だろ? 実在するかどうかも怪しいだろうに」

「〝空島伝説〟か。ロマンはあるが、これがその〝空島〟とやらの〝永久指針(エターナルポース)〟なのか?」

「そうだよ」

 

 カテリーナは以前オクタヴィアから話を聞いたことがあると言い、情報の出処に今度はカナタが胡乱げな顔をした。

 確かにオクタヴィアはカナタよりも長いこと海賊をやっているし、様々な情報にも精通しているが、今回ばかりはカテリーナが騙されているんじゃないかと言いたげだった。

 カナタの中でオクタヴィアの信用度などそんなものである。

 

「まぁでも、ジョルジュがフワフワの実を食べて空を移動出来るようになったわけだし、確かめるのは簡単になっただろう? 私はこれ、結構興味あるんだよね」

「……そうだな。ジョルジュの能力があれば島が浮いていても移動は出来るか」

 

 実物があるかどうかはさておき、噂の真偽を確かめるためにも行ってみるのは悪くない選択だった。

 どのみち五老星が判断を下すまで七武海としての仕事もするつもりは無いし、リンリンとカイドウも今は小康状態で動くつもりもなさそうだ。

 海軍ともまだ敵対することは無く、ニューゲートは相変わらずとなれば、カナタのやることはあまりない。

 有体に言って暇である。

 ワノ国から帰るときは最悪海軍とリンリン達を同時に相手取らねばならないかと思っていたが、そういう訳でもなかった。

 

「良し、では伝説の真偽を確かめるためにも一度向かってみるか」

「そう来なくちゃね! 今回は私も同行するよ!」

「好きにするといい」

 

 クロやティーチは確実についてくるだろうし、日和たちも気晴らしに連れて行ってもいい。

 カナタは机の上に置かれた〝永久指針(エターナルポース)〟を手に取り、刻み込まれた指し示す島の名前を読み上げた。

 

「〝スカイピア〟か──」

 

 ──このタイミングでこんなものを手に入れるとは、まるで私を呼んでいるようだな。

 何となく、そんな気がした。

 

 




END 大海賊時代/insane dream

NEXT 神聖継承領域スカイピア


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剪定事象/root BEAST

えっ!?今日は好きなだけ小説書いて投稿してもいいのか!?



 女の話をしよう。

 黒曜の如く美しい髪をなびかせ、誰もが振り返るほどの美貌を持つ少女。

 聡明で、一つ教えれば十を知る。

 理知的で、癇癪一つ起こさない。

 大人よりも大人びた少女は完璧で、完成されていた。

 ゆえに、彼女は迫害された。

 完全完璧。容姿端麗。そういった要素は往々にして理解とは程遠い。

 誰も彼女のことを理解しようとはせず。また彼女も誰かのことを理解しようとはしなかった。

 それが、全ての始まりだった。

 

 

        ☆

 

 

 可能性は無数にある。

 条理も不条理も、あらゆる可能性は起こり得る事だ。

 例えば、そう。

 とある島で孤児院の院長を務める男が一人の子供を売り飛ばし、その子供が船室で悪魔の実を食べた直後に海賊船に襲撃されることだって、ありえないわけじゃ無い。

 それが、あらゆる海で恐れられる悪名高きロックス海賊団だとしても、だ。

 

「──……あァ? お前……なんでここに?」

 

 逆立った髪と赤い瞳が特徴的な男だ。

 手には一振りの刀があり、男自身は返り血を浴びていないが武器からは血の臭いがする。

 男は訝し気な顔をしつつ少女の顔をじろじろと見て、間違いじゃないのかと何度も確認する。やがて本物だと判断すると、少し離れてもう一度少女の方を見た。

 

「…………おい、オクタヴィア!!」

 

 ジーベックと呼ばれた男が虚空に向かって声をかけると、次の瞬間には男の後ろに一人の女が立っていた。

 黒髪の女だ。趣味の悪い金色の髑髏を模した仮面を付けているので顔はわからないが、どことなく不機嫌そうに見える。

 

「なんだ、うるさいぞジーベック」

()()()()()()

「藪から棒に何を……」

 

 ジーベックの指差す先を見て、オクタヴィアは言葉を失った。

 この女には珍しく、ショックで放心していたのだ。

 その間にジーベックは手枷と足枷を壊し、その少女を抱き上げた。

 

「ノウェム……何故お前がここに……」

 

 オクタヴィアが絞り出すように少女へと問いかける。

 何故自分の名前を知っているのか、疑問はあったが……特に隠すことでもないと、少女は端的に答えた。

 

「売られた。孤児院の院長に」

「──……」

 

 びきり、と船が軋んだ。

 表面上は何も変わっていないように見えても、仮面の下では激情が渦を巻いている。どこかで発散させねばすぐにでも暴れかねない雰囲気だった。

 ジーベックは呆れたようにため息を吐き、「落ち着けバカ野郎」と諭す。

 

「お前が信用して預けた結果がこれか。呆れたもんだぜ」

「……ああ、悪いな」

「くく、そういうこともあるだろうよ。だが、まァこうなったからには連れて行くしかねェ。異論はあるか?」

「……いいや」

 

 抱き上げた少女を割れモノを扱う様に丁寧に抱えなおし、奴隷商の船から自分たちの船へと戻る。

 その際、船員の誰もが奇妙なものを見るようにノウェムの方を向いていた。

 誰もがこの海で名を上げた悪党たちだ。ただの子供には刺激が強いが、ノウェムにとってはそうでもないのか、泣いたりと言った様子は見られない。

 やがて略奪が終わって全員が船へ戻ってくると、いの一番に金髪の男が問いかけた。

 

「で、お頭。何だそのガキは」

()()()()()

「…………あァ!!? 娘!!?」

 

 返ってきた答えに、思わず咥えていた葉巻を落とすほどの衝撃を受けていた。

 確かに瞳は同じ赤色だ。だがそれだけで、と考えて視線がオクタヴィアの方へと向く。

 この女は普段は仮面を被っているが、食事の時は外す。その際に素顔を見たことがあるが、それを極めて幼くしたらこうなるのではないかと思わせた。

 つまり、この少女は──。

 

「……なるほど、そういうことか」

 

 何故あの船にいたのか、という事も気になるが……その辺りは追々聞けばいい。

 今聞きたいのは一つだけだ。

 

「どうすんだ、そのガキ」

「連れて行くさ。不満があるか?」

「ああ、あるね。役立たずのガキなんざ乗せるつもりはねェ。アンタが普段から散々言ってることだぜ。『この船に乗るならおれにその価値を示せ』ってな」

 

 ロックス海賊団は託児所じゃねェんだぜ、と金髪の男──シキは言う。

 ガキ一人くらい構わねェだろ、と別の男──ニューゲートが口を挟む。

 役に立たねェガキなんて邪魔なだけだろう、とピンク色の髪の女──リンリンが笑う。

 

「そうだな。役に立たねェなら価値はねェ。だがガキに多くを求めるつもりもねェよ」

 

 そうなると見習いのカイドウをいの一番に追い出さなきゃならねェからな、とロックスが笑った。

 ノウェムには帰る場所もない。当面は船に置いて、雑用でも何でもして船に乗せてやってもいいとロックスが思うだけの価値を示すこと。それがシキを納得させる条件だった。

 ロックスの実の娘であろうとも無駄飯食らいを置くつもりは無い。

 わかったのかわかっていないのか、ノウェムは頷くだけで反論もすることなくその場を収めた。

 オクタヴィアだけはシキのことを殺すつもりかと言わんばかりに睨みつけていたが、シキはそれを気にすることも無く。

 「ひとまず一週間だ」と期間を定め、ノウェムと同じ赤い瞳の男がニヤリと笑った。

 

 

        ☆

 

 

「はい、海王類のステーキ」

 

 一週間後、ノウェムは船の厨房で手際よく調理をしていた。

 ロックスは前に出されたそれをじっと見て、手に持ったナイフで素早く切り分ける。肉の焼け具合を確かめて頷き、かぶり付いてまたも頷く。

 事前に伝えていた通り、中までしっかり火を通した少し硬いくらいの歯応え。期待以上の出来と言っていい。

 添えられた野菜を無視して「野菜も食え」とオクタヴィアに言われつつ、肉だけを食べ終えたロックスはカッと目を見開いた。

 

「合格!」

「じゃあ私、次の注文あるから」

「ハッハァ! 気にもしてねェって反応だな! もしも船から降ろされるってなったらどうするつもりだったんだ?」

「? 別にどうもする必要は無い。近くの島で降ろされたら適当に働いて金を稼げばいいだろう」

「ほォ……じゃあ海の上で放り出されたらどうするつもりだ?」

「私は海の上を歩ける。この辺りの海図はもう見たから、星の位置を見ながら近くの島まで移動できれば問題なかった」

 

 ノウェムの言葉にロックスは爆笑し、オクタヴィアは訝しげな顔でノウェムの顔を見ていた。

 

「ま、海賊船で見習いやるよりカタギの方が良いって場合もあらァな」

 

 ひとしきりゲラゲラと笑ったあとで、ロックスはそう言った。

 船で数日の距離を歩くつもりだったり、色々と想定が甘いところはあるが……これだけ考えられるならロックスとしては及第点を与えても良かった。調理も出来る。色々と教え込むのも面白そうだ。

 しかし、と疑問に思う点が一つ。

 

「お前、そういう知識をどこで学んだ? 孤児院か?」

「孤児院で教えてくれたのは最低限の文字だけだ。それ以外は何も教えてくれなかった」

「あァ? 調理もか?」

「あそこで私にまともな食事が出たことはない。釣りをしたり、夜中に忍び込んで適当に作って──」

「あー、いや、いい。わかった。それ以上話すと面倒くせェことになりそうだ」

 

 ロックスの横で話を聞いて居たオクタヴィアの怒りのボルテージが凄まじいことになっている。横に座っているロックスも静電気でピリピリし始めたのでノウェムの口を閉じさせた。

 どことなく話し方が他人行儀なのも、会話がほとんどなかったことが原因なのだろう。様々な知識を得たのは人と関わる時間が無かったゆえの学習時間の多さか、と考え。

 まさか転生しましたとは言えず、ノウェムも色々勝手な想像されているだろうなと思いながらも訂正はしなかった。

 まぁいきなり孤児院の院長に売られ、その後海賊に襲われたと思ったら偶然両親だったなど、どんな偶然が重なればそうなるのだと言いたくもなる状況だ。事実は小説より奇なりとよく言ったものだと思うノウェム。

 

「とりあえず、お前はしばらく船のコックだな。文句はねェだろ、オクタヴィア」

「……ああ。こうなった以上は手に職があった方が他の者も納得するだろう」

 

 色々言いたいことはあったようだが、全てのみ込んで肯定の意を示すオクタヴィア。

 その辺りの事をシキ含め、古株の面々に伝えておこうと三人は移動を始める。古株に限定したのは、ロックス海賊団は殺し合いが絶えないために面子の入れ替わりが激しいからだ。

 強さだけがこの船で生き残るために必要な物。

 強さを持たないのなら、ロックスにとって「必要だ」と思わせるだけの一芸があれば庇護してくれる。

 ここは、そういう海賊団だった。

 

「おお、オクタヴィアと船長の子か。随分めんこい子だねェ。ニキョキョキョキョ!」

 

 ロックスが呼び出した面々が集まり始める中、一人の老婆が笑いながらノウェムに近付いて来た。

 老婆──黒炭ひぐらしは、ノウェムの姿を上から下までじっくり見て「そっくりだねェ」と呟きつつ、近づいてくる。

 そのままノウェムの頭を撫でようとするひぐらしの手を、オクタヴィアが止めた。

 

「私の顔を使うことは許可したが、この子の顔を使うことを許可した覚えはないぞ」

 

 ビリビリと覇気を発しながら威圧するオクタヴィアに、思わずひぐらしの腰が引ける。

 「た、ただ頭を撫でようとしただけさ」としどろもどろになりながら言い訳して後退し、脱兎の如く逃げ出した。

 入れ違いでシキやニューゲートが部屋を訪れたが、逃げるひぐらしを見ても特に気にした様子はない。

 ひぐらしの実力そのものは大したことがない。強さを至上とするロックス海賊団においては軽んじられている存在なのだろう。

 ロックスはそう思っていないようだが。

 

「で、おれ達を呼び出したのはどういう訳だ?」

「ノウェムの役割が決まった。厨房でコックをやらせる」

「あァ? ガキにおれ達の飯を作らせるってのか? ままごとやらせるにしてももう少しマシな役職を与えてやれよ」

 

 使い物になる訳がねェ、と言わんばかりの様子で肩をすくめるシキ。

 妙に反抗的だが、この海賊団は仮にもロックスの下に自ら集った海賊たちで作り上げられたものではないのか。自分が上に立ちたいなら自分で海賊団を立ち上げればいい。

 その疑問に気付いたのか、ロックスはノウェムに説明を始めた。

 

「まァ()()()()()()()()、ってのは間違いじゃねェな」

「正式な〝ロックス海賊団〟は私とジーベックの二人だけだ。あとはほぼ全員、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 〝デービーバックファイト〟と呼ばれるゲームがある。

 古代の強欲な海賊、デービー・ジョーンズにちなんで行われるゲームだ。参加は双方の船長の合意によってのみ決定され、敗者は船員や海賊旗を奪われる。

 ロックスとオクタヴィアはひたすら他の海賊団にこれを持ち掛け、船員を奪い取り続けて今に至る。

 ごく少数、ロックスが何かしらの理由で船に乗せている者もいるらしい。

 

「〝デービーバックファイト〟は絶対だ。双方の船長の合意が取れている以上、それを覆すことは海賊として約束一つ守れねェゴミってことを公言することになる」

 

 当たり前の話だが、ロックスもオクタヴィアも実力はトップクラス。この二人がいる以上、どんなゲームでもほぼ負けなしだった。

 有名になった海賊団にゲームを仕掛けて素質のある者を奪い、時たま見かける海賊団にもゲームを持ち掛けて気紛れに船員を奪う。

 だからこの船に於いて船員同士の仲はひたすらに悪く、殺し合いに発展することも決して珍しくはない。死んで頭数が減ったならまたゲームで奪えばいいのだから、船員殺しも気軽に行われている。

 だが、この二人なら普通に仲間を集めてもそれなりに集まりそうなものだが……と疑問を浮かべると、心を読んだかのようにロックスがニヤリと笑った。

 

「このゲームで奪い取った船員はな、勝ち取った船長に対して絶対服従なんだ。そういうゲームだからな。全員自分で集めるとおれの指示に従わねェゴミを使う羽目になるだろう?」

「敗者は大人しく勝者に忠誠を誓うものだ。海賊同士のルールでも通すべき仁義はあるからな」

 

 そういうものか、と思う。

 様々な海賊団から実力のある者たちだけを集めたオールスターの海賊団。ロックスが目指すのは〝強い〟海賊団である以上、他の船員に殺されるような雑魚に用はない、という事らしい。

 しかし、自発的に船に乗ったなら船のルールに納得して乗っているはず。それならば普通は船長の指示に従うものではないのか。

 ノウェムの疑問はオクタヴィアの言葉で解消された。

 

「ジーベックに対して絶対服従。守れない奴は存外多い──奴隷のように扱うからな、この男は」

「オクタヴィアに対してそんなことしたら反抗するからやらねェがな」

 

 この二人の会話を聞いて居ると、ロックスにとって部下とはオクタヴィアだけでよく、オクタヴィアにとって仲間とはロックスだけでいいと考えているのだろうか、とノウェムは思った。

 仮に二人が負けていれば、この二人が部下になった海賊団が誕生していたのだろう。

 そんな姿は想像すらできないが。

 

「おい、おれ達はテメェらの雑談に付き合うために呼び出されたのか?」

「おっと、忘れてたぜ。シキ、お前がグダグダと文句を言うからこうしておれのガキに仕事をさせてんだ。満足か?」

「不味い飯作ったら即刻海に叩き落してやるよ」

「口だけは達者だな、荷物持ち風情が」

 

 びきり、とシキの額に青筋が浮かんだ。

 シキの視線がオクタヴィアの方に向き、一触即発と言わんばかりの剣呑な雰囲気に包まれていく。

 シキの後ろにいたリンリンがオクタヴィアの言葉に肩を震わせて笑っており、シキは即座に剣を抜いてリンリンの首へと走らせた。

 

「おっと」

 

 リンリンはそれに素早く反応し、いつの間にか手に持っていた刀で受け止める。

 

「おいおい。おれは笑っただけだろうが。言ったのはあっちだよ、()()()()

「止めてやれ、リンリン。そいつは自分より弱い奴にしか噛みつけないのだからな」

 

 オクタヴィアの言葉に、今度はリンリンの額に青筋が浮かんだ。

 

「……そりゃあ、おれがコイツより弱ェって言いてェのか?」

「それ以外にどう聞こえるんだ? 菓子ばかり食べて頭に栄養が足りていないと見える」

 

 三者の発する覇気で船が軋み始める。

 ロックスはにやにやと笑いながらも、流石に船内でこの三人を暴れさせると面倒だと思ったのか、「戦うなら表でやれ」と誘導する。

 剣呑な雰囲気なまま三人は部屋の外に出ていき、その直後に轟音が連続して部屋の中まで響いて来た。

 

「……あいつらは、まったく」

「フフハハハハ! オクタヴィアの口も随分達者になったもんだ! おれと初めて会ったときは無言で殺そうとしてきたもんだが!」

「興味ねェよ、そんなこと」

 

 ニューゲートはガリガリと頭を掻き、ため息を一つ吐いた。

 流石にあの三人の喧嘩を止めるのはニューゲート程の実力者でも骨が折れる。唯一止められるであろうロックスに止める気が無い以上、この喧嘩はしばらく続くだろう。

 船が壊れないことだけは祈っておくべきかもしれない。

 そんなことをノウェムが考えていると、ニューゲートに妙に同情的な視線を寄せられていることに気付く。

 

「……何か言いたいことがあるのか?」

「……いや、ねェよ」

 

 何か言いたそうに口を何度か開くが、結局言葉にすることは無く部屋を出ていく。

 何だったんだとノウェムは視線で背中を追うが、ニューゲートは振り返ることも無かった。

 

 

        ☆

 

 

「あら、随分可愛い新入りが増えているのね」

 

 オクタヴィアは黒焦げになったシキとリンリンを片手にそれぞれ持ち、引きずりながらノウェムを連れて医務室を訪れていた。

 部屋にはタバコを吸いながら暇そうに新聞を持つ女性が一人。彼女はシキとリンリンをいつものことだと言わんばかりに受け取ってベッドに乗せ、慣れた様子で「程々にね」とオクタヴィアに言うと、その後ろにいるノウェムに気付いた。

 彼女はしゃがんでノウェムに視線を合わせると、ニコニコ笑いながら話しかける。

 

「私はシャクヤク。この船の船医をやってるわ」

 

 本職は船医じゃないんだけど、と笑う。

 

「ノウェム。今日からこの船でコックをすることになった。よろしく」

「あら、そうなの。子供を拾うなんて珍しいのね、オクタヴィア」

「私の子だ」

「そう、貴女の子……子供!?」

 

 流石に驚いたのか、ギョッとした顔でノウェムの顔を二度見する。

 オクタヴィアはいつも趣味の悪い金色の髑髏の仮面を付けているので、咄嗟にどんな顔だったか出てこない。

 ぼんやり思い出してノウェムと見比べてみれば、確かに顔立ちはよく似ている。瞳の色だけは違うようだが。

 

「……瞳の色、赤いのね」

 

 何かを察した様子で、シャクヤクはちらりとオクタヴィアの方を見て立ち上がった。

 二人は何かを話していたようだが、ノウェムは特に興味もなく消毒液の臭いがする部屋を見回す。

 普通の医務室だが、ベッドの大きさは普通サイズから巨人が使うのかと思うようなサイズまで様々だ。ニューゲートなどは5メートルほどもあるし、リンリンだって10メートル近いので、普通のベッドでは入らないのだろう。

 その辺りは意外と考えられているらしかった。

 

「ノウェム」

 

 オクタヴィアが自身を呼ぶ声を聞いて振り返った。

 手招きをするオクタヴィアの下へと近付き、彼女はシャクヤクを指さす。

 

「困ったらこの女を頼れ。いつも私がいる訳では無いからな」

「滅多に頼み事なんてしないオクタヴィアの頼みだし、助けてほしいことがあったら貸しってことで請け負ってあげるわ」

 

 いつも船にいる訳ではないオクタヴィアは、シャクヤクに自分がいない時のことを頼んだらしい。

 オクタヴィアに勝てないならとノウェムを狙う可能性がある者に心当たりがあるらしく、それを聞いてノウェムは非常に嫌な予感がしていた。

 ロックスに頼れないものかと思ったが、あの男は自分の子供でも多少の事では助けてくれないらしい。

 もちろん、一度価値を示した以上は庇護下にあると考えていいが……味方は多いに越したことは無いとオクタヴィアは判断したのだろう。

 貸しを作るような事態にならなければいいが、などと肩をすくめ、ノウェムは思った以上に危険が多い船に辟易した。

 

 




いいぞ…好きなだけ書け…


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剪定事象/root BEAST 2

えっ!? 今日はお代わりもしていいのか!?


 ──滅茶苦茶だな、この女。

 

 ノウェムは何隻もの軍艦を一人で沈めていくオクタヴィアを見てそう思った。

 ゴロゴロと雷鳴が響くたびに軍艦が撃沈し、それに対抗しようとした海兵が木端のように吹き飛ばされていく。

 ロックス海賊団は誰しもが怪物的な実力を持つ集団だが、オクタヴィアとロックスの二人はノウェムから見ても頭一つ抜けている。

 嬉々として血の気の多い船員たちも大暴れしていたが、オクタヴィアが出た途端に慌てたように戻ってきたのだから凄まじい。

 

「……しかし、オクタヴィアはここに居るのに何故新聞に名前が?」

「ひぐらしには会っただろ、あの枯れ木みてェなババアだ」

 

 あの女はマネマネの実の能力者であり、顔を触れた人間の顔と体をコピーすることが出来る。

 ノウェムが持っている新聞にはオクタヴィアがとある国の王を誑かしたなどと好き勝手に書かれているが、ノウェムが知る限りここ一月ほど外出していた覚えはない。

 つまり、これはひぐらしがオクタヴィアの顔を使ってやっていることなのだろう。

 

「世界政府はおれ達のことを危険視しているし、海軍だって今回みてェに何隻も軍艦を派遣してくる。陽動、攪乱は戦争の常だ。覚えておけよ、ノウェム」

「はい、父さん」

「いい子だ」

 

 ロックスはノウェムの頭を撫で、にやりと笑って剣を持たせる。

 まだ幼いが、この船にいる以上は否応なしに海軍に狙われる。政府の諜報員も時折狙ってくるようだし、ノウェム自身を多少鍛えておくに越したことは無い。

 そういう理由があってか、ロックスは暇な時にノウェムを鍛えていた。

 

「陽動と攪乱は戦争の常とは言ったが、最終的にものを言うのは己の強さだ。自分の力を信じ切れなかった奴から脱落する」

 

 世界でも上位の強さを持つ者たちが必ず持つ〝覇気〟の力。

 これは肉体の強さでもあるし、同時に心の強さでもある。

 小手先の技術は一朝一夕で身に着くものではない。ロックスはまだ幼いノウェムに対してそこまで多くを求めず、ひたすらに覇気の知覚とその根幹をなす心の方を重視して鍛えていた。

 ロックスが教師として優秀なのか、あるいはノウェムが生徒として優秀なのか……当初は酒の肴代わりに笑ってみていた船員たちも、メキメキと実力を伸ばすノウェムに今や真顔になっている。

 

「お前は見た目こそオクタヴィアによく似ているが、戦い方はどちらかと言えばおれ寄りだな」

 

 オクタヴィアはその類稀なほどの強烈な覇気と希少な能力に依るゴリ押しで敵を圧倒するが、ロックスは覇気と技術で敵を確実に追い詰める戦い方を好む。

 ノウェムの食べた悪魔の実の能力自体が攻撃に向いていないこともあってか、どちらかと言えば小手先の技術で対応しようとする癖があった。

 

「悪いこと?」

「いいや、悪いことじゃねェ。ちゃんと自分に向いた戦い方を考えてるってことだからな」

 

 だが、どんな戦い方をするにしても基礎は大事だ。

 

「オクタヴィアもそうだったが、お前も一回動きを見せれば同じ動きをすることが出来る。それに耐えられる下地が必要だ」

 

 筋力が足りていない。

 良い物を食べて体を作る。子供にはそれが一番必要なことだ。

 年の近いカイドウはノウェムと違ってかなり体格がいいので羨ましくも思うが、無いものねだりをしたところで始まらない。

 血筋的に小柄なのだ。小柄は小柄なりの戦い方を探る他に無いだろう。

 

 

        ☆

 

 

 覇気の技術は手本が多い。

 ロックスもそうだし、オクタヴィアやニューゲート、シキ……この船に乗っている者はほぼ全員が覇気使いだ。

 ノウェムにとって学ぶ機会は非常に多かった。

 

「それでは、エレファントホンマグロの解体ショーを始める」

「何でだよ」

 

 思わずニューゲートが突っ込む。

 前日にニューゲートが釣りあげてノウェムが急速冷凍し、一日置いて解凍したエレファントホンマグロを大きめのまな板の上で捌こうとしていたのだ。

 滑らないようにエレファントホンマグロはカイドウが両手で抑えており、横には手順を説明するようにシュトロイゼンが構えている。

 ノウェムは手に持った解体用の包丁に武装色の覇気を纏わせ、ガチガチに凍った魚を手際よく解体していく。

 冷凍したのは鮮度を保つためでもあるが、寄生虫の問題もあったからだ。

 

「覇気を武器に纏わせて維持しつつ、細かい作業に集中する。難しいが修練としちゃ丁度いいからな」

「だからって解体ショーの意味があんのか?」

「別に何でもいいのさ。丁度良い物を釣り上げたって話を聞いたからやらせてるだけだ」

 

 既に酒を飲んでエレファントホンマグロを食べる気満々のロックスを尻目に、ニューゲートは包丁を使って捌くノウェムを見ていた。

 傍でシュトロイゼンが逐一説明をしているとは言え、捌き方に迷いがない。

 頭を落とし、腹を割いて三枚におろす。骨についた身は生で食べられるのでロックスにつまみ代わりに出しておく。骨は後で焼いて出汁を取るので捨てることはしない。

 焼く部位、煮込む部位などにざっくり切り分け、別の料理が出来るまでの繋ぎとして刺身を出す。

 感心したように刺身の載った皿を受け取ったニューゲートは、幼いながらにしっかり手に職を付けていることに驚いていた。

 

「……随分手慣れてるじゃねェか」

「シュトロイゼンが教えてくれるからな。手厳しいが勉強になる」

 

 この船で料理人をやるとなると、多少なり気が強くなければやっていけない。酒に酔って文句を付けてくる馬鹿もいるのだ。

 ノウェムにそれをやると次の瞬間にはオクタヴィアが現れて黒焦げにされるのだが。それが周知されるまではノウェムに文句を言う者もいた。

 ニューゲートはノウェムが切り分けた刺身を食べつつ、他の部位の調理に入った少女を見る。カイドウは既に役目が終わってノウェムに酒瓶を貰っていた。

 酒で買収して手伝わせていたらしい。

 

「器用なもんだ」

「カイドウの扱いも手慣れてやがる。あの馬鹿は易々ということ聞くようなやつじゃねェんだがな」

 

 ロックスは酒で買収したと知ってゲラゲラ笑っており、オクタヴィアはあまり子供に酒を飲ませたくないのか、嫌そうな顔をしている。いや、仮面で顔は見えないのだから横にいるロックスが雰囲気でそう感じているだけなのだが。

 

「酒を飲ませていいのか? カイドウに以前酒を飲ませた時に見た酒癖の悪さ、お前も知っているだろう」

「良いだろ、別に。多少暴れるくれェ可愛いモンだ」

 

 カイドウが多少暴れたところで容易く鎮圧できる。見習いのカイドウにやられるような船員がいるなら、弱いそいつが悪いのだ。

 ロックスが何も言わないならと引き下がるオクタヴィア。

 この船における規律は〝ロックスに逆らうな〟という一点だけだ。船員を殺そうが、酒を飲んで暴れようが、自己責任で好きにさせている。好き勝手やった結果殺されたとしても、そいつの自己責任だ。

 弱い奴には何も選ぶ権利は無い。

 

「しかし、武装色の覇気を器用に使うもんだな」

 

 ノウェムは包丁に覇気を纏わせ、自然に使っているが……覇気を自身以外に流し込むのは結構な高等技術だ。

 体内と体外では扱い方の難易度にかなりの差がある。肉体に覇気を流し込むと黒く硬化するが、鎧のように肉体に纏う覇気は見た目も変わらない。〝一度見た動きを模倣する〟ノウェムやオクタヴィアの特殊な技能も、見えなければ模倣できないのだ。

 覇気を知覚して長く修練すればそのうち使えるようになるだろうが、ロックスとしては「段階を早めてもいいかもな」と思い始めていた。

 

 

        ☆

 

 

 〝偉大なる航路(グランドライン)〟を除く四つの海を気紛れに移動しながら、ロックスは時に街を襲い、商船を襲い、身を隠して海軍との戦闘を避けて何かを探しているようだった。

 何を探しているのかはわからない。

 しかし、ロックスが探しているのだからそれは恐らく価値のあるものなのだろうと誰もが考えていた。

 シキやリンリンはともすれば横取りに動くかもしれないと思っていたが、ロックスとオクタヴィアは彼らが敵に回ったところで意にも介さないだろうという確信がある。

 ノウェムは拙いながらも、見聞色でおおよその力は把握できていた。

 この船に乗っているのは、恐らくこの時代におけるオールスターだ。

 世界を沈めかねない地震人間。

 魂を操って万物に命を与える人間。

 生物以外ならあらゆるものを浮かせられる浮遊人間。

 能力もそうだが、覇気に剣技、あらゆる意味での一流たちが乗っている。

 

「おれの狙いは世界の王だ」

 

 ロックスはそう言っていたし、実際にそれを目指して色々と策を練っているのは知っている。

 黒炭ひぐらしによる世界政府加盟国の攪乱。天上金の強奪。海軍支部への襲撃。

 あらゆる悪党が避けてきた、世界政府との全面戦争。

 そんな大それたことをやろうとする海賊など、今の海にロックスを置いて他にいない。

 ──だが。

 あらゆる海賊が恐れて(こうべ)を垂れ、政府ですら余りの悪行に情報統制を行ったロックス海賊団に対して、牙を剥いた海賊がいた。

 

「テメェは見込みがある。おれの部下にしてもいい──()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!」

「ふざけんじゃねェ!! おれにはおれの冒険がある! テメェの部下になるつもりなんざねェよ、ロックス!!!」

 

 ロックスの勧誘を受けても、ロジャーは決して首を縦に振らない。

 金も力も名誉も名声も──ロックスに下れば全てを手に入れられるだろう。

 だが、それでも。

 ロジャーは与えられるものに価値を見出さなかった。

 己の力で、己の仲間たちと冒険して手に入れてこそ意味があるものだと断言した。

 

「フフ……フフハハハハハハ!! 生意気だなルーキー! だが面白れェ……力の差を見ても、まだその口が叩けるか見物だぜ!!」

 

 ロックスはその手に刀を構える。

 最上大業物十二工が一振り。銘を〝村正〟──数多の海賊、海兵、あらゆる英傑を屠ってきた名刀であり、所有者を修羅へと導く妖刀である。

 対峙するロジャーも一振りの刀を構え、ロックスに対して果敢にも斬りかかった。

 二人の覇気が衝突し、バリバリと空気を引き裂く音が船にまで響く。

 

「……あの男、強いの?」

「それなりだな。ジーベックに敵うほどではない」

 

 船からロックスとロジャーの戦いを眺めるノウェムとオクタヴィアは、勝敗そのものにはあまり興味もなさそうにしている。

 実力差は明白だ。

 ロジャーを除く船員たちもニューゲートやシキ、リンリンに押されているし、ロジャー海賊団は壊滅寸前だ。

 もっとも、ロジャー海賊団とは以前一度戦っているらしく、壊滅まで追い込まれているのも今回で二度目だという。

 一度目は死にかけてもなおロックスに歯向かう気概を買って見逃した。

 では二度目はあるのか。

 

「以前より強くはなったが、あの程度でやられるほど安い男ではない。お前の父親は世界最強の男だ」

 

 ノウェムは前々から思っていたのだが、オクタヴィアはロックスに対してかなり贔屓目に見ているらしい。

 確かにロックスの強さは怪物的だが、海賊の戦いに卑怯という言葉は無い。一人でも二人でも、増援を呼んで多人数で戦えば勝率はそれだけ上がる。

 世の中に〝絶対〟は無いのだ。

 そんなことを考えていると、ノウェムから見てどちらも化け物のような強さを持つロックスとロジャーの戦いは佳境を迎えていた。

 互いに戦闘スタイルはよく似ている。ノウェムにとっても見応えのある戦いだし、今後の参考にもなる。

 最終的にロジャーが倒れ、ボロボロになったロジャー海賊団はそのまま放置してロックスは船に戻ってきた。

 

「……とどめは刺さないの?」

「必要ねェよ。おれに匹敵するくらい強くなれるもんならやってみて欲しいくらいだな」

 

 にやりと笑うロックスの目は、()()()()()

 自身が全力を出すに値する敵を。本気で滅ぼしたいと思える存在を。

 ロジャー程度の相手なら殺すにも値しないと言いたげな様子だ。

 いや……あるいは、見込みがあるからこそ生かしているのかもしれない。この男ならば十分にありえる。

 オクタヴィアはロックスの気まぐれにも慣れているのか、何も言うことは無い。

 

「海兵にもそれなりに見込みがありそうなのがいたが、まだまだ生温ィんだよ。お前がもう少し育ってくれれば、あるいはおれを超えられるかもしれねェな」

「遂に自分を超える存在を自分で育てることを考え始めたか」

「おれの娘だ。きっと強くなるぜ」

 

 ロックスはノウェムを抱え上げ、自身と同じ目線まで持ち上げて笑う。

 ノウェムは面倒くさそうな顔でだらんとしたまま好きなようにされており、出航する船の上で倒れているロジャーの方を見た。

 ロジャーはこちらを滅茶苦茶睨んでいた。

 次は負けないとでも思っているのだろう。あるいは、()()()()()()()()に怒りを覚えているのかもしれない。

 本気で戦っていれば生きているはずがないからだ。手加減されたのが誰の目にも明らかで、それは男のプライドに傷をつける。

 

 ──そして。ゴッドバレーという地で、二人は最後の戦いをすることとなる。




ああ……腹いっぱい読んでいいぞ…。


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剪定事象/root BEAST 3

ただいまよりゴッドバレー編を開始する!!


 ──〝ゴッドバレー〟は、いわゆる〝地上の楽園〟と称される島だ。

 あらゆる美味。あらゆる芸術。あらゆるものが集まる場所。

 世界政府の用意した()()()()()()()()

 当然ながら警備は厳重。何しろ天竜人とその奴隷が多数集まり、それにかこつけて表に出せないような物を厳重に封じるためだ。

 そしてロックスは、そこを世界政府を滅ぼすための足掛けとすることにした。

 

「──宣戦布告だ。おれ達はこれから〝ゴッドバレー〟に攻め込む。精々準備をしておけよ」

 

 いつものように海軍の軍艦を沈め、一隻だけ残してそう伝言を残す。

 計画がどうとか、目的を達成するには奇襲が簡単とか、そういう考えは一切ない。

 ただ、()()()()()()()()()()()。ロックスにとってはそれだけの話だった。

 

 

        ☆

 

 

 気候は夏。波は穏やかだが、空は暗雲に覆われている。

 ノウェムはいつも通り船で待機するつもりだが、船員は一人残らずやる気に満ちている。

 ここで勝てばロックスが〝世界の王〟に近付く。そうでなくとも、この島には数多くの財宝や美術品がある。略奪も自由となればやる気が出るのも当然だった。

 ロックス海賊団の面々は相変わらず血の気が多いが、海賊を辞めて堅気に戻ると言ったシャクヤク──それと、故郷に戻るためにひぐらしが船を降りた。シャクヤクに関してはこの血の気の多さについていけなくなったのもあったのだろう。

 ひぐらしは単純に故郷でやることがあるからだと言っていたが。

 

「──さて。ここでおれ達が勝てば多くを得られる」

 

 逆に負ければ全てを失う。これまでもそうだったし、これからもそうだろう。

 宣戦布告をしただけあって、海軍大将はもちろん中将も相当数が配備されている。

 対するロックス海賊団も多くの傘下を従え、船に乗っている面々も今か今かと戦いの時を待っていた。

 

「おれ達に敗北はねェ。テメェらはおれが見込んだ悪党どもだ! ここで腑抜けた政府の狗どもをぶち殺して、世界を手に入れる!! ──行くぞ。戦争だ」

 

 ──戦いが始まる。

 〝ゴッドバレー〟に近付くにつれて軍艦の多くはロックス海賊団へと砲口を向け、射程範囲に入った瞬間、その全てを以て撃滅するために砲撃を始めた。

 ロックス海賊団も砲撃を撃ち返し、至近距離まで近付いては船ごと叩き潰して〝ゴッドバレー〟へと上陸する。

 

「島にいる連中は皆殺しだ!!」

 

 悪辣な笑みを浮かべたロックスは、手に村正を持って一人、また一人と海兵を斬り殺す。

 容赦も慈悲も無い。全てを手に入れると豪語した強欲な男は、目に映る全ての敵を倒すために乗り込んでいく。

 三人の海軍大将も早々に姿を現し、ロックスたちを倒すために戦いを始めた。

 〝紅蠍〟〝蒼猿〟〝金蛇〟──海軍の誇る最高戦力が、まさしく最大最強の海賊団と雌雄を決さんと立ち塞がる。

 

「ロックスは厄介だけど、〝残響〟も相当厄介だ……君、どうする?」

「おれはロックスを止める。お前は?」

「君がロックスに行くならぼくは〝残響〟かな。君は?」

「わえはどちらでも構わん。正直、天竜人を守るなんぞやる気が起きんしのう」

「そう言うな。これも海兵の仕事だ」

「き、ひ、ひ……大将に就いてはいるが、わえは〝正義〟なんぞどうでもいいしのう。ほっぽり出して適当にやってもいいのだが」

 

 男二人に女一人。三人は二手に分かれて迎撃に走る。

 男二人はやる気に満ち溢れているが、金色の長い髪をした女の方は欠伸をするなどやる気の欠片も見られない。本心からどうでもいいと言わんばかりの態度だ。

 

「まったくコングの奴め。無理矢理つまらん席に座らせおって……でもま、これも強い人間と戦う機会が出来たと前向きに考えるべきかのう」

 

 槍を片手に、龍の尻尾のようなものを振り回してロックス海賊団の傘下を蹴散らす。

 どうせ戦うなら強い奴がいいと、ロックスを探すが……既にどこかへ移動しているらしく、姿は見えない。

 「つまらんつまらんつまらーん」と言いつつ雑魚の相手をしていると、雷の槍が女を狙って飛んでくる。

 直撃するかと思われた一撃は女の目の前で一瞬何かに〝塞き止められ〟、そのまま雷の槍を避けた。

 

「……ほぉ」

「大将か。久しぶりに手応えがありそうだ」

「き、ひ、ひ……それはこっちの台詞じゃとも。良いのう良いのう! 背筋にびりびり来る!」

 

 覇王色の覇気を放つオクタヴィアと相対してなお、高揚に包まれて笑い声をあげる。

 その強さは戦わずとも発する覇気でおおよそわかる。〝金蛇〟はそれでこそ海軍に入った甲斐があると楽しそうにしていた。

 

「妙な女だ。海軍大将と呼ばれている割に、私はお前のことを初めて見るが」

「そうじゃろうな。わえはほんの数日前に入った新参者じゃ。貴様のところの船長が前任者をぶっ殺したから、その代わりよ」

 

 彼女は元々海軍に属してすらいなかった。

 それをどこからかコングが引っ張ってきて、あれよあれよという間に海軍大将の座に据えられた。実力はあるが、素性が一切知れない謎の女だ。

 海軍内部でも得体の知れない彼女を大将の座においていいものかと疑問はあった。

 だが、彼女が大将になったのは純粋にその実力によるもの。

 強さという一点において、大将の座に相応しい海兵は他にいない。

 

「き、ひ、ひ。貴様の実力、存分に見せて貰おう」

 

 互いに槍を構え、武装色の覇気を纏って衝突する。

 戦場はより苛烈に。戦いはより鮮烈に。

 歴史は、ここに転換期を迎えていた。

 

 

        ☆

 

 

 オクタヴィアと〝金蛇〟。

 ニューゲートと〝蒼猿〟。

 シキと〝紅蠍〟。

 リンリンとセンゴク。

 海賊のオールスターに対し、海兵たちもまたオールスター。

 名の知れた海兵たちも死力を尽くし、均衡を崩して己の勝利を掲げんと戦い続ける。

 ノウェムは双眼鏡で船から戦場を見渡しつつ、時折揺れる地面に転ばないように気を付けていた。ニューゲートも本気だ、手加減をする義理も理由も無いのだから当然だが。

 ロックスは船から姿が見えない。恐らくは奥の方へと行ったのだろう。

 

「……何を探しに行ったのやら」

 

 海兵を倒すことではなく、奥に進むことを選んだ。という事は、海兵を片付けるよりも重要なことがあるという事。

 何を狙っているのかはノウェムにはわからないが、天竜人のリゾート地という理由を隠れ蓑にして厳重な警備を敷いているのは確からしい。余程見つかりたくない重要な物なのだろう。

 興味はあるが、危険を冒してまで行きたいとは思わない。

 

「……ん?」

 

 双眼鏡で見回していると、何となく見覚えのある海賊旗が傘下の海賊に交じって〝ゴッドバレー〟に上陸するのが見える。

 あの麦わら帽子──あの男は。

 

「ゴール・D・ロジャー……ここに来たのか」

 

 ロジャー海賊団の乱入により、戦場は混沌としていく。

 ロジャー以外は大したことのない一味だと判断していたが、存外そうでもないらしい。ノウェムは面白そうに双眼鏡を覗き込んだ。

 安全のために船にいるべきだと思っていたが、これはそうも言っていられなくなってきたかもしれない。

 

 

        ☆

 

 

 ニューゲートとやり合っていた蒼猿はそのまま。シキと戦っていた紅蠍は金蛇と合流して共にオクタヴィアの相手を。

 フリーになったシキはロジャー海賊団のシルバーズ・レイリーとスコッパー・ギャバンが相手取った。

 それ以外の多くの幹部たちも、乱入してきたロジャー海賊団に手こずっており、戦場は混沌の様相を示していた。

 何より、ロジャーが海軍に肩入れしたことが意外だった。

 

「フフハハハ、海賊が海軍の手伝いをするのか! なんだ、政府に餌でも貰ったのかァ!?」

「うるせェ! テメェを倒すには、おれ一人じゃ駄目だった! ガープも一人じゃ駄目だ! だったら、二人でやりゃあ百人力だってんだよ!!」

「何言ってやがるロジャー! おれァ海賊と手を組む気なんざねェよ!!」

「固いこと言ってんじゃねェよ!! ロックスの野郎をぶっ飛ばすまでの間だけだ!!」

 

 それでも嫌そうな顔を崩さない海軍中将ガープ。

 しかし、単独では勝てないと悟ったのか……「今だけだ」と矜持を曲げ、ロジャーと共にロックスの前に立ち塞がった。

 

「構わねェ! 一人だろうが二人だろうが、纏めて殺してその首晒してやるよ!!」

 

 誰であろうとも目の前に立って、戦う気があるのなら倒すまで。

 斬撃は山を切り裂き大地を割る。ガープの拳は山を吹き飛ばすほどの威力だが、それでもロックスの体を打ち倒すには至らない。

 覇気とは即ち()()()()()()()()()

 あらゆる海を渡り、あらゆる敵を屠ってきたロックスの覇気を破ることなど出来はしない。

 力、速さ、技術、覇気。ありとあらゆる要素が上回っている。この海の覇者とも呼ぶべき男の前に、ロジャーとガープは平伏するしかなかった。

 

「その程度か! おれの前でおれを倒すとほざき、喧嘩を売ってきたことは褒めてやるよ! だが他の雑魚どもと同じく、テメェも口だけか!!」

 

 ゴール・D・ロジャー。

 モンキー・D・ガープ。

 ロックスと同じDの名を持つ男たち。あるいは己を打ち倒すことが出来るかもしれないと期待したものだが、その期待は失望へと変わる。

 退屈は裏返らない。

 このまま世界を滅ぼし、己を王として世界を作り替える。

 くだらない世界を滅ぼし、あらゆる海を血で染め上げる。あるいは、十年……いや、二十年もすれば成長した娘が己を打ち破るほど強くなっているかもしれない。

 

「信用出来るのは自分の血筋、か……おれも丸くなったもんだ」

 

 つまらなさそうに笑うロックスは、娘に対して僅かな期待を抱く。

 才能だけなら己以上だと見込んでいる。オクタヴィアを凌ぐ才気とロックスの培った技術の全てを注ぎ込めば、この世に敵はいない。

 あるいは、その時は今のロックスと同じ悩みを抱くかもしれないが……それはノウェム自身が解決するべきことだ。

 熾烈な攻撃を受けて倒れた二人を見下し、ロックスは探し物をしに奥へと行こうとすると──ロジャーの声が聞こえた。

 

「待てよ……!」

 

 致命傷にならずとも、普通なら動けない程度の大怪我を負っている。

 それでもまだ動く根性は認めるが、今しがた力の差を見せつけたばかりだ。

 今だけではない。これまでもずっと見せつけてきた。

 それでもなお、この男は折れない。

 

「テメェ、世界政府を倒して、世界を〝支配〟するつもりなんだろ……!?」

「ああそうさ。この退屈な世界をぶち壊して、おれが王として君臨する。全てをおれが〝支配〟するのさ」

 

 にやりと笑うロックスに対し、血を流しつつもロジャーは立ち上がった。

 ガープもまた同様だ。今にも倒れそうなほど不格好だが、目は未だに死んでいない。

 

「ふざけんじゃねェ!! お前が〝支配〟する世界なんざお断りだ!! おれは〝自由〟に生きる──誰にも〝支配〟なんざさせやしねェ!!!」

「テメェみたいな野郎に、世界を〝支配〟させて堪るか!! おれは市民の〝自由〟を守る海兵だ──お前に〝支配〟なんざさせやしねェ!!!」

「──……ほォ」

 

 知らず知らずのうちに口角が上がる。

 口だけは一丁前だが、実力は果たしてそれに伴うか。

 失望するにはまだ早かったと反省し、ロックスは再び村正を構えた。

 

「いいぜ。かかって来いよ──」

 

 ロックスの〝支配〟とロジャー、ガープの〝自由〟。

 どちらが正しいわけでも、どちらが間違っているわけでもない。

 これは己がエゴを貫き通せるかの戦いだ。

 

 

        ☆

 

 

「ん~む……」

 

 炸裂する雷撃を避け、金蛇は僅かに眉根を顰めてオクタヴィアの顔を見る。

 既に何合もぶつかっているが、互いに目立つ傷は無い。

 金蛇の攻撃は容易く避けられ、オクタヴィアの攻撃は金蛇の能力で〝塞き止められて〟回避される。

 紅蠍も途中から金蛇と共に戦っているが、大将二人で戦ってなおオクタヴィアと互角だった。

 

「強いのう、貴様。わえの見立ては間違っていなかったか」

「そういうお前はそれほどでもないな。奇妙な能力だが、私の雷を完全には止められないようだ」

「き、ひ、ひ……手厳しいのう。これほどのエネルギー量だと〝塞き止める〟のも一苦労じゃ」

 

 金蛇は動物(ゾオン)系幻獣種の能力者だ。

 動物(ゾオン)系の例に漏れず、肉体の強化はもちろんある。加えて金蛇の食べた幻獣種は〝万象を塞き止める〟という特異な能力を持つ。

 オクタヴィアの雷でさえ、完全ではないにしろ止められる強力な能力だ。

 

「しかし貴様、なーんか見たことあるのう……〝暗月〟の一族か?」

「……何?」

 

 金蛇の言葉にオクタヴィアの動きが止まる。

 顔は趣味の悪い髑髏の仮面で覆われているのでわからないが、後ろ姿はどうにも金蛇の見知った人物と被るのだ、と言う。

 オクタヴィアは数秒考えた後、髑髏の仮面を僅かにずらして顔を晒す。

 すると、金蛇は「やはりか!」と喜色満面の笑みを浮かべた。

 

「貴様の一族、みーんな顔が同じじゃからすぐにわかるのう! 今何代目なんじゃ? オクタヴィアってことは8代目か?」

「……何故そんなに馴れ馴れしいんだお前」

「まぁ知らぬわけでは無いからのう」

 

 笑みを浮かべる金蛇は、しかし敵意を隠さない。

 オクタヴィアが何時でも攻撃出来るように構えているのだから当然だが、それとはまた違う警戒も入っているように見えた。

 

「〝暗月〟に〝Dの一族〟か……ははぁ、なるほど。読めてきたのう。コングは気付いているのか知らぬが、わえを呼び出したのは良い判断だったか」

「お前に何の関係がある。つまらないことを言うと殺すぞ」

「わえは別に関係ないがの。ちょっと他人より長生きしておるから色々知っておるだけ──おっと」

 

 雷の槍が間髪入れずに三度撃ち込まれる。

 金蛇はそれを塞き止めつつ回避し、至近距離でオクタヴィアの槍と打ち合った。

 互いに武装色を纏い、強烈な衝撃波を生み出しながら僅かな隙を窺い続ける。

 時折紅蠍による奇襲が入るが、オクタヴィアはそれを持ち前の見聞色で素早く気取って防御する。〝蠍〟の能力者である彼の攻撃を警戒し、確実に弾けるようにしているのだ。

 

「歴史の転換期で〝Dの一族〟が姿を現すと、決まって〝暗月〟もどこかで動いておる。〝光月〟はワノ国に引き込もっておるくせに、貴様らは勤勉よな」

 

 騎士というのも大変じゃのう、と笑う金蛇。

 オクタヴィアはそれに答えず、雷を纏わせた槍を振るって金蛇の槍にぶつけた。

 

「お?」

 

 防御は間に合わない。

 感電して動きが止まった僅かな瞬間を狙い、金蛇の頭部に向かって勢いよく蹴りを振り抜いた。

 雷の速度と強力な覇気を纏った一撃は、並の相手なら爆散して死ぬほどのものだったが……金蛇は直撃した頭部から血を流しつつも、笑みは絶やさず煽るように立ち上がる。

 

「強いのう。わえは嫌いじゃないぞ、そういうの」

「……ペラペラと口の回る女だ」

「き、ひ、ひ……強大な敵に抗う姿を見るのは良いのう。出来ればロックスとやらと戦っている奴の方を見に行きたいが、こっちもこっちで悪くない」

「ジーベックの邪魔はさせんさ」

「うん? ……ほー。ほほー。なるほどのう。今代はそういう間柄か。珍しいのう」

 

 金蛇の知る限り、〝暗月〟と〝Dの一族〟は協力こそすれども、そういう間柄になることは少なかった。

 血が薄まったせいか? などと考えていたが、その割に金蛇が知っていた頃の代より今代のオクタヴィアの方がだいぶ強い。

 

「戦い方にもところどころ見知った剣筋がある。積み重ねた歴史の重みか……き、ひ、ひ。良いのう!」

 

 金蛇は姿を変えていく。

 尻尾を除けばほとんど人型であった姿から、竜の要素が垣間見える人獣形態へ。

 竜の翼と鱗を持ち、両腕が鱗に覆われた姿へと変貌していく。

 

「わえが全力でやれば相打ちくらいは出来そうじゃ。だが、それはそれで面白くない。わえはもっとこう、力の差に絶望してそれでもなお諦めずに戦う逆転劇のようなものを期待しているが……」

「知るか!」

 

 オクタヴィアをキレさせるほどのマイペースさを持つ金蛇だが、それでもオクタヴィアのことを甘く見ているわけでは無い。

 実力は自分より確実に上だと踏んでいる。だが、それでも易々と負けるつもりは無い。

 オクタヴィアの一族が歴史を積み重ねて武を研磨してきたように。

 金蛇もまた、500年の時を生きる怪物だ。己の積み重ねた歴史が負けているとは思わない。

 

「き、ひ、ひ……さァて、どこまでやれるか試してみるとするかのう!」

「鬱陶しい奴だ。蠍共々潰しておかねばな」

 

 バリバリと雷鳴が轟く。

 オクタヴィアと金蛇は島を崩壊させかねないほどの一撃を撃ち合い、ゴッドバレーに激震が走った。

 

 

        ☆

 

 

 ──死力を尽くした。

 生まれて初めて、死ぬほど気力を振り絞った。

 生まれて初めて、負けたくないと思った。

 挫折とは無縁の人生だったが……最後の最後、一番重要なところで負けるとは。我ながら〝持ってない〟なと自嘲する。

 対して、海の悪魔とまで呼ばれた男を打ち破った二人は大の字になって倒れていた。

 

「ハァ……ハァ……!!」

「駄目だ、もう動けねェ……!」

 

 ロックスを打ち倒し、しかし気力も体力も使い果たしたロジャーとガープ。

 二人は今だけ海賊と海兵という立場を忘れ、互いに笑って拳をぶつけ合った。

 最初で最後の共闘だ。どちらが欠けてもロックスは倒せなかった。

 先程から島には地震が起きている。ニューゲートの能力かもしれないが、それだけではないだろう。強力な能力者たちの衝突や強烈な覇気の衝突で島が崩壊しつつあるのだ。

 

「おれ達も逃げねェと危ねェかもな」

「もう少しだけ待ってくれ。流石に体力使いすぎた……」

「おれだってもうクタクタだよ!」

 

 ロジャーのマイペースな言葉にガープが怒鳴り、二人で大の字に倒れてまた笑う。

 ──そこに、一人の少女が現れた。

 黒い髪、黒いワンピース、白磁のような肌に赤い瞳。

 戦場であるこの場に不釣り合いな要素に包まれた少女は、仰向けに倒れたロックスの傍に立った。

 

「……ノウェムか」

 

 ロックスは最早動く気力もないのか、僅かに目を開いて現れた少女を見る。

 オクタヴィアによく似た顔立ちで、唯一その瞳だけが己と同じ娘だ。

 

「何をしにきた」

「お別れを言いに」

「……そうか」

 

 ノウェムの表情は薄い笑みを浮かべたまま変わりはない。

 ロックスの傍にしゃがみ込み、ロジャーとガープに聞こえないほどの声量で話し始めた。

 

「満足した?」

「ああ。十分だ。あんな奴らに負けたのは胸糞ワリィが……負けるってのは大概そういうもんだからな」

「負けたこと無いのが自慢だって言っていたのは父さんなのに」

「フハハハハ、察しろ。父親なりの強がりだバカ娘」

「そう? それじゃあ、そういうことにしておく……()()、貰っていくから」

「好きにしろ。おれは……寝る……」

 

 ノウェムは血に塗れた〝村正〟を躊躇なく手に取り、鞘に納めてこの場を去ろうとする。

 それを見ていたロジャーとガープは少女を呼び止めた。

 

「待て! 誰だお前!」

「お前……見たことあるな。ロックス海賊団にいたガキか?」

 

 気力も体力も使い尽くしているだろうに、喧しい奴らだとノウェムは振り返る。

 少女の赤い瞳に、思わず今まで戦っていた怪物を想起した二人。

 お前は誰だと誰何する声に、ノウェムは迷いなく答えた。

 

「私はノウェム。()()()()()()()()()()()

 

 ロジャーとガープは二人揃って絶句する。

 まさか、と口を開き、視線は倒れているロックスとノウェムを交互に行き来していた。

 

「私はロックス・D・ジーベックの一人娘──我が父を倒したお前たちを、いずれ殺しに行く。その時まで首を洗って待っているがいい」

 

 覇気も体力も何もかも、ロックスとの戦いで使い果たしている今……二人を殺すことはノウェムでも可能だろう。

 純粋な筋力で勝てずとも、ノウェムには覇気も体力も充実しており──何より、覇気を纏わぬ攻撃は自然系(ロギア)の彼女には通じない。

 だが、それでも。

 ロックスを正面から打ち倒したこの二人を、今度はノウェムが正面から打ち倒してこそだと思ったのだ。

 父親を超えることが一つの目標だった。

 それを叶えられなくなった今、ロックスを倒した条件と同じ条件で勝利すれば父を超えたと言っていいだろう。

 ロジャーとガープ。二人の傑物を背にノウェムは歩き出し、〝ゴッドバレー〟を脱出することにする。

 さようなら、と。小さく呟いて。

 




エイプリルフール企画はこれにて終了です。出来ればもうちょっと詳しくやりたかったんですけど、普通に時間足りなかったのでダイジェスト気味に。本編でやれないこととか開示されない情報を開示するためのものでもあったので、割と満足です。
以下解説を載せておきます。興味ない方は飛ばしてもらって大丈夫です。

流石に疲れたので次の更新は4/19の予定。

蒼猿→コング
紅蠍→オリキャラ。痩せぎすの優男。本編でオクタヴィアに毒を打ち込んだムシムシの実モデル蠍の能力者。影が薄い。
金蛇→わえ。本来は別の人物が大将を勤めていたが、娘に良いところを見せようと張り切ったロックスがぶっ殺したので急遽コングが連れてきた。リュウリュウの実の幻獣種とかそんなの。〝万象を塞き止める〟という能力の副作用で年を取らない。
逆境の中でなお諦めない人間が大好き。
本編には絶対出てこないのでゲスト参戦しました。

Q.なんでロックスは「父さん」呼びなのにオクタヴィアは名前呼び?
A.母娘揃ってなんて呼ぼうなんて呼ばせようで悩んでいる間にロックスは日替わりで「父上」だの「お父様」だの「パパ」だの呼ばせて一番しっくりきた「父さん」に落ち着いた。オクタヴィアは羨ましがったが結局そのままずるずると呼び名が定着した。

 この世界線だと色々異なりますので本編とは全く違う話になるんじゃないでしょうか。続く可能性はほぼゼロですが、仮にこの世界が原作時期まで進むとONEPIECE FILM BEASTとか始まります。
 その場合の船員は寝返った金蛇とか魔性菩薩とか「慈愛」のエゴさんとか多分その辺り。


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今章のキャラまとめ

ワノ国侵攻→撤退までのキャラまとめです。漏れがあったら申し訳ない。
いつもの如く興味がある方のみどうぞ。基本的には今章あったことだけをまとめただけです。小ネタがあるだけで読まなくても問題はありません。

IFルートは基本的に本編とは関係ないのでまとめには入れてません。今後本編のどこかで出てきたらその時追加します。




 大海賊時代開幕。原作まであと18年。

 

 所属 黄昏の海賊団

 母船 ソンブレロ号

 

・カナタ

 本作の主人公。29歳。

 自然(ロギア)系ヒエヒエの実の氷結人間。

 〝竜殺しの魔女〟懸賞金元28億9000万ベリー(現七武海のため賞金は凍結中)

 船長兼航海士。

 黒髪赤目の美女。

 

 メインの武器は海王類の牙を削って作った槍と最上大業物〝村正〟。

 覇気は覇王色、武装色、見聞色の全てを高いレベルで使用可能。

 

 ロジャーが処刑され、大海賊時代が始まって一年後に〝王下七武海〟に就任。他の七武海同様の特権に加え、カナタのみ〝聖地マリージョアの通行権〟を有する。

 月に一度だけという条件はあるが、マリージョアを通して偉大なる航路(グランドライン)を始めとしたすべての海を行き来できるようになり、世界中の海で交易が可能となった。

 

 世界政府主導でオハラへのバスターコールが発令された際はオクタヴィアの仮面のレプリカを使って変装し、海軍中将五人を相手に戦闘。

 オルビア、ロビン、サウロの三人を救出して脱出した。政府にはオクタヴィアの犯行だと思われているが、海軍の上層部はカナタの仕業だと理解している模様。

 センゴクに「次はない」と釘を刺された。

 

 同年にシキを討伐。フワフワの実と〝桜十(おうとう)〟〝木枯し〟を手に入れる。

 遺体は海軍に引き渡したが、その後の行方は不明。

 

 おでんがオロチ、カイドウの手で処刑されたことでワノ国へ侵攻を開始。

 この世界においては初となる戦術を多用して橋頭保を確保し、そのままカイドウのいる〝花の都〟付近まで侵攻。

 百獣海賊団及び侍衆、お庭番衆の総戦力を以て迎撃にあたるも戦力差は大きく、磨り潰される寸前でビッグマム海賊団が横槍を入れる。

 リンリン、カイドウを同時に相手取るのは危険と判断し、即座に損切りするためワノ国から撤退。これによって(リンリンの情報操作もあり)黄昏の敗北が世間に流れるも、勢力的にはほとんど損耗なく撤退しているためカナタはこれを無視。

 おでんの子供である日和、康イエの子供である千代を連れてハチノスへと帰還した。

 

 次の目的地は空島。

 

 

・ジュンシー

 赤い髪に筋肉質な肉体が特徴的な男。42歳。

 〝六合大槍〟懸賞金8億8000万ベリー

 戦闘員。

 武装色、見聞色の覇気を高いレベルで扱える。ある程度なら見聞色をすり抜けられるようになった。

 

 金獅子海賊団との戦争の際にはアプスを相手取った。

 かつてはドラゴンと二人がかりでようやく足止め出来ていたが、今となっては一人でアプスを打ち倒すまでになる。

 

 大海賊時代に入って以降、戦う敵に困ることは無くなったが歯応えのある敵はあまりいないのでやや不満気味。

 百獣海賊団との戦争の際、割って入ったビッグマム海賊団を相手取って奮戦した。特に百獣海賊団のキングはかなり手応えがあった様子で、次まみえることがあればまた戦いたいと本人は言っている。

 

 

・クロ

 黒髪黒目、全身に刺青の入った褐色肌の青年。36歳。

 自然(ロギア)系ヤミヤミの実の闇人間。

 懸賞金5500万ベリー

 (一応)(自称)戦闘員。

 

 金獅子海賊団との戦争には出なかったが、戦争後に雲に届く秘境〝メルヴィユ〟でサミュエルと共に歩き回って迷子になっていた。 

 数日間のサバイバルの後に救出され、しこたま怒られた模様。

 

 ワノ国侵攻の際は敵の雑兵を次々に呑み込み、戦闘不能にしていた。

 ビッグマム海賊団の横やりによって敵が増えたものの、チェス戎兵はクロにとってはカモ同然だったので戦果数を増やすだけの結果に。

 

 

・ジョルジュ

 黒髪黒目に二メートルほどの男。44歳。

 超人(パラミシア)系フワフワの実の浮遊人間。

 〝夕凪〟懸賞金1億2000万ベリー

 金庫番。

 武装色、見聞色両方の覇気をそれなりのレベルで扱える。

 

 〝金獅子〟のシキを打ち倒したカナタが「今後必要になる能力」として幹部であるジョルジュにフワフワの実を与えた。

 同時にシキの愛刀である〝桜十(おうとう)〟を手にする。ただ、シキの足に刺さっていたと聞くと非常に嫌な顔をしていたらしい。

 何気に刀剣愛好家でもあるのでコレクションが増えて喜んでいる。

 

 その後、能力を使ってマリージョアを経由せず物資を運ぶことが出来るようになり、政府・海軍にバレないように物資の密輸が可能となった。

 世界各地にカナタの手足となる人員を配置して世界中から情報を集めるように準備している。

 

 ワノ国侵攻の際はデイビットと協力して空中から爆撃を行うなど、既存戦術から大きく離れた戦術を行う。カナタの提案によるものだったが、「えげつないことを思いつく」とジョルジュは引き気味だった。

 

 

・スコッチ

 金髪碧眼の小太り男。サングラスをかけている。44歳。

 超人(パラミシア)系モアモアの実の倍化人間。

 〝暴風〟懸賞金1億3500万ベリー

 航海士。

 武装色、見聞色両方の覇気をそれなりのレベルで扱える。

 

 金獅子海賊団との戦争の際にはシキと三都督を討ち取ったのちに残った残党を掃討する役目を受け持つ。そのついでに迷子になったクロとサミュエルを探し回る羽目になり、余分に数日過ごすことになった。

 

 

・フェイユン

 巨人族。薄紫の長い髪とアメジストのような紫色の瞳が特徴的な女性。52歳。

 超人系(パラミシア)デカデカの実の巨大化人間。最大全長185メートル。

 〝巨影〟懸賞金7億8000万ベリー

 戦闘員。

 武装色と見聞色の覇気を高いレベルで扱える。生まれつき見聞色を扱えることもあり、相手の感情を読み取る力に長けている。

 

 オハラの一件の際はやる気満々だったが、全面戦争は避けるという方針になったので船でうたた寝していた。遠目に溺れかけていたサウロを助けるために巨大化して海の中に入ったが、ギリギリ足が届くくらいの深さだったので割とつらかったらしい。

 金獅子海賊団との戦いには参加せず。ハチノス防衛のために島に残った。

 

 ワノ国侵攻の際には張り切って巨人族の部下と共に百獣海賊団、侍、忍者を薙ぎ払った。古代巨人族と目されるナンバーズも彼女からすれば子供のような大きさなので、体得した六式と覇気で次々と打ち倒す。

 クロに並ぶ戦果を挙げた。敵の強さだけで判断するなら恐らく黄昏一の戦果を挙げている。

 

 

・ゼン

 黒鹿毛の馬(?)のミンク族。51歳。

 〝赤鹿毛〟懸賞金8億ベリー

 戦闘員。

 本人の毛色は黒鹿毛だが、〝月の獅子スーロン〟化したときの毛色が赤く染まることから〝赤鹿毛〟の名がついた。

 武装色、見聞色両方の覇気をかなりのレベルで扱える。

 

 金獅子海賊団との戦争の際には三都督の一人であるリュシアンと戦闘。

 中遠距離を得意とし、指揮官としては優秀なリュシアンと近接戦闘が得意なゼン。勝敗は言うまでも無かった。

 ウテウテの実は回収し、ひとまず誰の手にも渡らず保管されている。

 

 

・サミュエル

 身長三メートルほどの筋骨隆々な大男。坊主頭。41歳。

 動物(ゾオン)系ネコネコの実 モデル〝ジャガー〟の能力者。

 〝尖爪〟懸賞金7500万ベリー

 戦闘員。

 覇気は武装色のみ使える。スクラの薬を使うことでいくつか変形の種類を増やせる。

 

 古株の船員だが、実力的にはそこそこなので追い抜かれることが多くなった。が、本人はあまり気にせずクロとバカやったりスコッチやジョルジュと酒を浴びる程飲んで潰れたりと楽しんでいる。

 金獅子海賊団の掃討作戦の際にはクロと組んでいたが、二人揃って迷子になってメルヴィユを数日間サバイバルすることになった。

 後ほどしこたま怒られることに。

 

 

・スクラ

 ぼさぼさの白い髪、二メートルほどの身長と線が細く目つきの悪いイケメン。38歳。

 船医。

 戦わないのに見聞色が使えるようになった。

 

 息抜きに格闘術を習っていたらそこらの船員よりも強くなっていた。言う事を聞かない患者や暴れる患者をスムーズに昏倒させられるようになったので本人としては便利らしい。

 生きたまま捕えた能力者相手に人体実験を繰り返し、様々な薬を作っている。相手が一般人ならともかく海賊なので良心の呵責も無いらしい。

 研究は少しずつ進んでいるが、サンプル数が少ない上に能力者を生きたまま捕えることも少ないので遅々として進まない。

 動物系の変形の波長をずらす薬は作れた。

 

 

・デイビット

 ツンツンと尖った髪型のウニ男。身長は180ほど。47歳。

 超人系(パラミシア)ボムボムの実の爆弾人間。

 〝爆撃〟懸賞金9000万ベリー

 覇気は未だ扱えず。

 

 金獅子、百獣、ビッグマムと戦争があったが、どの戦いにおいても前線より後衛で能力を使った不可視の爆弾を用意することに最大限力を費やした。

 個人としての戦闘力はそれほど高くないが、能力を十全に活かして貢献するため部下からの評判はいい。

 

 

・グロリオーサ

 原作キャラ。身長はやや低め。年齢不詳。

〝天蓋〟懸賞金1億8800万ベリー

 戦闘員(兼船長補佐)

 

 ワノ国侵攻の際には橋頭保の防衛隊長としてカイエと共に残った。

 黄昏の中でもそれなりに高齢にあたるため、本人としてはそろそろ引退を考え始めている。が、今のところは戦闘員の教官として指導することで貢献出来ているため、まだ引退する予定はない模様。

 

 

・カイエ

 紫色の髪の少女。17歳

 動物(ゾオン)系ヘビヘビの実 モデル〝ゴルゴーン〟の能力者。

〝魔眼〟懸賞金6600万ベリー

 戦闘員。成長期で背が伸び、3メートルを超えるまでになった。

 

 武装色、見聞色共に使いこなせるため、幻獣種の能力も相まって黄昏内部でも実力者に分類される。

 見た目で判断して戦いを挑み、幹部に名乗りを上げるものも少なくないが、毎回能力すら使わず叩きのめすので強さが周知され始めている。

 

 金獅子海賊団との戦争には参加しておらず、フェイユンと共にハチノス防衛に残った。

 ワノ国侵攻の際にはグロリオーサと共に橋頭保の防衛に残った。本人としては子供扱いされて前線に出してもらえないことが不満らしい。

 

 

・ティーチ

 原作キャラ。黒髪で巨体。20歳。

 戦闘員。本名マーシャル・D・ティーチ。

 見聞色、武装色の覇気を使える。

 

 クロ、カイエと共に三人で行動することが多い。大抵クロが無茶を言い、ティーチが笑ってそそのかしてカイエに二人とも怒られる。

 カテリーナとはたまに考古学関連の話をするが、ティーチからするとクロと共にカテリーナの作ったおかしな道具の実験に巻き込まれることが多いのでやや苦手意識がある。

 フェイユンは会うたびにジッと見つめられるのでそちらも苦手意識がある。

 

 オハラの一件の後、オルビア、ロビン母娘と考古学トークで盛り上がって仲良くなる。しばらく図書館に入り浸って三人で考古学の論文を書いて精査したりしていた。

 多少の時間を置いて政府の検閲を通った考古学の資料(オハラに存在した文献)がハチノスに流れてきたため、数日部屋に籠って寝ずに読み込んだためオルビアに心配された。が、本人は至って平気な顔をしている。

 

 ワノ国侵攻の際には先頭に立って戦っていたが、基本的にはクロの護衛として傍に控えていた。

 ビッグマム海賊団はクロを優先的に狙うべきと判断して狙ってきたが、黄昏の他の幹部が手伝ったこともあって誰一人としてティーチの守りを抜けられなかった。

 

 

・カテリーナ

 茶色のウェーブがかかった髪、青い瞳が特徴的な女性。自分のことを天才と呼ぶ。22歳。

 紆余曲折あってオクタヴィアに拾われた。

 立ち振る舞いや頭の良さから良家の子女と思われるが、本人は特に語ることはない。

 

 あらゆる分野に精通する文字通りの天才。最近はスクラを手伝って医療分野に貢献することが多い。

 滅んだオハラから回収され、政府の検閲を通った考古学の資料を整理したりと、そちらの分野にも多少は明るいのでオルビア、ロビンとはよく話すように。

 ウォーターセブンから引き抜かれてきた造船会社の職人とも話すことがあり、船の設計にも時たま携わることがあるらしい。

 

 前線に出ることは基本的に無く、ハチノスで様々な道具を作ったり船の設計や医療など、その時必要だと思った分野に手を出している。

 ハチノスを訪れた商人から空島〝スカイピア〟の永久指針を手に入れた。

 

 

・ディルス

 黒い髪を短く切りそろえた巨人族の男。体の各所に傷がある。144歳。

 動物(ゾオン)系イヌイヌの実 モデル〝ダイアウルフ〟の能力者。

 エルバフの村から出て黄昏の海賊団に所属した巨人族の一人。

 

 エルバフの村との交易を開始して以降、黄昏に所属して外貨を稼いだり戦士として腕を磨いたりと忙しい日々を送っている。

 数人の巨人族の仲間と共に所属しているが、その中でも一、二を争う実力者のため悪魔の実を与えられた。立場としてはフェイユンの部下になる。

 相手が若い巨人族であろうと人族であろうと、強さを重視する気質であるため上に立つことに文句はない。

 

 金獅子海賊団との戦争の際にはレランパーゴと衝突し、やや打ち負けつつも粘り、ジュンシー、ゼンと共にレランパーゴを倒した。

 自分の強さがまだまだであることにため息を吐いて鍛えなおすことに決めた。

 

 ワノ国侵攻時にはグロリオーサと共に橋頭保の防衛のために残った。

 

 

・オルビア

 原作キャラ。長い白髪の女性。35歳。

 懸賞金7900万ベリー

 

 一度は海軍に捕まり、オハラから共に出航した仲間たちは皆殺しにされた。

 しかし、海軍中将サウロの手によって脱獄し、オハラに帰り着いた。〝バスターコール〟によって滅びるオハラと運命を共にするつもりだったが、カナタの手で助け出される。

 その後はロビン、サウロと共にハチノスで仲良く過ごしている。

 カテリーナやティーチなど、考古学に精通した船員がいることもあって、オハラのことは忘れられずとも前を向いて生きている。

 

 これまで母親として、家族として過ごすことが出来なかったロビンと共に暮らすことが出来ているため、本人は非常に幸福を感じている。

 一方で、オハラ滅亡の引き金を引いた自分だけがこれほどの幸福を得ていいのだろうかと日々自問している。

 

 

・ロビン

 原作キャラ。黒髪を肩まで伸ばした少女。10歳。

 懸賞金7900万ベリー

 超人系(パラミシア)ハナハナの実の能力者。

 

 オハラではオルビアの弟夫婦の家に居候していたが、悪魔の実を食べたこともあって邪険にされていた。近所の子供たちからも仲間外れにされ、唯一の居場所はオハラの考古学者たちがいる〝全知の樹〟だった。

 だが、〝バスターコール〟によって〝全知の樹〟は倒れ、オハラは焼き尽くされて焦土と化した。

 避難船は海軍中将サカズキの手で破壊され、生存者はロビンとオルビアの二人のみとなる。

 

 サウロ、オルビアと共に黄昏の拠点であるハチノスに逃げ延び、気にかけて面倒を見てくれるカイエやいつでも考古学の話をしてくれるティーチ、カテリーナなどの理解者を得て日々を楽しく過ごしている。

 

 

・サウロ

 原作キャラ。あごひげを蓄えた巨人族。107歳。

 本名ハグワール・D・サウロ。

 元海軍中将。懸賞金9000万ベリー

 

 オハラから出航した船を拿捕した本人。抵抗するオルビアたちに向けて部下が砲撃し、オルビアを除く考古学者たちが皆殺しになった。

 「歴史を知ることが危険なら政府が手を貸せばいい」など、政府、海軍の在り方に疑問を覚え、軍を離れてオルビアと脱獄。船は別にしてオルビアから目を逸らすために囮になった。

 船は途中で沈没し、偶然か必然かオハラに流れ着く。

 〝バスターコール〟をなんとか阻止しようとするも、サカズキの手で粛清される寸前でカナタに助けられる。海軍中将数人を相手に優勢なまま戦うカナタに内心ゾッとしつつも、これを逃すと逃げられないと判断してオルビア、ロビンを連れて逃走。

 その後二人同様に黄昏の拠点であるハチノスに逗留している。

 

 海賊の真似事をするつもりは無く、またオルビアとロビンの身を案じてどこかに移動することを提案したが、二人はハチノスに残ることを選択したため、サウロは二人を心配して数年は見守ることにした模様。

 だが当然の如く路銀も何もないため、そこそこ長い葛藤の果てに商船の荷物の積み込み、積み下ろしの仕事をすることにした。

 世界中から食材や酒が集まるため、海軍に居た頃より食べる量が増えてちょっと太った。

 

 

 所属 光月家

・光月おでん

 原作キャラ。ワノ国の将軍の息子で九里の大名。享年39歳。

 

 カイドウに敗北し、オロチとカイドウの手で処刑された。

 世界一周した際の航海日誌があったが、カイドウの娘であるヤマトに回収されている。

 

 心残りはあるが、後悔はない。

 

 

・天月トキ

 原作キャラ。青い髪の女性。享年36歳。

 超人系(パラミシア)トキトキの実の能力者

 

 おでんが処刑された後、モモの助、錦えもん、菊之丞、カン十郎、雷ぞうの五人を20年後の未来へと飛ばした。

 日和を河松に預け、トキは囮になるよう九里城の正門から馬で脱出。広場にて遺言を残して殺害された。

 

 おでんが持っていた〝天羽々斬(あめのはばきり)〟〝閻魔(えんま)〟はとある刀工の下へと渡り、いつの日かモモの助と日和の手に渡る日を待つ。

 また、それと同時に二通の短い手紙が遺された。もし奇跡が起きて会うことが出来たなら、と預けられる。宛名は〝暗月ミオ〟〝サヘル〟と書かれている。

 

 

・イゾウ

 原作キャラ。女形の秀麗な男性。25歳。

 

 カナタの下に残り、今後ワノ国が開国した際の勉強をしている。

 カナタの意向もあって戦争などには一切かかわることなく学ぶのみに専念していたが、おでんがカイドウに敗れて処刑された時はワノ国侵攻に加わった。

 ワノ国を取り戻すことは叶わなかったが、おでんの忘れ形見である日和と同胞である河松、世話になった霜月康イエの娘である千代を無事に保護することが出来たことで安堵している。

 再びワノ国に侵攻し、取り戻すために鍛錬を欠かさなくなった。また、日和の心のケアと今後のことで頭を悩ませている。

 

 

・光月日和

 原作キャラ。トキ譲りの青い髪の少女。6歳。

 

 おでんを処刑され、トキを殺害され、河松に守られながら生き延びた。

 しかし、心の傷は大きく、更には自分の食べるものも全て日和に差し出して日に日に痩せていく河松に自責の念さえ抱いていたところで黄昏によるワノ国侵攻が発生。

 あれよあれよという間にカナタの庇護下に置かれ、日々食べ物に困ることも寝床に困ることもオロチやカイドウの手先に怯えることも無くなった。

 

 

・霜月千代

 長い黒髪の少女。8歳。

 

 霜月康イエの一人娘。

 康イエは長く子宝に恵まれなかったが、一人生まれた娘を溺愛しつつも奔放に育て過ぎたことを若干後悔している。

 奇しくもモモの助と同年に生まれたため、巷の噂ではモモの助の許嫁になるのでは、とも言われていた。全て康イエが否定したが。

 なお、おでんはそこそこ乗り気だった模様。

 

 おでんが敗れたのちに弔い合戦として康イエたち大名が一斉に奮起したものの、カイドウを擁するオロチの軍勢の前には太刀打ちできず、敗北して部下数名と共に城を脱出。

 のちに康イエと合流し、黄昏のワノ国侵攻が発生。

 康イエの手引きで千代と部下数名が黄昏の庇護下に置かれることになり、感謝しつつも千代はこれまで見たことの無かった外海や他国にテンションが振り切れていた。

 康イエのことは心配ではあるものの、後ろ向きに考えても仕方がないと割り切って現状を楽しんでいる。

 

 

 所属 金獅子海賊団

・アプス

 〝黒縛〟懸賞金8億2400万ベリー

 緑色の髪の青年。穏やかな表情をしているが、こと戦闘になると鬼神もかくやという強さを誇る。

 超人(パラミシア)系ジャラジャラの実の鎖人間。能力は覚醒している。

 

 シキが捕まり、レランパーゴと共に黄昏を相手取ってDr.インディゴを逃がすために囮となった。

 その後逃走してリュシアンと合流。シキがいずれ脱獄するときを待った。

 

 黄昏の海賊団との戦争の際にはジュンシーと戦闘。かつては圧倒した相手も、今となっては同格以上の強さとなって立ち塞がった。

 死力を尽くして戦い抜いたが、ジュンシーの手で心臓を打ち抜かれ死亡。

 

 

・レランパーゴ

 〝白獣〟懸賞金5億5000万ベリー

 黒い髪の巨大な青年。普段は大人しいが、戦闘になると暴れ回る獣と化す。

 動物(ゾオン)系の能力者。幻獣種と思われるが詳細不明。

 

 シキが捕まり、アプスと共に黄昏を相手取っててDr.インディゴを逃がすために囮となった。

 その後逃走。シキ脱獄までリュシアン達と共に身を潜める。

 

 黄昏の海賊団との戦争の際にはディルスと戦闘。膂力、覇気共に巨人族の能力者が相手でも打ち負けず、ゼンとジュンシーが参戦するまで優勢だった。

 三人がかりで打ち倒されるも、動物系の能力者としても別格の頑丈さで生き残る。

 その後はハチノスの監獄に幽閉された。

 

 

・リュシアン

 〝赤砲〟懸賞金6億7000万ベリー

 巨大なナポレオン帽と軍服が特徴的な男性。理知的でシキの艦隊の指揮を任されることが多い。

 超人(パラミシア)系ウテウテの実の砲撃人間。

 

 シキが捕まったのち、アプスとレランパーゴを囮にDr.インディゴを連れて逃走。拠点を点々と回りながら身を潜める。

 逃走した二人と合流したのちにシキが脱獄。あらかじめ決めていた合流場所であるメルヴィユへと移動した。

 

 黄昏の海賊団との戦争の際にはゼンと戦闘。元々指揮官としての役割の方が多いうえ、中遠距離を主体とする戦闘しかしないので近距離で相手取った時点で勝敗は決まっていた。

 それでも並の相手なら倒せる程度には強いのだが、ゼンの強さは並では収まらなかった。

 自爆覚悟の全方位砲撃で追い詰めるも、武装色が予想以上に頑丈だったために耐えきられ、エレクトロによる雷撃で一瞬動きを止められて致命傷を負い死亡。

 

 



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神聖継承領域スカイピア
第百八話:X・バレルズ


新章開幕です。


 ──女の話をしよう。

 かつて、母を殺して海へ出た女がいた。

 技術。知識。力。一族の培った全てを呑み込み、放浪する中──とある島でつまらなそうにしていた男と出会う。

 数度の殺し合いを経て共に旅をすることに決め、時を経て子が出来、女は父に子を預けて男と共に海を巡った。

 男は世界を獲ろうと全てを敵に回し、最終的にその名は歴史の陰に葬られることとなる。

 時が経ち、我が子が賞金をかけられていることを知り、父の下へと訪れた。

 話し合いで終わることは無く、女は父を殺し、再び海へと出た。

 愛した男と共に死ぬことも出来ず。

 子を想って取った行動は全て裏目に出た。

 それでも女は自ら死ぬことを選ばず、幽鬼のように海を巡る。

 ──いずれ運命が全てを引き合わせると信じ、空に浮かぶ島に居を構えて。

 

 

        ☆

 

 

 失敗したものの、ワノ国襲撃作戦が想像以上に早く終わったため、長丁場になる可能性を考慮してかき集めた食料が大量に余ってしまった。

 ある程度は加工出来るものの、全てを保存食に出来るわけでは無い。

 捨てるのも勿体ないので、新たに入った侍たちの歓迎も兼ねて港で大規模なバーベキュー大会を始めていた。

 カナタは戦争の準備であれこれと忙しく動いていたが、終わった後も忙しい。カイドウとリンリンの同盟のせいで敗走した影響を考えると今から頭が痛くなる。

 〝新世界〟の海賊たちは敗走した〝黄昏〟へ好機とみて攻め込んでくるだろうし、口さがない新聞各社は好き勝手に書き殴るだろう。

 先に手を打っておいた方が良いかもしれない。

 〝世界経済新聞〟のモルガンズへと一報を入れておき、一通り仕事を終えたところで宴に合流した。

 既に太陽は沈みかけており、多くの者はベロベロに酔っぱらっている。

 

「おうカナタ! 終わったのか?」

「ああ。面倒な連中だが、早いうちに手を打っておけば被害は抑えられるからな」

 

 先に飲み始めていたスコッチから酒を受け取り、適当な席に座ってちびちびと飲み始める。

 バーベキューなので各自好きなように肉なり魚なりを焼いており、例に漏れずカナタの前にも海王類の肉と七輪が置かれた。

 

「肉焼きながらでいいから聞いて欲しいんだがよ」

「なんだ、まだ何かあったのか?」

「ワノ国に居た時に政府の口止めを無視してうちに連絡入れてきたやつが居たってのは聞いてるか?」

「グロリオーサがそんなことを言っていたな……覚えている」

「そいつがX(ディエス)・バレルズってんだが」

 

 つい先ほどその男が到着したらしい。

 共に離反した部下と家族を連れているので、少人数ではあるが受け入れてほしいと打診している。とスコッチは報告を上げる。

 ふーん、と話半分に聞きながら肉を焼いていると、「一度お前に挨拶をしてェって言ってるがどうする?」と聞くスコッチに「構わない」と簡素に返事をするカナタ。

 

「よし、それじゃ連れてくるから待ってろ」

 

 いそいそとジョッキ片手にどこかへ歩いていくスコッチを見送る。

 程なくして数人の男たちを連れて戻り、スコッチはカナタの反対側に座った。

 

「一番前にいる奴がバレルズだ。その隣にいるのはバレルズのガキなんだと」

「お初に、カナタさん! おれはX(ディエス)・バレルズ! こっちは息子のドリィ──ドレークだ!」

 

 まだ幼さの残る少年がペコリと頭を下げる。年齢的にはロビンよりも少し年上だろうか。顎に特徴的な十字傷があり、カナタを前にして緊張しているのかガチガチになっている。

 ひとまず座らせ、バレルズの口からこれまでの経緯をもう一度聞くことにした。

 時間はかかるが、重要なことだ。

 その間にカナタは肉を焼いて食事を取ることにした。

 

「私も仕事が立て込んでいて空腹でな……お前たちも食べるか?」

「え、良いんですか?」

「止めとけ。こいつは肉が硬くなるまで焼くからな……七輪もう一つ用意してやるよ」

「多少歯応えがあった方が良いと思うのだが……」

「まァ焼き方一つとっても好みってのはあるがよ。おれはもう少し柔らかい方が好みだ」

 

 バレルズは硬めの肉でもいいというが、子供に硬い肉は酷だろうとスコッチが七輪をもう一つ用意した。スコッチ自身も柔らかい方が良いので便乗したのだ。

 食事をしつつバレルズの話を一通り聞き、カナタはバレルズに対しての印象をやや上方修正した。

 この男、随分カナタに対して好意的だ。少なくとも海軍のスパイという訳ではないらしい。

 カナタの焼いた肉をくれてやると喜んで食べたが、肉が硬くなるまで焼いていたので食べにくそうにしている。

 

「政府の指示を無視して私たちに情報を流し、結果として職を追われたか。動機は知らないが、そこまでやったからには職は私が面倒を見よう」

「ありがてェ! おれと同じように政府についていけなくなった連中も連れてきちまったが……大丈夫か?」

「まぁ構うまい」

 

 あるいは一人か二人くらいスパイが紛れ込んでいるかもしれないと思ったが、見聞色で感じる限りは大丈夫そうだ。

 後々フェイユンにも見せてみれば白黒はっきりする。今は放置していても問題は無いと判断し。

 

「部屋はまだ余っていたか?」

「最近新設したのが港近くにある。元々一時滞在する連中用だが、この人数ならしばらく使わせておいても大丈夫だろうぜ」

「ではそうしよう。この島に定住したいなら物件を探すことだ」

 

 黄昏の影響力が強い島は多い。移住したい島があるなら手配も出来る。

 やはり〝ハチノス〟に住んでいるのは一部の幹部やそれに近しい者たちがほとんどであるためか、内部でもかなり競争が激化している。島の中央にある〝ドクロ岩〟内部にも居住空間はあるが、ここはそれこそカナタが許可した者たちしか住めない。

 今回入った侍たち。それにオルビアやロビン──事情が込み入った者たちばかりだ。

 多くの者は仕事で家を空けていることがほとんどだが、〝ハチノス〟の中心に近い場所に住居を構えているというだけで一種のステータス扱いをしている者もいる。

 所帯を持つ者も少なくないので住居を欲しがる者は後を絶たないが、内側に置くのはやはり信用出来る者だけにしておきたい気持ちもある。部屋は余っているが人員が追い付いていない状況だ。

 ちなみに結婚して子供もいる幹部の代表格であるデイビットは島の中央にある〝ドクロ岩〟付近に家を建てている。

 

「仕事は追々伝えよう。元々海軍に居たんだ、船舶護衛ならいくらでも仕事はある」

 

 バレルズにそう伝え、ひとまず今日の顔合わせは終わりとなった。

 それなりに長いこと話していたためか、辺りはすっかり暗くなっている。こんな時間ではあるが、宴はまだ終わらないらしい。

 ある程度のところで切り上げさせるべきか、それとも今日だけは羽目を外させるべきか……そう考えていると、カナタの隣にイゾウが座った。

 

「カナタさん。今回の遠征の件はありがとうございました」

「……おでんの仇は取れなかった。失敗した以上、礼を言われる筋合いはないさ」

「それでもです。おでん様と共に戦って死ぬことは出来ませんでしたが、日和様をお助けすることは出来ました。この命、此度は日和様のために使う所存です」

 

 イゾウが視線を向けた先を見てみると、カイエやロビンと談笑している日和の姿があった。

 ここには彼女の命を狙う敵はいない。ワノ国のことを忘れて穏やかに過ごすことも出来るだろう。

 いずれワノ国に戻ってカイドウとリンリン相手に戦うことになるが……あるいは、このまま戻らない方が彼女にとっては幸せかもしれない。

 まだ幼い彼女にそれを決めさせるのは酷な話でもある。今はまだ時間が必要な時期だ。

 そういえば、とカナタは思い出す。

 

「聞きたいことがある」

「聞きたいこと、ですか?」

「ああ。お前、ロジャーの船に居た時、〝空島〟に関する情報は手に入れなかったか?」

「〝空島〟なら行きましたよ。確か、〝スカイピア〟とか言う──」

「……行ったことがあるのか」

 

 しかも、今回手に入れた永久指針(エターナルポース)の場所だ。

 妙な縁があったものだと思うが、それはそれとして経験者がいるなら話は早い。

 

「危険はあったか?」

「民族同士の対立はありましたが、今の〝黄昏〟の強さを考えるとそれほど重視する必要は無いと思います。しかし、何故今〝空島〟の話を?」

「カテリーナが永久指針(エターナルポース)を手に入れたと言ってきてな」

 

 普段通りの仕事はあるが、それはカナタ無しでも何とかなる範囲だ。〝七武海〟の仕事も無い今、休暇代わりに〝空島〟へ行ってみるのも悪くは無いと思っていた。

 日和や千代はまだ先のことを考えられる状況では無いだろうが、危険もそれほどないなら一緒に連れて行ってゆっくりさせてやるのも良い。

 千代はワノ国の事をあまり気にしていないように見えるが、あれも表面上だけだ。

 

「……そうですね。気晴らしには良いかもしれません」

 

 だが、それはそれとしてイゾウは気になることがあるという。

 

「おでん様がカイドウのところへ討ち入りに行った際、情報が漏れていたそうです。河松が言うには〝スパイが紛れ込んでいる可能性がある〟とのことでしたが……」

「いるだろうな。カイドウの差し金でなくとも、光月を敵視する一派が居るのは確実だ」

 

 暗躍している誰かがいるのは確実だ。そうでなければカナタも罠にかけられたりしない。

 〝黄昏〟だって時折スパイが紛れ込んではフェイユンとカナタに潰されている。おでんはそういう事に無頓着だったから、内側には入られ放題だったことだろう。

 可能性が一番高いのは、現将軍である黒炭オロチの手先だが……おでんの家臣には忍者もいた。忍び込んで監視されていたとは考えにくい。

 おでんの住む城に下働きに出ていた者。あるいはおでんの家臣。誰かが情報を流していたと考えられる。

 少なくともイゾウと河松は違うと断言できた。イゾウは元より、河松も裏切る絶好のタイミングはいくらでもあった。この状況でも尚忠義を尽くそうとしている彼ならば十分信用に値すると言っていい。

 フェイユンも何も言わないから大丈夫だ。

 

「20年後に飛んだ面々を抜いて……残っているのはアシュラ童子、傳ジロー、イヌアラシ、ネコマムシの四人か」

 

 アシュラ童子はカナタが直接話をしている。カナタに対して敵意は持っていなかったし、今後の動き次第だが恐らくスパイではない。

 傳ジローは現在行方不明。この男がスパイならオロチの下に戻っている可能性もある。

 イヌアラシ、ネコマムシも行方不明だが、こちらはおおよそ当てがある。

 

「一度〝ゾウ〟に立ち寄るべきだな。あの二人がスパイである可能性も探らねば」

 

 出身、思想がある程度把握できている以上、この二人がスパイである可能性は限りなく低いが……それでもゼロではない以上、念を押しておかねばならない。

 

「お前も来るだろう?」

「お供します。身内の事でもありますゆえ」

 

 そのまま〝スカイピア〟へ向かうつもりであるため、どのみち日和の護衛としてイゾウは同乗する必要がある。

 河松も当然として、千代とその護衛の侍たち。

 必要な人員はジョルジュ、フェイユンくらいか。クロとティーチは来るなと言っても乗り込むだろうし、〝ハチノス〟防衛に最低限の戦力を残さなければならないことを考えると、二人のお守としてカイエを乗せればいいと考え。

 イゾウの話ではそれほど危険も無いのでオルビアとロビンを連れて行ってもいいが、イゾウが訪れたのも数年前の話だ。非戦闘員はあまり多く連れて行かない方が良い。

 

「ゼン、ジュンシー、スコッチ、グロリオーサ辺りを残せば仕事も防衛も可能だろう」

 

 普段通りの物資の運搬も再開する予定だ。仕事自体は召集前の運航計画を少しずらして行うので問題ないだろう。

 カナタの都合で物資の運搬が滞ったのでいくらか陰口を言われるかもしれないが、取引を行っている中に表立って〝黄昏〟を批判できる相手などいない。

 それこそ世界政府でさえも。

 

「諸々の準備が終わり次第、まずは〝ゾウ〟へ行く。日和たちに伝えておくように」

「わかりました」

 




 ジャンプ本誌で色々出てますが、根本的な設定に関わる部分以外は修正することなく進める予定です。
 完結していない作品の二次創作なので仕方ないところもありますし、本作品が完結した後で原作の設定とすり合わせることもあるかもしれませんが、ひとまず現状ではそのままにしておきます。

 本誌で出た情報の内、使えそうなものは抜粋して使う予定ではありますが。


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第百九話:イヌとネコ

 〝ハチノス〟を出航して数日。

 船は〝ゾウ〟を目指し、特に問題もなく航行を続けていた。

 夜間は海上であっても船を停泊させて監視を置いている。航海士は数名いるが、見通しの悪い夜間に無理に移動することは無いという判断からだ。

 月と星の明かりだけを頼りに〝新世界〟の海を移動するのは熟練の航海士でも命がけになる。嵐が近付いて来ている場合でもない限り、基本は動かない。

 ──そんな夜の帳の降りた船の上で、日和は星明りに照らされた海を眺めていた。

 何が見えるわけでもない。

 ただ、眠れないから。船に揺られながらさざ波の音を聞いて、眠くなるまで過ごそうと思っていた。

 そこへ、騒がしい男がやってきた。

 

「こんな夜中まで起きてる悪い子は食べちゃうぞー! ってな。ヒヒヒ」

「……クロさん」

 

 浅黒い肌に黒い髪。露出している肌の至る所に刺青が見られる男だ。

 普段は上半身裸でいることが多いが、流石に夜の海上で上半身裸は堪えるのか、上着を羽織っている。

 日和も最初は怖がったものだが、本人の陽気な気質を知った後は怖がることも無くなった。

 

「どうした、眠れねェのか?」

 

 見張りのために起きていたのか、手には双眼鏡を持っている。

 しかし何も見えない夜の海はあまり面白くも無いのだろう。クロは日和の隣に陣取り、手摺に肘をついて海を眺める。

 何かを話そうとするわけでは無い。二人とも、ジッと夜の海を見ているだけだ。

 波の音を聞きながらクロが何度目かの欠伸をした時、日和は口を開いた。

 

「クロさんは、誰かを恨んだことはありますか?」

 

 キョトンとした顔で日和の方を見るクロ。

 意外な質問が来た、と言わんばかりの顔だったが……クロは再び海の方へ顔を向け、「そうだなァ」と呟く。

 

「恨んだことは、まァあると言えばあるな」

「今は違うんですか?」

「恨みつらみってのは消えるもんじゃねェよ。でも、オレにとってはもうどうでもいいことになっただけさ」

 

 かつて、クロはとある島で島民全員から虐げられていた。

 悪魔の実を食べたというだけの理由で化け物扱いされ、檻に閉じ込められて悪意をぶつけられ続けた。

 けれど、それはもう過去の話だ。

 

「忘れることは出来ねェけど、乗り越えることが出来るのが人間なのさ」

「乗り越える……私も、いつか乗り越えられるでしょうか」

「さァな。時間が解決することだってあるだろうし、時間をかけても解決出来ねェこともある」

 

 ただ、日和の場合はクロとは少し事情が異なる。

 明確に命を狙ってきている者がいることと、生国を追われたこと。カイドウはどうでもいいと考えているだろうが、オロチは決して逃がしはしないだろう。

 日和はワノ国に戻ってもいいし、戻らなくてもいい。父親を処刑され、母親を殺害されたワノ国に戻ることが正しいこととはクロは思っていない。

 誰かの子供だからとか、何かの一族だからとか、そういう理由でやろうとするのは好きでは無かった。

 

「光月の一族だから、って思ってんだったら止めた方がいいぜ」

「……何故ですか? 私は将軍の娘だから、ワノ国を救わないと……」

「んなモン、カナタにでも任せとけば勝手にやってくれる。お前がやる必要はねェよ」

 

 おでんの事はあまり好きでは無かったが、スキヤキ殿には恩があるからと一度はワノ国に攻め込んだ。

 リンリンとカイドウをどうにかする手筈を整えたなら、再度ワノ国に侵攻することもあるだろう。無理に日和が頑張る必要は無い。

 何より、それは良くないことだ。

 

「いいかい、お嬢ちゃん。絶望の淵にあるものを救おうと思うなら、それは正の感情でなければならない。負の感情は正の感情でなけりゃ打ち消せないからな──悲しみに陥ったものを哀しみで救い上げても、癒されはしないのさ」

 

 義務感や使命感、同情や憐憫の感情で何かを救っても、救われた方は困るだけだ。

 かといって、怒りや憎しみを原動力にしたところで長続きはしない。爆発的な燃料にはなるが、多くの場合はその場限りのものでしかない。

 

「やっぱり、助けるならどっちも得になる理由じゃないとな」

 

 カナタは割と感情的な理由で動いているところはあるが、あれはあれでちゃっかり利益を出している。

 今回のワノ国遠征だって、成功していればワノ国の職人を手中に収めていた。技術は一朝一夕で手に入るものではない以上、生み出す利益は莫大なものになっただろう。

 失敗しても何だかんだと色々な方法で金を回収している。強かな女だとクロは思うが、あれくらいでなければこの海で生き残れはしない。

 

「正の感情……?」

「わかりやすいところで行くと愛だな。やっぱ愛は世界を救うぜ」

「愛……」

「ワノ国は好きか?」

 

 こくりと頷く日和。

 両親は死んだが、それでもワノ国そのものが嫌いになったわけでは無い。

 生まれたのはワノ国ではないが、物心ついてからはずっとワノ国に居た。

 得たもの、培ったもの──日和の中の多くはワノ国にいたからこそ生まれたものだ。

 辛いことも、怖いこともあったが……それだけで、ワノ国の全てをどうして否定できようか。

 

「好きだから助けたい。気に入ってるから助けたい。そういう単純な理由でいいのさ。つまらねェ義務感なんざ捨てちまえ」

 

 助けなければ、なんて考えは傲慢だ。

 何に苦しんでも助けるなんて思いは、助けられる側からしても困る。

 問答無用のハッピーエンドを望むなら、共有するのは楽だけでいい。苦楽を共にすれば乗り越えられるなんてのは嘘っぱちだ。

 失い続けた日々を上回る愛と平和は、救い出す本人が笑っていなければ。

 ──かつて。自分の名前すら忘れてしまった男が、一人の少女に差し伸べられた手に救われたように。

 

「ヒヒヒ、まだ難しかったかもな」

「いいえ。なんとなく……少しだけ、わかりました」

「何となくでもわかるなら大したもんだ。さァ、河松もイゾウも心配してるだろう。部屋に戻って休みな。明日には〝ゾウ〟に着く」

 

 もう夜も大分更けた。

 日和に割り振られた仕事は無いが、慣れない船旅は体調を崩しやすい。

 クロに促されて部屋に戻る日和を見送り、こそこそと慌てて移動する護衛の二人に笑みをこぼす。

 一人になり、クロは夜の海へと視線を移す。

 多くのものを見てきた。

 おとぎ話のような冒険を経て、海軍や他の海賊とやり合って、仲間と一緒に様々なものを乗り越えてきた。

 何も知らなかった子供の時からすれば信じられない経験をしたものだと思う。

 そのうち、今度はクロが伝えていくことになるのだろう。

 新しい時代は、いつだって若者が作るものなのだから。

 

 

        ☆

 

 

 〝ゾウ〟は〝象主(ズニーシャ)〟と呼ばれる巨大な象の背中にある国の事を指す。

 生物の背中にあるという特性ゆえ、〝永久指針(エターナルポース)〟で訪れることは出来ず、〝ビブルカード〟によってのみ居場所を掴むことが出来る。

 おでんの家臣であるイヌアラシとネコマムシはこの国の出身であり、おでんが処刑された後に船を手に入れてこの国に戻ってきていた。

 以前訪れた時は素手で〝象主(ズニーシャ)〟の足をよじ登ったり〝月歩〟で移動しなければならなかったが、今回はジョルジュのフワフワの実の力で船ごと上陸出来るので楽なものであった。

 〝ゾウ〟に住むミンク族には一様に驚かれたものだが、これが一番手っ取り早かったので仕方がない。

 

「二人は帰ってきているのか」

「ええ」

 

 ミンク族の中にはカナタの顔を覚えている者も多く、「ガルチュー」と言いながら頬ずりしてくるものもいた。

 これがミンク族式の挨拶なのでカナタも拒否はしないが、ひとまずイヌアラシとネコマムシの話を聞きたいと後回しにしてもらう。

 

「二人は少し前に帰ってきてます。ただ……」

「ただ?」

「その、何というか……以前はとても仲のいい二人だったはずなんですが……」

 

 今や顔を合わせるたびに互いに罵り合い、殺し合いまでやる始末だという。

 おでんの家臣として鍛え上げた二人を止めるのはミンク族の戦士たちも容易ではなく、手を焼いているらしい。

 今も森で戦っている最中のようで、カナタは溜息を一つついた。

 

「何をやっているんだ、あの二人は……フェイユン、少々手荒にしても構わん。二人を連れてきてくれ」

「はーい」

 

 派手に戦っているようで、居場所は見聞色で探るまでもなくわかる。

 イゾウと河松に「日和の顔は隠しておけ」とフードを被せておき、イヌアラシとネコマムシとはまだ顔を合わせないようにさせた。

 敵か味方かはまだわからないため、念を入れるに越したことは無いだろうと。

 程なくして、フェイユンが両手にそれぞれ掴んで連れてきた。

 ワンワンニャーニャーと騒ぎ立てているが、フェイユンは気にも留めていない。

 

「久しいな、二人とも」

「ニャッ!? カナタさんじゃにゃあか! 久しぶりじゃのう!」

「だが、何故こんな乱暴に……」

「お前たちが顔を合わせるたびに殺し合いをしていると聞いたからな」

 

 大人しくさせるにはこれくらい乱暴にやった方が良い。

 二人はそれに対しては言い分があるのか、互いに自分の意見を主張し始めた。

 

「そりゃコイツがわざわざ敵を思いやるようなことを抜かす不忠者だからじゃ!」

「何を言う! 不利な状況で敵を煽って、結果的におでん様を死なせたのはゆガラだろうが!」

「なんじゃと!?」

「なんだ!?」

 

 目の前で喧嘩を始めた二人に、思わずカナタも呆れて肩をすくめる。

 その辺りの事は二人ですれ違いがあったのだろう。どちらかがスパイで、その証拠を握ったがゆえに……という訳でもなさそうだ。

 ひとまず、カイドウのスパイなのかどうかだけ先にはっきりさせておこうとカナタは二人に質問する。

 

「お前たち、今でも主は光月おでんのままか?」

「何を当たり前のことを!」

「ワシらの忠義は全ておでん様に捧げた! いくらゆガラでも、愚弄するなら許さんぜよ!!」

 

 カナタはフェイユンに視線を向ける。フェイユンは問い質すようなカナタの視線に一つ頷き、「大丈夫です」と答えた。

 

「放してやれ、フェイユン」

 

 イヌアラシとネコマムシをゆっくり降ろした後、フェイユンはカナタの背後に回った。

 話すべきは彼女が話すと判断したからだ。

 「さて」と一息置き、どこから話すべきかと思案する。

 まずはイゾウと河松を呼び、情報のすり合わせから行うべきだろう。そう判断して、まずは二人を呼び寄せる。

 

「イゾウ! それに河松!? 何故ゆガラがここにいる!!」

「無事だったんか、河松!」

 

 イゾウは元よりカナタのところで勉強していたため、共にいても変ではないが……河松がいたことに二人は目を丸くして驚いた。

 カナタは「この二人は大丈夫だ」と断言し、イゾウと河松は再会を喜ぶ。

 

「カッパッパ。会わなかった時間は短かったが、どうにも懐かしく感じるな。お前たちも無事だったようで何よりだ」

「さて、何から話したものか……」

 

 イゾウは少し思案し、まずは〝黄昏〟がワノ国に攻め入った経緯から説明することにした。

 ニュース・クーは〝ゾウ〟にも訪れるため、情報自体は入っているはずだが、二人がここに辿り着いたのは少し前の話だ。まだ情報が行き渡っていないのだろう。

 カイドウは倒せなかったと伝えると二人とも落胆したが、それでも河松とアシュラ童子が生きていることを知ってホッとしていた。

 誰が死んでもおかしくは無かったのだ。生存報告があるだけでもありがたかった。

 

「トキ様の残した言葉をそのまま解釈するなら、20年後に錦えもんたちが戻ってくるという話だが……」

 

 河松は実際にトキから話を聞いて居るため、その辺りも加えて説明すると二人は納得した様子を見せた。

 モモの助は錦えもんたちと共に未来に飛んでいるため、無事ではあるだろうが確認する術はない。

 何かあった場合、ワノ国は指導者を失うことになる。

 しかし、希望はまだあった。

 

「姫様、こちらに」

「……まさか」

「そちらの子は……!?」

「二人とも、無事で何よりです」

 

 フードを外し、素顔を露にする。

 翡翠色の長い髪をなびかせ、トキによく似た顔を見せる日和に、自然とイヌアラシとネコマムシは膝をついていた。

 

「日和様……!」

「姫様……よくぞ、ご無事で……!」

 

 感極まった様子で涙をにじませる二人に、日和は小さく笑った。

 喧嘩こそしていたものの、この二人は昔と変わらない。日和やモモの助を大事に考えてくれている昔のままだ。

 話したいことはまだあったが、イゾウは先に話すべきことを話そうと考えて前に出る。

 

「正直なところ、私はお前たちを疑っていた。疑いたくなくとも、河松から聞いた状況から察するに間者が入り込んでいてもおかしくなかったからだ」

「拙者とイゾウ、それにアシュラ童子はカナタ殿から潔白の証明をして貰った」

 

 日和を保護したことも含め、カイドウの手先を内側に入れるわけにはいかないという理由もある。現状ではカナタに身の潔白を証明して貰うのが一番信用出来る要素だ。

 先程の問いかけにはそういう意味があったのかと思うも、イヌアラシは疑問を口に出した。

 

「もしもスパイなら、口からでまかせを言えば誤魔化せるのではないか? 言葉によって証明は難しいように思うが……」

「お前たちが嘘をついているかどうかくらい、見聞色の覇気で感じ取れる。フェイユンもその手の悪意には敏感だ。もし嘘を吐いていれば──」

 

 スパイとして持つ情報の全てを吐かせることになるだろう。

 そうなった時のことを想像すると、イヌアラシとネコマムシは背筋をゾッとさせていた。

 カナタは広い海でも最上位の実力者の一人だ。イヌアラシとネコマムシの二人で反抗してもすぐさま鎮圧されることだろう。

 潔白を証明出来て良かったと安堵し、この時代に残っているはずのもう一人の家臣の事を思い出す。

 

「傳ジローはどうした? あの男は一緒ではないのか?」

「……今、傳ジローは行方不明だ。ワノ国でも噂は聞かなかったし、アシュラ童子が捜索しているが情報は無い」

 

 現状、この時代に残っているおでんの家臣で最も怪しいのが傳ジローだ。

 アシュラ童子には見つけても下手に接触せず監視に留めろと伝えてある。

 おでんの家臣同士、実力は伯仲している。仮に敵だった場合、アシュラ童子も無事では済まない可能性が高いからだ。

 

「傳ジローがスパイ……可能性はあるにしても、ワシはそう思えんが」

「そうだな。あの男は錦えもんと同じで最初からおでん様と一緒だった」

「ゴロニャニャニャ。ありゃ情に厚い男ぜよ」

 

 イヌアラシとネコマムシは傳ジローをそう評するが、憶測だけで判断するべきではないだろう。

 敵であれ味方であれ、まずは見つけねばどうにもならない。

 未来へ飛んだ者たちは戻ってきたときに判断すればいいので今は放置だ。

 

「イヌアラシ、ネコマムシ。お前たちも喧嘩している場合ではないぞ。これから20年後に向けて準備をしなければならない!」

「しかし、あの時ネコが余計なことを言わなければ……!」

「なんじゃイヌ! 敵の事を気遣ってやる必要がどこにあった! やはりゆガラがカイドウの……!」

 

 再びピリピリと敵意をぶつけ始めた二人に、どうしたものかと河松とイゾウは目を合わせる。

 困っている二人の間を抜け、日和が前へと出てきた。

 

「止めて、二人とも」

「日和様!」

「しかし……!」

「あんなに仲の良かった二人が、喧嘩ばかりしていては父上も悲しみます。だから、お願い……喧嘩しないで」

 

 日和の泣きそうな顔を見て、イヌアラシとネコマムシは即座に土下座して謝罪をした。

 

「申し訳ありません!!!」

「日和様!! お恥ずかしいぜよ!!」

 

 主君の娘にこうまで言わせては臣下の恥だ。

 おでんが処刑されてからまだ日が浅い。日和の中でもまだ消化出来ていないだろうに、余計なことに手を煩わせてしまった。

 こうなれば四の五の言っていられない。

 

「ネコ」

「言うな、イヌ。わかっとるきに」

 

 言外に〝休戦〟だと相互に確認し、日和のためにも協力することを約束した。

 未だ幼い主君の娘のためでもある。

 せめてこの子には……あの戦場となったワノ国から離れ、笑っていて欲しいと思うがゆえに。




おでんもモモの助もあれだったので多分日和も声は聞こえてるんだろうなーとは思います。


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第百十話:〝スカイピア〟

ネコマムシの口調が難しすぎる。何弁なんですかねあれ…土佐弁?


「〝空島〟へ?」

 

 〝ゾウ〟であらかた用事を済ませて一泊し、出発間際でイヌアラシに「もう帰るのか」と問われたイゾウは「今から〝空島〟へ行く」と告げた。

 イヌアラシは懐かしそうな顔で顎を撫でる。

 

「懐かしいのう。おでん様と一緒にバケモノ海流で空に昇った時は生きた心地がしなかったもんじゃき」

「ああ。あの時は流石に死を覚悟した……だが、空に人がいるというのも驚きだったが、そこにあった()()()()もまた驚きだった」

「ありゃあ凄かったにゃあ」

「黄金の鐘?」

 

 イヌアラシとネコマムシの会話を小耳に挟んでいると、興味深い言葉が聞こえてきた。

 カナタは興味をそそられたのか、三人が話しているところに近付いて〝黄金の鐘〟について尋ねてみる。

 

「興味深い言葉が聞こえたが、〝空島〟には〝黄金の鐘〟があるのか?」

「ええ。島の名前も同じですし、当時のままなら恐らくは」

「ほう……」

「台座には古代文字で書かれた文章もありましたし、当時の文明で作られたものなのでしょう」

 

 オルビアが聞いたらすぐにでも飛びつきそうな話だ。

 イゾウ曰く「古代兵器に関する文章」らしいので、内容には余り興味を抱かない可能性もあるが。

 というか、おでんとロジャーが何やら文字を彫り込んでいたらしいが、歴史的な建造物に妙なものを書き込むなど考古学者が知ると怒りそうだ。

 どちらも既にこの世にいないので知られて困ることも無いだろうけれど。

 微妙にしんみりした空気になったので、イゾウ達に〝スカイピア〟についてわかっていることを聞いておくことにした。

 

「〝スカイピア〟は神の治める土地です。神と言っても、国の王──ワノ国で言えば将軍に当たる地位になりますが」

「リゾートみたいな場所だったにゃあ。美味いモンが多いき、日和様も楽しめると思うぜよ」

「ただ、色々と問題を抱えている土地でもありました。余所者を排除しようとする部族の〝シャンディア〟、〝聖地〟と呼ばれる土地〝アッパーヤード〟……カナタさんたちならば問題は無いでしょうが、日和様と千代様からは出来る限り目を離さない方が良いかと」

「……それくらいの問題ならいいのだが」

 

 多少の危険ならば船員たちも慣れているし、イゾウや河松の実力は数いる海賊たちの中でも非常に高い方に入る。

 あとは不測の事態にだけ気を付けておけばいいのだが……。

 

「……一度現地に行ってみないことには分からないこともあるが、概ね問題は無さそうだな。気を休めるには良さそうだ」

 

 現地の戦士の実力はそれほどではないというから、怪我の心配も無いだろう。

 五老星があれこれ決めるまではゆっくり出来そうだ。

 

「カナタさん。日和様の事、よろしくお願いします」

「わしらはここで牙を研ぎますき。いつかワノ国に討ち入りに行く際は、わしらに一声お願いします」

 

 光月とミンク族は古くからの盟友だ。

 おでんの無念を晴らし、その遺志を受け継ぐために戦えるならばこれ以上の誉れは無い。

 当初は付いていくつもりだったようだが、イゾウと河松を交えて一晩色々と相談した結果残ることにしたらしい。

 電伝虫も設置し、連絡は何時でも取れるようになった。錦えもんたちが本当に戻ってくるかはわからないが、現時点ではそれを目標に牙を研ぐことにしたと言う。

 

「喧嘩はするなよ」

「それはもちろん。日和様のためにも、我らは一度誓ったことを破りはしません」

 

 イヌアラシとネコマムシは頭を下げ、仲が悪くとも日和のために殺し合いなど二度としないと誓った。

 鍛錬をする上で二人が戦うことはあるかもしれないが、それでも一線は守る。

 話しているうちに出航時間となり、全員が船に乗り込む。

 

「また来てください! その時は盛大にもてなしをします!」

「日和様も、たまには顔出してもらえるとわしらも嬉しいきに!!」

 

 徐々に高度を上げる船に手を振りながら、二人はそう言って見送った。

 次に目指すは空島──〝スカイピア〟だ。

 

 

        ☆

 

 

 今回目指す島は海面より高度一万メートル上空にある。

 イゾウが以前訪れた時は〝突き上げる海流(ノックアップストリーム)〟によって下から突入したらしいが、今回はそんな博打な手段はとらない。

 もし取ると言っていたらイゾウは日和を連れてくることに反対していただろうから然もありなん。

 上空に浮かぶ空島を、更にもう少しだけ高い位置から見下ろす。

 

「おお……こりゃあスゲェな……」

 

 クロも初めて見る光景に思わず感嘆する。その隣では千代もお供の侍に抑えつけられながら騒いでいた。

 

「うっはっはっはっは!! なんじゃこれ! なーんじゃこれ!! 島が空に浮いとるんか!? 世界ってのは広いのう!!」

「ひ、姫様! 大人しくしてくだされ! 落ちまする!!」

 

 日和も目を丸くして驚いており、見渡す限り白い雲と海──楽園のような光景に多くの者達が興奮していた。

 だが。

 

「……どうしたんだ? お前ら上の方を見て。何かあんのか?」

 

 カナタやイゾウなど、幹部──正確に言えば見聞色の覇気が使える者たちは皆、一様に眼下に広がる雲の海ではなく、どこか一点を見つめていた。

 これほどの絶景を前に、険しい顔つきをしている。

 

「……どういうことだ、イゾウ」

「いえ……こればかりは、私にも」

「おい何だよカナタ。何かあるのか? なんにも見えねェが」

「だろうな。目視出来る距離ではない」

 

 だが、確実にいる。

 かなりの距離があるが、それでもわかるこの威圧するような気配──恐らく、あちらもカナタの事に気付いている。

 以前訪れたことのあるイゾウも、この異様な気配に冷や汗をかいていた。

 

「かなり強い気配だ。広い海の中でも、こんな気配を発することが出来る者は少ない」

 

 ニューゲート、リンリン……既に死んだ者を含めるならロジャーやシキもそちら側だ。

 そこに名を連ねることが出来る程の強者をイゾウが見逃すとも思えず、ロジャーが接触しなかったとも考えにくい。

 なら、ここ数年の間に住み着いたと考えられる。

 色々と想定は出来るが──カナタはこの気配に覚えがあった。

 

「オクタヴィアめ……ここ最近噂を聞かないと思えば、こんなところにいたのか」

 

 歩けばすぐに噂の立つ女だ。どこに身を隠したのかと不思議に思っていたが、訪れる者の少ない空島ならば確かに噂が立つことも無い。

 身を隠すならうってつけの場所だろう。

 

「戦うならいい機会だが、日和と千代を連れて乗り込むには些かリスクが高いな」

「どうする? 一度どこかの島に降ろすか?」

「そうだな。ここからなら確かアラバスタが──」

 

 刹那、攻撃の意思を感知した。

 

「上か!」

 

 カナタは咄嗟に氷の盾を発生させ、狙い澄ましたように降り注ぐ雷撃を防ぐ。

 破壊力も含め、雷の能力者という一点で敵はオクタヴィアだと確定した。

 

「……逃がすつもりは無いという事か」

 

 オクタヴィアの攻撃範囲はかなり広い。加えて今の一撃に覇気は乗っていなかった。加減したというよりも牽制の意味合いが強い。

 直接戦うつもりなのかはわからないが、逃げずに戦うなら攻撃をしてくるつもりもないらしい。

 

「近くのビーチに船を着けろ。私一人で乗り込む」

「待て待て待て。焦るなよカナタ、まずは情報収集だ」

 

 オクタヴィアの雷に冷や汗を流しつつも、ジョルジュは一旦カナタを落ち着かせようと、そう提案する。

 相手は一つの時代を築いた海賊の一人だ。いくらカナタでも分が悪いし、敵に仲間がいるようならさらにまずい。

 頭を冷やす意味でも時間が必要だ。

 ひとまず近くのビーチに船を着け、現地の住民に話を聞くことにした。

 ……幸か不幸か、大型のガレオン船である〝ソンブレロ号〟が空を飛んできたことでカナタ達はかなり目立っている。話を聞く現地住民には困らない。

 ジョルジュとカナタは船を降り、見物に集まってきている住民の一人に話しかけた。

 

「おい、ちょっといいか?」

「え? あ、はい。大丈夫です。すいません」

「いや謝る必要はねェが……」

「そうですか? すいません」

「いや……もういいか。とりあえず聞きてェんだが」

 

 この国にいるオクタヴィア──雷の能力者について。それと、もしその仲間がいればそちらについても。

 話しかけた青年は腕組みして考え込み、歯切れの悪い返答をしてきた。

 

「どちらも、私はあまりわかりません。すみません」

「わからねェ? あんな奴が近くに住んでて危険じゃねェのか? 神って奴もいるんだろ? 野放しにしておくとは思えねェが」

「神様は二年ほど前に代替わりをなされました。お姿は知らないのですが……先程仰っていた雷の能力者の方だと思います」

「……オクタヴィアが神の座に就いたってのか……普段は何をしているんだ?」

「私は存じ上げません。代替わりをされても、何かが変わったという事もなく……あ、でも時たま訪れる青海の海賊による被害は無くなりましたね」

 

 ジョルジュは困惑してカナタの方を見る。

 思っていた状況とはだいぶ違うらしい。

 圧政を敷くでもなく、暴虐にふけるでもなく。

 ただ、以前と変わらない生活を続けているのだと。

 イゾウも船から降りてきて話を聞いており、難しい顔でカナタとジョルジュのところに戻ってきた。

 

「……先代の神であるガン・フォール殿の行方がわかりません。オクタヴィアが神の座に就いたというのなら、最悪の場合……」

「あの女に容赦など無かろう。死んだと考えた方が良い」

 

 死体は確認されていないらしいが、オクタヴィアと戦って死体が残る方が珍しい。

 それだけ能力が強いこともそうだが、彼女自身の強さが隔絶している。

 ともあれ、この場に居てもどうしようもない。

 

「お前たちはここに居ろ。船を含めてここにいれば、多少は安全だろう」

 

 オクタヴィアがいると思われる島は周りの雲の島と違い大地で作られている。カテリーナや他の数名の船員も色々聞いて回っているようだが、どうもあれが〝聖地〟と呼ばれる場所らしい。

 空島には本来大地は無いため、あれほどの巨大な大地の塊はまさしく〝聖地〟と呼ぶにふさわしいのだとか。

 カナタはその辺りの事情に興味は無いが、踏み入るなと言われても退くことは出来ない。

 

「シャンディアと言う部族もいるのだったか」

「ええ。彼らにとってもあの地は大事な場所らしく、下手に踏み込むと襲ってくる可能性もありますが……」

「大して強い気配はない。大丈夫だ」

 

 カナタはイゾウの懸念に問題ないと即答した。

 空島にオクタヴィア以上の実力者は存在しない。あれ以下なら全て同じだ。

 念のために脱出の準備だけは怠らないように──そう話していると、ビーチがにわかに騒がしくなる。

 

「──カナタ! 船が!!」

 

 ジョルジュの声に反応して船を見てみれば、巨大なエビが複数体で船を抱えてどこかへ運んでいる。

 

「何の真似だ……!」

 

 すぐさま海を凍らせて動きを止めようとすると、カナタを狙って巨大な雷撃が複数回降り注いできた。

 船とカナタを断絶するように雷の壁を作り、後を追わせまいとするかのように。

 雷撃そのものは咄嗟に回避できた。近くにいたイゾウの首根っこを掴んでの移動だったので、振り回されたイゾウは溜まったものではなかったが……それでもあの雷撃を直に受けるよりはマシだったと言える。

 船は見る見るうちに遠ざかり、後を追おうとすれば再び雷撃が降り注ぐ。

 

「人質に取ったつもりか……面倒な真似を」

 

 一撃一撃が強烈だ。

 雷撃の痕を見れば、雲の島に風穴を開けて下層まで続いている。

 これ自体は後で修復出来るらしいが、それにしたって滅茶苦茶なやり方だ。

 

「あいつらどこに連れていかれたんだ?」

「〝聖地〟と呼ばれる場所だな。内部に向かって移動しているようだ」

 

 幸い、フェイユンがあちらに居るので船の防備は問題ないだろう。日和と千代もいるが、カイエや河松などの実力者も乗船したままだ。

 船を降りていたのはカナタ、ジョルジュ、イゾウにカテリーナと他に数名の船員。

 戦力的にはちょうどいいくらいにばらけていると言える。

 

「どうもオクタヴィアは何が何でも私を怒らせたいらしい。ふざけた女だ」

 

 〝村正〟も愛用の槍も手元にある。船に戻る必要は無いが、どちらにしても救出に向かう必要はある。

 

「ジョルジュ。お前は他の面々を連れて船に戻れ。船にいる面々と合流したら巻き込まれないようにどこかへ退避しておくがいい」

「そうだな、そうした方が良さそうだ。イゾウも日和の事は心配だろ?」

「心配ではあるが……河松が一緒だ。無事だろう」

 

 河松の実力は認めている。早々に後れを取ることは無い。

 だから、問題があるとすればオクタヴィアとカナタの戦闘に巻き込まれることなのだが……。

 

「私たちは先に船に戻るんだよね? カナタさん、先にドンパチ始めたりしない?」

「辿り着くまでにある程度時間はかかるだろうが、保証は出来んな」

 

 だから、なるべく早く船に辿り着いて貰いたいのだ。

 〝聖地〟──アッパーヤードまではカナタが先行して雲の海を凍らせることで道を作れる。その後は見聞色で気配を辿ってまっすぐ向かってもらう他にない。

 多少は時間がかかるとしても、ジョルジュたちは行って帰るまでの時間が必要になるからだ。

 

「船の方も大人しく待っていてくれればいいが……」

「電伝虫は船に置きっぱなしにしてたからな。連絡とれねェのは面倒だ」

「……クロさん、大人しく出来るかな?」

 

 カテリーナの素朴な疑問に黙る三人。

 

「……ジョルジュ、なるべく急げ」

「ああ。余計なことをしでかす前に、だろ。わかってるよ」

 

 カナタとの付き合いも長い。ジョルジュは煙草を口に咥えて気を紛らわせる。

 イゾウは比較的短い付き合いだが、クロがこういう時にやらかす行動はある程度把握していた。

 自由にさせていると面倒なことを引き起こしかねない。

 

「では、〝アッパーヤード〟に着き次第、二手に分かれる」

 

 カナタは単独でオクタヴィアの下へ。

 ジョルジュたちは最短最速で船へ。

 クロが余計なことをしでかさないことだけを祈って、カナタ達は移動を開始した。



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第百十一話:月に叢雲、花に風

 複数の巨大なエビによって運ばれた船は、島の内部にある川を遡るようにして祭壇のある巨大な湖まで運ばれた。

 そこで降ろされた船は川底の浅さ故に座礁し、完全に身動きが取れなくなっていた。

 

「いやー、ヒヒヒ……無茶すんなァ、あいつら」

 

 一匹で運ぶにはあまりに船が大きかったためか、複数で持ち上げて運び始めたのまではいい。

 だが、川幅の狭い場所を通るために縦列に隊列を組んで運ぶなどとは普通思わないだろう。

 何かに怯えているようだったし、その影響なのか随分必死な様子を見せていた。

 

「しかし、どうすんだこれ。完全に座礁してるぞ」

「ジョルジュがなんとかするでしょう。彼の能力なら関係ありませんから」

 

 クロの疑問にカイエが答えた。

 ジョルジュのフワフワの実の力があれば、移動させることは容易い。随分杜撰な扱いをされたので船大工たちが点検をしているが、今のところ壊れたところは無さそうだ。

 その気になればフェイユンが持って運ぶことも出来るだろうが、下手に移動してジョルジュたちと行き違いになるのも面倒だ。

 いつでも移動出来るように準備だけでも整えておくべきだと判断し、既にそわそわし始めたクロの首根っこを掴む。

 

「余計なことをしないでください。またふらふらと歩かれると探しに行かないといけなくなるじゃないですか」

「そう言うなよカイエ。オレはちょっと異常が無いか見て回るだけだからよ」

「そういうのは私がやりますから、貴方はジッとしていてください」

「えー」

 

 不満そうに声を上げるクロだが、こういう場合確実に好奇心に従って迷子になるので目を離せないのだ。

 ましてや現状はカナタでも手こずるであろうオクタヴィアの居城。足を引っ張るような真似は避けなければならない。

 こういうことを言っても聞かないので取り敢えず抑えつけておくのが正しいのだ。

 カイエもそれなりにクロとは長い付き合いなので、あしらい方も完全に熟知している。

 

「ゼハハハハ! 良いじゃねェか、好きなようにやらせてやれよ」

「余計な口を出さないでください。それとも後でカナタさんに怒られたいんですか?」

「すまねェクロ。おれに出来ることはもうねェらしい」

「諦めるのが早ェよ!」

 

 いつも勢いで生きているティーチもカナタに怒られるのは嫌なのか、あっさり前言を翻した。

 

「どのみちカナタたちがここに来るまで時間がかかるだろ。安全かどうかちょっと見て回るくらいした方が良いんじゃねェか?」

「この島に私たちを害せるような獰猛な動物なんていませんよ」

 

 その辺りは見聞色でわかる。使えないクロはわからないだろうが、ちょっと強めの反応が一つあるくらいで、それ以外は取るに足らない生物ばかりだ。

 上からオクタヴィアの異常な覇気を感じる以外、〝偉大なる航路(グランドライン)〟の前半の島としては普通と言える。

 ……逆に言うと、ティーチかカイエ辺りが一緒にいればクロが出歩いても安全という事でもあるのだが。

 

「カイエ。ここは私がいるから、クロさんを連れてちょっと辺りを見てきたら? このまま放っておいても勝手に出歩きそうだし、そっちの方が困るでしょ?」

「しかし……」

「時間を決めれば問題ないよ」

 

 フェイユンの言葉にカイエは迷い、思わぬところから援護を得たクロはここぞとばかりに駄々をこね始める。

 

「行こうぜカイエ! 海賊たるもの、冒険しなくてどうすんだよ! なァティーチ!」

「ゼハハハ! そうだぜ姉御! 海賊なら冒険しねェとな!」

 

 さっきまでのやり取りは何だったのか、クロとティーチは体格差を気にせず肩を組む。

 最終的にカイエが折れることになり、てきぱきと準備を整えてクロ、ティーチ、カイエの三人は辺りを見回りに出る。

 フェイユンは三人を手を振りながら見送り、「良かったんですか?」と話しかけてきたデイビットの方を向いた。

 

「クロさん、好奇心のままに動いて時間通りに戻ってこない気がしますけど……」

「多少なら大丈夫。ティーチもカナタさんに怒られるのは嫌だろうし、カイエはちゃんと時間を守れる子だから」

 

 時間になれば二人ともクロを引っ張って帰ってくるだろう。

 お目付け役がティーチだけならともかく、カイエはその辺りきちんとしているのでフェイユンとしても安心して任せられる。

 一つ問題があるとすれば。

 

「……ティーチが余計なことをしなければいいけれど」

 

 フェイユンは目を細め、その時は自分が何とかすればいいかと見聞色で常に三人の動向を掴み続けることにした。

 

 

        ☆

 

 

 〝アッパーヤード〟上空──〝神の社〟

 当代の神が座すその場所には多くの神官たちが整列しており、神として君臨するオクタヴィアの命令を待っていた。

 

(ゴッド)──仰せの通り、祭壇に人質として船と多くの人員を運ばせました。次はどうされますか?」

「お前たち全軍で船を潰しに行け」

 

 短い髪と異様に長い耳たぶが特徴的な男が報告と次の指示を仰ぐと、オクタヴィアは迷うことなく戦わせることを選んだ。

 ここに居させても邪魔だし、そもそも彼らのことなど欠片も興味がない。

 どこへなりとも勝手に行けばいいが、戦いの邪魔をされても面倒だ。

 力量の差は見聞色で感じ取れる。彼らが全員で戦っても勝ちの目は無いが、それこそオクタヴィアにはどうでもいいことだった。

 

「ヤハハハハ!! なるほど、奴らを蹂躙せよとの仰せですか!! よろしい、ならば我ら〝神隊〟の全力を挙げて敵の首級を挙げて見せましょう!!!」

 

 妙にやる気に満ちている男を見ながら、オクタヴィアは興味もなさそうに視界を閉ざす。

 見聞色で感じ取ってみれば、カナタがまっすぐこちらに向かって移動してきているのがわかる。

 気配を消すことはしない。彼女がここに来ることこそがオクタヴィアの最大の目的である以上、隠す意味もないからだ。

 

「〝声〟は大まかに四つのグループに分かれている。一番数が多いところに船があるはずだ」

「では我々はそこに向かえばいいのだな?」

「合流されるのも面倒だ。他の少数グループも潰して良いだろう」

「では特に強い〝声〟の聞こえる場所には我ら神官が行く。エネル、貴様は〝神隊〟と過去捕らえた海賊どもを解き放って船を襲撃しろ」

「ヤハハハ! 周到ですな。承知しました、我らで船を破壊しましょう!!」

 

 かつてオクタヴィアが踏み込んだ〝ビルカ〟と言う空島から連れてきた戦士たちが、それぞれ襲撃の準備を始める。

 中でも特に年若いエネルと呼ばれた青年が、上機嫌に指示を出して出発を急かしている。

 神官の言う四つのグループにはカナタも含まれているが、道端の石に目を止めることが無いように、オクタヴィアは彼らの行動の一切に興味を持つことなく放置した。

 カナタの行く道を邪魔しようとも、彼女ならば粉砕出来るとわかっているがゆえに。

 

 

        ☆

 

 

 神官は解き放たれた。

 〝ビルカ〟より連れてきた神兵たちは皆それなりの練度を持ち、また数も多い。

 若くして神官長に据えられたエネルの手により、全部隊がまっすぐに船へと向かい始める。

 ──そして、特に強い力を持つ四人の神官が四つに分かれたグループそれぞれに襲い掛かった。

 

「ほっほーう! ほっほほーう!! お前たちが今回の侵入者だな?」

 

 丸々とした体形の眼鏡の男が球体の雲の上に立ったまま眼下にいる三人へ話しかける。

 話しかけられた三人──クロ、カイエ、ティーチはと言えば、話を聞くこともなくティーチの講釈を聞いて居た。

 

「見てみろ、井戸が樹に吞み込まれてる。文明が植物の成長を予測出来ねェなんてのは普通ありえねェんだ。何かしら秘密があるとみるぜ」

「へェ……予測出来ないって具体的にどういうことだ?」

「例えばこの樹が他所から持ち込まれたものだったとか……あるいは、()()()()()()()()()()()()()()だ」

「カナタみてェなこと出来る奴がいたってことか。スゲェな」

「そういうところ博識ですよね、ティーチ」

「止せよ、照れるだろ。ゼハハハ!」

「聞かんかい!!!」

 

 丸い男の怒りの声に対し、まったく相手にせずティーチの講釈を聞いていたカイエは面倒くさそうに視線を向ける。

 こういう場合は大体ろくなことにならない。それでも相手をしないわけにはいかないのだろうと思っていると、クロとティーチが「がんばれ」と他人事のように応援してきた。

 イラっとしたのでティーチに拳骨を落とす。

 

「貴方は戦うんですよ……!」

「いってェ! やめろよ姉御!」

 

 クロはともかく、ティーチは戦うと強い。大したことのない相手だから出る幕が無いとでも思っているかもしれないが、むしろカイエはティーチにこそ戦わせたかった。

 二人から目を離すと知らないうちにどこかへほっつき歩き始めるので目を離したくないのだ。

 

「で、誰なんですか、あなた」

「おれはボダイ! 神に仕える神官の一人だ!」

「神官ですか」

「そうだ。我ら神官は神の命令でお前たち全員を皆殺しにするために動き始めた! 覚悟するがいい、青海の者たちよ!」

 

 啖呵を切るボダイを前に、三人は「どうする?」と言わんばかりに視線を交わしていた。

 

 

        ☆

 

 

 〝スカイピア〟へと時たま訪れる海賊たちはゲームと称して神官たちに捕らえられ、多くの場合はなぶりものにされている。

 船を失った彼らに逃げる術はなく、ただ死ぬ時を待つばかりだったが……今回、数の多い〝黄昏〟を襲撃するにあたって神官の先兵として檻から出された。

 相手が誰かも知らず、もしも船を奪えれば逃げられると考え、必死の形相で神官たちよりも先に船に辿り着こうとしていた。

 だが、生贄の祭壇に辿り着いた瞬間に全員の足が止まる。

 

「な……た、〝黄昏〟の船……!?」

 

 この広い海において、〝黄昏の海賊団〟の名を知らぬ海賊はまずいない。

 多くの場合は七武海として。あるいは手広く販路を広げる商売人として……何より〝白ひげ〟や〝ビッグマム〟に並ぶ海賊の一人として。

 敵対すれば破滅は免れられない。多くの海賊がそうであったように、海の藻屑と化すだけだ。

 それを知っているがゆえに、海賊たちは一様に足を止めた。

 船を奪わなければ逃げられないが、船を襲撃したところで相手が〝黄昏〟では勝ち目がない。しかも、守りとして残っているのは巨人族のフェイユンだ。

 どうする、と視線を交わす彼らの後ろから、苛立った声が聞こえてきた。

 

「あァ腹立たしい……神に戦えと言われたんだ。お前たちに選択肢などハナから存在しない! わかったらさっさと行け!!」

 

 巨大な鳥に乗った一人の男が声を荒らげ、海賊たちを後ろから急かす。

 もたもたしていれば後ろから撃ち抜かれる。

 どのみち命がないとなれば、決死の覚悟で船を奪う以外に道は無い。

 あるいはここで降伏すれば命だけは助かる可能性もあるが……戦えと急かされ、彼らの中には選択肢が無くなってしまっていた。

 

「や、やるぞ……! 巨人族がなんだ! おれ達が戦えば船を奪うくらい……!!」

 

 気炎を上げて百人以上の海賊たちが戦いを挑み──纏めてフェイユンに薙ぎ払われた。

 僅か一瞬で吹き飛ばされ、後ろで鳥に乗って見ていた男も思わず己の目を疑った。

 

「……あれだけ巨大な女がいることも驚きだが、あれだけの数の海賊たちを一瞬で壊滅させるか」

「あなたも敵ですか?」

 

 今の彼女は船番としてこの場にいる。相手が強かろうと弱かろうと、船の守りを預かった以上は容赦しない。

 

「神の名の下に。お前たちを皆殺しにする」

「あなたも敵なんですね……河松さん、子供たちの事はお願いします」

「承知した。そちらも気を付けてくれ」

「大丈夫です。あの人相手なら負けませんから」

 

 エネルが〝神隊〟を率いて向かってきているが、どのみち彼女をどうにかしなければ今の海賊たちと同じように薙ぎ払われるだけだ。

 男は鳥の上で立ち上がり、槍を構えた。

 

「おれの名はアスラ。女、名は何と言う」

「フェイユンです。覚えなくていいですよ」

 

 

        ☆

 

 

 一方、船を目指して移動中のジョルジュたちの方にも神官は現れていた。

 スキンヘッドにサングラスをした男だ。

 

「神はお前たちの命をご所望だ。せめて苦しまず、おれが全員斬ってやろう」

 

 柄しかない剣を手に、男は全員を斬ると宣う。

 どうすんだこいつとジョルジュはイゾウに視線を向けるが、イゾウは日和の事が心配なのか、「さっさと片付けるぞ」と手早く銃を抜いていた。

 他の船員はカテリーナを連れ、巻き込まれないようにと距離を取っていた。

 カナタやフェイユン程ではないとはいえ、ジョルジュが能力を使うとそれなりに広範囲に影響をもたらす。

 

「どうする、イゾウ」

「おれでもお前でも構わん。一刻も早く日和様の無事を確かめねばならない以上、即座に倒すのが一番だ」

「そりゃそうだ。手っ取り早く倒すか」

「そう簡単に倒せると思うな。おれは神に仕える神官──やすやすと倒れる程ぬるい鍛錬は積んでいない」

 

 ジョルジュは腰に刺した名剣〝木枯し〟を抜き放ち、イゾウは両手に銃を構えて敵を見る。

 神官の持つ剣は柄しか無かったが──一度それを振ると、柄から勢いよく何かが出てきた。

 

「何だありゃあ……液体、でも無さそうだな」

「〝鉄雲〟と言う。使い手次第でいかようにも形を変える、鉄の硬度を持つ雲だ。お前たち青海人は〝(ダイアル)〟の存在も知らないのだろう。その有様で、空の戦いについてこれると思うな」

「雲ォ? またみょうちきりんなモン持ってんな……」

 

 あるいは商売などにも使えるかもしれないが、それは後々考えればいい。

 ジョルジュは流動する鉄雲を珍しそうに見て、あとで回収しようと考えていた。

 

「せめて、死にゆくお前たちの名前を聞こう」

「ジョルジュだ。だが覚えなくていいぜ。死ぬのはお前だしな」

「イゾウだ。お前に構っている暇はない──押し通る」

「悲しいことだ……おれはヴェーダ。お前たちに、救いを与えよう……!」

 

 

        ☆

 

 

 そして、巨大な蔓が上空へと立ち昇っている場所にて、カナタは困惑していた。

 珍妙な髪形をした男が一人、上へと向かうカナタの前に立ち塞がっている。

 

「おれの名はネハン! 神に仕える神官の一人なり!」

「……その神官が何の用だ?」

「これより上には神が居られる。その御前に立つことが出来るのは我々神に仕える者のみだ。何人たりとも通ることは許されん」

「神様ごっこか。笑わせるな」

 

 下で天下を獲れなかったから空島で王様気取りか。

 カナタは呆れたように視線を上に向け、目の前の男から興味を無くす。

 どのみち押し通るだけだ。それ以上でも、それ以下でもない。

 

「……ああ、そうだ。一つ聞きたい」

「なんだ?」

「何故お前、白目をむいているんだ?」

 

 うっかり、と驚いた顔をするネハン。

 何なんだコイツ……とカナタはもうすでに相手をしたくなくなっていた。この程度の相手に体力は使わないが、相手をすると気力が削がれる。

 オクタヴィアという強大な相手を前に、変な奴を相手して無駄に気力を削がれたくは無いのだが……。

 

「ここは通さん! 通りたければおれを倒していけ!」

 

 無意味に上半身裸になり、ネハンは歌舞伎のように見得を切る。

 カナタは嫌そうな顔で槍を構え、「オクタヴィアのところへ急ぎたいのだが……」とため息を吐いた。

 




神官勢、調べてみると年齢が結構若かったので親世代だと思ってください。
ちなみにエネルはこの時代で19歳。

次回は神官撃破TA


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第百十二話:神官

ほぼギャグ回です


 あまり強そうには見えない敵だが、油断して足を掬われた敵をこれまでいくらでも見てきた。

 こと戦闘に関して、カイエは手を抜く気も油断や慢心を抱くつもりも全くなかった。

 

「ティーチ、構えておきなさい」

「ん? あァ、わかった」

 

 カイエは姿勢を低く構え、大地を這うかのように疾走する。

 ボダイはその速さに驚き、咄嗟に防御に移るも既に遅く、カイエは目くらましにボダイに一発攻撃を当てて後ろに回り込む。

 

「くっ、回り込ん──」

「遅い」

 

 カイエの攻撃を両腕でガードした直後に振り向くも、カイエは既にボダイの上を回転しながら飛び越えていた。

 その際にボダイの両肩を掴み、縦に回転した勢いのままに投げ飛ばす。

 狙いはもちろん、ティーチだ。

 

「ティーチ!」

「おうよ! ゼハハハ!!」

 

 グルグルと腕を回し、丸太のような腕で飛んでくるボダイ目掛けてラリアットを仕掛けるティーチ。

 まともに受ければ首の骨など一発で圧し折られるであろうと察したのか、ボダイは焦った様子を見せる。

 だがそんなことは関係ないとばかりに、ティーチはボダイの見聞色の上を行った。

 

「潰れろォ!!」

 

 何とか体をひねって避けようとしたボダイ目掛けて、ティーチのラリアットがクリーンヒットする。クロもカイエも、誰もが今の一撃で敵が沈んだと判断し──。

 しかし、手応えがおかしかったのか、ティーチは眉をひそめて自分の腕を見た。

 いつも通りの腕だ。感覚がおかしいという事もない。なのになぜ、()()()()()()()()()()()()

 

「なんだァ? 今の感覚……」

「い、今のは流石に焦ったぞ……! だが! 今の〝衝撃〟……いただいた!!」

 

 ティーチの腕とボダイの体の間に、ボダイが左手を差し込んでいた。

 まるでダメージの無いボダイの様子にカイエは能力者なのかと思うも、どんな能力にせよティーチが仕損じることは無いと思いなおす。

 自然系(ロギア)の能力者ならあるいは躱せたのかもしれないが、今の光景は自然系(ロギア)の避け方のそれではない。

 何かカラクリがある。

 

「この〝衝撃〟は──骨の髄より破壊する!」

 

 ボダイが先程ティーチの一撃を受け止めた左手を、目の前のティーチへと向ける。

 

「〝衝撃(インパクト)〟!!!」

 

 ドンッ!! ──痛烈な衝撃がティーチへと伝わり、数メートルほど吹き飛ばして巨木に激突した。

 

「どわァーっ!?」

「ティーチ!?」

「何だありゃ……悪魔の実の能力か?」

「悪魔の実? 違うな……お前たち、青海から来たのだろう。ならば知るはずもない」

 

 〝(ダイアル)〟と呼ばれる道具だ。

 種別は様々。出来ることもそれぞれ違う。

 ボダイの左手には、そのうちの一つである〝衝撃貝(インパクトダイアル)〟が仕込まれていた。

 

「この〝(ダイアル)〟は衝撃を吸収し! 自在に放出する! 貴様らの攻撃などきかねェ!」

「〝(ダイアル)〟……妙なものがあるのですね」

 

 クロが物欲しそうな目でカイエを見ているが、カイエは意図的にそれを無視してボダイへと視線を集中させる。

 ティーチの事は放っておいていいだろう。あの程度で死ぬような男ではない。

 カイエは愛用の大鎌を持ってきていないが、徒手空拳でも後れを取る相手ではないと判断し、即座に攻勢に出た。

 左手に装備されているという〝(ダイアル)〟にさえ気を付ければ、それ以外はお世辞にも実力があるとは言えない。

 

「ぐ! ぬ!」

「見聞色も使えるようですが、練度はお粗末ですね」

 

 しかも武装色は使えないらしく、カイエの攻撃を左手以外で受けた時は痛みで動きが鈍っている。

 この程度ならばカイエの敵ではない。

 

「この……!」

 

 苦し紛れに繰り出した左の掌底もカイエは軽く受け流し、そのまま止めを刺そうとする──が、その直前でティーチから声がかかった。

 

「姉御! こっちに投げてくれ!」

 

 咄嗟にボダイの顔面へと伸びた手を止め、しゃがみ込んでボダイの足を掴んで片手で振り回す。

 

「うおおお!? は、離せ!!」

「言われずとも──!」

 

 見た目以上に体重はあったが、カイエの膂力の前ではそれほど変わらない。ボダイは回転しながらティーチの方へと投げつけられ、何とか体勢を立て直して左手を当てようとする。

 しかし、ティーチも既に学習したのか、勢いのままに繰り出された左腕を掴んで〝衝撃貝(インパクトダイアル)〟を使えなくしていた。

 

「ゼハハハ……! やってくれたじゃねェか! 威力はお粗末な玩具だが、驚いたぜ」

「あ、あれを食らって何ともないのか……!!? ならばこちらだ!」

「あァ?」

 

 左手の〝衝撃貝(インパクトダイアル)〟がダメならばと。

 右手に仕込んだ〝(ダイアル)〟をティーチ目掛けて使用する。

 ズバン! とティーチが肩から腹にかけて斜めに切り裂かれた。

 

「ぐ……!」

「は、ははは!! これは効いたらしいな!」

「ぐおおおお~~!! いてェ~~~~!!!」

 

 だが、ティーチは痛みに呻きながらもボダイの腕を放しはしなかった。

 ギロリとティーチがボダイを睨む。

 

「テメェ……いてェじゃねェかァ!!!

 

 左手を握り込み、ボダイの顔面目掛けてティーチの拳が振り降ろされた。

 地面を陥没させるほどの強烈な打撃が突き刺さり、たった一撃でボダイの意識が刈り取られる。

 地面には放射状に亀裂が入っており、あんなものをまともに受けて相手は生きているのかクロは疑問に思うほどだった。

 呆れた様子でカイエが近付き、ティーチの怪我の具合を確認する。

 

「まったく……油断が過ぎますよ、ティーチ」

「ゼハハハハ!! あァいてェ! 船に戻ろうぜ!」

「そうだな、ティーチの怪我の手当てもしねェとだし」

 

 その前にクロはボダイの両手に仕込んであった〝(ダイアル)〟を奪い取り、空にかざして眺める。

 

「……見た目は普通の貝だな」

「それ、さっきのダンゴ野郎が使ってた玩具か?」

「ああ。普通の貝っぽいけど、ここ押せるようになってるみたいだ」

 

 殻長を押してみると、派手な衝撃が放出されて反動でひっくり返った。

 

「うわっぷ!」

「ゼハハハハ! 何やってんだよ!」

 

 ティーチが手を出し、クロはその手を掴んで起き上がる。

 「いやー、びっくりしたぜ」と笑いつつ、もう一つの方もいじろうとするとカイエに取り上げられた。

 

「遊んでないで船に戻りますよ。何やらきな臭くなってきたようですし、探索は終わりです」

「えー」

「文句を言わないでください」

 

 自分たちを狙って敵が現れたという事は船にも敵が来るかもしれない。見聞色で探ってみると、既に見知らぬ気配がある。

 フェイユンがいるから防衛自体は問題ないだろうが、足を引っ張るような真似はカイエとしても本意ではない。

 急いで戻るべきだった。

 

 

        ☆

 

 

「ちょろちょろと……!」

 

 フェイユンの腕が高速でアスラを狙うも、木々の隙間を抜けるように移動するアスラを捉えられない。

 見聞色による先読みだけならフェイユンの方に分があるが、巨大な木々の枝葉が生い茂る森の中では巨人族の動ける範囲は限られる。

 巨体であるが故の弱点だった。

 

「速度もある。見る限りパワーも凄まじい……だが、この森で戦うならおれの方に一日の長がある」

 

 人一人乗せられる巨大な鳥の上で、アスラはどうやってフェイユンを切り崩そうかと考えていた。

 下手に近付けば落とされる。かと言って遠距離からの攻撃手段はない。

 だが──()()()は既に終わっている。

 相手が想像以上のパワーを持っているせいか効きが悪いようだが、確実に捕えてはいる。

 もう少し、もう少しと時間を稼ぎ──遂にフェイユンを捕らえた。

 

「──!」

 

 アスラ目掛けて拳を振るったフェイユンの動きがぴたりと止まった。

 フェイユン自身の意思ではない。何かに阻まれたように、急激に動きが鈍っているのだ。

 

「カハハハハ!! かかったな!!」

 

 空中で旋回し、アスラは凶悪な笑みを浮かべて槍を構えた。

 どれほど強大な力があろうとも、動けなくなってしまえばこちらのものだと言わんばかりに。

 フェイユンの喉元目掛け、高速で飛翔して槍を突き立てんとする──しかし、確実に突き刺さると思われた槍は硬質な音と共に弾かれた。

 

(なんだ、あれは──体が黒く……?)

 

 首の一部が黒く染まっている。アスラの槍を弾き返すほどの硬質さを持つなど考えにくいが、実際に目の当たりにしてしまえば認めざるを得ない。

 突き刺されば槍に仕込んだ〝熱貝(ヒートダイアル)〟によって内側から焼くことも出来たが、アスラは舌打ちを一つして槍を構えなおす。

 

「まだ隠し玉があるようだが、どのみち動けないお前に出来ることなど──」

 

 ない、と言おうとして、アスラは自身の目を疑った。

 ぎぎぎ──と、動けなくなったはずのフェイユンが動くたび、周りの木々が軋んでいたからだ。

 フェイユンの動きを止めているのは、例に漏れず〝(ダイアル)〟によるもの。

 目に見えぬほど細く、触れても気付かぬほど軽く……しかし、束になれば大の大人でさえ身動きが取れなくなる〝紐雲〟が、辺り一帯に張り巡らされている。動けば動くほど縛り付ける罠だ。

 だが当然、それらを固定するためには周りの木々という〝支柱〟が必要になる。何もないところで使える罠では無いのだ。

 それを──動かないはずの支柱を、フェイユンは力任せに動かそうとしている。

 

「バカな……!? あの巨木だぞ!? 動くわけがない!!」

「そう思うのは、あなたが弱いからですよ」

 

 肉体に食い込む〝紐雲〟は武装色で強化すれば何の痛痒もなく、自身の剛力一つで深く根を張った巨木を引き倒そうとしていた。

 だが、やがて〝紐雲〟の方が耐えきれなくなったのか、ブチブチと引き千切られていく。勢いのままにフェイユンは拳を振るい、アスラを叩き落そうとする。

 フェイユンの動きを止めるものはもうない。アスラは急旋回してフェイユンの拳を避け、舌打ちして木々よりも高い上空へと退避する。

 あの罠が通用しないのではアスラに打つ手がない。

 せめて槍が刺さればやりようもあるが、武装色を知らない彼はフェイユンの防御を貫く手段がなかった。

 

「さて、どうするか……」

 

 このまま逃げ帰るわけにもいかない。どうにか崩す手段を模索せねば、と考えていたところで、不意に辺りが暗くなる。

 ここは〝白々海(はくはくかい)〟と呼ばれる場所だ。空島が形作られる雲の中でも最上層にあたる。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まさ、か……!?」

 

 恐る恐る背後を振り返る。

 太陽は中天よりも少しばかり傾いていた。地上から数十メートルの場所を飛行するアスラを飲み込むほどの〝巨影〟を作り出した主は、冷たく見下ろし拳を振り上げる。

 最早逃げ場などない。どれほど早く移動しようとも、障害物が何もない空中ではフェイユンの掌から逃れる術など無いのだから。

 

「う、おおォ──!!!」

 

 恐慌状態に陥りながらも、何とかその腕の届く場所から逃れようと加速する。

 見聞色による先読みがあれば逃げられると考えながら、振り向くことなく逃走し──伸ばされたフェイユンの腕がアスラの上を取った時点で、死を覚悟した。

 

「──逃がさない」

 

 最後の抵抗とばかりに突き立てられた槍を気にすることもなく、フェイユンの巨大な掌はアスラを大地に叩き落した。

 

 

        ☆

 

 

 鉄の硬度を持つ雲が次々に形を変えて襲い来る。

 ジョルジュは〝木枯し〟を手にそれを弾き、即座に距離を詰めてヴェーダの胸元を切り裂いた。

 多少距離があっても脇が甘いので詰めることは容易く、見聞色が使えてもジョルジュはその上を行く。

 

「弱っ。思ったより弱ェな……この程度でおれを倒すとかほざいたのか」

「ぐ……!」

 

 見た目はそう見えずとも、ジョルジュとてこの海で上位に入る実力者だ。

 ビッグマム海賊団の幹部たちとまともにやり合うならこれくらいの実力がなければ生きてはいけない。

 

「舐めるな……! おれは神に選ばれた神官だ! この程度の傷で倒れはしない!!」

「気概は買うがよ、実際この程度じゃあどう足掻いたっておれには勝てねェよ」

 

 とは言え、だ。

 ここに神として君臨するオクタヴィアが選んだ神官としては、あまりにも実力が低すぎる。〝(ダイアル)〟があるとはいえ、ジョルジュにとっては玩具のようなものだ。

 探せば便利なものもあるかもしれないが、戦闘で使うほど価値があるとは思えない。

 

「死にたくなけりゃあ退け。お前らの命まで奪いやしねェよ」

「ふざけるな! 弱い奴に価値などねェ……! 情けを掛けられて生き延びるなど、神を──おれ達の信仰を侮辱している!!」

「オクタヴィアをね……あの女、ほとんど会ったことも会話もしたことねェが、そういうやつだったかな……おいカテリーナ!」

「なんだい?」

 

 少し離れた場所に退避していたカテリーナがジョルジュの呼びかけに応えた。

 ジョルジュよりもカテリーナの方がオクタヴィアとの付き合いは長い。

 

「こういう事言ってるが、実際のところ、オクタヴィアは弱い奴の事をどう思ってるんだ?」

「どうも思ってないんじゃない? 私は彼女に助けてもらったし、一緒に旅もしたけど、他人のことに関してはとことん興味の無い人だったからね」

 

 海賊に襲われているところを助けてもらったが、その時もほとんど偶然だった。

 オクタヴィアと言う女は極めて他人に対して興味が無いのだ。

 例外は元ロックス海賊団の者たちとカナタくらいのもので、それ以外の人間に対して何かしらの興味を抱いたところなどほとんど見たことがない。

 左腕を治療するために頼ったドラム王国のくれはくらいか。

 

「まァそんなことだろうと思ったよ。オクタヴィアならおれ達のことも把握しているはずだしな」

 

 カナタと同格以上の強さがあるなら、当然見聞色も同程度使えると考えられるし、ジョルジュたちの事だって把握しているはずだ。

 神官たちでは〝黄昏〟の面々に勝てないことはわかるだろうに、それを無視して全員を無策のまま突っ込ませたとなると、無能のそしりは免れない。

 オクタヴィアが〝組織として〟勝つつもりがあれば、という前提ではあるが。

 少なくともカナタはこんな真似をしない。

 

「お前たちが神の何を知っている……! あの方こそが絶対的支配者だ!! あの方を侮辱するなど許すことは出来ねェ!!!」

「随分な入れ込みようだな。狂信者ってやつか……」

 

 覇王色の覇気を所有する者は往々にして人を纏めることに長けている印象があるが、例に漏れずオクタヴィアも同じような素質があるのだろう。

 「カナタもそうだし、やっぱり血は争えねェなァ」とジョルジュは小さくぼやく。

 ……オクタヴィアとカナタでは部下に対する態度があまりに違いすぎるが。

 

「神への信仰を穢すことは出来ねェ!! ここで、お前を殺す──」

「無駄だってんだよ」

 

 至近距離で振るわれた〝鉄雲〟による斬撃を軽く弾き、距離を取ったヴェーダに対して踏み込もうとした刹那──イゾウが背後からヴェーダの頭部を撃ち抜いた。

 ヴェーダは目の前のジョルジュに集中していたため、見聞色の覇気も十全に機能していなかったためだ。

 元より練度には大きな差がある。使えていたとしてもイゾウの弾丸から逃げられはしなかっただろうが。

 

「遊び過ぎだ。急いでいると言っただろう」

「悪ィな。だが情報収集は大事だろ?」

「異論は無いが……どのみち直接戦えるのはカナタさんだけだ。おれ達はあの人が心置きなく全力で戦えるように場を整えるべきだ」

「もっともだ。じゃ、急ぐとするか」

 

 ジョルジュの戦いだったが、後ろから手を出されたことに言うべきことも無い。

 日和の事を心配するイゾウの気持ちもわかるし、海賊なら卑怯も汚いも無いのだから。

 カナタが戦いを始める前に急いで船のところへ行こうと、ジョルジュたちは急ぎ足で移動を再開した。

 

 

        ☆

 

 

 ネハンは上半身裸のまま両の拳を握り込み、カナタにまっすぐ狙いを定める。

 肘に着けた〝(ダイアル)〟──絶滅種〝噴風貝(ジェットダイアル)〟による加速したパンチは、相手に知覚されることなく強烈な打撃を打ち込む。

 葬った敵は数知れないほどの強力な攻撃法だ。

 ……もっとも、通じる程度の相手ならば、という前提が必要なのだが。

 

「くらえ、〝ジェットパンチ〟!!」

 

 カナタは高速で振るわれたパンチを避け、そのままネハンの足を引っかけてバランスを崩す。

 〝噴風貝(ジェットダイアル)〟による加速は一時的なものだが、加速した後にコントロールする手段は無い。

 つまり、バランスを崩した今、ネハン自身の意思で止めることが出来ないのだ。

 ゴンッ!! とカナタの後ろにあった遺跡に強かに頭をぶつけ、そのまま気絶した。

 

「……なんだったんだ、こいつは」

 

 呆れて言葉もない。

 遊んでいる暇はない。オクタヴィアの下へ向かうべきだと思っていると、今の衝撃で風化した遺跡の一部が壊れていることに気付く。

 貴重な考古学の資料だ。壊したと知られるとオルビアに怒られてしまう。

 

「…………良し」

 

 見なかったことにして、カナタは上層──オクタヴィアの座する神の社を目指してジャイアントジャックを登り始めた。

 




神官タイムアタック結果発表
ボダイ戦:5分20秒(主にティーチのせい)
アスラ戦:4分30秒(アスラが森の中を逃げ回ったため)
ヴェーダ戦:2分20秒(イゾウが痺れを切らしたため)
ネハン戦:5秒(うっかり)

オクタヴィアとの会敵までやりたかったんですけど、この雰囲気のまま行くとちょっと……と思ってしまったので次回に持ち越しです。



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第百十三話:雷を操る女

時間が無かったのでちょっと短めです


 〝神の社〟に一人、女が玉座に座っていた。

 雷の肉体を持つ彼女の力と卓越した見聞色があれば、この空域一帯の会話を全て聞くことも容易い。

 その上で、彼女は全ての事象を無視していた。

 重要なのはカナタがこの場に現れる事。それ以外はすべて些事であるとして、一切の興味を抱かずこの場から動くことも無い。

 〝ビルカ〟と呼ばれる別の空島から連れてきた戦士たちもいたが、あれも彼女にとっては身の回りの世話をさせるだけの雑用係に過ぎないのだ。生きていようが死んでいようがどちらでも良かった。

 座する女──オクタヴィアはゆっくりと目を開け、〝神の社〟の扉を開け放って入ってきた女性を見る。

 

「──来たか」

 

 オクタヴィアは玉座の脇に立てかけていた槍を手に立ち上がる。

 誰もが畏怖するオクタヴィアに一切物怖じすることなく、カナタはずんずんと近付いていく。

 ため息を一つ吐き、オクタヴィアは呆れたように呟いた。

 

「久々の再会だと言うのに、挨拶の一つも無しとは」

「お前と交わす言葉などない」

 

 迷惑をかけられたことは多々あるが、助けられたことなどない。

 オクタヴィアの娘であるという一点だけでどれほどの不利益が出たことか。

 ここで会った以上、逃がす気が無いのはカナタとて同じなのだ。

 

「お前は既に時代の亡霊だ。消え失せろ──!!」

「言葉で強がることは容易い。それだけの力を見せてみろ──!」

 

 互いに同じ得物を振りかぶり、勢いよく衝突する。

 激突する覇王色の覇気は轟音と共に辺りに伝播し、二人の攻撃の余波だけで〝神の社〟が崩壊した。

 

 

        ☆

 

 

 フェイユンは空を見上げ、覇王色が激突したことを感知した。

 〝新世界〟では覇王色の持ち主などそう珍しくも無いが、カナタの覇王色と同じかそれ以上の圧力を感じる程の強さを持つ覇気など滅多にいない。

 カナタとオクタヴィアの戦いが始まったのだろう。多少離れているが、ここも危ない。

 

「出航の準備は出来てますか?」

「船に問題は無いです。荷物に多少の破損はありますが、人員には特に問題なく」

「では船に乗り込んでいて下さい。ジョルジュさんたちもすぐに来ます」

 

 最悪フェイユンが船を持って運べばいいが、なるべくならジョルジュの能力で移動させた方が良い。フェイユンは壊す専門なので船を壊さないように移動させるのは慣れていないのだ。

 そう思っていると、いくつかの気配が近付いてくるのを感知した。

 

「何でお前は大人しく出来ねェんだよ!?」

「ヒヒヒ、こんな面白そうな島で大人しくするなんて嘘だろ」

「ティーチとカイエがいるし、怪我も無い。心配するのはわかるが、過保護ではないか?」

「コイツ一人が痛い目見るくらいならいいがよ、大抵厄介事を引っ張ってくるんだよ」

「ゼハハハハ! 随分な言われようだな!」

「貴方も同じですよ」

 

 船に移動する途中で合流したのだろう。クロたちとジョルジュたちが一緒に船へと戻ってきた。急いでいたのか、クロはティーチに担ぎ上げられ、カテリーナはジョルジュの背中に乗っている。

 見聞色が使えるなら、上でカナタとオクタヴィアが衝突していることは察せる。あの二人レベルの戦いになると周りに出る被害も相当なものだ。怪我をしないうちに離れておいた方が賢明だろう。

 ジョルジュは背負っていたカテリーナを降ろし、船を見ると目を丸くしていた。

 

「うおっ! 完全に座礁してるじゃねェか!? 船壊れてねェよな?」

「大丈夫です。点検しましたから」

「そうか……悪いな、フェイユン。他の連中は無事か?」

「はい。変な人が攻めてきましたけど、弱かったのですぐ倒せました」

 

 被害と呼べる被害は無い。フェイユンが暴れて多少木が圧し折れたくらいだ。

 カテリーナたちはすぐに船に乗り込み、いつでも出発できるようにする。イゾウはすぐに日和と河松の無事を確認しており、安堵していた。

 他の面々も次々に船に乗り込み、ティーチは治療を受け……ジョルジュとフェイユン、カイエは意見を交わしていた。

 

「島を出るべきだな。カナタとオクタヴィアの戦いが終わるまでは下手に近付けねェだろう」

「空島の外縁部に留まるべきでは? カナタさんが負けるとは思いませんが、万が一の場合、カナタさんを連れて脱出する必要があるかもしれません」

「だが、カナタでも敵わねェとなるとな……おれ達が束になっても太刀打ち出来ねェ。せめて足を引っ張らねェようにするべきだろ。フェイユン、お前はどう思う?」

「……少なくとも、この島に留まるべきでは無いと思います。きっと、邪魔になっちゃうから」

 

 肌に打ち付ける覇王色の衝突の余波。

 絶え間なくぶつかり合う二つの覇気は、島に少なくない影響を与えている。

 島の動物たちが島の中央から必死に逃げているのが感じ取れる。誰もが恐怖しているのだ。

 その中で、真っ直ぐこの場所を目指して移動している一団もある。動物たちが逃げて移動するそれではない、別の存在だ。

 面倒事に巻き込まれる前に、早めに島を出た方が良いかもしれない。

 

 

        ☆

 

 

 高速で振るわれる槍から一拍遅れ、斬撃をなぞるように雷が後を追う。

 斬撃は槍に阻まれ、雷撃は氷の盾によって防ぐ。オクタヴィアの攻撃は苛烈そのものだが、カナタはそれら一つ一つを丁寧に対処して一切の隙を見せない。

 速度ではオクタヴィアの方が勝るはずだが、カナタはオクタヴィアの攻撃に遅れることなく対処できている。

 

「見聞色は既に私より上か。武装色も悪くはない」

「随分余裕を見せるものだ。私を甘く見過ぎだぞ」

 

 オクタヴィアに負けず劣らず、カナタは反撃に転じた。

 これまでに培った技術を余すことなく使い、オクタヴィアの首を落とそうと苛烈に攻撃する。

 しかし、見聞色はカナタの方がやや上手だという理由だけではオクタヴィアは落とせない。硬質な武装色もそうだが、オクタヴィアの戦い方が時折がらりと変わるのだ。

 スイッチを切り替えたかのように動き方が突然変わり、守りに入っていたかと思えば突如攻撃に転じる。攻撃していたかと思えばカナタが反撃に出るタイミングでカウンターを狙うために守りを固める。

 戦闘経験は確かにオクタヴィアの方が上だろうが、それにしてもここまで戦い方が違うのは妙だった。

 

(7……いや、8つか)

 

 カナタの見立てでは都合8つの型があり、状況に応じて使い分けることで見切りにくくさせている。

 だが、それが通じるのは格下だけだ。一定以上の実力があれば対応するのは難しくない。

 現にカナタは即座に対応して見せたし、いくつもある型を全て見切ることで使えるようになってすらいる。

 

「フフ……眼の良さは私譲りか」

 

 オクタヴィアもまた、カナタの槍の型を見切っては己が物として対応していた。

 技術、身体能力が同じならば優劣をつけるのは悪魔の実の能力──そして、何よりも覇気の強さが重要となる。

 だが、覇気に関してはカナタも引けを取らない。

 

「覇気の扱いは上々だが……まだまだだな」

「……二つを十全に扱えて()()()()とは。お前は何か手品でも隠しているのか?」

「なんだ、知らないのか──では教えてやろう。素質を持つ者は多かれ少なかれ存在するが、扱える者は極めて少ない」

 

 オクタヴィアの槍が()()()を纏った。

 咄嗟にカナタは槍を構え、横薙ぎに振るわれるオクタヴィアの槍を防ぐ──が。

 

「ぐ──っ!!?」

 

 ミシミシと腕が軋みをあげる。

 二人の槍は()()()()()()()()、距離を空けて激突したのちにカナタを大きく吹き飛ばした。

 

(何だ、今のは……!? 触れずに私を……!)

 

 直接触れずに攻撃する、と言う意味ならば、武装色の覇気を使いこなせるようになれば可能な領域だ。

 しかし、今のオクタヴィアの攻撃はそのレベルではない。

 武装色を纏っただけでは精々指一本分程度の距離が開くに過ぎない。これは体の外側に纏う覇気によるもので、カナタにも扱えるものだ。どちらも使えるならば練度の差はあれどもダメージは大きくない。

 だが、今の一撃は明確に違った。

 具体的に言うならば──()()が違うのだ。

 武装色の覇気だけではない、別の何かが層を成している。

 

(──また来るか!)

 

 踏みとどまり切れずに空中に吹き飛ばされたカナタへと、オクタヴィアが追撃をかけてきている。

 一度受けただけではわからなかった。ならば、もう一度受ければその正体を掴めるかもしれない。

 目を凝らし、知覚を最大まで研ぎ澄ませてオクタヴィアの攻撃を感知する。

 ()()()()()()()

 

「防いで見せろ──加減は無しだ」

「──ッ!!!」

 

 空中で二人が激突する。

 二人の間には隔たりがある。明確な力の差が現実として存在することを見せつけるように、オクタヴィアの攻撃を防ぎきれずにカナタはまたも吹き飛び、地面へと叩きつけられた。

 先程までと違うのは、強烈な一撃が来ると心構えが出来ていたこと。

 

「……今のは、まさか……!」

 

 ()()()

 オクタヴィアが振るった力の正体について、朧気ながらも見当がついた。

 だが、対抗策がない。単純に体を動かせばできる技術では無いのだ。使い方がわからなければ意味がない。

 どうする、と必死に頭を回転させていると、上空から明確な敵意を感知した。

 

「10億V(ボルト)──」

 

 オクタヴィアの右腕が青白い稲妻となって狙いを定める。

 まずい、とカナタは反射的に行動を起こす。

 

「──虹弓(インドラ)

 

 高密度の雷は〝アッパーヤード〟を貫通し、下層にある〝白海〟をも貫いていく。

 それが更にあと6本、次々に生み出されてはカナタ目掛けて撃ち放った。

 赤、緑、紫……どういう変化を与えたのか、雷の色がそれぞれ違い、しかし威力はどれも変わらず当たれば即死してもおかしくないほどの攻撃を乱射している。

 

「滅茶苦茶な女め……!!」

 

 思わずカナタも悪態を吐き、オクタヴィアを上回る見聞色でようやく攻撃を回避する。

 しかし、このままでは反撃が出来ない。

 先程のオクタヴィアの攻撃のタネは視えた。だが、それを貫くことが出来るかどうかはまた別の話だ。

 時間が足りない。

 

「どうした、逃げるばかりか! 私を失望させてくれるなよ、()()()()!!」

 

 上空からの点攻撃では埒が明かないと考えたのか、オクタヴィアは地上に降り立って木々を薙ぎ払いながらカナタへと追撃をかける。

 対するカナタは雷撃の隙間を縫ってオクタヴィアへと接近し、武装色の覇気を纏わせた槍を横薙ぎに叩きつける。

 ゴキィン!! と轟音を立ててオクタヴィアの槍と衝突するが、この攻撃もオクタヴィアには届いていない。

 触れる事すらできないのでは対処も何もないが、今はとにかくひたすらに攻撃を叩きつけて感覚を掴むしかなかった。

 

「私を、その名で呼ぶな……!!」

 

 覇王色の覇気が衝突するたびに周りの木々が軋みをあげている。

 厄介なのは槍による攻撃だけではない。時折死角を縫うように放たれる雷撃を氷の盾でいなしつつ、カナタは何とか隙を見つけては攻撃を叩きつける。

 攻撃が届かない。

 見聞色では僅かに上を行っているため、オクタヴィアの攻撃は何とかいなせているが……ここまで明確に差を見せつけられたのは久々だった。

 なりふり構っている暇はない。

 全力で、オクタヴィアの力を削がねばならない。

 

「──〝白銀世界(ニブルヘイム)〟」

 

 僅かにでも力を削ぐための場を作るべく、カナタは攻勢に出る。

 




ここのところちょっとバタバタしてるので来週はお休みします。


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第百十四話:Sign

オクタヴィアの設定を盛れば盛るほど連鎖的に株が上がっていく前大将。
このバケモノの左腕を不随に追い込んだとか何者???ってなってしまう。


 覇気を流し込んだ氷がドーム状に構築されていく。

 冷気を操るカナタが作り上げる、一度構築してしまえば脱出は極めて困難となる絶対必中領域。

 極めて低温の冷気が常にドーム内で流動し、敵の体温を奪い続ける。かの〝金獅子〟でさえ手も足も出なかったカナタの秘技である。

 だが──オクタヴィアは〝雷〟の能力者だ。

 生み出せるエネルギーは極めて莫大。空気中に放出すればそれだけで急激に空気が膨張するほどの熱を持つ。

 だからこれは、僅かにでもオクタヴィアのエネルギーを削るための策であり、四方を氷で覆うことにより射出点を増やすための策であった。

 

「こんなもので私を倒せると──」

 

 オクタヴィアが右腕に雷を集中させ始めると、その瞬間にカナタはオクタヴィアの左側に無数の氷の槍を作り出す。

 即座に反応したオクタヴィアは氷の槍を薙ぎ払うように雷を走らせると、次の瞬間にはオクタヴィアの死角から更に氷の槍が殺到する。

 武装色の覇気はオクタヴィアの方が強いが、見聞色の覇気に関してはカナタに分がある。

 どれほど強力な防御にも弱点がある。僅かにでも隙を作れれば、ダメージを与えることは不可能では無い。

 

「鬱陶しい──!!」

 

 次々に死角から襲い来る攻撃に業を煮やし、オクタヴィアは全方位へと雷を放出した。

 空気を引き裂く雷鳴と共に氷の槍が砕けていき、氷のドーム内で乱反射していく。

 カナタはその雷の中を直線的に突っ込み、円柱型に作り出した大質量の氷を真正面から叩きつけた。

 込められた覇気により黒く染まった氷はオクタヴィアの予想を超える強度を持っており、左手に持った槍で円柱型の氷を受け止める。

 

「ッ!」

「──ハッ!!」

 

 受け止めると同時に真横から現れたカナタが槍を振るい、オクタヴィアの首へと斬撃を見舞う。

 しかしオクタヴィアはそれを間一髪で躱し、カナタの方へと向きなおって黒い雷を纏った槍を振るった。

 覇気を纏わせた氷の盾が轟音と共に砕け散り、至近距離でカナタとオクタヴィアの視線が交差する。

 

「まだまだ、だな」

「この程度で終わると思うな!!」

 

 極寒の冷気は常にオクタヴィアの体温を奪い続け、それに対抗するためにオクタヴィアは能力を使用し続けなければならない。

 炎そのものやそれに類する能力とは違い、雷を基にして熱を生み出すのは非常に効率も悪い。そのため、オクタヴィアには常に一定以上の負荷をかけられていた。

 出力の一部を攻撃に回せないとなれば、カナタは能力圏内において非常に有利に立ち回れる。

 だが──やはり、その状況を許してくれるほどオクタヴィアは甘い相手ではない。

 

「10億V(ボルト)──虹弓(インドラ)!!」

 

 迸る雷撃が〝白銀世界(ニブルヘイム)〟を形作る氷に直撃し、一撃で半壊させる。

 

(……これで半壊とは。随分頑丈に作ったものだ)

 

 並の強度で耐えられるような攻撃ではない。相手がオクタヴィアだからか、それとも元々こういう作りにしているのか……どちらにせよ、一撃で完全に崩さなければ即座に修復されるだろう。

 それに、この領域内ではカナタが氷を生成してオクタヴィアの攻撃を減衰させることも出来る。

 これでは駄目だと判断したオクタヴィアは即座に〝虹弓(インドラ)〟を破棄し、最大出力での攻撃をしようと構えた。

 

「それを私が許すと──!」

「思わんさ。だが、見聞色が多少優れているだけでは私を崩せはしない」

 

 オクタヴィアの行動に反応したカナタは迎撃に動いたが、オクタヴィアはそれを気にも留めずに左腕に莫大な雷と覇気を貯め込む。

 領域内、全方位からの攻撃を体術だけで凌ぎ──一点に集中させてドームの破壊を試みる。

 

「20億V(ボルト)──〝天穿つ紫電の槍(タラニス・モール・ジャブロ)〟」

 

 オクタヴィアの最大出力による一撃。

 防ぐべく作られた氷の盾を次々に破壊し、真っ直ぐにカナタへと突き進む。

 カナタは防ぎきれないと判断し、〝白銀世界(ニブルヘイム)〟の壁をすり抜けて外へと脱出する。

 覇気を流し込んだ氷を壁にすると同時に、全ての力を攻撃に回したオクタヴィアへとカウンターを打ち込むために。

 

「〝悪食餓狼(フェンリスヴォルフ)〟!!」

 

 氷の狼が背後からオクタヴィアの右腕へと噛みつき、食い千切ろうとする。

 だがオクタヴィアは視線を一度向けるばかりで防ごうとすらしなかった。

 防御よりも攻撃に力を割り振り、カナタへと意識を向ける。「こんなものか」と言わんばかりに。

 〝白銀世界(ニブルヘイム)〟の壁はオクタヴィアの一撃を受け止めるが防ぎきれず、轟音を立てて破壊されていく。

 強烈な雷撃はなおも勢いを衰えさせることなく、真っ直ぐに突き進んでカナタを吞み込んだ。

 

 

        ☆

 

 

「ヤハハハハ! これは壮観だな!」

 

 神兵およそ200名を連れたエネルは、脱出の準備を整えて島から出ようとしていたジョルジュたちの前で高笑いをする。

 巨大なガレオン船など空の島には不要なものであるし、時折空島を訪れる海賊たちもここまで巨大な船を使ってはいない。

 船に乗っている巨人族もそうだし、エネルにとっては珍しいものばかりだった。

 ジョルジュは船を降り、一人でエネルたちと相対する。

 

「なんだ、お前らも神官って奴か?」

「ヤハハハ、それはあの四人だけが名乗っていい称号でね。私は神兵長……〝神隊〟に属する神兵たちのまとめ役だ」

「要するにオクタヴィアの部下か……面倒な連中が出てきたな」

「部下と言うほどではない。神は我らの事を便利な道具としか思っていないだろう」

 

 だがそれでも、彼らにとってオクタヴィアと言う存在は絶対だ。

 人の身で至る領域の最高位にいる以上、彼らにとって崇め奉るのは至極当然の話だった。

 

「神はお前たちの船を所望だ。もっとも、鹵獲(ろかく)しろではなく破壊しろ、だがね」

「やらせると思ってんのか?」

「お前たちの意見など聞いていない。神がそれをお望みならば、我らは命を賭してそれを捧げる。それが信仰というものだ」

 

 エネルはおもむろにバズーカを取り出し、弾の代わりに(ダイアル)を装填する。

 砲口を船へと向け、ジョルジュが止める間もなく引き金を引いた。

 このバズーカに砲弾は無い。

 風貝(ブレスダイアル)に貯め込まれたガスを放出し、それに引火した炎が青白く染まって対象を焼き貫く。

 名を〝燃焼砲(バーンバズーカ)〟──空島特有の武器だ。

 

「ヤハハハ!! 側面に穴を開ければ移動は出来まい!!」

 

 ヤバい、とジョルジュは即座に大地を壁にしたが、僅かな時間で作り上げられた壁は薄く、〝燃焼砲(バーンバズーカ)〟は壁を貫いて船を貫こうとする。

 カナタのように〝狐火流〟が使えていれば話は別だが、そうではないジョルジュでは壁にもならない。

 冷や汗を流すジョルジュだが、船から飛び降りたカイエが即座に巨大なゴルゴーンの姿を取ってその身を盾にして防いだ。

 獣形態のカイエの体躯は巨人族にも引けを取らない。〝燃焼砲(バーンバズーカ)〟の一撃を防ぐには十分だった。

 加えて体表を覆う硬質な鱗が完全に炎を防ぎきっており、火傷の痕すら残っていない。

 

「助かったぜ、カイエ。船壊したらカナタに怒られちまうからな」

「油断が過ぎますよ。船ごと空に浮かべてしまえば射程範囲から出られるでしょう」

 

 そりゃそうだ、とジョルジュは能力を発動させ、船を丸ごと空に浮かせていく。

 これにはエネルも流石に目を丸くし、カイエの能力含めて珍しい能力者だと驚きを露にしていた。

 

「あれほど巨大な船を浮かせる能力とは……だが、逃がすわけにはいかんな。弓兵!」

 

 エネルが号令をかけると、弓を構えた神兵たちが船目掛けて矢を射る。

 ただの矢が通用するはずも無いが、目的は矢での攻撃ではない。

 

「なんだありゃ……雲の道?」

雲貝(ミルキーダイアル)だ。空の戦いを知らぬ青海人よ」

 

 幾条にも走る矢にそって雲の道が発生し、神兵たちはそれを伝って船へと乗り込もうとする。

 だが、船へ向かって移動し始めた神兵たちは雲の道ごと纏めてカイエに薙ぎ払われた。

 

「私を無視して先へ行けるとは思わないことです」

「なるほど……動物(ゾオン)系とはいえ、これは厄介」

 

 数ある悪魔の実の中でも動物(ゾオン)系は身体能力の向上に特化している。ましてや巨人族ほどの巨躯を誇り、それが高速で移動出来るとなればエネルでは太刀打ちできない。

 自然系(ロギア)のような無敵性は無いが、これだけ強ければさして変わりは無いのだ。

 しかし、無敵でなければ可能性はゼロではない。

 

「〝燃焼砲(バーンバズーカ)〟以外にもやりようは──」

 

 ある、と(ダイアル)を入れ替えようとして、体が動かなくなっていることに気付く。

 カイエの瞳が神兵たちを捉え、その能力の対象として認識し──肉体が石化していた。

 

「なんだ、これは……!」

「私の能力は動物(ゾオン)系の中でも特に希少な幻獣種です。身体能力の強化だけが力の全てではありませんよ」

 

 覇気を纏えば多少なりとも抵抗出来るが、エネルたち神兵の中には武装色の覇気を扱えるものはいない。

 誰もがなすすべなく石化していき、およそ200人いた神兵たちの全てが沈黙した。

 カイエは人形態に戻り、浮遊する船へと戻る。

 大したことのない連中で良かったが、オクタヴィアが身の回りの世話をさせるだけに用意していた人員ならばあの程度でもおかしくは無いのだろう。

 その兵力をどうして使ったのか、と言う疑問はあるが──。

 

「……オクタヴィアにとっても、あの兵力は最早不要という事でしょうか」

「さァな。少なくともおれ達にとって都合のいい話じゃなさそうだ」

 

 身の回りの世話をさせていた兵を捨てたという事は、世話をさせる必要が無くなったということ。

 ここでカナタを待ち構え、カナタを殺してまた海に出るつもりかとジョルジュは考えるが……実際のところはわからない。

 

「おれ達はカナタが勝つことを信じて、今はこの島を離れるしか──」

 

 ジョルジュがそう言いかけると、轟音と共に凄まじい衝撃波が辺り一帯に伝播した。

 船が大きく傾きつつも何とかバランスを取り直し、ジョルジュたちはすぐさま眼下に広がる〝アッパーヤード〟を見下ろす。

 

「これは……!」

「ありゃ姉貴の氷か。そこから直線状に雷が走ってやがるな」

 

 巨大なドーム型の氷が砕け、真っ直ぐエンジェル島へ向かって雷が線を引くように走っていた。

 先程の轟音はあれが破壊された音だろう。

 シキを相手にした時は余裕を持って倒せるほどだったと聞いたが……オクタヴィア相手ではやはり通用しなかったのだろうか。

 

「カナタさん……」

 

 心配ではあるが、出来ることは何もない。

 広い海の中でも最上位に位置する二人の戦いに割って入れる者など、この場にはいないのだから。

 

 

        ☆

 

 

 オクタヴィアの雷は強力だ。

 〝アッパーヤード〟からエンジェル島まで真っ直ぐに迸っており、途中で雷撃から逃れたカナタは体の至る所に火傷を負いながらも意識を保っていた。

 

「く……!」

 

 ある程度威力は減衰していたはずだが、それでもかなりの威力だった。

 雷撃と共に吹き飛んで来たカナタの姿にエンジェル島の人々はざわめくが、オクタヴィアが追ってきていることに気付くと「逃げろ!」と警告する。

 カナタに一般人まで巻き込むつもりは無いが、オクタヴィアはそんなものお構いなしに攻撃するだろう。

 命の保証はない。

 

「他人のことまで気にしている余裕があるのか?」

 

 上空から逃げ道を塞ぐように雷を乱発するオクタヴィア。

 カナタはそれを時折氷で防ぎつつ人のいないところまで移動していく。

 僅かに距離を空けて降り立ったオクタヴィアと相対し、互いに出方を窺うように動きを止めた。

 

「お前は強くなった。だが、師と呼べる存在もロクにいなかったのだろうな。随分粗削りだ」

 

 基礎は誰かから教わったのかもしれないが、それだけでは不十分だとオクタヴィアは言う。

 オクタヴィアでさえ母から全てを教わっている。槍術、覇気、それにまつわる戦闘技術の全てを。

 むしろ基礎だけ誰かに教わり、そこからほぼ独学でここまで力を付けたことは驚嘆に値するが……粗削りであることは否定しようがない。

 何よりも、覇気は未だ発展途上だ。

 

「既に私の全てを見せた。ここからお前が私を倒せるまでになるかはお前次第だ」

「何……?」

 

 まるでカナタに自分を倒させようとするかのような──オクタヴィアの言動に眉を顰めるも、直後に発生した極大の雷を前に思考はすぐさま切り替わった。

 エンジェル島を丸ごと飲み込もうとするほどの巨大な雷の高波。

 逃げ場のない広範囲の攻撃に、カナタは歯を食いしばって能力を発動させる。

 覇気を流し込み、島一つを呑み込みかねない雷に正面から対抗する。

 爆散する氷の壁を尻目に、オクタヴィアは黒い雷を纏わせた槍を振るってカナタとぶつかった。

 

「無駄な行動だ。見も知らぬ他者など斬り捨てろ。私を前に余分な行動が出来る程、お前は強いのか?」

「黙れ……! 私のことなど何も知らない癖に、知ったような口をきくな!」

 

 オクタヴィアの言葉に反発し、力を込めて振るわれた斬撃を弾くカナタ。

 少なくともカナタには一般人を巻き込む気は無かった。たとえその余裕が無いとしても、むやみに周りの人間を巻き込むようではオクタヴィアと同じになってしまう。

 嫌悪する相手と同じになりたいとは思わない。それだけの思いで大きな負担を負ったまま戦い続ける。

 唯一上回る見聞色も広範囲を巻き込むような攻撃をされては回避も出来ない。そこを切っ掛けに少しずつ崩されていき、範囲を狭めた強烈な攻撃が走った。

 

 

        ☆

 

 

 オクタヴィアの苛烈な攻撃にもカナタは耐え、時には反撃する──しかし、絶対的な力の差が埋まることは無い。

 消耗の度合いもカナタの方が大きく、一昼夜かけて戦い続けた中で先に限界を迎えたのはやはりカナタだった。

 倒れたカナタを見下ろし、島の原形を留めていないエンジェル島の端でため息を吐くオクタヴィア。

 

「……まだ早かったか。まぁいい。叩き起こして、限界まで殺し合えば掴めることもあるだろう」

 

 自らにはまだ及ばない。しかし、血は争えないものだ。

 オクタヴィアか、あるいはロックスか……どちらの血が濃いにしても、潜在的な力はオクタヴィアを上回っていてもおかしくはない。

 まだまだ限界まで追い込めば見えてくるものもあるだろう。

 そう考えて槍を振り上げた瞬間──オクタヴィアは反射的に距離を取った。

 

「……ふふ、倒れてなお睨みつけるか。衰えぬ闘志はジーベックに似ているな」

 

 気を失っているはずだが、カナタから発される覇気はオクタヴィアを威圧するように向かっている。

 思わず笑みを浮かべ、期待できそうだと呟く。

 ──そのカナタを守るように、上空から数人が降りてきた。

 カイエ、ティーチ、イゾウの三人だ。

 

「何だ、お前たちは」

「カナタさんの部下です」

「ゼハハハハ!! このままじゃあ姉貴が殺されちまうかもしれなかったからな、ワリィが手ェ出させてもらうぜ!」

「これ以上手出しはさせん!」

「ノウェムの部下か。力の差がわからんわけでもあるまい。それでもなお、私の前に立つか」

「当然だ!!」

 

 ティーチ達三人の後ろに浮遊する船が降り立ち、フェイユンが急いでカナタを掌に抱えて船へと連れていく。

 何よりも先にカナタの治療を優先したのだ。

 

「……フワフワの実の力か。シキは死んだと聞いたが、お前たちが悪魔の実を得ていたのだな」

 

 ジョルジュは出てこない。実力的に及ばないのもあるだろうが、カナタの治療が終わるまで逃げ回らねばならないと考えると前線に出てくるわけにはいかなかった。

 カナタを運んだフェイユンが船から降り立ち、オクタヴィアと相対する。

 四対一だが、これでも戦力比はオクタヴィアに大きく傾いている。丸一日戦い続けて体力もそれなりに消耗しているはずだが、疲弊した様子も見せていない。

 

「一度だけ聞こう。ノウェムを引き渡す気は無いか?」

「ノウェムってのは姉貴の事か? だったらねェな!!」

 

 オクタヴィアの最後通告に対し、ティーチはニヤリと笑って〝否〟と突き返す。

 

「そうか──残念だ」

 

 オクタヴィアはそれだけを口にして、左手に持った槍に黒い雷を再び纏った。

 



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第百十五話:シルエット

 カナタとオクタヴィアの二人がエンジェル島で激突していた頃。

 とある一人の男が空中に浮かぶ海賊船へと訪れていた。

 

「ウーム……吾輩、空の騎士と申す」

 

 あごひげをたっぷりと蓄えた壮年の男性はそう名乗り、イゾウが目を見開いた。

 銀甲冑を纏うその男性に見覚えがあったからだ。

 

「ガン・フォール殿! 無事だったのですね!」

「む? 吾輩の事を知るとは……お主等、青海人であろう?」

「青海……? なんだそりゃ」

「青い海。即ち空島の白い海ではない場所で生まれた者たちのことをそう呼ぶ」

「私は以前ここに来たことがあります。ロジャー船長と共に一時滞在していました」

「……なんと、ロジャーの? そう言われてみれば、確かに見覚えがある」

 

 ガン・フォールはあごひげを撫でながらイゾウをじっと見て納得したような顔をする。

 ともあれ、現状はそんな悠長にしていられるほど楽観的に見られるものではない。

 

「あそこでオクタヴィアと戦っているのはお主等の関係者か?」

「うちの船長だ」

「そうか……」

 

 かつてガン・フォールが神の座に就いていた頃、突如として現れたオクタヴィアとその軍勢が有無を言わさず〝スカイピア〟の全てを乗っ取った。

 しかし──誰もが想像するような惨劇も、悲劇の一つも起こっていない。

 彼女の前に立った者は誰もが倒れ伏した。ガン・フォールも例外ではなく、敵意を持って相対することすら許されなかったのだ。

 オクタヴィアが圧政、悪政を敷くのであればこの身を犠牲にしてでも相打つ……などと考えたこともあったが、想像に反してオクタヴィアは随分大人しかった。

 カナタが訪れるこの時までは。

 

「吾輩は彼女が戦っているところを見るのは初めてだ。大抵のことは神官、あるいは神兵たちが解決に動くゆえな」

 

 だが、オクタヴィアの強さを実際目の当たりにしてみると、〝シャンディア〟が神官や神兵たちを突破してオクタヴィアと戦うことが無かったことを幸運に思う。

 あれは、人間にどうこう出来る存在ではない。

 策を弄して太刀打ちできる次元には思えず、正面から戦ったとしてもなおの事。犬死するのが関の山だ。

 

「だが、あの二人をこのまま戦わせるのはマズイ」

 

 エンジェル島は既に阿鼻叫喚だ。

 二人の攻撃の余波だけで建物が倒壊し、地盤となる雲も焼け焦げたり凍ったりしている。

 今のところ被害は建物だけで済んでいるが、人的被害が出るのも時間の問題だろう。

 

「どうか、お主等に頼みがある──エンジェル島の者たちを助けてほしい。吾輩に出来ることなど、もはやたかが知れているが……出来る事ならば何でもやろう」

 

 船に降り立ったガン・フォールは深々と頭を下げて頼み込む。

 一人で救助活動をしても間に合わない。あの二人の戦いは激しさを増すばかりで、未だ犠牲者が出ていないのが不思議なほどだ。

 ジョルジュはイゾウと目を合わせ、頭をがりがりとかいてため息を零した。

 

「……仕方ねェ。カナタも被害が出ねェように戦ってるみてェだしな。おれ達も体張るしかねェだろ」

「そうだな。それに、この方を味方に付けておけばオクタヴィアがいなくなった後の統治も問題ないだろう」

 

 どうあれ、カナタはオクタヴィアを倒すつもりだろう。ならばその後の統治を考えねばならない。

 ガン・フォールは元々この国の長だった。同じ地位に返り咲き、後ろ盾としてカナタが名前を貸せば今後何かあっても対処できる。

 ……今ある危機を乗り越えられれば、と言う話ではあるが。

 

「そうと決まりゃァ早いうちに動くぞ。おれ達だってオクタヴィアの攻撃に巻き込まれたらひとたまりもねェからな!」

「……感謝する!」

 

 ガン・フォールの指示の下、エンジェル島にいる住人たちを遠く避難させるために動き出した。

 

 

        ☆

 

 

 そうして、現在。

 エンジェル島の住人たちを逃がし、戻ってきたジョルジュたちは上空からカナタとオクタヴィアの戦いを観測し続け、カナタが倒れたその瞬間に三人が飛び出して割り込んでいた。

 ジョルジュが止める間も無かった。

 

「勢い勇んでいきやがって……! フェイユン! 船を降ろす、カナタを治療するから連れて来い!」

 

 今の〝黄昏の海賊団〟にはカナタに太刀打ちできる人物はいない。

 即ち、カナタに打ち勝ったオクタヴィアに太刀打ちできる人物も存在しないのだ。

 それでも飛び出したのは、それだけカナタのことを心配しての事だろうが…あまりに状況が悪い。

 オクタヴィアに相対するティーチ、カイエ、イゾウ、フェイユンの四人を尻目に、全身にやけどを負って重傷のカナタの手当てをする。

 

「とにかく、一分一秒でも多く時間を稼げ!」

 

 四人がかりでオクタヴィアの相手をしてカナタの治療のための時間を稼ぐ。カナタの治療には医務室でカテリーナが請け負っており、助手に数人の船医の手を借りて治療を始めていた。

 カナタが目覚めるまでどれくらいかかるかわからない。

 だが、それでもやるしかなかった。

 

「姉貴を渡すつもりはねェ! 諦めな、オクタヴィア!」

「──残念だ」

 

 ティーチの煽りを受けてか、オクタヴィアは黒い雷を槍に纏った。

 咄嗟に構えた四人は横薙ぎに振るわれる槍によってほぼ同時に弾き飛ばされ、オクタヴィアは船目掛けて跳躍する。

 弾き飛ばされた中でいち早く復帰したカイエが獣形態へと変化し、上空へと飛んだオクタヴィアを尻尾で叩き落す。

 ティーチがカイエの壁になるような位置取りをしていたのだ。

 

「行かせません!」

「小癪な」

 

 巨人族にも匹敵する巨躯を誇るカイエに対し、オクタヴィアはバリバリと右腕に雷を留めて狙いを定める。

 放出する雷は空気を引き裂き、カイエの巨体を薙ぎ倒した。

 

「〝弾斬丸(だんぎりがん)〟!!」

「オラァ!!」

 

 カイエが吹き飛ばされる横でイゾウとティーチがオクタヴィアに攻撃を仕掛ける。一人一人の実力ではオクタヴィアに及ばずとも、意識を一人に絞らせなければ攻撃を当てること自体は難しくない。

 ()()()()()()()()

 

「効いてねェのか!?」

「ぬるい攻撃だ。この程度で私に挑もうなど、笑わせてくれる」

 

 武装色の覇気の強度が桁違いだ。

 ティーチの覇気を纏った拳も、イゾウの覇気を込めた弾丸も、皮膚に到達することすらなく停止している。

 黒い雷はオクタヴィアの肩から指先へと走り、握り込んだ拳を振るうと同時に雷鳴を響かせてティーチを吹き飛ばす。

 両腕でガードはしたものの、あまりの威力にエンジェル島の果てまで吹き飛ばされている。戻ってくるのにも時間がかかるだろう。

 片手間にイゾウへと左手の指先を向け、雷を走らせて迎撃する。銃を使って遠距離から意識を向けさせるつもりだろうが、遠距離戦ならばむしろオクタヴィアの独壇場と言ってもいい。彼女の力の前では距離など無意味だった。

 

「──ッ!」

 

 視界を奪うほどの巨大な掌が横薙ぎに振るわれ、オクタヴィアは思わず防御に移る。

 普通の巨人族よりも遥かに巨大なフェイユンが、普通の巨人族とは比較にならない速度で動く。それだけで通常は脅威となり得るが、オクタヴィアにとって驚愕することはあっても脅威にはなりえない。

 ダメージは無いが船から離された。徹底的にオクタヴィアを遠ざけるつもりのようだ。

 

「カナタさんの治療の邪魔はさせません!」

「巨人族の能力者か。あの子も珍しい部下を持ったものだ」 

 

 巨人族は種族柄、悪魔の実を手に入れようとするよりも自身の技術だったり力だったりを鍛える方向に向くことが多い。

 もちろんゼロでは無いが、どちらかと言えば能力者になるのは少数派だった。

 

「この巨体にこの速度。なるほど、並の兵士相手ならば薙ぎ払えよう」

 

 だがオクタヴィアには無意味だ。

 叩き潰そうと振り下ろされたフェイユンの拳を片手で受け止め、もう片方の手で持った槍を振るって飛ぶ斬撃を放つ。

 間一髪でそれを躱すフェイユンだが、攻撃の手が緩めば当然ながらオクタヴィアも攻撃に移る。

 

「8億V(ボルト)──彼方より来りて星を撃ち抜く者(デウス・アルクス・トニトゥルス)

 

 瞬く間に立ち込める暗雲から雷が降り注ぎ、幾条もの閃光がフェイユンの体を焼き焦がす。

 如何に頑丈であってもこれだけの雷を一身に受けたのでは立ち続けることも難しい。倒れ伏したフェイユンを尻目に船へ向かおうとしたオクタヴィアに対し、人獣形態になったカイエが強襲した。

 動物(ゾオン)系……それも幻獣種の能力者であるカイエは他の能力者よりも遥かに耐久力が高い。先程の雷撃でダメージはあるが、倒れる程ではない。

 

「幻獣種か。ノウェムの船には珍しい能力者ばかりいるな」

「貴女と違って、あの人は人望がありますから」

 

 挑発するようなカイエの物言いにオクタヴィアは目を細め、逃げ場を塞ぐように広範囲に雷が広がった。

 カイエは人形態に戻って隙間を縫うように回避し、再び獣形態となって蛇の形を取った髪からレーザーを放つ。

 オクタヴィアはそれを槍で弾き、フェイユンと同じように幾条もの雷で沈めようと狙いを定めた。

 しかし、集中するオクタヴィアの気を逸らすようにイゾウが再び弾丸を撃ち込む。

 

「ハァッ!!」

 

 蛇の形に象った髪を武装色で硬化させ、空中のオクタヴィアへと襲い掛かるカイエ。

 しかしオクタヴィアはそれをひらひらと紙一重で避けていき、黒い雷を纏わせた槍をカイエへと叩きつける。

 攻撃を防ぎきれずにカイエは島へと叩き落され、そちらを心配して僅か一瞬だけ目を逸らしたイゾウの目の前にオクタヴィアが現れる。

 

「くっ──!」

 

 至近距離で撃った弾丸を避け、オクタヴィアは拳で数発打撃を入れてイゾウの動きを止めた。

 

「侍か。ワノ国の外にいる侍は珍しいな」

「ぐ、ごほっ……!」

 

 抵抗出来ないようにイゾウの銃を弾き、槍を喉元に突きつけた。

 

「うちにも昔いたよ、ワノ国の奴が。名前は確か──()()()()()()

「黒炭……だと……!?」

「ああ。ワノ国に復讐をしたいと言って船を降りた。随分前の話だが……光月がどうなろうと私の知ったことではないしな。()()()()()()()()()()

「貴様らの、せいで……!」

 

 直接的にオクタヴィアがワノ国へ害をもたらしたわけでは無い。

 しかし、煽るようなオクタヴィアの言葉にイゾウは怒りを抑えられなかった。

 銃は無くとも腰に下げた刀はまだある。抜刀して斬りかかろうとしたイゾウに対し、オクタヴィアはつまらなさそうに雷を走らせた。

 

「その様子だと上手く行ったらしいな。光月も結局は滅びる定めだったか」

 

 オクタヴィアは光月家の誰かと会ったことは無いが、自らの一族との関係性はある程度伝え聞いている。

 その辺りを踏まえて、好きにはなれないだろうと判断してひぐらしに好きにさせたのだ。既に袂を分かった一族だ。生きるも死ぬも知ったことではない。

 〝黄昏〟の中でも指折りの実力者たちを次々に落としたオクタヴィアは、随分距離を取った船へと視線を向ける。

 オクタヴィアはその能力の性質上、雷の速度を出すことが出来る。多少の距離があったところで時間稼ぎにもなりはしなかった。

 空気を引き裂いて船へと乗り込み、カナタのいる医務室へ行こうとして〝木枯し〟を構えたジョルジュと相対した。

 

「止めておけ。お前が気絶すればこの船も落ちるのだろう。大人しくあの子を渡すがいい」

「ハイそうですかって訳にゃァいかねェだろ。あいつらだってあれだけ体張ったんだ! おれだって無抵抗で渡すつもりはねェ!!」

 

 啖呵を切るジョルジュを笑い、オクタヴィアは指先を向ける。

 

「では力を見せてみろ。出来なければお前の命を貰うまで」

 

 バチバチと雷鳴が弾ける音がして、ジョルジュは冷や汗を流して死を覚悟する。

 ──刹那、横から割り込む声があった。

 

「──〝闇水(くろうず)〟!!」

 

 奇襲を仕掛けたのはクロだ。

 能力者の実体を正確に吸い寄せる力は、相手が能力者であれば強弱に関係なく平等に作用する。

 驚愕に目を見開くオクタヴィアに対し、クロはにやりと笑ってオクタヴィアの右腕を掴む。

 オクタヴィアは()()()()()()()()()()に驚きを隠せない。

 

「オレはヤミヤミの実を喰った能力者でな──触れている間、能力は使えねェ!」

 

 高速で斬りかかったジョルジュに左手の槍一本で対処し、クロに対しては腕力に物を言わせて振り払い、顔面に拳を叩き込んだ。

 能力は有用でも能力者本人の強さがこの程度では宝の持ち腐れだ。もう一度オクタヴィアの能力を封じようと手を伸ばしたクロへ、オクタヴィアは手刀でクロの左腕を切り落とす。

 

「が、アアアァァァァッ!!!」

「クロ!」

 

 鮮血に塗れるクロを尻目にオクタヴィアはジョルジュへと向き直り、黒い雷を纏った槍を振るって船の外まで吹き飛ばす。

 周りには船員たちがまだいるが、実力差を理解しているのか手出しはしてこない。

 カナタの気配を辿って船の内部へ向かおうとすると、船の外からティーチが這い上がってきた。

 

「クソ、派手に吹き飛ばしてくれやがって!」

「もう戻ってきたのか。頑丈だな、貴様──いや、()()()と言うべきか?」

 

 ティーチ一人を見つめ、オクタヴィアはそう言う。

 周りの者はどういうことかわからない顔をしているが、ティーチだけはにやりと笑みを浮かべて拳を構える。

 

「どうでもいいことさ。おめェにゃ関係ねェからな」

「そうだな。私も興味は無い」

 

 ティーチが覇気を纏って振るった拳を片手で受け止め、同じように拳で攻撃するオクタヴィア。

 覇気そのものの練度が違うためか、ティーチの攻撃はほとんど通じず、オクタヴィアの攻撃でティーチはどんどん消耗していた。

 これまでにティーチが戦ってきたどんな敵よりも強く、鋭い攻撃にさしものティーチも顔から笑みが消えていた。

 

「ハァ……ハァ……どんな体してやがんだ、テメェ……!」

「お前とは生きてきた年数が違う。私を倒したければ、もっと腕を磨くことだな」

「このババア、ふざけ──ホブッ!!」

 

 ティーチの顔面にオクタヴィアの拳が突き刺さり、遂に仰向けに倒された。

 

「〝闇水(くろうず)〟……!」

 

 そのまま船へ入ろうとするオクタヴィアを、片腕となったクロが止める。

 呆れたようにオクタヴィアは片手でクロの首を掴んで持ち上げ、止めを刺そうと構えた。

 

「クロさん!」

「良い、大丈夫だ」

「何が大丈夫なんだ? 先程から面倒なことばかりして、私を怒らせたいのか?」

「デイビットたちは戦わなくても、カナタがお前を倒してくれるってことだよ」

「……あの子は既に私が倒した。しばらく起きることは無い」

「ヒヒヒ。カナタの母ちゃんよ、アンタ何もわかってねェな」

 

 死にかけのボロボロだと言うのに、それでもクロは笑みを浮かべていた。

 

「あいつは必ず戻ってきてアンタを倒すぜ」

「……根拠も何もない言葉だな。お前が何を知っている」

「少なくともアンタよりはあいつのことを知ってるつもりだぜ。何せ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 クロの挑発にビキリと青筋を浮かべ、オクタヴィアはクロの腹部へと槍を突き刺した。

 血反吐を吐くクロだが、その眼はまだ死んでいない。

 何かを狙っているのかと探ってみるも、クロ自身の強さはそれこそ取るに足らないものだ。覇気も使えず、能力も大したことは無い。これ以上何も出来はしない。

 だと言うのに、まだ諦めていなかった。

 

「不愉快だ」

 

 このまま船の外にでも投げ出してやれば、もうどうにも出来はしないだろう。

 そう考え──しかしその直前に、オクタヴィア目掛けて誰かが突進してきた。

 デイビットだ。

 

「私に挑む勇気は認めよう。だが、力の差は埋まらんぞ」

 

 オクタヴィアの見聞色はカナタに及ばずとも、指折りの強者であることに変わりはない。

 相手の強さも、行動も感じ取ることは容易く……デイビットの強さも当然感じ取れていた。

 覇気を纏っている様子もなく、海楼石の武器を持つわけでもない。何をしようと自然系(ロギア)のオクタヴィアにダメージなど通るはずがない。

 だが。しかし。

 ()()()()()()()は、その法則が覆される。

 

「ヒヒ。忘れてねェか、オレのことをよ」

 

 何をしようと流体の体にダメージは無いとデイビットの事を無視したオクタヴィア。

 その背後に迫ったデイビットが全身を爆弾として起爆しようとしたその刹那──クロはそう言って笑う。

 クロはヤミヤミの実を食べた能力者。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()

 

「何──!?」

 

 それに気付いたオクタヴィアが振り向いた瞬間、周りを巻き込むようにデイビットが大爆発を起こしてオクタヴィアを船の外へと弾き出した。

 

 

        ☆

 

 

 ──黄昏に染まる海に、一隻の船が浮かんでいる。

 見覚えのない船だ。カナタは誰も乗っていない帆船の中から甲板に出ると、一人の男が立っていた。男は沈みゆく太陽を見ており、その眩しさにカナタは手で影を作る。

 背はそれほど高くはない。カナタよりも多少高いくらいで、逆立った髪が特徴的な男だ。

 腰には刀が下げられており、見覚えのある意匠に目を細くする。

 

「──お前は誰だ?」

 

 カナタに対して背を向けたままの男は腕組みをし、どこかで聞き覚えのある声で答えた。

 

「おれはロックス──ロックス・D・ジーベックさ」

 

 カナタからでは顔は見えないはずなのに、どうしてか男がニヤリと笑ったことがわかった。

 



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第百十六話:王の資質

今更と言えば今更ですが、ジャンプ本誌のネタバレ要素あります。
単行本派の方はご注意ください。


「ロックス……だと?」

 

 カナタは訝し気な表情で目の前の男を見る。

 ロックスの手配書は既に発行されていない。世の中にバラまかれた手配書を探せば見つかるかもしれないが、そもそも興味も無かったカナタは見たことがないため、ロックスの容姿を知らない。

 目の前の男が本当にロックスなのか。

 そもそも死んでいるはずのロックスが、なぜここに居るのか……疑問は山ほどある。

 

「お前がここに居るという事は……私は死んだのか?」

 

 既に死んだ人間と会うとなると、カナタも死んだのかと考えるのは当然の思考だ。

 だが、とカナタは違和感を覚える。

 黄泉の国。死の世界。彼岸の先はこのような世界では無かった。

 もっと暗く、冷たく、どうしようもないほど──。

 

「……ッ!」

 

 ズキン、と頭痛が走る。

 ()()()()()()()()

 常人に耐えられるものではない。本来、魂にこの瑕疵(きず)は存在してはならないものだ。

 痛む頭を押さえながら、カナタは何度か瞬きをして視線を目の前の男に戻す。

 

「お前はまだ死んでねェ。死んだ人間に会うのは不可能だ。あるいは、黄泉の国から戻ってくることが出来る能力者なら可能かもしれねェがな」

「……死んでも蘇る人間がいると言うのか?」

動物(ゾオン)系幻獣種には不死鳥の能力者もいる。あれは厳密に言えば死んでいるわけじゃねェが、不死身のゾンビみてェな能力者であることに変わりねェからな」

「ではお前は何なのだ? 私の幻覚か?」

「近いが少し違うな」

 

 目の前の男(ロックス)は相変わらず背を向けたまま、カナタに対して簡素に説明を続ける。

 答えは()()だ、と左手で腰に刺した刀をポンポンと叩く。

 

「〝村正〟か?」

「こいつはおれが生前──それこそ死ぬまで使っていた武器だ。いわゆる残留思念のようなものがあったんだろうな。この刀にそういう性質があったのか、あるいはこの刀に()()()()ほどの強烈な思念があったのか、今のおれには分からねェが」

 

 カナタは常に〝村正〟を腰に差している。これまで一度も使ったことは無いが、そんなものがあるとは知らなかった。

 持ち主を自ら死地へ向かわせる妖刀。良い武器に逸話は付き物だが、〝村正〟は特にそういう性質があると噂されていた。

 焼き付いた思念を再生するなど常識的に考えられないことだが、この不可思議な海であればそういう事もあるのかと考え込む。

 

「おれが刀を介してお前に映像を見せているわけじゃねェ。お前が触れている刀から情報を引き出しているんだ」

「……私が?」

「覇気とは極限の戦いの中で開花するものだ。これまでの見聞色では読み取れなかったモノも、戦いの中で視える、あるいは聴こえるようになることも珍しくはねェ」

「だから〝村正〟に残った思念を読み取れるようになったと?」

「そうでなけりゃあ、おれは出て来ねェからな」

 

 情報を得ようとしているのはあくまでカナタだ。

 この状況はカナタが情報を得るため、無意識に整えた場のようなものに過ぎない。

 

「時間もねェ。手早く理解しろ──わかっていると思うが、オクタヴィアが使っていた黒い雷は能力によるものじゃねェ。()()()()()()()()()()んだ」

 

 カナタが自身の能力で作り出した氷に武装色の覇気を流し込めば黒く染まる。

 当初はそれと同様にオクタヴィアが自身の能力に武装色の覇気を流し込んだものかと思ったが、〝触れずに〟攻撃する力の説明が出来なかった。

 カナタの見聞色ではっきりと視た結果、オクタヴィアが使っていたのは覇王色の覇気を纏ったものだと理解は出来た。

 だが、どうやって使っているのかがわからない。

 そう言うと、ロックスは馬鹿にするように鼻で笑った。

 

「ハッ。お前はそれなりに修羅場を潜ってきたはずだが、まだわかってねェのか」

「……何だと」

使()()()()()()()()()

 

 覇気とはすなわち意志の力。

 使えると思えば使えるし、使えると思わなければ使えない。それがわかってないとロックスは言う。

 

「お前は呼吸をするときにどうやればいいのかなんて考えるのか? しねェだろ? それと同じだ」

 

 出来て当たり前だと、そう考えることが重要なのだ。

 

「やろうと思えば大抵のことは出来るのが覇気って力だ。出来るかもしれない。出来ないかもしれない。そんなつまらねェこと考えてるうちはオクタヴィアに勝てやしねェ」

「……お前もそうだったのか?」

「おれは出来ねェなんざ考えたこともねェよ。いつだっておれならやれると思って生きてきた」

 

 ロックスは常に最強であり続けた。

 ロジャーが台頭する一つ前の時代。巨兵海賊団が解散し、海が一時的に平和になったその時期に現れた嵐のような男。

 あらゆる海を踏み荒らし、あらゆる海を踏破した稀代の大海賊。

 ロジャーとガープに敗北したものの、今なお伝説とされる二人の強さを知っていれば()()()()()()()()()()()()という事実だけでその強さは推測できる。

 己の力を一分の隙も無く信じ抜き、全力で戦い続けた男だ。ロジャーとガープに負けたのは……単に()()()()()()のだろう。

 

「疑うな。信じ抜け。それが覇気って力の真髄だ」

「自分の力を疑わず、信じ抜く……」

 

 やったことも無いのに出来ると信じ抜けと言われても難しいが、やらねばどのみちオクタヴィアには勝てない。

 ロックスは変わらず背を向けたまま、またも顔を見せずにニヤリと笑った。

 

「お前なら出来るに決まってる。何せ、おれの娘だからな」

 

 ロックスは自分の力を疑うことは無い。

 同様に背中を預けていたオクタヴィアの強さを疑うことも無い。

 ならば、その二人の血を受け継いでいるカナタ(ノウェム)の強さもまた、疑う余地はない。

 カナタは何とも言えない表情をしてため息を吐き、嫌々ながらも目の前の男の娘であることを自覚する。

 

「……私はお前と会ったことは無いが」

「お前が生まれた時に顔を合わせた。おれの顔を見ることが出来ねェのはお前がぼんやりとしか覚えてねェからだ」

「そうか」

 

 その辺りの事に興味は無い。

 話はそれだけかと、背を向けてどうにか目覚めようとするカナタへロックスは声をかけた。

 

「ああ、そうだ。もう一つ──無自覚とはいえ〝村正〟に宿ったおれの〝声〟が聞こえたんなら素質はあるんだろう。教えておくことがある」

「まだ何かあるのか?」

「お前、見聞色を人間の感情を読み取るだけの力だと思ってねェか?」

 

 ぴたりとカナタの動きが止まる。

 顔だけ振り向き、先を促すように視線を強める。

 

「〝声〟とは〝万物〟に宿るもの。人間に限らず、あらゆるものに〝声〟は宿る。理解できるか?」

 

 かつて、ロジャーと話したことがある。

 あの男は人間以外の〝声〟を聞くことが出来た。〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟から一際強い〝声〟が聞こえるとも言っていたし、前例があるのならロックスの言っている事にも信憑性はあった。

 すんなり受け入れたことにロックスは笑い、「ロジャーの野郎が真偽を見極める例になってんのは文句の一つも言いてェところだが」と言いつつ、それは本題とは関係ないのか話を続ける。

 

「〝万物〟に〝声〟が宿るとは言ったが、誰も彼もがこれを聞けるわけじゃねェ。才能、練度──これらは言うに及ばず、意識の変革でより多くの〝声〟が聞こえるようになる」

「意識の変革だと? また信じろ、疑うなとでも言うのか?」

「それは前提条件だ。この場合はもう一歩先に進んだ意識──あらゆるものに〝声〟が宿ることを理解しておけばいい」

 

 そこに〝声〟があることを知らなければ聞こうともしないが、存在を知っていれば耳を傾けることも出来る。

 存在を知っているかどうかは大きな分水嶺となり得るのだ。

 これ以上話すことは無いのか、ロックスは腕組みをしたままカナタに背を向けて仁王立ちをしている。

 カナタもまた、これ以上聞くことは無いと背を向けて目を瞑る。

 ここはカナタの意識の深層。〝村正〟の内に宿る〝声〟を聞くために無意識のうちに生み出された場所に過ぎない。

 戻ろうと思えばいつでも戻れる場所だ。

 そうして、意識を浮上させようとした刹那──。

 

「──ノウェム」

 

 最後に、ロックスから声がかかった。

 

「力だけを求めればオクタヴィアに勝つのは容易い。他人と共感する見聞色なんぞ最低限に削ぎ落して、その分武装色を鍛え上げればいいんだからな。おれが選んだ道だ、やり方は教えてやれるぜ?」

「それで勝てたとしても、それは私のやり方ではない。()()()()()()()()()()()

「フフハハハハハ!!! 言うじゃねェか!! ──だが、それでこそだ。人を従える覇王の素質を持った奴が、用意された道を歩むことに何の意味がある」

 

 ニィ、と。

 ロックスは僅かに口角を上げ、意識を浮上させるカナタを見送った。

 

「お前はお前だ。好きにやれよ、()()()

 

 

        ☆

 

 

 船を揺るがす大爆発が起き、轟音と揺れで船員の誰もが甲板にしがみつくように身を伏せる。

 爆発によって押し出されたオクタヴィアとクロ、それに爆発を起こしたデイビットのみが船から空へとダイビングしていた。

 

「ぐ……!」

 

 まさかの攻撃に虚を突かれたオクタヴィア。

 普段なら意識せずとも受け流す攻撃だけに、意識の外側から来た攻撃で想定外のダメージを負っていた。

 間一髪で気付いたのでダメージそのものは最小限に抑えられたが、掴んでいたクロは放してしまった。

 

「あの男……」

 

 片腕を失い、腹部に槍で穴を空けられているクロ。放っておいても死ぬだろうが、能力者を吸い寄せる力と触れた相手の能力を封じ込める力は厄介極まりない。

 邪魔をされないうちに殺しておくべきだと判断し、空中で槍を構える。

 既に瀕死だ。もう一発食らわせれば生きてはいないだろうと考え──横合いから凄まじい速度で何かがクロの方へと飛んでいくのを見た。

 

「だああらっしゃあああああ!!!」

 

 デイビットだ。

 空中で足を爆発させて推進力を得ているらしく、連続して爆発する音が響いている。

 そのままクロを掴んでオクタヴィアから距離を取ろうとしているらしく、見る見るうちに遠ざかっていく。

 

「アンタは死なせねェ! 絶対に……絶対に!!!」

 

 クロが人一倍弱いから、ではない。

 〝黄昏〟の古株で先輩だから、でもない。

 ここで仲間を見捨てるような自分なら、過去に自身の無力のせいで失った仲間に顔向けできないからだ。

 

「おれは、もう! 目の前で仲間を失うことはしねェ!!」

「随分威勢がいいな」

 

 オクタヴィアは文字通りの雷速を誇る。

 空中でどれだけ推進力を得ようと、彼女から逃げることは並大抵の力では不可能だ。

 離したはずの距離を一瞬で詰められ、咄嗟にクロを庇う様にデイビットは体を割り込ませる。

 容赦なく飛来する雷に打たれ、体を焼け焦がしながらエンジェル島へと落下する二人。

 固い地面ではなく柔らかい雲の大地であったがゆえに、二人は落下の衝撃にも耐えて何とか生き残れたが……オクタヴィアは未だすぐ近くにいる。

 

「クソ……絶対に、死なせるわけにはいかねェ……!」

 

 ここで一人逃げれば、あるいはデイビットだけは助かるかもしれない。

 オクタヴィアが危険視しているのはあくまでクロ一人。彼女にとってデイビットは覇気も使えない有象無象の一人だ。

 だけど。でも。

 ここで逃げるわけにはいかない。

 逃げてしまえば、かつて失った仲間にも、新しく得た仲間にも、家族にも──誰にも顔向けが出来なくなる。

 そんな情けない自分にはなりたくない。

 デイビットは痛む体で這いずるようにクロの下へ向かい、彼の動きを止めるようにオクタヴィアが背中を踏みつけた。

 

「テメェ……!!」

「お前のようなゴミに用はない。覇気も使えないような軟弱さで、よく私に歯向かおうと思ったものだ」

 

 この手の海賊は腐るほど見てきた。

 威勢だけは一丁前で、しかし何かのきっかけで心が折れて自分の力を信じきれなくなった者たち。

 自分の力に疑いを抱くという事は、覇気が使えないことと同義だ。一度折れた心を修復するのは並大抵の努力で出来ることではない。

 デイビットが覇気を使えないのは例に漏れずそういう理由なのだろうと当たりを付け、オクタヴィアは興味もなさそうにデイビットの背中に槍を突き立てた。

 強烈な痛みに悲鳴を上げるも、オクタヴィアはそれを気にすることなく槍を引き抜いてクロの下へと向かう。

 

「デイビット……!」

「……腕を失い、腹に穴を空け、あの爆発を至近距離から食らっておいてまだ意識があるのか。随分頑丈だな」

 

 多少鍛えてはいるのだろうが、覇気も使えないのにこの頑丈さは些か奇妙にも映る。

 ヤミヤミの実は自然系(ロギア)でありながら攻撃を受け流すことは出来ず、痛みを限界以上に呑み込める特異体質となる悪魔の実だ。オクタヴィアはそれを知らずとも、肌で異質さを感じ取っていた。

 

「やはりお前はここで殺しておくべきだな。放っておいても死ぬだろうが、また邪魔をされては困る」

 

 オクタヴィアはクロに向けて槍を振り上げ、今度こそその心臓目がけて突き立てようとする。

 しかし、クロはなおも不敵な笑みを崩さずにオクタヴィアを嘲笑った。

 

「オレにかまけてていいのかよ? ()()()()()()()()()()()()

 

 何を言っている、と。

 オクタヴィアが疑問を抱くと同時に、その背後に誰かが降り立った。

 咄嗟に反転して斬りつけるも、降り立った人物──カナタは()()()()()()()その槍を受け止め、拳を振るってオクタヴィアを思いきり殴り飛ばした。

 迸る()()()()。カナタの拳はオクタヴィアに直接触れることなく、その体躯を大きく吹き飛ばした。

 

「触れてねェ……」

 

 クロは目を丸くしてカナタの攻撃を見ており、カナタはすぐさまクロを抱き上げて声をかけた。

 

「大丈夫か、クロ。まだ息はあるな?」

「いてェよ、心配しなくてもオレは人より頑丈だからな……それより、勝てそうか?」

「ああ。心配するな」

 

 ジョルジュがカナタの後ろに降り立ち、瀕死のデイビットを担ぎ上げて船へと戻ろうとしていた。

 オクタヴィアの一撃を受けたとはいえ、ジョルジュもそれなりに修羅場を通ってきている。一撃で気絶させられるほどでは無かった。

 

「ジョルジュ、二人を頼む」

「わかってる……大丈夫、なんだよな?」

「大丈夫だ」

 

 急いで飛び出してきたので愛用の槍は無い。

 だが、その腰には〝村正〟がある。

 カナタは初めて〝村正〟を引き抜き、黒い刀身に黒い稲妻を纏わせた。

 

「もう、負けはしない」

 

 傷が治ったわけではなく、消耗した体力も回復したわけではない。

 しかし、〝村正〟を構えて立つカナタは今までになく大きく見えた。

 ジョルジュはすぐに離脱し、倒れているフェイユンやカイエたちもフワフワの実の力を使って間接的に船まで運んでいた。

 戦いの邪魔になるものは無い。

 今度こそ、オクタヴィアを打ち倒す。

 

「──悪くない一撃だ」

 

 カナタからの奇襲を受けたものの、オクタヴィアに大きなダメージは無い。

 仮面に僅かな亀裂が入っている以外は代わり映えもなく、槍を片手にカナタと相対する。

 

「しばらく立ち上がれない程度には痛めつけたつもりだが、まだ甘かったようだな」

「部下があれだけ踏ん張ってくれたのだ。私一人寝ているわけにはいかない」

 

 どうあれ、オクタヴィアに匹敵する実力を持つのはカナタを措いて他にいない。

 二人は互いに得物に黒い稲妻を纏わせ、空気を引き裂く雷鳴を轟かせ始めた。

 

「──来い。力の使い方を教えてやろう」

「──言われるまでもない。今度こそお前を打ち倒す」

 

 爆発が起きた。

 互いの武器は触れることなく衝突する。

 退くことのない覇気のぶつかり合い。激突する覇王色の覇気は空島全土に響き渡る開戦の合図となった。

 



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第百十七話:黒い雷

 クロとデイビットを脇に抱え、切り出した雲を使ってフェイユンたちを間接的に船まで運ぶジョルジュ。

 両脇の二人が血塗れなので必然的にジョルジュも血塗れになっているが、そんなことは欠片も気にせず空中を移動していた。

 

「死ぬんじゃねェぞ、二人とも……!」

「ヒヒ……流石に血ィ流しすぎてヤベェかもな……」

 

 クロは昔、とある島で拷問まがいのことをされてきたことがあるため、痛みには耐性がある。ヤミヤミの実の特性もあって意識を保っていられるが、普通なら死んでいてもおかしくない傷だ。

 デイビットはその手の経験もないし、傷の位置がマズイ。

 急いで手当てしなければ間に合わなくなる可能性もある。

 船に戻ったジョルジュはすぐさま医療班を呼びつけ、二人の治療に入るよう指示する。

 先程までカナタの治療に当たっていたカテリーナがバタバタと慌てた様子で出てきて、クロとデイビットの傷を確認するなり難しい顔をした。

 

「カテリーナ! すぐに治療に入れ、間に合わなくなるぞ!」

「……うん。すぐに輸血の準備を! それと止血剤! 手術をするからそっちの準備も!」

 

 カテリーナの指示を受けて医療班がすぐに二人を連れて医務室へと入っていく。

 ジョルジュは連れてきた他の三人を船へ運ぼうとするが、その前にカテリーナが呼び止めた。

 

「ジョルジュ」

「なんだ、早く治療に──」

「覚悟は、しておいて」

「……難しいか」

「うん。クロもデイビットも、オクタヴィアの雷をまともに食らってる。かなり酷い火傷だ。それにクロは片腕欠損、腹部貫通。あれで意識があるのが不思議なくらい。デイビットは胸部を貫通してる。心臓は大丈夫みたいだけど、出血量からして多分大きい血管も傷ついてる。詳しく検査しないとわからないけど、肺は片方潰れてるし、もし奇跡的に生き残れても今まで通りの生活は難しいと思う」

 

 危険はあまりないと考えていたのでスクラが乗っていないのが痛かった。彼ならばあるいは……とも思うが、神ならぬ人の身で出来ることなどたかが知れている。

 治癒、治療に特化した悪魔の実でもあれば話は別だが、生憎〝黄昏〟の手元にはそんな便利なものは無かった。

 

「おれがもう少し戦ってりゃあ……」

「駄目だよ。君が気絶しちゃったら船も墜落しちゃう」

 

 先の爆発のせいで船も一部破損したが、そちらはまた直せばいい。墜落していれば多くの人命も失われていただろう。

 生き残ることを優先したジョルジュの判断は間違っていない。

 

「ティーチは?」

「彼は頑丈だから、気絶はしてるけど命に別状はないよ」

 

 治療と言っても火傷と打撲の手当てだ。しばらくすれば目を覚ますだろう。

 カイエ、フェイユン、イゾウの三人もオクタヴィアにやられて酷い怪我をしている。なるべく早めに治療に入った方が良い。

 ジョルジュは三人を船に移動させようとすると、カイエが既にフェイユンを抱えて船に移動していた。

 巨人族のフェイユンはどうやって運ぶべきか悩みどころだったが、人獣形態のカイエならば易々と抱えられる。カイエは動物(ゾオン)系の能力者であるため、人より頑丈なのが幸いして早めに目が覚めたのだろう。

 

「カイエ! お前、無茶すんじゃねェよ!」

「このくらい無茶の内に入りませんよ。それより、二人の治療を」

 

 イゾウもフェイユンも相当な実力者なのだが、オクタヴィアの前ではそれほど変わらない。二人とも雷に打たれて全身に火傷を負っている。フェイユンは特に集中砲火を受けていたため重傷だ。

 急いで医務室に運び込み、医療班が総出で治療に当たり始める。

 カテリーナも急ぎ医務室に入り、手術用の服に着替える。

 

「オクタヴィア……どうして」

 

 カテリーナは一時期オクタヴィアと行動を共にしていた。

 当時のオクタヴィアはやや苛烈なところはあったものの、それほど悪い人間には見えなかった。

 それがどうしてこれほどカナタにこだわり、熾烈な戦いを繰り広げているのか……カテリーナには見当もつかない。

 

「…………」

 

 ともかく、今は一刻も早く治療を始めなければならない。

 切り替えるように自分の頬をはたき、カテリーナは自らの戦場に入った。

 

 

        ☆

 

 

 斬撃がエンジェル島を両断する。

 二人の戦いは熾烈を極め、余波だけで空島全域が嵐に覆われていた。

 通常、上空1万メートルに位置するこの白々海よりも上層に雲が出来ることは無い。だが、二人の悪魔の実の能力によって空は暗雲に覆われ、雨のように降り注ぐ雷と猛烈な吹雪で誰一人として近づけない状況になっていた。

 〝村正〟を振るうカナタはオクタヴィアの首を両断しようと斬撃を放ち、オクタヴィアはそれを槍でいなして雷撃を放つ。

 カナタは覇王色の覇気を纏うことで触れることなくオクタヴィアの雷を弾き、触れるものすべてを凍らせる雪を降り注がせる。

 天変地異のような二人の戦いによって空島は既に壊滅状態に陥っており、青海への逃げ道である〝雲の果て(クラウド・エンド)〟への道も既に塞がれてしまっていた。

 

「落ちろ、オクタヴィア!!」

 

 カナタが吼えると同時に斬撃を放つ。

 振り下ろされた〝村正〟には黒い雷が走っており、相対するオクタヴィアの槍と衝突して幾たびかの激突が起こる。

 暗雲は一時的に吹き飛び、受け止めたオクタヴィアは衝撃をいなすように後ろへと飛んで槍を構えた。

 

「この程度ではまだまだ、落とされはせん」

 

 吹き飛んだ暗雲が再び集まり、幾条もの雷が降り注いだ。

 隙間を縫うように回避するカナタへと、今度はオクタヴィアが攻勢に移る。

 覇王色の覇気を纏えるようになったカナタはその力を十全に引き出しているが、それでも両者のこれまでの経験差を覆すほどではない。

 ようやくスタートラインに立っただけなのだ。ここからオクタヴィアを倒すには、まだ手が足りていない。

 それゆえに、あらゆるものを使ってオクタヴィアを追い詰めねばならなかった。

 

「──ッ!」

 

 カナタの背後に何本もの氷の槍が作り出される。

 一本一本に覇気を纏わせ、弾丸のように打ち出されるそれをオクタヴィアは時に回避し、時に打ち払う。

 その間にカナタはオクタヴィアとの距離を詰め、刀に纏った覇王色の覇気をオクタヴィアの槍と衝突させつつ至近距離で拳を握り込んだ。

 

「ぐ……!」

 

 直後にオクタヴィアの顔面目掛けて拳が振るわれる。

 オクタヴィアはそれを間一髪で回避し、カナタ同様に拳を握り込んで反撃に出た。槍ではこの至近距離で対応するのは難しいと判断してのことだ。

 カナタは僅かに余裕を持って攻撃を回避し、オクタヴィアの腹部へと手を添える。

 打撃ではなく、掌から放たれる覇気の衝撃波がオクタヴィアを襲った。

 

(これ、は……!)

 

 不意の一撃にオクタヴィアは思わず目を見開く。

 覇気を放出することで相手の体内を撃ち抜く技術だ。

 似たような技術の使い手は幾らかいるが、今回の使い方にはオクタヴィアにも見覚えがある。

 ()()()()()()()()だ。

 まさか、と咄嗟に距離を取るが、カナタはそれを見越してさらに大きく踏み込んできた。見聞色はカナタに分があるため、先読みの戦いではオクタヴィアよりも精度の高い未来を見ることが出来る。

 右手に〝村正〟を持ったまま、カナタは左手で拳を握り込んでオクタヴィアの頬を殴りつけた。

 

「──その、戦い方……! どこでジーベックの戦い方を知った!!」

 

 見たことも聞いたことも無いはずだ。

 ロックスの戦い方など、見覚えはあっても再現できるほどの実力者はいない。オクタヴィアなら可能だろうが、カナタに教えた覚えもない。

 

「戦い方をどうやって知ったか。そんなものが重要なのか?」

 

 カナタは再び刀身に黒い雷を纏わせた。

 見聞色は敵の思考、感情を読み取るためだけの力ではない。

 時に未来を視ることもあれば、過去の記憶を視ることが出来る者もいる。カナタがやっているのはその技法のひとつ。

 〝声〟とは万物に宿るもの。宿った〝声〟を聞くことで過去を知ることも出来れば、()()()()()()()()()()ことさえ可能とする。

 つまり──カナタは〝村正〟を介してロックスの戦闘経験を共有しているのだ。

 

「この刀がお前の倒し方を教えてくれる。だが、それで倒れるお前でも無かろう」

 

 あくまで〝村正〟に宿っているのは過去の記憶。

 現在のオクタヴィアは肉体的に全盛期こそ過ぎているが、蓄積された経験は更に増している。

 最も厳しい戦いだった〝ゴッドバレーの戦い〟以降の情報は無いのだ。共有した経験のみに胡坐をかけば、敗北するのはカナタの方だろう。

 

「……〝村正〟か。ジーベックはお前の味方という訳だな」

 

 刀を片手に構えるカナタの姿に、オクタヴィアはロックスの姿を重ねた。

 顔は似ていないが、唯一瞳の色だけはロックス譲りだ。

 かつて愛した男の忘れ形見でもある娘に思うところはいくらかあるが、オクタヴィアは一度目を瞑って切り替える。

 

「──長引かせるつもりは無い。全力で、私を打ち倒して見せろ」

 

 

        ☆

 

 

 戦いは数時間に及ぶ。

 互いに消耗は激しくも、ギラギラと殺意を漲らせて戦い続けていた。

 治療を終えたクロは絶対安静とカテリーナに念押しされたものの、当たり前のようにそれを無視してカナタとオクタヴィアの戦いを見ていた。

 

「……ジョルジュ。カナタは勝てそうか?」

「わからねェ。あのレベルの戦いになると、おれだってどうなるかもわからねェからな……つーかお前は寝てろ」

「寝てるわけにはいかねェんだ」

 

 いつもの飄々とした雰囲気とは違い、クロは静かに戦いを眺めていた。

 天変地異とも呼べる戦いだが、状況はややオクタヴィアが優勢のように思える。

 オクタヴィアが口にしたのは自然系(ロギア)の中でも最強種とさえ呼ばれる〝ゴロゴロの実〟だ。その破壊力はニューゲートの〝グラグラの実〟と同規模の災害の力を宿す悪魔の実。

 カナタが口にしたのは同じ自然系(ロギア)でも〝ヒエヒエの実〟だ。火力という一点においてはどうしても覆せない差があった。

 見聞色はカナタの方が上だが、武装色はオクタヴィアに分があり、覇王色の扱いも経験の長さに於いてオクタヴィアに分がある。

 このままカナタを一人で戦わせて、どうにかなる相手ではない。

 

「あいつのことは信じてるけどよ、信頼と勝敗は別モンだ。カナタが勝つことを盲目的に信じるだけがオレ達のやることじゃねェ」

「ゼハハハハ!! 全くだな!!」

 

 クロの言葉に同調するようにティーチが現れた。その手には医務室に転がっていたカナタの槍もある。

 ティーチも怪我をしていたはずだが、様子を見るに平気らしい。

 

「姉貴は勝つ。だが、姉貴だけじゃ勝てねェ。ならおれ達がなんとかするしかねェだろ?」

「なんとかって……どう何とかするんだよ」

「そりゃあ、おれだってオクタヴィアの隙を作るくらいは出来らァ」

「お前はいいかもしれねェが、クロは既に重傷だ。下手に巻き込まれに行けば今度こそ死ぬぞ!?」

「オレだってオレの命の使いどころくらいわかってるよ。()()()()()()()

「お前……」

 

 ジョルジュは目を丸くする。

 クロは覚悟を決めた顔で、にやりと笑ってティーチを呼ぶ。

 

「ティーチ! オレも運べ!」

「あァ? 良いのかよ。ジョルジュも言ってたが死ぬぜ?」

「構わねェ!」

 

 あっけらかんと言い放つクロに、思わずティーチも目を丸くした。

 

「……ゼハハハハハ!!! なるほど、男が覚悟決めたんならおれが言う事は何もねェ!! 行くぜ、落ちんなよ!!」

 

 右手にクロを抱え、左手にカナタの槍を持ってティーチは船から飛び降りた。

 滞空する船は吹き荒れる嵐からやや離れていたため、ティーチは嵐の中心部を目指して空を駆ける。

 カナタとオクタヴィアの戦いのど真ん中に割って入るなど自殺行為も良いところだが、それでも。

 

「カナタァァァ──!!!」

 

 クロの叫び声がこだまする。

 突然の乱入者にカナタもオクタヴィアも驚愕の色を隠せないが、ティーチはそれを気にせず左手に持った槍を投げた。

 

「姉貴! 忘れモンだ!!」

 

 〝村正〟は確かに強力な武器だ。黒刀で最上大業物十二工に位列する一振なのだから。

 対してカナタが普段使いしている槍はそこらの海王類の牙を削りだしただけの無銘の武器。

 どちらが優れているかで言えば当然〝村正〟だろう。

 だが。

 積み上げた経験は、最も使い慣れた武器でこそ真価を発揮する。

 

「邪魔を──!」

 

 オクタヴィアは暗雲に手をかざし、ティーチとクロを撃ち抜こうとする。

 カナタは飛び上がってティーチの投げた槍を受け取り、その真上へと──オクタヴィアが暗雲から放った落雷から二人を庇う様に移動した。

 二人の戦いはほぼ拮抗していた。

 どちらかが大きなダメージを食らえば、その時点で勝敗の天秤は傾く。それを理解出来ないカナタではない。

 あれは覇気を纏わせた極大の黒い雷だ。覇王色の覇気を纏ったことで生み出されるものではなく、能力によって生み出された雷に武装色の覇気を注ぎ込んだもの。

 まともに食らえばカナタとて無事では済まない。

 

「カナタ!」

「退いていろ! こんなもので、私は死なない!」

 

 ──空中で極大の雷がカナタへと向かう。

 それを、カナタは受け取った槍で()()()()()

 

「受け止めた!? そりゃマズイぜ、姉貴!」

 

 ティーチが焦ったような顔をする。

 あんなものをまともに受け止めてしまえば、莫大なエネルギーで押し潰される。

 実際、受け止めたカナタの腕も雷の一撃で焼け焦げている。このまま受け続ければ体へのダメージは計り知れない。

 

「こんなもので終わるのか……ノウェム!」

「私を……その名で、呼ぶなと! 何度言えばわかる!!」

 

 空気を引き裂く雷鳴が未だ轟き続ける。

 オクタヴィアの雷が死んでいない証だ。

 どのみち、オクタヴィアの雷をどうにかしなければ火力で押し負けていたのだ。クロとティーチの乱入でそれが早まったに過ぎない。

 ずっと考えていた。

 ロックスは〝疑うことなく信じれば力になる〟のが覇気だと言った。

 悪魔の実の力に対して、覇気は常に効果を発揮し続ける。能力者の実体を掴むのも、流動する能力者の位置を把握するのも、覇気によって可能となる。

 ならば、オクタヴィアの雷とて同じだ。

 

 ──空中で受け止め、留めて返す。是なる絶技……即ち、地に足つけぬ〝雷返し〟!

 

 オクタヴィアの雷を受け止めたカナタはそれを槍に押し留め、己の覇気をもって力尽くでコントロール下に置く。

 放射状に放たれたカナタの雷は受け止めたオクタヴィアの腕を僅かに焼き、想定外の反撃を食らったオクタヴィアを驚愕させた。

 

「受け止め、返すだと……? まさか、そんなことが」

 

 それなりに修羅場を潜り、多くの戦いを経験してきた。

 そのオクタヴィアでさえ、此度のカナタの技は視たことがない。

 思わず口元に笑みを浮かべ、空へと手をかざした。

 

「く、ふふ……フハハハハハ!!! ああ、良いな。お前は最高だ──であれば、これも受け止めて見せろ!!」

 

 オクタヴィアが手を振り下ろすと同時に、()()()()()()()

 異常なほど帯電した暗雲が纏まり、この国全土を覆う超巨大な爆弾として落下してきたのだ。

 雷の能力者であるオクタヴィアを除けば、全てが滅びる最悪の一撃。

 

「空が……!? おい、クロ! どうする!?」

「うるせェな! こういう時のためにオレがいるんだろ!!」

 

 クロの肉体から立ち昇る〝闇〟が広範囲を覆い、落ちてくる暗雲とぶつかる。

 カナタでもこれは受け止めきれない。先程の雷だけでカナタは腕一本焼かれるところだったのだ。その大元の雷雲が抱える莫大なエネルギーを受け止めるのは無理がある。

 受け止めきれないなら呑みこむまで──クロの展開した〝闇〟が黒雲を呑みこみ始めた。

 

「〝闇穴道(ブラックホール)〟……!!」

 

 無限の重力によって空島全土を覆っていた黒雲が呑み込まれていく。

 どれほど強大な攻撃であろうとも、〝闇〟の中に呑み込んでしまえば意味を為さない──しかし、悪魔の実の能力とは能力者本人の強さに依存して規模が変わるもの。

 ヤミヤミの実の能力者があるいはカナタであったなら、全ての黒雲を呑み込むことも可能だったかもしれない。

 

「ぐ、あァ……!!」

「クロ! クソ、吞み込み切れねェのか!?」

 

 人より多少鍛えている程度のクロでは、オクタヴィアの攻撃の全てを呑み込むことは出来なかった。

 更には呑み込んだ雷の影響か、折角塞いだ傷も開いてしまい、おびただしい出血が雲の大地を赤く染め上げる。

 カナタはこの隙を突いてオクタヴィアを殺そうと接近し、右手に〝村正〟を、左手に槍を持って相対する。

 

「今すぐあれを止めろ!」

「怒り、焦り──そう言ったものは冷静さを削ぐ原因だ。弱者を守ることに何の価値がある。弱ければ死ぬ、それだけの話だろう」

 

 斬撃、打撃、能力による攻撃。

 あらゆる手段をぶつけるも、オクタヴィアは崩れない。

 割り込もうとするティーチも、激しい衝突の余波でクロが吹き飛ばされないようにするので精一杯だった。

 

「ティー、チ」

「なんだ、クロ! おれに出来ることがあるのか!?」

「────」

 

 クロが小さい声でティーチに何かを伝えた。

 ティーチは思わず「本気か?」聞き返し、クロは答えるのも億劫なのか頷くだけにとどまった。

 

「……ああ。任せろ。お前の頼みだ、嫌とは言わねェ!」

 

 ティーチは即座にカナタの名を呼び、右手に着けた鉤爪に覇気を纏わせる。

 クロは倒れ掛かる体を何とか持ち直し、残った右腕をオクタヴィアへと向けた。

 

「〝(くろ)(うず)〟……!」

 

 オクタヴィアの体がクロの下へと吸い寄せられる。

 この技は既に見た。対処はクロを殺せばいい。

 オクタヴィアはすぐに視線をクロの方へと移し、槍を持たない方の手に雷を纏わせた。

 直接触れるまでは能力の使用も可能だという事も既に学習済み。今度こそクロをこの手で殺すべく雷を放った。

 

「ぐおおおお!!!」

 

 しかしクロとオクタヴィアの間にティーチが割り込み、その身を盾にして雷を受け止める。

 強烈な攻撃にティーチの意識が明滅するが、武装色を纏ったティーチの体を貫通することは出来ず、雷は止まった。

 

「ゼハハハ……!! 効いたぜ、オメェの雷……!」

「頑丈な奴め……!」

 

 雷を止めたとしても、何かが変わるわけではない。オクタヴィアは変わらずクロに引っ張り続けられ、その障害となるティーチに衝突するも勢いは衰えずにクロの下へと向かう。

 吸い寄せているのは能力者の実体だ。防ぐ手段は無く、クロが吸い寄せるのを止めるまでオクタヴィアは引きずられ続ける。

 

「私の雷を止めても、槍が届く範囲まで近付けば関係は無いぞ」

「だろうな。だから、おれの役目はお前の槍を止める事なのさ」

 

 オクタヴィアに組み付いたティーチは、その手に持った槍を動かないように固定する。

 如何にオクタヴィアと言えども、カナタとの戦いで疲弊はある。加えてティーチの怪力と武装色により、動きを阻害することは可能だった。

 吸い寄せるクロの腕がオクタヴィアの腕を掴む。

 カナタはその一瞬を狙って斬撃を放つ──が、オクタヴィアは掴まれた腕ごとクロを無理矢理振り回すことでその斬撃を回避する。

 

「弱者がつまらん策を練ったとしても、私には通用しない」

 

 ティーチは槍を使わせまいと組みついていたが、オクタヴィアは槍を手放してティーチを蹴り飛ばすことで僅かに距離を空け、片手を開ける。

 今度こそ邪魔は無く。

 オクタヴィアの腕がクロの心臓を貫いた。

 滴り落ちる血の雫はオクタヴィアの腕を伝い、オクタヴィアの腕を掴んでいたクロの手が力なくだらりと下がる。

 確実に殺した──そう判断したオクタヴィアの脇腹を、ティーチが鉤爪で抉り取った。

 これで二度目。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()

 

「油断、したな……!」

 

 他人を弱者と侮り、あらゆる攻撃を流体ゆえに受け付けなかったオクタヴィア。

 クロの命懸けの罠と、それを完璧に作用させるために体を張ったティーチ。

 一度目の罠ではデイビットが。二度目の罠ではティーチがそれぞれ渾身の一撃を与え、ようやくオクタヴィアの力を削いだ。

 

「まだ、だ……!」

「こいつ、まだ生きて──!?」

 

 クロはギラギラとした目つきでオクタヴィアを睨みつけ、上空に展開した〝闇〟とぶつかっている黒雲を呑み込む。

 三分の一程度が関の山だろうと思うが、あとはカナタが何とかしてくれる。

 オクタヴィアはにやりと笑うクロの姿に被さるように、上空へと飛び上がったカナタの姿を見た。

 減衰したとはいえ、島一つを容易く消滅させる莫大なエネルギーの塊に対して、カナタは槍を掲げる。

 お前ならやれると、信じてくれた。

 クロの思いを、無駄には出来ない──!!

 

「オォ──!!!」

 

 肉体が焼け焦げる嫌なにおいがする。

 右手に持った〝村正〟で黒雲を九つに分割し、カナタはオクタヴィアへと向き直った。

 

「終わりだ、オクタヴィア──!!!」

「やってみろ!!!」

 

 胸を貫いたクロを放り捨て、オクタヴィアはティーチから槍を奪い返してまっすぐカナタへ向かう。

 地上から天へと立ち昇る雷。万物を滅ぼす神の雷が、黒雲を纏ったカナタの槍と衝突した。

 オクタヴィアの墜とした黒雲をカナタはそのまま使い、自らの刃としてオクタヴィアに叩きつけたのだ。

 単なる雷ならばまだしも、カナタが覇気を流し込んだことでオクタヴィアが相手でさえ通用する攻撃となる。

 一撃。オクタヴィアの雷と黒雲が対消滅した。

 二撃。覇王色の覇気を纏った槍とぶつかって黒雲が消滅した。

 三撃。同様に覇王色の覇気と衝突して消滅した。

 四撃。黒化した雷が押し負けたオクタヴィアの腕を焼いた。

 五撃。カナタの腕が焼け焦げ、狙いが逸れてエンジェル島が一部消滅した。

 六撃。〝村正〟を黒雲に突き刺し、振り回すように叩きつけてオクタヴィアを地面へと落とす。

 七撃、八撃。刀と槍の両方に黒雲を纏わせ、莫大なエネルギーを落としたオクタヴィアへと真っ直ぐに叩きつける。

 そして──九撃。

 

「〝神戮(しんりく)〟!!!」

 

 元来、〝神戮〟とは覇気と悪魔の実の能力を融合させて相手にぶつける技だ。

 オクタヴィアの場合は雷、カナタの場合は氷と言う風に、能力者によって特性の変わる技である。

 それを。

 カナタは雷と氷を纏ったまま覇王色の覇気を更に纏わせ、オクタヴィアへと振り下ろした。

 

「〝神戮(しんりく)〟……!!」

 

 しかし、オクタヴィアもただやられているだけではない。

 同じように雷を纏い、覇王色の覇気を纏わせてカナタの槍とぶつかった。

 オクタヴィアは既に満身創痍。デイビットとクロ、ティーチの粘りによって付けられた傷と、長時間に及ぶ戦いで莫大な覇気を消費してしまっている。

 そして、カナタが放った〝神戮〟は槍によるもの。

 まだ()()()()()()()()

 

「お前は、ここで終わらせる──〝神々の黄昏(ラグナロォォォク)〟!!!」

 

 これはカナタの剣技ではない。

 かつて、ロックスが使い──敵対するモノのことごとくを粉砕した、極限まで覇気を練り上げた斬撃だ。

 既に両手を使って攻撃を防いでいるオクタヴィアに防ぐ術はなく、咄嗟に放った雷撃を切り裂いて真っ直ぐに斬撃は突き進み。

 ──遂に、オクタヴィアに致命の一撃を与えた。

 




黒雲はエネルが使ってた雷迎みたいなあれです。雷の能力者にきくの?という疑問はカナタが覇気流し込んだからとでも思って貰えれば。


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第百十八話:受け継がれる意志

 カナタの振るった〝村正〟による斬撃が、深々とオクタヴィアの肉体を切り裂く。

 如何に怪物的な強さを誇ろうとも、これだけの傷を受けてしまえば命に関わることは明白だった。

 何より、この場にオクタヴィアの味方はいない。

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 焼け焦げた左手で槍を握り、それよりはマシな状態の右手で刀を握るカナタ。

 仰向けに倒れたオクタヴィアを睨みつけるように視線を向けていたが、立ち上がる気配が無いと悟るとガクリと膝を突いた。

 莫大な覇気を消費した事、加えて死力を尽くした戦闘を数時間以上。疲労が無い方がおかしい。

 一度は敗北して死にかけたのだ。過去には数日間戦ったこともあったが、あの時とは疲弊の度合いが桁違いだった。

 

「……出来る事なら、お前一人の力でこそ打ち勝って欲しかったものだが」

「……海賊に卑怯も何もない。お前は──お前たちは、個人の強さをこそ重視するが……私はそうではなかった。それだけだ」

 

 もっとも、カナタは少なくともオクタヴィアと正面からぶつかれる程度には強かった。

 地力の差でオクタヴィアが一歩上だっただけで、そこまで独学で鍛え上げたカナタの強さにはオクタヴィアも感服するほどだ。

 覇気は強者との戦いでこそ開花する。

 オクタヴィアとの戦いを通して、カナタは数段飛ばしで実力を付けたことだろう。

 今ならば、誰が相手でも負けはしない。

 

()()()()、か……ジーベックの経験を読み取ったのだったな」

 

 ロックスもまた、個人の武勇で癖の強い海賊たちを纏め上げた豪傑だった。

 他者を信頼することなく、己が力こそを絶対とした、その時代における最強最悪の海賊。

 オクタヴィアも同様に他者を頼ることなど無かったが……結局、ロックスはロジャーとガープに負けたし、オクタヴィアもカナタに負けた。

 何か一つでも違っていれば勝負の行方はわからなかったほどの綱渡りな戦いだったが、結果こそが全てだ。

 ロックスのやり方では駄目だと言う明確な結果。

 ロックスとオクタヴィアの結末を以てこれを証明して見せた。

 

「私は私の道を行く。お前たちのようにはならない」

「フフ……それも良かろう。元よりお前を縛るつもりは無い。好きなようにしろ」

 

 雲の大地にオクタヴィアの血が広がっていく。

 もはや幾ばくの時間も無い。

 最期に必要なことだけを伝えるべく、オクタヴィアは口を開いた。

 

「……私もお前も、元は〝ワノ国〟を生国とする〝暗月〟と呼ばれる一族だ。あの国にはもう記録など残っていないだろうが……歴史の転換期では〝Dの一族〟と共に戦い続けてきた」

「……それを私に伝えて、どうするつもりだ?」

「どうもしないさ。役目を終えた私は死ぬだけだ……ここから先は、お前が考えることだ」

 

 オクタヴィアの母──カナタの祖母に当たる人物は戦いを選ばなかった。

 まだ目的の時代ではないと判断し、全てをオクタヴィアに引き継がせて死んだ。

 伝えておくべきことはまだいくらかあるが……今のカナタならば、オクタヴィアの使っていた槍から記憶を読み取ることも出来る。

 本人が死んだとしても歴史が潰えることは無い。

 

「ジーベックの意志はいずれ引き継がれる。お前か、あるいは別の誰かか……私たちの積み上げた過去は無駄ではなかったと、いつか……──」

 

 言葉が途切れた。

 出血の多さで意識を保つことすら難しいのだろう。放っておけば死ぬ傷だ。

 カナタはゆっくりと立ち上がり、〝村正〟を納刀してオクタヴィアに近付く。

 

「過去にこだわっても良いことなどない。世界は常に未来へと動いているものだ」

 

 そのために過去を断ち切る。

 それが本当に正しい選択なのかどうかは誰にもわからない。あるいは正しい選択など初めから無いのかもしれない。

 オクタヴィアにとって、カナタは常に取り零した過去の象徴だった。

 カナタにとって、オクタヴィアは常に斬り捨てた過去の象徴だった。

 過去は常に追いかけてくるものだ。いくら斬り捨てようとも、いずれまた顔を覗かせることもあるだろう。

 

「ノ、ウェム──」

 

 オクタヴィアがカナタの事を過去の名前(ノウェム)で呼ぶのは多分、彼女が唯一カナタに対して与えたものだからなのだろう。

 それを捨ててしまえば──一度でも〝カナタ〟と呼んでしまえば、オクタヴィアはカナタとの関係性を完全に断たれてしまうと恐れて。

 カナタはそれを理解してか、焼け焦げた左腕を見せつけるようにオクタヴィアの前に出す。

 雷に打たれ、まるで樹形図のように腕から肩まで広がる図形。

 俗に〝リヒテンベルク図形〟と呼ばれる、雷に打たれることで生じる焼け跡だ。

 

「……この傷は一生残るだろう。私はこの傷を見るたびにお前の顔を思い出すことになる。それでは不満か」

「フフ……それ、なら……悪くは、ない、な……」

 

 オクタヴィアは声にならないほど小さく、彼女の名を呼んで。

 彼女は、オクタヴィアの心臓へと槍を突き刺した。

 

 

 

        ☆

 

 

 カナタは血に濡れた槍を持ったまま、座り込んだティーチと死にかけているクロの下へと辿り着いた。

 近くにはジョルジュが降ろした船がある。エンジェル島は今やどこもかしこも吹雪と落雷に見舞われる危険地帯だが、不思議とこの周辺だけは気候が安定していたためだ。

 遠目にバタバタと治療器具を移動させているカテリーナの姿が見えるが、カナタは気にすることなくクロの横にそっと腰を下ろす。

 

「……終わったのか?」

「ああ。過去の因縁には全てケリを付けた……お前を死なせるつもりは無かったのだがな」

「ヒヒ……気にすんな」

 

 もはや痛みも無いのか、最低限の止血こそされてはいるが痛みに顔を歪めることも無い。

 

「オレは死ぬが、お前の旅はまだ続く。その旅の果てを見れねェのは残念だが……」

「……満足か?」

「満足さ。オレは元々あの島で死ぬつもりだった」

 

 一人きりで誰に看取られることもなく、罵声を浴びせ続けられて死ぬだけの男だった。

 それを連れ出して、多くのものを見せてくれたカナタに感謝こそすれ、それ以外の感情を抱くことは無い。

 

「ティーチも悪ィな。外れクジ引かせちまって」

「ゼハハハハ!! 水くせェこと言ってんじゃねェよ! 男が覚悟決めたなら、その意志を汲んでやるのは当然だろ!?」

「ヒヒヒ、お前らしいな」

 

 オクタヴィアと戦ってそれなりに傷を負ったはずだが、ティーチはそれを感じさせないほど陽気に笑う。

 クロも小さく笑い、最期にカナタへと視線を向けた。

 

「カナタ」

「どうした?」

「お前は過去を斬り捨てて未来を目指すが、過去は追いかけてくる。誰しもがオレみてェにすっぱり斬り捨てられるモンじゃねェからな」

 

 クロの関係性は生まれた島だけで閉じていたからこそ、全ての過去は島から出るだけで清算出来た。

 だが、カナタはそうはいかない。

 血筋、両親、これまでの行動……世界規模で影響をもたらすことになる。そう簡単に過去を捨てられはしない。

 拒否するだけでは、カナタが生きづらくなるだけだ。

 

「その荷物(過去)は誰にも背負ってやることは出来ねェが……倒れそうになるお前の体は、支えてくれる仲間がいるだろ」

「……ああ、そうだな」

 

 かつて、自分の名前すら忘れてしまった男がいた。

 彼を救い出したのは、年端も行かない少女の差し伸べた手で……その光景はきっと、地獄に落ちても鮮明に思い出せるものだったのだろう。

 彼はもう、彼女の背中を支えてやることは出来ないけれど。

 彼女の未来に幾ばくかの幸あれと願うばかりだった。

 

「──そろそろか」

 

 もう視界すらぼやけてきた。耳もよく聞こえず、小さくなっていく自分の鼓動さえわからなくなりそうだ。

 そんな中で、冷たくなっていく手を握る誰かのぬくもりだけが、まだ自分が生きていると感じる唯一のもので。

 誰かが自分の名前を呼ぶ声さえ小さくなっていく。

 彼女はきっとクロが死ぬことで落ち込むだろうし、泣くかもしれないけれど。

 それも乗り越えて未来へ踏み出せると、誰よりもクロ自身が信じているから。

 

「……元気でやれよ」

「ああ……お前が羨むくらいに、多くの土産話を用意しておくとも」

「ヒヒ……そりゃ、結構だ……」

 

 最期に彼は笑って。

 そうして、意識は途絶えた。

 

 

        ☆

 

 

「クロ……」

 

 ジョルジュが呆然と立ち尽くす。

 カテリーナはまだ何とかしようと準備をしていたが、カナタは「もう十分だ」とそれを止めた。

 

「眠らせてやれ」

「でも! だけど……っ!」

「やめとけ。この怪我じゃどのみち助かりゃしねェんだ」

 

 カナタとティーチの言葉を受け、カテリーナは悲痛な顔をしてクロの怪我を診る。

 オクタヴィアに心臓を貫かれている。この状態でよく即死しなかったものだと思えるほどだ。

 カナタはティーチに槍を預け、クロの遺体を抱き上げる。

 

「おい姉貴、その腕でやるのか? おれがやっても……」

「いいんだ。私が運ぶ」

 

 ティーチの制止を振り切り、カナタはクロの遺体を抱き上げたまま船へと向かう。

 カテリーナとティーチもその後ろに続き、ジョルジュはカナタの隣に並んだ。

 

「ジョルジュ。あっちにオクタヴィアの遺体がある。〝ゴロゴロの実〟の回収は任せた」

「ああ、そうだな……任せとけ」

 

 あれだけ厄介な能力だ。カナタの手元に置いておく方が望ましいだろう。

 誰に食べさせるかは後々考えればいい。将来有望な部下か、あるいは忠実な傘下の海賊団か。どちらにしても時間は必要だ。

 ……それに、クロの能力も考えねばならない。

 

「姉貴。〝ヤミヤミの実〟だが、良かったらおれにくれねェか?」

「お前が食べるのか?」

「ああ」

 

 ヤミヤミの実についても同様に後回しにする予定だったが、ティーチが「自分が食べる」と言い出した。

 カナタは視線をティーチの方に向け、真意を探る。

 野心、高揚、残念……そういった感情がない交ぜになっているが、悪意だけはどうしても感じ取れなかった。

 フェイユンは随分気にしていたが、カナタはティーチの事は嫌いではない。クロと仲が良かったこともあるし、食べたいというのならくれてやっても良かった。

 視線を前に戻し、船に向けてまた歩き続ける。

 

「それと……一つ聞きてェことがある」

「つまらんことなら後にしろ」

「重要なことさ、おれにとってはな……アンタ、〝ノウェム〟って呼ばれてたが、ありゃどういうことだ?」

「……過去に捨てた名前だ。今となっては他にその名前を知る者はいない」

 

 かつて住んでいた島の孤児院も原因不明の災害で壊滅したと報道されている。

 オクタヴィアを殺した今、ノウェムという名前を知る者はカナタ以外にいない。

 

「そんなものを聞いてどうする」

「いや……姉貴の本当の名前を知っておきたかった。さっき、アンタとオクタヴィアの会話も聞こえてたからな」

「名前を知って何になる。誰も知らない、価値の無い名前だ」

「いいや、価値ならあるぜ──姉貴はロックスの娘なんだろ?」

 

 カナタの動きがぴたりと止まった。

 オクタヴィアがジーベックと親し気に呼んでいたことから推測したのだろう。

 ロックスは多くの場合名前で呼ばれることは無いが、手配書も一時期出回っていた。本名を知っている者がいてもおかしくはない。

 

「だったらおれに姉貴を()()()()()はねェ。色々と成り上がる手段は考えてたが、それも今となっちゃどうでもいいことだ」

「裏切るつもりだったのか」

「ヤミヤミの実が欲しかったのさ。だが、食べた人間から取り出す方法なんざおれは知らねェ。いずれチャンスが回ってくると思って待ってたんだ……クロと親友だったのは本当だぜ? あっちがどう思ってたのかは知らねェが、少なくともおれは親友だと思ってた」

 

 ティーチは饒舌に語るが、カナタは一つため息を吐いただけだった。

 腹の内を明かすのはカナタを信頼しての事だろうが、この状況で聞かされることではない。

 

「その辺りは後で問い詰める。カイエは無事か? あの子もやり方は知っているはずだ。ヤミヤミの実に関してはあの子に任せる」

「え? あ、うん、無事だよ。怪我はあるけど……他の人たちに比べればだいぶマシかな」

 

 落ち込んだ顔をしていたカテリーナは、カナタに話を振られると慌てた様子で返答した。

 カナタとティーチの会話にはついていけていないようだったが、クロの死が随分ショックだったのだろう。

 船の中に遺体の安置所を用意し、クロの遺体はそこに保管する。葬儀は諸々が落ち着いてからでいいだろうと判断し。

 

「……デイビットは無事か?」

「……デイビットは……」

 

 オクタヴィアに背中から貫かれ、大怪我を負っていた。カナタがオクタヴィアに勝てたのは彼の奮闘もあったからだ。

 カテリーナは難しい顔で口を開き、「今はまだ生きてるけど……」と言葉を濁す。

 

「大動脈をやられてる。何とか手術で繋ぎはしたけど、肺も潰れてて……多分、今夜が山だと思う」

「……そうか」

 

 デイビットのために用意された集中治療室で治療中のデイビットの下へと向かい、デイビットを見る。

 多くのチューブを体につなげて何とか生命を保っている状態だ。

 オペオペの実があれば何かしら助かる手段があったのかもしれないが、未だその存在は見つかっていない。

 ……デイビットは生き残れないだろう。致命傷を受けて何とか生命を繋いでいるだけの状態から、現在の医療技術で助かるとは到底思えない。

 あるいはカナタの力で未来へ冷凍保存すればとも思うが、それに耐えられるほどデイビットは強くもない。

 カナタに出来るのは、せめて彼の無念が残らないようにしてやることだけだ。

 額に手を当て、デイビットの思念を読み取る。

 

「子供と妻か……お前が死んでも、苦しい生活を送ることが無いようにしよう。〝ボムボムの実〟もお前の子供のものだ」

 

 貴重な悪魔の実ではあるが、カナタにとってデイビットは重要な役割を果たしてくれた男だ。ケチなことを言うつもりは無かった。

 生きて再会できるならそれに越したことは無いが、きっと難しいだろう。

 デイビットにはカナタの声が聞こえない。意識を失ったまま、ただ家族の下へ帰るんだという意志だけで命を保っている。

 治療室から出たカナタは、部屋の前で待っていたカテリーナとティーチに連れられて、そのまま怪我の治療をするために別の医務室へと向かうことになった。

 亡くなったクロや瀕死のデイビットの次くらいには重傷なのだ。当たり前と言えば当たり前で……カナタは医務室に入るや否や、ばたりと倒れて医療班は大騒ぎになった。

 

 

        ☆

 

 

 治療のためにスクラが必要という事もあり、オクタヴィアの遺体も回収して一度〝ハチノス〟へ戻ることになった。

 エンジェル島は既に人が住める状態ではなくなっているので、一時的に〝アッパーヤード〟に原住民たちの住居を用意することになり、〝黄昏〟からもある程度の人数を残すことになった。

 幹部たちは軒並み治療中なので下っ端ばかりだが、それでも空島の戦士たちに容易く負ける程弱くはない。

 ひとまず元〝神〟のガン・フォールに後を任せて島を出立した、その日の夜。

 デイビットが静かに息を引き取った。

 



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第百十九話:取り消せない過去を背負って

 空島での戦いから二週間が経った。

 クロとデイビットの葬儀もあったし、カナタの入院で医療班はバタバタと忙しなく動き回っていたし、オクタヴィアの遺体を火葬する際にはカナタと間違われてちょっとした騒ぎになったが、起こった問題はそれくらいのものだ。

 カナタ以外の幹部たちは大体治療を終えて復帰していたし、怪我をしていない部下たちは仕事で忙しく動いていた。

 クロは結婚をしておらず、故郷の島とは関係を絶っているので血の繋がった家族はいないが……ナワバリのとある島に住むシスターと随分仲が良かったとカイエから聞いた。

 彼に関してはカナタが直接伝えるべきだと判断したこともあり、ある程度怪我が治った段階でカナタ自身が赴くことにした。

 当然驚かれたが、クロの最期を伝えると銀髪のシスターは「そうですか」と静かに頷くばかりだった。

 

「……怒りも悲しみもしないのだな」

「彼は満足していたのでしょう? なら、そこに私が何かを介入させる余地はありません。彼の思いは彼だけのモノ。死者の言葉を生者が代弁するべきではありませんから」

「そういうものか。割り切っているのだな」

「こういう世の中です。親しい人が亡くなるのも珍しいことではないでしょう」

 

 そう言って目を伏せる少女の表情は読み取れないが、カナタは「そうだ」と一枚の紙を取り出す。

 海賊としては異例かもしれないが、カナタは全員に常日頃から遺言は残すように言いつけてある。面倒くさがってはいたが、クロも例に漏れず遺言状を残していた。

 

「クロの遺言でな。あれで〝黄昏〟の幹部としてそれなりに金は持っていた。『好きに使え』とだけ書かれているが……私自身、金なら有り余っている。お前とは仲が良かったと聞くし、この教会に寄付と言う形で譲ろうと思うが、どうだ?」

お布施(チャリティー)ですか。素晴らしいことです。そういうことでしたら、ええ。ありがたく受け取ります」

 

 教会と言うだけあって清貧な生活をしているが、ロジャーの言葉から始まった大海賊時代以降は孤児も増えて随分困窮していたらしい。

 顔には出さないが安堵した雰囲気だ。教会自体もそれなりに古いようだし、修繕の余裕もないらしく、渡りに船だったのだろう。

 ……何かしらの仕事を仲介した方がいいのかもしれない。

 

「しかし……そうですか。彼はもう、ここへは来ないのですね」

 

 教会の端に置かれたオルガンに視線をやり、シスターの少女は寂しげな表情を浮かべていた。

 

 

        ☆

 

 

 次に訪れたのはデイビットの妻子がいる家だった。

 葬儀自体は既に済ませているため、デイビットの死を知っているし、遺言状の通りに財産の全ては彼女たちのものとなる。

 手続きは全てジョルジュが済ませていたが、カナタとしては一度顔を合わせておくべきだろうと思ったのだ。

 恨み言があれば聞く。罵詈雑言を投げるならばそれでも良い。

 海賊なのだ。いつ死んでもおかしくは無いが……それでも、長く苦楽を共にした仲間の家族であれば、上に立つ者として顔を合わせないわけにはいかない。

 デイビットの妻子が今後飢える事の無いように配慮もしなければならないし、何よりボムボムの実はまだカナタの手元にあった。

 

「──カナタさん」

「久しいな。中々会う機会も無かったが……子供が生まれた時以来か」

 

 カナタも忙しい身なので島にいる全員と顔を合わせているわけでは無いが、デイビットの妻子は面識があった。

 父親に似た髪型の、まだ幼い少年だ。

 名をジェムと言う。

 

「あの、今日は何の御用で……?」

「〝ボムボムの実〟についてだ」

 

 他の部下なら悪魔の実はカナタの手元に置いて莫大な金銭を渡すだけで済ませるのだが、デイビットに関しては少しばかり事情が違った。

 幹部だったという事もあるし、本来ならするべきではない特別扱いをしてもいいと考えて妻子の下を訪れたのだ。

 

「デイビットは悪魔の実は子供に譲りたがっていた。私はそれでも構わないと考えているし、もし不要と言うなら私の方で買い取るつもりでいる」

「ジェムにですか……? でも、あの子はまだ6歳ですよ?」

「ああ。だから、数年ほど待ってもいいと思っている」

 

 デイビットの遺産もあるし、彼女たちが困窮することは無い。ジェムがもう少し大きくなって、自分で判断出来るようになってから改めて判断させてもいいと思っている。

 その間は死蔵することになるが……それで〝黄昏〟の戦力が大きく減じるわけでもない。

 言っては悪いが、デイビットの実力はそう高いものでは無かった。代わりはいくらでもいる。

 悩む時間は十分にあった。

 

「そうですか……わかりました。ありがとうございます」

「礼を言われるほどのことではない」

 

 デイビットが死ななければ起こらなかった問題だ。それを引き起こしたのは、カナタ自身の弱さのせいでしかない。

 それから軽く雑談をして家を出た。

 カナタが生き残れたのはデイビットの奮闘があったからだ。それを忘れて彼の妻子を蔑ろにしては、カナタとしても合わせる顔がない。

 出来る限り配慮した選択肢を与えたかった。

 

 

        ☆

 

 

 執務室。

 相変わらず包帯でグルグル巻きにされたままのカナタだが、回収した悪魔の実の使い道についてどうするかを決めるために幹部を含めて数名を呼び出していた。

 当然、ヤミヤミの実を欲しがったティーチの姿もある。

 

「デイビットの〝ボムボムの実〟に関しては奴の子供がもう少し大きくなってから決める。防衛の要になっていたわけでは無いし、大丈夫だろう」

「そうだな。そっちはそれでいいとおれも思うぜ。問題は……」

 

 自然系(ロギア)の中でも特に強力なヤミヤミの実とゴロゴロの実だ。

 前者はティーチが欲しがっているが、後者はまだ誰に食べさせるかも決まっていない。

 盗まれる危険性もあるため、有望株がいればすぐにでも食べさせた方が良いのだが、それも決まっていないのが現状だ。

 

「ヤミヤミの実はどうするんだ? ティーチにくれてやるのか?」

 

 ジョルジュはちらりとティーチの方を見て、「大丈夫か?」と訝しげな顔をする。

 これまで貢献してきたことは確かだが、「裏切るつもりだった」と白状したこともあって全員から疑惑の目を向けられている。

 当のティーチは気にすることなく笑っており、カナタは椅子に深く腰掛けたままヤミヤミの実を手に取った。

 

「悪魔の実は一人につき一つ。これが基本原則だ……ティーチ、お前はこれがいいんだな?」

「ああ! 〝ヤミヤミの実〟をこそ、おれは手に入れてェ!!」

 

 クロは本人の実力が低かったので最大限活かしきっているとは言い難かったが、それでも能力の強さと凶悪さは他の悪魔の実と比べても段違いだった。

 もしティーチが食べれば、ティーチの強さの分だけ悪魔の実の能力も強化される。リンリンとカイドウが手を組み、七武海脱退の可能性がある現状では戦力拡充は急務だ。

 同席しているジョルジュとスコッチはティーチに食べさせるのは反対のようだが、ゼンとジュンシーは特に反対はしないらしい。

 フェイユンはどちらかと言えば反対の立場を取っているが、「以前と同じ感じはしない」と言っているのでどちらでもいいようだ。

 敵対するつもりがないなら、クロと一番仲の良かったティーチが食べることに反対はしない。ゼンもジュンシーもそういうスタンスでいる。

 

「ふむ……裏切るつもりだった、とは聞いたが、今はもうそのつもりは無いのだろう?」

「そうだ。おれはもう裏切る気はねェ。姉貴とおれで時代の覇権を握ろうじゃねェか!」

「時代の覇権になど興味は無いが……良かろう。お前にくれてやる」

 

 カナタは手に取ったヤミヤミの実をティーチに放り投げ、ティーチはそれを片手で受け止めてニヤリと笑う。

 ティーチはがぶりとヤミヤミの実を一口で食べきり、「不味いな!!」と言いつつすべて呑み込んだ。

 

「反対する者はいたが、信頼はこれからの行動で取り返すことだ」

「ゼハハハハ!! ああ、そうさせてもらうぜ!」

 

 体の変化はすぐにでも現れるだろう。

 力を試したくてうずうずしているのか、ティーチは「肩慣らしに行ってくる」とだけ告げて部屋を出て行った。

 残った五人の幹部とカナタは机に置いてあるもう一つの悪魔の実に視線を移す。

 

「ヤミヤミの実はあれでいいとして、問題はこちらだな」

 

 ゴロゴロの実──オクタヴィアの残した遺産とも言うべき悪魔の実だ。

 こちらに関してはまだ何も決まっていないので、カナタは視線をゼンとジュンシーに向けてみる。

 が、二人は揃って首を横に振った。

 

「ヒヒン、私たちよりも未来ある若者に食べさせた方が良いでしょう。今後ビッグマム海賊団や百獣海賊団と戦うことを考えると、老兵に与えるべきものではありません」

(わし)も似たような意見だ。そも、儂らは悪魔の実を欲してはいないからな」

 

 武術と覇気は相応に鍛えてきたが、更なる力のために悪魔の実を欲するつもりは無かった。

 以前から同じことを何度も言ってきたので、カナタもその辺りは理解している。

 では誰に、と言う話になるのだが。

 

「ジョルジュとスコッチは既に能力者。幹部勢で悪魔の実を欲しがっている者はいるか?」

「その条件ならグロリオーサがいるが、あの女も悪魔の実は欲していない。部下か傘下の海賊からある程度見込みのありそうな者を探した方が良いのではないか?」

「それなら忠誠心のありそうな人を探した方が良さそうですね」

「カナタは二つ食えねェのか?」

「私を何だと思っているんだ」

 

 悪魔の実を二つ口にすると死ぬ。能力者にとって重要なことだ。

 カナタとてそれは例外ではない。欲深い者は身を滅ぼすのが世の常と言える。

 あれこれと話し合った結果、ひとまず保留と言う形に収まった。

 どうあれ誰かに食べさせた方が良いのだが、人選も慎重に決める必要がある。判断は早い方が良いが、急ぎ過ぎるのも良くはない。

 そう判断してその日は解散となった。

 

 

        ☆

 

 

 その日の夜。

 カナタはオクタヴィアとの戦いで負った傷がまだ治っておらず、入院するようにスクラから強く言われたため、病棟のベッドで一人月を見上げていた。

 まだ日が落ちてそれほど時間が経っていないため、外は出歩く者も多く騒がしい。

 娯楽と呼べる娯楽もそう多くはないため、病室で暇を持て余していた。

 そんなカナタの部屋のドアを誰かがノックする。

 許可を出したところ、入ってきたのは日和だった。部屋の外には他にも二人分の気配があるが、そちらは入ってくるつもりは無いようだ。

 

「どうした、こんな時間に訪ねてくるとは珍しいな」

「夜分にごめんなさい。でも、お仕事でお忙しいと聞いていたので……少しだけ、いいですか?」

「ああ、構わない」

 

 仕事中は忙しいだろうからと、夕食後の暇を持て余している時間に訪ねてきたらしい。

 日和はベッドの横に用意された椅子に座り、少しだけ考えを整理するように間を取った。

 カナタは静かに日和が話し始めるのを待つと、日和は意を決したように口を開く。

 

「あの……私は、ワノ国が好きです」

「そうか。故郷が好きなことは良いことだ」

「だから、私は……ワノ国を救いたいです。オロチとカイドウに父上は殺されてしまったけれど、それでも」

 

 クロに教えられたのだ。

 救いたいと思うのなら、それは義務感ではなく自分の感情に従うべきなのだと。

 故郷が好きだから救いたいという願いは誰にも否定することは出来ない。

 

「父が好きだった国を……私が好きなワノ国を、取り戻したいのです」

「……なるほど。それで、私に頼みに来たのか?」

「それもあります。でも、やっぱりワノ国を取り戻すなら自分の手でやりたいとも思うんです」

 

 (おでん)には出来なかったが、彼の意志まで消えてなくなったわけでは無い。

 おでんが守ろうとした国を、今度は日和が取り戻して守って見せると──幼いながらも、そう決意を固めていた。

 カナタは目を細めて優しく微笑み、日和の頭を撫でる。

 

「……血は争えんか」

「……カナタさん?」

「いや、なんでもない」

 

 ぽつりと零した言葉に日和は首を傾げるが、カナタは答えずに誤魔化した。

 

「今のワノ国はカイドウとオロチに加え、リンリンもいる。一筋縄ではいかないだろう。それでも戦う気はあるか?」

「はい。ワノ国の皆を助けたいですし──それに、私に仕えてくれてるイゾウや河松も、私が守ってあげたいって思うんです!」

 

 イゾウも河松も、今の日和に守られるほど弱くはないが……それを言うのは無粋というものだろう。

 険しい道だ。カイドウとリンリンを相手に戦えるほどの実力者など、広い海の中でもそう多くは無い。

 今のカナタならば二人を同時に相手取っても勝てる可能性はあるが、同盟を組んだ二つの海賊団の総戦力は〝黄昏〟と同等かそれを上回る。百獣海賊団はともかくビッグマム海賊団は幹部の質も高い。一筋縄ではいかない敵だ。

 倒すためには量と質の両方が必要となる。

 今後のことを考えれば、日和を鍛えておくのは悪い手では無かった。

 

「良かろう。どこまでいけるかはお前の才能次第だが──私の教えは厳しいぞ?」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 カナタは何かと忙しいので、基本的にゼンやジュンシー、グロリオーサが配下の訓練をしている。一からカナタが教えるというのは古参の部下でも珍しいことだ。

 日和が戦力になることを期待しての事でもあるが……何より、この子にはおでんとクロの意志を受け継いでいるように感じられたからでもある。

 二人は死んだが、その魂は生きていく。

 それはきっと、とても良いことだと……カナタはそう思うのだ。

 

「ああ、それと……イゾウ! 河松!」

「はい!」

「何でしょうか!」

 

 ドア越しに二人の名を呼ぶと、感極まった様子の二人が随分高いテンションで部屋に入ってきた。

 日和の言葉に何かと思うところがあったのだろう。

 それはさておき。

 

「この子は強くなりたいと言っている。お前たちはそれを止めるつもりは無いのだな?」

「本音を言えば、日和様には安全な場所で暮らしていただきたく思いますが……」

「それが姫様の意思となれば、我らに(いな)はありませぬ!」

 

 二人は日和の意見に否を唱えるつもりは無いらしい。

 どのみち多少なりとも強さを得なければこの海で生きていくことも難しい。弱ければ全てを失う世の中だ。強くて困ることも無い。

 カナタはガサゴソと金庫から何かを取り出し、日和の前に差し出す。

 不気味な紋様の入った果実──ゴロゴロの実だ。

 

「これを食べれば強くなれる。だが、口にすればもう後戻りもすることは出来ない」

「カナタ殿! その実は……!」

「本来なら誰に食べさせるか、もっと精査すべきではあるがな。これを手に入れたのは私だ。誰にも文句は言わせんよ」

 

 オクタヴィアを殺害することによって手に入れた悪魔の実だ。幾らか思うところはあるが……この子ならば、きっとうまく使ってくれるだろう。

 クロを殺した女が手にしていた悪魔の実を、クロの意思を継いだ少女に渡すのは因果なものだとは思うが。

 日和は悪魔の実を手に取り、ジッと見つめる。

 

「……これを食べれば、強くなれるんですか?」

「確実に強くはなれるだろう。だが、先も言った通り後戻りは出来ない。一口食べればお前は能力者だ」

 

 カナヅチになるし、海楼石で力を封じられることもあるかもしれない。

 だが、それを補って余りある戦闘力は得られるようになるだろう。ましてや口にするのはゴロゴロの実だ。最低限の強さは保証されている。

 そうは言っても、迷いがあるならまだ食べさせるべきではない。

 これは一生を賭けた問題でもあるのだから。

 

「もし考えたいと言うのなら──」

「いいえ。大丈夫です」

 

 日和は小さな口を大きく開け、悪魔の実を口にした。

 想像を絶する酷い味に日和の顔色が悪くなるが、飲み込んだ後で全て食べようともう一度口を開いたところでカナタがそれを止める。

 

「一口で良い。それ以降はただの不味い果実だからな」

「そ、そうなんですか……良かった」

 

 明らかにホッとした様子で胸をなでおろす日和。

 これで彼女も能力者だ。体の変化はまだもう少しかかるだろうが……念のためにイゾウと河松はしばらく傍についていてやるように言い含めておく。

 能力者になった直後というのは慣れずに制御が上手く行かないことが多い。能動的に能力を使わなければ大丈夫だろうが、何事にも保険は必要だ。

 カナタはまだスクラから絶対安静だと念押しされているので戦うことは出来ないが、日和に教えるくらいは出来る。

 もう夜も更けている。今日のところは三人を帰し、明日から修行を付けることにする。

 また、忙しい日々が始まるのだ。

 

 

        ☆

 

 

 これは余談だが。

 翌日に早速修行を付け始めたところ、それを見つけた千代が「ずるいぞ! わしもやる!」と言い出して二人とも修行を見ることになった。

 




今章はあと七武海の件と空島のその後の話で終わりです。
次話だけで済む予定なので、その次からは原作前最後の章に入ります。


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第百二十話:釈放

次週はお休みです。
活動報告になんか適当に書くかもしれません。


 日和と千代に稽古を付け始めてから数日。

 流石にまだ二人とも幼いので、出来ることと言えば竹刀を持たせて素振りなどの型を覚えるくらいだが……目標がある分、二人とも真面目に竹刀を振るっていた。

 経験を積ませれば二人とも強くなるだろうが、今のところはまだまだだ。

 カナタとしても自分の鍛錬の合間におかしな癖が無いか確認するくらいなので楽なものである。

 ……もっとも、まだスクラから絶対安静と強く言われているのでロクに鍛錬も出来ていないのだが。

 そんな折、カナタの下に五老星から連絡が入った。

 内容はやはり、〝七武海〟の続投を願うものである。

 

「では、私の要望を聞き入れるという事でいいのだな?」

『ああ。苦渋の決断ではあるが……現状、君ほどの戦力を失えば世界に与える影響は絶大だ。なるべく避けておきたい』

「フフフ、正直なことだ」

 

 莫大な賠償金。

 問題を起こした役人の首。

 海底監獄インペルダウンから定期的に能力者の虜囚を引き渡すこと。

 そして、ダグラス・バレットの釈放。

 バスターコールを発令してまで捕えたバレットの釈放など認めはしないだろうと思っていたが、想像以上に世界政府は〝黄昏〟に依存気味らしい。

 経済の基盤を支え、巨大な戦力として海軍と協力する組織になった甲斐があったというものだ。

 

『ダグラス・バレットの釈放は近く行うが……迎えはどうする?』

「私が行こう。海軍本部へ向かえばいいのだろう?」

『そうだな。そちらの方が手っ取り早い。センゴクには私から連絡を入れておく』

 

 〝インペルダウン〟〝海軍本部〟〝エニエス・ロビー〟は〝正義の門〟と呼ばれる門の内側にある海流で繋がっている。

 〝新世界〟からならば、他の場所から向かうよりも一度海軍本部へ寄って〝正義の門〟を使った方が早い。風も手伝えば数時間の距離だ。

 もちろん〝赤い土の大陸(レッドライン)〟が隔たっているので、船は〝楽園〟側で用意する必要があるが……〝黄昏〟の拠点は〝楽園〟側にもある。そちらで船を用意してカナタは身一つでマリージョアを通り抜ければいい。

 ……釈放祝いに手土産の一つでも持っていくべきか? などと考えながら、カナタは通話を切って準備を始めた。

 

 

        ☆

 

 

 海底監獄インペルダウン。

 数千とも数万とも言われる凶悪な犯罪者たちを一手に引き受ける巨大な監獄である。

 階層が下に行くごとに懸賞金は上がって行き、最下層にいるのは度を越して残虐な事件を起こした者や政府にとって不都合な事件を起こした者ばかりだ。

 バレットも当然そこに収監されており、連れてくるのに少々時間がかかっていた。

 暇を持て余しているのか、目付け役という事でついて来たガープとセンゴクはカナタの姿を見て口を開く。

 

「……お前がそれだけの傷を負ったのは、ビッグマムとカイドウとの戦いによるものか?」

「ああ、これか」

 

 全身包帯塗れで傍目から見ても大怪我だとわかる。

 二人がかりと言っても、カナタがここまでやられるほどとなるとリンリンとカイドウの評価を修正しなければならない。そういう意味でも情報を集めようという意図で発した言葉だったが、カナタは否定した。

 

「リンリンとカイドウを相手に負った傷など三日で治った。これはオクタヴィアと戦った時のものだ」

「オクタヴィアだと!?」

 

 現在行方不明で海軍が捜索している超高額の賞金首だ。カナタとの関係性はガープもセンゴクも薄々気付いてはいたが……殺し合う仲とは知らなかったので二人とも驚いている。

 オクタヴィアの強さは良く知っている。かつてロックス海賊団の一人として多くの被害を出し、多くの死傷者を出した女だ。

 ガープもセンゴクも、仮に戦うことになればかなりの被害を覚悟しなければならない相手だと思っていた。

 

「倒したのか?」

「ああ。色々と失うものはあったが……倒すことは出来た」

「……そうか」

 

 センゴクは過去に戦ったオクタヴィアの事を思い出し、今や彼女を打ち倒すまでになったカナタを見る。

 今でこそ七武海として味方の立場に居るが、この関係性はカナタの意思一つで簡単に壊れる砂上の楼閣に過ぎない。〝黄昏〟が味方でいるうちに海軍の戦力を強化することは急務だといえた。

 敵に回ればニューゲート以上の脅威となる可能性も十分にある。

 

「どこで戦ったんだ? 海軍(おれたち)の耳に入らねェってことは相当な場所に隠れてやがったんだろう?」

「空島だ」

「空島ァ!?」

 

 噂には聞くが、海軍もその存在はまだ明確に発見できていない。伝説上の島でしか無いのだ。

 そこに身を隠したことも驚きだが、空島に行ったというカナタの言葉もにわかには信じがたい。

 

「ロジャーも行ったと言っていたぞ」

「あいつもか!? 知らなかったぜ……」

「お前は海軍なんだから雑談などするはずも無かろう」

「あいつが自首してきたときに色々とな。冒険の話もそうだが、お前の話もしていた」

「そうか……ロジャーが死んでからもう4年。早いものだ」

 

 時代は大きく変わり、ロックスの右腕だったオクタヴィアも死んだ。

 大海賊時代になってから新しい世代も現れ始め、海を荒らしている。激動の時代はまだしばらく続くだろう。

 海軍もそうだが、インペルダウンも大忙しだ。

 

「──来たか」

 

 インペルダウンの大扉が開く。

 中から囚人服を着た男が堂々と現れ、入り口付近でセンゴクと看守が何かを話したかと思うと、おもむろに男の手にかけられていた海楼石の錠を外す。

 久方ぶりに手錠が外れたためか、男は調子を確認するように手首を撫でる。

 何度か手を握って問題ないことを確認すると、男──ダグラス・バレットはカナタの前で歩みを止めた。

 

「久しいな、バレット。元気そうで何より」

「……お前、その怪我はどうした」

「これか? これはオクタヴィアと戦った時の怪我だ。私より強かったのでな、流石に大怪我をした」

「そうか」

 

 ガープとセンゴクが見ている前で、バレットは拳を構え、覇気を纏って振りかぶる。

 二人は咄嗟に構えたが、狙われたカナタは片手を出すだけだ。

 

「──!?」

「触れてねェ……あいつ、まさか!」

 

 黒い雷が走り、バレットの拳がカナタの手との間に明確な距離が空いたまま止まった。

 バレットが寸止めをしたわけでは無い。()()に阻まれ、そこまでしか近づけなかったのだ。

 ガープもセンゴクも目を見開き、食い入るように相対する二人を見ている。

 

「テメェ……!」

「理解したか? これが私とお前の()()()()だ」

 

 この距離を縮めるのは容易ではない。

 バレットはそれを理解したのか、構えを解いてため息を一つ吐いた。

 

「少しはテメェに近付いたかと思ったが……また引き離されたとはな」

「フフフ。ロジャーも似たような力は使っていただろう。お前も才能はある。教えて欲しいなら──」

「テメェの傘下に入る気はねェよ。インペルダウンから出してくれたことには礼を言うが、それだけだ。おれはまだ、〝自由〟の答えを見つけてねェ」

「……そうか。それは残念だ」

 

 他に船が無いので、バレットはひとまずカナタの乗ってきた船に乗り込んだ。

 カナタはそれを見送り、じっと見てくるガープとセンゴクに視線を移す。

 

「なんだ。そんなにジッと見て」

「……お前、その力は……いや、やっぱりいい」

 

 母親が母親だ。可能性は十分にあった。

 オクタヴィアを倒すほどにまで成長したのだ。ロジャーやニューゲートも使う力を使えても何ら不思議はない。

 ガープはガリガリと頭を掻き、センゴクは考えることが増えたと片手で頭を抱えていた。

 

「海軍本部までは同行する。その後は自由にしろ」

「そうさせてもらおう。〝タライ海流〟を使った方が移動は速いからな」

 

 それに、インペルダウンのある海域は〝凪の帯(カームベルト)〟だ。大型の海王類が何匹出たところで敵では無いが、邪魔が入らないに越したことは無い。

 

 

 

        ☆

 

 

 海軍本部を経由し、カナタとバレットは〝黄昏〟の拠点としている島にやってきていた。

 バレットは最初から傘下に入るつもりは無いと言っているため、適当な船を一隻見繕うためでもある。

 

「本格的に自分の船が欲しいならウォーターセブンにでも行って造船してもらう事だな。あそこは資材の関係でやや高額だが、それでも満足できる船大工が多い」

「それも悪くねェな。だが金か……」

「海賊ならそこらに腐るほどいる。適当に襲って奪ってもいいだろう」

 

 もっとも、海賊の質はピンキリだ。食料はともかく金は無い海賊も多い。掃いて捨てるほどいる海賊も、その数の多さが仇になって財宝が手に入れられない者も多いのだ。

 

「必要なら私から仕事を回してもいい。賞金首を捕えて連れて来れば褒賞を払う」

「テメェの事だ、ウォーターセブンの経済にも手を出してるんじゃねェのか?」

「ほう、よくわかったな。確かに私はウォーターセブンの資材の運搬をしている」

「だったら一番腕のいい船大工を紹介しろ。テメェの傘下に入る気はねェが、少なくともおれが欲しいモンを手に入れるまでは仕事をしてやる」

 

 強さを求めるバレットとしても、金銭と戦闘経験を同時に積めるのでカナタの提案は断る理由がない。

 カナタは笑って契約書を用意し、「捨てるなよ」と念を押してバレットに一枚渡しておく。

 紙切れ一枚でバレットの行動を操作できるとは思わないが、こういうのは形が大事なのだ。

 

「私は今、リンリンとカイドウを相手に戦争の準備をしている」

「〝ビッグマム〟と〝百獣〟か。テメェの獲物だから取るなって?」

「いいや、好きにしろ。ただ、奴らもそれなりに強い。二人がかりなら私でも落とせないくらいにはな」

 

 ほう、と興味が湧いた顔をするバレット。

 しばらく肩慣らしをしたあとで強襲するつもりなのかもしれない。

 

「私に勝ちたいならハチノスに来るがいい。私はいつでも挑戦を受けよう」

「余裕だな。いつかテメェに吠え面かかせてやるよ」

「楽しみにしているとも」

 

 ある程度の食料と水などを積み込んだ船を引き渡し、バレットはそのままどこかへと旅立って行った。

 カナタは「せっかちな奴だ」と苦笑し、自分の仕事をするためにハチノスへ戻る準備をする。

 

 

        ☆

 

 

 それから数日後。

 カナタはジョルジュと共に空島である〝スカイピア〟へと再び訪れていた。

 前回は戦いばかりで観光も出来なかったので息抜きと……オクタヴィアとカナタの戦闘によって被害を受けた空島の住人達への償いのようなものだ。

 メンバーは前回連れてきた面々とほぼ変わらないが、安全は確認されているのともう一つの理由からオルビア、ロビンの親子を連れてきている。

 

「ここが空島……本当に空に島が浮かんでいるのね。不思議だわ」

「すごい……あの雲、乗れるの?」

「乗れる。だが、先に用事を済ませてしまおう」

 

 カナタは船を降り、住人たちが避難キャンプを作成して仮の住居としている〝アッパーヤード〟へと降り立った。

 エンジェル島はカナタとオクタヴィアの戦いのせいで雷と吹雪の止まない島になってしまったので、もはや人が住むことも難しい。

 かといって大地のある〝アッパーヤード〟に住むのも様々な問題があって難しい、というのが現状だ。

 なので、()()()()()()()()()()

 

「ガン・フォールはいるか?」

「はい。既に中でお待ちです」

 

 難民キャンプの様相を呈している村の中に、一際大きなテントが張られていた。

 ガン・フォールはその中でお茶を飲んでおり、カナタの姿に気付くと立ち上がって頭を下げる。

 

「来てくれたか。問題は山積みでな……まァ座ってくれ」

 

 二人とも席に着くと、カナタの前にもお茶が置かれる。

 面倒な前置きは無しにして、カナタは本題に入った。

 

「エンジェル島はもう人は住めない。かと言って、〝アッパーヤード〟を切り拓いて住めるようにするのもシャンディアが反発しているのだろう?」

「うむ。元々この島は彼らの祖先の土地。我々が住むことにも拒否感を露わにしており……正直、カナタ殿の部下の手を借りねば襲撃を防ぐことも難しいのだ」

「土地に根付く問題は解決も難しい。ある程度は時間が必要だが、お前たちがここに住んでいては歩み寄ることも出来ないか」

「そうだ。積み重なった怒りは……そう簡単に消えはせぬ」

 

 ため息を零すガン・フォールの姿は、年の割に随分老けて見えた。

 だが、土地の問題なら既に解決する糸口はある。ガン・フォールを連れてテントの外に出ると、難民となっていた元エンジェル島の住人たちの誰もが驚いていた。

 ()()()()()()()()()()

 

「なんと……!!? 島がまた飛んで来たのか!?」

「いや、あれは私が青海(した)から持ってきた」

「持ってきた!?」

 

 正確に言えばジョルジュの能力によるものだが、その辺りは後々説明することにして。

 

「島の名前は〝オハラ〟……かつて、住人は二人を除いて皆殺しにされた島でな、今は誰も住んでいない」

「誰も住んでいない島か。確かに好都合ではあるが……」

「元住人の二人もいいと言っている。焼け残った建物などはあるが、その辺りはそちらで何とかしてくれ」

 

 巨大な木の焼け跡付近には殺された住人たちの慰霊碑を建てており、「ここの手入れだけは欠かさないように」とカナタは要望する。

 構わぬ、と生返事をするガン・フォールは、未だに衝撃から帰ってこれていないようだ。

 

「自然現象で島が飛ぶのだから、悪魔の実の力とは言え人の手で島を飛ばしても何ら不思議は無いだろう?」

「いやいやいやそんなわけなかろう」

 

 流石にそれには納得できなかったのか、ガン・フォールはブンブンと手を振って否定する。

 オハラの島を着水させ、〝アッパーヤード〟の真横に着ける。元々〝全知の樹〟が植えられていた場所の横には現在宝樹〝アダム〟が移植されており、しっかりと根付いて成長中だ。

 かつてオハラの〝全知の樹〟に所蔵されていた本は全て回収し終え、適切な処理の下に新設された図書館に納められている。政府や海軍から身を隠すにはうってつけの場所でもあるし、研究資料もその多くをここに入れていた。

 大地の恵みも、人の住む場所も一応は解決する。シャンディアとの和解は今後ガン・フォールが行うだろう。

 現地のことは現地の住人の仕事だ。必要であれば介入することもあるが、今回の件はガン・フォールがやる気になっていることもあって介入する気は無かった。

 問題はあと一つ。

 

「オクタヴィアが連れてきた神兵たちはどうする?」

「ああ……あやつらなら今は真面目に働いておるが、引き取るかね?」

「いや、要らん」

 

 神兵長を名乗るエネルを筆頭に、神兵と神官の生き残りは空島に残した部下たちの監視の下で労働作業に従事していた。

 旗頭になっていたオクタヴィアは既に死んでいるし、勢力的にもカナタには勝てないと判断して投降したのだ。

 ……石化していたのでオクタヴィアとカナタの戦いの事は知らないが、エンジェル島の現状を見せると大人しく従ったらしい。

 兵士にするには練度が低く、農作業に従事させる程度が関の山だろうとカナタは判断している。

 〝新世界〟の兵士や海賊は無理でも、〝楽園〟や四つの海の海賊くらいなら彼らでも十分戦えるだろうが。カナタの基準は非常に厳しかった。

 頭は悪くないようなので、そのうちガン・フォールの補佐をやらせても良いかもしれない。あるいはそれ以外の仕事をやりたがればそちらでもいいだろう。

 

「一通りの問題はこれで解決か……〝アッパーヤード〟には遺跡もあった。出来ればうちの考古学者たちが調べたいと言っていたが」

「吾輩は構わぬが、シャンディアの者たちがうるさかろう。しばらく待ってはくれぬか?」

「そうだな。急ぐことでもない」

 

 オルビアは調べたくてうずうずしているようだが、ブレーキを掛けるのはカナタの役目だ。

 しばらくは移住で忙しくなるだろうし、カナタとしてもこの島特産の〝(ダイアル)〟は色々と調べたい。商品になるなら量産体制も整えねばならないため、考えることは多い。

 もっとも、しばらくは療養する予定なので仕事からは離れることになるのだが。

 




END 神聖継承領域スカイピア

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今章のキャラまとめ

遅くなりましたがキャラまとめです。今章で登場したキャラのみまとめています。

例によって例のごとく、読まなくても支障は無いので参考程度にどうぞ。


 大海賊時代開幕。原作まであと18年。

 

 所属 黄昏の海賊団

 母船 ソンブレロ号

 

・カナタ

 本作の主人公。29歳。

 自然(ロギア)系ヒエヒエの実の氷結人間。

 〝竜殺しの魔女〟懸賞金元28億9000万ベリー(現七武海のため部下を含め賞金は凍結中)

 船長兼航海士。

 黒髪赤目の美女。

 

 メインの武器は海王類の牙を削って作った槍と最上大業物〝村正〟。

 覇気は覇王色、武装色、見聞色の全てを高いレベルで使用可能。

 

 ワノ国の一件のあと、七武海としての活動を休止。政府の判断次第で今後の動きが変わるため、休暇も兼ねてカテリーナの手に入れた永久指針(エターナルポース)で〝スカイピア〟へ。

 道中〝ゾウ〟に立ち寄ってイヌアラシ、ネコマムシが裏切っているか確認。

 

 〝スカイピア〟にてオクタヴィアと接触。オクタヴィアの部下の神官を含めてこれらと戦闘。

 一度敗北を喫するも、仲間の手を借りて勝利。

 この戦闘にて覇王色の覇気を纏うことが出来るようになり、武装色と見聞色もより強く扱えるようになった。

 戦場となった〝エンジェル島〟は吹雪と落雷の止まない島となったため、人の住める場所ではなくなった。

 

 オクタヴィアの使っていた槍を回収し、今ではカナタの私室に安置されている。

 オクタヴィアの遺体を火葬する際には直前にカナタが大怪我をしていると運び込まれたこと、二人の顔があまりに似過ぎていることから噂が錯綜してひと騒ぎあったらしい。

 クロ、デイビットとは長い付き合いだった。特にクロはジュンシーやジョルジュ、スコッチと違い、利用するだけの立場だった訳ではなく、純粋にカナタが仲間に入れた最初の相手だったため、その衝撃は一際大きかった。

 二人の葬儀の際には気丈に振舞っていたが、私室に帰って一人、涙を零した。

 誰にも知られることのない、誰にも見せる事の無い涙であった。

 

 五老星が七武海としての続投を願ったため、立場は変わらず。

 

 

・クロ

 黒髪黒目、全身に刺青の入った褐色肌の青年。享年36歳。

 自然(ロギア)系ヤミヤミの実の闇人間。

 懸賞金5500万ベリー

 (一応)(自称)戦闘員。

 

 〝スカイピア〟にてオクタヴィアとの戦闘の際、命懸けで策を弄してカナタを援護。オクタヴィアを打倒することに成功するもクロは死亡。

 空島に向かう途中で日和と話す機会があり、彼女へと大きな影響を与えることになる。

 特に使うこともなく貯め込まれていた資金は「好きに使え」とだけ書かれた遺言の通り、とある教会へと寄付された。

 

 その気さくな性格から仲のいい者も多く、葬儀の際には多くの人が集まったという。

 その中にはとある島でシスターをやっている少女の姿もあったとか。

 

 

・ジョルジュ

 黒髪黒目に二メートルほどの男。44歳。

 超人(パラミシア)系フワフワの実の浮遊人間。

 〝夕凪〟懸賞金1億2000万ベリー

 金庫番。

 武装色、見聞色両方の覇気をそれなりのレベルで扱える。

 

 空に浮かぶ島が目的地という事もあり、フワフワの実の能力を利用するため乗船。道中〝ゾウ〟にも船ごと乗り上げ、クライミングをする必要が無くなったことに安堵した船員もいたとか。

 〝スカイピア〟ではイゾウと共に神官の一人と戦闘。相手も〝楽園〟ではそれなりの実力者だったが、見聞色の覇気しか使えなかったうえに練度も低かったので余裕の勝利。

 彼が気絶しては最終手段である脱出の目が無くなるため、オクタヴィアと正面切って戦うことは無かったが、彼は彼に出来ることをやっていた。

 

 オクタヴィアとの一件の後、住むところの無くなった〝エンジェル島〟の島民たちのこともあって〝オハラ〟を空島に持ってきた。

 クロ、デイビット両名とは長い付き合いだったので思うところは多々あるが、それを誰かに語ることは無い。

 

 

・フェイユン

 巨人族。薄紫の長い髪とアメジストのような紫色の瞳が特徴的な女性。52歳。

 超人系(パラミシア)デカデカの実の巨大化人間。最大全長185メートル。

 〝巨影〟懸賞金7億8000万ベリー

 戦闘員。

 武装色と見聞色の覇気を高いレベルで扱える。生まれつき見聞色を扱えることもあり、相手の感情を読み取る力に長けている。

 

 〝ゾウ〟においては喧嘩するイヌアラシ、ネコマムシを取り押さえ、〝スカイピア〟においては神官の一人を叩き潰した。

 (ダイアル)による罠は初見だったので上手く絡めとられてしまったが、文字通り力ずくで解決。集まれば鋼鉄の硬度を誇る雲紐もフェイユンの腕力には勝てなかった。

 

 オクタヴィアとの戦いでは正面から挑むも、強烈な雷撃を一身に受けてリタイア。

 ともすれば死んでもおかしくないほどの攻撃だったが、鍛え上げた肉体と覇気が功を奏して生き残った。

 

 オクタヴィアとの戦いでは役に立てなかったことを悔やみ、クロとデイビットが死んでしまったことに涙してもっと強くならなければと一層鍛え上げている。

 

 

・デイビット

 ツンツンと尖った髪型のウニ男。身長は180ほど。享年47歳。

 超人系(パラミシア)ボムボムの実の爆弾人間。

 〝爆撃〟懸賞金9000万ベリー

 覇気は未だ扱えず。

 

 〝スカイピア〟におけるオクタヴィアとの戦闘でクロと共に体を張って戦い、死亡。

 彼の献身無くして時間稼ぎは出来ず、また勝ちの目を出すことも出来なかった。

 

 〝ハチノス〟にいる妻子はカナタによって不自由なく過ごせるように手配された。デイビットが亡くなったことで回収されたボムボムの実は彼の息子がある程度の年齢に達するまで保管され、その後食べるかカナタへ売却するかの選択が出来るようになった。

 これは長く務めたことによる特権ではなく、広い海でも指折りの強者であるオクタヴィアへと立ち向かい、逆転の目を生み出した献身への報いである。

 

 

・カイエ

 紫色の髪の少女。17歳

 動物(ゾオン)系ヘビヘビの実 モデル〝ゴルゴーン〟の能力者。

〝魔眼〟懸賞金6600万ベリー

 戦闘員。成長期で背が伸び、3メートルを超えるまでになった。

 

 〝スカイピア〟にてティーチと共に神官の相手を担当。大して苦戦もせず倒した。

 オクタヴィアを相手に戦うも、強烈な雷撃を喰らって倒れる。動物系の中でも幻獣種に分類される能力であることもあり、タフネスさでは他の面々よりも上だったため何度か復帰してカナタが回復するまでの時間稼ぎをする。

 実力が足りずにオクタヴィア相手に時間稼ぎですら覚束なかったことから、〝ハチノス〟に帰還して以降はフェイユンと共に鍛錬を重ねているとか。

 

 

・ティーチ

 原作キャラ。黒髪で巨体。20歳。

 戦闘員。本名マーシャル・D・ティーチ。

 見聞色、武装色の覇気を使える。

 

 〝スカイピア〟にてカイエと共に神官の相手を担当。油断して二回ほど攻撃をまともに食らったが平気だった。

 オクタヴィアを相手に戦い、幾度も倒されるがそのたびに立ち上がった。

 カイエ、フェイユン、イゾウと共に時間稼ぎに走り、クロとデイビットと共にオクタヴィアと相対して逆転の目を作り、かなりの大怪我を負ってもなお笑って生き残った。

 

 元々ヤミヤミの実を手に入れることを目的として〝黄昏〟に所属したティーチだが、カナタの出生を知るに至って考えを改めた。

 ヤミヤミの実を手に入れた後は名を上げるためにどこかで裏切る予定だったが、黄昏にいればおのずと目的が達成できると判断して計画を変更。

 

 クロの事は親友だと思っていたし、死んだことを悲しくも思うが、ティーチが涙を流すことは無い。いつか裏切る相手だと考えていたという理由もあるが、それだけではない。

 死んだ友人の分まで笑って生きることが手向けだと考えているからだ。

 ヤミヤミの実を手に入れ、能力者となったことで強さがより堅実になった。ただし慢心は治っていない。

 

 

・カテリーナ

 茶色のウェーブがかかった髪、青い瞳が特徴的な女性。自分のことを天才と呼ぶ。22歳。

 紆余曲折あってオクタヴィアに拾われた。

 立ち振る舞いや頭の良さから良家の子女と思われるが、本人は特に語ることはない。

 

 カナタに〝スカイピア〟の永久指針(エターナルポース)を渡した。

 〝ハチノス〟に立ち寄った商人から流れて来た珍しい永久指針(エターナルポース)だったからという理由もあるが、オクタヴィアが昔「空島を目指す」と口にしたことを覚えていたからだ。

 何となく買ってみようと考え、興味の赴くままにカナタに〝スカイピア〟へ行くことを提案した。

 死力を尽くしたが、結果的にクロとデイビットの二名が死亡する事態となり、この決断を後悔することになる。

 

 しかし、落ち込んでいれば二人が帰ってくるわけでは無いと、より多くの人を救えるようにスクラと共に日夜医術の研鑽を続けている。

 それは医学に留まらず、薬学や機械工学に至るまで、幅広い分野を学び続けている。

 

 

 所属 光月家

・イゾウ

 原作キャラ。女形の秀麗な男性。25歳。

 

 ワノ国の奪還は叶わなかったが、おでんの娘である日和は助け出すことが出来たのでほっとしている。

 河松と共に日和の護衛兼世話役として傍に仕えることを決め、〝スカイピア〟及び〝ゾウ〟に行く時にも同行した。

 イヌアラシ、ネコマムシの両名が裏切っているとは考えにくかったが、カナタとフェイユンの見聞色でチェックしてもらう事が確実だと判断してカナタの判断に従った。

 

 オクタヴィア戦では日和の事は河松に任せ、ティーチ、カイエと共に前に出た。

 隔絶した強さを持つオクタヴィアの前に薙ぎ払われたが、時間稼ぎという大役を担ったことには変わりない。

 大怪我を負いつつも役目を果たした。

 

 

・河松

 原作キャラ。トラフグの魚人だが河童と自称している。21歳。

 

 おでんが処刑された日、トキの力で未来へ行った錦えもんたちとは別行動をとった。万が一の可能性を考え、この時代に日和を残すので護衛として残るためだ。

 笑顔の消えた日和を何とか元気づけようとしていたが上手くいかず、食料も中々手に入らず困っていたところでカナタのワノ国侵攻があり、日和と共にワノ国から脱出した。

 ひとまず日和の安全が確保されたことで安堵し、イゾウと交代で日和の護衛を務めつつ恩義のあるカナタへ仕事を回してもらっている。

 

 オクタヴィア相手には戦わず、日和の護衛を優先した。

 薄情と言われようとも、河松にとって日和こそが最優先するべき相手だと考えていたし、カナタもその考えを肯定していたことから悔いはない。

 

 

・光月日和

 原作キャラ。トキ譲りの青い髪の少女。6歳。

 ワノ国から脱出して以降、お腹いっぱい食べられる環境と安全に眠れる場所を手に入れたことで「一人だけ逃げ出した」ことと「ワノ国の皆が苦しんでいるのに自分だけが助かった」ということに思い悩む。

 オロチとカイドウを恨んで、光月の一族としてワノ国を助けなければと強迫観念に駆られていたところ、クロとの会話を通して「それでは意味がない」と悟る。

 

 クロはオクタヴィアとの戦いで死んでしまったけれど、彼の思想は日和にとって救いにもなった。それゆえに尊敬しているし、行動するために自分も強くならなければと奮起した。

 父が好きだったワノ国を、己が育った生国を、自分の手で取り戻したいと願ったがゆえに。

 〝ゴロゴロの実〟を口にして、千代と共にカナタに鍛えて貰おうと意気込んでいる。

 

 

 

・霜月千代

 長い黒髪の少女。8歳。

 霜月康イエの一人娘。お付きの侍数名がいるが、千代の奔放な行動に困らされている。

 ワノ国を脱出して以降、あらゆる面で改善した環境に幸運に思いつつも、カナタにとっては自分たちが「いつ切り捨ててもいい相手」であることは変わらないと考えていた。

 カナタにとって価値のある存在になれば切り捨てられることもなく、ひとまずは安全を得られると判断して情報を集めようと色んなところを歩き回っている。

 

 それはそれとして、ワノ国の外は初めて見るものばかりでテンションが爆上がりして周りの者を困らせまくっている。

 ゾウでも空島でも目を輝かせて探索に行こうとしてお付きの侍を困らせていた。

 

 

 所属 無し

・オクタヴィア

 艶のある黒い髪、翡翠色の瞳、金色の髑髏の仮面を常に被っている女性。

 自然(ロギア)系ゴロゴロの実の雷人間

 〝残響〟懸賞金35億ベリー。

 

 空島にて身の回りの世話をさせるためだけに多くの人間を従え、カナタの到来を待ち続けた女。

 自らの持つ技術の全てを受け継がせるべく、カナタと戦い、その全てを継承させた。

 

 生まれは西の海。父は孤児院を経営し、母はとある王国の護衛戦団団長として仕えていた。

 何不自由なく育ち、母と同じように王国に仕えるものと漠然と考えていたが、15の時にとある男と出会う。

 真っ直ぐに夢を追うその男に興味を持ち、半ば駆け落ちに近い形で海へ出る。しかし血の気の多いオクタヴィアについていけなくなった男は姿を消し、入れ替わるように他の男が現れた。

 その男は当初、酒場で「酒に酔って巨大なマフィアを一人で壊滅させた」と噂のオクタヴィアに興味を持った。話を聞こうと相席して酒を飲んでいたが、些細なことから口論になり、数時間にわたる殺し合いを経て意気投合。

 この段階ではまだ政府に目を付けられるわけにはいかないと、ひっそりと姿を隠しながら、しかし敵対する者を全て滅ぼしつつ各地の海を渡った。

 およそ10年ほど海を渡っていたが、いい機会だからと帰郷。凄絶な殺し合いをしたのちに母親を殺害。一族に伝わる槍を受け取った。

 お互いに遺恨が残ることは無く、一族の全てを知ったオクタヴィアは趣味の悪い金色の髑髏の仮面を付けて顔を隠しつつ再び海へ出た。

 

 カナタ(ノウェム)を出産したのち、父親に預けて自身はロックスと共にハチノスでロックス海賊団を旗揚げする。

 一つの儲け話のうわさを流し、それにつられて集まった海賊たちに対してデービーバックファイトを仕掛け、その全てに打ち勝って凶悪な船員を手に入れた。ロックスとオクタヴィアは悪名をほしいままにしながら世界中の海を荒らし回った。

 仲間内でも殺し合いが絶えない海賊団だったが、オクタヴィアに噛みつくのはリンリン、シキ、カイドウなどの極めて頭のネジが外れた者たちばかりだった。

 

 最終的にロックス海賊団は〝ゴッドバレー〟で壊滅。自身は海軍大将二人と戦い、殺害に成功するも毒を受けて左腕を動かせない後遺症が残る。

 その後は船を一隻奪って逃走。傷を癒しつつロックスの形見である〝村正〟を〝ハチノス〟に墓替わりに安置し、自身は各所で姿を隠しつつ左腕を治療しようと医者を探す。

 しかし覚醒した能力者の特殊な毒のためか、治療出来る医者がおらずに数年海を彷徨うこととなる。

 カナタが賞金を懸けられたことで父親が裏切ったことを把握し、トラブルがありつつも西の海へと移動。

 道中で海賊を襲撃したところ、直前に海賊に襲撃を受けて捕まったカテリーナと遭遇。身の回りの世話をすることを対価に助ける。

 

 それ以降は左腕を治して時折カナタと接触しつつ、どこかで出会う日を待って空島へと到着。

 己の全てをかけて戦い、破れ、倒れた。

 

 彼女の使っていた槍はカナタの部屋に置かれ、再び振るわれる時を待っている。

 

 

・エネル

 原作キャラ。耳たぶの長い男。19歳。

 オクタヴィアの下で若いながらも神兵たちの取り纏め役である神兵長を務めていた。

 オクタヴィアの事を神だと本気で思っていたし、身の回りの世話をすることや邪魔者を排除することを信仰を捧げることだと思っていた。

 だが、オクタヴィアが死んでしまったのでこの信仰をどうすればいいのかわからず、カイエに石から戻された後は抜け殻のようになりつつも大人しく労働に服している。

 

 

・ボダイ

 オクタヴィアの下で働く四人の神官の内の一人。丸い体に丸眼鏡を付け、両手に(ダイアル)を携えて戦う男。

 ティーチ、カイエ、クロを相手に戦ったが敗北。

 ティーチに殴られて骨を圧し折られた。全治3ヶ月。

 

 

・アスラ

 オクタヴィアの下で働く四人の神官の内の一人。人が乗れるほどの巨大な鳥に乗って戦う男。

 フェイユンと戦って罠に嵌めるも罠を力づくで破られて敗北。

 巨大化したフェイユンに叩き落され全身を強く打ち付けた。全治6ヶ月。

 

 

・ヴェーダ

 オクタヴィアの下で働く四人の神官の内の一人。鉄の硬度を持ちながら自由に形を変える鉄雲を武器に使う男。

 ジョルジュ、イゾウを相手に戦ったが敗北。

 イゾウに眉間を銃で撃ち抜かれて死亡。

 

 

・ネハン

 オクタヴィアの下で働く四人の神官の内の一人。黒いスーツを着たうっかり男。

 カナタと戦ったが5秒で敗北。

 遺跡に頭を強く打ち付けて気絶。全治5時間。

 

 

・ダグラス・バレット

 原作キャラ。25歳。引き締まった下半身と逆三角形にパンプアップした上半身、ところどころに残る生々しい傷跡がある青年。

 インペルダウンに収監されていたが、カナタが七武海に残ることを条件に釈放された。

 最下層であるレベル6でもたゆまぬ鍛錬を続けていたが、傷だらけのカナタを相手に一撃交わして「まだ勝てない」と判断し、海を渡って鍛錬を続けることを選択。

 ロジャーの言う〝自由〟の答えも未だ見つからず、ひとまず資金稼ぎのためにカナタから仕事を請け負いつつ自身の武装、船を整えることにした。

 

 




もし抜け漏れがあったら教えていただけるとありがたいです。


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激動/GONG
第百二十一話:ドラゴンからの依頼


なんかよくわからないまま消えてたのでひとまず復元しました。
前々章の人物纏めを投稿したときにおかしな操作したのかもしれません。お騒がせしました。



 オクタヴィアを打ち倒した四年後のこと。

 変わらず勢力を拡大し続ける〝黄昏〟は、時折〝百獣海賊団〟や〝ビッグマム海賊団〟と小競り合いを起こしつつ七武海として秩序の維持に貢献していた。

 日和と千代を鍛える傍らで自身の鍛錬も怠らないカナタだが、そろそろ組織としての成長に停滞を感じ始めていた頃。

 一本の電話がカナタの下へと入ってきた。

 

『──久しいな、カナタ。息災か?』

「随分懐かしいな。まめに連絡を入れるような男ではないと思っていたが、ロジャーの一件以来か」

 

 電話をかけてきたのはドラゴンだ。

 ロジャーが処刑された夜、〝東の海(イーストブルー)〟にあるローグタウンでの様子を伝えるために連絡を入れて以来音沙汰がなかったが……急な連絡に驚きはしつつも、懐かしむようにカナタは手を止めてイスに深く腰掛けなおす。

 何の用もなく連絡を入れてくるような男ではない。何かしらあるのだろうと考えて。

 

『色々と話したいことは多いが……今、時間はあるか?』

「ふむ。急ぎの仕事は無い。構わん」

『ありがとう──最近、〝北の海(ノースブルー)〟のとある島で奇妙な病が流行っているのを知っているか?』

「病……北、というと、〝珀鉛(はくえん)病〟か?」

 

 〝北の海(ノースブルー)〟にフレバンスという王国がある。

 地層から採れる珀鉛と呼ばれる鉛の影響で街は白く染まっており、また珀鉛を利用した産業で儲けている国でもある。童話のような街に憧れを抱く者も少なくないが……今現在、奇病に侵されて騒ぎになっている街でもあった。

 カナタもその辺りの情報は既に把握している。国民が次々に発症する謎の病気として新聞でも報道されているし、政府の手引きで王族が脱出の準備をしていることまで掴んでいた。

 

「その街がどうした? 珀鉛でも欲しいのか?」

『その辺りに興味は無い。だが、世界政府は珀鉛の毒性を知っていた可能性がある』

「知っていただろうな。どうあれ鉛の一種だ。中毒症状くらい起きても不思議ではない」

 

 何より、珀鉛を使用した産業を認めるにあたって毒性を調べないはずがない。高品質な物なら手元に置きたいのが天竜人のスタンスだ。

 それが()()()()()()()()()()()()は。

 中毒症状が出るとわかっていても使用され続けた()()()()のような例もある。利用価値があり、莫大な富を生むからこそ放っておかれたのだろう。

 

『……お前も知っていたのか?』

「想定していた、と言った方が正しいな。珀鉛の商品を扱うことも考えていたが、鉛の一種であることを考慮して手を出さなかった」

『そうか……』

 

 扱う金額も大きいのでリターンはあったが、リスクを考慮して手を出すことは控えていた。

 ドラゴンは少し考え込んだ様子で、少し間を空けて口を開いた。

 

『……頼みがある』

「珍しいな、お前が私に頼るなど」

『おれの力ではどうにも出来ないと判断した。その点、お前なら何とかしてくれるのではないかという期待もある。──珀鉛病に侵されたフレバンスの住人たちを救って欲しい』

「……それがどれほど難しいことか、わかった上での発言か?」

『ああ』

 

 今のところ世間の見方として伝染病であると考えている者も多いようだが、原因が珀鉛にあるならそれは中毒症状だ。伝染するようなものではない。

 とは言え、周辺諸国が伝染病と考えているなら国境は封鎖されているだろう。物資も入ってこない。日に日に弱る住人。それらの問題を抱えながら治療をすることは極めて難しいだろう。

 何より()()()()()()()

 

「資金、人材、時間、物資……あらゆるものが必要になる。お前では捻出できないから私に頼ったのだろうが、私に出来ることも限度がある。それでも私に頼むのか?」

『──ああ。それでも、おれはお前に頼るしかない。世界政府の都合で虐げられる弱者など、目に余る』

「フフフ……そういう意志の固いところは好ましいな」

 

 良かろう、とカナタは承諾する。

 

「貸しにしておいてやる。いずれ何かしらの形で返してもらうとしよう」

『ありがとう、カナタ。おれに出来ることがあれば何でも言ってくれ』

 

 世界政府の基盤をグラつかせるにはいいチャンスということもある。国の王族が国を見捨て、世界政府加盟国から除外されるのも時間の問題だ。

 その国をよりにもよって海賊が救うという話はなるべく広めておいた方が都合がいい。

 七武海と言えども完全に政府の味方では無いのだ。

 だが、まずは確認すべきことがある。

 ドラゴンとの話を終えたカナタは、そのまま五老星へと連絡を入れた。

 

『……君の方から連絡をしてくるとは珍しいな。何かあったか?』

「フレバンスの件で聞きたいことがある。あの島──というよりは国か。王族を逃がした後は世界政府加盟国として扱う気はあるのか?」

『どこから王族を逃がすという情報を……いや、いい。既に加盟国から除外されることが決定している』

 

 今後天上金を支払うことも出来ないだろうし、何より国を治める君主がいない。これを国として認めることは出来ない、という判断なのだろう。

 ならば好都合だ。

 何しろ、王下七武海には()()()()()()()()()()()()()()()が認められている。

 既に加盟国から除外されることが決定しているなら実効支配したとて文句を言う者もいない。

 

『何かするつもりなのか?』

「要らないと言うなら貰うまでだ。それ以上の意味は無い」

 

 カナタは五老星にそれだけ告げて通話を切り、今度はスクラに対して連絡を入れる。

 病気の治療にかかるのは医者だ。どれだけ手が空いているかを確認しなければ動かすことは出来ない。

 あらかたの事情を話したところ、スクラは興味津々で船に乗ることを了承した。

 

「医療班はどれくらい連れていける?」

『余剰人員は相当数いる。このところ小競り合いも起きていないから基本的には暇だ。ぼくも最近は研究ばかりで治療にはほとんど携わっていない』

「そうか。最新鋭の病院船がある、医療班はそちらを使って治療にあたって欲しい」

『わかった。珀鉛病か……興味深いな』

 

 以前作るだけ作ってあまり出番のない病院船を使う許可を出し、医療班で連れていける人員を選定するようにスクラに通達する。

 あと必要なのは護衛、物資くらいだが……カナタはまずスコッチに連絡を入れ、食料や水、医療品を出来る限り用意するように伝えた。次にカイエを呼び、今回の作戦における指揮を任せる旨を伝える。

 何故かティーチもついて来たが、それは無視した。

 

「私が指揮、ですか?」

「ああ。お前もそれなりに経験を積んできた。実力もあるし、そろそろこの手の経験を積んでもいい頃合いだろうと思ってな。どうだ?」

「……はい! 出来る限り頑張ります!」

 

 まだ年若いが、実力は十分ある。今まではそれなりに年齢を重ねた者ばかりが指揮していたが、後進を育てねば何事にも先は無い。

 士官教育はカナタがおこなっていたが、カイエの成績は悪くないので大丈夫だろうと判断した。

 それに、今回は基本的にスクラたち医療班が主体になる。カイエの役割は医療班の情報を聞いてカナタに報告を上げることと、必要な物資のリストアップだ。

 周りの国との緊張状態が続いているので護衛船団としての役割もあるが、カイエが直接出張る必要は無い。

 

「ゼハハハハ!! 姉御も遂に指揮を任されるようになったか! だがよ姉貴、おれは駄目なのか!?」

「お前は壊すことしか出来ないだろう。今回の作戦は不向きだ」

「護衛ってんならおれだって出来ると思うぜ?」

「今回の作戦場所は〝北の海(ノースブルー)〟にあるフレバンス王国。その住人たちが侵されているという病気の治療だ。感染症ではないと思うが、確定ではない。お前のように人の話を聞かない者を連れていくにはリスクが高い」

 

 スコッチに連れていく人員はしっかり言う事を聞く者だけに絞れと言ってある。今回の件はそれだけデリケートな話なのだ。

 病院船一隻に護衛の軍艦を二隻。〝凪の帯(カームベルト)〟を越えて〝北の海(ノースブルー)〟を移動することとなる。

 周辺諸国は感染症と判断して国境を封鎖しており、何かあれば爆発しかねない状況であるため、護衛の武装を怠ってはならない。

 

「カイエならその辺り、うまくやるだろう」

 

 少なくともティーチよりマシだ。

 

「出発は三日後。それまでに準備を整えておくように」

「はい。期間はどれくらいを見込んでいるんですか?」

「どういう病気かにもよるが……最短でも一ヶ月。長くなるとしても半年に一度は報告のために一度戻らせる」

 

 この辺りの判断は難しいところだが、少なくとも食料や医薬品は定期的に運搬する必要がある。人員の交代は都度行えばいい。

 カイエは納得したように頷き、準備のために部屋を出ていく。

 ティーチも用が無くなったのか部屋を出ていこうとするも、出る直前にカナタに呼び止められた。

 

「お前には別件で仕事だ。こちらはお前向きだぞ」

「ゼハハハ! おれ向きか、そりゃあいい!」

「────」

 

 カナタが仕事の内容を話すと、ティーチは眉根を顰めた。

 仕事自体は別に何の問題も無いが、政府にバレると面倒なことになる類の仕事だからだ。

 

「……いいのか? バレると面倒になるんじゃねェのか、それ」

()()()()()()()()()。ツノ電伝虫を忘れずに持っていくように」

 

 電波の妨害をするツノ電伝虫の使用許可まで出すとは、本気らしい。

 ティーチは笑い、「任せろ!」と張り切って準備をするために部屋を出て行った。

 やることだけを聞いて出て行ったティーチだが、彼に求めるのは強さだけだ。それ以外の部分に関しては補佐を付けるので問題は無い。

 誰からの依頼か、という点に関しても二人には話さなかった。

 ドラゴンは昔、カナタの船に乗っていたが……もう10年以上前の話だし、古株の面々以外は彼がカナタと共に海を駆けたことを知らない。

 カイエはともかくティーチもまだ乗っていなかった頃の話だ。

 今はドラゴンも雌伏の時期であり、カナタとの関係性もあまり表沙汰にしない方が良いと判断して、二人には伝えなかった。

 どこから政府に漏れるかわからないのもある。どうも、最近は〝黄昏〟内部にも政府のスパイが潜り込んでいるようだから。

 

 

        ☆

 

 

 日和は現在、〝小紫〟と名を変えており、常に狐の面を被って過ごしている。オクタヴィアの使っていた悪趣味な仮面のレプリカもあるが、流石にそれは本人が拒否していた。

 名を変えて顔を隠すのは裏切り者対策だ。いずれ戻ってくるであろうおでんの家臣の中に裏切り者が交じっていた場合に様々なデメリットがあるため、先んじて情報統制をしておこうという事になっている。

 色々と面倒事は多いが、日和──小紫もそのことを理解して行動している。そのため、〝黄昏〟内部でもあまり他人との接触は多くない。

 カナタとの訓練以外は基本的に自由に過ごすように言われているが、イゾウの方針で千代共々図書館で勉強に励んでいた。

 

「あっつい……何とかならんのか、この暑さ」

「ワノ国と違ってハチノスは夏島だから。基本的に一年を通して暖かいし。特に今は夏だし、もう仕方ないよ」

「毎年同じこと言っとる気がするのう」

 

 カナタは暑いのが苦手なのでカナタの執務室はいつでも冷えているが、用も無しに遊びに行くような場所でもなかった。

 冷房があるわけでは無く、彼女自身の力で冷気を垂れ流しているだけだが。

 

「カテリーナさんが作ったこの扇風機とやらで何とかしのぐしかないね」

「それ、この暑い中で使っても熱風が来るだけなんじゃが……」

 

 小紫の能力で電気はほぼ無限に供給できるため、カテリーナから様々な試供品を渡されている。扇風機もその一つだった。

 一般に出回っているものではなく、最新型の羽無し扇風機である。

 

「ま、無いよりマシか……ん?」

 

 千代は扇風機の風にあたって少しでも涼もうとしていたところ、扇風機の向こう側でロビンが本の山を作っていることに気付いた。

 ロビン自身はあまり人に話しかけに行くタイプでは無いが、千代は他人の事情に構わず話しかけに行くタイプなので、二人の間には接点があった。

 もっとも、話はあまり噛み合わないが。

 

「ロビン! お主もなんぞ勉強しとるのか?」

「あら、千代。私は今までに見つかった〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の内容をレポートに纏めてるところよ。そういうそっちは勉強中?」

「まァのう。イゾウが中々にスパルタでな」

「ふふふ。あの人、張り切って授業してるものね」

 

 今どきの海賊は馬鹿ではやっていけない。〝黄昏〟は特に商人としての一面もあるので、上に行こうと思うと必ず学が必要になる。

 子供たちを集めた学校のような施設もあるが、幹部の身内という事で小紫と千代の二人はイゾウの授業を受けて勉強をしている。

 イゾウはおでんの家臣として恥ずかしくないようにと多様なことを学んでいるため、講師としても優秀だった。

 ロビンも時折イゾウの授業を見かけていたが、小紫と千代の授業の時は力の入れようが違うことが一目見てわかるほどだ。

 

「しかし、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟……考古学か」

「ええ。古代文字で書かれた、未来へ向けて遺されたテキスト。〝空白の100年〟に何があったのか、私は興味あるの」

「今から800年くらい前にあったっていう〝空白の100年〟ですか? 私の母上も、生まれたのは800年くらい前だって言ってました」

 

 小紫は寝物語に聞いていたトキの言葉を思い出す。

 かつて、彼女は悪魔の実の力で時間を渡りながら現代まで過ごしてきた。

 最初は旅に同行する者もいたらしいが、500年くらい前にはぐれて以降会っていないと言っていた。

 普通に考えればもう生きていないだろうが、トキ曰く「二人の内片方はちょっと特殊だから生きているかもしれない」と遠い目をしていたことを覚えている。

 

「……その話、興味あるわね。詳しく聞かせて貰える?」

「いいですけど、あんまり詳しくは覚えてなくて……」

 

 そもそも小さい時に寝物語として聞かされていた話の上、最後に聞いたのも数年前の話だ。

 詳しく聞かせてほしいと言っても、小紫自身があまり覚えていなかった。

 

「構わないわ!」

「ええと……」

 

 ばっちりメモを用意して聞く準備万端のロビンに対し、小紫は狐面の裏で難しい顔をしながら頑張って思い出していた。

 

「確か……〝暗月〟っていう人と、〝塞き止める竜〟と一緒に時を渡ってた、って」

 



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第百二十二話:フレバンス

 北の海(ノースブルー)、フレバンス王国。

 〝白い町〟とも称されるこの国は現在、多くの病人で病院はパンクし、国外での治療を求めて移動しようとして殺される者が相次いでいた。

 既に国境は封鎖され、王族は逃げ出し、誰もが痛む体と治療法の見つからない病に恐怖してパニック状態になっている。

 ──その状態の時に現れたのが〝黄昏〟の海賊旗を掲げた船団だった。

 

「……これは」

 

 随分と酷い。

 港から見える範囲でも既にそこかしこでパニック状態の市民の姿が見える。

 王族は既にいないため、このパニックを治めようとする者がないのだろう。治めるための警察機構も機能していないと考えられる。

 

「ひとまず、スクラを病院に連れて行けばいいんですね?」

「ああ。細かいことは君に任せる。ぼくはぼくの目的を果たすだけだ」

 

 診療道具をバッグに詰め込み、既に準備万端でカイエの後ろに待機していた。

 呆れるほどの行動の速さだが、今はその行動力がありがたい。時間を掛けられる状況ではないため、スクラに護衛を数名つけて近くの病院へ。白鉛病の詳細が不明なため、まだむやみに接触することは避けるべき段階だ。

 カイエも状況把握のためにスクラと共に病院を目指し、街中を移動する。

 

「トップがいなくなったせいか、統治が全く出来ていないようですね……少々厄介そうです」

「治療の邪魔さえされなければいい。睨んでくるだけなら可愛いものだ」

 

 マスクに白衣を着たスクラは、病院に移動する最中でも市民のほとんどが肌に白いあざを付けていることを確認する。

 想像以上に広がっていることに舌打ちをしつつ、一番近くにあった巨大な病院に正面から入っていく。

 当然、中にいた医者たちは困惑してスクラたちを先に行かせまいとする。

 

「な、何だ君たちは!? ここは病院だ! 海賊の来るところじゃない!!」

「ぼくは医者だ。〝白鉛病〟の治療をするために〝黄昏の海賊団〟から派遣されてきた。病人のカルテを見せろ」

「黄昏の……!? 七武海が何故この島に!?」

「世界政府は既にこの島を加盟国から除外しました。非加盟国に対するあらゆる行動は世界政府によって許可が出ています」

「この国から一体何を略奪するつもりだ……もう、この国には病人しか残っていないんだぞ!」

「我々は略奪のためにこの島に来たわけではありません。この病気の解決法を探りに来たのです」

 

 カイエの淡々とした回答に唖然とする医者の男性。

 スクラはその間にバッグを下ろして医療器具をいくつか取り出し、ベッドに寝ている病人の診察を始める。

 カルテを持って来ないことに業を煮やして自分で勝手にやり始めたらしい。

 それに気付いた医者の男性が止めようとするも、カイエが男性の腕を掴んだ。

 

「お、おい! 何を──」

「先も言いましたが、彼は医者です。我々は〝白鉛病〟の解決のために来ました。手を貸していただけますね?」

「……世界政府が君たちを派遣したのか?」

「いいえ。世界政府はこの国を見捨てています。そうでなければ加盟国から除外するような真似はしないでしょう。今回の行動は我々独自のものです」

 

 世界政府の指示で、という部分は明確に否定しなければならない。

 カナタからの指示で動いている、ということを強調しなければ、フレバンスの市民たちは世界政府に感謝してしまう。

 今回の目的の一つは世界政府への信頼を落とすことだ。そこだけは間違えてはならない。

 カイエと男性が話している間にスクラは一人で診察を続け、独自にカルテを書いていく。男性も色々思うところはあるようだが、今は一人でも医者が必要だと割り切ったのだろう。

 ……男性自身もまた、白鉛病にかかっているためだ。

 

「カイエ、こっちにきて手伝ってくれ」

「私は護衛であって医者では無いのですが……」

「気にするな。些細なことだ」

 

 マスクに手袋など、感染症である可能性を考えて防護用の物を着せて診察を手伝わせるスクラ。

 ため息を吐き、言っても聞かないと判断してカイエはスクラの手伝いを始めた。

 

 

        ☆

 

 

 フレバンスに到着してから一週間。

 ひとまず感染症では無いことが確定し、乗ってきた医療船を開放して市民の治療にあたり始めた。

 治療と言っても現段階で出来ることは限られている。精々が精密検査をして痛み止めを処方するくらいだ。

 病の大元を断たねばならない。

 カイエはこの一週間で得られた情報を精査し、ひとまずカナタに報告していた。

 

『……なるほど。ありがとう、カイエ。不慣れな仕事で疲れただろう』

「いえ、それほどでもありません。作業の大部分は医療班の方が大変ですし、私は報告書をまとめただけですから」

『自分のやったことを卑下するな。医療班の大変さとお前の作業の大変さは別のベクトルだ。一概に纏められるものではない』

 

 カナタは諭すようにそう語り、『しかし』とため息を零す。

 

『中々厄介な状況だな。感染症ではないが、国民のほぼ全員が発症。発症していないのはこの国に住み始めてからそれほど時間が経っていない者ばかり』

 

 フレバンスにおける白鉛の発掘は主要産業だった。仕事を目当てにこの国に移り住んだ者もいる。

 いつ自分が発症するかわからず、恐怖におびえている者も多いという。

 

「今のところ症状が改善した例もなく、治療法もありません。スクラに治療出来るのでしょうか?」

『そこは信用している──と言いたいが、鉱毒を原因とする病気は治療が難しい』

 

 そもそもの話、このフレバンスという国は()()なのだ。

 鉱石は言うに及ばず、地面や草木まで白く染まっている……童話のように美しい国だと人は言うが、カナタからすればゾッとする話だ。

 白鉛は真っ白な鉱石だが、地面や草木まで白くなるという事は()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 この地で取れる作物。作物を食べる動物。そして作物や動物を食べる人間。

 食物連鎖の過程で毒素は徐々に濃縮され、少量なら害がない白鉛の成分も莫大な量が溜まり続けたことで病気となる。

 カナタはこの病気に似た例を知っている──()()だ。

 

『スクラであれば長期的に見て解決する手法を確立できる可能性は十分ある。しかし、患者の方がそれに耐えられない可能性も十分にある』

「……では、どうするつもりですか?」

『少なくともフレバンス王国は放棄するしかあるまい』

 

 カナタの言葉にカイエは目を丸くした。

 フレバンスに乗り込み、市民を治療するのは今後北の海(ノースブルー)での拠点として使用するためだと思っていたからだ。

 放棄するのでは市民を治療する利点が見当たらない。世界政府に嫌がらせをするだけにしてはあまりにもかけた金額が莫大に過ぎる。

 

「大丈夫なのですか? それでは利益は何も出ませんが……」

『痛手ではあるが、利益の総額からすればそれほどではない。王族の残した城には何か残っていたか?』

「いえ、それが何も残っておらず……既に脱出した後で、少々小銭が転がっている程度です」

『だろうな。鉱毒があることがわかっていながら市民に掘らせ続けた連中だ、この状況になるのはわかりきっていたはずだ』

 

 貴金属に宝石類、金銭の類は全て船に載せて脱出済みという訳だ。

 だが、政府の避難船が動いたのはここ最近の話。カイエたちとは入れ違いになったと見える。

 

『……まぁ、そちらはいい。既に対処済みだ』

 

 ここから問題なのは、フレバンスを放棄して市民たちをどこへ移送するか、という話になる。

 北の海(ノースブルー)はカナタ達も裏のマーケットを利用することもあって拠点を用意してはいるが、それはあくまで貿易拠点としてのものに過ぎない。

 国の住人を一手に引き受けられるほどのキャパシティは無いのだ。

 この国で取れる食料、水どちらも白鉛に汚染されていることを考えると、早期に移送を考えねばならないが……黄昏の仕事は多岐に渡る。この件に割けるリソースは限られていた。

 移動先の島もだが、根本的に島の住人全員を早期に移動させるための船が足りない。

 加えて医療設備も大量に必要となる。

 カナタは少々考え込み、カイエは「後でかけなおしましょうか」と提案したところ、『あまり頼りたくはないが』と前置きしたうえで判断を下した。

 

()()()()を使う』

 

 

        ☆

 

 

 ジェルマ66(ダブルシックス)

 世界経済新聞社に載せられている〝海の戦士ソラ〟という物語の悪役としての名前が広く知られているが、彼らは想像上の悪の軍隊ではなく()()()()()()だ。

 海遊国家〝ジェルマ王国〟が保有する科学戦闘部隊の事をジェルマ66(ダブルシックス)と呼び、別名を〝戦争屋〟と言う。

 彼らは海遊国家というだけあって巨大な船を複数所有し、そこを国土として暮らしている。

 本来は戦力を貸し与える代わりに莫大な金銭を要求する彼らだが、カナタは彼らを運び屋兼一時的な療養所として使用することにしたのだ。

 

「……まさか貴様の方から連絡があるとは思わなかった」

『私もお前を頼るつもりは無かった。だが、金で解決出来ることならそちらの方がいい。一国の住人のほとんどが病気なんだ、それを受け入れる側にも相応の準備が必要になる』

「なるほど、それを考えれば確かに合理的な判断だ」

 

 ジェルマの国王──ヴィンスモーク・ジャッジは厳かに頷き、カナタの判断に理解を示した。

 彼自身が科学者という事もあり、医療設備などは潤沢に整っている。一時的にでも療養所として使えるのは非常にありがたかった。

 代わりにかなりの金額を吹っ掛けられているが、ジャッジはカナタに対しては交渉する心づもりがあるらしく、通話を切ろうとはしない。

 

「医療設備の使用、ジェルマの国を足として使用すること……その間の料金は莫大だ」

『わかっている。いくらだ?』

「だが、私にはこれを割引く権限もある」

『……私に何をさせたい?』

 

 ジャッジの思惑に気付き、カナタは金を支払って終わる話から交渉へと頭を切り替えた。

 

「兵士たちや私の訓練相手と、そちらで開発された最新式の機材を」

『……良かろう。前者はそちらに乗せた部下に任せる。後者は少々時間を貰う。いいな?』

「ああ。それと、優秀な医者がいるのだろう? ──私の妻を診て欲しい」

『……スクラに伝えておく。フレバンスの市民の合間に診察をするようにな』

「……感謝する」

 

 ジャッジは「追って金額を伝える」とだけ伝えると、電伝虫の通話を切った。

 流石のジャッジもカナタとの交渉は精神を使ったのか、金色の仮面を外して僅かに冷や汗をかいた額を拭っている。

 拭き終えたジャッジは気持ちを落ち着けるように深呼吸をし、誰もいない部屋から出る。すると、扉の前には一人の少女が待っていた。

 

「レイジュか。どうだ、お前の見立てでは〝白鉛病〟に能力は通じそうか?」

「はい、恐らくは。でも、これまで訓練してきた生物毒とは勝手が違うみたいで……」

「多少時間をかけても構わん。あの〝魔女〟がこれだけ金をかけ、手間をかけておこなっている事業だ。恐らく何か裏がある。恩を売っておくに越したことは無い」

 

 カナタの事をそれほど多くは知らないジャッジだが、これまでそんな素振りも見せなかった慈善事業をいきなりやり始めるとも思えない。

 何か裏があるのだろうと判断し、恩を売れれば今後役に立つと考えて。

 ジェルマとはかつて北の海(ノースブルー)に君臨した帝国の名だ。

 66日の栄光の後、国土を追われた祖先の無念を晴らすべく今も戦い続けている。

 ジャッジの娘であるレイジュも、数年前に生まれた息子たちも、全てはそのための道具に過ぎない。

 〝白鉛病〟の患者はまだいないが、カルテは手に入れている。毒素を吸い取るだけならレイジュでも可能かもしれないし、そうなれば何かしら利用できるかもしれない。何事も準備をしておくべきだ。

 

「これはチャンスだ。我々が躍進するにあたって、〝魔女〟の力は役に立つ。これを逃す手はない」

 

 ジャッジの胸の内に残っているのは、祖先の無念を晴らすための復讐心だけだ。それが自分が生まれた意味であり、これまで生きてきた全てであるとして。

 妻であるソラと対立してもそれは変わらず、全てにおいて復讐こそが優先される。

 そのために出来ることはすべてやる。

 ……意見の対立する妻を救っても益は無いと理解していながら、それでも助ける術を探そうとする自分を覆い隠すように。

 

 

        ☆

 

 

「おう姉貴! 言われた仕事は終わったぜ!! 連中、案の定大量に持ってやがった。宝石、金属、札束の山! ゼハハハハ!! ちょっとした金持ちの気分だ!!」

「バレないようにやったかって? そりゃあ当然だろ! ツノ電伝虫はちゃんと使ったし、目撃者なんて一人も残してねェ!」

「あんまり電伝虫使った通話で具体的な話をするな? 白電伝虫で盗聴対策はしてんだ、大丈夫だろ!」

「あん? もう次の仕事か。人使いが荒いな……オペオペの実を? バレルズと手分けして?」

「しびれを切らして人海戦術か。ゼハハハハ! だが探すのは北でいいのか? 他の海にもある可能性はゼロじゃねェだろ」

「……北から順番に探す? 手当たり次第にも程があんだろ……あァいや、わかった。文句は言わねェ」

「面倒クセェが……重要なモンだってことはわかってるよ。早く見つかることを祈るばかりだぜ」

 




次話はちょっと飛ばして皆さんお待ちかねの大事件です


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第百二十三話:〝フィッシャー・タイガー〟

サブタイにもなっているけど本人は出てきません


 〝白鉛病〟の治療にあたり始めて一年の月日が経った。

 ジェルマの移動する国土を使い、フレバンスの患者たちを移動させ始めたはいいものの、送り届けるべき場所が融通出来ずに現在もジェルマに留まっている。

 最新式の機材が運び込まれ、多数の医療班が投入されて治療にあたっているが、現在では未だめぼしい成果を上げられていなかった。

 ジャッジも何やら策があるようだったが、悔しそうな顔をしていた辺り上手く行かなかったのだろう。

 北の海(ノースブルー)を回遊しながら延命治療を続けるだけの状況に進展はなく、医療班も多大な労力が必要になって黄昏のリソースを圧迫していた。

 単純労力はジェルマの軍隊を利用することで最低限で済んでいるが、これはこれで黄昏の資金面を圧迫している。

 ──その状況を覆す朗報がカナタの下へと入った。

 

「オペオペの実が見つかったのか?」

『ああ』

 

 ティーチからの報告に安堵の息を吐くカナタ。

 分の悪い賭けであることは承知だったが、人海戦術でひたすらに探し回らせた甲斐があったというものだ。

 それでも一年かかっている辺り、余程見つかりにくい場所にあったのだろう。

 

「誰が見つけた? 褒賞を出そう」

『バレルズだよ。偶然な……褒賞って何出すんだ? 金か?』

「ああ──50億出そう」

 

 『ブーーーーッ!!』と勢いよく何かを吐き出す音がした。

 ティーチは酷くびっくりした様子で大声を出したのに対し、カナタはうるさそうに顔をしかめる。

 

『50億!? 正気か!?』

「それくらいの価値はある。絶対に無くすなよ」

『お、おお……クソ、そう言われると緊張してきたぜ。50億も出すんならおれが見つけたって言えばよかったしよ』

「私の目の前で嘘を吐くようなら張り倒すからな」

 

 カナタの前で同じように下心満載の嘘を吐けば一瞬で見破られていたことだろう。ある意味先にわかって良かったのかもしれない。

 それに、心配せずとも捜索をしていた者たち全員に褒賞は出す。流石に金額は下がるが、それくらいの蓄えはあった。

 海運で出している利益は莫大なのだ。

 

「お前はそのままジェルマに向かえ。オペオペはスクラに食べさせる」

『任せろ。誰が来ても海に沈めてやるよ、ゼハハハハ!!』

 

 言動はあれだが、ティーチの実力そのものはカナタも十分に認めている。まだ荒いところはあるが、あれで幹部としては上位に位置する実力者だ。

 油断、慢心が過ぎるところが(きず)だが……生まれ持った性格は変えられない。それをフォローする人員を配置するのはカナタの仕事だった。

 ともあれ、大仕事が一段落しそうだとカナタは椅子に深くもたれかかる。

 カナタとしてもドラゴンに良い報せを持って行けそうで安堵していた。

 

「……あとは、ジェルマか」

 

 ジャッジの妻──ヴィンスモーク・ソラの容体は聞いている。

 スクラから送られてきたカルテによれば、劇薬を飲んだ影響で様々な影響が出ているという事だが……オペオペの実の力があれば解決できる可能性は飛躍的に高まる。

 彼らの目的は北の海(ノースブルー)の制圧──もっと言うなら北の海(ノースブルー)にある国全てを手中に収めることだ。ドラゴンの目的を考えると、天竜人の代わりに上に立とうとしているとも言えるわけで、カナタとしては出来るなら味方に引き込むべきではない相手だった。

 それでも、今回の一件に関していえば色々な観点からジェルマを利用することが最善と判断したのだが。

 ……それに、ジェルマの戦力は〝戦争屋〟と呼ばれるだけあって強大だ。利害関係が一致するならリンリン・カイドウの同盟を相手取る時に有力な味方足り得る。

 味方と言わずとも、敵に回らないだけの布石は打っておかねば面倒事になるのはわかり切っていた。遅かれ早かれ必要な処置なら、早いに越したことは無い。

 

「……ん?」

 

 電伝虫の鳴る音が響く。

 最近は部下に任せる仕事も増え、権限も与えていることが多く、カナタまで連絡を入れてくることは少ない。

 カイエやスクラからの報告ではない。指定した時間ではないからだ。

 

「…………」

 

 何となく嫌な予感がしながら、カナタは電伝虫の受話器を手に取った。

 

 

        ☆

 

 

『……私だ』

「五老星か。直接連絡を入れてくるとは珍しいな」

 

 カナタは手に持っていたペンを止め、椅子に座り直した。単なる報告ならともかく、相手が五老星では下手な言葉を発すると言質を取られて面倒事になる可能性もある。

 気軽に問いかけるカナタに対し、五老星は酷く重苦しい様子で口を開いた。

 

『今回の一件、君は関わってはいないのかね?』

「今回の一件?」

『とぼけるな』

「そう言われてもな……はて、お前たちに話さず関わった案件なら星のようにある。どの案件の事かな」

『フィッシャー・タイガーの件だ! マリージョア襲撃など、前代未聞だぞ……!!』

 

 これでも随分理性的に話しているのだろう。五老星からすれば怒りが爆発してもおかしくない一件だ。

 カナタは然したる興味も無さそうに手の中でペンをくるくる回しながら、わかり切っていた答えを返す。

 

()()()()

『貴様……!』

 

 五老星も、事ここに至ってまだとぼけるつもりだと思ったのか、口調が荒くなっている。

 カナタは溜息を吐きたい気持ちを抑えながら釈明する。新聞にもまだ載っていない一件だが、カナタは情報の力を侮っていない。各所に網を張って情報を仕入れ続けている。

 事のあらましはおおよそ知っていた。

 

「タイガーの件は私も知っている。マリージョアで暴れて多くの奴隷を解放し、自身もまた逃げおおせたと聞いたからな」

『あの男は一時期貴様の船に乗っていた。今回の件、貴様が指示したものではないのか?』

「馬鹿を言え。あの男は既に私の船を降りた身だ。一度道を違えた相手だし、ここ数年は連絡もない」

『貴様の情の深さも、天竜人に対する敵意も知っている。易々と信じられる言葉ではない』

「では逆に問うが──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 カナタの問いに対し、五老星が沈黙した。

 一度は天竜人を殺害するまでやった女が、奴隷を解放するだけで終わらせるはずがない。悪い方への信頼ではあるが、タイガーの行動が何よりカナタの関与を否定している。

 もしカナタが関わっていればマリージョアは壊滅しているだろうし、今頃は海軍と全面戦争に入っている。

 

『……その言葉を信用しろというのかね。今回の件の黒幕の可能性がある、君が』

「信じられないというのなら好きにしろ。どのみち私を七武海から追放したとしても、困るのはお前たちだけだ」

 

 七武海の特権はカナタにとっても貴重ではあるが、カバー出来ないものではない。マリージョア通行の権利もフワフワの実を手に入れている今となっては価値も薄く、五老星もそれを把握していないはずがなかった。

 世界政府加盟国との正式な取引は無くなるが、表向き無くなったように見えるだけで取引は続く。黄昏に取って代わる海運網など、この海に存在しない。

 それを分かった上でのカナタの言葉は、五老星としても難しい判断を迫られるだろう。

 ああ、だが──と。

 カナタは何を考えたのか、手の中でくるくると回して遊ばせていたペンの動きを止める。

 

「タイガーは道を違えたとは言え、元々私の仲間だ。今回の一件を発端に私の持つ特権を削りたい……そんなところか」

『……だとしたら何だというのかね』

「別に特権を削るくらいは好きにすればいい。マリージョアの通行権など今更不要なものだ。その辺はお前たちも知っているだろう? ()()()()()()()()()()()()()()

 

 黄昏の管理体制は他の海賊と違ってかなり厳しいが、それでも熟練のスパイであるサイファーポールを完全に排除できるわけでは無い。

 防諜には出来る限り気を使っているが、見抜けるカナタもフェイユンも忙しい身だ。監視だけに手を割けない以上、どうしても全てを把握することは難しい。

 それでもあらかた排除出来ているのはそれだけ二人の見聞色が優れているからだろう。

 ……余談だが、ハチノスで脈絡もなくいきなりフェイユンにぶちのめされたり、カナタに捕えられたりする船員が時折出るため、ある種の怪談として船員たちの間で浸透していた。

 

「私は別に構わない。元々不要な立場でもあるしな」

 

 リンリンとカイドウの同盟を前に海軍という敵を増やすのは愚策だが、信じられなくなった味方を背中に置くくらいなら敵に回しておいた方がまだマシだ。

 元より海軍と海賊は敵同士。一時的な共闘関係は築けても長く続くものでは無い。

 七武海を辞めることになれば大手を振って世界政府を転覆させるために動くことも出来る。本当に、どちらでもよかった。

 五老星はやや考え込み、『今はまだそこまでやるつもりは無い』と答える。

 

『君のこれまでの貢献は良く知っているし、未だ〝白ひげ〟や〝ビッグマム〟に〝百獣〟といった大物海賊団が残っている。少なくとも彼らを打ち倒すまでは味方でありたいものだ』

「そうか。では、精々後ろから撃たれないように気を付けねばな」

 

 五老星との話はそれで終わり、カナタは目を細めて今後に思いを馳せる。

 多少特権が失われようともカナタのやることは変わらない。七武海の立場を捨てない限りはこれまで通りにやっていけばいい。

 今はまだ、準備の段階だ。

 つい先日に入ったタイガーのマリージョア襲撃の知らせを受け、赤い土の大陸(レッドライン)の両側に船を出すよう指示を出している。元奴隷の面々が降りてきた後で逃げる手段に困った時、手助けをするためだ。

 もっとも、カナタが報告を受けたのはタイガーが事件を起こした後。それにハチノスからマリージョア付近まで数日かかる。既にどこかへ逃げている元奴隷も多いだろう。

 グロリオーサとジョルジュを向かわせたが、果たして何人連れて来られるか。

 長期的に見ても短期的に見ても損な役回りをしている自覚はあるが、やりたいようにやるのが海賊というものだ。

 一握りでもカナタの役に立つ人材が交じっていれば、と思うしかない。

 

 

        ☆

 

 

 グロリオーサはジョルジュの能力で〝赤い土の大陸(レッドライン)〟を越え、シャボンディ諸島でマリージョアから逃げ出した元奴隷たちを捜索していた。ジョルジュは新世界側、グロリオーサは楽園側だ。

 天竜人の下に戻すためではなく、逃がすために。

 仕事も住む場所も提供できるが、彼らからすればカナタ率いる黄昏は七武海という名の政府の狗──どこまで信用してもらえるか、という疑念はあった。

 カナタからもその辺りの懸念は聞いていたが、実際に到着してみればその通り。

 他の滞在している海賊たちはそそくさと身を隠し、後ろ暗いことがあるものは誰もが目を背ける。一々問い質していたのでは日が暮れてしまうだろう。

 これは困ったと、グロリオーサは部下に捜索させつつ自分も捜索に出た。当てはないが、この島で一番情報通な人物を知っていたからだ。

 相変わらず客からボッタくっているのだろうかと思いながら、店の扉を開けて中に入る。

 

「入るぞ。いるか、シャッキー」

「いらっしゃい……あら、グロリオーサじゃない! 久しぶりね」

「うむ。久しいな、シャッキー……そっちの男は客か?」

「いえ、何年か前からここに居候してるの。時々ふらっといなくなるけどね」

 

 白髪交じりの壮年の男は酒に酔いつぶれているらしく、机に突っ伏して眠っていた。

 昔と全く変わらない姿のシャッキーは、笑いながら「グロリオーサも知ってる人よ」と言いながらお茶を差し出してくる。

 グロリオーサは礼を言いながら視線を向けるも、座った席からは後頭部しか見えないので誰かまでは判別できなかった。

 

「ふむ……気にはなるが、それはまた後でよい。実はちょっと気になることがあってニョう」

「貴女が来たってことは、黄昏の海賊団関連? そうね……ここ最近で一番大きな事件と言えば、フィッシャー・タイガーのマリージョア襲撃の件よね。ここに来た理由はそれ関連?」

「うむ。話が早くて助かる。タイガーの手引きで逃げ出した元奴隷たちニョ逃げ場を作るために来たニョだが、中々うまくいかなくてニョう」

「そうね。カナタちゃんが七武海だし、やっぱり政府の差し金で探しに来たって思うんじゃないかしら」

「やはりか……」

「でも、当てと言えば一つ──」

 

 グロリオーサの視界の端で寝ていた男がピクリと動いた。

 緩慢な動作で起き上がると、白髪交じりの金髪をオールバックにしてグロリオーサの方を向く。

 見覚えのある顔に、グロリオーサは思わず目を丸くした。

 

「レイリー!? おニュし、何故ここにいる!?」

「あら、起きたの? レイさん」

「うむ……懐かしい名前が聞こえたものでな。悪いが水を一杯貰えるか」

 

 朝から飲んでいたのか、あるいは朝方まで飲んでいて今まで机で寝ていたのか、レイリーは頬に赤い跡を付けたままシャッキーにコップ一杯の水を貰う。

 グイッと一飲みし、調子を取り戻したようにグロリオーサに焦点を合わせた。

 

「……おお!? グロリオーサじゃないか! 久しぶりだな、元気にしていたか?」

「遅いわ!!」

 

 今更気付いたらしく、レイリーは笑いながら席を移動する。当たり前のように片手に酒瓶を持っている。先程まで酔いつぶれていてまだ飲むつもりかと思ったが、どうやら中身が空だったようだ。

 シャッキーに窘められ、グロリオーサと同じようにお茶を頼むレイリー。

 

「いやァ、はっはっは。本当に久しぶりだ。カナタも元気か?」

「ああ、みんな元気にしておる」

「彼女も今や七武海になって海運やらなにやら手広く商売をしていると聞く。シキを倒し、〝ビッグマム〟とやり合うほどに勢力が拡大した。彼女も立派になったものだ……」

「カイエちゃんも元気? 何年も前に手配書が出てるのは見たけれど、今はもう少し大人になったでしょう?」

「あニョ子は今、北で仕事中だ。背も伸びて美人になっておるぞ」

「そう……覚えていないかもしれないけれど、いつか連れてきてね。大人になったあの子に会ってみたいもの」

「そうだな。あニョ子の仕事が一段落したら連れてくるとしよう」

 

 思い出話に花を咲かせていると、店の奥の方でごそごそと物音がしてきた。

 この店は元々シャッキーの一人暮らしだった。今はレイリーが居候しているというが、他にもいるのかと疑問に思うグロリオーサ。

 シャッキーも気付いたのか、「そうそう、紹介しておくわね」と奥に引っ込む。

 奥から連れてきたのは、三人の少女と呼ぶべき年代の子供たちだった。

 

「貴女のお目当ての子たちよ」

「と言うと……マリージョアから逃げて来たニョか?」

「ええ。路頭に迷っていたところを助けたの──レイさんが」

「はっはっは。将来美人になるだろうと思うと、あのまま野垂れ死にさせるわけにはいかないだろう?」

 

 レイリーの女好きが功を奏したらしい。

 当の三人はやや警戒気味だが、レイリーの人の良さゆえか、あるいはシャッキーの面倒見の良さゆえか……ともかく、多少警戒は和らいでいるようだ。

 三人はそれぞれハンコック、サンダーソニア、マリーゴールドと名乗った。

 名前に何かを感じたのか、グロリオーサは三人の出身地を訊ねる。

 

「……おニュしら、出身はどこだ?」

「…………アマゾン・リリー」

「〝女ヶ島〟か!! なんという……まさかここで故郷の名を聞くことになるとはニョう」

「貴女も、女ヶ島の?」

「うむ。事情があって島を飛び出した身ではあるが、今でも故郷はあニョ島だと思っている。しかし、そうか……おニュしら、島に帰りたいか?」

 

 こくん、と頷く三人。

 初めて海に出て、奴隷商に攫われ、売られ、天竜人の奴隷として過ごしてきた。望郷の念は絶えることは無かっただろう。

 グロリオーサは深くため息を吐き、少しばかり考え込む。

 考えていなかったわけでは無いが、やはり故郷へ帰りたいと願うものはいる。カナタはそれでも黄昏のシマのどこかで労働者として働かせるつもりだったようだが、同じ島の出身となるとグロリオーサも思うところはあった。

 賃金を貯めて故郷へ帰るための路銀を稼ぐ、と言う意味での労働者扱いだが、グロリオーサの出身の島なら彼女の一存で船も出せるだろう。

 だが。

 

「果たして、今の女王が受け入れてくれるか……」

 

 女ヶ島は強い者こそが美しく、絶対とされる国だ。奴隷にまで身を落としたハンコック達を受け入れてくれるかどうかは分の悪い賭けと言える。

 一度国を出たグロリオーサは二度と女ヶ島の土を踏めないと思っていたが、彼女たちはそうではない。なんとか温情を引き出して受け入れてもらうしかない。

 と、そこまで考えてはたと気付く。

 カナタに女ヶ島を傘下に加えて貰えばいいのでは? と。

 

「……うむ。よし、何とかなるやもしれん」

 

 女ヶ島は女ばかりの島で、強い者こそが絶対の島だ。外部からいきなりやってきて傘下にすると言っても反発はあるだろうが、カナタなら問題はない。

 強さも美しさも、グロリオーサの知る中で最高峰だ。あとは無理やりにでもハンコック達の滞在を認めさせれば、と考え。

 

「そうと決まれば、まずはカナタに提案せねばな」

「あら、もう行っちゃうの?」

「すまんな、シャッキー。他の島ならまだしも、女ヶ島出身となればわしも思うところはある。この子たちを帰してあげたいニョだ」

「ふふふ、そうね。貴女、そうやって他人を助けようとする人だもの。カイエちゃんの時だってそうだったし」

 

 シャッキーはタバコ片手に笑い、「そこがグロリオーサの良いところよね」と言う。

 マリージョアから逃げた元奴隷たちが他にどこへ逃げたのかをハンコック達に聞いたが、全員捕まらないようにバラバラに逃げたらしく、他の者たちの行方はわからないらしい。

 数日間は捜索に費やすだろうが、その後は一度ハチノスに戻ってハンコック達の事を紹介し、女ヶ島を傘下に加えるよう提案する。

 上手く行けばハンコック達は早急に女ヶ島に帰れるだろう。

 

「共に来るか? 女ヶ島に帰りたいというなら、わしがなんとかしよう」

「帰りたい……です」

「よし、ならば来るがよい」

 

 カナタにとっても女ヶ島を傘下に収めるのは悪い話ではない。受け入れてくれるだろう。

 

「世話になったな、シャッキー、レイリー」

「またね、グロリオーサ。カイエちゃんを連れてくるのを楽しみにしてるわ」

「カナタにもよろしく言っておいてくれ」

 

 シャッキーとレイリーに挨拶をして、四人は船へと戻った。

 



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第百二十四話:九蛇

もうすぐ月姫の発売日です。来週はもしかすると休載するかもしれません。

本誌ネタバレ注意


 ティーチがジェルマに到着して数日。

 スクラにオペオペの実を食べさせ、能力の使い方などを確かめるためにも最低限の時間が必要だった。

 その間は暇だったティーチを始め、バレルズとドレークの親子がジャッジやジャッジの子供たちを相手に訓練相手を務めて時間を潰していた。

 そして今、スクラが重症の珀鉛病の患者を前に手術の準備をしている。

 

「大丈夫なのか?」

「さて、ぼくにも断言は出来ない。悪魔の実の能力は強力で、恐らくこの方法で回復するだろうと考えているが……何もわからない状態からやるんだ。仕方がない」

 

 人体実験と言われようとも、実際にやってみなければわからない。

 今回手術するのは珀鉛病の患者の内、治る保証は無いと事前に説明したうえで名乗りを上げた老人だ。スクラの傍にはフレバンスに住んでいた医者であるトラファルガー氏がいた。

 カルテを提供したことや、彼本人が発症しつつも治療法を探して奮闘しているがゆえに手術中にスクラが気付けないことに気付く可能性を考えて同席している。

 手術前にカルテを再度確認する二人の前で、ティーチは笑っていた

 

「ゼハハハ! オペオペの実が見つかっただけで奇跡みたいなもんなんだ、これでダメなら打つ手はねェな!」

「あなたは何をしてるんですか」

 

 ゴン! と後ろからカイエに拳骨を決められ、タンコブを作ったティーチはそのまま服を掴まれてずるずると引きずられていった。

 二人の邪魔をしているようにしか見えないので無理矢理連れて行ったのだろう。

 呆れた様子でそれを見送るスクラだが、気を取り直してカルテを確認しなおし──トラファルガー医師と共に手術室へと入る。

 手術そのものに慣れはあっても緊張感は抜けない。人の命を預かるという事の重大さを理解していれば、オペオペの能力を初めて使う手術がどれほど緊張するのか想像に難くない。

 

「では始める──〝ROOM(ルーム)〟」

 

 スクラを中心に一メートル程度のドーム状のサークルが出現する。

 このドーム内であればスクラは人体を自在に刻めるし、接合出来る。外科手術に必要なあらゆることがこの空間では可能となるのだ。

 念のために麻酔はしているが、メスで開腹しても血は出ない。

 事前に能力を扱う訓練はしたが、実際に手術でそれを確認すると不思議な感覚になる。いつも起こっていることが起きていない、というのは中々味わえないものだ。

 

「なるほど……肝臓だな」

「目視しなくてもわかるのか?」

「ドーム内を〝スキャン〟し続けて珀鉛病の原因になる成分を調べ続けている。一番蓄積しているのが肝臓だ」

 

 無論、何を探すのかわかっていなければやみくもにやったところで分からない。

 スクラは手早く内臓をかき分け、目的の肝臓を目視出来るように器具で固定する。

 

「さて、問題はここからだ」

「……本当にあのやり方でやるのか?」

「ぼくだってあれを医療とは呼びたくないが、方法はそれしかない。今のところはな」

 

 珀鉛病の影響か、肝臓は白く染まっている。スクラは肝臓を切り分けて内部を視認し、珀鉛病の原因となる物質を()()()()()()()()()()()()()

 通常の手術では絶対に見られない光景だ。医術とは勉強したなら出来るようになるものであるべきで、悪魔の実の能力で治療出来てもこれを医術の範疇に収めるのはスクラとしても思うところがある。

 もっとも、人の命がかかっている以上はつべこべ言っていられない。

 肝臓から引き抜いた白い液体を球状にまとめ、容器に入れて肝臓を接合する。

 能力による切断だったためか、内臓、血管、皮膚全てが血の一滴も流れることなく、切断痕すら残らず手術を終えた。

 

「……内臓が切り分けられた後でくっつくのは、なんだ。奇妙な光景だな」

「安心しろ。ぼくもそう思っている」

 

 恐らく上手くいったと判断出来たためか、軽口を叩く余裕すらあったらしい。

 トラファルガー医師とスクラは互いに拳を突き合わせ、「あとは経過を見るだけだな」と安堵した様子を見せた。

 

 

        ☆

 

 

 手術は上手くいったらしく、被験者となった老人は徐々に回復傾向にあった。

 誰もが希望を見出したことに喜んでいる裏で、スクラはもう一人の患者を診察していた。

 ジャッジの妻──ヴィンスモーク・ソラである。

 

「……半ば手遅れだ。オペオペの力で薬の成分を取り除いても、そう長くは生きられないだろう」

「何とかならないのか!? その悪魔の実はどんな病気でも治せるのだろう!?」

「治療法がわかればの話だ。それに、これは病気じゃない」

 

 どちらかと言えば病気と言うよりも怪我と言うべきなのかもしれない。

 劇薬を飲んだことで体の内部に影響が出ているだけだ。感染するウイルスや菌のせいではない。

 ジャッジは悔しそうに拳を握り、怒りのままにスクラに拳を振るおうとしてそのままスクラに投げ飛ばされる。

 スクラとて黄昏に在籍して長い。最低限の護身術くらいは備えていた。

 

「ぼくに暴力を振るったところでどうにもならない……それに、これは君のせいでもある」

「何だと……!?」

「人体改造など、ロクな結果にならないと想像出来なかったのが原因だ。生まれてきた四人が人間以上の力を持っているのに、母体である彼女に何の影響も無いと思っていたのか?」

 

 ギリギリと歯ぎしりをするジャッジを前にしても、スクラは全く怯まない。

 ベッドに座ってスクラの話を聞いていたソラは、悲しそうな顔をしながらスクラを見る。

 

「……あと、何年生きられるの?」

「長くても10年。突き放すようだが、短くはなっても長くはならないと思っておいた方が良い」

 

 スクラの想定を覆したロジャーという前例もいるが、あれはロジャーの方が特例だ。

 名医であるクロッカスが付きっ切りで病状を把握し、常に薬を投与し続けてなんとか世界を一周した。常人にあれを求めるのは酷と言える。

 それに、ロジャーだって世界を一周するという目標があったから気力が持ったのだ。目的もなく「死にたくない」という一心でどれほどの期間生きていられるかはスクラにも予測できない。

 

「そう……あの子たちが大人になった姿を見ることは出来ないのね」

 

 ソラは仕方がないと言いたげに小さく笑い、「じゃあ今を精一杯楽しまないと!」と空元気に振舞う。

 スクラの手術はこれからだが、オペオペの実の能力も十分に使えるようになっている。手術が失敗することは無いだろう。

 ジャッジは何かを言おうとして口を開くが、何も言葉は出てこずにパクパクと口を開閉させるだけだった。

 最終的にジャッジは怒りのままに足を踏み鳴らし、部屋を出て行った。

 

「……ごめんなさい。あの人、ああいう言葉をうまく伝えられない人だから……」

「謝る必要は無い。あれくらいなら可愛いものだ」

 

 病気だと言っても大人しくせず、航海を続けるためにあらゆる手段を模索した男もいる。スクラの手に余ったが、あれだけのバイタリティは見習うべきところもあった。

 ソラはそういうタイプではないにしても、出来る限り長生きできるように医者として全力を尽くす。

 そもそも、スクラが治療しなければあと数年生きられたかどうかもわからないのだ。多少なりとも長くなった分、少しでも後悔が無くなっていればと思う他にない。

 

「手術は明日行う。心の準備だけしておくように」

「わかったわ、先生。よろしくお願いするわね」

 

 恐怖心もあるだろうに、ソラはにこやかに笑ってスクラを見送った。

 部屋を出たスクラは、視界の端に走ってどこかへ行く金髪の少年を捉えていた。

 

 

        ☆

 

 

 ジェルマへオペオペの実を届けたティーチは数日滞在し、その後ハチノスへと戻ってきていた。

 バレルズ、ドレークと共に久しぶりに会う面々と時折挨拶を交わしながらカナタのいる執務室へと向かう。

 巨人族も入れるようにそれなりの大きさで作ってある扉をノックし、返事を聞く前にドアを開けるティーチ。

 

「おう、帰ったぜ姉貴!」

 

 やや乱暴にドアを開けると、中には四人の女性がいた。一人はグロリオーサだが、残りの三人には見覚えがない。

 勝手知ったると言わんばかりにずかずかと中に入り、振り向いた三人の顔を見る。

 

「ほォ、中々いい女じゃねェか。どうしたんだ、こいつら゛ッ!!」

 

 ゴツーン!! といい音を響かせてティーチが倒れる。頭にカナタのゲンコツを喰らったのだ。

 三人の女性──ハンコック、サンダーソニア、マリーゴールドは自分よりも小柄なカナタの背に隠れるように動き、グロリオーサは呆れたように額に手を当てる。

 バレルズとドレークは律義に部屋の入り口で待っていたので被害はない。

 

「ノックをしたなら返事を待て。礼儀作法をもう一度叩き込まれたいのか?」

「おう……すまねェ……」

 

 頭にたんこぶを作ったティーチは殴られた場所をさすりながら起き上がり、胡坐をかいて座る。

 ハンコック達は相変わらずカナタの後ろにいるが、取り敢えず大丈夫だと思ったのか、そっと視線を向けていた。

 カナタは執務室に置いてある来客用のソファに腰かけ、対面にティーチ達三人を座らせる。

 

「まずは労いを。フレバンスの王族の件、それとオペオペの探索、運搬。ご苦労だった。褒賞は用意してある。額が額なのでな、後でジョルジュの下へ行って受け取ってくれ」

「おう! 姉貴も人使いが荒くなったもんだ! 次の仕事はあんのか?」

「いや、お前たちはしばらく休みだ。休みと言っても自由に動いていいわけでは無い。私が留守の間、ハチノスの防衛を任せる」

「なんだ、どこか行くのか」

「女ヶ島にな」

「女ヶ島! 女ばっかりいるって島か! 本当にあるんだな、ゼハハハハ!!」

 

 大口開けて笑うティーチ。バレルズとドレークも褒賞の金額を聞いて目を白黒させている。バレルズなど手にしたことのない大金にドレークと目を合わせて驚くほどだ。

 

「50億……そんな大金、一生使いきれねェなァ」

「どうすんだ親父。引退するのか?」

「いや、おれはわざわざ海軍辞めてここに来たんだ。動けなくなるまで働くつもりだがよ……」

 

 突然手に入った金の使い道に困っているらしい。

 その辺はおいおい相談すればいいとカナタは言い、カナタが戻るまでハチノスの防衛に努めるようにと告げた。

 

「任せろ。怪しい奴は片っ端からぶっ飛ばしてやるよ!」

「フェイユンも残っている。スパイかどうかの判断はあの子に任せろ。余計なことをしたら海に叩き落すからな」

「ひでェなオイ!?」

 

 ティーチの見聞色はあまり信用されていなかった。

 それはともかく。

 

「先も言ったが、女ヶ島に行く。〝赤い土の大陸(レッドライン)〟を越える必要があるのでジョルジュは連れていく。それとどうしてもついていくと言って聞かなかったスコッチもな」

「わしも同行する。わしニョ出身地でもあるからな」

「なんだ、婆さんは女ヶ島出身だったのか」

 

 あまり出身地などを気にしないのでわざわざ聞くことも無かった。だが、九蛇海賊団と言えば精強な海賊という事で有名だ。

 グロリオーサも元皇帝で賞金首である以上、ある程度情報は出回っている。単にティーチの興味が無かっただけなのだろう。

 

「傘下に加えるのか?」

「予定ではな。色々と面倒事にはなりそうだが……強さが絶対視されるのはどこも同じだ」

「じゃあ大丈夫だろ。姉貴以上にヤベェ女なんていねェよ」

 

 ゴツーン! と二度目のゲンコツが落ちた。

 

 

        ☆

 

 

 〝赤い土の大陸(レッドライン)〟を越え、〝凪の帯(カームベルト)〟の中へと船を進める。

 女ヶ島〝アマゾン・リリー〟は〝凪の帯(カームベルト)〟の中にある珍しい島だ。大型の海王類の巣であるため、滅多に船が通ることは無く、また居場所がわかっても海軍が手出しをしにくい場所であった。九蛇海賊団は遊蛇(ユダ)と呼ばれる巨大な海蛇に船を引かせているため、大型の海王類に襲われることは無い。

 最近は船底に海楼石を敷き詰める軍艦が出始めたので完全に大丈夫とは言い難くなっているが、それでもまだ数は少ない。

 黄昏でも同じように海楼石を敷き詰めた船を造ってはいるが、海軍ほど造船に力は入れられていなかった。

 ふよふよと浮かぶ船の上で島を視認すると、「ビバ、女ヶ島!」とスコッチが叫ぶ。

 

「ご機嫌だな、スコッチ」

「おうよ! 夢にまで見た女ヶ島! これが行かずにいられるかってんだ!!」

 

 女好きのスコッチとしては気になって仕方ないのだろう。ある種伝説の島でもある。

 九蛇海賊団はかなり長い歴史を持つ海賊でもあり、噂が一人歩きしているところもあるのだろう。

 気になることがあればグロリオーサに聞くのが一番早いが。

 

「九蛇海賊団か。噂は常々聞いている。精強な海賊なのだろう?」

「うむ。船には島の中でも選りすぐりニョ戦士たちが乗っているゆえ、強いぞ。()()()()()使()()だ」

「全員!? それはまた……凄いな」

 

 覇気を扱うのにも才能がいる。船にいるのが選りすぐりという事は、島にはそれ以上に覇気使いが潤沢にいるという事でもある。戦った際の被害を思えば海軍が手を出さないのも頷けた。

 総数で言えば黄昏の方が覇気使いは多いのだろうが、戦力として貴重な存在でもある。是が非でも味方に取り込みたい相手だった。

 

「何か注意しておくことはあるか?」

「文化が違うニョは、まァお主なら心配あるまい。強さがあれば一目置かれるニョは女ヶ島も同じじゃからな」

「そうか。穏当に話し合いで済めばいいが」

「無理じゃな。戦って勝たねば話し合いにすらならん。そういう相手だと考えておいてくれ」

「そうなのか……他に気を付けることはあるか?」

「あとは……そうじゃな。男子禁制じゃ。島に入ると処刑される」

 

 グロリオーサの言葉にスコッチが膝から崩れ落ちた。

 

 

        ☆

 

 

 女ヶ島〝アマゾン・リリー〟

 島の中央には壁が作られ、その中に街がある。そこ以外は全てジャングルになっており、野生動物が非常に多く生息していた。

 いじけたスコッチを放置してまずはグロリオーサとカナタのみで街を目指し、途中から九蛇の戦士たちに見張られつつ城壁の入り口に辿り着く。

 グロリオーサが国を出てから相当な年数になるが、年老いてもグロリオーサの事を知っている者はそれなりにいる。元皇帝である以上、顔が知られているのはある意味当然ではあったが。

 ひとまず現皇帝に謁見することは出来るらしく、トントン拍子にことが進んでいくのをカナタは傍目に見ているだけだった。

 

「……話し合いで何とかなりそうじゃないか? 略奪行為で生計を立てているのなら、その労働力と引き換えに私たちで生活物資の供給をするだけでも利害は一致しそうだが」

 

 基礎戦闘力はともかく、覇気使いと言うのは魅力的だった。

 労働力と言うよりも戦闘員としての働きが期待できる。まだ取らぬ狸のなんとやら、ではあるが。

 足早に皇帝のいる部屋へと案内される。四方を九蛇の戦士たちで固められており、怪しい動きをすれば即座に捕らえるつもりなのだろう。

 カナタはさして気にした様子もなく部屋に入り、中で玉座に座る九蛇の皇帝を見た。

 美しい女だ。この国では珍しい白髪の女性でもあり、鍛え上げられた筋肉をこれでもかと見せつけている。

 

「グロリオーサ。ふん、先々代皇帝か。今更この国に戻って何をするつもりだ?」

「……()()()? 九蛇の皇帝と言うのはしょっちゅう変わるのか?」

「先代の皇帝はシャッキーじゃぞ」

「何!?」

 

 カナタにとっても驚愕だったのか、目を丸くしている。

 思うところは色々あるだろうが、これでは話が進まない。カナタは後で話を聞くことにし、気持ちを切り替えて一歩前に出て皇帝に話しかける。

 

「初めまして、九蛇の皇帝。名を聞いても?」

「アザミだ──貴様、見たことがあるな。七武海の女か。何の用だ?」

「紹介の手間が省けたようだな。私は九蛇海賊団を傘下に収めるためにこの国に来た」

 

 カナタが言葉を発した瞬間、あらゆる場所から敵意が発された。

 九蛇の皇帝を前にしての大言に戦士の誰もが怒りを抱いた。

 カナタは気にすることなくアザミに視線を集中させ、アザミもまたカナタをじっと見つめる。

 数秒、硬直があり──互いの覇王色が衝突した。

 

「ぬおっ!?」

 

 グロリオーサが咄嗟に足を踏ん張り、二人の覇王色に()()()()()()()()気を張って構える。

 ビリビリと空気が震え、周りにいた九蛇の戦士たちも一部を除いて倒れていた。選りすぐりの戦士を除けばカナタとアザミの覇王色には耐えられなかったのだろう。

 

「……ふん、噂にたがわぬ実力のようだ。だが、この国は私の国だ。従えたければ力を示せ!」

 

 アザミは玉座から立ち上がり、カナタ達を連れて闘技場へと移動する。

 久々の戦闘にカナタもやる気をだし、闘技場の真ん中で相対する。

 ──互いに覇気を纏った武器が衝突し、衝撃が島を駆け抜けた。

 

 

        ☆

 

 

 結果だけを見れば、二人の戦いはカナタの勝利に終わった。

 強き者こそ美しく、誰よりも美しいものが皇帝の国である。アザミもまたその強さを認め、傘下に収まるのであればとカナタに女ヶ島の皇帝の座を譲り渡した。

 とは言え、カナタも忙しい身だ。この国に居を置くわけでは無く、傘下として九蛇海賊団を手にしたいだけである。

 なので、皇帝としては君臨するも引き続きアザミに皇帝代理として女ヶ島を治めてもらうことにした。

 優秀な戦士を数名選び、カナタ直属の部下として引き抜いたのちに直々に鍛え上げる。拡大するリンリンとカイドウの勢力に対抗するため、〝ワルキューレ〟と呼ばれる部隊を作り上げるための準備である。

 順調にやるべきことをやったカナタはハンコック達をアザミに預け、島を後にした。

 




サンジとカイエで料理の話とかチラッと書こうと思ったこともあるんですが、カイエの身長が設定上3mくらいなのでぱっと見最近流行の八尺様(約2.4m)とショタになりかねないなぁとか思いつつ没に。

感想とか評価貰えると嬉しいです。


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幕間 オルビア/ジョルジュ

書くことが思い浮かばなかったのでトンチキ回です


 九蛇海賊団を傘下に収めて半年ほど経ったある日の事。

 オルビアは難しい顔をしながらハチノスの砦内部を移動していた。

 彼女にしては珍しく険しい表情なのは理由があり、それに関する相談をするためにカナタの下へと向かっているのだ。

 ハチノスはいつも人が多い。見知った顔も見知らぬ顔も忙しそうに移動している中、オルビアは目的の部屋に辿り着く。

 僅かに逡巡し、でも大事なことだからと意を決し、しかし控えめなノックをして中を覗き込む。

 カナタは白電伝虫に繋いだ通常の電伝虫と映像電伝虫を使い、各地に散っている責任者たちと会議中のようだった。

 出直した方が良いか、と扉を閉めようとしたところ、部屋の中から「入っていい」と声がする。

 

「会議中でしょう? 私の用件は急ぎじゃないから、また後でも構わないけれど……」

「すぐに終わる。ソファにかけて待っていると良い」

 

 オルビアは言われるままに来客用のソファに腰かけ、「紅茶は好きに飲んでいい」と言われたのでティーカップへと紅茶を注ぐ。

 カナタが会議中に飲むために用意されたのだろう。オルビアはそれほど紅茶には詳しくないが、カナタの部屋に用意されているものが一級品であることはわかった。

 何というか、食堂で出されているものと比べて明確に香りが違う。王侯貴族用に取引している茶葉を個人的に手に入れているのだろう。

 ちらりとカナタの方に視線を向けると、手元の資料に目を通しながら各地の責任者から報告を受けていた。

 

東の海(イーストブルー)の売り上げが悪いな。何か問題が起きたか?」

『はい、原因として、海軍の治安維持が予想よりも上手くいっているためか海賊被害も少なく、我々を通すことなく取引を行うため海運業での売り上げが想定を下回っていると考えられます。また、付近では近年〝赤髪海賊団〟が活動しており、他の海賊たちも鳴りを潜めていると分析しています』

「赤髪……シャンクスか。それにあの海はガープが頻繁に通っている。平和の象徴とはよく言ったものだが……まぁその辺りの事情があるなら仕方ないだろう。別の分野で補うほうが建設的だ」

『近頃はゴア王国から高級品の取引量を増やすよう要望が来ていますが、いかがいたしますか』

「見栄のために金払いは良い連中だ。要望通り取引量を増やしていい。最近はフレバンスが崩壊した影響で新しい美術品の開拓に余念がないようだしな」

 

 珀鉛を使用した美しい陶磁器などは非常に高く売れていたが、黄昏はフレバンスの製品には手を出していない。

 珀鉛病の影響もあって今や新しく手に入らないため、多くの王侯貴族は次のトレンドを探して様々な美術品に手を出していた。各地から集めた品質のいい品物なら王侯貴族の目に留まるものもあるだろう。

 そうでなくとも食料品や高級な茶葉などは売れている。量を増やしてやればそれだけ買ってくれるいい取引相手だ。

 

「赤髪に関しては留意しておくが、基本は放置でいい。うちの船に手を出すような男ではないし、むやみに秩序を乱すつもりも無いだろう」

『はい、了解しました』

「西と南については特に問題ないな?」

『こちら西ッス。特に問題ないッス』

『南の担当者ですー。ここ最近は天気が良く、食料の生産がやや過剰になりつつあるみたいでして……加工品に回していいでしょうかー?』

「加工品の裁量は任せる。日持ちするならこちらで引き取ってもいいし、捌けるようならそちらで捌いてもいい」

『ありがとうございますー。食料品は捌けると思いますが、やはり量が過剰なので値段が下がるかとー。どこかに回したほうが利益は確保できるんじゃないかなーって思います』

北の海(ノースブルー)でいくつかの島に戦争の動きがある。そちらに回せば食料は高値で捌けるはずだ」

『こちら北の担当です。その件ですが、出来れば武器も流して欲しいと秘密裏に注文を受けています。利益は上げられますが、こちらでやってもいいですか?』

「うちは武器の取り扱いは基本的にやっていない。ジェルマに話を流してやれ」

 

 黄昏は基本的に食料品や嗜好品などでの取引が多い。武器の取引をするなら工場が必要だし、大本の鉱石なども大量に必要になる。

 だが、作って自分たちで使うならともかくどこかに流してはリンリンやカイドウに渡る可能性もあるし、自分たちの首を絞めることになる可能性がある。

 武器の供給は出来る限り絞っておくべきだった。

 代案として戦争屋であるジェルマへ話を通しておけば、ジャッジが勝手に判断するだろう。他人の戦争に介入する気などカナタには無かった。

 

『戦争の勃発はまだですが、治安の悪化が懸念事項かと』

「北には今カイエがいる。必要なら船団の護衛に回して構わない。フレバンスの件はスクラがいれば問題はないし、護衛はそれなりに数を残しておけばいいだろう」

『わかりました』

「楽園担当。報告を」

『はい、こちら楽園担当でございます。多くの島では問題なく海運での売り上げを記録しています。ただ、少々海賊の数が増えすぎて取引先の島の治安が悪化しているようでございます』

「海軍に発破をかけるが、連中は動きが鈍い。必要ならこちらの軍を動かすが……そうだな。今ならティーチが暇だ」

『……彼は少々やりすぎるきらいがあるので、出来ればもう少し被害を出さない方をお願いできますか』

「ふむ……まだ新設したばかりだが、私の直属の部下だけで構成した実力者の集団がいる。彼女たちを向かわせよう」

 

 九蛇海賊団から実力があるために黄昏へとスカウトされた面々がいる。名を〝戦乙女(ワルキューレ)〟と呼ぶ集団だ。未だ少人数だが、カナタが手ずから鍛錬をしているので実力はそれなりにあると判断してもいい。

 それに、日和と千代の実戦経験にもいいだろう。

 ……女ばかりの集団なので恐らく同行するであろうイゾウや河松は居心地が悪いだろうが、そこは我慢してもらうしかない。

 

「ウォーターセブンの海列車の開発状況はわかるか?」

『ほぼ完成しているようでございます。しかし、こちらの事業を支援してもよろしかったのですか? 私たちにとっては商売敵のようなものでございますが』

「海列車一台で運べる荷物の量などたかが知れている。あちらの方が足は速いが、量産して私たちの海運業に割り込むにはコストとリターンが合わない」

 

 人と荷物を運んで島と島を結ぶ海列車は確かに便利だが、現状トムたちが作った一台しかない。彼らの技術は誇るべきだが、高すぎる技術は量産が難しいという欠点もあった。

 線路も敷く必要があるので易々と航路を増やすことも出来ず、一台で運べる人と荷物の量にも限界がある。黄昏の海運業を脅かすには至らない。

 

「所詮はウォーターセブンと周辺の島いくつかを結ぶだけの航路だ。もう少し数が増えれば話は変わってくるが、運航するにも運行表(ダイヤグラム)の作成が必要だしな」

『で、ございますか……』

 

 あまりよくわかっていないのか、楽園の担当者は生返事だ。

 

「海列車は便利だし、今のところは私たちにも利益がある。トムには資金や資材を支援する代わりに海列車の図面をコピーすることを了承してもらっているから、今後はこちらで作成することもあるだろう」

『海列車を作るのですか?』

「今のところは予定だけだ。ロムニス帝国内に陸路の列車を充実させてからだな」

 

 ハチノスからほど近い位置にあるロムニス帝国は黄昏との結びつきも強い。国内を走る列車は経済を回す、あるいは軍隊を動かす動脈となり得る。

 第二の拠点として整備を進めている今、移動する手段の充実は急務だ。

 カナタ自身、海よりも陸の方が専門でもあったためか、計画は急ピッチで進められていた。

 

「最後は私から新世界の状況だな。経済は順調、利益は十分に確保できている。リンリンやカイドウ、ニューゲートも今のところは大々的に動くことも無いようで戦争の兆しはない。しばらくは安泰だろう」

 

 カナタの報告を最後に各地の責任者との情報共有を終え、会議は終わりとなった。

 映像、通話を切断して一息つき、紅茶を飲む。

 ここのところ忙しそうだからと考えて会っていなかったが、オルビアの予想は当たっていたらしい。

 

「……やっぱり忙しいのね」

「いつものことだ。情報共有はこまめにやった方が余計な手間が生まれずに済む」

「そういうものなの? 私はよくわからないけれど……」

「考古学の論文だってこまめに添削してもらった方が間違いは見つけやすいだろう。それと同じだ」

「そうかしら……」

 

 それで、とカナタは視線をオルビアに向ける。

 珍しく執務室にまで押しかけてくるのは何か用があったのではないかと問いただした。

 オルビアはやや視線を泳がせ、「実は」と口を開く。

 

「ロビンと喧嘩したの」

「……珍しいな。お前たちは仲のいい親子だと思っていたが」

「そりゃ親子でも喧嘩くらいするわよ」

「そうか」

 

 カナタはあまり興味も無さそうに紅茶を飲んでいる。両親ともにあれなので思い出そうともしていない。

 とは言え、相談に来たなら話を聞かないことには始まらないと、まずは事情を聞くことからにした。

 

「私が海に出てたのは知ってる? 歴史の本文(ポーネグリフ)を探して海を巡っていたの」

「ああ、最終的に海軍に捕まったと言っていたあれか。何か関係があるのか?」

「ロビンも海に出て歴史の本文(ポーネグリフ)を探したいって言い出したの。私は危ないから反対してるんだけど……」

 

 母親としては危険なことをして欲しくないという気持ちがあるためか、強い口調で止めるように言ったらしい。

 しかし、ロビンも意見を曲げる気は無く、オルビアだって海に出て探していたのだから止める権利はないと言われたのだとか。

 どちらの言い分も理解できるが、カナタとしてはロビンの意見に賛成だった。

 

「子はいつか巣立つものだ。親が縛り付けていては成長するモノもしない。受け入れてやればいい」

「そんな他人事みたいに……」

「ただ、今のまま旅立つのは確かに問題だ。この海で生きていけるだけの知識と力を最低限つけさせてやる必要がある」

 

 あるいは彼女の身を守る護衛が必要だ。歴史の本文(ポーネグリフ)を探すという事は世界政府と敵対することを意味する。海軍本部の戦力を差し向けられることだってあるだろう。

 生半可な覚悟では生き残れない。

 カナタが護衛を付けてもいいが、黄昏の幹部格が護衛についていては政府に弱みを見せることになる。歴史の本文(ポーネグリフ)を探す動きは、出来れば政府に悟られたくなかった。

 

「しばらくはロビンに護身の手ほどきをしてやろう。ある程度身を守れるようになれば送り出してもいい」

「危険な目に遭うかもしれないのよ? 送り出すなんて……」

「ロビンだってもう15歳になる。私だって15の時にはセンゴクから逃げる程度は出来たものだ」

「あなたと一緒にしないで頂戴」

 

 ぴしゃりと言い放つオルビアにカナタも肩をすくめるばかりだ。

 時計を見ればもう昼になる。続きは昼食を食べながらにしようと、二人は部屋を出て食堂へ向かう。

 カナタは普段執務室に届けてもらっているが、たまに食堂に顔を出すこともある。先に一報入れておけば準備をしてくれるだろう。

 食堂はがやがやとうるさいが、奥に行けば静かなVIPルームもある。そちらに行けば会話も聞かれない。

 

「第一、一度は子供を置いて海へ出たオルビアがロビンを止めるのは少々無理があるのではないか?」

「それは私だって悪かったと思ってるけれど、でも亡き夫の願いでもあったのよ?」

「聞く限りではその際に預け先の人選を間違えたとしか──」

 

 ぴたりとカナタが足を止めた。

 食堂へ向かう途中の通路だ。何かあったのかとオルビアはカナタの頭越しに前を見るが、何もない。

 どうしたの、と聞く寸前。

 壁が大破して何かが廊下に飛び込んできた。

 

「きゃあっ!? な、なに!?」

 

 びっくりしてしゃがみ込むオルビアと、破片を手で弾いて壁の穴を見るカナタ。穴の奥からは誰かが覗き込んでいるのが見えた。

 ハチノスの砦内部でも高層に位置するこの場所で目が合う相手など限られている。

 フェイユンだ。

 

「あ、カナタさん」

「フェイユン、何事だ?」

「えへへ、こそこそ何か調べてるのを見つけたので何してるか聞いたんですけど、急に逃げ出したので。思ったより弱かったからちょっと叩いただけで飛んで行っちゃいました」

 

 恥ずかしそうに笑うフェイユン。

 カナタは呆れた顔をすると、倒れている男に視線を戻す。血塗れで気絶しているらしく見聞色で探っても〝声〟は聞こえない。

 どんな思惑でここに来たのかは知らないが、フェイユンの悪意を察知する見聞色はカナタよりも優れている。少なくとも手違いと言うことは無いだろう。

 倒れている男はカナタよりも随分大柄だったが、カナタは片手で持ち上げて壁の外にいるフェイユンへと投げ渡す。

 

「ジュンシーが訓練場にいるはずだ。適当に尋問して情報を吐かせるよう伝えてくれるか?」

「わかりました!」

 

 元気よく返事をしたフェイユンは男を片手で掴んで訓練場の方へと歩いて行った。

 フェイユンがああしてスパイを見つけるのはいつものことだが、せめて壊さないようにやってもらいたいとカナタは思う。

 それで躊躇してスパイを逃がしても面倒なので特に何かを言うことは無いのだが。

 

「……あの子、いつもああなの?」

「そうだな。仕事熱心だ」

「仕事熱心って……あなたがいいならいいけれど……」

 

 何か言いたげな様子だったが、オルビアは言葉が見つからないのか、結局口をつぐんだままだった。

 

 

        ☆

 

 

 空島、〝スカイピア〟

 かつてオハラと呼ばれた島を空に持ってきたことで空島の住人達はそちらに移り住み、かつて〝ジャヤ〟と呼ばれた土地から追い出された原住民〝シャンディア〟はかつての故郷に戻っていた。

 神の住む土地〝アッパーヤード〟と称されるその土地には様々な謎があり、考古学の分野から見てかなり貴重な資料が見つかると思われるため、シャンディアの酋長とスカイピアの長であるガン・フォールが交渉していた。

 だが、交渉は上手くいっていない。

 若い者たちほど強情に「余所者に足を踏み入れさせるわけにはいかない」と言い、調査で上陸することを拒んでいるためだ。

 無理に上陸しても襲撃される恐れがあるため、黄昏の面々もスカイピアの住人も無理に立ち入ろうとはしていなかった。

 生活する分にはオハラの土地だけで充分なので必要なかったこともある。

 そんな中、カナタは(ダイアル)を使って何か出来ないかと考えて色々と試行錯誤していた。

 雲貝(ミルキーダイアル)炎貝(フレイムダイアル)衝撃貝(インパクトダイアル)──多様な(ダイアル)があれど、カナタが注目したのは風貝(ブレスダイアル)。延いてはこれを使用したウェイバーだった。

 つまり──競艇(ボートレース)である。

 

「割と盛況だな。やっぱどこもかしこも娯楽にゃ飢えてんのかね」

「あ、あっちで出店やってますよ!」

「お、わしたこ焼き食べたい!」

「大人しくしてろガキども!」

 

 レースが始まるまでまだ時間がある。〝戦乙女(ワルキューレ)〟の面々を楽園側に移動させるついでに様子を見てくるよう頼まれたジョルジュは、気を抜くとどこかに走っていこうとする日和と千代の二人を連れてレース会場の本部へと向かっていた。

 二人とも猫のように首根っこを掴まれている。迷子にならないための処置だった。

 普段面倒を見ているイゾウと河松はすぐに二人を甘やかすのであまり当てには出来ない。

 

「クッソ、結婚もしてねェってのにガキが出来た気分だぜ……」

「たこ焼き買ってくれパパ」

「誰がパパだ! あとでイゾウなり河松なりに頼め!」

 

 ぶーぶーと文句を言う二人を連れ、ジョルジュはガン・フォールが待機している本部のテントに入る。

 中にはシャンディアの酋長もおり、和気あいあいと談笑していたらしい。下の関係性は最悪だがトップ同士などこんなものだ。

 

「おお、ジョルジュ殿。よく来てくれた。かぼちゃのジュースでもどうだ?」

「ありがたく貰う。ガキの面倒見るってんで疲れちまってな……」

 

 日和と千代の二人もかぼちゃのジュースを飲んで舌鼓を打っている。どうやらお気に召したらしい。

 ジョルジュもジュースを一口飲み、「これ特産品で売ってもいいんじゃねェか」と思っていた。とは言え、これらはアッパーヤードの土地があっての作物らしいので量産は難しいかもしれない。

 オハラは土地の質が違うので同じようにはいかないのだ。

 

「ウェイバーレースの準備はどうだ?」

「うむ。最初はどうかと思ったが、これはこれで皆楽しんでおる。空には娯楽が少ないのでな、いい刺激というものだ」

「シャンディアの若い衆も興味はあるようだ。これでわだかまりも無くなってくれればよいのだが」

 

 上手くいくかどうかは賭けだ。互いに対する悪感情は吹き溜まりのようになっている。これを解消するのは並大抵のことでは難しい。

 ……もっとも、カナタはあまり興味はなく、単に使えそうな娯楽を生み出しただけなのだが。

 

「ここで好評なら下でもレースを開催するつもりだ。だが、ウェイバーってのは中々難しいんだろ?」

「10年かけてようやく乗れるようになったというものも珍しくない。空の者にとっては必要な技能でもあるし、他に娯楽も無いので練習を積めば大抵の者は乗れるのだがな」

「カナタは初見で乗ってたが」

「それは吾輩にもわからぬ」

 

 波を読む目。風を読む航海術。船型やスケート型のウェイバーでバランスを崩さず乗りこなす身体能力。羅列すればどれもカナタに出来ることだが、普通は易々と出来ることではない。

 実際サミュエルは挑戦して何度も失敗している。

 カナタはと言えば、当たり前のような顔で一発成功させたので皆驚いていた。彼女の場合は失敗しても凍らせれば海に落下しないので恐怖心も無いのかもしれないが。

 「オフロードバイクよりは簡単だったな」とは本人の談である。

 

「まァいいや。このレースは賭けありなのか?」

「少額ならば認めている。カナタ殿に意見を聞いたところ、劇薬になるから程々に収められるようにしておけ、とのことだったのでな」

 

 これまで碌な娯楽が無かったところに賭け事など持ち込めばのめり込んで破産する者が出るのは容易く予想できた。

 ある程度制限を付けて慣れさせるところから始めるのが一番だ。それでもハマる者はハマるので遅延策にしかならないが。

 話し込んでいると随分時間が経っていたようで、レース開始までもう間もなくという時間になっていた。

 

「よし、じゃあ一度レースを見てみるか」

「千代ちゃん起きて、話は終わったみたいですよ」

「ふがっ! おお、終わったのか」

「ぐーすか寝やがって、気楽なもんだぜ」

 

 ソファで寝こけていた千代を起こし、三人はガン・フォールと酋長と共にレース会場に入る。

 雲の海に目印のブイを設置し、広い海上を誰が最速で数周回れるかを競う。ウェイバーそのものの形にはこだわっておらず、ボート型でもスケート型でも好きなものを使えるようになっていた。この辺はまだレースとして整備が行き届いていないので試行錯誤している最中だ。

 レース中の攻撃行為は禁止。レースの妨害をするのも禁止。とにかく基本は普通のレースとして構想している。

 海賊同士ならワイルド級なる階級を作って妨害も攻撃もありのレースも面白そうだと考えているところだ。

 

「レースは一度に八人。登録選手の人数次第で多少は可変する。一回のレースにかかる時間は長くて30分ってところか」

「そんなにかかるんですか? 見たところそう広くもなさそうですが……」

「雷の速度で移動出来るお前と一緒にすんじゃねェよ。楕円形になってる以上、カーブではどうしたって速度を落とさざるを得ないし、そもそも周回の回数も多い」

 

 レースの距離は大雑把に測っているが、短すぎると単に反射神経を競うだけの勝負になるので面白くない。ある程度長ければ技量で巻き返すことも出来るのでレースとしても面白みが出る。

 なるほどーとわかっているのかわかっていないのかよくわからない返事をする日和。

 時間となり、レースが開始される。

 

「お、あのスケート男速いのう」

「後ろにぴったりついた髭の人も速いですね! カーブでもうまく速度を落とさず曲がってますし」

「しかし、やっぱボート型とスケート型は分けた方が良いんじゃねェか? 動き方の自由度に差がありすぎるだろ」

「カナタ殿は『多少レースが荒れるくらいが面白いから構わない』と」

「そういうもんかね……」

 

 だが、確かに車体の重量を使ってカーブをドリフトするボート型と、鋭角にカーブに斬り込むスケート型の勝負は中々に面白い。

 直線では出せる速度に差が少なく、必然的にカーブの技術で競うことになる。波も一定では無いので同じ方法で曲がっても速度には差が出るのだ。

 いつの間にかジョルジュも熱くなって応援していると、レースが終わりを告げた。

 ボートの髭の男が勝利したのだ。

 

「おお……スゲェな。あれだけテクニカルに動けるとは思わなかったぜ」

「見てると結構面白いもんじゃな。ジュース片手に観戦もいいのう」

「ボートとはいえ、船ってあんな軌道で動くものなんですね……」

 

 けらけら笑う千代と目を丸くしていた日和。二人とも面白がっていたので、やはり娯楽としては十分ありなのだろう。

 ……他に娯楽が少ないのもあるが。

 レースとして成り立つには走者が少ないので、もう少し揃ってからになりそうだが……ウェイバーの難易度が高いのが難点だろう。

 乗り手が多いほどレースは荒れて面白くなるが、乗り手を増やすには必要な期間が長すぎる。

 この辺りは課題だな、とジョルジュはタバコを片手にそんなことを考えていた。




ボートレース平〇島のBGMが聞こえてきますね


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第百二十五話:海列車

10月は仕事で使う資格の試験があるので休載する予定です。
あらかじめご了承ください。
場合によっては9月後半から休載する可能性もあります。


 〝古代兵器〟と呼ばれる存在がある。

 遥かな過去。いつ、誰の手によって作られたのかもわからないが、確実に存在するとされる兵器。

 そのうちの一つの名を、〝プルトン〟と呼ぶ。

 現物が残っているとも言われているし、設計図もまた残っているとされ、存在を知る者は強大な力を持つ古代兵器を探している。

 無論、世界政府とて例外では無かった。

 

「〝プルトン〟の設計図──やはりそんなものが存在したか」

「はい。当然この〝設計図〟を嗅ぎ回る海賊もいます。万が一政府以外の誰かの手に渡った場合、もはや政府に太刀打ちする術はありません」

 

 五老星にそう報告するのは、サイファーポールNo.5の長官を務めるスパンダムという男だった。

 今や星の数ほど増えた海賊たちに対し、世界政府こそがこの牙を持って大海賊時代を打ち払うべきだと熱弁する。

 報告を受ける五老星もまた、スパンダムの言葉に一理あると納得する姿勢を示した。

 

「……まずはその設計図を手に入れてからだ。誰が持っているのかはわかっているのか?」

「はい。ウォーターセブンにいる船大工──トムという男が持っていると突き止めました」

「──船大工トムだと?」

 

 ピクリと五老星の一人が眉を動かした。

 聞いた名だ。それもそう昔の話ではない。果たしていつだったか……僅かに考え込むように額に手を当て、思い出した。

 海賊王ゴールド・ロジャーの船を造ったことで死刑判決を下され、しかし海列車という存在を生み出すため特別に執行猶予の措置をとられている船大工のことだ。

 

「海列車のトムか……! なるほど、設計図が代々受け継がれる物ならば確かにあの男ほど相応しい者もいない」

「今までにない概念の移動手段を考案した発想力。それを実現させる腕前。人材としては適切か」

「あの……知っておられるので?」

 

 スパンダムが困惑した声を出す。ウォーターセブンと言う一都市に住む船大工のことなど五老星が知るはずもないと高をくくっていたが、予想に反した反応に困っているらしい。

 五老星は全員が頷いた。

 

「あの男の事は知っている。ある種、現状を変えられる可能性があると期待を寄せているのでな」

 

 海列車はこれまでにない概念の移動手段だ。

 貨物と人を運ぶ新しい船。記録指針(ログポース)を必要とせず、線路を通る度に海王類が嫌がる不協和音を出すことで破壊されることも無い。

 何より、黄昏が幅を利かせている海運業に一石を投じることが出来るのではないかと五老星は期待していた。

 海列車が普及すれば海運は変わる。黄昏に依存しきっている現状を変えられる可能性があるため、トムの動向は五老星としても気にしているところだった。

 

「しかし、そうか……あの男が持っているというのなら無理な真似は出来んな」

「は?」

 

 五老星の言葉に目を丸くするスパンダム。

 〝プルトン〟の設計図を手に入れれば大海賊時代を打ち払える。それだけの戦力が手に入る可能性があるのに、五老星は「無理な真似は出来ない」と言う。

 スパンダムには理解出来なかった。

 

「な、何故です!? プルトンの設計図を海賊が手に入れた場合、もはや我々に打つ手は無くなってしまうかもしれないのですよ!?」

「それこそ〝可能性〟の話だ。古代兵器の事を甘く見ているわけではないが──目前の脅威を打倒できなければ設計図を手に入れようが手に入れられまいが同じことだ」

「古代兵器があれば、かの黄昏ですら討ち滅ぼせるかもしれないのです! これを手に入れずしてどうするというのですか!?」

「今や黄昏の勢力は世界中に広がっている。お前はあの女を討ち滅ぼすというが、たとえプルトンの現物を手に入れてもしばらく戦うことはない」

 

 厳密にいえば()()()()()()()()()

 黄昏の海賊団は海賊だが、同時に世界中で重要な海運を担う貿易会社の一面を持つ。どれほど強大な戦力を手に入れても、海賊のほとんどを討ち滅ぼせても、これまで通り経済活動が行われる保証は無い。

 海賊がいなくなれば黄昏を通すことなく海運を行うことが出来るとしても、偉大なる航路(グランドライン)の海はただでさえ魔境だ。普通に航海して島と島を移動することさえ難しく、現状では貿易のノウハウは全て黄昏に握られている。

 少しずつでもこの状況を切り崩さない限り、世界政府は黄昏と敵対することが出来ない状況にあった。

 

「理解しているか? お前は海賊を打ち倒せば解決だと思っているようだが、事はより深刻だ。トムから無理やり設計図を奪うより、海列車を何台も作らせた方が我々にとっては都合がいい」

 

 何より、黄昏だって他の海賊は邪魔なのだ。海運の邪魔になる相手は容赦なく打ち沈めていることは海軍からも報告が上がっていた。

 他の七武海よりもずっと仕事をしている。離反されて困るのが世界政府である以上、文句など呑み込むより他にない。

 ……黄昏の貿易が上手くいけばいくほど、市民の就職先が増えてやむを得ない理由で海賊になるものが減っているのは何の冗談だと笑い飛ばしたくなるほどだが。

 「ぐ……」と悔しそうに拳を握り込むスパンダム。

 しかし、プルトンの設計図についての懸念事項が消えたわけではない。他の海賊に渡らないようにする必要がある。

 

「お前にはトムの護衛をして貰う。少なくとも海列車を数台作ってもらうまでは倒れられても困るのでな」

「資金、資材はこちらで援助してもいい。黄昏が既に介入しているが、後追いだとしてもなるべく影響力を持っておきたい」

「……わかり、ました」

 

 五老星の指示に対し、スパンダムは歯を食いしばりながら頷いた。

 

 

        ☆

 

 

 ガシャン! と机を蹴り飛ばす。

 スパンダムは自分の思うとおりに事が運ばずに荒れていた。部下も何と声をかけるべきかわからず、互いに顔を見合わせてこの嵐が過ぎ去るのを待つばかりである。

 

「クソッ! クソッ!! プルトンの設計図さえ手に入りゃァ黄昏だって敵じゃねェ!! だってのにあのジジイども!!」

 

 怒りは収まらず、息を荒くしながら手当たり次第に物に当たっていた。

 古代兵器プルトンは島一つを吹き飛ばすほどの大砲があると言われる。どれほど個人の強さが突き抜けていようと、兵器の前に人は無力だ。

 何より、それだけの功績があれば()()()()()()()()

 どうにかプルトンの設計図を手に入れられれば……と考えていると、部屋の扉が開いて誰かが入ってきた。

 

「誰だ! 入っていいと言った覚えは──」

「おーおー、荒れてんじゃねェか。様子を見に来て正解だったぜ」

「お、親父!? なんでここに!?」

「お前が五老星のところから帰って以降、えらく不機嫌だって聞いたんでな」

 

 部屋に入ってきたのはスパンダムの父親であるスパンダインであった。

 オハラの一件で片手を失ったものの、元より現場で戦うタイプの男ではない。類稀なほどの政治的センスでこれまで生き延びてきた以上、片手を失ったくらいで立場を失うようなヘマはしない。

 どかりとソファに腰掛け、「茶ァくらい出せ」とスパンダムの部下に命令し、部下がそそくさと持ってきた茶を一息に煽る。

 

「……で、だ。お前、何を荒れてんだ?」

「それがよ……」

 

 五老星との話を一通り語るスパンダム。

 スパンダインは口を挟むことなくスパンダムの話を聞き、「なるほど」と一つ頷いた。

 

「プルトンの設計図か……なるほど。確かにそりゃあ大事だ」

「だろ!? だってのに、五老星は海列車なんぞの方が大事だとぬかしやがる!」

「落ち着け。おれは五老星の言い分も理解出来るぜ……おれが片手を失ったのは〝残響〟のオクタヴィアって女のせいだが」

 

 オハラで接敵し、当時連れていたCP9の二人をゴミのように簡単に吹き飛ばした女。

 顔を見ているわけではないが、特徴的な金色の髑髏の仮面と言い、中将五人を相手に大立ち回りをした挙句に碌な傷さえ与えられなかったことを考えれば本人と見て良かった。

 ……実際はカナタの変装だったわけだが。

 

「こいつは懸賞金38億……歴代の賞金首の中でも上から数えた方が早いくらいの化け物だ。どんな手段を使ったか知らねェが、そいつを殺したって時点で〝魔女〟の実力は最低限それと同じくらいあるってことくらいわかるよな?」

「まァ……そりゃわかるがよ」

 

 黄昏が七武海に入ってから数年。世界政府としても〝竜殺しの魔女〟などという通り名は不愉快になるだけだと、巷では〝黄昏の魔女〟の名で呼ばれるよう情報操作をされているカナタ。

 スパンダインがオハラで見た、ベルクやサカズキを相手に一歩も引かずに戦うオクタヴィアと同じくらい強いと考えれば……五老星が危機感を抱くのも理解は出来る。

 

「黄昏はその強さに加えて貿易もやってる。五老星としちゃあこいつが一番頭に来てるんだろうな。今やこの海で黄昏がいなくても成り立つのは〝東の海(イーストブルー)〟くらいのもんだ。人間、一度上がった生活のランクが下がることには耐えられねェ。市民どもの不満は世界政府に向くだろう」

「だから、それをプルトンを作って解決するんだよ! 海賊がいなくなりゃあ黄昏だって必要なくなるだろ!?」

「どうだかな。世界中のあらゆる品物をあらゆる海に届ける奴らの手腕は確かだ。必要としている奴は多い……それに、あのバケモノ女の強さは異常だった。古代兵器が復活しても本当に殺せるかどうかすら怪しいぜ」

 

 お茶を催促しながらスパンダインはため息を零した。

 スパンダムは直に見ていないからわからないだろうが、ベルクとサカズキが協力して戦っても碌に傷を与えられないのは絶望的ですらあった。

 あんな女を殺せるような奴になど関わりたくはない。なるべくならスパンダムにも手を引かせたかったが、五老星からの指示ではそうもいかない。

 

「……オクタヴィアと言えば、オハラからオルビアとそのガキを連れて行ったんだったな。サウロ元中将の行方はわかってるが……」

 

 黄昏が保護している可能性を考え、オクタヴィアの死後ハチノスへとサイファーポールを何度か送り込んでみたが……結果は芳しくない。

 サウロは目立つしあまり姿を隠す気も無さそうだったのですぐに発見できたが、オルビアとロビンに関しては全く情報が出てこない。

 五老星にも報告はしているが、「あの女に世界をひっくり返す気などあるまい」と楽観視している。

 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を探す素振りも見せていないし、何よりこれだけの地位、名誉、金を得た以上、確かに世界をひっくり返しても困るのはカナタの方だとスパンダインも納得していた。

 

「ともかく、今のところは大人しく護衛に徹しておけ。護衛の意味はわかってるよな?」

「……監視ってことだろ」

「ああそうだ。事情はどうあれ、トムは重要人物だ。なるべく近しい立場になっておくのが好ましいが……そこまでやれとは言わねェよ。部下にやらせりゃいい」

「面倒なことになったもんだぜ……」

 

 ため息を零すスパンダム。

 本来ならプルトンの設計図を手に入れるため、ロジャーの船を造った罪でトムを連行するつもりだったが……こうなるとそれも出来ない。

 別の手段を考えなければならないだろう。

 

「ああ、それと……海賊王の船を造ったって罪ならとっくに知られてるし、海列車を作ることで帳消しになる予定だぞ」

「知ってたんなら教えろよ!?」

 

 海列車についてあれだけ話題に出しておきながら知らなかったらしい。

 

 

        ☆

 

 

「海列車完成、おめでとーっ!!!」

 

 カテリーナがトムに「今日の主役」と書かれたタスキをかけ、派手にパーティ用のクラッカーを鳴らす。

 トムの会社──トムズ・ワーカーズに勤めるアイスバーグとフランキー、秘書のココロも同様にクラッカーを鳴らして盛大に祝う。カエルのヨコヅナは手を叩いて場を賑やかしている。

 黄昏の資金や資材の援助があったとは言え、完成は結構ギリギリだった。それもこれも手伝いに来たはずのカテリーナが「あれを付け足そう」「これ使えるんじゃない?」などと余計な機能を付けようとして時間を食ったからである。

 止めなかったトム達も悪いので誰も責めることはしていないが。

 

「たっはっは……こんなことで祝ってもらえるとはな。長生きしてみるもんだ!」

「何言ってんだよトムさん! 海列車だぜ海列車! 政府の役人ども、掌返して『今日からあなたの護衛に就きます』なんて言ってやがったくらいだ!!」

「ンマー、まさか政府がここまで態度を変えるとは思わなかったが……トムさんが認められたのはやっぱり嬉しいもんだ」

「そうそう。今日はお祝いに良いお酒いっぱい持ってきたから、じゃんじゃん飲んでくれたまえ!」

 

 山のように積み上がった祝い品を前にカテリーナがドヤ顔で胸を張る。

 アイスバーグがつかつかと歩み寄り、祝い品の一つを手に取って酒の名前を見る。

 

「ンマー……これ、滅茶苦茶いい酒じゃないか? どこで手に入れたんだ。というかいくらしたんだ?」

「黄昏は海運やってるからね。世界中の品物が手に入るのさ。ちなみに一升50万ベリーくらい」

「高っ……!?」

 

 カテリーナは金銭感覚が麻痺しているが、普通に超高級品である。

 アイスバーグは思わず手が滑りそうになり、冷や汗をかきながらなんとか持ち直してそっと置く。値段を知った今、普通に飲んでも味がわからなそうな気がしたのだ。

 フランキーとトムも値段を聞いて触ろうとした手を引っ込めている。

 

「え、飲まないの?」

「味分かんねェだろ!? 値段知ったら手ェ出せねェよ!!」

「そうかなぁ? トムさんにはこっちの魚人島で作られたお酒とか、どう?」

「おお、そりゃ魚人島でも指折りの酒じゃねェか!! いいな、飲もう!!」

 

 フランキーは値段にびっくりしていたが、トムはカテリーナが手にした酒に見覚えがあったのか、栓を開けてコップに注ぐ。

 香りだけで既に上等な酒だとわかる。トムはそれなりに長生きしているが、この酒を飲んだのは人生でも一度か二度。それだけ高級で手に入りにくい酒だ。

 この良き日にこの酒が飲めることを幸運に思う。

 トムが酒を注いだ後、カテリーナが受け取ってフランキーとアイスバーグ、ココロの分も酒を注いだ。ヨコヅナは酒が飲めないのでジュースである。

 

「それじゃ……トムさんの免罪と海列車の完成を祝して! 乾杯!!」

「「「「乾杯!!!」」」」

 

 全員がコップを突き合わせて乾杯する。

 トムの免罪を誰も疑っていなかったが、つい先日サイファーポールの男が不機嫌そうに免罪と護衛を付けることを告げに来たことでほぼ確定した。

 もっとも、まだ線路が全線開通したわけではない。全ての作業が終わった後、正式に移動裁判所が来て判決を下すまでは現状のままだから逃げないようにとも釘を刺されたが。

 

「おっと、そうだ。忘れねェうちにこいつを渡しておこう」

「これ……海列車の図面じゃねェか。カテリーナに渡すのか?」

 

 トムが酒に酔って忘れる前にと持ってきたのは海列車の図面の写しだった。横からそれを見たアイスバーグは、カテリーナが海列車を作るつもりなのかと疑問をぶつける。

 カテリーナはその疑問に対して首を横に振った。

 

「図面は貰うけど、これはカナタさんが資金援助をするための見返りみたいなものだから。実際には海列車じゃなくて陸地に列車を作るつもりらしいよ」

「陸地に? 陸の移動には困らねェんじゃねェのか?」

 

 海列車は移動が困難な島と島を繋ぐ為の手段として開発されたものだ。島の中で移動する分にはもっと利便性のあるものがあるのでは、とアイスバーグは首を傾げる。

 カテリーナも詳しいことは聞かされていないが、必要だから回収するようにと言われているだけらしい。

 パラパラと図面を見て、不備がないことを確認する。

 

「うん、確かに。ありがとうトムさん!」

「良いってことよ。あの人には随分世話になった。おれ達の事だけじゃなく、島の事もな」

 

 毎年来る高潮(アクア・ラグナ)の影響で地盤が沈み、資材を島で取ることが出来ないウォーターセブン。

 造船所こそあるが、資材が無ければ船は造れない。カナタの手で莫大な資材を運び込んでもらわなければ活気もなくただ沈みゆくだけの島になっていた可能性もある。

 いくつかの造船所は引き抜かれたが、元々多すぎるくらいの数が存在していたのだ。仕事を取り合うことなく、皆日々忙しく仕事をしていた。

 

「それは私たちにも利益があったことだから、トムさんがお礼を言う必要は無いんだよ?」

「それでもだ。偽善でも何でも、皆が助かった。礼を言うにゃァ十分だろう」

「ふふ……それじゃ、今度はトムさんがお礼を言われることになる番だね」

「そうだぜトムさん! みんな今度はトムさんに礼を言うようになるんだ! 移動も、資材を運ぶのも、海列車で出来るんだからな!」

 

 黄昏がこの島から手を引くわけでは無いので、ある程度は競合することもあるだろうが……今まで黄昏一強だったのが海列車の登場で価格競争が始まるくらいだろう。

 市民が便利になることには違いない。

 フランキーがヨコヅナと宴会芸をやり、カテリーナが仕込んでいた手品を披露して盛り上がったり、トムの昔話を聞いたり……宴の音は夜遅くまで絶えることなく、笑い声が響いていた。

 

 

        ☆

 

 

 ドラゴンはカナタから連絡を受け取り、報告を受けると頬を緩めて「そうか」と返す。

 

『手間も金もかかったが、お前からの依頼は終了という事でいいな?』

「ああ、感謝する。おれたちではどうあっても解決できないことだった」

『フレバンスの住人たちはひとまず〝北の海(ノースブルー)〟の拠点で保護している。小国とは言え一国の住人のほぼ全員だ。労働力としては使えるが……元は世界政府の不手際で起こった事件でもある。恩を感じていても七武海である私の下にいるのは嫌だという者もいるだろう』

 

 恩義があろうと、世界政府のせいで痛い目を見て世界政府の手先である七武海が救ったとなればマッチポンプだと騒ぎ立てる輩もいる。

 そうだな、とドラゴンはやや考え込み、では、と口を開く。

 

「ある程度はこちらで受け入れよう。世界政府への叛意を持っているなら同志として迎え入れてもいい」

『そうしてくれ。いくらうちでもあの人数全員に割り振るほど仕事は余っていない』

 

 黄昏はいつでも人手を募集しているが、いくら何でもフレバンスの住人全員を受け入れるのは無理があった。人数があまりに多すぎる。

 かと言って国を封鎖して戻れないようにした手前、好きなようにしろと放置するのも無責任だ。

 革命軍である程度の人数を引き受けてくれるならありがたい。

 

「それと……タイガーとは連絡がついたか?」

『いいや。何が目的かは知らないが、私と連絡を取りたくないらしい』

 

 困ったものだ、とカナタは溜息を吐く。

 特段用事があったわけではないが、旧友と友好を温めるくらいはしてもいいと考えている。反面、七武海であるカナタに近付くのは色んな意味でリスキーな行為であることも関係しているのだろう。

 世界政府は執拗にタイガーの首を狙っているし、高額の懸賞金がかけられた以上は賞金稼ぎや名を上げたい海賊にも狙われる。

 カナタにもドラゴンにも、今のところ出来ることは少なかった。

 ……まぁ、カナタは海運をやっている都合上、タイガーたちがある程度どこで活動しているのかはわかっているのだが。

 

『あの男はしばらく連絡が取れなかった時期がある。何かあったとみるべきだが……無理に聞き出すことも無かろう』

「そうだな。おれもしばらくは忙しくなる……たまには顔を合わせたいものだが、政府に感づかれると厄介だからな」

『私とお前の仲だ、気にせず来ると良い。たまに政府のネズミが入ってくるが、出したことはない』

 

 こういうところがカナタの恐ろしいところだが、味方であればこれほど頼りになる相手もいない。

 ドラゴンはカナタと二つ三つほど話した後で通話を切った。今後も何度か世話になることもあるだろう。

 立ち上がって船の甲板に足を運び、夜風を浴びながら月を見上げる。

 

「……世界は良い方向に向かっている。彼女には頭が上がらんな」

 

 カナタの手助けが無ければ達成できなかったことも多い。早い段階で彼女の信頼を勝ち取れたのはドラゴンにとって幸運だった。

 この幸運が続くことを祈るばかりだ。

 やるべきことはまだまだ多いのだから。




スパンダム、原作だともうちょっとあとの時間軸で動いてるんですが本作ではちょっと早めになりました。

次話はお待ちかねタイガーの話(予定)です


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第百二十六話:再会

原作10年前

執筆時間の都合で短めです。


 〝奴隷解放の英雄〟フィッシャー・タイガー。

 政府や海軍では特に疎まれている賞金首である。天竜人の支配するこの世において、世界的なタブーを犯した罪人。

 海中から襲撃されるが故に居場所を掴むことは難しく、見つけても船ごと落とされるので報告が上まで届かない。

 懸賞金の額は2億3000万──強さと犯した罪を思えば妥当な金額と言える。

 その男は今、奴隷から解放された一人の少女──コアラを故郷へと帰すために船を進ませていた。

 

「コアラ。お前、故郷の島の名前は覚えてるのか?」

「はい。〝フールシャウト島〟って言うんですけど……」

「……〝フールシャウト島〟か……」

 

 覚えがあるのか、腕組みをして思いを馳せるように遠くを見る。

 近くに控えていたジンベエとアーロンの二人はこそこそと「知っておるか?」「知らねェ」と小声で会話している。

 

「懐かしい島だ。一度行ったことがある……だが、〝永久指針(エターナルポース)〟は持ってねェ。どこかで手に入れる必要があるな」

「アニキ、旅をしていた頃に訪れたことがあるのか?」

「まァな。昔の話だ」

 

 それ以上話すつもりは無いのか、タイガーは〝永久指針(エターナルポース)〟をどこで手に入れるか考え始めた。

 近くの島を巡って探すのが早くはあるが、一番早いのは〝黄昏〟に注文することだ。

 在庫を確認して取り寄せてくれることもあれば、近くの島の商店で取り置きして貰って取りに行くこともある。タイガーがマリージョアを襲撃した後、〝タイヨウの海賊団〟として活動し始めてからも時々利用していた。

 相手が賞金首でも金さえ払えばきちんと商品を用意してくれるので何かと便利なのだ。

 ……世の中、魚人と言うだけで差別して物を売らない店もあるし、賞金首とわかると海軍に情報を売る店もある。黄昏は七武海だが、タイガーは一度も差別をされたことは無いし、直後に海軍に襲われたことも無い。教育が行き届いているのだろう。

 

「次の島には黄昏の拠点があったはずだ。多少時間はかかるかもしれないが……物は確実に手に入る」

「そういうもんか……」

 

 アーロンは人間の店と言うだけで嫌そうな顔をするが、彼とて地上で生活するには人間の店を使うしかないことは理解している。

 どれだけ魚人至上主義者でも、地上で生きるには人間の手を借りる他にない。

 嫌いな人間の手を借りなければ欲しいものを手に入れることもままならないと理解しているから、アーロンは憮然としつつも何も言わないのだろう。

 店に在庫があればすぐにでも。在庫が無くとも取り寄せ、あるいは置いている島に取りに行けば数日程度と言ったところか。

 どれだけ時間がかかっても数週間も必要ないだろう、とタイガーは三人に告げた。

 

 

        ☆

 

 

 〝永久指針(エターナルポース)〟は基本的に海賊には必要無いものだ。ラフテルを目指して〝記録指針(ログポース)〟を辿ることがほとんどだし、特別な理由が無ければ海を逆走する必要もない。

 商船なら自前の〝永久指針(エターナルポース)〟を持っているだろうが、売り物では無いので渡すことも出来ない。

 なので、数日待って欲しいと言われてはや一週間。港に停泊する船でそろそろ待つのに飽きた船員たちが釣りをしていたところ、届け物を持った一人の女性が甲板へと上がってきた。

 フードを目深に被った小柄な女性に、船員である魚人たちは僅かに警戒しつつ視線を向ける。

 

「フィッシャー・タイガーはいるか?」

「なんだおめー。タイのお頭ならいるが……」

「届け物だ。〝永久指針(エターナルポース)〟を注文していただろう?」

 

 なるほど、と納得して船員の一人が船の奥へと入っていく。タイガーを呼びに行ったのだろう。

 船員たちから向けられる視線で針の筵のような状態だが、女性は気圧された様子もなく手に荷物を持ったまま静かに待っている。

 ほどなくして船室からアーロンとジンベエを伴ってタイガーが出てきた。

 

「ようやくか。随分時間、が……」

「──久しいな、タイガー。壮健そうで何よりだ」

 

 タイガーは女性の姿を見るなり足を止め、目を見開いた。

 忘れることなど出来るはずがない。

 赤い瞳。黒く長い髪。フードを目深に被っていても立ち居振る舞いだけで分かる。

 

「カナタ……!? お前、何故ここに!!」

「たまたま近くにいたんだ。懐かしい友人の顔を一目見ておこうと寄っただけさ」

 

 手に持った小包を軽く上げ、「雑用も兼ねてな」と笑うカナタ。

 本来数日で届くと聞いていた品が一週間かかったことや、それを届けに来たのがよりにもよって黄昏のトップであるカナタであることなど、言いたいことはいくらでもあったが……タイガーは何を言うべきか迷い、何度か口を開くも言葉は出てこなかった。

 その間に、アーロンがタイガーの後ろでジンベエに話しかける。

 

「ジンベエのアニキ。あいつ、七武海なんだって?」

「ああ。だが、あの人は──」

「政府の手先か。タイのアニキの首でも狙いに来やがったのか?」

 

 なら、先んじて攻撃するまでだ。

 そう判断したアーロンは一度船室に戻り、すぐさま自身の武器である巨大なノコギリ──〝キリバチ〟を手にカナタへと襲い掛かった。

 戦うことを想定していないためか、カナタは無手だ。武器も何もない女など制圧は容易いと考えたのか、アーロンはカナタの首元へとキリバチを走らせ──カナタはそれを指先で受け止めた。

 

「ふふ、随分元気がいいな」

「アーロン! テメェ何をやってる!!」

「相手は七武海だぜ、タイのアニキ! どうせこいつもアニキを捕まえに来たに決まってる!!」

 

 魚人の膂力で振り回されたキリバチを容易く受け止めたカナタに危機感を抱き、アーロンは再び振りかぶってさらに強く、速く振り下ろした。

 カナタは一切動かず、キリバチの刃を指でつまむように受け止め、逆にキリバチごとアーロンを持ち上げる。

 

「威勢のよさは認めるが、口だけか。七武海である私が賞金首であるタイガーを捕えに来た、と考えるのはわからんでもないがな」

「テメェ、この……放しやがれ!」

 

 アーロンの罵倒を受け、カナタはキリバチを放り投げる。当然、キリバチを持ったままのアーロンも飛んでいき……そのまま海の中へと落ちた。

 魚人なので海に落ちても死ぬことは無いと判断しての事だ。

 あっという間の出来事にジンベエは目を丸くしており、船員の何人かは投げ飛ばされたアーロンの方を気にしている。

 タイガーは一度ため息を吐き、額に手を当てながらもカナタから視線を外さない。

 

「……悪いな、おれの弟分が」

「構わんとも。あれくらいなら可愛いものだ」

「そうか、そう言ってくれるならありがてェ……だが、本当に何をしに来たんだ?」

 

 荷物を運ぶだけなら誰でもいいし、タイガーの顔を見たいというだけならその時に伝言でも伝えればいい。

 カナタ本人が来る必要は決してなかったはずだ。

 

「本当にただ様子を見に来ただけさ。マリージョア襲撃以降、お前は私と顔を合わせるのを嫌がっているようだったからな」

「別に嫌がっていたわけじゃねェが……」

 

 顔を合わせにくかった、と言うのは本当なのだろう。

 タイガーは元々カナタの船に乗っていたが、カナタが七武海になった以上、カナタの立場はどちらかと言えば政府寄りだ。タイガーの情報を売るか、あるいはタイガーの事を庇ってカナタの立場を悪くするかの二択だった。

 あちらこちらに迷惑をかけた自覚があるため、顔を合わせにくかったのだろう。

 

「……お前は七武海になった。おれの情報を政府に渡すのか?」

「? 何故そんなことをしなければならないんだ? 別に私は七武海の立場などあってもなくても構わん。情報を渡す義務もない」

「だが、世界政府は血眼になっておれのことを探しているだろう。元々お前の船にいたこともあって、政府から追及が来たはずだ」

「そうだな。だが、お前はもう私の船から降りた身だ。無関係だと突っぱねたとも」

「……それで政府が納得したのか……?」

「していないが、それは私には関係の無いことだ」

 

 強かな女だ、と思わず呆れるタイガー。

 七武海は政府の狗だ何だと言われているが、目の前の女がそうだと言われても納得しかねるだろう。政府に従う気が一切無いのだ、コントロールなど全く出来ていない。

 それでも政府はカナタの事を必要だと思っているから七武海に置いているし、カナタは特に損があるわけでもないので自分から抜けようともしていないだけの話。

 奇跡的なバランスの上に成り立っている関係性だ。

 

「呆れた話だ。信頼関係も何もねェのか」

「政府と私の間にそんなものがあるはずなかろう。利害が一致しているだけの関係性に過ぎんよ。もちろん、お前が欲しがった()()に関してもな」

 

 カナタは手に持った小包を放り投げる。タイガーはそれを受け取ると、中に〝永久指針(エターナルポース)〟が入っていることを確認した。

 タイガーの依頼はこれ一つだが、カナタは帰る前に一つ忠告をする。

 

「その子を故郷に帰すだけなら手段はいくらでもある。それこそ黄昏(わたし)が運ぶことだって出来た。とある島の住人が何故お前に任せたのか……理解はしているか?」

「…………」

()()()()()()。人間が繁栄したのは数の多さだけが理由ではない」

 

 どこまでタイガーの事を知っているのか、カナタは真っ直ぐにタイガーを見据えてそう告げた。

 タイガーは何を言うでもなく、「感謝する」とだけ言って船室へと戻っていく。カナタは肩をすくめ、ジンベエへと視線を移した。

 

「修行は怠っていないようだな、ジンベエ」

「まァ強くなければタイのお頭の役には立てやしませんので。昔カナタさんに言われた通り、毎日腐らずに鍛えております」

「それは何よりだ。お前なら私に傷の一つでも付けられるかもしれんな」

「そんな無茶な……アーロンの奴を赤子扱いするような人に挑むほど命知らずではないつもりです」

 

 あれでアーロンはタイヨウの海賊団ではかなり強い方なのだ。それを笑いながら赤子の手をひねる様にあしらったカナタの相手など、ジンベエでも御免被るらしい。

 当のアーロンはまだ水中でカナタの事を狙っているようだが、どれだけ隙だらけに見えても対処は容易い。カナタは気にもかけていなかった。

 

「しかしカナタさん、さっきの話は……」

「うん? ああ……タイガーへの忠告のことか。あれを受けても判断を変えるつもりがないならそれはそれで構わん。()()()()()()()()()()()()

「?」

 

 ジンベエは何のことかよくわかっていないらしく、キョトンとした顔で首を傾げている。

 カナタはこの船が大丈夫なのかやや不安になった。

 だが、まぁ。こういうのも経験だ。ある程度安全を担保して危機的状況を経験させておくのも良いだろう。

 カナタの用事は済んだ。フードを目深に被りなおし、甲板から桟橋へと降りる。元々現場の担当者に無理を言って出てきたのだ。悪いことをしたと思う反面、やはり一度顔を合わせておいてよかったと思う。

 タイガーはカナタが来たと認識してから一度も視線を外さなかった。それに、旧交を温めに来たと言っても近寄ろうともしていない。

 読み取れる感情はごちゃごちゃだったが……と、考えていると。

 

(シャーク)ON(オン)DARTS(ダーツ)!!」

 

 アーロンが海中で加速し、カナタ目掛けて突っ込んできた。

 ノコギリ鮫の自慢の鼻を使い、相手を串刺しにする技だ。弾丸のような速度で迫ってカナタの心臓を狙うが──カナタは視線すら寄越さず、片手でアーロンの顔面を掴んで受け止めた。

 鋭利な刃のようになっている鼻はカナタの掌を貫通しているが、血の一滴も流れていない。

 

「テメェ……!」

「奇襲ならもう少しうまくやることだ」

 

 アーロンへの興味は既に無い。カナタはアーロンを片手で船まで放り投げ、そのまま町の方へと戻っていった。

 ギリギリと歯を食いしばり、アーロンが睨みつけるのも気にせずに。

 



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第百二十七話:怒りと恨み

 フールシャウト島まではそれほど時間はかからない。

 魚人の船員たちは故郷に帰りたがるコアラに優しくしていたし、元奴隷だったコアラはむやみに誰かを殺そうとしないタイガーたちに感化されて少しずつ心を開き、体に染みついた奴隷の生き方を拭うことが出来ていた。

 ……アーロンは変わらず人間を憎み、見下していたが、コアラを相手に手をあげることは無かった。無抵抗の相手を殺すことが趣味という訳でもなく、何よりタイガーが決めたことを破るつもりも無かったからだ。

 一方で、ジンベエはカナタの言葉が気になって時折考え込んでいた。

 

「ジンベエ、こんな時間までどうした? 眠れないのか?」

「アラディンか。まァな……」

 

 コアラと同じ元奴隷だった、人魚の男──アラディンが食堂でジンベエの前に座る。

 もう夜も遅い。明日にはフールシャウト島に着くだろう。

 アラディンは考え込むジンベエの前に酒を置き、「寝る前に少しくらいは付き合え」と笑いながらコップを傾けた。

 

「何をそんなに考え込んでいるんだ? この間の七武海のことか?」

「そうじゃ。あの人には昔、世話になったことがある……今も忙しい人である以上、何の意味もなくタイのアニキに会いに来たとは考えづらい」

「お頭への忠告、って奴か」

 

 ジンベエはいくら考えてもわからないのか、疲れた様子で目の前に置かれたコップを傾けて酒を飲む。

 タイガーの力になろうと思ってネプチューン軍を退職し、海賊になった。強さという面では確かにタイガーの役に立てていると自負しているが、それ以外の面ではどうか。

 ネプチューン軍で働いていたので戦いに関することであれば助言は出来るだろう。だが、多くの海を渡って多くの知見を得たタイガーに助言できることなどそう多くはない。

 だから、これを機にジンベエも色々なことを学ぶべきだと思っている、のだが……。

 

「さっぱりわからん。お前さん、わかるか?」

「……恐らくは、だが。あの女はコアラを故郷の島に連れていくことを〝罠だ〟と言いたかったんだろう」

「罠? 何故じゃ?」

「偶然おれたちが立ち寄った島に、偶然元奴隷の子供がいて、頼み込んだら故郷の島に送ってくれるという……これ自体は罠でも何でもないだろうが、おれ達にコアラを預けた()()()()()()()()()ならコアラの故郷に罠を仕掛ける可能性は十分ある」

 

 大海賊時代に入って以降、海賊に対処する戦力は常に不足している。とは言え、タイガーのように世界政府に真っ向から立てついた海賊を放置することなど出来るはずがない。

 情報提供者にはある程度の謝礼金が支払われる。日々の生活だけで精一杯な、困窮している島であれば……僅かな謝礼金を求めて情報提供をすることは考えられた。

 世界政府に支払う莫大な天上金は海軍に勤める海兵の賃金やこういった場合の謝礼金にも充てられている。忠告に来たカナタ率いる黄昏の影響か、天上金で破滅する国は減ったが、その分潤沢に資金を使えるようになった海軍は謝礼金などを配ることで高額賞金首の居場所を常に把握していた。

 タイガーたちの行先がバレているなら、海軍が包囲網を敷いている可能性は十分あるだろう。

 

「なら、すぐにでもお頭に……!」

「伝えてどうする。お頭も気付いてはいるはずだ。それに、気付いていたとしても島に行かなきゃコアラは故郷に帰れねェ」

「ぐ……!」

 

 目的の無い旅ではあったが、今はコアラを故郷に帰すことを目的に動いている。フールシャウト島に罠があるとわかっていても、いつまで待てば海軍が引き上げるかわからないのだ。

 いつまでもコアラを乗せて海を彷徨う訳にもいかない。慣れない船旅は体調を崩す可能性もある。

 それが子供ならなおさらだ。

 

「カナタさんは〝自分が何とかする〟と言っておったが……」

「おれはお前やお頭と違ってあの女の事を知らない。どこまで信用出来るかわからないから、何とも言えねェな」

 

 七武海という立場もある。彼女はタイヨウの海賊団の敵であるはずなのだ。

 アラディンは腕を組むジンベエを前に、コップを傾けて酒を飲み干す。

 ……彼もまた、奴隷だった過去がある。人間など信用できないと思う一方で、タイガーのように相手が人間でも分け隔てなく救う人を尊敬している。

 カナタの事を信用すべきか、信用せずにいるべきか。

 

「お前はどうするんだ、ジンベエ」

「わしは……あの人を信じたい」

 

 かつて、タイガーと共に旅をして世界を巡った人間だ。タイガーはどうしてか頑なな態度を取っているが、ジンベエにとっては大海賊時代が始まった直後の件で恩義もある。

 悪く思うことは出来なかった。

 

「そうか……それもいい。おれに出来るのは、何も起きねェ事を祈ることだけだ」

 

 アラディンは空になったコップを片付け、食堂から出ていく。

 明日も朝早い。ジンベエは一息に酒を飲み干し、同じように寝室へと戻っていった。

 

 

        ☆

 

 

「うおおおおおん……オメェいい子だぜコアラァ~~!! 一緒に旅しようぜ~~!!」

 

 ボロボロと涙をこぼしながら船員の一人──マクロがそんなことを言う。

 「泣くなお前ら」と呆れられつつも、船を降りたコアラを無理に引き留めようとはしなかった。

 魚人、人魚の船員たちは手を振ってコアラを見送り、タイガーはコアラを村の近くまで送っていくために同じように船を降りた。

 

「私、村の皆に言うよ! 魚人には良い人もいっぱいいるって!!」

 

 別れは惜しいが、今生の別れではない。きっといつか、縁があればまた会える日も来るだろう。

 コアラは村に向かう道すがらタイガーの腕に抱き着き、タイガーは何度か引き剥がすもそのたびにコアラは抱き着いてくる。最終的にタイガーが折れ、好きなようにさせることにした。

 しばらく無言で歩く二人だったが、ふとタイガーが視線をコアラに向けた。

 

「コアラ」

「? なに?」

「……おれ達との旅は、楽しかったか?」

「うん! みんな良くしてくれて……村まで送ってくれて! 旅も楽しかった!!」

「そうか……それは良かった」

 

 「さァ、ついたぞ」とタイガーは視線をコアラから目的地である村へと向ける。

 村人たちは誰もが驚き、コアラが帰ってきたことを喜んでいた。

 タイガーはそれを見て一安心し、僅かに笑みを見せた後……振り返って船へと戻り始めた。

 コアラはその背中を見て声をかけようとして──タイガーの雰囲気が先程とは一変していることに気付き、声をかけられなかった。

 顔は見えなかった。

 けれど、どうしてか……コアラには無性に不安になる背中だった。

 

 

        ☆

 

 

 タイガーが船へと戻る道中。

 その惨状を目にして、思わず目を丸くした。

 

「存外早かったな」

 

 辺りには倒れ伏した海兵たちがいる。誰一人傷を負っている様子はない。武器を持ったまま、泡を吹いて気絶しているだけだ。

 その中で、倒れた海兵の背中を椅子にして座っている女が一人。

 つい先日も会った女──カナタだ。

 椅子代わりにしている海兵だけが怪我を負っているところを見るに、彼一人とだけ戦ったのだろう。カナタに怪我の一つも見えない辺り、結果など言うまでもない。

 

「……カナタ。お前」

「罠だとわかっていても無策で来るのか。お前らしくないな、タイガー。あるいは捕まってもいいと考えていたのか?」

 

 カナタは立ち上がり、埃を払う様に服をはたく。

 服装は彼女にしては珍しいスタイリッシュなパンツスタイルで、周りに倒れ伏す海兵がいなければどこかへ遊びに出かけるつもりなのかと問うていたかもしれない。

 武器の類も一切なく、その身一つでこの島を訪れていた。

 

「こんなことをして、立場が悪くなるんじゃないのか?」

「私の立場など気にするな。大したことは無い──それよりもお前の事だ」

 

 赤い瞳が真っ直ぐにタイガーを射抜く。

 かつて魚人島で別れた時と変わらない。時が止まったのかと思うほど容姿の変わらない彼女に、あの時から変わってしまったタイガーは静かに口を開いた。

 

「……おれが、なんだ」

「私が知らないとでも思ったのか? 海軍に通達されたフィッシャー・タイガー捕縛の命令。罪状は〝襲撃〟と〝逃亡〟──」

「…………」

 

 タイガーは何も答えない。

 カナタは政府への嫌悪感を隠しもせず、吐き捨てるように続けた。

 

「知っていれば対処できた。だが、連中は決して私にこの事実を知らせようとはしなかった。知ればマリージョアを襲撃することはわかり切っていたからだろうな……お前は、私が助けにも行かず政府の手先になったことに怒っているのか?」

「……おれは、かつて人間を見た」

 

 嵐の中でも輝く、消えることのない一条の星のような人間を見た。

 差別と侮蔑にまみれた、悪意なく悪事を働くヘドロのような人間を見た。

 見たのがどちらか片方だけだったのなら、タイガーの思いはこれほど複雑化することは無かったのだろう。

 どちらも人間というくくりで見れば同じだ。けれど、同じ人間だとはどうしても思えなかった。

 

「お前のことは今でも嫌いじゃねェ。友人だと……そう思っているつもりだ」

「つもり、か」

「おれは……奴隷だったんだ……!! 天竜人を見て! お前は違うと、そうわかっていても!! おれは……人間と言うだけでお前を警戒しちまう……!」

 

 ギリギリと歯を食いしばり、タイガーはそう告げた。

 沸き上がる怒りは果たして誰に対してのものなのか、もはやタイガー自身にもわからない。

 人間以下の扱いをされたことに対してなのか。人間扱いをしない天竜人に対してなのか。それを受けて人間に怒りを抱いてしまう自分自身に対してなのか。

 こんなものが正しいはずがないとわかっていながらも、怒りを抱かずにはいられなかった。

 

「おれは……どうすりゃあいいんだ……!!」

「……怒りに呑まれるのは弱いからだ。一時の爆発的な力にはなるだろうが、続くものでもないし、怒りに任せて解決することなど無い」

 

 カナタだって怒りに任せて戦ったこともある。タイガーの件だって知った時は怒りを覚えたが、それだけでは解決しないとわかっているから抑えた。

 世の中は感情で動いて解決することなどそう多くはない。タイガーだってそれはわかっているだろうが、それでも抑えきれない怒りがあった。

 マリージョアには、それほどの人間の〝狂気〟があった。

 

「お前はあの場所を知らねェからそう簡単に言えるんだ! あの場所は、狂気に満ちていた……!! 人間扱いされねェ奴隷たち!! 奴隷を笑って虐げる天竜人!!! あの地獄を、お前は知らねェから!!!」

「そうだな。私はあの場所を知らない」

 

 今ではあまり語られることも無いが、カナタもまた天竜人に反抗している。

 その後にセンゴクに負けていれば。あるいはどこかで海軍に敗北していれば、インペルダウンではなくマリージョアで恥辱と凌辱の限りを尽くされていたかもしれない。

 リンリンやシキに敗北していれば。他の海賊にどこかで敗北していれば、また別の地獄があっただろう。

 同じ人間だからと手加減をするような連中ではない。カナタの血筋を知っていたことを考えればより凄惨な末路を迎えていた可能性もある。

 カナタはタイガーの血を吐くような叫びを受けても、感情を乱すことなく静かに答える。

 

「どれほどの危険があったとしても、どれほど凄惨な目にあったとしても、それを分かっていながら海に出たのはお前の意志だ」

 

 遠くから砲撃音が聞こえる。

 海軍はタイヨウの海賊団を捕まえるために包囲網を敷いていた。タイガーに奇襲が成功したことをきっかけに船への襲撃をするつもりだったようだが、こちらを指揮する少将が倒れたことで連絡が行かず、魚人たちに見つかって交戦が始まったのだろう。

 海軍の作戦は失敗だ。じきジンベエ達もここに来る。

 

「お前の行動はきっと正しかったのだろう。多くの奴隷を救い、天竜人に反抗するという世の道理を破った。だが、魚人島の立場を弱くし、魚人と人間が手を取り合う未来を先延ばしにしたのもお前なのだ」

「だったら!! おれはどうすりゃあ良かったってんだよ!!」

 

 タイガーは怒りのままにカナタの胸倉をつかみ、顔面に拳を叩きつけた。

 カナタは痛痒を感じた様子もなく、何度も振り下ろされる拳を無抵抗に受ける。

 

「おれは奴隷になって、他の奴隷たちを見た!! それを見過ごせねェと思って、マリージョアを襲撃して解放した!! それのどこが間違ってるってんだ!? 大人しく天竜人に従えってのか!! あのクソッタレな連中を見て、まだそんなことが言えるのか!!?」

 

 何度も、何度も何度もカナタを殴りつけるタイガー。

 技術も何もない、ただ力任せに叩きつけるだけの拳だ。こんなものを受けてもカナタはよろめきもしない。

 やがてタイガーは疲れ果てたのか、顔を俯かせ、膝を突いてカナタに縋りつくように両手で胸ぐらをつかんだ。

 

「……本当はわかってんだ。おれは天竜人に逆らって奴隷たちを解放したが、そんなのは一時的なものでしかねェ。あいつらはまた金にものを言わせて奴隷を調達するだろう……それに、オトヒメ王妃の夢も邪魔しちまった……平和を目指す、あの人の正しい願いを」

 

 タイガーは涙をこぼし、懺悔するように言った。

 

「おれは……どうすりゃよかったんだ……!」

 

 正解などない。

 奴隷たちはまた集められる。タイガーのやったことは一時しのぎに過ぎない。魚人島が世界会議(レヴェリー)に参加出来なくなることを考えれば、トータルではマイナスだったのかもしれない。

 でも、だけど。

 タイガーのやったことは決して、間違いなどでは無かった。

 たとえまた集められる奴隷であっても、それまで奴隷だった者たちを救った事実は消えはしない。

 

「お前の行動が間違いだったかどうかなど誰にも分らない。それはこの先の未来で歴史家が勝手に決めるだろう──お前に今できるのは、今後どうするかだけだ」

 

 奴隷になるかもしれない者たちを救うためにシャボンディ諸島付近に潜むのもいい。

 オトヒメ王妃の邪魔をしないようにどこかで身を隠すのもいいだろう。

 あるいは他の道があるかもしれないが……今回は時間切れだ。

 カナタは胸倉をつかんでいたタイガーの両手をほどき、タイガーに背を向ける。興味を無くしたのではなく、新しく現れた男──海軍中将ボルサリーノに対応するためだった。

 煙草をくわえ、帽子をかぶった長身の男。

 カナタは腕組みをしてボルサリーノを見据え、ボルサリーノは周りに海兵が倒れ伏している厄介な状況に思わずため息を零した。

 

「全く勘弁してほしいよねェ~……いくらアンタでも、これは大問題だよォ~?」

「そうだな。七武海にもタイガーの捕縛命令は出ている。問題と言えば問題になるだろう」

「わかってるなら大人しく引き渡して欲しいんだけどねェ……」

 

 わかり切っていることを聞くのは質問ではなく確認と呼ぶ。

 ボルサリーノの言葉を聞いても、カナタはボルサリーノの前に立ち塞がるばかりだった。

 

「無理だな。大人しく帰るがいい、ボルサリーノ」

「こっちもそういう訳にはいかないって、アンタならわかってるでしょうよォ~。今回の件は天竜人からの命令でもあるし、政府の指令とあっちゃァわっしらも無視するわけにはいかないからねェ~」

「天竜人なら私が黙らせる。センゴクにはそう伝えろ」

「……それを信用しろってェ? 怒られるのはこっちだよォ~?」

「どうしても捕縛したいというなら止めはしないがな。その場合、誰が最後まで立っているか……試してみるか?」

 

 カナタは片手で拳を作り、僅かに黒い雷を纏う。

 ボルサリーノは自然(ロギア)系ピカピカの実の光人間──次期大将候補に推薦されるほど、中将の中でも実力は高い。

 だが、カナタを相手にサシで挑むほどの無謀さを備えてはいなかった。

 あるいは同じ大将候補のサカズキやベルクがいれば話は別だったかもしれないが、たらればの話などそれこそ意味がない。

 

「アンタの相手なんて御免被るよねェ~……」

 

 ボルサリーノはやる気を見せず、両手を挙げて降参のポーズをとる。下手に話がこじれるのも厄介だし、相手がカナタともなればボルサリーノではどうしようも出来ない。

 センゴクか、あるいは五老星との間で協議が必要になるだろう。

 近くに迫ったタイヨウの海賊団の船員たちのこともあるし、今回は退くしかないと判断した。

 カナタは「なんだ、やらないのか」と纏った黒い雷を霧散させる。

 

「タイガー」

 

 カナタは後ろにいるタイガーに向けて声をかける。

 

「お前はしばらくうちで身柄を預かる。天竜人の件もあるからな」

「……いいのか。お前のところに居ても迷惑をかけるだけだぞ」

「構わん。私はお前を友人だと思っているから、私の勝手でそうするだけだ」

 

 カナタにとってタイガーは良き友人だ。それだけで十分。

 タイガーが天竜人の奴隷だったが故にもう人間に対して良い感情を持てなくなっていたとしても。それでカナタの方からタイガーを拒絶する理由にはならない。

 

「平和がいいのだろう。オトヒメ王妃のことは詳しく知らないが……私に出来ることがあるなら手伝おう」

 

 魚人島は白ひげのシマであるため、干渉するとなると少々厄介だが不可能では無い。

 天竜人を黙らせることも、魚人島を再び世界会議(レヴェリー)に参加させることも、あちらこちらに根回しが必要になるが十分実現できるだろう。

 〝怒り〟も〝悲劇〟も、誰かに伝えたところでどうにかなるものではない。

 これから先の未来に繋がる〝希望〟だけがあればいい。

 

「……ああ。そうだな」

 

 カナタはあくまで()()()だけだ。

 未来に繋げる意思は、タイガーやオトヒメこそが持つべきもの。魚人島をより良くするために、魚人や人魚たちがいつか地上で暮らせるようにするために努力を続けるのは彼らの役目だ。

 タイガーは立ち上がり、拳を握る。

 

「カナタ。一発おれを殴れ!」

「は?」

「さっき散々お前のことを殴っちまった。だから、おれを殴れ」

「別にあの程度では痣も出来ないが……まぁ、構わんか……しっかり構えろ。痛いぞ」

 

 ある種のけじめでもあるし、カナタに殴ってもらう事で心機一転しようと考えたのだろう。

 タイガーはカナタが殴りやすいように屈み、カナタはタイガーは頑丈だし多少は大丈夫だろうとやや力を込めて振りかぶる。

 

「あっ」

 

 カナタが思わず声を出し、鈍い音と共にタイガーが錐揉み回転をする。強烈な衝撃で吹っ飛んだのだ。

 タイガーは薄れゆく意識の中、「そう言えばこいつは小柄なくせに巨人族よりも怪力だったな」とどこか他人事のように思っていた。

 

 



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第百二十八話:転機

『だからよ、おめーはなんでそう腰が軽いんだよ!! 伝言一つ残して勝手に出歩いていい立場じゃねェだろ!!』

「抑止力としては十分機能している。リンリンにせよカイドウにせよ、奴らが送り込んできたスパイはフェイユンが始末するから知られることも無い」

『それも絶対じゃねェだろ。そう何日も誤魔化せるもんじゃねェ!』

 

 カナタが誰かと話している声が聞こえる。

 タイガーが目を覚ました時、一番に視界に入ったのは船で使っている部屋の天井だった。

 船では大抵、寝室に使われる部屋は一つだけだ。船員全員に個室を与えられるほど巨大な船となると相当なものになるし、維持するのも難しい。男女に分かれて雑魚寝がほとんどとなる。

 その中でもタイガーやジンベエといった一際体格の良い者は汎用のハンモックやベッドに入らない。なので、大部屋の角に大きめのベッドを用意して寝ていた。

 タイガーはベッドからのそのそと起き上がり、左頬に布で巻き付けられていた氷袋が太ももの上に落ちる。

 心なしか左頬が痛い。

 

「起きたか」

 

 カナタは二、三ほど話したのちに受話器を置き、タイガーの方に向き直る。

 

「……ここは、船か?」

「お前たちの船だ。海軍の襲撃に間一髪気付いて、何とか無事だったらしい。さっきまで気絶していたお前は知らないだろうがな」

「そうだ、おれは……お前に殴られて」

「殴られてとはなんだ。お前が殴れと言ったのだろう」

 

 呆れた顔で椅子に背中を預けるカナタ。

 殴れと言ったことは覚えているが、まさかあれだけの威力で殴られるとは思っていなかったタイガー。カナタの見た目は別れた時と変わっていないが、実力は大きく違うらしいと認識を改める。

 きょろきょろと辺りを見回すが、寝室には他に誰もいない。窓から明かりが差し込んでいる辺り、まだ日は高いのだろう。

 じくじくと痛む頬をさする。まだ腫れていた。

 

「ジンベエ達……仲間たちはどうした。無事だったのか?」

「ああ。一悶着あったが……まぁそれはいい。全員無事だ」

 

 カナタがタイガーを殴って気絶させたことでやや面倒くさいことにはなったが、気絶しているだけで他に外傷があるわけでも無し、ひとまず力づくで収めて船を沖に出した。

 そうしてあちらこちらに連絡を入れていたところで、タイガーが目を覚ましたという事らしい。

 

「五老星には連絡を入れた。不承不承ではあったが納得させたから問題はない」

「……そう易々と納得するような連中とは思えねェが……」

「気にするな。大したことではない」

 

 元々黄昏は七武海の中でも特別だ。他の七武海には無い特権を持っている。

 インペルダウンから能力者を連れ出すこと──それを削ることで五老星は一応の納得を見せた。と言うか無理矢理退かせた。

 天竜人のトップである五老星を抑えれば、他の天竜人に対してはあちらで対応するだろう。すべての天竜人に対して根回しをするほどカナタは暇ではない。

 特権を一つ失うのはカナタにとって痛手ではあるが、固執するほどのものではない。スクラは怒るだろうが、今や掃いて捨てるほどいる海賊にも能力者はいる。捕縛してハチノスへ連行すれば同じことだ。

 政府もインペルダウンから出す能力者は出来る限り階層の浅いところから優先していたようだし、引き渡された中で本当に強力な能力を持つ者はほとんどいない。

 能力者本人の強さも大したことが無い連中ばかりだった。人体実験以外使い道も無かったので惜しむほどでもないだろう。

 

「天竜人は五老星から手を回すだろうし、海軍も同じだ。多少賠償金を取られるだろうが、今更金を取られた程度で傾く黄昏ではない」

 

 本来なら七武海の地位を捨ててでも、と思っていたところだが、タイガーの目的を考えると七武海の地位を捨てるよりも活用した方が良い。

 いたずらに海を混乱させる必要はないのだし。

 

「借りばかりが増えていくな。お前には本当に世話になる」

「礼を言うのはまだ早い。残った問題は魚人島に関することだ」

 

 一度魚人島に立ち寄ってオトヒメ王妃に会う必要がある。

 ネプチューン王の意思も確認して、今後の動きを考えなければならない。

 ……いや、それよりも先にやっておくべき仕事があった。

 

「まずはニューゲートだな。魚人島はあの男のナワバリだ」

 

 統治しているのは当然ながらネプチューン王だが、あの男のナワバリでもある以上、最低限一度は直に会って伝える必要がある。

 何よりも〝仁義〟を尊ぶ男だ。筋を通さねば面倒事が起きかねない。

 ……五老星がまた何か言ってきそうではあるが、カナタは意図的に無視することにした。

 

 

        ☆

 

 

 フールシャウト島から数日かけてシャボンディ諸島へ。そこからジョルジュを呼び出して赤い土の大陸(レッドライン)を越え、移動すること数日。

 一度ハチノスを経由してカナタが向かったのは白ひげのナワバリである島だ。

 船はそのままタイガーたちの船を利用し、カナタは政府の目を盗んで白ひげ海賊団の船──鯨を象った巨大な船、〝モビー・ディック号〟を視界に収める。

 他所のシマであることもあり、カナタも正確な居場所までは掴めていなかったが、見つけ出せたのは運が良かったと言える。

 リンリンやカイドウと違い、白ひげは明確な拠点を持たない。ナワバリの島を転々と移動するので、運が悪ければいつまでも会えないのだ。

 

「その点を考えると、運が良かったな」

 

 甲板でビーチパラソルを差し、椅子に座ってゆったりとしたままカナタはそんなことを言う。ぱっと見、観光でもしに来たのかと思うほどだ。

 アーロンのような人間嫌いの魚人はカナタのことを歓迎しなかったが、他ならぬタイガーが許可を出したので渋々認めている。今でも視線だけで人を殺せそうなほど睨んでいるが、カナタはどこ吹く風と言った様子である。

 〝モビー・ディック号〟に近付くと、空から誰かが甲板に降り立った。

 不死鳥の能力者──白ひげ海賊団の一番隊隊長を務めるマルコである。

 

「お前らの事は知ってるよい、タイヨウの海賊団。そっちの事情は分からねェが……なんでよりにもよってお前がいるんだよい!!」

「十数年ぶりか。あの時より少しは腕が立つようになったみたいだな、マルコ」

「余計なお世話だよい! アンタが親父のところに来る理由にも想像がつかねェ。戦争でもしに来たのか!?」

 

 特に警戒する様子もなくくつろいでいるカナタを指差し、マルコはやや緊張した様子で問いかける。

 だが、カナタは「戦争をするつもりなら艦隊を引き連れてくるに決まっているだろう」と呆れるばかりだ。

 

「今回の目的は魚人島に関してだ。ニューゲートは船にいるのだろう?」

「そりゃいるが……」

「私が直接話をする。そう伝えろ」

 

 〝モビー・ディック号〟はもう目と鼻の先だ。

 カナタは読んでいた本を閉じて立ち上がり、腰に村正を差してマルコを見る。

 マルコは僅かに迷った様子を見せ、結局自分ではどうにもできないと判断したのか、船へと戻っていった。

 カナタはタイガーを呼び出し、後ろに付いてくるように言う。カナタ一人で行ってもいいが、タイガーも当事者だ。話し合いに参加すべきだろう。

 アーロンは残るつもりらしいが、ジンベエはタイガーが行くならと同行を申し出た。

 タイガーたちの船は〝モビー・ディック号〟よりだいぶ小さい。どうやって乗り込むつもりかとタイガーが見上げていると、カナタは瞬く間に氷の階段を用意して解決していた。

 

「便利なもんだな……」

「私の能力は冷気を操るからな。こういう時は重宝する」

 

 海に落ちても干渉出来るので溺れることが無いのはメリットだ。ただ凍らせるだけではなく、階段のようにある程度形を考えて作るのはそれなりに難しいが……これまで鍛錬してきたカナタならば特に苦労も無い。

 三人は氷の階段を上り、〝モビー・ディック号〟の甲板へと足を踏み入れる。

 甲板にいたのは15人の隊長たち。それに三日月型の白い髭が特徴的な大男──エドワード・ニューゲート。

 船の半ばまで進んだカナタはニューゲートへと目を向け、覇王色の覇気を放った。

 ビリビリと軋む空気。発される覇気は人を威圧するだけではなく、船に物理的な圧さえ与えていた。

 如何に白ひげ海賊団とは言え、入ったばかりの新人や海賊として未熟な者に耐えられるものではない。一人、また一人と覇王色にあてられて船員が倒れていく。

 

「止めねェか、バカ野郎。戦争でもしに来たのか?」

 

 ニューゲートは酒を片手に嘆息し、カナタを睨みつける。

 長い金髪には白髪が混じり、昔出会った時よりも随分と老いていた。しかしなおも衰えぬ覇気はカナタ一人に向けて発され、未だ世界最強の男として健在であることを見せつけた。

 カナタは僅かに目を細め、発していた覇王色の覇気を霧散させる。

 

「……そうだな。戦争をするつもりは無い。今回は穏便に済むならそちらがいい」

「珍しく殊勝な態度じゃねェか。今度は何を企んでやがる?」

()()()、とは何だ。まるで私が以前にも何かを企んだような口ぶりだな」

「七武海に入ったことも、世界中あちこちに手を広げて海運を牛耳ってることも、全部テメェが何か企んでやがるからだろうが。違うのか?」

 

 ニューゲートはカナタの事を過小評価していない。

 孤児として育ち、ロクに教養の無い自身と違って頭の良い海賊だという事も理解している。

 何を狙っているかは知らないが、どうせロクでもないことだろうと当たりを付けていた。

 カナタは答える気が無いのか、眉をひそめてニューゲートを睨みつけるだけだ。

 

()()()()()だ」

「……あの島はおれのダチの島だ。手ェ出そうってんならおれも黙って見ている気はねェぞ」

「自惚れるな。あの島の王はお前ではなくネプチューンだ。どうするかを決めるのはお前ではない」

 

 一触即発の空気があたりに漂う。これはまずいと思ったのか、カナタの後ろに控えていたタイガーが一歩前へと出た。

 

「お初に! 白ひげ、アンタと会えて光栄だ!」

「テメェは……知ってるぜ。〝奴隷解放の英雄〟なんだってなァ? 天竜人の鼻を明かしたらしいじゃねェか」

「つまらねェ世の道理を破っただけだ。おかげで色んなところに迷惑をかけた……おれはその尻拭いをしているだけだ」

「それがそこの女と手を組むことか?」

 

 つまらなさそうに酒を煽るニューゲート。

 彼から見ればどれだけ実績を積み上げようともカナタの事は〝信用するに値しない〟相手なのだろう。

 なんとか取り成そうと頭を回転させるタイガーだが、次の行動を起こしたのはカナタの方が早かった。

 

「オトヒメ王妃を知っているか?」

「王妃……ネプチューンの女か。詳しいことは知らねェな」

「彼女は人間と魚人、人魚の融和を目指している」

 

 酒を飲んでいたニューゲートの腕が止まった。言いたいことが何となく見えてきたのか、先を促すように視線をカナタへと戻す。

 ……この男、視線はタイガーへ行ったりカナタへ行ったりと警戒していないように見えるが、見聞色で常にカナタの一挙手一投足を捉えている。やる気は無いとわかっているものの、それと警戒しないことは別の話とでも言うかのようだ。

 

「タイガーがマリージョアへ襲撃をかけたことで融和の道は断絶された。だが、タイガーとてそれは望まない……という事らしいのでな。私が手を貸して、まず世界会議(レヴェリー)に再び参加出来るよう働きかける」

「……おれのところに来る理由があんのか?」

「実態はどうあれ、あの島はお前のナワバリだ。勝手に動いてへそを曲げられても困るのでな」

「おれァガキかよ。テメェの言う通り、あの島はネプチューンのものだ。おれにどうこう言うつもりはねェよ……ナワバリを奪うってんならともかく、表向きの働きかけは確かにおれじゃどうにも出来ねェしな」

 

 魚人島は世界政府加盟国ではあるが、海軍の統治が行き届かない国でもある。

 それゆえに大海賊時代黎明期には海賊が押し寄せ、多くの人魚や魚人たちが攫われた。

 今でこそ〝白ひげ〟の名に守られているが、これが無くなれば再び同じことになるのは目に見えている。なので魚人島の実質的な支配者は二人いることになるが……ニューゲートに世界政府との繋がりはない。

 魚人島が世界会議(レヴェリー)に参加して何かを訴えようとしても、ニューゲートでは力になることは出来ないのだ。

 ニューゲートからすれば業腹な話だが、カナタに頼る他にないのが現実だった。

 

「テメェのことだ。魚人島を自分のナワバリにした方が合理的だ、とでも言い出すんじゃねェかと思ったが」

「そちらの方が合理的なのは事実だがな。お前と衝突することを考えるとこちらの方が損失が少ない」

 

 白ひげは仲間に手を出せば黙っていない。

 ネプチューンの事を友人だと公言している以上、下手に介入すればニューゲートが動くことは十分考えられた。

 それに、ネプチューンもカナタの提案に頷くとは思えなかったということもある。

 

「好きにしやがれ。ネプチューンの立場を悪くしねェ程度になら認めてやるよ」

「感謝しやす、白ひげのオヤジさん」

 

 ニューゲートは笑いながらそう言い、ジンベエが感謝の言葉を述べて頭を下げようとすると、カナタがそれを止めた。

 

「カナタさん?」

「頭を下げるな、ジンベエ。お前は今、少なくとも私の傘下にある立場だ。この男に頭を下げる道理はない」

 

 先も言った通り、この件に関して()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 魚人島を治めるのはネプチューンの仕事で、ニューゲートはあくまで名前を貸して島を守っているに過ぎない。政策に口を出す権利も、そのつもりもない。

 今回カナタが足を運んだのはあくまでニューゲートに対して筋を通すためだ。

 カナタとニューゲートは同じ海賊だが、友達でも同盟相手でもない。どちらかと言えば敵対関係に近い相手だが、それでも通すべき筋はあるというだけの話。

 

「話はそれだけだ」

 

 カナタは背を向け、タイガーとジンベエを伴って〝モビー・ディック号〟を後にする。

 見送りなどあるはずもなく、カナタたちは船に戻るなりナワバリから出るために船を出した。

 タイガーは〝モビー・ディック号〟の方を見ながら、「あれでいいのか?」と疑問を口にした。

 

「あれでいいんだ。私とあの男の関係性などこんなものだからな」

「そうか……」

「しかし……」

 

 十数年ぶりに会ったが、随分と老いていた。

 人は老いには勝てないのだろう。オクタヴィアでさえ全盛期から比べれば力が落ちていた。

 〝村正〟に残った記録を読み取ればオクタヴィアの全盛期を垣間見ることも出来るが、当時の彼女はカナタと戦った時よりいくらか強かった。

 ニューゲートもあと数年すれば誰かに落とされるかもしれないな、と呟く。

 

「あの人が負けるところは想像出来んが……」

()()()()()()はこの海には幾らかいる。私もそうだし、リンリンやカイドウも同じようなことを言われている」

 

 だが、人間はいつか死ぬものだ。

 オクタヴィアやロックスだって、当時は世界最強の海賊と言われていたのだ。あの二人が負けるところは想像など出来ない──と言われることも多かっただろう。

 それに。

 

「今のニューゲートなら私でも(たお)せる。大きな戦いもなく、鍛錬もせず酒ばかり飲んでいるあの男になど負ける気も無い」

 

 過小評価も過大評価もせず、カナタは淡々とそう告げた。

 

 

        ☆

 

 

「親父」

「心配すんな。あの女は頭が良い。魚人島が不利になることはねェだろうよ」

 

 ニューゲートは酒を飲み、心配そうなマルコを窘める。

 いきなりカナタが来たと聞いた時は奇襲でもかけてきたのかと思ったが、黄昏と違って〝モビー・ディック号〟には常に隊長たちがいる。

 いくらカナタでもニューゲートと隊長たちを全員相手取ることは出来ないし、ニューゲートとて負けるつもりもないと考えて船に上がることを許した。

 一目見て、気になったことと言えば。

 

「……マルコ、あの女の腕、気付いたか?」

「腕? いや……そこまで見てなかったよい」

「傷跡があった……あれは何度か見たことがある。()()()()()()()()()()()()だ」

 

 カナタの左腕は長袖の服で隠されていたが、手の甲にはしっかりその傷跡が残っていた。

 つぶさに観察していたニューゲートはそれを見逃さなかったらしい。

 

「雷……? じゃああいつ、災害にでも遭って怪我したのかよい」

「災害か……まァ間違いじゃねェな」

 

 オクタヴィアは存在自体が災害のようなものだ。ニューゲートだって全盛期の彼女と戦えば死を覚悟する。今ならばまだしも、ロックスの船にいた当時は傷を負わせるのが関の山だっただろうけれど。

 〝ゴッドバレー〟以降、オクタヴィアとは会っていない。どうしていたのか興味も無いが……あの様子を見るに、カナタが倒したのだろう。

 娘に倒されるなら本望かもな、と他人事のように思うニューゲート。

 同時に、オクタヴィアを倒すまでに成長しているカナタの強さを脅威にも思う。

 

「七武海なんざつまらねェ連中ばかりだが、あの女は別だな」

 

 何年前だったか、ニューゲートの首を獲ろうと挑んできた七武海もいたが、あれとは比べ物にならない。

 発される覇気も、堂々とした佇まいも、ニューゲートをして戦えば本気にならざるを得ない相手だ。

 

「戦争するつもりなのか、親父」

「バカ言ってんじゃねェよジョズ。あの女と戦ったってどっちにも得はねェ。リンリンたちを喜ばせてやるつもりもねェしな」

 

 三番隊隊長であるジョズの言葉に否定を返す。

 今二人が争ったところで誰も得をしない。たとえ今後黄昏の海賊団が脅威になることがわかっていても、だ。

 ニューゲートも死を覚悟して戦わねばならない以上、息子や娘と呼ぶ船員たちにもそれを強いることになる。

 それだけは、出来なかった。

 

「まだおれの方が強ェが……あの女狐、いつまで大人しく政府の狗をやってるつもりだ」

 

 確実に何かを企んでいるのは直接会ってわかった。だが、何を企んでいるかまではわからない。

 ニューゲートの全盛期は過ぎた。後は老いて衰えるばかり……いざという時、息子と娘たちを守ることが出来るのか。

 親と子は別物だと理解していても、あの二人の子供がこうも大人しく政府の狗をやっていることに不安を掻き立てられる。

 今ならまだ、己の手で大切なものを守り通せるが──と、そう思わずにはいられなかった。

 

 

        ☆

 

 

 カナタたちは再びハチノスを経由して一路魚人島へ向かう。

 ニューゲートのところへ向かったのは遠回りだったが必要なことだった。あとはネプチューン王とオトヒメ王妃がこの提案を受けるかどうかだけが問題だ。

 船はコーティングしたのちに海底へ向かい、何かに襲われることもなく魚人島へと辿り着いた。

 入国の際には少々問答があったが、タイガーとジンベエが間を取り持ってくれたことでスムーズに竜宮城へと招いてもらうことが出来た。

 竜宮城の中で待っていたのはネプチューンとオトヒメ。そして大臣たちに衛兵が多数。

 カナタのことを警戒しているのは一目で見て取れた。

 

「久しいな、ネプチューン」

「うむ。何度か魚人島に足を運んでいたのは知っているが、直接会うのは久しぶりなんじゃもん」

 

 顔を合わせたのはカナタが初めて魚人島に来て以来だ。

 それ以降は魚人島に来ても会うことは無かった。会う用事が無いのもあるし、〝白ひげ〟のナワバリになった以上は大々的に動くことが出来ないということもある。

 それを押しても会いに来たという事はそれなりの理由がある、とネプチューンも理解して会談に臨んでいた。

 

「して、用件を聞くんじゃもん。タイガーがいるという事は、そちら関係か?」

「ああ。タイガーがマリージョアを襲撃したことで魚人島は立場を悪くし、世界会議(レヴェリー)に参加出来なくなった。だが、タイガー自身はオトヒメ王妃の考え方を否定するつもりは無いらしいのでな。その気があるなら私から再び魚人島が世界会議(レヴェリー)に参加できるよう働きかけをするつもりだ」

 

 ネプチューンは目を丸くしてカナタを凝視した。それほどまでに驚いたのだろう。

 タイガーと友人であることから始まり、タイヨウの海賊団と接触してここに至るまでの経緯を簡潔に説明する。既にニューゲートにも話を通しているところまで聞いたネプチューンはあまりの展開の速さに頭痛を起こしていた。

 

「話が急すぎるんじゃもん……白ひげの許可があるなら、まァわしとしても断る理由は無いが」

 

 ちらりとオトヒメの方を見る。

 こちらはこちらで展開の速さについていけずフリーズしていた。

 とは言え、だ。

 

「私に出来るのはそこまでだ。そこから魚人たちの住む場所を地上に移すなら他の国々と魚人島の国民を納得させる必要がある」

 

 あくまでカナタに出来るのは話し合いの場を用意するまで。そこから先、他の国々や魚人島の民たちを納得させるのはオトヒメとネプチューンの仕事だ。

 多少の手助けは出来るだろうが、主体的に動くのは彼らでなくてはならない。

 

「十分すぎます。あなたの手助けが得られるなんて思っていなかった……」

「私も最初は他人事だったが、友人の頼みだからな」

「友人……そう、そういうことですか」

 

 タイガーとカナタを交互に見てオトヒメは何度か頷いた。

 以前タイガーと会ったときは心が悲鳴を上げていたが、今はそれもない……大きな転機があったのだろうとオトヒメは思っていたが、その理由に納得する。

 

「私も負けていられませんね。私たちが地上で住むことが出来るように、努力を続けていれば、きっと……あなた達のように良き隣人となれるでしょう」

 

 互いに助け合える、良き友になれると。

 タイガーとカナタのように。あるいはネプチューンとニューゲートのように。

 種族が違えども、友になれるのだと示すことが出来る。

 オトヒメは気合を入れなおし、演説はより力の入ったものにしなければと燃え上がっていた。

 

 

        ☆

 

 

 竜宮城から出て船へと戻り、カナタはタイガー、ジンベエの二人と話をしていた。

 今後の動きについてだ。

 

「タイヨウの海賊団は一時的に私の傘下として扱う。だが、その場合〝白ひげ〟のナワバリである魚人島に戻ることは出来なくなる」

 

 カナタとニューゲートは不仲だ。故郷とは言え、黄昏傘下の海賊団が魚人島にいては色々と勘ぐられることもある。

 だが、タイヨウの海賊団はやりたくて海賊をやっている者ばかりではない。

 なので、あくまで傘下として扱うのは一時的なものだ。

 

「ジンベエ。お前、七武海に入る気はあるか?」

「わしが七武海に?」

「タイガーはやったことがやったことだ。ここから七武海に入るというのは難しい。だが、お前なら何とかねじ込めるだろう」

 

 カナタと違ってタイガーは直接天竜人に手をかけたわけでは無いが、マリージョアを襲撃した以上は目の敵にされる。どちらかと言えばカナタの方が特例だったこともあるし、タイガーが七武海になるのは難しい。

 なので、可能性があるのはジンベエの方だ。

 海賊をやりたくない者がいれば魚人島で静かに暮らすことも出来る。魚人の七武海がいれば種族間の融和という大義名分も出来る。

 

「じゃが、七武海の枠は全て埋まっているはずじゃあ……」

「一枠空けるくらい訳もない。お前の意思一つだ」

 

 カナタが抜けるのではなく、他の誰かを適当に落とすという意味での発言だ。

 さらっとそういう発言をする辺り、ジンベエは「やっぱりこの人は恐ろしい」と認識を改める。

 

「反発する者もいるだろうが、その辺りはお前たち内部の問題だ。魚人島に落ち着きたい者もいるだろうし、海賊として暴れたい者もいるだろう。よく話し合って決めることだ」

 

 アーロンなどの人間を嫌う者はタイヨウの海賊団から抜けることもあるだろうが……他人の選択をとやかく言うつもりもない。

 カナタはしばらく時間が必要だろうと一度話を切り上げるつもりだったが、タイガーは即答した。

 

「……タイヨウの海賊団を解散する。改めて、お前の下で働かせてくれ」

「アニキ!?」

「……いいのか? 元々お前を慕って集まった連中だろう」

「それがケジメってもんだ。おれが迷惑をかけたオトヒメ王妃のためにも、おれを慕って集まってくれたジンベエやアーロンたちのためにも……一度ここで解散して、ジンベエについていく奴だけを改めてタイヨウの海賊団として結成する。そうすりゃ、七武海として認められてもケチはつかねェだろ」

「まぁ目の敵にされているのは基本的にお前一人だからな」

 

 ジンベエには負担をかけるが頼む、と……タイガーは頭を下げてジンベエに頼み込む。

 慌てた様子でジンベエは「アニキ!」とタイガーの頭を上げさせる。

 

「頭を下げる必要なんてないわい! わしァアニキの手伝いをしたくてタイヨウの海賊団に入ったんじゃ!」

「それでもだ。おれの我儘に付き合わせちまう以上、これがケジメだ」

 

 おろおろとカナタとタイガーを交互に見やり、ジンベエは最終的に自分も頭を下げた。

 タイガーからタイヨウの海賊団の船長の座を譲り渡された以上、この名に恥じないようにすると。

 

「タイヨウの海賊団、二代目船長──謹んでお受けいたしやす」

「頼んだ、ジンベエ。もしおれが道を違えた時は、カナタかお前に殴ってもらう事にしよう」

「私はもう懲りたぞ。ジンベエやアーロンが大変だったんだ」

「アニキ、あれは流石に心臓に悪いからやめてくれんか……」

 

 そうか、と残念そうに言うタイガー。

 ひとまず話は纏まった。

 ジンベエは次の七武海としてカナタから推薦を受けること。タイガーは傘下ではなく黄昏の一員となること。

 落とし所としては十分だろう。

 人間を信じ切ることは出来ないタイガーでも、魚人島で竜宮城とカナタの連絡員として働くことくらいなら出来る。オトヒメの護衛として動いてもいい。

 オトヒメの演説も、それをタイガーが支持しているという構図が出来れば協力的になる島民も出てくるだろう。

 ……〝白ひげ〟のナワバリだが、タイガー一人だけなら事前に話を通しておけばこじれることも無いだろうし。

 

 そうして。魚人島は大きな転機を迎えた。

 

 




タイガー編は一応今回でおしまいです。今後の魚人島の動きとかはちょくちょく出るかもしれませんが、具体的にどうなったのかは原作魚人島編でやろうと思います。
アーロンはインペルダウンに行くことなくここで別れて独立。マクロ一味も同様。
そんなところです。

以前言った通り、10月は休載します。次の更新予定日は11/1です(試験が10/24のため)


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幕間 カイドウ/ロビン

一ヶ月ぶりの投稿です。正直しんどかったです。
ぶっちゃけやろうと思ってた話を忘れたので今回はお茶を濁す回です。


「カハハハハハハハハハハハハ!!!」

「ウォロロロロロロロロロロロ!!!」

 

 あらゆるモノが合体した巨大な怪物と、それに相対する巨大な龍が共に大口を開けて哄笑する。

 長時間に渡ってぶつかり合う二人の怪物は、周りの被害も考えずにぶつかり合っては甚大な被害を与えていた。

 前者はダグラス・バレット。後者はカイドウ。

 共に世に名だたる海賊である。

 

「ああ、楽しいじゃねェかバレット!! テメェほどの強さを持つ奴が欲しかったところだ……!! おれの部下になれ、バレット!!!」

「舐めたこと言ってんじゃねェぞトカゲ野郎!! おれは誰の下にもつかねェ!!!」

 

 獣形態のカイドウはとてつもない巨体を誇るが、ガシャガシャの実を覚醒させたバレットはあらゆるモノを取り込んで巨大化することでカイドウすら上回る大きさとなっている。

 巨大なだけでは良い的でしかないが、バレットは卓越した覇気の使い手でもあるため、取り込んで合体する物質に覇気を流し込むことで物理的な強度を底上げしていた。

 それこそカイドウと直接的にぶつかっても倒れないほどに。

 

最強の一撃(デー・ステエクステ・ストライク)!!!」

熱息(ボロブレス)!!!」

 

 巨大なバレットは武装色を何重にも重ね掛けしたことで、通常黒く染まる武装硬化が青みを持って光っている。並の攻撃ではカイドウに通用しないが、ここまで武装色で強化した一撃ならば十分に通じる。

 対するカイドウも山を木端の如く吹き飛ばす炎を吐き出し、巨大なバレットに直撃させた。

 表層を砕かれて巨体が揺らぐも、バレットは拳の勢いを止めることなく振り抜いた。

 

「ホブ──ッ!!!」

 

 龍の姿のカイドウより巨大な拳が直撃し、島の果てまで吹き飛ばされるカイドウ。

 派手にやられているように思えるが、既に同じようなやり取りを何度も繰り返している。カイドウは何度も何度も吹き飛ばされているが、バレットの消耗も大きい。

 これだけ覇気を使い続けていることもそうだが、カイドウの地形を変えるような攻撃を真正面から何度も受けているのだ。消耗が無い方がおかしい。

 

「クソが。どれだけ無尽蔵のスタミナだ……!!」

 

 ひとしきり笑った後、思わずと言った様子で吐き捨てるバレット。

 立ち寄った島に偶然遠征に来ていたカイドウと鉢合わせし、そこから数日に渡って戦い続けているが、カイドウは一向に倒れる気配がない。

 バレットの攻撃が効いていないわけでは無い。カイドウは体の至る所から血が出ているし、覇気も減じている。それでもなお倒れないだけの体力と気力が残っているだけだ。

 バレットとしても攻撃をここまでまともに受けて立ち上がった敵は初めてだ。これだけ頑丈だと色々試したくもなるが、既に一通りやれそうなことは試した後だ。

 あとはどうやってカイドウをブチのめすかだけを考えているが、倒しても倒しても笑いながら立ち上がってくる。

 カナタは本当にこんなやつを追い込んだのか、と舌打ちするバレット。

 

「癪な話だぜ……」

 

 一人で強さを求め続け、自由の答えを探し続けて旅をしてきた。

 だが、そろそろ単独での鍛錬も頭打ちになってきた。ここから上を目指すなら、同格かそれに近い相手との実戦経験が必要になるだろう。

 即ち、カナタの手を借りねばならない。

 バレットにとっては嫌な話だが、それが最も早く強くなれる道筋であることは確かだった。

 

「まだまだやれるよなァ、バレット……! 戦いはこれからだァ!!」

 

 数日ぶっ通しで戦っているせいか、カイドウのテンションが随分高い。

 互いにかなり消耗しているが、どちらも引く気が無いので泥沼の戦いに──というところで、通報を受けた海軍が軍艦を派遣していた。

 乗っているのはまさかのガープである。

 これにはさしものカイドウもバレットも分が悪いと引かざるを得ず、勝負はお預けとなった。

 

 

        ☆

 

 

「あ~……クソ、不完全燃焼だぜ……」

 

 ぐびぐびと酒を流し込みながら不機嫌に呟くカイドウ。

 百獣海賊団に所属して日の浅い者でも、酒を飲んでいるときのカイドウに近寄ろうとはしない。酒癖が悪いことは広く知られているからだ。

 そんなカイドウの前に堂々と歩み寄るのは上から下まで黒ずくめの男──常人には無い翼を携えた男、〝火災〟のキングである。

 

「カイドウさん、酒を飲んでいるところ悪いんですが」

「あァ? 何だキング、面倒事でも起きたか」

 

 酒を飲み始めたばかりなのが良かったのか、カイドウの返答はまだまともだった。

 キングは手に持った手配書をカイドウに渡す。その人物が今回の話に関係あるのだ、と。

 

「最近七武海に入ったドフラミンゴって奴をご存じで?」

「……知らねェな」

 

 七武海は〝白ひげ〟や〝ビッグマム〟、〝百獣〟に対抗する戦力として期待されている一面もあるが、カイドウからすればカナタ以外の七武海など有象無象に過ぎない。

 とは言え、一応情報は仕入れている。この海で情報の価値を知らない者は即座に脱落していくことを知っているからだ。

 そのカイドウが知らないという事は、それだけ新しい情報なのだろう。

 

「元の懸賞金は3億4000万ベリー。実際の強さは知らねェが……噂によると政府を脅して七武海に入ったらしく」

「ウォロロロロ! わざわざ政府を脅して地位を手に入れたのか!」

 

 そこまでして手に入れたい地位だとも思えないが、ここまでやるからにはそれなりに色々考えているのだろう。

 賢しいだけで実力が伴っていない海賊は幾らでもいるが、3億を超える懸賞金を見る限り最低限の実力はあると見える。

 とは言え。

 カイドウやリンリンと正面衝突を繰り返すカナタは言うまでもなく、〝赤髪〟のシャンクスとライバル関係にあるとされる〝鷹の目〟のミホークもその実力を警戒するべきだが、ドフラミンゴはその類の人物ではなさそうだった。

 カイドウは興味が薄れたように手配書をキングに返し、酒をグビリと飲む。

 

「で、そのドフラミンゴがどうしたって?」

「うちと取引をしてェと言ってきたんで、ひとまず報告を」

 

 相手がナメた態度の海賊なら踏み潰して終わりだが、互いの利益を考えた取引を持ち掛けてきたのでカイドウに報告を上げたらしい。

 キングにもある程度物事の裁量権が与えられているが、最終決定権はやはり船長であるカイドウに帰結する。

 カイドウは酒を飲もうと傾けた酒瓶を戻し、キングが持ってきた報告書を手に取った。

 

「……武器の取引か。やれると思うか?」

「〝黄昏〟が噛まない取引は裏社会でもパイの取り合いですからね。チャンスくらいは与えてもいいかもしれません」

 

 海運を主とする仕事をしていた裏社会の帝王たちは〝黄昏〟の台頭で軒並み力を削がれている。

 精々臓器や奴隷、武器や倉庫業などを営む者たちが生き残っているくらいだ。闇取引における海運は無くならないが、それでも大部分は〝黄昏〟が仕切っている。

 莫大な資金に目が眩んで派閥を変えようとした〝闇金王〟と呼ばれる男はリンリンに殺されたし、〝海運王〟とまで呼ばれていた男は商売敵である〝黄昏〟に仕事のほとんどを奪われて今では細々と食いつなぐのが精一杯な状況だ。

 百獣海賊団も、その同盟相手であるビッグマム海賊団も、おかげで資金を稼ぎにくく頭を痛めている。

 

「面白ェ、やらせてみろ。武器ならいくらでも作れる。これを売り捌かせて金と悪魔の実をかき集めろ」

「わかりました」

 

 何をやるにもまず金だ。次いで兵糧と兵力。

 金さえあれば大抵のことは解決出来る。〝黄昏〟が精強なのは莫大な資金を持っているからだ。

 カイドウはまた酒瓶を傾け、今後の展望を考えつつ、カナタの事を思い出して金棒で素振りをし始めた。

 

 

        ☆

 

 

「私、そろそろここを出たいのだけど」

 

 ロビンは実戦形式でジュンシーから身を隠す方法などをあらかた教えてもらい、いつ出て行っても問題ないレベルの実力と隠形を身に着けていた。

 〝黄昏〟は居心地が良くて考古学の資料も多く、研究をするだけなら出ていく必要は無いが……〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟は世界中に点在している。

 どうしても一か所に留まるだけでは駄目なのだ。

 

「そうか。いいんじゃないか」

 

 執務室まで押しかけて来たロビンの言葉に対し、カナタは書類から目を離さずにそう答えた。

 隣にいたオルビアはカナタの目の前まで来て机を叩く。

 

「ちゃんと聞いて! 私はまだ早いと思うの。まだ若いし、一人で海に出すなんて危なくて……私は認められないのよ!」

「私に当たるな」

 

 物凄い剣幕で怒るオルビアに肩をすくめつつ、カナタは手に持った書類を置いて改めてロビンの方を見る。

 オハラで助け出した時は幼い子供だったが、ロビンは成長して背も随分伸びた。

 

「まぁ、確かに一人では何かあった時のカバーも出来ないな」

「でしょう? それならここに残って、集めて来た〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を解読する作業をした方が……」

「自分自身も騙せない嘘は止めておけ。それは聴いている者を不快にさせるだけだ」

「……っ!」

 

 オルビア自身、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を求めて海へ出た身だ。

 危険が多いこともわかっていて、一度海に出れば我が子と二度と会うことが出来ないかもしれないとわかっていてもそちらの道を選んだ。

 だから、オルビアにロビンを止めることは出来ない。

 ロビンが選んだのは、オルビアと同じ道なのだから。

 何より、カナタは〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を求めてはいない。ハチノスに残っても〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の情報は手に入らないだろう。

 求めなければ見つかることのない石とまで呼ばれるのだ。ただ座して待っていても、決して手に入れることは出来ない。

 

「旅に出たいと言う者を引き留めることは誰にも出来はしない。だが危険が多いのも事実だ。それでも覚悟は変わらないのだな?」

「ええ。私は〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読んで、過去の歴史を解き明かしたい。オハラの皆もそれを願って研究していたから」

「理由の根幹に自分以外の誰かを置くな。それは窮地に陥った時、お前にとって大事なその人たちを恨むことになりかねない」

 

 やるなら自分がやりたいから、だけでいいのだ。

 ロビンは目を丸くして、しかしカナタの言っていることが分かったのか深く頷いた。

 

「私は私のために、〝空白の100年〟を解き明かしたい。だから、ここを出ていくわ」

「良い返事だ。ジュンシーからも順調に進んでいると聞いていたし、念のためにこちらで護衛を用意しておいた」

 

 こんなこともあろうかと、である。

 カナタは電伝虫で誰かを呼ぶと、それほど時間がかからずに執務室のドアをノックする音が聞こえた。

 

「ヒヒン、お呼びですか」

 

 馬の頭に胴体が人間、下半身が馬というミンク族の中でも特異な男──ゼンが三人の人物を伴って現れた。

 一人は日和、もとい小紫であるが、後の二人はロビンも見覚えがない。

 

「そこの二人は少し前、うちにある〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を手に入れようと侵入してきた大馬鹿者でな」

 

 ゼポとペドロ。

 前者は白熊の、後者はジャガーのミンク族である。

 

「捕縛に動いた小紫が制圧した。懸賞金額から言って苦戦するかと思ったが、存外そうでもなかったようだ」

「いやいやいや、相手が姫様となれば、おれ達も全力で戦うのはちょっと……」

「そうです。わかっていて対処させたのはカナタさんでしょう」

 

 ペドロの言葉に賛同するゼン。

 〝ゾウ〟出身のミンク族は光月家と兄弟分。特にペドロとゼポはイヌアラシとネコマムシから伝言を受け取っていたこともあって小紫の事も知っていた。本気で戦えるはずもない。

 何とかエレクトロで穏便に気絶させようとしたが、雷の能力者である小紫にちょっとした電撃など通用しない。逆に雷撃を喰らって気絶していた。

 ……もっとも、伝言を預かっているにも関わらず〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を盗もうと侵入しているので弁解の余地も無いのだが。

 

「大体、なんで忍び込んだんだ。まず私に頼もうとは思わなかったのか?」

「どこの海賊も隠し持っているものです。直接頼んでも駄目だと思ったので……頼めば許可を出してもらえたんですか?」

「いや、出さないが」

「やっぱり」

 

 がっくりと項垂れたペドロとゼポ。

 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の情報は秘中の秘。当然である。

 ハチノスの地下にはいくつか安置してあるが、入り口はカナタとドラゴンくらいしか知らない。どの道、二人には探し出せなかっただろう。

 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を手に入れるというのも、魚拓のように写し取るのが基本となる。大元が見つからなければ写し取ることも出来ない。

 考古学者たちの部屋には研究中の資料があるが、今ならそこにティーチが常駐している。相手をするなら小紫とどちらがマシだったかと言われると返答に困るところだ。

 

「リンリンとカイドウがいくつか隠し持っているだろうが、そちらはいずれ私が回収する。お前たちはロビンの護衛として、共に〝新世界〟以外の海で〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を探すといい」

「……あなた、手に入れるつもりは無いんじゃなかったの?」

「興味は無いが、放置出来るものでもないのでな。とは言え、私がやるのはそこまでだ。それ以外の(テキスト)に関しては自分の足で探してもらう他にない」

 

 世界政府は嫌がるだろうが、それはそれ。そんなことを一々気にするカナタではない。

 まぁ、最低限七武海としての建前もある。ロビンがハチノスから出れば表向きな支援は出来なくなるだろう。

 ペドロの懸賞金は3億8200万ベリー。これだけ高額なのは〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を探していることとその実力故にだ。

 ロビンの目的を考えても、護衛としても不足は無い。

 

「なるほど……そちらのお嬢さんを守るのがおれ達に科せられた罰という事か」

「嫌なら別の者を護衛として立てるが」

「嫌ではない。目的が同じなら協力できるだろう。ゼポ、構わないな?」

「ああ、おれに異論はねェ」

 

 ゼポはサングラスをかけ直しながらニヒルに笑う。ペドロの陰に隠れてはいるが、ゼポも実力は高い。

 二人と握手するロビンを見ながら、小紫は首を傾げた。

 

「……ロビンさん、出て行っちゃうんですか?」

「ああ。六式くらいは仕込んでおきたかったが、時間が足りなかったな」

 

 六式はそれなりに肉体を鍛え上げないと使えない体技だ。覇気も使えていれば実力は飛躍的に上がっただろうが、武装色も見聞色もロビンにはあまり適性は無いらしい。

 オルビアを見てもそうだが、血筋的にも身体能力はそれほど高くは無いので仕方ないのかもしれない。

 困ったらペドロとゼポに頼るしかないだろう。

 

「寂しくなっちゃいますね……」

「死ぬわけじゃ無いんだ。生きていればどこかで会う機会もあるだろう」

 

 活動場所は〝新世界〟から別の海になるので小紫と出会う可能性は低くなるが、いつかまた戻ってくることもあるかもしれない。

 何が起こるかわからないのがこの海だ。リンリンやカイドウに目を付けられれば危険度は跳ね上がるが、今のところは情報統制が出来ているのでしばらくは大丈夫だろうが……。

 

「自身の情報の取り扱いには十分気を付けることだ。政府はすぐに嗅ぎつけるだろうし、リンリンやカイドウにロビンが〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読めることが知られれば狙われることになる。私としてもあの二人は早めに潰しておきたいが……」

 

 流石に〝黄昏〟単独ではあの二つの海賊団を相手にするには無理がある。海軍は腰が重く、政府も現状維持に必死になっていて原因を取り除くつもりも無さそうだった。

 ちょっとつついてやれば重い腰を上げるかもしれないが、海軍と黄昏が協力しても百獣・ビッグマム同盟を完全に壊滅させることは難しい。

 海賊同盟を壊滅させるのが難しいというよりも、この戦争における被害が甚大なものになるのがわかり切っているのでその後の統治に問題が出るから、というのが正しいかもしれない。

 白ひげは積極的に秩序を乱しはしないだろうが、ロジャーの処刑以降海賊は増えた。

 黄昏と海軍が弱体化すれば、それを好機と見た多くの海賊たちが暴れだすだろう。

 だから下手に戦争を仕掛けられない。抑止力としての機能が破綻してしまうからだ。

 

「大丈夫。頼もしい仲間も出来たから、私の事は私で何とかするわ」

「そう言ってくれるとありがたいな」

 

 ロビンの出航はひっそりと行う必要がある。重要人物だからこそ情報は秘匿しておかねばならないので盛大に送り出すことが出来ないのだ。

 オハラの一件以降、ロビンはずっとハチノスにいた。知り合いも多い。

 せめて別れを告げるくらいは良いだろうと、ロビンは執務室を出て行った。

 

「さて……二人には改めて、あの子をよろしく頼む」

「ああ、任せてくれ。おれ達の命に代えてもあの子の命を守ろう」

 

 元々ペドロとゼポの二人はノックス海賊団と呼ばれている。

 〝ゾウ〟を出たのは、ネコマムシたちの言う「いずれ来る〝世界の夜明け〟」のために〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を集めようとしたからだ。

 少し前まではもっと人数がいたが、様々な理由で旅を続けられない者たちを弟分に任せて二人で旅を続けている。

 ペドロたちの目的もロビンの目的と大まかに一致していること、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読めるという技能の希少さを理解していることの二点からペドロたちが裏切る可能性は低い。

 そう判断してカナタは二人をロビンの護衛にした。

 

「ところで、ネコマムシとイヌアラシからの伝言とは何だったんだ?」

「あァ……イヌアラシ公爵からは〝いつでも歓迎するから好きな時に来てくれ。出来れば姫様も連れて〟だ。ネコマムシの旦那からは〝イゾウと河松ばかり姫様の傍仕えするのはずるいからたまには代わってくれ〟と」

 

 隠すつもりのない要求に思わずカナタは笑い、小紫は恥ずかしそうに身を縮こまらせていた。




キングの話し方がイマイチわからないので変な感じに。もうちょい出番増えれば…(ジャンプ読んでない勢)

次回はロムニス帝国関連(の予定)
ボチボチ役者もそろいつつあるんですが、オリキャラはもうちょっと増えるんじゃ。


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第百二十九話:〝赤髪〟

原作八年前

前回忘れてた話(シャンクス関連)を入れたので帝国関連は次回になります。


 ペドロとゼポを護衛にしたロビンを見送り、一ヶ月ほど経過した。

 最初こそ執務室の端で鬱々とした雰囲気だったオルビアも何とか気を取り直して研究に戻りつつある、とある日の事。

 港を管理する部下からカナタの下へと緊急の連絡が入った。

 

『こちら港湾管理です!』

「何か面倒事でも起きたか?」

『海賊です! 遠目に見える海賊旗からして、〝赤髪海賊団〟です!』

「シャンクスか。通していいぞ」

『ええッ!?』

 

 ここ数年で飛躍的に勢力を拡大しつつある〝赤髪海賊団〟が現れたという事で慌てていたようだが、カナタは至って冷静だった。

 そもそも見知った顔だ。〝黄昏〟の古株はロジャー海賊団とも交流があったので顔を覚えていることもあるだろうが、ロジャーが処刑されたのももう10年以上前の話になる。彼らとの関係を知らない者も多い。

 以前会ったときはまだ子供だったが、どれほど成長したのか。その姿を見るのが楽しみだった。

 今では七武海となった〝鷹の目〟ジュラキュール・ミホークとの戦いの噂はカナタの耳にも入っている。もちろん、シャンクスの〝左腕〟の事も。

 

 

        ☆

 

 

「カナタさん! 久しぶりだなァ!」

 

 カナタが港に着くなり、右手を軽快に振りながら呼びかけるシャンクス。左側の服の袖はひらひらと揺れている。

 その姿を見て、カナタは驚くでもなく真剣な顔をする。

 シャンクスは左利きだ。利き腕を無くすという事がどれほどの事か、また利き腕を無くしてなおここまでのし上がるのがどれだけ大変なことか。ある程度は理解できた。

 カナタは自分よりも随分大きくなったシャンクスに対し、ちょいちょいと頭を下げるよう手招きをする。

 

「? なんだ?」

「頑張った者への褒美だ」

 

 カナタに目線を合わせるように屈んだシャンクスの頭を撫でる。

 目を丸くして驚きつつ、気恥ずかしさの方が勝ったのか、カナタから距離を取ったシャンクス。

 後ろで見ていた赤髪海賊団の面々は一斉に指笛などで囃し立てていた。

 

「おや、もういいのか?」

「いやいや、おれァもう子供じゃねェよ! これでも海賊団の船長だからな。そういうのは止めてくれ!」

「そうか。残念だ」

 

 カナタにとってはロジャーと旅をしていた頃の子供のイメージが強い。ついその時の感覚で接してしまったのだろう。

 いつも被っていた麦わら帽子も無いようだし、彼は彼の冒険をしてきたことを否が応でも感じさせる。

 

「ここに来た理由も聞きたいところだが……それは後でもいい。まずはお前たちの旅の話を聞かせてくれ」

 

 シャンクスの後ろにいる仲間たち──ベン・ベックマン、ラッキー・ルウ、ヤソップなど、個々に名を上げている男たちのことも含めて。

 昼間から宴というのも、たまにはいいだろう。

 

 

        ☆

 

 

 スコッチやジョルジュを含め、時間のある者たちを集めたのちに大規模な宴を開いてシャンクスたち〝赤髪海賊団〟を歓迎する。

 シャンクス以外は初めて見る顔ばかりなので、ひとまず幹部陣だけでもと一通り顔を合わせていた。

 全員と顔合わせをするにはあまりにも多い。とは言え、〝黄昏〟ほど莫大な人数を抱えているわけでは無いのだが。

 

「しかし、ここも賑やかになったなァ……」

 

 港近くの広場を使って宴会をしているのだが、シャンクスはロジャーの船にいた頃も同じように宴会をしていたことを思い出し、あの時と違う光景にキョロキョロと辺りを見回す。

 建ち並ぶ家々や商店、行き交う人々……ほとんど人の住んでいなかった島がここまで発展していることに目を丸くするほどだ。

 今や〝黄昏〟の名を知らぬ者はいない。

 本拠地であるこの島が発展しているのもまた、必然ではあるのだろう。

 

「カイエは元気にしてるのか?」

「ああ。あの子も随分背が伸びた……お前よりもな」

「そうかァ……今日はいねェのか?」

「仕事で出ている。それより、バギーはどうしたんだ? お前たち、いつも一緒だっただろう」

「船長が処刑されてから、一緒に来ねェかって聞いたんだけどな。風の噂じゃどこかで海賊やってると聞いてるよ」

 

 海賊王の死んだ町、〝東の海(イーストブルー)〟のローグタウンで別れてそれっきりだと言う。

 〝新世界〟に入る前にシャボンディ諸島でレイリーには会ったらしいが、同じことを聞かれたらしい。

 実力はロジャー海賊団の中でも一際アレだったが、皆が気にかけている辺り気に入られてはいたのだろう。

 

「……お前のその腕、誰にくれてやったんだ?」

「これか? ……〝新しい時代〟に、懸けてきた」

「そうか……後悔が無いのなら良い。どんな奴なんだ?」

「まだ小さいガキさ。だが、ロジャー船長と同じことを言うんだ!」

 

 嬉しそうにその子供のことを話すシャンクス。

 〝東の海(イーストブルー)〟のとある島に一年ほど拠点にした際に出会い、仲良くなった。最終的に左腕を落とし、麦わら帽子を渡してきたのだと語る。

 いつか一人前の海賊になったら返しに来ると約束をしたらしく、今からその時が楽しみだと笑っていた。

 

「その子供、名前は?」

「ルフィって言うんだ。海賊やるって言ってたが、カナヅチでな! まァ悪魔の実を食べたからもう泳ぐのはどう足掻いても出来なくなっちまったんだけど──」

「……その悪魔の実、ゴムゴムの実か?」

「! ……知ってたのか?」

「政府が一時期騒いでいたからな。お前にしては珍しく、政府の船に襲撃をかけたそうじゃないか」

 

 政府の護送する船を襲撃し、ゴムゴムの実を奪ったシャンクス。

 当時は情報が漏れないように政府も色々と対策を講じていたが、カナタの耳にはばっちり入っていた。担当していたCP9は投獄されたし、政府はシャンクスと一戦構える覚悟もあったようだが、リスクとリターンが合っていないと判断したのか結局そのままうやむやになった。

 そうでなくともカナタはその少年の事は知っていたのだが。

 

「色々理由があったんだ。どうしてもその実が欲しくなって……」

「そうか。私は別に興味はない。嘘を吐いてまで誤魔化す必要は無いぞ」

「……あー、やっぱりバレるか」

 

 色々理由があったのは事実なのだろう。カナタはそこまで追求するつもりが無いのでその辺りの話は切り上げ、ルフィという少年の話に戻す。

 

「その子供、モンキー・D・ルフィという名前か?」

「いや、フルネームは知らねェけど……なんでカナタさんが知ってるんだ?」

「私の息子だ」

 

 ブーッ!!! とその場にいた全員が一斉に酒を吹き出した。

 酒が飛び交って虹がかかっている。汚いのでカナタは咄嗟に氷の壁で防いでいた。

 

「冗談だぞ」

「し、心臓に悪い冗談はやめてくれ……!!」

 

 呆れた顔のカナタに対し、周りの者たちは安堵したように口元を拭っていた。

 実際、カナタに息子がいたら爆弾どころの話ではない。長いことカナタから離れる機会の無かったスコッチやジョルジュまで驚いているのはカナタの普段の行動ゆえだろうか。

 それだけ影響力の強い女なので仕方ないところもあるのだが。

 

「先日ガープが来て、ひとしきり孫の自慢をしていったからな」

「なんでここでガープが出てくるんだ……?」

「お前の言うルフィの祖父がガープだからだ」

 

 「冗談だろ?」とカナタを見るシャンクスだが、今回は冗談ではない。

 ロジャーとよく戦っていたガープの孫がまさかルフィだとは、シャンクスも流石に知らなかったらしい。酒を片手に遠い目をしている。

 

「世の中、案外狭いなァ……」

「あそこにいる青緑色の髪の少女だが、あれはおでんの娘だぞ」

「そうか、おでんさんの……おでんさんの娘!!?」

 

 ギョッとした顔で小紫の顔を見るシャンクス。

 おでんにはあまり似ていないが、おでんの妻であるトキにはよく似ている。言われてみれば確かに面影はあるのでシャンクスも納得したようだ。ロジャーの船に乗っていた頃に会っているはずだが、幼すぎて成長した今の姿が分からなかったらしい。

 ワノ国の現状とおでんの最期、リンリンとカイドウの同盟などを簡潔に説明しつつ、小紫がここにいる理由を伝える。

 

「なるほど……」

 

 なみなみと注がれた酒をジッと見つめつつ、真剣な顔で何かを考えているシャンクス。

 ロジャー海賊団の誰もが、光月おでんという男の事を好ましく思っていた。これだけ人から好かれるのはやはり彼の人徳なのだろう。

 カナタとは非常に相性が悪かったが。

 

「カイドウとビッグマムの同盟に手を焼いてるのか。やっぱりカナタさんでもあの二人を同時に相手取るのは難しいのか?」

「ここ最近のカイドウは随分力を付けてきている。リンリンは言うまでもない。この二人を同時に、というのは流石に厳しいところだ」

 

 一人ずつなら負けるつもりは無いが、二人同時となると勝算は薄い。

 特にカイドウだ。バレットでも倒せない頑強な肉体、衰えない気力、無尽蔵かと思うほどの覇気。多くの海賊たちをその実力だけで打ち倒し、従えている姿はカナタをして脅威と言わざるを得ない。

 リンリンも全盛期は過ぎているはずだが、まだまだ衰える気配はない。子供たちが育っている分、勢力としての脅威は以前よりも増していると考えていいだろう。

 〝黄昏〟単独ではこの同盟に太刀打ちできない。

 

「なら、おれ達と同盟を組むのはどうだ?」

「お前たちと?」

「ああ。おれもおでんさんの事は好きだった。あの人の故郷を救うならおれも手を貸したい」

 

 〝赤髪海賊団〟はまだルーキーの部類に入るが、実力は高い。百獣・ビッグマムの海賊同盟に対抗するなら海軍と手を組むより協力出来る。確かにありだろう。

 だが、現段階でシャンクスと同盟を組むという事は七武海の地位を放棄することを意味する。

 それはマズイ。

 

「……今、私は魚人島を世界会議(レヴェリー)に参加させようと色々動いている。この段階で七武海の地位を捨てることは出来ない」

 

 タイガーとの約束がある。魚人、人魚の地位を少しでも向上させ、対等の立場でものを言えるようになればまた別だが……人間との融和の道はまだ遠い。

 この状況でカナタが七武海から抜けることはタイガーやオトヒメ王妃の活動から手を引くことと同じだ。

 会いたくもないニューゲートと顔を合わせて調整したこともあるし、しばらくは難しいだろう。

 各国に対する影響力、という意味なら七武海の地位は不要だが、やはり魚人島が世界政府加盟国としての立場を得るならカナタが七武海の地位を使って牽引する必要がある。

 

「そうか……カナタさんも色々忙しいんだな」

「ああ、悪いな。だがお前の考えはわかった。いずれ動く時が来るだろう。その時に手を貸してくれればいい」

「わかった。いつでも言ってくれ」

 

 昔からの顔なじみだ、遠慮も不要だろう。

 同盟を組むならこれ以上に協力出来る相手もいない。

 

「ところで、なんでガープがここに来るんだ? やっぱりカナタさんが七武海だからたまに視察に来るのか?」

「いや、前回来た時はバレットが色々なところで問題を起こしたからだな。あとうちで取り扱っているお茶を買い漁っていく」

 

 バレットの釈放はカナタの要望によるものなので、政府はバレットも〝黄昏〟の一員と捉えているが、当人もカナタもそう考えてはいなかった。

 なのでバレットは好き勝手に暴れているし、カナタもバレットに苦言を呈することは無い。監督責任などないと判断しているからだ。

 必要な物資などは取引しているし、たまにカナタから仕事の依頼を出すこともあるが、バレットはあくまで個人で動いているだけだった。

 ガープが文句を言っても暖簾に腕押しである。

 

「バレットかァ……あいつも懐かしいなァ」

 

 一時期ロジャー海賊団に在籍していたのでシャンクスも顔見知りではある。当時からレイリーと同じくらいの強さを誇る実力者だったが、やはりロジャーに及ぶことは無かった。

 今戦えば、果たしてシャンクスは勝てるのか。戦うことに意欲的ではないにしても若干の興味はあった。

 利き腕を無くしたシャンクスにバレットが興味を持つのか疑問ではあるが。

 

「〝鷹の目〟との決着も付けられていないのだろう。義手でも作るか?」

「いやァ、どうかな。生身の体と同じくらい動けるとも思えねェけど」

 

 能力者の中には失った体の一部を能力で補うことが出来る者もいる。カナタもその気になれば欠損した部位を氷で補えるが、今のところは五体満足なので不要な技能だった。

 シャンクスは能力者では無いので、その手の悪魔の実を探せば昔のように戦えるようになる可能性はある。

 あまり興味は無さそうだが。

 

「挑戦に無駄はない。うちには腕の感覚が鈍いから脚に着ける装備を作った者もいる。興味があるなら手配はしておくが」

「そうだなァ……やるだけやってみるか」

 

 両手があれば酒を飲むときに自分で酒を注げるしな、と笑うシャンクス。

 意外とそこは気になるらしい。

 部下を使ってカテリーナを呼び、シャンクスの身長などからある程度腕の寸法を測る。実際に戦闘では使えずとも、体のバランスが取れるようになるだけで大分違うものだ。

 彼女ならば、多少時間はかかるが質の良い物を作ってくれるだろう。

 

「カッコいい奴作ってくれよな」

「任せてくれたまえ! 生身の腕より凄いのを作るとも!」

 

 シャンクスもカナタも覇気を纏わなければ普通の人間とあまり変わりはしない。リンリンやカイドウの方が例外と言える。

 普通の腕と同じように覇気を纏えるなら、普通の腕よりカテリーナの義手の方が高性能になっても変では無い。

 ……思った通りに動くなら、という前提付きではあるが。

 

「そう言えば、うちに来た用事は結局なんだったんだ?」

「ああ、そうだった。久しぶりに近くに来たんで顔を出しに……それと、酒と食料を買いたいんだ」

 

 今でも〝赤髪〟は多くの傘下の海賊を従えている。ナワバリも既に持っており、その名に守られている島も少なくない。

 もちろん世界政府加盟国だろうと非加盟国だろうと〝黄昏〟は販路を広げているが、余計なトラブルを避けるためにビッグマム、百獣、白ひげのナワバリには入っていない。例に漏れず〝赤髪〟のナワバリにも同じ対処をしていたが、シャンクスはそれを知って直接カナタの下に来たらしい。

 

「うちのナワバリになっても前と変わらず商売してくれた方が色々と助かるし、頼むよ」

「いいぞ」

 

 頭を下げて頼み込むシャンクスだが、カナタは気にした風もなくあっさり許可を出す。

 元々トラブルを避けるための処置だ。トラブルが起きないなら以前と同じように海運を行う。

 あとでリストアップが必要だなと考えつつ、この調子では明日になるだろうなと酒を飲んでいる面々を見て思う。

 実際、宴会は夜通し続き、最終的にほとんど全員が酔い潰れてお開きとなった。

 

 

        ☆

 

 

 翌日。

 案の定と言うか、当たり前と言うか、シャンクスは二日酔いでグロッキー状態だった。

 ジョルジュやスコッチもかなり深酒したらしく、朝になっても起きてこない。

 そんな中、カナタは普通にいつも通りの時間に起きて朝食を食べ、シャンクスの下を訪れていた。

 

「うっぷ……飲み過ぎた。気持ち悪い……」

「飲み過ぎだ馬鹿者。そこまでなるほど飲むやつがあるか」

「カナタさんだって結構飲んでただろ。何で平気なんだ……」

「私は元々あんまり酔わないタチだ。それにお前程深酒をしていない」

 

 何事もやりすぎは厳禁なのだ。

 呆れた顔で水の入ったボトルを渡し、シャンクスがそれを飲んでいる間に必要なことを伝えておく。

 

「お前が昨日言っていたナワバリとの交易だが、どこがお前のナワバリになっているのかリストアップしておくから確認をしておくように。それと食堂の場所はわかるか? 二日酔いに効くものを作らせておくから、多少マシになったら食べに行くと良い。どうしても駄目そうなら医務室でスクラに頼めば薬もある」

「何から何まですまねェ……母ちゃん」

「誰が母ちゃんだ」

 

 こんなデカい子供を持った覚えはない。

 体が大きくなっても抜けているところは変わらないらしい。




一応予定としては
・ロムニス帝国
・エース関連
が今章でやる予定の話になります。アラバスタ辺りも考えはしたんですが、原作入ってから描写してもいいかなと。今やると話が長くなりますし。

……今年中に原作、入れるかなぁ……。


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第百三十話:帝国

原作六年前


 ロムニス帝国と呼ばれる国がある。

 〝黄昏〟の本拠地である〝ハチノス〟からおよそ半日。ほど近い距離にあるその島は偉大なる航路(グランドライン)でも有数の大国であり、同時に広い海の中で最も成長を続けている国である。

 国土が広いから、だけではない。

 カナタが七武海に入るより以前からロムニス帝国は〝黄昏〟と手を結び、世界でもいち早く経済大国として基盤を整えたからである。

 〝世界会議(レヴェリー)〟でも強い発言権を持つ大国であり、カナタが他国より優先するくらいには強い協力関係を築いている。

 全ての海に拠点を置く黄昏としても、帝国は〝ハチノス〟を除けば最大拠点と言っても過言では無かった。

 その大国が今、揺れていた。

 何故ならば、帝国の王が()()()()()()()からである。

 

 

        ☆

 

 

 王制を採用するこの国では前王から代が変わってまだそれほど長く経っておらず、また病気を患っていたと言う情報も無いことから市井には様々な噂が流れていた。

 曰く、〝海賊に殺された〟。

 曰く、〝世界政府が暗殺した〟。

 根も葉もない噂は刺激を求める人々にとっていい話題なのだろう。好き勝手に口さがなく話しており、そんな噂話はカナタの耳にも入っていた。

 滅多に着ない黒の喪服に袖を通し、船から降りたカナタは巨大な馬車に乗り込んで腰を下ろす。港から王城へ向かうために用意された特別便だ。

 影響力の小さい島の王ならばまだしも、ロムニス帝国はカナタとしても無視出来ない国だ。経済的にも、〝世界会議(レヴェリー)〟の発言権的にも。

 国王の葬儀ともなれば顔を出さないわけにはいかなかった。

 

「デケェ馬車だな」

「馬車は時間かかるし、ケツがいてェから嫌いなんだがな……」

 

 カナタに続き、黒いスーツに袖を通したスコッチとジョルジュの二人も乗り込む。

 黄昏のトップに幹部が数名訪れる程関係が深い、と示すためのアピール要員だ。

 そして最後に一人。

 

「やはりわたくしが行くのは場違いではありませんか? 剣を振るう以外のことは自信がありませんが……」

 

 角の生えた金髪の女性がためらいがちに馬車に乗り込み、緊張を隠せない様子でそう口にする。

 スコッチやジョルジュの倍はあろうかという体躯が非常に目立つが、立場的に格上の三人を前にしては縮こまる以外に無かった。

 ラグネル、とカナタは女性を呼ぶ。

 

「お前の国の王が死んだのだ。あの女への義理もある。顔を出さないという訳にもいかないだろう。私たちの後ろで大人しくしていればいい」

「そういうものですか……」

 

 納得したような、していないような、何とも言えない顔のまま座席に座る。

 ラグネルの体躯が一際大きいので重心が偏らないよう真ん中に座らせ、対面にカナタ達三人が座る。小柄なカナタに至っては足が床に着いていない。

 もう慣れたが、体の大きい者はそう珍しくも無いのだ。それに合わせたサイズの馬車となるとこうなるのも必然ではあった。

 王城に向けて出立した馬車に揺られつつ、スコッチは口を開く。

 

「しかし急だったな。死因はなんだったんだ?」

「病死と聞いている。突発的だった、とな」

 

 若くとも病に倒れることはある。

 だが帝国にも腕のいい医者はいるし、当然ながら定期的な検診も受けていたはずだ。何も予兆が無かった、というのも考えにくい。

 

「暗殺か?」

「帝国は私の足元だぞ。易々と入れると思うか?」

 

 〝ハチノス〟程ではないとは言え、帝国の監視体制はカナタも協力して整えさせている。サイファーポールでも易々と侵入出来る場所ではない。

 仮に暗殺なら身内の犯行だし、外部の犯行ならそれはそれで頭の痛い話になる。

 どちらにしても死因の検証は必要になるが……。

 

「検死はこちらで行うから手は借りない、と言われてしまってはな」

「無理矢理介入も出来たんじゃねェか?」

「そうしても良かったが、他に気になることもあった」

 

 ディアナ、と呼ばれる女がいる。

 亡くなった国王の妻、即ち王妃に当たる人物だ。もちろん偽名だが、以前から使っていた名前を今でもカナタは使っていた。

 この女のことがカナタは気になっていた。

 

「権力欲の強い女だ。下手をすれば……と私は思ったわけだ」

「……国王を暗殺したのが王妃ってことか? 何もしなくたって国王を後ろから操ればいいんじゃ……」

「さて、どうだろうな。仮定の話だ」

 

 一度会ってみればはっきりする。フェイユン程ではないが、カナタも悪意を感じ取ることは出来るのだから。

 

 

        ☆

 

 

 王城に着いた四人は、馬車から降りて案内人の後ろに続く。

 国土も広い分経済的にも余力があるのか、ロムニス帝国の王城は凄まじく広い。この城で働くメイドや執事、警備の数も相当数おり、国王の葬儀という事で誰もが慌ただしく働いていた。

 国の重鎮。国内の貴族。周辺諸国の王侯貴族。

 誰もが急な事態に情報を求め、そこかしこで盛んに話している。

 そんな中へと、カナタたちは足を踏み入れた。

 

「おい、あれ……」

「〝魔女〟……それに〝黄昏〟の幹部か」

「後ろにいる女、あれはアドニス家の……!」

 

 カナタたちが来たことに気付いた者は、畏怖を持って──あるいは敬意を持ってそちらへと視線を向ける。

 葬儀であっても各国の力関係は反映される。近隣では最大の協力関係にある国の王でも、相手が〝黄昏〟のトップであれば一歩引かざるを得ない。

 カナタ自身にその手の序列への興味が無いとしても、誰もが不評を買うことを恐ろしく思っている。

 何しろ、どんな国であろうとも手を切られれば破綻する。

 〝新世界〟の多くの国は、常に喉元へ銃を突きつけられているようなものなのだから。

 

「どっちを向いても国の重鎮ばっかりだなァ……」

「そういう場だからな。おかげで誰も来たがらないので困っている」

「そりゃおれ達だって元はただのゴロツキだぜ。こんなとこ場違いにも程があらァ」

 

 スコッチもジョルジュも、元々は小さな島で育った普通の一般人だ。ここまで来れたのがある種の奇跡とも言える。

 本当ならもっとこの手の場所に慣れている者が出るべきなのだろうが、カナタ以外に貴族に通じるマナーを学んでいる者もいないので、比較的穏健なメンバーを選んでいるだけだ。

 比較的暇がありそうなジュンシーやグロリオーサには絶対に出ないと拒否されてしまったので消去法である。

 カナタは案内人と何かを話し始め、暇になったスコッチは後ろにいるラグネルへと話しかけた。

 

「ラグネル、お前貴族の出だろ。おれ達より余程向いてるんじゃねェか?」

「いえ、わたくしはその……あまり好ましくない生まれなもので」

「そうか。もう少し色々経験積んだら昇進させてやるから、おれ達の代わりにこういう場に出てくれ」

「話聞いてました!?」

 

 スコッチは余程嫌なのか、ラグネルに押し付ける気満々だった。ジョルジュは呆れた様子だが、基本は同意見なのか異を唱えることも無い。

 そんなことを話しているうちにカナタが戻ってきた。

 

「私は少し席を外す。葬儀が始まるまで少し時間があるのでな、王妃と会ってくる」

「おれらはこのままか?」

「私と話したい連中ならいくらでもいるが、葬儀が終わるまでは大人しくしているだろう。それまでには戻ってくるさ」

 

 仮にも大国の王の葬儀だ。ざわついてはいるが、基本的にこういった場に出られるのはマナーを熟知している者ばかりだ。

 軽率な行動をしそうな若い者もいるが、お付きの者もいる。下手なことはしないだろうと判断し。

 カナタは少しの間、奥にいる王妃と会うことにした。

 

 

        ☆

 

 

 王城の内部は迷路のようになっている。

 ただ広いだけの建物ではなく、意図的に王族の住む奥の部屋へ辿り着けないよう設計してあるのだ。

 構造を把握していなければ迷うのは必然と言える。

 まぁ、世の中壁をぶち抜いて真っ直ぐ奥の部屋へ進むような頭のおかしいやつも一定数いるのだが。

 

「この部屋です」

 

 案内人に連れられて部屋の前に立ったカナタは、ノックをして中へ入る。

 中にいたのは、金髪碧眼の妖艶な女性だった。

 

「あら、来てくれたのね。嬉しいわ」

 

 夫であろう王を亡くしたにしては以前と様子が変わらない。そこは簡単に内心を表情に出さない技術もあるので気にする必要は無い。

 だが、カナタは以前から彼女についてはやや危険視していた。

 この女は強欲だ。

 あらゆるモノ、権力、力……海賊よりも海賊らしい、全てを欲する女。それが目の前の女性──ディアナに対するカナタの評価だった。

 

「懇意にしている相手の夫、それも国王の葬儀となれば顔を出さないわけにもいくまい」

「そうかしら。貴女は海賊だから、その手の事はあまり興味が無いと思っていたわ」

「海賊の世界にも仁義はある。私たちは共に利益を上げるための協力関係にある以上、興味が無くとも筋は通す」

 

 軽口を叩きつつ、カナタはディアナの対面のソファに腰を下ろす。

 案内人は既に扉を閉めて退室している。部屋の作りも防音になっており、誰かに会話を聞かれることも無い。

 

「……今回の王の死の件だが、お前が何かしたのか?」

「何故そう思うのかしら。私にとっては大事な夫よ?」

「お前の欲望の大きさが計り知れないからだ」

 

 カナタの赤い瞳がディアナを射抜く。

 ディアナはうっすらと笑みを浮かべたまま、「貴女は知る必要のないことよ」と返す。

 その返答だけでカナタは十分だった。

 

「……そうか」

「私たちの関係はこれまでと変わらない。互いに利益を出し続ければ排除する理由も無いでしょう?」

「そうだな」

 

 彼女たちの関係性はそれ以上でもそれ以下でもない。ただのビジネスライクな関係性に過ぎない。

 王が死のうと、既に後継が産まれている以上は問題も起きないだろう。たとえその後継者をディアナが裏で操ることになったとしても。

 

「心配せずとも、貴女の計画を邪魔するつもりは無いわ。何に使うつもりか知らないけれど」

 

 ディアナの手元にあるのは計画書だ。

 既に海列車を模倣して陸に列車を作り、国内の移動を円滑にするための線路の敷設が始まっている。

 外との経済は黄昏の領分だが、内需の拡大は国の領分だ。列車の作成も線路の敷設も、既に国主導で話は進んでいる。

 それと、もう一つ。

 

「この電波塔というのは何に使うの? 通話するだけなら電伝虫で十分じゃなくて?」

「それは通話用じゃない」

 

 固有の電波を持って同族と交信出来る電伝虫の力を人工的に再現したものだ。もっとも、電伝虫と違って世界中には電波が届かないが。

 作成者はカテリーナである。

 

「何に使うの、これ?」

「海上で位置を知るための機械だ。船には〝永久指針(エターナルポース)〟を載せることを義務付けているが、何かあった際に故障しないとも限らないのでな」

 

 いわゆるGPSである。

 現在では黄昏の傘下にある島のみ作成が進められており、完成すれば近隣の島々の電波塔と船に載せてある電伝虫を使って位置情報を確認出来るようになる。

 もっとも、船の方は位置だけわかってもどうしようもない。海図の制作が必要だし、方位磁針も偉大なる航路(グランドライン)では使用出来ない。

 細かく位置情報を更新して近くの島に移動するか、救助の船を出す必要がある。

 とは言え、これまでの目印も何もない海の上で漂流するしか無かった状況を改善出来るなら十分だろう。

 

「最終的には電伝虫の番号さえわかれば敵船の位置を丸裸に出来るようになる」

「……とんでもないものを作ったものね……」

 

 呆れた様子のディアナ。国防としては大切だろうが、何世代も先の技術を見ているような気分になる。

 それを言うと海軍のベガパンクも似たようなものではあるのだが。

 カテリーナ自身、ベガパンクをライバル視しているのか、えらく張り切って開発していた。同世代に天才がいると燃えるのだろう。

 

「海難救助を主な目的とすれば、世界政府加盟国であってもこれを設置したいと言い出す国は多いだろう。まずはこの辺りの島で実験的に設置していくつもりだ」

「そういう事なら、ええ……でも、位置情報だけが目当てでは無さそうね」

「映像や音声の中継局としての機能を持たせる。キャパシティに限界はあるが、各国へ同時に映像や音声を配信出来るようにもなるだろう」

 

 安価に映像電伝虫を使用しての映像や音声の配信が出来れば、ジャーナリストを自称する連中も利用したがるだろう。最初は懐疑的かもしれないが。

 新しい娯楽の形も出来るし、娯楽のための映像を作る者も出てくる。それにスポンサーがついて……と、経済はさらに流動する。

 政府は政府でプロパガンダを打ち出すだろうが、それはそれだ。

 経済格差はあれど、安価に映像を受け取れるようになればそれで目的は達成できる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「魚人や人魚……ミンク族もそうだが、互いを知らねば相互理解など得られない。良きにしろ悪しきにしろ、知ることが重要だ」

「……異種族に随分肩入れしているのね。利益の無い付き合いはしない人だと思っていたのだけれど」

「友人が悪く言われるのは気に食わないだけだ。もうじき〝世界会議(レヴェリー)〟もある。根回しも進めているが、今年は私も直接赴くつもりだ」

「本気? 海賊であるあなたがマリージョアに?」

「五老星は嫌がるだろうが、今は七武海の地位を存分に使わせてもらうさ」

 

 マリージョアに海賊が足を踏み入れる、というのは実は前例がある。

 〝西の海(ウエストブルー)〟にある〝花ノ国〟には〝八宝水軍〟と呼ばれる海賊がおり、彼らは〝花ノ国〟と手を組んで用心棒のような仕事をしている。

 マリージョアに向かう際の護衛を請け負い、そのまま足を踏み入れたことも多々あるのだ。

 前例があるなら受け入れさせることは難しくない。

 

「貴女が直接〝世界会議(レヴェリー)〟に出るとなると、結構な騒ぎになるわね」

「そうか? 一応手は回しているが」

「そうよ。あなたに近付きたい、あわよくば親密な関係になりたい世の権力者が一体どれだけいると思っているのかしら」

 

 なにせカナタは、今や世界中の貿易を一手に引き受ける大海賊である。当然、近づければ相応の利益が発生する。

 実験と称して、先行して列車の整備や電波塔を設置するロムニス帝国が良い例だ。

 そうでなくともカナタは浮いた噂の無い美女である。世の男たちからすれば喉から手が出るほど()()()相手と言える。

 

「私に勝てたら、私の持つ全てをくれてやっても構わんが」

「……一生独り身ね、貴女」

 

 それ以上の言及は避けるディアナであった。

 




アドニス・ラグネル
 新キャラ。4メートル超えの長身。金髪にツノが生えてる。オッドアイ。
 色々とデカい女性。

ディアナ
 時々出てくる偽名の人。金髪碧眼。娘がいる。


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第百三十一話:〝世界会議(レヴェリー)〟/前編

 世界中の海に存在する、150を超える世界政府加盟国。

 その中から聖地マリージョアに集まった50の国々の王たちによる会議──それが〝世界会議(レヴェリー)〟である。

 会議に参加出来る国の基準は明確ではないが、共通するのは最低限の国力を有している事であろう。

 軍事力、経済力、政治力……力の形は様々だが、間違いなくこの世界の上澄みにいる者たちの集まりだ。

 海軍は総力を結集して各国の王たちを護衛し、海軍本部マリンフォード、あるいはG-1支部へと招き、そこから〝赤い土の大陸(レッドライン)〟上にある聖地マリージョアへと連れていく。

 海軍にとっては威信をかけた仕事であるし、各国の王たちも()()()()()を除いてその護衛を断ることも無い。

 

 

        ☆

 

 

 その一部の例外であるロムニス帝国の船は、帝国から真っ直ぐG-1支部へと進んでいた。

 独自の戦力を持ち、海軍の護衛を不要だと申し出た場合はその国の持つ戦力のみで移動することになる。

 己が国の武力を証明する一種のパフォーマンスのようなものだ。

 ロムニス帝国はいつもそうしているが、今回に限っては海軍を頼る必要がないもう一つの理由もあった。

 

「て、敵襲!! 大型の海王類です!!!」

 

 甲板で慌ただしく動く兵士たち。

 海上に姿を現し、鎌首をもたげる大型の海王類。

 ある程度のサイズまでは大砲も通用するが、大型の海王類ともなると大砲の効きも悪い。兵士たちも必死に大砲で撃退しようとしているが、案の定通用していなかった。

 そんな中、周囲の慌ただしさを気にもかけずに目をキラキラさせながら海王類を見て興奮する少女が一人。

 そして、それも気にせず紅茶を楽しむ二人の女性がいた。

 

「海王類か。この海域に出るのは珍しいな」

「うるさいから早く仕留めて貰えるかしら」

「そうだな」

 

 甲板でパラソルを差して紅茶を嗜んでいたカナタとディアナ。

 海に出ていればこういうこともある。カナタは紅茶をテーブルに置き、視線を海王類へと向ける。

 覇王色の覇気で威圧され、赤い瞳に射貫かれた海王類は怯えたように船から離れ、そのまま海中へと潜っていく。

 

「おおー……すごいな! どうやったのだ!?」

 

 金髪碧眼の少女──ディアナの娘が目をキラキラさせて海王類が海に潜っていくのを眺めた後、カナタの方を振り返ってそう言った。

 まだ年若いからか、あるいは初めて外海に出る故か、多くの事に興味津々らしい。

 

「メア、あまり浮かれた行動をしないように。貴女は次期女王なのです。相応の威厳を持たねばなりません」

「……はい、申し訳ありません。母上」

 

 ディアナに諫められた少女、メアは僅かに肩を落として大人しくなる。

 

「この年頃なら仕方あるまい。何事も興味をもって知るのは良いことだ」

「貴女とこの子では立場が違うの。王になるのであれば、感情をみだりに表に出すべきではないわ」

「これは手厳しい」

 

 次期女王としての教育のためか、メアに対して非常に厳しいディアナ。

 カナタが諫めようとしても、すげなく反論される。カナタも思わず苦笑するほどだ。

 

「見識を広めるのは良いことだ。それと感情を表に出さないことは別の話だろう。どちらもこれから学んでいけば良い」

「……随分あの子に甘いのね。私とあの子への態度が全然違うじゃない」

「子供は可愛いが、お前は可愛くないからな」

「張り倒すわよ」

 

 額に青筋を浮かべるディアナに肩をすくめるカナタ。普段は薄く笑っていて不気味ささえ覚える女も、カナタと話しているときは随分気安い態度になっていて周りの部下もメアも目を丸くしている。

 そうやって時間を潰していると、目視できる距離までG-1支部が近付いていた。

 だが、目的地はG-1支部ではなくその奥。

 G-1支部の奥に〝赤い港(レッドポート)〟と呼ばれる場所がある。〝赤い土の大陸(レッドライン)〟を挟んで〝楽園〟と〝新世界〟の両側に存在し、聖地マリージョアを通って移動する政府のルートとなっている。

 

「ここに来るのも四年ぶりね」

「私は時々来ている。七武海の会議もあるからな」

 

 頻度は少ないが、七武海を招集して会議を行うことがある。七武海の誰かが落とされて後任を決めるとき、あるいは政府や海軍から重要な話し合いが行われる場合だ。

 カナタはなるべく参加するようにしているが、都合が合わない時は代理でジュンシーを派遣して議事録だけ受け取っている。

 

「あれがシャボンなのか?」

「ああ。この辺りはシャボンディ諸島と気候が同じだからシャボンの文化も使えるからな。マリージョアまではシャボンを使った昇降機(リフト)──〝ボンドラ〟を利用して行き来している」

 

 他の国の王族たちも続々と到着しており、一目見ようと集まった民衆が歓声を上げている。

 ロシュワン王国のビール6世。

 バリウッド王国のハン・バーガー王。

 タジン王国のモロロン女王。

 誰も彼もが名を知られた国の王族だ。民衆の歓声が止まないのも当然と言えるだろう。

 

「あれは……ロムニス帝国の新女王か!?」

「それに、〝黄昏の魔女〟カナタ……!? 今回は七武海も参加するのか!?」

 

 ディアナ、メアと共に歩むカナタはどこかの国の王という訳では無いものの、その権力の強さ故に特例で参加を認められた。

 いきなり「私も参加する」と言われて調整に走った五老星の心労は察するに余りあるが、それは別の話である。

 民衆にとっては世界でも名だたる美女であるカナタと、その美しさは以前から噂になっていたディアナの二人が並んで歩いていることから歓声が一際大きく上がっていた。

 新聞屋もこれを好機とばかりに写真を撮っている。

 もちろん世界経済新聞社も例外ではない。

 

「これはスクープですよ、社長! あの〝魔女〟が、とうとう〝世界会議(レヴェリー)〟にまで手を伸ばしてくるなんて……社長?」

「……ッ!」

「駄目だ見惚れてるぞこの人!?」

 

 目をハートにして硬直しているモルガンズに部下が思わず突っ込んでいた。

 その間にもカナタたちは歩みを進めていたが、何とか正気を取り戻したモルガンズは衛兵に止められない程度に距離を詰めてカナタへと話しかけた。

 

「カナタさん! おれァあんたにいい話があるんだよ! だから今度食事でも……」

「後半が本音だろう、お前……まぁ良かろう。どの道お前とはどこかで話を付けねばならんと思っていたところだ」

「本当か!? これおれの番号だ! いつでも連絡してくれよな!!」

 

 今後カナタがやろうとしていることを考えれば、モルガンズを味方に付けておいて損はない。

 カナタは新聞……正確に言えばジャーナリストの事が嫌いだが、それを抑えても取引をする価値はあると判断していた。

 モルガンズから受け取ったメモをポケットに無造作に突っ込み、なおも何か話そうとするモルガンズを追い払う。

 

「良かったの? あることないこと書きたてる男だけれど」

「鬱陶しいし個人的に言えば嫌いな類の男ではあるが、今後必要になる分野の存在だ。向こうが好意的なら利用するのも政治だろう?」

「そうね。何をやろうとしているかは知らないけど」

 

 然したる興味も無さそうに、ディアナはメアを連れて〝ボンドラ〟へと乗り込んでいく。

 リフトが上昇して頂上付近に着港するまでの時間も無駄にせず、カナタは他の国の王と歓談していた。

 頂上付近の港から大きく長い階段を進み、辿り着いた先が世界の創造主の末裔達が住まう土地──〝聖地マリージョア〟である。

 

「相変わらず不愉快な場所だな」

 

 動く地面──〝トラベレーター〟と呼ばれるモノに乗りながら、カナタはそう呟く。

 ともすれば不敬であると取られかねない言葉であるが、誰もカナタの言葉を追求することは無い。

 〝魔女〟を敵に回すのも〝天竜人〟を敵に回すのも同じくらい嫌なのだ。誰しも口をつぐんで聞こえない振りをするほかになかった。

 

 

        ☆

 

 

 聖地マリージョア、パンゲア城。

 正門より中に入り、城内にある〝社交の広場〟では各国の王及び、その親族たちが歓談していた。

 会議のある7日間は誰であろうと退屈している暇はない。この場におけるロビー活動も今後の国の行く末を変えかねない可能性を持つ。

 文字通り、世界が動く会議なのだ。

 

「おお、カナタ殿! 久しぶりだな!」

 

 社交の広場に入るなり、いの一番に話しかけてきたのはアラバスタ王国の国王、コブラであった。

 かつて滞在していた折、カナタとは既知の仲になっている。朗らかに笑いながら話しかけてくるコブラに対し、カナタも握手をしながら笑いかける。

 

「久しいな、コブラ王。元気そうで何よりだ」

「そちらも元気そうだな。君の噂はよく聞いているよ。まさかあの時命を救ってくれた恩人とここで再会するとは思わなかったがね」

「フフ……世の中はわからないものだ」

 

 カナタが〝新世界〟に居を構えて以降、顔を合わせることも無かった二人だが、この場で久しぶりの再会を果たしていた。

 互いに相手には世話になったと感じているため、歓談は朗らかに進んでいる。

 周りにもカナタと話したい者は多いが、誰も彼もが牽制し合っていて中々話しかけに行く者もいない。

 

「クロコダイルの様子はどうだ? 何か問題があるなら引きずり降ろして別の者を据えるが」

「いやいや、それには及ばんよ。彼にはいつも世話になっている」

「それならいいが……私もそうだが、どこまで行っても海賊は海賊だ。余り肩入れしすぎないようにな」

 

 クロコダイルはニューゲートに負けて以降、何を考えたのかアラバスタに居を構えている。

 頭の良い海賊だ。下手に気を許すと付け入られるので気を付けねばならないが……コブラはクロコダイルの事を随分信用しているようだった。

 

「失礼。歓談中のところ申し訳ないが、少し良いだろうか」

 

 カナタとコブラの会話に割り込んできたのはベルクだった。

 相も変わらず堅物のようだが、実力は以前よりも随分上がっているのが感じ取れる。

 

「おや、直接会うのは久しぶりだな、ベルク。海軍大将になったと聞くが」

「当方には身に余る地位である。が、市民を守る上で必要な地位とあれば否はない」

「天竜人に顎で使われるだけの地位がそれほど重要とも思えないがな」

「貴殿、そういう事は出来るだけ避けて貰えると助かるが……いや、今回はそういう話をしに来たのではない。当方の今回の仕事は貴殿に付く護衛である」

「私に護衛など不要だろう」

「貴殿の護衛ではなく、()殿()()()()()()()()()である」

 

 世界中の重要人物が集まるこの場において、武器の携帯は厳禁だ。無論屈強な護衛達は付いているものの、カナタが素手だからと言って太刀打ち出来るかと言われると難しい。

 海賊であるカナタが参加していることがまず異例なのだ。最低限、安全を担保するという意味でベルクがカナタと共に行動することになったらしい。

 面倒なことを、と思うも、安心は何物にも代えがたいという考えは理解出来る。海軍と政府の判断も仕方ないと言えた。

 

「熊は素手でも強いゆえ」

「ぶっ飛ばされたいのか」

 

 暗にカナタが熊のようなものと言っているベルクだった。

 

「今回の〝世界会議(レヴェリー)〟期間中は天竜人全員に外出禁止令が出されている。その点は貴殿にとっては朗報と言えるだろう」

「そうだな。連中の顔など見たくもない」

 

 下手なことをされては強硬手段を取るしかなくなる。

 そう何度も天竜人を手にかけられては威厳も地に落ちるし、反乱の土壌は生まないに限るという五老星の考えなのだろう。

 時たまふらりと現れる天竜人の扱いには各国の王たちも考えあぐねていたので、あからさまにホッとした様子を見せていた。

 だが。

 

「その中で一人だけ、特例で会うことを許可された天竜人がいる」

「……私は会うことを了承していないが」

「当方も直接会ったことは無いが、五老星に直接許可を得ていると聞く。好き好んで貴殿を敵に回すことも無いだろう。会ってはくれないか?」

「誰が何の用事で私に会いたいと言うんだ。そこをはっきりさせない限りは何とも言えないな」

 

 ふむ、と納得した様子を見せるベルク。

 

「ドンキホーテ・ミョスガルド聖である。魚人島の今後のことについて話したいと仰せだ」

 

 

        ☆

 

 

 パンゲア城、城内。

 天竜人は本来、パンゲア城の正門から更に奥へ入った〝天竜門〟と呼ばれる門の先に居を構えているため、七武海や海軍がパンゲア城へ訪れた際にも出会うことは無い。

 世界政府の機能のほとんどはパンゲア城に集中しているため、そこから奥へと行く必要もないのだ。

 なので、カナタがミョスガルド聖と会う上で他の天竜人に出くわす可能性はゼロであった。

 ベルクの案内の下、パンゲア城の一室に入ると、中にはミョスガルド聖が一人で待っていた。

 天竜人であるにもかかわらず、護衛も奴隷もいない。

 

「はじめまして。私がドンキホーテ・ミョスガルドだ。あなたがかの〝黄昏の魔女〟カナタ殿で相違ないか?」

「ああ……天竜人にしては随分変わった男だな」

「そうだな。こうなったのはここ最近の話だ」

 

 ベルクはミョスガルド聖の護衛のために背後に控え、カナタは勧められるままにテーブルを挟んで対面へ座る。

 他の天竜人を見たことがあるが、ミョスガルド聖の雰囲気はそのどれとも違う。

 ドンキホーテの名の付く者は大抵ロクなことをしないのだが、彼はどうなのか。カナタは目を細めて値踏みをしていた。

 

「まずは感謝を。会議前の忙しい時間にここへ来てくれたこと、ありがたく思う」

「構わない。魚人島の事であれば会議前に話を詰めておいた方が良いからな」

「それでも、あなたの立場を考えれば話したい者も多いだろう。私は天竜人の立場を使って横入りをしたに過ぎないのだから」

 

 さて、とミョスガルド聖は本題に入る。

 話は少し長くなるが、ここに至るまでの経緯を話そう。ミョスガルド聖はそう言い、静かに話し始めた。

 

「私はフィッシャー・タイガーの一件で奴隷を全て失い、当時奴隷にしていた魚人や人魚が魚人島で暮らしていると聞いて取り戻しに行った。若く、愚かで、どうしようもない蛮勇さだった。

 船は海難事故で船員はほぼ全滅。私自身も重傷を負い、恨みを持った元奴隷の魚人たちにあと一歩で殺されるところだった。

 そこで私を助けてくれたのは──オトヒメ王妃だった」

 

 怪我の治療を受けたミョスガルド聖はなおも頑なな態度だったが、オトヒメ王妃は地上に戻るミョスガルド聖に同行すると言い出した。

 

「当時の私は魚人や人魚を差別していた……だが、地上に戻る間、そして地上での僅かな期間、私はオトヒメ王妃と語らい続けた。

 天竜人としての視点しか持たない私ではわからないことを、彼女は根気強く私に話してくれた。

 彼女が私を〝人間〟にしてくれたのだ」

 

 だからこそ、ミョスガルド聖はカナタをこの場に呼びつけた。

 カナタの行動を噂で耳にしたがゆえに。

 

「あなたは今、いくつかの国に手を回して魚人島を再び〝世界会議(レヴェリー)〟に参加出来るよう取り計らっていると聞く」

「そうだな。色々と手を回して準備をしている。会議が始まり次第、議案として提出する予定だ」

「私の一筆した書類をオトヒメ王妃に渡したが、他に出来ることがあればなるべく手伝いたい。天竜人の権力を自由に使って貰っても結構だ」

 

 人間と魚人族の友好関係をより良くするために尽力する。それが自身のやるべきことだとミョスガルド聖は見定め、カナタにも接触を図った。

 その言葉に悪意はない。本当に、この男は本心から友好関係を築き上げたいと考えている。

 天竜人の権力は巨大だ。ミョスガルド聖の後押しがあれば、カナタの目的は概ね達成出来るだろう。

 

「……魚人島は今、少し難しい状況にある」

 

 二年前、オトヒメ王妃の暗殺未遂事件が起きた。

 身を挺して庇ったタイガーのおかげでオトヒメ王妃は難を逃れたものの、犯人は人間だった。

 この件を発端として魚人島では魚人至上主義の思想が再燃しており、人間側で受け入れる土壌が出来たとしても魚人島側で燻ぶる火種がある限りは〝世界会議(レヴェリー)〟への参加は難しいかもしれない。

 統治が安定していなければ、クーデターの危険性がある。

 

「現状、魚人島内部では人間に対する悪感情がある。そもそもあそこのナワバリは私のものではないから手出しもしにくい」

 

 これがカナタの直接統治下であればもっと話は早かったが、幸か不幸かあそこは〝白ひげ〟のナワバリである。

 手出しもしにくく、間接的に解決策を探ろうにもタイガーやジンベエは王族の護衛で何かと忙しい。使える戦力が極めて少ないのが問題だった。

 人間側にも魚人と仲良くするのを嫌がる勢力が少なからずいるだろうが、そちらの対処は何とでもなる。魚人島内部の問題を解決する方法が無いのが一番の悩みのタネであった。

 

「便宜上は世界政府加盟国だ。海軍を動かせればいいが……魚人島は深海だ。人間では活動も難しい」

 

 まさかリュウグウ王国の兵士たちをカナタが顎で使う訳にもいかない。

 おかげで状況の調査をするのも一苦労だ。偵察が出来なければ敵の動きがわからないので軍も動かせない。

 

「海軍に魚人や人魚がいないのがこれまでの対立の深さを物語っているな」

「それに関しては当方も同意見だ。巨人族のように融和政策を取れれば良かったのだが」

「マザー・カルメルは偉大だった、という訳か」

 

 ネプチューン王が自力で解決してくれれば良いのだが、彼も彼でオトヒメ王妃の思想につられ過ぎているところがある。

 理想を目指すにはまず足場を固めねばならない。土台を作らずに建物を作ったところで簡単に崩れ落ちるのだ。

 

「……まぁ、私に出来るのは彼らが地上に出て来た時、手を取り合える状況を作ることくらいだ」

「それが難しいのだが……」

「私たちが魚人や人魚の事を詳しく知らないように、彼らも人間の事を詳しく知らない。〝知る〟ことは重要だ」

 

 経験の有無もそうだが、知識として知っておくだけでも違う。

 違いを受け入れるには〝理解出来ずともそういうものがあると知っている〟ことが根幹にあるのだ。

 

「そういうものか……難しいのだな」

「お前だってオトヒメ王妃と話し合うことで様々なことを知り、変わったのだろう。それと同じことだ」

 

 はっとした様子で納得するミョスガルド聖。

 

「では私が知ったことを、より多くの人に知ってもらえれば……」

「少しずつでも、世の中は変わるかもしれないな」

「おお……」

 

 やるべきことのビジョンが見えて来たのか、ミョスガルド聖は何度か頷いて「やはりあなたと会って良かった」と言う。

 だが、残念ながらもうすぐ会議の始まる時間だ。

 

「ミョスガルド聖、貴方の思想は理解した。魚人島の問題、人間と魚人の融和については手を借りることもあるだろう」

「ありがとう、カナタ殿。私に出来ることがあれば何でも言ってくれ」

 

 二人は握手をし、これから問題解決に向けて協力することを確認し合った。

 




 メア
 新キャラ。ロムニス帝国次期女王。
 金髪碧眼14歳。


折角なのでチンジャオとか出そうと思ってたんですが、花ノ国ってどうも戦争真っただ中っぽくてこの頃は世界会議に参加してなさそうなので没になりました。
ドフィは普通に海賊が王になっただけなので参加権はありません。
会議そのものは次回にでも。


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第百三十二話:〝世界会議(レヴェリー)〟/後編

 〝ハチノス〟演習場。

 マリージョアで〝世界会議(レヴェリー)〟が行われているが、会議の内容はともかく会議そのものには一部のトップ層以外に関係はない。〝黄昏〟の船員たちも普段と変わらぬ日常を送っていた。

 島の内部に作られた演習場でもそうだ。

 広めに作ってはいるが、いつも所狭しと寄り集まって誰もが鍛錬を重ねている。

 九蛇海賊団の中から選び抜かれた精鋭、及び相応の実力があると認められた女性だけが所属する部隊〝戦乙女(ワルキューレ)〟。

 傘下の海賊団、あるいは〝黄昏〟のシマの中から引き抜かれた、相応の実力があると認められた男性だけが所属する部隊〝戦士(エインヘリヤル)〟。

 総勢百名を超える実力者達──その()()()()()使()()であり、一部は能力者でもある最精鋭だ。

 ただ強さだけを求められた彼ら彼女らは、日々演習場でその腕を磨いている。

 小紫や千代もまた、その中の一人だった。

 

「マリージョアってどんなところなんじゃろうな」

「ジュンシーさんは行ったことあるんですよね?」

 

 二人揃ってジュンシーに素手での戦いを指導されている中、手を止めることなくそんなことを話す。

 戦場では武器を手放すことなどないが、咄嗟の事態で武器が手元にないこともある。武器が無かったので負けましたでは話にならないので、基礎訓練として素手での戦い方は全員が学んでいる。

 

「余り良いところではない。面白いものがあるわけでもない上に、パンゲア城は天竜人が時折うろつく。あれほど面倒な相手もいない」

「聖地って呼ばれているくらいじゃし、何かあるんじゃろ?」

「さてな。儂は特に興味も無い」

 

 観光地でもないし、政治の中心になっている場所なだけである。面白いものなどある訳も無かった。

 がっくりと肩を落とす千代。「集中しろ」と怒られつつ、何か目立つものでもないのかと再びジュンシーに問いかける。

 

「目立つもの……そうだな。〝虚の玉座〟ならある」

「なんじゃそれ」

「世界政府加盟国の国々が独裁の欲を持たないという誓いを立てる場所だ。天竜人の始祖が玉座の回りに武器を突き立てこれを守護することを誓った。それに倣って各国の王たちが代替わりするたびに、あるいは新たに加盟国となるたびに武器を突き立てる」

 

 世界の中心に位置し、その玉座に座らないことが世の平和の証なのだと言われる。

 逆説的に言えば、その玉座に座る者が現れた場合、紛れもなくその人物が世界の王という事になる。

 

「マリージョアを落とせばその玉座に座れる……ってコトか!? ええのう、やる気が出るわい!」

 

 うっはっはっはっはと笑う千代。

 まぁ七武海である現状、曲がりなりにも味方である政府の最重要拠点に攻め込むことなど無いのだが。

 加えて、仮にマリージョアを陥落させても玉座に座ることになるのはカナタである。千代が座る可能性はほとんどなかった。

 ジュンシーは折角やる気になっているのだから気勢を削ぐことも無いと伝えず、発破をかけるに留める。

 

「天竜人を守るCP0は流石に手強い。奪い取りたければ相応に強くなることだな」

「私はどちらかと言うと天竜人よりカイドウを倒したいです」

「同じことだ。どちらも手強い相手に変わりないのだからな」

 

 強さで言えばカイドウの方が上だろうが、だからと言って海軍や世界政府の戦力を侮って良い訳では無い。

 いずれドラゴンが立ち上がり、革命軍が政府を落としにかかった場合、〝黄昏〟は否応無しに海軍とぶつかることになる。

 カナタの意思一つではあるが、いずれはビッグマム・百獣の海賊同盟ともぶつかることになるだろう。

 小紫も千代も、既にフェイユンやカイエに並ぶ実力者として〝黄昏〟内部でも認知されている。腐らず鍛錬を重ねればカイドウの足元には届くかもしれない。

 強さが全てではないとはいえ、強くなくては何もかもを取りこぼす。

 取りこぼさずに必要な結果を得ようと思えば、相応の力が必要になる。

 

 

        ☆

 

 

 巨大な円卓を囲み、世界政府加盟国の中から代表50ヶ国の王たちが座る。

 〝世界会議(レヴェリー)〟では各国の王が持ち回りで議長を担当し、7日かけて様々なことを討論する会議である。

 カナタは海賊であり、しかも明確に国を持つ王という訳でもない。それでも〝世界会議(レヴェリー)〟に参加できたのは各国に対する影響力があまりにも強いからだ。

 〝赤い土の大陸(レッドライン)〟と〝凪の帯(カームベルト)〟によって分割された海において、必要に応じて安全に積荷を運ぶことがどれほど難しいのかは誰もが知っている。

 加えて今は大海賊時代。商船が海賊に襲われた話など聞き飽きるほどに多い。

 その中で海運を担い、多くの人と物を安全に運ぶ〝黄昏〟が強い影響力を持つのは当然と言えた。

 

「各位、事前に取りまとめた資料に目を通してもらったと思う。議題は〝魚人島〟の〝世界会議(レヴェリー)〟参加に関してだ」

 

 議長を担当する王が厳かに話す。

 フィッシャー・タイガーのマリージョア襲撃事件により、〝魚人島〟は不参加を余儀なくされた。

 だが、犯罪者を輩出した国だからと一々規制していては〝世界会議(レヴェリー)〟も立ち行かない。

 罪を犯したのは個人であり、国に影響を及ぼすことがあってはならない──とは言え、通常の犯罪ならばまだしも天竜人の住まう聖地マリージョアの襲撃である。

 ほとぼりが冷めるまでは再度〝世界会議(レヴェリー)〟に参加することも難しい。

 だが。

 

「先に意見を聞こう。()()()()()()()()()()

 

 議長の奇妙な問いに対し、各国の王たちは揃って口をつぐむ。

 一部は不承不承と言った様子ではあるが、誰も魚人島の〝世界会議(レヴェリー)〟参加に異を唱えることは無い。

 

「反対意見は無し。魚人島の〝世界会議(レヴェリー)〟参加は全会一致で賛成とする」

 

 誰も異論を挟むことは無く、議題はすぐに終了する。カナタの隣に座るメアはあまりのスピード感に目を白黒させていた。

 こんなに早く決まるものなのか、と視線をカナタの方に移すと、「今回は特例だ」と小声で教えていた。

 それ以上は後で話すつもりらしく、私語を慎むようにとジェスチャーしていた。

 

「次の議題に移る。ここ最近活動している〝革命家〟ドラゴンについてだ」

 

 議長は一枚の手配書を取り出す。各国の王たちが持つ資料にも挟まれており、誰もがその手配書を見る。

 〝竜爪〟ドラゴン、懸賞金2億5500万ベリーの賞金首だ。

 

「この者の思想は危険だ。数年もすれば世界政府にとって無視しえない敵となって立ち塞がるだろう」

「そのことなのだが」

 

 議長とは別の国の王が挙手と共に意見を述べる。

 視線は議長から各国の王たちを見回し、最後にカナタへと。

 

「ドラゴンは既に手配書が出ている。これは22年も前に発行された手配書だ……彼は当時、〝魔女の一味〟──つまり〝黄昏の海賊団〟に属していた。そのことについて、何か言うべきことがあるのではないか?」

「あの男は私の船に乗っていた。だが、もう22年も前に船を降りている。その後の行動までは責任は持てない」

「貴女は今や政府と足並みを揃える七武海の一人だ。世界政府に牙を剥くこの男は敵ではないのかね?」

「世界政府にとっては敵だろうが、私にとって相手をするほどの価値はない。七武海として、と言うのであれば、私がリンリンとカイドウを相手にしているだけでは不満かな?」

 

 そちらで受け持ってくれるのであれば革命軍の捜索にも力を入れるが、と問い返すカナタにもごもごと返答を濁す。

 この世のどこを探しても、海の皇帝とまで呼ばれる二人を抑えられる勢力などそうはない。

 それに、今でも小競り合いは起きている。二人にとって海軍は邪魔ではあっても直接打倒するべき相手ではないから相手にしていないだけで、本当に邪魔になればなりふり構わず潰しに来るのは目に見えている。

 どちらか一人でも手に余るというのに、二人が同盟を組んでいるとなれば海軍もカナタと手を組むほかに道は無いのだ。

 ただでさえ海賊被害を抑制するために世界中に戦力を散らばらせているというのに、革命軍など相手にしている暇はない。

 

「ハッ、くだらんなァ。おれの国には関係ない話だ!! そんな〝革命家〟などに惑わされるような国政はやっとらんでなァ! おれの国に迷惑をかけるなよ、捕まえたきゃあお前らで勝手にやってればええわな」

「ワポル! 貴様、身勝手が過ぎるぞ!! 〝世界会議(レヴェリー)〟を何だと思っている!!」

「ぬわァ!!」

 

 ドラム王国の国王ワポルの発言に対し、アラバスタ王国の国王コブラが声を荒げる。

 鼻をほじって椅子を後ろに傾けていたワポルは驚いて後ろに倒れた。

 

「コブラ王、落ち着きたまえ」

「……ああ、済まない」

 

 隣の席の者に窘められ、コブラは落ち着きを取り戻して椅子に座りなおす。

 その間にワポルは椅子を戻してこちらも座りなおす。

 

「ひとまず、現状では各国に注意喚起をするほかにない。各位、くれぐれも気を付けて欲しい」

 

 現状では打てる対策も限られているため、ドラゴン及び革命軍に関する議題はそこで終わりを告げた。

 

 

        ☆

 

 

 一日目の会議も白熱し、やや時間がかかりつつも終わりの時間となった。

 カナタが会議室から出て移動していると、後ろからメアが小走りで追いついてくる。ディアナも小走りのメアの後ろから付いてきている。

 名目上は次期女王がメアでディアナはその補佐になるため、共に会議に参加していたのだ。

 

「カナタ殿、先の会議なのだが」

「ああ、魚人島の件だけ妙に早く決まったことか」

「うむ。あれ以降の議題は随分時間がかかっていた。やはりあれは特殊なのか?」

「そうだな」

 

 全会一致で議決することなど早々ない。各国はそれぞれの島独自の文化、独自のしきたりがある。

 意見の一致など基本的にはなく、それゆえに会議で意見をすり合わせることが必要になる。

 だが、会議をスムーズに進めるためのロビー活動を怠らなければその限りではない。〝世界会議(レヴェリー)〟の期間中、会議に出席する王だけではなくその親族も休む暇が無いのはそれが主な理由だ。

 

「カナタ殿も事前にロビー活動をしていたのか?」

「ああ、買収した」

「言い方!!」

 

 間違ってはいないのだが、それにしたってもう少しオブラートに包んでもいい表現の仕方だった。

 政治的なあれこれもあるが、一番簡単に解決出来る方法があるならそれに越したことは無い。金ならいくらでも稼げるし、金で済む話なら時間を使うよりもいいとカナタは考えていた。

 一部の国は天竜人が支援していると知って黙り込んだが。

 

「もう、急に走り出さないで頂戴」

 

 急に走り出したメアに対し、ディアナは再び「もう少し落ち着きを持ちなさい」と叱る。

 そのまま三人で移動していると、廊下の先にある庭園で騒ぎが起きているようだった。

 警備の者たちも困惑しており、どうすべきか決めあぐねている。

 

「何があった?」

「それが……」

 

 警備の一人に何があったか尋ねると、ワポルがアラバスタ王国の王女ビビに「手が滑った」と平手打ちをしたと言う。

 カナタは呆れた様子で思わずため息を零す。

 

「仮にも国王だろうに……先の会議の意趣返しのつもりか? 小さい男だな」

「戦争でもしたいのかしら。〝医者狩り〟を始めとしてワポル王はあまりいい噂も聞かないし、医療大国の名が聞いて呆れるわね」

 

 ディアナもワポルの事を酷評している辺り、余程酷いのだろう。

 〝世界会議(レヴェリー)〟は各国の王たちの集まる会議だ。何がきっかけで戦争が起こっても不思議ではないため、行動には最大限気を付けなければならない。

 王が率先して問題を起こすなど言語道断なのだろう。

 

「メア、貴女はああならないように……メア?」

 

 返事が無いのでディアナが振り向くと、先程まで居たメアがいなくなっている。

 どこに、と探すまでも無い。

 気付いた時にはワポルが起こした騒ぎの渦中に踏み込んでいた。

 

「貴様、それでも一国の王か!! このような少女に手をあげるとは、恥を知れ!!!」

「何だお前!? おれ様に向かって言ってんのか!!?」

「貴様以外に誰がいる!!」

 

 既にかなりヒートアップしている。正義感故、という訳でも無いだろうが、目の前で子供に手をあげていれば声を荒げたくなるのも仕方ないのかもしれない。

 ディアナは頭が痛そうに額を抑えており、カナタは行動の早さに笑っていた。

 

「ハハハ、あの行動力は凄いな。誰に似たんだ」

「笑ってる場合じゃないわよ! とにかく面倒事になる前に止めないと!」

「そうだな」

 

 こうなると多少力づくでことを収めた方が良い。

 ディアナが行動を起こすよりも早く、カナタはワポルに対して覇王色の覇気を発する。

 ワポルは何かに恐怖したように痙攣を起こし、白目を向いて倒れた。

 

「……!!」

 

 ワポルの護衛として近くにいた男が冷や汗をかいてカナタの方を向いて身構えている。動物(ゾオン)系の能力者なのか、人獣形態に変わっている。対象はワポルのみに絞ったので影響は無かったはずだが、動物(ゾオン)系特有の身体強化で感覚が鋭くなっているのだろう。

 カナタは気にすることなく近付いていき、頭部を怪我したビビの下へ近付いてしゃがみ、目線を合わせる。

 護衛として一緒にいるのは護衛隊長のイガラムだ。カナタも知った顔なので特に警戒はされていない。

 

「ふむ、打撲か。腫れてしまっているな。痣にはならないと思うが、冷やしておいた方が良いだろう」

 

 掌に氷の欠片を作り出し、ハンカチに包んでビビに渡す。ビビは目を丸くしながらそれを受け取り、カナタの手で患部まで持っていく。

 

「これで冷やしておくといい。余り冷やしすぎないように。腫れが収まるまででいい」

「あ、ありがとう、ございます……」

「さて」

 

 騒ぎの元凶であるワポルは既に気絶しているが、横の護衛はカナタを随分警戒している。

 メアは依然として怒髪天を衝くと言った様子であるし、ディアナはそんなメアに対して怒っているし、どうしたものかと考えるカナタ。

 メアに関しては公共の場であることもあり、叱るのは後でいい。まずはワポルだろう。

 

「お前はドラム王国国王の関係者か?」

「ああ、守備隊隊長のドルトンだ。貴女は〝黄昏〟の……」

「今回の事は互いに水に流そう。事を大きくしても互いに得はない。イガラム、構わないな?」

「……ええ、その方がよろしいでしょう」

 

 ワポルも特に怪我をしたわけでもないし、ビビの怪我もそれほど酷くはない。大事にしても互いに得はないと理解したのか、ドルトンは人獣形態から人形態へ戻る。

 

「ワポルを連れて行くと良い、目を覚ますとまた面倒事になりそうだ」

「そうさせて貰います。ですが、さっきのは……」

「内緒にしておいてくれ。噛みつかれても面倒なのでな」

 

 対策しようとして出来る事でもない。

 ドルトンはワポルを肩に抱え、「済まない」と一言謝ってその場を後にした。

 

「まったく、あのような美少女に手をあげるなど! 許せんな!!」

「メア、お前……いや、怒るのは私の役割ではない。存分に怒られることだ」

 

 呆れた様子のカナタはぷんぷん怒っているメアを放置し、イガラムに早く移動するように目で合図をする。

 イガラムは一礼してその場を後にし、カナタ達も用意された宿泊用の部屋へと移動する。メアは部屋で存分に怒られるだろう。

 利益も無いのに国同士の諍いに割って入るなど言語道断だ。まだ子供なので仕方ないところもあるが、新しい女王として即位するからには周りも相応の扱いをするようになる。

 子供だから、で通用する時間はもう無いのだ。

 

 

        ☆

 

 

 〝世界会議(レヴェリー)〟はつつがなく終了した。

 問題が起きることもなく、予定通りの議題を決議することも出来た。7日間かけてロビー活動をしたのでカナタもそれなりに直接の面識がある王族が増え、影響力を確かなものにすることも出来た。

 概ね想定通りの結果を得られたと言っていいだろう。

 世界はゆっくりと、しかし確実に変化している。

 うねりはもう、すぐそこまで来ていた。

 




戦乙女に並ぶ部隊の名前が出てこなかったので何か普通の名前になってしまった。
こういうところにセンスって出るんですよね…産まれてこの方ネーミングセンスで褒められたことが無い…。

次回から原作2年前、エース編の予定です。


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第百三十三話:Planetes/Ace

原作2年前

エース編ですが、全編通してエース視点になります。黄昏側から見たエースではなく、エースから見た黄昏海賊団をお楽しみください。
原作入ると似たような構成になる予定です。


 波の音が静かに耳に響く。

 〝新世界〟の海は〝楽園〟に比べて過酷な海だ、と聞いてはいたが、今のところ嵐に見舞われる様子もない。

 ドクロの海賊旗を掲げる船は魚人島から島をいくつか通り、進路は現在〝ロムニス帝国〟へと向かっていた。

 甲板で誰かが読んだまま放置されている新聞には、大きく見出しが入っている。

 

 ──スペード海賊団、ポートガス・D・エース!

 ──王下七武海入りを拒否!

 

 シャボンディ諸島で海軍中将を返り討ちにしてコーティング船で出航した時の記事だ。少し前の事ではあるが、船員たちは船長であるエースがまた話題になったと話していた。

 誰かが付けたのか、甲板で暇そうに横になっているエースの耳に()()()()()が響く。

 

『さァ、今日も始まったぜ! 〝ロムニス帝国〟からお送りするラジオ、〝新世界より〟!! 今日の担当はモデラートの野郎だったが、生憎義手が壊れちまったってんで急遽代役のおれ──デマロ・ブラックが担当になった。よろしく! そしてアシスタントは!』

『アシスタントのモネよ。よろしくね』

『いやァ、モネちゃん可愛いなァ……モデラートの野郎とペアでやってるのを見てる時は羨ましい限りだったが、こうして一緒にラジオやれると思うと嬉しいぜ。今夜ヒマ?』

『セクハラですよ』

『辛辣! でも可愛いから許しちゃうぜ! ……おっと、オープニングトークはこの辺で。じゃあ今日のスケジュールを簡単にモネちゃんから頼むぜ!!』

『はい。今日のラジオの予定は──』

 

 今や大抵の船乗りが持っている受信専用の電伝虫から絶えず声が聞こえる。

 〝黄昏の海賊団〟が世界的に設置している電波塔を介して、世界中どこでも誰でも受信機さえあれば情報を受け取れるようになった。かと言って新聞が要らなくなったかと言えばそうではなく、時間を合わせて聞かなければ情報を受け取れないラジオと読み手が好きな時に情報を手に入れられる新聞では共生関係が出来上がっていた。

 新聞にはラジオの番組表も載っている。

 世界経済新聞と手を組んだ、〝黄昏〟の意向だと聞く。

 

「〝黄昏〟か……」

 

 エースとしては、〝黄昏〟は海賊と言うにはあまりにも……何と言うか、風変わりな連中だという印象だった。

 商船の運営、ラジオ、海難救助。

 およそ海賊がやるとは思えないようなことをやっている連中。トップの〝魔女〟は長年七武海に居座っているが、実際に誰かと戦ったのはもう何年も前のことらしい。新聞の話題になることも多くはない。

 〝東の海(イーストブルー)〟にいた頃は金だけで成り上がった海賊だの、見目だけで媚を売って地位を得た海賊だの、好き勝手噂されているのを聞いた。

 ただ強さだけが求められる七武海と言う地位に、果たして金や見目だけで長年居座れるのか疑問はあるが……エースとしてはどうでもいいことだった。

 

「おい、エース!」

「ん」

 

 甲板で暇そうにしていたエースに声をかけて来た。

 目元をマスクで覆った男──デュースだ。

 スペード海賊団の船医であり、エースの信頼する仲間である。

 

「また()()見てたのか?」

「ああ、まァな。やることもねェし、良いだろ。シケでも来たらちゃんと働くさ」

 

 エースが手に持った紙をひらひらと見せつける様に動かす。

 ビブルカード、と呼ばれるものだ。人の爪の欠片などを材料に作る、見た目はただの紙である。

 別名を〝命の紙〟と言い、元にした爪の持ち主の方へ向かって少しずつ動く性質がある。持ち主の生命力次第で紙が小さくなったりもするが、今のところその気配はない。

 

「〝新世界〟にいるといいな、それの持ち主」

「そうだなァ……」

 

 誰のビブルカードかはわからない。

 エースの幼少期にガープから「父親の形見だ」と渡されたはいいものの、ガープも誰のビブルカードかは知らないらしく、「自分で探せ」と言われた。

 手掛かりになりそうなものと言えば、ビブルカードに書かれた「親愛なる友へ」と書かれた文字だけである。

 エースの出生に関することを知る者は少ないが、スペード海賊団ではデュースだけが事情を知っていた。

 

「かの〝海賊王〟に対して『親愛なる友へ』なんて言える相手はそんなに多くないと思うが……誰なんだろうな」

 

 つい先日会った〝赤髪〟にエースの事情を隠して〝海賊王〟と仲の良かった相手を聞いてみたが、〝海賊王〟の船員以外で名前が最初に上がったのが〝黄昏の魔女〟だった。

 〝海賊王〟と〝魔女〟は当時から交友があったと聞いてはいたが、実際どうだったのかはわからない。〝赤髪〟が名前を上げるくらいなのだから事実だったのだろうと、まずはそちらから確かめるために〝黄昏〟の拠点である〝ロムニス帝国〟を目指している。

 本来なら〝ハチノス〟に向かった方が良いのだろうが、〝赤髪〟曰く「〝黄昏〟傘下に入るか、事前に連絡を入れておかないと問答無用で沈められる」と言う話なので、まずは〝ロムニス帝国〟で情報を集めることになったのだ。

 

「まァ、〝魔女〟は忙しくて早々会える相手じゃないって〝赤髪〟も言ってたし、何か方法を考えねェと駄目かもな」

「直接乗り込んで、ってのはな……他の七武海とは違う相手だ。なにしろ四皇さえ凌ぐ巨大な勢力だからな」

 

 四皇の一角である〝ビッグ・マム〟、そして同じく〝百獣〟──二つの強大な大海賊が同盟を組んでようやく〝黄昏〟と海軍の同盟と対等とされている。

 二十年前に結成された同盟が崩れることなく今まで続いているのは、偏に〝黄昏〟の脅威ゆえだと言われているが……〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入ってからはその影響力をより強く感じていた。

 エースの生まれは〝南の海(サウスブルー)〟だが、育ちは〝東の海(イーストブルー)〟だ。

 〝東の海(イーストブルー)〟は最弱の海と呼ばれるだけあって海賊の質も低く、商船も〝黄昏〟とは関係の無いものがほとんどだった。

 だが、〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入ってからこっち、見かける商船は全部が全部〝黄昏〟所属か、あるいは〝黄昏〟の護衛付きばかりだ。

 四皇は〝最強の生物〟だの〝最強の家族(ファミリー)〟だのと言われているが、その最強が二人揃って落とせない〝魔女〟は一体何なんだ、とエースは思う。

 

「だがな、エース。ビブルカードの相手が誰であれ、お前は会ってどうしたいんだ?」

「どうしたい……」

 

 エースは難しい顔をする。

 父親──〝海賊王〟ゴール・D・ロジャーについて聞く?

 自分がその子供だから仲良くしてくれと頼む?

 いや、そんなことはしないだろう。庇護を求めるならもっと別のやり方があったはずだし、〝赤髪〟に打ち明ければ良かった話でもある。

 今更ロジャーの事を知ってどうなるという思いもある。誰に聞いても罵詈雑言しか返ってこなかった父親のことなど──。

 

「……『親愛なる友へ』、か」

 

 〝海賊王〟と言われているロジャーにも、そう呼んでくれる友人がいたのだ。

 何はともあれ、一度会ってみたい。エースの中にあるのはその思いだけだった。

 それからどうするかはその時決める。

 「行き当たりばったりだな」とデュースは溜息を吐いた。

 仕方がない。こればっかりは会ってみないことには答えは出ないだろう。

 

「情報を集めるのはおれより得意な奴がいるし、そっちは任せる」

「お前はどうするんだ」

「おれだってどうにか考えてみるさ」

 

 なんとも不安になる言い草で、デュースは顔を顰めた。

 

 

        ☆

 

 

 〝ロムニス帝国〟に着くなり、エースは港から街へと繰り出していた。

 〝新世界〟最大の繁栄都市と呼ばれる国だ。見るもの全てが新しい──とまでは言わないが、物珍しい光景は確かに多い。

 行き交う人々の種族も多種多様だ。魚人に人魚、手長族に足長族、ミンク族に巨人族……この島に全ての種族が集まっているのではないかと錯覚する程に人で溢れている。

 様々な種族に対応するためか、建物も巨大なものが多く、こちらも目を惹くものが多い。

 ウェイバーと呼ばれるボートを使ったレース場。

 歌手やアイドルが公演している黄金の劇場。

 何より目を惹いたのは、巨大な闘技場(コロッセウム)だ。

 

「デケェな……」

 

 巨人族同士の対戦もあるためか、入り口からして既に規格外のサイズだ。

 相当人気があるらしく、入り口には多くの人だかりが出来ている。

 誰が勝つのか賭けをしている者も多い。オッズの配分でどちらが有利なのかはわかるが、エースはひとまずその人だかりを避けて街の奥へと進む。

 当てもなくさまよっている、という訳ではない。

 偉い奴はデカい建物にいる、という実に短絡的な思考である。帝国は〝魔女〟の足元だ。いる可能性は十分あった。

 

「おい」

 

 ここに〝魔女〟がいるのだろう。そう考えて城に乗り込もうとすると、当然ながら入り口で止められた。

 エースの倍以上はある、見上げるような巨体の女性だ。金髪に角の生えたオッドアイの女性が、威圧するようにエースを見ている。

 腰には剣を携えている。下手な動きをすれば一撃で斬られる、と思わせる威圧感があった。

 

「ここから先は許可ある者以外は通れない。薄汚い格好だが一応尋ねよう、アポイントメントはあるのか?」

「アポ……? 何だそりゃ。おれは〝魔女〟に会いてェんだが」

「閣下は多忙な身だ。アポイントメントも無いような相手と会うほど暇ではない」

「じゃあどうすりゃアポなんとかを取れるんだよ」

「貴様は海賊だろう。貴様が〝黄昏〟の傘下に入ると言うのなら、最低限顔を通すことになる。その時に会うことは出来るだろう」

「おれは傘下に入るためにここに来たんじゃねェ!」

「では帰ることだ。それとも、無理矢理にでも突破してみるか?」

 

 エースは誰が相手であれ臆することは無いが、デュースに「面倒事を起こすな」と言われたことが頭を過ぎった。

 仕方ないと今回は諦め、回れ右をして城を後にする。

 門番をしている女性の発言から、少なくとも現在城に滞在していることはわかった。それだけでも十分だろう。

 途中で二人組の男女とすれ違いながら、「どうすりゃいいんだ」と考え込みつつ港の方へと戻っていった。

 

 

        ☆

 

 

「今の……」

「知り合い?」

「いや……何となく見覚えがある気がしたんだ。多分、手配書か何かで見たんだろう」

「海賊っぽかったもんね」

 

 海賊に知り合いはいないからな、と呟く青年。

 エースと入れ替わりで現れた来訪者に、門番の女性──ラグネルは用件を問いただした。

 

「何の用だ?」

「カナタさんに会いに」

「アポイントメントはあるか?」

「無いが、手紙を渡すよう言われてる」

 

 青年が目配せすると、後ろにいた少女が一通の手紙をラグネルに手渡した。

 内容に関してラグネルが確かめることは無い。ひとまず手紙を受け取り、カナタに渡すだけになるだろう。

 

「確かに受け取った。だが、閣下がこれを確認してもお前たちに会うとは限らない。そこだけは了承しておいてくれ」

「ああ、わかった。だが、結果は確認したい。実際に会う日取りはともかく、会えるかどうかだけでも」

「そうだな……では明日、同じ時間にここへ来るがいい。私が閣下へ確認を取る。お前たちの名前は?」

 

 この手の来訪者は多い。全ての来訪者を覚えることなど出来ないため、ラグネルは懐からメモとペンを取り出した。

 

「サボ」

「コアラです」

 

 革命の灯火を胸に秘めた二人は、ドラゴンの指示でカナタと顔合わせをするために〝ロムニス帝国〟を訪れていた。

 

 

        ☆

 

 

 港まで戻ってきたエースは、ひとまずデュースと合流することにした。

 エースがこうして当てもなくふらふらと歩いている間にも、何か良い案が浮かんでいるかもしれない。

 それに、少なくとも〝魔女〟が城にいるという情報は共有しておいた方が良いだろう。

 船に戻ると、船番をしていた仲間から「近くの酒場にいる」と聞き、港にある酒場を手あたり次第探すことになった。

 商船と海賊船が同じ港に停泊することは無い。

 海賊船ばかりが並ぶ港には、やはり同じようにならず者が集まる酒場が出来る。

 大半は〝黄昏〟のマークか、あるいは傘下の海賊の船ばかりだったが、それ以外の船も幾らか停泊している。港も大きい分だけ酒場も多い。

 三つか四つほど酒場を巡ったのち、デュースが誰かと話しているのを見つけた。

 

「デュース、ここにいたのか」

「エース! 丁度良かった。お前の話をしていたんだ」

 

 同席していたのはスペード海賊団の仲間の一人、スカルだった。

 ドクロの仮面に骸骨のネックレスと、上から下まで悪趣味な外見の男だ。

 それともう一人、見覚えのない男が同席している。

 

「おめェが〝火拳〟か?」

「ああ。お前は誰だ?」

 

 椅子に座っているというのにエースよりも身の丈が大きい。

 3メートルを超す身長に恰幅の良さも合わさって、一目見た印象はクマのような奴、だった。

 口に物を入れたまま喋るわ、所かまわず屁をこくわと下品な男である。

 

「おれァティーチってんだ。おめェんとこの船員に酒を奢って貰ってるのさ」

「見返りに色々教えてもらってる。〝黄昏〟の船員らしいが、事情を知る人間に聞くのが一番早いからな」

「この人はそれなりに古株らしいんで、エース船長に必要な情報を持ってると思いますぜ」

「へェ……」

 

 エースもテーブルに着くと、ティーチはウェイトレスにミートパイを頼んでいた。

 四人で適当に料理をつまみながら話を聞く。

 

「で、何が聞きてェんだ?」

「〝魔女〟に会いてェ。どうすりゃいい?」

「ゼハハハハ!! 姉貴に会いてェと来たか!! そりゃあお前、今は城にいるんだ。正面から乗り込んでやりゃあ嫌でも出てくるさ!!!」

 

 時期的にもうすぐ〝世界会議(レヴェリー)〟だ。一番親交のある〝ロムニス帝国〟の王族とあれこれ打ち合わせをしに来ているのだろう。

 ティーチは大口を開けて笑いながら襲撃してみろと言うが、エースは呆れたように椅子へもたれかかった。

 

「……お前んとこの船長だろ。危ねェとは思わねェのか?」

「そんな簡単に落とせる首ならビッグマムもカイドウも手こずってねェよ!」

 

 そういうもんか、と首を傾げるエース。

 とは言え、襲撃は難しい。デュースは腕組みをしてティーチへ尋ねる。

 

「城はそれなりに防衛が敷かれているだろう。たとえ〝魔女〟がどれほど強くとも、護衛無しってのは考えられない」

「そうだな。この時間なら……確か、ラグネルの奴が門番を担当してるはずだ。あいつはタフで厄介だぜ。正面から乗り込んでも返り討ちが関の山だろうな!」

 

 〝黄昏〟の船員は古株を除いて懸賞金がかかっていない。船長である〝魔女〟が七武海であるため、その船員には懸賞金をかけられないのだ。

 しかも、昔からいる〝六合大槍〟や〝赤鹿毛〟に〝巨影〟など……並以上の金額を付けられた賞金首も、20年ほど前に懸賞金を取り消されて以降そのままである。年を取れば衰えることもあるだろうし、成長して強くなることもある。懸賞金の変動が無いので外部からはその辺りがわからない。

 七武海になって以降に活躍した船員たちも同じだ。懸賞金がかけられていないため、客観的に誰が強いのか、誰を脅威と判断すればいいのかの指標がまるで無かった。

 目の前にいるティーチも懸賞金はかけられていない。

 城の門番と聞いてピンと来たのか、エースは「あいつか」と先程会った女性を思い出す。

 

「そのラグネルって奴には会ったな。お前よりデケェ女だろ?」

「ああ、胸も尻も背丈も態度もデケェ女さ。頭も腹筋も硬ェ」

「まァ真面目そうなやつだったな。アボカドはあるかって聞かれたぜ」

「アボカド……? アポイントメントか?」

「そう、それだ」

 

 エースはミートパイを口に運びながら頷く。

 ティーチは酒をぐびぐび飲みつつ、ラグネルの事を思い出す。

 

「弱くはねェ。3億くらいの首ならあいつ一人で難なく潰せるぜ」

「3億の賞金首をか……」

 

 今のエースの懸賞金もそう離れてはいない。もちろん金額だけで実力を判断するのは難しいが、ある程度の指標にはなる。

 ラグネルを正面から突破するのは難しいだろう。

 

「他に方法はねェのか?」

「ある」

「あんのかよ」

 

 それを先に言え、とエースは呆れた顔をする。

 ティーチは上機嫌に大口を開けて笑うと、「そう難しい話じゃねェ」と言う。

 

「姉貴は強い奴が好きだ。港から街の方に行って、少し外れたところにデケェ闘技場(コロッセウム)があるのは知ってるか?」

「ああ、見た。デケェ建物だったな。ここにあるのは人も建物も軒並みデケェ」

「ゼハハハ!! ここに住んでる巨人族も少なくねェからな! で、だ。あの闘技場では何日かごとに試合をやってるんだよ。飛び入り参加も出来るし、素性も経歴も問わねェ」

「試合? ……まさかそれに出ろって言うんじゃねェだろうな」

「その()()()さ」

 

 〝黄昏〟の船員は非常に多い。

 傘下の海賊が3万、本隊だけでも5万を超える船員がいる。だが、本隊の多くは戦闘員ではなく、商船で働く労働者だ。

 実際に前線で戦うのは1万人にも満たない。

 傘下の海賊団は30を超えない程度だ。〝黄昏〟は傘下の海賊団を丸ごと吸収することも多く、傘下の海賊団はあまり増えない。普通に働いた方が金になると、海賊稼業を止める海賊もゼロではないのだ。

 本隊で戦闘員に分類される者たちは多くの場合、世界中の海で商船の護衛に就くか、〝黄昏〟内部でより上の立場を目指して己の力を磨くかの二つの道がある。前者を選んで働く者には相応の給金が与えられ、後者を選んだ者には相応の試練を課して鍛え上げられる。

 その中で、更に選りすぐりの精鋭部隊が二つ。

 一つは、女性だけで作られた部隊〝戦乙女(ワルキューレ)〟。

 もう一つは、男性だけで作られた部隊〝戦士(エインヘリヤル)〟。

 

「普段は下っ端共の鍛錬を兼ねた賭け試合をやってるが、こいつらが時々闘技場(コロッセウム)で入れ替え戦やってんだ。弱ェ奴を優遇する意味なんざねェからな」

「……そりゃ身内の話だろ? おれに関係あんのか?」

「焦るなよ、ここからが本題だ」

 

 戦うのは身内が多いが、外部から飛び入りの参加も出来る。

 もちろん倒すのは容易ではないが、もし倒せれば傘下として入る際、あるいは普通に海賊団に入るよりも優遇してくれる。負けたら何も手に入らないが、精鋭の実力を身をもって知ることが出来る。

 一度でも勝てれば再び挑戦権を得られ、より強い精鋭と戦える。勝てば勝つほどその後に有利になるわけだ。

 望むなら倒した相手に応じて賞金も出る。

 

「4、5回も勝てば幹部が出てくる。もしこいつらに勝てれば、姉貴が直々に実力を見に来るってシステムになってんのさ」

「それ、一度でも機能したことあるのか?」

「ねェな!」

 

 ねェのかよ、と三人が一斉に突っ込む。

 最初の一人でさえ精鋭なのだ。勝つのは容易ではない。それを4、5回も繰り返すのは難しいだろう。

 しかも最後に出てくるのは幹部。〝六合大槍〟か〝赤鹿毛〟か〝巨影〟か……あるいは、七武海になって以降に増えた実力者かもしれない。

 とは言え、〝黄昏〟の巨大な勢力の全てを敵に回さず、〝魔女〟と己との距離を測るにはうってつけの場でもある。

 エース達三人はうーむと腕組みして考え込むが、これ以外に方法が無いのも事実。

 どうあれ、海賊の〝高み〟を目指すなら将来必ずぶつかる相手だ。今のうちに距離を測っておくのも悪くはない。

 

「確か今日、丁度入れ替え戦やってるはずだ。あれこれ言うより見てみたほうが早ェだろ」

 

 ティーチはのそりと立ち上がると、酒場の入り口に向かって歩き出した。

 デュースは慌てて支払いをし始め、スカルとエースはティーチの後ろについて歩いていく。

 

「なんだか妙なことになりやしたね、船長」

「そうだなァ……でもまァ、これしか無いみてェだし、仕方ねェだろ」

 

 色々有用な情報があった。ティーチの言うことに嘘は無いのだろう。

 熊のような大男の背中を眺めながら、エースは帽子を目深に被りなおした。

 




備考
ドナルド・モデラート
 ONE PIECE FILM STAMPEDEにて登場。片腕片足が義肢。

デマロ・ブラック
 原作新世界編にて偽麦わらの一味を結成した男。〝三枚舌〟の異名を持つ。
 モデラートとは同期。

デュース
 novel Aにて登場。スペード海賊団船医兼エースのアドバイス役。

スカル
 novel Aにて登場。スペード海賊団の情報屋。


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第百三十四話:Planetes/Deuce

「子供が生まれるんだ」

「お前に子供ォ? それを海兵のおれに言ってどうする! お前の子供……それに加えてお前にゆかりのある女など極刑に決まってる!!」

「だからお前に言ったんだ」

 

 牢屋の中で男が笑う。

 もうじき処刑が行われるというのに、男に緊張した様子はない。

 死を目の前にした者特有の諦観も、自暴自棄な感じも無い。この男は、本当に事ここに至って自然体だった。

 

「おれとお前は幾度となく殺し合った。だが、だからこそおれはお前のことを仲間と同じくらい信用してる。お前以外には頼めねェ」

「勝手なことを言うな!!」

「いやァ、お前ならやってくれるさ……」

 

 男の言葉に、海兵は困惑するばかりだった。

 何度も何度も殺し合い、最終的に男が自首と言う形で海軍に捕まり、処刑が決まった。

 それは当然の事だと思うし、海兵の男にも後悔はない。

 だが。

 

「生まれてくる子に罪はない! おれの罪はおれがあの世まで持っていく!」

「……!!」

 

 これだ。

 牢屋にいる男は、いつだって事の本質を突いてくる。

 海兵の男は額に手を当て、頭痛をこらえる様にため息を一つ零した。

 

「それと……彼女にはビブルカードを渡してある。大丈夫だとは思うが、いざと言う時はお前がそのビブルカードを子供に渡してくれ」

「ビブルカード? 誰のだ?」

「それは言えねェ。あいつに迷惑かけることになりそうだからな」

「誰のものかもわからねェビブルカードを渡せって? 何の意味がある!」

「いざという時! おれの子供が本当に困った時、きっとそのビブルカードがおれの子供を導いてくれる!」

 

 確信を抱くように、男はそう言った。

 もうすぐ死ぬというのに、まるで未来が見えているかのように。

 

「あいつは義理堅くて、信頼出来る友達だ! だからきっと、おれの子供を助けてくれる!」

「……それ、相手は知ってんのか?」

「おれの子供に持たせるってことだけはな!」

「大丈夫なのかそれ!?」

 

 

        ☆

 

 

 熊のような大男の後ろに付いて歩くこと十数分。港から街へと入り、そこから少し外れた通りに巨大な闘技場(コロッセウム)が見えた。

 遠目に見た時もその巨大さに圧倒されたが、実際に近くまで来るとその巨大さに目を丸くする。

 普通の巨人族の倍以上はある建物だ。こんな建物をよく造ったものだと感心するほどに大きい。

 ティーチは見上げている三人から離れ、闘技場(コロッセウム)の入り口にいる男に話しかけていた。

 

「おう、やってるか!」

「ティーチさん! どうしたんですか、今日は」

「入れ替え戦やってんだろ。たまには見とこうと思ってよ、席空いてるか?」

「今日は例の()()()が出るってんで、ほとんどの席は埋まってますね……ああ、いや。アンタの頼みだ。特別席を用意しますよ」

「そうか、悪ィな! ゼハハハハ!!」

 

 話は付いたのか、ティーチがエースたちを手招きして共に中へと入る。入り口にいた男が先導して案内してくれるらしい。

 外から見た通り、中は相当広い。男は広い建物の中でも一切迷わず奥へ進んでいき、階段をいくつか上がって用意された部屋へ入る。

 中には一人、暇そうに試合を眺める男がいた。

 

「おう、サミュエルじゃねェか。暇してんのか?」

「ティーチか。何、ガキ共の入れ替え戦やってるって聞いたから暇潰しにな」

 

 ティーチよりいくらか小さいが、体は引き締まっている壮年の男だ。

 古株らしく、ティーチとも気さくに話している。

 

「そっちの若ェのはなんだ?」

「姉貴に会いてェってんで、ここで勝ち抜けば会う機会くらいあるって教えてやったのさ」

「ウハハハハ!! そりゃまた難しいこと言ったな!!」

「ゼハハハハ!! 期待の新人(ルーキー)だ! これくらいの奴がいりゃァ下の連中もケツに火が付くってもんだろ!」

「そりゃおれが火の能力者だからか」

 

 同じことを思ったデュースがあえて言わなかったことをエースが口に出していた。

 大口を開けて笑うサミュエルは、自分が座っていた椅子の横の椅子を引いて「ここに座れ」と言わんばかりに叩いている。

 

「ウハハハハ!! 面白れェ野郎だ! まァこっちに来て座れよ!!」

「邪魔するぜ!」

「お前はデケェんだからちょっと離れて座れ」

「なんだよ、ノリが悪ィな」

 

 邪魔者扱いされたティーチは素直に離れたところに座り、先程の案内人に「酒持って来いよ」と言っていた。

 エース達三人はサミュエルの近くに座り、闘技場(コロッセウム)の中で戦っている二人を見る。

 一人は少女と呼んでいい年頃の子供だ。もう一人は壮年の女性で、どちらも当たり前のように覇気を纏って戦っている。

 少女の方を見るなり、エースは目を丸くしていた。

 

「なんだありゃ、足に妙なモン付けてるな」

「あいつは生まれつき肌の感覚──特に腕の感覚が鈍いんだと。だから脚がそのまま武器になるよう、鋼鉄のヒールを履いてるのさ」

 

 膝から下を覆う鋼鉄のヒール。傍目から見ると不便そうにも思えるが、使っている本人はそんな同情など求めていない。

 ただ強さだけが求められる〝戦乙女(ワルキューレ)〟において、同じ土俵で戦うための武装として作り上げたスタイルなのだ。他者が口を挟むようなことでもない。

 そういう覚悟を持って舞台に上がっているのだ。

 そういうもんか、とエースは納得し、次いで気になったことを口にする。

 

「観客席と戦ってる二人の間にある透明な壁はなんだ? 邪魔じゃねェのか?」

「ありゃカナタが作った防壁だ。並の攻撃じゃ壊れねェ。観客に被害が行かねェようにするためのモンだとよ」

「壊れねェって、巨人族も戦うんだろ? あんな薄いガラスみてェな壁で防げるのか?」

「まァ実際に触ってみりゃわかるがよ、あの壁は尋常じゃないくらい硬ェんだ。黄昏(うち)の幹部でも壊せる奴は少ねェ」

 

 サミュエルもあれは壊せないらしく、壊せる人物を思い浮かべては指折り数えている。

 それくらい希少な存在なのだろう。

 エースは興味を惹かれたらしく、「いっちょやってみるか」と腕をグルグル回していた。

 

「待て待て。もうすぐ試合が終わるからよ、その後なら相手してやらァ」

「相手するって、お前がか?」

「おう。暇してんだ、おれァ」

 

 確かに部屋に入った段階で暇そうに試合を見ていたが、ティーチが古参と言っていた以上はそれなりに上の立場なのだろうと思っていた。

 そんな男が試合の相手を務めてくれるというのなら、エースとしても文句を言うつもりは無い。

 元より誰が出てきても全員倒して〝魔女〟に会うつもりだったのだ。

 エースはにやりと笑い、サミュエルと共に部屋を出る。見世物になるのは別にどうでもいいが、このチャンスを逃せない。

 

「おい、エース!」

「怒鳴るなよ、デュース。どうせ〝魔女〟に会うには幹部まで全員倒さなきゃならねェんだろ。だったら話が早ェ」

「ああ、おれを倒せりゃァ次に出てくるのはおれより強い奴だけだ」

 

 サミュエルは〝黄昏〟の中でも上位の実力者だ。それより上となると幹部しかいない。

 精鋭である〝戦士(エインヘリヤル)〟の中で言えば上位から少し下がるが、それでもこの国に滞在している者の中で彼に勝てる者は指折り数える程度しかいない。

 

「スカルと一緒にそこで待ってろよ。心配すんな、負けやしねェ」

「ウハハハ!! 言うじゃねェか若造!!」

 

 笑うサミュエルと共にエースは扉の向こう側に消えていった。

 

 

        ☆

 

 

 デュースはやや心配しつつも、エースの強さを信じるしかないと、椅子に座りなおした。

 スカルも心配そうに扉とデュースを交互に見ている。

 

「デューの旦那ァ」

「言うな、スカル……あいつも焦ってるんだろうな。目的の人物ともうすぐ会えそうなんだ。気持ちはわからないでもないが……」

 

 こういう時、焦って選択を急げば失敗することも多々ある。それでもエースなら何とかしてくれる、と思う気持ちも無いではないが、行き当たりばったりが上手くいくのは〝楽園〟までだろう。

 〝新世界〟の海では突撃するしか能の無い海賊などあっという間に淘汰される。

 船長であるエースを諫めるのはこれまでデュースの役割だったが、今回に限ってはデュースの言葉すら届かない。

 得体の知れない不安感がデュースの中で渦巻いていた。何か致命的な失敗をしたのではないかと、これまでの行動を振り返る。

 ちらり、とデュースはティーチの方を見る。

 不安があるとすれば。

 

「……アンタ、なんでここまで親切にしてくれるんだ?」

「あァ? なんだ今更。いきなりサミュエルが相手だからって怖気付いたのか?」

「茶化すなよ……酒を少しばかり奢った程度で、ここまでペラペラと話してくれるとは思わなかった。アンタはそれなりに古参なんだろう? おれはもっと、アンタの言葉を疑うべきだったのかもしれないと思ってな」

「ゼハハハ! 小難しいこと考えてやがるな!!」

 

 ティーチはどうでも良さそうに酒を飲んで笑う。

 これまでティーチが話したのは誰でも知っていることだ。少し調べれば誰からでも同じ情報が手に入る。

 ()()()()()()()()()()()()からだ。

 

「考えるだけムダってモンだ。どっちみち姉貴に会おうと思ったら、ここで勝つか直接乗り込むしかねェんだからな。それに心配しなくても死にやしねェよ」

 

 普段なら〝ハチノス〟に常駐している。そうなれば会える確率などほぼ0パーセントだ。

 ティーチは「たまにいるんだよ、オメェらみてェな命知らずが」と言う。

 

「何年か前、当時のルーキー共が徒党を組んで攻めてきたこともあったが、結局誰一人姉貴の顔すら拝めなかった。海運の仕事もある。毎回ザコ共の相手をしてられるほどおれ達は暇じゃねェんだ」

「暇そうに酒場で酒飲んでただろ……ここでその船の一番強い奴と〝黄昏〟の実力者を戦わせて、実力差を見せつけるつもりなのか」

「言っただろ、幹部まで倒せりゃ姉貴が出てくるが、今まで一度もそんな機会は無かった──ってよ」

 

 要するに、誰も彼もがここで幹部以下の実力者に叩き潰されているのだ。

 〝魔女〟は多忙だと〝赤髪〟は言っていた。

 襲撃してくる海賊の相手をやっていられるほど暇ではない以上、幹部に相手を任せるのも当然と言えば当然の話。

 その際立った強さが噂になりやすい四皇と違い、カナタは多忙で滅多に表に出てこないがゆえに侮られることも多いのだろう。

 

「もしエースが勝ったら誰が出てくるんだ? 〝赤鹿毛〟か〝六合大槍〟か……あるいは〝巨影〟か?」

「全員いねェよ。フェイユンに至ってはここ出禁だしな」

「出禁!? 幹部なのに!?」

「あいつは……まァ、ちょっと()()()()()んだよ。ゼンは歳で痴呆気味だし、ジュンシーの野郎は姉貴から直接仕事を受けてあちこちうろついてる」

「大丈夫なのか、〝黄昏の海賊団〟……」

「オメェらに心配されるほどじゃねェよ! ゼハハハハ!!」

 

 四皇の襲撃を何度も退けている実績があるのだ。ティーチの言葉に嘘は無いのだろうが……デュースはなんとなく釈然としなかった。

 

 

        ☆

 

 

 先の試合が終わり、誰もいなくなった闘技場の中心にサミュエルとエースの二人が立つ。

 予定されていた試合が終わった後にこうして乱入者が現れるのも日常茶飯事のことで、観客たちもほとんど目減りしていない。

 実況を担当しているデマロ・ブラックも慣れた様子だが、人数に眉をひそめている。

 

『おーっと、ここで乱入者だ! つーか二人? 勝ったリコリスへの挑戦じゃねェのか……って片方サミュエルじゃねェか!? 何やってんだオッサン!!』

「ウハハハ!! ちょっと使わせてもらうぜ!!」

 

 先程まで戦っていた二人を待機室へ帰し、エースの方を向くサミュエル。

 エースは興味深そうに観客席と闘技場を隔てる壁をぺたぺたと触っていた。

 

「どうなってんだこれ。つめてェ」

 

 透明だがガラスではない。殴ってみてもヒビすら入らないし、そもそもどこを見ても継ぎ目すらない。触るとひんやり冷たい謎の壁だ。

 円形になっている闘技場を円柱状に囲んでいるが、上は覆われていない。巨人族の身長次第では狭くなるので圧迫感を与えて不利にしないためなのだろう。

 

「攻撃してみるか? 壊せたら大したもんだぜ」

「いや……いい。こっちに集中してェ」

「そうか。じゃあまず、ルールの説明と行こう」

「ルール? お前に〝参った〟って言わせりゃいいんだろ?」

「ウハハハハ!! 威勢のいい奴だ!! だが間違っちゃいねェ。付け加えるとすりゃあ、ここで〝殺し〟はご法度だ」

 

 あくまでも〝試合〟の形式を取っている以上、殺し合いに発展することだけは避けなければならない。

 特に文句はないのか、エースは「わかった」と言って頷く。

 

「そうかよ。じゃあ──始めるか」

 

 サミュエルの体躯が二回り程大きくなる。

 ネコネコの実、モデル〝ジャガー〟──獣と人の中間点、人獣形態へと変わったのだ。

 

「能力者だったのか」

「おう、オメェもか?」

「ああ。でもおれは動物(ゾオン)系じゃねェんだ」

 

 エースは両手の指をそれぞれ銃のように構え、指先に火を灯す。

 サミュエルも既に臨戦態勢だ。始めると口にした以上、わざわざ待つ義理はない。

 

「〝火銃(ヒガン)〟!」

 

 指先に灯した火から連続して炎の弾丸が放たれる。

 サミュエルは即座に反応し、〝剃〟を使って回避した。

 

自然系(ロギア)か! 良いモン食ってんな!」

 

 エースの攻撃を回避したサミュエルはそのままの速度で至近距離まで接近し、武装色を纏った拳で殴りかかる。

 紙一重で避けたエースはサミュエルから距離を取ることなく、そのまま周りに炎を展開し始める。

 

「〝炎戒〟──」

 

 通常の攻撃では自然系(ロギア)のエースに当てることは出来ないが、覇気を纏えば実体を捉えることが出来る。加えてサミュエルは歴戦の猛者だ。

 エースが何かの準備をしていることを察しながらも、距離を置かずに殴り合う。

 エースがサミュエルの拳を受け止めるも、彼の武装色はかなりの硬さを誇る。受け止めたエースの腕の方が痺れる程に。

 だが、エースも無策で受けたわけでは無い。

 

「──〝火柱〟!!」

「〝(ソル)〟!!」

 

 エースを中心に巨大な火柱が立ち昇る。

 サミュエルが逃れられない範囲まで広げたはずだが、間一髪で回避に成功していた。

 鼻先まで迫って止まった火柱を前に、サミュエルは両手両足をついて全身に武装色の覇気を纏う。

 

「〝鉄塊〟──〝牙閃(キバセン)〟!」

「うおっ!?」

 

 武装硬化した肉体で火柱に真正面から突っ込み、中心部にいたエースへと突撃する。

 不意を突かれたエースは武装色で腕を強化して防ぐも、火柱からサミュエルと共に弾き出されて壁へと激突した。

 背中に走る強烈な衝撃に一瞬息が詰まるも、エースは腕に集中して火を圧縮する。

 

「ッ!」

「〝火拳〟!!!」

 

 攻撃の気配を察したサミュエルは咄嗟に上空に逃れ、エースの〝火拳〟は反対側の壁に直撃した。

 直撃したのだが、透明な壁にはヒビも焼け焦げた跡も残っていない。この程度では駄目、という事なのだろう。

 そのまま距離を置いて着地したサミュエルを見ながら、エースは壁から少し距離を取った。

 

「クソ……速ェな」

「いや、中々やると思うぜ。並の奴ならもう終わってる」

 

 悪態を吐くエースに対し、サミュエルは素直に称賛する。

 火柱の中を突っ切ったので流石に服は多少焼け焦げているが、サミュエル自身はそれほどダメージを負った様子もない。エースが〝火柱〟を避けられたと判断して火勢を弱めた瞬間を狙って突っ込んだのだろう。

 元々動物(ゾオン)系は肉体が頑丈になる傾向があるが、戦闘経験の多さ故か武装色の使い方が上手い。無策で戦っても勝てる相手ではないと、エースは短い攻防で理解した。

 

『目まぐるしい攻防! サミュエルにちょっと押され気味だが、このオッサンは〝黄昏〟の最古参だ!! 幹部と言っても過言じゃねェ!! そのオッサンに食らい付くこの若い奴は一体何者なんだ!?』

「オッサンオッサン連呼してんじゃねェぞブラック!!」

『うるせェ! オッサンをオッサンって言って何が悪ィんだ!!』

 

 実況のブラックと喧嘩し始めるサミュエルに思わず肩の力が抜けかけるが、エースは自分の頬をはたいて気合を入れなおす。

 

『えーと? 今入った情報によると、サミュエルと戦ってるのは〝火拳〟のエース!! 懸賞金は3億を超えている!! なるほどそりゃ強ェわけだ!!』

 

 気合を入れなおしたエースは、両手を握り込んで武装色の覇気を纏う。

 サミュエルもエースを警戒し、姿勢を低く保って一気に距離を詰めた。

 初手で互いの拳が激突し、次いでサミュエルの指銃と爪による斬撃で細かい傷を負いながらも、エースは足元に炎を展開していく。

 

「〝炎戒〟──!」

「同じ手か? んなモン通用しねェぞ!」

 

 今度は少しだけ早く距離を取ろうとしたサミュエル。

 だが、バックステップで後ろに下がった瞬間、背中に爆発による衝撃を受けた。

 

「な……!」

「同じ手が通用するとは思ってねェよ」

 

 地面に展開した炎から漏れ出るように、辺りに小さい火の玉が浮かんでいる。〝蛍火〟と呼ばれるエースの技だ。

 〝炎戒〟をブラフにして距離を取らせ、事前に配置しておいた〝蛍火〟で体勢を崩す。

 逃げきれなかったサミュエルへと、エースは両腕を振り抜いた。

 

「〝神火・不知火〟!!」

 

 炎の槍が真っ直ぐサミュエルへ向かって飛ぶ。

 まともに受ければ肉体に突き刺さって焼き焦がすその槍を、体勢を崩されながらもサミュエルは()()()と躱して見せた。

 

「何ィ!?」

「こちとらテメェの何倍も生きてんだ! これくらいでやられるかァ!!」

 

 即座に次の技を出そうと腕に炎を集中させるが、サミュエルはその腕へ向かって〝嵐脚〟を繰り出して炎を散らす。

 覇気を放出するのは難しい。仮に覇気を纏わせて〝嵐脚〟を使えていれば、今の一撃でエースの腕は落とされていたかもしれない。

 攻撃の出を潰され、僅かに次をどうすべきかと考えたエースの動きが鈍った。

 その瞬間を見逃すサミュエルではない。

 

「〝鉄塊・砕〟!」

 

 〝剃〟の速度で硬化した肉体ごと突っ込む。先の技と違って今度はエースの腹部へとサミュエルの拳が突き刺さった。

 ミシミシと嫌な音を立て、エースの体が壁まで吹き飛ぶ。

 

「ゲホッ、ゲホッ! クソ……!」

「悪態ついてる暇があんのか!」

 

 間髪入れずに追撃をかけるサミュエルの攻撃を這う這うの体でかわし、体勢を崩しながらも立て直そうと壁際から闘技場の中央側へ移動する。

 速度の差はやはり大きい。六式を使うサミュエルにエースの速度が追い付いていないのだ。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 即座に真似をするのは博打が過ぎる。しかし速度で追いつかねば距離を取るのも距離を詰めるのもままならない。

 では、別の方法で補うしかないだろう。

 

「〝神火・不知火〟!」

 

 両腕を振り抜いて再び炎の槍を投擲する。当然サミュエルはそれを躱し、即座にエースへと距離を詰め始めた。

 炎の槍は壁際の地面に突き刺さり、その動きを止める。

 ここで臆せば勝ちの目はない。

 

「〝火脚(ひきゃく)〟!」

 

 エースは自身の足に炎を纏わせ、その勢いのままサミュエルへと勢いよく突っ込む。サミュエルは一瞬驚くもにやりと笑い、真っ向から受けて立った。

 サミュエルが武装色の覇気を纏って爪を振るうが、エースは接触する直前でスライディングしてサミュエルの足元をすり抜ける様に攻撃をかわし、右腕を構えた。

 そして、サミュエルの下から上空へ向けて拳を振るう。

 

「〝火拳〟!!!」

「うおォォォ──!!?」

 

 巨大な火がサミュエルを呑み込む──その直前に、一瞬早く二人の距離が離れた。

 元々僅かな瞬間の交差で攻撃を当てること自体が難しい。サミュエルは足を止めることなくそのまま素通りするだけでエースの攻撃は空振りに終わる。

 仕切り直しか、と両足を踏ん張ってスピードを落として振り向いた、その瞬間。

 エースが、目の前にいた。

 

「な、にィ──!!?」

 

 やったことは単純だ。

 サミュエルとすれ違ったエースは、先に放った〝神火・不知火〟のところまで滑ったのちに足元でそれを爆発させ、強制的に方向転換して再び距離を詰めた。

 今度こそ、逃がさない。

 振りかぶった拳に炎を纏わせ、思いきり振り抜く。

 

「〝火拳〟!!!」

 

 間違いなくサミュエルを業火が呑み込んだ。

 反対側の壁まで突き進んだ炎は壁にぶつかり、ぶつかった後もなお火勢が衰えることなくエースの気力を燃料に燃え続ける。

 ようやく一発、クリーンヒットした。

 だがこれで倒せたとは思っていない。実際にサミュエルは全身に火傷を負いつつも再び立ち上がっている。

 ……しかし、様子が変だった。

 どかりと胡坐をかいて座ったサミュエルは、人獣形態から人形態へと戻っていく。

 

「おれの負けだ」

「……なんでだ? まだ戦えるだろ? おれを侮ってんのか?」

「違う。これはあくまでも()()なんだ。これ以上ヒートアップするとおれの歯止めが利かなくなる」

 

 試合を始める間にも言ったが、この場における〝殺し〟はご法度だ。

 他の誰かが言い出したものならまだしも、ルールを定めたのは〝魔女〟である。〝黄昏〟の影響下に置いて、彼女の言葉を無視することは出来ない。

 海賊の世界では何よりも上下関係が重視される以上、親の言葉を子は遵守しなければならないのだ。

 

「おれは特に肉食の動物(ゾオン)系だからな、凶暴性も増すんだよ。早めに止めておかねェと頭に血が上りすぎる」

「そういうもんか」

「そういうもんさ」

 

 エースの渾身の〝火拳〟を喰らってなおまだ動けるというのは驚きではあるが、そういう意味でもこれ以上続けるのは命に関わるという判断なのだろう。

 戦場ならばまだしも、ここは闘技場(コロッセウム)。血を流す戦いはあっても、死者を出してはならない。

 

『な、な、な、なんと!! サミュエルのオッサンが負けたァ!!! これは〝黄昏の海賊団〟の歴史の中でも非常に珍しい事態だァ!!!』

 

 ブラックが立ち上がって興奮気味に腕を振り回している。

 ラジオのパーソナリティーと闘技場の実況を兼業しているが、このような事態は彼も初めてなのだろう。

 

『という事は、次に出てくるのは……滅多に出てこない〝戦士(エインヘリヤル)〟か〝戦乙女(ワルキューレ)〟のトップ勢達か!!? それとも我らが〝黄昏〟の首魁、カナタさんかァ!!? この対戦カードは珍しい!! おれも初めてだァ!!!』

 

 ブラックの言葉を聞き、サミュエルは立ち上がってエースに言葉をかける。

 

「まァ、おれを倒しても次にカナタが出てくるってことはねェ。最低でもあと一人は倒さねェとな」

「……誰が出てくるんだ?」

「そうだな……今この国にいる奴となると……」

 

 何人か思い当たるのか、指折り数え始める。

 が、途中で面倒くさくなったのか、「そのうち連絡が行くだろ」と適当なことを言いだす。

 エースは呆れたように脱力する。

 

「おいおい、それでいいのかよ……」

「ウハハハハ!! それでいいのさ!! おれ達は戦うことだけを求められてるからな! 頭を使う仕事はそういう事が出来る奴に任せるんだ!」

 

 〝黄昏〟ほどの規模の組織だからこそ出来る事でもある。

 数日のうちに連絡が行くはずだと言うサミュエル。じゃあそれまでに怪我を治さねェとなと言うエース。

 サミュエルは片手を差し出し、エースは驚いたようにサミュエルの顔と手を見て、がしりと握手をする。

 

「最後の一撃、良い炎だったぜ。お前ならあるいは、カナタのところまで行けるかもな」

「……船長と戦わせるのを嫌がったりはしねェんだな」

「そりゃあな。心配するだけムダなのさ。あいつはおれ達が思ってるよりずっと強い」

 

 彼女が最後に全力で戦ったのは、果たしていつだっただろうか。少なくともサミュエルは20年近く見ていない。

 日々の鍛錬は欠かさずとも、それを発揮する場が無いことがどれほど空虚なのか。いずれ来たる決戦に向けて必要なものだとわかっていても、人間はゴールの見えない行動を続けることは難しい生き物だ。

 だから、たまにはストレス発散出来る機会が少しでもあれば、とサミュエルは思う。

 

「さて、誰が出てくるかな……ティーチかラグネル辺りだってんなら、ちと厳しいか……」

 

 エースに背を向け、サミュエルは闘技場の舞台から降りながら呟いた。

 

 

        ☆

 

 

 その日の夜。

 王城の一室にて、カナタはラグネルから報告を受けていた。

 

「フフフ、サミュエルが負けたのか。随分久しぶりだな……中々有望な新人が現れたものだ」

「笑い事ではありません、閣下。最古参のあの方が負けたとなると、〝黄昏〟傘下の島々にも影響が出る可能性があります」

「それくらいは些細なものだ。それで、相手は?」

「この男です」

 

 ラグネルは手配書をテーブルの上に置き、カナタはそれを受け取って眺める。

 癖のある黒髪にそばかすが特徴的な青年だ。手配書に写っているその横顔は、どことなく見覚えのあるような──。

 

「〝火拳〟ポートガス・D・エース……」

「……閣下?」

「いや……何でもない。それで?」

「次の相手をどうすべきかと」

「ふむ……ティーチの奴も暇しているだろうが……そうだな、たまにはお前が出るといい」

「私が、ですか?」

 

 困惑した様子を見せるラグネル。

 実力を見込んでカナタの護衛を任されている彼女ではあるが、それゆえに戦いの場には滅多に出ることは無い。〝ロムニス帝国〟にいる間は帝国の王族の護衛でもあるからだ。

 鍛錬はしているので腕が錆び付くことは無いにしても、たまには実戦も良かろうとカナタは笑う。

 それにティーチは少々やりすぎるきらいがある。殺しはしないが、手酷い怪我を負わせることも少なくない。

 「ハズミさ」と本人は笑うが、余り見逃せることでもなかった。

 

「……では、私が相手を務めましょう。悪魔の実の能力はどうしますか?」

「許可は出さない。お前の能力は少々影響範囲が大きい。ああいう場で使うには不向きだろう」

「わかりました。では(けん)のみで叩き伏せて見せましょう」

 

 気負うでもなく、さも当然のように言ってのけた。

 謙虚な発言など誰にでも出来る。強者とは常に強気の発言をするものだ。

 それと、とラグネルは一通の手紙をテーブルに置く。

 

「サボとコアラと名乗る二人組から、手紙を預かっています。誰かから閣下へ渡すよう頼まれたと」

「ふむ」

 

 手紙を受け取ったカナタは、テーブルの端に置いてある丸い容器からペーパーナイフを取り出し、音もなく開封する。

 見逃しが無いよう一通り目を通すと、今度は手紙の端を僅かに切り裂いて発火させ、近くにあった灰皿の上へと投げた。手紙は静かに、しかしあっという間に燃え尽きて灰になる。

 その様子を見てラグネルはやや緊張したように背筋を伸ばす。

 

「何か気に障る内容でも」

「いや、内容自体は大したことは無い。あれを残しておくのはリスクがあっただけだ」

 

 革命軍との繋がりを示す物的証拠など無いに越したことは無い。

 ドラゴンもそれはわかっていただろうにと、カナタは呆れたようにため息を吐く。

 だが、サボとコアラの顔合わせの意味もあったのだろう。

 

「サボとコアラだったか。一度会っておこう。だがあと数日は忙しいな……」

「日時は後ほどで構わないので、会えるかどうかだけでも教えて欲しいとのことでしたが」

「そうか、日程はこれから調整する。会うことだけは伝えておいてくれ」

「わかりました」

 

 今年の世界会議(レヴェリー)は忙しい。

 〝魚人島〟の参加もあるし、活発に動いて勢力を拡大しているリンリン、カイドウの同盟の事もある。

 最近ではロビンから〝アラバスタ王国〟の件で報告もあった。そちらには既にスパイを送り込んだが、現在は静観している。余り干渉しすぎると内政干渉だと言われるためだ。

 ……ロムニス帝国では内政にしっかり関わっているが、これはもう王族からして抱き込んでいるので問題ないだろう。

 何故かメアの暴走を止める役目になりつつあるが。

 




これは特に覚えなくていい備考なんですけど、サミュエルは黄昏全体で言うと上位ですが精鋭の中では中堅ちょっと上くらいです。
30~40番目くらい。

ちなみにスコッチとジョルジュは戦闘員ではなく海運を適切に行うための人材なので幹部であっても実力的にはサミュエルとそんなに変わりません。あとエインヘリヤルでもないです。


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第百三十五話:Planetes/trey

メリクリ


 〝東の海(イーストブルー)〟、ドーン島。

 島にはゴア王国という国があり、その領土にコルボ山と言う場所がある。

 〝火拳〟のエースが育った場所だ。

 コルボ山を根城にするダダン一家に世話になり、幼いころから17歳まで、船で旅立つまでの間をこの場所で過ごした。

 (かしら)の名はダダン。がっしりとした体格のいい女である。

 普段は新聞も読まない彼女だが、時折エースが新聞に載っていると聞くと、誰にもバレないよう月明かりの下で夜更けに一人で新聞を読んでいた。もちろんダダン一家の全員が知っているが、それをわざわざ伝える事はない。

 日が落ちれば眠り、日が昇れば起きる生活だ。それ故にラジオを聞くのも食事時くらいのものだが……今日は違った。

 今日も月明かりの下で新聞を読み、そろそろ寝るかと家に入ると、慌てた様子の仲間が出てきてダダンと正面からぶつかった。

 

「お頭!! た、大変だニー!!」

「何だいうるさいねェ……つーかまだ起きてたのかい。今何時だと思って──」

「え、エースが!!」

「エースが何だって?」

「エースが、()()()()()()って!!」

 

 バタバタと慌てた様子でダダンが部屋に入ると、ダダン一家勢ぞろいでラジオに耳を傾けた。

 

『──さァ、今日の特別ゲストこと〝火拳〟のエースの登場だ! 拍手!』

『おれが?』

『オメェはする側じゃねェよ!』

『何だ、そうか。エースだ。よろしく』

 

 ラジオから聞こえてくるのは、間違いなくエースの声だ。

 ダダンは元気そうなエースの声にほうと息を吐き、「ルフィを叩き起こしてきな!」と仲間の一人に声をかける。

 エースの弟であるルフィも、エースが元気にしているところを聞けば海賊になろうと一層やる気が入るだろう。

 まぁ海賊になってガープに怒られるのはダダンなのだが。

 ほどなくバタバタと騒がしく家に入ってきたルフィ。寝こけていたのか、口元には涎が垂れている。

 

「エースが出てるってホントか!?」

「ああ、ホントさ! 静かにしな! 聞こえないだろ!」

 

 大勢がシンと静まり返り、ラジオの声を一言一句聞き逃すまいと耳を傾ける。

 

『懸賞金3億超えか……いやァスゲェ経歴だな! シャボンディ諸島で海軍中将を返り討ちにして七武海への勧誘を蹴り、魚人島を通って今ここにいる訳だ!』

『〝黄昏〟の船長も七武海だろ? おれをここに呼んで良かったのか?』

『あの人はそう言うの気にする人じゃねェよ。お前ら、今まで航海してきて品物売って貰えねェ事とか無かっただろ?』

『……そう言われるとそうだな。七武海なのに海賊相手にも商売してるのか』

『金さえ払えば大抵のものは用意するのが〝黄昏〟の良いところさ。相手が海賊でも食料品や必需品は売る。金さえあればな。これ大事だぞ。ただし奴隷は駄目だ。あれは絶対に扱わねェ』

『なんでだ?』

『カナタさんは奴隷が嫌いなのさ。理由までは知らねェけどな。もっと言うと天竜人が嫌いなんだ』

『天竜人が……』

 

 天竜人、と聞いてダダンの顔が曇る。

 かつて、ルフィとエースにはもう一人兄弟がいた。天竜人の乗った船の前を横切ったというだけで砲撃され、そのまま帰らぬ人となった兄弟が。

 ダダン一家は揃ってしんみりとした空気になる。

 ルフィは天竜人の事をよくわかっていないのか、特に顔色が変わった様子もない。

 

『それ、言っていいのかしら?』

『あ、これ全世界に放送されてるんだったか……まァ良いだろ。あの人の天竜人嫌い、滅茶苦茶有名な話だぞ』

『そうなのか?』

『早速目の前に知らない人がいるけど……』

『マジかお前。カナタさんが〝竜殺しの魔女〟って呼ばれてる理由を知らねェとか……あー、いや。今じゃ〝黄昏の魔女〟って呼ばれることがほとんどだからか? もう30年近く前の話だもんなァ』

「30年前……何かあったかい?」

「おりも覚えてニーなァ……」

 

 小声で仲間と話すダダンだが、ラジオが聞こえないとルフィが文句を言うので慌てて口を閉じる。

 二人もエースの声を聞く久々のチャンスを逃したくはないらしい。

 

『〝火拳〟の。お前はこの海で何をしてェんだ? やっぱり目指すは〝海賊王〟か?』

『いや……おれは〝海賊王〟は目指してねェんだ』

『へェ、そりゃ今どき珍しいな。じゃあ何を目的に海へ?』

『おれにもわからねェ。でも、ゴール・D・ロジャーを超える〝名声〟を手に入れたいとは思ってる』

『〝海賊王〟を超える名声か!! そりゃ大変な道のりだぜ!!』

『どれだけ大変でもやってみせるさ。おれは弟と約束したんだ。〝くい〟の無いように生きるってな』

『その一歩がカナタさんへの挑戦か……四皇にも挑むのか?』

『そのつもりだ。けど、弟が世話になったから〝赤髪〟とは戦わねェ。それが筋ってモンだろ』

『なるほど……名残惜しいがもう時間だ。急遽呼んだゲストなんで時間が取れなかった。今日は話を聞けて楽しかったぜ、〝火拳〟のエース! 最後に言いたいことはあるか?』

『スペード海賊団ではコック募集中だ!! 一緒に海賊やろうぜ!!』

『ここ〝新世界〟だぞ!? コックいねェのかよ!!?』

 

 それを最後に、エースの声は聞こえなくなった。

 ダダンは名残惜しそうにしながらも、元気でやっているエースを確認出来て頬が緩んでいる。

 ダダン一家の皆がそうだ。思い思いに「元気そうで良かった」やら「いつか帰ってくることがあるのかなァ」などと話している。

 

「……明日も朝早い。そろそろ寝るとするか。ルフィも……ルフィ?」

 

 いつも一番騒がしい男が静かなままだ。

 自分の両手を見て、ぎゅっと握りこぶしを作る。

 

「……エースも元気に海賊やってるんだ。おれも負けてられねェ! 次会ったときは絶対におれが勝つ!! ウオー!! 今から修行だ!!」

「今から!? 今何時だと思って……おいルフィ!!?」

 

 勢いよく扉を開けて外へと走り去っていく麦わら帽子の少年に、ダダン達は思わずぽかんと呆けるしか無かった。

 

 

        ☆

 

 

 〝ロムニス帝国〟の一角に巨大なビルがある。

 巨人族は流石に入れないが、それなりに巨体の者でも入れる大きめのビルだ。その中にラジオの収録スタジオがあった。

 時刻はまだ朝と言っていい。短時間だがもしよければラジオに出てみませんか、と誘われ、ほいほいと付いていって先程まで話していたのだ。

 

「お疲れ様です。水でも飲みますか?」

「お、悪ィな。ありがとう」

 

 エースは収録スタジオから出るや否や、出入り口にいた一人の少女からビンに入った飲み物を受け取る。

 白い髪をセミロングにしており、赤いリボンで髪の一部を纏めている、どこか気だるげな様子のある少女だ。

 

「どうでした、初のラジオ出演は?」

「ん~……普通に話してるだけで世界中の人に聞かれてるって言われても、あんまりピンと来ねェな」

「そうですか。そんなものでしょうね」

 

 実際に世界中に聞かれていると言っても、ラジオで声を届けているだけだ。電伝虫に話しているのと感覚的にはあまり変わらなかった。

 伝える時間は無かったが、故郷にいる世話になった山賊と弟に届いていればいいな、とは思う。エースは時々紙面に載るので元気でやっていることは伝わっているだろうが、やはり声を届けられるというのは違う。

 少女と共にビルを出ると、丁度デュースが来たところだった。

 

「ラジオに出るなら一言くらい言ってくれ。皆驚いていたぞ」

「悪い悪い。でも急だったんだ」

 

 エースはちらりと横にいる少女を見る。

 少女はデュースに対して一礼し、「この国でも彼は有名人になりましたし、これくらいは遊びの範疇ですよ」と言う。

 見た覚えのない相手に対し、デュースは目を細めて警戒感を露にする。

 

「そうは言うが……ところで、君は?」

「〝戦乙女(ワルキューレ)〟の一員です。アイリスと言います」

「〝戦乙女(ワルキューレ)〟……と言うと、〝黄昏〟の精鋭の」

「ええ。体を休めるついでに色々と案内してやれ……と仰せなので。上の人が」

 

 面倒くさそうに肩をすくめるアイリス。

 デュースは「一応敵だぞ……?」と胡散臭そうな顔をしているが、エースは「折角だから美味い飯の店とか教えてくれ」と頼み込んでいる。

 疑う気など微塵も無いようだった。

 

「おい、エース!」

「大丈夫だろ。あれだけ試合形式にこだわったんだ。一度口に出した以上は約束を破る真似なんかしねェよ」

 

 世間的には格下のスペード海賊団相手にそんなことをしたとなれば〝黄昏〟の名折れである。

 詳しいことはともかく、エースとしては「筋が通らない」からと信用しているらしかった。

 デュースは一度ため息を吐き、それならば仕方ないと自分も同行することにした。

 

「ところで、次の試合だが……まだ日程は決まらないのか?」

「ああ、そうでした。三日後に試合があるので予定を空けておいてくださいね」

 

 さらっと日程を口にするアイリス。忘れていたと言わんばかりだが、視線を逸らしながらの言葉に思わず二人は呆れ顔をする。

 

「三日後か……怪我の調子はどうだ?」

「まァ大丈夫だろ。大怪我って程でもねェしな」

「それならいいが。次は幹部だろう、油断はするなよ」

「しねェよ。ここまで来て負けられねェからな」

 

 エースは帽子を目深に被りなおし、闘志を燃やしていた。

 焦りは無いようにも思えるが……強迫観念にも似た何かを感じ、デュースは不安を覚えずにはいられなかった。

 

 

        ☆

 

 

 そして三日後。

 同じようにアイリスが迎えに来た。スペード海賊団の皆は闘技場(コロッセウム)に席が用意してあるらしく、皆連れ立って移動する。

 闘技場(コロッセウム)の周りには既に試合を見ようと多くの観客が詰め寄せており、チケット争奪戦になっていた。

 

「この間来た時よりも随分多いな」

「それはそうでしょう。今回出るのは〝戦乙女(ワルキューレ)〟でもトップクラスの実力者。彼女以上に強い人は一人だけです。どちらも試合には滅多に出ません」

 

 〝黄昏〟全体で言えばカナタを除いてもう一人か二人くらいはいるが、〝戦乙女(ワルキューレ)〟内部ではおおよそ二番目に位置する強さだ。

 アイリスも所属こそ同じだが、上位と下位では実力差は大きい。束になっても敵いはしないだろう。

 エースはアイリスの方を見た。

 

「誰が出てくるか知ってんのか?」

「ええ。でも言いませんよ。誰が出てきても一緒でしょうし」

「そりゃなんでだ?」

「ほとんど()()()()()()()()()()からですよ。海賊は懸賞金で大雑把に強さを測る場合が多いでしょう? 私たちに懸賞金は付いてませんし、百獣海賊団やビッグマム海賊団と小競り合い以外で戦うこともほとんどないので」

 

 誰の名前を出してもエースが知っている可能性は低い。世界政府や四皇ならばともかく、そこらの海賊団が情報を得られるほど甘くはない。

 もっとも、そのせいで〝黄昏〟の強さを見誤ったルーキーが来ることも多いのだが。

 

「ふーん……まァ良いだろ。誰が出てきても倒すさ」

「……随分自信があるんですね」

「無かったらここに来てねェよ。何としてでも〝魔女〟に会う。それが目的だからな」

「そうですか。では頑張ってください」

 

 アイリスに案内されるがままに控室に連れて来られ、少しの待ち時間の後に試合の時間だと別の者が呼びに来た。

 エースは気合を入れなおし、通路を歩いて闘技場(コロッセウム)中央の舞台へと出ていく。

 遠く聞こえていた実況がはっきりと聞こえて来た。

 

『さァて! 今日の実況はこの俺、ドナルド・モデラートが担当するよ!』

 

 遠目に見える席で片腕片足が義肢の男がテンション高く話している。

 

『今日はいつにも増して満員御礼だ!! それも当然!! 何せ滅多に表に出てこない〝戦乙女(ワルキューレ)〟のトップ勢!! その一人が試合をするっていうんだから、これを見逃す手はない!!!』

 

 モデラートは中央舞台へ歩いて出て来たエースに気付いたのか、まずはそちらの紹介を始めた。

 

『まずは挑戦者(チャレンジャー)から紹介しよう! 懸賞金3億5000万ベリー、〝火拳〟のエース!!! なんとあのサミュエルを破ってこの舞台にまで上がってきた期待の新人(ルーキー)だァ!!!』

 

 モデラートの紹介に併せて熱狂した観客の一部が歓声を上げる。

 サミュエルもそれなりに知られているようで、彼を打ち倒したエースを期待の目で見る者も多い。

 続いてエースと戦う相手の紹介を始めた。

 

『そして待ち受けるのは〝戦乙女(ワルキューレ)〟の一人!! かの百獣海賊団、〝災害〟と称される3人の〝大看板〟の内1人を弾き返した城塞が如き女!! アドニス・ラグネル!!!』

 

 エースとは反対側の入り口から現れたのは、白銀の甲冑を纏った金髪の女性だ。

 身長はエースの倍以上あり、腰に携える剣は分厚く、頑強だった。

 舞台の上に上がったラグネルはジロリとエースを睨みつけ、剣を抜く。舞台に上がった以上、いつ試合が始まっても対応出来るように。

 

「お前が相手か」

「そうだ。不満か?」

「いィや。確かにお前は、一目見た時から強そうだと思ってた。お前を倒せば〝魔女〟に会えるんだな?」

「そうだ──死ぬなよ。後が面倒だ」

 

 試合開始のゴングは鳴っている。エースは即座に拳を構え、ラグネルは横薙ぎに剣を振るった。

 暴風の如く振るわれる斬撃はエースを軽々と吹き飛ばし、透明な壁へと容赦なくその体を叩きつける。

 

『一撃! 凄まじい攻撃だァ!! 〝火拳〟のエース、まさかの一発KOか!?』

「いや……良く防いだものだ。受け損ねていれば真っ二つだったはずだが」

 

 モデラートの言葉に反論し、ラグネルは吹き飛ばして砂煙の立ち込める場所を睨みつける。

 数秒の静寂があり──砂煙の中からエースが疾走してきた。

 その足には炎を纏っており、エースの速度を飛躍的に上げている。

 

「いきなり随分な挨拶だな! 死ぬかと思ったぜ!」

「あの程度も防げないようなら閣下と会う価値はない。だが、拙い覇気で良く防いだ」

 

 ラグネルの懐に潜り込み、剣を使いにくい至近距離での戦いを挑むエースだが、ラグネルも慣れたようにエースの攻撃を捌く。

 エースの纏う覇気はラグネルのそれと違い不安定だ。強弱が安定しておらず、武装色を纏う事で起きる色の変化も起きていない。

 エースはまだ覇気を身に着けて日が浅い。独学故に安定もしていないのだ。

 

「うるせェ! 死ぬとこだ!!」

 

 あんなものをまともに受けていられるか、とエースは憤る。

 ギリギリのところで腕に覇気を集中できたから防げたものの、コンマ一秒でも遅れていれば両断されていた。

 殺しは無し、という話は何だったんだと思うが、今文句を言ったところでどうにもならない。

 彼女を倒せば〝魔女〟への道は開ける。

 エースは距離を取ったのちに両腕から炎を展開し、ラグネルの逃げ道を塞ぐように炎上網を作り出した。

 

「〝火拳〟!!!」

 

 極大の炎は真っ直ぐにラグネルを焼き尽くそうと進み、しかしラグネルは剣に武装色を纏って振り下ろすだけでそれをかき消した。

 周りに広がる炎上網にも一切怯んだ様子はない。

 

「弱いな」

 

 つまらなそうに吐き捨てると、炎上網を一歩で踏み越えてエースの眼前まで迫る。

 咄嗟に拳を構えて剣に視線を向けるエースだが、ラグネルはあえて剣を捨てて素手でエースを殴りつけた。

 両腕のガードの上から殴りつけられたエースはラグネルの剛腕で背中から地に叩き伏せられ、地面が揺れる程の衝撃が走る。

 

「目の前の相手に集中もせず、閣下に会う事ばかり考えている。その体たらくで私に傷を負わせることなど出来るものか」

 

 投げ捨てた剣を回収し、ゆっくりエースから距離を取る。

 まだ意識はある。見聞色の覇気で探っているからそれはわかっていた。

 

「……そうだな。悪かった」

 

 受け止めた腕がビリビリと痺れている。

 ラグネルの拳は体の芯に響くような威力だった。腕力と言うよりも、あれは──もっと、別の何かのように感じられた。

 

「滅茶苦茶腕がいてェんだが、今のも覇気か?」

「そうだ。加減はしたがな。覇気(これ)の使い方を学ぶためだけに〝黄昏〟に入ろうとする者もいる」

 

 もっとも、その手の輩は大抵〝黄昏〟の上位層の強さを知って心を折られる。並大抵の心持ちでは自身の強さを信じ続けることは難しい。

 エースは「なるほどなァ」と笑い、痺れの抜けない拳を構えた。

 

「もっとしっかり使えるようになれば、お前みたいなことも出来るんだな」

「基礎も出来ていない奴が良く吼えたものだ。言うからにはやってみせろ!」

 

 今までの攻防は全て小手調べだ。ラグネルの本気はまだこんなものではない。

 エースはにやりと笑い、炎を自身の周りに展開し始めた。

 

「ちょっとわかってきたところだ。こうやるんだろ」

 

 エースの腕が黒く染まる。武装色を纏ったことによる硬化だ。

 サミュエルとの戦いで経験も積んでいる。覇気の纏い方ならいくらでも見ることは出来ていた。あとは実戦でやってみるしかない。

 エースは足に火を纏い、高速で飛び出してラグネルの頬を殴りつける。

 しかし覇気を纏ったラグネルの肉体は鋼のように硬く、ダメージが通っているようにも思えない。

 

「かってェな!! どうなってんだ、体が鉄で出来てんのか!?」

「貴様とは覇気の練度が違う。殴りつけるならこうやるんだ」

 

 剣を持っていない方の手でエースの頬を強かに殴りつけ、壁まで吹き飛ばす。

 衝撃で意識を飛ばされそうになるも、何とか持ちこたえるエース。

 また()()だ。体の芯まで響くような衝撃。エースとて覇気を防御に使っている以上、ラグネルと同じように攻撃を受けても防げるはずだが、こうも威力の違いが如実に出ている。

 

「クソ……!!」

 

 思わず悪態が出るエース。四皇に並ぶ組織の幹部だ。最初から強いことはわかっていた。

 しかも、恐らくラグネルは手加減をしている。

 真剣勝負の場で手を抜かれるのは屈辱だが、その状態でさえエースは歯が立っていない。

 だが、それでもエースは吼えた。

 

「テメェ、なんで本気で戦わねェんだ……!」

「本気で戦う必要が無い、と言うのもあるが……私が全力で剣を振るうと防壁を壊してしまうのでな。観客に被害を出すのは本意ではない」

 

 サミュエルの言っていた、数少ない闘技場の壁を壊せる実力者。ラグネルはそれに該当するのだろう。

 闘技場で戦う以上は闘技場のルールに則って戦う。観客に被害を出さないようにするのもその一環だ。

 戦場で会えば本気の彼女と戦うこともあるだろうが、その場合は今のように生き残っていられる可能性は低い。

 

「私の拳をまともに二度受けて立ち上がる気概は認めよう。だがその程度では私を倒すことなど不可能と知れ」

 

 剣を構えるラグネルを前に、エースは歯を食いしばって立ち上がった。

 彼女を倒せなければ〝魔女〟に会うことは出来ない。

 闘志を燃やし、エースはラグネルを睨みつける。

 

「尻尾を巻いて逃げ出す、と言った風でも無いな。まだやるか?」

「当たり前だ! おれは逃げねェ……!!」

 

 エースは拳を握り、再びラグネルへと立ち向かった。

 

 

        ☆

 

 

『……なんと、ここまで粘るとは思わなかったぜ、〝火拳〟のエース!!』

 

 声が枯れ気味のモデラートが驚いたように立ち上がった。

 日は既に落ちかけている。朝からこの時間まで、エースはラグネルに立ち向かい続けたのだ。

 しかし、エースの体は既にボロボロである。気力だけで立っていると言っても過言ではないほどに。

 対するラグネルは息一つ乱さず、疲労の色も見せていない。流石に無傷とはいかなかったのか、ところどころ傷を負ってはいるが……状況だけを見ればどちらに軍配が上がったのかなど問うまでも無かった。

 

『しかし残念! ここには一応時間制限がある! ラグネルを倒せなかった以上、〝火拳〟の負けと言うしかない!』

「待て、モデラート」

『ん? どうしたラグネル!』

規定(ルール)では制限時間に到達した場合、互いの同意の下、試合はその場で判定するか次の日に持ち越すかを選べたはずだ」

『確かにそういう規定はあるが……使われたことのない規定だ。それに、この状況は誰が見たって……』

「それを選ぶのはお前ではない」

 

 ラグネルは視線をエースへと向けた。

 まだ心は折れていない。

 どこまでも愚直に、ラグネルを打ち倒そうと闘志を燃やし続けた男に対して、彼女は一つの選択権を与えた。

 

「選べ、〝火拳〟──ここで負けを認めるか、それとも明日に持ち越してでも私に挑み続けるか」

 

 ラグネルは強い。

 四皇の最高幹部を敵にしても弾き返すだけの実力を持つ以上、それに満たないエースが勝てる道理はない。

 それでも。

 エースは、ここで負けを認めるわけにはいかなかった。

 

「挑む!!」

 

 ボロボロの姿になりながらもまだ吼えるエースに対し、ラグネルは目を細めて剣を収めた。

 

「では続きは明日だ。精々傷を癒せ」

 

 並の敵ではラグネルに傷など負わせることは出来ない。そういう意味では見込みはあると踏んでいた。

 踏み潰すだけならば容易いが、心を折って傘下に吸収するのも幹部の仕事である。ビッグマム海賊団、百獣海賊団の同盟がどこまで勢力を伸ばすかわからない以上、手駒に出来る戦力はなるべく回収しておくべきだと判断していた。

 海軍が役に立たないことなど〝黄昏〟内部では既に周知されている。

 〝黄昏〟と〝赤髪〟、あるいは〝エルバフ〟との同盟が正式に成れば踏み潰すことも可能だろうが、戦力は多いに越したことは無い。

 

 

        ☆

 

 

 同日。夜になり、コアラの下に一通の封筒が届いた。

 コアラとサボはカナタと会えることが分かった後、カナタが手配したホテルの一室にいた。政府や海軍にバレないようにするためである。

 なるべく姿を隠しつつ街を散策するなどして時間を潰していたが、遂に会える日時が決定したのだろう。

 封筒を開封すると、簡素な手紙と何かのチケットが同封されていることに気付いた。

 

「何だろうこれ」

「……闘技場(コロッセウム)のチケットだな」

 

 手紙には『ここで落ち合おう』とだけ書かれている。

 確かに城は目立つ。出入りを監視するのも簡単だ。ドラゴンとカナタの関係性は政府にも疑われている以上、余計な疑念は与えるべきでは無いのだろう。

 ……コアラとサボは今になって「あれはまずかったか」と苦い顔をしていたが。

 

「話は通しておくから一般の入り口から入って、その後ここへ来いって書いてある」

 

 大雑把ではあるが地図も載っている。迷うことは無いだろう。

 コアラは今になって緊張してきたらしく、忙しなく部屋の中を歩いていた。

 

「落ち着けよコアラ。焦ったってどうしようもないだろ?」

「そうかもしれないけど! でも、やっぱりすごい人と会うんだから緊張するよ!」

「ハハハ……今日はさっさと寝て、明日に備えよう」

「眠れるかな……」

「子供みてェだな」

 

 ぷんすかと怒るコアラを宥めつつ、サボはサボで色々考えていた。

 ドラゴンからは「顔を合わせるだけでいい」と言われたが、出来ればカナタの人となりを見ておきたい、と。

 




戦乙女で一番強いのは小紫です。
カイエとラグネルで二番手争いしてます。フェイユンは闘技場出禁なので番外。

次の更新は予定通り12/27に投稿するつもりですが、土日が忙しいので一日二日ズレる可能性もあります。ご了承ください。


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第百三十六話:Planetes/cater

 デュースはエースの手当てを終え、船の医務室から出る。

 試合が終わった後、デュースは倒れて気絶したエースを背に抱えてスペード海賊団の船である〝ピース・オブ・スパディル号〟まで戻り、治療していた。

 医務室の外にはスペード海賊団の仲間たちが集まっており、誰もがエースの安否を心配している。

 

「デューの旦那、船長は……」

「寝てる。余程疲労が溜まったんだろう……あれだけの戦いだ。仕方のないことではあるが」

 

 エースの完敗と言っても過言では無かった。

 だが、エースはそれでも負けを認めず、試合を翌日に持ち越すと宣言している。

 ボロボロになっていく船長の姿を見るのは船員としても思うところがあるが……何より、こんな時にエースの背中を支えてやれない自分に嫌気がさす。

 デュースは元々〝東の海(イーストブルー)〟のとある島で医者の一家に生まれた男だ。出来の悪さを馬鹿にされ、冒険譚を読んで家を飛び出し、とある島でエースと出会った。

 それ以降エースの姿を間近で見てきたが……助言や意見を言うことは出来ても、エースの背中を守ってやることは出来ない。

 弱いとは言わないが、懸賞金が付かない程度の存在だ。シャボンディ諸島ではレイリーに「No.2は苦労するだろう」などと言われたものの、そう呼ばれるには些か実力が不足し過ぎている自覚はある。

 エースが頼ってくれるくらい、デュースが強ければ──考えるだけ無駄とわかっていても、時折考えてしまうのだ。

 悪循環に陥る思考を止め、ため息を一つ零して食堂に移動する。

 

「相手は〝黄昏〟の幹部だ。四皇にも匹敵する勢力とは聞いていたが、実際に目にすると凄まじいな……」

 

 情報を集めるスカルと二人、エースが戦ったラグネルに関する情報を纏めた。

 とは言え、ラグネルに関する情報は極めて少ない。滅多に表に出てこないことと、政府による懸賞金がついていないことで注目されることが少ないからだ。

 敵対関係にある四皇──ビッグマム海賊団や百獣海賊団であれば幾らか情報を持っているかもしれないが、まさか正面から行って情報をくださいなどと言う訳にもいかない。

 

「百獣・ビッグマムの海賊同盟と〝黄昏〟の敵対関係は有名な話だぜい。百獣海賊団の最高幹部である〝大看板〟と戦ったことがあるのも不思議ではない……けど」

「誰かまではわからないのか?」

「恐らく、って付くが……多分〝火災〟のキングですぜい」

「恐らくとか多分とか、えらく不確定な話だな」

「仕方ねェ。〝黄昏〟の連中、誰を沈めても撃退しても一切情報を流さねェんだ。ラグネルって女に関する情報も知ってる奴を見つけられたのは本当に運が良かったと思うぜい」

 

 〝黄昏〟のナワバリに侵攻してきた百獣海賊団の艦隊と小競り合いを起こし、そこでぶつかった二人は周りに被害を出しながら戦い、遂にキングを撃退するに至った。

 キングは13億を超える高額の賞金首だ。実力も相応に高い。

 

「そりゃエースが勝てないわけだ……」

 

 海軍で言うなら大将クラス。シャボンディ諸島で中将相手に打ち勝ったものの、あれはギリギリの戦いだった。あの時より成長していると考えても、まだ大将には及ばないだろう。

 ……また明日もエースは戦いに行く。

 本来なら止めるべきだが、言って聞くようならデュースも苦労はしていない。

 

「相手が本気を出していないのが幸運だったが、あれだけボコボコにやられてちゃ慰めにもならんな」

「そうだなァ……」

 

 あれだけボロ負けしたエースを見たのは初めてだ。何を言っても傷に塩を塗り込むようなものだろう。

 諦めろと言って聞くような男でもない。

 幸い、闘技場(コロッセウム)には不殺のルールがある。死ぬことだけは無いだろうが……。

 

「……どうにか穏便に終わってくれりゃァ良いんだが」

 

 ビブルカードの主に会う、と言うだけの目的が、いつの間にか随分大変なことになっている。

 デュースは天を仰ぎ、額に手を置いて何も出来ない自分の情けなさにため息を零した。

 

 

        ☆

 

 

 翌日。

 闘技場(コロッセウム)を訪れたサボとコアラの二人は、一般の列に並んで中へと入る。

 入口でチケットを検められた際、担当の男が妙に緊張した様子だったのが気になるが……二人はそういう事もあるかと考え、手紙に同封されていた地図の通りに中を歩く。

 辿り着いたのは特別観覧席だった。

 ノックをして中に入ると、既に誰かが座って闘技場(コロッセウム)を見下ろしている。

 入ってきた二人に気付いたのか、その人物はサボたちへ視線を向けた。

 

「アンタは……確か、ラグネル」

「サボとコアラだな。閣下からお前たちが来ることは聞いている」

「ああ、そっちが連絡してきたからな。それで、カナタさんはどこに?」

「少し席を外している」

 

 本来ならラグネルがここにいるはずがない。

 今日の戦いは彼女とエースの戦いである。中に入る際にサボとコアラもそれは聞いたし、それを見るために大勢の観客が詰めかけていることもわかっている。

 普通なら控室の方にいるはずなのだが……。

 

「閣下からお前たちの事を聞いたのでな。伝言役に残された」

「残された、って……もうすぐ試合が始まるんじゃねェのか?」

「その予定だったのだが、今日は私は出ない」

 

 元より殺し合いのための場ではない。ラグネルの剣は敵対者を滅ぼすモノであっても、観客に見世物にするためにあるモノではない。

 それに全力を出さないように戦うのは中々ストレスが溜まる。

 闘技場(コロッセウム)で全力で戦えるのは、その程度の強さしか無い者だけだ。

 しかし今日の相手であるエースは精鋭の中でもそれなりに強いサミュエルを破った男だ。相手を出来る者は限られている。

 サボはそれを問うと、ラグネルは中央の舞台へと視線を移した。

 

「すぐにわかる」

 

 ラグネルはそれきり言葉を発さない。

 サボとコアラは顔を見合わせ、ひとまずラグネルの隣に座ってカナタが来るのを待つことにした。

 

 

        ☆

 

 

 エースは昨日同様、闘技場(コロッセウム)へと入って時間まで控室に待機していた。

 ラグネルに付けられた傷は完治していないが、動くのに支障はない。エースは城塞の如き彼女へ攻撃を仕掛けるばかりで、エースが攻撃を受けるのはほとんどが反撃によるものばかりだったからだ。

 本気で潰しに来ていれば、エースが今日再びここに来ることは無かっただろう。

 だがチャンスは消えていない。

 昨日の戦いでコツは掴んだ。覇気の使い方は実戦で磨くのが一番なのだろう。

 

「時間だ……エース、おれからは特に言える事なんかねェんだが」

 

 心配して控室にまで押しかけていたデュースが、エースの背中を押すように言葉を投げかける。

 

「やりてェようにやれ。お前が怪我したら、おれがいくらでも治してやる」

「ハッ、もう怪我しねェさ。今日こそぶっ倒すからな」

「……エース」

 

 何かを言おうとして、デュースは言葉が出てこずに口を閉じた。

 エースの強がりに軽口で返せばよかったのか、あるいは別の言葉を投げかけるべきだったのか。デュースには分からなかった。

 

「行ってくる。目的はもう目の前だ。退くことは出来ねェ」

 

 そう言って、デュースから目を逸らして部屋を出る。

 闘技場の舞台まですぐだ。気合を入れなおし、再び挑むために立ち止まることなく舞台へと立った。

 

『さァ、今日も再び〝火拳〟のエースが現れた!! 昨日は散々ラグネルにやられたと聞いたが、今日はやり返すことが出来るのか!! ここまで来れる奴も少ねぇ、おれは期待してるぜ!!!』

 

 デマロ・ブラックが高らかにエースの名を呼ぶ。

 舞台は昨日の戦いで壊れたところもあったはずだが、既に綺麗に修繕されている。整備の時間を取るための時間制限なのだろう。

 

『さてさて、続いては昨日と同様、〝戦乙女(ワルキューレ)〟トップ勢であるアド──えええええ!!?』

 

 誰もがざわついた。

 こんなところにその女がいるはずがない。ブラックも思わず立ち上がって目を擦り、二度見した。

 

『な、な、な……!!』

 

 長い黒髪。白磁のような肌。赤い瞳──ラフな格好ではあるが、その女は確かに。

 

『なんでアンタがここにいるんだ!! カナタさん!!!』

 

 〝黄昏の魔女〟カナタが、闘技場に姿を現していた。

 エースも突然の事態に目を丸くする。

 カナタに会う事が目的だったが、思わぬ形でそれが達成された。だが、このまますんなりと終わるとは思えない。

 

「初めまして、ポートガス・D・エース。お前のことはラグネルから聞いているよ」

 

 カナタは特に敵意を持つことも無く、ニコニコと笑みを浮かべながら話しかけて来た。

 身長はエースよりも頭一つ分低い。ラグネルのような覇気に満ちた凶悪な相手を想像していただけに肩透かしではある。と言うか、少なくとも30年前から活動しているにも関わらず、見た目がエースとそれほど変わらないように思えるので違和感も大きい。

 思わぬ状況に面食らったエースだが、故郷で学んだように丁寧にお辞儀をした。

 

「エースです。初めまして」

「うん、礼儀正しいな。そういうやつは嫌いではないよ」

「……アンタと会うためにラグネルと戦ってたと思うんだが、なんで出て来たんだ?」

「少々気になることがあったのでな。ラグネルと代わって貰った」

「気になること?」

「その辺りは試合が終わった後に確かめる。折角の闘技場だ、少し相手をしてやろう」

 

 カナタは素手だ。槍使いと聞いていたが、武器はどうするつもりなのか。エースは問いかけた。

 

「武器はどうしたんだ? 確か槍使いなんだろ、アンタ」

「うん? 必要あるまい。お前相手に武器など使わん」

 

 侮っている、と憤っていいのかもしれない。

 だが、エースはそうは考えなかった。

 

「……後悔するなよ」

「後悔させてみるがいい」

 

 エースは即座に駆けだし、カナタへと接近戦を仕掛けた。

 殴り、蹴り、時に炎を交えて攻撃するが──カナタは攻撃を簡単に捌くばかりで反撃もしてこない。

 甘く見られているのだろうが、エースにとっては都合がいい。

 連続して攻撃し、どうにかして隙を作る。

 

「ふむ、こんなものか」

 

 カナタはと言えば、覇気の籠った拳を受け止めてエースの覇気の出力を感じ取っていた。

 出力を絞り、エースと同程度の覇気に抑えて運用する。

 力の差はこちらの方がわかりやすく、今のエースでも鍛錬すればこの程度は出来るようになるという見本にもなるからだ。

 

「クソ、攻撃が全然当たらねェ……!」

「武装色もそうだが、見聞色も少々おざなりだな。師も無く実戦で使うのみであれば、それも仕方のないことだろうが」

 

 海軍や黄昏は組織内で覇気の使い方を教えているが、他の海賊団ではそう言ったことをやっているとは聞かない。〝新世界〟の海賊でも覇気を使えない者はそれなりにいるのだ。

 どういう訳か、カナタはまるでエースに教える様に覇気を使っている。

 今もまた、手の中に氷のナイフを作り出して武装色の講義をしていた。

 

「武装色の覇気は己以外にも武器──正確には無生物に流し込める。このようにな」

 

 氷のナイフの刃に指先を当てて滑らせる。すると、触れた場所が黒く染まっていくのがわかる。

 これが武装硬化だ、とカナタは言った。

 

「それなりに覇気が使えるなら誰にでも出来る芸当だ。お前は出来るか?」

「いや……出来ねェ」

「では鍛錬することだ。武器が不要だというのなら、悪魔の実の力と合わせることでより強く行使することも出来る」

 

 カナタは掌の上にあった氷のナイフを消し、今度は足元から大きめの四角い氷の塊を生み出した。

 エースに「攻撃してみろ」と挑発し、実際にエースが壊すつもりで炎を放つも、氷の塊はびくともしない。

 闘技場の舞台を囲む透明な壁と同じだ。並の攻撃では壊すことが出来ないほど硬質化している。

 

「お前の場合は炎だが、覇気を使えればより強い炎を纏うことも出来るだろう」

「……なんで敵のおれにそこまで親身になって教えるんだ?」

「フフフ、どうしてだろうな?」

 

 教えるつもりは無いのか、カナタは笑みを浮かべるばかりで答える気配はない。

 エースは眉をひそめながら、しかしまだ戦うつもりなのか拳を握る。

 先程カナタが言ったように、手の中に圧縮した炎と覇気を混ぜ込み──より強く打ち出す。

 

「〝火拳〟!!」

 

 昨日までのそれとは段違いの威力になった〝火拳〟が、舞台を焼きながら真っ直ぐカナタへと向かう。

 まともに受ければ誰であっても怪我は免れないその一撃を、しかしカナタは手刀で切り裂いた。

 威力がどうこうと言う話ではない。そもそも()()()()()()()()()

 

「……!?」

「良いな。話を聞いただけでここまで出来るか。まだ威力はお粗末だが、先が楽しみだ」

「おれの炎が効かねェ……」

 

 防がれたことはいくらかあるが、炎そのものを無効化されたのは初めての経験だ。

 覇気の出力はエースと変わらない。特別なことをやったようにも見えず、悪魔の実の力を使ったわけでもない。何かしらの特殊な技術ではあるだろうと当たりはつけられても、エースには詳しいことはわからなかった。

 確かなのは、これまで頼りにしてきた炎の能力がまるで役に立たないこと。

 だったら、それ以外の手札で戦うしかない。

 

「能力が通用せずとも折れず、立ち向かう気概。なるほど、悪くはない」

 

 だが、カナタも暇ではない。

 武装色の覇気を鎧のように纏い、エースの攻撃をものともせずに鳩尾(みぞおち)へと掌底を突き当てる。

 一瞬呼吸が止まり、意識が明滅して動きが止まった。膝をつくエースに対し、カナタは無慈悲に片腕を上げる。

 

「私自身、未だ頂に届かぬ身だが──深奥を見せてやろう」

 

 バチバチと黒い雷が迸る。

 カナタの腕に纏われた黒い雷を見た者は、誰もがエースの死を予感した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 人の身で辿り着ける極点。

 覇気と言う力の深奥を前に、エースは動くことも出来ずに見ているだけだった。

 スペード海賊団の誰もが席を立ち、エースを助けねばと殺到して透明な壁に阻まれる。人死にはマズイと実況のブラックが声を上げる。それでも止まることは無い。

 エースは断頭台で処刑を待つ囚人のように膝をついたまま、カナタを睨みつけた。

 カナタが問いかける。

 

「──背を向けて逃げるか?」

 

 エースは、答えた。

 

「──おれは、逃げない!!!」

 

 カナタは笑っている。この状況でも尚、心の折れない姿に誰かを重ねて。

 ギロチンの如く振り下ろされる腕は止まることなく振り下ろされようとして──突如、カナタへと何者かが奇襲をかけた。

 覇気を纏った鉄パイプがカナタの側頭部に直撃し、僅か一瞬ながらも動きを止める。

 その隙にエースを片手で抱え、何者かは距離を取った。

 

「……何の真似だ?」

 

 奇襲をまともに受けたカナタだが、特に傷を負った様子もない。鉄パイプで殴られた側頭部はひび割れて氷の欠片が落ちているが、時を巻き戻すかのように修復されていく。

 腕を下ろし、突如乱入してきた男へと再び問いかけた。

 

「答えられないか? 何の真似だと聞いているんだ、()()

「……おれだってわからねェ!!」

 

 黒いシルクハットに黒いコートを着た金髪の青年だ。片手に鉄パイプを持ち、もう片方の手でエースを抱えている。

 本人も何故こんな行動をとったのか理解出来ていないのだろう。誰よりも自分自身が理解できず、困惑したようにカナタの問いに答えていた。

 

「わからねェんだ……! けど、こいつがここで死ぬかもしれないって思うと、体が勝手に動いてた!!」

「ほう? 自分でも理解出来ない行動か……」

 

 奇襲されたことはそれほど気にしていないのか、顎に手をやって考え込むカナタ。

 その間にサボはエースを降ろし、鉄パイプを両手で構える。

 エースは自分を助けてくれたサボを見上げ、その横顔を見て目を見開いた。

 

「サボ……!?」

「……おれの事を知ってんのか?」

「お前、本当にサボなのか……!? 生きてたのか!?」

「ま、待て! お前、なんでおれの事知ってんだ!?」

「知ってるに決まってんだろ!! お前、おれの事を覚えてねェのか!?」

 

 かつて、エースにはコルボ山で杯を交わした義兄弟がいた。

 エース、ルフィ──そしてサボ。

 サボは天竜人の船を横切り、砲撃され、船は海に沈んだ。その時に死んだと思われていたが、ドラゴンに拾われて生きていた。

 ()()()()()()

 

「エース、その男は記憶喪失だ。幼少期のことは覚えていない」

「記憶喪失!? それで……!」

 

 死んだと思っていた兄弟が生きていた。それは喜ばしいことだが、状況が悪かった。

 

「それで、私に刃を向けたんだ。覚悟は出来ているか?」

「……それは悪ィと思ってる。ドラゴンさんにも合わせる顔がねェ! けど!! ここでこいつを助けなかったら、おれは一生後悔する気がしたんだ!!!」

 

 サボは未だエースを助けた理由がわからない。それでも、体が勝手に動いた以上は仕方がない。

 コアラは顔を青くしていることだろう。ドラゴンにも合わせる顔が無い。それでも、サボはこの選択を後悔していなかった。

 エースはサボと隣り合って拳を構える。

 

「まだ戦う気があるのか」

「まだ負けてねェ。あんたとサボの間にどういう関係があるのかはわからねェけど、おれが勝ったらチャラにしてくれ!」

「ほう?」

 

 随分な大言壮語だ。不可能と言っても過言ではない。カナタは驚きに眉を動かし、続けてみろとエースに促す。

 エースの目は未だ死んでいなかった。

 

「サボが生きてて、おれを助けてくれた。そのせいでサボの立場が悪くなったんなら、おれが何とかする。おれ達は兄弟だ! 見捨てる事なんか出来ねェ!!」

「……兄弟。お前の血の繋がった兄弟姉妹には見えんな。となると杯を交わしたのか、なるほど」

 

 拳を構えるエースと、鉄パイプを構えるサボ。

 二人とも、まだやる気はあるどころか、カナタに打ち勝って不義理をチャラにしてもらおうとしている。

 思わず笑みが零れる。気持ちのいい馬鹿者たちだ。

 

「良かろう、二人纏めてかかってくるがいい。もし傷の一つでも入れられたならサボの件は不問だ」

 

 その言質を取ると同時に、サボとエースは同時にカナタへと立ち向かった。

 

 

        ☆

 

 

 もっとも、やる気だけで覆せる実力差でも、二人がかりで何とかなる戦力差でも無かった。

 カナタのゲンコツでエースもサボも脳天にたんこぶを作り、二人揃って気絶して倒れ伏している。

 闘技場の観客たちはカナタの戦闘と言う珍しいものを見れたことに興奮し、熱狂している。ラグネルの戦いを期待したものもいただろうが、そこはそれ。次の機会を待ってもらうしかない。

 

「この二人を医務室へ運んでやれ」

 

 闘技場のスタッフにそう命じて、カナタは機嫌が良さそうに中央の舞台を後にした。

 まずは特別観覧席にいるであろうコアラだな、と考えながら。

 




今回でエース編終わりの予定だったんですが、あれこれ書いてたら文字数が滅茶苦茶膨らんだのでまたまた分割に。
あとはエピローグ部分だけなので次話で本当にエース編は終わりです。年内に何とか投稿します。


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第百三十七話:Planetes/cinque

 あの日の事を、ずっと後悔していた。

 サボが家出しているから探しに来たと貴族の父親に連れていかれた時、もしかしたらサボにとってはそちらの方が幸せなのかもしれないと思って時間を置くことにした。

 様子を見よう。あいつは強い。本当に嫌ならまた必ず戻ってくるさ。自分に言い聞かせるように、ルフィに言い聞かせた。

 その直後にブルージャムと言う海賊に利用され、活動場所にしていた〝不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)〟が火に包まれて……自身も〝ゴア王国〟の国王に利用されたと気付いたブルージャムに集めていた宝を奪われそうになって、助けに来たダダンと共に戦って……。

 何とか勝って家に戻った後で、サボが天竜人の船を横切っただけで砲撃されて沈められたことを聞いた。

 あの時の後悔は、きっと一生消えることは無いだろう。

 サボにとって自分の家は帰る場所ではあっても、()()()()()()じゃなかった。

 どうしてあの日、無理矢理にでも助けに行かなかったのか。

 どうしてあの日、自分に嘘を吐いてまで様子を見ようなんて言ったのか。

 だから、決めたのだ。

 サボはきっと、〝自由〟とは正反対の何かに殺された。

 そう考えたから、エースはルフィに言った。

 

「おれ達は、〝くい〟の無いように生きるんだ!!!」

 

 サボが掴めなかった分まで、〝自由〟に。

 

 

        ☆

 

 

 目が覚めて、窓から差し込んでくる夕陽を見てもう夕方になったのだとわかった。

 エースは鼻につく消毒液の臭いで医務室に寝かされているのだろうと考える。体をぺたぺたと触るが大きな怪我はない。しいて言うなら頭が痛い。

 触ってみるとタンコブが出来ているのがわかる。

 

「クソ、怪力ババアめ……」

 

 これまでの冒険で色んな奴と戦ってきたが、ゲンコツで気絶させられるなど子供の時にガープに挑んだ時以来だ。

 サボと一緒ならどんな相手と戦ったって負けはしないと思ったのに──と、そこまで考えて気付く。

 

「サボ!」

 

 勢いよく起き上がって周りを見渡した。白いカーテンで仕切られていたのでベッドを下りてカーテンを開ける。想像通り医務室のようだった。

 かなり広く、ベッドの大きさも大小さまざまだ。巨人族にも対応するためなのだろう。

 エースは隣のベッドの周りにもカーテンで中が見えないようにされていることに気付いてそちらに近付く。

 カーテンを開けて中を見てみると、案の定サボが横になっていた。

 まだ目が覚めていないようで、寝息を立てて寝ている。

 

「…………生きてたんだな、サボ」

 

 天竜人に船を沈められたと聞いて、死んだと思っていた。

 生きていてくれたのならこれ以上に嬉しいことは無い。ルフィだってきっと泣くほど喜ぶだろう。あいつは泣き虫だからな、とエースはルフィを思い出して笑みを浮かべる。

 エースは泣かない。

 泣きたいほど喜ばしいことだが、人前で涙など流すまいと意地を張っているのだ。

 しばらくサボの寝顔を眺めていると、「ふがっ!」と寝言か寝息かわからない一言の後にサボが目を覚ました。

 

「……あれ、ここは」

「起きたか、サボ」

「……エース?」

 

 ぼんやりしたまま、サボはエースの方を向いて呟いた。

 エースは目を見開き、「思い出したのか!?」と詰め寄る。

 サボは迫ってくるエースを押しのけながら上半身を起こし、頭が痛むのか片手で頭を押さえていた。

 

「ぼんやりと思い出せる……けど、まだぼんやりとしか思い出せねェ……頭がいてェ……」

 

 それは多分カナタに殴られたせいだろう。サボもタンコブが出来ているのでエースと同じようにゲンコツで沈められたのだろうし。

 ともあれ、少しだけでも思い出せたのなら良かったと、エースは安堵して椅子に座りなおす。

 

「……ありがとう、サボ」

「なんだよ、いきなり」

「いや……お前が生きててくれて本当に良かった、って思ってよ……」

 

 サボが連れていかれた日の事は忘れることが出来ないだろう。あの時、様子を見ようなどとルフィに、何より自分に言い聞かせた自分を許せなかった。

 だから、何よりサボが生きて目の前にいることが嬉しい。

 

「それに、さっきも危ないところを助けてくれたしよ」

「そりゃまァ……いや待て、助かったのか……?」

 

 あの場ではゲンコツで済まされたが、サボは立場的にドラゴンの補佐だ。下手に敵対行為などしてしまえばドラゴンにも迷惑がかかる。

 エースが死ぬ、死ななくても大怪我をするという事態は避けられたが、サボの状況は変わっていない。

 別の意味で頭が痛くなってきた。

 サボは頭を抱え、前のめりになってベッドに突っ伏す。

 

「うおお……どうすんだよこれ……ドラゴンさんになんて説明したら……!」

「おれ達が勝ったらチャラにしてくれって約束も、おれ達が負けちまったから意味ねェしな……」

 

 二人揃って肩を落とし、これからどうするんだと空気が重くなっていたところ──軽快に医務室のドアを開ける音が響いた。

 コツコツと足音を立てて入ってきたのはカナタとコアラ、それに白髪の医者だった。

 

「二人とも目が覚めたか。生憎うちの主治医(スクラ)はこちらにいないのでな、別の医者で我慢してくれ。腕は確かだ」

「サボ君、大丈夫!?」

 

 白髪の医者は手際よくサボを診察していき、ひとまず異常なしと診断された。

 エースも同様に診断されたが、こちらも異常なし。二人とも頭部に出来たタンコブを冷やすようにと言われただけである。

 内密の話もあるので医者には席を外してもらい、ひとまずエース、サボ、コアラ、カナタの四人だけが医務室に残った。

 四人はテーブルを囲む。

 

「お前たちも色々と話したいことはあるだろうが、先に私の用事を済ませよう。エース。お前、私のビブルカードを持っていないか?」

「あ、そうだ」

 

 エースはポケットから一枚のビブルカードを取り出す。

 「親愛なる友へ」とだけ書かれたビブルカードだ。エースの取り出したそれを見てカナタは懐かしそうな顔をする。

 

「これ、やっぱりアンタのなんだな」

「ああ。昔、私がロジャーに渡したものだ。海軍に自首する直前の事だった」

「……なんでロジャーに渡したんだ?」

「私は二度、あの男に命を救われた。受けた恩は一生のものだ……あの男が活動していた時期には様々な情報、物資、資金の提供をしていたが、最後に『おれの子供を助けてやって欲しい』と頼まれたのでな」

「ロジャーに、命を……」

 

 エースは信じられないことを聞いたように目を丸くし、手に持ったビブルカードに視線を落とす。

 自身の血筋を明かさず、誰に聞いても……〝海賊王〟の子供は生きていてはいけないのだと、そう言われた。〝大海賊時代〟によって多くの人たちが海賊の被害に遭い、誰もがその責を〝海賊王〟へと押し付けた。

 あの男が余計なことさえ言わなければ。生まれてくるべきじゃなかった。さっさと死んでしまえば良かったのに。

 心無い言葉はエースの心を抉り、街で暴れることも少なくなかった。

 そんな中でも、このビブルカードだけは救いだったのだ。

 誰もが嫌悪する〝海賊王〟に対して、「親愛なる友」と呼ぶ相手──この海で唯一、()()()()()()()()()()()()

 その相手が、目の前にいた。

 

「そのビブルカードは母親から渡されたのか?」

「いや……お袋はおれを産んですぐに死んじまった。これはジジイ──ガープから渡されたんだ」

「……あの男、何だかんだと言いつつロジャーの子供を匿っていたのだな。らしいと言えばらしい話だが」

 

 サボとコアラはエースの父親がロジャーと言う事は初耳なのでびっくりした顔をしているが、話を途中で遮ってはいけないと空気を読んで黙っていた。

 カナタはガープの行動を笑いつつも、長い付き合いだ、そういう事もあるだろうと納得した様子を見せる。

 

「では──選択の時だ、エース」

 

 選択肢はエースの手に委ねられた。

 このまま〝黄昏の海賊団〟に入ってカナタの庇護を受けるか。

 あるいは〝スペード海賊団〟として旅を続けるか。

 カナタとの実力差は先程嫌と言うほど見せつけられた。〝海賊王〟を超える名声を手に入れるという目標も、今となっては遠く思える。

 だけど。

 

「おれはおれの冒険がある。アンタの傘下には入らねェ!」

 

 エースははっきりと宣言した。

 相手が強いから諦めて傘下に入るなど、そんな真似はしない。〝力〟に屈したら男に生まれた意味がないのだと言う様に。

 カナタはエースの言葉に微笑み、残念そうにしながらも楽しそうな様子を見せた。

 

「そうか……それは残念だ」

 

 まぁ、傘下入りを断られたからと言って何かをするわけでもない。

 エースの目的も達成したし、近いうちに島を出るのだろう。スペード海賊団の面々も観客席にいたのは確認している。

 と、そこで思い出した。

 

「スペード海賊団の者たちが医務室に乗り込もうとしたのでな、別室に纏めて放り込んでいる。お前のことを心配していたぞ」

「みんながか? 心配かけちまったからな……ちょっと行ってきていいか?」

「ああ。部屋を出て左へ真っ直ぐ行った大部屋だ」

 

 エースは急いだ様子で医務室を出て行った。静かになった医務室の中で、忙しい奴だとカナタは笑う。

 そして、問題はこっちだなとカナタは視線をサボとコアラへ向ける。

 

「闘技場に変装もせず乗り込んだんだ。当然お前の顔も知られたわけだが、どうする?」

「……エースを助ける為だったんで仕方がねェと思ってます。カナタさんがエースを殺そうとしなけりゃあんな真似しませんでした」

「私が殺すわけが無かろう。精々骨が5、6本折れる程度だ」

 

 何でもないことのように言うが、それでも割と重傷である。気軽に言っていいレベルの怪我ではない。

 「いきなり飛び出したからびっくりしたんだよ!?」とコアラはサボの頬を引っ張っている。何かと振り回されて大変なのだろう。

 それはともかく、カナタは現状の説明をし始めた。

 

「流石にあの数の観客を口封じするのは難しい。仕方が無いから、お前にはしばらく牢屋に入ってもらう。機を見て適当に逃げ出せ。鍵は渡しておく」

「……いいんですか?」

「政府は文句を言ってくるだろうが、今更だ」

 

 七武海の身でありながら海賊を見逃すこともある。エースもその一例だ。

 あれだけの観客がいた以上は革命軍の幹部を捕らえたとすぐに知られるだろうし、下手に誤魔化すより逃げられたで済ませたほうが楽ではあった。

 

「それ、〝黄昏〟の名前に傷が付くんじゃ?」

「大したことではない。私を侮って攻め込んでくるルーキーなど掃いて捨てるほどいるからな。少々増えたところで誤差だ」

 

 それに対処するのは現場の部下たちであってカナタではないし、攻め込んできたのが能力者なら悪魔の実を奪えるのでデメリットばかりでもない。

 ドラゴンには過去に「やってることが食虫植物だな」と言われたこともあるが、大きな違いも無いので反論出来なかった。

 

「悪魔の実で思い出したが、お前たちは能力者になるつもりは無いのか?」

「今のところは特に必要とは思ってないので」

「私もです。私は魚人空手を使うので、海に入れた方が良いんです!」

「そうか。では帰り際にいくつか持って帰ると良い。ドラゴンなら上手く使うだろう」

 

 悪魔の実は最低でも一億ベリーは下らない。それをまるで珍しい果物を土産に持たせるようなノリで渡してくるカナタに、二人は改めて「感覚が違いすぎる」と実感していた。

 〝黄昏〟の莫大な資金力と行動範囲、それに能力者から悪魔の実の能力を奪うと言う謎の技術によって、多数の悪魔の実が〝黄昏〟の手元に集まっている。

 おそらく〝黄昏〟に存在する悪魔の実の図鑑は世界中に出回っているそれよりも随分充実している事だろう。

 海軍と〝黄昏〟の二つがあるこの海で、新たな巨大勢力が育つことは非常に難しい。そういう意味では革命軍──ひいてはドラゴンは運が良かった。

 

「革命軍はまだしばらく動くつもりは無いのだろう? どうあれ、政府を相手にするなら十分に戦力を整えることだ」

「はい、ありがとうございます」

「ありがとうございます! サボ君が迷惑かけてごめんなさい……」

「フフフ、構わんさ。こういう馬鹿な男の相手は慣れている」

 

 カナタは立ち上がり、「話は以上だ」と立ち去る。

 長々と話をするほど深い仲でも無し、顔合わせとしては十分だろう。手土産も用意したので忘れないように持って帰らせねばならない。

 サボは後で牢屋に一週間ほどぶち込んでおけばいい。機を見て適当に逃げ出すだろう。

 それに、サボはエースとそれなりに積もる話もありそうだった。記憶の戻り方も不十分のようだし、しばらく一緒に航海させてもいいかもしれない。

 

「ドラゴンにはよろしく言っておいてくれ。たまには直接連絡を寄越せとな」

「はい、必ず」

 

 革命軍が動き出す時はそう遠くない。それまでにカナタも十全に準備を整える必要がある。

 ロジャーの子供と、ドラゴンの秘蔵っ子。

 新しい時代を呼び込む若い芽が出始めたことが、カナタにとっては実に嬉しいことであった。

 

「新たな時代のマルクスよ、か。私も年を取ったものだ」

 

 誰にも聞こえない呟きを残して、カナタはいずれ来る未来を思って笑みを浮かべていた。

 

 

        ☆

 

 

 その後、サボは一週間ほど〝ロムニス帝国〟の牢屋に放り込まれた。

 監視は一応つけてあったが、やる気の無い監視だったので目を盗んで脱走し、エース率いるスペード海賊団と共に出航した。

 しばらく共に航海していたが、エースは名残惜しみつつもサボと別れることになる。

 生きていたことはわかった。何か危険があれば駆けつけると、互いに約束を交わして。

 そうしてしばらく地力を付けつつ航海していたところで偶然〝白ひげ〟と鉢合わせになるも、エースは誰が相手であろうと仲間を背にした状態で逃げることを選ばずに戦い、〝白ひげ〟に敗北。

 仲間のために向こう見ずなことをする姿を見て気に入ったのか、〝白ひげ〟はエースに対して「おれの息子になれ!!」と勧誘した。

 当然ながらエースは断った。しかし、しばらく〝白ひげ〟の船に滞在するうちに〝白ひげ〟に絆されたエースは、中途半端なままでいることを止め、〝白ひげ海賊団〟に加入することを決める。

 このことは新聞でも大きく報じられ……〝ハチノス〟ではしばらく不機嫌そうなカナタの姿があったとか。

 

 

        ☆

 

 

 ──それでは、これからある男の話をしよう。

 〝海賊王〟に憧れて、恩人に麦わら帽子を渡され、立派な海賊になることを誓い、海に出て、数々の仲間を得ながら海を渡る冒険活劇。

 海に入れぬカナヅチ男。航海術も持たず、料理も出来ず、撃った大砲は明後日の方向へ。

 一人では生きていけぬと自称しながらも、夢を諦めずに旅を続ける。

 無鉄砲で考えなしでありながらもどこか憎めない、とある男の話を。

 




エース編及び原作前の話は今話で終わりとなります。長い間お付き合いいただきありがとうございました。
次回からは原作時間軸となり、ルフィ視点での物語がしばらく続きます。よろしければもう少しだけお付き合いください。

次回の更新は1/10予定です。良いお年を。


END 激動/GONG

NEXT 冒険の夜明け/ROMANCE DAWN


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冒険の夜明け/ROMANCE DAWN
第百三十八話:ココヤシ村


 Warning!
 本作は原作既読を前提として執筆しています。原作と同じ展開になる場合、あるいは差異が微小と判断した場合は場面をスキップする可能性があります。
 また、しばらくはルフィ視点で話が進行します。時々幕間形式で他者視点が入ります。
 最後に、開始時期は〝バラティエ〟出立直後です。

 以上の点に留意してお楽しみください。


 〝東の海(イーストブルー)〟。

 快晴の空の下、一隻の船が波に揺られて次の島を目指していた。

 麦わら帽子をかぶった青年──モンキー・D・ルフィという男である。

 航海の途中で出会って仲間になったゾロ、ウソップ、ナミ。そして先程海上レストラン〝バラティエ〟で仲間にしたサンジ。

 ついでにゾロの舎弟である賞金稼ぎのヨサクとジョニー。

 そのうちルフィ、サンジ、ヨサクの三人が船に乗っていた。

 

「いーい天気だー……」

「そうっすねー……」

「お前これ進路あってんのか?」

「そこは任せてください。大丈夫っす」

 

 三人の中で航海術を持つのはヨサクだけだったため、必然的に彼が舵取りをすることになっている。

 本来ならルフィはゾロ、ウソップ、ナミ、サンジの五人で〝偉大なる航路(グランドライン)〟へ挑戦するつもりだったのだが……先程まで滞在していた〝バラティエ〟でナミが船と宝を奪って逃走。

 ゾロ、ウソップ、ヨサク、ジョニーの四人は先行してナミを追いかけており、大方の進路の予想がついたところでヨサクが戻ってきて、ルフィとサンジを連れて再び追いかけていた。

 

「大体ナミさんが向かった場所ってのはどこなんだ?」

「まァ大方の予想ではあるんすけど、ナミの姐貴が直前まで見ていた手配書と船の進路から割り出しました」

「だからどこだよ」

「島の名前はわからねェんで……」

 

 大丈夫か、とサンジはルフィを見る。

 大丈夫だろ、とルフィは笑っていた。

 

「場所はわかってるんで安心してください!」

「微妙に安心しにくいな……」

 

 自信ありげに胸を張るヨサクだが、サンジは言動のそこかしこから何となく不安を感じ取っていた。

 ルフィはそんなことなど気にした様子もなく、船の縁に腰かけて足をバタバタさせている。

 

「おれはそんなことよりも、早くナミを連れ戻して〝偉大なる航路(グランドライン)〟に行きてェなー!!」

「五人でか? そりゃ無茶ってモンだろ」

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟でも仲間集めは出来るさ! なんたって〝楽園〟なんだもんな!」

「〝楽園〟? 〝海賊の墓場〟の間違いだろ」

「レストランを出る前にオーナーのおっさんに教えてもらったんだ。〝偉大なる航路(グランドライン)〟のことを〝楽園〟と呼ぶ海賊もいるんだってさ!!」

「へェ……ジジイがねェ……」

 

 先程まで滞在していた海上レストラン〝バラティエ〟──そのオーナー、ゼフはかつて〝偉大なる航路(グランドライン)〟を一年間航海し、この海に戻ってきた海賊だ。

 だからある程度事情を知っているし、情報を持っている。

 今更だが必要なこととか聞いておけば良かったな、とサンジは思う。ルフィは船長だが、余りにも楽観的過ぎるし何も知らない。

 遭難は流石に御免被る。

 

「まァおれはナミさんが一緒ならどこへでも……なんなら二人きりでも……」

 

 サンジはサンジでナミと航海できると鼻の下を伸ばしていた。

 ヨサクは流石に目に余ったのか、立ち上がって「認識があめェ!!」と声を上げる。

 

「兄貴たちは〝偉大なる航路(グランドライン)〟に対する認識があめェ! ゾロの兄貴たちだって、その辺の認識がもっとあれば引き返してきてもおかしくなかったんす!」

「飯にすっか」

「そうしよう」

「そこになおれ!!」

 

 ヨサクの魂の叫びだった。でも聞いてもらえなかった。

 

 

        ☆

 

 

 ルフィが肉を、ヨサクがモヤシ炒めを食べつつ、サンジが「で」と思い出したように声を上げる。

 

「結局のところ、ナミさんが見てた手配書ってのは誰のなんだ?」

「よくぞ聞いてくれました! この男っす!!」

 

 〝ノコギリ〟のアーロン──懸賞金2000万ベリー。

 ヨサクはこれならきっと、相手がどれだけ危ない相手なのか理解してもらえると考えた。

 しかし、二人の反応は「へー」と簡素なものだった。

 

「それだけ!? もっとなんか……こう、あるでしょう!?」

「なんだよ、お前さっきから」

「こいつが何なんだ。懸賞金だけならさっきこいつがぶっ飛ばしたクリークとそう変わらねェだろ」

 

 サンジはルフィを指差してそう言う。

 つい数時間前、ルフィは海賊艦隊提督と称される男、首領(ドン)・クリークと戦い、これを打ち倒した。

 クリークの首にかけられた懸賞金は1700万ベリー。懸賞金の平均が300万ベリーの〝東の海(イーストブルー)〟では破格と言っていい高額賞金首である。

 アーロンと金額はそれほど変わらない。

 

「懸賞金額の高さは〝世界政府に対する危険度〟で表されるモンっす。各地で暴れ回って危険度を見せつけたドン・クリークと、静かに支配圏を広げているアーロンじゃ目立ち方が違う!!」

 

 更に言えば、目立ち方が違うのにアーロンの方が懸賞金が高いという時点で、強さはある程度想像がつく。

 ヨサクとしてはドン・クリークよりも警戒するべき相手だと考えていた。

 と言うのも。

 

「時にお二方、〝王下七武海〟って制度をご存じですか?」

「「知らねェ」」

「でしょうね……」

 

 がっくりと項垂れたヨサク。

 もう何を言っても無駄な気がするが、とにかく危ないという事だけは伝えねばならない。ヨサクはそう決心して語り始めた。

 

「〝王下七武海〟ってのは、世界政府が認めた7人の海賊っす」

「なんだそりゃ。なんで政府が海賊を認めるんだよ」

 

 二人とも疑問に思っているようだが、ヨサクは丁寧に説明する。

 七武海は未開の地や海賊から略奪行為を許され、その何割かを政府に納めることで海賊行為を許された海賊であること。

 そして、〝バラティエ〟でゾロが敗北した〝鷹の目〟のミホークもまた、七武海の一角を担う男であること。

 

「すげーっ!! あんなのが7人もいんのかよ!! 7ぶかいってスゲェ!!」

 

 ミホークの圧倒的な強さはルフィも目の当たりにしている。いずれ敵になる相手だとしても、あのレベルの相手が7人もいるとなると驚くのは無理も無かった。

 

「この七武海に〝海侠〟のジンベエってのがいやしてね。魚人海賊団の船長なんすよ」

「魚人かー。まだ会ったことねェなー」

「このアーロンって奴が魚人なんだろ? 手配書見る限りは」

 

 主に鼻の部分を見ながらサンジが言う。

 ヨサクは頷き、そこが問題なんす、と深刻な顔をする。

 

「元々フィッシャー・タイガーって男が船長を務めてたんすけど、この男が〝黄昏〟に入ってから魚人海賊団はいくつかに分裂したんす」

「〝黄昏〟……っつーと、あの〝黄昏の海賊団〟か?」

「そうっす。ラジオで有名な、あの」

「へェ」

 

 流石にその辺りは知ってるのか、サンジは目を丸くして驚いた。

 〝バラティエ〟にいた頃にもラジオは時々聞いていた。ラジオ受信用の電伝虫はそこそこ値が張るため、サンジ個人の持ち物では無いこともあって時々しか聞けなかったが。

 それに〝黄昏〟とは数は少ないが取引も時々している。珍しい食材もあったのでサンジの印象に残っているのだ。

 しかしそこは本題ではない。

 

「あっしらが向かっているのは〝アーロンパーク〟! かつて、七武海の一角であるジンベエと肩を並べた男のいる場所っす!!」

「わしを呼んだか?」

「そう、アンタの名を……」

 

 ふと、3人の誰でも無い声が聞こえた。

 3人はきょろきょろと周りを見渡すと、海面から誰かが顔を出す。

 魚人だ、とヨサクが叫んだ。

 ルフィたちよりも随分大柄で、肌の色も何もかも……何より種族が違う相手がそこにいた。

 

「ジ、ジ、ジ──ジンベエ!!? なんでここに七武海が!!?」

 

 ヨサクは腰を抜かし、半泣きで後ずさる。

 ルフィとサンジは慌てることなく、海面から顔を出して船の縁に手を置くジンベエを見る。

 ジンベエは特に暴れる様子もない。少なくとも、襲いに来たようには見えなかった。

 

「おお、驚かせたか、スマンな。美味そうな匂いがしたのでつられてしもうたわい」

「何ィ!? 肉はやらねェぞ! これはおれのだ!」

「張り合うなよ。飯が食いてェってんならちょっと待ってろ、何か作ってやるよ」

「いやいや、それには及ばん」

 

 3人が乗っている船は小型だ。ジンベエが乗るには少々小さすぎる。

 なのでジンベエは船には乗り込まず、船の外から縁に手を置いたまま話し続ける。

 

「お前さんらにちょいと尋ねたい。この辺りでアーロンと言う男が活動していると噂を聞いたが、何か知らんか?」

「ああ、おれ達もそいつに用があるんだ。だろ、ヨサク」

「いやまァ、方向は同じっすけど……アーロンに関係あるかどうかはまだ」

 

 船と宝を持って逃げたナミを追いかけているだけで、逃げた先がアーロンの活動圏と言うだけだ。まだ関係性は明らかになっていない。

 別にいいだろ、とルフィは言う。

 旅は道連れと言うし、すぐ近くの目的地まで一緒に移動するのも悪くはない。

 

「折角だし、一緒に行けばいいじゃねェか。おれ達も丁度向かうところなんだ」

「そうか。道案内までして貰えるならありがたい」

 

 船には乗り込めないので並走するらしい。大した距離では無いので問題はないとジンベエは言う。

 食事も終え、波は穏やかでやることも無い。釣りをしようにも道具も無いため、必然的に暇を持て余すことになる。

 

「なー、サンジ。ラジオねェのか?」

「ねェよ。あれ意外と高ェんだぞ」

「何? この辺だと高いのか?」

「結構値が張る代物だが……〝偉大なる航路(グランドライン)〟じゃ違うのか?」

「あれは大量生産して売っているはずじゃ。値段は割安な方だと思っておったが……」

 

 〝東の海(イーストブルー)〟はそもそも〝黄昏〟の勢力圏とは言い難い。流通が少ない分値が張っているのだろう。

 使っているのは普通の電伝虫と同じものだが、電伝虫も人間が使えるよう機械をくっつけただけの生き物である。ラジオを聞くために1日中付けっぱなしにしておくとすぐ駄目になってしまうので、3匹を同じ機械につなげて自動でローテーションするようになっていた。

 それでも普通の電伝虫3匹分の値段だが……技術料も上乗せされているのでだいぶ高い。

 

「そういう事もあるのか……これも経験、じゃな」

「ルフィ、おめーの船にはラジオあんのか?」

「ああ。船貰った時についでに貰った」

 

 ルフィたちの本船である〝ゴーイングメリー号〟はウソップの故郷で手に入れたものだ。

 ウソップの幼馴染、カヤに海賊の襲撃事件を解決した礼として貰ったもので、当たり前のようにラジオも載せてもらっていたため値段など気にしたことも無かった。

 まぁ自分で買うことになっても値段など気にしないが。

 

 

        ☆

 

 

 そうしているうちにルフィたちは目的の島に辿り着いた。

 でかでかと〝アーロンパーク〟と書かれた建物がまず目に入り、「よし乗り込もう」と気合を入れるルフィをヨサクが必死に止める。

 

「待ってくださいよルフィの兄貴!! まず!! ゾロの兄貴たちと合流!! それが最優先っす!!!」

「あそこに乗り込んでるんじゃねェのか? あの剣士、喧嘩っ早そうだったしよ」

「いやァ、流石に兄貴も怪我人ですし、そこまで無茶はしないと思いやすけど」

 

 サンジとヨサクがそう話しつつ、アーロンパークを通り過ぎて近くの村の傍にある桟橋へと船を着ける。

 遠目にメリー号が見えるが、ひとまずゾロたちと合流するためには村に近い方が良いと判断したのだ。ヨサクが。

 ジンベエも真っ直ぐアーロンパークへは向かわず、まずはアーロンがこの島で何をしているのか情報を集めたいと言い、ルフィたちと共に村へ入った。

 

「しかしお前さんたち、海賊じゃったのか」

「ああ、ちょっと前に立ち上げたばっかりだ」

「とすると、まだ懸賞金は無しか……まァ海賊の一人や二人、見逃したとて何を言われるでもないが」

 

 ここに来るまでの道中、ルフィとジンベエは仲良くなっていた。ルフィの首に懸賞金が付いていれば見逃すことも出来なかったかもしれないが、幸か不幸かまだ懸賞金は付いていない。

 それに一般市民に害をなすようなタイプにも見えなかったので、ジンベエは自分の一存で目を瞑ることにした。海賊は嫌いだが目の前の男たちがそれほど悪い男には見えなかったこともある。

 それに、目的のアーロンはすぐ近くにいる。別の用事を抱える暇もない。

 サンジとヨサクが次はどう動くかと相談していると、ルフィがふと村を歩く人を見る。

 見覚えのある後ろ姿──加えてふと横を向いた際の()()()で探し人だと気付いた。

 

「お、あれウソップじゃねェか!? おーい、ウソップー!!」

「ん? おお、ルフィ!! 丁度良かった、お前らもここに──って何ィ!!? なんで魚人が一緒なんだ!!?」

 

 ギョッとした顔で目玉が飛び出る程驚くウソップ。

 ルフィの倍近い体格のジンベエに気圧されたことと、先程危うく殺されかけたこともあって魚人に対して警戒感が先に出ていた。

 

「お前さん、ルフィの仲間か?」

「お、おおおおおおうよ!! おれ様こそは八千人の部下を持つ勇敢なる海の戦士!! 人呼んでキャプテ~~~~ン・ウソップ!!!」

 

 ウソップは膝を笑わせながら精一杯の見栄を張る。

 ジンベエは特に突っ込むことは無く、「知っている限りでいい、この村──この島について教えてくれんか」と頼み込む。

 気勢を削がれたウソップは目を丸くしながらジンベエを見る。

 

「お、教えてくれって……アーロンの仲間じゃねェのか?」

「わしとアーロンは兄弟分じゃが、今は違う道を歩んでいる……最近になってアーロンの悪い噂が流れて来たのでな。確かめる意味でもここに来たっちゅう訳じゃ」

「なるほど……」

「そういやゾロはどこだ?」

「ゾロなら()()()がこの村……ココヤシ村に送ったって──」

 

 辺りをきょろきょろと見回すルフィにウソップはそう言いつつ、ゾロはアーロンパークにいた魚人たちを軒並み切ってしまったことと、タコの魚人が「ゾロがアーロンを探している」と言っていたことを思い出す。

 サーっとウソップの顔色が悪くなった。

 

「こうしちゃいられねェ! ゾロの奴、アーロンパークに殴り込んでるかもしれねェ!!」

「なんだ、そうなのか? じゃあ話が早ェな!」

「オメェもやる気満々かよ!?」

 

 ウソップとしては何とか戦いは回避したい気持ちで一杯なのだが、何はともあれゾロと合流しないことには話にならない。

 ウソップが走り出してルフィとサンジとヨサクも続き、事情が掴めないジンベエも一緒に走って追いかける。

 

「……アーロンめ、あまり良いことはしておらんようじゃのう」

 

 ちらちらとジンベエを盗み見る人々の視線は、恐れや怒りが混じっている。

 この分だと、きっとろくなことをしていないだろう。

 ともあれ、事情を一通り聞かねば何の判断も出来ない。今はルフィと共に行動するのが良いだろうと考え、ジンベエは足を動かす。

 そうしてココヤシ村からアーロンパークへと走っていると、誰かがこちらへ向かって走ってくるのが見えた。

 

「あ、ゾロだ」

「ゾロ!! 無事だったか!! アーロンパークへ向かうのを思い留まってくれたんだな!!」

「ルフィ! 着いたのか!! ──で、なんでウソップと一緒にいるんだ。お前らアーロンパークから来たのか?」

 

 話がかみ合わない。

 ゾロはウソップを含むルフィたちがアーロンパークから来たと思っているし、ルフィたちはゾロがアーロンパークへ行くのを止めて戻ってきたと思っていた。

 互いに首を傾げていると、道沿いの林からヨサクの賞金稼ぎ仲間、ジョニーが現れた。

 

「ウソップの兄貴!! 生きてたんすね!! おれァてっきりナミの姐貴に殺されたもんだと……!!」

「おお、無事だったか兄弟! ところでなんでゾロの兄貴はアーロンパーク方面から来てたんだ?」

「お前も無事なようで何よりだ兄弟! ゾロの兄貴なら途中で近道しようとして道に迷って逆走したんだよ」

 

 ジョニーはゾロが道に迷って逆走したところをばっちり見ていたので間違いなかった。

 そういう事か、とウソップは安堵した。

 もし一人で襲撃を掛けていたとなれば死んでいたかもしれない。普段ならまだしも今は大怪我を負った怪我人だ。

 

「なんだ迷子か」

「ふいー、迷子で助かったぜ」

「誰が迷子だ!!」

「いやオメェだよ」

 

 ともあれ、互いに無事で良かったとゾロとウソップが安堵する。

 次に質問するのは、やはりジンベエに関することだった。

 

「なんで魚人が一緒なんだ?」

「ん~~、なりゆき」

「成り行きィ?」

「でもまァ間違ってねェからな。アーロンってやつに用事があるらしいが、その前にこの辺の事情を知っておきたいとかなんとか……」

 

 ジンベエの詳しい事情は誰もわからない。

 アーロンに関係することらしいが、ルフィたちとは関係するかどうかもわからないことだ。

 ジンベエは「わしの事より自分たちの事情を優先してくれ」と言っているが、ルフィたちもナミと会ってみるまでは何とも言えない状態である。

 ルフィはジョニーの方へ視線を向ける。

 

「とりあえずアーロンパークってとこにナミはいるんだろ?」

「さっきまでは。ウソップの兄貴が刺されて海に突き落とされた後まではわからないっすけど……」

「ウソップ、お前ナミに刺されたのか!?」

「刺されてねェよ! 見りゃ分かんだろ!」

 

 どこをどう見ても全くの無傷である。ジョニーは先程ナミに刺されているところを目撃しているので首を傾げているが、ウソップは簡単に説明した。

 ナミに庇われた、と。

 ああしていなければ、ウソップは確実にアーロンに殺されていた。

 

「じゃあ、ナミはウソップを助けたのか」

「そうなる。あいつがアーロンと一緒にいるのも事情(ワケ)があるとおれは見てる」

「なるほどなー」

 

 わかったのかわかってないのか良くわからない反応をするルフィ。

 全員が道端に座り込んで話していると、見覚えのあるオレンジ色の髪の女性が現れた。

 今まさに話題にしていた女性、ナミである。

 片手に棒を持ち、威嚇するように見せつけている。片手は素手だが、もう片方の手は黒い手袋をしていた。

 ナミの視線が見覚えのない魚人のジンベエに向けられるが、どうせアーロンの仲間だろうと当たりを付けて忌々しそうに睨みつけて視線を逸らす。

 どうしてルフィたちと一緒にいるのか、などと考えている余裕すら、今の彼女には無かった。

 

「お、ナミ!」

「……呆れた、ここまで追いかけてくるなんて。船が大事なら返してあげるから、さっさとこの島から出て行って」

「何言ってんだ。お前はおれの仲間だろ! 迎えに来た!!」

「大迷惑! 何が〝仲間〟よ……笑わせないで。くだらない()()()()の間違いでしょ」

 

 吐き捨てるように言うナミ。ルフィはその剣幕にキョトンとした顔をしている。

 ルフィの後ろではサンジとゾロがあれこれと言い争っているが、ルフィはそちらに見向きもしない。

 

「私はお宝が目当てでアンタたちに近付いたの。一文無しのアンタたちなんて何の価値も無いわ。早く消えて」

 

 どうあれ、ナミがルフィたちのお宝を盗んで逃げたことは事実。そのことをどうするのかと、その場の全員がルフィの判断を待つ。

 

「お宝はまァ、いいよ。それよりおれは仲間の方が大事だ」

「何度も何度も……私はアンタたちの仲間なんかじゃない!! さっさと消えろ、目障りなのよ!!!」

「兄貴、どうするんすか……?」

「そうっすよ兄貴! こんな何するかわからない()()みたいな女より、他に航海士見つけた方が良いんじゃ」

 

 魔女、と口にしたジョニーに対してナミがジロリと視線を向けた。

 

「私の事を〝魔女〟って呼んだ? その呼び方は止めて。アーロンが一番嫌う呼び方なのよ。どこの誰とも知らない人のせいで私に怒りの矛先が向くんだから、たまったものじゃないわ」

 

 以前に同じようなことがあったのか、ナミはイライラしながら言い放つ。

 ナミの様子をじっと観察するウソップとジンベエは、何かを隠していることまではわかってもそれ以上の事はわからない。

 この島の事情にも深く関わっているのだろう。

 どうする、と誰もが視線を交わす中、ルフィは胡坐をかいていた状態からいきなり後ろに倒れた。

 

「ルフィ!?」

「どうした!」

「ねる」

「寝るゥ!!?」

 

 あわや敵かと構えたゾロとサンジは、ルフィの放った言葉に驚愕する。

 

「島を出る気はねェし。この島で何が起きてるのかも興味ねェし。ちょっと眠いし」

 

 道のど真ん中でそんなことを言い出したルフィに、ナミは遂に怒りの頂点を迎えた。

 

「勝手にしろ!!! 死んじまえ!!!」

 

 怒りのままにルフィに暴言を吐いたナミは、そのままココヤシ村の方へと歩き去っていった。

 その後ろ姿を見送り、ひとまずどうしようもないとゾロとサンジは近くの木の根元に腰を下ろす。

 ウソップとジンベエも同じように道の脇へと移動し、道のど真ん中で眠るルフィを見る。

 ジョニーとヨサクは所在無さげにしており、どうする、と二人でコソコソ話していた。

 

「お前ら、どうするんだ。おれ達は船長があれだ、しばらくは動けねェ。アーロンが怖ェなら逃げたって文句は言わねェぞ」

「そ、そうっすか……?」

「色々込み入った事情がありそうっすけど……そうっすね。あっしらもアーロンにみすみす殺されたくはねェ」

「それじゃ兄貴、短い付き合いでしたが、また会える日を楽しみにしてるっす」

「おう、達者でな」

 

 二人はここまでだと、ココヤシ村の方へと移動する。

 ルフィを除く四人はしばらく動けない。アーロンパークに乗り込むにしても、この島の状況を知るにしても、船長であるルフィがこの状態のまま放っておくわけにはいかないだろう。

 かと言って、まだ結成して日の浅い海賊団である。何か話題があるわけでもなかった。

 寝こけるルフィを見て、木に背を預けるジンベエは小さく笑う。

 

「……お前さんらの船長は大物じゃな」

「……七武海にそう言って貰えるとは思わなかったぜ」

「この状況で寝られるのは大物だけじゃろう。大した肝の据わりようじゃ」

「まァそれくらいやってくれなきゃ船長交代だ」

「良く言うぜ、〝鷹の目〟に散々やられたくせによ」

「あァ?」

 

 サンジの軽口にゾロがぴきりと額に青筋を浮かべる。

 ゾロが言い返そうとする前に、慌てたようにジンベエが割り込んだ。

 聞き捨てならない言葉が混じっていたからだ。

 

「待て待て、今〝鷹の目〟と言ったか? お前さん、あの男と戦って生き残ったのか!?」

「ああ、まァな……負けた勝負だ。あんまり吹聴するようなことでもねェ」

「いや、十分誇れることじゃろう。あの男と戦って、どれだけの剣士が生き残れるか……」

「お前も同じ〝七武海〟だろ? 同じくらい強いんじゃねェのか?」

「馬鹿を言うな。七武海の中でも〝鷹の目〟は別格に強い……その男と戦って生き残っただけでも幸運と言える」

 

 伊達に〝世界最強の剣士〟とは呼ばれていない。

 その実力はやはり別格であると知ると、ゾロはにやりと口角を上げる。

 

「ハッ、倒す相手としちゃ不足ねェな。それくらいじゃなきゃ張り合いもねェ!」

「負けてもなお挑む気概を持つか……お前さんも大物じゃな」

 

 呆れたように零すジンベエ。

 〝鷹の目〟の実力はジンベエも良く知っている。〝赤髪〟との決闘の話はある種の伝説とさえ言われているほどだ。

 どうあれ、生き残って再び挑もうとするだけの気概があるのなら大物になれるだろうとジンベエは思っていた。

 敗北を糧に出来る者はそう多くない。

 

 

        ☆

 

 

 その後、どうするでもなく雑談していると、ナミの姉──ノジコが現れた。

 青い髪と刺青が特徴的な女性だ。ナミと顔は似ていないが、聞けば同じ人に拾われただけの義姉妹だと言う。

 

「なんで魚人がアンタらと一緒にいるのかは知らないけど……お願いだからこれ以上この島に関わらないで。事情は話すから、話を聞いたら大人しく島を出な」

 

 ルフィは興味が無いと島を散歩するためにうろつき、ゾロは話を聞くと言いながら即座に寝た。

 残る三人は事情を知るためにもノジコの話に耳を傾ける。

 過去は変えられない。

 知ったところで何になるでもないが……それでも、ナミを仲間にするというルフィに、ひいてはルフィ率いるウソップ達にも無関係では無いし、別の事情でこの島に訪れたジンベエも知っておくべき話だった。

 



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第百三十九話:〝ノコギリ〟のアーロン

 ノジコからココヤシ村──ひいてはナミの事情を一通り聞いたウソップ、サンジ、ジンベエの三人。

 ウソップは「そういう事か」と納得した様子を見せ、サンジは義憤に駆られてノジコにゲンコツを喰らい、ジンベエはアーロンのやったことに顔色を悪くして頭を抱えていた。

 

「あの大馬鹿者め……!」

 

 ()()()

 オトヒメ王妃が、フィッシャー・タイガーが、多くの者達が人間と魚人の仲を取り持つために様々な取り組みをしてきた。

 だが、こんなことをやっていては魚人を憎む者が増えるばかりだ。

 アーロンは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ジンベエは弟分の行動を嘆き、一つの決断をさせる。

 ──殺してでも止めねばならない。

 

「……何はともあれ、まずはタイの兄貴に連絡を入れねばならんか……スマンが、電伝虫を借りたい。どこかに置いておらんか?」

「電伝虫? この島は元々他の島との関わりも少ないし、皆ラジオを買う余裕はない。元々あったものは壊されてるし、そんなものある筈が……」

 

 無い、と言おうとして思い出す。

 ──「町の生き残りのおじさんたちが政府に上手く連絡を取ったんだ!」と、そう言って海軍の迎えが来たことを喜んでいた子供がいた。

 迎えの軍艦は結局、アーロンたちの手で沈められてしまったが……政府と連絡を取ったという事は、少なくともゴサの町に()()()()()()()

 

「……少し前、アーロンたちの手で壊された町の生き残りが、連絡手段を持ってた。壊れてなければまだ使えるはず」

「使わせては貰えんか」

「それはあたしに言ったって無駄さ。親兄弟、子供を殺された奴が大勢いる。どうしてもって言うなら自分で頭を下げな」

「……そうじゃな。それが道理じゃろう。町の場所だけ教えてくれ」

 

 簡単な道順を教わると、ジンベエは立ち上がった。

 まだ寝ているゾロと、何か話しているウソップとサンジへ向き直る。

 

「お前さんらにも世話になったな。アーロンのことは()()()()()()()()。お前さんらが仲間にしたい航海士は、その後で説得することじゃ」

「何とかって……戦う気なのか?」

「ああ。あの大馬鹿者は、わしが止めねばならん」

 

 強い覚悟を決めた顔で、ジンベエはそう言った。

 同じ場所で育った弟分を手にかけねばならないことに、強い忌避感はある。

 だがそれ以上に、敬愛する兄貴分の思いを何一つ理解せず、この海でロクでもないことをしでかしている弟分を止めなければという思いが強かった。

 

「……本気? あのアーロンを何とか出来るの?」

「無論じゃ。わし一人で片を付ける。じゃが、まず先に連絡を入れておかねばならん」

 

 アーロンがこの島で何をやっていたか……包み隠さずタイガーに伝え、後の事を頼んでおかねばならない。

 何があっても──最悪、ジンベエがこの島で倒れてもタイガーが止めてくれると信じて。

 もちろんジンベエとて倒れるつもりは無いが、世の中に絶対はない。かつては背中を預けた男だ、実力があることは知っている。

 あの頃から腕を磨いていれば、ジンベエに匹敵したとて不思議は無いのだ。

 

「迷惑をかけた」

 

 

        ☆

 

 

 ウソップ達に背を向け、ジンベエはノジコに教えてもらった通りに進む。

 畦道を抜け、ココヤシ村を通り、もう一つ先の町……既にアーロンの手によって壊滅した街へと、足を踏み入れた。

 酷い光景だ。

 中央の通りは何か巨大な生き物が通ったようにへこんでおり、その両側にある家は軒並みひっくり返っている。

 

「…………」

 

 まずはこの町の生き残りを探さねばならない。

 気配はある。生き残りはいるはずだ。

 ……もっとも、物陰からジンベエを見る目は冷たい。魚人と言うだけで敵視されているのだろう。

 無理もない。彼らは間違いなく、魚人の手で肉親を失い、住む場所を失った。それ以前から金を巻き上げられていたとも聞いたし、恨みつらみは果てしない。

 このような光景が現実に起きないように、タイガーは〝殺し〟をタブーとしていたというのに。

 ため息を吐きたい気持ちを抑え、ジンベエは町中へと歩みを進めた。

 突き刺さるような視線が減ることは無い。

 誰かに話しかけないことには始まらないが、この針の筵のような状態で話しかけるのも中々厳しいものがあった。

 町の中を歩いていると、ひっくり返った家からなんとか家財道具などを出そうとしている者たちを見つけた。

 

「すまん、少し良いか」

「……魚人が、何の用だ」

 

 これもまた、アーロンの支配によるものだろう。

 ジンベエを睨みつける目は反抗的だが、拳を握るばかりで決して攻撃しようとはしない。

 力の差を知っている。

 反抗すれば、今度こそ殺される。

 だから力で反抗することは決してしない。

 それを見てジンベエは再びアーロンに怒りを抱くが、ここで怒りをあらわにしてもどうにもならない。ひとまずは穏便に行くように、「電伝虫は持っておらんか」と尋ねた。

 

「そんなものはない」

「あるはずじゃ。アーロンに壊されていなければ」

「っ! ……だったら、何だと言うんだ!」

「貸して欲しい。連絡を取りたい者がおる」

「アーロンパークに行って使えばいいだろう!! 同じ魚人なら、アーロンは快く貸してくれるはずだ!!」

()()()()()()()

「なに!?」

 

 困惑する村人に対し、ジンベエは地面に座り込み、頭を下げる。

 周りに隠れている者たちも頭を下げるジンベエに驚いているのがわかった。

 アーロンたちならば、下等種族と見下す彼らに対して絶対にそんな真似をしないからだ。

 

「どうか、頼む。貸しては貰えんじゃろうか」

「……何故、そこまで」

()()()()()()()()()

 

 ジンベエの言葉を信じても良いのか。

 村人の男は悩んだ様子を見せるも、相手は魚人だ、信用するなと言う声が上がる。

 今まで散々アーロンに苦しめられてきた彼らが、今更同じ魚人にアーロンを止めたいと言われても果たして信用してくれるのか。一種の賭けではあった。

 五分か、あるいは十分か。

 いつまでも頭を下げ、頼み続けるジンベエに、男の方が遂に折れた。

 

「……ついてこい」

「ありがとう」

 

 男の後ろをついて移動した先には、修理されたと思しき電伝虫が一台あった。

 機材もそれほどなく、壊れた家からかき集めた部品を代用として使って修理したのだろう。通常の電伝虫に比べて取り付けられている機械がごちゃごちゃで奇妙な形をしている。

 最終手段として使ったのだろうと推測するのは容易い。

 ジンベエは電伝虫の前に座り込み、番号を入れて発信する。

 数度のコールの後に、相手は出た。

 フィッシャー・タイガー。名高き〝魚人島の英雄〟である。

 

『──おれだ』

「わしじゃ、兄貴」

『ジンベエか。アーロンは見つかったのか?』

「見つかった……じゃが、状況はおよそ最悪と言っていいじゃろう」

『……何があった?』

 

 ジンベエはノジコから聞いた話をかいつまんで説明する。

 ココヤシ村は元より、村の存在するコノミ諸島全域を支配下に置いている事。

 捧貢(ほうぐ)と称して金銭を徴収していた事。

 払えなかった者は殺されるか、あるいは町を壊滅させていた事。

 事実だけを淡々と、ジンベエは報告していく。

 タイガーは口を挟むことなく、静かにジンベエの言葉を聞いていた。

 

「──以上が、この島と、近隣の島で行われている事じゃ」

『……そうか。あの馬鹿が、そんなことを……』

「これほど大々的にやっておいて海軍が気付かんはずはない。恐らくは癒着しておるじゃろう」

『だろうな。小銭稼ぎのためにつまらねェことをする奴は幾らかいる。海軍にせよ黄昏にせよ、末端まで完全に統制するのは難しい』

「わしは、アーロンを殺してでも止める。後の事は頼んでも構わんか、アニキ」

『お前が負けると?』

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()

 

 タイガーの言葉にジンベエは眉を顰める。

 実際に再会したわけでもない相手に対し、なぜそこまで言い切れるのかと疑問を抱いて。

 

『あの馬鹿に〝勝てない相手に勝つために鍛え上げる〟なんて発想があれば〝東の海(イーストブルー)〟に行ったりしねェよ』

 

 最弱の海と呼ばれて久しいのが〝東の海(イーストブルー)〟だ。〝黄昏〟の目を盗むためだったとしても、アーロンはロクに鍛え上げる場所も相手もいない海に移動して強くなれる程ストイックな性格はしていない。

 この海の頂に最も近い実力者を、アーロンは知っている。勝てないと悟っているから、わざわざ影響力の少ない〝東の海(イーストブルー)〟を選んで潜伏しているのだ。

 タイガーの言葉にジンベエは納得して頷いた。

 

「じゃが、どのみちわし一人ではアーロンたち全員を連れて〝魚人島〟まで戻る足が無い。船の手配を頼んでええか?」

『お安い御用だ。おれにとっても他人事じゃねェしな』

 

 もっとも、魚人による被害を受けた場所に魚人が行けば無用な軋轢を生む可能性はある。

 タイガーはその辺りをわかっているだろうし、そもそも魚人島からコノミ諸島まで移動するには時間がかかりすぎるため、別の手段を用意しなければならない。

 いつまでもココヤシ村で捕らえておくわけにもいかないだろうし、海軍も信用できない。

 となれば当然、タイガーの所属する〝黄昏〟に頼むことになる。

 

『アーロンの事は頼んだぞ、ジンベエ。ぶん殴ってでも止めてくれ』

「任せてくれ、タイのアニキ。ふんじばってでも連れて帰るわい」

 

 ジンベエは頷き、受話器を置く。

 近くで聞いていた村人の男へ向き直り、もう一度礼を言う。

 

「使わせてくれてありがとう。助かったわい」

「ああ……あんた、アーロンを何とか出来るのか?」

「もちろんじゃ」

 

 断言するジンベエ。

 村人の男は目を丸くしており、その後複雑な顔をした。

 魚人の手によって支配されていた島が、魚人の手で解放される。良いことではあるが、彼らにとっては既に魚人は信用出来ない種族に成り下がってしまっている。

 感謝はされないだろう。

 アーロンを野放しにしたことを罵られるかもしれない。

 それでも、ジンベエはやらねばならぬと奮起して立ち上がった。

 ゴサの町で海に面した場所から島の外縁部を泳いで移動すればすぐにアーロンパークへ着く。少しでも早い方が良いだろうと、ジンベエは何かが這いずり上がったような巨大な痕から海へ飛び込んだ。

 

 

        ☆

 

 

 程なく、アーロンパークを示す門が見える。

 門の下をくぐり、中へ入ればそこはもうアーロンの居場所で──。

 

「ん?」

 

 門をくぐろうとしたジンベエの視界に妙なものが映った。

 海底付近から海上へ向かって斜めに何かが伸びている。海底付近をよく見れば、ノジコが何かをしているようだった。

 

「おうい。お主、何をしておる?」

 

 海中で人間は喋れないが、ノジコは僅かに動いてその全貌を見せようとしてくる。

 足首までコンクリートに埋まった人の体だ。その()()()()()()()()()()()()()()()()

 思わず人体と海上の間を視線が数度行ったり来たりするほど驚いたが、ノジコが何かを指差していることに気付いた。

 足がコンクリートに埋まっている……と言うより、コンクリートの割れ目に足を突っ込んで抜けなくなっているように見える。

 何をしたのか知らないが、これのせいで海の底に沈んでいるらしい。

 妙に見覚えのある服だが、ひとまずノジコがジェスチャーで何かを伝えようとしているのでそちらに集中する。

 

「壊せばええのか?」

 

 こくり、とノジコが頷いた。

 ジンベエはコンクリートを破壊すると、自由になった体は首に引っ張られて海上へと向かっていく。

 何らかの能力者なのだろうが、上で支えるほうも大変だろう。奇妙な風景にそんな感想さえ浮かんでくる。

 アーロンパークの外側へ首を伸ばして気付かれないようにしていたらしい。

 ノジコと共に一旦海上へ上がると、一人の男が気付いた。

 

「ぷはっ! ハァ、ハァ……助かったよ、あたしじゃあの石壊せなくて」

「何、あれくらいならばお安い御用じゃ」

「ノジコ! そいつ、魚人だろう!?」

「ああ、ゲンさん。この人は大丈夫よ。あの麦わらの子と一緒にこの島に来たらしいし」

「あの小僧と?」

 

 ゲンさん、と呼ばれた男性はジンベエの方へと視線を移す。

 ジンベエはここで何をしているのかと問うた。当たり前だ、ここはアーロンの居城。下手なことをすればアーロンに攻撃を受けるかもしれない場所なのだ。

 そんな危険地帯に、わざわざ入り込んでまで何を、と。

 

「話せば長くなるから、説明は後で。さっき解放された麦わらの子に水を吐かせなきゃ」

「麦わらの……もしや、ルフィ君か!?」

 

 道理で見覚えのある服だと思った。

 ゴム人間だと言う彼は勢いよく上空に飛んで行ったが、全身ゴムなので当然地面に叩きつけられてもダメージは無い。

 ジンベエは数多くの能力者を見てきたが、いつ見ても不可思議な存在だと感想が漏れてしまう。

 ゲンゾウが必死に水を吐かせようと圧迫していた。

 

「この子の仲間が、アーロン一味の幹部を二人やっつけてる。あとはこの子が何とか水を吐いて意識を取り戻せれば……!」

「……そうか、彼の仲間に……」

 

 海底から海上まで伸ばした首の分、水を吐き出させる距離があったので時間がかかった。

 だが既に体は海上にある。水を吐かせるのはすぐだろう。

 しかし、アーロンに関してまでルフィに任せるわけにはいかなかった。

 

「これはわしの問題でもある。彼には悪いが、あやつはわしが──」

 

 ブーッ!! と勢いよく水を吐き出し、ルフィが意識を取り戻す。

 

「ぶはァ!!! ゼェ、ゼェ……!!」

「意識を取り戻したか! 良かった……!」

 

 しばらく荒い呼吸が続くと、ルフィはその場の三人に気付く。

 

「あれ、おっさんにナミの姉ちゃんにジンベエ、なんでここに?」

「お前さんが海の底に沈んだからと、そこの二人が何とか助け出してくれたんじゃ」

「そうか、ありがとう、二人とも!」

「最終的に助けたのはそっちの魚人だよ。あたしらじゃ石を壊せなかったからね」

 

 ゲンゾウとノジコは、一安心したように腰を落ち着ける。

 ジンベエだけは立ったまま、アーロンパークの門を見据えている。

 

「よし! じゃ、おれはあのギザっ鼻を──!」

「待て、ルフィ君!!」

「なんだよ、おれ急いでんだ」

「アーロンはわしがやる」

「なんでだ?」

「あの男はわしの弟分じゃ。弟分が迷惑をかけた以上、あの馬鹿を止めるのは兄貴分であるわしのやるべきこと。手出しは無用じゃ!」

「…………」

 

 ルフィにも兄がいる。

 何があっても味方でいてくれて、頼りになる兄が。

 彼もきっと、ルフィが何をやっても味方でいてくれるだろう。だがそれでも、ジンベエのように兄弟で敵になることがあるかもしれない。

 兄弟であっても、時にはぶつかることはある。

 しかし。

 

()()()

 

 ルフィはジンベエの言葉を理解した上でそう言った。

 

「嫌じゃと? お前さんの意見は聞いておらん。あの男はわしが倒す。お前さんは見ておれ、そう言っておる!!」

「いやだ!! あいつはうちの航海士を泣かせたんだ、落とし前付けるのはおれのやることだ!!」

「この分からず屋めが……!」

()()()()()()()()()()()()!!」

「……!!」

 

 二人は互いにジッと睨み合い、最終的にジンベエが折れた。

 少なくとも、先にアーロンに手を出したのはルフィだ。他人の喧嘩にずかずかと入り込む気は無かった。

 どかりと胡坐をかいて座り込むジンベエ。

 

「好きにせェ。ただし、お前さんが負ければ次はわしじゃ」

「おう!」

 

 腕を伸ばし、アーロンパークの門に手をかけて中へと飛んで行った。

 直後に傷だらけのゾロが代わりに飛んで来たので、ジンベエがすぐに助けに行くことになったが。

 アーロンにやられたのか、あるいは〝鷹の目〟にやられた傷が開いたか……どちらにしても酷い傷であることにかわりはない。

 ジンベエは応急手当てをしながら、「無茶な男じゃ」と呆れたように零す。

 

「こんな傷で、よう戦おうと思うたもんじゃ」

「うるせェな。おれの勝手だ……」

 

 死にかけの状態で吼えられても怖くもなんともない。ノジコはすぐに医者を呼びに行き、ゾロとジンベエ、ゲンゾウだけがこの場に残された。

 ゲンゾウは今も、警戒を怠らずにジンベエを見ている。

 

「ジンベエ……聞いた名だと思ったが、七武海の……」

「ああ」

「そんな男が、どうしてこの島に?」

「先も言ったように、アーロンの馬鹿を止めるためにな……もっとも、ルフィ君に機会を奪われてしもうたが」

 

 一足遅かったな、とゾロが言う。

 タイガーに連絡を入れず、話を聞いた直後にアーロンを倒しに行っていれば良かったが……もしもの話など意味がない。

 実際に戦っているのはルフィで、蚊帳の外に置かれたのがジンベエだ。

 迷惑をかけて、その汚名を雪ぐ機会も得られないとなると、本当に何をしに来たのかわからない。

 ルフィが負ければジンベエにお鉢が回ってくるだろうが、きっと負けることは無い。

 今なお過去にばかり目を向け、逃げた結果この海に来たアーロン。

 〝海賊王〟を夢見て〝偉大なる航路(グランドライン)〟を目指すルフィ。

 勝敗など、初めから明白だった。

 



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第百四十話:後始末

 ──アーロンパークが倒壊していく。

 ルフィとアーロンの激しい戦いの末、耐えきれなくなった建物が崩壊したのだ。

 建物の下敷きになるような位置には誰もいなかったが、ルフィとアーロンは倒壊に巻き込まれている。

 戦いを見守っていたココヤシ村の村人やルフィの仲間たちは、瓦礫の中から立ち上がったルフィを見て安堵した。

 元よりルフィはゴム人間。倒壊の末に瓦礫に押し潰されても、それで圧死することは無い。

 

「ナミ!!! お前は、おれの仲間だ!!!」

 

 瓦礫の上に立ったルフィはそう勝利宣言し、アーロンとの戦いは終わった。

 喜び浮かれる村人たちを前にルフィは笑い、フラフラの足取りで瓦礫の山から下りていると、その男が現れた。

 

「チッチッチッチッチ!! そこまでだ貴様らァ!!」

 

 海兵だ。

 〝正義〟の文字を背負った男がニヤついた笑みを浮かべ、部下を引き連れてずかずかと歩み寄っていく。

 

「今日は何と言う大吉日(ラッキーデー)! まぐれとは言え、まさか貴様らのような無名の海賊に魚人共が負けるとはなァ!!」

 

 裏でアーロンと繋がっていた海兵──海軍第16支部大佐、ネズミは幸運だと言う。

 アーロンに渡すはずだった金も、アーロンパークに蓄えられた金品も、全ては本部に報告するネズミの手柄となる。

 莫大な金額だ。思い浮かべるだけで笑いが止まらないと、ネズミはニヤニヤとルフィを見ていた。

 

「必死に頑張ってご苦労なことだ。だがこの手柄、この私が全て貰う!!」

 

 高らかにそう宣言すると、ネズミは背後から現れたジンベエに首根っこを掴まれて持ち上げられた。

 ギョッとした顔でジンベエを見ると、ネズミは「は、離せ!!」とじたばた暴れはじめる。

 しかしジンベエの顔は怒りに染まっており、ネズミがどれだけ必死に引き剥がそうとしてもびくともしない。

 

「なんじゃァ貴様……!! この島の者たちが喜んでおるところに、水差すつもりかァ!!」

「き、きさま……!! 魚人がまだ残っていたのか!? クソ、役立たず共、こいつを撃て!! 早くしろ!!!」

「し、しかし……」

 

 部下の一人が、顔面を蒼白にしながらネズミに抗する。

 何かの際にその顔を見たことがあった。

 こんな田舎の、辺境の海にいるはずが無いと、そう思いながらも──目の前の男が、新聞で見たことのある七武海だと理解してしまっていた。

 

「こ、この男……〝海侠〟のジンベエです……!」

「ジンベエだと!? 馬鹿言ってんじゃねェ!! 七武海がこんなクソ田舎の海にいる訳がねェだろうが!!!」

「田舎だろうが何だろうが、わしがどこにいようがわしの勝手じゃろうが!!」

 

 あっという間にボコボコにされ、腫れ上がった顔を晒すネズミ。

 部下もネズミの指示で戦いはしたが、当然ながら戦いにすらなっておらず……負傷者の山が出来上がっていた。

 ココヤシ村の者たちにとっては倒すべき魚人がもう一人現れたというべき状況だったが、ルフィたちは誰もジンベエと戦おうとしないので困惑する。

 ネズミたちを縛り上げて動けなくしたのち、ジンベエは胡坐をかいて座り込んだ。

 そして、深々と頭を下げる。

 

「ルフィ君、この度は迷惑をかけた。何より、ココヤシ村の皆さんにゃァ詫びの言葉すら見つかりません。本当に、申し訳無い」

 

 ココヤシ村の村人たちは誰もが顔を見合わせ、事情を何となく聞いているゲンゾウとノジコが前に出た。

 二人はジンベエがアーロンを止めに来たことと、アーロンに代わって詫びようとしていることを村人に説明する。ジンベエはその間変わらず頭を下げたままであり、ルフィたちはジンベエ達の問題だとして首を突っ込むことはしない。

 やがて説明が終わると、ゲンゾウとノジコはジンベエの方へと向きなおる。

 

「それで、アンタはこれからどうするの?」

「アーロンは彼らが倒してくれた。我々はそれ以上の事は望まないが……」

「アーロンたちはわしが引き取ります。監獄に入れたほうが良いと言う方もおるでしょうが、海軍支部もこのザマ……わしが見張った方がええと、そう判断した次第です」

 

 支部にある監獄などでアーロンを抑えつけることなど出来るはずもない。海底監獄インペルダウンに入れてもいいが、人間と魚人の融和の象徴として七武海に就いたジンベエとしては兄弟分がインペルダウンにいるのは外聞が悪い。

 この立場はジンベエのためのものではなく、魚人島のためのものだ。自分の勝手で外聞を悪くするわけにはいかなかった。

 

「数日ほどで迎えの船が来ます。それまではわしがこの馬鹿共を見張りますんで、どうか安心していただきたい」

「……そうか。では、そうさせてもらおう」

 

 ジンベエの事は解決したと見たのか、村人たちは一斉に駆け出してアーロンパークが落ちたことを島中に報せに行った。

 残ったのはルフィたちとゲンゾウ、ノジコだけだ。

 

「ところで、こいつらどうするんだ?」

 

 ゾロがくいっと指差したのは、先程ボコボコにされて伸びている海兵たちである。

 船はあるようだが、これだけの暴挙を働いておきながらお咎めなしと言うのも腹に据えかねる話であった。

 特に母親の形見でもあるミカン畑を荒らされ、海賊から盗んで貯めた一億近い金を奪われたナミは怒り心頭だ。

 ネズミの顔に水を被せて叩き起こし、その頬を引っ張る。

 

「いででで!! な、なにすんら小娘!!」

「うるさい! あんたたちはこれからゴサの復興の手伝い、アーロンパークの片付けをするの!! それからアーロンパークにある金品には一切手出しをしないこと!! あれは村のお金なの!!」

 

 それから、とより強く頬を引っ張るナミ。

 

「私のお金返して!」

「返すっす返すっす」

 

 もうやけくそと言わんばかりの様子で、船に積み込んだままであることを明かすネズミ。

 ジンベエが船を取りに行き、ナミはアーロンパークの湾内に船を着けるや否や、中へと入って金品を検める。

 その後、全てのお金を取り返してニコニコ顔のナミへと言いにくそうにジンベエが声をかけた。

 

「……あー、お前さん」

「何?」

「言いにくいんじゃが……この海兵どもは復興支援や片付けは出来んと思うぞ」

「? なんで? 手伝わせればいいじゃない」

「いや……まァ、なんじゃ。近くアーロンたちを連れて行くための船が来る。そうなると、どうあれ海軍本部にも情報が行くじゃろう」

 

 つまり、ネズミはこの時点でクビだ。それに付き従った部下たちも何らかの処罰があるだろう。

 これだけのことをやらかした以上、ココヤシ村にネズミを受け入れるつもりがあるはずもない。職無しになったネズミはどうしようもなくなり、晴れて海賊の仲間入り、という訳だ。

 そのことを察したナミとサンジ、ウソップは「あー……」と納得したような声を出し、ゾロとルフィは何もわかってない顔をしている。

 ゲンゾウとノジコは肩をすくめており、「それじゃ仕方がない」と言わんばかりだ。

 

「労働力としては当てにならないって訳ね……それはちょっと参ったわね」

「わしも滞在中は手伝おう」

「それは素直に助かるわ。人手も足りてないからね」

「なに、迷惑をかけた詫びじゃ。これくらいはせねばな」

 

 今は皆、アーロンから解放された喜びで一杯だろう。その後の事を考えるのはもう少し後でもいい。

 ルフィたちも深手を負っている。怪我の治療をせねばならない。

 ジンベエはアーロンたちとネズミたちを見張るためにアーロンパークに残ると言い、ルフィたちを見送った。

 

 

        ☆

 

 

 その夜。

 死なないよう応急手当をしていたアーロンが目を覚まし、ジンベエの顔を見て酷く驚いた顔をする。

 

「ジンベエ、の兄貴……!!」

「目が覚めたか」

「……なんで兄貴がここにいるんだ」

「お前さんらが馬鹿な真似をしていると噂を聞いたのでな。わしの手で止めねばならんと思ってここまで出向いた」

 

 もっとも、必要無かったようじゃがなとジンベエは言う。

 ギロリと睨みつけるアーロンだが、満身創痍の状態では掴みかかることさえ出来ない。

 ぼちぼち他の魚人も目覚め始めており、誰もがジンベエの姿を見て驚いていた。

 アーロンは横になったまま、ルフィに負けたという事実を呑み込むために静かに空を見上げていた。

 

「……麦わらの野郎を倒したとしても、兄貴が後ろに控えてたって訳か」

「そうじゃな」

「どのみち行き止まりだったんだな。クソが」

 

 横になったまま吐き捨てるように呟くアーロン。

 その姿を見て、ジンベエは一つだけ気になっていたことを訊ねる。

 

「お前さん、何故タイの兄貴の言葉を理解しようとせなんだ」

「……人間と共に歩めって? 馬鹿言ってんじゃねェよ」

 

 フィッシャー・タイガーの事は好きだ。尊敬する兄貴分として、今でも仲良くしたいとは思っている。

 だが、彼の所属する〝黄昏〟は嫌いだ。尊敬する兄貴分を引き抜き、人間と魚人の融和を謳っている。

 

「おれ達は人間を〝悪〟と言われて育った。それは兄貴も同じだろ。知ってるはずだぜ。過去、人間がおれ達魚人に対して何をしてきたのか……人間は、人間と言うだけで罪深い」

「過去にばかり目を向けるな! わしらは〝今〟を生きておる! タイの兄貴も同じじゃ。あの人は誰よりも未来を見据えて動いておる!!」

「今でも同じだ! 人間は魚人や人魚を高値で買って奴隷にしようとする!! クソッタレの天竜人がタイの兄貴に何をしたのか、アンタだって知ってるはずだぜ!!!」

 

 〝タイヨウの海賊団〟を解散して結成しなおす際、タイガーは己の過去を船員たちに話している。

 誰もがその過去に驚き、怒りを露にしたが……他ならぬタイガーが怒りを収めたことで矛を収めざるを得なかった経緯がある。

 虐げられた本人が赦しているのに、第三者が勝手に怒るのは筋違いだからだ。

 しかし、アーロンは納得していなかったのだろう。

 敬愛する兄貴分に対して言葉にするのも憚るようなことをしていた天竜人も、アーロンから見ればただの人間だ。

 それまでに培った知識である〝人間という種の愚かさ〟を下地に、際限なく膨れ上がった憎悪は結果的に最悪の形でタイガーの望みを邪魔している。

 

「〝魔女〟のクソ女もそうだ! あいつ程信用ならねェ人間も他にいねェ!! 一度はタイの兄貴を見捨てておきながら、自分に都合よく動くと知った途端に掌返して近付いて来やがった!!」

「タイの兄貴があの人の船を下りたのは自らの意思じゃ! よく知りもせん癖に、軽々しくあの人を貶めるような口を利くな!!」

 

 アーロンの胸倉をつかみ、威圧するジンベエ。

 至近距離で睨み合う二人は、しかし殴り合いに発展することは無く。

 ジンベエは手を放し、背を向けて座りなおす。

 アーロンは傷が痛むのか、顔をしかめながらも再び横になる。

 僅かな沈黙の後、アーロンが静かに口を開いた。

 

「……あの女ほど政府中枢に近しい海賊をおれは知らねェ。それで兄貴の状況に気付かねェわけがねェだろうが」

「…………」

「結局、人間なんざそんなもんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……それも、お前の想像に過ぎん」

 

 冷静に考えれば、神ならぬ人の身で全てを知りえるはずが無いとわかりそうな話だった。

 しかし、ジンベエとアーロンにとって〝魔女〟と呼ばれる女は想像の埒外にいる怪物である。世界中に手駒を置き、あらゆる海から物資や情報を集める彼女であれば──あるいは、タイガーの状況を知り得たのではないかと言う疑問が拭えない。

 直接訊ねてしまえば解決するのかもしれないが、言いくるめられる可能性は十分にある。曲がりなりにも世界政府の最高権力者と政治的な駆け引きを行える人物だ。ジンベエは口で勝てる気がしなかった。

 

「タイの兄貴があの人を信頼するなら、わしもそうするまでじゃ。わしにとっても大恩のある人に違いはない」

「ハッ……好きにしろよ」

 

 それきり、アーロンは黙ってしまった。

 怪我の事もある。疲労もあったのだろう。眠ってしまったようだった。

 

「…………」

 

 ジンベエは夜空を見上げ、静かに考える。

 もし。

 もしも、タイガーの状況にいち早く気付くことが出来ていれば……アーロンもここまで拗らせることは無かったのかもしれない、と。

 原因を他人に押し付けるような話だ。ジンベエは頭を振ってその考えを打ち消し、眠ることにした。

 夜の海は危険だ。海兵であっても魚人であっても、下手に海へ逃げることは無いだろう。

 数日は監視をしなければならない。体力はなるべく温存しておいた方が良いと判断しての事だった。

 

 

        ☆

 

 

 次の日。

 〝黄昏の海賊団〟の海賊旗を掲げた船がアーロンパークの入り口に停泊していた。

 ジンベエは目を丸くして驚き、船から誰かが降りてくるのを見る。

 眼鏡をかけた長身の男だ。きっちりと着込んだスーツと言い、七三分けに撫でつけた髪と言い、几帳面な様子がわかる。

 

「ジンベエさんですね?」

「あ、ああ……タイの兄貴に言われてきたのか? 随分早かったのう」

「いえ、私は〝偉大なる航路(グランドライン)〟から来たわけではありません。こういう者です」

 

 胸ポケットから取り出したケースから一枚の紙を出し、ジンベエに渡す。

 ジンベエはそれを受け取って確認すると、〝東の海(イーストブルー)統括支部長〟と書かれていた。

 

「統括支部長!? 〝東の海(イーストブルー)〟で一番偉い役職じゃろう!?」

「ええ、まァ。とは言え、ほとんど肩書だけのものですよ」

 

 他の海ならまだしも、〝東の海(イーストブルー)〟はそれほど取引の量は多くない。こうして暇潰しに出歩くことも多々あった。

 トップからして割と自由にあちらこちらを行ったり来たりするので、その辺は寛容なのだ。

 

「フィッシャー・タイガー氏の要請でアーロン率いる魚人海賊団を移送……という事ですが、一般人の住む島にいつまでも置いておくわけにはいかないので、ひとまず支部の方へ移送します」

「なるほど、それは助かる」

「海兵の方は……まァ海軍本部へ連絡は入れますので近いうちに何かしらの動きはあるでしょう」

 

 ネズミはその言葉を聞いてびくりと体を震わせていた。

 彼がいた支部はしばらく要監視対象になるだろう。本部から人員が配置される可能性もある。

 海軍の名に傷をつけた罪は重い。相応の処分があってしかるべきと考えるべきであった。

 支部長にとっても海軍に対して使えるカードが増えるのは嬉しいことだ。

 

「船に乗せましょう。連行してください」

 

 支部長の男は部下たちに指示し、次々に船へと乗せていく。全員負傷者だ。特に反抗的な意思も無いらしく、大人しく連れられている。

 多少は反抗的な態度を取ると思っていたのか、支部長はやや拍子抜けした顔で「随分大人しいですね」と言葉を零す。

 

「何かあってもわしが何とかするつもりではおるが……船にはアーロンを抑えられる人員はおるか?」

「六式使いが数名居ます。能力者ではありませんが、十分でしょう」

 

 むしろ海上で魚人の相手をする場合を考えれば能力者では無い方が好ましい。

 六式使いなど〝偉大なる航路(グランドライン)〟でも本部大佐以上の海兵か政府の諜報員くらいしか使い手がいない。その人員を〝東の海(イーストブルー)〟に配置している時点でどれだけ潤沢な人員がいるのか推して測れるというものだ。

 もっとも、海軍のように治安維持を目的として戦力を配置しているわけでは無いので、一概には判断出来ないのだが。

 

「村の方にも挨拶をしておきましょう。村はどちらにあるかご存じですか?」

「うむ、船で行けるのでわしが案内しよう」

「助かります」

 

 海兵と魚人海賊団を全員船に乗せ、ココヤシ村へと舵を切る。

 海兵たちの乗ってきた船もあるが、そちらは別の人員を乗せて曳航(えいこう)する。

 ルフィたちの乗る〝ゴーイングメリー号〟も近くにあるが、それと比べると〝黄昏〟の船はガレオン船だけあって非常に巨大だった。

 ココヤシ村ではアーロンたちが倒れたことを祝してパーティが行われており、そこへ非常に目立つ船が寄港したので当たり前のように目立っていた。

 

「うはー、でっけー船だなー!」

 

 一際興奮した様子のルフィが騒いでおり、村人も何事だと桟橋近くへと集まってきた。

 支部長とジンベエは船を下りて、ひとまず村人へ説明を始める。

 〝黄昏〟の船であること。

 アーロン率いる魚人海賊団と海兵たちを連れていくこと。

 それと、タイガーから迷惑をかけたお詫びという事で金銭が支払われること。

 

「お金? お金など……」

「良いじゃないゲンさん、貰っておこうよ。色々と入用なんだしさ」

 

 アーロンに壊滅させられたゴサの町の復興資金も必要だし、アーロンパークの撤去だってタダでとはいかない。

 ゲンゾウもそれはわかるのか、ジンベエから「わしらからのお詫びじゃ。受け取ってくれ」と言われて渋々受け取りのサインをしていた。

 相当な金額だったらしく、思わずゲンゾウが目を擦って金額を何度か数えなおすほどであった。

 

「こ、こんなに貰っていいのか!?」

「タイガー氏のポケットマネーです。私からは特に何も言う事はありません」

「兄貴、こんなに金持っとったのか……」

 

 思わずジンベエもそう零す。

 人手が必要なら〝黄昏〟に金を払えば手配すると説明しており、こうやって経済を回しているのかとジンベエが感心する。

 アーロンを捕らえた功労者であるルフィはと言えば、特に興味が無いのか道の端で仲間たちと座っていた。

 ジンベエはそちらに行き、改めて礼をする。

 

「お前さんたちには世話になった。これからどうするつもりなんじゃ?」

「そうだなァ……仲間もそろったし、〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入って世界一周だな!」

「目指すは〝海賊王〟か。豪気なもんじゃ……であれば、必ず魚人島を通ることになるじゃろう。わしも魚人島を拠点にしておる。ついた時には一報入れてくれ、案内しよう」

「魚人島!!?」

「なんだサンジ、知ってんのか?」

「知らねェ奴なんかいねェよ! 深海の楽園、美しい人魚たちのいる海の都……行かない選択肢はねェ!!」

 

 興奮するサンジを尻目に、ジンベエは「人魚はともかく」と話を続ける。

 

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟は〝赤い土の大陸(レッドライン)〟で二つに区切られておる。ここから前半の海に入って、後半の海に入るには魚人島を通らねばならん」

「そうなの? でも深海なんてどうやって……」

「船ごと海に潜るんじゃ。やり方はまァ、行ってみればわかるとして……その直前にシャボンディ諸島と言うところで情報を集めればええ」

 

 ナミの疑問にジンベエは淀みなく答える。

 魚人である彼ならばその身一つで移動も出来るが、人間にとって深海を移動するのは非常に難しい。

 ある程度ルートを示しておく必要があった。

 その前にジンベエは一つ尋ねる。

 

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟について、どのくらい知っておるんじゃ?」

「偉大な海」

「〝鷹の目〟のいる海」

「海の戦士がいるところ」

「オールブルーがあるところ」

「……この船、大丈夫かしら」

「うーむ……大丈夫ではないのう……」

 

 ナミとジンベエは思わず頭を抱えていた。

 実際に何度も〝偉大なる航路(グランドライン)〟を渡ってきたジンベエである。必要な情報を話しておかねば、この一味はすぐにでも全滅しかねないと思っていた。

 なので、支部長に頼んでとある品を用意して貰う。

 

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入る海図は持ってるのよ」

「バギーから奪った奴か」

 

 ナミが取り出した海図を見てゾロが反応する。

 ジンベエはそれを見て頷き、海図があれば早いと真ん中の山を指で示す。

 

「ここから山を登って入るんじゃ」

「山ァ!?」

「なんで海に入るのに山を……?」

「わしも実際に利用したことは無いが、ここには運河があると聞いておる。そこを越えれば〝偉大なる航路(グランドライン)〟じゃ」

「船が山を登るのか。不思議山だなー」

 

 「そこから必要になるのがこれじゃ」、とジンベエは記録指針(ログポース)を取り出す。

 ナミを含めて全員が首を傾げた。

 

「何それ?」

記録指針(ログポース)っちゅうもんでな。これに島の磁気を記憶させることで次の島へ辿り着ける」

「普通の羅針儀(コンパス)じゃ駄目なの?」

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟の島々はそれぞれが鉱物を含んでおる。行けばわかるが羅針儀なぞ使えんわい」

「そうなんだ……事前に聞いててよかったわ」

 

 記録指針(ログポース)は通常、〝偉大なる航路(グランドライン)〟の外で手に入れるのは難しい代物だが……アーロンの件での礼として、とジンベエからプレゼントしていた。

 気候、海流、風……とにかく何から何まで常識の通用しない海だ。十分に気を付ける様にと、ジンベエは念を押す。

 特に、と語気を強めるジンベエ。

 

「〝黄昏〟の船には絶対に手を出してはならん」

「そりゃ出すつもりもないけどよ、そりゃまたなんでだ?」

「強さもそうじゃが、〝黄昏〟はこの海以外では多くの物流を担っておる。()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃ」

「そこまでか?」

 

 〝東の海(イーストブルー)〟ではそれほど存在感があるわけでは無いため、ルフィたちは誰もピンと来ていないらしい。

 サンジは出身こそ違うが、当時は幼かったのでそれほど詳しくも無かった。

 だが、ジンベエの言う事ならと胸に留めておく。好き好んで敵を増やす必要も無いのだ。

 

「そうじゃな……とりあえずはこれくらいか。後は実際に行ってみて感じればええ」

 

 口で説明しても、肌で感じないことには分からないことも多い。彼らならきっと大丈夫だろうと判断し、ジンベエはそのくらいで話を切り上げる。

 支部長とゲンゾウの話も終わったらしく、支部長はミカンを食べながらジンベエを待っていた。

 

「……何食べとるんじゃ?」

「ノジコさんの作ったミカンだそうです。おひとついかがですか?」

「ほう、いただこう」

 

 皮をむいて実を一つ口に入れる。

 甘さと酸っぱさが丁度いい。気候に恵まれているから質の良いミカンが出来るの、とノジコは胸を張っていた。

 一つ食べ終えると、支部長はハンカチで手を拭いて一つ提案する。

 

「ふむ……こちら、ある程度量を確保出来るならうちで買い取りますが、どうですか?」

「え、買い取り?」

「ええ。これだけ質の良いミカンなら他所の島でも売れるでしょう」

 

 ぱちぱちとソロバンを弾いて「このくらいの金額で」とノジコに提示する。

 ノジコは金額を見て目を丸くした。

 安く買い叩くつもりかと警戒していたが、島で売るよりもずっと高い金額だったからだ。

 

「こんなに!?」

「不満ですか?」

「い、いや、不満ってことはないけど……でも、良いんですか?」

「構いません。利益は確保出来る範囲です」

 

 安く買って高く売る、は商売の基本だ。

 ココヤシ村はそれほど他の島との交易は無いようだし、タイガーからの迷惑料と言う資金も入った。品質は十分だと確かめたので、多少色を付けても問題はない。

 今ではそれほど無いが、海賊に襲撃されて島にお金が無いので交易が出来ない、と言う場合もある。

 アーロンパークの片付けやゴサの復興で〝黄昏〟の人員をある程度駐留させることを考えれば、安全面では他の島よりも高いし、何より島民からの好印象があった方が仕事はしやすい。

 

「問題なければ契約書にサインをお願いします」

「おっさん、ナミの姉ちゃんからミカン買ってんのか」

「おっさんではありません。私はまだ二十代です」

 

 契約書を穴が空くほど見て確認するノジコとナミを尻目に、ルフィが支部長へ話しかけていた。

 この程度の無礼には慣れているのか、ルフィの言葉を軽く受け流している。むしろ横で聞いているジンベエの方がハラハラしていた。

 ノジコがサインするまでの間は暇なためか、支部長はルフィの方へと視線を向ける。

 

「君は海賊なんですか?」

「ああ。海賊王になる男だ」

「海賊王に。なるほど……時に、アーロンを倒したのは貴方だと聞きましたが」

「ああ。おれがぶっ飛ばした」

「フルネームは?」

「モンキー・D・ルフィ」

 

 ぶふっ、と支部長が噴出した。

 目を見開いてルフィの顔を見る支部長。上から下まで一通り観察すると、何かを考えるように顎に手をやって空を見る。

 

「……ふむ。もしや、お爺さんは海兵?」

「げっ! おっさん、爺ちゃんの事知ってんのか!?」

「おっさんではありません。この界隈にいて知らない海賊がいる訳ないでしょう」

 

 フルネームまでは覚えていないかもしれないが、その名前は海賊であれば誰もが知っている。

 孫がいることは知らなかったが、彼も人だ。年齢的に子供や孫がいても何ら不思議ではないため、支部長は納得したような顔を見せる。

 アーロン以外に倒した海賊の名前を聞くと、〝東の海(イーストブルー)〟ではよく聞く名前ばかりだったので再び驚く。

 〝道化〟のバギー。

 〝百計〟のクロ。

 〝海賊艦隊提督〟ドン・クリーク。

 〝ノコギリ〟のアーロン。

 錚々たる面々だ。東で最も強い海賊が目の前の青年であると判断してもいいほどに。

 

「海軍がどこまで掴んでいるかはわかりませんが、その面々を倒したと知っていれば3000万は固いでしょうね」

「何がだ?」

「懸賞金ですよ。海賊なら指名手配されてもおかしくはないでしょう」

 

 指名手配、と言う言葉ににわかに騒がしくなるルフィたち。

 おおむね好意的に受け入れているようだが、ナミだけはお気楽な仲間たちに対して呆れているようだった。

 海賊としては、船長に懸賞金がかけられるのはある種の箔が付くことと同義だ。この金額なら本部の海兵も動くだろうし、それを退けることが出来るなら大成することもあるかもしれない。

 初頭の手配で3000万というのは異例の部類だが、支部長は初頭で3億を超える懸賞金をかけられた人を知っているのでそれほど驚きはなかった。

 

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟に行くのでしょう? 君たちの航海が良いものであることを願っておきます」

「おう、ありがとな! おっさん!」

「おっさんではありません」

 

 ともあれ、支部長の用事は終わった。ノジコも契約書にサインをしたことで、しばらくは交易でココヤシ村も騒がしくなるだろう。

 ジンベエはアーロンパークの片付けを手伝うことが出来なくなったことを申し訳なく告げていたが、ゲンゾウは大丈夫だと笑っていた。

 実際、何の知識も無い村人とジンベエだけでやるよりも〝黄昏〟が専門の業者を連れて来た方が作業は早く進む。

 ジンベエと支部長は船に乗り込んだ。

 

「じゃあな、ルフィ君! また会おう!」

「おう、またな! ジンベエ!」

 

 大きく手を振りながら別れの声をかけるジンベエとルフィ。ココヤシ村の人々やルフィの仲間たちも桟橋近くで見送りをしている。

 〝偉大なる航路(グランドライン)〟を進めば再会する時が来る。その日を楽しみに、二人は見えなくなるまで手を振り続けていた。

 

 

        ☆

 

 

 その二日後の明朝、ルフィたちはココヤシ村を後にした。

 次に向かうのは〝偉大なる航路(グランドライン)〟……と行きたいところだったが、諸々の必要物資の購入や〝処刑台〟を見たいという声が上がる。

 それ故に、次の目的地は〝ローグタウン〟──別名を〝始まりと終わりの町〟と呼ぶ島へと変更し、舵を取った。

 



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第百四十一話:始まりと終わりの町

 ローグタウン。

 またの名を〝始まりと終わりの町〟と呼ばれるその場所は、かつて〝海賊王〟ゴールド・ロジャーが生まれ、死んだ町として有名だ。

 ロジャーを処刑した死刑台も未だ残されており、街の名物として見に来る海賊も少なくない。

 この場所から大海賊時代が始まった。

 〝海賊王〟と言う、一つの時代を作り上げた傑物に対して──きっと海賊を名乗る誰もが敬意を表し、あるかどうかもわからない〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟を目指して旅に出るからこそ、この町を訪れるのだろう。

 ルフィもまたそのうちの一人だった。

 もっとも。

 

「罪人!!! 海賊モンキー・D・ルフィは、〝つけ上がっちまっておれ様を怒らせちまった罪〟により、ハデ死刑~~~~!!!」

 

 当の本人は今まさに死刑台の上で処刑されそうになっているのだが。

 

 

        ☆

 

 

 事の始まりは少し前のこと。

 ローグタウンに着いたルフィたちは、物資の補給と〝死刑台を見たい〟と言うルフィの要望でひとまずバラバラに行動を開始した。

 ナミは服を、サンジは食料品の調達に。ウソップは武器になりそうなものを。ゾロは〝鷹の目〟に折られた刀の代わりをそれぞれ手に入れるために船を後にしており、ルフィは見知らぬ街を適当に歩き回って死刑台を探していた。

 町の中央にある死刑台に上り、とある美女──アルビダに絡まれ、バギーに気を取られているといつの間にか首と手を繋がれて今にも殺されそうになっている。

 

「おれ死刑って初めて見るよ」

「オメェが死ぬ本人だよ!!!」

「ええっ!!! ふざけんなァ!!!」

「テメェがふざけんなァ!!!」

 

 上からバギーに押さえつけられたルフィは緊張感もなく大人しくしていたが、死刑になるのが自分だと気付くと驚いたように声を上げる。

 それを見てまたバギーが自分のペースを乱され、声を荒げてツッコミを入れる。

 

「第一てめェ、ここで死ぬってコトがどういうことか理解してんのか?」

「知らねェし、おれはここで死ぬつもりもねェ!!」

「そうかよ。ここは〝海賊王〟が死んだ場所だ。かのゴール・D・ロジャーの、最期に見た景色さ……」

 

 バギーはルフィから視線を逸らし、広場を見下ろす。

 かつてバギーは、広場から見上げる側だった。

 大海賊時代の始まりの場所。一つの時代の爆心地。

 そこで死ぬという事がどういうことか、バギーとて理解している。伊達や酔狂でこの死刑台を使おうという訳では無いのだ。

 

「おれァてめェの事は嫌いだが」

「おれも嫌いだ」

「黙って聞け!! ……これでもおれァ、てめェのことはそれなりに認めてるんだぜ」

 

 シャンクスが麦わら帽子を贈り、不本意ながらも自分を一度は打ち倒した相手。

 ムカつくことと実力を認めないことは別の話だ。シャンクスもそうだったし、恐らくはルフィもこの先大物になるだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だからここで──海賊王が最期を迎えたこの場所で殺すのだ。

 

「時代がてめェを生かすか殺すか。一つ、ハデに賭けをしようじゃねェか!」

 

 この状況から何かが起きてルフィを生かすならそれも良し。

 何も起きずにこのままルフィの首が飛ぶのならそれも良し。

 バギーは剣を取り出し、両手と首が押さえつけられたルフィへと剣を向けた。

 空には暗雲が立ち込めている。これから嵐が来る──果たしてそれは天候だけのものか。この先の時代を表す先触れのようだと、バギーは空を見上げながら思う。

 〝海賊王〟が死んでから22年。

 ()()()()()()()()()()()のは更に20年くらい前だとバギーは聞いている。

 荒れた時代だ。何が起きても不思議ではない。

 否、()()()()()()()()()()()()。バギーはそう思った。

 

「折角だ。見物人もいる……最期に言い残すことはあるか、ゴム野郎」

「…………」

 

 むすっとした顔で広場を見下ろすルフィ。

 死の恐怖に怯えたかと思えば、予想だにしない言葉を口にした。

 

「おれは!!! 海賊王になる男だ!!!」

 

 よりにもよって、この場所で。

 〝海賊王〟が死んだ場所でそれを口にする。

 広場から見上げる誰もがルフィの言葉に失笑する。この町でそれを口にすることがどれほどのことか、理解していないのだろうと。

 

「言いたいことはそれだけだな」

 

 立ち上がり、剣を振り上げるバギー。

 その時、広場に向かって誰かが走ってくる。

 ルフィの仲間──ゾロとサンジの二人だ。

 ルフィが殺されそうになっていることに気付き、助けようと広場へ突入してきた。

 だがアルビダが邪魔をさせまいと部下たちを足止めに使い、この暗雲の下でルフィの首が飛ぶその瞬間を待っている。 

 

「助けに来るのが一足遅かったな! てめェらの船長はここでおしまいだ!!」

 

 振り上げた剣を思い切り振り降ろそうとする、その瞬間。

 

「ゾロ。サンジ。ナミ。ウソップ──わりい。おれ死んだ」

 

 ──ルフィは、笑っていた。

 

 

        ☆

 

 

 一瞬だった。

 死刑台の上で剣を振りかぶったバギーへと落雷が降り注ぎ、死刑台は炎上。雷そのものでは何ともなかったルフィだが、炎上した死刑台の真上にいたので少しばかり火傷を負っていた。

 とは言え、あの状況でその程度の怪我で済んだのは運が良いとしか言いようがない。

 雨の降り始めた町中は、シンと静まり返っていた。

 

「なははは! やっぱ生きてた! もうけっ!」

 

 その中で一人、麦わら帽子をかぶりなおしたルフィが笑っていた。

 あの状況で生きていたルフィに──否、あの状況で()()()()()ルフィに、ある種の畏怖さえ覚えて。

 

「お前、神を信じるか?」

「馬鹿言ってんじゃねェよ。さっさと町を離れるぞ。もう一波乱ありそうだ」

 

 サンジとゾロは間一髪で生き残ったルフィに安堵しつつ、この状況に何か神懸かったものを感じていた。

 嵐の前兆は確かにあった。だが、それで雷が落ちてルフィが助かるなどと誰が想像すると言うのか。運が良いにも程がある。

 ともあれ、広場に踏み込んできた海兵もいる。三人はすぐに広場から離れて港へ向かった。

 その直後にバギーは目を覚まし、むくりと起き上がった。

 

「こなくそーッ!! あのハデゴム野郎!!」

「バギー船長、生きてたんすね!?」

「生きらいでか!!」

 

 雷が直撃して黒焦げになったバギーだが、幸運なことに死ぬほどの傷ではない。

 海兵たちと戦っているバギーの部下たちに対し、バギーはすぐに撤退だと指示を出す。

 

「麦わらを追うんじゃ無いんですか!?」

「バカ言え! ここには本部の海兵がいる! 下手に相手してたらこっちまで巻き添えだ!!」

 

 それに、ルフィの船へは既にバギーの部下であるモージとライオンのリッチーを向かわせている。上手く火を付けていればルフィたちは島を出ることも出来ないだろう。

 だが、バギーはなんとなく「無駄だろうな」と悟っていた。

 こういう状況には何となく覚えがある。

 かつてバギーが見習いだった頃、まるで天が生かそうとしているかのようにあらゆる苦難をはね返した船長の姿を──その姿を、あの麦わら帽子の男に重ねてしまっていた。

 こういう時の船長は誰が相手でも負け知らずで、相手が海を埋め尽くす大艦隊であっても死ぬことは無かった。

 この程度の苦難なら難なく乗り越えるだろう。

 

「急いで撤収だ野郎ども!!」

 

 今回は少々派手に動きすぎた。海兵なら何とでもなるが、〝黄昏〟まで出てくると手に負えない。

 勢力云々と言う話の前に、バギーは〝魔女〟に苦手意識がある。沈められる前に〝魔女〟の下まで話が行けば助かるかもしれないが、その保証もない。

 色々と世話になった相手だが苦手意識は早々抜けるものでも無いのだ。

 バギーとアルビダはそれぞれの方法で広場から抜け出そうとしていたが、突如煙が二人の体を捕らえた。

 

「な──なにこの煙!?」

「まさか、〝白猟〟か!」

 

 一味諸共煙に巻かれ、あっという間に全員が捕縛される。

 広範囲に広がった煙は誰一人逃がさず、能力を行使した本人──海軍本部大佐、〝白猟〟のスモーカーは葉巻を吹かしながら次なる目標へと狙いを定めた。

 

「次は〝麦わら〟だ! 西の港へ行く、〝ビローアバイク〟を出せ!!」

 

 

        ☆

 

 

 ──その男は嵐と共にやってきた。

 雷と豪雨の吹き荒れる中、黒いローブを纏って西の港近くから街の中央へと歩みを進める。

 雨音に紛れて喧騒が聞こえてくる。海兵と海賊の争う声だ。

 自身も追われる身であるためか、男は僅かに身を隠して喧騒の中心を見る。

 麦わら帽子をかぶった男と一人の海兵が戦っている。海兵の男は体が煙に変化しており、麦わらの男の攻撃は一切通用していなかった。

 あっという間に抑えつけられ、海兵が背に持った十手に手を掛けたところでローブの男は姿を現し、その手を掴む。

 海兵──スモーカーは手を掴んだローブの男を見るなり、目を見開いて驚いた。

 

「テメェ……政府はテメェの首を欲しがってるぜ」

「世界は我々の答えを待っている。この首、まだくれてやるわけにはいかんな」

「何だ!? 誰だ!? 何だ!?」

 

 スモーカーの下で騒ぐルフィをちらりと見ると、ローブの男は僅かに手を動かした。

 次の瞬間、町の中央から西の港へ向けて突風が吹き荒れる。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!?」

「ぐあっ!?」

 

 同時に吹き飛ばされたルフィとスモーカー。

 ルフィは何が起きたか理解出来ないまま距離を取ることになり、スモーカーはこの場の脅威はローブの男の方が上と判断してルフィへの視線を切った。

 そこへ追いついて来たゾロがサンジと共にルフィの首根っこを掴み、港へ向かって走り出す。

 

「急げルフィ! 馬鹿デケェ嵐だ、このままぐずぐずしてたら島に閉じ込められるぞ!!」

「フフ──行ってこい!! それがお前のやり方ならな!! 海賊もまた、悪くない!」

 

 ローブの男は笑いながらルフィたちを見送る。スモーカーはそれを冷や汗をにじませながら睨みつけていた。

 

「何故あの男に手を貸す!! ドラゴン!!!」

「男の船出を邪魔する理由がどこにある」

 

 逃げるルフィたちを追いたくとも、ローブの男──ドラゴンが邪魔をして進めない。

 スモーカーは立ち塞がるなら捕らえるまでと、その身を煙に変えてドラゴンへ襲い掛かった。

 

「〝ホワイトブロー〟!!」

 

 ドラゴンに向かって真っ直ぐ突き進む拳は、しかし容易く避けられた。

 周りの海兵たちが回り込んで追いかけようとしても、牽制するように睨みつけられて動きを止めている。

 直線の攻撃では駄目だと判断し、スモーカーがドラゴンの肉体を取り囲むように煙を展開させる──だが、ドラゴンは真正面からスモーカーに向かい、その肉体を正確に捉えて蹴り飛ばした。

 スモーカーは勢いよく吹き飛び、建物の壁を壊して中へと突っ込んでいった。

 

「大佐!?」

自然系(ロギア)の大佐が攻撃を受けた!?」

 

 ローグタウンで絶対的な強さを誇るスモーカーすら、ドラゴンの前には歯が立たない。

 それだけでスモーカーの部下たちは腰が引けており、ルフィたちが出航するまでの時間を稼がれてしまった。

 

「……そろそろか」

「クソ……!」

 

 蹴り飛ばされて建物へと突っ込んだスモーカーは、悪態を吐きながら姿を現した。

 軋む体を壁に手をつくことで支えつつ、ドラゴンを睨みつける。実力差があろうとも、目の前の世界的大犯罪者をみすみす見逃すつもりは毛頭ない。

 未だ消えぬ闘志を見てドラゴンは笑いながら、しかしあまり遊んでいる時間は無いとその場を離れる。

 

「待て、ドラゴン!!!」

「お前たちが我々を追うなら、また会うこともあるだろう」

 

 ルフィの姿を一目見ることが出来た。今回の目的は十分果たせたと言えるだろう。

 ドラゴンは別の港から移動しようと町中を走り、丁度出航しようとしていた船へ飛び乗る。海賊船だが構わないと判断して。

 突然船に飛び乗ってきたドラゴンに驚き、船に乗っていた海賊たちは驚きつつ武器をドラゴンへ向けた。

 

「何者だい、アンタ」

「お前がこの船の船長か?」

「いいや、アタシは客分さ。この船の船長はそっちの黒焦げになってる男だよ」

 

 アルビダが金棒で指した方向を見ると、雷が直撃したせいで負った火傷を治療中のバギーの姿があった。椅子に座って船医に治療をさせている。

 ドラゴンは主にその赤い鼻に何となく見覚えがあることに気付き、ジッとそちらを見る。

 

「なんだてめェ、不法侵入した上におれ様をじっと見て……」

 

 ガンをつけられていると思ったバギーはドラゴンに対して睨み返していたが、部下の一人が顔を青くしながら声を上げた。

 

「バ、バギー船長!! コイツ、ドラゴンですよ!!」

「ドラゴンだァ!? こいつのどこが竜に見えるってんだよハデバカ野郎!!」

「ち、違います! ドラゴン……〝革命家〟ドラゴンです!!」

 

 バギーは目を見開き、声を上げた部下の方を見て、もう一度ドラゴンの方へと向きなおる。

 聞き覚えのある名前だ。

 世界的大犯罪者として有名な男だ、知らない方がおかしいとも言える。バギーは静かに冷や汗を流していた。

 

「バギー。聞き覚えのある名だ……それにその丸くて赤い鼻」

「誰の鼻が丸くて赤いだコラァ!!」

 

 手近にあった消毒液の容器をドラゴンに投げつけ、スコーンと軽快な音を立てて頭部にぶつかる。

 ドラゴンは気にした様子もなく、「覚えていないか」とフードで隠していた顔を露にした。

 バギーは見覚えのある顔に再び驚き、顔を青褪めさせる。

 

「てめェまさか、カナタさんの船にいた……!!?」

「昔の話だ。今は同じ船には乗っていない」

「そ、そうか……それで、アンタは何でここに?」

「一目、顔を見たい男がいただけだ……目的は果たした。この海域を離れたいが、ついでに乗せて行っては貰えないか」

 

 ドラゴンからの頼みに、バギーは顎に手をやりつつ思考を巡らせる。

 ドラゴンは世界政府から狙われる世界的大犯罪者だ。一緒にいれば海軍中将や大将からも目を付けられる可能性がある。

 だが、それ以上にバギーが危惧するのはドラゴンを邪険に扱うとカナタの機嫌を損ねないかどうかだった。

 

(大将に狙われるよりカナタさんの機嫌を損ねるほうが怖ェ。それにむしろ、並の相手ならこいつがいればおれ様の安全は保障されたも同然じゃねェか?)

 

 そんなことをつらつらを考えながら、バギーは最終的に乗せていいと判断する。

 

「……構わねェ」

「船長!?」

「いいから武器を降ろしやがれテメェら! 客だぞ!!」

 

 突然の乱入者に驚くばかりだった部下たちは、バギーの一声で武器を降ろす。

 殺気立っていた先程までと違い、今は困惑の方が大きい。その中でバギーは立ち上がった。

 突然の突風で運良く逃げ出せたが、先に逃げ出したルフィの事もある。バギーとドラゴンの目的地は違うだろうが、どこまで乗せていけばいいのかわからないため、バギーはそのことを訊ねた。

 

「おれたちは〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入る。アンタはどうするんだ?」

「構わない。おれも〝偉大なる航路(グランドライン)〟には用がある」

「じゃあ途中までは乗せて行ってやるよ。その代わり、この船はアンタと一蓮托生だ。危ない時には戦ってもらう」

「そのくらいであれば問題は無い。助かる」

 

 一時的な同乗ならば特に拒むほどではない。

 ドラゴンはバギーと握手を交わし、しばしの間同じ船で移動することになった。

 

「それと、電伝虫を借りたい」

「構わねェ。おい、案内してやれ!」

 

 ドラゴンはバギーの部下に案内されて室内の電伝虫が置かれている部屋へと入る。

 バギーの部下は盗聴するなどとは考えていないのか部屋を出ていき、ドラゴン一人が残された。

 番号を入力し、待つこと数コール。

 相手は元気よく電話に出た。

 

『はい、こちらラミです!』

「おれだ」

『ドラゴンさん! どうしたんですか?』

「ローはいるか?」

『お兄様? はい、いますよ。代わりますね』

 

 少女の声の後に少しばかり間があり、バタバタと急いで近付く足音が聞こえた。

 

『おれです。何か用ですか』

「少しばかり離れていたが、そちらの予定は変わりないか?」

『ええ。サボさんとコアラさんは予定通りに出ましたし、おれ達ももうすぐ出ます。一応海賊として動いてますが、良いんですよね?』

「ああ。革命軍として動くよりも海賊として動いた方が何かと動きやすいだろう」

 

 革命軍が相手なら海軍も情報欲しさに多くの戦力を投入するが、海賊相手なら懸賞金相当の戦力しか派遣しない。そうでなくとも国の内情を調べるなら海賊として潜入した方が何かと都合が良いことは多い。

 こうして連絡を取るのも、少し前なら盗聴を警戒して電伝虫は使わなかったが、ラジオが普及した現在は盗聴の電波にラジオの音声が混じるので正確性が非常に落ちる。

 カナタが狙ってこうしたのかはドラゴンには分からないが、連絡を取りやすくなったことで動きやすくなったのは事実だった。

 

「おれもじきに戻る。そちらは任せたぞ、ロー」

『任せてください。報告は近いうちにします』

 

 カナタの手引きで革命軍に入る者も多いし、サボとコアラが土産に持たされたという悪魔の実もある。革命軍の戦力は数年前に比べてかなり充実していた。

 ドラゴンとしてもカナタには頭が上がらないが、言葉にするよりも結果を残すべきだと一層気合を入れている。

 ルフィも海賊王になるという夢を叶えるために動き出した。ドラゴンも負けてはいられない。

 



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第百四十二話:偉大なる航路(グランドライン)

 ローグタウンを無事に出航し、嵐に揉まれながら海を進むルフィ一行は、島の灯台を目印に〝赤い土の大陸(レッドライン)〟にあるリヴァース・マウンテンを目指していた。

 ずぶ濡れになるのも構わず、ルフィはゴーイング・メリー号の船首の上で座っている。

 その後ろでゾロとナミが進路を確認していた。

 

「うひゃー、すっげー嵐だな!」

「この嵐に乗って〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入るのか?」

「うん。ジンベエに聞いた通りよ」

 

 運河を使い、山を登った先に〝偉大なる航路(グランドライン)〟がある。ジンベエから聞いた通りで間違いないらしい。

 進路が確定したところで一度船室に戻り、ウソップとサンジも交えて今後の方針を決めておく。

 

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入ったら岬があるはずよ。そこでまずは情報を集めましょう」

「人がいんのか?」

「いる……と、思うわ。私だって実際に行ったことあるわけじゃ無いもの、わかんないわよ」

「そらそうだ。まァ行くだけ行ってみて駄目ならその時考えりゃいいだろ」

 

 楽観的な意見のゾロに対し、ナミは呆れた様子を見せる。

 

「第一、〝偉大なる航路(グランドライン)〟っつってもわざわざ入口から入る必要があんのか? 南に下ればどこからでも入れるんじゃねェのか?」

「そんなわけないでしょ。ちゃんと理由があるのよ」

「そうだぞお前! 入口から入った方が気持ちいいだろ!!」

「違う!」

 

 ゾロに反論するルフィにゲンコツを食らわせ、ナミが説明しようとすると、ふと外を見たウソップが声を上げた。

 「あれ、晴れてるぞ」と。

 

「え? そんなはずないわ。あの嵐に乗ってリヴァース・マウンテンまで行けるはず……」

 

 急いで船室から出ると、嵐どころか風すら吹いていないことに気付いて顔色を悪くするナミ。

 南に移動して〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入ったのか、と楽観的なことを言うゾロだが、次の瞬間にそれが間違いだとわかった。

 ざばりと船が大きく揺れる。

 すわ地震かと船に掴まる一同。

 彼らが見たのは、海面から顔を出す──大型の海王類たちだった。

 

「…………!!?」

「でっか……!!」

「ここはね、〝凪の帯(カームベルト)〟って言って……見ての通り、海王類の巣なの……それも、大型のね」

 

 船のマストにしがみつきながらナミがそんなことを言うものだから、ルフィたちはもう言葉を口にすることも出来なかった。

 今は海王類の()()()()()()()()ためか気付かれていないが、いつこちらに気付くとも限らない。男たち四人はオールを手に構え、海王類が海に潜り次第全力でオールで漕いで〝凪の帯(カームベルト)〟を脱出するつもりでいる。

 その瞬間を人生最大かと思うほどの集中力で待っていると、海王類が()()()()をして船ごと吹き飛ばされた。

 

「何ィィィィーー!!?」

 

 幸運にも嵐の方向には向かっているが、突然の出来事にルフィたちは誰もが船にしがみつくので精一杯だった。

 途中でウソップが落ちるもルフィが何とか拾い上げ、船は盛大に水しぶきを上げて嵐の真っただ中に着水する。

 五人全員がぐったりとしており、今生きていることを噛み締めているようだった。

 

「これで、〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入口から入る理由が分かった……?」

「……ああ……わかった……」

 

 一味の中ではどちらかと言えば精神的にタフなゾロでさえ疲弊した様子を見せている。

 ともあれ。

 

「このまま嵐に乗ってリヴァース・マウンテンを目指すわ。理屈は……説明、いる?」

「不思議山なんだろ?」

「うん。必要なさそうね」

 

 四つの海から集まった海流が運河を押し上げている、などと説明しても理解してはくれなさそうなので、ナミは早々に説明することを放棄した。

 ただ、海流に乗って運河を上るとしても、大破すればそのまま海の藻屑であることだけは伝えた。航海士として船に乗る全員の命をベットするのだ。説明しないのは航海士としての沽券に関わる。

 サンジとウソップが何時でも舵を切れるように待機し、ナミが海流を見て、ルフィとゾロが船がぶつからないように周囲の確認をする。

 海流の勢いは凄まじく、嵐の風も相まって猛スピードで運河へと突っ込んでいく。

 

「ヤベェ、ずれてる!! 船、もう少し右! 右!!」

「右だな!? 面舵だァ~~!!」

「オラァァァ!!!」

 

 サンジとウソップが全体重をかけて舵を操作する──が。

 バキィッ!! と派手な音を立てて舵が壊れた。

 

「え~~~~ッ!!?」

 

 目玉が飛び出る程驚くルフィ。真っ青で卒倒しそうなナミ。圧し折った舵を持ったまま倒れる二人を思わずジッと見るゾロ。

 全員の思考が僅かに停止し──その中でいち早く動いたのはルフィだった。

 麦わら帽子をゾロに預け、船から身を乗り出して進路上の障害物との間に入り込む。

 

「〝ゴムゴムの~~風船〟!!」

 

 ルフィが空気を目いっぱい吸い込んで膨らみ、障害物と船の間にクッションとしての役割を果たした。

 その甲斐もあって船は障害物に正面衝突することなく弾かれ、無事に進路を修正して運河を上り始める。

 

「ルフィ!!」

 

 ゾロが伸ばした手へと、ルフィは手を伸ばした。

 何とか海に落ちずに船へと戻れたルフィは、船が無事だったことに安堵しつつ立ち上がる。

 リヴァース・マウンテンに無事に入れた。そのまま頂上を越えて進路は下り坂に。

 船首の上によじ登ったルフィは、偉大なる海に足を踏み入れたことにワクワクを隠しきれず目を輝かせた。

 

「ここが世界で一番、偉大な海……!!」

 

 下り切った先には見渡す限りの大海原があった。

 世界で最も偉大な海。

 見た目自体は今まで航海してきた海と同じでも、自然と空気が違うことをルフィは敏感に感じ取っていた。

 

「よ~~し!! 行くぞ、一つ目の島へ!!!」

「待ってルフィ! 言ったでしょ、まずここにある〝双子岬〟で話を聞くの!!」

「え~? 別に良くねェか?」

 

 冒険したい欲が溢れて仕方ないと言わんばかりの様子で、ストップをかけるナミに対して不満げな顔を見せるルフィ。ナミは毅然とした態度で「駄目よ!」と強く言う。

 ジンベエからもある程度情報を得ているし、〝記録指針(ログポース)〟もきちんと持っているが、それでも初めての場所ならきちんと情報収集をしたうえで行動すべきだとナミは強調する。

 サンジもウソップもナミに賛成したため、ルフィは船首の上で不貞腐れながらも仕方なさそうに灯台の方へ向かうことを了承した。

 ……舵が壊れているので少し苦労したが、何とか船を岬に停泊させることが出来た。

 

「人は住んでるっぽいな。洗濯物が干してある」

「つーか灯台の上に掲げられてるの、あれ海賊旗じゃねェのか?」

「ホントだ。何だあの海賊旗……って、〝黄昏〟の海賊旗じゃねェか!?」

 

 サンジが灯台の上に掲げられている海賊旗を見つけると、ウソップがそのマークを確認する。

 海に沈みかけているドクロと、その後ろに三本の槍。見覚えのある海賊旗だ。

 ギョッとした顔で〝黄昏〟のものだとわかると、「じゃあここは〝黄昏の海賊団〟のナワバリってことか!?」と顔を青くしていた。

 

「まァジンベエの話だと、〝東の海(イーストブルー)〟以外じゃ結構な勢力っぽいからなァ。ナワバリにしてる可能性はあるわな」

「話を聞くだけ聞いてみましょう。ダメだったら全力で逃げるのよ」

「逃げる方向なのか……」

 

 下手に敵対すると厄介なことになると聞いているので、そうなると戦うより逃げる方へ思考が傾くのも仕方がない。

 ゾロは呆れた様子だったが、灯台下の建物から人が出て来たことに気付く。

 奇抜な髪形に最初は花が動いているのかとさえ思ったが、一人の老人であることに気付いて刀にかけた手を放す。

 

「あー、ちょっと良いか」

「なんだお前らは。海賊か?」

「ああ。〝偉大なる航路(グランドライン)〟について話を聞きてェんだが」

「まずは名乗るのが礼儀だろう。人に質問があるというのなら尚更な」

「……そうだな。おれは──」

「私の名はクロッカス。双子岬の灯台守をやっている。年は71歳、双子座のAB型だ」

「コイツ斬って良いか!?」

 

 人に名乗れと言っておきながら自分から話し出すクロッカスにゾロは思わず刀に手をかけていた。

 ルフィはそれを見てけらけらと笑っている。

 ひとまず屋外にあるテーブルを囲んで椅子に座り、サンジが船からお茶を入れて各人の前に置いていく。

 

「それで、何を聞きたいんだ」

「基本的なことは聞いてるの。〝偉大なる航路(グランドライン)〟の海は常識が通用しないって事とか、〝記録指針(ログポース)〟を使う事とか。でも、記録(ログ)を貯めるって言ってもどうすればいいのかわからなくて」

「簡単なことだ。その島に数日滞在すればいい。島によって滞在時間はまちまちだがな。大抵は数日もあれば貯まる」

「そうなんだ。特に何かする必要もないのね」

記録(ログ)とは島にいるだけで勝手に貯まるものだ。もっとも、一番最初のルートだけは七本あるうちから好きなものを選べるがな」

 

 クロッカスは一度診療所に戻り、手に海図を持って再び現れる。

 七枚の海図はそれぞれ別の島を表しており、どれを選ぶかによってその後のルートも変わるのだと言う。

 だが、七つの内どのルートを選んでも最終的に辿り着くのは一つの島だ。

 

「〝ラフテル〟──〝偉大なる航路(グランドライン)〟の最終地点であり、歴史上にもその存在を確認したのは海賊王の一団だけだ」

「じゃ、そこにあんのか! 〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟は!!」

「さァな……そこにある、と言うのが最も有力な説だ。誰も証明出来てはいないがな」

「そんなもん、行って見りゃわかるさ」

 

 にっと笑うルフィ。

 必要なことは聞けたのか、ナミは手元のメモを確認しながら聞き漏らしが無いか見直していた。

 どうせ出航はまだ時間がかかるからとサンジは食事の準備を始め、ウソップは灯台に掲げられた海賊旗について質問する。

 

「おっさん、あの海賊旗だけどよ。あれを掲げてるってことはおっさんも〝黄昏〟の一員なのか?」

「数年ほど船医の経験はあるが、彼女の船に乗ったことは無い」

「じゃあわざわざ〝偉大なる航路(グランドライン)〟の入口をナワバリにしてんのか」

 

 ナワバリにすることで金銭を徴収できる、という訳でもない。この岬をナワバリにすることで得をするのはクロッカスだけだ。

 人や船が駐留している様子も無いので、本当にただ名前を貸しているだけなのだろう。

 

「勝手に使ってるだけだ」

「勝手に使ってんのかよ!?」

 

 ウソップが驚いてひっくり返った。

 〝黄昏〟が巨大な組織だという事はアーロンの一件で分かっている。その名前を勝手に使って怒られやしないのかとウソップは他人事ながら顔を青くしている。

 クロッカスはそんなことなどどこ吹く風と言わんばかりに堂々と言い放つ。

 

「〝魔女〟とは顔見知りだ。勝手に使っていることは向こうも知っている」

 

 実質黙認状態だ。

 特に取るものも無い場所をナワバリにしたところで意味は無いが、クロッカスの身の安全を守る上では役に立つ。カナタとしても、クロッカスは〝ラフテル〟の詳細を知る者の中では場所が知れている数少ない相手だ。余計な手が及ばないようにしておく必要があった。

 そうでなくとも友人だ。名前を貸すだけで身の安全を確保出来るならそうする。

 ルフィたちはピンと来ていないが、〝東の海(イーストブルー)〟以外の海の出身者は大抵〝黄昏〟の関係者というだけで関わり合いを避ける。

 利用するだけなら便利だが敵に回すと非常に厄介なのが知れ渡っているからだ。利口な海賊なら手出しをしようとはしない。

 

「時々〝黄昏〟の船がここを訪れることもある」

「見廻りに来るのか。まァナワバリって言ってるようなもんだし、それも当然──」

「私ではなく鯨に会いに来るのだ」

「鯨より優先度低いのかよおっさん!?」

 

 それはそれでもの悲しい話ではある。

 〝黄昏〟の船員が会いに来る鯨に興味を持ったらしいルフィは、海を見渡して鯨を探し始める。

 程なく海面が盛り上がり、巨大な鯨が姿を見せる。

 頭部に傷がある鯨は、おもむろに〝赤い土の大陸(レッドライン)〟へと頭を向けて大きく吼え始めた。

 

「いやデケェな!? なんだあの鯨!?」

「〝アイランドクジラ〟と呼ばれる種で、名をラブーンと言う。〝西の海(ウエストブルー)〟にしか生息していない種だが、理由があってここにいる」

 

 その昔、気のいい海賊たちが何時ものように〝偉大なる航路(グランドライン)〟へと入ってきた。

 本来群れを成して生息するアイランドクジラだが、ラブーンにとって海賊たちこそが群れの仲間だった。今回の航海は危険極まりないとラブーンを置いてきたはずだったが、〝西の海(ウエストブルー)〟から海賊たちを追いかけて〝偉大なる航路(グランドライン)〟まで来てしまった。

 船が故障して数ヶ月停泊していたこともあり、クロッカスも彼らと随分仲良くなっていた。

 そして出発の日──「必ず迎えに来る。だから数年預かっていてくれ」……そう言い残して、海賊たちは先へと進んだ。

 

「はー……いい話だな。その海賊たちを待って、この鯨は今も待ち続けてんのか」

「ああ……もっとも、もう50年も前の話になる」

「50年!?」

 

 4人は目を丸くして驚く。

 数年で戻ってくると言った海賊が50年戻らない。ならば、その結果は既に見えている。

 

「随分待たせるんだなー、その海賊たち」

「馬鹿、50年戻らねェんだ。死んでんだよ……約束も果たせずにな」

「お前はどうしてそう夢のねェことを……! もしかしたら戻ってくるかもしれねェだろうが!」

 

 わかっていないルフィにゾロがバッサリと告げ、ウソップがそれにムキになって反論する。

 しかし、クロッカスの口から出たのは更に残酷な真実だった。

 「彼らは逃げ出したのだ」──と。

 

「確かな筋の情報で確認済みだ」

「逃げたって……でも、〝偉大なる航路(グランドライン)〟を出るには〝凪の帯(カームベルト)〟を通らなきゃ!」

「そうとも。故に生死も不明……生きていたとしても戻っては来ないだろう」

 

 あらゆる要素が常識外れのこの海は、弱い心をたちまち支配する。その海賊たちもきっとそうだったのだろう。

 クロッカスも真実をラブーンに話そうとしたが、ラブーンは聞こうとしなかった。帰り道が無い以上、ここで待つ意味が無くなってしまえば()()()()()()()()()()ことと同義だからだ。

 一時は〝赤い土の大陸(レッドライン)〟に頭をぶつけるなどという自殺行為まで行っていたほどだ。

 ラブーンは今でもなお、彼らが壁の向こうから姿を現す日を待っている。

 

「幸いにも〝黄昏〟の船員にはラブーンと仲の良い者がいる。時折顔を見せに来てくれるから、今では随分大人しくなった」

「そういう事情もあんのか……」

 

 クロッカスの言葉にゾロ、ウソップ、ナミの三人がしんみりとした雰囲気になる。

 ルフィはと言えば、ちょっと目を離した隙にラブーンの近くへと移動していた。

 ラブーンは吼えるのを止めて岬の近くまで来ており、崖の上に立つルフィに気付く。

 

「おい、鯨!!」

「ブオ?」

 

 ぱちくりと目を瞬かせるラブーンへ、ルフィはビシッと指を差した。

 

「お前の仲間は死んだけど! おれは世界一周してまたここに戻ってくる!! だから、それまで待ってろ!!」

「……ブオ?」

「怪我する程頭ぶつけて、お前は仲間が帰ってくるのを待ってんだろ! でも、そいつらは死んだ!! だから、おれがまた約束する!!」

 

 いきなりの事にラブーンも理解が追い付いていない。だがルフィはそれを気にすることなく、「約束だ!」と右手の小指を出す。

 ルフィ自身、シャンクスと再会を約束している身だ。それが守られなかった時のことを考えると他人事とは思えなかったのだろう。

 独りよがりでも、ルフィはラブーンを放っておけなかった。

 ただそれだけの話だ。

 ラブーンはコクリと頷き、ルフィの下へと頭を近づける。

 

「よし、約束だ!! おれは世界一周して、またここに戻ってくるから!! その時は一緒に宴をしよう!!!」

「ブオ!!」

 

 クロッカスはその様子を見て口元に笑みを浮かべていた。

 かつての仲間は帰ってこないが、新しくここで待つ意味が生まれたのなら、それはきっとラブーンにとっていいことなのだろう、と。そう思ったのだ。

 話は一通り終わり、サンジが持ってきた食事をとりながらここから先の進路を決める話し合いを始めた。

 

「クロッカスさん、どの航路が安全とかってあるの?」

「私も全ての航路を通ったことがあるわけでは無い。どの航路が安全かは断言できん」

「そう……そうよね」

 

 ナミは七枚の海図を見比べ、どれが一番安全な航路になるのか頭を悩ませていた。

 最終的に同じ島に辿り着くとは言え、道中の危険はなるべく少ない方が良い。何より自分の安全のために。

 だが、七つの島のどれかを選んで最初が安全だとしても、その後の航路まで安全とは口が裂けても言えない。結局は運任せだ。

 ローグタウンで買ったエレファント・ホンマグロと言う魚を骨までバリバリ食べていたルフィは、海図とにらめっこをするナミの手元を覗き込んだ。

 

「何悩んでんだよ」

「これからの航路よ。この船の航海士になった以上、出来るだけ安全なルートを選ばなきゃ」

「ふーん。じゃあこれにすっか」

「え?」

 

 七枚の海図から一枚、ルフィが拾い上げた。

 慌てたようにナミがそれを止める。

 

「ちょ、ちょっと待ってよルフィ! どの航路が安全か、今見比べてるところなんだから!!」

「でもその海図で分かるのは最初だけなんだろ? 安全かどうかより、面白そうなところでいいじゃねェか」

 

 ナミはしかめっ面をして、ルフィはこうなると人の話を聞かないことを思い出して溜息を吐いた。

 船長命令ならば従うしかない。

 ナミは取り分けられたエレファント・ホンマグロをやけ食いし、クロッカスに聞きながら次の島への記録(ログ)を貯める。

 海図の方向をきちんと向いていることを確認し、出航の準備が整ったことをルフィへ報告する。

 

「よし、じゃあ出航すっか」

 

 ルフィたちは船に乗り込み、見送りに来たクロッカスと最後の挨拶を交わす。

 

「気を付けろ、最初の航海が一番大変だからな」

「ええ、頑張るわ!」

 

 クロッカスの言葉に気合を入れるナミ。

 帆を張って船は動き出し、ゆっくりと岬から離れて次の島へと進み始めた。最初の航海だ。ルフィはワクワクしながらクロッカスの方を向き、手を振って別れの言葉を投げる。

 

「じゃあな、花のおっさん。鯨!!」

「行ってこい」

「ブオオオオオオ!!!」

 

 手を振って出航するルフィたちを見送り、クロッカスは口元に小さく笑みを浮かべていた。

 

「何とも不思議な空気を持つ男だ。あいつらは……我々の待ち望んだ海賊だろうか──なァ、ロジャーよ」

 

 ルフィたちの選んだ島──〝ルネス〟と書かれた海図を手に、クロッカスはそう呟く。

 



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第百四十三話:〝ルネス〟

前話の黄昏の海賊旗の部分に加筆しました。
あんまり具体的なマークとか考えてなかったんですが、ここまで来ると出さない方が不自然になってきたので…。


 〝偉大なる航路(グランドライン)〟の季節はデタラメに巡る。

 これ自体は全域に言えることだが、特に一本目の航路はリヴァースマウンテンから出る七本の磁力が影響しているため、ことさら酷い。

 暖かい晴天の直後に豪雪が降り、かと思えば霧が出て、春一番が吹く。

 海に関することは何一つ信用出来ないのが()()()の常識だ。

 航海士としての自信を砕かれつつあったナミだが、酷い海を潜り抜けてどうにか一つ目の島へと辿り着くことに成功する。

 

 

        ☆

 

 

 クロッカスに事前に聞いた話では、漁業の盛んな港町という事だった。

 少なくとも怪物がいるような島ではない。そう聞いて安堵しつつ、〝偉大なる航路(グランドライン)〟最初の島である〝ルネス〟に上陸しようとしたルフィたちだったが──辿り着いた時には既に、町は壊滅的な被害を受けた後だった。

 船から見える光景だけでも相当な惨劇だ。船は軒並み転覆しており、町は瓦礫の山と化している。

 巨大な何かに踏み潰されたかのように潰れた商店。横薙ぎに振るわれた何かに砕かれた教会。町があったという痕跡しか残らない壊し方に、ルフィたちは息を呑んだ。

 奇妙なのは、瓦礫が撤去されてない中で()()()()()()()()()()()()()()ことだろうか。

 

「な、何だこりゃァ!?」

 

 ウソップが驚きに声を上げる。

 何か巨大な怪物でも暴れ回ったかのような惨劇の痕に言葉も出てこない。

 

「とんでもねェ化け物が暴れたような壊れ方だな……アーロンが引っ繰り返した町よりひでェ」

「そうね……建物が軒並み瓦礫の山になるなんて普通じゃないわ」

 

 問題は、それを実行した犯人が未だこの島にいるかもしれないという事。

 こんなことが出来る化け物が島にいるというのなら、上陸するのはあまりにも危険すぎる。

 この惨状を前に、ウソップがお腹を押さえながら冷や汗を流す。

 

「聞いてくれ、皆。きゅ、急に持病の〝島に入ったら死んでしまう病〟がだな……」

「私も上陸はしたくないわよ! ……でも、〝偉大なる航路(グランドライン)〟は特殊なの。忘れないで、私たちはどうしたって数日はこの島に滞在しなきゃいけない」

 

 ナミが記録指針(ログポース)を指差す。

 島の磁気を記録し、次の島を指すための装置である以上、磁気を記録するための時間が必要だ。

 数時間か、数日か、あるいは数ヶ月か。島によって様々だが、どうあれ島に滞在しなければならない時間があることは事実。

 何が居ようとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 

「少なくとも、何かしらの情報を集めなきゃ動けねェってわけか……」

「長期間いることになるとしても、食料を確保しねェとおれ達だってお陀仏だ」

 

 この有様では漁業が盛んなどと聞いても魚など手に入るとは到底思えない。町の生き残りが逆に僅かな食糧を求めて襲ってくることだって考えられる。

 どうしたって上陸して情報を集めなければならない。

 船長であるルフィはと言えば、真っ先に船を下りて辺りを見回していた。

 

「「「「ルフィ!!!」」」」

 

 四人が一斉に怒鳴るも、ルフィは意に介せずに近くの瓦礫の山へと近付いていく。

 がさがさと何かやっていたかと思えば、肩に人を抱えて戻ってきた。瓦礫の山の中にいた割に血はそれほど出ていない。

 体格を見るに子供のようだが、意識が朦朧としていて見るからに危険そうだ。

 

「ナミ、どうにかなんねェか!」

「どうにかって……私も医者じゃないし、応急処置くらいしか」

 

 こういう時、船医がいないことが悔やまれる。

 簡単な応急手当くらいならナミにも出来るが、本格的な治療となると設備も必要だし、何より知識が無い。

 傷口を消毒して包帯でグルグル巻きにしていく。やれることと言ったらこれくらいしか無いのだ。

 時刻は黄昏時。日が沈もうとしている中でこの町を探索するのは危険が多い。

 今日のところは船で一泊し、明朝に街の探索に出るべきだと決める。

 ルフィも見知らぬ土地を夜に歩く危険は理解していたので、文句を言うことなく船に留まっていた。

 

 

        ☆

 

 

 交代で見張りを立てることを決め、ルフィたちは食事を取った後に思い思いの時間を過ごす。

 夜の見張りのために仮眠を取るゾロと現在見張りについているウソップだけが船室におらず、ルフィ、ナミ、サンジと見知らぬ子どもは船室で新聞を見たりラジオを聞いたりしていた。

 

『──ラジオ、〝新世界より〟!! 今日も今日とて刺激的な一日だったぜ!! さァモネちゃん、簡単な纏めを頼む!!』

『はい。では、今日起きた事件を簡潔に──』

「声だけでもカワイイなァ、モネちゃん……きっとびっくりするくらい美人なんだろうなァ……」

「声だけじゃ顔分かんねェだろ」

「うるせェな。こういうのは想像するのが楽しいんだよ」

 

 ラジオから聞こえてくる声だけでデレデレとした顔をするサンジにルフィが正論をぶつけてる。

 食事も済んでやることは無くなったが、寝るには少々早すぎる。灯りもタダでは無いが、娯楽も無しに過酷な船旅をするのは厳しい。

 あれこれと話していると、船室の端に寝かせていた子供が起きた。

 

「う……ん……?」

「お、起きたか」

「大丈夫か、坊主。意識ははっきりしてるか?」

「……誰?」

 

 寝ぼけ眼のまま、少年は腕を動かそうとして痛みに顔を歪める。怪我していることに気付かなかったらしい。

 自分が包帯塗れになっている事に気付き、起き上がろうとして痛みに呻いている。

 

「おいおい、無理すんなよ。お前酷い怪我してんだぞ」

「……あんたら、誰だよ」

 

 少年は睨みつけるようにサンジを見て、ルフィ、ナミを続けて見る。

 見知らぬ相手に警戒心を持つのは仕方ないことだが、ナミはそれを気にせず質問をぶつけた。

 

「あんた、町がどうなったか覚えてる?」

「町……? そうだ、町が!!」

 

 起き上がろうとして痛みに呻き、涙目になりながらナミを睨みつけた。その顔には焦燥が浮かんでいる。

 

「町はどうなったんだ!?」

「……何が起きたか、何も知らないの?」

「……わからねェ。おれは、気が付いたら瓦礫の山の中で……皆の声と銃の音がして……」

「怪物でも出たの?」

「怪物? 違う、あれは人だった」

 

 少なくとも、怪物が出たなんて話を少年は聞いていない。

 窓の外から見えたのは、町中から鉄屑が一か所に集まって建物を薙ぎ倒していく様だけ。それより前に聞いた話では──。

 

「……海賊だ」

「海賊?」

()()()が暴れた日、皆が噂してた。海賊が来たって。今時〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟なんか探してる時代遅れだって、大人たちはみんな笑ってた」

 

 ぽつぽつと少年がその日のことを話す。

 何日か前に海賊が港に来て、色んなところで話を聞いていたこと。

 友達と怖いもの見たさで海賊を町中探し回ったこと。

 その次の日には噂になっていて、今時時代遅れな海賊だと馬鹿にして笑っていた大人がいたこと。

 ──その日の夜に、町は壊滅したこと。

 ルフィたちは少年の話を静かに聞き、腑に落ちたと言わんばかりの顔をしていた。

 

「そりゃあ、なァ」

「ああ。仕方ねェな」

 

 噂が海賊の耳に入ったのだろう。

 それにしたって町一つを壊滅させるのはやりすぎだろうと思うが、ルフィも暴れた海賊の気持ちはわかった。

 夢や誇りを馬鹿にされることを何より嫌う海賊に対して、そんな噂を流せばそれは暴れる。

 

「港にある船は軒並み転覆してる。どっかの入江に船を停泊させてるとかでもねェ限り、もうこの島にはいねェだろうな」

「船を停められる入江なんて、港以外に無いよ。おれの父ちゃんは漁師だけど、どこかに下手に停めようとすると岩礁がどうのっていつも言ってるから」

「岩礁か……それなら港に船が無い以上、もういないと見ていいわね」

 

 この町を壊滅まで追い込んだ海賊はもういない。そこは安心して良いだろう。

 問題があるとすれば、同じルートを選んだ以上はこの先の航路のどこかで出くわす可能性が非常に高いという事だが。

 そう考えると、どうやってこれほどの惨劇を引き起こしたのかは気になる。

 

「こんなことが出来るなんて能力者以外に考えられねェな」

「そうね……やっぱり偉大なる航路(グランドライン)では能力者も普通なのかしら」

「おれはあんまり見たこと無いよ。でも、たまに来る〝黄昏〟の船には能力者がいるって皆言ってる」

「また〝黄昏〟か……」

 

 どこに行っても名前が出てくる。首領が七武海で世界中に販路があるという事をサンジとナミは知っているが、偉大なる航路(グランドライン)に入ったばかりで既に二度も名前を聞いている。

 この島も例に漏れず、〝黄昏〟の船が来て交易をしているのだろう。

 

「……待て。それじゃあ何か、ここで暴れた海賊は〝黄昏〟のナワバリを荒らして行ったってことか?」

「ううん。ここは誰かのナワバリの島って訳じゃないよ」

 

 交易する島の全てが〝黄昏〟のナワバリと言う訳では無いのだろう。ナワバリの島だけで交易をすると言うなら、ナミの出身地であるコノミ諸島も自動的に〝黄昏〟のナワバリに入ったことになってしまうのだし。

 ナミはノジコと支部長の交渉を見ていたが、そういった様子も無かった。契約書にも何も書いていなかったので本当に何もないはずだ。

 まぁ、いつ会うとも限らない相手の事を考えていても仕方ない。

 明日、夜が明けたら上陸して生き残りを探すべきだろう。この少年の本格的な治療もしなければならない。

 と、そこでサンジは思い出したように質問する。

 

「坊主、お前名前は?」

「マーティン」

「マーティンか。良い名前だ」

 

 名前も聞いたところで話が一段落したと判断したルフィが「うし」と立ち上がった。

 

「じゃあ明日の朝、町を調べよう。瓦礫の山になってっけど、探せばどっかに人はいるだろ」

 

 楽観的な言葉ではあるが……ナミもサンジも、その言葉を否定はしなかった。

 どちらにせよ休養は必要だ。怪我をしているなら尚更。

 少し早いが、明日は早朝から動くために早く寝よう──そういった矢先に、ウソップの声が響いた。

 

「てっ、敵襲~~~~!!!!」

 

 同時に響いた銃声を聞き、間髪入れずに船室からルフィとサンジが飛び出た。

 ラジオを消したナミは近くに置いていた武器を手元に引き寄せ、いざとなれば子供を守るつもりで船室から開いたドアに近付き、外を見る。

 月明かりを頼りに外を見るが、雲に陰っていて暗く良く見えない。

 ウソップはパチンコを使っていて銃を持たない。銃声が聞こえたという事は撃たれたという事だ。

 少なくとも敵が近くにいることは間違いない。

 

「ナミ、出てくるな!!」

 

 ドアを開けて外を見ていると、ゾロが両手に刀を持って近寄ってくる。

 

「ゾロ! どうなってるの!? 何が起きてるの!?」

「かなりの数の敵だ! おれ達で何とかする! ガキを守ってやれ!!」

 

 状況は掴めないが、少なくともゾロはある程度把握しているのだろう。それに元よりナミは戦闘に向いているとは言えない。

 ウソップの事は心配だが、ルフィたちに任せた方が良いだろう。

 手に持った棒を握りしめながら、ナミはドアを閉めて窓から外を見るに留めることにした。

 

 

        ☆

 

 

 陰った月明かりの下、ルフィたちは襲い掛かってくる敵を次々に薙ぎ倒していた。

 強さは大したこと無いが、とにかく数が多い。100人は優に超えている。

 どこからこれほどの人数が出て来たのかと問いたくなるが、誰かに聞いても答えてはくれないだろう。

 

「どうなってんだ!? 何人いるんだよ!!?」

「わかんねェ! 口を動かしてる暇があったら一人でも多く倒せ!」

 

 ウソップが泣き言を言いながらパチンコで船によじ登ろうとした男を撃ち落とす。

 サンジは剣を持った男の顔面を蹴り抜き、後ろから襲い掛かってくる別の男の足を蹴って転ばせ、顎を蹴って気絶させる。

 何人倒しても次から次に湧いて出てくる。

 

「クソ、キリがねェな……!」

 

 視界の端ではゾロが誰か剣を持った男と対峙しているのが見える。ルフィは向かってくる敵を愚直に薙ぎ倒していた。

 サンジは女だけは蹴らないよう気を付けつつ、男は容赦なく蹴り倒していく。

 兎にも角にも敵が多く、消耗戦の様相だったが……一時間も経たないうちに全員が地に伏していた。

 

「何だったんだ、こいつら……」

「さァー……ん? 何やってんだゾロ」

「コイツは事情を知ってる見てェだからな」

 

 ゾロは倒した相手の一人を抱え上げると、気絶しているその男の頬を何度か叩いて起こす。

 

「ぶふっ! な、なんだお前!」

「オメェがなんだよ。いきなり襲ってきやがって。Mr.11(ミスター・イレブン)とか名乗ってやがっただろ」

「うぐっ」

 

 胸倉を掴んで持ち上げるゾロ。Mr.11は慌てたように腰に下げた刀を探すが、既に刀は手元にない。

 ルフィたちに囲まれて勝ち目が無いと悟ったのか、抵抗する気力も無くした様子を見せる。

 

「は、話せない」

「なんだと?」

「我が社は〝謎〟がモットーなのだ! たとえ誰が相手であっても、話すわけにはいかん!!」

 

 怯えながらも啖呵を切ったMr.11だったが。

 顔面にグーでパンチを喰らうと途端に弱気になった。

 

「ギャーッ! ごめんなさい!!」

「弱っ」

「何なんだこいつ……」

 

 武器も何もない状態でルフィたちに囲まれている。この状況で逃げ出すことは出来ず、白状するしかないと思われたが……Mr.11はそれでも口を割ることは無かった。

 

「は、話せないんだっ! おれが知ってることなど、何もない!!」

「何もないってことはねェだろ、〝()()()()()()()()〟」

 

 ゾロの言葉にギョッとした顔をするMr.11。

 何か知ってるのかと、ルフィはゾロへ質問すると答えは簡潔に返ってきた。

 かつてゾロが東の海(イーストブルー)で賞金稼ぎをやっていた頃、スカウトされたことがあると言う。

 秘密結社〝バロックワークス〟──社員たちは社内で素性を一切知らせず、コードネームで呼び合う。

 もちろんボスの居場所も正体も何もかもが不明。ただ忠実に指令を遂行する。

 襲ってきた者たちも例に漏れず〝バロックワークス〟の社員で賞金稼ぎなのだろう、とゾロは当たりを付けていた。

 事情を全て知っていると見たMr.11は、今度こそ諦めたように「そうだ」とゾロの言葉を認めた。

 

「町がこんな状況でも、偉大なる航路(グランドライン)に入りたての海賊を襲ってカモにしようと襲ってきたって訳か」

「なーるほどなー。そういう事か」

「い、いきなりそんな場所を引き当てたのかよ……運がねェなァ、おれ達」

「まァそこは大した問題じゃねェ。ザコばっかりだったしな」

 

 先程子供から聞いた話では海賊が暴れていたという事だったが、恐らくそちらも襲撃を掛けて返り討ちにあったのだろう。

 それなら町が壊滅するほどの被害を受けているのも納得できる。きっとその海賊も数の多さに辟易して町ごと潰そうとしたのだ。

 ルフィとサンジは子供から事情を聞いていたので、ついでのようにウソップとゾロに情報共有をする。

 町の惨状とその原因に納得するウソップとゾロ。

 

「しかし、ちょっと前に海賊にやられた割によくおれ達に歯向かってくるだけの戦力があったもんだぜ」

「……()()()()()()()()

「あァ?」

 

 負けてもへこたれずに海賊を襲う様子に感心したゾロが零した言葉に、今度はMr.11の困惑した声が響いた。

 四人の視線が一斉にそちらへ向けられる。

 

「何を、って……お前らの事だよ。お前ら、町をこんなにした連中と戦ってこうなったんだろ?」

()()

「違う?」

「おれ達がこの島に来たのは()()()()()だ。()()()()()()()()()()()()()

 

 この島は港以外に船を停められる場所は無く、また港にあった船は全て転覆していて使える状態では無かった。

 ルフィたちがこの島に着いたのは今日の夕刻。

 Mr.11たちはこの島に来て、わずか数時間で乗ってきた船の全てが転覆、あるいは沈められたという事に他ならない。

 この惨状を作り出した海賊は遅くとも今日の朝には島を出ていた。

 では、M()r().()1()1()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……お前ら、何の目的でこの島に来たんだ?」

「……おれ達はとある女を探しに来た。我が社は〝謎〟がモットー。だがその女は、あろうことかボスの正体を知ってしまった……だから我々が派遣され、捕えて殺すか、少なくとも居場所を掴むように指令を出された」

 

 その女は別の町にいたが、〝バロックワークス〟に気付かれたことを悟ってこの島まで逃げて来たのだと言う。

 別の町ではその女の護衛の男と〝バロックワークス〟の数多くいる部下である〝ミリオンズ〟が戦ったらしいが、Mr.11自身はその男とは会っておらず、また護衛の男がどうなったのかも知らない。

 話を聞くと、どうにもきな臭くなってきたと難しい顔をするゾロ。

 ウソップがもしかして、と自分の意見を述べる。

 

「その女が船を沈めて回ったんじゃねェか? 一隻奪って、それ以外は沈めてよ」

「それは無い。少なくともおれ達の船が使えなくなった後にも目撃しているやつが居た。まだこの島にいるし、そもそも船を沈められるような技能は持っていないはずだ」

「そうなのか? じゃあ、一体誰が……」

「おれ達だって船が無ければ移動も出来ない。お前たちの船に密航して脱出する可能性を考えて、先にここでお前たちを畳んでしまおうと考えたんだ」

「それで返り討ちにあってりゃ世話ねェな」

 

 このままこうして話していても埒が明かないのは事実だ。

 逃げた女はまだこの島にいるのだろうが、またぞろ厄介事を持ち込まれても困る。

 

「で、お前らが追ってる女ってのは誰なんだ?」

「それは……」

 

 Mr.11はもごもごと言いにくそうに口を濁すので、ゾロは胸倉を掴んでいない方の手で拳を握って見せる。

 すると、慌てた様子で両手を上にあげた。

 

「や、止めろ! 暴力反対!」

「どの口で暴力反対とか言ってんだテメェ」

 

 今更ではあるが、あまり喋りすぎて粛清を受けないのかが怖いのだろう。

 しかし話さなければ今まさに命の危険があるので、もう仕方が無いと自分に言い訳して胸ポケットから対象である女性の写真を見せる。

 

「こ、この女だ──〝アラバスタ王国〟王女、ネフェルタリ・ビビ!」

 

 写真に写った青い髪の美少女の姿に、例に漏れずサンジは目をハートにしていた。

 




一体誰がこの島で暴れたんだろうなー(棒

21日は投稿する予定ですが、諸事情で間に合わなかったらお休みです。
28日は休みです。褪せ人になりますので。


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第百四十四話:異変の兆し

 何はともあれ、朝を待たねば行動出来ない。

 夜に行動しようと思えば出来なくは無いが、昼間の航海の疲れもあるし、視界が悪い中で土地勘のない場所を捜索したところで何かを見つけられるとも思えない。

 一応交代で見張りをしつつ、各自体を休めることにした。

 そして朝を迎えると──ゴーイングメリー号のマストに縛り付けていたMr.11を除くバロックワークスの面々は忽然と姿を消していた。

 

「おいおい……お前見捨てられたのか?」

「……任務に失敗した以上、何らかの沙汰は下されるだろう……あいつらもそれは同じだが、数が多い。どうにか逃げようとしたのかもしれん」

 

 とは言え、船も何もないのだ。逃げると言っても島のどこかに身を隠すくらいしか出来はしない。

 加えて、問題がもう一つ起きていた。

 

「マーティンがいないィ?」

 

 昨日保護した少年ことマーティン。男部屋にルフィたちと一緒に雑魚寝していたはずだが、気が付いたらいなくなっていた。

 体中怪我だらけでまともに動けるはずは無いのだが、家族のことが心配で飛び出した可能性はある。

 サンジがルフィと入れ替わりで部屋から出る際にはまだいたことを確認している。その時間帯に見張りをしていたはずのサンジが見つけられなかったことだけは奇妙だった。

 

「何見てたんだよアホコック」

「っかしいな……船の近くは確かに見てたはずなんだが」

 

 サンジは首を傾げながら自らの失敗を認める。

 ルフィは仕方ねェと笑い、ひとまず瓦礫の山となった町を一通り見て回ることにした。

 ゾロは迷子になるので留守番である。

 手分けして探すことになり、ルフィは勝手気ままにあちらこちらをふらふらと見て回る。どこもかしこも瓦礫の山だが、島の内部には山もある。そちらに逃げ込んでいれば、あるいは助かっている人がいるかもしれない。

 

「よし、行ってみっか!」

 

 山の方を目掛けて腕を伸ばし、近くの瓦礫を掴んで腕を縮める勢いをそのままに山の方へとひとっ飛び。

 それほど大きくもない山だ。探索に時間はかからないだろう。

 人を探すついでに山の幸をあれこれと取り、頬張りながら山道を歩く。サバイバル経験は豊富なので食べ物は見分けられるため、歩き始めてすぐにルフィの頬はリスを思わせる程膨らんでいた。

 山菜を探す傍らに人を探すという、もはや目的が入れ替わっている状態になりつつもきょろきょろと辺りを見回しながら山を散策する。

 

「んー。いねェなァ」

 

 町が瓦礫の山になった以上、撤去しなければ住むには難しい。ルフィは論理的にその辺りのことを考えて山まで来たわけでは無いが、結果的に今現在人がいる一番可能性が高い場所ではあった。

 それでも人の気配など微塵も感じないのだが。

 野生動物は妙にたくさんいるが、どこを探しても人がいない。

 やっぱり町の方かなー、などと呟いていると、人が乗れるほどの大きさの黄色いカルガモとばったり出くわした。

 

「クエッ!?」

「カルガモか……食えるかな?」

「クエエ!!?」

 

 命の危機を感じたのか、カルガモはルフィに背を向けて猛スピードで走り始める。

 

「待て食料ォ!!」

「クエエエエエ!!」

 

 逃げるカルガモを追いかけるルフィ。

 そう広くも無い山をあちらこちらへ駆けまわり、最終的にカルガモは一人の女性の後ろに隠れてしまう。

 追いかけて走りっぱなしだったルフィは肩で息をしつつ、この島でようやく見つけた人に目を丸くした。

 青く長い髪の女性だ。だが、腕や足には怪我をしたのか包帯を巻いており、顔色も良くない。彼女は怯えるカルガモを背に隠し、ルフィを睨みつけていた。

 

「貴方、誰? カルーをどうして追いかけていたの?」

「ああ、食えるかなと思って」

「食べる気だったの!?」

 

 憤る女性は警戒心を強めてルフィを見る。

 ルフィは気にすることなくもごもごと口の中のモノを呑み込み、改めて名乗った。

 

「おれはルフィ。海賊だ」

「海賊……!」

 

 案の定、海賊であることを名乗ると女性は警戒したように構えた──が。

 ぐぎゅるるるるる……と間抜けな腹の虫が盛大に辺りに響く。

 女性は顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯き、ルフィはキョトンとしたのちに大笑いする。

 

「あっはっはっはっは!! なんだおめー、腹減ってんのか?」

「うるさいわね! 船は沈められるし、サバイバルなんて経験無いし、食べ物なんてここ何日かまともに食べてないのよ!」

 

 水だけは近くに泉があったのでなんとかなったが、サバイバル経験などある訳も無し、なんとか食べられそうな木の実を見つけて凌いでいた。

 野生動物はいるが、カルガモのカルーに狩りを期待するわけにもいかない。

 彼女も狩りなど経験はそう多くなく、猪や虎に逆に追いかけられる羽目になることも何度かあったくらいだ。

 

「大変だなー」

「他人事だと思って……!」

「まァいいや。おれも人を探してるんだ。まだ偉大なる航路(グランドライン)に入ったばっかで、色々聞けるやつを」

 

 主にナミの意見ではあるが、ルフィは特に反対もしていない。

 昨日見せて貰った写真のことなど頭からすっかり抜け落ちており、兎にも角にも人を連れて行けばいいだろうと判断していた。

 

「おめー、名前は?」

「…………ビビよ」

「腹減ってんだろ、ちょっと待ってろ」

 

 山を下りるにも体力がいる。ルフィは近くを散策して適当な山菜やキノコを手に取って戻り、「これ食え」と手渡した。

 ビビは目を丸くしながらも受け取り、小さく礼を言う。

 

「……あ、ありがとう……」

「気にすんなって」

「ところでこれ、変な模様のキノコだけど……安全なのよね?」

「ああ、ワライダケだ」

()()()()じゃない!!」

 

 食えるかァ!! と地面に投げつけ、他のキノコも全て捨ててしまう。危なすぎて食べられたものではない。

 当たり前のようにそれを渡すルフィにも呆れるが、空腹の状態で怒ったものだからいよいよ足元がおぼつかなくなってくる。

 近くにいたカルーに掴まり、膝をついて頭を抱えるビビ。

 

「私は、帰らないといけないのに……!」

「……家に帰りてェのか?」

「ええ。あなたは知らないでしょうけど、私は帰らなくてはならない理由がある」

「そっか。乗っていくか?」

「……あなた、海賊でしょう? どうして私を……」

「ついでだ」

 

 最終的に最後の島まで辿り着く、と言う目的こそあるが、道中の島までこだわる気は無い。

 気に入らないならもう一周すればいいとさえ思っているほどだ。多少寄り道するくらい、ルフィにとっては問題にならなかった。

 仲間たちもそれぞれ目的があるが、どこかの島に行きたいという目的は無いのだ。

 ビビは海賊と言う一点のみで信用出来るかどうかを図りかねていたが、どのみち船も無い。このまま野垂れ死にするくらいなら賭けてみても良いかもしれないと、そう判断した。

 

「それじゃあ、お世話になるわ」

「おう、任せろ!」

 

 ところで、とルフィはビビと握手しながら質問する。

 

「町はどっちだ?」

「…………」

 

 頼るべき人物を間違ったかもしれない。ビビは笑いながら質問するルフィを見ながら心の底からそう思った。

 

 

        ☆

 

 

 なんとか町まで戻ったが、その頃にはもう昼時を過ぎていた。

 ビビはカルーに乗って町の近くまで案内し、ルフィはサンジの作る昼食の匂いを頼りに港まで真っ直ぐに向かう。

 既にルフィ以外の面々は戻ってきており、船の外で食事の準備をしているようだった。

 

「お、戻ってきた」

「遅かったな、ルフィ。飯時だってのに帰って来ねェからどうしたのかと思ったぜ」

「まァ色々な」

「ところで、そちらの麗しの美人は……って、もしやネフェルタリ・ビビ王女!?」

「え、ええ。そうだけど……どうして私の名を?」

「あいつに聞いた」

 

 サンジがテンションを上げて回転する横でウソップはMr.11を指差す。

 未だゴーイング・メリー号のマストに縛り付けられたままの男である。バロックワークスの追手を目の当たりにしてビビは思わず警戒するが、当のMr.11はマストに縛り付けられたまま器用に寝ていてビビの事に気付いてすらいない。

 

「その王女サマを良く見つけられたな、ルフィ」

「山にいたんだ」

「サバイバルしてたのか、逞しいな」

「危うく野垂れ死にするところだったけれど……」

「サンジ! おれも昼飯!!」

「ちょっと待ってろ」

 

 サンジも含めて捜索に出ていたため、全員まだ昼食を食べていないらしい。スープだけは先に配られてゾロやナミも口を付けているが、ルフィは肉肉肉と連呼しているのでサンジが別途準備していた。

 ビビは居心地が悪そうに席に座り、目の前に配膳されたスープを一口飲む。

 

「……美味しい」

「そりゃ良かった。お代わりもあるから好きなだけ食べてくれ」

「サンジ、お代わり!」

「おめーはちょっとくらい遠慮しろ!」

 

 大食漢のルフィにサンジが苦言を呈するが、ルフィは気にすることなくお代わりのスープを飲んでいる。

 ここ数日ろくに食べていないビビは温かいスープが体に染みわたるような気分になり、サンジが最後の工程として食べる直前に香辛料を振りかけている料理に目を引き寄せられていた。

 すぐに配膳されていく料理に手をつけ、一心不乱に食べ続けるビビ。隣でカルーも食事を分けて貰っており、ここ数日の分を取り返さんとばかりに食べている。

 あっという間に食べ終えて満足したところで、ゾロとルフィ以外の捜索に出た面々は成果を報告する。

 

「おれは誰も見つけられなかった」

「おれも」

「私もよ。この町、本当に生き残りとか居るのかしら?」

 

 サンジ、ウソップ、ナミの三人は成果ゼロだと肩をすくめた。

 ビビを追ってきたはずの〝ミリオンズ〟すら見当たらなかったのだ。どこかに潜伏するにしても、そう隠れるところは多くないはずなのだが……手掛かりは一切なしである。

 ビビは食べ過ぎて横になっているルフィからサンジへ視線を向け、疑問を口にした。

 

「そう言えば、ルフィさんも人を探しているって」

「ああ。この島の記録(ログ)を溜めないといけないからな。ルフィはわかってんのか分からねェが」

「日数が分からない、と言う訳ね」

「そうなのよ。大体何日滞在すればいいのかわかれば、航海の計画も立てやすいんだけど……」

「でも、マーティンのことはどうするんだ? ガキ一人残して行くって言うのも寝覚めが悪いが」

「マーティン?」

 

 この場にいる面々は紹介してもらったが、そのマーティンと言う人物は知らないビビが首を傾げる。

 それに気付いたウソップが簡潔に説明する。

 

「この島で昨日見つけた子供だ。瓦礫の下に埋もれてて、ルフィが偶然見つけたんだが……そいつが今日の朝いきなりいなくなっててな」

「……昨日見つけた? 子供を?」

「あ、ああ……」

 

 真剣な顔でウソップに尋ね返すビビの剣幕に、思わず声が上ずるウソップ。

 その言葉を聞いて考え込むビビに、「何かおかしなことでもあんのか?」とゾロが声を上げた。

 一日二日であれば、瓦礫の下敷きになっていても生き延びていることは十分考えられる。

 しかし。

 

「私がこの島に来たのは()()()。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 バロックワークスの追手が来たのはルフィたちよりも一日早い。その時には既に町は壊滅していたと言うから、海賊が暴れて町が壊滅したのは一日前くらいだと誰もが思っていた。

 しかし、実際はバロックワークスが来るよりも前にビビがこの島に辿り着いており、その時には既に壊滅していたと言う。

 ならば当然、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事。

 人間は水だけあれば二、三週間は生きていられると言われる。だが、それはあくまで健康状態が良ければと言う前提の話。

 瓦礫の下敷きになって怪我をしている状態で、果たして水のみでそう何日も生きられるのか。それも子供が。

 第一、水が手に入るのも雨が降っていなければ不可能。ビビの話によれば、()()()()()()()()()()()()

 疑問が疑問を呼んでいく。

 誰にも気付かれずに消えた少年。

 いなくなった200人近い〝ミリオンズ〟。

 到着した途端に沈められていく船。

 痕跡さえ見つからない町の住人。

 

「……海賊が暴れて壊滅しただけの町だと思ったが……どうも、そういう話でも無くなってきたみてェだな」

 

 こうなると、マーティンが語った「海賊を笑ったことで壊滅した」と言う話さえ信憑性に欠けてくる。

 ルフィたちも船を沈められる前に島を出たほうが良いかもしれない。

 幸い、ビビの記録指針(ログポース)は身に着けていたため、船と一緒に沈められずに済んでいる。ルフィたちよりも滞在した時間は長いため、既に記録(ログ)は溜まっていた。

 面倒事が起きる前に島を出るべきだとゾロが提言しルフィ以外の全員が賛成する。

 

「えー、おれは冒険してェんだけど」

「バカ言ってんじゃねェよ! 最悪おれ達だって船を沈められるかもしれねェんだぞ!? そうなりゃ終わりだ!!」

 

 ウソップが半泣きで猛烈に反対するので、ルフィは不承不承な様子で島を出ることを認めた。

 ルフィとしてはこういう不思議をこそ体験してみたいものなのだが、仲間を危険に晒すのは流石にどうかと思ったのだろう。

 マストに縛り付けていたMr.11を船から放り出し、出航準備を整え始めた。

 

「一応、最大の目的地は〝アラバスタ王国〟でいいのよね?」

「ええ。だけど、この航路では〝アラバスタ王国〟に辿り着かない。どこかで〝永久指針(エターナルポース)〟を手に入れないと……」

「〝永久指針(エターナルポース)〟?」

 

 一度記録(ログ)を溜めればずっと同じ島を指し続ける記録指針(ログポース)の一種である。

 アラバスタ王国の永久指針(エターナルポース)はビビの護衛であるイガラムが持っていたが、手渡す暇もなく出航することになったので手持ちが無いのだ。

 

「私もこの島から進む航路は知らないの。どんな島に辿り着くのか、行ってみなくちゃ分からないわ」

 

 そのどこかでアラバスタ王国への永久指針(エターナルポース)を入手して、進路を変更しなければならない。

 ナミはそれを理解して頷き、この先の航海の計画を脳裏に浮かべていた。

 どうあれ、見えない危険があるこの島から早急に脱出して次の島で様々な情報と物資を得る必要がある。

 外に用意したテーブルや皿などを船に戻していき、片付けがもう少しで終わるという段階でウソップが奇妙なものを発見する。

 

「……おい、なんだあれ?」

「なんだって、何が……」

 

 ウソップが指差す方向につられて視線をそちらに向けるゾロ。

 山の方に土埃が立っている。

 遠くてよく見えないが……近付いてくるにつれて、その全貌が明らかになっていく。

 野生動物の群れだ。

 それも、犬や猫に始まり、象に麒麟にライオンや虎……多種多様な動物たちが一心不乱にこちらへ向かって走ってきている。

 常軌を逸しているとしか思えない光景だ。

 

「な、なんだありゃァ!?」

「急げ! とにかく船を出すんだ!」

 

 バタバタと片付けを急ぎ、動物たちが港付近に来る頃には何とか港を離れられそうだった。

 ──しかし、事はそう簡単には運ばない。

 

「もう出ていくのですか? もう少しゆっくりしていけばよろしいのに……折角歓迎のパーティをしようと、わたくし自ら手間暇かけたのですから、そう急がずとも」

 

 タイトなスーツにピンク色の髪が目を惹く。

 出航直前の船の縁に腰かけ──口端を吊り上げ、悪辣な笑みを浮かべてルフィたちを見る女性がいた。

 




台詞一つで分かる方はわかると思うのでもう先に質問を潰しておきますが、九尾の能力者ではありません。カタリーナ・デボンはちゃんと出番あります。

2/28はお休みです。次回の更新は3/7になります。


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第百四十五話:兵器のカタチ

 突如現れた女に対し、全員が険しい顔つきで戦闘態勢に入る。

 この状況で現れたのだ。友好的とは言い難い以上、こうなるのも仕方がない。女性と見れば鼻の下を伸ばすサンジも、今は真面目な顔で何時でも動けるようにしていた。

 剣呑な雰囲気を察したのか、女性はおどけたように肩をすくめて「止めた方が賢明ですよ」と忠告する。

 

「今時こんなところをうろうろしている新人(ルーキー)の皆さまでは、わたくしに挑んだところで勝ち目などとてもとても」

「やってみなきゃ分かんねェだろうが……!」

「分かりますとも。わたくし、これでも人を見る目はそれなりにあると自負しておりますので」

 

 ピンク色の髪をなびかせ、獰猛な捕食者の笑みを浮かべながら食いかかるゾロへと視線を向ける。

 思わず息が詰まるほどのゾッとする視線だ。

 肌で感じる圧倒的実力者の圧力に、刀にかける手に汗がにじむ。

 

「わたくしはアルファ・マラプトノカ。どうぞお見知りおきを」

 

 ──もっとも、生き残ることが出来ればの話ですが。

 マラプトノカは悪辣な笑みを浮かべたままそう告げ、次の瞬間には岸から離れつつあるメリー号の側面へと何かが撃ち込まれていた。

 

「なっ、なんだ!?」

 

 ぐらぐらと揺れる船にしがみつくウソップは、岸辺からメリー号へ撃ち込まれた何かを見る。

 返しの付いた銛……大きさを考えれば捕鯨砲(ハープーン)とでも呼ぶべき兵器が、メリー号の側面へと大きく突き刺さっている。

 ともすれば攻城兵器にも扱えそうなそれの出処を確認すると、ウソップは目を疑った。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なんだありゃあ!!? クマの腕から銛が飛び出てる!!」

「は?」

「クマの形した兵器ってことか!?」

 

 訳が分からな過ぎてサンジも頓珍漢なことを言いだす。ルフィも首を傾げて自分の目を疑っていた。

 マラプトノカはやれやれとでも言いたげな顔で講釈を垂れる。

 

「おやご存じない? 偉大なる航路(グランドライン)で行われている最近の研究の結果ですよ──()()()()()()()()()()()()()()、という研究のね」

 

 マラプトノカの視線につられて、全員がクマの方を見る。

 つまり、あれもそうなのだろう。

 兵器に悪魔の実を食べさせることで動物の力を得させ、より強力な兵器として利用する。

 クマの強靭な腕力に引っ張られ、岸を離れつつあった船は強制的に岸に接舷させられた。続々と迫ってくる動物たちもいる。このまま見ているわけにはいかない。

 

「テメェ、攻撃を止めさせろ!」

 

 ゾロは刀を抜き、マラプトノカ目掛けて斬りかかる。

 しかしマラプトノカは大して気にした様子もなく、ゾロの攻撃を指先で受け止めて見せた。

 人体ならば簡単に切り裂く斬撃も、彼女の前には通用しない。

 鋼鉄を思わせる強度の肉体を前にしてはゾロと言えども歯が立たないのだ。

 

「どうなってんだ、テメェの体は!! テメェも能力者か!?」

「これは別に悪魔の実の力など関係ありませんが……さて、抵抗するだけ無意味ですけれど。抵抗、してみます?」

「当たり前だ!!」

 

 ルフィがゾロの後ろから腕を伸ばして殴りかかる。

 マラプトノカは軽く避けて船から陸地へと飛び降りた。雄たけびを上げる動物たちは彼女に従っているらしく、次々に船へとしがみついて登ろうとしていた。

 

「ヤベェ!! 船がやられたら本当に逃げられなくなるぞ!?」

 

 背中に迫撃砲を背負った虎や鋼鉄の装甲を纏ったライオンが一息の内に船の上へと上がり込み、近くにいたウソップへと襲い掛かる。

 すぐさまサンジが虎を蹴り上げ、無防備に見せた腹目掛けてルフィが〝ゴムゴムのバズーカ〟を放つことで二匹を一度に船の外へと追い出した。

 岸へと吹き飛ばされた二匹は、ルフィの攻撃を受けてもピンピンしており、再び船の上へと上がろうとしている。

 

「キリがねェぞ!」

「なんとかあの銛外せねェか!?」

「やってみる!! ここは任せた!!」

 

 ウソップが一目散に船の中へと入って行き、ルフィ、ゾロ、サンジの三人で何とか猛獣たちを追い払う。

 ナミも武器を持って何とか小型の動物たちを追い払っているが、こちらが相手をしているのもまた動物の力を得た兵器。

 手足に細かい傷を作りながら何とか奮闘しているが、数の暴力は如何ともしがたい。主戦力の三人も強力な猛獣の相手で手一杯であり、こちらまで手が回らないのだ。

 ビビが戦えるとも思えないため、船室に避難させているが……このままでは遠からず船を沈められてしまう。

 ナミの苦境を知ってか、ビビは船室を飛び出して近寄っていた動物たちを弾き飛ばす。アクセサリーのような刃物を付けた糸に付け、小指に着けて振り回すことで攻撃している。

 ビビが孔雀(クジャッキー)スラッシャーと呼ぶ武器だ。

 

「ナミさん、大丈夫!?」

「ビビ!? あんた、船に隠れてなさい!! 危ないでしょ!?」

「お世話になる船が危険なのに、隠れてるわけにはいかないわ!」

 

 ビビと一緒に隠れていた超カルガモのカルーもまた、出来ることをしようと両手に旗を持って応援している。戦う気は無いらしい。

 

「ふーむ……中々粘りますのね。案外、有望株でしょうか?」

 

 マラプトノカは頭の中でソロバンを弾きつつルフィたちの奮闘を観察する。

 一週間前にこの島に来た新人(ルーキー)はマラプトノカの襲撃を辛くも退けて逃げ出したが、そちらに並ぶくらいには有望かもしれない、と考えていた。

 まぁ、だからと言って手を抜くことは無いのだが。

 これは動物の力を得た兵器たちの運用試験でもある。評価するならば複数回は運用しなければ話にならない。

 ルフィやゾロの個人としての力はそれなりに見るべきところもあるが、猛獣たちの軍団の前には太刀打ちできないだろう。

 何者も数と言う力の前には敵わない。

 銛を外そうと奮闘するウソップ。

 小型の動物たちを追い払うナミとビビ。

 大型の猛獣たちを何とか撃退し続けるルフィ、ゾロ、サンジ。

 

「ここまで、でしょうか」

 

 3000万の大型ルーキーと言う割には期待外れだ。

 マラプトノカは後方に待機させた巨大なカタパルトを備え付けた亀に準備させ、船を沈める準備を進める。

 船を沈めてしまえば、もはや逃げることも出来はしない。

 合図を出そうとして──その直前に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「〝四本樹(クワトロ・マーノ)〟──〝スパンク〟」

 

 多数の腕が寄り集まって巨大な腕になり、亀を下から押し上げて引っ繰り返したのだ。

 続いてルフィたちのところに集まっていた猛獣を二人の戦士が次々に倒していき、戦況が逆転していく。

 

「な、なんだ!? また新しい動物兵器か!?」

「おれたちは味方だ!」

「喋った!!?」

 

 ジャガーのミンクと、白熊のミンクの二人だ。手から発する雷撃と覇気を使い、硬質な装甲を纏った猛獣を一息に倒している。

 ルフィたちは新手の兵器かと思ったが、対話が出来て味方だと言う彼らをひとまず信用することにした。と言うか、しなければどのみちここで全滅なのだ。選択肢は無かった。

 味方が現れて何とか対処が追い付きつつあるルフィたちとは対照的に、マラプトノカは目を細めて期待外れと言わんばかりの表情をしていた。

 

「ペドロさんにゼポさん……それにニコ・ロビンさんですか。いえ、今はミス・オールサンデーと呼んだ方がよろしいでしょうか?」

「どちらでも構わないわ。私とあなたの関係なんて大したものではないでしょう」

「そうですね。ですが、貴女がわたくしの邪魔をする理由など無いはずでは?」

「いいえ。あの船を沈めて貰っては困る理由があるの」

「おや、そうなのですか? それは組織として、でしょうか?」

「そうね。あそこの青い髪の女の子。彼女、アラバスタ王国のビビ王女なのよ」

「まあ」

 

 マラプトノカはわざとらしく驚き、ビビの方を見る。

 彼女はロビンの立場を知っているし、クロコダイルとも取引がある。クロコダイルの目的は知らないが、アラバスタ王国で何かしようと言うのなら王女の身柄を確保しておいて損は無い。何かの際に使えるカードとしては上等な部類だ。

 そういう事ならば仕方がないと、指笛を吹いて動物たちを撤退させていく。

 

「海賊の方まで生かしておく理由はありませんが……まあ良いでしょう。こういうトラブルも良くあること。試験はまたの機会に、ですわね」

 

 銛を外してクマの手に戻し、マラプトノカは動物たちを内陸へと移動させる。

 既にこの島は動物たちの支配する島。人間などお呼びではない。

 

「早く穴を塞いで! これ以上ここに留まっても良いことは無いわ。事情は説明するから、まずは一度海へ出ましょう」

 

 ロビンは手早く指示を出す。

 メリー号の側面に開いた穴は内から板で塞いで浸水を防ぐ処置をして外海へと出ていく。マラプトノカが余計な気を起こさないうちに出てしまおう、という事らしい。

 ロビンたちもルフィたちに付いて島を離れていく。彼女の用はそちらにあるらしい。

 メリー号が島から離れていくのを見送っていたマラプトノカの懐の鞄から、電伝虫のコール音が鳴る。

 

「はい、こちらアルファ・マラプトノカです」

『おれだ──クロコダイルだ』

「これはこれは、どうされました?」

『うちの部下と連絡が取れなくなった。テメェが引き取ったってことで良いんだな?』

「ええ。きちんと受け取りましたとも。〝人間200人〟の前払い、ありがとうございます」

『代金分はきちんと働くんだろうな?』

「それはもちろん。わたくし、契約はきちんと守りますので」

 

 それを確認するためだけの連絡だったのか、クロコダイルはすぐに電話を切ってしまった。

 気の早いお方です事、と言いつつマラプトノカは受話器を戻す。

 

「とは言え……〝黄昏〟の目を一時的に他所へ向けさせる、などとは。どうしたものでしょうか」

 

 本来ならいくら積まれてもやらない仕事だが、今回は少々事情が異なっていた。

 

「この島に住んでいた住人に加えて〝バロックワークス〟の元社員、全員でおよそ500人と言うところでしょうか。十分ですね」

 

 〝黄昏〟は海賊でありながら世界中の物流を牛耳る巨大な貿易会社の側面を持つが、取り扱わないモノが二つある。

 〝奴隷〟と〝武器〟だ。

 裏社会ではその二つだけが海運業者に残されたパイであるため、昔から取り合いが多発していた。

 マラプトノカも例に漏れずその二つを重点的に扱い、今や裏社会でもある程度の地位を得るまでになっている。

 今回は前者が必要だったため、少々割に合わないと思いつつもクロコダイルの依頼を受けていた。

 

「……人間200人で〝黄昏〟の相手をするなど、割に合わないどころではありませんわね」

 

 直接戦うのはもちろん、下手な関与も目を付けられかねない。なるべくならまだ目を付けられたくは無いのだが……と、そこまで考えて気付く。

 〝黄昏〟の相手をするならやはり海の皇帝が相応しい。

 幸いにも彼らを動かす材料はある。高値で情報を流してやれば信用するだろう。

 あれこれと考えた末、それが一番確実性があると判断すると、マラプトノカは再び電伝虫へと手を伸ばした。

 そこで。

 

「襲撃は終わったのか?」

「マーティンさん。生きていらしたのですね」

「おかげさまでな」

 

 ルフィたちが助けた少年──マーティンが現れた。

 ただし、その姿はルフィたちが見たものとはまるきり違う。

 黒かった髪は白い髪に変わり、白い肌は浅黒く、何より背には()()()があった。

 

「その能力、どうです?」

「悪くは無い。だが、子供の体ではな。ルーキーにも押し負ける始末だ。これに調整した意味はあったのか?」

「特には。単なる時間の短縮です」

「時間の短縮なら仕方ないな」

 

 肩をすくめて同意する少年は、引きずってきた男をマラプトノカの前に放り投げる。

 Mr.11と呼ばれていた男だ。

 全身至る所に火傷の痕があり、幾らか殴られた跡も見て取れる。

 

「こいつも〝バロックワークス〟だ。逃げられないとはいえ、また探すのは面倒だからな」

「ありがとうございます。余計な手間が省けました」

「瓦礫一つまともに退かせられない身体能力は不便だ。調整しなおしてくれ」

「文句の多い方ですね……しかし、貴重な種族の血統因子も必要ですからね。ついでにあれこれ採取させてもらえれば、ええ。喜んで」

 

 マーティンは元の黒髪に白い肌になり、翼も消えて普通の少年の姿へと戻る。

 その眼光は鋭く、普通の少年でないことは見て取れた。

 

「おかしな種族もいたもんだ。翼はあるし発火する、なんてのは御伽噺だけのモンかと思ってたぜ」

「今では歴史の彼方に消えたとも言われる種族ですもの。政府の研究所に彼の生体データが丸々残っていたのは幸運だったと我ながら思いますわ」

 

 二人はそう言い合いながら、撤収作業を進めていた。

 船はもうじき到着する。バロックワークスの社員を回収して運んでいたので昼間はいなかっただけだ。

 ルフィたちに見つからなかったのは、単に見通しの悪い夜に離れた場所へ接岸したから気付かなかっただけのこと。

 二人はルネスと呼ばれていた島を動物たちの島へと変え、次の目的へ向けて動き出した。

 

 

        ☆

 

 

 何とかルネスから逃げ出したルフィたちは、ひとまずの小休止を経てロビン達三人を前に質問する態勢を取っていた。

 もっとも、いの一番に口を開いたのはビビだったが。

 

「なんでアンタが私を助けたの?」

「貴女に死んでもらっては困るから。私は〝バロックワークス〟の一人だけど、私の目的は別にあるもの」

「だったら、なんで私の事を……!」

「ちょっと待って、ビビ」

 

 畳みかける様に質問するビビをひとまず宥め、ナミは落ち着くようにサンジにお茶を用意させる。

 何かしらの事情があるのはわかるが、自分たちにもわかるように説明してくれとウソップが疲れた顔で言う。

 ロビンはそれに頷き、順を追って話すことにした。

 

「まず、彼女──ネフェルタリ・ビビ王女が〝バロックワークス〟に潜入したの。護衛と一緒にね」

「えらいアクティブな王女様だな……」

「それしかなかったもの。国がこのままどうにかなるよりはと思ったの」

「その後、私を尾行してボスの正体を知った。そして私はそのことをボスへ告げ口した」

「何だよお前敵じゃん」

 

 ルフィがさっと拳を構えると、ロビンは「早まらないで」と片手で制する。

 そもそもボスが誰なのかもわかっていないので、そちらを先に説明することにした。

 だが、ロビンが説明するよりも先にビビが口を開く。

 

「ボスはクロコダイル……〝王下七武海〟の一人よ」

「また七武海か……何かと縁があるな」

「? クロコダイル以外の七武海と会ったことが?」

「ああ、まァな……〝鷹の目〟のミホークと〝海侠〟のジンベエに会ったことがある」

 

 しみじみと言うウソップの言葉にサンジが補足すると、ビビとロビンたちは目を丸くした。

 普通はそう会える相手でもないし、海賊が会っても狩られるだけだ。生き残っているだけでも奇跡に等しい。

 しかし、今回の話に関係は無いので一旦置いておく。

 

「クロコダイルは当然怒ったわ。正体が知られた以上、不確定要素が混じると。だから当然、彼女を殺そうとした」

「だから私は、襲撃してきたMr.5ペアから逃げてルネスへと辿り着いたの。足止めに護衛のイガラムを一人残して……」

「ちゃんと生きてるわよ、彼」

 

 一人囮に残してきたイガラムの事を思い出して唇を嚙むビビだったが、ロビンは何でも無いことのように告げる。

 

「Mr.5ペアは元々私が引き入れた手勢だったもの。町にいた〝バロックワークス〟の社員はほとんど片付けたし、あとは彼らと合流して国に戻るべきね」

「……それは、本当なの?」

「ええ。本当。無事だし、合流するためにルネスに向かっていた途中だったの」

 

 もっとも、ルネスがあの有様なので合流場所を変える必要がある。

 ここから近い島なら──と意見を言おうとしたところで、ばたりと誰かが倒れる音がした。

 

「……ナミ?」

 

 音に気付いたルフィが不思議そうに首を傾げる。

 振り向くと、ナミが顔色を悪くして倒れていた。

 

「おい、ナミ!」

「ナミさん!?」

 

 ウソップとサンジがすぐに近寄り、ぐったりとした様子のナミを抱え上げてどうしたんだと肩を揺らす。

 ナミは質問に答えることは無く、意識が朦朧とした状態で視線も定まっていない。

 

「どうしたんだ、一体!」

「ゼポ!」

「任せろ!」

 

 すぐさまゼポが近寄り、ウソップが抱えたまま顔色や血色、体のどこかに傷の痕が無いかを確認していく──すると、足に小さな切り傷が出来ていることに気付いた。

 傷口の周りが変色している。恐らく、毒だ。

 ゼポは小さなナイフを取り出し、傷口を抉る様に軽くナイフを刺して肉を削ぐ。その後で血を口で吸いだし、包帯で固定して動かせないようにする。

 水で口をゆすぎ、ひとまずの手当てを終えてもう一度ナミの症状を診る。

 

「……駄目だ、毒が体に回ってやがるな。この船に医者はいるのか?」

「いねェ」

「医療器具は?」

「最低限載ってるが、薬品とかはあんまり……」

「ゆガラらこの海舐めすぎだろ!」

 

 ゼポの叱責が飛ぶ。

 ゼポはロビンたちが乗っていた船に一度戻り、いくつか薬品を持ってくる。

 ある程度の処置を終えると、ナミをベッドに寝かせて甲板に戻ってきた。

 

「白熊、ナミは無事なのか!?」

「毒の処置はあらかたやったが、どうも上手くいかねェ。あガラらが元々動物(ゾオン)系の悪魔の実を食べた兵器ってことを考えると、おれの知らねェ毒が使われてる可能性が高い」

「ここでの治療は難しいという事?」

「そうだな。町できちんとした医者に見せたほうが良いし、どのみち薬品も足りてねェ」

「そう……ここからだと、一番いいのはドラムかしら?」

「……あそこはあんまり勧めねェが、この際仕方ねェかもな」

 

 サングラスを掛けたまま、ゼポはロビンの意見に賛同する。

 

「この船の航海士は?」

「ナミだ」

「じゃあ、最低限看病が出来るくらい医療の知識がある人は?」

「ナミだ」

「……あなたの船、大丈夫?」

「大丈夫じゃねェ! 医者を早く探そう!!」

 

 思わずロビンも呆れてしまうが、もうそんなことを言っていられる状況ではない。

 ペドロが船から永久指針(エターナルポース)を持ってくると、それをビビに手渡す。

 ドラムへの永久指針(エターナルポース)だ。

 

「その島へ行って、航海士さんに治療を受けさせなさい。腐っても医療大国と呼ばれていた国よ、探せば医者の一人や二人はいるでしょう」

「そこへ行けばナミは助かるのか!?」

「多分ね。確実なことは言えないわ」

 

 ロビンは医者ではないので、ナミの症状などに関して無責任なことは言わない。

 それに、航海士である彼女はどちらにしてもアラバスタへ行くために必要な人材だ。死んでもらっては困る。

 ロビンがビビを連れて行くのは少々面倒事になりかねない。クロコダイルはロビンの事を信用しているが信頼しているわけでは無いのだ、アラバスタに入れば監視の目があるだろう。

 

「ゼポ、ペドロ。あなた達はこのまま彼らの手助けを」

「ゆガラは良いのか、ロビン」

「大丈夫。私だって何も出来ない子供じゃないわ」

 

 それに、航海士と医者は必要だろう。どちらも担っていたナミが倒れた以上、補う人材がいる。

 ついでなのでイガラム達もそちらで合流出来るように手配する、とロビンは言い、彼女は船に戻った。

 

「また逢いましょう、麦わらの子。運が良ければアラバスタへ辿り着けるでしょう」

 

 そう言って彼女は自分の船でどこかへと行き、ゼポとペドロが残された。

 

「世話になる。ゼポだ」

「しばらくよろしく頼む。ペドロだ」

「おう、よろしくな!」

 

 ルフィは二人を簡単に受け入れ、一路〝ドラム王国〟を目指す。

 ナミが侵されている毒をどうにかするために。

 




時系列が分かりにくかったので補足。
キッドがルネス到着→翌日に町を破壊→その最中にマラプトノカ到着→キッドとマーティンが交戦。キッド辛くも勝利し逃走。
その二日後にビビ到着。町が壊滅状態なのを知る。
翌日にBWの追手が到着。ビビを捜索中に船が全て沈没。
更にその翌日にルフィたちが到着。

ちなみに船を沈めたのは全部マラプトノカの仕業です。メリー号が沈められなかったのはBWの社員を回収するのに忙しかったから(夜の間ずっと一人で回収していた)。


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第百四十六話:雪に覆われた島

ミンク組の二人称が間違ってたので前話をちょっとだけ修正してます。
ちょくちょく忘れるので気を付けます。


 〝ルネス〟を出航し、〝ドラム王国〟へ向かい始めて一日が経った。

 それほどの距離は無いためか、既に気候は安定して寒く、船には雪が積もっている。

 ナミの容体は相変わらず悪く、ひとまず死の危険は無いとしても早急に治療をしなければ何らかの後遺症が残る恐れもあった。

 

「なー、あとどれくらいで医者の所に着くんだ?」

「この船の速度ならあと一日から一日半といったところか。焦っても船の速度は変わらないぞ」

 

 船首の上であぐらをかくルフィは、記録指針(ログポース)を見て進路を確認する代理航海士のペドロへと質問をぶつけていた。

 ペドロは流石に年季が違うためか非常に落ち着いており、焦りは禁物だとルフィを諭す。

 

「あの航海士はゼポが診ている。少なくとも一日二日で命を落とすことは無いと判断しているんだ。ゆガラはむしろ()()()()のことを考えておいた方が良い」

「着いた後?」

「医者を探すんじゃねェのか?」

 

 ルフィとウソップが共に首を傾げてペドロへと疑問をぶつける。

 海賊だから医者を探しても上手くいかない、などと言う話ではないらしく、ペドロは「何と言うべきか」と説明に苦慮しつつ話し出した。

 

「〝ドラム王国〟とは医療大国と呼ばれている国だ。医術に関しては他国よりも抜きんでていると言っていい」

「じゃあ医者もいっぱいいるのか?」

「それがそうでもない。近年、国王が〝医者狩り〟を始めたんだ」

 

 王国にいるのは城の医療機関に在籍するわずか20人の医者のみ。それ以外の医者はほぼ全員が国外追放となっている。

 どうしてそんなことをしたのか、理由は定かでは無いが……市民にとってはこれ以上無いほど迷惑な政策だ。

 なので、ドラム王国に行ったところで医者が見つけられるかと言うと難しいという他にない。

 海賊が王国お抱えの医者に診て欲しいと頼んだところで受け入れてもらえるはずもないからだ。

 

「じゃあ駄目じゃねェか!? 別の島に行くべきじゃねェのか!?」

「慌てるな。大多数の医者は捕まったが、捕まってない医者が少なくとも一人いる……聞いた話ではもう140近い婆さんらしいが」

「140!? そっちが大丈夫かよ!?」

 

 病人よりも先に天に召されないかと思うような高齢である。ウソップのツッコミも止む無しであった。

 

「どのみち物資の補充も必要だ。ルネスでは食料も手に入らなかったのだろう?」

「あー、サンジがそんなこと言ってたな。食い物が無いのは困るよなー」

 

 主にエンゲル係数を跳ね上げている張本人のルフィがそんなことを言う。この男が夜中に忍び込んで盗み食いをするものだから食料の減りが異常に早いのだ。

 共犯のウソップは「食い物は大事だよな」としたり顔で頷いている。

 食料もそうだが、ナミの治療をするためには薬品も必要だ。医者が見つからない最悪の状況でも、アラバスタまでは持つようにしなければならない。

 ビビの護衛であるイガラムとの合流もあるのだし。

 

「やることは多い。ゆガラも船長ならしっかり把握しておけ」

「おう!」

 

 

        ☆

 

 

 ペドロの想定通り、メリー号はおよそ一日と少しでドラム王国へと辿り着いた。

 雪に覆われた冬島だ。ナミの事はあるものの、それはそれとして新しい冒険に胸を躍らせるルフィはいつもの恰好で感激していた。

 短パンに赤いベストに草履。見ている方が寒くなるような格好である。

 ウソップに突っ込まれると案の定「寒っ!?」と言い出して服を取りに船内へ戻っていく。

 防寒着を着込んだウソップ達と違い、ゼポとペドロは比較的軽装だった。

 

「おめーらは着こまなくていいのか?」

「ペドロはジャガーのミンクだから多少は着込むが、おれは白熊のミンクだからな。ゆガラたちと違って分厚く着込む必要はねェ」

 

 自前の毛皮があるので寒さにはめっぽう強い。

 逆に言うと暑いのは苦手なので、アラバスタは苦手な部類の島なのだが。

 

「ミンクって言うと、お前らの種族の事か?」

「ああ。おれたちはミンク族って種族でな。偉大なる航路(グランドライン)後半の海にある〝ゾウ〟って国の出身だ」

「能力者って訳じゃねェんだな」

「まァ珍しいのは自覚してるが、能力者じゃねェよ。れっきとした種族さ」

 

 子供からお年寄りまで、年齢に関わらず高い戦闘力を持つ生まれながらの戦闘種族でもある。

 ゼポとペドロも例に漏れず非常に高い戦闘力を持っている。

 見た目が二足歩行するジャガーや白熊なのでマラプトノカの軍勢と戦っている際には間違えて攻撃しようとしてしまったほどだが。

 

「あの時は悪かったな」

「構わない。混乱した戦場だった」

 

 ペドロは言葉少なにゾロの謝罪を受け取り、マラプトノカと言う脅威を思い出すように空を見る。

 

「あガラは近年勢力を拡大し続けている商人でな。どこから手に入れたのか、あるいは作ったのか……奇妙な兵器を使う」

「武器に悪魔の実を食べさせてたやつか」

「あれは本当にここ最近の話だな。まだ実験段階なのだろう」

 

 だが、あれはあれで疑問点は多い。

 相当数の兵器があり、それら全てに悪魔の実を食べさせていることがそもそも奇妙なのだ。

 悪魔の実の能力者は一つの時代に一人。同じ能力者が現れることはあり得ない──だが、彼女の作った兵器の群れには同じ動物と思しき存在が複数確認出来た。

 黄昏が多くの悪魔の実を占有している現状、あれほど多数の能力者を抱えていることも疑問と言えば疑問でもある。

 どうやってあれだけの悪魔の実を手に入れたのか。

 どうやって同じ能力者を作り出したのか。

 挙げれば疑問は尽きない。

 

「裏社会では人造悪魔の実、などと呼ばれているモノも出回っているらしいが……まァ真偽は不明だな」

 

 ペドロたちはペドロたちで目的があって動いていたのでそちらの動きはあまり知らない。時折噂を耳にするくらいだ。

 話をしている間にドラム王国のすぐ近くまで辿り着いていたので、港ではない船を停められそうな場所を探して上陸することにした。

 同じことを考えていた海賊がいたのか、先客がいる。

 

「か、海賊だ! どうするルフィ!?」

「どうもしねェよ。ナミの事の方が先だろ」

 

 焦ったウソップがゾロの後ろに隠れながらルフィにどうするか尋ねるが、ルフィは特に焦った様子もなく優先順位を決める。

 ナミの事が最優先。食料などに関してはサンジに任せるとして、ルフィとペドロたちは一先ずナミを背負って街へ行くことにした。

 ペドロは先客の海賊が掲げている海賊旗を見て顎をさすっている。

 

「あの海賊旗……」

「見覚えがあるのか?」

「ああ。あちらもこちらに気付いたようだが、特に攻撃の意思はないようだ」

 

 船番にゾロを残してビビとカルーを含む全員で街へと繰り出す。

 ビビたちが一緒なのは下手に船に残すよりもペドロたちと一緒にいたほうが安全と言う理由からだ。

 イガラムたちが先に到着している可能性もある。イガラムの顔を知っているのはビビだけなので、街にいた場合判別出来るのがビビだけだからと言う理由もあった。

 ルフィがナミを背負い、雪道を辿って街を目指す。

 人はそれほど通らないようだが、真新しい雪には足跡がくっきりと残っている。先ほど見た海賊のものだろう。

 

「なるべく騒ぎを起こさないのが基本方針だ。この国は世界政府加盟国で黄昏ともある程度取引がある。下手に騒ぎを起こすと治療どころではなくなるからな」

「わかった」

 

 ペドロの言葉にルフィが深く頷く。他の事はどうあれ、ナミの治療が間に合うかどうかは非常に重要な問題だ。ルフィとしても無視は出来ない。

 道中で誰かとすれ違うことも無く、一番近い街へと辿り着く。

 街、と言うよりも規模を考えると村と言った方が正しいのかもしれない。

 小規模な家が寄り集まっているだけの集落だ。

 

「村だ! 医者がいるか聞いてみよう」

「ゆガラ、おれの話を聞いていなかったのか!?」

 

 医者はいない。城に勤めている20人だけだ。と言う話を思い出したのか、駆けだそうとしたルフィは足を止めた。

 だが、少なくとも一人は国外追放になっていない医者がいる。

 医者狩りにあっていない医者は市民たちにとっても貴重だ。国王軍に情報を渡すことは無いだろうが、果たして海賊に情報を渡してくれるものか。

 

「ひとまず話をしてみるしかない。誰が行く?」

「おれ達が行ってくる。オメェらはここにいろ」

 

 サンジとウソップが率先して村の中へと入っていく。ビビも一緒に行こうとするが、ペドロに止められた。

 

「ゆガラの身は誰よりも優先して守る様に言われている。ひとまず安全を確認できるまではここにいて欲しい」

「でも、私だってこの船にお世話になっている身よ! 何もせずに待っているだけだなんて……!」

「何もするなと言う訳じゃない。()()()()()()()()()()。ゆガラはまだ、もう少しだけ後に出番が来る。それだけの話だ」

 

 ペドロはそう言ってビビを宥め、村の外縁部でウソップとサンジが戻ってくるのを待つ。

 程なくして村から誰かが出て来た。

 ウソップとサンジではない。かと言って村の人間でもないようで、大きな箱を抱えて数人でルフィたちの方向に向かって歩いて来る。

 ここから通じる道は先程船を停めていた場所だ。ルフィたちとは別の海賊なのだろう。

 

「……ん?」

 

 普通に見逃しそうになったが、荷物を運ぶ数人の中に白熊が交じっている。

 ルフィとビビは思わずゼポの方を向いて確認するが、ゼポはちゃんと隣にいた。

 

「ん? どうした?」

「いや、あれ……」

 

 村の外の雪景色を眺めていたゼポはルフィが指差す方を見てあんぐりと口を開ける。

 

「……ベポ!?」

「え? なんでおれの名前……兄ちゃん!?」

「「兄ちゃん!?」」

 

 ルフィとビビはベポと呼ばれた白熊の言葉に驚いて再びゼポの方を見た。

 ゼポは既に走り出しており、ベポもまた荷物を置いて駆け出していた。

 そのまま二人は駆け寄って抱き合うと、「兄ちゃん!」「弟よ!」と互いに再会を喜びあっていた。あちらの仲間たちも状況が良く分からずあんぐりと口を開けたままである。

 ビビはペドロの方を向くと、「あれは一体……」と抱き合う二人を指差す。

 

「あれはゼポの弟のベポだな。あガラも海に出たのだろう……目的は分からないが」

「そうだ! なんでゆガラがここにいる!? ゾウにいるはずじゃねェのか!?」

「えへへ。おれ、兄ちゃんを探してゾウを飛び出したんだけど、色々あって〝北の海(ノースブルー)〟に行っちゃって」

 

 そこで地元の人たちと仲良くなって海賊にまでなったんだと照れ笑いをしながら説明をするベポ。

 思わぬところで再会した兄弟だが、事情はどうあれ互いに海賊になっている辺りは血の為せる技なのだろうか。

 何はともあれ、船員の兄弟なら邪険にする必要も無いと、ベポの仲間たちはルフィたちの方へと歩いて来る。

 ベポとゼポは二人で色々と話している。

 

「あー、なんだ。ベポの兄貴が世話になってる海賊団、ってことで良いのか?」

「まァ間違っては無い、のかしら」

「ああ、世話になっていることは間違いない。そちらは?」

「ベポとはガキの頃からの知り合いでね。一緒に色々旅してる」

 

 海賊を名乗り始めたのは何年か前だが、偉大なる航路(グランドライン)には入ったばかりなのでルフィたちと同期になる。

 船長はこの場にはいないらしい。

 

「おれたちは〝トラファルガー海賊団〟だ。そっちは?」

「麦わらの一味。船長はこっちの麦わら帽子をかぶった男だ」

「よろしくな!」

 

 ペドロがルフィの代わりに紹介し、ルフィはにかっと笑って握手を交わす。

 背にナミを背負っている事に気付いて疑問を抱いたようだが、ナミのぐったりした様子を見て事情があるのだろうと口を出すのは止めた。

 

「トラファルガー海賊団と言うと、(ノース)の〝トラファルガー兄妹〟が率いる海賊団か。さっき見た海賊旗からして間違いないだろう」

「お、おれ達の事知ってんのか? 有名になったもんだ。なァシャチ!」

「そうだな!」

「ペドロ、知ってんのか?」

「それなりに有名だな。新人(ルーキー)の中では懸賞金も割合高めだったはずだ」

 

 船長であるローは2000万を超えている。金額で見ると大型ルーキーと言っても過言では無い。

 妹のラミには懸賞金は掛けられていないが、二人は常に一緒に行動するのでローの懸賞金の何割かはラミの危険度も併せてのものなのだろうと考えられていた。

 

「ふーん。お前らも〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟を狙ってんのか?」

「そりゃあ海賊やってるなら狙うさ。馬鹿にされることも多いけど」

「そっか。じゃあライバルだな。海賊王になるのはおれだけど」

 

 トラファルガー海賊団の船員、シャチとペンギンはルフィの言葉に目を丸くする。

 馬鹿にするでもなく、笑うでもない。自分こそが海賊王になると自然に口にした目の前の男に驚いた。

 

「……ああ。ライバルだな!」

「うちのキャプテン舐めんなよ! 絶対海賊王になるからな!」

 

 強気なルフィに対し、二人もまた負けじと言い返す。

 バチバチと視線がぶつかり合っていたところで、ペドロが三人の間に割り込んだ。

 

「済まないが、聞きたいことがある。この島でまだ捕まっていない医者が一人いたはずだ。何か知らないか?」

「医者? あー、なるほど」

 

 ナミの方をちらりと見て、ペンギンが困ったように頭を掻く。

 

「おれもあんまり詳しくはねェんだけど……でも、その件なら知ってる。お前ら運が悪かったな」

「……どういうことだ?」

 

 気の毒そうな顔をするペンギンに嫌な予感がするペドロ。

 どうか外れていて欲しいと思いながらも、ペドロは尋ねた。

 

「捕まったんだってさ、その最後の医者。つい昨日の話だ」

 



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第百四十七話:医者を探して

もうすぐエイプリルフールですが、今年はネタはあっても本編のネタバレになる可能性が高いという事でお蔵入りになりました。


「捕まった!? じゃあ医者はいねェのか!?」

「そうなるな」

 

 驚くルフィの言葉に頷くシャチ。

 これにはペドロも驚いたのか、目を丸くして困った顔をしていた。

 なにしろナミは毒を受けてから既に数日が経っている。本人の体力次第だが、有効な手立てがないままでは命を落としてもおかしくない。

 今から他の島に行く余裕は無いだろう。

 

「なんとかならねェのか!?」

「なんとかって……そりゃまだ捕まっていない医者もいるだろうけど」

 

 国外追放されるにしても、昨日の今日で海に放り出せるわけでは無い。

 今から助けに行けば間に合うだろうし、ナミの事を考えるならそうするべきではある。だがペドロはその案に反対した。

 

「医者だけをこっそり助け出せればいいが、正面から乗り込んでは大事になるだけだぞ」

「でも他に方法はねェんだろ?」

 

 ナミを助けるにはそうするしかない。

 即断即決の精神でルフィが駆けだそうとするが、ペドロが「待て待て!」と押しとどめる。

 行くにしてもナミを背負ったままでは何も出来ない。

 

「そもそもどこに捕まっているのか知っているのか?」

「分からねェ! けど、何もしなかったらナミは助からねェんだろ!」

 

 仲間を失うかもしれないという恐怖で、ルフィはいつにも増して短絡的な行動に出ようとしている。ウソップとサンジが戻り次第作戦会議をするべきだとペドロは言い、ルフィは背負っているナミを一度見てからその意見に頷く。

 船長はいついかなる時も仲間の命を背負っている。無茶をするよりもいい方法があるならそうするべきだとルフィも理解したのだろう。

 言い争いを真横で見ていたベポが口を開いた。

 

「じゃあキャプテンに診て貰えば?」

「おいベポ!」

「いいじゃん。兄ちゃんのいるところなら、キャプテンも副キャプテンもダメとは言わないと思うし」

「まァそうかもしれないけど……」

「医者がいるのか!?」

 

 トラファルガー海賊団の三人の話に飛びつくルフィ。

 落ち着け、とシャチに宥められつつ、しかし医者がいるならば聞き逃すことは出来ないとばかりにルフィは詰め寄っていく。

 

「頼む! 仲間が毒にやられたんだ!」

「わ、わかった! わかったから落ち着け!」

 

 詰め寄るルフィに仰け反りつつも「頼んでみる」と言うシャチ。

 相手も海賊である以上、信用出来るかどうかは微妙なところではある。だが現状、彼らの船長以外に医者のあてもない。

 諦めるなどと言う選択肢は初めから無い以上、出来る限りのことをするまでだ。

 

「キャプテンはまだ村の中にいるんだ。ちょっと呼んでくるよ」

 

 ベポが荷物を一旦置いて村へ行くのを見送り、ルフィたちは少しの間やきもきしながら戻ってくることを待っていた。

 

 

        ☆

 

 

 ベポが船長、副船長の二人を連れてくるのとほぼ同じ頃にウソップとサンジも戻ってきた。

 医者が捕まったという情報は二人も聞いたらしく、沈痛な面持ちだったが、他に医者がいるという情報にホッとした表情を見せる。

 当の医者である二人はペンギンとシャチに事情を聞いていた。ベポはあまり詳しく事情を説明しなかったらしい。

 船長はトラファルガー・ロー。身の丈ほどもある大刀を持った男だ。

 副船長はトラファルガー・ラミ。こちらは腰に刀を下げている女だ。

 二人はルフィの方へと近付いてくると、ルフィの背にいるナミの様子を見る。

 

「死にかけているようだな」

「貴方が船長?」

「ああ。頼むよ、ナミを助けてくれ!」

「海賊だろう。助ける義理も無い」

 

 取り付く島もなく、ローはルフィの頼みを断る。

 海賊自体には特に思うことも無いが、無法者である以上は助けたところでローにとって利点があるとも思えないためだ。

 表向き海賊として振舞っていても、トラファルガー海賊団は革命軍の味方である。巡り巡って市民を害することになる相手を好んで治療する必要性は無い。

 しかしルフィも一度断られたからと諦めるわけにはいかなかった。

 

「医者なんだろ! 頼むよ!」

「しつこいな。なんでおれが治療してやらなきゃいけねェんだ」

「キャプテン、おれからも頼むよ。兄ちゃんの仲間なんだよ」

「ベポ、お前が病人がいるって言うから来たが、相手が海賊ならそもそもここまで来てねェ!」

「ごめんなさい……」

 

 ローに怒られてしょんぼりと肩を落とすベポ。

 まあまあとラミがローを宥め、一歩前に出た。

 

「ベポのお兄さんの仲間だし、悪い人たちじゃ無さそうだけど、ごめんね」

 

 ラミも基本的にはローに同意見である。見た目がどれだけ無害そうでも、一度暴れれば手に負えない者もいる。

 同志なら話は別だが、ルフィたちがそうであるという話は特に聞いていないし、革命軍の仲間ならそちらに連絡を取って手段を探すだろう。

 敵になるかもしれない相手を好き好んで助ける理由は無い。

 

「医者だろ! 助けてくれてもいいじゃねェか!」

「誰彼構わず助けるために医者になったわけじゃねェ。海賊を治療して、その後にどれだけ被害が出るか分かったもんじゃねェからな」

 

 場の空気がぴりぴりとひりついていく。

 一触即発の雰囲気になっていたところで、後ろで事を見守っていたビビが前へと出た。

 ローに近付くビビを見てペンギンやシャチは戦闘かと武器に手を掛けるが、ビビはローたちへと頭を下げて頼み込んだ。

 

「お願いします。彼女を助けてください」

「……まさか、アラバスタの王女か?」

「私の事を知っているの?」

「アンタ自身は新聞に載ってねェが、アンタの国の事は最近色々と報道されてるからな」

 

 ローとラミはビビの顔を知っていたのか、目を丸くして驚く。

 ここ最近、新聞に良く載っている国の王女なのだ。そちら関係の情報は常に集めている二人ならば知っていて当然だ。

 だが、何故海賊と一緒にいるのか。行方不明と言う話は聞いているが、そこから先の事情は何も知らなかった。

 特に拘束されているという訳でもなく、こうして海賊のために頭を下げる理由も見当たらない。

 

「なんでアンタがここに?」

「事情は色々あるけれど……今は、ルフィさんたちにお世話になっているの。だから、お願いします。ナミさんを助けてください」

 

 アラバスタ王国は反乱軍が決起し、国王軍と何度も衝突している内紛状態。革命軍としては倒すべき敵になり得る可能性もある相手だ。

 国王であるネフェルタリ・コブラが本当に倒すべき相手ならば、と言う前提ではあるが。

 革命軍としては反乱軍が決起した段階で介入した方が良いという意見もあったが、どういう訳かドラゴンがストップをかけたので現段階ではまだ様子見をしている。

 タイミングを見計らっているのだとローは思うが、最新の情報までは聞いていないのでどうなっているかは分からない。

 

「……アンタは、国に戻る気はあるのか?」

「国に戻るために彼らのお世話になっているの。私は、必ず国に戻らなきゃいけないから」

「…………」

 

 色々と気になるところはあるが、反乱軍と国王軍の衝突を避けるには今の信用を失った国王では不可能だろう。

 かと言って、王女ならば止められるかと言うと難しいところだが……可能性は決してゼロではない。

 革命軍は虐げられた者の味方だが、必ずしも武力による革命を良しとするわけでは無いのだ。

 

「お兄様」

「……良いだろう」

 

 ビビの王女としての目を信じよう、とローは言う。

 彼女を国に送り届けるだけならばローでもいいが、彼女自身がそれを望まないだろうと考えて。

 

「だがここじゃ無理だ。一度船に戻る」

「ああ、ありがとう!」

 

 先程まで邪険にしていたことなど気にしていないかのように、ルフィはにかっと笑って礼を言う。

 ローとラミは調子が狂うと言わんばかりに目を合わせて肩をすくめ、全員で船に戻った。

 

 

        ☆

 

 

 船に戻り、ローたちの船へとナミを運んでからルフィたちはメリー号で一休みしていた。

 船番をしていたゾロにも事情を説明し、治療が終わるのを待つ。

 毒の治療に具体的にどれくらいの時間がかかるのかは分からないが、あまり長時間かかるとちょっと困るのが難しいところだ。

 ナミだけを置いていくわけにもいかないので、必然的にアラバスタに着くのが遅れることになる。

 だが。

 

「今日の新聞だ」

「これは……!」

 

 国王軍の兵士30万人が反乱軍に寝返ったとする報道がされている。

 元々アラバスタでは国王軍60万、反乱軍40万の鎮圧戦が主だった。しかしここで人数が逆転するとなると、もはや一刻の猶予もない。

 ただの市民が反乱軍に加わるのとは訳が違う。訓練を積み、兵士として育て上げられたうちのおよそ半数が寝返ったのだ。

 

「もう、無事に辿り着くだけじゃダメなんだ……一刻も早く帰って、皆を止めなきゃ。じゃなきゃ、100万人の人々が殺し合うことになる……!」

「100万人もいんのか……」

「なんつうモンを背負ってんだよ、ビビちゃんは」

 

 思わずと言った様子で言葉が漏れるルフィとサンジ。

 どちらにしても、アラバスタへ向かうための永久指針(エターナルポース)も無い。ビビの護衛であるイガラムと合流するまでは動くことは出来なかった。

 

「ナミさんの治療が終わって、イガラムと合流出来次第すぐにでもアラバスタへ向かわなきゃいけない。急かすようで悪いけど、お願い」

 

 改めてルフィたち全員にお願いするビビ。

 当たり前だ、とルフィは承諾し、すぐにでも出航できるよう準備を整えるように言った。

 

「特に食料は多めに積んどかなきゃな。食う奴が増えたわけだし、配分も考えなきゃならねェ」

 

 サンジが食料の配分などを計画して、ウソップを連れて買い出しに出る。

 一人で運べる量では無いので荷物運びに手伝わせる気らしい。

 ルフィもゾロも特にやることがあるわけでもないので、ルフィはラジオを聞きながらだらけ切っており、ゾロは食堂の端で寝ている。

 ペドロたちとビビがアラバスタへの航行計画を立てていると、バタバタと船の外から慌ただしい音が聞こえて来た。

 

「麦わら! いるか!?」

「クマ! どうしたんだ? もう治療は終わったのか?」

「それに関してだけど、ちょっと今大変なことになってて……兄ちゃんたちも来てくれ!」

「?」

 

 ルフィたちは互いに顔を見合わせ、ベポに続いてローたちのいる船へと移動する。

 ローたちの船は普通の帆船ではなく、潜水艦だった。

 物珍しそうにキョロキョロと船を見るルフィを尻目に、船内へと入っていくベポ。全員中にいるらしく、ローとラミを含むトラファルガー海賊団が全員そこにいた。

 

「来たか」

「トラ男、どうしたんだ? 治療は終わったのか?」

「誰がトラ男だ。治療はまだ終わってねェどころか、始まってもいねェ」

 

 毒を受けたということは聞いていた。だが、使われている毒が非常に問題だった。

 ナミの血液から毒の成分を解析したところ、厄介なことが分かったのだ。

 

「こいつは()()()()の毒だ。治療法がねェ」

「治療法が無い!?」

「どういうこと? 普通の毒とは何が違うの?」

「普通の毒、って言い方がまずおかしいが……それはいい。こいつはな、おれが知ってる既存の毒のどれにも当てはまらねェ。しいて言うなら(サソリ)の毒に似ているが、蠍だって何百何千と種類がいるからな」

 

 もちろんローだって全ての毒を知っているわけでは無いが、ある程度種別が分かれば対処法も自ずと決まってくる。

 その上で、ローはこの毒を治療法が無いと言った。

 

「ナミ屋の症状を診るに、この毒は発熱、倦怠感、意識障害や運動機能への障害を起こすが、致死性は低い。命の心配はまずねェ」

「とりあえず毒にやられて死ぬってことは無いから、そこは安心していいよ」

「そうか……良かった、のか?」

「死ぬよりはマシだろう。だが、意識障害や運動機能への障害と言うのは問題だな」

 

 戦闘はルフィたちが何とかするにしても、航海士として意識障害が起きるのは非常に問題だ。そもそも普通の生活が送れるのかどうかさえ分からない。

 何とかする方法は無いのか、とペドロはローとラミの方を見た。

 

「先も言ったが、こいつは正体不明の毒だ。見たことのねェ成分で作られてる。恐らく人工的に作られた毒物だと思うが──」

 

 ローは詳しく説明しようとしたが、聞いているルフィが全くわかっていない顔をしているのに気付いて口を閉じた。

 時間の無駄だと悟ったのだろう。

 「おれの知らねェ毒だ。解毒は難しい」とだけ伝えた。

 

「じゃあ、ナミはどうなるんだ!?」

「自然に毒が抜けるのを待つか、あるいはこの国の医者に聞くかだな」

 

 医療大国と言うだけあってドラムの医療技術そのものは高い水準にある。捕まったという医者も何かしらの知識を持っていると見てもいいはずだ。

 問題は捕まっているという事だが。

 

「おれの知ってる中で最高の医者ならどうにかする手立ては知ってるだろうが、あの人がいるのは偉大なる航路(グランドライン)後半の海だ」

「そんな……!」

 

 少なくとも現状、ナミの受けた毒を治療する手立てはない。

 難しい顔をするルフィ。

 考え込む彼を見て、ペドロは一つ意見を出す。

 

「捕まったという医者の家はわからないか? 何かしら研究ノートのようなものがあれば、治療法が見つかる可能性があるのでは?」

「どうだかな。一つ一つの毒に対して一々メモを付けるようなマメな性格の医者ならいいが」

「そうでなくとも医薬品は必要だ。どうせ国外追放を受けるなら、多少くすねてもバレはしない」

「……悪い奴だな、お前も」

「海賊だからな」

 

 にやりと笑うローとペドロ。

 ラミは仕方ないと肩をすくめ、ゼポは「方針は決まったか」と軽く肩を回す。

 

「ルフィ、それでいいか?」

「ああ。ナミを助けられるかもしれないなら」

 

 悪事を働くことに否は無い。

 そうと決まれば行動は早い方が良い。ルフィとペドロ、ゼポの三人は船を出てもう一度村へ向かった。捕まった医者の家を知るためだ。

 長い間国の守備隊から逃げ続けている以上、住処が知られている可能性は低かったが……村で聞いてみると、年配の者は知っているようだった。

 そう広い国でもない。住処をそれほど長い間隠し続けてはいられないという事だろう。

 

 

        ☆

 

 

 町はずれの大木を改造して住居としているらしく、少々時間はかかったが医者の家を無事に見つけることが出来た。

 だが、ペドロが妙なことに気付く。

 

「妙だな。明かりがついている」

 

 この家の主である医者が捕まった以上、住んでいる者はいないはずだが……あるいは自分たちと同じことを考えて盗みに来た者がいたのかとペドロは歩を止めた。

 空き巣なら戦闘になる可能性が高いが、中で暴れると大事な薬品や資料が傷ついてしまう恐れがある。

 出てくるのを待つべきか、とルフィの方に目をやると、ルフィは既にドアをノックして開けていた。

 

「こんにちはー。お邪魔しまーす」

「待てーっ!!」

 

 ペドロは制止したが時すでに遅し。

 ガチャリと開けられたドアの向こうには、背の低い謎の生き物が何かしらの薬品を調合していた。

 物音に気付いたその生物とルフィの目が合い、謎の生き物は驚いて椅子から転げ落ちた後でテーブルの後ろに隠れる。

 

「だ、誰だ!? ここはドクトリーヌの家だぞ!?」

「何だあの生き物……あれもミンク族か?」

「いや、違う……多分」

「た、狸……? いや鹿っぽい角もある…?」

 

 ペドロも初めて見る生物だが、人の言葉をしゃべるのでミンク族かそれに近しい種族なのかと首を傾げる。ゼポも混乱していた。

 赤い帽子に青い鼻の、鹿の角のようなものが生えた狸のような生物である。身の丈は人の子供ほどしかなく、体の隠し方がおかしい。

 よく見るとところどころに包帯を巻いている。怪我をしているのだろう。

 

「ここに住んでいた医者は捕まったと聞いた。お前は……?」

「お、おれはドクトリーヌの助手だ!」

「助手?」

 

 このような謎の生物に助手が務まるのか、とペドロは視線を動かす。

 先程まで何か薬品を調合していたらしく、テーブルの上にはいくつかの薬草や液体が並んでいた。人の言葉を理解できている辺りも含めれば、確かに医者の助手と言うのも不可能では無いのだろう。

 

「おれはルフィ。海賊だ」

「海賊!? 海賊がなんでここに!?」

「医者を探してんだ」

「厳密には医者の研究成果だがな」

 

 正体不明の毒で他の医者が匙を投げた、と話す。謎の生物はテーブルの後ろでそれを静かに聞いていた。

 何か心当たりが無いか尋ねてみると、「わからない」と返ってくる。

 

「ドクトリーヌは色んな毒についても詳しいけど、実際に診てみないとわからない」

「研究成果みたいなものはないのか?」

「おれは知らねェ」

「そうか……」

 

 元から望み薄だったとはいえ、がっくりと肩を落とすルフィ。

 でも、と謎の生物はテーブルの後ろから続けて話す。

 

「ドクトリーヌに診せれば、何かわかるかも」

「……やはりそうなるか」

 

 ひとまずナミに命の危険は無いとはいえ、だからと言って放置していい問題という訳でもない。

 この方法は一国を相手にすることになる。それをする覚悟はあるかと、ペドロはルフィに問う。

 

「当たり前だ!」

 

 国に喧嘩を売ってでも仲間を助けたいとルフィは言う。話を聞いていた謎の生物はテーブルの後ろから出てくると、意を決したように口を開いた。

 挙動不審ではあるが。

 

「ど、ドクトリーヌを助けに行くのか?」

「ドクトリーヌ、と言うのは医者の名前か? だとしたらそうだ」

「おれも連れて行ってくれ!」

 

 ペドロの答えを聞き、彼は声を荒げた。

 

「おれのせいでドクトリーヌは捕まったんだ……! だから、おれも助けに行く!」

 

 包帯には血が滲んでいる。国の守備隊と戦ったのだろう。

 力及ばず、ドクトリーヌは連れていかれてしまったが……それでも、彼の心は折れていなかった。

 ルフィはその覚悟を見ると、近付いて手を差し伸べる。

 

「お前、名前は?」

「チョッパー。トニートニー・チョッパーだ!」

「よし、チョッパー! おれ達で医者を助けに行こう!!」

 

 ガシッ! と互いに手を握り、同じ目的を達成するために手を組んだ。

 

 




「よろしくな、シカ!」
「トナカイだ!」
っていうオチにするか滅茶苦茶悩んだんですけど、名前聞いといて流石にシカとは呼ばないだろうという事で没になりました。


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第百四十八話:トニートニー・チョッパー

 トラファルガー海賊団の船である潜水艦の船内にて、ローは熱心にメモ帳に何かを書き留めていた。

 船室をノックしたラミの事にも気付いておらず、ラミはまたかと言わんばかりの顔で勝手に部屋へ入ってローへ声をかける。

 

「お兄様、またやってるの?」

「ラミか。ノックをしろといつも言っているだろう」

「したよ。お兄様が気付かなかっただけ」

 

 肩をすくめてベッドの上に腰かけるラミ。

 ローは特に気にした様子もなく、手元のメモ帳へ筆を走らせ続ける。

 いつものことだ。訪れた国のことをなるべく多く書き留め、情報を共有するためのもの。

 

「この国、他よりはマシなところもあるけど……やっぱり、王様が酷いね」

「そうだな。あの王さえいなければどうにかなったことも多いだろう」

 

 いくつかの村を見て回ったが、どこの村にも似たような痕があった。

 焼かれた上で何かに齧られたような痕のある家や、歯型のついた道具。ドラム王国国王であるワポルのやったことだと皆口をそろえて言うが、人間の所業には見えなかった。

 国王ワポルが能力者だとドラゴンから情報を受け取っていなければ、ローも信じられなかったことだろう。

 

「世界政府加盟国で、世界会議(レヴェリー)に出られるような国でさえこの始末だ。世の中ロクなもんじゃねェな」

「海賊の方がまだマシってこと、結構あるもんね」

 

 革命軍としての立場から言えば海賊は敵であるが、ローとラミ個人から言えば海賊の中でも〝黄昏〟は別だ。

 何しろ命の恩人であるし、世界中どこを探してもこれだけ手広く経済に貢献している組織も無い。

 海賊と呼ぶのも不思議な気分になる。

 報告のためのメモをあらかた書き終え、内容を精査していると、廊下からバタバタと騒がしい音が聞こえて来た。

 

「キャプテン! キャプテ~ン!!」

「ベポか。騒がしい奴だな」

 

 ローは部屋のドアを開けて顔を見せると、「あ、キャプテンいた!!」と近付いて来る。

 

「どうした? 何かあったのか」

「麦わらが戻ってきたんだ!」

「そうか。目的の物が見つかったならいいが」

「いや、それは無かったらしいんだけど、青い鼻のトナカイを連れてきて『こいつが医者だ』って言ってる」

「「は?」」

 

 ローとラミはベポの言葉に困惑していた。

 

 

        ☆

 

 

 見たほうが早いというベポの言葉に従い、甲板に足を運ぶローとラミ。

 トラファルガー海賊団と麦わらの一味がほぼ全員集まっている。ローたちが最後だったらしい。

 ペンギンがローに気付くと、道を開けてルフィが連れて来たと言う医者を見る。

 立派な角に綺麗な茶色の毛皮。鼻が青いという点だけは珍しいが、そこ以外はごく普通のトナカイだ。ルフィはこの動物を医者と言っているらしい。

 

「……トナカイだな」

「チョッパーだ。よろしくな」

「しゃべっ……喋った!?」

「おれだって喋るし、トナカイが喋っても不思議は無いんじゃない?」

「……そうだな。じゃあこいつもミンク族か」

「ううん、違うよ」

 

 ローの言葉を否定するベポ。

 どういうことだ、とローはベポの方を見るが、ベポは見たほうが早いとチョッパーを指差す。

 視線を戻すと、チョッパーはトナカイの姿から人獣形態へと変わっていた。非常に低い身長で、四足歩行から二足歩行に変わっている。角と毛皮はそのままだ。

 

「……タヌキ?」

「トナカイだ!!」

「能力者なんじゃない? トナカイの能力者とか」

「ああ、なるほど」

 

 ラミの言葉に納得するロー。

 だが今度はゼポから否定の言葉が上がった。

 

「違う。こいつはトナカイの方が元の姿だ」

「トナカイが元の姿? じゃあ一体何の実を食べたの?」

「ヒトヒトの実だ。トナカイでありながら人の力を得たから、こいつは言葉が話せるし医者の仕事も出来る」

 

 ヒトヒトの実と言ってもモデルはあるはずだが、そこまではわからない。チョッパーの人形態が純粋な人の姿という訳でもない辺り、ヒトヒトの実の中でも珍しい部類である可能性もある。

 試しに変形してもらって観察するが、どうみても普通の人間には見えない。

 いいところゴリラだな、とローが呟く。

 

「誰がゴリラだ! トナカイだって言ってんだろコノヤロー!!」

「そうだぞトラ男! こいつは今日からおれの仲間なんだ! 悪く言うな!」

「待て待て待て! この珍獣仲間になったのか!? 経緯を話せ経緯を!!」

 

 ウソップがルフィを宥めてひとまず経緯を説明させようとするが、ルフィでは無理だと瞬時に判断して視線をペドロの方へと向けた。

 ペドロは一つ頷き、チョッパーと出会った経緯、それから手を組んだことを説明する。

 ドラム王国最後の医者である、ドクトリーヌことくれはを助けるためにチョッパーはここにいるのだと。

 

「そういう事か……でも、なんで捕まったんだ? 医者狩りはそこそこ長いこと続いてたけど、その婆さんはずっと逃げきってたって話だが。やっぱ歳か?」

「ううん。ドクトリーヌが捕まったのはおれのせいなんだ」

「お前の?」

 

 チョッパーはつい先日の、自分たちが捕まった時のことを思い出す。

 ──見てよドクトリーヌ。最新の医療に関する本が落ちてる!

 ──バカバカしい。そんな見え透いた罠にかかる奴がいるもんかね。

 ──うわァ! 落とし穴だ!!

 ──言わんこっちゃない!! 何やってんだいチョッパー! 

 

「罠にかかったおれを助けてるうちにドクトリーヌが捕まって。おれはなんとか助けようとしたけど、怪我して逃げるのが精一杯で……」

 

 くれははチョッパーに逃げろと言い、チョッパーは怪我をしつつもなんとか逃げ延びた。

 猶予は数日も無い。必ず助けに行くと誓い、準備をしていたところでルフィたちが来た。

 

「なるほど……」

「医者がどこにいるかわかるのか?」

「ううん。でも、城のどこかにいるのは間違いないと思う」

「城?」

「うん。あそこ」

 

 チョッパーが指差したのは標高5000メートルを超えるドラムロックである。しかも麓まではかなりの積雪が予想できる。

 少なくとも、素人が普通に登れるような山ではない。

 驚いたウソップが声を上げた。

 

「山の上に城があんのか!? どうやって登るんだよ!?」

「村で聞いた話だと、あそこへはいくつかの村からロープウェイが繋がっているらしい。基本的にはそれで行き来をするんだと」

「ロープウェイか。じゃあそれを奪って山の上まで?」

 

 ペドロの説明にゾロが行き方を訊ねる。

 それしか方法はないだろう。だが、麓でロープウェイを奪って城に行くにしても、奪っている間に城へ連絡が行く。

 城では万全の態勢で待ち構えられている事だろう。危険度は限りなく高い。

 やはりと言うべきか、ビビはその行動に制止を求めた。

 

「待って! ロープウェイを奪って城を襲うなんて、危険すぎるわ! 話し合いで何とかならないの!?」

「無理だな」

 

 ビビの言葉にローが言葉を返す。

 

「無理って……どうしてあなたが分かるの?」

 

 キッと睨みつけるビビに対し、ローはあくまで淡々と事実を告げる。

 医者狩りをしているような為政者にまともな話し合いを期待する方が間違っている。そんな良心があるなら、最初から医者狩りなんて馬鹿な真似はしていない、と。

 何よりも。

 

「アンタ、さっきの村には入ってないだろ?」

「ええ。だけど、それが?」

「長鼻屋は村に入っていたな。村に焼け崩れた家があっただろう?」

「ああ、あったな。火事かなんかで焼けたんだろ?」

()()()()()()()()()()()()()()

 

 誰かが息を呑んだ音がした。

 トラファルガー海賊団の面々はその辺りの事はわかっているが、ルフィたちはドラム王国の事を全然知らない。

 その辺りの認識の齟齬があるため、ビビはまだ話し合いで済ませられると考えていたのだろう。

 だが、現実とは常に残酷なものだ。

 

「王がなんで家を焼くの!? 一体何の意味が……!」

()()()なんだと」

「おやつゥ!? 家を食べようってのか!?」

「ああ、文字通り()()()()()()のさ。焼けた家の崩れ方、変だと思わなかったか?」

「言われてみりゃあ、確かに歯形みてェなのもあったな……」

「いやそれにしたって、どんだけデケェ王だよ。巨人族か」

 

 ウソップとサンジが互いに顔を見合わせて思い出す。言われてみれば、と。

 だが、それにしたって食べるという発想にはならないだろう。それに歯形が異様に大きいのも疑問だ。サンジは怪訝な顔をしながらそれを訊ねた。

 

「なんで家を食うんだよ。雑食にも程があんだろ」

「おれが知るか。だが、村人に聞いて確かめた。いくつかの村を回ったが全部同じだ。そういう能力者なのさ」

「能力者ってのはどいつもこいつも化け物染みてんな……」

 

 どの村でも王による被害が頻発している。村人は一様に暗い顔をしているし、この上医者狩りで体調を崩せば国王に頭を下げざるを得ない状況。

 国民の不満は溜まる一方だ。

 ローはビビの方を見て、問いを投げる。

 

「こんな状況でも、アンタはまだ話し合いの余地があると考えるのか?」

「それは……」

 

 まさかそれほどのことをやっているとはビビも想像していなかったのか、俯いて黙りこくってしまう。いずれにしても武力行使を除いて状況を変える術はない。

 この状況でも国民が決起しないのは、搾取されることに慣れているからか、あるいは国民が総出でかかっても敵わない実力者がいるか。

 何にしても、市民に対して武器を向けず、国王とだけ戦うと言うのならローにとっても悪い話ではない。

 

「国王ワポルには三人の腹心がいる。〝悪参謀〟チェス、〝悪代官〟クロマーリモ、〝守備隊隊長〟ドルトン。話を聞くにかなりの実力者だ」

「おいおい、随分親切だな。何企んでやがる?」

「人の親切は素直に受け取っておけ。おれだってこの国に思うところがない訳じゃない」

 

 本来なら革命軍の同志たちに情報を共有したうえで動くのが最善ではあるが、急を要する状況ならば仕方がない。

 自らの利のために国民に犠牲を強いる──そういう王が、ローは一番嫌いなのだ。

 あくまで捕らわれた医者を助けるために動くと言うのなら、ローとルフィは手を組むことも出来る。

 

「国王だけを倒すって条件なら、おれは手を組んでもいい。どうだ、麦わら屋」

「……」

「返事はNO、って訳か?」

「いや、多分わかってない顔だぞこれ」

 

 腕組みして真一文字に唇を結んでいるが、ウソップはルフィがこの顔をしているときは何も理解していない時だと何となくわかりつつあった。

 まだ短い付き合いではあるが、これまでの航海でそれなりに絆を深めている。この辺への理解も深まりつつあるのだ。

 ウソップの言葉にローは溜息を吐き、簡潔に要求する。

 

「おれと同盟を組む気はあるかって聞いてんだ」

「なんだ、手伝ってくれんのか?」

「国王を国から追い出すって条件付きならな。それと市民にも手を上げねェようにしろ。それが出来なきゃ同盟は破談だ」

「随分一般人を気にかけてんだな。海賊とは思えねェ」

 

 ローの要求に思わず口を出すサンジ。

 普通の海賊なら市民からの略奪も視野に入れるだろうに、ローはそれを絶対にやるなと言う。海賊としては珍しい部類だろう。

 

「おれの目的は略奪じゃねェ。おれの故郷の島は同じような王がいたせいで滅んだんでな。似たような王を見るとむかっ腹が立つだけだ」

「へェ……そういう事情か」

 

 要は私怨という訳だ。

 理屈だけで動く者ばかりでも無し、理由があるならとサンジもそれ以上突っ込むことはしない。

 人間、誰しも嫌いな相手の一人や二人くらいはいるものだ。

 それに、国一つ敵に回そうという時に手伝ってくれるならこれ以上にありがたいことも無いだろう。

 

「どうだ、麦わら屋」

「いいよ。組もう」

「ルフィ! そう簡単に決めていいことじゃねェぞ!!」

「でも手伝ってくれるんだろ?」

「ルフィ、海賊同盟には裏切りが付き物だ。本当に信用出来る相手か?」

「なんだ、お前裏切るのか?」

「裏切らねェ」

「ほら、大丈夫だろ」

「ルフィ!!」

 

 ゾロとペドロの言葉を聞いてルフィはローに直接裏切るのかと尋ねるが、同盟を組んだ矢先に裏切るなどと発言するようなら最初から同盟を組むはずが無い。ローの言葉を信用しても良いのかと再考を促す二人の考えもルフィには通じていなかった。

 ここ一番で背中を撃たれるのが最悪なのだ。そういう意味ではナミの身柄を預けている今はかなり危うい状況と言える。

 少なくとも一人、ナミの傍に着けておくべきだ。

 ペドロの考えを察したのか、ゼポが名乗りを上げた。

 

「おれが残ろう。相棒、ビビ王女と航海士の方は任せろ」

「頼んだぞ、ゼポ」

 

 実力的にも、医学を多少齧っているという意味でも最適の人材だろう。何かあった際には任せられる。

 トラファルガー海賊団の面々もやる気を出して武器を準備しているが、ローは「行くのはおれとラミだけだ」と発言してブーイングを喰らっていた。

 

「何でだよキャプテン! おれたちだってやれるぞ!」

「横暴~! 横暴だよキャプテン!」

「お前らにはおれたちの留守を任せる。成功するにしても失敗するにしても、そう長くはこの国に留まってはいられねェからな」

 

 それに、主に戦うのはルフィたちの方だ。

 ローとラミも戦いはするが、雑兵を相手にするつもりはなかった。

 

「おれたちは王の首を狙う。幹部くらいは相手にするが、雑兵はそっちで何とかするんだな」

「雑魚が何人いようが蹴散らすだけだ。ナミさんのためにも医者は必要だしな!」

「こっちはいつでも行ける。お前らは?」

「おれ達も行ける。今から行くか」

「よーし、行ってこい!」

「お前も行くんだよ馬鹿」

 

 がやがやと騒がしくなりつつ、ルフィ、ゾロ、サンジ、ウソップ、ペドロ、ロー、ラミ、そしてチョッパーの八名は船を降り、ひとまずロープウェイのある村へ向かうことにする。

 不安そうに見送るビビの肩にゼポが手を置き、「心配すんな」と励ます。

 それでも、どうしても不安な気持ちは拭えなかった。

 



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第百四十九話:王城襲撃作戦

 ルフィたちは雪道を行軍し、ロープウェイのある村の近くで身を隠す。

 それほど広い島では無い上に村の位置も入江からほど近いこともあってか、八人はすぐに辿り着いた。

 村に入る前にローが今一度確認する。

 

「おれ達の目的はロープウェイの奪取だ。村人への危害は無し、兵士もあくまで気絶に留めろ」

 

 なるべくなら穏便に行きたいものだが、そう上手くいくと思ってはいない。

 ワポルは悪政で国民を虐げる王だが、臣下にはそれなりに従う者も多いのだ。少なくとも兵士たちは寝返ることは無いだろう。

 

「ロープウェイの位置は村の中央から少し北に入ったところだ。通りを真っ直ぐ行けばすぐに見える。村には買い物に来たとでも言って奥まで入るが、不自然にならないようにしろよ」

「よし」

「わかった」

 

 騒ぎを起こす筆頭であるルフィとゾロが頷く。

 サンジとウソップは「おれたちで見張るしかねェな」と互いに目配せする。チョッパーはトナカイの姿になっておけば特に何かを言われることも無いだろう。

 ペドロはフードを目深に被り、なるべく顔を見せないようにしていた。

 ローとラミは不自然にならない程度に顔を隠し、全員で村に入ってロープウェイを目指す。

 村では忙しなく働く人々が多いため、ローたちもそれほど目立ってはいない。

 そそくさと村の中を進み、ロープウェイの近くまで辿り着く。

 

「丁度良かったな。ロープウェイが降りてきてる」

 

 場合によっては城からロープウェイが降りてくるまで待たなければならなかったが、今回は必要無かったらしい。

 

「トラ男、やるか?」

「ああ、作戦開始だ」

 

 ローの言葉を合図に、全員が一斉に動き出す。

 ロープウェイの近くにいた兵士たちを殴り、蹴り、腐った卵をぶつけ、刀の峰で気絶させていく。

 突然の事態に兵士たちは驚いて武器を取り出すが、ロープウェイの管理を任されているだけの兵士だ。練度はそれほど高くも無い。

 あっという間に制圧し、ロープウェイを奪い取った。

 

「これで山の上の城まで行くのか?」

「そうだ。これを漕いでいく」

「いや漕ぐのかよ!?」

 

 ロープウェイの前後に自転車のようなものが付いており、これを漕ぐことでロープウェイを動かす仕組みのようだ。

 山の上の城まではそれなりに距離があるが、これを漕ぐとなると中々大変な作業だろう。

 

「誰がやる?」

 

 ローの質問に「面白そう」との理由でルフィが手を挙げ、もう片方はじゃんけんの結果サンジが漕ぐことになった。

 二人がかりで自転車を漕いでロープウェイを進め、徐々に山頂へと向かう一行。

 

「案外速いな」

「人数が少ない分軽いからな。もっと大勢で乗ることを前提にされてるんだ、これくらいは楽な方だろう」

 

 これなら城まであっという間だろう。

 漕いでいる二人以外は楽なので、今のうちに城に辿り着いてからの動きを確認しておく。

 目的は大きく分けて二つ。

 医者を助ける事。

 国王を倒す事。

 前者の目的さえ達成出来ればいいが、ローからすれば多少のリスクを込みでも悪政を働く王はどうにかしておきたかった。

 

「城のどこに囚われているかは分からねェのか?」

「分からねェ。城の地図でもあれば別だが、そんなものを手に入れる時間も無かったからな」

「チョッパー、お前は何か知らねェか?」

「わかんねェ」

 

 ウソップの問いにチョッパーは首を振る。

 ロープウェイの周りにいた兵士たちは大したことが無かったので、城に詰めている兵士たちも大したことは無いだろうとローは考えていた。

 油断は死を招くので楽観視はしないが、現状の戦力ならば十分落とせると判断している。

 

「ひとまず城を制圧してからゆっくり探してもいいが、数が多いと厄介だ。なるべくなら早々に医者を助け出して脱出してェところだが……」

 

 一国の王が住まう城だ。広さもそれなりにあるだろう。

 医者一人を探すだけでも一苦労になる可能性は十分にある。それまでロープウェイも死守しなければならない。

 並の海賊がやるにはかなり難易度の高い作戦だ。

 

「全員倒せばいいんだろ」

「任せろ。全員斬ってやる」

「斬るな! 気絶に留めろと言ったはずだ!」

「相手は兵士だぞ。そこまで手加減出来りゃあいいがな」

「お兄様、あんまり無茶言っても出来ることと出来ないことがあるって」

 

 犠牲が出ないに越したことは無いが、理想を語るばかりで実現できなければ意味が無い。ローの発言はかなり無茶なものだ。

 ラミはローを諫めつつ、指を立てて必要な班分けをする。

 ロープウェイを守るチーム。

 医者を探すチーム。

 優先順位としてはこの二つに分けられる。国王を打ち倒すのはこの二つを達成したうえでの目的に設定しておく。

 兎にも角にも医者を探さねばならない。どこにいるかもわからないので手当たり次第にだ。

 

「ラミ、お前は防衛に徹しろ。一番危険がねェ」

「私だって戦えるけど……お兄様がそういうならそうする」

「ラミちゃんの安全はおれが守るぜ、任せろ!!」

 

 後部で自転車を漕ぐサンジが気合を入れたように叫ぶので、ローがギロリと睨みつけていた。

 

「ラミに手ェ出そうってんじゃねェだろうな……!」

「落ち着け、あのアホコックはいつもああだ」

「誰がアホだコラマリモ!! テメェいつも迷子になって役に立たねェじゃねェか!」

「なんだと!? やんのかコラァ!」

 

 言い争うサンジとゾロを放置し、ペドロは静かに挙手する。

 医者を探すチームとして名乗りを上げたのだ。

 

「ウソップはどうする?」

「おれは残る。援護は任せろ!」

「防衛側はどうしても多くの兵士たちが押し寄せてくるが、大丈夫か?」

「!?」

 

 防衛側の方が安全だと思って名乗りを上げたが、どちらにしても危険だという事に気付いて絶望的な表情を浮かべるウソップ。

 ペドロはそんなウソップを尻目に、あらかた組み分けをしてしまう。

 医者を探すチームにはルフィ、ペドロ、チョッパー、ロー。

 ロープウェイを守るチームにはゾロ、サンジ、ウソップ、ラミ。

 

「良し、これで良いな──もうすぐ山頂だ。全員の無事を祈る」

 

 ペドロの言葉に全員が頷き、ロープウェイは山頂へと辿り着いた。

 

 

        ☆

 

 

 ロープウェイ乗り場から出ると、そこには既にドラム王国の兵士たちが武器を持って入口を囲んでいた。

 当然と言えば当然だが、下の兵士たちの内無事な者から連絡を受けて待ち構えていたのだろう。

 

「大人しくしろ、海賊ども! この城にまで乗り込んでくる度胸は認めるが、お前たちの好き勝手になどさせん!!」

「ワポル様に逆らう海賊など処刑してくれるわ!」

 

 ワポルの腹心である二人、チェスとクロマーリモが気勢を上げて恫喝している。

 だがそれでビビるルフィたちではない。

 どうにかこの包囲を突破して医者を探しに行こうと隙を窺っていた。

 

「おーおー、えれェ嫌われようだ。やったことがやったことだし、仕方ねェが」

「なんだ、ビビってんのか?」

「んな訳あるか。テメェこそどうなんだよマリモ」

「少しは張り合いがあればいいがな」

 

 下にいた兵士たちを見るに、あまり期待も出来なさそうだが。

 兵士たちは一様に銃を構えており、合図一つで何時でも発砲できる。とは言え、武装としてはその程度。遮蔽物に身を隠して射線を遮ってしまえば恐れることも無い。

 まぁ射線上に出れば撃たれるので打って出ることも出来ないのだけれど。

 

「さて、どうする?」

「このまま無策で出ても撃たれるだけだ。どうにか混乱させねェとな」

「よし、おれの〝卵星〟であいつらを動揺させてやる」

「……ん? ルフィとローはどこに行った?」

 

 ペドロの言葉に気付いたのか、その場の全員が辺りを見回す。

 どこにも二人の姿が無い。ロープウェイはあるので降りたわけでもない。

 元々出口は一つだけだ。ロープウェイがこの場にあるならそちらから出たとしか考えられない。

 急いで出口へ向かって外を窺うと、ルフィとローが囲んでいる兵士たちを前に仁王立ちしていた。

 

「おれがなんとかしてやるから下がってていいぞ、麦わら屋」

「何言ってんだお前。おれが何とかするからお前こそ下がってろ」

 

 お互い何でもない風に装いながらも、対抗心むき出しで張り合っていた。

 投降するつもりもなく構える二人へと、兵士たちは銃を構えて一斉に放つ。

 銃弾はルフィに直撃し、弾丸はゴムの体に跳ね返されて兵士の一部が負傷する。

 ローへ向かった弾丸は肉体をすり抜け、体に開いた穴はすぐさま塞がっていく。

 

「ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)!!!」

「メタルコート」

 

 ルフィは連続したパンチを兵士たちに叩き込み、ローは体から流れ出した液体のようなものが刀に纏わりついて伸長し、兵士たちを薙ぎ払う。

 あっという間に兵士たちを倒すと、ルフィとローは共に城へ向かって走り出した。

 目的はここで兵士と戦うことではない。

 

「すげー……ローも能力者か」

「うん。麦わらの人も能力者だったんだね」

 

 ウソップの言葉にラミが頷く。

 ロープウェイを守るとは言ったが、この分だと必要ないかもしれない。

 ルフィとローを追いかけてチョッパーとペドロが走り出し、通すまいとしたチェスとクロマーリモをラミとサンジがそれぞれ受け持つ。

 

「ぬうっ……! 貴様ら!」

「邪魔を……貴様らから先に消してくれる!」

「サンジさん、そっちお願いね」

「任せろ、ラミちゃん!」

 

 戦い始めた二人を尻目に、ウソップは物陰からパチンコを構えつつ辺りを見回す。

 ルフィとローのおかげでほとんどの兵士は倒れたが、まだ一部無事な者がいる。横やりを入れられないように援護するのが狙撃手の役目だ。

 ……ゾロの姿が先程から見えないのが気になるが、もしかすると兵士もほとんど倒れたから防衛にそれほど人は必要ないと判断して医者を探しに行ったのかもしれない。

 城門前ではルフィとローが誰かに止められているのが見えるが、ゾロの姿はそちらには無い。

 まさか迷子になったのか? ウソップは城しかないこの場所でいなくなったゾロに対してそんなことを思っていた。

 

 

        ☆

 

 

「そこを退けよ、おっさん」

「残念だが、通すわけにはいかない。中には城に勤めているだけの民もいる」

「おれ達の目的はお前らが捕えた医者の婆さんだ。ワポルを差し出すならついでに取っていくが」

「……何を言われようと、私はこの国の守備隊の隊長だ。通すわけにはいかん」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をしながら、ドルトンが武器を構える。

 ルフィとローはそれぞれ構えるが、ローはルフィに対して「先に行け、麦わら屋」と促した。

 

「おれはちょっとこいつに用がある」

「そうか、わかった! 頼んだぞ、トラ男!」

 

 通すまいと武器を振るうドルトンとローが鍔迫り合いになり、膠着状態になった二人の横を通ってルフィが城の中へ入る。

 少し遅れてチョッパーとペドロも中へ入って行き、ローとドルトンは少し距離を置いて互いに武器をぶつけ合う。

 剣戟の音が響き、互いに見合ったまま動きを止めた。

 

「随分やる気の無い戦い方だな。止めるってのは口だけか」

「……私とて、医者狩りが悪政だと言うのは理解している。だが、私が離反してワポルに好き勝手させればそれこそ民に余計な被害が出る」

 

 ドルトンはワポルの暴走を水際で何とか食い止めていると言うが、完全には止められていないのだろう。

 村にあった焼けた家屋や道具類もそうだ。いくらドルトンが言葉を重ねようと、ワポルは聞く耳など持ちはしない。

 

「こんなことしか出来ぬ自分が腹立たしいが……国が崩壊すれば、大きな混乱が起きるだろう」

 

 疲弊した国民がその混乱を乗り切れるのか。ドルトンにはそれが分からないからこそ、行動に移せなかった。

 出来ることと言えばワポルの行動になるべく国民へ被害が出ないようにするくらいで、根本的な解決など望むべくもない。

 いっその事海賊が一度国を滅ぼしてくれれば……とも思うが、国民に被害が出ない形で国が滅ぶなどそれこそありえない出来事だ。

 ドルトンの顔には諦観と絶望が張り付いていた。

 

「余計な混乱など望まない。ただ民が穏やかにいてくれれば……それでいい」

「……つまらねェな。多少は気骨があると思ったが」

 

 本気でローを倒すつもりもないのだろう。能力者だと聞いていたがそれを使う気配もない。

 

「立ち上がる気はねェのか? 圧政に苦しめられるだけで、抵抗もしねェ奴隷になるのを良しとするって?」

「奴隷になど! ……奴隷になど、なったつもりは無い……!」

 

 だが、今のドルトンはまさしく奴隷のようだった。

 唯々諾々とワポルに従うばかりで反逆する気骨も無く、忠言をする気も無い。民のためだと言い訳をして現状に甘んじているだけだ。

 

「ワポルは強い。従う以外の道は、私には無かった……」

「だったらおれが変えてやるよ」

 

 堂々と言い放った。

 ローは自身の体から光沢のある液体を流出させ、足元へと広げていく。

 

「戦う気もねェならそこを退け。戦う気があるなら本気でやれ。何もかも中途半端な奴に、何かを変える事なんざ出来やしねェ!」

 

 ローの言葉を聞き、ドルトンはしばし目を瞑り──覚悟を決めたように、武器を構えなおした。

 ウシウシの実、モデル〝野牛(バイソン)〟。その能力を発現させ、人獣形態へと変わって。

 

「──悪かった。私も覚悟を決めよう。名を聞いても?」

「トラファルガー・ロー。覚えなくていい。この国を変えるのはあくまでお前らで、おれはそのきっかけを作るだけだ」

 

 二人は互いに武器を構え、再び衝突した。




ドラム編、割と蛇足感が強いので早めに終わらせてアラバスタ編を早く書きたい所存。
あと二話か三話くらい、ですかね…。


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第百五十話:チェス&クロマーリモ

「医者~~!!! どこだ~~~~!!!」

 

 ルフィが叫びつつ城の中を走り回る。当然城の中にも守備隊の兵士たちはいるが、ものともせずに殴り倒して進んでいた。

 後ろを走るペドロとチョッパーは楽なものだが、このまま後ろをついていっても目的の医者が見つかるとは思えなかった。

 

「どこか、医者が居そうな場所に心当たりでもあればいいんだが……」

 

 誰かに聞こうにも兵士たちは軒並みルフィが倒しているし、それ以外の城で働く者達は皆部屋に閉じこもってしまっている。聞き出すのは容易では無いだろう。

 チョッパーはきょろきょろと辺りを見回しながら走っていたが、突如足を止めた。

 ペドロも釣られて足を止めると、チョッパーがクンクンと匂いを嗅ぎ始める。

 

「これ、ドクトリーヌの匂い……こっちだ!!」

「匂いで分かるのか?」

「うん。でも、似たような薬品の匂いはあっちこっちからする」

 

 城の中にはドラム王国お抱えの医者たちが常日頃から治療や研究をしているため、くれはと同じように薬品の匂いがそこかしこからしている。

 完全にかぎ分けるのはチョッパーとて至難の業なのだろう。

 

「居場所はわかりそうか?」

「大丈夫! ドクトリーヌの匂いはちょっと独特だから、すぐわかるよ!」

「……それ、本人にはあまり言わない方が良いぞ」

 

 女性に対して「匂う」と言うのは少々配慮に欠けた物言いだ。チョッパーにそれを求めるのもどうかとは思うが、人の社会で生きるならそういった配慮も必要になる。

 このままドラム王国と言う閉じこもった世界で生きるならそれでもいいかもしれないが……チョッパーもいずれ独り立ちする時が来る。

 覚えておいて損は無い。

 

「こっちだ!」

「良し、ルフィ!」

 

 ペドロが視線を戻すと、既にルフィはいなくなっていた。

 足を止めている間にどこかへ行ってしまったのだ。

 参ったな、と思う一方、ルフィなら大丈夫だろうという思いもある。ひとまず死ぬような危険は無いはずだと判断し、医者の救出を優先することにした。

 

「チョッパー、おれ達だけで医者を救いに行くぞ。その後でルフィたちと合流だ!」

「わかった!」

 

 二人は進路を変え、くれは救出のためにルフィとは別の道を走り出した。

 

 

        ☆

 

 

 医者を探して城の中を爆走しているルフィの前に一人の男が立ち塞がった。

 

「待てェい!! この麦カバ野郎!! 一体誰の許可を得ておれの城を走り回ってやがる!!!」

「なんだお前。おれは医者を探してんだ、邪魔すんな!」

「医者だと!? このドラムの誇る優秀な医者が目的か!!」

 

 ずんぐりむっくりとした体形の男が気炎を上げてルフィを睨みつける。

 ドラム王国国王、ワポルその人だ。

 彼は、三人の腹心が城門前で海賊を迎え撃つと言うので好きにさせていたら城に入られたというので自ら海賊を粛正しに出向いて来たのだ。

 

「このカバめ……!! チェスもクロマーリモもドルトンも!! どいつもこいつもこんな海賊一匹止められねェのか!!? 失望させやがって!!」

 

 ワポルは怒り心頭とばかりに罵詈雑言を口にする。

 誰も彼も役に立たない、やはり己でどうにかするしかない──と。

 ワポルは巨大な口を開いてルフィを丸呑みにしようと跳躍し、ルフィはそれをジャンプして避ける。

 

「うわっ!?」

 

 結果としてルフィの後ろにあった壁にぶつかるが、ワポルはそれをものともせずに壁を食い破り、バキバキと凄まじい音を立てながら咀嚼していく。

 いくらルフィでも煉瓦の壁を食べようなどとは考えないため、実際に壁を食べるワポルを前にドン引きしていた。

 

「壁を食ってる……!?」

「避けるんじゃねェよ! 食い殺せねェだろうが……!!」

 

 イライラを隠しもせずに咀嚼した壁を呑み込み、またもワポルはルフィに噛みつく。

 ルフィはそれを避けつつ下がっていくが、壁に追い詰められて追い詰められたことを悟った。

 ワポルは構わず壁ごとルフィを丸呑みにして咀嚼する。

 

「ぐぬ……! なんだこれは……噛みにくい……!!」

「ゴムゴムの~~」

 

 両腕だけ口の外に出ているのに気付かず、ルフィを口の中で食い殺そうと咀嚼するワポル。

 その顔面目掛けて、壊れた壁から外に伸びていたルフィの両腕が戻っていく。

 

「バズーカ!!!」

「ブバッ!!?」

 

 勢いよく吹き飛ばされたワポルは反対側の壁に激突し、ルフィはびっくりしたように麦わら帽子をかぶりなおした。

 流石に人に食べられたのは初めての経験だ。

 今ので倒れたかな、とワポルをじっと見るルフィだが、ワポルはダメージを受けつつも立ち上がる。

 

「頑丈だなー」

「この……麦カバがァ……!! ゼェ、ハァ……おれ様を本気で怒らせたな……!!」

 

 ワポルがぶつかったのは城の中央にある巨大な柱である。

 城の支柱になっているそれの一階部分には扉があり、ワポルだけが鍵を持つ部屋──〝武器庫〟であった。

 

「この〝バクバクの実〟の真の力、見せてくれる!!!」

 

 ワポルが鍵を開けて武器庫に入り、ルフィはそれを追いかけて武器庫に入る。

 中には銃や剣を始めとして多様な武器が置いてあるが、ワポルはそれを片っ端から口に入れて咀嚼していた。

 ルフィもまさか武器を使うのではなく食べるとは思っていなかったため、驚きで動きが止まる。

 

「何やってんだ!?」

「……食物はやがて血となり肉となる。食後こそ〝バクバクの実〟の真の能力!! 〝バクバク(ショック)〟!!!」

 

 ワポルが武器庫に在った銃や剣を片っ端から食べていたのは何故か。

 バクバクの実の力は食べた物を己の血肉として吸収し、あらゆる物体を自身の肉体として発現することにある。

 家を食べれば肉体は家の性質を持ち、車を食べれば車の性質を持つ。

 武器庫の武器を平らげた今のワポルがその力を発現すれば、当然膨大な数の武器をその肉体に発現させることが出来る。

 

「見るがいい……これぞ、世にも恐ろしい〝人間兵器〟の姿!!」

 

 両手に斧、肩に剣、体の至る所に銃口を備え、更には武器を食べたことによる体の硬質化さえ現れている。ついでに太った体もスリムアップしていた。

 ドラム王国屈指のパワーファイターであるドルトンでさえ足元にも及ばず、実質的な最強戦力として君臨する王がそこにはいた。

 

「……か……」

 

 ルフィも絶句し、人間兵器となったワポルを前に口を半開きにしており──。

 

「かっこいい~~!!! ビームとか出そう~~~~!!!」

 

 目をキラキラさせてワポルの姿に喜んでいた。

 

 

        ☆

 

 

 一方、城外。

 兵士たちは軒並み倒れ、残すは三人の幹部のみとなっていた。

 ラミとサンジはチェスとクロマーリモを相手取っているが、慣れない雪上での戦闘であることと初めての共闘であることが重なって苦戦していた。

 

「ふふふ……雪上での戦闘は初めてか?」

 

 にやりと笑うクロマーリモに、サンジが嫌そうな顔をしながら「まァな」とぼやく。

 標高5000メートルを超えるドラムロックの頂上にある城だ。気温も低く、降り積もった雪に足を取られて蹴りにも上手く威力が乗らない。

 サンジはずっと海上レストランで過ごしてきたため、こういった環境下での戦いに不慣れだった。

 そもそも靴が雪国用では無いので滑る。

 

「いちいち雪に足取られてちゃロクな蹴り入れられねェな。ラミちゃん、そっちは大丈夫か!?」

「私は一応訓練受けてるから平気」

 

 過去にも雪国で活動したことがあるので、ある程度は慣れている。とは言え、この国で暮らして普段から生活しているチェスとクロマーリモほどではない。

 

「〝静電気(エレキ)マーリモ〟!!」

 

 クロマーリモがラミに向かって黒いアフロのようなものを投げると、すかさずサンジが足を延ばしてそれを止める。

 目の前の自分ではなくラミを狙ったことにカチンと来たサンジは、真っ直ぐクロマーリモ目掛けて駆け出した。

 

「テメェ、レディに向かってアフロ投げるなんざ何考えて──ん?」

「かかったな……!」

 

 アフロが取れない。

 静電気でくっついているのだ。

 

「何だこれ!? 取れねェ!!」

「よくくっつくだろう? いくらでも出せるぞ! 〝静電気(エレキ)マーリモ〟!!」

 

 ポンポンと投げつけてくるアフロを避けようとするも、足が雪に取られて避けきれずにアフロが引っ付いてしまうサンジ。

 

「うおーっ!? なんだこのアフロ!? ラ、ラミちゃん助けてくれっ!!」

「えーっ!? で、でもアフロなんてどうすれば……!?」

 

 静電気で引っ付いたアフロを剥がすなど初めての事でどうすればいいか分からないラミ。

 手で取ってみるも、今度はラミの手に引っ付いて離れなくなる。

 嫌な顔をしてサンジに引っ付け返すと、距離を取って手でバッテンを作る。生理的に無理だったらしい。物凄い勢いで拒否していた。

 

「無理無理無理!! 自分で何とかして!!」

「見捨てられた!? おいウソップ、何かねェのか!?」

「何かって何だよ!? それより気を付けろ、もう一人が弓で狙ってるぞ!」

「チームワークがなってねェな……」

 

 火矢を番えてサンジに狙いを定め、連続して放つチェス。

 サンジ自身を狙ったものではなく、引っ付いたアフロの方を掠め、引火してアフロが炎上した。

 即座に転がって周りの雪で鎮火させるが、危うく服まで引火するところだった。

 

「あつっ! あっつ!!」

「〝静電気(エレキ)マーリモ〟は良く燃えるだろう? お前ら全員火炙りにしてやる!」

「させない!」

 

 再び火矢を番えたチェスに対し、ラミが刀を構えて斬りかかった。

 チェスはそれに反応して戦斧を取り出し、ラミの刀とぶつかり合って派手な音が鳴り響く。

 両手に一本ずつ持った戦斧を振り回してラミと切り結ぶチェスは、所詮小娘一人と侮っているが──ラミは見た目よりもずっと強い。

 

「ハッ!!」

「ぐぬ! 小娘め、ちょこまかと……!」

 

 振り回される戦斧をいなし、受け止め、反撃する。

 革命軍にはチェスよりも強い相手などいくらでもいた。彼らに比べれば、条件が悪かろうともチェス相手に負ける道理などない。

 連続する斬撃がチェスの戦斧を弾き、真正面がガラ空きになる。

 

「しまっ──」

「──〝切断(アンピュテート)〟」

「がはっ……!!」

 

 ズバン、とチェスの体を袈裟切りにし、ラミは血を払って刀を納める。

 チェスは今の一撃に耐え切れず膝から崩れ落ち、意識を失った。

 

「チェス!」

「おいおい、どこ見てやがるアフロマン」

 

 先の攻撃で火傷を負ったサンジだが、その闘志は衰えることは無い。チェスが敗北したことに動揺するクロマーリモ目掛けて駆け出した。

 クロマーリモは動揺しつつもサンジを倒そうと、再び〝静電気(エレキ)マーリモ〟をサンジ目掛けて投げつける。

 だが、サンジは避ける事さえしない。

 

「コイツは良く燃えるが、逆に言えばそれだけだ。こいつ単体なら何のダメージにもならねェ」

「ぐ──ならば!」

 

 クロマーリモは両手に大木槌を持ち、それを振り回してサンジを叩き潰そうとする。

 だがサンジはそれを即座に回避し、振り下ろした大木槌を足場にクロマーリモの顔面目掛けて蹴りを振り抜いた。

 

「ぐあっ!?」

「まだまだ行くぞ! 散々コケにしてくれやがって……!」

 

 〝首肉(コリエ)〟、〝肩肉(エポール)〟、〝背肉(コートレット)〟、〝鞍下肉(セル)〟、〝胸肉(ポワトリーヌ)〟、〝もも肉(ジゴー)〟。

 人体の各部位目掛けて蹴りを叩き込み、クロマーリモの動きが鈍ったところでとどめの一撃を振りかぶった。

 

「〝羊肉(ムートン)ショット〟!!!」

「ぐばァ!!!」

 

 吹き飛んだクロマーリモは城の壁に激突し、城壁の一部を崩しながら倒れる。

 ラミもサンジも辺りを見回し、周囲にはもう敵がいないことを確認してから一つ息を吐いた。

 

「こっちはこれで終わりかな?」

「ふざけた野郎だったぜ、全く」

 

 ──城門前の戦い。勝者、ラミ&サンジ。

 

 

        ☆

 

 

 ゾロは道に迷っていた。

 本来ならロープウェイを守るためのチームに振り分けされていた彼だが、最初にルフィとローが大半の兵士を()()()しまったので、そちらにはもう手が必要ないと判断して医者を探す方に回ったのだ。

 だが、しばらく城門付近で他に入口は無いかとウロウロしていたが見つけられず、ローとドルトンが戦っている横を通り抜けて城に入り、そのまま適当に部屋を開けて回っていた。

 どこにいるか分からないので手当たり次第である。

 吹き抜けの城内を歩き回ってはドアを開け、中を確認して次のドアへ。

 またガチャリとドアを開けると、怯えた様子の給仕たちがゾロの方を見つつ手にモップや包丁を構えていた。

 

「あー、襲う気はねェ。医者がどこにいるか知らねェか?」

「い、医者……?」

「イッシー20(トウェンティ)なら上にいるはずだが……」

「そうか、ありがとよ」

 

 ゾロは礼を言って扉を開けたまま駆け出す──下に繋がる階段に向かって。

 

「そっちは逆だ! 上だと言っただろう、上!」

 

 給仕の男は恐怖など忘れたようにゾロを怒鳴りつけ、ゾロはそれを聞いて上への階段へ方向転換した。

 そのまま階段を上ると、別の部屋の扉があったので勢いよくそれを開ける。

 中には何人もの白衣姿の医者が居た。

 

「き、君はなんだ!? 城を襲っているという海賊か!?」

「……あー、まァ医者と言えば医者か」

 

 ゾロが言葉足らずだったのが悪いが、どうみても捕まっている医者には見えない。ここではない別の部屋なのだろうと思い踵を返すと、その背中へ声を掛けられた。

 部屋の中にいた医者の一人が話しかけてきたのだ。

 

「待ってくれ! 君は……君たちは、ワポルを倒そうとしているのか?」

「まァついでにな。おれ達は捕まってる医者を助けに来ただけだ」

「そうか、彼女を……だが、ワポルがそれを許すとは思えない。気を付けてくれ、あの男は君たちが思っているよりもずっと強い」

「あァ……?」

 

 海賊の心配をするのも随分妙な話ではあるが、ワポルが余程嫌われているという事なのだろう。

 あるいは、この現状を変えられるなら海賊にでも縋るというつもりなのか。

 どちらにしても、ワポルという男は警戒した方が良さそうだとゾロは考える。

 城の中に先に突入したルフィやペドロが戦っている可能性が高いが、自分が先に戦うことも十分あり得る──そう考えていると、背後から連続して爆発音が聞こえてきた。

 何事だと部屋を出て階下を見下ろすと、ルフィが戦っているのが見える。

 

「なんだ、ありゃあ……?」

 

 体から剣や銃が生えている。

 ああいう能力者もいるのかと思っていると、医者の一人が同じように階下を見下ろして「遅かったか……!」と悔しそうな顔をしていた。

 

「あの状態になったワポルは無敵だ! 悪いことは言わない、Dr.くれはを連れて逃げなさい!」

「逃げろったって、捕まってる医者はどこにいるんだよ」

「地下だ。城の奥まったところに地下牢への入口がある。そこから入っていけばすぐのところに捕まっている」

「そうか、ありがとよ」

 

 そう言ってゾロは、来た方向とは逆方向に向かって走り出した。

 「そっちは逆だ!」と叫ぶ医者の言葉を置き去りにして。

 




パーフェクトワポル、原作だとシルエット姿しか出てないので大半想像です。
代わりにチェスマーリモ(肩車の姿)がリストラされました。


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第百五十一話:ドルトン

中弛みしてると意見を頂きました。取り合えず次々話あたりからマシになると思うのでそれまで飛ばして貰っても大丈夫です。大まかな流れは原作とそう変わらないので。


 雪を踏みしめ、ドルトンが疾走する。

 櫂にも似た特殊な形状の武器を構え、ローの斬撃を次々に躱して接敵した。

 

「チッ!」

 

 パワーとスピードは流石に動物(ゾオン)系のドルトンに分がある。しかし、ローの能力は自然(ロギア)系だ。

 液体の性質を持つため、足元に広がる光沢のある液体から時折串刺しにしようと棘を生やすことでドルトンの動きをけん制している。

 加えて、雪の上に広がる光沢のある液体を踏みしめることで圧力を分散し、足が雪に取られることを防いでいる。雪上の戦闘に慣れていないのでドルトンに対抗するための策だった。

 しかし、ローは自然(ロギア)系であるにも関わらず、ドルトンの攻撃を刀で受けている。

 不思議に思ったドルトンは動きを止めて問いかけた。

 

「君の能力、それは自然(ロギア)系だろう? 聞くところによると、自然(ロギア)系は通常の攻撃など受け流すという話だが……」

「教えてやる義理があるのか?」

「……それもそうだな。だが、それを抜きにしても君は強い」

 

 ドルトンはドラム王国の守備隊の隊長である。

 即ち、ドラム王国でもトップクラスの実力を持つという事に他ならない。

 同じ幹部であるチェスやクロマーリモも近しい実力ではあるが、単体戦闘力と言う意味ではドルトンを超えることは無かった。

 その男と正面から打ち合っているだけでも、ローの実力は十分察せるというものだ。

 

「メタルコート」

 

 ローの肉体から流れ出た液体が刀に纏わりつく。

 足元に液体を広げるのではなく、足の裏にスパイクを作り、雪上でも滑らないようにする方式に変えてドルトン目掛けて走り出した。

 ドルトンはそれを迎え撃ち、派手な金属音を響かせ──先程ぶつかった時よりも重い衝撃に思わずグラついた。

 

「何!?」

 

 ローの能力は〝メタメタの実〟──即ち液体金属人間である。

 刀に纏わせることで斬撃からその重さを利用して叩きつける攻撃に変えることも出来、形状を変えるだけで様々な攻撃法に変化させられる。

 まさしく変幻自在の能力だ。

 しかし、無敵と謳われることの多い自然(ロギア)系の能力にも弱点は存在する。

 砂が水で固まる様に。

 雷がゴムに無効化されるように。

 液体金属は、このドラムにおけるマイナス50度と言う極寒の環境下では固まってしまうため、攻撃を受け流せない。

 最初に兵士たちの銃撃を受け流せたのは、極寒の環境に身を置いて時間が浅かったので固まっていなかったからに過ぎないのだ。

 

「面倒だな……!」

 

 それでも能力自体が無効化されたわけでは無い。

 初めての経験ではあるが、流体の体を捉えられたことなら何度もある。覇気を使わずとも普通の攻撃が通用するようになっただけだ。

 ローは焦るなと自身に言い聞かせ、白い息を吐きながら刀を構える。

 

「厄介な能力だ。攻撃は通じるが、君自身も相当鍛え上げているな」

「当たり前だ。この国の王みたいな連中を軒並み引きずり下ろすために、おれは戦ってんだからな」

「ワポルを……? 君は、何故この国に対してそこまで……」

 

 捕らわれた医者を救い出すだけならワポルと戦う必要は無い。

 だが、ローは初めからワポルを倒すことを計算に入れた上で戦いを挑んでいた。

 赤の他人の住む島だ。何の関係も無い国のはずだ。それなのに、何故ローはそこまで必死に戦うのか──ドルトンは、不思議で仕方なかった。

 ローの答えは単純明快。

 

()()()()からだ」

 

 かつて、とある国の上層部が金を稼ぐためだけに有毒物質を発掘させていた。

 国民は気付かぬ間に毒に蝕まれていき、一斉に発症した時には既に手遅れだった。

 誰もが絶望した中で、唯一見捨てず助けてくれたのは国の王でも政府でもなく、海賊だった。

 彼女の手引きで革命軍に籍を置いたローは、その背中を追いかけて強くなったのだ。

 幼き日の自分のように、王のせいで国民が虐げられる──そんな国を無くすために。

 

「国王ってのはそんなに偉いのか? 人の命を簡単に使い潰して良いのか? んな訳ねェだろ」

 

 だが、自身の意思を押し通すには力が必要だった。

 弱いままでは自分の生き方すら変えられない。だからローは強くなったし、こうして海賊として名を揚げつつ世界を巡っている。

 

「弱ェ奴には生き方も、死に方すらも選べねェ! 利用されるだけで惨めに死ぬ人生なんざ、おれは御免だ!!」

「…………!!」

 

 ローの言葉にドルトンは呆然と立ち尽くす。

 どれほど言葉を並べ立てようとも、体制側の一翼を担うドルトンでは説得力が無い。反論など出来ようはずがない。

 医者狩りにせよ、他の悪政にせよ、止められたことなどなかった。ひとたび病に罹ればワポルに従うしか生きる術はなく、逆らったところで自分勝手な法律を作り上げられて殺される。

 どれだけ医療が発達した国と言われても、どれほど優れた薬を生み出すことが出来たとしても。そんなものに意味など無いのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「……私も、同類か」

 

 ドサリと腰を下ろし、武器を捨てた。

 ドルトンの行動に眉根を顰めるローだが、能力まで解除したドルトンは既に戦意を無くしている。

 

「私の負けだ。私が勝とうと負けようと大勢に影響はない……私は、その程度の男だ」

 

 戦意を無くしたドルトンは、「しかし」とローへ問いかける。

 

「君は、この国を変えられるのか?」

「無理矢理にでも変えてやるよ。その後良くなるかどうかはお前ら次第だ」

「これは手厳しい……だが、そうだな」

 

 悪政から解放して貰って、その上国を良くしろなどと言うのは虫が良すぎる。

 国を良くするのはその国に住む者達の役割だ。外部から来てああしろこうしろなどとのたまうのは筋違いも甚だしい。

 ローは身の丈よりも大きい刀を鞘に納め、ドルトンに背を向けて城の中へ向かう。

 その背中目掛け、ドルトンは最後に言葉を掛けた。

 

「ワポルは強い。私よりもな……気を付けてくれ」

「言われるまでもねェ」

 

 忠告を聞きながらも臆することは無く、ローは城の中へと入っていった。

 

 

        ☆

 

 

 チョッパーとペドロは城の地下室へと入り、その中で門番をしていた兵士を倒して奥へと進んでいた。

 

「この先だ!」

 

 脇目も振らずに進むチョッパー。

 一番奥の牢屋の中に、一人佇む老婆の姿があった。

 特に怪我や体調を崩している様子もなく、チョッパーが声をかけるや否や驚いたように目を見開く。

 

「ドクトリーヌ!!」

「ん? チョッパー! お前、ここまで来たのかい!?」

「おれのせいでドクトリーヌが捕まっちゃったんだ!! だから、おれが助けなきゃって思って……」

「バカだね……」

 

 多少の怪我はあるものの、チョッパーが無事なことに安堵したようにため息を漏らす。

 

「140の婆さんだと聞いていたが、えらく元気そうだな」

「あたしゃまだピチピチの139歳だよ!」

「それは失礼した。怪我は無いようだが、歩けるか?」

「怪我は無いよ。足腰ならまだまだ負けやしない。若さの秘訣を聞くかい?」

「それはまた今度に」

 

 くれはは会話しながらペドロに視線を向け、眉根を顰めた。

 

「しかし、見ない顔だね。お前さんも能力者かい?」

「いや、おれはこういう種族だ」

「ミンク族か。珍しい種族が来たもんさね」

「おれ達を知っているのか?」

「昔、知り合いの船に乗っていた奴を一人知ってる。下半身と首から上が馬のケンタウロスみたいなやつだったがね」

 

 懐かしそうに話すくれはの言葉に、ペドロは何となく心当たりがある相手を思い出す。

 今では海賊を引退して〝ゾウ〟に隠居していると聞く、かつては世話になった相手の事を。

 

「おれにも心当たりがある相手だな。だが、その話は後にしよう。まずはここから逃げるんだ」

 

 くれはに少し離れて貰い、鉄製の檻を一息に切ってしまうペドロ。

 チョッパーが腕力でどうにかしようとしても無理だったものを簡単に切ってしまったので、チョッパーは「すげー!」と目を輝かせている。

 その一方で、くれはは珍しいものを見たという様に顎に手を当てていた。

 

「覇気使いかい。この辺りの海にいるとは珍しいね」

「おれの出身は〝新世界〟だ。これくらい出来なくては身を守ることも難しいのでな」

 

 〝新世界〟には毎年多くの海賊が乗り込み、そのほとんどが四皇、あるいは七武海に挑んで海の藻屑となっている。

 四皇か七武海の傘下に収まれば生きていくことは出来るだろうが、どの勢力にも属さず〝新世界〟の海を渡っていくのは非常に難しい。

 ほぼ不可能と言っていいほどだ。

 ペドロは近年は〝新世界〟に足を伸ばしてはいないものの、情報はいつだって最新のものを仕入れている。この状況は変わっていないし、今後も変わることは無いだろう。

 

「さァ、急いでくれ。大丈夫だとは思うが、戦闘はまだ続いている。足元に気を付けてくれ」

「急かすんじゃないよ、まったく……」

 

 城内で砲撃音が響き、城が揺れる。

 誰かが派手に暴れているのだろう。城内で大砲を使うなど正気の沙汰ではないが、場合によってはそういう事もある。

 ペドロは剣を片手に先行し、城門へと戻っていく。

 地下室から出ると、丁度出て来たペドロの下へとルフィが吹き飛んで来た。

 

「うべっ!」

「ルフィ! 大丈夫か!?」

「お、ペドロ。そっちの婆さんが医者か?」

「ああ。しかし……随分苦戦しているようだな」

 

 ルフィは多少傷があるものの、大きなダメージがあるようには見えない。

 吹き飛んで来た方向を見ると、ゆっくり歩いて追いかけてくる男がいた──ワポルである。

 

「あいつ滅茶苦茶頑丈になったなー。何発か殴ったんだけど、鉄みたいになってんだ」

「悪魔の実の能力か……手伝うか?」

「いや、いい。おれ一人で十分だ」

 

 ルフィは帽子をかぶりなおし、右腕を後ろに伸ばしてワポルへと駆け寄る。

 

「麦カバァ……! いい加減に倒れやがれ、鬱陶しい!!」

 

 斧へと変形している両腕を振り回してルフィを切り刻もうとするが、ワポルの能力はあくまでも武器の性質を肉体に与えるだけのもの。

 ()()()使()()()()()()()()()()()()()

 ワポルの攻撃をひらりひらりと躱したルフィは、ワポルの腹部目掛けて右腕を叩きつけた。

 

「ゴムゴムの──銃弾(ブレット)ォ!!!」

「ぐぬ──!!」

 

 ワポルは鋼鉄の武器を多数食べた影響で体が頑丈になっているのか、ルフィの攻撃を何度も受けてなお立ち上がるタフネスさを見せている。

 しかし、そうは言っても普段から戦う事の無い男である。

 ここに来てスタミナ切れを起こしていた。

 

「ゼェ……ハァ……!! 何度も何度もカバみてェに伸びたり縮んだり!! いい加減飽きたぜ!!」

「おれだってそうだ! 見た目はカッコいいのにビームも出さねェし!! 出てくるのは銃弾ばっかりじゃねェか!!」

「出るわけ無いだろう」

「何言ってんだいあの小僧」

 

 ペドロとくれはが呆れたような言葉を口にする。

 ルフィは二人の言葉が耳に入らないままワポルに飛びつき、体をグルグルと回転させていく。

 武器を食べてワポルの肉体は強化されているが、全身を武器としたために機動力が落ち、回り込んで組みついたルフィに対処できないのだ。

 

「な、何をする!! 離れ──」

「ゴムゴムのォ~~〝ボーガン〟!!!」

 

 遠心力を利用し、上層目掛けてワポルを吹き飛ばす。

 吹き抜け上部の天井を突き破って上層へ到達し、余りの勢いに屋根を体半分突き抜けた状態で停止した。

 

「ガカ……ゴフ……っ!」

 

 如何に頑丈であろうとも、これだけの衝撃を与えられれば血も出るし痛みもある。

 頭部から血を流し、ワポルは何とか体を捩って抜け出そうともがく。

 そこへ、下から追いかけて来たルフィが屋根の上に立った。

 

「む、麦カバ……!」

「お前に恨みはねェ。けど、おれ達の冒険には邪魔だ」

「お、おれが誰だかわかってんのか!? 世界政府加盟国、ドラム王国の国王!! 偉いんだぞ!! テメェなんかよりずっと、おれ様の方が偉いんだ!!」

「関係ねェよ」

 

 ルフィは限界まで腕を後ろに伸ばしていく。

 

「関係ねェだと!? そんな訳があるか! いいか、これは世界的大犯罪だぞ!? 世界政府加盟国の王に対して、こんなことが赦されると思ってんのか!!」

「だから、関係ねェんだ──これは、おれとお前の喧嘩だからな」

 

 ワポルの言葉などどこ吹く風。一切取り合う気も無く、今までに無いほど腕を伸ばす。

 

「ゴム、ゴム……」

「ま、待て! わかった、良いだろう! 医者が欲しけりゃ何人か連れて行くと良い! 医者が欲しいんだろう!? ドラムの医者は世界最高だぞ!!」

「ゴム、ゴム、の──」

「そ、それとも地位か!? 勲章か!?」

 

 苦し紛れにルフィの手を緩めさせようとするワポルの言葉など耳に入らない。

 ドラムの冷たい風を浴びてもなおワポルの額には冷や汗が止まらず、ルフィはそんなワポルを見据えて──。

 

「──バズーカ!!!」

 

 海の彼方まで吹き飛ばした。

 

 

        ☆

 

 

「……終わったのか」

 

 城の屋根から海の彼方まで吹き飛んでいったワポルを見据え、ドルトンは静かに呟いた。

 兵士たちの安否は気になっていたため、気絶した兵士たちの手当てをしていたが……あれだけ派手に戦っていれば嫌でも気付く。

 ドラムは変わる。それが良いか悪いかは今後次第だとしても。

 未来を変える権利を掴み取ったのは確かだった。

 




あらゆる意味でローの天敵がカナタになってしまった。


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第百五十二話:冬島に咲く桜

「ヒ゛ヒ゛さ゛ま゛ァ゛ァ゛ァ゛!!! こ゛ふ゛し゛て゛な゛に゛よ゛り゛で゛す゛ゥ゛~~!!!」

 

 ドラム城を制圧し、くれはが「設備はここが一番整ってるから患者を連れてきな」と言ったのでルフィとペドロ、チョッパーとサンジがナミを城へ連れていくために船に戻ったところ、一人の男がビビの前で跪いて号泣している場面に出くわした。

 その場にいたトラファルガー海賊団含め、全員がドン引きしている。

 顔中涙と鼻水だらけにする男に対し、ビビは恥ずかしそうに顔を赤くして泣き止ませようと慌てていた。

 

「ちょっ、イガラム!! みんな見てるから!! 涙と鼻水を拭いて!!!」

「グスッ……失礼しました」

 

 イガラムと呼ばれた金髪のカーリーヘアの男は、ビビから受け取ったハンカチで涙を拭いて立ち上がる。

 フォーマルなスーツに身を包んだその男は、未だに片方の鼻から鼻水が垂れていたが……気にすることなくルフィたちへと一礼した。

 

「申し遅れました。わたくし、ビビ様の護衛をして゛……ゴホン! マーマーマー♪ 護衛をしております。イガラムと申します」

 

 ルフィは発言や行動よりもイガラムのカーリーヘアの方に視線がいっており、「おっさん、髪、巻きすぎ」と呟いていた。

 それはともかく。

 ドン引きしていた一人であるペドロは詳しい事情を聞くべきだと考えていたが……何はともあれ、まずはナミの治療を優先するべきだとルフィに進言する。

 ルフィもその意見に賛成し、イガラムに改めて説明する。

 

「そうだな。悪ィけど、うちの航海士を医者の所まで運んでからでいいか?」

「ええ、構いません。我々も到着したばかりですし、落ち着いてからの方が良いでしょう」

「……ところで、後ろにいる二人は貴方の仲間か?」

「ああ、そうですね、先に紹介だけしておきましょう」

 

 ペドロの疑問に答える為か、イガラムの後ろにいた男女のペアが前に出る。

 

「ジェムだ」

「ミキータよ」

 

 茶髪のウニのような髪形をした男、Mr.5ことジェム。

 金髪碧眼の美女、ミス・バレンタインことミキータ。

 〝バロックワークス〟を裏切り、イガラムを連れてドラムまで来た二人である。

 

「この二人のおかげで、私も無事にドラムまで辿り着けました」

「それがおれの仕事だ。気にするな」

 

 ジェムはピシッと背筋を伸ばし、背中で手を組んだまま静かに言う。

 ミキータはあまり興味も無さそうで、寒いせいかテンションも随分低い。

 ミキータの方はともかく、ジェムはある程度近辺の島の事情には通じているようで、ふと気付いたように口を開いた。

 

「ドラムは医者狩りをしていると聞くが、海賊を見てくれる医者は見つかったのか?」

「ああ。邪魔口(ジャマグチ)ならぶっ飛ばしたからな」

「邪魔口?」

「この国の王だ」

 

 ドラム王国の国王を海の果てまで吹き飛ばしたと聞き、ジェムは思わず額に手をやって頭が痛そうな顔をしていた。

 ビビをここまで無事に連れて来た海賊と言うから、それほど危険性は無いと考えていたが……仮にも世界政府加盟国の国王をぶっ飛ばすなど想定外にもほどがある。

 詳しい事情を聞いた方が良いだろうと考え、ジェムも同行する旨を申し出た。

 

「そりゃ構わねェが……ビビちゃんたちはどうする?」

「私たちも行くわ。もう危険は無いんでしょう?」

「敵はいねェな。どういう訳か、王がいなくなった途端みんな掌返して歓迎してくれてる」

 

 それだけ酷い王だったのだろう。ビビは思うところがあるのか、やや顔を暗くして俯いてしまう。

 イガラムはビビを慮って「無理をせずとも良いのですよ」と声をかけるが、ビビは「ううん」と首を横に振り、すぐに顔を上げた。

 

「行きましょう。ナミさんの治療が最優先よ」

 

 

        ☆

 

 

 トラファルガー海賊団と麦わらの一味の全員が王城に集まることになった。

 ナミを連れて城に行くと、何故か武器庫から城の外に大砲を運び出している兵士たちがそこかしこにいた。兵士たちの中にはルフィたちを未だ敵意の籠った目で見る者もいるが、ドルトンがひと睨みすれば何も言わずに視線を逸らしている。

 ペドロに背負われたナミはイッシー20とくれはのいる医務室に連れていかれ、メモを片手に同行するローとラミの前で治療を始めた。

 毒の成分の解析とカルテはローが既に作っていたのもあり、くれはは一通り目を通して患者であるナミの容体を確認する。

 

「……この小娘、確かあの麦わらの方の仲間だったね」

「ああ、そうだが」

「誰でもいい、こうなった事情を聞きたい。連れてきな」

 

 くれはの指示に従ってサンジとゼポが連れて来られ、チョッパーの隣に座らされる。

 

「このオレンジの髪の小娘の毒、足の傷から入ったものだろう? 誰から受けた傷だい?」

「アルファ・マラプトノカと言う女だ。兵器に悪魔の実を食べさせて運用する謎の女で……恐らくはその動物兵器が使った毒だと考えている」

「聞いたことのない名だね。しかし、動物兵器か……」

 

 カルテと毒の成分表を睨みつけるように確認するくれは。

 珍しい毒だ。如何に長年生きているとはいえ、知らない毒の解毒は難しい。ゼポは険しい顔で尋ねた。

 

「……やっぱり、ゆガラでも治療は難しいのか?」

「いや、解毒自体は可能だよ。あたしは()()()()()()()()からね」

「治療したことがあるのか?」

 

 ローやゼポに言わせれば未知の毒らしいが、くれはは既に治療したこともあるという。

 人工的な毒だ。作られた時代にもよるが、くれは程の年季ならばありえないとも言い切れない。

 

「もう30年近く前の話さ。同じ毒を受けてあたしに治療を受けに来た奴が居た」

 

 その女は毒の影響で片腕が不随となっていたが、くれはの治療とリハビリを受けて元通り動くようになっている。

 ナミも治るだろう。

 問題は、その毒を使う相手の方だ。

 

「この毒はね、()()()()()()()使()()()()()()さ」

「かっ──海軍大将だと!?」

 

 ローとラミ、ゼポとサンジは目を見開いて驚く。

 既に死亡した相手ではあるが、毒の成分からして間違いなく同じものだ。くれはの目に狂いはない。

 

「なんで海軍大将が毒を……」

「サソリの能力者だった、とは聞いてる。自身の体内で毒を生成して利用するタイプの能力者さね。だが、もう40年近く前に死んでるハズだよ」

 

 毒の成分自体は情報として残されていても、同じ毒を作り出せるのか……それも気になるし、マラプトノカが利用していたという話が事実なら別の疑問も浮かび上がってくる。

 当時の海軍大将が使っていた毒の成分を閲覧出来る立場などそう多くは無い。

 革命軍として色々な情報網を持つローも、マラプトノカと言う女の名を知っていても素性は全くわかっていない。

 不気味な相手だ。

 毒の出処も気になるところだが、これ以上の収穫は無いと判断したのか、くれははナミの治療に取り掛かる。

 解毒そのものは時間がかからないが、最低三日、出来れば一週間は経過を見たいとゼポに伝えてサンジ共々部屋から追い出した。

 

 

        ☆

 

 

 ナミの治療にあたり、暇になったルフィたちはジェムたちと情報共有をしていた。

 〝バロックワークス〟のことと、ジェムの本来の所属である〝黄昏〟について。

 

「おれは元々〝バロックワークス〟の話を聞いて内部に潜入したスパイだ。ミキータは金で雇った」

 

 ミキータは個人であちらこちらに荷物を運ぶ〝運び屋〟の仕事をやっていたが、元々海運は〝黄昏〟の領分である。

 急ぎの荷物や非合法な荷物を運ぶことで食い扶持を稼いでいたが、それでも大した稼ぎにはならないので困っていたところ、偶然ジェムと出会って潜入するための相方として雇われたのだとか。

 この件が終わったら〝黄昏〟への就職も口利きするという約束もあるので、仕事はきちんとやるつもりらしい。

 

「お前らの事はミス・オールサンデー……ロビンさんから聞いてる。ビビ王女をここまで連れて来た事には感謝するが、お前らはもう手を引け」

 

 ルフィたちの事はロビンからある程度話を聞いている。

 マラプトノカの襲撃は想定外だったが、ビビが無事なら報告を上げるだけで済むことだ。

 ここから先は一つの勢力を作り上げた七武海の相手になる。たかだか3000万程度の海賊を味方に付けたところで役に立つとは考えていなかった。

 

「いやだ」

 

 ジェムの言葉に反発し、ルフィがはっきりと拒絶した。

 

「……何故だ? お前たちは巻き込まれただけだろう。相手はクロコダイルだと知っているはずだ。生半可な実力で戦っても勝てる相手じゃねェぞ」

「そんなモン知らねェ。でも、おれ達はもう仲間だ。仲間は見捨てねェ」

 

 ルネスで出会い、ドラムに到着するまでの短い間ではあるが。

 一緒に食事をして、船で旅をした仲間であることにかわりは無いとルフィは言う。

 クロコダイルが相手だから手を引けと言われて、はいそうですかと簡単に頷くような男では無かった。

 

「……そうか」

「ルフィさん。でも、本当に危険なのよ? あなた達を巻き込むのは……」

「気にすんな、ビビ。こいつはこういう奴だ。それに、おれ達だって別に巻き込まれたとは思っちゃいねェ」

 

 相手がどれだけ強かろうと、いずれはぶつかる敵だ。

 ゾロは七武海の強さを身をもって知っているが、あの男を超えない限り世界最強の剣士にはなれないことを理解している。

 相手は強いから戦うのを避けよう、などと言う考えで至れる領域ではない。

 

「お前らが同じ考えなら、おれからは特に言う事もねェ。自分の命の使いどころは自分で決めりゃいい」

 

 ジェムは善意でルフィたちに手を引けと言っていただけだ。危険があるとわかっていても首を突っ込むなら無理に引き剥がす必要もない。

 足手纏いにさえならなければ、味方が増えるのは別に不都合も無いのだ。

 ジェムは永久指針(エターナルポース)を取り出し、「こいつがアラバスタ行きの永久指針(エターナルポース)だ」と言う。

 これを辿ればアラバスタに辿り着ける。

 ただし、時間はそれほど多くは無い。

 

「今、アラバスタは反乱軍と国王軍の戦力が逆転している。悠長に航海している暇もねェ。すぐにでもここを発ちたいが、お前らはどうだ?」

「ナミさんの治療はすぐ終わるが、経過観察には最低でも三日かかるってよ」

 

 ジェムの言葉に戻ってきたサンジが答える。

 三日。一日でも早くアラバスタに辿り着きたいジェムたちにとって、その期間は余りにも長い。

 最悪の場合、戦争が始まってしまっている可能性もあるのだ。到底許容出来る期間では無かった。

 

「どうにかならねェのか?」

「つっても、うちにゃ医者がいねェからな……」

 

 完全に治療が終わるまで医者の下を離れるべきでないことはサンジも理解している。

 一方で、一日でも早くアラバスタに着かなければ多くの人命が失われることも理解していた。

 どうすんだ、とサンジは視線をルフィに向ける。

 なるべくならナミにはきちんとした治療を受けさせたいが、ゼポは多少知識があるだけで医者ではなく、アラバスタまでの道中で何かがあれば対処出来ない。

 今は治療中なので邪魔は出来ないが、ナミの治療が終わった後でくれはに何とかならないか聞いてみる他に無いだろう。

 

 

        ☆

 

 

 数時間後、一度家に戻って薬を取ってきたくれははナミに薬を投与し、現在は経過を見ている段階だった。ナミは別の部屋で寝ており、ビビとゼポが隣について看病をしている。

 椅子に座るくれはの横で、ルフィはチョッパーを勧誘していた。

 

「なァチョッパー。お前一緒に来ねェか? 海賊に興味あるだろ?」

「あたしの目の前で引き抜きとは良い度胸してるじゃないか」

「婆さんは誘っても行かないって言ったじゃんか」

 

 その際に婆さんと呼んでぶん殴られたが、ルフィは特にダメージを負った様子もない。ゴム人間なのでさもありなん。

 くれはがダメならとチョッパーを勧誘しているのだ。

 

「……おれは、お前らとはいっしょに行けないよ」

「なんでだよ。楽しいぞ、海賊! 一緒に海賊やろう! な?」

「でも……おれはトナカイだぞ!! 角も蹄もあるし……青っ鼻だし……人間の仲間ですらない、バケモノだし……」

 

 ルフィはスッと壁際に立っているペドロを指差した。

 動物としての特徴なら彼らだって持っている。悪魔の実を食べて能力者になったからバケモノだと言うのなら、ルフィだって同じ悪魔の実の能力者だ。

 行かないための理由をいくら並べ立てようとも、本心を偽ることは出来ない。

 チョッパーはルフィが海賊に誘った時とてもうれしそうな顔をしていたし、行けないと言った時はとてもつらそうな顔をしていた。

 

「チョッパー、お前はどうしてェんだ?」

「どう、したいって……」

「おれは海賊王になりてェ。だから世界一周するし、そのためにお前の力を貸して欲しいって思ってる」

 

 海を旅するのは楽しい。

 けれど、同時に恐ろしくもある。ルフィは航海術を持っていないし、料理も作れないし、剣術も使えないし、ウソもつけない。

 自分一人では生きていけない自信があるから、仲間には一緒にいて欲しいと思っている。

 医術だって当然持っていないから、医者であるチョッパーには仲間になって欲しい。

 

「おれ、は……」

「何度言わせるんだい、若造。チョッパーはあたしのたった一人の助手だ。出ていくなんて勝手な真似、許すもんかね」

 

 剣呑な雰囲気で立ち上がるくれはに、ルフィも真剣なまなざしで真正面から睨み返す。

 

「海賊なんてロクなモンじゃない。そこのへっぽこトナカイが海へ出たところで、すぐに屍を晒すのがオチさ!」

「死なせねェ!! 強くなくたって構わねェ!! その分おれが強くなる!!!」

「生意気言ってんじゃないよ若造!! いくら強くたって死ぬときは死ぬのさ!!! どれだけ世間に恐れられた海賊でもね!!!」

 

 くれはは良く知っている。

 かつて交友のあった海賊はみな死んでいる。今でも生きているのは本当に一握りだ。

 チョッパーがその一握りの中に入れるかどうかなど、誰にも分からない。死ぬ可能性の方が遥かに高いのなら、つまらなくともこの国にいたほうがずっといいに決まっている。

 

「出ていきな!」

「うおっ!?」

 

 くれはが投げた包丁が壁に突き刺さり、ルフィは咄嗟に部屋の外に出る。

 チョッパーはまだ何か話したそうだったが、くれはの剣幕の前には言葉を失うばかりだ。

 ルフィも流石に参ったと思ったのか、部屋の前から去り……ルフィと入れ替わる様にローが現れた。

 

「……随分騒がしいと思ったが、また何かやったのか、あいつは」

「……何でもないさ。嫌なことを思い出しちまっただけだよ」

「嫌なこと?」

「さっきのオレンジ色の髪の娘が受けた毒。あれを以前受けたやつさ」

 

 その昔、交流があった女だ。

 怪物的な強さで海を暴れ回ったが、海軍に負けて海賊団は崩壊……その後にドラムを訪れ、くれはが毒の治療をした後は行方不明だったが、カテリーナから事の顛末を聞いた。

 どれだけ強くとも死ぬときは死ぬ。それがたとえ懸賞金で30億を超えるような怪物でも。

 

「カテリーナ……それはもしや、〝黄昏〟の?」

「知ってんのかい?」

「まァそれなりには有名だ。建築、医療、それ以外にも……〝黄昏〟の中で様々な技術革新をしている人だからな」

「ヒッヒッヒ。小生意気な小娘だったが、多少は医術を教えた甲斐があったってもんさ」

 

 ビンから直接酒を飲みながらくれはが笑う。

 だが、ペドロはくれはの言葉に聞き逃せない言葉があったのか、思わず聞き返した。

 

「……医術を教えた? あガラの師は貴女だったのか?」

「あたしは基本的に弟子を取らない主義だが、チョッパー以外に弟子を取ったことが二度ある。カテリーナとスクラの二人だ」

「待て待て待て!! スクラ!? アンタ、あの人の師匠だったのか!?」

 

 今度はローが慌てたように問い返した。

 かつて自身を救ってくれた医者の名前がここで出るとは思っていなかったのか、随分な驚きようである。

 

「30年近く前の話さ」

 

 当時、まだ〝黄昏〟と名乗っていなかった頃のカナタたちの話だ。

 医術を学ぶためだけにドラムを訪れ、くれはに頭を下げて弟子になった。スクラはくれはからしても優秀で、文句ひとつ言わずに学んでいたのだと。

 もっとも、海軍の強襲があったために途中で切り上げざるを得なかったが。

 

「海軍大将を含む軍艦5隻を相手に大立ち回りをして、今じゃ大海賊なんて呼ばれてるがね」

「カナタさん、当時からバケモノ染みてたんだな……」

 

 ペドロが思わずと言った様子で唸る。

 当時のカナタの年齢は16歳──今のルフィより若い。

 それで海軍大将を撃退したと言うのだから、どれだけとんでもない女だったのかがわかるというものだ。

 遠い目をするペドロの横でローがくれはに近付く。

 

「アンタ、〝珀鉛病〟を知ってるか?」

「ああ。あれは当時〝黄昏〟から治療法の研究って名目でカルテが送られてきたから知ってるよ。王族ってのはどうしてこうロクデナシが多いのかね」

「おれがその〝珀鉛病〟の患者だった」

 

 くれはの酒を飲む手が止まった。

 ローは真剣な表情で、感謝を示すように頭を下げる。

 

「おれはあの人のおかげで生きている。それはつまり、巡り巡ってアンタのおかげでもあるってことだ」

「ヒーッヒッヒ。それであたしが助けられたんだ。弟子は取らない主義だが、たまには取ってみるもんさね」

 

 世の中は案外狭い。

 くれはの弟子だったスクラがローの命を救い、ローはくれはの危機に偶然立ち会って助けた。くれはは運命などと言う陳腐な言葉を信じてはいないが、そういう巡り合わせもあるものだと笑う。

 スクラとカテリーナ。くれはが医術を教えた二人は、そこから何人もの命を救っている。

 多少無理をしてでもくれはを助ける選択をして良かったとローは思う。

 受けた恩は一生のものだが……これで、多少は恩が返せたというものだ。

 

「スクラと、カテリーナ……その二人が、おれより前の弟子?」

「そうさ、チョッパー。お前の兄弟子と姉弟子になる」

 

 どちらも〝黄昏〟に所属している。縁があればどこかで会うこともあるだろう。

 スクラはわからないが、カテリーナは技術者としてあちらこちらに顔を出すこともあるようだから。

 二人の冒険譚を聞き、海賊であることを知り……チョッパーは自分の手を見た。

 トナカイの蹄だ。

 けれど、ジャガーであるペドロは剣を使って戦っている。

 人に変化する能力者だ。

 けれど、同じ悪魔の実の能力者であるルフィはそれを気にせず仲間に誘ってくれている。

 ──結局、意思一つで全ては変えられるのだ。

 決意をすれば世界は変わる。チョッパーは手を握り込み、自分を「息子」と呼んでくれた医者を思い出す。

 不可能をものともしない〝信念の象徴〟──ドクロを掲げた男を。

 

「ドクトリーヌ」

「なんだい?」

「おれ、やっぱり海賊になるよ。あいつらと行く!」

「……さっきの話を聞いてなかったのかい? お前が行ったってすぐに屍を晒すだけさ!」

「屍を晒したっていい!! それでもおれは海に出たいんだ!!」

「生意気言ってんじゃないよ!! トナカイが海に出るなんて聞いたことも無い!!」

「そうだ、トナカイだ!! でも──男だ!!!」

「……!!」

 

 これまでくれはに唯々諾々と従うだけだったチョッパーが、初めて反抗した。

 ヒルルクという男が死んで、「自分が万能薬になる」と医者になることを決意したあの日以来の、強い決意の目。

 それを見せられて驚くくれはだが……しかしチョッパーが海へ出ることを認めない。

 

「言うじゃないか! だがあたしゃ許さないよ!! そんなに出て行きたきゃあたしを踏み越えていきな!!!」

 

 包丁を投げつけるくれはにビビりつつ、チョッパーは頼み込もうとして──更に何本もの包丁を投げつけられ、たまらず部屋から逃げ出した。

 

「お前みたいな泣き虫が男だって!? 勝手な真似は許さないよ!!!」

「ぎゃあああああ!!?」

 

 二人して部屋を出ていき、ペドロとローだけが残された。

 ローはもっと話を聞きたそうだったが、ワポルを倒した海賊に対して思いのほか国民たちの敵意は無い。明日にでもまた聞けるだろうと考え。

 ペドロはくれはの意思を汲み、隣の部屋にいるナミと他の部屋にいるルフィたちへの伝令に走った。

 

 

        ☆

 

 

「こんな急に城を出るとか、それでいいのか!?」

「仕方あるまい」

 

 ウソップの言葉にペドロが答える。

 チョッパーが城中逃げ回っている中、ペドロはルフィたちを見つけてはすぐに船に戻ると声をかけて回っていた。

 詳しい事情を説明している暇はない。

 ナミを背負って一足先にロープウェイに乗り込んだゼポたちを追って、ルフィたちは城から出た。

 本来なら別れは静かにするべきだとペドロは考えていたが、当人がそれを望んでいない。チョッパーを追いかけて部屋を出る際に目配せをされたので確かだ。

 

「二度と会えないかもしれない別れでも、別れの言葉を欲しないことはある」

「……そういうもんか」

「ゆガラもいずれ分かる。世の中にはそういう者もいるのだ」

 

 ウソップはいまいち理解出来ない様子だったが、ペドロの言葉に頷いてロープウェイへ乗り込もうと急ぐ。

 その最中にチョッパーが城からその身一つで出て来た。

 既に全員乗り込んでいる。後は出発するだけだ。

 

「急げ、チョッパー!」

「うん!」

「待ちなァ!!」

 

 未だに包丁を投げて追いかけてくるくれはを背に、ルフィたちはロープウェイを急いで動かす。

 ゼポとペドロが全力で漕いでいるため、物凄いスピードで滑り落ちる様に麓へ向けて下っていく。

 それを、くれはは静かに見つめていた。

 

「良かったんですか、あれで」

「ああ……湿っぽいのは、嫌いでね」

「貴女がそれでいいなら、おれからは何も言いません」

 

 くれはにそう言うのは、一人残っていたジェムだった。

 置いて行かれたという訳ではなく、くれはに伝言があったが故に残っていたのだ。

 手にはチョッパーの医療道具が入ったリュックを持っている。

 

「こんな時に言うのも何ですが……カナタさんにドラムへ行く旨を伝えたところ、貴女によろしく言っておいてくれ、と伝言を頼まれました。スクラさんもカテリーナさんも元気にしていると」

「そうかい……元気でやってんなら、それ以上のことは無い」

「……では、おれもこれで失礼します」

 

 ジェムは一礼してドラムロックから飛び降り、空を駆けて行く。

 くれははそれを見送り、目に浮かんだ涙を拭って振り返る。

 船出は派手にしなければならない。海賊とは、古くから派手好きな連中ばかりだと良く知っているから。

 

 

        ☆

 

 

 ロープウェイが故障するかと思うほど高速で動かして下山したのち、ルフィたちは一目散に船へと走っていた。

 暗い雪道だが、ゼポが道を把握しているので迷うことは無い。

 その最中に城の方角から派手な砲撃音が聞こえ、全員が足を止めてドラムロックを見上げる。

 ワポルはもういない。大砲を使うような理由は無かったはずだが、城の外に大砲を並べているのは見ていた。

 砲撃音が止んだかと思えば、今度はドラムロックの頂上から空へ向けてライトアップが成される。

 

「わァ……!」

「綺麗……」

 

 移動の途中で気が付いたナミも含めて、全員がその幻想的な景色に目を奪われる。

 

「あれは……」

 

 ──少しだけ昔の事。

 とあるヤブ医者が作り出した赤い塵。それは大気中で白い雪に付着することで、鮮やかなピンク色に変色する。

 彼が死の間際に作り出したそれを、くれははチョッパーに医術を教える片手間にずっと作り続けていた。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 チョッパーが叫ぶように泣き、声を上げる。

 空気中で雪に付着することでピンク色の雪に変わり、ライトアップされた光景は──冬島の夜に咲く、桜のようだった。

 

 さァ──行っといで、バカ息子……。

 

 大粒の涙を流し、泣き続けるチョッパーへ……遠いどこかから、そう言われた気がした。

 



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第百五十三話:アラバスタへ

ドラム編終わりという事で更新頻度は次回から通常通りになります


 ドラムを慌ただしく出航した次の日の昼、二隻の船が横並びになって海を航行する。

 昨夜は冬島に咲いた桜を前に「これは飲むしかない」と酒瓶を並べ、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎであった。

 普段は仲の悪いゾロとサンジも今日ばかりは手酌で互いに酒を注ぎ合っていたくらいだ。

 チョッパーの加入を祝しての宴であり、主役のチョッパーも初めての宴会を非常に楽しんでいた。

 

「それじゃあ会議を始めるか」

 

 ゴーイング・メリー号の甲板に全員集まり、情報共有とこれからの目的をすり合わせる。

 進行は大体の事情に通じているジェムが行う。

 

「今、この船はアラバスタへ向かっている。確かだな?」

「ええ。あんたから貰った永久指針(エターナルポース)の通りに進路を進んでるわ」

「アラバスタってどんなとこなんだ?」

 

 ハイ、と片手を上げてルフィが質問する。

 それに答えたのはジェムではなく、一番アラバスタに詳しいビビだった。

 

「砂の王国よ。国土の大半が砂漠に覆われてるの」

「砂ばっかりの国なのか! 大変そうだなー」

「住んでみればわかるけど、そう悪いことばかりでもないわ。雨は少ないけど、それだって雨季にしっかり溜めておけば次の雨季まで持つくらいだから」

 

 だが、問題はその雨にあった。

 近年少なくなった雨の影響で作物の育ちが悪くなり、巨大な川の水量も減った。その影響で河口付近は勢いが足りず、海水が流れ込んでいる。

 河口付近では塩害の影響で作物が取れなくなり、雨が降らないためにオアシスは枯れ……住める場所も限られてしまっている。

 もちろんビビの父親──国王であるネフェルタリ・コブラも無策でそれを見ていたわけでは無い。

 

「税金を下げたり、他の町から水を供給したり、〝黄昏〟へ援助を頼んだり……でも、どれも後手に回るばかりで根本的な解決にはなっていないの」

「でもよ、ビビちゃん。雨が原因で生活が苦しくなったなら反乱軍の連中は何に腹を立ててんだ?」

「それは……」

「それはおれが話そう」

 

 ビビが悲しそうに俯いた段階で、ジェムが説明を引き継いだ。

 バロックワークスが関わっている案件だ。ビビに話させるよりもいいだろうと判断したらしい。

 

「事の始まりはアラバスタ全土で雨が減ったことと、()()()()()()()()()()()()ことの二つだ」

「王が住む街だけ雨が増えた? なんでだ?」

「〝ダンスパウダー〟って粉を知ってるか?」

 

 別名を〝雨を呼ぶ粉〟とされる代物だ。

 その昔、とある雨の降らない国の研究者が作り出した粉である。

 ナミは詳細を知っている様子だったが、他の面々は特にピンと来ていないようだったので、ジェムは掻い摘んで説明することにする。

 

「詳しい説明は省くが、こいつは人工的に雨を降らせるための粉でな。港町から王の住む街に向けて進む隊商からこいつが発見された」

「人工的に雨を降らせるんだろ? アラバスタにとってはいいモンじゃねェのか?」

「一見するとそう見えるが、こいつは本来もっと風下で雨雲になるはずだった雲を強制的に雨雲にしちまう粉だ」

「結果として起こるのは風下の国の干ばつ! この粉を作った国も、結局戦争で滅んだらしいわ」

 

 ジェムの説明を引き継いでナミが説明する。

 かつて雨の奪い合いで国を滅ぼしたこともある粉であるため、世界政府は所持・製造を禁じている。それが王宮へ向かう隊商の荷物から発見されたとなれば、騒ぎにならないはずが無かった。

 加えて、その時点で既に王の住む街以外では雨の降らない異常気象。

 疑うなと言うほうが難しい話だった。

 

「何だビビ、そりゃお前の父ちゃんが悪ィぞ!」

「まァこれもクロコダイルの仕業だ。現に奴の思惑通り、反乱は起きてるわけだしな」

「じゃあクロコダイルをぶっ飛ばせばいいのか?」

「最終的にはな。奴はアラバスタを文字通り干上がらせるために色々やってる」

 

 では次に、バロックワークスについて。ジェムが「こっちは単純だ」と指を立てる。

 

「クロコダイルの目的はアラバスタを手に入れる事。そのために反乱を起こし、王を失脚させて自分が王の地位を得ようとしてる」

「クロコダイルって海賊でしょ? いくら今の王が失脚したからって、自分が王になれるわけ……」

「アラバスタではクロコダイルがそれだけ支持されてるのさ。海軍が正義のために海賊を潰すことと、七武海が海賊の財宝を目当てに海賊を潰すこと。守られる側の市民にとってはどちらも同じなんだ」

 

 それに、七武海が失脚した王の後釜に収まったというのも前例がある。クロコダイルの計画の全てが無理筋という訳ではない。

 コブラやビビにとっては到底納得できるような話では無いのだが。

 

「〝黄昏〟はロビンさんからクロコダイルの目的と計画を聞き、おれを送り込んだ」

 

 いつでも潰せるように。あるいはどんな行動を起こしても対処できるように。

 次にバロックワークスの内部について──と説明しようとしたとき、ジェムの船の方から電伝虫の音が聞こえて来た。

 

「……」

 

 時間を考えるに〝黄昏〟からの定期連絡ではない。

 では恐らく、バロックワークスの連絡だ。

 ラジオが普及する以前までは電伝虫による通話は盗聴の危険があったので使えなかったが、近年は盗聴など出来なくなっている。バロックワークスも大手を振って電伝虫を利用して連絡を取り合っていた。

 ジェムは一度船に戻り、受話器を取る。

 

「はい」

『おれだ──Mr.0だ』

「何かありましたか」

『ビビの護衛は仕留めたと聞いたが、ビビ本人はまだ捕まらねェのか?』

「それですか。それなら──」

 

 既に、と話すよりも早く。

 ルフィが受話器を奪い取っていた。

 

「お前がクロコダイルか?」

『……なんだテメェは』

「おれはルフィ。海賊王になる男だ!」

 

 受話器を奪い取られたジェムはあんぐりと口を開け、放心している。まさか無理矢理割り込んで通話するとは思っていなかったのだ。

 

「待てこら麦わらァ!」

「お前、ビビの国を滅茶苦茶にしたんだろ! 絶対にぶっ飛ばしてやるからな! 芋洗って待ってろ!!」

『テメェ──』

 

 ガチャン! と勢いよく受話器を置く。

 ルフィの強烈な宣戦布告に、思わずジェムも項垂れてしまった。

 

「どうするんだこれ……全部向こうにバレたじゃねェか……芋洗って煮っ転がしてる場合じゃねェぞ……」

「クロコダイルをぶっ飛ばせばいいんだろ?」

「それが簡単に出来りゃあ苦労はねェんだよ!!」

 

 一部始終を見ていた周りの仲間たちもジェムに同情的な視線を送っていた。

 ルフィが突発的な行動を起こすのはよくあることだが、ジェムの考えていた計画はこれでいくつか潰れたことだろう。

 ナミも頭が痛そうにしている。

 

「ルフィ君。気概は買いますが……クロコダイルの懸賞金額は20年前に取り消されるまでは8100万ベリーでした。並の強さではありません」

「8100万って、アーロンの4倍じゃない! あんた本当にどうすんのよ!!」

「まァそこに関しちゃおれ達の方に分がある」

「……どういうこと?」

 

 イガラムの補足にナミがルフィへの憤りを見せるが、ペドロはナミを落ち着かせようとそんなことを言う。

 ナミは疲れたようにペドロへ疑問を向ける。

 

「おれの懸賞金は3億8200万。ゼポは3億6000万だ。金額だけならこっちの方が高い」

「あんたたち、そんなに懸賞金高かったの!?」

「これでも海軍本部から目を付けられている身なのでな」

 

 もちろん、クロコダイルは20年前に懸賞金が取り消されて以降、懸賞金が付いたことは無い。金額だけで危険度を量るのは難しい。

 20年前と今では培った経験の量も強さも違う。決して楽観的に捉えるべきでは無かった。

 だが、それでも必要以上に恐れることはないとペドロは言っている。

 強さだけなら十分匹敵するだけの人物がいるというだけで、安心感はあるのだ。

 実際、ペドロの言葉でナミとウソップは安心したように胸をなでおろしている。

 

「バロックワークスで残る敵はMr.4以下のオフィサーエージェントとクロコダイルだけだ。クロコダイル以外、大したことはねェ」

 

 Mr.2だけは一人で行動しているが、それ以外は全員ペアである。

 また、ロビンが味方であることを考えれば……残る敵は都合8名。

 オフィサーエージェントの部下であるビリオンズが200人。

 その下にいるフロンティアエージェントの部下であるミリオンズがおよそ1000人。

 クロコダイルの計画が終盤に差し掛かっていると判断し、〝黄昏〟が末端から潰している最中である。

 

「……まァ、どうにか出来ない数じゃあ無い、か」

 

 この際雑魚は無視してもいい。

 とは言え、全部バレたことは報告しないわけにはいかなかった。

 

「頼むから今度は静かにしててくれ」

「おう」

 

 ルフィに念押ししてジェムは通話をかけ始める。

 プルプルプル、と数度コールが響き、通話が繋がる。

 ジェムが所属と番号を言うと、相手は一度通話を切った。

 

「切れちまったぞ。いいのか?」

「いいんだ」

 

 程なくして、ジェムの電伝虫に電話がかかってきた。ジェムは1コールでそれに出ると、緊張したように口を開く。

 

「ジェムです。お忙しい中すみません」

『構わない。必要なことなら時間はいくらでも作る』

 

 女性の声だ。

 麦わらの一味は誰も聞いたことのない声だが、ペドロとゼポ、ビビとイガラムは聞いたことのある声だった。

 〝黄昏の海賊団〟の首魁──〝黄昏の魔女〟カナタである。

 

「少々失敗しまして……クロコダイルに裏切りがバレました」

『ふむ? 上手くいったと聞いていたが、何かあったのか?』

「協力者が自ら正体を明かして、クロコダイルに正面から喧嘩を売りまして……」

 

 申し訳なさそうにジェムが報告すると、カナタはそれを聞いて笑っていた。

 相手がクロコダイルとわかっていながら、正面から喧嘩を売る度胸があることに興味を抱いたらしい。

 

『それをやったのは……ロビンが言っていた〝麦わら〟のルフィか?』

「ええ。聞いてたんですね」

『ロビン以外からも多少な』

 

 ともあれ、クロコダイルにジェムの事がバレた件に関しては特に心配は不要だとカナタは言う。

 ビビの安全は確保され、組織の全容はほぼ丸裸。あとはクロコダイルと主要な部下を潰すだけなら、ジェムのことがバレたとて何の問題も無い。

 それだけ告げると、カナタはルフィに代わるようジェムに言った。

 ジェムは言われた通り、受話器をルフィに渡す。

 

「おれがルフィだ」

『初めましてだな。お前の事は色々なところから話を聞いている』

「おれの事知ってんのか?」

『そうだな。お前の祖父にシャンクス……それに最近ではジンベエもか』

 

 前者二人は何年も前の事だが、ジンベエは割と最近の話だ。

 エースとの関係性も聞き知ってはいるが、エースとルフィに関する話はしたことが無いのであえて省いている。

 ジェムたちはどういうことかわからなかったが、カナタは随分機嫌が良さそうだった。

 

『クロコダイルにバレた件はいい。だが、お前が倒すと啖呵を切ったのだろう?』

「ああ、おれがぶっ飛ばす!」

『フフフ、頼もしいことだ』

 

 ルフィの気概はわかった。どうあれクロコダイルを倒せるのであれば、誰が倒そうとカナタにとっては変わりないが……ペドロとゼポがいるとはいえ、クロコダイルはカナタと同じ20年前から七武海の座にいる男だ。

 その慎重さは決して無視出来るものではない。

 受話器は再びジェムに渡り、クロコダイル討伐をどう考えているのか、カナタに尋ねた。

 

『あの男は……そうだな。強さは大したことが無いが、頭の良さは厄介だ。ペドロとゼポでも倒せないことは無いだろうが、砂漠であの男の相手をするのは止めておけ』

 

 砂漠でクロコダイルの相手をするのは、如何にペドロであっても厳しい条件になる。

 そうでなくとも、砂という能力の性質上エレクトロが受け流される可能性も考えていた。

 

「ではどうしますか? 援軍を送っていただければいいのですが……」

『その予定だったが……少々面倒事が起きている』

 

 四皇が動いた。

 その事実だけで、ジェムの額に冷や汗が浮かぶ。

 ともすれば世界が割れかねない巨大な勢力である。下手に介入されれば、反乱軍と国王軍の戦いどころではなくなるかもしれない。

 

「四皇が? 一体何を目的に……」

『ロビンの居所がバレたらしい。()()()()()()が親切にも連絡を入れてくれてな、おかげで私は連中を止めるために方々に手を回している』

「ではおれ達だけでクロコダイルの討伐を?」

『いいや。一応、うちから精鋭数名を送る。それでどうにか反乱を止めてクロコダイルを討伐しろ』

 

 もちろん、お前たちだけで倒せるのであればそれでも構わない──カナタはルフィたちを試すようにそう告げた。

 

『それに、念のために他所に援軍を頼んでいる。戦力が足りないということは無いだろう』

 

 上手くいけば、と言う前提ではあるが……四皇のうち、二つの勢力が相手ともなると〝黄昏〟単体では止めきれない。

 海軍にも手を回す必要がある。

 カナタの懸念としては、〝黄昏〟と〝海軍〟は協力体制にはあるが、それを活かすための訓練をしたことが無いことだ。

 だが、その辺りはルフィたちには関係の無いこと。それを伝えることはせず、ただ一言だけ伝えて通話を切る。

 

『お前には──お前たちには期待しているよ。モンキー・D・ルフィ率いる麦わらの一味』

 

 

        ☆

 

 

 新世界では既に巨大な勢力が動いていた。

 

「ニコ・ロビンが見つかっただァ……? 逃げられる前に確保するに決まってんだろォが!! 船を出せ!!」

「ママハハハ……!! 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読める女か!! カイドウも動いてんだろう? おれが動かねェわけにはいくか!!」

 

 カイドウが怒号を上げ、百獣海賊団がワノ国より出立する。

 リンリンが高笑いし、ビッグマム海賊団がホールケーキアイランドから移動を始める。

 海賊同盟を結ぶ二人の狙いは共にアラバスタ王国──そこに滞在するニコ・ロビン。

 自分たちが動いたことでそれを止めに来るであろう人物の事も、当然ながら理解しており……それをわかった上でなお船を出した。

 臆することは無い。

 カナタが最強の七武海として君臨する女帝ならば、二人もまた新世界の海に皇帝の如く君臨する大海賊。

 生半可な覚悟で止められる存在では、ない。

 

 

        ☆

 

 

 楽園の海でも、四皇の動きを察知して海軍が動き出していた。

 

『海軍本部より通達。付近の軍艦は至急アラバスタ王国へ移動せよ。繰り返す──』

 

 連絡を受けたスモーカーもまた、ルフィの捜索をいったん諦めてアラバスタ王国へと進路を取る。

 彼はルフィを捕らえることに執着しているが、そのために本部の緊急招集を無視するつもりもなかった。

 ましてや、相手が四皇となればなおさらである。

 

「相手が四皇の勢力なら中将や大将も動く……気合を入れろ、たしぎ。生半可な覚悟で臨めば死ぬぞ!」

「はい、スモーカーさん!」

 

 自分たちの力が足りないことは重々承知している。

 だがそれでも、〝正義〟を掲げる以上は逃げるわけにはいかない。

 

 

        ☆

 

 

 ──そして。

 新世界の海から楽園へと移動し、アラバスタを目指す二人組。

 一人は鉄パイプを傍に置き、ゴーグルをかけた帽子をかぶっている青年。もう一人も同じように帽子とゴーグルをしている女性だ。

 青年は一枚の紙をずっと見続けて顔が攣っており、女性の方はそれを呆れたように見ている。

 

「もう、ニヤケすぎなんだよ。見飽きたりしないの?」

「いやァ、見飽きたりはしねェな。なんせ弟が頑張ってんだ。応援しねェ兄貴はいねェよ」

「全くもう……もうすぐ会えるからって、先走ったりしないでよ?」

「しねェよ」

 

 革命軍参謀総長サボ。そして補佐役のコアラ。

 二人もまた、一路アラバスタへ進路を取っていた。

 表向きはアラバスタの反乱軍へ接触するために。その実、弟を支援するために。

 サボは一枚の手配書を眺め、嬉しそうに帽子を目深に被りなおす。

 

「……待ってろよ、ルフィ」

 

 ──再会の時は近い。

 

 

        ☆

 

 

 ──赤い土の大陸(レッドライン)の上空を越え、楽園における〝黄昏〟の最大拠点〝ミズガルズ〟へと一隻の船が停泊する。

 ここから足の速い船に乗り換え、アラバスタ王国へと移動するためだ。

 新世界からここまで運んで来たジョルジュはタバコを吹かしつつ、白髪が交じり始めた髪をかき上げて声をかける。

 

「相手はクロコダイルだ。オメェらなら苦戦はしねェだろうが……まァ気ィ付けろよ」

「呵々、案ずるな。重々承知している」

「当然よ。私を誰だと思っているの?」

 

 白髪の老人と、紫色の髪の少女の二人組だ。

 片や老齢でありながらも鍛え上げられた肉体と刻まれた傷の数が歴戦の猛者であることを示し。

 片や少女の時分でありながらも近年破竹の勢いでランキングを上げている精鋭であると鋼鉄の(ヒール)が示す。

 

「全く、砂漠だなんて……私が行くほどの価値があるのかしら」

「そう言うな。あれでもカナタと同じように長年七武海を務めている。鍛え上げた能力も頭のキレも、そこらの海賊よりはマシだろうよ」

「だと良いけれど」

 

 二人は一切臆することは無く、カナタが敵と定めた者を滅ぼすためにアラバスタ王国へと向かう。

 

 

        ☆

 

 

 ──かくして役者は揃う。

 アラバスタ王国の命運を握る戦いが──ひいては、ニコ・ロビンと言う世界の行く末さえ左右しかねない存在を巡る戦いが始まる。

 




 ──これは、麦わら帽子の少年のための物語ではない。
 彼の視点を通して視る、〝魔女〟のための物語。

 ──碑文争奪大戦アラバスタ/鉄脚のプリマ
 ──黄金■■樹海スカイピア/猛き■■
 ──■■城塞商圏ミズガルズ/■■持つ蛇
 ──海賊強奪遊戯■■■■/■■■
 ──白夜司法機関エニエスロビー/悪魔の子
 ──絶海怪奇地帯スリラーバーク/霧に映る影

 彼らの旅路は多くの島を巡るものだ。多くの島を巡り、多くの人と出会い、別れ、その先で彼女の物語が再び幕を開ける。

 ──■■■■■■ ■■■/Ultimate C.C.C

 ──さぁ、物語を続けよう。

 END 冒険の夜明け/ROMANCE DAWN
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第百五十四話:〝ナノハナ〟


『──緊急の情報だ。このラジオを聞いている中で偉大なる航路(グランドライン)にいるやつらは気ィ付けてくれ。四皇、〝百獣海賊団〟と〝ビッグマム海賊団〟が船団を組んで移動中らしい。奴らに出会えば命はねェ。命が惜しい奴はくれぐれも数日間は海に出ねェようにしてくれ!』

『四皇のうち二つが動くなんて……何が起きているのかしら』

『わかんねェな。モネちゃんも気を付けろよ、夜な夜な歩き回ってると狼に襲われちまうぞ?』

『あら、心配してくれるのね』

『そりゃあそうだ! こんなに可愛いモネちゃん、なるべくなら恋人に……あァ? 時間が押してる? わかったよ……』

『それじゃあ次ね。ギルド・テゾーロ氏が作詞・作曲を手掛けた新曲を歌姫アンさんが歌うニューシングル。発売に先駆けて、このラジオで新曲を──』

 

 

         ☆

 

 

 ラジオを付けっぱなしにしながら、ルフィたちは揃って釣りに勤しむ。

 波は穏やかで天候は悪くないが、思う様に魚は釣れていない。

 

「釣れねェなァ……」

「やっぱエサだろエサ。もっといいのねェのか?」

「ねェよ。オメェが食っちまったからな」

 

 ルフィ、ウソップ、チョッパー、カルーが夜中に食料を盗み食いしたものだから、麦わらの一味は現在餓死の危機にあった。

 幸いながら、ジェムたちの船に食料は潤沢に積んであったのでギリギリアラバスタまでは持つが、全員に行き渡るほどの量ではない。

 必然的に釣りで食料を調達しなければならない状況という訳だ。

 

「アラバスタまで食料は持つんだろ? 心配しなくても腹が減るだけで死にやしねェならいいじゃねェか」

「バカだなーお前。腹が減ったら力が出ねェだろ」

「アラバスタに着いてから食えよ」

「その前におれの船の食料全部食い尽くす気でいることに抗議してェんだが」

 

 ゾロの言葉にルフィが顔だけ向けて反論する。ジェムはもう疲れ切った様子でルフィの隣に座り、一緒に釣りをしていた。

 ジェムはドラムを出航してからこっち、ルフィに振り回されっぱなしで精神的にかなり疲弊している。

 初めての釣りで張り切るチョッパーと手慣れた様子で釣り糸を垂らすペドロとゼポ。エサが無いため、誰も魚を釣れてはいなかった。

 

「もう潜って獲った方が早いんじゃねェか?」

「とは言え、偉大なる航路(グランドライン)の海に不用意に潜るのもな……」

「任せろ相棒」

 

 海獣や海王類は元より、その海域特有の生物もそれなりにいる。一般的に褒められた方法ではない。

 しかし緊急時だ。ゼポは即決すると上半身裸になり、ナイフを片手に海へ飛び込む。

 

「ゼポ、泳げるのか?」

「少なくともおれよりずっと泳ぐのが上手い。大きめの魚でも獲ってくれればいいのだが」

 

 待つこと数分。体感では何十分も待っている気分だったが、思いのほか早く戻ってきた。

 海面に顔をのぞかせたゼポはルフィに手を伸ばすよう声をかけ、ルフィは言われた通りに腕を伸ばす。するとゼポはその腕を掴んでもう一度潜り、ルフィの腕にずっしりとした重さがかかった。

 ロープの代わりにルフィの腕を巻き付けたらしい。

 

「引き上げてくれ!」

「いやお前、引き上げろったって……」

 

 片腕を戻そうとするも、かなり重い上に海中なので思う様に引き上げられない。

 なのでペドロ、ジェム、チョッパーを含む四人がかりでルフィの腕を引っ張り、ゼポが仕留めた魚を引き上げる。

 ゴーイング・メリー号の甲板を埋める程の大きさの海獣らしく、保存しきれないほど大量にある。

 サンジが捌く横でジェムは伝え忘れていたことを話しだした。

 

「バロックワークスの残りの社員……オフィサーエージェントだが、大半が能力者だ。実力はそれなりだが、厄介な能力持ってる奴が一人いてな」

「厄介な能力? 強いのか?」

「使い方によっては強いだろうな。マネマネの実って能力だ」

 

 触れた相手の顔、体格を完全にコピーする悪魔の実である。

 使われたが最後、味方の判別が非常に難しくなる初見殺しの能力だ。

 

「使ってる本人は大柄のオカマでオカマ口調、白鳥のコートを愛用してて背中には〝オカマ(ウェイ)〟と……とにかく派手なオカマなんだがな」

 

 本人の気質はともかく、マネマネの能力で顔を真似た後はぼろを出さない程度に役者でもあるとジェムは言う。

 味方の判別が出来ないのは相当厄介だ。事前に対策を練っておく必要がある。

 もっとも、能力者であれば判別そのものは容易い。

 

「マネマネの能力は悪魔の実の能力までは真似出来ねェ。麦わらなら腕を伸ばしてもらう。そこのトナカイなら変形してもらう……対処自体は可能だ」

 

 しかし、これは悪魔の実の能力者に限った話。非能力者を判別するのは難しい。

 甲板でBBQを始めながら対策を練っていると、ゾロが「難しい話じゃねェ」と焼いた魚を口にしながら言う。

 

「要は判別出来りゃいいんだろ。なら簡単だ」

 

 

        ☆

 

 

 二隻の船がアラバスタへ到着する。

 入り江に船を隠し、全員が降りてまずは港町である〝ナノハナ〟へ。

 一様に左腕に包帯を巻いた一行は、アラバスタの暑さを体感しながら街へ入った。

 

「あっつい……暑い国だな、ここは……」

「ここは夏島だから。国土の大半は砂漠だし、まずは服を買わないと移動もままならないわ」

 

 ビビの指示に従い、まずは服を買うために移動を始める。

 イガラムとサンジが手分けして服と食料を買いに周り、手配書が出回っているゾロとルフィは大人しく待つ……ことなど出来るはずもなく、ルフィはウソップと共にアラバスタ料理を食べようと歩き回っていた。

 また、ジェムは情報を集めてくると言って一人でどこかへ行ってしまう。

 残りの面々は町の出入り口付近で待つことになった。

 チョッパー、ペドロ、ゼポの三人は暑さに弱いので既にぐったりしている。

 

「大変そうね、アンタたち」

「毛皮脱ぎてェ……」

「ミンク族は……暑さに弱い……」

「砂漠越えか……厳しいなァ……」

 

 これからの旅路が心配になるが、こればかりはどうしようもない。

 ビビはせめて楽になる様にと団扇で扇いでいる。

 それを横目に見ながら、ミキータは日傘をさして町をじっと見ていた。

 

「あの船長さん、何事もなく戻ってくると思う?」

「……流石にこの状況で問題は起こさないでしょ」

 

 一瞬言い淀んだが、相手にバレないように行動することの重要性は嫌と言うほど叩き込んだので大丈夫だろうと言うナミ。

 そう、と軽く返すが、ミキータは絶対に何かトラブルを持って帰ってくると思っていた。

 この数日間、ジェムを精神的に疲弊させ続けたマイペースさだ。ナミの言葉をきちんと聞いているとは考えられなかったらしい。

 そうこう話しているうちにイガラムとサンジが戻ってきたので、食事を取りつつ砂漠越えのための衣装に着替えることになった。

 

「サンジさん、これ……庶民って言うか、踊り子の衣装よ……?」

「良いじゃないか! 踊り子だって庶民さ~~!! 要は王女と海賊だってバレなきゃいいんだろ!?」

「あの……イガラム?」

「申し訳ありません、ビビ様。気が付いたらこの服を……もちろん、お嫌いであれば他の衣類を用立てますが」

「お金がもったいないし、良いじゃない。この衣装好きよ、私」

「……そうね。あまりのんびりする時間も無いだろうし……」

 

 どうせ上から日差し除けに一枚羽織るのだ。下に何を着ていてもあまり変わりはない。

 サンジは自分の買ってきた服の上にまた着ると聞いて涙を流していたが。

 

「ルフィたちはまだ戻らねェのか?」

「あの二人は正直心配だけど……ジェムの方は何してるのかしら。情報を集めて来るって言ってたけど」

「さァ。でもあの人、〝黄昏〟のスパイなだけあって色んなところから情報を集めてくるのよね」

 

 同じように踊り子の衣装を着たミキータは、上着を羽織りながら言う。

 バロックワークスの社員として動いていた時も、あちらこちらにフラフラと歩いては情報を集めて回っていた。

 スパイとしての職業柄なのだろう。

 

「それより、気を付けたほうがよろしいかと。四皇が動いたためか、港に泊まる軍艦の数も多い。海兵も相当数この国にいるようです」

 

 偉大なる航路(グランドライン)の後半の海に皇帝の如く座する四つの海賊。

 〝白ひげ〟〝赤髪〟〝百獣〟〝ビッグマム〟──そのうちの二つが動いたともなれば、海軍本部の総戦力を以て対処に当たらねばならないほどのおおごとだ。

 ましてや、目的地が分かっているのなら迎撃準備を整えるのも当然の事。

 〝ナノハナ〟は今、多くの海兵でひしめいていた。

 加えて〝黄昏〟の船も何隻か停泊している。こちらは商船だろうが、護衛は当然乗っている。

 この状況下で面倒事を起こすようなことはしない。普通ならば。

 

「……ねェ。なんだか嫌な予感がするんだけど」

「おれもだ」

「おれも」

 

 ナミの言葉にゾロとサンジが頷く。

 直後、案の定と言うべきか……町中が騒がしくなり、誰かが海兵に追われているようだった。

 

「…………」

「……まァ、あいつらだろうな」

「どうする?」

「どうするったって、なァ?」

 

 自分で撒いて来るしかない。このまま合流などしようものなら全員居場所がバレる──と言う考えは、やはりルフィとウソップには無かったらしい。

 一直線にこちらへ向かってきていた。

 ルフィは困った顔だが、ウソップは大量の海兵に追い掛け回されて凄まじい形相である。

 

「ゾロ!! サンジ!! 助けてくれ!!!」

「あのアホ共……!! テメェらだけで撒いてこい!!」

「いたぞ! 〝麦わら〟の一味だ!!」

 

 即座に全員で逃げの一手を打つ。

 ジェムはまだ合流出来ていないが、子供では無いのだ。一人でも何とかするだろうと考え、まずは自分たちの身の安全を最優先に行動する。

 

「いやー、はっはっは! まいったなー!」

「お前のせいだろ! 自分で何とかしやがれ!!」

「そうしてェんだけど、ケムリンがいるんだよなー」

 

 東の海(イーストブルー)のローグタウンにいたはずのスモーカーとばったり鉢合わせしてしまい、追われているのだが……ルフィは自分の技が全部通用しないので対処に困っていた。

 何か一つでも通じるものがあれば、そこから活路は見いだせるのだが。

 そもそも、それ以前に海兵の数が多い。下手に戦おうと足を止めればあっという間に囲まれてしまうだろう。ペドロたちはそれを懸念して戦うよりも逃げることを優先している。

 

「待て、麦わらァ!!!」

「ゲッ! まだ追ってきてるぞあいつ!!」

「〝ホワイトブロー〟!!」

 

 片腕を飛ばしてルフィを捕らえようとするスモーカーだが──ルフィの背を掴む直前に横合いから現れたジェムに蹴り飛ばされた。

 民家の中に突っ込んだスモーカーを無視し、ジェムはルフィの隣で並走し始める。

 

「ちょっと目を離した隙に面倒事起こしてくれやがって! お前らはおれの邪魔してェのか!?」

「すまん。このアホから目を離したおれ達が悪かった」

 

 半分キレ気味のジェムに謝るサンジ。

 だが、起きてしまったことは仕方がない。ひとまず海兵を撒いて落ち着ける場所に移動しなければ。

 

「ちょっと派手にやるが、大目に見てくれよ、王女様」

「……あんまり無茶なことはしないでね」

「心得てるよ」

 

 言うが早いか、ジェムは僅かに速度を落としてルフィたちの後ろに付く。

 未だに追ってくる海兵を後ろに、ジェムは足元で爆発を起こして土煙を巻き上げた。

 連続して足元で爆発させたので派手な音が響くが、いきなりの爆発に海兵たちも驚いて足を止める。

 

「今のうちだ! 急げ!」

 

 スモーカーの姿もあるが、流石に狙いを付けられない状態でむやみに攻撃してくることは無い。町中なのだ、下手に能力を使えば市民を傷つける恐れがある。

 ジェムが起こした土煙に紛れ、ルフィたちは全員無事に町の外まで逃げることが出来た。

 

 

        ☆

 

 

「すげーな、()()()! あんな事出来たのか!」

()()()だ。あの手の小細工はお手の物さ」

 

 街の外の岩場に身を隠した一行。

 ひとまず物資は得られたし、海軍も撒いた。次の目的地に向かうべきだ。

 

「反乱軍は〝ユバ〟にいるはずよ。一度船に戻って、サンドラ河の対岸まで移動しなきゃ」

「いや、王女様。その情報は古いぜ」

 

 ジェムは一枚の紙を取り出し、ビビに見せる。

 町中で〝黄昏〟の仲間から情報提供を受けて来たらしく、反乱軍の現在の居場所もわかっているらしい。

 

「やつらは〝ユバ〟から隣町の〝カトレア〟に移動してる」

「どうして? 〝ユバ〟は交通の要所になるオアシスよ。拠点としては申し分なかったはず……」

「数年前から頻繁に砂嵐が襲っているらしい。乾ききった砂の影響か、あるいは別の要因か……とにかく、砂の地層が上がってオアシスとしてはもう機能していない。反乱軍に会うなら〝カトレア〟へ向かうべきだ」

「それなら好都合でしょう。このまま少し歩けば、すぐに町につきます。ひとまず反乱軍を宥めて時間を稼げば、クロコダイルを倒す時間が作れるハズ」

 

 ビビの疑問にジェムは事情を含めて説明し、イガラムが近辺の地理も含めて作戦を立てる。

 最終目標はクロコダイルを討伐することだが、反乱軍と国王軍の衝突は既に秒読み段階に入っている。

 時間が必要だ。

 最後に笑うのがクロコダイルであってはならない。反乱軍の動きを止め、衝突を回避させれば……その間にクロコダイルを、バロックワークスを倒す算段を付けられる。

 

「〝黄昏〟の応援は既にアラバスタに到着している。既に王宮へ向かったらしいから、おれ達は〝カトレア〟で反乱軍を止めた後……クロコダイルのいるであろう〝レインベース〟へ向かう」

 

 〝ナノハナ〟の港に〝黄昏〟の船が止まっていたが、商船とは別に高速艇があった。それを利用して既に応援は到着しているとジェムは言う。

 彼、あるいは彼女がクロコダイルの討伐に動く可能性は高いが、目的地は王宮だと聞いたので守りを固めるつもりなのかもしれない。

 クロコダイルの最終的な目的が王位の簒奪なら、王宮に現れる可能性は確かに高いのだ。

 下手に狙いに行って入れ違いになるよりはいいと判断した可能性はある。

 

「そこにクロコダイルはいるのか?」

「恐らくな。現地の情報だし、確度は高い」

「ええ。〝レインベース〟はクロコダイルがこの国で拠点にしている場所……そこにいる可能性は確かに高いでしょう」

 

 ジェムの言葉にイガラムも頷いた。

 方針は決まった。

 ルフィ一行はまず反乱軍と接触するために〝カトレア〟へ。

 出発直前になり、ビビは手紙を手にジェムへ相談する。

 

「父に手紙を届けたいけれど……そちらから連絡は行っているのかしら」

 

 もし既に連絡が行っているなら、ビビが伝える必要は無い。そう考えての事だったが……ジェムは首を横に振った。

 

「連絡は行っているはずだが、手紙を送る手段があるなら送った方が良い。コブラ王にとって一番信用に値する相手から得た情報なら、クロコダイルは敵だと信じるだろう」

「ビビ様も長いこと国を空けておりました。国王様を安心させるためにも、手紙は送った方が良いかと」

「そう……そうね」

 

 ビビはカルーに手紙を持たせ、国王のいる首都〝アルバーナ〟へ走らせる。

 大事な手紙だから、必ず届けて。カルーに念押しし、ビビは最初から水をぐびぐびと飲むカルーを見送った。

 ──上空から一羽のハゲワシとその背に乗るラッコが見ていることに気付かないまま。

 

 

        ☆

 

 

 同時刻、〝カトレア〟。

 反乱軍が拠点とするこの町では、多くの民が精力的に活動していた。

 理由は様々だが、一貫して国王軍を打ち倒して国を救うという目的のために。

 数の上では国王軍さえ上回った反乱軍を押し留めているのは理性的な理由ではなく、ただ純粋に〝武器が足りない〟と言う一点によるものだ。

 武器が無ければ戦えない。

 多種多様な物資を売り捌く〝黄昏〟も、武器や兵器は取り扱っていないので手に入れようが無かった。

 それでも、この大人数が集まって理性的に纏められているのは驚愕するべき事実でもある。

 

「……反乱軍、意外と理性的だね」

「リーダーの人徳だな。少なくない食料が必要なはずだが、皆で分け合って凌いでいる」

 

 反乱軍の集まる町の中で、二人組の男女が歩く。

 反乱軍のリーダーであるコーザに会いたいと尋ね、今まさに向かっている最中であった。

 道案内を買って出た男の後ろを歩き、一際大きなテントの中に入る。

 中にいたのは反乱軍の中核メンバーなのだろう。そして、その中央に座っている男がコーザだ。

 

「あんたらか、おれに会いてェってのは」

「ええ。初めまして、コーザさん。私はコアラ。そしてこっちが」

「初めまして。おれはサボ──革命軍参謀総長だ」

 

 帽子を取り、にっと笑って挨拶をするサボに、コーザは目を丸くして驚いた。

 



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第百五十五話:再会する者達

 

 ルフィたちが〝ナノハナ〟から〝カトレア〟へ向けて出発した頃。

 夢の町〝レインベース〟にて、クロコダイルは怒りを露にしてとある女と連絡を取っていた。

 

「テメェ、話が違うんじゃねェのか?」

『と、言いますと?』

「とぼけんじゃねェ! 〝黄昏〟の目をアラバスタから逸らせって依頼だ!! テメェが何をやったかは知らねェが、今この国に誰が向かってるかわかってんのか!!?」

 

 四皇の一角を占める〝百獣海賊団〟と、同格の〝ビッグマム海賊団〟。

 更にはそれを止めるために海軍と〝黄昏の海賊団〟が多大な戦力を以てアラバスタへ向かっている。

 この四つの勢力がぶつかるとなれば、クロコダイルの計画など達成出来るかどうか怪しいものだ。アラバスタと言う国そのものが無くなってもおかしくは無い。

 しかし、電話の相手──アルファ・マラプトノカは特に気にした様子もなく説明を始める。

 

『カイドウさんとリンリンさんには、ちょっとした情報を流して動いていただきました。わたくし一人では到底〝黄昏〟の目を惹きつけることなど出来ませんから』

 

 〝黄昏〟に目を付けられること自体は忌避していない。リスクはあるが、一々顔色を窺っていては商売など出来ないのだ。

 

『それに、コブラ王とカナタさんは知己の間柄と聞きました。アラバスタでの全面戦争は国土を荒らすことになりますし、彼女なら海上で迎撃するでしょう』

 

 カナタの能力は多少なりとも裏世界で情報を取り扱っていれば知ることは難しくない。隠すようなものでもないし、そもそも何十年も活動していて隠し通すなど出来ない。

 ヒエヒエの実の能力は冷気を操ること。

 この能力があれば、海上であっても足場に困らない。その上船の足を止められる。

 下手にアラバスタで正面衝突するよりは周りへの被害も少なくなると考えれば、確かに海上で迎撃に出る可能性は高かった。

 

「……本当にそうなるんだろうな?」

『お二方の行動に気が付かない、と言うのが最悪の状態ですので、それを防ぐためにも〝黄昏〟へ多少情報を流しました。間違いなく迎撃に動くでしょう』

 

 ラジオを聞いている限り、情報はしっかり行き渡って対応しているようだし、マラプトノカの策はおおむね成功していると言える。

 それでもここまで目立つのは相当なリスクだが……どちらにしても、クロコダイルの計画が成就されれば否が応でも目立つことになる。多少のリスクは呑み込むべきだった。

 末端の部下である〝ミリオンズ〟は既に壊滅。多少手足として使えるオフィサーエージェントの部下である〝ビリオンズ〟のうち、国外にいる者は全滅している。

 〝黄昏〟の動きが早すぎて後手を打っている状態だ。

 その戦力が全て四皇の迎撃に向けられるなら、随分と楽になるが……。

 

「楽観的な情報なんざ信じるに値しねェ。現に〝黄昏〟はもうこの国に入って来てんだろうが」

『いくらなんでも全ての戦力をアラバスタから引きはがす、と言うのは無理難題にも程がありますが……その辺、わかっていらっしゃいます?』

「チッ……」

 

 〝黄昏〟の戦力の層は分厚い。数万にも及ぶ配下を持ち、何百と言う精鋭を抱える巨大勢力。七武海でなければ海の皇帝の一人に数えられているであろう存在だ。

 四皇の二つの勢力を相手にしているとはいえ、海軍と共闘することが前提なら数人の精鋭をアラバスタに送る程度の余力はあると見てもおかしくは無い。

 ……いや、百獣・ビッグマムの海賊同盟を相手に、海軍と共闘が前提とは言え()()()()()時点でおかしいのだが。

 クロコダイルもこれ以上うだうだと言っている場合ではないと考えたのか、葉巻に火を付けて気持ちを落ち着かせるように深呼吸をする。

 

(──……終わったことを言っても変わらねェ。次の策に移行すべきだな)

 

 そう考えたクロコダイルは、マラプトノカに確認を取る。

 

「そっちはもういい。武器の方はどうなってる?」

『そちらは予定通りに。既にアラバスタ近海で待機しています』

「合図は直前に送る。滞りなく届けろ」

『もちろん心得ておりますわ。お任せください』

 

 商人としてのプライド故か、必要な品物を必要な時に、とやる気満々で対応してくれるのはクロコダイルからしても便利だ。

 余計な手駒を動かさずに済むし、その分他に手を割ける。

 確認を終えると通話を切り、クロコダイルは背もたれに深く背を預けた。

 頭の痛いことばかりだ。

 アラバスタ王国のどこかに眠るという古代兵器〝プルトン〟──それを手に入れるために、これまで多大な労力を割いて来た。

 ニコ・ロビンを協力者として手元に置き、王族に対する憎悪を作り上げ、煽り、国を崩して手中に収めるために策を練ってきたのだ。ここに来てご破算になるなど許容出来ることではない。

 己こそが〝海賊王〟の座につくのだと、野望を秘めて行動してきた。誰にも邪魔などさせはしない。

 

「……エージェントたちはどうしてる?」

「既に〝スパイダーズカフェ〟へ集合しているわ。予定より少し早いけれど、事態が事態だから招集を早めたの」

 

 〝スパイダーズカフェ〟はバロックワークスのオフィサーエージェントたちが集まる場所として周知している拠点だ。計画が最終段階へ移行するにあたり、エージェントたちを全員呼び集めていた。

 既に集合しているのなら都合がいいと、ロビンの報告にクロコダイルは満足そうな顔をする。秘書としては及第点と言える。計画が終わった後も協力関係を続けてもいいと考える程度には。

 

「結構。すぐにここへ呼べ」

「それと……Mr.13とミス・フライデー(アンラッキーズ)から報告があったわ。ビビ王女が反乱軍と接触するために動いているようだけれど……」

 

 クロコダイルは顎に手を当て、僅かに思案する。

 ビビと反乱軍のリーダーであるコーザは幼馴染である、と言う不安要素。

 確かに接触されれば反乱軍に僅かながらでも迷いを与えられる。国王軍と正面衝突して欲しいクロコダイルからすれば不都合な存在ではあるが……。

 

「……放っておけ」

「いいの? 反乱軍と国王軍の衝突は重要なファクターなのでは?」

「憎悪の煽り方はいくらでもある。言葉一つで易々と止まるような甘いもんじゃねェ」

 

 それに、ビビとて王族の一人だ。

 コーザと、彼に近しい幹部たちはビビの言葉に耳を傾けることもあるだろうが、他の反乱軍の者たちにとってはビビとて打ち倒すべき王族の一人にすぎない。

 反乱軍の内部に潜り込ませた部下たちにサクラを演じさせればいくらでも暴走させられる。

 今更戻ってきたところであの女に出来ることなど無いと、クロコダイルは嘲笑する。

 

「厄介なのは元Mr.5ペアの方だ」

 

 裏切りは既に露見している。麦わらのルフィと手を組んでいる理由はわからないが、実力を偽っていたのは間違いない。

 ビリオンズやミリオンズの壊滅の早さから見るに、バロックワークスの内情が〝黄昏〟に漏れていたと考えられる。ならば当然あの女(カナタ)の手勢であると考えるべきだし、実際それは正しかった。

 

「あいつらの裏切りが露見したのが計画の全てが露見する直前だったのは幸いだ。だが、あのクソ女のスパイならM()r().()5()()()()()()()()()()を寄越すはずがねェ」

 

 クロコダイルはある意味でカナタの実力を信用している。

 巨大勢力を維持する手腕。本人の類稀なる強さ。

 当然、スパイを送り込む程度にはクロコダイルを警戒しているとすれば、本来はもっと実力のある存在を潜り込ませているはずだ。流石に幹部は四皇を止めるために手元に置いておくだろうが、覇気使いの精鋭を送り込んでくる可能性はある──クロコダイルはそう考えていた。

 Mr.5に収まっていたのはブラフだろう。

 

「ではどうするの? 国内に残っているミリオンズを使って情報を探る?」

「警戒はするが、砂漠での戦いならおれに分がある。ミリオンズは他の仕事を優先させろ」

 

 どこまで行っても手が足りない今、他の仕事をさせる余裕はないし、そもそも〝黄昏〟のスパイを相手にミリオンズなどぶつけても倒せないだろう。

 警戒はするがそれ以上のことは出来ない。いるとも分からない影に怯えて機を逃すなど愚の骨頂だと、クロコダイルは腹を決める。

 

「エージェントたちを急いで招集しろ。計画を早める必要がある」

 

 四皇にも、海軍にも、他の七武海にも──誰にも邪魔されないように。

 手早くこの国を落としにかかる。

 

 

        ☆

 

 

 アラバスタ王国の首都、アルバーナ。

 砂漠の中にそびえ立つ都市であるアルバーナの中央に王宮があり、王族や国王軍は全員そこに待機していた。

 反乱軍に寝返ったことで随分人が少なくなったが、それでも一国の軍隊。相応の訓練を積み、客人を迎えるコブラ王が恥をかかぬようピシッと整列して待機していた。

 玉座に近付くのは二人の男女。

 一人は白髪に皺のある老齢の男。

 もう一人は膝から下を鋼鉄の(ヒール)で覆う紫色の髪の少女である。

 二人は玉座に座るコブラ王からやや離れたところで止まり、コブラ王はにこやかに話しかけた。

 

「久しいな、ジュンシー殿。カナタ殿とは前回の世界会議(レヴェリー)でも会ったが、君とは何十年ぶりか……」

「覚えて貰えているとは光栄だ。とは言え、儂はカナタの配下に過ぎん。殿、などと呼ばれるほどの立場ではない。育ちが悪い故、言葉遣いは容赦してもらいたいところだが」

「そうかね? まァ、言葉遣いを気にする必要は無い……時に、君たちの用事とは?」

「カナタから手紙を預かっている。詳しくはこれを」

 

 ジュンシーは懐から手紙を出すと、近くにいた兵士に渡してコブラ王へと渡る。

 コブラ王は手紙を開き、カナタのサインが入っていることを確認して内容を読む。しばしの静寂の後に額に手を当て、「これは事実か?」とジュンシーに問いかけた。

 

「事実だ。儂は討つべき敵しか知らぬがね」

「そうか……まさか、クロコダイルがこの国を……」

「その事情もあり、儂はお主の身を守るために来た」

 

 ジュンシーの言葉に、周りにいた兵たちがにわかにざわつく。

 彼の言葉は、コブラ王の身を守るのに国王軍では不足と言っているのに等しいからだ。

 国王軍として厳しい訓練を積んできた兵士たちにとって──特に、側近としてアラバスタを守護する二人にとっては許容出来る言葉ではなかった。

 チャカとペル。両名が前へと出て、ジュンシーを睨みつけるように(まなじり)を決する。

 

「我々では不足だと?」

「侮ってくれるな。我々とて、遊びで軍人をやっているわけでは無いのだ!!」

「そう気炎を吐くな。単に分野の違いに過ぎん」

「……分野の違い、だと?」

「暗殺、誘拐──その類ならば儂の方が専門よ」

 

 呵々(かか)、とジュンシーは僅かに笑う。

 武を誇るわけではなく、自嘲するわけでもない。

 ただ主と見定めた者のために迷いなく拳を振るい続けた男の積み上げた経験値を、此度は護衛のために活かす。それだけの話である。

 加えて、チャカとペルは軍人として部下を持つ身。常にコブラ王の傍に控えて身を守ることは出来ない。

 そういう意味でもジュンシーは適任であった。

 

「お主等は正面からの戦いに備えるがいい。後方は儂が受け持とう」

「……なるほど」

 

 決してチャカやペル達を侮っての発言では無かった。

 それを理解し、謝罪の言葉と共にコブラ王の後ろへ下がる。

 当のコブラ王はと言うと、ジュンシーの言葉を聞いてその隣に立つ少女の方へと視線を向けていた。

 ペンギンを模したパーカーで体の大半は見えないが、大腿部から下に見える鋼鉄の足はどうしても目立つ。専門と言うからには、彼女もまたそうなのかとコブラ王が問う。

 

「専門という訳ではない。この子はまだ若いのでな。経験を積ませる意味合いもあって連れて来た」

「まだ子供だろう。その年で戦場に立つのは……いや、他所の事情に口を挟むべきではないな」

 

 コブラ王は首を横に振り、先の言葉を撤回する。

 

「どれほどの期間滞在する予定かね?」

「事が終わるまで戻るつもりは無い。そう長くかかることはないが、しばし世話になる」

「では部屋を用意しよう。応接室で待っていてくれ。案内を──」

「案内は不要だ。道は知っている」

 

 建物の構造は既に把握している。ジュンシーは一礼して部屋を去り、後ろに少女を引き連れて応接室へと足を向けた。

 二人は特に会話も無く応接室へ向かっていたが、途中で脈絡なくジュンシーが言葉を発した。

 

「儂は護衛のために残るが、お主はどうする?」

「……どうって、私も護衛のためにここにいるしかないでしょう? それとも独断で動いていいの?」

「そうしたければするがいい。クロコダイルの能力は頭に入っているな? 油断して敗北さえしなければ戦いを仕掛けても構わん」

「へェ……意外ね。貴方、あの人の命令には絶対服従だと思っていたわ」

「呵々、確かにそう見られてもおかしくは無かろうな。だが、お主も若いとはいえ〝戦乙女(ワルキューレ)〟の一翼を担うならば──単独でクロコダイルの撃破くらいやってみせるがいい」

 

 国王軍はクロコダイル討伐に動かない。厳密に言えば動かないようカナタが釘を刺しているはずだ。

 覇気も使えない一般兵をいくら揃えたところで戦いにはならないし、何より今回の一件は政府の手落ちである。

 海軍に首を獲らせるのが筋ではあるが……カナタは海軍を信用していないのでジュンシー達を派遣している。

 どうあれ落とす首なら誰が戦っても問題は無い、と言うのがジュンシーの見解だった。

 

「ただし、猶予はそれほど長くなかろうな。四皇の内二つが動いたのだ、完全には止めきれまい」

 

 いくらかは包囲網から抜け出してアラバスタに辿り着くことも考えられる。その際はアラバスタ国内で迎撃しなければならない。

 最終的にクロコダイルは王宮に現れるであろうという予測もあってジュンシーは後手に回ることを選んだが、先んじて討ち取れるなら動いても構わない。

 少女──リコリスは嗜虐的な笑みを浮かべ、「お言葉に甘えようかしら」と返答した。

 

「呼び出しがあれば戻れ。四皇の幹部が複数人攻めてきた場合、儂一人では流石に手に余る」

「遊ぶ時間はそう長くは無いのね。残念」

 

 互いに負けることは最初から考えていない。

 リコリスは相手が七武海という事で警戒こそしているが、カナタから聞いた話からすれば既に落ち目の海賊だと判断していたし。

 ジュンシーはかつて一度は伸び代があると判断したが、今では己の力を磨くよりもせせこましく軍事力を求める時代の落伍者だと考えていた。

 

「クロコダイルの配下については聞いているな? 一人は確実に消せ。それ以外はどうしようと構わん」

「分かってるわ──ああ、でも、Mr.3とか言うのは殺さないようにして頂戴」

「む? なにかあるのか?」

「私の配下に欲しいの」

 

 ジェムから上げられた報告書にはリコリスも目を通している。

 Mr.3ペアは共に芸術家──造形美術家と写実画家であるため、手元に置いておきたいのだと熱弁する。

 余計な手間が増えるだけだが、それだけの余裕があれば構わないとジュンシーは首肯し、リコリスは満足げな顔をした。

 旅の疲れもある。今日一日は休息し、明日クロコダイルの首を獲ろうと計画を立て、二人は移動ルートを選定し始めた。

 

 

        ☆

 

 

 そして、場所は変わり〝カトレア〟。

 ルフィたちは数時間ほどかけて移動し、反乱軍が拠点を構える町に辿り着いていた。

 大きな町であるため、当然建物は多いが……それ以上に人が多い。住む場所に困るためか、そこらにテントを張って寝泊まりしている者も多い。

 

「これ、皆反乱軍なの……?」

「全員じゃあねェだろうが、大多数はそうだろうな」

 

 ナミが人の多さに思わず呟くと、ジェムがその呟きに答えた。

 元々町に住んでいた者もいるだろうが、今この町にいる大多数は反乱軍なのだろう。

 総数は数十万人にも及ぶ。町一つには到底収まらないため、他の町にも分散して拠点を作っているとジェムは聞いていた。

 だが、リーダーのいる〝カトレア〟は実質的な本部だ。

 

「急ぐぞ。ぐずぐずしてる暇はねェ」

「……ええ」

 

 先に歩き出したゾロに「そっちじゃねェぞ」と声をかけ、一行は反乱軍本部が設置してあるテントを目指す。

 ミンク族であるペドロとゼポ、それに能力者のチョッパーはやはり目立つためか、歩いているだけでちらちらと視線を感じる。

 ビビとイガラムは顔が知られているため、フードを目深に被って顔を見せないようにしており、足早に町中を歩く。

 ジェムはあらかじめ地理を聞いていたのか、手元の紙を時折見ながらテントの前に辿り着いた。

 

「ここだ」

「ここにコーザが……」

 

 大きめのテントの外には見張りと思しき男がいる。ジェムはその男に話しかけ、コーザに会いたいと取次を頼んだ。

 会うのはビビと護衛のイガラムのみ。それ以外の面々はテントの外で待つことになった。

 どのみち海賊が一緒に入ったところでややこしくなるだけである。誰も異論を挟まず、ビビとイガラムはテントの中へと入った。

 テントと言っても直射日光を最低限防ぐためだけの屋根のようなものだ。荷物などが置いてあり、その奥まったところにやや広いスペースがある。

 そこに、彼らはいた。

 反乱軍の中心、幹部たちである。

 

「……今日は客が多いな」

 

 目元に傷があり、サングラスを掛けた青年──コーザは木箱に腰かけたまま呟いた。

 ビビとイガラムはここに来てようやくフードを外し、顔を露にする。

 

「──ビビ。それにイガラム……!」

「久しぶり、()()()()

 

 目を見開くコーザに、ビビは懐かしさに緩みそうになる顔を引き締めつつ挨拶を交わす。

 

「……その呼び方は止めろ。おれ達はもうガキじゃねェんだ」

「……ええ、そうね。反乱軍のリーダー、コーザ。今日は貴方に話があって来ました」

 

 二人が幼馴染であろうと、もはや関係は無い。

 片や国に反旗を翻す反乱軍のリーダー。

 片や国の頂点に立つ王族の長子。

 本来ならば相容れる事の無い二人だが、周りの者も含めて辺りは妙に静かだった。

 

「何の話をしに来た。悪いが、おれは止まる気はねェ。コブラ王から雨を取り戻すまでおれ達は戦い続ける」

「父を倒したところで雨は戻らないわ」

 

 コーザの言葉に、ビビは毅然と反論した。

 〝ダンスパウダー〟によって奪われた雨を取り戻すために反乱軍は立ち上がった。

 しかし、たとえ国王を引きずり下ろしたところで雨が自然に降ることを待つ以外に方法は無い。〝ダンスパウダー〟を使えば別だが、それは更なる負債を未来に背負うことになるだけだ。

 既に一度使ったのだから、もう一度──その安易な考えで、今度は他国との戦争にさえなりかねない。

 

「じゃあ、お前はどうするんだ! ユバは枯れた! 多くの町や村も枯れていった!! これ以上おれは枯れていく街を、人々を見ていられねェ!!」

「私だって黙って見ている事なんて出来ない!! だから──雨を奪った元凶を倒しに行くの!」

「……雨を奪った元凶、だと?」

 

 元凶はコブラ王では無いのか。

 本心ではコブラ王を疑いたくない、信じていたいと思う者は多い。それでも、客観的に見て多くの罪はコブラ王にあると思う者は多い。

 コーザは真っ直ぐにビビを見て、先を促した。

 

「元凶はクロコダイルよ」

 

 アラバスタ国内においては英雄とさえ祭り上げられる男。

 反乱軍内部でも彼に対する信頼は大きい。たとえ本当に元凶がクロコダイルだとしても、信じる者はどれくらいいるか。

 ビビは一つ一つ、コーザの疑問に答える形でクロコダイルの悪事を暴いていく。

 〝ダンスパウダー〟を使って雨を奪ったこと。

 いくつもの町や村で運河を破壊したこと。

 国王軍に扮して破壊工作を行ったこと。

 ともすれば、国王の罪をクロコダイルに押し付けているようにも聞こえるが……それは確かな事実だった。

 既に〝黄昏〟は全ての情報を五老星に叩きつけ、クロコダイルの除名と共に放置し続けた管理責任を問い詰めて金をむしり取っている。

 事が終われば、復興のための支援物資が届く手筈になっていた。

 

「……本当に、あの男が……」

 

 コーザは額に手を当て、難しい顔をする。

 敵は知れた。だが、相手がクロコダイルとわかったからとて反乱軍全員が意志を統一してクロコダイル討伐に動けるわけではない。

 今やコブラ王よりもクロコダイルの方が信頼を得ている。この話をしたところで信用するかどうかすら怪しかった。

 だから、コーザには時間稼ぎを頼む。

 

「数日でいいの。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……倒せるのか?」

「ええ、きっと……」

 

 言葉を聞くだけならホラを吹いていると言われてもおかしくない。けれど、直接それを聞いていると……どうしてだか、倒せるのではないかと考えてしまう。

 相手は長年七武海の座にいる海賊だ。並の強さでどうにか出来る存在ではない。

 でも、きっと。

 ルフィなら倒してくれると──ビビはそう思っていた。

 

「そうか……なら、おれからも話しておくことがある」

「話しておくこと?」

「ついさっきの話だ。()()()()()()()()()()()

 

 コーザが革命軍の名を出すと、ビビの顔は蒼白になった。

 革命軍──世界各地で反世界政府を掲げ、悪政・圧政を行う国々でクーデターや革命を引き起こしている組織。

 事実はどうあれ、コブラ王が〝ダンスパウダー〟を使用した疑惑があり、多くの人々が枯れた町と共に倒れていく現状……革命軍が手を貸してクーデターを行おうとする可能性は、確かにゼロとは言えなかった。

 多くの国で革命を起こしてきた彼らは、ただ武器を持った一般人とは話が違う。敵に回ったとすれば大きな脅威となる。

 

「そんな……! 革命軍がこの国で何を!?」

「仕事をしに来たわけじゃねェらしい。弟を探してる、って言ってたからな」

「弟……?」

「ああ。だが、おれ達は誰も知らなかった。海賊らしくてな、手配書もある。時間があれば後で見せるが」

「そう……」

 

 あからさまにホッとした様子で胸をなでおろすビビ。

 イガラムは変わらず厳しい顔をしているが、反乱軍と革命軍が手を組んだわけではないと知って少なからず安堵している。

 革命軍がわざわざ弟を探しにこの国に来たと言うのは気になるが、ひとまずビビに関係することは無いだろうと判断し、「急いでいるから」と手配書を見るのを断った。

 

「まだそこらにいるはずだ。お前としちゃああんまり関わりたくない相手だろう。気を付けろ」

「うん」

 

 何はともあれ、事情はわかった。

 コーザは理解を示し、約束する。

 

「数日……まァどのみち、武器が足りずにアルバーナへ攻め込むのは難しかったところだ。多少伸ばしたところで問題はねェ」

「ありがとう。きっと数日の間に何とかしてみせるわ」

 

 クロコダイルを倒し、この国に雨を取り戻す……そのためにビビは危険を冒してきた。

 もう少しでアラバスタを救える。もうひと踏ん張りだと気合を入れなおす。

 テントから出て行こうとするビビへと、コーザは最後に声をかけた。

 

「ビビ」

「? 何?」

 

 何かを言おうとコーザは口を開き、しかし今更何と声をかけるべきか迷い……結局、無難な言葉をかけるだけだった。

 

「……いや、何でもない。頑張れよ」

「うん! もちろんよ!」

 

 拳を握ってガッツポーズする逞しい王女にコーザは思わず笑みをこぼし、ビビを見送った。

 そして、ビビが何とか上手くいったと安堵しながらテントから出ると、そこには。

 

「ザボ~~~~~~!!!!」

「うわっぷ! 落ち着け、落ち着けってルフィ!!」

 

 ルフィが号泣しながら、ビビの知らない誰かに抱き着いている姿があった。

 

 




次の更新は一応16日の予定ですが、15日が仕事なのでどこかで執筆時間が取れなかったら23日になります。


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第百五十六話:サボ

各勢力の説明回だけで何話使ってるんだ感。


 

 〝ナノハナ〟──海軍臨時駐屯所。

 ルフィたちを取り逃がしたスモーカーは、考え事をしながら葉巻を吹かしていた。

 そこへ、スモーカーと同じように臨時招集された大佐であるヒナとスモーカーの部下であるたしぎが入ってきた。

 

「こんなところでサボり?」

「サボりじゃねェ。仕事はやってる」

「そうかしら。追ってた海賊にまた逃げられて不貞腐れているようにしか見えないけど」

 

 スモーカーとヒナは同期であるためか、互いに気安く話す。

 ヒナもタバコに火を付けて席に座ると、たしぎが居心地悪そうにスモーカーの隣に座った。

 共に白煙をくゆらせると、スモーカーはおもむろに口を開く。

 

「ヒナ。お前、こっちの海で〝覇気使い〟を最近見たか?」

「〝覇気使い〟? いいえ。楽園(こっち)で見るのは稀じゃない?」

「そうだな……おれもほとんど見た事がねェ」

 

 強力な海賊ほど覇気を扱えるものだが、中には能力一辺倒で覇気を使えずとも新世界まで辿り着く海賊もいる。

 新世界でさえそうなのだ。楽園側ならばその傾向はより強い。

 東の海(イーストブルー)が担当だったスモーカーは元より、アラバスタ近辺をナワバリとするヒナでもそうそう見る事の無い相手である。

 

「だが、さっき()()んだよ」

「〝覇気使い〟が? 珍しいこともあるものね」

「〝麦わら〟と共に行動していた……おれが見失ってる間に仲間にした可能性もあるが、問題はそこじゃねェ。〝(ソル)〟を使ったことだ」

「六式を!?」

 

 驚いてヒナが目を見開く。

 たしぎは良く分かっていないのか、視線はヒナとスモーカーの間を行ったり来たりしている。

 

「じゃあ、まさか……」

「政府関連ってことはねェだろう。海賊と組む理由がねェ。十中八九〝黄昏〟だ」

 

 似たような移動技を使う者は海賊の中にも幾らかいる。それ一つを使ったからと言って断定出来ることでは無いが、政府関係者以外で六式を使えるのは〝黄昏〟の関係者がほとんどだ。

 それゆえ、消去法で可能性が高いのはやはり〝黄昏〟の関係者に絞られる。

 それが在野の海賊と協力しているというのが、二人にとっては驚きだった。

 〝黄昏〟の目は厳しい。

 どんなに巧妙に潜入してもあっという間に露見し、始末されることは海軍内でも有名だ。故に内部の者は互いに信用しているが、外部の組織に対する信用はほぼ無い。

 相手が海軍であっても同じだ。

 それ故に、在野の海賊と手を組んで何かをしているという時点で疑問が残る。

 

「驚愕よ。ヒナ驚愕」

「あの女が動けば四皇でさえ真正面から止められる。目的地が分かっているから念のために配備しているだけなら堂々としてりゃいい。そもそもの話、あいつらならそこらの海賊を利用する必要はねェ。戦力が桁違いだからな」

 

 海軍でも詳しいことはわかっていないが、少なくとも海軍抜きで四皇の一角と真正面から衝突出来る程度には戦力があると推測されていた。

 麦わらの一味はわずか数ヶ月前に立ち上げられた海賊団だ。

 〝黄昏〟の傘下なら堂々とマークを掲げれば海軍に追われることは無いし、町で受け入れられないという事も無い。

 それをしない時点で〝黄昏〟の傘下では無いのだろう。

 在野の海賊と手を組んで、海軍にさえコソコソと手の内を隠して何をしようとしているのか──スモーカーはきな臭いものを感じ取っていた。

 

「長いこと七武海として貢献してきたことと、あれだけの戦力を政府が失いたくねェと思うのも理解は出来るが、海賊は海賊。信用なんざ出来るはずもねェ……特に〝魔女〟は政府と何度も衝突してる。いつ手を切ってもおかしくはねェだろう」

 

 アラバスタに百獣・ビッグマムの海賊同盟が向かっている理由は〝ニコ・ロビンの捕縛〟のためだ。

 そこは海軍もわかっているし、出来る事なら海軍が捕まえたいくらいである。現状はそちらに回すだけの戦力が無い、と言うだけの話。

 〝黄昏〟は海賊王の残した秘宝に興味が無く、また古代兵器にも興味を示さないのでニコ・ロビンを手中に収めようとする動きも無い。政府がこの点に関して〝黄昏〟を信用してアラバスタに戦力を幾らか駐留させるのも、それに監視を置かないのも、スモーカーは理解出来ないし納得も出来ていない。それでも立場上呑み込むしかなかった。

 

「この戦いにも裏があると?」

「いや、四皇同盟がニコ・ロビンを狙っているのは本当だろう。それを止めるために〝黄昏〟が動いているのもな」

 

 だが、この内乱が起こっているアラバスタにロビンがいる理由と、新世界に居を構える四皇の二人が楽園にいるロビンの所在地をどうやって知ったのかと言う疑問は残る。

 スモーカーたちの知らない裏で何かが起きている。

 きっとただの佐官に過ぎないスモーカーたちに知らされることは無い。もっと上の者達が色々と動いている事だろう。

 スモーカーとしては、それは気にくわなかった。

 

「……地位が足りねェな」

「あら、権力欲が出て来たのね」

「組織の中で自由にやるにゃ地位がいる。政府が海賊に配慮する事にも、海軍が海賊と歩調を合わせる事にも、物申すにゃァ今の地位じゃ出来ねェ」

「そうね。上官に噛みついたり素行の悪さでクビになりかけた貴方にしては進歩したじゃない」

「バカにしてんのか?」

「そういう訳ではないわ。ヒナ謝罪。学習したって言ってるのよ」

「やっぱりバカにしてんだろ」

 

 額に青筋を浮かべるスモーカーに笑うヒナ。たしぎは剣呑な雰囲気になりつつある両者の間を視線が行ったり来たりしながら声を上げる。

 

「け、喧嘩は駄目ですよっ!?」

「喧嘩なんざしねェよ、バカ」

「それなりに長い付き合いだものね」

 

 先程までのにらみ合いは何だったのか、二人とも特に何かすることも無く互いに灰皿へと灰を落とす。

 たしぎがホッとした様子で背もたれに体を預けると、三人が話しているところへ伝令がやってきた。

 

「バスティーユ中将よりスモーカー大佐、ヒナ大佐の両名へ招集が掛けられております!」

「ああ、わかった」

「すぐに行くわ。でも、何用かしら」

 

 ある程度の事はヒナたちも聞いている。

 ()()()()()()()()百獣・ビッグマムの海賊同盟に関することは確実なはずだが、事が起こっているのは新世界だ。

 アラバスタに海兵が集められたのは万が一のための配備で、ともすれば仕事など無いと考えてもいた。

 

「詳しいことは小官も聞いておりません。ですが、緊急事態になり得ることだと……」

「緊急……そう。あまり良くないことが起こってるようね」

 

 こういう時に集められた場合、大抵ロクでもないことが起こっている。

 何となくそんな予感を覚えながら、スモーカーとヒナはバスティーユの下へと足早に歩き始めた。

 

 

        ☆

 

 

 一方、〝カトレア〟。

 号泣するルフィを宥め、ひとまず落ち着けるところで話をしようと一行は町の外縁部まで移動していた。

 ルフィは相変わらず号泣しており、涙と鼻水で顔面が酷いことになっていた。

 

「うぉおおおおお……よ゛か゛っ゛た゛ァ……サボォ~~!!」

「ハハハ……泣き虫は相変わらずみてェだな。ある意味安心したよ、おれは」

 

 近くの岩場に腰を下ろしたサボは、ルフィの様子を見ながら笑っていた。

 それに対し、事情が何も分かっていない一行は互いに顔を見合わせるばかりである。

 一番混乱していたのは、コーザと話して戻ったらルフィが号泣していた場面に出くわしたビビとイガラムであろう。

 

「ルフィさん、一体どうしたの?」

「わかんない。なんかあの人がルフィに話しかけてきたんだけど……いきなりルフィが泣きだしちゃって」

「……お前ら、あの男の事知らねェのか?」

 

 状況が呑み込めない麦わらの一味と違い、ゼポとペドロは警戒感をあらわにしていたし、ジェムは冷や汗を流してサボから視線を外さないようにしていた。

 ミキータも険しい表情をしている。

 それに気付いたゾロは、いつでも戦えるように刀に手を置いて目を細めた。

 

「お前ら、あいつが誰だか知ってんのか?」

「麦わらとの関係性は知らねェ。だが、あの男の事は知ってる」

「誰なんだ?」

「革命軍の参謀総長──つまり、()()()()N()o().()2()だ」

 

 ジェムの言葉にサンジやナミは驚き、ビビは目を見開いてジェムの方を見る。ゾロは良く分かっていない顔をしていた。

 

「革命軍……!? じゃあ、まさかコーザが言ってた『弟を探しに来た』革命軍の人って」

「ああ、おれだ」

 

 ビビの言葉にサボが首肯する。

 その言葉とこの状況を見るに、まさか──と誰もが唖然として口を開く。

 

「改めて……おれはサボ。ルフィの兄貴だ。(ルフィ)がいつも世話になってる」

「や、まったく」

 

 ぺこりと頭を下げるサボ。それにつられてウソップやサンジたちも頭を下げた。

 ジェムやペドロは身内に会いに来ただけだと判断して警戒心は解いていたが、それでも味方かどうかは不明のままだとやや距離を置いている。

 彼らは麦わらの一味ではない。サボとも一線を引いておくべきだろうと考えたのだ。

 

「でも、なんで急に泣き出したの? しばらく会えてなかったにしても、そんな号泣しなくても……」

「ああ、おれは小さい頃に死んだと思われてたからな。生きてることに驚いているんだろう」

「死んだと思われてた? 何かあったのか?」

「色々な……数年前まで記憶喪失だった」

「記憶喪失!?」

 

 それまでは革命軍としてずっと行動していたが、2年前にエースと再会し、そこでも色々あって記憶を取り戻した事をざっくり説明する。

 エースの名前を聞いてルフィが懐かしそうにする一方、ジェムたちはまた冷や汗を流していた。

 かなり聞き覚えのある名前だったからだ。

 

「エースって……まさか、〝白ひげ〟の二番隊隊長か……?」

「良く知ってんな」

 

 なんつう兄弟だよ、とジェムは眩暈を抑える様に額に手を当てた。

 ペドロもゼポもミキータも、ある程度新世界の情勢を知る者達は怒涛の情報量に頭が痛そうにしている。

 ルフィは既に泣き止んでおり、エースの名前に反応した。

 

「エースと会ったのか!?」

「ああ。エースも随分立派になってた」

「そっかァ……エースも強くなってるんだろうなァ……でもおれも強くなったからな。もう負けねェ!」

 

 サボがエースと直接会ったのは2年前の一度きりだが、覚えているのは共にカナタに歯向かって拳骨で沈められたことだけである。

 なので「あー、まァそうだな」とお茶を濁す。

 弟に対しては見栄を張りたいのが兄というもので、サボもまた例に漏れずそうだった。

 

「おれはルフィを探すっていう個人的な理由でアラバスタに来たが、他に理由が無い訳じゃない」

「……この国に革命軍が何の用かしら?」

 

 ビビがやや敵意の籠った視線でサボを見る。

 サボはビビの正体に気付いているが、目的はこの国に革命を起こすことではないため、向けられる敵意に苦笑した。

 

「おれの目的は……詳しいことは話せねェんだが、概ねそっちと同じなんだ」

「おれ達と? ってことは、クロコダイルを倒しに来たのか?」

「近いが、ちょっと違う。()()()()()()()()()で、ルフィとビビ王女が一緒にいるって聞いてな。革命軍としては……まァ、反乱軍に手を貸すべきだって意見もあったんだけどな」

 

 革命軍は世界政府を打倒することを目的としている。

 当然、世界政府加盟国であるアラバスタでも革命の兆しがあるならそれを支援すべきだとの意見はあった。

 しかし、ドラゴンもサボもアラバスタにおける()()()()()を知っている。これを理由に革命を行うべきではないと判断し、これまで手を出してこなかった。

 クロコダイルが恣意的に火種を作って国をひっくり返そうとしているのを、革命軍が手伝うわけにはいかない。

 

「クロコダイルがこれまでやってきたことはおれ達も知ってる。だから、この国で革命は起こさねェ」

 

 サボはビビの目を見て、はっきりと断言した。

 

「じゃあサボは何しに来たんだ?」

「さっきも言ったけど、概ねルフィたちと目的は同じだ。アラバスタを救う事……なんだけど、おれは念のために来てるだけだ」

「念のためって……」

「簡単に説明しよう。今、この国は二つの危機に襲われてる」

 

 サボは指を二本立てた。

 一つは王下七武海のクロコダイル。

 もう一つは百獣・ビッグマムの海賊同盟だ。

 

「ルフィ。お前、四皇って存在がどれくらい強いかわかるか?」

「分かんねェ」

「ハハハ、だろうな」

「笑い事じゃねェぞ、麦わら」

 

 正直に言ったルフィにサボは笑い、ジェムは溜息を吐いた。

 

「──偉大なる航路(グランドライン)の後半の海に、まるで皇帝のように座する四人の大海賊を四皇と呼ぶんだ。百獣海賊団、ビッグマム海賊団も四皇の一角を占める大海賊でな。その二つの海賊団が同盟を組んで黄昏の海賊団と海軍の同盟に対抗してる」

 

 海軍と海賊が手を組むことは基本的に無いが、七武海は政府が認めた海賊である。この七人であれば話が別だった。

 もっとも、政府はカナタとミホークを除く5人には大して期待もしていない。

 政治的な理由があるジンベエは七武海の席にいるだけで意味があり、くまも色々と理由があって七武海にいる。クロコダイル、ドフラミンゴ、モリアの三人は本当に()()()()()()()()()()海賊である。

 ともあれ、その辺りの事情は今は関係ないので割愛し、サボは地面に簡単に図解する。

 

「大まかに言って、外部から今回の戦争に参戦しようとしてる勢力は四つ。百獣海賊団、ビッグマム海賊団、黄昏の海賊団、海軍。偉大なる航路(グランドライン)後半の海で今まさに衝突してるわけだが、百獣・ビッグマムの海賊同盟の狙いは知ってるか?」

「知らねェ」

「いや聞いただろ。ニコ・ロビンって女だ。電伝虫で話してただろうが」

「しかも〝ルネス〟で助けられただろ」

 

 ウソップとサンジがルフィに突っ込み、サボは「知ってるなら話が早い」と頷く。

 ロビンは革命軍にとっても重要な人間だ。四皇のうち二人を敵に回すことになっても、守ることには意味がある。

 

「彼女を狙って動いてる。けど、黄昏と海軍が共同で止めてても完全に止めきれるとは限らない」

 

 裏をかかれる、あるいは何らかの方法で出し抜かれる可能性がある。黄昏と海軍がどれだけ網を張っても絶対では無い。アラバスタで迎え撃つのが確実だが、その場合アラバスタの被害の桁が増えることになる。カナタはそれを嫌って海上で迎撃に出たのだ。

 それらを考慮して、サボはコアラを連れてアラバスタを訪れた。

 カナタから援軍の要請があったこともあるし、サボ自身がルフィの危機とあらば乗り込むつもりだったからだ。

 

「おれたちが海軍と共同戦線ってのは色々とあれなんだが……この二つの海賊団、四皇の中でも特に過激な勢力でね。下手すると止めきれずに辿り着いた勢力だけで、ニコ・ロビンを捜索しつつこの国を更地にする、なんて無茶苦茶な事をやりかねない」

「そんな滅茶苦茶な……!?」

「そう言う連中なんだよ、あいつらは」

「そいつらもぶっ飛ばしたらいいのか?」

「相手にもよるが、お前にゃ無理だ」

「何ィ!?」

 

 ビビが顔を青くしている横でルフィがやる気満々で拳を構えるが、ジェムが諭す。

 新世界の海賊だ。少なくともルフィたちよりずっと年季の入った海賊だし、下手すると四皇の幹部が来る可能性もある。

 ジェムだってどこまで食い下がれるか分からない相手だ。

 少なくとも、今のルフィたちが戦いを挑んだところで勝てはしない。

 

「強さ云々の前に、お前はクロコダイルだけ見据えておけばいい。他の奴に目移りしながら倒せるほど易い相手じゃないぞ」

「でも、電伝虫で『大したことない』って言われてたぞ」

「カナタさんの評価は当てにするな。あの人、大抵の奴は『強くない』ってひとくくりにするんだ」

 

 ジェムは過去にそれで痛い目を見た事があるのか、やや遠い目をしている。

 サボもカナタの常軌を逸した強さは身を持って体験したことがあるので、カナタを基準にするとおかしなことになるのは理解していた。

 

「まァ、そういう訳だ。万が一のためにおれは東の港近くで待機してる。ここじゃ海軍の駐屯地が近すぎるからな。ルフィ、クロコダイルの事は任せていいか?」

「おう! おれは強くなったからな!! クロコダイルをぶっ飛ばして、サボにも強くなったところ見せてやる!!」

「ハハハ! そりゃ楽しみだ!!」

 

 サボが聞いた限りでは〝黄昏〟の精鋭も動いている。

 ルフィの事は心配だが、兄貴分としては見守ることも大事だと考え……名残惜しくはあるが、話をここらで切り上げることにした。

 コアラには「ルフィを探してくる」と書置きをしているが、あまり長いこと待たせるのも悪い。

 最後に、サボは一枚の紙を取り出してルフィに渡した。

 

「なんだ、これ? 紙切れ?」

「ただの紙切れさ。だが、それがまたおれ達を引き合わせる」

「へー」

「要らねェか?」

「いや……いる」

 

 変哲もないただの紙切れを貰ったルフィは、それを大事そうに持つ。

 死んだと思っていた兄弟分と再会できたのだ。その兄弟分から貰ったものなら、何であれ捨てる理由は無い。

 ジェムやペドロたちはその紙に心当たりがあったが、本人が言わないのならと黙っていた。

 

「出来の悪い弟を持つと、兄貴は心配なんだ……ルフィの仲間たちも、コイツにゃ手を焼くだろうが……よろしく頼むよ」

 

 サボはルフィの仲間にそう告げ、町へ戻る前にルフィへ声をかける。

 

「じゃあまたな、ルフィ。この騒動が終わったらまた会おう」

「おう、じゃあな!」

 

 サボが町に戻り、ルフィはサボが見えなくなるまで手を振っていた。

 麦わらの一味の面々は、ルフィの兄弟があれほど常識のある人間であることに心の底から驚いていたが。

 サボを見送った後で、一同は目的を再度確認する。

 

「クロコダイルをぶっ飛ばせば良いんだろ」

「そのためには〝レインベース〟ってとこに行く必要があって」

「移動するために一度〝ナノハナ〟まで戻るのか?」

 

 サンジが疑問を抱き、ビビの方を向く。

 どのルートでも時間はかかるが、一度船に戻ってサンドラ河を遡り、上流まで移動するのが早い。

 反乱軍は一時的とはいえ止まっている。数日の猶予の内に倒せればいいが、早いに越したことは無いだろう。

 

「そうね。一度メリー号まで戻って移動した方が良いと思うわ」

「時間はどれくらいかかるんだ?」

「今から〝ナノハナ〟に戻って……サンドラ河の上流まで行ったら、一度休息を取るべきだと思うわ」

 

 既に時刻は昼を回っている。ここから移動するとなると、サンドラ河の上流まで辿り着くころには夜だろう。

 そこで一度休息を取り、早朝から〝レインベース〟へと移動を開始する。

 少なくとも反乱軍とは接触出来た以上、国王軍と戦って多くの血を流すという結末は回避出来たはず。ビビはそう考え、この場にいる面々の顔を今一度見回す。

 

「もう少しで、きっとアラバスタを救える……だから、お願い。皆、力を貸して!」

 

 自分一人ではどうにもならないことは他人を頼ればいい。

 ルフィの生き方を見て学んだビビは、皆に頭を下げて頼み込む。

 もちろん──返答など、言うまでもない。

 




イガラムが生きててちょっとだけ心理的負担が減ったおかげで視野が広がったビビの成長がわかる回。

次回はお待ちかねカナタさん大暴れの回です。


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第百五十七話:迎撃戦

 

 ──新世界某所。

 ルフィたちがアラバスタに辿り着く数日前の事。

 ビッグマム海賊団は本拠地であるホールケーキアイランドを出航し、やや曲線的に〝赤い土の大陸(レッドライン)〟を目指していた。

 直線ではないのは単に風と海流の問題で、遠回りをしてでも風と海流をつかめれば直線航路を使うよりも早いと判断したからである。

 シャーロット・リンリンの乗る〝クイーン・ママ・シャンテ号〟を含む船団は──海軍と真正面から衝突していた。

 

「ハ~ハハハママママ!!! カナタのやつが来るかと思ってたが、お前らとはね!!」

 

 リンリンは高笑いをしながら正面に立つサカズキへと殴りかかり、サカズキもまたリンリンに正面から立ち向かう。

 海軍大将であるサカズキはマグマグの実を食べた溶岩人間──肉体をマグマに変えられる能力者である。

 当然、マグマの拳などまともに受けては大火傷は免れないのだが……。

 

「こンのババア……!!」

 

 リンリンは素手でサカズキと殴り合っているにも関わらず、マグマによる火傷を負った様子もない。

 自身の覇気もさることながら、素の肉体の頑丈さが常人の比では無いのだ。

 

「そこを退けよサカズキィ!! おれはニコ・ロビンが欲しいんだ……! 海賊王になるには、あの女の力が必要だからねェ!!!」

「退くわけなかろうがァ……!!」

 

 四皇と称される実力は伊達ではない。

 如何に海軍大将であっても勝機は薄く、一瞬たりとも気を抜くことが出来ない。

 軍艦の上で味方への被害を考慮しなければならないが、そんな余裕さえないのだ。

 ボコボコと沸き立つマグマから海兵たちは一斉に退避しており、リンリンも一人で自身を止めようとするサカズキに笑みを浮かべて(ナポレオン)を抜いた。

 

「良い覚悟だ。だったらまずはお前の寿命から貰っていくとしようじゃないか!!」

「お前にくれてやるもんなんぞ一つもないわァ!! くたばれ、ビッグマム!!」

 

 覇気を纏った剣を振りかぶるリンリンに、サカズキは直撃を受けないよう回避しながらマグマの拳を叩き込む。

 それを尻目に、ベルクはカタクリと戦っていた。

 

「こうも迎撃態勢が万全とはな。こちらが行動してからそれほど時間はかけていないはずだが」

「緊急事態ゆえ、色々手続きをすっ飛ばした。貴殿らに楽園側へ抜けられると被害の規模が拡大するのでな」

「なるほど、良い判断だ。手強いな」

 

 ビッグマム海賊団の誇る最高幹部──四人の〝将星〟のうち三人は同じ海軍大将であるベルク、ボルサリーノ、そして七武海として招集を受けたミホークによって止められている。

 残る一人はこの場にいない。ナワバリを空にすることは出来ないと、防衛に残されたと海軍側は考えていた。

 やる気も無く適当にあしらうだけのドフラミンゴ。カイドウの方に行きたそうにしつつも不承不承に戦うモリア。そしてリンリンの子供たちを迎撃するくま。

 ジンベエは万が一抜けられた時のために魚人島付近で待機しており、海中で戦うことになっていた。

 招集され、それに応じた七武海の五人はそれぞれの事情を持ちつつも戦っている。

 ……もっとも、応じなければ七武海の地位は剥奪される。この地位を持つことで得られる利益を考えれば、招集に応じない理由は無い。

 自身の勢力を使い単独で百獣海賊団を相手するカナタと、半ば地位剥奪が決定しているクロコダイルだけが特別である。

 

「それに、時間が無かったのはそちらも同じだろう」

 

 ベルクが指摘した通り、ビッグマム海賊団も船団を組んではいるが全戦力とは言い難い。

 傘下の招集が間に合わなかったのは言うに及ばず、国外に出ていたリンリンの子供たちや部下たちが戻る間もなく出航している。

 とはいうものの、各支部にいる海兵を一斉にかき集めた海軍よりも戦力は多い。このまま押し潰すことも可能だろうが、招集された七武海と続々と集まってくる海軍の援軍部隊が鬱陶しい。

 

「ニコ・ロビンに逃げられては敵わないからな。こうしてお前たちの相手をしている時間も惜しい」

 

 これまで足取りが掴めなかった女の居場所がようやくわかったのだ。この機を逃す手はなく、それを阻むために海軍が動くのも理解は出来る。

 些か動きが早すぎるのがカタクリは気になったが、それは後で考えればいい。

 目の前の男は強く、油断すればやられかねない。カタクリは懸賞金10億を超える男だが、海軍大将ともなればカタクリの動きにも当然のように対応してくる。

 戦場が不安定な船の上という事もあり、双方全力とは言い難いが……それでも厄介なことに変わりはない。

 

(……出来ればおれ達もアラバスタに到達できれば良かったが)

 

 これは無理そうだな、とカタクリは腹を決めて目の前の男と戦うことに集中した。

 

 

        ☆

 

 

 一方、同時刻。

 新世界から楽園へ向けて、ワノ国から出航した百獣海賊団とハチノスから出航した黄昏の海賊団が真正面から衝突していた。

 ビッグマム海賊団と海軍の戦いと違い、こちらは辺り一面が凍り付いて足場が作られている。

 カナタの能力によるものだ。

 

「船を攻撃せい! 足を奪え!!」

 

 陣形を組んで構える船団に向け、千代が電伝虫を使って伝達する。

 勝利条件は〝ニコ・ロビンの逃走〟である以上、時間稼ぎさえ出来ればいい。大規模な衝突による戦力の低減はカナタの望むところでは無いと、千代も理解している。

 遠目に見えるフェイユンはクイーンの首根っこを掴んで鈍器のように振り回しており、暴れ回るキングはラグネルが正面から止めている。

 幹部さえ抑えてしまえば、とも思うが、百獣海賊団には近年〝人造悪魔の実(スマイル)〟によって大幅に増えた能力者がいる。普段から鍛錬を重ねる精鋭を有する黄昏と言えども、油断すれば食い破られてしまうほどだ。

 

「あの馬鹿か小紫の奴がいれば楽なんじゃがなー……」

 

 あの馬鹿(ティーチ)は現在休暇中の上、電伝虫を忘れて行ったので連絡が取れない。

 小紫は重要な仕事のために呼び戻せず、カイエは新世界にいないので呼び戻す時間が無かった。

 戦闘員の数はほぼ同数ながらも、スマイルによって増えた能力者の数は黄昏のそれを上回る。広域に攻撃可能なティーチや小紫がいれば随分戦いが楽になったが、いない相手のことを考えても仕方がない。

 ──別の場所では、百獣海賊団の幹部、〝飛び六胞〟の一人であるうるティとページワンが目の前の相手に苛立っていた。

 

「ふざけやがって……!」

 

 うるティ、ページワンは共にリュウリュウの実の能力者である。

 共に口元を布で隠し、頭部に二本の角がある姉弟だ。動物系古代種の頑強な肉体と本人の強さがあり、若くして飛び六胞の地位にまで上り詰めた。

 その二人が、一人の男に翻弄されていた。

 〝戦士(エインヘリヤル)〟と呼ばれる、黄昏の精鋭だ。

 

「テメェ……なんで全裸なんだよ!!?」

 

 ──そう。二人と対峙する男は、あろうことか全裸だった。

 それでも剣一本で飛び六胞二人を抑え込んでいる辺り、実力者であることに変わりは無いのだが……相手をしている二人は非常に不本意だった。

 

「ペーたんに粗末なモン見せてんじゃねェぞコラァ!!」

「そう、粗末なモン見せてんじゃ……それはおれの台詞だろ!?」

 

 ページワンが突っ込む横でうるティがキレながら人獣形態へと変形し、飛び上がってエビ反りしつつ狙いを定め──男目掛けて強烈な頭突きを見舞う。

 

「喰らえ変態!! 〝ウル頭銃(ズガン)〟!!!」

 

 人獣形態に覇気を集中させたうるティの攻撃を、男はあろうことか()()()()()()()()()対抗して見せた。手に持っている剣を使う素振りすら見せていない。

 共に武装色を纏っているため金属がぶつかり合うような轟音が響き、衝突する覇気で足元の氷にもヒビが入るほどの衝撃が散った。

 まともに受ければ頭をカチ割られてもおかしくないが、男は僅かに額をさするだけで特段ダメージがあるようにも見えない。

 

「……効いた。悪くない威力です」

「この野郎……! 真正面から受けてその程度だと!?」

「いや、実際効きました。これほどの衝撃──時に、貴女の名前をお聞かせ願いたい」

「あァ? うるティだパキケファロ」

「姉貴その語尾止めろよ」

「や・め・ろォ~~!!?」

 

 あちらこちらに噛みつくうるティに思わずページワンが深いため息を吐くと、戦っていた男はジッとうるティを見つめていることに気付く。

 眉をひそめて未だギャーギャーと騒ぐうるティを引き剥がし、獣形態へと変化した。

 まだ戦闘中だ。遊んでいる暇はない。

 ページワンの真剣な表情にうるティも視線を男へ戻し、いつでも飛びかかれるように姿勢を低く保つ。

 

「うるティ……気の強さもまた良い。良ければお付き合いなど──」

「嫌に決まってんだろ変態クソ野郎」

「…………」

 

 考える素振りすらなくフラれ、男は気落ちしたように肩を落とす。

 それを隙と捉えたページワンは即座に噛みつくが、男は反射的に武装色で腕を硬化しページワンの噛みつきを受け止めた。

 一度剣を落として両手でページワンを持ち上げ、その腹部目掛けて強烈な蹴りを叩き込む。

 衝撃に息を吐き、弾き飛ばされるページワン。

 

「ペーたん!! テメェよくもペーたんを!!!」

 

 入れ替わる様に襲い掛かるうるティには、即座に剣を拾い上げて頭突きを受け流しつつ斬りつける。

 言動も行動もあれだが、男は〝戦士(エインヘリヤル)〟の中でも上位の実力者だ。飛び六胞二人がかりとは言え、易々と落とされる実力では無かった。

 

 

        ☆

 

 

 砲弾が雨のように百獣海賊団の船へ降り注ぐ。

 新世界へ行くほどの海賊ならば大砲への対処法は心得ている。多少数を増やしたところで大砲で落とせる船は多くは無い。

 もっとも──カナタがフリーになっている状態ならば話は別だ。

 

(……カイドウが居ない? あの男が本船にいないとは考えにくいが……)

 

 最大の目的であるカイドウの姿が見当たらない。

 リンリンにせよカイドウにせよ、個人の武力でこのどちらかを止めることは難しい。倒すつもりならガープ、あるいはセンゴクが前線に出てこなければならないが、前者は現在〝東の海(イーストブルー)〟へ出張中。後者は元帥と言う立場柄容易に動けなかった。

 それゆえ、〝この世の最強生物〟と名高いカイドウの相手はカナタに回ってきたのだが……当のカイドウ本人がどこにも見当たらない。

 百獣海賊団の最高幹部──大看板のキング、クイーン両名は確認されている。

 大看板に次ぐ実力者である飛び六胞も確認されている。

 カイドウだけがいないことが奇妙だった。

 

「スカされたか……?」

 

 龍は〝焔雲〟を掴み、空を駆ける。

 カイドウ単身であれば海中を通ることなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 その場合、アラバスタにいる戦力でカイドウを相手する必要が出てくる。

 それは、少し不味い。

 

(……あまり頼りたくは無いが、バレットを焚きつけるしか無いか)

 

 被害が加速度的に増えることを考えれば、あの二人をぶつけるのはあまりやりたくないのだが……カイドウ一人いれば国一つなど簡単に落ちる。四の五の言っている場合では無いだろう。

 手に持った槍を無造作に振るって百獣海賊団の船を真っ二つに割断しながら、カナタは子電伝虫で連絡を入れておく。

 待機させている伝令からバレットに伝わるだろう。

 今カナタに出来るのは、カイドウのいない百獣海賊団を壊滅させることだ。

 

「──!」

 

 再び槍を振るって船を沈めようとしたところで、横合いから高速で飛来する何かを感知する。

 氷の大地すれすれを滑空する黒い影──プテラノドン、即ちキングである。

 キングは高速でカナタへと突撃し、カナタが突撃を防ごうとした腕を咥えたまま黄昏の船の側面へと突っ込んだ。

 フリーにしておけば被害が拡大する一方だと考え、カナタを止めに入ったのだ。

 カナタを抑えつける様に腕を咥えたまま、キングはカナタを睨みつけている。

 

「ラグネルを振り切ったか」

「速度じゃおれの方が上だ。あの女におれは止められねェ」

 

 キングは背中の炎を煌々と燃え上がらせ、人獣形態のままカナタへと連続で攻撃を仕掛ける。

 

「〝刃裏双皇(バリゾウドン)〟!!」

 

 至近距離で両翼を振るい、距離を取りつつ斬撃を飛ばして牽制する。

 カナタはそれを一切避けずに受け、斬撃で砕けた体は氷の破片となって即座に修復されていく。

 

「この程度じゃダメージにもならねェか!」

「仕掛けてきた割には腰が引けているな。そら、もう少し気張れ」

「ッ!!」

 

 咄嗟に上空へと移動し、カナタの斬撃を回避するキング。

 背の炎は噴出したまま、厄介そうに切り裂かれた氷の大地を見る。

 あれをまともに受けるべきではない。カイドウやリンリンもそうだが、四皇クラスの存在はまともな物差しで測れるような相手では無いのだ。

 

「〝火龍皇(かりゅうドン)〟!!」

 

 マグマのような炎が龍の形を取り、カナタ目掛けて襲い掛かる。

 極めて高温の炎は氷の大地すら容易に溶かすが、カナタは事も無げに槍を振るい、その炎を両断した。

 反撃に出る、と感知したキングは即座に距離を取ろうと背中の炎を消して高速で移動する──しかし、距離を取ったはずのカナタが既に()()()()()()

 

(こいつ、おれの速度に容易に追いついて──!!?)

「呆けている暇があるのか?」

 

 覇王色を纏った蹴りは黒い雷を伴ってキングの首に直撃し、海面をバウンドしながら百獣海賊団の船へと突っ込んで停止する。

 動物系古代種の能力者であることと生来の頑丈さゆえに耐えられたが、それでもキングは顔を歪めて首に手を当てた。

 

「クソ……あの女、馬鹿力で蹴りやがって! 首の骨がイカレちまう……!!」

「キングさん! 大丈夫ですか!?」

「下がってろ!!」

 

 治療のために近付いて来た部下にそう言うや否や、即座に横っ飛びして直後に船を切り裂くカナタの斬撃を回避する。

 

「チッ!」

 

 人形態のまま背中に炎を灯し、キングは刀を構えてカナタを迎え撃つ。

 覇気を纏った槍を刀で弾くも、カナタはそれを見越してかキングの体勢を崩すために二度三度と連続して斬りかかる。

 あっという間に隙を晒すことになったキング目掛け、カナタは強烈なアッパーカットを繰り出す。

 6メートルもあるキングの体を十数メートル上空まで浮かすほどのパンチをまともに受け、さしものキングも動きが硬直していた。

 その、目の前に。

 吹き飛ばした張本人であるカナタの姿があった。

 咄嗟に防ごうとしたキングの刀を即座に槍で弾き、覇王色を纏った蹴りを叩き込んで凍り付いた海へと落とす。

 

「……〝声〟が消えないな」

 

 キングの外皮の硬さは良く知っている。

 なので、斬撃よりも打撃で内臓へのダメージを与えることを優先した。

 かなりダメージは蓄積しているはずだが、まだ意識はあるらしい。

 カナタが海面に降り立つと、血を吐きながらも立ち上がるキングの姿があった。まだ睨みつけるだけの気力は残っているようだ。

 

「ゴホッ! クソが……!!」

「まだ立てるだけの気力があるとは。想定以上だ」

 

 百獣海賊団もビッグマム海賊団も、黄昏の海賊団との小競り合いは多い。直接キングと戦うことは無いが、ラグネルや小紫と戦って間接的に実力を知る機会はある。

 想定していたよりも随分頑丈だ。

 

「カイドウはどこだ?」

「……素直に教えると思ってんのか」

「思っていないとも。それはそれで構わないしな。ここでお前たち全員を潰して、カイドウの守りを丸裸にするだけだ」

 

 ここであらかた潰しておけば、後々百獣海賊団を滅ぼす時に楽になる。その程度の認識だ。

 キングは頑丈な男だが、カナタの前ではそれも絶対では無い。

 槍に覇気を纏わせ、次でキングの首を落とそうとして──空から異様な気配を感じ取る。

 覚えのある感覚だ。

 太陽を遮る暗雲が増え、曇り空の中から巨大な龍が姿を現す。青い鱗に強烈な覇気、絶対的な存在感を示す四皇の一角──〝百獣〟のカイドウ。

 

「──カナタァァァァァ!!!!」

 

 龍が、吼えた。

 ゴロゴロと暗雲から雷鳴が響き、カイドウの咆哮と同時に海へと落雷が発生する。

 

「来たか、カイドウ!」

 

 もはやキングのことなど眼中にない。

 カナタは薄く笑みを浮かべ、空から姿を現したカイドウへと意識を向ける。

 

「おれの部下をよくも可愛がってくれたじゃねェか……!! 覚悟は出来てんだろうなァ!!!」

「抜かせ。今日は保護者(リンリン)抜きで私の前に現れたんだ、生きて帰れると思うな!!」

 

 カナタが空へと駆けあがり、暗雲から落ちる雷を槍で受け止めた後に覇気と共に叩きつける。

 カイドウは即座に人獣形態へと変わり、愛用する金棒〝八斎戒〟を頭上で振り回したのちに回転しながら下から上へ勢いよく振り上げる。

 

「〝万象砕く雷(トールハンマー)〟!!!」

「〝雷鳴八卦〟!!!」

 

 互いに覇気を纏わせた一撃が空中で激突し、余波だけで暗雲を吹き飛ばした。

 二人は共に海上へ降り立ち、カイドウはキングを庇う様に立ち塞がる。

 

「すまねェ、カイドウさん……!」

「いいや、よくやったぜキング。怪我の治療をして来い──あいつの相手はおれがやる!」

 

 カイドウは高揚感を隠しもせず、金棒を肩に担いで笑みを浮かべた。

 

「テメェと直に会うのも久々だ……しばらく会ってねェ間に鈍ってねェだろうなァ!?」

「さて、どうだろうな。私もここのところロクな相手が居なかったから、多少は鈍ったかもしれん」

 

 カナタは先の一撃でカイドウがかなり強くなっていることを確認しつつ、そんなことを(うそぶ)く。

 思っても無いことをしれっというものだから、カイドウも思わず大口を開けて笑う。今の一撃が鈍った奴の攻撃か、と。

 

「ニコ・ロビンは欲しいが、おれァテメェと戦えると思って急いで戻ってきたんだ。楽しませろよ、カナタァ!!!」

「……()()()()()()

 

 姿の見えない大看板のジャック。それに飛び六胞の数名。〝ギフターズ〟と呼ばれる能力者の集団も幾らかを含め、アラバスタに向けてカイドウが楽園まで運んだのだろう。

 ビッグマム海賊団の方は分からないが、ワノ国に近寄るコースを取っていることを考えれば合流していても不思議は無い。

 

「保険をかけておいて正解だった」

 

 カイドウはその強さだけが取り沙汰されることが多いが、頭が悪いわけではない。

 リンリンと同盟を組んでいることもある。魚人島を通るコースは船をコーティングする必要があるため、短時間で使えるルートではない。であるなら、何らかの策を練って楽園側に越える可能性は考えられた。

 ジュンシーとリコリスもカナタの保険である。

 

「ウォロロロロロ!! さァ、始めようぜ!!!」

「相も変わらず喧しい奴だ──どの程度強くなったか、確かめさせてもらおう!!」

 

 互いに覇王色の覇気を纏い、武器は触れることなく衝突する。

 その衝撃は氷の大地を割り、空気を震わせ、天を割った。

 




 ちなみに村正は置いて来たので手持ちにありません。
 ……しかし、なぜカナタはこんなラスボスムーブが似合う女になったのか…カイドウも何故か主人公っぽさ出てるし…謎過ぎる…。


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第百五十八話:〝ユートピア作戦〟

 

 百獣海賊団、黄昏の海賊団の両陣営は共に退避しつつある。

 戦いの余波で沈められるなどどちらも望むところではなく、戦っている当人たちがそこまで気を回してくれるとも思えない。二人の激突は一種の天災のようなもので、止めることなど不可能でもある。

 ──爆心地にいるカイドウ、カナタの両名は笑っていた。

 片や海の皇帝と呼ばれて久しく、片や七武海の地位を得て久しい。

 共に全力で戦う機会など数える程しかないために、この機会を逃すまいと覇気を練り上げている。

 

「悪くない。小競り合いばかりだったが、お前もきちんと実力を上げていたようだな」

「ウォロロロロ!! 上から目線で物言ってんじゃねェ!! あの時みてェにはいかねェぞ!!!」

 

 連続して衝突する二人の覇気に海は荒れ、大気が軋む。

 真正面からの力のぶつけ合いでは埒が明かないと判断したのか、人獣形態のままカイドウは大きく口を開けた。

 

「〝熱息(ボロブレス)〟!!!」

 

 至近距離からカナタ目掛けて破壊の息吹が放たれる。

 カナタはそれを槍の一薙ぎで切り払い、真っ二つに裂かれた〝熱息(ボロブレス)〟は足元の氷を砕いて蒸発させていく。

 二人の覇気が衝突するたびに氷の大地も砕けていた。もはや足場としては機能せず、二人は互いに上空へと戦場を移す。

 

「〝吹雪(ブリザード)〟」

「〝龍巻壊風〟!!」

 

 カナタの掌から生み出された巨大な竜巻は猛烈な勢いで海水を巻き上げ、竜巻の中で凍らせて刃と化しながら獣形態のカイドウを呑み込む。

 対するカイドウもタダでやられることは無く、とぐろを巻いて回転することでいくつもの竜巻を生み出し、更にかまいたちを無差別に放ってカナタの〝吹雪(ブリザード)〟と衝突した。

 周辺の海域で暴風とかまいたち、氷の刃が対象を選ぶことなく暴れ回る。

 技を放った二人は気にもかけずに上空でぶつかっていた。

 巻き上げられた海水で視界が悪い中でも構わず、カイドウは正確に狙いを付けてカナタへと〝熱息(ボロブレス)〟を連射する。

 

「通用しないと言うのが分からないのか?」

 

 カナタは意にも介さず強烈な〝熱息(ボロブレス)〟を切り裂き、開けた視界の先で()()()()()カイドウの姿に目を丸くする。

 周辺はカナタの能力圏内だ。多少覇気が強かろうとも、強い冷気は否応なしに身を蝕む。カイドウはそれを嫌ったのだろう。

 人獣形態へと姿を変えたカイドウは、カナタ同様に空を蹴って距離を詰めた。

 

「こうすりゃァ寒くねェ! もっと楽しもうじゃねェか!!!」

「少しは考えたようだな……なら、お前の自慢の体力が尽きるまで何度でも倒そう」

 

 落雷を槍で受け止め、留めたまま横薙ぎに振るって雷を放射状に放つカナタ。

 カイドウはそれを回避し、更に上空から叩きつける様に金棒を振るった。

 

「当たり前みてェに雷を操りやがって……! テメェは氷の能力者だろうが!! どんなカラクリで雷を操ってやがる!?」

 

 覇王色の覇気を纏った時に発生する黒い雷とは異なる、本物の雷だ。

 悪魔の実の能力は一人に一つ。原則が崩れることは無い──故に、カイドウはカナタを睨みつけながらそのカラクリを暴こうとする。

 カナタはカイドウの攻撃を正面から受け止め、空中で轟音が響いた。

 

「一々教える必要があるのか? 気になるのなら自分で暴くことだな!」

「ウォロロロロ!! 確かにそうだ!! そうさせてもらうぜ!!!」

 

 言うや否や、カイドウはジッと目を凝らしてカナタの動きを視る。

 少なくとも能力由来の力ではない。であれば、とカイドウはカナタの槍に視線を向けた。

 槍の周りに(もや)が浮かんでいる。上空には常に滞留する巨大な暗雲──まぁこちらはカイドウの〝焔雲〟も相当な割合を占めているのだが。

 衝突を繰り返しながら観察を続け、槍の穂先がバチリと青白く光る。

 カナタは槍を掲げて雷を受け止め、此度は放射状に放つことで目くらましとして使い、続けて槍を振るって斬撃がいくつも飛ぶ。

 

「──なるほど」

 

 カイドウはカナタの斬撃を回避しつつ、ある程度原理を見抜いていた。

 雷が発生する詳しい原理は後でクイーンにでも聞けばいい。重要なのは二点。

 雷を発生させる瞬間には槍の穂先が光ること。

 発生させるにはある程度時間が必要なこと。

 予兆とタイムラグの存在があるならカイドウにとって対処は容易い。

 数度の激突の末に再びカナタの槍が青白いスパークを放ち始めると、上空へ移動したカナタを追ってカイドウもまた上空へ移動する。

 

「逃がさねェ!!」

 

 発生した雷は一度、必ず槍に落ちて留まる。その一瞬の隙を見逃さずに攻撃を叩き込もうとして──上空へ移動したはずのカナタの姿が消えた。

 急激に方向転換してカイドウの下へと移動したのだ。

 

「何を──」

 

 カイドウの視線は移動したカナタへと向けられる。

 カナタの槍は変わらず青白いスパークが発生しており──次の瞬間、落雷は真っ直ぐに()()()()()()()()()()()()

 

「浅はかだな、カイドウ」

 

 バリバリと空気を引き裂く雷鳴が轟く。

 どこへ落ちるかある程度誘導出来るのなら、雲と自分の間に敵を挟めば当然こうなる。カナタの方ばかりを警戒していたからこそ当てられたが、二度目は流石に通じないだろう。

 感電した体が僅かに痙攣して動きが止まると、カナタはその隙を見逃さずにカイドウの頭へ蹴りを叩き込んで真っ直ぐ海へと落とす。

 海面すれすれでかろうじて動けるようになったカイドウは、咄嗟に発生させた焔雲を掴んで海へ沈むことを回避した。

 

「ウォロロロロ……!! 一筋縄じゃァいかねェな!」

「当然だ。この海が如何に広くとも、私に勝る者などいない」

 

 〝最強生物〟とまで呼ばれる男を前に、カナタは一切臆することなく言い放つ。

 四皇と言えども恐れるに足らず。己こそが最強であると自負する彼女は、海面を広く凍らせて再び氷の大地を生み出した。

 

「この程度でへばってはいないだろうな?」

「バカ言ってんじゃねェよ! まだまだこれからだろうが!!」

「ならば良い。私も久しぶりの戦いなのでな──興醒めさせてくれるなよ」

 

 互いに覇気は微塵も衰えていない。

 むしろ、衝突するたびに研磨されるように増々強まってさえいた。

 

 ──二人の戦いは決着がつくことは無く、数日後にアラバスタの件が収まったと報告が来るまで戦いは続いた。

 

 

        ☆

 

 

 ──そして現在。アラバスタ、夢を見る町〝レインベース〟にあるカジノ、〝レインディナーズ〟の一室。

 バロックワークスの誇る〝オフィサーエージェント〟達は今、全員がそこに集められていた。

 ゆったりした喋り方の巨漢の男と、忙しないやや年を食った女のペア、Mr.4とミス・メリークリスマス。

 神経質そうな眼鏡をかけた男と、三つ編みのおさげが特徴的な少女のペア。Mr.3とミス・ゴールデンウィーク。

 背中に〝オカマ(ウェイ)〟と書かれた白鳥のコートを着ている大柄のオカマ。Mr.2ボン・クレー。

 丸刈りの頭に筋骨隆々とした肉体の胸元に〝壱〟と彫られた男と、パーマのかかった青く長い髪の女のペア。Mr.1とミス・ダブルフィンガー。

 全員、ロビンが集めて来た腕利きである。

 

「──さて。それじゃあそろそろ、ボスとの対面と行きましょう」

 

 計画が前倒しになった影響もあり、ロビンが想定していた時間よりも半日ほど動きが早い。

 それでも仕事に手を抜くことは無く、ポーカーフェイスを保ったまま集まった面々の視線を誘導する。

 そこには、一人の男がいた。

 艷やかな黒髪のオールバックに、顔面を横断するように走る傷跡が特徴の男。

 左腕に装着している特徴的な金色のフックに、対峙するモノを射殺すような鋭い眼光──その男の事を知らない者など、この場にはいなかった。

 

「ク──クロコダイル!?」

「七武海が何故……!?」

 

 今までどんな人物かと想像していたことはある。だが、裏世界を生きる彼らとて、まさか自分たちのボスが王下七武海の一角を占める男とは想像だにしなかったのだろう。

 動揺はある。だが……クロコダイルはそれを眼光一つで黙らせた。

 

「うるせェ奴らだ。まだ時間はある、順序良く説明してやるから黙って聞け」

 

 計画の変更を余儀なくされ、既に不利な立ち位置にいるクロコダイルに余裕はない。

 それでもこれから何をやるかは通達しておく必要があると判断し、時間をかけてでもきっちり説明する。

 クロコダイルが欲するモノは〝軍事力〟──それが眠る〝アラバスタと言う国〟そのものだ。

 

「……つまり、おれ達はそれを手に入れるためにこれまで行動してきたわけか」

「そうだ。そして、計画は最終段階に入った──作戦名〝ユートピア〟。これが成功すれば、晴れてこの国はおれ達のものだ」

 

 だが、この国を手に入れても時間的猶予はそれほど多くは無い。

 

「新世界で百獣・ビッグマムの海賊同盟と海軍・黄昏の海賊団の連合部隊が衝突していることは知っているな?」

「ここ数日、散々報道されているあれですカネ? ですが、具体的な目的地は不明のハズ」

「奴らの目的地は()()だ」

 

 クロコダイルは不愉快そうに机をトントンと指で叩く。

 狙いはミス・オールサンデーことニコ・ロビン。彼女の身柄を狙い、四皇が二人も動いたという事実にエージェントたちは冷や汗を流す。

 

「まさか、そんな……!!」

「事実だ。そのせいでこっちも時間がねェ。手早く国を崩して、おれの手中に収める必要がある」

 

 そのために練り上げた作戦を一部変更し、より確実に乗っ取れるようにした。

 エージェントたちは各自、手元に置かれた指示書に目を通し、テーブルに置かれたランプの火で指示書を燃やす。

 

「それぞれの任務を果たした時、この国はおれ達の手に落ちる──この〝ユートピア作戦〟に失敗は許されねェ」

 

 作戦の決行は明朝7時。

 ──武運を祈る。

 クロコダイルの言葉を締めとして、エージェントたちは動き始めた。

 

 

 

        ☆

 

 

 バロックワークスのエージェントたちは水陸送迎ガメのバンチを利用して移動する。

 レインベースから首都アルバーナ付近を経由し、港町ナノハナへ。

 それぞれの任務のために夜間から行動を開始していた。

 アルバーナ付近で降りたMr.4とミス・メリークリスマスもまた、〝国王の誘拐〟と言う難しい仕事をこなすために静かに移動する。

 言葉を発することなく、足音を立てずにハンドサインだけで暗がりを移動して王宮へ。

 

「……ここだね」

 

 王宮には当然、巡回の兵士たちが何人もいる。その中で気付かれずに国王を誘拐するなど、かなりの難易度だが……二人にとってはやりなれた仕事である。

 適度な緊張感を持ちつつ、王のいる寝室付近まで侵入していた。

 巡回の兵士は今しがた通り過ぎた。しばらくは戻ってこない。今のうちに誘拐してさっさと逃げよう──そう考えていた二人に、横合いから声が掛けられた。

 

「王は就寝中だ。用があるなら後にするがいい、()()()()()()()()

 

 Mr.4とミス・メリークリスマスは即座に声とは反対側に跳び、突然現れた男を視認する。

 灰色の作業服を身に纏った、白髪で老齢の男だ。

 この距離まで近付かれてようやく……それどころか、この距離でさえ声をかけられるまで気付けなかった不覚を恥じるとともに、一切隙を見せない老人に強い警戒感を抱く。

 

「……何者だい」

「ふむ、悠長に誰何している場合か? ()()()()()()()()()()

「は?」

 

 暗くてよく見えないが、老人──ジュンシーの手から何かが滴り落ちている。

 それがMr.4の血だと気付くのに時間はそれほど必要なかった。共に距離を取ったはずのMr.4がぐらりと倒れたからだ。

 

「Mr.4!?」

「大声を出すな。王は就寝中だと言っただろう」

 

 あの僅かな時間で音もなくMr.4を絶命させた手腕に、ミス・メリークリスマスは額にじっとりと冷や汗をかく。

 ミス・メリークリスマスは動物(ゾオン)系の能力者だ。即座に人獣形態へと変わり、僅かにでも生存率を上げようとするが……ジュンシーは特に気負う様子もなく拳を構えた。

 聞きたいことは無い。プロを相手に拷問したところで依頼人の事を吐くとも思わないし、そもそも情報は既にほぼ全部掴んでいる。

 殲滅するだけなのだから実に簡単な仕事だ。

 

「ふざけんじゃないよ、こんなバケモノが護衛に就いてるなんて……!!」

動物系(ゾオン)の能力者か。報告通りだな」

 

 もっとも、どの能力者であろうと彼の前ではさして変わりない。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「逃がす気も無いって訳かい……」

「当然だ。お主もこの界隈で生きるなら、一つの失敗が死につながることくらいは理解しているだろう」

 

 それでもなお、この老齢まで生きている。生き残っている。

 生き残れるだけの強さがあるのだから、弱い訳がない。

 

「ふざけんじゃねェよ、この〝バッ〟!! あたしだってそれなりに経験積んでんだ! 易々とやられるかい!!」

 

 逃げられる距離ではない。ミス・メリークリスマスが生き残るにはジュンシーの攻撃を最低でも一度防ぐ必要がある。

 精神を研ぎ澄ませ、カウンターで迎撃する。それしかない。

 そう考えて、自身の能力であるモグラの爪を構えた。

 ジュンシーは全てを理解したうえで真正面から距離を詰め、真っ直ぐに拳を振るう。

 即座にカウンターに移り、固い岩盤さえ掘り進める硬質な爪をぶつけ……ジュンシーの拳に打ち負け、砕け散った。

 

「──は?」

 

 それ以上の行動は出来ず、ミス・メリークリスマスはジュンシーの拳をまともに受けた。

 衝撃は胸元から背中に突き抜け、心臓を破壊して肉体を後方へと吹き飛ばす。

 ピクリとも動かなくなった彼女のことを一瞥し、騒ぎを聞きつけて近付いて来た衛兵に後の事を頼んで、ジュンシーは再び寝室付近で極限まで気配を消しつつ護衛に就く。

 クロコダイルの放ったエージェントを倒したというのに、思うことなど何もない。

 誰が来ても仕事をこなすのが、彼に求められる役割だと理解しているが故に。

 

 ──Mr.4、ミス・メリークリスマスペア……脱落。

 




一方その頃、ルフィたちはゴーイング・メリー号の船内で枕投げ大会をしていた


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第百五十九話:タイムリミット

 

 翌日の早朝。

 麦わらの一味の男衆は軒並みタンコブを作っており、夜中に騒いだせいでナミにしばき倒されたことが窺えた。

 本来この手のバカ騒ぎに参加しないジェムとイガラムもタンコブを作っている辺り、余程盛大に騒いだのだろう。

 

「さて、じゃあ今日の予定を確認するわね」

 

 ビビとミキータが呆れている横でナミが地図を取り出し、甲板の上で全員に見える様に開く。

 目的地は〝レインベース〟──アラバスタの中でも反乱とは無関係のカジノの町だ。

 クロコダイルの居城がそこであるため、必然的に全員でそこに向かうことになる。

 だが、ここでゼポとペドロが声を上げた。

 

「悪いが、おれ達はここから共に行くことは出来ない」

「どうして!? クロコダイル倒す気満々だったじゃない!」

 

 最大戦力として当てにしていた二人が一緒に行けないというものだから、ナミは焦ったように問い詰める。

 ゼポとペドロも心苦しい様子だが……夜中の内にロビンから連絡があったと言う。

 バロックワークスが本格的に動き始めたのだと。

 

「おれ達……と言うより、ロビンがクロコダイルと組んだのは元々あるものを探していたからでな。()()()()()()()()()()今は、まだクロコダイルを倒せない」

 

 だから二人は一緒には行けない。

 国一つの存亡がかかった戦いであっても自分の目的を優先する二人にナミは憤りを見せた。

 

「何それ……ふざけんじゃないわよ! 今がどういう状況かわかってんの!?」

「ふざけているつもりは無い。そのためにロビンはクロコダイルと手を組んだし、おれ達が明確にクロコダイルに反旗を翻せばロビンの身も危ない」

 

 薄情と言われようとも、一度始めた以上はやり通すべきだとペドロたちは考えていた。

 途中で投げ出す程度の覚悟なら、最初からクロコダイルと手を組んだりしない。

 探し物のためにクロコダイルと手を組み、〝黄昏〟が討伐に動かないよう頼み込み、機会を待っていたのだから。

 そこまでするほどの探し物と言うのが何なのか、ウソップは尋ねる。

 

「そこまでして何を探してんだ、お前ら」

「……〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟だ」

「なんと!? それは……それを探すことは政府が重罪としているはず!」

「ああ。だからおれ達の首には3億を超える懸賞金が付けられているし、今もずっと追われ続けている」

 

 イガラムの驚きようからしてとんでもないものなのだろう、と当たりは付けられるも、具体的にどういうものかはビビを含む麦わらの一味は分からない様子だった。

 なので、ジェムが簡潔に説明する。

 決して砕けず、割れず、融けない硬石に記された古代文字による歴史文。

 いつ、誰が、何のために作ったのか何も分からないものだが……その古代文字を読むことで過去の歴史を紐解くことが出来るのだと。

 今となっては古代文字を読める者もほぼいないため、探したところでどうなるものでも無いのだが。

 そこにどれほどの価値があるのか、具体的にはジェムも知らない。

 

「クロコダイルがロビンに目を付けたのは、()()()()()()()()からだ。〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟に記された()()()()が欲しいと奴は言っていた」

「あるもの?」

「大昔に作られた兵器だ」

「兵器!? そんなモンがあんのか!?」

「あるかどうかも不確かだ。だが、クロコダイルはあると確信していた……兵器の真偽はともかく、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟があるなら何としてでも手に入れておきたい」

 

 クロコダイルがアラバスタを手に入れようとしていた理由はずっと不明だったが、ビビはここに来てその理由を知ることが出来た。

 砂の王国は彼にとって最高のパフォーマンスを発揮できる場所だが、国一つを転覆させて王座に就いたところで世界政府や海軍と敵対することは難しい……だが、強力な兵器を手に入れることが出来れば、政府や海軍に対する抑止力となり得る可能性は確かにある。

 気紛れでも何でもない。最初から理由があってアラバスタが狙われていた。

 

「……わかったわ」

「ちょっとビビ!? いいの!? こいつらがいないと、クロコダイルを倒すことだって……!」

「クロコダイルはおれがぶっ飛ばすからいいだろ」

「アンタは黙ってなさい!」

 

 口を挟んだルフィはナミに怒られて口を噤み、ナミはビビに手で制される。

 そういう理由なら、交渉の余地はあると踏んだのだ。

 

「あなた達は〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読みたいのよね。でも、それがどこにあるか分からないから、クロコダイルと協力して探してる」

「そうだな」

「だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ビビの言葉にゼポとペドロは目を丸くする。

 驚いたのはイガラムも同じだ。

 王位と共に継承される秘密である〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の在処を、よりにもよって海賊に教えることなどあってはならない。

 それに、コブラの側近として長く仕えるイガラムでさえその在処はわからないのだ。未だ王位を継がないビビが在処を知っているとも考えにくかった。

 

「私はその在処を知らないけれど、一番知っている可能性が高いのは私のパパよ。クロコダイルもそう目算しているんじゃない?」

「……そうだな。コブラ王が一番可能性としては高い。それでダメならこの国を虱潰しに探すか、歴史書を引っ繰り返して当たりを付けながら探すしかないだろう」

 

 アラバスタ王国は広い。この国を虱潰しに探すとなると、何年かかるか分からないほどに。

 この状況はそれほどの余裕を許すことは無い。クロコダイルは遅くとも数日中に倒されるだろうし、〝黄昏〟も海軍も新世界での件が終われば本格的に介入してくる。

 ロビンたちも悠長に探し物をしている暇はないだろう。

 どのみち、コブラ王に聞く以外の道は無い訳だ。

 それがクロコダイルの手引きによるものか、ビビの手引きによるものかと言う違いだけ。なら、穏当に行く方を選ぶべきだ。

 

「良いだろう、そういう条件ならおれ達も手を貸せる。それと──兵器の在処があったとしても、おれ達は悪用するつもりは無い。それだけは言っておく」

「良かった……」

 

 安堵したようにビビが息を吐く。

 この土壇場で一番重要な戦力が抜けるとなると困るところだったが、何とか引き留めることが出来た。

 何はともあれ、アルバーナへ向けて一行は出立する。

 まだ日も昇らないほどの早朝だ。昼間の砂漠は暑いが、この時間帯はまだしも空気が冷えている。

 

「今までお世話になったんだし、やっぱりルフィさんたちにもお礼は必要よね」

「礼?」

 

 ルフィたちの厚意に甘えてこれまで手伝って貰っていたが、ビビは彼らにも何かしらの礼をするべきだと思い、何か欲しいものがあるかと尋ねる。

 

「メシ」

「酒」

「アラバスタ料理のレシピ」

「火薬とか工具とかかなァ」

「本! 医学の本がいいぞ!」

 

 思い思いに欲しいものを上げていく一行。その中でナミはキランと目を光らせた。

 

「いくら出せるの?」

「この国から金を絞ろうってのかよ……」

 

 ゾロとウソップがナミに戦慄していると、ジェムが口を挟んだ。

 

「アラバスタには〝黄昏〟から復興支援金が出るはずだ。少なくともおれはその予定だと聞いてる」

「そうなの?」

「コブラ王とカナタさんは旧知の仲らしいからな。ある程度落ち着いたあとになるだろうが……」

 

 金額も定かではないが、それなりの額にはなるはずだと言う。

 ナミは一つ頷き。

 

「じゃあそれでいいわ」

「支援金を横領する気かよ!?」

 

 ジェムも目玉が飛び出る程驚いている。

 いくらなんでもそれは無理だろうと言うが、「こちとら命かけて戦ってんのよ。ケチケチしないでお金くらい出しなさいよ」とナミに詰め寄られる。

 もちろんこの場所にいるのは彼ら自身の意思によるもので、決して誰かに強制されたものでは無いのだが……それはそれとしてお金を手に入れるチャンスを逃すつもりは無いらしかった。

 

「わ、私の貯金、50万ベリーくらいなら……」

「止めておいた方が良いわよ。あの子、全部むしり取るつもりみたいだから」

 

 ビビは自分の貯金で何とか納得してもらおうと思うも、ミキータに止められる。

 勢いづいたナミは止められないと思ったらしい。

 

「おれの権限じゃどうしようも出来ねェ。協力相手ってことで報奨金を出してもらうくらいは出来るかもしれねェが……」

 

 この間の連絡を見るに、どうしてかは分からないがカナタはルフィたちに随分好意的だ。申請すれば報奨金も出してくれるかもしれない。

 心理的なハードルは果てしなく高いが。

 

「じゃあそれでいいわ」

「まァやるだけやってみるが、期待はすんなよ……ところで、いくらくらい欲しいんだ?」

「そうね……10億ベリーくらいかしら」

 

 ジェムは驚きでひっくり返った。

 

 

        ☆

 

 

 数時間かけてサンドラ河からレインベースまで歩いて移動した。

 日が昇る前から出て、今は既に昼を回っている。砂漠越えの疲労感はあるが、休息している暇はない。

 この町にいるであろうクロコダイルを倒すために、すぐにでも動く必要がある。

 

「クロコダイルはどこなんだ?」

「町の中央にあるカジノよ。でも、なんだか町の様子が変……」

 

 国の反乱とも関係なく、常に活気のある町ではあるが……今日はどこか、人々が浮ついているようにも見える。

 ビビとイガラムは顔が割れているので顔を隠しつつ、ジェムは近くにいた人に話を聞く。

 

「すまねェ、ちょっと聞きてェんだが」

「ん? なんだい?」

「何というか、町全体が浮ついてるように見えるんだが……何かあったのか?」

「お前さん、知らないのか!?」

 

 町人の男は驚いた様子で教えてくれた。

 今日の朝、〝ナノハナ〟で国王軍が町を攻撃して火を放ったこと。

 扇動したのが国王コブラであること。

 巨大な武器商船が港に突っ込み、反乱軍がそこから武器を手に入れたこと。

 怒れる国民たちが首都アルバーナへ向けて動き出したこと。

 

「まさか……そんな……!!?」

「私も驚いたよ。だが、国王様は宮殿にいると言う話もあってね……何が本当で何が嘘なのか、今を持ってもまだわからない」

「そう、か……わかった。ありがとう」

 

 ジェムは礼を言って離れ、同じことを仲間たちに話す。

 すると、ビビとイガラムの顔色が見る見るうちに悪くなっていくのが分かった。国王に化けて国王軍が狼藉を働く、と言うのは可能性として考えていたが……クロコダイルの動きが随分早い。

 先手を打たれたのだ。ここから巻き返すのはかなり厳しい。

 

「反乱軍の本隊はカトレアにある。ここから装備を整えてアルバーナへ向けて動くとして……甘く見積もっても8時間前後」

 

 事態が起こったのは朝7時ごろらしく、そこから各地の反乱軍に伝達されたとしても猶予はそれほど長くない。

 現在は昼過ぎ……時刻としては13時を少し過ぎたあたりだ。

 来た道を辿って戻り、船を使って川を渡り、また砂漠越えをするとなると──致命的に手遅れだ。

 残り2時間では、どう頑張ってもアルバーナに辿り着けない。

 

「そんな……そんなことって……!」

「どうにかならないの!?」

「わからない! コーザは数日は動かないと約束してくれたはずなのに……!」

 

 コブラが先頭に立って町を破壊し、火を放ったというのなら、先日のビビの言葉も嘘だったのだと断じられてもおかしくはない。

 何にしても状況は最悪だ。

 

「Mr.2か……!!」

 

 コブラ王は宮殿にいたとしても、街中で先頭に立って破壊行為をした姿を見ればそちらが本物だと思うだろう。

 どちらが本物なのか、その場にいた人々には判別する方法が無いのだから。

 ジェムは厄介な能力に歯噛みする。

 

「ともかく、反乱を止めなきゃならねェ」

「でも、どうやって……!?」

 

 コーザと再び会ったとしても、信用してもらえるかどうかは賭けだ。あちらからすれば既に一度裏切っているのだから、信用に値しないと思われているかもしれない。

 かと言って、ここで手をこまねいていても反乱は止まらない。

 クロコダイルを放っておくわけにもいかない以上、二手に分かれるべきだが……町の様子を見ながら、ゾロがぼそりと呟いた。

 

「クロコダイルの奴は本当にこの町にいるのか? 入れ違いになってたりしねェだろうな?」

 

 はっとした様子でビビは町の中央にあるレインベースの方を見る。

 クロコダイルの目的は〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟だ。反乱が起こり、コブラ王が討たれる可能性が生まれた今、悠長に静観しているとも思えなかった。

 コブラ王のいるアルバーナへ向けて移動している可能性は、確かに高い。

 

「すぐにアルバーナへ向かいましょう。間に合わないかもしれなくても、それで諦める理由にはならない……!」

「ああ、すぐに移動──」

 

 しよう、と全員が頷こうとしたところで。

 町の外に巨大な砂嵐が、立て続けに複数発生した。

 

「す、砂嵐!? こんな近くに!?」

「……クロコダイルは砂の能力者だ。何十年もその力を磨いてきたことを考えれば、こういうことも出来るはず」

「まさか──」

「クロコダイルだ。奴はまだ近くにいる」

 

 クロコダイルとの交戦経験があるジュンシーからある程度手の内は聞いている。

 だからこそ、ジェムは砂嵐を巻き起こしたのがクロコダイルだと考え、まだ近くにいて──誰かと戦っていると判断した。

 

「あの砂嵐のところにいるんだな!?」

「そのはずだ! だが、砂漠で奴の相手は──」

「うおおおお!!! 待ってろ、クロコダイル~~!!!」

「待てーっ!!」

 

 ジェムが制止する声も聞かず、ルフィは真っ直ぐ砂嵐の方向へと走り出した。

 砂嵐は風向きから考えてもレインベースへ来ることは無い。町は大丈夫だ。

 そう判断すると、ペドロとゼポは我先にと駆け出す。

 

「ルフィはおれとゼポで追う! ゆガラたちは真っ直ぐアルバーナを目指せ! すぐに後を追う!!」

「……お願い!」

 

 ビビは他人に任せるしかないことに歯噛みしながらも、希望を託して三人を見送る。

 

「とは言っても、流石に徒歩で移動するには遠すぎる! 何かねェのか!?」

「何かって……」

「辿り着いたら全部終わってた、なんてことにもなりかねねェ! とにかく砂漠を早く移動する手段だ!!」

「そんな都合のいいモンあんのかよクソコック」

「分かんねェから聞いてんだろ? 頭使えよマリモ」

「ちょっと、こんな時に喧嘩しないでよ二人とも!」

 

 砂漠を再び移動するのは時間がかかりすぎる。どうにかして移動手段を確保しなければ間に合うものも間に合わないと主張するサンジに、そんな都合のいいものがあるのかと懐疑的なゾロ。

 探す暇があれば一秒でも早く移動した方が良いというゾロの意見も理解出来るし、多少時間をロスしてでも早い手段があれば体力の温存と時間の短縮になるというサンジの意見。

 対立する二人を宥めるナミと、おろおろと二人を見るウソップとチョッパー。

 イガラムとミキータはいくつかの移動手段を提案するも、広い砂漠を超えることは出来てもその後サンドラ河を渡ることが出来ない。

 どうするべきか、とビビが必死に考え──そこに一人の女性が現れた。

 

「あなた達、まだここにいたのね」

 

 長く黒い髪を揺らしながら近付いて来る美女にサンジは鼻の下を伸ばし、面識のないチョッパー以外の面々が驚く。

 

「お前……」

「ミス・オールサンデー!」

「事態は理解している? しているなら結構。今からならギリギリ間に合うわ。すぐに移動しましょう」

 

 すぐそこでペドロとすれ違ったと言う彼女は、ビビたちの意見を聞くことなく歩き出す。

 どうあれ、ペドロたちがクロコダイルと戦うという事はロビンの裏切りが明確になるという事。公然とビビたちを手助けすることに何の支障も無くなったわけだ。

 困惑しながら後ろをついて来る面々に対して、ロビンは急ぎ足で移動しながら告げる。

 

「私はこれまでクロコダイルの側近として色々準備してきたの。こういう事態に備えて、移動手段ももちろん用意しているわ」

 

 だから大丈夫──()()()()()()

 ロビンはそう言い、ビビを奮い立たせる。

 

「アラバスタを救うんでしょう? だったら、まだ立ち止まるわけにはいかないはずよ」

「……ええ。言われるまでもないわ!」

 

 本当に全てが終わってしまうまで、諦める必要は無いのだと──ビビは学んでいる。

 ナミを助けるためにルフィが諦めなかったように、ビビもまたアラバスタを救うために諦めることは無い。

 ロビンは僅かに笑みを浮かべて頷き、町の外に待機していたそれを見せる。

 巨大な頭部にバナナ型のこぶのようなモノが生えているワニである。

 

「なんだこれ……ワニ!?」

「デッケェ……!」

「バナナワニと呼ばれる種よ。元来海王類すら食べるほど凶暴な種だけど、きちんと調教してあるから大丈夫」

 

 このバナナワニはアラバスタのレースで準優勝するほどの足の速さを誇り、何より()()()()だ。

 頭部から背中にかけてカバーがかけてあり、中に先行して乗り込んだロビンに続いて全員がバナナワニに乗り込む。

 情報の共有は移動しながらすることにして、まずはバナナワニを走らせることにする。

 全員が席に座り、シートベルトを付けたことを確認して合図を出した。

 

「さあ、しっかり掴まっていて! 飛ばすわよ!!」

 

 バナナワニはロビンの合図を受けてゆっくり走り出し、徐々にスピードを上げていく。

 ──反乱軍がアルバーナに到着するまで、残り2時間。

 




原作との相違点
・無くなったもの
 マツゲ
 ヒッコシクラブ
 クンフージュゴン
 海軍の手助け
 ユバの水

・増えたもの
 味方(ペドロ、ゼポ、ミキータ、ジェム、イガラム)


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第百六十話:リコリス

 

 ──その日の始まりは順調だった。

 朝7時過ぎ。レインディナーズの地下でクロコダイルはロビンから報告を聞く。

 コブラ王に扮したMr.2が「雨を奪ったのは私だ」と扇動を行い、国民感情を逆撫でして反乱軍を大きく煽る。

 前日にビビと会っていたコーザはこれに疑問を抱くも、馬車に乗せたMr.3とミス・ゴールデンウィーク製のビビの彫像をちらりと見せてやれば、本物と見間違えた彼らは裏切られたと勘違いしてくれる。

 そこへMr.1とミス・ダブルフィンガーがマラプトノカから引き取った商船を港に突っ込ませ、Mr.2と国王軍に扮した部下たちは町に火を放って撤退。

 国民の怒りはこれ以上無いほどに燃え上がり、反乱軍は港に突っ込んだ商船から得た大量の武器を手にアルバーナを目指す。

 Mr.4とミス・メリークリスマスの二人は失敗したようだが、彼らが作戦に失敗しようと大きくは変わらない。

 クロコダイルの目論見通り、「自分たちがこの国を救うんだ」と意気込んだ反乱軍がこの国を滅ぼしてくれるだろう。

 

「クハハハ……泣かせるじゃねェか。国を思う気持ちが国を亡ぼすとはな」

「ええ。でも、国王の誘拐には失敗したようだけど……」

「……〝黄昏〟の護衛ってのは誰か分からなかったのか?」

「援軍が来た、とは聞いているわ。けれど、彼らが知るほどの大物では無かったみたい」

「……」

 

 〝黄昏〟は秘密主義だ。

 20年前、カナタはクロコダイル同様に七武海へと加入したが、当時懸賞金を懸けられていた面々とは別に実力者が育っている可能性はかなり高い。実力者がいると示威するのがナワバリを持つ海賊の常だが、〝黄昏〟はその常識に当てはまらなかった。

 どれほどの強さを持っていても懸賞金が付かない上に新聞にも取り沙汰されないなら情報が漏れることもない。

 裏社会でどれほど金を積んでも得られる情報には限りがある。

 それ故に、現在の海ではただ〝黄昏〟は強大な海賊団であるとだけ噂されるに留まっていた。

 時折甘く見たルーキーが挑み、海の藻屑になるのもいつもの話だと流される程度には。

 まぁ、今回に限ってはロビンがクロコダイルへ情報が上がる前に全部握り潰しているだけなのだが。

 

「〝新世界〟で鍛え上げられた精鋭には違いないだろうな。新人か古株かはこの際どうでもいいが、厄介な奴が来たもんだぜ」

 

 葉巻の煙をくゆらせつつ、クロコダイルは溜息を吐く。

 だが、反乱軍を煽ってアルバーナに向かわせれば、どうあっても国王軍はぶつからざるを得ない。

 完璧に作動させることは出来なくとも十分だ。

 

「面倒だが、おれが直に行くしかねェな」

「国王の下へ?」

「ああ。〝プルトン〟のある場所か……最悪〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の在処くらいは知ってて欲しいモンだがな」

 

 アラバスタは広い。滅ぼした後で悠長に古代兵器を探す暇もない以上、コブラ王がその在処を知っていることを切に願う。

 朝食を取り終えて立ち上がり、「反乱軍に滅ぼされる前に確保しねェとな」と歩き始めたクロコダイルの耳に覚えのない音が聞こえて来た。

 ガキン、ガキン──と、鉄をぶつけるような奇妙な音だ。

 規則正しい音は段々と近付いて来ており、クロコダイルは音のする方向を見る。

 クロコダイルが歩き出そうとした方向とは真逆……カジノである〝レインディナーズ〟へ繋がる扉の前で音が止んだ。

 僅かに眉をひそめ、ゆっくりと開く扉に警戒する。

 開いた扉の奥にいたのは小柄な少女だった。

 

「初めまして。王下七武海、サー・クロコダイル」

「……何者だ?」

「〝黄昏〟よ」

 

 膝から下を覆う鋼鉄の脚。腰まである長い紫色の髪。

 ペンギンを模した丈の長いパーカーを羽織り、フードを被ってサングラスをしている。

 奇妙な出で立ちの少女の姿に、クロコダイルは気勢を削がれた様子だった。

 

「〝黄昏〟はよっぽど人員不足らしいな。こんなガキをおれの下に寄越すとは」

 

 カナタのような例はあるが、あれは例外だ。目の前の少女は見た目通りに相当若い。新世界で現在起こっていることを考えれば、こちらへ人員を回す余裕が無かったと見て取るのも決しておかしなことでは無かった。

 

「本当にそう思うの?」

「……何だと?」

「長く海賊をやっているのでしょう? 都合のいい方向にばかり考えるのは利口とは言えないんじゃなくて?」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべた少女が腰を落とし、前傾姿勢になったのを見て構えるクロコダイル。

 しかし──()()など意味をなさなかった。

 爆発的な加速でクロコダイルへと飛びかかったリコリスは、ギャリギャリギャリ!!! と凄まじい音を立てて床を擦りながら滑るように移動する。

 火花を散らした鋼鉄の脚が勢いよくクロコダイルの首目掛けて振るわれると、ギリギリのところで左腕のフックを滑りこませて防ぎ、しかし勢いを殺しきれずに空気が破裂したような音と共にクロコダイルの体が大きく吹き飛ばされた。

 レインディナーズは湖の上に建つカジノだ。即ち、全員がいるこの部屋は水中に位置するのである。

 下手に部屋を壊せば水がたちまち部屋を埋め尽くす。全員が能力者であるため、誰にとっても致命傷となるだろう。

 

「ぐ……!!」

「あら、防げたのね。随分鈍っていると聞いたから、最初の一回で終わると思っていたのだけれど」

「テメェ……!!!」

 

 未だ痺れの残る腕を気にする暇もなく、クロコダイルは立ち上がってリコリスを睨みつけた。

 下手に隙を見せればやられるとこの一瞬で理解した。

 同時に、この場所で戦う事の不利さも。

 

「手助けするつもりならやめたほうが良いわよ、ニコ・ロビン。覇気も使えないのに、不用意に相手に触れるのは命取りになるわ」

「……」

 

 リコリスの死角になる位置でクロコダイルを手助けする振りをしていたロビンへと忠告をする。

 そう多くは無いが、触れるだけで相手に影響を与える能力は存在する。見極めも出来ないうちから不用意に触れるのは確かにデメリットが大きかった。

 クロコダイルはこの場で戦うべきではないと判断し、水中の回廊を通って地上を目指す。

 

「不利を悟って逃走……悪い判断では無いけれど」

 

 リコリスはつまらなそうに足を一振りすると、飛ぶ斬撃がクロコダイルの通る回廊の一部を切り裂いて破壊する。

 破壊された場所から水が浸入し始め、水圧が穴を押し広げて水量がどんどんと増えていく。ロビンもこれはまずいと思ったのか、リコリスが通ってきた道を使って地上へ逃走し始めた。

 水没し始める部屋から逃走するクロコダイルの後ろ姿を見つつ、リコリスもまた脱出する。

 

 

        ☆

 

 

 地上部分にあるカジノには大きな影響はなく、攻撃の余波で少々建物が揺れたくらいだった。

 リコリスは外に出ると、クロコダイルが逃走した方向へ向けて移動し始める。

 水中回廊はアルバーナ方面に向かって伸びていた。大まかに方向が分かれば、後は見聞色で強い気配を探せばいい。

 太陽が昇り始め、気温が上がりつつある中でリコリスはずぶ濡れになったクロコダイルを発見し、その背中目掛けて奇襲をかける。

 間一髪のところで気付き、回避するクロコダイル。

 

「クソが……!!」

「悪態を吐く元気は残っているようね」

 

 距離を取るクロコダイルに対し、リコリスは逃げ道を塞ぐように〝嵐脚〟を放つ。

 覇気を纏っていない攻撃だが、ずぶ濡れになったせいで砂の体が流体化出来ず、攻撃を回避できない。そのため、クロコダイルは能力頼りの回避ではなく攻撃を見極めて回避する必要があった。

 

「チッ!」

 

 舌打ちをしながら回避に動き、町から砂漠へと移動する。

 町の人々を巻き込むから、などと言う殊勝な理由ではない。

 砂漠での戦闘なら己以上に強い者などいないと自負しているが故である。

 今日もまた、雲すらない晴天だ。ずぶ濡れの体も湿度の極めて低い砂漠であればすぐに乾く。自身に有利なフィールドで時間を稼ぎつつ、敵を消耗させて体力を削る遅滞戦闘へと方針を切り替える。

 相手はまだ若い。炎天下の砂漠における経験は少ないと考え、じわじわと削ることにしたらしい。

 

「屈辱だぜ」

 

 相手が誰であれ、このような戦術を選ばざるを得なくなったことに対して……クロコダイルはイラつきながら呟いた。

 リコリスは特に気にした様子もなく、距離を取って時間稼ぎをしようとするクロコダイルへ接近する。

 足を一振りすれば斬撃が飛び、覇気を纏った打撃はまともに受ければ大ダメージは免れられない。

 じりじりと太陽が昇りつつある中、リコリスは面倒くさそうに一度距離を取った。

 

「防御に専念すればこのくらいは凌げるのね」

 

 経験値の差は如何ともしがたい。加えて砂漠での戦いならクロコダイルにアドバンテージがある。

 だが──それならそれで楽しみようがある。

 ペロリと唇を舐め、嗜虐的な笑みを浮かべたリコリスはこれくらいやれるならばと能力を解禁した。

 

「……なんだ、ありゃ……?」

 

 リコリスの体表面が濡れていく。

 気温の高さによる発汗ではない。それとは別に、体の表面を伝って液体が零れている。

 彼女はドロドロの実の融解人間──触れるもの全てを融かす蜜の女王。

 正確には全てを融かす液体を生み出す能力者だ。覇気を使えぬ者では触れる事さえ叶わない。

 滴り落ちる溶解液は足元の石をドロドロに融かしており、クロコダイルも厄介な能力であることを感じ取って苦々しい顔をする。

 

「──さあ、行くわよ」

 

 脚を一振りすれば、脚を伝う液体が弾丸となってクロコダイルへ向かう。〝撃水〟と呼ばれる、本来腕の筋力と手首のスナップを利用する魚人空手の技だ。

 触れれば融ける液体を弾丸の速度で撃ち出す凶悪な技を紙一重で避け、クロコダイルは冷や汗を流しながら反撃に移った。

 

「〝砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)〟!!」

 

 右腕を砂の刃に変えてリコリス目掛けて放つもあっさりと避けられ、クロコダイルを追い詰める様に再び溶解液の弾丸を飛ばしてくる。

 砂の能力の真髄は〝渇き〟にある。液体の能力者なら触れてしまえばミイラにして能力の使用も出来なくさせることも可能だろうが……触れた時点で右腕は使い物にならなくなるだろう。

 それ以前に、クロコダイルに対して遊んでいる節があるリコリスに触れられるほどの接近を許せばあっという間に打ち倒されかねない。

 初手の蹴りで覇気の強さは十分理解できた。

 まともに戦っても勝ち目は薄い。

 

「〝砂嵐(サーブルス)〟!」

 

 巻き上げられた砂嵐に身を隠し、力を溜めてより多くの砂を制御下に置く。

 相手がどれほどの実力者だろうと、砂漠で己に挑んだことを後悔させるために。

 

「〝砂漠の大波(デザート・オンダータ)〟!!!」

 

 砂嵐も手伝って爆発的に巻き上げられた大量の砂が大波となり、リコリスを呑み込もうと鎌首をもたげる。

 広範囲に広がる大波だ。まともな手段で防ぐことなど出来ず、リコリスもただ呑み込まれるだけ。

 そのはずだった。

 

「甘く見られたものね。この程度で私を倒せるだなんて」

 

 リコリスは液体を生み出す能力者だ。

 悪魔の実の能力は能力者本人の実力によって上下する。物質を生み出す能力ならばその量、生成速度、精密操作──多くの能力者が在籍する〝黄昏〟において、物質生成の能力者は珍しくなく、それ故に先人の教えを受けることも多い。

 能力使用のコツもそうだが、元よりリコリスは齢16にして戦乙女(ワルキューレ)に選抜された天才である。

 

「何!?」

 

 莫大な量の水流が砂の大波を押し返す。

 リコリスの足元に生み出された溶解液は砂の上を奔る津波となり、クロコダイルの砂の大波とぶつかり合って拮抗する。

 この地にある全ての砂を操作できると言うのであればリコリスの不利は免れないが、この程度の量しか操れないのであれば敵ではない。

 能力は確かに磨き続けていたのだろう──だが、操作する本人の実力がお粗末だ。

 

「さあ、次は何を見せてくれるのかしら? 一つ一つ希望を潰していくと言うのも、悪くはないわ」

 

 だが、リコリスとてそれほど時間に余裕があるわけではない。

 百獣海賊団、ビッグマム海賊団が既に近くまで来ている。東の港付近で迎撃に移っているはずだが、そちらへ応援に行かねばならない。

 リコリスの強さに歯噛みし、怒りの形相で睨みつけるクロコダイル。

 遊ばれている、と言う事実が何よりもクロコダイルのプライドを傷つける。

 瞬間的にいくつもの砂嵐を生み出し、姿を隠しながら再び攻撃の手段を考えつつ動き始めた。

 

「同じことを何度やっても無駄だと分からないのかしら」

 

 それとも、今度は別の事を見せてくれるのか。

 砂嵐を〝嵐脚〟で切り裂いて視界を開きながら見聞色で辺りを探っていると、覚えのない気配を感知した。

 

「どこだ~~!!! クロコダイル~~~~!!!」

 

 麦わら帽子をかぶった青年が張り切った様子で走ってくるのが見えた。

 




他の面子だった場合。
カイエ:油断も慢心も遊びもせず淡々と潰す。慈悲も容赦もない。
ラグネル:策を弄しても真正面からぶっ潰す。どうにもならない。
千代:本人は特に遊んでいる気は無いが相手からすると滅茶苦茶煽られている気分になる。
フェイユン:どう足掻いても死。
小紫:やってることがやってることなので逆鱗に触れて一切容赦なく最初の一撃で死ぬ。


最近忙しいので来週はお休みです。次回は7/4予定。


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第百六十一話:逃走

 雲一つない晴天の下、砂嵐が視界を遮る。

 その中でルフィはキョロキョロと辺りを見回し、ルフィを見るリコリスとばっちり目が合った。

 互いにジッと見つめ合い、ルフィはリコリスの恰好を見て思わず口を開く。

 

「なんだおめー、そんな恰好で。迷子か?」

「違うわよ。そもそもあなた誰よ」

 

 クロコダイルの名を盛大に叫びながら走ってきたのだ。何の関係もないと言うのは無いだろう、とリコリスは当たりを付けていた。

 視線はルフィの方を向いていても見聞色の覇気は常にクロコダイルの位置を捉えていたし、油断しているように見せたほうが釣れると考えてルフィの話に付き合う。

 

「おれはルフィ。海賊だ」

「そう。興味ないわ」

「おめーが聞いたんだろ!?」

 

 ルフィが驚いている間にクロコダイルはリコリスの背後へと周り、その心臓目掛けて金色のフックを振るった。

 しかしリコリスはひらりと回避して見せ、そのまま回転して勢いを付けた蹴りでクロコダイルへと反撃する。

 濡れた体は既にあらかた乾いている。体を砂へ変えながらリコリスの蹴りを回避したクロコダイルは、舌打ちを一つして再び砂嵐の中へと姿を消す。

 

「面倒な男ね」

 

 あまり時間をかけすぎるわけにもいかない。リコリスのやるべき仕事は他にもある。

 手早く辺り一帯を溶解液の津波で押し流してしまおうと考えていると、ルフィに追いついて来た二人のミンク族が視界に入った。

 実際に会ったことは無いが、事前に情報を渡されていた二人──ペドロとゼポである。

 

「ルフィ! 一人で飛び出すな!! 相手は七武海だ、侮っていい相手じゃないぞ!!」

「全く世話の焼ける奴だぜ……」

「なんだ、おめーらも来たのか」

「次から次に……」

 

 ロビンの護衛として付いている二人がいる以上、辺り一帯を津波で押し流すという滅茶苦茶な手段を取るわけにもいかない。

 一応味方扱いをしなければならないのだし。

 

「あなた達何しに来たの?」

「クロコダイルをぶっ飛ばしに来た!」

「……本気?」

 

 見聞色で感じられるルフィの強さはそれほどでもない上、覇気が使える様子もない。クロコダイルに勝てるとは到底思えないが……リコリスはペドロとゼポへ視線を向ける。

 二人はリコリスの事を知らないが、少なくともパーカーの背中部分に刺繍されているマークで〝黄昏〟の一員であると判断していた。

 恐らく味方で、目的は同じだと。

 

「おれ達も同じだ」

 

 ペドロが剣を抜き、ゼポと背中合わせになって剣を構えながらそう宣言する。

 砂嵐の中で騒音が酷いが、クロコダイルには聞こえているだろう──この土壇場での裏切りにイラついている様子が目に浮かぶ。

 

「ニコ・ロビンも同意ってことで良いんだな、テメェら」

「ああ。おれ達は常に同じ方向を見ている。お前とはここで袂を別つ」

「良い度胸だ。そこの小娘諸共砂漠の塵にしてやるよ!!」

 

 ビキビキと額に青筋を浮かべ、クロコダイルが砂嵐に紛れてペドロへと奇襲をかけた。

 当然、ペドロもタダでやられるつもりは無い。覇気を纏った剣でクロコダイルのフックを弾き、返す刃で攻撃を仕掛ける。

 しかし容易く当たってはくれず、クロコダイルは紙一重で斬撃を回避すると同時に右腕を振るう。

 

「〝三日月形砂丘(バルハン)〟!!」

 

 ゾワリと背筋に走る怖気から直感的に拙いと回避を選択したペドロは、砂の上を転がってクロコダイルの攻撃を回避した。

 空振りに終わった攻撃の隙を狙う様にゼポが前に出て拳を構え、クロコダイルの腹部目掛けて強烈なパンチを食らわせる。

 ミシミシと骨が軋みを上げて吹き飛び、更に追撃をかけようと飛び出した。

 砂の上を転がりながら体勢を立て直したクロコダイルは、向かってくるゼポを見て右手を地面につけた。

 

「クソが……! 〝砂漠の向日葵(デザート・ジラソーレ)〟!!」

「うおっ!?」

 

 踏み込んだ足場が急激に落下する。

 地下の水脈を刺激して流砂を作り出す技だ。タイミングを見計らって使えば格上相手でも通用する上に、一度はまり込んでしまえば自力での脱出は困難極まる。

 

「ゼポ!? ルフィ、手を貸してくれ!!」

「任せろ!!」

 

 流砂の外から腕を伸ばしたルフィはゼポの手を取り、ペドロに手伝って貰いつつ引き上げた。

 その隙を見逃すクロコダイルでは無いが──この場にはもう一人、無視出来ない相手がいる。

 

「目の前に私がいるのに、他の相手に夢中だなんて。妬けるじゃない」

「テメェ、小娘が……!!」

 

 わざと反応出来る程度の速度で蹴りを叩き込み、左腕のフックで防いだクロコダイルは蹴りの衝撃で砂の上を滑って距離を取った。

 リコリスの覇気の練度、能力の悪質さは脅威だ。海賊同士の戦いに卑怯などと言う言葉は無い以上、些細な隙を見せればそこから崩される。

 その間にゼポは流砂から引き上げられ、リコリスから視線を外せないクロコダイルは状況の悪さに歯噛みする。

 無謀にも殴りかかるルフィのパンチを肉体を砂に変えて回避し、全員から距離を取った。

 

「面倒な連中がウジみてェにたかりやがって……鬱陶しいったらありゃしねェ」

「流石に強いな……行けるか、ゼポ」

「まだまだ序の口だぜ相棒。ルフィは?」

「おれだってまだまだだ!」

「おれはまだ用事が控えてんだ。テメェらの相手なんざしてる暇はねェ」

 

 クロコダイルはかつて〝黄昏〟に争いを仕掛けたことがある。クロコダイルが戦ったのはジュンシーだったが、ミンク族であるゼンと戦った仲間もいた。

 その厄介な特性も知っているし、種族的な強さも十分に理解している。易々と倒れる相手ではない。

 加えて〝黄昏〟の刺客であるリコリスがいる。この窮地においてなお、クロコダイルはまだ諦める気は無いらしい。

 

(ニコ・ロビンが裏切る可能性は前々から考えていた。〝プルトン〟の在処は〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟に書かれているハズだが、コブラ王が情報を握ってる可能性はゼロじゃねェ。まだ退く訳にゃァいかねェ)

 

 〝古代兵器(プルトン)〟さえ手に入れば戦況は引っ繰り返せる。

 そう考え、まずはアルバーナに向かう事が先決だ。ここで戦って無駄に時間を費やすわけにはいかない。

 

「私が逃がすと思っているの?」

「砂漠での戦いを経験したこともねェ小娘に遅れを取るほど、錆び付いた覚えはねェな」

 

 クロコダイルが何をしようとしているのか探るために一瞬動きを止めたリコリス。その間にルフィが飛び出し、クロコダイルの顔面目掛けて腕を伸ばした。

 

「ゴムゴムの〝銃乱打(ガトリング)〟!!!」

 

 連続する打撃がクロコダイルの体を打ち抜くが、その全てが砂と変わる体の前には無意味だった。

 サラサラと砂の肉体が辺りに散らばる。

 ここは砂漠。砂の能力者であるクロコダイルが最大の力を発揮できるフィールドだ。

 クロコダイルはにやりと笑い、右腕を振り上げると同時に仕込んでおいた技を発動する。

 

「〝砂漠の大剣(デザート・グランデ・エスパーダ)〟──〝(モンド)〟!!!」

 

 地面から巨大な砂の刃が生み出される。

 広範囲にわたって足元を埋め尽くすように生み出されていく砂の刃に、ゼポとペドロも回避することで手一杯だった。

 リコリスは直前に気付いて上空へと退避しており、足元ばかりを気にしてクロコダイルへの警戒がおろそかになっているルフィが視界に入る。

 ──足元から発生する刃を這う這うの体で避けたルフィの腹を、クロコダイルのフックが貫く。

 リコリスは膝に発生させて形を整えた溶解液の棘でルフィごとクロコダイルを貫けば終わりだと構えたが、意図に気付いたペドロが必死の形相で止めようと声を上げた。

 無視して攻撃しようとするが、ペドロが声を上げたことでクロコダイルに気付かれて機を逸した。

 クロコダイルは即座にルフィを放り捨て、再び砂嵐を発生させて姿をくらませる。

 

「……あれだけの口を叩いた割に逃げるのね」

 

 気配を辿れば追えるが、砂漠のど真ん中で追いかけっこをするほどリコリスも暇ではない。

 サングラスをかけなおして砂の上を歩き、リコリスは腹を貫かれて倒れるルフィに近付く。

 ゼポが懸命に治療しているが、傷は酷い。

 

「見捨てて追いかけるつもりは無い訳?」

「ルフィは我々にとっても仲間だ。見捨てることは出来ない。ゆガラは追わないのか?」

「追っても良いけれど、あの程度なら後回しでいいのよね」

 

 リコリスとジュンシーに厳命された仕事は2つ。

 第一にアラバスタ王国国王のコブラを守ること。

 次にマネマネの実の能力者の生け捕り、あるいは悪魔の実の確保。

 それ以外は臨機応変に対応しろと言われている。つまるところ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 生け捕りにせよ殺すにせよ、可能ならやっておけ──その程度の認識だった。

 

「今は他に優先しなきゃいけないこともあるもの」

「クロコダイルのこと以上に優先することがあるのか……?」

「四皇の幹部がアラバスタを目指しているのよ。沖で迎撃しているはずだけど、じきに上陸されるわ」

 

 ジュンシーはコブラ王の護衛から離れることは出来ない。クロコダイルをこの場で討てたならば話は別だったが、残念ながら逃げられてしまった。後の対処はジュンシーに任せるしかない。

 それよりも厄介な四皇幹部を迎撃する方に戦力を傾けねば、アラバスタが更地になってしまう。

 元が砂漠なら周りの被害も考えなくていいので楽なのだが。

 

「……そうね。その麦わら帽子の男を治療するよう手配してあげるから、貴方達も手伝いなさい」

「何? おれ達に四皇の軍勢と戦えと?」

「ええ。あなた達の事は聞いているわ。数合わせ程度にはなるでしょう」

 

 確認されている敵は多い。

 ジュンシーは動けないが、革命軍と海軍も待機していると聞く。カナタも援軍を最低限寄越すよう手配しているはずだ。

 最低限の戦力は整っているが……予備戦力がいるに越したことは無い。

 リコリスは強いが、四皇の最高幹部が複数名確認されている以上、手が足りないのだ。

 

「……この国の反乱軍が動いている。下手をすると国が消えかねない状況だぞ。クロコダイルを討たなければ、反乱は止まらない!!」

「そう。でも私には関係ないわ」

 

 興味も無さそうにリコリスが返答する。

 内乱に介入して収めるには遅すぎたし、百獣海賊団とビッグマム海賊団を無視しても国は亡ぶ。

 どちらか一方のみにしか対処出来ない以上、〝黄昏〟がやるべきは敵海賊団との戦闘だ。内乱はコブラ王に自分でどうにかしてもらう他にない。

 クロコダイルがコブラ王を狙っていてもジュンシーが傍に控えていれば危険は無いのだから、ペドロとゼポの二人は引き抜いても大丈夫だと考えていた。

 自分の目的のために反乱を煽るバロックワークスの仕事をしてきたのだ。今更何を戸惑うのかと、リコリスは冷たく言い放つ。

 

「急ぐわよ。そっちの麦わらも死なせたくないんでしょう?」

「…………」

 

 百獣海賊団とビッグマム海賊団の目的はロビンの身柄を確保することだ。

 どうあれ戦うしか無いのであれば、味方を付けた状態である方が望ましい。

 合理的に考えればそうするしかなく、治療の道具も満足に無い今はルフィを助けるためにもリコリスの言うことに従う他にない。

 

「……済まない、ルフィ」

 

 ぽつりと零し、ペドロとゼポはリコリスの後を追って移動を始めた。

 

 

        ☆

 

 

「ならん。反乱軍と戦う事だけは避けよ」

「しかし! このまま反乱軍がアルバーナに突撃してきた場合、どうあれ刃を交えねば……」

「国とは人なのだ。民を殺して座る玉座になど何の価値がある」

 

 憤る反乱軍がアルバーナに向かう中、王宮で反乱軍を逆撃すべきと言うチャカの進言を二つ返事で却下するコブラ。

 傍らにはジュンシーが静かに控えており、昨夜の一件もあってか国王軍はピリピリしている。

 

「100万人を超える軍勢です……! もはや鎮圧など出来る規模ではありません!!」

「それでもだ」

 

 今朝起きたことは既にコブラの耳に入っている。

 本人がアルバーナにいると言うのに、何者かがコブラを騙ってナノハナで狼藉を働いた。

 昨夜コブラを誘拐しようと侵入した二人は既にジュンシーの手で始末されているが、仮に誘拐されていた場合は国王軍もナノハナの件を国王がやったと考えた事だろう。

 用意周到に練り上げられた作戦だ。それにチャカもペルも気付かなかったのだから相手の技量の高さが分かる。

 

「我々が戦ってはクロコダイルの思う壺だ。アルバーナに住む者達は念のために避難させる必要はあるが……決して戦う事だけはあってはならぬ」

「……わかり、ました」

 

 渋々と言った様子で引き下がるチャカ。

 コブラもやや疲れた様子で玉座にもたれかかり、息を吐いた。

 

「……済まない。守ってもらったというのに、この体たらくとは情けない限りだ」

「卑下することは無い。クロコダイルが何年もかけて準備してきた以上、この土壇場で気付いて対処するのは難しかろうさ」

「だが、対処出来ねば民に被害が行く。どうにか収めねば……」

 

 怒れる民も、嘆く民も、全て等しくアラバスタに住む同胞なのだ。

 どうにか傷つけぬように、事を収めねばならない。

 それがどれほど難しいことかは理解している。それでも王族に生まれた以上はやらねばならぬことだ。

 

「反乱軍がこの宮殿に辿り着くまでそう時間はかかるまい──時にジュンシー。一つばかり、頼みを聞いてはくれないか?」

「ふむ。内容次第だな」

 

 周りに侍るものもいない今、コブラはキョロキョロと辺りを確認して誰にも聞かれていないことを確認しながらジュンシーを手招きする。

 こそこそと耳打ちをすると、その内容にジュンシーは呆れたような顔をした。

 



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第百六十二話:ニコ・ロビン争奪戦

 

 レインベースからサンドラ河までおよそ一時間。そこからサンドラ河を渡河するのに半刻ほど。

 バナナワニの速度は凄まじく、スタミナも相当あるためかなりの時間短縮が出来た。

 しかし、サンドラ河を渡河したところで流石にバテたのか、バナナワニも随分と速度が落ち始めている。

 

「流石に走りっぱなしでこの距離はキツイらしいな」

「仕方ねェ……けど、どうすんだよ!? ここから走れってか!?」

 

 反乱軍がアルバーナに到着するまで、もう一時間を切っている。

 悠長にしている暇など無いが、バナナワニをこれ以上酷使することも出来ない。

 

「困ったわね……本当ならサンドラ河の対岸に交代のバナナワニを連れてきているはずだったのだけど……」

 

 見渡す限り砂漠で人っ子一人いない。合流ポイントは間違っていないはずだが、〝黄昏〟も今は百獣海賊団とビッグマム海賊団を相手に沖合で奮戦していると聞く。こちらにまで手を回す余裕が無かったのかもしれない。

 どちらにしてもバナナワニはここまでだ。移動するなら別の方法を探さねばならない。

 

「でも、移動手段って言ったって……」

 

 近くに町があるわけでも無いのだ。ここからは歩いて移動する以外に無い──が。

 

「待って!! あそこ!!」

 

 ナミが声を上げた。

 近くに何かの影を見つけたのだ。すわ敵かと構える一行だったが、姿が露になると正体に気付く。

 

「カルー! それに、超カルガモ部隊!! みんな迎えに来てくれたのね!?」

 

 カルーを隊長とするアラバスタ最速の集団、〝超カルガモ部隊〟。

 彼らの脚ならば、砂漠を長距離移動しても時間のロスはほぼない。

 それでも反乱軍と国王軍の激突には間に合わないが……だからと言って、最善を尽くさない理由にはならない。

 

「けど、7頭しかいねェ。ビビ王女は確実としても、移動出来る面子は限られる」

 

 ゾロ、サンジ、ナミ、ウソップ、チョッパー、ビビ、イガラム、ジェム、ミキータ、ロビン。

 三人は徒歩で移動することになる。

 少なくともビビは必要だとして、残りはどうやって移動するか。時間も無い以上、手早く決めなければと頭を突き合わせる。

 

「麦わらの一味、お前ら全員乗っていけ。それとイガラムさん。アンタもだ」

「む? こう言ってはなんですが、私よりも君たちの方が強いのでは?」

「あとの二人はおれが担いで移動する」

 

 ミキータはキロキロの実の体重操作人間だ。体重を一キロから一万キロまで自在に変えられるため、ジェムが抱えたところで然したる負担にはならない。

 ロビンは……あまり重くないことを祈るばかりだが。

 そんなことを考えていると、視線で何となく察したロビンがジェムの頬を抓って引っ張る。

 ジェムの抗議の声を無視し、ロビンは別ルートを通ると告げた。

 

「近くの町まで行けば馬なりラクダなり移動手段はあるから平気よ。ジェムに運ばせた方が早いのは確かだけど、体力的にも無理があるからどこかで何かしらの手段を手に入れて合流するわ」

「バロックワークスも仕掛けてくるんだろ? 戦力を分けて平気か?」

「Mr.4ペアは既に脱落しているわ。残りのMr.1ペア、Mr.3ペア。それとMr.2の5人は貴方達で先に撃破するか、私たちが到着するまで時間稼ぎを」

 

 ゾロとサンジは「おれが倒す」と息巻き、ナミとウソップは任せる気満々で頷く。チョッパーはどちらかと言えばウソップ寄りの意見のようだった。 

 そうと決まればグズグズしている暇はない。

 超カルガモたちに乗った面々はすぐに出立し、後の三人はそれを見送る。

 

「……彼ら、勝てるの?」

「彼らの実力を見たわけでは無いけれど、難しいでしょうね」

 

 ミキータの言葉にロビンが肩をすくめた。

 バロックワークスのオフィサーエージェントは立場相応の実力を持つ。スカウトしてきたロビンも、その実力の程は知っている。

 まぁそこまで含めて一人で対処できると踏んでいたのだが、こうなるとロビン単独ではどうしようも出来ない。

 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読むためにクロコダイルに協力してきたが、ここまでアラバスタを追い込んだのは事実。後ほどカナタにかなり怒られるであろうことを考えると憂鬱な気分になるが、それは一旦置いておく。

 ロビンも最終的に〝黄昏〟の介入で全て丸く収めるつもりだっただけに、この状況は少しばかり想定外なのだ。

 

「私たちもアルバーナへ……と言いたいところだけれど」

「? まだ何かあるのか?」

「彼らには内緒にしていたけど、百獣海賊団とビッグマム海賊団が東の港に上陸寸前なのよ」

「何!!?」

 

 想定よりも随分早い。それだけの戦力を連れてきている、という事だろう。

 上陸されるであろう東の港付近は諦める他に無いが、迎撃しているなら町の住人は既に避難している。

 アルバーナとは相当距離が離れているとはいえ、これを今持ち込むわけにはいかない。

 狙われているのが分かっていても、囮になって引きつけなければ余計な被害がどんどん拡大していくだろう。ロビンとてそれは望んでいない。

 

「私たちはアルバーナを越えてアラバスタ東端にある港を目指す。いいわね?」

「おれ達がどれだけ戦力になれるか疑問だがな……」

「逃げ回るだけでも十分よ。敵の狙いは私なんだから、囮になって逃げ回ればそれだけこの国の被害は減るでしょう」

 

 ロビンも罪悪感はあるのだ。

 自分の目的のために犠牲にしてきたものは多くあるが、それら全てから目を背けてやって来たのではない。それでも知りたいものがあるから探しているだけで、被害が少ないに越したことは無いのだから。

 

「近くの町まで移動するわよ。リコリスに拾ってもらって高速艇で移動しましょう」

「……おれ、あいつ苦手なんですけど……」

 

 ロビンは少しばかり嫌そうな顔をするジェムの背中に乗り、ジェムはミキータを前に抱き上げて〝月歩〟で砂漠を移動し始めた。

 

 

        ☆

 

 

「沖に見える二隻の船、どんどん近付いて来てるよ」

「〝黄昏〟の船が迎撃に当たってたはずだが……突破されたみたいだな」

 

 首都アルバーナより東──港を有する〝タマリスク〟の町の高台から、サボとコアラは沖合を見ていた。町中で待機していたのだが、海兵にバレて追いかけっこをする羽目になったからだ。

 百獣海賊団とビッグマム海賊団、それぞれの海賊旗を掲げる船が一隻ずつ。

 迎撃に出ていた黄昏の船は無い。沈められたか退いたか……その辺りは分からないが。

 港に整列する海軍の軍艦と黄昏の軍艦が艦砲射撃を開始する。大砲の弾をただ打ち込むだけではそれほど損害を出せないが、多少なりとも時間稼ぎが出来ればと考えての事だ。

 それを嫌がってか、二隻の船は港からやや北側に進路を取り始める。

 

「北の丘の先に船を停めるつもりだ。行くぞ、コアラ!」

「あっ! ちょっと待ってよサボ君!!」

 

 言うが早いか、サボは高台から北にある丘を越え、船を接舷する場所を見る。

 既に船は着けられている。数が多く、アラバスタに派遣された海兵と黄昏の面々だけでは抑えきれない。

 彼らは邪魔をする港を潰しておこうと考えたのか、港へ向かって移動を始めていた。

 こういう事態のために派遣されたサボとコアラは、躊躇なく彼らの行く手を阻むように立ち塞がる。

 

「……なんだ、テメェらは」

 

 見上げるような巨体の魚人──百獣海賊団の大看板、〝旱害〟のジャックが問いかけた。

 その隣には鎧を着こんだ厳つい男──ビッグマム海賊団の将星、〝千手〟のクラッカーがいた。

 

「ジャック様! あの男、革命軍の参謀総長ですよ!!」

「なるほど……道理で見た事のある顔だ」

「初めましてだな。〝旱害〟のジャックに〝千手〟のクラッカー」

 

 この二人が肩を並べているという時点で既に相当な圧迫感があるが、それだけではない。

 二人の奥には飛び六胞のフーズ・フーとブラックマリア。更にはタマゴ男爵にぺコムズ……確実にロビンを捕まえるために、黄昏と海軍に対抗する戦力を揃えて来たらしい。

 名のある海賊ばかりでさしものサボも危ないが、ここで退くわけにはいかないと不敵に笑みを浮かべて見せた。

 アラバスタを滅ぼさせるわけにはいかないという理由もあるが──ルフィもまたこの国にいる。

 弟を危険な目に合わせはしないと、鉄パイプを強く握りしめた。

 

「残念だが、ここを通すわけにはいかない」

「テメェの意見なんざ聞いてねェ。ニコ・ロビンがこの国にいる以上、この国を滅ぼしてでも手に入れる」

「四皇が欲しがったものは全て差し出せ。それがお前らの生き残る唯一の道だ」

 

 既にジャックとクラッカーはやる気満々で得物を抜いている。

 クラッカーは8億を超える懸賞金が付けられており、ジャックに至っては10億を超えている。並の強さと凶暴さではない。

 幹部たちもそうだが、彼らの後ろに控える〝ギフターズ〟や〝ホーミーズ〟も無視は出来ない戦力だ。

 二隻の船にいた戦力は総勢1000人を超える。

 たった二人でこれと立ち向かおうと言うのだから、ジャックとクラッカーが嘲笑するのも理解は出来る。

 

「死にたくねェならどけ。テメェの相手なんざしてる暇はねェんだ」

「そうはいかない。お前らを通せば、この国で暴れるだろ?」

「当然だ。ニコ・ロビンを見つけるまで、この国を虱潰しに探し続ける。邪魔なものは全て破壊するだけだ」

「じゃあ退けないな」

 

 カイドウから任された以上、一刻も早くニコ・ロビンを見つけたいジャックに対し、この国に被害を出させまいとするサボ。

 退く気が無いとわかった瞬間、ジャックは獣形態に変化して巨大な鼻でサボのいた場所を薙ぎ払った。

 ジャックはゾウゾウの実の古代種を食べた〝マンモス人間〟。その巨体も合わさり、凄まじいパワーで相手を薙ぎ倒してきた実力者だ。

 サボはそれを回避し、手に持った鉄パイプを横薙ぎに叩きつけて僅かによろめかせる。

 

「チッ、頑丈だな……!」

「温ィ攻撃だな。所詮革命軍、最前線で戦い続けて来たおれ達にゃあ敵う訳がねェ!」

 

 ジャックの言葉にカチンと来たのか、サボは再び薙ぎ払われる鼻を避けることはせず、片手で受け切って見せた。

 

「おれ達にゃあ……なんだって?」

「テメェ……」

 

 にやりと笑うサボは、下からジャックの顎をアッパーで殴り上げる──が、ジャックはそれを受けても一切怯まず、そのまま鼻を勢いよく叩きつける。

 爆発したような音と共に地面が振動するが、サボは既にそこにおらず、少し離れたコアラのところへと移動していた。

 

「流石に一筋縄じゃいかないか」

「当たり前でしょ!? 相手は四皇の最高幹部だよ!!?」

「だからってこのまま素通りさせるわけにもいかねェだろ?」

「それは、そうだけど……!」

 

 二人が言い争いをしている横で、痺れを切らしたフーズ・フーが声を上げる。

 

「おい、ジャック! おれ達は先行してニコ・ロビンを捕縛しに行くぞ!」

「構わねェ! 捕縛はお前らの方が適任だ。おれが同行してるのはこういう生意気な奴を叩き潰すためだからな」

 

 ちまちまと人探しをするよりも暴れるほうが好きなジャックは、サボとコアラを二人纏めて叩き潰そうと追いかける。

 サボたちを追い越して港町をまず徹底的に破壊しようとする百獣・ビッグマム海賊団を前にサボは舌打ちし、港町から出て来た海兵たちにホッとした顔をする。

 サボが追い掛け回された相手は大佐だった。少なくとも大佐以上の階級が多数招集されており、最高幹部は難しいにしてもギフターズやホーミーズを止められる戦力だと言えた。

 

「相手は百獣海賊団とビッグマム海賊団だらァ!! 気を抜くな、必ずここで奴らの進軍を止めるぞ!!!」

 

 顔面部の穴と頭の部分の角が特徴的な仮面を被っている男、バスティーユ中将が雄叫びを上げる。

 戦力の大部分は新世界でビッグマム海賊団とぶつかっているため、アラバスタにいる中将はバスティーユのみだが……少なくとも、幹部格を一人くらいは抑えられるだろうとサボは考えていた。

 散々追い掛け回してくれたスモーカーやヒナの姿もある。

 

「貴様、革命軍のサボか!?」

「悪いが、今はお前らの相手をしてる暇はない。今回に限ってはおれ達の目的は同じだろ?」

「ぐぬぬ……今回だけだらァ!」

「助かるよ!」

 

 バスティーユとて状況の悪さは理解している。

 大看板に将星。普通なら海軍大将が出張るような相手だ、中将でも平均的な実力のバスティーユ一人でどうにかなるような相手ではない。

 厳しい戦いになる──サボと肩を並べてそう考えていると、どこからか聞いたことのないような音が聞こえて来た。

 

 

        ☆

 

 

 リコリスたちがアラバスタに移動するにあたり、用意したものがいくつかある。

 その一つが砂漠を高速で移動するための船──高速艇である。

 軽量化のためにボートに駆動用の機材を取り付けただけの簡素なものだが、その速度はすさまじい。砂煙を巻き上げて砂漠を爆走する姿は誰もが二度見するほどだ。

 何しろ駆動用のエンジンとして使っているのは、今では絶滅種と言われる〝噴風貝(ジェットダイアル)〟である。

 〝風貝(ブレスダイアル)〟を利用したウェイバーと言う乗り物もあるが、速度はその比ではない。

 アラバスタでも最速を誇る超カルガモ部隊を遥かに凌駕するその速度で以てアラバスタを横断し、〝タマリスク〟の町の近くまで接近していた。

 

「港には敵の姿が見当たらない! どこか別の場所じゃないのか!?」

「少し北の方に強い気配があるわ。多分そっちね」

 

 あまりの勢いの強さに船にしがみついているジェムが先頭で双眼鏡片手に声を張り上げる。

 船の先端が浮いているほどだ。ミキータやロビンはあまりの揺れの強さに顔色が悪い。

 リコリスの言葉の通りにゼポが舵を取り、船が砂の上で旋回して砂丘を越えた。

 

「いた!! 海軍も一緒だ!!」

「海軍も? 面倒ね……ま、仕方ないか」

 

 勢いよくドリフトを決めてジャックに盛大に砂をかけて停止すると、ゼポとペドロ、リコリスは船を降りた。

 ペドロとゼポはややふらふらしているが、リコリスはあれだけ滅茶苦茶な揺れの船を使っても船酔いした気配が一切ない。

 

「間に合ったみたいね」

「〝黄昏〟の援軍か! ……そっちの二人もか?」

「ええ。ニコ・ロビンを狙ってるならこの二人も味方として使えるでしょう?」

「ふらふらしてるけど大丈夫か?」

 

 ダウン気味なミキータとロビンとは違ってまだ平気そうだが、それでも顔色が悪い。ジェムも今にも吐きそうな顔色だが我慢している。

 

「あれしきでダウンするなんて、まだまだね」

「あ、あんな滅茶苦茶な揺れで走ってきて酔うなって方が無理だろ……!」

「なんでゆガラは平気なんだ……」

「鍛え方が違うのよ」

 

 ともあれ。

 ニコ・ロビンを求める勢力。

 それを止める勢力。

 両方の勢力が一堂に会することになった。

 いきなり現れた面々を眉をひそめながら見ていたジャックだが、近くにいたフーズ・フーへと尋ねる。

 

「あの船にいる女がニコ・ロビンか?」

「ああ、間違いねェ。ニコ・オルビアに似てるし、何より()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 フーズ・フーがタバコをくゆらせながらジャックに返答する。

 ならば都合がいいと、ジャックは声を張り上げた。

 

「その女を渡せ! 死にたくなけりゃあな!!」

「お断りよ。自分より弱い相手に従う道理なんてないもの。どうしても手に入れたければ、ご自慢の力で奪い取ってみたら?」

 

 ジャックの恫喝もどこ吹く風とリコリスが挑発する。

 サボの隣に立つリコリス目掛け、ジャックが巨大な鼻を振るって横薙ぎに地面ごと吹き飛ばした。

 サボもリコリスも容易く回避し、リコリスはジャックの顔面を蹴ってその頑丈さに眉をピクリと動かす。

 

(硬い。元々頑丈なんでしょうけど、覇気の強さも並じゃないわね)

 

 流石に大看板ともなれば侮れる相手ではない。

 ただ硬いだけなら全て融かしつくすまでと、僅かに距離を置いて準備をし始め──横合いからクラッカーが奇襲をかけた。

 咄嗟に上体を逸らすこと(スウェー)で斬撃を回避し、続く連撃を脚で受け止めて鍔迫り合いになる。

 

「……なるほど。若い割に中々強い。〝黄昏〟が援軍に出すだけはあるか」

「レディに対して礼儀がなってないんじゃなくて? がっつく男は嫌われるわよ!」

「海賊相手に礼儀などある訳がねェだろう! 舐めているのか!?」

 

 クラッカーの連続した斬撃を回避と防御で凌ぎつつ、纏めて吹き飛ばそうとするジャックの攻撃からも身を守るために意識を割かねばならない。

 舌打ちしたくなる気持ちを抑えて回避に専念していると、ジャックの方へとサボが移動する。

 リコリスの方へと攻撃しようとするもサボが牽制し、ジャックは鬱陶しそうにサボ目掛けて鼻を振り上げた。

 

「まだ邪魔しやがるのか?」

「当たり前だ!」

 

 一方で、最高幹部が戦っている横では他の面々がロビンを手に入れようと動いていた。

 ゼポ、ペドロの弟分であるライオンのミンク族、ぺコムズは必死に声を張り上げる。

 

「ゼポの兄貴、ペドロの兄貴! 頼む、そこを退いてくれ!! おれは兄貴たちと戦いたくはねェ!! ガオ!!」

「それは無理な相談だ、ぺコムズ。おれ達は既に道を違えた」

「ロビンを渡すわけにはいかねェ! どうしても渡して欲しけりゃあ、おれ達を倒していけ!!」

「ふむ……交渉は決裂、という事でソワールか」

 

 反対側では海軍と百獣海賊団が睨み合っており、フーズ・フーとブラックマリアはどちらが行くかで揉めていた。

 

「捕縛なら私の方が適任だと思うけど?」

「あの船は厄介だ、機動力のあるおれの方がいい」

「……まァ、この暑い砂漠を走り回るのも嫌だし、お前さんに任せようかね。私はあっちの中将と革命軍の女の子を貰うよ」

「好きにしろ」

 

 プレジャーズ、ウェイターズ、ギフターズ。

 百獣海賊団の誇る戦力が海軍と衝突し、ブラックマリアはコアラとバスティーユを相手に戦い始める。

 ギフターズの部下数名を引き連れ、フーズ・フーは真っ直ぐロビンの方へと移動し始め、それを見たジェムが急いで移動するために再び船を起動させた。

 

「ま、また動かすの?」

「当たり前だ! これで逃げなきゃ追いつかれるだろうが!!」

 

 ミキータが青い顔で抗議の声を上げるも、ジェムは気にしていられないと即座に船を動かし始める。

 

「おいおい……このクソ暑い砂漠の中走らせんのかよ」

 

 フーズ・フーは面倒くさそうにため息を吐き、高速で移動する船を追いかけ始めた。

 




対戦カード

リコリスVSクラッカー
サボVSジャック
コアラ、バスティーユVSブラックマリア
ロビン、ジェム、ミキータVSフーズ・フー
ペドロVSタマゴ男爵
ゼポVSぺコムズ


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第百六十三話:反乱の火

 

 反乱軍は続々と集結し、首都アルバーナを目指している。

 100万人を超える反乱軍は怒りのままにコブラ王を討とうとしており、しかし迎え撃つべき国王軍はアルバーナに住む市民を逃がすばかりで戦う用意を一切していなかった。

 蹂躙されることを良しとしているわけではない。

 国民同士が争い、血を流すことをコブラ王が嫌ったためだ。

 理想論だと笑う者もいるだろう。

 現実論で話せと嘲る者もいるだろう。

 それでもコブラ王は、己の信念に従って戦わないことを選択した。

 ──そのコブラ王は現在、行方不明になっている。

 

「探せ!! 王宮のどこかにいるはずだ!! もうすぐ反乱軍がアルバーナに到着するぞ、王の身は何としても守らねば!!!」

 

 つい先ほどまで姿が見えていたコブラ王の姿が無い。

 当初は席を外しているだけだろうと考えていた衛兵たちも、一向に戻ってくる気配の無いことに不安を抱いてチャカ、ペルの両名に報告して現在捜索してまわっている。

 誰もがこのタイミングでいなくなったことに困惑しながら、王宮中をバタバタと走り回って探していた。

 困惑するチャカの上空には、トリトリの実の能力者であるペルが旋回しているが……結果は芳しくない。

 

「一体どこに行かれたのだ……」

 

 チャカが頭を抱え、嘆くように呟いた。

 

 

        ☆

 

 

「すまないな、無茶を聞いて貰って」

「構わんとも。無茶なことを言われるのには慣れている」

 

 首都アルバーナから南門を抜け、砂漠地帯に踏み込んだところにコブラとジュンシーはいた。

 元より暗殺や誘拐を専門とするジュンシーである。昼日中とは言え、国王軍の目を欺いてコブラ一人を町の外に出すことくらい訳は無かった。

 念のためにと緑色の手ぬぐいでほっかむりしていたが、不要だったとコブラは畳んで懐に入れる。

 

「反乱軍はこちらから来るのか?」

「そのはずだ。儂の見聞色の範囲はそう広くは無いが、多少方向が違っても移動する程度の暇はあるだろう」

 

 反乱軍が到着するまでまだ時間はある。

 コブラから「こっそり城を抜け出したい」と言われた時は呆れたものだが、護衛の相手の望みは叶えられる範囲で叶えるのも仕事の一環だ。

 クロコダイルが仕掛けてきたとしても対処出来るし、多少数が多いだけの反乱軍が攻撃してきてもコブラを抱えて逃げるだけの余裕はある。

 だが。

 

「わざわざ危険を冒す必要は無かったのではないか? アルバーナは地形的にも攻めにくい。防衛に徹すれば易々と落とされることは無かろう」

「それでは駄目だ。反乱軍と国王軍、どちらもこの国に住む民である以上は、どちらにも被害を出してはならぬ」

「ふむ……難しいことを言ってくれる」

「自覚はあるとも。だが、国とは人なのだ。私が倒れようとも、この国に住む人々が無事なら国は再び建て直せる」

 

 自分一人が犠牲になることになってでも反乱を止める。

 その気概を持って、コブラはこの場にいるのだ。

 ジュンシーはコブラの信念を理解して僅かに相好を崩し、「儂はお主の命を守るためにいるのだがな」と言う。

 

「では守ってもらわねばな。心配せずとも、私とて簡単に命を投げうつような真似をするつもりは無い」

「ならば良いが」

 

 見聞色で探ってみれば、宮殿の方は随分な騒ぎになっている。

 置手紙の一つでもしていればここまでの事にはならなかっただろうが、その場合は場所が割れて連れ戻される恐れがあった。ジュンシーが居れば強硬に出ることは出来ないとしても、国王軍が外に構えてしまえば反乱軍とぶつかることは避けられない。

 外に逃げていく民は既にもういない。この状況でアルバーナの外に構えている者がいるとすれば、増援を待つ反乱軍か、あるいはバロックワークスの手の者だろう。

 もっとも、あちらはコブラの事に気付いていない様子だが。

 

「もうすぐだ。こちらへ真っ直ぐに向かって来ている」

 

 ──何をするでもなく待っていれば、反乱軍がジュンシーの見聞色の範囲内に入り、徐々に巻き起こる砂煙が見えるようになってきた。

 100万人を超える数だ。移動するだけで地鳴りが聞こえてくる。

 誰も彼もが「アラバスタを救うんだ」と意気込み、コブラから雨を取り戻すためにアルバーナを目指している。

 しかし、反乱軍とてコブラが外にいるなどとは考えていないだろう。気付かせねばならない。

 巨人族の一人でもいれば随分目立ったのだが、とジュンシーは考えつつ、覇気ではなく単なる殺気で近付く反乱軍を威圧する。

 それだけで乗っている馬は恐怖し、自然と速度を落として止まろうとしていた。

 

「なんだ!? どうした!?」

「分からねェ! アルバーナを前にして妙なトラブルとは……!」

 

 コーザは歯軋りしながら、最悪ここまで来たからには馬を下りて走ってでもアルバーナに突入する心積もりであった。

 しかし、地鳴りに負けないよう張り上げたコーザにも負けない声量で叫ぶ、誰かの声が耳朶に響いた。

 

「止まれい、反乱軍!!!!」

 

 馬が怯えて速度が緩まっていたこともあるだろう。

 突入を前にして誰もが前を見ていたこともあった。

 そこには、威風堂々と。

 怯えることもなく、腕組みして反乱軍を待つコブラの姿があった。

 

「バカな……コブラだと!!?」

「何故コブラ王がここに!?」

 

 反乱軍は誰もが驚き、その歩みをゆっくりと止めていく。

 目の前の光景が信じられないのだ。

 

「何故お前がここにいる、コブラ!」

「黙って王宮に籠っていれば解決するのか、コーザ。違うだろう」

「……!!」

 

 王宮にいるであろうコブラを倒し、雨を取り戻す──そう決意して反乱軍を率いて来た。

 だが実際はどうだ。

 コブラは見覚えのない老人を一人だけ連れて王宮から出てきており、100万人の軍勢を前にしても一切臆した様子は無い。

 

「アラバスタはおれ達が守るんだ!! お前なんかに任せておけるか!!」

「守ると言うが、どう守る。〝ダンスパウダー〟を使えば、下手すると周辺の国との戦争になる。言い訳の余地もなくアラバスタの責任になるだろう」

 

 雨は自然の産物だ。無理矢理雨を降らせるダンスパウダーなど使ったところで、良い結果など得られはしない。

 国際社会で禁止されている物を使う以上、多少なら、などの言い訳は通用しないのだ。

 

「当然、私が倒れたところで雨が降るという確約もない」

「黙れ!! 少なくとも、おれ達はお前と国王軍が〝ナノハナ〟を襲うところを見ている!!! 言い訳が出来ると思うな!!!」

()()()()()()()()

「な……──」

 

 コブラの言葉に、コーザは呆然とする。

 

「私は昨夜から今日、今に至るまで……このアルバーナを離れたことは無い」

「ふざけるな!! 目撃者はおれを含めて大勢いる!!! そんな言葉で言い逃れが出来ると──!!」

「落ち着け、若いの」

 

 激昂するコーザに対し、静観するだけだったジュンシーが声をかける。

 そこで初めてジュンシーに目を向けたコーザだが、僅かに服の隙間から除く鍛え上げられた肉体と鋭い眼光に頭に上った血が下がる。

 コーザ自身は武勇に優れるわけではない。隙の無い立ち居振る舞いを見たところで実力差が分かるわけでも無いが──本能的にマズいと感じていた。

 

「……何だ、お前は」

「儂か? 儂は〝黄昏〟の一員だ。今はコブラ王の身辺警護をしている」

「〝黄昏〟の……? 海賊が今更何の用でこの国に来た」

「何の用で、とはまた随分な言い草だな。お前たちの言う〝雨を奪った元凶〟を捕えに来たまでよ」

「何……!?」

 

 雨を奪ったのはコブラでは無いのか。

 ざわつく反乱軍を前に、コーザはジュンシーへ問いかけた。

 

「お前らは、誰が雨を奪ったか知っているのか?」

「無論だ」

「誰だ……誰がおれ達から雨を奪った!!」

「──クロコダイルだ」

 

 その返答に、はっきりと誰もが動揺した。

 アラバスタに拠点を置き、多くの海賊を倒して治安維持に努めて来た男だ。政府からの信頼もあり、この国には海軍の駐屯所もない。

 クロコダイルがいるという一点だけで海賊などの外敵へ抑止力足り得ていたほどである。今となってはコブラよりも国民の信を得ていると言っても過言では無い。

 その男が。

 

「……おれは同じことをビビからも聞いた。だが今となっては、あいつの言葉を信用しきるのも難しい」

「この状況だ。仕方あるまい」

「さっきも言ったが、おれはコブラが町を襲わせているところを直に見た。それでも、あんたはクロコダイルが敵だと言うのか?」

「応とも。〝黄昏〟の名に懸けて、事実だ」

 

 多くの国と取引し、国家と言う体裁を取っていないにも拘らず〝世界会議(レヴェリー)〟に出席するほどの影響力を持つ〝黄昏〟が、その名に懸けて事実だと宣言する重さを──コーザは理解出来る。

 ジュンシーの服の背中には〝黄昏〟の海賊旗(ドクロ)が掲げられている。嘘を吐いているとも思えなかった。

 

「まさか、あの英雄が……」

「クロコダイルさんが、敵……?」

 

 呆然とする者も多い。彼に命を救われた者もいるのだろう。

 コーザとビビの会話を聞いていた者は少ない。多くの者が今、この事実を聞かされて呆然としていた。

 海賊の被害からアラバスタの民を守ってきたことは事実だが……全てはこの時のための欺瞞だった。

 

「矛を納めよ、反乱軍。ここでお前たちと国王軍が争えば、笑うのは奴一人だ」

「……そう、だな……正直、まだ疑惑はあるが……」

 

 アラバスタで活躍するクロコダイルの信は厚いが、〝黄昏〟に対する信用はそれよりも高い。

 あらゆる取引を公正に行い、また海上輸送を一手に担う組織である。積み重ねて来た信用は厚く、これまで雨の少ない中で多くの援助をして来た事実もある。

 どちらを信用するかと問われれば〝黄昏〟であった。

 

「おれ達に出来ることはないのか?」

「奴の部下を含め、厄介さはそれなりにある。怪我をしたくなければ下手に首を突っ込まぬことだ」

「それでも、ここはおれ達の国だ。おれ達に出来ることがあれば──」

 

 ドゥン、と。

 銃声が響いた。

 コブラを狙われたものなら傍にいるジュンシーが反応している。即座に彼はコブラを庇う様に動いたが、狙いはコブラでは無かった。

 

「コーザ!!」

 

 馬から落ちる。

 脇腹を掠めるように撃たれたコーザは、痛みを堪えるように両腕で撃たれた場所を抑え、銃声がした方を見る。

 ──そこにいたのは、コブラだった。

 ジュンシーの傍にいるコブラと少々装いは違うが、その顔を間違うほどコーザは耄碌した覚えは無かった。

 

「コブラ王が、二人……!!?」

「マネマネの能力者か。探す手間が省けたな」

 

 この場で仕留めれば、以後邪魔されることは無い……が。

 ジュンシーが飛ぶ指銃〝撥〟で宮殿へ逃げるコブラの背を狙うも、国王軍に扮したバロックワークスの部下がその背中を守る様に立ち塞がった。

 すぐさま追えば仕留められる距離とは言え、暴走の危険のある反乱軍の傍で護衛対象であるコブラから離れるわけにもいかない。

 舌打ちをしたジュンシーはどうするかと一瞬思案するも、その一瞬で反乱軍が動いた。

 

「あれが本物のコブラ王だ!! 奴はおれ達を騙そうとしていたんだ!!!」

 

 クロコダイルが事前に潜り込ませていた手駒が、反乱軍の内で呼応して煽り立て始める。

 元より〝ナノハナ〟の暴挙に怒りを抱いて武器を取った者たちが大半である。自分への批判をかわすためにクロコダイルをやり玉に挙げているだけだと扇動され、鎮火しつつあった怒りの火が再び燃えあがっていた。

 反乱軍のリーダーを務めていたコーザが撃たれたことも含め、誰もが怒った。

 怒りと嘆きは瞬く間に人から人へと手渡され、いもしない敵へ向けて戦えと焚きつける。

 

「本物のコブラ王を打ち倒せ!! おれ達がアラバスタを守るんだ!!!」

 

 そう叫んだのは誰だったか。

 もはや誰の手によって動いているかも分からない反乱軍は再び動き出し、首都アルバーナを攻め落とそうとし始めた。

 

「これは少々マズいな」

「済まない、私が上手くやれれば……」

「お主のせいではないとも。クロコダイルと言う男は頭が良く、この手の策謀は奴の得意分野だったというだけよ」

 

 だからこそ、リコリスがレインベースで仕留めてくれれば話は早かったのだが……どうせ彼女の悪癖が出たのだろうとため息を吐く。

 後で説教の一つもくれてやらねばならないが、今はまだやることがある。

 

「ここにいては駄目だ。一度宮殿へ戻る」

「戻ってどうする?」

「少なくとも、彼奴の手で国王軍が煽られることは無くなるだろうよ」

 

 コブラの顔を使って国王軍に扮した仲間がいるとなれば、あちらを信用する可能性は極めて高い。

 だがこちらにはジュンシーがいる。その場に出てくるような間抜けなら、有無を言わさず心臓をぶち抜くだけだ。

 ジュンシーはコブラを抱え、〝月歩〟を使用して崖を上って宮殿へ向かい始めた。

 

 

        ☆

 

 

 ──そして、丁度その頃。

 反乱軍と国王軍がぶつかり始めた時、アルバーナの外でも戦いが起きていた。

 超カルガモ部隊によって移動し、コブラが時間を稼いだことで戦いが起きる直前にアルバーナ近郊へ辿り着いた麦わらの一味は、待ち構えていたバロックワークスと事を構えていた。

 




 バロックワークスVS麦わらの一味は細かい違いはあれど基本的に対戦カードは変わりませんが、Mr.4ペア脱落とMr.3ペア健在と言う理由でウソップ&チョッパーのみVSMr.3ペアに変更になります。
 ので、描写する戦闘シーンはMr.3ペアVSウソップ&チョッパーのみです。あとはほぼ原作通りです。

 ここから戦闘ラッシュに入ります。


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第百六十四話:Mr.3&ミス・ゴールデンウィーク

 

 ビビとイガラムを王宮に送り届けるため、超カルガモ部隊の背に乗ったまま麦わらの一味はバロックワークスと対峙していた。

 そこそこの距離を空け、会話が聞かれないように注意しながら人数を確認する。相手から顔が分からないよう、フードを被ったまま。

 反乱軍と国王軍は既にぶつかっている。この戦いを無血のまま終わらせることは不可能になってしまったが、それでもビビは諦めることを良しとはしなかった。

 

「ビビ、おれ達があいつらを止める。お前は何とか突破しろ」

「……わかったわ」

 

 バロックワークスはこの場にいないMr.2を含めても5人。人数では麦わらの一味の方が上回っている。

 ゾロは兎にも角にもビビを王宮へ連れて行くことを優先し、少なくとも自分はこの場に残るつもりだった。

 

「中にも敵はいるハズだ。アホコックも連れていけ、いないよりマシだろ」

「カッチーン! 言うじゃねェかよ藻が……だが確かに、全員この場に残ってビビちゃんの護衛を一人にするよりマシだな」

 

 イガラムの実力を信用していないわけじゃ無いが、物事には想定外の事態が付き物だ。

 少なくとも、現状麦わらの一味は状況に振り回されているだけに過ぎない。少しでも状況を好転させたいなら頭を使わねばならないだろう。

 高い実力と頭の良さを兼ね備えると言うなら、確かにサンジは適任だ。

 

「行くぞ!」

 

 ゾロの合図と共に全員が駆け出し、フードで顔を隠したまま三つのゲートを目指して走り出した。

 現在の立ち位置から目指せるゲートは西、南西、南の三つ。オフィサーエージェントはMr.2を除いてペアで動くと言う性質上、カバー出来るとしても二つまで。

 西のゲートに立ち塞がったのはMr.1のペア。

 南西のゲートに立ち塞がったのはMr.3のペア。

 ガラ空きとなった南のゲートを目指してビビ、イガラム、サンジの三人が駆け抜けていくのを見送り、逆に門の前で街へ入らせないように麦わらの一味が立ち塞がった。

 

「……小癪な真似をしてくれるじゃねェか」

「頭がいいと言って欲しいモンだな。()()()()()()()()言われるがままに動くだけのガラクタ人形じゃねェんだ」

 

 フードを取り顔を露にしたゾロの挑発するような物言いに、ピクリと眉を動かすMr.1。その様子を見て僅かにミス・ダブルフィンガーが笑っていた。

 

「…………」

「ふふっ」

「何がおかしい、ミス・ダブルフィンガー」

「いえ、何も。それより、お仕事済ませちゃいましょう──『コイツはおれがやる』でしょう? わかってるわよ」

 

 Mr.1の視線で察したのか、肩をすくめて標的をゾロの隣にいるナミに変えるミス・ダブルフィンガー。

 Mr.1ペアは共に能力者であり、同時にオフィサーエージェント内で最も強い番号を与えられている。決して油断していい相手ではない。

 ゾロはにやりと笑って刀を抜き、ナミは後ろからゾロを応援していた。

 

「さァゾロ、やっちゃいなさい!!!」

「うるせェ黙ってろテメェ!!!」

 

 Mr.1VSゾロ。

 ミス・ダブルフィンガーVSナミ。

 戦いの合図は、互いの刃をぶつけ合う音だった。

 

 

        ☆

 

 

 一方、Mr.3とミス・ゴールデンウィークの足止めに残ったウソップとチョッパー。

 

「なんだこりゃ!? 蝋!?」

 

 ビビたちは既に駆け抜けた以上、無理に戦う必要は無いと考え、超カルガモたちに頼んで距離を取ろうとした矢先──超カルガモたちが何かに足を取られて強制的に止められた。

 Mr.3はやれやれと言わんばかりにため息を吐き、緊張感なく煎餅を齧るミス・ゴールデンウィークに「下がっていたまえ」と声をかける。

 元より彼女は直接的な戦いに向いている性格でもなければ能力もない。Mr.3の頭脳あっての立場であることは本人も重々承知しているため、素直に従って距離を取る。

 

「ボスの計画も正直なところ、成功する確率はかなり低いと見込んでいるが……趨勢はギリギリまで見極めたいところだガネ」

 

 Mr.3と言う地位はその実力と任務遂行のためには何でもやる姑息さ、卑劣さを評価されてのものである。

 地位や名誉、金はもちろん欲しいが……彼としては命が一番大事であるゆえに、ボスであるクロコダイルを裏切ることも十分視野に入れていた。

 〝黄昏〟、四皇が関わった時点で計画が破綻するのは見えているからだ。

 未だバロックワークスとして仕事をしているのは、長年七武海を務めたクロコダイルの実力と周到さをMr.3なりに評価してのものである。大勢が傾いたと見れば即座に逃げ出すつもりであった。

 

「クソッ、外れねェ! おいチョッパー、大丈夫か!?」

「う、うん! けど、超カルガモたちの足が!」

 

 既に固まった蝋のせいで超カルガモたちが動けなくなっている。放り出されたウソップとチョッパーは下が砂という事もあって特に怪我も無いが、このまま見捨てる訳にもいかない。

 チョッパーは人獣形態に変わり、ウソップはパチンコを構える。

 

「やる気カネ? 構わんが、私も暇ではない。手早く始末させてもらうガネ」

 

 とは言うものの、Mr.3としては余り戦いに積極的では無かった。

 何しろアラバスタは高温の砂漠である。熱によって融解し成形する蝋を生み出すMr.3にとって、この高温の地は余りにも暑すぎる。

 作った傍から融解する程高温ではないにせよ、数分もすれば太陽の熱がこもって柔くなる程度には暑いのだ。満足に能力を扱える場所とは言い難い。

 

「ドルドル彫刻(アーツ)!!」

「うおっ!?」

 

 蝋で作られた剣がウソップ目掛けて飛んでくる。

 ギョッとした顔をしながら転がって回避している間に、チョッパーが獣形態になってMr.3に近付いた。

 

「くらえ!」

「おっと、キャンドル(ウォール)!」

「いってェ!!」

 

 人形態になって殴りかかる寸前で蝋の壁を作られ、思いきり殴りつけて逆に拳を痛めるチョッパー。

 一度固まってしまえば鉄に匹敵する硬度を持つ蝋だ。まともな手段でこれを突破するのは厳しい。

 

「ふむ、動物(ゾオン)系か……それにしては妙な姿だガネ。ゴリラか何かカネ?」

「トナカイだ!!」

「どちらでも構わんガネ。それよりこの距離で私の蝋から逃げられると思われては敵わんガネ!!」

「うわっ!?」

 

 Mr.3の言葉にキレながら返答するチョッパー。その隙にウソップがパチンコで火薬星を撃つも、また蝋の壁によって防がれる。

 動き回って翻弄しようにも、至近距離で蝋によって移動場所を制限されてしまえば逃げ場など無い。

 ウソップの狙撃を蝋の壁で遮り、チョッパーひとりを相手取る様に立ち回れば数の優位性など無いに等しい。

 

「四方を囲んでやれば動物(ゾオン)系だろうと抜け出すことは不可能! このまま蒸し焼きにしてやるガネ!!」

「チョッパー!!」

 

 四方を高い壁で囲み、更に上部を塞いでやれば逃げ場のない檻が完成する。数分もすれば蝋は熱で柔くなってしまうが、その前にチョッパーは中に籠った高熱に倒れるだろう。

 あとはウソップを倒せば仕事は終わりだ。遠距離でパチンコ玉を飛ばすしか能の無い男などすぐに終わると高を括り、蝋の壁を解除してウソップの方を見る。

 多少距離が離れた場所にいたはずだが、いない。

 

「……どこに行った?」

 

 先程声がしたのは確かだ。まだ近くにいるはずだが……仲間がやられて怖気付いたか、と辺りを見回すMr.3。

 すると、少し離れたところから声が聞こえた。

 

「こっちを見ろ蝋人間!!」

「助けてMr.3」

「何やっとるのカネ!?」

 

 ウソップがパチンコを構えてミス・ゴールデンウィークに突きつけており、Mr.3は驚くもミス・ゴールデンウィーク自身は特に緊張感もなく助けを呼んでいた。

 思わず額に手をやるMr.3。

 

「ハァ……人質を取ったつもりカネ?」

「そうだ! チョッパーを解放しろ!」

「御免被るガネ。攻撃したければ好きにすると良い。出来ればの話だガネ」

 

 仲間を見捨てるような発言をするMr.3に驚いていると、視線が自分から外れていることに気付いたミス・ゴールデンウィークが近くの岩に絵の具で何かを描き始める。

 僅か数秒で描き上げたそれを見たウソップは、「勝手に何してんだ!」と火薬星を放つ。

 ()()()()()()()()()()

 爆風で風がたなびくと、ミス・ゴールデンウィークはウソップから距離を取る様に数歩離れて再び絵の具を構えた。

 

「カラーズトラップ、〝闘牛の赤〟」

 

 彼女は写実画家である。

 直接的な戦闘力は無いが、感情の色さえ表現出来る芸術家だ。特殊な絵の具を使った〝カラーズトラップ〟と呼ばれる絵を描くことで相手に暗示をかけることを可能とする。

 この術中にハマったウソップは標的を近くの岩場に変えてしまったのだ。

 もう一度ミス・ゴールデンウィーク目掛けて火薬星を撃とうとして、なおも岩場に向けてしまうことに混乱するウソップ。

 

「余所見をしていていいのカネ?」

「っ!?」

 

 その隙にMr.3が足元目掛けて蝋を流し、ウソップが逃げられないように両方の足首から下を蝋で固めた。

 

「これでもう逃げられはしない。全く、手間をかけさせてくれたものだガネ」

「クソ、クソッ! 足が動かねェ!」

「止めておけ。私の蝋は鉄の硬度にも匹敵する……人の力で易々と壊れるようなものではない」

 

 そして、このまま止めを刺すのも容易いことだ。

 いつもなら人が苦しむ様をゆっくり紅茶でも飲みながら楽しみつつ、蝋人形になってもらうが……今回はそれほど時間的猶予もない。

 このまま止めを刺そうと蝋の剣を作り出して振りかぶる。

 その瞬間──地中から何かが顔を出した。

 

「ぶはっ!!」

「チョッパー!? お前、どうやって……!」

 

 普段の姿とは随分違う。

 獣形態のまま角が大きく強化されたような姿を取っており、今までに見た三つの変形点のどれとも異なる。

 Mr.3も驚き、思わず距離を取った。

 

「何だあの姿は……動物(ゾオン)系は獣形態、人獣形態、人形態の三つしか変形点は無いはずだガネ!」

「おれは研究で動物(ゾオン)系の変形の波長をずらす薬を作った。この薬を使えば、おれは従来の三つからさらに四つの変形点が増える!!」

「七段変形だと……!?」

 

 長くこの世界にいるMr.3も聞いたことのない技術だ。

 角を強化する姿で地面を掘り、Mr.3の作った蝋の箱から抜け出したのだろう。

 変形点が増えるという事はそれだけ何かに特化した変形点が存在するという事。それを理解したMr.3は、厄介な相手だと判断して即座に仕留めることを決める。

 

「さっきと同じように閉じ込めれば同じこと! 今度は下から逃げられないよう、足元にも流してやろう!! そこの長鼻の男含めてな!!」

 

 ウソップを巻き込めば判断は鈍ると考え、二人を同時に閉じ込めようと蝋を流す。

 四方を壁に囲まれ、足元まで蝋を流し込まれ、更に蝋で蓋をするように閉じ込めようとして、閉じ込める寸前に二人が中から抜け出した。

 

脚力強化(ジャンピングポイント)!」

「何だと!?」

 

 細身な姿に変わったチョッパーがウソップを抱え、蝋の壁を飛び越えて出て来た。

 そこも驚きだが、足を蝋で固めていたはずのウソップまで出て来たことに不可解な顔をするMr.3。

 だが、足を見て納得した。靴を脱いで裸足になったのだ。

 

「面倒な……!」

 

 元より戦闘はMr.4に劣るとさえ言われる男である。砂漠と言う環境も合わさり、搦め手で倒すには少々チョッパーとウソップを侮りすぎた。

 こうなれば仕方ないと自身の肉体に蝋を纏い、ミス・ゴールデンウィークに着色させる。

 

「こうなれば直接戦闘で叩き潰してやろう! 〝キャンドルチャンピオン〟!!!」

 

 かつて4200万の賞金首を叩きのめしたこともある蝋の鎧を纏い、二人を倒す。

 鉄に匹敵する固さの鎧を纏ったMr.3にまともな攻撃は通じない。

 ウソップが何とか止めようと火薬星を放つも、Mr.3は鼻で笑うだけで止まる様子を見せない。

 

「チャンプファイト〝おらが畑〟!!!」

 

 ひたすら両腕を叩きつけて殴りまくるMr.3に二人は逃げる事しか出来ず、人獣形態になったチョッパーはそれでも打開策を見出そうと視線をMr.3に向ける。

 

「〝診断(スコープ)〟!!」

 

 自身の蹄を合わせるように構え、そこから覗き込むようにMr.3を見る。

 何か、何か弱点は無いか。焦りつつ逃げながらそう考えるチョッパー。

 

「ふはははは! どうした、逃げるだけか!? お前たちも船長と同じように腰抜けだな!」

「……なんだと?」

「なんだ、知らんのか? お前たちの船長である麦わらは我々のボスに殺されているガネ」

「──っ!! ふざけたこと言ってんじゃねェ!! ぶっ飛ばすぞこの野郎!!!」

 

 Mr.3の嘲笑するような言葉に激高したウソップが言い返すも、Mr.3は事実だと鼻で笑った。

 

「反乱も始まり、我々の目的も完遂寸前……貴様らに何か一つでも達成できたことがあるのカネ? 麦わらも同じだ。無駄死にしただけだガネ!!」

「あいつが死ぬわけねェだろう!! あいつは、〝海賊王〟に成る男だ!!!」

「……海賊王か。随分夢見がちな男だったようだが……この海を知る者ほど、そんな大言は口にしないものだガネ」

 

 それを目指して、多くの海賊がこの海を渡っていることはMr.3も知っている。

 夢を見る事は自由だ。叶わない願いを夢見て海に出る事を笑いはしないが、〝海賊王〟は冗談でも口にするには余りにも夢を見過ぎていると呆れる他に無かった。

 〝新世界〟に皇帝の如く鎮座する四人の大海賊。

 その皇帝相手に一切退かず、勢力では拮抗どころか上回っている疑いさえある〝魔女〟。

 多くの海賊の中でも特に抜きんでた実力を認められ、政府と取引をしている七武海。

 全ての海賊を捕縛しようとしている海軍。

 立ち塞がる壁は余りにも大きい。そんなところに挑むなど、頭のイカれた阿呆か現実の見えていない夢想家だけだ。

 

「大層な目的を掲げた大馬鹿だったようだが、その麦わらはここで死んだ。その程度の男だったというだけの話だガネ!」

「テメェ!」

「駄目だウソップ!!」

 

 怒りのままに殴りかかるウソップを逆に殴り飛ばし、Mr.3はそのまま連続して殴りかかった。

 執拗なまでに襲い来る拳に、見かねたチョッパーが横合いからMr.3に襲い掛かることで中断させる。

 今度はチョッパーを殴り倒そうとMr.3が向き直ると、チョッパーが何かを見つけて驚いたように目を見開く。

 

「──いいか、チョッパー」

「まだ意識があったか……!」

「男には! どんなに相手が強くても! おっかねェ相手でも!! 絶対に退いちゃならねェ戦いがある!!!」

 

 血塗れで、砂塗れになりながらも。その眼から力が失われることは無い。

 

「──仲間の夢を、馬鹿にされた時だ!!!!」

 

 鉄の硬度を持つ蝋で何度も殴られ、全身が軋みを上げているはずだ。痛みに気絶してしまいそうになっているはずだ。

 それでも、ウソップはMr.3を睨みつける。

 

「良いだろう、今度こそ止めを刺してやる!!」

 

 拳に蝋の棘を付け、串刺しにしようと拳を構えるMr.3。

 だがそれよりも早く、ウソップが何かをパチンコで放って蝋の鎧に当てる。鎧に当たって弾けたそれは、中身の液体を一帯にぶちまけた。

 

「何をしようと無駄だ!! この〝キャンドルチャンピオン〟に通用などしない!!!」

「確かにそいつは頑丈だ。だが、どれだけ固かろうとそいつは〝蝋〟なんだろ!?」

 

 固まれば鉄の硬度を持ち、貫くのも難しくなる。しかし、あくまでそれらは蝋としての性質の延長線上にあるものだ。

 ならばやることは簡単──熱で溶かす。

 

「火炎星!!」

「何ィ!?」

 

 先に打ち込んだ油星に引火した炎が大きく燃え上がり、蝋の鎧を瞬く間に溶かしていく。

 

「あ、熱いィィィ!!!」

 

 ドロドロになった蝋が燃えていく。その熱さに耐え切れず砂漠に転がるように逃げ出したMr.3は、逃げ出すことに精一杯で次のことなど考えられなかった。

 体についた蝋から延焼することを恐れて必死だったこともあり、逃げ出した先にチョッパーがいたことに気付かなかったのだ。

 チョッパーは唯一蝋に守られていない頭部を弱点と見抜き、ウソップに一瞬気を引いてもらう事で自分が乗り込んで倒すつもりだったが……ウソップの機転に驚き、尊敬する。

 腕力強化(アームポイント)の姿になったチョッパーは、目の前に逃げ出してきたMr.3目掛けて構えた。

 

「この距離なら、お前が何かするよりおれの方が早い」

「き、貴様……! 待て、私は──」

「刻蹄──〝(ロゼオ)〟!!!」

「ウゴ!!?」

 

 Mr.3の頬に鋼鉄の蹄を叩きつけて砂漠を滑るように吹き飛ばし、蹄の痕を残して気絶させた。

 ギロリと続いてミス・ゴールデンウィークを睨みつけるが、彼女は劣勢になった瞬間に既に姿を消していた。

 

「……3分」

 

 動物(ゾオン)系の波長を狂わせる薬──ランブルボールの効果時間は3分。

 時間ギリギリだったが、何とか倒せたことに安堵し……重傷を負ったウソップの下へと駆け寄る。

 

「ウソップ! 大丈夫か、ウソップ!! しっかりしろ、大丈夫か!!」

「ゆ、揺らすな……ガクリ」

「ウソップ!!? い、医者ァ~~!!」

「いやオメェだろ」

 

 ウソップ&チョッパーVSMr.3ペア──勝者、ウソップ&チョッパー。

 




 ちなみにミス・ゴールデンウィークはこの後超カルガモの二匹に延々追い掛け回される羽目になりました。

 次回は一応8/1を予定してますが、諸事情により投稿できない可能性もあります。


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第百六十五話:海賊としての矜持

 

「た、退避ーっ!!!」

 

 海兵の一人がそう叫んだ瞬間、敵味方を問わず一斉にその場から離れ始める。

 百獣海賊団のギフターズ、ウェイターズ、プレジャーズ。

 ビッグマム海賊団のホーミーズ。

 海軍の海兵。

 等しく必死な様子で、何から逃げているかと言えば──リコリスの生み出した溶解液の津波である。

 砂漠のど真ん中で津波と言うのもおかしな話だが、乾ききった砂は締め固められて水分を通しにくい。地面に染み込むよりも先に表面を流れてしまうのだ。

 

「ぎゃあああああ!!!?」

「い、いてェ!! 誰か、誰か助け……!!」

 

 ホーミーズやウェイターズが呑み込まれ、骨も残らず融かされていく。誰もがその様を見てゾッとしながら、より必死になって足を動かす。

 慣れない砂漠に足を取られ、逃げきれない者もそれなりにいる。それでもあんな死に方は嫌だと息せき切って走っていた。

 

「だ、駄目だ! 逃げきれねェ!」

「諦めるな兄弟! あれに呑み込まれると骨も残らねェぞ!!」

 

 既にこれも何度目か、数えるのも面倒なほどだ。

 当初は敵にだけ向けられていた溶解液も、徐々に敵味方を問わず浴びるようになり、遂には両陣営が揃って逃げ出す羽目になっている。

 文句の一つも言いたいところだが、当のリコリスは〝将星〟の一人であるクラッカーと正面から戦っている。周りの事まで考える余裕がないと言うのが実情だった。

 

「どうした、息切れしてるみてェだな!」

「心配されるほどじゃないわよ!」

 

 何度目かも分からない衝突。

 互いに覇気を纏った剣と脚をぶつけ合い、連続して互いの体力を削り合う。

 リコリスの能力によって生み出された溶解液はクラッカーの鎧を融かすも、すぐさま修復されてダメージとはならない。

 濡れることによって鎧が柔くなることは確かだが、元より能力だけに頼って名乗れるほど〝将星〟の座は安くはない。鍛え上げられた剣術と覇気は間違いなくジャックよりも上と言えた。

 一つ手を叩けば腕が増え、もう一度叩けば更に腕が増える。剣まで増えているのは不思議だが、これもまた能力で作り出しているのだろう。

 ただでさえ追い詰められつつあるというのに、手数を増やされてはたまったものではない。

 

「一つ叩けば二つに増えて、も一つ叩くと三つに増える──お前に勝ち目などねェ! 勝てない相手がいるという事を知るのも経験だ、小娘!!」

「うるさいわね。そんなことは()()()()()()()のよ、ビスケット人間」

 

 〝黄昏〟において、戦乙女(ワルキューレ)とは強者の中から更に選抜された存在である。

 個々に名を上げて来た女海賊が〝黄昏〟でのし上がろうと挑むこともあれば、九蛇海賊団から選りすぐられた強者がより強くなることを求めて挑むこともある。

 戦乙女(ワルキューレ)に選抜された者は破格の給金や相応の地位を持つが──何より()()()()()()()()()()()()()と言う特権を持つ。

 狭き関門を潜り抜けた者だけが受けられると言うと高尚なものを想像するが、現実はそんな輝かしいものではない。

 相対するだけで分かる絶望的な力の差を見せつけられ、それでもなお強くなるために泥にまみれて奮闘する者達こそが戦乙女(ワルキューレ)である。

 この広い世界の中でも五指に入る強者と直接相対し、その力を味わったリコリスはクラッカーに言われるまでもなく知っている。

 

「勝てないなら勝てるように手を尽くすものでしょう? 少なくとも、あなた程度の相手なら」

「言うじゃねェか。だったらその口に見合った実力を見せてみることだ!!」

 

 両腕が三本ずつになり、右手には剣を、左手には盾を持つ。

 リコリスの高速の蹴りに合わせて盾で受け、剣で迎撃する堅実な戦い方をしており、溶解液で柔くなった鎧を砕いたところで瞬く間に修復されていく。

 クラッカーは強い。

 その覇気も能力も、四皇最高幹部として決して見劣りするモノではない。

 

「これ以上遊んでる暇もねェ。テメェらが海軍にチクったせいでおれの能力もバレてる。隠す意味がねェ以上、本気で行くぞ!」

 

 パンパンと手を叩けば、周りにいくつものビスケットの鎧が作り出されていく。

 クラッカーの体力が続く限り無限に湧き出るビスケットの兵隊たちだ。操るクラッカー自身の覇気の強さ、基礎戦闘力の高さも含めれば、総合的な厄介さはビッグマム海賊団で随一と言っても過言では無い。

 5体のビスケットの兵隊を操り、連携しながらリコリスへと斬りかかった。

 一体が正面から斬りかかり、死角から二体目が、更に逃げ場を塞ぐように三体目と四体目が包囲し、五体目が確実にリコリスの首を落としにかかる。

 

「くっ……!」

 

 ギリギリでクラッカーの攻撃を回避したリコリスは、生み出した溶解液を槍のように形成して勢いよく投げつける。

 投げつけると言っても両手は使わず、脚を振り抜くと同時に飛ばしているのだが。

 クラッカーはそれをビスケットの盾で受け止め、グズグズに融けたそれを捨てて新たにビスケットの盾を生み出す。

 壊されようが融かされようが、使い物にならなくなったなら新しく作り直せばいい。

 通常は難しい対処も、クラッカーの能力なら可能だ。

 

(……これは、ちょっとまずいかもしれないわね)

 

 食い下がることは出来ているし、時間を稼ぐことも不可能では無い。

 だが、援軍が来るまでどれほどの時間が必要なのかは分からないのだ。

 〝楽園〟にもそれなりに戦力は残っているはずだが、どういう采配をしているのかは分からない。最悪、ロビンが逃げるまでここで戦い続けることになるかもしれない。

 流石にそれは面倒なので援軍が来ることを願うが……カナタの考えは時たま理解出来ないこともある。

 どちらにしても、目の前の敵を食い止め続ける必要はあるのだ。

 余計なことを考えず、どうやれば殺せるかと思考を研ぎ澄ませるほうがまだしも有意義だと、リコリスは再びクラッカーに集中し始めた。

 

 

        ☆

 

 

 Mr.1とゾロが、ミス・ダブルフィンガーとナミが、Mr.3ペアとウソップ&チョッパーが戦っている中──アルバーナの宮殿に戻ってきたコブラは、ビビとイガラムに出会った。

 ここに来る途中でコブラに扮したMr.2と出会い、ビビがそのまま殺されそうになったが間一髪でサンジがそれを防ぎ、今は残って戦っている。

 それ故に一瞬コブラの姿に警戒感を表したが、いきなり空を移動したことでへっぴり腰になっているコブラを見て本物だと確信していた。

 

「パパ!? どうして外から!?」

「反乱軍を止めようと思ったのだが、上手くはいかないものだ」

「そんな無茶なことを!? 国王様、貴方が倒れてはクロコダイルを利するだけですぞ!?」

「そこは心配していない。優秀な護衛が居たのでな」

 

 ビビとイガラムはジュンシーに視線を向け、コブラは〝黄昏〟が送ってきた精鋭であることを説明する。

 

「〝黄昏〟の……!?」

「なるほど、確かに見覚えが……カナタさん以外と会うのは数十年ぶりになりますが」

「その辺りは良い。問題は反乱軍が宮殿を目指して進軍していることだ」

 

 町の入り口付近にいた国王軍はなし崩し的に即応することを求められ、迎撃している。コブラが何を言おうと、現場で反乱軍が目の前に迫っている以上は彼らも黙って通すわけにはいかなかった。

 ビビもイガラムも、コブラ同様に反乱が始まってしまったことに悔しそうな顔をしている。

 クロコダイルの思い通りに事が運んでいるのが腹立たしいのだ。

 

「どうにか反乱を止めなきゃ……!!」

「それにはまずはチャカとペルに事情を説明せねばならん」

「そうですな。国王軍を動かすなら、あの二人の協力なしには難しい」

 

 宮殿内部へと四人は歩を進め、驚きをもって迎える国王軍の中を突っ切ってチャカとペルの二人を呼ぶように指示を出す。

 指示は瞬く間に伝わって行き、二人はあっという間に四人の前に現れた。

 驚いた顔をしていたのはコブラが何事もなく戻ってきたからか、あるいはビビとイガラムが一緒だったからか。

 どちらにしても喜ばしいことに変わりないと、二人は膝をついて臣下の礼を取る。

 

「ご無事で何よりです、コブラ様、ビビ様。イガラム隊長も」

「済まない、少々席を空けた」

「私もごめんなさい。長く国を空けてしまって……二人とも無事に戻ってきたわ」

「二人とも、私のいない間よくやってくれました」

「いえ、それほどの事は……」

 

 無事に帰って来てくれたことそれ自体がとても喜ばしい。だが、再会を喜ぶのは後でいい。

 今はまだ反乱が起きている最中だ。これをなんとかしなければ国が滅んでもおかしくはない。

 全員で何か案を出そうと頭を悩ませると、ビビは覚悟を決めた顔で告げた。

 

「宮殿を爆破しましょう」

 

 本気かと誰もが目を丸くした。

 長い歴史の積み重なった、由緒ある宮殿だ。これを爆破するなど信じられないが……同時に、これ以上無いほどに目を引くことが出来るのもまた確かだった。

 その間にビビの姿を見せ、説得すればきっと止まる──そう信じるビビに、コブラは成長を感じて思わず口元が緩む。

 良い顔をするようになった。穏やかながらも、強い意思を持った子に。

 

「……良かろう。それで反乱軍が止まる見込みがあるのなら」

「本気ですか!? この宮殿を爆破すると!?」

「イガラム、私がいつも言っているだろう?」

「……国とは人、ですか……わかりました」

 

 悩ましい顔をしながらも、イガラムは最終的に首を縦に振った。

 この人の判断ならば、きっと大丈夫だと信じて。

 

 

        ☆

 

 

 そうして、ありったけの爆薬を宮殿中に仕掛けている最中に、その男は現れた。

 

「困るねェ、ミス・ウェンズデー……ここはおれの家になる予定だってのに」

「クロコダイル……!!」

 

 通すまいと立ち塞がった国王軍を斬り捨て、悠々と現れたクロコダイル。

 この場にコブラとビビがいることを想定し、邪魔になるであろう麦わらの一味は既にばらけていることは把握している。〝黄昏〟の刺客だけが不安要素だったが、クロコダイルにはもう後がない。

 打って出るしか無かったのだ。

 もっとも──流石に送られてきたのがジュンシーだとは思っていなかったようだが。

 

「久しいな、クロコダイル。随分腕も落ちたようだ」

「ジュンシー……! まさかテメェが来ているとはな。老いぼれらしくとっとと引退すればいいものを」

「呵々、そう言ってくれるな。儂は生涯現役のつもりだぞ」

 

 かつて、七武海と言う枠組みが出来るより以前に二人は戦ったことがある。

 結果はクロコダイルをはね返したジュンシーの勝利と言っても良かったが、当時のクロコダイルは勝つために挑むのではなく〝新世界〟での力試しを兼ねてひと当てしたに過ぎなかった。

 今ぶつかればどうなるかは考えるまでもなく明白である。

 

「厄介な野郎がいたもんだぜ」

「お互い様だ。お主の頭の良さには手を焼いている」

 

 この場に現れた以上は決着をつけることも出来る。ジュンシーなら他の誰かを狙われようとも、それより早くクロコダイルに致命傷を叩き込むことも出来るだろう。

 とは言え、それは確実性の無い賭けだ。

 護衛としてこの場にいる以上、コブラの身を守ることを最優先にしなければならない。

 極限の緊張状態ではあるが、ひとまず互いに手出しをする気が無い、あるいは出来ない状況にあった。

 

「……ひとまずテメェに用はねェ。用があるのはコブラ王の方だ」

「私に? 一体何の用があるというのかね」

「〝()()()()()()()()()()()

 

 その場の誰もが何のことだと眉根を顰める中、コブラだけが目を見開いて驚きを露にした。

 

「何故、その名を……!?」

「何故知っているか。どこで知ったのかか……そんなことはどうでもいい。どこにあるかを教えろ」

 

 普段のクロコダイルからは考えられないほど余裕のない態度だ。

 この国に攻め込んできている四皇の軍勢。それと相対する連合部隊。

 世界政府にもクロコダイルの所業は既にバレているだろう。地位の剥奪もそう遠くない。

 ここでプルトンを手に入れなければ、全てを失って終わるだけだ。長い時間をかけて準備したこともそうだが、ここで失敗など出来ないと考えていた。

 

「生憎だが、私は知らん。その在処はもちろんのこと、この国に実在するのかどうかも定かではない」

「チッ……」

 

 その可能性は十分にあるとクロコダイルも想定はしていた。だが、嫌な方の想定が当たってしまったことに思わず舌打ちが漏れる。

 プルトンが無ければ何も状況を変えられないのだ。コブラが在処を知っていれば話は早かったが……世の中そううまく行きはしない。

 

「その可能性もあるとは思っていたが……」

「年貢の納め時だ、クロコダイル。諦めて投降する気はあるか?」

「ハッ、隙を見せれば殺すつもりで居やがる癖に、投降を勧めるのか? まだ諦めねェ。おれはまだ諦めねェぞ」

 

 知らないのならそれで構わない。生かしておく価値が無くなったというだけの話だ。

 邪魔をする国王軍も、これから邪魔になる反乱軍もまとめて始末した後で国中探し回る他にない。

 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟さえ読めれば、見つかる可能性は高まったが……ロビンが裏切った今、それも期待は出来ない。

 もはや虱潰しに探すしか選択肢は残っていないのだ。

 

「儂がそう易々と逃がすと思うか?」

「やれるもんならやってみりゃあいいさ──だが、そうだな。今まさに反乱軍が乗り込んできた宮前広場。今日の午後4時30分、あそこに特製の砲弾を撃ち込む手筈になっている」

「なんだと?」

 

 ただ吹き飛ばすだけなら教えてやる必要は無い。だが、時間は既に迫りつつある中でこのカードを切ったのは、それを探すために手をつくさせるためだろう。

 たとえ死に瀕したとしても、クロコダイルは場所を割ることは無い。そういう男だ。

 コブラは絶句したままクロコダイルに問いかけた。

 

「正気か貴様……!?」

「正気さ。直径5㎞を吹き飛ばす特製弾だ、ここから見える景色も一変するだろう」

「直径5キロ!? そんなことをしたら……!!」

「嬉しかろう? お前は散々反乱軍を止めようと、色々手を尽くしていたようだからな……もっとも、それらは全て無駄だったわけだが」

「アンタは……!! どうしてそんなことが出来るの!? あの人たちが一体何をしたって言うのよ!!?」

「つまらねェ質問だな。そんなことを聞いて何になる。邪魔なものは消すのが一番だろうが」

「っ!! クロコダイル……!!!」

「ビビ様、いけません!!」

 

 ビビを嘲笑するようにクロコダイルは言い放ち、怒りのままに踏み出そうとするビビをペルとイガラムが止める。

 コブラも強く睨みつけるようにクロコダイルを見ており、チャカなど今にも攻撃を仕掛けそうなほど強く剣を握りしめていた。

 その中で、ジュンシーは一歩前に出る。

 

「御託は良い。かかってくる気はあるのか?」

「テメェの相手なんぞする気はねェよ。おれァ忙しいんでな」

「ほう? あるかどうかも分からないものをせっせと探すつもりか。自分の力では及ばぬ相手に、誰が作ったかもわからぬ古代の兵器を持ち出そうとは。()()()()()()()()()()()だ。みっともない」

「……何?」

 

 ピクリとクロコダイルが反応する。

 どうしても、それだけは聞き逃せない言葉だったらしい。

 

「今、何と言いやがった」

「聞こえなかったか? 負け犬の考えそうなことだ、と言ったのだ。一度の戦いで仲間を失い、心を折られ、挙句この国でせせこましく古代兵器を探している。これをみっともないと言わずしてなんと言う」

「テメェ……!!」

 

 挑発だとわかっている。

 だがそれでも、これだけ言われて牙を剥かないのは腰抜けだと笑われても仕方のないことだ。

 海賊として、一人の男として。プライドとメンツを何よりも重視するタイプの人種にとって、ジュンシーの言葉は聞き流して良いものでは無かった。

 

「それだけの大口叩いたんだ。死ぬ覚悟は出来てんだろうな、老いぼれがァ!!」

「呵々、まだまだ若いものには負けんとも」

 

 圧縮した砂の刃を武装色を纏った拳で弾き、即座にクロコダイルの懐へと肉薄する。

 咄嗟に砂を手繰って鎧替わりにした判断は良かったが、ジュンシーは踏み込みと同時にその鎧を貫通するほどの衝撃を与えてクロコダイルを吹き飛ばした。

 

「──ふむ。今の一撃で決めるつもりだったが……儂も鍛錬が足りておらんな」

 

 未だ意識を残すクロコダイルを見て、ジュンシーはそう零したのちに再び拳を構えた。

 




来週は映画のFILM REDで情緒が滅茶苦茶にされる(予定)のでお休みです。

次の更新は8/15の予定。


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第百六十六話:腹を決めろ

お盆休みなのでちょっと早めに投稿


 

 誰もが口を開けて唖然とした。

 これまでアラバスタを襲った多くの海賊を物ともせずに正面から叩き潰してきたクロコダイルが、単なる拳の一撃で吹き飛ぶなど想像だにしていなかったのだ。

 土煙を上げて王宮の壁に突っ込んだクロコダイルが無事とは思えず、ビビはすぐにジュンシーの方を見る。

 

「た、倒したの……?」

「まだだ。鈍り切ってはいたようだが、完全に牙が抜けたわけでは無かったらしい」

 

 土煙の向こうでゆらりと動く影に、チャカとペルも即座に武器を構えた。

 だがジュンシーの拳が相当重かったのか、クロコダイルは足元をふらつかせて膝をつく。

 チャカとペルはそれを見て危険度は相当下がったと判断したのか、構えを解いたが……ジュンシーは何かに気付いて即座に動いた。

 

「む、これはいかん!」

 

 ジュンシーは反転してビビとコブラを抱きかかえ、空中へと逃げる。

 それを追う様に、クロコダイルを中心として王宮の地面が()()()()()()()()()

 砂の能力の真髄は〝渇き〟にある。

 木も、石も、土も……全ては渇きの果てに崩壊し、砂に還る。

 当然、そこにいる人間も例外ではない。地面を伝って水を奪い、死に至らしめる凶悪な技だ。

 

「〝浸食輪廻(グラウンド・デス)〟!!!」

 

 気付いたチャカは能力でジャッカルへと変身してクロコダイルの能力圏外まで離れ、ペルはハヤブサに変身してイガラムの肩を掴んで空へと逃げる。カルーは必死の形相で王宮の外へと逃げていた。

 あらゆる物が砂に還るその光景を見て、ビビはゾクリと背筋に悪寒が走った。

 能力者とは言え、並の人間に出来ることではない。

 この国を狙っているのがどれほどの怪物なのか、ビビはその肌で感じ取っていた。

 

「化け物……!」

「あのくらいなら可愛いものだ。少々実力があれば避けることは難しくない」

 

 能力圏内に入った瞬間全身を凍り付かされたりといったことに比べればまだ児戯と言っていい。まぁあれは使い手の方が滅茶苦茶なだけなのだが。

 ジュンシーはクロコダイルの攻撃圏内から離れたところに二人を降ろすと、再びクロコダイルを仕留めるために接近する。

 結局のところ、クロコダイルの〝渇き〟の力も触れないことには発動しない。

 空中を駆けて移動出来るジュンシーの前では無意味だが、それでも自身が最も得意とするフィールドに変えたのは未だ心が折れていない証だろう。

 

「〝砂嵐(サーブルス)〟!!」

 

 高速で突っ込んで来たジュンシーに対し、目くらましと牽制として砂嵐を発生させて即座に距離を取る。

 僅かに残した瓦礫を一緒に巻き上げれば、さしものジュンシーと言えども無策で突っ込むことは出来ない。無作為な質量攻撃はクロコダイルの意識が絡まないため、見聞色の覇気による回避が出来ないためだ。

 加えて今のジュンシーの目的はあくまでコブラの護衛。第一目標を忘れるような男では無いとクロコダイルはよく理解しているため、巻き込むように放てばそれだけで動きを制限できる。

 目視でジュンシーの位置を確認することこそ出来ないが、先に位置を確認したコブラを狙えば勝手に当たってくれることもあり、連続して攻撃を繰り出した。

 

「〝砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)〟!!」

 

 放たれた砂の刃に対し、ジュンシーはそれを覇気を纏わせた拳で弾く。直後に見聞色でクロコダイルの位置を探り当てて飛ぶ指銃〝(バチ)〟で正確に左肩を撃ち抜いた。

 どれだけ策を講じようとも、積み上げた武威はそれを上回る。

 砂嵐は風向きに従って移動しており、既に視界は開けていた。見聞色だけでも位置は掴めていたが、目視で確認出来るならそれに越したことは無い。

 

「クソが……!」

 

 肩から血を流すクロコダイルを前に、ジュンシーは確実にその意識を刈り取ろうと拳を握る。殺すのはいつでも出来るが、念のために生かしておくつもりらしい。

 リコリスのように遊ぶつもりも、加減をする気も無い。

 クロコダイルはまだ諦めるつもりは無いらしく、ジュンシーの足元から砂の大剣を生やして抵抗する。

 クロコダイルの右手で触れることが出来れば、あるいは〝渇き〟の力でジュンシーをミイラにすることが出来るかもしれないが……どのみち水分を吸い尽くすよりも先にジュンシーの拳がクロコダイルの意識を刈り取る方が速い。

 ひらりと苦し紛れの砂の大剣を躱し、クロコダイルと距離を詰めようとしたその時。

 

「クロコダイル~~~~!!!!」

 

 上空から、クロコダイルとジュンシーの間に麦わら帽子をかぶった青年が降ってきた。

 

 

        ☆

 

 

 事は数分前。

 近くの町で手当てを受けたルフィはふんだんに肉を食べて力を取り戻し、リコリスの助言を受けて水の入った樽を用意し、〝黄昏〟の援助を受けて首都アルバーナを目指していた。

 リコリスが乗っていた高速艇は〝噴風貝(ジェットダイアル)〟の搭載された特別製だが、ルフィの乗るそれは大きめの〝風貝(ブレスダイアル)〟が使用されたものだ。

 それでも砂漠を渡る上では相当な速度が出ており、怪我の治療でロスした時間を取り戻せる。

 ルフィ一人では操作出来ないので、当然ながら操舵士の男が付いていくことになった。

 

「もうすぐアルバーナだ。気合は十分か?」

「おう!! 今度こそクロコダイルをぶっ飛ばす!!!」

「まァもうジュンシーさんがぶっ殺してる可能性あるけどな」

「えーっ!?」

 

 じゃあおれ何しに来たんだよ!? と言わんばかりに驚いて男を見るルフィ。

 男は素知らぬ顔でアルバーナの入口を見ると、反乱軍と国王軍がせめぎ合っている状況を確認して「うーむ」と唸る。

 

「あれを突破するのは中々面倒だな」

「近くまで送ってくれただけで十分だ! ありがとう!」

「まァ待て。おれは元々〝黄昏〟の傘下に下った海賊でな、以前は普通の操舵士だったが……操舵の腕を買われてウェイバーレースにも出てるんだ」

「何だそれ?」

「知らねェのか? こういうエンジン付きの船を操ってレースをするのさ。ただ速度を競うだけの種目もあれば障害物を潜り抜ける速度を競う種目もある……おれの前で障害物があるから無理と言われりゃ血が騒ぐ!! しっかり掴まってな、突っ込むぞ!!!」

「何ィ!!?」

 

 アクセルを踏み込んで最高速度を叩きだすと、男は反乱軍も国王軍もお構いなしに階段に乗り上げてそのままアルバーナの町中へと突っ込む。

 反乱軍も国王軍もこれには流石に驚いたのか、階段のど真ん中を通る船を避けるように脇へと逃げる。

 

「ハハハハハ!! ちと狭いが十分だ!!」

「無茶すなーっ!!」

「急いでんだろ? 王宮まですぐだ、揺れるから掴まってな!!」

 

 ガタガタ揺れる船に掴まったまま大通りを抜け、王宮へ向かう。

 道中で戦っている反乱軍と国王軍も流石にこれを止めることは出来ずに道を開け、最短最速で王宮の手前まで辿り着いた。

 視界の片隅には砂嵐が映っている。王宮のど真ん中に砂嵐が自然発生するとは考えられず、あそこにクロコダイルがいるとルフィは確信を持つ。

 

「行ってこい坊主!」

「おう! ありがとうおっさん!! 助かった!!」

「良いってことよ!!」

 

 男がサムズアップで送り出すと、ルフィは腕を伸ばして宮殿の縁を掴んで勢いよく空へと舞い上がる。

 空中から見れば、クロコダイルが誰かと戦っているのが見えた。

 

「クロコダイル~~~~!!!!」

 

 そのままの勢いで真っ直ぐに、クロコダイルとジュンシーの間にルフィが着地した。

 水の入った樽を背負っているが、ゴムの体を持つルフィが間に挟まれば着地の衝撃を軽減出来る。

 いきなり現れたルフィにジュンシーは眉根を顰め、殺したはずだとクロコダイルは驚いていた。

 

「ルフィさん!!」

「悪い、ビビ! おれ一回あいつに負けたんだ。でも、今度は負けねェ!!」

「待て」

 

 やる気満々でクロコダイルを見るルフィだが、ビビの知り合いだとわかっても二人の実力を比べれば戦うことを勧めはしない。

 敗北の見えた戦いなど、この状況でやるべきではないのだから。

 ルフィは引き留めたジュンシーの方を見る。

 

「なんだおっさん」

「あの男は少なくともお主より強い。儂に任せろ」

「嫌だ!」

 

 にべもなく断り、ルフィは拳を構えた。

 

「ビビと約束したんだ。クロコダイルをぶっ飛ばすってよ」

 

 ビビはクロコダイルを倒せればいいだろう。国を取り戻せるのであればそこにこだわることは無いはずだ。

 だからルフィが無理にクロコダイルと戦う必要は無い──だけど、それでも。

 一度クロコダイルと倒すと啖呵を切った以上、ルフィが退くことは無い。

 相手が七武海だろうと何だろうと、相手の方が強いからと尻込みして戦わないことを選ぶような奴が海賊王になどなれるわけがないからだ。

 

「おれは、海賊王になる男だ!!」

「……!!」

「テメェ……おれの前で、まだほざくか……!!」

 

 ジュンシーの拳を受けてボロボロのクロコダイルだが、それでも気力は残っている。ルフィがスナスナの実への対策を立てていたとしても、リコリスとジュンシーを相手取って鈍った腕も多少なり錆が落ちている。

 勝率は限りなく低い。

 

「お前が七武海だろうが何だろうが、おれが負けるか!!!」

 

 真正面からクロコダイルに喧嘩を売り、倒して見せると豪語する。

 ()()()()()()()()()()()()()。大言壮語を発する度胸もそれを貫く地力も、全ては当人の意志次第だ。

 ジュンシーはその姿を眩しく思い、「良かろう」と一歩下がる。

 

「ここはお主に任せよう。言ったからには成し遂げて見せるがいい」

「ああ、当たり前だ!」

 

 樽からくみ上げた水を両手にかけ、ルフィは勢いよくクロコダイルに殴りかかった。

 ジュンシーは背を向けてビビとコブラのいる場所へと移動し、二人を抱えてクロコダイルから距離を取る。

 

「ルフィさん! まだルフィさんが戦って……!」

「あの場にいても出来ることなど無い。間違えるな、お主にはお主に出来ることがあるだろう」

 

 はっとした様子でビビは顔を上げ、思い出す。

 このままでは広場が吹き飛ばされてしまう。どこかに砲弾とそれを放つ大砲があるはずだ。

 残り時間は30分を切っている。

 アルバーナのどこかにある大砲を見つけるためには人手が必要だ。

 

「チャカ! ペル!」

「はっ!」

「ここに!」

 

 イガラムの肩を掴んだペル、ジャッカルの姿でビビへと駆け寄ってくるチャカ。

 三人が揃うと、「砲台を探すのを手伝って欲しい」と頼み込む。

 元よりそのつもりであったため、三人は一も二もなく頷いてどこから探すべきか議論を始める。

 バロックワークスと戦っているであろう麦わらの一味の者たちも、もし合流出来るなら捜索を手伝って貰わねばならない。

 きっと負けることは無いと信じ、ビビは今やれるべきことをやるだけだと必死に頭を回転させる。

 

 

        ☆

 

 

 同時刻。

 破損した高速艇が砂漠で煙を上げ、停止していた。

 港はすぐ近くにあり、海へ逃げることが出来れば追いかけてはこないと考えたが……その前にフーズ・フーに船を壊されたのだ。

 

「全く、手ェ焼かせてくれやがって」

 

 長い金髪をガリガリと掻くと砂が絡まっている。フーズ・フーは溜息を吐いて煙草をくわえると、立ち上がって抵抗の兆しを見せるジェムを見る。

 ロビンもミキータもまだ意識はあるが、飛び六胞のフーズ・フーとは束になって戦っても勝てはしない。

 

「まだ抵抗すんのか? 大人しくニコ・ロビンを渡せば、殺さずにおいてやってもいいんだぜ?」

 

 嘲笑するように問いかけるフーズ・フー。

 力も速度も関係なく、幾本もの腕を生やすことで関節技を決められるロビンの能力は確かに強力ではあるが……元々の体格が倍近く違う上、ロビンは本気になったフーズ・フーの速度を捉えられない。

 照準は目でつけている以上、フーの速度を捉えられなければ能力も発動出来ず、生半可な抵抗など動物系の膂力の前では無意味だった。

 ここで諦めても仕方がない。

 相手は四皇の最高幹部〝大看板〟に次ぐ幹部だ。〝戦士(エインヘリヤル)〟でさえないジェムでは、多少の抵抗が関の山だ。

 だが。

 

「ふざけんな……!」

 

 ジェムはカナタに恩がある。

 父親は幼いころに死んだが、カナタはそこで見捨てることは無く残された親子が食いつなげるよう色々と手を尽くしてくれた。

 ジョルジュやスコッチにからかわれることもあったし、いつまで経っても覇気を覚えられないジェムを見かねてジュンシーが教えてくれることもあった。

 年下のリコリスやアイリスがあっという間に自分を追い越してエリートコースに乗った時は、いつか自分もと遅くまで自分を苛め抜いたこともある。

 最低限の実力はあると判断され、いくつか仕事をこなした後で今回の任務に就いた。

 ハチノスの生まれで情報が外部に漏れていないため、潜入任務にうってつけの人材だったこともある。それでも、ジェムは「お前に任せる」とカナタに言われた時は本当にうれしかったのだ。

 

「おれは、仲間を売ったりしねェ……!!」

 

 父親は──デイビットは、最後まで仲間を、カナタを守ろうとして死んだという。

 なら、その息子である自分が、その誇りに傷をつけるわけにはいかない。

 そう考えて、ジェムはギロリとフーズ・フーを睨みつける。

 

「絶対にだ!! 一昨日きやがれ、クソ野郎!!!」

「ハッ、吼えるじゃねェか」

 

 にやりと笑うフーズ・フー。

 

「だったら、守って見せるんだな」

 

 〝黄昏〟とロビンの間に何らかの関係があることは少なくとも分かった。これをネタに今後世界政府に揺さぶりをかけることも可能だろう。

 だがまぁ、それは失敗した時の話。

 この程度の相手なら失敗など万が一にもない。

 生かしておくつもりもない。手早く殺して、ロビンの身柄を確保する。

 〝大看板〟に成り上がるにはそれが一番の手土産だと、フーズ・フーは皮算用していた。

 




クロコダイル、右手で水分を吸収する時「ゴクン」って効果音ついてるんですけど吸い取った水分どこ行ってるんですかね…。
ちなみにルフィとクロコダイルの戦いはほぼ原作と同じ(二戦目と三戦目がほぼ連続であることと戦闘場所が変わらないことを除く)なので、描写は少なめになります。

次回は一応15日の予定です。


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第百六十七話:無駄な抵抗

 

 ブラックマリアはクモクモの実の古代種、〝ロサミガレ・グラウボゲリィ〟の能力者である。

 本人の努力で人獣型は上半身が人間で下半身が蜘蛛になっており、高い機動力と膂力が自慢だ。

 着ていた着物を脱いで上半身をさらけ出しており、胸元はサラシで隠しているものの、背中に彫られた〝女難〟の文字ははっきりと視える。

 

「〝花魁ナックル〟!!」

「〝二千枚瓦正拳〟!!」

 

 ブラックマリアとコアラの覇気を纏った拳が衝突して轟音を立てる。

 互いに無手での戦いを主としているが、基本的な膂力の差ゆえかコアラが劣勢であった。

 砂漠での戦いは立体的な機動を得意とするブラックマリアの強みを消しているが、コアラもまた周囲の水を制圧することを真髄とする魚人空手の威力が落ちている。

 ならばあとは互いの基礎的な身体能力によるが、これはカイドウをもしのぐ体躯と動物系(ゾオン)の能力者であるブラックマリアに軍配が上がっていた。

 

「くっ──!」

「中々やるわね。革命軍も侮れない……けれど、私に勝つなんて夢を見ない方が良いわ!」

 

 一面の砂漠に岩のような遮蔽物は無いが、砂丘による高低差はある。

 砂は固定されているわけでは無いので糸を付けてもすぐに取れてしまうが、コアラ自身に糸を付けるために逃げ場を減らすことは出来る。

 魚人空手の師範代として相応の実力を持つコアラでも、魚人空手の真髄を発揮できない場においては飛び六胞に勝てない。

 だが──今回は一人で戦っているわけでは無いのだ。

 

「だらああああああ!!!」

「!?」

 

 バスティーユが鮫切包丁を振り回し、ブラックマリアへと斬りかかる。

 ブラックマリアは背後からの奇襲を覇気を纏った片腕で防ぎ、もう片方の腕でバスティーユを殴り返した。

 鮫切包丁でブラックマリアの拳を受けたバスティーユは吹き飛ばされるも、空中でひらりと回転して着地し、コアラを包囲しようと展開していた蜘蛛の糸を飛ぶ斬撃で切り裂く。

 

「海軍……! 革命軍の味方をすると言うの!?」

「今だけだらァ!! 優先度の高さは重々承知してる!!!」

 

 アラバスタを守ろうとしている革命軍と、明らかに国土を荒らそうとしている百獣・ビッグマムの海賊同盟のどちらかならば当然敵対するのは後者だ。

 海兵として革命軍に思うところはあるが、それでも相手が飛び六胞や大看板、将星ともなれば選り好みなどしている場合ではない。

 海軍の戦力の大半は新世界にいるため、こちらの援軍はあまり期待出来ないのが現状だ。もう一人か二人中将が居ればとも思うが、海軍が秩序を守っているのは新世界だけではない。全戦力を傾けて秩序をおろそかにしては本末転倒も甚だしい。

 

「まだ動けるか、小娘!」

「まだまだ! でも、ちょっと危ないかも!」

 

 砂漠の空気は乾いていて全く湿度が無い。伝播する水が無いのでは、魚人空手の威力も下がろうというものだ。

 ブラックマリアは糸を切るバスティーユの方を先に始末するつもりなのか、真っ直ぐに糸を放って鮫切包丁に絡ませる。

 互いの力が僅かに拮抗して動きが止まり、コアラがその隙にブラックマリアへと近付くが……ブラックマリアはにやりと笑い、自身の周囲に糸を放つと、それに火を放った。

 彼女の糸は〝可燃性〟だ。

 

「〝炎上(あたた)マリア〟! 燃え移るものが無いのは残念だけど、そこで指をくわえて待っていることね!!」

 

 砂漠の真ん中では燃え移るものもないが、少なくとも足止めは可能だ。

 その隙にバスティーユを引っ張って戦闘不能にしてしまえば、コアラなどどうとでもなる。

 そう考え、バスティーユに繋がっている糸を強く握った瞬間──砂の上を奔る鉄砲水が流れて来た。

 

「な──!?」

 

 リコリスの手で生み出された溶解液の津波である。

 ブラックマリアがどれほど強かろうとも、これをまともに被れば皮膚の表面が爛れてしまう。花魁として、女としてそれは絶対に許容できないことだ。

 なので即座にバスティーユに繋がっている糸を離し、砂丘を駆け上がって回避する。

 

「掴まれ、小娘!」

「え、うん!」

 

 バスティーユは月歩で飛び上がると、炎に囲まれていたコアラに手を差し伸べた。

 コアラが手を掴んだのを確認して空へと駆け上がると、直後に溶解液の津波が炎を呑み込んで砂の上を流れていく。

 

「なんて危ねェ能力だ……〝黄昏〟の厄介さは海軍の想定を超えてるんじゃねェか……」

「……もしかして、今なら」

 

 溶解液が炎を呑み込んで消したが、その熱で溶解液も多少は蒸発しただろう。

 時間をかければ霧散してしまうだろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()。すぐ近くの砂丘に逃げたブラックマリアとの距離を考えれば、影響は決して少なくない。

 

「中将さん! 私をあの女の方へ投げて!!」

「何ィ!? だが──」

「良いから早く!! 間に合わなくなっちゃう!!!」

「ぐぬぬ……!! 革命軍に命令されるのは業腹だが、仕方ねェ……!! 行ってこい!!!」

 

 月歩で勢いを付けてバスティーユがコアラを投げつける。

 真っ直ぐブラックマリア目掛けて飛来するコアラは、深く息を吸って右腕に覇気を集中させた。

 それに気付いたブラックマリアは、地上で拳を構えてコアラを待ち受ける。

 

「へェ……逃げ場のない空中で私に突撃なんて、情熱的ね!! でもその覚悟に実力は伴うのかしら!?」

 

 二人の距離はあっという間に縮まり、互いに拳を振りかぶる。

 

「〝花魁ナックル〟!!!」

「〝唐草瓦正拳〟!!!」

 

 互いの武装硬化した拳が衝突してバリバリと音を立てる。

 しかし先程と違うのは、コアラの放った拳から衝撃が大気中の水分を伝播していること。

 ビリビリと肌で感じる衝撃が波のように押し寄せ、ブラックマリアの巨体を弾き飛ばした。

 

「え──きゃああああああ!!?」

 

 未だ押し寄せる溶解液の津波へ突き落すように弾き飛ばされたブラックマリア。

 コアラもそのままの勢いで溶解液の方へと落ちそうになっていたが……その直前、空中でバスティーユに回収された。

 

「あ、ありがとう……!」

「全く! 無茶するんじゃねェだらァ、小娘が!!」

 

 ブラックマリアは間一髪のところで反対側の砂丘へと逃げ延びており、かなり焦ったのか額には冷や汗が浮かんでいる。

 先程までの表情とは一転、鬼のような形相でコアラに殺意を向けていた。

 

「ふざけたことを……!! 生きて帰れるとは思わないことね!!」

「こっちだって、そう簡単にやられたりしない!!」

「上等!! 中将舐めてんじゃねェだらァ!!!」

 

 コアラとバスティーユは肩を並べて構え、ブラックマリアもまた怒りのままに襲い掛かる。

 

 

        ☆

 

 

 連続した爆音が響き、多くの砂を巻き上げる。

 ジェムは手に持ったリボルバーの拳銃に自身の吐息を吹き込むことで弾丸とし、フーズ・フーはそれを見聞色の覇気と剃による高速機動で回避していた。

 

「面白い武器持ってるみてェだが、当たらなきゃ意味ねェよなァ」

「クソ……!」

 

 相手は飛び六胞。油断など微塵も無いが、遊ばれている自覚はあった。

 フーズ・フーは短刀を抜き放つと、高速で振るってジェムへと攻撃する。

 

「〝刃銃(ハガン)〟!」

 

 いくつもの飛ぶ斬撃は正確にジェムを狙っていたが、ジェムも無策でそれを受けることは無い。

 ギリギリで回避しながらリボルバーの引き金を引き、何とかロビンが逃げる隙と時間を作ろうと奮闘していた。

 

「ハハハハハ!! 無様だなァおい!! まァ遊んでやってもいいがよ、カイドウさん直々の命令なんだ。さっさとくたばってくれるか?」

「そう簡単にくたばるか!」

 

 足元を爆発させて砂を巻き上げても、見聞色の覇気を相応に鍛えていれば視界の悪さなど意味は無い。

 だがそれでも、ジェムは何発か吐息の爆弾を打ち込んで砂を巻き上げる。

 フーズ・フーは鬱陶しそうに巻き上げられた砂を手で払いながら、呟く。

 

「時間の無駄だな、こりゃ」

 

 煙草を吐き捨て、フーズ・フーは砂煙の中で真っ直ぐ突っ込んでくるジェム目掛けて短刀を振るった。

 全身を武装色で固めたジェムは斬撃で身を切られながらも致命傷は避け、高速でフーズ・フーへと体当たりをかます。

 もちろんフーズ・フーがまともにそれを受けるはずも無いが──これは一対一の戦いではない。

 フーズ・フーの足をロビンが生やした腕が抑えつけ、一瞬ながらも動きを止めた。

 

「何ィ!? クソ、無駄なことを!」

「無駄かどうかはテメェの体で思い知れ!! 〝突進起爆(チャージ・ボム)〟!!!」

 

 ド派手な爆音が響き渡り、空気がビリビリと振動する。

 まともに受ければ木端微塵になってもおかしくないほどの衝撃が走り、砂丘の上で伏せていたミキータとロビンは痛そうに耳を抑えて爆発した場所を見る。

 巻き上げられた砂のせいで視界が悪く、何が起きているのかは分からないが……相手がいくら頑丈とは言え、あれを正面から受けて無事とも思えなかった。

 

「やった……の?」

「わからないわ……相手は飛び六胞。四皇の幹部の強さは、私たちの想像を超えているもの」

 

 とは言え、至近距離であんな爆発を受けて無事ならもはや打つ手はない。カナタに迷惑をかけることになるが、ジェムを死なせるよりは身柄を拘束された方がマシだろうとロビンは思っていた。

 カイドウとカナタの全面戦争ともなれば世界中に多大な影響を及ぼす。なるべくなら取りたい手段では無いが……。

 段々を砂煙が晴れていくのを見守っていると、勢いよく何かが飛んで来た。

 全身血塗れでボロボロのジェムである。

 

「ジェム!」

「いってェな、コノ……ふざけやがって……!!」

 

 砂煙の中を歩いて出て来たのは、人獣形態のフーズ・フーだった。

 ネコネコの実の古代種、〝サーベルタイガー〟の能力者である彼は肉体の耐久力もかなり高い。至近距離での爆発とは言え、咄嗟に武装色で防御したのもあったのだろう。

 服こそボロボロになっているが、動けないほどの大怪我では無いらしかった。

 散々痛めつけられたジェムはまともに動くことも出来ないらしく、なんとか立ち上がろうともがくばかりである。

 フーズ・フーは頭に血が上っているのか、ロビンを無視してジェムを殺そうとその首を掴んで持ち上げた。

 

「無駄な抵抗だったな。テメェはここで殺して、ニコ・ロビンは貰っていく」

「ゴホッ……連れて、行かせねェ……!」

「まともに動くことも出来ねェテメェに何が出来るってんだ、あァ!?」

 

 サーベルタイガーの爪によって殺傷力の上がった指銃がジェムの腹に突き刺さる。

 血を吐いて呻くジェムに多少は溜飲も下がったのか、これ以上邪魔される前に殺しておこうと血に濡れた指を再び構えた。

 心臓と喉を潰せば死ぬ。簡単な話だ。

 

「いけない! 〝六輪咲き(セイスフルール)〟!!」

 

 なんとか逃がせないかとフーズ・フーの体に腕を生やして動きを止めようとするロビンだが、基礎的な膂力が桁違いだ。

 生えてきた腕を鬱陶しそうに爪でひっかいてやれば、ロビンの肌に同じ傷が出来て血が流れる。

 ミキータも何とか気を逸らせないかと考えるが、彼女が動くよりも先にフーズ・フーの指がジェムの心臓を貫くだろう。

 

「死ね──!!」

 

 一切躊躇なく心臓目掛けて指を振るい、貫く──その直前に、フーズ・フーの腕を何者かが掴んで止めた。

 

「な……!!?」

 

 フーズ・フーの身長は三メートルを超えるが、人獣形態ではさらに大きい。その男はフーズ・フーより頭一つ分ほど小さいが、存在感と言う意味では遥かに上だった。

 浅黒い肌に筋骨隆々の肉体。オールバックに撫でつけた金色の髪。

 何より、その顔には見覚えがある。

 ここまで近付かれるまで気付かなかったのは、頭に血が上っていたせいか。

 

「なんでテメェがこんなところに居やがる──ダグラス・バレット!!」

 

 〝鬼の跡目〟ダグラス・バレット──大看板はおろか、カイドウやビッグマムに比肩しかねないほどの怪物である。

 

「おれがどこにいようが、テメェに関係あんのか?」

 

 ギロリと睨みつけたバレットは、フーズ・フーの腕を離してその顔面へと殴りかかった。

 フーズ・フーは咄嗟にジェムを離して両腕でガードを固めるも、バレットは即座に軌道を変えて腹部を打ち抜いた。

 

「カハッ……!」

「ぬるい野郎だ。この程度か、カスが」

 

 一瞬息がつまって動きが止まり、ガードが緩んだ瞬間に再び顔面目掛けてパンチを叩き込む。

 吹き飛ばされたフーズ・フーから視線を切ると、血塗れで倒れ伏したジェムへと目を向けた。

 傷だらけのジェムにはすぐに興味を無くしたのか、吹き飛ばしたフーズ・フーの方へとゆっくり足を向ける。

 その間にロビンとミキータはジェムを助け出して治療するため、港の方へと移動を始めていた。

 

「クソ……!! 聞いてねェぞ、あの野郎がいるなんて……!!」

 

 ダグラス・バレット──かつて〝海賊王〟ロジャー率いる海賊団の一員だった男。

 今では〝黄昏〟に所属すると判断されているために懸賞金は付いていないが、もし付けられるとすれば20億は固いと言われる。それほどの男が何をしに来たのか、フーズ・フーは身構えた。

 

「おい、テメェ。カイドウの部下だろう。あの野郎はここにいねェのか?」

「あァ? カイドウさんはこっちにゃ来てねェよ!」

「……チッ。あのアマ、フカシやがったな」

 

 派手な爆音が聞こえたものだから、気配が無くとも可能性はあると見に来たものの……いたのは飛び六胞とそれにやられかけている雑魚が一人に戦闘員とも思えない女が二人。

 期待外れにも程がある。

 カイドウが来ていると言うから期待していた以上、バレットが舌打ちをするのも仕方がない。

 

「仕方ねェ。雑魚と遊ぶのはおれの性分じゃねェが……多少は運動になるだろう」

 

 仮にも百獣海賊団の一員なら、多少は楽しめるだろうと視線を向ける。

 フーズ・フーは冷や汗を流し、背を向ければ一瞬でやられると本能的に悟る。

 バレットはカイドウとやり合った噂もあるほどだ。元ロジャー海賊団のクルーであることも含め、その実力に疑いは無い。

 それでも、逃げられない以上はやるしかないと構えた。

 

「やるしかねェか……!! 〝牙銃(ガガン)〟!!!」

 

 ガキンと牙の斬撃を飛ばすフーズ・フー。

 切れ味は折り紙付きで、並の武装色なら食い千切るほどの威力を誇るが──生憎、バレットの武装色は並では無かった。

 武装硬化のみで正面から受けたバレットに傷は無く、この程度かと再び舌打ちをする。

 

「本気でやってんのか? 遊んでるわけじゃねェだろうな?」

「こっちは本気だ! ふざけやがって、バケモノが……!!」

 

 嵐脚の乱れ撃ちも見聞色を使って軽く避けられ、何度〝牙銃〟をぶつけても傷が出来る様子は無い。

 じりじりと距離を取って、何とか逃げ切れると判断した瞬間に背を向け──その時には既に、バレットが間近に迫って拳を振り上げていた。

 

「テメェみたいなカスに期待したおれが馬鹿だった──失せろ」

 

 黒い雷を纏った拳を強く握り込み、バレットはフーズ・フーを殴り倒す。

 凄まじい音と共に砂を巻き上げる程の衝撃が走り、バレットは不快そうに服についた砂を払う。

 一撃で意識を持っていかれたフーズ・フーはそのまま倒れ伏し、バレットは不完全燃焼のまま辺りを見聞色で探り始めた。

 

「……もう少し楽しめそうなのがいるじゃねェか。カハハハハ」

 

 この国にはクロコダイルもいるとも聞いていた。

 だが、過去に引き分けた男とは言え今の落ちぶれたクロコダイルと戦おうとは思わなかったらしく、バレットはジャックやクラッカーのいる場所へと移動を始めた。

 

 



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第百六十八話:もう一度

 

 各々がバロックワークスのエージェントを倒した麦わらの一味は、王宮への道中で合流しつつ王宮から広場へ向かうビビと鉢合わせになった。

 

「ビビ! 無事だったか!!」

「後ろのおっさんたちは誰だ?」

「私のパパと国王軍の隊長のチャカとペルよ」

 

 詳しく紹介している暇は無いので、ビビはウソップの質問に対して簡素に答える。

 それを聞いて驚くサンジたち。

 あれこれと話している暇はない。広場を狙った砲撃の事を説明し、砲撃手を探さねばならないことを説明する。

 

「砲撃手!? つっても、ここを狙ってる上に直径5kmを吹き飛ばす砲弾だろ!? なら最低でも2.5㎞は離れてるわけで……」

「いいえ、恐らく砲撃手は広場の近くにいるわ」

「何ィ!? でもお前、そうなると──」

「……なるほど。()()()()()だってことね、クロコダイルは」

 

 巻き込むことを織り込んだ上で砲撃手を配置しているのだろう、とビビは考えているのだ。

 そしてそれは正しく、クロコダイルなら巻き込まれることは無いと砲撃手を騙していても決しておかしくは無い。

 早急に探さねば、国王軍は元より攻め込んできている反乱軍の大多数を巻き込んで砲弾が爆発してしまう。

 クロコダイルの仕業か、アルバーナの宮殿付近には塵旋風が吹き荒れている。視界が悪いこともあって捜索は困難を極めるだろう。

 

「なら急がねェとな」

「手分けして探しましょう!」

 

 空から探せるペルと国王軍を纏めて反乱軍を誘導するチャカ、イガラムはそれぞれ動き始め、ジュンシーとコブラはペアになって砲撃手を探すことになった。

 見聞色で気配を探せばとも思うが、砲弾に意思は無い。建物に誰かが残っていた場合、確定しない限りは時間のロスになる。残り時間はそう多くない以上、無駄足を踏まされることは避けたいところだ。

 麦わらの一味はそれぞればらけて砲撃手を探しに走る。ビビを一人にするわけにもいかないが、今はとにかく人手が欲しい。

 危険を承知で分かれて探すことにする。

 その際にバロックワークスの〝ビリオンズ〟が欲望丸出しで現れたが──大多数は既に〝黄昏〟の手によって駆逐されており、残っていたのは反乱軍と国王軍に潜り込んでいた極少数のみ。

 その程度の数で止められる者たちではなく、数秒もかからず全滅させられていた。

 

「クロコダイルめ、面倒なことをしてくれたものだ」

 

 全滅させたビリオンズを捨て置き、ジュンシーはコブラと共に宮殿前広場を見回す。

 直径5㎞を吹き飛ばす砲弾となれば、当然砲台もそれなりの大きさになる。狙いやすいようにどこかの建物の屋上に配置してあるはずと考えるも、上空を旋回するペルが見つけられていない。

 ロビンならばあるいは何か知っているかもしれないと、子電伝虫を取り出して電話を繋ぐ。

 手早く事情を話してみるも、ロビンは困った顔をして「わからない」と答えた。

 

『恐らく私にも知らせず用意していたのでしょうね。〝プルトン〟の情報を手に入れた後は、町ごと私を消すために』

 

 古代兵器〝プルトン〟の在処を知ればロビンは用済みだ。むしろその情報を他に流されないためにも、その場で口封じをしてしまった方が良い。

 クロコダイルなら確かにそう考えるだろうし、そのためにロビンを通さず準備をしている。

 

「ふむ……爆弾の処理ならジェムが最適だが」

『酷い怪我をしていて今は安静にしているわ。それに、ここからアルバーナまでそれなりに時間がかかるからどのみち無理よ』

 

 ボムボムの実の能力者であるジェムなら爆発を無効化出来るため、万が一の時は彼に処理をさせれば良かったが……そううまくはいかないらしい。

 なるべく高い建物。

 屋上ではなく屋内。

 巨大な砲台が隠せる広さ。

 広場を望める場所。

 一つ一つ要素を弾き出していくと、ジュンシーの視線はおのずと()()に向いた。

 

「……コブラ王、一つ尋ねたい」

「何か気付いたのか?」

「ああ。あの時計台、()()()()?」

 

 ジュンシーの言葉に目を見開き、コブラの視線は自然と時計台の方へと向く。

 見聞色で探れば気配は二つ──砲撃手はそこにいた。

 

 

        ☆

 

 

「クソ──〝ビスケットアーマー〟!!」

 

 リコリスと戦っていたクラッカーは、突如乱入してきたバレットに目を見開き、即座にジャックと共闘することを選択した。

 ビッグマムやカイドウと正面切って戦えるような男を前に、単独で挑むような愚策はしないという訳だ。

 鼻の長いケンタウロスを思わせる人獣形態のジャックにビスケットの鎧を着せ、自身はその横に立ってジャックと同じくらい巨大なビスケット兵を合計三体生み出す。

 一体は自身が纏ってジャックの横に並び、残り二体はその隣で剣と盾を構えている。

 

「カハハハハ!! 面白れェ使い方しやがる!!」

 

 一切躊躇なく拳を振るってビスケット兵の持つ盾を砕き、ジャックの振るう奇妙な形のショーテルを片手で防ぐ。

 動物(ゾオン)系の耐久力にクラッカーの兵装があれば早々押し負けることは無く、物珍しい戦い方にバレットも興味を持って見ていた。

 砕いても砕いても再生するビスケットは厄介だが、バレットからすれば殴れば砕けるものでしかない以上、再生したところでその上からジャックを叩き潰せば済む話である。

 それに加え、ショーテルを振るって凄まじい斬撃の嵐を生み出すジャックでもバレットの防御を貫けない。

 攻撃は通じず、防御は貫かれる。根本的な基礎戦闘力が桁違いだ。

 カイドウやリンリンを相手にした時のような感覚が肌を撫で、冷や汗を流すジャック。

 

「何だ、この覇気の強さ……!!」

「テメェが弱ェだけだろうが! 気合入れやがれ!!」

 

 クラッカーの鎧を砕いてなお止まらぬ拳がジャックの右頬に突き刺さり、バレットは倍の体格差をものともせずに大きく仰け反らせて吹き飛ばす。

 サボとの戦いでの疲労はあるだろうが、それを考慮しても明らかにバレットが圧倒している。

 ジャックが吹き飛ばされたことを受けて両隣にいたビスケット兵が連続してバレットに攻撃を仕掛けるが、バレットは焦ることなく攻撃を受け止めて即座に反撃していた。

 砕かれても再生するとは言え、再生速度に限界はある。バレットほどの相手に対しては壁としても然したる効果は無く、再生している間に本体までの距離を詰められてしまう。

 

「そこだな」

 

 三つの盾、三本の剣、築き上げた分厚いビスケットの鎧──その全てを粉砕し、バレットの拳がクラッカーを殴り飛ばす。

 黒い雷が走る拳を受けても何とか意識を保っているが、この一撃だけでかなりのダメージを受けていた。

 立ち上がったジャックと共に並び、苦々しい顔でバレットを睨みつけている。

 

「ママやカイドウが危険視するのもわかるぜ……イカレ野郎が、一体何の用でここに来やがった!!?」

「カナタの奴から聞いたのさ。ここにカイドウが来るってな──だが、カイドウの野郎はいねェ。仕方ねェからテメェらで我慢してんだろうが」

「カイドウさんの誘いにも乗らなかったと聞くテメェが、〝魔女〟に顎で使われてるのか?」

「あいつとおれは利害が一致してるだけだ。どっちが上でもねェ」

 

 バレットにとってカナタは当然超えるべき敵だが、同時に修行を積むにあたって一番便利な女でもあった。

 食料や酒、その他必要な物資は言えば手に入る。

 骨のありそうな海賊がいるかと訊ねればリストアップされて大まかな位置もわかる。

 何よりカナタ自身が現在のバレットの強さを正確に測るための試金石になる。

 バレットの強さがカナタを超えた時点でこの関係は崩壊するが、追いついたと思えばまた離され──かれこれ20年ほど続いている状態だ。

 この関係はカナタ一人いれば良く、リンリンもカイドウもバレットにとっては代わりになることのない倒すべき障害の一つだ。

 

「カイドウの野郎と戦うのを期待してたんだが……まァ構わねェ。機会はまたある」

 

 大看板に将星なら、カイドウに敵わずとも少しくらいは楽しめるだろうという考えもある。

 今のところは大したことのない連中と言う印象だが、四皇最高幹部まで昇りつめたのだから追い詰めてやれば骨があるところも見られるだろうと期待していた。

 

「カハハハ、かかって来いよ雑魚ども。おれに能力くらい使わせてみやがれ!!!」

「チッ……おい、ジャック。どうする?」

「ビビってんじゃねェ!! こっちはカイドウさんに任されてんだ、〝鬼の跡目〟だろうが何だろうが叩き潰す!!!」

 

 並の精神力では耐えきれない覇王色の覇気を直に浴びながら、ジャックは自身の覇気を練り上げて吼えた。クラッカーは嫌そうだが、退く気の無いジャックに合わせるように剣を構える。

 相手は四皇クラス。カイドウやカナタと正面切って戦うような怪物だ。

 それでも、自分たちの船長に任された以上はやり遂げる義務がある。

 

 

        ☆

 

 

 樽の中に入っていた水を全て飲み、腹部が水でタプタプになったルフィはクロコダイルをびしょびしょに濡らして攻撃を当てられるようになっていた。

 しかしその状態では動きが鈍くなり攻撃が避けにくい。

 人を馬鹿にしたようなフォルムにクロコダイルも額に青筋を浮かべているが、怒りで一瞬我を失った結果がずぶ濡れの今だ。

 だが、それも僅かな時間の事。

 アラバスタの乾燥した気温の高い気候であれば乾くのも早い。

 

「ふざけやがって……!!」

 

 腕をポンプのように上下させて水を撃ち出すルフィだが、クロコダイルの速度を捉えられずに外すばかり。

 元よりルフィに狙撃の才能は無い。銃や大砲すらまともに扱ったことのないルフィが、偶然とはいえ一発当てられたことの方が奇跡的だ。

 無駄打ちして焦るルフィに、クロコダイルは小規模な砂漠と化した宮殿の庭の砂を巻き上げる。

 

「〝砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)〟!!」

「うおっ!?」

 

 間一髪で躱し、鋭い切れ味の斬撃で近くの外壁が崩れた。

 その切れ味にゾッとしながら砂煙の中に消えたクロコダイルを探すが、クロコダイルはルフィに気付かれることなくその背後に現れる。

 ジュンシーやリコリスと違い、ルフィに見聞色は使えない。目くらまし一つで勝手に見失ってくれる相手は楽な方と言えた。

 

「随分舐めた真似してくれたじゃねェか。ええ、〝麦わら〟のルフィ!!」

 

 上から押さえつけるようにルフィの首を掴むクロコダイル。

 ルフィは反撃のために真上へと水を撃ち出すも、クロコダイルは僅かに身を捩って回避した。

 最初に当てた水も既に乾いており、ルフィの攻撃は意味をなさない。

 瞬く間に水分を吸い上げられてミイラになっていくルフィに、クロコダイルは吐き捨てるように告げた。

 

「余計な体力を使わせてくれやがって……あのジジイを始末しようって時に、くだらねェことしてくれたもんだ」

 

 立ち上がって宮殿を離れようと数歩歩き、クロコダイルはジュンシーに受けたダメージが相当なものであることを自覚して座り込んだ。

 老いたとは言え、四皇の幹部を名乗れる実力者であることに変わりはない。まともに受けたクロコダイルはダメージの回復に時間を要する。

 そこにルフィとの連戦だ。リコリスからこっち、実力者との戦いが多いせいで限界も近い。

 それでも、爆発で吹き飛ぶ前に離れようと立ち上がった瞬間──背後で何か、水が落ちてきたような音がした。

 

「……まさか」

 

 先程、ルフィは吐き出した水を()()()()()()()()

 クロコダイルに当たることなく飛んで行った水が、もし重力によってそのまま落下してきたとしたら。

 そんなはずは無いと思いながらも、ゴクンと何かを呑み込む音にゆっくり振り返る。

 

「っぷはァ!!! 危ねェ死ぬかと思った!!!」

「テメェ、まだ生きて──!?」

 

 ゼェハァと息切れしつつ、ルフィは再び立ち上がった。

 クロコダイルは何か得体の知れないものを見るような目で、信じられないものを見たような目でルフィを見ている。

 全身の水分を抜き取ってミイラにしたのだ。生きているはずが無い──そう思っても、現実としてルフィは再び立ち上がっている。

 腹の傷が開いて血が流れても、気にもかけずに拳を構え。

 未だなお、二度殺しかけたクロコダイルを打倒する気でいる。

 

「なんだ、一体……テメェは、一体何なんだ!?」

 

 串刺しにしても、干からびさせても立ち上がる。

 こんなやつは、これまで見たことが無い。

 クロコダイルの質問とも言えないような問いかけに、ルフィは気にすることなく答えた。

 

「おれは、〝海賊王〟に成る男だ!!!」

 



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第百六十九話:雨

 

「海賊王だと……!?」

 

 二度死にかけてなお立ち上がるルフィの放った言葉に、クロコダイルは嘲笑する。

 

「良いか小僧……この海を深く知れば知るほど、()()()()()()()()()()()はしねェもんだ」

 

 誰もが同じことを言う。

 ──この海のレベルを知ればそんなことを言えなくなる。

 ──賢いものほど軽はずみな発言はしない。

 ()()()()()()

 

「おれは……お前を超える男だ!!」

 

 謙遜など誰でも出来る。だが、この海で最も偉大な称号を手に入れると豪語出来るのは、果たして何人いるのか。

 誰かに許可を得て言うようなことではない。

 これは、己の信念を貫き通すための言葉なのだから。

 

「二度戦い! 二度に渡って死にかけたやつが!! もう一度戦ったからっておれに勝てるってのか!?」

「とれた……?」

「毒針さ」

 

 今度こそ完全に息の根を止めようと、クロコダイルは左手にある金色のフックを外し、中にある毒を染み込ませたフックを露にする。

 サソリの毒だ。これに触れれば今度こそ命は無い。

 海賊同士の戦いに卑怯などと言う言葉は無い。負けたほうが弱かったというだけの話。

 今のルフィには水もない。クロコダイルに攻撃を当てることは出来ず、惨めに死ぬだけだ。

 ルフィはそれを気にもかけず、クロコダイル目掛けて駆け出した。

 

「今度こそ完全に息の根を止めてやるよ、麦わらァ!!!」

 

 とびかかってきたルフィにフックで傷を付ければそれで終わりだ──そう考えてクロスカウンターの要領で攻撃を叩き込もうとして、()()()()()()に気付いた。

 気付くのが一瞬遅かったためにそのままルフィに殴り飛ばされ、地面を滑って止まるクロコダイル。

 

「……! まさか、テメェ……血で!?」

「血でも砂は固まるだろ」

 

 一度目の戦いでクロコダイルに付けられた腹部の傷が開いて血が滴っている。これも放っておいていい傷では無いが、今この場においてはクロコダイルに対抗するための手段として有用だった。

 相当体力を失っているはずだ。

 それでもルフィの目から光が消えない。

 まだクロコダイルを倒す気でいるのだ。

 再びルフィがクロコダイルに向かって駆け出し、その顔面目掛けて拳を振るおうとするも、クロコダイルは毒の滴るフックをちらつかせて不用意に踏み込ませまいとする。

 逆にクロコダイルが能動的にフックを当てに行けば確実に躱す。

 迂闊に踏み込めばやられるのは目に見えている。

 

「ハァ……ハァ…くそ、厄介だな!」

「ハァ……クハハハ、随分嫌そうだな。そりゃあそうだ、こいつを受けりゃあどんな人間でも死に至る……!」

 

 生物である以上、毒を受ければ死ぬ。

 使うことを卑怯とは言わないが、厄介であることに変わりはない。悪態の一つも吐きたくなるというものだ。

 殴りかかろうとした拳を無理矢理自分で止め、身を翻してクロコダイルのこめかみを掠めるように蹴りを入れる。

 毒針ばかりがクロコダイルの手段ではない。〝渇き〟を与える右手に、砂による攻撃……多岐に渡る手段は確実にルフィを追い詰めていた。

 

「諦めろ。テメェみてェなルーキーが首を突っ込むべきじゃ無かったのさ。下らねェ王女サマの戯言を信じちまったばっかりに、テメェはここで死ぬんだ」

 

 ビビ一人を見捨てれば余計な火の粉は降りかからなかった。

 海賊王になりたいと言うのならなおさらだ。この海は広く、旅は長い。こんなところで立ち止まって死にかける意味など無い。

 

「……お前はわかってねェ」

「何?」

 

 放っておけば自分の命を一番最初に投げ捨ててみんなを助けようとする。

 ビビを見捨てれば確かにルフィたちは安全にこの国を抜けられただろう。

 血を流し、疲労で足元をふらつかせながらもルフィはクロコダイルを睨みつけ、歯を食いしばる。

 

「死なせたくねェから、仲間だろうが!!!」

 

 ルフィは叫ぶと同時に走り出し、殴りかかる。

 クロコダイルはそれに合わせてカウンターで毒針を使い、ルフィに傷を付けてニヤリと笑う──その一瞬でルフィはクロコダイルの腕を掴んで地面に叩きつけ、サソリの毒を滴らせる毒針を圧し折った。

 そこを基点として、ルフィはひたすらにクロコダイルを殴り続ける。

 

「ゴムゴムのォ~~〝銃乱打(ガトリング)〟!!!!」

 

 王宮の壁にぶつかり、それでもなお殴り続けて壁を貫通して吹き飛ばす。

 サソリの毒は確かにルフィの体を蝕んでいるが、それだけでルフィの意志を折ることは出来ない。

 市街に吹き飛ばされたクロコダイルは民家の壁に強かに体を打ち付け、ルフィの渾身の連打を受けて血を吐き、膝をつくも……未だ倒れることは無く、意識をギリギリのところで保ったままルフィを睨みつけた。

 

「ルーキーが……おれを誰だと思ってやがる!!!」

 

 もはやお互い満身創痍の状態だ。

 次の攻撃で決着をつける──二人とも同じ考えの下、飛び出す。

 王宮の壁を掴んで勢いを付けて飛び出すルフィ。市街地の地面を砂に変えて刃を生み出すクロコダイル。

 

「ゴムゴムの──〝暴風雨(ストーム)〟!!!!」

「〝砂漠の(デザート)〟──〝金剛宝刀(ラ・スパーダ)〟!!!!」

 

 回転しながら横方向に突き進み、拳を連打するルフィ。

 最大まで研ぎ澄ました4本の砂の刃を放つクロコダイル。

 あらゆるものを切り裂いて来た砂の刃を前にしてもルフィは攻撃を止めることなく、互いの攻撃は真正面から衝突し──砂の刃はルフィの拳を切り裂くことなく霧散する。

 

「おおおおおおおおおおおおォォォォォォォォ!!!!」

 

 ルフィの拳がクロコダイルに突き刺さる。

 何度も何度も叩きつける拳はクロコダイルの体を吹き飛ばし、いくつもの民家を壊しながら宮殿前広場まで到達した。

 クロコダイルはこの攻撃を受けて立ち上がる気力は残っておらず、遂に倒れ伏した。

 

 ──勝者、モンキー・D・ルフィ。

 

 

        ☆

 

 

「この程度か。海賊同盟と言っても、幹部程度じゃァ話にならねェな」

 

 気絶したジャックの首を掴んで持ち上げていたバレットは、つまらなそうにジャックを放り投げて残った兵たちを見る。

 クラッカーも既に倒れている。古代種の能力者だけあってジャックはタフだったが、多少タフなだけでバレットに勝つことは出来ない。

 不満げに鼻を鳴らすバレットだが、文句を吐き捨てたところでどうなるわけでもない。

 ジャック達と戦っていた〝黄昏〟〝革命軍〟〝海軍〟の連合に目を向けるも、そちらに手を出すとカナタを完全に敵に回すことになる。

 元より倒すべき相手として想定しているので誰が敵になろうと知ったことでは無いが、今はまだ味方に置いておいた方が色々と楽が出来ると判断していた。

 奪えばいいだけではあるが、物資が不足するのは面倒なのだ。

 

「おい、雑魚ども! とっととこいつら連れて失せろ!」

 

 未だ戦闘を続ける二つの勢力に向けて覇王色の覇気を叩きつけ、強制的に自分の言葉を聞かせる。

 殺すよりも生かして帰した方がもう少し楽しめると考えたのだ。

 ジャックとクラッカーの二人が抑えられた時点で敗戦濃厚であったためか、同盟側はタマゴ男爵の下で既に撤退の準備を整えていた。バレットの言葉を聞くまでもなく、倒れた者たちを手早く回収するくらいには。

 

「助かったのは助かった、が……あいつらは出来ればここで斃しておきたかった……」

 

 バスティーユがぽつりと呟く。

 大看板と将星を一人ずつ落とせたとなれば、百獣海賊団及びビッグマム海賊団の戦力が激減する。

 戦っていたのはバスティーユでは無かったので何も言えないが、運が良ければ今後随分と楽になっていただろうと考えるのも仕方のないことだ。

 それだけ厄介な男たちだったのだから。

 

「……ふん」

「いやァ、獲物取られちまったな」

 

 ボロボロのリコリスとまだ余裕がある様子のサボ。

 リコリスはかなり不満げな顔をしているが、サボとしてはアラバスタに被害が出なくて良かったと安堵するばかりだった。

 彼が気にしているのはルフィの事である。きっと無茶をしているのだろうと思いながらも、言って聞くようなやつではないこともわかっている。

 生きていてくれればと願うばかりだ。

 百獣・ビッグマムの海賊同盟が撤退し、船が沖合に出ていくのを見届けると、バレットもまた港へと足を運ぶ。

 そこにサボが声をかけた。

 

「あ、おい。どこ行くんだ?」

「あァ? もうこの国に用はねェんだ。〝新世界〟に戻る。カナタの奴にもそう伝えておけ」

 

 カイドウがいるから足を運んだに過ぎず、いないのなら留まる理由も無い。

 この程度では疲労も大して感じていないのだろう。バレットは自身の保有する鯨型潜水艦〝カタパルト号〟に乗り込むと、あっという間に姿を消してしまった。

 

「……忙しない男ね」

「ダグラス・バレットか……カナタさんと同盟関係にある、って認識でいいのか? 外からだと関係性は良く分からねェが」

「私も詳しいことは知らないわ。本人に聞いたら?」

 

 バレットが食料や酒を求めれば提供し、近場で暴れている海賊が居ればその情報を渡す。それくらいの事はしていると知っているものの、リコリスは常駐する戦闘員なのでそちらの仕事には関わらないため詳しいことは分からない。

 同盟と呼べるほど深い関係でも無さそうだが、利害関係が一致しているだけで続くほど浅い関係なら20年近く続くとも思えず。

 四皇と正面から戦えるであろう男だ。下手に敵に回せば革命軍としても致命的になりかねないため、どうにか衝突は避けたいところだが……とサボは首を傾げて考えていた。

 まぁなるようにしかならない。

 割り切って〝カナタがいる間は味方〟と位置付けることにして、サボはコアラの下へと向かった。

 

「……こっちのゴタゴタは片付いたけれど、あっちはどうなったのかしらね」

 

 途中で放り投げる事にはなったが、クロコダイルは元々彼女が獲物として狙っていた相手だ。

 もしまだ生きているのなら始末に向かおうと、移動用の船を用意させるために歩き出す。

 

 

        ☆

 

 

 ぽつり、ぽつりと雨粒が大地を叩く。

 クロコダイルは倒れ、宮殿前広場を狙った砲撃はビビたちの手で食い止められ、紛争は緩やかに収束に向かう。

 その中で一人、いち早く意識を取り戻して移動していた者がいた。

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 海軍に捕まれば海底監獄インペルダウン行き。

 黄昏に捕まれば殺される。

 どちらも御免被る以上、いち早くこの地を逃げ出す必要があった。

 だが、逃げ出そうにも体に残るダメージは非常に大きい。這うように一歩ずつ進んでいると、目の前の通りに誰かが立っているのが見えた。

 見覚えのない相手だ。

 横を素通りしようとしたところで、その誰かが呼び止める。

 

「待て」

「……何、よう」

 

 反乱軍として参加していたと言えばここにいることを怪しまれる理由は無く、顔を合わせたことのない相手ならお節介で傷の手当てをすると言われても断ればいい。

 壁に手をつき、苦しそうにしているオカマ──Mr.2ボン・クレーは、振り返って男を見る。

 白髪にサングラスを掛けた老人だ。背中には何かの入ったカバンを背負っている。

 目を引いたのは顔よりもむしろ、その服にある〝黄昏〟のマークの方だった。

 

「アンタ……!」

「Mr.2ボン・クレーだな? マネマネの実の能力者──恨みは無いが、ここで消えて貰おう」

 

 Mr.2も素人ではない。

 サンジと戦って敗北し、既に体はボロボロだが……無抵抗でやられるつもりはないと構えた。

 だが。

 

「え」

 

 既に老人──ジュンシーは懐に入り込んでおり、ゆっくりとその胸部に拳をぶつける。視界の端には地面に置かれたカバンが見えた。

 触れるかどうかと言う程度の接触だ。当然ながらそんなものに痛みは無く、困惑しながらもMr.2はジュンシーに反撃しようと足を振り上げる。

 しなやかな脚で叩きつける蹴りはサンジでも相当なダメージを喰らうが、しかしジュンシーは僅かに身を捩って避けた。

 

「一体何を、ォ」

 

 ごぶり、と血を吐いた。

 外傷はないが、肉体の内側を破壊する強打を喰らったのだ。

 心臓は既に破壊されている。

 Mr.2は膝をつき、ジュンシーを睨みつけるが……しかし、それ以上の抵抗は出来ずに白目を向いて倒れた。

 地面を濡らす赤は雨で薄まって行き、ジュンシーは〝声〟の途絶えた()()を片付けるために片手で持ち上げる。

 

「……マネマネの実はこれで良いな。あとはMr.3ペアか」

 

 こちらは能力ではなく本人、それもなるべくならペアで捕らえて欲しいというリコリスの要望だ。

 面倒なので能力だけ回収したいところではあるが、将来有望な若者にへそを曲げられても困る。場所は先程砲台の場所を教えた際にウソップから聞いているので、Mr.3ペアを確保した後回収する部下を呼んでおけばいいだろうと判断し。

 地面に置いて濡れたカバンを肩にかけ、雨の中を濡れることも気にせず歩き出す。

 残ったバロックワークスのエージェントは部下が回収する手筈になっているが、海軍のメンツもある。数人は引き渡してインペルダウン行きか、とこれからの展望を考えていた。

 



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第百七十話:後始末

 

「ママハハハハ!! やるじゃねェか〝鷹の目〟ェ!! お前、ウチに入らないかい!? お前程の男なら大歓迎だ!!!」

「断る。おれはおれより弱い奴の下に付く気は無い」

「ほォ……言うじゃねェか! 誰がお前より弱いって!?」

 

 ガギン!! と凄まじい衝突音を響かせてリンリンとミホークの刀がぶつかる。

 海軍とビッグマム海賊団はこの数日間ずっと戦い続けている。海軍大将三人も動員されているとはいえ、リンリンと言う怪物を前に長期間戦い続けることは難しい。

 なので、ミホークを含めた四人でローテーションしながら足止めを続けていた。

 一方のリンリンは食事で一時的に退くことはあれどもほぼずっと最前線で戦い続けている。怪物級のスタミナと言わざるを得なかった。

 ミホークとてその気になればずっと戦い続けられるだろうが、そこまでやる気は無いので事前の協定に従って最低限の働きをしているに過ぎない。

 〝将星〟たちもいるのだ。ローテーションで大将も休息と戦いを続けているとは言え、互いにかなり疲弊していた。

 そこへ、龍の姿をしたカイドウが派手に吹き飛ばされて乱入してくる。

 

「フガッ!!」

「カイドウ! 何してんだいお前!!」

「うるせェなリンリン……カナタと戦ってんだ、見て分かんだろ!! あの女、人をピンポン玉みてェにポンポン蹴り飛ばしやがってよォ!!!」

 

 酒が入っているのか、カイドウは泣きながら人獣形態に変わる。

 大きな傷は無いが細かい傷は多く、血が滲んでいた。

 対するカナタは特に怪我らしい怪我もなく、数日間カイドウと戦い続けて多少疲れた顔をしている。

 

「大体よォ、なんで本気で戦わねェんだテメェ!! 舐めてんのか!!?」

「あくまでこれは時間稼ぎだからな。アラバスタの一件が終わるまでお前たちを足止め出来ればそれでいい」

 

 機動力を重視して行動したため、どちらも全戦力が集まっての戦争という訳ではない。

 本格的な戦争なら被害はより大きくなっているだろう。

 第一、とカナタは潮風で濡れて張り付いた前髪をかき上げながら言う。

 

「本気で戦っているつもりだ。お前が頑丈なだけだろう」

 

 全力ではないにしても、並の相手なら数日もカナタの相手など出来はしない。

 小競り合いこそ何度かあったが、ここまで大規模な衝突は久々だ。カイドウの実力も随分上がっているし、手の内を見せ過ぎるのも後々困るので地道に削っていたのだが……この程度では全く堪えた様子が無いのだから疲れた顔もしたくなる。

 首を落とせば事態は解決するが──百獣海賊団は四皇の一角だ。

 そのナワバリは広く、カイドウが落ちた後の海を安定させるのにまた時間がかかる。今回のような突発的な状況で落としてはシキの時の二の舞になるだけだ。

 

「嘘つくんじゃねェよ!! おれには分かるぜ……テメェ、まだ()()()()()()()だろ!?」

「……鼻の利く奴だ」

 

 バチバチと黒い雷がカナタの槍を中心に放射され、金棒を片手に近付いて来るカイドウを迎え撃つ。

 

「〝軍荼利龍盛軍(ぐんだりりゅうせいぐん)〟!!!」

 

 高速で金棒を叩きつけるカイドウの攻撃に対し、カナタはそれを確実に受け止めて防ぐ。

 互いの覇気が衝突する影響で足場となっている船がバキバキと軋みを上げて壊れており、近くにいた海兵たちが這う這うの体で逃げ出していた。

 戦っている二人はそんなことなど気にもかけず、至近距離で衝突する。

 

「〝降三世〟──〝引奈落(ラグならく)〟!!」

 

 筋肉が膨張して破壊力の上がった振り下ろしを受け止めきれないと判断したのか、カナタはその一撃を回避して完全に壊れた船から離れる。

 真っ二つに圧し折られた軍艦が沈みゆく中、海を凍らせて足場を作って足を止めた。

 リンリンがカナタ目掛けて斬りかかろうとしていたが、ミホークに止められたらしく、衝突音がカナタの耳にも届いていた。

 カイドウはカナタを追って氷の大地に着地し、そのまま両手で金棒を構える。

 

「〝砲雷八卦〟!!!」

「おっと」

 

 雷鳴の如く振り抜かれる高速の打撃を僅かに身を捩って回避し、回避と同時に振り抜いた槍で斬撃を放つ。

 覇気と硬質な鱗に覆われたカイドウの肉体を切り裂き、浅い傷から血が流れた。

 だが浅い。致命傷には程遠いかすり傷だ。

 

「面倒だな」

 

 強靭な肉体。高い武力。恐れ知らずの最強生物。

 無尽蔵のスタミナも相まってカナタもかなり手こずる強さだ。この成長速度は脅威と言わざるを得ず、放っておけば秩序を乱す存在になることは間違いない。

 この数日戦ったことでカイドウの成長速度はおおむね理解できた。決めるならカイドウが耐えて覇気がより洗練されるよりも先に潰しきる必要がある。

 その上で、カナタは決めた。

 

「……殺すか」

 

 カイドウを落としても同盟相手のリンリンさえ生きていれば〝新世界〟の海も大きく荒れはしない。リンリンを頭に海賊同盟はビッグマム海賊団として再構成されるだろう。

 なし崩し的に海軍を巻き込めば、ナワバリを端から抑えつつ一か所に集めた百獣・ビッグマムの海賊同盟全戦力を潰しきることも可能だ。

 トップであるリンリンとカイドウ以外は然したる脅威ではない。

 少なくとも、カナタにとっては。

 スッと目を細め、槍を覆う覇気が更に密度を増していく。放射状に広がっていた黒い雷が、今度は逆に圧縮されるように集まっていく。

 見た事の無い挙動に気付いたカイドウは口元に笑みを浮かべ、カナタの攻撃を受けて立つとばかりに覇気を漲らせる。

 

「ウォロロロロ……!! やっとやる気になったか、カナタァ!!!」

「お前を生かしておくと後々面倒そうなのでな。ここでその首を置いていけ」

「やらねェよ。おれがテメェを倒すんだからな!!」

 

 互いの覇王色が衝突して大気が軋んでいく。

 この場で戦えば海軍とビッグマム海賊団の両方に被害が行くだろうが、そんなことなど露ほども気にしない。

 一瞬の静寂が辺りを包み、二人が衝突する──その瞬間。

 

「カイドウさん!!」

「ママ、大変だ!!」

 

 キングとペロスペローの二人がそれぞれ船長の二人に近付いていく。

 危険な状況だとわかってはいるだろうが、それでも情報を伝えないわけにはいかないからだ。

 

「どうした、キング。今じゃなきゃあダメか」

「ああ。ジャックが失敗した。ニコ・ロビンは捕まえられなかったそうだ!」

「何ィ? ジャックが負けるようなやつが〝楽園〟に居たってのか!? それとも出し抜かれたか!?」

 

 意識はカナタの方に集中しながらも、キングの言葉に驚きを隠せないカイドウ。

 大看板に若くして成り上がったジャックの強さはカイドウも認めている。そのジャックが失敗した以上、何かしらの予想外が起きたのだと想像するのも難くない。

 

「ダグラス・バレットだ!! あの合体野郎がうちの連中を軒並み倒していったらしい!!」

「バレットだァ……!? まさか、テメェ」

 

 バレットとて他人に従うような男ではない。だが、カナタならばどうにかして従わせている可能性もある。

 そう思ってカナタに問いかけた。

 

「お前が〝楽園(あっち)〟に行ったと教えたら喜んで行ってくれたよ。随分好かれているな」

 

 まぁ実際はこんなものなのだが。

 ともあれ、カイドウとリンリンの策は失敗した。これ以上の戦いはどの勢力にとっても益にならない。

 カイドウとリンリンは渋々武器を納め、撤収するようにキングとペロスペローに伝えていた。損切りは早い方が良い。

 個人的な決着をつけるのは後でも出来るが、組織に疲弊を強いているのは理解していた。

 

「……次はテメェを倒してやる。首洗って待ってやがれ」

「精々強くなることだ。次に会ったときもその調子なら、待ちくたびれてその首を落としてしまうかもしれないからな」

 

 カナタの言葉に鼻を鳴らし、カイドウはキングを伴って空を移動していく。

 リンリンはゼウスに乗り、ペロスペローはリンリンの肩に乗って自分たちの船へと戻っていった。

 

 

        ☆

 

 

 カイドウ達を見送ると、カナタは近付いて来た千代の船に乗り込む。海軍も撤収の準備を始めているころだろう。カナタ達も手早く〝ハチノス〟へ帰投しようと指示を出していくと、船の奥から軍服姿の千代が出て来た。

 

「お疲れじゃのう。言われた通り時間稼ぎに徹したが、殲滅じゃなくて良かったのか?」

「構わん。金獅子海賊団の時の荒れ具合を思えば、勢力一つ潰すためには準備が必要だと思っていただけだ」

 

 それも最終的には自分の手で反故にしようとしていたが。

 手渡されたコップに入った水をグイッと一息に飲み干し、千代に返す。

 疲れはあるが、まずは食事だ。二人は食堂に向かって歩きつつ、情報共有をする。

 

「ティーチの馬鹿が居れば色々と楽だったんじゃがなー。どこ行ったんじゃろうな、あいつ」

「あいつは放っておいていい。休暇が終われば勝手に帰ってくるだろう。私の意図を汲める程度には頭が回る男だ、探す必要もない」

「そんなもんかのう?」

「それより、ジュンシーから報告はあったか?」

「ああ、それなら電伝虫を繋いでおくようにさっき伝えておいたわい。食事の準備してる間に聞くか?」

「頼む」

 

 船の食堂はごった返していたが、カナタが来ると自然と誰もが道を空けて奥の部屋への道が出来た。

 カナタは先にそこへ入って食事を持ってくるように言い、出ていくコックと入れ違いになるように千代が入ってきた。

 手には電伝虫が二つある。

 テーブルの上に並べた千代は両方の受話器をカナタの方に向けてテーブルに置いた。

 

「片方はジュンシー、もう片方はバレットじゃ」

『おいカナタ! テメェ、よくもフカシやがったな!!』

「そう怒るなバレット。開戦当初はカイドウの姿が見えなかったのでな、念には念を入れただけだ」

『チッ……今からそっちに行く。首洗って待ってやがれ』

「ああ、いい酒でも用意して待っているとも」

 

 言いたいことだけ言ったバレットはそれで通話を切った。

 カナタは肩をすくめると、ジュンシーと繋がっている電伝虫の方へ向き直る。

 

「そちらはどうだった?」

『マネマネの実は確保した。リコリスが駄々をこねたのでMr.3ペア……ギャルディーノとマリアンヌの二人は捕縛している』

「……まぁマネマネさえ確保出来ていれば問題は無い。クロコダイルはどうした?」

『〝麦わら〟の小僧が倒した。儂とリコリスである程度ダメージは蓄積していただろうが、倒しきったのは間違いなくあの小僧の力だな』

「フフフ、そうか」

『上機嫌だな』

「そう聴こえるか? フフ……おっと、それ以外の戦果は?」

『Mr.4ペアは殺害した。Mr.1ペアは海軍が先に捕縛していたようだ。クロコダイルは聴衆の面前にいたのでこちらで連れ出すことは出来ていない。海軍が連れて行くだろう。ジェムは大怪我で安静中だ』

「ジェムは生きているんだな?」

『ああ。致命傷ではない』

「ならいい……あとはロビンたちか」

 

 アラバスタへ向かったジャック達がバレットに敗北して撤退した以上、ロビンたちは無事なのだろうが……海軍はまだアラバスタにいる。

 面倒事になる前に離れていればいいのだが、とカナタは呟いた。

 

『あの子ならビビ王女と取引をして〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を見せて貰うと言っていた』

「何がどうなってそんなことに……いや、いい。その辺りは後で聞こう。それより」

『わかっている。〝写し〟だな』

「お前にしか頼めない。苦労を掛ける」

『呵々、構わんとも。委細承知した、吉報を待つがいい』

 

 それを最後に、通話は切れた。

 受話器を置くと、会話を聞いていた千代が質問をする。

 

「良かったのか? 友人の国なんじゃろ?」

「友人の国だからこそ、だ」

 

 古代兵器に名を連ねるものがこの海のどこかにあることは間違いない以上、クロコダイルの求めた物も実在はしている。

 知らなければどうにも出来ないが、知っていれば対処は可能なのだ。

 後々コブラに了承を取って〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の写しを手に入れるつもりだったが、手間が省けたと思っておくべきだろう。のちに誰かが探しても手に入れられないように処置を行えばいい。

 手元に置いてもいいが……実際に手に入れてから考えるべきことだ。

 そう話していると、部屋の扉を誰かがノックした。

 

「閣下、お食事をお持ちしました」

「おう、来たか。もう腹ペコじゃ!」

「何であなたまで居るんですか、千代!」

 

 カナタの対面に座って一緒に食事を取る気満々の千代に怒るラグネル。

 もののついでだから食事しつつ報告を、という事で三人で食事を取ることになった。

 食堂も一斉に利用するものだから時間がかかっているらしく、今回の食事はラグネルが作ったらしい。

 

「まァそうじゃろうなとは思っておったわ。デカいからのう!」

 

 明らかにカナタや千代が食べるには大きすぎるサイズだった。

 

 

        ☆

 

 

 一方、アラバスタではバスティーユがセンゴクへ報告を上げていた。

 

「──以上が今回の顛末です」

『ご苦労だった、バスティーユ中将。あとはそこにいる海賊たちか……』

「未だ脱出したとは考えにくいので、恐らくまだアラバスタ国内にいるはずですが……沿岸を探しても船が見つからず」

『網を張っておけばいずれかかる。今はクロコダイルの件が優先だ』

 

 海軍が捕縛できたのは三名。クロコダイル、Mr.1ことダズ・ボーネス、ミス・ダブルフィンガーことザラ。

 残りのBWのメンバーは見つけられなかったため、逃げたのだろうと海軍は考えていた。

 一番重要なクロコダイルは捕縛出来たため、余り良いことでは無いが許容範囲として済ませるつもりであった。〝新世界〟での百獣・ビッグマムの海賊同盟との衝突の影響もあり、手が足りていないのが現状である。

 

「それと……革命軍もアラバスタにいました。会話を聞く限り、〝黄昏〟と何らかの繋がりがあるかと」

『ああ……まァそうだろうな。可能性は十分にあった』

「放置していても良いんで?」

『どうしようもない。現状で〝黄昏〟を敵に回すのはデメリットが大きすぎる』

 

 疲れたような声でセンゴクが言う。

 色々と言及したいことは多いのだが、〝黄昏〟が力を持ちすぎている今では下手に言い含めることも難しい。世界会議(レヴェリー)で各国に影響力を持つ海賊など彼女くらいのものだ。

 

『クロコダイルの件だが、近くバスティーユ中将に勲章が授与されることになるだろう』

「勲章、ですか?」

『クロコダイル討伐は海軍中将のお手柄、という事にしておきたいらしい。階級は流石に上げられんが、報奨金が出るぞ』

「はあ……」

 

 政府上層部の思惑だろう。

 実際に討ち取ったのはルフィで、それまでの間に〝黄昏〟も関わっているが、国の危機を救ったのが海賊では外聞が悪いという事らしい。

 バスティーユとて思うところはあるが、政府に逆らっても良いことなど一つもない。()()()大人しく受け取っておくべきだろう。

 

「……報奨金は受け取れねェんで、寄付にでもしてください」

『いいのか?』

「海賊の手柄で報奨金貰うなんて、海兵としてのプライドが許さねェもんで」

『ハッハッハ、海兵の鑑だな。そういう事なら手配しておこう』

 

 クロコダイルたちは近くの支部に移送したのち、護送船で海底監獄インペルダウンまで連行される。

 海楼石の手錠はしてあるが、油断のできる相手ではない。部下たちには気を付けるよう言い含めておかねば、とバスティーユは気合を入れた。

 後は今捜索させている人工降雨船だが……こちらはヒナやスモーカーたち大佐組が指揮を執っている。そう遠からず見つかるだろう。

 

「海賊たちの事も含め、数日中にカタが付くと思います。アラバスタの件に関する報告はまたその時に」

『ああ。〝新世界〟の方も何とか抑え込めた……ニコ・ロビンはやはり見つからないか?』

「〝黄昏〟の船員と共に戦場に一瞬現れたのを目撃している海兵はいるんですが、その後の行方までは……」

『あの女なら、我々の動きを察知していち早く島を出ている可能性は高いか……護衛の二人もいたようだが、そちらも行方は分からんのだろう?』

「ええ……すいません」

『構わん。だが、ここに来て〝黄昏〟か……』

 

 オハラの件もある。秘密裏に繋がっていることはわかっていたが、少々動きが派手になってきているように思えた。

 革命軍、オハラの生き残り、古代兵器……無視するには少々厄介な繋がりだ。

 何かの前触れでなければ良いのだが、とセンゴクは溜息を吐きたい気持ちを抑え、労いの言葉をかけた後に通話を切った。

 

 

        ☆

 

 

「おや、クロコダイルさんは失敗したのですね」

『お前、知っていたのか?』

「依頼を受けたものですから、色々とご用意しました。銀、武器、それ以外にもあれこれと」

『……何故報告しなかった』

「顧客の情報を横流しするなどとんでもない! わたくしは商人ですから、信用を重視しておりますわ」

 

 何食わぬ顔でそう言うのは、ピンク色の髪の女性──アルファ・マラプトノカだ。

 優雅にコーヒーなど飲みながら、誰かと通話している。その隣ではマーティンが暇そうに新聞を読んでいる。

 

「それで、今回はどのようなご用件でしょう? 奴隷500名なら既に納入しましたが」

『そちらは既に確認している。金も払っただろう』

「あんな安い金額では奴隷狩りなど流行らないのも理解出来ますけれどね。そろそろ諦めたらどうです?」

 

 経済が低迷すれば仕事が無くなり悪行に走る者は増えるが、経済が回り仕事が増えればまっとうに働く者が増えるのもまた道理。

 大海賊時代によって多くの商会が倒れ、多くの島で経済が低迷したが、〝黄昏〟の手によって経済を立て直した島も多い。

 普通の人間の値段などたかが知れており、珍しい種族は相応に捕縛が難しい。普通に働いた方が金になるとわかれば誰もやらなくなるものだ。

 そのしわ寄せがマラプトノカの方へ行っているのだが。

 

『奴隷の需要は常にある。わかっているハズだぞ』

「ええ、ええ。存じておりますとも」

 

 奴隷の需要が無くなることは無い。少なくとも、天竜人がいるうちは。

 マラプトノカもそれは理解しているし、だからこそ商売として成り立っていることもわかっている。金にならないからやりたがらないだけだ。

 

「そろそろ本題を聞きましょう。今度は何がご入用ですか? 武器ですか? 悪魔の実ですか? それとも珍しい奴隷ですか?」

『────だ』

 

 話を聞いた瞬間、マラプトノカが眉を顰める。

 

「……それ、本気で言ってらっしゃいます?」

『私が冗談を言う様に見えるのか?』

「……そうですね。冗談であれば良かったのですが」

 

 思わず漏れ出た溜息と共に悪態の一つでも吐きたくなったが、言うだけ無駄なので口をつぐんだ。

 金払いだけは良い相手だ。面倒な仕事ではあるが、奴隷以外の商品は高値で買い取ってくれる。カイドウやリンリンと同じくらいには優良顧客だった。

 その後いくつか条件の話し合いをしたのち、通話を切ってコーヒーを一気飲みする。

 

「面倒な仕事のようだな」

「面倒と言う他にありません」

「では数人ほど連れて来なければな。おれ一人では戦力が足りないだろう」

「そうしましょう」

 

 子供のマーティンではルーキーにも押し負ける始末だ。出来れば数人ほど戦力を拡充してからことに臨むべきだとマラプトノカは判断していた。

 

「しかし、()()とはまた。随分とおかしなものが世の中にはあるものですねえ」

 

 



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第百七十一話:仲間の印

 

 コツン、コツンと隠し階段を下りる。

 ここはアルバーナ王宮の西──王家の墓とも呼ばれる葬祭殿の地下。

 ビビとコブラが先導し、ロビンとペドロ、ゼポの三人が続く。

 事前に約束していた通り、三人にアラバスタにある〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を見せるためだ。

 国は未だ混乱の中にあるが、ひとまず争いは終わり……海軍の監視がある中でロビンたちが脱出するため、なるべく早く見せて貰おうとしたのである。

 

「ひとつ、約束をして欲しい」

「約束?」

「ああ。私はこの先にある〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟に何が書かれているかは知らん。だが、それを悪用することだけは決してしないで欲しい」

「……」

「アラバスタ王家は代々、この先にある〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を守ることを義務付けられてきた」

()()、ね……」

 

 コブラの言葉にロビンが目を細める。

 過去から紡がれてきた文献とはただ守るだけでは意味が無い。それを伝えていかねば、途絶えたも同然だ。

 そういう意味ではコブラは守れてなどいなかったのだが──ここに〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読めるロビンが現れたのだから、きっと意味はあったのだろう。

 

「確約は出来ないわ。私たちの目的は〝空白の100年〟を解き明かすことだけど……解き明かした結果として、何が起こるかまでは想像しきれないもの」

「……そうか」

「おれたちも出来る限り悪い結果にならないよう努力はしよう。どうかそれで納得して欲しい」

「……うむ。どうあれ、アラバスタの防衛に一役買ってくれたのも事実。君たちを信用しよう」

 

 葬祭殿の奥の扉を開け、中に鎮座する〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を見る。

 何を以てしても破壊出来ない硬質なテキスト。過去から未来へと残された碑文。

 これまでこの石が積み重ねた歴史を感じるように表面をなぞり、ロビンはその文字を読み始めた。

 

「──神の名を持つ古代兵器〝プルトン〟……その在処」

「〝プルトン〟……!! やはりこの国にあったのか!?」

「いいえ……これは所在を表す石よ。この碑文が書かれた時から場所が変わっていなければの話だけど、〝プルトン〟はそこにある──少なくとも、この島ではないわ」

「……そうか」

 

 クロコダイルはプルトンを必死に探していたが、この島には無い。

 無駄な労力……という訳ではないにしろ、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を見つけただけでは意味が無かったわけだ。

 もっとも、ロビンもまた欲しい情報が得られたわけでは無かった。

 ロビンが欲しがっているのは〝歴史を記した碑文〟である。決して古代兵器を呼び起こすために〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を探しているわけではない。

 ため息を吐きたい気持ちになるが、それを抑え、手帳に簡単なメモを書く。外れではあったが、こうして記録を残しておくことには意味がある。

 

「ありがとう。この国での私たちの目的は達成したわ。海軍もこの島を包囲しているみたいだし、私たちは早めに島を出ることにするわね」

「そう……私は、最初は貴女が敵だと思っていたけど……助けてくれて、ありがとう」

「どういたしまして。私たちも海賊みたいなものだから、王族がそう易々と頭を下げるものではないわよ」

 

 深く頭を下げて礼を言うビビに、ロビンは背を向けながら言う。

 これで手掛かりの一つは無くなった。次はどこに探しに行くべきか──葬祭殿を出て空を見上げながら、深く息を吐く。

 

「数年がかりで手に入れた情報がこれじゃ、脱力もしたくなるわね……」

「そう言うな。元より〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟は求めなけりゃァ見つかることのない石だ。地道に行こうぜ。なァ相棒」

「……」

「相棒?」

「ん、いや。済まない。そうだな、地道に探すべきだろう」

 

 ゼポの問いかけに、きょろきょろと周りを見渡していたペドロがハッとしたように答えた。

 何かを探していたようなそぶりに「忘れ物でもしたか」とゼポが言うが、ペドロは首を横に振る。

 どこかから見られているような気配がして、見聞色で探っていたのだが……特に目立つような気配はなかった。

 

「……多分、気のせいだろう」

 

 気配を探っても何も感じられなかった以上、ペドロはそう言うしか無かった。

 

 

        ☆

 

 

 その二日後の夜のこと。

 ロビンが届けた解毒薬によってサソリの毒を解毒し、チョッパーとビビの懸命な看護の甲斐あってルフィが目を覚ました。

 起きた直後騒がしい男で、静かに行う予定だった晩餐会も宴会に早変わりし、その後の風呂ではコブラ王とイガラム共々女湯を覗いてナミの〝幸せパンチ〟*1で迎撃されていた。

 風呂に入ってさっぱりし、もう寝るだけになった夜更けの部屋の中。

 

「今夜!? もうアラバスタを出るのか!?」

 

 ナミの提言を聞き、ルフィが驚いた顔をする。

 

「ま、おれも妥当だと思うぜ。もう長居する理由もねェしな」

「そうだな。海軍の動きも気になる。包囲されちまったら逃げられねェ」

「……よし! じゃああと一回、アラバスタ料理食ったら出よう!!」

「今すぐ出るんだよアホ!!」

 

 周りの面々にゴンゴンゴンと頭を殴られ、ルフィは渋々出る事を承諾する。こんな扱いだが船長である。

 帰り支度をし始めた直後、王宮に勤める兵士の一人が電伝虫を持ってきた。

 サボからの連絡である。

 

『ようルフィ! 目ェ覚ましたみたいだな!』

「サボ~~!! おれはもう元気いっぱいだぞ!!」

『ハハハ! お前が無事で嬉しいぜ!』

 

 それはそれとして、サボは手短に連絡を入れた事情を説明する。

 海軍が沿岸を軍艦で包囲している事。

 ルフィたちの船、ゴーイング・メリー号にサボがいる事。

 脱出の手伝いをする事。

 至れり尽くせりの提案にサンジが思わず「大丈夫なのかそりゃ」と口を挟むほどだ。

 

「ありがてェ話ではあるが、そっちだって追われてる身だろ?」

『心配してくれてんのか。ありがたいが、おれ達は大丈夫だ』

 

 革命軍のNo.2であるサボは、七武海の一角を落としたルフィよりも優先度が上に行くくらい海軍に狙われている。サンジの心配ももっともではあるが、現在の海軍の戦力の大部分は〝新世界〟にいる。

 アラバスタに現在駐留している中将は一人、それ以外は多くが大佐以下だ。

 数の多さは厄介だが、この程度で捕まるようなら参謀総長になどなれはしない。

 

『出発はいつだ?』

「今から行く!」

『そうか! じゃあ待ってるぜ、ルフィ!』

 

 集合場所はサンドラ河上流だ。

 移動に時間がかかるが、ビビが超カルガモ部隊を使っていいと言うので時間短縮は可能だろう。

 いそいそと荷造りをしている中、ビビが迷いを抱えたまま顔を上げた。

 

「ねェ……私、どうしたらいい……?」

 

 〝ルネス〟からここに至るまで、大変ではあるが楽しい旅路だった。

 海賊として生きるのも良いだろう。だが、ビビはアラバスタ王国の王女である。

 アラバスタの事も嫌いではなく、これからまだ混乱が続くことを思えば国を離れがたいと考えるのも当然だ。

 

「いい、ビビ。猶予をあげる」

 

 これからサンドラ川上流でサボと合流したのち、明日12時に一度だけ〝東の港〟に船を寄せる。それが最後のチャンスだとナミは言った。

 これはビビが決めるべきことだ。ルフィが無理に勧誘したとて、自身の意思で決めなければ今後に差し障る。

 

「来るなら歓迎するわ。海賊だけどね」

「海賊は楽しいぞ! 一緒に来いビビ! 今すぐ来い!」

「明日まで待つっつってんだろ」

「ぐあ……!」

 

 サンジに脳天直撃のかかと落としを喰らい、ルフィは不満げな顔をしながら荷物を背負う。

 窓からロープを垂らして垂直に降りた後王宮を抜け出す面々を見送り、ビビは一人宵闇に消えたルフィたちを思う。

 行ってもいい。行かなくてもいい。どちらを選択しても、きっと後悔は残るだろう。

 どちらも選ぶことは出来ない──なら、彼女が選ぶべきは。

 

 

        ☆

 

 

 アルバーナから砂漠を超カルガモ部隊に乗って渡り、サンドラ川上流に停泊するゴーイング・メリー号の下で止まる。

 そこには、サボとコアラ、それに包帯でグルグル巻きにされているジェムと無傷のミキータの姿があった。

 ここまで送ってくれた超カルガモ部隊に礼を言って帰し、ルフィたちはサボに向き直る。

 

「サボ!! そっちも無事だったんだな!」

「ああ。お前、クロコダイルを倒したんだって? 本当にやっちまうとは、我が弟ながら鼻が高いぜ」

「ししし。言っただろ、おれは強くなったんだ!!」

 

 兄弟二人が話している横では、ジェムとゾロたちが再会の挨拶を交わしていた。

 

「無事で何よりだ」

「そっちもな。酷ェ傷みてェだが、動いて大丈夫なのか?」

「まァ死にやしねェ。それより、おれは〝黄昏〟の意向を伝えるために来たんだ」

 

 〝黄昏〟はルフィたちの援護には動かない。傘下でもない一海賊を助ける理由は無く、要らぬ疑念は海軍との関係性に悪影響が出る。

 だが、海軍が数十隻の軍艦を使って海岸線を包囲していることは伝えてもいい、と言われていた。

 アラバスタでクロコダイル及びバロックワークスを打ち倒したルフィたちへの、せめてもの礼らしい。

 ある程度必要な食料と酒は既に積み込んであるとジェムは言う。

 

「食料と酒か。そりゃありがてェな」

「おれ達から出来るのはこれくらいだ。無事にアラバスタから出た後で()()()確認しておいてくれ」

「お前らは一緒に来ねェのか?」

「バカ言え、おれは〝黄昏〟の一員だ。任務が終われば帰るだけだよ」

「ミキータちゃ~~ん!! おれ達と一緒に海賊やろうぜ!!」

「キャハハ、生憎だけど〝黄昏〟に就職が決まったの。海賊なんて不安定な生き方はもう御免よ」

 

 ミキータにフラれたサンジは残念そうにしているが、言っていることはもっともなので反論は出来なかった。

 ジェムも勧誘を断り、任務が終わって久々に帰れるのだと笑う。

 荷物をメリー号に積み込み、準備を整えた。後は船を出すだけだ。

 岸辺に残ったジェムとミキータが手を振り、離れていくルフィたちに別れを告げる。

 

「元気でやれよ、麦わら!」

「キャハハ! またどこかで会えると良いわね!」

「おう、じゃあな!!」

 

 見えなくなるまで手を振り返すルフィたち。短い間だったが、共に旅をした友人だ。

 そうして二人の姿が見えなくなると、ルフィはサボの方を改めて見た。

 

「サボは一緒に来ねェのか?」

「おれは革命軍に属してるからな。海賊は無理だ」

「なんだ、そうか」

「それより、ここから先の話をしよう」

 

 サンドラ河の河口付近にも海軍は網を張っている。これを潜り抜けて脱出するのが一番の関門になるわけだが、河口を抜けた後真っ直ぐ外海に出るべきだというサボの意見にルフィは首を横に振る。

 仲間を、迎えに行くためだ。

 

「仲間が待ってるんだ」

「東の港に12時……約束があるの。必ずそこに行かなきゃ」

「約束……そうか。それは仕方ねェな」

 

 ならばもう仕方がない。

 正面から突破して包囲を抜ける他に方法は無いだろう。

 とは言え、相手は海軍中将を含む軍艦30隻以上。河口近くで海軍を見張っているコアラと合流したとしても、抑えきるのは難しい。

 だが、弟のためならば否は無い。

 

「下流で仲間のコアラが待ってる。おれはそっちの船に乗って海軍の軍艦にひと当てするから、お前らはその間に向かえ」

「いいのか?」

「ルフィのためだ。兄貴としてはちょっとくらい無茶してやらねェとな」

「おれは強くなったんだ! サボの後ろに付いて回るばっかりじゃねェぞ!!」

「そう怒るなよルフィ。何十隻もの軍艦相手に大立ち回りなんて、おれだって普通はやらねェんだ」

 

 無茶であることは百も承知で、無理を通そうと言うのだ。

 サボは笑い、「心配すんな!」とルフィの頭を撫でる。

 

「おれは強ェからな。今はまだ、おれが守る」

 

 

        ☆

 

 

 サンドラ河下流でコアラと合流したサボは、ルフィたちを狙う軍艦との間に船を着け、足止めのために乗り込んでは舵輪を壊して次の船に乗り移るという荒業を行っていた。

 海兵は多いが、この方法なら全ての海兵と戦わずとも無力化出来る。

 ただしその分、サボへの負担はすさまじいものになるのだが。

 

「〝ホワイトブロー〟!!」

「〝袷羽織(あわせばおり)〟!!」

 

 スモーカーとヒナの二人がサボを捕えようと能力を使うも、サボの速度を捉えきれない。

 加えて武装色を纏えば自然系であろうと地力の差で押し切れる。

 

「どけ、スモーカー大佐!」

「! 中将か!!」

「革命軍のサボ!! 何故貴様が海賊を捕えるのを邪魔するだらァ!!」

「おれは差別はしねェが、あいつは弟なんでね! よろしく頼むよ!!」

「弟だァ!?」

 

 革命軍と海軍は政府に逆らうか恭順するかの違いはあれど、海賊に対する行動は同じだと考えていた。

 だが、サボはあろうことかルフィを弟だと発言し、海軍の手から逃がそうとしている。

 バスティーユは鮫包丁を振るってサボの鉄パイプと鍔迫り合いになる。

 

「誰の弟だろうと、海賊は海賊だらァ! 逃がしはせん!!」

「悪い奴じゃねェ。アンタらの誰もが出し抜かれてたクロコダイルを倒したのもあいつだからな。礼の一つも……ってのは言い過ぎか」

 

 ほぼ追い込んだのは〝黄昏〟だ。最後の最後に倒したのがルフィだっただけに過ぎない。

 まぁそれでもルフィの手柄が消えるわけでは無いのだけど。

 行く先々で騒ぎを起こしはするだろうが、きっと悪いことはしない。サボはルフィに対してそういう確信があった。

 兄としての勘である。

 一度離れてバスティーユの振るう鮫包丁を片手で受け止め、互いに動きを止めるバスティーユとサボ。

 

「悪いな。先の戦いじゃコアラが世話になったみてェだけど、おれも退けねェ理由がある」

 

 〝竜の鉤爪〟。

 強烈な握力と武装色の覇気を使い、バスティーユの仮面ごと顔面を攻撃して大きく吹き飛ばした。

 この場にいる海兵たちの中でトップであるバスティーユがやられたことで、周りの海兵たちの腰が引けている。

 今のうちに舵輪を壊して船を飛び降り、近くに来ていたコアラの操作する船に乗る。

 

「ふう、取り敢えず何隻かは止めたが……全部は止めきれないか」

「当たり前だよ!? 一体何隻いると思ってるの!! 全く……ルフィ君の事になると周りが見えなくなるんだから」

「悪いな、コアラ」

 

 打ち込んでくる大砲はサボが迎撃し、何とか離脱する。このまま逃げてもいいが、ひとまずルフィたちが無事に逃げたことを確認したいとサボが我儘を言うので東の港付近にまで船を回すことにした。

 海軍の船はまだまだ多い。止めきれなかった船がルフィたちを追っている事だろう。

 もう一仕事、とサボは気合を入れなおした。

 

 

        ☆

 

 

 東の港、〝タマリスク〟──。

 町中から電伝虫と拡声器を使ってビビの立志式のスピーチが聞こえてくる。

 スピーチをしている声が聞こえるという事は、つまりこの場にいないという事。

 いつまでも待っているわけにはいかず、「降りて探そう」と言うルフィに諦めろと宥めるサンジ。

 海軍の船は未だ追ってきている。サボが止めてくれた数を考えても、相当数が配備されているらしい。

 

「まずいぞ! 海軍が追ってきた!!」

「まだいるのか!? 船出すぞ! 面舵だ!!」

「…………」

 

 諦めきれないように船尾から港を見るルフィを尻目に、誰もが船を出そうと帆を張り舵を取る。

 その時だった。

 

「みんなァ!!!」

 

 港に、ビビとカルーの姿があった。

 顔いっぱいに喜色を浮かべ、ルフィが「すぐに船を戻せ!!」と声を上げる。

 麦わらの一味は誰もがビビの選択に歓喜し、戻ろうとするが──。

 ビビは、覚悟を決めた顔で声を張り上げた。

 

「お別れを!! 言いに来たの!!!」

「──今、なんて……!?」

 

 船は海岸から離れつつある。海風もある以上、声が届きにくいこともあるだろう。

 だが、それとは違う理由でルフィは問い直した。

 ビビはカルーに乗せた受話器を取り、町中に備えられた拡声器を利用してルフィたちに声を届ける。

 

「私……一緒には行けません! 今まで本当にありがとう!! 冒険はまだしたいけど、私はやっぱり──この国を、愛してるから!!!」

 

 ──だから、行けない。

 ビビは目に涙を浮かべ、それでも声を張り上げた。

 

「私は……私は──ここに残るけど!! いつかまた会えたら、仲間と呼んでくれますか!!?」

 

 別れはつらく、悲しい。

 自分は共にいけないけれど、それでも仲間と呼んでくれるのか……そう問いかけるビビに、ルフィはすかさず返答しようとしてナミに口を閉じられる。

 近くまで海軍が迫っている。ここで返答すれば、ビビに海賊の嫌疑が掛けられるだろう。

 

「このまま黙って立ち去りましょう。海軍に私たちとビビの関係を気付かれるわけにはいかない」

 

 ルフィは納得できなくてもするしかないため、口を真一文字に閉じ、麦わらの一味は全員ビビに背を向ける。

 返答は出来ない。

 だから──ルフィたちは、全員が左腕に描かれたバツ印を視えるように掲げた。

 

 ──要は判別出来りゃいいんだろ。なら簡単だ。

 ──腕にバツ印を描いて包帯を巻く。仲間の合図はこの包帯を解いて()()()()()()

 ──これから何が起こっても、それが仲間の証だ。

 

 言葉にせずとも良い。これで必要なことは全て伝わる。

 涙を流すビビとカルーの事を振り返らず、ルフィたちは前に進む。

 

「出航~~!!!」

 

 その先に、新たな冒険が待っているのだから。

 

*1




アラバスタ編は残り一話となります。
その次に幕間数話ほど世界情勢を書いて次章に入る予定です。


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第百七十二話:密航者

諸事情により10月は更新をお休みします。
次回は11/7(何とかなれば10/31)の予定です。


 

 ルフィたちが海軍と一戦やり合いながら東の港を経由して逃走していた頃。

 

「あら、どこに行っていたの?」

「野暮用だ。それより準備は出来たか?」

「まだよ。積荷と人員の整理があるらしいわ」

 

 港町である〝ナノハナ〟にて、ジュンシーとリコリスがそのような会話をしていた。

 アルバーナに用事があるジュンシーだったが、そのことは誰にも言わずに「少し出て来る」とだけ告げていなくなっていたため、リコリスたちも待ちぼうけをくらっていたのだ。

 彼女たちを迎えに来た船ではあるが、商船なので積荷の積み下ろしもある。復興の手伝いとして人手の貸し出しもおこなっているため、それなりに時間がかかっている。

 ジュンシーは「そうか」と簡素に答え、手荷物を割り当てられた部屋に置きに行く。

 それを見送ると、リコリスはすぐそばで海楼石の手錠を付けた二人──Mr.3ことギャルディーノと、ミス・ゴールデンウィークことマリアンヌに視線を移す。

 その目の前には二人が数日かけて生み出した作品が並べられていた。

 

「……ふうん……へえ……」

 

 自らを造形美術家、写実画家と名乗るギャルディーノとマリアンヌの実力を見るため、作品を作るようリコリスが指示していたのだ。

 リコリスは作品に触ることなく、作品の置かれた机の周りをぐるぐると回って眺める。

 手指の感覚が薄いので作品を壊さないようにとの配慮である。

 たっぷり何分も眺め、作品の出来を品評するリコリス。その後ろでは危機感の薄いマリアンヌが明後日の方向を見ており、ギャルディーノはこれでダメなら命が無いと顔色が悪くなっていた。

 

「……うん。良いわ。これなら文句なしよ」

「と、と言うことは!?」

「ええ、雇ってあげます。定期的に作ってくれればいいけど、本当にいい作品を生み出すなら製作期間は設けないわ」

「あ、ありがたいガネ!!」

 

 首の皮一枚つながった事実に安堵し、ペコペコと頭を下げるギャルディーノ。

 一方のリコリスは良い拾い物をしたと思いつつも、今後の事を考えていた。

 

「給金も必要よね。でも〝黄昏〟としてじゃなくて私が個人的に雇うわけだし……」

 

 月々の固定給に作品を作った際の歩合給も含めて、どのくらいの金額がいいのか。詳しいことは後でジョルジュあたりにでも相談すればいいだろうと判断する。

 ひとまず今回の作品はリコリスが買い取ると言う。

 

「それは……構いませんが、如何ほどで……?」

「500万ベリーくらいでいいかしら」

 

 渾身の一作ではあったが、そこまでの金額で買い取ってもらえるとは思っていなかったギャルディーノは唖然とした顔をしていた。

 

 

        ☆

 

 

 アラバスタから離れ、海軍の軍艦から逃げきったルフィたち。

 一行は船を動かし、一路次の島へと船を進めていた。

 

「もう追ってこねぇな、海軍の奴ら」

「ん-」

「んー……」

「突き放したんだろ!?」

「ん-……」

「ん-……」

「あのな……」

 

 ゾロの言葉に残る五人は気の無い返事をしていた。

 ビビと別れ、海軍から逃げきったところで緊張の糸が切れたらしい。

 船室の前の欄干の下でうつぶせになってめそめそと泣きながら「さみしー……」と零していた。

 

「めそめそすんな!! そんなに別れるのが嫌なら無理矢理にでも連れてくりゃ良かったんだ」

 

 ため息を零すゾロに五人は信じられないものを見る目をし、口々に罵る。

 

「うわあ野蛮人……」

「最低……」

「マリモ……」

「三刀流……」

「待てルフィ、三刀流は悪口じゃねェぞ」

「四刀流……」

「増えてどうすんだよ!?」

「分かったよ……好きなだけ泣いてろ」

 

 これは駄目だと察し、ゾロももはや呆れ顔である。

 ひとまず針路は間違っていないようだし、シケでも来れば嫌でもきちんと働くだろうと考えて切り替えることにした。

 

「あら、無事に島を出られたのね」

「あァ、まァな……ん?」

 

 背後から聞こえた声に返事をした後で、聞き覚えの無い声だと気付いて振り返る。

 ルフィたちがいる欄干の下、船室から出て来たのは──誰あろう、アラバスタで色々と世話になったロビンとペドロ、ゼポの三人であった。

 ここに来るまで誰も気付かなかったことに驚き、そもそも密航していることに全員が絶句する。

 

「なんでおめーらがここに……!?」

 

 レインベースからアルバーナに向かう折、移動手段を確保してくれたこともあって全員がロビンの顔を知っている。

 バロックワークスの裏切り者で〝黄昏〟と繋がっている謎の女……と言う印象ではあったが、ナミの服を着てラフに過ごしている彼女を見ているとミステリアスな雰囲気も特に感じられない。

 ペドロとゼポは短い間とは言え一緒に旅をした間柄なので今更であろう。

 

「ずっと下にいたの。ジェムとサボには話しておいたから、貴方達には黙っててもらったのよ」

「なんだ、サボの知り合いなのか?」

「いいえ、さっき初めて顔を合わせたわ」

 

 だが、革命軍はずっとロビンの行方を追っていた。

 過去に世界政府の手によって滅ぼされた〝オハラ〟の生き残りである。同志足り得る可能性もあり、実際に勧誘もされた。ロビンたちの事は最重要な機密なのでカナタはドラゴンにも話していない。

 まぁここにいるということは当然ながら断ったという事なのだが。

 ロビンにとって〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を追うこと以上に大事なことはない。革命になど興味は無かった。

 

「海軍に全域を封鎖されていたから、おれ達も島を出られず困っていた。四皇の襲撃を警戒して配備された軍艦の数は30を超えていたし、その全てが少数のおれ達に向けられてはどうにもならなかっただろう」

「〝黄昏〟は立場上手出しは出来ないし、革命軍もおれ達との繋がりがあると思われれば四皇からの攻撃の対象になり得る。邪魔はしたくなかったんでな」

 

 サボがルフィを守りたい理由があったのは幸いだった。

 百獣海賊団、ビッグマム海賊団、海軍の三者から身を隠しつつ島を出るには、この方法が一番だったのだと語る。

 

「船は仕方がないから置いて来たんだ。しばらくこの船においてはくれないか」

「なんだ、そらしょうがねェな。いいぞ」

「まァ世話になったしな」

 

 特に反対意見もなく、ロビンたちが船に乗ることを了承する一同。

 気になったのは〝黄昏〟に助けを求めなかったことくらいだが……上層部はともかく、一般の従業員程度ではロビンとカナタのつながりなど知るはずもない。下手な干渉は〝黄昏〟の立場を危ぶめるだけだと遠慮したらしい。

 ともあれ、何が出来るかは知っておきたいというウソップの言葉に三人がそれぞれ改めて自己紹介をする。

 

「ニコ・ロビンよ。私は考古学者なの。よろしくね」

「ペドロ。戦闘員だ」

「ゼポだ。コック兼航海士兼船医兼船大工だ」

「一人だけ役割多くねェか!?」

 

 ロビンとペドロの二人に比べてゼポの負担が大きいことにウソップがツッコミを入れる。

 ゼポは手先が器用なので自然と色々な役割を任せることになっていたのだと言う。流石に本職には及ばないようだが。

 

「しかし、考古学者か」

「そういう家系なの。8歳で考古学者になって、その直後にとある事件があって賞金首に。それからは政府から身を隠すように生きてきたわ」

「へェ……大変だったのね」

「悲劇ではあったけれど、一人では無かったから」

 

 もし、一人だけ生き延びていたら──きっと、ロビンは今のようにはなっていなかっただろう。

 苦笑するロビンを尻目にウソップが続けて質問をする。

 

「何か得意なこととかあるか?」

「得意なこと……そうね、裏で動くのは得意よ。お役に立てると思うわ」

「裏で動く……と言うと」

「暗殺とか誘拐」

「ルフィ!! この女やっぱり危険じゃねェか!!?」

 

 ガターン! と椅子を倒してひっくり返ったウソップが声を上げてルフィを見ると、既にロビンの能力で生えた腕にチョッパーともどもおちょくられていた。

 ウソップの方など見てもいない。

 

「何やっとんじゃおめェら!!」

「まァ落ち着きなさいよウソップ……でも、一人じゃ無かったって、二人とはその時からの付き合いなの?」

「いいえ、彼らは……ううん。どうかしら。話して大丈夫だと思う?」

「短い付き合いだが、あガラらは信用出来ると思うぞ」

「相棒がこう言ってるし、おれも話すのは賛成だ。あガラらは話してて気持ちのいい奴らだしな」

「そう、じゃあそうしましょう」

「?」

 

 ナミの言葉に三人はこそこそと内緒話をしたかと思えば、気を取り直して身の上話を続ける。

 

「私は〝黄昏〟の世話になっていたの。ペドロとゼポは8年くらい前にカナタさんの紹介で一緒に海に出て、今も〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を探しているの」

「これ、機密だから他の奴らに話すのは止めてくれよ」

 

 ロビンが話した後でゼポが付け足す。

 政府に追われているロビンたちが元は七武海の〝黄昏〟出身となると、色々面倒事が起きる。なるべくなら黙っておいてくれ、と言うことだ。

 知らない方が良かった事実にナミは頭が痛そうにする。

 

「そんなこと聞かせないで欲しかったわね……」

「そう言えば、しばらく世話になるからと思って宝石を幾らか持ってきたのだけど」

「絶対誰にも話さないから安心していいわよ!!」

 

 高速の変わり身に横で話を聞いていたゾロとウソップが思わず脱力する。

 テーブルに置かれた宝石は既にナミの手に渡っており、もう返すつもりはないのが明白だった。

 途中でサンジがおやつを持ってきたので一同はそれをパクつきつつ、穏やかに海を進む。

 ロビンの能力で遊ぶルフィにウソップとチョッパーが大笑いし、サンジとゾロが額を突きつけて些細な喧嘩をし、ナミが記録指針(ログポース)を見ながら針路を確認する。

 この騒がしさは、これまでの旅では無かったものだ。

 

「……騒がしいというのも、悪くはないわね」

「そうだな。三人だけでは寂しかったところだ」

 

 おやつの時間を過ぎ、船の進路を調整しながら進んでいるとルフィが声を上げる。

 

「なー、次の島はどんなところなんだ? 雪降るのか?」

「あんたまだ雪見たいの? 行ってみなきゃわかんないわよ」

「アラバスタからの記録(ログ)を辿ると……確か、次は〝秋島〟よ」

「秋かァ! 秋も好きだなァ」

 

 アラバスタを出たばかりではあるが、早々に次の冒険に心を躍らせるルフィ。

 海ばかりの景色では飽きるものだから、「早く次の島に着かないかなァ」と笑う。

 その時だった。

 

「ん……? なんだ、雨か?」

 

 パラパラと何かが降ってくる。晴れているが天気雨かと空を見上げる。

 小粒の何かが顔に当たり、感触から雨ではないと判断して。

 

「雨じゃねェな。あられか?」

「いや、あられでもねェ」

「何か降ってく──え?」

 

 空を見上げる一同の視界には。

 ボロボロの船が太陽を遮り、空から落下して海面に叩きつけられる瞬間が映っていた。

 




次章予告!
「次の島は──空の上!?
 青い空! 白い海! 突き上げる海流(ノックアップストリーム)に乗って吹き飛ばされた先にあったのは空に浮かぶ雲の海!
 黄金郷があると言われる自然に呑まれた島。
 そこを根城にする謎の部族。
 更には神の代弁者を名乗る不審者。
 吹雪と雷の止まない島に考古学者たちの聖地なんてところも!? この島一体どうなってるのよ~~!!

 次章! 黄金失墜樹海スカイピア/猛き雷鳴

 黄金は私たちの物よっ!!」


次章予告その2
「神、信仰、国土……語られぬ歴史、遠くて近い空。果たされることの無かった約束を果たすため、今も足掻き続けている者たち。
 国土を巡る和解の道は遠く、全てを消し去る悪意が忍び寄る。
 鎖された歴史を紡ぐべく駆け回る考古学者。
 かつて神と呼ばれた種族の模倣者。
 生命を冒涜する、理解の外側を行く女狐。
 国土と信仰を巡る騒乱の果てに、島の歌声が鳴り響く。

 次章、黄金失墜樹海スカイピア/猛き雷鳴

 〝閻魔〟──抜刀」


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幕間 ワノ国/マリージョア

活動報告にオリキャラの年齢と身長載せてますので興味がある方はそちらをどうぞ


 

 ガン、ガンと熱した鉄を打つ音が響く。

 赤銅色の髪に白髪交じりの、老境に差し掛かった壮年の男は鋭い眼差しで鉄を睨む。

 やがて形を整えられた鉄は水で冷やされ、男の満足する出来になったのか一つ頷いて丁寧に研ぎあげていく。

 そこへ、一人の男がやってきた。

 

「邪魔するど」

「……何の用だ?」

 

 壮年の男の倍以上と言う体格の良さ。桜色の頭髪は長く、その一部は頭頂部で髷を作っていた。

 男が入るにはこの工房は狭いため、入り口で屈んで中を覗き込んでいる。

 かつて光月おでんに仕えた男の一人、アシュラ童子である。

 

「武器の研ぎを頼みに来た。それと、新しい刀があれば欲しい」

「そうかい。その辺に置いとけ、こっちが終わったら手入れしてやるよ。新しいのはそっちだ……って、入れねェんだったな」

 

 刀工の男は首の裏をかきながら立ち上がり、近日打った刀を纏めてアシュラ童子に渡す。アシュラ童子はかなりの大柄なので小さな工房には入れないのだ。

 アシュラ童子は一本一本鞘から抜いて刃を確認すると、満足げに笑って納めた。

 

「相変わらず良い出来だど」

「世辞は良い。対価は持って来てんだろうな」

「当たり前だ。おいどんはオロチとは違う」

 

 アシュラ童子は背嚢(はいのう)からいくらか金品を取り出すと入口に置き、刀工の男はそれを確認する。

 最後に安全な食料品を積み上げると、刀工の男は眉根を顰めてアシュラ童子を見た。

 今やワノ国で安全な食料はオロチの膝元以外では手に入らない。どうやって手に入れた、と問いたいのだろう。

 

「外とのやり取りが出来るのはオロチだけじゃないど。前にも言ったが、おいどんには伝手がある」

 

 ちらりと懐に入れた電伝虫を見せると、刀工の男は「なるほどねェ」と納得した。

 ワノ国は周りを断崖絶壁と嵐に覆われた孤島だが、出入りが出来ないわけではない。港は百獣海賊団に、内部はオロチの手先によって監視されているものの、その気になれば監視を潜り抜けて侵入することも可能である。

 基本的に難しいのが常であるため、滅多に出入りはしないが……つい先日、カイドウ率いる百獣海賊団はそのほとんどを連れて外海に出ている。

 監視の目が限りなく薄くなったので、アシュラ童子は外の味方──即ち黄昏の海賊団と連絡を取って物資を補充していた。

 

「例の()()()()()()()って連中か。海賊なんだろ? 信用出来るのか」

「今更だど。信用出来ねェならとうに斬ってる」

「そりゃそうか……整備は少し時間がかかる。少し待ってな」

「ああ」

 

 アシュラ童子は自分の分身とも言える刀を預け、工房を後にする。

 刀工の男が住んでいるこの村、もとい村だった場所は、かつては〝網笠村〟と呼ばれた場所である。

 二年近く前、村を襲った飢饉によって一人、また一人と倒れていき、遂には誰も生き残らなかった非業の地だ。

 ワノ国全土で不作の年だったということもあるが、その年は年に一度の祭りである〝火祭り〟にビッグマム海賊団が参加し、当初の想定以上に食料の減りが早かったこともあるのだろう。

 子供だけは生かそうと苦心していたようだが、幼い子供さえ骨と皮だけになるほど瘦せ細って倒れていた。

 刀工の男は場所を転々としながらオロチから身を隠しており、網笠村の者たちが全滅して程なく村に辿り着き、村の全員を弔っていた。

 アシュラ童子もまた、この地を訪れるたびに弔った墓所を訪れては供養代わりに供え物をしていた。

 

「…………」

 

 おでんがカイドウに敗れ、全てが崩れ落ちてから18年。

 長い年月だ。トキの遺言通り20年後にモモの助と錦えもんたちが戻ってくるという保証もない。

 倒れた同心は多く、道半ばで心折られた同心もいる。

 それでもアシュラ童子がこうして今でもオロチやカイドウを打倒するために動いているのは、憎しみや恨みからではない。

 まだ、希望が残っているからだ。

 

「ここにいたのか」

 

 どれほどの時間そうしていたのか、アシュラ童子はわからない。

 死んでいった者たちに祈り、墓所の前で座り込んでいたアシュラ童子の隣に刀工の男が並んで座る。

 

子供(ガキ)が死んでいく国は良い国じゃねェ。お前にこの国、変えられんのか?」

「変えて見せる。おいどん一人じゃなく、同心たちと一緒に」

 

 男の問いにアシュラ童子は即答した。

 

「以前連れて来た姫様がそうだってのか?」

「ああ」

 

 一年ほど前のことだ。

 百獣海賊団と黄昏の海賊団の小規模な衝突で監視の目が緩んだ際、小紫は一度だけワノ国に戻ってきた。

 理由は一つ──刀工の男の下に預けられた光月おでんの形見である〝閻魔〟を、日和に渡すというおでんの遺言に従うためだ。

 〝天羽々斬〟と〝閻魔〟──共に大業物21工に位列される刀であり、モモの助と日和にそれぞれ残された遺品でもある。

 〝閻魔〟は並の使い手に扱える刀ではなく、下手をすれば使った者の覇気を吸い尽くして干からびさせるほどの刀だ。ワノ国においてはおでんを除いて制御できたものはいないとされるほどに。

 

「日和様の力は円熟期に達しつつあると、師であるカナタ殿が判断したんだど。実際に見りゃァわかる。あの強さは、往年のおでん様にも引けを取らねェ」

「……おれは侍じゃねェ。強さに関しちゃ分からねェが、お前程の男がそう言うんならそうなんだろうな」

 

 ──17年も待たせてしまいました。

 ──今日から私が、この刀を以て〝光月おでん〟の意志を引き継ぎます。

 ──兄上たちが戻ってきても来なくても、3年後……父が亡くなって20年の節目に、必ずワノ国を取り戻します。

 ──力を貸してくれますか、アシュラ童子。

 

「守るべき姫様に、そこまで言わせたことを恥じるべきだとも思うが……おいどんは嬉しかった。光月おでんという偉大な男の意志は、まだ絶えちゃいねェ!」

 

 本来ならば、日和は戦いなど無縁に生きるべきだったのだ。

 将軍の娘として蝶よ花よと育てられ、年頃になれば縁談が舞い込んで頭を悩ませる……そういう未来も、きっとあったはずだ。

 ワノ国の外に出ても、戦いはイゾウや河松、アシュラ童子たち家臣に任せて自身は戦わないという選択も出来た。

 それでも武器を持って戦うことを選んだのは、紛れもなく彼女の意志である。

 

「その日のために、おいどんたちは準備を整えなきゃならねェど」

「そうかい。なら、(オレ)も気合入れねェとな」

 

 まだその日は遠いとしても、ゴールがあるのなら耐えられる。

 アシュラ童子は決意を新たにし、再びワノ国で静かに動くために動き出した。

 

 

        ☆

 

 

 聖地マリージョア。

 百獣海賊団及びビッグマム海賊団の海賊同盟を退けた後、七武海と海軍高官はマリージョアにあるパンゲア城の一室に集まっていた。

 本来なら滅多なことでは集まらない者たちが一堂に会したのだ。これを機に改めて顔合わせをしておこうという腹積もりである。

 先日七武海から除名されたクロコダイルを除くとしても、在籍する者たちはいずれもそうそうたる面子だ。

 〝海俠〟のジンベエ──元懸賞金2億5000万ベリー。

 〝暴君〟バーソロミュー・くま──元懸賞金2億9600万ベリー。

 〝影の支配者〟ゲッコー・モリア──元懸賞金3億1500万ベリー。

 〝天夜叉〟ドンキホーテ・ドフラミンゴ──元懸賞金3億4000万ベリー。

 〝鷹の目〟のミホーク──元懸賞金10億3900万ベリー。

 〝黄昏の魔女〟カナタ──元懸賞金28億9000万ベリー。

 

「顔を合わせるのは久しぶりだな、ジンベエ。アーロンの事はタイガーから聞いているぞ」

「カナタさんも変わりないようで……アーロンに関しちゃァ恥じ入るばかりじゃ。もっと早く手を打っていれば、失われずに済んだものもあったが……」

「過ぎたことは仕方がない。後ほど詳しいことを話そう」

「そうじゃな」

 

 七武海は基本的に互いに干渉することは無いが、カナタとジンベエは元から知り合いだったこともあって顔を合わせれば近況報告をしていた。

 センゴクが来るまで静かに本を読んでいるくまを含め、七武海の招集に応じてこの場に集まるのは大体この三名である。カナタは本人ではなく代理が来ることもあるが。

 暇そうに机に肘をついてあくびをしているモリア、機嫌が悪そうに机に脚を乗せているドフラミンゴ、給仕にお茶のお代わりを要求しているミホークの三名は今回のような強制招集でも無ければ集まることはない。

 加えて、普段は同席することのない三人の海軍大将も参加していた。

 全員少なからず怪我をしており、無傷なのはカナタと参加が遅れたジンベエくらいである。

 

「しかし、お前たちが参加するとは珍しいな。暇なのか?」

「そがいなわけがあるか。ワシらもセンゴクさんに呼ばれたけェここにおるんじゃ」

「大将を呼び立ててまでする話があるのか……?」

 

 妙な話だ、とカナタは思う。

 海軍内部に通達するべき話なら今やる必要は無いし、七武海と同時に伝える意味もない。

 それに、とカナタは部屋の中を軽く見回す。

 中将の数が妙に多い。普段から参加しているつるなどはいつもの事だが、普段は支部にいて見ない中将も窓際に配置してる徹底ぶりだ。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのように。

 普段は集まりの悪い七武海が勢揃いするからと言って、これは少々度が過ぎている。

 

「…………」

「カナタさん?」

 

 目を細めて何となくセンゴクの意図を察するカナタに、ジンベエは首を傾げていた。

 程なくしてセンゴクが現れ、全員の視線がそちらを向く。

 

「悪いな、少し遅れた」

「さっさと始めろ。こんな集会にいつまでも付き合ってやるほどおれァ暇じゃねェんだ」

 

 不機嫌そうにドフラミンゴが言う。

 カナタはそれを無視して今回の議題を訊ねる。

 

「今回の議題はクロコダイルの抜けた穴をどうするか、と言うことでいいのか?」

「ああ。だが、()()()()()()()()()()だ」

 

 センゴクはカナタの言葉にそう返し、何かの合図をしたと同時に二人の中将が動いてドフラミンゴを背中から奇襲した。

 ドフラミンゴは突然の奇襲に驚きつつも間一髪で二人の中将の動きを糸で止めた。

 怒りに青筋を浮かべたまま、ドフラミンゴはセンゴクを睨みつける。

 

「……何の真似だ、センゴク!!」

「ドレスローザの王位簒奪、闇のマーケットにおける武器その他の密輸、〝smile(スマイル)〟と呼ばれる人工悪魔の実の作成及びそれを百獣海賊団に流していた事実──何か申し開きはあるか、〝ジョーカー〟」

「……!!」

 

 冷たく言い放つセンゴクに全てバレていると判断したドフラミンゴは、大将が三人そろっているこの場で戦う事の愚を察して即座に逃走に移る。

 先に奇襲してきた二人の中将を操って大将に差し向け、自身は窓へ向けて飛んだ。

 

「逃がすな、黄猿!!」

 

 センゴクの言葉よりも早く、黄猿(ボルサリーノ)が指先から放ったレーザーがドフラミンゴの脇腹を打ち抜く。

 青燕(ベルク)赤犬(サカズキ)が操られた中将をすぐさま制圧して追いかけ、窓から外に出る直前にドフラミンゴを確保しようと動いた。

 だが、それよりも先にドフラミンゴは手を打つ。

 

「〝海原白波(エバーホワイト)〟!!!」

 

 壁そのものを糸へと変質させて逃げ口を作り、同時に三人の大将を足止めするための盾にする。

 これによってドフラミンゴは逃げ切れると確信するも、糸が遮るよりも先に移動していた黄猿が既に目の前にいた。

 

「テメェ──」

「逃がしゃしないよォ~~」

 

 黄猿の光速の蹴りを武装硬化した両腕をクロスさせて防ぐも、勢いまでは殺せず部屋の中へと戻されてしまう。

 波打つ糸は切り裂かれ、焼かれて残り二人の大将が逃げ道を塞いでいた。

 

「能力は覚醒済みか。予想出来たことではあるが」

「大人しゅうする気はあるか、〝天夜叉〟ァ」

 

 三大将がドフラミンゴを追い詰める中、他の七武海の面々の反応はそれぞれ別だった。

 

「キシシシシ!! 面白ェ事になってきたじゃねェか!!」

「下らんな……」

「わしらは手伝わんでええのか、カナタさん」

「放っておけ。私たちの仕事ではない」

「三人の大将が揃っている以上、これで逃がしては海軍の面子が丸つぶれだ。どちらにしてもおれ達の出番はないだろう」

 

 観戦モードの五人は我関せずの様子を見せており、センゴクはちらりと視線をカナタに寄越すもすぐにドフラミンゴへ戻す。

 ドフラミンゴは四皇最高幹部にも比肩する強さではあるが、大将三人を相手取って逃げられるほど隔絶した強さではない。

 先のビッグマム海賊団との戦いにおいてもやる気の無さは見て取れていたし、センゴクが部下から得た犯罪の証拠もある。五老星に直談判した結果、七武海にドフラミンゴは不要であると判断されたのだ。

 クロコダイルの件で世論は敏感になっている。自浄作用を見せることで政府への信頼を回復させようという腹積もりもあるのだろう。

 

「お前は警戒心が強いからな。これまで一度もこの場に姿を現さなかったのはこういうことを警戒しての事だろうが……今回の事は思わぬ拾い物だった」

「クソ……!!」

 

 黄猿に撃ち抜かれた脇腹から血を流しつつもまだ諦める気は無いようで、ドフラミンゴはセンゴクをすさまじい形相で睨みつけていた。

 このような不意打ちを一度でもやってしまえば今後の七武海の招集にも疑念を抱くことになりそうなものだが、五人は欠片も気にしていないらしい。

 

「諦めて投降しろ、ドフラミンゴ」

「ふざけてんじゃねェぞ、センゴク!! 誰が簡単に捕まってやるかよ……!!!」

 

 能力を覚醒させて逃げ出すための策を練るドフラミンゴに、センゴクは「そうか」とだけ言って腕まくりをする。

 忘れられるはずもない。

 この場には海軍大将が三人いるが──加えて〝大参謀〟つると〝元帥〟のセンゴクがいるのだ。

 勝ち目など、最初からありはしない。

 

 

 

        ☆

 

 

 最終的に会議室を全壊させるまでに派手な戦いとなり、ドフラミンゴは大怪我をしつつも生きて確保された。

 別室にて行われた会議だが、七武海の後任は特に誰からも推薦が出ることは無く、後日海軍が情報を精査した上で世界政府と相談しつつ決定するといういつもの決定が下された。

 




ミホークの懸賞金は想像です。ルフィと会ってた頃のシャンクスと同じくらいをイメージしてます。


備考

ドフラミンゴ 39歳 305㎝
ミホーク   41歳 198㎝
ジンベエ   44歳 301㎝
くま     45歳 689㎝
カナタ    47歳 162㎝
モリア    48歳 692㎝


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幕間 ワノ国/ドレスローザ

ワノ国の方は少しだけ先の時間軸の話です。


 

 〝赤い土の大陸(レッドライン)〟の下を通って新世界に戻ったジャック達は、意気消沈しながらワノ国に戻ってきていた。

 クラッカーもそうだが、四皇最高幹部と言う戦力を運用したにも関わらず成果を上げられなかったのだ。合わせる顔が無いというのが本音だった。

 ワノ国の端にある〝鬼ヶ島〟に辿り着くと、ひとつ深呼吸して城の奥へと足を踏み入れる。

 カイドウとリンリンが巨大な椅子に座って対面しており、双方の後ろにはキングとクイーン、ペロスペローとカタクリが控えていた。

 

「戻ったか、ジャック」

「失敗したようだね、クラッカー」

 

 二人の皇帝から視線を向けられた二人は、冷や汗を流しながら頭を下げる。

 

「すまねェ、カイドウさん。失敗の罰は受ける」

「悪ィ、ママ。指示通りにやれなかった」

 

 ジャックとクラッカーの後ろに控える部下たちも同様に頭を下げており、皇帝たちの沙汰を待つ。

 大看板、将星であろうとも、この二人の意見に口を挟める者などいない。

 

「おれ達が時間稼いだってのに上手くやれなかったってのは、気合が足りねェんじゃねェか?」

「全くだ。役立たずはこいつ一人で十分だ。お前まで失望させてくれるなよ、ジャック」

「あァ!? 誰が役立たずだとこの変態野郎!!」

「あのデカブツ一人抑えきれなかったお前に、ジャックをどうこう言える道理はねェだろう」

「じゃあテメェあのデカブツどうにか出来んのかよ!!?」

「おれなら出来る。テメェには無理だろうがな」

「こんのヤロー……!!」

 

 キングとクイーンが言い争う反対側では、ペロスペローとカタクリが仕方ないと言いたげにため息をついていた。

 

「お前ら二人に飛び六胞……それにタマゴとペコムズを連れて行ってダメならもう仕方ねェ。ペロリン」

「そうだな。〝黄昏〟と海軍……加えて革命軍まで居たと聞いている。最終的に〝鬼の跡目〟まで乱入してきたのなら、おれ達の内誰が行っても同じ結果だっただろう」

「ママかカイドウが行けば話は変わってたかもしれねェがな」

「よせぺロス兄。もしもの話に意味は無い、今話すべきはこれからどう動くべきかだ」

 

 頭を下げたままのジャックとクラッカー達と、好き勝手に話すキングとペロスペロー達。

 カイドウとリンリンは互いにジッと頭を下げる二人を見ていたが、どちらからともなく口を開く。

 

「お前のせいじゃねェ、ジャック。バレットの野郎が乱入してきたなら、むしろ無事に戻ってきたことを褒めてやるくらいだ!!」

「クラッカー~~!! お前ェ、わざわざ海軍と黄昏の大部分をおれ達が引き受けたってのに、何の成果も無しで良く戻ってこれたもんだねェ!!」

 

 正反対の反応を示すと、二人はジャック達から視線をお互いに向けあう。

 直接的に覇王色をぶつけ合っているわけではないが、近くにいるだけで常人なら気絶してしまいかねないほどの威圧感が放たれていた。

 率直に言って衝突の危機である。

 

「カイドウ、前々から思ってたけどよォ……お前、ちょっと部下に甘すぎやしねェか!?」

「今回は汲むべき事情がある。おれだって何でもかんでも赦すわけじゃねェ」

「だとしてもだ! ニコ・ロビンの捕縛に失敗した以上は何のお咎めも無しって訳にゃァいかねェだろうが!!」

 

 この海で最強を誇る四人のうちの二人である。その看板に傷が付いたとなれば、落とし前を付けさせるのが当然の話であった。

 だが、それでもカイドウは溜息を零してリンリンを宥める。

 

「バレットが居たんだろう。あの野郎はおれかお前のどっちかじゃねェと抑えられねェ。カナタの作戦勝ちだ」

「テメェ……軽々しく勝敗の話を口に出すんじゃねェよ!!」

 

 ビリビリと体に打ち付けられる強烈な覇気を受けても、カイドウは微動だにしない。その後ろにいるキングとクイーンも同様に、腕組みしたままカイドウの後ろに控えていた。

 額に青筋を浮かべて怒りを表すリンリンだが、彼女が担当していたのは海軍だ。

 どちらかと言えば出し抜かれたのはカイドウである、と考えることで留飲を下げる。

 ジャックとクラッカーたちに頭を上げさせると、喫緊の問題の方に話を変える。

 

「問題はカナタがどうやってバレットを焚きつけたかの方だ。〝黄昏〟の戦力は数年前から新顔が台頭してきてる。ここにバレットが加わるなら、海軍無しでもおれ達海賊同盟に匹敵する戦力になってる可能性もゼロじゃねェ」

 

 カイドウは椅子に深くもたれかかると、顔だけ後ろに控える二人に向けた。

 

「キング、クイーン。お前ら、〝黄昏〟で強かった奴を上げてみろ」

「フェイユン。ジュンシー。ラグネル、ですかね。ゼンとか言うケンタウロス野郎も強かったが、ここ数年は姿を見てねェ」

「カイエ、ディルス……それにイゾウっすかね」

「ラグネルはキングを何度か弾き返した奴か。ディルスってのは、巨人族で古代種の能力者だったな。こいつらは台頭が遅かったから過去の手配書もねェ。うるティとページワンを今回止めてた全裸野郎もそうだが、詳細の分からねェ実力者が増えてるのは確かだ」

 

 カナタ直属の〝戦乙女(ワルキューレ)〟に〝戦士(エインヘリヤル)〟の事はわかっているが、誰がそれに相当するのか、特に警戒するべき実力者が誰なのかが分からない。

 過去に小競り合いを繰り返したことと今回の衝突で少しずつ情報をかき集めてはいるが、手探りで暗闇を進んでいるような手応えの薄さが悩みのタネであった。

 カナタの軍の動かし方を毎回記録させているが、どうも()()()()()()()()()()()()()()()ように見える。

 情報収集を目的として小競り合いを起こしていることを見抜かれていると考えるべきだ。

 

「リンリン、お前らもわかってることを教えろ」

「……ペロスペロー!」

「分かってるぜ、ママ。おれ達が掴んでる情報はお前らとそう大差ねェ。だが、これまで過去にぶつかった時に一際面倒だった奴が数人いる」

「ヤミヤミの能力者のクロ、それにおれに傷を負わせたティーチ……こいつらが特に厄介だ」

 

 大勢を相手にする場合、特に有用となり得るヤミヤミの能力者。それにカタクリの左目に傷を付けたティーチ。

 共に警戒をするべき相手だが……前者は既に死んでいると情報が入っていた。

 

「クロは死んだが、ヤミヤミの実はその後の行方が分からねェ。だが、20年前でも既に〝金獅子〟の能力を奪っていた以上、内部で保有しているか、あるいは既に誰かに食べさせているとみるべきだ」

「なるほど……昔からいる連中はある程度顔が割れてる。警戒は当然だが、()()()()()()()()()()()()()()場合もあるか……」

 

 カイドウは顎に手をやって考え込む。

 ペロスペローが言うには、クロは能力だけで素の強さは大したことが無いという話だった。その厄介な能力が、素の強さが凄まじい誰かに引き継がれているというだけでも警戒に値する。

 悪魔の実の流通量は少ない。

 経済における流通のほとんどを抑えている〝黄昏〟の目を盗んで悪魔の実の取引を行うことは難しく、また敵対する能力者を殺して能力を奪うことも可能としている。

 それゆえ、新規に悪魔の実を手に入れることは難しく……カイドウは〝ジョーカー〟とマラプトノカを通じて手に入れる人造悪魔の実を利用して戦力の増強に励んでいた。

 

「〝スマイル〟の流通量は増やせねェのか?」

「ジョーカーの野郎のケツを叩いてみますが、難しいんじゃねェかと。ただでさえ質の低い品です。急がせても質の低い品が増えるだけかと」

「チッ……マラプトノカの野郎が出してる〝スマイル〟にはハズレが入ってねェってのに、どういうつもりだあの野郎」

「お前は作れねェのか?」

「無茶言ってんじゃねェよ変態野郎。おれはそっちは専門外だ。シーザーの野郎が作った薬品か、それを使って育ててるジョーカーのどっちかに問題があんだろ」

 

 ジョーカーの作る〝スマイル〟は強力だが、ハズレを引く可能性もあるし、食べられたとしても人の意識と動物の意識の両方がそれぞれ独立しているデメリットもある。

 純粋な能力者と比べると少々デメリットが目立つが、それでも普通の人間より強くなるのは事実であり、それ故にカイドウは重宝していた。

 一方でマラプトノカの作る〝スマイル〟はほぼ普通の悪魔の実と変わりない。唯一のデメリットは()()()()()()()()()()()くらいだった。

 

「おれ達の方はある程度悪魔の実を手に入れちゃいるが……年々手に入りにくくなってることは確かだよ。そうだね、ペロスペロー」

「ああ。ここ数年はもう数える程しか手に入っちゃいねェ。フリーになってる悪魔の実はほとんど無いと見たほうが良いと思うぜ、ペロリン」

「能力者から直接奪える奴らのリードは確かに大きい。だが、不思議なのはかなりの数の悪魔の実を保有してるハズの〝黄昏〟に能力者がそれほど多くねェことだ」

 

 能力者の総数はこれまでの小競り合いなどを含めて数えても〝ギフターズ〟の方が上回る。

 実力者で希少な悪魔の実を食べた者が多いのは確かだが、能力者の数そのものは言うほど多くはない。

 疑問点はいくつかあるが……推測は立てられる。

 

「あの女、内部で競争させて一定の実力以上を持った奴に希少な悪魔の実を喰わせてるね。動物系の幻獣種や古代種、それに自然系だけ妙に多いのはそのせいだろう」

 

 悪魔の実を食べれば強くなれるが、より希少な悪魔の実を食べるためには内部での地位争いに勝たねばならないのだろう。

 実力者程強力な悪魔の実を口に出来るシステムを作り、精鋭の強化を図っている節がある。

 オクタヴィアが倒れ、ゴロゴロの実も流出したハズだが、手に入れたはずの〝黄昏〟にはまだゴロゴロの実の能力者が確認されていない。

 あれほど厄介で強力な能力も無いが、それだけに使い手を吟味しているのだろうとリンリンは考えていた。

 

「何はともあれ、現状じゃ〝スマイル〟を喰わせることによる戦力強化しか出来ることはねェ。使える人間は簡単に育たねェしな」

「ママハハハハ!! テメェが直々に鍛えてやりゃァ良いじゃねェか!! カナタがやってるみてェによ!」

「バカ言え、おれのしごきに耐えられる奴がどれくらいいると思ってる。折角〝ギフターズ〟にしてもおれが殺しちまったら意味がねェだろ!」

「幹部連中なら多少は耐えられるだろう! おれだって最近はカタクリを鍛えてやってんだ。あの女の真似をすんのは業腹だがな!!」

 

 〝ハチノス〟への密偵は即座にバレるが、〝黄昏〟が第二の拠点としている〝ロムニス帝国〟なら話は別である。

 深いところへの潜入は危険が伴うが、〝闘技場(コロッセウム)〟での戦いを観る事は難しくない。政府の諜報員も〝黄昏〟の実力者はそこで判別しているほどだ。

 それでも滅多に出てこない上位層はいるが……やり方自体はカイドウもリンリンも理解していた。

 要は内部で激しい競争をさせることで互いに切磋琢磨させているのだ。見込みがあればカナタが直に稽古を付けている。

 耐えられるなら、と言う前提があるが、カイドウもリンリンもこれを真似て実力者を増やそうと試みてはいた。

 

「弱ェ奴に加減して稽古つけてやるなんざ時間の無駄だ。おれはおれを鍛えるので忙しいんだよ!!」

「いざとなりゃァおれとお前の二人がかりでカナタを殺してやりゃァ良いと思ってたが、バレットが面倒だね。やっぱり政府と分断してから動いた方がいいんじゃねェか」

「そうだな。あいつも完璧じゃねェ。どっかに付け入る隙があるハズだ。海軍と分断さえ出来りゃあ、全面戦争でも勝ちの目はある」

「カタクリやキングがバレットを止められるようになれば楽だがねェ」

「〝巨影〟を忘れるな。あいつの厄介さはバレットにも比肩するぜ」

「フェイユンか……」

 

 リンリンは昔仲の良かった巨人族を思い出し、憂う様に脱力した。

 昔は昔。今は今だ。多くの巨人族は既に〝黄昏〟に肩入れしている。ここから関係性を改善することは難しい。

 〝黄昏〟を倒せれば、その後の関係性は変わることもあるかもしれないが。

 

「やりたいようにやりゃあいい。おれ達がカナタを倒して、〝白ひげ〟のジジイも〝赤髪〟の野郎もその後で潰せばいい。そうすりゃ世界はおれ達のものだ」

「そうだねェ……久々に気合を入れてみるかい?」

「ああ、悪くねェ……」

 

 どちらからともなく立ち上がり、武器を持って外に移動する。

 敵が全員消えた後はこの二人で争うことになるが、それまでは手を組むことを互いに了承している。

 その最大の敵はカイドウとリンリンでも勝てない相手だ。

 それ故に──こうして、二人が時折ぶつかることで互いにより強さを求めていた。

 

 

        ☆

 

 

「……そうですか。兄は捕まりましたか」

『お前のおかげだ。良くやってくれた』

「いえ、これがおれの使命だと思っていたので」

『謙遜するな。お前の力が無ければドフラミンゴを追い詰めることは難しかった。任務は終わりだ、帰投しろ──ロシナンテ』

 

 ドレスローザの城の一室にて、道化師のようなメイクを施した金髪の男がいた。

 ドンキホーテ・ロシナンテ──ドフラミンゴの実弟である。

 海兵として、ドンキホーテファミリーに潜り込んだ彼は様々な情報を海軍に横流しし、今回ようやくドフラミンゴを捕縛することに成功した。

 任務が終わった以上、この場に用は無いのだが……。

 

「ドレスローザはどうなりますか?」

『わからん。政府は判断を保留しているようだが……リク王家はまだ残っているのか?』

「ヴィオラ王女、並びにリク王はまだ存命です。スカーレット元王女は既に亡くなられましたが、遺児はいます」

『ふむ……扱いが難しいところだな。再び王家として返り咲くことを望むなら後押ししても良いと思っているが……』

「どうでしょうね。事情があったとはいえ、リク王はドフラミンゴのせいでこの国では酷く嫌われています。認識を変えるのは少々時間がかかるかもしれません」

 

 ドフラミンゴが捕まった以上、ドレスローザの王位は空白となる。

 元々いたリク王家の誰かが王位につくのが筋ではあるが、ドフラミンゴがとった策略によってリク王家はドレスローザの民に嫌われている。事情を説明したとして、これを元通りに出来るかと言われると難しい。

 それに、ドレスローザの解放も急務である。

 

「三人の幹部……トレーボル、ディアマンテ、ピーカの三人は特に危険です。攻め込んだとしても被害を少なくと言うのは厳しいかもしれません」

『そうだな。注意しておこう』

「それと、報告書にも上げておきましたが、シュガーには特に注意をしてください」

 

 シュガーは〝ホビホビの実〟の能力者である。

 副作用で食べた時から肉体年齢が変わらず子供のような姿だが、触れた相手を玩具に変え、変えられた者は他人の記憶から消えるという凶悪な能力を有する。

 これまでドレスローザに潜入してきたであろう諜報員、あるいは知られてはならないことを知った王侯貴族を玩具に変えて証拠隠滅を図った可能性がある。

 誰が変えられたのか、誰も覚えていないのだ。被害の規模は想像がつかない。

 

「今はラジオでパーソナリティーをやってるモネも、元はドンキホーテファミリーの一員ですが……」

『それは今は良い。カナタならどうにでもするだろう』

 

 多少力を削ぐくらいの方がいいが、海の治安の一助になっていることは確かだ。センゴクは色々考えた末に、モネの事を伝えるだけ伝えることにしていた。

 もっとも、聞いた当人は「そうか」としか言わなかったが。

 どこまで何を知っているのか、センゴクからではうかがい知れない。

 ドフラミンゴはカナタに強い敵対感情を持っていた。何らかの対処をしていても決して不思議ではないのだが、秘密主義のカナタの事は分からないのだ。

 

『懸念事項はもう無いか?』

「無い、と言えば嘘になりますが……」

 

 初代コラソン──ヴェルゴは今に至るまで行方不明だ。

 ドフラミンゴの命令で何かやっているようだが、詳細は他の幹部にさえ伏せられている。深掘りして怪しまれると困るため、ロシナンテも知ることは出来なかった。

 今どこで何をやっているのかが全く分からない以上、懸念として伝えるだけに留める。

 ドフラミンゴが捕まった以上、出来ることは少ないだろうと判断しての事だ。

 

「では、おれは島を出ます。なるべく一般人に被害を出さないようにお願いします」

『わかっている。気を付けろよ、ロシナンテ』

 

 電伝虫による通話を切り、ロシナンテは手早く荷物を纏めて部屋を出る。それほど多くもない私物だが、大半は捨てても問題の無いものばかりなので放置していく。

 タバコの煙をくゆらせながら城を出るために歩いていると、一人の男とすれ違う。

 

「ロシナンテか。どうした、こんな夜更けに」

「…………」

 

 ロシナンテはドンキホーテファミリーの内部では喋れないことになっているため、手持ちの紙に「お前こそ」と書いて見せる。

 髪をオールバックに撫でつけてスーツを着たその男は、「おれか?」とタバコをふかす。

 

「おれはまァ、野暮用だよ。お前らには周知してねェが、結婚してるからな」

 

 そうだったのか、とロシナンテは頷く。彼が時々どこかへ出かけていることは知っていたが、花束やアクセサリーなどを手にしていたのでいい人がいるのだろうとは思っていた。

 すでに結婚していたのは初耳だ。

 ……こういうことを聞くと、自分がどれだけドンキホーテファミリーの皆に心を開いていなかったのかが分かる。

 任務のためだ。仕方がないとはいえ……実の兄をインペルダウン送りにすることに、何も思わないわけではない。

 

「どこかに出掛けるのか?」

 

 野暮用だ、と書いた紙を見せる。

 

「そうか。おれもちょっと出かけてくるつもりでな、荷物を取りに来たんだ」

 

 しばらく戻らない、と書いた紙を見せる。

 

「そうなのか? おれも出かけるからな……トレーボルに伝えておこう」

 

 じゃあな、と書いた紙を見せる。

 

「ああ、またな……ロシナンテ」

 

 夜にも拘らずサングラスを掛けているせいか、その表情は読めない。

 ロシナンテは彼の横を通り抜け、足早に港へ向かう。ドフラミンゴが今回の招集で出て行った時点で既に逃走用の船は用意していた。

 時々滑って転んで背中を打ち付けながら、ロシナンテはドレスローザを脱出しようと町中を歩く。

 

 

        ☆

 

 

「…………」

「んべへへへ!! どうした、セニョール? どこか出掛けるのか?」

「トレーボルか。野暮用でな。数日は戻らない」

「そうか! ドフィは招集からボチボチ戻ってくるだろう。あんまり遅くなるなよ?」

「分かってるさ。〝家族〟は裏切れねェよ」

「分かってんならいい! んべへへへ!!」

「そう言えば、ロシナンテもどこかに出掛けてたぞ」

「ロシナンテが? ……そうか、わかった」

 

 トレーボルは訝しげな顔をしていたが、相変わらず鼻水を垂らしながら杖を突いてどこかへ行った。

 髪をオールバックに撫でつけたスーツの男──セニョール・ピンクはトレーボルに背を向け、城を出て迎えの船が来ている港へと向かう。

 ロシナンテと鉢合わせするかと思ったが、そんなこともなく……指定された場所に辿り着く。

 

「時間通りだな」

 

 待っていたのは一人の男だった。

 特に何かしらの特徴があるという訳でもない、どこにでもいる一人の海賊だ。

 

「思い残すことはあるか?」

「あるに決まってる……だが、おれに〝家族〟は裏切れなかった。それだけだ」

「そうか。では出すぞ」

 

 隠密性を優先した小舟だが、数人は乗れる程度の大きさはある。セニョール・ピンクは船の端に腰を下ろすと、船はゆっくりと岸辺から離れて夜の暗い海に出る。

 夜間の航海は危険だが、船を操る男は慣れているように船を動かしていた。

 冷たい夜風を受けながらドレスローザの方を振り向き、ピンクはタバコの煙が夜の闇に消えていくのを見る。

 

「……すまねェ、若」

 

 セニョール・ピンクはドンキホーテファミリーの幹部だ。

 ドフラミンゴに対して忠誠を持っていたし、自分の命ならいくらでもかけられる相手だ。

 だが、それでも。

 最愛の家族と天秤にかけられては、どうしようもなかった。

 持ち出した手荷物の中から一枚の写真を取り出す。

 妻と子供……ルシアンとギムレットが、カメラ越しにピンクに笑いかける写真だった。

 

「おれは、クズだ……」

 

 家族のために、家族にも等しい仲間を裏切った。

 夜の闇に紛れるように海を進む船の行く先は〝ロムニス帝国〟──〝黄昏〟の居城の一つである。

 




END 碑文争奪大戦アラバスタ/鉄脚のプリマ

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黄金失墜樹海スカイピア/猛き雷鳴
第百七十三話:落ちてきた船


 

『今日も始まったよ、ラジオ〝新世界〟より! 今日のパーソナリティーはおれ! ドナルド・モデラートが担当するよ~~!!』

『アシスタントのショコラよ、よろしくね』

『実は残念なお知らせが一つ! アシスタントを数年務めてくれていたモネちゃんだけど、この度一身上の都合で急遽仕事を辞めることになった! 美人が居なくなっておれは悲しいよ……』

『美人なら私がいるじゃない、モネにも負けてないでしょ?』

『鏡見てから言ってくれ』

『ぶっ飛ばすわよ!?』

『……まァそれはそれとして、今日は大物ゲストを呼んでいる!! いつまでも辛気臭い話をしてる場合じゃねェ!! さァご登場願おう、本日の特別大物ゲスト──〝黄金帝〟ギルド・テゾーロ氏だァ!!!』

『やあ諸君! 〝黄昏の海賊団〟に所属するプロデューサー、テゾーロだ!!』

『ご存じの方も多いだろうが、簡単に経歴を! 彼は〝黄昏〟に所属する芸能部門を担当する人で、皆も良く知る〝歌姫アン〟や〝歌姫カリーナ〟をプロデュースし、数々の楽曲を提供している!! そして彼自身もまた大人気の歌手だ!!』

『ハハハ、そう褒めちぎらないでくれ、恥ずかしくなってしまう』

『いやいや、これでも足りないくらいだ! それで、今日は何やら発表があると聞いたけど、それは一体?』

『ああ。皆を待たせるのも悪い、早速発表と行こう。実はこの度、アラバスタの内戦が終わったことを耳にした方も多いと思う。そこで我々は復興支援の一環としてライブツアーをすることになった!! アン、カリーナ……それに今回はかの〝海底のディーバ〟マリア・ナポレ氏もお呼びしている! 現地のライブは映像電伝虫で中継する予定なので、これを見逃さないでくれ』

『なんと、ライブツアー!! となると、先日発表されたアンちゃんの新曲もそこで聞けるってこと!?』

『もちろんセットリストに入っているとも!! ──それに、まだ秘密だが、ライブではとっておきのサプライズも用意している。楽しみにしていて欲しい!』

『これを見逃す手はねェ!! 具体的な日取りは──』

 

 

        ☆

 

 

 ラジオから聞こえてくる声など、ルフィたちには聞いている余裕が無かった。

 次々に落ちてくる木片、鉄片、果ては人骨。船そのものが空から落下してきた衝撃に耐え、何とか船が転覆しないように操舵するので精一杯だった。

 嵐のような数分が過ぎ、メリー号に乗る面々は呆然とした様子で落下してきた船を見る。

 

「……な、何だったんだ……?」

「船が……空から?」

 

 思わず空を見上げる面々だが、雲が多少かかっている程度で目立つものなど何もない。

 ウソップとチョッパーは奇怪な現象に抱き合って震えていた。

 

「あ!!?」

「どうした、ナミ!?」

記録指針(ログポース)が……上を向いて動かない!!! 壊れちゃった!!」

「何ィ!?」

 

 アラバスタから次の島へと向かう航路の途中である。海のど真ん中で指針を失ったとなれば、即ちそれは遭難と同義と言っていい。

 さーっっと顔色が悪くなる一行だが、ロビンとペドロ、ゼポだけは落ち着いていた。

 

「それは壊れたわけでは無いわ。指針(ログ)が変わったということは、より強い磁力を持つ島に書き換えられたという事」

「書き換えられた……? そんなことがあるの? っていうか、上を向いてるのよ!?」

「上を向いているのなら、〝空島〟に指針(ログ)が奪われたという事」

 

 ロビンの言葉にいち早く反応したのはルフィだった。

 

「空!? 空に海が浮いてて島があんのか!? すぐ行こう!!! 野郎ども!! 上に舵を取れ!!!」

「上舵いっぱーい!!!」

 

 ルフィにつられてウソップも元気に騒ぎ始めるが、話が進まないのでロビンが能力でルフィの口を無理矢理閉じる。

 ひとまず落ち着かせたところで、ロビンは冷静に話し合いを進める。

 

「でも空島なんて……空に海があって島がある? そんなことありえないわ!! やっぱり故障としか!!」

「いえ、空島は実在するわよ。私は実際に訪れた経験があるもの」

「行ったことあるの!?」

「おれ達は無い。〝黄昏〟にいた頃の話だろう」

 

 ナミがもしやとペドロたちに視線を向けたので、ペドロが疑問に答えた。

 空島に行った経験があるのはロビンだけだ。聞いた話と言うだけならともかく、実際に行ったことがあるのなら疑う余地は無い。

 とは言え、空島と言ってもいくつかある。

 まずは落ちてきた船から持ち出せる物を持ち出し、情報を集めるべきだった。

 

「先達として言っておくけれど、何が起きても記録指針(ログポース)だけは疑ってはいけない。その指針が指す先には必ず島がある……覚えて損は無いわよ、航海士さん」

「う、うん……わかったわ」

 

 ルフィはロビンから空島の話を聞きたがっていたが、落ちて来た船が沈む前に拾えるものを拾っておこうと、船番にチョッパーを残して全員で急いで回収していく。

 日誌などは見つからず、剣や鎧は全く手入れがされていないために古びて使い物にならない。

 船の中は争った形跡が多く、死体がそこかしこに散乱している。まぁこれは船が落ちてきた際の衝撃で散らばった可能性もあるのだが。

 船が沈むまでそれほど時間も無かった。全員で急いで回収できたものはと言えば、大きめの棺にガラクタのようなものばかり。一番の収穫はルフィの見つけたとある地図と壊れた船のようなモノだった。

 

「見ろよこれ!!」

「〝スカイピア〟……?」

「空島の地図ね」

 

 日に焼けた紙を見るに相当古そうではあるが、ロビンにとって聞き覚えのある名前だ。

 この船もそこから落ちて来たのかとルフィたちは話していたが、ロビンは回収した棺桶を開けて中の遺体を復元していく。

 白骨化した遺体の頭部には穴が開いており、これは〝穿頭術〟と呼ばれる古い医術によるもの。年代は30代前半で、死因は恐らく病死。

 他の骨に比べて歯がしっかり残っているのはタールが塗り込んであるため。この風習は〝南の海(サウスブルー)〟の一部の地域特有のものであるため、その辺りの探検隊と推定。

 これらの情報から、ロビンは資料を探す。

 

「あったわ。〝南の海(サウスブルー)〟の王国、ブリスから出航した探検隊の船。〝セントブリス号〟208年前に出航してる」

「遺体だけでそこまでわかるもんなのか……スゲェな」

 

 図鑑に載っていたマークを見せると、落ちて来た船の帆に描かれていたマークと一致する。

 少なくとも200年前後は空の上を漂っていたわけだとわかり、全員感心したような目でロビンを見ていた。

 

「……で、肝心の空島に関する情報はあったのか?」

「焦らないで。まだ記録と資料を確認し終えてないわ」

「そもそもお前、行ったことあるなら行き方も知ってるんだろ? 空島なんてどうやって行くんだ」

「知らないわ」

「知らないィ!!?」

 

 ロビンの言葉にウソップが思わずツッコミを入れる。

 行ったことがあるなら行き方を知っていると思うのが当然だが、ロビンが過去に空島に行ったときに使ったルートは正規のものではない。

 ルフィたちでは取れない手段だ。

 

「私が過去に空島に行ったのは、物を浮かせる能力者が船ごと空島まで運んだからよ。だから正規のルートは使ったことが無いし、知らないの」

「そう言う能力者もいるのか……」

「でもどうするんだ? 指針が空に奪われたままじゃ、おれ達このまま遭難するしかねェぞ?」

 

 永久指針(エターナルポース)もなく、記録指針(ログポース)も空を指したままでは陸地に辿り着けない。

 食料は潤沢に載せているが、あくまで次の島に着くまでのもので数週間も海の上を漂えるほどの量は無い。

 だが、それに関しては大丈夫だとロビンが言う。

 

「こういう事態のために〝黄昏〟は海難救助の役割も担っているのよ」

「でも、海の真っただ中でどうやって場所を……?」

「電伝虫はあるでしょう? それがあれば場所は伝えられるわ」

 

 近辺の島に建てられている複数の電波塔を使い、三角測量で位置を割り出すことで特定出来る。

 〝黄昏〟が世界各地に建てた電波塔はそういう目的のために使われているのだ。

 海賊であっても金さえ払えば海難救助をしてくれるので、海を渡る者たちにとってなるべく知っておくべき情報であった。

 

「だから、遭難自体はそれほど心配するべきことじゃないわ。お金は必要だけど」

「そうなのね……知らなかった」

 

 

        ☆

 

 

 そうして、回収できたものだけでも記録などを確認していると、どこかから妙な音楽が聞こえて来た。

 メリー号の何倍もある巨大な船だ。船の上で騒々しく騒ぎ立てており、見るからに陽気な男たちばかりのようだった。

 船体に様々な装備が付けられており、特に目立つのは船首の猿だろうか。

 

「全体~~止まれ!!! 船が沈んだのはここかァ!!!」

「アイアイサー!! 園長(ボス)!!」

 

 騒がしい船である。

 妙なのが出て来たなと見ていると、園長(ボス)と呼ばれていた男がルフィたちの方を見た。

 

「おい、お前らそこで何してる。ここはおれのナワバリだ」

「ナワバリ?」

「そうとも。この海域(テリトリー)に沈んだ船は全ておれのものだ。お前ら手ェだしちゃいねェだろうな……んん!?」

 

 そう言う男──マシラの言葉に、ルフィたちは目を見合わせる。

 色々と拾いはしたが……まぁ沈む前に拾ったのだしサルベージはしてないからいいんじゃない? と言わんばかりのナミの様子にルフィたちは素直に頷く。

 

「手は出してねェ」

「そうか、それならいいんだ」

「一つ聞くが、オメェら船をサルベージするのか?」

「そりゃオメェ、するもしねェもおれは沈んだ船があるなら引き上げる男さ!! 浮いた船があるなら沈めて引き上げる男さ!!! おれ達に引き上げられねェ船はねェ!!!」

 

 断言しきるマシラに感心する一同。

 ガレオン船をサルベージするのは常識的に無理があるが、そこまで断言するのなら興味もある。どのみち救助が来るまで動けはしない以上、見学させてもらうことにした。

 マシラたちは見学がいるためか妙に緊張して浮足立ちながらサルベージ作業を進めていたが。

 

「しかしスゲェ猿だな」

 

 〝ゆりかご〟と呼ばれるアンカーで船を固定し、船首の飾りだと思っていた猿を連結させる。そこから空気を送り込んで船体を浮き上げ、ロープで引き上げるらしい。

 驚いたのはマシラが最初に大量の空気を供給したことか。あれほどの肺気量は中々得られるものではない。

 ゾロやサンジ達も感心したように見ていた。

 

「え? そんなにおれは〝サルあがり〟か?」

「なんだそりゃ……」

「〝男前〟って意味だ」

「そんな言葉ねェだろ……」

「ああ、サルまがいだな」

「おいおいそんなに褒めんなよ!! ウッキッキー!!」

 

 ルフィの言葉に照れるマシラ。

 そうこうしているうちに船が海面近くまで引き上げられ、船体が露になる。

 マシラたちにとっても中々の大物らしく、騒がしくなっていた。

 

「なァ、これ引き上げてどうするんだ?」

「中には色々と貴重な資料があったり、貴金属があったりする。そういうものを回収して金にすんのさ。船自体は傷んでるが、使い物になる木材なんかがありゃあそれもバラシて売り捌くのよ。船自体が貴重な資料になるって買い取る奴もいるが、まァ金額次第だな」

「へェ……」

 

 過去の貴重な日誌や記録が手に入れば、それを欲しがる者に売る。そういう商売らしい。

 海賊と自称してはいるが、海賊とは少々言い難いタイプの者たちのようだ。

 

「しかしオメェら、海のど真ん中で、それも沈没した船の傍でサルベージするわけでもなく何してたんだ?」

「何もクソもねェよ。次の島に行く途中で船が降ってきたんだ」

「ウキキキ!! そりゃ災難だったな!!」

「ああ、記録指針(ログポース)は上を向いたまま動かねェし、救助を待ってるところさ」

「近くにおれ達がナワバリにしてる島がある。そこまで連れて行ってやってもいいぜ」

 

 引き揚げ作業が終わり、マシラの部下たちが船を固定しているところでマシラはサンジとそんな話をしていた。本人が忙しいのは給気まででそれ以降は部下任せなのだという。

 サンジのお茶を飲みながら提案するマシラの言葉に、ルフィたちは頷いてその提案に乗る。

 救助と言っても数日かかる可能性もあったのだ。早いに越したことはない。

 キャンセルの連絡を入れてマシラの船に付いていくことにする。

 

「いやー、助かった!」

「これも縁ってやつよ! ウキキキ!!」

 

 ルフィとマシラは意気投合したのか、仲が良さそうに肩を組んでいた。

 サルベージ作業も無事に終わり、マシラたちが拠点にしている島に行こう──となったその時。

 ()()()()()

 

「なんだ!? いきなり夜になったぞ!?」

「ウソよ、まだそんな時間じゃないわっ!!」

「じゃあ何なんだよ!! これも偉大なる航路(グランドライン)特有の現象か!?」

 

 日が沈んだことによる暗さではない。本当に急に、辺りに日が差さなくなったのだ。

 突如として暗くなったことに慌てるルフィたちだが、マシラは比較的落ち着いていた。

 と言うより、「そんな場合ではない」と知っていたからこそ行動は早かった。

 

「おいお前ら、急いで船を出すぞ!!」

「なんだ、お前これについてなんか知ってんのか?」

「知ってるって程じゃねェ。これに関しちゃ()()()()()()()()からな!!」

 

 偉大なる航路(グランドライン)における不可思議な現象はいくつかあるが、解明されているものと解明されていないものがある。

 今回の現象は後者に属し、なおかつマシラは何度かそれを自分の目で見て来た。

 

「今の海は危険だ!! とっととずらかるぞ、野郎ども!!!」

「ボ……園長(ボス)……!!」

「どうした、お前ら何やって……」

「あ、あれ……あれが……!!!」

 

 マシラの部下たちが示す方向を見ると、マシラを含めたルフィたち全員が目を見開く。

 そこには。

 船などとは比べ物にならない、()()()()()()()()が映っていた。

 その影は音もなく槍を振り上げ、穂先を下に向けた。

 この世の光景とはとても思えない。恐怖の象徴のような姿を見て誰もが慄き、冷や汗を流す。

 

「怪物だあああ──!!!」

 

 あんなものが振り下ろされてはただでは済まない。

 出来る限り最速で帆を畳み、オールを漕いで全速力でその場を離れる。

 暗闇の中に現れた理解不能な怪物のことなど、誰にもわかりはしない。それが何であれ、逃げる以外に選択肢は無かった。

 




ちなみにショコラは原作における偽麦わらの一味にいた偽ナミです。

ジャヤでの話は一応ある程度はやりますが、基本は原作と変わらないので巻いていく予定です。


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第百七十四話:ジャヤ

本誌を読んだ方はわかると思いますが、オハラ関連で少し情報の進展があったので過去話の修正をしています。細かな修正なので特に話の流れに影響はありません。


 

 

 巨大なガレオン船が降って来たかと思えば、指針を空に奪われ。

 妙なサルが現れては船をサルベージし。

 最後は夜が来て巨人族よりも遥かに巨大な〝大怪物〟が現れた。

 全力でオールを漕いだ麦わらの一味の面々は、突如現れた夜から逃げた後で焦燥した顔のまま休息していた。

 近くの島まで連れて行ってくれるというマシラの船ともはぐれてしまった。

 まぁ、マシラ本人はメリー号に乗ったままなのだが。

 

「お前の船、逃げてる途中ではぐれちまったみてェだが……どうするんだ? 針路が無くなっちまったぞ」

「そうだな。だが心配はいらねェ。こんなこともあろうかと、おれは常に永久指針(エターナルポース)を懐に隠し持っている」

「随分用意周到なんだな……」

「サル知恵*1だろ?」

「サル知恵ってそう言う意味じゃ……いやまァいいけどよ」

 

 もう突っ込むのも疲れたのか、ウソップが疲れた顔で言う。

 天気は快晴、波は穏やか。先程のようなトラブルも特になく、一行の船はマシラが拠点とする島──〝ジャヤ〟に辿り着く。

 道中で飛んでいるカモメが誰かに狙撃されて墜落してきたが、目の当たりにしたチョッパー以外は特に気にも留めていない。

 港に船をつけると、マシラは手を広げて歓迎するように言った。

 

「ようこそ、おれ達のナワバリ……〝ジャヤ〟へ!」

「ジャヤ……!! にぎわってるみてェだな!!」

「ところで港に泊まってる船が軒並み海賊船なのは見間違いかしら?」

「ハハハ、何言ってんだナミ。海賊船が堂々と港に船を泊める訳……」

「ここは〝黄昏〟や海軍が来ることもない。商船の航行ルートからも外れてるからな。行き場のねェ海賊たちがこの島に集まることも少なくねェし、率直に言って治安は最悪の町だぜ」

「なんなんだようこの町は……」

 

 言ってる間にも銃声と叫び声が聞こえて来たので、ウソップ、ナミ、チョッパーの三人は既に半泣きだった。

 こんな町を拠点にしているマシラも実はヤバい奴なのではと、一同の視線が集中する。

 視線を浴びた当人はと言えば、一斉に視線を集めたものだから恥ずかしそうに照れていた。

 

「コイツは違うな」

「ただのアホだ」

 

 ゾロとサンジは散々な言いようをしていたが、マシラは気にした風も無く船を降りる。

 

「おれはここまでだ。また何かあったら、島の対岸におれ達の拠点がある。そこへ来てくれりゃあいい」

「そうか、何から何までありがとな!」

「良いってことよ、ウキキキキ!!」

 

 マシラと仲良くなったルフィは手を振ってマシラを見送り、新しい島と言うことでいの一番に船を下りて町を見て回ろうとする。

 続いてゾロも適当に見て回ると言い、二人が肩を並べて町へと歩いていく。危険な町ではあるが、二人の強さを考えれば大丈夫だろう……と判断しての事だ。

 もっとも、この二人が空島に関する情報を真面目に集められるとも考えられないわけだが。

 

「絶対無理よ。私も行くしか無いわ!」

 

 当初は行きたがらなかったナミだが、こうなれば仕方が無いと二人を追いかける。

 

 

        ☆

 

 

 ジャヤと言う島の、西にある町。

 そこには行き場のない、夢を見ない無法者たちが集まる無法地帯。

 秩序を保つ黄昏の海賊団も海軍も近寄ることはなく、政府も介入することのない町である。

 人を傷つけ、歌って笑う町。

 嘲りの町──モックタウン。

 現在この町では複数人の高額賞金が掛けられた新人(ルーキー)たちが居た。

 筆頭は5500万の大型ルーキー、〝ハイエナ〟のベラミー。

 それに続く5200万のカポネ・〝ギャング〟・ベッジ。

 5000万の〝魔術師〟バジル・ホーキンス。

 4200万の〝処刑人〟ロシオ。

 各所から行き場のない悪党たちの集まる町ではあるが、ここまでの顔ぶれが集まることはそうそうなく……この町に住む者たちも、運悪く居合わせた海賊たちも、彼らの機嫌を損ねるまいと宿に籠っている者も多かった。

 

「……おれ達から提供できる情報はこのくらいだ」

「なるほど、参考になる。おれ達からは──」

 

 バジル・ホーキンスとカポネ・ベッジ。

 二人は共に何人かの部下を連れ、とある酒場の一角で情報共有をしていた。

 〝偉大なる航路(グランドライン)〟は奇妙な海だ。解明されていない事象は多く、また最新の海の状況は一味の生存に直結しうる重要なものだ。

 それらはただの自然現象に留まらず、海賊同士の勢力争いや海軍の動きも同様である。

 

「……ここのところ、海軍の動きが活発だ。クロコダイルが落とされたことによる治安の悪化を危惧しているのだろう」

「七武海か。クロコダイル一人落とされたくらいじゃ大勢は変わらねェと思うがな」

「おれも同意見だ」

 

 この海における影響力と言う意味では、ともすれば海軍よりも大きい力を持つ〝黄昏〟がいる。

 特に〝西の海(ウエストブルー)〟出身で〝五大ファミリー〟にも関わってきたベッジは、カナタの事を様々なところで聞かされてきた。

 現在の勢力を鑑みても、クロコダイル一人落とされたくらいで揺らぐほど七武海の基盤は柔ではない。

 

「公的には海軍が討伐したことにはなっているが、事実はわからねェ。〝黄昏〟が動いていたって不思議はねェからな」

「だが、〝魔女〟は新世界でカイドウやビッグマムと衝突したと聞いた。クロコダイルを彼女が落とすのは無理が──」

「「なんだテメェやんのかァ!!?」」

 

 一触即発の雰囲気を出す麦わらの男と巨漢の男が、カウンター席で騒いでいた。

 

「オメェ、海賊か。懸賞金は?」

「3000万!!」

「3000万~!? お前が……!? そんなワケあるかァ、ウソ吐けェ!!!」

「ウソなんか吐くかァ本当だ!!」

 

 喧しく騒ぐ二人に目をやるホーキンスとベッジ。

 巨漢の男に見覚えは無いが、麦わら帽子をかぶった男の方には見覚えがあった。

 

「ありゃあ確か、〝東の海(イーストブルー)〟の〝麦わら〟か」

「3000万……懸賞金の額としてはそれなりだが」

 

 実際の強さは見た目だけではわからない。3000万もの懸賞金はそう簡単につく額ではなく、増してや最弱の海と名高い〝東の海(イーストブルー)〟でそれほどの金額が付いたのなら、それ相応の何かがあると考えるべきだった。

 慎重さはこの海で生きる上で大事なことだ。時には大胆さも必要ではあるが、二人は無用な冒険などするタチでは無かった。

 

「ホラホラ、そこまでだ。店の中で喧嘩は御免だぜ。アンタはこれ持って帰んな」

「チッ……」

 

 巨漢の男はチェリーパイを受け取って店を出て行った。

 ホーキンスとベッジは出ていく巨漢の男を横目に見ていると、ある種の不気味さを覚える。

 腕っぷしの強さもあるのだろうが、何か……得体の知れない感覚を覚えていた。

 

「……今日は客が多いな」

 

 入れ違いで店に入ってきたのはベラミー一味である。

 船長のベラミーを筆頭に、〝ビッグナイフ〟のサーキースとその仲間たち。少なくとも懸賞金の額だけは同レベルの二人が入ってきたため、ホーキンスとベッジは警戒を露にする。

 するとサーキースは二人に気付いたのか、巨大なククリ刀を背に持ったままニヤリと笑った。

 とは言え、流石に酒場で荒事をするつもりは無いのか、そのまま店の奥へと入っていく。

 

「ちょっと何なのこの店。クサイ汚いクサイ汚い」

「ハハハ、少しくらい我慢しろ。面白いモンが見れるかもしれねェんだからな」

 

 店の中が異様な雰囲気になってきたのを感じたのか、酒を飲んでいた荒くれ者たちは我先にと金を払って店を出ていく。

 粗暴なものが多い町であるために、こういった鼻の利く者以外は死にやすい町でもある。長く住んでいるものほど危機に対する嗅覚は優れていた。

 

「なんだ、気が利くじゃねェか」

 

 ベラミーの相棒であるサーキースがどかりと椅子に座り、ベラミー一味の面々は好きに座って酒を要求する。

 船長であるベラミーはと言えば、真っ直ぐにカウンターに座っているルフィの隣に座った。

 

「テメェが〝麦わら〟か」

「ん? 何だ、何か用か?」

「ハハハ、用があると言えばある。オヤジ、おれに一番高い酒を。このチビにも好きなモンを」

「……ああ」

 

 そこからの展開は早かった。

 出されたドリンクを飲もうとしたルフィの頭を掴んでカウンターに叩きつけたベラミー。

 そこから店内で喧嘩が始まるかと思った瞬間に、横にいたナミが「空島に行きたい」と言う発言に酒場全体が沸き立ち、ホーキンスとベッジ達以外は爆笑の渦に包まれる。

 そんな御伽噺を信じている馬鹿がまだいるのかと笑うベラミー達と、それを冷めた目で見るホーキンスとベッジ。

 笑われたルフィはと言えば、何かを悟ったのか喧嘩をする気を無くし、ベラミー達にやられるがままだった。

 酒をかけられ、殴られ、ガラスに叩きつけられる。

 ルフィとゾロの二人は特に抵抗することもなく。

 

「……見るに堪えねェな」

「同感だ。みっともないにも程がある」

 

 サーキースは二人の言葉を聞いて更に笑うが、当の発言をした二人()()()()()()()()()()()を決して口にしなかった。

 怒ったナミがルフィとゾロの二人を連れて酒場を出ていくと、ホーキンスとベッジも興が覚めたとばかりに店を出ていく。

 そこには、先に出て行ったはずの巨漢の男が道のど真ん中に座ってパイを食べていた。

 今しがた店を出たルフィたちに対し、何か話しかけているのが聞こえる。

 

「──空島はあるぜ」

 

 男の言葉にナミが視線を向ける。

 先程散々馬鹿にされたばかりだ。下手な慰めなど要らないという意味を込めての視線だったが、男は特に気にも留めない。

 

「何を悔しがるんだ、ねーちゃん。今の戦いはそいつらの勝ちだぜ。オメェの啖呵も大したもんだったぞ!! ゼハハハハ……肝っ玉の据わったいい女だ!!」

 

 ナミに引きずられていたゾロとルフィが自分の足で立ち、埃を払う様に服を叩く。

 

「あいつらの言う〝新時代〟ってのは、クソだ。海賊が夢を見る時代が終わるって……!!? えェ、オイ!!!」

 

 男は酒を飲んで大笑いし、ドンと酒瓶を地面に叩きつける。

 

「人の夢は!!! 終わらねェ!!!」

 

 いきなり大声を出して訳の分からないことを言い出した巨漢の男に、周りの荒くれ者たちは笑いをこらえるように肩を震わせていた。

 だが男は一切気にすることなく、ルフィを見る。

 

「笑われていこうじゃねェか。高みを目指せば、出す拳の見つからねェケンカもあるもんだ。ゼハハハハ!!!」

 

 そこから少しばかり話をすると、男は背を向けてどこかへと歩き去っていった。

 去り際に「今日は酒がウメェ日だ」と機嫌よく笑いながら。

 

「何だったんだ、あいつは」

「さァな……時に、お前はいつこの島を出る?」

「? 情報収集のためにあと二、三日はいるつもりだが、それがどうした?」

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ホーキンスの言葉に、ベッジは眉根を顰める。

 他人の言葉で行動を変えることはしない男だが、合理的な理由があるのなら柔軟な対応も考えられる男だ。

 何よりも先にその根拠を言えと、ベッジは先を促す。

 

「おれはタロットカードで先の事を占う。お前にも見せたはずだ」

「なんだ、良くない結果でも出たのか? 生憎、おれはそんなモンを信じるタチじゃ──」

「おれとお前が明日までこの島に残っていた場合、()()()()()0()%()()()()

「……0%だと?」

「理由までは分からない。おれが占えるのは結果に対する確率だけだ。だが、今日の夜までにこの島を出れば、生存確率は飛躍的に上がる。お前に話を持ち掛けたのは、そちらの方がおれの生存確率も上がるからだ」

「なるほどな……」

「おれからはそれだけだ」

 

 ホーキンスは部下を連れ、どこかへと歩き去っていった。

 ベッジは店の入口から拠点としているホテルへ向かう道中、葉巻を吸いながら深く考え込む。

 単なる占いなら考慮するに値しないが、ホーキンスはあれで何度か危機を乗り越えて来た自負がある。島を出るというのも嘘ではないのだろう。

 加えて、ベッジ自身も確かに奇妙な胸騒ぎがしていた。

 虫の知らせ、と言い換えてもいい。とかく、この手の感覚を馬鹿にしたものから脱落していく世界だ。これを無視することは、ベッジには出来なかった。

 

「おい、記録(ログ)は溜まってるのか?」

「はい、頭目(ファーザー)。既に物資も積み込んであります」

「ホテルを引き払う。いつでも出航できる準備を整えておけ」

 

 ホーキンスの占いを信じたわけではないにせよ、今夜には何か大きな山場があると考えるべきだ。

 ベッジはそう判断してホテルを引き払い、部下を引き連れて急ぎ船へと戻る。

 

 

        ☆

 

 

 ルフィとゾロが傷だらけで帰ってきたことにウソップ達は驚き、船の修繕を中止して急ぎ治療にあたる。

 とは言ってもかすり傷や切り傷ばかりだ。大した傷があるわけでもない。

 ナミの精神は荒れに荒れてウソップとチョッパーは怯えていたが、ゼポとペドロがなんとか宥めていた。

 

「随分荒れているのね」

「お。お帰りロビン、ちゃん……」

 

 サンジがロビンを出迎えると、ロビンの後ろに見覚えのない巨漢の男が立っていた。

 酒とチェリーパイの入った袋を手に持っている。

 

「ゼハハハハ!! この船が今オメェが世話になってる船か!!」

「ええ。あまり騒がしくしないようにね」

「ロビンちゃん、そっちのデケェのは一体……」

 

 サンジがタバコを咥えたまま、目を丸くして尋ねる。

 その様子に気付いたルフィやウソップ達も何だなんだと船の縁まで行くと、ルフィは見覚えのある顔に驚いた顔をする。

 ルフィの顔を見て、その男もまた驚いた顔をした。

 

「お前……」

「なんだ、また会ったな麦わら!! ゼハハハハ!!!」

「あら、知り合い?」

「さっき酒場でちょっとな!」

 

 髭の目立つ黒髪の巨漢──ティーチはそう言って笑い、ロビンと共に船に乗り込む。

 ティーチの巨体はメリー号には少々大きすぎるが……船室に入るのでも無ければ問題は無かった。

 

「それで、そっちの男は何なんだ?」

「彼はティーチ。〝黄昏〟の古参で、私にとっては……そうね、海賊風に言うなら〝兄貴分〟かしら?」

「おう、よろしくな!! ゼハハハハ!!!」

「お前〝黄昏〟の一員だったのか?」

「まァな。だが今は休暇中なんだ」

 

 紹介を受けたティーチは酒臭い息を吐きながらチェリーパイを口にし、ペドロとゼポに視線を向ける。

 直接の面識は無いが、一応ミンク族に関することもティーチは知っているし、ロビンと共にいることも聞いていた。

 その強さを直に確認すると、ティーチは僅かに目を細める。

 それを悟られないように酒瓶を傾けて口の中のチェリーパイを流し込み、ルフィの方に視線を向けた。

 

「それで、オメェら空島に行きてェんだったな」

「……こう言うとなんだけど、本当にあるの? さっき酒場で嫌って程笑われたんだけど」

「空島のいくつかは〝黄昏〟のナワバリだ。わざわざ伏せてる手札を公表する奴なんざいねェよ。だがまァ、率先して隠してるわけでもねェ。空島はそれ自体が隠し場所として優秀だからな。あると明言しないかぎりは空想だって探そうともしねェ馬鹿を増やせるのさ」

 

 政府に対する隠し事の多い〝黄昏〟にとってはそちらの方が都合が良いのだ。

 無いと痕跡を隠そうとすれば、それが逆に怪しさを生むこともある。あるともないとも言わないあいまいな態度が一番煙に巻けると考えての行動だった。

 

「だが、ここからじゃ正規ルートの〝ハイウエストの頂〟に行くには永久指針(エターナルポース)が必要だ。それに仲間を数人犠牲にしなきゃならねェ。それでも行くか?」

「仲間を犠牲に!? なんでそんなことを……」

「そうしなくちゃいけねェ場所があんのさ」

「どうするの、ルフィ」

「じゃあいい。仲間を失ってまで冒険はしねェ」

「ゼハハハハ!! 仲間思いのいい船長だな!! ──だがそれは正規ルートの話だ。他にも行く方法はある」

 

 その一つが〝突き上げる海流(ノックアップストリーム)〟によるものだ。

 過去にロジャー海賊団が同じ方法で空島へ行ったと、ティーチはイゾウから耳にしていた。

 

「〝海賊王〟と同じ賭けをしてみる気はあるか?」

「〝海賊王〟と……!!」

「それは仲間を失わなくて済むの?」

「仲間を失うことはねェ。とは言っても、この賭けは乗った時点でオールオアナッシング──全員生き残るか全員死ぬかだ!」

 

 その判断を見守るように、ティーチはジッとルフィを見る。

 ルフィはティーチの話を聞き、脅し文句を聞いても笑うばかりだった。

 

「なんだ、あるんじゃねェか!! だったらそれで行こう!!」

 

 怯えなど一切ない。ルフィの快諾にティーチは機嫌が良さそうに笑い、ジャヤの地図を置く。

 ジャヤは二つの島が隣り合うような形になっており、反対側の島のとある地点にバツ印が示されていた。

 

「おれもこの辺の海には詳しくねェ。だが、この島に拠点を築いて色々やってる奴がいるらしい」

「この島に拠点?」

「ああ。夢追い人さ」

 

 夢を追い、バカにされ、町から追い出されたはみ出し者──その男ならば、ジャヤ近海について詳しいだろう。

 手を借りることが出来れば、あるいは空島に行くことが出来るかもしれない。

 ティーチの提案にルフィは快諾し、一行はその夢追い人──モンブラン・クリケットの下へと向かうことになった。

 

*1
本人曰く賢いの意




来週は私用につき休載です。
次の更新は12/5の予定です。


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第百七十五話:突き上げる海流(ノックアップストリーム)

 

 

 モックタウンの港から北回りに対岸に回り、ジャヤの東を目指す一行。

 道中でショウジョウ海賊団と鉢合わせし、すわ戦闘かと構えたが……何気なくウソップの放った「マシラみてェだ」という一言にショウジョウが反応。

 マシラとショウジョウが兄弟分であることを知り、ルフィがマシラと友達であることを告げると一転して友好的な態度になった。

 

「おめー、そういうことは早く言えよ。マシラのダチならおれのダチだ。通行料も要らねェ」

「そうか、ありがとう」

「良いってことよ。おめーらマシラに会いに行くのか?」

「いいえ、私たちはモンブラン・クリケットと言う人を探しているの」

「おやっさんを?」

 

 聞けば、ショウジョウとマシラが居候している家の家主がクリケットだと言う。

 家自体は小さいので寝泊まりは自分たちの船でしているというどうでもいい情報を聞きつつ、ショウジョウの先導でクリケットの家へと向かうことになった。

 そこにあったのは、島の岸壁ギリギリに建つ()()()()だった。

 金が無いのか資材が無いのか、良く分からないが家の半分はベニヤ板で塞がれている。

 

「ここだ。お~い、おやっさ~ん!!」

「夢追い人って言うか……」

「まァ、見栄っ張りではあるようだな」

 

 ひとまず船を停泊させて降りると、家の中に入っていくショウジョウを見送りつつティーチの方を見るナミ。

 

「クリケットさんって、なんでこんなところに住んでるの?」

「詳しいことは知らねェ。が……このジャヤには莫大な黄金が眠ってるって主張してるらしいぜ」

「黄金!? 黄金があるの!!?」

「さァな。ロマンのある話ではあるが、今時見つかってねェ黄金なんざどれだけあるかって話だ」

 

 〝大海賊時代〟が始まって20年。

 多くの海賊たちが海へと出て、多くの島々を旅してきた。

 見つかってない島などほとんどなく、〝黄昏〟はその性質上ほぼ世界中の海図を作図して所有している。調査の手が入っていない場所の方が少ない。

 人々が求めるロマンなどもはや数える程しか残っていないだろう。

 それでも人の手の及ばない場所は確実にある以上、無くなることはないのだろうが。

 

「姉貴の功績は多いが、中でもラジオの存在は確実に世界を狭めた。ほとんどの連中は見た事もねェ人魚や魚人、巨人……多くの種族が自分たちと大して変わらねェことを知ったし、不思議なものが世にあることを知らしめたが、同時に世界には人の知恵が及ばないほど不思議なものは言うほど多くねェこともまた知れた。今や全くの未知が存在するとすりゃあ、〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟か空の上くらいのもんだ」

「ほー。お前、姉ちゃんいるのか」

「今の話を聞いて食いつくのがそこかよ!」

「ゼハハハハ! ああ、いるぜ! とんでもなく腕っぷしの強ェ姉貴だ!!」

 

 冒険よりも先に女に食いついたサンジにウソップがツッコみ、ティーチが笑う。

 ティーチの姉と言うことで、カナタの事を知らない面々は女版ティーチのような人間を想像していた。巨体でガサツで海賊然とした腕っぷしの強い女傑である。皆がどんな人物像を描いているか何となく想像出来たロビンは「本人が聞けば怒りそうね」と考えていた。

 

「いねェみてェだ……おめーら、ちょっと待ってろ。多分ダイビングの途中だろうからな」

「ダイビング? 海に潜って何してんだ? 今日のメシの材料でも取りに行ってんのか?」

「いや、黄金を探してんだ」

 

 ショウジョウが軽く放った一言に驚く一同。

 

「やっぱ黄金があんのか!?」

「まー、無くはねェ。あとで見せてやるよ」

 

 おやっさんが戻ってくるまでまだ時間がかかるだろ、とショウジョウは腰を下ろす。

 その目の前にある切株のテーブルに置かれているのは〝うそつきノーランド〟と題された絵本だ。

 

「イカすタイトルだな!」

「懐かしいな。ガキの頃何度も読んだよ」

「え? でもこれ、北の海(ノースブルー)の発行って書いてあるわよ?」

「ああ、おれの出身は北の海(ノースブルー)だからな」

 

 世界の海は赤い土の大陸(レッドライン)によって隔てられている。ルフィたちの出身である東の海(イーストブルー)へと北の海(ノースブルー)から移動するにはこれを越えねばならず、幼少期にそれが出来る者は極めて限られる。

 ロビンやペドロ、ティーチはそれを疑問に思うが……頭の片隅に留めるだけにしておく。

 本人に問い詰めてもいいが、あまり話したくなさそうに話題を変えたからだ。

 

「おれの事はいいんだ。それより、この絵本にあるノーランドってのは昔実在してたって話は聞いたことがある」

「おめーもこの童話を知ってんのか! おれとマシラはこの絵本のファンでな……この話に出て来る黄金があった島ってのがまさに〝ジャヤ〟のことなのさ!!」

 

 童話の舞台となった島がまさにジャヤであるとショウジョウは楽しそうに語る。

 ノーランドはかつて地殻変動による沈没を主張しており、クリケットはそれを探して日々海底に潜っているとも。

 そういった話をしているうちに、海から誰かが上がってきた。

 

「おやっさん!!」

「……誰だおめェら」

 

 頭頂部に栗の形をした髪を生やした中年の男──モンブラン・クリケットである。

 彼は見知らぬ海賊と打ち解けているショウジョウに困惑していた。

 

 

         ☆

 

 

「なるほどな……」

 

 クリケットの家に入ってひとまず経緯を一通り説明する。

 途中でクリケットが潜水病のために気を失う一幕もあったが、チョッパーの迅速な手当てで事なきを得た。

 記録指針(ログポース)を空に奪われたことから始まり、マシラと会ったことやジャヤで情報を聞いて回ったこと、空島に行きたいことを告げる。

 ショウジョウは戻ってきたマシラと外へサンマを釣りに行っていた。

 

「〝空島〟か……あんな御伽噺を信じてる奴らがまだいるとはな」

「あるかないかを議論する気はねェ。そこはもうわかってることだ。問題は方法でな」

 

 ティーチがかつてイゾウから聞いた〝突き上げる海流(ノックアップストリーム)〟を利用する方法を聞くと、クリケットはタバコを咥えたまま顎に手をやって考え込む。

 確かにその方法なら空島に行ける。

 クリケット自身が試す気は無いが、一つ一つの要素を繋げていけば納得するところも多い。

 

「それでおれのところに……つまるところ、知りてェのは〝突き上げる海流(ノックアップストリーム)〟と〝夜〟が被る場所と時間ってことか」

「話が早くて助かるぜ」

()()()()()()

「何ィ!!?」

 

 ポンと出て来た言葉にウソップが驚く。

 マシラのナワバリで〝夜〟が現れたことと、月5回の〝突き上げる海流(ノックアップストリーム)〟の周期から見て総合的に判断したのだ。

 〝夜〟が現れる原因である雲──積帝雲はジャヤの南に現れ、〝突き上げる海流(ノックアップストリーム)〟を利用して飛ぶならそこしかない。

 何より記録指針(ログポース)があと一日いれば書き換えられてしまう。

 

「おれはこの島に来て10年になる。この推測はまず間違ってねェと断言しよう」

「10年……ここで10年も何してんだ?」

「金塊を探してんのさ」

 

 クリケットは元々モンブラン・ノーランドの子孫であり、元居た国では子孫であると言うだけで罵声を浴びて育った。

 それを嫌がって海に出て海賊になり、偶然この島に辿り着いて、ノーランドが主張した地殻変動で海底に黄金都市が沈んだのか確かめるためにずっと一人で潜り続けている。

 祖先の無念を晴らすためでも、汚名返上を考えてのものでもない。

 クリケットにとって、人生を狂わせたノーランドと言う男が最期を迎える原因になった島に辿り着いた以上、これも運命と考え──決着を付けたかったのだ。

 

「ノーランドの日誌にも空島を示唆する記述は幾つかある。確か……この辺か」

「これ、本人が残した当時の日誌!? すごい……!!」

 

 貴重な資料をクリケットから渡され、ナミはドキドキしながらページをめくる。

 ──海円歴1120年6月21日快晴、陽気な町ヴィラを出航。

 ──〝記録指針〟に従い港より、まっすぐ東北東へ進航中の筈である。

 ──日中出会った物売り船から珍しい品を手に入れた。「ウェイバー」というスキーの様な一人乗りの船である。

 ──無風の日でも自ら風を生み走る不思議な船だ。コツがいるらしく私には乗りこなせなかった。目下、船員達の格好の遊び物になっている。

 

「うっそ、なにこれ欲しい!!」

「いいから先読めよ!!」

「ウェイバーなら売ってるぜ。〝黄昏〟で取り扱ってる。そこそこ値は張るが」

「売ってるのかよ!!?」

 

 ティーチの言葉に驚きつつ、ナミは続きを読み上げる。

 ──この動力は〝空島〟に限る産物らしく、空にはそんな特有の品が多く存在すると聞く。

 ──〝空島〟と言えば探検家仲間から生きた「空魚」を見せて貰った事がある。奇妙な魚だと驚いたものだ。

 ──我らの船にとっては未だ知らぬ領域だが、船乗りとしてはいつか〝空の海〟へも行ってみたいものだ。

 ノーランドの日誌にも空の海の記述があることでルフィたちのテンションが上がり、今にも踊り出しそうなほどである。

 

「はー……スゲェな。本当にあるんだ」

「ゼハハハハ! まァ実際、自分の目で見るまでは信じられねェのも理解出来るぜ! だが空島は実在する。伝説だ御伽噺だって言われてたモノだってあるんだ──だったら、〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟だってそうさ!! 必ず存在する!!!」

 

 ティーチは上機嫌にそう言うと立ち上がり、「おれはモックタウンに帰るぜ」とロビンに告げる。

 

「あら、もう帰るの?」

「ああ。おれの役目は終わりのようだしな。あとはあっちの連中に聞いたほうが良い。出発は明日の朝だろ? 見送りには来てやるよ!」

 

 ここにいてももう何か出来るわけでもない。

 ロビンが世話になってることもあって見送りには行くつもりだが、彼にとってはそれ以上の価値があるわけでもないのだろう。

 陽気に笑ってルフィたちと別れ、ティーチは海岸沿いに歩いてモックタウンへと戻っていった。

 

 

        ☆

 

 

 その日の夜中。

 仲間たちを集めたティーチは、酒場で食事をすると早朝に少し出掛ける旨を伝える。

 この場にいるのはティーチを含めて5人。

 ジーザス・バージェス。

 ヴァン・オーガー。

 ドクQ。

 ラフィット。

 誰も彼も、ティーチに負けず劣らずの巨漢であった。

 

「どこに行くんだ、船長」

「妹分の見送りさ。空島に行くってんでな」

「空島! そりゃまたスゲェところに行くんだな!!」

「ホホホ、妹分と言うと、〝黄昏〟の?」

「そうだ。おめェらも来るか?」

「ここで出会ったのも何かの縁……ここで顔を合わせておくのもいい」

「そうだな、悪くねェ……ゲフッ」

 

 休暇を使って各地で集めた仲間たちだ。ティーチは〝黄昏〟の一員で、その気になれば部下などいくらでも得られる立場ではあるが……自分の部下くらい自分の目で選んだ者たちを持ちたかった。

 生きるも死ぬも運次第だが、背中を預ける仲間は自分で探してこそだと思う面もあっての行動である。

 先日の百獣・ビッグマムの海賊同盟が動いた際も戻るべきか悩んだが、今はまだ自身の存在は伏せ札として残しておくべきだと判断して動かなかった。

 なりふり構わず戦力が必要なら、カナタは各地から動員するので物価に影響が出る。今回はそれが無かったので余裕があると考えたためだ。

 

「具体的な時間は聞いてねェが、早朝に行けば問題は──」

 

 ティーチが酒を片手にこれからの予定を話しているとにわかに表が騒がしくなる。

 どうせまたどこかの海賊がケンカでもして騒いでいるのだろうと気にも留めていなかったが、派手な音が連続し、一際派手な音と共に地面が少しだけ揺れると静かになった。

 戦っていたと思しき海賊を見聞色で探ると、覚えのある気配であることに気付いて表に出る。

 建物のあちこちに穴が開き、暴れ回ったのが窺える。

 そこを通って戦場になった場所を真っ直ぐに目指すと、一件の酒場の中から見覚えのある麦わら帽子の男が出て来た。

 

「あ、おっさん」

「オメェこんなところで何やってんだ。空島に行く準備で忙しいんじゃねェのか?」

「うん。でも、ひし形のおっさんたちが金塊奪われたから取り戻しに来たんだ」

「……同情か?」

「友達なんだ」

「ゼハハハハ!!」

 

 大口を開けて笑うティーチ。

 ルフィは突然笑い出したティーチに訝しげな顔をする。

 

「空島に行くチャンスをふいにするかもしれねェってのに、友達だからか! おかしな奴だぜ!!」

「うるせェな。今から行けばまだ間に合うよ!」

「いや悪ィな。昼間の連中のところに戻るんだろ? 方向はわかるか?」

「うん。大丈夫だ」

 

 ルフィは海岸沿いに走って来たらしく、戻りも同じ道を使って帰るらしい。

 ティーチはそれを見送ると、風に飛ばされてきた二枚の手配書を捕まえる。

 

「〝麦わら〟のルフィ、1億ベリー。それに〝海賊狩り〟のゾロ、6000万ベリーか……あの覇気で3000万はねェと思ったが、中々のタマじゃねェか」

 

 新聞沙汰になってない事件はいくらでもあるだろうが、直近でこれだけの額が出る事件となると、ここから近いアラバスタの一件である可能性は高い。

 何かしらの形で彼らも関わっていたのだろう。

 ティーチは機嫌が良さそうに仲間たちの下へと戻り、クリケットたちのいる場所へ向かうために船を出した。

 

 

        ☆

 

 

 次の日の早朝。

 ティーチは仲間たちと共にクリケットたちのいる場所へと着くと、既に出航準備を整えていた。

 

「おう、準備は出来たか!」

「ティーチ。本当に来たのね」

「当たり前だろ、おれのことなんだと思ってんだ」

「貴方はほら、結構約束とかすっぽかす方だから」

 

 ロビンにこう言われ、ティーチはぐうの音も出なかった。

 出航までもう少し余裕があるらしいが、ティーチが見回すとルフィの姿が見えない。

 ほんの数時間前に見たばかりだが、ティーチの方が先に着いたらしい。

 

「これなら一緒に連れてくりゃァ良かったな」

「本当よ! 空島に行くチャンスを自分でふいにする気なのかしら!!」

 

 メリー号もマシラやショウジョウ達の手で補強されており、ニワトリを模した形になっていた。

 微妙に不安になるデザインである。

 

「しかし……お前らその船で移動してんのか?」

「良い船だろ?」

「いやそれ、船っつうか……」

 

 丸太を数本ロープで括っただけのイカダにしか見えないが、彼らは船だと強調する。ちなみにこの船、帆はあるが舵が無いのでオールを使って手動で方向転換する必要があった。

 イカダと呼んでも差し支えないだろう。

 言いたいことは色々あったが、情報提供などで協力してくれた手前悪いことも言いづらいのか、サンジが口を濁らせる。

 最終的に沈黙を通すことにしたらしく、タバコを咥えたまま黙ってしまった。

 そんなことをしながら待っていると、ルフィが息せき切って戻ってきた。

 

「やったぞ~~~~!!」

「来た!!」

「急げ、もう時間が……って、何か手に持ってる……?」

「これ見ろ!! ヘラクレス~~!!!」

「「「何しとったんじゃーー!!!」」」

 

 完全に寄り道をしていたことがまるわかりである。

 バタバタと船に乗り込んでいる間に、ルフィはクリケットへと金塊を返す。

 

「……さっさと船に乗れ。空島へ行くチャンスを駄目にする気か、バカ野郎」

「うん。船、ありがとう!」

「礼ならあいつらに言え」

「おめーらもありがとう!! ヘラクレスやるよ!!」

「マジかよお前滅茶苦茶良い奴じゃねェか!!!」

 

 もう時間が無い。

 ルフィが船に乗り込むと、ティーチ達を含めて一斉に帆を開く。クリケットはそれを見上げ、ルフィへと声をかけた。

 

「〝黄金郷〟も、〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟だってそうだ! 過去誰一人、〝無い〟と証明できた奴はいねェ!!! バカげた理屈だと人は笑うだろうが、結構じゃねェか!! ──それでこそ!!! 〝ロマン〟だ!!!」

 

 ロマンを追いかけ続ける男の言葉を受け、ルフィたちはジャヤから真っ直ぐ南へと向かう。

 現地までおよそ三時間。緊迫した時間が続くかと思えば、「今から気を張ってても仕方ねェ」と言うルフィの言葉でショウジョウもマシラも気を抜きつつ海を行く。

 

「そういやオメェら、手配書が更新されてたぞ!」

「本当か? いくらになってたんだ!?」

「麦わらが1億、海賊狩りが6000万ベリーだ!」

「本当だ……ルフィの手配書が更新されてる! ゾロも手配されてるぞ!!」

「おい、おれの手配書は?」

「ねェ」

「よく見ろよ。おれの手配書もあるはずだろ?」

「ねェ」

 

 ウソップの肩を揺するサンジを尻目に、ナミは「アラバスタの一件で金額が上がったんだ」と小さく呟いた。

 億越えの賞金首はペドロとゼポがいるとはいえ、自分たちの船長が実際にその域まで行くとなると思うところもある。

 ナミのつぶやきを耳ざとくとらえたティーチは「やはりか」と目を細め、ルフィの潜在的な強さに僅かに笑みを浮かべた。

 

「空島には〝黄昏(ウチ)〟の連中も常駐しているハズだ。おれは最近行ってねェが、ロビンの顔見知りもいるかもしれねェな」

「その可能性はあるわね」

 

 幹部が常駐している場所では無いのでロビンの顔を知っている可能性は低いが、機密の多い場所であることは確かだ。それなりに古株の者がいる可能性はあった。

 何か伝言でもあればとロビンは言ったが、ティーチは自分で伝えるから必要ないとそれを断る。

 そうして、〝突き上げる海流(ノックアップストリーム)〟が起こる場所の近くまで辿り着いた。

 予想より早い積帝雲の飛来にショウジョウがソナーを使って渦潮の位置を確認。方向を修正して海を進むと、急に波が高く荒れ始める。

 それを抜けていくと、海王類さえ呑み込むような巨大な渦潮が発生していた。

 

「うおっ、こりゃスゲェな……」

「ホホホ、これを利用するのは、確かに度胸が要りますね」

「それもまた、一つの運命である」

 

 その規模の大きさにティーチの仲間たちもずぶ濡れになりつつ驚いており、渦潮の中心に向かって進むルフィたちを見る。

 重要なのはタイミングだ。早すぎれば渦潮に呑み込まれて遅すぎれば爆発の中心からズレる。

 渦潮が収まり、あとは爆発を待つだけ……そのタイミングで、ティーチはルフィに声をかけた。

 

「麦わらァ!!!」

「なんだ、おっさん!!」

「空島、楽しんで来いよ!!!」

「ああ!!! 手伝ってくれてありがとう、おっさん!!!」

 

 風と波の音にかき消されないように大声で会話していると、その瞬間は訪れた。

 ──海底に空洞があり、そこに入り込んだ海水が地熱で温められることで蒸気が発生する。溜まった圧力は海水が入り込んできた穴から放出され、あらゆるものが空へと吹き飛ばされる。

 それが〝突き上げる海流(ノックアップストリーム)〟の原理だ。

 まともに受ければ船などひとたまりもないそれが、目の前で発生した。

 巨大な水の柱が立ち昇り、真っ直ぐに空へと伸びる。近くにいるだけで船が転覆しかねないほどの衝撃だ。

 

「ゼハハハハハ!!!」

「なんだ、随分上機嫌だな、船長」

「あァ。ああいう奴を見てると、死んだ親友を思い出すんだ」

 

 人一倍好奇心旺盛で、友人のために命を懸けられる男だった。

 知らねェモンは怖ェ、と言う理屈で色々なものに興味を持つ男だったが、首を突っ込むには少々弱すぎるのが玉に瑕だった陽気な男を。

 

「あいつが死んだのも空島だった……こういうのも縁かもしれねェな」

「それより、これからどうするんだ?」

「……そうだな。ボチボチ帰るとしようじゃねェか──〝ハチノス〟によ」

「このまま行くのか?」

「それでもいいが……折角だ、姉貴に土産を持って帰るとしよう」

 

 今、ジャヤには少なくとも三人の能力者がいたはずだ。

 ティーチは機嫌が良さそうにオールを持ち、一度ジャヤへ戻って土産物に悪魔の実を手に入れようと考えていた。

 

 




次回はドンキホーテファミリーのその後を書く予定です。スカイピア編はその後に。


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幕間 ドンキホーテファミリー

 派手な衝撃音と共に一人の体が吹き飛ばされる。

 地面をバウンドしながら転がる女性は血反吐を吐いて痛みに耐えつつ、このまま距離を取ろうと体勢を整える。

 夜の闇に紛れれば、あるいは逃げられるかもしれないと僅かな希望を抱いて。

 だが悲しいかな、追跡者はその程度で得物を逃がすような生温い相手では無かった。

 夜の闇を切り裂き、逃走する女性の背中に二本の矢が突き刺さる。

 

「あぐっ!!?」

 

 正確無比に左肩と右の脇腹を射抜かれた。わざわざ急所を外したのは、内臓を傷つけないようにするためだろうか。

 続けて右の太腿を射抜かれ、女性は転倒して動きを止める。

 痛みと混乱で息を乱し、血を流しながら追ってくる相手を見た。

 

「ハァ、ハァ……ぐ、う……!」

「鬼ごっこはおしまいです」

 

 音もなく現れたのは、一人の女だった。

 肩で切りそろえた白髪を赤いリボンで一部纏めた、どこか気だるげな雰囲気の女性だ。

 追われている女は痛みに顔を歪めながら、追う女を睨みつける。

 

「私が、一体何をしたと……!?」

「分からないワケは無いでしょう。こうなる覚悟を持って、貴女は〝黄昏〟に入り込んだハズです」

 

 ほんの数時間前には次のラジオの打ち合わせをすると話していたばかりだと言うのに、今はそんなことは関係ないと冷たく見下ろしている。

 追われている女性はモネ。

 追っている女性はアイリス。

 そこそこ付き合いも長く、友人として仲良くやっていた……少なくともモネはそう思っていたし、周りからもそう見えていたはずだ。

 それが今では、傷つけることを厭わない冷徹な目で見下ろして弓を構えている。

 

「く……っ!!」

 

 モネは力を振り絞って局所的に吹雪を発生させ、雪景色に紛れて逃走を図る。

 だが、アイリスは視界が悪い中でも正確にモネの右足を射抜いた。

 

「ぎゃあっ!!」

「無駄ですよ。視界を遮った程度では私の見聞色からは逃げられません」

 

 仮にも数年の付き合いがある友人だが──アイリスにとって、モネは単なる監視対象でしか無い。

 当初言われた時はつまらない任務を押し付けられたと思ったものだが、時折食事に行くと、どうにか機密情報を聞き出せないかとあの手この手を使って話してくるので退屈はしなかった。簡単に機密を話すようならアイリスの方が消されているのでそんなことは起こらないし、アイリスもそこまでモネと親しくしているつもりも無かった。

 まぁ、それもこれも全部、カナタから「処分して良い」と連絡を受けたので今日で終わりなのだけれど。

 

「ドンキホーテファミリー、モネ。貴女の行動は全て把握されていました。ラジオに出演させていたのは常に周りの目のあるところで仕事をさせるため。私が仲良くしていたのはプライベートの時間を監視するため。以上です」

「……!! バレていたというのなら、何故、今になって……!?」

「ドンキホーテ・ドフラミンゴが捕縛されました」

 

 モネの目が見開かれる。

 七武海を招集しての会合が終わり、カナタから簡潔にそれだけを告げられたのだ。使えるとは思っていないが()()()()()と言う理由で人質として生かしていたが、その価値ももはや無くなった。

 悪魔の実の能力者でなければ適当に暗殺して死体を処分すれば終わりなのだが、モネは幸か不幸か自然(ロギア)系の能力者である。

 

「そんな、若が……!!? 何故あの人が──」

 

 驚愕で思考が止まったモネの背中を抑えつけ、手を後ろに回して海楼石の手錠を付ける。

 これでアイリスの仕事は終わりだ。無駄に手間をかけさせられたが、呆然としている彼女に抵抗する術は最早ない。

 

「これ以上無駄な手間をかけさせないでくださいね。うっかり殺すと怒られてしまうので」

「……私を、どうするつもり?」

「それなりに長く〝黄昏〟にいた貴女なら、生け捕りにされた能力者がどうなるのか知らないハズは無いでしょう」

 

 それきり、モネは黙り切ってしまった。

 肩でもすくめたいところだったが、生憎とアイリスの肩にモネを載せているのでそれは出来なかった。滑り落ちて拾いなおすのは面倒だからだ。

 行く先は〝黄昏〟の医者であるスクラの研究室。

 そこで何をされるのか、アイリスは詳しいことを知らないが──ひとつだけわかっていることがある。

 もう二度と、肩の上で脱力している彼女と会うことは無い、と言うことだ。

 

 

        ☆

 

 

 ドフラミンゴはマリージョアから厳重に降ろされ、偉大なる航路(グランドライン)の前半の海にある赤い港(レッドポート)へと移送された。

 ここから一度海軍本部のあるマリンフォードへと移動し、〝正義の門〟を通って大監獄インペルダウンへと移動することになる。

 両腕を海楼石の錠で壁に繋がれたドフラミンゴは死なないように多少治療を施された痕があったが、当の本人は不機嫌そうに壁に寄りかかっていた。

 檻の前にはおつるが椅子に座って足組みしており、何かしでかさないように監視をしていた。

 

「……アンタは散々あたしから逃げ回ったが、こうなってしまえばあっけないもんだね」

「フッフッフッフ。大将を3人も動員しておきながら、随分な言い草じゃねェか? おれを捕まえたことを後悔しねェといいがな……!」

「蛇の道は蛇だ。海賊の世界がこれからどうなるか、アンタにはわかるかい」

「……新世界の怪物たちの手綱を引いていたのは確かにおれだが、奴らの怒りの矛先は常に〝魔女〟に向いていた。ジンベエは奴の狗で、モリアもくまもあの女が一つ声をかけりゃァ動く可能性は高い。〝七武海〟なんて言われちゃいるが、実態はあの女ありきのワンマンチームだ。海軍抜きで戦争を始める可能性すらある。

 おれがカイドウやビッグマムに物資を流せなくなりゃァ、奴らは干上がる前に動く。海軍なんざ見ちゃいねェ。奴らの視界には常に〝魔女〟だけが映ってる……その点で言えば、海軍はラッキーかもな。精々漁夫の利でも狙ってりゃァいいさ! どうなるかは神のみぞ知る、ってな!! フッフッフッフッフ!!!」

「…………」

 

 やはり、ここから先の嵐の中心となるのは〝魔女〟かとおつるは目を細める。

 ドフラミンゴはこう言っているが、海軍は十中八九介入することになるだろう。

 カナタが何の策も無く状況に踊らされるとも思えないが、単独で百獣・ビッグマムの海賊同盟を相手取って戦うのは些か分が悪い。

 たとえ先の小競り合いで、明らかに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 加えて、世界政府は20年前に黄昏の海賊団が百獣海賊団を攻め込んだ際の事を覚えている。あの時のように物価の高騰を思えば、多少無茶をしてでも海軍とサイファーポールを含む世界政府全軍を動かすことになるだろう。

 軍を動かすのもタダではない。頭の痛い話だ。

 

「ふんぞり返ってる天竜人の連中にも伝えておいたほうが良いぜ。お前らはじきに引きずり降ろされるってよ」

「……それを決めるのはアンタじゃないよ」

「そりゃそうだ。だが、確実にこれからの海は荒れるぜ」

 

 四皇の内、2人は全面戦争を行う気満々であり、1人は静観、1人はドフラミンゴも動きが読めない。

 アラバスタで動きを見せた四皇に匹敵する一匹狼に、牙を見せ始めた革命軍。

 一癖も二癖もある七武海たち。

 秩序を守ろうと奮闘する海軍。

 奇妙なバランスの上に成り立っていた平穏は、きっかけ一つで脆くも崩れ去る。

 次に動くのは果たして誰か──誰もが思惑を持って動く中では、ドフラミンゴでも予測は不可能だ。

 おつるは立ち上がり、それだけ聞ければ十分とドフラミンゴのいる部屋から退出する。その背中へ向けて、ドフラミンゴは声をかけた。

 

「フッフッフッフッフ……!! 精々吠え面かくといいぜ、おつるさん」

「…………」

 

 ドフラミンゴの言葉に一度だけ視線を向けるも、言葉を返すことなくおつるは部屋を出る。

 思うところはいくらかあるが、現状の戦力を評価すれば百獣・ビッグマムの海賊同盟と戦っても敗北は無いと目算している。

 どこまで行っても〝黄昏〟頼りになる部分はあるが、世界経済に深く食い込んでいる以上はどうしようもない部分が多い。

 ため息の一つも吐きたくなるが、それを許してきた海軍や世界政府にも非はある。海賊ではなく、本来は自分たちがやらねばならなかったことだからだ。

 

「お疲れ様です、おつるさん」

 

 ドフラミンゴを閉じ込めている部屋から出ると、一人の男が待ち構えていた。

 G-5支部の支部長をやっている男、ヴェルゴ中将である。手には剣を持ち、背筋を伸ばして上官に対する下士官のような態度で立っていた。

 左頬には何故かスプーンが張り付いているが、昼食に使ったのだろうか。

 

「ヴェルゴ中将かい。ここで何を?」

「いえ、万が一に備えて監視は必要かと……相手は七武海ですし、元は3億を超える懸賞首です。インペルダウンに着くまで用心をするに越したことはありません」

「……そうだね。あたしが乗っている以上、外からの襲撃ならどうとでもしてやれるけど、脱走されちゃあ困る」

 

 檻の鍵も海楼石の錠の鍵もおつるが持っているが、ドフラミンゴほど頭のキレる海賊はそうそういない。

 何かしらの手段を持っている可能性は、決してゼロではないだろう。

 

「入口は交代で見張ってるけど、アンタはどうするんだい?」

「私は中で見張ります。怪しい動きをすればすぐにでも報告を上げますから、安心してください」

「そうかい。じゃあ頼んだよ、ヴェルゴ中将」

 

 荒くれ者揃いのG-5支部で支部長をしている割に人格者だと評判でもあるヴェルゴなら任せられると、おつるはその場を後にする。

 仮に何かあっても、中将が見張っていれば多少の事が起きても大丈夫だろうと安心し。

 食事を取ろうと食堂へ足を向ける中で、おつるはふと疑問が芽生えた。

 ──()()()()()()()()()()()使()()()()()()()

 おつるとヴェルゴは接点も少ない。おつるがたまたま剣を使って戦う姿を見たことが無い……と言うだけならいい。

 だが、そうでないとしたら。

 

「……まさか」

 

 嫌な予感がする。

 考えすぎならそれでいい。だが、こういう予感は得てして外れてはくれないものだ。

 来た道を急いで戻り、半ば蹴り破るようにドアを開けてドフラミンゴの下へ向かう。

 そこで見たのは。

 

「フーッ! フーッ!」

「……ああ、おつる中将。来てしまったのですか」

 

 檻の隙間からドフラミンゴの両手を切り落とし、返り血に塗れるヴェルゴの姿だった。

 

「……ヴェルゴ中将。これは、一体何の真似だい」

「何の真似、と言われても」

 

 ヴェルゴは困ったように剣を投げ捨てる。元よりこのためだけに持ってきたものなのだろう。

 手首から先を切り落とされたドフラミンゴは痛みに耐えるように布を噛んでおり、血に濡れた腕から海楼石の手錠がするりと落ちて甲高い音がした。

 これで彼は自由の身だ。しかし両手が使えなければ──とおつるが臨戦態勢に入ると同時に、ヴェルゴは牢の中に手を伸ばしてドフラミンゴの手を拾い上げ、傷口に当てた。

 そんなことをしてもくっつくハズが無い。()()()()()

 だが、不幸なことに──ドフラミンゴは糸を生み出して操る能力者で、海楼石の手錠は既に外れた後だった。

 

「まさか!?」

「フッフッフッフ……他の連中と一緒にされちゃあ困るぜ、おつるさん……!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だが、まだ自由に動くわけではない。今ならまだ制圧は間に合う。

 即座に動いたおつるの前に、ヴェルゴが立ち塞がった。

 

「裏切ったか!!」

「裏切りなどとんでもない。()()()()()()()()()()()

「……っ!!」

 

 冷や汗が流れる。

 実力だけならおつるを止められるほどではないが、おつるとドフラミンゴは現在海楼石の檻で隔てられている。

 檻そのものは海楼石で出来ているが、部屋全体が海楼石で出来ているわけではない。

 鍵はおつるの手にあるが──ドフラミンゴは手が使えずとも、その能力で中から鍵を開けた。

 

「フッフッフッフッフ……本当はこんな局面で切り札を切るつもりは無かったんだがなァ!」

「仕方ないだろう。ドフィが捕まるのは想定外だったからな」

「頭に来すぎて笑うしか出来ねェくらいだ。悪いが相棒、ここで死んでくれ」

「元よりそのつもりだ!」

 

 檻から出てきたドフラミンゴを制圧しようと動いたおつるをヴェルゴが足止めし、ドフラミンゴはその間に船を破壊しながら外へと逃げ出す。

 ここは既に海上だが、ドフラミンゴはイトイトの能力で雲を掴んで空中を移動可能である。

 雲の道と呼ぶそれを使い、一息に逃走を図るドフラミンゴ。

 

「……あたしがいながら後手を許すとはね」

「ドフィの方が上手だっただけだ」

 

 逃走するドフラミンゴを追いかけねばならない。

 おつるは目を細め、目の前で全身を武装色で固めたヴェルゴを前に袖をまくり上げる。

 

「加減はしないよ。スパイだったなら、なおさらね」

「加減して貰えるとはハナから思っていない」

 

 これでも中将に昇りつめた男だ。実力は相応にある。

 けれど、そのことは大して意味が無い。

 ヴェルゴは強く、中将にふさわしい実力者だが……おつるは中将の地位に就いて長く、老年になるまで戦い続けている。ガープやセンゴクに並ぶ強者であることをヴェルゴは思い知るだろう。

 

 

        ☆

 

 

 ジャヤ、モックタウン。

 昼夜を問わず喧騒の絶えない町ではあるが、この時の喧騒は普段とは少しばかり違った。

 懸賞金5500万の大型ルーキー、〝ハイエナ〟のベラミー率いる一味が今、全滅の危機にあるためだ。

 

「ウィーッハッハッハッハ!! なんだ、この程度か!!? 何が〝ビッグナイフ〟だ、〝ビッグマウス〟に変えたほうが良いんじゃねェか!!?」

 

 懸賞金3800万ベリーの〝ビッグナイフ〟サーキースは、通り名にもなっている身の丈ほどもあるククリ刀を圧し折られていた。

 圧し折った張本人であるバージェスは特に傷を負った様子もなく、高笑いをしながら倒れ伏したサーキースを嘲笑っている。

 他のベラミー海賊団の面々もまた戦いはしたが、ドクQとラフィットの手でそのほとんどが瀕死に追い込まれていた。

 ここまで冒険を続けてきた以上、最低限の強さはあるはずだが……そんなものは関係ないとばかりに粉砕されている。

 

「船長、やはりカポネ・ベッジとホーキンスは既に出航した後のようだ」

 

 宿を確認していたオーガーがティーチに声をかけると、残念そうに「そうか」と返答する。

 その手はベラミーの首を掴んで持ち上げており、ベラミーは必死の形相でその手を離させようともがいていた。

 

「クソッ……!! 離しやがれ!!!」

「暴れんなよ、鬱陶しいじゃねェか。しかし予定が狂ったな」

 

 カナタへの手土産に悪魔の実を持って帰ろうと思ったが、この島にいる能力者はベラミー1人。

 帰り道にどこかで能力者を見つければそいつから奪い取ってもいいが、その辺りは運次第である。

 ベッジとホーキンスは運のいい奴だな、とティーチは名前を覚えておくことにした。

 

「サーキース!! 生きてんのか、サーキース!!! クソ、なんで能力が使えねェんだ……!!?」

 

 倒れた仲間を心配して声をかけるベラミーだが、その声は無駄と言わざるを得ない。

 ティーチが暴れはじめた当初こそ、ルフィに負けた腹いせとばかりに一味全員がいきり立って襲ってきたが……既にベラミーに声をかけられる者は一人もいないのだ。

 町民や関係ない海賊たちは段々と距離を取り始め、今では既に物陰に隠れて様子を窺っている。

 ティーチに懸賞金はかかっておらず、誰もその顔を知らない。

 全く知られていない男が、大型ルーキーと言われるベラミーを容易く制圧して一味を全滅させた現状を信じられない目で見ていた。

 

「まァ、今回はコイツ1人で十分か。バネバネの実は大して強そうに見えねェが……」

 

 使い手次第で能力はいくらでも化ける。一見すると使い道の無さそうな能力だが、弱くなるわけではないのだ。

 じろりとティーチは掴み上げたベラミーを睨みつけ、口元に薄く笑いを浮かべている。

 その様子にベラミーはゾッと冷や汗を流しており、ティーチの得体の知れなさに恐怖を覚えた。

 がむしゃらに腕を伸ばして攻撃しようとして、ティーチはそれをわかっていたようにベラミーを地面に叩きつけて気絶させた。

 

「ゼハハハハ、大したことなかったな! じゃあ手早く能力だけ頂いていくか」

 

 ベラミーの首を圧し折り、周りから見えないように天幕を張って作業を行う。

 悪魔の実さえ手に入ってしまえばこの町に用は無い。ベラミーの死体にも興味は無いため、サーキース共々放置していくことにする。

 海軍にでも引き渡せば金にはなるだろうが、ティーチはその手の面倒な作業に興味は無かった。

 

「ホホホ、それなりに楽しめましたね。ところで船長、ここから真っ直ぐハチノスに向かうんですか?」

「いや、一度赤い土の大陸(レッドライン)を越えなきゃならねェからな。ジョルジュの奴と合流出来りゃあ早いが……ま、その辺は運次第だな」

 

 返り血をハンカチで拭き取っているラフィットの質問に、ティーチは適当な様子で答える。

 魚人島を通るルートは確実だがコーティングには時間も金もかかるし面倒だ。〝黄昏〟傘下の島を巡ってジョルジュに連れて行ってもらうほうが簡単で早い。

 

「そうだな……まずは〝ミズガルズ〟に行ってみるか。必要なモンがある時はあそこを経由するのが一番だ」

 

 次の目的地は決まった。

 ティーチは機嫌よく船に乗り込み、進路を確認し始める。

 

 

        ☆

 

 

 ──パンクハザード。

 かつて政府所有の研究所があり、過去にとある事故で毒ガスが蔓延。人の住むことが出来ない土地になったために立ち入りを禁止されたその島に、海軍の軍艦が数隻停泊していた。

 指揮を執っているのは太腿に蜘蛛のタトゥーを入れた黒髪の妖艶な美女──ギオン中将である。

 彼女は名刀〝金毘羅(こんぴら)〟を腰に下げたまま、電伝虫で誰かと通話していた。

 

『そっちはどうだい? こっちは駄目だ。どうも動きが筒抜けになってたみてェでな』

「そっちもかい? こっちも駄目だね……けど、どうにも逃げたって雰囲気じゃなさそうだ」

 

 電話相手は同じく中将のトキカケである。

 彼はドンキホーテファミリーの捕縛のために〝ドレスローザ〟と赴いていたが、タッチの差で逃げられたと言う。

 ドフラミンゴ逮捕の報道はまだ出ていない。情報が漏れたとすれば内部からだが……ひとまず先に、ドフラミンゴの協力者である科学者、シーザー・クラウンの捕縛に動いていたギオンに連絡を入れたのだった。

 

『逃げたって雰囲気じゃねェって? そりゃお姉ちゃん、どういうこった?』

「研究所が半壊してるからさ」

 

 見上げる程の大きさの研究所は、何者かの手で外部から無理矢理破壊された跡が見て取れた。

 かつて事故で蔓延していた毒ガスは問題ないレベルにまで下がっており、普通に行動する分にはガスマスクも不要だが、研究所内部には何があるか分からない。

 慎重に捜査を進めている段階だ。

 

「それに、用心棒らしき連中の死体もある」

 

 イエティクールブラザーズと称される二人組だ。

 身長は42mと、並の巨人族を大きく超える巨体に姿を見せない厄介なペアらしい。元々パンクハザードに連れてこられた囚人だったハズだが、事故を契機に放棄されてからはそのままこの島に住み着いたのだろう。

 その二人が、首と背骨を圧し折られて死んでいる。顔面が陥没しているところを見るに、顔面に強烈な圧力がかかって首と背骨が耐えきれずに圧し折れたのだと推測出来た。

 近くに薬莢が転がっているので銃を使って誰かと戦ったと考えられるが、相手は不明のままだ。

 

「シーザー・クラウンは行方不明。残っていたであろう囚人たちも残らずいなくなってる。大目玉だねこりゃ」

『違ェねェ! お互い厄介な仕事引き受けちまったな!』

 

 からからと笑うトキカケに思わずため息を漏らすギオン。

 誰が襲撃してシーザーを連れて行ったのかはわからないが、研究資料も残らず持って行っているところを見るに組織的な犯行だろう。

 百獣・ビッグマムの海賊同盟が来たのなら抵抗する理由は無い。別の組織の可能性が高いが……。

 

「……それにしたって、ここまでやるかね」

 

 研究所は複数の棟に分かれており、それぞれ別の棟と通路で繋がっている。

 半壊とは言ったが、まさか()()()()()()()()()()()()とはトキカケも思うまい。

 40mを超える二人が住んでいたので研究所もそれなりに大きい。そこをこんな壊し方が出来るものなど、そう多くは無いハズ。

 ギオンはそう考えながらぐるぐるとリストアップしていくも、答えは出なかった。

 



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第百七十六話:空の上には

 

 海面の爆発によって空へと打ち上げられ、上昇気流によって推進力を得たメリー号は真っ直ぐに積帝雲へと突っ込んだ。

 常識的に考えれば雲の中は乱気流や水滴があるくらいのハズだが、突っ込んでみれば中は海水で満たされていた。

 水の抵抗を受けて急激に速度が減衰するも、今度は打ち上げられた水による水流と浮き上がろうとする浮力でどんどんと上昇していく。

 いつまでも続くかと思われた水中での移動も終わり、メリー号は再び何もない空中に飛び出た。

 そこで勢いは完全に死に、雲の海へと着水する。

 

「ゲホゲホ……!」

「ハァ、ハァ……」

 

 能力者でなくとも、いきなり水中に放り込まれて息を止めていたので全員息が上がっていた。

 フライングモデルに改造されていたメリーの翼や帆は壊れていたが、致命的な損傷は見られない。これも運が良かったという事だろう。

 

「し、死ぬかと思った……」

「全員いるか?」

「大丈夫……の、ようだな」

 

 必死に船にしがみついていたためか、脱落者はいない。

 ひとまずそれに安堵したのか、ゾロは胸を撫で下ろし、いの一番に立ち上がって周りを見渡すルフィを見る。

 

「おい、みんな見てみろよ!! 船の外っ!!!」

 

 言われてようやく周りに気を配れば、視界の果てにまで広がる真っ白な雲の海。

 色々と不思議なことはあるが、ともかく無事に空島に辿り着けたらしい。

 

「でも、記録指針(ログポース)はまだ上を指してるわ」

「まだここは中層よ。上にも雲がかかっているでしょう? あれの上まで行けば、青空が見えるわ」

 

 ロビンに言われて見上げてみれば、確かにまだ上にも雲がある。目的地はもう少し上のようだ。

 だが、どうやって上に行けばいいのかもわからない。どうするんだ、と一行の視線はロビンに集中する。

 まぁロビンもここに来るのは初めてなので、どこに行けばいいのかなどわからないのだが。

 

「ここでジッとしているわけにもいかないし、船を動かしてみましょう。船の損傷具合も確かめないといけないでしょう?」

「そうだな。おいウソップ……」

「一番、キャプテンウソップ!! 泳ぎます!!」

 

 ロビンの言葉を受けてゾロが振り向くと、ウソップが上半身裸になって今まさに雲の海に飛び込もうとしているところだった。

 当たり前のように見送ろうとしたが、ロビンが能力を使って慌てて止める。

 

「駄目よ長鼻君。私たちは今、下から雲を突き抜けてここにいるの。()()()()()()()()()()()()ことも可能なのよ!」

「……っ!!?」

 

 ウソップはハッとした様子で、雲を突き抜けて落下していたかもしれないことに思い至る。

 しかも普通の海と違って雲の海は視界が悪い。底があると勘違いして泳いでいれば、突き抜けて下の海まで真っ逆さまだったかもしれないのだ。

 

「そ、空島怖ェ~~!!」

 

 顔面が真っ青になりながら船にしがみつくウソップ。余計な事件が起きなくて良かったと思うべきだろう。

 何はともあれ、船を動かして移動するべきだとペドロが発言する。下手なことは出来ないが、現状では島の端っこから落下でもしない限りは船で移動するのが一番安全だ。

 誰も異論を挟むことなく、ペドロの意見に賛成する。

 

「じゃあまずは帆をなんとかしないとな」

「派手に破けちまってんな……応急処置でなんとか──」

 

 船を動かそうとしていた最中、奇妙な気配を感じてペドロとゼポが同時に視線を動かした。

 雲の海を突っ切り、真っ直ぐこちらに向かってくる何者かがいる。

 船を使っている様子は無い。足に付けている何かで水上を滑っているようだ。

 

「おい、何者だ! 止まれ!!」

「──排除する」

 

 上半身裸に刺青を入れ、仮面を被った男。左手に盾を持ち、右手にバズーカを持った何者かは、水上を滑る勢いのままにメリー号へと乗り込んだ。

 

「止まる気なしか」

「仕方ねェ」

「おし」

 

 それにいち早く反応したサンジ、ゾロ、ルフィ。

 襲い掛かってくる男はその三人に一撃ずついれて一蹴し、船を破壊しようとバズーカを構えた。

 だが容易く攻撃を許すわけもなく、ペドロが剣を抜いて謎の男とぶつかって弾き返す。

 

「む」

 

 剣にエレクトロを纏わせての攻撃だったが、相手は何ら影響を受けた様子が無い。受け止めた盾の材質が鉄では無いのだろう。伝導性が低いために感電していないのだ。

 ペドロは船に着地し、再び襲い掛かってくる相手を前に剣を構える。

 

「ゼポ!」

「任せろ!」

 

 ペドロとゼポは慣れた様子で肩を並べ、今度こそ襲ってくる男を捕えようと覇気を纏った。

 その背後ではロビンも隙を見て能力を発動させようと構えており、準備は万全のように思われた。

 が。

 

「ちょっと待てェ!!」

 

 突如乱入してきた第三者。

 鳥に乗ったその男は槍を持ち、飛びかかっていた仮面の男を弾き返すと、ペドロたちの前に立って両者の仲裁をするように声を張り上げる。

 

「そこまでだ! おれの心網(マントラ)の届く範囲でドンパチやってんじゃねェよ!!」

「チッ、警ら隊か……!」

「テメェに言ってんだぞゲリラ! 下からの拾い物漁りに来たんだろうが、誰彼構わず襲い掛かってんじゃねェよ狂犬が!!!」

 

 仮面の男は怒鳴る声もどこ吹く風と言わんばかりで、そのまま背を向けて姿を消した。

 フンと鼻を鳴らし、鳥に乗っていた男は視線をメリー号へと向ける。

 

「テメェらもテメェらだ! 入国時にあの手合いにゃ気を付けろって言われてたハズだろ!? おれ達の仕事増やしてんじゃねェぞ!!」

 

 怒りつつ船に降り立つと、槍を背に仕舞ってゴーグルを外す。

 シュラと名乗ったその男は、責任者は誰だと目を吊り上げているが、船長のルフィは先程仮面の男に転がされて不思議そうな顔をしていた。

 

「ちょっと待って! あいつ何なの!? それに入国時に説明って、そんなの受けてないし……それにあんた達、何よだらしない! 三人がかりでやられちゃうなんて!!」

「いや、まったく……ふがいねェ」

「体が上手く動かねェな……」

「……お前ら下から来たんだろ? ここは〝白海〟、地上7000メートルに位置する。ここより上にある〝白々海〟に至っては10000メートルだ。空気が薄いせいで身体機能が落ちてるのさ」

「それでか」

 

 ドンドンと胸を叩き、慣れたと言うルフィに呆れるシュラ。

 人間の体はそこまで適応力は高くない。あり得ねェと否定しつつ、シュラはもう一度問いかけた。

 

「もう一度聞くが、お前らどこから入国した? 他所の島を通って来たなら、少なくとも誰かと会ったハズだ。説明を聞いてねェのか?」

「おれ達は〝突き上げる海流(ノックアップストリーム)〟で下から飛んで来たんだ。誰とも会ってはいない」

 

 ペドロの説明に、シュラは目を丸くして驚いたかと思えば腹を抱えて笑い始めた。

 

「ガッハハハハハハハハ!!! あんなバケモノ海流に乗って飛んでくる奴がいたとは!!! こりゃケッサクだ!!」

「笑いすぎだろ!」

「いや、すまんすまん! そんな大馬鹿は初めて見たもんでな。そりゃ確かに誰とも会ってねェハズだ!」

 

 ひとしきり笑った後で怒りを納めたシュラは、改めて自己紹介をした。

 

「おれは国境警ら隊に所属しているシュラ。この国に入ってくる奴ら、出ていく奴らを管理する仕事をしてる。基本的に他の島から移ってくる奴らしかいねェんで、暇してるのさ」

 

 空島は空島を使って移動することしか出来ない。〝ハイウエストの頂〟のように下から登ってくることも出来る空島もあるが、この島に関してはそこから直通で登ることは出来ないので割愛する。

 そして、空島同士が接触する日取りは大体決まっているので、彼ら警ら隊が仕事をするのは大抵その時になる。

 もちろん真っ直ぐ下の海に行きたいという者もゼロでは無いので、彼らを見送るのも仕事ではあるのだが。

 

「へェ……じゃあおれ達も何か手続きしなきゃいけないのか?」

「ああ。案内しよう、ついてこい」

 

 チョッパーの言葉に頷いたシュラは鳥──名をフザと言う──に乗り、船を先導するように飛び上がった。

 ルフィたちを青い海から上がって来た者、青海人と呼ぶ彼は、先導しながら「お前ら海賊なのか」と気さくに話しかけてくる。

 

「うん。海賊だ」

「ハハハ、素直なのは良いことだ。先に伝えておくが、ここは〝黄昏の海賊団〟のナワバリだ。下手なことをすりゃあ即打ち首になる。観光と買い物をする分には自由だ、好きにしろ」

 

 彼から伝える注意点は二つ。

 入ってもいいが死んでも恨むな。

 面倒だからそもそも入るな。

 前者はエンジェル島、後者はアッパーヤードと呼ぶ島に関する注意事項である。

 

「なんだ、そりゃ。入ってもいいけど死んでも恨むなとか、面倒だから入るなとか」

「詳しいことは上に行ってガイドでも雇えばいい。目的も無しに歩き回るにゃ、上はちと娯楽が多いからな」

 

 〝黄昏〟のナワバリであるためか、身内の療養や観光目的で訪れることもままあるのだと彼は言う。

 その場合は真っ直ぐ上の〝白々海〟に行くので、入国管理の仕事は上の者がやるのだが。

 

「何があるんだ?」

「色々あるぜ。〝ウェイバーレース〟に〝ダイアルショップ〟、海賊ならあんまり興味はねェかもしれねェが、巨大な図書館もある」

「聞いたことねェな……」

「レースは下でもやってるな。おれとペドロは見た事があるぜ」

 

 これから行く場所に胸を躍らせながら、ルフィたちは巨大な門の前で船を停める。

 天国の門と書いてあり、微妙に縁起の悪い名前にサンジが呆れたような声を出していた。

 

「人数と代表者の名前、それから入国の目的を書け。賞金首はいるか? いるならそいつの名前を」

 

 そう言われて書類を渡されたので、ルフィは真っ直ぐナミに渡す。

 ナミもわかっていたようにサラサラと書き込んでいき、書類をシュラへと返した。

 書類に不備が無いか目を通し、門の傍に作られた建物の中に入っていったかと思えば、それほど時間もかからず戻って来た。

 

「〝麦わら〟のルフィ、1億ベリーか。大した奴じゃねェか。賞金首は他にも〝海賊狩り〟に……」

 

 ロビン、ペドロ、ゼポ。累計五人を確認すると、シュラは頷いた。

 賞金首は誤魔化そうとする者も多い。新聞を読んでいないのでそもそも賞金首だと自身が知らない場合もあるし、意図的に隠そうとする者もゼロではない。

 ので、この辺りの確認作業は割と面倒事が多かった。今回は正直に申告したので早かったが、人数が多いと時間がかかることもある。

 

「よし。じゃあ上まで送るぜ、精々楽しんで来いよ」

「どうやるんだ?」

「こうやるんだよ──」

 

 ピィーー、と笛の音が響き渡る。

 ルフィたちが首を傾げていると、船の下に巨大なエビが現れた。

 

「白海名物、特急エビだ! 大人しく船に掴まってな、すぐに着くぜ!」

 

 手を振って見送るシュラを尻目に、巨大なエビは船を持ちあげて螺旋状の雲の道を駆けあがっていく。自然に出来たものとは思えない、帯状に形成された雲の川だ。

 ガタガタと揺れる船に必死に掴まっていたが、シュラの言う通りそれは短い時間のことだった。

 

 

        ☆

 

 

 雲の道(ミルキーウェイ)を抜けた先にあったのは、楽園と見紛う光景だった。

 白い雲の海に浮かぶ島と、その周りに形成されているビーチ。少し遠目には港があり、船が何隻も泊まっているのがみえる。

 

「わあ……!」

「ここが空島かァ!! 冒険のにおいがプンプンすんなァ!!」

 

 初めての光景に浮足立つ面々とは裏腹に、ロビンは懐かしそうな顔をしている。

 まずは目の前にある島に……と思っていると、小型の船が近付いて来るのが見えた。

 帆が無いのに動いている上、普通の船より遥かに速い。ルフィやロビンがアラバスタで乗っていた〝高速艇〟である。

 その船はメリー号に横づけすると、船に乗っていたスキンヘッドの男が声をかけて来た。

 

「お前らが新しく入国してきた連中か?」

「ああ、そうだ。オメェは誰だ?」

「おれはオーム。ついてこい、港まで案内しよう」

 

 見えている島の港なので案内は不要と言えば不要なのだが、港湾管理が仕事なのでな、と言っているからには大人しく従うべきだろうと舵を取る。

 桟橋の横に船をつけると、「ここには海底が無いから錨は雲に刺すんだ」とアドバイスをする。

 ゾロがそのアドバイスに従っていると、ルフィとウソップ、チョッパーが我先にと船を下りていた。

 港から一段上がった道には店が並んでおり、向かって右に行けば住宅街、左に行けばビーチがあるようだ。

 

「うっはー! スゲェな!! 見た事ねェモンが並んでるぞ!?」

「見た事ねェ魚だな……妙に平べったい」

「なァウソップ、これなんだ?」

「これは平べったいからヒラメだ」

 

 魚屋、釣り道具屋、それに〝ダイアルショップ〟と書かれた奇妙な貝を売っている店。

 前半は見慣れたものかと思いきや、並んでいる魚は初めて見るものばかりだし、並んでいる釣り道具も妙な形の貝で加工されている。ルフィたちが興奮気味になるのも理解出来た。

 騒がしい三人にプラスして珍しい魚と言うことでテンションの高いサンジが魚屋の前で話している横で、ナミはオームに話を聞いていた。

 

「ふむ。お前たちは空島は初めてか? シュラから連絡を受けたぞ、例のバケモノ海流に乗ってここへ来たと」

「ええ、そうなの……ところで、シュラさんからガイドを雇うと良いって言われたんだけど、どうしたらいいのかしら」

「今の時期はそれほど人は多くない。ガイドは簡単に捕まるだろう。案内所があるからそこで聞くと良い」

 

 先に起こった四皇同盟との大規模な抗争の影響で今はこの島に滞在する者が少ないため、ガイドを捕まえるのは難しくないとオームは語る。

 港に並ぶ店の端に観光案内所と書かれた建物があったので、そちらにまずは足を運ぶことにする。

 騒がしい面々を監督するためにペドロとゼポが残り、案内所に足を運ぶのはナミとロビンが担当することになった。

 案内所で話を聞いてみれば、滞在するにあたってガイドが必要な期間と宿泊所の登録が必要だと言う。宿泊所は船があるのでそこでいいとしても、ガイドを雇うならそれなりにお金がいる。

 現在の麦わらの一味には残金があまり多くない。

 どうしようかしら、とナミはロビンにアドバイスを求める。

 

「必要なことだけを聞くなら一日か二日でいいんじゃないかしら。パンフレットはあるみたいだし」

 

 しかし、ロビンの知る島と違って完全に観光地である。

 元々の島にそんなところは無かったが、ロビンが知らない間に色々と改造したのだろう。

 ロビンは手に取ったパンフレットをパラパラとめくって見ると、島の中心部近くにある巨大な樹を見て目を細めた。

 

「今から手配したらどれくらいかかるの?」

「それほど時間はかかりません。30分もあれば呼べます」

「だって、どうするのロビン?」

「じゃあひとまず一日お願いしましょう。私もちょっと行きたいところがあるから、少ししたら戻ってくるわ」

 

 

        ☆

 

 

 ロビンが「行きたいところがある」と言ったところ、特に何も言っていないにも関わらず全員で行くことになった。

 ルフィたちはビーチで遊びたがると思っていたのだが、今はどこに行っても新鮮で楽しいらしい。

 まず花屋に寄ったロビンは花束を一束買い、まっすぐ巨大な樹を目指し始めた。

 

「でっけー樹だな。あんなでっけー樹は見た事ねェ」

「あれは〝宝樹アダム〟と呼ばれる樹よ。詳しいことは私も知らないけれど、世界に数える程しかない珍しい樹らしいわ」

「そうなのか」

 

 興味津々のチョッパーに説明していると、その巨大な樹の根元から少し離れたところに石碑が立っているのが見えた。

 ロビンはそちらに向かい、石碑の前に花束をそっと置く。

 しゃがみ込んで手を合わせ、祈るように目を瞑っていた。

 

「……これ、名前が刻んであるな」

 

 サンジが石碑に近付いてよく見てみると、何人もの名前が刻んでることに気付いた。

 ロビンの様子を見るに、これは恐らく墓標なのだろう。

 過去に空島に行ったことがあるというロビンの言葉。巨大な樹の傍に佇むように建てられている石碑。祈るロビン。

 何となく想像は出来るが、サンジはそれを口に出さなかった。

 

「フフ、気になる?」

「いや、おれは……」

「ロビンの過去に関係あんのか?」

「そうよ。私の、一番嫌な思い出」

「おいウソップ。レディにデリカシーの無いこと言ってんじゃねェよ。誰だって言いたくないことの一つや二つあらァな」

「そ、そうだよな。すまねェロビン」

「いいのよ。もう、これは過去の事だから」

 

 ロビンは困ったように笑って、墓標を撫でる。辺りの草は短く、墓標にも汚れは無い。手入れを欠かしていないのだろう。

 それだけでロビンには十分で、誰かに語ろうと思ったわけでもないのにポツリと言葉が出た。

 

「この島、〝オハラ〟と言うんだけど……ここはね、私の故郷なの」

「故郷? ロビンは空島出身だったのか!?」

「ええっ!? そうなのかロビン!?」

「違うわ。私の出身は西の海(ウエストブルー)よ。元々この島もそこにあったの。だけど、18年前にここに持ってきたのよ」

「持ってきたァ!?」

 

 かつて言った、物体を浮かせる能力者の力で島を浮かせて持ってきたのだとロビンは言う。

 その時既に島には誰も住んでいなかったから、誰も文句を言う者などいなかった。唯一の生き残りであるロビンとその母も、反対はしなかったのだし。

 とある事件で島の住人はみんな死んでしまい、あとは朽ち果てるだけの島だったが、ここに持ってきたことで住んでいる者は違えども活気は戻った。

 それが良いことなのか悪いことなのかわからないけれど、ただ朽ち果てて忘れられるよりはずっといいハズだとロビンは思う。

 

「変わっていることが多くてびっくりしているけれど、活気があるのは悪いことじゃないわ。この辺りは静かなままだしね」

 

 ロビンはそれで気が済んだのか、石碑に背を向けて港に戻る。

 ルフィたちもロビンに続き、行きよりも少しだけしんみりした雰囲気で帰り道を歩いていた。

 そんなつもりは無かったのだが、ロビンは自分が過去の話をしたせいだとちょっと反省しつつ、明るくなれる話題を探す。

 

「ガイドさんもそろそろ到着しているころよ。まずは何から行く? そろそろお昼だし、食事がいいかしら」

「メシ!! 空島のメシって何が出るんだろうなァ……」

「おれも興味あるな。特産品に珍しい調味料でもありゃあ買っていきたいが」

「酒はあんのか?」

「地酒はあるんじゃないかしら。〝黄昏〟の療養地に使っているなら値段相応の品は出て来ると思うわ」

「へェ、そりゃ楽しみだ」

 

 ワイワイと昼食についての話をしながら港に戻ると、案内所の前に一人の女性が立っていた。

 金色の長い髪を二つ結びにした綺麗な女性だ。

 彼女はルフィたちの姿を見つけると、にこりと微笑んで頭を下げる。

 

「初めまして。私はコニス。今回あなた方のガイドを担当することになりました」

「おう、よろしくな!」

「早速で悪いんだけど、どこか食事を取れるところある?」

「食事ですか? でしたらいいところがありますよ」

 

 昼食に丁度いい時間帯と言うこともあって少々混むが、コニスお勧めの店があるらしい。

 そこへ案内しようと歩き始めた直後、コニスは誰かから子電伝虫に連絡を受けた。

 少し離れたところで何か話していると、コニスは驚いたような顔をしてルフィたちの方をチラチラと見始める。

 

「なんかあったのかな」

「さてな」

 

 ペドロとゼポはコニスの会話が聞こえているのか、見るからに緊張した様子だった。

 コニスは通話を切ると、急いでルフィたちのところへ戻って来た。

 

「ごめんなさい、案内するって言った直後に」

「いや、それは良いけどよ……何かあったのかい、コニスちゃん」

「それが……ある方から、あなた方を招待したいから連れてきて欲しい、と言われまして」

「招待?」

 

 ルフィたちは空島に知り合いはいない。もしやロビンかと思うも、ロビンも心当たりはないらしい。

 ペドロとゼポは会話が聞こえていたようなので分かっているハズだが、そわそわして落ち着かない様子を見せるばかりだ。

 行ってみればわかるとルフィは楽観的に構え、コニスに案内してもらうことにする。

 距離的にはそれほど離れてはいないらしい。

 

「わかりました。ではご案内しますね」

 

 コニスに先導され、ビーチ方面に一度向かって砂浜へ下りる階段を通り抜け、やや高級な店の立ち並ぶ市街へと入る。

 〝黄昏〟の療養地として使われるだけあって、並ぶ店はどれもブランド物ばかりだ。

 コニスに案内されたのはその中でも一際立派な、一目でそれとわかるほど高級そうな店だった。

 建物自体が妙に大きいのはそれだけサイズの大きい相手も想定しての事か。

 コニスが先に中に入り、中の店員と何やら話しているのを少しだけ待つルフィたち。

 

「でっけーな……そういや、ここに来るまでに並んでた建物も妙にデケェのが多かったな」

「巨人族が来ることを想定しているからよ。あなた達はまだ見た事ない?」

「巨人族かァ……いつか会ってみてェもんだな」

「この島には今はいないけど、そのうち会うこともあると思うわ。戦士としての一面ばかり取り沙汰されることが多いけれど、〝黄昏〟で荷運びをやっている人も多いから」

「そうなのか?」

「皆さん、どうぞ中へ!」

 

 ウソップの疑問にロビンが答えていると、準備が出来たのか、コニスが皆を呼びに来た。

 中はコニスも不慣れなのか、店員の先導に従って奥へと歩く。

 巨人族用に大きな部屋もあるが、普通サイズの部屋も用意されてはいるらしい。ルフィたちが案内されたのは普通サイズの部屋だった。

 店員は入口に控えており、コニスが先に入って中にいる人物に一礼する。

 

「お客様をお連れしました」

「ありがとうございます。迷わずに済んで何よりです」

 

 やや広めのテーブルはアラバスタの王宮で見たそれよりも小さくはあったが、豪奢な物と言う意味ではルフィたちには同じように見えた。

 奥に座っていたのは、エメラルドグリーンの髪を後ろでひとまとめにした、ルフィたちと同じくらいの身長の女性だった。

 ただしその美貌は並外れており、にこりと笑う彼女の姿に同性のナミでさえ見惚れたほどである。

 サンジなど、雷が落ちたかと思うような衝撃を受けてさえいた。

 表情一つ変えていないのはルフィとゾロ、チョッパーくらいのものだった。

 

「お久しぶりです、ロビンさん。それにペドロとゼポも」

「本当に久しぶりね……今は小紫、と呼べばいいのかしら?」

「はい。それでお願いします」

「お久しぶりです、姫様」

「姫様もお元気そうで何よりです」

 

 ロビンは小紫と呼ぶ女性と親し気に言葉を交わし、ペドロとゼポは彼女を姫と呼んで片膝をつく臣下の礼をとった。

 

 



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第百七十七話:観光地

メリクリ


 

 色々と聞きたいことは多かったが、小紫の「話は食事をしながらしましょう」との一言でひとまず席に着くことにした一同。

 見るからに高級そうな店で見るからに高級そうな料理が出始め、料理に手を付けようとしたルフィの手をナミが止めていた。

 

「先に私たちをここに呼んだ理由を教えてもらえるかしら? ロビンの知り合いみたいだけど、私たちは何もわかってないわけだし」

「そうですね。ですが、本当に簡単なことですよ」

 

 久々にロビンと会える機会があると知ったから、もののついでに仲間であるルフィたちも一緒に呼び出した、と言うだけの話。

 食事を用意したのは彼女なりのもてなしらしい。作ったのは彼女ではないが。

 

「遠慮せず食べてください。ここの料理はとても美味しいですよ」

「ほんとか? いただきます!」

「待て待てルフィ!!」

「なんだよ!」

 

 右手はナミに止められているので左手で料理に手を付けようとしたところ、今度はウソップに止められるルフィ。

 とても美味しそうな料理を前にストップをかけられてルフィの顔もしかめっ面になっていた。

 

「見るからに高級そうな料理だぞ! 金払えって言われたら払えねェだろ!!」

「ロビンさんがお世話になっている人たちからお金なんて取りませんよ」

「そうね。彼女はそういうタイプではないから大丈夫よ」

「そ、そうか?」

「参考までに聞くけど、これ一人前いくらくらいするの?」

「20万ベリーくらいです」

「20万!!?」

 

 麦わらの一味の残金、およそ5万ベリー。ロビンが個人的に用意していたへそくりの宝石などを合わせればもう少しあるが、全員分の食事代を払えば露と消える額である。

 ナミとウソップ、サンジは金額を聞いただけで背筋が伸びていた。

 

「先も言いましたが、お金を取る気はありません──全額経費で落とすので」

「ジョルジュが頭痛を堪えるところが目に浮かぶようね……」

 

 小紫のポケットマネーと言う訳でもないらしく、ロビンは主に金銭面の担当をしていた苦労性の男を思い出して遠い目をする。

 まぁ〝黄昏〟の総資産からすればこの程度は小銭である。ましてや小紫の立場を考えればこの程度は右から左に流して決済してくれそうではあった。もっと桁の違う金額を取り扱うことも多いので感覚が麻痺している可能性もある。

 元より現状のスカイピアは〝黄昏〟の療養地である。身内でお金を回す分には特に文句も無いだろう。

 

「経費……? ま、まァおれ達が払わなくていいって言うならいいけどよ」

 

 ウソップがルフィの手を離すと、ルフィはマナーも何もなく料理を食べ始めた。

 海賊にその辺りの事を期待するつもりは無いのか、小紫の表情は特に変わらない。

 小紫は綺麗な所作で肉を切り分けると、一口頬張って舌鼓を打つ。小紫も食べ始めたことで安心したのか、ルフィ以外の面々も徐々に食事に手を付け始めた。

 食事の合間を見ながら、小紫はロビンへと話しかける。

 

「本当はロビンさんに会わせたい方もいたんですけどね。サプライズで会わせようとロビンさんが来ることを伝えず、来て欲しいと連絡を入れたら『今忙しいから後にして』と断られてしまって」

「会わせたい人……?」

「ええ。まあ、その方は後ほど機を見てと言うことで」

 

 小紫とロビンが話している間に食事をしていた一同だが、値段が値段だけにナミなどは噛み締めるように食べていた。

 空島で獲れる〝スカイロブスター〟を始めとした料理の数々は、料理人のサンジをして唸らせる味だったようで、後で料理人に話を聞こうと決めていた。

 下の海では手に入らない空魚の料理である。舌鼓を打つ面々を見ていると、小紫は今度はペドロたちへと話しかける。

 

「二人も、ロビンさんの護衛を上手くやってくれているようで何よりです」

「ロビン自身の機転の良さに助けられたことも多かったんで、我々だけの功績と言う訳では」

「危ない局面は、まァ無いでは無かったもんで……」

「そうですか。それでも無事でいられたなら良いことです」

「姫様に心配されるなど、恐縮です」

「それ! さっきも気になってたけど、姫様ってどういうこと? どこかの国のお姫様なの?」

 

 ペドロの言葉に反応したナミが急いで嚥下し、フォークを手に持ったままビシッとペドロに向けた。

 尋ねられたペドロはと言うと、非常に話しにくそうにゼポと小紫に視線を向ける。

 ゼポも判断に困ったのか小紫に視線を向けていた。

 

「そうですね。一国の姫と言う意味では間違いではありませんが……なるべく口外するなと言われているので、詳しいことを話すことは出来ません」

「ペドロたちに姫って言われてるってことは、つまりミンク族の姫って事じゃねェのか?」

「小紫ちゃんはどうみてもミンク族じゃねェだろアホ剣士」

「んだとアホコック!」

 

 サンジとゾロの喧嘩は全員無視し、小紫は簡潔に答えた。

 

「ミンク族とは古くから関わりのある一族なんです。父の代では特に結びつきが強かったので、その影響ですね」

 

 特定されない程度にならば大丈夫という判断なのだろう。

 ふーん、と納得している横で、小紫はチョッパーに視線を向けていた。

 

「私はそちらのミンク族が気になるのですが……ペドロたち以外にも外海に出ていたミンク族がいたのですか?」

「ああ、あガラはチョッパー。動物(ゾオン)系の能力者であってミンク族ではありません」

「なるほど……」

 

 愛らしい見た目のチョッパーに目を奪われ、小紫は若干そわそわしていた。不躾だと思われては恥なので言い出さないが、触ってみたいらしい。

 当のチョッパーは食事に夢中で視線には気付いていなかったが。

 

 

        ☆

 

 

 食事を終えて店の外に出ると、小紫もロビンたちを見送るために店の外に出た。

 ロビンがペドロとゼポを連れて旅に出たのがおよそ8年前。久しく会った友人とも姉妹とも言うべき相手に、小紫は終始笑顔のままだった。

 最後に小紫はロビンと握手をすると、にこりと笑って見送る。

 

「私は特に予定が無い限りこの島にいるので、何かあったら呼んでください。危ないことは無いと思いますけど……ガイドさんの言うことはちゃんと聞いてくださいね?」

「善処するわ。ありがとう、小紫──ところで、イゾウさんや河松さんはいないのね?」

「彼らは自分の仕事がありますから。それに、()()()()()なんて意味がないですからね」

 

 食事処の一室で待機していたガイドのコニスと合流し、ルフィを先頭に観光へ戻る。

 ロビンがちらりと後ろを振り返ると、小紫はずっと店の前で視線を送っていた。

 

「おい、ロビン」

「? どうかしたの?」

「あの女、見る限り只者じゃ無さそうだが」

「……そうね。強さを測るとかは私は出来ないけれど……少なくとも、彼女は8年前でも相当の強さだったわ。ペドロとゼポも歯が立たないくらいにね」

「あの二人が戦って歯が立たないの!?」

「ロビン……おれ達が姫様を傷つけられないのわかってて言っているだろう」

「あ、そういう事情……」

「ふふ。でも、彼女がとても強いのは本当よ。何せ、カナタさんの一番弟子だもの」

 

 手ほどきを受けたという意味ではカイエや千代もそうだが、カナタが一から十まで熱心に教えていたのはロビンの知る限り小紫しかいない。

 四皇に匹敵、ないし凌駕している実力者に師事することがどれだけ大変か。並大抵の強さでは務まらないことは見ていたロビンにはわかる。

 ゾロが気にしていたのは脇に置いてあった刀から剣士であると推察したからか、あるいは単純に小紫の強さを肌で感じ取ったからなのかもしれない。

 どちらにしても、彼女と戦う機会は無いだろう。

 敵に回す理由も無い。

 

「…………」

 

 ゾロは一度だけ振り返り、小紫の姿を視る。

 女で、剣士で、かなりの強さ。

 実際にどのくらい強いのかは見てみないことには分からないものの、それでも肌で感じ取れる強さは相当なものだ。

 たとえ女でも、あれだけ強くなれる。

 それだけわかれば、ゾロには十分だった。

 剣士であるならば、彼女を超えねばならないのだから。

 

 

        ☆

 

 

「こちらが〝ウェイバーレース〟の会場です」

 

 コニスに連れられて訪れたのは、ウェイバーによるレースの会場だった。

 部門は幾つか分かれており、乗り物の形による住み分けがされている場合もあれば全部門無差別に競走する無差別級もある。

 特に目を引いたのは〝海賊(ワイルド)ルール〟と呼ばれるものだ。

 

「なんだ、これ。〝ワイルドルール〟?」

「ああ……〝ウェイバーレース〟はきちんとした規定の下で行われるレースなのですが、それだと物足りないという過激な方もいらっしゃって……」

 

 要はゴールすれば何でもあり、相手を傷つけようが妨害しようが勝った奴こそが正義の特殊ルールらしい。

 既定のポイントさえ順番に回ればそれ以外は何をしようと自由なのでレースは荒れがちで、掛け金次第ではあるが配当金も高くなりがちなのでハマる者もいるのだとか。

 コニスはあまり好きではないらしい。

 

「思ったよりコエーな、〝ウェイバーレース〟」

「怖がらないでください! この無差別級以外は本当に、ちゃんとしたルールの中で行われるレースなんです!」

「いや、それはわかるけどよ」

 

 コニスとウソップが話している横では、ナミがウェイバーを見てどことなく見覚えがあると思い出していた。

 

「ねェルフィ。これ、アンタが持ってきた奴に似てない?」

「似てるな」

 

 空から落ちて来た船が沈む前に急いで回収した中に、似た形のボートのようなものがあった。

 あれも恐らくウェイバーなのだろう。200年以上前に使われていたものなら、壊れて修理など望めないかもしれないが……。

 と言う話をしたところ、コニスはそれならばとレース場の裏側に繋がる道に案内しだした。関係者以外は立ち入り禁止のハズだが、コニスは気にした風も無くずんずんと中へ歩いていく。

 辿り着いたのは〝エンジニア室〟と表記された部屋だった。

 ノックもそこそこに中へ入ると、口ひげを蓄えた男がお茶を飲んでモニターを見ていた。

 

「おや、コニスさん。へそ!」

「へそ、父上! 実は頼みたいことが」

「いや何言ってんだお前ら」

 

 〝へそ〟と言うのは空島特有の挨拶らしく、ペドロとゼポは「ガルチューのようなものか」とその島特有の文化に納得していた。ルフィは引いていたが。

 それはともかく、口ひげを蓄えた男──名前はパガヤ──はコニスの父親らしく、彼はウェイバーレースでボートの調整を行うエンジニアの一人だと自己紹介した。

 専属のエンジニアを雇うレーサーもいるが、違反行為になっていないか確認する仕事をしているのだと言う。

 彼にルフィが拾ったウェイバーらしきものの事情を簡潔に話す。

 

「なるほど、それで私のところに。ええ、構いませんよ。確認してみましょう」

「言っておいてなんだけど、大丈夫なの? 200年以上前の物らしいんだけど……」

「エンジンに使われている〝(ダイアル)〟というものは元々貝の死骸を使いますから、殻が壊れていない限り半永久的に機能します。見てみないことには分かりませんが、船が壊れていてもエンジン部分が無事なら動く可能性は高いと思いますよ」

「そうなのか!」

「父は元レーサーで現エンジニアですから、(ダイアル)にもウェイバーそのものにも詳しいんです。昔は大会で優勝したこともあるんですよ!」

「そうなのか!? スゲーなおっさん!!」

「いやはや、昔の話ですいません」

 

 謙遜するパガヤに尊敬のまなざしを向けるウソップとルフィ。

 レース場の近くではウェイバーの試乗も出来るらしく、興味を持ったルフィがいの一番に名乗りを上げてウェイバーに乗り込もうとする。

 だが、その直前でスタッフと思しき男たちに止められた。

 

「試乗したければこれを着るんだ」

「なんだこれ?」

「ライフジャケット……平たく言えば溺れないようにするための着る浮き輪だ」

 

 黄色の着る浮き輪のようなものだ。股の間を通して結び、誰であっても溺れないようにしている。

 ルフィは動きにくそうに肩を回しているが、義務らしいので窮屈に感じながらも文句は言わない。

 

「よっしゃあ! 行くぜ!」

「あの、気を付けてくださいね? とても操縦が難しいので……」

 

 ブオン! といきなりアクセルを吹かして発進するルフィ。コニスの注意などどこ吹く風だ。

 波にハンドルを取られ、ガタガタと揺れながら派手な大転倒を見せて水没した。能力者なのですぐさま力が抜けてだらりとなっているが、ライフジャケットのおかげで沈まずに済んでいるようだった。

 巡回していたスタッフに回収され、ずぶ濡れのルフィはすぐさま岸に戻ってくる。

 

「なんだあれ……スゲー揺れるんだけど……」

「ウェイバーは風で動かす船ですから、動力が小さくても大丈夫なように船は軽く出来ているんです。海を知り尽くしているくらいでないと、運転は中々難しいと思います。根気よく練習すれば10年ほどで乗れると思いますよ」

「長いわ!!! 滅茶苦茶根気いるぞそれ!!?」

「他にもスケート型やボード型もあります。難易度はあまり変わりませんが……」

「おれも乗ってみたいのになー。簡単なのってないのか?」

「安定性があるものはやはり重量があるので、速度は劣りますね。もちろん遊覧するだけならそれでも十分ですよ」

「じゃあそれ! おれ、それに乗ってみたいぞ!!」

「はい、では手配してきますね」

 

 訓練期間の長さをウソップに突っ込まれてチョッパーが絶望していたが、どうやら乗れそうなものもあると安堵する。

 観光を主な収入源にしているためか、その辺りのケアはバッチリらしい。

 一方、少し目を離した隙にルフィが乗っていたウェイバーに乗り込んだナミはと言えば、ウェイバーを初見でしっかり乗りこなしていた。

 

「乗っとる!!?」

「これサイコー!」

 

 これまでに培った海の知識が功を奏したのか、ナミはウェイバーをバッチリ乗りこなして楽しそうに遊んでいる。

 そこへチョッパーとルフィが安定するが遅いタイプのウェイバーに乗って乱入し、きゃっきゃとはしゃぎながら乗り回していた。

 試乗場所は広くはあるが囲ってあり、外には出られないようになっていることにサンジが気付く。その先に異様に天気の悪い島があることにも。

 サンジは遠くを指差しながらコニスに尋ねた。

 

「なァコニスちゃん。だいぶ広めに囲ってあるみてェだけど、あの先にある真っ黒い雲に覆われた島はなんだ? あそこもこの島の一部か?」

「あそこは……いえ、あそこは立ち入り禁止区域です」

「立ち入り禁止? 天気が悪いからか?」

「簡単に言えばそうなんですけど、実態はそんなレベルでは無いんです。あの暗雲の下にある島は元々私たちが住んでいた〝エンジェル島〟と言う島なのですが、過去に二人の能力者が戦った影響でああなってしまって」

「能力者が戦った影響で……? そんなことがあんのか?」

「あるんです。私がまだ生まれて間もないころの事なので詳しく知らないのですが、今なおあの島は吹雪と雷の止まない嵐の島になっています。特に何があるわけでもなく、ただ危険なので立ち入りを禁止しているんです」

「なるほどなァ……」

 

 ルフィに聞かせれば何が何でも入ろうとするだろうが、あるのは過去に住んでいた人々の足跡だけだと言う。

 冒険を期待しているルフィにとっては肩透かしに終わるであろうことは想像に難くない。

 そう言えば、とサンジは思い出したようにもう一つ質問を投げた。

 

「下でシュラって奴に聞いたんだが、もう一か所入っちゃいけねェ場所があるって?」

「そうですね。先にそちらも話しておきましょう」

 

 〝アッパーヤード〟と呼ばれる島だ。

 こちらはコニスたちとは別の原住民たちが住んでおり、勝手に入ろうとすると彼らと争いになる。過去に色々あったが、一度大地を追い出された彼らの執着は強く、下手なことをすると色々問題が起きるのだと。

 

「つまるところ、民族問題か」

 

 ペドロはコニスの話を聞いてそう締めくくった。

 コニスはその言葉に頷き、「和解をしようと神様が頑張っているのですが、解決は未だ難しいようで」と困ったように笑う。

 

「神様? 神がいるのか?」

「この島における神と言うのは指導者の意味よ。この国の長ね」

 

 ゾロの疑問にロビンが答え、コニスはその答えに頷いた。

 

「そう言った問題があるので、安全を保証出来ない〝アッパーヤード〟には立ち入らないように……とされているんです。絶対に入ってはいけませんよ?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 丁度戻って来たルフィが耳聡くコニスの言葉を捕える。

 ハッとしたサンジ、ウソップは一番聞かれてはいけない奴に聞かれたことを悟った。

 

「待てルフィ! いいか、わかるな!? 絶対に入っちゃいけねェんだぞ!?」

「そうだぜルフィ!! よく考えろ!! 絶対に入っちゃいけねェって事はつまり、絶対入っちゃいけねェんだぞ!!?」

「あーそー……絶対に入っちゃいけねェ場所かァ……」

 

 もう何を言っているのか自分でも分からなくなっているのか、サンジとウソップは支離滅裂になりながらルフィを止めようと説得する。

 ルフィはライフジャケットを脱ぎながら生返事をしていた。

 ゾロはもう聞かれた時点でルフィは止まらないだろうと判断しており、肩をすくめながらも止める気は無さそうだった。

 

「ま、でもそれは遊んでからでもいいや。他にもなんかあんのか?」

「ここが一番のレジャー施設ではありますが、〝雲の道(ミルキーロード)〟で作ったウォータースライダーのあるプールや多種多様な(ダイアル)を売っているダイアルショップ、青海では見られない珍しい雲で作られた家具を売っている場所もあります」

「全部面白そ~~!! おいナミ、チョッパー!! 次行くぞ!!!」

「もう行くの? 私もう少しここで遊びた~い」

「おれも~~!!」

「置いてくぞ!!」

 

 ルフィの一声で渋々船から降りた二人を迎え、コニスはくすくすと笑っていた。

 プール、ダイアルショップ、家具屋。選択肢は幾つかあるが、そう言えばとコニスは思いつく。

 

「皆さん、海賊なんですよね? 船乗りの方なら海洋科学館などもありますが、どうですか?」

「なんだそれ?」

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟で起きる不可思議な現象をミニチュアなどで再現している場所です。ためになりますし、面白いですよ」

「へー! 面白そうだな! じゃあそこに行こう!!」

 

 

        ☆

 

 

 元々は子供に対する学びの場としての側面が大きかったが、これ自体が見世物として面白いと考えて一般に公開されるようになったのだとか。

 船乗りならば避けては通れない海の現象を、出来る限りわかりやすく説明した科学館。これが作られたのは、空島にその手の研究施設がある影響もある。

 その科学者の一人が、まさに今居合わせていた。

 

「ようこそ、海洋科学館へ」

「ドクター! こちらにいらしたんですか?」

「先程用事が終わったのでね。まったく、彼女の相手は大変だ。熱心なのはいいが、私は他にも仕事がつかえているというのに」

 

 ぼさぼさの短い金髪に長い耳たぶ。上半身は裸の上に白衣を着ている特徴的な男だ。

 ルフィよりもだいぶ背の高いその男は、眠そうな顔で入って来た一同を見下ろしていた。

 

「私はエネル。この研究施設を任されている。Dr.エネルと呼んでくれたまえ」

 




ゴッドからドクターに転向したエネルの図

明日も更新の予定です


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第百七十八話:海洋科学館

 

 海洋科学館の中はかなり広い。

 巨人族も中に入れるようになっているためか、一つ一つのサイズがだいぶ大きいのだ。

 海で起きる不可思議な現象を視覚的にわかるようにした施設ではあるものの、全ての現象が解明できているわけではない。スペースの割に数はそう多くはないようだった。

 

「あ、これ!」

 

 エネルの案内で施設を回っていると、ナミが見覚えのある現象を見つけた。

 〝突き上げる海流(ノックアップストリーム)〟である。

 

「ふむ。これに興味があるのか?」

「おれ達、これに乗って空島に来たんだよ。いやー、あの時は死ぬかと思ったね。だがおれは諦めかける皆に向けて言ったのだ。『おれがこの海を航海してみせる!』って」

「ちょっと」

 

 ホラを吹くウソップの頬を引っ張るナミを尻目に、エネルは目を丸くして手で顎をさすっていた。

 

「これに乗って下から飛んで来たのか。随分博打が好きなようだな、お前たち。〝ウェイバーレース〟で賭け事をするのも好きそうだ」

「やってみたかったんだけどなー」

 

 現在の麦わらの一味の残金を考えると元手を用意するだけで明日の食事にも困る身だ。コニスにガイド代を払えばそれで一文無しにもなりかねない以上、賭け事など出来るはずもない。

 ルフィの勘は当たるのでやってみれば増えていたかもしれないが。

 

「物事には何かしらの理由がある。〝突き上げる海流(ノックアップストリーム)〟もそうだし、他の現象もな」

 

 偉大なる航路(グランドライン)の天候はデタラメ極まりないが、後半の海は前半の海に比べて更にデタラメさを増す。

 目まぐるしく変わる天候。坂道のように傾く海や空に浮かぶ島に引っ張られる海。雷が降り続ける島に吹雪の止まない島。

 一味の航海士ならば、当然知っておいた方が生存率は高くなる。

 ナミは真剣な顔で説明文を読み込んでいる中、ルフィたちは奥まったところにある施設の前でエネルに説明を受けていた。

 

「これは人工的に波を起こせる装置でな。例えばここに船の模型を置く」

 

 長方形のプールの中に船の模型を浮かべ、両脇にワイヤーを引っかけて位置を固定する。

 次に短辺の位置に移動してハンドルのようなものをぐるぐる回し始めると、徐々に水の流れが生まれて疑似的に船が動いているように見える。

 おー、と声を出す一同だが、これに何の意味があるのかイマイチ分からないようで首を傾げていた。

 

「これは船にかかる抵抗や船の形状による速度への影響を調べるものだ。流体力学に分類されるものだが……言っても分からないか」

 

 ルフィたちの頭の中にハテナマークが乱立しているのが目に見えるようだ。

 エネルはこの反応も予想の範囲内だったのか、今浮かんでいる船の模型を別のものに変える。

 先の船よりももっと横幅の狭い流線形の船だ。

 再び水流を起こすと、先程の船が受けていた水流よりも綺麗に水が流れていくのが視覚的にもわかりやすくなっている。

 これならルフィたちにもわかるのか、「おー!」と声を上げていた。

 

「こういう形にすれば船は速く進む──そういう形や力の動きを日々計算しているのだ」

「なるほどなァ。もっと細くすれば速くなんのか?」

「当然だ。理論上薄くなればなるほど受ける抵抗は少なくなる」

 

 だが、それでは居住区域の問題も出て来るし、何より側面を煽られた時に転覆する可能性が高くなる。

 何事にも限度はあるということだ。

 口頭で説明されても理解出来ないが、こうやって実物を見せられるとわかるので面白いもんだとサンジは感服する。

 

「これ以外にも船につける動力なども私の研究範囲だ。(ダイアル)は理論上半永久的に作動するので主な焦点はそこだな」

「動力ってことは、帆で風を受けなくても進む船を作るってことか?」

「そうだ。この島の港にもあっただろう。帆そのものが無い船がな」

 

 言われてみれば、港に案内してくれたオームの乗っていた船も帆は無かった。あれも今思えば(ダイアル)を利用した船なのだろうと理解出来る。

 

「便利なもんだなァ」

「だがそう簡単にはいかない。(ダイアル)そのものは半永久的に動いても、中に入れるエネルギーは充填が必要となる」

 

 風貝(ブレスダイアル)が風を延々と出し続けられるわけでも無ければ、熱貝(ヒートダイアル)だって熱を永久に発し続ける訳ではない。

 使った以上は充填する必要がある。そこでより効率的に動かすにはどうすればいいのかを計算するのもエネルの仕事だ。

 船全般に関する研究全てを引き受けていると言っても過言では無いだろう。

 

「エネルギー問題を解決するために、悪魔の実の能力者を炉心に据えられればとは思うのだがな」

 

 能力の種類にもよるが、何かのエネルギーやそれそのものが推進力に使える能力ならそれだけでエネルギーの問題を解決出来る。

 能力者がひたすら能力を使うだけで、通常の何倍もの速度で駆動できる船が作れる。

 色々と問題はあるので実現は中々難しいところだが、実現出来れば世界は更に狭くなるだろう。

 

「やはり使うなら電気だな。あれこそ何にでも使えるこの世で最も便利なエネルギーだ。火を使うなど時代遅れにも程がある」

 

 まるで誰かに当てこするかのような言い方をするエネル。

 ルフィたちはその辺の話に興味は無いのか、面白がって水流を起こすハンドルをグルグルと回し続けていた。

 エネルは気を取り直したように咳払いをして視線をルフィたちに向ける。

 

「聞く気は無しか。まァ良かろう。どのみち期待してはいない」

「おっさんが難しいこと考えてるのはわかったけどよ、おれ達が楽しめるもんはねェのか?」

「ここは厳密にはレジャー施設ではない。遊びたければ他所に行くのが一番だ」

「Dr.エネル。どうかそう言わずに……」

「あそこの航海士の女は熱心だな。うちの研究員に欲しいくらいだ」

「ナミはやらねェぞ! うちの大事な航海士だ!!」

 

 ナミをスカウトしようとするエネルにしっかり釘を刺すルフィ。

 エネルはそれを聞いて肩をすくめた。本気では無かったようだが、ルフィの反発の強さは予想以上だったようだ。

 ともあれ、面白いものと言えばこれくらいのもので、ナミやゼポはともかくそれ以外の面々は早々に飽きていた。

 ナミとゼポがエネルの案内を受けている間、休憩の意味も込めてロビーの端でコニスにお茶を入れてもらう。

 

「なんかナミの興味を引くものが多いな、この島」

「航海士って役割柄かもしれないわね。理解出来ると面白いと思う気持ちは理解出来るもの」

「そういうもんか?」

「船長さんだって、冒険出来ると思えばワクワクするでしょう? それと同じよ」

「なるほどなー」

 

 ロビンもまた、歴史を感じる古い物には興味を惹かれるタチなので、今のナミの行動は何となく理解出来るのだろう。ルフィだって冒険に関しては似たようなものなので、ロビンに言われて気付けば納得していた。

 のんびり話している間にナミたちは見終わったらしく、充実した顔でゼポ、エネルと共に戻って来た。

 

「凄いわね、ここ! まさかこんな勉強が出来るなんて思わなかったわ!!」

「おれは〝新世界〟を渡っていたこともあったが、それでも知らねェことは多いって再確認させられたぜ……」

「熱心に話を聞くのは良いことだ。その熱意をこの研究所で活かす気は無いか?」

「だからおれの仲間を引き抜こうとすんなよ!!」

 

 がーっ! と怒るルフィをどうどうと宥めるエネル。

 見るものは見て回ったのでもうこの施設に用事は無くなった。次の場所に行こうと施設を出るルフィを、コニスが後ろから引き留めた。

 

「すみません、ルフィさん」

「どうしたコニス。腹でもいてェのか?」

「レディになんつー聞き方すんだバカ野郎! もっとデリカシーってもんをだな……!!」

「いえ、そういうことではなく。父が準備をしているそうなので、あなた方が言っていた壊れたウェイバーを引き取りに行きたいと」

「あ、そう言えばそうだったわね」

 

 遊ぶことに夢中ですっかり忘れていたが、パガヤにウェイバーの修理を頼んでいたのだった。

 そういう事ならばと、一度船に戻ることにする。

 

「じゃあな、おっさん!」

 

 船の構造などに関しては興味もあったためか、ウソップは割とエネルの事を気に入っているらしかった。

 チョッパーと一緒に手を振って別れる彼らを見送り、エネルは「仮眠でも取るか」とあくびを噛み殺しながら再び施設の中へと入っていく。

 

 

        ☆

 

 

 港に着くと、既にパガヤが案内所付近で待っていた。

 メリー号から壊れたウェイバーを引っ張り出してくると、「これはまた古いですね」と驚いていくつかチェックしていく。

 

「解体してみないとなんとも言えませんが、出来る限りの事はしましょう。数日貰えますか?」

「ああ、頼むよ!」

 

 ウェイバーをパガヤに預け、台車に載せてガラガラと持って行くのを見送る。

 日は傾き始めており、「そろそろ泊まる場所を探さないといけませんね」と言うコニスにナミが何とも言えない表情をする。

 お金が無いので船に泊まるしかないのだ。

 

「悪いけど、コニスにガイド代払ったらもうほとんどお金が無いのよね。だから泊まるのは船の中。そろそろいい時間だし、案内は終わりでいいわよ」

「それは……仕方ないですね」

 

 お金の問題は何よりも優先される。ましてルフィたちは収入源になるものが何もないのだ。

 今日一日楽しませてくれたコニスに感謝してガイド代を渡し、桟橋で別れる。

 ウェイバーは後日取りに来ると言って、麦わらの一味はひとまず船の中で会議をすることにした。

 

「で、どうする? まだ日が沈むまで時間はあるけど」

「行ってみようぜ、〝アーパーヤード〟!!」

「〝アッパーヤード〟ね。仕方ないか。言って聞くようならこんな苦労はしないし」

 

 眉尻を下げて困ったようにため息を吐くナミだが、ルフィの決定なら仕方ないと従うつもりではいるらしい。

 まずは雷と吹雪が止まない〝エンジェル島〟を見てみたいと言うルフィの言に従い、一同は船を動かしてエンジェル島へと向かう。

 どう考えても嫌な予感しかしないが、ナミとしても年中嵐の天候と言うのはやや興味を惹かれるようだ。

 それほど遠くも無い距離にあったエンジェル島に近付くと、その全容がはっきりと見えてくる。

 

「うわ……なにこれ、どうなってんの?」

「寒っ!? あっちの島と大して離れてねェのになんでこんな寒いんだよ!?」

 

 空島の更に上空に暗雲が溜まり、落雷と雪が舞い散っている。雷鳴が響くたびに肌にビリビリと衝撃が走り、到底近づけそうもない。

 

「駄目よルフィ! これ以上近付いたら船に雷が落ちちゃう!!」

「スッゲェ……こんな島があるのか!!」

 

 ナミが止めようとするも、ルフィのワクワクは止まらないようだ。

 とは言えども、流石に船に雷が落ちるのはルフィとしても困る。周りに上陸出来そうな場所も無いため、ウソップの持っていた双眼鏡で遠目に見ることくらいしか出来ない。

 島にあるのはかつて人が住んでいた名残だけだ。落雷があらゆるものを破壊し、降り積もった雪が痕跡を覆い隠す。

 既にこの島は、人の生きることが出来ない土地になっていた。

 

「目的はこの先の〝アッパーヤード〟でしょ!? そっちだって危険な島なのに、これ以上危険な島の近くになんていられないわよ!?」

「……わかった」

 

 ルフィとて仲間の命は大事だ。見ただけで無事で済まないのはわかるし、渋々といった様子でエンジェル島への上陸を諦める。

 そのまま船を進ませ、もう一つの島を視界に入れる。

 オハラよりも規模としては大きい島だ。縦横無尽に雲の川(ミルキーロード)が走っており、外から見えるだけでも巨大な木々が踏み入ろうとする者を阻んでいる。

 ひとまず東側から外縁部をなぞるように船を走らせていると、島の北側に着いた辺りで奇妙な物を発見した。

 

「え、これって……!?」

「オイオイ、まさか()()()()()か!?」

 

 ルフィたちが見た物は。

 

「どういうことだ……? なんで地上にあったモンがここに……同じものだろ?」

「いいえ、違うわ! これは地上で見た物の〝片割れ〟よ」

「おかしな家だとは思った……()()()には2階があるのに、上がるための階段が無かったから。あんな島の絶壁に家を建てる理由も無い──あの海岸は、〝島の裂け目〟だったんだ……!!」

 

 島の絶壁に建つ、〝ジャヤ〟にいたモンブラン・クリケットが住んでいたハズの、()()()()()()()()だった。

 

「ロビンはこれ、知らなかったの?」

「私が以前ここに来た時は、既に民族問題でこちらの島には入れなかったもの。それに、この島はオハラを移動させるより前からあった」

 

 この島もまた、地上から空に来た島なのだ。

 それがどうやって空に来たのか、理由までは分からないが──。

 

「この島は、引き裂かれた島の片割れ……400年前に沈んだと思われていた黄金郷〝ジャヤ〟は、沈んだんじゃなくて……空を飛んでたんだ……」

 




エネルギーに使うべき物
例の人「火」
エネル「電気」
カナタ「原子力」
フランキー「コーラ」

今年の投稿は今回で終わりになります。お付き合いいただきありがとうございました。
また来年もよろしくお願いします。
それではよいお年を。


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第百七十九話:〝アッパーヤード〟

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。


 

「──侵入者は何人だ?」

「たぶん、15人。9人は固まってたけど、2つに分かれて片方は移動してる。残りは最初こそ固まってたけど今はバラバラ。こっちは別口だと思う」

「ふん。どちらも同じことだ」

 

 〝アッパーヤード〟にあるシャンディアの村。

 大戦士カルガラの血を引き、今やシャンディアの戦士たちのまとめ役としてアッパーヤードの防衛をしている男──ワイパーがタバコを咥えたまま吐き捨てた。

 その対面にいるのはラキと呼ばれる女性であり、その背中に隠れるようにしてワイパーと話すアイサという少女だ。

 アイサは生まれつき見聞色の覇気を身に着けており、この能力によって定期的な巡回から漏れた侵入者を見つけ出すことを可能としている。

 

「でも、変なんだ」

「変? 何がだ」

「言葉にするのが難しいけど……普通、あたいが聞こえる〝声〟はひとりひとりちょっとずつ違うんだよ! でも、バラバラに動いてる6人は()()()()()()()()()()()()

「似ているだけじゃないのか?」

「わかんない……」

「…………」

 

 アイサの言葉にワイパーは少しだけ考え込み、しかし侵入者であることには変わりないと急いで動くことを決めた。アイサのように見聞色の覇気を使えないワイパーにとって、この感覚を理解することは難しいからだ。

 日は既に傾きかけている。悠長にしていては夜になってしまうだろう。

 先祖代々取り戻すべき土地をようやく取り戻し、これを再び守るために戦う彼らにとって、土足で踏み入られることは何より許しがたい。

 ワイパーはすぐさま戦士たちに声をかけた。

 

「ゲンボウ、お前は隊を率いて一人一人バラバラに動いている連中を仕留めろ。カマキリ、ブラハム、お前らはおれと一緒に来い。一番数が多い連中を排除しに行く!」

「何人連れていく?」

「村の防衛にある程度は残して行く。こっちはあと3人もいればいい」

「わかった。おれの方も同数連れていく」

 

 ゲンボウと呼ばれた男はワイパーの言葉を聞いてすぐに準備に動き、カマキリ、ブラハムの両名も同様に人員と装備を整えに走った。

 アイサからある程度方向を聞いておけば、敵と入れ違いになることも無い。

 グループの一つは動くことなく留まっていると言うから、恐らくは敵の拠点だろうと推察していた。

 海賊だろうが何だろうが、この島に入ってくる余所者は全員排除する。その誓いを破ることは決してない。

 

 

        ☆

 

 

「ここ、なんか……変じゃねェか?」

「何がよ」

「何がってお前、ちょっと傾いてるような……」

「周りの木々が傾いているのよ。だから平衡感覚がちょっとだけおかしく感じるの」

 

 アッパーヤードがジャヤの別たれた島の一部だと気付いた一行は、人員を島を調査する班と船を守る班で分かれることにした。

 前者はルフィ、ゾロ、ナミ、ウソップ、ロビン、ペドロ。

 後者はサンジ、チョッパー、ゼポ。

 調査班が多いのは成り行きによるものだが、ナミが付いて来たのは黄金郷に目がくらんだため、ウソップが付いて来たのはルフィとゾロがいる方が安全だと判断したためであった。

 一行は当てもなくまっすぐ森を突き進んでおり、ある程度で戻ってキャンプをするつもりで簡単な調査をしていた。

 

「でもなんで全部の木が同じ方向に傾いてるんだ?」

「そういう成長をしたってだけじゃねェのか?」

「でも、そんな変な育ち方するのかしら? 元がジャヤにしては木も異様に大きいし……」

「さあ? そこまでは分からないわ。でも、この不自然に凹んだ地面に幹を締め付けたような痕……まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ロビンはしゃがみ込んで巨大な窪みに目をやり、続けて木の幹を撫でる。

 まっさかー、とナミとウソップが笑い飛ばすも、よくよく地面のくぼみを見れば人の足跡のように見えることに気付いてしまい、ハッとした表情をした。

 こんな痕跡は通常すぐに消えてしまうものだが、白々海より上に自然に雲が出来ることは無い。雨によって痕跡が消えることが無かったのだろう。

 

「で、でもよ! 流石にこの足跡はデカくねェか!? こんなデケェ人間がいるのかよ!!?」

「巨人族なら平均サイズじゃないかしら。これだけはっきり痕が残っているということは、よっぽど力を入れたのでしょうね」

 

 ウソップはまだ出会ったことが無いので分からないが、巨人族の平均身長は10メートルを優に超える。

 ロビンは足のサイズもなんとなくわかるため、目測で大体の大きさを測っていた。

 ロビンの説明を聞いてルフィはキラキラした目を向けている。

 

「巨人族かァ! この島にもいんのかな?」

「そこは分からないわね。でも、私が以前来た時は空島に巨人族がいるなんて話は聞かなかったわ」

 

 少なくとも、今現在住んでいる巨人族はいないだろうと推察していた。

 アッパーヤードにいるのはシャンディアと言う部族だけだという話だったし、シャンディアが巨人族だという話も聞かなかったからだ。

 少し先に進むと木々の傾きは無くなり、自然の風景になる。

 それでも巨大な木々はそのままなので、空島に来た影響か何かだろうと話していた。

 

「雲の川が多いな。歩き回るのも難しそうだ」

「人工的に作られたものでしょうね。理由までは分からないけど……森を縦横無尽に走る雲の川は、ウェイバーがあれば確かに移動するのに便利ではある」

 

 ウェイバーにもいくつか型があり、足に履くスケート型などは靴の代わりとしても使えるので水上、陸上両方が細かに入り交じるこの環境では重宝するだろう。

 雨が降らない代わりに雲の川によって水を循環させているという理由もあるのかもしれない。

 詳しい理由までは作った者に聞かねば分からないが、おかげで進みにくい道になっていた。

 

「この分だと、そろそろ引き返した方がいいだろうな。日が暮れてしまう」

「夜に移動するのは危険だものね。ルフィ! そろそろ戻るわよ!!」

「えー? もう戻るのか?」

「冒険したいなら明日またすればいいじゃない。軽く探索した感じ、拾った地図と外形は変わってないみたいだし」

 

 ある程度黄金の在処に見当がついたのか、ナミはペドロの意見に賛同して帰ると言う。

 見知らぬ森の中で夜を過ごすのは不安だ。船に戻ればサンジが食事を用意して待っているだろうし、ルフィとしてもくいっぱぐれは避けたい。

 そんなこんなで船に戻ることになり、ロビンを先頭にくるりと方向転換する一行。

 

「よし! じゃあ今日は撤収!」

 

 特に何が見つかったわけでも無いが、ルフィたちがそう思うだけでロビンは別だったらしい。

 メモ帳にはひっきりなしに色々書きこんでおり、時折立ち止まっては木に飲み込まれた井戸や過去の生活痕らしきものを熱心に調査していた。

 考古学者としてはやはり気になることが多いのだろう。

 

「なんか、最初の印象とは違うな」

「ロビンは子供のころから考古学者として色々と勉強してきたからな。行く先々の島でもフィールドワークをやって過去の事を調べたりしていた」

「そうなのか。じゃあペドロもそういうのに詳しいのか?」

「おれに出来るのは敵を切ることだけだ」

「物騒だなオイ!」

 

 ペドロは歴史そのものにはあまり興味が無いのか、立ち止まって調べるロビンの横に立って周りを警戒していた。

 元々そういう役割分担をして来たのだろう。二人の行動は淀みなく、手慣れた様子が窺える。

 

「ロビン、帰りは流石にのんびり歩いてはいられないぞ」

「ええ、でももう少しだけ……」

「……いや、これは手遅れだな」

 

 ペドロは視線を動かし、腰に差した剣に手をかける。

 ゾロとルフィもそれにつられて視線を動かすと、民族衣装に身を包んだ6人の姿があった。

 

「お前……」

「向こうの島で教わらなかったのか? この島はおれ達の土地だ。勝手に入ってきた以上、生きて帰れると思うな」

「シャンディアか!」

 

 戦う気はあるが、少々マズいなとペドロは思っていた。

 戦力は問題ない。ルフィとゾロ、そしてペドロがいれば全員を相手にしても余裕はある……が、この土地で問題を起こすとカナタに迷惑をかける。

 出来るだけ穏便に済ませたいと考え、口を開いた。

 

「待て! おれ達はそちらに危害を加える気は無い!」

「何をいまさら。この土地に土足で踏み込んだ時点で、お前らと話し合う余地など無い!」

「おれ達はこの土地の歴史を調べているだけだ! 戦う意思はない!!」

「何度も言わせるな!! 排除する!!」

 

 バズーカを構えたワイパーはペドロの言葉を聞き入れることなく、引き金に手をかける。

 発射された砲弾は真っ直ぐにルフィへと向かい──。

 

「ゴムゴムの~~〝風船〟っ!!」

 

 ──大きく体を膨らませたルフィが砲弾をはね返した。

 跳ね返された砲弾は避けたワイパーの背後にあった木に着弾して爆発し、爆風の勢いに乗ったワイパーがルフィへと蹴りかかった。

 ルフィとてただでやられることはなく、ワイパーの蹴りを蹴りで返して殴りかかる。

 

「ゴムゴムの〝(ピストル)〟!」

超人系(パラミシア)か。能力者とは面倒な」

 

 ルフィのパンチを躱したワイパーは単なる砲弾では意味が無いと判断し、弾を入れ替えた。

 砲身に入れるのは砲弾ではなく一つの(ダイアル)

 ルフィに狙いを定めて起動させると、鼻を突く臭いが風に乗って充満し始める。

 

「フガッ!? なんだこれ、クセェ!!」

「これは、ガス!? まずい!」

「このバズーカの名は〝燃焼砲(バーンバズーカ)〟。風貝(ブレスダイアル)に乗って充満したガスに引火し、青白い炎は対象を焼失させる」

 

 引き金を引くことで発生する火花でガスに引火し、一気に燃焼するガスは青白くなって大木を貫通するほどの威力を見せる。

 ゾロはナミを、ペドロはロビンを抱えて即座に退避したので怪我は無かったが、ペドロは実質〝エレクトロ〟を封じ込められたも同然の攻撃だった。

 電気を発生させれば充満したガスに引火して自爆する。出来る事なら剣をぶつけて発生する火花すら避けたい。

 だが、それはあちらも同じだ。

 下手に乱発することは無いと思いたいが……当てにし過ぎるのも問題である。

 

「ひとまずは切り抜けねば……!」

 

 戦うことは出来るだけ避けたい。双方にとって得にはならないと考えるが故に。

 

 

        ☆

 

 

 一方、船に残ったサンジ、チョッパー、ゼポの3人。

 今夜はここにキャンプをすることになると考え、いくらか道具を降ろしていた。

 空島に来る際の衝撃で船も幾らか修理が必要な状態であるため、キャンプの準備をした後でゼポとチョッパーは大工道具を手に持っていた。

 

「ルフィたち、どれくらいで戻ってくるかな」

「さてな。日はそれほど長くはないから、探索はそこそこにして戻ってくるとは思うが」

 

 オハラを出た時点で既に時刻は昼をだいぶ過ぎていた。探索をするにしてもそれほど深いところまではいけないだろう。

 トンテンカンテンとリズムよく金槌を振るい、ツギハギの船を修理していく。

 ゼポとて専門の船大工では無いので、出来ることと言ったら木材とブリキで外側の補強をしたり穴を塞いだりと言った程度の物だ。

 帆も破けているので修理が必要だし、やることはいくらでもあった。

 

「…………」

「どうしたんだ?」

「いや……」

 

 リズムよく振るっていた金槌を止め、ゼポは顔を上げる。

 普段はサングラスをしているので目を見る機会は無いが、今は手元が狂わないように外していた。

 そのゼポの目が、険しく細められている。チョッパーは不思議そうに首を傾げ、手に持った木の板を渡そうとしたまま止まっている。

 

「……これはまずいかもしれないな。サンジ! 大事なものは船に載せておけ!」

「あァ!? どうしたんだよ!」

 

 ゼポは金槌をチョッパーに預け、船の調理場で下処理をしているサンジに声をかけてから船を降りる。

 遠くでは派手な爆発音が響いており、徐々に近づいてくる。流石に近場になるとサンジとチョッパーも気付き、サンジはタバコに火を付けてチョッパーと共にキャンプ道具をなるべく端に片付けておいた。

 ゼポがすぐ近くまで来ていることを知覚すると、森の中から一人の男が吹き飛ばされてきた。

 全身に火傷を負っており、殴られたような跡も見受けられる。

 ゲンボウと呼ばれる、シャンディアの戦士である。

 

「ぐ、がはっ……!」

「おい、大丈夫か! しっかりしろ!!」

「お前ら……青海の海賊か……! クソ、こんなところで……!!」

「お前はこの島の住人だな? 何があった!」

「や、奴が……」

「奴?」

「おれ達とは、違う……羽の生えた、怪物が……」

 

 傷だらけのまま森の中を指差すゲンボウ。

 それにつられてゼポが視線を上げると、森の中から誰かが出て来るのが見えた。

 身長は4メートルを超える大柄。髪は白く、肌は褐色──何より特徴的なのは、その背に黒い羽を携えていることだった。

 

「なんだ、ありゃあ……」

「……ゼポか。それに、あのマーク……〝麦わらの一味〟だな」

 

 黒いスーツを身に纏っているその男はゼポから船に視線を移し、再び視線をゼポに戻す。

 青海の事情にも通じているらしく、ゼポのことも正確に把握している様子だった。

 

「何者だ、テメェ」

「答える義理は無い。邪魔をする奴は皆殺しにしていいと言われているのでな、全員ここで消していく」

 

 男の背から炎が噴き出る。

 ゼポは即座にゲンボウをチョッパーに預けて前に出ると、拳に覇気を纏わせて構えた。

 

「能力者か! 見た事ねェ種族だな……幻獣種か、あるいは古代種か!?」

 

 男は答えることなく、背に炎を纏ったままゼポへと殴りかかった。



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第百八十話:発火する種族

 

 日が傾き始め、夜の帳が下りようとしている世界の中で煌々と輝く真っ赤な炎。

 ゼポは見た事の無いその力に警戒を強め、サンジとチョッパーもゼポの後ろに出て相手の男を見上げる。

 

「なんだありゃあ……!?」

「燃えてる!? 大丈夫なのか!?」

 

 後ろでびっくりしてる二人に答えるよりも早く、敵はゼポへと迫った。

 ゼポが見上げる程の巨体を誇る敵だが、威圧感に反して戦闘技術はそれほど高くはない。

 殴りかかって来た拳を受け止め、エレクトロを纏って顔面を殴り返す──が、手応えがあったにも関わらず敵は一切怯む様子さえ見せなかった。

 殴った感触は通常の人体とそれほど変わりは無い。覇気による硬化も見て取れず、しかしダメージが無いという違和感。

 

「うおっ!?」

 

 吹き出すように燃え上がっていた背中の炎が規模を増し、ゼポを焼き焦がそうとする。

 間一髪でそれを避けて距離を取ったが、吹き出した炎は形を変えて地面を滑るようにゼポを追う。これはまずいと敵を中心に円を描くように回避し、その隙にサンジが敵の腹部目掛けて強烈な蹴りを叩き込んだ。

 手応えはある。

 だが、僅かによろめいただけで倒せていない。

 ギロリと睨みつけた敵は、手に炎を纏ってサンジにつかみかかった。

 

「そいつに触れるなサンジ! 火傷じゃすまねェぞ!!」

「わかってらァ!!」

 

 敵の股の間を抜けるように転がって回避したサンジは、そのまま距離を取った。

 動きは見切れないほどではない。気を付けるべきは身に纏う炎と異様な頑丈さだけだ。ゼポとサンジはそう判断し、どうにか倒そうと算段を立てはじめる。

 しかし、それを待つほど優しい相手では無い。

 かかって来ないというのなら、かかってくるように仕向けてやるまで。

 

「……フン。船でも燃やしてやれば少しはやる気は出るか?」

「何を……いや、おい待っ──」

 

 ごう、と大気が熱で膨張する音がした。

 真っ直ぐに船へと放たれた炎はメリー号のメインマストを焼き、更に延焼させようと火の手が広がり始める。

 

「うわあああああ!!! ふ、船が!!!」

 

 チョッパーは叫びながら急いでメインマストを圧し折って海に落とし、今度は船本体を焼こうとする敵にサンジとゼポが攻撃を畳みかけた。

 だが、やはりどちらの攻撃も痛撃な一打とは言い難い。

 これまでの経験上、これだけ攻撃を叩き込んでピンピンしている相手などいなかっただけに違和感が大きい。

 

「どうなってやがんだこいつ! 頑丈すぎるだろ!!」

「分からねェ! だが、放置してたら船が燃やされちまう!!!」

 

 防御に手を割く必要が無く攻撃だけに集中出来るのなら、当然ながらその分手数は増える。

 敵はゼポとサンジの攻撃を受けながら殴り返し、蹴り返し、時に炎を放って徐々に追い詰めていく。

 ゼポとサンジが炎を避けることで森へと着弾して炎上し、薄暗くなっていく世界とは真逆に炎に照らされて明るくなっていた。

 傷だらけのシャンディアの戦士、ゲンボウは燃える森を呆然と見ており、敵に強烈な怒りを抱いて睨みつける。

 

「テメェ、この森を……!!」

「負け犬に選ぶ権利は無い。さっさと焼け死ね!!」

 

 傷だらけのゲンボウに避ける体力は無い。放たれた炎をまともに受ければ死ぬだろう。

 チョッパーはそれを見過ごすことが出来ず、獣形態になってゲンボウを担ぎ上げ、急いで炎を回避した。

 

「なんだこいつ、どうやったら倒れるんだ!?」

 

 クロスカウンターのような状態になっても、ダメージを受けるのはゼポやサンジばかりで相手にダメージが入っている様子が無い。

 ゼポのエレクトロも、何なら武装色の覇気を纏った攻撃も通じているようには感じられず、焦りばかりが募っていく。

 桁違いの頑丈さを突破出来ない以上、この敵を撃退出来ないからだ。

 ゼポは歯噛みして頭を回転させるも、この場で出来る事には限界がある。ゼポでダメならペドロがいても恐らく駄目だ。ロビンの能力で抑え込めても、能力で発生した腕が怪我をすれば本体にフィードバックが来る。炎を操るこの敵相手にそんなことをすればあっという間に焼き尽くされてしまうだろう。

 どうすれば、と何度目かも分からない思考をしながら拳を敵の顔面に叩き込み、カウンターで顔面に拳を貰うと、船から少し離れた場所に突如()()()()()()()

 

「なんだ!? 雷!? 雲なんかねェぞ!?」

「まさか、姫様!?」

 

 あれは合図だとゼポは即座に判断し、サンジとチョッパーに離れるよう叫ぶ。

 

「お前ら離れてろ! デカいのが来るぞ!!」

 

 ゼポは言うが早いか敵につかみかかり、今度は打撃ではなくその胸倉を掴んで勢いよく島の岸壁へと投げつけた。

 メリー号からは距離を取り、なおかつ出来る限り島にダメージを与えない位置がそこしか無かったのだ。

 

「何が来ようと無駄だ! おれに攻撃など通じねェ!!」

「そいつはどうかな! 喰らって見りゃァわかるぜ、こいつをよ!!」

 

 ゼポの手を離れてされるがままに投げ飛ばされる敵。

 黒い翼がある割に空を飛ぼうとするわけでもなく、炎を噴射して空中で体勢を立て直して再び飛びかかろうとする──その直上から光が降ってくる。

 

「っ!!?」

 

 背筋にゾワリとした感覚が走り、背中の炎を消して噴射に全てを回してその場を離れる。

 その瞬間に、()()は降って来た。

 

 

        ☆

 

 

「──彼方より来たりて星を撃ち抜く者(デウス・アルクス・トニトゥルス)

 

 

        ☆

 

 

「どわァァァ──っ!!?」

 

 辺りに響く雷鳴、島を削る轟音。ゼポは衝撃に耐えるように身を伏せ、サンジもチョッパーも同様にその音と衝撃に耐えるように耳を塞いで伏せている。

 雷の柱と表現すべきその攻撃は島の岸壁を抉り取っていた。

 辺りには雷が大気を焼いたオゾン臭が漂い、鼻の利くチョッパーは顔をしかめる。

 森はまだ燃えているが、目まぐるしく変わる状況にサンジは目を白黒させていた。

 

「こいつは……何が起きたんだ?」

 

 島に開いた穴は()()

 先程まで戦っていた黒翼の敵の姿は無く、少なくともゼポの見聞色の範囲内にはいないようだった。

 

「姫様が援護してくれたんだ。実際、助かった……ありがとうございます、姫様」

「ここで言っても聞こえねェだろ……つか、姫様って昼間に会った、あの?」

 

 手を合わせて拝むように礼を言うゼポにタバコを咥えたまま呆れるサンジ。

 実のところ聞こえているのだが、それを言う必要も無いとゼポは判断していた。

 

「その姫様だ。あの方ならこれも可能だ……それより、森の火事をなんとかしねェと、ロビンたちも帰ってこれねェぞ」

「はっ! そうだ、ロビンちゃんとナミさんの身に危険が!! これしきの炎、おれがなんとかしてやらァ!!!」

 

 やる気を出して船にバケツを取りに行くサンジ。バケツでは埒が明かないだろうが、ゼポはそれを指摘する気力も無く、岸壁を抉るように放たれた一撃を思い出す。

 一撃目は確実に避けられていた。

 野生の勘か何かは分からないが、少なくともその判断は正しかっただろう。こんな攻撃をまともに受けてはゼポも生き残れる自信は無い。

 だが、()()()()()()()()()()()()

 タイムラグ僅かコンマ数秒。遅れて来た二撃目は僅かに軌道を変え、敵を呑み込んで島を貫通した。一撃目に気を取られて二撃目に気付くことは出来ず、たとえ気付けていても小紫の見聞色によって回避先を予測されている。

 回避は極めて難しい、雷による長距離砲撃だ。

 

(……姫様は絶対怒らせちゃいけねェな……)

 

 ゼポは心の中でそう誓った。

 

 

        ☆

 

 

 ゲンボウが持ち歩いていた雲貝(ミルキーダイアル)水貝(ウォーターダイアル)を使い、延焼を防ぐために木を切り倒したりしてなんとか火事を抑え込むことが出来た。

 その頃にはもう日はどっぷりと沈んでおり、ルフィたちもその頃になって戻って来た。

 大した怪我は無かったようだが、シャンディアの一団と戦闘したらしく、汚れが目立つ。

 

「なんか焦げ臭いわね。何かあったの?」

「ああ……まァ、色々な」

 

 近くで倒れていたゲンボウの仲間を回収してチョッパーが介抱しているし、サンジは遅れた分急いで夕飯の支度をしていた。

 ゼポは焼け焦げたメインマストをどうするかと頭を悩ませているところである。

 

「マストが……お前らもそんな怪我して、一体何があったんだ!!?」

 

 ウソップは思わず呆然とした顔をするが、サンジやゼポにも少なくない傷があることに気付く。何があったのか分からないが、大変なことだったのは理解できた。

 一度全員で情報を整理する必要がある。

 シャンディアの戦士たち……ゲンボウに加え、一緒にいた戦士たちも酷い火傷を負いつつも息はあったのでチョッパーが治療している者たちについても。

 焚火を囲み、サンジが作った食事を口にしながらそれぞれの情報を共有する。

 船を襲撃してきた黒い翼に白髪と褐色肌の男のこと。

 森の中でルフィが出会ったシャンディアの戦士たちのこと。

 

「おれ達の方はそんなところだ。船を守れなかったのは悪かったと思ってる。何とか修理出来ればいいんだが……」

「襲ってきたそいつは能力者なのか?」

「だと思うが……少なくともおれは知らねェ種族だったし、妙な力だった」

「ゼポが本気で殴っても倒せない相手か……」

 

 ペドロが考え込む横でルフィは空魚の丸焼きを齧っており、「でもそいつはもういねェんだろ?」と一番重要なことに切り込む。

 

「ああ。姫様の一撃をまともに食らってたからな。あれで生きてるとはちょっと考えたくねェ」

「それ、小紫って人でしょ? そんなに凄い人だったの?」

「あの子、カナタさんの弟子だもの。それも20年くらい直に指導を受け続けてる選りすぐりよ」

 

 カナタの直接の部下にはいくつか部隊があるが、〝戦乙女(ワルキューレ)〟の上澄みはカナタから直接指導を受けている。だが、この面々は入れ替わることも多いので20年間指導を受け続けているというのは〝黄昏〟の中でも例外に等しい立ち位置だった。

 霜月千代も同様に直接指導を受けており、〝黄昏〟内部においてはこの2人が子供のいないカナタの後継者候補だと目されている部分もある。

 それはともかく。

 

「彼女が下手を打つとも思えないし、考えるべきは相手の数でしょうね」

「能力者だった場合は一人だが、仮にそうではなかった場合……数人いると考えるだけでも頭が痛くなるな」

「シャンディアの人たちは今のところ何も教えてくれる気は無さそうだし、具体的な対策も分からないから見張りを立てながら順番に休むのがいいんじゃないかしら」

 

 夜襲に警戒をしなければならないし、ルフィは探索を止める気がなさそうなのでロビンが折衷案を出す。

 もう一度襲撃を受けた場合、今度は麦わらの一味の全戦力で戦うことになる。サンジとゼポだけでは駄目だったが、全員ならあるいは……と言うのは些か楽観的でもあった。

 それでも逃げるつもりはない。

 ノーランドの残した〝ドクロの右目に黄金を見た〟と言う言葉の意味も、アッパーヤードとジャヤの地図を合わせることで分かった今、逃げるという選択肢はいつも臆病なナミでさえ排除していた。

 

「そうね。この島には莫大な黄金が眠ってるんだもの! 見つけるまでは逃げられないわ!」

「あー……」

「? 何?」

「いや、どのみち隠し通せはしないだろうしな……量にもよるがおれ達じゃ全部は持っていけねェだろう。ちょっとちょろまかすくらいなら問題にはならねェと思うが」

 

 良く分からないことを言うゼポに首を傾げるナミ。黄金をちょろまかそうとしていることをシャンディアや〝黄昏〟側にあまり知られるべきではないだろうと主張しているのはわかるが。

 そうと決まれば行動は早いほうが良い。焚火は敵に位置を知らせることになるので消すべきだと主張するロビンに、ルフィとウソップは嘆くような表情をして目を見合わせた。

 あんなこと言ってるぞ、と残念そうに。

 

「私、何か間違ったこと言った?」

「間違ってはいないと思うが……」

 

 ロビンは思わずペドロの方を見るが、ペドロもルフィたちの表情に困惑していた。

 

「キャンプファイヤーするだろうがよォ普通!!」

「キャンプの夜は、たとえこの命が尽き果てようともキャンプファイヤーだけはしたいのが人道!!」

「アンタらはバカか」

 

 ナミのツッコミの横では既にサンジとゾロがキャンプファイヤーの木組みを終えており、もう止められそうも無かった。

 夜も更けていく中で、静寂な森にどんちゃん騒ぎが夜じゅう響く。

 シャンディアの戦士たちは、それを複雑そうな顔で見ていた。

 

 

        ☆

 

 

「どうです?」

「駄目だな。完全にやられてる。防御状態じゃなかったとはいえ、一撃とは……肉体強度は相当高く作ってあったんじゃなかったのか?」

「それはもう。ですが何事にも限度はありますし。想定外ではありますけど、これはこれで売れる情報なので損ばかりでもありませんわね」

「強かなやつだ。だがどうする。目的は大まかに遂げているわけだが、これ以上深入りするのか?」

「うーん……」

 

 空島の端。やや大きめの船にて、マラプトノカはマーティンと会話していた。

 小紫と言う存在は想定外だが、彼女の見聞色は空島全土を覆っているわけではない。見聞色の範囲外、と言うことで大まかに位置は特定されている可能性はあるが、現時点ではまだ大丈夫だろうと考えていた。

 1人が撃墜され、残る5人はこれ以上攻撃を受けないために船に戻ってきている。マラプトノカはそちらを確認し、椅子に座ったままの子供姿のマーティンに語り掛ける。

 

「あの島が〝オハラ〟である確証が取れていないので、厳密には目的を遂げているとは言い難いのですよね。ですが、あちらの島はがちがちに防備が固めてあって偵察も難しいですし……」

「防御状態ならすぐにやられることは無いと思うが」

「もちろんルナーリア族の身体能力は重々承知していますけれど、海に落とされて無力化される可能性もありますからね」

「ではどうする。使()()()()子供(これ)も含めて6体しかないぞ」

 

 悩みどころだとマラプトノカはコーヒーを片手に考え込む。

 今回ばかりは自分が出るしか無いか、と溜息を吐く。依頼をして来た男には精々高額の請求書を送りつけてやろうと考え、彼女は立ち上がった。

 

「〝黄昏〟と全面的に敵対状態に入ると色々面倒なんですけどね……仕方がありません。今回の件であちらが少しでも弱体化することを祈るばかりですわね」 

 




彼方より来たりて星を撃ち抜く者(デウス・アルクス・トニトゥルス)

使用者 オクタヴィア、小紫
 雷の力を利用した長距離砲撃。当たった敵は大体死ぬ。
 オクタヴィアが使う時は見聞色の覇気でマルチロックした無数の敵を攻撃する広域殲滅砲撃になるが、小紫の場合は遠距離にいる敵の回避先を予測して牽制と本命を僅かなタイムラグの後に叩き込む精密砲撃になる。
 敵の強さ次第で牽制の数が増えることもある。


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第百八十一話:嵐の前の朝

最近は投稿頻度が安定しなくて申し訳ないです。年度末にかけて忙しいので大目に見てください

ちょっと短め


 

 オハラにはアッパーヤードから移された空島の長である〝神〟の住まう場所──通称〝神の社〟がある。

 いわゆる政治を行うための場であり、〝黄昏〟の傘下として目の届く場所にこういった建物を置く必要があったからだ。アッパーヤードをシャンディアたちに返還した今、神の社をそちらに置いたままに出来ないという理由ももちろんあった。

 その隣には〝黄昏〟の幹部や今後他国の要人が来ることを考えて迎賓館が建てられており、小紫は現在そちらに滞在している。

 夜の帳が下りる頃に空目掛けて雷を放った小紫の姿は関係者たちに目撃されており、現在の神であるガン・フォールが何事かと神の社から出てきていた。

 

「敵です」

 

 小紫は狐の面を被って表情を見せないまま、視線をアッパーヤードに向けている。

 普段は柔らかい雰囲気を纏って気さくに話す彼女だが、この状態にあってはそのようなものは一切感じ取れない。

 

「……〝アッパーヤード〟に敵が? 一体何が目的で……」

「会話を拾う限り、何かを探している様子でした」

 

 具体的な目的までは不明なままだ。

 ゼポが苦戦していることを考えるに、厄介さは現在この島にいる面々で対処できない可能性が高いと判断していたため、小紫が動く以外に解決法は無かった。

 気になるところは幾つかあるが、小紫の見聞色の範囲はそれほど広くない。逃げた彼らを探し出すのは難しいだろう。

 また現れることがあれば、その時は改めて小紫が全滅させてもいいが……。

 

「私の今の職務は護衛ですからね。下手にここを離れるのもどうかと思っているところです」

「ふむ……」

 

 ガン・フォールはちらりと迎賓館の方を見る。

 昼間はエネルと共に色々と研究に関する話し合いをしていたようだが、今は迎賓館の中で何やら忙しくやっている。ここに来てから()()が休んでいるところを一度も見ていないが、休んでいるのか心配になるほどだ。

 空島に来た時に一度だけ会食をしたが、それ以降は図書館とエネルの研究施設を行ったり来たりしている。かなり研究熱心な人だとガン・フォールは思っていた。

 

「神隊を動かすかね?」

「不要です。いざとなれば私が斬りますから」

「それは……頼もしいが」

 

 小紫の強さをガン・フォールは見たことが無い。

 が、彼女の腰に差してある三本の刀は業物と呼ぶに相応しいものであり、うち一本がカナタから借り受けている〝村正〟であることを知っていれば侮ることなど出来るはずもない。

 彼女はカナタからの信頼を受けて今回護衛に付いているのだ。

 

「何事も無ければそれでいいのだが」

「難しいでしょう。敵は明確に目的を持っているようでしたから。あの一撃で尻尾を巻いて逃げ出してくれるなら、そちらが楽ではあったのも確かですけれど」

 

 一人を撃ち落とした直後に統率された動きで逃走を開始したことを考えれば、相手は何らかの形で意思を共有して行動出来ると考えるべきだ。

 小紫の見聞色の範囲内にいて会話が拾えなかった以上、電伝虫などを使用して言葉で伝達したとは考えられないためである。

 事前に合図を決めていた可能性もあるが、それにしては合図として考えられる動きが何もなかった。

 ゼポたちが危なかったのでひとまず一人と思って撃墜したが、これは失敗だったかもしれない。

 〝黄昏〟に対して明確に敵対していると判断する前に撃墜しているので、後でカナタに小言を言われるかもしれない。

 今更の話なので考えるだけ無駄と言えば無駄なのだが。

 

「動向は注視しておいた方がいいでしょう。監視には人数をかけてください」

「手配しよう」

「お願いします」

 

 一つの島を統括する立場にあるガン・フォールではあるが、小紫はそれよりも立場的に上にいる。指示に従い、神隊を〝アッパーヤード〟の監視に動かすよう動き始めた。

 小紫は変わらず視線を〝アッパーヤード〟へ向けており、撃墜した敵を思い返す。

 姿形は視認していないが、見聞色の覇気で大まかに強さはわかる。

 会話の節々から異様な頑丈さと炎を身に纏っている事はわかったが、やはり情報としては不足している。

 

「ゼポがダメージを与えられない頑丈さ、ですか……カイドウとどちらが頑丈なのでしょうね」

 

 無意識のうちに腰に差した〝閻魔〟に触れ、少しだけ好奇心が顔をのぞかせていた。

 

 

        ☆

 

 

 朝日が昇る中、ルフィたちは目を丸くして船を見ていた。

 

「……なんでメリー号が修繕されてるんだ?」

「見ろ! 言った通りだろ!? 夜に誰かがいたんだ!! 見たんだよおれは!! あれはやっぱり夢なんかじゃなかった!!!」

 

 メインマストは焼かれてチョッパーが圧し折ったハズだが、朝起きてみれば下手くそな修繕が成されていた。

 その上、フライングモデルとして改造されていた各種パーツは取り外されている。メインマストの修繕に使ったのか、一部のパーツは流用されているようだが。

 こんなことが出来るのはゼポかウソップくらいのものだが、二人とも覚えが無いと言う。

 

「こんなところでメリー号を直してくれる親切な奴がいるのか?」

「そんなワケねェだろ」

「でも、フライングモデルじゃなくなってるな」

「そこなんだ。これをやった奴は、メリー号本来の姿を知ってるってことになる」

 

 一体誰がやったのか。深まる疑問だが、答えは出ない。

 ウソップは深夜に見た光景は夢のようだったが、考え続けても答えが出ない以上は仕方がない。この疑問を一旦棚上げすることにした。

 今日はやることが多い。

 船はこのまま停泊させ、ゼポとナミ、ウソップとサンジが船の守りに当たる。

 残りの面々は森に入って昨日通った道を使い、更に森の奥を探索して黄金を探す。

 昨日のようにシャンディアが襲撃してくる可能性があるが、そこはそれ。結果的に人質のような形になっているが、シャンディアの戦士たちがいた。

 

「……助けてもらったことには礼を言うが、お前らが森に入ることを容認するわけじゃねェ」

 

 口でどれだけ言っても、武器を失った上に傷だらけの体ではルフィたちを止めることなど出来はしない。ゲンボウは苦々しい顔をしながらルフィたちが森に入っていこうと準備をしているのを見て立ち上がった。

 

「あ、おい。まだ火傷の痕が残ってんだろ。もう少しくらい休んで行けよ」

「うるせェ! おれだって戦士だ。早く仲間のところに戻らなくちゃいけねェ! ……昨日1人は消えたが、()()()()5()()()()()()()。ワイパーに忠告しなきゃならねェ」

 

 アイサが言っていた『バラバラに動いてる6人は全く同じ〝声〟に聞こえる』と言う言葉の意味も気になる。

 侵入者15人の内、麦わらの一味は9人。1人は撃墜され、残る5人は不明。

 ゲンボウには嫌な予感がしていた。

 もし、昨日戦った敵と同じような存在があと5人いるのなら、ワイパーたちがどれだけ手を尽くそうと勝つことは出来ない。敵の目的は不明だが、シャンディアを滅ぼしにかかってくることがあれば勝ち目はないのだ。

 戦ってはならない。

 ゲンボウが零したその言葉を、サンジが耳聡く捉える。

 

「……待て。あと5人いるだと? どういうことだよ」

「……侵入者は合計で15人。昨日の敵は当初、固まって入って来て島の中でばらけた。お前らの仲間と昨日消えたやつを除けば、残りは5人だろ」

「あれの仲間があと5人もいるってのか……!?」

 

 バラバラに動いているということはそれだけ実力に自信があるという事。

 昨日戦った敵が能力者で特別だったのならいいが……往々にして現実は甘くない。

 

「どうするんだ、ルフィ」

「関係ねェよ。黄金があるかもしれねェんだろ? こんな冒険、探したって出来るもんじゃねェしな!」

 

 ししし、と楽しそうに笑うルフィ。

 ゾロはわかっていたように肩をすくめ、ゲンボウはしかめっ面のまま立ち尽くす。

 呆れたというのもあるが、もう一つ。

 

「……そう言えば昨日もそんなこと言ってたな。お前らの言う〝オーゴン〟ってのは何なんだ?」

「は?」

 

 至極真面目な顔で問いかけるゲンボウに、ルフィたちは揃って目を丸くした。

 空島には黄金がそもそもなく、見た事も無いのでどんなものか分からないらしい。

 

 

        ☆

 

 

 ゲンボウたちが戻らないまま夜を明かし、ワイパーは不機嫌そうにタバコを咥えて武器を整備する。

 アイサが言うには〝声〟はまだ聞こえるらしいが、場所を考えるに昨日戦った麦わらの男に捕まっているのだろうと考えられた。

 ひとりで武器を整備するワイパーの下へ、ラキが訪れる。

 

「ワイパー、時間だよ」

「ああ。カマキリとブラハムはどうだ」

「……意識は戻った。けど、カマキリはともかくブラハムの方は傷が深い。戦わない方が良いって」

「……そうか」

 

 ゾロと戦ったブラハム、ペドロと戦ったカマキリの両名は返り討ちに合い、特にブラハムは手酷い怪我を負ってしまった。

 ルフィと戦ったワイパーも少なからず傷はあるが、こちらは大したことは無い。

 再び襲撃をかけるつもりではあるが、戦力的に不安があるのは確かと言える。

 

「どうするの、ワイパー」

「襲撃をかける。ゲンボウ達を見捨てることもしねェ。おれ達の土地に勝手に入って来た奴らを見逃すこともな」

 

 先祖が取り戻そうと多くの血を流し、20年近く前にようやく取り返せた大事な土地だ。土足で踏み荒らされていい気はしない。

 一度は島の外に退いた者たちもまた入り込んできたようだし、迎撃に動く必要がある。

 

「動ける奴は全員集めろ。何が何でも、連中をこの島から叩きだす!!」

 

 怒りに燃えるワイパーは、全力を以て戦うことを決めた。

 

 

        ☆

 

 

「さて──」

 

 ピンク色の髪をなびかせ、マラプトノカは〝アッパーヤード〟に降り立つ。

 いつものタイトなビジネススーツではなく、動きやすい黒いボディスーツに身を包んでいた。

 手にはリボルバー式の拳銃を持ち、戦う準備は万全にしている。

 

「必要あるのか、それ」

「何を言います! ()()()()の戦いにはこういう物も必要でしょう?」

「……いや、お前がいいならいいが」

 

 子供姿のマーティンは呆れた様子だったが、最終的に肩をすくめるだけで諦めたらしかった。

 その後ろには同じ顔の男たちが5人並び、同じように白い翼と炎を背に纏っている。

 

「同期は完璧だ。視覚と聴覚のみの同期に絞っているが、斥候としては十分だろう」

「十分です。では参りましょう。目標はオハラだと客観的にわかる物証です。こちらの島には特に用事はありませんが……うまい事引き寄せられれば御の字と言ったところでしょうか」

「もし何かあれば回収するということでいいな」

「構いません。面白いものがあれば拾っておきましょう」

 

 まぁ〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟などであれば持て余すだけだが、もっと単純にお金に変えられそうなものがあればとマラプトノカは思っていた。

 空の上に浮かぶ島なら、未だ見つかっていない宝があってもおかしくは無い。

 ちょっぴりその辺りの期待をしつつ、島にいる者たちを全滅させようと森に入った。

 




メリー号のは例のあれです


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第百八十二話:サバイバル

 

「ふーむ」

 

 エネルは眠そうに頭を搔きながら、朝から慌ただしく走り回る神隊の面々を目で追う。

 彼は常に忙しい。あらゆる研究に終わりはなく、日々新しい発見と理論の構築に勤しんでいるのだ。

 今携わっている計画はほぼ終わりを迎えているので人手は不要だが、何かトラブルがあったのかと疑問に思い、一人捕まえて事情を聞く。

 

「何かあったのか?」

「え……ああ、Dr.エネル。〝アッパーヤード〟の方で何やら侵入者がいるらしく、我々は島の監視を命じられています」

「ほう、侵入者。あそこは18年前にシャンディアに返還されて以降、彼らの土地になったハズ。我々が介入する余地は無いだろうに」

「そこまでは我々も分からず……」

 

 政治的なあれこれは面倒なのでエネルは関わらないようにしているが、和解もしていない現状で乗り込めば問題が起きることは火を見るよりも明らかだ。

 それを承知で乗り込むのなら止めはしないが、誰がそれを主導しているのかは気になる。

 

「誰がそれをやろうとしているんだ?」

「命令はガン・フォール様からですが、大本は小紫様からの指示だと伺っています」

「……あの小娘か」

 

 エネルは顎をさすりながら迎賓館のある方を見る。

 誰かに聞かれれば大変だと慌てた様子で周りを見る男を尻目に、エネルは眉根を寄せて不快そうな顔をしていた。

 

「Dr.エネル! そのようなことを言っては……誰かに聞かれたらどうするのです!」

「構うものか。それに、周りに誰もいなくともあの女の耳には入っている。()()はそういう能力者だ」

 

 小紫が手に入れた〝ゴロゴロの実〟は、元々オクタヴィアが持っていた能力だ。

 オクタヴィアに仕えていたエネルはその能力をある程度理解しているし、小紫がオクタヴィアに迫る勢いで能力を使いこなせるようになっていることも知っている。

 だが、彼にとって〝神〟とはオクタヴィアのことであり、同じ能力を使うだけの小紫のことは正直気にくわない。

 〝黄昏〟にとって有用であることを示し続ける限りエネルが処罰されることは無いため、エネルは平気で悪態をついていた。

 彼にとって〝神〟とはオクタヴィアの事であり、その娘であるカナタのみ。それ以外の誰であろうと、自身が仕えるに足る存在では無い。

 ガン・フォールにせよ小紫にせよ、この島において──エネルにとって、彼ら彼女らは〝神の代弁者〟足り得ない。

 

「事情は知らんが、面倒事を引き起こしてカナタ様の手を煩わせることの無いようにと伝えておけ」

「そ、それは……一介の神兵の身としては、少々……」

「伝えづらいか。そうだな。では直接文句を言っておこう」

 

 どうせ共同研究者を呼びに行かねばならない。迎賓館でまだ寝ている頃だろうから、叩き起こすついでだ。

 研究分野が全く違う相手ではあるが、優秀さはカテリーナにも引けを取らない。

 人体のスペシャリストとして人間工学に通じるため、船の設計などに関して意見を貰っているが……彼女の本来の目的は〝オハラ〟の知識にあると聞く。何を目的としているかは知らないし興味も無いが、エネルに意見を求めないところを見るに物理や構造に関することではないのだろう。

 彼女の護衛と言う触れ込みで小紫も来ているが、護衛と言うだけなら彼女が来る必要は本来無い。と言うかエネルはハッキリ言って彼女の事が気にくわないので滞在することを認めたくもなかった。

 

「……動力源として優秀でなければ、即追い返してやったのだがな」

 

 まぁそんなことをやってはカナタに怒られるので、思うだけで行動には移さなかった可能性の方が高いのだが。

 

 

        ☆

 

 

『あー、こちらシュラ。島上空から偵察中。異常無し』

『こちらサトリ。島外縁部に船を発見。先日来た〝麦わら〟の船と思われる。どーぞ』

『こちらオーム。特に異常と言えるものは無い。どうぞ』

『こちらゲダツ。こちらはンンンンンン! ンン──』

『おいテメェ! また下唇噛んで喋ってやがるな!?』

『うっかり』

「問題は特に無さそうですね。引き続き監視をお願いします」

 

 普段は国境警ら隊として重用している者たちをアッパーヤードの監視に割り振り、島の近くまで船を出して子電伝虫で情報を共有していた。

 船に乗っているのは普段オハラで住人同士のいざこざや宿泊客のトラブルを対応している〝ホワイトベレー〟隊である。

 隊長のマッキンリーは生真面目に報告を受けて報告書を書いており、一時間置きに小紫とガン・フォールへ報告を上げていた。

 

「子電伝虫は引き続き通話状態でお願いします。何があるかわかりませんから」

『ああ。だがあの麦わらの一味、人の話を本当に聞かない奴らだな』

『カハハハハ! 海賊だぞ、お利口な連中なわけがあるか!』

『ほっほーう! そうだぞ! 細かいことをいちいち気にしていてはハゲるぞ!』

『サトリ、オームには既に髪は無いぞ』

『喧しいぞお前ら。先に斬られたいのか』

「…………」

 

 大丈夫だろうか、と若干不安になるマッキンリーだが、彼らの実力は確かだ。

 〝心網(マントラ)〟──見聞色の覇気を使える彼らは空島の兵たちの中でも高い実力を誇る。兵士としてこれ以上に頼れる存在は空島にいない。

 シャンディアの戦士たちはアッパーヤードの返還以降大人しく、無断で立ち入りでもしない限り問題は起こってこなかった。大体無断で立ち入っても〝黄昏〟が介入することは無く、シャンディアの戦士たちの好きにさせて来たのだ。

 それが何故今回に限ってこのような対応をしているのか、マッキンリーには疑問しかないが……今回の指示は小紫によるものだ。

 ガン・フォールはなるべく穏便に済ませてくれとシャンディアに通達するだけだったが、彼女は違う、と言うだけの話だろう。

 

「……ガン・フォール様とは行動方針が大きく違う以上、神隊もやや困惑しながら任務に就いています。出来る限り連絡は密にお願いします」

 

 麦わらの一味以外にアッパーヤードにいる侵入者がどんな存在なのか、詳しくは分からない。

 何が起こっても大丈夫なようにと監視任務に就いている以上、失敗は許されないのだ。

 

『お、巨人の湖』

『それってあれか? 人の足跡の形になってる湖とかいう』

『自然に出来た物とは思えないが、かと言ってあれほど巨大な足跡が出来るほどの巨人など、にわかには信じられんな』

『おれのオヤジが戦った時に出来たらしいぜ』

『あの辺りの木々が軒並み傾いているのもその巨人のせいだと聞く。遠目で見るだけでも興味をそそられるが、中に入れないのではな』

「あの……聞いてます……?」

 

 マッキンリーは自由に雑談しながら監視を続ける四人に何となく不安なものを覚えていた。

 

 

        ☆

 

 アッパーヤードの南西部、砂浜のある海岸の端から島に上陸したマラプトノカ達はそれぞれバラバラに動き始め、唯一ペアで動くマラプトノカと子供姿のマーティンは森の中を臆することなく歩いていた。

 虫や獣のいるジャングルではあるが、マラプトノカに怯えてか一切出てこない。

 快適ではあったが、時折鬱陶しそうに上空を見上げている。

 

「何かあるのか?」

「いえ、何かあるという訳ではないのですが……先程から聞こえるこの耳障りな鳥の鳴き声がどうにも」

「鳥?」

 

 「ジョ~!!」と叫ぶ鳥の鳴き声だ。変な鳴き声ではあるが、そういうものだと気にも留めないマーティンと違ってマラプトノカは気になるらしい。

 口をとがらせ、腰に手を当てて「私怒ってます」と言わんばかりのポーズである。

 

「『この森から出ていけ、化け物め』と……こんな美女に向かってなんと無体な」

「鳥から見て美女かどうかは分からないだろ」

「だまらっしゃい」

 

 至極当然の指摘にマラプトノカは怒り気味に返答し、しかし罵倒を受けても銃を抜くことは無い。

 彼女にとって鳥など相手するに足らないと判断したのか、あるいは別の理由からか……怒りはしても暴力に訴えることはしないようだった。

 罵倒を飛ばしているサウスバードもマラプトノカの事は怖いのか、声が届くギリギリの距離から声を飛ばすばかりで具体的な行動に出る様子は無いため、この程度なら無視してもいいと判断しただけかもしれない。

 

「何か面白いものでもあれば、退屈しのぎになるのですが……」

「面白いもの……と言えるかどうかは分からないが、現地の住人たちを見つけた。戦士共らしい」

「ほほう。その方たち、どちらに向かっているのです?」

「島の南側にある集落から北へ向けて移動しているようだ。昨日〝麦わら〟の連中と戦った場所を目指しているんじゃないか」

「なるほど……そちらも面白そうですね」

 

 現地の住民なら、幾らか聞き出せることもあるかもしれない。

 さして面白いものがあるとも思っていないが、この島が長く人の手が入っていない地だと言うのは何となくわかる。切り拓かれた跡が無いのだ。

 であれば、まだ見つかっていない何かか……あるいはこの島では価値が無くとも外では価値があるものが見つかる可能性はある。

 オハラがあるのはアッパーヤードから見て北東。小紫の見聞色の範囲はまだ詳しいことはわかっていないが、昨日マーティンがやられた場所を考えるに半分以上はカバーしていると考えられた。

 遊ぶなら近付き過ぎないようにしなければならず、誘い出すなら敢えて踏み込むべきだが──さて。

 

「……まずは現地の住人の方々から色々と聞き出すことにいたしましょう。ある種の商機かもしれませんし」

 

 悪辣な笑みを浮かべながら、マラプトノカは進路を変えて歩き始めた。

 

 

        ☆

 

 

 一方その頃。

 ルフィたちは恐らく黄金があるであろうと予想していた場所に向かう途中、巨大な蛇に襲われて散り散りになっていた。

 キャンプをしていた海岸から南に進んでいたところで遭遇したのだが、巨大な上に牙には毒があったので戦うことを諦めて逃げた結果バラけてしまったのだ。

 

「さては迷子か。仕方ねェな~あいつらと来たら。まァでも大丈夫だろ。先に行って遺跡で待てばいいや。南だからあったかそうな方だな」

 

 ルフィは良い感じの棒を拾って真っ直ぐ南東へと歩き始め。

 

「あいつらどこだ? 探索に出て早速迷子とは仕方のねェ奴らだ。まァいい。あいつらはあいつらで何とかやるだろ。地図は大体頭に入ってる……南なら〝右〟だな」

 

 ゾロは頓珍漢な方へと歩き始め。

 

「……はぐれたか。〝声〟を辿れば追えないことも無いが……こうバラけられては判別が付かないな。遺跡に行って待つのが最善か。……南はどっちだ」

 

 ペドロは森の中を彷徨ってサウスバードを探し始め。

 

「困ったわね……はぐれちゃったみたい。コースへ戻っても誰も来ないし……先に行って待つのがいいのかしら」

 

 ロビンは事前に考えていたコースに戻っても誰も戻ってこないことに困り果て、一人遺跡に向かい始め。

 

「はぐ、はぐ、はぐれた~~!!! 誰、誰か~~!!! ああアアァァァ!!!!」

 

 チョッパーは一人はぐれたことに泣きながら森の中を疾走し、南西へ向かって盛大に迷子になっていた。

 




位置関係が若干分かりにくくてどうしようか悩んでるんですが、とりあえず島の位置関係はアッパーヤードの北東にオハラ、東側にエンジェル島跡地があるくらいに思って貰えれば。


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第百八十三話:火の海

 

 それにいち早く気付いたのは、村の近くで植物の世話をしていたアイサだった。

 聞きなれない〝声〟が近付いてくる。加えて今は最低限の人数しか戦士たちがいない。昨日ワイパーたちと戦った相手とは別だが、戻らなかったゲンボウが戦ったと思われる相手だ。

 村が危ないと感じて畑から走って村に戻り、冷や汗をかきながら酋長のいる家へと飛び込んだ。

 

「酋長!!」

「どうした、アイサ。そんなに慌てて。何かあったのか?」

「誰かが来る! 知らない〝声〟が近付いて──」

「なるほど、妙に行動が把握されていると思いました。先天的に見聞色が使える人間がいたのですね」

 

 そっと、割れ物を触れるように繊細に。

 細く鋭い──獣の爪を思わせる指がアイサの首に触れた。

 背の低いアイサに対し、上から覆い被さるように自分の方へと抱き寄せ、上を向いたアイサと目が合う。

 呆然とした表情で、アイサは呟いた。

 

「な、んで……!?」

「見聞色の覇気を使えるのが自分だけだと思っていたのですか? これは才能と十分な鍛錬を積めば使えるもの。未熟な覇気などこの通り、欺くことなど子供の手をひねるようなものです。まぁもっとも、外との繋がりを自ら断っているこの島に住んでいれば、知らないのも道理と言えましょう」

「……何者だ、貴様」

「初めまして。わたくしはアルファ・マラプトノカと申します。色々と交渉の手段は考えていたのですけれど──面倒なので、このまま率直に聞きますね。〝オハラ〟について知っていることを全て話してください」

 

 にっこりと笑顔を浮かべたまま、マラプトノカはアイサの首に手を添えたまま酋長へ問いかけた。

 その問いに対し、酋長は眉根を顰める。

 

「〝オハラ〟? なんだそれは」

「おや、もしやご存じない? 隣の島の名前も知らないとは……本当に一切の交流を断っているのですね」

「隣の島……空の者たちが移住したあの島か。交流が全くないとは言わないが、島の名前など気にしたことも無い」

「なるほど。島の名前など知らずとも、生きるに困りませんものね」

 

 酋長が嘘を言っている様子は無い。子供の首など簡単に飛ばせると、僅かに爪を立てて一筋の血を流して見せれば慌てるかと思ったが──存外肝は太いらしく、酋長の顔色は変わらない。

 かつては彼も戦士だったのだろう。年老いた肉体とは裏腹に、その瞳には強い感情を秘めている。

 

「あの島について、何が知りたい」

「全てを──と言っても、困るでしょうね。一つずつ質問していきましょう」

 

 マラプトノカはアイサの首に手を添えたまま、視線は酋長の方に向けて一つずつ問いかける。

 いつ頃からあるのか。どうやってあの島と今いる島は空に来たのか。あちらの島では何が行われているのか。シャンディアと空の者たちの関係性はどうなっているのか。

 一つずつ、丁寧に訊ねては酋長の答えに頷いて整合性を取っていく。

 疑問点があれば即座に尋ね、酋長にも分からないことであれば仕方が無いと棚上げして次の質問に行く。

 そうして、マラプトノカは隣に浮かぶ島、〝オハラ〟について必要な情報を得た。

 

「……18年前に〝残響〟のオクタヴィアを倒したことによって、〝黄昏の魔女〟カナタが空島を制圧。元からあった〝アッパーヤード〟はあなた方に返還され、元々大地の恵みを得ていた空の者たちは〝オハラ〟へと移住した……纏めるとこんなところですか」

「そんなことを知ってどうする。それに、この程度の事ならあちらの島に行けばすぐにでもわかることだ。我々に訊ねる意味も無い」

「いえいえ、わたくしがあちらに行くと色々面倒なことになりますので。助かりました」

 

 マラプトノカはにこにこと笑みを浮かべて酋長に礼を言うが、その手は依然としてアイサの首に添えられたままである。

 まだ、最も重要なことを聞いていないからだ。

 

「では最後の質問です。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ニコ……? いや、寡聞にして知らないな」

「……そうですか」

 

 マラプトノカはそれだけ言って、アイサから手を離す。

 期待した答えでは無かったが、十分な情報を得られた。ここから先は本当に〝オハラ〟に踏み入らなければ得られない情報になる。

 どうにかして潜入するか、あるいは防衛戦力をおびき寄せねばならない。

 アイサが酋長の下へと近寄ってその背中に隠れるところを見ていると、マラプトノカは背後から頭部に銃口を突きつけられた。

 

「誰? アイサを人質に取ってたみたいだけど」

「よせ、ラキ! お前が敵う相手ではない!!」

「少々お聞きしたいことがあっただけです。こうした方が話していただきやすいでしょう?」

「……っ!」

 

 マラプトノカの物言いにラキは眉根を顰め、引き金に指をかけた。

 

「アンタ、昨日も侵入してきた奴らの仲間でしょ? 連れて帰って貰えない?」

「無理ですね」

「銃を突きつけられてるのが見えない?」

「見えていますが、そんなオモチャで脅迫しようなどとは。少々わたくしを侮り過ぎではありませんか?」

 

 ラキの視線が険しくなる。既に指は引き金にかけられている今、きっかけ一つで容易く弾丸は放たれるだろう。

 だが、マラプトノカは一切気にした様子が無い。

 

「引き金、引いて貰っても構いませんよ? 貴女にそれが出来るのなら、ですが」

 

 目を細め、悪辣な笑みを浮かべてラキを挑発するマラプトノカ。

 酋長は止めようとするが、背に隠れているアイサを気にして動くことが出来ない。

 

「止めろ、ラキ! その女にはすぐにでも出て行ってもらう。聞きたいことは聞けたのだろう?」

「ええ。これ以上この村に用はありません」

 

 だが、使い道が無い訳ではない。

 小紫の見聞色の届かない場所で事を起こし、本人が乗り込んで来ざるを得ない状況を作れば〝オハラ〟はガラ空きになる。

 それ以外の戦力などマラプトノカからすれば無視しても問題ない程度だ。正面から小紫を倒せればそれでも良いし、引き付けている間にニコ・オルビアの行方が分かるようなものがあれば作戦は成功と言えた。

 ロビンの居場所はわかっている。オルビアの居場所が分かればなお良い。

 高い金額でこの情報を売れるだろう。

 

「酋長さんがニコ・オルビアの行方を知っているのであれば話は早かったのですが、そうでは無いようなので……村には用はありませんが、〝オハラ〟にとても強い方が一人いるようですし、その方を呼び寄せるエサになって貰えればと」

 

 にっこり笑うと、マラプトノカはピィ──! と指笛を吹いて合図を送る。

 直後、マグマのように燃え滾る炎が村を焼いた。

 

「な──っ!!?」

「少々派手にやった方が目につきやすいでしょう」

「っ!! アンタ……!!!」

 

 勢いのままにラキは引き金を引き、マラプトノカの頭部を撃ち抜く──だが、弾丸はマラプトノカの頭部に直撃したにも関わらず、マラプトノカは一切の怪我を負っていなかった。

 人間の比ではない頑丈さである。

 ラキは連続して引き金を引くも、マラプトノカはそれらを避けることもせず受け切った。

 

「……終わりですか? まぁそんな旧式の銃では威力もたかが知れていますからね。最新式でもわたくしには通じませんが」

「アンタは……アンタは一体、何者なの!!?」

「わたくしはアルファ・マラプトノカ。兵器も奴隷も何でも扱う商人です」

 

 専門では無いが、人間の()()も彼女の仕事だ。

 手間がかかるだけの仕事など滅多に受けないが、今回は趣味と実益を兼ねた仕事としてそれなりに乗り気で請け負っている。

 

「人の死もまたこの通り。それ相応の金額さえ提示していただければ完遂するのがポリシーですので」

 

 もっとも、四皇などと言った人間の最高峰にいる者たちの暗殺などは不可能に近い。その場合はきちんと理由を説明して断るのがこの女のポリシーであった。

 それ故に四皇と呼ばれる四人──それに加えてカナタの五人の動向は常に把握しており、彼ら彼女らが〝新世界〟にいることをきちんと把握してから空島に乗り込んでいる。

 〝黄昏〟の幹部であろうと恐れることは無い。

 彼女は〝最強の生物〟として産み落とされた怪物。人間の身でそれを上回っている少数の者たちの方が例外なのだから。

 

「バケモノめ……!!」

「なんとでも。貴女がどう仰っても、この村一つを壊滅に追い込むくらいは容易いことです」

「逃げろ、ラキ! 村の者たちを逃がせ!!」

「でも、酋長!!」

「この女は私が止める!」

 

 部屋の中にあった槍を手に取り、酋長はマラプトノカへと切りかかる。

 彼女は穂先をつまんで止め、そのまま家の壁を壊して外へと放り投げた。

 炎上する村の中で村人たちはパニック状態になっており、被害は拡大の一途を辿っている。その中を悠々と歩きながら近付いてくる者が一人。

 褐色肌に黒い翼と白い髪が特徴的な、並の人間より大きい少年──マーティンである。

 

「お前の言うとおりにやったが、これで本当に誘き出せるのか? 敵の見聞色は届いてないんだろう?」

「昨日の今日ですからね。監視の目はおいているでしょうし、派手な火の手が上がれば動かざるを得ないでしょう。私が何とかしておきますから、貴方は予定通りに」

「ああ。上手くいけばいいがな」

 

 それだけ言ってマーティンはどこかへ姿を消し、マラプトノカは気を取り直したように酋長の方へと向きなおる。

 元より戦いから身を引いて久しく、老いた彼の強さなど口ほどにもない。

 それでもその眼から闘志が消えないのは、ひとえに村の長としての責任からか。あるいは大事なものを守るという一人の人間としての意地か。

 

「嫌いではありません。こういう場でなければ飼ってもいいくらいです。が、残念。今回は縁が無かったということで」

 

 懐から抜いた銃を酋長に向け、引き金に指をかける。

 ラキがそれを止めようと、弾の無くなった銃で殴りかかるが間に合わず。

 アイサが拒絶するように叫ぶも意味は無い。

 ──しかし、引き金を引く寸前に、上空から奇襲する影があった。

 

「突っ込め、フザァァァ!!!」

「クカカカカカ!!」

 

 直上からの急降下。

 およそ安全という物を一切考えていない攻撃に思わずマラプトノカも目を丸くし、自身に突き立てられようとする槍を掴んで受け止めた。

 だが勢いは止めきれず、槍を手放したシュラは乗っていた(フザ)から飛び降りてマラプトノカの顔面に手をかざす。

 

衝撃(インパクト)!!」

 

 掌から発される衝撃にマラプトノカは体勢を崩されて倒され、シュラはその間に槍を回収して距離を取った。

 フザはシュラを落とした瞬間に地面すれすれを飛んで墜落を回避しており、シュラの隣に降り立つ。

 

「テメェか、昨日から〝アッパーヤード〟で好き勝手やってる野郎ってのは」

「……厳密にはわたくしの仲間ですが、大きく外れているわけでもありません」

「そうかよ。しかし、きっちり叩き込んでやったってのに無傷か」

 

 むくりと起き上がったマラプトノカに外傷は一切ない。精々土汚れを付けた程度の効果しかなかったようだが、それでも並の戦士なら何らかのダメージは入る。

 衝撃(インパクト)を喰らってなおその程度と言うことは、少なくとも〝黄昏〟でも上位クラスの実力があると判断出来た。

 シュラには少しばかり荷が重い相手である。

 

「厄介な……」

「私の事はいい、それより村の者たちを──」

「黙ってろ! そっちはそっちでちゃんとやってる! 今奴から目を離すわけにはいかねェんだよ!!」

「ええ、わたくしから目を離すようなら、その瞬間に一人ずつ首を落として差し上げます。それがお望みなら、どうぞお好きなように」

 

 シュラは舌打ちし、槍を構えた。

 フザは酋長を脚で抱え上げ、どこかへと逃がすために飛んでいく。ラキはその様子を見てアイサを抱き上げ、急いで火に巻かれる前に村から脱出していく。

 それを見送ると、マラプトノカは不思議そうにシュラへ問いかけた。

 

「わたくしの、とは言わずともマーティンさんの強さは昨日の時点で理解したと思っていましたが……あなた程度の人を寄越すとは侮られているのでしょうか」

「うるせェな。緊急事態だから急行してきたんだよ」

 

 マーティン程度であればシュラ達でも十分時間稼ぎが出来ただろう。マラプトノカの存在は完全に想定外だったのだ。

 オーム、サトリ、ゲダツの三人はこの大火事から人を逃がすのに忙しく、下手に戦力を送り込んだところで損耗するだけ。

 であれば、自身が捨て石になってでも時間稼ぎに徹するしか無かった。

 

(小紫様の射程範囲まで追い込めりゃあいいが、この火じゃそれも難しいか……)

(外から撃ち込む分には簡単に動いたようですが、乗り込むのは嫌がる……遠距離専門と言う事でしょうか? 感じられる強さはそんなレベルでは無さそうですが……それとも、乗り込んで来れない理由がある?)

 

 マラプトノカの事情を知らないシュラはどうにか小紫の射程範囲に誘導して迎撃したいと考えており。

 小紫の事情を知らないマラプトノカは小紫が直接乗り込んで来ないことに疑問を覚えていた。

 いずれにせよ、互いに目の前の相手が邪魔であることに変わりは無かった。

 

(仕方ありません。もう少し誘いをかけてみるべき、ですか)

(死んでもここでこいつを止める。それしかおれに出来ることはねェ!!)

 

 シュラは槍を構え、マラプトノカは手早く済ませようと片手で銃を構える。

 火の海に囲まれた状況で退路も無く、シュラは決死の戦いに挑む。

 




来週は休みです。
次の投稿は2/27を予定しています。


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第百八十四話:過去の足跡

 

 バラバラに動くことになった麦わらの一味の中で、唯一ロビンだけは当初想定していたルートを辿っていた。

 フィールドワークには慣れたもので、コンパスが使えずとも島の中ならある程度方角を見極めることが出来る。その辺りロビンに頼り切りだったペドロは同じようなところをぐるぐると彷徨う羽目になっているため、合流出来ずにいた。

 時折手帳を開いて模写した地図を確認しつつ、植生や建物の残骸などを見つければそれを書き留めていく。

 ところどころに残されている碑文のようなものも見つけられたため、ロビンは自身の好奇心が赴くままにそれを解読しようと読み解いている。

 

「……これは、〝都市〟そのものの慰霊碑……滅んだ後に子孫たちが建てたのね」

 

 今から約800年前、古代都市〝シャンドラ〟は滅んだ。

 約1100年前から隆盛を誇っていた都市であるにも関わらず、である。

 約900年前から800年前までの間を〝空白の100年〟と呼び、世界中からあらゆる情報が抹消されている中で……〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟にしか記されていないその期間に実際に存在した都市であるのなら。

 もはや語る者もいない歴史を知る方法が、どこかに残っているかもしれない。

 ロビンは静かに興奮しながら手帳にメモを取り、〝アッパーヤード〟の全図を確認しながらどこに情報が一番残っている可能性があるかを考え始める。

 

「……都心部なら、もっと手掛かりになるものが残っているかも」

 

 これまで集めた情報を精査すれば、都心部に当たる場所はある程度想像がつく。

 そこならば──これまで探し続けていた情報が手に入るかもしれない。

 そうやって目の前の情報に集中して考え事をしていたロビンに、背後から声をかけるものがいた。

 

「ニコ・ロビンか」

「誰!?」

 

 咄嗟に手帳を懐に隠して振り向くと、そこにはロビンの倍以上の身長の男が立っていた。

 黒翼、褐色肌、白い髪。サンジやゼポが言っていた特徴に一致する敵である。

 森の中を歩いて来たその男は、鬱陶しそうに枝を圧し折りながらロビンに近付いて来た。

 

「驚かせたか。まァどうでもいいことだ。お前には用は無いからな」

「……貴方は昨日、小紫にやられて倒れたと聞いていたけれど」

「小紫? ……ああ、昨日の遠距離砲撃をして来た奴か。おかげで肉体のストックが一つ減ったよ。作るのもタダじゃ無いんだがな」

「ストック……?」

 

 男の言葉に眉根を顰めるロビン。

 言っていることが理解出来ない。目の前にいる男はサンジ達の言っていた特徴に当てはまるが、彼とは別人では無いのか。

 

「分からないか? お前は頭が良いと聞くが、そっちの分野は流石に門外漢か……自己紹介をしておこう。おれはマーティン。アルファ・マラプトノカの仲間だ」

「っ! 彼女の仲間だったのね……!」

「ああ。だからお前には手を出さない。自由に泳いでもらった方が()()()()からな」

 

 先のアラバスタでの件も、元を正せばマラプトノカがロビンの居場所をカイドウとリンリンに流した事によって発生した出来事だ。

 多額の金を受け取って情報を流し、同様にカナタにもバレたと情報を流すことで動かして阻止させ、目的達成を邪魔する。

 マラプトノカにとって、ロビンはカイドウ達に捕まえられない方が都合が良いのだ。自由に動いている限り、情報を流すだけで多額の金が流れてくるのだから。

 それ故にマーティンはロビンに手を出すことは無い。

 

「……そんなにお金を集めて、何をするつもりなの?」

「? 妙なことを聞くな。金はあればあるだけ良いものだろう。何をやるにも、何を買うにも金は必要だ。人間の社会とはそういうものだろうに」

「お金を集めるだけが目的なら、もっと他に方法があると思うけど」

「そうかもしれないな」

 

 手を出すつもりは無いが離れるつもりも無いのか、マーティンは近くの倒木に腰を下ろした。

 ロビンの近くにいれば何か情報が手に入ると思ったのか、あるいは他に狙いがあるのか。

 商人であるマラプトノカとそれに付き従うマーティン。二人の目的が、ロビンにはわからない。

 

「集めた金は使って、また金を集める。その繰り返しだ。色んな勢力に蝙蝠のように取り入っては離れてを繰り返す。人間ってのはどうにもまどろっこしい」

「……まるで自分が人間ではないかのような物言いね」

「この体は人間だ。()()()()()

 

 もったいぶったような言い回しをするマーティン。

 ひとまず襲ってくることは無いと判断したのか、ロビンはマーティンを無視して自身の位置と目的地を確認する。

 マーティンが目的地までついてくるつもりならどうにかしたいところだが、ゼポでもどうにもならなかった相手ならロビンでは打つ手がない。

 さてどうしたものか、とため息を一つ。

 力も速さもロビンの能力の前では無意味だが、自然発火するというのが本当ならロビンの能力では分が悪い。自傷しながら戦うほど無茶なことはしない。

 

「……お前ら、ここから離れる気は無いのか?」

「無いわ。見つけたいものを見つけるまでは、少なくともね」

「そうか……じゃあ気を付けることだ。マラプトノカが暴れてるからな。麦わらの連中はともかく、お前に死なれちゃ情報を売れなくなる」

 

 マーティンはそう言って立ち上がると、どこか別の場所へ向けて移動をし始めた。

 ロビンは疑問に思いながらそれを見送ると、彼が立ち去った方向とは別の方向へ歩き始める。

 目的地は都心部、かつて黄金都市〝シャンドラ〟と呼ばれた場所だ。

 

 

        ☆

 

 

 ルフィがワイパーたちと接触し、戦闘になりつつある中。

 ゾロが森の中を彷徨って再び巨大な蛇に追いかけられている中。

 ペドロはマーティンとばったり出くわし、戦闘になっていた。

 森の中で発される炎は厄介極まりなく、下手に戦えば火に巻かれて煙を吸い込むことになる。ペドロは慎重に移動しつつ、隙を見つけてはマーティンに攻撃を叩き込む。

 エレクトロを併用する斬撃は、しかし背中から炎を発しているマーティンに通じず、長いこと戦闘を続けていた。

 

「く……どれだけ斬ってもダメージが入っている感じがしない……! ゆガラ、頑丈にも程があるだろう!!」

「鬱陶しい奴だ。さっさと焼かれてくれりゃァ話は早いんだが」

 

 マーティンの肉体性能は凄まじいが、それは必ずしも強いことを意味しない。

 ペドロの攻撃は通じないが、マーティンの攻撃もまたペドロには当たらない。当然疲労もあるため、戦い続ければ先に疲弊しきった方が倒れるだけだ。

 

(これでは打つ手がない……姫様クラスの一発を叩き込めなければ倒すのも難しいという事か)

 

 少なくとも一人は倒しているはずだが、仲間がいることは確定した。あと何人いるのかにもよるが、その脅威度は計り知れない。

 多少無茶をしてでも倒せるのなら……と思っていたところで、今度はペドロの後ろから炎が襲い掛かって来た。

 

「っ!?」

「良く避けたな。奇襲は完璧だったハズだが、見聞色を集中していなかったか」

「どういうことだ……!?」

 

 同じ顔、同じ体格、同じ声。

 今まで戦っていた相手と同じ相手がいる。マーティンが二人になったことに混乱するペドロ。

 

「分身したのか!?」

「そんなワケがあるか」

「……まァ、実際にこの状況を体験すればそう思うのは無理もねェが」

 

 両方のマーティンを見ながらトンチキなことを言い出すペドロに呆れるマーティンだが、この状況では混乱するのも仕方がない。

 仲間がいることは想定出来たが、ほぼ同一人物と言っていい相手が現れたのなら驚きもする。

 二人のマーティンは同じように背に炎を纏い、ペドロの死角を突くように炎を操って攻撃し始める。

 

「くっ! 厄介な!!」

 

 木々を足場に三次元的な機動をすることで回避するが、先程まで使っていた木が炎に焼かれて足場が減っていく。

 状況はどんどんと悪化していく中、とにかく一人は仕留めねばと剣に覇気とエレクトロを集中させて構えた。

 

(……攻撃するなら奴が炎を放った瞬間だな。その一瞬だけ、奴は身に纏った炎が無くなる)

 

 炎を身に纏った状態ではペドロにも熱が来る。焼かれるのは御免被るので背中に攻撃するならその瞬間しかない。

 同じ悪魔の実は存在しないことを前提に考えれば、二人いるマーティンのどちらも同じ能力を使っている以上、あれは種族の特性と見るべきだ。

 どちらかに痛打を与えられれば道はある。

 

「死ね!」

 

 そうして、マーティンが極大の炎を放ってペドロを呑み込もうとするその瞬間。

 

(今だ!!)

 

 ペドロは最高速度で木々を渡り、その背中に回り込んで黒化した剣を振りかぶる。

 ペドロはジャガーのミンク。木の上を移動し、暗殺するように背中を狙うことなど手慣れたものである。

 覇気によって黒く染まった刃がマーティンの背中を襲おうとして──背後を向いたまま、マーティンは高速で刃を回避した。

 

「──()()()!?」

 

 これまでどれだけ分かりやすい攻撃でも回避せず、受けに徹していたマーティンがここに来て回避を選択した。

 それがどういう意味を持つのか。

 即座にペドロを捕まえようとするマーティンから距離を取り、再び刃を構える。

 

(奴の頑丈さは異常だ。おれの斬撃を真正面から何度受けてもケロッとしているくらいには。だが、今の一撃だけは回避した)

 

 これまでの状況と比べて、先のマーティンに違うところがあるとすれば二つ。

 攻撃箇所が背中であること。

 炎を纏っていないこと。

 このどちらか、あるいは両方をもう一度試す必要がある。

 先程までの打つ手なしの状況から比べれば、かなり好転したと言えるだろう。

 ──だが。

 

「やはり強いな、ペドロ。流石に3億を超える賞金首はモノが違う」

「ゼポもそれなりに強くはあったが、戦闘センスで言えばお前の方が上に見える」

「だが、ここまでだ」

「侮りは無し。お前が相手なら全力で戦う必要があると判断した」

「念には念を入れておいて良かった。最大勢力で以て、お前を倒そう」

 

 一人、二人、三人。

 同じ顔の人物が次々に現れるのを、ペドロをあんぐりと口を開けて見ていた。

 総勢五人の同一人物を見比べ、ペドロは思わず呟く。

 

「五つ子……と言う訳でも無いか」

 

 全員が同じ顔、同じ体格。いくら何でも似すぎている。

 理解を超える状況に、ペドロは思考を放棄した。

 ひとまずはここを切り抜ける必要がある。マーティンは最大勢力と言った以上、これ以上の隠し札は無いだろう。他の仲間たちの下へ向かうことは無いとわかっていれば、ある種安心も出来ると言うもの。

 剣を構えなおし、ペドロは目の前の五人に集中する。

 

「少なくとも攻略の糸口は見えた。ゆガラたちが何人だろうと倒して見せよう」

「やって見せろ!」

 

 森の炎上は更に激しさを増し、熱と煙は体力を奪う。

 状況は好転しながらも不利なまま。ペドロは死力を尽くして戦うことを決め、踏み出した。

 

 

        ☆

 

 

「こんなものですか」

 

 マラプトノカは血で汚れた手をハンカチで拭きながら炎上する村から立ち去る。

 刺した場所を発火させる槍は圧し折られ、鉄雲の刃を噴出する柄は砕かれている。素手で戦う事が主体だった他の二人は武器こそ残っているが、体に残る傷跡は無残なものだ。

 四人の誰もがその鋭い爪で引き裂かれ、下手なナマクラよりも余程綺麗に切られている。

 対するマラプトノカには傷一つなく、時間のみを浪費していた。

 

「ここにはもう誰もいないようですし、誘いをかけてみるとしましょうか」

 

 見聞色で島を探ってみれば、ある程度固まって動いているグループが二つほどある。

 一つは覚えのある〝声〟だ。マーティンなのだろうと推定し、対する相手はその気配の強さから総戦力で挑む理由に納得する。

 もう一つは見知らぬ〝声〟ばかりなので、恐らくこれはシャンディアのものだろうと判断していた。

 

「さて、どちらに行くべきですか……」

 

 ペドロは少なくとも3億を超える賞金首。マーティンでは少々荷が重い。そちらの手助けに行ってもいいが……あまり時間をかけすぎるのも良くない。

 〝黄昏〟には空を移動出来る能力者がいることはわかっているため、下手に時間をかけすぎれば援軍が来る可能性もある。

 道中でシャンディアと麦わらの一味を潰しつつ、〝オハラ〟に攻撃を仕掛けるのが一番だろう。

 直接攻撃をされれば無視は出来ないと考え、マラプトノカは移動を始める。

 その道中。

 

「うう……ルフィ~~……ゾロ~~……ロビ~ン……ペドロ~~……みんなどこ行っちゃったんだよ……」

 

 道に迷い、意気消沈しながらトボトボと歩く可愛い生物──もとい、チョッパーと鉢合わせした。

 明らかに既存の生物ではなく、見聞色で感じるまでもなく純粋さを感じる独り言。

 総じて──マラプトノカのウィークポイントにズギュンと刺さった。

 

「か……可愛い~~!!!!

 

 一も二も無く駆け出し、マラプトノカはチョッパーの下へと駆け寄って抱き上げる。

 

「う、うわあああああ!!? なんだなんだなんだ!!?」

「こ~んなに可愛い生き物がこんなところにいるなんて聞いてませんわ!! これはもう連れて帰るしかありませんわね!!!」

「ぎゃあああああああ!!!?」

 

 先程までの殺伐とした雰囲気などどこ吹く風。抱き上げなでなですりすりと好き放題するマラプトノカの姿が、そこにはあった。

 



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第百八十五話:探し物

 

「へー、色んなところを回って商売をしてるのかー!」

「ええ。それはもう西へ東へ色んなところに。顧客の欲しいものを届けるのがわたくしの仕事ですから」

「凄いんだな!」

 

 初対面にも関わらずチョッパーの性根を見抜いたマラプトノカは、現在チョッパーと一緒にのんびり散歩気分で〝アッパーヤード〟の都心部──ナミが黄金があると想定した場所へ向かっていた。

 人の悪意を直接的に受けて来たことはあっても、騙し騙されの経験は非常に少ないチョッパーに、マラプトノカの真意を見抜けと言うのはやや無理があった。

 マラプトノカは表面上はニコニコと──チョッパーの性根の素直さなどを考えれば表面上と言わず心底好意的ではあるが──笑いながら道案内を買って出ていた。

 なるべく誰とも会わず、チョッパーが勘違いに気付けないようにしている徹底っぷりである。

 

「ところで、チョッパーさんは何かの能力者なのですか?」

「うん! おれはヒトヒトの実を食べた人間トナカイだ!!」

「まあ。()()()でしたか」

 

 小さいタヌキのような姿からトナカイの姿に変わるところを見ていたので、当然能力者であることには気付いていた。

 だが、よりにもよってヒトヒトの実とは、とマラプトノカは思う。

 ヒトヒトの実は現在確認されている悪魔の実の中でも特殊で、幻獣種しか確認されていない。

 マラプトノカが知っているのはセンゴクのヒトヒトの実、モデル〝大仏〟くらいだが、チョッパーの人型の姿が完全な人間の姿でないことを考えても特殊な例から漏れることは無いと考えていた。

 マラプトノカ自身はまた別の意味で特殊なのだが。

 

「しかし、船医だったとは……医学を学ぶのは大変でしょうに。努力されたのですね」

「う、うるせェな!! そんなことねェよ!!」

 

 言葉だけを聞けば反抗的だが、にこにこ顔で嬉しそうに言うものだからマラプトノカも思わず頬が緩む。

 本当に純真で、騙されやすそうな子供である。

 

「本当に惜しい……わたくしと一緒に来る気は無いのですか?」

「誘いは嬉しいけど、おれはルフィと一緒に冒険したいんだ! 海に誘ってくれたのもルフィだし、あいつは危なっかしいから、怪我したらおれが診てやらないといけないし!!」

「…………」

 

 ルフィの事はマラプトノカも知っている。一度会ったこともあるが、それほど強い印象は無い。

 無理矢理にでも連れていくことは出来るが、チョッパーの純真さはルフィの下にいるからこそ失われていないのだろう。

 惜しい……本当に惜しいが、マラプトノカはチョッパーを連れていくことを泣く泣く諦めていた。

 擦れてしまってはチョッパーの良さが無くなってしまう。

 

「惜しい……本当に惜しい……出来る事ならこのまま連れて帰ってしまいたい……!!」

「こっち見ながら何コエー事言ってんだ!!?」

「じゅるり。いえ、チョッパーさんがあまりにかわいらしいものでつい」

()()じゃねーよ!!?」

 

 肉食動物を前にした草食動物のような気分になり、思わず後ずさって近くの巨木に背中をぶつけるチョッパー。

 そんな仕草もマラプトノカには可愛らしく映るばかりなのだが、当のチョッパーには分からないことである。

 

 

        ☆

 

 

 何はともあれ、二人は森を抜けて都心部へと辿り着いた。

 崩れた遺跡群と侵食する雲を見渡すマラプトノカ。チョッパーはその横で目をキラキラさせており、興味の赴くままに遺跡を眺めている。

 

「ロビンたちはまだついてないのかな。もしかして、おれが一番乗りなのか!?」

「いえ、残念ですが既に誰かいるようです」

 

 スッとマラプトノカが指差した先には遺跡の陰に誰かのバッグが置いてあるのが見えた。

 ちょっとだけ残念そうにして、しかし仲間と合流できた喜びの方が大きいらしいチョッパーは駆け足でそちらへ駆け寄っていく。

 遺跡の柱の陰にいたロビンは隠れて様子を窺っていたようだが、バレていると見るや姿を現してチョッパーを迎える。

 

「船医さん、あなた、彼女とここに?」

「うん。森の中で道を迷ってたらここに案内してくれたんだ!」

「……そう、彼女が……」

 

 警戒心を隠そうともせず、ロビンはマラプトノカを見る。

 対するマラプトノカはと言えば、わざとらしく「よよよ」と呟いて悲しそうな顔をしていた。

 

「わたくし、ただ心から善意でチョッパーさんを送り届けてあげただけですのに……そのように怪しまれるなんて、悲しいですわ」

「貴女だからこそよ。単なる善意だけで動くような人では無いでしょう」

「そんなことはありません! わたくしだって、時には善意で動くこともあります!!」

「その言葉が既に嘘くさいのよ」

 

 マラプトノカのわざとらしい演技に対してストレートに言い放つロビン。

 バロックワークスの一員であった頃に何度か接触があった二人だが、それ故にロビンはマラプトノカの事を信用すべきではない相手だと判断していた。

 クロコダイルも相当食えない相手だったが、マラプトノカは目的が見えない分余計に行動が想像しにくい。

 

「世界政府と繋がっているなら、ここが〝黄昏〟の領地だとわかった以上は帰ってもらいたいところなのだけれど。居座る理由でもあるのかしら?」

「おや、マーティンさんから聞いたのですか? あの方も口が軽いですねえ」

「質問に答えて」

「答える義理があるとお思いですか?」

「答えたとしても出まかせではないと証明も出来ないでしょうね。だけど」

 

 ロビンは即座にマラプトノカの体に六本の腕を生やし、両手と首を抑え込む。

 力も速度も、ロビンの前では意味が無い。

 

「ロビン!?」

「静かに、船医さん。彼女は危険よ。強さの方は知らないけど、少なくとも色んな組織を相手に立ち回れる頭はある。彼女の言葉に耳を貸せば言いくるめられても不思議は無いわ」

「嫌な信用のされ方ですね……」

 

 きっちり両手を後ろで固定して、首も後ろから抱き着くような形で締め上げる。このまま更に腕を生やして背骨を折りに行くことも可能な状態だ。

 しかしマラプトノカは溜息を吐くばかりで大した抵抗を見せず、目を細めてロビンを見るばかり。

 

「世界政府と繋がっている以上、あまりこの島をうろつかれると困るのよ」

「──発言は正確にするべきですね、ロビンさん。この島、ではなくあちらの島。即ち()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と言うのが正しいでしょう?」

「っ!!」

「おっと、これは失言でした」

 

 ぐっと力を込めて背骨を折りに行くロビンに、マラプトノカは自前の筋力だけで抵抗をし始める。

 関節技を筋力だけで押し返すなど、人体の構造に真っ向から喧嘩を売っているような所業にロビンは目を見開いて驚き、更に腕の本数を増やして力を込めた。

 ルフィのように肉体がゴムになっているわけでもない以上、関節技を完璧に極められればどれほど筋力が強くとも抵抗は難しい。

 にもかかわらず、マラプトノカは強引にロビンの腕を押し返していく。

 

「確かに関節技なら、人体の構造さえ理解していれば彼我の力の差があっても抑え込めるでしょう。ですが、それは相手が常人レベルでの話」

「そんなバカな……!?」

「わたくし、身体能力には自信がありますので。どれだけ完璧に関節を極めようとも、肝心の極めている腕がこのように非力では抑え込むなどとてもとても」

 

 ロビンの関節技から抜け出したマラプトノカは、嘲笑するように肩をすくめて余裕を見せる。

 ロビンを挑発するような物言いも、その絶対的な強さに自信があるためなのだろう。

 

「〝オハラ〟のことはある程度把握しています。貴女と、貴女の母親……それから元海兵のサウロさん。〝黄昏〟との関係性は以前から政府が探っていたようですが、今回の証拠は決定的ですね」

 

 かつて、ニコ・オルビアとニコ・ロビン、それにサウロの三名はオクタヴィアが〝オハラ〟から連れ去ったとサイファーポールより報告が上げられた。

 作戦に参加していた海軍中将五名も同様の証言をしたため、最悪の案件として政府内、海軍内でも何かと触れにくい事件だったのだが……その2年後、オクタヴィアはカナタに討ち取られている。

 ではその後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 サウロの姿は〝黄昏〟で見つけられ、ロビンはペドロとゼポと共に海を渡り始めてから確認された。

 しかし、今なおオルビアの姿はどこにも確認されていない。

 加えて、オクタヴィア討伐後に消失した〝オハラ〟。地図から名前が消え、誰も近寄ることの無かった島であるが故に気付いたのは数年も後だ。

 これらが空島と言う地で繋がってくるとなれば──〝黄昏〟の政治的立ち位置は非常に旗色が悪くなるだろう。

 

「〝黄昏〟の領地とされる場所に隠すように存在する〝オハラ〟に、この場所を守るような動きをするロビンさん。それに〝黄昏〟で働くサウロさんの姿は既に確認されていますし……この分だと、オルビアさんも匿われているのでしょうね。繋がりは見えてきましたし、明白な証拠さえ見つけられれば政府は様々な手段を使って〝黄昏〟の信用を落とそうとするでしょう」

 

 元より世界中に根を張って莫大な資金力を持つ〝黄昏〟の存在を、世界政府は良く思っていない。

 自分たちがコントロールしきれない組織なら、それは四皇とさして変わらない脅威だからだ。

 多くの国と繋がりを持つ〝黄昏〟の影響力を落とす為なら、世界経済新聞を使ってのネガティブキャンペーンくらいは嬉々として行うだろう。

 これを機に世界政府の影響力を強め、〝黄昏〟に代わる海運を台頭させようと躍起になる。

 

「面白くなってきましたわね。これは、ともすれば〝黄昏〟と海軍の全面戦争まで行くかもしれません」

 

 オルビア、ロビン、サウロを匿う〝黄昏〟と、それを追う海軍。

 この構図なら協調姿勢を取っていた二つの組織も衝突する可能性は十分あるし、漁夫の利を狙って百獣・ビッグマムの海賊同盟も動きかねない。

 予測しきれないのは〝白ひげ〟と〝赤髪〟だが、これ以上四皇級の組織が動けば世界的な大災害にまで匹敵することになる。

 マラプトノカは混沌と化す未来を予測し、面白いと笑みをこぼす。

 

「そうは思いませんか、ロビンさん?」

「思う訳無いでしょう!! 地図の上から人は見えない……〝オハラ〟の皆がどんな思いでいたのか、貴女は何も知らない!!! 戦争など、誰も望まないわ!!!」

「そう思っているのは貴女だけです。かの〝魔女〟も、貴女が知らないだけで後ろ暗いことは数多くやっていますしね」

 

 表向きは笑顔で握手をしていても、裏では相手を殴るために拳を握るのが政治と言うものだ。

 カナタがインペルダウンから受刑者の引き取りをし、人体実験に使っていると言うのは有名な話でもある。

 事の真偽はさておき、実際にインペルダウンから受刑者が引き取られているし、その後引き取られた受刑者を見た者がいない以上は信憑性の高い噂と言える。

 

「止めたければ、わたくしをここで殺すことです。出来ればの話ですが」

「やって見せる。戦争になどさせない!!」

 

 ロビンは強い敵対心を以てマラプトノカと対峙し、チョッパーは話が良く分からなくともマラプトノカが敵であることは理解して人獣形態のまま構えた。

 何が何でも、彼女をここで止めねばならない。

 そうでなければ……多くの者を巻き込んだ戦争が起きてしまう可能性がある。

 

 

        ☆

 

 

「……なんだ、これは」

 

 ゴーイング・メリー号から離れ、村に戻って来たゲンボウ達が見たものは──マーティンの手によって焼かれた、無残な村の姿だった。

 呆然と燃えている村を見ていたが、まだ誰か残っているかもしれないと自分の頬を叩いて気合を入れなおし、水を被って未だ燃える村の中へ走る。

 建物は既にほとんど焼けてしまっていた。

 食料を保存していた倉庫も、思い出のあった家も、何もかもが。

 だが。

 

「人がいねェ……?」

「ゲンボウ、こっちもだ! 誰もいねェ!!」

「逃げたんだろう! おれ達も早く出ないと、火が収まる様子がねェぞ!!」

「ああ……いや、待て!」

 

 村人たちが逃げ出しているならそれに越したことは無い。ゲンボウ達も避難しようとして、視界の端に誰かが倒れているのが見えた。

 すぐさまそちらに駆け寄ると、瀕死の状態の人間が四人倒れていた。

 血塗れで良く分からないが、服装からしてシャンディアの同胞では無いとわかる。

 

「よかった、同胞じゃねェ……だが、こいつらは何故ここに?」

「〝黄昏〟だろう! 奴らが侵略してきたのか!?」

「そんなはずはない。それをやる理由は無いし、それに……」

 

 村を焼く炎は、昨日戦った敵を思わせる。

 ゲンボウ達から仕掛けた戦いとは言え、かなり敵対的だったのも事実。仲間が襲撃して来たと言う可能性も十分に考えられた。

 とにかく、彼らをここに置いたままにはしていけない。何があったのか、村人たちがどこへ行ったのか、その辺りの事を聞くためにも応急手当をしなければ。

 そう考えて倒れているシュラを抱え上げようとしたゲンボウの手を、シュラが掴んだ。

 

「ぐ、う……!」

「意識があるのか! おい、しっかりしろ!!」

「お前、は……シャンディアか……」

「そうだ! なんで村がこんなことになってる! 誰と戦った!?」

「おれの、バッグ……フザ……!」

 

 震える手で指笛を作ると、残った力を精一杯に振り絞って指笛を吹く。

 上空で旋回していたであろうフザと呼ばれる巨大な鳥が舞い降りると、シュラのすぐ近くで心配そうにのぞき込んできた。

 

「バッグに……電伝虫が……」

「これか?」

 

 シュラの言う様にバッグから電伝虫を取り出すと、シュラははその電伝虫に番号を入れる。

 緊急事態を示す符丁を送ったのだ。

 短いコール音の後に「受理しました」と機械的な返答がされると、それきり電伝虫は沈黙してしまう。

 

「あと、は……ここから、逃げてから、説明、する」

「……仕方ねェ。おいお前ら! そっちの三人も連れていくぞ!」

 

 不承不承と言った様子の戦士二人に手伝わせ、ゲンボウは3人で4人を抱えて運ぶ。1人はフザの背中に乗せられたので、それは助かっていた。

 

(……あとは小紫様に何とかしてもらうしかねェ)

 

 マラプトノカの強さは常軌を逸している。

 実際に戦ったシュラだからこそわかる、その異常性。

 攻撃の一切が通じなかった怪物の事を、一刻も早く小紫に伝えねばならないと、痛みに耐えながら意識を失わないように気を保っていた。



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第百八十六話:〝排撃(リジェクト)

 

「ゼェ、ゼェ……!! しつけェな!!!」

「ハァ、ハァ……それはこっちの台詞だ!! ちょろちょろと動き回りやがって……!!!」

 

 ルフィとワイパーの両名は森の中で遭遇し、そのまま先日のように戦闘になった。

 〝燃焼砲(バーンバズーカ)〟をくらいながらも〝ゴムゴムのバズーカ〟を食らわせるルフィ。ワイパーも無防備に受けたわけでは無いにせよ、何度もくらっていれば蓄積するダメージは大きい。

 ワイパーの仲間の戦士たちも手を貸そうかと声をかけるが、〝燃焼砲(バーンバズーカ)〟は規模が大きいため巻き込む可能性の方が大きかった。

 互いに意地でも倒してやると、引くに引けぬ状態になりつつある中──ワイパーの事を呼ぶ、聞き覚えのある声がした。

 

「ワイパー!!!」

「ラキ!! テメェ、何故ここにいる!! 村に戻って──」

()()()()()()()!!!」

「──なんだと!!?」

 

 殺気が強く籠った目のまま、ワイパーの視線がルフィからラキへと移る。

 ラキの体にはいくらか火傷の痕が見て取れ、その顔には悲壮感が浮かんでいた。

 

「どういうことだ!」

「分からない……マラプトノカって奴が村に来て、それで……アイサを人質に取られて、酋長に何かを聞いてた。聞きたいことを聞いたから帰るって言って、そのまま村を……」

「そいつはどこにいる」

「……分からない。〝黄昏〟の奴らが助けに来て、私たちはそのまま逃げるしか無かったから」

 

 額に青筋を浮かべ、憤怒の表情を浮かべるワイパー。

 もういない可能性の方が高いが、村に戻るしかない。何かしら手掛かりがあれば……あるいは、アイサが無事なら彼女から情報を得られる可能性もある。

 頭に血が上っていても、ワイパーはそれを考えられるだけの冷静さがあった。

 もはやルフィのことなど頭にない。一秒でも早く村に戻り、村を焼いたマラプトノカに落とし前を付けさせねばと怒りを燃やす。

 

「今回は見逃してやる、麦わら。テメェはまた後だ」

 

 それだけ吐き捨て、ワイパーは誰よりも早く村へ向かって移動を始めた。

 一拍遅れて他の戦士たちも動き出し、あっという間に姿を消す。

 ルフィは不完全燃焼で終わったことにふんすと鼻を鳴らすと、近くに置いていたリュックを背負いなおす。

 はぐれた仲間……は、多分無事だろうと楽観的に考えているが、どちらに行けばいいのか分からなくなってしまった。

 

「う~~ん……あったかそうな方だな!」

 

 のんきにそんなことを考え、鼻歌を歌いながら歩き始める。

 先程ワイパーたちが向かった方向とは別の方向へ、近場の木の枝を拾うことに夢中になりながら。

 

 

        ☆

 

 

 それほど時間もかからず、ワイパーたちは森を抜けて遺跡が多く存在する場所──〝ジャイアントジャック〟と呼ばれる巨大な蔓の麓を通り抜けようとしていた。

 気付いたのはただの偶然だろう。

 特に大きな音があったわけでもなく、ふとラキの視線の先に目立つピンク色の髪があったから。

 忘れようにも忘れられない、最悪の敵の姿がそこにあった。

 

「ワイパー!! あいつだ!!!」

 

 ラキの言葉に振り向いたワイパーは、その指差した先にいたマラプトノカを視認する。

 ロビン、チョッパーと対峙しながらも余裕を見せている彼女目掛け、ワイパーは二人を巻き込むことを一切躊躇せずに〝燃焼砲(バーンバズーカ)〟の引き金を引いた。

 

「テメェか──!!」

 

 放出されるガスに引火して発生する青白い炎は真っ直ぐにマラプトノカを呑み込み、一瞬早く気付いたロビンとチョッパーがギリギリで射線上から離れることが出来た。

 遺跡に構わず攻撃したワイパーを睨みつけるロビンだが、そんな彼女の様子などどこ吹く風とばかりにタバコを咥えたまま殺気立つワイパー。

 〝燃焼砲(バーンバズーカ)〟に飲み込まれたハズのマラプトノカは、あろうことか無傷だったからだ。

 

「背後から奇襲とは。礼儀がなっていませんわね」

「テメェがおれ達の村を焼いたのか」

「ふむ? ……なるほど、あの村の方でしたか。ええ、わたくしがやりました。出来るだけ目立っていただければと思ったので」

「──テメェの言葉を聞く気はねェ。ここで消えろ」

「短気ですねえ……そんな様だから、実力の差も分からないまま死ぬことになるんですよ」

 

 呆れたように……と言うより、むしろワイパーの憎悪を煽り立てるように、マラプトノカは嘲笑する。

 手には既に銃が握られており、銃口はワイパーの方へと向けられていた。

 再び放たれた〝燃焼砲(バーンバズーカ)〟を回避し、マラプトノカは銃の引き金を引く。

 銃声が響くと同時にワイパーは回避行動に移り、銃弾を避けながらマラプトノカへと接近する。

 

「そのおもちゃが効かないからと接近戦ですか。愚行ですね!」

 

 振るわれる蹴りを片手で受け止め、再びマラプトノカは銃の引き金を引く。連続する発砲音にラキが声を上げるが、ワイパーは肩口に銃弾を受けながらもマラプトノカに組み付く。

 左肩から血を流し、右手をマラプトノカの胸に突きつけて。

 

「〝衝撃貝(インパクトダイアル)〟ですか。そんなオモチャでは──」

「いや──その1()0()()()()()()()()だ」

 

 村を襲い、仲間を、友を、守るべき者たちを傷つけたマラプトノカを許しておくものかと……怒りを滾らせるワイパーの殺意が、自身の傷など構うことなくマラプトノカを追い詰める。

 何が何でもここでこの女を倒すために。

 

「〝排撃(リジェクト)〟!!!」

 

 ガクン! とマラプトノカの体が後ろに傾く。

 あまりの衝撃に体勢を崩したのだ。

 反動で凄まじい衝撃を受けたワイパーの右腕は骨に異常が起きていても不思議は無く、現に撃たれた左腕で右肩を抑えていた。

 そのままマラプトノカは崩れ落ちる──ハズだったが。

 

「──ふっ!」

 

 崩れ落ちかけた体勢のまま止まり、挙句そのまま勢いよく体を起こしてワイパーの顔面に頭突きを食らわせる。

 マラプトノカの頭突きに跳ね飛ばされたワイパーは鼻血を出しながら吹き飛び、何が起こったか分からないまま目を白黒させて空を見上げていた。

 

「まったく、女性の胸をいきなり触るなど……躾がなっていませんわね」

「バカな……〝排撃(リジェクト)〟をまともに受けておいて……!?」

「ええ、確かに強い衝撃でしたが、それだけです。この程度の痛みではわたくしを倒すには足りませんね」

 

 並の人間なら衝撃に骨や内臓がイカレていてもおかしくないハズだ。

 それでもマラプトノカは多少咳き込むだけで痛打を与えたとは言えない姿を見せており、ワイパーの奥の手を使ってもなお倒せないことに驚きを隠せない。

 ワイパーが次の行動を起こす前に、マラプトノカは手早く銃の引き金を引く。

 乾いた音と共にワイパーの腹へ数発の弾丸が撃ち込まれ、瀕死に追い込む。

 殺すほど脅威に感じていなくとも、〝排撃(リジェクト)〟による衝撃はマラプトノカを怒らせるのには十分だったらしい。

 

「さて」

 

 大量の血を流して死にかけているワイパーから視線を移し、マラプトノカは返り血で赤い斑点の付いた顔を拭いつつ残りのシャンディアの戦士たちを見る。

 顔には笑みを浮かべているものの、マラプトノカの目は笑っていない。

 ──それほど時間も必要なく、彼らは全滅する。

 そこへ。

 

「「あああああああああああああああああ!!!」」

「ジュラララララララ!!!」

 

 猛烈な勢いで走ってくるルフィとゾロ。

 そして二人を追いかける巨大な蛇が現れた。

 

 

        ☆

 

 

 一方、ペドロ。

 樹海を焼け野原にしながら追いかけて来るマーティンから逃げつつ、どうにか隙を伺っていたが……特性がバレたと見るや、5人は声掛けすらせずに適切な配置で互いを守りながらペドロを追い詰めていた。

 率直に言ってピンチである。

 

「ハァ、ハァ……どうなってるんだ、連中!」

 

 言葉を一切交わさないにも関わらず、完璧に連携が取れている。

 そういう訓練を受けて来たにせよ、意思の疎通を行わずに攻撃と防御を入れ代わり立ち代わりに行うなど極めて難しいことだ。

 それでいて個々人に出来ることはほぼ同じ……言い換えれば均一化されていると言っても過言では無い。

 何かタネがある。

 

「悪魔の実か……だが、それにしても一体何の能力だ?」

 

 意思の疎通を補助する能力という可能性が高いが、目で見て確認出来ない能力が相手では確証が持てない。

 子電伝虫を隠し持っていて、誰かが遠くから指示を出しているだけと言う可能性だってゼロではないのだ。

 ……まぁ、小声で指示を出していたとしてもペドロなら聞き落とすはずも無いので可能性は限りなくゼロに近いのだけど。

 

「いい加減に焼け死ね!」

「断る!」

 

 炎を回避して接近して斬撃を放つ。背に炎を纏ったままのマーティンは正面からそれを防ぐが、背に纏っていない場合は回避を選択する。

 やはり背に炎があるかどうかで何かが変わる体質だと見るべきだろう。

 加えて、背に炎を纏っていない場合、恐ろしく速くなる。

 見聞色をすり抜ける程では無いが、油断をすると攻撃を喰らってしまうほどに。

 

「このままではジリ貧か……!」

 

 逃げるにしても、島の外まで追い込まれてしまえば逃げ場は無くなる。マーティンたちに翼はあるが空を飛ぶところを見ないので飛べない可能性の方が高いが、海に落ちてはペドロから攻撃することもままならなくなるだろう。

 などと言いつつも、炎に巻かれて死ぬつもりは無いので逃げるしかない。

 そのうちに森を抜け──船のあった場所へと戻ってしまった。

 

「しまった! メリー号に戻って来たか!!」

「ちょっとペドロ! 一体どうなって──」

 

 ナミの声に反応するより先に、ペドロは後ろから追ってきたマーティンの炎を回避した。

 遠くからでも森が燃えていることはわかっていただろうが、直接目にするそれに絶句するナミとウソップ。

 対して、先日一度襲われたサンジとゼポの反応は早かった。

 

「手伝うぜ相棒!」

「あのクソ野郎、生きてやがったか!」

「待て2人とも!!」

 

 勢い勇んで出て来た2人をペドロが諫めつつ並び。

 更にペドロを追ってきた()()4()()()()()()()()を目にして、目玉が飛び出る程驚いた。

 

「「何ィィィ!!?」」

「同じ顔が5人!? どうなってんだよ!?」

「しかも全員背中から火が出てるんだけど!? 森どころかこの辺り全部燃えちゃうじゃない!!?」

 

 もうパニック状態である。

 向こうも5人ならこちらも5人で戦うしかない。

 何より、ここで退けばメリー号に被害が及ぶことになってしまう。

 

 

        ☆

 

 

 シャンディアの人々が緊急で作ったテントの避難所に一人の女性の姿があった。

 マラプトノカを発見して戦った4人の警ら隊を手当てしつつ、戦った敵の特徴などを出来る限り伝える。それが彼らの仕事だった。

 情報を集めた女性は一つ頷き、テントから出る。

 外で背筋を伸ばして待機していたマッキンリーは、敬礼しながら女性へと話しかけた。

 

「お疲れ様です。彼らの様子はどうでしょうか?」

「一命は取り留めたようです。あなた方と……彼らの治療が早かったおかげですね。ありがとうございます」

「我々に出来ることはこれくらいのものですので」

「礼はいい。お前、あいつを何とか出来るのか?」

「はい」

 

 座り込んで話を聞いていたゲンボウの言葉に、女性は当然のように頷く。

 〝オハラ〟にいた頃ならいざ知らず、〝アッパーヤード〟に足を踏み入れた今となっては全域を見聞色の覇気で知覚できる。

 マラプトノカの位置も、マーティンの位置も全てわかっているのだ。

 

「〝黄昏〟に仇なすものはすべて斬ります。どれほど強かろうと関係ありません」

 

 良業物〝春雷〟

 大業物〝閻魔〟

 最上大業物〝村正〟

 3振りを腰に差し、狐の面を被った小紫は、敵対者を切り伏せるために動き始めた。

 



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第百八十七話:隠し持った戦力

前哨戦です


 

 森の中をうろうろして迷っていたゾロと、まっすぐ見当違いの方向に歩いていたらばったり大蛇と出くわして追われることになったルフィ。

 そして追われているうちにゾロを見つけ、合流してしまったが故に2人一緒に追いかけられる羽目になってしまった2人である。

 大蛇はジャイアントジャックの近くの遺跡でとぐろを巻いて獲物を逃がすまいとしており、ルフィとゾロは息を切らしながら口喧嘩をしていた。

 

「ルフィ! あの蛇に追いかけられてたと思ったらおれまで巻き込みやがって!! 今日だけで何回あの蛇に追いかけられたと思ってんだ!!」

「どんまい」

「テメェのせいだよ!!」

 

 笑うルフィに思わずキレるゾロ。

 だが、とゾロは大蛇から視線を外してマラプトノカとシャンディアの方を見る。

 

「良く分からねェところに来ちまったみてェだな」

「あ! あいつ! あの時のキツネ女!!」

「あだ名を付けるにしてももうちょっとマシになりません?」

 

 キツネ女ことマラプトノカは、緊張感もなく現れた2人に肩をすくめる。

 誰が来ようと同じ事。

 殺して野晒しにすればそれで終わりだ。

 悪魔の実の能力者を生かして〝黄昏〟まで運べば金になるが、今のマラプトノカの立場ではそれも難しい。賞金首を捕まえて海軍に引き渡そうとする賞金首のようなものである。

 

「貴方がたもこの辺りの海で活動する海賊にしては強いようですが、まあそれはそれ。手早く片付けさせていただきましょう」

 

 リボルバー式の銃に弾丸を装填しなおし、マラプトノカは銃口をルフィへ向ける。

 躊躇なく引き金を引くと、乾いた音と共に弾丸が発射され──びよ~~んと伸びるや否や、弾丸を弾き返した。

 

「効か~~ん!!!」

「おやまぁ。能力者でしたか」

 

 そう言えば前回戦っている時も腕が伸びていた。大したことでは無いと記憶の端にやっていたが、弾丸が効かないとなると打撃系では結果は同じと判断し、攻撃方法を変えることにする。

 爪で引き裂けば同じことだと言わんばかりに腕を振るい、咄嗟に間に入ったゾロに斬撃を防がれる。

 ガキィン! と金属がぶつかるような音が響き、ゾロの刀とマラプトノカの腕が拮抗した。

 

「素手とぶつかって出る音じゃねェな……!」

 

 アラバスタで戦った全身刃物人間──Mr.1ことダズ・ボーネスを想起するゾロだが、彼と同じ能力を持つことはあり得ない。

 別のカラクリがあると見て、マラプトノカの腕を弾くと同時に刀を鞘に納めた。

 

「一刀流、居合──〝獅子歌歌(ししそんそん)〟!!」

 

 鉄を切り裂く斬撃をマラプトノカに食らわせるも、その手応えに舌打ちを一つ。

 斬れていない。

 先の斬り合いもそうだったが、およそ人体とぶつかって出るような音では無いのだ。人間の強度を遥かに凌駕している。

 

「何かの能力者……だろうが、同じ能力者ってのは世に二人といねェと聞く。体が鉄になる能力者はもう会ってるが、どういうことだ?」

「わたくしが能力者なのはそうですが、生憎と超人系(パラミシア)ではありません」

「そうかい。だったら、テメェを斬れるようになりゃおれはもう一段階強くなれそうだ!!」

「まあ好きなように考えていただいて構いませんけれど──わたくし、そこまで暇ではありません」

 

 ルフィには通じなかったが、ゾロは能力者ではない。

 マラプトノカは至近距離で発砲し、ゾロは咄嗟に横に飛んでそれを回避した。

 しかし、それすら予測されてマラプトノカの放った弾丸は正確にゾロの腹部を貫通する。

 

「うっ!!」

「ゾロ!! お前ェ!!!」

「弱者が喰われるのは当然の摂理。あなた方が弱いのが敗因です」

 

 マラプトノカの背後からルフィが殴りかかるも、マラプトノカは一瞥することも無くそれを回避して伸びた腕を掴む。

 伸びた腕を戻そうとしたルフィを逆に引き寄せ、強かに殴りつけて吹き飛ばした。

 

「い、いってェ~~~~!!? なんでだ!? おれゴムなのに!!?」

 

 思ってもいなかった衝撃で混乱しながら痛みに呻くルフィ。

 それを見てか、腹部を撃たれて血を流すゾロが痛みを堪えて立ち上がる。

 船長がやられているのを見て、黙って倒れていられる男ではない。

 

「止めておいた方が賢明ですよ。ロビンさんもちょっかい出そうとしているようですけれど、どのみちあなた方が何人束になってもわたくしには敵いません」

「やってみなきゃ、分からねェだろうが……!!」

「相手の覇気から強さを読めない時点で勝敗などついているようなものです。わたくしの目的はあなた方ではありませんし、退くなら追いはしませんが」

 

 シャンディアの面々を見捨てて逃げるなら追うことはしないと、マラプトノカは言う。

 近くに隠れているロビンとチョッパー。痛みに呻きながらも刀を構えるゾロ。殴られた場所を押さえながらもマラプトノカを睨みつけるルフィ。

 彼女は麦わらの一味には用が無い。眼中に無いと言ってもいい。

 むしろロビンに関しては逃げ回ってくれた方が金づるになるのでいいとさえ思っているほどだ。

 逃げることを促すマラプトノカに対し、ルフィとゾロは戦意を隠さずに構える。

 

「退くべきよ、船長さん!! 彼女には勝てない!!」

「勝てるか勝てねェかじゃねェ。()()()()()()()()()()って話だ」

 

 どこまで行ってもマラプトノカの言葉は信用出来ない。それだけの関係性を築けていないし、何より他の仲間を傷つけないとは限らない。

 それに、マラプトノカを警戒してか、ルフィたちを追いかけていた大蛇が遺跡から少し離れたところで狙っている。逃げたところで今度はあちらに追いかけられる可能性もあった。

 マラプトノカはよよよとわざとらしく泣き真似をし、信じられていないことに悲しむ。

 

「わたくし、これでも信用第一で通しておりますのに……信じて貰えないとは、悲しいですわ」

「本当に逃がしてくれる気があんのかも分からねェんだ。信用なんか出来るか!」

「まあそうですね。わたくし、あなた方とは〝ルネス〟からこっち、敵対行為ばかりですし」

 

 泣き真似を止めてあっけらかんと言い放つマラプトノカ。

 生かすも殺すも興味なし、と言うのが本音ではあったが、信用出来ないから聞かないというのであれば仕方がない。

 全員この場で始末して〝オハラ〟に攻め込むまでの事。

 そう判断してルフィたちの方へ一歩踏み出したマラプトノカの隣に──バチリ、と空気に放電する音がした。

 

「──っ!?」

 

 遠距離から空気を引き裂いて現れた雷の如き女は、マラプトノカが振り向いた瞬間には既に刀を振り上げていて。

 青白い光が体の周りをループしており、振り上げられた〝春雷〟は覇気を流し込んで黒刀となっていた。

 

「──〝断絶〟」

 

 振り下ろされた斬撃は天より来たる裁きの如く。

 咄嗟に両腕へと覇気を集中させて斬撃を防ぐも、続く雷にバチバチと肉体を焼かれて思わず呻き声をあげる。

 永劫に続くかと思われた衝突だが、完全に振り下ろすよりも先にマラプトノカが距離を取った。

 

「くっ……奇襲とはまた、随分なご挨拶ですね……!」

「手段を選ばない相手なら、こちらも手段を選ぶ必要は無いでしょう」

 

 狐の面を被っているので表情は見えないが、その声色は酷く冷たい。マラプトノカのやって来た所業に怒りを募らせているのは間違いないだろう。

 今なおバチバチと放電する音を出す青白い光が小紫の体の周りをループしており、その意志一つで雷がいつ飛んでもおかしくは無かった。

 

「小紫!」

「ロビンさん、ここから離れてください。出来るだけ遠くへ」

「……ええ。なるべく周りの遺跡に被害を出さないでくれると嬉しいわ」

「善処しましょう」

 

 マラプトノカを移動させたことでワイパーを連れ戻せるようになったため、シャンディアの戦士の一人が急いでワイパーの治療をするために駆け寄ってくる。

 チョッパーもそこに近付き、マラプトノカから視線を外さないように移動してきたゾロも腹部の止血処置を始める。

 チョッパーは二人いっぺんに治療しようとしているらしい。

 

「チョッパー、おれは最低限でいい。そっちを優先してやれ」

「でも、お前も重傷だぞ!?」

「おれは動けるから後でもいい。ここから離れるほうが先だ」

「そうね。彼女が戦うなら、私たちがここにいては邪魔になるだけよ」

「…………」

 

 ゾロはジッと小紫の背中を見つめる。

 自分の斬撃では傷一つ付けられなかったマラプトノカの両腕には、浅くではあるものの斬撃の痕が残っていた。

 小紫の剣士としての腕前が、自身を上回っていることを示すものだ。敵では無いので現状戦うことは無いだろうが、その太刀筋は目に焼き付けておきたいと思ったのだ。

 

「あなた方は自分の船へ戻った方が良いでしょう。彼女の仲間が襲撃しているようです」

「本当か!? ナミたちが危ねェ!!」

「落ち着け、ルフィ! 船にはあのアホコックもゼポもいるんだ、簡単にやられやしねェ!!」

「いえ、急いだほうが良いでしょう。ペドロも合流していますが、敵は5人です。危機的と言っても過言では無いと思いますよ」

「ヤベェじゃねェか!?」

「待って!」

 

 チョッパーの処置もそこそこに走り出そうとするルフィとゾロをロビンが足を掴んで止める。

 ビターン! と顔面から地面にダイブすることになり、二人は鼻血を出しながらロビンに切れた。

 

「「何すんだよ!!」」

「そっちは逆方向よ」

 

 元よりこの二人は適当に歩くので道に迷いやすい。ロビンが先導して移動しなければ船まで辿り着くことは出来ないだろう。

 チョッパーを置いていくことも出来ず、ワイパーの応急処置が終わるまでは少なくとも待たねばならない。

 船の方は心配だが……少なくともこの場において負けることは無いだろうと、ロビンは確信を持っていた。

 

 

        ☆

 

 

 小紫はカナタ直属の部隊〝戦乙女(ワルキューレ)〟のトップを走る実力者。彼女と互角以上に戦えるのは、カナタを除けばラグネルやティーチくらいのものである。

 良業物〝春雷〟を両手で持ち、マラプトノカの隙を窺う様に剣先を揺らしている。

 

(……一見してわかる、この覇気。なるほど確かに、これは強いですね……)

 

 先の衝突でもそうだったが、単純な剣技も覇気の強さも尋常ではない。マラプトノカの体に傷を付けられる者など、それこそ数える程しかいないのだ。

 最強生物の遺伝子を持つ彼女の肉体も、覇気も、並の強さで貫けるものではない。

 それでも、自身が負けるとは一切思っていないが。

 

「アルファ・マラプトノカ。投降する気はありますか?」

「知れたことを。当然するつもりはありません」

「良いでしょう──聞きたいことはありますが、喋るとも思えません。ここで斬り捨てます」

「出来るものなら!」

 

 今度はマラプトノカから仕掛ける。

 連続して振るわれる爪は鋼さえ引き裂く強靭な爪だ。まともに受ければその膂力もあって体勢を容易に崩される。

 なので、小紫は()()()()

 流動する自然系(ロギア)の肉体はマラプトノカの攻撃を受け流し、小紫は攻撃後のマラプトノカの首目掛けて刀を振り下ろす。

 

「なんの!」

 

 ギリギリでそれを回避したマラプトノカだが、即座に返す刃でその頬をざっくりと切り裂かれた。

 続く斬撃を腕に覇気を纏わせて受け止め、空いたもう片方の腕で小紫の首を狙う。

 再び流動する肉体はマラプトノカの爪を受け流し、体の周りをループしていた青白い光のいくつかが強く光った。

 

「〝雷槍〟」

 

 雷の槍が複数足元に撃ち込まれ、マラプトノカは小刻みに回避行動をとりながら小紫から距離を取る。

 僅かな攻防ではあったが、その厄介さは思わず舌打ちをしたくなるほどだ。

 見聞色の精度は高く、マラプトノカの覇気を纏った攻撃さえ防御ではなく回避して見せる。加えて武装色も強い故に一撃が重い。

 これは確かにこの島における最終兵器のような扱いをされるわけだ、と理解する。

 〝黄昏〟の既存の幹部はあらかた知っているが、その誰にも該当しない能力と名前、容姿。実力も含め、カナタの隠し玉だろうとマラプトノカは考えていた。

 腹の底からため息が出た。

 

「はぁ~~……あの方、一体どれだけ戦力を隠し持ってるんですかね……」

 

 先の四皇同盟との小競り合いでも政府が把握していない戦力が幾らか表出したと聞いたが、そちらにも該当していない。

 ダグラス・バレットを引き入れていることを考えれば、カイドウとリンリンが同盟を組んでいなければどちらか一方、あるいは順番に落とされていた可能性は十分にある。

 これほどの戦力は政府にとっても、マラプトノカ自身にとっても少々不都合だ。

 

「そちら、表に出てきてない実力者、あとどれくらいいるんです?」

「答える必要があるんですか?」

「ありませんが、まぁ興味本位ですね。わたくしも本気でやらねば少々危なそうですし──」

 

 地面を踏みしめて何かをしようとしたマラプトノカ目掛け、小紫が雷の速度でドロップキックをぶちかます。

 強烈な衝撃を受けて吹き飛ばされたマラプトノカは木々を薙ぎ倒して森の奥へ行き、小紫もそれを追う。

 その直前、ロビンの方へと顔を向けた。

 

「急いで離れてください! すぐに!」

 

 直後、小紫が追う暇もなく、間髪入れずにマラプトノカが反撃に出た。

 

「──〝熱息(ボロブレス)〟!!!」

 




今更ですが感想返しを停止してます。そちらに時間割かれると本編書く時間が減るので


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第百八十八話:猛き雷鳴/一ノ太刀

ブレーキ踏むのを止めました


 ──新世界、〝エッグヘッド〟。

 世界政府が所有するこの島には、とある科学者が住んでいる。

 世界最大の頭脳を持つとされる男──名高き天才科学者、Dr.ベガパンクである。

 

「おいパンクのおっさん! 荷物が届いたぞ!」

「おお! 来たか!!」

 

 リンゴの芯のようなものが刺さっている特徴的な頭部に長い舌が目を引く、白衣を着た初老の男がバタバタと荷物を受け取りに走る。

 大きな荷物を抱えて歩いて来たのは身の丈ほどもある鉞を背に抱えた男、ベガパンクの護衛である戦桃丸。

 研究所で箱を受け取り……と言っても、非力なベガパンクではどのみち運びきれはしないので、必要な場所まで運んで貰うことになり、研究所の端で箱を開け始めた。

 

「今度は何を送って来たんだ?」

「実験用の器材と減っていた資材だな。相変わらず私の欲しいものを的確に送ってくる子だ」

「監視でもされてんじゃねェのか?」

「まァそれならそれでも構わんが」

「いや構えよ」

 

 ベガパンクにとっては必要な時に必要なものを送ってくれると言うだけでありがたいのだろう。細かいことまで気にするつもりは無いようだった。

 何しろ研究と言うのは莫大な資金が必要だ。

 今はスポンサーとして世界政府や〝黄昏〟が付いてくれているが、無尽蔵に資金を提供してくれるわけでは無く、必要な予算を申請して許可が下りてからなので相応に時間がかかる。

 ベガパンクにとって、それは余りにも遅すぎた。

 

「これで遅れていた研究が進む……出稼ぎに行くと言い出した時は心配したものだが、これなら心配の必要もない」

「何度目だその話……耳にタコが出来ちまうぜ」

「そう言うな戦桃丸。嬉しいものは何度話しても嬉しいものだぞ」

 

 にこにこ笑うベガパンク。

 その様子に戦桃丸は嘆息し、箱の中身を取り出すのを手伝い始める。

 送り人の名は──アルファ・マラプトノカと記されていた。

 

 

        ☆

 

 

 辺り一帯を吹き飛ばす破壊の吐息を前に、小紫は焦ることなく刀を上段に構える。

 

「〝断絶〟」

 

 青白く光る雷と共に振るわれた斬撃はマラプトノカの放った〝熱息(ボロブレス)〟を相殺し、衝突の際に衝撃波こそ生まれたものの小紫の後ろへと被害が行くことは無かった。

 炎そのものを切り裂くことも出来たが、相殺しなければ後ろに被害が行っていた。

 ロビンたちにもう一度逃げるよう念を押し、小紫はすぐにマラプトノカを追う。

 ──そこにいたのは人の姿をしていない、異形の存在だった。

 

「……これは、流石に想定外ですね」

 

 全体的なフォルムは狐に近いが、頭部に存在する目はおよそ4つ、毛皮のように見えるものも目を凝らせば白い鱗がそう見えているだけだとわかる。

 鱗の表面を奔る赤い線が目元を中心に彩っており、後方に生えている5本の尾にもそれぞれ目のような文様が赤く浮かんでいた。

 ひとたび歩けば地響きを起こすような巨体を誇り、手足周辺には炎のように揺らめく雲──焔雲が生み出されている。

 

「わたくしも本気で戦うつもりはあまりありませんでしたが──少々手こずりそうでしたので」

「……今の技、カイドウのものですが……その姿ではどうにもしっくりきませんね」

 

 もしカイドウに類似の能力を使っているのなら──と考えたが、その姿は想像していたものと全く違った。困惑もするというものだが、どうあれやることに変わりは無い。

 武装色を纏い、黒く染まった〝春雷〟を振るってマラプトノカを切り裂こうとする。

 だが、強靭な鱗と薄く纏った覇気に斬撃が防がれた。

 

「無駄です。この状態のわたくしに攻撃を通すことなど出来はしません」

 

 肉体の性能が人型の時よりも上昇しているのだろう。頑丈さ、膂力は遥かに強靭になっていると見るべきだった。

 しかも、()()

 巨人族をも凌駕する巨体を誇りながら、小紫が驚くほどの速度でその爪を振るう。

 刀でその一撃を防ぐも、小紫を遥かに超える膂力で吹き飛ばされた。

 

「流石に、強力……!!」

 

 吹き飛ばされても体勢を整え、〝春雷〟を振るって斬撃を飛ばす。

 しかしそれも、体表を滑るように弾かれた。

 

「無駄だと言っているでしょう。その程度の斬撃では、わたくしには通じません」

 

 口元に集まった炎が凝縮され、〝熱息(ボロブレス)〟として再び射出される。

 小紫の発した雷はそれを相殺せしめるも、考えていたほど容易い相手では無かったことを再認識した。

 姿こそ違うものの、使う力はカイドウのそれに酷似している。かの〝百獣〟を切り伏せる前哨戦としては丁度いいだろう。

 〝春雷〟を納刀し、別の刀を掴む。

 

「〝閻魔〟──抜刀」

 

 青白い光を放っていた雷が一転して黒く染まる。

 小紫の体の周りをループしていた雷は〝閻魔〟の下へと収束し、バチバチと音を立てている。

 

「これでも通じないか、試してみることにしましょう」

 

 一閃。

 小紫の覇気を吸い上げて放たれた斬撃は大地を切り裂き、マラプトノカの肉体すら切断する威力を誇っていた。

 受ける寸前で回避したマラプトノカも、これには流石に冷や汗をかく。

 

「なんと……こんな滅茶苦茶な方が前半の海(こちら)にいたとは……!!」

「これなら通じるようですね。であれば話は早い」

 

 〝閻魔〟を下段に構え、雷の速度でマラプトノカを翻弄しながら再び斬撃を見舞う。

 マラプトノカは焔雲を掴んで上空へと回避し、連続して炎を吐き出して攻撃するも、それら全てを雷で迎撃して地表への流れ弾すら許さない。

 カナタの教えは常に厳しく、それ故に小紫は強くなった。

 相手がカイドウに何かしらの縁がある者となれば、小紫のやる気も天井知らずに上がろうというものだ。

 

「くっ──!!」

「逃がしません!」

 

 小紫の攻撃を回避するために更に上空へと走るマラプトノカを追い、小紫もまた空を蹴って移動する。

 途中にあった社を越え、真っ直ぐ空へと伸びる〝ジャイアントジャック〟すら一刀の下に両断せしめ、広範囲を焼くマラプトノカの炎を同様に広範囲に広げた雷で蹴散らす。

 覇気を纏った爪と〝閻魔〟が衝突し、ガキィィン!! と凄まじい音が響き渡った。

 直後、巨体をかいくぐるように接近した小紫は両手で上段に刀を構える。

 

()()()()()()──〝桃源草薙〟!!」

「アアアァァァッッッ!!!」

 

 硬質な鱗ごと右肩に当たる部分を切り裂かれたマラプトノカは傷みに声を上げ、四つある瞳の全てが小紫へと向く。

 攻撃を察知した小紫は即座に離脱し、直後に小紫が居た場所へと爆炎が殺到した。

 能力はカイドウのそれに酷似しているが、カナタから教わったものとは微妙に違う。能力の使い手による違いかと思うも、先程切り裂いた場所が今度は()()()に包まれ始めたことに目を見開く。

 あろうことか、()()()()()()()()()()()()では無いか。

 

「一体どうなって……」

「わたくしの体、少々特別でして。貴女には言っても分からないでしょうが、色々な生物の血統因子がぐちゃぐちゃに混ざってるんです。白ひげ海賊団は何年も前から資金繰りに苦慮しているようですからねえ。良い買い物でした」

「血統因子……?」

「……まぁ、刀を振るうしか能の無い貴女には分からないことですね」

 

 青い炎は次第に消え、先程切り裂いた場所は何もなかったかのように元通りになった。

 並の実力では切り裂けず、ダメージを与えたとしても短時間で回復する。なるほど厄介極まりない。

 

「悪魔の実の能力なら奪うことも視野に入れたいところですが……そんな余裕は無さそうですね」

 

 小紫は嘆息し、左手に〝閻魔〟を持ったまま右手で〝村正〟を抜いた。

 この二振りは少々疲れるので長時間の戦闘には向かないが、短時間で一気に決めねばやられるのは己かもしれないと判断した。

 カナタからは「好きに使え」と言われているものの、そう易々と使える代物ではない。

 バチバチと黒い雷を身に纏い、炎に加えて氷まで纏い始めたマラプトノカを見据える。

 

「──斬り捨てます」

「──出来るものなら」

 

 ゴッッッ!!! と巨大な爪と刀が衝突し、凄まじい衝撃波が辺りを襲う。

 続けて振るわれる爪を回避し、小紫は上空から斬撃を見舞った。

 

「おでん二刀流──〝桃源白滝〟!!」

 

 横薙ぎに振るわれた二つの斬撃を正面から牙で受け止め、マラプトノカは巨大な口を開いて炎をちらつかせる。

 小紫は舌打ちを一つして回避を選択し、空に向かって放たれた〝熱息(ボロブレス)〟を尻目にマラプトノカの側面へと移動した。

 斬られても再生するとは言え、痛みはある。それを嫌ってかマラプトノカは焔雲を生み出して空を移動し、壊れた社が散乱する場所へと着陸する。

 それを追い、小紫もまた同じ場所に着地した。

 

「先程よりも硬い……覇気が増しているようですね」

「侮らないでもらいましょう──〝無侍氷牙(ナムジヒョウガ)〟!!」

 

 今度は炎ではなく氷の吐息だ。

 ある意味で複合的な能力を持つ幻獣種のようなものだが、こんな生物が存在するハズが無い。

 眉を顰めつつも小紫は両腕に雷を集中させ、振り抜いた。

 

「5億V──〝嶽三日月(タケミカズチ)〟」

 

 凄まじいエネルギーを誇る雷撃は稲光と雷鳴を轟かせ、一時的にマラプトノカの知覚を奪う。見聞色の練度ならば小紫に分がある以上、一瞬でも判断を鈍らせられたなら先手を取るチャンスとなる。

 互いの攻撃が衝突して相殺し合う中、小紫は先んじて懐へと潜り込んでその腹を切り裂いた。

 

「おでん二刀流──〝桃源十挙〟!!」

 

 ざっくりと十字に切り裂いたその一撃は効いたのか、マラプトノカは甲高い悲鳴を上げて距離を取ろうと再び空へ駆ける。

 だが、それを容易く許すことは無く、小紫は速さと言う優位性を存分に使って上空へ先回りした。

 忌々しそうに見上げる4つの目が小紫を射抜く。

 

「また……!!」

「最大火力、10億V──〝天満大自在天神〟!!」

「〝熱息(ボロブレス)〟!!!」

 

 急速に広がる暗雲から無数の雷が伸び、一点に収束して〝閻魔〟と〝村正〟へ落ちる。

 二振りの刀を交差させて受け止めた小紫は、その巨大な雷を真っ直ぐにマラプトノカへと叩き落した。

 空中で衝突する火炎と轟雷は空に響き、真正面から打ち破った小紫の雷が途中の社をも貫いてマラプトノカを大地へと叩きつける。

 まともな相手ならこれで死んでいても不思議は無いが……真正面から弾き返したカナタと言う前例を知っている小紫は、依然として油断することなく〝声〟を探る。

 

「……まだ生きているようですね」

 

 〝声〟は未だ消えていない。

 モタモタしていてはまた回復されてしまうため、すぐさま地上へと落下してマラプトノカを探す。

 ──だが、そこには先程までの巨体は無かった。

 

「本当は、あまり見せたくは無かったのですが」

 

 体躯は人型の時よりも大きく、小紫の倍以上はあるだろう。

 髪は金色に、瞳は赤く、何より狐の尾が5本あった。

 ダメージを負っていたハズの肉体は青い炎に包まれ、今もなお回復しつつある。いくら何でも頑丈過ぎる程だが、覇気は減じている。無制限に回復できると言う訳でもないらしい。

 

「人獣型ですか。何を見せようと──」

「──同じでは、ありませんよ」

「っ!?」

 

 反応が一瞬遅れ、小紫はマラプトノカの拳を防いだものの、大きく吹き飛ばされた。

 覇気が減じていても、その身体能力は恐るべき高さを誇る。動物(ゾオン)系の人獣形態ともなれば人形態の技術と獣形態の膂力をバランスよく扱えるのだ。弱いはずは無い。

 

「速度はまだ貴女の方が速いようですが、全ての面で貴女が上回るわけではありません」

 

 弾き飛ばされながらも体勢を立て直し、飛びかかってきたマラプトノカを正面から迎え撃つ。

 鎧のように覇気を纏う二人の攻撃は完全に接触することは無く、覇王色を上乗せした小紫が打ち勝ち、今度はマラプトノカを弾き飛ばした。

 それを追いかけて剣戟を繰り出すも、マラプトノカは守りに集中して崩れまいと小紫の刃を受け止めていく。

 

「こうなれば仕方がありませんし、共倒れに死んでいただくほかありませんね」

 

 致命傷でも回復するとなれば、多少無茶な攻撃でも受けて反撃に移ることができる。

 もちろん本気で共倒れを狙っての破れかぶれと言うわけでは無く、勝算あっての事だ。

 どれほど強かろうとも覇気は有限。二振りの刀を使い出してから消費の速さは何倍にも跳ね上がった。使いこなせていないわけでは無く、単に無駄が多いと言うだけの話だが──この状況では、その無駄が命取りになる。

 傷を治し終え、纏っていた炎は青から紅蓮へと変わる。

 万物を焼き尽くすほどの灼熱の炎を身に纏い、小紫の身を引き裂こうとその爪を振るった。

 

「一度や二度斬った程度では倒れないからこその作戦ですか……!」

「ええ。痛いのは御免ですが、そうも言っていられませんので!!」

 

 ガキン! とマラプトノカの爪を〝閻魔〟で受け止め、〝村正〟でその身を斬る。だが覇気を鎧のように身に纏う彼女の肉体は、覇気をセーブしたままでは容易くは切り裂けず、結果としてすぐに再生されて小紫の覇気が減じていく。

 確かに長期戦は不利だ。〝閻魔〟と〝春雷〟を使えばまだ消費はマシだが、それではマラプトノカの覇気を貫いて与えるダメージが減ってしまう。

 結果的にダメージが蓄積しないのであれば同じこと。

 

「……では、こちらも奥の手を使う他ありませんね」

 

 マラプトノカの攻撃を弾き、小紫は一定の距離を取る。

 何をするつもりかと訝しがるマラプトノカだが、小紫は気にした様子もなく〝閻魔〟を天に掲げた。

 

 ──小紫を中心に世界が変わる。

 ──空に広がっていた暗雲は狭まり、檻のように天から地へ落ち、地より天へと雷が逆巻く。

 

「〝寂滅無縫(じゃくめつむほう)〟──雷よ、世界を覆え」

 

 ──カナタに手傷を負わせ、これを以て彼女に「一人前」と認められた秘奥の術理が展開された。

 



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第百八十九話:猛き雷鳴/二ノ太刀

 

 空高く、天へと昇り、地へと落ちる雷。

 遠方──〝オハラ〟からもその光景ははっきりと視認でき、相応の事態になっていることが遠目にも分かった。

 カナタ以外に見せたことのない技でも、その規模の現象を引き起こせばそれだけ大変な事態になっていることを想像することは難しくない。

 エネルは空を見上げ、「うーむ」と唸っていた。

 

「これは……思った以上に厄介な状況か?」

 

 小紫の事は嫌いだが、その実力はおおよそわかっている。

 カナタ直属の〝戦乙女(ワルキューレ)〟筆頭、およそ最強に近い〝魔女の弟子〟。

 彼女が本気になるとすれば、それは海軍大将や四皇最高幹部以上か、それに近しい実力者との戦いのみだ。

 

「おい、ボケっとしてないで島民に避難指示を出せ。最悪こちらにまで被害が及びかねないぞ」

「は、はい!!」

 

 近くにいた神隊の一人に指示を出し、エネルは溜息を零す。

 ゴロゴロの実の強さは良く知っている。オクタヴィアに敵わずとも、それに近しい規模の攻撃が出来る時点で被害は予想が付かない。

 エネルは〝神の社〟の隣にある迎賓館へと踏み入ると、この事態に緊急で設営された監視施設へと向かう。

 映像電伝虫を持たせた鳥を飛ばして状況を確認させているのだ。

 監視中の一人に声をかけ、状況を聞きだす。

 

「どうなっている?」

「小紫様が戦闘中です。相手はここ2、3年で名前を聞き始めた闇商人のアルファ・マラプトノカですね」

「強いのか?」

「商人と言うことで重くは捉えていませんでしたが、色々と規格外ではあるようです」

 

 少なくとも小紫と渡り合っている。それだけで警戒するに値する相手だ。映像を見る限り、特異な相手であることも確かである。

 映像を見る限りでは小紫が一方的に攻撃しているように見えるが……中々倒れないばかりか、反撃に転じ始めていた。

 カナタには既に連絡を入れたが、「小紫に一任する」とだけ言われたらしい。

 

「『援軍が欲しいなら送るが時間がかかる』らしく……」

「だろうな。元々ここはそういう島だ」

 

 空島に軍を送るとなると手段は非常に限られる。必須と言っていいフワフワの実の能力者であるジョルジュがいなければ不可能と言っていい。

 そもそもの話、小紫が負けるような相手なら送る援軍も選抜するか、カナタ本人が乗り込んで来なければ解決出来ない可能性の方が高いのだ。

 新世界からオハラまで来るのに数日はかかる。

 小紫に頑張ってもらう他にない。

 

「騒ぎを起こしていた海賊はどうしている?」

「それならこちらの映像ですね」

 

 監視員が別のモニターを指差す。

 エネルはそちらを覗き込むと、船を守るように戦う5人と相対する5人が写っていた。

 

「敵の容姿を伝えたところ、死体でもいいから確実に一人は確保しろと」

「ふむ。確かに珍しい種族ではあるようだが」

 

 白い髪に褐色の肌、それに黒い翼……珍しい種族だから生け捕りにしろ、と言うならわかるが、死体でもいいというのは少々理解しかねる。

 何かしらの理由はあるのだろうが。

 まぁそちらは今考える事でも無いと別の映像に目を向けると、後ろから声がかかった。

 

「何をしているのかしら? 外も凄い音がしているし、もしかして何か大変なことが起こっているの?」

「おやマダム。こちらに来てしまったか」

 

 客人として現在オハラに滞在し、エネルと研究したり図書館で様々な資料を読んでいた女性である。

 彼女は白衣を着たまま片手にコーヒーを持ち、丁度エネルがこの部屋に入るのを見かけたから追いかけたのだと言う。

 

「現在〝アッパーヤード〟にて戦闘が行われている。マダム、出来れば貴女には避難していただきたいが」

「小紫ちゃんが迎賓館から出ないようにって言っていたのはそういう事なのね……でも、彼女は強いんでしょう?」

「万が一と言うこともある。客人に怪我をさせたとあっては貴女の怖い夫に怒られてしまうのでね」

「ふふ、そうね」

 

 肩をすくめるエネルに笑う女性。

 ふと監視映像の一つを見ると、女性は何かに気付いた様子で目を見開いてモニターに駆け寄り、ジッと覗き込んだ。

 小紫の戦っている映像ではない。麦わらの一味が5人の敵と戦っている映像だ。

 

「……まさか、サンジ?」

 

 驚いた様子で、女性は小さく呟いた。

 

 

        ☆

 

 

 森を抜け、海岸へと走るルフィたち4人。

 チョッパーの背中にゾロを乗せ、ロビンはルフィが背に抱えて移動していた。

 

「ゾロ、大丈夫か!?」

「心配すんな。かすり傷だ」

「かすり傷じゃねェよ!! 普通に腹撃たれてるんだぞ!? 本当はすぐにきちんとした手当がしたいんだ!!」

「分かってるよ。騒ぐなチョッパー。おれはそう簡単に死にやしねェ」

 

 マラプトノカに撃たれた腹部からは、応急手当こそしたものの血が滴っている。

 弾丸は貫通していたので摘出の必要はなく、また内臓に当たっているわけでも無かったので運が良かったが、それでも本来なら重傷だ。

 チョッパーは心配そうにチラチラと背中を見ていたが、「危ないから前見てくれるか」とゾロが言うので前を見ていた。

 

「船長さん、もうすぐよ」

「おう! あの火が出てるところだな!?」

 

 近付けばわかる、木々の焼ける臭い。

 移動している途中でも焼けている木々があり、ロビンが示す方向も同じなのでこれが正しい道だと理解出来る。

 

「急がねェと……!」

「……雨?」

 

 ぽつぽつと肌を打つ雨が降り注ぎ、燃えていた木々は僅かに鎮火していく。

 雲よりも高い位置にある島なので雨は降らないはずだが、空を見れば局所的に雲が発生して雨が降っている。そういうことが出来る人物がいたとはロビンの記憶に無いが、ルフィたちは知っているのか。

 そう思って聞いてみると、元気よく「知らねェ」と声をハモらせて返答する3人。

 誰かの仕業であることは確かだが、これはルフィたちにとって運がいい。

 

「森を抜けるわ! 多分、敵はすぐ近くにいるはずよ!」

「よーし! ブッ飛ばしてやる!!!」

 

 鼻息荒くルフィが勢いづく。

 敵に近付いている事を示すように炎上の勢いは強くなっており、それに呼応するように雨もまた強くなっていく。

 

「抜けた!!」

「あれが……!!」

 

 炎上する木々の横を走り抜け、船の止まっている岸辺に辿り着いた。

 そこには前線で戦うサンジ、ゼポ、ペドロの3人と、後ろで援護するようにパチンコを構えるウソップ、天候棒(クリマ・タクト)を振り回して泡のようなものを生成し続けるナミの姿があった。

 

「ルフィ!」

「気を付けろ、敵がすぐそこにいるぞ!!」

 

 喜色満面のナミと警告を飛ばすペドロ。

 2人の言葉に反応するよりも早く、ロビンを背負ったルフィにマーティンが殴りかかった。

 ロビンは咄嗟にルフィの背中から飛び降り、ルフィはそのまま顔面で拳を受けて勢いをつけ、反動で戻ってくる頭をマーティンにぶつける。

 

「〝ゴムゴムのォ〟~~〝鐘〟ェ!!」

 

 マーティンの腹部に直撃するも、僅かに押し返したばかりでダメージを与えたようには見えない。

 チョッパーから飛び降りたゾロもまた同じように殴りかかってきたマーティンの拳を刀で受け止め、その横で人形態になったチョッパーが腹部を殴る。

 だが、こちらも全くダメージが入っているようには見えなかった。

 

「どうなってんだ!? 全然効いてる気がしねェ!!」

「そいつらの背中の炎が消えている瞬間を狙え! 攻撃が通るかもしれん!」

「背中の炎!? んなこといったって、いつ消えるのか……」

 

 能力者だとするなら、海に叩き落した方が対応としては簡単かつ確実なようにも思える。

 もっとも、それが出来るならやっているという話なのだが。

 

「よ~~し、とにかく背中の炎が消えている間ならブッ飛ばせるんだな!」

「相手は同じ顔が5人……厄介な相手のようだが、仕方ねェな」

「ロビンちゃ~~ん!! 無事で良かったよォ~~!!!」

「ゼポ、チョッパー。ゆガラたちはルフィのフォローに回ってくれ。おれはゾロとサンジの2人をフォローする」

「分かったぜ相棒。とにかく相手は5人いる! しかも声一つかけずに連携する! 全員気を付けろ!」

「が、頑張る!!」

 

 ナミとウソップは後ろから援護しつつ、前に出る6人を見る。

 ロビンも同じように後ろに回り、能力を使って妨害と援護を担当しながらチャンスを見つけようとしていた。

 

「長鼻君、これを」

「? なんだこれ?」

「〝(ダイアル)〟の一種よ。〝炎貝(フレイムダイアル)〟と言って……()()()()()()()()()()()()()の」

「ちょっとロビン、こんなものいつの間に!?」

「小紫とさっき会った時、ちょっとね」

 

 詳しく話している暇は無かったので物を手渡されただけだが、渡してきた意図はわかる。

 小紫は先日、一度敵の一人を撃ち落としている。炎を生み出し操る、と言う性質を見て、森の炎上を塞き止める、あるいは攻撃を止められるようにとの意図だったのだろう。

 だが、今の状況であれば別の事に使える。

 一人でも落とすことが出来るなら、状況は劇的に変わるのだ。

 

「貴方にお願いしたいの。出来る? 長鼻君」

「お、おう!! 任せろ!! この勇敢なる海の戦士、キャプテ~~~~ン・ウソップにな!!!」

 

 膝は明らかに笑っているが、ウソップはそれでも男を見せようと二つ返事でロビンの言葉に答えた。

 

 

        ☆

 

 

 雷が奔る。

 立ち昇る/降り注ぐ雷の柱は世界を覆う天蓋となり、逃げ場を塞ぐ必中の領域を作り出す。

 物理的な壁を生み出すわけでは無いが、今なお大気を焼く雷に自ら身を投じるのは強靭な肉体と再生能力を持つマラプトノカを以てしても避けたい所業と言えた。

 

「これは……!」

 

 自然(ロギア)系は自らの肉体を自然と化す能力だ。

 自己の領域を広げれば能力を活用できる範囲が広がるが、同時に覇気使いにとっては的が増えることになる。

 覇気さえ纏ってしまえばどこに攻撃しようと攻撃が当たることになるからだ。

 

「的を広げるだけの所業……だけとは思えませんが、これではどこを攻撃しても当たるだけ。わたくしの方が有利になったのではありませんか?」

「そう思うのならやってみれば良いでしょう。貴女に私を打ち破れるだけの力があると思うのであれば」

 

 弱点を織り込んで自己の領域を広げたとなれば、それ相応の意味がある。

 人獣形態のまま放たれた〝熱息(ボロブレス)〟は真っ直ぐに小紫へと向かい──小紫本人ではなく、その背後の立ち昇る雷から放たれた雷の槍によって相殺された。

 

「っ!!?」

 

 本来、自然(ロギア)系の能力は自身の肉体を変化、あるいは放出させることで現象を引き起こしている。

 両手に刀を握る小紫にとって、自身の肉体を基点として能力を発動させるのは使い勝手が悪い。

 それ故に、彼女は考えた。

 剣術と能力の両方を最大まで活用するには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

「対象を逃げ場のない自己の領域内に捉え、能力の発動を自身の肉体に制限しない。私にとってはこれが最適でした」

 

 カナタの〝白銀世界(ニブルヘイム)〟は敵を物理的にドーム状の氷の中に閉じ込めるもので自己の領域を拡大しているわけでは無いが、小紫はそれをヒントに構築した。

 雷の能力の性質上、物理的に閉じ込めることは出来ない。だが、出られない状況にしてしまえば同じこと。

 能力発動の基点が無数にあるのなら、雷もまた無数に放つことができる。

 

「滅茶苦茶な人ですね!? 本当に、〝魔女〟の関係者と来たら……!!」

 

 能力による青白い雷と覇王色の覇気を纏うことによる黒い雷が入り混じり、小紫の持つ二振りの刀を覆う。

 マラプトノカは状況の不味さに冷や汗をかき、先んじて小紫を倒そうと覇気を纏った爪を振るった。

 しかしそれは容易く防がれ、マラプトノカの死角になる位置から雷撃が走る。

 斜めに撃ち抜かれて落とされたマラプトノカ目掛け、あらゆる方向から雷の槍が放たれた。

 

「くっ──!?」

 

 咄嗟に生み出した焔雲を掴んで空中を移動し、間一髪で回避するも、それさえ予測していた小紫は雷の槍の中を真っ直ぐに突き抜けてくる。

 ここは小紫の領域。自身の生み出した雷で怪我をすることなど無く、迸る雷に乗って移動することさえ可能だ。

 

「おでん二刀流──〝仙境草那藝(せんきょうくさなぎ)〟」

 

 連続して斬撃を飛ばし、逃げるマラプトノカを追い詰めていく。

 身体能力では上回っているものの、強力な覇気とそれに付随する雷の能力にダメージが蓄積するマラプトノカ。

 マズイと思ったのか、肉体に強烈な冷気を纏って氷の鎧を生み出した。

 ガキン! と爪と刀が衝突した瞬間、背後から雷の槍が狙い澄ましたかのようにマラプトノカの背中を撃ち抜く。

 

「がァッ……!」

 

 一瞬の痺れと激痛に動きが止まり、目の前に小紫が居るにもかかわらず、無防備を晒した──その一瞬。

 

「──〝神戮(しんりく)〟!!」

 

 覇王色の覇気と能力を刀に纏わせ、真っ直ぐにマラプトノカへと振り下ろした。

 斬撃は纏っていた氷の鎧ごと肉体を深々と切り裂き、地面へと叩き落す。

 完全には両断出来なかったことに舌打ちしつつ、未だ〝声〟の消えないマラプトノカへ追撃を狙う。

 

「まだ生きているとは……!!」

 

 頑丈にも程がある。

 意識があるならまだ再生されるだろう。下手に時間を置けば長引くことになるため、急ぎ狙いを定めた。

 

「残念ですが、貴女を倒すのは無理なようですね。ムカつく話ではありますが、仕方ありません──逃げさせていただきましょう」

「この領域内で貴女の逃げ場などありません! ここで、死んでもらいます!!」

「いいえ、ありますとも。一つだけ、ね」

 

 地面に叩きつけられたマラプトノカはボロボロの体でそう言い、追撃を放つ小紫を見て笑った。

 何か行動を起こす前に、と小紫は判断し、空中から〝寂滅無縫〟を解除すると同時に収束させた雷を地面目掛けて放つ。

 

「10億V──〝雷槍〟!!!」

 

 最大火力による攻撃は確実にマラプトノカを捉え、〝アッパーヤード〟を貫通するほどの威力をぶつけた。

 手応えとしては十分。相手が多少強くとも、今のを受けて生きていられるとは思えない。

 が、小紫は釈然としない様子だった。

 

「……逃げられましたか」

 

 最後の一瞬、相殺ではなく防御をしていた。あの状況で防御を狙うなら、小紫の攻撃を誘発して下へ逃げることを視野に入れていたのだろう。

 かなりのダメージを与えたことは確かだが、死んだとは思えない。

 小紫は溜息をついて〝閻魔〟と〝村正〟を納刀し、一息つく。

 覇気は相応に消耗した。やはりこの二振りを使うなら長期戦は厳しい。ここは改善の余地ありと見るべきだ。

 

「さて、後は……」

 

 ルフィたちの船を狙っていた5人について、後始末を付けねばならない。

 




 〝寂滅無縫〟
 小紫がカナタの〝白銀世界〟を見て思いついた技。
 自己領域の拡大により、物理的な壁ではなく雷で空間を分かつ。我慢して受ければ出れないことも無いが並の覇気は貫通してダメージを与える。外壁代わりに使っている雷に攻撃しても小紫にダメージが入るが、小紫自身の覇気がとんでもなく強いので四皇最高幹部か海軍大将並でも無ければダメージはほぼ入らない。
 この領域内では周りを覆う雷から雷が飛んでくる。ほぼ無制限の手数を捌きつつ、小紫本人の剣技を受けねばならないので大体の敵は死ぬ。
 カナタも流石に手こずって手傷を負ったほど。

 ルフィには効かない。


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第百九十話:ルナーリア

 

「いいかルフィ! 奴の背中に炎が出ている間は恐らく攻撃が通らない! 背中の炎が消えると攻撃を避ける以上、その間だけは通ると見るべきだ!」

 

 だが、その間はゼポやペドロの攻撃さえ回避する速度を得る。加えて何の意思疎通も無しに統率された動きをするので連携が厄介だ。

 敵の攻撃は打撃と炎しかないので回避は難しくないが、避けると後ろの船に攻撃が行く可能性がある。

 つまり。

 

「敵は炎を撃ち出している間は背中から炎が消える! 誘発を狙うべきだが、下手な方向に撃たせると船に当たるから気を付けてくれ!」

「難しいぞそれ!?」

 

 そもそも敵の数は5人。船を狙われるとどうしようもないのは前回の戦いの時と同じだ。

 なので、早々に船を動かして避難させるべきなのだが……帆船は1人2人で簡単に動かせるようなものではない。サンジとゼポ、ペドロが奮闘して何とか狙いを逸らさせていたが、それもいつまで続くか分からない。

 

「とにかく、背中から炎が出てない間にブッ飛ばせばいいんだろ!!」

 

 敵──マーティンの強さはそれほどではない。少なくともルフィやゾロが戦って押し負けるほど実力差があるわけでは無く、その特異な体質によってゼポやペドロでも手を焼いているだけ。

 やってやれないことは無い。

 ルフィは真正面からマーティンに駆け寄り、真っ直ぐに殴りかかった。

 背中から炎を出しているマーティンはそれを回避することなく受け止め、気にせず前進してルフィの顔面を逆に殴りつけた。

 

「効かねェ!」

「能力者か。打撃は駄目のようだな」

 

 ゴム人間のルフィに打撃は通じない。

 マーティンは早々に殴打で倒すことを諦め、背中の炎を強く噴出してルフィを焼こうとする。

 その隙を狙ったゼポが背後から近づくも、こちらは別のマーティンがフォローに動いて攻撃の隙をカバーしていた。

 

「あちっ!」

「焼け死ね!!」

 

 炎を放ってルフィを焼こうとするも、ルフィは間一髪で回避する。

 真っ赤に燃え滾る炎が直線的に飛び、真っ直ぐ()()()()と向かった。

 

「あーっ!? ヤベェ!!」

 

 回避したルフィもそれに気付き、焦った様子で叫ぶ。

 船が焼かれてはこれから先の冒険が出来ない。ナミとウソップ、ロビンも乗っている。

 そんなルフィの気持ちなど関係なく、マーティンの炎が船へと向かい──ルフィの最悪の想像が、現実となる。

 その、直前。

 

「──は?」

 

 ()()()()()()()()()()()

 ルフィとマーティンの両方があっけに取られたその原因を作ったのは、誰あろうウソップだった。

 

「う、上手くいった……でもコエ~~!!」

「ウソップ~~~~!!? 何やったんだお前!?」

「〝炎貝(ヒートダイアル)〟で炎を吸い込んだんだよ!」

 

 〝(ダイアル)〟は何かしらのエネルギーを貯め込み、放出する性質がある。〝炎貝(ヒートダイアル)〟は炎を貯め込み放出出来るため、マーティンの炎を吸い込むことが出来たのだ。

 驚きに目を丸くするマーティンとルフィ。

 やりきったウソップは誇らしげに胸を張り、足を震わせつつもキメ顔でルフィを鼓舞する。

 

「これでこっちに炎が飛んできても何とか出来る!! 存分に戦え、皆!! でもコエーからなるべくこっちに炎は飛ばさせないでくれ!!!」

「ありがてェな! そっちに飛んだら全部任せる!」

「なんであいつあんなもん持ってんだ……?」

「良かった……船を頼むぞウソップ!!」

「ああ待って! 聞いて!」

 

 サンジ、ゾロ、ルフィの3人はウソップの泣き言を聞き流し、それぞれマーティンに対して構えた。

 これで後ろを気にすることなく戦える。その中で、ゼポとペドロは何かに気付いたように視線を敵に向けたまま会話する。

 

「相棒、気付いたか?」

「ああ。()()()()()()()()()な」

 

 ルフィと戦っていたマーティンが動揺するのはわかる。ああいうことが起こり得るとは想定もしていなかっただろう。

 だが、直接目にしていたわけでもない他の面々まで()()()()()()()()()()()()()のなら、そこには何かしらの理由があると見るべきだ。

 元々何の意思疎通も無しに協調する敵ではあったが、こうなるといくつかの仮説が浮かび上がってくる。

 恐らくは()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「妙な奴らだとは思っていた。だが、これならこれまでの行動に納得いく」

 

 1人が動揺すればそれは全員に伝播するし、1人の死角から攻撃しても別の1人がそれを見ていれば回避出来る。そういう事なのだろう。

 まぁ種族としての特性が厄介であることは変わりないので、全体的な脅威度はさして変わらないのだが。

 

「これで船の方は気にしなくていい。あとはお前をぶっ飛ばすだけだな!!」

「やってみろ、ゴム人間!!」

 

 ルフィとマーティンは互いに振りかぶって顔面を殴りつけ、互いにダメージが入らないまま弾き飛ばされる。

 サンジ、ゾロ、ゼポ、ペドロの4人がそれぞれ1人ずつ相手にしている中で、最初に炎を放ったのがゼポの相手をしていたマーティンだった。

 基本的に攻撃方法が殴るか炎を撃ち出すしかないため、背中に炎を纏ったままでは状況が一切動かないのだ。

 それでも動かざるを得なくなったのは、空へと立ち昇る/降り注ぐ雷の柱を目にしたが故である。

 マラプトノカは小紫と戦っているが、いくらマラプトノカでもあれでは無事では済まない。こちらに応援に来られる前に、と焦った。

 

「死ね!」

「やっとか! 待ちくたびれたぜ!」

 

 ゼポはマーティンの炎を回避し、カウンターでその顔面へと拳を振るう。

 マーティンも当然ながらそれを回避しようとするが、何者かに足を掴まれて動けなくなった。

 地面から生える数本の腕──ロビンの能力である。

 

「〝熊手(ベアナックル)〟!!」

 

 覇気を纏った拳は強かにマーティンの顔面を撃ち抜き、待機していたチョッパーがランブルボールを噛んで〝腕力強化(アームポイント)〟に変形する。

 殴られて動きが止まったマーティンの背中へと迫り、畳みかけるように追撃した。

 

「〝刻蹄〟──〝十字架(クロス)〟!!」

「ぐお……っ!?」

 

 2人からの攻撃を受けて痛みに呻くマーティン。

 その様子を見てゼポが確信した。

 やはり背中の炎が出ていない状態なら攻撃は通る。ペドロの判断は正解だった。

 逃げられる前に、あるいは再び防御状態に入られる前に倒そうと、ゼポは拳を握って帯電させる。

 何をやろうとしているのか理解したのか、ロビンは能力で生やした腕を解除する。

 

「今! ぶっ倒す!! やるぜチョッパー!!」

「分かった!!」

 

 ミンク族特有の〝エレクトロ〟で一瞬放電してマーティンを痺れさせると、膝をついたマーティンの顔面目掛けて武装色の覇気を纏った拳をもう一度叩き込んだ。

 背中側からチョッパーが同じように蹄を握って攻撃を叩き込むと、2人の攻撃に挟まれた肉体が耐えきれなくなったのか、ガクンと膝から崩れ落ちる。

 思っていた通り、種族特性としての頑強さはあるが、本人の強さはそれほど隔絶したものではない。

 意識を飛ばして気絶するマーティンを前に、ゼポとチョッパーは勝利の雄叫びを上げた。

 

「よっしゃあ!!」

「た、倒した!!」

 

 残るは4人。

 マーティンは舌打ちして一ヶ所に集まり、4人が同時に炎を放って辺り一帯を焼き尽くそうとし始める。

 これは流石にマズいと思ったのか、ゾロやサンジも距離を取って逃げに徹する。

 だが1人、ルフィだけはこれをチャンスだと思ったのか、サンジの下へと走り寄って来た。

 

「サンジ! おれを空に投げ上げてくれ!!」

「あァ!? なんでそんな……いや待て、上から行く気か!?」

「ああ!!」

 

 言うが早いか、サンジが構えた足の上に乗ったルフィはそのまま空へと蹴り上げられた。

 炎が迫っていて視界が悪い。大まかな方向に蹴り上げて後は自分で何とかしろと言う事らしい。

 「おれも行く」とそれにペドロが追随し、ゼポの手で投げ上げられたペドロはルフィよりも低い位置でルフィに手を伸ばす。

 

「ルフィ! 掴まれ!!」

「わかった!!」

 

 ルフィは手を伸ばして空中でペドロの手を取り、そのまま腕を縮めて勢いを付ける。

 踏ん張りが利かないので多少勢いは落ちるが、ペドロはうまく投げ飛ばすようにルフィに勢いを付けさせてマーティンたちの上を取らせた。

 反動でペドロは海の方へと勢いよく投げ飛ばされ、やや離れた雲の海へと落水していた。

 ルフィは勢いを付けて加速し、腕を後ろに伸ばして捻じる。

 

「ゴムゴムのォ~~〝ロケット回転銃(ライフル)〟!!!」

 

 炎を放っている最中で視界は悪く、上を見ていない。

 マーティンが仮に視界を共有していたとしても、()()()()()()()のなら同じだ。

 気付いた時には既に遅く──回転するルフィの拳を避ける間もなくまともに受けたマーティンの1人が勢いよく殴り飛ばされ、地面に叩きつけられながら気絶した。

 残り3人。

 しかし、敵の真っただ中に飛び込んだルフィの逃げ場を塞ぐように炎が放たれる。

 

「飛んで火にいるなんとやら、だな。焼けて死ね、ゴム人間!!」

 

 木々ごと焼き尽くすように炎を放つマーティン。

 だが、それは背中の炎が消えることと、ゾロたちに背中を見せていることを意味している。

 走って近付くには少々距離があるが、そんなものは関係ないと、今度はゾロがサンジの足に飛び乗った。

 

「〝空軍(アルメ・ド・レール)〟──〝パワーシュート〟!!!」

「三刀流──〝焼鬼斬り〟!!!」

 

 未だ炎の残る場所を真っ直ぐ突っ切るように飛び、構えた刀に僅かに燃え移る。

 背を向けたままのマーティンを蹴り飛ばされた勢いのままに斬り捨て、僅かに出来た逃げ場にルフィが逃げ込んだ。

 

「あと!!」

「2人!!」

 

 ルフィとゾロは共に残った2人のマーティンに攻撃するも、その時には既に背中に炎を纏わせていたためにダメージは通らなかった。

 焦った攻撃だったために反撃の拳をまともに受けたルフィとゾロ。

 ルフィはともかく、ゾロはマラプトノカに撃たれた場所から出血が酷くなっており、顔色もどんどん悪くなっている。

 

「ウッ……!」

 

 動きが鈍くなったゾロ目掛け、マーティンの拳が突き刺さる。

 肉体の特異性に頼り切っている敵とは言え、身体能力は高い。単なる殴打もまともに受ければ十分なダメージだ。

 刀こそ手放さなかったが、痛みに意識が明滅するゾロ。

 膝をつく彼目掛けて目の前で炎を放とうとするマーティンの背中目掛け、サンジがドロップキックで割り込んだ。

 

「どりゃァァァ!!! クソ剣士が1人仕留めておれが戦果ゼロじゃあ恰好つかねェだろうが!!!」

 

 意識の外からの攻撃に体が揺らぐマーティン。

 もう一人はルフィとゼポの相手に忙しく、周りを確認している暇が無かった。

 舌打ちしながら振り向き、今度はサンジ目掛けて炎を放つ。

 サンジは焦ることなく体勢を整えてマーティンの懐を潜り抜け、後ろから膝を攻撃して膝をつかせた。

 

「〝粗砕(コンカッセ)〟!!!」

 

 サンジの倍はあるマーティンも、膝をつかせれば十分足が届く。

 飛び上がりながら縦に回転し、その勢いのまま踵落としを決めてマーティンの意識を刈り取ってみせた。

 これで残りは1人。

 ここまで来れば後は押し切るだけだとルフィたちは考え──マーティンはそれを見越してか、倒れた仲間の体を拾いながら海岸へと向かう。

 

「え!?」

「船を襲う気か!?」

 

 4人の体を抱えて海岸へと近寄るマーティン。

 もちろんそれを簡単に通すような面々ではなく、ウソップも近付いて来るマーティンへと〝火薬星〟で応戦するが、背に炎を纏った彼を相手に何をしてもダメージが通ることは無い。

 船を直接襲うつもりだと思って先回りするゼポとルフィだが、予想に反してマーティンは海岸へまっすぐに向かうだけで船を狙っていたわけでは無かったらしい。

 海岸沿いに立つと、ルフィたちが何かするよりも先に抱えていた4人を()()()()()()()()()()

 

「な──!?」

「お前!! 仲間だろ!? なんでそんなことしてんだ!!?」

「仲間ではない。今回使っているだけの体だ」

「意味わかんねェよ!」

「だろうな。おれだって不本意だが……処理するにはこれしかねェ。連中に捕まると面倒なんでな」

「逃げる気か!」

 

 背には黒い翼がある。ともすれば、あれで飛んで逃げるのではとウソップがパチンコを構えた。

 だが、またも予想に反して、背中の炎を消したマーティンはそのまま()()()()()()()

 

「…………」

 

 誰もが絶句し、後味の悪い結末に言葉も無く立ち尽くす。

 そんな時だった。

 

「ぶはっ! 一体どうなっている!?」

「ペドロ!!」

 

 ルフィと入れ替わりで海へと飛ばされたペドロが泳いで戻って来た。

 その背には先程飛び込んだマーティンの姿があった。

 ただし、その姿は褐色肌と黒い翼ではなく、白い肌の普通の人間である。

 

「ようやく戻って来れたと思ったら、上からこいつが飛び込んできてな。思わず殴りつけはしたが……」

 

 意識は無いようだが、生きてはいるらしい。

 目の前で自殺しようとした男に色々思うところもあったのか、ルフィたちはとりあえず生きていてよかったと胸を撫で下ろす。

 だが、このままにしておくわけにもいかない。どうするべきかと思っていると、バチリという音と共に小紫が現れた。

 

「姫様!」

「ご無事でしたか!?」

「ええ、私よりも貴方たちの方が大変だったようですけれど……怪我人はいますか?」

「そうだ! ゾロ!!」

 

 戦闘中だったので放置するしか無かったが、傷が開いたためにチョッパーが再び応急手当をしていた。

 ルフィが慌てたようにゾロの下に向かうと、当の本人は顔色の悪いまま「心配すんな」と強がっていた。

 

「この程度で死にやしねェよ」

「でも手当てを急がなきゃ! 船に運ぼう!!」

「おし、任せろ!!」

 

 バタバタと騒がしくゾロの治療に走るチョッパーと、それを手伝うルフィ。

 それを尻目に小紫は「何とか無事のようですね」と頷く。

 

「そちらの男が今回戦った敵ですか?」

「はい。ですが、姿はもう少し違っていたんですが……」

「その辺りは後で詳しく聞かせてください。今は彼を拘束しておきましょう」

 

 海に入って解除されたと考えるなら、マーティンは間違いなく能力者だ。海楼石の手錠を使って拘束しておく必要がある。

 小紫は気絶したマーティンを肩に抱えると、そのまま〝オハラ〟へ向かうと告げた。

 敵はもういない。後は事後処理を済ませなければならない。

 

「もちろん、無断でこの地に入った貴方たちも無罪放免とはいきません。大人しく待っていてくださいね?」

 

 仮面を被っていて見えないハズなのだが、にっこり笑顔で怒っている小紫の表情がありありと想像出来た。

 これにはペドロとゼポも言い訳すらしようと思わず、「はい」とがっくり項垂れるのであった。

 



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第百九十一話:宴の夜

 

『……そうか、能力者だったか』

「はい。海楼石で現在縛っていますが……意識が戻り次第、尋問で何か情報を吐かせてみようと思っています」

『やるだけやってみるといい』

 

 そう会話するのは、小紫とカナタだった。

 ルフィたちが倒したマーティン5人のうち、4人は既に雲海に沈んだ。視界の悪い雲海に沈んだのでは回収することも不可能だろう。

 残った一人は小紫が預かって厳重に監視しつつ海楼石の錠に繋いでいるが、こちらは未だ意識が戻らない。

 姿は褐色、黒翼、白髪と言う姿から普通の人間に変わっており、それに伴って体躯も通常の人間と変わらないほどに縮んでいる。

 1人がそうなら残りもそうだったのだろうが、原則として同じ能力者は生まれ得ない。

 何かカラクリがある。

 

『シーザーが作っていた〝smile〟と言う果実……人工的に作った悪魔の実の能力者は同じ能力が何人かいるらしい。恐らくはその類だろう。もっとも、ルナーリア族の血統因子などどこで手に入れたのかは不明だがな』

「血統因子……私と戦ったマラプトノカもそのようなことを言っていました」

『マラプトノカか。私も奴については詳しいことはわかっていないが……少なくとも、お前の話を聞く限りでは普通とは言い難い存在だな』

「いくつもの悪魔の実を再現した能力を使っていました。そんなことが可能なのでしょうか?」

『実際に見たのなら不可能ではないのだろう。生まれが特殊なのか、それとも後天的に弄られたのか……関わっていそうな科学者には心当たりがある。後で締め上げて吐かせておこう』

 

 カナタは溜息でも吐きそうな雰囲気でそう告げた。

 多分……と言うか、ほぼ確実に関わっているであろう科学者、ベガパンクにはどのみち用事があるのだから、そのついでだと。

 残りの〝MADS〟の面々も、ある程度は接触出来る。こちらも関わっているなら吐かせるつもりであった。

 

『しかし、ルナーリア族の悪魔の実か。ルナーリア族の血統因子があるならクローンを作った方が安上がりだっただろうに、何故こんな回りくどいことを……別の目的で作ったクローンを再利用するためか?』

「……私にはその辺の話はちょっと……」

『そうだな。後で科学者連中を集めて調べさせよう。生体サンプルが手に入ったのなら話は早い』

 

 検体があるのと無いのでは大違いだ。得られる情報が段違いなのだし、情報を得ることを期待してもいいだろう。

 

「カナタさんは今どちらに?」

『〝ドレスローザ〟だ。〝smile〟を育てている工場があるらしいからな。帰りの寄り道がてら見に行く』

 

 海軍が差し押さえたはいいが、工場は海楼石で出来ているので困っているらしい。壊せそうな面々は軒並み中まで壊しそうだし、海楼石はダイヤのように硬いので破壊するのも容易ではない。加えて悪魔の実の能力が通用しないので、物理的に破壊するのは極めて困難だった。

 中に薬品や果実など、出来るだけ被害を与えずに回収したいものがある以上は取れる手段も限られる。

 リコリスが連れ帰っているギャルディーノはこれを開ける事も出来る能力者だが、カナタはマリージョアから帰る寄り道ついでに壊していくと言う。

 

『海軍もいつまでも駐留させておくわけにもいかないだろうしな。センゴクへの貸しにするつもりだ』

「クロコダイルの件で海が不安定になっているから、と言う事ですか……しかし、これまでだって()()()()()()()()6()()()()()()()()()()()()()()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『……6()()()()()()()()()、か』

「? どうしました?」

『いや……何でもない』

 

 何か、とてつもない違和感があったような気がする。

 カナタは言い知れない気持ち悪さを覚え、しかしそれを言葉にすることが出来ない。

 漠然とした感覚に黙っていると、小紫は何か下手なことを言ったのかとやや緊張した声色になる。

 

「あの、何かおかしなことを言いましたか?」

『……いや、気にするな。こちらの問題だ。マラプトノカの件は後ほどまた聞こう。アッパーヤードの件はガン・フォールに始末させておけばいい。それ以外に聞くことはないな?』

「は、はい!」

 

 スカイピアは〝黄昏〟の領地であり、療養地として使っているためにカナタの直轄する場所でもある。代官としてガン・フォールはつつがなく治めて来たし、今回もそうするだろう。必要なものがあれば相談して頭を下げられる柔軟さもある。

 小紫はそれから二、三言話すとカナタとの通話を切った。

 ひとまずの報告はこれでいい。後で詳細な報告書を上げる必要はあるが、数日の猶予はある。

 あとはルフィたちの件だ。

 小紫は自室から出てもう一度アッパーヤードに向かおうとしていると、道中で呼び止められた。

 

「あ、いた! 小紫ちゃん!」

「おや、どうされました?」

 

 迎賓館に滞在している客人である。

 彼女は小紫を探していたらしく、後ろには共に走り回っていたであろうエネルの姿もあった。

 

「向こうの島で麦わら帽子の子たちが戦っていたんでしょう? 無事だった?」

「ええ、彼らは無事でしたが……何故貴女がそれを?」

「監視してた映像電伝虫で見てたの。それで、ちょっと気になって……私も出来れば彼らのところへ連れて行ってもらいたいんだけど、いいかしら?」

「私の方を見るな。私は止めていた方だぞ」

 

 エネルの方をチラッと見ると、そんな言い訳がましい言葉が返ってきた。

 小紫としても、ルフィたちは特に危険なようにも思えないし、シャンディアなども今はそれどころではない。仮に襲撃者が居ても、この島に小紫以上に強い者などいないのだ。

 護衛として付いて来た手前、彼女の要望はある程度通してもいいと考えていた。

 

「……いいでしょう。ただし、私の指示には従ってくださいね?」

「! ありがとう!」

 

 客人の女性は小紫に抱き着いて礼を言うと、何か準備があると言って部屋に戻ってしまった。

 嵐のような挙動に目をぱちくりさせていると、それを見ていたエネルが疲れたようにため息を吐く。

 なんだかんだと付いて来るつもりらしく、小紫の傍を離れる様子は無い。

 そうして3人で船を用意していると、どこから聞きつけたのかガン・フォールまで現れて連れていくことになった。

 

 

        ☆

 

 

「宴だ~~!!!」

 

 小紫たちがルフィたちのいる場所に辿り着いた時には既に日は暮れており、大人しくしているだろうと思っていた彼らはキャンプファイヤーを囲って宴をしていた。

 他所の土地でよくもまぁこれだけ騒げるものだと逆に感心するほどである。

 

「いや、はっはっは。元気な若者たちのようであるな」

「笑い事ではあるまい、ガン・フォール。だが、どういう訳かシャンディアの連中もいるな」

「何故こんなことに……?」

 

 笑うガン・フォールに首をひねるエネル。そして困惑する小紫。

 残る1人──客人の女性はと言えば、きょろきょろと誰かを探す素振りをしていたかと思えば、目的の人物を見つけたのか一直線に走り寄る。

 

「見つけた!! サンジ!!!」

「ん? うおっ!?」

 

 鍋一杯のシチューを皿に注いでいたところに飛びついたものだから、サンジは慌てつつも皿を落とすまいと女性を抱きとめつつ回転して皿とシチューを守る。

 女性に抱き着かれたと感触だけで分かったために顔はややだらしないことになっていたが、その顔を見るや否や、咥えていたタバコを落として目を見開いた。

 見覚えのある顔だ。

 知っている、しかし()()()()()の人物。

 

「久しぶりね、サンジ!! 元気なようで何よりよ!!」

「なんだサンジ、知り合いがいたのか?」

「誰だあれ?」

 

 ウソップとルフィが騒ぎながら食事を取るという器用なことをしている中、目ざとくサンジの様子に気付く。

 それに気付いた麦わらの一味の面々は一斉に視線を向け、サンジはそれに気付かず相手の事を口にする。

 

「はは、うえ……?」

「は?」

「え?」

「母上? ってことは、サンジの母ちゃん!?」

「え~~~~っ!!?」

 

 ──ヴィンスモーク・ソラ。

 サンジの母親であり、かつて劇毒を口にしたことで歩くことさえ出来なくなっていた女が、これ以上無いほど元気な姿で現れた。

 サンジにとっては混乱するより他にない。

 驚くルフィたちに気付いたソラは、サンジから離れると今度はそちらに近寄っていく。

 

「貴方達がサンジの仲間ね? サンジがお世話になってます!」

「ああこれはご丁寧に」

「サンジにはいつも美味いメシ作ってもらってます」

 

 ソラにつられてルフィとウソップがペコリと頭を下げる。ナミはまだ驚きが抜けきらないようだが、ゾロは割とどうでも良さそうにしており、チョッパーは驚きつつも食事をする手が止まっていない。

 ロビンはソラの後ろから来る小紫たちに気付くと、「貴女が連れて来たの?」と尋ねた。

 

「ええ。彼女の要望で……先日言ったロビンさんに会わせたい人と言うのが彼女でもありましたし」

「私に? どうして?」

「オルビアさんのママ友だそうで、一度会いたいと仰っていましたから」

 

 思ったより簡単な繋がりにロビンも思わず苦笑する。

 友人の娘なら会ってみたいと思うのも仕方ないか、と言わんばかりの表情である。

 一方、それよりも気になることがあるエネルは顎に手をやりながら尋ね返した。

 

「シャンディアがここにいるのは何故だ?」

「マラプトノカに村を焼かれて、帰る場所が無いんですって。当てもなく彷徨っていたところで戦士たちと合流して、何とかここに辿り着いたって」

「……なるほど。それで戦士だけでなく女子供に老人もいるのだな」

「あ、耳たぶのおっさん! おめーもこっち来たのか!」

「誰が耳たぶのおっさんだ。敬意をこめてDr.エネルと呼べ」

「そうだおっさん! おっさん船の専門家なんだろ? メリー号がちょっと燃やされちまってよ……修理とか出来ねェか?」

「私は船の専門家だが、私がやるのは理論の開発が専門だ。実際に船を作ったり修理するのは私の仕事ではない」

「そっかー……おっさんでもダメなのか」

「あちらの島には理論を実践するために船大工が何人かいる。応急処置くらいなら請け負ってくれるだろう。頼んでみるがいい」

「ホントか!? ありがとな、耳たぶのおっさん!!」

「個人的な意見を言わせてもらうなら、あの型遅れの遊覧船は乗り捨ててもう少し頑丈な船にするべきだと思うがな。ここから先の航海はキツイぞ」

「何だと!? メリーは大事な仲間だ!! 乗り捨ててなんか行かねェ!!」

「……まァ貴様たちが良いのなら何も言うまい」

 

 騒がしくなったことにシャンディアの酋長も気付いたのか、戦士を伴って近付いて来る。

 戦士──カマキリとワイパーも傷だらけで、視線こそ人を殺せそうなほど強いが武器は持っていない。

 

「ガン・フォール。そちらは無事だったか」

「うむ。吾輩は戦士を引退して久しいが、頼りになる戦士がいるのでな」

「羨ましい限りだ……我々の戦士は無鉄砲でな」

「酋長! ガン・フォールと話すことなど無いハズだ!! さっさと追い返すべきだぞ!!」

「落ち着け、ワイパー。お前もその傷で戦おうなどと考えるな。さっきまで死にかけだったのだぞ」

 

 マラプトノカに腹を撃たれ、生死の境を彷徨っていたのだ。チョッパーの治療を受けて何とか一命を取り留めたが、立ち歩いていいような状態ではない。

 それでも立ってガン・フォールを睨みつけるのは、この場所が大事な聖地で、先祖代々守るべき場所であると考えているが故か。

 ともあれ、立ち話も何だと、キャンプファイヤーを囲って座る一同。

 混乱するサンジもようやく立ち直ったのか、ひとまず全員分の食事を用意して下がる。

 サンジの料理を口にして嬉しそうに舌鼓を打つソラを尻目に、ガン・フォールは酋長へ視線を向けた。

 

「今回の被害は大きかろう。村を焼かれたと聞いた。戦士たちも傷だらけのようだ」

「ああ……貯えも全て燃やされた。正直なところ、途方に暮れているのが現実だ」

 

 村にあった家、家財道具、作物の蓄え、思い出の品……あらゆるものが灰燼と化した。残っているものは何もない。

 死者が出なかったのがせめてもの救いだが、食べるものも無いのでは遠からず餓死者が出るだろう。森の恵みは多いが、肝心の森も大火事で焼かれたところが多い。

 これから先の事を考えれば、陰鬱な雰囲気になるのも仕方がないだろう。

 酋長の話を一通り聞き、ガン・フォールは手に持ったシチューの入った皿を見る。

 この先、シャンディアはこの一杯のシチューを食べる事さえ難しくなる。幼子も、働けない老人もいる。総員で食料を探しても、実りが続くとは限らないのだ。

 

「……酋長。これは提案だが」

「おれ達はお前らの施しなど受けない! 聞く必要は無い!」

「ワイパー!」

「何か一つ譲歩すれば、こいつらはつけ上がって全てを要求してくる!! 過去、こいつらにおれ達の先祖は土地を追われた……今更信用出来るハズがねェ!!」

 

 立ち上がって怒りのままにガン・フォールを罵るワイパー。

 過去、シャンディアが受けて来た仕打ちを考えればワイパーの言葉も安易に否定することは出来ない。

 しかし、それでもガン・フォールは引き下がることは出来なかった。

 何よりシャンディアの者たちのために。

 

「ではどうするつもりだ。家もなく、田畑もなく、森の恵みは減った。緩やかに部族が滅ぶのを指をくわえて見ている気か?」

「おれ達の事はおれ達で何とかする。テメェらの手助けなど受けねェ!」

「現実を見ろ、ワイパー!! 貴様の言っていることは理想論だ!! 貴様は良くとも、それで真っ先に死んでいくのは老人や子供たちだぞ!!!」

 

 老いて使い物にならない老人は真っ先に切り捨てられるだろう。

 子を守ろうと母親は食料を渡して死んでいくだろう。

 それでも飢えに耐えられない子供は死んでいくだろう。

 最終的に残るのは、自ら獲物を取って食い扶持を稼げる戦士だけだ。

 

「何もお主たちを奴隷にしようと言うのではない。頭を冷やせ、ワイパー。話を聞いてから考えても遅くはないハズだ」

「…………!」

 

 ジッと見つめるガン・フォールと睨みつけるワイパー。

 ワイパーは視線をラキやアイサ、ゲンボウにブラハム──守るべき部族の同胞たちに向ける。

 これまで散々搾取し続けて来た者への信頼などあるはずもない。しかし、それでは部族を守ることが出来ない。

 ワイパーはガン・フォールを睨みつけたまま、腰を下ろして口をつぐむ。

 余計なことを口走れば殺すと言わんばかりの視線ではあるが、ひとまず話を聞く気にはなったらしい。

 

 

        ☆

 

 

「あっちは大変そうだなァ」

「まァ大変だろうな。シャンディアと空の者たちの軋轢は400年にも及ぶ。一朝一夕でどうにかなるものではない」

「400年!? それはまた……」

「耳たぶのおっさんはあっちの会話に交ざらなくていいのか?」

「私は政治に関与しないと決めている。興味も無いしな」

 

 ガン・フォールと酋長の話し合いから少し離れたところで、エネルとソラはルフィたちと食事を取っていた。

 小紫はガン・フォールの護衛代わりに残っており、ワイパーが短慮を起こしたとしても対処出来るようにしている。

 政治に興味の無い2人はそそくさと抜けて来たと言うワケだ。

 エネルは相変わらず上半身裸の上に白衣を着たままで、シチューをパクパクと食べている。

 その横でウソップはソラの方に視線を向けた。

 

「おれはサンジの母ちゃんとここで会ったことに驚いてるよ」

「私も驚いているわ。まさかここで会えるなんて思っていなかったもの!」

「いや近ェよ!」

 

 ちょっとずつ寄っていったかと思えばサンジの真横に座っていたソラ。

 ウソップはそれにツッコミを入れるが、肝心のサンジはシチューをスプーンでつつくばかりで食べていない。どうしても気になるのか、俯いていた視線がソラへと向いた。

 

「……なァ母上、なんで生きてるんだ?」

「いやおかしいだろその質問。お前の母ちゃん、死にかけたことがあったのか?」

「……おれがあそこから逃げる時、もうベッドから起き上がれないくらい衰弱してた。世界最高の医者でも治せねェって匙を投げたハズだ。あれから……もう10年以上経つ。冷静に考えりゃあ生きているハズがねェ」

 

 最後に会ったのは11年前……ソラはもうベッドから体を起こすことさえ出来ない状態で、それでもサンジの事を想ってジェルマから逃がすようレイジュに頼んだ。

 料理人になりたいというサンジの夢が叶うことを願いながら。

 その想いは確かに受け取ったのだ。だから、どれだけ大変でも自分の夢を諦めるようなことは無かったし、今だって〝オールブルー〟を目指してルフィと旅をしている。

 だからこそ、目の前にいる母親に疑問が浮かぶ。

 目の前にいるのだから治ったのだろう。だが、あのベッドの上で儚げに笑う母親と目の前で快活に笑う母親が一致しない。

 

「そりゃお前、医療の進歩で治ったんだろ」

「んな簡単な話じゃねェだろ」

「う~~ん……その辺を詳しく話すと長くなるし、難しい話なのよね……」

「おれは気になるぞ! どういう病気で、どうやって治したんだ?」

「あら可愛い! あなたがサンジの船の船医なの?」

「おう!」

 

 気になると言われても、ソラは詳しいことを話すのをかなりためらっていた。

 どういう理由で話しにくいのかはサンジ達には分かりかねるが、サンジだけはまともな手段でないことを想像出来た。なにしろジャッジを知っている。

 

「そうだ! どうしても気になるなら、私を船に乗せて? 連れて行って欲しい島があるの!」

「えェ!? いいぞ」

「いいのかよ!?」

「決まりね! どうしても聞きたいのなら、そこで話すわ!」

 

 あれよあれよと言う間にソラがメリー号に乗ることが決まり、決定の速さに隣で聞いていたエネルもあんぐりと口を開けていた。

 ソラの担当する研究は終わっているのが幸いと言えば幸いか。

 後は日の目を見るばかりの研究結果だが、ソラはそれよりもサンジの方を優先した。

 

「あ、でもすぐには船を出さねェぞ?」

「あら、どうして?」

「黄金を探してんだ。ここに黄金郷があるんだって、ひし形のおっさんやサルたちに教えてやりてェし」

「黄金? 確かにこっちの島はほとんど未開拓だけど、そんなものあったかしら……」

 

 少なくとも外から見て分かるような場所には無い。そんなところにあれば過去に発見され回収されているだろう。

 だが、シャンディアは誰も黄金の事を知らなかった。

 どこかに隠されているか……あるいは、どこにも無いかのどちらかだろう。

 

「ああ、それならあらかた見当は付いているわよ?」

 

 ルフィたちが話していると、さも当然のような顔でロビンが黄金郷の場所を突き止めていた。

 ルフィたちは揃って目玉が飛び出る程驚いていた。



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第百九十二話:黄金郷

 

 宴の翌朝。

 小紫とマラプトノカが戦った場所、ジャイアントジャックと呼ばれる巨大な蔓があるその場所に黄金郷がある。

 ロビンはそう説明し、麦わらの一味、小紫、ソラ、エネル、ガン・フォール……それにシャンディアの戦士たちがぞろぞろと森の中を歩いていた。

 シャンディアの今後の身の振り方も考えねばならないが、本当に黄金があるのなら所有権はシャンディアにある。

 ルフィたちは海賊なのでその辺を気にする必要は無いのだが、小紫はそうもいかない。

 ガン・フォールと協議し、シャンディアに伝えておくべきだと判断していた。

 

「ここね」

 

 遺跡はちらほらと見えるが、それ以外の大部分は雲に覆われた場所。

 先日ロビンが見た時と大きく変わったところと言えば、切り裂かれて落ちて来たジャイアントジャックの先端部分と青海まで貫通している巨大な穴くらいのものだ。

 ロビンがチラリと小紫の方を見ると、小紫は顔を明後日の方向に向ける。

 加減してどうにかなるような相手では無かった。ロビンもそれは理解しているが、どうしても責めるような視線になってしまうのだ。

 

「恐らく、この雲の下にあるハズよ。降りられる場所か、雲を切って道を作りましょう」

「この下に黄金郷があんのか?」

「多分ね。〝ドクロの右目に黄金を見た〟と言うノーランドの言葉に嘘が無ければ、だけど」

 

 地図とノーランドの日誌、それに遺跡の位置なども考えればここ以外に可能性は無い。見つからなかったのなら初めから黄金郷など無かったと思う他にない。

 幸い、小紫の空けた穴は遺跡から少しズレている。下手に近付くと青海まで真っ直ぐ落ちてしまうので利用するには難しいが、断層を見るに地下……と言うより窪地があるのはわかる。

 

「とにかく下まで通じればいいんですね?」

「……無茶なことはしないようにね」

「任せてください」

 

 小紫は〝春雷〟を引き抜くと、真四角に雲を切り抜いた。

 断層からある程度雲の厚さを想定して、最低限の力で切ったらしい。

 広めに切り抜いて〝雲貝(ミルキーダイアル)〟で即席の道を作ると、ルフィがいの一番に駆け出して地下へと駆けおりていく。

 

「スッゲェ……!!!」

「これは……!!」

「わァ……!!!」

「素敵! こんなに一杯の黄金なんて!!」

 

 そこにあったのは、目も眩むほどの金銀財宝の山々。

 400年前に空へ打ち上げられるよりも前、蓄え続けられた黄金が所せましと置いてあった。

 誰もが驚き、その光景に息を飲む。

 

「これほどの規模とは思いませんでしたね」

「なんと美しい……」

「確かにこれは知らねば気付かんだろうな。〝黄昏〟の調査が入らなかったこともあるとはいえ、地下にこんなものがあるとは」

「これが……先祖たちが守ってきた都市……」

 

 駆け出して黄金やら宝石やらを手に取るルフィたちを尻目に、小紫やエネルたちはその壮麗な都市の姿に見入っていた。

 ルフィたちを止めるべきかとも思ったが、マーティンたちを止めたのは紛れもなく彼らだ。酋長もそれは知っているらしく、持って行けるだけ持って行ってくれて構わないと言う。

 戦士たちが異論を挟むかと思ったが、彼らはマーティンもマラプトノカも止められなかった。

 敗者が異論を挟むことは出来ない、と言う事らしい。

 

「……変ね」

「何がですか?」

「この都市、ノーランドの手記によれば〝黄金の鐘〟があるハズ……でも、どこにも見当たらないの」

 

 都市の中央ははジャイアントジャックが貫いており、ノーランドの手記に残されていた〝黄金の鐘〟などどこにも見当たらない。

 ここ以外にありそうな場所の心当たりはない。であれば、鐘は空には来ていないのかと考え込むロビンの横で、酋長が声をかけた。

 

「お嬢さん。先も言っていたが、ノーランドの手記と言うのは……?」

「……かつてこの島が青海にあった時、この島を訪れた探検家よ。名を──モンブラン・ノーランド」

「モンブラン、ノーランド……!?」

 

 酋長の目が驚きに見開かれる。

 ともすれば、黄金郷を見た時よりも驚いていると言っていいほどに。

 ──かつて。〝アッパーヤード〟と呼ばれるこの島が空に来るより以前……ジャヤを訪れた探検家がいた。

 ワイパーの先祖、大戦士カルガラと友誼を交わし、後に〝嘘つき〟と不名誉の死を遂げた男。

 

「なァロビン!! 鐘がねェぞ!!?」

「私も不思議に思っているところよ。手記によればここにあるハズなんだけど……」

「……麦わらの少年よ。何故黄金の鐘を鳴らす?」

「友達がよ、黄金郷を探してんだ」

「友達?」

 

 かつて祖先が〝嘘つき〟とされ、今なおそれが本当にあったハズだと探し続ける男がいる。

 名を、モンブラン・クリケット。

 後ろで黙って聞いていたワイパーが、その名を聞いて息を飲んだ。

 

「モンブラン・ノーランドの、子孫……その男が、探しているのか」

「ああ。海に沈んだんだって、毎日毎日無理して潜ってるからよ、おれが教えてやるんだ。〝黄金郷は空にあったぞ〟って!」

 

 ししし、と屈託なく笑うルフィ。

 

「肝心の〝黄金の鐘〟が見つからないんじゃどうしようもないけどね」

「おいナミ! 無粋なこと言ってんじゃねェよ!」

「しょうがないでしょ。ロビンが分からないんじゃ私たちもお手上げよ」

「本来、都市の中心部に鎮座していたハズよ。でも、そこにジャイアントジャックがある……と言うことは、ここに突き刺さった衝撃で更に上空へ飛ばされたか、あるいはそのまま海底に沈んだかのどちらかね」

「ふむ……〝黄金の鐘〟自体はあるだろうな」

 

 400年前、〝アッパーヤード〟が空に来た時、当時の人々が聞いたという〝島の歌声〟……これが恐らく鐘の音だろうとエネルは言う。

 あるとすればジャイアントジャックの頂上付近。

 もし海に落ちているのならどうしようもないが、空ならばまだ探しようはある。

 探す価値はあった。

 

「ではちょっと見てきましょうか」

「あったとして、どうやって持ってくる気だ。聞くに相当巨大な鐘だぞ」

「うーん……まァ一度見てから考えます」

 

 小紫は気軽に言うと、ジャイアントジャックを伝って空へと駆けあがっていく。

 先端部分は小紫が切り落としてしまっているので短くなっているが、〝月歩〟で空を駆けることが可能なのでそれほど問題にも思っていない。

 エネルとソラは揃って小紫が駆け上がっていくのを見上げていた。

 

「カナタ様は教育を間違えたのではないか? あの女、考えるより先に体が動いているぞ」

「強さを優先したんじゃない? カナタさんの弟子って言われてる子は何人かいるけど、あの子は特別だって聞いてるわ」

「特別、か」

 

 小紫がある種の特別扱いを受けていることはエネルも知っている。

 〝戦乙女(ワルキューレ)〟と〝戦士(エインヘリヤル)〟は基本的にカナタの直属の精鋭であり、彼ら彼女らが指揮する部下とは即ち〝黄昏〟の兵になるが、彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と言う事。

 傘下の海賊が〝戦士(エインヘリヤル)〟となってそのまま幹部まで昇りつめ、かつての仲間を傘下の海賊という扱いで指揮しているという例もあるが、これだって傘下の海賊である以上指揮権の最上位にカナタがいる。

 現状、カナタの権限が及ばない部下を持っているのは本当に小紫だけだ。

 

「特別扱いも過ぎれば軋轢を生むと思うが」

「私は〝黄昏〟の所属じゃないから詳しいことは分からないけれど、あの人ならその辺り考えてるんじゃない? 少なくとも、あの子が特別扱いされてるのは()()()()()()()()()()()()からでしょうし」

「情けないことだな」

「あれだけ強い人が何人もいるのもちょっとと思うけど……」

 

 2人が話している間に小紫が戻ってくる。

 ルフィは両手いっぱいにお宝を持ったまま結果を聞こうとしており、「まずそれを置けよ」とゾロに突っ込まれていた。

 

「結果から言いますと、ありました」

「あったのか!!!」

「ただ、流石にあれを持って降りてくるのは無理があるので……後ほど〝雲貝(ミルキーダイアル)〟で道を作って降ろすのがベストかと」

 

 物理的に重すぎて個人で運ぶのは無理がある。足場が悪いのもあり、フェイユンでもなければ個人で運ぶのは難しい。

 ただ、鐘としての機能に異常は無さそうだった。

 それを伝えると、とにかく鐘を鳴らしたいルフィがジャイアントジャックを駆け上ろうとしたのでウソップとサンジが力づくで止めていた。

 先端部分は切り落とされているのでどのみち高さが足りていない。登って行っても辿り着くには空でも飛ばねば不可能である。

 じゃあどうするか、と言う話になると、ソラがとある提案をした。

 

「うーん……じゃあ、()()使わない?」

「あれ?」

「私たちが作ってる船! 試運転には持って来いじゃない? それに、あの甲板の広さなら黄金の鐘も載せられるでしょうし」

「……そうですね。広さは十分だと思いますが」

「カナタ様の許可なしに勝手なことは出来ん。あれは軍事機密だ。おいそれと人の目につく場所で使うのは反対だ」

 

 3人の会話に首を傾げるそれ以外の面々。ガン・フォールはある程度聞いてはいるが、実際に動いているのを見たことは無いのでやや懐疑的だった。

 ともあれ、聞いてみないことには始まらない。

 動かすには人手も必要だし、とにかく一度戻る必要がある。

 〝オハラ〟へと。

 

 

        ☆

 

 

『いいぞ』

「いいのですか?」

『構うことは無い。試運転はしておかねばと思っていたところだ、丁度いいだろう』

 

 オハラの研究所でカナタに連絡を取ると、思いのほかあっさり許可が下りてエネルは目を白黒させる。

 ただ、動力部と兵器類はなるべく身内以外に見せないようにすることを指示され、エネルはすぐに周りの研究員たちに指示を飛ばしてバタバタと動き始めた。

 ついてきたルフィたちは何が何だかと言った風である。

 

『それと、ソラ』

「何かしら?」

『仕事が終わったのならそれ以降のことについては関知しない。誰と行動を共にするかは好きにすると良い』

 

 小紫はこの研究の要でもあるのでついて行くことは出来ないが、ソラ自身の行動をカナタが止めることはしない。

 ジャッジに小言を言われるかもしれないが、そんなものは適当に聞き流すだけだ。ソラは子供でも無いし、そもそも協力者と言う立ち位置なのでカナタに行動を縛る権限はない。

 あと、久しぶりに再会した子供と少しでも一緒にいたい気持ちも多少ながら理解している。

 

「ありがとう!」

『行先はあとでジャッジに伝えておくようにな。私に連絡してきてうるさいんだ』

「もちろんよ!」

『毎回返事だけはいいなお前……』

 

 自由に出歩けるようになると、必要なこととは言えあちこち出歩くことが増えたためにジャッジが知らない間に移動していることも多々あった。

 連絡を怠るので監視と連絡役を兼ねて常に1人つけているのだが、今回その役を担っていた小紫が同行しないので面倒なことになりそうな臭いがしている。

 行方不明になったと時たまジャッジがカナタに連絡を入れてくるが、行先を全て把握しているわけでは無い。

 必要な確認を終えて電話を切ると、ルフィたちが研究所の巨大ドックに入って来た。

 

「なんだこれ……!?」

「でっけ~~~~!!!」

 

 海軍の使う軍艦と同じかそれ以上の大きさを誇る船に、ルフィたちがぽかんと口を開けている。

 

「方舟〝マクシム〟……〝黄昏〟の開発する、空飛ぶ舟です」

「飛ブーっ!? これが!? 飛ぶのか!!?」

 

 〝雷〟を動力とし、各部に銀や銅などの極めて伝導率の高い物質を使って動かす空飛ぶ舟。

 本来船に必要な帆や舵は無く、各部に取り付けられたプロペラを利用して高度の維持や旋回、前進を行う。エネルが悪趣味な顔を付けようとしたこともあったが、それは研究者総出で止めている。

 ワクワクで目がキラキラしているルフィやウソップ、チョッパーはあちこち歩き回りたそうにしていたが、先のカナタの言葉もあって流石にそれは諦めさせた。

 シャンディアの面々、麦わらの一味、それにオハラにいた船大工や研究者たちを乗せて、準備が出来たところで小紫が玉座につく。

 

「では始めましょう──2億V、〝放電〟」

 

 玉座から各部へと雷を送る。

 研究者たちは動力部を安全なところから確認し、正常に作動していることを確認して玉座に座る小紫へ問題なしと告げた。

 

「離陸します。皆さん気を付けてくださいね」

 

 研究所の天井が開き、マクシムが徐々に高度を上げていく。

 空気を叩く音が少しうるさいが、気になるところと言えばそれくらいで……徐々に高度を上げ、方向を変えてジャイアントジャックの方へと飛ぶマクシムにルフィとウソップとチョッパーは興奮しっぱなしであった。

 この島に着いてからこっち、麦わらの一味は皆驚きっぱなしである。

 

「スッゲ~~!! どんどん上がってくぞ!!」

 

 甲板なら自由に出歩いていいと言われ、バタバタと走り回る3人組に呆れた目を向けるナミ。

 ロビンはこれ幸いと上から見た島の形を確認しており、ペドロとゼポはマーティンが燃やした森を見ていた。

 

「かなりの範囲が焼かれているな」

「もう少しなんとか出来りゃあ良かったんだがなァ……」

「こればかりはな」

 

 敵の体質が予想以上に厄介だったこともあり、ペドロとゼポが責任を負うものではないとわかっていても、隣でシャンディアの者たちが悲しんでいるのを見ると居心地が悪くなるというものだ。

 もう少しうまくやれたのではないか、と言う感覚はいつになっても消えることは無い。

 

「すぐに着きます。準備をしてください」

 

 オハラとアッパーヤードの距離は大したことは無い上、空を行くという以上は障害物が一切なく真っ直ぐに向かえるので想像以上に早く辿り着く。

 〝雲貝(ミルキーダイアル)〟で甲板まで道を作り、ルフィはいの一番に黄金の鐘の下まで走っていった。

 ところどころ蔦に絡まってコケも付いているが、腐食しない黄金で出来ているためにその荘厳さは一切失われていない。

 

「これが……〝黄金の鐘〟……!!」

 

 誰もがその美しさに見入る。

 かつて400年前に空に飛んで来た時、島中に響き渡ったとされる〝島の歌声〟の発生源がこの鐘だ。

 ぞろぞろと降りて来た者たちも鐘を見上げているが、ロビンと酋長だけは鐘の土台部分を見ていた。

 

「やっぱりあった。〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟……」

「これが、祖先たちが守ろうとしてきたものか……」

 

 腐食することのない黄金に書かれた古代の文字を手でなぞり、ロビンはゆっくりとその文字を読み上げる。

 

真意を心に口を閉ざせ。我らは歴史を紡ぐ者。大鐘楼の響きと共に

「!! ……お主、まさかその文字が読めるのか……!?」

 

 口伝のみ伝えられてきた言葉を口にするロビンに、酋長は驚きを隠せない。

 酋長とて、内容を口伝として知っているからわかるが、文字そのものを読めるわけでは無いのだ。

 

「……神の名を持つ〝古代兵器〟──〝ポセイドン〟……そのありか」

「古代兵器!?」

「何故そんな物騒な物についてなど……!?」

 

 周りの者たちの驚きを気にも留めず、ロビンは考え込む。

 ──また兵器。アラバスタといい、こんなものを求めているわけでは無いのに……。

 ロビンが本来欲しがっているのは歴史を記した碑文であって、兵器のありかを書いたものではない。

 これもハズレかと、口にせず背を向けた彼女を酋長が呼び止めた。

 

「お嬢さん、隣の文字も同じでは無いのかね?」

「え?」

 

 土台に用意されたスペースに書かれた碑文とは別に、誰かが後で彫ったと思われる文字。

 今までの〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟にこんなものは無かった。疑問に思いつつ読み、今度はロビンが驚きに目を見開く。

 

「──『我ここに至り、この文を最果てへと導く。海賊、ゴール・D・ロジャー』……まさか、海賊王がこの島に!? 何故この文字を……」

 

 ロビンが驚き、何かを考え込んでいる横で、小紫は懐かしそうに彫られた文字を撫でる。

 先程の連絡の時にカナタから……と言うか、イゾウから聞いたカナタから聞いていた。

 黄金の鐘と、その土台に彫った古代文字。

 ロジャー海賊団もかつてここを訪れ、そしてロジャーの指示でおでんが彫ったのだと。文化遺産に落書きをする修学旅行生か、とカナタは呆れていたが、幼くして父親を亡くした小紫にとって、父の面影を感じることが出来る場所は貴重だった。

 

「よ~~し、じゃあ鳴らすぞーっ!!」

 

 巻きついていた蔦を切り、動作を確認したところでルフィが声をかける。

 鐘の両側に付いている鎖を引っ張り、揺らすことで音が鳴るのだ。

 空の民とシャンディアの融和を示すように、ルフィの掛け声に合わせて鎖を引く。

 

 ──カラァーーン。

 ──カラァーーン。

 

 鐘の音は400年前から変わることなく、澄み渡った音を響かせる。

 何度も、何度も。

 もう互いにいがみ合う必要は無く、争いが終わったと示すように。

 黄金郷は空にあったと、伝えるべき者へ伝わるように。

 何度も、何度も。




ティーチはそれなりに顔が広くて黄昏内部だと古参に入るので知っている人も多いですが、実力を正確に把握してるのはカナタ含むごく少数です。

空島編は次で一応終わりの予定。


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第百九十三話:島の歌声

 

 カラァーーン。

 カラァーーン。

 海原に響くように雄大に、鐘の音が響き渡る。

 祖先の魂が迷うことなく戻って来られるようにと願いを込めて。

 あるいは、海へと出る友が再びこの地を訪れることが出来るようにと思いを込めて。

 

「うむうむ。良い別れであったのう」

「おれはしれっとこの船に乗ってるお前に驚いてんだがよ。なんでここにいるんだお前」

「何を言う。この島に来るにあたっても乗っていたであろうに」

「だからよ! おれは提督が死にかけてるところを横で見てただけって言ってたお前が! 何食わぬ顔でここにいることに疑問を覚えてんだよ!!」

「おうおう、吼えるではないか。肝心の提督殿はあそこで感じ入っておるようじゃが」

「提督ーっ!! 良いんですか、こいつ乗せて!?」

 

 船員の1人が声を荒げる。

 それに対する女は笑うばかりで、図々しくも船に乗ると言って憚らない。

 今しがた大事な友と別れたばかりで色々と思うところもあった〝提督〟と呼ばれた男──モンブラン・ノーランドも、この騒がしさに涙も引っ込んでしまった。

 鼻をすすりながら振り向き、ノーランドは女の方を見る。

 

「ずずっ……私は、お前は残るものだとばかり思っていた」

「何故じゃ? わえはお主の旅路をこそ見届けたいと思っておる。中途半端に降りるなど、勿体無いにも程があろう?」

「あの時、お前は私を()()()()()()だ」

 

 ジャヤに来たその日、村で行われていた儀式を無理矢理止めて〝コナの木〟を探し、見つけた帰り道で地震による地割れに呑まれた。

 そこに現れたこの女は、助けるどころか横でニヤニヤと笑いながら眺めていたのだ。

 ご丁寧に「がんばれがんばれ」と声をかけながら、である。

 

「見捨てたとは心外な。お主が自身の力であの苦難を乗り越えると信じていたからこそよ」

「……結局、私一人ではどうにもならずにカルガラに助けてもらったが」

「そこはほれ、ああいうテイストもたまには悪くないというものよ。き、ひ、ひ……!」

「人が苦しんでいるさまを見て喜ぶなど、悪趣味にも程があるだろうに……」

「お主等が苦しんでいるさまを楽しんでいるのではない。苦しんで地にまみれて、それでもなお立ち上がる様をこそわえは見たいと思うておる」

 

 ノーランドからしても、この女の趣味の悪さには閉口する。

 人を探している、と言うから船に乗せてやったというのに、やったことと言えば危ない時に一番近いところで観戦するばかりで手伝うこともしない。

 親切心で船に乗せたが、失敗だったかもしれない。

 

「……それで、結局お前の探し人は見つかったのか?」

「いいや、ここにもおらなんだ。やっぱり壁の向こう側かのう……」

「〝赤い土の大陸(レッドライン)〟の向こう側か?」

「うむ。わえは元々あちら側から来ておるからのう。トキもミオも、あちらにいる可能性が高いが……まァミオはさておきトキははぐれた時点でもう会うことは無かろうと思っておる」

「? 何故だ? あちらもお前の事を探しているんじゃないのか?」

「き、ひ、ひ。あやつはわえと違って弱いからのう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。縁があればまた会うこともあろうて」

 

 目を細めて笑う女性に、ノーランドは何か言葉をかけようとして……今しがた再会を誓った親友の事を思い出す。

 彼はいる場所がわかっているだけマシなのだろう。

 偶然離れ離れになり、その後の行方も知れないまま当てもなく探し続けることはとても疲れることだ。

 ゴールの見えない旅路ほど疲弊するモノは無い。

 

「サヘル。君は──」

「同情なら不要だ。わえにはわえの目的があって彼奴等と共にいたに過ぎん」

 

 ノーランドの言葉を遮り、サヘルと呼ばれた女は歯を見せて獰猛な笑みを浮かべる。

 長い金髪をなびかせて背を向け、船室へ向けて歩き始めた。

 

「少なくとも、わえは〝ジョイボーイ〟を見つけるまでは死ぬ気は無いのでな」

 

 ──それが、ジャヤを出航したモンブラン・ノーランド一行の船で行われた、記録に残ることのない会話。

 その後の顛末は絵本にある通り、ウソツキと呼ばれてノーランドが処刑されることとなる。その逆境をはね返せなかったことを残念に思いながら、サヘルもまた歴史の闇の中に姿を消した。

 

 

        ☆

 

 

 空島からやや離れた空域。

 〝焔雲〟を手繰って船を運ぶ巨大な狐の姿があり、徐々に高度を落として着水する。

 巨大な狐──マラプトノカは疲れた様子で人型に変わり、船の中に入ってソファにぐったりと倒れ込む。

 

「お疲れだな」

「全くです。割に合わない仕事でした……」

 

 声をかけた子供姿のマーティンはと言えば、盗んできた資料を適当に確認していた。

 

「そちらの出来はどうでした?」

「重要な資料と呼べるものは無かった。オハラと関連付けられそうなものも、無いでは無いが……これはちょっとこじつけが過ぎるな」

 

 歴史的な資料も普通に世に出回っているようなものばかりで、オハラと〝黄昏〟の関係性を客観的に示せそうな資料は見つかっていない。

 貴重な資料などはきっちり隠されているのか、あるいは()()()()()()()()()()()()()()のか。その辺りは不明ではあるが、マーティンの仕事は失敗と言ってよいだろう。

 政府には文句を言われるだろうが、マラプトノカはもうサイファーポールでも動かして勝手にしろと考えていた。

 特に今回は、不死鳥の能力が無ければ何回死んでいたか分からないほどの傷を負った。あんなバケモノがいるとは少々予想外である。

 

「現在こちらの海にいる中でマークするべきは数年前に〝黄昏〟の傘下に入った〝冒険男〟や、〝ミズガルズ〟にいる〝魔眼〟くらいのものだと思っていましたが……今回の小紫と言う人は完全にノーマークでしたね。わたくしがここまで良いようにやられるなんて」

自然(ロギア)系最強種、ゴロゴロの実の能力者か……前の能力者も相当悪名高かったらしいが、今回の能力者も相当だな」

「今回はこの情報を高く売ることで補填としましょう」

 

 〝黄昏〟の情報は表に出ているものが少ない。特にカナタの隠している存在ともなれば、政府も無視は出来ないだろう。

 さぞや高値を出すだろうと皮算用しつつ、しばらくは休養を取ろうと考えていた。

 人の体を障子紙のように切り裂く剣士の相手など、なるべくならもう見たくもない。

 

 

        ☆

 

 

 黄金郷を見つけて数日後。

 シャンディアの面々は黄金の鐘以外の金銀財宝を納めることで〝黄昏〟の庇護下に置かれることとなった。

 マラプトノカの襲撃もそうだし、村を焼かれたことによる食糧難と住居の確保が急務だったからである。

 ガン・フォールは忙しそうに各所へ指示を出している中、小紫はカイエと連絡を取っていた。

 

『……状況はある程度カナタさんから聞いています。土地の調査は行っておきたいとのことですし、近いうちに調査班を組んでおきましょう。方舟のテストには問題が無かったのでしょう? 近いうちに〝ミズガルズ〟との間で航行試験をやって、必要な食料や資材はその時に運ばせましょう』

「ジョルジュさんはいないんですか?」

『丁度いますが、うるさいのがいますからね……準備に数日は必要でしょうし、これ以上待たせて暴れられると手に負えないんですよ』

「そうですか……こちらも急ぎで必要な物は無いですし、その手筈でお願いします。カイエさん」

 

 カナタが忙しいため、物資の補給などはカイエが引き継いで対応することになっていた。

 空島との行き来はフワフワの実による移動しか方法が無いが、方舟マクシムが稼働すれば空を移動する方法が増えることになる。

 動力に悪魔の実の能力を使っているとはいえ、これが完成すれば今後の移動に革新的な変化が起きる事だろう。空島との行き来は元より、〝凪の帯(カームベルト)〟や〝赤い土の大陸(レッドライン)〟を越えることもより容易になる。

 カイエとの話し合いが終わり、突発的に行われているシャンディアの受け入れ作業を見る。

 住居は元々観光のために用意してあった宿を開放しているので問題はない。着るものも古物であれば数多く残っている。食料も備蓄があるのでしばらくは大丈夫だ。

 問題は……住民間の軋轢である。

 

「長年対立してきて、突然それが解消される……混乱もまた必然、ですか」

 

 小紫とて他人事ではない。

 ワノ国内部ではオロチが自身におもねる者とそうでない者を明確に分けて暮らしに差を付けている。仮にワノ国を取り戻せたとして、この対立は残るだろう。

 執政に関わってきたのなら全員斬れば済むという話ではない。

 お庭番衆も侍衆も、ワノ国の軍事力として必要な存在だ。小紫1人の力で世界ににらみを利かせられるわけでは無い以上、彼らを従える必要がある。

 ……もっとも、これをスムーズに進めるための小紫()()()()()なのだが。

 

「小紫ちゃん!」

「ソラさん。どうされました?」

 

 考えるだけで頭が痛くなるワノ国の内憂を振り払い、小紫は小走りで近付いて来るソラの方を見る。

 

「サンジたち、もうそろそろここを出るらしくて! 荷物を急いで運ぼうと思ってるの。手伝ってくれない?」

「ええ、いいですよ」

 

 大きめのリュックに着替えなどを入れて荷造りは終わっていたため、後は運ぶだけ……らしいのだが、非力なソラでは数が多く運びきれない。

 オハラに来る際も手伝って貰っていたので、小紫も「まぁそうでしょうね」と言わんばかりの表情である。

 

 

        ☆

 

 

 ところどころ黒く焼け焦げた跡が残るメリー号が簡単にとは言え修繕され、これでもかとばかりに金銀財宝が積み込まれていた。

 食料や水などの必需品を除いて載せられるだけ載せたのだ。換金出来れば良かったのだが、現在のオハラは観光地である。多数の金銀財宝を換金出来るほどの現金など置いていない。

 量が量なのでナミも満足そうに頷いており、これで貧乏海賊脱却だと鼻を鳴らす。

 多くの〝(ダイアル)〟を購入したウソップも満足そうにしており、自分の工房であれこれと弄り回していた。

 

「出発はまだなのか?」

「サンジの母ちゃんがまだ来てねェんだ。どこ行ったんだろうな?」

「ソラさんなら荷物を取りに行くって言ってたわよ」

 

 言うが早いか、大荷物を抱えた小紫と身軽なソラが港を歩いているのを見つけた。

 ルフィが声をかけると、ソラが手を振って応える。

 ソラの荷物でまた船が狭くなるが、こればかりは仕方ないので文句など誰も言いはしない。

 

「じゃあ出発……あれ? ナミはどこだ?」

「あいつならあそこだ」

 

 ゾロが指差した先ではウェイバーを乗りこなすナミの姿があった。

 この島に来た初日にパガヤへ渡してそのままだったウェイバーの修理が終わったので貰って来たらしい。その際現金が無かったので宝石で支払ってきたのは余談である。

 

「これサイコー!」

「楽しそうだなー……いいなー! なァ、おれでも乗れるやつ買わないか?」

「置く場所ねェだろ」

 

 ゾロにばっさりと切り捨てられ、ルフィはブーブーと文句を言いつつ口をとがらせる。

 一方のゾロは、荷物を船に載せ無理矢理部屋の中にリュックを押し込んでいる小紫をじっと見ていた。

 アッパーヤードでマラプトノカと戦っているのを見た時から、ずっと気になっていることがある。

 

「お前、あの時刀が黒く染まってただろ。あれはいったい何なんだ?」

「あれは覇気によるものです。〝黒刀〟は恐竜が踏んでも一ミリも曲がらないと謳われる刀ですが、それは過去に卓越した覇気使いによって〝成った〟刀。使い手次第で普通の刀もまた〝黒刀〟足り得る」

 

 〝春雷〟を引き抜いた小紫は、手の上に載せたそれに覇気を纏わせて刀身を黒く染めあげる。

 覇気の練度次第で出来る事出来ないことがある。自身の肉体ではないものに覇気を纏わせるのは難しく、並の覇気使いでは出来ない者もいる。

 そもそも覇気を扱う事自体難易度が高いので、やるならまずそこからだ。

 

「あなたがより強い剣士になるかどうかは今後の修練次第です。今はまだ地力を付けることを考えて良いと思いますよ。何事も基礎あってのものですからね」

「……ああ。そうだな」

「詳細はペドロとゼポに聞くと良いでしょう。彼らも覇気使いですし、基礎くらいなら教えられるハズです」

 

 目指すべき先が明確に見えてきたのなら、基礎的な鍛錬にも力が入るというもの。

 ゾロは自分の掌を見て、必ずあの域まで行ってみせると拳を握り込む。

 2人が話している間にナミはウェイバーを手に戻ってきており、ルフィとチョッパーが引き上げていた。

 準備は出来た。小紫も小舟に乗り込み、ルフィたちを先導するように船を出す。

 

「ついて来てください。案内しましょう」

 

 普段は警ら隊が担当しているのだが、彼らは現在マラプトノカに手酷くやられて入院中である。

 仕方が無いので小紫が代わりに出国の手続きを担当していた。

 行先はオハラやアッパーヤードがある上層〝白々海〟の下、〝白海〟の端。人呼んで〝雲の果て(クラウド・エンド)〟である。

 

「は~~……長いようで短かったなー」

「白い海ともお別れか。いざ降りるとなると、確かに名残惜しい……」

「また来れるかな?」

「ここばっかりはな……」

 

 各々が雑談している中でも、船はゆっくりと進んでいく。

 〝雲の果て(クラウド・エンド)〟に設置された門の桟橋に船を停めた小紫は、先にルフィたちへ声をかけた。

 

「ここからは青海一直線です。帆を畳んで船内に物を運んでおいてください」

「だいぶ高速で行く見てェだな! 7000メートルの坂道だ、それも当然か!」

「飛んでいきそうなものは全部中に入れちまえ!」

「小紫ちゃん、色々とありがとう。カイエちゃんへの手紙もちゃんと持ったから、向こうで渡すわ!!」

「ええ、良い旅路を」

 

 次の島はソラが持つ永久指針(エターナルポース)で向かう。旅のついでだ、サンジの母親なら別に断る理由も無いとルフィが行先の島の名前も聞かずに了承している。

 小紫はここに来てようやく狐の面を外し、二コリと笑って門を開ける。

 そのまま吸い込まれるように門へと入っていくルフィたちを見送り、手を振って。

 

「よーし!! ここを降りたら、また新しい冒険が始まるんだ!! 行くぞ、野郎ども!!!」

「おお!!!」

 

 ルフィが次なる冒険に心を躍らせ、仲間たちもそれに拳を突き上げる。

 そして。

 

「──では、落下中お気を付けて」

 

「──落下中??」

 

 スポーン、と門から投げ出される形になったメリー号と麦わらの一味は、急な坂道どころか垂直落下で青海に向かうことに気付いて目玉が飛び出る程驚く。

 ちょっと待ってと言わんばかりに門のところにいる小紫に手を伸ばすが既に遅い。

 雲を切り裂くように重力に包まれ、真っ直ぐ青海へと落ちていく。

 それを見届け、小紫は懐から出した笛を口に咥えた。

 

「最後のサプライズです。楽しんでいってください──空島名物、〝タコバルーン〟です!」

 

 ポ~~~~ッ!! と笛の音が鳴り響くと、雲の海の中から飛び出た巨大なタコが横からメリー号に絡みつく。

 こんな時にとゾロは思わず刀を抜こうとするが、ソラがそれを制止した。

 

「うべっ!?」

「な、なんだこれ!?」

 

 船が襲われているのかと思いきや、絡みついたタコはバルーンのように膨らんで船が急激に減速する。

 特に襲ってくる様子もなく、船は先程までと違って風に乗りながらゆっくりと落下していく。

 

「はーっ! スゲーなこれ!!」

「面白ーっ!」

「……アンタ、これ聞いてたのか?」

「一応ね。船を飛行させて移動する時以外はこれしか降りる方法がないから、推測でしかなかったけれど」

「し、心臓が止まるかと思った……」

「人が悪いぜ姫様……」

「全くだ……」

 

 先に教えてくれても良かったのに、とぼやく2人を尻目に、ルフィはゆっくり落下していくこの状況を楽しんでいた。

 ナミとウソップとチョッパーはやや腰が抜けたようにぐったりしていたが、ソラが懐から永久指針(エターナルポース)を取り出すと自然と視線がそちらを向く。

 次なる目的地を示す指針である。特にナミは航海士として気になるのだろう。

 

「それがソラさんの目的地?」

「ええ。〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半における最大の貿易拠点。あらゆる物資が集まる、巨大な城塞商圏……名を〝ミズガルズ〟」

「〝ミズガルズ〟……」

「まァ、本当はこれを使わなくてもこの島で指針(ログ)を溜めれば着く島ではあるんだけど、何事にもトラブルは付き物だものね」

 

 アラバスタを出て、航海の途中で空島に指針(ログ)を奪われた経験のあるナミとしても、その言葉には頷くほかにない。

 

「そこに何かあるの?」

「……サンジは本当なら会いたくないかもしれないけれど。あそこには今ジャッジがいるの」

「…………」

 

 サンジはしかめっ面のまま、ソラの言葉を聞いても口を開くことは無い。ある程度想像はしていたのだろう。

 ソラの目的地がそこなら、どうしたって会うことになる。正直気は進まないが……無理矢理針路を変えろなどと言うことも出来ない。

 ルフィの決めたことだ。後からあれこれ口を挟む真似はしない、とサンジは自分の意見を事前に言っていた。

 

「それに、黄金もこのまま船に載せておくわけにはいかないでしょう? あそこなら換金もしてくれると思うわ。紹介状も書いてもらったし」

「あ、その手紙ってそのための?」

「そうよ」

 

 ソラの知り合いに換金所をやっている者はいないので、小紫に事前に仲介してもらうための手紙を書いて貰っていた。

 懐に手紙を仕舞いなおすと、青海に降りるまでの間にサンジの仲間と親睦を深めておこうと、ナミの下へ行く。

 必要なことがあれば都度話す。そうしなければ忘れてしまうだろうし、ルフィとしても事前に知っているより一度見てからの方が良いだろうと考えての事だった。

 青海に向けて落下する中、耳朶に響く雄大な音が鳴る。

 カラァーーン。

 カラァーーン。

 友を送り出す鐘の音は途切れることなく、祖先より続く灯は絶えていないと示すように。

 ここは空島。海抜10000メートルにある、雲の上の神の国。

 今日も明日もそのまた明日も。

 鐘の音は大地を誇るように歌う。

 




次章予告!
「次の島は──巨大な城塞商圏!
 城塞と巨人の守る最大規模の貿易拠点! あらゆる海から集まる酒! 食料!! 美人!!!
 島を統率する魔眼の女王!
 世に名高い九蛇の姫!
 更にはルフィの幼馴染ィ!?
 ここがこの世の楽園か!!? あわよくばお近づきになりてェ~~~~っ!!!

 次章! 巨獣城塞商圏ミズガルズ/魔眼持つ蛇

 恋はいつでも!! ハリケーン!!!」


次章予告その2
「10人の巨獣に守られた城塞。10の城塞に守られた人工島。あらゆる品物が集まり、世界中の交易の大部分を担う一大拠点。
 〝楽園〟と〝新世界〟にしかない貿易拠点に役者は集う。
 古代種の力を得たエルバフの戦士。
 妻の体を今なお保存し続ける亡国の王。
 科学の力によって強靭な肉体を得た姉弟。
 海軍、海賊の区別なく交易を行うこの都市ではトラブルが絶えることは無い。身の程知らずなど最たるもの。

 次章、巨獣城塞商圏ミズガルズ/魔眼持つ蛇

 この都市で無用なトラブルを起こすなら石にしてしまいますよ?」


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幕間 ドレスローザ

 

 新世界、ドレスローザ。

 とある海賊によって王位を奪われ、罪を擦り付けられていたリク王家が僅か数日前に再び王位についた国である。

 カナタはマリージョアでの会議から帰る途中で寄り道し、このドレスローザへと足を運んでいた。

 港には海軍の軍艦が停泊しており、民間船と海軍旗(カモメ)海賊旗(ドクロ)が並ぶ異様な状態になっていた。

 ラグネルと千代を伴って船を降りると、真っ直ぐに臨時の海軍駐屯所に向かう。

 当たり前の話ではあるが、今の海軍にカナタの顔を知らぬ者などいない。ほぼフリーパス状態で奥へと通され、臨時の駐屯所の最奥にいた将官と顔を合わせた。

 

「これはカナタ殿、お初に。私はルーカスと申します。階位は准将です」

 

 案内の下現れたカナタに対し、ルーカス准将は挙手の敬礼で応対する。

 七武海とは言え海賊に対する反応では無いが、カナタは当然のように簡易な答礼を行って返した。

 

「ここの責任者はお前か?」

「いいえ、責任者はトキカケ中将です。……ですが、中将殿は現在報告のために席を外しておりまして」

「海楼石で作られた工場があると聞いたが、現場には入れるのか?」

「可能です。案内しましょう」

 

 既にトキカケから話は行っているのか、ルーカスはきびきびと天幕を出て王宮のある台地へ向かい始めた。

 台地の下部には交易港が作られており、あらゆる裏取引がそこで行われていたと言う。

 入口は通称〝おもちゃの家〟と言われており、ドレスローザにいるおもちゃたちが夜な夜な帰っていく家なのだと。

 

「とは言え、それも方便のようでして……おもちゃたちは夜中の間、交易港でひたすら荷運びをさせられていたと報告を受けています」

「……〝ドンキホーテファミリー〟か……」

 

 ドンキホーテと言う名前には聞き覚えがある。

 1人はカナタが殺害した天竜人。

 もう1人は天竜人殺しの罪を着せられて聖地から追放された元天竜人。

 最後に、魚人島の件でカナタと手を組んでいる天竜人である。

 前者2人は既に故人になっている上、最後の1人はカナタとある種の同盟関係にある。関連性は無いと見るべきだが……カナタはどうにも釈然としない顔をしていた。

 

「交易港の一角に工場が建てられており、こちらが今回問題になっている場所です」

 

 〝おもちゃの家〟から地下へと降りた先、交易港の一角を占める建物。

 円柱状になっており、上部はドームのようになっていて外からの明かりを入れられるようになっている。内部を見る限り、横開きの扉を閂に近い形で引っ掛けて閉ざされているらしく、力づくでは開けられないのだとルーカスは困った顔をしていた。

 外から開けるには鍵が必要だが、当然ながら鍵はドンキホーテファミリーが持って行った。開けるには鍵を作り直さねばならない。

 

「ふむ。ちょっと下がっていろ」

「はあ」

 

 軽く触って扉を確認すると、カナタは3人を後ろに下がらせる。

 この辺かと当たりを付けると、頑丈な海楼石の扉目掛けてヤクザキックをブチかました。

 ドゴンッッ!!! と見た目に反してすさまじい音がする。扉を壊したのかとルーカスは声を上げるも、表面上は特に変化もない。

 すわ失敗かと思ったが、カナタは横開きの扉を開けてさっさと中へ入った。

 

「え~~~~っ!? 開いた!?」

「驚いてないで入るぞ」

 

 ラグネルと千代もカナタの後に続いて工場へ入ろうとすると、先に入ったカナタが出てきて制止した。

 

「今はまだ入るな。中の換気が必要だ」

「換気? 何故です?」

()()()()()()()()()()()

 

 目を丸くしたルーカスはすぐさま扉を閉めると、「ガスマスクを用意してきます」と走って臨時駐屯所へ戻っていった。

 カナタは臭いですぐに気付いて出て来たので影響が出ることは無いようだった。

 

「しかし、何故毒ガスなど……」

「中の小人族が全滅していた。働かせていた奴らを始末するためだろうな」

「惨いことするのう」

 

 監督していたであろうドンキホーテファミリーの一員も倒れていた辺り、余程急いで始末したと見える。

 外から鍵をかけてしまえば内部に入る方法は極めて限られ、中の物が奪われる可能性は低くなると考えたのだろう。

 実際はこうしてカナタが鍵だけをピンポイントで破壊して扉を開けてしまったのだが。

 そこまでして見られたくないもの、あるいは奪われたくないものとなると限られる。

 

「シーザー・クラウンが作ったという〝SAD〟と言う薬品と、農場のようなものがあった。作っていたのは〝smile〟の果実だろうな」

「ってことは、百獣海賊団が増やしてた人造悪魔の実の能力者はこれ以上増えないってコトかのう?」

「可能性としてはな。他に作れる奴を確保していれば話は別だが、そう簡単に行くようなものでもあるまい。仮に増やすのを止められなかったとしても、供給量を絞れただけでも価値はある」

「まァこれ以上増えないならええんじゃないのか。あれ以上増えると面倒そうじゃったし」

「ルーカス准将はガスマスクを取りに行ってしまったが、私は船に戻る。もう用はないからな。中の薬品類と残っていた〝smile〟は出来る限り回収して〝エッグヘッド〟へ持ってきてくれとベガパンクが言っていたから、後は海軍任せだな」

 

 薬品を運ぶ都合上、普通の軍艦や商船ではなく薬品が漏れないタンカーを用意する必要がある。

 〝パンクハザード〟にあったタンカーは海軍が接収しているハズなので、センゴクに要請して人員を整えた上で現在ドレスローザへと運搬して貰わねばならない。

 まだ数日はかかるだろうし、〝エッグヘッド〟へはカナタも用事があったのだが……少々ハチノスを空けすぎている。仕事が溜まっているので、〝エッグヘッド〟へはラグネルを派遣してベガパンクを締め上げる予定である。

 マラプトノカの件で色々疑惑が吹き上がっているので、一度きっちり清算しておかねば筋が通らない。

 

「誰かが来て開けないとも限らないからな。どちらかは残ってルーカス准将が来るまで見張ってもらうが、どうする?」

「……」

「じゃんけんで決めるか」

 

 無言で「貴女が残りなさい」と睨みつけるラグネルの視線などどこ吹く風。千代は笑いながら片手を出すと、ラグネルも溜息を吐いて片手を振り上げる。

 ラグネルが残ることになった。

 

 

        ☆

 

 

 船へ戻って来たカナタは、なるべく防音に気を使った部屋で電話をかけていた。

 相手はフェイユンである。

 

『──はい。なんでしょうか?』

「上手くいったか?」

『もちろんです。聞きたいことがあるんですか?』

「戻ってからでも良かったが、丁度〝ドレスローザ〟にいるのでな」

『わかりました。少し待ってください』

 

 とは言ってもフェイユンが連れてくるわけでは無いのか、電話の向こうでフェイユンが指示を出している声が聞こえるだけだった。

 程なくして現れたカナタの目的の人物は、大声で泣き喚きながら助命を嘆願していた。

 〝パンクハザード〟を襲撃して拉致してきた科学者、シーザー・クラウンである。

 

『頼むよォ~~!! 殺さないでくれェ!! 何でもするからよ!!! 武器だって兵器だって作れるし、言われりゃあなんだって作る!! だから殺さないでくれェ~~!!』

「……少々うるさいな」

『ごめんなさい。ちょっとだけ時間をください』

 

 電話の向こうで何かを殴打する鈍い音と悲鳴が聞こえる。聞いていて心地いいものでは無いが、あのまま放置していたところで話は進まない。

 まぁ電話で時間をくれと言ったのはフェイユンだが、実際にシーザーを殴打しているのは別の人物だろう。フェイユンがやっていたらどれだけ手加減してもシーザーの首が圧し折れそうだ。

 そう時間も経たずに静かになったのを確認すると、カナタは手早く聞きたいことを訊ねる。

 セニョール・ピンクから得た情報の裏付けを取る意味も込めて、基本的なことを確認しておく必要があったからだ。

 

「〝SAD〟を作ったのはお前だな?」

『……あい、そうれふ……』

「〝smile〟の作り方も知っているな?」

『知ってまふ……』

「その辺りの事を洗いざらい吐けば、ひとまず殺すのは止めておいてやろう」

『ありがとうございます……』

 

 半泣きと言うか、ほぼ泣いてるシーザーはカナタの疑問に一切抵抗する様子もなく答える。

 〝パンクハザード〟に残されていた資料類もあらかた回収しているハズだが、実際に作っていた男がいれば解析も早くなるだろう。

 〝smile〟の影響を取り除く可能性は出てくるかもしれない。

 ……実際は相当厳しいと考えているが、ゼロではないならやる価値はある。

 

「お前、誰に指示されてやったんだ?」

『指示してきたのはドンキホーテファミリーだ……〝smile〟はカイドウに流してたと聞く。他所からも流れて来る〝smile〟の方が性能が良いせいで、カイドウからなじられてるって……あれ? これは誰から聞いたんだったか……?』

「〝smile〟を作れる奴がもう1人いるのか?」

『おれは詳しいことは聞いてねェ。おれが聞いた誰かは知ってたみてェだが、名前は出してなかった……気がする』

 

 シーザーは下手に名前を挙げると躍起になってやらなくていいことをしかねないので、名前を言わなかったのはその誰かの判断なのだろう。

 ……シーザーがコンプレックスを刺激される存在など、おおかたベガパンク関連の誰かなのだろうけれど。

 と、そこまで話したところで部屋のドアがノックされた。

 

「詳しいことは後ほど話そう。〝ハチノス〟までの護送は頼んだぞ、フェイユン」

『はい! 任せてください!』

 

 張り切るフェイユンの言葉を最後に電話を切ると、部屋のドアがもう一度ノックされた。

 カナタが部屋のドアを開けると、部下の1人が何やら伝令を持ってきたようだった。

 

「何かあったのか?」

「ハッ! 海軍中将トキカケより、相談事があるとのことです!」

「トキカケから? ふむ……船の外にいるのか?」

「はい。いかがされますか?」

「立ち話もなんだ、ここまで連れてきていい」

「了解しました!」

 

 見られて困るような書類は手早く机の引き出しに片付けていると、それほど時間もかからずトキカケが部屋を訪れた。

 一応機密扱いなのか、部下も連れずに一人で来たらしい。

 トキカケは気安く片手をあげて挨拶すると、部屋に用意されたソファにそそくさと腰かける。

 

「ようお姉ちゃん。久しぶりだな」

「相変わらずだな、トキカケ。女と見れば誰彼構わず声をかけているのか?」

「妬いてくれてんのか? 可愛いモンだな! ……まァ実際のとこ、ちょっと頭のいてェ問題に直面しちまってな。知恵を貸して欲しいワケよ」

「センゴクではなく私にか?」

「あー、まァなんだ。センゴクの社長にも相談はしてあるんだが……今回の件はちっとばかし特殊っつーか、言っちまえば変なんだよ」

 

 ポリポリと頭を掻くトキカケ。

 事の発端は〝ドレスローザ〟が海賊の支配を受けていたことにある。

 七武海でもない一海賊が国を乗っ取り、世界政府加盟国として現在も存在している……と言う事態に、少々政府内部でも混乱が起きているらしい。

 これまでの証拠を見る限り、海軍とてこれに気付かないはずは無い。「これは海軍の怠慢である」と主張する政府に対し、海軍は海軍で政府からの正式な通達が公文書として残っているので「政府の指示である」と真っ向から対立している状況だという。

 責任を押し付けたい政府と、それを回避しようとしている海軍の水面下での政治闘争である。

 

「政府からの指示が公文書として残っているなら勝ち目は無かろうに、五老星は何を考えているんだ?」

「存在しない海賊の名前と手配書が前提になってるから、捏造されたものだって主張してるんだと。聞いたことあるかい? ドンキホーテ・ドフラミンゴって名前」

「聞かないな」

「だろ? 3億を超えるような賞金首なんて大抵誰でも知ってるもんだ。誰に聞いても知らねェ賞金首が過去に七武海として存在してた……ってなってると主張しても、そりゃ社長通らねェだろっておれは思うワケ」

「……そう、だな」

「? なんか気になるところでもあるかい?」

 

 カナタは言い知れない違和感に眉根をひそめ、トキカケはそれに首を傾げて不思議そうにしている。

 自分の記憶力にはそれなりに自信があるカナタとしては、覚えていることを思い出せないもどかしさに不愉快な気持ちになっていた。

 だがそれをトキカケに言っても仕方がない。

 現状、政府と海軍の内部対立が激しくなっている状態だ。ここ最近は四皇同盟が活発に動いていることもあって、こちらの動きが制限されるのはあまりよろしくない出来事と言える。

 

「つまり、私にこの対立を取り成してくれと」

「まァ言っちまえばそうなる。お姉ちゃんなら何とかしてくれそうだしな」

「お前な……海軍が海賊に頼むことでは無かろう」

「ハッハッハ。お姉ちゃん、海賊って言ってもアンタ、海軍内じゃほとんど身内みたいな扱いだぜ」

 

 今でも強く警戒しているのは大将やセンゴク、ガープやおつるくらいのものだ。海賊嫌いの一部の海兵も同様だが、基本的には〝黄昏〟は好意的に取られていた。

 何しろやってることは単なる海上運送屋である。ついでのように治安維持に貢献しているのなら、海軍としても文句を付ける気はない。

 そんな彼女なら、今回の件も何とかしてくれるのでは……と、トキカケは思っているらしかった。

 問題を投げつけているとも言う。

 センゴクがわざわざ他人に意見を求めるとは思わないが、状況が特殊ゆえに一つの意見として言うだけ言ってみることにする。

 

「……この国の王はどうなっている?」

「リク王は戻ってるが、国民感情はあんまりよくねェな。過去にやったことがやったことで、それが原因で海賊に乗っ取られてるからなァ。政府も首を挿げ替えたいだろうぜ……それに、娘のヴィオラ王女はドンキホーテファミリーの幹部だったようだしな」

「父親の助命嘆願のためにファミリーに入ったと聞いているが」

「耳聡いな。その通りさ……同情の余地はあるが、一度海賊になった上に父親が追い落とされてる。見る奴が見りゃァ……」

「父親を追い落として王位につこうとしたようにも見えるな。ドンキホーテファミリーの方もそう見せることが目的だったんだろうが」

 

 トキカケが言いにくそうに言葉を濁した部分をカナタはサラッと口にする。

 こうなると、リク王が起こしたという凶行も何かしらの原因があるようにも見える。当時の状況を知らないカナタとしては何とも言えないが、一度凶行に走った王をそのまま戻すのは色々な意味でリスクが高いのも事実だ。

 近場の島でおかしなことを起こされても困る。

 となれば、色々根回ししておくしかないだろう。

 

「〝ドレスローザ〟は私の統治下に置こう」

「……〝黄昏〟のナワバリにするって事かい? 世界政府加盟国を?」

「お前、私の勢力圏で加盟国がどれだけいると思ってる」

「まァそりゃそうなんだが」

 

 海上運送と言う仕事柄、加盟国も非加盟国も構わず航行する。〝黄昏〟の船が寄港する島を勢力圏と呼ぶのなら、加盟国のほとんどは既にカナタの勢力圏である。

 だが、統治下にある国はほとんどない。

 影響を及ぼせる国、あるいは内政に多少なりとも干渉出来る国はいくらかあるが、完全に統治下となると数は限られる。

 その中の一つに〝ドレスローザ〟を組み込もうというのだ。トキカケの警戒も分からないではない。

 

「表向き政府が問題視しているのは『これまで七武海ですらない海賊が加盟国を統治していた』ことで、海軍が問題視しているのは『それが政府の指示だった』ことにある」

 

 つまり政府は気付いていて対処しなかった海軍が悪いと言いたいワケで、海軍は海賊に肩入れした政府に不信感を抱いている状態にある。

 センゴクがこれをカードとして何を政府から引き出したいのかにもよるが、四皇同盟とのゴタゴタがあった中で内部の対立が激しくなるといざと言う時動きにくくなる。

 あまり当てにはしていないとしても、それはカナタとしても困ることだ。

 互いに落ち度はないと言い張っている以上、第三者が間に入って取りなすのが一番ではあるだろう。

 

「〝ドレスローザ〟は今後七武海の私が管理する。これまで在野の海賊による傀儡政権だったということにして、政府はこの事実を元に加盟国から外すだろう。その後で加盟国に戻りたいと国民やリク王が考えるなら再び私の統治下でそれを申請すればいい。海軍の落としどころは……そうだな、捏造は無いと監査を受ける代わりに政府が裏で関わっていたものを切ると言ったところか」

 

 センゴクがやりたいことはいくらかあるだろうが、〝ドレスローザ〟に根を張っていたドンキホーテファミリーは〝北の海(ノースブルー)〟出身だ。

 センゴクが現場に出ていた時代から北の闇を暴こうと色々動いていたことは知っている。これを機に一斉摘発、乃至掃討したいと考えていた可能性が高い。

 政府は失点を一つ回避する代わりに北の闇による利権を失う。海軍は公文書の捏造をしていないと政府の監査を受ける代わりに北の闇を暴く。

 落としどころとしてはこんなものか。

 政府の方がダメージとしては大きくなるが、公文書が本物であればの話。センゴクも文書が正式なものかどうかは分かっているだろうから強気なのだろうし、どのみち今回の件で北の闇は芋づる式に暴かれるだろう。トカゲの尻尾切りと思えば安いものだ。

 〝ドレスローザ〟が加盟国から外れた瞬間に海軍は守る義務がなくなり、エサと見た四皇同盟が寄ってくるのは目に見えているのでこちらは〝黄昏〟の統治下におかねばどうにもならない。

 

「国の統治など金を食うばかりで旨味はあまりないのだがな」

「そう考えるのはアンタくらいだぜ。大抵海賊ってのは地位や金に目が眩むもんだろうに」

「地位や名誉、金に力……欲しがる者を否定はしないが、そういったものには大抵虫が寄ってくるからな」

「……いやな思い出でもあんのかい?」

 

 カナタには嫌いなものが3つある。最たるものは〝売国奴〟……帰属する組織ないし国家に対する裏切り者だ。

 寄ってくる虫を潰すのも楽ではない。

 今はフェイユンが大抵見つけて潰してくれているし、構造的になるべく虫を入れないように考えてはいるが、ゼロにはならないものだ。

 

「……お前の要望はこれで全部か?」

「……ああ。ありがとよお姉ちゃん。助かるぜ」

「お前からセンゴクに相談して、この方向でいいと言えば私の方でも動こう」

 

 センゴクはセンゴクで色々考えているだろう。下手に独断専行しては足を引っ張ることになる。

 ノースの闇は深い。

 40年続く戦争に武器だけは潤沢に手に入る状況。貧富の格差は拡大するばかりで奴隷狩りも増えている。

 海軍だけで解決するのは難しいだろう。こちらにもセンゴクから手伝いを頼まれる可能性は十分にあった。

 トキカケは立ち上がって猫背を伸ばし、腰をトントンと叩いて問題に目途がついたと満足そうに笑っていた。

 

「じゃ、おれは戻るぜ」

「ああ。今度は私にとっていい話が聞ければいいがな」

「ワハハ、そうなることを祈ってるぜ」

 

 上機嫌で部屋を出るトキカケ。

 数秒程で戻ってくると、「忘れてた」と言って追加の情報を寄越す。

 

「この国、小人族もいるんだがよ」

「知っている」

「その小人族のお姫様が行方不明のままなんだと。海軍で捜索中ではあるんだが、まだ見つかってねェ。ともすると連れていかれた可能性もある。それだけ留意してくんな」

 

 言うだけ言うと、トキカケはバタンと扉を閉めて船から出て行った。

 相変わらず騒がしい男だと思いつつ、カナタは手元にメモを残していく。

 また仕事が増えてしまう。〝ドレスローザ〟に関してはまだおもちゃのことなど分からないこともある。統治するにはリク王の手を借りる必要があると考えていた。

 リク王の人となりはまだわかっていないが、カナタ自身も忙しい。凶行に走る可能性が無いように監視役を置いてしばらく様子を見つつ、経過観察しなければならないだろうと思い。

 行き過ぎない程度に準備はしておこうと思うのだった。

 




次回はセンゴクさんの話の予定


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幕間 マリンフォード/ミズガルズ

 

「……そうか。カナタの意見はそれで全部か?」

『言われた分は全部だな。おれの所感を付け加えるなら、〝ドレスローザ〟を統治下に置くこと自体は否定的と言うか、乗り気じゃ無かったようだぜ』

「ふむ……」

 

 トキカケから()()()()()()()カナタの発言を聞き、センゴクは顎をさすりながら目を細める。

飄々とした男ではあるが、それ故に昼行燈と侮られやすい男の正確な報告にひとまず労いと、〝ドレスローザ〟から〝エッグヘッド〟への薬品と機材の運搬を任せる旨を伝え、通話を切る。

 椅子に深々と腰かけると、考え込んだ表情のまま目の前のソファに腰かける男へ声をかけた。

 

「お前はどう思う、赤犬」

「ドンキホーテファミリーの暴走と言ったところじゃろうと思うちょります」

 

 機密文書を机に置く赤犬は、腕組みをしたままセンゴクに視線を向ける。

 

「〝ドレスローザ〟を支配しちょった〝ドンキホーテファミリー〟は、この機密文書を信じれば七武海の一角を占める男の海賊団だった。ホビホビの実の能力でオモチャにされた人間は世界中の人間の記憶から消えることを考えれば、ドンキホーテ・ドフラミンゴは自分をオモチャにすることで世界中の目を欺いたと見るのが妥当じゃろうと考えられますけ」

「私も同意見だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。我々ですらそうなのだから、能力者本人を有するドンキホーテファミリーは尚更対策を打っていると考えていい……問題は──」

 

 センゴクがトントンと手元の資料を指で叩く。

 内容は〝パンクハザード〟襲撃と、〝smile〟の流通の二つに関する資料だった。

 

「カナタの狙いがどこにあるか、だ」

 

 〝パンクハザード〟を襲撃したのはほぼ確実にフェイユンであるとセンゴクは気付いていた。

 襲撃の痕跡と徹底的に回収された資料類。これが仮に襲撃者が〝百獣海賊団〟や〝ビッグマム海賊団〟ならこうはいかない。余りにも()()()()()惨状だった。

 海軍が来ることを見越していたハズなので、回収した後で痕跡を消す時間が無かったのもあるだろう。あるいは、これを海軍に見つかってもいいと考えていたのか。

 シーザー・クラウンは元〝MADS〟所属の科学者で、一時期はベガパンクと肩を並べていた男である。この男を手中に収め、シーザーが作ったあらゆる兵器や薬品類の資料を強奪して何に使うつもりなのか。これは見過ごせない話だ。

 一方、〝smile〟に関しては執着心が薄い。

 〝ドレスローザ〟を訪れて工場の扉を開けるが中の機材や薬品類を入手しようとしていない。

 トキカケの話を聞いて渋々ながら〝ドレスローザ〟を統治下に置く判断をするなど、シーザーを手中に収めたためかこちらには興味を示さなかった。

 

「〝smile〟を自分のところで生産して更に戦力を上げるつもりかと考えていたが、カナタはそこまで考えてはいなかったようだな」

「通常の悪魔の実で十分……〝魔女〟はそう考えとるじゃろうと? シーザーがいれば生産設備を作るのは簡単だと思うとるんじゃ?」

「手段を選ばぬ増強を好まないのは確かだ。これは好みと言うよりカナタの癖と言うべきかもしれんな……〝黄昏〟が持っているハズの悪魔の実の数は想像以上に多いハズだが、その割に能力者の数が少ない」

 

 与える能力の選別、あるいは能力者の基礎的な地力を付けさせてから食べさせようと考えているのか。

 ともあれ、そういう方向性ならひたすらに能力を与えて強力な軍団を作るというコンセプトの下作られた〝smile〟は確かにカナタのお気に召さない。

 どちらかと言えば画一的な修練とノウハウの蓄積で戦力の再生産を行っている。海賊と言うより軍隊のやることだ。

 

「〝ドレスローザ〟も奴なら悪いようにはしないだろう。金も余っている事だろうしな」

「センゴクさん、アンタどのみち〝ドレスローザ〟を〝魔女〟に押し付ける気だったんでしょう?」

「……まァな」

 

 少なくとも、一時的には世界政府加盟国から除外されるだろうと思っていた。

 非加盟国の末路は悲惨だ。〝ドレスローザ〟は元々世界会議(レヴェリー)にも参加していたくらい国力のある国だし、人口も比較的多い。加盟国でない以上は海軍が口出しすることも出来ないし、センゴクに出来ることと言えばカナタに庇護させることくらいのものだった。

 ついでに国政で金を使ってくれれば〝黄昏〟の資金を多少なりとも削れるだろうと考えての事である。

 これまでの実績で悪いようにはしないと判断しているからこその考えであった。

 

「海賊に国を任せるのは正直気ィ進まんのですがね……〝魔女〟に関してはむしろ()()()()()()()()()()()()()()()んで、わしも反対はしません」

 

 賞金首になった経緯を考えれば、カナタの身内に対する情の強さは想像出来る。

 中途半端な位置に置いておくより、むしろ全力でその庇護下に入るよう誘導すれば、カナタは守るために金と人を惜しまない。

 力をつけすぎている現状を良く思ってはおらず、出来るだけ削いでおきたい気持ちもあれば、政府に従って秩序を守るしかない海軍に守れない部分を任せるために常に強く在って欲しい気持ちもある。

 共通するのは()()()()()()()()()()()()()という一点だ。

 

「奴なら大丈夫だと思うが、シーザーの事だけが気がかりだ。あの男はベガパンクの制止も聞かずに兵器を使って〝パンクハザード〟を死の島に変えた男だからな」

「〝能力者狩り〟のことならわしも知っちょります。ガスガスの実を狙ったワケじゃァのうて、兵器を作らせるためじゃと?」

「先も言ったが、カナタは悪魔の実を収集してはいるが、どちらかと言えば能力に頼らない武力の方を好んでいるように見える。……シーザーの作る兵器がもし奴の思想に適うものなら、能力の奪取よりも頭脳の利用を優先するだろう」

 

 〝黄昏〟は奴隷と武器・兵器だけは絶対に取り扱わない。

 だがそれは〝黄昏〟が武器・兵器を作らないことを指すわけではない。

 

「〝黄昏〟の抱える技術班……特にカテリーナはあらゆる分野で名を馳せている。建築や建造に限らず、武器や兵器を手掛けていても不思議は無い。海軍(われわれ)にすら見せない隠し玉の十や二十はあるだろう。シーザーがそれに加わるならより厄介な兵器を作りかねない。要注意だな」

「と言っても、現状わしらに出来る事なんざ知れちょりますけェのォ」

「頭の痛い話ではあるがな……奴が七武海で良かったと心の底から思う」

 

 少なくとも、海軍は〝黄昏〟の助力を得て軍備はかなり整っているし、海賊被害が減っている。それだけは紛うこと無き事実だ。

 出来ることならこのまま味方でいて欲しいものだが……どうしても、センゴクにはカナタを信用しきることが出来なかった。

 オクタヴィアの娘であることも要因だろう。

 暫定的ではあるがロックスの娘だと考えていることもある。

 ドラゴン、タイガーとかつて肩を並べていたことも考えれば……これはもう疑うなと言うほうが難しい。

 

「……行動は実に秩序的なのに、ひとつひとつを細かく見るとどうしてこうも……」

 

 思わず頭が痛くなる。

 カナタ本人の実力も、つい先日カイドウと戦って無傷だったことからある程度は推し量れる。敵にだけは回したくないが、何かひとつ切っ掛けがあればカナタは容易く離反するだろう。

 海軍も、対〝黄昏〟のための戦力拡充を考えねばならない。

 

 

        ☆

 

 

 ──偉大なる航路(グランドライン)、〝ミズガルズ〟。

 各地から多くの品物が集まり、また多くの品物を運び出す中継地点。

 どこかへ向かうならここで永久指針(エターナルポース)を買う、あるいは物資の補充のために立ち寄るなど、目的は様々ながら多くの人々が集まる場所である。

 その中で一際目立つ男が大声で手を振り上げた。

 

「姉御、久しぶりだなァ!!」

「おや、ティーチ。久しぶりですね」

「……なんでそんなボロボロなんだ?」

 

 3mを超える体躯の2人は町中でも目立つが、ボロボロでところどころ血で汚れているカイエは特に目立っていた。

 彼女は〝黄昏〟でも古参に当たる。実力は相応に高いし、そもそも〝ミズガルズ〟で暴れるような海賊がいれば彼女のみならず多くの兵が出張っているハズだが……とティーチがいぶかしむと、カイエは肩をすくめた。

 

「ダグラス・バレットが来ているんです。大人しくしていてくれれば良かったんですが、体を動かさないと鈍る──と」

「あァ……ちょっと付き合えって連れていかれてたワケか。姉御も大変だな、ゼハハハハ!」

「笑い事ではありませんよ、まったく。私が動物(ゾオン)系でなければしばらく再起不能になっているところでした」

 

 冗談でもなんでもなく、バレットの実力は世界でも上から数えたほうが早い。本気でなかったとはいえ、気を抜けば死んでもおかしくないような攻撃をする男である。

 ボロボロにされたとはいえ、戦った直後でまだ歩けるというのはカイエ自身のタフさを証明していた。

 ティーチは他人事のように笑うだけだが。

 

「それで、今日はどうしたんですか? あなたは何の用もなく来る男ではないでしょう」

「オイオイ、おれを何だと思ってんだよ姉御。たまには姉御の顔を見に来るくらいするぜ?」

「今まで一度もそんな理由で動いたことが無いくせに、よくもまあいけしゃあしゃあとそんなことが言えますね……」

「ゼハハハハ! そう言うなよ姉御!! なに、〝赤い土の大陸(レッドライン)〟を越えるのが面倒なんで、ジョルジュの奴がいねェかと思っただけさ」

「丁度いますよ。荷物の搬入が遅れているので滞在期間が延びてるんです」

「お、そりゃ運が良いな!! おれ達と船も一緒に連れて行ってくれよ!!」

「……()()()?」

 

 そこで初めて気付いたのか、ティーチから少し離れたところにいる4人に目を向ける。

 全員ティーチとそう変わらない巨体だ。実力はそれほどでも無いようだが、ティーチが休暇中にスカウトしてきたのだろうと深くは聞かなかった。

 正直疲れているのでさっさと切り上げて休みたいのもある。

 カイエはジョルジュがいる宿をメモに書くと、それをティーチに渡した。

 

「ジョルジュが現在泊まっている宿です。乗せて欲しいなら直接頼みなさい」

「おう、ありがとよ!」

「私は戻って休みます。人獣形態なんて、訓練以外で使うのは久々でしたよ……」

 

 カイエを見送った後で、ティーチは改めてメモを確認する。

 〝ミズガルズ〟は幾つかの区画に分かれており、ジョルジュが泊まっているのは主に食料品を扱うエリアだった。

 今回運ぶ荷物も食料品に偏っているのだろう。

 そうと決まればグズグズしている暇はない。バージェスたちを引き連れて区画を移動し、ジョルジュが泊まっている宿を訊ねる。

 ジョルジュは暇そうに昼間から酒を飲んでいた。

 と言ってもやることが無いからだらだらと飲んでいるだけらしく、白髪交じりの髪こそボサボサだが大して酔っている様子はない。

 

「おー? おー、ティーチじゃねェか。休暇中だって聞いてたが、終わったのか?」

「ああ、目的は達成したんだ。おれも〝ハチノス〟に行きてェんだが、ついでに連れてってくれねェか?」

「構わねェよ。だが、どうにも搬入に手間取ってるらしくてなァ……」

「何かあったのか?」

「この間の四皇同盟との戦いでちっとばかし人数持って行ったから、その分こっちの人手が足りなくなってんのさ。おれが往復して人を連れてくる予定だが、それまではちょっとばかし不便なままだな」

「ゼハハハ! 乗せてもらうんだ、荷物運びくらいならやるぜ──おれの仲間が」

「おれ達かよ!?」

 

 病弱なドクQはさておき、他の3人はそれなりに力もあるので荷物運びくらいは出来そうである。

 とは言え、それは普通に人が運ぶような荷物の話。

 ジョルジュが運ぶ舟は一隻二隻ではなく十隻以上もの艦隊である。それも甲板の広いコンテナ船だ。

 一隻に乗せるコンテナの量は多く、一つ一つが巨人族に乗せてもらうかクレーンを使用しなければ動かすことも難しい。

 ちょっと力があるだけの手伝いなど何の役にも立たないのだ。

 

「まァ気持ちは嬉しいがよ、オメェらクレーンの操作出来んのか?」

「出来ねェ」

「じゃあ駄目だ。仮にコンテナを素手で持ち上げられても駄目だ。中身が壊れると問題だからな」

 

 今回運ぶのは食料品や衣類が大半なので壊れものはほとんど無いが、それでも壊れ物が無いからと雑に扱われては困る。

 ジョルジュは触れた無生物を自由に浮かせられるため、彼が手伝えばすぐに終わるのだが……そこはそれ。〝黄昏〟の幹部である彼でなければ越えられない赤い土の大陸(レッドライン)ならばともかく、普通の荷物まで彼が移動させていては船員たちの仕事が無くなってしまう。

 人に任せるのも上に立つ者の仕事だ、とカナタに言われているので、なるべくジョルジュは出張らないようにしていた。

 言っている当人は最終的に確認しなければならない書類が山のようにあるので死ぬほど忙しいのだが。

 

「ま、大人しく待ってな。明日には出発できるだろうからよ。運が良かったってこった」

「なんだ、結構ギリギリだったのか。これも日頃の行いだな!」

 

 げらげら笑いながら酒をぐびぐびと飲むティーチ。

 同じ宿に泊まることにしたらしく、店主に金を払って部屋と酒を抑えて貰う。

 

「そういや、バレットの野郎もいるんだって?」

「ああ。〝アラバスタ〟にカイドウが行くかもしれねェってんで、カナタが呼びつけてたんだ」

 

 空振りだったがな、とジョルジュは笑う。

 おかげで不完全燃焼のバレットが暴れながらこの島にやって来たらしく、道中で海賊もいくつか沈めて来たと本人が言っていた。

 この島でもカイエを相手に連日戦っていたらしく、今はようやく大人しくなったとジョルジュが愚痴る。

 ジョルジュの能力は強いが、本人の強さはそれほどでも無い。幹部の中では下の方であるため、バレットの相手をするには不足が過ぎた。

 自分の仕事もあるはずだが、カイエはそれでもやらざるを得なかったのだ。

 

「あいつには苦労かけるがなァ……浮いた話のひとつもないのが心配だぜ……」

「ゼハハハハ!! すっかり父親面するようになっちまったな、ジョルジュ!! オメェはまず自分の身を固めるところからだろ!!」

「おれは良いんだよ。金があれば遊ぶ相手にゃ困らねェしな」

「姉御は姉御で好きなようにやってるだろ。浮いた話がねェのは、まァ姉貴に遠慮してるのかもしれねェが」

「カナタもなァ……ドラゴンとはいい感じだったんだが……」

「あー、おれが入るより前に抜けたって奴か」

 

 〝黄昏の海賊団〟と名乗るより前の話。

 かつてカナタと肩を並べたドラゴンは、〝水先星(ロードスター)島〟での宴を最後に船を降りた。

 その後に入ったティーチは直接の面識こそないが、ドラゴンが現革命軍の総司令官であるということくらいは知っていた。

 カナタとそれほど仲が良かったとは知らなかったが。

 

「今でも連絡は取ってんのか?」

「さァな。あいつのことは一切話題に上げねェんだ、カナタの奴」

 

 革命軍の総司令官と七武海が繋がっているなど、スキャンダルにも程があるので口に出さないのは当然のことである。

 とは言え、一番最初からいる身内の自分たちにまで黙っているのはどうなんだ、と思わないでもない。

 

「そりゃオメェの口が軽いからだろ」

 

 ジョルジュはフワフワの実の浮遊人間。触れた無生物を浮かせることが出来る能力者だ。

 そういう能力を持つから、と言うワケでは無いハズだが……ジョルジュは割と口も軽かった。

 



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幕間 エレジア

来週はお休みです
次回更新は5/29の予定


 

 ──10年前。偉大なる航路(グランドライン)、〝エレジア〟。

 およそ10日前、赤髪海賊団の手によって滅ぼされた島である。

 音楽の都とまで呼ばれ栄えた街並みは見る影もなく崩壊しており、今を以てなお遺体があちこちに打ち捨てられている。

 腐敗の始まった遺体は悪臭を放っており、思わず顔をゆがめてしまうほどだ。

 

「うえ、酷い臭いだな」

「生き残りがいるとは聞いていたが、遺体の埋葬が間に合っていないのだろう。何人いるかわかるか?」

「ん~~、1人?」

「残念。正解は2人だ」

「チクショウ! やっぱ見聞色はまだまだだなァ」

 

 青い髪を首の後ろで纏めた少年を連れたカナタは、船から降りて市街地を通り、城を目指す。

 特に武器も持っていないが、この島にカナタを害せるような人物も動物もいない。警戒するだけ無駄なことだ。

 美しかった街並みは焼け落ちて瓦礫の山となっており、鳥の鳴く声だけが木霊する。

 程なく辿り着いた城も、形こそ保っているが人気があるようには見えない。

 だが、そこには確かに人がいた。

 

「……あなた方は、いったい?」

 

 つぎはぎの残る突き出た頭に貴族然とした服装の男が、困惑した様子を見せながら2人を見る。

 

「〝黄昏の海賊団〟だ。少々訊ねたいことがあってここへ来た」

「おれは付き添い」

「訊ねたいこと……この島がどうして滅んだか、ですか?」

「それもある。が……まずは、この島で打ち捨てられている亡骸を埋葬する手伝いから始めようか」

 

 城の裏手には墓地が出来ていた。

 ゴードンの服も、よく見れば裾や指先が土で汚れている。きっと1人で淡々と埋葬していたのだろう。

 彼はこの国の王だったと言う。総人口数百人程度の小さな島の王で、音楽家として名高いのなら……国民ひとりひとりの顔を覚えていても不思議は無い。

 辛く、苦しかったハズだ。

 それでもゴードンは、弱音ひとつ吐かずに淡々とスコップで穴を掘っては埋葬していた。

 

「遺体は焼いた方が良い。伝染病など、病気の感染源になる」

 

 ゴードンは迷っていたようだが、カナタの言葉に最終的に同意した。

 遺体を一か所に集めて燃やし、灰となって煙が立ち上る。

 カナタが連れてきていた人数はそれほど多いわけでは無かったものの、()()()()には慣れたものばかりだ。一、二時間もすれば作業は終わった。瓦礫の撤去など、やることは山積みだったが……キャンプ場を作り、そこでの食事ついでに、カナタはゴードンから事の次第を聞き出すことにした。

 

「世経はシャンクスたちがこの島を滅ぼしたと報道していたが」

「……事実です。彼らは初め、友好的に接してくれた。我々も歓待したが……結果として、彼らは夜のうちにこの国を滅ぼし、あらゆる金品を奪って逃げた」

()()()()()()()()()

 

 ゾワリ、とゴードンの背筋に冷たいものが走った。

 真っ赤な瞳が真っ直ぐにゴードンを射抜く。有無を言わせぬ覇者の圧力に、ゴードンの額に玉のような冷や汗が浮かんだ。

 ともすれば、シャンクスたちの罪を減らすために無理矢理言わせようとしているようにすら見えるが──カナタはそんなことを一切考えていない。

 ただ純粋に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけだ。

 シャンクスが本当にそういうことをしたのなら、カナタの中で評価が変わるだけの話。信じたくないから無理矢理別の事を言わせる、などと迂遠なことをやる女ではない。

 

「事実だけを話せ。それ以外に興味はない」

「……っ!」

 

 喉元に鋭い刃を突きつけられているような感覚に陥る。

 手も届かない距離で、視線だけを向けられているに過ぎないこの状況だとしても──ゴードンひとり殺すのに、カナタは一歩も動く必要は無いのだとわかる。

 だが、それでも。

 ()()()()()()()

 

「…………」

「話す気は無い、か。それならそれで構わん。雄弁は銀、沈黙は金、だ。お前の選択を尊重しよう」

 

 どうせ島を隅々まで調べ上げれば何かは見つかる。これだけ派手にやっているのなら、何かしらの痕跡は残っているものだ。

 調べることをゴードンに伝えれば、何かを言いたそうに何度か口を開いたものの、最終的に「……好きにするといい」と答えた。

 何かを隠していることはわかる。

 だがそれを無理に聞き出すことは無い。それが手っ取り早いことだとわかっていても。

 

「……行くぞ」

「あいよ、師匠」

 

 散策がてら、島を回ってみるのも悪くない。

 

 

        ☆

 

 

 少年──レインはひとりで海岸沿いを歩いていた。

 師であるカナタは城を見て回ると言ってどこかへ行ってしまい、彼はやることもなく暇そうに島を歩き回るしかなくなっていた。

 この島にいる生存者は2人。

 ゴードンともう1人いるハズだからと、レインは散歩ついでに探していた。

 生物の気配を掴むことは、見聞色の覇気が使えれば難しくない。戦闘中でもなく、気配を追う事だけに集中すればなおさらである。

 それほど時間もかからず、目的の人物を見つけることが出来た。

 

「……オイオイ、小さい気配だとは思ってたが……まだガキじゃねェか」

 

 自身よりも更に幼い。

 頭部の右側は赤い髪、左側は白い髪のツートンカラーの少女だ。

 ゴードンから聞いていた特徴にも一致する。

 砂浜に座り込む彼女は、足音を隠そうともしないレインに気付いて視線を向けた。

 

「……誰?」

「おれはレイン。〝黄昏の海賊団〟の見習いだ」

「海賊……!」

 

 少女──ウタは呆けたような表情から一転、怒りの表情を浮かべ、しかし諦めたような顔をしてまた海の方を向いた。

 

「……私を殺すの?」

「殺さねェよ。おれ達を何だと思ってんだ」

「海賊でしょ。信じても裏切って、皆を殺して全部奪っていった……彼らと同じ、海賊」

「…………」

 

 詳しい事情をレインは聞いていないが、この島を襲撃したのがシャンクスたちで、生き残りがゴードンとウタの2人だけなら確かにそう考えていても仕方がない。

 もう、怒ることすら出来ないほどにこの少女は憔悴している。

 放っておけばこのまま死んでしまいそうだとすら感じる程、ウタは死んだ目で海を眺めていた。

 レインは何を言うべきか悩み、頭を掻き、面倒くさくなってウタの隣に腰を下ろす。

 レインは声をかける事なく、ウタも口を開かず、2人は沈黙を保ったまま海を眺める。

 時刻は既に昼を回って長い。

 ウタは昼の食事の時間にも姿を見せていなかったため、空腹だろうとレインは視線を向けた。

 顔立ちは整っているが、こけた頬からロクに食事を取っていないのがわかる。目元のクマもそうだが、全体的にやつれた印象が強い。

 

「……お前、メシちゃんと食ってんのか?」

「……アンタには関係ないでしょ」

「メシを食わねェと気分が悪い方向にばっかり行っちまう。師匠がいつも言ってるぜ、体は食事から作るものだってな」

「だから何? 私に構わないで──ちょっと!?」

「ごちゃごちゃとうるせェやつだな。飯食って寝ろ! 疲れた時には休むのが必要なんだ」

 

 レインはウタを軽く担ぎ上げ、肩に乗せて無理矢理連れていく。

 バタバタと暴れるウタのことなど意にも介さず、レインはキャンプ場までずかずかと歩く。

 ゴードンも精神的に追い詰められているのは同じなのだ。これまで治めて来た国が一晩で無くなり、どういう訳か本当の事を誰にも話さず背負い込み、死んだ国民の皆を埋葬している。

 これに幼いウタの世話まで付いてきては、ゴードンとて倒れてしまってもおかしくはない。

 だから、レインはお節介を焼くことにした。

 

「辛気臭い顔しやがって。おれがいた村の連中と同じだ。何もかも、全部諦めた顔してやがる。海賊に何を奪われたかはおれは詳しいこと知らねェけどよ、まだ残ってるモンはあんだろ」

「残ってるもの、なんて……」

「何でもいい。〝音楽の都〟にいるんだ、音楽は好きだろ?」

「……好き、だった」

「だった、って」

「私は〝赤髪海賊団〟の音楽家だった。だから、歌は好きだったの。でも……今は歌いたくない」

「そりゃ……悪かったな」

 

 よりにもよってエレジアを滅ぼした〝赤髪〟の一員だったとなると、流石にレインも言葉に詰まる。

 色々と疑問はあるが、ウタから聞き出すのも躊躇われるし、ゴードンは何が理由か分からないが詳しいことを説明する気が無さそうだった。

 こりゃ難題だな、とレインは思いつつ、ウタを連れて城跡のキャンプ場へ足を運ぶ。

 

 

        ☆

 

 

 一方、カナタは城の中を探索していた。

 色々と気になることが多い事件だ。シャンクスが島を襲撃して滅ぼしたということもそうだが、この国に伝わる〝魔王〟の事はカナタの耳にも入っている。

 シャンクスの事はそれなりに信用している。あの男がこんな事件を起こしたのなら、そこには何かしらの理由があってもおかしくはない。

 普段起きないようなことの原因は、根元が一緒であることも多いものだ。

 

「……〝人の恐れ、人の迷い。トットムジカの名のもとに。怯えよ、逃げよ〟──か」

 

 城の地下、厳重に封じられた資料室をこじ開けた場所で、カナタは()()を見つけた。

 古い文字で書かれたものだ。カナタは「オルビアを連れて来るべきだったかな」と思いつつ、天井に描かれた壁画を読み解く。

 ウタウタの実の能力者に楽曲を歌わせることによって顕現することや、その成り立ちを描いているようだ。

 総じて〝触れてはならないもの〟としか描かれていないため、古代兵器に類するモノかどうかは判断が付かない。

 

「シャンクスが滅ぼしたのでないとすれば、原因はこちらか……?」

 

 ゴードンは口先でシャンクスを貶めてこそいたが、その言葉に悪意はなかった。

 むしろ、感じ取れるのは罪悪感や悲壮感のみで……こんな真似をされれば、ウソをついているとすぐにわかる。

 

「見るべき資料は山のようにあるが……」

 

 資料室の中には山のように本がある。あるいはこの中にトットムジカに関する資料も埋もれている可能性はあるが……これを調べるのは流石に手間だった。

 カナタとて暇ではない。今回は無理矢理時間を作って〝エレジア〟を訪れている。人を使って調べるのが最善だろう。

 〝黄昏〟の直轄地にすれば海賊や海軍が横槍を入れてくることも無いだろうし、トットムジカの事に関しては五老星に情報を共有することを約束すれば大人しくしているハズだと判断していた。

 古代兵器に類するものだとしても、そうでないとしても、トットムジカは厄介事の匂いがする。触らぬ神に祟りなし、だ。

 

「ん?」

 

 本棚の資料を確認していると、携帯していた子電伝虫に連絡が入る。

 多数の部下を投入して色々と現場検証をさせていた。何かしらの成果が出たのだろうと報告を受けて見れば、全くの別件だった。

 

「映像電伝虫だと?」

『はい。どうも普通のものでは無いようで……見た事のない規格です。海軍の保有する特殊科学班(SSG)のものでは無いかと』

「ベガパンクの作った代物か。なぜこの島にそんなものが……?」

『浜辺に落ちていたことを考えると、どこかから流れ着いたものだと思われますが……映像が残っているようなので、ひとまず報告をと』

「……私も確認しよう。すぐに戻る」

 

 気になることはいくつかあるが、すぐに戻るべきだと資料を本棚に戻し、部屋を出て外へと出る。

 城の中は明かりが届きにくいためか薄暗かったが、外はまだ明るい。

 それでも時間は常に有限である。

 カナタは足早にキャンプ場へと戻った。

 

 

        ☆

 

 

「これは……」

「オイオイ……これ、本当かよ?」

 

 残っていたのは、10日ばかり前の映像だった。

 〝赤髪海賊団〟が〝エレジア〟を訪れ、結果として〝エレジア〟を滅ぼした夜の映像。

 顕現するトットムジカが町を破壊し、人を殺し、月明かりの下に全てを灰燼へ帰す決定的な証拠。

 抵抗するように戦うシャンクス率いる〝赤髪海賊団〟と、体力が尽きたが故に姿が宵闇に溶けていくトットムジカの姿。

 映像を確認していたカナタとレインを始めとして、〝黄昏の海賊団〟の面々は誰もが口をつぐんだ。

 

「……どうするんだ、師匠?」

「ゴードンを連れて来い。話はそれからだ」

 

 レインはいつになく真剣な表情のカナタに従い、ゴードンを呼びに城へと走る。

 ウタは離れたところで食事をして眠らせている。〝黄昏〟の船員が様子を見ているため、間違っても抜け出してこの映像を見ているということはない。

 レインはゴードンを連れて急いで戻ってきた。

 息せき切って走ったゴードンは、トットムジカと戦うシャンクスの映像を見て隠し通せぬと諦めた様子を見せた。

 

「話す気にはなったか?」

「……ああ。貴女には全てを話そう」

 

 事の始まりは、そう──〝赤髪海賊団〟が〝エレジア〟を訪れ、仲良くなり、出立するという日にパーティを開いたこと。

 ウタの音楽家としての才能は飛び抜けており、ゴードンは是非とも〝エレジア〟で教育を受けさせるべきだと提案したが、ウタはそれに乗らなかった。

 残念に思いつつも、これが最後だからとパーティでウタに歌ってもらおうと皆が楽曲を持ち寄り、歌ってもらうことになった。

 しかし──その中に、どこかからトットムジカの楽曲が紛れ込んでいた。

 

「……あとは、映像の通りだ」

 

 トットムジカは顕現した直後にウタを呑み込み、その悪意のままに町を滅ぼし、シャンクスと戦い、ウタが力尽きて眠るその時まで暴れ回った。

 ゴードンは当初、自らの責任であると言ったが……シャンクスはそれを良しとせず、〝エレジア〟を滅ぼしたのは〝赤髪海賊団〟だったとするべきだと言ったらしい。

 海賊が憎まれるのは当然のことだから、と。

 

「……ふん。あの男らしい言い分だ」

 

 自らが泥を被れば丸く収まるとでも思ったのだろう。

 結果的に自分を父親と慕う娘を置いていき、心を傷つけ、目を離せば死んでしまいそうなほど憔悴させている。

 

「あの男は少々()()()()()()のが瑕だな。どうせ『離れていてもおれの娘だ』とでも思っているのだろうが、思っているだけで伝わるはずもない」

「……師匠、なんでそんなに〝赤髪〟に詳しいんだ?」

「シャンクスとは長い付き合いだからな。あの男がお前より年若い時分から知っている」

「何歳だよアンタ」

「女性に年齢を訊ねるのはモラルに欠けるぞ、レイン」

 

 軽く小突かれるレインを尻目に、カナタはゴードンへと手を差し出した。

 差し伸べるための手ではない。カナタの求めるものを出せ、と言う意味の手である。

 

「トットムジカの楽譜を持っているだろう」

「確かに持っている。あの事件以降、安置しておくのが不安だったのでね……今も肌身離さず持っている」

 

 ゴードンが取り出した数枚の古い楽譜。

 トットムジカを呼び出すための歌が書かれたそれをざっと確認したカナタは、これは本物かとゴードンに問いかける。

 もちろんだ、とゴードンは頷いた。この言葉に嘘はない。

 何か力を感じるという事こそ無いが、不快な〝声〟は確かに楽譜から聞こえる。ロジャーが生きていれば同じ意見だったことだろう。

 カナタは一切の躊躇なく、その楽譜を爪で切り裂いて発火させた。

 

「な──何を!?」

「こんなものを残しておく精神が理解出来んな」

「これは古くから残っている、貴重な楽譜で──!!」

「だから何だ」

 

 相談もなく行われた事にゴードンは慌てたが、カナタは一切頓着していない。

 

「人間の手によって確実に管理され、使われるだけの兵器だと言うのなら、私にも一考の余地があった。だがこれは駄目だ。トットムジカ自身が意思を持ち、出現したが最後、ウタウタの実の能力者が力尽きるまで暴れ続けるだけの現象。こんなものの存在を許すことは絶対にない」

 

 何しろ管理が出来ない。

 未だ年若いとは言えシャンクスが苦戦し、ウタの体力が尽きるまで暴れ回ることを許すことになった以上、カナタとて苦戦するだろう。

 管理出来ない兵器など単なる危険物に過ぎず、兵器自体が意思を持っているなら言うに及ばない。

 使用に条件があり、限定的に利用が可能だとしても──今回のようなことが起きないとは限らないのだ。

 

「お前は今回、()()()()()()()()()。結果がこれだと、お前は身を以て知っただろう。二度目が無いと何故言い切れる」

「それ、は……」

 

 総人口300人以下の小国だったが、音楽を通してゴードンは皆と繋がりがあった。

 平和な国。穏やかな営み。奏でる音楽は水平線のどこまでも響き渡り、夜の闇さえ照らしてしまうような輝かしい日々だった。

 それら全てが、一晩で灰燼と化したのだ。

 カナタの言葉はどこまでも正論で、それ故に残酷である。

 

「行動が性急だったことは謝罪しよう。だが、過程がどうあれ私は同じことをした。それとも、お前は同じ悲劇を繰り返したかったのか?」

「……そんな。そんなことは、決してない!!」

「では文句は無いハズだ。──だが、これが貴重な楽譜で価値があったことは私も認めよう。この楽譜の価値として、私はこの国の復興に出来る限りの手を貸す」

 

 必要な物資があるなら用意しよう。

 人が必要なら集めよう。

 この国が再び音楽の都として世界に名を轟かせるその日が来ることを願い、援助を惜しむことはない。

 ──どうあれ、楽譜の価値を深く理解するゴードンではトットムジカの楽譜を処分することなど、到底出来る事ではなかった。

 恨まれようと憎まれようと、カナタは「これは自分がやるしかない」と判断したからこそ拙速だと思いながらも楽譜を焼き捨てたのだから。

 

「……この国に用は無くなった。復興のための支援はなるべく早く行う。必要なものがあれば書面か電伝虫で連絡を入れてくれ」

 

 やることが決まれば行動は早い。

 設営していたキャンプをテキパキと片付け始め、ゴードンとウタの2人がしばらく困らないように保存食と飲み水を置いていく。

 やや性急ではあるが、カナタがこの場にいてもゴードンとウタには良くないだろうと考え、カナタは一足先に船へと戻った。

 レインはそれについて行き、船に用意された談話室で一息を吐く。

 

「なァ師匠、あれで良かったのかよ?」

「構うまい。あの男にトットムジカの楽譜を焼き捨てる真似など、出来はしないだろうからな」

「だからって、アンタが泥被ることは……」

「決断する事と責任を取るのが上に立つ者の仕事だ。お前が気にすることは無い」

 

 それに、カナタは音楽だけは少しだけ齧っているのでわかるのだ。それ以外の芸術は疎いが。

 談話室に置かれているピアノを撫で、彼女にしては珍しく感傷に浸るような目をしていた。

 

「……私はピアノが弾けるんだ。さして興味も無く、『嗜みだ』と言って教えられた事ではあるが」

「…………」

「習ったのは、もう何十年も前になる」

 

 習っている時はとにかく講師の女が嫌いだった。早く終わらせようと、許される範囲で演奏を早く弾いていたものだ。

 そのせいか、今でもスローテンポよりテンポの速い曲の方が好みだし、クラシックよりロックの方が性に合っているとさえ思っていたほどである。

 前世(むかし)から、他人がやっていることは一度見れば大体の事は真似出来た。才能の差を見せつけられている気分にでもなっていたのか、講師の女からも嫌われていたが……音楽そのものは嫌いではなかった。

 だから──貴重な楽譜で、音楽そのものに罪はないと考えるゴードンにトットムジカを処分させるのは、気が引けたのだ。

 

「ゴードンの噂は時たま聞いていた。優秀な音楽家だとな。彼が負い目から音楽家として折れるようなことがあれば、それは勿体無いだろう?」

「……だからって、アンタがそこまでやるかよ」

「私は別にこの程度で折れるような矜持は持っていないからな」

 

 そもそも音楽家でもない。

 それに、ゴードンの下でウタが育つなら、彼女も優秀な音楽家になるだろう。カナタは嫌われるだろうが、価値はある──と、そこまで考えて思い出す。

 

「……ウタに事の全てを伝えるべきか?」

「いや止めてやれよ。まだおれより年下のガキだろ?」

「そうだな……もう少し精神を成熟させてからの方が良いか」

 

 伝えるまでシャンクスは嫌われたままだろうが、そこはそれ。最初から間違えていたのだからそれくらいは背負って貰わねば困る。

 2人がいずれ再会することもあるだろうが、まだ先の話だろう。

 それまではシャンクスにも伝える必要は無いと考えていた。

 

「用事は全て済んだ。お前も手伝ってくるんだな、見習い」

「わーったよ。精々頑張らせてもらうさ」

 

 レインが部屋を出ていくのを見送り、カナタはピアノを弾こうと席に座る。

 椅子には浅く座り、足をペダルに添えて細い指で鍵盤をなぞる。

 もう何十年も弾いていないが、幼いころから染みつかせた動きを体は覚えているものだ。

 じきに日が落ちる。

 茜色に染まる部屋の中、水平線に沈む太陽を背にカナタはピアノを弾く。

 

 

        ☆

 

 

 ──10年後。

 ルフィたちが空島からの落下をしている頃、〝エレジア〟を訪れる一隻の船があった。

 船を曳くのは遊蛇(ユダ)と呼ばれる巨大な海蛇だ。彼らは海王類さえエサにするため、滅多なことが無い限り海獣の類は近寄らない。

 船に張られた帆にはドクロとその周りに蛇が描かれており、〝九蛇海賊団〟の存在を周囲に知らしめていた。

 

「そろそろ船を出さねばならん時間だが……あの子はまだか?」

「まだよ、姉様。ゴードンさんと話し込んでるんじゃない?」

「妾の時間は貴重だというのに、あの娘は何を考えている!!」

「落ち着いて! マリーが迎えに行ってるから、きっとすぐに連れて来るわ!!」

 

 定めた時間に現れない少女に対し、九蛇海賊団の船長──ボア・ハンコックは怒りを露にする。

 妹のサンダーソニアがなんとか宥めていたが、もうそろそろ限界だと思っていた頃。

 末の妹、マリーゴールドが後ろに2人を連れて戻って来た。

 

「ごめんなさい、姉様。遅くなってしまって」

「全くだ! 早く乗船せよ!」

「ええ。さァ、貴女も」

「うん」

 

 右側に赤い髪、左側に白い髪のツートンカラーが特徴的な少女は、最後に振り返って付いて来たゴードンにハグをする。

 今生の別れではない。だが、長くここに住んだ彼女としては一時とは言え離れるのが寂しくも思うのだ。

 ぎゅっとハグをする少女にゴードンもまた抱きしめ返し、数秒の後に引き剥がす。

 

「さァ、彼女たちも待っている。行きたまえ」

「……うん。私、頑張ってくるね!」

「ああ。私もここで君のライブを楽しみにしているとも」

 

 精一杯の笑顔を浮かべ、ウタは手を振って九蛇海賊団の船に乗る。

 最終的な行先は〝アラバスタ〟での慰問ライブだが、道中いくつかの島に立ち寄る予定だ。

 離れたところから港を囲み、盛大にウタを送り出そうとする〝エレジア〟の国民たちもまた、寂しさを打ち消すように声を上げた。

 

「頑張って来いよ、ウタ!!」

「あんたならきっと世界一の歌姫になれるよ!!」

「旅の話も楽しみにしてるぞー!!!」

 

 一時はウタとゴードンしかいなかったこの島には今、多くの人が住んでいる。

 〝黄昏〟の移住計画に乗ってこの島に来た者もいれば、音楽を学ぶために再建した音楽の都を訪れたいという者まで、数多くの人が。

 帆を張り港からゆっくり離れる船の上で、ウタは去り行く島に寂しさを感じ、だがそれを悟らせまいと笑顔を見せてぶんぶんと大きく手を振る。

 

「──行ってきます!!!」

 

 彼女の名はウタ。

 〝赤髪海賊団〟の元音楽家で、〝赤髪〟のシャンクスの娘。

 いつか彼らに再び会う日を夢見て、大海原に踏み出した歌姫だ。





END 黄金失墜樹海スカイピア/猛き雷鳴

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巨獣城塞商圏ミズガルズ/魔眼持つ蛇
第百九十四話:困った時は頼る


 

 〝聖地マリージョア〟──パンゲア城。

 五老星がいつも通り執務に勤しんでいると、慌てた様子のサイファーポールが報告を上げて来た。

 

「……〝白ひげ〟の隊長が〝魔女〟と接触を?」

『恐らくは、と付きますが……』

「ふむ……今接触する理由は見えないが……誰が動いた?」

『確認出来ているのは二番隊隊長の〝火拳〟と、傘下の海賊〝遊騎士〟ドーマの2人です』

「〝火拳〟と〝遊騎士〟か」

 

 〝白ひげ海賊団〟の母船である〝モビー・ディック号〟を離れ、傘下の海賊と共にカナタの居場所へ向かっているという。

 確かに四皇と四皇に匹敵する組織の接触となれば慌てて報告を上げるのも頷けるが、今回に関しては五老星も大きく問題視してはいなかった。

 何しろカナタとニューゲートの不仲は周知の事実である。長年にわたって潜在的敵対関係を続けて来た2人が今更仲を深めるとは考えにくい。

 

「2人が手を組むことは万が一にもないとは思うが……」

「事は四皇とそれに匹敵する勢力の接触だ。監視無しと言うワケにも行くまい」

「場所は〝ハチノス〟に向かっているのか?」

『いいえ。〝ロムニス帝国〟で接触しようとしているようですが……』

「では心配しているようなことは起こるまい」

 

 〝ハチノス〟での接触なら外部の耳を相当警戒していると受け取れるが、〝ロムニス帝国〟での接触なら五老星が憂慮するほどの事態にはならない。

 〝白ひげ海賊団〟に対するカナタの姿勢はこの20年間変わっておらず、()()()()()()というだけで全盛期は4万を超えていた〝白ひげ海賊団〟も今や3万を切るほどに打撃を受けている。

 この姿勢を変える程の何かが起きたとは現状考えにくい。

 強いて言うなら、〝火拳〟とカナタは過去に一度接触があったことくらいだが……当時は闘技場で殺しかけたと聞いたため、新進気鋭の若手を1人潰しかけたくらいにしか思っていなかった。

 いつもの無謀な挑戦者だと頭の片隅に追いやる程度のことである。

 

「食料品や医薬品の流通がかなり少ないことで〝白ひげ海賊団〟は相当追い詰められている。〝ビッグマム海賊団〟や〝百獣海賊団〟のように略奪を主としていない以上、干上がるのは時間の問題だと思っていたが、ようやく音を上げたか?」

「〝白ひげ〟に恩義を感じる者も相当数いる。転売で儲けようとする者もいる以上、流通は最低限あったのだろう」

「これが宣戦布告なら話は早いが……」

「あの男は船員を大事にする穏健派だ。自分から仕掛けるとは考えにくい」

「……〝火拳〟が単独で直談判に行った可能性はあるか」

 

 エースの直情的な性格、行動は世界政府でも把握している。

 〝七武海〟を蹴ったことも、勧誘に行った中将を返り討ちにしたこともある。気に入らないとなれば相手が誰であっても噛みつく可能性は十分にあった。

 百獣・ビッグマムの海賊同盟との衝突が増えている現状、あまり余計な火種を増やしてほしくないというのが五老星の考えだが、底の知れない〝黄昏の海賊団〟と衝突して多少なりともカナタの隠し玉を暴いてくれれば……と言う気持ちもゼロではない。

 〝黄昏の海賊団〟の台頭以降、海軍も戦力拡充を続けている。カナタが脱落して四皇同盟を相手取らねばならなくなったとしても、世界政府軍と海軍が全力でぶつかれば退かせることくらいは可能だと試算していた。

 綱渡りであることに違いは無いので、出来る事ならそうはなって欲しくないものだが。

 

『それと……』

「まだ何かあるのか?」

『〝赤髪海賊団〟の船が一隻、〝ロムニス帝国〟に着いたと……』

「……それはいつもの事だ。放っておけ」

 

 四皇の中で唯一、〝赤髪海賊団〟のナワバリにだけは〝黄昏〟の船が行き来している。

 年に2度、決まった時期に接触しているのは既に知っていた。今回の接触も時期的にそれだろうと考え、特に重要視はしていない。

 カナタとシャンクスは、シャンクスがロジャー海賊団見習いの時期からの顔見知りであるため交易をしている──と、カナタ本人から報告も受けている。

 あの女は狡猾なので額面通りに受け取ることは出来ないが、シャンクスとて滅多なことが無ければ動かない穏健派だ。世界政府に牙を向けることは現状ないと判断し、監視するに留めていた。

 

 

        ☆

 

 

 〝ロムニス帝国〟──王城内部。

 本来王族とそれに関係する者だけが入れる場所であるが、カナタが一室借りて執務室として使っている関係で海賊も時たま出入りしていた。

 借りている部屋は王族がいる場所とは別の棟かつ端になるので鉢合わせすることは基本的に無く、それ故に帝国では最も警戒されている場所でもある。

 案内人、エース、ドーマの順に並んで道を歩いており、〝白ひげ〟と並ぶ実力者とさえ言われるカナタと会う事に緊張するドーマは気にした様子もなく歩くエースの背中を見て胸中穏やかでは無かった。

 本来ならこの場に来るつもりはなかったのだ。

 エースがどうしても「乗せて行ってくれ!」と頼み込むものだから、仕方なく連れて来たのだが……まさかいの一番に城に乗り込むなどとは想像していなかった。

 絶対に門前払いを食らうと思っていたら通されたので二重の意味で驚きである。

 

「エース、お前〝魔女〟と一体どんな関係なんだ?」

「どんなって言われてもな……」

 

 説明が難しいのか、エースは腕組みして唸る。

 言うべきこととなるべく言いたくないことが出てきて説明に困り、最終的に「後で話す」と未来の自分に投げつけた。多分あとで後悔するが、折角時間を作ってもらった以上は貴重な時間を無駄にしたくない。

 エースは速足で通路を進み、案内されるがままに部屋の前まで辿り着いた。

 案内人がノックすると、中から返事が来て入ることを許可される。

 

「お邪魔します!」

「お、お邪魔します」

 

 中は豪華絢爛……かと思いきや、意外と質素な部屋だった。

 良く分からない絵画や美術品はいくらか置いてあるが、全体的に煌びやかと言う言葉からは程遠い部屋である。

 カナタは執務室で山積みになった書類を処理していたらしく、右から取っては確認してサインやハンコを押して左にと言う流れ作業を続けていた。

 手元の書類から目を上げることなく、入って来た2人に言葉を投げかける。

 

「久しいな、エース」

「どうも、お久しぶりです」

「堅苦しいのは抜きで良い。言葉遣いを海賊に求めはしない」

 

 そういうのは無駄なことだ。荒くれ者相手にいちいち説教をしていたのでは時間がいくらあっても足りない。

 いやそんなワケには、と一度は固辞するも、二度は言わんぞと言うカナタに折れてエースは気を楽にする。

 

「じゃあ普通にするけど、アンタに頼みがあって来たんだ」

「言ってみろ」

「実は──」

「駄目だ」

「まだ言ってねェよ!?」

 

 カナタは書類を淡々と処理しながらエースの言葉をバッサリと切り捨てた。

 まだ具体的な話は何一つしていないが、カナタは既にその先の言葉を()()()()

 

「食い物、薬、それに酒。これまでは何とか食いつないできたが、いよいよ物資が手に入らなくなってきた──だから売って欲しい、と言うのだろう」

「……知ってたのか?」

「当然だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 事もなげに言い放つカナタに、エースとドーマは絶句する。

 これを聞いて2人がどう動くかも、既にカナタには視えている。

 だから、「止めておけ」と釘を刺した。

 

「激情に任せてお前たちが2人がかりで挑んでも私には勝てない。書類作業の邪魔だ。用がそれだけなら帰るがいい。私は他にも用事がある」

「……っ! はいそうですか、って簡単に帰れる訳ねェだろ! 何もタダで分けてくれって言ってるんじゃねェ!! 売ってくれさえすりゃあ──」

「私とニューゲートは20年以上前から敵対関係にある。魚人島の件で見たくもない顔を見に行ったこともあるが、接触はそれくらいだ。私があの男に手を貸してやる理由もない以上、物資が手に入らずに干上がるのも奴の勝手だ」

「なん、で……そんなことを……!!」

()()()()()()()()()だ。これ以上の理由が必要か?」

 

 これは形を変えた戦争だ。

 負ければ死ぬ。勝てたとしても、直接戦えば負傷者、死人は確実に出る。

 そういったリスクを考え、限りなくリスクを抑えて勝つための方法をやっているに過ぎない。

 

「遊びじゃないんだ。私には部下たちの生活を守る義務があるし、仲間を失わないように使える手立ては全て使う責任がある。相手が誰であろうとな」

「……それを、おれに言って良かったのかよ」

「ニューゲートに知られたところで私のやることは変わらないからな。もっとも、奴とて馬鹿ではない。とうに気付いている」

 

 それに対処する方法がないだけだ。

 直接武力で奪いに来るなら、海軍と共に徹底的に殲滅するまでだが……ニューゲートはそれを選ばなかった。

 たとえ全盛期の勢力であったとしても、〝白ひげ海賊団〟に〝黄昏〟と海軍の全戦力を真正面から打ち砕くだけの力はない。

 回りくどく商人を仲介したり、海賊を潰して奪い取ったりして物資を補充していたようだが、それも限界に近付いてきていると見える。

 

「ニューゲートもそう長くは無かろう。相当老いているようだし、そうでなくとも病が体を蝕んでいるようだからな」

「そんなことは……」

 

 ない、とは言えなかった。

 マルコが日々渡しているいくつもの薬。サッチが限られた物資から悩みながらニューゲートの体に良い物を選んで作っている料理。

 それでも体調は日々悪くなるばかりだ。

 

「図星のようだな」

「……っ!!」

「待てエース! 早まるな!!」

 

 ぐっと拳を握り込み、顔を上げすらしないカナタに向かって一歩踏み出すエース。

 ドーマが慌てて止めようとするが、エースはそれを振り切って机をバンと叩いた。

 

「それでも、助けてほしいと思ってる」

「ではお前に何が出来る。交渉をしたいというのなら相応の代価を持ってくるべきだ」

()()()()()()()()()()んだろ?」

 

 これまでエースのことなど一顧だにせず書類作業をしていたカナタの動きがぴたりと止まった。

 出来る事ならこれは使いたくなかったが、背に腹は代えられない。

 エースは初めて視線を上げたカナタの目を真っ直ぐに見て、強い意思で告げた。

 

「アンタ、確かに言ったよな。〝ロジャーに二度命を救われた。受けた恩は一生だ〟ってよ」

「……それで?」

「今回で全部チャラにしてもいい。だから、頼む」

 

 エースはカナタの目の前で土下座した。

 自分を受け入れてくれた〝家族〟が、これ以上苦しむ姿を視るのは嫌だ。

 金だって潤沢にあるわけじゃないが、食料も薬もナワバリの中だけではそう多く手に入らない。自分たちで漁をして得られる食料も、その場しのぎこそ出来るが栄養が偏るとサッチがぼやいていた。

 何を失うことになったとしても、自分に出来ることをせずにただ終わることを待つのは嫌だ。

 そのためなら──嫌いな父親の事だって利用して見せる。

 カナタはジッとエースを見続け、意志が固いことを察するとペンを置いた。

 

「……直接会って何かを教えられたわけではなくとも、親子は親子か。身につまされる思いだな」

 

 何よりも仲間を大事にし、相手が誰であっても背を向けようとしない。エースの在り方は父親そっくりと言える。

 言いたくはないが、これは私の負けだな、とカナタは溜息を吐いた。

 ロジャーとの盟約は絶対だ。

 カナタが自身に課したことである以上、これを破ることは出来ない。

 それは、己自身を裏切る行為だ。

 

「良かろう。業腹ではあるがな」

「! じゃあ──」

「だが、条件がある」

 

 カナタは机の引き出しから便箋を取り出すと、手早く中身を書いて蝋で封をする。

 したためた手紙をエースに渡すと、「ニューゲートにこれを渡せ」と言い付けた。

 

「これを奴が飲むことが条件だ。これ以上の譲歩は私にも出来ない」

「……今ここでおれが聞くのは駄目なのか?」

「駄目だ。ニューゲートにその手紙を渡し、話し合って決めろ」

 

 カナタが最大限譲歩出来るのはここまで。ここから先はエースとニューゲートがこの条件を飲むかどうかで話が変わってくる。

 運次第ではあるが──ニューゲートとて、今の状態を良く思っているわけでは無いだろう。

 先の見えない組織が自壊するか、あるいは外部からの影響で崩れるかの違いでしかない。

 〝白ひげ海賊団〟の存続を問う手紙だ。

 

「話はそれだけか?」

「ああ──ありがとう。カナタさん」

 

 土下座でもしかねない勢いで垂直に頭を下げ、出来る限りの礼を述べるエース。

 カナタは書類作業を止め、ペンを置いて腕組みをしたままエースを見る。

 

「礼は全てが上手くいってからにするんだな。ニューゲートの判断如何によっては、この取引も無くなるんだ」

「何とかする。オヤジはおれが説得して見せる!」

「……そうか」

 

 展開について行けないドーマを連れ、エースは覚悟を決めた顔で部屋を出ていく。

 時計をちらりと見れば、予定していた次の面会がすぐだと気付き、案内人に連れてくるよう連絡を入れた。

 

 

        ☆

 

 

 案内人の女性はノックの後に執務室に入ると、腕組みをしたまま何かを考え込んでいるカナタを珍しそうに見る。

 先程までは山積みの書類をテキパキと捌いていたというのに、仕事も手に付かない様子だ。

 

「先程の2人と何かあったのですか?」

「いや……若者の成長は早いものだと思っていただけだ。あの子と会ったのは2年前が最後だが、精神的にも肉体的にも随分成長していた」

 

 それが嫌いなニューゲートの下でと言うのが少々腹立たしくもあるが、知り合いの子供が立派に成長しているさまを見るのはやはり楽しいものだ。

 覇気も随分鍛えたのだろう。感じ取れる強さは2年前の比ではなかった。今ならラグネルに一方的にやられるということもあるまい。

 珍しく楽し気な様子を見せるカナタに、案内人の女性は次の客を入れてもいいか尋ねる。

 

「そうだったな。待たせて悪かった。呼んでくれ」

「では」

 

 扉の向こうにいたのか、女性が出てすぐに1人の男が執務室に入って来た。

 逆立った赤い髪に悪人面の男だが、カナタを前に緊張を隠せないのか動きが硬い。

 後ろ手に手を組み、胸を張って自己紹介をし始めた。

 

「〝赤髪海賊団〟の新入り、ロックスターと言います! お頭から手紙を預かってきました!!」

「いつもの奴だな。受け取ろう」

 

 ガチガチに緊張しているロックスターから手紙を受け取り、カナタは中身を見る。

 「いつも通りで頼む」とヘッタクソな字で書かれたそれを見て、思わずため息を零した。

 〝赤髪海賊団〟と〝黄昏の海賊団〟が蜜月であると周囲に知らしめるため、こうやって外部にもわかるように時間を作って客人を迎え入れているわけだが……肝心の手紙がこれではカナタの気も抜けるというもの。

 追伸で「西の酒を多めに頼む」と書かれていることに気付き、カナタは「相変わらず酒をよく飲むようだな」と呟いた。

 ロックスターは自分に向けられた質問だと思ったのか、背筋を伸ばして答えた。

 

「え、ええ。お頭は酒を飲むのが好きなモンですから……」

「ああ、すまない。お前に聞いたわけではなかった」

「そ、そうですか……」

「しかし──」

 

 カナタはそこで手紙から視線を上げ、ロックスターの方を見る。

 

「ロックスター。額は確か9400万……新入りで手紙を運ぶのを任されるとは。信頼されているようだな」

「おれの事を知ってるんで!?」

「目ぼしい賞金首はあらかた目を通している」

 

 海賊として少しは名の知れた方だと自負していたが、カナタにも知られているとわかるとロックスターは嬉しそうに鼻の下を伸ばしていた。

 カナタは適当に雑談しつつ、便箋と封筒を用意して簡素な返事を書いた手紙をロックスターに渡す。

 中身はいつも通りで変わりない。取引の量も前回と同じか少し多いくらいだが、〝赤髪海賊団〟の傘下もそれなりにいる。余るということもないだろう。

 

「確かに預かりました」

「よろしく頼む。いい酒が入ったから後で港で積んでいけ」

「ありがてェ話です! お頭も喜ぶと思います!」

「飲み過ぎないように、とも言っておけ。あの子は昔から調子に乗ると飲みすぎる悪癖がある。手のかかるやつだからな──それと、これを渡してくれるか」

 

 シャンクスへ、と書かれた封筒だ。

 先程の手紙が入っていたものとは違い、可愛らしい丸文字で書かれている。裏を見ると奇妙なマークが書かれていることに気付いた。

 

「なんすか、これ?」

()()()()()、だそうだ」

「はあ、麦わら帽子」

 

 良く分からないと言った様子のロックスターだが、何はともあれシャンクスに渡せばいいのだろうと懐に大事にしまい込んだ。

 言い方から察するにカナタからのものではないのだろう。彼女を通じてシャンクスに手紙を渡したい誰かがいると見るべきだが、その辺の詳しいことは当人にでも聞かねば分からない。

 ロックスターは用事を終えたと判断して部屋を出ようとすると、カナタに声をかけられた。

 

「シャンクスは相変わらず元気か?」

「ええ。そういや、義手も調子いいって伝えてくれって言われてたんすよ」

「そうか、それは良かった。私が作った物ではないから、作った者に伝えておこう」

 

 最後にチラリとカナタの姿を見ると、彼女は左手を肘掛けにおいて頬杖を突き、右手でシャンクスの手紙を持っていた。

 赤い瞳を細めて微笑を浮かべる彼女に思わず見入っていると、カナタの視線がロックスターの方に向いた。

 

「どうした。まだ何かあるのか?」

「いっ、いいえ! 失礼します!!」

 

 声をかけられたことに驚き、ロックスターは上ずった声で返事をしながら部屋を出た。

 

「……し、心臓に悪ィ……」

 

 扉を閉めた後、まだドキドキする胸を抑えながら部屋の外で待っていた案内人に外まで案内してもらった。

 

 

        ☆

 

 

『そうか。ちゃんと渡してくれたか』

「ええ、簡単な仕事でした」

『そりゃよかった。ところで、カナタさんと会った感想はどうだ?』

「思ってたよりだいぶ美人でした。おっかない人かと思ってましたが、そんなことは無かったですね」

 

 正直な感想を述べると、シャンクスは「ぶはっ!」と堪え切れず吹き出して笑い出した。

 こういう素直なところがロックスターを信頼出来るポイントなのだろう。シャンクスは面白い者を仲間にしたがる傾向がある。

 ひとしきり笑った後、シャンクスが「あー笑った笑った」と落ち着いたのを見計らってロックスターが話し出す。

 

「手紙を預かりました。二通です」

『二通? 一通はカナタさんだろうが……もう一通は誰からだ?』

「それが、差出人の名前がねェもんで……裏にはカナタさん曰く〝麦わら帽子〟が書かれているらしいんですが」

『……麦わら帽子だと?』

 

 シャンクスが麦わら帽子を被っていたのは10年前──〝東の海(イーストブルー)〟でルフィに渡すまでだ。

 つまり、それ以前のシャンクスを知っている誰か、と言うことになる。

 カナタを通して手紙を渡してくる人物に覚えが無いのか、隣にいるらしいベックマンと何かを話しているのが聞こえて来た。

 だが、彼にも分からないらしく、他に何かないのかとロックスターに訊ねる。

 

「中には多分手紙が入ってるようなんですが、流石にお頭宛の手紙を開けるわけにはいかねェでしょう」

『いや、開けていいぞ』

 

 ええっ!? と驚きつつ、ロックスターは躊躇いからやや間をおいて開封する。

 中に入っていたのは折りたたまれたメモとチケットだ。

 

「これ、ラジオで最近言ってるアラバスタの慰問ライブのチケットっすね」

『ライブのチケット? なんだってそんなモンが……』

「メモも入ってます。〝私の初ライブだから。絶対来て〟って書いてます」

『──まさか』

 

 電伝虫の向こうでざわついたのがわかる。

 事情が分からないロックスターは口を挟むに挟めず、電話口で「あの子が?」とか「初ライブ?」とか言っているのを聞きながらどうしたものかと思っていた。

 少々間を挟み、シャンクスが話しかけて来た。

 

『悪いな。ちょっとざわついた』

「いえ……しかし、これどうします?」

『大事なものだ。持ってきてくれ』

「分かりました」

『他には特に何も無かっただろう?』

「そうですね、特には……あ、そういえば。〝白ひげ〟の隊長がいましたよ」

『……何?』

 

 ロックスターは顎をさすりながら、遠目にすれ違ったエースの事を思い返す。

 エースは近年〝白ひげ海賊団〟に入り、若くして二番隊隊長の座を手にした男だ。その注目度は非常に高い。

 ロックスターもまた例に漏れず、エースの事を知っていた。

 

「ありゃ〝火拳〟ですね。〝白ひげ〟もうちみたいに取引してるんすかね?」

『そんなハズはねェ。カナタさんと〝白ひげ〟は犬猿の仲だ。そもそも〝白ひげ〟の隊長に会おうなんてカナタさんが考えるワケがねェ……そいつは本当にエースだったのか?』

「見間違えなんかしません! ありゃ確かに〝火拳〟でした!!」

 

 だとするなら余計に問題だ。

 シャンクスは困ったように考え込む。

 

『あの2人、もう20年以上いがみ合ってる間柄なんだよなァ……今更仲を取り持つことなんか出来るとは思えねェが……』

 

 エースとルフィは兄弟らしいし、ルフィの事はカナタも知っている。その繋がりから考えると()()()()()()()()()と考えるべきだが……そこまでエースに入れこむ理由が分からない。

 シャンクスやガープから話を聞いただけでルフィに入れこむとも考えづらいし、カナタとエースには他に何かしらの関係があるのだろう。

 まぁ魚人島関連で直接やり取りしてるならありえない話でもないか……? と思うも、どうにもしっくりこないのか首をひねるシャンクス。

 あの2人の間に何があったのかはシャンクスも知らないし、魚人島関連の話だって又聞き程度の話しか知らない。

 材料が少なすぎて現時点では判断が難しい。今は情報収集に徹するべきだろう。

 

『……大丈夫だとは思うが。まァなんかありゃカナタさんから連絡入れてくるだろ。お前はそのままこっちに戻ってきてくれ』

「了解です。いい酒が入ったらしいんで、積んで貰ったらすぐに戻ります」

『おっ! そりゃ楽しみだ! お前が帰ったら宴だな!!』

「飲みすぎるな、と伝えてくれと言われました」

『また言われてんのかよ!』

『毎度のことだな……お頭の酒癖全部知られてるから仕方ねェかもしれねェが』

「手のかかる奴だって言われてました」

『おれァ手ェかかんねェよ!! なァベック!!』

『かかる』

 

 バッサリと切り捨てたベックマンの言葉にげらげらと笑う声が聞こえてくる。

 言われた当人は非常に不服そうな顔をしていた。

 だが、ともすれば四皇の1人を侮っているとも取られかねない言葉だ。シャンクスとカナタはどれほど親密なのか、ロックスターは純粋に気になっていた。

 

「お頭とカナタさんは長い付き合いなんですか?」

『ん? まァそりゃな……おれが見習いの頃からの知り合いだから、もう20年以上……30年くらいか』

 

 赤ん坊の時に顔は合わせているハズだが、どちらも覚えていない。なので初対面はそれよりもずっと後と言っていいだろう。

 そりゃ長い付き合いだ、とロックスターは頷き──30年来の知り合いという点で引っ掛かった。

 

「30年くらい? ……言い方からお頭と同じかちょっと上くらいの歳だと思ってましたけど、その若さで海賊の船長を?」

『あの人、おれより10コ上だぜ。47だよ』

 

 ロックスターは今日一番の大声が出た。

 




備考
・シャンクスはエースの親を薄々感づいてはいるが確信はない
・シャンクスはロジャーとカナタの約束を知らない


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第百九十五話:〝ミズガルズ〟

 

 トンテンカンと小気味のいい音が木霊する。

 〝空島〟から落下した折に、タコが風船のように膨らんでゆっくり落下していたのだが……肝心のタコが途中でしぼんでしまい、海面に叩きつけられた結果メリー号が何ヶ所か破損してしまったのだ。

 水漏れしていた船底部に始まり、連鎖的にあちこち修繕することになっていた。

 

「いやー、はっはっは。ここまで連続して壊れるとは思わなかったなァ」

「笑い事か!! やっぱ黄金載せ過ぎたんじゃねェか? あれが重いんだよ多分」

「バカね、黄金を載せられるだけ載せなかったら何載せるのよ」

「そりゃそうなんだが……」

 

 記録指針(ログポース)を見ながら針路を確認するナミと、話しながらも手を止めないウソップ。

 男衆は軒並み駆り出されて船の修繕に当たりつつ、次の島に向けて船は進んでいる。

 

「でも、危ないのは本当なのよね」

「だよなァ。ウソップの修繕にも限度があるだろうし」

「あのな、おれは狙撃手であって船大工じゃねェんだよ。メリー号の修繕はやっぱ本職にやらせた方が良いに決まってる」

「……乗り換える?」

「アホ言え!!」

 

 くわっ! と怒り顔を見せるウソップ。

 肩をすくめるナミは「後で提案しようと思ってたんだけど」と気にした様子もなく続ける。

 

「ウソップもこう言ってることだし、メリー号の修繕をして貰わない? 腕のいい船大工に修繕してもらうのが一番だと思うのよ」

「いいなそれ! じゃあよ、この際必要なんだから〝船大工〟を仲間にしよう!!」

 

 ナミの意見に賛同するようにルフィが笑う。

 ウソップのツギハギ修理にも限界がある。本職に完全に直してもらい、なおかつこれから先も船を直してくれる仲間がいてくれれば安心というものだ。

 船長のルフィが良いと言うならほとんど決まりだろう。他の面々も反対することは無いだろうし。

 あとはどこでやってもらうか、という話なのだが……その辺の話はやはりロビンやソラに聞いたほうが詳しく教えてくれるだろう。

 

「後で要相談ね」

「綺麗に修理してもらえりゃおれは文句ねェけどな」

「やっぱり費用とか時間とか必要になるじゃない」

「そりゃまァ……」

「ししし! それまではおれ達で今まで通りに修繕だなァ!」

 

 バキッ! とテンションが上がったルフィの金槌が釘から外れ、修繕していた部分を叩いて塞ごうとしていた穴が再び開いた。

 

「あっ」

「ルフィ~~~~!!!」

 

 直そうとして壊していては世話もない。ナミは「駄目ねこれは」と言わんばかりに肩をすくめ、ウソップは隣で作業していたルフィの頬を引っ張って咎めていた。

 

 

        ☆

 

 

「船の修理をしたいなら、目指すは〝ウォーターセブン〟ね」

「〝ウォーターセブン〟?」

「〝水の都〟と呼ばれる島よ。行ったことは無いけれど、多くの船大工がいて造船業で成り立つ島だと聞いているわ」

「へェ……そこなら海賊になりてェって船大工もいるのかな?」

「さァ。それは行って勧誘してみないと分からないわね」

 

 メリー号の船内でサンジに紅茶を入れて貰い、ティータイムをしている時に話題をだしたところ、ロビンがそう言った。

 ロビンはオルビアと同じで政府に狙われる身であるため、自由に色々な島を出歩くことは難しかった。なのでウォーターセブンに訪れたこともない。

 それでも、ウォーターセブンの噂は耳に届いている。

 

「〝海賊王〟の乗っていた船もそこで作られたと聞くわ」

「〝海賊王〟の船が作られた島なのか!? スゲェ!!」

「スゲェ!!」

 

 思わぬ情報にテンションが上がるルフィ。ウソップも同様に驚いており、2人とも口に詰め込んだパンの耳を吹き出している。

 汚いとナミにゲンコツを食らいながら、2人はどんな船大工を仲間にするべきかとあれこれ話していた。

 「巨大な奴がいい」だの「いやそれは船に入るか分からねェだろ」だのと楽しそうにしているのをロビンが見ていると、甲板にいたソラが船内に入って来た。

 

「楽しそうね」

「お、サンジの母ちゃん! 〝船大工〟を仲間にしてェんだ! 知ってる奴いねェか?」

「船大工? そうね……〝ミズガルズ〟も一大拠点として使われてるから、一応船の点検なんかをするために船大工は常駐していると思うわ」

「でも、それは〝黄昏〟からの引き抜きってことにならないかしら?」

「そうなるわね」

 

 もちろん本人がそれでいいというのなら引き抜くことも可能だろうが、実際に引き抜けるかと言われると難しいだろう。

 きちんとした給金と多くの仕事、それに家族がいれば尚更の事。

 だが、それさえ捨てさせるほどのロマンを魅せられるのであれば海賊になるものもいるのもまた事実。ロジャーが死したのちに始まった〝大海賊時代〟はそういった者たちを海へと駆り立てたのだから。

 ……流石にルフィはそこまでするつもりはないようだが。

 

「まー面白い奴がいればだな。気の合う奴がいれば一緒に旅をしてェ! あと〝音楽家〟も探そう!」

「いやそれは置いとけよ」

「後回しでいいでしょそれは」

「ふふ、音楽家もいれば楽しいわよ」

「だよな!? ロビンわかってるじゃねェか!!」

 

 やいのやいのと盛り上がる面々。

 サンジはキッチンで夕食の仕込みをしながら、ソラが楽しそうにしているのをチラリと見て安堵する。居心地が悪いと思われてはどうしようかと考えていたのだ。

 その時──ぐらりと大きく船が揺れた。

 

「なっ、なんだなんだ!?」

 

 バン! とドアを開けて甲板に出ると、甲板で針路を見ていたペドロとゼポ、ゾロの3人が同じ方向を見ていた。

 巨大な海獣が暴れているのがやや遠目に見える。あれのせいで波が立っているらしい。

 漁でもしているのだろうか。

 程なく海獣の頭部が切り裂かれて大人しくなり、同時に銛が放たれて回収されていく。

 よくよく見れば船の大きさもとんでもない。メリー号の何倍もある海獣より更に大きく、一般的なガレオン船より更に大きいサイズと言えるだろう。

 メインマストに描かれているのはやはりというべきか、〝黄昏〟のマークだった。

 

「〝ミズガルズ〟の海域に入ったのね。近海の見廻りと漁を兼ねているんでしょう」

 

 ソラはその辺りの事情を知っているのか、目を丸くして驚く麦わらの一味と違って落ち着いていた。

 ロビンも実際に見るのは初めてらしく、興味深そうにしている。

 

「あの船の後ろをついて行けば〝ミズガルズ〟まですぐよ。どうせ針路もそっちを指してるでしょ?」

「……ホントだ。同じ方向ね」

「ただ、あっちの船の方が足が速いでしょうから追いつけはしないと思うけれど」

 

 海獣という荷物があるとはいえ、あちらは元々巨大な船で速度が違う。メリー号も現在は限界まで黄金を積んでいるので速度も出ないため、どんどんと離されていく。

 だが、程なくして島が見えて来た。

 牧歌的で島の果てまで続く草原──その中に建設された巨大な城塞。

 城塞は島を横断するように造られており、城塞の上にはいくつもの砲台が備え付けられていた。

 

「すっげーな。ここが〝ミズガルズ〟か!?」

「ここはまだ外側よ」

「外側?」

「〝ミズガルズ〟っていう島はね、()()()()()()()の」

 

 元々あった島はドーナツのように点々と並んでいる形状の島だった。その内海があった場所に人工の島を浮かべたのが〝ミズガルズ〟なのだとソラは言う。

 説明を聞いても良く分からないのか、ルフィとウソップ、チョッパーの3人は揃って首を傾げていた。

 

「二重……?」

「人工の島……?」

「よく分からねェ」

「……まァ、実際に見てみたほうが早いわね」

 

 ソラは苦笑し、島の外周にそって船を動かす。

 すると、先程漁をしていた巨大な船と鉢合わせした。

 あの船も内海の方へと入るのかと思いきや、そのままメリー号の横を通って反対方向へと進んでいく。

 

「なんだ? 中に入らねェのか?」

「あの船は大きすぎて中に入れないのよ。外周部にある島は繋がってて、年に一度干潮になると人が通れるようになるくらい浅いから……あの規模の船が通ると満潮時でも座礁しちゃうの」

「中に入らねェんじゃなくて入れねェのか。大変なんだな」

「通れるように工事しても良かったんでしょうけど……元々住んでいる人たちが遊牧民族だったらしくて、彼らの生活を脅かす真似はしないって約束したって話を聞いたわ」

 

 ソラも詳しいことは知らないらしく、その辺りはあいまいだった。

 ただ、悪いことばかりではないらしい。

 小型船ばかりなら迎撃は難しくないし、大型船が通れないことは防衛上意味があるのだと。

 何より()()()()()()()()()()

 

「この船なら内海まで入れるから、城塞の近くまで行って許可を貰いましょう」

「許可がいるのか?」

「空島ほど厳格じゃないわ。〝黄昏〟のブラックリストに載ってないかどうかの確認だけね」

 

 それも海賊旗を見れば大体わかるので、出入りは相当簡単らしい。

 1日に何十隻も往復しているのでそこまで時間をかけてはいられないという事情もあるのだろうが。

 どちらにしてもルフィの顔さえ見せておけばあちらも呼び止めはしないとソラは言う。

 島の内海に入ると、少し離れた場所に島が見えた。

 

「今通った島は〝ロングリングロングランド〟……内海に見えているあの島こそが〝ミズガルズ〟本島よ」

 

 内海は広く、島そのものは小さく見える。

 だが、近付いてみればそのような印象はひっくり返った。

 

「デッケェ……!」

 

 あらゆる物のスケールが大きい。

 船も、建物も、港も。普通の人間が使うものよりも10倍は大きい相手を想定しているようなサイズである。

 それも当然。この島には巨人族が住んでいる。

 

「島の防衛をするための戦士。それに積荷の積み下ろしを手伝う人夫。この島で働く巨人族は結構多いのよ」

「巨人族がそんなにいっぱい住んでるのか!?」

 

 だからこそこれだけ巨大な建物が多いのだろう。

 とは言え、割合で言えば普通の人間の方が遥かに多い。普通の人間用の宿も相当数あるというので、まずはそちらに船を停めて宿を抑えたほうが良いとソラは言う。

 特に誰も異論を挟むことなく船を移動させ、港に船をつける。

 区画ごとに特色があるらしく、現在船を停泊させている場所ではホテルなどが建ち並ぶ場所のようだった。

 

「〝ロングリングロングランド〟では指針(ログ)が貯まるけど、〝ミズガルズ〟は元々偉大なる航路(グランドライン)の島じゃないから指針(ログ)が貯まらないの。移動したいのならあっちの島で貯めるか、ここで永久指針(エターナルポース)を買う必要があるわ」

「へェ……」

「どこに行くにしても、ここなら大抵の永久指針(エターナルポース)が売ってるわよ」

 

 もっとも、〝ウォーターセブン〟に行きたいなら〝ロングリングロングランド〟で指針(ログ)を貯めると言う手もあるのだけれど。

 ルフィとウソップは既にワクワクしているようで、視線があちらこちらに移っている。

 すぐにでも飛び出していきそうな2人の首根っこを掴み、ナミは「まずやるべきことがあるでしょ」とたしなめた。

 

「黄金の換金をしなきゃ。こんなの持ったまま歩き回るわけにもいかないし、不便でしょ」

 

 量が量なので持ち歩くのも危ない上、治安は良いが周りは海賊ばかりだ。油断すると奪われかねない。

 なので、まず最初に小紫から貰った手紙を渡して換金の仲介をして貰わねばならないのだ。

 

「じゃ、班分けね」

 

 船で留守番をするメンバーと手紙を届けに行くメンバー。

 最低限それが出来る人数がいればいいので、班分けは簡素に行われた。

 船番のゾロとペドロ。

 手紙を届けに行くナミ、ルフィ、ウソップ、ソラ、サンジ。

 自由行動のチョッパー、ロビン、ゼポ。

 

「この島には海賊が多いけど、海軍が物資の補給のために寄ることもあるから気を付けるようにね」

 

 〝ミズガルズ〟に関しては不干渉地帯と定めているらしく、よほどのことが無い限り海軍が海賊を捕まえるために動くことはない。

 それでもやはり海賊と海軍が同じ島にいるとトラブルを起こすことは多いので、面倒を起こさないように気を付けることは無駄では無かった。

 

「チョッパーたちはどこに行くの?」

「島を探索しながら本を探すんだ!」

「何がどこで売られているか分からないから、その辺りも見て来るわ」

「ロビンちゃんをしっかり守れよゼポ」

「言われるまでもねェ。ゆガラより付き合いが長ェんだぜ」

 

 チョッパーたちは本を見に行くらしく、船から先に出て行った。

 ゾロとペドロは船で何やらやっており、普段筋トレしているゾロは刀を手にペドロから何かを教えてもらっているようである。

 それを尻目に、ナミたちは船を降りて島の中心街へと足を向けた。

 

「まずは仲介してもらうために……カイエさんに会わないとね」

「誰なんだ、それ?」

「この島の……そうね、警備とかを受け持ってる一番偉い人よ」

 

 〝楽園〟担当の支部長もこの島にいるのだが、ソラはこちらと面識がない。

 一方、カイエなら色々と縁があるので話しやすい面もあり、手紙を渡すならこちらだと判断していた。

 〝黄昏〟の古参に入る人物なので、顔も広く仲介人としても適切である。

 カイエと会った後でソラとサンジは別行動をするつもりらしく、そのためにサンジが付いて来ていた。

 

「よーし、じゃあ出発だ!!」

 

 歩き出したルフィが町に入るなり、丁度角から出て来た人物とぶつかる。

 ルフィは軽くよろめく程度だったが、相手はバランスを崩して尻もちをついていた。

 フード付きのジャケットを着た少女だ。

 

「いたた……ごめん、前見てなかった」

「ああ、こっちこそ悪ィな」

 

 お互いこの島が珍しくて周りが良く見えていなかったのだろう。ルフィが倒れた相手に手を差し伸べると、相手はそれを掴もうとして手を伸ばす。

 そして、お互いに顔を見た。

 麦わら帽子を被った少年の顔を。

 赤と白のツートンカラーの髪の少女の顔を。

 

「……ウタ?」

「──ルフィ?」

 

 お互いに見覚えのある、しかし記憶よりも随分大人びた──幼馴染の姿がそこにはあった。

 

 



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第百九十六話:ウタ

 

「「久しぶり~~!!」」

 

 お互いを認識すると同時に、立ち上がったウタとルフィはハグをしていた。

 ウソップ達はそれを呆然と眺めているばかりで、いきなりの展開についていけていない。

 最初に口を開いたのはサンジだった。

 

「ルフィ!! テメェその子とどういう関係だ!!?」

「幼馴染なんだ」

「お・さ・な・な・じ・みィ~~!!?」

 

 嫉妬で血の涙を流しそうになっているサンジを尻目に、ルフィは懐かしそうにウタと話し始めた。

 

「まさかこんなところで会うなんてなァ! ここに住んでんのか?」

「ううん。私は昨日ここに着いたばかりで、少し滞在したらまた出るの」

「どっかの船に乗ってるのか?」

「うん。所属は一応〝黄昏〟になるのかな。アラバスタで今度内乱が終わったから、復興支援を兼ねてライブをやるの。私も参加するんだよ!!」

 

 アラバスタはルフィの通って来た島の中でも特に思い出深い。

 クロコダイルの事もあるが、何より仲間だったビビの事が大きいだろう。彼女と別れてそれほど時間が経っていないが、それでも寂しく思うし、寂しくても前を向いて旅を続けている。

 それはそれとしてウタがライブに出ると聞いて、ルフィは嬉しそうにしていた。

 

「ライブをやるのかァ……ウタも頑張ってるんだな!!」

「もちろん! でもルフィだって凄いじゃない!! 見たよ、手配書。一億ベリーだなんて、随分な悪党になったじゃない?」

 

 じとーッとした目で、しかし口元は笑いながらウタはそう言う。

 懸賞金が億を超えるというのは滅多にない。よほど大きな事件に関わらなければ出ない金額なので、相当なことをしたのだと想像は出来るが……新聞では詳細が出ないため、ウタはルフィが何をやったのかは分からなかった。

 それでも、幼馴染が〝海賊王になる〟という夢に向かって進んでいることは感じ取れるので、ウタは自分の部屋にポスター代わりに一枚手配書を張っている。

 

「話したいことはまだまだたくさんあるけど……そっちの人たちはルフィの友達?」

「ああ、おれの仲間だ」

「やっぱり! いつもルフィがお世話になってます!」

「いや、まったく」

「このやり取り前にもやった気がするな……」

 

 ぺこりとお辞儀をするウタにサンジとウソップ、ナミは釣られてお辞儀を返す。

 何となくアラバスタで似たやり取りをしたことを思い出し、ウソップは「結局誰なんだよ」とルフィに訊ねた。

 

「こいつはウタ! シャンクスの娘だ!」

「そうか、シャンクスの……〝赤髪〟のシャンクスの娘ェ!!!?」

 

 目玉が飛び出る程驚くウソップとサンジ。ナミとソラも唖然とした顔でウタの方に視線を移す。

 本人を見た事があるわけでは無いので断言は出来ないが、「言われると似てるような……似てないような……」などと言い始めるサンジ。

 血は繋がっていないので似ていなくて当たり前である。

 

「ウタでーす。ルフィの幼馴染でお姉ちゃんみたいなものです!」

「姉ちゃんじゃねェだろ」

「私の方が年上なんだからお姉ちゃんなんですー!」

「何をォ!?」

 

 いがみ合う、というには少々可愛い喧嘩である。

 あれこれ言い合う2人に肩をすくめ、ナミは呆れたように声をかけた。

 

「ちょっとルフィ。今から行くところがあるんだから!」

「ん、そうだな」

「何か用事があるの?」

「黄金を手に入れたから換金してもらうんだ」

「黄金!?」

「ルフィコラァ!!」

 

 ルフィのあまりの口の軽さにウソップが思わずツッコミを入れ、ルフィの頬をこれでもかと引っ張る。

 危機感もクソもない男であった。

 ウタはびっくりしていたが、それはそれで面白そうと考えて「ついて行ってもいい?」と尋ねる。

 

「いいんじゃねェか?」

「所属が〝黄昏〟ならカイエさんと会っても特に問題はないと思うわ」

「じゃあ決まりね! 私そのカイエさんって人に会ったことは無いけど」

「ねェのかよ!」

 

 何しろ先日この島に着いたばかりである。

 〝エレジア〟からほぼ出たことが無かったゆえに、物珍しさに目を引かれて興味本位でウロウロしていたらルフィと出会ったのだ。

 運がいいのか悪いのかはさておき、好奇心の強さはルフィの事を悪く言うことも出来ない。

 

「ルフィの姉ちゃんみたいなモンってことは、サボとも知り合いなのか?」

「? サボって誰?」

「知らねェのか?」

「ルフィのお兄さんって言ってたけど……会ったこと無いの?」

「ルフィ、兄弟なんか居たの? 一人っ子じゃなかったっけ?」

「ウタが居なくなった後で出来たんだ」

 

 ウタが居なくなったあとで兄が2人出来た。

 ルフィの理解出来ない言葉にウタの頭の中でクエスチョンマークが乱立していた。何ならウソップたちも同じようなことになっていたが、ルフィは気にした様子もない。

 それよりも、ウタは気になっていたことがある。

 「それよりも!」とビシッとルフィの被っていた麦わら帽子を指差した。

 

「その麦わら帽子! それ、シャンクスのだよね?」

「シャンクスから預かってるんだ」

 

 〝海賊王〟になる、という目的は当然あるが、その道中でいつか麦わら帽子をシャンクスに返すのもルフィの旅の目的の一つになっている。

 ふーん、とウタはじとーッとした目でルフィを見る。

 何か色々と思うところはあるようだが、ウタは言葉にしようとはしなかった。

 「ま、いいわ」とポケットに手を突っ込み、先導するソラに続いて全員が歩き始めた。

 

「しっかし、お前なんでいきなりいなくなったんだ?」

 

 ルフィはどうしてもそれだけが長年気になっていた。

 〝赤髪海賊団〟の音楽家として、シャンクスたちと一緒に海に出ていたウタ。

 ルフィは毎回連れて行けと駄々をこねていたが、シャンクスはそれをまともに取り合うこともせず海に出ては数ヶ月ほどで戻ってくる。そんな日々だった。

 しかし、ある時ウタだけが帰ってこなかった。

 出航の時は何も変わった様子など無かったハズだが、帰って来た〝赤髪海賊団〟の面々の顔は一様に暗く、ウタを探すルフィにシャンクスはこう言ったのだ。

 

 ──ウタは、自分の夢を叶えるために船を降りた。

 

 別れの言葉も無かった。

 シャンクスの言葉一つで納得など出来るはずもなく、ルフィはシャンクスと大喧嘩して……紆余曲折の後に仲直りをしたものの、ルフィの中でこの一件はずっと頭の片隅にあったのだ。

 

「ん~~……シャンクスからは何て聞いたの?」

「お前が夢を叶えるために船を降りたって」

「そっか……」

 

 先程までとは打って変わり、非常に話しづらそうな顔をする。ウタの髪もテンションに応じてか元気なく下を向いている。

 何を話したものかと悩ませていると、ルフィは何となく事情を察したのか、「でもいいや」とあっけらかんと言い放つ。

 

「ウタが今、元気でやってるならそれでいい。シャンクスたちとの間に何かあったのかなんて、知らなくても困らねェしな」

「ルフィ……」

 

 ルフィの言葉に目を丸くするウタ。

 ナミやウソップ、サンジはルフィにこういうところがあると理解しているためか、互いに顔を合わせて小さく笑っていた。ソラはその信頼関係を喜ばしく思い、口元に笑みを浮かべる。

 一方で、ウタは唇を尖らせてルフィの足を蹴っていた。

 ゴムなので痛くは無いが、いきなりの衝撃に怒るルフィ。

 

「何すんだよ!?」

「ルフィのクセに生意気! ……ほんと、どこでそんなこと覚えたのよ」

 

 昔のルフィならこんなことは出来なかった。デリカシーも何もなく根掘り葉掘り聞いて来ただろうし、ウタはそれを考えてどう話すべきか悩んでいたのだから。

 でも、今のルフィはこうやってウタの事情を考えて「話さなくていい」と言外に告げたのだ。

 ルフィは、ウタの知らないところで色んな事を経験して、フーシャ村で喧嘩していたあの頃とは違うのだと。ウタは否応なしに理解してしまう。

 この気持ちをどう言葉にすればいいかもわからず、ウタは困ったような顔をして、ルフィから目を逸らすようにそっぽを向いた。

 

 

         ☆

 

 

 〝ミズガルズ〟は広い。

 元より物流の中間地点として作られた面もあるため、その倉庫の数と大きさはもちろんのこと、巨人族が不便しないように作られた道路や建物もあって島そのものが相当な広さを誇る。

 物流倉庫が建ち並ぶ港は島の外周部分に作られ、それに付随して市場などは少々内側に作られ、島の中心部分には政治的に必要な物やこの島に住む人々の居住区が存在する。

 無用なトラブルを避けるため、島の中心部分には島外の者たちはあまり近付かないのが暗黙の了解だ。

 もちろん初めて訪れた海賊にそんなものを求めたところで無駄なので居住区内への立ち入りは基本的に出来ないようになっているが。

 

「この辺は店もあんまり無いんだな」

「居住区域が近いのよ。市場へ行けば必要なものは大体手に入るけど、海賊もそれなりに多いから、この辺りにある店は居住区域に住んでいる人向けね」

 

 掘り出し物などは無いが、日用品や食料品は大抵この近くの店で手に入るようになっていると言うワケだ。

 設立当初は巨人族とのスケールの違いや海賊とのトラブルが絶えなかったためか、現在ではこういう措置が取られているらしい。

 

「居住区域へは基本的に島外の人たちは入れないの。まァ、私たちが用のある場所は居住区に隣接してるけど内部ではないから入る必要は無いけれど」

 

 居住区の外郭を沿うように道を歩いていくと、島の中心に一際巨大な建物がある。

 形状が城なので便宜的に皆は王城と呼ぶが、この島に王はいない。

 カナタから任命された〝楽園〟の海の統括支部長があらゆる方針を決めている。

 カイエもそこにいるであろうとソラは考え、もうすぐ着く──というところで、ルフィたちは道を阻まれていた。

 正確には、ウタが。

 

「ようやく見つけたわよ、ウタ」

「大人しく部屋で待っててと言ったのに、悪いコね」

「うげっ……」

「誰だおめーら」

 

 ヤバい、と顔色を悪くするウタを背に隠し、ルフィが一歩前に出る。

 サンダーソニア、マリーゴールドの両名は邪魔をしようとするルフィに眉根を顰めた。

 

「あなたこそ誰?」

「おれはルフィ。ウタの友達だ」

「昨日着いたばかりで友達が出来たの?」

「あー、いやー。ルフィは前々からの友達って言うか、幼馴染っていうか……」

 

 2人を前に微妙に歯切れの悪いウタ。

 ウソップとナミは既にサンジの背中に隠れており、サンジはタバコを咥えたまま様子を見守っていた。

 ウタに用事があるとはわかるが、敵意があるようには見えないので今は様子見でいいだろうと思っているのだ。

 

「私たちはその子の護衛よ」

「〝黄昏〟の大事な歌姫の1人なんだから、護衛くらいは当然でしょう?」

「とにかく、勝手に抜け出した以上は罰を受けてもらうわよ」

「私たちだって、貴女に勝手なことをされると姉様に怒られるんだから」

「だって、面白そうだったのに部屋で待ってるなんてつまらなかったし……」

 

 ソニアとマリーの苦言に口をとがらせて反論すると、じろりと睨まれて思わずルフィの背中に隠れるウタ。

 文字通りの意味で蛇に睨まれたカエルであった。

 

「あなたの事情は良いから、早く部屋に戻りなさい。勝手に出歩いていることが姉様に知れたら──」

「──妾に知れたら、何じゃ。ソニア」

 

 ビクッ、と背後からの声にソニアが驚く。

 マリーと共に振り向くと、そこには1人の女性が仁王立ちしていた。

 長い黒髪に抜群のプロポーション。老若男女を問わずに魅了してやまない〝九蛇〟の女帝代理──ボア・ハンコックである。

 

「〝九蛇〟の女帝とこんなところで会うなんて……」

 

 ソラはこの場の誰よりも存在感を発揮するハンコックを見て苦い顔をする。

 横暴、我儘、自分勝手……彼女は美しく、強く、しかしそれ以上に性格が悪かった。

 〝七武海〟の傘下であるために懸賞金が付けられることは無いが、その強さは〝黄昏〟の中でも指折りである。下手にトラブルになれば一方的にやられる可能性は高かった。

 ハンコックはソラの言葉に反応し、見下すように顎を上げる。

 

「訂正せよ。妾は〝九蛇海賊団〟の船長ではあるが、女帝ではない。その称号は〝九蛇〟を統べるため、最も強く美しい者の肩書。即ちカナタ様のものじゃ」

「……そう、ごめんなさい。あなた達のこと、私は良く知らないから」

「ふん。ゆめ忘れるな、妾は代理にすぎぬ」

 

 見下すような視線のまま──事実、見下しすぎて見上げているようなポーズになりながら──ハンコックはソラに言い放った。

 ルフィたちが今まで見てきた中で1、2を争う美女である。威圧感は半端ではない。

 ウソップはサンジの背に隠れながら「コエー」と怯えているほどである。

 

「お、おっかねェ女だな。なァサンジ……サンジ?」

 

 ハンコックの存在感に目を惹かれたままであったが故に気にすることすらなかったサンジの方を見るウソップ。

 サンジは、石化していた。

 驚きのあまり目と歯が飛び出すウソップ。

 

「え~~~~!!? なんで石化してんだ!?」

 

 同じくサンジの後ろに隠れていたナミもウソップの叫びでようやく気が付いたらしく、「なんで!?」と驚いていた。

 ソラとルフィ、ウタもギョッとした表情をする。

 目をハートにしたまま石化しているサンジはそれほど異様だったのだ。

 

「〝九蛇〟に襲われた船は物言わぬ石像だけになるって噂……もしかして、貴女がやったの!?」

「何ィ!?」

 

 ソラは過去に聞いたことのある噂を思い出し、ハンコックを敵意の籠った目で見る。

 ルフィもそれを聞いて拳を握り、敵意を露にした。

 

「お前がサンジを石にしたのか! 元に戻せ!!」

「何もしておらぬが」

 

 ソニアとマリーはハンコックの能力発動の前兆を知っているので、特に何のアクションも起こしていないまま石にすることは出来ないとわかっている。

 なので余計に石化したサンジを見て混乱していた。

 ハンコックに至っては何もしていないのに勝手に石化していた上に敵意まで持たれていて困惑するほかにない。

 

「嘘つけェ! じゃなんでサンジは石化してんだ!!」

「知らぬと言っておろう!!」

 

 ハンコックは能力を使っていないので冤罪のハズなのだが、相手を石化出来る能力者はこの場にハンコックしかいない。

 状況証拠的にはハンコックが犯人と言えるが、しかし本人は頑なに否定している。

 ソニアとマリーにも何が何だかと言う状態で、「とにかく一度能力解除を試してみたらどうかしら」と提案する。

 怒り心頭のハンコックであったが、それが手っ取り早いと掌を上に向け、吐息を吹きかけた。

 

「目覚めよ……」

 

 顔を近づけられ、吐息を吹きかけられたサンジは──「メロリンラブ!!」と叫んで体勢を変え再び石化した。

 

「ええ~~~~!!? なんでまた石化したんだ!?」

「妾のせいではないではないか!!」

 

 ギャーギャーと騒いでいると、目の前の王城から1人の女性が姿を現した。

 紫色の髪を首の後ろでまとめた、穏やかな雰囲気の女性である。

 

「……何を騒いでいるのです?」

「カイエ姉様! こやつらが妾に無礼を!!」

 

 怒り心頭と言わんばかりの表情で振り向くと、既にそこには間近に迫ったカイエの顔があった。

 カイエはハンコックよりだいぶ身長が高いため、少しばかりしゃがみ込んでその顎を掴んで()()()と上を向かせる。

 そのまま吐息がかかりそうなほどの距離でハンコックに囁いた。

 

「そう怒ってはいけませんよ、ハンコック。美しい顔が台無しです。あなたはもっと優雅でいなくては」

「あっ、カイエ姉様……そんな……」

 

 カイエに耳元で囁かれたハンコックは、先程までの怒りがどこへ行ったのかと思うほど大人しくなる。

 ソニアとマリーはキャーキャー言いながら両手で顔を覆い、指の隙間から2人を見ていた。

 そうして大人しくなったハンコックを離し、カイエは背筋を伸ばしてルフィの方へと視線を向ける。

 見知らぬ顔が多いが、見知った顔もある。カイエはソラを見て、にこりと微笑んだ。

 

「おかえりなさい、ソラ。小紫から話は聞いています。なんでも、私に用があるとか」

「え、ええ……」

 

 急展開について行けないまま目を白黒させていたソラは、小紫から預かった手紙をカイエに渡す。

 カイエは開けることなく懐に仕舞いこんだ。

 

「外で話すのもどうかと思いますし、まずは中へ。歓迎しましょう」

 

 カイエは笑みを携えたまま、王城へといざなった。

 




備考
 ハンコック 191㎝
 カイエ   335㎝


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第百九十七話:王城

 

 街並みもそうだが、王城もまた巨人族が出入りするため巨大に作られている。

 カイエの後ろを歩きながらきょろきょろと周りを見ては、巨人族サイズの調度品やら扉にスケールの違いを感じていた。

 どうやって開けるんだあれ、という疑問もセットで。

 サンジはいつの間にか石化から回復しており、結局原因も何も分からなかった。ハンコックに冤罪を被せていたという事実だけが残っただけである。

 ハンコックはカイエの手前大人しくしているが、今にも殺しそうな視線を時折ルフィに向けていた。

 ルフィも流石に悪いと思ったのか、素直に頭を下げる。

 

「疑って悪かった。ごめんな、ハンモック」

()()()()()じゃ!! 謝る気あるのか貴様!?」

 

 火に油を注ぐだけの結果になっていたが。

 

 

        ☆

 

 

 カイエが案内した部屋は普通の人間用のものらしく、やや手広くはあるがルフィたちも見慣れたサイズだった。

 カイエに言われて来客用ソファに腰かけるルフィたち。ソラ、サンジ、ナミ、ウソップとルフィとウタに分かれて座る。誰も何も言わないがウタはごく自然にルフィの隣を陣取っていた。

 未だに睨みつけてきているハンコックはと言えば、2人の妹に引きずられて少し離れた場所に腰を落ち着ける。

 その間にお茶を淹れ、テーブルに置いて自らもソファに腰かけるカイエ。

 ルフィとウソップは熱いお茶を早速飲み始める。

 

「美味いな~」

「落ち着く~」

「ふふ、気に入っていただいたようで何よりです」

「あ、あの! 私たち、小紫に聞いてここに来たんだけど、換金して欲しいものがあって……」

「ああ、私の紹介が必要という話ですね。わかりました。すぐに手配しましょう」

 

 小紫が一筆した手紙もその件についてだ。表向きほとんど知られていない小紫の名を騙る者などほとんどいないが、そこはそれ。報告・連絡・相談は社会人の基本である。

 カイエは受け取った手紙をチラリと流し読みして放置した。本人が書いたことさえわかればいいのでそんなものだ。

 

「えらく話が早いな」

「私は基本的に島の警備などが担当なので、非常時でも無ければ暇ですからね」

「おばちゃん強いのか?」

 

 ルフィの言葉にハンコックがブチ切れそうになっていたが、妹2人がなんとか宥めすかす。

 カイエは特に気にした様子もなく、微笑んだまま「多少は」と答えた。

 警備担当と言っても、矢面に出るのは大半が巨人族だ。カイエが戦うことなど滅多にない。

 

「小紫ほどではありませんが。空島でも色々とトラブルがあったと聞きます。小紫はとびっきり強かったでしょう?」

「ああ。とんでもなかったな」

 

 カイエの言葉にウソップが頷く。

 マラプトノカも大概とんでもなかったが、それを剣技と能力で追い詰める小紫はもう一段階とんでもなかった。

 名を知られていない幹部であれほどの強さ。〝黄昏〟がこれだけの勢力を誇るのも納得出来るというものだ。

 カナタが七武海に入って以降、名前が知られている幹部の方が少ないのだけれど。

 

「彼女は特別ですからね。カナタさんの数少ない直弟子ですし、修羅場もくぐってますから」

 

 カイエとてバレットの鍛錬に付き合わされるくらい強いが、本気の戦闘になればどれほど抵抗出来るかはわからない。

 四皇やそれに対抗出来るような強さの者たちはそれだけ突き抜けているのだ。

 小紫ならバレットと戦ってもいい勝負をするだろうとカイエは考えているし、かつてカナタに手傷を負わせたことを考えれば多少なりとも勝機はあると思っている。

 小紫を含む〝戦乙女(ワルキューレ)〟と〝戦士(エインヘリヤル)〟のトップ4人で、攻め込んできた〝王直〟を退かせた経験さえあるのだ。実力は自分以上だとカイエは認めていた。

 

「小紫ィ~~!?」

「姉様、落ち着いて。どうどう」

「姉様の方が美しくて強いのはカイエ姉様もわかってるから、大丈夫よ」

 

 一方、先程までルフィを敵視していたハンコックは小紫の名前が出るとそちらに敵意を向けていた。

 さっきから怒ってばっかりだな、とルフィはのんきなものだが、カイエは苦笑するばかりである。

 

「あの2人は少々折り合いが悪いもので……」

 

 ハンコックは自らが最も美しいという自負がある。

 〝アマゾン・リリー〟特有の強さこそが美しさであるという価値感、加えて幼少期から幾度となく世話になったことなどもあってカナタの事は自分より上だと認めているが……小紫に関してはそうではなかった。

 カナタの直弟子であることやカイエとの仲の良いことなど、ハンコックの機嫌を損ねるようなことばかり耳に入るものだから、ハンコックははっきり言って小紫の事が嫌いだった。

 小紫は自分の方が美しいと思っているし、ハンコックの敵意など気にもしていないのでこの2人はなるべく同じ場所にいさせないようにするのが暗黙の了解である。

 

「〝黄昏〟も大変なんだね」

「貴女は……」

「私はウタ。アラバスタでライブやるから、〝エレジア〟からここに来たの」

「ああ、テゾーロの合流待ちですね」

 

 ウタの護衛はハンコックに一任していたので、カイエは頭の片隅に置いておくだけでそれほど重要視はしていなかった。

 とは言え、〝赤髪の娘〟と言う肩書はカイエとしても無視出来るものでは無い。

 ルフィの麦わら帽子も含め、何かと縁があるものだとカイエは思う。

 

「シャンクスとは昔馴染みです。見習いの頃から知っていますが、彼も家庭を持ったのですね」

「あー……いやァ、あはは。私はシャンクスの娘だけど、血は繋がってなくて……」

「血縁の有無など些細なことでしょう。貴女が彼を親だと思い、彼が貴女を娘だと思っているのなら家族でいいのです」

 

 母親はいないだろうが、そんなものはよくある話だ。

 カイエだって実の両親に捨てられてグロリオーサに育てられたし、同じようにグロリオーサに育てられたハンコック達はカイエの事を姉と慕っている。

 血縁など重要ではない。重要なのは親と子の間に愛があるかどうかなのだ。

 目を丸くするウタに、カイエはにこりと笑った。

 

「麦わら帽子と左腕を無くしてこの海に戻って来たシャンクスのことは話題になりましたが、私はしばらく会っていません。シャンクスがどう思っているかは、貴女が直接確かめると良いでしょう」

「……うん」

 

 カイエの言葉に頷くウタ。

 良いことを言って貰った──と思い返すと、聞き捨てならないことを言っていることに気付いた。

 

「ちょっと待って。シャンクスが帽子と左腕を無くしたってどういうこと?」

 

 ギクッ! とウタの隣で固まるルフィ。

 カイエは「知らなかったのですか?」と不思議そうな顔をしている。かなり話題になったらしいのでウタが知らないことが不思議なのだろう。

 帽子は隣にいるルフィが被っている。では当然、左腕に関して何か知っているのではないかと視線がカイエからルフィに行った。

 ルフィはさっと目を逸らした。

 

「ルフィ」

「…………」

「こっち見なさい、ルフィ」

 

 じとーっとした目で見つめられ、ルフィは耐えきれずに白状した。

 

 

        ☆

 

 

 シャンクス関連の事を洗いざらい吐かされたルフィはウタに睨まれており、両手で頬を思いきり引っ張られている。

 ルフィはウタにされるがままだ。

 カイエも初耳のことだったが、シャンクスらしいと言えばらしい行動だと納得していた。

 ナミたちはこの後やることも行く場所も特に決まっていないが、いつまでもここにいては邪魔だろうと席を立つ。

 黄金の査定をするために後ほど人を派遣するので、船の場所だけ伝えて部屋を出る。

 

「楽しい時間でした。また会うこともあるかもしれませんね」

「ああ、またな!」

 

 気安く話すルフィにハンコックはまた眉がつり上がっていた。

 ともあれ、やることは終わった。

 正確な金額が出るまでは山分けも難しいだろうし、町を見るだけ見て今日は引き上げようと提案するウソップ。

 ナミは特に異論はなく、ルフィも特に行きたい場所があるわけでは無い。ウタも用事はないが、ルフィたちの船を見てみたいと言う。何かあったら呼ぶようにと子電伝虫に一つだけボタンが付いたものを渡されているので、この島にいる間は好きなように動けるらしい。

 サンジとソラは別行動をすると言う。

 

「ワリィが、ちょっと行ってくる」

「ああ、元々そういう話だったもんな」

 

 ソラをこの島に送り届ける代わりに、ソラが快復した理由を知りたい。

 そういう条件で船に乗せたのだ。チョッパーも気にしてはいたが、サンジはジャッジを信用していない。どうせロクでもない手段だろうと考え、先に自分だけで行って確認するつもりだった。

 倫理観にもとる行為をしているのなら、チョッパーには見せられないと考えて。

 ルフィたちは町を見ながら船に戻ると言って王城を出ていく。

 残ったサンジとソラは、ルフィたちとは別の道を歩き始めた。

 

「……あの男は、まだ色々とやってんのか?」

「ええ。彼にとって、〝ジェルマ〟の復興は何が何でも成し遂げたいことだから。私はもっと別の手段があると思っていたけれど……」

 

 自分の子供さえ改造してしまうというのは、ソラからしても狂った所業だった。

 己の肉体の改造ならまだいい。自分の望みのために取れる手段を取ることは決しておかしくはない。

 だけど、己の子供が胎の内にいる時から改造を施そうなど、狂気としか呼べない。

 ソラは反対し、血統因子に影響を及ぼすほど強い薬を服用することでサンジだけは人の心を持ったまま生まれて来た。

 代償に、ソラの肉体は弱り果て……サンジが逃げ出す時には、既にベッドから起き上がることさえ出来ないほどに弱っていた。

 

「でも、昔に比べれば落ち着いたと言えるでしょうね」

 

 強大な軍事力を持つ〝黄昏〟と近しくなった。

 互いに利があれば利用し合う関係でもいいと考えたジャッジは、カナタの手を取ることを選んだのだ。

 もちろんソラとてスクラには世話になった身である。カナタには恐れを抱くが、スクラの患者を救うという一念だけは信用に足るし、スクラがカナタの事を信用しているならソラも大丈夫だろうと思っている。

 ……不安が無いかと言われれば嘘になってしまうけれど。

 

「〝北の海(ノースブルー)〟には闇が多い。武器や麻薬の密輸、奴隷売買……世界政府が表向き禁止している品物が当然のように出回る市場もあるわ。あの人は、〝北の海(ノースブルー)〟に存在する闇を少しでも知っている人物を味方につけておきたかったんでしょうね」

 

 世界最大の海運業を生業とする〝黄昏〟をして、()()()()()()()()

 カナタは武器と奴隷の売買を禁じているため、裏取引ではもっぱらそのどちらかが売買されている。麻薬も同じだ。

 当然ながら、そういった武器や奴隷、麻薬を取り扱って資金を得る組織は大きくなりやすく、後ろ盾にカイドウやリンリンを選ぶ可能性は高い。

 〝西の海(ウエストブルー)〟にいる五大ファミリーも含め、カイドウやリンリンへの資金の流入を断って締め上げたいと考えているのだ。

 ジャッジはカナタにとって扱いやすく、()()()()()()()ので選ばれたのだろう、とソラは考えていた。

 相手の欲しいものがわかっているならこれほど交渉しやすい相手もいない。

 

「あなたも気を付けるのよ、サンジ。カナタと言う女は、どれだけ良いことをやっているように見えたとしても──どこまで行っても〝海賊〟なの」

 

 ジャッジは悲願を叶えられると目が曇っている。

 イチジ、ニジ、ヨンジはジャッジの言葉に従うばかりで反論することは無い。レイジュも同じだ。

 ソラだけでも、疑いの目を持っていなければならない。

 でなければ、取り返しのつかないことになるような──嫌な予感がするのだ。

 

「……おれだって、今は海賊だが」

「あなたは私の息子だもの。自慢の、優しい子よ」

「…………」

 

 ソラの言葉にサンジは何とも言えない顔をしながらぐしゃぐしゃと頭を掻いていた。

 



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第百九十八話:ソラの秘密

 

 ソラとサンジが足を運んだのはジェルマ用に整備された港だった。

 ジェルマ王国は国ではあるが、明確に国土を持つわけでは無い。

 巨大な電伝虫を模した船を仮の国土として、世界中の海を渡る海遊国家である。

 

「……変わらねェな」

「見た目はね。でも、中身は意外と変化があるものよ」

 

 ソラが指差した先にあるのは研究棟の一つだった。

 

「あそこは元々あなた達の身体能力を計測するために用意された場所だったけれど、今は植物や家畜の品種改良を行う研究棟になってるわ」

「……品種改良?」

「〝血統因子〟と呼ばれるものを知ってる?」

 

 かつてジャッジと共に研究していたDr.ベガパンクが発見した、〝生命の設計図〟。

 そこに人工的な変化を加えることで、生まれてくる植物や動物に様々な変化を起こすことが出来るというものだが……現在はそれを利用してよりよい品種の植物や動物を生み出そうとしていた。

 病気に強い種。冷害に強い種。繁殖力の強い種。旨味を強く持って生まれてくる種。

 変化の方向性は多種多様だが、ある方向に強くすれば別の方向に弱くなることもザラだ。研究は長い目で見る必要があり、優秀な科学者が必要だった。

 

「あの男が進んでやってることとは思えねェが」

「ジャッジひとりならやらないでしょうね。ジェルマは国土を持たないから、育てる場所も限られるもの」

 

 だが、〝黄昏〟と手を組んだなら話は別だ。

 元より海遊国家であるが故に物資は不足気味で、金で買うしかなかったジェルマ王国である。

 その類の事には手を付けてこなかったものの、カナタの要望で品種改良した植物の種などを生み出していた。

 広大な領地(ナワバリ)があればあるほど優秀な品種の効果は高い。少ない人手でより多くの作物を育てられるなら、その分の人員を別の事業に振り分けられる。

 加えて、莫大な量の穀物を安価に作れるようになったなら牛や豚などの家畜も安価に育てられるようになる。

 牛肉1キロを生産するのに必要な穀物はおよそ11キロ。

 穀物1キロ当たりの値段が100ベリー下がれば、牛肉1キロを作るのに1100ベリー安くなる。

 単純な計算ではあるが、細々としたコストが下がれば安価に買えるようになって餓死者は減っていく。

 金持ち相手には高価なブランド品などを別途用意してやれば良いので住み分けも出来ていた。

 

「より良い品種を作れば作るほどジェルマは富む。戦争屋をやるよりよっぽど良いことよ」

 

 元よりジャッジはベガパンクと肩を並べていた科学者である。

 血統因子をコントロールするのは極めて難しい技術だが、それを利用していたジェルマにとっては専門分野だ。

 〝珀鉛病〟の一件から始まった交流ではあるものの、今では互いに良い取引が出来ていると言っていい。

 

「こっちよ」

 

 ソラが入ったのは研究棟のひとつ。

 厳重に管理されている場所だが、ソラは一声かけるだけで中へと入って行き、サンジもそれに続く。だがタバコだけは駄目らしく、咥えていたタバコの始末とタバコの入った箱を預けて中へと入る。

 多くの機械が置かれている場所だ。

 それなりに長い通路の先にあったのは、棺桶のようにさえ見える白いベッドだった。

 

「…………」

 

 サンジはこの場所の異様さに足を止めるも、ソラは気にせずベッドへと進む。

 ベッドの横には冷蔵庫よりも大きな機械がいくつも並べられており、そこから出たケーブルのようなものがベッドへとつながっている。

 普段はタバコの一つでも吸って気分を落ち着けるサンジだが、生憎この部屋へ入る前に取り上げられている。

 首筋に一筋の冷や汗を流して、サンジは意を決したように足を踏み入れた。

 

「──……これ、は」

 

 消毒液の臭いと、機械の放つ定期的な音。

 ガラスのようなカバーで覆われたベッドの中に横たわっていたのは、一人の女性──痩せ細り、ミイラのようにさえ思えるその人。

 意識せずに出たサンジの言葉に、横に佇むソラは考え込む。

 

「……そうね。何と言ったらいいかしら」

「……見間違えるハズがねェ。()()は、母上だ」

 

 髪の色は抜け落ちて白くなり、頬はこけてもはや骨と皮だけになってしまっている。

 口元には呼吸器を補助するための機械が。腕には何本ものケーブルが。腹には良く分からない太いケーブルが何本も繋がっている。

 およそ、生きているとは思えない人間だ。

 おぞましいものを見たかのように、サンジの額には冷や汗が浮かんでいる。ソラは感情を見せることなく、淡々と答えた。

 

「それが分かるなら話は早いわ。これは間違いなく私よ。ただ()()()()()()()の私」

「どういうことだ。母上がここにいるなら、アンタは……」

「私もソラよ。ちゃんとあなたを育てた記憶もある……まァあれを子育てと呼んでいいのかはわからないけれど」

「だったら、これは!」

 

 いったい、何なんだ。

 サンジの言葉にならない疑問が、視線となって真っ直ぐソラに向かう。

 ソラは目を瞑り、何かを考え──ゆっくりと、口を開いた。

 

「最初から話しましょう。あなたが知っている私は、少なくとも死にかけでベッドの上から動けない状態だった。そうね?」

「……ああ。〝東の海(イーストブルー)〟でレイジュの手を借りて逃げ出した時、母上はもうベッドの上から動けなくなっていたと……おれはレイジュから聞いた」

「レイジュの言っていたことは正しかったわ。実際、あなたと会っていた時も弱っていたから」

 

 転機となったのはそれよりも後の事。

 誰が言い出したのかは分からないが、ジャッジはソラの()()()()を生み出した。

 

「クローン?」

「さっき話した血統因子を利用したのよ。生命の設計図をコピーして、全く同じ人間を生み出す──それがクローン計画」

「じゃあ、アンタは母上のクローンなのか?」

()()()

 

 当然ながら、単なるクローンなら同じ肉体を持つだけで記憶を引き継げるわけでは無い。

 記憶を移植する方法は、現在考えられる可能性として2つ。

 

「記憶に干渉する悪魔の実は確認されているから、これで記憶を移植する方法。もうひとつは、オペオペの実による()()()()

「人格、移植……」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のよ。だから、ここにいる私の人格は〝ヴィンスモーク・ソラ〟本人で、肉体はクローン」

 

 逆に、目の前にベッドの中で横たわっているソラの肉体は本人のものだが人格はクローンのものだ。

 だが、クローンの人格は表に出てこない。元より欲したのは肉体だけで、知識を植え付けなければ人格は赤子と何ら変わりは無いので常に眠らせている。

 ソラの元の肉体はサンジ達を生む際に飲んだ薬の影響でボロボロだった。

 内臓の代わりに冷蔵庫よりも大きな機械を取り付け、話すことも出来ず、自発的な呼吸さえままならない。

 それでも生かしているのは、移植した人格に影響がないと完全に断言出来ないからだ。

 

「人格移植したあと、元の肉体が死亡しても人格は残るのか……オペオペの実の能力者であるスクラは幾つかの研究結果から残ると結論付けてはいたけれど、ジャッジは私の肉体を生かしたままにしているの」

 

 理由まではわからない。

 けれど、結局のところジャッジはソラを見捨てることが出来なかったというだけの話なのだろう。

 サンジ達を生む際に薬を飲んだ後も、生まれた子さえいればソラは不要だった。それでも見捨てず治療を受けさせたのは──。

 

「……悪魔の実ってのは、常識に囚われねェ力だと思っていたが……想像以上だったな」

「でもクローンだから、肉体の寿命はそれほど長くはないわ」

「そうなったらまた人格を移植するのか?」

「ううん。もうするつもりはないの」

 

 子供たちが立派に育ったことを見届けることが出来た。ソラ自身も研究者として〝黄昏〟に協力している身ではあるが、肉体を移し替えながら長生きしようとは思っていない。

 ほんの少しだけ、寿命を先延ばししたに過ぎない。

 事情はあらかた理解したので、サンジとソラは病室を出る。

 これは流石にチョッパーには話せねェな、とサンジは頭を掻く。単なる治療と違い、今回の案件は悪魔の実も関わっている。能力者以外に再現出来ないのなら話しても意味がないのだ。

 適当に誤魔化すしか無いだろう。

 

「サンジ、船に戻る?」

「ああ。もう用事はねェ」

 

 食料は空島でこれでもかと積んでいるので、ひとまず買い足す必要は無い。

 適当に市場を見ながら船に戻るつもりだった。

 

「そう……寂しいけど、あなたにはあなたの冒険があるものね。ルフィ君たちによろしく言っておいて頂戴」

「わかったよ。母上も元気でな」

 

 返してもらったタバコを咥え、火を付けながら背を向けて歩き出す。

 ソラが生きていたのは良いことだ。だが、だからと言ってジャッジと顔を合わせたいとは思わない。

 一度親子の縁を切った以上、それまでの関係だ。

 

「もし……もし、あなたがいいのなら。いつでも戻ってきていいのよ」

「──いや、もう戻らねェよ」

 

 ソラの投げかける言葉に、振り向きもせずサンジは答えた。

 

 

        ☆

 

 

 一方、チョッパー、ロビン、ゼポの3人組。

 島を回りながら本を探し、珍しい品物に目を惹かれるチョッパーが迷わないよう足並みを揃えて歩いていた。

 〝黄昏〟の誇る最大規模の貿易拠点だけあって、扱っている品物は多岐にわたる。本も例外ではなく、医学書も数多く取り扱っている。

 まだ黄金が換金されていないので現金が無いため、目ぼしいものをピックアップしてあとで買いにこようと必死にメモを取るチョッパー。

 ロビンとゼポはそれを見ながら小さく笑い、小さく言葉を交わす。

 

「──後ろに3人。政府の諜報員にしちゃおざなりだ、海軍か賞金稼ぎだな」

「海軍も海賊も、この島で補給することは多いもの。見つかるのは仕方が無いわ」

「この島では手出しされないだろうが、島の外で待ち伏せされると面倒だぞ」

「なるべくどこかで撒いてから船に戻りたいわね」

 

 ロビンは世界政府にマークされている賞金首だ。億こそ超えていないものの、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読めるという事実は政府にとって重い意味を持つ。

 優先的に監視を付けられていても決して不思議ではないし、懸賞金の額ゆえに賞金首に狙われることも多い。情報だけでも政府は高値で買うのだ。

 もっとも、ロビンとてその手の連中から何年も身を隠し続けて来た。ゼポ共々慣れたものだ。

 問題はチョッパーなのだが……。

 

「……小さくなってもらって、おれが担いで移動するか」

「それが手っ取り早そうね」

 

 人獣形態時の大きさならそれほど重荷にもならない。この島にいる以上また見つかる可能性はあるが、船さえ見つからなければ出航のタイミングはわからないだろう。

 やや足早に大通りを抜け、チョッパーに人獣形態になってもらう。

 

「船医さん、少しの間ゼポに乗っててもらえるかしら?」

「? いいけど、何するんだ?」

「海軍か、あるいは賞金稼ぎに追われてるみたいなんでな」

「追われてる!?」

「しーっ。静かにね」

「ゆガラを抱えて連中を撒く。いいか?」

 

 チョッパーは両手で口元を抑え、ゼポの言葉にこくこくと頷く。

 なるべく普通にしたまま、路地を曲がって一瞬視線を切る。

 その瞬間にゼポはチョッパーを抱え、建物の壁を蹴って屋根へと上る。ロビンも自分の能力を駆使して屋根へと上り、追ってきた相手を確認しておく。

 服装はバラバラ。動きもそれほど良くはない。賞金稼ぎだ。

 

「クソッ! どこ行きやがった!?」

「まだ近くにいるはずだ! バラけて探せ!!」

 

 怒鳴り散らしながらバラバラに散っていく3人。

 それを見送り、ロビンとゼポはどうしようかと顔を見合わせた。

 ロビンの手配書は20年前のものだ。写真が更新されていないのでバレる可能性はそれほど高くないと思っていたが、ここではそうでもなかったらしい。

 海軍にロビンの情報を売ればそれだけでも多少金になる。この島には海賊が訪れることも多いため、そうやって生計を立てている者もいるのだろう。

 小銭稼ぎのチンピラだが、面倒な存在であることに違いはない。

 

「海軍にチクるつもりでおれ達のことを嗅ぎまわってんのかもな」

「カナタさんは情報の取り扱いに厳しいし、この島はあの人の直轄地よ? あんまりそういう事を許すとも思えないけれど……」

「あー、〝黄昏〟に情報売ってる連中の可能性もあんのか」

 

 賞金首の情報は何も政府や海軍ばかりが集めているわけでは無い。

 懸賞金が高いということはそれだけ強さと危険度があると言う事であり、客観的な目安になり得る。海運をやるうえで危険度の高い海賊が今どこにいるのか、位置を把握しておくことは決して無駄ではないだろう。

 ロビンも高いが、ゼポの懸賞金は3億を超えている。事情を知らない下っ端なら確かにマークしていてもおかしくはない。

 ないが、〝ミズガルズ〟においては出入りを外周部の島で監視されているので今回に限っては別勢力だろう。

 細々とした諜報員は時折潜り込む。情報は武器になることを五老星も良く知っているのだ。

 

「……どっちにも情報売って小銭稼いでるかもしれねェけどな」

「そうね。なるべく見つからないに越したことはないけど、難しいでしょう」

 

 この島は広いが、人の数も多い。特にゼポとペドロは目立つので外に出ればすぐに見つかってしまうだろう。

 開き直って堂々としていた方が楽ではあるが、ルフィたちに世話になっている身である以上、迷惑をかけるのも心苦しい。

 アラバスタから海軍の包囲を抜けるために同乗しただけなので、ここまで来たらルフィたちから離れてもいいのだが……。

 

「……その辺は戻ってから考えたほうがいいと思うわ。船に戻りましょう」

「そうだな。チョッパー、しっかり掴まってろよ」

 

 こくこくと口を押えたまま頷くチョッパー。もう喋ってもいいのだが、ゼポはひとまず目立たない路地に降りて周囲の確認を済ませる。

 次いでロビンが路地裏に降りてくると、何事も無かったかのように表通りに出た。

 先程の3人組は既にいない。

 ロビンたちは来た道を戻るように船へと帰っていると、ちょうど同じように戻って来たルフィたちと鉢合わせになった。

 

「あ、ロビン! 今帰りなの?」

「ええ。そっちは収穫はあった?」

「一応カイエさんに話は通したわ。人を派遣するとは言われたけど、明日になるか今日中かはちょっとわからないわね」

 

 まだ日中ではあるものの、日は傾き始めている。船に戻って全員に周知しておいて、誰でも対応しておけるようにしなければならない。

 ロビンはカイエと顔馴染みなので一度は会いに行きたいものだが、現状海軍と政府に追われる身である。〝黄昏〟との関係性はなるべく伏せておきたい面もあるので、会うのは難しいだろうと今回も別行動をとったのだ。

 ハチノスにいた頃はなにかと気にかけて貰った姉のような人なので、挨拶の一つでも……などと考えるとどこかから情報が漏れるのが世の常である。

 

「あれ、お前誰だ?」

 

 チョッパーが見覚えのない人物がいることに気付いた。

 赤と白のツートンカラーの髪の少女は、チョッパーを見てにっこり笑う。

 

「初めまして! ウタだよ! ルフィの幼馴染なんだ。あなたもルフィの友達?」

「へー、ルフィの幼馴染なんだ。おれはチョッパー! 医者だ!」

「医者なの!?」

 

 びっくりしているウタを尻目に、ウソップが「まずは船に戻ろうぜ」と提案する。

 船の近くで立ち話もなんだと思ったのだろう。

 全員同意して船に戻ると、ゾロとペドロが向かい合って刀を構えていた。

 

「何してんだおめーら」

「ああ? 戻ったのか」

 

 ケンカしている、と言う風でも無い。

 ウソップは疑問をぶつけるも、ゾロは「何でもねェ」と答えるばかりだ。

 良く分からないがケンカじゃないならいいとルフィは言うので、ウソップもこれ以上口を挟まなくてもいいかと楽観的に捉えた。

 

「ウタとも久々に会えたし、宴やろうぜ宴!」

「まだ換金出来てねェだろ」

「すぐだろ? それに食いもんはいっぱいあるじゃねェか」

「つっても、サンジが戻って来ねェことにはなァ」

 

 料理が出来るのはサンジかゼポかナミだ。

 ナミに料理をさせると金を取られるので除外するとして、ゼポも下手ではないとか食べれはするというレベルでサンジ程料理上手ではない。

 それ以外の面々に料理させると大抵酷いことになる。ペドロとロビンはゼポに任せきりだったので上記の3人ほど上手くは出来ないのだ。

 

「じゃあサンジが戻って来てから宴をしよう!」

「まァ良いんじゃねェか」

「アンタは酒飲みたいだけでしょ」

「よーし、だったら私も宴に花を添えるために歌っちゃうよ!」

「他の船の迷惑にならない程度にしないとね」

 

 ワイワイガヤガヤと宴をやる方向で盛り上がりつつある一行。

 まだ日は高い。酒を飲むには早すぎると言いながら、酒を飲む準備だけは早かった。

 サンジはいつ戻ってくるんだとぼやきながら、ウタにルフィの幼少期の事を聞いたりあれこれ勝負をしていた話をしたり。

 日が落ちてもまだ、あれこれと話題が尽きることなく話し続けて。

 

 ──そして、サンジはその日戻ってこなかった。

 




次回投稿は7/17の予定です


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第百九十九話:行方不明のコック

 

「サンジを探しに行こう」

 

 夜中まで待ってもサンジは帰ってこなかった。訝しみながらゼポの作った夕食を食べて寝たが、起きてもまだ帰ってきていなかった。

 いくらなんでもおかしい。

 ルフィはパンに野菜やチーズなどを載せて焼いたもの(ゼポ作)をモリモリ食べながら、探しに行こうと告げる。

 概ね賛成意見ばかりだったが、ゾロだけは「放っておけ」と突き放した。

 

「母親が連れて行ったところってんなら、つまり親父とかもいるんだろ。話がこじれてるだけじゃねェのか? 家族間の話におれ達が割り込んだって余計に話がこじれるだけだ」

「でも、そこに留まってるかどうかは分からないじゃない」

「だったら尚更どこ探すんだよ。この島は人工島だって言うが、巨人族があちこちで働く島だけあって滅茶苦茶に広いぞ。当てもなく探したって見つかりゃしねェだろ」

 

 数十人、数百人の人海戦術で探すならともかく、広い島中を数人で走り回って探すのは流石に無理がある。

 区画分けされていると言っても一区画が巨大なのだ。目星を付けることもせずに走り回ったところで徒労に終わるだけだ。

 ウソップはゾロの言葉に頷いた。

 

「ゾロが探しに行ったら今度はゾロを探す羽目になるしな。二次遭難が起きるぞ」

「ああ、そりゃ大変だ」

「斬るぞ」

 

 ウソップの言葉にルフィが頷くと、ゾロが静かに額に青筋を浮かべる。

 ともあれ、連絡や言伝の一つも無しにいなくなるというのはおかしい。せめてソラのところに行って確認くらいはすべきだろうが……肝心のソラの行先を誰も知らなかった。

 〝王城〟のところまではウソップとナミも同道していたが、そこから別行動したのでざっくりとした方向しか分からない。

 チョッパーが口元を汚しながら食べるのを見てナプキンで拭いていたロビンが意見を出す。

 

「カイエさんに聞けば居所はわかるんじゃないかしら」

「そうね。もう一度行ってみましょう!」

「でも、黄金の査定するから人を送るって言ってたろ? 誰か残ってないと駄目じゃねェか?」

「じゃあ私とゾロが残るから、アンタたちで探してきなさいよ」

 

 麦わらの一味の金庫番はナミなので、黄金の査定をすると言うのならナミが残っているべきだ。

 探す気のないゾロが残るのも、まぁ妥当なところではあるだろう。

 と言うか、そもそも全員でぞろぞろと連れだって探しに行く意味も無い。ソラのところにいるのなら探す必要は無いし、いないのなら当てが無さ過ぎてどうにもならない。

 なので、とりあえずルフィとウソップ、ロビンとペドロの4人で動くことになった。

 昨日ゴーイング・メリー号に泊まっていたウタもいるが、彼女とてこの島に詳しいわけではない。ハンコック達にはまた小言を言われるかもしれないが、ウタとしてはナミたちともっと話したいという気持ちが強かったので留まることにしていた。

 

「よし、とにかくサンジを探しに行こう!」

「ロビンは場所わかんのか?」

「〝王城〟の位置くらいはわかるわ」

 

 昨日のうちにある程度地形は頭に入れている。

 少々回り道をするかもしれないが、迷うことは無いだろう。

 

 

        ☆

 

 

 そうして辿り着いた〝王城〟は、昨日とは打って変わってざわついていた。

 ロビンは眉をひそめ、ひとまずフードで顔を隠してカイエに会いたいと入口で用件を伝える。

 だが、受付をしていた女性は困ったような顔をする。

 「カイエさんは今いないんです」、と。

 

「いない?」

「詳しいことはわかりませんが、用事が出来たと先程出ていかれました」

 

 すれ違う形でいなくなったらしい。ルフィたちは顔を見合わせ、どうしようかと困った顔をする。

 ソラの居場所が分かればいいのだが、果たして知っているか……ひとまず聞いてみるべきと、ペドロが前に出た。

 

「すまない。ソラと言う人物を探している。昨日もここに来ているハズだが」

「昨日も……?」

 

 受付の女性がスッと視線をルフィに向ける。昨日〝王城〟の前で騒いでカイエと一緒に入ってきたのを思い出したのだろう。

 あ、と声を上げてソラの事を連鎖的に思い出す。

 ソラ自身、ジェルマの一員と言うこともあり、しかもこの島にジェルマの一団が滞在してそれなりに長い。内情までは分からずとも彼らの居所くらいは知っていた。

 

「ソラさんは……恐らくジェルマのところだと思いますが」

「おれ達も行方が分からないんだ。手当たり次第に探そうにも手掛かりも何もない」

「なるほど……」

 

 顔見知りだとわかってもらえたので、特に何事もなくジェルマのいる港を教えて貰えた。

 ソラのところにサンジがいるなら話が早いが、とペドロは思うも、難しいだろうなと内心考えつつ、ソラのいる港へと歩き始める。

 

 

        ☆

 

 

 ジェルマの居城はとても目立っていた。

 電伝虫を模した巨大な船を見上げ、ルフィとウソップはぽかんと口を開けるばかりである。

 

「でっけーな……」

「ここにサンジの母ちゃんがいるのか?」

「多分な。場所は間違ってない」

「こんにちはー。お邪魔しまーす」

「早ェよ!!」

 

 ウソップがペドロに確認している間に、ルフィは階段を使って船に乗り込んでいた。

 甲板には大勢の人がいた。船員だろうか、と考えるウソップ達の前に、彼らが一斉に集まってくる。

 

「何者だ? 何の用事でここに来た」

「うおっ!? びっくりした……」

「私たちはソラさんに会いに来たの。伝えてくれるかしら?」

「ソラ様に……? 待っていろ」

 

 ルフィたちを取り囲む男たちは皆、一様に似た顔と体格をしていた。

 同じ体格、顔……となると、先の空島での一件を思い出す。流石に関係ないとは思うのだが、ロビンは思わず警戒に入っていた。

 程なくして、白衣を着たソラが現れて手を振ってくる。

 周りを囲んでいた男たちはソラが近付いて来ると同時に離れ、少し離れたところで監視し始めた。

 

「遊びに来てくれたの? 嬉しいけど、今ちょっと立て込んでるのよね……」

「立て込んでる?」

「ええ」

 

 ソラは言いにくそうに言葉を濁す。

 ジェルマは〝戦争屋〟である。彼らが立て込んでいる──忙しいということは、つまり戦いがあると言う事だ。

 ソラ自身はあまり戦うことに乗り気ではないので、その勇名を誇ることも無い。なるべくなら戦争など無い方が良いのだが、ジェルマの国王であるジャッジの決めたことは絶対だった。

 帰って来て早々に忙しくなっているのも大変だが、ルフィたちとて単に遊びに来たわけではない。

 

「おばちゃん、サンジどこ行ったか知らねェか?」

「? サンジならあなた達のところにいるんじゃないの?」

「それがよ、サンジの奴、アンタと一緒にどっか行ってからこっちに帰って来てねェんだ」

「少なくとも、私はあの子が帰るところまでは見送ったわ。いなくなったとしたら、その後ね……」

 

 ソラにとっても無視出来る話ではない。捜索に行きたいところだが、ジャッジはそれを許さないだろう。

 サンジは勘当された身である。ジェルマにとってソラはジャッジの妻と言うだけで重要だし、今更サンジに執着する理由も無いから捜索を許可する理由が無い。空島にいたのはあくまで〝黄昏〟が護衛を請け負ったから許可を出しただけなのだ。

 ソラの顔色が悪い。

 大きくなったとはいえ、我が子の安否不明と言うのは親にとって不安になっても仕方が無いだろう。

 

「あなたたちはサンジを探すんでしょ? どこを探すの?」

「ここと私たちの船の直線経路を探すつもりよ。いなくなるとしたら、そこが一番可能性が高いから」

「おばちゃんはどうすんだ?」

「私は……なんとかジャッジを説得して島を出るのを待ってもらうわ」

 

 探すにしても勝手にいなくなると煩いだろう。それもサンジに関連するとなればなおの事慎重に動かねばならない。

 とにかく、今やれることをやるべきだ。

 方針は決まった。全員が顔を見合わせると、一度頷いて行動を始める。

 先頭はフードを被ったままのロビン。殿は目と鼻の利くペドロだ。

 船を降りて、メリー号へ真っ直ぐ向かって歩き始める。

 

「しかし、サンジの奴どこ行ったんだろうな」

「船に戻ってこない。母ちゃんのとこにもいない……となるとなァ」

 

 ゾロも言っていたが当てが無さ過ぎる。

 せめて何か一つ、足がかりになるようなものでもあれば──。

 そう考えながら急いで大通りを曲がると、向こう側から曲がって来た男とロビンがぶつかった。

 後ろにいたルフィが咄嗟にロビンを支えた。

 

「大丈夫か?」

「ええ」

「悪ィな。だがなにをそんなに急いで──」

 

 ぶつかった男の言葉が止まった。

 ロビンはその男の顔を確認し、昨日追って来ていた男だと理解し……ぶつかった拍子にフードが外れていることに気付いた。

 

「──お前、ニコ・ロビン……!?」

 

 顔を隠すも、既に遅い。

 後ろにいたルフィの顔を確認すると、男はすぐに踵を返してどこかへと走り去っていく。

 ルフィは首を傾げ、疑問を口にした。

 

「何だったんだ?」

「…………」

 

 なるべくなら誰かに知らされる前に始末をしておきたいところだが、ここは人通りが多い。下手な行動は余計に注目を浴びることになるだろう。

 ロビンがこの島にいること自体は昨日の時点でバレている。緊急度はそれほど高くはないと判断し、フードを目深に被りなおして歩き始める。

 

「先を急ぎましょう。早くコックさんを見つけなきゃ」

 

 用事を済ませて島を出たほうが良い。

 ロビンは自身が誰に狙われているのかを理解している。下手に相手に時間を与えるのは悪手だということもわかっている。

 最悪、アラバスタの二の舞になる可能性まであるのだから。

 

 

        ☆

 

「ほー、こりゃ素晴らしい!!」

 

 一方、ナミたちの方にはカイエと鑑定士の老人が訪れていた。

 老人は空島から持ち帰った黄金を前にテンションを高くしながら、鑑定用のルーペを使って細部を覗き込んでいた。

 

「仲間の一人が行方不明、ですか?」

「そうなの。貴女ならソラさんの場所を知ってるかもって、ロビンたちが向かったんだけど……」

「すれ違いになったのでしょう。私は彼を連れてくるために回り道してきてますからね」

 

 船の室内でカイエはゼポが淹れてくれたお茶を一口飲み、いなくなったサンジの事を思う。

 昨日何故か石にされていた男だ。結局石になっていた原因は何一つわからないままだったが、あれは何だったのだろうか。

 ハンコックは何もしていないと言っていたし、カイエ自身も何かした覚えはない。

 その男が今度は行方不明とは。

 どこかに泣きついたところで彼らは海賊。誰も助けてはくれないだろう。こうして縁があるからカイエは話を聞いているが、そもそも海賊が姿を消すこと自体はそれほど珍しい事態ではないのだ。

 この島にはほぼいないが、〝人攫い〟は割とどこにでもいる。天竜人がいる以上は廃れることのない文化だろう。

 

「……今回は関係無いでしょうけど」

 

 人攫いがもし〝ミズガルズ〟にいたのならとっくに見つかっている。

 この島は世界政府非加盟国なので世界政府は守らないが、逆に言えば世界政府が相手なら見逃すような者たちでもこの島では見逃されないという事である。

 武器と奴隷の取引を、カナタは認めていない。

 もしこの島で秘密裏に取引しようものならすぐに見つかるし、カイエが潰している。

 だから、恐らく人攫いは今回の件に関わっていない。

 

「何か心当たりは無いのですか?」

「心当たり……うーん。サンジ君が行きそうな場所……」

「サンジが行きそうな場所と言えば……」

 

 ナミはチョッパーと目を合わせる。

 

「「女の人がいっぱいいるところ」」

「……それは、また」

 

 スコッチと同じタイプか、とカイエは苦笑する。

 最近はスコッチも頭頂部が薄くなってきたので現在はスキンヘッドにしていて怖がられることも多いが、元々女好きで金もある。色んな場所を飲み歩いて2、3日帰らないなどザラだった。

 一晩いなくなっただけで騒いでいるからにはそのレベルではないのだろうが、一つの参考にはなるだろう。

 

「ところで、ウタは何をキョロキョロしているのですか?」

「今日はハンコックさんはいないの?」

「彼女はテゾーロが来るまで暇ですからね。今日は好きなようにさせています」

「そうなんだ」

 

 甲板に繋がるドアを開けて外をきょろきょろと見回していたのは、ハンコックを探していたのだろう。今度見つかれば連れ戻されると思ったのだろうか。

 ウタはハンコックがいないとわかるとドアを閉め、カイエの隣に座る。

 改めて見ると、やはり目を惹く美人だ。

 背は高く、脚はすらりと伸びて、整った顔立ちと艶のある紫の髪は男女を問わず人を惹きつける。

 出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。と言っても戦闘員なので、よくよく見ればとても筋肉質なのがわかる。

 ……カイエ自身はカナタに憧れがあるので、スタイルはともかく背は低い方が良かったのだけれど。

 

「カイエさんって美人だよね」

「……いきなりどうしました?」

「サンジさん、カイエさんが呼べばどこからともなく出てきそうだなって」

「まさか」

「「ありそう」」

「まさか……」

 

 悪い信頼のされ方だった。

 カイエは〝黄昏〟の中でも古参に入り、幹部の中でも若い方に入るので下から頼られることは多いが、こういうパターンは初めてだった。

 

「……まぁ、そのうち見つかるでしょう。何か事件があったとは聞いていませんし」

 

 昨日の今日なのでまだ情報が上がってきていないだけかもしれないが、急を要するなら子電伝虫に連絡が入るようになっている。

 連絡が来ないということはその程度なのだろう。

 

「出来る事なら手伝いましょう。ロビンも世話になっているようですからね」

「……やっぱりロビンと知り合いなの?」

「それなりに長い付き合いですね」

 

 オハラから連れ出してからの仲なので、かれこれ20年程の付き合いになる。

 歳の近いカイエが面倒をよく見ていたので、ロビンにとってティーチが兄貴分ならカイエは姉貴分だ。

 ティーチと違って考古学の分野には詳しくないが。

 ここに来たのも、久々にロビンの顔を見れるかもしれないと思っての事である。彼女は妹分の事をとても気にしているのだ。

 ゾロとゼポは席を外しているので、チョッパーこそいるが女子会としてロビンの話などしてもいいのだが……ロビンの過去は機密が多すぎて迂闊に話せない。

 どちらかと言えば自分で話すより聞く方が好きなのもあるので、彼らの旅路を聞かせてもらうことにした。

 

「鑑定もあの量ですから、すぐには終わらないでしょう。ロビンたちが帰ってくるまで待つのも暇ですし、良ければあなた達のこれまでの旅路を聞かせてください」

「あ、それ私も興味ある!」

「そうね……そんなに長い期間一緒に旅をしたわけじゃないけど、それでも良いなら」

「ええ、構いません」

 

 カイエはにこりと笑い、ナミとチョッパーから色々と話を聞き始めた。

 

 

        ☆

 

 

「あら、マハにゲルニカにヨセフ。任務?」

「ああ。お前にも召集がかかった」

「珍しいわね、私までなんて。歓楽街で情報を集めるよりも重要な任務なの?」

「ニコ・ロビンが見つかった」

「──なるほど。四皇に先んじて、と言うワケね」

「急ぐ必要がある。再び四皇同盟に動かれては厄介だ」

「捕縛?」

「秘密裏に出来るならな。あの女目当てにインペルダウンまで攻め込まれては敵わん。最悪、殺害して〝歴史の碑文(ポーネグリフ)〟の情報が渡らないようにする必要がある」

「場所は?」

「──〝ミズガルズ〟だ」

 



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第二百話:恋はいつでもハリケーン

 

 ジェルマの居城の一室にて。

 ジャッジは機嫌よく、カナタからの連絡を受けていた。

 

「我々の準備は既に出来ている。〝北の海(ノースブルー)〟にはいつ攻め込む?」

『そう急くな、ジャッジ』

 

 〝黄昏〟と〝ジェルマ〟の間には協定が結ばれている。

 物資の融通をする代わりに戦力を。

 機材の用意をする代わりに科学力を。

 ジャッジはカナタの最終的な目的を聞いてはいないが、その道中で〝北の海(ノースブルー)〟の制圧をする必要があるのだと聞いたために協力している。

 〝北の海(ノースブルー)〟には多くの闇がある。

 麻薬、奴隷、武器に兵器などが流れる場所。世界最大規模の海運を営む〝黄昏〟に敵対する、裏世界の者たちによって営まれるブラックマーケットなど最たるものだ。

 

『こちらも準備は進めているが……予定外の動きがあったのでな』

「……七武海が1人落ちたくらいでどうなるものでもないだろう」

『クロコダイルそのものは別にどうなろうと関係ないが、結果としてカイドウたちと一戦交えたのは事実だ。戦力の再配置と物資の配分を計算しているところだ』

 

 戦争とは突発的に起こすものではない。

 入念に準備を整え、これならいけると判断を下した場合にのみ打つ一手だ。

 以前から準備をしていたとは言え、突発的に起こった百獣・ビッグマムの海賊同盟との戦闘は少なからず影響が出ている。

 特に〝北の海(ノースブルー)〟に巣食う連中は裏でカイドウやリンリンと繋がっている可能性が高いため、芋づる式に四皇同盟が出てきかねない。

 新世界で睨みを利かせつつ〝北の海(ノースブルー)〟の掃除をするなら、もう少し準備を整えておきたいのがカナタの本音だった。

 

『またカイドウとリンリンを相手にする以上、万全に備えねばな。勝てたとしても被害は大きいだろう』

 

 〝黄昏〟と海軍の協定は存在するとしても、カナタの一存で自由に動かせる戦力ではない。

 肩を並べているとはいえ、センゴクは出来る限りカナタに被害を押し付けようとするだろう。智将と称される男は伊達ではないのだ。

 敵はカイドウとリンリンだけではない。有象無象の海賊たちもまた、カナタが弱ったと見れば隙を突こうとあれこれやり始める。

 弱肉強食のこの海で弱みを見せることなど出来はしない。

 

「……いいだろう。しばらく待機でいいのか?」

『そうだな。また追って連絡を入れるが……別件で連絡を入れることがあるかもしれん』

「別件だと?」

『シーザー・クラウンとベガパンクも交えてな』

 

 見知った名前の2人が出てきたせいか、ジャッジはイヤそうな顔をして電伝虫を睨む。

 その雰囲気が伝わったのか、カナタは小さく笑った。

 

『そう嫌な顔をするな。何もお前たちの旧交を温めるためと言うんじゃないんだ』

「……何をさせるつもりだ?」

『人工悪魔の実──〝smile〟に関する研究だ』

 

 シーザーの作った人工悪魔の実の出来の悪さには辟易するばかりだが、その後遺症をどうにか治療するために色々と手を尽くしている。

 作った張本人を捕らえられたので、ベガパンクとジャッジを交えて討論する予定だとカナタは言う。

 医者であるスクラも同席しての討論なので、研究の方向性はあらかた決めてしまうつもりらしい。

 

「ふん。相変わらずロクなものを作らん男だ。出来の悪い失敗作ばかりとは、科学者として底が知れるな」

『文句は本人に直接言ってやれ。多少痛めつけてあるが、話せる程度には加減しているだろう』

 

 ジャッジはシーザーのやったことを詳しくは知らないが、どうせまたロクでもないことをしたのだろうと考えていた。

 かつて〝MADS〟に所属していた科学者たちは誰も彼も頭のネジが飛んでいた。カナタの部下に拷問されたと聞いても同情することはない。

 

「だが、悪魔の実に関する研究など我々はやっていない。役に立つとも思えんが」

『──()()()()()()()()()()()()()()()。お前なら、これだけで理解出来ると思うが』

 

 カナタの言葉に、ジャッジは目を見開く。

 スクラの能力による〝人格移植〟とジェルマの研究による人間の〝複製(クローン)〟。

 人工悪魔の実も同様だと考えるなら確かに有効な手段と言えるし、それ故に人工悪魔の実を研究しているシーザーとベガパンクを呼ぶ。

 連鎖的に理解が及び、ジャッジは腑に落ちたと言わんばかりに頷いた。

 

「なるほど……そういう事か。どこまで研究が進んでいるんだ?」

『まだ理論を固める実験段階ではあるが、〝smile〟も通常の悪魔の実と同様の性質を持つと考えれば有効なハズだ。悪魔の実そのものを取り出せれば話は早いが、まだそこまで特定出来ていない』

「だろうな。ベガパンクは好かんが、あの男は本物の天才だ。奴でもまだ実現出来ていないのなら、現状はかなり厳しいハズ」

 

 ジャッジはベガパンクの事が嫌いだが、科学者としては認めている。〝MADS〟においても一位ではなくベガパンクに次ぐ二位の座を争っていたほどなのだから。

 久々に研究者としての血がうずいたのか、ジャッジは話を聞きながら頭の中で過去の論文を思い浮かべ始める。

 どこかにヒントがあれば、と思うが……未知の領域に足を踏み入れることに昂るこの感覚は、歳をとっても己を科学者なのだと思わせる。

 

『研究は遅々としたものだが、副産物は幾つかある。無駄な研究ではない』

「副産物だと?」

『ああ、お前は能力者ではないから興味は薄いかもしれないがな』

 

 どこで盗み聞きされているか分からないので具体的な名称は出せないが、カナタ曰く「面白い欠陥品」だと言う。

 場合によっては使い道のある、悪魔の実の研究をしている最中で生み出された副産物。

 ジャッジは分野が全く違うので想像出来ないが、どうせロクでもないものなのだろうと考えていた。

 

『どうあれ、また連絡は入れる。少しはこちらに興味を持ったか?』

「……ああ。興味が湧いて来たところだ」

 

 ジャッジ自身の研究は子供たちが生まれ、育ち、その力を示すことで既に完成している。

 だが、それでも。

 〝黄昏〟がスポンサーとなって研究をするなら、その最中により良い研究結果が出る可能性もある。ヴィンスモークの血筋はより強くなれるのだ。

 そう思えば、カナタの無茶ぶりもそう悪いものではない。

 ジャッジは薄く笑みを浮かべていた。

 

 

        ☆

 

 

 サンジが見つからない。

 結局当てもなく、ジェルマの船から戻って来たロビンたちはサンジが見つからなかったことに消沈しながらメリー号へと乗り込む。

 そこには、空島で手に入れた黄金を並べて鑑定し、その金額に目をベリーにしたナミの姿があった。

 鑑定していたのであろう老人も興奮を隠せていない。

 

「こんな素晴らしいものを生きているうちに見られるとは……! 長生きはしてみるもんじゃのう!」

「8億! そんな金額になるなんて、サイッコー!!」

 

 あまりの金額にナミ以外は唖然としていた。

 帰って来たばかりのルフィたちは状況が分からず、近くにいたウタに話しかける。

 

「なァ、どういうことだ?」

「あ、ルフィおかえり。ルフィたちが持ってきた黄金、8億ベリーだって」

「8億!? そんなスゲー額になったのか!?」

「マジで!?」

 

 ルフィとウソップが揃って驚く。

 これで肉食べ放題だのウソップ工房大回転だのとテンションが上がっており、肩を組んで踊り始めた。

 ウタは呆れたような目でそれを見ており、「私これ聞いてよかったのかな」とちょっと心配しているほどである。

 金額が金額なので、ルフィたちが海賊であることも相まっていらぬトラブルが増えそうではあった。

 

「あ、そうだ。さっきまでカイエさんがいたんだけど……」

「カイエさんが? ……ああ、〝王城〟にいなかったのはここに来たからだったのね」

「うん。それで、ロビンさんに伝言なんだけど……『しばらくは〝王城〟にいるから、もし会いたいなら都合を付けるから連絡をして欲しい』って」

「そう……ありがとう」

 

 ウタは伝言と電伝虫の番号が書かれたメモを手渡す。ロビンは少しだけ口元を緩め、それを受け取った。

 伝言を麦わらの一味の面々ではなくウタに頼んだあたり、黄金の査定額で意識が全部そっちに持って行かれるだろうと思っていたのだろう。

 ウタだって相当驚いているが、やはり他所の海賊船なので一線を引いてしまう。

 たとえそれが幼馴染の船だったとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

「サンジさんの事も、見つけたら連絡くれるって」

「分かったわ。こっちは残念ながら何もなくて……」

「あガラ、本当にどこに行ったんだろうな」

 

 ペドロとロビンは揃って首を傾げていた。

 

 

        ☆

 

 

 ミズガルズ、とある港。

 ルフィたちのいる港とは中央にある〝王城〟を挟んで反対側の港にて、サンジは両手両足を椅子に縛り付けられていた。

 服はよれよれでところどころ汚れてはいるが、目立った傷は無い。

 麦わらの一味でもルフィ、ゾロに並ぶ実力者のサンジを捕らえることなど容易ではないが──少なくともこれをしでかした者にとってはそう難しくなかったのだろう。

 ガチャリとドアを開けて入ってきたのは、目元に眼帯を合わせたような帽子を被った男と、ホットパンツに丈の短いシャツを着た女の2人組だった。

 男の方はサンジの顔を見るなり、ため息を吐いた。

 サンジの視線は女の方に釘付けである。

 

「……話を聞いた時はまさかと思ったが、〝麦わらの一味〟か……」

「仕方ねェだろ。政府の下っ端連中とやり合ってるとこ見られちまったんだから」

「……おれの事を知ってんのか?」

「ああ、よく知っている。なるべくなら敵対するな、と言われているんでな」

 

 男の方は困ったような顔をしているのに比べ、女の方は気にした様子もなくサンドイッチを頬張っている。

 

「最初は政府の仲間かと思ったけど、そんな感じでもなかったしな。とりあえず連れて来たけど、どうする?」

「おれに聞くな。よりにもよって……」

「おい、とりあえずこれ外せ! 敵対するつもりがねェってんならそれくらいしろ! 大体テメェら何なんだよ!!」

「おれ達は……目的が一致してるから手を組んでるだけだ。先に自己紹介をしておこう。おれはドレーク。X(ディエス)・ドレークだ」

「あたしはボニーだ。よろしくな」

 

 自己紹介をすると、ドレークは縛り付けていた縄を解いていく。

 サンジは手足の調子を確認するように軽くさすり、懐からタバコを取り出して一服を始めた。

 自分を落ち着かせるように煙を吸い込み、ゆっくり吐き出す。その後で、サンジは視線をドレークに向ける。

 

「一体なんだってんだ。ケンカに巻き込まれたと思ったらこんなところにいるなんざ、意味が分からねェ」

「まァまずは前提から話していこう。すり合わせは大事だ。前提条件が違うと話も噛み合わねェ」

 

 ドレークは床に腰を下ろし、ボニーは壁に背を預けたままテンガロンハットをかぶりなおす。

 

「お前、〝麦わらの一味〟だろ?」

「そうだが……なんで知ってんだ?」

 

 サンジは未だ手配書も発行されていない。顔はほぼ知られていないハズだが、ドレークは確信をもってサンジを麦わらの一味だと発言していた。

 理由は簡単だ。ドレークは懐から写真の束を取り出すと、一枚の紙に麦わらの一味が全員顔写真付きで載っていた。

 ロビン、ペドロ、ゼポは別の紙に載っている。

 

「これは〝黄昏〟の要注意リストだ。この場合の要注意ってのは、下手に手を出すと面倒になるから上に連絡を入れろ、と言う場合の要注意だな」

「なんでそんなモンにおれたちが……」

()()()()()()()()()()()に決まっている」

 

 彼女1人の存在で四皇が2人も動いたのだ。動向を気にされて当然と言える。

 船の針路、訪れる島、接触した人物。なるべく事細かに情報を集め、その後の対応を決めるために走り回るのがドレークの仕事だ。

 

「なるべくならこっちから手出しはしないで情報を得るだけに留めたかったが……」

「悪かったよ」

 

 ギロリと後ろの壁に寄りかかるボニーを睨みつけるドレークに、ボニーも謝罪の言葉を出す。

 この島では出入りが見張られているため、本来ならドレークの監視も必要なかった。事情があって政府に追われているボニーを匿ってあれこれやっていたら、政府の手先と間違えたボニーがサンジを連れて来ただけだ。

 サンジはやすやすと気絶させられるほど弱くはないが、相手が女性だと何も出来ないのでなす術などなかった。

 特にボニーの能力は肉体年齢を操作出来るという能力だ。子供にされては抵抗も難しい。

 

「……それで、帰っていいのか?」

「良いか悪いかで言えば悪いんだが、手出しのしようがない。おれはお前にこのことを黙っていてくれと頼むことしか出来ねェ」

「…………」

 

 随分潔いと言うか、諜報員のような役割の割にペラペラと情報を話す男だ。

 サンジは訝しみつつタバコを吸い、ジッとドレークを見る。

 

「えらく簡単に話すじゃねェか。おれ達とそれだけ敵対したくねェってことか?」

「それもある、が……おれはロビンとはそこそこ長い付き合いでね。あいつが楽しくやってる船の一員なら、誠実でありたいと思っただけだ」

 

 今現在、ルフィとウタのせいもあってサンジの中で〝幼馴染〟と言う言葉ががっちり噛み合い嫉妬の炎がメラッと燃え上がった。

 

「ロビンは追われる身だし、この島でも安全とは言えねェ。政府の手先を始末するのも簡単じゃねェ」

「だったら手伝ってやるよ」

「……は?」

 

 燃え上がった嫉妬心はロビンに良く思われたいと言うスケベ心を強くし、サンジを奮い立たせる。

 ロビンが追われているのはわかっていた。ペドロとゼポも同じようなことを口にしていたし、それは事実なのだろう。

 どのみち必要なことなら、自分がやってロビンに褒められたい──と、サンジは燃え上がった。

 

「ロビンちゃんに手を出そうとする不届き者はおれがブッ飛ばしてやるよ」

「……お前はロビンの仲間だろうが、一時的に同じ船にいるだけだろう? 何故そこまで親身になる?」

「決まってる──恋はいつでもハリケーンなんだよ!!!」

 



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第二百一話:〝ジェルマ〟

 

「おい、あれ本当に大丈夫か?」

 

 勢いだけで押し切ったサンジを尻目に、ボニーは渋い顔をしていた。

 不意打ちだったとはいえボニーに一方的にやられているのだ。政府の諜報員相手に足手纏いなど抱えていられる余裕はない。

 ドレークは肩をすくめ、「問題は無いだろう」とボニーの意見を一蹴する。

 

「あたしの背中を預けられるかって話だぞ。追われてんだ、信用出来る奴以外に背中は預けられねェ」

「あの男の覇気は悪くない。サイファーポール相手でもそうそう遅れは取らないハズだ」

「……アレでか?」

「あれでだ。第一、おれとお前の共闘はこの島限定だ。気になるなら早く島を出ることだな」

 

 取り付く島もないドレークの言葉にボニーは舌打ちし、「足引っ張ったら容赦しねェぞ!」とサンジに言い放って部屋を出た。

 ドレークは床から立ち上がって同じように部屋を出ようとして、サンジに付いてくるようにと指で合図をする。

 気になることはいくらかあるが、まずは食事だ。

 ドレークが案内した先は船の食堂らしく、使われた形跡があまりないキッチンを横目にドレークは果物の入った籠をテーブルに置く。

 

「好きに食え」

「……キッチンは使わねェのか?」

「おれは最低限の事は出来るが、いちいち他人に振舞ってやるほど暇でもねェ。この島にいる間は店で買った方が早いし美味い」

「冷蔵庫に食料はあるな……勝手に使わせてもらうが、いいな」

「……構わねェ」

 

 サンジは簡単にキッチンを掃除してからフライパンと鍋を取り出し、パスタを作り始めた。

 普段使っている場所でもないというのに、その動作には澱みがない。材料さえあればそれ以外の要素など些事だと言わんばかりだ。

 あっという間にペペロンチーノを作り上げると、慣れた手付きで盛り付けて食べ始める。

 

「…………」

 

 料理人だから、と言うのもあるのだろうが、フォークの扱いが様になっている。きちんとした教育を受けて来た証だ。

 海賊と言うのは、この時代のせいもあってかまともな教育を受けていないものが多い。

 食事のマナーまで学んでいるということはそれなりに教育水準は高かったのだろう。そこまできちんとした教育を行うのは貴族か規模の大きい商人くらいのものだ。

 ドレークは普段のクセでサンジの細かいところまで観察していると、サンジが食事の合間に口を開く。

 

「それで、おれは何をすりゃあいいんだ?」

 

 ロビンが政府に狙われているのは話の流れでわかる。政府の諜報員がこの島に来ていることもわかる。

 だが、どうやって見分けるかも倒した後どうすればいいかもわからない。

 

「今ロビンを狙っているのは政府と海軍だ。諜報員はこっちで見分けるから、取り敢えずぶちのめして縛って転がしておく」

 

 カイドウとリンリンも狙っているが、この島を攻め落とすのはあの2人でも難しい。少なくとも直接攻めては来ないだろう。

 四皇が動けば必然的に動きは漏れる。動いたなら動いたでやりようはあるし、ドレークが心配するようなことではない。

 政府と海軍がロビンを狙ってミズガルズで好きに動かれる方が面倒だ。

 

「ボニーちゃんはなんで協力してんだ? さっきの話を聞く限りじゃ、あの子はお前と所属が同じってワケじゃなさそうだが」

「……あいつは、まァ色々事情があるんだと。おれも詳しいことは知らねェが、政府に追われてるから一時的に匿ってるだけだ」

 

 カナタから直に指示が下りてこなければ、わざわざこの島に留まってボニーの追手の処理などやっていない。表向きドレークは独立した海賊なのだ。

 相応の理由はあるのだろうが、細かい事情までは把握出来ていないし聞こうとも思っていない。

 聞きたければ勝手に聞け、と言うスタンスだった。ドレークは興味がないので聞かないだけだ。

 サンジは呆れたような顔をしている。

 

「それでいいのかよ。お前らも大概適当だな」

「食ったなら出るぞ」

 

 サンジは洗い物を手早く済ませ、ドレークに続いて船を降りていく。

 向かっているのは〝王城〟近くの店だ。

 闇雲に探したところで政府の諜報員など簡単に見つからない。連中はそういう〝潜む〟行動が得意だから諜報員なのだ。

 一方で、ミズガルズには内海に入る段階で簡単な審査がある。

 もちろん、本当に姿を隠したがる諜報員は海軍に紛れていたり、海賊のフリをして入り込むが……基本的に〝偉大なる航路(グランドライン)〟では海軍は軍艦を使用しているので内海に入るには乗り換えねばならず、内海に入れる程度の大きさの船なら外側の島と内側の島両方で監視が出来る。

 見聞色による不審人物の見分け方はカナタやフェイユンがノウハウを積み重ねたこともあり、高い確率で諜報員の乗った船を見つけ出せていた。

 

「まずは情報を貰う。その後で連中を襲撃して捕らえて、ここの警備に引き渡せば終わりだ」

「……〝黄昏〟は七武海だろ? 政府の諜報員を捕らえて立場が悪くなったりしねェのか?」

()()()()()問題になるだろうな」

 

 バレなければ犯罪ではない、と言いたいらしい。

 サンジは思わず胡乱げな顔をしてドレークを見るが、ドレークは素知らぬ顔だ。

 〝黄昏〟も海賊だ。後ろ暗いことくらいはあるだろう。流石に限度はあるが。

 

「お前はロビンの事をどこまで知ってる?」

「どこまでって……考古学者で〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を探してることくらいは知ってるけどよ」

「その〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読むことを政府は全面的に禁じている。あいつの故郷のオハラはそれをやって〝バスターコール〟で滅ぼされた」

「!?」

 

 ドレークの言葉に、サンジは咥えていたタバコを落とすくらい驚いた。

 そして、それぞれの単語が脳内で繋がっていく。

 空島にあったロビンの故郷である〝オハラ〟。

 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を解読したことで滅んだ故郷。

 オハラにあった石碑と、そこに刻まれた名前。石碑に花束を添えて祈るロビン。

 

「そう言う事か……」

 

 空島でのロビンの行動が繋がった。

 〝西の海(ウエストブルー)〟から持ってきた、と言うのが比喩でも何でもない本当のことなら、オハラの行動に加担する〝黄昏〟と敵対する〝政府〟と言う構図は容易に描ける。

 政府にバレれば七武海の地位など吹き飛びそうな話だが、そうなっていないということはバレていないという事だろう。

 それを知ったサンジ自身もちょっと危ないかもしれない、とんだ厄ネタであった。

 頭の痛い話ではあるが、サンジにロビンを裏切るつもりは毛頭ない。他の面々には黙っていれば大丈夫だろうと考える。

 

「〝黄昏〟とロビンの関係はなるべく表沙汰にしたくない。お前たちも十分気を付けてくれ」

「……善処するよ」

「まァバレたところで、という気もするがな」

 

 〝黄昏〟の貢献度は高い。

 数多くの海賊を討ち取り、秩序の維持に貢献し、海運による物流の安定化をもたらした功績は、政府と言えども無視は出来ない。

 過去に物流が滞って物価が跳ね上がったこと、カイドウとリンリンのどちらかなら単独で抑え込める戦力を持つことを鑑みれば積極的に敵対を選ぶことは無いハズだ。

 あくまでもドレークが知っている中では、と言う前提ではあるが。

 

「とにかく、手早く諜報員を片付けた後、お前たちは早めに島を出ろ。行方をくらませればしばらく時間を稼げるはずだ」

 

 

        ☆

 

 

「いない?」

「ああ」

 

 〝王城〟付近にある店の奥、情報提供をしてくれる協力者のいるそこで、ドレークは訝しげな顔をしていた。

 

「そんなハズはない。昨日の時点で結構な数が入り込んでいるという話だったハズだ」

「昨日はな。だが夜のうちに解決しちまったよ」

「……誰が動いた? 〝戦乙女(ワルキューレ)〟か〝戦士(エインヘリヤル)〟の誰かか?」

 

 〝黄昏〟の勢力は大きい。ましてやこの島は直轄地だ。ドレークが知らない手勢がいても不思議はなく、その手勢がケリを付けていてもおかしくはない。

 カナタはドレークに諜報員の始末を命じたが、それはドレークのみで仕事をしろと言っているわけではないのだ。

 使える手勢が他にいるのならそちらを使っていても変ではない。

 

「〝ジェルマ〟だ」

「なんだと……!?」

 

 驚愕に目を見開くドレークとサンジ。

 

「確かに奴らは協力関係だが……諜報員の始末に利用出来るほどの関係だったのか?」

「詳しいことはおれも知らねェ。だが、少なくとも〝ジェルマ〟側は世界政府より黄昏(ウチ)に付いた方がいいと判断したみたいだぜ」

 

 ドレークはジェルマの事を──ジャッジの事をよく知らない。

 だが、少なくとも〝戦争屋〟と呼ばれていることは知っているし、〝北の海(ノースブルー)〟で有名な〝海の戦士ソラ〟の物語に出て来る悪の軍隊であることも知っている。

 信用出来るか否かはドレークが決める事ではないので口を出すことは無いにしても、このタイミングで、というのは少々気がかりでもあった。

 本格的に手を組む理由としての()()があったのか。

 ドレークは腕組みをして黙り込み、考えを巡らせた。

 

「直近で大きな動きがあったのは〝七武海〟の空席と四皇が動いたことくらいのハズだが……〝北の海(ノースブルー)〟に関連するようなことがあったか……?」

 

 百獣・ビッグマムの海賊同盟の資金源を減らすための一手だろうか。

 先の衝突で何か気付いたことがあったのかもしれない、とあれこれ考えていると、ドレークたちが入って来た入口から同じように誰かが入って来た。

 見知らぬ顔の四人組だ。

 そちらに目を向けていると、視界の端でサンジが目を見開くのがわかった。

 

「ん? ……お前、サンジか?」

「へェ……久しぶりじゃないか。こんなところで会うとはな」

 

 赤、青、緑、ピンクとそれぞれ特徴的な髪色をした3人の男と1人の女。

 サンジは見開いた目を細め、イラつきを隠そうともせずに睨みつけた。

 

「イチジ、ニジ、ヨンジ、レイジュ……」

「呼び捨てにしてんじゃねェよ、()()()()()

 

 サンジの言葉に嘲笑しながら返すニジ。

 彼らの兄弟の縁は既に切れている。だから、互いに互いへの遠慮など欠片もない。

 剣呑な雰囲気を察したのか、ドレークは目を細めて4人を見回す。

 白いワイシャツに髪色と同じネクタイをした変哲もない恰好だが、そこらの海賊とは比較にならない血の臭いがする。

 

「お前ら、何者だ?」

「誰だ、お前は」

「そいつは〝黄昏〟の諜報員だ。敵じゃねェ」

 

 情報を提供する男が喧嘩でもされたらたまらないとイチジの疑問に答える。

 この場所を知っている時点で関係者であると想像はしていたのか、イチジは納得して次の質問を投げかけた。

 

「そうか。だが、その出来損ないと一緒にいるのはどういうワケだ?」

「単に協力してもらってるだけだ。それより、おれの質問に答える気はないのか?」

「我々は〝ジェルマ〟だ。〝黄昏〟とは協力関係にある。敵対する気はない」

 

 ジャッジの意向は理解しているのか、イチジはドレークに対して敵対の意思は見せない。サンジに対しても興味はないようだが、後ろにいるニジとヨンジはそうでもなさそうだった。

 

「久しぶりに会ったんだ。少しくらい遊んでも構わないだろ?」

「ここで遊んでいるほど暇じゃないだろう。だがまァ、あの弱虫が多少マシになったかどうかは……興味が無いと言えば嘘になるが」

「止めておきなさい。次の仕事があるでしょう」

「急ぎじゃねェだろ。少しくらい遊んでも──構わねェよな!」

 

 飛び出したニジは笑いながらサンジに殴りかかり、咄嗟に反応したサンジはくるりと回転してその顔面に踵落としを決める。

 吹き飛ばされるニジに目を丸くしたヨンジは、その一瞬の隙に顔面へと蹴りを食らって同じように吹き飛んだ。

 特に興味も示さなかったイチジさえ、今のサンジの動きに視線を吸い寄せられている。

 だが、肝心の蹴り飛ばしたサンジは苦い顔をしていた。

 

(なんだ、この異様な硬さ……まるで鋼鉄でも蹴ったみてェな感触だ)

 

 人間を蹴った時の感触とはまるで違う。

 確かにサンジ以外の3人は子供の頃から異様な頑丈さを発揮していたが、ここまでではなかったはずだ。成長するにつれて頑丈さも上がっているのかと吹き飛ばしたニジとヨンジを睨みつける。

 

「驚いた。おれの速度に合わせて蹴るとは」

「だが大したことはないな」

 

 ニジとヨンジは吹き飛ばされたにも関わらず、その表情からは痛痒を感じていないことがわかる。

 普通じゃないのはわかっていたが、サンジの蹴りを正面から受けてこれとは、人間とは思えないほどの頑丈さだ。

 蹴っているサンジの足の方が先に音を上げそうな程の硬さなど、尋常ではない。

 

「どうなってんだよ、その硬さ……!」

「サンジ、お前は出来損ないだから発現しなかったが……おれたち兄弟は本来、生まれた時から超人なんだ」

 

 人間に〝外骨格〟を。

 異常な〝回復力〟を。

 強大な〝腕力〟を。

 ──そして、何者にも動かされぬ〝氷の心〟を。

 プロトタイプとして生まれたレイジュは氷の心こそ持たないが、それ以外の要素を兼ね備えた超人であり、サンジ以外の兄弟たちは全てを備えた超人だ。

 彼らには普通の弾丸さえ通じず、戦場において無類の強さを発揮するが故に〝戦争屋〟として名を馳せた。

 

「わかるか? ()()()()()のお前じゃあ──おれ達には勝てやしねェ!」

 

 今度は驚愕すらない。

 サンジを掴もうと飛びかかってきたニジと衝突した瞬間、2人纏めてヨンジが外へと投げ飛ばした。

 味方ごと攻撃したわけではない。壁よりニジの方が頑丈だとわかっているから戦いやすい外へと強制的に移動させたのだ。

 即座に追いかけるヨンジ。

 

「ハハハ! 少しはやるようになったみたいだが、相変わらずだな!」

 

 サンジの顔面を殴りつけるニジ。サンジはニジの腹に強烈な蹴りを叩き込むが、今度は真正面から受けた上で数メートルほど押し戻されるだけだった。

 最初の一撃こそまともに食らったが、ちゃんと戦えば〝スーツ〟無しでも耐えることは簡単だ。

 今度はヨンジが飛びかかってサンジに組み付こうとしたところで、横合いからヨンジの腕をドレークが掴む。

 

「……何の真似だ?」

「それはこちらの台詞だ。この男は協力者だと言っただろう。敵対したいのか?」

「家族の問題だ。部外者が口を挟むな!!」

 

 楽しんでいたところを止められて頭に血が上ったのか、ヨンジは空いた方の手でドレークを掴み上げようとする。

 しかし、ドレークはその腕を掴んだ上でギロリとヨンジを睨みつけた。

 言って止まらないのならば仕方がない、と言わんばかりに。

 

「な──」

 

 ドレークの姿が変わる。

 人形態から獣形態へ。ジェルマの持つ外骨格ほどではなくとも、分厚く頑丈な外皮を持つ生物──恐竜へと。

 その姿に、思わずヨンジが声を上げた。

 動物(ゾオン)系の中でも希少な部類の能力だ。数多くの戦場を見て来たヨンジでも、その能力者を見た事は数える程しかない。

 

「古代種の能力者か!」

「グルルルル──!!」

 

 強靭な顎と硬質な牙を使ってヨンジに噛みつき、その腹を嚙み砕かんとばかりに力を籠める。

 流石にそれは見過ごせなかったのか、横合いからイチジがドレークの顔面に殴りかかった。

 強烈な衝撃に緩んだ瞬間、ニジがヨンジの足を掴んで助け出す。

 辺りは突然始まった戦いに騒然とし始め、やる気のないレイジュを除く3人は鋭い眼光でドレークを見ていた。

 もはやサンジのことなど眼中にもない。

 

「やる気か? 我々と?」

「それはこちらの台詞だ。同盟関係に口を出したいのなら、家族の問題だなどと戯言をほざくな」

 

 こうなっては仕方がないと、イチジは腕輪のようなものを取り出した。

 ニジとヨンジもそれに続き、慌てたようにレイジュが口を挟む。

 

「待ちなさい! 本気でやるつもり!?」

「なし崩しでも始めた戦いだ。我々の強さを見せつけるいい機会だろう」

「バカなことを言わないで! 関係悪化は避けられないわよ!!」

「黙ってろレイジュ。あっちもやる気だ」

 

 一触即発の状況の中、全員を覆う影が落ちる。

 〝ミズガルズ〟の防衛をしている巨人族、ディルスである。

 その足元にはハンコック、サンダーソニア、マリーゴールドの三人もいた。

 イチジたち4兄弟の視線は全てハンコックに注がれている。目がハートになるほどの熱視線だ。

 

「貴様ら、ここで何をしている!」

「九蛇のハンコックとは、話が通じない奴らが出て来たな……ディルスがいるのが救いか」

 

 ハンコックはカナタ至上主義者だし、カイエなどのストッパーがいない場所では凄まじい我儘ぶりを発揮する。喧嘩の仲裁には一番不向きな人間であった。

 反面、ディルスは巨人族の戦士として強さを重視するところはあるが理性的だ。

 ここは〝王城〟に近い。必然的に最大戦力が揃っているところでもあるため、これだけの面々がすぐに揃ったのだろう。

 ドレークは喧嘩を止めたかっただけで喧嘩をしたかったわけではない。

 獣形態から人形態に戻り、戦意はないとアピールする。

 

「おれに交戦の意思はない。奴らが目の前で喧嘩を始めたから止めたまでだ」

「戯言を……ヨンジを本気でかみちぎる気だっただろう!」

「お前らの頑丈さは見ていればわかる。ちょっと抑えつけただけで止まる相手ではないと思ったまでだ」

 

 ニジとドレークの口論でヒートアップしかけたところで、ディルスが足踏みを鳴らす。

 否が応でも反応せざるを得ないその存在感を前に、ドレークもニジも視線をそちらへ向けた。

 

「両者の言い分は後ほど聞く。大人しく詰所まで連行される気はあるか?」

 

 無ければ無いで構わない。叩き潰して無理矢理にでも連れていく、と……言わずとも伝わる威圧感だった。

 あまりおおごとにするのはどちらにとっても得策ではない。

 ドレークは両手を上げて戦意が無いことをアピールし、隣に立つサンジは額から血を流しつつ同じように両手を上げる。

 問題だったのはむしろジェルマの方だった。

 

「我々はやることがある。拘束されている暇はない」

「ではここで叩き潰して連れていく。文句はないな?」

「出来るものならやってみろ」

 

 〝黄昏〟と〝ジェルマ〟の間には同盟関係がある。

 下手に拘束すれば外交問題になる可能性があり、その手のことが苦手なディルスとハンコックは面倒くさそうな顔をして顔を見合い、「ここで潰してから考えるか」と思っていた。

 海賊だ。そういうこともあるだろう。

 と、ハンコックが両腕を上げて石化させてしまおうとしたところで──1人の人影が空から降りて来た。

 城から文字通り跳んで来たのだろう、カイエである。

 

「……また妙な状況ですね」

「カイエか。話が分かりそうな奴が来て助かる」

「ドレーク、独立した以上は外部と同じように裁定しますよ」

「十分だ。相手に肩入れされなければな」

 

 カイエはそこでイチジたちに目を向けた。

 元々〝ジェルマ〟との窓口を担当しているのはカイエだ。彼らが何故この島にいるのか、理由まで含めて知っているが……それはそれとして面倒事を起こした彼らを適切に裁くのも彼女の仕事である。

 

「イチジ、ニジ、ヨンジ、それにレイジュ……レイジュは特に手出しはしていない、と言う理解でいいですか?」

「ええ。馬鹿やったのはそこの3人よ」

「良いでしょう」

 

 次の瞬間には、イチジの頭を掴んで地面に叩きつけていた。

 即座に反応したニジの拳を避け、その足を踏みつけて顔面を強烈に殴打して引っ繰り返し、最後に飛びかかってきたヨンジの脳天に踵落としを決めて制圧する。

 イチジだけは咄嗟に頭部を庇ったので気絶せずに済んだようだが、〝レイドスーツ〟を起動させようとした一瞬の間に追加で数発の打撃を食らって意識を奪う。

 鮮やか過ぎる手際だった。

 手慣れていなければこうも鮮やかにはいかないだろう。ドレークとサンジも思わず目を丸くする。

 他方ではハンコック達三姉妹が黄色い声援を上げてディルスが呆れていた。

 

「このまま話を聞くだけ時間の無駄ですし、彼らはジャッジのところに連れていきます」

「それがいいでしょうね。彼らに言葉で反省を促すなんて時間の無駄でしょうし」

 

 この都市で無用なトラブルなど不要である。

 カイエは3人を纏めて抱え上げると、重さを感じさせない足取りでレイジュと共に〝ジェルマ〟のいる港へ足を向けた。

 

「ドレーク、貴方はディルスたちの方へ。ディルス、不要だとは思いますが、簡単に事情だけ聞いておいてください」

「良いだろう」

 

 厳かに頷くディルス。

 今回トラブルを起こしたのは広義で言えばどちらも身内だ。甘い対応になるだろうが、一般人に怪我人が出た訳でもなし、目くじらを立てる必要もない。

 海賊同士の喧嘩などこの海では日常茶飯事だ。いちいち厳正な対処などしていてはパンクしてしまう。

 こうして、サンジはドレークを伴って再び〝王城〟へと足を踏み入れることになった。

 

 




ドフラミンゴのことが記憶から消えてるのであらゆるところで真相に辿り着けないバグが発生中の模様(なんならカナタもどうしてこのタイミングで自分が動いたのか理由が抜けている)


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番外 とある夏の日の思い出

時系列は原作10年前頃

ちょっと長めです


 

 この海において、亡くなった人間の扱い方はおおむね決まっている。

 国によって宗教は違うために土葬や火葬といった違いはあるが、宗教が違えども海の上で死ねば棺に入れて海へと還すのが船乗りの習わしだ。

 船に冷蔵庫を付けるのも金がかかるし、何より遺体を冷蔵庫に入れて陸まで保管し続けるわけにもいかない。

 放置すれば腐って疫病の元になりかねないという事情もあり、遺品や遺髪などを残すのみとするのが基本だ。

 生まれた地が違えども、死ねば全て海へと帰る。

 海賊であろうと海軍であろうと、変わりなく。

 

 

        ☆

 

 

 宗教が違えば死者の扱いは当然異なるが、〝黄昏の海賊団〟においては遺品や遺髪は遺族の下へ届けられる。

 身寄りのない者の遺品は貴重品を除いて焼くのが基本だ。

 仕事柄危険も多く、どれだけ対策をしても海難事故で亡くなる者はいる。

 何事にも絶対はない。

 〝ハチノス〟においては海を見渡せる丘の上に慰霊碑が建ててあり、死んだ人間を思い出す、あるいは遺品や遺髪を焚き上げる時はここに来る。

 元々このような風習は無かったが、この島に居を構えた際にカナタが制定した。

 墓場の問題は常にある。陸地が限られている以上、今後増え続ける可能性が高い墓場のことはカナタの頭を悩ませていた。

 なので、陸で死のうと海で死のうと基本は水葬。遺髪や遺品のみ慰霊碑の前で焚き上げる、と言う風習を作り上げた。慰霊碑に名前を刻み始めるとキリがないのでこれは行われていない。あくまで故人を思い出すための場所を提供するだけだ。

 ……もっとも、年に一度、夏の時期に花と酒を手向けるカナタの行動まで新しい風習と化したのは、本人にとっても予想外だったのだが。

 

「よ~~し、酒は行き渡ったな!? これまで死んだ連中の貢献に、乾杯!!」

『乾杯!!!』

 

 更に予想外だったのは、「たまには死んだ連中の事も思い出してやらねばな」などと口走ったが故に、先の行動と合わせて〝集まれる者たちだけでも集まって酒を飲みながら故人を思い出す〟イベントになったことだろう。

 もうただ酒を飲みたいだけではないのか、とカナタは思うのだが、行動自体はそれほど悪いものでは無い。

 思い出すなら悲しい記憶より楽しい記憶だ。酒を飲みながらでも構うまいとカナタは許可を出した。

 

「結果がこれか……」

 

 執務室から見下ろす広場ではがやがやと多くの人々が騒がしくしている。

 カナタ達が〝ハチノス〟に拠点を構えてから15年以上。

 その間に色々と根付いた風習もあるが、これはカナタも根付かせようと思っていた風習ではない。

 カナタが長年のクセでやっていたことを、旅をするようになってから出来なくなっていたからと再びやり始めたら何故か根付いただけだ。

 食堂だけでは入りきらないほどの人数が集まり、酒を片手にあちらこちらで話しているのが聞こえる。

 来たい者だけ来いとお触れを出したら大多数が集まった。仕事の都合で来れない者は随分悔しがっていたらしい。

 そんなお祭りにした覚えは全くないのだが。

 

「まァ仕方ねェだろ。お前一応〝黄昏〟のトップだしな。野心あるやつは一度くらい酒飲み交わして顔を覚えて貰いたいんだろうさ」

 

 髪が後退し始めたのを気にしてスキンヘッドに刈り上げたスコッチが笑う。

 隣のジョルジュもオールバックに撫でつけた髪には白いものが交ざり始めており、否が応でも歳を取ったことを思わせる。

 

「支部長たちもわざわざこの時期に合わせて来るほどだしなァ。南や東は遠いだろうに、年に一度は顔を出さねェと不義理だーなんて言ってよ」

「映像電伝虫を使って顔を合わせているのだから、別に忙しい中無理して来ることはないと思うがな……」

「今は船の速さも昔と段違いだし、〝赤い土の大陸(レッドライン)〟を越えるのもおれがいりゃァ簡単だからな。年に一回くらいはやっぱ顔出しときてェんだろ」

 

 ジョルジュの言う事も理解出来るのか、カナタは軽いため息を吐いて酒を煽る。

 仕事に差し支えないなら顔を出した方が良いのは事実だ。映像電伝虫では相手が入れ替わっていたり、心変わりをしておかしな真似をしていた場合に気付けない。

 定期的に顔を合わせたほうが変化を見抜きやすいのは確かだ。

 監視役に〝戦乙女(ワルキューレ)〟や〝戦士(エインヘリヤル)〟を常駐させても見抜けるとは限らないのだし。

 手元のコップを揺らしてなみなみと注がれた酒を見ながら、カナタは小さく呟く。

 

「……毎年、この時期になると歳を取ったと思うよ」

「デイビットとクロの野郎も死んでから8年かァ……早ェもんだな」

「まったくだ。クロを拾ったばっかりの頃、釣りしてて海に引きずり込まれてたのが懐かしいぜ」

「あったあった! カナタに向かって『助けてくれ! 〝闇水(くろうず)〟!』って引っ張って一緒に溺れてたな!!」

「カナタ、能力者のクセに海を凍らせられるから溺れねェのに、あの時は一緒にドボンだったもんなァ」

「あいつに触れられると能力が使えないんだ。あの時ばかりは本気で殺してやろうかと思ったものだ」

 

 ヤミヤミの能力は特殊で、能力者本人が能動的に引き込んだ場合、悪魔の実の能力が使えなくなる。

 クロが自分の能力の特性をまだ理解していなかった頃の話なので、どちらも海に落ちて溺れかけたのだ。

 今でこそ笑い話だが、当時は危うく死にかけたのでそれはもうバチバチにキレていた。

 肩をすくめるカナタにスコッチとジョルジュはげらげらと笑っている。

 

「今じゃおれらみんな能力者になっちまったから、溺れても助けてやれねェけどな!」

「おれはちょっとした裏技使えば助けてやれねェこともねェが……」

 

 フワフワの実は海にすら影響を及ぼせる能力だ。海に落ちてすぐなら海水ごと持ち上げてやることも可能ではある。

 普段ならともかく、戦ってる最中にそんなことをやる余裕があればだが。

 ここしばらくまともに戦ってこなかったので、覇気こそ使えるが随分鈍ったという自覚はある。多少なりとも鍛えなおさないと下に示しが付かない。

 

 

        ☆

 

 

 執務室のドアをノックする音がする。

 控えめなノックの後に現れたのは、カイエが連れて来た九蛇の面々だった。グロリオーサもいる。

 年に一度しか顔を合わせないグロリオーサに、カナタも口元を緩めて声をかけた。

 

「久しいな、グロリオーサ!」

「うむ。久しぶりじゃニョ、カナタ」

 

 〝黄昏〟を引退して故郷である〝アマゾン・リリー〟に戻ったグロリオーサは、現在九蛇海賊団のご意見番と新人の教導にあたっている。

 肉体は随分衰えてしまったが、それでも覇気の使い方は体に染みついている。教えることは難しくない。

 カイエはグロリオーサを親代わりに育ったので、時折〝アマゾン・リリー〟に顔を出しては後進の育成にあたっていた。

 今回もカナタに会わせるため、将来有望な戦士たちを連れてきていた。

 中には見覚えのある顔もある。

 

「ふむ……いつぞやの子たちもいるのか。逞しく育ったようだな」

 

 カイエとグロリオーサが将来有望と見立てるだけあって、戦士たちは覇気も肉体も鍛え上げられていた。

 中でも目を惹くのは、やはり数年前に一度グロリオーサが連れてきていたハンコックだろう。

 

「覇王色の持ち主と聞いたが、本当か?」

「は、はい!」

「そうか……覇王色の持ち主は往々にして他人の下には就きたがらない。自分の方が強いと思ったのなら、私はいつでも挑戦を受けよう」

「そ、そのような……」

「やめてやらニュか、カナタ。大体、おニュしは書類仕事したくないから誰かに譲りたいだけじゃろうて」

 

 海運の仕事は忙しい。物を運ぶだけではなく、需要と供給を考えて、船の行き来の回数も調整する必要がある。

 綿密な計算が必要な仕事であることとカナタ自身がきっちりした性格であることが合わさって、捌く必要のある書類は山のようになっていた。

 あまりに忙しいので誰も引き継ぎたがらないほどに。

 最近は教育の成果が出てきて多少任せられるようにはなってきたが、それでも一度は目を通さねばならない書類はあるので仕事の総量はほとんど変わっていない。

 涼しい顔をしているが、カナタは間違いなくこの分野でも超人であった。

 

「仕事したくないと言うより、属人化*1を解消するために書類仕事が出来る奴を探しているだけなのだがな。海運に集中するには兵隊を統率出来る者が欲しい」

「おニュしのそれは専門家を育てねばならニュじゃろ。この子らにやらせるにはまだ早かろう」

「……そうだな。少々性急だった」

 

 執務室のソファに深々と座りながら、カナタは手に持ったコップを傾けて酒を煽る。

 荷物を運ぶだけの人員はいくらでもいるが、それを調整するための人員は育てねばならない。

 大海賊時代が始まって以降、まともな教育を受けられなかったものも少なくない。

 〝ハチノス〟に居を構えて以降、あちこちから拾って来た子供ややる気のある若者に少しずつ教育を進めてはいるが……最近ようやく形になりだしてきている程度だ。完全に円滑に回せるようになるには経験を積ませることも考えて最低あと10年は必要と見ている。

 

「カイエは十分に知識と強さを得た。今のお前なら色々と任せられる……どうだ、支部長でもやってみないか?」

 

 そう言うと、カイエは困ったように笑う。

 

「勘弁してください。私に出来るのは戦う事だけですよ。戦闘は私が何とかするので、支部長には海運だけなんとか出来る人を選んでください」

「ふむ……やはり分業しかないか」

 

 時代が時代だ。あまり弱い者を選んでも何かあった時に困ると思っているが、常に複数人での護衛が出来るならそちらの方が効率はいい。

 

「……まぁ、その辺りはよくよく考えていくことにしよう」

「戦士たちは1人ずつ紹介しておこう。今後〝黄昏〟の方で面倒を見るやもしれニュしの」

「あまり引き抜くとアザミがうるさいのだが……」

「今や九蛇海賊団は黄昏の海賊団の傘下。文句など言えニュ立場じゃ──それに、ハンコックは今やアザミより強いぞ」

 

 〝黄昏〟が強く名を響かせれば響かせるほど、その庇護下にある〝アマゾン・リリー〟の安全も担保される。その辺りをわかったうえでの発言だ。

 伊達にご意見番をやっているわけではない。

 ガチガチに緊張しているハンコック達を紹介し、カナタと一言二言言葉を交わして退室していった。

 

 

        ☆

 

 

 再びノックの音。

 今度は扉を壊すつもりかと言わんばかりの音である。許可を出すと酒瓶片手にティーチが入って来た。

 後ろにはつい先日〝黄昏〟に入ったばかりのタイガーがいた。

 ──正確には()()()というより()()()()()、と言うべきかもしれないが。

 

「おう姉貴! 飲んでるか!?」

「また喧しい奴が来たな……」

「声がデケェんだよお前! ちょっと離れて座れ!!」

「おいおい邪険にすんなよスコッチ!」

 

 どかりとスコッチたちと同じソファに座り込むティーチと、ティーチに連れられて来た困り顔のタイガー。

 カナタはポンポンと隣に座るように促し、タイガーはちらりとスコッチとジョルジュの方を見てからカナタの隣に座る。

 居心地の悪さを若干感じているのか、微妙に顔が硬い。対照的にカナタはリラックスした表情で、酒瓶を取りながら問いかけた。

 

「どうだ、慣れたか?」

「まァ、慣れようと努力しちゃいるが……」

 

 あれだけのことがあった後だ。人間への不信感はどうしても残っている。

 それでも〝黄昏〟にいることを選んだのはタイガー自身だ。気持ちの折り合いがつくまでは時間がかかるだろうが、そう急くことはないとカナタは言う。

 手に持った酒瓶を傾け、タイガーのコップに酒を注ぐ。タイガーも同じようにカナタのコップに酒を注ぎ、一息に酒を飲みほした。

 焼けつくようなアルコールの感触が喉を通り過ぎる。

 タイガーは余韻を楽しむように天井を向いたまま、「そう言えば」と口を開いた。

 

「さっき、九蛇の戦士たちとすれ違った」

「ああ、有望な戦士たちと顔合わせをしていたところだ。グロリオーサの事は覚えているか?」

「忘れようにも忘れられん。あの女は強い戦士だ」

 

 当時、タイガーとグロリオーサが同じ船に乗っていた期間はひどく短い。カイエはその時のことを覚えていない可能性すらあるだろう。

 しかし、タイガーの方はシャボンディ諸島での大騒ぎもあって忘れようにも忘れられない記憶だ。

 鮮烈で、死ぬまで忘れないであろう旅の記憶である。

 

「その中の1人が、すれ違ったあとで追いかけて来てな……色々迷ったうえで、『ありがとう』とだけ言われた」

「…………」

「おれはその女に覚えはないが……何かやったんだろうな」

 

 カナタはその言葉を聞いて目を細め、対面に座っている3人を見る。

 酒が入っている上にギャーギャーと騒いでいる。対面で話している内容など聞こえていないだろうと判断し、タイガーに耳を寄せるよう手招きする。

 タイガーは眉をひそめながら屈みこんでカナタに耳を近づけた。

 

「あの子は元奴隷だ」

「……!!」

 

 カナタの言葉に、タイガーは目を見開いた。

 そんなことがあるのか、と言わんばかりの表情だ。

 

「背中に焼き印があった。今はタイヨウのマークで上書きしているが……なるべく人に見せないようにと言いつけている」

「……それがいいだろうな」

 

 タイガーが作ったタイヨウのマークは〝タイヨウの海賊団〟を示すマークでもあるが、同時に天竜人の奴隷であったことを隠すマークでもある。

 魚人や人魚ならともかく、何ら因果関係が無いハズの九蛇の戦士の背にそのマークが入っていたのなら、それは元奴隷であったと推測される可能性は高い。

 人間でもそのマークを持つ者はいるが、非常に少ないのである。

 それでもタイヨウのマークを上から焼き付けたのは、天竜人の奴隷であった証が心を蝕み続けるからだ。

 

「しかし、そうか……」

「前向きに考えろ、タイガー。お前は多くの奴隷だった者たちを救ったんだ。立場が悪くなったとかオトヒメ王妃の夢だとかはこれから考えていけばいい」

「なんだ難しいこと話してんのか? 今日くらいは気楽にいけよ! 酒飲んで楽しむ日だろ、今日はよ!!」

「死んだ奴を思い出す祭りだって言ってんだろこのバカ野郎!」

「ゼハハハハ!! 世の中後ろ向きに思い出すより前向きに忘れたほうが良いこともあらァな!!」

 

 酔っぱらって顔を赤くしながら、ティーチは笑う。

 陽気に笑うこの男に毒気を抜かれたのか、タイガーも小さく笑って再び酒を飲もうとして、コップが空であることに気付いた。

 酒瓶を持ったカナタはにやりと笑い、空のコップになみなみと酒を注ぐ。

 

「死んだ人間を思い出せとは言うが、無理に思い出す必要は無い。昔はああだったとか、バカな話に花を咲かせて酒を飲むだけでもいいだろう。誰も文句は言わんさ」

「……この祭り、お前が作ったんじゃなかったのか?」

「別に強制した覚えはない。酒を飲みたい奴らがあれよあれよとこういう形に作り上げていっただけだ」

「なんだそりゃ」

 

 〝ハチノス〟は夏島だ。

 夏島の夏ともなれば暑いので、酒も進む。つまみになりそうなものはあらかじめ用意しておいたので、タイガーもそれを食べながら酒をどんどんと飲み干していく。

 この時だけはかつて旅をしていた時のように、わだかまりもなく笑いながら。

 まぁ、あまりに早いペースで酒を飲むものだからタイガーはあっという間に潰れてしまったのだが。

 

 

        ☆

 

 

 またもやドアをノックする音がする。

 今度は規則正しい几帳面なノックの音だ。

 酔い潰れたタイガーはティーチとスコッチ、ジョルジュが3人で運んで行ったので、執務室にはカナタ1人だけが残っている。

 

「失礼します」

 

 入ってきたのはエメラルドブルーの長い髪を括った女性、小紫だった。

 後ろには千代とイゾウ、河松……それにゼンである。

 

「今度はワノ国組か。入れ」

「カナタさん! 私はとても嬉しいです! おでん様の忘れ形見である日和様に、こうしてお酌をして貰う日が来るとは……ヒヒン!! もう涙ちょちょぎれますよ!!」

 

 ゼンは既にだいぶ出来上がっているらしい。顔は赤い上に足取りも微妙に不安定でイゾウと河松がサポートしている。

 カナタはゼンの様子に呆れていた。

 

「お前、飲みすぎじゃないか……?」

「何を言いますか! 今日は故人を思い出す日なのでしょう!? であれば長く生きたこの私が伝えずしてどうしますか!!」

「すみません。私が父上とお爺様の話を聞きたいと言ったところ、こんなことに……」

 

 恥ずかしそうに縮こまっている小紫に得心がいくカナタ。

 ゼンは小紫の祖父である光月スキヤキの代に仕えていた家臣である。紆余曲折あってワノ国を離れ、〝西の海(ウエストブルー)〟でカナタに出会い、以降共に旅をしているが……スキヤキへの忠誠心を無くしたつもりはないのだろう。

 と言うか、ゼンはおでんの事は幼少期しか知らないハズだが。

 その辺りを疑問に思って聞いてみると、イゾウが答えてくれた。

 

「おでん様の幼少期の破天荒な行動はご存じなので、その辺りを中心に聞いていました。全てを知っている人などほとんどいませんからね」

「康イエ殿であれば、と思いますが……あの方とておでん様が海に出ている間の事を知っているわけでもありませぬゆえ」

「つぎはぎでも、おでんの生きた旅路を知りたいか……」

 

 まぁロジャーの船に乗っていた時期だと小紫はまだ赤ん坊だったし、おでんとトキの馴れ初めなどもイゾウは知っているので話すことは出来るらしい。

 カナタにもおでんの事を聞きに来たらしいが、カナタは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「何でそんなに嫌そうなんですか?」

「私はあの男が嫌いだからだ」

「そんなハッキリ言わないでも……」

 

 首を傾げる小紫へきっぱり言い放つカナタに思わずイゾウがツッコむ。

 おでんの事は嫌いだが、小紫の事は別にそこまで嫌いではない。スキヤキ殿には恩も義理もあるし、多少話すことは出来るが、おでんに関してはもう悪口しか出てこない。

 なので聞かない方が良いとカナタは酒を飲む。

 目の前のソファに座ってもしゃもしゃとつまみを食べている千代に目を向けると、彼女もおでんの事にはあまり興味が無さそうだった。

 

「わし、別に光月おでんのファンとかでもないし……そりゃ家臣とかはカイドウに反抗した際に死んだ奴もおるが、話せる相手はわしについてきた家臣しかおらんからのう」

「光月モモの助の許嫁じゃなかったのか?」

「あー、そんな約束もあったような気もするのう。いや本人おらんのに結婚は無理じゃろ」

 

 本当に時を超えているならモモの助の年齢は8歳のまま。戻ってくる12年後には千代は28歳。年の差婚にしてもちょっと離れている。

 ナイナイと千代は手を振り、酒の代わりに持ってきたジュースをぐびぐびと飲んでいる。

 元々同い年の男女でおでんと康イエの間柄もあっての許嫁だったのだろうが、状況がこうなってしまっては諦めたほうが賢明と言えた。

 

「それに、ワノ国に留まる気もないしのう」

「え、千代ちゃんワノ国を取り戻しても帰らないんですか?」

「あの国に留まるよりこっちにいる方が性に合ってそうじゃし」

「えー……」

「好きにするといい。うちに残りたいと言うなら相応のポストもある」

「どうせワノ国に戻っても日和が将軍じゃろ。代理かもしれんが。まぁどっちにしてもわしは親父殿の跡を継いで大名じゃろうし、一番上になれんのなら〝黄昏〟でトップ目指した方が良さそうじゃと思わんか?」

 

 野心に満ち溢れた視線を受け、カナタは僅かに口元を緩める。

 こういう生意気な奴も近頃は少なくなった。

 カナタの強さを間近で見ても心が折れない者は少ない。特に小紫と千代はカナタが直に鍛えているので、その強さは身に染みている。それでもなおトップを目指すという千代には、間違いなく覇王の素質があった。

 

「では私が引退した後はお前に任せよう」

「いいんですか!?」

「お、ラッキー! 言ってみるもんじゃな! うっはっはっはっは!!」

 

 ゼン以外の面々がギョッとした顔でカナタを見ており、千代は笑っていた。

 実際のところ、カナタが一線を退くまではまだ相当時間があるだろうが……後継がいるのといないのとでは関係各所の動き方も違う。

 

「私は別に地位に拘りはないからな。問題があるとすれば、千代はそれほど強くないことくらいか」

 

 カナタとしては組織のトップが最強である必要は無いと考えている。

 だが、この時代において強さこそが絶対だ。弱いトップの下には弱者しか集まらず、強者に食い荒らされるのみ。

 それ故に敵を跳ねのけられる絶対的な強さが必要なのだ。

 とは言え、絶対的な強さの象徴を用意して、それを従えるカリスマがあれば上手くいくこともある。必要なのは組織を纏め上げるカリスマだとカナタは考えていた。

 

「若い連中には有望な者も多い。このまま鍛え続ければ十分な戦力になるだろう。それを従えられるようになったなら、お前に譲ってもいい」

「ほう、言ったな? では気張るとするか!」

「もう、千代ちゃんったら無理を言って……」

「お前も他人事ではないぞ。ワノ国に戻るにしても、あの国の侍衆もお庭番衆もカイドウの仲間だ。一度裏切った連中を戻すのはリスクが高い。斬り捨てて新しい臣下を用意するにしても、一から育てるのは厳しいところがあるからな」

「その辺りは我々も考えております。姫様のためにも、独自の兵力を持つことを許していただきたく」

「拙者たちとイヌアラシやネコマムシたちミンク族のみならず、ワノ国に駐留する戦力は必須なのです。どうか」

 

 イゾウと河松が頭を下げ、小紫が慌てたように視線を彷徨わせる。今初めて話したのだろう。

 オロチに逆らって処刑された侍は数知れず、小紫がこのまま戻っても今度は外敵から身を守るための戦力が足りなくなる恐れがあった。

 先を見据えた提案にカナタは思案し、どちらにしても人を使う経験は積まねばならないだろうと判断を下す。

 

「……良かろう。私の指揮下ではない、お前たち独自の戦力を持つことを許す」

「! では──」

「だが、特別扱いには相応の理由が必要だ。今の小紫の強さではまだ認められはしない」

「……ならば、どのようにするおつもりですか?」

「小紫自身が特別扱いされても仕方ないと言われる程度には強くなってもらわねばな。それまでは暫定的に私の指揮下で動く部隊を貸すだけだ」

 

 どちらにしても経験が足りていない。人を使う経験は一朝一夕で得られるものではないため、普段から訓練し、時に実践することで糧としなければならない。

 まぁ戦うだけなら小紫が1人で動いた方が早い場面もあるだろうが、為政者として立つならそれでは駄目だ。

 

「その辺りは千代の方が才能があるかもしれんな。あとは四皇相手でも戦えるような配下がいれば、もう私は不要だろうが……」

「そんなやつおらんじゃろ……」

「……協力すれば匹敵しうるようにはなるかもしれん。少なくともフェイユンが味方にいる間は易々と落とされることもなかろうさ」

 

 巨人族の寿命は長い。

 カナタが居なくなった後も、しばらくはフェイユンが巨大な戦力として残る。安泰とは言わずとも手を出しづらいは確かだ。

 その後のことまでは考えていられないが。

 

「ま、なるようになる。未来の話をすれば鬼が笑うと言うしな」

「そうじゃな。なるようになるじゃろ」

「そんな適当な……」

 

 開き直るカナタと千代に対し、小紫は困ったように頬をかいた。

 

 

        ☆

 

 

 昼から酒を飲み続け、既に日は落ちて暗くなっていた。

 小紫たちは途中から話さなくなったと思ったら寝ていたゼンを引きずって帰り、薄暗い部屋にはカナタが1人残る。

 窓から外を見れば、まだ夜は始まったばかりと騒いでいる。

 故人を思い出すというやや後ろ向きな祭りではあるが、笑っていられるのならそう悪いものでもない。

 そう考えていると、また部屋の扉がノックされた。

 

「儂だ」

 

 入ってきたのはジュンシーだった。

 髪は既に白いものが交じっており、深く刻まれた皺は否が応でも歳をとったことを思わせる。

 しかし肉体は今も鍛え続けており、生半可な相手なら容易く下すだけの強さが秘められていた。

 

「忙しいようだな、カナタ」

「まぁな。私に顔を見せたい連中はかなり多いらしい」

 

 小紫たちが出て行ったあとに支部長たちが挨拶に回って来たり、スクラが酒を飲みすぎるなと釘を刺しに来たり、フェイユンが外から直接声をかけに来たり。

 忙しいが、悪くはない一日だった。

 

「呵々。慕われているなら悪いことではなかろうさ」

「そうだな。常々命を狙われるよりはずっとマシだ」

 

 カナタの対面に座ったジュンシーは酒瓶を持ち、カナタのコップに酒を注ぐ。カナタもまたジュンシーのコップに酒を注ぐ。

 互いのコップを軽くぶつけてから一口煽り、外から聞こえてくる喧騒に耳をそばだてる。

 そうしているうちに、どちらからともなく口を開いた。

 

「多くの仲間や友人が死んだ」

「そうだな。これからも死ぬだろう」

「……お前も歳だ。引退したいとは思わないのか?」

「呵々。儂は死ぬまで現役だ。死ぬなら戦いの中でと決めている」

 

 静かに笑うジュンシー。カナタは視線をそちらに向け、真剣な表情をした。

 

「すべての準備が整うまで、恐らくあと10年は必要だ。長い計画になる……それでもついて来てくれるか?」

「何をいまさら。儂はお主以外のために拳を振るう気は無い」

「……そうか」

 

 リンリン、カイドウは今もなお勢力を拡大し続けている。

 止めるためには海軍との共同歩調は必須で、ニューゲートがどう動くか次第では状況も変わる。

 

「ロジャーは死んだが、その遺志はどこかに残っているだろう。あいつの言っていたことが本当なら、いつか子供が私の下に来るだろうが……まぁ、あの男の子だ。私の下に付くことはないだろう」

「あやつほど自由な男もいなかったからな。お主とは本来反りが合わんタイプだ」

「それならそれで構わんさ。受けた恩は一生だが、何も出来なくても地獄の底で愚痴を聞かされるだけだ」

「呵々、あやつはネチネチと愚痴を言う方ではなかろう。絡み酒ではあったがな」

 

 互いに笑い合い、酒を飲む。

 騒がしい一日だったが、やはりカナタ自身は静かに酒を飲む方が性に合っているらしい。

 

「……私はな、ジュンシー。ロックス海賊団の完全壊滅を考えている」

 

 相当な量を飲んでいるハズだが、やや顔に赤みが差す程度の酔い方しかしていない。だから、これは恐らく酔ったゆえに出て来た言葉ではないとジュンシーは考え。

 真剣な表情でカナタの目を見る。

 本気の目だ。

 やや薄暗い部屋の中で、彼女の赤い瞳だけが酷く目立つ。

 

「〝キャプテン〟ジョンは死んだ。シキもオクタヴィアも殺した。グロリオーサは私に降った。カイドウ、リンリン、ニューゲートは居所が分かっているから、いずれ殺す。〝王直〟と〝銀斧〟は居場所が分かり次第殺しに行く。バッキンガム・ステューシーはベガパンクと何らかの取引をしたらしいが、機を見て殺す」

 

 かつて、ロックス・D・ジーベックと言う男が率いた海賊団があった。

 誰も彼もが今なお名を馳せる怪物たち。当時海軍がロックスを倒して海賊団が壊滅したことが信じられないくらいだ。

 自らの父を殺したガープとロジャーへの恨みはない。死んで当然の人間だった。

 カナタは元来、秩序を保つことを良しとする女である。

 ロックスがやろうとしていたことは世界の転覆だ。阻止されたから良かったものの、阻止されていなければと思うとゾッとする。

 

「海賊などロクなものではない。私たちも含めてな……海の皇帝などと呼ばれている奴らを壊滅させても、恐らく雨後の筍のように後釜を狙う連中が出て来る」

「掃除が必要、と言うワケか」

「ロジャーも余計なことをしてくれたものだ」

 

 カナタは溜息をつく。

 どうあれ、ロジャーの一言が多くの海賊を生み出したことは間違いないからだ。

 しかし、考えなしに動くこともあるが、わざわざ海軍に自首してまであんなことをやらかした以上、彼にとってあれは必要なことだったのだろう。

 次世代の萌芽は徐々に出始めている。おでんが語った「20年後」についてもそうだが、ロジャー海賊団は〝ラフテル〟で何か重要なことを知ったのだ。

 だから、彼らはずっと先の未来を見据えて言葉を放った。

 

「……最後の島で、奴らは何かを見たんだ」

「儂らの知らぬ何か、か」

「何があったとしても、私たちがやることは変わらないがな」

「そうだな。難しく考えるより拳を振るう方が性に合っている」

 

 ロジャーたちが何を見たとしても、カナタたちには関係の無いことだ。直接頼んできたのならばまだしも、何も言って来ていないのに何かすることはない。

 一般的にそれは()()()()()()と呼ぶからだ。

 

「本格的に暴れるのはまだ先の話だが……背中は任せるぞ、ジュンシー」

「呵々。任せておけ」

 

 過去を思い出し、今を知り、未来を見据える。

 2人は小さく笑みを浮かべ、静かに酒を飲み交わす。

 

*1
特定業務に関する手順や状況などの情報が作業担当者しか把握できておらず、周囲に共有されていない状態



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第二百二話:宝払い

 

「そこでおれは言ってやったんだ。『お前は紛らわしいから逆を向け!』ってな! そうしてカレイはヒラメの反対方向を向くようになったのさ」

「へー! じゃあカレイはヒラメなのか!」

「そうだ。カレイはヒラメなんだ」

「ウソップは凄いなー」

 

 ウソップの嘘を聞いてチョッパーがキラキラと目を輝かせている。

 傍で聞いていたウタは微妙な顔だ。

 

「……あれ、放っておいていいの?」

「実害はないし放っておいていいでしょ」

 

 チョッパーは世間知らずなので色々な意味で教育に悪いような気もするのだが、ナミは放っておいていいと言うのでウタもそれに従う。

 もっとも、彼女の意識は現在黄金の方に向けられていてウソップ達のことなど眼中に無いのだが。

 すべて換金すれば8億ベリー。ナミでなくとも目の色を変える金額だ。

 ウソップやチョッパーだって興味がないわけでは無いのだが、実際に換金されるまではどれだけ騒いだところで使えはしない。

 ルフィもつい先ほどまで「銅像を載せる」とか「船の修理」とか騒いでいたが、今は腹の虫を鳴かせて静かになっている。

 

「それより、もうすぐ昼だろ。メシどうすんだよ」

「サンジ君はいないし……私が作ろうか?」

「えェ!? お前作れんのか!?」

「アンタよりはよっぽど上手に作れるわよ。1人10万ベリーね」

「「「フザけんな!!!」」」

 

 小遣いが吹き飛ぶとかそんなレベルではない。

 ルフィもウソップも、話を聞いていただけのゾロまでもがツッコんでいる。

 

「じゃあおれが作る!」

「待て待てルフィ! お前料理なんて出来ねェだろ! ここは大人しくメシ屋に行こうぜ!」

「ゼポが作ってくれるんじゃない?」

「そうだぜ、おれに任せろ」

 

 ロビンの言葉にゼポがサングラスを上げてパチンとウインクをする。サンジに敵わないまでも料理は上手なゼポがいれば食事に困ることはない。

 とはいえ、だ。

 それを知っているウソップがわざわざ「メシ屋に行こう」と言い出したのにはちゃんと訳がある。

 

「でも冷蔵庫空っぽだぜ」

「そうなんだよなァ……」

 

 船の食料は基本的にサンジが管理している。

 次の島までの大まかな日程はナミが決め、それに合わせて船旅中の食料を割り振っている。メリー号はそれほど大きな船ではないので、余分な食料を大量に積むことは出来ないからだ。人数に対して冷蔵庫が小さいせいである。

 今回は空島から〝ミズガルズ〟までそれほど距離が無いことと黄金を山ほど積み込むという事情があったので食料は少なめに積んでおり、この島で換金したあとで食料を買い込むつもりだったので現在船には食料がない。

 何なら換金ありきで考えていたので現金もそれほどない。

 

「じゃあ宝払いで」

「いやムリだろ」

 

 実際に黄金を持っているとは言えど、〝宝払い〟は基本的に詐欺と認識されている。

 要はツケなので一見の客にして貰えるとも思えない。ウソップがツッコむのもやむなしであった。

 

「じゃあどうすんだよ!」

「どうすんだよって……どうする?」

「私に振らないでよ。色々困ってるのは本当なんだから」

「何と言うか、その……ルフィの仲間やるのって大変ね」

 

 他人事なので軽く言えるが、幼馴染としてウタはちょっと頭が痛くなってきていた。

 宝払いは昔から言っていたが、あれは酒場のマキノと顔見知りだったから通っていたのだ。しかも多分、ルフィが知らない間に誰かが払っている。

 ウタはルフィの親と会ったことはないが、多分親とか親戚だろうと思っていた。その割に酒場へ入り浸りだったのは不思議なのだけど。

 それはともかく。

 

「仕方ないわね。今回は私が奢ってあげる。感謝してよね!」

「ホントかー!? ありがとうウタ!」

「躊躇なく奢ってもらうつもりだぞあいつ」

「メシと聞いて我慢出来る奴じゃねェからな」

「待ってルフィ。そもそもウタはお金持ってるの?」

 

 ゾロとウソップがぼそりとツッコむ横でナミが当然の疑問を投げかける。

 この島に来てすぐ出会った相手だが、今のところ一度も宿に戻っていない。財布は持ち歩いているだろうが、流石にこの人数に食事を奢るとなるとそれなりにお金を持っていなければ出来ないだろう。

 手持ちが足りずに食い逃げなど、この島でやったが最後、海の果てまで追いかけられかねない。

 その辺りの疑問に対し、ウタは胸を張ってドヤ顔をした。

 

「安心して。ちゃんと財布あるし──最悪〝宝払い〟で何とかしてもらうから」

「「オメェもそれかよ!?」」

「結局そこに落ち着くのね……」

 

 しかし、ルフィと違ってウタにはきちんと公的な立場がある。〝黄昏〟の賓客と言う立場を証明すれば請求はそちらに行くので不可能ではないだろう。

 欠点としては後でウタが怒られることか。

 あれこれ話してもお金が生えてくるわけでもなし、換金にも少し時間がかかるとなれば、ウタの提案を飲むほかにない。

 

「決まりね!」

 

 パンと手を叩き、ウタはニコニコ笑いながら方針を決めた。

 

 

        ☆

 

 

 メシ屋へ行く、と言っても、全員でぞろぞろと出掛ける訳にもいかない。

 船には黄金が置いてあるので、半分で出て行って食事を買って帰ることになったのだ。

 ウタは上機嫌に先頭を歩いており、後ろ髪もウタの機嫌を示すように上向いている。

 

「どこで買うんだ?」

「い~い匂いがするなァ……こっち行こうぜ!」

「あ、待ってよルフィ!!」

 

 港にはそれなりに飲食店が多い。ルフィの求めるメシ屋も色々あるが、持ち前の嗅覚で真っ直ぐ選んで走りだした。

 何を基準に選んだのかは分からないが、急に立ち止まったルフィは躊躇なく店の暖簾をくぐる。

 鼻腔をくすぐる匂いに釣られて入ったが、しかし店の中にいたのは1人の少女のみ。他に客はいなかった。

 もっとも、少女の目の前のテーブルには山のように置かれた皿があったのだが。

 

「うめ~~!! おっちゃん、これおかわり!!」

「……構わねェが、お前本当に金持ってんのか? 相当な量だぞ。食い逃げする気なら衛兵を呼ぶが」

「食い逃げなんかしねェよ。ここでしたら厄介なのに追われるし」

「分かってんならいいけどよ」

 

 厨房の中で1人のコックが中華鍋を振りながら少女と会話しているのが聞こえ、少女が1人でこれだけの量を食べたということにルフィたちは目を丸くする。

 

「ん、客か。悪いな、適当に座るといい。注文が決まったら呼んでくれ」

「あ、ああ……持って帰りてェんだけど、いいか?」

「持ち帰りか。いいぜ、用意しよう」

 

 大抵は酒場で食べて飲んで帰るが、船に持ち帰って仲間と食べる者もそれなりにいる。珍しいことではない。

 さて何があるんだとウソップとナミがメニュー表を覗き込む横で、ルフィがそちらをチラリとも見ずに言う。

 

「この店の料理全部くれ」

「遠慮って言葉を知らんのかお前は!!」

 

 スパーンとウソップがルフィの頭を叩く。ウタとナミも呆れた表情だ。

 

「でもあとでウタに返すんだろ?」

「返すつもりはあったのね……」

「失礼だなお前! ちゃんと返すぞ!」

 

 ウタは奢りのつもりだったが、ルフィは換金が済んだら返すつもりだったらしい。

 逆にナミは完全に奢ってもらうつもりだったようだが。

 どのみち限度額はウタの財布に入っている額までだ。ツケは利かないだろう。

 メニューをみながらあれこれ話していると、山のように皿を積んでいた少女がジッとルフィの方を見ていることに気付いた。

 相変わらず食事をする手は止まっていないが。

 

「ねえ、あの子凄い見てるけど……知り合い?」

「知らねェ」

 

 ウタはちらりと少女の方を見て、バッチリ視線がかち合う。

 それでも少女はルフィたちをずっと見ている。ともすればガンを飛ばしていると言われても仕方がないほどに。

 目の前の皿が空になったことに気付き、少女はまた新しく注文をしようとして──子電伝虫に連絡が入った。

 小声でいくつか言葉を交わすと、チラリとルフィの方を見たあとで立ち上がる。

 

「オヤジ、会計頼む。これで足りるか?」

「まいどあり」

 

 口元を汚しまくった少女は一度袖で拭い、懐から札束を出してテーブルに置く。

 奥から出て来たコックの男は必要な分だけ受け取り、残りを少女に手渡す。

 

「じゃあな、〝麦わら〟」

 

 それだけ残して、少女──ボニーは店から出て行った。

 4人は目をぱちぱちと瞬かせ、互いに顔を見合わせる。

 

「ルフィの事、知ってたみたいね」

「まァなんだかんだと1億の首だしな。やっぱ知られてるんだろ」

「照れる」

「照れるな照れるな。狙われてんのよ? 自覚あるの?」

 

 懸賞金の額が上がるのは名誉なことだと思っている節があるためか、ルフィは笑顔だ。

 程なくして包んで貰った昼食が出て来たので、ルフィたちは機嫌よく船へと戻り始めた。

 

 

        ☆

 

 

 一方、サンジ。

 王城にてある程度事情を聞かれたものの、〝黄昏〟の情報屋が運営する店での出来事と言うこともあり、釈放されるまでにそれほど時間はかからなかった。

 時刻は昼過ぎ。遅い朝食を取ったので空腹感はないが、ドレークと共に王城内部にあるカフェで一息つくことにした。

 あれこれ起こっていて情報が錯そうしているからだ。

 

「……で、結局何がどうなってんだよ」

「ロビンを狙ってサイファーポールが動いているのは間違いない。政府の役人がいたからな。だが……ジェルマが動いていたとなると……」

 

 本格的に〝黄昏〟と歩調を合わせに来たと見るべきなのだろう。ジェルマとて世界政府加盟国の一国だが、除名も織り込んでいるハズだ。

 〝黄昏〟の経済圏に入れば海軍による治安維持がなくともある程度海賊被害を減らせる。加盟国が非加盟国にやっているように、()()()()()()()()()()()()()()()からだ。だから除名も大きなリスクではない。

 カナタのやっていることは、世界政府加盟国という集まりを内側から壊す毒だ。バレれば七武海から除名されるだろう。

 だが、このタイミングで動いている理由まではドレークには読めなかった。

 

「……詳細はわからない。だが少なくとも、お前たちにとって悪いことではないだろう」

「そりゃまァ……ロビンちゃんに危険が及ばないってんなら、良いことだと思うけどよ」

「さっきボニーも呼んでおいた。もう一度政府の役人を洗って、本当にいないことを確認出来たなら早々に島を出たほうが良い」

 

 政府の役人とそれに協力する者たちがいないのなら、早々に島を出て行方をくらませた方がいい。今後どこに行くにせよ、タイミングを逃せばずっと付きまとわれることになる。

 ニコ・ロビンと言う女は爆薬なのだ。どこの勢力の手に渡っても戦争の引き金になりかねない。

 

「もう少し色々見てェところはあったんだがな……」

「海賊だろ。追われて島を出る事なんて珍しくもない……それに、お前はジェルマとあまり会わない方が良さそうだ」

「…………」

 

 ヨンジははっきりと「家族」と言った。サンジの事を察するには余りある情報だ。

 深いことはわからないが、不仲なことなど見ていればすぐにわかる。兄弟関係、親子関係も上手くいっていないのだろう。

 父親とはそれなりに関係良好なドレークには分からないことだ。

 サンジは父親の事を思い出したくも無いのか、別の話題を口にする。

 

「……ここで〝指針(ログ)〟を貯めたらどこに行くんだ?」

「次の島は水の都〝ウォーターセブン〟だ。多くの船大工がいる島だな」

「船大工がいる島か……船の修理もしたいし、丁度いいかもしれねェな」

「もっとも、今の時期は避けたほうが無難だ」

「? 島に入るのに時期があんのか?」

「島によって気候は違うが、周期的に()()()()()ってのは大抵どの島にもあるもんだ」

 

 ウォーターセブンで言えば〝アクア・ラグナ〟と呼ばれる高波がそれにあたる。

 年に一度島を襲う嵐で、この時期はいつも島を挙げての避難になる。外海はシケで大荒れだし、島の内部に船を運ばない限り高波で船がやられてしまう。

 なので、事情を知る者ならこの時期は避けるのが当然の判断だ。

 

「年に一度、島を襲う嵐ね……」

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟の天候は予測出来ないものが多いが、この手の周期的なものは大体わかる。多少ズレることはあるが、今年はまだ嵐が来たと聞いてないからな。万全を期すならずらした方が良い」

「となると、別の島で暇を潰す必要があるのか。面白いところはあるか?」

「美食の町〝プッチ〟にカーニバルの町〝サン・ファルド〟……それに賭博の町〝バナロ島〟だな」

 

 〝ミズガルズ〟から行ける島の永久指針は大抵どこでも売っているが、ドレークのおすすめはこの3つだと言う。

 サンジはタバコの煙をくゆらせながら頭の中にメモをする。

 

「よく知ってんな……いや、ありがてェけどよ」

「各地の島をうろうろするのがおれの仕事だからな。ある程度色んな島の特色は覚えてる」

 

 〝黄昏〟の諜報員として方々に行くため、この手の知識は勝手に備わったのだと言う。

 そうこう話しているうちにボニーが現れ、ドレークは席を立った。

 サンジもそれに続き、3人で別の情報屋のところへと足を運ぶ。

 

「さっき〝麦わら〟に会った。強い弱いはあたしじゃ分かんねェけど、1億の首だ。強いんだろ」

「ああ。あいつは〝海賊王〟になる男だからな」

「〝海賊王〟か……」

「〝楽園(こっち)〟じゃ口にするだけで笑われる夢だな」

「お前もそう思うのか?」

「おれは興味がねェ。だが、()()()()()()()()()()()()()()()だけが成れるものだと思ってる」

 

 この海には強者が多い。

 多くの中将、3人の大将、1人の元帥。

 世界政府に手を貸す七武海。

 海の皇帝と呼ばれる4人の海賊。

 必ずしも全員を倒す必要は無いとはいえ、彼らを打ち倒して世界一周を成し遂げる覚悟も無いような者に達成出来る目標でもない。

 それを知ってもなお()()()()()にのみ、口にすることが許された夢だ。

 

「……四皇の誰もが〝海賊王〟を目指してるワケじゃない。チャンスはあるだろう」

 

 もっとも、目指していても成れていないのにはきちんとした理由がある。

 ロビンを仲間として共に旅をし、いずれ彼女が歴史の真実を知る時が来れば……あるいは、ルフィが〝海賊王〟になることもあるかもしれないが。

 ドレークは詳しいことを知っているわけではないし、これ以上の情報を提供する義理もないと口を噤んだ。

 



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第二百三話:家族

 

 結局、ドレークが確認した限りだとサイファーポールは全滅したらしい。

 チャンスだからとボニーは早々に島を出るらしく、サンジがナンパするよりも早く姿を消した。

 最後に「世話になった。またな」とだけ残して行くあたり、またたかるつもりかとドレークは大きく息を吐いた。

 サンジは男2人になって非常に残念そうだったが、それはどうでもいい話である。

 

「お前も仲間のところに戻るんだろう?」

「そりゃ戻るが……おめーはどうすんだよ」

「報告を上げてから次の指示が出るまでは待機だ。社畜なもんでね」

「大変だな」

 

 時刻は昼過ぎ。

 昨日の夜から食事を作っていないので、ルフィたちは腹を空かせているだろうとサンジは空を見上げる。

 まぁ流石に外食か何かで済ませているとは思うが、迷惑をかけたことは申し訳なく感じていた。

 ロビンの力になろうと気合を入れたが、結局特に何かをすることなく解散することになったので肩透かしを食らった気分でもある。

 

「……戻るか」

 

 ドレークと別れ、足早に船へと戻る。

 ロビンが追われていることやドレークのあれこれに関してはあまり気に留めていないが、サンジとしてはジェルマの事はずっと気にかかっていた。

 超人とさえ言われる肉体強度は、確かに驚異的なほどで……それを一瞬で鎮圧したカイエの実力を見るに、この先の海にはこういう連中もそれなりにいるのだろうと察するには余りある出来事だった。

 

「…………」

 

 ああいう存在がいるとわかったうえで、サンジには疑問が生まれていた。

 イチジ、ニジ、ヨンジ、そしてレイジュ。姉弟全員が同じように頑丈な体と驚異的な怪力を持って生まれた。レイジュ以外は感情さえ操作されている始末。

 どうやってそう言った力を得たのか、子供の頃は考えたことも無かった。生まれた時点で既に彼らはその力を持っていたからだ。

 だが、先日のニジの言葉がどうしても気になる。

 ──おれたち兄弟は本来、生まれた時から超人なんだ。

 かつてDr.ベガパンクと肩を並べて研究をしていたジャッジが、そういう風にデザインした子供がサンジたちだった。

 ならば、確認しておかねばならない。

 そう考えると、足は自然と船とは違う方向へ向いていた。

 ──ジェルマ王国の居城へと。

 

 

        ☆

 

 

 この日、ジャッジの機嫌は最悪だった。

 カナタとの協定も上手く行き、世界政府でさえ敵に回す覚悟があると示すためにサイファーポールを襲撃までして見せたというのに、結果としてイチジ達3人がカイエともめ事を起こしたためだ。

 イチジたちがカイエに勝てなかったことそれ自体はどうでもいい……と、ジャッジは吐き捨てるように言うが、機嫌の悪さに拍車をかけているのは間違いなかった。

 そんな中で現れたサンジに対して、ジャッジは極めて不愉快そうにしていた。

 

「ふん。今更何の用だ。あの日、お前とは親子の縁を切ったハズだが」

「ああ、おれだって今更親子の縁を戻そうなんて思っちゃいねェ。それでもここに来たのは聞きたいことがあるからだ」

「聞きたいことだと? 質問できる立場か、貴様!」

 

 一国の王と木端海賊では本来会う事すら叶わない。こうして会っているだけでも破格の対応だと言うのに──と、ジャッジはイラついたように青筋を浮かべる。

 サンジは睨みつけるジャッジなど意に介さず、単刀直入に聞き出す。

 

「おれたち兄弟のうち、おれ以外はどいつも人間離れした頑丈さや怪力を持ってる。お前はおれたち全員をそうするつもりだったのか?」

「そんなことか……」

「答えろ!」

「親に対して随分な口の利き方だ。所詮は海賊かぶれか……そうだ、と言ったらどうする?」

 

 元々ジャッジには〝ジェルマの再興〟と言う目的がある。それを達成するためなら何でもやった。

 サンジ達兄弟の血統因子を操作し、頑強な肉体を持ちながら感情の欠落を持って生まれてくるようにしたし、それぞれが能力者のような特異な力を持っているように操作した。

 何も持たなかったのはサンジだけだ。

 何をわかり切ったことを、とジャッジは鼻を鳴らす。

 

「だからお前は失敗作なんだ。頑強な肉体の元となる外骨格も持たず、特異な力も発現していない。感情の欠落さえ見られない」

 

 ジャッジの傑作の中で唯一の失敗作。

 それがサンジという存在だった。

 

「理解したならとっとと失せろ。私は忙しい」

「……それは」

「なんだ、まだ何か──」

「それは、生まれた時に持ってなかったら()()()()()()()()()()()()()と断言出来るものなのか?」

 

 背を向けて去ろうとしたジャッジは、サンジの言葉を受けてピタリと足を止めた。

 それは、サンジが生まれた時に考えたことはあったものの、結局確かめる機会が訪れなかったことでもあったからだ。

 同じ胎から生まれ、同じ血を流し、同じ育ち方をした……途中から別の道を歩んだとはいえ、イチジたちと同じ血が流れていることは覆しようがない事実。

 

「お前の生み出した技術に頼るつもりなんざ毛頭ねェ。だが、そのせいで()()()()()()()()()()()()なら──その時は腹でも首でも切るしかねェからな」

 

 小紫やカイエが使っていた〝覇気〟と言う技術をものにすれば、サンジはまだ強くなれる。安易にジャッジの技術に頼るつもりなど最初からない。

 それでも確かめておかねばと思ったのは、結果としてジャッジの埋め込んだ力が発現した時、サンジが本当に元のままでいられるのか保証がないからだ。

 外骨格の発現と同時にイチジ達のような冷徹な心を持つようになったのなら、サンジは自分自身を許せなくなる。

 それは、育ての親であるゼフの教育の全てが無為に帰すことになるからだ。

 父親(ゼフ)から貰った心意気と信念だけは、絶対に捨てることは出来ない。

 

「……ふむ」

 

 一方で、ジャッジはサンジの言葉に思案する。

 確かに気になることではある。外骨格や特異な能力は生まれた時点で発現するものだが、何らかの形で外部から刺激を与えれば目覚める可能性はあった。

 ソラの妨害で発現していないだけで、血統因子の中に存在はしている。現在はいうなれば休眠状態に過ぎない。

 だが、可能性の話でしかないものだ。

 

「ゼロではなかろうな。何らかのきっかけで外骨格が発現する可能性はある」

「……! それを抑えることは出来ねェのか?」

「さて……調べてみないことにはわからんが」

 

 背を向けていたジャッジは振り向き、視線をサンジに向ける。

 どこまでも冷徹で、どうでも良さそうな顔をしていた。

 

()()()()()調()()()()()()()()()()()

「……なんだと?」

「外骨格が発現するにせよしないにせよ、縁を切ったお前がどうなろうと知ったことではない」

 

 サンジに使い道はない。

 現状ではイチジ達のような力を持たず、命令を遂行するための冷徹な心もない。王族に生まれたというのに料理を作る奉仕の精神を持つなど、ジャッジからしてみれば言語道断だ。

 婚姻外交でもする機会があれば復縁の道はあったかもしれないものの、カナタとの協定にそんなものは必要なかった。

 それゆえに、サンジの事は放置したとて何の問題もない。

 睨みつけるサンジの視線など意にも介さず、フンと鼻を鳴らして歩き去っていく。

 それ以上話すことなど無いと、拒絶するように。

 

「…………」

 

 サンジはジャッジの後姿をジッと見つめ、苦々しそうな表情をしていた。

 2人に血のつながりはあれど、親子としての繋がりなど()()()()()()()()のだから、この結果は予測できたことだ。

 サンジもまた、ジャッジに背を向けて歩きだす。

 もう、関わることなど二度と無いとでも言うように。

 

 

        ☆

 

 

 サンジはそのまま船に戻った。

 心配した、どこ行ってたんだ。そういう言葉を投げかけられ、サンジはあいまいに誤魔化しながら謝りつつ、身だしなみを整えていつものように食事の準備をする。

 日は既に傾きかけている。換金は既に終わっているらしく、莫大なお金が手に入ってご満悦のナミに食費を分けて貰って急いで買い物し、食事を作る。

 この島での目的は既に終わった。次の島への出発をどうするのかを話しつつ食事をするみんなの中で、サンジはどこか上の空だった。

 急ぐ旅じゃない。もうちょっと観光していこう。

 ルフィがそう主張し、特に反対意見も出ないので決まりとなったところで、各々が食後に好きなことをし始める。

 サンジは片付けを終わらせて船の外に出ると、港に降りて散歩をし始めた。

 少し、夜風に当たって考えたいことがあった。

 

「…………」

 

 月明かりの下を歩き、潮風と潮騒に酒場の喧騒の奏でる音を聞きながらタバコを咥える。

 〝ミズガルズ〟には灯台がない。

 外側である〝ロングリングロングランド〟には大きな城壁のようなものがあったし、似たような設備はあるのかもしれないが、少なくとも内側の島には不要だとして建てられていない。

 それでも、波止場で月と星の明かりで暗い海を見る分には十分と言えた。

 

「……〝外骨格〟に〝氷の心〟か……」

 

 発現するかどうか不明な今、悩むだけ無駄と分かってはいるが……それでも考えざるを得なかった。

 強くなれるに越したことはないが、それでルフィの夢を邪魔するようなことになれば意味がない。

 イチジ、ニジ、ヨンジのように、人の心が分からないようなことになれば、あるいは女性に手をあげる真似さえしでかすかもしれない。

 そうなってはゼフに顔向けが出来ない。

 いっそ発現しないならしないで確証を得られるようなことがあればいいのだが──そう考えて空を見上げていると、ふと隣に誰かが立っていた。

 見上げるほどの長身に紫色の髪が特徴的な女性……カイエである。

 

「こんばんは。ドレークが迷惑をかけたようですね」

「……いや、あいつは別に……」

 

 全面的に悪いのは人違いで襲い掛かったボニーだが、サンジはボニーの悪口を言うことなく口を閉じる。

 女性の悪口を言うつもりはないとでも主張するように頭を掻くサンジに、カイエはくすくすと笑った。

 

「悩み事ですか? これでもあなたより長生きしてるので、多少は相談に乗れますよ?」

「悩みってほどじゃ……」

 

 サンジはカイエの事を昔から知っていた。

 ジェルマが〝黄昏〟と過去に何度か取引していた時、カイエは王国を訪れていたし、その時にサンジは何度か姿を見ている。

 当時から若いながらも幹部として活動していたこともあり、その凛とした姿には幼いサンジの目を惹く存在だった。

 普段は流れるように口説くサンジも、今はたじたじである。

 

「……カイエさんは、ジェルマの事をどこまで知ってるんだ?」

「それなりに、ですね。なんだかんだと付き合いも長いので。あなた達兄弟の特異性についても耳にしています」

「そう、か……」

 

 取引の中でジェルマの兵士を鍛えたこともある。誰ひとりとしてカイエを倒すことが出来たものはいないが、〝レイドスーツ〟を纏ったイチジたちはそれなりに手強い。

 協定を結んで味方にするカナタの意見に賛成する程度には、彼らのことを認めていた。

 

「ジャッジは頭の固い男ですが、科学者としては出来る男です。ソラとは何かと反発していますがね」

「母上と、か」

「あなた達兄弟を生む際にもひと悶着あったと聞きます。ソラがわざわざ劇薬を口にしてまで、血統因子に影響を及ぼそうとしたと」

「……血統因子に?」

「ええ」

 

 思えば、サンジがジェルマにいた頃に見たソラの姿は、いつだってベッドの上だった。元気に歩き回っている今の方が違和感があるほどに。

 それがサンジ達四兄弟を生む際に飲んだ劇薬の影響だとすればそれも当然。()()()()()()()()()()()寿()()()()()()のだとすぐに理解できた。

 ソラに連れられて見た元々の肉体──ミイラのようになった彼女の肉体を思い出し、サンジは口元を押さえて顔色を悪くする。

 彼女があんな思いをしたのは、全て自分たちのせいだったと気付いたからだ。

 

「そんな、事を……」

「あなたが気に病むことはないでしょう。心無い兵士を生み出そうとしたジャッジへ、ソラが行ったせめてもの抵抗ですから」

「……だが、母上は実際に死ぬ寸前まで行ったんだ。おれの、せいで──」

()()()()()()ではありません。()()()()()()に、です」

 

 その2つは似ているようで全く違う。

 ジャッジにとっては些細な抵抗で、影響が出たのはサンジだけだったとしても。ソラにとってはとても大事なことだったのだから。

 自らの命を縮めることになったとしても顧みることはなく、我が子の事を一心に思って行動する。

 人は、それを〝愛〟と呼ぶ。

 カイエは背を屈め、サンジに目線を合わせて微笑みを浮かべた。

 

「誇ってください。あなたは望まれて生まれてきたのですから」

 

 ソラにとっては外骨格も氷の心も不要だった。

 感情の無い人形のような超人であることよりも、心優しいただの人間であることを望んだ。

 目を丸くするサンジは、しかしどうしても気になっていることを口にする。

 

「だが、もしイチジたちみてェになっちまったらと考えたら、おれは……」

「人間、そう簡単に変わりはしませんよ。それに、あなたには仲間がいるでしょう」

 

 三つ子の魂百までと言うし、殴ってでも止めてくれる仲間がいるのならそれで十分だ。

 大抵のことはそれで何とかなる。

 本当にそうなるかどうかも分からないことに対して、不安を感じる必要など無いのだから。

 

「…………」

「少しは元気が出ましたか?」

「ああ……ありがとう、ございます」

「ふふふ、礼は不要ですよ」

 

 いたずらっぽく笑うカイエに、サンジも思わず口元を緩める。

 

「何か、色々と世話になっちまったみてェで……」

「ソラはいい友人ですからね。母親の気持ちと言うのはわかりませんが、血のつながった親子では話しにくいこともあるでしょう」

「カイエさんは母親と上手くいかなかったのか?」

「私は……どうでしょうね。幼い頃に悪魔の実を食べてしまって、殺されそうになって逃げて……それきりですから。もう顔も覚えていません」

 

 悪魔の実は種類にもよるが1億は下らない。食べた後に分かったとはいえ、自然系(ロギア)より希少な動物(ゾオン)系幻獣種ともなれば30億は確実に超す。

 子供が口にしたせいで数十億にもなるような取引が消えたとなれば、怒る気持ちも今では理解出来る。

 億、と言うのは容易に人の首が飛ぶ金額だ。当時は理不尽に思ったことでも、理解出来れば怒りようがない。

 困った顔をするカイエに、サンジは非常に気まずそうな顔をした。

 

「そりゃあ……あ~、すまねェ……」

「いえ、構いません。養母はとても良くしてくれましたから」

 

 それに、〝黄昏〟の幹部には親がいないとか孤児だった者が多い。初期メンバーのほとんどは〝バスターコール〟で親類縁者どころか友人まで皆殺しにされているし、カナタだって親はわかっているが孤児として育った。

 カイエとしても疎外感などを感じる環境ではなかった。

 

「海賊稼業も悪いものではありませんでしたからね」

「思ったより逞しいなアンタ……」

「そうでなければ今こうしてはいませんよ」

 

 ともあれ、サンジの悩みはある程度払拭出来たらしい。

 外骨格など発現するかどうかもわからないもので悩む必要は無いし、実際にそうなってから考えればいいのだ。

 無駄に心配しても疲れるだけだと、サンジは肩をすくめる。

 

「折角ですし、少し話していきましょう。普段のロビンの事を教えてくれますか?」

「ロビンちゃんの……あ~、そっちで世話になってたんだったか」

「ええ、可愛い妹分です」

「ロビンちゃん、意外と兄貴分とか姉貴分とか多いな……ティーチって奴もそうだって言ってたが」

「ああ、彼に会ったんですか。普段はちゃらんぽらんの馬鹿ですが頭は悪くないですし、色々と趣味は合いますからね」

 

 同じ考古学を学んでいることもあって仲はそれなりに良かった。

 夜が徐々に更けていく中、2人は潮騒の音を聞きながら遅くまで話していた。

 

 

        ☆

 

 

 一方、その様子を波止場の岩場に隠れながら見ている者が3人いた。

 ルフィ、ウタ、ハンコックである。

 夜になってどこかに出ていくサンジを見て、またどこかに行くのかと気になって付いて来たルフィとウタ。

 普段はこの時間は王城にいるはずのカイエが外に行くのを見かけてコッソリついて来たハンコック。

 波止場の外で出会った3人は、サンジとカイエにバレないように岩場に身を隠しながら話を聞いていた。

 

「なァ……帰って良いか?」

「今の話を聞いて出て来る言葉がそれか貴様!?」

 

 サンジがまた行方不明になるのではと思ったから付けて来たのであって、ルフィとしては会話の内容それ自体には興味がなかった。

 ハンコックはカイエの過去の話を聞いて思うところがあったらしく、拳を握って怒りに震えていたが。多分カイエの親に対して怒っていたのだろう。

 小声で怒鳴ると言う器用な真似をするハンコックに、ルフィは面倒くさそうな顔をする。

 

「おれはサンジがこれからも一緒に旅をしてくれるなら、事情とかどうでもいい。助けてほしい時は言ってくるだろ」

 

 1人で抱え込むのが良いことだとは思わないが、無理に聞き出したところでいい方向に転がるとは限らない。

 ルフィはちらりとウタの方を見て、そう言った。

 何より、男が決めた事に対してあれこれ口出しするのは違う。

 

「……そういうの、誰に教わったのさ」

「ん? なんか言ったか?」

「なんでもなーい」

 

 ハンコックとの会話に集中していたせいか、ウタの小さな呟きはルフィには届かなかった。

 この調子ならサンジがどこかに行くことはないだろうと判断したルフィは、そろりそろりと足を忍ばせて船へと帰ろうとする。

 ハンコックはまだ盗み聞きをしたそうにしていたが、どうもルフィとウタが話している間にカイエと目があったらしく、同じように背を向けて帰ろうとしていた。

 九蛇の女帝代理もカイエには勝てないらしい。

 



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第二百四話:忘れるな

 

 ──海底監獄インペルダウン。

 世界に数多く存在する犯罪者の中でも、特に()()()()()()とされる犯罪者たちを集めた監獄だ。

 〝凪の帯(カームベルト)〟に存在するために逃げ出すことは容易ではなく、そもそもが絶海の建物であるため、公的には脱走など過去1人を除いて出したことはない。

 無論、侵入者など言わずもがなである。

 もっとも、侵入者や脱獄者はいないが投獄される者はそれなりにいる。大海賊時代に入って以降、激増した海賊の数に比例してインペルダウンに投獄される海賊の数も増えていた。

 今日もまた、インペルダウンに海賊が投獄される。

 

 

        ☆

 

 

 インペルダウン、署長室。

 監獄署長であるマゼランへの報告書を片手に、副所長であるハンニャバルは扉をノックした。

 

「マゼラン所長、報告書を持ってきました」

 

 待てど暮らせど返答は来ない。

 さてはまたトイレに引きこもっているな、と推測し、ハンニャバルは勝手に扉を開けて中へ入る。

 署長であるマゼランは毒の能力者であるため、毒料理が好きなのだが……毒が完全に効かない体質になったわけでは無いらしく、一日10時間ほどトイレに籠っていた。

 それでいて睡眠は8時間しっかりとるので、実質的な勤務時間は4時間に満たない。それでも監獄署長と言う座にいるのは彼が相応に優秀であるが故だろう。

 ともあれ、いつも通りトイレに入っていることを確認すると、ハンニャバルは書類を机に置いておく旨を伝えて部屋を出ようとする。

 だが、ふとマゼランの椅子が視界に入った。

 

「…………」

 

 監獄署長のみ座ることを許された椅子である。

 その座を狙っているハンニャバルとしては、文字通り喉から手が出る程座りたい。

 キョロキョロと周りを見渡し、この部屋に誰もいないことを念入りに確認すると、ハンニャバルは自身が座るには少々大きすぎる椅子に座る。

 

「これが……署長の景色」

 

 満足げに頷くハンニャバルの背中から、ぬるりと1人の男が現れた。

 

「楽しそうだな」

「うおおおっ!!?」

 

 ガターン! と派手にひっくり返るハンニャバル。

 先程まで背中側にいた男は巻き込まれる前に横を抜けてソファに腰かける。

 頭を打ってタンコブが出来たハンニャバルは、打った場所をさすりながらその男の方を見た。

 

「シ、シ、シ、署長になりたい!! 間違えた! シリュウ看守長! どうしてここに!?」

「見て分からねェのか。サボってんだよ」

「そんな堂々と……」

 

 しかし、監獄署長がアレなのだから、真面目に働くのも馬鹿らしい気分になるのは理解出来なくもない。

 ハンニャバルは倒れた椅子を戻し、そそくさと部屋を出て行こうとする。

 が、シリュウは葉巻に火を点けながら呼び止めた。

 

「待て、ハンニャバル」

「はい! なんでしょうか!」

「マゼランへの報告書を持ってきたんだろ? おれにも見せろ」

「はあ、構いませんが」

 

 どうせ後でシリュウにも共有される書類である。新しく入って来た犯罪者の情報など、隠すようなモノでもない。

 机に置いた資料を渡し、再び出て行こうとすると「まァ茶でも飲んで行けよ」と押し留められる。

 正直、恥ずかしい場面を見られたのでさっさと出ていきたいところではあるのだが、上司にそう言われてはハンニャバルも無下には扱えない。

 シリュウが淹れたお茶(マゼランの私物。毒ではない)を飲みつつ、そわそわしながら待つハンニャバル。

 

「……今回の連中は大したことなさそうだな」

「まァそうそう億超えの賞金首なんて出てこないでしょう」

「海楼石はちゃんと着けたんだろうな?」

「〝地獄のぬるま湯〟*1で大騒ぎする元気がある連中なので、能力者ではないと判断して海楼石は着けてません」

「そうか」

 

 ペラペラと資料をめくっていくシリュウ。

 大抵は1000万から高くても5000万程度。ランクで言えば精々レベル3の〝飢餓地獄〟止まりの連中だ。

 シリュウが興味を引くような海賊はいない──と思っていたのだが、1人の海賊のところで止まった。

 金額も経歴も大きく目を惹くようなものはない。だが、その男は一時期〝世界最悪の犯罪者〟ドラゴンと行動を共にしていたらしい。

 今や世界政府も無視できない程度には大きな組織になった〝革命軍〟のトップと、何らかの繋がりがある海賊。

 目立つ経歴は無いが、シリュウはジッとその海賊を見る。

 〝道化〟のバギー。懸賞金は1500万ベリー。

 

「……この経歴は本当なのか?」

「海軍が確認したらしいですし、本人もそう言ってるらしいですよ」

「そうか……」

 

 本人は偶然乗せていくことになっただけで繋がりはないと言っているらしいが、インペルダウン内部で拷問にかけられて情報を絞り出されることになるだろう。

 ドラゴンに関する情報は少ない。政府も海軍も彼に関する情報は喉から手が出るほど欲しいのだ。

 シリュウが黙ったままその経歴を見ていると、部屋の奥のトイレから男が出て来た。

 監獄署長マゼランである。

 

「あ~~……今回も長い戦いだった」

「毒食べるからでしょ」

「おれは毒が好物なんだ。毒人間だからな。それにこう言うだろう──『毒を以て毒を制す』」

「制してないからゲリになるんでしょ」

「なんて心無い言葉を……おれは部下に恵まれないな。はァ」

「ちょっ! ため息やめてくださいよ! あんたの吐息本物の毒ガスなんですから!」

「ザマァ見ろ……ん? なんだ、シリュウもいたのか」

 

 いつも通りのやり取りをしていると、マゼランはソファに座ったまま黙っているシリュウが目に入った。

 

「今日もサボりか? 感心せんな」

「トイレに籠りっぱなしのお前に言われたくねェな」

「そうだそうだ!」

「何故お前が偉そうなんだ……!」

「ギャアア! シ、シ、署長になりたい! 間違えた! シリュウ看守長助けて~~!!」

 

 首を掴まれて持ち上げられたハンニャバルが悲鳴を上げるのを見て呆れつつ、シリュウはソファから立ち上がった。いつものことなのでハンニャバルは放っておいてもいいと判断したのだ。

 後ろから聞こえる悲鳴を聞き流し、いつまでもサボり続けているわけにはいかないと背筋を伸ばす。犯罪者を閉じ込め、外に出さないように管理し、罪に対する罰を与えるのが仕事である。

 やり過ぎはマゼランに止められているものの、多少の拷問は認められているため、それを目的にここへ出向して来る者もいる程だ。

 シリュウはどちらかと言えば犯罪者を斬ることを期待してインペルダウンへと配属を希望したが、今のところ満足に人を斬れていないので不満は大いにある。

 

「おれの我慢が利かなくなるか、あるいは()()()()()()のが早いか……どっちが先になるかね」

 

 葉巻を口にしたまま、シリュウはマゼランの部屋から出て行った。

 

 

        ☆

 

 

「このバカ息子どもが!!!」

 

 ゴツーン!! とゲンコツが落とされる。

 派手な音と共に殴りつけられた2人──エースとドーマは殴られた部分をさすりながら正反対の反応を見せた。

 

「何すんだよオヤジ!!」

「すまねェ、オヤジ……」

 

 エースは怒られたことに納得いかないと反骨精神を見せており、逆にドーマは悪いことをした自覚があるためか萎縮気味だった。

 殴ったニューゲートは溜息を吐き、2人の様子に困った様子を見せる。

 ドーマはともかく、エースは何も悪いことをしていないと思っているためか反省が見えない。

 

「エース……お前、あの女のところに行ったって? 何のマネだ?」

「何のマネって、そりゃ食いもんとか酒とか薬とかを売ってくれるように頼みに行ったんだよ!」

「あいつがそんな頼みを聞くと思ってんのか?」

 

 カナタがニューゲートの事を潜在的敵対勢力として扱っているように、ニューゲートもまたカナタの事を敵として見ている。カイドウたちと違って表立って敵対していないだけで、火種一つあれば容易に戦争が起こる間柄なのだ。

 エースがやっていることは、不用意に近付いて戦争の火種を作りかねない行為だ。

 ロクに補給すら出来ない現状で、〝黄昏〟と戦争など自滅行為に他ならない。強く諫めねば、とニューゲートはまなじりを決する。

 

「いいか、エース。テメェがおれ達の事を思って行動したことは理解してやらァ。だが、テメェは今や二番隊の隊長だ。下手に敵に近付きゃァ、外だけじゃなく内にも余計な波風を立てることになる」

「……カナタさんには色々世話になったんだ。敵じゃねェ」

 

 ニューゲートの小言に、エースは反感を覚えて口答えをする。

 その言葉に、ニューゲートは眉をひそめた。

 

「あァ? オメェあいつと知り合いだったのか?」

「言ってなかったか? おれはオヤジに会う前にカナタさんに会ってんだ」

 

 兄弟分のサボは革命軍だったし、あまり他言するようなことじゃないとデュース*2に諫められていたので、エースは特に話すこともなかった。

 なのでニューゲートも初耳である。

 まぁエースとて海賊。〝白ひげ海賊団〟に所属する前に知り合った者くらい居ても不思議は無い。

 無いが、相手が〝黄昏の魔女〟となると少々事情は変わってくる。

 

「それに、おれだって何の勝算も無しに直談判に行ったわけじゃねェ!」

「……だったら、何か成果はあったのか?」

「これだ!」

 

 エースは大事そうに懐から手紙を取り出すと、ニューゲートに手渡した。

 訝し気に手紙を観察し、丁寧に蝋で封をされた手紙に〝黄昏〟のマークがあることを確認してから開封する。

 中に入っていたのは短い手紙だった。

 ニューゲートが中身を改めている間、ドーマにマルコが話しかけていた。

 

「相手は七武海で、下手すりゃ四皇にも匹敵するような相手だよい。よく会えたな?」

「聞いてくれよマルコ! おれもどうせ門前払いだろうと思ってたんだが、エースの名前を出したらすぐに会うって言われたんだ」

「そりゃまた……何か弱みでも握ってんのかよい」

「弱みなんか握ってねェよ! ただ……おれの親父がな……」

「「?」」

 

 歯切れの悪いエースの言葉にマルコとドーマが首を傾げる。

 エースの血筋の事を知っているのは、〝白ひげ海賊団〟の中ではニューゲートのみ。当のニューゲートはエースの言葉を聞いて得心していた。

 ロジャーとカナタの間柄はそれなりに有名だった。

 男女の間柄だっただの、裏で操っていただの、根も葉もない噂からありえそうなものまで様々な噂が流れていた。

 男女の関係にあったかどうかはともかく、ロジャーの行動を裏で支えていたのは間違いない。当の本人が言っていたのだから。

 

「なるほどなァ……それでこの手紙か」

「おれも見てねェんだけど、何が書いてあったんだ?」

「〝白ひげ海賊団〟の船長を降りろ、だとよ」

 

 船の中が一斉にざわついた。

 本気でそんなことを要求しているのなら、それは〝白ひげ海賊団〟の面々を挑発しているとしか思えない。

 

「ほ、本当か!?」

「持ってきたのはお前だ、お前も読んどけ」

 

 ニューゲートはエースに手渡し、エースは慌てたようにそれを読みだす。

 気になったのか、他の隊長陣も後ろから覗き込むように手紙を読み始めた。

 

 ──要求するのはたった1つ。〝白ひげ〟エドワード・ニューゲートが船長の座を降りて他の者を船長に据える事。

 ──〝白ひげ〟エドワード・ニューゲートのその後の処遇に対する要求はない。

 

 ただこれだけである。

 憤りを見せる者もいたが、マルコなどはむしろ真逆の感想を抱いていた。

 

「これは……どちらかと言えば、おれ達の事を考えてのことかよい」

「あの女はおれの事は嫌いだが、エースの事は随分気にしているらしいな。〝金獅子〟の件もある。後始末に走るのは面倒なんだろ」

 

 つまるところ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と言っているのだ。

 〝白ひげ海賊団〟は全盛期からすれば縮小したとはいえ、現在でも〝四皇〟の一角を占める一大勢力である。戦うのも愚策なら潰すのも下策になり得ると判断したのだろう。

 何しろカナタは20年前の〝金獅子海賊団〟崩壊の折に起こった混乱を知っている。

 どさくさに紛れてナワバリを広げたり勢力を広げたりといったこともしたが、それはそれとして秩序を良しとする者にとっては無視出来ない被害があったのも事実だ。

 

「マルコ、オメェはやる気あるか?」

「やめてくれよい……おれには荷が重いし、おれ達はそもそもオヤジが船長だからこそ集まってるんだよい」

「まァそうだろうな。おれだって降りる気はねェよ」

 

 赤の他人、それも敵勢力のトップに言われてはいそうですかと簡単に船長の座を降りるわけにはいかない。

 海賊にだって面子はある。簡単に言うことを聞いては侮られるというものだ。

 たとえそれが、こちらから頼んだことであっても。

 

「カナタさん、これだけは譲れねェって言うから何かと思えば……」

「あいつはおれの事が嫌いなだけだからな。おれさえいなくなりゃァ別に放置しても良いと思ってんだろう」

「……オヤジ、カナタさんになんかしたのか?」

「何もしてねェ──とは言えねェか。ちょっと戦ったな。それとあいつの母親と昔、同じ船にいたってだけだ……父親も大体予想出来てるがな」

 

 あまり思い出したくもないのか、ニューゲートは嫌そうな顔をして酒を呷る。

 横にいた船医たちは顔をしかめるが、何度言っても聞いてくれないのだ。

 酒で喉を潤すと、ニューゲートは昔を思い出すように空を見上げる。

 

「人間みんな海の子だ。差別をする気はねェが……あの女はとにかく得体が知れねェ。初めて会った時からな」

 

 最初に会ったのは、そう──ワノ国だったか。

 上陸したワノ国で船が壊れたから、そこに住んでいた侍たちに修理のための材料を貰って。

 世話になっているうちに侍たちと仲良くなり、滞在している間にカナタたちもまたワノ国を訪れていた。

 将軍殺しをしたらしいと聞き、世話になった礼にとニューゲートはカナタたちの前に立ち塞がった。

 当時から並々ならぬ覇気を宿し、戦えば戦うほどにこちらの手の内を暴かれていく気味の悪さは忘れようにも忘れられない。

 

「……でも、おれはあの人に世話になったんだ。サボのこともあるしよ……」

「誰だそりゃ」

「おれの兄弟分だ! ……海賊じゃなくて革命軍にいるけどよ」

「革命軍のサボって……!」

 

 マルコが唖然とした顔をする。

 革命軍のサボと聞いて知らない者は少ない。なにしろ革命軍の参謀総長──即ちNo.2である。

 この間懸賞金が掛けられたと散々騒いでいた弟はガープの孫らしいし、とんでもない兄弟だな、と額に手を置くマルコ。

 

「とにかく! おれァこの船の船長の座を降りる気はねェよ! どうしても降ろしたけりゃおれを倒せるくらい強くなりやがれ!」

「おれはオヤジやみんながメシ食うのに困らねェようにと思ってやってきたんだよ! ちょっと待っててくれ、もう一回行って直談判してくるからよ!!」

「おいマルコ! こいつの手足を繋いでおけ!! あの女に借り作るなんざ死んでも御免だ!! しばらく頭冷やしやがれ!!!」

「手足繋ぐのはともかく、頭冷やさせるのは賛成だよい」

 

 カナタに言われて船長の座を降りるなど、〝白ひげ〟の名が廃る。

 エースは仲間や傘下の海賊たちの事を思ってカナタに譲歩を引き出してきたのだろうが、それでも妥協できることと出来ないことがある。

 マルコとジョズにずるずると引きずられて船内に消えていくエースを見送り、ニューゲートはフンとため息を吐いた。

 

「困った息子だぜ」

 

 ニューゲートはやや困ったように、しかし優し気な声色でぽつりと呟いた。

 事態を見守っていた他の隊長たちも、ニューゲートの零した言葉に笑っている。

 

「それで、オヤジ。昨日の連中がまた来てるみてェなんですが……」

「ああ、通せ」

 

 四番隊隊長のサッチは、ニューゲートの言葉に頷いてその場を離れる。

 数分で戻ったサッチの後ろには、3人の男たちがいた。

 名をトレーボル、ディアマンテ、ピーカと言う。

 3人とも、懸賞金は億を超えない程度ではあるが……新世界でやっていけるだけの実力はあったし、本人たちもそう自負していた。

 それでも、〝白ひげ〟を前にして冷や汗が止まらず、手先の震えは止まらない。

 〝本物〟はこれほどまでに違うのかと、息を吞む。

 

「こうやって会うのは初めてだな、〝白ひげ〟! 会えて光栄だ! べへへへへ!!」

「御託はいい。テメェらにゃ世話になった。傘下に入るってんなら構わねェが」

 

 酒、食料、薬。

 この海において〝白ひげ海賊団〟とその傘下はこれらを入手するのが極めて難しく、ナワバリにしている島から時折上納金だと()()()()()()()()ことはあれど、金でこれらを買う機会はほとんどない。

 流通のほとんどを牛耳っている〝黄昏〟が意図的に制限をかけているためだ。

 そんな中でも3万前後の人間を養うことが出来たのは、彼ら〝ドンキホーテファミリー〟が物資を横流ししていたからだ。

 金額は他所に流れている物よりだいぶ高いが、無理をしているのはわかっていたのでニューゲートたちも文句は言わない。間接的に〝黄昏〟と敵対する行為ゆえに、暴かれれば粛清の対象となるからだ。

 そして現在、彼ら〝ドンキホーテファミリー〟は凋落して追われる立場にあった。

 

「匿ってくれたことはありがたく思う。だが、おれ達はまだ諦めてねェ。もう一度成り上がるために今は色々と計画を立ててる! だから、傘下には入らねェが、少しの間身を隠させてほしい!」

「ほォ……傘下にも入らず、おれのナワバリに居ようってのか?」

 

 覇王色の覇気、ではない。

 威圧していると自覚すらしていないだろう。ニューゲートはごく自然にしているつもりでも、トレーボルは顔面蒼白だった。

 如何に老いたとは言え、目の前に立つこの男はかの〝海賊王〟と対等に渡り合った怪物である。カイドウと比べれば穏健な男とは言え、相手は〝四皇〟。機嫌を損ねれば次の瞬間には首が飛んでいても不思議ではないのだ。

 ほんの数秒の時間が何分にも何時間にも感じられる。

 周りにいる隊長たちのこともあってか、トレーボルの心が折れるのは時間の問題だと思われたが……ニューゲートは「そうか」と頷いた。

 

「ナワバリに傘下でもねェ海賊がいるのをあまり認めたくはねェが……世話になった礼もある。おかしな真似しでかさねェってんなら、滞在するのを咎める気はねェよ」

「そ、そうか! ありがてェ!」

 

 ニューゲートの言葉にホッと息を吐き、トレーボルは土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。ただでさえ猫背なので船の床に頭が付こうとしているほどだ。

 ディアマンテとピーカも声こそ出さないが見るからに安堵しており、肩を撫で下ろしていた。

 

「じゃ、じゃあおれ達はこれで失礼する!」

「あァ。気ィ付けていけ」

 

 そそくさと自分たちの船へ戻っていくトレーボルたちを見送ると、座って聞いていたビスタが心配そうに声をかけた。

 

「オヤジ、大丈夫なのか?」

「……連中の悪い噂はよく聞くからな。だが、実際に会ってみると……随分拍子抜けだ。あんな連中にカイドウやリンリンを手玉に取れる胆力は無さそうだが」

 

 ニューゲートは顎をさすりながら先程の3人を思い返す。

 実力、胆力、気力……そういったものがあらゆる意味で足りていない。カイドウやリンリンを相手にするには最低限必要な要素すら足りていないように見える。

 となれば、恐らく後ろに誰かいるのだろう。

 

「連中の後ろにいる奴がどう考えているか次第か。だが、世話になったのも本当だ。仁義を通すのがおれの流儀だ。文句はあるか、ビスタ」

「いいや。オヤジがそう言うなら従おう」

 

 もし何かしでかすのなら、その時は〝白ひげ〟の名を存分に思い知ってもらうだけだ。

 老いと病で弱くなったとしても、あの程度の奴らに遅れを取るほど耄碌した覚えはないのだから。

 

*1
消毒用の100度に沸騰させた熱湯

*2
スペード海賊団におけるエースの右腕だった男



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幕間 エッグヘッド

どこに入れるか迷いに迷って今入れることになった幕間です


 

「た、助けてクエーサー!!」

 

 首根っこを掴まれ持ち上げられたDr.ベガパンクの助けを呼ぶ声に、傍にいた護衛の戦桃丸は呆れた顔をする。

 

「いやァ……今回はおっさんが悪ィだろ」

「そんな……お前だけは私の味方だと思っていたのに!?」

「わいはおっさんの護衛だが、今回の話を聞く限りじゃ悪いのはパンクのおっさんだろ」

 

 持ち上げているのは〝ドレスローザ〟から〝エッグヘッド〟へと移動した〝黄昏〟の幹部、ラグネルだ。

 ラグネルの身長は5mを超える大柄ゆえに、ベガパンクは戦桃丸も見上げる程の高さに持ち上げられている。

 

「申し開きはあるか?」

「いや、本当にすまないんじゃが……私にはとんと覚えがない」

「やはり締め上げねば駄目なようだな……!」

「助けてクエーサー!!」

「もういいよそのやり取り!!」

 

 事の発端はアルファ・マラプトノカと言う女の起こした事件である。

 〝黄昏〟の商売の隙間を縫って武器や兵器、奴隷などを売り捌く死の商人……これはまぁカナタとしても面倒ではあるが目くじらを立てる程のものでは無い。

 だが〝黄昏〟に弓引いたとなれば話は違う。

 〝スカイピア〟と名付けられた空島を襲撃した下手人であるマラプトノカだが、この女が一般的に見て非常に特異な存在であったため、関連する可能性が高いと判断したベガパンクに話を聞くために〝エッグヘッド〟へと来ていた。

 そして、その予想は大当たりだった。

 

「マラプトノカは確かに私の娘じゃ。と言っても別に血は繋がっていないが……」

「どこぞで拾ってきたのか?」

()()()()()と言って欲しいが……」

「そこはいい。問題は奴が我々に敵対していることだ」

「あの子は私の研究のために資金を集めているハズ。そんな真似をするとは思えん」

 

 マラプトノカとてベガパンクの資金の出処の一つが〝黄昏〟だとわかっている。それでも敵対したのなら相応の理由があるのだろう。

 あるいは自身とベガパンクの関係性を見破られることはないと高を括っていたのか。

 何にしても、事が起きた以上は相応の責任を求めねばならない。

 

「アルファ・マラプトノカの情報を知る限り教えろ。虚偽の報告があれば都度予算の減額をすると閣下より命令を受けている」

「そ、それは困る! 政府の予算だけでは到底足りんのじゃ!」

「ならば誠実に答えろ」

「うむむ……」

 

 がっくりと肩を落とし、ひとまず腰を落ち着けてから話すことになった。

 体格差が大きいので同じテーブルを囲むのはやや厳しかったが、ラグネルは気にすることなく床に座ってベガパンクの証言を聞く体勢に入った。

 

「どこから話すべきか……名前か?」

「名前はわかっている。家名があるようだが、どこの出だ?」

「? あれは家名ではない。アルファ、と言うのは識別名のようなものじゃ。マラプトノカと言う名前は後で付けた」

「……年齢は?」

()()()()なら20から30代の半ばくらいになる。もっとも、正確な年齢はわからん。一定以上に成長すると老化は緩やかになっているようじゃからな」

「…………先程から妙な返答だな」

 

 ベガパンクがどこぞで拾ってきた子供に妙な悪魔の実を食べさせたのだと思っていたが、どうにも扱いがおかしい。

 まるで人間ではないかのような答え方ばかりだ。

 被検体にアルファと識別名を付けるまでは理解出来るが、年齢が分からないのはラグネルとしても眉をひそめざるを得ない。

 

「それはそうじゃろう。あの子はそも人間ではない」

「どういうことだ?」

「詳しいことは省くが、あの子はこの研究所で作られた特殊な生物じゃ」

 

 一般に〝幻獣種〟と呼ばれる能力者たちの血統因子を集め、一個体にその全ての血統因子を凝縮した存在だ。

 元はと言えば、現実に存在しない生物に変身できる幻獣種の能力者から抽出した血統因子を使うことで幻獣を生み出すことを念頭に置いた実験であった。

 全部ぶち込んだのはベガパンクの悪ノリである。

 一匹ずつなら時間をかければ成功するが、複数の血統因子を掛け合わせるとどうなるのか、好奇心が抑えきれなかったのだ。

 

「結果として生まれたのが被検体α──アルファ・マラプトノカじゃ」

「……なるほど」

 

 正直言っていることはラグネルにはさっぱり分からないが、倫理的にアウトであろうことだけはわかる。

 それを目の前の男に求めるだけ無駄だということも、この数時間の付き合いだけでも理解していたが。

 

「では、動物(ゾオン)系特有の変身能力はどういうことだ?」

「あー、それはじゃな……」

 

 ベガパンクは実に言いにくそうに視線を泳がせる。

 何とか言い訳をして誤魔化そうと考えてチラッとラグネルを見たが、今にもベガパンクを殺しそうな眼光を受けて諦めた。

 一気に説明してもわかるまいと、少し話は変わると前置きをして。

 

「私が作った〝(サテライト)〟のことはどこまで知っている?」

「お前と記憶を同期している複製(クローン)だと聞いているが」

「ふむ。大まかには正しい」

 

 三大欲求の共有・連動など、細々とした機能はあるが、今はそこは重要ではない。

 ベガパンクが()()()()()()ことを選択した、と言う事実だけわかっていればいいことだ。

 

「やりたいことに対して資金、時間、思考……様々なモノが足りない中、私は考えたのだ。()()2()()()()()()()()()、と」

「結果として生まれたのが〝(サテライト)〟か……天才の考えることはわからんな」

「うむ。それはそれとして、私は動物(ゾオン)系の悪魔の実は人工的に作れるのだが」

「今の話と何の関係が……いや待て、まさか──」

「そう、私は()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ベガパンクは稀代の天才である。

 同じ頭脳を持つ者がいれば同じ作業でも手分けすることが出来、同じ思考速度で会話することが出来るなら会話の節々から様々なアイデアを生み出すことさえ可能だ。

 そういう意味で、自分と同じ頭脳でありながら少しだけ違う思考回路を持つ存在とは極めて貴重で得難い存在と言える。

 ベガパンク程の天才と同じレベルに並ぶ天才など、世に2人もいないからだ。

 

「結局、その人工悪魔の実を食べさせる人選の時点で難航し、計画はとん挫したワケだが……悪魔の実そのものは残っていて、倉庫に転がっていた」

「管理はどうなっているんだ……」

「まァ油断したという他にあるまい。ともあれ、あの子はその悪魔の実を食べて()()()()()()()

 

 いうなればヒトヒトの実モデル〝ベガパンク〟か。

 マラプトノカはそれを口にしたことで人の能力──それどころか稀代の天才の頭脳を得るに至り、今では自分勝手に色々やっていると言うワケだ。

 

「……私は血統因子とやらには詳しくないが、お前をベースにした悪魔の実を食べたなら、姿はお前に似通うんじゃないのか?」

「そこは私も疑問に思ったんじゃ。なので詳しく検査をしたが、結果は分からず仕舞いだった」

 

 本気で悔しそうな顔をしている辺り、科学者として謎を解き明かせなかったのが不満なのだろう。

 マラプトノカ自体、様々な血統因子を混ぜ込んで生み出した怪生物だ。何かしら人知の及ばぬ不思議なことがあってもおかしくはないが。

 最終的にベガパンクはその姿については「自分の理想とする姿」であると定義したらしい。

 

「肉体のベースは九尾の狐だった。あれの能力は自身の姿を好きなものに変えるものでな。恐らくは無意識のうちにそれが作用しているのだろう……と考えている」

「……いくつの血統因子を混ぜ込んだんだ?」

4()()じゃ」

 

 ベースになった〝九尾の狐〟。

 カイドウの能力である〝青龍〟。

 カイドウの子供、ヤマトの能力である〝大口真神〟。

 マルコの能力である〝不死鳥〟。

 いずれも単体で存在するだけで強力な能力だが、血統因子が混ざった結果それぞれの能力そのものは弱まっている。

 ベガパンクの言葉を聞くうちにラグネルは非常に嫌そうな顔をしていく。

 

「今聞き逃せない情報があったぞ……カイドウに子供がいるのか?」

「知らんかったのか? まァ私も知ったのは最近だが……」

 

 〝幻獣種〟の生物を自在に操れるようになるとするなら、それは政府の戦力が向上することに繋がる。

 なのでサイファーポールも非常に協力的だった。中でもCP0が持ってきた血液に興味を抱いたベガパンクは、誰のものでどんな能力者かを訊ねた。

 ()()は誰から聞いたかを伏せるように言い、教えてくれたのだ。

 

「表に出ていないカイドウの()()……ヤマトと言う名の子供だ」

「……ヤマト、か」

「カイドウに反抗的ゆえに、普段は手錠と首輪を付けてワノ国の本拠地に留めているらしい」

「覚えておこう。忘れずに閣下へ報告せねばな。しかしどうやってそんなものを手に入れた?」

「金で買った。この海で資金繰りが上手くいっているのは〝黄昏〟とその恩恵を受けている〝赤髪〟、〝海軍〟以外におらんからな。〝白ひげ〟の隊長の能力も似たような経緯で手に入れた」

 

 〝白ひげ〟相手の窓口はCP0ではなく別の者だが。

 ともあれ、そうやって手に入れた血統因子を混ぜ込んで生み出したのがアルファ・マラプトノカと言うワケだ。

 防戦一方だったとはいえ、小紫相手に生き残れる相手である。ラグネルとて油断できる相手ではない。

 〝黄昏〟と世界政府から得た資金を敵対勢力に横流しするなど、本来なら締め上げてボコボコに叩きのめすところだが……ベガパンク相手ではそうもいかないのが難しいところであった。

 彼の成果物の恩恵は〝黄昏〟も少なからず受けている。

 

「アルファ・マラプトノカを造り出したのはいつだ」

「大体……4~5年ほど前か。海で働くようになったのは3年ほど前だと記憶している」

 

 〝黄昏〟で把握している情報とあまり変わりない。あの見た目から年齢は20代程度と推測し、商人として動き出す以前の経歴が一切追えないことを不気味に思っていたものだが……何のことはない。そもそも()()()()()()()()()()()()だけの話だった。

 最後にラグネルは「お前が言うことを聞かせられないのか?」と問うたが、ベガパンクは力なく首を横に振った。

 

「私の下に資金や資材が送られてくることは時たまあるが、頻繁に連絡を取っているわけではない。ましてや言うことを聞かせることなど不可能だ」

「手綱を握ることも出来んか。厄介な奴を野放しにされたものだ」

「申し訳ない……それ以外で私にできる事なら何でも頼ってクエーサー」

 

 ベガパンクとしてもスポンサーに迷惑をかけるつもりはない。

 並の商売でベガパンクの求める資金を得ることは出来ないと理解しているが、それでも出来れば真っ当に生きて欲しいと思うのが親心というものだ。

 それはそれとして。

 

「私にわかることは全て話したが……資金提供の方はどうなる?」

「少なくとも奴が我々に損害を与えたことは事実だ。資金は多少なりとも減るだろう。具体的な金額は追って伝えることになる」

 

 ベガパンクはそれを聞いてがっくりと肩を落とした。

 




来週はお休み
次回更新は10/9の予定です


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第二百五話:またね

 

 サンジが戻ってきた翌日。

 朝食を取ってまったりした空気の中、サンジが改めて頭を下げた。

 

「今回は迷惑をかけた。色々あったとはいえ、心配かけちまってすまねェ」

 

 各々心配したことは事実だが、戻ってきた以上はとやかく言うつもりもない。

 仲間たちなら特に何も言うことはないとわかっていても、サンジなりに迷惑をかけたケジメだ。そのままにしておくわけにはいかなかった。

 その上で、ドレークからの情報を伝える。

 

「ロビンちゃんが世界政府に狙われてる。この島に居続けるのはちょっと危ねェ。早めに離れたほうが良い」

 

 ロビンはドレークからの情報だと言うと納得した顔をした。

 ゼポもペドロも驚くことはなく、難しい顔でロビンを見ている。

 

「まァそういう事情なら、早めに島を出たほうが良いだろうな。次の島への記録(ログ)は溜まってんのか?」

「そっちは大丈夫だけど……」

「次の島は〝ウォーターセブン〟って島で、造船業で成り立ってる島らしい。だが、そろそろ嵐が来る時期なんだと。だから、どこかで経由してから〝ウォーターセブン〟で船を見てもらった方がいいと思うぜ」

「じゃあ市場で永久指針(エターナルポース)を探して──」

「ちょっといいかしら」

 

 次の島についてウソップとナミ、サンジが話しているところで、ロビンが真剣な顔をして遮った。

 ペドロとゼポはロビンの後ろに控えたままだ。

 

「……どうしたんだ?」

 

 その様子を察したルフィが、こちらも真剣な顔でロビンを見る。

 

「私たちはここで船を降りるわ」

 

 その言葉に驚いたのは、ナミとウソップ、チョッパーとルフィの四人。

 ゾロとサンジはむしろわかっていたような雰囲気さえ出していた。

 ルフィは驚きつつも、しかし冷静に理由を問いただす。

 

「何でだよ」

「私たちがこれ以上ここにいると迷惑になるからよ」

「迷惑なわけねェだろ!? おれ達、ロビンにもゼポにもペドロにも色々助けてもらったしよ……!」

「そ、そうだぞ! おれだって空島で助けてもらったし! 他にも!」

 

 動揺したウソップが慌てたように立ち上がり、それに続いてチョッパーも立ち上がった。

 2人の言葉に笑みを見せながらも、ロビンは静かに告げる。

 

「それでもよ。私たちはアラバスタから逃げる時にあなた達を利用させてもらっただけ……それに、私を狙っているのは世界政府だけじゃない」

 

 アラバスタでロビンを狙って四皇が動いたのは記憶に新しい。

 ルフィたちは直接その勢力と敵対したわけでは無いし、その戦いを見た訳でも無いが、連日のように報道されていた新聞で何度も取り沙汰されていた。

 国土のほとんどが砂漠で大きな影響が出なかったことは幸いだったが、それでも無視できない被害はあったのだ。

 そのレベルの組織に狙われている以上、ルフィたちが巻き添えを食えばタダでは済まない。

 ルフィたちの事は気に入っている。気の良い仲間だし、陽気で楽しい船旅が出来る相手だ。

 だからこそ、巻き込めない。

 

「一味を抜けるなら船長に言うのが筋……でしょう?」

「……ああ」

 

 海賊に限らず、組織においてはそういうものだ。ロビンは少しだけ寂しそうな顔をしてゾロに視線を向けると、ゾロは特に感情を見せないまま頷いた。

 サンジも同様に、ロビンが自身の存在を重荷として捉えているために一味を抜けようとすることは想像していた。

 きちんと説明をしたうえで、船長に認めてもらうつもりなら2人から言うことは何もない。船長の言葉とは、それほどに重い。

 船長であるルフィは腕組みしたまま告げた。

 

「ダメだ」

 

 ロビン、ペドロ、ゼポの3人は目を丸くした。

 

「……どうして? 理由は今説明したでしょう?」

「色んな奴に狙われてて、おれ達が巻き込まれるから船を降りるって言ってるんだろ」

「わかってるなら、何故?」

()()()()からな」

 

 ルフィはロビンの言葉をすっぱりと切り捨てた。

 そもそも、ルフィは利害関係の結果としてロビンたちを船に乗せたわけではない。

 確かに危ないところを救って貰ったし、世話になった。だがそれはそれとして、ルフィは3人の事を仲間として気に入っている。

 3人がルフィと折り合いが合わなくなって、仲間としてやっていくのが難しくなったのなら、船を降りることを認めたかもしれない。

 だが、そうなっていない以上はルフィが下船を認めることはない。

 

「おれはよ、〝海賊王〟になるんだ」

 

 言葉を失っていたロビンたちに対し、ルフィは続けざまに告げる。

 

「この広い海の偉大な王になるんだ。そんな男が、相手が強いからって背を向けて逃げると思ってんのか?」

 

 ピリピリと肌に威圧感さえ感じられる。

 ()()()()()()()()()、とペドロは気付き、その素質にかつて憧れた(ロジャー)の姿を垣間見た。

 

「でも……」

 

 なおも食い下がろうとするロビンを、ペドロが制止する。

 

「ロビン。恐らくルフィは何を言っても聞きはしないだろう」

「何をする気だ、相棒?」

「何もしやしない。だが、力無き信念など何の役にも立たないと知っていて欲しいだけだ」

 

 信念無き力は危ういものだが、力無き信念など踏み潰されるだけの雑音に過ぎない。

 どれほど大言壮語を吐こうとも、伴う力がないのなら笑い飛ばされるだけだ。

 空島での戦いで、ルフィは自身の力が通用しない相手がいる事はわかっただろう。小紫が居なければ空島で全滅していても不思議ではなかった。

 

「ロビンを匿い続けるのはリスクがある。それでも仲間として居続けたいのなら、ルフィ。お前はもっと強くならなければ」

「ああ。おれは強くなるぞ」

 

 仲間は一緒にいて楽しければそれでいい。強さやリスクとリターンを考えて仲間にしているわけでは無いのだ。

 たとえ弱くても、たとえ何の役に立てなくても、ルフィにとって仲間は一緒にいて欲しい相手だ。

 そのためなら、ルフィは命を賭けて強くなる。

 

「……ペドロ」

「もうしばらく世話になろう、ロビン。どうしても駄目だったら、またおれ達3人に戻ればいい」

「でもそれは」

 

 最悪の事態になれば、ルフィたちは生きてはいないだろう。

 ロビンは口にしないが、押し黙った表情からゾロとサンジは何となくペドロの言う〝どうしても駄目〟な状況が想像出来た。

 それくらい、ロビンを追っている相手は強大だ。

 だが、ペドロはそう悲観的な見方はしていない。

 

「おれはルフィならば大丈夫だと思う」

「……どうして?」

「勘だ」

 

 だがただの勘でもない。

 偉大なる航路(グランドライン)前半にいるにしては突出した実力。低い確率を引き寄せる運。

 前者はどんな経緯があれ七武海の一角であるクロコダイルを落としたことで証明され、後者は自らの運だけで到達さえ難しい空島へ到達したことで証明されている。

 実力はともかく、運は誰もが持つものでは無い。

 どれほど強くとも、引き当てた航路ひとつで壊滅することだってあり得る。

 引き当てたのが〝スカイピア〟への記録(ログ)であったことも含め、ルフィにはそう言った運命染みたものを感じるのだ。

 

「おれはおれの直感を信じようと思う。ロビン、ゼポ。ゆガラらはどうだ?」

「おれは良いと思うぜ。直感ってのは大事だ」

「…………あまり気は進まないけど……あなたがそこまで言うのなら」

「話は纏まった。悪いな、ルフィ。こちらから言い出したことだが、下船の話はなかったことにしてくれ」

「ああ! これからもよろしくな!」

 

 ししし、と笑うルフィ。

 ウソップ、ナミ、チョッパーは話の流れが良く分からないまま纏まったことに疑問を抱きつつも、取り敢えずロビンたちが残ることを喜び。

 ゾロとサンジは互いに示し合わせたわけでもないのに、同じように安堵したように頬を緩める。

 と、空気が若干緩んだところで、今日も今日とて遊びに来たウタがバーン! と扉を開けて船内へ入って来た。

 

「おっはよー! ……あれ、何この空気」

 

 普段はうるさいくらい騒がしい船内が静かだったことを不思議に思いつつ入って来たウタ。

 彼女は当たり前のようにルフィの隣を陣取ると、今度はサンジが自然な動作でウタの前に紅茶を置く。

 

「ありがとう、サンジさん!」

「いえいえ、レディのためならこれくらいお安い御用です」

 

 ウタのお礼に鼻の下を伸ばすサンジ。

 ウタの乱入で先程の話の続きをする雰囲気ではなくなったが、ひとまずロビンたちは残ることで一致したので問題は無いだろう。

 話すべきはこれからのことだ。

 

「それで、何の話してたの?」

「次の島のこと話してたんだ」

「すぐにでも出たほうが良いだろう。そうだな、サンジ」

「ああ。世界政府が動いてるみてェだし、早い方がいいだろ」

「……次の、島?」

 

 笑顔で紅茶を飲んでいたウタの動きがぴたりと止まった。

 昨日の段階では、急ぐ旅でも無いしあと数日は留まると言う予定だったが……急遽変わった予定に、ウタは視線をルフィへ向ける。

 

「もう、出ていくの?」

「ああ。でも、次の島はもうすぐ嵐が来るらしいから、どこの島に行ったらいいか話してたんだ」

「……そっか」

 

 見るからにテンションが下がっており、ウタの気分の落ち込みに合わせてピンと立っていた後ろ髪も垂れ下がっている。

 

「いつ出るの?」

「早い方がいいんだろ? じゃあ今日だな」

「今日!? そんな急に!?」

 

 必要なものは大体既に買っているし、食料と酒、それから次の島への永久指針(エターナルポース)さえ手に入ればすぐにでも出られる。

 ここで決めるべきは次の島だけだ。それさえ決めてしまえば船旅の期間に合わせて食料を調達出来る。

 ドレークの言葉を思い出し、サンジは天井を見ながらタバコをくゆらせた。

 

「確か……ここから近いところだと、美食の町〝プッチ〟にカーニバルの町〝サン・ファルド〟に賭博の町〝バナロ島〟だったか」

「美食の町!? そこに行こう!!」

「即決かよ!!」

 

 まぁルフィならそうなるだろうとサンジも思っていたが、個人的にも興味があるのか、意見としてはルフィ寄りだった。

 ナミとウソップはカーニバルの町に興味を抱いていたようだったが、ルフィが頑として意見を曲げないので次の島は〝プッチ〟に決まった。

 そうと決まればやることは自ずと決まる。

 サンジはウソップを連れて食料の買い出しに出掛け、チョッパーとゼポは医薬品の調達に。ナミとロビンとペドロは永久指針(エターナルポース)とその他必要なものを買うために出て行った。

 残ったのはルフィとウタ、それにゾロである。

 

「お前はいかなくていいのか、ルフィ」

「おれはいいや」

「……そうか」

 

 ゾロは特段興味も無いのか、甲板に出て昼寝を始めた。

 船内に残ったルフィとウタは、特にどちらが話すという訳でもなく、静かに時間が過ぎる。

 ふと、ウタが口を開いた。

 

「……もういなくなっちゃうんだね、ルフィ」

「海賊だからな。偉大なる航路(グランドライン)を一周するんだ、どのみちずっと一緒にはいられねェよ」

「うん。わかってたつもりだけど、いざいなくなると思うと、ね」

 

 少なくとも、昔とは違う。

 ウタが居なくなったあの日、ルフィはフーシャ村に置いてけぼりで何も知らされず、シャンクスたちとケンカした。

 シャンクスたちに置いてけぼりにされた時、ウタは裏切られたと思って、もう知り合いには会えないと思っていた。

 けれど、またこうして会うことが出来た。

 それ自体はきっと、とても良いことだ。

 

「なァウタ。お前、おれと一緒に海賊やらねェか?」

「え?」

「ずっと欲しかったんだ、〝音楽家〟! 海賊は唄うもんだろ? だからよ、一緒に冒険しようぜ!!」

 

 ウタと一緒に冒険出来るなら、それはきっととても楽しいだろう。

 ルフィは横に座るウタに手を差し伸べ、ウタは差し伸べられた手を驚いたように見る。

 ここでこの手を取れば、昔のように一緒に──と、考えて、ウタはその考えを振り払うように首を横に振った。

 

「……ダメだよ、ルフィ。私は一緒には行けない」

「…………そっか」

 

 ウタは泣きそうな顔で笑い、ルフィの背中をバンバンと叩く。

 ルフィは顔にも態度にもその胸内を出さないまま、ウタにされるがままだった。

 

「もー、びっくりしちゃった! でもやっぱり、私は〝世界一の歌姫〟になるって夢があるから。アンタは〝海賊王〟になるんでしょ?」

「ああ、おれは〝海賊王〟になる!」

「だったら、今度はどっちが夢を叶えるのが早いかの競争! 昔は色々勝負したけど、結局私の勝ち越しだったし、今度もまた勝つけどね!」

「何ィ!? 待てよ、勝負はおれの勝ち越しだっただろ!? 卑怯な手段使ってなけりゃおれの勝ちだった!!」

「へへーん、負け惜しみィ!」

 

 騒がしくあれこれと言い続け、最終的に2人とも疲れたように背中合わせで座り込んだ。

 

「……ねェ、ルフィ」

「なんだよ」

「また会えるかな」

「会える! ウタだって色んなところを回って歌うんだろ? おれ達も世界を回るんだ。そのうちまた会えるさ」

「……会えると、いいね」

 

 会いたくても簡単に会えない相手もいる。ウタはもうすぐライブで、そのライブに呼んでいるシャンクスと会うのが少しだけ怖かった。

 〝エレジア〟の惨劇がかつてのウタのせいで、シャンクスたちはそれを庇ってウタをエレジアに置いていったことも理解はしている。

 今でもウタの事を娘だと思ってくれているだろう。

 けれど、やはり。

 あの日、あの時にウタを置いていったのは間違いなくシャンクスで──()()()()()()()のは、ウタにとってはとても嫌なことなのだ。

 

「ねェ、ルフィ」

「なんだよ」

「ルフィは……置いて行かないでよ」

「置いていくって……どこにだよ」

「分かんないけど……」

「なんだそりゃ」

 

 膝を抱えて座るウタを背中で感じながら、ルフィは呆れたような顔をする。

 お互いに振り向くことはない。

 今はただ、背中に温もりを感じるこの瞬間が続けばいいのにと、ウタは思った。

 

 

        ☆

 

 

 夜の航海は危険だ。なるべくなら避けたほうが良い。

 それでも理由があれば仕方なく行うこともある。

 日が傾き始めた時間になり、荷物の準備が終わってあとは出航するだけとなった。

 港には見送りに来た人物が4人。

 カイエ、ハンコック、ウタ、ソラである。

 

「ロビン、体には気を付けて。慌ただしくて話す時間も取れませんでしたが……貴女の航海が無事に終わることを祈っています」

「ええ。ありがとう、カイエ姉さん」

 

 なるべく〝黄昏〟と密接な関係であることを周りに示さない方が良いと頭でわかっていても、ロビンはカイエにされるがままに抱擁されていた。

 カイエは血の繋がりを重視しない。かつて長く一緒に過ごした妹分の旅の無事を願い、静かに頭を撫でる。

 ハンコックはそれを羨ましそうに後ろから見ていた。

 

「カイエ姉さまにあれほど大事そうにされるとは……! 羨ましい!!」

「おめー、なんで来たんだ……」

「ハンコックさん、一応私の護衛だからね」

 

 ハンコックの美貌に当てられたサンジは再び石になる一幕があったが、二度目ともなれば皆慣れたものである。

 そのうち治るだろうと甲板に放置され、ソラの姿が見えると元に戻っていた。

 

「サンジ。ジャッジと話したって聞いたけど……」

「ああ、ちょっと気になることがあったんでな」

「そう……体には気を付けるのよ? 私はずっと、あなたの味方だから」

「わかってるさ」

「分かってるならいいけど……そうだ」

 

 忘れないうちに、とソラは何やら頑丈そうな箱を取り出した。

 それをサンジに手渡し、しっかりと持たせる。サンジは妙な物を持たされて怪訝な顔である。

 

「なんだ、これ?」

「大事な物よ。あなたが本当に危ない時に助けてくれるわ」

 

 とは言え、いつでも持ち歩けるような大きさの箱ではない。どうしても必要になった時に開けて欲しいとソラは言う。

 上下左右からその箱を見回し、中身を推測していると、ソラはサンジに抱き着いた。

 ソラの身長はサンジよりやや小さいくらいで、それほど変わらない。

 これで最後とばかりに力強く抱き着くと、数秒して離れた。

 

「元気でね、サンジ。あなたも私の大事な息子だもの。元気でいてくれればそれ以上の事は無いわ」

「……ああ。母上も元気で」

 

 今生の別れと言うワケではないとしても、海を渡るのはいつだって命懸けだ。

 ふとした瞬間に不幸が訪れる可能性だって、決してゼロではない。

 ソラはそれを良く知っている。

 そして最後に、ウタがルフィの前に立った。

 

「…………」

「…………」

「……元気でね」

「お前もな。ライブは見に行けねェけど、ラジオでも聞けるんだろ?」

「うん。そのハズだよ」

「おれはもっと強くなって、〝海賊王〟になる。ウタも頑張れよ」

「言われなくても!」

 

 互いに拳をぶつけ合い、別れを済ませる。その際にルフィはハンコックへと視線を向けた。

 

「ウタのこと、よろしく頼むな、ハンモック」

()()()()()じゃ!! 貴様人の名前を覚える気が無いのか!? ……貴様に言われずとも、この子の護衛はカナタ様に頼まれた仕事ゆえ、最善を尽くす。それでよかろう」

「ああ、ありがとう」

 

 各々別れを済ませ、船に乗り込む。

 日が徐々に落ちていく中で、船は桟橋から離れ、帆は風を受けて大きく開く。

 

「出航~~~~!!!」

 

 ルフィは麦わら帽子を押さえ、桟橋で手を振るウタを見る。

 後ろ髪が下がっていて泣きそうな顔が見えるが、ウタはそれでも笑顔で見送ろうとしていた。

 サンジはソラが手を振っているのを見ていたが、ふと視界の端に見覚えのある男がいるのに気付いた。

 ドレークはサンジと目が合ったことに気付くと、片手を上げて別れの挨拶をする。短い間だったが、何かと世話になったと苦笑するサンジ。

 

「またね、ルフィ」

 

 既に船は離れた。声は届くことはないだろう。

 それでも、ウタは「さようなら」ではなく「またね」と、再会を願うように零した。

 

 ──次に向かう島は美食の町〝プッチ〟。何が待ち受けているかは、神のみぞ知る。

 

 

        ☆

 

 

 ──時を同じくして、新世界〝ハチノス〟。

 〝黄昏〟の幹部たちが常にいるこの島だが、この日は特に緊張が走っていた。

 〝アラバスタ〟へ派遣されていた戦力であるジュンシーとリコリス、ジェムとミキータ。〝ミズガルズ〟で相乗りしたティーチとその仲間。それに〝鬼の跡目〟ダグラス・バレット。

 加えて先日強襲した〝パンクハザード〟からシーザー・クラウンを連行して戻って来たフェイユン。

 ともすればこれだけで国一つは落ちかねない戦力がほぼ同日に戻り、部下たちはその威容に緊張を隠せずにいる。

 彼らは報告のために〝ハチノス〟内部に作られたカナタの執務室へと集まり、顔を揃えて報告のために並ぶ。

 カナタは静かに笑みを浮かべた。

 

「おかえり──良く戻った、勇士諸君」

 



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第二百六話:うねり始める世界

 

 ──新世界〝海賊島〟ハチノス。

 〝楽園〟から戻って来た幹部たちは現在、報告のためにカナタのいる執務室に顔を揃えていた。

 〝アラバスタ〟へ派遣されていた戦力であるジュンシーとリコリス、ジェムとミキータ。〝ミズガルズ〟で相乗りしたティーチとその仲間。それに〝鬼の跡目〟ダグラス・バレット。

 先日強襲した〝パンクハザード〟からシーザー・クラウンを連行して戻って来たフェイユン。

 報告することは多い。

 まず聞くべきは誰かと、カナタは一瞬思案して不機嫌そうに腕組みしているバレットの方へと視線を向けた。

 

「バレット。お前の目的は私と一戦交えたいということでいいのか?」

「ああ。そのためにわざわざここまで来たんだ。さっさと準備しろ」

「それ自体は構わんが、場所の準備が必要だ。数日貰うが、いいな?」

「……仕方ねェな。準備が出来たら呼べ。おれは適当に暇を潰す」

「訓練場にレインがいるはずだ。いい機会だからしごいてやれ」

「テメェ、おれを顎で使うつもりか?」

「〝北の海(ノースブルー)〟のいい酒が手に入ったんだ。多少体を動かした後の方が酒は美味かろう」

「……チッ」

 

 バレットは一つ舌打ちをしたのち、執務室を出て行った。

 カナタは軽く肩をすくめると、ティーチが大口を開けて笑う。

 

「ゼハハハハ!! なんだかんだと丸くなったな、あいつも!」

「思っていたより冷静だったのは意外だ。道中でストレス発散でも出来たのか、存外アラバスタでの戦いを楽しめたのか、どっちだと思う?」

「〝ミズガルズ〟でカイエの姉御が一戦やったらしいからな! 多分ストレス発散出来たんだろ!」

「なるほど」

 

 次にカナタはティーチへ視線を向け、その後ろに緊張した様子の4人を見る。

 見覚えの無い顔ぶれだ。ティーチが連れてきたあたり、何かしら意味はあるのだろうと報告を促す。

 ティーチは後ろに控えていた4人を前に連れてくると、ひとりひとりカナタに紹介していく。

 

「奥からオーガー、バージェス、ドクQ、ラフィットだ! 今回の休暇でおれが集めた仲間さ! あとこれ土産だ」

 

 ティーチが脇に抱えていた宝箱を机の上に置く。カナタは特に警戒することもなくそれを開けると、中には一つの悪魔の実が入っていた。

 最近ではあまり見かけることもなくなってきているが、どこかで見つけて来たのだろうと考え、宝箱を閉めた。

 

「休暇は楽しめたようで何よりだ。そいつらはお前の直属扱いでいいのか?」

「おう! 〝黒ひげ分隊〟とでも言おうじゃねェか!」

「呼び名は好きにして構わんが……ここでのルールはしっかり周知しておくように」

「わかってらァ! それと……こいつらにも悪魔の実を喰わせてェ。あとで宝物庫を確認させてくれ」

「ふむ……使()()()()()()()()()

 

 腕組みしたカナタはスッと目を細め、オーガーたちを探るように視る。

 弱くはない、が……カナタの基準で使い物になるかと言われれば、かなり怪しいところがあった。

 まぁティーチの直属扱いなら別に弱くても困ることはないのだが。

 ティーチはカナタの言葉を受け、ニヤリと口端を上げる。

 

「ああ。こいつらは絶対に強くなるぜ」

「……お前がそこまで言うなら、後で確認しに行こう。どうせお前の土産も持って行く必要があるからな」

「おう、ありがとよ!」

「別室で待っていろ。残りの報告を受けた後で向かう」

 

 ティーチはカナタの言葉に頷き、オーガーたちを連れて部屋を出ていく。

 フェイユンはその背中をじっと見つめていたが、部屋を出て見えなくなったところでカナタへと視線を戻した。

 

「……いいんですか?」

「構うまい。腹の底では色々考えているようだが、害にはならんようだしな」

「……あなたがそう言うのなら」

 

 フェイユンは気を取り直し、チラリとジェムとミキータの2人を見る。

 この2人のいる場で報告をしても大丈夫か、と心配しているのだ。

 カナタはそれを理解し、「簡素な報告でいい」と告げた。詳しいことは本人も交えて聞き出した方が効率的でもあるし、現段階ではひとまずの報告で構わないと判断した。

 

「〝彼〟は捕縛しました。今は監視を数人付けて独房に入れています。海楼石も付けているので逃げることは出来ないと思います」

「道中で受けた報告と変わりはないか。資料はどうした?」

「目についた分は回収してきましたが、時間制限があったので全部かどうかはわかりません」

「十分だろう。足りない部分はあいつの頭の中に入っているだろう」

 

 仮にも天才を自称するならそれくらいはやって貰わねばな、とカナタは呟く。

 それと、問題がもう一つ。

 

「保護した子供と、実験台にされていた人たちはどうしますか?」

「実験台はわかるが……子供?」

「はい。どこかから連れてこられたみたいで……」

 

 言いにくそうに「彼から聞きだしたところ、巨人化する薬の被験者みたいです」と告げた。

 カナタは眉をひそめ、思わずと言った様子で疑問を口に出した。

 

「……治るのか、それは」

「私にはなんとも」

「そうだな……纏めてスクラのところに放り込んでおけ。あいつに対処出来ないならどうにもならん」

 

 覚醒剤入りのキャンディを舐めさせられていたようで、船で運ぶ途中に禁断症状で暴れることもあったという。

 鎮圧そのものは簡単だが、相手が子供と言うことで非常にやりにくい上に自らの体を傷つけることを厭わなかったため、鎮静剤などの物資が底をつきかけたらしい。

 シーザーに対する評価がまた一つ落ちた。

 

「そちらの詳しい報告はスクラから受けることにしよう。あいつに関しては……まぁ後で良かろう。どうせベガパンクとの話も今すぐとはいかんからな」

「わかりました」

 

 カナタの言葉に頷き、フェイユンは執務室にある扉を開けて出て行った。

 残るはジュンシー、リコリス、ジェム、ミキータである。

 〝アラバスタ〟に関する件は他者に聞かせるようなものでもないため、他の者たちは先に部屋から出したのだ。

 

「〝バロックワークス〟への潜入、及び〝アラバスタ〟防衛戦。ご苦労だった、諸君」

「呵々、ロビンとジェムの情報があればこそよ」

「クロコダイルは聡明な男だ。情報の全てを得ることが出来ていたとは思わないが、無策で対処させていればこう簡単にはいかなかっただろう」

 

 〝ミズガルズ〟にはカイエや巨人族の兵隊がいた。最悪そちらを駆り出して対処させればどうにでもなっただろうが、重要な貿易拠点の戦力を根こそぎ動かすことは難しい。

 〝黄昏〟の足を引っ張りたがる輩は山のようにいる。出来るだけ隙を見せる機会は少ない方が良い。

 誤算と言えば、四皇同盟が動いたことくらいなのだから。

 

「ジェム、お前も良くやり遂げてくれた。スパイ任務は難しいが、情報が割れていないお前は都合が良かったからな。不安もあったが、無事に戻ってくれて何よりだ」

「いえ、カナタさんの期待に応えられて何よりです!」

「まぁ女連れで帰ってくるとは思わなかったが」

「勘弁してくださいよ、それ道中ずっとティーチさんにからかわれてたんですから……」

 

 からからと笑うカナタとジュンシーを尻目に、ジェムはがっくりと肩を落とす。

 ミキータはやや顔を赤くしているがまんざらでもなさそうな顔だ。

 そして、カナタはこの部屋に入って来てからずっと不機嫌そうにしているリコリスへと視線を向ける。

 ペンギンを模したパーカーを被り、肌の露出は極めて少ないが、脚に付けた装備はずっとそのままだ。

 

「リコリス、クロコダイルはどうだった?」

「……大したことなかったわ。覇気も使えないような雑魚なんて相手にならないもの」

「そうか。だが、()()()()()()()()()ようだな」

 

 カナタは全てを見透かしたように小さく微笑み、リコリスを見る。

 最終的にバレットが倒したとはいえ、クラッカーはビッグマム海賊団の誇る〝将星〟の1人、そう容易く落ちるような相手ではない。

 リコリスはまだ若く、経験が浅い。内部闘争で実力だけは付いたが、精神的な部分はまだ甘かった。外にはまだいくらでも強い敵はいると知り、折れることなく進める精神性を培えたのなら今回の派遣は成功と言えるだろう。

 

「精進することだ、リコリス。お前はまだ強くなれる」

「ふん! 言われなくてもやってやるわよ」

 

 全部見透かされたのが不愉快なのか、プイッと明後日の方を向いて腕組みをするリコリス。

 その態度にジェムが苦言を呈するが、リコリスはどこ吹く風と言った様子だ。

 

「お前が捕らえたというMr.3とミス・ゴールデンウィーク……ギャルディーノとマリアンヌはどうするんだ?」

「あの2人は私がもらうわ。芸術家だし、私の欲しいものを作ってくれるもの」

「そうか。お前が世話をするならいい。好きにしろ」

「そんなペットみたいな……」

 

 ジェムが呆れたような顔をする。

 カナタはそれなり以上に長く生きているが、芸術に関してはとんと興味がない。音楽は好きだが傾倒する程でなく、美術は審美眼だけが磨かれてそれそのものに対する興味は極めて薄い。

 だが、そういったものに傾倒する人間がいることは理解していた。それでやる気が出るのなら好きにしろ、と言うスタンスである。

 今度はカナタはミキータへと話しかける。

 

「お前はうちで働くということでいいのか?」

「は、はい! スパイ行為を手伝う代わりに斡旋してくれるって話だったので!」

「そうか。ではこの紹介状を持って港にいるスコッチと言う禿げた巨漢の男を探せ」

 

 カナタはメモ帳に「ジェムからの紹介」と書いて自分のサインを沿え、二つ折りにしてミキータに渡す。

 カナタは仕事を取ってきて采配するが、細かい人員の割り振りまで口を出すことは少ない。スコッチなら顔も広く年季もあるのできちんと采配してくれるだろうと判断してのことだ。

 ミキータは震える手で紹介状を受け取ると、大事そうに胸元にしまい込む。

 報告はこれで終わりだ。

 リコリスはさっさと背を向けて部屋を出て行こうとし、ジェムは慌てたようにカナタに頭を下げてそれを追いかける。

 ミキータはこの島に不慣れなのでジェムに案内してもらおうとしてついて行くのを見送り、部屋にはジュンシーとカナタの2人が残された。

 

「……さて、どうだった?」

「Mr.4ペアは両名殺害。悪魔の実の回収はしていない。Mr.3ペアはリコリスの庇護下に。Mr.1ペアとクロコダイルは海軍に先を越されて〝インペルダウン〟へ行った。そして肝心のMr.2だが、殺害して悪魔の実も回収済みだ」

 

 ジュンシーは大きめの袋から箱を取り出すと、蓋を開けて中に入っていた悪魔の実──マネマネの実を見せる。

 カナタはそれを確認して頷くと、ジュンシーは蓋を閉めて机の端に置く。

 最後に取り出したのは畳まれた大きな紙であり、広げるとカナタの机よりも大きな面積になるほどだった。

 〝アラバスタ〟の王家の墓に安置されていた〝歴史の碑文(ポーネグリフ)〟──その写しである。

 机に載り切らないそれを床に広げると、カナタは顎に手を当ててじっくりと眺める。

 

「少なくともあの島で確認出来た石はこれひとつだ。あの島は遺跡もあるようだし、探せばもっと見つかるやもしれんが……」

「いや、不要だ。大っぴらに探すと政府の目につく」

 

 少しの間ジッと見続けていたが、カナタはやがて飽きたように椅子に座る。

 ジュンシーが再び紙を畳んで机の上に置くまで、何かを考え込むように口元に手をやって真剣な顔で机を見下ろしていた。

 

「何かわかったのか?」

「……いや」

「そうか。儂はしばらくこの島にいる。次の仕事も今のところないのだろう?」

「そうだな。ゆっくり休んでおけ」

「そうさせてもらおう。老骨に長旅は堪える」

 

 小さく笑いながらジュンシーが出て行くと、カナタは再び何かを考え込み始めた。

 本人も意図することなく、疑問が零れ落ちる。

 

「〝プルトン〟はワノ国、〝ポセイドン〟は魚人島……古代兵器は3つあるハズだ。残りの一つはどこに……?」

 

 

 

        ☆

 

 

「この島の外郭部には色々な兵器が置いてあるが、これほどの備えが必要なのか、船長」

「おれはそこまで関わってねェからな。姉貴が必要だと思ったから用意したんだろ」

 

 狙撃手であるオーガーは目がいい。そのため、船からここに来るまでの間に目について気になったことをティーチに訊ねていた。

 大砲と言うには口径が小さく、銃と呼ぶには本体が大きい。迫撃砲にも似ているが、備え付けてあるために持ち運べる様子でもない。

 ティーチはこれらを〝対空砲〟と呼んだ。

 

「……対空砲? 空を飛ぶ能力者への備えか?」

「さァな。カイドウみてェな奴に対する備えかもしれねェが、あいつにゃ大砲なんざ効くわけねェ。()()()()()()()()()()()()()んだろ」

 

 とは言え、空を移動する手段など、そのほとんどは能力者によるものだ。

 空を駆ける六式使い相手なら効果があるかもしれないが、三次元的に高速移動する六式使い相手に銃弾など早々当たらない。

 ……もっとも、対空砲を扱うものが覇気使いであれば当たるし通用する可能性は十分にある。

 島の奥にはもっと様々な兵器を隠しているのだろうし、こればかりが防衛の要と言うワケでもない。

 興味深そうに見ていると、紅茶を飲んでいたラフィットが話しかけてくる。

 

「ホホホ、随分熱心に見ていますね。それほど気になったのですか?」

「ああ。銃の精度は狙撃手の腕に直結する。この銃も気に入っているが、より良い武器があればそちらに変えてもいい」

「なるほど……真面目ですね。私はまだ内心、〝魔女〟への緊張が抜けませんよ」

「ウィーッハッハッハ! なんだラフィット、ビビってんのか!?」

「あの小さい体躯であれほどの威圧感です。流石に〝七武海〟最強は伊達ではありませんね」

 

 〝七武海〟は政府の集めた実力ある海賊たちだが、カナタとミホークは頭一つ飛び抜けて強い。

 他の面々は四皇幹部相手に善戦出来るほどの実力だが、この2人は〝四皇〟本人と正面から打ち合えるし、ともすれば打ち破れるほどの実力がある。

 見た目で侮れるような相手ではない。

 

「ゼハハハハ! あれはまだ落ち着いてる時の姉貴だからな! 暴れてる時の姉貴はもっとおっかないぜ!!」

「ホホホ、それは怖い!」

 

 げらげらと笑っていると、執務室から出て来たカナタが別室にいたティーチ達の部屋へと入ってくる。

 その手には箱が2つ抱えられており、今から宝物庫に向かうと告げた。

 

「よし、行くか!」

 

 ティーチ達もカナタの後に続き、ハチノスの中心にある〝ドクロ岩〟の中を移動する。

 宝物庫は防犯と災害対応の観点から地下に作られており、入り口には常に複数人の監視がいる。

 カナタを先頭に地下へ下りると、複数ある扉の一番奥へと歩みを進める。他の扉と違い、この扉の鍵はカナタしか持っていない上に外壁は海楼石で覆われているため、侵入は極めて難しい。

 他の扉に興味があるのか、バージェスがカナタへ質問を投げかけた。

 

「ここの宝物庫には金銀財宝があんのか?」

「そういうものもあるが、今回の目的はそちらでは無かろう。歴史的な価値や金銭的な価値も大いにあるが、その辺りの物はいくらでも代えが利く」

 

 一方、この扉の中身は代えが利かない。

 分厚い海楼石の扉を開け、明かりをつける。

 ──中にあったのは、所狭しと並べられた棚と、その中に整然と置かれた悪魔の実の山だった。

 

「これは……!?」

「ホホホ……これは凄まじい……!」

「おォ……こりゃあ凄いな……ガフッ」

「おいおい、こんな大量の悪魔の実があるとかマジかよ!?」

「ゼハハハハ!! 驚いたか、まァ驚くよな!! ここにある棚に並べてあんのは全部悪魔の実だ!」

 

 棚に置かれた悪魔の実の前には、全て実の名前が書かれている。

 種別としては〝超人系(パラミシア)〟と〝動物系(ゾオン)〟がほとんどで、その中でも有用さと希少性でいくつかランクを分けてあった。

 ティーチが持ってきた〝バネバネの実〟は一番下のランクへ。ジュンシーが持ってきた〝マネマネの実〟は一番上のランクへと振り分け、それぞれ安置されていく。

 これらの悪魔の実は一つ一つが最低価格1億ベリーを超える。所狭しと並べられたこれらの実をひとつ売り払えば、それだけで一生遊んで暮らせるだけの金が手に入る可能性があるのだ。

 金銀財宝よりも余程価値が分かりやすい代物と言えるだろう。

 

「いくつ悪魔の実が欲しいんだ?」

「分かりやすく使える奴が良いな。ラフィットは能力者だから、3つくれ」

「3つか。欲しい能力の方向性は?」

「おれァ力が強くなる奴がいいな!」

「私は狙撃手ゆえ、距離を取りやすくなるようなものがあれば」

「ゲホッ……おれは、そうだな……医者だし、直接戦闘は出来ねェ。それを補えるような能力があれば、それを」

 

 バージェス、オーガー、ドクQの要望を聞き、ペラペラと目録をめくっていく。

 この3人はティーチの推薦があるとはいえ、実力はまだ〝戦士(エインフェリア)〟や〝戦乙女(ワルキューレ)〟に敵うものではない。

 相応のランクにしておくかと考えていると、後ろから覗き込んでいたティーチが声をかけて来た。

 

「姉貴、こいつらにやる悪魔の実はいいヤツにしといてくれ」

「……お前の贔屓だろう」

「ああ。だからその分、()()()()()()()()()

 

 ペラペラとめくっていた手を止め、カナタはティーチを見る。

 ティーチはいつも通りの笑みだが、今回ばかりはその真意を見る必要があると感じた。

 ゆえに、カナタはティーチを射抜くように真っ直ぐ視線を向ける。

 

「そこまでそいつらに入れ込んでいるのか?」

「おれが集めて来た仲間だ。絶対に強くなる。姉貴に損はさせねェ!」

 

 己の力と、己が集めてきた仲間の力を微塵も疑っていない。カナタは目を細め、数秒程考え込み……手に持っていた目録をティーチに預け、カナタは部屋の奥へと歩いていく。

 それほど時間もかからず戻って来たカナタの手には3つの悪魔の実が抱えられており、欲しがっていた3人にそれぞれ投げ与えられる。

 

「〝リキリキの実〟〝ワプワプの実〟〝シクシクの実〟。お前たちの要望に沿った悪魔の実だ」

 

 〝リキリキの実〟の単純な怪力は基礎的な強さに上乗せされるが、応用はあくまでそれに今出来る事と大きく変わらないためランクは低い。

 残りの2つは戦術的に極めて大きい意味を持つ悪魔の実だ。本来なら裏切ることのないと判断できる〝戦士(エインフェリア)〟や〝戦乙女(ワルキューレ)〟でも上位層に与えるべき能力だが、能力の厄介さは使い手にもよる。

 狙撃手、医者ならその能力も十全に使いこなせるだろう。

 

「ほォ……あるとは思ってたが、予想以上にこいつらにピッタリな能力じゃねェか」

「その分働いてもらうぞ」

「構わねェ! だが、どうするんだ? ボチボチ動くのか?」

「……本来ならドラゴンたちの準備が整ってから同時に動くつもりだったが……」

 

 〝黄昏〟の戦力は円熟期に入っている。老兵が引退する直前かつ、新兵が使い物になるようになった時期。

 今を逃せば新兵は増えるが老兵は減る。つまり、ジュンシーを始めとする実力者達が一線を引くことになるのだ。

 それに、ここ最近は海が荒れてきている。

 爆心地はロビン──それと一緒にいる〝麦わらの一味〟だ。

 恐らく、遠からず大きな事件が起こる。ロビンが巻き込まれるとなればカナタも手を打たざるを得ず、そうなれば〝七武海〟の座も返上することになるだろう。

 水面下で動いて手を打っておくなら今しかない。

 

「……海軍の手を借りずにカイドウとリンリンを潰すにはやや分が悪い。革命軍はこちらに手を貸す余裕も無いだろう」

 

 いつ政府との関係が破綻するかにもよるが、現状では海軍に背を預けるのはリスクが高い。ゆえに単独で百獣・ビッグマム海賊同盟を相手取らねばならないが、これは少々厳しいものがある。

 海軍は漁夫の利を取りに来るだろう。

 シャンクス率いる〝赤髪海賊団〟とは秘密裏の同盟関係を築けてはいるが、あの男もあの男で信用しすぎるのは危険だとカナタは考えていた。

 

「まずはバレットを完全に引き入れる。あの男1人で勢力図は書き換わる」

 

 現段階でも同じようなものだが、正式に引き入れるのと外様では内部での扱いも変わってくる。

 次に〝七武海〟の対処だ。空いている2席は誰が座るか決まるまで放置していていいが、現在席に座っている者たちで敵対関係になりやすいのはミホークとモリアの2名。

 前者は政府からの指令なら従う可能性があり、後者はあくまで利害関係が一致しているから同じ席に着いているだけに過ぎない。敵対することに否は無いだろう。

 残りのくまとジンベエだが、革命軍所属のスパイと半分〝黄昏〟傘下の魚人なら政府側に着くことはないだろうと判断し。

 

「ミホークを消すのは難しい。あの男は動かないように手を打っておく必要がある。モリアは……生かしていてもプラスにはならん。適当に消してよかろう」

 

 数人付けてアイリスを派遣すれば失敗はないだろう。

 目下最大の問題である海賊同盟と海軍に関しては、〝黄昏〟の勢力を増やす以外に対処法がない。

 だから、カナタは決める。

 

「ニューゲートを殺し、〝白ひげ海賊団〟を取り込む」

「取り込むゥ!? オイオイ姉貴、流石に船長殺されて黙って従うような腑抜けじゃねェだろ!?」

「普通ならな」

 

 可能性はゼロではない。

 こちらはまだ準備が必要だ。詳細はきちんと詰めておかねばならない。

 とはいえ、勝算は薄いだろう。期待はしすぎることなく、常に最悪を想定しなければならない。

 だったら、とティーチは笑う。

 

「〝白ひげ〟を殺すんなら、あいつの能力も貰うんだろ? だったらよ──その悪魔の実、()()()()()()

「……悪魔の実の能力者は2つの実を食べれば死ぬ。それが分かっていて言っているのか?」

「当然だ! 失敗する可能性もあるが、成功すりゃあ()()()は最強だ!! この海の覇権を握るのも遠くねェ!!」

 

 野心に溢れた、ギラギラとした目でカナタを見るティーチ。

 失敗すればカナタは大きなカードを失うことになる。それでもその賭けに乗る価値はあるのか。見定めるように赤い瞳がティーチを射抜き、本気で言っていることを理解する。

 

「本気で言っているんだな」

「本気も本気さ。おれと姉貴、2人でやりゃあこの海に敵なんざいねェ!! そうだろ!?」

 

 何事にもリスクは付き物だ。

 ここ一番でリスクを恐れずに賭けられるかどうかが、海賊としての進退を決めると言っても過言では無い。

 得られるリターンと失うリスクの2つを天秤に賭け、これまで培ってきた常識と研究成果が不可能だと判断する。

 それでもティーチは退く気は無さそうだ。

 

「……だったら、まずはお前が2つ実を食べても死なないと言う根拠を示すことだな」

 

 この部屋にはもう用はない。

 今後の動きを決めるためにも、一度執務室に戻る必要がある。

 ──こうして静かに、しかし確実に世界は大きく動き始めた。

 



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第二百七話:嵐

 

 〝ハチノス〟の地下から上がって来たカナタとティーチ達。

 ティーチの仲間はそれぞれ悪魔の実の能力を試してみると訓練場に足を伸ばし、カナタとティーチは執務室へと戻っていた。

 ドカリとソファに腰かけたティーチは、まるで自分こそが部屋の主かのように足を伸ばしている。

 

「しかし姉貴、〝白ひげ〟を殺すのもそうだが、バレットの野郎を引き込む算段は出来てんのかよ?」

「殴り倒して言うことを聞かせる」

「……おれが言うのもなんだが、あの野郎は殴り倒したからって言う事聞くタマじゃねェだろ」

「あの男は利益の有無で陣営を変えることはないだろうからな」

 

 とにかく〝最強〟を目指してストイックに鍛え上げる事しか頭にない男だ。

 それ以外の部分をサポートしているから、バレットはカナタと共同歩調を取っているが……部下になれと言って頷くような男ではない。

 ロジャーの下にいたのは、あくまでロジャーの強さの秘密を知るためだと本人は言っているのだし。

 もっとも、その強さの源泉は結局理解出来なかったようだが。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思わせればいいだろう」

 

 執務室の椅子に腰かけたまま、カナタは小さく笑みを浮かべて見せた。

 要はロジャーの時と同じ手法なワケだが、違うのはバレットが自発的にそう思うかカナタが思わせるかというところだろう。

 バレットに負けることを一ミリも想定していない、あまりにも傲慢な考え方だ。

 

「勝てるのかよ?」

「負ける要素がないな」

 

 これまで幾度となくバレットと戦ってきたが、カナタはその全てで勝利を収めている。

 前回から多少時間は空いているが、バレットが己を鍛え上げたように、カナタもまた強くなった。

 何より、先程会った時に感じた限りではカナタの想定を超える程強い覇気を感じられなかった。

 

「私を倒したければ全盛期のロジャーとガープの2人がかりでもなければな」

「……笑えねェ冗談だ」

 

 相も変わらず楽しそうに話すカナタに、ティーチは珍しく呆れたように肩をすくめた。

 

「まぁ、バレットにせよニューゲートにせよ、倒すことそのものは心配しなくていい。むしろ問題は〝白ひげ海賊団〟の統率だ」

 

 トップのニューゲートをどれほど正当性を持って倒そうと、その組織はニューゲートが作り上げたものだ。

 カナタに従うことを良しとする者が果たしてどれほどいるか。

 従おうとしなくとも強制的に敵にぶつけてやれば戦わざるを得ないが、なるべく最後の手段にしておきたい。下手なことをするとそのまま寝返りかねないのだから。

 〝黄昏の海賊団〟でさえ、きちんと訓練と教育を施した者以外は下手に散らして配置すればそのまま逃げ出す可能性がある。

 どれほど道理を説こうと、どれだけトップにカリスマがあろうと、人間の生きようとする本能は時に理性を凌駕する。

 ましてや自分の慕っていた男が死んだ直後ならば、尚更。

 

「取らぬ狸の何とやらにならねェといいがな」

「事前に考えておかねば迅速に対処など出来はしない。想定外などいくらでも起こり得る」

「そりゃそうか……順当にマルコにやらせりゃあいいんじゃねェか?」

「奴はNo.2としては高い能力を持っているが、マルコをトップに据えたところで上手くはいかないだろう。トップとNo.2に求められる能力は厳密には別物だ」

 

 だからトップに立てる人間がNo.2に収まると組織としては不具合が起きやすい。

 No.2でなくとも、トップに立てる人間が複数いると組織として纏まらずに崩壊することになる。

 ──かつてのロックス海賊団がそうであったように。

 

「そんなもんか? よく分からねェが……姉貴としてはどう考えてんだよ」

「素質がありそうなのはエースだが、任せるには少々若すぎるのが問題だな」

 

 もう少し経験を積んで柔軟に考えられるようになればとも思うが、海賊は基本的にトップがカリスマで引っ張っているだけの組織だ。〝黄昏〟の在り方が異質過ぎるゆえに忘れそうになるが、年齢や経験を積んで──と考えるのはおおよそ()()()()()である。

 カナタもそれを自覚してか、少々面倒くさそうな顔をしていた。

 この海においては、頭角を現した者は若かろうと老いていようと強く他者を惹きつける。

 ……カナタがエースを推薦してしまえば、エースが〝白ひげ海賊団〟を乗っ取ろうとしてカナタを焚きつけたと捉えられかねないので、口出しは出来ないが。

 

「しかし、ニューゲート以外にあの規模の組織を纏められそうな者もいないか……エースには悪いが、早々に百獣・ビッグマムの海賊同盟とぶつけて規模を縮めるしかあるまい」

「……姉貴、えらいエースの肩を持つな。なんだ、あんなガキに惚れ込んだのか?」

「……友人の子と言うのは存外可愛く感じるものでな。我が子とはまた違うな。私も初めての感覚だよ」

「姉貴に子供いねェだろ。つーかダチの子供? 誰だよそいつ」

「ロジャーだ」

 

 ガターン!! とソファごとひっくり返るティーチ。

 後頭部をぶつけて出来たタンコブをそのままに、驚いた顔で起き上がる。

 

大事(おおごと)だろそれ! ロジャーの野郎にガキがいたってのか……!? 海軍が放っておかねェハズじゃねェのか!?」

「詳しいことは知らんが、ガープが匿っていたらしいからな。どうにでもなったのだろう」

「あいつ一応海軍の〝英雄〟だろ……」

 

 呆れた様子でガープの顔を思い描き、「確かにあいつならやりかねない」と納得するティーチ。あれだけ色々とやらかし、天竜人嫌いを公言しておきながら信奉者が多すぎて政府も手を出せない男だ。

 ガープとロジャーはライバルだったし、戦っている最中に仲間とは違う絆でも芽生えたのだろう。ロジャーはそういう人たらしの才能がある男だった。

 ともあれ。

 

「なるほどな……姉貴が入れ込むハズだぜ」

 

 カナタはロジャーに恩がある。

 ティーチは過去に救われたことがあるくらいにしか知らないが、それでもロジャー海賊団は過去に何度も〝ハチノス〟へ寄港している。快活で騒がしい男だった。 

 懐かしそうに顎を撫でながら思い出していると、カナタはどこかから連絡を受けて立ち上がった。

 

「どこに行くんだ?」

「尋問だ。お前も来るか?」

「暇だし、行くとしようじゃねェか。ゼハハハ!」

 

 どこに行くかも分からないまま、ティーチはカナタの後ろをついて行く。

 カナタは移動中も子電伝虫で誰かと連絡を取っていた。

 

「アイリス、次の仕事だ。詳しいことは後ほど伝える。いつでも出られるように準備だけしておけ」

『はーい。まったくもう、人使いが荒いですねえ』

「今回は少々大変になるだろう。数人連れて行く裁量権を与える。上手く使え」

『……そこまでするってことは結構大変な仕事なんです? はー、厄介そうですね……』

 

 カナタから連絡を受けたアイリスは厄介そうな仕事の気配にため息をこぼしていた。

 お世辞にも真面目とは言い難い態度だが、多少態度や性格が悪くともきちんと仕事をこなすならカナタは特に何かを言うことはない。強者とは常に傲慢なものであるという認識もあるのだろう。

 己の強さへの自信はそのまま覇気の強さにもつながる。決してマイナスばかりではない。

 ティーチを伴ったまま、カナタは港からやや離れた研究棟へと足を運んだ。

 〝ハチノス〟は多くの海賊とその家族が住むが、実のところ島の大きさはそれほどでもない。

 ()()()()()()()()()()()()がこの島に隠されているから、今でも密偵が絶えないのだ。

 その一角に、研究者であるシーザー・クラウンが縛られ、座らされていた。顔は腫れ上がり、うっ血しているところがところどころに見える。

 両腕を海楼石の錠で繋がれ、首には奴隷に使われる爆弾が付いたものが着けられている。背後にはシーザーがおかしな真似をしないように見張りが付いており、カナタに小さく会釈をする。

 

「こうして直接会うのは初めてだな。シーザー・クラウン」

「ウゥ……アンタが〝魔女〟か……! お、おれを殺すのか……!?」

「それはお前の態度次第だ」

「た、頼む! 殺さないでくれェ! おれはまだ、死にたくねェ!!」

 

 シーザーは〝ガスガスの実〟のガス人間。自然系の能力は極めて少なく、有用なものが多いが、ガスガスの実はどちらかと言えば戦闘よりも資源の面から見て非常に有用な能力だ。

 多様な種類のガスをその意思一つで自在に生み出せる能力は、資源の類が掘り出せない〝ハチノス〟においては極めて貴重かつ重要な能力になり得る。

 その一点だけでも、シーザーを殺して能力を奪う事には利点がある。

 だが、能力者であるシーザー本人もまた優秀な人間だ。

 ベガパンクと比べてしまうと見劣りするものの、ベガパンク以上に倫理観が無いのでカナタの指示に従って様々な兵器を作ることに役立つだろう。

 薬品等に精通することも、ガスの能力を使う上で必要な力だ。適任者としては彼以上の人間はそうそういない。

 総合的に判断して、シーザーは殺すよりもその頭脳と能力を利用する方がメリットが大きいと判断した。

 

「──では、これを見てみろ」

 

 カナタは数枚の紙をシーザーに渡す。

 両手は海楼石の錠で不自由なものの、紙を見るくらいなら可能だ。

 シーザーは必死な顔でペラペラとその紙を確認していき、その内容を理解するごとに冷や汗をかいていく。

 

「お、おい! これは誰が考えた!?」

「お前からの質問は許可していない。私の質問に答えろ」

「わ、わかった……」

「ひとつ、お前はこれを造れるか?」

「造れる……と、思う。だがこれは、実験を何度かやってみないことには正確には分からねェ」

「ふたつ、ガワは既に完成している。必要なのは推進力となる燃料だ。お前なら作れるか?」

「……距離にもよるが、作れる」

「ふむ……良かろう。ネックはそこだけだったからな。お前の協力があるなら完成は早まるだろう」

 

 シーザーは自他ともに認める天才科学者だ。命惜しさに出まかせを言っている可能性を否定出来ないとしても、抱え込むメリットは十分にある。

 もしダメなら、その時は脳に電極を刺して身体機能を機械で補い、能力を使い続けるだけの肉の塊にするだけだ。

 そう脅すと、シーザーは顔を真っ青にしながら何度も頷いていた。

 後ろで聞いていたティーチは状況を良く分かっていないのか、シーザーとの取引が終わった段階で口を開く。

 

「姉貴、何を造ろうとしてんだ?」

「兵器だ」

「兵器ィ?」

 

 この広い海の中で、覇気を使える者や能力者は極めて少ない。大多数の人間は銃で撃たれれば死ぬし、剣で致命傷を負えば戦えなくなる。

 逆に言えば、武器や兵器を使えば大多数の人間を無力化することも可能だと言う事。

 とは言え、大砲や銃をちまちま撃ったところで埒が明かない。海軍との敵対を想定するなら、相当数の海兵と戦うことを想定しなければならない。

 人数差を引っ繰り返すのは、常に強力な兵器だ。

 

「遠距離から敵を撃滅、無力化する兵器──〝弾道ミサイル〟だ」

 

 

        ☆

 

 

 〝ミズガルズ〟を出たルフィたち麦わらの一味は、美食の町〝プッチ〟へと航海を続けていた。

 晴天かつ風は穏やか。釣りをしながら〝美食の町〟と称される次なる島に思いを馳せるルフィだが、ウソップは頭を悩ませていた。

 

「〝空島〟で船が焼けたところ、修理はしたんだがどうにも水漏れしてるみてェでよ……やっぱ船大工のいるところで見てもらうのが一番じゃねェか?」

「つっても、ルフィはもうメシの事で頭一杯みてェだからな。多少寄り道したところで大きくは変わらねェと思うが」

 

 ダンベルで腕を鍛えながらゾロが答えると、ウソップは「そうなんだよなァ」とルフィを見る。

 釣りをしているものの、魚はピクリとも反応してこないので暇なのだろう。

 ルフィは「次の島ではどんな美味いメシが喰えるんだろうなァ……」と涎を垂らしていた。

 あれに「今から針路を変えよう」などと言いだすと、絶望した顔をするのが目に見えているのでウソップとしても言い出しにくい。

 

「まァ、もうしばらくは大丈夫だろ」

「次の島に船大工がいるかもしれねェしな」

 

 2人は楽観的に話をして、甲板に出て来たナミが指示を出す声を聴いた。

 

「天気が変わりそうだから、少し針路を変えるわ。面舵取って!」

「よし来た!」

 

 指示を受けたウソップが舵を取り、船はやや針路を変えて嵐を避けようとする。

 ルフィも釣りを止めて帆を動かすのを手伝い始め、ナミの言うとおりに動かすが……〝偉大なる航路(グランドライン)〟の天候は変わりやすく、並の航海士では予測すら難しい。

 雲の動きはナミの予想を上回る速さで空を覆い、巻き起こる風で波が荒れ始めた。

 

「雲の動きが予想より早い! 風が強いわ、帆を畳んで! 破けちゃう!!」

「任せろ!」

 

 ナミの指示に従って帆を畳もうと、ゾロがロープを力いっぱい引いた瞬間──メインマストがミシミシと音を立てて傾いた。

 

「は!?」

「ちょっとゾロ!?」

「い、いや! おれはいつも通り引いただけで……!!」

「とにかく急いで帆を畳まないと! このままじゃ煽られ──キャア!!」

 

 真正面から吹いた突風で帆が大きくたわみ、船が大きく煽られて帆が裂け始めた。

 慌ててゾロがロープを引いて何とか帆を引き上げるも、メインマストが傾いた上に風で煽られたせいで船が大きく揺れ、全員が船体にしがみつく。

 なんとか誰も船から落ちずに済むと、横合いからぶつかった漂流物が船の側面に穴を開けた。

 

「船の横に穴が! ウソップ、塞いで!!」

「任せろ! チョッパー手伝え!!」

「う、うん!!」

 

 木材と釘とハンマーを手に船底へ下りていくウソップとチョッパー。

 抜けた2人の分をペドロとゼポが補おうと甲板を動き回り、何とか嵐を抜けようとナミが海流を見極める。

 

「10時の方向にいい海流があるわ! 面舵一杯!!」

「面舵いっぱーい!!」

 

 勢いよくゼポが舵を切った瞬間──補強してあった根元部分からバキリと舵が圧し折れた。

 

「はァ!!?」

「うっそでしょ!?」

 

 圧し折れた舵を持ったまま倒れ込むゼポ。

 舵が圧し折れ、帆は破れ、浸水をなんとかしのぎながら嵐が過ぎ去るのを待つしかなくなったメリー号。

 メインマストが傾いてバランスが崩れたためか、船はぐらぐらと揺れながら嵐に流されていく。

 

 

        ☆

 

 

 そして。

 嵐を抜けた時には、船はボロボロになっていた。

 

「……どうすんだ、これ」

 

 帆は破れ、舵は折れ、メインマストは傾いて浸水はなんとか穴を塞いだ程度。

 ゼポもウソップも本職の船大工ではなく、これを直すのは難しいか、それなりに時間がかかるだろう。

 どうするんだ、と途方に暮れる面々に、ロビンは一つ提案をした。

 

「……この状況なら仕方ないわ。海難救助を要請しましょう」

 

 ロビンの提案に、皆が頷いた。

 




カナタさんの前世は友達0人(ガチ)勢

次回予告!
「次の島は──賭博の町!?
 嵐で船がボロボロになったおれ達は、海難救助で〝バナロ島〟へと送り届けられる。
 そこに居たのは、仲間を賭けてギャンブルをする海賊たちだった!
 世界でも指折りの〝祭り屋〟!
 海パン一丁で船大工をやってる変態!
 割れ頭!
 この島ホントにロクな奴がいねェ~~~~!!!!

 次章! 海賊強奪遊戯バナロ島/冒険男

 ルフィ! アフロの力を見せてやれ!! アーイエー!!!」

次章予告その2
「多くの資金をつぎ込み開拓した島はギャンブルで栄える島となった。多くの人が集まり、賑わい、毎日が祭りのような日常を送る島。
 海賊は毎日のように訪れ、騒ぎ、狂騒は常に煽られ続ける。
 勝つことだけを求められる場で、仲間を奪われ、誇りを奪われて項垂れる敗者もいる。
 冒険を続ける上で苦難や試練は訪れ続ける。弾き返せなければ、死ぬだけだ

 次章 海賊強奪遊戯バナロ島/冒険男

 前に進むための一歩が如何に重く苦しいものか、おれは知っている──〝麦わら〟、お前はその冒険の先に何があろうと前に進めるか?」




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幕間 ミズガルズ/インペルダウン

本誌でロックス海賊団に関する情報が出たのでちまちまと修正作業中です
ところどころ修正漏れ等あるかもしれませんが、その場合は教えてもらえるとありがたいです


 

 麦わらの一味がミズガルズを出航してからわずか数時間後、港には世界政府の船の姿があった。

 船員は世界政府のエージェントだけで固められており、中でも目を惹く仮面を被った男女は最悪の相手だった。

 物陰に隠れたまま、ドレークはその姿を見て冷や汗を流す。

 

(CP-0だと……!? それも仮面を被った特級のエージェントが、この島に一体何の用だ!?)

 

 サイファーポールの中でも〝0〟を冠する彼らは、存在を隠された〝9〟とは別の意味で特別な存在だ。

 世界貴族……即ち天竜人直属の諜報機関であり、海軍の意思を完全に無視した行動さえ取る。暗殺者集団でありながら自らを示威するような姿をしているのは、公的にその存在を認められているために逆らえば死ぬという端的な事実を思い知らせるためだろう。

 彼らが動くのは天竜人からの指令によるものであるため、動きが確認されるときは歴史的な事件が起きる前触れとさえ言われる。

 まずもって()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

(ロビンが出航した直後に現れるとは……あいつもほとほと悪運が強いな)

 

 ロビンの存在を感知してCP-0が動くとも考えにくいが、それでも見つかればゼポやペドロであっても抵抗は難しい。

 ミズガルズで偶発的に出会っていれば、両方にその気がなくともカイエとCP-0が衝突していただろう。

 そして、どちらが勝ったとしてもロビンを手中に収めた事が知られれば今度は再び四皇同盟が動く。彼女1人の動向で世界情勢が動くなど、ドレークとしては正直勘弁してほしいところだが……それでも抱え込む方がリスクが高いことは理解出来ている。

 ロビンの母親であるオルビアが〝ハチノス〟から出ないのは、その存在が知られれば間違いなく戦争になるからだ。

 それほどに〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読めるという事実は重い。

 何にせよ、滅多なことでは動かないCP-0が動いた理由は調べる必要がある。

 物陰から僅かに顔を出し、四人の行動を見張ろうとした、その瞬間。

 

「──っ!!?」

 

 ()()()()()

 ドレークは即座に身を隠し、その場から離れる。

 あの場でCP-0を見ている者は他にいくらでもいただろうが、それでも一度見つかった以上その場に留まるのはリスクが高い。

 

「厄介なことにならなければいいが……」

 

 ここ最近の海の情勢は不安定だ。

 この状況でCP-0が動いているという事実が、ドレークには不安で仕方がなかった。

 

 

        ☆

 

 

「…………」

「どうした、マハ」

「……いや、何でもない」

 

 丸顔のひょっとこ面を片手で持った男はどこかをじっと見ていたが、やがて興味を失ったかのように正面に向き直る。

 ミズガルズは政府の諜報員もそれなりに立ち寄る島だ。常に情報が入るように駐留している者もいるが……少々トラブルが起きているようで、情報収集は上手くいっていなかった。

 

「何があった?」

「それが、駐留していた部隊が軒並み行方不明になっているようで……」

「……ニコ・ロビンに気付かれていたか?」

「だとしても、それなりの数がいた諜報員たちを全員消すなんて中々出来る事じゃないと思うけれど」

「〝黄昏〟はどう言っている?」

「島内における政府の諜報員の動向は把握していない、と」

「…………」

 

 ミズガルズは〝黄昏〟の統治する島だ。

 政府の諜報員がいたとしても、普段は互いに不干渉を貫いている。ロビンを手助けする誰かがいたとして、諜報員とのいざこざが起きて〝黄昏〟が気付かないというのは奇妙に過ぎる。

 となれば。

 

「……懸念が現実になってきたな」

「懸念?」

「なんでもない。これ以上は追っても時間の無駄だろう。痕跡を残しているとも思えないからな」

 

 この島にいる全員が全員〝黄昏〟の手先と言うワケでもない。探れば何らかの情報が出てくる可能性はあるが、これだけ徹底して政府の諜報員を消したのならダミーの情報も用意しているだろう。精査する時間も必要になるし、時間をかければそれだけ遠くへ逃げられる。

 偶発的に出会う可能性も決してゼロでは無いにしても、大々的に動いて四皇同盟に勘付かれるのも厄介だ。

 ゲルニカはため息をこぼす。

 

「仕方がない、補給が済み次第出るぞ。ニコ・ロビンは優先対象だが少々厄介なことになって来た」

「あら、もう?」

「遊びに来たわけじゃないんだぞ。〝ウォーターセブン〟で例の魚人が持ってる設計図のことを確認して、また個別に任務だ」

「分かってるわよ。私だって表向き〝歓楽街の女王〟なんて言われてるんだし、良い化粧品でもあればと思ったんだけど」

「……一時間だけだぞ」

「はーい」

 

 仮面を被ったまま、ステューシーは機嫌よく立ち並ぶ店の方へと歩いて行った。

 残されたゲルニカ、マハ、ヨセフの三人。

 特に会話は無かったが、ぽつりとマハが呟いた。

 

「……ステューシーには意外と甘いな」

「…………」

 

 そんなつもりはなかったが、そう見えたらしい。

 どうせ出航まで暇なのだ。各々時間まで自由にしていいと言うと、2人はそそくさと船の中へ戻っていった。特に何かをやる気はなかったらしい。

 

 

        ☆

 

 

 海底監獄インペルダウンには階層がいくつかある。

 表向き最深部はレベル5とされているが、残虐の度が過ぎて新聞にさえ載せられないような事件を起こした者たちが投獄されるレベル6まで存在し、これまで〝金獅子〟のシキを除いて脱獄を許したことはない。

 だが、監獄内で()()()()()()()ことはたまにあった。

 投獄された囚人たちはあまりにも不自然に姿を消すため、看守たちの間では〝鬼の袖引き〟と噂されている。

 姿を消した囚人たちは果たしてどこへ行ったのか──囚人服を着たバギーは、案内されるがままにパーティ会場のような場所に足を運び、それを見た。

 

「ウェルッ!! カマーー!!! ン~~フフフ、よく来たわね赤鼻ボーイ!!! ここはインペルダウンレベル5.5番地、囚人たちの秘密の花園!! ア~~ッ、〝ニューカーマーランド〟!!! ヒィーハー!!!」 

 

 体に対してあまりにも巨大な顔面。

 四肢を包む網タイツにボンテージの衣装は、初めて見る者にとってあまりにも強い衝撃だった。

 その衝撃たるや、バギーが〝赤鼻〟と呼ばれてもツッコむことなく呆然とするほどである。

 

「な、なんだあいつ……? それにここにいる連中も! なんでおれはここに連れてこられたんだ!?」

 

 訳が分からないまま、とにかく急げと急かされて捕まっていた場所から連れてこられたバギー。

 インペルダウンに投獄された時は運の尽きかと思われたが、手錠には海楼石も入っていなかったし、なんとか逃げ出そうと隙を見つけている間にこんなところに来ているしで状況が目まぐるしく変わる現状についていけていなかった。

 迎え入れた〝ニューカマーランド〟のオカマたちは無理もないと言いつつ、ひとまず席を進めて酒と料理を振舞う。

 

「状況は簡単に説明してあげるわ。それより、先に一つ聞いておきたいんだけど……ヴァナータ、ドラゴンとどういう関係?」

「ドラゴン? ドラゴンって、〝革命軍〟の?」

「そのドラゴンよ。ヴァナータがここに投獄される直前、ドラゴンと行動を共にしていたと聞いてるけど?」

「あいつとは……あー」

 

 何と話せばいいのか、バギーは言葉に詰まる。

 ドラゴンとは〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入って少し先まで一緒に行動していたが、それはバギーとドラゴンが顔見知りだったからだ。

 元を質せばバギーが〝ロジャー海賊団〟の見習いであり、ドラゴンが〝黄昏の海賊団〟の一員だったからなので、そこから説明することになるのだが……ロジャー海賊団の元船員と言うことがバレると今後非常に動きにくくなるのでなるべくなら誤魔化しておきたかった。

 返事に困っていると、イワンコフは酒をぐびぐびと飲みながら先に身分を明かす。

 

「ヴァターシは〝革命軍〟の幹部よ。ここに捕まっているのも同じ理由……だから、ヴァナータが同志なら助けるのもやぶさかじゃないわ」

「いや、おれは〝革命軍〟じゃねェが……」

「じゃあ何よ」

「海賊だ! あいつとは……そう、昔、あいつが海賊だった頃に知り合って」

「……! ヴァナータ、それいつの話?」

「え? ありゃあ確か……〝金獅子〟と戦った直後だったハズだから、25、6年前か?」

「……期間は一致するわね」

 

 ドラゴンが海賊をやっていた期間はそれほど長くはなく、おおよそ3年前後だ。

 カナタ達が〝黄昏の海賊団〟と呼ばれるより以前、〝魔女の一味〟と呼ばれていた頃に所属していた。

 今となっては〝革命家〟としての顔が有名になったので当時を知る者は少ないが、ゼロではない。

 

「じゃあヴァナータ、カナタとも知り合いなの?」

「うえ!? い、いやまァ知ってるがよ……」

 

 顔繋ぎをしてくれ、などと言われても困るので濁り気味の返事をするバギー。

 これらの話を聞き、イワンコフは顎に手をやって少しばかり考え込む。

 インペルダウンに投獄されていることから〝黄昏〟の傘下ではない。だがドラゴンが在籍していた頃の〝黄昏〟を知っていて、なおかつ今のドラゴンが船に乗る程度の信用がある。

 それなり以上の付き合いになるはずだが、イワンコフはバギーの顔を知らない。

 素性が極めて謎にあふれているが、ドラゴンがバギーを信用して同じ船にいたことは政府の調べで確定している。少なくとも敵ではないのなら、ここにいても大丈夫だろうと判断を下した。

 

「まァ、ここにいれば少なくとも拷問を受けることはないし、ヴァナータも安心していいわよ」

「そりゃありがてェ話だ! インペルダウンに入れられるってんで、生きた心地がしなかったんだよ!」

「ン~~フフフ!! 情報を持ってきたキャンディに感謝することね!!」

 

 モリモリ肉を食べてぐびぐび酒を飲むバギーを前に、イワンコフは彼をここに連れて来るに至った経緯を思い出す。

 インペルダウンに〝革命軍〟の同志がいるとは聞いていなかったが、イワンコフがここに投獄されて以降、ゴミに混じってイワンコフ達にとって重要な情報がたびたびもたらされていた。

 今回も同じように手に入れた情報の中にバギーの事が書かれていたので、もし〝革命軍〟の同志であればと思って即座に救出に動いたのだ。

 結果はハズレだったが、ドラゴンの知り合いなら何かしらの情報が海軍や政府に漏れていた可能性もある。結果オーライと言うところだろう。

 誰が情報をもたらしているのか全く分からないのは不気味だが、外と連絡も取れない以上は誰が味方か確かめようもない。

 ……扱っている情報からして、恐らく高い地位にあるだろうと予測は出来るのだが、イワンコフにわかるのはそこまでだ。

 

「で、脱獄はいつするんだ?」

「まだしばらく脱獄する気はないわよ。ヴァターシはドラゴンと共に革命をする!! 彼が動くときがヴァターシの脱獄の時!! だからしばらくはここで生活してもらうことになるわね!」

「オイオイそりゃ本気か!? おれァ海賊やりてェんだよ!! こんなとこさっさとオサラバしてェんだよ!!!」

「じゃあ檻の中に戻る? 脱獄するにしても、入念に準備をしないとどのみち捕まって拷問されるだけよ」

 

 勤務時間の短いマゼランはさておき、不定期にインペルダウン内をうろつくシリュウにでも見つかれば酷い目に合うのは確実だ。

 それを聞いたバギーは「ぐぬぬ」と唸り声をあげ、脱力したように机に突っ伏した。

 

「おれの海賊人生が……アルビダにモージにカバジ、あいつら元気にしてりゃあ良いんだが……」

「気落ちせずとも、ここ最近の海の情勢は悪化していく一方のようだし、革命の機運も高まっているわ。ヴァターシ達がシャバに戻る日は近い」

 

 バギーには教えられないが、〝革命軍〟のバックには〝黄昏〟もいる。

 ()()()が来れば迎えも来るだろうし、イワンコフには特に焦りもなかった。

 酒を片手に突っ伏したまま、バギーは「本当かよ」と懐疑的な視線を向ける一方、イワンコフはドンと構えてスイカに皮ごとかぶりついていた。

 



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幕間 ハチノス

 

 海風が頬を撫でる。

 日は中天に高く昇り、じりじりと肌を焼く日差しが照り付けている。しかしそれも時期的に気にするほどではなかった。

 夏島とは言え、長時間風に当たっていれば体を冷やす。片手に持った竿を揺らしながら「ボチボチ戻るか」と考えつつ、その男はあくびを噛み殺した。

 アロハシャツに短パン、草履とラフな格好で釣りを楽しんでいたその男──レインは、釣果の入ったバケツをちらりと見る。

 

「3匹か……ま、ここじゃこんなもんかね」

 

 ハチノスの周りでは潮の匂いがしない。匂いの元である植物プランクトンが少ないためで、これはつまり魚の栄養分となるものが少ないという事である。

 3匹も釣れれば上等と言えた。

 とは言え、あと一匹くらいは釣りてェもんだとぼんやり考えながら、レインは竿を揺らす。

 そうしていると、見知った顔が近付いて来るのに気付いた。

 大股で岩場を歩く大柄の男は、笑いながら片手を上げる。

 

「よォレイン! 久しぶりだな、ゼハハハ!!」

「ティーチか。何か用か?」

「用ってほどでもねェが、バレットの野郎がテメェを探してたんでな! あんまり放置しておくと面倒だから、おれが探しに来てやったのよ」

「……荒々しい〝声〟が聞こえると思ってたら、あの野郎か。師匠はどうしたんだよ? あいつの目的は大体師匠と戦う事だろーが」

「忙しいから準備が出来るまでテメェと遊んでろ、だってよ」

「はあああ……面倒事を気軽にぶん投げてくれるぜ、まったく」

 

 釣りでのんびりして心地よくなっていた気分があっという間に地の底だ。

 ため息をこぼし、レインは竿を振って糸を引き上げる。

 立ち上がったレインは首の後ろで一纏めにした青い髪をなびかせ、竿とバケツを手に軽く背伸びをしてバキバキと骨を鳴らす。

 身長はティーチとそれほど変わらないが、でっぷりと腹の出たティーチと違って細く筋肉質な肢体をしている。

 

「ま、言われちまったものは仕方がねェ。久々に全力でやれそうだし、準備してくるか」

「急げよ。あの野郎、テメェがいねェとわかった途端に相手を選ばずケンカ吹っ掛けまくってやがる」

「ラグネルの奴がいただろ」

「あいつは別件でさっき島を出たんだとよ」

「忙しないね、あいつも」

 

 肩をすくめ、レインは岩場をポンポンと飛び移って島の中心部へ向かう。

 ティーチもそれに続き、途中で訓練場の方へと向きを変えた。

 

「おれァ先に行ってるぜ」

「おう、待ってろ。すぐに着替えてからそっちに行く」

 

 釣った魚を食堂にいるコックたちに渡し、釣り道具を自室に仕舞ってから、レインは手早く動きやすい格好に着替える。

 手には身の丈ほどの槍を持ち、軽く体をストレッチしてから部屋を出て、真っ直ぐに訓練場へと。

 

 

        ☆

 

 

 およそ3年から4年ほど前のこと。

 当時のルーキーたちが揃って同盟を組み、〝ハチノス〟へと攻め込んできたことがあった。

 懸賞金は1億に少しばかり届かない程度の連中ばかりではあったが、それでも数が揃えば厄介な相手になる。

 カナタを除く有名どころの幹部であるフェイユン、ジュンシー、ゼンの3人がいない時を狙って襲ってきた彼らは、当時の〝戦乙女(ワルキューレ)〟と〝戦士(エインヘリヤル)〟を前に完全壊滅を喫した。

 〝戦乙女(ワルキューレ)〟のトップは小紫。次席はラグネル。

 〝戦士(エインヘリヤル)〟のトップはレイン。次席はユイシーズ。

 敵は総勢500に届こうかと言う数に対し、〝戦乙女(ワルキューレ)〟と〝戦士(エインヘリヤル)〟は訓練中であった100にも満たない人数だった。

 それでも勝てたのは、トップの4人が途轍もなく強かったからだ。

 ──もっとも、ルーキーたちを焚きつけて〝ハチノス〟襲撃を画策した〝王直〟相手では、4人がかりでも撃退が関の山だったのだが。

 

 

        ☆

 

 

 訓練場にはいつも通り多くの人が詰めかけていた。

 カナタに教えを受け、それを糧としてより強くなろうとする者。

 悪魔の実を食べ、似た系統の能力者に教えを請うて理解を深めようとしている者。

 純粋に自身の技量と覇気をぶつけあって、より強くなるためのきっかけを掴もうとしている者。

 〝戦乙女(ワルキューレ)〟と〝戦士(エインヘリヤル)〟に属する者は、所属しようと考える時点で既に弱者は振るい落とされている。残っている者は例外なく、上を目指す向上心の塊のような者たちばかりだ。

 そんな彼ら彼女らが、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「カハハハハハ!! どうしたテメェら!! もっと気合入れてかかって来やがれ!!!」

 

 〝鬼の跡目〟ダグラス・バレット。

 〝赤髪〟に並ぶ〝海賊王〟の元船員(クルー)であり、1人で海を渡り歩きながら出会う海賊を片っ端から叩き潰す、ある種の災害のような男である。

 

「おーおー、派手にやってんな」

 

 レインが訓練場に辿り着いた時には、既に死屍累々の有様であった。

 バレットの名を聞けば一目散に逃げ出す者さえ多い中、ほぼ全員が真正面から立ち向かっている光景はある種異様とさえ言えるが……バレットは笑いながら立ち向かってくる者たちを叩き潰している。死んではいないだろうが、しばらく訓練場は閑散とするだろうな、とレインは肩をすくめる。

 立ち向かっていない者たちの中にティーチを見つけると、その横に見慣れない者たちがいることに気付く。

 

「ティーチ、何だそいつらは。新入りか?」

「ああ、おれが各地を回って集めて来た仲間だ。小紫の奴が持ってる独立分隊みてェなもんさ。気にすんな」

「お前はそういうのに興味がないと思ってたぜ。おれはレインだ。ま、よろしくな」

 

 バージェスたちと気さくに挨拶を交わすレイン。

 訓練場は能力者によるものであったり覇気を纏わせた武器の衝突であったりでボロボロになっており、最低限の見栄えすらない状態だ。

 ひとまず倒れている連中を回収するべきかと考えていると、ティーチが「それくらいならやってやるよ」と笑う。

 もっとも、回収するのはティーチの近くにいた仲間たちがやっていたが。

 当のティーチは酒瓶片手に観戦モードらしく、バレットがタガを外して暴れ出さない程度には見張っているつもりのようだった。

 

「精々気張れよ、レイン!」

「言われなくてもやってやるさ」

 

 軽く肩を動かし、槍を振って調子を確かめるレイン。

 相対するバレットはと言えば、他の連中を相手しているときに体が温まったのか、軽く汗をかいている。

 カナタの代わりとして出てきたとはいえ、今回の本命である。バレットとしても期待しているようで、顔には期待の色が浮かんでいた。

 

「カナタの弟子の1人か。テメェとは初めてか?」

「いいや、過去に何度か戦ったことがある。あの時はまだ未熟だったから、アンタは覚えちゃいないだろうが」

「カハハ、素直な野郎だ。だったら今度は──おれの記憶に残る程度には踏ん張りやがれ!!」

 

 両手に武装色の覇気を纏い、高速で接近するバレット。

 対するレインは槍に武装色の覇気を纏わせ、穂先をバレットに向けてピタリと制止する。

 上から振り下ろされる右の拳を半身になって交わし、続く左の拳を槍を振って上へと弾く。

 攻撃は見えているし、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ほォ……」

 

 卓越した覇気使いは数秒先の未来さえ見通す。

 それは僅かコンマ数秒を争う戦闘において絶大なアドバンテージとなり得るものだが、互いに未来を見通すのならば条件は五分。

 では武装色はどれほどのものか。

 バレットはわざと大振りに拳を放ち、分かりやすく隙を作る。

 舐めているのか、と睨みつけるレインだが、バレットは笑って「来てみろ」と挑発するのみ。

 

「だったら、お望みの通りにしてやるよ!! オラァッ!!!」

 

 武装色を纏ったレインの足が高速で振るわれ、バレットの胴体へと叩き込まれる。

 鋼鉄がぶつかり合ったような巨大な音が響き、2人の覇気の衝突で白い稲妻が走った。

 バレットは片手でレインの蹴りを受け止めており、その一撃の重さと覇気の強さに期待以上の物を感じ取る。

 

「悪くねェ! アラバスタで戦った連中よりは余程期待出来るじゃねェか!!」

 

 レインの強さを肌で感じ取ったバレットは、テンションを上げて覇気を漲らせる。

 コンパクトに腕を振ってジャブを放つと、レインの回避先目掛けて本命のストレートを打ち込んだ。

 レインはそれをわかっていながらも回避しきれず、しかし受け止めるのではなく槍の側面を滑らせるように受け流して、バレットの腹へと渾身の蹴りを叩き込む。

 カナタの弟子は数多くいるが、最も薫陶を受けたであろう小紫は槍使いではなく剣士だ。槍使いとして最もその技を叩き込まれたのは、小紫ではなくレインである。

 

(当たり前だが、あの女の技が随所に見えるな。おれの拳を流すなんざ、並の度胸と技量じゃ出来ねェ)

 

 失敗すれば普通に防ぐよりも余程甚大なダメージを受ける。技に自信がなければ出来る事ではない。

 そして、これはこの訓練場にいた者たちや〝ミズガルズ〟で戦ったカイエにも通じることだが──格上との戦いに慣れている。

 仮想敵をカナタとして、どうすれば生存できるのか、どうやれば攻撃を当てられるのかを研鑽してきたが故だろう。通常なら格上との戦いなど死を覚悟して臨むもので、一生のうちに何度も経験出来るものでは無い。

 バレットを相手に臆することなく挑んできたのも、そう言った経験の積み重ねがあってのことだろう。

 

「……面白れェ」

「ハッ、ようやくエンジンかかって来たか? こっちも体が温まってきたところだ、ガンガン行くぜ!!」

「やってみやがれ!!」

 

 今度は互いに避けることなく、真っ向からの勝負。

 バリバリと纏った覇気がぶつかり合って火花を散らし、戦いはより速度を増していく。

 

 

        ☆

 

 

 数時間後、互いに傷だらけでボロボロになったバレットとレインは、そろそろいい時間だと切り上げることにした。

 酒瓶片手に観戦していたティーチはすっかり出来上がっており、顔を赤くして酒臭い息を吐きながらも足取りはしっかりと食堂の方へ向かっていった。まだ飲むつもりなのだろう。

 存分に戦えて満足したのか、バレットも上機嫌なままレインに話しかけて来た。

 

「中々やるじゃねェか。槍使いとしちゃ、カナタの一番弟子か?」

「おれは大体なんでも使えるぜ。剣でも弓でもな。本業は槍なワケだが……ま、この海賊団の中でおれより強い槍使いは師匠以外いねェのは確かだな」

「ハ、一丁前に吼えるじゃねェか」

 

 バレットには傷こそあるものの、表面的なものばかりで深いダメージを与えた痕跡はない。

 対してレインは傷こそ少ないが、疲労度合いで言えばかなりのものだった。

 長く続けていても、最終的にはバレットが押し勝っていただろう。

 

「お前、悪魔の実は食ってねェのか?」

「食ってねェ。おれは槍と覇気だけで十分だからな」

「強さをより確かなものにするのが悪魔の実ってモンだが……ロジャーの野郎も能力者じゃなかった。悪魔の実の能力なんざ、結局は強さの内の一要素でしかねェ」

 

 遠い日を思い出すように、バレットは空を見上げる。

 勝ちたかった相手に勝ち逃げされ、思うところは色々あるが……今は四皇を全員倒すことを目標に力を付けている。

 カナタを相手に勝てれば四皇にだって勝てるだろうと全力でぶちのめしにかかっているが、今日にいたるまで勝ったことはない。純粋に彼女自身の技量と覇気がバレットを凌駕しているためだ。

 それを打ち崩すために、弟子と戦うことで得られるものがあればと思ったが──そこまで上手くはいっていない。

 

「〝黄昏〟にテメェより強い奴はいねェのか?」

「ああ? そりゃまあ……師匠に、小紫はちと厳しいか。ゼンの爺さんとジュンシーの爺さんにはもう負けねェしな……」

「小紫ってやつが強ェのか?」

「まーな。だが小紫はここしばらく姿を見てねェ。どっか行ってんだろ……あとはティーチに……ユイシーズは勝ち越してるが強いぜ」

「ティーチか。あの野郎は飄々としてやがるが、何となく隠してるのは分かるぜ。で、そのユイシーズって奴はどこだ」

 

 あー、とレインは思案し、思い出した。

 

「あいつもいねえわ。確か〝バナロ島〟に仕事ついでに遊びに行ってんだ」

 




END 巨獣城塞商圏ミズガルズ/魔眼持つ蛇

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海賊強奪遊戯バナロ島/冒険男
第二百八話:〝フランキー一家〟


 

 この世界はクソだ。

 まともに生きるには人権を認めてもらうには莫大な天上金がいる。

 金を得る方法は幾つかあるが、天上金とは国の人口に比例して多くなるものだ。場合によっては()()()()()()()()()()()()()()()なこともある。

 人権を認められない場合、海軍や世界政府の庇護を受けられないだけでなく、奴隷狩りの対象となることさえあった。

 どこまでも天竜人を中心として考えられた治世。

 〝南の海(サウスブルー)〟の非加盟国を出身とするその男は、それを良く知っていた。

 だから、島を出た。

 ……島を出たところで、世界を取り巻くルールが変わるわけでもないのだとわかっていながら。

 

 

        ☆

 

 

 嵐に酷くやられたゴーイング・メリー号では航行は困難だと、ロビンの提案で海難救助を頼むことにした。

 〝黄昏〟が発案、提供する海難救助とは、電伝虫を特定の番号へ向けて発信することで〝黄昏〟の影響下にある島に設置された電波塔で念波をキャッチし、三角測量の要領で船の位置を伝えるというシステムによって成り立っている。

 対応する電伝虫そのものは存在せず、世界中のどこで発信しても近場の電波塔がそれをキャッチすることで対応出来る。

 もっとも、近場の島から船を出すのでそれなりに時間がかかるし、金もかかるので出来れば世話になりたくない者も多い。それでも命には代えられないと助けを求める者が多いのだが。

 

「オメェらが救助を要請した海賊か?」

 

 その男たちがやってきたのは、救助を要請してからおおよそ一日半ほど経ってからだった。

 三角測量で大まかな位置は分かるとはいえ、精度の高さはそれほどでもない。障害物の無い大海原は見晴らしがいいが、それでも潮に流されることもあれば天候次第で発見が遅れることもある。

 救助を要請してから一日半なら十分に早い方と言えるだろう。

 助けを呼んだルフィたちはと言えば、やることも無いのでラジオを流しながら各々暇そうに釣りをしたり筋トレをしたり本を読んだりと好き勝手していた。

 

「ア~~~~ウ!! 余裕そうじゃねェかオメェら!! だが、船の状態は見りゃわかる! よくこの状態で生きてたもんだぜ! 運が良いな!!」

 

 その男は両腕を上げ、体を傾けて謎のポーズを取る。後ろの四角い髪型の女性2人も同じようにポーズを取り、男は格好つけて名乗った。

 

「おれの名はフランキー!! 解体屋兼船大工をやってるフランキー一家の棟梁たァおれ様のことよ!!!」

 

 海パンにアロハシャツ、青い髪をリーゼントにしたサングラスの男と、この男の方が海賊だと言われても信じてしまいそうな雰囲気がある。

 思わずポカーンと眺める一同の中で、チョッパーが思わず呟いた。

 

「なんだ、あれ……」

「知らねェのかチョッパー。あれは変態だ」

「あれが変態なのかー」

「オイオイ長鼻の兄ちゃん、そんなに褒めるなよ」

「いや褒めてねェよ」

 

 何故か照れるフランキーに思わず手を振って否定するウソップ。

 変態であることに誇りを持つフランキーにとって、その言葉は否定や罵倒の類ではなく誉め言葉になるのだろう。

 ウソップにはちょっと理解出来ないタイプの男だ。

 

「何はともあれ、まずはこのおれに船を見せてみな! 曳航(えいこう)してやるが、途中で船が沈んでも困るからな!」

「おお、そりゃ頼もしい! 頼むぜ海パン男!」

「モズ、キウイ。オメェらは曳航の準備しといてくれ」

「分かったわいな」

「任せるわいな、アニキ」

 

 船大工としての実力は分からないが、救助に来た以上はそれなりに腕のいい技術者なのだろうと考え、ウソップはフランキーを連れて船内へと入っていく。

 今のうちに曳航の準備を進めるらしく、モズとキウイと呼ばれた2人が指示を出して太いロープを持ち出していた。

 この手の仕事に慣れているのか、フランキー一家と呼ばれた男たちはテキパキと動いて曳航の準備をしていく。

 ルフィたちは特に手伝うこともなく手持無沙汰にしていたが、フランキーに次ぐまとめ役であろう男──ザンバイがメリー号に乗り込んで諸々の説明をし始めた。

 

「この船の船長は誰だ?」

「おれだ」

「私が航海士。船の事なら私も聞くわ」

「そうか。じゃあ、今回の費用なんだが」

 

 当然だが海難救助は無料で助けてくれる制度ではない。あくまで生存率を上げるだけのもので、金さえ払うなら海賊だろうと何だろうと助けるのが仕事である。

 フランキー一家は下請けなので、金さえ払えば素性にも興味はない。

 

「そもそも金持ってるのか?」

「ああ、あるぞ。8億」

「8億!?」

「ちょっとルフィ! 勝手にうちの財政事情話さないで!!」

「いいじゃねェか。減るもんじゃあるまいし」

「減るかもしれないでしょ!? 考えなしに喋るの止めなさいよ!」

 

 びよーんとルフィの頬を思いきり引っ張るナミ。いかにルフィが船長だと言っても、ナミに口で勝てる日は来なさそうである。

 海賊など基本的にその日暮らしの自転車操業が基本だ。多少貯蓄がある場合でも、精々食料や医薬品を買うために貯め込んでいる程度で、百万を超えるような金など持たないことが多い。

 それを優に飛び越えて億などと言うものだから、ザンバイも目を丸くしていた。

 

「そうか、それだけあるなら心配はねェだろう。船の修理費と救助費用諸々合わせて1億だ。耳を揃えて払ってくれ」

「「フザけんな!!」」

 

 あからさまに吹っ掛けた金額にナミとルフィがキレた。

 まぁそりゃそうかと、ザンバイは頭を掻きながら訂正する。

 

「最低価格は50万くらいだ。上乗せがどうなるかは、まぁどの程度応急処置が必要になるか次第だな」

 

 船を動かす人件費と船の応急処置に使う材料の値段を加味すれば、これでも安い方だ。

 どうしても払おうとしない海賊は、賞金首を海軍に引き渡して残った船は使える部分を材料に使いまわすので、どちらかと言えばそちらの方が儲けは大きいくらいである。

 ナミは微妙に渋い顔をしていたが、大金が手元にあることと安全には代えられないと金額に納得する。

 諸々の説明が終わったところで、フランキーとウソップが甲板に戻って来た。

 

「あ、アニキ! どうでした?」

「ちっとばかし処置が必要だな。水漏れと舵は最低限直しておかねェと駄目だ。それ以外は後回しでも沈みやしねェ」

 

 言うが早いか、フランキーは一度戻ったかと思えば材料と道具を手に持ってメリー号の中へ入っていく。

 ウソップは興味深そうにフランキーの処置を見ており、あっという間に水漏れの穴と壊れた舵を修繕していく手際の良さに感嘆の息を漏らした。

 

「ほー……スゲェな、こんなキレイに直るモンなのか」

「そりゃ兄ちゃん、おれはこの道20年だからな。ナメて貰っちゃ困るぜ」

「20年!? スゲェわけだな……」

「しかし、オメェらの乗るこの船も良い船だな。ヘタクソだがきちんと手入れされてる。大事に乗って貰ってる船ってのは分かるモンだ」

「ヘタクソで悪かったな」

 

 綺麗に穴を塞ぎきれず水漏れしていた修理の痕を撫でながらフランキーが笑うと、ウソップが拗ねたように鼻を鳴らす。

 ウソップにせよ、ゼポにせよ、船大工ではなく単に少し器用だから船大工の真似事をやっていたに過ぎない。

 やはり本職に比べれば大きく劣ってしまうものだ。

 フランキーはウソップの様子を見て「悪かったな」と笑い、残った材料と道具を持って甲板へ上がる。

 

「ここからだと……近いのは〝バナロ島〟か。ザンバイ、ひとまず〝バナロ島〟に向かう。舵取れ」

「え、〝ウォーターセブン〟じゃねェんですか?」

「ああ。ひとまずそこで総点検が必要になりそうだ」

「了解です、アニキ!! 野郎ども、目的地は〝バナロ島〟だ!!」

 

 ザンバイの指示に従い、船はゆっくり旋回して〝バナロ島〟へ向かう。

 フランキー一家の船は二頭の謎の生物が曳いており、風向きを気にせず海を渡っていた。

 フランキー本人は自分の船に戻らず、メリー号の船内でサンジにお茶を貰っていた。

 ルフィとチョッパー以外の面々は船内にいて、船を曳く馬のような生物を不思議そうに見る。

 

「あれ何なんだ? 見た事ねェ生き物だ」

「ありゃ〝ブル〟って生き物でな。いくつかランクがある中で最上級の〝キングブル〟って種類さ。これくらいの船なら軽々曳いちまう」

「へー……珍しい生き物がいるんだなァ」

「世の中海獣に船曳かせたり、海王類さえ食っちまうような生き物に曳かせたりもする。〝キングブル〟は〝ウォーターセブン〟以外じゃあまりみねェけどな」

 

 海を渡るのは命懸けだ。

 天候は元より、海賊や海獣、海王類に襲われることだって十分にあり得る。

 フランキー一家の乗る〝バトルフランキー55号〟には多くの武装が載っていて海王類さえ仕留めて見せるが、巨大な嵐を前にすればなすすべなく沈む可能性は常にある。

 船の多くは風に左右されるが、生き物に曳かせるのはそう言った荒れた天候でも風向きに左右されず進めると言う利点がある。

 生き物なのでその日の調子に左右されることもあるので、絶対ではないが。

 

「ところであのタヌキは何してんだ?」

「ああ、チョッパーは動物と喋れるんだ。お前らのとこの〝キングブル〟と喋ってんだろ」

「ほー。動物(ゾオン)系の能力者か。動物と喋れるとは不思議な能力もあったもんだな」

 

 〝バトルフランキー55号〟の船首付近で〝キングブル〟と話すチョッパーを不思議そうに見ていたフランキーだが、ウソップの言葉に納得を見せる。

 悪魔の実は人知を超えた異能だ。理解は出来なくとも〝そういうものだ〟と納得は出来る。

 

「ここから〝バナロ島〟までは1日くらいだ。その間、船を点検させてもらうが構わねェか?」

「ああ、どうせこの船もドックに入れて修繕してもらおうと思ってたんだ。事前に見ていてくれるんならありがてェ」

「だがウソップ、その変態の腕はいいのかよ?」

「ア~~ウ、ナメた事言ってくれるじゃねェの、ぐるぐる眉毛の兄ちゃん。おれァこの道20年! 〝黄昏〟からの信頼も厚い船大工だぜ!?」

「確かに、海難救助は〝黄昏〟がおこなっている事業。それでここに来ている以上、腕は確かだと判断していいと思うわ」

「……まァ、ロビンちゃんがそう言うなら」

 

 サンジの疑問にロビンが答えるとひとまず納得した様子を見せるサンジ。

 一方で、その名前にフランキーが反応していた。

 

「……ニコ・ロビン?」

 

 サングラスをかけているのでどんな目をしているかは分からないが、フランキーはロビンの方を驚いたように見ていた。

 ロビンの方は面識が無いので反応は無い。ロビンは懸賞金を掛けられて長く、金額もそうだが〝オハラ〟の生き残りだからと気にかけている者は多い。

 今回もその類だろうと考え、表面上は気にしないようにしつつもフランキーの反応を窺っていた。下手をすれば政府や海軍が飛んできかねないからだ。

 

「なんだお前、ロビンちゃんのこと知ってんのか?」

「知らねェ方がおかしいだろ。そいつは……いや、いい。お前らだってわかって乗せてんだろうしな。それよりお茶のお代わりくれ」

「熱いから気ィつけろ」

「おう、ありがとよ兄ちゃん……で、だ。船をどうするかも含めて考える時間は必要だろ。金の用意もあるだろうから、数日時間を……ぶあっちィ!!」

「今熱いから気ィ付けろって言っただろ!」

 

 思っていたより熱かったのか、フランキーは口を付けたお茶にびっくりしてひっくり返った。

 

 

        ☆

 

 

 そうして、フランキーの予想通り一日ほどで一行は〝バナロ島〟へと辿り着いた。

 あらゆるものを賭ける、ギャンブルの聖地──〝祭り屋〟ブエナ・フェスタの治めるその島へと。

 




来週はお休みです
次の投稿は12/25の予定


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第二百九話:バナロ島

メリクリ


 

 フランキー一家に曳航されて辿り着いた〝バナロ島〟に着くなり、ルフィたちは特徴的な巨大な岩を見上げた。

 〝バナナ岩〟と呼ばれる、バナロ島のモニュメントのようなものである。

 用意されている港の一角に船を停めると、フランキーは船を降りてルフィたちへと言葉を投げかけた。

 

「オウ、お前らちょっと待ってな。〝ウォーターセブン〟までの海列車に船を載せるよう予約して来るからよ」

「……ちょっと待ってフランキー。海列車って何? それに船を載せるって」

「あん? なんだ、オメェら海列車を知らねェのか?」

 

 ナミの疑問にフランキーはサングラスをずらして驚いた。

 これほど便利で素晴らしいものを知らないなんて、とでも言いたげな顔である。

 

「海列車ってのは、〝記録指針(ログポース)〟も無しに島から島へと物を運ぶ列車さ。蒸気機関を使って外車(パドル)を回し、線路を走るだけで島の往来が可能になるっつー素晴らしい発明だ!」

「島から島へ……? それに、蒸気機関を使った外車(パドル)……?」

 

 イマイチ想像しにくいのか、ナミの頭の上には疑問符がいくつも浮かんでいる。

 フランキーは「実物を見ねェと想像はしにくいだろうな」と笑い、ついてこいと誘って駅の中へと入っていく。ナミはルフィと顔を見合わせ、ウソップやチョッパーなどと共に興味津々と言った様子で船を降りていく。

 港から少し離れたところにある海岸沿いに駅が建てられており、入口でフランキーが駅員と何かを話している。

 その間に外から駅を見ていると、「ポッポー!!」とけたたましい音が響いてきた。

 

「な、なんだ!?」

「おい、あれ見ろよ!!」

 

 海の上を黒い煙を吐きながら走る船──〝海列車〟パッフィング・トムである。

 初めて見る列車に唖然としつつも、速度を落として駅に停車した海列車を見続ける。

 それに気付いたフランキーが自慢気な表情で、ルフィたちの視線を辿って海列車へと視線を向けた。

 

「どうだ、スゲェだろ? あれが〝海列車〟パッフィング・トムさ! トムって偉大な船大工が作ったんだぜ!!」

「ああ、スゲェ。驚いた……」

「蒸気で外車(パドル)を回して……水面の少し下で揺れてるこれが線路なのね? なるほど……」

 

 驚いたように目を白黒させるルフィの横で、ナミは海列車がどうやって移動しているのかを理解していた。

 確かにこうすれば島から島へ移動出来る。普通の帆船と違って移動時間もかなり短縮されるだろう。もっとも、ナミにわかるのはそこまでで、詳しい原理などはさっぱり分からない。

 フランキーは誇らしいのか、鼻の下を擦りながらルフィたちの称賛の声を聞いていた。

 

「こんなの作るなんて、スゲェ奴もいるんだな」

「ああ、トムさんは偉大な船大工だからな! 〝ウォーターセブン〟の船大工にとっちゃ、憧れでもあるし超えたい人でもあんのさ」

「へェ……」

「凄いわね……ところで、さっき言ってた海列車に船を載せるって、まさかあれにメリー号を載せるって事?」

「……いや、流石に船は載らねェだろ!?」

 

 見た目的にも船が載るような大きさには見えない。どうするつもりだ、とフランキーに視線を向けると、フランキーは呆れたように肩をすくめた。

 

「あれに船が載る訳ねェだろ。船を載せるのは専用の車両がある。予約ってのはその車両を連結してきてもらうことだ」

「あ、そういう……」

 

 流石に客室の上に船を載せる訳にはいかない。

 メリー号くらいの船なら専用の車両があるらしく、それに積んで運んでくれるらしい。

 巨人族が入ることを想定しているためか、駅はかなり広めに造ってある。メリー号程度の大きさの船なら十分に駅の構内に入るし、積み込みも可能なのだろう。

 問題は誰が積み込むのか、と言う話なのだけれど。

 

「心配しなくても積み込みは向こうがやる。オメェらは金の心配だけしてろ」

「そう、それよ! いくらかかるの!?」

「船の移動はそんなにかからねェ。列車の運行のついでに人件費と輸送費乗せるだけだから、せいぜい10万ってトコだ。問題は船の修理費の方だな」

 

 海の上では船の総点検が出来なかったのでこれから診ることになるが、修理の場所や量によっては中古の船を新しく買いなおした方が金額的に安い場合もある。

 その場合でも引き取った船の解体のためにウォーターセブンに移動しなければならないので、どちらにせよ必要ならと先に海列車の予約を取りに来たのだ。

 

「まーでもそっちは心配いらねェよ。金はあるから」

「お、強気だな麦わらの兄ちゃん。船一隻いくらするか知ってんのか?」

「知らねェ。けど──」

「はいはいそれ以上は喋らないの。とりあえず金額の心配はしなくていいわ。よっぽど法外な金額じゃなきゃ、私たちの方にも蓄えはあるから」

「そうか。まァ海賊の蓄えってのは大抵ロクでもねェもんだが……聞かねェでおこう」

「それで、予約って言ってたけどいつなの?」

「明後日だ。点検はそれほど時間もかからねェが、暇だろうからこの島回ってくるといいぜ」

 

 フランキーが島の内部を指差すと、ルフィは「じゃあそうしよう」と楽しそうに足を向け、即座にナミとウソップに止められる。

 ルフィ1人で町に放り出してもトラブルしか起こさないのは分かり切っている。一度船に戻って船番を残しつつ、補充するものがあれば補充に行く必要もあるのだ。

 ……予定が狂ったので食料品の振り分けも調整が必要だ。

 

「とにかく、一旦船に戻りましょ! 今後の予定は共有しておかないと」

「そうだぜルフィ! 一旦戻ろうぜ」

「…………わかった」

「イヤそう!」

 

 これでもかとばかりに嫌そうな顔をするルフィにチョッパーが思わずツッコんだ。

 

 

        ☆

 

 

「ああ、そうだ。この町での注意点だが……」

 

 忘れていたとばかりにフランキーが振り返った時には、既にルフィたちは船に戻っていた。

 ポリポリと頬をかき、「……まァ1日2日でどうなるって訳でもねェか」と気を取り直してから海列車の予約のために書類を書く作業に戻った。

 受付の歳を食った男は軽く笑い、さっきまでいたルフィたちを思い返す。

 

「ギャンブルとは無縁そうだが、煽りに弱ェ海賊も多いからな。新聞には載ってねェが……これ、見てみな」

「あん? ……ちょっと待て、〝麦わら〟のルフィ、懸賞金1億ベリーだと!?」

「海賊ってのは見た目じゃ分からねェもんさ。お前さんだってわかるだろう?」

「……そうだな」

 

 フランキーは船大工として活動し始めてからそれなりに長く、その分多くの海賊を見てきたが、億超えの賞金首を見たのは数える程しかない。

 年に3人から4人出る危険な世代だと言われることもあれば、1人も億を超える賞金首が出ない年もある。

 海賊として逸材ではあるが、多くの悲劇があったうえで認定されているのだから世の中としては生まれない方が良い存在でもあるのだ。

 最近新聞を賑わせるような名前の中にルフィの名はなかったハズだが、逆に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である可能性もある。

 

「ここ最近は特に数が多い。この島にももう1人、いたハズだ……面倒事を起こしてくれなきゃいいがね」

「ここは〝黄昏〟のシマだろ? あの人を敵に回そうとする海賊がいるとは思えねェが」

 

 フランキーの言葉に男は顎を撫でながら首を横に振った。

 

「そんな損得勘定が出来る奴が海賊になどなるものか。大抵の海賊は夢見がちな大馬鹿者か、他人から奪う事に快楽を覚える大馬鹿者のどちらかさ」

 

 バナロ島は元々無人島だった。

 そこに他所の島から逃げて来た者たちで新しく開拓村を作り、生活の基盤を作り、海賊に襲われて全滅しそうなところで〝黄昏〟に助けられた。

 巨人族と比べてもなお巨大なフェイユンが腕の一振りで船ごと粉々にしてしまうさまは、男の目にくっきりと焼き付いているほどである。

 そこからはあっという間だ。

 最初は貿易の拠点として整備され、途中から治める者が変わって町づくりの方向性が変わり、現在は海賊相手に酒と食事とギャンブルを提供する島になった。

 

「……アウアウ、アンタも苦労してんだなァ~~」

「なんでアンタが泣いてんだ」

「バカ! 泣いてねェよ! バカ!」

 

 だばーっと滝のように涙を流すフランキーを見て、感傷的な気分が引っ込んだ。

 男は苦笑しながら小さいため息を吐き、「さっさと書類書いちまえ」と促す。喋ってばかりで書類が進んでいなかった。

 

 

        ☆

 

 

 船に戻ったルフィたちが見たのは、やや剣呑な雰囲気で船から降りて会話していたゾロとサンジの2人だった。

 2人がケンカしているわけではない。睨みつける程の眼光で見ているのは、1人の男だった。

 もじゃもじゃ頭にサングラスをかけ、ゾロとサンジの2人を前に一切腰が引けていない。口元には葉巻がくわえられており、出っ張った腹とは裏腹に姿勢は良かった。

 

「何してんだ、ゾロ、サンジ」

「帰ったのか、ルフィ」

「お前に客だよ。お前を出せってうるせェんで、静かにさせようかと思ってたトコだ」

 

 煙草をふかすサンジの視線は強い。単にルフィを出せと言うだけでなく、かなり挑発されたのだろう。戦えるようにも見えないが、この島で面倒事を起こすと船の修理に差し障ると考えて手を出さなかったのかもしれない。

 もじゃもじゃ頭の男は振り返り、サングラスをずらして自身の目でルフィを捉える。

 ウソップとチョッパー、ナミの3人はその眼光の鋭さにささっとルフィの背に隠れ、様子を窺うようにそーっと顔を出した。

 

「だ、誰!?」

「フーっ……お前が〝麦わら〟か?」

「ああ。おっさん誰だ?」

 

 男の威圧感など意に介さぬとばかりに、ルフィはいつもの調子で誰何した。

 男は小さく笑い、胆力はあるようだと認めて名乗る。

 

「おれァフェスタ。ブエナ・フェスタって言やァわかるか?」

「知らねェ」

「バカ! 何で知らねェんだよ! ブエナ・フェスタって言ったら、〝海賊王〟と同じ時代を生きた海賊だろ!?」

 

 その辺りの事情は流石にウソップでもわかるのか、ルフィの腰をバシバシと叩きながら叫ぶ。

 〝祭り屋〟フェスタの名は方々で知られている。海賊の海賊による海賊のための祭りと称し、様々な場所でパトロンから資金提供を受けつつ様々な祭りを開催しては参加する者も見る者も楽しませるエンターテイナー。

 そんな男が、ルフィに何の用だと指差すウソップ。

 それに対し、フェスタはジロリとウソップを睨みつけた。

 

「〝海賊王〟と同じ時代を生きた、か……笑わせんじゃねェ! そんな奴はいくらだっている。同じ時代に生まれて生きて海賊やってりゃ偉いのか? 違ェだろ!? 重要なのはその時代に何をして知られるようになり、どんなことをして熱狂を伝播させたかだ!!」

 

 「違うか!?」と睨みつけられ、ウソップは半分ビビりつつもフェスタの言い分に理解を示す。

 分かればいいとフェスタは上がったテンションを無理矢理下げ、ルフィへと視線を戻した。

 

「知ってるぜ、〝麦わら〟のルフィ。〝東の海(イーストブルー)〟イチの出世頭。〝道化〟のバギーに〝首領(ドン)〟クリーク、それに〝ノコギリ〟のアーロンを倒して3000万。クロコダイルを倒して1億の首になったんだって?」

「……!」

「驚くなよ。おれァ今はカナタのトコで世話になってんだ。色々耳にも入ってくる……で、だ。ひとつ、聞きてェ」

 

 サングラスを外し、葉巻を手に持って、フェスタは真剣な面持ちで問いかけた。

 

「お前、なんで海賊やってんだ?」

 

 対し、ルフィの答えは実に簡潔。

 

「〝海賊王〟になるためだ」

 

 一切迷いも逡巡もない答えだった。その即答ぶりに、思わずフェスタも目を丸くする。

 ルフィの目には迷いがない。それだけを目的としていることがハッキリとわかり、遊びや誤魔化しで言っているわけでは無いことなどすぐにわかった。

 

「そうか、〝海賊王〟か……ハッハァ!! ハハハハハハ!!! い~ィ表情だ、モンキー・D・ルフィ!! 気に入ったぜ!! ──だが、お前じゃ〝海賊王〟は無理だ。諦めな」

「何ィ!?」

「やる気云々じゃねェ。今のお前じゃあ弱すぎる。誰がその座を狙ってると思ってんだ? 誰と競おうと思ってるかわかってんのか? 分かってねェんだろうな! そのままじゃあ、テメェはプチっと虫みてェに潰されるだけさ!!」

 

 何がおかしいのか、フェスタは腹を抱えてげらげらと笑う。

 ルフィが拳を握った時には、既にウソップがパチンコを構えて〝火薬星〟を放っていた。

 しかしフェスタはそれを見ていなかったにも関わらず、僅かに体を逸らして回避する。目を丸くするウソップを尻目に、フェスタはひとつの提案をした。

 

「だがお前は良い時にこの島へ来た。お前、おれの興行に出る気はねェか? いいモン見せてくれたら、礼にこの先で必ずぶつかる敵って奴を見繕って用意してやる! この先、お前が〝海賊王〟になるなら超えなきゃならねェ敵ってのが数多くいる。そのレベルを知っておくのは悪いことじゃねェぜ」

「こ、超えなきゃいけない敵ってなによ!」

「敵は敵さ。〝海賊王〟を狙う同業他社なんざ、この海には掃いて捨てる程いるんだぜ!」

 

 少なくとも本気で狙っている怪物が2人いる。回避するにせよぶつかるにせよ、この先の海のレベルを知ることは決してマイナスにはならない。

 そして、それは決してルフィだけに留まる話ではない。

 

「お前の部下も連れて来い! その程度で〝海賊王〟のクルーを名乗るなんざ笑わせるぜ!」

 

 威勢だけじゃこの先の海じゃ通じない。

 かつてクロコダイルも言っていた。ルフィはこれまで若さと勢いだけで突き進んできたが、必ずどこかで立ち止まる時が来る。

 どうせいつかは戦わなきゃいけない敵なら、今のうちに知っておくのは決して悪いことではない。

 ゾロは少なくともそう感じていたし、空島でマラプトノカや小紫の怪物さを目の当たりにしてからは、決して若人を脅すための常套句などではないと肌で感じていた。

 だが、決めるのはルフィだ。

 ゾロはあくまでルフィの顔を立てるつもりで、自身の意見を告げようとはしなかった。

 

「どうする、〝麦わら〟!?」

「やる」

「ルフィ!?」

 

 ナミとウソップが愕然とした様子を見せる。

 いくら煽られたからと言っても簡単に挑発に乗り過ぎではないのか。止めてくれとゾロに視線を向けるも、ゾロもまたやる気で狂暴な笑みを浮かべていた。

 その時、ナミとウソップ、それにチョッパーは悟った。味方はいないのだと。

 




今年の更新はこれでおしまいです。
遅々とした進みですが、今年も筆を折らずに済みました。来年も頑張って書きますのでよろしくお願いします。

ちなみにフォクシー戦は基本的に原作ロングリングロングランド編と同じなのですっぱり飛ばす予定です。


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第二百十話:デービーバックファイト

あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いします


 

 ブエナ・フェスタの興行とはゲームである。

 いくつかある種目の中から選んだゲームを連続して行い、互いに賭けたものを奪い合う。

 ただし、()()()()()()()()()()()

 船だけは暗黙の了解で奪わないことになっているが、それ以外──金、物資、海賊旗(ほこり)、仲間など、あらゆるものを賭けて戦う海賊のゲームだ。

 〝デービーバックファイトによって奪われた仲間、(シンボル)、その他の物は、デービーバックファイトによる奪回の他認められない〟

 〝勝者に選ばれ引き渡された者は、速やかに敵船の船長に忠誠を誓うものとする〟

 〝奪われた(シンボル)は二度と掲げることを許されない〟

 以上を〝敗北の3ヶ条〟とし、互いの了承の下で宣誓してゲームは決まる。

 

「今回はオーソドックスな3コインゲーム、つまり3つのゲームで奪い合ってもらう。いいな?」

「構わねェ」

「フェーッフェッフェッフェ!! 随分な自信だな〝麦わら〟ァ! おれをこのゲームで負けたことのねェ〝銀ギツネ〟のフォクシーと知っての言葉かァ!?」

「お前のことは知らねェ。誰だお前」

「知ら……ない……?」

「ぷーっ!! ぷぷぷ」

 

 ルフィが全く知らないことに気落ちしたフォクシーとその部下ハンバーグを尻目に、フェスタはゲームの説明を続ける。

 3つのゲームの参加人数は3人、3人、1人で必要人数は7人。麦わらの一味は9人いるので2人余るのだが、誰が出るかでナミとウソップは即座に辞退した。

 ただでさえ危険なゲームだ。自分がそれほど強くないと自負があるナミとウソップは出ようとは思わない。

 

「まァ誰が出るかは決定だな」

 

 一つ目のレースにはロビン、ゼポ、ペドロ。

 二つ目の球技にはチョッパー、ゾロ、サンジ。

 三つ目の戦闘にはルフィ。

 誰を取られても参加者の変更は出来ないため、仮にゾロを取られれば二つ目のゲームでは2人でゲームをすることになる。

 戦闘に誰が出るかで若干揉めたが、最終的にこの形に落ち着いた。

 

「それじゃ、ゲーム開始としようじゃねェか。デービー・ジョーンズにゲーム開始の報告だ!!」

 

 指で弾いた3枚のコインは高々と宙を舞い、海へと落ちて開戦の合図となった。

 

 

        ☆

 

 

「気が付いたらえらいことに巻き込まれてやがんな……」

 

 まさかちょっと目を離した隙にデービーバックファイトをやることになっていたとは思わなかった。フランキーは「思っていたより喧嘩っ早いな」と呟きつつ、近くの店で箱買いしたコーラを一本取り出して傾ける。

 コーラ特有の強い甘みと炭酸で喉を潤し、周りの観客同様にルフィたちのゲームを肴にする。

 始まってしまったものは仕方がないし、どうせやるなら派手に盛り上げて楽しむのがフランキーの性分だ。

 横に座る妹分のモズとキウイも屋台で買った焼きそばを手に麦わらの一味を応援している。

 誰もメリー号のことなど気にしていないが、フランキーの舎弟の中でもまとめ役のザンバイだけはそれを気にして後ろから話しかけた。

 

「しかしアニキ、あいつらの船を見るんじゃないんですか?」

「……あァ、構わねェだろ。もう見たからな」

「もう見たんですか!? 相変わらず早いっすね……」

 

 フランキーは船大工としてそれなりに長い。ザンバイたちはまだ見習いと言っていい年数しか携わっていないので分からないことも多いが、フランキーならばあっという間にどこが悪いのか見抜いて直してしまう。

 こればかりは長年の経験もあるが、今回ばかりはフランキーもザンバイを叱らなくてはならない。

 

「バカ野郎! あの船見りゃ一発で分かんだろ!」

「すんません!! ……その、どこを見れば良かったんですかね」

「甲板が中心からズレてる。ありゃ竜骨がやられた時特有のズレ方だ」

「竜骨……って、じゃああの船……」

「……そうだな。いつ沈んでもおかしくはねェだろ」

 

 船は竜骨を基礎として組み立てられる。甲板がズレれば船全体のバランスがズレて危険だし、折れたマストのせいで余計に船が傾いていたからザンバイもわからなかったのだろう。

 マストや舵、甲板の穴は修理すれば何とでもなるが、土台となる竜骨が破損していてはどうにもならないし、竜骨を取り換えることも出来ない。

 竜骨を取り換えるということは船を一から作り直すことと同義だからだ。

 ザンバイはそれを理解して口を噤み、フランキーを見る。

 

「あのままウォーターセブンまで連れて行こうと思ったが、下手すりゃ辿り着けずに船が沈む危険もあった。船大工1人仲間にしてねェ〝麦わら〟の怠慢と言えばそれまでだが、少なくともヘタクソなりに船を修理して大事に乗ってたのは事実だ。おれは船を大事にしねェやつは嫌いだが、ちゃんと大事に乗ってることが分かる奴は嫌いじゃねェ」

 

 船を大事にしながら航海してきたことはフランキーにもわかった。

 だが、それはそれとして船が限界であることも分かった以上、そのまま航海を続けさせることは船大工として認められない。

 知った上で船と一緒に心中する気なら止める気も失せるが、彼らの意思はまだ確認していないのだ。

 だから多少金がかかってもバナロ島を経由して海列車で船を運ぼうとしていた。船を大事にしすぎてフランキーの言葉に受け入れられずにそのまま航海へ出る可能性もあったというのに。

 

「アニキ、そんなだからウチの資金繰りはカツカツなんだわいな」

「アニキのそういうところは美徳だけど、あんまり続いたらウチは破綻するわいな」

「うぐっ……」

 

 2人の妹分の言葉にギクリと体をこわばらせるフランキー。

 相手の必要以上に手を焼くうえ、宵越しの銭は持たないなどと言い張ってあちらこちらで宴をするものだから、フランキー一家は基本的に自転車操業なのだ。

 基本は造船業の仕事だが、たまに賞金首を捕まえて海軍に突き出す賞金稼ぎの仕事で日々の糧を得ているくらいである。

 口を尖らせてキウイとモズの説教を聞いていると、すぐ近くに来た誰かが声をかけて来た。

 

「おや、お困りですか?」

「あん? ……マラプトノカか。何の用だよ」

「何の用だ、とはまた随分なご挨拶ですね。わたくし、あなたとそれなりに取引してきたと思うのですけれど」

 

 フランキーの左側、キウイを挟んでもうひとつ隣に腰を下ろしたのはマラプトノカだった。

 相変わらずのスーツ姿だが、今日は珍しくサングラスをしている。

 

「サングラスを付けてるのは珍しいな。イメチェンか?」

「違います。わたくし、ちょっと色々あって〝黄昏〟と敵対しているので変装です」

 

 サングラスをかけただけで変装になるわけねーだろ、とフランキーは思ったが、空気を読んで黙っていることにした。

 ぐびぐびとコーラを流し込むフランキーに対し、マラプトノカは静かに広場に設置されたモニターでルフィとフォクシーのデービーバックファイトを見る。

 モニターから目を離さないまま、マラプトノカはフランキーに話しかける。

 

「フランキーさん、最近船造りの仕事って受注されました?」

「なんだいきなり。受けてねェが……」

「ふむ……」

 

 モニターから目を離さないまま考え込むマラプトノカに、フランキーは思わず眉根を寄せる。

 

「オイ、今の質問に何の意味があるんだ」

「いえ、特段大きな意味があると言うワケでは無いのですけれど……ここ最近、〝黄昏〟があちらこちらで新型の船を造っているらしいので、もしやフランキーさんのところにも注文が入っているのかな、と思っただけです」

「新型の船だァ? そういうのはアイスバーグの野郎のところの仕事だろ」

「わたくし、フランキーさんの腕は認めているのですよ? いつも海パン姿の変態ですけれど」

「変態だとォ……? おいおいそんなにホメんなよ~~照れるじゃねェか」

「褒めてませんが」

 

 本気で照れているフランキーに思わずツッコミを入れるマラプトノカ。

 とは言え、〝黄昏〟が新型の船を造っているというのはフランキーにとっても聞き逃せない情報だ。いち船大工として純粋に興味がある、

 どんな船なのかと尋ねるも、マラプトノカもまだ詳細は分かっていないようで首を横に振った。

 

「何もわからず、新型の船を造っているという噂話が聞こえて来たから裏を取っている最中なのですよ」

 

 船造りにはそれなりに人数が必要になる。船の大きさにもよるが、ガレオン船と同じ規模ならウォーターセブンの誇る船大工でも数十人規模で動員される。

 どれだけ緘口令をしこうとも、人の噂に戸は立てられない。

 〝黄昏〟の新型船となれば海軍も政府も高値で情報を買ってくれるだろう。

 ここ最近は世界政府内でも対〝黄昏〟の声が大きくなっている。百獣・ビッグマムの海賊同盟相手に大暴れしたらしいのでその関係だろうとマラプトノカは睨んでいた。

 実際、マラプトノカ自身も小紫と言う海軍大将にも匹敵する戦力と一戦を交えたのだ。警戒するのはむしろ当然だと考えている。

 

「新型の船、ねェ……ウォーターセブンで造ってねェなら〝新世界〟のどこかじゃねェのか?」

「その可能性が高そうですね」

 

 〝新世界〟にある〝黄昏〟の影響下にある島は対四皇や対政府のために色々と防諜対策がしてある。警戒が強いので情報を得るのは容易ではない。

 困ったこと、とため息を吐くと、何かを感じ取って勢いよく後ろを振り向く。

 

「──っ!?」

 

 白銀に赤いメッシュが数か所入った髪。精悍な顔立ちと鍛え上げられた肢体。

 堂々たる風格を纏ってマントをなびかせるその男は、まっすぐにマラプトノカの下へと歩いて来た。

 この距離まで気付かなかったことにマラプトノカは歯噛みし、近付いて来るその男を睨みつけながら近付いて来るのを待つ。

 

「お前がアルファ・マラプトノカか?」

「……ええ。お初にお目にかかりますわね。お名前を聞いてもよろしいかしら?」

 

 そう言いつつも、マラプトノカはどうにか戦闘を回避して逃走経路を確保しようと視線を巡らせる。

 戦っても負けるとは思っていないが、つい先日同じことを考えて酷い目にあったばかりだ。多少なりとも警戒してしまう。

 

「おれはユイシーズ。〝黄昏の海賊団〟傘下のひとりだ」

「〝冒険男〟が誰かの傘下に入ったことにも驚きですけれど、わたくしに何か御用でも?」

「ああ、聞きたいことは色々ある。我々に敵対行動をとったお前が何故ここにいるのか、とかな」

 

 一触即発の雰囲気にフランキーたちも遠巻きにしているが、この島には根本的にフェスタの集めた海賊が多い。

 ケンカ上等と言わんばかりに囃し立てる者たちも多い中、フランキーは自分のコーラが入った瓶を守るように抱え込んで距離を取った。

 大事な自分の燃料である。壊されてはかなわない。

 

「色々と知りたいことがあるのですよ。直接聞いても教えてもらえなさそうなので、訪ねて回っているところです」

「そうか──少々迂闊だったな」

 

 バチバチと白い火花が飛び散り、2人の拳が衝突した。

 

 

 



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第二百十一話:〝冒険男〟

 

 マラプトノカとユイシーズの衝突によって発生した衝撃波は辺りにいた者たちを吹き飛ばし、騒然とさせるには十分すぎるほどだった。

 場末のチンピラ同士の喧嘩や〝楽園〟の海賊同士の戦いならば慣れた者も多いが、覇気使い同士の戦いなど早々みられるものではない。

 ケンカを煽った者も囃し立てた者も、2人の戦いの本気さに冷や汗をかいて這う這うの体で逃げ出していた。

 とはいえ、派手な衝突音に気付いて逃げ出す者もいれば、興味を抱いて遠目に眺める者がいるのもまた道理である。

 

「おー、派手にやってやがんなァ。片方は知らねェ女だが、もう片方は〝冒険男〟か」

「しばらく新聞に載ってませんでしたけど、こんなところにいたとは驚きっすね、船長」

 

 2人は建物に身を隠しつつ、衝突を面白そうに眺める。

 彼らは普通の人間に比べて腕の関節が一つ多く、ゆえに腕は地面につくほど長い。手長族と呼ばれる種族である。

 片方の男は編み込んだ長い髪と眼鏡が特徴的で、顎に手を当てたままユイシーズとマラプトノカをじっと見ていた。

 

「何の理由でぶつかってんのか知らねェが、あの男は〝怪物狩り〟で一時期新聞を賑わせた海賊だ。並の強さじゃねェハズ……正面から凌ぐ女は何モンだよ」

「さァ……ちょっと待ってください船長。まさか手ェだすつもりじゃないでしょうね!?」

「オイオイ、おれを誰だと思ってんだ? ──ああいう奴らを横からおちょくって逃げるのが楽しいんだろうが!」

「止めてくださいよ!?」

 

 悲鳴を上げる仲間を尻目に、男──スクラッチメン・アプーは、どのタイミングで手を出すべきかと思案し始める。

 先程までは画面に映るルフィたちの事を楽しんで見ていたが、今はすっかり興味の対象が移っていた。

 仲間の男は必死の形相でアプーを説得し始める。

 

「少なくとも片方は〝冒険男〟ですよ!? 〝クラーケン〟だの〝バジリスク〟だの、妙な怪物を倒してた男が弱いワケないでしょう!!?」

「だが懸賞金はおれ以下だぜ。政府はその強さそのものには脅威を感じてねェ。違うか?」

「それは……そうかも、しれねェっすけど」

 

 ユイシーズの懸賞金は1億を超えていない。

 新聞を騒がすことは多々あれども、それは様々な場所を冒険して打ち倒した怪物に注目が集まり、新聞屋が記事にしていただけだ。どこかの島を襲ったとか、略奪をしたなどとはとんと聞かない。

 だが、懸賞金制度はあくまで()()()()()()()()()()()()()()だ。

 懸賞金が低いからと言って、必ずしも強さがそれに直結するわけではない。

 一際派手な音と共に衝撃波が辺りに飛び散り、肌をビリビリと打つ。アプーたちは咄嗟に物陰に隠れてやり過ごすと、戦場が段々と移っていくのを確認した。

 

「どこに向かってやがんだ?」

「まだちょっかい出す気なんですか?」

「あたぼうよ! ちょっかい出さねェにしても、あいつの強さはちょっと興味があるしな」

 

 ユイシーズのことはここ数年新聞に載っていない。

 懸賞金が高い海賊がどこかの傘下に収まったり、あるいは誰かと同盟を組むことがあれば新聞にすっぱ抜かれて世を賑わせることもある。

 だが彼は元々の懸賞金がそれほど高くなく、〝怪物狩り〟で賑わすことはあれどそれ以上の価値を見出さなかったのだろうとアプーは考えていた。

 〝黄昏〟の傘下に収まったなら懸賞金が上がることもない。話題性としては低いのだ。

 

「追いかけるぞ!」

「ちょっ!」

 

 仲間を連れてユイシーズとマラプトノカの2人を追いかけるアプー。

 単なる殴り合いではなく、マラプトノカは色々と武器を取り出しているようだが、ユイシーズ相手にはあまり効果が出ていない。

 拳、と言うより両手の爪で鉄さえ切り裂いて見せるが、ユイシーズはそのことごとくを避けるか防ぎきっている。実力は疑うべくもないだろう。

 段々と追い詰められていくマラプトノカも、状況を打開しようと姿を変えた。

 巨大な白い狐──彼女の本来の姿へと。

 

「うおっ!? 何だありゃァ……能力者か!?」

 

 四つある目がギョロギョロと動いてユイシーズを捉えると、開いた口から破壊の息吹が放たれる。

 これはまずいと、アプーは咄嗟に仲間の頭を押さえて伏せた。

 

「〝熱息(ボロブレス)〟!!!」

 

 あらゆるものを吹き飛ばす破壊の息吹は、しかし狙われているユイシーズが咄嗟に上空へと移動して狙いを逸らしたために町への被害は出なかった。

 それでもやや水平に放たれた〝熱息(ボロブレス)〟は遠くの海で爆発し、凄まじい水柱を立てて轟音を響かせる。

 あれにちょっかいを出すのは流石にマズい、とアプーが冷や汗を流すほどだ。

 しかしユイシーズは臆することなく上空から攻め始め、同時に何かを合図するように叫んだ。

 

「アレックス!! デルバルト!!」

 

 地面から突如として伸びた多数の鎖がジャラジャラと音を立ててマラプトノカに巻き付き、一時的にでもその動きを制限する。

 続いて辺り一面に大量の紙が舞い上がり、ペタペタとマラプトノカの肉体に張り付いては視覚を遮って動きを止めていく。

 何らかの能力者による攻撃だろうが、辺りに人の影はない。アプーと同じように姿を隠しているのかと思えば、身動ぎするマラプトノカに引っ張られて鎖が引きずられると同時に1人の男が姿を現した。

 引きずられて地面に擦られ、スプレーのようなものが剝がれている。

 

「クソッ、なんて力だよ!? 急げデリック!!」

「任せろ!!」

 

 またしても見えない誰かが攻撃をすると、今度はマラプトノカの体表を覆う鱗に弾かれガキンと音を立ててクロスボウの弾が地面に落ちた。

 クロスボウによる攻撃のようだが、鱗が硬質すぎて通らないのだろう。

 

「硬すぎだろ!? 小紫のやつ、ホントにあれを斬ったのか!?」

「あいつ大体何でもぶった切るから感覚麻痺してんじゃねェか……?」

「話してる場合か! 次だ!!」

 

 ギョロリと動いたマラプトノカの視線に気付き、ユイシーズは彼女が動くより先に上から殴りつけて地面に叩きつけた。

 即座に鎖と紙がマラプトノカの動きを止めようと纏わりつき、嫌がったマラプトノカの口から漏れた炎が体表を覆って紙を燃やし尽くしていく。

 白い鱗が黒く染まっていくのは覇気によるものだろう。

 視界を紙で覆ったところで見聞色からは逃げられない。次の攻撃に移ろうとするマラプトノカの横っ面を再びユイシーズが殴り飛ばし、今度は港の方から大砲と思しき玉が直撃した。

 

「鱗に阻まれて攻撃が通ってねェ! どうにか鱗を割れ!!」

「動きを止めるのも限界だぞ!!」

「迫撃砲、次弾装填急げ!!」

 

 連続した砲撃音と共にマラプトノカへと降り注ぐ砲弾の雨。

 アプーたちは巻き込まれてはたまらないと、姿勢を低く保ったまま物陰に入り、様子を窺いつつ顔を見合わせる。

 

「こりゃ無理だ。逃げようぜ」

「最初からそう言ってるじゃないですか!?」

 

 神妙な顔で言い放つアプーに、慣れている部下も流石に悲鳴を上げた。

 

 

        ☆

 

 

「ハハハ! 中々やるな!!」

「そちらこそ、小紫さんほどではありませんが、面倒なことをしてくれますね!!」

 

 攻撃や移動の素振りを見せれば即座にユイシーズが先んじてそれを潰すため、マラプトノカのストレスは非常に溜まっていた。

 罠にかけようとフェイクの動きを見せてもそれに釣られることはない。恐らく精度の高い見聞色によってマラプトノカの動きを完全に見切っているのだろう。

 これだから高位の覇気使いは厄介なのです、とマラプトノカは恨み言をこぼす。

 とは言え、ユイシーズの攻撃以外はほぼ通じていない。単なる目くらましと動きを止めるための鎖と紙はさておき、ボウガン、迫撃砲、バリスタ──艦砲射撃による攻撃でさえ鱗にはヒビすら入らず、ユイシーズもこれには驚きを示した。

 

「だが、ううむ……これは厄介だな。カイドウに劣らない防御とは聞いたが、これほどとは」

 

 元来の覇気の強さもあるだろうが、マラプトノカとて小紫との一戦から何も学んでいないわけでは無い。

 障子を割くように気軽にザクザク斬られるのは、回復するからと言って何度も経験したいものではないのだ。

 動きを制限していた紙を焼き尽くした後は炎を纏わず、逆に氷で覆って攻撃と熱を防いでいる。並の攻撃ではこの二重の防御を破ることは難しいだろう。

 ユイシーズはマラプトノカの動きを制限しつつ、これを打倒する方法を考えていた。

 

「徹甲榴弾、徹甲焼夷弾、徹甲弾の順に撃ち込め!!」

「了解!」

 

 再び動きを止めるためにマラプトノカの足に鎖が巻き付き、直後に左前足目掛けて徹甲榴弾がさく裂した。

 派手な爆音と同時に次弾である徹甲焼夷弾が撃ち込まれ、今度は爆発と同時に炎上する。

 これによって少なくとも体表の氷は剥げ、覇気によって黒く染まった鱗が表面に出た。

 氷が再び体表を覆うより先に徹甲弾が鱗に直撃し、明確に鱗へとヒビを発生させる。

 

「ぐ、これは……!?」

「お前に通用するよう調整した特製の徹甲弾だ。効いたようだな」

 

 マラプトノカの頑丈さは事前に小紫の報告書で情報を得ている。出来得る限りの準備は既にしていたし、念のため弾頭に覇気を込めて威力の底上げも図っていた。

 これはマズいと続けて放たれる徹甲弾を回避しようと身動ぎした瞬間、ユイシーズに腹部を殴打されて一瞬呼吸が止まる。

 徹甲弾は僅かに逸れてマラプトノカの左肩に直撃し、青い炎と共に再生しようとするのを見てユイシーズは声を上げた。

 

「回復させるな!」

 

 船に積み込んだ砲台は全部で4つ。連続で撃ち込むにしても、次弾装填の時間は僅かでも必要だ。

 回復することは既に周知の事実であるため、そちらに対してもユイシーズは準備を整えた。

 

「デリック! 割れた鱗を狙え!」

「あいよ!」

 

 デリックと呼ばれた男はクロスボウを構え、徹甲弾によって割れた鱗の合間に見える肉目掛けて弾丸を放つ。

 クロスボウの弾は寸分違わず鱗を避けて内側へと突き刺さり、刺さった瞬間からマラプトノカを覆っていた青い炎が止まった。

 

「これは……海楼石!? 馬鹿な……!」

 

 クロスボウの弾の(やじり)に海楼石を使うことで、能力の能動的な発動を抑制した。僅かな時間であれ、能力の使用を止められれば戦況は優位に傾く。

 だが海楼石は非常に硬く、加工が難しいのでそれほど鏃の数が多いわけではない。

 相当な技術がなければ扱うことなど出来ない。

 それゆえに信じられないとユイシーズを睨みつけ、海楼石の効果で動きが鈍った瞬間に装填が終わった徹甲弾が直撃した。

 連続して撃ち込まれた徹甲弾は鱗を明確に砕き、腹部に巨大な穴を開けてみせた。

 瀕死の重傷ではあるが、出来れば捕えろと言われているだけで基本的に生死問わずである。生かすだけ害悪なので捕縛が無理なら駆除を優先というのがカナタの方針であった。

 

「まあこんなものか……?」

 

 聞いていたより大したことはなかったな、とユイシーズは思う。

 事前に情報があるかないかで大分違うとはいえ、それでも小紫が苦戦するような相手とは思えない。

 能力が厄介なようなので、海楼石で抑え込むのを基本戦術に組み込んだのが上手くハマったというだけならいいのだが……何となく釈然としないまま、ユイシーズは背を向けた。

 後は海楼石の手錠で両手両足を抑え込めばいい。辺りに隠れていた〝戦士(エインヘリヤル)〟の同僚に労いの言葉をかけようとすると、慌てた声が彼の耳を打つ。

 

「おい、ユイシーズ!! あの狐女、回復してるぞ!!」

「何!?」

 

 慌てて確認すると、海楼石の鏃は抜けていないにも関わらず、マラプトノカの腹に開いた大穴は青い炎に包まれて塞がれていく。

 悪魔の実の能力はあの鏃が刺さっている間は力が使えなくなる。少なくとも〝黄昏〟では能力者を用いた実験でそれは判明済みだし、能力者本人の精神力でどうにかなるものではない。

 では何故マラプトノカが能力を使えるのか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 抑え込めるのは悪魔の実の能力だけだ。海楼石で能力を抑え込んでも、元々の膂力が優れている者の身体能力を抑えきれるわけではない。

 

「小紫め……いや、彼女を責めるのは筋違いか。だがこれでは……!」

 

 海楼石で傷の回復を止められないのであれば、マラプトノカがノックダウンするまでダメージを与え続ける必要がある。

 即座に攻撃に移ろうと構えると、マラプトノカはユイシーズではなく地面目掛けて破壊の吐息を発した。

 

「〝熱息(ボロブレス)〟!!!」

 

 威力よりも速度を優先したが故に威力はお粗末だが、それでも並の人間なら蒸発して余り有る熱量である。

 ユイシーズは上空に逃げ、周りにいた仲間たちは各々回避するなり建物を盾にして防いでいた。あれしきでやられるほど 〝戦士(エインヘリヤル)〟は易い存在ではない。

 鏃の刺さっていた腕の部分を自力で抉り取り、即座に青い炎が肉体の損傷を癒している。

 これ以上好きに動かせては逃げられると、ユイシーズはすぐさま動くが──マラプトノカは獣形態から人獣形態へと変化し、その強大な膂力を以てユイシーズを真正面から殴り飛ばした。

 

「ユイシーズ!」

「平気だ! 奴を逃がすな!!」

 

 両腕を交差させてマラプトノカの攻撃は防いだものの、衝撃は殺しきれずに吹き飛ばされている。

 その隙に港目掛けて駆け出したマラプトノカ目掛け、ジャラジャラと音を立てて鎖が放たれる。

 しかしそれも空中で自在に飛び回って回避し、高速で離脱していく。焔雲による空中移動のため、〝月歩〟と違って速度はそれほどでもないが自由度は高い。

 紙吹雪が空に舞ってマラプトノカの行く手を遮るも、数度の衝突で力負けして吹き飛ばされた。

 

「なんだこの腕力!? どうなってやがる!?」

「覇気だけじゃない、元々の膂力が突き抜けてるぞ! 気を付けろ!!」

 

 なりふり構わないマラプトノカの逃走に舌打ちし、ユイシーズは疾く空を駆けてマラプトノカに追いつく。二度の妨害で速度を落としたためにギリギリで追いつける速度まで落ちていたからだ。

 直接の攻撃は危険だと判断し、拳を交わすことなくマラプトノカの尻尾を握って地面目掛けて思いきり投げつける。

 こうなればとにかくダメージを与えることを優先するべきだと判断し、地上に降りて追撃に移る。

 だがマラプトノカも易々とやられてはくれず、体表に氷の鎧を纏って守りを固めていた。

 

「色々手を尽くしていたようですけれど、残念でしたね。わたくしはそう簡単に捕まる安い女ではありませんので」

「いいや、お前はここで倒れてもらう」

 

 地面の下を伝ってきた鎖がマラプトノカの両腕に絡みついて動きを止めた瞬間、ユイシーズの拳がマラプトノカの胸へと突き刺さった。

 流し込んだ覇気は肉体を内側から破壊し、ぐらりとマラプトノカの肉体が傾く。

 対象を確実に殺すために使うジュンシー直伝の技を浴びせ、しかし青い炎が自動的に肉体を修復しようとするのを見て手を休めず次の攻撃に移る。

 しかし二撃目はわざと倒れることで回避され、瞬間的に獣形態へと姿を変えて鎖を無理矢理引き千切った。

 至近距離で巨大化したマラプトノカに押さえ込まれたユイシーズは、反撃に移ることも出来ずに両腕で押し潰そうとしてくるマラプトノカの足を受け止めている。

 捕縛に移ろうと周りの仲間たちが動くも既に遅く、マラプトノカは焔雲を掴んで上空へと退避した。

 

「それでは皆様、ごきげんよう! もう二度と会わないことを祈っておりますわ!」

 

 まぁまぁ必死な様子で逃げていくマラプトノカを押さえつけることは難しいと判断し、〝戦士(エインヘリヤル)〟の面々はため息をこぼした。

 地面に半分埋まっていたユイシーズも起き上がると、軽くため息を吐いて呟いた。

 

「……任務失敗か。色々と想定はしていたが、想定以上の相手だったな」

 

 真正面から打倒するならまだしも、逃げの一手を打たれると中々に厳しい相手だった。

 身体能力の高さもさることながら、多種の能力を使いこなす頭脳も侮れるものではない。これは要報告だろう。

 上から押さえ込まれて痺れの残る両腕を見ながら、次に会った時の対策を練っておこうと考え始めた。

 




ユイシーズの愉快な同僚たち
・アレックス ジャラジャラの実の鎖人間
・デルバルト パサパサの実の紙人間
・デリック  クロスボウ使い。非能力者
全員覇気使い
名前は出てないけどイロイロの実のスプレー人間とかもいます。透明化はこいつの能力

次に名前が出てくることがあるかわからないので覚えなくていいです


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第二百十二話:事前準備

 

『──以上が今回の事の顛末だ』

「ふむ……」

 

 マラプトノカと接触したユイシーズから電伝虫による報告を受け、カナタは面倒くさそうな顔で椅子に背中を預けた。

 海楼石が思ったより効かなかったのは想定外だが、それ以外の武器に関しては十分に通用した。良かったことといえばそれくらいのものだろう。

 それに、海楼石が効かなかった理由も何となく理解は出来る。海楼石を受けても()()()()()()()()()()()()()()()も。

 

「あの女はベガパンクが作った生物だからな。元が悪魔の実の因子によって発生したものとはいえ、ベガパンクの人工悪魔の実を食べても死ななかったということはその辺りの判定に引っ掛からなかったのだろう。理解は出来る」

 

 納得出来るかはまた別の問題になるが。

 実質的に複数の悪魔の実を食べているようなものだ。ずるい、と言いたくなる気持ちもあるが、悪魔の実は使い手次第でいくらでも使い勝手が変わる。

 マラプトノカは頭は良いが、戦闘に関してはそれほど突出しているようには見えないのが幸いか。

 それでも各種能力と素の身体能力だけでもかなり図抜けた強さを誇っているのが厄介なところではある。

 

『もう少し早く情報が得られていれば、取れる手段もあったと思うが……』

「仕方なかろう。ラグネルの報告を受けてお前に回すまでに見つけられるとは思わなかった」

 

 マラプトノカは空島で小紫にこっぴどくやられた手前、しばらく〝黄昏〟の勢力圏に姿を現すことはないだろうと考えていたのだ。

 ユイシーズに出した指示も、近くの島で発見の報があれば急行して捕縛しろというものである。まさか白昼堂々、それも勢力圏の島ではなく直接統治する島に姿を見せるなど想像だにしていなかった。

 呆れる程のクソ度胸なのか、あるいは何も考えていないのか。小紫ほどの実力者はそう多くないと高を括った結果かもしれないが、こちらは相応に得るものを得られた。

 

「奴の肉片や血はどうした?」

『回収できる分は回収してそちらへ送る。だが、こんなものが必要なのか?』

「体組成くらいは分析出来るだろう。色々と特殊なようだし、ベガパンクも全てを把握出来ているわけではないようだからな」

 

 ベガパンクには少しきつめのお仕置きをするとして、マラプトノカへの対処は急務である。

 海楼石でも完全には動きを止められなかったのは、鏃に使った海楼石の純度の不足もあった。確実に止めるなら一度頭を吹き飛ばしてから四肢を海楼石で縫い付けるくらいはする必要がある。それがわかっただけでも今回の衝突には意味があったと言えるだろう。

 マラプトノカの肉片から肉体の強度を割り出せば、あるいはカイドウに通じる兵器も生み出せる可能性もある。

 ……まぁ、あの男は素の肉体の強さもさることながら、尋常ではない覇気が肉体の頑丈さを押し上げている。マラプトノカに通じてもカイドウには通じないと考えておくのが無難ではあるだろう。

 自然系(ロギア)と違って普通の物理攻撃が当たるだけマシだが。

 

「しばらく警戒は続けておけ。またぞろ顔を見せるかもしれん」

『了解した。今度はもっと徹底的に叩いておこう』

 

 これだけやられても懲りずにうろつく可能性はゼロではないと、今回証明された。ならばもうしばらくは警戒して配置しておく必要がある。

 ユイシーズとの連絡を終えたカナタは、厄介事を呼び込んだマラプトノカの資料を手に持ってため息をこぼした。

 

「……この時期にユイシーズをあちらに張り付ける必要が出て来るとは」

 

 近く、カナタはニューゲートと──ひいては〝白ひげ海賊団〟との戦争を行う。

 戦力を集中させなければならず、不自然にならない程度に少しずつ各地から幹部たちを戻しているところだ。

 この大海賊時代に商船の護衛足り得る戦力が各地から減るなど、自殺行為にも程がある。なるべく海軍や他の組織にバレないように準備をしておきたかったが、少し難しいかもしれない。

 〝黄昏の海賊団〟は傘下を含めて総勢8万を超える。

 内訳は半数以上の5万人が単なる労働者であるため、実質的な戦力はおおよそ3万前後。

 しかし各地の商船の護衛を全て接収するわけにもいかないので、実際にカナタと共に戦場に立てるのはおおよそ2万を少し超えたくらいの数になる。

 こうなると、ほぼ全員が戦闘員である四皇の勢力と衝突すると数の上では不利になる。

 もっとも、この世界の戦力は単純な数字だけで測れるものではない。

 雑兵をいくら揃えたところで四皇クラスの覇王色に耐えられないなら意味がない。そういう意味では数的不利の現状でも四皇と張り合える〝黄昏〟も十分四皇クラスの勢力と言えた。

 

「……仕込みは必須か」

 

 〝白ひげ海賊団〟と一戦構えるとなれば、海軍も政府も静観はしないだろう。

 四皇、海軍、七武海の三大勢力による世界の均衡を保つことを考えるなら、〝黄昏〟が突出した勢力になることは避けたいハズだ。

 カナタとニューゲートの決闘ともなれば、カイドウとリンリンも出張ってくる可能性だってある。なるべくなら個別に対応していきたいが、そう簡単に掌で転がってくれる相手なら苦労はない。

 カナタは電伝虫の受話器を取り、ティーチを呼び出す。

 昼間から酒を飲んでいたティーチは、やや赤い顔のままカナタの執務室をすぐに訪れた。

 

「呼んだか、姉貴!」

「仕事だ。ニューゲートのところへ行って、エースから渡ったであろう手紙の返事を聞いてこい」

「手紙の返事ィ?」

 

 ティーチは眉をひそめた。

 四皇の一角へ使者として向かうのだから、相応の地位と立場が必要なのはわかる。だがそれで返事を聞いて来るだけ、と言うのはどうなのか。

 訝しむティーチだが、カナタはそれを見越して海図を広げながら言葉を続ける。

 

「ニューゲートが船長の座を降りればうちの経済圏に組み込んでやる、と伝えた。十中八九断ってくるだろう。そうなれば宣戦布告でいい。お前向きの仕事だろう?」

「ゼハハハハ!! 飲めない要求突きつけて、断れば宣戦布告か! 悪辣だな!!」

「私とて鬼ではない。選択肢は常に用意してやっている」

 

 肩をすくめるカナタにげらげらと笑うティーチ。

 机の上に海図を広げると、密偵からの情報でニューゲートの乗るモビー・ディック号がどのあたりにいるかを指し示す。

 

「先日得た情報から、現在位置はここ。ここから針路は東南東へ向いていて、これまでの情報から考えるにこの島を目指しているものと思われる。先回りしろ」

「間に合わなかったら?」

「間に合わせる。お前が使ってる丸太船じゃなく、うちで用意した高速船を使え」

「なんでだよ」

 

 不満そうな顔をするティーチをギロリと睨みつける。

 なんでも何もない。あんな舵さえついてないイカダのような船でモビー・ディック号を先回りなど出来る訳がないからだ。

 懇切丁寧に説明してやってもいいが、時間の無駄なので「命令だ」の一言で済ませる。見た目に反してこの男は頭がいいので、説明しなくても酒が抜ければ理解出来るだろう。

 ティーチは不満そうな態度を崩さないが、カナタとて暇ではないのだ。

 

「私はこれから出る。バレットとの約束もあるからな」

「ああ、あの合体野郎を引き込むんだったか? この間レインがボコボコにやられてたが、勝算に変わりはねェのかよ」

「問題ない。だが丸一日はかかるだろうと、先にあれこれ仕事を済ませていた」

 

 カイドウとリンリンもそうだが、強者は体が頑丈過ぎるが故に決着をつけるにも時間がかかる。普段なら時間で区切るが、本気でやるとなればどちらかが倒れるまでやるのが筋というものだ。

 

「宣戦布告に関してだが、極力私とニューゲートの一騎打ちで決着を付けたい」

「あん? こっちも一騎打ちでやるのか?」

「なるべく〝白ひげ海賊団〟は無傷で抱えたい。互いに全力で衝突しては遺恨が残ることもあろう」

 

 ニューゲートを倒した後で無理矢理徴集してもいいのだが、元々エースが食料や医薬品に困って頼ってきたのが発端だ。

 子供たちが日々の糧に困らなくなるならニューゲートも嫌とは言わないだろう。

 ニューゲートのナワバリを〝黄昏〟の経済圏に組み込むなら、どのみち〝白ひげ海賊団〟の協力は必要だ。

 

「姉貴が勝てば〝白ひげ海賊団〟は姉貴の傘下に置く、か。じゃあ白ひげのジジイが勝ったらどうするんだよ?」

「当然、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ニューゲートが勝てば〝黄昏の海賊団〟は傘下となる。

 カナタが勝てば〝白ひげ海賊団〟が傘下となる。

 勝てば総取りとは、つまりそういうことだ。

 この言葉にティーチは目を丸くする。

 

「オイオイ、大きく出たじゃねェか。負けるとは思わねェがよ、相手はあの〝白ひげ〟だぜ?」

「あの老いぼれに負ける気はない。奴としても、この条件なら受けざるを得ないだろうしな」

 

 〝黄昏〟の仕事をニューゲートが代わりに出来るとは到底思えないが、カナタとて今は報告書を読んで決済印を押しているだけである。

 大まかな方向さえ示せるなら誰がトップに立っても仕事は回るようになっている。そうでもしなければカナタは仕事に忙殺されて鍛える時間がなかったのだ。

 ……各国との折衝やある程度の物資供給の割り振りなどは差配しているが、これらはカナタが七武海だから必要な仕事でもある。ニューゲートがトップになるなら不要だろう。

 問題があるとすれば、カナタとニューゲートの決闘を聞きつけた外野の方にある。

 

「カイドウとリンリンが乱入してくる可能性もある。なるべく戦力は集めておきたい」

「赤髪の野郎はどうするんだ? 裏で手ェ組んでるんだろ?」

「あいつは今、娘の晴れ舞台を見に行くと張り切っているからな。出来ればカイドウかリンリンのどちらかににらみを利かせておいて欲しいところだが……難しいだろう」

「肝心なところで役に立たねェな……」

「それと、政府と海軍が横槍を入れてくる可能性もある。〝黄昏(ウチ)〟と〝白ひげ〟が合併するとなれば、奴らとしても無視出来ないだろうからな」

「つっても、姉貴は七武海だろ。味方が強くなる分にはあいつらもとやかく言ってこねェと思うが」

「……そんな簡単に済むなら私も楽だったんだがな」

 

 ただでさえ五老星はカナタのことを危険視している。

 七武海として認められているとはいえカナタは海賊だ。世界経済に深く食い込んでいる〝黄昏〟を排除することは難しいが、本質的に敵である以上は強すぎる影響力など持たせたくはないのだろう。

 大海賊時代が始まった頃は到底人手が足りなかったゆえの判断だろうが、この辺りはカナタを安易に七武海に引き入れた失策だ。

 とはいえ、五老星とて馬鹿ではない。

 ベガパンク率いる海軍特殊科学班(SSG)に何か妙な物を作らせているようだし、兵器による攻撃で四皇の勢力を大なり小なり削れたなら既存の商船を海軍に護衛させることも考えるようになるだろう。

 どうあっても、最終的に〝黄昏〟は世界政府と敵対せざるを得ない、と言うワケだ。

 

「今はいくら考えても可能性の域を出ない。連中の動きを考えて今後のプランは幾つか用意している。心配は不要だ」

「……姉貴がそう言うなら、おれはそれに従うぜ」

 

 上に立つのがティーチだったのなら、幾らか方針について言いたいこともあったのだろう。

 だが、ティーチはあくまでカナタを立てる判断をした。直感的に()()()()()()()()()()()、と考えたのだ。

 必要な時は色々と考えることもあるが、ティーチは基本的に()()()()()()()()()()()()()()()。今回はカナタの指示に全面的に従うのが吉だと賭けたに過ぎない。

 

「ニューゲートへの宣戦布告だが、決闘の日程は──」

 

 細々としたことを口頭で伝え、必要なことはメモを取らせて確実にニューゲートに伝わるようにする。

 宣戦布告の使者など、最も危険な役割だが……それでもティーチならば問題はないだろうと、カナタは考えていた。

 

 

        ☆

 

 

 一方、〝ミズガルズ〟。

 カナタからの連絡を受け、島内部の防衛は統括支部長と巨人族のディルスに任せることとし、カイエは一時的に〝新世界〟へ戻る準備を進めていた。

 警備の引継ぎさえ済ませれば、あとは身の回りの細々とした道具を纏めるだけだが、それとは別に傘下の海賊である九蛇海賊団へ連絡を入れるために港へ訪れていた。

 

「カイエ姉さま! わざわざ来ていただかなくとも、私たちが足を運んだのに……」

「ウタの護衛として、今日にでもアラバスタへ出るのでしょう? その前に顔を見に来ただけです。忙しい時に顔を出せとは言いませんよ」

 

 九蛇の船を訪れたカイエを見て、マリーゴールドが慌てたように声を上げた。

 その声に気付いてか、周りにいた九蛇の船員たちもこぞってカイエの周りに集まってくる。

 カイエは九蛇の血筋ではないが、グロリオーサの娘として扱われているので実質的な身内扱いだ。〝戦乙女(ワルキューレ)〟として、幹部としてカナタに仕えるカイエの事を憧れている者はそれなりに多かった。

 嫌な顔をせずにそれに対応していると、ひょっこりウタが顔を見せる。

 

「あ、カイエさんじゃん。やっほー!」

「こんにちは、ウタ。準備は終わったのですか?」

「うん! 元々泊まるのに使う着替えくらいしか宿に運んでなかったし、荷造りはすぐ終わったよ」

 

 ミズガルズはアラバスタへ向かう中継地点として寄っただけなので、荷物のほとんどは船内に置いたままだった。

 船を降りて島で宿を取ったのは、船で移動する際の疲れを癒す意味もあるが、今回の興行の主役である〝黄金帝〟ギルド・テゾーロが到着するのを待っていたからでもある。

 

「ハンコックはどこですか?」

「テゾーロさんと警備の打ち合わせだって、さっき出て行ったけど」

「おや、そうですか」

 

 男嫌いのハンコックがテゾーロと打ち合わせに出たことに目を丸くするが、何かしら2人の間で通じるものもあったのだろうとカイエは思う。

 どちらにしても都合が良い。両方に連絡を入れるため、カイエは名残惜しむ声に苦笑しつつ一度船を降りて、近くに停まっている別の船へ向かった。

 〝黄昏〟のマークが入った船へ乗り込むと、カイエの姿に気付いた男が近付いて来た。

 

「これはこれは、カイエ様。テゾーロ様に御用ですか?」

「ええ、ハンコックも来ているのでしょう? 案内して貰えますか?」

「分かりました、こちらです」

 

 タナカと呼ばれる男に続いて船内に入る。

 大きな船の中でも防諜対策を施された部屋の前へ案内されると、タナカがノックの後に用件を告げる。

 

「失礼します。テゾーロ様、カイエ様がお見えになりました」

「何? 入ってもらえ」

「はい。ではカイエ様、こちらへどうぞ」

 

 ドアを開けたタナカはドアの横に控え、カイエが中に入る。

 中にはテゾーロと副官のバカラ。それにハンコックと副官としてサンダーソニアがいた。

 テゾーロとハンコックはカイエの姿を見るなり立ち上がり、歓迎するように笑みを浮かべる。

 

「ようこそ、カイエさん。貴女には挨拶に行こうと思っていたところです」

「久しぶりですね、テゾーロ。噂は色々聞いていますよ。手広くやっているようですね」

「カナタさんの助力あっての成果です。あの方には頭が上がらない」

「カイエ姉様はどうしてここに?」

 

 本来なら、〝黄昏〟の幹部として立場が上であるカイエの方へとテゾーロが出向くのが当然である。

 顔を出すのが遅いと礼を失することになるのだが、まだテゾーロは島に着いたばかり。ハンコックとアラバスタまでの護衛計画に関して一段落してから顔を出そうと思っていたところに現れたので、テゾーロとしては笑みを浮かべつつも背中に冷や汗が流れていた。

 どんな理由があれ、組織という枠組みにおいて立場の上下は絶対的なものだ。目下の者のところへ目上の者が足を運ぶなど、本来ならやるべきではない。

 ハンコックはあまりその手のことに無頓着なので、「もしや打ち合わせより先にテゾーロをカイエ姉様のところへ行かせるべきだった?」とソニアの方が冷や汗を流している。

 カイエはそれに気付いて苦笑するばかりであった。

 

「急遽連絡することが出来たので、こちらに足を運んだのですよ。礼を失したから、などと言う理由で来たりはしません」

 

 カイエの言葉に胸を撫で下ろすハンコック以外の三名。

 椅子に腰を落ち着けると、カイエは早々に本題へ入った。

 

「九蛇海賊団の護衛に関してですが、アラバスタへ到着次第引き上げることになりました」

「……というと、つまり彼女たちは我々をアラバスタへ送るだけで、帰りの護衛はないと?」

「端的に言えばそうなります。しかし、アラバスタへ滞在する商船には護衛がいますので、そちらと連携を取ってもらうことになるでしょう」

「それは構いませんが……随分急な話ですね?」

 

 九蛇の護衛はカナタの提案である。

 つまり、彼女の決定に異を唱えられる誰かか、あるいは彼女自身が決定を翻したということになる。

 九蛇海賊団は〝黄昏〟の傘下の中でも一、二を争う武闘派の海賊団だ。彼女たちの護衛は安心出来る要素だったが、テゾーロやウタの安全よりも優先すべき出来事があったということだろう。

 テゾーロとしてもそこは気になるところだった。

 

「今はまだ箝口令が敷かれていますから、詳しいことは話せませんが……少なくとも、アラバスタにいる間は護衛は不要だと判断されました」

「それは……何故です?」

「〝赤髪〟がアラバスタへ来るそうです。彼らがいるなら護衛は不要でしょう」

 

 カイエの言葉に、その場にいた全員が目を丸くする。

 何しろ現四皇の一角を占める〝赤髪海賊団〟がアラバスタへ来るとなれば、なおの事護衛が必要になる。如何に彼らが四皇の中でも穏健派だと言っても、海賊は海賊だ。警戒を緩める理由にはならないハズだった。

 

「シャンクスと私は昔馴染みですし、彼はカナタさんともそれなりに親しい間柄です。今回のライブの招待状を送ったところ、快く参加の返事をもらいました。なので、彼らが何かをすることはないでしょう」

 

 これにはテゾーロも唖然とするばかりである。

 〝赤髪〟は〝海賊王〟の後継として目されているところがある。かつてロジャー海賊団の船員だったシャンクスと、ロジャー海賊団と付き合いの多かった黄昏の海賊団。

 確かに接点はあるな、とテゾーロは遠い目をしていた。

 九蛇海賊団が護衛から外れるということで、カナタの中でテゾーロたちより優先すべきものがあったのだと考えたが、何のことはない。九蛇の護衛が必要無いほど強大な味方がいるならいいだろうと判断されただけだ。

 

「なるほど、〝赤髪海賊団〟が……しかし、彼らは我々の安全に配慮してくれるのでしょうか?」

「そこはきちんと伝えておきますから、大丈夫ですよ。何かあれば彼らが率先して動いてくれるでしょう」

 

 ウタの件はテゾーロには伝えていない。本人が伝えたいときに伝えるように、とカナタから指示が出ているだけだ。

 子供は親の弱点足り得る。シャンクスの立場を考えれば、下手にウタの存在を公にするのは控えたほうがいい。伝えるにしてもごく少数に絞るべきだと考え、ウタにはなるべく信用出来る者だけに話すようにと念を押してある。

 

「そうですか。それなら安全でしょうね」

「……カイエ姉様。それでは、私たちはアラバスタへ送り届けた後、どこに向かえば良いのです?」

「女ヶ島へ戻ってください。そして島の防衛として最低限の人員を残し、準備をするようにと──カナタさんからの命令です」

 

 カナタから直接受けた仕事を取り上げられ、やや不満げだったハンコックとソニアの顔が引き締まる。

 カナタからの命令など滅多に出るものではなく、ましてやこの指令は〝戦争の準備〟を示すものだ。

 九蛇の護衛がテゾーロたちから外されたのは、シャンクスたちが護衛の代わりを務めてくれるからという理由以外にも原因がある。

 カイエの言葉を受け、ハンコックは九蛇の皇帝代理として相応しく頷いた。

 

「いつでも出られるように準備を整えます」

「頼もしい限りです」

 

 必要なことは伝え終わったと、カイエは立ち上がって部屋を後にしようとする。

 テゾーロは慌ててお茶の用意をさせていると言うも、カイエは首を横に振った。

 

「色々と忙しいのですよ。お茶のお誘いは嬉しく思いますが、また次の機会にしましょう」

 

 近く、カイエもこの島を発つ必要がある。それまでに仕事の引継ぎなどを済ませておかねばならない。

 残念そうな顔のテゾーロとハンコックを尻目に、カイエは優雅にその場を去っていった。

 



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第二百十三話:模擬戦

 

『おいユイシーズ、ちょっと顔出せよ』

 

 そんなブエナ・フェスタのぶっきらぼうな呼び出しに首を傾げつつも、ユイシーズは律義に彼のところへと顔を出していた。指定されたのはフェスタがいつも興行で使っている巨大な闘技場のひとつである。

 カナタへの報告も終わって、マラプトノカと戦った仲間と一緒に酒場にでもと考えていた矢先のことだ。

 特に世話になったわけでも仲が良いわけでもないが、立場上フェスタとユイシーズは同僚である。島一つを任されているフェスタとカナタ直轄の〝戦士(エインヘリヤル)〟次席のユイシーズでは、どちらの地位が上とは断定出来ない。指揮系統が別なので互いに互いへの命令は出来ないのだ。

 まぁ、特にやることが詰まっているわけでもないので顔を出していたワケだが。

 

「呼んだか、フェスタ」

「おう、来たなユイシーズ」

 

 葉巻を咥えて煙を吹かすフェスタは、見るからに上機嫌だった。

 隣には先程までデービーバックファイトをしていた麦わらの一味がいた。

 フォクシー海賊団はデービーバックファイトに負け、取るものを取られて全員帰らせたのだ。

 ユイシーズはルフィたちをちらりと見て、フェスタへ視線を戻す。

 

「彼らは?」

「〝麦わら〟には勝てばこの先立ち塞がるこの海のレベルを教えてやるって条件で興行に参加させたのさ。あとはわかるだろ?」

「……つまり、なんだ。おれに彼らと戦えという事か?」

「そうだ」

「断る」

 

 きっぱりと断りの返事を入れるユイシーズ。

 ピクリと片方の眉を上げ、フェスタは理由を問い質した。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この言葉に噴き上がったのは、ルフィ、ゾロ、サンジの3人である。

 麦わらの一味の中でも特に強さへのこだわりが強いからだ。下に見られることを嫌う、負けず嫌いの性質が多分にあることも要因だろう。

 

「おれ達より強ェと言うが、そんなに違うようには見えねェがな」

「そうだ! おれだって強ェぞ!」

「……何を言っても聞く気は無さそうだな。厄介事をおれに押し付けるのなら、まずは相談くらいしろ、フェスタ」

「ハッハァ!! 聞いたら快く頷いてくれんのかよ? 頷かねェだろ!?」

「まぁ、そうだな」

 

 何を見てもユイシーズにメリットがない。ただ弱い者いじめをするためだけに呼び出されたとなれば、ユイシーズのテンションも下がろうというものである。

 フェスタはその辺りの事を理解しているのかいないのか、葉巻を一度吸い込んで口の中を煙で満たし、ゆっくりと吐き出す。

 相手してやれよ、と適当に投げ出すのは簡単だ。だがこれでも一応雇われである以上、フェスタとしても多少はユイシーズに配慮しなければならない。

 一から十まで自分で決めていた船長時代が懐かしいが、あの頃だって祭りをやる上でスポンサーの意向はある程度酌む必要があった。相手が一本化しただけマシだろう。

 

「〝麦わら〟は1億の首だ。その上、コイツの一味にはニコ・ロビンがいる」

「……オハラの生き残りか、噂は聞いている」

「お前がどこまで知ってるか分からねェが……カナタの奴は、ニコ・ロビンが政府や四皇の連中に捕まることを危惧してる」

「だろうな。〝古代兵器〟だか何だか知らないが、そういったものを復活させられる可能性があると聞いている」

 

 だが同時に、〝黄昏〟の艦隊を大々的に動かして捕縛に当たらない辺り、警戒してはいてもカナタの中で優先度は低いのだろうと考えていた。

 アラバスタの一件で百獣・ビッグマムの海賊同盟相手に大立ち回りはしていたが、ロビン本人を捕まえようとは動いていなかった。それがどういった考えの下で出された判断なのかは分からないが、カナタがこの件に消極的なのは傍から見ていてもわかる。

 ユイシーズの考えを見抜いてか、フェスタはにやりと笑った。

 

「まァカナタ自身は無理に捕縛しようとは考えてねェようだな。だがニコ・ロビンが四皇や政府に捕まるのは困るってのが本音さ」

「自由にさせておくと危険な人物を捕えておくことを忌避するような人ではない、と思っていたが……」

「あいつにゃあいつの事情があんだろ。正直なトコ、予想が付かないワケじゃねェ」

 

 元海兵の巨人族であるサウロは隠そうと思って隠せるものでは無いし、フェスタとて古い時代を生きた海賊である。個人的に情報を得る伝手はそれなりに用意していた。

 オハラへの〝バスターコール〟を襲撃した〝残響〟のオクタヴィア。その後オクタヴィアを倒したカナタ。

 そして、ロジャー以前に暴れ回ったロックス海賊団の一員であるオクタヴィアとカナタの関係性──後姿はよく似ており、仮面を被ってしまえばその下がどちらでも外見で判断するのは難しい。

 この際オハラから学者を連れ出したのがオクタヴィアでもカナタでも構わないのだ。結果的にオクタヴィアはカナタに倒されているし、それならば最終的にカナタの手元に学者がいる可能性が高いことに変わりはない。

 フェスタが気付いた以上、()()()()()()()()()()()()()

 ロビンとカナタがどこかで繋がっているのなら、表立って捕らえようとすると邪魔が入ることは想像するに容易い。コソコソ動き回るハズだ。

 

「これでもカナタの奴にはそれなりに世話になってるからな。おれなりにあいつには期待しているトコもある。多少気ィ回すくらいはするさ」

 

 ロジャー亡き今、この時代を〝白ひげ〟のものだと呼ぶものがいる。

 カイドウやビッグマムとて負けておらず、世代は一つ下だが赤髪だって負けてはいない。

 群雄割拠するこの海の中で、世界を沸かせる〝熱狂(スタンピード)〟を生み出すのが誰か──フェスタは、他ならぬカナタこそが次代をけん引する存在になるのだと考え、賭けた。

 強く、美しく、そして恐らくフェスタが考えている以上に()()()()()()()に、フェスタは全てを賭けているのだ。

 

「〝黄昏〟全体としちゃ、最終的に損することはねェハズだ。これでお前がやる気を出さねェってんなら……」

「……その時はどうするつもりなんだ?」

「まァ、なんだ。大人しく頭下げるしかねェわな」

 

 肩をすくめてぷかぷかと煙を吹かすフェスタに、ユイシーズは肩透かしを食らった気分だった。

 それなりに長く生き、プライドもある男だ。軽々しく頭を下げるような男ではないが……彼にそこまでさせる何かがある、というのは今しがた説明を受けた。

 要は、ニコ・ロビンが捕まらないように、あるいは捕まっても取り戻せるように、世話になっている麦わらの一味の戦力を底上げしたい。そういうことなのだろう。

 ……相変わらず、ユイシーズ本人にはメリットは無いが。

 組織として利益があるのなら、動くことに否はない。

 

「いいだろう。相手をしよう」

 

 

        ☆

 

 

 ルフィはフォクシーとの戦闘で負った傷など気にも留めず、軽く体を動かして調子を確かめていた。

 

「傷が痛むなら明日でも構わないが?」

「いや、いいよ。やろう」

 

 闘技場の中に残ったのは戦闘に自信のある3人にプラスしてペドロとゼポの2人である。

 他の面々は戦う事に自信がないのと、医者であるチョッパーに倒れられると困るという理由で観戦であった。

 開始の合図は特にない。共に海賊である以上、そんなものが必要だとは思わなかったのだ。

 最初に仕掛けたのはルフィだった。

 

「ゴムゴムの──〝銃弾(プレット)〟!!」

 

 勢いよく殴りつけるも、ユイシーズは涼しい顔でその拳を掴む。

 伸びたり縮んだりするゴムの肉体に眉を動かすことはあったが、それでもユイシーズに危機感を抱かせるほどではない。

 ルフィは掴まれた腕を縮め、その勢いで接近してもう片方の腕で殴りかかる。

 ユイシーズは冷静に、掴んだ腕を離して顔の前で拳を構えた。ボクシングの構えに近いが、少々違う──パンクラチオンと呼ばれる格闘技の構えである。

 

「ルフィ、不用意に近付くな!」

 

 横合いから攻撃を仕掛けたペドロの剣を軽く動いて避け、標的をルフィからペドロへと変える。

 〝エレクトロ〟による電撃を剣に纏わせ、ユイシーズの振るう拳を防ぐ。

 しかしユイシーズは一切電撃の影響を受けず、防いだ剣ごとペドロの胸部を殴打して吹き飛ばした。

 

「カハッ──!!」

「ペドロ!」

「他人を気にする余裕があるのか?」

 

 吹き飛んだペドロに視線を奪われたルフィは、即座に距離を詰めて来たユイシーズに反応しきれず、顔面に強烈な一撃を貰う。

 通常、ゴム人間のルフィに打撃は通用しない──が、能力者である以上、覇気を纏えばその耐性も貫ける。

 普段打撃によるダメージを貰うことがないこともあってか、ルフィは顔面を打ち抜くパンチにチカチカと視界が明滅していた。

 鼻血を出しながら吹き飛ばされ、入れ替わるようにゾロとサンジが連続で攻撃を仕掛ける。

 

「〝鬼斬り〟!!」

「〝首肉(コリエ)シュート〟!!」

 

 斬撃と足技はそれぞれ片手で止められ、2人は目を見開く。

 手応えが普通の人間とは違う、まるで鋼鉄でも攻撃したかのような手応えだったからだ。

 

「テメェ、人間じゃねェのか!?」

「これしきで驚かれても困るな」

 

 空島で一戦交えたマラプトノカの仲間にも似た感触だったが、あちらと違うのは防いだ腕の部分が黒く変色していたことだろう。

 あれは覇気だ、とゾロは直感的に理解した。ゼポやペドロの教えがなければ、気付けもしなかった。

 サンジには同じように蹴り技で返し、三刀を振るうゾロには両腕に覇気を纏って防ぎながら連続した打撃を叩き込む。

 一撃の威力が段違いだった。

 体の芯に響くような打撃は、食らっただけで体力を大きく奪われていく。

 

「覇気使いってのはこう戦うんだ、よく見てろ!」

 

 倒れるゾロとサンジを下げ、意識が落ちていないことを確認しながらゼポが前に出た。

 両手に覇気と電撃(エレクトロ)を纏い、姿勢を低くしながらユイシーズへと殴りかかる。

 だが、触れれば通用する電撃さえユイシーズには通じていなかった。ゼポと当たり前のように近接戦を繰り広げている。

 

「エレクトロが通じねえのはどういう理屈だ、ゆガラ!?」

「おれの覇気をそこらの覇気使いと同じにみられては困るな」

 

 その程度で〝戦士(エインヘリヤル)〟の次席など取れるはずがない。

 ユイシーズの覇気は通常の肉体を強化する効果だけではなく、体の外側へ鎧のように纏う使い方を会得している。純粋にこれを打ち破る攻撃か、あるいは鎧を内側から破壊するような覇気を使わねば、ユイシーズの肉体にダメージは通らない。

 

「ゼポ!」

 

 地面を滑るように移動して接近したペドロと、攻撃を受けつつも倒れないゼポの両面からの攻撃に対し、ユイシーズは死角からの攻撃さえまるで見えているかのように回避してみせる。

 麦わらの一味の中で現状、最大戦力と言っていい2人が瞬く間に崩されて倒れていく。

 僅か数秒の事であった。

 一撃の重さが段違いであることも理由だろう。

 まるで見えているかのように死角からの攻撃に対応することも理由だろう。

 ただ純粋に、ユイシーズは戦士として強かった。

 

「──まだやるか?」

 

 挑発するかのように見るユイシーズに、ルフィは腹に力を込めて立ち上がった。

 ゾロもサンジも、一撃受けただけではまだ負けたと認める気もない。

 返答は不要である。ただその戦意をもって答えとし、3人は再びユイシーズ目掛けて攻撃を仕掛けた。

 何度も何度も、当たるハズの攻撃を躱され、まるでどう逃げようとしているかわかっているように振るわれる拳にダメージを蓄積されていく。

 何度も何度も──全員が遂に立ち上がることさえ出来なくなるまで、ユイシーズは一切加減も躊躇もせずに殴り続けた。

 

 〝麦わら〟のルフィ並びにその一味の、完全敗北であった。

 



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第二百十四話:自分で何とかしろ

 

 ルフィが気が付いた時には、辺りは真っ暗になっていた。

 清潔なベッドの上で手当てをされて寝かされており、いくつも並べられているベッドにはゾロやサンジが同じように寝ている。

 むくりと起き上がって周りを見ると、枕の横に麦わら帽子が置いてあった。

 無意識にそれを手に取って頭にかぶると、腕に包帯が巻いてあるのが目に入る。

 

「…………」

 

 包帯は巻いてあるが、別に出血しているわけではない。

 ユイシーズはひたすらルフィたちをボコボコにしていたが、後に引くような痛みなども特に感じられない。

 つまり、ルフィたちは手加減されていたのだ。

 軽い痣くらいにはなっているだろうが、それだって特に気にするような傷でもない。

 5人がかりで戦って全く歯が立たなかった。フェスタが言っていた「ここから先出て来る敵」の強さとやらを、とにかく分かりやすく叩き込まれたわけだ。

 じっと自分の手を見ていたルフィだが、動けないわけでもないし、何より空腹から腹の虫が鳴っている。

 ベッドから降りると、ルフィは鼻を利かせて食べ物がある方向を探る。

 

「こっちだ! うまそーな匂いがする!」

 

 とにかくいい匂いのする方向目掛けて走り始めるルフィ。

 どうやら階下から漂ってきているらしく、それにつられて階段を駆け下り、バタバタと音を立てながら廊下を移動する。

 辿り着いたのは食堂だった。時間的には夕食よりだいぶ遅い時間のようだが、この島では酒と博打で遅くまで騒がしいのも珍しくはない。

 この食堂も例に漏れず、遅くまで開いているようだった。

 ……この建物が何のためのものなのか、ルフィはさっぱりわかっていないが。

 

「うんめー! おっちゃんこれうめーな!!」

「おー、そう言ってくれるのは嬉しいが……いやよく食うなお前。何人前食ってんだよ」

 

 そう言いながらも料理の手を止めない男。忙しい時分ならばともかく、ルフィひとりしかいない今なら作る傍から消えて行っても特に負担は大きくないのだろう。

 バクバクガツガツと手を止めずに食べているとやがて満足したのか、ルフィは膨らんだ腹を抑えながら「腹いっぱいだ」と笑みを浮かべる。

 口の周りは随分汚れていた。

 料理人の男が使った食器を片付けていると、ふとルフィが気になったことを訊ねて来た。

 

「なァおっさん」

「なんだボウズ」

「ここどこだ?」

「お前、なんで知らないでここに……ああ、気絶してたんだったか。ここは港に近いホテルだよ。食堂は外部からでも入れるがね」

「なんでおれはここにいるんだ?」

「そこまでおれが知るか」

「おれがお前たちをここに連れて来たんだ」

 

 呆れ顔の料理人が事情を知るはずもなく、ルフィも「そうかー」で済ませようとしていたところで、食堂の入口から声がかかった。

 ユイシーズである。

 昼間の服装とは違ってシャツとジーパンの随分ラフな格好だ。完全に休むだけ、といった雰囲気である。

 ユイシーズはルフィの対面に座ると、料理人の男にお茶を頼む。

 

「この島にも病院はあるが、お前たちの怪我で病院に放り込んだところでベッドに寝かせておくだけだからな。お前たちの船医のタヌキが治療をしたあとはここのベッドに転がしていた」

「そうか」

「……だが驚いたな。明日の朝までは到底目覚めんだろうと思っていたが、こうも早く目を覚ますとは。思ったより頑丈なのか?」

「ああ、うん。あのくらいなら平気だ」

「……そうか」

 

 呆れているような、驚いているような。ユイシーズは何とも言えない表情で置かれたお茶を一口飲む。

 ルフィも食後のお茶を飲んで静かな時間が流れていると、ユイシーズから口を開いた。

 

「お前たちの実力不足は分かったハズだ。おれはそれなりに強い方だと自負しているが、それでもおれ以上に強い奴はいる。ここで諦めるのも一つの道だ」

「いや、諦めねェ」

 

 ルフィは一切退かなかった。

 完全敗北を喫したとしても、お前では無理だと言われても、だからどうしたと返すだけだ。

 だってそうだろう。夢を追うことをそう簡単に諦められるのなら、今ここでこうして海賊などやっていない。

 どれほど辛く、厳しい道だったとしても、夢を叶えるためなら足を進められる。

 〝海賊王〟の座に興味はなくとも、世界一周を目指して旅をし、最終的に〝黄昏〟の傘下として収まったユイシーズには、あまりに眩しい姿だった。

 

「前に進むための一歩が如何に重く苦しいものか、おれは知っている──〝麦わら〟、お前はその冒険の先に何があろうと前に進めるか?」

「進むさ。おれは〝海賊王〟になる男だ」

 

 今はまだ勝てない相手がいるなら、どうにか勝てるよう強くなるしかない。ルフィの底抜けに前向きな姿勢にユイシーズは笑みをこぼし、「なるほど」と納得した。

 これは、確かにカナタが気に入るハズだ。

 先程報告した時の楽しそうな声を思い出しながら、ユイシーズはルフィを改めて見る。

 

「であれば、忠告しておこう。ニコ・ロビンについてだ」

「ロビンになんか用でもあんのか?」

「用があるのはむしろ、周りのお前たちの方だな」

 

 ルフィと一戦交えたことはカナタに報告する程のことではない。だが、カナタの方からユイシーズへと連絡が入って来たのだ。

 内容は簡潔で、「ロビンを狙ってCP0が動いている」というものだった。

 どこから手に入れた情報なのかは分からなかったが、現在のロビンの位置も含めて現状を余さず報告している。カナタも何らかの対策を打っている事だろう。

 それら全てをルフィに伝えたが、あまり理解出来ていない様子を見てなんとなく事情を察し、「仲間の方にも話しておこう」と提案しておく。

 

「ああ、うん。そうしてくれ」

 

 興味がないわけではないのだろうが、サイファーポールのことすら知らないのでは事情を呑み込めなくても仕方がない。

 ロビンの事を守ろうとするのであれば、少なからず政府から狙われる。知識の不足は致命傷になり得る。

 この島での件で敵を知ることを怠る愚かさを知ったハズだ。自らの力を過信することの厳しさを理解したハズだ。

 ……()()()()、と前に進める者だけが大成出来るのだろう。

 すべてを知って行動することなど誰にも出来ない。自分の力を信じる事さえ出来ない者に勝利など訪れない。

 結局のところ、何があっても()()()()()が強いのだ。

 

「期待しよう、〝麦わら〟のルフィ。お前たちの事はお前たちで何とかすることだ」

 

 

        ☆

 

 

 〝ミズガルズ〟から〝ウォーターセブン〟へ向かう海上にて。

 政府の船に乗ったCP0──ゲルニカは、五老星から情報を受け取っていた。

 

『──ニコ・ロビンの居場所が分かった。次の目的地もな。万全の態勢で迎え撃ち、これを捕縛せよ』

「ニコ・ロビンに味方の組織などはいますか?」

『アラバスタでクロコダイルを下した〝麦わら〟のルフィ率いる一味にいるようだ。ニコ・ロビンと以前から手を組んでいるペドロ、ゼポの両名も確認出来ている。少数だが総合懸賞金(トータルバウンティ)は10億近い。ゆめ油断するな』

「了解しました」

『それと──CP9の長官が以前から工作員を潜ませていたようだ。裁量権を与えるので好きに使え』

「CP9が工作員として? 一体何を目的に?」

『古代兵器〝プルトン〟の設計図を探らせている』

 

 ゲルニカが息を呑んだ。

 古代兵器を復活させ得るニコ・ロビンと、古代兵器そのものの設計図。共に手に入るとなれば、この世界の情勢は大きく変わる。

 失敗することなど許されない重大な任務だ。気合も入るというものである。

 

「設計図の在処など、詳細は分かっているのでしょうか?」

『CP9の長官から工作員の情報を送らせる。周囲にバレないよう接触し、任務を遂行せよ。また、ニコ・ロビンの捕縛は他勢力にバレないよう行え……バレたと判断した場合、最悪()()()()()()()()()()

 

 ウォーターセブンは腕のいい船大工の集まる島である。政府や海軍にも多数の船を卸しているし、〝海列車〟を開発した島でもあるため、出来ることなら残しておきたいところではある。

 だが、ニコ・ロビンを捕縛したことが知れれば百獣・ビッグマムの海賊同盟が動き出す可能性が高い。どれだけ万全の防備を敷いたところで、四皇のうち二つの勢力を同時に相手取るのは非常に厳しいものとなるだろう。

 〝黄昏〟の戦力を当てにすれば勝てるだろうが、五老星はそれを考えていなかった。

 ニコ・ロビンとカナタが裏で繋がっていると考えているからである。

 空島にあった〝オハラ〟、ニコ・ロビンが〝ミズガルズ〟を訪れるのと時期を合わせて一掃された諜報員、そして過去オハラへのバスターコールに介入した〝残響〟のオクタヴィアと、オクタヴィアを下したカナタ。

 今現在も行方不明のニコ・オルビアを含めて〝黄昏〟が裏で手を引いている可能性は高く、それ故に後背を突かれる可能性を考えて〝黄昏〟を当てには出来ない。

 不審に思われることはあるだろうが、確定的でない情報なら誤魔化しようはある。

 

「……〝バスターコール〟の権限はどなたが?」

『センゴクにゴールデン電伝虫をCP9の長官に与えるよう指示している。手渡すには時間がないため、必要な時はお前から命令せよ。〝オハラ〟の一件のやり残しだ。海軍も手は抜かんだろう』

 

 ゴールデン電伝虫はバスターコールを発令するための特殊な電伝虫だ。

 海軍大将及び元帥しか持つことを許されていない特別なものだが、逆に言えば正規に貸与されれば発令の権限を委譲出来るものでもある。

 実際に担当するのがセンゴクか海軍大将かは不明だが、誰が担当になっても戦力的には万全だ。

 

『速やかに命令を遂行することを期待している』

「……御意のままに」

 

 ゲルニカは連絡を終え、必要な命令を頭の中で繰り返す。

 最優先はニコ・ロビンの捕縛。

 次いで古代兵器〝プルトン〟の設計図の奪取。

 ロビンの捕縛を他勢力にバレないよう行い、これに失敗した場合はウォーターセブンへのバスターコールを発令すること。

 概ねこんなところだろうか。〝プルトン〟の設計図を奪取出来なかった場合のことは聞いていないが、現場で工作員として潜入しているCP9に話を聞くまでは何とも言えない。

 現存する可能性があるだけで、現物を実際に確かめたわけではないからだ。存在自体が怪しいので、探すだけ徒労になる可能性も決してゼロではなかった。

 最悪バスターコールで全てを灰燼に帰すよう命令が下っていることを考えると、五老星も設計図が現存する可能性自体高いとは考えていないのだろう。

 

「……頭の痛い問題だが、何とかするしかないか」

 

 ペドロ、ゼポの両名については資料がいくらかある。これまで政府や海軍が捕えようとして交戦した記録もあるので、実力も大体わかるだろう。

 麦わらの一味についても同様だ。クロコダイルを下し、細かく素性を辿っていけば何かと実力のある一味だとわかるが……それでもCP0の敵にはなりえない。

 問題は、ウォーターセブンにいるであろう〝黄昏〟の関係者だ。

 あそこには今、厄介な人物が滞在していると聞いている。

 

 




今章短いですが、ちょっと幕間挟んで終わりになると思います。次章が長いので…。

次章予告!
「次なる島は船大工たちの治める島。水の都と呼ばれる美しい都市を前哨戦に、正義を背負う者たちがいかなる手を使ってでもと海賊たちを追い詰める。
 バスターコールの権利を得たサイファーポール。
 水の都に潜む政府の暗殺者たち。
 船大工たちと七武海を巻き込み、事態は誰もが想像しないほど大きく膨れ上がっていく。

 次章、白夜司法機関エニエスロビー/悪魔の子

 ──あなた達が無事でいられるのなら、私の事は見捨ててくれて構わない」

次章予告その2
「陽気に笑う船大工。悪意に嗤う諜報員。誰もが敵の大きさを知れば身をすくめて諦めるけれど、友達のためなら諦めることなどありはしない!
 偉大な冒険を成し遂げた海賊。
 交易拠点を守る巨獣。
 雷鳴響かせる剣士。
 きっと大丈夫、誰が出てきても負けはしないさ。

 次章、白夜司法機関エニエスロビー/悪魔の子

 任せてくれたまえ! 何しろ私は天才だからね!」


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幕間 魚人島

 

 魚人島──〝魚人街〟。

 魚人や人魚の中でも一際はみ出し者たちが住まうその街に、ひとりの男が足を踏み入れた。

 元々この街の出身でありながら、様々な功績によって城勤めとなった男──奴隷解放の英雄、フィッシャー・タイガーである。

 

「…………」

 

 この街は本来リュウグウ王国の孤児院などが集まった複合的な福祉施設だったが、次第に荒廃していき、ギャングや海賊の住処と成り果てた。結果的に管理者の手に負えなくなり、この場所は貧民街として魚人島の本島からも忌避されているのが現状だ。

 タイガーはその危険な場所を堂々と歩き、真新しい建物の中へ入る。

 他の建物は基本的に初期に造られた施設の残った部分を活用しているだけなのだが、タイガーの入った施設だけは妙に新しい。

 中にいたのは数人の魚人や人魚たちで、タイガーの姿を見るや否や姿勢を正して挨拶をし始めた。

 

「お疲れ様です、タイガーさん!」

「おかえりなさい!」

「おう、お疲れ。アーロンの奴は変わりないか?」

「ええ、今のところ誰も行動を起こそうとはしてません」

 

 それだけを聞くと、タイガーは奥へと入っていく。

 廊下を歩いた先、複数ある扉の中の一つに入れば、そこには何をやるでもなくベッドの上で寝転がっているアーロンの姿があった。

 

「……何の用だ、アニキ」

「随分腑抜けたと聞いて見に来たんだ。弟分を心配するおれの気持ちが分からねェか?」

「放っておけよ。おれに出来る事なんざもう何もねェ」

 

 〝東の海(イーストブルー)〟の島を根城に、少しずつ勢力を増やして地上を支配することを目論んでいたアーロン。

 だがその野望はルフィの手によって打ち砕かれ、〝東の海(イーストブルー)〟から魚人島まで連れて来られて軟禁状態にあった。

 とは言え、見張りを付けているだけで特に手錠などがしてあるわけでもない。

 人間の10倍もの腕力を誇る魚人が相手では、単なる手錠や檻は用意したところで容易く破壊される。加えて深海だろうが構わず海中を自由に移動できる以上、閉じ込めておくことは極めて難しい。

 海楼石の手錠であれば壊すことも出来ないが、能力者でもない魚人を相手に使ったところで大きな意味はなく、そもそも海楼石自体がまだ貴重な代物だ。

 そう言った諸々の理由で、アーロンは現状軟禁状態となっていた。

 完全に腑抜けてやる気のないアーロンに対し、タイガーはため息をこぼす。

 

「キレたナイフみたいなやつだったお前がこうなるとは。ジンベエの奴も驚きだろうな」

「……結局、おれの独り相撲だったみてェだからな」

 

 アーロンは人間に対して怒り、魚人と人魚の楽園を地上に造りたかった。

 これまで虐げられてきたのだから今度は自分たちが虐げるべきだと、アーロンはそう考えて行動してきた。

 尊敬するタイガーを奴隷にしていたことも、200年前まで魚人と人魚は魚類に分類されて非人道的な扱いを受けていたことも、これまでの歴史から学んで来たこともすべて含めて。

 アーロンには、人間が許せなかったのだ。

 

「アーロンパークだったか。あの建物を見た時は納得したよ。お前、結局()()()()()()()んだろう?」

「……おれが、誰を、羨んでたって?」

 

 ギロリと睨みつけるアーロンに対し、タイガーは涼しい顔だ。

 

「シャボンディパークは多くの魚人や人魚にとって憧れだ。あそこはキラキラしてて、楽しそうで……おれ達は特に貧民街で育ってきたからな。憧れも人一倍あっただろうさ」

 

 魚人街に住む者たちは自分たちで子供の教育を行う。最低限の数字と文字を教え、後は本人が知る限りのことを、出来る限り。

 それ故に語られることは怒りと嘆きに満ちた過去の歴史であり、濃縮されていく悪意は際限がない。

 時には自身が迫害されていた経験さえ語り継ぐため、人間に対する憎悪だけは高まりやすい環境だった。

 その中で唯一、人間の造った物の中でも明確に憧れを抱いた建物──それが〝シャボンディパーク〟と呼ばれる遊園地である。

 

「オトヒメ王妃だって、根底にあるのは憧れだ。()()()()()()()()()()()()()()()()……おれにはもう持つことの出来ねェ願いだが──他人がそう思うことを否定する気は毛頭ねェ」

「憧れてなんざいねェ!」

「アーロンパークってモン自体がお前の考えそのものだろ。他の奴がそう造りたいって言ったところで、結局許可を出したのはお前なんだからな」

「……!」

「憧れは止められねェ。恥に思う必要はねェさ」

 

 アーロンはベッドから降りて、今にも殺しそうな程ギラギラとした視線を向けている。

 タイガーは既に齢58。衰えの見え始める年齢である。

 だがそれでも、今のアーロン相手に遅れを取るとは思っていなかった。

 

「地上で暮らせるようになることはオトヒメ王妃の悲願で、多くの魚人や人魚たちの悲願でもある。そうやって腐ってる暇があるなら、昔みてェにおれの下で働く気はねェか?」

「……結局、勧誘かよ」

「当たり前だ。働かねェやつに食わせる飯もねェし、お前を見張っておく人員だってタダじゃねェんだからな」

「おれは人間が嫌いだ。一緒に地上で暮らしたいとも思わねェ。奴らを奴隷として扱うならともかくな」

「お前の考えはお前の考えだ。()()()()()()()()()()()()()ってんなら、それ以外は好きに考えてろ。頭の中は自由だ」

 

 怒りも嘆きも、アーロンの根底にある恨みの全てはアーロンが背負って死ねばいい。過去の歴史として学ぶことはあれども、憎悪の連鎖を止めることが出来るのならばタイガーは何でもする覚悟だった。

 元々タイガーとてそうするつもりだったのだ。

 奴隷にされた過去も、その怒りと恨みも、全て誰にも話さず胸の内に秘めて生きて死ぬつもりだった。打ち明けたのは怒りに同調して欲しかったのではなく、そうしてでも人間と共に歩む道を作りたいと考えたタイガーの考えを理解してもらうためだった。

 タイガーの理想は、オトヒメ王妃が叶えてくれる。そう思ったから、タイガーはオトヒメ王妃に付き従っている。

 働きの分のメシは出す、というタイガーの言葉に渋々アーロンは頷く。ここにいても食事は出るが、〝東の海(イーストブルー)〟で強権を振るっていた頃に比べれば質素で酒も出ない。アーロンとしては耐えがたかった。

 

「だが、働くっつったって何すりゃいいんだよ。言っとくがおれァ荒事以外の仕事なんざ出来ねェぞ」

「よくぞ聞いた! これを見ろ!」

 

 タイガーが懐から取り出したのは、一枚の設計図だった。

 眉をひそめながらそれを受け取って確認すると、覚えのある形に頬がひきつった。

 これは、〝シャボンディパーク〟だ。

 

「憧れが地上にあって、それを見に行こうとして捕まる奴もいる。だったらこっちにも造っちまえばいい! 人間に造れておれ達に造れねェって道理もねェんだ! だが造るのには当然それなりの人手が必要でな」

「オイ、アニキ……これどこに造るんだ?」

魚人街(ここ)だ」

 

 真下を指差したタイガー。

 魚人街はほぼ全域が海中にある。造れたとしても、人間が遊ぶことは出来ないだろう。

 というか、そもそもこの魚人街に住む人々の事をどう考えているのだろうか?

 

「おれ達の故郷だぞ!?」

「貧民街は悪意の巣窟だ。お前らみてェな海賊連中もいるし、良くねェこと考えてる連中もいる。なるべくなら潰しちまった方が良い」

「残ってる連中はどうなる! 行き場のねェ奴が最後に行き着いたのがここだぞ! それすら奪おうってのか!?」

「今の魚人島本島の事を知らねェ奴の台詞だな、アーロン」

「あァ……?」

 

 タイガーの言葉に訝しげな表情を浮かべるアーロン。

 どういうことだ、と呟き、「実際に見たほうが早いだろう」と背を向ける。

 ついてこい、と言っているのだ。

 

「少し出て来る。アーロンも連れて行くからお前たちも準備してくれ」

「了解です!」

 

 良く分からないまま、アーロンはタイガーに連れられて魚人島本島へと向かうことになった。

 

 

        ☆

 

 

 本島に着いたアーロンが見たのは、建ち並ぶ巨大な工場だった。

 魚や貝など海産物の加工品を作る工場らしく、凄まじい人数の魚人や人魚が働いている。

 本島に寄らず真っ直ぐ魚人街の収容所に送られたアーロンは、覚えのない景色にあんぐりと口を開けていた。

 

「〝黄昏〟の影響下にあるってのはこういうことだ」

「……またあの女か」

 

 ラジオの普及により、魚人や人魚の情報は身近になった。

 時折ゲストとして招かれる魚人や人魚たちの話を聞いて、人間は彼ら彼女らが自分たちとそれほど大きく変わらないことを知り、興味を持った。

 興味を持ったのが国の上層部なら、〝黄昏〟を通じて海運を始めることも可能となり、少しずつ互いの交易を始めていく。

 当初はまだ数が少なかったから良かったものの、魚人島は観光立国である。交易として出せる品が少ない。

 深海に住むという環境を考慮すると作物を育てることは難しく、それならばと海中で魚や貝の養殖を始めてそれを加工しているのだ。

 

「これが当たりでな。結構な稼ぎになって、王国も潤ってる」

 

 最近では新進気鋭のデザイナーがファッションブランドを立ち上げるなどの動きも出ており、魚人島内の経済も活気づいている。

 元々の観光業も、海賊ばかりが客だったのだが外国の富裕層も来るようになっており、魚人島は一種のバブル状態だ。

 おかげで人手不足に頭を悩ませているくらいであり、忙しい兵士たちに建設業を手伝って欲しいなどと言うワケにもいかないので、タイガーとしてはアーロンに手伝って貰えるならありがたい限りだった。

 

「……おれの知らねェ間に、魚人島はこうも変わってたんだな」

「ああ。交易で稼いだ金で国の事業も動いてるし、遅かれ早かれ魚人街にも手を入れることになる。行き場のねェ奴は国が受け入れてくれるよう、ネプチューン王に頼むしかねェだろう」

「最初からそのつもりだったのか?」

「〝リュウグウパーク〟の案はお前のアーロンパークを見てから考え着いたことだがな」

「早速名前つけてんじゃねェよ!」

「次は王宮だ。行くぞ」

「聞けよ!」

 

 先触れを出してから竜宮城に向かうと、城の入口でジンベエが待ち構えていた。

 どうやらネプチューン王と何か話をしていたらしく、タイガーが来ると聞いてどうせならと一緒に聞くことにしたらしい。

 城の兵士と共に竜宮城へ入り、応接間へと歩を進める。

 

「ワシはここ最近の海賊の動きなどを報告していたんじゃ。アニキは?」

「魚人街を潰して遊園地を造ろうと思ってな。ネプチューン王に陳情に来た」

「魚人街に遊園地!?」

「ジンベエのアニキもなんか言ってくれよ。タイのアニキ、何言っても止まる気配がねェ」

 

 目を見開くジンベエ。うんざりした様子のアーロンは何とかタイガーを止めてくれと言うが、易々と止まるような男でないことはわかっている。

 うーむと頭を悩ませているうちに応接間に辿り着き、3人はネプチューン王とオトヒメ王妃の前で立ち止まった。

 ジンベエとタイガーは礼儀正しく膝をついてやや頭を下げるが、アーロンはその手の礼儀とは無縁の男である。手持無沙汰に仁王立ちするばかりだ。

 タイガーはため息をこぼし、「申し訳ない、ネプチューン王」と頭を下げる。

 

「構わんのじゃもん。海賊に礼儀は求めぬ。して、今日は何用で来たんじゃもん?」

「実は──」

 

 タイガーは魚人街を潰して遊園地を造りたいと発言し、ネプチューン王とオトヒメ王妃の目を丸くさせる。

 だが2人としても魚人街は頭の痛い問題だったらしく、現在住んでいる人々をどうにかする手立てがあるのなら許可を出すと頷いた。

 貧民街など、基本的には無いに越したことはない。

 

「今、この島は急速に発展しつつあります。人手が足りていない職種も多い……特に交易用の加工品を作る工場は毎日フル稼働しています」

「うむ。お主の言うとおりだ。工場で加工品を作っている者たちからは休みをくれと陳情が来ているくらいなんじゃもん」

「カナタと相談した結果、交易で出す加工品の量を減らす方向で話が纏まりました」

「輸出品を減らすのか? しかしそれでは……」

「ええ、多少は交易による利益は減るでしょう。しかしネプチューン王、過労で工場が止まってからでは遅いのです。それに、魚人島の海産物は既に多くの島々へ行き渡り、その品質の高さは知れ渡りました。これからは少し輸出量を絞り、魚人島の名前をブランドとして使っていけば多少の金額は補填出来るかと」

 

 より良い品質の物を知れば、品質の下がった物では満足出来なくなる。量だけに頼るよりもブランドとして価値を出し、そうやって稼いだお金で新しい交易品を開発していくことが、島を発展させるためには良いことだとタイガーは語る。

 ネプチューン王は納得したように頷き、髭を撫でた。

 

「なるほど……そういうやり方もあるのか。お主も商人として逞しくなったものじゃもん」

「いえ、おれなどまだまだです」

「お主でまだまだなら他の者たちはひよっこになってしまうのじゃもん」

 

 ともあれ、労働環境が改善出来たならその間にやるべきことがある。

 

「浮いた人手を使って新規に人手を募り、その教育に当てます。魚人街の者でもきちんと教育を受ければ工場で働かせることが出来るでしょう」

「そうなれば魚人街は必然的に不要になるか……その者たちが住む場所も必要じゃもん」

「試算する必要はありますが、段階的に移住させれば1年から2年ほどで現魚人街はすべて解体出来るハズです」

「……お主、随分魚人街を気にしているんじゃもん。何か、あそこにあるのか?」

「……具体的に何かある、と言うワケではないのです。ただ、あそこは人間への恨みが募りすぎている。人間と共存することを願うのなら、一刻も早い解体が必要でしょう。でなければ取り返しのつかない事態になりかねない」

「ふむ……」

 

 何か具体的な予想があるわけではない。だがそれでも、あの街で生まれ育ったタイガーとしては思うところがある、というだけだ。

 それに、魚人街という魚人族の負の一面を取り潰し、遊園地という希望に生まれ変わらせるのは良いことだと信じているからでもある。

 タイガーから言えることはこれくらいだ。

 それと、最も重要な情報がひとつ。

 

「ネプチューン王。おれとジンベエ、それとオトヒメ王妃以外の人払いをお願いしたい」

「む……? 人払いをせねばならないほど重要な話か?」

「ええ。魚人島の行末すら左右する話です」

 

 タイガーの真剣な表情にネプチューン王は自然と引き締まった顔つきになり、同席していた王子や大臣たちを人払いする。

 アーロンさえタイガーの部下たちと共に退席させられており、応接間には4人のみが残った。

 

「──して、何があった?」

「カナタが〝白ひげ〟エドワード・ニューゲートに戦争を仕掛けるそうです」

「なんじゃと!?」

 

 一番に驚きの声を上げたのは、タイガーの後ろにいたジンベエだった。

 かつて大海賊時代が始まった折、ネプチューン王との友誼を理由に魚人島をナワバリにすると宣言したことから、現状のねじれた関係は始まった。

 荒れる海を押さえつけながら魚人島へ向かったカナタは一歩遅く、その後にタイガーが海軍に追われるようになってから魚人島の立場を向上させるために手を貸し始めて利権が二分されることとなったのだ。

 ジンベエはその両者と関わりが深く、それ故に2人が戦争をすると言われて動揺を見せた。

 

「何故あの2人が……!?」

「まァ確かに、あの2人の不仲は有名な話ではあるが……確かに唐突じゃもん」

「具体的に何か動きがあったのかはわかりません。おれも連絡を受けたばかりなので──しかし、宣言した以上はやる女です。どうあれ、魚人島は揺れるでしょう」

 

 魚人島をナワバリとしている〝白ひげ〟の名とて、今では有名無実に等しい。

 市民たちでさえ、富をもたらし、安寧をもたらしているのは〝黄昏〟であるという認識している者も多い。大海賊時代が始まった直後の惨劇を知らぬ若い者たちは特にそうだ。

 魚人島を庇護する2人の戦争など、穏やかとは言えない大事である。ネプチューン王もオトヒメ王妃も、難しい顔で顔を見合わせている。

 

「どちらが勝つにせよ、魚人島は立場を表明せねばならぬか……タイガーとしては、どう考えている?」

「カナタが勝つでしょう。あの女は無茶だろうが無謀だろうがやり遂げる女です。戦争を仕掛けると言った以上、十分な勝算を持っているハズ」

「カナタさんが強いとはいえ、白ひげのオヤジさんと戦って無事で済むとは思えんが……」

「あのレベルになると、我々では見当がつきませんものね。ともあれ、報告ありがとうございます。我々も備えておかねばなりませんね」

 

 オトヒメ王妃の言葉に頷き、タイガーは2人に挨拶をして背を向ける。

 報告することは以上だ。王族の2人は忙しい身である。あまり長居をするべきではないと、ジンベエと共に席を辞した。

 

「タイのアニキ、先の話じゃが」

「誰がどこで聞いているか分からねェ。迂闊に話すな……それに、おれもあれ以上の情報は知らねェ。どうしても問い質したきゃァ、カナタ本人に聞くことだな」

「それしかないか……」

 

 タイガーが城門前で待つアーロンたちと合流する頃には、難しい顔で何かを考え込むジンベエが〝新世界〟側の海へ向かって泳ぎ出していた。

 

 

        ☆

 

 

「ところでアニキ、おれの同胞たちはどうしてるんだ。おれと同じ扱いか?」

「基本的にはな。体が鈍るから働かせてくれと言ってきた奴もいるし、そういう奴は力仕事を任せてる」

「そうか……」

 

 アーロンのように鼻っ柱を圧し折られてすべてにやる気がなくなった者ばかりではなかったのだ。

 言い出した者たちは港の荷運びをさせている。交易が増えて積み下ろしの仕事が増えているからだ。人の10倍の腕力を持つ魚人たちは、普通の人間よりも効率的に荷物を運べるので重宝している。

 海賊もそれなりに魚人島を訪れるが、港にはネプチューン軍の兵士や〝黄昏〟が雇った魚人島一の剣士であるヒョウゾウなどもいる。今のところ滅多なことは起きていない。

 まぁハチは人(デ)に助けを求められて友達の人魚を助けに走り回っているようだが。

 

「仕方ねェ。おれも働いてやるよ。酒くらいは出るんだろ?」

「あァ。最初の給金が出るまではおれが酒くらい奢ってやる。金はあるんだ」

 

 アーロンが迷惑をかけたことでココヤシ村などに迷惑料を支払ったが、タイガーの資産はまだまだ潤沢にある。〝黄昏〟の幹部としてあれこれ仕事をしているが、本人は酒と食事以外には特に金を使わないので貯まる一方なのだ。

 魚人街の件に関しても、大規模な工事は私財を使ってでも早々に進めるべきだと考えており、既に試算を始めている。

 かつて魚人街のリーダー格だったタイガーとアーロンが声をかければ、それなりに人数は集められるだろう。海中での作業になるので人間の職人が手伝うのは難しいだろうが、それでも解体の方は人数が居れば居る程助かる。

 交易のために多くの人手はそちらに割かれているが、職人たちは国の事業くらいしかない。ネプチューン王の許可を得れば、金と人手を集め次第事業は動く。

 

「……金ってのはいいモンだな」

「なんだ、いきなり。アニキらしくねェな」

「いや、やりたいことが出来た時にこれほど頼もしい武器もそうそうねェと思っただけだ。世の中、金さえあればどうにかなることの方が多い」

 

 金の力で奴隷として買われたタイガーに、アーロンは苦い顔をして口を噤んだ。

 何はともあれ、タイガーの理想はまだ先にある。生きているうちに達成できるかどうかも分からない理想だ。立ち止まっている暇などありはしない。

 

「やるぞ、アーロン。しっかりついて来いよ」

「言われなくてもやってやらァ!」

 

 馬鹿をやらかし、それでも見捨てることなくこうやって世話を焼く馬鹿な兄貴分にこれ以上迷惑をかけられないと、アーロンも腹に力を入れて返答した。




END 海賊強奪遊戯バナロ島/冒険男

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第二百十五話:ウォーターセブンへ


 

 新世界、海賊島〝ハチノス〟。

 ドクロ岩をくり貫いて造られた城塞にある会議室にて、カナタは今後の動きを説明するために幹部を呼び出していた。

 ジュンシー、フェイユン、スコッチ、ジョルジュ。

 旅を始めてから30年余り経つが、その中でカナタが最も信頼を置くのがこの4人であった。

 ……本来ならもう1人いるのだが、歳が歳なので既に前線を退いて久しく、今は故郷で暮らしている。

 それはともかくとして、集められた4人は真剣な表情でカナタを見ており、見られているカナタだけがリラックスした表情で笑みを浮かべていた。

 

「そう固くなるな。今後の動きを先に伝えておこうというだけの事だ」

「……ならいいがよ。おれらだけを呼び出すってのはあんまりねェから、どうしてもな」

「しかしなんで今なんだ? なんかデケェ事でも起こすのかよ」

「まぁ事を起こすのはそうなのだが……私が動けない状況が増えて来るだろうからな。最終的な目的と、最低ラインを共有しておけばお前たちで判断してくれるだろうと思ったからだ」

「動けないィ?」

 

 スコッチが訝しむように眉根を寄せる。

 指示を出せない、という状況ならこれまでにも何度かあった。カナタに指示を仰がねばならないほどの大事など、ここ最近ではほとんど起こっていないが……直近でも数年前の〝王直〟襲撃事件くらいだろう。

 海運は既にカナタの細かな指示が必要な状態ではなく、最終的な報告が上げられているに過ぎない状態だ。

 

「まず、ニューゲート率いる〝白ひげ海賊団〟に戦争を仕掛ける」

「ハァ!?」

「その前段階の準備としてバレットを叩き潰し、無理矢理にでも黄昏(ウチ)に入れる」

「あァ!?」

「大々的にやるつもりだが、ニューゲートとは一対一(サシ)の決闘で決着をつけるつもりだ。既に使者としてティーチを送っている。海軍とカイドウ、リンリンの横やりだけ警戒が必要だな」

「「ハァァァァァ!!?」」

 

 スコッチとジョルジュが声を揃えてカナタの言葉に反応する。

 大事も大事、とんでもない大事件に匹敵する事態だ。2人の困惑も当然のものと言えよう。

 

「色々と言いてェことはあるけどよ! 相談無しに全部決まった後かよ!?」

「そうだ」

 

 コクリと頷くカナタにガクリと肩を落とすジョルジュ。ポンポンとジョルジュの肩を叩き、「こいつはこういう奴だ」と慰めるスコッチ。

 大仰なリアクションが一段落付いたところで、今度はフェイユンが訊ねた。

 

「カナタさんが動けないというのはつまり、そちらにかかりきりで細かな指示を出せないということですか?」

「ああ。バレットとの戦いは今から船で出て……明日には始めているだろう。その時に何かあれば私は対応出来ない」

「なるほど……」

 

 仮に何か事件が起こったとしても、カナタはいないし対応出来ない。ここにいる4人で差配して対処しなければならないと言うワケだ。

 深々と椅子に座るジョルジュはタバコの煙をくゆらせ、思案する。

 四皇クラスの戦いは一種の災害、天変地異にも等しい被害をもたらす。近場の無人島を使うとしても、2人が戦い始めれば終わるまで近付くことさえ困難になるだろう。

 どこまでの事が許容出来るかはカナタの感覚次第だが、それを事前に伝えておけばジョルジュたちでも判断が出来る。

 

「基本的には一日二日で大きく事態が動くことはないと思うが……」

 

 〝黄昏〟の規模は巨大だ。敵対する海賊同盟が攻め込んでくるにせよ、政府が動きを見せるにせよ、何かしらの前兆は必ずある。

 後手を取ることはないと考えているが、固定観念は時に初動を鈍らせる。警戒をするに越したことはない。

 ニューゲートとの決闘に関しても、「勝者が総取り」という点を周知させておく。事前に伝えておかねば、万が一カナタが敗北した際に混乱が起きるからだ。

 カナタ自身は負けることはないと考えていても、周知しておかない理由にはならない。

 

「政府や海軍はウチが〝白ひげ海賊団〟を取り込んで最大勢力になることを嫌がるだろう。七武海の座は返上するものと考えておけ」

「まァそりゃそうだな……」

 

 四皇と七武海と海軍は世の三大勢力と称されるが、実際は四皇の一角に対して海軍と七武海が組んでいる。そのバランスを崩して〝黄昏の海賊団〟が〝白ひげ海賊団〟を取り込むのなら、単一の組織では事実上の世界最大勢力と言えるだろう。

 政府としては嫌がるハズだ。

 元々カナタとしても七武海の座をこれほど長く保つつもりはなかった。商人として勝手な契約反故は〝黄昏〟のイメージを悪化させるので機会があればと思っていたくらいである。

 

「五老星から話を持ち掛けられた時、余計な色気を出さなければ七武海になどならなかったのだがな……」

「〝聖地マリージョア〟の通行許可なんて普通出ねェからな」

 

 タイガーの件で疑われて喪失した許可だが、当時はそれなりに有用だった。今ではフワフワの実の能力があるのでそれほどでもないが。

 ともあれ、今や七武海の座を返上したところでさして困ることはない。

 世界経済に深く食い込んでいる〝黄昏〟の排除など今更不可能だし、自滅覚悟で排除にかかるならそのまま政府を丸ごと踏み潰すくらいのことはやるつもりでいた。

 と、そこでふと革命軍の事を思い出す。

 

「そう言えば……革命軍のことだが」

「革命軍? これまで通り協力体制でいいんだろ?」

 

 物資の横流しはこれまでも細々とやってきた。表立って助力をするのは色々と問題があるので陰ながらになるが、その甲斐あって多くの王国で革命を成功させている。

 とはいえ、革命の結果として民主主義になると言うワケではなく、別の王が立って政治をおこなっているのだが。

 バーソロミュー・くまが反乱を起こした結果王になったソルベ王国と事情はほとんど同じである。

 

「基本はな。ドラゴンなら上手くやるだろうが……組織が大きくなると、どうしても一部が過激に動くようになる。ここ最近、貧困の全てを王のせいにして王を倒せば自分たちが豊かになると勘違いした連中も出始めていると聞く。気を付けておけ」

 

 基本的に労務を行う農民まで教育が行き届くことはなく、スラム街に住むような貧民ならなおのことだ。

 政治の知識の無い者が全ての原因を王に押し付けて王制打倒を掲げることもある。ドラゴンならきちんと下調べをしたうえで判断するハズだが、肥大化してドラゴンの目が行き届かなくなると、革命軍は大義無きテロリストになる。

 今のところは大丈夫だが、外側から見えることもある。気にかけるだけ気にかけておいた方が良いだろうとカナタは言う。

 

「火中の栗を拾うような真似はしたくないものだが」

「呵々、あの男は中々の器だ。そう簡単に手綱を離すようなことにはなるまい」

「ならいいがな。この手の事は大抵、統率している者からは見えないところで起こる。外部の監視は必要になるハズだ」

 

 格差の是正を行うために悪政を行う王を倒す程度なら手伝ってもいい。それは結果的に経済を回すことになるからだ。

 これが行き過ぎて全ての民のために富を分配するなどと言いだすなら、カナタはドラゴンを殺すだろう。その思想はカナタにとって到底受け入れがたいものだからだ。

 カナタには嫌いなモノが三つある。ドラゴンにはそのうちの一つになって欲しくないものだが、と小さくため息を吐いた。

 

 

        ☆

 

 

 同日、〝バナロ島〟にて。

 ユイシーズと戦った翌日には既に全員目を覚ましており、現在はウォーターセブンへの移動のためにバタバタと準備をしていた。

 海列車に船を載せるために港から駅近くに移動させ、列車の到着を待っている。

 

「楽しみだなー、〝海列車〟!」

「楽しい旅になるぜ。船とは段違いの速度で海の上を走る爽快感! 中々味わえるもんじゃねェ!!」

「あと、駅弁が美味しいから買っておくのをおすすめするわいな」

「うちらのおすすめは水水肉を使った唐揚げ弁当だわいな」

「んまほー!!」

 

 涎を垂らしながら猛ダッシュで駅弁コーナーへ走るルフィと、同じように駅弁を見に行くウソッチョコンビ。負けた当日はウソップもチョッパーも青い顔をしていたものだが、今ではすっかり元気なものである。

 負けた当人が気にしていないのが大きいのかもしれないが。

 

「おばちゃん、弁当! あるだけ全部くれ!」

「ちょっとまてルフィ! 全部食う気かよオメェ!?」

「金はあるし良いじゃねェか」

「まだ分配されてねェだろ!」

 

 メリー号の修繕にいくらかかるかわからないので、諸経費を除いてお小遣いはまだ分配されていない。下手に大金を使うとナミが怒りのゲンコツを振り下ろすので、ウソップとしても必死でルフィを止めていた。

 せめて一つか二つくらいにしてくれ、と。

 ルフィたちが駅弁に頭を悩ませている横で、ナミはフランキーとこの先の話をしていた。

 

「ウォーターセブンへ移動した後は島を外回りに移動してウチの工房に運ぶ。ひとまずはそれでいいな?」

「ええ。問題は船の修理にいくらかかるかって話よね。なるべく安くしてくれると嬉しいんだけど」

「残念だが、ここまででも結構な額がかかってる。金がないんならとっくに見放してるレベルだぜ」

「そうよね……」

 

 ケチって船の修理をおろそかにされても困る。船乗りにとって船とは文字通りの生命線なのだ。手を抜いて命を失ったのでは割に合わない。

 大金を持っているとはいえ、出て行くのは精神的に来るものがある。

 今後同じように大金を得られる保証も無いので、余計に惜しく思うのだろう。それでも死ぬのは嫌なのでちゃんとお金を払って修理してもらうつもりだが。

 そうこうしているうちにポッポー! と汽笛の音が響き渡り、海列車が駅に到着する。

 波をかき分けるパドルは甲高い音を立ててブレーキをかけ、ゆっくり速度を落として停車した。

 

「よし、それじゃ船を最後尾の真横につけろ」

 

 フランキーの言うとおりに移動させると、職員と思しき数名がフランキーと話し、あっという間に重機を使って船を荷台に載せた。

 落ちないようにロープなどで頑丈に固定されたのを確認すると、フランキーはルフィたちを一つ前の車内へと案内する。

 

「好きに座れよ。あとはのんびり窓の外でも見てれば、昼には〝ウォーターセブン〟だ」

 

 現在の時刻は早朝。〝ウォーターセブン〟まではそれほど時間がかからないため、昼過ぎには着くだろうとフランキーは言う。

 駅弁をいくつも積んでいるルフィは「じゃあメシにしよう」と列車が動く前から弁当に手を付けようとしてサンジに「朝食っておいてまだ食う気かよ」と呆れられていた。

 船を積んでいるために発車に少し時間がかかりつつも、海列車は動き出す。

 黒煙を吐きながらパドルを回し、波をかき分けて海原を渡る。

 船で海を渡るのとはまた違う感覚に、ルフィ、ウソップ、チョッパーの三人は窓ガラスに顔を引っ付けながら「スゲー!」と連呼していた。

 

「……ところでフランキー。メリー号なんだけど、修理には実際いくらくらいかかるの? 一昨日予約をしてから船を点検して、そのあと見積もりをだすって言われてからずっと待ってるんだけど……」

「……それなんだがな」

 

 フランキーはサングラスをかけたまま、真剣な表情でナミを見る。

 嘘や誤魔化しは一切ない、職人として──事実をありのままに、依頼者に告げた。

 

「──あの船はもうダメだ。直せねェ。たとえ無理に直したところで、次の島まで持つ確率は……〝0〟だ」

 




カナタの嫌いなモノ アカ

来週はお休みです。次の更新は3/25の予定


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第二百十六話:直せない理由

 

「メリー号が直せねェってどういうことだよ!!」

 

 いの一番に食って掛かったのは、人一倍メリー号に思い入れのあるウソップだった。

 怒りの形相を見せ、フランキーを睨みつけるようにして言葉を畳みかける。

 

「直せるから修理を請け負ったんじゃなかったのかよ!? 適当なこと言ってるとブッ飛ばすぞテメエ!!」

「おいウソップ、落ち着けって!」

 

 今にも殴りかかろうとするウソップをゾロが羽交い絞めにして抑えつける。ルフィやチョッパーも動揺していたが、ウソップが激昂している姿を見て顔を見合わせていた。

 フランキーは動じた様子もなくそれを見ていたが、すぐに視線を外して目の前に座っているナミの方に話を振る。

 

「〝竜骨〟ってわかるか、姉ちゃん」

「……船底にある……」

「そうだ。船首から船尾まで、船を支える土台部分。基礎になってる場所さ」

 

 人間で言うなら背骨に当たる。

 損傷したからと言ってマストのように気軽に差し替えられるものではなく、また修理出来るものでもない。

 そこが酷く損傷している、とフランキーは言った。

 

「その窓から後ろに載せた船が見えるだろ。船の真下にある竜骨部分が壊れてるのが見えるハズだ。普通はああはならないハズだが……高いところから船を落としでもしたのか、えらく損傷してる」

 

 ウソップはバタバタと後ろの扉に飛びつき、ウソだと証明しようとメリー号を見る。

 しかし──一味の中で誰よりも眼が良いが故に、一味の中で誰よりも船の修理に携わってきたがために……フランキーの言葉が事実だと理解できてしまう。

 多くの海を越えて来た。

 多くの旅路を歩んで来た。

 けれど、メリー号は島を一つ越えるたびに損傷していき、完璧に直すことが出来ず今に至る。

 

「で、でもよ! ここまでメリーは元気に走って来たんだぞ!?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだろ?」

「……!!」

 

 そこなのだ。

 どれだけルフィたちがメリー号のことを信じたところで、現実問題としてメリー号は限界だった。

 そうでなければ打ち付ける波に外板を持って行かれることなどなかったし、帆を畳むためにロープを引っ張っただけでメインマストが歪むようなこともなかった。

 ルフィたちは既に、どうしようもない現実を目の当たりにしている。これを覆すことは出来ない。

 

「ホントに、もう……メリーは走れないのか……?」

 

 チョッパーの呟きを最後に、沈黙が落ちた。

 誰も何も言えない重苦しい雰囲気の中、しかしフランキーはひとりの職人として真剣な表情で口を開いた。

 

「まァ、オメェらがおれの言葉を信じられねェって気持ちも理解は出来る。大事に乗って来た船だろう。受け止める時間も必要だわな」

「……じゃあよ、同じ船ってのは造れねェのか?」

「厳密に〝同じ船〟ってのは造れねェよ」

 

 全く同じ成長をする木が無いように、どれだけ同じように造っても全く同じ船になることはない。

 見た目だけ似せた船に乗ったとしても、それは数々の冒険を乗り越えて来たメリー号ではないのだ。航海の途中でついた細かい傷。誰が書いたか分からない落書き。そういったものもすべて消える……違う船だと肌で一番感じてしまうのは、きっとルフィたち自身だろう。

 乗り換えることは薦めるが、別れの時間はどちらにしても必要になる。

 フランキーたちの事を信用出来ないというならそれもいいだろう。

 

「お前じゃない、別の船大工に見せても同じことを言うのかよ!?」

「他の船大工に見せても結果は変わらねェよ、長鼻の兄ちゃん。だが気になるってんならウォーターセブンで好きなだけ探すといい」

 

 ウォーターセブンは船大工が数多くいる島だ。最大手の〝ガレーラカンパニー〟を始めとして、腕のいい船大工もごまんといる。

 信用出来る船大工が身内にいない、というのが麦わらの一味の判断を鈍らせる要因になっている以上、信用出来る船大工がいればその人物に説得させるのが吉だろう。

 船造りもフランキーの飯の種であることは確かだが、そう切羽詰まった資金状況でもないのだし。

 

「……そうさせてもらう」

「重苦しい話にして悪かったな。だが、ここから先の海は一層厳しくなる。船大工としちゃ、デカくて頑丈で速い船に変えることを薦めるぜ」

 

 今日は海列車の客もそれほど多くはない。最後尾の車両の一部を陣取る形で麦わらの一味とフランキー一家は座っていたが、フランキーはモズとキウイの2人を連れて前の車両へ移動する。

 どうあれ、仲間たちだけで話し合う時間は必要だと考えたからだ。

 ザンバイ達残りのフランキー一家は船をウォーターセブンへ回すためにここにはいないし、3人だけなら気楽に移動出来る。

 愛されてきた船に「もう使い物にならない」と宣告するのは、船大工として心苦しいところはあるが……これも仕事だ。

 フランキーは空いている席にどかりと座ってコーラをラッパ飲みし、ウォーターセブンまでの時間をゆったり過ごすことにした。

 

 

        ☆

 

 

 〝ウォーターセブン〟

 水の都と称されるこの島は、その言葉通り半分水に浸かった構造で街が造られていた。

 道路より水路の方が多く、歩くよりも水路を使った移動の方が早いという特異な作りの島である。

 港と海列車の駅はやや距離があるが、世界政府加盟国であるこの島で海賊船をまさかそのまま港に置くわけにもいかない。ウソップは不満はあれど、一時的に船を置く場所としてフランキー一家の作業場を借りることに渋々同意していた。

 

「ここがおれのウチ兼作業場だ」

 

 ウォーターセブンは本島と下町に分かれている。海列車の駅──ブルー(ステーション)がある場所を島の正面として、本島の反対側にある町を裏町と呼ぶ。

 正面には船を本島へ上げるためのドックが設けられており、1番から7番までの番号が振ってある。

 その6番ドックの真横、下町と本島を繋ぐ橋の下に造られた隠れ家がフランキー一家の本社兼作業場だった。

 

「まァここに全員は入りきらねェんで、普段は裏町に造ったフランキーハウスの方にいるんだが……今回は作業する必要もあるからな」

 

 巨大なガレオン船などなら無理だが、メリー号サイズの船なら本社でも十分入る。

 水路を伝って船を中に入れると、フランキーは船が動かないようにロープでしっかり係留する。

 

「これでいいだろ。荷物までは面倒見切れねェから見張りくらいは自分たちでやってもらうが、基本はウチの関係者しか入って来ねェハズだ」

「ああ、ありがとうフランキー」

「いいってことよ。船を大事にするやつは嫌いじゃねェからな」

 

 海列車でひと悶着こそあったものの、フランキーはルフィたちに親切にしてくれていた。ウソップはまだメリー号がもうダメだと言ったことに腹を立てているようだが、他の面々はそこまで嫌悪感丸出しと言うワケでもなかった。

 何はともあれ、他の船大工にも一度見てもらってから考えよう。

 ルフィたちはそう結論付け、この島一番の船大工たちが集まる会社──〝ガレーラカンパニー〟のある本島へ移動することにした。

 とは言ったものの、全員でぞろぞろと連れ立って行くわけにもいかない。

 いつも通りゾロが船番に残り、ルフィとナミ、ウソップがガレーラカンパニーへ。サンジとゼポは食料の買い出しに出て、ロビンとチョッパー、ペドロは町へ散策に出ることになった。

 

「スゲェ島だな」

 

 フランキー一家の本社から出て本島──島の中心部へ向かって歩き出すと、すぐに水路に行き当たった。

 あちらこちらに水路が張り巡らされており、メリー号を移動させる時にも見たが、水路を使うことが生活の前提になっているようにも思える。フランキーから事前に「移動にはブルを使うといい」とアドバイスを受けていたため、貸しブル屋で2匹のヤガラブルを借りて移動を始める。

 

「こりゃ快適だな!」

「そうね。自分で歩かなくていいのは楽でいいわ」

「……お前ら、楽しそうだな。メリー号が大事になってるってのに」

「ウソップだって本職じゃないんだし、自分たちで考えていたって仕方ないって結論を出したじゃない」

「だがよ、やっぱり心配するのが仲間ってモンだろ!? 〝東の海(イーストブルー)〟からこっち、ずっと世話になって来てよ……お前はもうこれ以上走れねェって、これまでのことを何も知らねェ奴に言われて見捨てるのは、あんまりにも情がなさ過ぎやしねェか!?」

「そりゃ、私たちだってメリー号は好きだし、出来ればメリー号で旅を続けたいけど……」

 

 実際問題、一度沈みかけた以上はナミだって不安なのだ。

 ジャヤでベラミーたちに損傷させられた事はまだ記憶に新しく、空島から落ちて来た時の衝撃で船がやや浸水していたこともまだ先日の話である。

 メリー号では今後の航海は厳しいというフランキーの言葉は正しいと、ナミは肌感覚で捉えていた。

 

「船が直せるならそれに越したことはねェんだし、今は造船所の船大工と会うことを一番にしようぜ」

「……そうだな」

 

 ルフィの言葉に俯きつつも頷いたウソップ。

 やや重苦しい雰囲気のまま1番と書かれた造船所の前まで来ると、何やら人々が集まって口々に話していた。

 

「何かあったのかしら」

「聞いてみよう」

 

 ルフィが近くにいた男に聞いて見ると、1番ドック内で海賊が暴れたらしく、それを職人たちが()()()のだと楽しそうに話す。

 ガレーラカンパニーの職人たちはウォーターセブンの誇りで、皆の憧れなのだと。

 俄然、会ってみるのが楽しみになってきたルフィ。だが、野次馬が集まっていて造船所の中に入ることは出来ないように見えた。

 

「どうするんだ? 中に入れそうにねェが」

「造船所と道の境目に柵も立ててあるし、部外者立ち入り禁止って感じね」

「お邪魔します!」

「コラコラコラ!!」

 

 ウソップとナミが相談する横でルフィが柵を乗り越えようとして周りの人たちに止められていた。

 ルフィはどう見ても職人では無いし、部外者が入るのはマズいと善意で止めたのだろう。

 

「勝手に入っちゃ駄目だよ! ここは関係者以外立入禁止なんだから!!」

「でもおれ、船大工に用があんだよ」

「だったらまずは正規の手続きをだね──」

 

 ルフィと通行人の男の諍いになんだなんだと野次馬の目が向き始める。

 今しがた海賊とガレーラカンパニーの職人たちがやり合ったばかりで、また海賊が何かしでかしたのかと興味が向いたのだろう。

 ことが大きくなる前に止めようとナミが口を開こうとすると、柵の向こう側──つまり造船所の中から声がかかった。

 

「その麦わら帽子! 君、〝麦わら〟のルフィだろう!?」

 

 ルフィたちが声のした方へ視線を向けると、スーツ姿の女性がツカツカと近付いてきているのが見えた。

 

「ああ、おれはルフィだ」

「やっぱり! こんなところで会えるなんて思ってもいなかったよ! ところで、何の騒ぎだい?」

「こいつらが勝手に造船所の中へ入ろうとしたので、思わず止めたんですが……」

「そういう事か。君、何か造船所に用事が?」

「うん。船を見て欲しいんだ」

「そっか! じゃあお客だね。でも中に入るのはちょっとまずいから、外で話そう」

 

 ウェーブのかかった茶色の髪が笑うたびに揺れている。

 女性は若干苦労しながら柵を乗り越えると、野次馬を散らしてからルフィたちの方へ向き直った。

 女性は、ルフィたちが思わず見惚れる程の笑みを浮かべた。

 

「じゃあまずは自己紹介からしよう! 私はカテリーナ。〝黄昏〟の一員さ!」

 



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第二百十七話:カテリーナ

 

「おめーも船大工なのか?」

「まぁね。腕は信用してくれていいよ」

 

 ルフィの無遠慮な質問にナミが横から拳骨を食らわせつつも、カテリーナは気にした風も無く返答した。

 とはいえ、基本的に男の職人ばかりが働く造船所でカテリーナのような女性が働いているのは、確かに違和感というか非常に浮いているようにも思うナミ。

 〝黄昏〟の関係者だと名乗ったあたり、図面を描いたり監督するのが仕事なのだろうかと疑問を浮かべる。

 

「それで、何の仕事だい? 船の修理? それとも新しい船の建造?」

「船を直して欲しいんだ。他所に行ったけど、もう走れねェって言われて……大事な船なんだ。少しでも可能性があるなら、それに賭けたい」

「ふーむ。じゃあ一度船を見てみないとね……船はどこにあるんだい?」

「フランキー一家の本社……で、わかるのかしら」

「フランキーの……なら橋の下の倉庫かな?」

「知ってんのか?」

「もちろんさ」

 

 カテリーナはフランキーと同じ師匠の下で造船業を学んだ仲だ。年齢こそカテリーナの方が上だが、順番的にはフランキーの方が先に学んでいたのでフランキーが兄弟子になる。

 倉庫として使っている場所はもちろん、その腕もよく知っているので、フランキーが駄目だと言ったのなら恐らく打つ手はないのだろう。しかし実物を確認もせずに判断するのは職人として避けておきたい。

 顎に手を当てるカテリーナは、まず目の前の3人がどこまで把握しているのか尋ねることにした。

 

「……フランキーからどこが壊れているとかって聞いてるかい?」

「確か、〝竜骨〟って部分が壊れてるって」

「あー、竜骨かぁ……」

「……やっぱり難しいのか?」

 

 フランキーにもうダメだと聞かされ、それでも信じ切れないからとここまで来たが……それでもやはりダメなのかと肩を落とすウソップ。

 そうだね、とカテリーナは肯定した。

 

「竜骨は船の土台だ。一度基礎の部分が壊れたら、もう船として走らせることは出来ない」

 

 実際に船を見ていなくても、船大工として基本は答えられる。

 こればかりはどうしようもない事実だ。

 だが、船を見ずに判断を下すのは良くない。

 

「どちらにしても一度船を見たほうが良いだろう? 今日は残念ながら用事がある。私は直接行けないけど、信頼出来る職人を派遣するよ」

「……ああ、頼むよ」

 

 たとえどれだけ望み薄だとしても、ウソップとしては縋らずにはいられなかった。

 物を大事にする彼の気持ちを理解してか、カテリーナは柔和な笑みを浮かべる。

 

「それだけ船を大事に思っているんだね。君たちに乗ってもらえた船も本望だろう」

 

 話が一段落したところで、ルフィがカテリーナへと質問した。

 

「そう言えば、おめーなんでおれの事知ってたんだ?」

「そりゃあ知ってるとも。君の麦わら帽子、シャンクスのだろう? 私はシャンクスの義手を作った職人でもあるからね! 君の事はよく聞いてるよ!」

 

 シャンクスの左腕はルフィを助けるために失ったものだ。

 腕を失った理由を聞けば、おのずとルフィの事も話題に上がる。

 そうでなくとも、ロビンとはそれなりに仲が良かった。彼女とルフィたちの旅はアラバスタの一件から始まり、その後の行方は〝黄昏〟のゆかりある地ばかり通っている。

 意識をせずともルフィたちの情報は耳に入って来ていた。

 

「へー! シャンクスの腕を作ったのかァ……元気にしてるかな、シャンクス」

「ピンピンしてるよ。たまに酒を飲みすぎるのが瑕だけどね」

 

 2人で和気あいあいと話していると、一番ドックの中からカテリーナを呼ぶ声がした。

 振り返って手を掲げ、こちらにいると示すカテリーナの下へ2人の人物が近付いてくる。

 

「ここにいたのか。探したぞ」

「準備は出来たのかい、アイスバーグ君」

 

 スーツを着て髪を撫でつけた男だ。胸ポケットには何故かネズミが入っている。

 その傍らには金髪を団子状に纏めた女性がおり、手にはいくつかの書類があった。

 

「そちらは?」

「ああ、彼らは麦わらの一味。海賊だよ。ちょっとした縁があってね」

「ふむ……カリファ?」

「調査済みです」

 

 船長である〝麦わら〟のルフィを始めとして〝海賊狩り〟のゾロ、ニコ・ロビンにペドロ、ゼポ。賞金首は5人ながら、内3人は億を超えている。

 総合賞金額(トータルバウンティ)は最近結成した少数海賊団にあるまじき9億オーバー。

 前半の海にいる海賊としては破格の金額と言えよう。

 ルフィたちがこの島に来てからそれほど時間も経っていないというのに、ここまで調べ上げているカリファも凄まじい。

 

「なるほど。よく来たな。おれはこの島のボス、アイスバーグ」

「彼はこのガレーラカンパニーの社長で、なおかつウォーターセブンの市長でね。まぁちょっと変わってるけど、凄い人だよ」

「ンマー、お前に変わってるとは言われたくねェな」

「えー、そう?」

 

 和やかに話す2人の会話を断ち切るように、傍に控えたカリファが今後の予定を話し出した。

 

「これから10分後にチザのホテルでグラス工場の幹部と会食。その後リグリア広場での講演会を終えましたら、美食の町プッチの市長ビミネ氏と会談。その場で新聞社の取材も受けていただきます。終わり次第本社に戻り、書類に少々お目通しをお願いします」

「いやだ!!!」

「ではすべてキャンセルします」

「えぇ!? いいのそれ!? 折角スーツ着たのに!!」

「いいんだ。権力者だからな、おれは」

 

 明らかに職権乱用だったが、アイスバーグは気にした雰囲気も無く堂々としている。カテリーナも呆れ顔だ。

 時々突飛な行動をする上にカリファも全肯定するのでブレーキ役がいない。困ったものである。

 カテリーナはアイスバーグと共に会食や講演会、会談に出る予定だったのでアイスバーグがキャンセルするなら必然的にカテリーナの予定もキャンセルになる。

 ぶーぶーと文句を付けるカテリーナだが、スーツのような堅苦しい恰好は個人的に苦手らしく、まぁいいやと肩をすくめていた。

 

「キャンセルしちゃったものは仕方ない。フランキーの顔を見るついでに、船を一度確認してみよう……本当に竜骨がやられてるなら、期待はしない方が良いけどね」

「……それでも頼む」

「任された!」

 

 カテリーナは着替えと道具を取りに行くため、造船所内へと歩いて行った。

 アイスバーグとルフィはそれを見送り、ふとアイスバーグが質問をする。

 

「船の査定に来たのか?」

「ああ。リューコツ? ってのが壊れてるらしいんだけど、大事な船なんだ。なんとか直してやりたくてよ」

「ンマー。船を大事にするのは良いことだが、身の安全を第一に考えることだな。お前も船長なら、船員の命を背負ってることを忘れるなよ」

「……うん。わかった」

「素直だな。……ところで、お前たちの船にはニコ・ロビンという女が?」

「ああ、いるぞ。頭いいんだ」

「……そうか」

 

 一番ドックの門前で雑談をしていると、あっという間にカテリーナが戻って来た。

 先程までのスーツ姿と違い、作業をしやすいように髪を首の後ろで束ねて纏めており、服装も作業着に変わっていた。

 ついでに人も増えている。

 

「やあ、遅くなってすまないね!」

「それはまァ構わねェけど……そっちは誰だ?」

「私の護衛だよ」

 

 カテリーナは〝黄昏〟の中でもそれなりに立場のある身なので、護衛のために常に1人は身辺についていることになっている。

 立場上海賊とも政府とも接することが多い分、身の安全には気を使わねばならない。

 黒い髪に金の瞳。年齢はルフィと同じくらいの、少女と呼んで差し支えない女性だった。

 少女は白いフードを目深に被ったまま、静かにカテリーナの背後に立っていた。

 

「護衛? ……おばちゃん、もしかして結構偉いのか?」

「あはは、気にしなくていいよ。私が好きでこういうことやってるだけだからね!」

 

 カテリーナの言葉に護衛の少女が肩をすくめる。それだけで何となく苦労しているんだろうな、とナミが察している横で、アイスバーグが声を上げた。

 

「ンマー……カテリーナが行くならおれも行くか。どうせ暇だ」

「今しがた予定を全部キャンセルした男の言葉とは思えねェな……」

「一緒に行く? 私は別に構わないよ。フランキーの作業場だけど」

「あいつのか」

 

 不仲、と言うほどではないのだろうが、アイスバーグは微妙に嫌そうな顔をする。

 それでもどういう訳かついて行くつもりのようだったが、カリファから呼び止められた。

 

「お待ちください、アイスバーグさん」

 

 どうした、と振り向いたアイスバーグの視界に入ったのは、黒いスーツを着た男たちだった。

 世界政府の役人である。

 海賊であるルフィたちが相手をすると面倒なことになるかもしれないと、小さくため息をこぼして体ごと向き直る。

 一番前にいたスーツの男が帽子を取って挨拶をした。

 

「こんにちは、アイスバーグ君。それにカテリーナ女史」

「おまえ、嫌い、帰れ」

「子供かっ! 全く……」

「久しぶりだね、コーギー君。前回発注を受けた家具はどうだったかな?」

「あァ、あれはとても評判が良かったですよ。天竜人の方々も満足されたようで……貴女さえよければ〝上〟に来て欲しいと仰せです」

「あはは、残念だけどそれは出来ないなあ」

「海賊など辞めて真っ当に生きる気はないと?」

「今でも真っ当に生きているつもりだよ。それに、私が〝上〟へ行くことはカナタさんに許可して貰えないと思うし」

「……貴女がどう生きようと、〝魔女〟に決める権利などないでしょうに」

 

 ちらりと護衛の少女を見て、コーギーは力づくは不可能だと確認する。どんな時でも抜け目のないことだと忌々しく思いながら帽子を被り直し、視線をルフィたちの方へと向けた。

 侮蔑と嫌悪を込めた、見下す視線だ。

 一応公的な立場は海賊であるカテリーナに配慮してか言葉にすることはないが、ルフィたちのような海賊を嫌っているのは嫌でもわかる。

 視線を遮るようにカテリーナが一歩横へと移動する。

 

「悪いけど、これから仕事なんだ。遠慮してくれるかい?」

「海賊など後回しで良いでしょう。貴女方にとって得な話を持ってきました。人目のないところで話をしたい」

「こっちはおれが受け持とう。カテリーナ、そっちは頼む」

「悪いね、アイスバーグ君。頼むよ」

「カテリーナ女史、それは──」

「公的には彼女も海賊だし、七武海の一角の傘下だが……〝黄昏〟だぞ。下手なことはしない方が賢明だと思うが」

 

 アイスバーグの言葉でコーギーは動きを止める。

 王下七武海は世界政府直下の組織だ。カナタがそこに所属している以上、世界政府からの要請であればある程度受ける義務が発生する。

 しかし、〝黄昏〟の機嫌を損ねると面倒なことになりかねないので、五老星でさえ下手につつくことはしない。一役人に過ぎないコーギーがつつくには余りにも巨大な組織だ。

 苦い顔でアイスバーグと睨み合うコーギーだが、やがてコーギーはため息をこぼして折れた。

 

「……いいでしょう。貴方と交渉出来るだけ良しとします」

「だそうな、カテリーナ。そちらは任せた」

「ありがとう、アイスバーグ君! 今度美味しいコーヒー奢るよ!」

 

 カテリーナは護衛の少女とルフィたちを引き連れ、チャーターしたヤガラブルの船に乗り込む。

 忌々しそうにルフィたちを睨むコーギーを尻目に、フランキー一家の作業場へと移動を始めた。

 

 

        ☆

 

 

「良かったのか? あのおっさんすげー睨んでたけど」

「良いのさ。彼、しつこいからね! 私は仕事なら受けるけどああいう交渉はあまり話したくないんだ。権限も無いし」

 

 アイスバーグとの交渉では彼が持っているであろう()()()()を狙っているようだが、カテリーナに関しては彼女の身柄を狙っている。

 芸術家にして建築家、職人にして研究者である彼女は世界政府としても喉から手が出るほど欲しい人材だ。

 もっとも、〝上〟──聖地マリージョアになど連れて行かれては帰ってこれなくなるし、そもそも人間として扱って貰えるのかどうかさえ定かではない。

 天竜人の妻として扱われるならまだマシなほうで、最悪首輪を付けられて奴隷の扱いを受ける可能性さえあるのだ。喜んで行きたいとは思わない。

 

「君たちも世界政府には十分気を付けるようにね。特にロビンが仲間にいるのなら」

「……なんでロビンがここで出て来るの?」

「そりゃあ彼女、世界政府が躍起になって探し出そうとしている考古学者だからね。基本的に居場所が割れて良いことなんか一つも無いよ」

 

 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟が読めるということはそれだけ重い。

 〝黄昏〟の庇護下にあるならまだしも、ルフィたちは吹けば飛ぶような木端海賊団に過ぎない。政府と海軍が本腰を入れて捕まえに来たら抵抗など無意味だろう。

 だからこそ、カテリーナは警告する。

 

「気を付けたまえ。こういう言い方は好きじゃないんだけど、君たちは今、途轍もなく巨大な敵に狙われているんだ」

 

 20年前に起こった悲劇を知るカテリーナとしては、あの悲劇が繰り返されないことを願うばかりだった。

 



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