Fate/GRAND Zi-Order (アナザーコゴエンベエ)
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特異点F:炎上汚染都市 冬木2004
レイシフト2015


 

 

 

 そこは過去か、未来か。

 

 照明一つない暗闇の中、一人の青年が手にした本の頁をめくる。

 その本の表紙に記された文字は、【逢魔降臨暦】

 彼はまるでその紙面を内容を何度も確認するように、何度も視線を往復させている。

 

 ―――どうにも。

 その姿は、とても困惑しているように見えた。

 

「……この本によれば、2018年9月。普通の高校生、常磐ソウゴ。

 彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた」

 

 誰へと向けた言葉なのか、一人しかいないその場所であえて語り出す青年。

 その目は彼の傍に置かれた巨大な時計に向けられている。

 

「だが2015年7月。彼は魔王としての一歩を踏み出す前に、想定外の事態に巻き込まれてしまう。

 これは果たして魔王の思し召しか、或いは何者かの陰謀か……」

 

 そこまで語った彼は目を閉じ、口を閉じ、手にしていた本もぱたりと閉じる。

 畳んだ本を脇に抱え、彼はそのままゆったりと暗闇の中へと歩み出し―――

 

 やがて、その姿はどこにも見えなくなった。

 

 

 

 

 

「おじさん、ただいまー」

 

 時計屋、クジゴジ堂。

 営業中の店舗であり自宅でもある建物の扉を開き、常磐ソウゴが帰宅を告げる。

 

 ソウゴがおじさんと呼ぶ大叔父、常磐順一郎。

 彼は店に入ってすぐのカウンターで、いつものように古いラジオをいじっていた。

 

「あ、おかえりソウゴ君」

 

 細かい作業をしていたのだろう、ラジオをきつく見つめていた順一郎。

 そんな彼はラジオから顔を上げて、眼鏡の位置を直しながらソウゴに対して向き直った。

 

「今日はラジオの修理なんだ」

「うん。うち、時計屋なんだけどねぇ」

 

 そう言いながらも順一郎の手つきは慣れたものだ。

 ソウゴもまた、時計屋だと言いつつ別のものを修理している大叔父の姿を見る事に慣れている。

 

 帰宅の挨拶を済ませた順一郎が再びラジオに視線を向けた。

 なら自分も鞄を置きに部屋へ行こうと、靴を脱いで家に上がろうとしたところ。

 順一郎が今まさに思い出したかのように、あっと大きな声をあげた。

 

「そうだソウゴ君。夏休み、何か予定ある?」

 

 何気ない風を装った問いかけ。

 といっても、順一郎も答えは大体分かっているだろう。

 

 毎年大した用事もないソウゴは、毎日昼頃まで寝て過ごしている。

 そんな事実を当然の事ながら、彼は知っている筈だ。

 

「夏休み? んー、別に何も」

「だったらこれ、どうかなって思って」

 

 きょとんとしていた彼の前で、順一郎が一枚のチラシを机の下から引っ張り出した。

 ソウゴは不思議そうにしながらもそれを受け取って、上から下まで文面を眺めてみる。

 

「カル、デア?」

「うん。何かね?ちょっと前にうちに時計の修理依頼がきてさ。久しぶりに!

 その時、そのお客さんがもしよかったらソウゴ君にどうぞって置いていったんだけど」

 

 そのチラシにはちょうど学生が夏休みに入ったころから始まる、カルデアなる場所で行われるボーイスカウト的行事がある、と書かれていた。

 

「ふーん……」

「ソウゴ君の将来にも役立つ体験が出来るかもしれないしさ。

 それにほら、こういう行事だと友達もたくさん出来たりするかもしれないし……どう?」

「でもこれ、王様……って感じじゃないかな」

 

 うーんと首を傾げるソウゴ。

 

 ―――彼には幼少期から王様になるという夢があった。

 その夢のためにこの活動が有益になるか、というと疑問。そこに彼は首を傾げている。

 いつも通り、というべきその言葉を聞いて順一郎はがくりと肩を落とした。

 

「……そうだよね。王様だもんね」

「うん。でも……何かちょっとだけ気になる気がする」

 

 理由があるわけではなく、直感的なものだと言いたげに。

 だが順一郎は珍しくそういった行事に興味を示したソウゴに対し、酷く顔を綻ばせた。

 ソウゴがそんな風に興味を示すものは稀で、彼はそれを喜んでくれている。

 

「そう!?じゃあ、せっかくだし応募だけでもしてみよう!

 ほら、こういう経験も王様になる上できっと役に立つからさ! 多分!」

「うーん……まあ、うん」

 

 おじさんが喜んでいるのに水を差す気にもならず、曖昧に頷く。

 どっちでもいい、というのが本音であったから否定する気にもならず。

 

 こうしちゃいられない、とラジオを放り出してすぐさま応募に取り掛かる順一郎。

 ソウゴはチラシを何となく睨んだまま、未知の感覚に首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 自分の興味が何に向けられているかも分からないまま、踏み込む事になる謎の世界。

 なんと集合場所と言われた場所に向かってみれば、

 

『秘匿性の高い施設だから』

 

 と。ほとんど簀巻きにされて、連行されるように連れてこられたのだ。現在位置は分からないが、移動時間から考えるに恐らく、もはや秘境と言える土地なのではなかろうか?

 

 そんなわけで、常磐ソウゴは夏休みにカルデアという場所に辿り着いていた。

 黒服に促されるままに踏み込んだ館内。

 目に入るのは妙に広くも整備の行き届いた様子の、綺麗な施設内部。

 

 どうすればいいんだろうと周囲を見回していると、施設の奥から一人の男性が歩いてくる。

 夏だというのに、季節外れなモスグリーンのロングコートを着た人だった。

 施設の中は空調が効いているから大丈夫だろうが、外に出たら暑そうだ。

 

「おや。君は……ああ、そうか。今日から配属された新人さんだね?」

 

 彼はすぐに目の前にいるソウゴに気付き、微笑んだ。

 人の好い笑みを浮かべた紳士は、ソウゴがここに戸惑っている事を悟ってだろう。

 こちらの問題を解決すべく、歩み寄ってきてくれた。

 

「あ、うん。多分……あんたは?」

「私はレフ・ライノール。ここで働かせてもらっている技師の一人だ。君の名前は?」

「常磐ソウゴだけど……」

 

 答えると彼は小さく頷き、顎に手を添える。

 思い返すような所作をとってから、僅かに芝居がかった物言い。

 そんなやり方で分かり易いように、ソウゴの身分らしい立ち位置を語った。

 

「ふむ、常磐ソウゴくんか。ああ、その名前は確かに覚えがある。招集された48人の適正者、最終便で来た二人のうちの一人というワケだね。

 ようこそカルデアへ、歓迎するよ。キミは一般公募のようだが、訓練期間はどれくらいだい? 一年? 半年? それとも最短の三ヶ月?」

 

 彼の口から出てくる出てくる、ソウゴにはさっぱりの情報たち。

 当然のように、ソウゴは自分がここでやるべき事が正直よく分かってなかった。

 何か、訓練が必要な専門的な事もあるのだろうか。

 

 その事について、素直に本当の事を告げておく。

 

「うーん。訓練とかはしてないけど」

「おや。それは……そうか、数合わせのために緊急で採用した一般枠があったな。君はそのひとりだったのか。申し訳ない、配慮に欠けた質問だった。

 けれど一般枠だからって悲観しないでほしい。今回のミッションには君たち全員が必要なんだ」

 

 別に気にしていないのだが、今のは実は配慮が必要な案件だったらしい。

 もしかしたらこの施設で他の人に話しかける時、ソウゴの方こそそれを気にかけた発言を心掛けないといけないかもしれない。

 そういうの苦手だな、と彼は難しい表情を浮かべる。

 

 そこでふと何かに気づいたように、レフは頭を揺らした。

 

「―――おっと。つい話し込んでしまったね。

 すまないが、人を探していてね。私から声をかけておいて申し訳ないが……」

「いや、大丈夫。ちなみに俺、これからどうすればいい?」

「じきに中央管制室で所長の説明会がはじまる。

 この通路を真っすぐいけば辿り着くから、そこで他の参加者と一緒に待っているといい」

 

 そう言って大通りらしき通路を指差すレフ。

 つまりこの一番大きい道を通り、寄り道しなければ大丈夫なのだろう。

 それならば迷う必要もなさそうでありがたい。

 

「そっか。ありがとう」

「いや。これからは同僚としてよろしく、常磐ソウゴくん」

 

 シルクハットのツバを掴み、微笑みながら軽く礼をするレフ。

 そのまま流れるように、彼は分岐した別の通路に入っていった。

 

「よく分かんないけど、言われた通りにこの先に行って待ってればいいのかな」

 

 言われた通りに通路の先を目指す。

 大規模な施設の割りに、途中で人とすれ違う事もない。広いわりには人は少ないのだろうか、と首を傾げながら歩いていると、その答えになる光景に辿り着いた。

 部屋の中央にでかい地球儀のようなものがある広い部屋。

 

 そこでは既に大量の人が整列していた。

 

 その広間の中心だけでも40人超の人間が整列している。

 周りで動いている人間たちも含めればもっとだ。

 ここで何かがあるから他の人間たちを見なかった、という事なのだろう。

 

 レフが言ったのは、あの40人くらいの中に混じって並んでいろという事だったのだろうか。

 どこに入ればいいんだろ、と首を傾げていると近くのスタッフが声をかけてくれた。

 

「君、名前は?」

「常磐ソウゴだけど……」

「常磐ソウゴ……20番だね。あの列に並んで」

 

 そう言って示される行先。

 その列の中に入り込みながら今言われた言葉をなんとなしに呟く。

 

「20番か……」

 

 ―――視界がブレる。立ちっぱなしで意識だけが吹き飛ばされるように。

 

 自分が20人目、という数字が頭の中で渦を巻く。

 まだ、17人目のはずなのに。まだ、次代の王の時代は訪れないはずなのに。

 砂嵐がかかった視界のなかで、何かの光景が視界の端を擦過していく。

 

 2000、2001、2002、2003、2004、2005、2006、2007、2008、20

 09、2010、2011、2012、2013、2014、2015、2016、2017、2018

 ―――2068

 

 足りない。まだ、2015年だ。

 力が目覚めるには早すぎる。いや、とっくに足りている。

 何故ならば――――『()()()()()()()()()()()()()

 

 ブレた視界を金色の何かが横切った。

 

 赤茶けた大地の上に立つ金色の王者。

 彼が手を翳すと周囲に破壊が巻き起こり、彼に立ち向かう人間たちが滅び去る。

 

 ――――()()()()()()()

 

 彼の顔が、彼を見ているソウゴを向く。

 その手が振るわれると同時に、ソウゴの視界が爆炎に包まれた。

 

 そしてそれと全く同時に。

 ソウゴの五感の全てが爆発と炎によって塗り潰される。

 

 

 

 

 

「……ぅん、あれ」

「やぁ、目覚めたかい?我が魔王」

 

 ふらつく頭を押さえながら、体を起こす。

 目の前にはまたもや、こんな時期だというのにロングコートを着た一人の青年がいた。

 彼は首に巻いたストールをぱたぱたと叩き、火の粉を飛ばしている。

 

「あんたは……?」

 

「―――私の名はウォズ。

 時空を越え過去と未来をしろしめす時の王者、オーマジオウの家臣。

 つまりは、君の忠実なるしもべだ」

 

 彼はそう言いながらゆるりと手を差し伸べてくれた。

 きょとんとしつつもその手を取り、引き起こしてもらい立ち上がる。

 

 立ち上がって見てみれば、周囲は爆発による破壊痕と爆炎の残り火。

 

「……あんたが助けてくれた、って事? 他の、みんなは?」

「さあ? 私は君のしもべだ。彼らを私が助ける道理はないさ。

 恐らくはこの施設の人間がどうにかするだろう」

 

 どうでもよいとばかりに肩を竦めるウォズ。

 助けてもらった身とはいえ、その物言いに一つ言ってやろうとして―――

 背後から、別人の声が飛んできた。

 

「生存者!? この状況で―――!」

 

 声に対し振り向くと、そこには白衣の男性がいた。

 その後ろにはもう一人、赤毛の少女の姿がある。

 

「いや、とにかく無事で良かった。ここはもうじき隔壁が下りる。

 すぐに第2ゲートから外へ避難して、救助を待ってくれ!」

 

 そう指示して彼は、自分は指示した方向とはまるで別の方へ行こうとした。

 咄嗟にその彼の背中に対して疑問を声を投げる。

 

「えっと、あんたはどうするの?」

「……ボクは地下の発電室に向かう。カルデアの火を止めるわけにはいかないからね。

 キミたちは急いで外へ向かってくれ、もう時間は無いからね!」

 

 念を押すようにそう言って、もう彼は止まらずに走りだした。

 この場所の地理は分からないが、言葉通りに地下へ向かうのだろう。

 カルデアの火、というのが何かは分からないが……

 それだけ、大事なものなのだろうか。

 

 その後ろ姿を見送って、少女の方へと視線をやる。

 彼女も戸惑っているが、この状況で自分に出来る事はないと理解しているのだろう。

 顔を見合わせて、この場から―――

 

「ねえ、ウォズだったっけ?」

「その通り。合っているよ、我が魔王」

 

 急げと言われたが、やっぱり確認しておかないといけない。

 そう感じてウォズに向かい合う。

 

「あんたなら、今の人の助けになれるの?」

「―――我が魔王。今の君ではこの程度の状況すら安全とは言えない。

 私を遠ざける事は望ましくないね。

 もし私を彼の助けにしたいと言うなら、まずは自分の安全を確保したまえ」

 

 ウォズの語る自分の心配に、偽りは感じない。

 ならせめて自分たちはすぐに避難して、彼に任せた方がいい。

 多分、彼は何とかできる力を持っている。そんな気がする。

 

『システム レイシフト最終段階に移行します。

 座標 西暦2004年 1月 30日 日本 冬木―――

 ラプラスによる転移保護 成立。特異点への因子追加枠 確保。

 アンサモンプログラム セット。

 マスターは最終調整に入って下さい』

 

 突然管制室に響き渡るアナウンス。

 何かが、明らかな異常事態でも停止せず、このまま決行されようとしている。

 詳細なんて分からない。

 

 ただ、まずいという確信が心に湧き上がってくる感覚。

 

「……様子がおかしいよ。急いで戻ろう?」

 

 ウォズと話していたソウゴに少女が声をかける。

 彼女にも白衣の彼への心配はあったが、現状ではそれしかなかった。

 少女の言葉にソウゴが頷く。

 

 そのやり取りに肩を竦めたウォズが、先導するように一番前を歩き出した。

 しかし三人が出口に向けた足を動かし出して、すぐのこと。

 

 ―――今まで瓦礫で隠れていた光景が、二人の足を止めさせた。

 

「…………、あ」

 

 そこには一人の少女が横たわっていた。

 

 彼女の上には大きな瓦礫が横倒しになっている。

 真っ赤な光景。それは当然、炎の赤色だけではない。

 

 一目で察するに足る、致命傷に至った惨事。

 

「彼女の傷は既に致命傷のようだ、我々が足を止めて出来る事はないよ」

 

 その事実に対してウォズは足を止める気もなく。

 そしてソウゴにもそうすべきだと促してくる。

 ソウゴの隣にいた少女は、ウォズを小さく睨むと倒れている少女に駆け寄った。

 

「……しっかり、いま助ける……っ!」

「―――…………いい、んです。

 そちらの方の言う通り、もう、助かりません、から。

 それより、はやく、逃げないと」

 

 少女の小さな訴え。

 既に助からない命は、あなた達だけでも生きてほしい、と。

 本当に心から願っているようだった。

 

「ウォズ―――」

 

 どうするべきか、どうできるか。

 選択肢なんてそもそも無い、背中を焼く残り火から逃げるしかない。そんな状況。

 そんな中で、ソウゴが逡巡するような態度をみせる。

 

 そうしている内に。

 このカルデア管制室に突然、太陽かと見紛う何かが発生した。

 

「おや?」

 

 ウォズが不思議そうにそちらを見上げる。

 それは管制室中央にある地球儀らしき何かが、赤く染まっていく光景

 

『観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました。

 シバによる近未来観測データを書き換えます。

 近未来百年までの地球において人類の痕跡は 発見 できません。

 人類の生存は 確認 できません。人類の未来は 保障 できません』

 

 不安を煽るようなアナウンスが響く。

 太陽のような何かを眺めながらそれを聞いたウォズは、ただ小さく笑いを漏らす。

 

 瀕死の少女もまたその光景を見上げ、小さな声で呟く。

 

「カルデアスが……真っ赤に、なっちゃいました……

 いえ、そんな、コト、より―――」

 

 彼女が体を動かそうとするのを、付き添う赤毛の少女が押し留める。

 そんな彼女たちの背後で、唯一だったろう出口が閉鎖されていく。

 

『中央隔壁 封鎖します。館内洗浄開始まで あと 180秒です』

 

 続いて響く、タイムアップの報せ。

 

「……隔壁、閉まっちゃい、ました。……もう、外に、は」

 

 申し訳なさそうな小さな声。

 彼女の傍に寄り添う少女は、彼女の手をとって小さく微笑んだ。

 

「……うん、そうだね。一緒だね」

 

 二人の少女は手を取り合っている。

 いや。力無く垂れた少女の手を、赤毛の少女が優しく握りしめている。

 

 それを見て、自然と言葉が出てくる

 

「……ねえ、ウォズ。ここからどうにかできる方法、知らない?」

「―――我が魔王の望みとあれば仕方ない。

 私と君、それにそちらの少女の三人をここから脱出させるくらいなら何とか」

「そうじゃなくて」

 

 ウォズの言葉を遮って、彼の目をまっすぐに見据える。

 彼が自分の臣下だというのなら、そんなことは分かりきっているはずだ。

 自分は。この光景を看過するような王様になりたかったわけではないのだから。

 

「ウォズの言う王様になった俺って、この状況であの女の子を助ける事も出来ない王様?

 だったらそれって、俺のなりたかった王様なんかじゃなくない?」

「―――――なるほど」

 

 ソウゴの言葉を聞いて、ウォズが大仰に頷いた。

 

『コフィン内マスターのバイタル 基準値に 達していません。

 レイシフト 定員に 達していません。

 該当マスターを検索中・・・・発見しました。

 適応番号47 常磐ソウゴ 適応番号48 藤丸立香 をマスターとして 再設定 します』

 

 自分の名前がアナウンスに乗った。咄嗟に周囲を見回す。

 何かが始まる。本来有り得なかった始まりが。今、ここから。

 そんな気がする、という感覚が全身を奮わせる。

 

「なら、仕方ない。未だ2015年ではあるが、我が魔王が力を望むと言うのであれば―――

 望みさえすれば、常に最大最高の力と歴史は君と共にあるのだから」

 

 ウォズが脇に抱えていた本を手にして、大きく腕を横に広げる。

 彼はまるでこの光景を祝福するように、ソウゴに向けて微笑んでみせた。

 

『アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します。

 レイシフト開始まで あと3 2 1―――全工程 完了。

 ファーストオーダー 実証を 開始 します』

 

 そうして、その場の全てが光に包まれる。

 この場に居合わせた全員がそれに呑まれ、そしてこの場から姿を消した。

 

 

 



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炎上冬木2004

 

 

 

「……つぅ、さっきから意識失ってばっかな気がする……」

 

 またも頭を押さえながら起き上がる。さっきと同じく、周囲は火の海だった。

 とはいえ先程までの施設の一室ではなく、今度は街ごと火の海。

 

 立ち上る炎に舞い上げられた灰で空はどす黒い。

 ここは既に死んだ街なのだ、という感覚が肌を刺す。

 命の危機を感じる空間で目を細め、ソウゴはとりあえず声を上げた。

 

「どこ、ここ……? ねえ、ウォズ?

 って……ウォズ? ウォズ、いないのー? ……ウォズもいない」

 

 立ち上がろうとして、自分が手にいつの間にか何かを持っている事に気づいた。

 手の中にあったのは懐中時計くらいの大きさのもの。

 その表面には二種類の文字が刻印されていた。

 

「何、これ……? カメン、2018……?」

 

 上部にはまるで押しボタンのようなリューズもある。

 形状だけ見るならば、真っ先に連想した通りに懐中時計だろう。

 だが実際は時間を刻んでいるわけでもなく、ただの時計らしきものでしかない。

 

 それの正面はX字でパネルが四分割されていた。

 上と下のパネルにそれぞれ入っている文字は、“カメン”と“2018”。

 

 ―――まあとにかく今はいいや、と。

 とりあえずそれを懐にしまって立ち上がる。

 

 そうしてとにかく何か無いかと周辺を見回してみれば、そう遠くない距離。

 ひとり、動いている様子の人影を見つけた。

 

「あの髪、もしかしてさっき倒れてた……」

 

 ついさっき見かけた髪色、だと思う。

 それが先程まで致命傷だった筈の少女に見えて、ソウゴは足早にそこへと向かう事にした。

 

 

 

 

 

「先輩。起きてください、先輩」

「―――あ、やっぱり。さっきの」

 

 近づいてみれば、やはり。

 少女の正体は紛れもなく、先程瀕死だった彼女であった。

 そんな彼女が揺すっているのは、気を失っている様子の一緒にいた赤毛の少女。

 

 ソウゴに声をかけられた瀕死だった方の少女がこちらを振り返る。

 

「あなたは……確か常磐ソウゴさん、でよろしいでしょうか」

「うん。君は?」

 

 どうやら知られているらしい。

 彼女もカルデアというところの人間ならば、そう不思議でもないだろう。

 恐らくソウゴよりは年上だろう彼女は、丁寧に頭を下げながらその名を名乗る。

 

「はい、わたしはマシュ・キリエライトです。よろしくお願いします」

「無事で良かった、けど……その格好は?」

 

 少女の姿は大きく様変わりしていた。

 鎧、ではあるのだろうが。所々に肌色が見える色々な意味で危なげな衣装である。

 変な格好だなぁ、と見ているソウゴの視線。

 それに彼女も流石に羞恥を覚えたのか、口早に、その衣装に対する説明をくれた。

 

「現在、私はデミ・サーヴァント化しています。

 この武装はそのサーヴァントの物を顕現させているもの―――と思われます」

 

 彼女は頬を薄く朱に染めながらも、そう教えてくれる。

 内容は正直なところよく分からない。デミ・サーヴァントだのサーヴァントだの。

 が、多分そこは今の所は重要ではないだろう。

 というか重要だったのだとしてもソウゴには分からないだろうから関係ないヤツだ。

 

 とりあえず今は未だ倒れている少女と、その少女の上に乗っている謎の獣。

 

「へえ、そうなんだ。そっちの子は?」

「あ、はい。こちらはフォウさんです」

「フォウ! フー、フォーウ!」

 

 謎の白い獣はてしてしと、倒れた少女の頬にパンチを繰り出している。

 しかし少女に起きる気配はない。

 その様子を見ていると、マシュと名乗った少女も呼びかけを始めた。

 

「その―――マスター。マスター、起きてください。起きないと殺しますよ」

「えっ」

 

 突然の宣戦布告。いや、死刑宣告。

 ソウゴが驚いていると、当事者である気絶者も驚いたのか。

 それを切っ掛けに意識が浮かんできた様子だった。

 

 未だふらついているが、体を起こせる程度には無事である様子。

 ぼんやりとしながら起き上がった彼女は、己の肩を揺すっていたマシュを見上げる。

 

「良かった。目が覚めましたね先輩。無事で何よりです」

「いま、殺しますよ、とか言わなかった……?」

 

 うーん、と頭を抱えながらマシュに問いかける彼女。

 そんな問いかけを受けながら、しかしマシュは彼女に対して背を向けた。

 

「…………その前に、今は周りをご覧ください」

 

 そう言って巨大な盾を持ち直すマシュ。

 言われた通りに見回すと、何やら周囲の物陰から何か―――

 動く人骨らしき化け物が、大量に湧いて出てきていた。

 

「えぇ……何なの、これ」

 

 ガシャリガシャリと、骨同士が擦りあう音と共に行進してくる死者の軍勢。

 その咽喉も無いはずの頭蓋骨から、怨念染みた唸り声が響いてくる。

 

「―――言語による意思の疎通は不可能。敵性生物と判断します。

 ソウゴさんはどうかマスターと一緒にわたしの後ろに……マスター、指示を!

 わたしと先輩で、この事態を切り抜けます!」

「マス、ター?」

 

 きょとん、と少女。藤丸立香が自分を指差す。

 自分の事なのか、と問いかけているようだ。

 

「はい!」

 

 元気な返事が返ってきた。

 マシュが言うところによると、彼女はマシュのマスターというものらしい。

 立香の視線がソウゴに向いた。よく分からない、と首を傾げておく。

 

「えっ……と、どうしよう。が、頑張って!」

 

 突然の状況。しかも気絶からの復帰直後。

 立香にどれほど人並外れた度胸があろうと、どうしようもなかった。

 だが、そのたった一言にデミ・サーヴァントは奮起した。

 

「了解しました!」

「どうしよう! ただの応援に全幅の信頼がかけられてる気がして怖い!」

 

 立香の悲鳴に取り合う者はなく、そのまま戦闘が開始する。

 巨大な盾を構えながら、尋常ではない速度でマシュが駆けだしていた。

 同時。動くための筋肉など見ての通り何もない骸骨どもがカタカタと動き出す。

 

 先頭に立っていた骸骨がマシュを目掛けて跳ぶ。

 筋肉もついてないただの白骨が、一体どうしてそうなるのか。

 そんな事を考えている暇もなく、マシュは戦いへと臨んだ。

 

「マシュ、上―――!」

 

 マスターたる立香の声。

 それに反応して、サーヴァントは自分の頭上から来る相手に盾をかざす。

 

 手にした剣をフルスイング。マシュに対して全力で振り下ろす骸骨。

 骸骨というどう見ても軽そうな外見から、まるで想像できない重い打撃の音。

 

 ―――だが、盾には傷一つついていない。

 

「―――――っ、やぁ!」

 

 声と共に恐怖を吐き出し、マシュが体を捻り上げる。

 弾き返される骸骨。それが思い切り背後のビルに衝突して四肢散開。

 元通りバラバラの死骸となって、炎の中に消えていく。

 

 だが、吹き飛ばされたそいつを追い越して、次々と別の骸骨が群がってくる。

 

「やぁあああっ!」

 

 しかしそんな程度でマシュの行動に支障など出なかった。

 

 正面の骸骨に盾一閃。粉砕されて撒き散らされる残骸。

 その隙に反撃しようとする骸骨の数は留まることを知らず。

 怒涛の侵攻はしかし。凄まじい速度で構えなおされる盾に阻まれて通らない。

 攻撃を防いだそばからまたも盾を押し返し、盾の少女は骸骨連中を跳ね飛ばす。

 

「マシュ、凄い……」

 

 そこから先は少女の精神の事を考慮しなければ、最早ルーチンだ。

 群がる骸骨を跳ね除け、砕き、攻撃を防ぐ。

 

 敵たる骸骨たちに知性は無く、何度阻まれても同じように突破しようとする。

 それだけの相手ならば、マシュも同じように凌ぎ続ければそれでいい。

 ほんの数十秒で、その作業は完遂した。

 

 ガチン、と。巨大なラウンドシールドが置かれたコンクリートの地面が音を立てる。

 武装を地面に立てたマシュが小さく息を吐きながら辺りを一度見回した。

 もう周辺に敵性の気配は感じない。

 

「―――ふう。不安でしたが、なんとかなりました。

 お怪我はありませんか先輩。お腹が痛かったり腹部が重かったりしませんか?」

「今のは……何だったの? あとフォウがちょっと重い」

「……フォウ、フォーウ!」

 

 正直な白状に怒り狂うフォウ。フォウさん怒りの鉄拳が立香を襲う。

 てしてしと頬に叩き込まれる連続攻撃。だがそんな彼の矮躯がマシュに摘みあげられた。

 ぷらぷらとぶら下げられる小動物。

 

「……わかりません。この時代はおろか、わたしたちの時代にも存在しないものでした。

 あれが特異点の原因、のようなもの……と言っても差し違えはないような、あるような」

 

 マシュの手を振りほどき、彼女の肩へと駆け上がっていくフォウ。

 そんなリス? みたいな何かを見ながら、ソウゴが繰り返すように呟く。

 

「―――時代に存在しない、もの」

 

 ふと、気になって先程手にしていたものを手に取る。

 懐中時計のようだと例えたが、それは本当にただこれを見て抱いた感想だろうか。

 もっと何か、自分の中にある大きなものに、これは時計だと訴えかけられたような。

 

 ―――そんな思考に集中していたソウゴの意識を引き戻す声。

 

『ああ、やっと繋がった! もしもし、こちらはカルデア管制室だ!

 こちらの声が聞こえるかい!? 聞こえたら返事をしてくれ!』

「お」

 

 その声は先程聞いたもの。

 あの火の海に踏み込み、地下へと向かうと言って先へ行った白衣の男性だ。

 どうやら目的を無事に果たし、またあの火の海にトンボ返りしたらしい。

 空中に浮かび上がった映像にも、彼の姿が映し出される。

 

「こちらAチームメンバー、マシュ・キリエライトです。

 現在、特異点Fにシフトを完了。同伴者は藤丸立香、並びに常磐ソウゴの二名です。

 三名ともに心身に異常ありません。わたし以外の両名ともにレイシフト適応は良好。

 更に藤丸立香はマスター適応も良好。正式な調査員としての登録を管制室に求めます」

 

 レイシフト適応だの、マスター適応だの、よく分からない単語が止まらない。

 何となくプロフェッショナル感の漂う報告に、彼の言葉が返ってくる。

 

『……やっぱりキミたちもレイシフトに巻き込まれたのか……コフィンなしでよく意味消失に耐えてくれた。それは素直に嬉しい。

 けれどマシュ。君が無事なのも嬉しいんだけど、その格好は一体どういうコトなんだい!? ハレンチすぎる! いつの間にそんな趣味を! ボクはそんな子に育てた覚えはないぞう!』

 

 マシュの報告を大変な顔で聞いているかと思えば、突然声を荒げる彼。

 そこにプロフェッショナル感は全然感じなかった。

 

 それはそれとして、その服はやっぱり変だよね、と何度か頷く。

 ついでに変だよね? と立香の方にも同意を求めてみる。

 返ってきたのは、まあそうかも、と。マシュ本人に配慮して濁らされた答えだった。

 

「……これは、必要に応じて変身したのです。カルデアの制服では先輩を守れなかったので」

『変身……? 変身って、なに言ってるんだマシュ?

 頭でも打ったのかい? それともやっぱりさっきの事故の衝撃で……』

「――――ドクター・ロマン。ちょっと黙って」

 

 怒られた? と。立香の方を見ながら首を傾げてみる。

 怒られたねぇと。彼女からも同意が返ってきた。

 

 そんな感じはしなかったが、意外と感情的な子だったようだ。

 

「そちらでわたしの状態をチェックしてください。

 それでおおよその、今のわたしの状況は理解していただけると思います」

 

 言われて、マシュの衣装を今一度見回してみた。

 

 やっぱり一番最初に出てくる疑問。

 何であの鎧、ヘソが出ちゃうような穴があるんだろうね。と立香に小声で聞いてみる。

 立香は小さく視線は彷徨わせると、……オシャレには色々あるから、と。

 どこか棒読み気味な声でそう教えてくれた。

 

『キミの身体状況を? お……おお、おおおぉぉおおお!?

 身体能力、魔力回路、すべてが向上している! これはもはや人間というより―――』

「はい。現在、わたしの体はまさにサーヴァントそのものと化しています。

 経緯は覚えていませんが、わたしはサーヴァントと融合した事で一命を取り留めたようです」

 

 サーヴァント? また首を傾げて立香を見る。

 サーヴァント? と、立香も首を傾げていた。

 

 残念ながら、二人とも分かんなかったのだ。

 

「今回、特異点Fの調査・解決のため、カルデアで事前に用意されていたサーヴァント。そのサーヴァントは先ほどの爆破でマスターを失い、消滅する運命にあった。

 ですがその直前、彼はわたしに契約をもちかけてきました。英霊としての能力と宝具を譲り渡す代わりに、この特異点の原因を排除してほしい、と」

『英霊と人間の融合……デミ・サーヴァント。カルデア六つ目の実験だ。

 そうか。ようやく成功したのか。では、キミの中に英霊の意識があるのかい?』

「……いいえ、彼はわたしに戦闘能力のみを託して消滅してしまいました。最後まで真名を告げずに。

 ですので、わたしは自分がどのような英霊なのか、自分が手にしたこの武器がどのような宝具なのか、現時点ではまるで判りません」

 

 サーヴァントというのはなんか凄い存在らしい。

 話を聞いてもよく分からないが、やはり自分たちの現状は相当凄い事になっているようだ。

 

 それはそれとして、あれは武器っていうか、盾?

 でもあの盾でホネを吹っ飛ばしてたし、とか。

 少女と少年は置いてけぼりにされながらも、後ろでこそこそ話している。

 

『……そうなのか。けれどそれはこの状況下で、むしろ不幸中の幸いだ。

 召喚したサーヴァントが必ずしも協力的とはかぎらないからね。

 けれどマシュがサーヴァント化したのなら話は早い。なにしろ全面的に信頼できる』

 

 そこまでマシュと話していたDr.ロマンとやらが、こちらに目を向けた。

 

『藤丸立香君。常磐ソウゴ君。そちらに無事シフトできたのはキミたちだけのようだ。

 そしてすまない。何も事情を説明しないままこんな事になってしまった。

 わからない事だらけだと思うが、どうか安心してほしい。

 キミたちには既に強力な武器がある。マシュという、人類最強の兵器がね』

「……最強というのは、どうかと。たぶん言い過ぎです」

 

 彼の言う最強の兵器は、その呼び名に対して拗ねるようにそう言った。

 ロマンの物言いにきょとんとしているこちらに、彼女が恥じているだけのようにも見える。

 

『まあまあ。サーヴァントはそういうものなんだって二人に理解してもらえばいいってことさ。

 キミは彼女たちが自身の命を預けるに値する存在だ……そう思ってもらう事は、どちらにとっても得があることだろう?』

 

 そう言ってマシュを見るロマン。

 むぅ、と口を噤んで立香の方をちらちらと伺うマシュ。

 

『……ただし藤丸立香君、サーヴァントは頼もしい味方であると同時に、弱点もある。それは魔力の供給源となる人間……マスターがいなければ消えてしまう、という点だ。

 マシュのマスターがキミである、という契約は既に成立している。キミの命はマシュの命、という点を理解してほしい。キミの命はマシュが必ず守るにしろね』

「私がマシュの、マスター……?」

 

 よく分からなかったので、とりあえず拍手しておく。

 多分、どちらかというと良い事だろうと。

 そんな二人の様子に苦笑を浮かべる、通信映像上のロマニの顔。

 

『うん、当惑するのも無理はない。

 常磐ソウゴくんはまだしも、キミにはマスターとサーヴァントの説明さえしていなかったし』

 

 バッ、と立香に頭を向けられる。

 知ってるの!? 知らないって言ってたのに! と言いたげだ。

 でも本当に知らない物は知らないのだ。

 

『……あれ、中央管制室での所長の訓示で最低限の説明は無かったかい?

 キミは参加していただろう?』

「ごめん。俺なんも聞いてなかった」

 

 ふと何かに意識を奪われ、そのまま何かを考えてるうちに爆発していた。

 その何か、というのが何なのかも分からないままだが。

 困ったような表情を浮かべて、しかし彼は努めて朗らかに表情を緩める。

 

『そうか……うん、その、あれだ。いい機会だから詳しく説明しよう。

 今回のミッションには二つの新たな試みがあって―――』

「ドクター、通信が乱れています。通信途絶まで、あと10秒」

 

 淡々としたマシュの現状報告。

 それを聞いたロマンは向こう側で周囲の機器に視線を走らせた。

 

『むっ、これは…予備電源に替えたばかりでシバの出力が安定していないのか。

 仕方ないな、説明は後ほどにしよう』

 

 ロマニの姿が消えて、通信映像が周辺一帯のマップに切り替わる。

 大写しにされる現在地と目的地の二点に光点を灯した地図。

 

『そこから2キロほど移動した先に霊脈の強いポイントがある。何とかそこまで辿り着いて、ベースキャンプを設営してくれ。そうすればこちらからの通信も安定する。

 いいかな、くれぐれも無茶な行動は控えるように。マシュという戦力があるとはいえ、戦闘もなるべく避けた方がいい。こっちもできるかぎり早く電力を―――』

 

 ブツリ、と。指示の途中で電源が落ちたみたいに通信が切れる。

 とりあえずやらねばならない事は言ってくれていたので問題はないけども。

 

「……消えちゃったね、通信」

「まあ、ドクターのする事ですから。

 彼は見ての通り、いつもここぞというところで頼りになりません」

 

 ソウゴはなんか仲悪いのかな、と首を捻る。

 立香はむしろ仲が良いんじゃないかな、と小さく笑う。

 

「キュ。フー、フォーウ!」

 

 フォウさんだってそう言っている。

 

「そうでした。フォウさんもいてくれたんですね。応援、ありがとうございます。

 どうやらフォウさんは先輩と一緒にこちらにレイシフトしてしまったようです。

 ……あ。でも、ドクターに報告し忘れてしまいましたね……」

「キュ。フォウ、キャーウ!」

 

 フォウが鳴く。どことなくマシュを慰めているような気がする。

 いや、どちらかと言うとドクターを馬鹿にしているような感じかもしれない。

 

「ドクターなんて気にしなくていい、だってさ」

「そうですね。フォウさんの事はまた後で」

 

 そうですね、なんだ。と思ったが飲み込んでおく。

 やはり立香の言う通り仲がいいのだろうか?

 それにしてはやたら刺々しい気もするが。

 

「まずはドクターの言っていた座標を目指しましょう。

 そこまで行けばベースキャンプも作れるはずです」

「2キロかー、距離はともかくこの道だからなー」

 

 そう言って見渡す炎に包まれた死の街。周囲の建物は大半が原型から程遠いカタチに損傷しており、その破片は当然のように道路の上に散乱したままになっている。

 その瓦礫等のせいでけして楽々と歩ける道にはなっておらず、実際に歩いてみればきっと、数字以上の距離に感じられる事だろう。

 

「……レイシフト前に確認した資料では、フユキとは平均的な日本の地方都市。

 2004年にこのような災害が起きた事実はない筈ですが……」

「……あっ!」

 

 困惑しているマシュの声を遮るように、ソウゴが声を上げる。

 二人の少女が驚いたようにソウゴを見た。

 

「どうしたの?」

「今聞いてやっと凄い事になってるって気づいたんだけどさ。

 俺たち、タイムスリップしちゃったんだなって」

「うーん……確かに。それどころじゃなかったけど、タイムスリップしたんだよね。

 でも、2004年じゃあんまりタイムスリップ感ないかな」

 

 周囲の建造物は現代から遠くない。日本中どこでも見れる、見慣れたようなものばかりだ。

 いや、もちろん見慣れているのは壊れていない街並みだが。

 そのまま流れでタイムスリップの話題で言葉を交わし始める。

 

「やっぱタイムスリップと言えば……恐竜?」

「あとは織田信長とか」

「過去や未来の自分とか」

「フォフォウ……」

 

 そんな雑談をしながら示されたポイントへの道を辿る。

 道路は惨状。かなり酷いもので、少しの進軍でも体力を削り取ってくる。

 しかしロマンに最強の兵器と称されたマシュはそれをものともしていない様子。

 かなりの悪路であるにも関わらず、こちらを注意する余裕まであるように見えた。

 こちらはえっちらおっちら、危うげながらも何とか止まらずに進み続けることを意識する。

 

「映画みたいだね。……これ使って映画撮れば凄いの出来るかも?」

「……先輩。いえ、マスター。レイシフトをそのような事には使えません……」

「もったいないね……これがそういう、ただの凄い映画だったらよかったのに」

 

 小さく息を吐き捨てて、踏破に集中し始める立香。

 倣うようにソウゴもマシュも、無言で悪路と向き合う事にする。

 無言の進軍。それがしばらくの間続いて―――

 

 ―――しかし突然、それは破られる事になった。

 

「キャアァアア――――ッ!?」

 

 遠くから響く、まさしく絹を裂くような悲鳴。

 ただ歩むだけになっていた体が一気に緊張感を取り戻す。

 

「今の悲鳴は!」

「どう聞いても女性の悲鳴です。急ぎましょう、先輩!」

 

 もはや路面に文句を言っていられない。

 三人そろって、瓦礫の上を強引に飛び跳ねるように走り出した。

 

 

 

 

 

 炎に炙られ焦げ付いた白骨。

 あるいはまだ肉がついていた頃の名残りか、ボロ布を体に引っ掛けた骸骨たち。

 それらが群れをなして、この環境における異物に牙を剥いていた。

 

「何なの、何なのよコイツら!?

 なんだってわたしばっかりこんな目に遭わなくちゃいけないの!?」

 

 オルガマリー・アースミレイト・アニムスフィア。

 魔術協会の総本山、時計塔―――その12の学部の一つ。

 天体科のトップたる君主にして、人理継続保障機関カルデアの所長。

 魔術師という世界の中でも有数の立場を誇る彼女は今、骸骨の大群に追い込まれていた。

 

「もうイヤ、来て、助けてよレフ! いつだって貴方だけが助けてくれたじゃない!」

 

 今この時の状況のみならず、彼女の精神は常日頃から追い詰められていた。

 

 決壊してしまった感情は止め処が存在しない。

 本来はこのような状況でさえ冷静を取り戻せる性能があるにも関わらず、彼女は取り乱す。

 

 この有様では遠くないうちに、死が訪れるだろうことが理解できている。

 だが、精神の均衡が崩れた彼女は、理解できてもそれが取り戻せなかった。

 

「オルガマリー所長……!」

 

 そんな彼女の前に、ようやっと彼女が望んだ救助が現れる。

 ただし、望んだとおりの人物ではなかったが。

 凄まじい速力で飛び出してきた相手を見たオルガマリーの顔から、呆けたように力が抜ける。

 

「あ、あなたたち!? ああもう、いったい何がどうなっているのよ――っ!」

「落ち着いてください、所長。

 先程と同じ敵性体です! 指示をお願いします、マスター!

 マシュ・キリエライト―――戦闘行動を開始します!」

「わ、分かった! えっと、前と同じ感じに防いで、吹き飛ばして、薙ぎ払う感じで!」

「了解しました!」

 

 了解の意を返し、彼女が走り出す。

 体を動かす事への慣れからか、その戦闘行為には先程以上に何ら問題がないものだった。

 

 

 



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未来消失2017

 

 

 

「戦闘、終了しました。お怪我はありませんか、所長」

 

 戦闘は恙なく終了した。

 マシュ・キリエライトの防御力は、傍から見ているだけでも相当なものだと分かる。

 

 あの大盾と、それを支える尋常ではない力を繰り出す細腕。

 これらは普通の人間と大差ない戦闘力の骸骨どもでは、どうあがいても突破できないものだ。

 戦闘の終了を告げる彼女の声を聞いて、ハラハラしながら見ていた立香もほっと息を落とす。

 

「…………これは、いったいどういうこと?」

 

 だが所長の様子が真逆だった。

 怒りか何かを堪えているかのように、眉を吊り上げている表情。

 そんな彼女の様子に、マシュ・キリエライトは小首を傾げる。

 

「所長、どうかなさいましたか? ……あ、わたしの状況ですね。

 信じがたい事だとは思いますが、実は―――」

「サーヴァントと人体の融合、デミ・サーヴァントでしょう。

 その様子や今の戦闘を観ればそんなのすぐにわかるわ。

 わたしが訊きたいのは、どうして今になって成功したかって話よ!」

 

 マシュに対してそこまで言葉を発して、しかし彼女ははっとして言葉を止めた。

 すぐさま所長はマシュの後ろに待機していた二人の人間に目を向ける。

 

「―――いえ、それ以上にあなた! あなたよ、わたしの演説に遅刻した一般人!

 それだけじゃないわ、そっちもよ! そっちの一般人枠その2!

 話が終わってミッション始動の指令を出したにも関わらず、ぼけっと天井を見てた奴!」

「ふぁいっ!?」

「俺も?」

 

 立香にぐいぐいと詰め寄ってくる所長。

 さっきまで心が折れていたとは思えない切り返し速度。

 悲鳴を聞いて大丈夫かな、なんて心配していた一般人二人。

 彼らは魔術師が発揮する頑強さを、よーく思い知ったのであった。

 

「なんでマスターになっているの!? サーヴァントと契約できるのは一流の魔術師だけ!

 アンタみたいなずぶの素人なんかがマスターになれるハズないじゃない!

 白状なさい、アンタその子にどんな乱暴を働いて言いなりにしたの!?」

 

 立香が一流魔術師になったようなので、拍手を送る。

 拍手してた手を叩き落され、怒られた。

 立香やソウゴからすれば、そもそも魔術師というのはなんぞやという話だ。

 

 そんな相手の言い放題な物言いに対して、マシュが前に出て反論を始める。

 

「それは誤解です所長。強引に契約を結んだのは、むしろわたしの方なのです」

「なんですって?」

 

 マシュのその言葉に胡乱げな表情。

 とりあえず怒りながら罵声の洪水、という状況は回避できた。

 が、まだ言葉が足りないようである。

 

「経緯を説明します。その方がお互いの状況把握にも繋がるでしょう」

 

 そう言って彼女は火の海と化した管制室から今に至るまでの状況を語りだす。

 それを聞いている間、オルガマリーの顔はずっと渋かった。

 どころか、聞いている内にどんどんと渋さが増していく。

 

「―――以上です。わたしたちはレイシフトに巻き込まれ、ここ冬木に転移してしまいました。

 他に転移したマスター適性者はいません。所長がこちらで合流できた唯一の人間です。

 でも希望ができました。所長がいらっしゃるのなら、他に転移が成功している適性者も……」

「……いないわよ、それはここまでで確認しているわ。それに今の話を聞いて確信できた。

 認めたくないけれど、原因は明白よ。どうしてわたしとそいつらだけが、この冬木にシフトしてしまったのか……」

 

 大きく溜め息を吐く所長。

 彼女の中でもある程度この状況にも整理がついたらしい。

 落ち着けさえすれば、こういう状況でもきっちりと頭脳の回転は発揮されるようだ。

 

「消去法……いえ、共通項ね。わたしもあなたもそいつらも、コフィンの中に入っていなかった。

 生身のままのレイシフトは、成功率は激減するけどゼロにはならない。

 一方、コフィンにはブレーカーがあるの。シフトの成功率が95%を下回ると、自動で電源が落ちるようになっている」

 

 額に指を置きながら、彼女はそう語る。

 立香やソウゴにはコフィン、というものが何なのかは分からない。

 けれど本来重要なものなのだ、ということは彼女の口振りから察せられた。

 

「事故のせいで安全な動作環境が確保できない以上、コフィンは安全装置を起動したでしょう。

 あの事故発生があった以上、どうあっても成功率は大きく割り込んだはずだもの。

 それを理由に全てのコフィンはブレーカーが落ちて、完全に停止したはず。

 だからそもそも彼等はレイシフトそのものを行えていない。

 ―――ここにいるのは、わたしたちだけよ」

「なるほど……さすがです所長」

 

 説明を理解できたのはマシュだけだ。

 しっかりと内容を把握して、彼女はちゃんと納得できたらしい。

 

 飛び交った専門用語はまるで理解していないが、とりあえず便乗して手を叩く。

 

「おー、さすがは所長。エラい人」

「落ち着けば頼りになる人なんですね」

「それどういう意味!? 普段は落ち着いていないって言いたいワケ!?」

 

 二人の気の抜けた発言に対し、がなり立てる所長。

 その言葉にソウゴは困ったように首を傾げた。

 

「普段の所長さん知らないからそこは知らないけど……」

 

 とぼけた態度を前に、軽く指を額に当ててクールダウンを始める所長。

 自分が自然体で接すると煽ってしまうタイプなんだな、と二人は少し反省した。

 注意したところで、やっぱりいつの間にか煽ることになってしまいそうだ。

 

「……フン、まあいいでしょう。状況は理解しました。

 藤丸立香。緊急事態という事で、あなたとキリエライトとの契約を認めます。

 ただし当然、ここからはわたしの指示に従ってもらいます。

 あと常磐ソウゴ。特にあなたは黙ってわたしの指示に従うように」

 

 よほどソウゴに対して何かを腹に据えかねているのか。

 ギヌロ、とでも音を立てそうな鋭い視線が飛んでくる。

 

「マスターでもない。魔術師でもない。あなたにできる事は何もないだろうけど……

 けっして、邪魔だけはしないように!」

 

「はぁ……はい!」

 

 気の抜けた返事を上げようとして、更に鋭い眼光が飛んできた。

 怒られそうだったので、敬礼してもう一回返事する。

 怒らせておいてなんだが、怒ってばかりで大変そうな人だぁと思った。

 

「……まずはベースキャンプの作成ね。

 いい? こういう時は霊脈のターミナル、魔力が収束する場所を探すのよ。

 そこならカルデアと連絡が取れるから。それで、この街の場合は……」

「このポイントです、所長。レイポイントは所長の足下だと報告します」

 

 周囲を見回そうとした彼女の足元を見つめ、そう告げるマシュ。

 

「うぇ!?」

 

 言われて、彼女はまるでそこに爆弾でもあるかのように飛び退いた。

 立香とソウゴは二人揃って、その心底驚いたというような彼女の顔をじぃと眺めている。

 すると彼女は取り繕うように、大仰に咳払いをしてから姿勢を正す。

 その頬は周囲の炎の照り返しだけではなく、間違いなく羞恥で赤い。

 

「あ……んん! ええ、そうね、そうみたい。

 わかってる、わかってたわよ、そんなコトは!」

 

 分かってなさそうだったよね、と。

 ソウゴが顔に出す前に、ここはスルーしてあげるの、と立香に窘められてしまった。

 やっぱり接するのが大変そうな人だと思った。

 

「マシュ。あなたの盾を地面に置きなさい。宝具を触媒にして召喚サークルを設置するから」

「……だ、そうです。構いませんか、先輩」

 

 自分からの指令だというのに、デミ・サーヴァントはマスターに決定権を投げる。

 そのことにむっと表情を引き攣らせるオルガマリー。

 

「うん。マシュ、お願い」

「……了解しました。それでは始めます」

 

 マシュが地面に大盾を設置する。

 と、青い光がそこから立ち上り、周囲を包み込むように膨れ上がった。

 青い光の柱の中に呑まれた立香とソウゴは感嘆の声を上げる

 

「おお……」

「これは……カルデアにあった召喚実験場と同じ……」

 

 マシュが何かを思い出すように小さく呟く中。

 ザザ、ザザ、と徐々にノイズのようなものが生じ始める。

 

 それが次第に取り除かれていき、クリアになっていく音源。

 その中には、つい最近聞いたばかりの声があった。

 

『シーキュー、シーキュー。もしもーし! よし、通信が戻ったぞ!

 ふたりともご苦労さま、空間固定に成功した!

 これで通信もできるようになったし、補給物資だって―――』

「はあ!? なんであなたが仕切っているのロマニ!?

 レフは? レフはどこなのよ? とにかくすぐレフを出しなさい!」

『うひゃあぁあ!?』

 

 聞こえてきた声はドクター・ロマンのもの。

 それが聞こえた途端、やっと落ち着いていた所長がまた冷静さを失った。

 現れた通信画面越しでなければ、今にも掴みかかっていそうな勢いだ。

 

 眼前に躍り出た所長の勢いに、ロマンも引っ繰り返りかねないほどのけ反った。

 

『しょ、所長、生きていらしていたんですか!? あの爆発の中で!? しかも無傷!?

 どんだけビックリ生命体!?』

「どういう意味ですかっ! いいからレフはどこ!?

 医療セクションのトップがなぜその席にいるのと聞いているのよ!?」

 

 ドクター・ロマン、偉い人だったんだ……と立香が驚く。

 彼女によると、あの爆発した集会をサボって引きこもっていたらしい。

 その結果助かったんだから良かったのかも、とポジティブに考えておく。

 

『……なぜ、と言われるとボクも困る。自分でもこんな役目は向いていないと自覚してるし。

 でも他に人材がいないんですよ、オルガマリー。

 現在、生き残ったカルデアの正規スタッフは、ボクを入れて二十人に満たない』

「………は?」

 

 彼から返されたその言葉に、オルガマリーがぽかんと口をあけた。

 理解を拒否した脳の動作が一時フリーズ。

 そんな彼女の反応も理解できるのか、ロマンは彼女の様子を知りながら続ける。

 

『ボクが作戦指揮を任されているのは、ボクより上の階級の生存者がいないためです。

 事故当時、レフ教授は管制室でレイシフトの指揮をとっていた。

 あの爆発の中心にいた以上、生存は絶望的だ』

 

 その現実にフリーズしていた頭脳が再起動。

 と、同時に一気に血が上って熱を帯びる。

 

「そんな―――レフ、が……?

 いえ、それより待って、待ちなさい、待ってよね、生き残ったのが二十人に満たない?

 じゃあマスター適性者は? コフィンはどうなったの!?」

 

 頼りにしていた相手がいないと聞いて沸騰していた頭が、今度は一気に冷却される。

 “()()()()()()”が危ない。

 ならばそれを回避するために、彼女は是が非でも自分の性能を完全に発揮しなければならない。

 

『……46人、全員が危篤状態です。

 医療器具も足りません。何名かは助ける事ができても、全員は―――』

「ふざけないで! すぐに凍結保存に移行しなさい!

 蘇生方法を考慮するのは後回し、死なせないことを最優先して動きなさいよ!」

『―――ああ! そうか、コフィンにはその機能がありました! 至急手配します!』

 

 通信画面からロマンの姿が遠くなる。

 いま話に出ていたコフィンの凍結保存、というのを実行するためだろう。

 

 今の状況に頭を抱えた彼女は、ふらふらしながらその映像を睨む。

 そんなオルガマリーの背中を見ていたマシュ。

 彼女は不思議そうに、しかし感心したように声を上げる。

 

「……驚きました。凍結保存を本人の許諾なく行う事は犯罪行為です。

 なのに即座に英断するとは。所長としての責任を負う事より、人命を優先したのですね」

「バカなこと言わないで! 死んでさえいなければ後でいくらでも弁明できるからに決まってるでしょう!?

 だいたい46人分の命なんて、わたしに背負えるハズがないじゃない……! 死なないでよ、たのむから……! ああもう、こんな時レフがいてくれたら……!」

 

 レフ、レフ、と口の中で何度も繰り返す彼女。

 そんな有様の割りに、ちゃんと状況が見えていてそれに基づいて動いているように見える。

 何であんなにここにいない誰かに縋るのだろうか。

 

 ……彼女にとってその人は、そんなにも自分を預けるに足る人なのだろうか。

 ふと考え付いた言葉が、自然と口から零れ落ちた。

 

「……そういう人、友達っていうのかな」

「え?」

 

 言葉に出すつもりは無かったのに、小さく声に漏らしていた。

 失敗したな、と思いつつ聞いていた立香と会話する。

 

「所長の言ってるレフっていう人、誰かなって。所長の友達?」

「私は会った事あるけど……このカルデアの偉い人で、いい人そうだったよ。

 マシュとも仲良さそうに見えたけど……巻き込まれちゃったん、だよね」

 

 言われて思い出す。

 自分がカルデアにきた時話かけてくれた男性だ。確かにいい人という印象が強かった。

 ソウゴは立香の言葉にそっか、とだけ返して空を見上げる。

 そのまま指示を終えて戻ってきたドクター・ロマンによるオルガマリーへの報告に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

『―――報告は以上です。現在、カルデアはその機能の八割を失っています。

 残されたスタッフの人数では、できる事に限りがあるでしょう。

 なのでその限られた人材は、こちらの判断でチームを二つに分けて運用……レイシフトの修理及び、カルデアスとシバの現状維持に割いています。外部との通信が回復次第、補給を要請してカルデア全体の立て直し……というところですね。

 これまでの内容に、所長の方から何か確認はありますか?』

「結構よ。わたしがそちらにいても同じ方針をとったでしょう。

 ……はあ。ロマニ・アーキマン。納得はいかないけど、わたしが戻るまでカルデアを任せます。レイシフトの修理を最優先で行いなさい。

 わたしたちはこちらでこの街……特異点Fの調査を続けます」

 

 さっきまでの落ち着きのない姿勢はどこへやら、毅然とした態度で彼女はロマニに断言した。

 言われたロマニの方が驚いたように表情を崩す。

 

『うぇ!? 所長、そんな地獄の底みたいな現場、怖くないんですか!?

 とびっきりのチキンのクセに!?』

「……ほんっとうに一言多いわね、あなたは……!

 今すぐ戻りたいのは山々だけど、レイシフトの修理が終わるまでは時間がかかるでしょ?

 それに今のところ、この街に確認されているのは低級の怪物だけ。デミ・サーヴァント化したマシュがいれば安全でしょう」

 

 オルガマリーがちらりとマシュを横目に見た。

 見られたマシュの方は、少しだけ困ったように視線を泳がせる。

 

 そんな彼女の様子に、立香の手がマシュの手を取った。

 困惑しながら立香を見上げるマシュ。

 

 マスターとして、何をすればいいのか分からない。

 けれどとりあえず、彼女に寄り添うことから始めようと。

 立香はそんなことを思いながら、とにかく微笑んでみせた。

 

「……事故はもう既に起こったこと。それでもその与えられた状況の中で最善を尽くすこと。

 それこそが我らアニムスフィアの誇りです」

 

 聞いているうち、ふとその言葉が陰る。アニムスフィアの誇り、という言葉だろうか。

 それは彼女にとって―――重たい? いや違うだろう。

 多分、それを大事にする理由があるのではなくて……別の何かのために、大事にしている。

 

『アニムスフィアの誇り《それ》を大事にするから、私の大切な願いを叶えて欲しい』

 

 そういう、そういう痛切な悲鳴に聞こえた。

 

 それを叶えられるのが、いや。叶えてくれたのがレフなのかな、と。

 ソウゴはさっきの悲鳴の事を想う。

 

「これより藤丸立香。マシュ・キリエライト。常磐ソウゴ。

 三名のマスター候補及びデミ・サーヴァントを探索員として特異点Fの調査を開始します。

 ……とはいえ、現場のスタッフは最低限の知識もないだろう未熟な状態。ミッションはこの異常事態の原因、その発見にとどめます。

 解析・排除はカルデア復興後、第二陣を送り込んでからの話になるでしょう。

 ―――キミもそれでいいわね?」

 

 通信先のロマンと話していたと思ったら、急に振り返る所長。

 マシュが咄嗟に立香の手を離してしまう。あ、と申し訳なさそうに彼女を見るマシュ。

 

 完全に聞きに回っていた立香は、突然話を振られて適当に頷いていた。

 

「え、はい。じゃあそれでお願いします」

 

 それを見てオルガマリーの目は吊り上がるし、ロマンは苦笑している。

 しかしすぐに苦笑を打ち切って、すぐさま声に真面目さを取り戻すロマン。

 

『了解です。健闘を祈ります、所長。

 これからは短時間ですが通信も可能ですよ。緊急事態になったら遠慮なく連絡を』

「………ふん。SOSを送ったところで、誰も助けてくれないクセに」

 

 小さく何かを呟いた彼女の顔。

 声は聞こえなかったそれが、何となくソウゴの意識に引っ掛かった。

 

『所長?』

「なんでもありません。通信を切ります。そちらはそちらの仕事をこなしなさい」

 

 そう言って通信画面を消すオルガマリー。

そこで一つ溜め息を吐いた彼女が、改めてこちらに向き直る。

 

「所長、よろしいのですか? ここで救助を待つ、という案もありますが」

「……そういう訳にはいかないのよ。

 カルデアに戻った後、次のチーム選抜にどれほどの時間がかかるか。人材集めも、資金繰りも、とても一ヶ月じゃきかないわ。その間に協会からどれほどの抗議があるか、考えるだけで腹立たしい……!」

 

 歯を食い縛りながら、虚空を睨みつける所長。

 相当の焦りと苛立ちがあるのか、怒りながらも彼女の顔色は良くはない

 

「最悪、今回の不始末の理由にカルデアを連中に取り上げられることになるでしょう。

 そんな事になったらわたしは破滅よ。手ぶらでは絶対に帰れない。

 わたしには、連中を黙らせるだけの成果がどうしても必要なのよ……!

 ……悪いけど付きあってもらうわよ、三人とも」

 

 悪いって思ってくれるんだ、やっぱいい人だね。と立香に耳打ちする。

 確かに、何だかんだいい人っぽい感じがにじみ出てるよね、と同意される。

 目の前で行われる密談に眉を吊り上げた所長が、指令を出す。

 

「とにかくこの街を探索するわ。この狂った歴史の原因がどこかにあるはずなんだから」

 

 一般人ズは所長に服従なので、「はーい」と元気よく返事をする。

 その返事を受けて何故かまた吊り上る所長の眉。

 とりあえず来た方向以外のどちらに進むか協議をしようとして、

 

「―――ストップ。

 都市探索を始める前に、わたしに言うべき事があるでしょう? そこの一般人ふたり」

「え? っと、いえ。特に何も?」

「うーん、俺も?」

 

 二人揃って首を横に傾げる一般人。

 それを見たオルガマリーの眉が、本日最高の高度にまで上った。

 

「……本気で覚えが悪いようね。思い出しなさい。管制室での事よ!」

「あ。あれですよ先輩。管制室でレムレムしていた時の事です、きっと。

 集中すれば思い出せます。あれは、ほら―――」

 

 うーん、と唸りながら回想シーンに入る立香。

 だが、どれだけ悩めどソウゴは入る回想シーンがまるで浮かばなかった。

 自分はあの時、何を考えていたんだろうかと。

 夢を見たかのように記憶から消え失せた光景を考えていると、何か頭が痛くなるような。

 

「思い出しましたか、先輩?」

「……なんとなく」

 

 首を傾げながらなんとなーく思い出した様子の立香。

 表情を見る限りはだいぶ怪しいところである。

 

「思い出したって……やっぱりまともに聞いてなかったのね、あなた!

 常磐ソウゴ、そっちは!?」

「全然覚えてないです」

 

 正直に白状すると、所長は口元をひくつかせた。

 

「――――ああもう、ちょっとそこに座りなさいッ! 事態も使命も知らずに特異点に来るなんて酷い話よ! 仕方ないからもう一度、いちから説明してあげます!」

 

 すごい怒っているので、大人しく座る事にする。

 いい感じに崩れた瓦礫を見繕い座り込む。

 そして、準備できました、という顔でオルガマリーを見上げた。

 何とも言えない顔だった彼女は、一度咳払いすると説明を始める。

 

「いい? わたしたちカルデアは今日というこの日、人類史において偉大な功績を残したの。

 学問の成立。宗教という発明。航海技術の獲得。情報伝達技術への着目。宇宙開発への着手。

 そんな数多くある、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それらに匹敵―――いえ、そのすべての偉業を上回る大偉業。

 これは文明を発展させてきた当事者の一歩としてではなく、人類の歴史という名のスクロールに外から介入することを可能とした、神の領域に届く一手……」

 

 既に理解が怪しい。

 だがなんとなく凄まじく凄まじいことをしたんだな、ということは伝わってくる。

 

「それは不安定な人類の歴史を安定させ、確固たる未来に確定させるため。

 ―――人の理。即ち“人理”を継続させ、保障する。

 それがわたしたちカルデアの、ひいてはあなたたちの唯一にして絶対の目的だったの」

「そのためのこのタイムマシーン?」

 

 つい挟んだ言葉に、ピクリ、と所長の眉が吊り上る。

 黙って聞きます、ごめんなさい。

 立香と一緒にお口チャックの構えに移る。

 

「―――カルデアはこれまで多くの成果を出してきた。

 過去を観測する電脳魔、ラプラスの開発。地球環境モデル、カルデアスの投影。

 近未来観測レンズ、シバの完成。英霊召喚システム、フェイトの構築。

 そして霊子演算機、トリスメギストスの起動」

 

 次々と飛び出してくる名前。それは恐らく、何かの設備の名前なのだろう。

 何をするための設備の名前なのかはさっぱりだが。

 

「これらの技術をもとに、百年先までの人類史を観測し続ける。

 未来予測ではなく、未来観測。まるで天体を観るように、カルデアは未来を見守ってきたの。

 その内容がどのようなものであれ、人類史は百年先まで継続している。

 この事実を、未来を観ることで保証し続けてきたわけね」

「百年も先?」

 

 つい10秒前にしたチャックが勝手に開いてしまった。

 だが、今度のオルガマリーはその疑問の声に答えてくれた。

 

「ええ。観測した問題の大きさによっては一月後、一年後では対処の猶予がないでしょう?

 そんな事態を避けるため、わたしたちは百年先の未来を観ていた。

 百年先を観察し続け、百年後の未来が来る前に問題を把握し、事前に完全に対処する。

 観測領域が遠い未来なのは、そのための措置よ」

 

 時間に大きな余裕を持たせた結果の設定、という事らしい。

 他にもいろいろつまりどういうこと?

 なんて問いかけたい気持ちを押し込めて、今度こそ大人しく聞きに徹する。

 

「けれど―――その猶予期間があったにも関わらず、半年前から未来の観測が困難になった。

 今まで観測の寄る辺になっていた、カルデアス上の人類による文明の灯り。その大部分が不可視状態になってしまったためよ。

 観測の結果、地球に人類の明かりが確認できたのは2016年まで―――つまり人類は2016年をもって絶滅することが観測……いえ、証明されてしまったのよ」

 

 未来の人間が絶滅していると聞いて、立香と顔を合わせる。

 隕石でも落ちてきて地球が滅びてしまったのだろうか。

 いつぞや立香が言った映画みたい、という言葉に心の中でソウゴも同意した。

 

「言うまでもなく、こんな未来はあり得ない。あってはならないものだし、物理的に不可能。

 地球が滅びるほどの隕石が落ちるなら、他の機関で察知されていないはずもない。

 経済の崩壊から始まった滅亡なら、その過程は観測できていなければならない。

 地殻変動による全滅ならば、文明のみならず惑星の環境ごと変動していなければならない。

 ―――ある日突然、人類史だけが途絶えるなんてどうやっても説明がつかない」

 

 そう言われればなるほど、と言えるような。言えないような?

 よく分かっていないので、うーんと悩む様子で彼女の言葉を聴き続ける。

 

「だからわたしたちはこの半年間、この異常現象―――未来消失を原因究明したわ。

 現在に理由がないのなら、その原因はおそらく過去にある。

 わたしたちはラプラスとトリスメギストスを用い、過去2000年まで情報を洗い出した」

 

 話を聞いていると、全てが映画染みた話と思えてくるような気がする。

 だが目の前で語る彼女の言葉に、遊びは一切ない。

 彼女自身にもただ厳然たる事実のみを語っているだけ、としか言いようがないだろう。

 

「今まで本来の歴史にはなかったはずのもの、今までの地球には存在しなかったはずの異物を発見するという試み。

 その結果、観測された異変がここ―――空間特異点F。西暦2004年、日本の冬木市。

 ここに本来の2015年までの歴史には存在しなかった、“観測できない領域”がある。

 カルデアはこれを人類絶滅の原因と仮定して霊子転移(レイシフト)実験を国連に提案、承認されたわ。

 霊子転移(レイシフト)とは人間を霊子化させて過去に送り込み、事象に介入する行為よ。

 つまり、言ってしまえば過去への時間旅行になるわけ」

 

 レイシフト、というのはつまりタイムスリップの事だったわけだ。

 つまり、タイムスリップ能力を持つ悪いヤツが過去で人間を滅ぼそうとしている。

 だからタイムマシンを使ってそいつらを止める。ソウゴはそう理解した。

 

「なのだけど、ただ、これは誰にでも可能な事ではないわ。

 優れた魔術回路を持ち、マスター適性のある人間にしかできない事……だって! 説明して! あんたをせめて最低限訓練してこいって追い出したでしょ!

 あんたはクラインコフィンの個人登録しろって指示してもぼけっと突っ立っていたし!」

 

 長かった……という感想を何とか飲み下す。

 立香がばっちり思い出しました、と言い出した。

 正直怪しいと思う。だってソウゴは何も覚えて無いもの。

 

「……いけしゃあしゃあと。大人しそうに見えて図太いのね、あなた。

 とにかく! 大事な作戦前にどれほど迷惑をかけたのか、ちゃんと思い出してくれた!?」

「大丈夫です!」

「やっぱ思い出せないかなー」

 

 ソウゴの態度を見て、オルガマリーが身を震わせながら地団駄を踏んだ。

 

「~っ! と・に・か・くっ! あなたたちマスター候補の役割、その責任と義務はわかったわね!? マスター藤丸立香! 改めてわたしの護衛を任せます。全力で役目を果たすように!」

「イエッサー、了解です偉大なるマリー所長!」

 

 立香が突然敬礼してみせた。

 それを見て困惑するような、しかし喜ぶような様子を見せる所長。

 

「な、なによそれ、気持ち悪いわね。お、おだてようったってそうはいかないんだからっ!」

 

 今のって誉め言葉なんだろうか。

 そう思ったが、少し嬉しそうな所長を見て黙っておく事にした。

 色々誉め言葉、考えて言ってあげようと思う。

 

「……仲が良くて結構です。では、新手が来る前に移動しましょう」

「フー、フォウフォウ」

 

 マシュが取り纏め、フォウが呆れるように首を横に振る。

 その言葉に従って一行は全員そろって歩き始めるのだった。

 

 

 



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サーヴァント2004

 

 

 

 一行の目的はどこに行けばいいか、それも含めての情報収集だ。

 当てがあるわけではない、長期戦になるだろう。

 それを考えてか、所長は歩きながらもこちらに視線をくれて話を始めた。

 

「ところで。キミたち、サーヴァントがどういったモノなのか、知識はあるんでしょうね?」

 

 問われ、先程ロマンから聞いた表現を思い出す。

 

「……最強の兵器?」

「……まあ、その通りではあるけれど。どうせよく分かってないんでしょうね。

 聞かなくても分かってしまうわ。そのトボけた顔を見てると」

 

 そう言われ、ソウゴは睨まれる。

 トボけてるつもりはないんだけどなぁ、と首を傾げておく。

 

「……はあ、サーヴァントというのは魔術世界における最上級の使い魔と思いなさい。

 人類史に残った様々な英雄、偉業、概念。そういったものを霊体として召喚したものなのよ。

 それが実在した英雄であったとしても、実在しなかった英雄であったとしても、彼等が『地球上で発生した情報』である事は変わらないでしょう? つまり人類がこの星の上で活動した結果、星の記録に銘記された超常の存在というワケ」

 

 まず下級の使い魔のことも分からないので、最上級と言われてどのくらい凄いのか分からない。

 とりあえずとても凄い、ということを理解しておく。

 

「英霊とはつまり地球に記録された過去の遺産。

 英霊召喚とはこの星に記録された情報を人類の利益となるカタチに変換し、運用すること。

 彼らはこの星という場所で共有される、人類史における財産なの。

 現代の人間が未来のために役立てるのは当然の権利でしょう?」

 

 ふん、とそれを当然のように胸を張る所長。

 

「分かるかしら、藤丸立香。

 あなたが契約した存在はそういう、人間以上の存在であるけれど人間に仕える道具なの。

 だからその呼称をサーヴァントというのよ」

「所長。所長の考えは極端ではないか、とわたしの中の英霊の残滓が抗議している気がします」

 

 マシュからの抗議に鼻を鳴らしてそっぽを向くオルガマリー。

 そのまま彼女は足早に先行していってしまう。

 

 唯一の戦力であるマシュは慌て、先行する所長とマスターの中間を位置取る事で対応した。

 

 マシュはデミ・サーヴァントと言うらしい別物らしい。

 本家のサーヴァントというのがまだ、あれだけの話ではどういうものかはわからない。

 

 だが所長の意識ではそれをキッチリと人類に準備された備品として扱え、との事だった。

 どうすればいいのか、と二人で顔を見合わせる。

 すると、二人のもとに音声通信がつながってロマンの声が届いた。

 

『―――彼女がいちいち和を乱すような行動をとってすまない。ボクの口からでなんだけど、言い訳と擁護をさせてくれ。

 所長……オルガマリーも複雑な立場でね。もともとマリーはキミたち同様、マスター候補のひとり、という立ち位置だったんだよ』

 

 通信の声でもオルガマリーに届かないように、との配慮か。

 彼は随分潜めた声で彼女の来歴を語る。

 

『だが三年前に前所長……つまり彼女のお父さんが亡くなって、まだ学生だったのにカルデアを引き継ぐ事になった。そこから毎日が緊張の連続だったろう。

 時計塔の君主(ロード)なる家系、アニムスフィアの家を背負う事になったんだから』

 

 時計塔のロード、という存在を出されて揃って首を傾げる。

 それを察したのか説明しようとして、どう言ったものか、と。

 少し悩む様子を挟んでから、ロマンは適当な例えでそこを流した。

 

君主(ロード)というのは……まあ、魔術世界における世襲制の国会議員みたいなものだと理解してくれればいいかな。

 マリーには才覚はあった。だが才覚だけで押し通れるほど、軽い立場ではなかった。彼女は本来父親から継ぐはずの経験も、言葉も、なにもかにもが足りない状態だったんだ。その状況ではカルデアの維持だけで精一杯。いや、通常ならそれだけで十分な成果だと言える。

 だがそんな時に、カルデアスに異常が発見された。今まで百年先まで保証されていた未来が突然視えなくなったんだ。いわんや協会やスポンサーからの非難の声は積みあがって山の如し、だ。

 何よりも一刻も早い事態の収束を。それが彼女に課せられたオーダーになった』

 

 巨大な家名に圧し掛かる責任、と言われるのは簡単だ。

 だがそれがどのようなものなのか。二人には想像もつかない責任感だった。

 挙句には問題が発生して飛んでくる声が槍衾。

 

 真っ当な感覚ならば、耐え切れるものではない。それくらいは分かると思う。

 だが、彼女はその声に正しく応えようとしたのだろう。

 少なくとも逃げるようなことはせず、全身全霊で事態解決に立ち向かった事は想像に難くない。

 

『だがその上、ついていない事に彼女にこの計画の要となるマスター適性がない事が判明した。

 名門中の名門、時計塔を支配する十二の君主のひとつ。魔術協会・天体学科を司るアニムスフィア家の当主。よりにもよってカルデアのトップでもある家の当主がマスターになれないなんて、スキャンダルもいいとこだ。

 どれだけ陰口を囁かれたか想像に難くない。その声はマリー本人の耳にも入っていただろう』

 

 こんな何でもない、そんな事態に何ら関わりのなかった一般人。

 そんな彼や彼女は持っているのに、オルガマリーには備わらなかった。いわば天性の才能。

 

 どれだけ望んだろう。どれだけ欲したろう。

 しかしどれだけ願おうと、待とうとも、けして手に入らないもの。

 それが無いというだけで、最低限の前提すら満たせてないトップと揶揄されて―――それでも自分で出来る事は成そうとしてる。

 

『そんな状況でも彼女は所長として最善を尽くしている。この半年間、ギリギリで踏みとどまっている。実際、辛いだろうなんて事は彼女の事を知っている人間なら誰でも知っている』

 

 そこで自分の非力を嘆くように息を吐くロマン。

 

『こんなんでもボクは医者だからね。メンタルケアをしてあげたいけれど、その都合さえつける事ができない有様だ。そんなワケで彼女は心身ともに張り詰めている。

 キミたちに辛く当たるのは、何もキミたちが嫌いな訳じゃないんだ』

「悪い人じゃないのはわかるよね」

「俺は面白い人だと思う」

 

 率直な感想を伝えると、ロマンは嬉しそうに笑った。

 

『ははは。そう言ってもらえるとボクも嬉しいよ。あ、でも所長は悪人だよ? というか、魔術師という人種に真っ当な人間がいると思わない方がいい。

 ただ所長は外道だとか残忍だとか、そういうクズやゲスと呼ばれるタイプじゃないのは保証できる。根がどこまでも真面目なんだ、彼女は。だから抱えすぎてしまうんだけれどね―――』

 

 そこまで語ったロマンの声が、そこで途切れる。

 通信ごとではなくて、何かに驚いて息を呑んだような様子に聞こえた。

 

『……これは! 全員すぐにそこから逃げるんだ!』

 

 突然、ロマンの言葉に焦燥が混じった。前を歩いていたオルガマリーにさえ届く大音量。

 それを耳に入れて、ぎょっとした顔で振り返るオルガマリー。

 

「え、なんで……」

『こちらに向かって高速で移動する反応がある。()()()()()()の反応だ!』

「フォーウ!」

 

 立香の肩の上。そこに乗り合わせたフォウが、威嚇するように遠吠えした。

 

 瞬間、炎の壁の中から黒い影が跳び上がる。

 その場にいた全員がみな、姿を現した漆黒のヒトガタに視線を奪われた。

 

 黒く染まった体は影絵のようで、しかしそれが放つ威圧感によって現実の肉を持った存在であると思い知らされる。

 

「な―――」

 

 驚愕から漏れた声。

 それに反応してか、影の注意がその声の主に集中する。

 その対象はオルガマリー・アニムスフィア。

 一向の最も前に立つ、集団の統率者。

 

 宙に舞う影の口と思わしき部分がずるりと吊り上る。

 その動作だけで全員が、そして何よりその意思を向けられたオルガマリーが完全に理解した。

 あれは自分たちを狙う捕食者なのだ、と。

 

 怪物が腕を振るうと、影を纏った銀色が走る。

 それがオルガマリーに向けられた何らかの飛び道具であると理解するのは簡単だった。

 けれどその速度は人間が対応するには余りにも速い。

 

「ひ―――!?」

 

 息を呑む。それ以外にできる事がなかった、と言っていい。

 いや、彼女の性能をもってすれば相手の攻撃が何であるか把握する事は可能であった。

 向ってくる武器は短剣じみた巨大な杭。

 直進すれば恐らく彼女の胴体へと突き刺さり、その体を串刺しにするだろう。

 

 魔術師である彼女はまず間違いなくその程度では死にはしない。

 生命活動はアニムスフィアの魔術刻印によって強制的に維持される。

 並みの人間ならば5、6回ほど殺せるだろう衝撃と痛みを味わうだけだ。

 それが10分の1秒後に訪れる恐怖。彼女はそこから逃げ出すように目を瞑り―――

 

 塞いだ視界の暗闇の中で、金属同士が打ち合う大音響に見舞われた。

 

 咄嗟に目を開けて前を見る。

 そこにいるのは、鎧を纏った一人の少女。

 盾を構えた、一騎のサーヴァントと化した存在。

 

「所長! ご無事ですか!?」

 

 マシュ・キリエライトであった。

 手にした盾によって銀の杭を弾き飛ばした彼女が、そこにいた。

 

「マシュ、大丈夫!?」

「あれが、本物のサーヴァントってやつ?」

『撤退してくれ! キミたちにサーヴァント戦はまだ早い……!』

 

 ロマニの言葉に影が笑う。

 あんな亡霊染みた存在でありながら、こちらの言う事には理解を示している。

 

「逃ガシマセン……」

 

 こちらの状況を嘲笑うように、ゆっくりと姿勢を低くしていく影。

 その体勢から先ほどの跳躍で見せた瞬発力が発揮されると言うのなら、こちらに逃げる方法は存在しない。今この状況で言える事はただ一つ。

 

 ここから彼女たちが生き残るためには―――マシュ・キリエライトがサーヴァントとして戦わなければならない、と言う事だ。

 ただの動く屍とは一線を画す超常存在、サーヴァント。

 そんな怪物を前に、恐怖を噛み殺してマシュが背中に守る立香に声を張り上げた。

 

「―――マスター、指示を。マシュ・キリエライト、戦闘を開始します!」

 

 その声と同時に影が大地を蹴り、駆け出した。

 黒い弾丸と化して向ってくるそれの軌道上に盾を構え―――

 

 ―――衝突。その瞬間、弾き返すように盾を思い切り押し返した。

 何の抵抗もなく押し込めてしまう盾に、少女は思わず蹈鞴を踏む。

 

「え?」

「マシュ! 上!」

 

 何度となく骸骨の群れを弾き返してきたルーチン。

 サーヴァントの膂力によって鉄壁と化してきた無傷の盾。

 しかしその盾を相手にしてあの影は弾かれるどころか、足場代わりに駆け上がってみせていた。

 

 あっさりと、マシュの上に現れる影の狩人。

 呆然としてそれを見上げるままのマシュ。

 獲物の無防備な姿を見下ろしながら、影に覆われた狩人は蛇を思わせる嘲笑を浮かべた。

 

「あ」

 

 頭上から迫る敵が鈍く輝く銀色の凶器を構え直す。

 直後にバシュン、と。光がその体を撃ち抜いていた。

 

 

 

 

 

 戦闘となればソウゴに出来る事はない。

 マシュが戦闘を行い、立香がその背を支える。

 ソウゴが前に出て戦おうとしたところで、マシュのような大立ち回りができるわけではない。

 同じ場に居合わせているにも関わらず、できる事がないのだ。

 

「俺にできる事……」

 

 骸骨だけが相手なら任せていても大丈夫だったかもしれない。

 だが、ロマンとオルガマリーの態度。

 そしてあの影が見せた戦闘能力を見て、自分だけ遊んでいるわけにはいかない気がした。

 

「何か、あるはず。何か……!」

 

 自分にできる何かがなければ、あの影に蹂躙されるのだ、という確信が浮かぶ。

 だから、何かなければいけないのだ。

 そう考えているとポケットの中から、聞き覚えのない携帯の着信音のような音がした。

 

「携帯……? なんで」

 

 慌てて取り出す。

 と、持っていた筈の自分の携帯とは違う丸い何かが出てきた。

 

「ええ……どうするの、これ」

 

 適当に触ってみると、その丸いのは中をくり抜くように展開された。

 中から出てきた部分には数字の入ったダイヤルキーがある。どうやら一応これも携帯らしい。

 鳴り続けるそれの通話ボタンを慌てて押す。

 

「もしもし! 今取込中!」

『やあ、我が魔王。分かっているとも。サーヴァント、という相手と戦闘しているのだろう?』

「ウォズ? 今忙しいから後にするか、こっちに合流してからにしてくれない?」

 

 溜め息交じりにそのまま切ろうとする。

 と、その反応にウォズは少し慌てた様子で本題に入った。

 

『おっと、待ちたまえ我が魔王。今、君が手にしている携帯電話。ファイズフォンX(テン)には戦闘のための機能が搭載されている。

 サーヴァント相手に決定打にはならないだろうが、援護攻撃くらいにはなるんじゃないかな?』

「それ早く言ってよ。どうすればいい?」

 

 そうしてウォズの口から語られる情報。

 その説明を聞くだけ聞いて、彼はウォズの長い話が始まる前にさっさと切ったのだった。

 

 

 

 

 

 マシュの上を取った怪物が、赤い光に撃ち抜かれて弾き飛ばされた。

 咄嗟に全員がその光が放たれた場所を見やる。

 

〈シングルモード〉

 

「これなら、いける気がする!」

「ソウゴ!?」

 

 吹き飛んだサーヴァントに向け、立て続けに発砲。

 だが、すぐさま体勢を立て直していた影には当たらない。

 それでも回避行動を重ねさせただけ、マシュには余裕を取り戻す時間が与えられる。

 

「マシュ、いけそう!?」

「……っ! はい! マシュ・キリエライトまだいけます!」

 

 そう言って駆け出すマシュ。

 ソウゴはとりあえず連射するのを止めて隙を窺う。

 

 敵サーヴァントが銃撃が止んだと見て、ソウゴに杭を投擲する。

 オルガマリーにも向けられたそれは鎖に繋がれていて、何度でも引き戻せる杭だ。

 一度突き刺されば、相手を手中に引きずり込む事が出来るだろう。

 

 だが、そんな事はマシュ・キリエライトが許さない。

 即座に間に割り込んだ彼女が、盾でもって杭を弾く。

 そして、

 

〈バーストモード〉

 

「ッガァ……!?」

 

 ファイズフォンの銃口が三度連続して瞬いた。

 マシュの肩越しに走る赤光が、敵の額に着弾する。

 大きくのけぞる上半身。鎖が撓み、地面へと落ちる銀色の凶器。

 それは誰がどう見ても―――勝利への活路であった。

 

「マシュ!」

「はい!」

 

 一気呵成。今ばかりは全ての恐怖を打ちのめし、敵性体までの距離を一息に走破する。

 巨大な盾を横に構え、それで目の前の障壁を粉砕するべく加速を増す。

 

「やぁあああ!!」

 

 今ある最大破壊力の鈍器を振りぬく。

 周囲の炎を吹き飛ばしながら繰り出された必殺の一撃が―――

 

 仰け反った上半身。誰にも見えないその顔が、ニタリと笑みで大きく崩れた。

 仰け反るばかりか更に体が反り、彼女の手のひらが地面に触れる。

 そちらで体を支える事で、サーヴァントの下半身は尋常ならざる速度で跳ね上げられた。

 

「な、」

 

 横合いから振りぬかれる鈍器を、下からすくい上げる脚。

 完全にタイミングの合致した、必殺の一撃を致命の隙に逆転する妙技。

 

 引き延ばされた意識の中で、マシュは選択を迫られる。

 もはや盾をかち上げられ、そのまま吹き飛ばされる事は避けられない。

 自分の身も一緒に上に飛ばされるか、それとも盾を放して我が身だけは留まるか。

 

 盾無しに目の前の存在に対抗する方法は自分にはない。

 しかし自分が今盾と一緒に飛ばされてしまえば、目の前の敵は自分の後ろにいるマスターたちを襲うだろう。

 

 選択の余地はない。

 だが、何度振り払ったつもりでも、戦っている最中に何度も恐怖がぶり返してくる。

 盾を手放してなおこの怪人を相手に矢面に立たなければならない、となればなおさらだ。

 覚悟を持って、盾を、我が身に宿した英霊の宝具を手放さなければならない。

 その上で守らなければならないものの盾とならなければならない。

 

 歯を食いしばる。手放せ、手放せ、先輩たちを守るために。

 彼女はそう自分に言い聞かせて、そして―――

 

「―――()()()!」

 

 背中を押す、先輩(マスター)の声に従った。

 さっきまでの葛藤が嘘のように、必死に選ぶまいとしていた選択に乗っていた。

 相手の蹴りに合わせて、同時に全力での跳躍。

 急激に上に持っていかれる体。空から地上を見落ろす視点。

 

 彼女の体は敵サーヴァントがマスターを狙えば対処できない空へと舞いあげられてしまった。

 が、不思議と大丈夫だと感じてしまっている。

 彼女が咄嗟に従ったマスターの声には、勝利への確信と自分への信頼が感じられたから。

 

 

 

 

 

 唯一自身に対抗できるサーヴァントは空に浮いた。

 空を翔ける能力を持たない以上、実質的に数秒間は完全に無力化したと言っていい。

 獲物たちはその数秒をあの銃撃で稼げると思いあがったか。

 

 未知数の武器故に本能が警戒していたが、直撃してもダメージは大した事はなかった。

 たかがあの程度の威力で数発であれば、耐えながら突き抜けて少年を容易に殺せる。

 その後はマスターの少女、最後に最初に狙った魔術師。

 近づいてくる聖杯の降誕に胸を躍らせながら、狩りに幕を下ろすべく最後の攻勢へと移る。

 

 蹴り上げた足が地につけた。その足を屈め、突撃のための動作に入る。

 最初の突撃で狙うのは銃を持つ少年。

 そちらに向かって特攻するべく腰を落とした瞬間に、銃口はこちらを向いていた。

 無駄だという嗤い顔で、これから恐怖に歪んでいくだろう獲物の顔を見る。

 

「だよね。やっぱり、これならいける気がしてたんだ」

 

〈エクシードチャージ〉

 

 相手の暴力が自分に向いた事に恐怖どころか、読み通りだったと笑う少年。

 その手元では軽快ささえ感じる銃のチャージ音。

 

 こちらが狩人である、という自負があるのなら、相手の無能を嗤うべき場面のはず。

 先程までの銃撃であれば、直撃したところで大した影響はないのだから。

 だが、本能がここにきて最大限の警鐘を鳴らしていた。

 避けるべきか、突撃すべきか、一瞬の迷い。

 

 その瞬間にも、彼の手にある銃が赤い粒子の弾丸を撃ち放っていた。

 

「―――ギ、ァ!?」

 

 直撃。先程までとは比べ物にならないエネルギーの弾丸が、彼女の体に着弾した。

 途端に広がる赤いフィールド。

 それは体の自由を奪う拘束結界。怪力無双の彼女の力でさえ、びくともしない処刑台。

 彼女は血のように赤い世界の中に、身動ぎさえ出来ない状態で封印された。

 

「ア……アァッ!?」

 

 そして、そんな彼女に最後の一撃を見舞うべく。

 舞い上がり、落下してくる勢いを全て武装たる盾に乗せてきた流星が、空より来たる。

 

「や、あぁあああああッ!!!」

「―――――ッ!?」

 

 逃げる方法はない。拘束は完全。

 衝撃を逃がす手段さえないままに、影のサーヴァントは盾持つ星の墜落に粉砕された。

 

 

 



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ノウブル・ファンタズム2004

 

 

 

「ハァ―――ハ、ァ―――……っ、勝てた……? 勝てたん、ですよね……?」

 

 足下から立ち上る先程までサーヴァントだった魔力の中。

 地面に突き立った盾を支えに立つマシュが、確かめるように小さく呟いた。

 そんな彼女の呟きを拾って返したのは、この場の誰もが初めて聞く声。

 

「ああ、サーヴァント初心者にしちゃ中々どうしてやるもんだ。

 どう援護してやったもんかと悩んでいたが、終わってみればオレの助勢なんぞ要らないレベルときた。これからの売り込みがしにくいったらありゃしねえ」

 

 全員の視線がそちらに飛ぶ。

 そこには、身長に並ぶほどの長さの杖を携えたフードの男が立っていた。

 

「サーヴァント……っ!?」

「あんたは?」

 

 所長が男からすぐさま身を遠ざけ、マシュが疲労も構わず前に出る。

 が、ソウゴは男にいつもの調子で話しかけていた。

 

「おう、見ての通りキャスターのサーヴァントだ。今この街を燃やしている聖杯戦争の参加者ってワケだな。まあ聖杯戦争の参加者と言っても、オレ以外はさっきお前たちが倒したライダーみたいな、ロクでもないモンに差し替えられちまってるんだがな」

 

 そう言って杖を軽く振り回す男。

 ファンタジーな物語に出てきそうな魔法使いのイメージそのままの杖。

 そんな造形を見て、確かにこれは凄い魔法が使えそうだなと思った。

 

『……こちらでも彼の霊基を確認した。彼は確かにキャスターのクラスで現界しているサーヴァントのようだ。先程のライダーらしきサーヴァントの崩壊した霊基と比較しても、恐らく正常と言っていいだろうと思う』

 

 聞こえてくる声に片目を瞑り、杖を肩にかけるキャスターのサーヴァント。

 その視線が空中に投影されている通信画面に向いた。

 

「何だ。どういう魔術か知らんが、こっちを覗いてる奴もいるみたいだな。

 こっちの霊基を外から確認とは仕事が早いが、普段から覗きを趣味にでもしてんのか?」

『してないよ!?』

「ロマニの趣味なんてどうでもいいわ。

 キャスター、あなたこの街の聖杯戦争の参加者と言ったわね?」

 

 通信画面を端に寄せて、所長がキャスターの前に出てくる。

 無論マシュを間に挟んでの事ではあるが。

 

「ああ、言ったぜ? まあオレが参加した聖杯戦争が今でも正しく継続してる、って扱いならの話だがな。何せ戦場となる場所が見ての通りだ。

 どういった経緯でこうなったかはオレにも分からん。だがいつの間にか街が炎に覆われ、人間はいなくなり、サーヴァントだけが取り残された」

 

 そう言って周囲の炎に沈んだ街並みに目をやるキャスター。

 この惨状が始まる前は、普通の街で通常の聖杯戦争が実施されていたという口ぶりだ。

 いや、実際そうなのだろう。

 

「そんな中真っ先に動いたのはセイバーだ。

 あいつの手でアーチャー、ランサー、ライダー、バーサーカー、アサシンが倒された。

 かと思えば黒い泥に汚染されて、この街を徘徊してる怪物どもと何かを探して暴れ始めた。

 その何か、には聖杯戦争を決着させるためのオレの存在も含まれてるようだがな」

 

 そう言って肩を竦めるキャスターのサーヴァント。

 

『―――つまり、その汚染されたサーヴァント。ひいてはそれを従えるセイバー。

 彼らの行動目的にこの街で行なわれている聖杯戦争の決着が含まれている、という事かい?』

「………この街で行なわれた聖杯戦争のルール。

 最後の一騎に至るまで行なわれる、七騎のサーヴァントによるサバイバルだったわね」

「ああ。こうなってからも明確な行動指針があるらしいあのセイバーのお墨付き。

 そう考えれば、聖杯戦争は継続中でオレかあいつが死ぬ事で決着する。

 そういう条件があるってのは十分に考えられる」

 

 彼の言葉を聞いてから、思考するように俯いて唇を指で撫でるオルガマリー。

 数秒の沈黙を挟み、彼女が顔を上げる。

 

「……そう。つまりそれが、さっき言った“売り込み”に繋がるわけね。

 あなたはセイバーを倒したい。けれど一人では勝ち目がない。

 だからこうして、わたしたちに目を付けて接触した……違って?」

「まあその通りだ。だが悪い話じゃねえと思うがな? アンタらはどういうワケか、この街の異常を調べて回る気があるようだ。

 異常の発生源に一番近しいだろうセイバーは、どうあがいても避けて通れねぇ。そんであいつの根城に攻め込もうとするなら、サーヴァントが多いに越した事はねえだろ」

 

 マシュや所長の張り詰めた緊張を前にしても、目の前のキャスターは緩い態度を崩さない。

 こちらがこの話に乗ると信用している、というのもそうだろうが―――

 一番は自分の実力への信頼だろうか。

 

「あんたはそのセイバーの根城って場所を知ってるの?」

「うん? 別に出し惜しむつもりはねえから言っておくが、山の方にある寺の下の洞窟だよ。

 霊脈を辿ってきゃ知らんでもいずれ辿り着けるだろうがな」

「教えてくれるんだ……」

 

 何の気もないかのように、彼は敵の根城の場所を吐き出した。

 困惑するこちらを後目に彼は肩を竦めている。

 

「代金として協力しろ、なんて言うつもりはないさ。あそこに閉じこもってるアーチャーとセイバーの二騎を嬢ちゃんたちだけで倒せるってならそこはそれ。とにかくこの戦いを終わらせたい今のオレとしちゃ悪くない。まあ槍を持っての召喚だったならちっとは別だったろうがな」

「槍?」

「オレの本来の得物は杖じゃなくて槍だって話さ。基本的にサーヴァントってのは本来の英霊から一部分、特定の側面を切り取って召喚されるもんだ。

 杖を持つオレはドルイドとしての側面。戦士として呼ばれれば槍を持つ。剣を持つ事も……まあ無くはねえが。ともかく、戦士で呼ばれてりゃせっかくの舞台で戦わないなんて話はない、なんつう事になってたかもしれんってこった」

 

 だが杖ではな、と軽く杖を振り回すキャスター。

 確かにその杖捌きからもどことなく槍のそれを感じさせる気がする。

 

『……サーヴァントの中でも優秀とされる三騎士。

 そのうち二人、セイバーとアーチャーが拠点にこもっているのか。

 正直、彼と協力せずにこちらの戦力だけでの攻略は不可能だと思います、所長』

 

 ロマンの声に小さく、分かっているわと返すオルガマリー。

 キャスターを自陣営に引きこむ事に対して逡巡しているのだろう。

 

「……それが合理的、いえ実際それ以外に手はないでしょう。

 その場合、あなたは誰をマスターとする気?」

「そりゃあそこの坊主だろ。消去法でそれしかないって話だ。

 アンタにマスター適性はないし、そっちの嬢ちゃんは盾の方の嬢ちゃんとの契約もまだ乗りこなせてない……いやしかし、ホントに珍しいなアンタ。魔術回路の量も質も一流。だってのにマスター適性だけ完全に無いなんて。何かやらかしてどこぞから呪いでも貰ったか?」

「うるさいわね、どうでもいいでしょうそんなコト!」

 

 吠えるオルガマリーを後目に、キャスターがソウゴを見る。

 今の会話の流れからしてソウゴをマスターとやらに、という話だろう。

 

「俺が?」

「ああ。お前さんは感覚派だろうから特には言う事もないが、まあせいぜい上手くオレを使って見せてくれ。目標はこの状況の原因、大聖杯のもとって事でいいんだな?」

「って事でいいの? 所長」

 

 キャスターに聞かれたので、それをそのまま所長にパスする。

 

「え? え、ええ……」

「だって。案内よろしく」

「了解だマスター。んじゃまぁ、行きますかね」

 

 明確な目標を得ての行軍を開始する。

 ついに手が届きそうになってきたゴール。そこに光が見えたか、と思えば。

 しかし一行。マシュと所長、そしてロマニの調子が浮上してくる様子はなかった。

 

「……何で暗いんだろ?」

「やっぱり敵が強かったし……これからもっと強い相手が二人、待ってるからじゃないかな……」

『―――そうだね。現場にいないボクまで暗くなってる場合じゃない。せめて通信だけは明るい声で話題を提供しなきゃだ。キャスター、訊いていいかな?』

 

 周囲の暗い雰囲気を振り切って、ロマニが空元気でもと声を張る。

 

「おう」

『キミはこの特異点の中心と思われる場所にアーチャーとセイバーが待ち受けている……そう言っただろう? そして先程討ち取ったのはライダー。残りのランサー、アサシン、バーサーカーはどうしたんだい? ボクの予想が正しければ、キミが一人でその三騎を討ち取ったんだろう?』

 

 強力な敵サーヴァントとはいえ、味方がそれ以上に強力なら恐れるに足らず。

 そうと言わんばかりにロマンがキャスターに嬉々とした声をかける。

 だがキャスターからの返答は微妙なものだった。

 

「あー……ランサーとアサシンはそうだ。確かにオレが討ち取った。だがバーサーカーは違う、奴はまだ現界してやがる。とはいえ、街外れの森に陣取って動きやしねぇがな。

 だが一度動けばセイバーでさえ手を焼くほどの難敵だ。奴が相手じゃオレが槍持ちで召喚されても勝ちを約束は出来ねぇな。ま、今は動かない奴にわざわざ関わる必要はねぇさ」

『そう、か。いやでも流石だ。一人の身でランサーとアサシンの二騎を討ち取ってる。

 比較的に他クラスに比べて戦闘力に欠けるだろうキャスタークラスでこの戦果は凄い。

 さらにマシュやマスターの力を合わせればこれは勝ったも同然じゃないかな!』

「まあ、そんなバーサーカーさえ焼き払ったからこそセイバーはあそこに君臨してるんだがな」

 

 けらけらと笑うキャスター。

 盛り上げようとして余計に深い墓穴を掘ったロマンは黙りこくる。

 

「それほどのサーヴァント、わたしたちで勝てるのでしょうか……」

 

 小さく不安を口にするマシュ。ライダーただ一騎にすら苦戦したというのに、それ以上の相手が待ち受ける場所に踏み込まねばならない。

 その極限の状況は、恐怖を煽るには十分な環境であった。

 そんな疑念を少し真面目に考えてみて出た結論。ソウゴはそれを口から出した。

 

「俺はいける気がする」

「どうして?」

 

 強がりも気負いも感じないソウゴの様子。

 それを見た立香は、彼が本気でそう思っているのだと理解した上で問いかける。

 

「なんかそんな感じしない? 俺はする」

「そんな適当な理由なんだ……」

「いや、坊主の『いける気がする』は何かの力が働いてると見るべきだろ。

 さっきの戦いを見る限りはな」

 

 呆れるような反応を返す立香。

 しかし続くキャスターの言葉に、ソウゴ自身も含めて全員が頭の上に疑問符を浮かべた。

 

「坊主は自分たちに出来る事、相手がやってくる事。戦術の組立に必要な情報が出揃ってないにも関わらず、自分の感覚だけで戦いの道筋を立てた。戦う人間の中には時たま、ああいう天性のもんを持って生まれてくる奴がいる。

 ……だとすりゃそれは信じるに値する。何故なら英霊って奴らがその名を残しているのは、そういう感覚に従って生きて死んだ連中ばかりだからさ」

『……そう聞くと死ぬケースもありえるように思うけど』

「そこはお前、当人の頑張り次第って奴だ。ここで終わってもしょうがないなんて思うような奴なら、どんな力があろうが宝の持ち腐れってもんよ」

 

 何とも言えぬとばかりに渋い表情を浮かべるロマン。

 だがそんな事知らぬとばかりにキャスターはへらりと笑う。

 

「じゃあ、俺は大丈夫。絶対にやらなきゃいけない事があるからね」

 

 そんなキャスターに続き、そう言ってソウゴは不敵に笑う。

 つられたように立香も笑い、マシュへと微笑みかけた。

 

「うん。じゃあ私も大丈夫だ、マシュが一緒なんだもん」

「―――はい。例えどのようなサーヴァントが相手でも、マスターはわたしが守ります」

 

 少女が弱気に振れていた心を取り戻す。

 何度そっちに心が倒れかけてしまっても、マスターを守るためなら何度だって立て直す。

 怖がらない覚悟は出来ないけれど、怖いけど立ちはだかる覚悟なら何とか決められる。

 

「………」

『所長も何か言わなくていいんですか? そういう空気だと思いますよ』

「うるさいわよ、ロマニ」

 

 からかうような部下の言葉。

 それに対して、オルガマリーは拗ねるようにぷい、と顔を背けた。

 

 そんな事を言い合いながら、一行は目的地たるこの地に根付く大聖杯へと向かうことになった。

 

 

 

 

「大聖杯はこの奥だ。ちぃとばかり入り組んでいるんで、はぐれないようにな」

 

 そう言って洞窟の中に踏み込んでいくキャスター。

 それを追いながら周囲を見渡すが、正しく洞窟としか言いようのない場所だ。

 

「天然の洞窟……のように見えますが、これも元から冬木の街にあったものですか?」

「でしょうね。これは半分天然、半分人工よ。魔術師が長い年月をかけて拡げた地下工房です」

 

 感嘆、というほどではないが称賛の意は混じっているだろう。

 土地と合一したこの規模の工房を設ける事に対して、オルガマリーは感心していた。

 だが観察はほどほどに、彼女たちは前に進みだす。

 

「ところでキャスター。あなた、セイバーのサーヴァントの真名は知っているの?

 セイバーの戦闘力ばかりを聞いて訊き逃していたけれど……」

「ああ、知ってる。ヤツの宝具を見りゃ誰だってその正体に気づく。

 他のサーヴァントがあっさりと倒されてるのもヤツの宝具が強力無比だったからってワケだ」

「強力な宝具、とは一体どのような?」

 

 マシュからのその問いかけにキャスターが口を開き―――

 しかしその銘を告げる前に、別の誰かの声がその宝具の銘を口にしていた。

 

「―――“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”。

 騎士の王と誉れ高き、アーサー王の持つ最強の聖剣だよ」

 

 暗がりの中から、言葉にした銘を誇るような声がした。

 黒く染まりながらも、しかし先のライダーのサーヴァントとは明確に違う。

 あのライダーは言葉を口にしても、会話を行う程の理性はなかった。

 

 にも関わらず、今の目の前にいる敵にはそれがある。

 

「アーチャーのサーヴァント……!」

 

 黒いボディアーマーを身に着けた白髪の男。

 アーチャーのクラスに割り振られた、三騎士のサーヴァントの一人。

 彼は影を纏いながら無手でカルデアの面々の前に立ちはだかった。

 

「おう、王様の取り巻きごくろーさん。見ての通り殴り込みにきてやったぜ。

 狙撃もしないで門番やってる弓兵に、ちょうどいいんで引導渡してやろうじゃねえか」

「耳が痛いな、キャスターのサーヴァント。もし離席が許されるなら、槍も持たぬ牙を抜かれた犬コロなぞすぐに射抜いてみせるのだが……残念なことにクライアントからは、迷い込んだ野良犬は追い返す程度で止めておけ、と言われてしまっていてね」

「――――ハ、よくぞ言った信奉者」

 

 飄々とした態度を貫いていたキャスターの空気が変わる。

 怪物はおろか、ライダーのそれとさえ一線を隔す殺気の乱舞。

 それを叩き付けられているアーチャーは、肩を竦める程度の反応で済ませていた。

 

 今までとは明らかに違う。

 ここで初めて、正しくサーヴァントという存在の脅威が示されている。

 

「英霊なんぞになっておきながら、分が悪いからと駒を進めず昔に思いでも馳せてたってか。

 どんなロクでもねぇ結果が待ってるのか知らんが、それはオレたちのやる事じゃねぇだろ」

「―――その口ぶり、事のあらましは理解していると見える。

 その上でその結論とは、つくづくキサマとは相容れん」

「ここにきて初めての朗報だな。そいつには―――オレも同意見だ!」

 

 キャスターの杖先に文字が浮かぶルーン文字。

 瞬間、アーチャーの手に弓と矢が顕現していた。

 

「おら、嬢ちゃん。前は任せたぜ、まずは守りに集中しな!」

「は、はい―――!」

 

 ゴウ、と風を撃ち抜いて魔力の籠った矢が殺到する。

 矢を射ち放つにはそれなりの隙が、などと考えていたのが甘えだと思い知らされる連射。

 一矢ごとに盾ごと押しやられるような威力をもって、アーチャーの迎撃は開始された。

 

「―――その盾はそういう事か。なるほど、やってくれるな花の魔術師。

 であれば、なおさら……通すワケにはいかないという話だ!」

 

 射撃が無くなる。

 盾をもって防いでいたマシュが困惑するほど、苛烈な迎撃はあっさりと終了した。

 

「え?」

「前に出てくるぞ! 剣持ってな!」

 

 既に相手の手に弓も矢もなく無手のまま駆け出していた。

 キャスターが浮かべた宙の文字が輝き、炎となって迸る。

 そのまま突っ込んでくればアーチャーの耐魔力では防ぎ切れないだろう魔力の奔流。

 それを彼は―――手にした白黒の双剣でもって斬り払う。

 

 武装を変えたアーチャーの前に、マシュが盾を構えて立ちはだかる。

 サーヴァントの戦闘センスについていけると思い上がる事などできない。

 どうすればマスターを守れるか、それだけ考えて何とか心を奮わせ立ち向かう。

 

「迎撃します―――!」

 

 巨大な盾、というのはそれだけで障害だ。

 それもけして壊せない強度となれば、対処する側の行動範囲は広くない。

 そんな相手に張り付くようなディフェンスをされればなおさらだ。

 攻撃出来ないのはマシュもまた同じだが、こちらにはその分を補えるキャスターがいる。

 

 マシュが防ぎ、キャスターが攻める。

 その基本さえ遵守すれば、確実にこの相手を攻略する事が―――

 

「そら、後ろだ」

「え?」

 

 アーチャーの注意を逸らす口車、ではない。

 耳に届くのは投擲された双剣が回転し、風を切り舞う音。

 自然と視線をそちらに引かれれば、自分の後ろからその凶器が迫ってくるのが視認できた。

 

「あ、」

「前だけ見とけ、嬢ちゃん!」

「口が遅いぞ、クランの猛犬」

 

 飛来する双剣はマシュが注意を向けるまでもなくキャスターが危うげなく撃墜した。

 が、迫る凶器の感覚がマシュの構えを強張らせる事は止められない。

 既に新しい双剣を手にしているアーチャーが、盾に横から叩き付ける。

 受け流す事も、踏ん張る事も出来ずに吹き飛ぶマシュ。

 

 壁を排除したアーチャーはそのまま前へと出ようとして。しかし、迫る赤光の弾丸を切り払うために足を止めた。舌打ちしつつ彼が振るった白い刃が弾丸を切り裂き、霧散させる。

 その行動を強制されたアーチャーが射手―――常磐ソウゴを睨む。ソウゴの手に再び握られているのはファイズフォンX。その銃口がアーチャーに向けて構えられていた。

 

「チィ―――!」

「よくやったマスター! 燃えとけ、アーチャー!」

 

 先ほどを超える炎熱がアーチャーに殺到する。

 だが、その影に沈んだ顔に浮かぶ皮肉げな笑みは変えぬままに剣を捨てて。

 炎の波に向け差し向けた手の先から、桜色の花弁に似た盾を展開した。

 

 次の瞬間に届くはずの炎は、その盾で完全に塞き止められた。

 弾かれた熱で周囲の地面や岩壁は赤熱しているというのに、彼の立つ場所には何の影響もない。

 ソウゴが追加で撃ち放つ弾丸もその壁に接触するとあっさりと消滅している。

 

「あれ……盾?」

「クソっ、だからアイツ相手はめんどくせえ!」

 

 苛立たしげにぼやくキャスター。

 後ろで経過を見ていたオルガマリーが、その光景に頭を抱える。

 

「……どういうことよ、サーヴァントの宝具はその英霊を象徴するものをクラスに適応した形で現界させるものの筈。だっていうのに、あのサーヴァントが使う剣も盾も間違いなく宝具……!

 アーチャーである以上は弓か矢も宝具のはずで、あいついくつ宝具を持ってるのよ―――!」

「不勉強だな、カルデアの魔術師。アーチャーであるからと言って、弓や矢を必ずしも宝具とするわけではない」

 

 腕を横に払い、花弁の盾を消したアーチャー。

 彼が再び弓を手元に現しながら、からかうようにそう言った。言われた所長は明らかに顔を顰めながらしかし、流石に敵サーヴァントに怒鳴り返す気は起きなかったようだ。

 

「弓兵とて必要とあれば剣も執るし盾も執る。銃や戦闘機だって扱う事もあるだろうさ」

 

 突然話に上がった近代兵装。

 所長からそんなサーヴァント居るものか、と怒鳴り返したいという空気が伝わってくる。

 

「だがまあ、せっかくの要望だ。こちらも宝具の矢をもって応えてやるのが、敵サーヴァントに勇敢にも意見した魔術師への礼儀というものか」

「え」

 

 そう言って、アーチャーは手元にねじくれた剣を出現させる。

 それを見たキャスターの顔が明らかに歪む。必殺の一撃を構えた、ということにではない。

 彼は現れた剣そのものに表情を変えていた。

 

「テメェ……」

「今更だな、キャスター。生憎、私は生前からこういう存在でね」

 

 その剣を弓に番える動作をすると同時、剣は光の矢と化した。

 宝具起動状態に入ったそれから氾濫する魔力は今までの比ではない。

 明らかに今まで見たことがないような威力の一撃がくる。

 

「所長のせいで凄い攻撃がくる!」

「わたっ!? わ、わたしのせいじゃないでしょ!?

 どうにかしなさいよ、あなたたちマスターでしょ!?」

 

 取り乱して声を張り上げる所長。

 そんな上役からの焦燥の言葉を受け止めて。

 疾走しながら呼吸を整えつつ、マシュが声を張り上げた。

 

「――――わたしの後ろに! 防ぎます!」

「マシュ、大丈夫!?」

「はい……やれます!」

 

 復帰してきたマシュが、再び皆の前に立ちはだかる。

 そんな彼女の後姿にオルガマリーからの指示が飛ぶ。

 

「マシュ、宝具を解放しなさい! 相手の宝具に対抗できるのは宝具だけ!

 あの攻撃を防ぐには、あなたも宝具を使うしかないわ!」

「―――――」

 

 宝具。英霊、英雄の象徴たる無二の武装。

 その真価はその武具と共に生涯を駆け抜けた英雄が真名を唱える事で発揮される。

 

 マシュ・キリエライトの―――

 彼女が宿した英霊の有する宝具は、今もこうして構えている大盾に他ならない。

 

 ――――だが。

 

「……わかりません」

「えっ?」

「わたしにはわたしに憑依してくれたサーヴァントの真名も、彼が託してくれたこの宝具の真名も、分からないんです……!」

 

 弱々しく、しかしいつか所長にも言わねばならないと思っていた事を吐き出す。

 それがこんな最悪の状況での告白になろうとは。

 愕然とした面持ちでその告白を受け取って、オルガマリーの体が揺れる。

 

「そ、んな……」

「ですが、例え宝具の解放が出来ないとしても必ずあの攻撃は……!」

「―――戯け、そんな心持ちで挑んで覆せる戦力差か。せめて最初から護り抜くか討ち果たすかくらいは決めてこいという話だ。どちらにせよもう遅い。

 I am the born of my sword(我が骨子は捻じれ狂う).―――――“偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)”!!」

 

 瞬間、周囲の音が全て死んだ。

 辺り一帯の空間が螺旋くれたかのように歪み、光の一矢は標的目掛けて突き進む。

 

 呼吸を整える暇もなく、矢は盾へと着弾した。

 マシュの腕にかかる、今までには有り得なかった過重。

 全力で支えているつもりなのに、どんどん圧されて後ろに持って行かれる。

 

 止めなきゃ、止めなきゃ、これがマスターに届いてしまう。

 そう思って精一杯の力を振り絞っているのに、まるで止まらない。

 

 いや。この一撃に受け止めたものごと捩じ切る破壊力があると考えれば、この盾はむしろ驚異的なほど受け止めてくれている事には違いない。

 

 だがそれでは足りないのだ。

 歯を食いしばって耐える、耐える、耐える。

 

 その時、背後からキャスターの声がした。

 衝撃も少しだけ軽くなった気がする―――彼の魔術のおかげだろうか。

 

「あの魔術師が言った宝具に対抗できるのは宝具だけ、ってのはちと違う。宝具ってのはサーヴァントそのものだ。切り離して考えるもんじゃねえ。

 お前がサーヴァントとしてここに立っている以上、宝具の解放が出来ようが出来まいが、それが原因で勝てないなんて考えるほどの事じゃないってこった」

 

 彼の手がマシュの肩に添えられる。

 そのまま彼女を軽く前に押し出すように、とんと叩く。

 

「特にお前さんはそっちより大事な事があるタイプだ。自分は宝具が使えない出来損ないって考えを捨てちまえ。そんな劣等感を抱えてる部分を綺麗さっぱり開けちまって―――代わりに、自分がサーヴァントとして一番大事にしてる事だけ考えろ」

「…………ッ!」

 

 だったらそこに入るものは決まってる。今だって後ろで彼女を信じてくれている。

 さっきよりずっと軽くなった気がする衝撃を、力任せに押し返す。

 

「ぐ、ぅううう……!」

「マシュ―――()()()()()()()()()()!」

 

 その声に、力が漲った。押し込まれていた体を自分の力で押し返す。

 縮こまっていた腕を全力で伸ばす。

 衝撃に震えていた盾を確かな構えで支え直す。

 

「あぁあああああっ!!!」

 

 吹き飛ばす。矢がこちらを貫こうと直進し続けているからどうした。

 この盾の先には絶対に通さない。

 

 渾身の力で上に振り抜いた盾は、接触していた矢をそのまま天井へと弾き飛ばした。

 尋常ならざる貫通力で岩壁を打ち砕き、そのまま過ぎ去る光の矢。

 

「―――正面から弾いてみせるか。だが」

 

 だが彼は更に、既に次の光の矢を番えていた。

 けれどそれに向き合うマシュの目には強い光がある。

 何度だって防いでみせる、と。

 

 その眼光に僅かに緩む、影の奥に潜むアーチャーの表情。

 とはいえ弓を弾く手が弛む事などある筈もない。

 だが―――そこで『だが』、などと。

 

 おまえは誰と戦っている心算だとドルイドが凄絶に笑う。

 

「そっくりそのまま返しとくぜ。

 ()()()()()()()()()()()()―――なんつってな?」

「――――ッ、キャスター!」

 

 マシュが力任せにかち上げた今の矢は、洞窟の天井を砕きながら天へと昇っていった。

 その矢の軌道。ただ吹き飛ぶ方向を軽く誘導する程度ならば、魔術師としての男には容易い。

 狙いはアーチャーの真上。この洞窟で彼の立つ場所の天井。

 

 弾かれたとはいえ空間さえ粉砕して進行する宝具の矢。

 それはキャスターの思い描いた狙い通り、強引に軌道を曲げられて突き抜けていく。

 砕いて進む場所は男の意志に過たず、アーチャーの立つ場所の直上。

 

 貫通力に長けたその一撃は確かに。

 岩の天井を容易に砕きながら、そのまま彼方へと突き抜けていった。

 そのあとに訪れる事は、最早言うまでもない。

 

 ――――崩落だ。

 

「クッ……!」

 

 轟音を立てながら頭上から迫りくる岩の群れ。

 サーヴァントであるアーチャーは瓦礫で押し潰される程度なら死ぬ事はない。

 だが同時に、何の衝撃も受けずに済むほどの余裕があるわけでもない。

 

 このタイミングでは間違いなく宝具の二射目は間に合わない。

 魔力を宝具に割いているが故、もはや離脱する方法があるとすれば霊体化くらいだが……キャスターである相手にそれは、岩に埋もれる以上に自殺行為か。

 だからと言って岩に埋もれながらキャスターの炎を防げるほど器用でもない。

 

「じゃあなアーチャー、せめてこの姿でのとっておきをくれてやるぜ。

 焼き尽くせ、木々の巨人――――!」

 

 その名とともに解放されるキャスターの宝具。

 大地にサークルが現れ、そこから噴き出すように木々が絡み合いながら進出してくる。

 蔓延る木は瞬く間に腕のようなものを形成し、同時に炎上し始めた。

 

「―――詰まれたか……!」

「“灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)”―――――ッ!!」

 

 降り注ぐ岩にその身を打ち据えられながら、アーチャーが苦々しげに呟く。

 その言葉も、そして彼自身も。

 積みあがっていく岩塊諸共に、全てを焼き清める炎の巨人の腕が覆いつくして蒸発させた。

 

 

 



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エクスカリバー2004

 

 

 

「マシュ、大丈夫?」

「はい。多少ダメージは残っていますが、この程度であれば戦闘行動に支障はありません」

「フォー、フォフォフォウ?」

 

 アーチャーを撃破し、最後の休息をとる。後残されているのはこの洞窟の最奥、大聖杯とそこに待ち構えるセイバーだ。だがあのアーチャーをも容易に撃破するサーヴァントだと聞けば、準備などどれだけしても足りないほどだろう。

 

「……少しでもダメージがあれば支障が出るのが当たり前でしょう。

 マシュ、こっちに来なさい。わたしが治療します」

「あ、はい……その、ありがとうございます。所長」

 

 マシュが戦闘中に受けたダメージを治療する魔術を行うオルガマリー。

 それを見ていた立香がぼんやりとしながら言った。

 

「魔術って便利なんだねえ。私にも使えるかな?」

『もちろん、相応の訓練をすればね。このカルデアスタッフに選ばれた以上、少なくとも才能は秘めていると太鼓判を押されているようなものさ』

 

 軽く返すロマニの声に、マシュの治療を施行しながらのオルガマリーの平坦な声が被る。

 

「……マスターやレイシフトの適性と、魔術師としての才能は関係するものではありません。

 一般人のあなたでは訓練したところで、どうせ大した魔術は使えないわ」

「所長は魔術師としてはすごいのにマスターとしては駄目なんだっけ」

『ちょっ!?』

 

 ソウゴの歯に衣着せぬ物言い。

 怒るのかなと思いきや彼女はそうね、と返すだけだった。

 

『どっ、どうしたんだいマリー? キミらしからぬ反応だったけど……?』

「別に、その通りだからその通りだと答えただけでしょう。

 サーヴァント同士の戦闘を見た後で、意地を張るのも馬鹿らしいじゃない」

 

 自分で言っていて本当にそうだろうか、と疑問に思う。

 どちらかと言うと怒る暇もなく勝手に自分の口が答えを返してしまっただけかもしれない。

 だって別に今の言葉はただの確認で、馬鹿にされたワケでもなかったからか。

 

「つまり所長には魔術師としての活躍を期待して、私たちはマスターとして出来る事すればいい……そういう事なんだよね。どういうことが出来るのかまだよく分かってないんだけど」

『あ、ああ。うん。いや、キミは間違いなくマスターとして力を尽くせてる。立香ちゃんはさっきの戦いでマスターとして出来る事の一端を発揮したところだ。手の甲にある令呪が一画消費されているだろう?』

 

 言われて自分の手の甲を見る立香。そこにはいつの間にか、三つのパーツが組み合わさって絵柄を構成している、ほのかに輝く赤い紋様が浮かんでいた。

 ただしその内の一角分は滲んで、既に消えてしまっている。

 

「令呪……って、これの事? そういえばいつの間にかあって……何か、いつの間にかカタチが変わってるような?」

 

 自分の手の甲に描かれた赤い紋様を指でなぞってみる。

 そんな彼女に対して、調子の良い声でロマニは語り出した。

 

『我らがカルデアにおいて令呪とは、三回限りのサーヴァントへの魔力ブーストなんだ。キミというマスターに預けられた魔力の予備タンクだね。それを使用し通常を遥かに凌駕する大量の魔力を一気に供給する事で、例えばサーヴァントの損耗を瞬時に回復。もしくは宝具の起動に必要な魔力を瞬時にチャージし、即時起動を可能にする……なんて事ができるのさ』

「へぇ……」

『キミはアーチャーとの戦闘でマシュに対し、この力を最高のタイミングで行使した。追い詰められていたマシュは、体力と魔力のブーストによって状況の逆転を成し遂げただろう?

 正直、魔術の知識が一切ないキミたちに可能な事だと思っていなかった、というのが本音だ。マスター適性とはこういうものなのだ、と改めて思い知らされた気分だよ』

 

 どこか感心した様子でそう言ってみせるロマニ。

 理解しきれているとは言えないが、立香がそれに対して漏らす安堵の吐息。

 

「……そっか。マシュの助けになったなら良かった。

 ―――あと二回はセイバーとの戦いで使っていいんだよね?」

『もちろん。使えるならそれに越した事はない。令呪自体はカルデアに戻れれば補充可能だ。三回きり、というのは一度のレイシフトでって事だね。

 この特異点を解決するための決戦で惜しむことはないよ、キミの判断で使用してくれ』

 

 自分の令呪を見ながら唸る立香。

 そして、そんな彼女を見て首を傾げるソウゴ。

 

「俺にはないけど、キャスターのパワーアップは出来ないの?」

「ああ。あくまでオレはこの街の聖杯戦争に呼び出されたサーヴァント。

 流石にそんな部外者であるオレはサポート対象外ってこった。カルデアとやらでちゃんと自分のサーヴァントを召喚すりゃ使えるようになるだろうさ」

『そうだね。まずはカルデアに籍を置くサーヴァントと契約して初めて、英霊召喚システムであるフェイトから令呪を授かる事ができる。

 ただ、その後は現地で契約したサーヴァントが相手でも令呪は問題なく機能する筈だよ。あれはあくまでサポートのための膨大な魔力、という事でしかないからね』

「ふうん……じゃあ今のとこキャスターは俺より立香と契約してた方がいい?」

 

 令呪によるサポートの効果が強大であるならばこそ、その恩恵を受けられる立香がマスターの方がいいのでは。

 そういう意図で向けられた問いに対し、キャスターは首を横に振った。

 

「いや、セイバーとの決戦にはあの盾の嬢ちゃんこそが肝心要だ。令呪を使う事になるにしろ、それをオレに割く必要はねえよ。

 それよか嬢ちゃんを集中させるために、マスターとサーヴァントのレイラインを一本に絞っといた方がいい……ちなみによ、マスター」

 

 突然キャスターが声を潜めた。

 他の皆に聞こえないように、という配慮だろうか。

 首を傾げながら、ソウゴは彼に耳を寄せる。

 

「今、さっき言ってたみたく()()()()はするか?」

「うーん……してない。なんか、何かが足りなくなったような気がする」

 

 その返答に溜息を落としてから、そうだろうな、とキャスターは肩を竦めた。

 もっと前からそうだった筈だが、セイバーを直前にするまで感覚が曇っていたのだろう。

 だがここに至っては把握できている様子が見える。

 となれば、やはりソウゴの感覚自体は鋭いものであるのだろう。

 

「なんで?」

「盾の嬢ちゃんの宝具は……まあいいさ。

 ここぞ、って時には手が届くだろう。あれはそういうタイプだ。

 だが問題はウチのマスターなんだな、これが」

「俺?」

 

 質問の意図が読めずに首を傾げていたソウゴ。

 彼がより深い角度まで首を倒した。

 

「これでも今回はドルイドとして、キャスターとして呼ばれてる。戦士としての技量じゃねえ人を見抜く目は、槍を持ってる時よりあるつもりだ。で、だ。そんなオレの目を信じるとするなら、お前の言った通り―――()()()()()()()()

 もしかしたら後何年か普通に過ごしてるだけで満たせちまう、ほんの小さな話かもしれねぇ。だがここに至ってそんな暇はない。となれば、どうするよ?」

「どうするって言われてもなぁ……さっきは最後までいける気してたんだけど」

 

 何故その感覚が消えてしまったのか。

 それはもう本人ですら直感としか言えないもののため、誰にも分からない。

 恐らく今の世界、時代においては一人を除いての話だが。

 

「……一応訊いとくが、いける気がしなくなった今も行く気か?」

「当たり前じゃん。そうじゃなきゃ、皆が困るって事でしょ?

 俺は皆を守るために王様になるんだから、ここで逃げてる場合じゃないでしょ」

「はぁ? 王様?」

「うん、王様」

 

 くっ、とキャスターが笑いを噛み殺す。

 何の気負いもなく口にした彼の言葉には、冗談など少しも含まれてはいないと分かったから。

 

「何だそりゃ。やめとけやめとけ、王様なんてロクなもんじゃねぇ」

 

 笑いを噛み殺した彼は、そのままソウゴの背中を何度か軽く叩く。

 

「そう? いいじゃん、王様」

「いーや。オレの知ってる王様って連中はロクでもねえヤツらばっかよ。

 どうせなるならもうちっとまともなもんにしとけって」

「じゃあ俺がキャスターが初めて会った、ロクでもなくない王様になればいいじゃん。

 それならキャスターも次からは、オレが会った王様の中には凄いヤツがいたぞ! って言えるんじゃない?」

 

 良い事を思いついた、とばかりに自信ありげに語るソウゴ。

 それを聞いて先程より笑いをこらえるのが辛くなったのか。

 笑いをこぼしながらキャスターは応じてくれる。

 

「ぶっ、……くくく、そりゃいい。確かに愉快な話だそりゃ。

 ―――んじゃまあ、王様になったら是非とも召喚してくれ。これでもそれなりに忠は尽くす方でな。槍持たせて呼んでくれりゃあ、兵士の真似事くらいはしてやれるぜ?」

「じゃあ俺が王様になったら、キャスターには王室直属の騎士団長になってもらおうかな?」

「そいつは嫌だね。権力なんぞより槍を振るえる環境が欲しいんでな」

 

 ぱたぱたと手を振りながら王様からの勧誘を蹴るキャスター。

 その対応にソウゴが不満そうに声を上げた。

 

「えー……」

「さて、と。そろそろ黒くなった悪い王様を倒しに行くとするかね、王様マスター」

 

 まだ王様じゃないんだけど、という言葉を無視してキャスターが立ち上がる。

 それを見た皆が休憩は終わり、これから最後の決戦が始まるのだと理解した。

 事前の戦力分析は芳しくないとはいえ、だから勝てないなどと語れば英雄失格だ。

 彼はそれでも走り抜けたからここにいる、というだけなのだから。

 

 

 

 

 

「これが大聖杯……? なによ、これ。超抜級の魔術炉心じゃない……!

 なんで極東の島国にこんなものが……?」

 

 洞窟を潜り、辿り着いた大きく開けた空間。

 そこには知識のない一般人の視点でさえ異常なほどの存在感を感じる何かが存在していた。

 

 ―――それこそが大聖杯。

 冬木において運行されていた聖杯戦争の心臓部。

 

『資料によると、制作はアインツベルンという錬金術の大家だそうです。

 魔術協会に属さない、人造人間(ホムンクルス)だけで構成された一族のようですが……』

「お喋りはそこまでにしときな。やっこさんに気づかれたぜ」

 

 オルガマリーとロマンの会話をキャスターが横から打ち切る。

 と、同時に。

 

 ガチャリ、ガチャリ、と金属のブーツが大地を踏み締める音と共に姿を現す相手。

 病的なまでに白い肌。それを覆う漆黒の鎧。

 そして、その手に握られた黒く染まった聖剣。

 

 ―――姿を現した彼女はまずキャスターを一瞥すると、すぐにマシュへと視線を移した。

 

「―――っ、なんて魔力放出……! あれが、本当にあのアーサー王なのですか……!?」

『間違いない。何か変質しているようだけど、彼女こそがブリテンの王。最強の聖剣エクスカリバーの担い手、アーサー王だ……!

 伝説とは性別が違うけれど、何か事情があってキャメロットでは男装をしていたんだろう。男子でなければ王座にはつけない、みたいなそういうあれこれさ。そしてこの手の事は大抵が宮廷魔術師であるマーリンの入れ知恵だろうね。本当に趣味が悪い』

 

 珍しく吐き捨てるように語るロマニ。

 だがあの超級サーヴァントを前にそれを疑問に思っているほどの余裕はなかった。

 ただマシュは、ロマニの言葉で相手の性別を誤認していた事に気付く。

 

「え……? あ、ホントです。女性、なんですね。男性だと決めつけて見ていました」

 

 盾を構えながらそこに驚いている彼女にキャスターが声をかける。

 そんなどうでもいいことに驚いている場合ではない、と。

 

「見た目は華奢だが甘く見るなよ。アレは筋肉じゃなく魔力放出でカッ飛ぶ化け物だからな。

 一撃一撃がバカみてぇに重い。気を抜けば宝具さえ使わせないままバラバラにされるぞ」

 

 キャスターの語るセイバー評。

 彼からそれだけの評価を得ているのを知って、気を抜いていられる筈もない。

 それを聞いた誰もが体を強張らせて身構える。

 

 戦闘態勢を整えているこちらを見て、セイバーは小さく笑みを浮かべた。

 

「―――ほう。面白いサーヴァントがいるな」

「なぬ!? テメェ、喋れたのか!? 今までだんまり決め込んでたのは何だったんだよ!」

「ああ、何を語っても見られている。故に案山子に徹していた。

 だが―――そうしていた私が思わず口を開く珍客だ。その宝具を引っ提げて我が前に立たれたからには、この剣をもって試すしかあるまい」

 

 洞窟内にギチリと響く、剣を握り締めた手甲が軋れる音。同時に魔力が爆裂し、彼女の体から黒い靄が立ち昇る。それらは全て純粋な魔力というエネルギーに他ならない。

 アーチャーという先触れを見て上方修正した筈の、敵戦力の予測最大値。それを更に、圧倒的に凌駕する魔力の怪物。

 

「っ――――!」

「構えよ、名も知れぬ娘。その守りが真実か、この剣で確かめてやろう」

 

 セイバーが爆発する。

 いや。彼女の纏う魔力が破裂し、ロケット染みた推進力でこちらに突撃してきたのだ。

 咄嗟の行動、盾での防御は間に合った。

 が、その威力に耐えきれず、マシュはいとも簡単に後方へと投げ出される。

 

「マシュ!」

「ちぃっ―――!」

 

 弾かれたデミ・サーヴァントの姿を追うマスターの視線。

 

 それに構っている間もないと、キャスターの周囲に灯る火種。

 次の瞬間それは一気に膨れ上がって弾丸となる。

 一気呵成に解き放たれる炎の弾丸。

 だがそれは、狙ったセイバーに当たる前にあっさりと消失した。

 

『対魔力か!』

「いや、そこまで届いてもいねぇ。魔力放出で作った力任せの結界ってわけだ」

『そんな事がありえるのかい!?

 ただ魔力を放つだけでキミの魔術を強引にねじ伏せるなんて!?』

「目の前でやられたって事は有り得るんだろ。

 まあ、どっちにしろ宝具以外が有効打になるなんて最初から思ってねえっての―――!」

 

 ロマニの驚愕に軽く言い返しつつ、キャスターの身はセイバーとマシュの間に滑り込む。

 どちらにせよダメージは期待できない、と。

 彼はとにかく炎をばら撒き、相手の視界を焼き尽くす。

 

「なればこそ、私をあの娘に止めさせる以外に手はあるまい。キャスター」

「はっ、ここにきて饒舌になったなセイバー。

 どういう了見だ……ってのは聞かないでも大体分かるがな……!」

 

 セイバーの切り払い。それだけで炎ごとキャスターの身が吹き飛ばされた。

 その相手を追うでもなく、ただ剣を掲げたままセイバーは静止する。

 

卑王鉄槌(ヴォーティガーン)―――!」

 

 瘴気染みた黒い魔力の渦が刀身に纏わりつく。

 宝具解放には届かないまでも、それがどれほどの一撃かは容易に理解できた。

 

 今のキャスターにあれを防ぐ事は不可能だ。

 立て直したマシュが最速でその暴虐の前に立ち塞がる。

 

 セイバーの顔が一瞬だけ弛み、すぐにその猶予が消えた。

 下から掬い上げられるように振り抜かれる聖剣の一撃。

 大地を砕きながら迫る魔力の奔流に、マシュの身が強張る。

 

 ドッ、と周りの空気と地面が同時に爆破して消滅するかのような衝撃がマシュを呑み込んだ。

 足は地面についている筈なのに、濁流に流されているのかと錯覚するほどの覚束なさ。

 ほんの数秒の衝撃に、既に全身が砕け散りそうなほど追いつめられていた。

 やがて黒い魔力の奔流は消え、思わず耐え切った安心に力が抜けそうになる。

 

「――――ハッ、ハァッ……!」

「マシュ! 前! またあれが―――!」

 

 マスターの声。それを聞いて、初めて信じたくないと感じた。

 何とか顔を上げてみれば、目の前にある光景に自然と咽喉が引き攣る。

 漆黒の騎士王は既にもう一度、先とまったく変わらぬ魔力の刃を形成していた。

 

()()()()()()()

 

 否、見間違いでなければ先程以上だろうか。

 噴き上がる黒い魔力の刀身は、更に密度を増しているようにさえ見えた。

 

「くっ……うぅうう……!」

 

 必死に盾を握る力を絞り出す。

 前の一撃で既に限界まで引きだしていた力を、もう一度同じだけ引きずり出す。

 殆ど盾に縋るように構えて、今一度来たる絶望を待ち受ける。

 

 ゴウ、と再び漆黒の剣風が襲来する。

 周囲の物質は爆発して砕け散り、蒸発して吹き荒ぶ。

 強力な宝具をもって他のサーヴァントたちを容易に撃破した、という話が身に染みて理解できた。これだけの一撃を持っているならば、他の何が必要だというのか。

 

 何秒耐えたか、耐える事に固まってしまった体が動かない。

 速く動かなければならないのに。

 マスターを守るために、また動かなければいけないのに。

 

「マシュッ!!」

()()()()―――」

 

 三度。黒い衝撃波がマシュに見舞われる。今度こそは耐え切れない。

 固まった体は魔力の渦に呑み込まれた瞬間崩れ落ち、盾ごと吹き飛ばされる。

 衝動的に駆け出した立香が、倒れ伏したマシュへと縋りついた。

 

 そして、

 

「“約束された(エクスカリバー)――――!」

 

 最後を締めるべく騎士王が聖剣の銘を呼んだ。

 先ほどまでの尋常ではない魔力の連撃すら、聖剣の本当の力の前では露払いに過ぎない。

 それがあっさりと理解できてしまうほどの別格の力。

 

 立ち上る魔力はもはや今まで見てきたそれとは比較にならない。

 聖剣から迸る黒い光は、これと戦おうとしてしまった事が間違いなのだと。

 心の底から敵対者を後悔させるほどの光景としてそこにあった。

 その地獄のような光景を前に、

 

「“灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)”――――!!!」

勝利の剣(モルガーン)”――――!!!」

 

 炎に包まれる枝で編まれた巨人が立ち塞がる。

 暴虐としか言えない魔力の嵐。それを塞き止めるのは単純なまでの巨大な質量。

 洞窟に入りきらない巨大な人型が、その体全てを犠牲にして黒い極光を受け止めていた。

 

「苦肉の策と言ったところか、キャスター。その娘の盾で()()を防ぎ、貴様の宝具で私を始末する以外そちらに勝ち筋はなかろうに」

「ハッ、見る目ねぇな騎士王サマ。こっちにゃまだ逆転の秘策があるんだよ……!」

「―――面白い」

 

 セイバーが聖剣に力をこめる。ここにきて更に出力が上がる。

 ウィッカーマンの崩壊速度が目に見えて加速した。

 それを維持しているキャスターの顔が苦渋に歪む。

 オークの杖を握った彼の手が小刻みに揺れ、徐々に力が抜けていく。

 

「クッソタレ、どんだけだこの野郎……!」

 

 

 

 

 

 最早語るまでも無い。この先の結果は既に決まったも同然だ。

 ウィッカーマンは蒸発し、キャスターは敗北する。

 そしてその後を追うようにカルデアもまた全滅するだろう。

 だが、()()()()()()()()()()()()

 

〈エクシードチャージ!〉

 

「こんのっ!」

 

 崩れ落ちていくウィッカーマンの隙間。僅かに見えたセイバーの姿に銃撃を見舞う。

 発射される赤い弾丸。

 だがそれは届く事すらなく、あっさりと魔力の壁の前に霧散した。

 

 じゃあ後は何が出来る。常磐ソウゴが持っているのはこの銃だけだ。

 この、銃に変形する電話だけ―――

 

「電話……? ――――!」

 

 すぐに銃を電話に変形させて、通話ボタンを押す。

 番号とか分からないので、これで通じなきゃとても困る。困る。

 

〈Calling〉

 

「はやくー……! はやくー……っ!」

 

 ガチャリ、と相手側が出た音。

 そちらから出てきた声は、間違いなくウォズのものであった。

 

『やあ、待っていたよ我が魔王』

「遅いよ何やってたのウォズ!」

『先程は君が忙しいからまた後で、と。そちらからさっさと切ってしまったから遠慮していたのだがね』

 

 呆れた声で返してくるウォズに対し、ソウゴは即座に問いかける。

 

「どうにかできるの? 俺に」

 

 その問いに対して、電話先のウォズが押し黙る。

 と、次の瞬間には電話が切れていた。

 

「ちょ、ええ……?」

「もちろん。我が魔王の力は史上最強、この程度の些事に惑わされる事などあろう筈もない」

「うわ、出た!?」

 

 そして次の瞬間にはソウゴの背後にウォズが立っていた。

 更にその手には何らかの機械を持っている。

 ウォズはそれをソウゴに差し出すように跪き、恭しく頭を垂れてみせた。

 

「―――これを。使い方はご存じのはず」

「これ……?」

 

 形状だけ見るのであれば、そんなデバイスの使い方など見ただけで分かるはずもない。

 

 ―――だが、何故だろうか。

 ウォズから受け取ったそれを手にした瞬間に、それの使い方が解ってしまうのは。

 

 ふと、ここにきた時に持っていた懐中時計サイズの何かを取り出す。

 ()()だ。その確信がある。

 最初の一歩を踏み出すためのピースが揃った。そんな気がする。

 今この場は、とことん追い詰められた絶体絶命なハズなのに――――

 

 ―――なんか、()()()()()()()

 

 

 



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キャッスル&キングダム2004

 

 

 

「限、界かッ……!」

 

 遂にウィッカーマンの壁が瓦解する。迸る光はその残骸すら残さず巨人を消滅させていた。

 膝を落として息を切らすキャスターは、しかしよくぞ持ち堪えたという話だ。

 自身の宝具と引き換えとはいえ騎士王の振るう聖剣の全力の一撃を凌ぎ切るなど、並のサーヴァントには成し得まい。

 

 余波の衝撃でさえ受けて常人が立っていられるものではない。

 マシュを抱えたまま立香がその衝撃波に蹲る。

 オルガマリーもまたその近くで膝を落としていた。

 

「何よ……あんなインチキじみた強さ……! こんなの勝てるわけ無いじゃない―――!?」

「いや、こっから勝つよ」

 

 は? と。

 うっかり間抜けな声をこぼしながら、オルガマリーの視線がソウゴの声を追った。

 

 ウィッカーマンの残滓を踏み締めながら歩み、距離を詰めてきていたセイバー。

 彼女さえもが足を止め、ソウゴの方へと視線を向ける。

 そこには、コートを着た長身の男を後ろに侍らせたソウゴが立っていた。

 

「―――キャスターのマスターか。なるほど、変わり種というのは見て取れる。

 だが既にそちらは壊滅した。今から逆転は私を甘く見すぎだと言うより他にない」

 

 黒い聖剣を握り直し、セイバーはくすんだ黄金の瞳を周囲に巡らせる。

 既に魔力を使い果たしたキャスター。そしてどう見ても戦闘不能な状況なマシュ。

 この戦力で打倒できるほど、騎士王の剣は軽くない。

 

「別にあんたを甘く見てるわけじゃなくてさ。

 ここで負けたら俺の夢が叶えられないから、絶対に負けられないってだけだよ」

「―――ほう、清々しいまでに根拠が無いな」

「根拠ならあるよ。だって今の俺なら、()()()()()()()()()()!」

 

 ウォズから渡された道具を、自然と腰に当てる。

 それが正しい使い方だと何故か体が知っているように。

 

〈ジクウドライバー!〉

 

 その声こそは、このガジェットの起動音声に他ならない。

 ジクウドライバーと名乗り上げたそれは両端から噴き出すようにベルトを形成。

 自動で動くベルトはソウゴの腰をぐるりと回り、ぴたりと装着された。

 

 そしてもう一つ、ソウゴが懐から取り出したアイテムを正面に掲げる。

 グレーの本体部に白いカバーが嵌め込まれた懐中時計らしきもの、()()()()()()()

 

 そのライドウォッチ前面のウェイクベゼルを回転させ、起動待機状態へ移行。

 上部のライドオンスターターを押し込み、ライドウォッチを起動する。

 

〈ジオウ!〉

 

 ウォッチに描かれた顔。

 レジェンダリーフェイスが発光し、眠っていた力が呼び覚まされる。

 

 起動したライドウォッチをジクウドライバーのD'9スロットに装填。

 これでジクウドライバーは変身待機状態。それを知らせる待機音が繰り返し鳴らされる。

 

 ジクウドライバー上部のライドオンリューザーを拳で叩き、ドライバーの最終ロックを解除。

 ジクウマトリクス上でジクウサーキュラーが回転するために傾いた。

 

 ソウゴがジクウドライバーを操作する動作に合わせ、彼の背後に出現する巨大な時計。

 それは中央に大きく“ライダー”の文字が浮かんだ異様なもの。

 だが確かに()()()()()()()を背負いながら、腰を落とし、左腕を右肩近くまで上げ。

 最後に必要な言葉を叫び、ソウゴはシークエンスを完了する。

 

「変身!」

 

 上げた左腕を振り下ろし、傾かせたジクウサーキュラーを回転させる。

 それが360°回るのと同時、彼の背後で()()()()()()()()()

 

〈ライダータイム!〉

 

 ライダーの文字だけ飛ばし、背後の時計が分解される。

 砕けた時計はソウゴの周囲を取り囲みながら回転するリングへと再構成。

 次の瞬間、リングに囲まれたソウゴの体は全くの別物に変身していた。

 

 黒いボディ。胴を覆う時計のベルトを連想するような装甲。

 そして時計そのもののような頭部。

 最初に時計から飛ばされたライダーの文字が戻ってきて、最後にその頭部の目に収まった。

 

〈仮面ライダー! ジオウ!〉

 

 拳を握り締める。足を踏み締める。全身に力を漲らせる。

 自分が変わった。全身から迸るパワーがそれを十全に伝えてくれる。

 己の体を確かめながら昂揚する意識で世界へと向き合うソウゴ。

 

「これなら……!」

「祝え――――!」

 

 と、後ろにいたはずのウォズがいつの間にか前に立っていた。

 片腕で本を抱えたまま、ジオウと化したソウゴの家臣として彼の変身を祝福している。

 

「全ライダーの力を受け継ぎ、時空を越え過去と未来をしろしめす時の王者!

 その名も仮面ライダージオウ―――まさに生誕の瞬間である!!」

 

 そう言いながら自らの腕を振り上げて、背後にいる彼の姿を大仰なまでに示すウォズ

 ただ、更に後ろで彼を見ていた者たちの反応は芳しくなかった。

 

「誰よ、あいつ……一体どこから……」

「爆発の時もカルデアにいた人ですけど……」

「あんな奴、わたしのカルデアのスタッフにはいないわよ……!」

『確かに……彼は事故現場にいました。ただ、ボクにも心当たりは……』

 

 どうやら突然この修羅場に湧いて出た彼自身の存在の方が注目を集めたようだった。

 不本意だという表情を全力で浮かべたウォズの背中にソウゴが声をかける。

 

「ウォズの方が注目されてるね?」

「……こんなはずでは―――!」

 

 やたらと困惑して手元の本を開き、頁をめくるウォズ。

 そんな彼から視線を外し、とりあえず。

 

「これなら、いける気がする!」

 

 ジオウが溢れる力のまま、セイバーに向けて駆けだした。

 

 目の前の光景に興味があったのかなかったのか、セイバーの対応は迅速だった。

 彼女が横薙ぎに払う黒い聖剣。その刀身から噴き出す黒い魔力の渦。

 嵐の如く立ちはだかるその壁を、ジオウのボディが()()()()()()()()()

 その姿を前にしたセイバーの眼光が僅かに鋭くなった。

 

 魔力の嵐が吹き荒ぶ100mを5秒で走破し、セイバーを目掛けて拳を繰り出す。

 ジオウの拳とそれを目掛けて振り上げられる黒い聖剣が衝突した。

 魔力と火花の弾け飛ぶ衝突の中、当人たちが小さく言葉を交わす。

 

「―――世迷言、ではないようだ」

「でしょ?」

 

 ジオウの拳を覆うグローブ、ジオウリープハンドにより増大したパンチ力。

 それはけして魔力の怪物たるこのセイバーのサーヴァントにさえ劣らない。

 

 魔力の壁だけでは阻めない超威力のパンチ。

 何度なくそれを繰り出し、セイバーへと叩き込もうと振るい続ける。

 剣と拳が打ち合えると言うのなら、手数で優る拳がいずれ勝つだろう。

 

 ―――その相手が、セイバーのサーヴァントでなければの話だが。

 

 来たる拳を剣の腹でいなし、胴体に蹴りを見舞う。

 僅かに体勢を崩したジオウの腹に魔力を漲らせた聖剣の横薙ぎが直撃した。

 盛大に火花を撒き散らしながら後方に吹き飛ばされるジオウ。

 

(―――斬れん、か)

 

 セイバーが聖剣の柄に乗せた指を微かに動かし、その手応えに目を細める。

 

 今のはサーヴァントでさえ十分に両断が可能な一撃だったはず。

 この聖杯戦争に呼ばれていたバーサーカー相手ですら今の一撃ならば痛打となった筈だ。

 だというのにジオウは火花を散らしただけ。まるで斬れるという手応えを感じない。

 

 ジオウの全身を覆うアジャストライクスーツが、攻撃の接触と同時に硬化したためだ。

 平成ライダー最先端技術により形成されるこのスーツの物理的な破壊は困難極まる。

 実質的な攻略法は許容を超えるダメージによる変身解除以外にないだろう。

 

「っ、たた……! やっぱ剣相手に素手は厳しいよね。こっちにも剣があればいいのに……」

 

 蹈鞴を踏んだジオウが体勢を立て直しながらそう呟く。

 するとジクウドライバーが発光し、その光が目前にジオウの武器を生成した。

 横に『ケン』とそのまま書いてある、分かり易いほどに直剣な武装。

 

〈ジカンギレード! ケン!〉

 

「ホントに出た!」

 

 嬉しげにその剣を手に取って、ジオウは再びセイバーへと躍り掛かった。

 字換銃剣と聖剣の刃が衝突する。火花を咲かせながら幾度となく交錯する両者の刃。

 

 セイバーの立ち回りはまさに要塞が如く。ジオウの攻撃は全て弾かれ、僅かな隙に逆に撃ち込んでくる。

 あらゆる攻撃に応対してくるセイバーを打ち崩すため、何度となく立ち位置を変えながら斬りかかるジオウ。

 だが剣士として呼ばれた者の剣技を打ち崩せるほどの技量は、今のソウゴにはない。

 

 ソウゴには天性の戦闘センスがあるというならば、セイバーもまたそれを持っている。

 彼女はその力で戦い抜いたが故に英雄として名を馳せ、今この場に立っているのだ。

 

 ジカンギレードの剣閃を逸らしたセイバーの返す刃。

 斬り上げる聖剣の閃きが、再びジオウの胴体へと直撃した。

 盛大に吹き飛ばされるジオウ。その瞬間に―――

 

「今!」

 

〈ジュウ!〉

 

 彼の手にした剣が銃へと変形していた。

 今の攻防による結果、彼はただ吹き飛ばされたのではない。

 剣を振り抜いた姿勢の彼女にその銃口を向けるため、射線を取れる角度でセイバーに吹き飛ばさせた、なのだと。誘導されたことになるセイバーは思わず息を呑む。

 

 瞬間、連続して響く銃声。

 ギレードマズルから射出された弾丸が、その狙いを過たずセイバーに向けて殺到する。

 銃撃の嵐を前に眉を顰めるセイバー。

 

 されど彼女は剣の英霊。

 振り抜いた剣を無理矢理に引き戻し、迫りくる弾丸を剣撃をもって迎撃する。

 

 無視しても鎧で弾ける軌道のそれは見過ごし、命に届き得るものだけを優先して切り払う。

 弾かれなかった弾丸は鎧に傷をつけながら、しかし鎧の曲面に弾道を流され逸れていく。

 全ての弾丸を捌き切り、彼女は結果的に銃撃の雨をほぼ無傷で凌いだと言っていい。

 

〈タイムチャージ! 5! 4!〉

 

 だが吹き飛ぶことで距離を開けたジオウの攻撃はそこで終わらない。

 彼の手はジュウモードの必殺技起動装置、ギレードリューズを押し込んでいた。

 タイムカウントと共に徐々に充填されていく銃撃のエネルギー。

 

 それが通常の攻撃以上の威力を持つなど、言われずとも理解できるだろう。

 だが武装そのものが大声でカウントダウンしているならば、攻撃のタイミングはよく分かる。

 5秒もあれば迎撃のための猶予は必要十分。

 今からでは真名解放は間に合わずとも、先にそうしたように卑王鉄槌で薙ぎ払える。

 

 銃撃を切り払ったままに剣を振り上げ、魔力を噴き上げる騎士王。

 

〈3! 2!〉

 

卑王(ヴォーティ)……!」

 

 そうして構えられた聖剣を突如、横合いから灼熱の熱波が薙ぎ払った。

 対魔力を有する彼女にはほぼ通らない。

 だがほんの僅かに抜けてきた熱を浴びながら、思わずその熱源に視線を向けるセイバー。

 そこには、とうに限界だろうに不敵に笑うキャスターがいた。

 

「――――キャスター……ッ!」

「悪いなセイバー。これでもサーヴァントとしての矜持はそこそこあるつもりでな。

 マスターばっか戦わせてたら、情けないにも程があるって話だ……!」

 

 既に聖剣の光を塞き止めるのに魔力を使い果たしていたキャスターの横槍。

 それはほんの僅か、聖剣に魔力を積み上げる事が遅れる程度の被害。

 だがそれこそが、ジオウを止める事が出来ないという最高の結果を引き寄せる。

 

〈1! ゼロタイム!!〉

 

「いっけぇえええ!!」

 

〈スレスレ撃ち!!〉

 

 先程の弾丸を凌駕するエネルギーが、その瞬間に銃口から溢れだした。

 

 剣で払い切れる量ではない怒涛の銃撃。

 だがセイバーはキャスターから視線を戻してその攻撃に対して正面から向かい合う。

 聖杯より体に流れ込む無尽蔵の魔力を解放し、彼女は迎撃を開始した。

 

 着弾までの僅かな間に放った魔力を載せた剣撃。

 それを凌駕する銃口から放たれた圧倒的なエネルギーの奔流。

 魔力放出による壁も、聖剣での迎撃も。

 ど真ん中から撃ち貫いていく正面突破の一撃。

 

 ―――止めきれなかった弾丸が彼女の体を直撃する。

 

 初めて彼女が後ろに吹き飛ばされるカタチで、その侵攻を阻止された。

 セイバーは背後の岩壁まで弾幕に押し飛ばされ衝突し、瓦礫と粉塵を巻き上げる。

 

「やった、の……?」

 

 マシュの治療を行っていたオルガマリーの声。

 彼女の治療のおかげか、マシュは何とか体を起こせる程度に回復しているようだ。

 

「いや……()()()()、だと思う」

 

 彼女の希望的観測に対して、ソウゴは己の直感に従って否定を示す。

 

 ―――その次の瞬間。

 瓦礫と粉塵を蒸発させながら、黒い魔力の柱がそこに立ち上った。

 

 誰もが理解する。

 それが、それこそが“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”であると。

 そして同時、ソウゴはこの決戦にどう決着をつけるべきなのかを何となく理解した。

 

「立香! マシュ! ちょっと手伝って! 俺じゃあれ止められなさそう!」

 

 すぐさま倒れたマシュたちに走り寄って声をかけるジオウ。

 ぎょっとした顔のマシュが立香の手を弱々しく掴む。

 

「ちょっと……マシュはまだ宝具の解放も出来ないのよ!? あのセイバーの宝具なんて止められるわけがないわ! 魔力の充填を今すぐあなたが止めに行けば―――!」

「あの一撃は()()()()()()気がする。だから、俺じゃ止められない。

 多分、マシュにしか止められない」

「で、ですがわたしには真名を解放した聖剣どころか……ただの魔力放出さえ止め切れませんでした……ここでわたしが前に出ても……ただ、負けてしまうだけで」

 

 そう言って視線を下に落とすマシュ。

 ―――彼女にサーヴァントとしてキャスターが声をかけようとして、しかしマスターである藤丸立香の目に止められた。肩を小さく竦め、口を閉じるキャスター。

 

 そんな自分のサーヴァントの手を握り返しながら、立香は声を張り上げた。

 

「ただ負けるだけなんて、そんな事ないよマシュ。

 だってマシュは、あのアーサー王にだって勝ったじゃない!」

「……え、それはどのような。今もわたしは、セイバーの攻撃でこうして……」

「マシュの仕事は私を護ること! あっちはあんなに凄い攻撃バンバン出してきたのに、私は今こうしてピンピンしてる。実質マシュの勝ちでしょ!

 ううん、誰が認めなくても私の判定ではマシュの勝ち!」

「そ、それは流石にどうでしょう! 誤魔化すにもほどがあるような!」

 

 抗議に顔を上げたマシュの頭を、立香が抱きしめる。

 その行動にどう反応を返せばいいのか、マシュが当惑しておろおろと。

 

「え、そ、その、マスター……?」

「マシュは勝ち負けになんて拘らなくていいよ。私が一緒にいれば、誰相手にだってマシュの勝ちだって言い張ってあげるから。

 ―――だから、()()()()()()。前に行く時は私が先に歩くから、マシュは私みたいな力になれないへっぽこマスターを護ってあげて」

「あ……」

 

 ぐいと自分も立ち上りながら、マシュを引っ張り上げて立たせてみせる。

 その視線はマシュを治療していた姿勢のまま固まってる所長に向いていた。

 

「所長!」

「な、なによ……!?」

「マシュの宝具に名前を下さい!」

「名前……?」

 

 困惑するオルガマリー。

 たとえマシュが知らないとしても、これは既にサーヴァントの宝具だ。

 正しい名前がもうあって、他の名前なんて何の意味もないだろう。

 だが、立香の顔は本気のそれだった。

 

「マシュの中のサーヴァントも、宝具も、名前が分からないから呼べないっていうのなら。とりあえず名前をつけて呼びかけてみれば変わるかもしれないし、違うなら違うって言ってくれるかもしれない。カルデアのサーヴァントとしてマシュが構える初めての宝具なんだから、そこは一番偉い所長につけてもらわないと!」

「な、なによその理屈―――!? そんな簡単にできることだと思って―――!」

「それとも所長にはマシュの中の人に怒られそうな変な名前をつけるセンスしかないんですか!」

「何の話よ!? ……っ、ならカルデアよ! いえ、人理保障機関が掲げるに相応しい名なら“カルデアス”ね! 霊基の起動をさせる呪文として、と言うなら“ロード・カルデアス”!

 ほら、どう!? これでいいでしょう!!」

「よし決まった! 行こう、マシュ!」

「ちょっ!?」

 

 マシュの手を引いて、そのまま立香が走り出す。

 思わず無抵抗について行ってしまうが、マシュとしては何とか彼女を止めねばならない。

 彼女を引き留めるために足に力を入れ直す。

 

「ま、待ってください先輩! セイバーの宝具に立ち向うにしても、わたし一人で行きます!

 マスターはわたしの後ろに退避していてください!」

「大丈夫! マシュが護ってくれるから!

 ……マシュは凄いよ。いきなりこんなところに来ちゃって、何もできない私をずっと助けてくれて。だからどんな相手だって私はマシュが護ってくれる事を疑ったりなんてしない。マシュが私を守れないかも、なんて怯える必要はない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 きょとん、と。彼女の言葉にマシュの顔から恐怖も困惑も全部が吹っ飛んだ。

 見える立香の横顔はいっそ得意気ですらある。

 

 いろいろ言いたいこと、感じたこと。いっぱいある。

 恐怖だって一回吹っ飛ばせたけど、まだまだどんどん湧いてくる。

 けれど、それ以上に今。

 

「―――はい。マシュ・キリエライト、マスターを騎士王の聖剣からも必ずお守りします!」

 

 ―――彼女を護るための勇気で、胸がいっぱいに満たされた。

 

 黒い膨大な魔力の柱が集束し、やがてその中から剣を構えた騎士王の姿が露わになった。

 全ての魔力は聖剣の刀身に圧縮されている。今から振り下ろされる一撃は、先にウィッカーマンを消し飛ばしたあの一撃すら凌駕するだろう。

 

「顔つきが変わったな。試すに足る、と改めて判断しよう。

 ―――遅くなったがこの一撃を以って貴様の真価を見極めるとしよう。盾のサーヴァント」

「……マスター、わたしが倒れないように支えてくれますか?」

「うん!」

 

 マシュが立香の前に立ち、そして彼女の背にマスターの手が置かれる。

 背負ったものを認識し、サーヴァントの表情が変わる。

 そしてそれを見届けた騎士王が己が聖剣を振り下ろした。

 

「受けるがいい、“約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)”――――――!!!」

「敵サーヴァント宝具、来ます――――!」

 

 溢れる黒い魔力の濁流。全てを呑み込む極光は一瞬の内にマシュの構えた盾へと辿り着いた。

 極光は盾を突破できずに弾かれて、周囲を蹂躙しながら飛散する。

 だが一瞬だけで終わるはずもなく、光の奔流は徐々に勢いを増していく。

 

 全身が軋む。オルガマリーにより治療された傷が一気に開く。

 

「ぐ、……ぅぁ……っ!」

 

 体が引き裂かれるような痛み。

 本当に引き裂かれるような痛みだけか? もう引き裂かれてバラバラになっているのでは? そんな恐怖が止まらない。だが、背中に感じる温かさが、自分の心を支えてくれている。

 

「マシュ――――!」

「は、い……!」

 

 今日と言う日に色んな事がいっぱいあった。

 ほんの1日のはずなのに、カルデアという環境で見たこと、聞いたことに負けないくらい。

 

 だから、正直に言おう。守りたいと思った。

 よく知りもしない()を初めて感じさせる人に出会って、初めて守りたいと思った。

 自分はそのためのものなのだという事に、胸を張れると知った。

 だから、自分を()()に連れてきてくれた人たちに感謝して、与えてくれた―――

 

 ――――わたしの盾の名を呼ぼう!

 

「宝具、展開……! “擬似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”―――――ッ!!!」

 

 余波でさえ凶器足り得る聖剣の光。それらが全て、彼女の背後から消え去った。

 絶対に通さない、守り抜いてみせる。そうと心に決めた少女の覚悟。

 それが今、光の盾と化して最強の聖剣さえも凌駕した。

 漆黒の光は盾へと激突し続けるが、揺るがす事さえ出来ずに四散していく。

 

「――――自明、か。だが」

 

 それでも騎士王の聖剣が放つ光に衰えはない。

 漆黒に塗り潰された光ながらも、けしてそこに邪悪はない。

 ただただ迸る光の勢いが増し続ける。

 

 余裕など生まれるはずもなく、セイバーの攻撃は苛烈なまでに威力を増し続ける。

 正面から受け止めていられるのはこの光の盾があるからだ。

 これを支え続ける腕も、足も、既に限界なんて超えている。

 ただ背中を支えてくれる手だけが、今マシュが立っていられる理由なのだ。

 

「マシュ……!」

「は、い……なん、でしょう、マスター……!」

「えっと。勝って……違う。負けないで、も違う。―――うん」

「は、はい……?」

 

 彼女の手が背中から離れて盾を持つ手に添えられた。

 驚いて彼女の方を見ると、にこりと笑って前を見る。

 

()()()、マシュ!」

 

 そう言って彼女の手の甲が光る。令呪の輝き。

 既に底を割っていた体力が戻ってくる感覚。

 その感覚と、支えてくれる彼女の暖かさに、マシュもまた前を見た。

 

「はい!!!」

 

 盾を前へと強引に押し込む。光の斬撃ごと押し返す限界以上のパワープレイ。

 騎士王の目が驚愕に見開かれる。

 寄せ来る魔力の津波をそっくりそのまま全部押し返すように、盾を思い切りスイングした。

 

「やぁあああああああッ!!!」

 

 寄せ来る光の斬撃と跳ね返る光の濁流が衝突した。

 マシュの背後から先以外のあらゆる場所に光が飛散し破壊が齎され、大地が捲れ上がり、壁が裂けて、天蓋が崩れ落ち始める。

 そして遂には逆流する聖剣の破壊力に騎士王さえも体勢を崩し、聖剣の放出が消えた。

 

「やってくれる……!」

 

 よろめきながら、僅かに喜色が混じったような、しかし尖った声。

 

 そしてこの瞬間こそを待っていた。

 この瞬間こそがこちらが聖剣を越えて相手の咽喉元まで斬り込める唯一の隙。

 

 ジオウの手がドライバーにセットされたジオウウォッチを分離させる。

 そのウォッチの行先は、ジカンギレードの装填口。

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

 その音で気付いたセイバーが立て直そうと構え、迫る敵影の纏うエネルギーに目を見開いた。

 ジオウの手にあるジカンギレードの発する力は先程までの比ではない。

 

 騎士王とてあれは宝具以外では受け止めきれまい。

 足場は崩壊、周囲は先に氾濫したエクスカリバーの魔力で未だに爆砕が続いている。

 聖剣を振るうための状況が確保できない。

 

「小癪な――――! だが!!」

 

 それでもなお、彼女は黒き聖剣を振り上げた。

 そしてただそれだけで物理的な破壊を伴う圧倒的なまでの魔力放出。

 上へと立ち上っていく魔力のブーストが、彼女を()()()()()()()()()

 

 捲れあがった岩盤を踏み砕く。暴れ狂う瓦礫を蒸発させる。

 安定した足場でないと言うのなら、それを全て押し潰して自分の足で均せばいい。

 自ら発動条件を整えたセイバーの魔力がすぐに聖剣の起動へと回される。

 どれほどの悪環境に押し出されようと、それを斬り開いてこその剣の英霊。

 

「“約束された(エクスカリバー)―――――!!」

 

 目の前に再び黒い壁と見紛う魔力の柱が立ち上がる。

 それが振り下ろされれば、如何なジオウの装甲であろうと耐えられる保証はない。

 

 だがそれでももう彼は止まらない。

 その絶体絶命を斬り開くのが剣の英霊だというのなら。

 この絶体絶命から勝利に至るのが()()()()()()なのだから。

 

 ジオウの体が全力で稼働し、セイバーまでの距離を一息に詰め切った。

 

 ジカンギレードのトリガーを引き絞る。

 魔力の満ちた聖剣が振り下ろされる。

 

勝利の(モルガ)―――――!」

 

〈ジオウ! ギリギリスラッシュ!!〉

 

「おりゃあああああッ!!」

 

 ―――斬り抜く一閃。

 

 ライドウォッチのエネルギーを破壊力に転化して、光の刀身を形成した斬撃。

 それが僅か一瞬だけ速く、彼女の体へと斬り込んだ。

 

 ―――そしてその一撃こそが、黒きアーサー王の霊核を両断していた。

 

 

 



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ロード・カルデアス2015

 

 

 

 黒き騎士王。その体が端から魔力に還っていく。

 そんな中、一瞬だけ彼女の口元が自嘲するかのように小さく歪んだ。

 

「―――聖杯を守り通す気でいたが、己が執着に傾いたあげくの敗北。

 結局。どう運命が変わろうと、私ひとりでは同じ末路を迎えるという事か」

「あ? どういう意味だそりゃあ。結局のところ、テメェは何を知ってるわけだ?」

 

 腰を落としたまま、キャスターが消えかけのセイバーに問いかける。

 敗者となったセイバーは顔を無表情へと戻した。

 そしてただ一つ、彼女が語るべき言葉だと感じていることのみを語る。

 

「いずれ貴公も知るだろう。ケルトの戦士、アイルランドの光の御子よ。

 ()()()()()()()()。―――聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだという事をな」

 

 セイバーの体のほつれは止まらない。

 問い詰めようとするキャスターを後目に、ただ彼女は自身の消失を前に瞑目した。

 彼女の体はやがてただの魔力の残滓でしかなくなり―――

 そのまま、虚空に混じって消え失せてしまった。

 

 ―――ただ、彼女の消えた場所には何か光る物体が残されている。

 

「一体どういう―――あん?」

 

 そしてキャスターもまた同じように。

 体の端から空気に溶けるように、光の粒子に還り始めた。

 彼はそれを見て仕方なさそうに頭を掻き回す。

 

「ここで強制帰還かよ……チッ、納得いかねえがしょうがねえ。

 坊主、後は任せたぜ。次があったらランサーで頼んだぜ」

「それって選べるものなのかな」

 

 そんなソウゴの間抜けな返答を聞いて笑いながら、キャスターの姿は消えていった。

 

「セイバー、キャスター、共に消滅を確認しました。

 ……わたしたちの勝利、なのでしょうか?」

 

 死闘の後に残った静寂。

 そのギャップに困惑するようにマシュが疑問の声をあげた。

 

『ああ、よくやってくれたマシュ、藤丸立香、常磐ソウゴ!

 所長もさぞ喜んでくれて……あれ、所長は?』

 

 言われていなくなっている事に気付き、辺りを見回す。

 するとオルガマリーの姿はセイバーが消失した場所に向かっていた。

 

「……冠位指定(グランドオーダー)。あのサーヴァントがどうしてその呼称を……?」

『マリー。特異点の原因となる現象の排除が終わったんだ。

 トップであるキミの口から終わりを告げなきゃ、彼らだって休めないよ』

「え……? そ、うね。よくやったわ、藤丸立香。それにマシュ。

 あと常磐ソウゴ―――いえ。ところで何の冗談なの、それは」

 

 終わった、と。気を抜いていたはずの彼女の顔がまた渋くなる。

 その目の先にいるのは常盤ソウゴ―――仮面ライダージオウだ。

 

 ジオウが首を傾げながら自分の事を指さした。

 

「え、俺? 何が?」

「そのサーヴァントとの戦闘に耐える戦闘服? みたいなのは何なのです、と訊いているのです! そもそもあなたが持っていたあの銃器も、明らかに一般人の所有物ではないでしょう! よくよく考えれば、おかしなところだらけじゃない!」

「うーん、でも俺もよく知らないし。ウォズ、これなに?」

 

 言いながらジオウが振り返る。

 だがそこには既にコートの男、ウォズの姿はなかった。やはり神出鬼没らしい。

 視線を巡らせて周囲を一通り見回して、その姿が完全に消失していることを確認する。

 

「……また消えてる」

「そうよ、あの男も何なのよ……! 事件直後にカルデアの内部に侵入していた、という話じゃない……! もしかしてこの事故自体、その男が仕組んだものなんじゃないの……!? あなた、あの男と面識があるみたいだけど、あなたもこの事件に関与しているわけじゃないでしょうね!?」

『落ち着いてくれオルガマリー。彼はこの特異点解決の功労者の一人だ。

 仮に取調べを行うにしても、それはそこでじゃない。全ては帰還してからの話だ』

「ええ、ええ、そうね。分かってるわ……そんな事は分かってる……!」

 

 落ち着いた結果、別の要因で頭に血が上ったのか。

 オルガマリーはこめかみを押さえながら、声の上擦りを抑えていく。

 

「……不明な点は山積みですが、ここでミッションは終了とします。

 まずはセイバーが消滅した地点にある謎の水晶体の回収を。恐らくあれがセイバーが異常をきたした理由……この特異点の発生源になっていた理由と思われます」

「はい、至急回収を―――な!?」

 

 所長の指示に従い回収にかかろうとしたマシュが驚愕した。

 セイバーの所持していただろう水晶体が、ふわりとひとりでに浮遊していたのだ。

 

 いや。洞窟の奥から歩いてくる何者かの影がある。

 それに引き寄せられていくというならば、それはその者の意図に他ならない。

 下手人はゆっくりと洞窟の奥から姿を現してみせた。

 

「いや、まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ。

 ……まったく。一人は見込みのない子供だからと善意で見逃してあげた私の失態。もう一人はきっちり現場に送ったというのに生還する始末―――ふん、どちらにせよ私の失態か」

 

 水晶体はゆっくりと、新たに現れた男の手の中に納まった。

 機械的、魔術的、両面から現代最先端技術の粋の施設たるカルデア。

 そんな中で唯一、()()()()()()()()()()()()()魔術師然としたまま歩いていた男。

 

「レフ、教授……!?」

『レフ―――!? レフ教授だって!? 彼がそこにいるのか!?』

 

 通信を聞いたレフが、いつも通りの柔和な表情で帽子を上げる。

 だがその口が発する声はまるでどうしようもなく呆れているかのような様子で―――

 

「うん? その声はロマニ君かな? 君も生き残ってしまったのか。すぐに管制室に来てほしいと言ったのに、私の指示を聞かなかったんだね。まったく―――」

 

 ―――しかしその瞬間、一気に別物に切り替わる。

 

「どいつもこいつも統率のとれていないクズばかりで吐き気が止まらないな。

 人間というものはどうしてこう、こちらが善意で定めてやった運命からズレたがるんだい?」

 

 全てを唾棄するかの如く、怨念染みた感情で構成された言葉。

 今までの彼は全て演技なのだったと、そう思わざるを得ないほどの悪感情がそこにあった。

 周囲に一気に緊張感が走る。

 

 知り合いが訪ねてきたのではない。

 ―――新たな敵が現れたのだと理解する。

 

「マスター、下がってください―――!

 あの人は危険です……あれは、わたしたちの知っているレフ教授ではありません!」

 

 マシュが立香を庇い、しかしそれでは彼女の歩みを止められなかった。

 

「レフ……ああ、レフ、レフ、生きていたのねレフ! 良かった、あなたがいなくなったらわたし……! この先どうやってカルデアを守ればいいか分からなかった!」

「所長……! いけません、その男は……!」

 

 彼女は踏破してしまった。

 魔力の大嵐が暴れ狂った後の道なき道でも、彼女の性能なら舗装された道と変わりない。

 そうしてオルガマリーは突如現れたレフに縋るためにそこに辿り着き――――

 

「やあオルガ。元気そうでなによりだ。君もたいへんだったようだね」

「ええ、ええ! そうなのレフ! 管制室は突然爆発するし、予定外のレイシフトには巻き込まれるし、この街は廃墟そのものだし、カルデアには帰れないし!

 予想外の事ばかりで頭がどうにかなったみたいだったわ! でも、あなたがいれば何とかなるでしょう? だって今までそうだったもの。今回だってわたしを助けてくれるのよね?」

 

 ―――そうして。

 彼女にとっての最悪の事実を悪魔染みた彼の口から語り聞かされる、という結末に着地する。

 

「ああ。もちろんだとも。本当に予想外のことばかりで頭にくる。その中でもっとも予想外なのが君だよ、オルガ。爆弾は君の足下に設置したのに、まさか生きているなんて」

 

 レフ・ライノールの目が見開かれる。その瞳の中にある感情が制御の利かぬ怒りである、と。

 彼の目を覗いたオルガマリーには余す事なく伝わってきた。

 けれどそれはおかしい。レフはそんな風に感情を表に出す人間ではないのに。

 

「――――、え? ……レ、レフ? あの、それ、どういう、意味?」

「いや。生きている、というのは違うな。君はもう死んでいる。肉体は既にね。トリスメギストスはご丁寧にも死後の残留思念になった今の君を、この土地に転移させてしまっていたんだ。ほら、君は生前レイシフトの適性がないことに悩んでいただろう? 適性の無い肉体はレイシフトには耐えられない。肉体を保持したままでは転移ができない。

 わかるかな? 君は死んだ事ではじめて、切望していたレイシフトの適性を手に入れたんだよ。肉体を失った君はそんなことを考慮する必要がなくなった。だからカルデアにも戻れない。だってカルデアに戻った時点で死者である君のその意識は消滅するんだから」

「え……え? 消滅って、わたしが……? ちょっと待ってよ……カルデアに、戻れない?」

 

 オルガマリーが自分の頭を押さえながら体をふらつかせる。

 だがレフは彼女の腕をゆっくりと掴み、まるでいつも彼女にそうするように優しく微笑む。

 

「そうだとも。だがそれではあまりにも哀れだ。君にはもうカルデアの現在を知る術がない。

 だから特別に用意したとも。生涯をカルデアに捧げた君のために。せめて今のカルデアがどうなっているか知ることのできる特等席をね」

 

 そう言って手にした水晶体、聖杯を掲げるレフ。

 二人の近くの空間が捩れるように穴を開け、その先にカルデア管制室の光景を映した。

 

 そこにあるのは地球環境モデル、カルデアス。

 地球そのものに魂があると仮定し、その魂を転写する事で作り出された擬似天体。

 人の目が届く小さな地球の姿。

 

 ―――その姿がいま、本来とはまるで違う様相を呈していた。

 

「な……なによあれ。カルデアスが真っ赤に……? 嘘、よね?

 あれ、ただの虚像でしょう、レフ?」

「本物だよ。君のために時空を繋げてあげたんだ。ただ、聖杯があればこんな事もできる、という実演をしてみせているだけさ。

 さあ……その目に刻むがいいアニムスフィアの末裔、オルガマリー。あれこそおまえたちの愚行の末路だ。どうだい、人類の生存を示す青色は一片もないだろう?

 ―――あるのは燃え盛る赤色だけ。あれが今回のミッションが引き起こした結果なのだよ」

 

 その惑星には最早、自分たちの知る地球の面影すら感じることはできなかった。

 ただ赤く染まった地獄の様相。そこに命が活動しているはずはない。

 湧くのは地獄というものがあるならばこれのことを言うのだろうという漠然とした恐怖だけ。

 

 レフがオルガマリーを引き寄せて、彼女の知る彼とは似ても似つかぬ醜悪な表情で嗤う。

 

「良かったねぇマリー? 今回もまた、君のいたらなさがとりわけ甚大な失敗を招きこんだ。それが今度こそ、世界を滅ぼす悲劇を呼び起こしたというワケだ!」

「ふざ―――ふざけないで! わたしの責任じゃない、わたしは失敗していない、わたしは死んでなんかいない…!

 アンタ、どこの誰なのよ!? わたしのカルデアスに何をしたっていうのよぉ……!」

 

 自分の腕を握る彼の手を振りほどくべく、体を揺すりながら相手を叩く。

 それに何の痛痒も受けていないように、まるで苦笑のような憎悪を彼は呟く。

 

「アレは君のものではない。まったく―――最期まで耳障りな小娘だったなぁ、君は」

 

 ガクン、とオルガマリーの体が何かに引きずられ、宙に浮き始める。

 それでも彼女がこの場に支えられているのは、レフが彼女の腕を握っているからだ。

 

「なっ、なに……体が、何かに引っ張られて―――」

「言っただろう? ()()はいまカルデアに繋がっていると。

 このまま殺すのは簡単だが、それではあまりにも芸がない。最後に君の望みを叶えてあげよう。()()()()とやらに触れるといい。

 なに、感謝はいらないよ。私からの最期の慈悲だと思ってくれたまえ」

 

「ちょ―――なに言ってるの、レフ? わたしの宝物って……カルデアスの、こと?

 や、止めて……! お願い……! だってカルデアスよ? 高密度の情報体よ? 次元が異なる領域、なのよ……?」

「ああ。ブラックホールと何も変わらない。それとも太陽かな? まあどちらにせよ。人間が触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。遠慮なく、生きたまま無限の死を味わいたまえ」

 

 そう言ってレフの手がオルガマリーの腕を放した。

 今度は逆に、彼女の手が必死にレフの腕に縋りつく。

 

「いや―――! いや、いや、助けて、誰か助けて! わた、わたし、こんなところで死にたくない! だってまだ褒められてない……! 誰も、わたしを認めてくれていないじゃない……!

 どうして!? どうしてこんなコトばっかりなの!? 誰もわたしを評価してくれなかった! みんなわたしを嫌っていた!」

 

 彼女の慟哭。それに何を感じるでもない、と。

 レフは鬱陶しげに顔を顰めたまま、自分の腕を掴む彼女の腕を引き剥がす。

 指が離れ、遂に彼女はカルデアスの引力に完全に捕まった。

 

「やだ、やめて、いやいやいやいやいやいやいやいや……! だってまだ何もしていない! 生まれてからずっと……! ただの一度も、誰にも認めてもらえなかったのにぃ―――――!!」

 

 惑星の引力が彼女を引き寄せる。

 果てへと消える彼女を微笑みながら見送ろうとしたレフ。

 

 その横を―――しかし、一台のバイクが過ぎ去っていく。

 己の隣を通り過ぎたその姿に、レフが小さく眉根を寄せた。

 

 地球の引力を振り切りながら、彼女の腕を捕まえる。

 そのまま時空の歪みの範囲の外まで走り抜けた彼は、バイクを停止させた。

 仮面の奥の顔がレフ・ライノールへと向き直る。

 

 その手に掴まれたオルガマリーの蚊の鳴くような小さな声が、彼の名を呼んだ。

 

「……常磐、ソウゴ……」

 

 そんな。

 用意したものとは違う顛末を見届けたレフが、忌々しげにそれを見る。

 

「そのような装備もあったか。やれやれ、さっさと投げ込んでしまうべきだったかな。

 いや、そもそもこんな()()をせず、さっさと彼女の頭を潰せばよかっただけか。

 ああ、想定外の連続でよほど頭に血が上っていたらしい。

 君のおかげで少し落ち着いたよ、お礼を言っておくべきかな。常磐ソウゴ」

「じゃあそれで道案内の借りを返した、って事でいいよ」

 

 バイクを降りると、それがライドウォッチとなって手元に戻る。

 それを腕のホルダーに装着し、彼はジカンギレードを出現させた。

 

「けど、あんたはもう同僚じゃないって事だよね」

「もちろん。だが無駄な事をしたものだ。

 言っただろう? 彼女の肉体はもう死んでいる。君たちがレイシフトから帰還する時、その途中で彼女という記憶の残滓は消滅する。

 そんな無駄な事などせず、もし君が彼女の事など無視してすれ違いざまに私を切り捨てていれば、君たちだけは助かったかもしれないというのに」

「―――あんたは知らないかもしれないけどさ……俺のカルデアでの仕事って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだよね。

 助けてって言われたんだから、助けるに決まってるじゃん」

「愚昧ここに極まれり、だな。既に彼女は死亡し、助けるといった行為に意味は生じない。

 言っても分からないようだ。まあ、私も愚者と死人にいつまでも煩わされる気はない」

 

 パン、と彼が一つ手を叩く。すると今までそこに生じていた時空の歪みが消失した。

 もうそこに赤く燃え盛るカルデアスは見られない。

 

「改めて自己紹介をしようか。私はレフ・ライノール・フラウロス。貴様たち人類を処理するために遣わされた、2015年担当者だ。

 通信で聞いているのだろう、ドクター・ロマニ? 共に魔道を研究した学友として、君に最後の忠告をしてやろう。

 カルデアはもう用済みになった。おまえたち人類という種は、既に滅んでいる」

『……レフ教授。いや、レフ・ライノール。

 それはどういう意味ですか。2017年が見えない事に関係があると?』

 

 ロマニの探るような声色。この状況で、出来うる限り情報を集めようという姿勢。

 その()()()()()()に鼻を鳴らし、彼は隠す事などないとばかりに答えを語りだした。

 

「既に関係のあるなしではない。もう終わったという事実の提示だ。

 未来が観測できなくなり、おまえたちは『未来が消失した』などとほざいたな。まさに希望的観測だ、楽観的にもほどがある。これは未来が消失したなどという話ではない。

 お前たちの未来などという害悪は既に焼却され、燃え尽きたのだ。カルデアスが深紅に染まった時点で結末は確定した。貴様たちの時代はもう存在しない。

 カルデアスの磁場で未だカルデアは守られているだろうが、その外はこの冬木と同じ末路を迎えているだろう」

『そうでしたか……外部と連絡がとれないのは通信の故障ではなく、そもそも受け取る相手が消え去っていたのですね』

 

 カルデアの外の消失。今この場にいる者、そしてカルデアに残るスタッフたち。

 それ以外のものは全て消失していると、現状とレフの言葉を合わせてロマニは確信していた。

 

 ならばその非現実的な事実を、ソウゴや立香が否定できる理由はない。

 ―――既に、自分の知っている全てが滅びているのだ。

 

「ふん、やはり貴様は賢しいな。真っ先に殺しておけなかったのが悔やまれる。

 だがそれも虚しい抵抗にしかならん。2017年が訪れぬまま人類が消失することは証明された。カルデア内の時間が2016年を過ぎれば、そこもこの宇宙から消滅する。もはや誰にも結末は変えられない。なぜならこれは人類史による人類の否定だからだ。

 おまえたちは進化の行き止まりで衰退するのでも、異種族との交戦の末に滅びるのでもない。自らの無意味さに! 自らの無能さ故に! 我らが王の寵愛を失ったが故に! 何の価値もない紙屑のように、跡形もなく燃え尽きるのさ!」

 

 彼の体が蠢動する。彼に秘められた何かが、この期に及んで叫びをあげている。

 そんな彼に対し、ジオウが拳を握りしめながら言葉を投げた。

 

「だったら人類を見捨てたっていう王様の代わりに、俺が人類を救う王様になる」

「―――――」

 

 レフの動きが止まる。その視線は確かにジオウを捉えていた。

 悪魔の如き何かに変容しつつあるレフ・ライノール・フラウロス。

 それを前にしても、ジオウの言葉には揺るぎはない。

 本当にこれこそが常磐ソウゴの正気なのだと示すように。

 

「―――――、ハ」

「俺は俺の民を見捨てない。俺は俺の民を守ってみせる。寵愛を失ったか何だか知らないけど、そんな事で俺の民を何してくれんだよ―――!」

「ハハ、ハハハハハハハハハハ――――――!!!」

 

 壊れたように笑い、最後の一線を越えようとしたレフが―――

 轟音と共に崩壊を始めた世界を見て静止する。

 

「……この特異点もそろそろ限界か。これでも忙しい身だ、私は先に帰らせてもらうとしよう。

 では、さらばだロマニ。そしてマシュと二人のマスター。それに―――オルガマリー。君たちはこのまま時空の裂け目に呑み込まれるがいい。

 よかったじゃないか、オルガ。地獄への道行に連れ合いが出来て」

 

 顔を作り直し、笑いながら姿が消えていくレフ・ライノール。

 今までそこに何もなかったかのようにあっさりと彼の姿は消え失せる。

 

 その直後。

 空間の捻じれに引き裂かれて、全方位余すことなくこの場所の瓦解が始まった。

 

「地下空洞が崩れます……! いえ、それ以前に空間が安定していません!」

『レイシフトによる帰還を実行中だ!

 でもゴメン、そっちの崩壊が早いかもしれない! それに―――』

 

 忙しなく動きが画面越しに伝わってくる中、ロマニの声に苦渋が混じる。

 それが誰を思っての事なのかなど、誰にでも分かる。

 ジオウに手を掴まれたまま悄然と座り込んでいるオルガマリー。

 

「その、所長の体がもうないっていうのは……」

『――――レフ・ライノールが彼女に精神的苦痛を与えるための虚言。そういう可能性もある。彼は明らかにマリーを自分に依存させ、それを突き放す事で……遊んでいた。

 だとすれば何の問題もない。そもそもレイシフトでそちらに送られたんだ。同じように帰還させる事は可能な筈さ。やってみせるよ。キミたち四人は問題なく帰還できる―――』

「……できないわ。分かっているでしょう、ロマニ」

 

 ジオウの手を振り払い、オルガマリーが立ち上がる。

 その視線は地を向いている。その声は震えを強引に抑え込んでいる。

 けれど、確かに立ち上がっていた。

 

「……わたしの帰還には失敗した、なんて。あなたの口から、帰還した彼らに告げる言葉じゃないでしょう。最初からそんな結果はありえない。わたしという記憶はここで消失する。だから、最初から帰還する予定があるのは三人だけ。

 …………っ、失敗は許さないわ、必ず成功させなさい」

『――――了解しました、所長』

「そもそも、わたしの体にレイシフト適性がないのは分かっていた。肉体があるままではレイシフトは不可能。故に、ここにあるのはわたしという人間の残滓。

 一片の反論の余地もない正論です。むしろ適性の有無に関わらず、物質的な肉体に縛られないものならばレイシフトさせる事が可能という実証にできるケースよ。人理に基づく霊体であるサーヴァントを武装とするという試みは、正しいものだったと証明されたと言っていい。

 ……レフ、レフ・ライノールが何を目的とした存在か分かりませんが、今後発生するだろう戦闘で……それが立証されているという事は、きっと助けになるはず――――!」

 

 震えながら立っていた彼女の膝が、またゆっくりと落ちていく。

 その彼女を、ジオウの手が支える。

 

『ああ、ああ。そうだとも、マリー。キミの父であるマリスビリーが提唱した説を、オルガマリー、キミが実証したんだ。これは他の誰でもない。人類最初のレイシフト被験者であるキミの残したものだ。

 ―――レフ・ライノールのいう人理の焼却なんてあってはならない。マリスビリーが残し、キミが受け継いだカルデアは、そんな未来を認めない。

 だからキミが率いたボクたちはそれを止めるんだ。大切なものを未来へと残していくために』

 

 ロマニが語る必死な声。

 それを聞いていたオルガマリーが、ジオウの腕を強く掴んだ。

 

「わたしの命令を聞くのが―――自分たちの仕事だってちゃんと、分かってるのよね……」

「うん」

「なら、命令するわ。常磐ソウゴ、藤丸立香、マシュ・キリエライト―――!

 未来焼却なんて認めない、わたしのカルデアがそんなものに利用されたなんて許さない……!

 取り戻してよわたしのカルデア(みらい)を……! せめてわたしが残したかったハズのものを……!」

 

 彼女の握力でジオウの装甲は揺るがない。

 だが、その強く握られた感覚だけは余す事なく伝わってきた。

 彼女は顔を上げない。声に涙を交えていても、それは絶対に見せられないと感じてる。

 

「約束する」

 

 どうしようもなく耐え切れず、オルガマリーの足が崩れ落ちる。

 それと同時に。周囲の崩落が完全に最高速に達した。

 完全にこの空洞の上にある山ごと決壊したのだろう。

 岩に土砂に、数えきれない礫が上から横から襲いかかってくる。

 

『くそ、もう少しなのに……!』

「―――藤丸、マシュ……」

 

 この崩落の轟音の中で、本当に小さな、所長の声。

 

「最期に見せてよ……わたしがあなたたちに、残せたもの……!」

 

 それでも、自分たちの()()()の声を聞き逃す事はなかった。

 この状況を打開する、レイシフトまでの時間を稼ぐための唯一の一手。

 マシュが盾を掲げる。聖剣を相手にして、魔力なんて残っていない。けれどそれを覆す。マスターの手に残された最後の令呪(リソース)

 

 二人の声が重なって、所長から授かった人理の盾の名が告げられた。

 

「――――“擬似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”―――――ッ!!!」

 

 あらゆる害悪から人理を守るために授かった盾、その名前。

 展開される光の盾は周囲の崩落から彼女たちを守りきり―――

 

 そして、その光の盾が消える頃にはそこには何も残っていなかった。

 

 

 



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それは、覇道を取り戻す物語

 

 

 

 目が覚める。頭がガンガン痛むが、それを無視して体を起こす。

 周囲を見回してみればどうやら保健室……医務室? そんな感じの部屋らしい。

 ほとんど同時に、向かいのベッドで立香も体を起こしていた。

 

「よーし、キミはずいぶん良い子でちゅねー。何か食べる? 木の実? それとも魚?」

 

 そんな声を近くのベッドに座った女性があげている。

 その手の中には何だか反抗したげな白い獣。フォウが収まっていた。

 わしゃわしゃとかき回され、心なしか消耗しているように見える。

 

「んー、ネコなのかリスなのかイマイチ不明だね。でもいっか、可愛いから!」

「フォーウ……ンキュ、キュウぅ……!」

 

 フォウの決死の脱出劇。その女性の腕を抜けてフォウは立香に突撃していく。

 それを視線で追ってこちらに目を向けた女性が、二人が起きたことに気付いた。

 

「ん? おっと、本命の目が覚めたね。よしよし、それでこそ主人公というヤツだ。

 おはよう、こんにちは、こんばんわ。藤丸立香、常磐ソウゴ。

 どうだい? 意識はしっかりしているかい? してる? してない?」

「ここは、どこ?」

「あんたは?」

 

 こちらの問いに驚いたかのようにのけ反る女性。

 

「何だって? 目を覚ましたらその目が眩むほどの絶世の美女がいて眩暈がする?

 わかるわかるすごくわかる。美しすぎてごめんね☆ それはそれとして慣れてほしい。

 質問の答えはここはカルデアの医務室、つまりロマニの生活エリアだ。

 そしてみんな気になる私の正体は、何を隠そうダ・ヴィンチちゃん。カルデアの協力者さ。

 というか召喚英霊第三号、みたいな? そんな感じ」

 

 女性は―――ダ・ヴィンチちゃんは、そう言って立ち上がった。

 彼女が腕を持ち上げて示すのはこの医務室の出口。

 そこから早く目的地に行くといい、とばかりにそちらを指していた。

 

「とにかくそういう話は後。

 キミたちを待っている人がいるんだから、早く管制室に行ってあげなさい」

「待ってる人……」

「そうそう。藤丸立香ちゃん、特にキミの大事な娘が待っているのさ。

 目を覚ましたらまず真っ先に探さなきゃ、主人公勘ってヤツが磨かれないぞぅ?」

「フォウ、フォウ―――!」

「ほら、そう思うとなんかこの子もそんな事を言ってる気がしてきただろう?

 フォウフォウ、さっさと立ち上がって抱きしめに行ってやれ~みたいな」

 

 立香を足場に跳び上がるフォウ。

 その突進の狙いがダ・ヴィンチちゃんであると、見ていた全員が理解した。

 しかし彼女は空舞う白いのをひょいとつまみ、そのままぽいとベッドの上にリリースする。

 どふぉーう。

 

「―――さあ、ここからはキミたちが中心になる物語だ。キミたちの判断こそが我々を救うだろう。人類を救いながら歴史に残らなかった数多無数の勇者たちと同じように。英雄ではなくただの人間として、星の行く末を定める戦いに挑む事こそがキミたちに与えられた役割だ。

 ……常磐ソウゴくんの方は、ちょっとそれが怪しいかな?」

 

 芝居がかった動作でそう言って、彼女は小さく訳知り顔で微笑んだ。

 

 

 

 

 

 ダ・ヴィンチちゃんに言われるがまま二人で管制室に辿り着く。

 炎に包まれた印象ばかりが焼付いた場所だったが、今や既にカルデアの心臓部としての機能がおおよそ復帰していた。そんな場所でマシュが二人を出迎えてくれる。

 

「おはようございます先輩、ソウゴさん。ご無事で何よりです」

「おはよう。ありがとう、マシュ」

 

 ソウゴもまたおはよー、とマシュに声をかけながら周囲を見回す。

 燃え続ける街並み、暗闇の洞窟と、気が滅入る空間ばかりを巡っていたからだろうか。

 むやみに青いこの空間に、何故だか安心すら覚えてしまう。

 

「お礼を言うのはわたしの方です。先輩がいてくれたので意識を保っていられました」

「コホン」

 

 立香とマシュが笑いあう中、ロマニが咳払いで二人の会話を中断する。

 マシュの顔が即座に、あの時のようにサーヴァントのそれへと変わった。

 

「再会を喜ぶのは結構だけど、今はこっちにも注目してほしい。

 まずは生還おめでとう、藤丸立香ちゃん。常磐ソウゴくん。そしてミッション達成お疲れさま。

 なし崩し的にすべてを押しつけてしまったけど、キミたちは勇敢にも事態に挑み乗り越えてくれた。その事実に心からの尊敬と感謝を送ろう。キミたちのおかげでマシュと我らカルデアの皆は救われた。その、所長は残念だったけれど……今は彼女を弔うほどの余裕すらないのが現状だ。せめて悼むことぐらいしかできない」

 

 そこでロマニは言葉を切った。小さな黙祷。

 けして小さくないショックであっても、今はそれ以上を割く余裕が無いという。

 ふぅ、と。そこで大きく吐いてから、彼は重要な話を再開する。

 

「いいかい。ボクらは所長に代わって人類を守る。それがきっと彼女への手向けになる。そうしてみせると、勝手ながらボクは彼女との言葉を交わした。

 キミたちもまた、そうすると彼女と約束しただろう?」

 

 こうして目を覚ます直前。体感で言えばほんの数分前の話だ。

 あの特異点が崩壊する最後の時、震える彼女と確かに約束を交わした。

 彼女のカルデアを―――未来を取り戻す、と。

 

「マシュから報告を受けた聖杯と呼ばれた水晶体とレフの言動。

 カルデアスの状況から見るにレフの言葉は真実だ、未だ外部との連絡は取れていない。そしてカルデアから外に出たスタッフも戻って来ない……おそらく、ここから踏み出した時点で()()()ということなんだろう。

 このカルデアだけが通常の時間軸には無い状態だ。崩壊直前の歴史に踏みとどまっている……というのかな。宇宙空間に浮かんだコロニーのようなものと思えばいい。外の世界はもう、人類の生存できる空間じゃないんだ―――この状況を打破するまではね」

「打破する方法があるんですか?」

「もちろんだ。まずはこれを見てほしい。これが復興させたシバで現在から観測できた過去の地球の状態をスキャンしたものになる」

 

 そう言って彼が管制室の中心、カルデアスを見上げた。

 生きた地球儀はまるでノイズの塊のような球体と化して、その異常さを証明している。こんなものの表面で人類が―――いや、生物が生存しているなどという事がある筈もないだろう。

 

「冬木の特異点はキミたちの活躍によって間違いなく修正された。けれど、それだけでは現状の打開には至らなかった。

 ―――それは何故か。考えた末、ボクたちはそれが過去の地球を原因とするものだと仮定した。その結果がこの狂った世界地図。新たに発見された冬木とは比べものにならない時空の乱れ」

 

 今のカルデアスがこれこそが地球であると示す光景には、地獄すら存在しない。

 経過したはずの時間さえ正しく繋がらない破綻した何か。

 もはや人の生存圏とすら呼べない虚無。それが今の地球の光景だ。

 

「よく過去を変えれば未来が変わる、というだろう? けれど、ちょっとやそっとの過去改竄では未来とは変革できないものだ。歴史には修復力というものがあるからね。人間のひとりやふたりくらいを救う事はできるかもしれない。

 けれどその時代が迎える結末―――決定的な結果だけはどう足掻いても変えられない。歴史上で“こうなるもの”として、固定されているポイントがあるからだ」

 

 言いながら彼がカルデアスに視線を向ければ、その地球儀の特定箇所に光点が示された。

 その光点こそがこのノイズ地獄の地球の原因。特異点ということだろう。

 地球儀上に示された光点の数は―――七つ。

 

「でもこれらの特異点は違う。これは人類のターニングポイント、人類史において絶対になくてはならない楔。『この戦争が終わらなかったら』、『この航海が成功しなかったら』、『この発明が間違っていたら』、『この国が独立できなかったら』……そういった、現在で繁栄していた人類の前提となる究極の選択点。これが崩れるという事は、人類史の土台が崩れる事と同然だ。

 この七つの特異点はまさにそれ。この特異点が出来た時点で未来は決定してしまった。この特異点が存在する以上、ボクたちの知る人類は存在している事自体が歴史と矛盾する。レフの言う通り、ボクたち人類に2017年はやってこない」

 

 そこまで語ったロマニの視線が二人の目に向かう。

 彼は小さく息を吐いて、ほんの少しの間だけ体を弛ませる。

 直後に大きく息を吸い込み、立ち上る緊張感にまた体を強張らせた。

 

「けど、ボクらだけは違う。カルデアはまだその未来に到達していないからね。

 分かるかい? ボクたちにだけこの間違いを修復できる。今こうして崩れている特異点を元に戻す機会(チャンス)がある。

 ―――さて、結論を言おう。カルデアに残された希望、二人のマスター。キミたちの仕事はこの七つの特異点にレイシフトし、歴史を正しいカタチに戻す事。それが人類を救う唯一の手段だ」

 

 彼の瞳には力がある。

 自分の無力さ、頼るしかない情けなさ、なんて気持ちを瞳に浮かべないように。

 無理矢理に、力ずくで、唯一の手段を行使しなければならない立場に立ってみせている。

 

「他のマスター適性者は全て凍結。契約したサーヴァントはマシュのみ。

 この状況でこう切り出すのは強制だと理解はしている」

 

 彼はそこで一度言葉を切った。次に何を言うかは、もう分かっている。

 けれどそれは、言う側にだって言われる側にだって相応の覚悟が必要な言葉だ。

 果たして、言葉同士に空けられた間は何秒だったのか。

 そんなに長いはずもないのに、とても長い間だったように感じている。

 

 そうして、遂に彼は重くした口を開いてみせた。

 

「それでもボクはこう言おう。

 ―――マスター適性者47番、常磐ソウゴ。並びに48番、藤丸立香。キミたちが人類を救いたいのなら。2016年から先の未来を取り戻したいのなら。キミたちはたった二人でこれからこの七つの人類史と戦わなくてはいけない。

 その覚悟はあるか? キミたちにカルデアの、人類の未来を背負う力はあるか?」

 

 ロマンの強い眼差し。まずそれを向けられたのは、藤丸立香。

 

 一度大きく深呼吸。

 所長に託された重荷を背負わせる事を憚って、ロマンがせっかく脅してくれたけれど。

 残念ながら彼女の中でとっくに答えなんて決まっていた。

 

「もちろん。私はマシュと一緒に戦います」

 

 次に視線が向けられたのは、常磐ソウゴ。

 彼は目を向けられた瞬間、まるでそれが当たり前であるかのようにあっさりと答えた。

 

「当然。俺が王様になりたいのは、皆を守りたいからなんだから」

「―――ありがとう。その言葉でボクたちの運命は決定した。これよりカルデアは前所長オルガマリー・アニムスフィアが予定した通り、人理継続の尊命を全うする。

 目的は人類史の保護、および奪還。探索対象は各年代と、原因と思われる聖遺物・聖杯」

 

 その言葉で、周りで作業していた他の職員たちまでもが張り詰めていくことが実感できた。

 ほんの二十人ちょっと。彼はたったこれだけで、二千年以上前までも遡る地球の歴史に対抗しろという。誰だって怯えるし、誰だって竦む。けれど、

 

「我々が戦うべき相手は歴史そのものだ。キミたちの前にたちはだかるのは多くの英霊、伝説になる。それは挑戦であると同時に、過去に弓を引く冒涜だ。我々は人類を守るために、これまで積み上げてきた人類史そのものに立ち向かうのだから。

 けれど生き残るにはそれしかない。いや、未来を取り戻すにはこれしかない。……たとえどのような結末が待っていようとも、だ。

 ―――以上の決意をもって、作戦名はファーストオーダーから改める。これはカルデア最後にして原初の使命。人理守護指定・()()()()()()()()

 魔術世界における最高位の使命を以て、我々は未来を取り戻す!」

 

 今まで見てきたもの、託されたもの。

 全部ひっくるめて背負った心が、ぐつぐつと煮え滾る感覚。

 ここから全てが始まるのだ、と。何かが沸き立ってくるのを止められなかった。

 

 

 

 

 

「決起集会は終わったかい、ロマニ。彼らには何より今も休息が必要だ、と君は言うだろうけれど、私の紹介くらいは済ませてもいいだろう?」

 

 そうして、管制室にさっきの女性。ダ・ヴィンチちゃんがエントリーする。

 一瞬前まで決めていたロマニの表情が微妙に崩れた。

 

「……ああ、うん。やあレオナルド。それ、今かい? キミを紹介する事になるボクとしても、キミを受け入れる事になる彼らにしても、まずは時間を置いて心を休めた方が、という配慮をしたつもりだったんだけど……ホントに今やる?」

「もちろんだとも、天才の時間はそう安くない。この私がこうして出向いておいて、そうですか~なんて、すごすごと帰るなんて事があると思うかい?」

「まあ、そうだろうけどね……仕方ない、紹介しよう。

 彼……いや、彼女……? いや、ソレ……いや、ダレ……? ええい、ともかく。いま来たのは我がカルデアが誇る技術部のトップ、レオナルド氏だ。見ての通り聞いての通り、まったく普通の性格じゃない。当然、普通の人間でもない―――なぜなら」

「……サーヴァント。先輩、たいへんです。この方、サーヴァントです!」

 

 マシュの驚愕。一見にして人間と変わらない姿でも、彼女の目から見ると別らしい。

 立香にもソウゴにも、外見上の違いはよく分からなかった。とりあえず今の所分かるのは、サーヴァントというのは総じて奇抜な衣装を着ているらしい、というくらいだ。

 

「はい正解~♪ カルデア技術特別名誉顧問、レオナルドとは仮の名前。私こそルネサンスに誉れの高い万能の発明家、レオナルド・ダ・ヴィンチその人さ! はい、気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼ぶように。こんなにキレイなお姉さん、そうそういないだろう?」

「……あれ、お姉さん?」

 

 立香が首を傾げる。と、同時にマシュの声が荒ぶる。

 

「おかしいです。異常です。倒錯です! だって、レオナルド・ダ・ヴィンチは男性―――」

「既成事実は疑ってかかるべきだぞー。というかそれってそんなに重要? 実は男だったとか女だったとか、最初に言い出したのは誰なんだろうね。まったく。そんなに気にかかるなら自分の記憶の方を変えたまえよ。

 そして何故、というなら私は美を追究するものだからさ。発明であれ芸術であれ、そこはすべて同じコト。すべては理想を……美を体現するための私だった。そして私にとって理想にして究極の美とはモナ・リザだ。となれば―――ほら。こうなるのは当然の帰結でしょう?」

 

 そう言って彼女はその場でくるりと回る。

 美の黄金比率を実践した肉体。余分も欠落もない、美そのもの。

 生前追究した美しい人間という構成を、この現世において再現した成果物。

 彼女は彼女の理想の性癖そのものだった。

 

「フォウ……」

 

 言ってやがらぁ、とでも言いたげに鼻を鳴らすフォウ。

 ダ・ヴィンチちゃんはちらりとそれを見るだけで、自信満々な表情は崩さない。

 

「いや、ボクもいちおう学者のはしくれだがカレの持論はこれっぽっちも理解できなくてね……モナ・リザが好きだからって自分までモナ・リザにするとか、そんなねじ曲がった変態はカレぐらいさ。カレだけであるに決まってる」

「フフフ。それはどうかなDr.ロマン。文明も円熟すればもう何でもありだ。

 美少女になりたぁーい! なんて願望は、ノーマルになるかもだよ?」

 

 そう言って彼女は笑う。果たしてその願望は文明の問題なのだろうか。

 言われたロマニが渋い顔を浮かべ、眉根を寄せて小さく溜め息。

 

「そうかもしれないけど……キミ、何時の時代の英霊だい?」

「天才に時代は関係ないよドクター。キミたちも覚えておくといい。キミたちはこの先、あらゆる時代において何人もの芸術家系サーヴァントと出会うだろう。

 そしてその誰もが例外なく、きっと素晴らしい偏執者であろう……!」

「マジか……! ああでも、ホントにそんな気がしてきたなぁ! だってかのレオナルド・ダ・ヴィンチがこれなんだもんなぁ!」

 

 頭を抱えるロマニの隣。

 今のダ・ヴィンチちゃんのどこに納得したのか、得心がいったとばかりにマシュは頷く。

 

「……なるほど。知りたくなかった事実ですが、ご忠告感謝します、ダ・ヴィンチちゃん」

「よしよし。マシュは相変わらず物わかりがいい。じゃ、私の紹介はこれで終わり。それじゃあ、私がわざわざ今ここに来た理由、本題に入らせてもらおうか」

 

 パンパン、と手を叩いて会話を打ち切るダ・ヴィンチちゃん。

 ロマニは抱えていた頭から手を外し、そんな彼女に疑わしげな視線を送った。

 

「……自己紹介じゃなかったのかい?」

「それは本題その1。これから本題その2に入るのさ」

 

 そう言って、ダ・ヴィンチちゃんがソウゴの前まで歩いてくる。

 きょとんとしながら自分を指差して彼女に問いかけるソウゴ。

 

「俺?」

「そう。冬木の特異点でキミが使用した、サーヴァントとの戦闘を可能にしたデバイス。

 それを是非見せてほしい。嫌だといっても見せてもらうけどね!」

「いや、別にいいけど」

 

 そう言って懐に手を入れる。ジクウドライバーを取り出すためだ。

 それを取り出してみせるとダ・ヴィンチちゃんは難しい顔をした。

 

「ふむ、やっぱり持っているんだね」

「え?」

「所長が言っていただろう? レイシフトで過去を訪れ戦闘を行う場合、武装は歴史に刻まれたサーヴァントこそが相応しい、という話だよ。

 単純な話さ。レイシフトで過去にいけるのは本来、レイシフト適性のある者の肉体のみ。もちろん裸一貫で投げ出すような事にならないように私たちが専用の装備を作っているから、そんな事にはならないけれどね。

 だというのに君は、現地で手に入れた装備をこうして当然のように持ち帰った」

「うーん、なんかまずい話なの?」

「いや? 私が興味がある、というだけの話さ。こんな状況だからね、使えるものは存分に使うべきだと思うよ」

 

 彼女はそう言ってジクウドライバーを受け取る。

 本人が楽しんでいる様子でしかないので、本当に正体の是非には興味がないように見える。

 なのでとりあえず、ジオウライドウォッチも取り出す。

 

 ―――と、ソウゴがライドウォッチをポケットから引き出した時。

 別の何かがいっしょに出てきて床に落ちて転がった。

 

「あれ?」

 

 身に覚えのない持ち物に首を傾げるソウゴ。

 そんな彼の前で、ダ・ヴィンチちゃんは落ちて転がってきたそれを拾い上げる。

 

「これも何かの機能を持つデバイスかい? あの携帯電話みたいな?」

「なんだろ、それ。俺も知らないヤツ」

 

 それはまるで大きな眼球のような造形だった。

 中心のレンズからはこちらを睨むような目が映っている。

 それを覗き込むようにダ・ヴィンチちゃんが持ち上げて―――

 

「これはゴースト眼魂。仮面ライダーゴーストの力さ」

 

 横合いから突然現れたウォズに、その眼魂を掻っ攫われた。

 おや、と言いつつ彼を観察するダ・ヴィンチちゃん。

 

「あ、ウォズ」

「あの時の祝ってた人だ……!」

「ちょ、キミは冬木の特異点にいた……! 何故カルデアにいるんだい!? 管制室ではキミを補足していなかった……! レイシフトでキミがカルデアにくるのは不可能なはずだぞ!?」

 

 突然の闖入者に驚愕が溢れる周囲の声。

 そんな周囲やロマニの声を無視して、ウォズはその手にあるゴースト眼魂を手で遊ぶ。

 

「眼魂とは過去の偉人の魂をその中に封入したもの。これを手にする事で使用者はその眼魂に封じられた偉人の力を引き出し、使う事が可能となる」

「……なるほど? 魂、という言い草は気になるけれど、その機能自体はむしろ真っ当な降霊術のそれと言っていい。むしろ本人の影法師を降臨させる英霊召喚より、降霊魔術としてはそちらの方が余程ポピュラーと言えるだろうね」

 

 ウォズの登場にさして取り乱すこともなく、会話に乗るダ・ヴィンチちゃん。

 その対応に肩を竦めながら、ウォズは手にした眼魂を軽く振るう。

 

「もっとも、最初に眼魂に求められた性能はそんな能力ではなかったようだがね……」

「それで? なんでそれを俺が持ってたの?」

 

 その眼魂とかいうものの性能はさておき、そもそも何で持ってたのか分からない。

 ソウゴが訊くと、ウォズは困ったように小さく苦笑した。

 

「それは私に訊くべきことではないよ、我が魔王。ただ、()()()()()()()()()()()()()? という問いならば、今が2()0()1()5()()()()()()()と答えるがね。

 彼女にとってそれが幸運だったかどうかは、私の預かり知らぬところだ。一つ言える事は、これは我が魔王が望んだが故に生まれた眼魂であるというだけさ。この―――」

 

 カチリ、と。

 ソウゴたちの目の前で、ウォズはゴースト眼魂の横に取り付けられた起動スイッチ、ゴーストリベレイターを押し込んでみせた。

 

()()()()()()()()()()()()はね」

 

 瞬間。皆に取り囲まれている場所に、オルガマリー・アニムスフィアが出現した。

 尻もちをついて泣いている姿。それが突然の光景に息を呑んで周囲を見回し始めた。

 泣き腫らしてかなりあれな事になっている顔。

 茫然としながら口をぽっかりと開け、咽喉の奥から嗚咽混じりの小さい声を出している。

 

「なんなの……! なんなの……!?」

「所長だ!」

 

 立香が彼女に抱き着いた。いや、抱き着こうとした。

 すると彼女をすり抜けて床にべちゃりと倒れ込む。

 

「先輩!?」

「なに、なんなの……!? 誰か説明、して、いったいなんなのよぉ……!」

「所長が透けてる……」

 

 所長の降臨に俄かに騒がしくなり始めた管制室の出口に向け、ウォズが歩き始める。

 その背後にダ・ヴィンチちゃんの声がかかった。

 ウォズに視線を向ける事もせず放たれる、先程までの弾むような声からは嘘のような平坦な声。

 

「キミ、いやキミたちは何なんだい?」

「もちろん。時の覇者、大魔王たる常磐ソウゴと―――その家臣さ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんからの反応はない。

 そのままウォズは足も止めずに管制室から退室する。

 

 この施設に残ったほぼ全職員が管制室に詰めている現状、それを追えるものはいない。

 騒がしい管制室を脱し静かな通路を歩きながら、彼は手にした本。

 【逢魔降臨暦】を開く。

 

「かくして、常磐ソウゴは仮面ライダージオウの力を手にした。

 だが、彼が本来継承するはずだったライダーの歴史もまた、人類史と共に焼却されて亡き者とされようとしていた。

 仮面ライダーとして。時の王者として。正しい歴史を取り戻すべく、常磐ソウゴの戦いがここから始まるのであった。

 ただ今、一つ言える事は―――彼の歩むべき覇道は、未だ潰えていないということだ」

 

 【逢魔降臨暦】の表紙に記された時の歯車が巡る。

 まるで今この場所こそが始まりなのだと告げるように。

 

 そのまま彼の姿は消えていく。どこかに歩いていったのか、あるいは別の手段か。

 どこにもつながっていないはずのカルデアから、彼の姿は消失した。

 

 

 



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第一特異点:邪竜百年戦争 オルレアン1431
ランサースタイル2015


 
さあ、ショータイムだ!
 


 

 

 

 カルデアではない。大時計に囲まれた尋常ならざる謎の空間。

 そこに魔王の来歴を讃えたる歴史書、【逢魔降臨暦】を手にしたウォズが立っていた。

 彼の手はゆったりと頁を捲り、その内容を検めている。

 

「この本によれば普通の高校生、常磐ソウゴ。彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた。

 だが2015年7月。普通の中学生、常磐ソウゴは人理保障機関カルデアなる組織を訪れた際、レフ・ライノール・フラウロスを名乗る何者かに出会い、未来は既に焼却され人類に2017年が訪れる事はないと聞かされる。

 正しい歴史を取り戻すため。己が魔王となる偉大なる覇道のため。常磐ソウゴたちは、正体不明の敵たちと戦う事を固く決意するのであった。

 彼らが最初に目指す特異点は西暦1431年、フランス。そして出会う英霊は、自身を焦がす炎の中、()()()()()()()()()()()()()聖女……ジャンヌ・ダルク。

 我が魔王が彼女と邂逅し、世界を滅ぼすドラゴンと対峙する時。()()()()()は、我が魔王の手の中に受け継がれ――――」

 

 そこまで口にしたウォズがはっとした様子を見せ、手にした本をパタンと閉じる。

 彼はまるで何かを反省するように小さく咳払いをして、

 

「少々話が過ぎました。これはまだ、語るべきではない頁だ」

 

 そう言って踵を返し、ウォズは闇の中へと踏み入った。

 彼が離れていくにつれ、この空間に広がった闇が深まっていく。

 徐々に暗くなる世界。

 そんな中を本を抱えながら歩き去っていくウォズの姿は、やがてどこにも見えなくなった。

 

 

 

 

 

「それで俺、何すればいいの?」

 

 常磐ソウゴは、一応復活したと言っていいと思うオルガマリー・アニムスフィアの指示で、カルデアのとある空間を訪れていた。

 

 彼女はオルガマリーゴースト眼魂の中に存在している状態らしい。

 その眼魂を起動すると彼女がどわーっと出てくるのだ。普段は何も触れないというような状態なのだが、彼女の言う魔術回路を励起する感覚? とやらで気合を入れると、普通に触ったり触られたりできるらしい。

 

「何度説明させれば気が済むの! あなたは英霊召喚システム・フェイトのサポートを受ける必要がある。だから、冬木へのレイシフトで集めたものと、今あるカルデアの資源を使用して、新たにサーヴァントを召喚してもらう! そういう話でしょう!」

「うん。だからそれ、どうやればできるの?」

 

 カルデア内にある召喚室とやらのサークルはなるほど。マシュが特異点Fで構築した、何か凄く光っていた通信するためのアレに確かにそっくりだった。

 それを外縁部でぽけっと眺めているソウゴをオルガマリーがどやしている。

 

「やあやあ所長。遅れてすまないね。

 とりあえず特異点Fからサルベージできた魔力リソース。そしてカルデアの運行に支障をきたさない範囲で使える魔力を、こうしてなんとか聖晶石化できた。

 これで何とかサーヴァント一騎を召喚する分くらいにはなるだろう」

 

 そんな中、そう言いながら召喚ルームに入ってくるダ・ヴィンチちゃん。

 彼女を見た所長の顔が微妙に曇る。苦手なのだろうか。

 そんなダ・ヴィンチちゃんの手の中には、虹色に光るやたらトゲトゲしい石があった。

 

「コンペイトウ?」

「違うわよ!」

 

 砂糖の塊を連想したソウゴに怒鳴り声。

 彼からすればなんか美味しそうなんだから考えてしまうのは仕方ない、と言いたい。

 

「これは聖晶石。精製こそ難しいが、まあ要するに単なるすごい魔力の塊さ。

 実は君が今から起動しようとしている召喚サークルは、けして燃費が良いとは言えない代物でね。これだけの魔力の塊を突っ込まなければ稼働させる事すらできやしないんだ。

 今回は特異点からサルベージしたリソース……まあ火事場泥棒じみていることなんだけど、ここはあえて戦利品と言っておこうかな。それが再利用できるからまだマシな方。本来これを全力で稼働させようと思えば、実は石油王の財力が必要になるくらいの金食い虫だったりするんだぜ?」

 

 笑いながらそう言う彼女に聖晶石とやらを手渡されるソウゴ。

 そう言われるとこれが高価な宝石みたく見えてくるから不思議なものだ。

 甘そうだけど、とソウゴがそれをじいと見つめる。

 

「それで君のサーヴァントを召喚するといい。カルデアの召喚システムはランダム性が強くて、触媒を用意するなんて小細工が通用しないのが困りものなんだが……その代わりこのシステムは、起動者と誰かとがどこかで結んだ“縁”。その関係性を重視した召喚こそを優先するという性質がある。いわゆるピックアップ召喚ってヤツだね」

 

 特定サーヴァントの出現確率アップ中、とダ・ヴィンチちゃんの指が上を向く。

 なんのこっちゃ、とソウゴは首を大きく傾げた。

 

「うーん、どういうこと?」

「……つまりあなたの要望。どうせなら特異点Fのキャスター、彼をランサーで召喚したいという意思はそれなりの確率で達成される、という話よ。

 あなたはあそこで仮契約ながら彼と主従関係にあった。なら、その縁を信じなさい」

「なるほど」

 

 溜息混じりの所長の補足で納得し、聖晶石を手で遊ぶソウゴ。魔力という存在にはまるで理解がない身なので、これがどれほど凄いものなのかは言われた分だけしか分からない。

 ちょっと美味しそうだな、と思うくらいだ。何度見ても甘そう。

 

「ああ、そうだ。一応聞いておきたいんだけれども、特異点Fで出会ったキャスターの真名は何だったんだい? そこは記録に残っていなかったから」

「真名? ああ、名前? 聞いてないけど」

 

 おやまあ、と笑うダ・ヴィンチちゃん。

 所長は呆れるように額に手を当て、天を仰いでみせた。

 

 そんな状況なこの部屋の入口。自動ドアがカシュッ、と空気の抜けるような音とともに開く。

 ソウゴがこれを見た時は、タイムマシーンといい何かこのSFチックな感じの自動ドアといい、未来って感じするなぁと感心したものだった。

 入ってきたのは立香とマシュ、それにドクター・ロマニだ。

 

「やあ、召喚は成功したかい? っと、まだチャレンジもしてないようだね。

 ならちょうど良かったのかな。いくら召喚にチャレンジする場にいるのが、サーヴァントであるレオナルドとサーヴァントと戦闘可能なソウゴくんと言っても、戦力過剰で安全を期す分には問題ない。マシュとボクたちも同席させてもらいたいんだ」

「おやロマニ。立香ちゃんの令呪補充は終わったのかい?」

 

 そう問うたダ・ヴィンチちゃんの前で、立香が軽く手を上げる。

 手の甲に描き出された三画の紋様。

 その全てが輝きを取り戻している事を見て、彼女は納得したように頷いた。

 

「ああ、恙なくね。令呪の魔力充填によるその後の健康状態の悪化もない。

 流石のマスター適性、と言ったところかな」

 

 自分のマスターが褒められ、マシュが得意気にうんうんと頷いている。

 しかし朗らかだったロマニが少し表情を替え、声の調子も落とした。

 

「けれどそれで打ち止めだ。カルデアの維持を考えれば、特異点攻略に回せる魔力資源は限られている。彼女の令呪、そしてソウゴくんの新しいサーヴァント。そこでもう資源枯渇だ。

 ソウゴくんは自分で身を守れるとしても、立香ちゃんの護衛としてのサーヴァントがもう一騎欲しかったところだったけど……いや、マシュを護衛に専任させるとすれば、攻撃を担当するサーヴァントか」

 

 口惜しい、とばかりに顔を顰めるロマニ。

 

「無いものねだりをしても状況は変わらないだろう?

 まあここは、素直に彼女たちの力を信じてみようじゃないか」

 

 一方ダ・ヴィンチちゃんの態度は楽天的とさえ言える様子だ。

 話を聞いていたソウゴがその内容について首を傾げる。

 

「うーん……じゃあ、俺じゃなくて立香にこれで召喚してもらえばいいんじゃない?

 俺は何とかできると思うし」

「それは認められません。サーヴァントとの契約を二人のマスター間でどんな割振りにするかとは別に、“マスターが二人いること”は大前提の条件です。戦える人間と戦えるマスターでは、戦力として運用する上でその意味合いが大きく違う。

 それに―――いえ、今回はあなたの召喚なのは決定事項です」

 

 オルガマリーは言葉をそこで打ち切った。

 彼女が言葉を詰まらせたそれは、つまりどちらか片方ならいなくなってもいいように備えるという話だ。今からの戦いはいつそうなってもおかしくないものだと、そう言おうとしたのだろう。

 

 口を閉じた彼女はそこですいと皆から視線を逸らす。

 逸らされる前に見えた顔はまるで、今にも泣きそうな表情だと思った。

 

「―――まあ、そういうコトさ。

 さて。ところでマシュ、立香ちゃん。特異点Fで出会ったキャスターの真名を君たちは知っているかい? ソウゴくんは知らなかったみたいなんだが」

 

 そんな重くなりつつあった空気を、ダ・ヴィンチちゃんが軽い口調でさっさと変えた。

 その流れで視線を向けられた立香が、その時を思い返すように指を顎に当てて考える。

 

「……そういえば聞いてなかったね。キャスター、ってだけで」

「……はい、彼が直接名乗る事はありませんでした。

 ですが、アーチャーのサーヴァントは彼の事を『クランの猛犬』と。そしてアーサー王であったセイバーからは『ケルトの戦士』、あるいは『アイルランドの光の御子』とも。

 これらの呼び名で称されるであろう英霊を、わたしは一人しか知りません」

 

 きっぱりと言い切るマシュ。

 彼女が得たその情報に目を丸くして、納得したようにダ・ヴィンチちゃんが頷いた。

 

「ふむ、なるほど。それで彼はランサーでの召喚を要求したわけだ。

 その名で呼ばれた者の真名となればただ一人。それはアルスター伝説に名を轟かせる大英雄、太陽神ルーの子。数多の試練を越えて影の国の女王スカサハに弟子入りし、彼女より朱き魔槍ゲイ・ボルクを授かった槍の使い手――――クー・フーリンだ」

 

 どうやらキャスターの正体は、彼女たちにはすぐ判るほど有名なものだったらしい。

 知ってる? と立香に視線を送ってみる。

 返ってきた答えはもちろん知らない。やっぱりそうだよねって感じだった。

 

 もしかしてここでは、その英霊のための勉強とかしなきゃいけないだろうか?

 

「なるほど、それなら心強い。彼ほどの英霊となれば、ランサーという枠組みにおいてトップサーヴァントの一角を占める存在であることに疑いはないからね。

 ここで彼の召喚に成功すれば、この後に攻略が予定されている第一特異点でもきっと大きな力になってくれるだろう」

「……常磐ソウゴ、いつまでそうしてるの? 召喚の準備はとっくに出来ているのよ。早くサーヴァントの召喚に取りかかりなさい。

 まったく……時間も何も余裕なんて無いんだから、余計な手間をかけさせないで」

 

 心強いと微笑むロマニの横で、むすっとした様子の所長。

 彼女に促されるまま、ソウゴは召喚サークルの目の前に立つ。

 

 そうしてソウゴが定位置につくのを確認したダ・ヴィンチちゃんが、入口の方の壁にある装置を操作した。

 すると床にあった召喚サークルが回転しだして、ふわりと空中に舞い上がる。空中に浮き、高速で回る三つのリング。これが召喚サークルが起動した、ということなのだろうか。

 

「ではソウゴくん。その聖晶石を掲げて、初召喚に相応しい決めポーズでもとってみようか?」

「常磐ソウゴ。その聖晶石を召喚サークルから展開されたリングに近づけなさい。

 後はもう、せいぜいあなたが呼びたいと考えている英霊の事でも考えながら静かにしてて」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの言葉を即座に新たな指示で上書きしつつ、リングを注意深く観察しているオルガマリー。

 言われた通りにソウゴが持ち上げていた聖晶石は、そのリングに吸われるようにして端から光となって消えていく。そんな現象に思わずおお、と声を漏らした。

 そうしている内、リングの中央に光が集いヒトガタとして構築されていく。

 

 ―――そこに現れたのは、見慣れない青い装束を纏った、見慣れた顔の男であった。

 

「―――サーヴァント・ランサー、召喚に従い参上した。

 きっちりランサーで召喚してくれたじゃねえか。言っておくもんだな、礼を言うぜマスター」

「おー!」

 

 降臨したのは朱い槍を持ったキャスター、いやランサー。

 彼は楽しげに手にした槍を軽く振り回してから手元から消してみせた。

 長大な槍が突然消失したことに少し驚くソウゴ。

 

「槍が消えた、手品?」

「ただしまっただけだ。お前さんだっていきなり剣を出してただろ」

「言われてみれば確かに」

 

 一人勝手に納得しているソウゴを差し置いて、ダ・ヴィンチちゃんへと視線を送るランサー。

 彼女は顎に手を当てて少し悩んでいるように見えた。

 

「ふむ。やはり、特異点Fの記憶は明確にある、という事でいいのかな?」

「ああ。本来こんな明確に記憶として持たされるこたぁ無いもんでちと驚いたぜ。それどころか今の人類史の状況は召喚時に持たされる、ってオマケまでついてきた」

 

 だから人理焼却という人類の滅亡は理解している、と彼は語る。

 

「ああいや、そっちは私の仕事だね。英霊召喚システムであるフェイト。これからそのシステムによる被召喚サーヴァントに対しては、現在の人類の状況が手っ取り早くインプットされるようにちょちょいとね」

「―――ダ・ヴィンチ。所長であるわたしはそんな報告受けた覚えはないわよ。

 カルデア内の設備を弄るというなら、まずわたしに許可を得てから実行してください―――」

「おっと、これは藪蛇。天才ゆえの仕事の早さというヤツだったのさ。

 以後、気を付けるよ。オルガマリー所長」

 

 肩を竦めるダ・ヴィンチちゃん。それを睨みつけるオルガマリー。

 オルガマリーの出す険悪感を振り払うようにロマニの声が召喚室に響く。

 

「英霊というものは本来、仮に複数回召喚する事になっても、そこに連続性は存在しないんだ」

「連続性……って、つまりどういう事なの?」

「要するに普通は前回の召喚の事は覚えていないはず、ということさ。

 英霊とは時間を超越した存在。それこそ、レイシフト下における戦闘ではサーヴァントを使用する、という話になるほど時間の流れというものの外にいる存在だ。彼らにとって自分が召喚される時間に未来も過去もない。なにせ場合によっては彼ら本人が生きていた時代より過去に。あるいは本人が英雄として活躍していた時代に。英雄として完結した状態で呼ばれることすら理論上はありえる。

 だから彼らの本体。英雄の魂が召し上げられている『英霊の座』にのみ、召喚され何を成したという情報を記録して、そこからの分体というべきサーヴァントには、そういった情報は降ろされてこないんだ。過去から未来ならいい。けど、未来から過去に逆行する際に矛盾を発生させないため、彼らは基本的に一期一会という事になるんだよ」

 

 そのような説明を受け、しかしソウゴは首を傾げた。

 目の前のランサーは特異点Fの記憶をしっかりと持っている。

 新しく呼ばれたら何も覚えていない、というのは実感が湧かなかった。

 

「でもキャスターは覚えてるんでしょ?」

「おい坊主、ランサーだ」

「―――つまり今のカルデアはサーヴァントと同じような状態。過去も未来からも切り離され、全てから孤立した環境ということよ。

 ここには今、ここより先も後ろもない。どこでもない時間である以上、サーヴァントの意識が連続する事に矛盾はない。いえ、矛盾しているという事を観測されない、かしらね」

 

 よく分かっていないが、所長の声にへぇと声を上げる。

 それが余程間抜けな響きで聞こえたのか、オルガマリーの眉が吊り上がった。

 

「まあいちいち難しく考えるこたねぇよ。

 オレたちサーヴァントの記憶なんざ、お前たちの目的を果たすための運用に関しちゃ大して関係ねぇもんさ。そのつど自己紹介する手間が省けてラッキーくらいに思っとけばいいんだよ」

 

 そう言ってランサーが召喚サークルの外に出て、ソウゴの肩を力強くぱぁんと叩く。

 驚くほどのパワーに耐え切れずに、ぽーんと転がるソウゴの体。

 

 彼がそこを出たことで役目を終えた召喚サークル。

 そこに展開されていた光のリングがパラパラと、光の粒子に還っていく。

 

 その光景を見ていた立香が、あれ、と首を傾げた。

 消えていく光のリング。その舞い散る細かな光の破片の中に、消える事なく床に落ちていくものがあった。ソウゴが持っていた石の破片か何かだろうか、と彼女はそれを摘みあげてみる。

 

「ダ・ヴィンチちゃん。これは? もうゴミ?」

「うん? ああ。それは召喚を行った際にフェイトに引っ掛かった、サーヴァントではない別の何かだろう。つまり抽選中に途中で弾かれた外れくじ、みたいなものさ。

 ふむ……全部拾い集めれば資源として再利用できるかもだ。一応、集めておこうかな」

「拾えばいいんだね?」

「マシュ・キリエライトもお手伝いします、先輩」

 

 少女二人が部屋に幾つか散らばった光の破片を回収する。

 そんな二人を見ながらダ・ヴィンチちゃんは所長に声をかけた。

 

「というわけだ所長。召喚の際に発生した物質……うーん、そうだね。マナプリズムと呼ぼう。

 マナプリズムを使って資源としての再利用を研究したいんだけど、どうかな?」

「…………許可します。成果については適宜報告するように」

「了解了解。じゃあそれを貰えるかな。さっそく私は工房で作業を始める事にしよう」

 

 はーい、と立香とマシュがダ・ヴィンチちゃんにマナプリズムと呼称された物質を渡す。

 それを持って彼女はそのまま退室していってしまう。

 そんな彼女の背中に慌てたようなロマニの声がかけられた。

 

「ちょ、レオナルド!? キミ、これから行う予定の第一特異点へのレイシフト実証はどうするつもりだい!?」

「まずはサーヴァントを召喚したソウゴくんの健康状態の確認からだろう? 君の仕事が終わったころにはちゃーんと管制室に足を運ぶとも。

 まあ、それまでは趣味に没頭させてもらうけどね」

 

 そう言ってひらひらと手を振って、彼女は自室に帰っていってしまった。

 自由人だなぁ、とソウゴと立香は一種の感心さえ覚える。

 

「なんだ、オレを呼んですぐに新しい特異点にレイシフトってか?

 いいねぇ、楽しめそうじゃねえか。その特異点ってのはどんな状態なんだ?」

 

 そう言ってオルガマリーに詰め寄るランサー。

 それを仰け反りながら回避して、何とか距離をとる所長。

 つれないねぇ、と彼は笑う。

 

「はぁ……ドクター・ロマニ。常磐ソウゴの召喚直後の体調の診断を。

 それで問題ないと確認され次第、第一特異点の攻略に向けたブリーフィングを開始します」

「了解しました、所長」

「―――ランサーのサーヴァント、確認されている状況はその場で話します。それまで訓練室を開放するので、あなたはサーヴァントとしての性能の確認でもしていなさい。

 ただし魔力を大きく使うような事はしないように。当然、宝具も使用禁止です」

「お。そんなもんまであんのか。

 そりゃいい、おい嬢ちゃん。ちょっと体動かすの付きあってくれや」

 

 声をかけられたマシュが目を見開いて、ランサーと立香の間で視線を行き来させる。

 

「ど、どうしましょう先輩。お誘いを受けてしまいました」

「よーし。キャス、じゃなくてランサーをぶっ飛ばそう!」

「ブットバフォーウ!」

「先輩!? そしてフォウさん!?」

 

 えいえいおー、と腕を振り上げる立香に呼応して、肩にいたフォウさんもブットバフォウルと雄叫びを上げる。そんな彼女たちを見てランサーも楽しそうに笑った。

 

「いいね、その意気だ。こういうのは結局のところ経験だ。やれるときにやっといたもんが、最後には一番の武器になるもんさ」

 

 

 

 

 

 これから行う事は、人類史を焼却する相手への明確な挑戦。

 そして平たく言うのであれば、世界を救うための第一歩。

 そう理解している管制室にいる人員たちは、全員どこか緊張して張り詰めている様子だった。

 

 そのついでに立香とマシュは何か始まる前から疲れている感じだった。

 ランサーとの戦闘訓練はよほど堪えたらしい。

 

「観測された七つの特異点。今回選択したのはまずその中でもっとも揺らぎの小さな時代。

 西暦1431年、フランス―――ちょうど百年戦争においてジャンヌ・ダルクが処刑され、休戦期間に入った頃になるでしょう」

 

 フランスの奪還を望む神の声を受けて立ち上がった女性、ジャンヌ・ダルク。

 イングランドとの百年戦争において、オルレアンの奇跡を導いた聖女。

 

 だが彼女の処刑後、などと。

 その時点ならばもはや、大きな流れは変わらない段階であると言えるのではないか。

 

「じゃあそのジャンヌ・ダルクが実は死んでなくて、休戦してるのに戦ってるみたいな?」

 

 疑問に思ったことを呟いてみると、所長は小さく肩を竦めてみせた。

 

「そんな単純な話で済めばいいわね。恐らく、レフ・ライノールが聖杯と呼んだあの水晶体。

 特異点を特異点たらしめる黒幕はあれを所有しているでしょう。最終目標はその相手の打倒、及び聖杯の回収ということになります」

「あんだよ、大した情報はねえもんなんだな」

「そこうるさい!」

 

 少女二人に比べて大した疲労もなさそうなランサーを所長が怒鳴る。

 怒られたランサーはけらけらと笑っているばかりで堪えた様子はない。

 

「とにかく! そこが特異点と化している以上、そこに原因は確かにあるの! レイシフトを行い現地からそれを探り、原因を特定し解決するのがあなたたち探査員の役割! 文句がある!?」

 

 ありませーんと元気よく返事する。

 ただ立香は疲れているのか元気がなかった。

 

「まあまあ、所長。そんなに怒鳴らなくても皆わかってますよ。レイシフト直前に彼らに精神的な負荷をかけるのは、あまりよろしくないですよ」

「わかっています……! ああ、もう……!

 ――――前回とは違い、あなたたちが搭乗するコフィンは既に準備を済ませてあります」

 

 深呼吸してからそう言って、所長は背後に設けられたクラインコフィンの方へと視線を向けた。

 前回は生身でレイシフトを行う事になったが、本来はこれを使ってやるものなのだ。

 

 そのコフィンの調整のためだろうか、ダ・ヴィンチちゃんはそれを覗き込んでいろいろと作業をしているようだ。

 

「生身でのレイシフトとは違い、これによって安全なレイシフトが可能になる。

 準備が出来たら総員、コフィンへの搭乗を行いなさい。早速第一特異点の攻略を始めるわ」

 

 言われてぞろぞろと背後に設けられたコフィンまで歩いていき、皆がその中に入り込む。

 ひらひらと手を振るダ・ヴィンチちゃんに手を振り返し、すっぽりとコフィンに収まった。

 そのコフィンの中にはスピーカーか何かついているのか、ロマンの声が聞こえる。

 

『いいかい? キミたちが現地にレイシフト完了したら、まずやるべきことはベースキャンプとなる霊脈の捜索だ。その時代の……いや、うん。立香ちゃん……? いや、ソウゴくん……? いやいや、マシュ……? うーん………あれだ、困ったらランサーに現地での行動を聞くと良い。

 彼ならある程度は時代と文化に則した行動を考えてくれるだろう! ―――健闘を祈る!』

 

 ランサーがいて本当に良かった、とでも考えたのか。

 どこか安心している様子の声色でそう言って、ロマニは作業を進行させた。

 管制室が役目を果たし、あらゆる機器が目的のために駆動する。

 人理を継続する、そのために。

 

『アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します。

 レイシフト開始まで あと3、2、1……全工程 完了(クリア)

 グランドオーダー 実証を 開始 します』

 

 グランドオーダー。

 彼らはこの瞬間、そのための最初の一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 その瞬間、カッチャーン! と何かが落ちる音がした。

 カルデア管制室に凄まじい緊張が走る。

 今の音は何なのか。どこからその音がしたのか。全員の視線が周囲を走り、そして見つけた。

 

「あれ、所長……?」

 

 所長がいなくなっており、さっきまで彼女が立っていた場所に眼魂が落ちていたのだ。

 ふむ、とダ・ヴィンチちゃんがそれに歩み寄り拾い上げる。

 ウォズがそうしたように眼魂のスターターを押してみるが、起動する様子はない。

 

「なるほど。このオルガマリーゴースト眼魂は常磐ソウゴくんの生成したもの。

 彼がレイシフトしこの場からいなくなった結果、これを起動しておく()()()が失われてしまった、という事なのだろうね。多分」

「そういうわけか……まったく、今の音は心臓に悪かった。けれどこれはなんというか、不幸中の幸いと見る事もできるかもだ」

 

 そう言いつつ、ロマニの体が椅子の背もたれに倒れ込む。

 彼は手で顔を覆うようにして、何とか崩れた表情と溜め息を噛み殺した。

 その傍にダ・ヴィンチちゃんが歩み寄り、二人は小声で会話を始める。

 

「ボクの失態だ」

「とはいえ回避する方法もなかったろうさ。オルガマリーがここで引きこもれる人間なら、そもそも彼女はあそこまで追い詰められていないだろう?」

「だからと言って普通、数時間前に自分が爆死した場所に立たせるような真似をする医者はいないよ。それどころか、彼女の様子を直接見るまで気づけていなかった」

 

 顔に出さないよう、必死で苦渋を飲み下す。

 肩を竦めたダ・ヴィンチちゃんは、そんな彼を見て苦笑した。

 

「普通の医者はそんな事例に立ち会わないだろうからねぇ。

 私としては気にかけているんだが、どうにも天才の私が相手だと彼女の方から一線を引かれてしまう。君という医者にかかるのも弱みを出したくない彼女にはできないことだ。

 私としては……そうだね、あの三人の中に混ぜてあげるのが一番いい方法だと思うけどね? いわゆるセラピーってヤツさ。

 あ、いい事思いついたぞう! あのマナプリズムで足りるかな? 足りないかも? 仕方ない、私の秘蔵のへそくりで何とかしてみせようじゃないか!」

「…………ちょっと待ってくれレオナルド。へそくりってなんだい?

 まさかキミ。ボクや所長に黙って、資源を勝手に確保しているんじゃないだろうね?」

「おっと、すまないロマニ。このアイデアを一刻も早くカタチにすべく、私は工房にこもらせてもらうよ! 大丈夫大丈夫。この万能の天才、ダ・ヴィンチちゃんに任せておけば、所長の一人や二人くらい完全に復調させてみせようじゃないか!」

 

 そう言って足早にこの場を去っていくダ・ヴィンチちゃん。

 所長の姿も消えた今、責任者となったロマニはそれを追う事もできず、苦々しげにそれを見送るしかないのであった。

 

 

 



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オルレアン1431

 

 

 

 目を開けばそこは見渡す限りの草原であった。

 気が滅入る光景ばかり見てきた旅路の中でこれは、心の清涼剤にすら感じる。

 

 立香。マシュ。ソウゴ。ランサー。

 すぐに全員が無事でレイシフトを終えた事が確認できた。

 

「前回は事故による転移でしたが、今回はコフィンによる正常かつ安全性を保証された転移です。

 おそらく大丈夫でしょうが、身体状況に問題がある方はいませんか?」

「フィーウ! フォーウ、フォーウ!」

 

 周りを見回しながら確認するマシュの声。

 それに真っ先に返答するのは飛び跳ねる白い生き物。

 いつの間にかついてきていたフォウさんのエントリーであった。

 あるわけないぜ、とかそんなことを言っている感じな気がする。

 

「フォウさん!? また付いてきてしまったのですか!?」

「フォーウ……ンキュ、キャーウ……」

 

 少し怒っているようにも聞こえるマシュの声色。

 フォウはそれを聞いて長い耳をびくりと揺らし、尻尾をへたりと下に落とした。

 

「フォウもレイシフトできるんだね」

「……そのようです。恐らくは先輩かわたしのコフィンに忍び込んだのでしょう。ですが、フォウさんも無事なようで何よりです。

 ソウゴさんとランサーさんもご無事でしょうか……どうかしましたか?」

 

 落ち込んだフォウを撫でつつマシュが振り返る。

 すると、ソウゴとランサーは二人とも空を見上げていた。

 

 彼女からすれば二人揃って珍しく、険しい顔をしているように見える。

 

「いや、あの空なんだけどさ」

「何が……え?」

 

 ソウゴが指差す空の先。

 そちらへ目をやった立香とマシュも、そこに広がっている光景を見て停止した。

 

 丁度そんな中、映像も音声も荒いながら成立するカルデアとの通信。

 ノイズ混じりの通信画面の中、すぐに顔を見せるDr.ロマン。

 

『よし、なんとか回線が繋がった!

 ―――ってどうしたんだい、みんなして? そろって空を見上げちゃったりして』

「……ドクター、映像を送ります。あれは、いったい何ですか?」

 

 彼女たちの目の前に広がる光景。

 特異点に来訪した四人を迎えた異常なもの。

 それを前にしてマシュが、呆然とロマニに問いかけた。

 

 ―――それは、天に架かる光の帯であった。

 

 空を真っ二つにするように横断する光。

 特異点という異常な世界の中、そこでなお異常そのものと見える極めつけ。

 ここに訪れた彼女たちの目的はこの世界の異常の解決。

 だが空を両断するこんな異常をどうにかしろと言われても、どうすればいいか分からない。

 

『これは、光の輪……? いや、衛星軌道上に何らかの魔術式を展開している? ……とにかく、正体がなんであったとしてもこれは尋常じゃない大きさだ。下手をすると北米大陸と同サイズ、くらいはあるかもしれない。

 ―――言うまでも無いけれど、1431年にこんな現象が起きた、なんて記録はない。間違いなく今回の件に関わっているだろう。とりあえずこちらで解析を開始する。

 キミたちは現地の調査に専念してくれ。まずは霊脈を捜索し、ベースキャンプの設営だ』

 

 通信の向こう、カルデアが俄かに騒がしくなった。通信の状況が悪いのもあるだろうが、着いたばかりで平穏なこちらより、あの天に架かる光帯が重要だという考えであろう。

 

「とりあえず、ドクターの指示通り活動を開始しましょう。周辺の探索、現地民との接触、召喚サークルの設置……ひとつずつやるべき事を消化していきましょうね」

「まずは歩き回ってみるしかないもんね!」

 

 よし! と疲れた体に活を入れ直し、立香が声を上げた。

 歩き回る、という言葉でふとソウゴは自分の装備の中にバイクがあったと思い出す。

 懐からバイクのウォッチを取り出して、彼は皆の前にそれを出した。

 

「そういえば俺、バイク持ってた。これ使う?」

「やめとけ、マスター。そんなもんに乗ってたら現地民と会話どころの話じゃなくなるぞ。まして敵さんが何なのかも分からんうちからこっちの装備の情報をくれてやる理由はねえ。緊急時以外はしまっとけ。ああ、あとマスター自身の戦闘も基本的にナシだ。せめて敵が分かるまではな。

 こういう状況で、自分たちはこの時代で明らかに異質な存在です、なんて喧伝する必要はどこにもないって話さ」

「そっか」

 

 ここにきてランサーが注意点を述べてくれた。ランサーって結構面倒見いいな、なんて思いながら、彼はライドストライカーをポケットにしまう。

 次に彼は立香とマシュにも視線を送り、言葉を続けた。

 

「まずは足で探索。何か見つけたらオレが霊体化してそれを偵察。

 ここの時代の状況は詳しくねえが、休戦直後だってんなら兵士には一応気を付けとけ。というかなるべく接触すんな、もし必要ならオレがやる。服装は……まあオレ含めてどうしようもねえが、そこらでボロ布を調達できたら頭から被っとけ。

 後はまあ、流れで何とかなんだろ。ここまででなんか質問は?」

「ありません!」

「あ、ありません!」

「フォーウ!」

 

 完全に彼が行動方針を決める隊長と化していた。

 ランサーからの指示を受け、元気よく返事するソウゴと立香。

 それに続いて自分も、と元気よく返事をするマシュ。

 じゃあ自分も、とばかりに完全に便乗するフォウ。

 

「よし、いい返事だ。じゃあまずは足を動かすとしますかね」

「フォフォーウ!」

 

 そう言ってニヤリと笑ったランサーがとても頼もしく見える。

 ついでにマラソンは任せておけ、と言わんばかりにフォウの咆哮が轟いたのであった。

 多分、獣らしく相当に走り慣れているのだろう。

 

 

 

 

 

「先輩、止まって下さい。この先にフランス軍の斥候部隊と思しき集団を発見しました。

 ここは作戦をフェーズ2に移行する場面では?」

 

 キリッ、とマシュが変な事を言いだした。

 多分ランサーによる霊体化を使用した偵察の事だろう。

 マシュは意外とノリ易い。彼女のプロフィールを更新しておこう。

 

「フォウフォウ」

 

 フォウさんもそれな、と言っている気がする。

 

「ああ。じゃあ、ちと行ってくるとするかね。マスターたちは木陰にでも隠れてな」

 

 そう言ってランサーの姿がすう、と薄くなって消えた。

 霊体化現象である。

 

 彼らサーヴァントは元々幽霊、霊体だ。肉体は全て魔力で構成されているものである。故に実体化に使用している魔力を最低限まで減らすことで肉体を消失させ、霊体のみになる事が可能なのだ。そして霊体となったからには、彼らは魔術の絡まない通常の手段では感知されなくなる。

 

 見えないが動き出したランサーの足音が一度だけ聞こえて、すぐに聞こえなくなった。

 

 偵察を彼に任せ、言われた通りに近くの木陰に入り込む。

 働いているランサーには申し訳ないが、ちょっとした休憩だ。

 

「……でも、ここはなんか前の所とは違って平和そうだよね。

 よく分からないけど、特異点っていうのはあんな燃えてる街ばっかりなんだと思ってた」

「うーん、でも逆にそうなると何が問題なのか、探すのが大変なのかも?」

 

 ぼんやりとした印象でしかないが、少なくともこの世界からは滅亡は感じない。

 一目見て終わった世界になってしまっていた冬木とは別物だ。

 

「はい。特異点における異常を察知することに関して難易度が上がった、とも言えます。

 ただ……その、私情で恐縮なのですが、わたしはこんな風に青い空を見るのは初めてで……少し、嬉しかったです」

 

 恥ずかしがり、少し俯くマシュの頭。

 そんな彼女の頭の上に立香の手が伸び、優しく撫で回す。

 彼女はより羞恥に顔を赤くして、体を縮こまらせた。

 

「あんな光の帯がなければ、もっとちゃんとした空が見れたのにね……うん。マシュ、いつかあれが消えた空を一緒に見よう!」

「―――はい。必ず」

 

 二人の様子を見ていたソウゴは小さく笑う。

 そして突如襲ってきた眠気に誘われるまま、目を瞑るのだった。

 

 

 

 

 

 ―――夢を見ている気がする。

 

 人の抱く希望と言う名の宝石を守るために戦う、一人の魔法使いの話。

 

 彼が魔法使いになったのは、人を犠牲に己の願いを叶えようとする悪い魔法使いのせいだった。悪い魔法使いは人々の体を打ち壊し、中から化け物を引きずり出すという、悪魔のような儀式を行っていた。彼もそれに巻き込まれてしまったのだ。

 

 けれど彼は、自分こそが死に行く自分たちの“最後の希望”なのだと両親に光を託されていた。だから自分の体を内側から食い破り、外に出ていこうとする化け物にも負けなかった。彼は自分と一緒にその地獄を生き残った少女とともに、人を襲う化け物たちと戦うことになる。

 一人、また一人と彼を支える人間は増え、やがて彼の周りには多くの仲間が集う。そんな中にいても、彼は軽い口振りと飄々とした態度を自分の上に張り付けて戦い抜く。

 

 誰かの希望であり続けるために。

 けして絶望に屈する事のないように。

 

 けれど、彼自身の希望でもあった最初の少女。彼女が失われるかもしれない、という恐怖と困惑。それが彼が被り続けていた、“最後の希望”という仮面に罅をいれた。

 

 

 

 

 

「ソウゴ、ソウゴ。ねえ、起きて」

「……ん、あれ。ゴメン、寝てた?」

 

 立香の手で揺すられる肩。くらくらする頭を自分で叩き、眠気を飛ばす。

 流石に寝る気はなかったはずだが、なんかあっさりと眠ってしまった。

 自分では意識していないが、こう見えて疲れがたまっていたりするんだろうか。

 

「仕方ありません。ソウゴさんも先輩も特異点Fの攻略、そして第一特異点へのレイシフト。

 これらはまだカルデア来訪から24時間も経っていない状況で実施しているのです。一度の休息を挟みましたが、それで疲労を回復するのは難しいかと。

 ベースキャンプ設営後、ドクターに休息期間の確保を陳情しましょう」

「……そんなこといったら、マシュだってセイバーと戦ってからまだ半日も経ってないんじゃない? 俺だけそんな弱音なんて言ってられないでしょ」

 

 自分の手でパン、と頬を張る。気合を入れなおして立ち上がるソウゴ。

 と、そんな彼に対して木々の隙間から今までいなかった者が声をかけた。

 

「彼女の言う通りだよ、我が魔王。

 まだ君は自分の力に慣れていないのだから、休息の時間は確保すべきだ」

「あれ、ウォズ?」

「あ、祝ってた人」

 

 マシュがすぐさま防衛態勢に入ろうとして―――悩む。

 彼は今のところ間違いなくソウゴの味方だ。が、ソウゴ以外に対してはどうなのかさっぱりなのが実情だ。少なくともこちらを害そうとした事は一度もない、のだが。

 問題は尋常じゃないくらい怪しいということだ。

 

 今も何やら怪しい態度を―――いや、頬を緩ませ喜んでる? なんで。

 

「その通り。我が魔王への祝福もまた、我が使命の一つだからね」

 

 自分のマスターに祝ってた人呼ばわりされて喜んでた―――本当にどういう人物なのかわからなくなってくる。どうすればいいのだ。

 

「で、今回は何の用なの、ウォズ。ただ遊びにきただけ?」

「まさか。君が今の君に必要な夢を見ているのだろうと感じて、すぐに馳せ参じたまでさ」

 

 自分しか知らない筈の自分の夢に対してのいきなりの言及。

 何が言いたいのか、とソウゴは首を傾げる。

 

「俺の夢? 確かになんか、よく分からないけど誰か……うーん。

 指輪をした魔法使いの夢を見てた気がするかも」

 

 ―――魔法使い。

 それは魔術師にとっては、易々と口にしてはいけない言葉だ。

 

 だが魔術師の世間の常識など持ち合わせていないソウゴからすれば、そんな事は関係ないだろう。あくまで彼の視点からすれば、それは魔法使い以外のなんでもなかったのだから。

 

 それを聞いたウォズは表情を緩め、喜色の溢れる声で語り始めた。

 

「ああ、それは確かに夢でしかありえない。

 何故ならば君が見たのは()()()()()()()()()()()()()()。人理焼却で既に焼失した、2012年に刻まれた歴史なのだから。

 ―――いや、本来は夢ですらありえない。普通ならば、既に世界から無くなったものを見る事などできはしない」

「仮面ライダー、ウィザード?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 確かに人類史は焼失した。だがウィザードの歴史は、君がその意思によって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ふふ―――あとはただ、それを拾い上げるだけだよ。我が魔王」

 

 彼は語るだけ語ると、自身の首に巻いたストールを翻した。

 そのストールはまるで蛇のようにのたうって、ウォズの全身を包み込んでしまう。

 竜巻じみた突風を起こす布が消えた時、そこにウォズの姿は残っていなかった

 

「……ウィザードの、歴史……?」

 

 呟くような言葉を落として、自分の手を見る。

 

 ジオウの力は史上最強。過去も未来も思いのまま。

 過去を約束し。未来を創出する。時の王者―――

 

「―――本当に消えてしまったようです。

 ……あの、ソウゴさん。彼はいったいどのような人物なのでしょうか。その、ソウゴさんを魔王と呼び、まるで自分の目的のために誘導してるようにも思えます」

「……うーん。って言っても、俺もウォズとはカルデアで会ったのが初めてだし」

 

 きょとん、と。マシュの表情が呆然としたものに変わる。

 

「そう、だったのですか? てっきり、お二人の様子からももっと長いお付き合いがあるのかと。ちなみに、ではソウゴさんが使用しているあのデバイスは……」

「携帯は多分、ウォズのじゃないかな。

 それ以外は―――きっと、元から俺のものだったんだと思う」

 

 それを体が憶えている、という言い方はおかしなものだ。

 知らないはずなのに知っているのだ。あれが自分のものであると。

 何故なのかというのはさっぱり判らないくせに、それだけは確信に至ってしまっている。

 

「おう、戻ったぜマスター。どうかしたか?」

 

 そう言いながら、頭上からランサーが降ってきた。

 木々の上を跳んできたのだろうか。

 落ち葉よりも軽やかに着地してみせる青い槍兵。

 

「いや、さっきまたウォズが出てきてさ」

「ウォズ? ……ああ。あの坊主が変わった時になにやら祝えだなんだ言ってた男か。さて、どういう仕組みなんだかな。

 まあ今はそんなことはどうでもいいさ。偵察の結果を報告させてもらうぜ」

 

 軽く肩を竦めてさっさとウォズの話を打ち切るランサー。

 その態度にマシュは驚いた様子で疑問の声をあげた。

 

「それでいいのでしょうか? 現状、彼に害されたわけではないとはいえ、彼の行動と能力には不審な点が多すぎて……」

「ほっとけほっとけ。あの手のヤツはこっちが気にしたってどうしようもねえ。

 こっちから積極的に敵対してでも排除したいほど邪魔になってないなら、最初から気にしないに限る。オレが見た限りじゃ、少なくともマスターにとっては味方だろうしよ」

 

 ランサーはそう言って手をひらひらと振ってみせる。

 その態度にはぁ、と困惑気味ながらもマシュは一応の納得をみせた。

 

「で、報告だ。ヤツらはこの先にある砦の斥候部隊だったみたいだな。

 少し周辺を探索してから、まるで襲われる事に怯えるみたいにさっさと引き揚げちまった」

 

「砦があるんだ……うーん、でも砦じゃ私たちは入れないよね」

 

 そんな軍隊っぽい場所の施設にいきなり行って入れるわけがない。

 ランサーに偵察を頼むことはできるが、流石に全ての欲しい情報を聞き耳を立てているだけでは拾えまい。マシュはその報告の内容に表情を難しくした。

 

「戦争自体は休戦状態にあるのに怯えるように、ですか。

 ……特異点化した結果、戦争が継続されている可能性があるのでしょうか」

「砦まで着いて行ったがそういう様子じゃねえな。

 ついでに言うと、あの兵士たちが偵察中、しきりに目をやってたのは()()()()だ」

 

 ぴっ、とランサーが指を上に立てた。

 それにつられて、皆の顔が上に向く。

 

「空、ですか? 敵軍の斥候などへの警戒ではなく?」

「戦闘機が飛んでくる空襲を警戒、とか?」

「ミサイルが飛んでくる場合があったりする?」

 

 立香が顔を上げたまま首を傾げ、ソウゴが腕を組んで思考する。

 現代兵器のエントリーに、マシュが流石にそれはとストップをかけた。

 

「先輩……この時代に流石にそれはないかと」

「―――ある意味、それが正解かもな。この時代にない兵器による強襲。

 聖杯の魔力がありゃ、空を飛ぶ魔獣なんぞいくらでも用意できる」

 

 だが、ランサーはソウゴたちに同意した。相手の手には聖杯がある。

 不可能とさえ思える現象を可能にする奇跡の杯。言ってしまえば相手のやれる事には際限がないも同然だ。その上でこちらは相手のやり方を見極めねばならない。

 

「魔獣、ですか。なるほど……」

 

 近代兵器よりは逆に現実味のある攻撃手段にマシュが首を縦に振った。

 そのようなことも出来るのが聖杯なのだ、と理解しておかねばならない。

 

「そんなのが相手じゃ、フランス軍の兵士たちじゃ太刀打ちできないって事だよね。

 ―――なら、俺たちがその人たちを守らないと」

 

 ソウゴのその言葉に同意する二人の少女。

 ランサーは肩を竦めると、進むべき方向に足を動かし始めた。

 

「なら、とりあえず砦の近場まで移動するか。砦の連中には既に生気も薄い。

 助けてやりながら姿を見せれば、少しはオレたちの怪しさを無視してくれんだろ」

 

 

 

 

 

 ランサーの案内に導かれ、身を隠すようにしながらも砦の方へと歩みを進める。だが砦がもうすぐだというところで、そちらから張り上げるような声が聞こえてきた。明らかに尋常な様子ではない調子。そして続いて響いてくる音は間違いなく―――戦闘音だった。

 

「―――砦の方から戦闘と思われる状況を感知しました!」

「急ごう!」

 

 四人の足が揃って速くなる。

 砦が十分に見渡せるような場所に出た彼らの視界にまず入ったのは、乱立する骸骨の集団。

 それと、その侵略者に剣を突きつける兵士たち。

 

「―――スケルトンを確認。空は飛びませんが、あれが砦を襲っていた敵性体と思われます!

 マスター、指示を!」

 

 マシュが武装を展開する。

 大盾を手に持ち、後はマスターの一声で戦場まで疾駆する準備ができている。

 

「うん! マシュはぷぇっ!?」

 

 大きく頷いて、早速そんな彼女に指令を飛ばそうとした立香。

 だがその声が終わる前に彼女は、ランサーに頭を掴まれ停止した。

 

「なにするのっ!?」

「落ち着け嬢ちゃん。あの程度、装備がしっかりしてる兵士ならどうとでもなる。

 あんな奴らより、オレたちの相手は―――」

「……あっち?」

 

 ランサーとソウゴの視線は目の前の砦ではなく、横合いの空の彼方へ向いている。

 空に浮かんでいるのは幾つかの黒点。

 それはまるで翼を羽搏かせるように影を動かして、徐々にこちらへと迫ってきていた。

 

 そんな状況で空中にザザ、と僅かにノイズが走った。

 通信状態は悪いながらも何とか繋がれるカルデアとの連絡。

 そうして真っ先に映るのは、焦燥を顔に浮かべたDr.ロマンに他ならない。

 

『よかった、なんとか繋がった……! 緊急事態だ、キミたちに向けて大型の生体反応が迫ってる! しかもサイズの割りに高速だ……!』

「こちらでも目視で確認できました……あれは」

 

 長く伸びた首。爬虫類を思わせる緑の鱗に包まれた体躯。

 四肢を持つ獣ならば前脚があるだろう場所に翼を持つ、幻想に語られる最強種の一角。

 空に舞う姿を見上げながら、マシュは強張った声でその種族の名を口にした。

 

「―――ワイバーンです……!」

「まずい、急ごう! あの人たちに辿り着く前に落とさないと!」

 

 ぐん、とランサーの体が大きく縮んだ。いや、体勢を落としたのだ。

 圧倒的な跳躍の前兆―――今の彼は手にした槍を弾頭とする弾丸。

 そして既に、彼という弾丸の標的は決まっている。

 

「マスターたちはマシュの嬢ちゃんと兵士どもと一緒にスケルトンどもを潰してな。現場に辿り着いたらまず声を上げてから戦い始めろ。オレたちは味方だぞ、一緒に戦う、ってな。

 で、あいつらは―――オレが落としに行く」

「うん。ランサー、頼んだ」

「おうさ」

 

 軽く笑い合って。次の瞬間―――バァン、と。

 大地が弾けるとともに、青き槍兵が戦場へと舞い上がった。

 

 舞い上がった体が重力に引かれ地面へと接触し―――

 その瞬間に再び大地が弾け飛ぶ。飛翔と跳躍を繰り返し、ランサーは数秒とかけず彼方に見えていたワイバーンを射程へと収める距離まで進行した。

 

「さて、どうすっかね……全部落として、現地人の方に怯えられちまうのも問題なんだがな。

 最悪、オレは霊体化していて顔を出さないのも一つの手か? せめて現地人にこいつらが見つかる前に、数を減らせてりゃ良かったんだがね」

 

 竜種の群れを前に軽く肩を竦める余裕を見せながら、顕現させた朱槍の穂先を軽く揺らす。

 空中にありながら器用に変えられる体勢。

 その動きによって彼は、獲物を目掛けて飛翔していたワイバーンの眼前に割り込んだ。

 

 突如現れたランサーにすぐさま竜の咆哮が叩き付けられる。

 それを何食わぬ顔で無視して、彼は手の中にある朱槍を横薙ぎに振るった。

 

 音も無く一閃。彼の目の前にいたワイバーン一頭の首がスパンと落ちた。

 途中で断たれて頭部が消えた首から噴出した血流が、風に巻かれて飛沫と散る。

 確かめるまでもなく致命傷。

 一瞬のうちに完全に活動を停止し、落下していく小竜の体ひとつ。

 

「ったく、こんなとこまで本当にランサーで呼ばれたオレの仕事かぁ?

 こんなんじゃ、あいつらの頭役ができる別のサーヴァントが必要だって話だぜ」

 

 落ちていく竜の体に足を下ろし、そのまま一緒に地上まで落ちていく。

 それが地上に落ちると同時に肉が潰れる音。

 裂けた皮膚から地面に、この竜の体に入っていた血液が一気に溢れ出した。

 

 今、首を斬り落とした時の鱗の手応え。そしてこうして地面に撒かれた血の魔力濃度。

 

 ―――竜種のはしくれに違いないだろうが、やはり幻獣のそれには程遠い。

 神獣、幻獣、魔獣とランク分けされる幻想種の能力。

 この程度のワイバーンならば、せいぜいが魔獣のそれだ。

 

 群れの中の一頭が殺された事により、一部のワイバーンたちの意識がランサーへと向かう。

 

 だがそれは群れのうち三頭だけだ。

 その集団、残る三頭はランサーを一瞥するだけで砦の方に向かっていく。

 それを見た彼が、掌でくるりと朱槍を一回転させ―――

 

「チッ、腹空かせて狙うのがサーヴァントの魔力より人間の肉か? そこまで現世に帰属してりゃ、もうテメェらなんぞはただの空飛ぶトカゲだって話だ。

 そら、よォッ―――――!」

 

 ―――投擲した。

 投げ放たれた魔槍は直進し、狙い過たず飛び去ろうとしたワイバーン一頭の背中に突き刺さる。背後から刺さり、そのまま首を突き抜けて脳天を穿ち、そこで止まる槍。死体と化したワイバーン、それは体内に魔槍を抱えたまま地面へと墜落し始めた。

 

 瞬間、無手となった彼に囲っていたワイバーンが襲いくる。

 三頭が同時に、彼が立つ同族の死骸ごと咬み砕かんばかりの勢いで迫り―――

 

「悪いが、お仲間の血を借りるぜ」

 

 ―――彼の周囲が爆裂した。ワイバーンがその口から悲鳴染みた咆哮をあげる。

 鱗を、肉を、衝撃で弾いて焼き焦がす爆炎。それこそは落下し潰れた、ワイバーンの血が燃える炎であった。薄いとはいえ曲りなりとも竜種の血液。魔術の触媒としてはなかなかのものではあると、ランサーは軽く首を回した。

 

「キャスターとして呼ばれて、記憶を保持したままランサーに……なんて経験は恐らく初めてだがな。なるほど、意外と感覚も変わるもんだ。()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()、程度には魔術に手を出す気になるときた」

 

 彼の指先が虚空をなぞりルーンの文字を描く。

 それに連動して大地に染み込んだ竜の血が、さながら火竜の息吹が如く火を噴いた。

 溢れ出す炎の波に巻き込まれ、焼かれたワイバーンたちがのた打ち回る。

 様子を見ていたランサーが肩を竦めその顔に浮かべるのは、僅かばかりバツが悪そうな表情。

 

「―――ランサーで悪かったな。

 お前らを一息に焼き尽くせるほどの炎は出せなかったらしい」

 

 

 

 

 

「くそ、来たぞ! ドラゴンが来たぞ! 迎え撃てぇ! 喰われたくなきゃ剣を振れぇ!」

 

 骸骨兵たちに対応していた兵士たちの間に、悲鳴同然の怒号が響いた。

 上空から襲い来るワイバーンは二匹。

 それらに応対するべく―――しかしどうしようもない絶望が兵士たちの中に広がっていく。

 

 片方のワイバーンが狙いを決めたのか、上空から兵士の一人に向かって急降下し始めた。

 狙われた兵士にはただ剣を構える事しかできない。悲鳴すら上げることも出来ず、ただあの足の爪に引き裂かれ、喰われることになる運命を連想する以外にない。

 

 ―――そんな彼の前に、大盾を構えた少女が立ちはだかった。

 ワイバーンの突撃(チャージ)を正面から受け止めて、防ぎ切る盾持ちの少女。

 

「―――皆さんを助けにきました。わたしたちはあなた方と共に戦います!」

 

 その彼女は、ワイバーンを受け止めるとまず一声。この場にいるものたちにそれを宣言した。

 なぜ、だれ、どこから。多くの疑問はあった。

 けれど彼らの心は、突如としてこの世界に現れるようになったドラゴンのような化け物によって麻痺していた。少なくとも彼女はこちらの命を救った。

 ならば、その対処に悩むのは少なくともドラゴンの後でいいのではないか? いや―――頼むから、せめて今だけは悩ませないでくれ。彼等にはそうとしか言えない状況だった。

 

 スケルトンはほぼ兵士のみの戦力で掃討できていた。

 あとは、ワイバーンだけなのだ。

 だがマシュが一体を抑えてはくれているが、もう一体はどう足掻いてもフリーになる。

 

「だったら!」

 

〈ジクウドライバー!〉

 

 そこで迷う余地はない。

 ランサーに言われてはいたが、この状況で迷うつもりはない。

 腰に押し当てたジクウドライバー。そして今手にしたライドウォッチ。

 これを使って、常磐ソウゴは仮面ライダーとして戦うだけだ―――

 

 その瞬間に突風。いや、最早風圧という名の鈍器での打撃が周辺を襲った。

 ワイバーンの羽搏きは、それほどの圧力から繰り出されていた。

 

「……っ、つぅ……!」

 

 風で押し返されたソウゴが、後ろに押し倒される。

 ふらふらする頭を何度か振って、すぐに立ち上がり変身シークエンスを開始する。

 まずはジオウライドウォッチをポチっと。

 ……ポチっと。

 

「あれ!? 俺のウォッチがない!」

 

 起き上がったソウゴの手の中から、持っていた筈のジオウライドウォッチが消えていた。

 咄嗟にポケットを探るように全身に手を這わせる。

 

「ソウゴ、後ろに!」

 

 立香の声に反応して後ろを向く。

 そこには風圧で飛ばされた、ジオウウォッチが転がっていた。

 

「やばい!」

「ソウゴさん、前を!」

 

 今度はマシュの声に反応して前を向く。

 そこには、口を大きく開いて空中で滞空しているワイバーンの姿。その口の奥には闇ではなく、煌々と燃え盛る炎が見てとれる。竜種の発する火炎の吐息。

 

 それがまさに、ソウゴの目前で発射寸前の状況であった。

 

「うわ、まっず……!」

 

 咄嗟に顔を守るように腕で庇う。だが、その行動は失敗だ。

 レイシフト下での戦闘を想定され、設計されたカルデアの制服。それは当然ジオウという装備ほどのものではないが、並みの攻撃は防ぐ最新の魔術礼装だ。多少ワイバーンの炎に焼かれても、大きくダメージを軽減してくれる事に疑いはない。だからこそ、立ち止まり炎に炙られるより、出来る限り早く炎の射程外まで走り抜ける事を優先するべきだったのだ。

 

 ただしそれは――――

 

 その場に新たなサーヴァントが現れなければ、の話であったが。

 

 水の入った樽の残骸が砕けながらソウゴの元に飛んできて、彼をずぶ濡れにする。

 それに驚いている暇もなく、ワイバーンの口からは炎が迸った。

 

 だがその炎が彼に届く前に、ソウゴとワイバーンの間に一人の女性が割り込んできていた。

 編んで垂らされた金色の髪がソウゴの視界の中で踊る。

 彼女は手にした槍―――いや、旗を半ばで掴んでまるで風車がごとく回転させ、押し寄せる炎の波を防いでみせていた。

 

 ワイバーンのブレスが収まると同時、彼女は旗を振り抜いて残火を吹き飛ばし、堂々と立ち姿を見せつける。そしてこの場に居合わせた全てのものに、かつてこの国を導いた号令を轟かせた。

 

「兵たちよ、その身に水を被りなさい! 一瞬であれ、それが彼らの炎を防ぎます!

 未だ立つこと、剣を執ることが叶う者! 竜に挑まんとする心を持つ勇者たちよ!

 私と共に―――! 続いてください―――――!!」 

 

 ―――1431年。

 魔女とされ、裁きの炎で命を絶たれたはずの一人の聖女。

 その聖女が今また、このフランスの地獄のような戦場へと帰還した。

 

 

 



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ジャンヌ・ダルク1431

 

 

 

「サーヴァント……? っと」

 

 彼女の背中を見ていたソウゴがハッとした様子で、すぐさまライドウォッチを拾いに走る。

 その間にも滞空していたワイバーンは、狙いを自身の息吹を防いだ存在へと変えていた。

 

 巨体が空を舞う。

 大きく羽搏いた翼が起こす突風が、衝撃波じみた威力で旗を持つサーヴァントへ襲いかかる。

 

 逆風でバタバタと暴れる旗を振り起こし、彼女はその風の前に立ちはだかった。

 吹き寄せる烈風は砦の壁すら崩壊させるだろう破壊力。だがそれを迎え撃つ彼女の存在は、それすら凌駕する鉄壁の要塞に他ならない。

 

 振るわれる旗。それに強引に引き千切られ、散らされる風圧。颶風の後に訪れるわずかな静けさ。その中で彼女の足が地を蹴って、空舞うワイバーンに躍り掛かった。旗はそのまま鈍器じみて、体表を鱗に覆われた体を強かに打ち据える。

 

 グァッ、と悲鳴を吐き出しながら墜落するワイバーンの体。

 それが頭から地面に落ちて、盛大に砂埃を舞い上げる。

 

 跳び上がっていた彼女もまた、重力に引かれるままに地に足を下ろした。

 

 現地人の前だからか、それを行う暇さえ惜しいのか。

 映像無しで音声だけの通信から、ロマンの声が彼女たちに届く。

 

『……ああ、こちらでも確認できた。そこにいる彼女はサーヴァントだ! ただ、とても反応が小さい。何か不調を抱えているのかもだ! この特異点の原因側だろう竜と敵対しているんだ、何とか協力を申し出られないかい!?』

「そこのサーヴァントの人ー! 協力して戦いましょう!」

「先輩より正体不明サーヴァントに協力の要請! ドクターの指示をさっそく達成です!」

『マシュ、キミは今ちゃんとなにかを考えて発言しているかい!?』

 

 ロマンはマシュにそう言うが、マシュとて現状もう一頭のワイバーンを抑え込んでいる。獲物を掴み取らんと滞空しながら、二足の爪で空中から襲いくるのを迎撃しているのだ。

 その状況でマスターの言葉を疑う余裕なんてものはありはしない。

 

 旗のサーヴァントが声を聞いてこちらを振り返る。

 彼女は立香としっかりと目を合わせると、一度大きく首肯した。

 

 次の瞬間。舞い上がっていた砂埃が吹き飛ばされ、中からワイバーンが姿を現す。

 怒り心頭という様子で口元を戦慄かせ、起き上がる翼竜。

 その炎を宿した明確に敵を睨む視線が旗のサーヴァントへと向けられた。

 

 だが、しかし。

 

「背中から悪いな。

 ―――だがまあオレに背を向けて飛び去ったって事は、こうなっても文句はねえだろ?」

 

 ワイバーンの胸から朱色の魔槍が突き出した。正確無比に貫かれた心臓がその機能の一切を停止し、ワイバーンの肉体に残された寿命は残りわずかだとカウントダウンを開始する。

 だがそのランサーがわざわざ敵の命の砂時計がそのまま落ちきるまで待っている、などという選択肢を選ぶことなどありはしなかった。

 

 槍を引き抜くと同時、そのままの勢いで体を一回転させて首に向かって足を振り抜く。撓る鞭のように奔る彼の足が、ワイバーンの長い首の半ばに高速で叩き込まれる。

 その勢いで竜の頭部が地面に叩き付けられる。頭骨がかち割れると同時、心臓の働きのみならずワイバーンが行う全ての活動はその一切が停止した。

 

「嬢ちゃん! そいつをこっちに向かせな!」

 

 その上でランサーの疾走は止まらない。蹴り抜いた足が地面に着いた瞬間には疾走が始まっている。彼の次の狙いは言うまでもない。マシュが攻撃を捌いているワイバーンに向き直り、速度を落とすどころか加速しながら接近しにいく。

 

「はい!」

 

 今まで盾で防いでいた脚部の爪による降下攻撃。彼女の守りを突破せんと躍起になり繰り返し続けられる攻勢。マシュはその攻撃のタイミングを見極めて、バックステップで回避した。

 

 突如視界から消えた敵。ワイバーンの思考が降下を止めなければならないと判断する前に、勢い余ってその爪が地面へと抉り込んだ。反動で体勢を崩してよろけるワイバーン。

 その震えた横っ面に、マシュが即座に盾を鈍器となして殴り込む。

 

「やぁあああ―――っ!」

 

 がん、と思い切り側頭部を横から殴打され、竜の首が強制的に曲げられる。

 そして向きの変えられたその顔の先にいたのは、止めの一撃を放つために疾走するランサーのサーヴァントに他ならない。

 

「これで終いだ!」

 

 突き出された朱槍の一撃。それが易々とワイバーンの鼻先から首を貫き通す。

 ランサーが神速で放った槍。彼が放った時と同じ速度で槍を手元に引き戻す頃には、そのワイバーンは完全に絶命していた。

 

 血を払うように槍を何度か回し、一度大きく横に振るう。

 その瞬間に朱槍は彼の手元から消失している。

 

「―――ったく。悪かったなマスター、抜かれちまった」

「いや、大丈夫。助けてもらったから」

 

 そう言ってソウゴは、ワイバーンから自分を庇ってくれた女性を見る。

 旗を持つ女性はこちらを見ると小さく笑った。

 

「こちらこそありがとうございます―――その、」

 

 彼女が言葉を続けようとしたその時。

 兵士たちの中から一人が、何故か恐怖に塗れた声を上げた。

 

「あれは……魔女だ! 竜の魔女がいるぞ! 竜の魔女、()()()()()()()だ!!」

 

 誰かが張り上げた声に誰もが反応を示す。兵士たちの中に狂騒が広がっていく。彼女という災厄から逃げるように、皆が砦の中へと駆け込んでいく。生き残ろうと竜に立ち向かったものたちさえ、剣を放棄して命のために駆け出していた。

 

「…………」

 

 そんな彼らの背中に痛ましげな視線を送る―――ジャンヌ・ダルクと呼ばれた彼女。

 

「えっと、どういうこと?」

「すみません、この場から離れてからでいいでしょうか。私がこの場に居座るような真似をすれば、恐怖が彼らに何をさせてしまうか判らない。お願いします」

『どうやら……彼女はこの時代のこの状況に精通しているようだ。とにかくここは同行して、詳しい話を聞かせてもらおう』

 

 ノイズ雑じりの通信音声。

 そこから聞こえたロマニの言葉に頷いて、彼らは行動を開始した。

 

 

 

 

 

『つまり、この世界にはもう一人のジャンヌ・ダルクが現界している。その彼女がフランス王シャルル七世を殺害し、オルレアンにおいて大虐殺を行ったと……』

 

 ジャンヌの導きに従い、彼らは砦から大きく離れた洞穴に場所を移した。

 その場で彼女が語ったのは、この時代に起きた時代を変える異常事態。

 それを聞いてロマニは納得した様子を見せる。

 

『なるほど。それはこの時代でフランスという国家が崩壊・消滅するも同然だ。歴史上、フランスは人間の自由と平等などを謳った最初の国であり、多くの国を先導した。

 人権の成立の遅れはつまり文明の停滞と同義だ。この特異点が存在している限り、いわゆる近代と呼ぶべき文明に人類が到達しないかもしれない、というわけだね』

「なるほど……未来の焼却、というのはそのような理屈で起こされたものなんですね」

 

 ジャンヌもまたロマニの言葉で、この当時のフランスという人類史の楔を破壊することで、人理焼却という破滅が引き起こされている事を理解する。

 俯いて何事かを考えているジャンヌ。そんな彼女に対し、立香が疑問の声を投げかけた。

 

「ところでジャンヌって誰に呼ばれたサーヴァントなの? やっぱりこの時代でも誰かがサーヴァントを召喚した、ってことなんだよね?」

「―――それが、私にも判らないのです。サーヴァント、クラス・ルーラー、真名をジャンヌ・ダルク。それが自分のことだとは理解できているのですが……

 ルーラーというクラスは本来、聖杯そのものにより聖杯戦争の運営を保守・監督するために召喚される特別な立ち位置です。ですのでルーラーとして呼ばれた以上は、私を召喚したのは聖杯という事になるはずなのですが……今現在、私には本来召喚された際に与えられるべき聖杯戦争に関する知識の大部分が存在していないのです。そしてまた、本来は聖杯戦争の監督者であるルーラーに与えられる、令呪をはじめとする特権も。

 なにせ私の意識上においては、この時代で死を迎えたと同時に“私”というサーヴァントとして発生したという感覚ですらあります。肉体は滅びていますが、ここにこうしてある自分は生前の延長ですらあるように錯覚するほどです。

 聖杯による直接召喚で、こうも致命的な不手際が発生するとは考えづらいのですが……」

「もしかして、それって全然ルーラーってやつじゃないんじゃない?」

 

 不思議そうにソウゴにそう言われ、しょんぼりと肩を落とすジャンヌ。

 それを見て立香が肘でソウゴをつつく。イエローカードである。

 ジャンヌはしかし、自分自身でソウゴの言葉を肯定するかのような心境を吐露しはじめた。

 

「―――確かに今の私はサーヴァントとして万全ではなく、自分でさえ“私”を信用する事ができずにいます。

 ……オルレアンを占拠したというもう一人のジャンヌ・ダルク。そして、人々を襲うあの飛竜たち。全てを見て回ったわけではないとはいえ、この状況を作り出したのが“(ジャンヌ)”であるということに疑いの余地はないでしょう」

『だが当然ながら当時のフランスに竜がいた、なんて話はない。そして勿論、ジャンヌ・ダルクが竜を従えたなんて話もね』

 

 つまりそれはジャンヌ・ダルクなのだとしても、この状況は“ジャンヌ・ダルクだけ”の犯行であるはずがないという証左。

 マシュが状況を頭の中で整理しつつ、現時点で考えられる素直な現状を口にする。

 

「もう一人のジャンヌ・ダルクさんがオルレアンを根城にし、聖杯を用いて竜の召喚を行い、フランス各地を襲わせている―――そういうことになるのでしょうか」

「なら、向かうべき場所はそのオルレアンってとこだよね。

 ランサーはすごい戦ったけど大丈夫?」

 

 ソウゴが立ち上がり、体をほぐし始めた。本人としてはすぐに行動する気らしい。

 自らのサーヴァントの調子を尋ねるが、サーヴァントは肩を竦めて鼻で笑う。

 

「あんなの戦ったうちに入らねえよ。オレよか自分の心配したらどうだ?

 ワイバーンにこかされたんだろ? 緊張感が足りてねえ証拠だぜ」

「うん、反省してる。もうあんな失敗はナシにしないと」

 

 そんな二人を見て、ジャンヌもまた立ち上がる。

 

「―――オルレアンへと向かい、都市を奪還する。そして、そのための障害であるのなら、()()()()()()()を排除する。

 今の私に主からの啓示はなく、サーヴァントとしての力も半端なまま。ですが、確固たる目的だけはこの胸にある。あなた方もまた目的を同じくするというのであれば、どうか同行を許してはもらえないでしょうか?」

「え、一緒に来てくれるんじゃないの?」

 

 彼らに続いて立ち上がっていた立香が、驚いた様子でジャンヌを見る。

 てっきり既に合流して皆揃ってカチ込もうという話だと思ってた、と言いたげだ。

 そんな返しを受けたジャンヌが、ちょっとだけ面食らい―――しかし嬉しそうに微笑む。

 

「たとえ一人でも戦う心積もりでしたが―――こうして心強い味方に恵まれたことに感謝を。

 あなた方と共に戦えるのであれば、竜を従える魔女となった私が相手であろうときっと恐るるに足りません」

 

 この場に集った者たちが全員立上り、目を合わせる。

 これより彼ら彼女らは一つとなりて、相手の居城を打ち破るのだ。

 

 ―――なんてことはなく。

 

『いや、流石にいきなりの城攻めは無謀にもほどがある。こちらには拠点となる設備もなく、土地勘があるのもルーラーだけ。攻めるとするならなおさら情報収集からするべきだ。特にこの特異点の心臓部であろう、魔女ジャンヌ・ダルクに関する情報は出来る限り集めておくべきだと思う』

 

 今の流れは完全に決戦前夜か何かのそれだったが、ロマンとしてはそのままの勢いで突撃されるわけにはいかない。まだこちらは相手の情報をほとんど持っていないのだから。

 空気の読めてない感じになってしまうが致し方なし。

 ロマニからすれば、特にソウゴなんて「いける気がする!」なんて言って突っ込んでいってしまう姿が容易に想像できてしまうほどだ。

 

 心を鬼にしたロマニの注意。

 それはそうだとして、しかし全然関係ない部分への立香の注意が飛んでくる。

 

「ところでドクター。その魔女ジャンヌ、って呼び方。彼女の事じゃないにしろ、私たちまでそう呼ぶのはジャンヌに対して無神経だと思うよ」

『え? あ、うん。ごめんなさい』

 

 この場にいるジャンヌの意識では、末期の火刑すらついさっきの話というレベルだ。

 ジャンヌを魔女と称するのは、いささか配慮に欠けているとロマンの方こそ注意された。

 

「そういった観点からの配慮をDr.ロマンに求めるのは無理があるかと。

 ジャンヌさんもドクターに関して言いたいことがあれば、忌憚なき罵倒をお願いします」

『忌憚のある罵倒なんてあるのかい……? いや、そういうことじゃなくて、うん。確かにこれはボクの落ち度だ。大人しく罵倒くらい受け入れるとも。ただ、初犯と思って手加減はしてほしい』

「いえ、そこまでは……」

 

 そんなやりとりを聞いていたソウゴが、ランサー相手に首を捻りながら悩みをだす。

 

「じゃあ、二人のジャンヌの事どう呼ぶ? こっちも向こうもジャンヌじゃん」

「そもそも相手がどんな状態のサーヴァントか確認しなきゃ呼び分けようなんぞないと思うがね」

「でもそれじゃ呼ぶ時に不便だしさ……じゃあこっちが白ジャンヌで、向こうが黒ジャンヌ?」

 

 ううーん、なんて。とんでもなく悩んでいるかと思えば、そんなビックリするくらい単調な答えが彼の口から飛び出して、思わずランサーも額に手を当てる。

 シンプルイズベストと言い張ればまあ通らなくはないような話な気もするが……いや、ないだろう。ない。名付けられる側、当人であるジャンヌだってそのセンスには―――

 

「白ジャンヌ、ですか。それはちょっと……私、そんなに白くもないですし」

 

 そういう問題か、と。

 立香はどちらかというと青、いや紺? と彼女の衣装を上から下まで見回した。

 言われたソウゴはいやいや、と。彼女を正面から見返して堂々と言い放つ。

 

「でも旗は白かったし」

「あ……確かに旗は白いですね!

 白い旗のジャンヌ、という意味であれば判り易いかもしれません!」

 

 ぽん、と手と手を打ち合せる聖女。

 それでいいのか、と思ったがまあ当人と話して決めるなら問題ねえだろ、とランサーはそこを黙り通した。面倒だったともいう。

 

 

 

 

 

「オルレアンへの直接的な偵察は難しいでしょう。

 ただの人間しかいないのであれば、霊体化による偵察も不可能ではないでしょうが……」

「あのワイバーン程度の連中の鼻なら誤魔化せるだろうがな。サーヴァントがいるとなりゃ話は別だ。霊体化して本拠地に攻め込むってのはおススメしない。

 まあ坊主と嬢ちゃんを防衛に向いたサーヴァント二人に守らせ、オレ一人で強行偵察って手段はなくはないが……それは外から集められる情報を集められるだけ集めた後で、の話だろうさ」

 

 ジャンヌの提案により、まずはラ・シャリテという土地に向かう。

 この国を知るジャンヌによる提案だ、カルデア組に否やはない。

 しかし本拠地までは踏み込めないことに、彼女は焦りのような感情を抱いているようだ。

 

「ジャンヌ、焦ってる?」

「……ええ、そうですね。出来ることを見極めて、きっちりと一つずつ進めていくしかない。焦ったところでどうしようもない。

 そうと判っているはずなのに、()がこの地の惨状を作り出しているのだと思うと……焦りがどんどん募っていく感覚です。もう一人の()は、どう考えても正気ではない。そんな怪物が人を支配して何をするかなど―――想像するのは、容易い。圧倒的な力を手にした絶対的な憎悪。この世界の惨状から感じられるのは、それだけです」

 

 ふう、と溜め込んでいた感情を吐きだすように溜め息を落とすジャンヌ。

 そんな道中で、ロマニの通信が今を取り巻く状況の変化を伝えてきた。

 

『ちょっと待ってくれ。キミたちの行く先にサーヴァントの反応がある。地図上の位置では、場所はラ・シャリテ。まさしくキミたちの目的地だ』

 

 通信の向こうが俄かに騒がしくなり、ロマニの声が緊張感が引き締まっている。

 忙しなく何かの機器でやり取りをしているカルデア管制室。

 その忙しなさは留まる事を知らずに、時間が経つごとに加速していく。

 

「街の中にサーヴァントの反応、ってこと?」

『ああ、そうなる……ってあれ、反応が遠ざかっていく? すぐに追跡を……!』

 

 彼の指示に受け、職員たちのやり取りが加速する。

 離れていく反応に振り切られないように、追跡を実行するカルデアの観測班。

 が、そんな状況は数秒経たずに終わりを告げた。

 

『いや、駄目だ、速すぎる……!

 ―――……反応をロスト、追い切れなかった……』

 

 一気に消沈する時間の向こう側、カルデア管制室。

 では一体なんだったのだろうと首を傾げる面々が、ランサーの声に顔を上げた。

 

「おい、ルーラー。あっちがラ・シャリテって事でいいんだよな?」

「え? はい……―――っ!?」

 

 ランサーの確認の言葉。その方向を確認したジャンヌの目に、つい今しがた立ち上り始めた炎と煙が映り込んだ。

 そうして前後の状況が繋がる。あの街はたった今、サーヴァントに攻撃されたのだ。

 

「街が……燃えてる……!?」

「急ぎましょう!」

「ランサー!」

「オレが先行する。マスターは嬢ちゃんたちと逸れんなよ」

 

 真っ先に走り出したジャンヌ。

 一言添えてからそれを追い抜き、疾走するランサー。

 彼らに続いてソウゴたちも、燃えるラ・シャリテに向け走り出したのだった。

 

 

 

 

 

「ランサー!」

「――――――」

 

 草原を走破し、街中を走り抜け、先行したランサーのもとまで辿り着く。

 彼は周囲を見回しながら、難しい顔をして立っていた。

 

「―――ランサーさん、生存者は……!」

「オレがちょいと見た限りじゃいない。そっちから見てどうだ」

 

 ランサーのその言葉はロマニへと向けられたものだ。

 彼の言葉を受け取って、一瞬ロマニは言葉を詰まらせる。

 生命反応の探査を終えたカルデアには、その答えがよくわかっていた。

 

『……駄目だ。その街に命と呼べるものは残っていない』

「そんな―――」

 

 この街は既に息絶えていると聞かされ、曇るマシュと立香の表情。

 そんな中でソウゴは、意識的に表情を消すように努めているだろうジャンヌを見た。

 

「ねえ、白ジャンヌに訊きたいんだけどさ」

「はい―――なんでしょう」

「白ジャンヌって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その質問に僅かに顔を上げ、彼女は酷く沈痛な面持ちを見せる。

 

「それは……あるといえば、あります。全てを焼き払わねばならないと考えて使えば、街の一つですら焼き払う事になるでしょう。ですが、そのような悪魔の心情で使える宝具ではありません。

 それに、もし仮に使えたとしても、このように街中に火を放ちながら破壊をして回った、と言うような破壊痕には恐らくならないでしょう。

 それに……いえ。とにかく、私であればこのような破壊は能力上不可能です」

 

 言葉を途中で打ち切り、首を横に振るジャンヌ。

 その答えに首を傾げるソウゴ。この犯行は明らかにごく短い時間で行なわれている。そうなればサーヴァントの宝具での凶行である、と考えるのは当然だ。

 だが彼女は、“ジャンヌ・ダルク”はそのような宝具を持っていないという。

 

「だとすると、やっぱり他のサーヴァントもいる? こんなのワイバーンだけじゃ無理だよね」

「……ですが」

「え?」

 

 自分の能力上ありえない。そう言ったジャンヌが周囲を見回す。

 彼女は一度だけ苦しげに目を細めた後、しかし。

 決然とした表情を浮かべ直して、ソウゴへと向き合った。

 

「……ですが、この凶行を為したのは恐らく()なのでしょう。こうしてこの場に居合わせて初めて、そう確信しました。

 ……いったいどれほど人を憎めば、このような所業を行えてしまうのか。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私には、それがまったく……」

『待った! 先ほど去ったサーヴァントが反転してこちらに急速接近中だ! キミたちの存在が察知されたらしい!』

「それはまさか、もう一人のジャンヌさん……?」

『1、2、……冗談だろう……!? 今そこに、五騎もの相手が向かってる―――!

 即時撤退だ! これじゃ決戦と変わりない。今そこで相手の総力とぶつかり合うなんて、どう考えたって無謀だ!』

「だってよ。どうする、マスター」

 

 声を張り上げるロマニのセリフに知ったことか、と。

 軽い笑みを浮かべつつ、ランサーは自分の手に朱槍を出現させていた。

 どうせマスターはそういう判断をするだろう、と分かっているとばかりに。

 

「もちろん、戦う。ここで逃げたらそいつらが次の街を燃やす。ならここは、俺たちが逃げていい場所じゃないでしょ」

『……っ、気持ちはわかる。けど、ここは特異点だ……! 有り得なかった歴史のifだ! 壊れた街も、失われた命も、最後に特異点の修復が完了すれば元の有り様に戻るから―――!』

「それでも。襲われてる人は()()にいる。俺たちだって()()にいる。

 だから俺は戦う。自分の民を守り抜ける―――俺はそういう、最高の王様になるんだから!」

 

〈ジクウドライバー!〉

 

 そう言ってソウゴは自分の腰にジクウドライバーを装備する。

 自動で展開し、腰に巻き付くベルト部分。

 

 それを見てランサーが肩を竦めつつ小さく笑う。

 立香とマシュは顔を合わせ、彼女たちもまた既に覚悟を決めてそこで頷き合っていた。

 

『ああ、くそう……! キミたちならそう判断するだろうとも!

 ―――どちらにせよ、もう間に合わない。けどせめて、相手と接触して勝てないと感じたらすぐに逃げるんだ! いいね!? 無駄死にこそ、この状況でもっともしてはいけないことだ。そんなことしたら王様失格だと思うよボクは! ボクに言えた事じゃないけれども!』

 

 Dr.ロマニの激励を背に受けた所で、彼の言う接近する五騎のサーヴァントが姿を現した。

 

 崩れ落ちた街、その崩落した建造物の上に現れる姿。

 

 ―――その姿は正しく、救国の聖女ジャンヌ・ダルクに相違なかった。

 ジャンヌ・ダルクとは真逆の印象さえ受ける、黒い鎧に身を包んだもう一人のジャンヌ・ダルク。彼女はその場を訪れると自分を見上げる白い聖女を見て、まるで劇的にふらりと揺れた。

 

「―――なんて、こと。まさか、まさかこんな事が起こるなんて」

「―――――」

 

 二人のジャンヌが邂逅する。

 悲鳴染みた声で盛り上がる黒いジャンヌと、無言で驚愕だけをあらわにする白いジャンヌ。向かい合う二人の姿はまるで同じ。表情と行動だけが二人の決定的な差違を物語る。

 

「ねえ、お願い。だれか私の頭に水をかけてちょうだい。

 まずいの、やばいの、本気でおかしくなりそうなの―――だって! そのくらいしてトばさないと、あれが滑稽すぎて笑い死んでしまいそうなんだもの!

 ほら、見てくださいジル! あの哀れな村娘を! 同情しすぎて涙があふれてしまいそう! ああ、ホントおかしい……! こんな小娘(わたし)にすがるしかなかったなんて、私が何をするまでもなく、こんな国はとっくに終わっていたって事じゃない!

 ねえジル、あなたもそう―――って、そっか。ジルは連れてきていなかったわ」

「あいつが……」

 

 散々目の前のジャンヌを笑っておいて、まだ笑い足りないとでもいうのか。

 くすくすと笑い声をこぼしながら、ジャンヌはジャンヌを嗤っていた。

 

 そうして、そんな二人目のジャンヌを前にしたソウゴが言う。

 

「やっぱり黒ジャンヌって感じだ」

「黒ジャンヌ、想像以上に黒ジャンヌだね……」

 

 その感想に立香も同意する。

 完全に鎧も服も旗も、もう何もかもが真っ黒な衣装なのだから。いや、旗は灰色だろうか。

 そんな流れからか、自分の反存在らしきものを認識したジャンヌが声を張り上げた。

 

「あなたは……あなたは、何者ですか―――黒ジャンヌ!」

「―――――」

 

 さっきとまるで逆だった。叫ぶ白ジャンヌと、絶句する黒ジャンヌ。

 だがそこでしっかりと堪えて、黒い女は皮肉げな表情を取り繕う。

 

「黒、ジャンヌ……ああ、そう、そうね。あなたからしてみればそうして呼ぶしかないってワケ? 私という存在は、自分ではない別のナニカでなくてはならない。そう言いたいってこと? それはそうでしょうとも。だって貴女は今でも救国の聖女サマ。私という破滅の魔女が自分の本性だったなんて、認められるハズもない」

「黒ジャンヌ―――困惑しています。

 その、ただの呼び分けのための呼称だと気付いていない様子です」

 

 彼女の口が回る中、盾の武装を済ませているマシュが小声で報告する。まあただの呼び名の問題だ。相手がそんな解釈してくるのは想定外だが、だからといって問題は何もない。

 

「誰が愚かだったのか、というお話ならこの国以上に私たちでしょう、ジャンヌ・ダルク。

 何故、こんな国を救おうと思ってしまったのか。何故、こんな愚者どもを救おうと思ってしまったのか。

 ―――私はもう騙されない。裏切りなんて許さない。そもそも、もう主の声だって聞こえない。主の声が聞こえないという事は、主は既にこの国に愛想をつかしたという事でしょう? だから滅ぼします。私はジャンヌ・ダルク、主の嘆きを現世において代行するもの。私こそがこの世界に蔓延る悪を焼却処分します。そのためにまず、私を裏切ったものどもを憎悪の炎で清算する。このフランスを死者の懺悔で塗り潰す。

 それが私。死を迎えて成長した新しい私、ジャンヌ・ダルクの救国です。まあ、あなたには理解できないでしょうね。いつまでも聖人気取り。憎しみなんてない、喜びなんていらない、人間的な成長なんてどこにもなかったお綺麗な聖処女サマには」

「……あなたは、本当に()なのですか……?」

 

 白ジャンヌの確認するような、けして大きくない言葉。

 それを聞いた黒ジャンヌが、大仰な動作で呆れたようなポーズをとる。

 

「いい加減に呆れたわ。ここまでわかりやすく演じてあげたのに、まだ疑問はそこなの?

 なんという醜い話かしら。この憤怒を理解しようとする意思すらもまるで感じない。けれど、私は理解しました。今のあなたの姿で、私という英霊のすべてを思い知った。

 ―――あなたはルーラーでもなければ、ジャンヌ・ダルクでもない。私が捨てた、ただの残り滓にすぎない。あなたには何の価値もない。ただ元の歴史を辿るように、()()()()()なんていう過ちを犯すために浮かび上がった亡霊に他ならない!」

 

 彼女が灰色の旗を振り上げた。

 同時、彼女が傍に侍らせていたサーヴァントたちが体勢を変える。

 

「バーサーク・サーヴァントたちよ、目の前の連中を蹴散らしなさい。雑魚の掃除ばかりでいい加減に飽きてきたところでしょう?

 喜びなさい! 相手は世界を燃やす私たちの相手に相応しい、()()()()()を掲げた勇者サマご一行なのだから!」

 

 その旗を振るう動作こそが彼女が下す命令(コマンド)であったのか、黒ジャンヌの影で大人しく静止していたバーサーク・サーヴァントたちが動き出す。

 一斉にこちらを目掛けて殺到する悪鬼の群れ。それこそが戦端が開かれた合図であった。

 

 

 



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バーサーク・ラッシュ1431

 

 

 

 バーサーク・サーヴァント。

 魔女ジャンヌ・ダルク―――カルデアにおいて黒ジャンヌと渾名された彼女が従える、この国を三度焼いてもお釣りがくるだろう屈強なるしもべたち。

 

 その先駆けとして先行するのは白髪鬼。戦場に似合わぬ黒い貴族風の衣装に袖を通した男。

 手にした槍にこそ神秘の気配は感じないものの、対して彼自身にはむせ返るほどの血と夜の臭気が染みついている。

 当然の如く手練れであることは言うまでもなく、得体の知れなさを考慮すれば、黒ジャンヌ軍サーヴァントの中でも彼がもっとも危険な存在である事は疑いようがない。

 

 ならば、カルデアサイドから迎え撃つために前に出る者は決まっている。

 

 朱色の魔槍が奔る。衝突する血濡れの槍と真紅の魔槍。

 瓦礫と化した家屋の上、高所からの急襲を彼は愛槍をもって難なく受け流した。

 弾き返された黒衣の男が、その勢いのままに後ろに跳ぶ。

 

「―――ほう。聖女の血と魂こそを求めるべき戦場とばかり思っていたが……余と打ち合うことに不足無き槍の名手と出会うとは。

 これは、迷う。美しき魂もよいが、強き魂もまたよいものだ」

「ハッ、バーサーカーでありながらオレと槍で競うってか? よくぞ言った、吸血種。

 貴様のその心臓、我が槍が貰い受ける――――!」

 

 悠然と着地した相手。それが血を啜るものと看破したランサーが、速攻の構えに入り―――横合いから襲撃してきた白き閃光に対応するべく大きく跳んだ。

 一拍遅れてくる奇襲は神速の刺突。その細剣(レイピア)特有の剣撃を、彼は槍の穂先で丁寧なまでにきっちりと受け流してみせる。

 

「―――粗野に見えて精緻。その槍の冴えを見ては、生憎だが誰かひとりでかかるような侮った真似はしない。幸いにも数はこちらの方が勝っている。バーサーク・ランサー、彼には私とふたりで当たってもらおうか」

「バーサーク・セイバー……」

 

 ランサーを横合いから強襲した麗人の姿は、既にバーサーク・ランサーの隣にあった。

 速い、いや上手い。立ち振る舞い、足運び。根本的な性能を凌駕する技量の冴えこそ、バーサーク・セイバーの真骨頂であるとその一瞬で理解できる。

 

 その事実に内心舌打ちするランサー。これは突破には時間がかかりそうだ、と。

 

「バーサーカーのクラスを二重取得……いや、狂化の後付けか? どっちにしろロクでもねえ」

「……竜の魔女(マスター)の指示とあれば仕方あるまい。だが、彼奴の血と魂は私が貰い受ける」

「好きにするといい。私は勝利の栄光を戴こう」

 

 泰然と構えて王道の槍を振るう(バーサーク)・ランサー。

 その足回りで相手を掻き乱し、B・ランサーの進軍を補佐してみせるはB・セイバー。

 さながら移動要塞染みた二人のサーヴァントを前に、クランの猛犬は凄絶に笑った。

 

「ハッ……やれるもんならやってみな。

 ―――先にテメェらがくたばらなきゃの話だがな!」

 

 

 

 

 

「敵サーヴァント、来ます! マシュ・キリエライト、戦闘を開始します!

 マスター、指示をお願いします! ジャンヌさん、一緒に!」

「は、はい―――サーヴァント・ルーラーとしてマスター・藤丸立香、並びに常磐ソウゴに協力を要請します。私にもどうか指示を!」

 

 マシュが盾を前に構え、ジャンヌが旗を振り翳す。

 そんな彼女たちの前で悠然と歩みを進めるのは一人のB・サーヴァント。

 その衣装で外を歩くか、と言いたくなるほど扇情的にキめた女性が立ちはだかった。

 

 目元を覆う黒い仮面をしているが、しかし趣味の悪い嗜虐的な表情は余すことなく口元だけでも十分なほどに表現されている。挙句、彼女が手に持つ杖から延びる鎖に繋がれているのは、金属で出来た聖母の像。

 信仰のための偶像などではないのは、見れば誰もが理解するだろう。

 

 それこそは鉄の処女(アイアンメイデン)

 ―――彼女のライフワーク、処女の血を絞るための日用品なのだから。

 

「ふふ、運がいいわ。殿方は殿方同士で殺し合うようだし、こちらの聖女たちは全部私の獲物、ということでしょう? 一人余計な男もいるようだけど……まあ、よしとしましょう」

『そのサーヴァントの霊基を確認した! この……なんだ、これ、バーサーカー?

 いやアサシンのはず。どっちか、というわけじゃないぞこれ。まさか、どっちもか!?』

 

 B・アサシンは鎖を引きずると、それを当然のように思い切り振り抜いた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 咄嗟に盾でそれを防ぐマシュ。

 だがそれが余りにも予想外の鈍器だったからか。そして直接殴り合うような手合いには見えないにも関わらず、その膂力が想像を越えたものだったからか。

 盾のサーヴァントは衝撃を堪え切れず僅かに態勢を崩して、蹈鞴を踏んだ。

 

 弾かれて宙に浮いた聖母像が、再び力任せに引き寄せられて突っ込んでくる。

 それに盾をかち合わせ、再び弾け飛ぶマシュと聖母像。

 

「っ……!」

「あら、頑張るのね。ええ、ええ、それでこそです。目の前にあるのは新鮮で傷一つない瑞々しい果実。ならば刻み潰して血を嗜み、肉を捨てる。これぞ夜の貴族らしさと言える趣味。

 喜びなさいな、まずはあなたの血を絞り出してあげましょう」

 

 再びアイアンメイデンが宙を舞う。鉄の塊が余りにも簡単に空を行く。

 そんな中、ロマニからの報告が耳を叩いた。

 

『気を付けてくれ! 敵サーヴァントは恐らく『狂化』している! 理性を喪失させる代わりに、ステータスが1ランク上昇するという特性だ! 完全に理性を失っているわけではないみたいだけど、嬉々として破壊活動を行うようになるように理性の一部だけを意図的に崩壊させて、かつステータス上昇の恩恵をある程度受けられるようにしているんだ!』

「―――白ジャンヌはあのハンマーの鎖を狙って! マシュはそのために!」

「……っ、はい! 敵武装、()()()()()!」

 

 B・アサシンの腕が鎖を振るう。差し向けられる鉄の処女(アイアンメイデン)

 それを前にしながら、マシュが体に力を込めた。マスターの指示に応えるため、彼女の盾が攻撃的に迫りくる超重鈍器を迎え撃つ。

 大盾は迫りくる凶器を受け止めるためではなく、弾き飛ばすために横薙ぎの軌道で振るわれる。激突と同時に弾ける、鋼がぶつかり合う盛大な不協和音。

 盾の殴打を受けたB・アサシンの武装が、その衝撃で地面へと叩きつけられた。

 

「あら?」

「はぁっ―――!」

 

 聖女の反応は即座のもの。旗の穂先が弧を描き、杖と聖母像を結ぶ鎖を引き千切った。

 そのままの勢いでジャンヌはB・アサシンへと向けて疾駆する。

 間の抜けた様子で地面に転がった聖母像を見て首を傾げている敵サーヴァント。

 そんな隙だらけの女を撃破するべく走り―――

 

「ハンマーだなんて、そんなものと一緒にしないでくださいな。

 ―――ええ、確かにそれは……クルミの油を搾るように、処女の血を搾るためのものだけれど」

「っ、ジャンヌ! 後ろ!」

「――――!?」

 

 B・アサシンを目掛けて疾走を開始したジャンヌの前で、彼女の手にする杖の先端が輝き出す。その途端、ジャンヌの背後で薙ぎ倒されていた聖母像がひとりでに立ち上がっていた。聖母の胴体は大きく観音開きになり、内部に設けられた悍ましい針山を曝け出している。

 そして、死の抱擁でジャンヌを包むべく、尋常ではない速度での駆動を開始していた。

 

 驚愕によって反応の遅れたジャンヌが、鉄の扉に今にも包まれようとする―――その瞬間。

 

〈仮面ライダー! ジオウ!〉

 

 空を舞う、四文字の片仮名がアイアンメイデンを吹き飛ばした。

 

「――――何かしら、それ」

 

 地を滑る聖母像を吹き飛ばした文字が、飛んできた方向へと引き返す。

 そこに立つのは黒と銀で構成された時計を思わせるアーマーを纏った戦士。

 『ライダー』の四文字が顔へとはめ込まれ、彼の変身シークエンスは完成した。

 

〈ジカンギレード! ジュウ!〉

 

「俺も戦うから指示は立香に任せた!」

「わかった!」

 

 手にしたジュウで、B・アサシンを目掛けて発砲する。

 顔を顰めた彼女が杖を一振りすると空に黒い穴が開き、吹き飛ばされていた聖母像が戻ってくる。それを銃撃への盾としながら、その陰で彼女は顔を大きく歪ませた。

 

 

 

 

 

「あら、あれは知りませんでしたね。あれもデミ・サーヴァントのようなものかしら」

 

 それらの戦場を高見の見物しながら、黒ジャンヌはそう呟く。

 そして背後に侍る最後のサーヴァントへと視線を向けた。

 

「相手のマスターが戦える、というならば今は3対4。

 数の不利はむしろこちらが負ってしまったようです。だとすればこれは、あなたが宝具を使う展開でしょう? バーサーク・ライダー」

「―――ええ、そういうことになるのかしらね。では、私に祈れというのね? マスター」

 

 十字架の杖を手にしたB・ライダーは、眼下の修羅場を見ながら気のないように答えた。

 それを聞いた黒ジャンヌが鼻で笑う。

 

「まさか! だって私の口からそのような事が言えるはずがないでしょう? 相手はこの身より余程由緒正しき()()()()なんだもの、そんなこと恐れ多くて言えるわけないじゃない?

 ―――私はただ、竜を従える狂気の聖女がするべきことを、あなたから後学のために学ばせて頂くだけ。ええ、ですから期待はしますとも。

 だって、あなた以上に竜が似合う聖女なんて他にいないでしょう?」

「よく言うわね。ああ……けれど、従うしかないわけね。

 だってこの身は狂気に染まったもの。だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 黒ジャンヌの言葉を受け、大きく表情を歪めたB・ライダー。

 しかし彼女はそこで溜息を噛み殺して、きつく目を瞑る。

 

「神が五日目に創りたもうたリヴァイアサン。

 ――その仔にして、数多の勇者を屠ってみせた狂猛の怪物。愛を知らぬ哀しき竜……」

 

 彼女の口上は呼びかけるように。今は自分と共にあるものを呼び寄せるために。

 自分は仕方ない。けれど、彼をそれに付き合わせる事に大きな罪悪感を抱きながら。

 

「ここに……星のように―――! “愛知らぬ哀しき竜よ(タラスク)”!!」

 

 そうして、告げられる宝具の名。

 己の戴く彼女とともに戦うため、彼は空を裂き、この戦場に流星の如く飛来する―――!

 

 

 

 

 

「一気に決める!」

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

 3対1という不利な状況に陥ったB・アサシンには、防戦一方以外の回答がなかった。本来は相手を食らい血を啜るアイアンメイデンも、銃撃の盾として運用されれば何もできない。

 攻撃には秀でていないマシュ、サーヴァントとして不完全な状態であるジャンヌ。彼女たちの火力の不足をジオウは完全に補って、今にもB・アサシンを撃破する寸前まで追い詰めていた。

 

 ジオウライドウォッチをジュウモードのジカンギレードに装着。

 彼女に銃口を向けて一気に決着をつけようとした―――その瞬間。

 

『ソウゴくん! 今すぐその場から逃げるんだ! とてつもない魔力の塊が、君を目掛けて空から落ちて―――!』

「え? ぐぁッ、――――!?」

 

 ロマニの声が終わる前に、ジオウの防御能力が全力で稼働する。天から落ちてきた回転する円盤状の何かが、隕石の如く落下してきてジオウを直撃していた。

 

 回転は止まらない。それどころか加速する。ガリガリとジオウを丸ごと削り節にでもしようかというような、途轍もない掘削音が内部まで響いてくる。ジオウの装甲が限界が迫っていると悲鳴を上げている。意識が消し飛びそうな衝撃もソウゴを襲ってくる。

 だが、このまま大人しく意識をトばされれば、その後どうなるかなど考えるまでもない。

 

「が、ぐ……! こ、んのぉッ――――!」

 

〈ジオウ! スレスレシューティング!〉

 

 ソウゴはそれを回転する円盤型のノコギリのような、自分に接触している敵だと判断する。まるで洗濯機の中のぶち込まれたような極限状況であっても、ジオウ頭部のクロックブレードAが現状の状態を収集し、オウシグナルによって正確な状況の割り出しを可能としたのだ。

 

 だからこそ、この衝撃の原因である円盤らしきものは()()()()()()()であり、その回転の力が一番弱い腹を撃ち抜く事こそが、この状況を打開できる唯一の可能性であると結論した。

 必死に伸ばした手の先、何とかトリガーを引くことで迸らせた銃撃。それが円盤に炸裂し、大きく軌道を変えさせて吹き飛ばした。

 

 解放されつつも同じように吹き飛ばされたジオウが、家屋の残骸に直撃して体を沈める。

 亀らしき生物もその突破力で多くの瓦礫を巻き込み削り飛ばし、その巨体を巻き上げた粉塵の中に沈めて、見えなくなってしまった。

 

「ぐっ、ぅ……! はぁっ、はぁっ……今の、なに……? でかい亀……?」

『―――こちらでも反応を確認した……! その反応は亀でもなければ、先程のワイバーンのような魔獣レベルの存在でもない……!

 正真正銘、神代にのみ生きた幻想の生命……! その頂点に立つ()()だ―――!!』

 

 ロマンの緊張に固まった声。それと同時に舞い上がった粉塵を吹き飛ばしながら、幻想種がその顔を見せた。

 生物とは思えぬ巨体。棘に覆われた堅牢な甲羅。太く強靭な六本の足。毒針のささくれ立つ長い尾。そして巨大な角が生えた頭。

 

 自然界にはあり得ないだろう大怪獣が、今このフランスの地に降り立ったのだ。

 

「やっぱでかい亀じゃん……!」

「グォオオオオオオオッ――――!!」

 

 姿を見たソウゴが、自己主張の強い甲羅を見て断定する。

 それに怒ったのか関係ないのか、超常生命たる竜種は戦場全てを竦ませるほどの咆哮を放った。

 

 

 

 

 

 細剣の軌跡は最小限に。その剣は確かに、槍の刺突を受け流すためだけに振るわれていると示す。ランサーであってさえもその守勢を突き崩すは容易ではない。

 だというのに、彼? 彼女? とにかくB・セイバーは刺突を防いだかと思えば体を引く。

 

 その背後から黒き槍が苛烈なる威力でもって突き出してくる。

 小さく舌打ち。体を捻り、その槍を横合いから蹴りつけることで横に逸らす。その瞬間、足が浮いた彼を目掛けてレイピアの刺突が殺到した。

 朱槍を繰り石突で地面を叩き体を跳ねさせ、その間合いから外れる。

 

 切り返された黒の槍が、今度は空中に投げ出されたランサーを狙い突き出される。せっかく宙で回転している体だ。そのままの回転を槍に乗せ、相手の槍を()()()()

 殴りつけた勢いのまま、弾き飛ばされるランサー。

 

 両の足と片手で着地し、距離を取った敵二人に視線を向ける。

 最初の印象に反して特にB・セイバーが厄介だ。B・ランサーは後付けの狂化と()()()()()()()()()。狂化の度合いが他の連中よりも高く、技量という点が大きく欠けている。

 ……とはいえ、突破できていない時点で強がりでしかないか、と自嘲する。

 

 ランサーの戦場のすぐ近くで、竜が咆哮を上げている。

 明らかにこの戦場の最強存在だ、これほどのものは流石に予想外のジョーカーだった。とにかくランサーはすぐにあちらに回らなければならない。

 だが当然、B・セイバーもB・ランサーも放置するわけにはいかない。

 

「―――これ以上のんびりもしてられねえな。行くぜ」

「ほう。宝具か」

 

 B・ランサーが彼の纏う魔力の奔流を見て息を呑む。

 

 朱槍に食わせた魔力が呪いを起動するための呼び水となり、魔槍はその真価を発揮する。強大な呪力。たとえどれほど鈍感なものであれ、これが死を招くものだと理解できない筈がない。

 だが、それを見たB・セイバーが前に出る。

 

「私が迎え撃とう。宝具には宝具―――この身が抱く王家の百合をもって」

「遊んでる暇はねえ、さっさと決めさせてもらう」

 

 ランサーの足が大地を踏み砕くほどに沈み―――

 瞬間。圧倒的な踏み込みの速度が、彼の姿が喪失したと錯覚させた。

 

「――――“刺し穿つ(ゲイ)

「――――“百合の花咲く豪華絢爛(フルール・ド・リス)”」

 

 待ち受けるB・セイバーの宝具。

 展開された宝具はB・セイバーの姿を覆うほどの百合の花弁となって顕現し、周囲を舞う。

 

 だがそれごと貫くつもりでランサーは更に加速する。

 相手の宝具で迎撃する事に怯えて、自分の宝具を引くことなぞできるものか。

 自分の宝具こそを真っ先に信じずして、何が英霊か―――!

 

死棘の槍(ボルク)”―――――!!」

 

 因果逆転の魔技が奔る。

 これが発動した以上、既に“相手の心臓を貫いた”という結果が確定している。ならば、今ここで放った槍の軌跡はB・セイバーの心臓を目掛ける以外にあり得ない。

 

 真紅の魔槍は過たず、舞い散る白百合の花弁に身を隠すB・セイバーを確実に捉えた―――

 

「ッ――――!」

 

 だと言うのに、何の感触も得られぬまま、彼の槍は()()()()。ランサーが撃ち込んだ刺突の衝撃で、白百合の花弁が周囲に撒き散らされた。

 けれどそこにはB・セイバーの姿は既にない。確実に捉えた、というのにそこに何もなかった。その事実に一瞬、ランサーの意識が奪われる。

 

 その間隙、見過ごすなどという甘さはない。

 

「――――捧げよその血、その命」

 

 黒きランサーは白百合に紛れながらか、既にこちらを射程に捉えていた。

 あのB・ランサーの速度はそれほどだったか、という疑問が沸く。

 まるでこちらがB・ランサーの位置取りを()()していたかのような不自然―――

 

「“血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)”――――!!」

 

 B・ランサーの胴体を突き破り、縦横無尽に(はらわた)―――否、“杭”が溢れ出してくる。彼の体内からだけではない。その宝具を発動した瞬間に、周辺の地面からも大小無数の杭がこの空間を埋め尽くすべく氾濫を始めていた。

 

 そしてその杭が目指すのは、槍を放ち硬直したランサーの血肉に他ならない。

 

 

 

 

 

「―――バーサーク・ライダーに感謝をしなくてはね。よくぞ邪魔な殿方を消してくれました、と。ええ、本当に……今までよくもやってくれた、と普段以上に力が入ること。

 とはいえ、あんな子供は知ったことではない。彼がやってくれた分は、あなたたちに血と悲鳴を捧げさせることで償って頂きましょう」

 

 銃撃の盾となっていた聖母像が始動する。

 血を吸う牙を腹の中に抱えたそれは、B・アサシンの怒りに応えるように小刻みに震えていた。

 彼女の総身に魔力が充足していく、それが宝具の起動の予兆であることに疑いはなく―――

 

「くっ……!」

「マシュ! 宝具での防御を―――!」

「了解しました! ジャンヌさん、下がってください!」

 

 マシュが前に出る。

 彼女が構えるその盾こそ、騎士王の聖剣さえも跳ね除けた人理の盾。

 

「全ては幻想の内……けれど少女はこの箱に。“幻想の鉄処女(ファントム・メイデン)”―――!!」

「宝具展開――――! “疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”―――!!」

 

 その場に光の盾が聳え立ち、その盾に少女を貪り食らう死の牢獄が激突した。

 大きく開いた聖母像の腹には、血に飢えた鋭い棘が不規則に並んでいる。

 それを突き立てるように突撃してきた鉄の聖母像はしかし、純粋な守護の意思こそが支える光の盾により進軍を完全に塞き止められた。

 

「今なら……!」

「白ジャンヌ!?」

 

 アイアンメイデンと光の盾の拮抗を見たジャンヌが、その衝突を飛び越えB・アサシンを討ちとるべく跳躍の姿勢に入っていた。

 止めようとする立香の声は、既に遅い。

 

 旗を武器とし跳びかかってくるジャンヌを見たB・アサシンの顔が愉悦に歪む。彼女は手にした鮮血の魔杖を振り上げると、自身の頭上へとスイングされた聖女の旗を易々と防御してみせた。

 

「っ……!?」

「ふふ、サーヴァントとしての意識なんてまともに持てていない。けれどサーヴァントとして動こうとする。サーヴァントとしての成果は求める。

 そんなことが上手くいく、なんてことがあるわけないでしょう? その点だけで言うのなら、あっちのデミ・サーヴァントの方がまだマシ、という話よ」

 

 B・アサシンの空いた手、その爪に血が滴る。指先を濡らす血が光を帯びた瞬間、彼女はそれをジャンヌに向けて振り放つ。

 放たれるのは赤黒い閃光となって奔る鮮血の波動、血の刃。ジャンヌはもろにそれの直撃を受けて、大きく吹き飛ばされて地面に転がった。

 

「くっ―――!? ッ……!」

「だって貴女、うちのマスターを見て、ほんの少しでも思ってしまったのでしょう?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ―――そんなのあるわけないでしょう? 成立した私は私以外の何者でもないし何者にもならない、なれない。ああ、頭が痛い。だって、そんなのおかしいでしょう? おかしいわ」

「―――っ、狂化……っ? ぐっ……!」

 

 狂気に侵され動きが止まる女。その隙にジャンヌが旗を支えに何とか立ち上がり―――その瞬間。仮面の下のB・アサシンの瞳がぐりんと蠢いて、ジャンヌの姿を捉えた。

 

「頭痛がする。頭が痛い。頭痛が止まらない。足りないからだわ―――少女の血が。美しいモノの血が。ああ、早く浴びないと。だってこれが、私の……」

「っ……! 敵宝具、軌道変更……!? ジャンヌさん!!」

 

 鉄の処女が大人しくなり、マシュの盾によって弾かれ―――その勢いのまま、今度はジャンヌに向けて疾走を開始した。

 未だ態勢を崩したままであるジャンヌの背後から、血を絞る吸血拷問具が迫る。

 

「っぁ、くっ……!」

 

 それを旗で迎撃しようとすれども、体が言う事を聞かない。

 しかしせめて迫るアイアンメイデンから目を逸らさずに待ち受けて――――

 

 そのアイアンメイデンが、横合いから硝子の暴れ馬に強襲された。

 盛大な激突音を響かせながら腹の開いた聖母像を横倒しにする硝子の馬。

 

「え……!?」

「ごきげんよう! そして、ごめんなさい? 優雅さにかける操縦でいきなり激突してしまったけれど、悪気があったわけではないの。ただ、わたしはこちらの白い方のジャンヌさんの味方をしたいと思って、身を乗り出してしまっただけなのですから!」

 

 硝子の馬に腰かけて声をかけてくるのは、赤い衣装に白百合の如き髪の女性。

 その女性は言い終わると同時に、はっと気づいた風に新たな言葉を続ける。

 

「ええ。悪気はないのだけれど、わたしが愛する国を焼くあなた方には、わたし、きっちりと敵意をもって接します。

 だって、それこそがわたしの―――この国の王妃としての、わたしの役割なのですから!」

 

 にこやかに竜の魔女との敵対と宣言する彼女の周囲に硝子の薔薇が咲き誇る。

 まるで彼女が立つ場所こそが花園であると謳うがごとく。

 混迷する戦場に、蝶よ花よと()()()()()()()新たなサーヴァントが舞い降りた。

 

 

 



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硝子の王妃1431

 

 

 

「―――この結果にまさか、と驚いてみせるのはあるいはキミを甘く見すぎているか」

 

 細剣の切っ先を揺らし、構え直すB・セイバーの視線の先。

 そこには全身に傷を負い、血濡れになったランサーの姿がある。

 

 その声には、()()()()の宝具を浴びてまさかこうして生還してみせるとは、という称賛に似た響きがある。挙句、負った傷だってあの状況から何とか脱した、という状態にしては不相応に軽い。けして軽傷ではないが、けれど致命傷には程遠い。

 

「あの状況から余の槍をこうまで避けてみせるか……その体捌き、見事というより他にない」

「……チッ、こっちの槍を空振らせておいてよく言いやがる」

 

 そう言い返す彼は、体の各所に穴を開けられている有様だ。ただ青い装束は大半が血で赤く染まっているが―――しかし戦闘には支障ない。アイルランドの光の御子ことクー・フーリンこそ、そのような大英雄。己が傷すらも凌駕し、戦い続ける事の出来る不退の戦士。

 彼は口から血溜まりを吐き捨てると、再び真紅の槍を構えに入った。

 

「……ああ、いや。空振らせた、じゃねえか。オレが勝手に空振っただけなワケだ」

 

 槍の穂先を僅かに揺らしながら、彼はそう呟いた。

 そして自身の一撃が攻略されたにも関わらず、ランサーは不敵に笑う。

 

 そんな男の顔を見たB・セイバーが軽く肩を竦めた。

 

「いいや、空振りなんかじゃない。あの一撃は確実に、キミが狙ったモノの心臓を貫いたとも。

 何故なら私たちはキミのその槍を躱す手段も、防ぐ手段も持ち合わせていないのだから。なら私たちがどうにかしようと思えば、出来る事は限られているだろう。

 ―――たとえば、最初からキミに幻影を狙わせる、といったようなね」

「……それがテメェの宝具ってことか。よくもまあ、オレの槍にああも見事に合わせられたもんだ。完全に幻影こそをお前と誤認した。ならまあ、この結果も当たり前だ」

 

 してやられた、と相手を認めつつも吐き捨てるように語るランサー。

 その調子の言葉を聞きながら、腸を食い破り外界へと進出した杭を切り離すB・ランサー。

 彼の方こそがこの状況に顔を渋く歪ませた。

 

「これが当然の結果と言うのならこちらこそがしてやられた、と言わねばなるまい。

 ルーラーより貴様の真名も宝具も通達があり、二人のサーヴァントが宝具を開示した。だというのにも関わらずこの醜態。なるほど、これが音に聞こえしクランの猛犬と呼ばれる大英雄。

 そう称賛するより他にあるまい?」

「……なるほど。そっちのルーラーには力があるわけだ」

 

 背後の決戦、戦闘音は留まる事を知らず激しくなっていく。

 自軍にあの竜が降臨したからには、バーサーク・サーヴァントたちは時間を稼げばそれだけで意味がある。あれ一頭で、こちらを十分以上に壊滅させられる戦力であることに疑いはない。

 

 対するランサーは早々に決めなければならない。なにせ、あの竜と戦う羽目になっているマスターこそがもっとも危ないのだから。

 

(耐えろよマスター、こっちもどうにか……)

 

 彼が心中でそう口にしたその瞬間、この戦場に大きな変化が訪れた。

 

 

 

 

 

〈ゼロタイム! ギリギリ斬り!〉

 

「こん、のぉっ!!」

 

 再び竜が回転を始め、自身を全てを削り砕く武器と変えて空を舞っていた。

 それの突撃に合わせた、ジカンギレードの高出力斬撃。光の刃を形成し、振り抜く一撃はしかし、亀の甲羅を突破できずに衝突するだけ。

 それどころか回転の衝撃にジオウのパワーですら耐え切れず、その腕がジカンギレードを保持していられない。回転に巻き込まれた刃が、両手でしっかりと握っていたにも関わらずすっぽ抜けて、ぽーんと盛大に彼方へと吹き飛ばされてしまった。

 

 竜の体はそのままジオウに激突し、彼を大きく吹き飛ばして地面へと転がした。

 

「か、たっ……! いっ、たぁ……!」

 

 ギレードを持っていた手が痺れて震える。ジオウのスーツの握力すら、その衝撃に機能が麻痺していた。痺れを鎮めるように手首をぷらぷらと揺らしながら、着地して再び顔をだした竜を睨む。

 堅牢かつ、棘が生え揃う凶悪な甲羅。それを纏った巨体が回転する事により生み出される尋常ではない突破力。今のジオウにはそれを止める手段がない。

 

「一体どうやって……」

「ドラゴンにはドラゴンの力さ、我が魔王」

 

 突然の声。ええ? と困惑しながらも、その声の出所に目を向ける。

 そこには予想通り、瓦礫の上に立ち誇るウォズの姿があった。

 

「ああ、また出た……いま忙しいんだけど!」

「なればこそ、今こそ君は世界から葬られたウィザードの歴史を手にして、立ち塞がる竜を撃破する時だ。なにせ、ウィザードの魔力の源はドラゴンの力……その力さえ手にすれば、あのような亀ごときなど恐るるに足りず!」

 

 ウォズの大仰な手振りが竜を指し示す。

 亀などと呼ばれたからか、その鼻息がいっそう強まったような気がする。

 

「……で! そのウィザードの力ってどうやって手に入れるの!?」

「それは無論、我が魔王がその意思により力を手にすることを望みさえすれば、自ずとその掌中に収まることでしょう」

 

 そう言って彼は恭しく礼をする。

 言われたからか、自然と己の掌を見つめるジオウの視線。

 先に見た夢の光景が、脳裏にフラッシュバックする。

 

「ドラゴンで、魔法使いで……えーっと、最後の希望……?」

 

 とにかく思い浮かんだワードを上げていくが、どうにも繋がってる気がしない。

 けれどこの状況を変えられる可能性があるなら、とにかく試してみるより他にない。

 

「魔法……魔法、魔法……あー……

 ―――チチンプイプイ! ウィザードの力よ、……えっと、出ろー!」

 

 とりあえず叫んだ言葉。しん、とドラゴンさえも静かになった気がする。

 が、直後に竜は六本の脚を全力で駆動させ、こちらに向かって走り出した。

 迫る巨体を見て、ソウゴがウォズを振り返る。

 

「やっぱ駄目じゃん! もういいからどっか行っててよウォズは!」

「やれやれ……仕方ないね。では、頑張ってくれたまえ我が魔王」

 

 そう言ってウォズは軽く腕を振るい、ストールを広げてみせる。

 広がったそれに呑まれ、彼はあっという間にその姿を消した。

 

 直後に突撃してきた竜の巨体がジオウを直撃する。咄嗟の防御など容易に突破し、突き抜ける衝撃。その威力を受け、盛大に火花を散らしながら吹き飛ばされるジオウの体。

 だが竜の歩みはそこで止まらない。そのまま地面に転がったジオウを踏み潰さんと、追撃のために更なる加速をしてみせる。

 

「くっ……なら、これで!」

 

 転がりながら、腕のホルダーからウォッチを外して投げる。

 それが真っ二つに開かれ、ジオウが乗れるほどのサイズへと巨大化した。

 

 ―――ライドストライカー。

 仮面ライダージオウの装備として供えられた特殊バイク。

 地面を打って飛び上がりながらそれに乗り込み、加速させる。

 

 それは竜の疾走速度を凌駕するスピードに即座に達し、巨体による突撃の攻撃範囲から容易に脱出してみせた。そのまま先程弾き飛ばされたジカンギレードを拾いに走る。

 走るだけでは追いつけぬ、と。即断した竜は再び体を回転させ始めて宙を舞い、圧倒的な破壊力を行使する体勢に入った。

 

 地面に突き刺さったギレードを引き抜くと、そんな竜へと向き合うジオウ。

 

「こいッ―――!」

 

 飛来する回転円盤。ぎりぎりまでそれと正面で衝突するように走り、衝突の寸前にハンドルを切り、それとすれ違う。

 すれ違いざまに振り放った剣はしかし、傷つける事も出来ず弾かれる。それどころか反動でバイクの車体が大きくぶれ、制御しきれずに横倒しにされて地面を滑った。

 

「あぁ……駄目だ、これ。ちょっとどうしようもないかも……!」

 

〈ジュウ!〉

 

 ガリガリと地面を削りながら滑るジオウが、自信なさげに呟く。

 とにかく、横転したライドストライカーと一緒に地面を滑りながら銃撃を見舞う。当然のようにそれは相手の甲羅に弾かれ霧散した。まるで効果がない、というのがよく伝わってくる。

 

 突破口が見つからない。そんな疲労感で滲み出すソウゴの視界。

 直後、彼らの周辺一帯に突然―――()()()()()が咲き始めた。

 

 

 

 

 

「――――!?」

 

 戦場に咲き始めた硝子の薔薇。それを見たB・セイバーが目を見開いた。

 その直後。空を翔ける硝子の馬が、B・アサシンが戦場とする空間に襲来していく。

 

 状況の変化を見て取り、怪訝そうな表情で周囲に小さく視線を走らせるB・ランサー。

 

「……新たなサーヴァント? ()()()()と見えるな」

「……さてね。生憎、オレは知らんさ」

 

 顔を顰めるB・ランサーに、おどけて返すランサー。

 

 明らかに動揺が露わになったB・セイバーを見て、既にランサーは行動を決定していた。

 彼は流す血にさえも構わず疾走を開始する。驚愕の最中にいながらしかし、B・セイバーは迫る槍兵を前にすぐに自分の役割を取り戻した。

 

「―――如何な大英雄とはいえ、その身でなお私たちを討ち取れるつもりかい?」

「ハッ―――テメェらの目で確かめてみな!」

 

 槍と細剣と幾度か交差させ、立ち位置を変動させながら競り合う。

 その光景にB・ランサーの目が細まる。

 ランサーのステップは、まさしく彼の()()を阻むような立ち回りに相違ない。

 

 それはいい。2対1となれば、霊格高きクー・フーリンとはいえ一人ずつ処理していくという流れに持ち込もうとすることに不自然はない。

 だがおかしいのはB・セイバーだ。先程まではそれを流麗に捌き、B・ランサーの介入を成立させる立ち回りを演じて見せていた。その腕前に疑念を向ける余地はない。だが、今は……

 

 いや、もはやあの剣は槍を捌くに止まらず、ランサーの身に斬り刻まんとする狂気じみた強い意志すら感じる。バーサーク・サーヴァントならおかしくない、が。

 先の硝子の薔薇を見てからの変調であるならば、これはただの暴走であると断ずるより他にない。

 

「―――となれば」

 

 状況はむしろランサーの方こそ防戦一方だ。

 槍を大きく回しながらレイピアの刺突、斬撃をきっちり凌いでみせている。

 だがあの朱槍を回転させながら奔らせる防御行動自体が、いささか以上に大仰に見えた。

 

 なにせ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――

 

「―――下がれ、バーサーク・セイバー」

 

 即座に己の槍を地面に突き刺し警告の声を飛ばす。

 串刺し公の持つ宝具の特性が発揮される。

 地面からは大量の杭が飛び出し、それは迷う事なくランサーを目掛けて殺到していく。

 

 一応味方である自分さえ巻き込む事も構わず、と言わんばかりに放たれた杭を見て、僅かに理性を取り戻すB・セイバー。

 

「なにを……!」

「気づいたか? だがもう遅ぇッ!!」

 

 だがその杭が届き、()()()()()()()()()()を台無しにされる前に、彼はそれを起動した。

 彼が叫んだそのタイミングで、剣と槍が交差していた戦場の地面が輝きを帯びる。思わず息を呑むB・セイバーの視線が、地面に描かれた複数のルーン文字を捉え―――理解した。

 ランサーがその脚力を全力で発揮したバックステップで、爆心地からの距離を開ける。

 

「しまっ……!?」

 

 瞬間、その場から巨大な爆炎が溢れだした。

 

 

 

 

 

 B・アサシンに追い詰められる白ジャンヌを眺めていた黒ジャンヌが、その突然の乱入に顔を顰めていた。

 

「……そう。この国の防衛本能? それともこの世界の? まあどっちでもいいでしょう。

 ようこそ、焼き払われたフランスへ。王妃マリー・アントワネット」

 

 ルーラーの目はその闖入者、硝子の少女の正体を即座に看破せしめていた。

 フランス王妃、マリー・アントワネット。

 国を愛し、民を愛し、国の象徴たる白百合として輝き続け―――しかし望まれなくなった故に首を落とされた。王権の繁栄と失墜、両方をその身一つで象徴する硝子の王妃。

 彼女は硝子の騎馬から地面に足をおろすと、高みから自分を見下ろす黒き魔女に顔を向けた。

 

「ええ、はじめまして。我が愛しの国を荒らす竜の魔女さん。

 無駄でしょうけど、質問よろしくて? あなたという方は、このわたしの前でまだ狼藉を働くほどに邪悪なものなのですか? それは革命を止められなかった愚かな王妃(わたし)以上に、自分が愚かであると宣言するようなものでしょう?」

「……黙りなさい。私があなたに許すのは、あなたが愛するというこの国が燃え落ちるサマを見届ける事だけ。この戦いに差し出口を挟む権利なんて、あなたには無いと知りなさい」

 

 黒ジャンヌは蔑むように、マリーへとそう断言した。

 それを聞いたマリーはしかし、不思議そうに首を傾げる。

 

「あら、どうして?」

「宮殿で蝶よ花よと愛でられて生き、何もわからぬまま首を断ち切られた王妃。

 あなたに一体、我々の憎しみの何が理解できると?」

「そうね、それはわからないわ。だから余計にあなたのことを知りたいの。

 わからないことは、わかるようにする。それがわたしの流儀。なら、せっかく本人がここにいるのだから、直接聞いてみるのが一番でしょう?」

「―――――」

 

 白百合のように美しい微笑みを浮かべるマリーに、黒ジャンヌの表情が歪む。

 

「そう、私の気の迷いだったようですね。何もできないにしろ、せめて国の亡びるサマを見せてあげよう、などという慈悲は一切不要でした。

 何もできぬまま、何も理解できぬまま、ただこの国から消えるがいい。バーサーク・アサシン。まずはあの鬱陶しいお姫様を始末なさい―――!」

 

 黒のジャンヌが旗を振るう。

 理性がトんでいただろうB・アサシンが、虚ろながらもその行動を再開した。

 それを少し悲しそうに見上げた後、しかし声高に誰かに向かって呼びかける。

 

「―――ええ、ここは戦場ですものね。きっとそうなってしまうだろうと思っていました。

 お待たせしました、アマデウス。機械みたいにウィーンとやっちゃって!」

 

 呼びかけられた誰かは、戦場を全て俯瞰できるほど山積みになった瓦礫の上にいた。手にした指揮棒(タクト)を軽く振るい、今この場が戦場であるなどと言う事は気にもかけていないように笑う。

 

「さて、マリアからのリクエストだ。これはきっちり応えなくてはね? ああ、この地に住んでいた竜の魔女に命を奪われた彼らにも、かな?

 ―――では贈ろう、“死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)”を」

 

 彼がタクトを振るうと同時には発したその音は、戦場全てを一瞬にして包み込んだ。

 

 男の背後に出現する、天使のようにさえ見えるオーケストラ。それらが彼の指揮に合わせて楽曲を奏で始める様は、荘厳にして壮麗。不気味ささえ感じる神聖なる光景。

 彼の手による演奏が行われるのは、完成を見なかったはずの幻の葬送曲。それがこのフランスの戦場のど真ん中において、初公演される日が訪れた。

 

 王妃にアマデウスと呼ばれた男の演奏を聴いたB・アサシンが膝を落としかけ、杖を支えにすることで何とか立っているような状況に陥る。

 明らかな不調。どう考えたところで原因は、この楽曲の演奏に他ならない。

 

「これは……!」

「重圧をかけられている、と」

 

 黒ジャンヌが自身にも僅かに影響している宝具のメロディに顔を歪めた。

 その視線が周囲へと飛ぶ。それとほぼ同時に轟音。

 B・セイバーたちの戦場で、大きな爆炎が上がっていた。

 

 ……どちらのサーヴァントとの繋がりも消えていない。ならば一応問題はないだろう。

 B・ライダーは、突如発生した演奏の効果に少し表情を変えただけで、ものともしていない。悪竜タラスクは言うまでもない。この程度の影響を受けるはずもない。

 

 その間にも、白ジャンヌたちは復帰してしまっている。

 周囲を見回した立香が少しだけ目を閉じて、次の瞬間には叫んでいた。

 

「撤退―――! ドクターはみんなに通信を回して! 撤退!」

『―――了解だ。すぐにソウゴくんたちにも……!』

 

 その声を聞いたジャンヌもまた僅かに目を瞑り、しかしすぐにそのために動き始めた。

 舌打ちする黒ジャンヌ。その彼女もまた、背後のサーヴァントへと指示を飛ばした。

 

「バーサーク・ライダー、あの音楽家(キャスター)を潰しなさい―――!」

「―――タラスク!」

 

 ジオウを追いかけていた竜が、主人の指示を聞いて音楽家へと狙いを変えた。

 今まで追いかけていたジオウを無視し、180度方向転換するために軌道を円弧に膨らませながらの飛行。円盤となった怪獣がそうして舞い、今にもアマデウスを目掛けて再来襲する間際。

 

 その準備時間を見て、指揮棒を振るい続けるアマデウスがおや、と首を傾げた。

 

「これ、僕死ぬんじゃないかい? これは困った、まだ演り終わってないぞ」

「口を閉じて黙っとけ、舌噛んでも知らねえぞ」

 

 そんな彼の襟首を掴んで抱え、赤く染まった青の影がその場から飛び上がる。

 直後に、回転する竜の体当たりがその場を粉砕した。

 

「ちょっ、君……! 僕の服まで君の血で酷いことになるじゃないか……!」

「自分の血で汚れなかった事に感謝しな」

 

 ランサーがアマデウスを抱え、即座に立香たちがいる場所を目掛けて疾駆する。

 ぐぇ、と潰れたような声を上げるアマデウスに配慮などしていられない。他の連中はそれこそ彼の宝具による影響でまだどうにかなるが、あの竜だけはどうにも別格だ。あれが戦場で暴れる限り勝機が薄い。となれば狙うべきは―――

 

 走りながら横目で黒ジャンヌの隣に控えるB・ライダーを見る。

 彼女の視線は、撤退の姿勢に入る白ジャンヌへと向けられていた。

 

「チッ、追わせなさい! バーサーク・ライダー!」

 

 B・ライダーの声で指示が出る前に、再び竜は回転しながら突撃の姿勢に入っていた。

 

 が、宙を浮き始めた竜の真横を抜き去る、バイクの疾走がその場に追い付いた。

 すれ違う瞬間、竜に至近距離から向けられている銃口が、大きく光を放つ。

 

「行かせないよ!」

 

〈ゼロタイム! スレスレ撃ち!〉

 

 迸る銃撃の光の勢いに押し飛ばされ、竜の体が回転したまま瓦礫の中に押し込まれる。

 そのままの勢いでもって、彼は皆が集まる場所まで走り抜けた。

 

 彼らの合流を待ち、マリー・アントワネットが太陽のような笑みを浮かべる。

 

「ええ、これで皆さんお揃いみたいね。ではわたしも宝具を。

 咲き誇るのよ、踊り続けるの! “百合の王冠に栄光あれ(ギロチン・ブレイカー)”!

 それでは、皆様ごきげんよう。オ・ルヴォワール!」

 

 周囲一帯に硝子の結晶が生成され、まるで花のように生えてくる。

 黒ジャンヌたちの視界を覆うほどの輝く硝子の檻。

 

 瓦礫の中から復帰してきた竜が、その硝子の壁を正面から粉砕する。

 だがそこにはもう、この宝具を発動した王妃も誰も、その姿を残してはいなかった。

 

「――――逃がしたか」

 

 爆炎の中から煤を払いながら出てきたB・ランサーがそう呟く。

 その後ろにはあの炎で少しながら傷を負ったらしいB・セイバーの姿。

 

「……そのようだ」

「……ふん。こちらには、役に立たないサーヴァントがどうにも多いようなので」

 

 彼らから目を逸らした黒ジャンヌは、B・ライダーへと視線を送る。

 次いで硝子の壁を砕いて停止した竜へ。

 

「バーサーク・ライダー、彼らを追跡しなさい。あなたの“足”ならば追う事は容易いでしょう。彼らの逃げ場さえ特定できれば、戦闘を行う必要はありません。位置を把握次第、その場所に再度全サーヴァントでもって襲撃をかけます」

「……了解。追いついてみせるわ」

 

 答えた彼女は、静止している竜の背へと飛び乗った。すぐさま竜が乗った彼女ごと回転を開始して、宙へと浮かび上がっていく。

 速度。破壊力。防御力。彼の竜は全てを持つ最高の移動戦艦と化して、逃亡した敵勢力の追撃を開始した。

 

「……ああ、耳障りな音が消えてしまいました……名残惜しいわ。あのサーヴァント、私のペットにならないかしら。蓄音機の上に首だけおいて、夜ごと悲鳴をあげてもらうの」

 

 正気を失ったのか、あるいは狂気を取り戻したのか。

 B・アサシンは額を手で抑えながら、熱に浮かされたようにそう語る。

 その光景を無視して、B・ランサーが黒ジャンヌに問いかけた。

 

「ルーラー、バーサーク・ライダーひとりで十分だと考えているのか?」

「少なくとも戦力という意味では十分でしょう。ライダーの宝具はそれだけの殲滅力を持っているのですから……ですが、念には念を入れましょうか。

 事実、敵サーヴァントに押されていたサーヴァントたちもいるようですし? 私は帰還して新たなサーヴァントの召喚に掛かるとしましょう。あなたたちは好きに暴れなさい。彼らと遭遇するようなら自由にすればいい。まさか、二度も遅れをとるようなことはないでしょう?」

 

 言われたB・セイバーは瞑目し、B・ランサーは肩を竦める。

 彼女が空を見上げると、飛行していたワイバーンが一頭すぐさま降りてきた。その背を踏みつけ乗りこむと、彼女の姿はオルレアンに向かって飛び去って行った。

 

 

 



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オースサイン1431

 

 

 

「―――ふう。はい、ここまで逃げれば大丈夫かしら?」

 

 そう言って、硝子の馬に騎乗した王妃は後ろを振り返った。後ろにはまるでメリーゴーランドの如く、複数の硝子の馬が続いている。

 そこに立香、マシュ、ジャンヌが乗せられている。フォウはマシュと同乗だ。自前の足で追走したランサーに抱えられたアマデウスはグロッキー。

 ライドストライカーに乗っているジオウが、仮面の下で大きく息を吐いた。

 

「―――負けたね」

「うん」

 

 ジオウの仮面の下から出たソウゴの呟きに、誰よりも早く応えたのは立香だった。

 彼女の決定で退いた。けれど、それはそれ以外に選択肢が無かったからだ。

 

 黒ジャンヌの陣営はまだ、宝具の竜のみを動かしていたバーサーク・ライダー本人。

 そしてルーラーである黒ジャンヌという戦力が残されていた。

 いつ全滅させられてもおかしくない陣容から生還した、といえばそれは勝利かもしれないが……

 

『けれどキミたちは無事に、全員生きてここにいるだろう。ボクたちの最終的な勝利条件はこの特異点の修正だ。その望みが絶たれない限り、負けじゃないさ。

 ……気に病むなと言っても多分キミたちには逆効果なんだろうね。だからこう言おう、次は勝てばいい。負けてへこんでる暇なんてないだろう? だから今は前しか見なくていい。それはキミたちが背負いこむべき責任じゃない。そのためにボクや……うん、所長も、かな? いるんだ』

「あの嬢ちゃんにゃ無理じゃねーか? お前さんはそこそこ手抜きが上手そうだからともかくな」

 

 ぺい、とランサーがアマデウスを硝子の馬の上に放る。

 肩を鳴らしながら腕を回し、ボロボロな全身の調子を確かめているようだ。

 

「ランサー、その傷は……」

「ああ……そっちの嬢ちゃん、マリー・アントワネットだったか?」

 

 体を動かすのを止めたランサーの視線が救い手、マリー・アントワネットへと向けられる。

 その視線に対し彼女はまさしく花の咲くよう、としか言いようのない笑顔と挨拶を返した。

 

「ええ、そうです。あらためましてはじめまして、皆様。このたび、こんなことになってしまったフランスにサーヴァントとして招待された、マリーと申します」

「はじめまして、マリーさん?」

 

 立香の返す挨拶に、マリーはくるりと目を丸くした。

 そのまま両手を顔の前で合わせ、嬉しくてたまらないといった風に声を上げる。

 

「マリーさん、ですって! その呼び方、とっても嬉しいわ! 耳が飛び出てしまいそう!

 お願い、わたしのことこれからもそう呼んでいただけない?」

「マリーさん……」

「マリーさん?」

 

 立香とソウゴがぼんやりと要求された名前を繰り返し、そんな中でマシュが困惑しながらマリーへと問いかけた。

 

「ええと、ミス・マリーやマドモワゼル……ではダメなのですか?」

「ダメよ! ぜんぜんダメ! マリーさんがいいのっ! 羊さんみたいで可愛らしいもの!」

「……メリーさん?」

 

 マシュの意見を即却下し、マリーさんという響きに心を躍らせる少女。

 それを見ながらジオウはドライバーを外し、変身を解除した。

 

「それでランサー、マリーさんがどうかしたの?」

「うん? ああ、その嬢ちゃんの宝具……そいつに何やら傷を癒す力もあるみたいでな。オレ自身の調子はほぼ戻ってる。マスターはどうだ?」

「そういえば……かなりボコボコにされたけど、痛くはなくなってるような」

 

 そう言いながら自分の体を確かめる。ジオウの装甲さえも追い詰める竜の攻撃を受け続けた割には、体の悲鳴は聞こえてこない。戦闘中はそれどころではなくて必死だったが、そう考えると癒しはもたらされているのだろう。

 

「そっか。ありがとうマリーさん」

「どういたしまして、不思議なマスターさん。さっきのスーツも素敵だったけれど、それを脱いでも素敵な殿方ね!」

 

 くるくると。彼女は楽しそうに、嬉しそうに、笑顔のまま言葉を交わす。

 そんな彼女が次に目を付けたのは、消沈しているジャンヌ・ダルクだった。

 

「ああ、憧れの聖女ジャンヌ・ダルク! あなたとお話しできるなんてまるで夢のよう!」

「え、ええと。はい……? ど、どうも」

 

 自分の手を取り、嬉しそうにはしゃぎ回るマリー。その態度に白ジャンヌは幾分か困惑した様子で、ぎこちなく笑みを返した。

 ただ彼女の手を取っただけでも嬉しいのか、何度もぶんぶんと取り合った手を上下に振るう。

 

「おい、あの嬢ちゃんはどうやったら止まるんだ?」

 

 ランサーが硝子の馬にもたれかかるアマデウスに声をかける。ぐったりとした彼は嬉しそうに跳ね回る彼女を楽しそうに一瞥したあと、弱弱しくも確信めいた感情がある声を出した。

 

「……はは、ああなったマリアは止まらないさ。僕もわざわざ止めようと思わないし。

 ―――それ以上にいま、僕自身がグロッキーでそれどころじゃないんだ。サーヴァントじゃなかったら、ついでにマリアの宝具の効果で癒しを貰えていなかったら、きっともっといろいろ酷かったんじゃないかな、これは」

「そこまでは面倒見きれねえな。しかし曲がりなりにもキャスターだろ? なら自分でどうにかする方法くらい持ってねえのかよ」

「ただの音楽家にそんなことできるもんか。まあ少しは魔術もかじっていたけれど、あくまで音楽活動の一環でしかないからね……うぐ」

 

 また気分が悪くなったか、黙り込むアマデウス。

 ただの歴史的大音楽家の主張を聞いたソウゴが、マリーを見て呟いた。

 ちょうど、彼女の宝具に癒しの効果があると聞いたばかりだったので。

 

「王妃様にできるなら音楽家にもできそう」

「……無茶言うね、きみ。君の率いる楽団は特に人を選びそうだ」

 

 呆れたように声を落とすアマデウス。

 そんな彼らに対して、再びロマニからの通信が届く。

 

『―――いいかな? そこからすぐ近くの森に霊脈の反応を感知した。

 悪いが休息をとる前に、そちらに移動して召喚陣を設置してからにしてほしい』

「あら? また声だけの方ね。どうも、そちらの方もはじめまして」

『あ、はい。どうもこちらこそはじめまして。こちらは人理保障機関カルデア……ああいや、申し訳ないがとりあえず召喚サークルを設置してもらえるかい?

 それなら姿も映せるだろうし、自己紹介もそれからの方がいいだろう』

「まあ、声だけの人にはそんなこともできるのね! ではその召喚サークルというのを設置しに行きましょう! ほらジャンヌさんも一緒に! アマデウスもそれでいいでしょう?」

「は、はい……」

「僕に聞く必要はないさ。君のしたいようにするといい」

 

 マリーは楽しげに、白ジャンヌの手を引いて森の方へと走り出す。

 

「あ、ちょっ……! マリーさん、場所は……! マ、マシュ・キリエライト、マリーさんを霊脈ポイントへ誘導を開始します!」

「ああ……ごめん、お願いね」

 

 マシュが二人を追跡し始め、そしてマリーの宝具である硝子の馬も自動的にすいーと彼女たちを追いかけていった。当然、その上に乗るアマデウスもだ。

 そうして当然、その場には立香とソウゴとランサーが残る。三人で先行した皆を追うために、ゆっくりと歩きだしながら立香が小さく呟いた。

 

「ドクターも言ってたけど、ソウゴがそんなに背負い込むこと、ないと思うよ」

「―――別に背負い込んでるつもりはないけど……それを言うなら立香だってそうじゃない?」

「……私の事はマシュが守ってくれるからね」

 

 それは、マシュが守り続けられるように……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼女はマシュの前では絶対に折れられない、という彼女が自分に課した誓いみたいなものだ。どんな状況だろうと立香は折れない、折れてはいけない。どんな絶望を前にしても、何度だって立ち上がらなければいけない。何故なら、マシュが彼女を守っているのだから。

 

 俺の夢と変わらないじゃん、とソウゴが目を細めて立香を見る。

 

「全然違うよ。私はマシュが守ってくれるし、マシュが私を守るんだもん。これは二人の約束だし、だから私はいつもより少しだけ、心強く立ってられるの。

 ―――でも、ソウゴの夢は……」

「大丈夫だよ。俺の夢は生まれた時から。俺、生まれながらに王様になるって気がしてたんだよね。だから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……今は無理だったけど、絶対に」

 

 そう言って、彼は瞳の中に確固たる意志を燃やす。

 立香は小さく息を吐いて、霊脈ポイントを目指して少し足を速めた。

 強くあろうとする―――いや、ソウゴが抱く強すぎる、確固たる意思。

 

 分からない。いい事なのかもしれない。

 けれど、立香は不安の方を大きく感じる。

 

 ランサーが何も言わないということは、ただ立香が気にしすぎているだけかもしれない。過去に名を馳せるほど生き抜いた英雄たちを押し退けて、自分の方が人を見る目があるなんて、そんな寝言を言う気はない。

 けれど、ソウゴが今燃やしている確信の炎は、まるでボタンを掛け違えたかのような、何かを間違えているような違和感が拭えない。

 

 ふと、自分とソウゴの関係は何なんだろうと考える。

 友達? 仲間? 戦友?

 

 もしかするとソウゴの戦いは、未来を取り戻すための戦いだけではないのかもしれない。

 立香と戦場を同じくする未来のための戦いと、自分のための夢を叶えるための戦い。

 それは同じようでいて、まったく違う戦場として彼の前にあるのだろうか。

 

 自分とソウゴは同じ目的のために同じ戦場に立っているけれど、彼自身の夢を叶える戦いにおいては、もしかしたらソウゴは独り、孤独な戦場にずっと立っているのではないだろうか。

 立香はどうしてか、そんな風に感じた。

 

「考えすぎ……? でも、だったら」

 

 一緒の戦場に立ってあげればいい。きっとそれだけの話なんだ、と。

 彼女は不安の表情の上に笑顔を浮かべ、更に一歩踏み出す。

 

 立香は止まらない。

 彼女は、自分にはそれくらいしか出来ないけれど、それだけは成し遂げてみせると、そう自分に誓っている。それが未来のための戦いでも、最近できた弟分のための戦いでも変わらない。

 

 ―――ただ一歩でも前に、と。

 

 

 

 

 

「落ち着いたところで、みなさまに届くように改めて自己紹介をさせていただきますわね。

 わたしの真名をマリー・アントワネット。クラスはライダー、ということになります。どんな人間、サーヴァントであるかは、どうか皆さんの目と耳でじっくり吟味していただければ幸いです」

 

 マシュの盾を霊脈に設置し、召喚サークルを展開した後、マリーはそのように言葉を切り出した。姿を見せるようになったカルデア側、ロマンを含めての自己紹介ということだろう。

 彼女の言葉に次ぐように、ようやっと復帰したアマデウスも口を開く。

 

「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。クラスはキャスターだね。何で英雄が呼ばれるらしいサーヴァントなんてものになっているのかは、よくわからないけど。まあ、自分が偉大な芸術家である、という自負なら持ち合わせているけれどもね。

 魔術を嗜んでいたのは、悪魔の奏でるという音に興味があっただけなんで、期待はしないでほしい。演奏が聴きたいというのなら喜んで。けどピアノくらいは用意してほしい」

 

 新たなサーヴァントの紹介を見て、マシュの視線が立香を向く。

 

「私は藤丸立香です。カルデアのマスターをやっています」

 

 今度は立香の視線がソウゴに向く。

 

「俺は常磐ソウゴ」

 

 ソウゴが今度はマシュに顔を向ける。

 

「はい。わたしはマシュ・キリエライト。デミ・サーヴァントで、真名は分かっていません」

「オレは坊主のサーヴァント。クラスはランサー、真名はクー・フーリン。ほれ」

 

 ランサーがマシュの視線が飛んでくる前にさっさと紹介を済ませて、白ジャンヌに向けて顎をしゃくった。マリーに手を取られたままのジャンヌは、困ったように苦笑する。彼女の両手を取り、嬉しそうに笑うマリー。

 

「ジャンヌ。ジャンヌ・ダルク。もちろん知っています。フランスを救うべく立ち上がった救国の聖女。生前から、お会いしたかった方のひとりですもの」

「……私は、聖女などではありません」

「ええ。あなた自身がそう思っている事は、きっとみなわかっていたことでしょう。でも、あなたの生き方に嘘はなかった。あなたという方の生き様にこそ、あなたという女性の真実があった。だからみなが揃ってあなたを讃え、憧れ、忘れずに語り継いだのです。

 ジャンヌ・ダルク―――オルレアンの奇跡の人、と」

 

 自分を見上げる王妃の視線から、僅かにジャンヌが目を逸らした。

 そんな彼女たちを見ていたアマデウスが、呆れるくらいに普通の調子で辛辣な言葉を吐く。

 

「ま、その結果が火刑であり、その先にあの竜の魔女が出てくるワケだろう? 良いところしか見ないのはマリアの悪い癖さ。

 そうだろう? ジャンヌ・ダルク。自分の人生の前に現れた変調を前に、“完璧な聖人”だなんて誉めそやされても、他ならぬ彼女自身を傷付けるだけだろうに」

「だってそれもしょうがないでしょう、アマデウス? あなたのような人間のクズには欠点しか見当たらないけど、ジャンヌには欠点なんて見当たらないのだもの!」

「……あれかい? 恋は盲目っていう。君、そんなにジャンヌ・ダルクのファンだったのかい?」

 

 珍しいものを見るように。そして懐かしいものを見るように。

 アマデウスは少しだけ驚いたように、マリーの言葉で肩を落とした。

 そんな彼女の言葉に後ろめたい、とでも言うかのようにジャンヌは視線を外す。

 

「……マリー・アントワネット。あなたの言葉は嬉しい。でも、だからこそ告白します。

 生前の私は聖女なんてものではなかった。私はただ自分が信じた事のために旗を振り、その結果、この手を血で汚しました……もちろん、そこに後悔はありません。

 ―――その結果が異端審問にかけられての、自分の死であったとしても。ですが、流した……流させてしまった血が多すぎた。田舎娘は自分の夢を信じた。けれどその夢の行き先に、どれだけの犠牲が横たわるものなのか……想像すらしなかった。後悔こそありません。けれど、そこに畏れを挟むこともしなかった。

 それこそが、私の犯したもっとも深い罪です。救うために立ち上がった。けれど、救うべきものを見ていなかった。そんな有様の小娘を聖女と呼ぶのは、やはりどこか違うことだと……」

 

 彼女はそのように告解する。

 それらを黙って聞いていたマリーは、何かを言いたそうにしつつも我慢している様子だ。

 何とかそれを呑みこんだようで、言葉を終えたジャンヌへと静かに声をかける。

 

「……そう。聖女ではないのね。それなら、わたしはあなたのことをジャンヌと呼んでもいい?」

「……え、ええ。勿論です」

「そう、良かった! それならあなたもわたしをマリー、と呼んでくださいな。だってあなたが聖女ではないただのジャンヌなら、わたしも王妃ではなくただのマリーでお付き合いしたいでしょう? ね、お願いジャンヌ。どうかわたしをマリーと呼んでみて?」

 

 詰め寄るマリー。その様子にたじろぎつつ、ジャンヌは小さく頷いた。

 

「は、はい。では遠慮なく……ありがとう、マリー」

 

 僅かばかり照れた様子で、ジャンヌの口が彼女の名を呼ぶ。

 それをとても嬉しそうに受け取ったマリーは、今にも踊りだしそうなほど笑顔をあふれさせた。

 

「こちらこそ! 嬉しいわ、ジャンヌ!

 それとごめんなさいね、わたしの気持ちばかり押し付けてしまって。あなたは自分の中の答えを見失ってしまったのね。きっと、それは自分でしか見つけられない答えだわ。わたしは貴女をエコヒイキしてあげたいくらい大好きなのだけれど、そこはぐっと堪えます。信じるだけでもなく、支えてさしあげる。これが女友達の心意気というものよね。ねえ、アマデウス!」

「そうだね。いいんじゃないかな? 女友達の心意気とか、そういうスイーツな響きの言葉は、口にすればするほど軽くなるところがいい。口にすればするほど体は重くなる癖に、口周りばかりは軽くなる。そういうカロリーの塊みたいなところ、僕は結構好きだぜ」

「もう。アマデウスったら、いつもそんな口ぶりだからあなたはクズなんです!」

 

 笑うアマデウスからぷい、と顔をそむけるマリー。

 そんな彼女たちに対して、通信画面で見守っていたロマニの声がかかる。

 

『ええと、それでこちらの事情を話してもいいだろうか。現状の確認も含めてだが―――』

「まあ、もうしわけありません。声だけだった方、どうぞあなたの事も聞かせてくださいな」

 

 聞く姿勢に入るマリー・アントワネット。

 そうして、彼女たちにもまた人理焼却という危機の実情が語られる。

 

 

 

 

 

「―――話はわかりました。フランスだけではなく、世界の危機だったのですね。この状況は」

「マスターなしでの召喚っていう時点で嫌な音は感じていたけれど、それほどの状況とはね」

 

 ロマニの口から語られた現状を聞いた二人が、腕を組んで唸る。

 

「やっぱマスターはいないんだ。白ジャンヌと同じだね」

「そのようですね……」

 

 ジャンヌも、マリーも、アマデウスも。彼女たちはいわば野良サーヴァントであり、通常ならありえない存在だ。その存在自体が不思議であり、状況の混乱を助長する。

 

 そんな中で、マリーがぽんと手を打ってから、意見を述べるために挙手した。

 

「わかった、わたし閃きました! こうやってわたしたちが召喚されたのは―――きっと英雄のように、彼らを打倒するためなのよ!」

『世界を防衛するために起動する脅威へのカウンター……確かに英霊、サーヴァントとは元来そういうものでもある。人理が焼け落ちた世界において、正常な動作をする事はないだろう、と思っていたけれど、もしかしたら……』

 

 マリーの意見にロマンが肯き、その意見が有り得る事だと示す。

 だがジャンヌはその意見を否定する。

 

「いえ、既に抑止は働いていません。この状況を成した敵は、確かに抑止の介入を防いでいる。

 推測にすぎませんが、我らの召喚はあくまでもこの時代の聖杯によるものでしょう。恐らくは、聖杯戦争という仕組みを利用した反動……

 聖杯戦争だというのに勝者も決まらないまま、サーヴァントが聖杯を手にしている。その上、聖杯というリソースを運用してサーヴァントを召喚して手駒としている。結果、ルール違反した使用という状況に反発した聖杯の魔力によって、不正な利用者に敵対するサーヴァントが連鎖召喚されている、という可能性が高いと思います」

『なるほど……だからルーラーというクラスも成立した、ということかな』

「つまり、やっぱりわたしたちがあの黒いジャンヌ・ダルクを止めるために呼ばれた事に変わりない、ということね?」

 

 どちらにせよ、と話をまとめたマリーが力強く頷く。

 そんな彼女の様子に肩を竦めるアマデウス。

 

「根拠のない自信は結構だけどね、マリア。相手は掛け値なしに強敵だぞ?

 頭数だけならともかく、今のところ戦力ではだいぶ負けているだろう」

「まあ、相手に余程の隠し玉でもない限り、次やる時はセイバーもランサーもオレがどうにかできるだろう。一回してやられておいて言うのもなんだが、アイツらだけが相手なら負けはねえ」

 

 そう言って肩を上げるランサー。だが、彼の口振りは同時にそれ以外の脅威の存在を示している。ロマンはカルデアで観測していたバーサーク・サーヴァントの戦闘を閲覧しながら、彼の語るサーヴァントに対する言及を始めた。

 

『バーサーク・セイバー、彼女の真名は恐らくシャルル・ジュヌヴィエーヴ・ルイ・オーギュスト・アンドレ・ティモテ・デオン・ド・ボーモン。

 このフランスの土地や、マリー・アントワネット王妃にも縁のある英霊だね。ルイ十五世が設立した情報機関に所属する工作員であり、同時に軍に属する竜騎兵だ』

 

 そう言って、通信越しに記録された情報を開示するロマン。

 その突然出てきた長い名前にソウゴは舌を空回りさせる。

 

「シャル…ジュヌ……モン? えっと……シャルモン……?」

「まあ、デオンも? ええ、彼女のことはデオンと。シュヴァリエ・デオンと呼んでくださればいいと思います」

 

 自身の知る頃とは違う知己の騎士の姿を見て、マリーが珍し気に目を瞬かせた。

 そのような事もあるのがサーヴァント、という例だろう。

 

『バーサーク・ランサー、彼は明白だ。ワラキア公ヴラド三世。串刺し公の異名、そして吸血鬼ドラキュラのモデルとして知られる、護国の大英雄だ。

 立香ちゃんたちが戦ったバーサーク・アサシン。彼女は同じく吸血鬼カーミラのモデルとなった女性、エリザベート=バートリーだろう。そして……』

 

 ロマンが言葉を詰まらせる。戦場を蹂躙した圧倒的な巨竜。

 あの竜とそれを従えるライダーの存在は、既に彼女の正体について、正解に辿り着けるだけの情報となっていた。途切れた言葉をジャンヌが繋げ、その先を口にする。

 

「……竜を従える十字架の杖を持つ聖女。彼女こそは、祈りをもって暴虐を尽くす悪竜タラスクを鎮めし信仰の人―――聖女マルタ。彼女ほどの英霊でさえ、従わせてしまうなんて……」

「ありゃ問題だな。ただ竜という脅威を持つだけのドラゴンライダーなら、ライダー本人を狙えばいいが……ドラゴンとライダー、どっちも一級品となれば話は別だ。

 あの規模の竜となりゃ、嬢ちゃんの盾ですら防げるか怪しいってもんだ」

 

 ランサーの物言いにマシュが驚愕に目を見開いた。

 

「―――彼の竜は騎士王の聖剣さえも上回る、ということでしょうか?」

「そういうわけじゃねえ。相性の問題って話だが……まぁとりあえず、セイバーの剣を防げたからと言って、盾を過信するのは止めとけって話だ」

「ではどのように攻略すれば……」

 

 戦場を席巻していたタラスクの巨体を誰もが思い出す。

 そんな中、うーん、と首を傾げていたマリーが、いきなりパンパンと手を叩いた。

 

「とにかく! まずはしばらく体を休めましょう! わたしの宝具は傷は癒しても、疲れをとってくれるわけではないもの。みんな、疲れているでしょう?」

『……そうだね。こちらにも情報を精査する時間が必要だ。とりあえずキミたちは一度休んでくれ。もうそちらの日も暮れるだろうし、どうあれ行動開始は翌朝からにしよう』

「はい。ではマスター、ソウゴさん。しばらくお休み下さい。周囲の見張りはわたしたちで……」

 

 その言葉と同時にクー・フーリンが立ち上がった。

 

「周囲の警戒はオレがやっておく。マシュの嬢ちゃんも休んでな」

「え、ですが……むしろランサーさんこそ休まねばならない激戦だったのでは?」

「場数が違うんだよ。お前さんたちこそ素直に休んどけ」

「そっか。じゃあごめん。ランサー、頼める?」

 

 はっ、と軽く笑って彼は霊体化した。周囲の索敵に入ったのだろう。

 彼へと感謝しつつ、残った面々は体力の回復に努めるのであった。

 

 

 



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竜の聖女1431

 

 

 

 日は既に落ち、夜闇に包まれた森の中。

 

 ジャンヌは焚火の火を眺めながら座っていた。その隣にやってくるのは、皆が休息している森の奥の方からきたマリーの姿。彼女はジャンヌの姿を認めると、その隣にゆったりと腰かけた。

 そうしてジャンヌの顔色を見て、マリーの方から一言。

 

「どうかしまして、ジャンヌ。気が抜けていたようですけど、お疲れですか?」

「マリー……いえ。疲れてはいません、これでも……サーヴァントですから。

 ただ、見慣れた街が燃えている、というのは些か堪えました。そういう意味では、気疲れもあるのかもしれません」

「そうでした。あなたにとっては、この時代こそが生きた時代なんですものね。

 ……うん! せっかくだから、トークをしましょう! 女子会トーク!」

 

 急に彼女がパン、と両の掌を打ち合わせる。

 マリーはまるで名案であると信じて疑わぬ、といった様子で、突然の提案を持ち出した。

 突然すぎてジャンヌが目を白黒させる。

 

「はい……?」

「わたしたちはサーヴァントですもの。体より精神(こころ)を休めるべきでしょう?

 だったら、せっかくですから女の子らしい会話で潤いましょう? ほら。わたしなんて思春期真っ只中の召喚ですから? 恋とか愛とか、そういう話が大好きでたまらないのです!」

 

 そんなマリーの様子に、調子を戻して小さく笑うジャンヌ。

 

「あはは……折角のお誘いですが、私にはそれは難しいです。慈愛は知っているつもりですが、恋のような感覚はとんと……」

「まあまあ! それは人生の十割を損しています、今から恋を始めましょうジャンヌ!」

「ええ、機会があれば。ではどうか、この場ではマリーの恋を聞かせてください」

 

 そう言ってジャンヌがマリーに促すと、彼女は自分の恋の話を語り出した。

 その彼女の話に乗るように、ジャンヌもまた恋話ではないが、思い出話を口に出す。

 自分が聖女ではない、ただの少女だった頃の思い出。

 

 そうして。二人の少女は揺らめく焚火の前で、互いの思い出を語り合う。

 短い間であったものの、彼女たちは己の抱えた懐かしい情景の中に浸るのであった。

 

 

 

 

 

「ああ、とっても幸せな時間でした。サーヴァントになって良かったわ、まさかジャンヌ・ダルクとこんな話ができるなんて!」

「私の方こそ。かのマリー・アントワネットと、こんな普通の話を語り合うなんて。生前、死後にこんなことがあるなどとは、思ってもいませんでした」

 

 戦いから離れて終始和やかに言葉を交わす二人。

 一時だけでも背負ったものを横に置き、心を休めた彼女たち。

 

 その二人に対し、近くに置かれた通信機から鋭い声がかかった。

 

『和やかに話をしているところ失礼! そちらにサーヴァント反応が急速接近中だ!

 ―――霊基は恐らくライダー、そして、サーヴァント反応の他に巨大な竜種の反応……!

 バーサーク・ライダー、聖女マルタだ!』

「―――マリーは立香さんたちをお願いします。私は……!」

 

 すぐさま立ち上がる二人のサーヴァント。

 ジャンヌの手の中には白い旗が出現し、ばさりと大きく翻る。

 そして彼女はマリーに対し、森の中で休む立香たちのもとに行ってくれと口にした。

 

 ―――直後。

 

 彼女たちの真正面の木々が千切れ飛び、地面が裂ける大惨事が襲来した。

 回転する竜種の突撃。その背に乗ったまま、この場所まで飛来した竜の聖女。

 

 そうしてこの場に推参した竜の背に立つ女は、今まで自分も味わっていた回転を何ともないように溜息ひとつ。乱れた髪を軽く掻き上げつつ、鈴の音のような声を響かせた。

 

「こんにちは、ジャンヌ・ダルク。寂しい夜ね」

「彼女たちを止めてみせます……!」

 

 竜に背負われ姿を見せた先達に対し、ジャンヌは旗を構えてみせた。

 そんな戦闘態勢の彼女を見て、追加で大仰なまでに溜め息をついてみせる聖女マルタ。

 流石にそんな反応が返ってくるとは思っていなかったジャンヌが狼狽する。

 

「そうね、そうなるでしょうとも。聖女たらんと己を戒めていたのに、こうして今ここにいる私は壊れた聖女の使いっ走り。彼女の手により霊基が変えられ、理性は消し飛ばされて凶暴化。

 ……こんな身のどこが聖女だって話よ」

 

 そこまで言い切ったマルタが、ちらりと集まってきた他のメンバーへ視線を送る。周囲の警戒からすぐさまマスターたちを起こし、準備させに走ったクー・フーリンの成果だ。

 彼がいなければもう少し穏便に接近も出来たのだが……彼が遊撃にいる以上、タラスクでの突貫以外に距離を詰める方法がなかったのだ。

 

 登場方法こそ凄まじかったが、彼女からは戦闘の意欲を感じない。

 駆けこんできたソウゴは彼女に対し、疑問を早々にぶつけていた。

 

「あんたは狂化っていうの、してないの?」

「してるっつってんでしょ。今は気合で耐えてんのよ、ふざけたこと言ってるとブッ飛ばすわよ」

「あ、うん。ごめん……」

 

 怒られてしまった。こちらも素直に謝る。

 ソウゴと立香の間に緊張が走る。自分の性格だと普通に話するだけで何故か怒らせてしまい、しかも怒らせると怖いタイプだ。

 するとマルタははっとした様子で、何故か妙な咳払いを始めた。

 

「んんっ! ―――御覧になった通り。

 本来あるはずのない凶暴な衝動を、こうして何とか抑え込んでいる状態です」

 

 そんな彼女の様子に耳をそばだてていたアマデウスが正直な所感を口にする。

 

「彼女の咽喉は今の発声に慣れてるよ。恫喝が日常茶飯事だったりすると見たね」

「なるほど。狂化を本性で捻じ伏せてるってわけか」

 

 感心したようにランサーが頭を振る。

 

 アマデウスの聴覚に疑いの余地はない。彼の耳は音からあらゆる情報を読み取る。恫喝が日常かはともかく、低い声にこなれているのは事実だろう。

 そんなことを暴露されたマルタの目が細くなる。ターゲットロックオン、と言わんばかりの表情。もしかしたらアマデウスは、これから死ぬやもしれない。

 

「とりあえず、あなたたちは今から捻じ伏せてあげるわ―――じゃなくて。

 ……私に与えられたのは監視の役割だった。けれど狂気に侵されたこの身に、僅かに残った理性が訴えかけてくる。ここであなたたちを試すべきだ、とね。

 ならば、我が身命をもって試しましょう。あなたたちが、()()()()()を従える竜の魔女という、今この世界を襲う災厄に立ち向かう力があるかどうかを――――!」

 

 聖女の号令。

 その声に、沈黙していたタラスクが始動する。

 

 ―――先の戦いさえ戯れであったとでも言うのか。

 彼女の意志に従うタラスクの全身には、今までとは比較にならないほど力が満ち満ちている。

 

 もっとも武装を速く済ませ、前に立つのはクー・フーリン。

 強靭無比たるタラスクを前にしても、その身が竦みようなことがあるはずもない。

 

「下がれマスター、前はオレが―――!」

「あんたはこっち!」

 

 だがその瞬間、マルタが手にする十字架の杖が発光する。発光とまさしく同時、ランサーが直前まで踏み締めていた地面が爆散した。

 その爆発が彼の足を止めさせ、即座に踏み込んでくるマルタを躱す事を不可能とする。マルタの杖が振るわれて、しかしそれを朱槍が迎え撃つ。

 

 激突する槍と杖、発生する鍔迫り合い。

 至近距離まで詰まった間合いで、二人が顔を突き合わせた。

 

「―――長物でオレに挑むかよ」

「この杖でそんな事するつもりはないってーの!

 ……けど、近くに歴戦のサーヴァント(アンタ)がいたら、あの子たちの覚悟が見えない、って話よ! しょうがないから、私に付き合ってもらうだけ!」

 

 得物が弾ける。繰り出される超速の槍捌き、対し応じる祈りの杖。

 並みの戦士ならば対応できる筈もない神速に、しかし聖女は間違いなく対抗した。

 そうして攻撃を捌きながら、彼女は舞い散る火花の向こうに見えるもう一つの戦場に意識を向ける。叫ぶのは、いま全力を解き放たれる彼女の守護霊にして、リヴァイアサンの仔の真名。

 

「さあ、行きなさい! 大鉄甲竜、“愛知らぬ哀しき竜よ(タラスク)”――――!!!」

 

 

 

 

 

〈仮面ライダー! ジオウ!〉

 

「ゴォオオオオオオッ――――!!」

 

 正面から飛んでくる蛍光色の文字。

 それを頭突きで弾き返し、主に名を呼ばれたタラスクが大地を轟かせる咆哮を放った。

 開かれたその口の奥に、ちろりと赤い光が灯って見える。

 

 いち早く察知したジャンヌの声が、竜の咆哮の中でさえ皆の耳に入ってきた。

 

「ッ、ブレスが来ます―――! 皆さん、私の後ろに!

 我が旗よ、我が同胞を守りたまえ――――!」

 

 瞬間、この地上に太陽が現出した。

 タラスクの口腔から溢れだす炎の津波。周囲一帯を一気に焼き尽くす竜の息吹。

 それを目の前に、ジャンヌは己の持つ旗を天へと掲げる。

 

「“我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)”――――――!!」

 

 彼女の掲げた旗を中心に、絶対防護の結界が展開される。ジャンヌ・ダルクの有する規格外の対魔力を、あらゆる攻撃から守護される聖域に転換する結界宝具。主の御業の如き聖なる結界。

 それは名高き悪竜、タラスクの炎ですらも防いでみせる。結界にぶつかり、引き裂かれ、周囲へと流れて瞬く間に周辺一帯を焼け野原に変えていく火力。

 

 結界の内側にいる非戦闘系サーヴァント。

 アマデウスがその非日常極まる爆炎を見て、指揮棒を放るような言葉を吐いた。

 

「……あれだ。これ僕たちはついていけない戦いだと思うよ、マリア。音楽家に期待する仕事じゃないよ、これはもう」

「ここにきてへたれるなんてアマデウスらしくもない。戦えなくてもそれはそれとして、友達を応援するくらいはできるものでしょう? あなたから奏でることをとりあげてしまったら、いったい何が残るというのかしら!」

「ああ、うん。まあ……応援くらいなら、何とかね?

 ―――ではマリア、君の歌声に合わせようか」

 

 そう言って、宙に浮く楽団を後ろに呼び出すアマデウス。

 彼は手にある指揮棒を振るい、彼の意志を音として表現する協力者たちへと指示を出した。

 視線はマリーへ。戦場に向かう者たちを鼓舞する歌声を、と彼女に求める。

 

 マリー・アントワネットの声は、“魅惑の美声”。

 それがアマデウス・モーツァルトの奏でる音が導けば、聞いた者にもたらす効果はもはや支援を目的とした宝具と比べてすら遜色のないものとなる。

 神域のメロディーが彩る、それと並ぶ女神の歌声。至高に達した音色の後押しを受け、勇者たちは悪竜との戦いへと臨む。

 

 ジャンヌの張った結界を跳躍することで抜け、ジオウの体がタラスクを目掛けて飛び掛かる。

 

「おおっ、さっきまでより体が軽い!」

 

 王妃の声と音楽家の演奏。

 その力で後押しを受けて強化されたジオウが、タラスクの背中に着地。

 ジカンギレードでもって、炎を吐き続ける頭を伸ばす首を狙い澄ました剣撃を見舞う―――

 

 が、その瞬間には既にタラスクは頭を甲羅の中に引っ込めていた。

 引き戻された頭に当たることなく、空を切る剣。

 

「速い……!」

 

 そしてすぐにも脚も尾も甲羅の中にしまいこみ、タラスクの体が回転を開始する。

 甲羅の上に立っていたジオウの体は、容易にその勢いで吹き飛ばされた。

 

「うわっ、とぉっ―――!?」

 

 灼熱で焼かれた地面の上を転がり、滑るジオウ。ジオウの装甲を装備している故に問題はないが、地面に残留したブレスの残り火でさえも凶器だ。ジュウジュウとスーツの表面が焼ける音を聞きながら、彼はすぐにタラスクの方へと顔を向ける。

 

 竜はジオウが体勢を立て直すのを待つことなどせず、既に全身を甲羅から出していた。即座に大きく振り上げられる前足は、言うまでもなくジオウを踏み潰すための行動に他ならない。

 きたる衝撃に身構えるジオウの前に、マシュの体が滑り込んだ。

 

「ソウゴさん!」

 

 盾に足が押し付けられ、その巨体が有する尋常ではない体重が乗せられる。踏み潰す、という攻撃。それをこんな体勢で受け止めるのでは、たとえ盾が無事に済んでところで、盾を支えるマシュの体は数秒と保つまい。

 

「マシュ! こんのっ!」

 

 即座にジオウはギレードをジュウモードに変形し、タラスクの顔に目掛けて発砲した。

 銃撃の直撃に目を閉じ、頭を逸らして体を揺するタラスク。

 

「はぁああああッ!!」

 

 僅かにとはいえ怯んでいるタラスク。

 その頭を横合いから、突撃してきた聖女が旗でフルスイングした。

 

 殴打の結果、盛大な音を立てながら横倒しにされる竜の巨体。

 解放されたマシュは盾を地につけ、軋む体を震わせながら、しかしそれでも立っている。

 

「マシュさん、ご無事ですか?」

「は、はい……!」

 

 マシュへの心配の言葉はかけど、しかし視線は倒れた竜から放さない。

 ―――いや、放せない。

 

 悪竜タラスクが、この程度の打撃でダメージを負うことなどありえない。そんなジャンヌの思考に対し、その通りだ、とでも言うかのように。

 タラスクはすぐにその巨体を起こし、口の中に炎を溜め込み始めていた。

 

 ごうごうと口から炎をこぼす巨竜の復帰。立香がその様子を見て歯噛みする。

 こちらの戦力に決定打が存在しないのだ。

 

 こちらの戦力における最高火力は、恐らくランサーの宝具だ。彼が積極的に使おうとする槍の一突きではなく、彼の魔力を振り絞って放つ投げ槍の一撃。

 だがそれを用いてさえも、悪竜タラスクを突破できると断言はできない。挙句の果てにはそのランサーも、バーサーク・ライダー、マルタ本人と交戦しているのが現状だ。

 

「じゃあどうやって……!」

 

 答えのない問いを吐き捨てる立香。

 そんな彼女の目の前で、タラスクが再び全身を引っ込めて回転体勢に移行した。

 この突撃もこちらからすれば止めようのない戦法だ。とにかく今対処するならば、マシュの盾で防ぎ、ソウゴの攻撃で傾けて、出来た隙にジャンヌが叩き落とし―――

 

 ゴウ、と。その甲羅の中から炎までもが溢れてくる。ジェットエンジンか何かに火を入れたかのように、回転の速度までが加速していく衝撃の光景。

 それを前にして、立香は呆然と口を開き―――しかしすぐさま二人に呼びかけていた。

 

「マシュ! 白ジャンヌ!」

 

 二人のサーヴァントは、名を呼ばれた理由を即座に理解して、宝具たる武装を構える。それは、二枚盾以外で立ち向かう方法がないという確信だ。

 炎を破壊力、推力に転化した竜の突撃は、爆発音とともに全開で発揮された。

 

「“疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”―――――!!」

「“我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)”―――――!!」

 

 展開される光の盾。それを覆うかのような光の結界。

 防衛に長けた二人のサーヴァントが同時に使用する、その性能に疑いなどかけようのないはずの防護空間。その防壁に、ミサイルが如くタラスクの巨体が直撃した。

 

「くぁっ……!?」

「ぅっ……!!」

 

 結界を支える二人が、その瞬間に悲鳴を上げていた。

 まずい、などと声を上げている暇すらもない。このままでは遠からず、盾の強度に対する許容量を超過した衝撃に打ち破られ、二人纏めて打ち砕かれてしまうことが、想像に難くない。

 

「―――ソウゴ!」

「分かってる!」

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

 切羽詰っている。その自覚が焦りを加速させる。

 けれどジオウはジオウライドウォッチをジカンギレードに装填し、そのまま静止した。

 

 今のタラスクにただ斬り込んでも、そのまま逆撃を受けて砕かれるのはジオウの方だ。

 だがこのまま耐え切れるわけではないとはいえ、今タラスクを押し留めている二枚盾は、確実にタラスクの勢いを削いでいる。二枚盾が破られる直前までタラスクが消耗するのを待ち、そこに斬り込むことで状況を変える。今のジオウにはそれ以外に手はなかった。

 

 そのタイミングが訪れるまで、ほんの数秒もなかっただろう。

 マシュの、ジャンヌの、二人の足が崩れそうになる。

 その瞬間を見極めて――――

 

「いま―――!!」

 

〈ジオウ! ギリギリスラッシュ!〉

 

 防御結界の外まで踏み出し、タラスクの巨体に正面から光の刃が斬りかかった。

 

 灼熱の炎と回転の衝撃。今までマシュとジャンヌが防いでいてくれた全ての破壊力が、ジオウを襲ってくる。一瞬でジオウの変身システムが解除まで追い詰められているという実感。

 だが、今ここで刃を引くわけにはいかない。ギレードの柄を両手で更に強く握りしめて、ジオウは地面を全力で踏み締める。

 

 地面に投げ出されたマシュとジャンヌの体。それを硝子の花が守るように覆っていく。遠方で歌い、こちらの肉体を活性させてくれているマリーの援護だ。

 

 だが今ここでジオウが引けば、直進するタラスクは後ろにいる全てを粉砕していく。

 

「こん、のぉおおおおッ――――!!」

 

 スーツに内蔵された人工筋肉・タイムラッシュアームが、タラスク突貫の勢いすらも正面から支えるためのパワーを発揮する。

 ジカンギレードを持ち、タラスクと切り結ぶ腕。その前腕部を保護するフレックスアームガーダーが、限界に迫る負荷を吸収・分散することで、何とか持ち堪えさせる。

 地面を踏み縛り、押し込まれる事に耐えるジオウが吹き飛ばされぬよう、タイムラッシュレッグの生み出す力が、彼が立ち続けることを可能にしてみせる。

 膝が砕けそうな破壊力に立ち向かいながらも体を支える足が折れないよう、フレックスレッグガーダーの防御性能が守り抜く。

 

 ジオウの持つ性能が、ここに限界まで発揮されている。

 

 ―――そこまで尽くして、ようやく。

 ギリギリのところで、タラスクの体を大きく弾き返した。

 

 焼け落ちた木炭の山を崩しながら、タラスクの体が地面を転がっていく。

 だが、あの竜が今の攻防で受けたダメージなんて大したことないだろう。今まで通り、またすぐに復帰してくるに違いない。

 

 何とか一度タラスクを退け、膝を落としたジオウ。彼は刀身が焼け付いて煙を吹いているジカンギレードからウォッチを外し、ジクウドライバーへと再装填する。更に武器としての機能を停止したも同然のギレードを投げ捨てて、立香へと顔を向けた。

 

「……やりようは、あるよ。あいつ、ここにいる誰にも止められないんだから―――!」

「え?」

 

 立香の前で、そのピンチをまるで逆転の秘策であるかのように口にするソウゴ。

 はた、と。立香の頭の中にもソウゴが想像しているだろう攻略法……いや、()()()が思い浮かぶ。

 

 頭を動かす、メンバーを照会する、そこに至るまでの道筋を組み立てる。

 そして確認する。ソウゴの言う事が、本当に可能であるのかどうかを。

 

「……上から? できるの?」

「そう、上から! 今ならいける気がする!」

 

 なら信じる、と。立香は即断した。何せ今はその言葉に対し、本当に? などと問い詰めている時間すらありはしない。それに何より、この方法をとるのであれば、一番重要な役割は―――聖女ジャンヌ・ダルクなのだから。

 立香がすぐさまマシュとジャンヌに駆け寄る。体を保護していた硝子の花弁を体から落としながら、彼女たちは何とか立ち上がっていた。

 

「二人とも大丈夫!?」

「は、はい……! なんとか……」

「ごめん、今のがまた来るまで時間がない。

 ジャンヌ―――今度は今のあの攻撃、ほんの数秒でいい。一人で、止められる?」

 

 旗を支えに立ち上がるジャンヌの呼吸が止まった。

 

「タラスクの全力の突撃を、私ひとりで、ですか……?」

「マスター、それは……わたしと同時の宝具展開ですら、止められなかった攻撃です。受け止めるなら、やはりせめてわたしも参加しないと……」

「マシュには別で、同じくらい大変なことをしてもらうから大丈夫……大丈夫?」

 

 今度はマシュが呼吸を止める番だった。

 タラスクの突撃を単独で押し留めるレベルの難関を達成できるか、と問われている。

 

 立香はマシュに視線を向けている。そこに疑念はなかった。彼女の目は、諦めずにこの先に道を拓くには、それしかないのだと確信していた。

 だからこそマシュは理解する。自分という盾が、この人をここから先に連れていくには、それを成し遂げるしかないのだと。

 

 ―――約束した。一緒に立つと。なら、答えは一つしかない。

 

「―――はい、マシュ・キリエライト。タラスク攻略に全霊を尽くします」

「……ありがと、マシュ」

「―――――」

 

 バーサーク・アサシンの言葉が脳裏を過る。彼女は意識は狂化し、あるいは自身の記憶と重ねて言っただけの言葉だったのかもしれない。

 ―――けれど、事実だった。

 

 サーヴァント・ルーラーでありながら、さながら生前の延長であるかのような意識の乖離。

 サーヴァントとしての意識があるか、なんて聞かれたって困る。それが何をすればいいものなのか、学のないこの身には突然言われたって分からないのだから。

 だから出来るだけ、いつも通りにした。サーヴァントがただマスターの意思を代行するものならば、それは生前の彼女が主のサーヴァントであったという事なのだから。

 

 ああ、けれど違うのだ。

 マスターとサーヴァントとは、何かを代行したりさせたりする関係ではない。

 マスターの意思を掲げ、旗を振るだけではサーヴァント失格なのだ。

 

 共に在り、共に戦い、共に笑い、共に泣き、互いに手を取り合う二人。

 今彼女の目の前にある二人こそが、マスターとサーヴァントなのだ。

 

「―――世界に残された希望。カルデアのマスター、藤丸立香。

 復讐の炎に燃えるこのフランスの地において、聖杯の呼び声に導かれしサーヴァント・ルーラー……ジャンヌ・ダルクの名において貴女に受け入れてほしい願いがあります」

「うん」

 

 ―――彼女は旗を振った。

 戦場で血が流れる事を知りながら、その戦場の先導者として立ち上がった。

 だから、彼女は自分のその手が血に塗れていると知っている。

 先頭に立つものである限り、その責任から逃れるべきではないと、逃れられないと知っている。

 

 血に塗れた手のひらを、彼女の前に差し出す。

 その手は、カルデアという世界のために戦う者たちの中で前に立つ、彼女の手の未来の姿だ。

 

「どうか、この身と契約を。

 この地に正しき歴史を取り戻し、人理の破綻を解消し……

 ―――きっと、世界を救うために」

 

 まるで契約をもちかける悪魔のようだ、と自分で思った。

 聖女でないとは自負しているが、悪魔になったつもりはまったくないのに。

 けれど、そんなことなどまるで気にしていないように。

 彼女はすぐさま、その手を強く握り返してくれた。

 

「大丈夫! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――!」

 

 契約を結ぶ。絆を結ぶ。己の霊基に彼女を刻む。

 これで何の疑いもなく、ジャンヌ・ダルクは藤丸立香のサーヴァントだ。

 その実感に、彼女に一度笑いかける。

 笑い返してくれた彼女から、力を分けてもらう。

 

 マスターに背を向けて、既に炎と共に回転する地獄車と化しているタラスクへ目を向ける。

 既に短期間で二度、宝具を展開している。自前ではまるで魔力が足りない。

 けれど、今の自分にはマスターがいる。足りないところを補ってくれる、共に戦う勇者が。

 

「マスター、宝具展開します!」

「うん。ジャンヌ―――()()()()()()()()!!」

 

 マスターの持つ、三度だけの超魔力行使。

 令呪の光がジャンヌを包み込んだ。

 

 先程立ち向かった時は、絶望的な戦力差にさえ見えた攻撃。

 いや―――今でも力関係は変わっていない。

 聖女マルタの従えしリヴァイアサンの仔、タラスク。

 竜種たる彼のその超常存在ぶりは、まるで揺らいでいないのだから。

 

 だというのに、まるで肩の荷が下りた……

 ―――いえ、共有したのでしょうね、と。内心で苦笑する。

 

「主の御業をここに、我が同胞を守る力をここに! “我が神は(リュミノジテ)――――!!」

 

 風を燃やし、周囲に撒き散らすその熱量のみで森を焼き払う。

 祈りの聖女にしか止める事のできなかった聖書の悪竜。

 その身を受け止めるべく、彼女の象徴と化した旗を持ち、祈りを捧げる。

 

 加速する、加速する、加速する―――大地に熱と炎をもたらす竜の姿はもはや地上の太陽に他ならず、それの襲撃は死と同義だ。恒星の如き存在に人が耐えきれる道理はなく、受け止めるなどという選択は本来ありえない。

 だからこそ、その“ありえない”を―――

 

ここにありて(エテルネッル)”―――――――!!!」

 

 奇跡をもって、成立させる。

 

 彼女という存在の奇跡を結界とする、聖なる旗の光のはためき。

 ジャンヌ・ダルクという代行者に許される、主の御業の再現。

 

 それこそが、真正面から激突しにきたタラスクの巨体を受け止めた。

 なるほど。主の御力であるならば、それは可能となるだろう。けれど彼女は人の身だ。主の奇跡を降ろす旗とて、それを再現し続けられる強度はない。

 

「うっ、くぅうう――――!!」

 

 一瞬の奇跡は確かに成し遂げた。

 だがほんの数秒後には、彼女という奇跡はその御旗と共に焼き砕かれるだろう。

 

「マシュッ――――!!」

「っ、はい! “疑似展開(ロード)……ッ!」

 

 けれど、もう一人のサーヴァントがここにいる。

 けれど、彼女と共に立つマスターがここにいる。

 

()()()()()()()()()―――――!!!」

 

 マスターの指先が天を指す。その手に浮かぶ令呪の二画目が消し飛ぶ。

 魔力の充填を瞬時に完了したマシュは、彼女の指令を即座に実行するべく全力で踏み込む。

 下から上へ、大きく振り上げる軌道を描く盾。

 

人理の礎(カルデアス)”ッ―――――!!!」

 

 ジャンヌの結界によりほんの僅か、その場で停滞することになるタラスク。

 彼の竜に弱点があるとすれば、それは()()()()以外にありえない。

 亀などと揶揄される外見はしかし、確かに竜の姿と能力を的確に指摘している。

 

 正面からの回転突撃を受け止め、その場で移動を制限する。

 そんな奇跡の状況を作り出せるならば、それはその瞬間にタラスクの直下に“隙”と呼べるものを作り出すことができる。だからこそ、これは奇跡だ。

 今、この瞬間。タラスクは必殺の攻撃形態にありながら、完全なる隙を晒している。

 

 マシュが盾を振り上げると同時、大地からまるで城壁が如き光の盾が聳え立つ。

 それは天を突くようにせりあがり、亀の腹を尋常ではない速度で打ち上げた。

 

 そうなれば、どうなるか。

 

 ―――タラスクの進行方向が切り替わる。

 回転だけではなく、火炎放射のブーストでまで強化していた突撃速度。

 それが天に向かって彼の体を加速させていく。

 そのまま数秒もすれば、この戦域から彼方へと消えていくことになるだろう。

 

 自身の突撃が逆に利用されていると理解し、空の上でタラスクは即座に炎を吐くのを止めた。

 けれど、それでも回転まではすぐには止まらない。

 

 彼の回転は、()()()()()()()()()()()()()

 

 進行する方向性を定め、全力で加速させていたロケットエンジンの停止。推力の減衰によって、今まで凌駕していた重力に体が従いだす。回転しながら宙に浮く彼の巨体が減速し、天への飛翔ではなく、地への落下に切り替わる。

 

 今まだ回転し続けることで生み出す浮力と、彼にかかる重力の力関係が逆転する一瞬前。

 上昇と落下の力が釣り合い、一瞬だけ彼が空中に静止するその瞬間。

 

「だから……!」

 

 天高くに打ち出された筈のタラスクの更に頭上。

 そこに、硝子の騎馬が翔けていた。

 空を征く馬の上に立つのは、仮面ライダージオウの姿。

 

 彼は、空に上がってきたタラスクを見据え、ドライバーに装填されたジオウライドウォッチのスターターを押し込み、必殺待機状態へと移行した。

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

「これで、俺たちの勝ちだ!!」

 

 ドライバーのリューズを拳で叩き込み、ジクウドライバーをそのままの勢いで回転させる。

 

 宙で進む方向性を失ったタラスクの周囲に、輝く12個のキックの文字が展開されていく。それと同時、硝子の馬から飛び上がったジオウが、飛び蹴りの姿勢に入った。

 キックの文字がカウントダウンのように、1時から時計回りに消えていき、ジオウから見て12時の方向に配置された最後のキックの文字が、タラスクを打ち据えながらジオウの元へ向かう。文字に体当たりされたタラスクの体の向きが、ジオウに腹を向けるように回転させられた。

 

〈タイムブレーク!!〉

 

「うぉりゃぁああああッ――――!!!」

 

 タラスクを打ち据えながら飛んできたキックの文字。

 それがジオウの足裏に刻印されたキックの文字と重なる。

 

 その瞬間、ジオウ頭部の“ライダー”の文字が強く光り輝いた。

 頭と足、二か所の光る文字を合わせて組み上がる“ライダーキック”

 ジオウは空中でタラスクに向け勢いを増し、彼の竜の腹に全力の必殺技を叩き込んだ。

 

 

 

 

 

『今! 今だ! ランサーくん、いまいま!』

「きたか――――!」

 

 戦場を監視していたドクターの語彙力の壊れた通信。

 それを受け、ランサーの表情が小さく笑う。と、目前の聖女が振るう十字架が輝いた瞬間、周囲が爆発してみせた。それを疾走する事で強引に躱し、最後の一当てを慣行する。

 

 爆炎の中を走破して、夜闇の中で輝く朱色の一閃を奔らせた。

 振るわれる疾風の如き朱槍の一撃を杖で逸らしつつ、マルタは二歩ほどランサーから距離を取って―――空中で起こった爆音に、思わず視線を奪われた。

 

「タラス、――――ッ!?」

 

 空高く見えるその姿。

 太陽の如き炎は消えたものの、無敵の回転を行使し続けるタラスク――――彼は今、マルタの立つこの場に向かって、途轍もない速度で()()してきていた。

 

「ちょ、あんた……!?」

 

 ジオウの必殺技ですら撃破不能。

 けれど、空高くから彼はその一撃によってマルタへ向かって()()されていた。

 マルタを誘導したランサーの手際は抜群だ。マルタでは、このタイミングは回避不能。

 慄然とした表情のマルタがしかし、力を抜いてため息と共に労いの言葉を落とす。

 

「悪かったわね、こんなことさせて……ありがと、タラスク。それとご苦労様」

 

 その瞬間。空より来たる竜の隕石が地上へと落下。

 木を薙ぎ払い地を砕き、周囲に圧倒的な破壊をもたらした。

 

 

 



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聖女信奉1431

 

 

 

 キックを放った姿勢のまま、ジオウの姿が着陸する。大地を粉砕しながら降り立った彼の足が、地面をガリガリと削り飛ばしながら勢いを殺し、ようやく止まった頃には、大地に巨大なクレーターを作ったタラスクの体は消え始めていた。

 

 サーヴァントたちは武装を備えたまま、気を抜かずその光景へと目を送る。

 体がほつれて黄金の光となり、天へと昇っていくタラスク。

 その天にかかる光の柱の中から、しかし聖女マルタは姿を現した。

 

「そんな……バーサーク・ライダー、健在して―――!?」

『―――いや、既にそこにサーヴァント反応はない。霊核は間違いなく砕かれている……』

 

 マシュの驚愕をロマニが訂正し、姿を現したマルタへと視線を向ける。

 立って歩き姿を見せたとはいえ、よく見れば彼女の状態は確かに既に()()()()()()

 流す血液は体を濡らす前に魔力の光に還っていき、四肢の端から全身が崩れつつある。

 

 マルタは溜め息混じりに、ロマニの言葉に同意を示した。

 

「……そりゃそうよ。タラスクがあんな風に飛んできたんじゃ、今の私には止めようがない。

 こちとら話をしようと思ってたってのにあれじゃ、その前に一発で消滅させられてもおかしくないって、流石に気合を入れなおしたわ」

「気合で耐えられるんだ」

 

 実際耐えているので、立香の言葉には感心さえ混じっていた。

 称賛の意図をもった言葉であるのに、何故かぐぬぬと表情を歪めるマルタ。

 彼女は小さく咳払いをすると、そんな表情を取り繕う。

 

「言葉のあやよ、祈りよ祈り。こほん、それはともかく。

 よくぞタラスクを退け、この身を打倒しました。カルデアのマスター、共に戦うサーヴァントたち。そして―――ジャンヌ・ダルク」

 

 マルタの顔がジャンヌに向けられる。

 彼女を見返すジャンヌの瞳。それを見たマルタが小さく微笑んだ。

 

「なによ。その目ができるんなら、私が気をもむ必要はなかった?」

「―――いえ、あなたのおかげで気付けたことです。あなたに感謝を、聖女マルタ」

「そ。なら、私の召喚にも意味があったと……そう思うことにしましょう」

 

 霊核を失ったサーヴァント、マルタの体の崩壊は止まらない。

 加速していく崩壊は、既に彼女の存在を半ば以上に魔力へ還していた。

 そんな自分の姿を検めながら、彼女は話を変える。

 

「では最後に。私とタラスクの打倒を成し得た勇者たちよ。今のあなたたちでは、竜の魔女の従える()()()()()を倒すことは敵わないでしょう。

 ―――リヨンに行きなさい。かつてリヨンと呼ばれた都市に。竜を倒すのは聖女の役割ではありません……古来よりその偉業を成した者は、“竜殺し(ドラゴンスレイヤー)”と呼ばれるものなのだから」

 

 伝えるべきことは伝えた、と。彼女は消滅に抗うことを止めて、体から力を抜いた。すると、今まで彼女が保っていたことがまるで嘘のように、マルタの体はあっさりと崩れ去った。

 

 聖女も竜も消え、ただ残ったのは森一つを吹き飛ばした破壊痕。

 未だ炎の燻るその場で、彼らは聖女の散り様をただ見ていた。

 

 

 

 

 

 本拠地へと帰還し、丁度新たなるサーヴァントの召喚を終えたころ。

 黒ジャンヌの知覚が、サーヴァントとの繋がりがひとつ途切れたことを感知した。

 

 ―――バーサーク・ライダーとの繋がりだ。

 彼女は大きく表情を歪めながら天井を仰ぎ、顔を手で覆った。

 

「聖女とまで呼ばれた身命でありながら自決ですか……みっともない。

 ……とはいえ。あの女たちがマルタとタラスクを撃破できた、というのは少々驚きです。油断せずに、確実に、誠意をもって、間違いなく、徹底的に蹂躙するべき相手と見るべきでしょうか。

 では次は私と“彼”で、今しがた召喚したサーヴァントたちも使い、完全に潰しにいくとしましょう。バーサーク・アサシンにも連絡を」

「かしこまりました。ジャンヌ」

 

 そう言って恭しく頭を下げる、巨躯をローブで包んだ男。

 彼は浮き上がった目をぎょろりと蠢かせ、傅いたままに黒ジャンヌを見上げる。

 そうしながら吐く言葉は、彼女を肯定するためのもの。

 

「かつての私であればお引き留めしたでしょう……しかし今のあなたは完璧なる存在。

 ジャンヌ、今のあなたには主の与える武運など不要! どうぞその心の赴くままに、この世界の全てを蹂躙なさいませ―――」

「……ジル。あなたはどちらが本物だと思います? 私と、彼女と」

 

 ―――ジル、と。そう呼ばれた男の名はジル・ド・レェ。

 このフランスの地で、ジャンヌ・ダルクとともに戦った英雄。

 だが今の時代であるならば、彼という男は人間として存命しているはず。

 だというのに彼は今ここに、キャスターのサーヴァントとして現界していた。

 

 彼は黒ジャンヌの問いに、まるで教え込むかのような強い口調で言葉を返す。

 

「もちろん、あなたです。よろしいか、ジャンヌ? あなたは火刑に処された、あまつさえ誰も彼もに裏切られた! シャルル七世は賠償金を惜しみ、己らの救世主であったあなたを見殺しにした! あなたをさんざん聖女だと持て囃した奴らは、助かったと思えばすぐに掌を返した! あなたを救おうと立ち上がる者は誰一人として現れなかった! 理不尽なこの所業の原因は何か!? 即ち、神だ! この世界に対する我らが神の嘲りに他ならない!! 故に我らは神を否定する―――! そうでなくてならないでしょう、ジャンヌ!?」

 

 言葉を出しているうちに火が付いたか、烈火の如く怒りだすジル。

 それこそが彼の真実であるとの咆哮。そして、そうでなくてはならないという信仰。

 捲し立てるジルの様子を眺めていた黒ジャンヌが、小さく鼻を鳴らした。

 その言葉を聞かされた彼女はそのまま、そうね、と首を縦に振って踵を返す。

 

「もう私には何もない。率いた兵士は去り、私の起こす奇跡を渇望した民は逃げていった。小娘に縋りついていた王は私を切り捨て、神の意思を代弁する司教は私を罰した。

 ええ……ここにはもう、笑えるくらいに間違いしかない」

 

 そう言い放った彼女の手の中に、黒い旗が現れる。

 竜の魔女を象徴する、黒い竜が描かれた灰に煤けた旗。

 

「―――だったら糾さないと。こんなはずではなかったと、こんなものが正しい歴史だなんて、他の誰が認めてもジャンヌ・ダルクが許さないと示さないと。

 だってそうでしょう? この国こそがジャンヌ・ダルクを間違いだと認定した。魔女であると火刑に処した。だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 我が旗の許に、この国が焼き払われることこそが―――正しい結末に他ならない」

 

 そう言った彼女の手にある旗から、黒い炎が僅かに立ち昇る。

 魔女として火刑に処された彼女が、その憎悪とともに具現する自分を焼いた炎。

 体を取り巻くように延焼していく憎悪の火を見て、ジルは痛ましげに顔を下に向けた。

 

「オォ……おいたわしや、ジャンヌ。どうか、そのように思い詰めること無きように……これはただの天罰なのです。あなたの復讐こそが正当な行為だ。あなたに救われた国なればこそ、あなたにこそ、この国を滅ぼす正当な権利がある……ただ、それだけのことなのです」

「……そう。そうね、ジル。これはただそれだけの話。

 ―――では行きます。着いてきなさい、バーサーク……バーサーカーと二人目のアサシンではややこしいですね。ええ、もはや隠すまでもなし、真名でいいでしょう。

 ワイバーンに騎乗なさい、湖の騎士ランスロット。処刑人、シャルル=アンリ・サンソン」

 

 その言葉に応え、黒い鎧に全身を包んだバーサーカーと、黒コートのアサシンが従う。

 新たに呼ばれた彼等の霊基もまた、狂気に侵されている。

 暗く笑う彼らの表情に、真っ当な理性は残っていなかった。

 

 

 

 

 

「みんな~! 情報をもらってきましたわ~!」

 

 戦場となった場所から離れるため、夜通し進軍を続けること数時間。

 

 人間であるマスターの体力に関しては、出来うる限り余裕を持たせるべきだ。そういうことになって、ある程度戦場を離れた所で再び休息のため、キャンプ地を設置した。

 そしてソウゴと立香に休息を取らせる間、周囲でサーヴァントが情報を集める。

 

 そんな話の結果、目的地の街に潜入? してくれたマリー・アントワネット。

 彼女が帰ってきたことを知らせる声が聞こえてきた。

 

 その人選は彼女の自分は生粋のフランス王妃だから出来る、という主張に譲ったかたちだ。彼女とアマデウスはオーストリア人らしいのだが、フランス王妃はその常識を凌駕するらしい。

 

 先のランサーの発言を覚えていたソウゴは、じいっとマリーの服装を見る。

 この時代、あの服装でセーフなの? と立香に視線で問いかける。

 女性をそんな風に見るんじゃありません、とぺしっと頭を叩かれた。理不尽。

 

「リヨンとかいう街の話が聞けたのかい?」

「ええ。結論から言うと、リヨンは少し前に滅ぼされたそうです。こちらにはそこから逃げてきた難民たちが住み着いていました」

 

 聖女マルタがかつてリヨンと呼ばれた都市、と称したのはそれが理由だろう。

 既にリヨンはこの時代にはない。

 多くの街が焼かれているという事実は認識していたが、それでも自然と表情が歪む。

 

「……では、その方たちから話を?」

「はい。彼の街には今、地獄からやってきたような怪物たちが闊歩しているのだそうです。でも、その前段階の話の方が重要だと思うの。

 なんでも、そうなる前までリヨンには、ワイバーンや骸骨兵を蹴散らしてくれる守り神がいたのですって。その方は、大きな剣をもった騎士さまだった、と」

「なるほど。それが聖女マルタの言っていたサーヴァント……“竜殺し(ドラゴンスレイヤー)”かもしれません」

 

 剣を持って竜を殺す神話・伝説は数え切れまい。それだけで英雄の情報を絞り切るのは不可能だが、彼の地に聖女マルタの言った通りの人物がいる可能性は高まった。それもあの聖女マルタが頼れ、と言うほど大人物だ。現状ではそれだけの戦力が増えるだけで喜ばしい。

 

 だというのに、マリーの顔は晴れない。

 

「でも、少し前にリヨンに恐ろしい人間たちが押し寄せてきて、彼は追い詰められてしまったのだそうです。街を守ってくれていた彼は生死も行方も不明。そうなってしまえば、リヨンの末路も自然と決まってしまったと」

「恐ろしい人間たち、というのは恐らくサーヴァントのことでしょう……複数のサーヴァントに襲われた、となればその竜殺しのサーヴァントも……」

 

 ラ・シャリテでの経験を思い出したか、マシュが小さく震える。

 だが、それを否定するようにランサーが声を上げた。

 

「だがあのライダー、マルタはこっちに無駄足を踏ませるようなタマじゃねえだろ。

 複数のサーヴァントの街への襲撃、ってならそれこそ奴も参加していたと見るべきだ。黒いジャンヌ側にすら隠して、リヨンとやらに何ぞ仕込んでみせていた、と考える方が自然だ」

「気合で耐えてたもんね」

 

 彼女の在り様を見ていた立香が感心の声を漏らす。

 霊基に直接施された狂化とは、本来そんな精神論で対抗できるものではない。だというのに成し遂げた聖女マルタの強固な精神が、どれだけ崇高だったかわかるというものだ。

 

 それと、と。マリーが少し言い淀み、しかしジャンヌを見ながらもう一つ情報を口にする。

 

「それと……シャルル七世が討たれたのを切っ掛けに混乱していた兵を、ジル・ド・レェ元帥が纏め上げたそうよ」

「―――ジルが?」

「ジルって? 知ってる人?」

 

 ソウゴの問いに、ジャンヌが僅かに目を伏せる。

 逡巡した彼女はしかし、少しだけ時間を置いて喋り出した。

 

「……“聖女”とともに、フランスを救うために立ち上がってくれた方です。

 清廉にして苛烈なフランスの守護騎士。このフランスを愛し、尽くし、国に命を捧げることにさえ迷いのない彼であれば、王亡きこのフランスを託されたとしてもおかしくない。

 けれど、だからこそ今の私が彼と顔を合わせる事はできないでしょう。今のジャンヌ・ダルクは、地獄から竜とともに蘇り国を焼く……“竜の魔女”なのですから」

「……そう。何となく、違う気がするのだけれど」

 

 ジャンヌの顔を見て、マリーが何事か言おうとする。

 けれど何より、マリーにジル・ド・レェとの面識などないのだから、違う気がしても彼女の言うことを信じる以外にないだろう。

 

 ぱんぱん、と。アマデウスが手を打って、不満げなマリーの言葉を遮る。

 

「けれど、普通の人間の軍隊では化け物退治は荷が重いだろう。音楽家にはなおさら重いけど。

 彼らがまかり間違ってリヨン奪還のために軍を進める、なんてことをする前に、僕たちでリヨンの化け物とやらを何とかしておくべきなんじゃないかい?」

「………そうね。ええ、こればっかりはアマデウスの言う通り。マスターさんたちは大丈夫かしら。であれば、早くリヨンへと向かう事にしましょう?」

 

 ソウゴと立香が顔を合わせ、頷き合う。

 もう十分以上に休んだ。フランス軍の動向もそうだが、これ以上のんびりして、聖女マルタが遺してくれたはずの逆転の楔を失う、なんてことは絶対に避けなければならない。

 

「大丈夫、行こう」

 

 立香のその言葉に全ての人員が立ち上がり、次の目的地を目指し進軍を始めた。

 

 

 

 

 

「クリスティーヌ おお クリスティーヌ 我が愛 我が歌姫―――」

 

 既に竜の魔女率いる軍勢の侵略で死の都と化したリヨン。

 その地で、一人のサーヴァントが歌っていた。

 

 この街で死したものたちを屍人形として操りながら、寵姫に対し歌い続ける怪人。

 彼の歌に終わりはなく、ただただ一人の姫に対し歌い続ける。

 そのサーヴァントの名は――――

 

オペラ座の怪人(ファントム・オブ・ジ・オペラ)、か」

 

 歌い続ける彼の背後から声がした。

 既に生きるものが全て消え失せた街であるはずなのに。

 怪人が歌声を止めることもなく振り向く。

 

 するとそこには、一人の男がいた。

 

「フッ……報われぬ恋に暴走する、仮面の奥に潜む怪人(ファントム)とは、少々出来すぎだな」

 

 彼は怪人でありながら、この死都における座長だ。

 彼が指示を下せば、街に跋扈する全ての死者がその男を襲うだろう。

 だと言うのに、男はまるで危機感というものを持っていない。

 

「……耳障りな歌だ。こちらが目的を終えるまで黙っていろ」

 

 そう言って彼が手を振るうと、その場にある全てが停止した。

 ガチリ、と歯車に異物が挟み込まれたように。

 怪人も、死人も、風も―――時間さえも。

 

 動けないというのに意識はある。

 その状況に驚愕を浮かべたファントムの虚ろな目を見たか、男が小さく笑った。

 

「歌を止められたことが不快か? だが俺にはその歌を聞かされる事こそ不快だ。

 ―――故に、俺がいる限りは黙っていろ。お前の意見は求めん」

 

 静止した怪人の前に男が歩み寄る。

 その手には、まるでストップウォッチのような何かが握られていた。

 男はそれを怪人の胸に当てると、小さく眉を顰めさせた。

 

「人理焼却などという珍事のせいで、常磐ソウゴは2015年に動き出した。

 特異点以外の時間は成立しなくなり、2014年以前に訪れてライダーの力を回収する術もまた失われた。2012年の歴史も当然、失われているはずだ。だというのにこれはどうだ」

 

 そう言いながら、彼の視線は押し当てたウォッチに向いている。

 ジジジ、とまるで壊れた古いテレビのように、別の何かに切り替わりつつある時計の表面。だが何かに押し戻されるように切り替わりは止まり、元の黒いウォッチへと戻っていく。

 

「“ウィザードの歴史”が、世界に戻りつつある。()()()()()()()()()()()程度の繋がりしかないサーヴァントを媒介にすることで……その力を引き出せるほどに」

 

 ズブリ、と。ウォッチを握る男の手が体の中へと突き刺さる。

 未だ何を宿したわけでもないブランクウォッチが、ファントムの体に差し込まれた。

 停止させられている身でありながら、怪人の体がビクリとはねる。

 

「ならば答えは一つだ。ファントムよ、ファントム・オブ・ジ・オペラよ。

 お前は地下に潜み、報われぬ恋に身を焦がし、ただ歌う事しか出来ず、失われるという恐怖を前に、その恋を叶える為に暴力を撒き散らした怪人。

 故にお前こそがアナザーウィザードに相応しい。だからこそ、お前の死がこのアナザーウォッチの完成のために必要だ。

 ―――ファントムとは、宿主の絶望と死の引き換えに生まれるものなのだから」

 

 仮面が砕けていく音が聞こえる。

 動けない筈なのにガクガクと震える体が、何か別のものに変わっていく実感を覚える。

 嗤う男が最後にファントムの頭を掴み、その顔を彼の耳元に寄せ呟いた。

 

「クリスティーヌは、お前のことを愛してなどいない。お前の歌声など望んでいない。お前が渡した指輪など、クリスティーヌがお前を哀れんでいる証明でしかない。

 さあ……哀れな哀れな怪人(ファントム)よ。クリスティーヌという悲劇のヒロインを引き立てる哀れな道化(ファントム)よ。俺がお前に新たな力と姿を貸してやろう。新しい体験だ――――」

 

 ()()()()()()()

 霊核の中に何かが押し込まれ、自分を構成する全てが別物になっていく。

 バキバキと人形を潰して壊すように、ファントム・オブ・ジ・オペラは崩れていく。

 

「クリス、ティ―――」

 

 止まった時間の中でさえ、彼はその名を歌い続ける。

 だが、その歌も長くは続かない。

 

 ―――変異には、そう長く時間はかからなかった。

 

 もうどこにも、歌姫に歌を捧ぐオペラ座の怪人は残っていない。

 そこに残っているのは、くすんだ宝石の魔人。

 

〈ウィザードォ…〉

 

「ァアアア……!」

 

 誕生を示すように呻く。

 最後の希望を模った、仮面ライダーの模造品だった。

 

 

 



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アナザーウィザード2012

 

 

 

 リヨンの街まで辿り着いたカルデア一行。彼らは廃墟と化したその地を見て心を痛めながらも、希望となる竜殺しのサーヴァントの捜索を始めた。

 その街において、いま世界を襲う人理焼却とは異なる大きなうねりの一端に触れることになる、という未来を知らないままに。

 

「この本によれば普通の高校生、常磐ソウゴには魔王にして時の王者。オーマジオウとなる未来が待っていた。だが本来この本が正しい歴史を綴り始めるのは、西暦にして2018年。西暦2015年の今、それは未来の出来事にすぎない……はずだった」

 

 彼らがリヨンの街に踏み込んだ後、街の外で一人の男が立っていた。

 魔王の家臣、その名をウォズ。

 

 目を眇めて手にした本を見ている彼は、一体誰へと語りかけているのか。

 ただただ、朗々とその本の内容を語り続ける。

 

「だが2015年において常磐ソウゴは人理焼却という事件に遭遇し、自らの意志で仮面ライダージオウへと変身。彼は七つの特異点を修正して世界を救うべく、3年ほど前倒しして、その大いなる覇道へと足を踏み入れるのであった。

 ―――そして訪れた第一の特異点、西暦1431年フランス。彼らが今まさに踏み込んだ壊滅した都市、リヨン。この地で彼らを待ち受けるのは、最後の希望の模造にして絶望の生み出した怪人、アナザーウィザード。果たしてそのアナザーウィザードを生み出した男の正体とは……」

 

 そこまで本の内容を視線でなぞり、口にしたウォズ。

 彼はそこで言葉を止め、急にバタリと本を閉じて話を打ち切った。

 

 

 

 

 

 リヨンの捜索は二手に分かれることとなった。霊脈に設置したキャンプ地から離れたことで、カルデアとの通信も大分状況が悪くなってしまったのだ。このような広範囲の捜索にこそ、カルデアスの観測によるサーチの助力が欲しかったのだが。

 

 とにかく。

 

 立香にはマシュ、ジャンヌ、マリーがつき東側へ。

 ソウゴにはランサーとアマデウスがつき西側へと。

 そのようなことになったのであった。

 

「こういう時ってどういう風に探せばいいんだろ。声かけしながら歩くとか?」

「まあナシじゃねえが、流石に範囲が広すぎる。サーヴァントを使うのが無難じゃねえか?」

 

 ソウゴの問いにそう言って、アマデウスへと視線を送るランサー。彼の耳の良さは王妃からのお墨付き。いや、世界からさえ認められているものなのだから、使わないのはもったいないということだろう。

 話を振られた当人は渋い顔でそれに答える。

 

「やれと言われればやるけどね。いくら僕の耳とはいえ、この広い土地の中で、潜められた小さな呼吸を探せるような便利なものじゃあ―――ん……ああ、これはまずいんじゃないかな? ()()()()()()?」

 

 ―――瞬間、ランサーが動いていた。

 有無を言わさずソウゴとアマデウスの襟首を掴み、大きく跳躍してその場から離れる。同時にバキバキと石で舗装された路面が砕け散り、つい今まで足をつけていた地面が大穴を開けて引き裂かれた。

 その大穴の中から、さながらドリルのように回転しつつ地上へと進出してくる人型。

 

 現れたのは、砕けた赤い宝石の如きマスクに覆われた異形の顔。その側頭部からは一対の角のようなものが伸び、まるで頭そのものが指輪であるかのような造形になっている。

 襤褸切れのようなローブで包んだ体は、禍々しさすら感じる不安定さで出来上がっていた。

 

〈ウィザードォ…!〉

 

「ハァアアア……!」

 

 地下からの奇襲を躱したランサーに手放され、地面に転がりながらソウゴはそれを見た。

 そして、見た瞬間に感じ取る。あれは、()()()()()という感覚。

 

「違う……違う、けど……仮面、ライダー?」

 

 砕けた宝石の顔の中で、異形の瞳がソウゴを見つけた。

 アナザーウィザードは狂喜する。

 

 彼はただ、ジオウを葬り去れと命じられただけだ。だが彼の中の何かが、彼の意志に訴えかけてきているのを感じている。

 恐怖させろ、絶望させろ、絶望の果てに死に絶えたものこそが、己の仲間になるのだと。

 

 ―――そして、仲間を揃えてサバトを決行することこそが。大切な、大切な、他の何より大切な姫君(クリスティーヌ)を、彼の手の中に取り戻す唯一の手段なのだと。

 

 彼の中に既にクリスティーヌが何か、などという情報は残っていない。オペラ座の怪人の霊基を糧に起動した何かが、その中の記録された歴史と勝手にすり合わせた結果、発生したバグのような情報にすぎない。だがそれは、アナザーウィザードが行動原理にするには十分すぎた。

 

 アナザーウィザードが一歩も動かぬままに、ソウゴに向かって手を伸ばす。

 ソウゴはその様子に僅かばかり首を傾げ、次の瞬間に度胆を抜かれる。

 

〈エクステンドォ…!〉

 

 物理的に手が伸びて、ソウゴに迫ってくる。

 

「うぉわぁっ!?」

 

 ソウゴの目前まで迫った腕を、朱色の閃光が打ち払う。

 即座に武装を完了したランサーの手による迎撃。

 彼は軽やかに魔槍を回しつつ、ソウゴを守るように彼の目の前に陣取っていた。

 

 打ち払われた腕をくねくねと回し、やがて通常の長さまで戻していくアナザーウィザード。

 

 その様子を見送ったランサーが目を眇めつつ思考する。

 相手の体に直接斬り込んだにも関わらず、刃は入らなかった。恐らくは彼のマスターの装備、ジオウと同じような材質・システムで構築された鎧。

 だとすれば、攻略のために必要なのは、その装甲が維持不可能なほどの超過ダメージだ。ランサーだけでも達成できないことはないが、それよりも話の早い解決法がある。

 

「……さて、ならマスターが決めるべきか」

「じゃあ一緒に行く?」

 

〈ジオウ!〉

 

 ランサーの背後で、ソウゴが変身までの行動準備を済ませていた。

 彼の背後に浮かぶライダー時計が、時間を刻んでいる。

 

 そんな彼を鼻で笑うように、ランサーは声を上げた。

 

「着いてこれんならな!」

 

 瞬間、青豹の如き槍兵の体躯が奔った。

 

 正面から突っ込まれただけだ。あまりにも愚直な直線軌道。

 だというのに、アナザーウィザードの思考速度では反応すら許されない。

 神速の一刺しは過たずアナザーウィザードの胴に直撃し、血飛沫が如く飛び散る火花。

 

 引き戻しの動作は最小限に、すぐさま更なる一突きが怪人の喉元に炸裂する。

 再び盛大な火花を撒き散らし、アナザーウィザードの体が地面に転がった。

 ノックダウンは奪ったが、しかしそれでも傷を与えられたわけじゃない。

 

 やはり軟い堅いの話じゃない、とランサーが小さく舌打ちする。

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

 

 変身を完了すると同時、マスターの体がランサーを飛び越していく。ジオウはなんとか体を起こしていたアナザーウィザードの目前に着地すると、握り固めた拳を振るう。

 

 拳は相手の体に食い込むように確かに入る。が、それが大きなダメージになっているという感覚は得られない。相手は確かにそこにいる。攻撃も確かに入っている。なのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 事実、アナザーウィザードはすぐさま拳を返してきた。それを前腕部で弾くように受け流し、至近距離まで詰まった間合いを活かすように、相手の胴体へと膝蹴りを叩き込む。

 なされるがままに攻撃を受けた相手が、後ろへと蹈鞴を踏んで下がった。が、すぐさま体勢を立て直して腕を掲げる。

 

 またも伸びる腕か、とその腕を注意するソウゴの目前。

 

〈ライトォ…!〉

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 超視覚を有するジオウの頭部センサー・インジケーションアイから侵入する、視界を埋め尽くす突然の凄まじい発光。

 

「まぶしっ!? なにっ!?」

 

 即座に顔を隠すように腕で庇うソウゴ。

 その瞬間、アナザーウィザードが動いていた。

 

 一歩で踏み切り、空中で身を捩る回転からの蹴撃。

 凶器と化したつま先が、ジオウ頭部に叩き込まれる―――その寸前。

 

 朱槍が奔り、その足を横合いから切り払った。アナザーウィザードのボディには切断どころか目立った切創すら出来ない。しかしその体は派手に火花を散らして、そのままもんどりを打って背中から地面に落ちる。

 

「ガッ―――!」

 

 宝石の中の口から、衝撃に呻くような声が漏れる。

 そして倒れた相手に追撃を仕掛けるべく、ランサーが槍を振り上げ―――

 

〈ディフェンドォ…!〉

 

 突如、足場がせり上がるという緊急事態。

 小さく舌打ちして、離脱を優先させるランサー。一歩引いたところでみれば、アナザーウィザードの周囲の地面が、まるで彼を守るかのように持ちあがり壁になっている。

 

 ジオウの隣まで立ち位置を下げたランサーが、怪訝そうに呟く。

 

「魔術師……? 声の方は一小節の詠唱か……いや、その割には……」

 

〈エキサイトォ…!〉

 

 再び声がする。ランサーの目が鋭く尖り、何が来るかと身構えた。

 次の瞬間には聳え立つ土の壁が弾け飛び、弾丸となってこちらに襲いかかってくる。

 

 ランサーは飛び道具に対する対処性能を向上させる矢除けの加護を有するが、そんなスキルがなくとも簡単に防げる程度のお粗末さ。

 石と土の混じる弾丸を打ち払おうとして、隣から連続して轟く銃声に手を止める。

 

 ジオウの手にはジュウモードのジカンギレードがあった。

 その銃口から走る弾丸が、石を、土を、空中で爆砕して粉塵と変えていく。

 

「あん? その武器は」

「なんか直ってた!」

 

 タラスクとの決戦で半壊したはずの武器は、いつの間にやら修復されていた。どういう理屈か分からないが、ジオウの装備は修復すらされるらしい。

 その至れり尽くせりに肩を竦めるランサー。とりあえず、今はそんなことよりも戦闘中だ。疑問なんて後からでも間に合うだろう。

 

 そう考えて舞い散る粉塵の先に目を凝らす。

 隠れたその姿を探すまでもなく、相手の姿はすぐに粉塵のカーテンを突き破って現れた。

 

 筋肉の肥大化した上半身。

 腰から上が三倍ほどに膨れた異形の怪人が、そこにはいた。

 

「……ゴリマッチョって感じ?」

「ハ、下半身も鍛えてから出直してこいって話だ」

 

 ぐいん、とアナザーウィザードの上半身が捻り上げられる。同時に振り上げられる拳。

 腰から上をまるで鞭のように撓らせて、その拳が鉄槌が如く敵に向かって振り下ろされた。

 

 戦士二人は即座に横に跳び退る。

 

 拳が叩き付けられる。二人が直前まで立っていた大地を砕く、強大な一撃。

 飛び散る破片。振動する大地。

 外見に違わぬそのパワーがもたらした破壊痕を見て、気を引き締める。

 

 銃撃がアナザーウィザードの全身に直撃する。火花が雨のようにその体から飛び散るが、しかし決定打としては成立しない。砲火に晒されながらも、アナザーウィザードがジオウへと顔を向け―――その瞬間、彼の足を槍の薙ぎ払いが襲う。

 

 弾かれる片足。巨体と化した上半身が支えを失い、大きく揺れて傾いた。続けて流れるようにランサーの姿が空を舞う。槍ごと体を縦に回転させて、傾いた巨体に上から槍を叩き付ける追撃。アナザーウィザードの体が、尋常ではない勢いで地に落ちる。

 

 石畳を砕き、半身を地面の中に沈めるアナザーウィザード。

 その肥大化していた肉体が、元のサイズへと萎んでいく。

 

〈5! 4! 3! 2! 1!〉

 

 ジオウの手には、リューズを押してチャージを開始したジカンギレード。まるでダメージの無いように起き上がってくるだろうアナザーウィザードへ、既に銃口は向けられている。

 

 粉砕された石畳の上、地面だったものの塵を払いながら。

 体を元のサイズに戻した怪人が、ふらつきながらも立ち上がる。

 その瞬間に引き絞られる、ギレードのトリガー。

 

〈ゼロタイム! スレスレ撃ち!〉

 

 ジガンギレードが火を噴いた。

 連続して吐き出される超エネルギーの砲火。

 

 この相手から感じる奇妙な手応えの無さを考慮しても、これならば相手を爆砕できるはず。そうと考えるに不足ない威力があることは間違いない。起き上がりに放ったこの攻撃。タイミングは完璧で、回避は不可能。だが、しかし。

 

〈リキッドォ…!〉

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「えっ……!?」

 

 ジオウの目の前で、アナザーウィザードの体がどろりと崩れた。

 その体は、瞬時に水へと変わっていたのだ。

 

 水となったそれは当然のように宙に浮かび、ジオウへと高速で殺到する。

 咄嗟に銃撃で迎え撃つが、弾丸が当たった水が弾けるばかりだ。

 なんの痛痒もないとばかりに水はジオウを取り囲み、その背にいきなり蹴りを見舞った。

 

「うわっ!?」

 

 足だけが元のアナザーウィザードのものに戻り、ジオウを後ろから蹴り飛ばしていた。

 そのまますぐに水の塊という状態へと戻ってしまう。

 蹴り飛ばされて蹈鞴を踏んだジオウが振り返り、その光景を見て戸惑いの声を上げる。

 

「ええ……? なに、水?」

 

 自分の周りを飛び交う液体をジオウがきょろきょろと見回す。そうしている間にも、水はジオウへと接近したかと思えば片腕だけ再構成して殴りかかってくる。

 

 今度は事前に察知して自らの腕でその攻撃を打ち払う。

 そのまま捕まえてしまおうとするも、すぐに液体化して止めることができない。

 

「うーん……あ、そっか。ランサー!」

「防げばいいんだな?」

 

 宙を舞う水を引き裂きながら、ランサーの姿がジオウに並ぶ。

 そう言った彼の振るう槍こそはもはや結界だ。

 

 水流のまま近づいて肉体を再構成しての攻撃、などという手間のかかるプロセスは彼の前では立ち行かない。アナザーウィザードの射程距離を完全に把握しているランサーは、一定の間隔までしか水の浸入を許さない。近づこうとした水の塊は弾け、飛沫となって吹き飛ばされる。

 

 一定以上の質量を伴っていなければ、再構成からの攻撃ができない水。だと言うなら、射程距離に近づかれる前に、衝撃で散らすことで時間稼ぎすることは十分に可能だった。

 

 だが同時に、それを攻撃側として打ち破る手が多くないのも事実。

 

「……さっきから、あの一小節の詠唱でこれだけバリエーション豊富とはな。冗談抜きで高速神言じみた芸当だ。そんで、どうするよマスター。炎で散らすか?」

「いや、これで行けると思う。俺の正面に通して」

 

 そう言うジオウの手には、携帯電話が握られていた。

 特異点Fで見た性能を思い出し、ランサーはなるほどね、と口角を吊り上げる。

 

「了解。行くぜ、しくじるなよマスター!」

 

 ファイズフォンXを折り、銃モードに変形。エンターキーを即座に三連打する。

 エネルギーの収束していく音を聞きながら、トリガーを引くべき瞬間を待ち受ける。

 

〈エクシードチャージ!〉

 

「そらよっ!」

 

 ランサーがそれまで避けてきた大振りの薙ぎ払いで、纏わりついてくる水を一気に引きはがす。当然のように一度は振り払われた水も、すぐに集まって塊となって戻ってくる。

 まるで演武のように大きく槍を振り回し続けるランサー。どこから入り込もうとしても打ち払われるその槍撃の結界には、しかし明確に穴がある。

 

 ()()()()()()()

 あからさまに、意図的に開けられた侵入者を歓迎するためのゲート。だがしかし、アナザーウィザードはその不審さを考慮しない。水流は槍に守られた場所を避けて自然とそこに集まって、ジオウを討つために腕を構成し――

 

「今ッ―――!」

 

 その腕に、赤い光が突き刺さった。赤い光を構成する粒子が一気に液体化している全身に伝播し、強制的にリキッドの魔法が解除される。既に水である部分はどこにもない。全てが、アナザーウィザードという怪人に再構成されていた。

 

「グッ――ガッ―――!?」

「これで、終わりだ―――!」

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

 元の姿に戻され、しかし動けずに呻くアナザーウィザードの周囲に、12の“キック”の文字が時計盤の如く浮かびあがる。拘束に成功した瞬間にファイズフォンXを放り投げたジオウは、即座にジオウウォッチを必殺待機状態に移行してドライバーを回していた。

 

 跳躍し、飛び蹴りの姿勢に入ると同時。

 12の“キック”がカウントを告げるように一つずつ消え始め、そして最後の一つがジオウに向かって飛んでいく。自らの顔と足裏で“ライダーキック”を作り、ジオウの体はアナザーウィザードに向け加速した。

 

〈タイムブレーク!!〉

 

 呻くアナザーウィザードの胴体に突き刺さる蹴撃。

 ダメージと同時に火花を噴くことで、衝撃を緩和するはずの宝石で出来たブレストアーマー。

 その圧倒的なまでの破損耐性を抜き、砕くまでに至った感触をソウゴが捉える。

 

 次の瞬間には、ジオウの必殺技を受けたアナザーウィザードの姿は爆発四散していた。

 

 

 

 

 

「どうしたんだい? 倒したんだろ?」

 

 戦闘を終えたはずだというのに、きょろきょろと辺りを見回すジオウ。特に援護も必要なさそうだと素直に避難していたアマデウスは、そんな彼の様子に問いかけてくる。

 

「んー……そうなんだけど。あれが何だったのかなって」

「サーヴァント、じゃねえな。サーヴァントらしき気配も僅かに感じたが、明らかに違うものになっていた。そういう性質の宝具で変貌したサーヴァント、って可能性はなくもないが」

 

 ランサーも周囲を見回している。

 敵怪人は爆死。その場に残ったものは何もない。

 それならそれでいいはずだが、どうにも引っかかる。

 

「ふむ。ああ、けれどあれが竜の魔女の手の者だったなら、その撃破はジャンヌ・ダルクに伝わったはずだろう? なら、のんびりしている暇はない。

 悩むにしても、この街にきた目的を果たしてからにするべきだ」

「……まあ、そりゃそうだ」

 

 そう言って煮え切らないものを感じながらも、ランサーが手の中に残していた槍を消す。

 ジオウもまたその言葉に同意するように変身を解除した。

 倒したはずなのに、()()()()()()。そんな漠然とした感覚を覚えながら。

 

 

 

 

 

 ソウゴたち一行が目的を果たすべくその場を離れ、見えなくなった後の話。

 その場に一人の青年が歩いてくる。本を携えたコートの青年、ウォズ。

 

 彼はアナザーウィザードが爆散した場所を検めると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ウォズはそれが確かにアナザーウォッチであるのか、確かめるようにまじまじと見つめる。

 

「これは確かにアナザーウィザードのウォッチ。何故これがここに……?」

「無論、俺の企みだ」

 

 ガチリ、と。ウォズの動きが不自然に止まる。

 驚きを隠せない表情のまま停止したウォズの背後から、ファントムにウォッチを仕込んだ男が現れる。彼はゆったりと歩きながらウォズへと近づいて、動けない相手に囁きかけた。

 

「俺が仕込んでおいたウォッチを、勝手に持っていこうとされるのは困るな。

 それともウォズ。貴様がアナザーウィザードになり、オーマジオウに代わる新たなる王として立候補してみるか?」

 

 彼は小さく笑みを浮かべつつ、ウォズが手にしていたアナザーウォッチを取り上げる。そのまま数歩離れてから、軽く手を振ってみせる男。

 それが合図であったかのように、時間が再び流れ始める。突然の停止から唐突に解放されたウォズが、蹈鞴を踏んでよろめいた。

 

「―――ッ、我が魔王をさしおいて私が王に? 笑えない冗談だね、スウォルツ」

「目指す権利は誰にでも平等にある。もっとも、それを成し遂げられるだけの力と資格が備わっているかは別の話だがな」

 

 体勢を立て直すと同時、すぐさまスウォルツから距離を取るウォズ。

 

「君にはその力と資格が備わっていると?」

「―――そうだな。一つ教えておこう。人間には“使うもの”と“使われるもの”がある。

 “使うもの”は崇高なる目的を思考するものであり、“使われるもの”には前者の目的を理解できないものだ」

「……なるほど。ならば我が魔王こそが、その“使うもの”に相応しいとは思わないかい?」

 

 ウォズの言葉に小さく笑うスウォルツ。

 次の瞬間、彼が突き出した掌から紫紺の光が生じてウォズを襲う。

 

 対してウォズは首から垂らしたストールを翻し、広げながら渦巻かせる。

 まるで盾となるように広がる布こそ、ウォズが整えた防御の姿勢。

 

 光と布が激突し、発生する熱と衝撃。

 耐え切れずに吹き飛ばされるウォズの体。

 

「“使われるもの(キサマ)”に“使うもの(オレ)”の目的は理解できまい。理解できないというならば、大人しく俺の計画の内で踊り続けるがいい。オーマジオウの走狗」

 

 吹き飛ばされたウォズが何とか着地し、膝を落とす。そうした彼の体から、保護を目的に展開していた本の頁がバラバラと落ちていく。

 そんな中で、しかし彼はスウォルツの持つアナザーウォッチへと鋭い視線を送り続けていた。

 

「―――そうしてアナザーライダーの力を歴史から吸い出すために、我が魔王を利用する計画、かい?」

「……ふん。ここでこのまま立ち話を続けて、今の段階で常磐ソウゴに見つかる気はない。とは言っておこう。

 俺が奴と顔を合わせることがあるならば、それはこの特異点が消滅する瞬間だろうさ」

 

 最早スウォルツはウォズに視線も向けない。

 そして彼自身が発光したかと思えば、その姿は一瞬で消えてなくなっていた。

 

 彼がいた場所を苦々しげに見つめるウォズ。

 人理焼却とはまた違う目的を持つ敵は、この機に乗じて水面下で動き始めていた。

 

 

 



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ファヴニール1431

 

 

 

「うん?」

 

 ふと何かに気付いたかのように、アマデウスが足を止めた。それにつられて足を止めるソウゴとランサー。アマデウスは彼らの後ろで振り返り、歩いてきた方向へと視線を向けていた

 

「どうしたの?」

「―――いや、恐らくさっきの場所だろう。そっちから何か音が聞こえてね。

 ただ瓦礫がバランスを崩して落ちた、というような感じではなかったと思うけど……どちらかというと、壁に何かが衝突した音かな?」

 

 ソウゴとランサーが目を見合わせる。

 周囲にそんな騒音を発するようなものは見当たらなかった。

 

 ―――明らかに竜殺しとは関係ないが、だからといって放置するべき問題でもない。

 

「仕方ねえ、一度引き返して…」

「あっ、更に追加の情報だ。()()()()()()()()()()?」

 

 アマデウスの顔が空を向く。空から、と聞いて二人の表情が改まった。

 そんな場所から登場する存在を、彼らはよく知っている。

 彼の視線を追って空を見上げれば、彼方に小さく飛行する影が確認できた。

 

「こっちが奴らの兵隊を倒したことを察知して出陣、にしちゃ動きが早いな。ああいや、ルーラーのサーヴァント感知能力で場所が割れたのか?

 どの程度の範囲を知覚できるものかは分からねえが、厄介なもんだ」

「……ワイバーンって感じの大きさじゃなくない? あれ」

 

 その光景を見ても、ただ肩を竦めるだけのランサー。

 だがソウゴとしてはどうにも、今こちらへとどんどん近づいてくる空の影のサイズ感が気になった。どう見ても、少し前に見たワイバーンと同じそれではない。

 

「見ての通り、ドラゴンだわな。まあライダー・マルタが言った通りだったってだけだ。つまりあれを倒す戦力を確保するために、オレたちは“竜殺し”を探してここに来てたんだろ?」

「そう言われればそうだったね」

「君たち緊張感ないね? どうにかなるのかい、あれ?」

 

 呆れるようなアマデウスに、ランサーはまた肩を竦めた。

 

「ちと厳しいだろうな。だから今、オレたちは人探ししてるわけだからな」

「そりゃそうだ」

 

 納得するように溜め息を落とすアマデウス。

 その彼と、ソウゴの襟首を掴んでランサーは疾走する体勢に入った。

 

「ちょ」

「どうするの?」

「とにかく広場だ。あの巨体にしろ、ブレスにしろ、あの規模の竜はこんな家の並んだ狭い路地でやりあっていい相手じゃねえ。巨大化したアーサー王を相手にすると思っとけ」

 

 言われて、巨大化したセイバーがどんなものかを想像する。嵐のように吹き荒れる魔力放出。全てを薙ぎ払う聖剣の閃光。それをあのドラゴンのサイズで行使されたとしたら……と。

 うぇ、とソウゴが盛大に表情を歪めた。

 

「それまずいんじゃない?」

「よく分かったな。覚悟決めとけ」

 

 即座に近場の開けた空間へと辿り着く。

 そこに二人を放り出し、ランサーはその手に槍を出現させた。

 地面に放り出されたアマデウスが、その態勢のまま耳を澄ます。

 

「―――翼が風を切る音は確実にこちらに向いてる。マリアたちの方じゃなくこっちにくる、ってのは間違いないだろうね」

「黒ジャンヌはどこに誰がいるかまでは分かってない?」

 

 そうでなければ、彼女は恐らく真っ先に白ジャンヌを狙いに行くはずだ。こちらに向かってくるというならば、それは彼女が白ジャンヌの位置を把握できていないということだ。

 

 ―――だがそもそも、このルーラーの能力は今の大前提に関わるのではないか?

 

 ちらりとよぎった思考を元に、ランサーが片目を瞑る。

 どちらにせよ、それは今から分かることだ。そう考えながら彼は、もはや目視で竜の姿がよく分かるほど近づいてきた魔女の軍団を見上げた。

 

 

 

 

 

「なるほど。オペラ座の怪人(ファントム・オブ・ジ・オペラ)が消滅したかと思ったら、あなたたちの仕業でしたか。バーサーク・ライダーに加え二人目、やってくれますね」

 

 そこに舞い降りたのは、ワイバーンなどとは比較にならない巨竜であった。街に立ち並ぶ家々を高みから見下ろすほどの巨躯。全身を覆う黒い鋼の如き鱗。

 そんな巨竜の上に立つ黒い聖女は、彼らを見下ろしながらそんなことを言った。

 

「ファントム・オブ……? だれ?」

 

 反射的にそう言い返す。

 ソウゴの言葉の後に繋げるように、すぐに言葉を発するランサー。

 

「そういや真名を聞く間も無かったが、一人始末してたな。奴もあんたの部下だったか? そいつは悪かったな、敵討ちにそんなもんまで持ち出させて」

「―――ハ、敵討ちですって? そんな殊勝なことをこの私がするとでも? 聖女マルタ、オペラ座の怪人……確かに短期間に二騎のサーヴァントを討ち取られたことは事実です。その事実をもって、私は自軍の運用について反省をしましょう。けれどそれだけです。

 私がここにいるのは、私の手には()()()()()()()()()()()()()()()と断言できるだけの戦力がある、と証明するためです」

 

 黒い聖女を乗せた巨竜が、その口の端からちろりと炎を吹く。

 彼女の物言いは、このしもべさえいればサーヴァント程度は誤差にしかならない、と。そう確信していた。ただ少しだけ、そこで彼女の顔が顰められる。

 

「ですが、もう一人の私がここにいないのは予想外でした。マスターひとりを囮にして、もう一人のマスターと何か企んでいるのかしら? まあいいでしょう。まずはあなたがたから始末して、それからゆっくり他の連中を探すとしましょう」

「……ああ、そういやあんたルーラーだったな。失念してたぜ。そのサーヴァントを察知する能力もルーラーのスキル、ってわけか」

 

 既に確認していたことを口に出すランサー。

 ソウゴは大人しく黙っておくことにした。

 

「ええ。ですので、あなたたちの悪足掻きなんて通用しません。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もう一人のマスターによる助けは間に合いません。覚悟はいいかしら?」

 

 一瞬だけ、ランサーの口角が吊り上がった。

 なるほど。ルーラーの知覚を誤魔化せる者など、こちらの知る限り一人しかいない。

 

 バーサーク・ライダー、マルタ。

 

 この土地で彼女たちが追い詰めたという竜殺しのサーヴァント。その者は恐らく、マルタの手によって作られたルーラーの視点すら欺く結界に匿われている。

 そして黒ジャンヌが、既にこの街にいる立香たちの反応も見つけられなかったということは、彼女たちは既にその結界の中へと辿りついている。

 ―――竜殺しのサーヴァントまで辿り着いている、ということだ。

 

 だとすれば、目の前のでかい竜を倒す手段は確保されつつある。今こちらがやるべきことは、この街のどこかから来るはずの味方増援に目を向けさせないこと。つまり―――

 

「覚悟ならとっくに出来てる。あんたがそのドラゴンで街を襲うのを止める。そして、この時代の平和を取り戻す。だから俺たちは負けられない」

「―――――」

 

 ()()()()()()()()()()()

 ランサーが確認のための黒ジャンヌの言葉を引き出し終えた、と理解したソウゴが前に立つ。

 

 ジクウドライバーを装着。ジオウライドウォッチを装填。

 背後にライダーの時計を展開しながら、竜の目の前まで歩んでいく。

 

 眼下で宣言する一人の人間を見て、黒ジャンヌは堪え切れぬと口元を手で抑えていた。

 だがそれでも声が漏れる、あまりの滑稽さに笑いが止まらないと。

 

「……フ、―――フハハ、アハハハハハ!

 そう、ならば証明してみなさいな。このファヴニールを討ち取れる、と!!」

 

 その瞬間、彼女の言葉に従い巨竜・ファヴニールが大口を開けた。

 喉の奥から噴き出す火炎。それが竜の口から地上を目掛け、津波のように流れ落ちる。

 

「―――変身!」

 

〈ライダータイム!〉

 

 ソウゴの周囲をリングが覆う。そのリングごとソウゴを呑み込もうとする炎の津波を、“ライダー”の文字が薙ぎ払いながら宙を舞う。止め処なく向かってくる炎はソウゴの周囲を焼くが、それでも彼には届かない。

 全身がジオウのスーツに包まれ変身を終えたジオウの顔に、ライダーの文字が嵌め込まれる。

 

〈仮面ライダージオウ!〉

 

「うん。このドラゴンを倒すことだってさ―――なんか、行ける気がする!」

 

 変身完了の衝撃で周囲の炎を吹き飛ばし、ジオウが更に地を蹴った。

 瞬間、竜の上に立つ黒い聖女が口角を上げる。

 

「いいえ? ファヴニールだけではありません」

 

 黒ジャンヌが言うや否や、彼女の背後から二つの影が跳ぶ。

 

 片や一切の露出の無い漆黒の鎧に、全身を覆う黒い魔霧に包まれた無手の騎士。

 片や大振りの剣を携えた、黒い外套を纏った男。

 

「行きなさい、ランスロット! シャルル=アンリ・サンソン!

 その人間の首を刎ね、もう一人の私の前にぶら下げてやることにしましょうか!」

 

 指令を下す黒いジャンヌ。

 それと同時、乗組員が自分の背から離れるや否やファヴニールが翼を羽ばたかせた。

 その巨体を持ち上げるほどの風圧が吹き荒れ、周辺一帯を暴れ狂う。

 炎のブレスと突風が合わさり、周囲を一気に火の海の地獄絵図に変えていく。

 

 そんな地獄の中、先んじて斬りかかってきたのは黒外套の男。

 その剣をジカンギレードで迎え撃ち、鍔迫り合いの姿勢に入る。

 

「……なら、僕の仕事ということか。変わった頭だけど、安心するといい。きっちりと綺麗に頭と胴を切り離してみせるとも」

「それはちょっと遠慮しとく」

 

 ジオウのパワーをもってすれば、彼との鍔迫り合いに勝利することは難しくない。

 そのために力を入れようとして―――

 

 頭上から二体目のサーヴァントが更に強襲してきた。だがそれは攻撃ではない。

 彼の持つジカンギレードを掴むように、手を伸ばしてきていた。

 

「え?」

 

 その相手がジカンギレードを掴むと同時、黒い波が脈打ってギレードを染めていく。

 武器を()()()()()()、と直感する。まずい、と剣を引こうとした瞬間にサンソンが身を引き、勢い余ったジオウの体が前につんのめった。

 同時に見舞われるランスロットの蹴撃に、ギレードを手放して吹き飛ばされるジオウ。

 

「―――ッ、ぐぅ、つぅ……!?」

 

 すぐさま振り向くと、既にギレードはランスロットの手の中で暗黒に染められていた。

 刃が横に倒れ、露わになった銃口がジオウを照準する。

 瞬間、連続して轟く発砲音。

 

 だがその弾丸がジオウに届く前に、ランサーの体がジオウの前に滑り込んだ。

 朱槍が閃き、漆黒の弾丸を打ち払って地に落とす。

 

「ドラゴンを引きつけんのは任せたぞ、坊主。奴はまずお前を狙ってくる。避けるのに専念してりゃ、恐らく状況が変わってくる」

「分かってる」

 

 二人同士でしか聞き取れない声量で、少ない言葉を交わす。あるいはアマデウスならば、その小声も聞き取れているかもしれないが。

 それを終えるとランサーは力強い踏み込みで、ランスロットに向け加速していった。

 

「……仕方ない、なら一人仕事だ。いつも通りといえばその通りだけれど」

 

 武器を失ったジオウに、サンソンが再び斬りかかろうとする。だがそれは、突如彼の周囲に瞬いた光によって中断させられた。

 咄嗟に足を止め、横槍の下手人を見るサンソン。彼はその正体を確かめた瞬間、これ以上ないというほどに激しく目を剥いた。

 

「やれやれ……戦闘は専門外なんだけど、お前が相手だっていうなら僕も()らないわけにはいかないだろう。

 やあこんにちは、シャルル=アンリ・サンソン。相変わらず仕事熱心だね、お前は。いや? 今の状況は君の割には怠惰が極まっているのかもしれないな?」

「アマ、デウス・モーツァルト……!」

 

 明らかにサンソンの様子が変わった。

 その様子にただ事ではない雰囲気を感じ、アマデウスの横顔をちらりと見るジオウ。

 

「知り合い…?」

「いや、別に? ただ、そうだね。同じお姫様に恋した男たちってだけさ」

「ははあ……」

 

 マリー・アントワネットを思い浮かべる。

 そういう関係かあ、と納得しているとサンソンが怒声を飛ばした。

 

「お前と一緒にするなアマデウス、人の死を貶める人間のクズめ……!」

「そこは見解の相違、音楽性の不一致てやつさ。一緒くたにはしてないとも。別に僕からはお前の考えを否定するつもりもないしね」

 

 サンソンが地を蹴り、アマデウスに向けて剣を振り上げる。

 指揮棒が冴え、周囲に展開した楽団の奏でる音が光の障壁を作る。

 

 鋼の刃と音の壁が発生させた激突の衝撃が、周囲の炎から火の粉を散らす。

 サンソンの標的は既に完全にアマデウスへと移っていた。

 ジオウの首を落とせ、という黒いジャンヌから下された指令は既に抜け落ちている。

 

 アマデウスがジオウに視線をくれる。

 ソウゴは一度肯くと、すぐさまファヴニールに向けて駆け出した。

 

「人間を愛せないお前に彼女の尊さの何が理解できる!」

「君が正気ならまだしもね。処刑人すら降りてしまったお前と、マリアの美しさについての談義なんかするつもりはないんだよ」

 

 指揮棒を振るう間隔を加速させる。

 意識のズレを修正し、彼に従う楽団の奏でる音程を調節する。

 

「国を愛し、民を愛し、誰であろうと望まれるままに、必要とされた処刑をこなしてきた執行人。どんな命にも例外もなく尊き死を与えんと首を落としてきた処刑人。

 彼とならまあ、話し合うさ。けどお前、いまは国も民も憎む竜の魔女の言葉で、命と石ころの区別もつけずに切り落とす人形じゃないか。ほら、そういうのは処刑人とは言わないだろう?

 ―――っていうか、他の誰よりお前がそんな輩を処刑人だとは認めないだろ、シャルル=アンリ・サンソン」

「ッ………アマデウスゥッ!!」

「はいはい、怒鳴るな鬱陶しい」

 

 振るわれる剣が風を切り裂く際に放つ音から、角度と勢いを理解する。

 そうして、その攻撃に合わせた最適の光を導くべく指揮棒を振るう。

 楽団はアマデウスの導きに従い、正確に剣を防ぐ光壁を形成する音楽魔術を奏で続けた。

 

 

 

 

 

 銃撃は途切れることなく殺到する。

 狂化の後付ではなく、明らかにあれはバーサーカー。

 だというのにその射線の取り方は、バーサーカーと思えぬほどに巧みであった。

 

「ランスロット……あのセイバーが従えた円卓の騎士ってわけか」

 

 とはいえ、正面からの射撃であれば矢除けの加護もあり、まずランサーには通らない。

 それを理解したのか銃撃を止め、ジカンギレードを変形させるランスロット。

 

〈ジカンギレードォ…! ケン…!〉

 

 心臓を狙う神速の刺突撃。それを刃で打ち払い、逆に頭を狙う剣撃を見舞う。

 ランサーの足が一歩だけ引き、その斬撃は空を切る。

 続けて背後に逸れた体をそのまま横に一回転。槍を横一閃に薙ぎ払った。

 

 それを受け流すでもなく、剣の腹で正面から受け止めるランスロット。

 衝撃を殺すこともせずに彼の体は大きく吹き飛び―――

 

〈ジュウ…!〉

 

 宙に投げ出されながらも、彼の手の武器が銃に早変わりし、瞬時に火を噴いた。

 斬り払うにはもう遅いと横に跳び、回避に専念することで対応する。

 直撃を受けた背後の家屋で壁が爆砕。それが崩れ落ちていく音を聞きながら思考を回す。

 

 相手はバーサーカー。

 だが、バーサーカーでありながら、明らかに最低限の思慮は持っている。

 マスター、黒いジャンヌ・ダルクの意志には確実に従う。

 狂化の代償として本来失われるはずの、戦闘における技量は残っている。

 

 ―――バーサーカーとは名ばかりの優秀な騎士だ。

 

「まあ、ここにきてからそんな奴らばかりだがな」

 

 小さく吐き捨てて疾走する方向を切り替える。

 前方へ突き進みながら、正面からくる弾丸を回避しつつ距離を詰める軌道。

 銃撃を潜り抜け、ランスロットを槍の射程に再び捉える。

 

〈ケン…!〉

 

 再び剣の姿を取ったジカンギレードと朱槍が衝突し、火花を散らした。

 

 

 

 

 

 あるいは、聖書の竜タラスクよりは対処のしようがある。

 ソウゴがまず思ったのはそれだった。

 

 ファヴニールの巨体は動くだけでそれが攻撃と化し、そのブレスの火力は一度放てば街の一角を蒸発させる危険なものだ。だが広い空間で戦うことが前提ならば、タラスクと違い()()()()()()などという事はない。

 

 その堅牢な鱗に守られた体の防御力は確かにタラスクの甲羅に匹敵するだろう。その口から放たれる火炎のブレスは、タラスクのそれをゆうに凌駕する熱量を持つだろう。

 だが、それだけだ。強い、間違いなく強い。()()()()()()()。マルタの守護竜として身命を賭して、誇りある邪悪な破壊神と化した竜に比べれば、ただ強くて大きいだけの存在だ。

 

 ライドストライカーを駆り、その竜の周囲を回りながら攪乱する。

 それを追い首を右往左往するファヴニールに苛立つように、黒ジャンヌが舌打ちした。

 

「何なのあれは……! ええい、鬱陶しい! ファヴニール!!」

 

 黒ジャンヌの指示を受け、巨竜が大きく腕を振り上げた。

 振り上げた際の倍速で勢いよく振り下ろされる腕。

 それを視認した瞬間にジオウは、ライドストライカーをウォッチに戻しつつ跳躍した。

 

 叩きつけられる巨腕。振動は街全体を揺らす勢いで広がり、いくつもの家屋を倒壊させる。

 だが狙っていたジオウは空中で、それもファヴニールの目の前にいる。

 

 ファヴニールの上にいる黒ジャンヌが、そのジオウの姿を見て口惜し気に唇を噛む。

 その間にも、ジオウはジクウドライバーの操作を完了していた。

 

「……ッ!」

 

〈フィニッシュタイム! タイムブレーク!!〉

 

「りゃああああッ―――!!」

 

 ウォッチから迸るエネルギー。

 それを纏ったジオウの飛び蹴りがファヴニールの顔面に突き刺さる。

 大きく首を逸らせて怯む巨竜。だが、しかし。

 

「やっぱ効かないよね……!」

 

 空中で再びライドストライカーを展開し、着地と同時に走行を開始しながらジオウが呟く。

 

 大きく仰け反ったはずの竜は、すぐに立て直してジオウへと憎悪の視線を向けていた。ジオウが何をしようとただの悪あがき、という事実に気を良くしたのか。黒ジャンヌの表情がジオウを小馬鹿にしたものに変わった。

 

「ハ、そんな攻撃でファヴニールを倒せるとでも? ええ、相手がちょこまか動く蠅だというのなら、こちらにも考えがあります。ファヴニール。()()()()()()()()()()―――!」

 

 そう言って旗を振るう黒ジャンヌ。その途端、ファヴニールの喉が大きく膨れ上がった。閉じられた口から僅かに漏れる熱気が大気を焦がし、周囲の風景を歪めて見せる。解放されてしまえば、この周辺一帯が消し飛ぶと確信できる超熱量の予兆。

 

「……ッ、ここにはあんたのサーヴァントもいるのに!」

「言ったはずです。()()()()()()()()()()()()()、と」

 

 竜はそのチャージが終われば、口から地獄の如き炎を天に向けて吐くだろう。

 それは一度天に向かって翔け上がり、やがて流星の如く地上に落下する。

 結果はこの地が生きとし生ける者を許さぬ、地獄の具現と成り果てること。

 

 止めようがない。決定打がない。

 だからファヴニールはブレスを喉に溜めながら、悠々と羽ばたきを開始した。

 

 飛行を開始する竜の巨体。空中へと舞い上がる超質量。

 ファヴニールの攻撃によりこれより地上は紅蓮に染まる。

 その自分の炎で自身を焼かれぬように、空で放つ以外の選択肢はない。

 だから竜は一切迷わず己を空に上げることを選んだ。

 

 そうして、解放を命じる最後の号令が黒ジャンヌから下される寸前に。

 

「遅れてすまない。ファヴニールが()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 地上に、ファヴニールのブレスをも凌ぐ太陽が顕現した。

 

 白い長髪を荒ぶる魔力の渦で暴れさせる、剣を胸の高さに構えた勇者。

 その剣に滾る魔力は既に臨界。今にも解放を待つ魔剣の輝き。

 

「サー、ヴァント……!? どうしてここに!?」

 

 黒ジャンヌが驚愕する。さっきまでは確実に、ルーラーの知覚に他のサーヴァントは入っていなかったはずだ。だというのに急に、ここにきて四つの反応が増えていた。

 カルデアのデミ・サーヴァント、もう一人のジャンヌ・ダルク、マリー・アントワネット。

 

 ―――そして。

 

 黒ジャンヌの真名看破能力が、過たず目の前のセイバーの真名を読み取った。

 邪竜の返り血により発現した鎧。邪竜を討ち取った呪いの聖と魔の両側面を持つ剣。

 その名を―――

 

「ジーク……フリート――――!?」

「ああ。その名の持つ責務として、見知った顔を撃ち落としにきた」

 

 彼らが求めた“竜殺し(ドラゴンスレイヤー)”が、邪竜はばたく今この地に降臨した。

 

 

 



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幻想大剣1431

 

 

 

「ッ、ファヴニール! 奴を狙え―――!」

 

 天へと炎を吐こうとしていたファヴニールに黒ジャンヌの声が飛ぶ。

 だがそれ以前に、とっくにファヴニールの意識は新たに現れた竜殺しに向かっている。

 

 自分に届き得る剣。自分を殺し得る光。それが地上に現れた時点で邪竜は、自分の全ての力をもってあれを破壊することを決定していた。

 

「グゴァアアッ―――――!!!」

 

 街一つを地獄に変えるだけの絶対的な熱量。

 自分が討たれる前にそれを地上に立つ剣士に向けて解き放つべく、竜の頭が下を向く。

 

 ―――だが遅い。

 

 竜が空へと身を躍らせた時点で、既に竜殺しは行動へと移っていた。

 地上の竜を討つため魔剣を解放することに戸惑いがあったのは、その余波が地上を諸共に焼き払う憂いからだ。相手が自ら空を飛び、その悩みから解放された以上は止まる理由はありえない。

 

「“幻想大剣(バル)――――!!」

 

 迸る真エーテルが刀身を覆い、光の刃を形成する。

 彼の足が踏み砕くほどに大地を踏みしめて、剣を振るう姿勢に入った。

 

 ファヴニールが大口を開く。

 溜め込まれていた炎が怒涛となって天から地上へと押し寄せる。

 集中した熱量はもはや光線じみて、眼下のジークフリートに差し向けられ―――

 

天魔失墜(ムンク)”――――――!!!」

 

 しかし、地上から天へと昇る黄昏の剣気に呑み込まれた。

 熱線を塗り潰しながら逆行してくる蒼色の衝撃。

 邪竜の息吹すらも、解き放たれた魔剣の輝きを止められずに追い返されていく。

 

「っ――――!?」

 

 拮抗すら許さず、バルムンクの放つ剣気はファヴニールを呑み込んだ。巨体が自身を焼く光の中でもがくように動き、しかし悲鳴を上げることすら敵わない。数秒の間その光はしかとファヴニールを焼き続け、ジークフリートの手の内の剣から魔力の放出が止まると同時に消え失せる。

 

 光の剣撃を受け終えると、全身から黒煙を吹き上げながら落下してくるファヴニール。その巨体が周辺一帯を押し潰しながら地面に落ちて、盛大に土砂を巻き上げた。

 

「おぉ……!」

 

 思わずソウゴも感嘆の声をあげる。目の前で迸ったのは、堅牢だったはずの竜鱗さえ焼け落ちるほどの魔力の渦。相手の驚嘆すべき生命力の高さゆえ致命傷には届かなかったものの、それが相手を倒し得る一撃だというのは容易に理解できる。

 

 が、今まさに竜を落とした剣士は、その剣を杖にするかのような体勢で膝を落とした。

 

「ッ……すまない。今は、ここまでだ……!」

「ありがとう、ジークフリート! マシュ、ジャンヌ、お願い!」

 

 その彼に駆け寄る立香とマリー。そしてマシュとジャンヌがマスターの指示の許、それぞれ敵サーヴァントへ向けて駆け出していた。

 

 落下したファヴニールの背中。バルムンクの攻撃範囲にいながらも、ファヴニールの巨体を盾に何とか耐えた黒ジャンヌが、体を起こしながら舌打ちする。

 

「ジークフリートが何故生きている……! 私の炎で燃やし、バーサーク・サーヴァントたちで確実に葬ったはず……!」

「―――でも、自分で確認はしなかったってことでしょ?」

 

 ライドストライカーを飛ばし、竜の体の上を走行して彼女の立つその場所に辿り着く。ウォッチに戻したバイクをホルダーに装着しながら、拳を構えたジオウ。

 その姿を見た黒ジャンヌがギリ、と歯を食いしばる仕草を見せる。彼女は腰から下げた鞘から剣を抜き、旗を広げてジオウへと向き直った。

 

「……ええ! ジークフリートなど、しょせん我が憎悪の炎で焼かれた身! このファヴニールを相手取り続けることはおろか、バーサーク・サーヴァントたちの相手すら覚束ない体じゃない!

 そしてアナタたちはその半死人を頼らねば、私のファヴニールに傷をつけられぬ烏合の衆! 行きなさい、我がしもべたち! 今度こそジークフリートを葬り去れ!!」

 

 竜の背の上で彼女はジオウと対峙しながら、旗を振るい号令を下した。

 

 

 

 

 

「援護します!」

「ああ、悪いね。防ぐくらいならどうにかなるが、倒すとなるとどうにもね」

 

 シャルル=アンリ・サンソンの刃を凌いでいたアマデウス。その戦いに割り込むように参上したジャンヌの介入に、彼は大きく安堵の溜息をこぼす。

 そもそもが戦うものではない彼では、剣士でもあるサンソンを討ち果たすのは難しい。

 

「ジャンヌ・ダルク……! 邪魔をするな――――!!」

 

 振るわれる大剣に旗で打ち返す。理性を飛ばした彼に剣技は無く、その刃にギロチンの如き冴えはない。打ち払った剣が返す刃が再びジャンヌに振るわれる。それを身を逸らして躱し、開いた胴へと、渾身で振るう旗の一撃をお見舞いする。

 

「ガッ――――!?」

「別に邪魔じゃないだろ。僕にはもうお前と話すことなんてないよ」

 

 アマデウスから贈られる煽るような言葉。

 それと一緒に、サンソンの体がゴムボールのように弾き飛ばされた。

 ファヴニールの余波で瓦礫が散乱する広場の端まで、彼の体は飛んでいく。

 

 ふと、敵を吹き飛ばしたジャンヌの視線がアマデウスに向いた。

 

「……その、何故そのように煽るような真似を?」

「こっちはただの音楽家なんだ、あいつに冷静に剣を振られてたまるもんか。せっかく狂化してるんだ、それを利用しない手はないってことさ。

 さて、さっさとトドメを刺してしまおうか。僕たちにもあいつにも、それが最良さ」

 

 肩を竦めてそう言うアマデウス。

 男性同士の友情……というヤツなのだろうか? なんて。

 首を傾げながらも、ジャンヌも早期決着には同意する。

 

 倒れ伏すサンソンへと歩み寄ろうとするジャンヌたち。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「ランサーさん! マシュ・キリエライト、援護に入ります!」

「おう」

 

 現場に駆け付けたマシュは見る。

 銃と剣を切り替え立ち回る黒騎士が、朱い槍の戦士に翻弄されるさまを。

 

 銃撃を行うためにランスロットが距離を取ろうとする。

 ―――そうすると、彼の体の重心は自然と後ろに逸れる。ごく自然な動作。何の問題もない、これ以上ないほどの立ち回りの前兆。

 

 ()()()、クー・フーリンには見えている。

 前兆が見えた時点で、その狂戦士の行動が攻撃の終わりに至るまで理解できる。だから足運びの一歩目を目掛けて槍を繰り出せる。完全に足を貫けるタイミングでの一撃。

 

 それをしかし、ランスロットの動きが凌駕する。

 完全に打ち抜いていたはずの一撃は、彼の装備するグリーブを削るに留まった。その隙を突く槍への反撃のために、銃が剣へと切り替わり――――

 

 その剣を振るうための動作の中に、槍の一撃は再び割り込んでくる。

 回避に移るランスロットの肩を擦過していく槍の穂先。

 

 ―――それは、一方的な光景だった。

 確かに決定打は一度もない。一度もない、が。ランスロットに攻撃は許されない。動作の起こりがどんなことであろうとも、次の瞬間にはランスロットは守勢に回っている。

 

「凄い……!」

「凄かねえさ、こんなもん出来て当たり前だ。嬢ちゃんにだってそのうち出来るだろうさ」

 

 更なる攻防でブレストプレートを削られたランスロットが、弾かれるように後ろに退く。

 それを見送って、ランサーは軽く肩を回した。

 

「湖の騎士ランスロット……まあ狂化してても普段通りの武芸を発揮できる、ってとこか。

 ―――なるほど、花のキャメロットに名を轟かせるに不足無い技量だろうさ。だが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 寝言は寝て言え、バーサーカー。狂気で刃を磨いた奴ならそれでいいだろうさ。だが、理性で技量を重ねた奴がそんなことしたところで、ただの小細工にすぎねえよ。狂化はしようがすまいがどっちでもいいが……要は―――サーヴァント同士の戦いでな、()()()()()()()なんて限界なんぞを設けてるテメェは最初から論外だ」

 

 青豹の如き男が踏み込む。神速の槍捌きが再開される。

 黒騎士の兜に開いたスリットが、赤い残光を残しながらその動きを追う。追える。奔る穂先に刃を合わせ、受け流す。受け流せる。

 こちらから一歩を踏み込み、がら空きの胴を薙ぎ払うべく―――いや、遅い。既にランサーが更に踏み込み目の前に。

 

 剣も槍も触れぬ至近距離。

 ランサーの肘が兜を打ち据え、弾き飛ばされるランスロット。

 

「オレが相手だろうが藁人形を相手にしようが、お前の剣はそこ止まりだ。仮にお前がセイバーでの召喚されていたのなら、オレを凌駕するべく俺の槍を超える剣を繰り出し続けるんだろうよ。オレもまたその剣を超える槍を繰り出し続けるだけだがな。

 ただ、狂っておきながら剣の腕は捨てられないなんざ、中途半端なだけだろ。狂化の付加どころか最初からバーサーカーでその有様たぁ、()()()()()()()()()()()()()()()? テメェは、狂って何がしたかったって話だ」

「thurrrrrr………!」

 

 朱槍を回し、攻防の間に舞い上がった砂塵を払う。

 呆れるような言葉を口にするランサーの前で、ランスロットの兜の奥から呻きが溢れた。

 それを聞きながら、決着のために朱き槍を構えるクー・フーリン。

 魔槍の穂先に呪力が漲り、真価の発揮するための予兆を起こす。

 

「Arrrrrrrr………! thurrrrrrrr―――――!!」

 

 狂戦士の呻きが大きくなる。それが王の名であると、聞けば誰にもでもわかるように。

 その声を聴き、顔を顰めるランサー。

 

 兜の奥が一際強く輝いて、彼は銃にしたギレードから狙いもつけずに弾丸を吐き出した。

 咄嗟にマシュが盾を手に前に出る。

 

「Arrrrrrrthurrrrrrrrrrrrr―――――!!!」

「っ、防ぎます―――!」

 

 無秩序に吐き出された弾丸を盾が防いだ後には、既にランスロットはその場を離れていた。

 逃げた、ではない。彼の進路は明確に、ジャンヌ・ダルクに向かっていた。

 

「ランスロット卿、離脱……! ジャンヌさんに向かっています!」

「―――ああ、そういうことか。ったく、育ちのいい騎士様ってのはこれだから」

 

 即座にそれを追うランサー。

 その槍に湛えた魔力はそのままに、疾風の如く追撃する。

 

 駆けながらランスロットは銃撃を続ける。

 目標は目の前のいるジャンヌ・ダルク。

 

 いや、彼の視界に映るそれは聖女のものではなく騎士王の姿だ。

 自我や本能ですらない。ただ湖の騎士たる彼が狂うに至った衝動だけが彼を突き動かす。

 既に彼の目には、騎士王アーサー以外は映っていない。

 

「Arrrrrrrthurrrrrrrrrrrr―――――!!!」

「狂うほどに(イカ)れてる癖に、王への忠誠である剣だけは捨てられない、ってか。

 なるほど。円卓最高の騎士と云われるわけだ」

 

 神速の槍兵がその彼の前方まで回り込んだ。

 狙いの定まっていない銃撃を身のこなしだけで回避しつつ、目の前の敵にさえ止まろうともしない狂戦士を待ち受ける。

 

 進行上の邪魔者を払うためか、彼の手にある銃が剣と変形した。

 この期に及んでなお、繰り出されるのは湖の騎士の名に恥じぬ流麗なる太刀筋。輝くような剣閃を目にしながら、ランサーは乱雑にさえ見える踏み込みで彼の懐に飛び込んだ。

 

 相手の腰より頭が低くなるほどの低姿勢。その体勢が、バネが弾けるようにランスロットへと向かって打ち上げられた。

 振り上げられた足が彼の胴体に突き刺さり、空中へとその体を吹き飛ばす。

 

「Arrrr――――!!」

「だったらなおさら、ここはお前のいるべき場所じゃねえ。

 ―――狂った心臓はここに置いていけ。テメェの剣には要らねえもんだ」

 

 後を追ってランサーの体が宙を舞う。

 その手にある呪槍の溜め込んだ魔力は既に発動に足る。

 彼の体が大きく反り返り、魔槍を投擲すべく更に全身へと魔力を漲らせる。

 

「“突き穿つ(ゲイ)―――――!!」

 

 豹が如き肢体が躍動する。腰を捻り、肩を上げ、腕を振るう。

 全身をその一撃のために駆動させ、生み出しされたエネルギーは全て槍の威力に転化する。

 それこそが、影の女王から授かった槍の奥義―――

 

死翔の槍(ボルク)”―――――!!!」

 

 彼の手より放たれた真紅の魔槍が、マッハ2を超えてランスロットへ向け殺到する。

 だがそれでも、ランスロットの目は自分に向かう必死の槍の姿を捉えていた。

 

 どのような状況でも実力を余すことなく発揮する“無窮の武錬”。

 そして自身が手にした武装を己が武器と変じる宝具“騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)”。

 彼は己の有するその能力を十全に発揮して、迫る殺意の槍を迎え撃つ。

 

 狙いは心臓。槍の軌道は完全に把握できている。

 過たず向かい来るその槍を―――彼は、完璧なるタイミングで両の掌で捕まえた。

 

「thurrrrrr………!!」

 

 だが、槍は止まらない。

 槍を捕まえている手首から先が、その勢いに手甲ごと纏めて削り落とされる。

 同時に、彼の心臓へとその槍は確かに突き刺さった。

 

 串刺しのまま吹き飛び、瓦礫と化した民家の壁に磔にされるランスロットの体。

 血が、魔力が、止め処なく溢れ出し光と消え始める。

 

 宙にぶら下げられた彼が、手首から先が消えた腕をゆっくりと自分の目の前に掲げた。

 兜の中で、あるいはその目に理性を取り戻したのか。

 

「ああ、………我が、王よ………わた、しは………」

 

 しかし最期の言葉も言い残すことはなく、彼の体がざらりと崩れ落ち光に還った。

 

 

 

 

 

 砲火はジャンヌを狙い、放たれたものであった。すぐに回避を選択したが故に掠り傷程度で済んだが、ジャンヌの意識はそちらに向いていた。

 だが視線の先では、既にクー・フーリンとランスロットの決着がつこうとしている。その安堵感からだろうか、既に戦闘不能だと考えていた相手の不意打ちが成立した理由は。

 

「ッ!?」

 

 突如ジャンヌの手足に影の腕が絡みついてくる。

 何事か、と彼女の表情が驚愕に染まった。

 彼女自身が持つ圧倒的な魔術、呪術耐性を突破してくる呪い染みた縛り。

 

 ルーラーであるジャンヌ・ダルクをこれほど強固に拘束できるなど、と。

 ジャンヌが二度驚愕する。

 

 そして虜囚を縛る影の手での拘束が完全に極まると、直後に彼女の直上に巨大な刃が出現した。それこそは真なる処刑具、安らぎの死を与える慈悲なる刃。

 

「っ、ギロチン――――!」

 

 アマデウスが、瓦礫の中にまで吹き飛ばしたサンソンへと目を向ける。

 彼は瓦礫に背を預けて腰を落としながらも、剣を掲げていた。

 

「“死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)”―――この宝具は刃であっても切った張ったのものじゃない。ただ、かけた相手の命運に問いかけるだけだ。はたしてその者は死という宿命に耐え得るかどうか、と。だから……」

 

 ガチリ、とギロチンが刃を鳴らす。

 ジャンヌが拘束を解こうとするが、しかし影の腕を振り払う事は叶わない。

 その光景を見たサンソンの顔が、静かに笑う。

 

「くっ……!」

「ジャンヌ・ダルクが1431年のフランスでこの宝具を回避できる道理はない。火刑と斬首刑の違いはあれどその宿命は、ジャンヌ・ダルクだからこそ避けられない―――」

「よりにもよってお前が、火刑と斬首刑を並べて語るのか……!

 ああそうか、よく分かったよ……今のお前、僕が想定していた10倍はイかれてるよ……!」

 

 アマデウスの言葉が届いているのかいないのか。

 彼はただ陶然と笑った。その瞬間、ジャンヌの頭上の刃が解放される。

 金属の擦れる音を奏でながら、その刃はジャンヌの首へと落ちる―――

 

 その直前。

 ギロチンの刃へと、硝子の馬に乗った王妃が尋常ではない速度で激突した。

 

 弾け飛ぶ馬であった硝子の破片。そしてギロチンであった柱と刃。

 その光景を見たサンソンが、呆然と顎を落とす。

 

「マ、リー……マリー・アントワネット……!?」

 

 砕けた硝子の馬を乗り捨てて、マリーがジャンヌに抱き着きながら地面を転がる。

 硝子と木片と断頭の刃がガラガラと崩れ落ちる場所を避け、彼女たちは生還した。

 

 ジャンヌを引っ張りながら、彼女は立ち上がり。

 その頭の大きな帽子をかぶり直しながら微笑んだ。

 

「ええ。お久しぶりです、シャルル=アンリ・サンソン。貴方の言う通りジャンヌも私も、その死の宿命と言われれば避けることはできないかもしれません。

 けど、それは独りであったならばの話でしょう? ここはフランスで、ジャンヌの処刑された時代で、彼女が死を迎えた瞬間なのかもしれません。けれど、今の彼女は独りの聖女ではなく、私のお友達なのですもの。それはもう! 彼女がギロチンにかけられるとなれば、私だって愛馬に乗って走り出してしまうというものだわ!」

「違っ、いやっ、僕は……いや、そうだ。僕は君を……再び処刑するのが僕の……!」

 

 真っ当な会話能力が残る程度の狂化深度では、マリー・アントワネットと正面から対峙するには足りない。もっと狂わねば動きが取れない。そうというかのように、サンソンの目から今までは残っていた、狂った理性すらも消えていく。

 ただただ狂気を。そう叫ぶように、彼は立ち上がろうとして―――

 

「それとありがとう。シャルル=アンリ・サンソン。死した後では貴方に送れなかった言葉を、奇跡みたいな再会に便乗して送らせていただきます」

「―――――」

 

 マリー・アントワネットの口から送られる感謝。

 それを聞いて、サンソンは狂気ごと体を凍結させた。

 

「私というフランス王妃に、死で完結する宿命を果たさせてくれた貴方へ、ありがとう。

 その死にさえも哀しみと後悔を抱き続けてしまった貴方へ、ごめんなさい」

「―――――ぁ」

「国と民を愛するが故に一番辛い道を進み続けた貴方に、せいいっぱいの称賛を。

 ――――フランス万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)!」

 

 ガタガタと体を揺らし、サンソンが膝を落とす。

 彼は頭痛に耐えるように頭を押さえ、苦悶の声を吐き出し始める。

 

「あ、ッ――――! あァッ……!?」

「―――昔のお礼はここまでにして、こうして顔を合わせた貴方にひとつ。

 罪を犯した方たちに“死”を与える事に真摯に向き合い続けた貴方。“死”に痛みと恐怖が伴うことに悩み続けた優しい人。“死”が人に与えられる光景を誰かが笑うことに苦しみ続けた強い人。貴方は狂う事にすら逃げなかった。なのになぜ、貴方はそこでそうしているの?

 処刑人シャルル=アンリ・サンソン。貴方は、死刑囚に死以外の苦しみを与えるべきではないと誰より信じた人。なのになぜ、その貴方が()()()()()()()()()()()()?」

「ぼ、くは……!」

「―――しゃんとなさい、サンソン。処刑執行人(ムッシュ・ド・パリ)の名が泣きましてよ?」

「あ、あ、あああ、あ、あああああああ―――――ッ!?!?」

 

 バキリ、彼の中で何かが壊れた。

 

 ―――狂化していた霊核が、王妃に糾された彼という英霊の意思を抑えきれずに破損する。

 ずれ切った意識を元に戻す方法はない。彼が自分を有り得ない、有ってはならないと感じる限り、今の彼は滅びる以外に道はない。はらはらと魔力に変わって崩れていく彼の体。

 

 体の端から魔力に還りながら、サンソンの光が消えた瞳がマリーを見る。

 

「―――ああ……それが、貴女の言葉なら」

 

 そう言って彼は全てが魔力に還っていく。

 ただその光景を悲し気に見ていたマリーが、彼が完全に消える直前いつものように微笑んだ。

 何が変わったはずもないのに、彼はただ救われたように消えていく。

 

「……ええ。またいつか、奇跡みたいな再会がありますように」

 

 

 

 

 

 炎の剣が黒ジャンヌの周囲に展開され、連続して飛んでくる。

 呪いの炎に包まれた直剣を正面から殴り飛ばし、弾き飛ばすジオウの拳。

 表面に焼け跡こそ付くものの、しかし有効打には程遠い。

 

 そんな状況の中で、続けて二つ。

 自身とサーヴァントの繋がりが一気に途絶えた。

 

「ッ―――! ええい、役に立たないサーヴァントども!

 お前もだ、ファヴニール! さっさと立ち上がり飛びなさい!」

「グゥウウウ……!」

 

 ジオウと黒ジャンヌの戦場になっていた巨竜が身をゆっくりと起こしていく。

 それを察したジオウが、強引にでも押し込むために決めに行くことを決定する。

 

「やらせない。ここで黒ジャンヌを倒す―――!」

「あら、それは困ります。これでも私たちのマスターなのだもの」

 

 声は頭上から。

 え、と反応する暇もなく、頭上から金属の塊が目の前に落ちてきた。

 

 ―――それは大きく開いた聖母像。中の鋭い棘を惜しげもなく見せびらかしながら、それは現れると同時に、まるでジオウを抱きしめるように開いていた部分を急速に閉めてみせた。

 

「“幻想の鉄処女(ファントム・メイデン)”――――!」

「ぅぐぁッ―――!?」

 

 咄嗟に両腕を横に伸ばしたジオウが、閉じようとする扉に手をかけその動きをストップする。

 止めようとするジオウごと押し潰さんと、圧搾機の如きパワーを発揮するアイアンメイデン。

 

「……遅かったですね、バーサーク・アサシン。ワイバーンはどうしたのですか」

 

 振り返る黒ジャンヌの視線の先には、カーミラの姿。

 ここまで追い詰められるまで姿を現さなかったことを責めるような口調。

 カーミラは肩を竦めてそれに返す。

 

「あら、ここまで随分急いだつもりですけれど。私の足になるはずのワイバーンが、この街のすぐ外でフランス軍を見つけた途端に食事に走ってしまうのだもの。躾のなっていないペットなんて、飼い主の問題として見るべきでしょう?

 今も元気に食事に勤しむ彼らを躾けるのは、一体誰の仕事なのかしらね」

「ッ―――! 外にワイバーンとフランス軍!?」

 

 ギギギ、とアイアンメイデンを力任せにこじ開けながら、ジオウが声を上げる。

 そのパワーを抑え込むように、アイアンメイデンが扉を閉じようと力をかけ続けていく。

 ジオウとカーミラ、両方に苛立っているのか黒ジャンヌが声を荒げた。

 

「とにかくまずそいつを潰しなさい!」

「生憎だけどそれは無理よ。そいつが何で出来てるのか知らないけど、私のアイアンメイデンは生娘の血を絞るためのものだもの。そんなものまで潰せるように出来ていません。

 それどころかその内抜け出されそうよ。こうして私が時間稼ぎしている間に、どうするのか決めた方がいいのではなくて?」

「ッ――――! ……ファヴニール! いい加減に飛びなさい!

 バーサーク・アサシン! ファヴニールが高度を上げるまで()()をジークフリートへの盾とします。高度が取れ次第、地面に叩きつけなさい!!」

 

 乱戦は既に収束し、カルデア側の勝利ととれる状況になっている。

 ファヴニールを害することのできるジークフリートは半死半生の状況だが、あれほどの大英雄ならば自身の命を犠牲にファヴニールを完全に殺し切りかねない。

 

 一度撤退して、バーサーク・サーヴァント総力をもってジークフリートを仕留めねばならない

 ファヴニールの傷を癒す時間も必要だ。

 

 ファヴニールが一度大きく咆哮して、その巨体を空に舞い上げた。

 その場で一気に高度を上昇させる。

 この距離ならば仮にバルムンクが放てても、致命傷にはなるまいと判断できるまでの高度。

 

「―――バーサーク・アサシン!」

「ええ。この高度でその鎧が保つかしらね? さようなら、坊や」

「う、ぐぐぐぐ……!」

 

 その場でアイアンメイデンが高速回転を始めた。

 まずい、と思った瞬間に今まで力強く締め付けてきていた扉が全開になる。回転の勢いでぽーん、と綺麗に投げ出されるジオウの姿。方向は街の外だ。この勢いで街の外に飛べば、下の誰かがキャッチできるような速度ではない。

 

 どうやって着地するか、なんて頭を回す余裕もなく、ファヴニール上の黒ジャンヌが動き出す。振るわれる黒い旗。それに連動するかのように彼女の周囲に浮かぶ、黒い炎の剣。

 

「ま、ず……!」

「―――燃えなさい、“吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)”!!」

 

 漆黒に染まった憎悪の炎が襲来する。

 即座に地面とあの炎、どちらがマシかを判断した。

 

 悪いと思いつつ、腕のホルダーからライドストライカーのウォッチを外し、炎に向かって放り投げる。展開するライドストライカー。その車体に炎の剣が突き刺さり、呪いの炎に包まれる。

 憎々し気にそれを見る黒ジャンヌの前で、爆散するライドストライカー。その爆風でファヴニールから大きく離されるジオウ。

 

 それを見て。眼下で剣を構え直しているジークフリートを見て。

 一つ舌打ちすると、黒ジャンヌはファヴニールの頭をオルレアンに向けさせた。

 

 ジオウの身が高々度から落下する。その数秒の落下の間に、どうするべきかを思い描く。

 こうなりゃ賭けだ、と。手に持つのはファイズフォンX。

 

〈エクシードチャージ!〉

 

「相手の動きを拘束できるってことは――落ちてる俺を空中で固定できるハズ――! 多分!」

 

 自分の胸に銃口を押し当てて、落下直前のタイミングを計るジオウ。

 

「2……1……今! あだだだだ!?」

 

 地面に落下する直前、赤い光がジオウを空中に固定する。

 バリバリとスパークしながら空中で震えるジオウ。

 数秒後にはその姿が、その拘束がとけてぼてりと地面に転がった。

 

 くらり、と一連の衝撃でソウゴの意識が飛ぶ。

 ジオウの変身は、それに連動するように自動で解除されていた。

 

 

 



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アンダーワールド2009

 

 

 

「砲兵隊、()ぇえええ―――!」

 

 リヨンの街奪還のため、再編されたフランス国軍。彼等は目標であった街に辿り着くことすらできず、瓦解の危機に見舞われていた。

 空を舞う十を超えるワイバーンの群れ。開けた空間で空中を自在に舞う奴らを相手にするのは、余りにも酷な状況だった。

 

 指揮官の声に従い、大砲が煙を噴き上げる。

 砲弾はしかし、空を舞う相手には容易に回避されてしまう。

 何に当たる事もなく地面に落ちて砕け散る砲弾。

 

「くぅ……!」

 

 元来は化け物を撃ち落とすものなどではなく、城壁を打ち崩すためのものだ。当たり前と言えば当たり前だが、その当然を凌駕しなければ化け物を葬ることなどできはしない。

 

「各員、砲兵隊を守れ! 再装填の時間を稼げ!」

 

 分かっている。分かり切っている。彼らはここで全滅する。どれだけ頭を回した所で、その現実だけしか見えてこない。

 そして何より、彼らを導くべき指揮官である自分が、()()()()()()()()()()()()

 

 ……思って、しまっている。

 

 聖女が地獄から竜を連れ、この国を焼くために舞い戻った。

 それが彼女の望みになってしまったなら、それはそれでいいのではないか。

 ―――そう思ってしまう。

 

 彼女がそんなことを望むような人間ならば、彼女は聖女などと呼ばれていない。そうと分かっているはずなのに、けれど心のどこかでそれを肯定している自分がいるのだ。

 これが聖女を焼いた罪による主からの裁きだというなら、死が訪れるまで聖堂でただただ懺悔をしているべきではないか、という思いが離れない。

 彼がここに立っているのは、フランス国の騎士であるからだというのに。

 

 背後から届いた部下の声が、彼を思考から戦場へと引き戻した。

 

「元帥閣下! 砲兵隊の再装填が完了しました!」

「―――私が竜どもを下に引き付ける。その間に撃たせろ!」

「なっ」

 

 答えを聞かずに走り出す。

 その結果に死が与えられるならそれでいい。

 その結果、地獄で魂を引き裂かれることになっても構わない。

 

 それが、聖女ジャンヌ・ダルクの望みだというのなら―――

 

 そうして、彼は目撃する。

 修羅場と化した戦場に再臨する、旗持つ聖女の姿を。

 

「フランス兵たちよ、逃げなさい!」

「―――――」

 

 絶句する。

 そこに彼が追い続けた少女の小さな背中と、この国を支えた旗が見える。空を舞うワイバーンからフランス兵を守るように―――空を翔ける硝子の馬に騎乗した聖女が、そこにいる。

 

「ジャンヌ・ダルク……!?」

 

 その勇姿に変わりなく、その尊さに陰りなく、その美しさに瑕疵はない。彼という一人の男、貴族、騎士、彼を彼となす全てが追い続けてきた聖なる人がそこにいた。

 彼女の手にした旗が大きく回り、勢いをつけて振るわれる。叩き折られるワイバーンの翼。飛行能力を失い墜落していく飛竜。それは地面に打ち付けられ、首を折って絶命しただろう。

 

 前に出ようとしていた足が止まっていた。

 

 自分たちこそがその彼女の旗の許で戦うものだ、と号令できればどれほどよいか。

 彼女こそが自分たちの旗印である、と叫ぶことができればどれほど心強いか。

 

 状況は分からない。

 竜を仕向けてくるジャンヌ・ダルクを名乗る竜の魔女がいる。

 こうして、フランスの守護のために旗を揮うジャンヌ・ダルクにしか見えぬ誰かがいる。

 けれど、目の前の彼女は名乗らない。

 

 何故かは分からない。

 けれど彼女が名乗らないということは、そうすることが彼女の望みということだ。

 ギリ、と唇を噛み締めて背後の部隊へと叫ぶ。

 

「砲兵隊! 周囲の竜に狙いをつけろ! 奴らに翼を休めさせるな!」

 

 当たらずとも、その隙をついて聖女が倒してくれる、と。

 ジャンヌ・ダルクの援護をせよ、と。

 信頼と崇拝と信仰の言葉を吐き出してしまいたかった。

 だが、今のフランスを指揮するものとして、その言葉を吐くわけにはいかなかった。

 

 この状況でそんなことを考えている自分には、いつかきっと主の裁きがある。

 そう信じて、彼は聖女から目を背けて号令を下した。

 

 

 

 

「ねえ、ジャンヌ。声をかけなくてよかったの?」

 

 ワイバーンの打倒はあっさりと完結した。飛行能力を補うマリーの硝子の馬がもつ機動性と、立香との契約でルーラーとしての性能を発揮し始めたジャンヌの膂力が合わされば、ものの数分でワイバーンを全滅させられた。

 その掃討を終えると、ジャンヌは展開するフランス軍に声をかけることもせず、さっさと離脱することを選んでしまった。彼女を見つめるジル・ド・レェの視線を感じながらも。

 

「竜の魔女なんかに声をかけられてしまったら、彼の立場すらも危うくなるでしょう。現状、フランス軍を巻き込む理由もありませんし」

「……そうかもしれないけれど」

「―――それより、ソウゴくんの様子はどうですか?」

 

 マリーの問いから話を逸らすように、ジャンヌがマリーに問いかける。

 彼らはとりあえず街から離れ、森の中でキャンプを設置していた。高所から落下して、気を失っていたソウゴの治療を優先した結果だ。

 

 すぐ傍に展開しているフランス軍から距離を取れていないが、しかしランサーの人避けのルーンを看破できる人間は軍にはいないだろう。

 ソウゴの治療を担当したマリーが、話を逸らされたことに顔をむくれさせつつ、しかしちゃんと答えてくれる。

 

「傷は大したことありませんでしたし、じきに目を覚ますと思います」

「そうですか……ジークフリートの傷のように呪われてはいないのですね。良かった」

 

 彼女たちがリヨンで合流したジークフリートには、呪詛により治療が効かない傷があった。彼の話によればその傷は、黒ジャンヌによる宝具の炎だったという。その攻撃の直撃をソウゴが受けていなかったのは喜ばしい。

 ジークフリートは気合で耐えているが、普通の人間がそんな呪いに見舞われれば、一日と保たず絶命するだろうことは想像に難くない。何せ聖女たる資質を有するジャンヌ・ダルクですら、易々と解呪できないほど深い呪いだ。

 

「ドクター・ロマンの言う通り、この世界に黒い私へのカウンターとして、他に洗礼詠唱が可能なサーヴァントが召喚されていればいいのですが……」

 

 そう言って、自分の力だけでは解決できない問題にジャンヌは小さく息を吐いた。

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 ソウゴは中世フランスとは思えぬ場所にいた。

 道はコンクリートで舗装され、周囲にはビル群が立ち並ぶ文明の土地。

 現代日本以外の何ものでもない光景。

 近くにはバスが停車しており、その周りには乗客だろう人たちが集まっていた。

 

 それを見て、これがいつの光景なのかをソウゴは静かに理解する。

 

 その直後、彼のすぐそばを一人の少年が走り抜けていった。

 

『いちご狩り! いちご狩り! 早く早く!』

 

 両親を急かす子供の声。

 笑いながら、一つの家族がそのバスへ向かって走っていった。

 目を逸らさずにそれを見続ける。

 その後に何が待っているか、知っているからこそ。

 

「……これって。つまり、どういう夢?」

「夢といえば夢だ。が、ここは君のアンダーワールドだよ。我が魔王」

 

 そう言って彼の背後から出てくるウォズの姿。

 いるだろうな、と思っていたので驚きはない。

 

「アンダーワールド?」

「その人間の心の原風景。その人間が心の均衡を保つための、最後の一線といったところかな。あるいは――――最後の希望、と言うべきかもしれないね。

 君がただ夢を見ているだけでは私も干渉できないが、こうしてアンダーワールドというカタチで発現してくれたおかげで、見ての通り入ってこれたわけだ」

「……そうなんだ。で、何で俺の最後の希望がここなの? そこは多分違うと思うんだけど」

 

 いちご狩りにはしゃぐ少年と笑う両親を見つめながら、ソウゴは言う。

 それに肩を竦めたウォズが、軽く手を振るうと光景が大きく変わった。

 

 そこはさっきまでとは違う。病室だ。

 ()()()()()()()、と一瞬思ったがどうやら違うらしい。その病室のベッドには男女一組が寝せられていて、その二人に少年が縋りついている様子だった。

 

「もちろんだとも。あれはこちらに繋ぐための連想ゲームみたいなものさ。

 この……歴史に記録された仮面ライダーウィザード、操真晴人のアンダーワールドにね」

「仮面ライダー、ウィザード……操真晴人?」

 

 いつか夢に見た光景。

 ここまではっきりと覚えていなかったが、なるほど。

 確かに見た記憶がある。

 

「彼の両親は交通事故で亡くなった。この光景は、両親が彼に遺した最期の言葉というわけだ」

 

 最期の言葉、と繰り返しソウゴが呟いた。

 その光景。晴人に送られる両親の言葉を聞くために、ソウゴも静かに耳を澄ます。

 

『忘れないで、晴人……あなたは、お父さんとお母さんの、希望よ……』

『僕が、希望……?』

『そうだ……晴人が生きていてくれることが、俺たちの希望だ……今までも、これからも……』

 

 その言葉を最期に、彼らの鼓動が止まった。俄かに騒がしくなる病室。

 ウォズの言った言葉が真実なら、彼らはこのまま帰らぬ人となったのだろう。

 二つの大切な命から言葉を受け取った少年を見ながら、ソウゴも目を伏せる。

 

「……それで。ウォズはこれを俺に見せて何がしたいの?」

「―――いや? 何がしたい、というわけではないよ。ただ君がこれを見ることにこそ、意味があるというだけさ」

 

 そう言いながら彼は一つ、何も描かれていないライドウォッチを懐から取り出した。

 差し出されたそれを受け取るソウゴ。

 

「ブランクのウォッチ……?」

「そのライドウォッチには未だ何の歴史も記録されていない。君の手で、君の意志で、この歴史をそのウォッチの中に納め、君の覇道の一助にするんだ」

 

 ウォズが大きく手を広げれば、そこから全ての風景が消えた。

 次の瞬間には、そこは灼熱のマグマが噴き上がる地獄のような景色になっている。

 アンダーワールドの底の底、ゲートの持つ魔力の源泉。

 

 そのマグマ溜まりの空には、雄々しく空を舞う竜の姿がある。操真晴人の中に住まう彼の魔力そのものであるドラゴンファントム、ウィザードラゴン。体の大きさこそワイバーンと大差ないが、その身の発する威圧感はファヴニールにすら劣らない。間違いなく圧倒的に強大な竜。

 

「さあ、我が魔王! 仮面ライダーウィザードの歴史、魔法の力、竜の力!

 今こそ君が手にする時がきた! そのウォッチを掲げ、ウィザードの力を継承するんだ!」

 

 大仰な身振りでそう示すウォズ。

 だがソウゴは、そのウォッチを手にしたまま動かない。

 

「……どうかしたかい、我が魔王?」

「ウォズはさ。どうしてそんなに焦ってるの?」

「焦っている? 私が? ……どうしてそう思うんだい?」

 

 ウォッチから目を放したソウゴの視線が、ウォズへと向けられる。

 彼の姿をじっと見つめて、しかし首を傾げながらよく分からなそうに言う。

 

「うーん、なんとなくかな」

「……なるほど。まあ誤魔化すまでもなし、正直に言おうじゃないか。君たちが先程戦闘を行っていた怪人。あれの名は、アナザーウィザード。

 ウィザードの歴史を捻じ曲げることで生み出された、タイムジャッカーの尖兵だ」

 

 彼が手にした本を広げてみせる。

 その白紙の頁に、先程戦った宝石怪人の姿が映像で浮かび上がった。

 

「タイムジャッカーとは、仮面ライダーの歴史をアナザーライダー化し、その力を利用して世界を支配しようと目論む集団、と思ってもらえればいい。

 本来ならば彼らも人理焼却で消滅し、当然仮面ライダーの歴史に干渉するなどということは、出来ないはずだったが……」

「……俺のせいで、アナザーウィザードが作られた?」

「あれを生み出すために、君の“時の王”たる力が利用されたのは確かだろう。そしてアナザーウィザードに限らず、全てのアナザーライダーにはある特性が備わっている。

 ―――存在する歴史を糧に生み出された、歴史には存在しないはずのもの。彼らという存在を破壊できるのは、正しい歴史の重みだけだ」

 

 ウォズの本の中に浮かぶ映像が切り替わる。

 アナザーウィザードはこれが元であったのか、と伝わってくるその姿。

 宝石の顔、黒いローブ、指に嵌められた魔法の指輪。

 

 ―――仮面ライダーウィザード。

 

「つまりウィザードの力がないと、あいつを完全には倒せない?」

「そういうことだね。奴は恐らくこの特異点で復活する―――狙いは恐らく君たちと同じ、聖杯だろう。この人理焼却の犯人は、聖杯をこの地に投与することでこの時代を改変し、特異点へと変えた。つまりあれは、決定的な()()()()()()()()()()()()()だ」

 

 再び本に浮かぶ映像が切り替わる。

 次はウィザードの装備している指輪の映像だった。

 

「タイムウィザードリング。これは時間移動を可能とするウィザードリングだ。歴史を歪める危険性から、仮面ライダーウィザード・操真晴人本人が封印したリングなのだが……ウィザードの力を持つアナザーウィザードならば、この力を使うこともできる。

 タイムジャッカーの今の所の目的は恐らく、時間を越えられるアナザーウィザードに聖杯を融合させることで、()()()()()()()()()()()()()()を成立させることだろう。

 これが誕生してしまえば、タイムジャッカーは……少なくとも、2000年から2012年までは自由に特異点化し、ライダーの歴史を奪う事ができるようになってしまう。

 私の焦りは理解できたかい? そうなってしまえば、人理焼却に便乗してこの世界を手中に収めんとするタイムジャッカーは、不死身のアナザーライダーを複数体、自由にあらゆる時代に送り込むことが可能になる。

 ここ以外の6つの特異点からも、アナザーライダーによって聖杯を奪取することで、彼らは君たちが修正しようとしている人理焼却を乗っ取り、利用しようとしている」

「………それを止めるためにも、ウィザードの力が必要ってことか」

 

 手の中にあるブランクウォッチを見つめ、ソウゴが神妙に呟いた。

 その様子を見たウォズが彼に心配げな声をかける。

 

「―――何を戸惑っているんだい、我が魔王。もしや恐れているのかい? 確かにウィザードの力を手にする、ということはその歴史の全てを手中に納めるということ。そのことに、何か恐怖を覚えてしまっているのでは……?」

「そういうわけじゃないけど。うん……」

 

 ウォズが偽っているとは思っていない。あくまで考察ではあるが、タイムジャッカーという相手がそのような危険な計画を立てている可能性だって、大きいのは確かだろう。

 悩む必要があるか、と問われれば無い……はずなのだ。

 

 一度目を瞑り、ブランクウォッチを持った手を空に掲げる。

 

 ―――世界を救うために必要だというのなら、迷う必要も悩む必要もない。

 ただこの力をもって、世界を救ってみせればいいだけだ。

 

 ソウゴとウォズを取り巻く世界が崩れ始めた。全ての魔力がウォッチへと取り込まれていく。赤い空を翔けるウィザードラゴンが、その変調にこちらへと視線を送った。しかしそのまま悠々と飛行を続け、やがて砕けてウォッチの中へ吸い込まれる。

 

 手にしたブランクウォッチが色づいていく。

 表面には宝石の顔が浮かび上がり、銀と黒のライドウォッチがそこに出現していた。

 

〈ウィザード!〉

 

 そのままこの世界は崩壊していく。

 足場も崩れ去り、全てが消失した闇の中へ落ちていく。

 

 そこでソウゴは――――

 

 

 

 

 

 目を覚ました。

 

「あ、ソウゴ。起きた?」

「………立香?」

 

 焚火にかけられ、ぐつぐつと煮立つ鍋をかき混ぜている立香がいた。

 

 夢は―――アンダーワールドでの出来事は覚えている。その前には確か、高所から落下して気絶したはずだった。痛む頭を押さえながら、ゆっくりと起き上がる。

 

「食べられる? ワイバーンのお肉なんだけど」

「竜って食べれるの……?」

「正直に言うと美味しくはないよ。ちゃんとそういう加工というか、処理をしてないせいかもしれないけど。まあドクターに調味料とか色々送ってもらって、こう……食べても大丈夫そうな感じにはなってるからセーフ、多分」

 

 そこらへんの木から削り出したのだろう、木の皿に木匙で鍋の肉を盛り付ける立香。

 まだ食べるって言ってないよ。

 

 はい、と渡されたのでしょうがなく受け取ろうとして―――その手に、ウィザードのウォッチを持っていることに気付いた。小さく息を吐いて、それをポケットにしまって木皿を受け取る。

 

「……あれ、今の何? 気絶してる時そんなの持ってたっけ?」

 

 見えた物品に対して、こてんと首を傾げてみせる立香。

 渡された皿を覗き込みながら、ソウゴは答えを返した。

 

「ウォズが持っておけって」

「なるほど」

 

 立香が納得した様子を見せる。

 細かく刻まれたワイバーンの肉を一口。まあ、食べれないことはない……かもしれない。

 一気におじさんの料理が恋しくなってきて、ソウゴは一抹の寂しさを感じた。

 

「他のみんなは?」

「マシュは周囲の警戒って言って周りを歩いてる。耳が良いアマデウスも一緒。

 ジャンヌとマリーさんは、この近くまできてたっていうフランス軍を襲ってたワイバーンを追い払って、その後フランス軍がどうなったかを確認してる。ランサーは……」

 

 そう言って立香はちらりと木の間へと視線を送った。

 ソウゴがその視線を追うと、木に背を預けて腰かける一人の男性――ジークフリートがいた。

 

「あ、でっかいドラゴンを落としてくれた人」

「ジークフリートさんね」

「……ああ。無事で何よりだ、カルデアのマスター……いや、それはどちらもか。すまない、君たちのことはどのように呼べばいいだろうか……」

「俺は常磐ソウゴ」

「そういえば凄いごたごたしてて自己紹介も出来てなかったね……藤丸立香です」

「そうか。ソウゴに、立香か……それと、俺に“さん”などと付ける必要はない。戦闘中にそうだったように、呼び捨てにしてもらって構わない」

 

 そう? と小さく首を傾げる立香。

 そう言えば、戦場に乱入してきた時は呼び捨てにしていたような気がする。

 

「それで……ランサーは、ジークフリートの呪われた傷を治す手段を探しに、フランスを走り回ってくれてる。見つけ次第ドクター経由で私たちに連絡があるから、それまでは休憩だよ」

 

 ランサーに休みなしである。そもそも戦闘に向いているサーヴァントが彼しかいないため、負担が彼ばかりに圧し掛かってしまっている現状だ。

 この戦場で勝利しカルデアに戻った暁には、彼の負担を軽減できるサーヴァントが召喚できることを願うばかりである。

 

「あら、目を覚ましたのですね。おはようございます」

「いやはや、あの高さから落ちて無事とは。凄いものだね」

「ソウゴさん、体の方は大丈夫ですか?」

「先輩、周囲に異常は確認できませんでした。ドクターからの通信はどうでしょうか?」

 

 マリーとジャンヌ、マシュとアマデウスが揃って帰還する。

 まだだよー、と言いながら立香が全員分の木皿にワイバーンスープをよそり始めた。この木匙も木皿もどこから出てきたんだろう、と辺りを見回すとジークフリートの周囲に結構な木屑が落ちている。彼が削り出してくれたのだろうか。

 

『――――もし、もしもし? 聞こえるかい? こちらカルデア管制室だ』

「あ、ちょうど今きたね」

『ああ、やっと繋がった。……どうにも、リヨン周辺は通信状況が悪いな。ドラゴンの魔力の余波というわけではないと思うんだけど……』

 

 音声がつながり、映像が伝わり、そうしてから首を傾げるドクター・ロマン。

 それを聞いていたジークフリートが、何やら申し訳なさげに言葉を切り出した。

 

「すまない。それは恐らく、俺を隠すためにライダーが張った結界のせいだろう。近くにあれだけの結界がある以上、魔術的な通信手段に影響を及ぼさない筈がない」

『ああ、なるほど……確かにその可能性は……いやでも』

「それで、ランサーからの通信ってことだよねドクター?」

 

 何やら難しい顔で考察を始めてしまったロマニを、立香の言葉が引き戻す。

 

『あっと、そうだ。場所はティエールの街、その場で彼が二体のサーヴァントを確認した、んだけどね……残念ながら、ジークフリートの呪いを解除できそうなサーヴァントではなかったよ』

「……もしかしてランサーが戦ってる?」

 

 ドクターの様子に荒事か、とソウゴが確認をする。

 だがドクターは手をぱたぱたと横に振ってそれを否定してみせた。

 

『いや。そういうわけじゃないんだけど……その、なんだ。敵対はしていない。彼もその二人のサーヴァントを戦力として取り込めるなら取り込むべき、と言っていてね……』

「味方にはなってくれそうなんだ?」

『だがまあその、ほらなんだ。彼は()()()()に関わるなんざ御免こうむる、なんて言って次のサーヴァントの捜索に入ってしまったんだよ。相手との交渉はソウゴくんと立香ちゃんに丸投げされたと言っていい。

 だからその、申し訳ないんだが……至急ティエールに向かい、二騎のサーヴァントと交渉を行ってほしいんだ。最低限のことはランサーから相手に伝えてある。彼女たちも大人しく待っていてくれるはずだ、恐らく』

 

 やたらと彼の態度は下向きだ。現地でランサーからの通信が入ったというなら、彼もそのサーヴァントと会話したのだろうか。

 少なくとも相手が女性である、ということは把握しているらしいが。

 

「目的とは違っても、戦力が増えるなら歓迎じゃない?」

「そうだね。みんなでこれを食べたら急いで行こっか」

 

 もそもそと微妙な味の肉を食べ、現代的な調味料で味の整ったスープを啜る。サーヴァントたちからは意外と高評価を得られたのは、やはり現代の調味料は偉大だったということだろうか。

 

 

 



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硝子の仮面1431

 

 

 

「……ちょっと待ってくれないかい?」

 

 そう言って急に彼は足を止めた。

 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。

 言わずと知れた天才音楽家。その彼が何故か、目的の街を前にして何故か足を停止した。

 

「えっと、僕たちが今向かっている場所はどこだっけ。地獄? ゴミの山? いや、便器の中?」

 

「? ええと、ティエールの街ですが」

 

 突然の目的地確認に、マシュが首を傾げながら返答する。

 そんな奇行に対してマリーもまた首を傾げた。

 

「どうしたのアマデウス。いつものような汚い言葉は我慢して、と言っておいたのに」

 

「嫌な予感で震えが止まらないのさ。絶対ロクでもないことが待っているよこれ」

 

 言って、遭遇したくないとばかりに顔を歪めるアマデウス。

 

「ランサーは関わるの嫌がってたっぽいしね」

 

 ただ彼が一応仲間にしておいた方がいいと判断したなら、危険はあまりないだろう。

 何せ変なのを仲間にして一番困るのは、この集団の保護者的存在である彼なのだから。

 まあ多分大丈夫でしょう、と気にせず街へと足を進める立香。

 

「というか、ドクターは知ってるんじゃないの?」

 

『うん……まあ、その……黒ジャンヌと対決する、という状況においては戦力として見込めるのは確かだ。なにせ、バーサーク・サーヴァントの一騎と強い因縁を持っているからね。

 僕たちと協力せずとも、彼女は確実にオルレアンへと攻め込む気があるだろう。

 真名は――――』

 

「それは本人から聞くからいいや」

 

 敵対している相手ならともかく、これから協力の交渉をしようとしている相手の名は聞けない。

 なんて、立香はキリッ、とした表情でロマンの言葉を遮った。

 正直、真名を言われてもそれがどんな英雄か分からないので、わざわざ聞く必要ないやというのが本音だと思う。ソウゴも同じ気持ちである。

 

 

 

 

 ティエールの街は、いまこの国を襲う破壊に見舞われている土地ではなかった。

 ワイバーンによる被害が皆無というわけではないが、家屋が倒壊しているというような大きい被害は見られない。

 そんな街角に、何やらあってはならないだろう存在が二人揃っていた。

 

 二人揃って頭から角を生やした少女たち。

 そんな彼女たちは、何故かその場でいきり立ちキャットファイトしている様子だった。

 

「このっ! この、この、このっ! ナマイキ! なのよ! 極東の! ド田舎リスが!」

 

「うふふふ! ナマイキ! なのは! どちらでしょうかね! 出来損ないの! 西洋トカゲ!」

 

 組み合い、押し合い、圧し合い、そのまま倒れてごろごろと。

 互いにマウントを取り合おうとしているようだ。

 

「うーっ! ムカつくったらありゃしないわ!

 カーミラの前に、まずはアンタから血祭りにあげてやるわ!」

 

「あら、そうやってわたくしの血まで搾り取るつもりですか。いやらしい!」

 

「誰がアンタの血なんているもんですか! この!」

 

 互いに互いの角を掴み合い、相手の頭を揺らし合う少女たち。

 

「この泥沼ストーカー!」

 

「ストーカーではありません、隠行に長けた妻による献身的かつ愛情に溢れた後方警備です!

 この清姫、旦那様にはこれ以上ない愛をもって接する女ゆえに!」

 

「はあ!? アンタの言う愛とか、それただの人権侵害じゃない! 愛って言っとけば何でも許されると思ったら大間違いだからね!?」

 

「美少女を拷問してその血を浴びるのが趣味のド変態が人権を語ります?」

 

「うううううう……! うるさいわね! とりあえず殺す! まずは殺す!

 頭痛も酷くなってきたことだし、とりあえずアンタを殺してまずはクールダウンよ!」

 

「まあまあ……本性を現しましたねエリザベート。では返り討ちにしてさしあげましょう。

 あなたの歌では、寺の鐘一つだって鳴らないということを思い知りなさい!」

 

 転がっていた二人の少女は互いを突き飛ばし合い、離れた位置で立ち上がると完全に戦闘の雰囲気を発し始めた。赤髪の少女の手に現れる槍、緑髪の少女の吐息に混じる火の粉。

 今にも衝突しようという二人―――

 

 それを、乱入者の言葉が遮った。

 

「そこまでだ冒涜者! それ以上は無理だ、音楽家として許せない!

 これ以上この地上で喋ってくれるな! いや地獄でだって喋らせるものか!

 喋ること自体が音という音への酷い侮辱だ、冒涜だ!」

 

 幾らなんでも酷い言いようだ、と思った。

 交渉はこちらに一任されていたというのに、アマデウスが初対面から喧嘩を売ってしまった。

 マリーでさえ困ったように首を傾げている。

 

 しかし珍しく彼女でさえ、アマデウスを止めようとしなかったのはどうしたことか。

 その視線を察したのか、彼女が答えをくれる。

 

「流石に音楽に関して火のついたアマデウスは誰にも止められませんから……」

 

 と、彼女でさえ諦めモードであったのだ。

 そんなに? と言いたいところだが、実際アマデウスはバーサーカーの如しという状態。

 とりあえず黙って見守ることにする。

 

 アマデウスが乱入してきたことに少女たちは向き合うのを止め、こちらに目をくれた。

 

「あ? なによアンタ」

 

「わたくし、いま忙しいのです。おとといきやがってくださいません?」

 

「ふん、アンタはすぐ忙しくなくなるわよ。

 だってここで落選して、次の聖杯戦争(オーディション)までなーんにもやることなくなっちゃうんだから」

 

「あら? エリマキトカゲの鳴き声かしら、初めて聞きました」

 

「やだ、こいつアオダイショウ? こんな可愛くないもんなのね」

 

「まあ! メキシコドクトカゲがこんなところに! 早く焼却処分しなくちゃ!」

 

「うわ! ヒャッポダじゃない! 咬まれないうちに串刺しにしてあげなくちゃ!」

 

 一体どういう罵り合いか。

 すぐにアマデウスから意識が外れ、きーきーと二人同士でまた争い始める。

 それを聞いているアマデウスが耳を押さえて震え始めた。

 両手を組み合って押し合う二人の少女。

 

「ぐぅうううう……!」

 

「むぅうううう……!」

 

「そこまでだ!」

 

 そしてそんな中に、敢然と切り込む藤丸立香。

 ギョッとしながらも彼女の横でカバーに入れる位置を取るマシュ。

 ジャンヌもそれに倣い、彼女の横で待機するようにしている。

 

「あ?」

 

「なんです?」

 

「ランサーが言ってた二人ってあなたたち? どうして喧嘩してるの?」

 

 ランサー、という単語が出るや二人の少女の表情が曇る。

 それが苦々しいものである、というのは言われずとも理解できた。

 

「もしかしてランサーに一回止められたのにまたやってる?」

 

 ソウゴの疑問に、二人の少女はさっと目を逸らした。

 どうやら彼が先に来た時に―――多分、戦闘にまで発展した上で止められているのだ。

 ランサー、クー・フーリン。彼の苦労は止まることを知らない様子だった。

 

「そう、あんたらあいつの仲間なわけね。

 …………つまり、あれでしょ? 竜の魔女だかジャンヌ・ダルクだか、そういうのと戦うつもりってわけでしょ? それに協力しろって言うなら、別にいいわ。ただし私は戦う相手としてカーミラを優先するし、あなたたちにカーミラはやらせない」

 

 赤い少女は腰から生えている竜の尾をピシリと地面に打ち付ける。

 そんな彼女が出した名前に首を傾げるソウゴ。

 

「カーミラ?」

 

「バーサーク・アサシンのサーヴァント。

 吸血鬼カーミラ、エリザベート=バートリーのことですね」

 

 補足してくれるマシュの言葉だったが、赤い少女は正にそれに噛み付いた。

 

「違うわ、あれはカーミラ! ただカーミラよ!

 サーヴァント界に彗星の如く現れた期待の新星。発表する曲全てがNo.1に輝きヒットチャートを総ナメにする(予定)、クラス・トップアイドル(自称)のサーヴァント。エリザベート=バートリーとは私のことよ!」

 

「まあこの子ランサーなんですけどね」

 

 しゅばば、と彼女なりの決めポーズが炸裂した直後。しれっと緑髪の少女のツッコミが入る。

 即座にエリザベートがそちらに飛び掛かって、またキャットファイトが開始された。

 

「同姓同名の英霊、ってこと?」

 

『いや、単純に同一人物ってことなんだ。なんだけど……

 カーミラはエリザベート=バートリーの生前の悪行。自身の美しさを保つため、少女の血を求める血の伯爵夫人としての性質が現れた姿だろう。

 そして今そこにいる彼女は……その、何だろうね? 彼女が竜種の性質を持っていることからして、吸血鬼としての側面がより強く出ているのかな……? いや、でもな……』

 

「アイドル! アイドルだって言っているでしょう!」

 

 キャットファイトを継続しながら声を飛ばしてくるエリザベート。

 その隙をつかれてもう一人の方がマウントを奪取。

 絶体絶命のピンチを迎えながら、それでもアイドルアイドルと彼女は叫んでいた。

 

「もう一人のあなたは?」 

 

 キシャー、と唸るエリザベートを上から押さえつけている少女の方に問う。

 

「ええ。はじめまして、わたくしは清姫と申します。クラスはバーサーカーです。

 まあわたくしの場合は特にエリザベートのような目的はありませんが、折角ですので同行させて頂きます。

 ええ、ええ、ちょうどもしかしたら、と思う方に出会えたことですし」

 

 エリザベートの背に乗り、顎に手をかけ彼女の体を海老逸りさせるように力を入れる清姫。

 今にも真っ二つに引き裂かれそうな悲鳴を上げるエリザベート。

 そんな悲鳴を聞きながら、清姫の視線は何故か立香に向かっているような。

 

 きょとん、とした態度で首を傾げる立香。

 さっきまでとは違う態度を訝しむマシュが、確認のために声をかける。

 

「……いいのですか?」

 

「もちろんです。そもそも我々、この時のために呼ばれたサーヴァントなのでしょうしね。

 ――――ぐぇっ!?」

 

 そこで逆襲のエリザベート。

 彼女の尻尾が、清姫の背後から首に巻き付き締め上げた。

 拘束が緩んだ瞬間に抜け出し、そのまま次の技に繋げようとするエリザベート。

 

「……ジャンヌ、お願い」

 

「あ、はい。とりあえず叩けばいいでしょうか?」

 

 振り上げられるのは聖女の象徴。

 とりあえず二頭の竜の頭を、聖なる旗で殴り倒しておいた。

 

 

 

 

『みんなに朗報だ。ランサーから別の街でサーヴァントを発見したと連絡があった。

 真名をゲオルギウス、聖ジョージとして名高い聖人だ。

 解呪への協力も既に快諾してもらっている。あちら側からも合流のために動いてもらうから、今から示す合流ポイントに向かってくれるかい?』

 

 ドクターからの通信に、マリーの硝子の馬に乗せられたジークフリートがピクリと動く。

 これで彼の戦線復帰が叶うということだ。

 黒ジャンヌの切り札、ファヴニールを打倒し得るエースの復活。

 この戦力でもって、オルレアンに攻め込むことになるだろう。

 

「じゃあ急いで向かわないとね」

 

「合流後、私と聖ジョージでジークフリートを蝕む呪いの解呪。

 その間に皆さんには休憩を取ってもらい、その後一気にオルレアンへと進軍しましょう。

 長引けば、黒い私がまた新たなサーヴァントを召喚する可能性もありますし。

 ……それにまた、フランス軍が動いてしまうかもしれません」

 

「いや、恐らく黒いルーラーは聖杯の魔力をファヴニールに回しているだろう。

 俺が与えた傷の回復もそうだが、ファヴニール自体の強度を高めるためにもそうするはずだ。

 サーヴァントの召喚はされないだろうが、到着する頃にはファヴニールは相当強化されていると見るべきだ。俺が完治しても、恐らくリヨンの時のように簡単に打ち勝つことはできないだろう」

 

 この場所からオルレアンまでの距離を確認しつつ、ジークフリートはそう言った。

 リヨンにおいてバルムンクの光は邪竜を圧倒したが、今度はそうならないだろうという。

 方向を確認して合流地点を目指しつつ、彼の言う事について確認をする。

 

「あのドラゴン、もっと強くなるの?」

 

「ああ。ファヴニールというドラゴンは、俺自身も何故あの時勝てたか分からないほどの存在。

 本来であれば、あの程度の力で済む筈はない。だが、あれはあくまで聖杯の魔力を使った再現体。恐らく、限界もあるはずだ。

 こうして俺のために駆け回ってくれたものたちのためにも、必ず勝利してみせる」

 

「……聖ジョージもまた、竜を倒した逸話の持ち主です。彼がいれば盤石でしょう」

 

 それらの言葉にふーむ、と悩む様子を見せる立香。

 恐らく戦場における動きを考えているのだろう。

 ソウゴは自分の考えを言いながら、彼女に確認するために話しかけた。

 

「立香、どうする? 俺はシャルモンのセイバーでいいと思うけど」

 

「……そうだね、ソウゴはシュヴァリエ・デオン。

 ランサーがランサー、ヴラド三世。エリザベートと清姫がアサシンのカーミラ。

 ジークフリートと聖ジョージさんでファヴニール。

 残りのみんなで黒ジャンヌ……ってことになるかな。相手に他の戦力がなければだけど……」

 

 とはいえ、相手の総力を知ったわけではない。

 相手の切り札がファヴニールであろうと言う事に疑いはないが、だからと言ってサーヴァントを軽く見ていいわけではないのだから。

 

「いや。リヨンで俺が相手にした中には、アーチャーが一人いた。

 黒いルーラーに対し非協力的には見えたが、しかし縛りを跳ね除けることも出来ていない様子だった。仮に戦闘を行っても、彼女は死力を尽くすことなく退場を選びそうではあるが……とはいえ、甘く見ていい相手では無いと思う」

 

「黒い私は最初に会った時、ジル・ド・レェに対し呼びかけました。

 存命の彼がフランス軍にいる以上、彼もサーヴァントとして呼ばれているということでしょう。

 どのようなクラスで呼ばれているか分かりませんが……私の知る限り、呼ばれるとすればセイバーでしょうか」

 

 補足されて一気に増える敵軍の戦力。

 顔を顰めさせた立香が、うーんと唸り声を上げた。

 

「……黒い私は、私一人で対応しましょう。マシュとマリー、アマデウスでジルを抑えてください。ジークフリートの負担が増えますが、聖ジョージにはアーチャーの対応を……」

 

「いえ、ジャンヌさん。黒いジャンヌは聖杯の所有者。

 本拠地で追い詰められるとなれば、どのようなことが起きるか定かではありません。彼女に対しての戦力を減らすのは……」

 

「ではわたくしがアーチャーの相手でもなんでも、臨機応変に動くとしましょう」

 

 突然会話に入ってくる清姫。アマデウスが嫌な顔をする。

 

「………ところで本当に彼女たちも連れていくのかい?

 いや、分かっているとも。そうしたって戦力が足りてないんだから考える余地なんてないってことくらい。だけど酷い気分だよこれは」

 

「大丈夫なの?」

 

「もちろん! その代わりと言ってはなんですが―――」

 

 ススス、と蛇のようにするりと立香に近寄ってくる清姫の体。

 首を傾げる彼女に寄り添う清姫の頭。

 しっとりとした動作で差し出される清姫の手のひら。

 

「是非とも、わたくしとサーヴァント契約を結んでいただきたいのです。

 ささ、どうぞわたくしの手を取って下さいまし」

 

「―――うわ。ストーカーに目を付けられたわね、アンタ。ご愁傷様」

 

 大人しく追従していたエリザベートが、可哀想なものを見る目で立香を見た。

 ストーカー扱いされた清姫が、そちらに冷たい視線を飛ばす。

 

「あらあら、はぐれサーヴァント風情が何か言っていますわ。さささ、どうぞマスター?

 あんなカナヘビのことは無視してくださいな。ほっとけば勝手に同族同士で共食いしてるでしょうし」

 

「同族!? カーミラとアタシが!? 言うに事欠いてこのブラックマンバ!!」

 

『同族どころか同一人物なのでは……』

 

「何よ声だけ男! それ以上ふざけたこと言うとすり潰すわよ!?」

 

 ひぇ、と黙り込むドクターロマン。

 あー、とふらつきだすアマデウス。

 そのやり取りを見ていたジークフリートが、僅かに悩む姿勢を見せた。

 そうして立香とソウゴで視線を往復させ、ソウゴに顔に向ける。

 

「……常磐ソウゴ」

 

「え、俺? なに?」

 

「俺とサーヴァント契約をしてくれないだろうか。

 そして、この戦いで俺に令呪を一角譲ってほしい」

 

「令呪……あっ」

 

 そういえばそんなのあった、とソウゴが自分の手の甲を見る。

 ランサーも特に使用を求めてこないので、すっかりと忘れていた。

 

「でも俺も多分セイバーと戦ってるだろうから、言われたタイミングで使うのは―――

 あっ、ロマンに通信してもらえばいいのか」

 

『……うーん。可能な限りこちらからも通信は維持しようとするけど、相手の本拠地での通信は申し訳ないが確約できない。実際、冬木の大空洞ではかなり状態が悪かった。

 一瞬の遅れさえ致命的になり得る戦闘中に、やろうとしてダメだった、では取り返しのつかない話だ。戦闘に役立てる通信が出来るか、という話についてはこちらとしては無理だとはっきり言っておくべきだろう』

 

「あれ、でもあのタラスクってドラゴンの時はやってなかった?」

 

『あれは相手の方からキャンプ地に攻め込んできたカタチだったからね』

 

「そっかぁ」

 

 じゃあどうするか、と悩んでいるとジークフリートは首を横に振った。

 

「戦闘中でなくても構わない。

 開戦前に一撃、令呪の魔力を使った宝具の一撃を撃たせてもらいたい。

 ……ファヴニールの強靭な生命力が相手だ。相手の拠点中枢まで攻め込み戦闘を行うだろうルーラー同士の決着までに、戦いが終わらない可能性もある」

 

「―――確かに。ですが、こちらは聖杯を持つ黒い私さえ倒せれば、この特異点を修復できる」

 

「時間稼ぎに終始するつもりはない。討ち取る覚悟で戦いには臨む。

 だが現実問題、時間稼ぎという形になる可能性が高い。だとすれば、俺がまずやるべきことは奴の翼を奪う事だ。ルーラーが黒いルーラーを追い詰めた時。ファヴニールを呼び戻された、飛んで逃げられた、では話にならない」

 

「なるほど。じゃあ契約しよっか」

 

 そう言って手を差し出すソウゴ。

 少し驚いた様子のジークフリートが、しかし笑ってその剣に手をかける。

 蒼色の魔力が立ち上る。彼とソウゴを取り巻くようにそれが一際輝いた。

 

「セイバー・ジークフリートの名に懸けて誓いを立てよう。

 汝がその命運、我が剣にて斬り拓こう」

 

 それを見ていた立香の袖を、ちょいちょいと清姫が引く。

 わたくしも、わたくしも、と期待の眼差し。

 彼女の令呪は残り一角、それも恐らく黒ジャンヌとの決戦に温存することになるので、彼女の戦いに使うというのは難しいが……

 

「そういうのはいいですから早く早く」

 

 そういうのならいいか、と彼女は清姫との契約を行った。

 

 

 

 

 おおよそ事前に決めておくべきことは処理した。

 そんな状況になったころ、マリーが歩くジャンヌの隣へと近寄る。

 

「ちょっといいかしら、ジャンヌ」

 

「それはもちろん……マリー?」

 

 彼女は普段と違い、何か話し辛そうにしている様子だった。

 なればこそ、ジャンヌは彼女の言葉の続きをただ待つ。

 ほんの数秒だろう。待った先に、マリーは静かに口を開いた。

 

「リヨンで戦った相手、シャルル=アンリ・サンソン。

 彼は生前のわたしを処刑した人。……知っていたかしら?」

 

「……そうですね。知らなかったとして、あなたたちの会話を聞いていればそれくらいは」

 

「ふふ、それもそうですね……わたしは彼の事を恨んでなんていません。

 むしろ彼にわたしの命を背負わせてしまったことが、彼をあそこまで追い詰めていたなんて……申し訳ない気持ちでいっぱいです」

 

「マリーなら、きっとそう思うのでしょうね」

 

 小さく笑っていた王妃は、けれどそこで笑い声を止めた。

 訝しむように表情を曇らせるジャンヌ。

 

「もちろん。わたしは、わたしたちを処刑するという道を選んだ国のことも、民のことも、恨んでなどいません……けれどねジャンヌ。

 もし、あなたのように黒く染まった自分が目の前に現れて、自分を殺したこの国に復讐したい、滅ぼしたいと言ったのならば―――()()()()()()()()()()()()()()()

 

「マリー……?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って。

 そう思わないように努力したのでしょうし、最後まで笑顔で居続けようとしたのでしょう。

 けれど、そう思って止められなくなってしまったわたしなんだ、って。

 ―――だって、怖かったもの。恐ろしかったもの。

 わたしはそうならないように努められただけで、一歩違ってしまえばそうなってしまってもしょうがないと思えてしまうの」

 

 マリーは静かにそう語る。

 それを聴いていたジャンヌが、黒化した自身を思い起こして目を伏せる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 くすくす、とマリーは小さく微笑んで彼女の顔を見る。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから、わたしはとてもあなたが好き。これ以上にないほど、あなたという女性に憧れている。

 友達になれて、今もまだドキドキしているくらいだもの」

 

「マリー……」

 

 ―――()()()()()()、なのではないか。

 

 その考えは確かに幾度もジャンヌの意識を掠めていた。

 あるいはその考えはただの逃避ではないのかと振り払っていたが、マリーはそうだろうと言う。

 彼女自身が、黒い自分に相対して確認しなくてはならない。

 自分が、自分であるのかと。

 

「ねえ、訊いていい?」

 

 ふと、二人の近くにソウゴが来ていた。彼はマリーに対して、少し訊き難そうに。

 けれど訊かねばならないことだと、その表情で語っていた。

 

「なんでしょう?」

 

「もしさ。そんな風に()()()()()()()()()()()()()()が、本当に国を滅ぼそうとしてたら……どうするの? たとえば滅ぼすだけじゃなくて、まだマリーさんが王妃だった頃の幸せな自分の国に戻そうとしてたら」

 

「もちろん、止めます。だって……わたしの死も、フランスの変遷も、わたしの愛した国と民が望んだことですもの。

 怖かったのも本当。苦しかったのも本当。けど、応援してあげたいと思ったことだって本当。

 ―――フランス王妃として、子供(フランス)の願いを」

 

「そっ、か……そうなんだ」

 

 マリーの言葉を聞いて、ソウゴが自然とウィザードのウォッチを取り出していた。

 あんなにいま手にするのは違う気がしていたウォッチが、今なら手にするべき力だと思えてくる。

 ()()()()()使()()()()()()と理解できた気がする。

 自分の中でも整理がついた感情。ガッチリと歯車が噛み合ったかのような感覚。

 

「………これなら、いける気がする」

 

 そう言って握り込むウォッチから、心を奮わせるような熱が返ってくる気がした。

 

 

 



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ライフスコア1791

 

 

 

「ああ、なるほどね。僕とマリアでは違うものが見えていた、ってわけか。

 ―――どうやら、そんな彼女の綺麗さを信じたマリアの方が正解なのかもね」

 

 集団から少し離れた位置で歩くアマデウス。

 彼は唐突に、そんなことを小さな声で呟いた。

 そこそこの距離が開いているが、彼ほどの聴覚があればその声を拾ってみせるらしい。

 

 そして、アマデウスがなんとなしに発した言葉。

 それは近くにいたマシュの耳にまで、確かに届いていた。

 彼が何事かを呟いたのだ、ということに気づいて首を傾げるマシュ。

 

「どうかしましたか、アマデウスさん」

 

「いや? ああ、そうだ。折角だから聞いてみようかな?

 マシュ、キミはジャンヌ・ダルクをどういった人間と感じるんだい?

 あの黒い方を生み出してしまったこととかも含めてさ」

 

 彼から送られる、唐突な問いかけ。

 その質問に対して、マシュは目を白黒させた。

 しかしながら、問われたからには彼女は素直に悩み込む。

 出来る限り、自分の感覚が得た印象を言葉にしようとする。

 

「えっと。先輩のサーヴァントで、とても素敵な方だと思います。

 黒いジャンヌのことは……とても信じられません。そのような方に見えないのです」

 

「うーん、流石と言うか何というか。

 ここまでくるともしかしたら僕がおかしいんじゃないか、なんて気分になってくるね」

 

 けらけらと笑いながらアマデウスはマシュを見る。

 何が言いたいのだろう、と疑問符を浮かべるマシュ。

 そんな彼女に、アマデウスから優しげな言葉がかかった。

 

「ジャンヌ・ダルクはフランスを救ったのにフランスに裏切られた。

 彼女がフランスに復讐したいと感じるのは当然だ、とか思わないかい?」

 

「それは……確かにそういう考えもあると思います。

 わたしもジャンヌさん本人を知らなければ、そのように考えてしまうかもしれませんし……」

 

「ジャンヌ・ダルク本人を知ってるからそう考えない、か。

 けれど人間と言うのは、嘘を吐くいきものさ。他人にも、自分にも。ジャンヌだって自分で自分を誤魔化しているかもしれない。

 ジャンヌ・ダルクを知っているということは、ジャンヌ・ダルクの考えを理解できることにはならないだろう?」

 

「そう、ですが……」

 

 悩むようにうつむいてしまうマシュの姿。

 それを見ておっと、と。

 表情に薄く浮かべていた笑いを引っ込めるアマデウス。

 苦笑いに変わった顔が、マシュに対してこれはどうでもいい話だ、と語っている。

 

「こんな話はただの嫌がらせさ、そんな風に気にするもんじゃない」

 

「え?」

 

「僕は人間に限らず生き物なんて全て汚いものだと思ってる。マリアや君みたいに綺麗な人間に憧れる、なんて。そんな思考回路は持ってない。

 そもそも僕は人間を汚いと断じるけれど、そういうところ含めて人間が好きだしね。その汚さこそが人生であり、それを讃えるものこそが音楽であると思って向き合っている」

 

 すい、と彼はその手の中に指揮棒を呼びだした。

 サーヴァントとして結実した、自分という人生の成果。

 カタチを持ったそれを見つめながら、彼は続ける。

 

「それが僕が生きて結論した、いわば人生観って奴だ。

 音楽性と言った方がいいかも。僕にとってはどっちも同じかな?

 だから君はただ、()()()()()()()()()()()と適当に聞き流しておけばいい。

 だって君はまだ、綺麗なものも汚いものも知らずに生きてるんだ。知らないものを知らないまま評価する、なんて生き方は君にはまだ早い。

 君はまだ生まれたばかり、は言い過ぎか。成長……うん、そうだね。自由に成長し始めたばかりなんだ。多分、君はこれからも藤丸立香たちと色々な時代で戦い続けることになるんだろう。

 だったら何も焦ることなんてないさ。

 君がどんな人間になるにしろ、君が誇れると感じられる人と一緒に自分を作っていくなら、最終的に君がどんな人間になったとして、そこに間違いなんてどこにもない」

 

 そう言って彼はまた笑う。

 それが本当にどんな人間になってもいい、なんて。

 無責任な言葉を言っている気がして、マシュは困惑しながら訊き返す。

 

「どんな人間になるにしろ、ですか……?」

 

「そりゃそうだろ。

 僕はクズで人でなしだけど、存在として間違っているとまで言われる筋合いはない。

 君は真っ当な人間に育ちそうではあるけれど、仮にクズになったとしても誰にも否定する権利はないよ。人というのは多種多様だ。

 同じように見えるものがあっても、同じものなんて何一つない。その不揃いさこそが、君たちが守ろうとしている今までの歴史、ってのを作ってきたんだ。

 そして、その不揃いさを見て君が抱いた気持ちこそが、その先の未来を作るものになる。

 今まで生きてきた誰かたちが今の世界を作った。その世界によって君という人格が作られて、そんな君が未来の世界を作っていく。

 難しく考えることなんて何もない。ただ君は君が見たものから学び、ただ生きればいい。

 実は本当に、ただそれだけのシンプルな話なんだ」

 

 そう言って彼は手にした指揮棒を消す。

 視線は優しくマシュへと向けられている。

 彼は一つ大きく手を叩いて、今までの話を掻き消すようにした。

 

「―――なんて、まるで説教だね。だいぶ話が飛んでしまった。

 忘れてくれてもいいし、そういやあいつがこんなこと言ってたな、といつか思い出してくれてもいい。とりあえずジャンヌ・ダルクの答えには、きっと君たちも対面することになるだろう。

 それも一つ、君が見る誰かが生きてきて辿り着いた世界の真実だ。

 それだけは知っておくといい」

 

 そこで話が打ち切られる。

 アマデウスの話に困惑していたマシュは、それを聴いて何かを考え込むように俯いた。

 無垢な少女が悩んでいる姿を見て微笑むアマデウスが、そっと彼女から離れていく。

 

 そこに、ジャンヌたちとの会話を終えたマリーが寄ってきた。

 

「……マシュをいじめたの、アマデウス?」

 

「酷いこと言うね、キミ。人間のクズは人間のクズなりに相手を思いやったのに。

 彼らにはこれから導いてくれる人が幾らでも現れるだろうけど、僕に教えられることくらいは教えておくさ。汚さと醜さ、美しさと素晴らしさってのは共存するハーモニーなんだぞ、ってね」

 

「貴方の口から出る言葉とは思えない優しさね。ふふ、彼女が好きになってしまったの?」

 

「そりゃあね。まるで君と初めて会った時のような心地さ」

 

 そう言って彼らは小さく笑い合った。

 

 

 

 

「おう。……ああ、一応そいつらも連れてきたな」

 

 合流地点に到着すると、ランサーは嫌そうにエリザベートと清姫を見た。

 彼女たちを仲間にしたのは、ランサーの指示もあってのことなのに。

 やれやれと言わんばかりに肩を竦めるランサー。

 彼の後ろには赤銅色の鎧を纏った男性が待機していた。

 

「ああ。彼らがカルデア、という組織の。

 どうも、はじめまして皆さん。私はゲオルギウス、と呼ばれています」

 

「―――聖ゲオルギウス。

 俺の名はジークフリート、あなたに願いがある。

 俺の身を蝕む呪いを、ジャンヌ・ダルクと共に解呪してほしい。

 この身に信頼を懸けてくれた者たちへ、報いるための力を俺に貸してほしい。

 どうか、頼めるだろうか」

 

 挨拶もそこそこに、食い気味に彼へと声をかけるジークフリート。

 その目を強く見返したゲオルギウス。

 彼は厳かなまでに張り詰めた空気の中で、強く首を縦に振る。

 

「“竜殺し(ドラゴンスレイヤー)”ジークフリート。

 体を呪いの炎に焼かれながらもその闘志、聞きしに勝る大英雄のようですね。

 無論、私も竜の魔女を止めるべく協力を惜しむ気はありません。

 ジャンヌ・ダルクさえよければ、すぐに解呪のための洗礼詠唱を始めましょう」

 

「もちろん。私に否やはありません。すぐに始めましょう」

 

 聖人に連れられ、ジークフリートが処置へと向かう。

 彼を降ろしたことでフリーになった硝子の馬が消えた。

 

 それを展開し続けていたマリーが、僅かに肩から力を抜く。

 

「ここで決戦前の最後のキャンプだ。マスターたちは休んどきな。

 ライダー……マリーの嬢ちゃんも一緒に休んどけ。

 敵地に入ったらあんたの宝具で、纏めて一気に駆け抜けてもらう。

 マスターのバイクも残ってりゃ良かったが……まあ無いもの強請りしてもしょうがねえ」

 

「あれ? あのバイク失くしちゃったの?」

 

「うん。黒ジャンヌの攻撃避けきれなくて盾にしたんだけど」

 

 そうなんだ、と彼が搭乗していたバイクを思い起こす立香。

 …………そもそも彼の年齢でバイクはアウトな気がするが、緊急時なのでスルーしていた。

 公道は走ってないからセーフだろうか。

 1431年のフランスの道交法ならセーフ? どっちにしろ2004年の日本ではアウト?

 

 まあ歴史を取り返してから考えようかな、と彼女は思考を放棄した。

 どっちにしろバイクは壊れちゃったみたいだし。

 

「マリーさんは大丈夫? ずっと宝具を使いっぱなしだったけど」

 

「ええ、戦闘では役立てないのですもの。そのくらいはやり遂げてみせます」

 

「僕たちはこの先、マシュとジャンヌの援護くらいしかやりようがないからね。

 問題は、僕の場合マリアのように足を用意することさえもできないことだけど。

 ……そうだね、僕だけ役立たずなのも問題だ。

 せめて、君たちがぐっすり休めるように音楽を奏でておこうか。

 ピアノがあればそれが一番だったが、残念ながら音楽魔術で我慢してほしい」

 

 そう言ってアマデウスは、自分の周囲に己の楽団を浮かべる。

 彼の指揮棒の動きに従い、メロディーを奏で始めるモーツァルト楽団。

 ただ聴いているだけで癒されているように感じるほどの音色。

 聴きながら目を閉じ、その音に浸っているマリーが小さく呟いた。

 

「そうね。こうして会えたのに貴方のピアノが聴けないのはちょっと残念だったわ」

 

「だろう? 僕がピアノで奏でる子守唄はちょっとしたもんなんだぜ。

 聴けば暴れ馬だろうが暴れ牛だろうが暴れマンモスだろうが、ぐっすりと夢のなかだ」

 

 冗談のようなことを口にしながら、彼はただただ音を奏で続ける。

 その音にとらわれて、休息のために意識を落としていく皆を見つめながら。

 

 

 

 

 夜明けまでの休息を終え、カルデアチームは始動していた。

 

「硝子の馬車、でいいのかしら?」

 

「おう、どっちにしろマスターたちは何が出てこようとオルレアンまで突っ走れ。

 露払いはオレとそこの竜殺しでやる。サーヴァントが途中で襲ってきたら、そこはまあ臨機応変だ。基本的には嬢ちゃんが言ってた奴でいいと思うがな」

 

 マリーが自分の騎馬に引き摺らせる硝子の馬車を構成する。

 フランス王家の紋章が刻印された華美な馬車が作られ、馬と結ばれた。

 そのキラキラ輝く王権の象徴を見たエリザベートが、ぐぬぬと顔を強張らせる。

 

「なによこの送迎馬車は。これ、あのマリーとかいう子が乗るわけ?

 硝子の馬に牽かれた硝子の馬車から、優雅にレッドカーペットへと舞い降りる硝子の王妃?

 なにそれ超アイドル。嘘でしょ、あの子のアイドル力高すぎ……!」

 

「何で王妃に勝てると思ったんですかね、お馬鹿なエリザベートは。

 あなた、イロモノ枠でしょう?」

 

「アンタに言われる筋合いはないけど!?

 アンタだってイロモノもイロモノ、一発芸枠じゃない!」

 

「まあおかしい。わたくしは良妻枠、料理やお掃除で身を立てることができますので」

 

「嘘吐きなさいこの火トカゲ!」

 

「わたくし嘘は吐きませんー」

 

 やいのやいのと、何かまた喧嘩を始める二人。

 

「清姫、エリザベート、早く乗って」

 

「はいマスター!」

 

 ただ立香の声がしたかと思えば、清姫の方がすぐに馬車へと搭乗する。

 いきなり相手が消えたエリザベートが馬車と清姫、両方にぐぬぬと唸りを上げた。

 そんなエリザベートを見ながら、マリーが困ったように言う。

 

「ごめんなさい、レッドカーペットは用意していないわ。

 あとわたしは馬車を牽く子に乗るから、馬車の方には乗らないのだけれど」

 

「………アンタが御者? それはそれでどうかと思うけど……まあいいわ。レッドカーペットが無いならしょうがない、ワイバーンの血で地面を赤くすればいいかしら?」

 

「そういうところがカーミラと同じなんですよ、あなた」

 

 馬車から顔を出した清姫がまたも彼女を挑発する。

 その挑発に応え、エリザベートの尻尾がぴーんと張った。

 

 多分だが、カーミラもそういうところを一緒にされたくはないだろう。

 

「降りて喧嘩するか乗って大人しくするか、どっちかにしとけ。

 これ以上遊んでる気はねえぞ」

 

 エリザベートの頭を掴み、馬車の中に放り込むランサー。

 それをゲオルギウスが受け止めて、清姫と正反対の位置に置いた。

 

「聞けば聖杯の魔力をファヴニールに注いでいる可能性が高い、とのこと。

 だとすれば、あまり時間を与えない方がいい。

 聖杯による再現体となれば、オリジナルほどの脅威になることは恐らくありませんが……」

 

「その、申し訳ありません。ジークフリートさんも仰っていましたが……

 聖杯ほどの魔力を運用しても、ファヴニールは本来の力を発揮できない存在なのですか?」

 

 マシュがゲオルギウスの言葉に首を傾げ、問いかける。

 しかしその言葉に答えを返したのは、ジークフリートだった。

 

「ファヴニールという竜の性質の問題だ。

 ファヴニールとは生まれ落ちた黄金を守るもの、あるいは黄金によって発生する現象。

 あれは、大前提として()()()()()()()()()()()()()()()()()()ではない」

 

「……黒ジャンヌの聖杯で召喚されている時点で、間違えている存在だと?」

 

「ああ。ファヴニールであることに違いはない。が、決定的に悪竜としての性質が欠けている。

 どれほど魔力を注ごうと、そこを埋めない限り完全な悪竜現象(ファヴニール)として成立しない」

 

「……とはいえ、願いを叶える聖杯は正しくラインの黄金として機能し得るでしょう。何かの間違いでそれが成立してしまえば、ラインの黄金を守るファヴニールに変貌しかねない。

 ファヴニールはなるべく、竜の魔女と引き離した場所で戦うべきでしょう」

 

 重々しく首を振るゲオルギウス。

 そんな彼の視線が、引き離した少女二人に向かう。

 彼女たちの角や尾に向けられる視線。

 

「……なによ」

 

「いえ。珍しいものだ、と思いまして。こうまで竜に縁のある英霊ばかりが揃うとは。

 この騒動の中心にあるフランスやジャンヌ・ダルクには、竜との関わりは薄いというのに」

 

「ふーん、アタシのことを裁くとかそういうこと言い出すのかと思ったけど」

 

 ぷい、と彼から視線を切るエリザベート。

 それに苦笑したゲオルギウスが、諭すように語る。

 

「貴女は自分の罪を知っている。ならばそれは私が口を挟むべきことではない。

 ですが、貴女がこれから臨む戦いに一つ。

 その戦いは貴女自身で貴女の罪を裁くわけでもなければ、罰を与えるわけでもない。

 貴女が犯した罪を、その目でただ再認するということなのです」

 

「……それが、(アタシ)の罰ってことでしょ。わかってるわよそんなこと」

 

 彼女らしからぬ低い声でそう応え、エリザベートは今度こそ黙り込む。

 それと同時に硝子の馬車は、馬車とは思えぬ速度で移動を開始した。

 

 

 

 

 ジークフリートは馬車の上に乗り、マリーは馬車を牽く馬に騎乗。

 そしてランサーは馬車の横を自身の足で追走していく構成。

 目指すオルレアンまでこのまま一直線に駆け抜ける算段だ。

 

「まあ、大人しく通してくれるとも思えんがね」

 

 結局どこからどこまでルーラーの感知範囲なのか分からなかったが、オルレアンにこれだけ接近して察知されていないはずもない。襲撃はいつあってもおかしくはない。

 ワイバーンの姿がひしめくオルレアンを遠景に見ながら、彼は小さく笑う。

 

「クー・フーリン」

 

「おうさ」

 

 馬車上で高い視点を確保しているジークフリートの声。

 応えて走るはクー・フーリン。

 即座に馬車を追い抜いて、そちらから向かってくる影の前に立ちはだかる。

 

 ―――俊足をもって現れる影は、緑の狩人。

 その姿を視認した瞬間、ジークフリートの表情が陰る。

 

「バーサーク・アーチャーだ!」

 

「見りゃ分かる。ライダー、止まるんじゃねえぞ! もう一騎いるからな!」

 

 閃光の如く無数の矢が飛来する。

 疾走しながら朱槍を回転させ、それらを一撃残らず弾き落とす青いランサー。

 そうしつつ、彼は弓兵の後方に控える黒いランサーの姿へ視線を送った。

 

 そこに控える影、ランサーとはつまり。

 ワラキア公・ヴラド三世。

 広範囲を串刺す宝具を有するランサー、ということだ。

 

 ―――小さく舌打ちして、上の剣士に声を張り上げる。

 

「セイバー!」

 

「ああ!」

 

 ジークフリートの姿が、馬車上で屈められる。

 爆発するような踏込の前兆。

 

 マリーの表情に小さく焦りが浮かぶ。

 だって彼女の馬車は、ジークフリートの踏み込みなんていう暴力に耐えられない。

 

 が、その竜殺しの攻撃の前兆にアーチャーは反応した。

 空中で彼の背中を撃ち落とすべく、即座に構えられる彼女の弓。

 理性が狂化に完全に駆逐された彼女は、竜の魔女が下した指令を最優先で遵守する。

 たとえそれが、自身の消滅と引き換えの行動であろうとも迷わずに。

 そして竜の魔女が下す指令とは、ファヴニールの弱点となるジークフリートの排除以外にありえない。

 

 故に、ファヴニールの血を浴び、全身を鎧と化した彼の唯一の弱点。

 彼の背中への射線が取れるという絶好の機会に容易につられた。

 ランサーから距離を放しつつの射線の確保。

 

 ―――その筈が、飛び退いた彼女の速度に追い縋る、ランサーの追撃。

 バーサーク・アーチャーの理性の残っていない瞳にすら驚愕が浮かぶ。

 

「遅ぇッ―――!」

 

 横薙ぎに振るわれる真紅の魔槍。

 それがジークフリートに照準を定めていた彼女の胴を打ち、大きく吹き飛ばした。

 呻きを上げながら、空中に投げ出される痩身。

 

 だがそれでもなお彼女の狙いはジークフリート。

 バーサーク・ランサーを狙うはずの彼を撃ち抜くべく、空中にありながら矢を番え―――

 

 ぞぶり、と。彼女の胸を飛来した魔剣が貫いた。

 ジークフリートは馬車の上から踏み出してなどおらず、今もそこに立っている。

 ただその手にあった筈の剣のみが、彼女の霊核に突き刺さっていた。

 

「くぁっ……!」

 

 戦う理由もない狂兵に。霊核を砕かれてなお退去を耐えるほどの熱量があるはずもない。

 彼女の体は瞬く間にほどけ、黄金の魔力に還っていく。

 彼女に突き刺さっていた魔剣が、崩れる体から抜け落ちる。

 瞬時にそれを掴みとったランサーが、すぐさまセイバーへと投擲する。

 

 回転しながら飛び込んでくる愛剣を掴みとり、ジークフリートはクー・フーリンに向かって一度肯いた。こちらは任せろ、ということだろう。

 そのまま加速して馬車は竜の都と化したオルレアンに向かっていく。

 

 残されたのは、二人のランサーだけだ。

 

「ふむ。バーサーク・アーチャーをこうも易々と。

 いや、特級のセイバーとランサーが相手だ。こうもなろうと言うものか」

 

「そんで? ただ見てたお前は、これからどうする気なわけよ」

 

 手にした槍で己の肩を叩きつつ、片目を瞑って笑うクー・フーリン。

 バーサーク・ランサー、ヴラド三世は槍を引き出しながら笑い返した。

 

「奴らは通さざるを得まい。余の宝具であれば確かに硝子の馬車の動きは止められよう。

 だが、その結果他のサーヴァント全てを相手になどできるものか。時間稼ぎにもなるまい。

 余の役割は元より、貴公をこの場で仕留めることだ」

 

「その割にはアーチャーなんぞ引っ張り出してきやがったみたいだがな」

 

 ランサー、クー・フーリンが朱槍を構えて姿勢を低く落とす。

 

「さてな。竜の魔女の言う用兵では、アーチャーと余の宝具で貴様らを天地から矢と杭による挟み撃ちにしたかったようだが……マスターに反抗的だったゆえ、狂化を深く進行させられたアーチャーは自身の宝具の銘すら忘れる始末。しかしそれこそが道理というものだ。

 本来、英雄に狂化なぞを施せばそうなるもの、という教訓だろう」

 

「違いねえ」

 

「狂気とは与えられるものではない。そうであるものには、自然と備わってしまうものだ。

 故に―――この身にただの一度も狂気を抱くことなく、しかし狂気の存在であると謳われ、吸血鬼という汚名に臥した余が示そう」

 

 ギシリ、と空気が悲鳴を上げる。

 彼の体が内側からざわめいて、まるで破裂するように闇が膨張した。

 ヴラド公の体を中心に奔る血色の閃光から、次々と杭が弾け飛ぶ。

 それは止まることを知らずに周囲一帯まで伝播し、辺りの景色を血色の杭で埋め尽くす。

 

「“血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)”―――――!!」

 

 そうして迸る血の制裁を皮切りとし、ランサー同士の死闘は開始された。

 

 

 



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ライブツアー1431

 

 

 

 陽光を照り返すそれは、さながら光の塊が大地を走ってくるかのように見えただろう。

 全てが硝子で出来た馬車。

 大地を駆けるそれは、一直線にオルレアンを目掛けて疾走する。

 

 光物だからか、純粋に肉を求めてか、あるいは正しくオルレアン防衛のためか。

 オルレアンに接近するその馬車に向けて、数え切れぬワイバーンが殺到してくる。

 雲霞の如き竜の群れを前に、ジークフリートが馬車の天蓋の上で目を眇めた。

 

「さて。こちらこそアーチャーが欲しいところだが……

 生憎、この身は剣を振るう以外に取り柄がない。

 ファヴニールに示す意味も込めて、まずは一撃見舞うとしよう――――」

 

「お手柔らかにお願いしますね。わたしの宝具の方こそ保たなくなってしまいそう」

 

 彼の言葉を遮る、マリー・アントワネットの言葉。

 魔剣解放につき合わされれば、硝子の馬車が砕け散ることになるのは想像に難くない。

 

「…………善処する」

 

 足場の馬車を確認し、ジークフリートが魔剣に魔力を集中させていく。

 力を籠めすぎないようにその天蓋を蹴り、馬車を追い抜いた前へと飛び込む。

 

 着地が、同時に魔剣を振るうための踏み込みに。

 衝撃で砕け散る大地の欠片を巻き上げながら。

 蒼色に溢れる魔力の刃を、彼は振り上げるように解き放った。

 

「“幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)”――――!!」

 

 最大出力には程遠い。

 だが、その余波だけでもワイバーンなど灼き尽くす黄昏の斬撃。

 その蒼い閃光が、オルレアンの上空に虹が如き曲線を描いた。

 

 ほんの数秒の光の擦過。ただの数秒が起こした変化は劇的だった。

 竜の消し炭がバタバタと地面へと落下していく光景。

 空を埋めるワイバーンの姿は一気に減じ、竜で構築されていた防衛線には大穴が開いていた。

 

 彼らをまず最初に発見し、初動で対応しようとしたワイバーンはほぼ壊滅しただろう。

 その成果を見て、剣の残光を振り払いながらジークフリートが馬車上に跳躍して帰還する。

 

「これで俺の襲来を奴は察知した。すぐに奴自身が動くだろう。

 とりあえずここで一度止まってくれ。ワイバーンもファヴニールもこの位置に引き付けたい」

 

 馬車を動かしているマリーにそう声をかけるジークフリート。

 彼女の意思で馬車が減速し、停止するとジークフリートが地に足を降ろす。

 

「ファヴニールが顔を出したら、一気に奴らの本拠地まで駆け抜けてくれ。

 ……すまない、マリー・アントワネット。

 この馬車の扉はどうやって開ければいいのだろうか」

 

「ああ、ごめんなさい。いま開けますね」

 

 どうやって開ければいいのか、とふらふらと視線を彷徨わせていたジークフリート。

 彼の目の前で、馬車の扉が自動で開いた。

 そこからソウゴが顔を出し、その手の甲に浮かぶ令呪を示してみせる。

 

「いま使えばいい?」

 

 だがジークフリートは、それに対して静かに首を横に振った。

 

「いや、奴が顔を出してから頼む。

 いま宝具に魔力を充填すれば、それを放つまでワイバーンだけで対処するかもしれん。

 奴からすれば今の俺は、一度宝具を放って魔力が減ったいい標的になれている」

 

「それって……ファヴニールは全力でジークフリートを倒しにくるってこと?」

 

 その問いに、彼は力強く肯いた。

 

 自身の命に届き得る刃、ジークフリート。

 ファヴニールはその現状と、因縁を清算するべく確実に彼を狙うだろうという。

 そしてそれは、他のメンバーがオルレアンに攻め込むためには必須の行動だ。

 あの火力と生命力で本拠地の防戦に回られれば、どうしても容易には崩せない。

 だがこちらの誘導に応じ、あちらから攻めたててくれるならば。

 相手の本拠地の防衛は、一気に手薄になってくれる。

 

「では私が壁になりましょう。

 初撃で狙うのが翼なら、正面に立っても問題ないでしょうからな。

 さて、こうなるとライダーでありながら愛馬ベイヤードを連れ込めなかったのが痛い」

 

 そう言ってゲオルギウスが下車する。

 その言葉に、立香がきょとんと馬車上から彼の姿を見下ろした。

 

「え? ライダーなのに乗り物持ってこれなかったの?」

 

 それに苦笑してゲオルギウスは、推測した原因を述べる。

 

「ええ。恐らく黒いジャンヌへのカウンターとして発生した召喚の限界でしょう。

 彼女のルール違反に対して、それを諫める要員を召喚はしたが、私を呼ぶ頃にはライダークラス特有の複数の宝具所持を再現できるほどには、容量が残っていなかった。

 と言ったところでしょうか。まあ、大した問題でありません」

 

「そうかな……?」

 

 ははは、とクラスを象徴するハズの宝具を持ち込めなかった聖人は笑う。

 その大人物を前に、ジークフリートも彼と肩を並べられることを喜ぶように笑みを浮かべた。

 

「助かる、聖ゲオルギウス。

 貴方がいなければ、宝具と息吹で撃ち合うしか手段がなかっただろう。

 だとすれば、こうも簡単な立ち回りとはいかなかった」

 

 笑い合う二人の騎士。

 ところで、と。そんな中でマリーが確認の声を上げた。

 

「ところでオルレアンの代わりに聳えるあのお城。

 あそこに黒いジャンヌがいる、ということでいいのかしら?

 乗り込んだら誰もいなかった、なんてことはあったりしない?」

 

 オルレアンの中心に聳える城。本来あのようなものは存在しない。

 本来のオルレアンは既に竜に焼き滅ぼされ、存在するはずのない竜の城が存在している。

 そこが黒ジャンヌの本拠地であることには疑いはない。

 だが、今彼女があそこに控えているかどうかは、わからないのだ。

 

「……います」

 

 だが、マリーの疑問にはジャンヌが確信をもって返答した。

 

「私にはルーラーの知覚能力はありません。ですが、彼女のことならばわかる。

 ここまで近づけば、あそこに彼女がいるだろう、ということは感じられます」

 

「……そう。ならもう何も迷うことはないわね!」

 

「丁度奴も来た。ならば、憂いなく走り出してくれ」

 

 そう言って空を見上げるジークフリート。

 竜の城から飛び立ったファヴニールの目は、確実に彼を見ていた。

 その大口を開き、そこに火炎を漲らせるファヴニール。

 翼を駆使し、その巨体が向かう方向は上空だ。

 

 上空ならばジークフリートのバルムンクさえも初動を見れば回避できる。

 仮に当てられたとしても、直撃でなければどうやっても致命傷には届かない。

 それだけの魔力と生命力が溢れるのがファヴニールだ。

 

「マスター!」

 

「ジークフリート、()()()()()()()!」

 

 ソウゴの手の甲が光り、その令呪の魔力が解放され、ジークフリートへ流れ込む。

 それと同時にマリーの意志に従い、馬車が一気に走り出した。

 

 一瞬で魔剣に魔力をチャージしたジークフリートに、ファヴニールの目が見開かれる。

 その脅威を前に、ファヴニールは他のものに目を向けることはできない。

 たとえ自分の眼下に、自身のマスターの住処に駆け込む敵の馬車の姿があってもだ。

 

「“幻想大剣(バル)―――――!!」

 

 魔剣が天高く掲げられ、竜殺しの眼光は天空に在る悪竜を捉える。

 立ち上る蒼の魔力。その光景に、ファヴニールの意志が揺らぐ。

 このまま溜めた自身の火炎で薙ぎ払うか、回避行動に移るべきか―――

 

 彼の逡巡は一瞬だった。

 聖杯に補強された悪竜の息吹はあの魔剣には勝てぬまでも、先の戦いのように一蹴される程度の威力ではない。

 仮に撃ち合いになったとして。そのまま競り負けたとして。

 減衰した魔剣の一撃などでは、ファヴニールには掠り傷程度しかつけられまい。

 

 ならばそのまま押し切るまでだ。

 今は突然、彼が魔力を充足させて魔剣を解放しようとしている。

 だが竜殺しの残す自前の魔力では、全力での魔剣の解放などそう行えるものではない。

 撃ち合いなどという展開に発展すれば、何度であろうとブレスを放つことのできるファヴニールがじきに勝利することに疑いはないのだから。

 

「グオァアアアアアッ―――――!!!」

 

 本能の決定に従い、天空に羽ばたく竜が息吹を放つ。

 眼下から立ち上る魔剣の光を目掛け、夥しいほどの熱量が殺到した。

 その炎を差し向けられた地上のジークフリートが、小さく笑う。

 

「では無敵なりし我が剣をここに! 竜の息吹でこの身を屠ること能わず!

 ――――“力屠る祝福の剣(アスカロン)”!!」

 

 彼の目の前に立ちはだかった聖人が、その剣を抜き放つ。

 光を纏う剣が炎の渦へと差し向けられた。

 その剣こそが結界であるかの如く、ファヴニールの炎が彼の前で分かたれていく。

 

 ゲオルギウスが背後に庇うジークフリートにも当然息吹は届かない。

 彼はまだ、その魔力を解放せずに魔剣の中に蓄えている。

 

 炎を放ちながら、ファヴニールが身を震わせた。

 その息吹をもって魔剣を解放させ、相殺するつもりであったというのに。

 立ちはだかる守護聖人を前に、ジークフリートへと届く前に炎は防がれている。

 そして、一度の息吹を放ち続けるには限度がある。

 ファヴニールの意志とは別に、やがて地獄の如き炎の息吹はその勢いを弱め――――

 

天魔失墜(ムンク)”――――――!!!」

 

 その残り火を吹き散らすように、蒼い黄昏が地上から天空へと駆け上がる。

 光の斬撃は狙い澄ました通り、ファヴニールの片翼へと正しく直撃した。

 翼膜に大穴を開けて過ぎ去っていく黄昏の刃。

 

 余波だけでも更に全身を灼かれながら、ファヴニールは咆哮する。

 それは怒りでもあり、同時に悲鳴でもある。

 翼を失った巨竜が、天空から地上へ向けて墜ちていくのだ。

 残った片翼ではその巨体は支えきれない。

 

 低空にいたワイバーンたちを押し潰しながら、その巨体が墜落した。

 巻き上げられる砂塵に姿を隠されるファヴニール。

 

「無敵の剣を持つ守護聖人、聖ゲオルギウス。聞きしに勝る防御力だ」

 

「こちらこそ。ファヴニールを討ち取りしジークフリートの剣、しかと見せて戴いた」

 

「そうと言われると面映ゆいが……」

 

 目前に立つ砂煙を見据えながら、二人の竜殺しは視線も合わせず語り合う。

 

 その直後。

 砂塵を咆哮で吹き飛ばし、その中から全身に火傷と裂傷を負った悪竜が姿を現した。

 翼こそ片方を失ったが、しかしその生命力には底が見えていない。

 

「ならば今ここで、まさにファヴニールを討ち取る様を見せられるように努力しよう」

 

 バルムンクを正眼に構えなおし、そう言ってジークフリートは微笑んだ。

 

 

 

 

「もうすぐ城内に入ります――――馬車はこのまま入れるかしら?」

 

「流石に無理じゃないかな? 城に入ったら走るしかないね、これは」

 

 背後からはファヴニール墜落の爆音が轟いてくるような戦場。

 その中にあってなお輝く馬車が、遂に目的地たるオルレアンに構えられた黒ジャンヌの居城へと辿り着いた。

 城門を目指して走り続けながら、マリーが乗客たちに声をかける。

 

「では城門にこのまま突撃します!

 荒っぽい入城になってしまいますので、皆さん注意してくださいね!」

 

「マシュ、私が吹き飛ばされたらお願いね」

 

 もはやこれまで、と立香がマシュに声をかける。

 マリーには止まる気配が見られない。これはもう全力の突撃以外にありえない姿勢だ。

 自身のマスターの体を支えながら、マシュは震える声で了解の意を示した。

 

「は、はい……」

 

「いえいえマスター、そういうことならばわたくしにお任せくださいな。

 わたくしの体にぎゅーっと! ぎゅーっと!」

 

 そこに割り込もうとする清姫の体。蛇のようにするりするりと立香の周りへと接近。

 しかし、それを止めるべくジャンヌが彼女の肩に手にかけたところで―――

 

 どでかい破砕音。弾け飛ぶ扉の残骸、崩れ始める入口。

 硝子の馬車は粉々に、硝子吹雪となって舞い散った。

 

 ダイナミックな入城でもって、敵の拠点に突入した全員が空を舞う。

 マシュは立香を抱えて着地。ジャンヌが空中でソウゴとマリーを捕まえ、着地。

 清姫も見た目に反して綺麗に着地している。

 投げ出されたアマデウスはエリザベートの槍に引掛けられ、床に叩き付けられるのを免れた。

 

「助けてあげたお礼にアタシに新曲のプレゼント、待ってるからね?」

 

「……絶対に嫌だね。あの声にあの調子で歌われるメロディーなんて書けるもんかよ」

 

 ぐってりしているアマデウス。

 そのへたった荷物を、エリザベートは槍を振ってマスター組の方へ投げつける。

 エリザベートが曲の提供を断られて怒ったわけではない。

 

 扉をぶち破って入った先には、一人のサーヴァントが待機していたからだ。

 その女性は扉を破壊して入ってきた敵軍を見ると、何とも言えない様子で口元を歪める。

 

 バーサーク・アサシン、カーミラ。

 完結したエリザベート=バートリーである女性はそうして、仮面に隠した顔を笑わせた。

 

「やりたい放題ね……せっかく私もこの城の装飾に協力したというのに。

 この監獄城をなんだと思っているのかしら」

 

「監獄城?」

 

 その名を聞いて周囲を見回すと、そこは余りに凄惨な彩りの施設だった。

 血、血、血、血――――痛ましい拷問の後ばかりが残る光景。

 聞かずとも分かる。この場所でどれだけ悍ましい行為が行われていたかなんて。

 そんなこちらの態度を見たカーミラが、まるで補足するように言葉をよこす。

 

「あら。こういった演出は嫌い? でも安心なさいな。

 放し飼いにしたワイバーンのおかげで、()()()()なんてほとんど落ちていないわよ」

 

「……誰もそんなこと気にしてない、ってーの」

 

 エリザベートが槍を手にしながら、前に出る。

 

「あらそう。そういうのならいいけれど。

 まあ……元はと言えば城もワイバーンも、用意したのはジャンヌ・ダルクなのだもの。

 文句があるとしたら、そちらへどうぞ。

 ここから真っ直ぐ進んで、中央の大階段を駆け上がればすぐに辿り着けるわよ」

 

 そう言って背後の通路を指差すカーミラ。

 それを見たエリザベートが顔を引き攣らせる。

 

「へぇ、アンタは何もしないってわけ?」

 

「あら、アナタは通さないわよ? どうせ、そっちだって私と殺し合う気でしょう?

 私だってそのつもりよ。アナタみたいな私、放置しておけるわけないじゃない」

 

「――――へぇ、話が早くて助かるわ。子ジカ、子イヌ。さっさと行きなさい。

 こいつはアタシがケリをつけさせてもらうから」

 

 今にも一騎打ちを開始せんと、二人の拷問趣味が向かい合う。

 そんな彼女たちの様子を見ていた清姫が小さく呟いた声が、静かな城内に響く。

 

「そんなことするよりアレ一人を全員で寄って集って始末してから全員で先に行くべきでは?

 ファヴニールも振り切ったことですし、戦力を分散する必要ないのでは?」

 

「…………」

 

 清姫の言葉に絶句するエリザベート。

 彼女の視線が清姫に向き、カーミラに向き、そしてソウゴと立香に向いた。

 今そういう流れじゃなかったわよね、と言いたげな表情だ。

 ふぅ、と溜め息を落とすカーミラ。そこには明確に諦めがあった。

 

「……しょうがないわね。では全員相手にしましょうか」

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ! アタシ! アンタの相手アタシだから!?」

 

 やれやれと言わんばかりのカーミラ。

 彼女の様子に有利になった筈のエリザベートの方こそ慌てだす始末。

 そんな状況に、音が割れているもののカルデアからの通信が届く。

 

『――――――い、聞こえるかい、立香ちゃん、ソウゴくん――――!』

 

「ドクター?」

 

『良かった、通じた……! 急いで黒ジャンヌを目指してくれ―――!

 黒ジャンヌがいると思われる位置でサーヴァント召喚陣の発動を確認した……!』

 

「だとしたらなおさら、彼女を早急に始末してから……」

 

『それこそタイムオーバーだ!

 聖杯により召喚されたサーヴァントは、退去するとその魔力が聖杯に還元される!

 今までに還元されたリソースはファヴニールに割いていたようだけど、ファヴニールは既に戦場に出てしまった! これからは敵サーヴァントを撃破するたび、聖杯のリソースが浮いて新たなサーヴァントを再召喚するだけの余裕が発生する!

 というかこっちも驚いている! 聖杯ありきとはいえ、こんなにスムーズに再召喚のための陣を構築できるなんて、恐らく聖杯と相性の良いルーラーでなければ不可能な仕業だ!』

 

「むぅ……」

 

 自分の意見が通らない状況だと知ったか、清姫がむくれる。

 代わりにエリザベートがその尻尾を立てて敢然と立ちあがった。

 

「さあ、子ジカ! 子イヌ! こいつの事はアタシに任せて先に行きなさい!

 アタシに! 任せて! 先に! 行きなさい!

 あとよくやったわ、ナイスタイミングよ通信男! アタシのファンクラブに入れてあげる!」

 

『え、いや僕にはマギ☆マリがいるし……』

 

「アタシのために捨てなさい!」

 

 ソウゴと立香が目を合わせる。

 どちらにせよ、最優先されるべき戦場が白と黒のジャンヌの決戦である。

 だとすれば、ここはエリザベートに任せて先に行くべきだろう。

 立香の視線が清姫に飛ぶ。むむむ、と顔を顰めさせている彼女へ声をかけた。

 

「清姫はここで手伝ってあげて!」

 

「……マスターがそういうのでしたら」

 

 カーミラを避け、エリザベートと清姫だけを残して駆け抜けていく。

 それを見送ったカーミラが、手を振るうと地面から浮かび上がるように鉄の処女が現れた。

 そんな彼女を前にしたエリザベートが槍を掲げて声高に叫ぶ。

 

「ふふふ、遂に決着をつける時がきたわね、カーミラ!」

 

「……決着なんて、とうの昔についてるでしょうに。

 ここにいる私こそ、(アタシ)の結末である。それ以外の答えなんてどこにもないわ」

 

 仮面の奥でカーミラが嗤う。

 血が滴るように爪先に赤い光が奔る。

 彼女が腕を振るうと、それが刃となって辺りを切り刻んでいく。

 

 不規則に暴れる血色の刃。

 それを手にしたチェイテ城の具現、自身の槍で切り払うとエリザベートは静かに語る。

 

「違うのよ、(アタシ)。アタシは確かにアナタになる。変えられない、変わらない。

 けどね、(アタシ)は知っているのだもの。教えられてしまったのだもの。

 エリザベート=バートリーの及んだ行為は許されざる罪である、と」

 

 エリザベートの背に竜の翼が広がる。

 竜の尾を振るいながら浮き上がった彼女が風を巻き起こす。

 

貴女(アタシ)という結末はどうあっても変わらない。どうあっても変えちゃいけない。

 けど、(アタシ)貴女(アタシ)に抱く気持ちはいくらだって変わるのよ!

 (アタシ)は間違えていた。間違えていたから貴女(アタシ)になった! アタシはもう何も知らなかっただけの吸血鬼じゃない!」

 

「ただの逃避よ、見苦しい」

 

 自身の前にアイアンメイデンを呼び、その風からの盾とする。

 エリザベート=バートリーは音波を歌う竜種。

 射程という意味では竜という名に負けぬ相当の怪物だ。

 だが相対する彼女は、自身のことだからこそよく知っている。

 

「ええ、今のアタシは見苦しいでしょうとも。分かっていて、それでも言うわ!

 変えられないと分かっていることは、変えたいと願うことを阻まない!

 罪が消えないと知っていることは、償いのための行為を否定しない!

 今の(アタシ)の見苦しさは、エリザベート=バートリーの人生よりは輝いていると信じてる!」

 

 彼女が地に立てた槍を中心に、音響兵器に魔改築されたチェイテ城の一部が顕現する。

 

「エリザベート=バートリーの罪は消えない、それで結構!

 他の誰かの算盤で、償いの行為を重ねた罪と比べて清算してもらう気もさらさらない!

 アタシはアタシで自分を罰する! だから歌うわ!!!」

 

 腹の底から震わせるようなドラムの音が、チェイテスピーカーから吐き出される。

 イントロを流し始めた自分の元居城を見つめ、カーミラが本気で困惑の声を吐き出した。

 

「――――何でそこに辿り着くのか本気で分からないのよ、ホント……」

 

「これがアタシの、チャリティーライブよ!!!」

 

 今ここに――――

 新生スーパーアイドル・エリザベート=バートリー☆

 特異点ライブツアーinオルレアン監獄城

 

 的な何かが開幕したのかもしれないし、しなかったのかもしれない。

 

 

 



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ジル・ド・レェ1431

 

 

 

 オルレアン、監獄城。

 そこを本拠とする竜の魔女にとっての最終防衛ライン。

 中央大階段。

 その上で彼―――あるいは彼女は、目を瞑り待ちわびていた。

 

「…………来たね」

 

 目を開き、大階段下まで辿り着いた敵へと視線を送る。

 カルデアのマスター二人。

 盾のサーヴァント、ジャンヌ・ダルク、アマデウス・モーツァルト……

 

 そして、マリー・アントワネット。

 生前に知る姿とは別物だが、しかし彼女の笑顔は記憶に鮮烈に焼き付いている。

 

「……あの時はちゃんと挨拶できなかったけれど。お久しぶりね、シュヴァリエ・デオン」

 

「ええ。このような形で再会は不本意だけれど―――貴女への敬意も忠誠も揺らぐはずがない。

 王妃、マリー・アントワネット。

 私がフランスを滅ぼすべく剣を執るなどという悪夢の中で、貴女がフランスを守るために立っているのは、この私にとっては代え難い希望だ」

 

 彼女にそう言って微笑み、サーベルを構える。

 心情はフランスを守る彼女たちの側にあるとはいえ、しかし剣閃に淀みはない。

 シュヴァリエ・デオンの剣は、間違いなく世界を滅ぼすために振るわれる。

 

竜の魔女(マスター)より私に下された指令は、ここから誰一人通さぬこと」

 

「いや、ジャンヌたちは通してもらうよ」

 

〈ジオウ!〉

 

 前に立つのはマスターの一人、変身することでサーヴァントとさえ張り合う戦士。

 そうくるのは分かりきっていた。

 ただくすり、と小さな微笑みをこぼして彼と相対する。

 

「我らが身を焦がす竜の魔女に与えられた狂化。

 聖女マルタは制御してみせたが―――残念ながら、私たちに出来るのはせいぜい、自分の意志でこの破壊衝動を向ける標的を絞ってみせることくらいだ。カルデアのマスター……」

 

「俺は常磐ソウゴ」

 

 相手の名乗りにふっ、と更にもう一度小さく笑うデオン。

 すぐさまその笑みが消え、サーベルの先端がソウゴの喉元へと向けられる。

 

「常磐ソウゴ。この身を灼く破滅への衝動、その身で受ける覚悟があるか?」

 

 起動したライドウォッチをジクウドライバーに装填する。

 背後に形成された時計が針を動かす中で、ソウゴはデオンを正面から見返した。

 

「あんたも、黒ジャンヌたちを止めたいんだよね。

 だったら俺たちがあんたのことも、黒ジャンヌのことも止めてみせる。

 これ以上、誰も破滅になんて向かわせない」

 

「よくぞ言った、ならばこの身に加減はない。

 立ちはだかる狂気の白百合は、君の力で乗り越えてみせるがいい―――!」

 

 大階段最上、そこからシュバリエ・デオンの体が跳んだ。

 狙いは言わずもがな、ソウゴ以外にありえない。

 その瞬間には彼が振り上げた手が、ジクウドライバーの回転を導いていた。

 

「変身!」

 

〈ライダータイム!〉

 

 瞬時に展開されるジオウのスーツがソウゴを覆う。

 殺到するデオンの刺突を腕で打ち払いながら、ジオウはその場の最前線に立つ。

 

 手の中に出現させる字換銃剣・ジカンギレード。

 ケンモードにしたそれを、デオンを目掛けて斬り上げる。

 その剣を受けることなく退いて躱すと、大階段を開けるように階下の床へと着地した。

 

〈仮面ライダー! ジオウ!〉

 

 遅れて戻ってきたライダーの文字が、ジオウの頭部に合体する。

 インジケーションアイが一度大きく輝くと、変身シーケンスの完了を示した。

 

 ―――意図的にだろう、大階段の防衛を空けたデオンを見て、一度立香たちへ振り返る。

 彼女たちは肯くと、その階段を駆け上がっていった。

 デオンはただジオウだけを見ている。

 ジオウだけに破壊衝動を向け、他に視線を奪われないように。

 

「……ところでさ。何で黒ジャンヌはこんな風に戦力をばらしたの?」

 

「―――私には推測することしかできないけれど、ファヴニールごと竜殺しの剣に吹き飛ばされかけたのが堪えたのだろうさ!」

 

 言葉に発しながらの静かな足捌き。まるで踊るように優雅な体運び。

 それがふとした瞬間に苛烈な攻撃に切り替わる、シュバリエ・デオンの剣。

 ジカンギレードで捌き切れないサーベルの先端が、幾度かジオウのスーツ表面を擦過する。

 サーベルと接触した部分から飛び散る火花。

 

「怖がった? ()()()()()()()?」

 

 弾け飛ぶスーツ表面からの火花。

 その見た目は派手でも、ダメージ自体はそうでもない。

 元より剣技という点でソウゴは相手に追い縋れていると思っていない。

 多少のダメージは覚悟の上で、攻略の糸口を探すべきなのだ。

 そんな中で、デオンの言葉に違和感を覚える。

 

「ファヴニールに騎乗しての決戦を挑めば、どうしたってジークフリートがついて回る。

 あの竜殺しは明確にファヴニールの弱点だ。その上、彼女は彼の宝具を味わったんだろう?

 だからこそ、ファヴニールの勝利を信じられぬほど弱気になった。

 ファヴニールという戦力を過信していたからこそ、あの竜に全ての戦略物資を注ぎ込んだのにね。だったらどうするか」

 

 純粋な踏み込みの速度だけならば、ジオウとてデオンに負けるわけではない。

 床を踏み砕く勢いをもって、一歩で踏み切ると同時に一閃。

 ジカンギレードによる横一閃を、しかしデオンはギレードの腹にサーベルを宛がい、サーベルの刀身に沿わせるようにして易々と受け流した。

 

 これが巧いってことか、と。

 ソウゴは感服しながら、しかし強引にでも攻め続ける。

 

「だから、()()()()()()()()()()()()?」

 

「勝てるというならそれが最上だろう。だからここに至るまで君たちが脱落させたサーヴァントの魔力は、全てファヴニールに与えられた。

 そのファヴニールが相手に手傷を与えることだって、大いに期待しているだろう。

 そしてその戦いの後、ファヴニールが墜とされれば注がれていた魔力もほぼ聖杯に還り、今度はその魔力でサーヴァント召喚が行える、という寸法さ」

 

「ファヴニールを倒したと思ったら、次はファヴニールだった魔力の分のサーヴァントと戦わなくちゃいけなくなるってことか」

 

 その間にもジカンギレードがジュウへと変形している。

 連続する発砲音。

 

 白百合を思わせるマントを翻しながら、デオンはそれを足捌きのみで回避してみせた。

 花弁がふわりと舞うように、距離を詰め切ってくる白百合の騎士。

 

「つまり、まだ入ってこられたら困る状況だったってことだよね」

 

「そのためのカーミラで、そのための私さ。

 私たちが時間稼ぎをしているうちに外の戦いで決着がつけば、君たちは新たに召喚したサーヴァントたちを一気に相手にすることになる」

 

 だが、どちらのサーヴァントもそれを無視した。

 自分の衝動を向けるべき特定の相手に執着することで、狂化の縛りを僅かながら緩和した。

 

 もっとも、カーミラの感情はデオンのように意図的なものではないだろうが。

 

 撓るように振るわれるサーベルがジオウの表面を打ち、火花を撒く。

 一撃を当てたかと思えば、すぐさま距離を離してしまうデオン。

 

「バーサーク・アーチャーは脱落し、聖杯にその分の余裕はあるだろう。

 だが、サーヴァント一体が脱落したからサーヴァント一体分の魔力が浮く、なんて話はない。そのサイクルの中で運用すれば、どうしたって魔力のロスは発生する。今の聖杯には、まだサーヴァント一体分の余裕すらないだろう。

 だから、そのロスすら気にする必要もないほどの大きな魂であるファヴニールには、早く退場して欲しいと思っているだろうね、彼女は。

 ―――聖女が彼女の元に辿り着くだろう今になっては、もう遅いだろうが」

 

「―――つまり、もう倒しちゃいけないって状況は終わってるんだよね?」

 

 ジオウの体が跳ねる。跳躍しての大上段からの唐竹割り。

 即座に反応したデオンが半歩引き下がる。

 その位置の踏み込みでは、これだけで剣は届かなくなる。

 ジオウの着地と同時、ガキン、とジカンギレードの刀身が床に大きく斬りこんだ。

 

 返すデオンの踏み込み。

 ジカンギレードを上から踏み付け、引き抜くことを妨害しつつの刺突撃。

 サーベルの切っ先が狙うのは頭部以外にない。

 風を切り裂き、突き出されるサーベルの刃。

 その刃が目標を貫く前に、ジオウの顔面の方からデオンの方へと接近してきた。

 

「ッ……!?」

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

 彼の左腕は既にベルトにあり、その操作を完了している。

 ライドウォッチの必殺技待機状態への移行。そしてジクウドライバーの回転。

 そして右腕もまた既に剣の柄にはかけられていない。

 拳に集約されていくライドウォッチのエネルギー。

 

 遅い、と理解しつつもデオンはすぐさま退避のための行動に移り―――

 

〈タイムブレーク!!〉

 

 バックステップで離れようとする胴体に、ジオウの右拳が叩き込まれた。

 弾き飛ばされるデオン。その体が悪趣味な調度品を巻き込みながら吹き飛ばされる。

 それが、監獄城の壁へと衝突して停止した。

 

「ぐっ……!」

 

 ダメージはあの体勢から出来る限り逃がした。直撃だけは避けた。

 だが今ので決着していてもおかしくないほどの威力。

 その事実に驚嘆して抱く、これほどまでとは、という思考。

 

 いや、竜種を正面から止めていた、と考えるのなら当然の膂力だ。

 甘く見ていた自分を小さく笑うデオン。

 ジオウは握っていた拳を開き、床に突き刺さったギレードを引き抜く。

 

「なら俺は、あんたを倒してでも止める。それで―――世界を救う」

 

「―――望むところだとも」

 

 肉体に入ったダメージを、狂化のおかげで無視できる。

 例えその結果が霊基の崩壊につながるとしても、何も惜しむことはない。

 崩壊するならば崩壊してしまえ、という気持ちは飲み干して立ち上がり、構えるサーベル。

 今になってここで終わるわけにはいかない、と心を奮わせる。

 

 この身は悪逆の徒としてフランスを焼くためだけの存在だったのではない。

 これから戦いに身を投じる勇者の礎になるためだったのだ、と。

 魂を奮い立たせ、彼の前に立ち塞がる。

 

「我が身、我が剣を討ち滅ぼし世界を救え少年。

 キミにならば成し得ると、この私を討ち取って証明してみせるがいい―――!」

 

 

 

 

 竜の魔女へと繋がる最後の回廊。

 そこにはギチギチと声ならざる声を上げる、巨大なヒトデのような怪生物が立ちはだかる。

 溶解液を撒き散らしながら暴れる怪生物。

 それを旗の穂先で薙ぎ払いながら、ジャンヌ・ダルクは止まらずに走り続ける。

 

「……ッ、大丈夫ですかマスター!」

 

「な、なんとか……!」

 

 廊下に敷き詰められたそれらを盾で殴り飛ばしながらのマシュの声。

 マリーの歌声とそれを補強するアマデウスの演奏により、恩恵を得ているマシュとジャンヌ。

 この程度の相手ならば幾らでも相手に出来るが―――

 

「これ、この狭い通路で液体攻撃となると回避のしようがないね……!」

 

 すでに壁や床は散乱した溶解液で穴だらけになり、酷い悪臭を周囲に振り撒いている。

 マシュが立香の周囲を守り、ジャンヌが切り込み薙ぎ払う。

 そうして何とかしているが、だが足は遅々として進まなくなってしまう。

 早急に黒ジャンヌのいる場所まで乗り込みたいのに―――

 

「こうなったら、マシュの宝具でいくよ!」

 

「わ、わたしの宝具で、ですか……!?

 すみません、マスター。流石にこの状況を宝具を展開しても、どうにも……!」

 

 盾でまた一匹殴り飛ばしたマシュが困惑する。

 そんな彼女に向かって、立香は自信ありげに肯いた。

 

「ジャンヌ! いったん戻って!」

 

「了解です!」

 

 旗を一回転させて怪生物を薙ぎ払うジャンヌ。

 そのまま床を蹴り、体を跳ね上げてこちらへと帰還する。

 そうなれば自然、わらわらとこちらへ群がってくる生物たち。

 

「それでどうするんだいコレ?」

 

 指揮棒を振るいながらもこちらに確認してくるアマデウス。

 そんな彼に対しても立香は自信ありげに首を振る。

 

 ただ近づいても殴り飛ばされていることが分かっているのか。

 怪生物たちは一定の距離まで近づき、停止。

 大量の魔物たちは、纏まって体を振るわせ始めた。

 

「溶解液、マシュ―――!」

 

「はい―――“疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”!!」

 

 即座に展開される光の盾。

 その瞬間、魔物たちは口から大量に液体を吐き出し、浴びせかけてくる。

 ただ、マシュ・キリエライトの構える光の盾を越えることなどできるはずもない。

 間違いなく着弾するが、何のこともなくただ流れ落ちていき―――

 

「よし今! マシュ、その溶解液がついたままの盾で突撃―――!」

 

「え」

 

 立香がマシュの背を押して、走り出す構えに入る。

 

「マ、マスター!?」

 

「この狭いところで逃げる場所がないのは相手も同じ! だったらこれで突撃すれば!」

 

「分かりましたのでマスターは下がってください……! ジャンヌさん、マスターを!」

 

「わ、わかりました…!」

 

 溶解液滴る光の壁が、突如自走しはじめた。

 相手から撃ち込まれた攻撃を、逆に相手を溶かすための手段として利用する。

 接触すると同時に焼けてのた打ち回る怪生物たち。

 それから立香を庇うようにしてるジャンヌが、その光景に眉を顰めた。

 

「マスター、やはりこの方法では流石に敵が一気には溶けないようです。

 これでは引っかかってしまい先に進めません」

 

「ジャンヌ……キミ、その反応でいいのかい……?」

 

 ぎゅうぎゅうと盾を押し込み続けるマシュ。

 ごろごろ転がっている怪生物は、溶解液で溶けた床か壁に引っ掛かり動かなくっている。

だが、こんなにも宝具を展開し続けていては、魔力が黒ジャンヌまで保つまい。

 

「―――しょうがない。ごめん、マシュ! 一回下がって……!」

 

 瞬間、何かが致命的に折れるような音が響く。

 そのあまりにもな音にビクリ、と立香の体が反応する。

 

「マ、マシュ、大丈―――!」

 

 マシュに声をかけようとしたその途端、マシュが怪生物を押し込んでいた場所から床が抜け始めていた。咄嗟に下がったマシュ以外。集められていた敵は全てそこに落ちていく。

 床だけではなく壁も、溶解液で穴だらけになった場所は連鎖的に崩れていってしまう。

 床の穴に雪崩れ込んでいく瓦礫の山。

 

「――――えっ、と。マスター、床が抜けてしまいました」

 

 宝具を解除したマシュが、茫然と呟きつつ立香をうかがう。

 通路に溢れていた化け物は、溶解液に沈んだ通路の崩壊に合わせてほぼ落ちてしまった。

 後から壁も崩れ落ちて生き埋め状態だろう。

 あの程度で倒せたはずもないだろうが―――

 しかし、穴の開いた通路を飛び越えていけば関係ない。

 

「……うん。結果オーライ? よし、先に行こう!」

 

 とにかく急げ、と。黒ジャンヌに向けての進軍を再開する。

 崩落した通路をマシュに抱えてもらい飛び越えて、目指していた最後の扉に辿り着く。

 

 力任せに扉を破ると、そこは城の中心に相応しい玉座じみた光景だった。

 ただ異様なのは、その中心にいるのが黒い聖女であること。

 そして彼女を中心に魔法陣を描き、何らかの魔術を行使しているであろうということ。

 

「………思っていたより早かったですね。

 まだこちらのリソースは確保できていないというのに……」

 

 入来者を見た黒ジャンヌは、小さい声でそう吐き捨てた。

 そして苛立ちを隠さぬままに、黒ジャンヌは傍に控えたジルへと視線を向ける。

 目を向けられたジル・ド・レェはすぐさま跪いてみせた。

 

「では、ジャンヌ・ダルクよ。

 貴女はそこで新たなサーヴァントを召喚する準備を進めていて下さい。

 あの我らが居城に土足で踏み込んだ不心得者どもは、私が始末を……」

 

「“竜の魔女(ジャンヌ・ダルク)”」

 

 白のジャンヌが一歩前に出ながら、黒のジャンヌを見据えてその名を呼ぶ。

 その声に、黒ジャンヌは彼女の姿を改めて見つめ返した。

 

「戦いの前に、最後に一つだけ貴女に訊きたいことがあるのです。ジャンヌ・ダルク」

 

「ここに至ってまだ問答とは、あなたという人間はどれほどまで―――」

 

「貴女は、()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ピタリ、と。ただ一つの問いかけを前に、黒いジャンヌの表情が静止した。

 凍りついたように固まった彼女の表情を見る白ジャンヌの前に、横合いからジル・ド・レェの姿が飛び込んでくる。

 

「おお、おお! 何ということかジャンヌ・ダルク!?

 何故貴女が貴女自身と敵対するという!?

 何故その身が受けた苦痛と恥辱を晴らさんと世界を焼く、己が心を阻まんとする!?

 聖女を裏切った世界に、何故聖女が味方をする!?」

 

 ジャンヌがジャンヌと向き合うことを邪魔するように、ジル・ド・レェは立ちはだかる。

 狂乱の叫びは、彼女の瞳にはいっそ痛々しい慟哭と見えた。

 

 ―――そこでようやく納得できた。

 可能性だけなら考えないでもなかった。

 だが、そんなことをする必要がないと思っていた。

 彼という高潔な騎士にとっての自分は、そんなことをする理由にはならないと思っていた。

 

「ああ、そうなのですね。ジル・ド・レェ―――貴方が、私を……」

 

「何を……! 何を言っているのです! そんな、そんなものが何だというのです!」

 

 黒ジャンヌが一歩、二歩、とジャンヌから距離をとる。

 彼女自身も理解できない恐怖が、何故か彼女の中で渦巻き始めていた。

 白ジャンヌが黒ジャンヌに対して離された分、距離を詰める。

 

「っ………!?」

 

「ええ。私がこうなった今でも思い出す、ただの村娘であった時の思い出。

 それが何なんだと問われたならば、あえてこう答えましょう。ジャンヌ・ダルク。

 ―――そんなもの、何でもありません」

 

 瞳が揺れる黒い魔女を前に、白い聖女は揺るがない。

 ただただ、彼女が生前も死後も信じ続けた真実だけがそこにある。

 

「なんでも、ない……!?」

 

「だってそうでしょう。私たちはサーヴァント、生き抜いたものがこの世界に残した影法師。

 言ってしまえば、貴女も私も本物のジャンヌ・ダルクなどではないのですから。

 だからこそ―――私も貴女も、今ここにいる私たち自身の行動と心によって測られる」

 

 彼女の手の中で白い旗がはためく。

 フランス軍を導いた、聖女が掲げ続けた旗印。

 

「貴女がジャンヌ・ダルクとして抱いた真実を否定できるものはいない。

 私がジャンヌ・ダルクとして抱いた真実を否定できるものはいない。

 ただ私は―――止めます、貴女を。この国を、世界を守るために、ジャンヌ・ダルクとして。

 だって私がジャンヌ・ダルクであってもなくても、私が抱く想いも、やりたいと願ったことも、何も変わらないのだから」

 

 鋭く尖るジャンヌの視線が、目の前に立つジル・ド・レェに突き刺さる。

 思わずと言った風に、一歩だけ引き下がるジルの巨躯。

 

「だから退きなさい、ジル・ド・レェ。

 貴方がその背に庇う彼女がジャンヌ・ダルクだと言うのなら、この戦いは必然なのです」

 

「おお……ぐぅうぁああああッ―――!!!

 何故だ!? 何故そこまで邪魔をするのですジャンヌ!?

 もう少しで憎きこの国を焼き滅ぼせると言うのにィ――――!!!」

 

 彼の慟哭、悲鳴を受け止めて、彼女は小さく目を伏せる。

 しかしすぐに顔を上げて、彼の憎悪に歪んだ瞳を見返した。

 

「貴方は憎んだのかもしれない。けれど私は憎まなかった。

 ただそれだけなのです、ジル。私という小娘の旅路を支えてくれた、フランスの誉れ」

 

「そうだとも!! 貴女は憎まなかったのでしょう!!!

 ですが私は憎んだ!!! この国を! 世界を!! 神を!!! ただそれだけなのだ!!!

 この世界を、この国を滅ぼす理由など、それ以外に必要あるものかァ―――ッ!!!」

 

 ジルのローブの中から蛸足のような何かが零れ落ちてくる。

 彼の手にはいつの間にか、人皮で装丁された悍ましい本が握られていた。

 どこに入っていたのだ、というほどあふれる触手を顕現させ、ジルの体は宙を舞う。

 そんな彼が声をかけるのは背後に庇う茫然自失の竜の魔女。

 

「おお……! 痛ましきジャンヌ・ダルク……今度こそ私が救い出しましょう!!

 悪辣なる神から! 醜悪なる世界から! そして今こそ完遂するのです、復讐を!!!」

 

 黒いジャンヌに向けられた、嚇怒と慈愛の入り混じる彼の声。

 それはけして、生前の戦場を覚えている彼女の知らない声ではない。

 もっと優しかっただろう。もっと誇りに満ちていただろう。彼の声。

 でも、その声は。

 

 どんなかたちであれ、ジャンヌ・ダルクの助けであれと願う声には変わりない。

 知っている人の知らない姿。

 目の前の復讐鬼は自分という人間が駆け抜けた結末、その一つ。

 それを正しく受け止めて、ジャンヌ・ダルクは旗を振り翳し―――

 

 ガチリ、とその場の全てが静止した。

 

 

 



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バートリ・エルジェーベト1614

 

 

 

 その杭は絶えず、場所を選ばず出現し続ける。

 ゆえに足を止めれば貫かれるのは必定。

 相手にするというならば、足を止めることなく動き続けることを要求される戦いだ。

 だからこそ、クー・フーリンにその戦いは有利でさえあった。

 

「ぬぅ……!」

 

 その手の黒い槍を振るいつつも、ヴラド三世は全身からいつでも杭を放てる構え。

 だというのに、彼の攻撃は青豹の如きランサーには届きもしない。

 逆に、突風が吹き寄せるが如く激突しにくる朱槍を防ぐことに全力を注がねばならないほど。

 

 死角には杭を発生させることで、速度での攪乱は通さない。

 だというのにこの疾風は、正面から槍と杭で作る槍衾を潜り抜けてくる。

 正面からの奇襲を成立させる技量と脚力。

 それこそが、この目の前の英霊が紛れもないトップサーヴァントであると伝えてくるようだ。

 

 今もまた、正面からの一撃をギリギリ凌ぐ。

 幾度目かも分からない突撃を防がれ、距離を取るクー・フーリン。

 それを確認すると、腸から生じた杭がバラバラと崩れていく。

 

「――――削りあい、にはならねえか」

 

 一度足を止めた彼が、槍を肩にかけながら小さく呟く。

 足を止めたからと言ってあそこに杭を発生させても意味はないだろう。

 余りにも自然体にしか見えない体勢。

 彼はあそこからどこにでも踏み込める、神速の槍使いだ。

 

「―――魔力であるならば余の方が勝ろう。聖杯からの供給は止まらん。

 消費はこちらが上だろうが、供給がそれ以上にそちらを上回っている。

 削りあいになれば、最終的に立っていることになるのは余だ」

 

「かもな。だがそうはならねえ。ま、お前のもなかなか面白い槍だったぜ」

 

 槍の腹で肩をとんとんと叩きながら、クー・フーリンはヴラド三世にそう言った。

 

「――――ほう。余の槍を面白いと称するか」

 

「ああ。どこかしこからアホみたいに槍を取り出してくるのはウチの師匠もなんだが……

 いやそっちはいいか……まあ、槍で自分の結界を作るってのは悪くない。

 戦う場所こそを自分のテリトリーに変えちまうってのは面白いし、やり難い」

 

 笑みさえ浮かべながらそう語る。

 その彼を見ていたヴラド三世が、表情に怒りを滲ませた。

 

「ほう。殺しあう相手に上から賞賛とは恐れ入る。

 随分と余裕があるらしい。余の槍ではよほど役者不足であったか」

 

「そう聞こえたか? まあ、否定はしないがな。テメェの槍じゃ言うまでもなく不足だ」

 

 ギシリ、と空間が歪む。朱槍が魔力を食らい、その呪力を解き放った。

 自然体を崩し、その槍を両手で構えるランサー。

 

「せっかくの槍の腕(もん)を置いてきたんだ。不足と思わないほうがどうかしてるって話だ。

 バーサーク・ランサー? ぬかせ、バーサーカー。

 テメェの槍、宝具は根底が自分のテリトリーを守るためのもの。

 根っから壊すための怪物になってるテメェの霊基が、真に揮えるものじゃねえだろ」

 

「―――――そうとも。余は吸血鬼、ドラキュラ。血を啜り、夜を支配する……」

 

「だったら槍も捨てちまえ。テメェのそれは人が人を守るために積み上げたもんだ。

 化け物が持ってたところで、足を引っ張られるだけだろ」

 

 ピクリと肩を震わせるヴラド三世。

 そんな彼を気にすることもせず、クー・フーリンは体勢を大きく落とす。

 必殺必中、因果逆転を起こす魔槍の構え。

 ここが地獄であるかと見紛うような呪力が溢れ、渦巻く。

 

 それは夜の支配者となったヴラド三世をして、必死を予感させる構え。

 防御すること能わず。回避すること能わず。

 一撃必殺を体現する呪槍の一突き。

 間合いに跳び込まれれば必死。それを全身が理解する。

 

「この一撃、槍を持っただけの怪物に止められるなどと夢にも思うな」

 

 地面から杭の生えた敵陣の中で、しかし既にこの戦場はクー・フーリンの勝利が見えていた。

 駆動すれば即座に神速に達する彼の足が、間合いを測るようにゆっくりと動き出す。

 

「――――ッ!」

 

 生える。突き出す。彼に攻撃が可能な全ての場所から杭が生じ、全てが差し向けられる。

 数えきれぬ血の杭を、青い閃光となった槍兵が潜り抜ける。

 杭の合間を潜り抜けるだけでは済まず、その杭を蹴りつけて加速さえもやってのける。

 魔槍の放つ呪力は臨界。その穂先は、振るわれれば過たずに相手の心臓を穿つだろう。

 

「――――その心臓、貰い受ける」

 

 必殺の宣誓が、神速の戦闘中であるというのにヴラドに耳に届いた。

 瞬間、止め処ない怒りが彼の内側から溢れだしてくる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、と言うか。

 

 許せぬ、と感じるのは何に対してだ。この身を討ち取ると宣言するその不遜さか?

 そんなはずがあるものか。

 その武芸を讃えはすれど、そこに悪感情を向ける余地はない。

 

 ヴラドの腹から杭が噴出する。しかしクランの猛犬は捉われぬ。

 対峙していてなお見惚れる、怒涛の如き杭をものともせぬ進撃。

 

「“刺し穿つ(ゲイ)――――!」

 

 そうして、彼はその槍の射程にヴラドの姿を遂に捉えた。

 逃れることも、迎撃することも叶わない。圧倒的なまでの速力。

 最早ヴラド三世では、何をするにも間に合わぬ。

 

「否――――!」

 

 その確信に、否と告げる。

 杭では間に合わないとしても、その手にした槍ならば。

 黒の槍が奔る。狙いは心臓を目掛けて放たれた槍の迎撃―――ではない。

 逆に相手の心臓を目掛けて、彼は愛槍を突き出した。

 

「――――死棘の槍(ボルク)”!」

 

 朱い閃光が奔る。その軌道の先にあるのは、ヴラド三世の心臓。

 ヴラド三世のあらゆる動作を置き去りに、その一撃は確実に彼の心臓を穿ち貫いた。

 霊基が砕ける。

 そこにかけられていた狂気が僅かに薄れ、正気が顔を出す。

 

 ―――彼が最期に放った槍を、しかしクー・フーリンは半身を引いて躱していた。

 

「……ああ、こうなるだろう。この身は槍の英雄に非ず、狂気の吸血鬼ゆえに。

 槍を用いて槍の英雄に挑めば、討ち果たされるのが道理であった」

 

 ぽつりと呟き、手にしていた槍を取り落すヴラド三世。

 クー・フーリンが身を引き、彼の心臓を貫いた魔槍を引き抜いて戻す。

 槍についた返り血が、魔力の光へと還元されていく。

 

「余の槍は―――血を啜るためのものではなく、国と民を守るために示した覚悟であった、か」

 

 体が端から崩れ落ちていくヴラドの姿。

 それを見送るクー・フーリンに対し、彼の目が向く。

 

「余の狂気が手間をかけさせた、槍の英雄」

 

「おう。悪く思うってなら、次にオレと戦う時はきっちりランサーになってくるんだな」

 

 その言葉に目を瞑り、小さく笑うヴラド。

 

「生憎、今はこの有様でも槍を持てば護国の英雄だ。

 世界を守るための戦いの最中にある貴様と再戦するような事態など、御免こうむる―――」

 

 最期に笑いながらそう言葉を遺し、ヴラド三世の体は崩れて消え去った。

 見送ったクー・フーリンは神妙な顔をして、その言葉に口角を吊り上げる。

 世界を滅ぼすための勢力に参加など、二度とごめんだと言うヴラド。

 そんな彼が消えた後に、クー・フーリンは小さく苦笑した。

 

「ま、そりゃそうだわな」

 

 

 

 

 カーミラの杖が赤い光を湛えた瞬間、清姫は扇で口元を覆い隠しながら吐息した。

 ごう、と燃え上がる火炎が迸り、カーミラを目掛けて殺到する。

 しかし、その杖が振るわれると血色の刃が周囲を駆け巡り、拡がる炎を引き裂いた。

 

 続いて、その残り火を蹴散らしながら清姫の元に聖母像が突っ込んでくる。

 その拷問具による突撃に、むむ、と表情を顰めさせる清姫。

 だがその聖母像を、翼を羽ばたかせながら横合いから竜の娘が襲撃する。

 

「邪魔ぁッ―――!」

 

 振るわれる竜の尾。

 回転しながら放たれたそれは、聖母像を横から殴打して吹き飛ばす。

 その直後、清姫の口から再び巨大な炎が噴き出した。

 狙われるカーミラが小さく舌打ち、横にステップして軌道を外れる。

 

「まったく。竜の娘たちが揃ってなんて……!」

 

「わたくしとそっちのを一緒にされても困りますね」

 

 そう言って清姫が再び息を大きく吸い込んだ。

 

「それはこっちの台詞よ!」

 

 次いで着地したエリザベートが、槍を大きく振りかぶった。

 しかしその攻撃がカーミラを襲う前に、彼女は大きく手を振るう。

 すると彼女の足元に大きな黒い穴が発生し、その中から聖母像が浮かび上がってきた。

 

 振り下ろした槍は、その聖母像へと叩き付けられる。

 槍は弾き返され、反動で痺れる手にエリザベートは小さく悲鳴をあげた。

 

「っ~! この、いい加減大人しくアタシの歌を聴きなさいよ!」

 

 彼女が先に展開しようとした宝具、“鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)”はそろそろイントロが終わり、歌い出しにかかろう、という所でアイアンメイデンのタックルによりインターセプトされてしまった。

 せっかくいい気分でのライブツアー開幕になるはずだったのに許すマジ。

 そんなクレームを飛ばされたカーミラは、いやに平坦な声でエリザベートに言い返した。

 

「絶対に嫌よ。アナタ、音痴だもの」

 

「流石は未来の姿。自己理解は若い頃より出来ているようですね、清姫感心です」

 

「音痴!? そう、そう見えてしまうのね……

 アタシの歌声がドラゴンの超音波であるがゆえに……ええ、いいわ! なら本当のアタシを魅せてあげる! アタシの歌声が物理的な破壊力を伴うがゆえのそんな先入観は捨てなさい! そうすれば、この歌声と歌詞に秘められた本当の美しさを理解できるはず!

 エリザベート=バートリー……歌います!」

 

 カーミラが仮面の下で眉を大きく吊り上げる。

 一気に苛烈さが増す血の伯爵夫人の攻撃。

 彼女が持つ杖が今までで一番大きな光を放ち、またも宝具の起動体勢に入ろうとしたエリザを、全力で吹き飛ばした。

 

 音痴な歌だけならいざ知らず、目の前の音痴が自分の過去であるとまざまざと見せつける。

 カーミラからすれば到底一度とて目にしたくない宝具だ。

 

「ああ、もう……鬱陶しい!」

 

「鬱陶しいのはどっちかしら。アイドル? 光り輝く存在になりたい? 何を馬鹿な事を。

 私たちを形作るのは、私という悪逆なる存在への恐怖以外にないでしょうに」

 

「言ってるでしょ……アタシは、アンタなんかになりたくないのよ!」

 

 カーミラの爪から放たれた血の刃。

 それを槍で斬り払いながら、エリザベートは叫ぶ。

 

「ええ、もう好きに言ってればいい。確かに言うだけなら何を言ったっていい。

 でもそもそも、その叫びは()()()()()()()()と知っているでしょう?」

 

「―――――ッ!」

 

「変われないのは仕方ないと諦められるのでしょうね。

 でもね、エリザベート=バートリー。そもそも誰も聞いてないのよ、私たちの声は」

 

 一瞬止まったエリザに追撃の血の刃が向かってきた。

 彼女は何とか動き出し、それを翼で羽ばたき空へと逃れて回避する。

 

「罪の清算を他人に測ってもらう必要はない? 分かっているくせによく言える。

 私たちは、罪の重さも必要な罰も、誰にも教えてもらえなかった。

 私たちに与えられるのはただの孤独な牢獄だけ。

 ―――改めて聞かせてくれるかしら、私。

 誰にも声が届かないその牢獄の中で、貴女は本当に歌い続けられるのかしら?」

 

「エリザベート、上です!」

 

 空中で静止したエリザの上に、カーミラの発生させた黒い穴が開く。

 彼女が回避行動に移る前に、その中からアイアンメイデンが落下してきた。

 

「くぁっ……!?」

 

 巨大な鉄の塊に襲撃され、押し潰されるように落とされるエリザ。

 床と聖母像に挟まれて、彼女の華奢な体が悲鳴をあげる。

 

 即座に清姫が今まで以上の火炎をカーミラに噴き出す。

 その攻撃の盾とすべく、すぐにカーミラの元へ呼び戻される聖母像。

 体を震わせながらも、エリザはすぐに立ち上がった。

 

「っ……!」

 

「あら頑丈。伊達に竜の鱗はもってないわね。でも」

 

 カーミラの杖が眩く輝き、清姫へと血の刃を連射する。

 彼女もまた炎の息吹で対抗するが、相殺するまでにしか至らない。

 その隙に、聖母像が自走でエリザベートを目掛けて加速した。

 

「エリザベート!」

 

「こんな、程度でっ……!」

 

 翼を広げて退避しようとするエリザ。

 が、まるで速度は出ない。まるで歩いているのと変わらない。

 遂に飛行すらも維持できずに落下したところに、聖母像がその体を開いて迫っていた。

 

「あ……」

 

「ええ、ではその中で啼けるかどうか試してごらんなさいな。

 ――――鉄の処女(アイアンメイデン)

 これも貴女がようく知っている、人を死ぬまで閉じ込める牢獄の一つなのだから。

 さあ、幻想(ユメ)と少女は箱の中にしまってしまいましょう。“幻想の鉄処女(ファントムメイデン)”」

 

 エリザベートにそれの回避は不可能だ。

 アイアンメイデンが獲物を抱き込むための扉は、もう閉まり始めている。

 立ち上がることさえ覚束ない今の彼女に、回避できるものではない。

 つまり、彼女に生還の目があるとするならば―――

 

「まったく西洋トカゲはこれだから!」

 

「ちょっ……なにを……!」

 

 体当たりじみた激突に、エリザベートの体が吹き飛ばされる。

 そこにいるのは、清姫以外にはありえない。

 吹き飛ばされたエリザの前で、カーミラの宝具範囲に取り残された清姫が嫌味そうに呟く。

 

「わたくし、ここをマスターから任されておりますので。

 今あなたに死なれたら困るんですよ、エリザベート」

 

「なっ……!」

 

 何よそれ、と怒鳴ろうとした。

 その瞬間には、清姫の体はもうエリザの視界から消えていた。

 高速で閉じられた鉄処女の扉。そこからもう声はしない。

 聖母像の足元からは既に、夥しい大量の血液が溢れだしていた。

 

「――――あ」

 

「狙いとは違ったけれどまず一人。良かったわね、助けてもらえて」

 

 尻もちをついているエリザベートに向かって、そう言いながら歩み寄る。

 ファントムメイデンは清姫の血を絞りつくすまで時間がかかるだろう。

 だからあとは、彼女自身の手でエリザベートにトドメを刺すだけだ。

 

 そう思っていたカーミラの前で、エリザは弱々しくも立ち上がっていた。

 

「……そうね。助けてもらうって、良いことだわ。

 アタシたち、そんなことさえ知らなかったのだもの」

 

「―――――」

 

「訊いたわね、カーミラ。誰にも声の届かない牢獄の中で、歌い続けられるか。

 正直に言うと……ええ、ちょっと自信がない。

 というか多分、誰かが聴いてくれてないと無理ね。だって、寂しいもの」

 

 槍を杖替わりにして立ち上がるエリザに、カーミラが失笑する。

 

「正直ね。だけどそれも当然、私たちは……」

 

「だからアタシは歌い続けられるわ」

 

「―――なんですって……?」

 

「だって牢獄にアタシ一人しかいないだけだもの。アタシが歌って、アタシが聴けばいいのよ。

 いつか、その歌が牢獄の外にまで届きますようにと願いながら。

 この声が、いつか誰かの支えになってくれますように、と願いながら」

 

 竜の翼を広げる、竜の尾を振るい地を叩く。

 そんな少女の姿を見たカーミラの目が、怒りに赤く輝いた。

 

「最期の最後、牢獄の外に見えた光に憧れた。

 外には光が溢れているのに、闇の中で一人佇むアタシはただ孤独なんだと思い知った。

 でも―――手を伸ばすことも、言葉を交わすことも、自業自得で許されないアタシでも。

 何処までも届け、と歌う事だけなら出来たはずなのよ」

 

「見苦しい……見苦しい、どこまでも見苦しい! それでなに!?

 貴女は、その声に気付いた誰かに()()()()()()()()()()()()だけでしょう!?

 ええ、知っているわ! どこまでも自分の事しか考えない女、エリザベート=バートリー!

 自分が救われるかもしれないifに縋っているだけじゃない!」

 

「……そうね。そうかもしれない。でも違うわ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 アタシの運命は幽閉されての孤独死以外にない。その結果アタシはアンタになるんでしょう。

 ただ孤独と失意の中で死に果てるエリザベート=バートリーにも、孤独な牢獄の中から誰かに夢を与えられたんじゃないかって、そんな有り得ない可能性を信じてみたかっただけ―――!

 もう一回、言うわよ。だから――――歌うわ!!!」

 

 彼女の槍が展開され、再び監獄城チェイテが顕現する。

 周囲を破壊しながら拡がっていく、彼女たちの終の棲家。

 カーミラの杖が強く輝き、それを阻まんと攻撃を開始しようとして―――

 

 ばきり、と自身の宝具が致命的な悲鳴をあげる音を聞いた。

 ぎしぎしと鳴りながら、ファントムメイデンの扉が内側から軋んでいる。

 

「ッ!? なに……!」

 

「――――ええ、その心意気に鐘一つ。

 わたくしも、あなたのそういうところは嫌いじゃありませんので。

 何よりマスターの言いつけですし、お手伝いいたしましょう。

 ではどうかご照覧あれ! “転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)”――――!!」

 

 瞬間。聖母像の腹を破り、青い炎の龍がその場に降臨した。

 赤熱し、黒煙を吹き上げながら転がるアイアンメイデン。

 

「自身を龍と化す宝具……!?」

 

「さあ、本邦初公開―――!

 新ユニット・エリザベート=バートリーと清姫のアイドルチームによる二竜奏(デュエット・ナンバー)!!

 ――――“鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)”・デュエット版!!!」

 

 展開したチェイテ城がスピーカーとなり、イントロを流し始める。

 エリザベートの姿が空を舞い、突き立てた槍の石突に立ち乗りした。

 そんな彼女の周囲を取り巻く青い炎の龍。

 曲の出だし目前、二体のドラゴンが息を大きく吸い込んだ。

 

 片や雷鳴の如き超音波で相手を粉砕するソニックブレス。

 片や嚇怒の炎でもって目標を焼き焦がすファイアブレス。

 それらが同時に、カーミラへと向けて解放された。

 

「LAAAAAA――――――!!!」

 

「ッガ………!?」

 

 対象物を選ばずにとにかく粉砕するエリザの息吹。

 そして狙いをつけたものをとにかくしつこく焼き続ける清姫の息吹。

 それらが同時にカーミラを襲う。

 

 どんな形であれ、それは宝具にまで昇華されたドラゴンブレス。

 対峙するカーミラには成す術もなく、その怒涛の如く押し寄せる地獄のリサイタルに呑み込まれていった。

 

 ブレスを放ち終え、床に足を降ろすエリザ。

 展開されていたスピーカー、チェイテ城も消えていく。

 彼女の横で青い炎も崩れていき、やがてそこには清姫だけが残された。

 

「……アンタ、それ大丈夫なの?」

 

 膝を落として息を切らす清姫に駆け寄る。

 彼女の白かった着物は、彼女自身の血液で赤黒く染め直されているようにさえ見える。

 宝具を使用できるほどの力がある、ということなら霊基は無事だろうが―――

 

「大丈夫ではありませんが、こうするより他になかったでしょう。

 マスターの頼みなのですから、成し遂げねば」

 

 清姫の声からも、目からも大分力が失われている。

 当然の事だろう。

 サーヴァントの血は魔力。この失血量では、体を維持できているだけで奇跡的だ。

 彼女がマスターに執着するバーサーカーであることが上手く働いたのだろうか。

 

「……体力ならアタシの歌を聴いたら回復したりしない?」

 

「トドメを刺す気ですか、あなたは?

 そんなことより、早くマスターの元へ……」

 

 エリザベートの歌で体力を回復させる話を蹴って、彼女は立ち上がる。

 だとするならば、仕方ないと。

 エリザは彼女の前に回り込み、彼女に背を向けた。

 

「……なんですか」

 

「アタシのせいで負った傷でしょ。こんくらいするわよ」

 

「ふむ」

 

 特に文句もないのか、エリザの背中に圧し掛かる清姫。

 彼女の腰から生えている竜の尾に腰かけて、頭の角を掴む姿勢。

 

「ちょっと! 尻尾に座るのはともかく、何で角を掴むのよ!?」

 

「いえ。操縦桿みたいだな、と思いまして」

 

「アタシはロボットじゃないんだけど!?」

 

 しょうがないので肩に手を回した清姫を背負い、エリザが半壊した通路を進みだす。

 

 少し進んだ場所に積み上がった瓦礫。

 その中に、魔力に還りつつあるカーミラの姿があった。

 光の消えかけた彼女の目と、エリザの視線が交差する

 

「……やりたい放題。でもそうね、その歳のころからそうだったのよ。

 その時、誰も間違いだって教えてくれる人はいなかった」

 

「…………」

 

「間違ってた、なんてもう知ってるわ。

 でも、()()()()()()()存在である私に、これ以上何を言えと言うの……?

 ……せめて血の伯爵夫人として、誰かに恐怖されること。

 それ以外、私には何も無いというのに……」

 

 ざらり、と一気に彼女の体が崩れて金色の魔力に還っていった。

 その光景を見ていたエリザが、何を言うでもなく再び歩み始める。

 

 二歩、三歩。

 それだけ足を動かしてもう一度足を止めるエリザベート=バートリー。

 振り返ることはせず、彼女は前を向いたままに口を開いて。

 心情をただ、言葉にする。

 

(アタシ)に何も無いってのは、アンタもアタシも変わらないわよ。

 でも、こうしてサーヴァントとして今ここにあるんだもの。

 アンタだって……牢獄の外に、夢くらい見るべきだったのよ」

 

「それを本人に言ってあげればよかったのでは」

 

「うるさいわね」

 

 エリザは再び乱暴に歩みを再開する。

 恐らく既に最終局面を迎えているだろう戦場を目掛け、彼女たちは歩き出した。

 

 

 



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スラッシュストライク1431

 

 

 

 シュヴァリエ・デオンの身のこなしは、更に加速する。

 壁面も天井さえも足場であるかのように、ジオウの周囲を縦横無尽に跳ね回る。

 上下左右前後、全てが彼女の行動範囲だ。

 

 ジオウがその攻撃を防ぎきれずに被弾する回数は確実に減っている。

 だがしかし、反撃に回る機会がジオウへと与えられない。

 デオンの描く惑乱の刃は、少しずつ彼を消耗へと追い込んでいく。

 

〈ジュウ!〉

 

 ジカンギレードを変形させ、銃弾をデオンに向かって撃ち放つ。

 風に揺れる花のように足を運ぶその身には、けして当らない。

 だがその攻撃は、デオンが背後にした壁や天井を容赦なく砕いていく。

 

 足場に散乱する瓦礫、崩れていく壁や天井。

 立ち回りの邪魔になる障害物増加で、デオンにとって悪条件と化していく戦場。

 ジオウの戦術に対し、デオンの口に小さく笑みが浮かぶ。

 

「強引だね!」

 

「ごめん、こうしなくちゃ勝てそうになくてさ!」

 

 ピンボールのように弾けるデオンが直上からジオウを襲う。

 そのサーベルの一撃を前腕の籠手で受け、防御。

 対して、即座のヒットアンドアウェイ。

 デオンは止まることなく、ジオウから確実に距離をとってみせた。

 

 相手にしているとよく分かる。ジオウの鎧。

 攻撃力、防御力―――どちらも高く、真っ当な手段で凌駕できる存在は、そういないだろう。

 つけいる隙があるとするならば、未だ経験の浅さを感じさせる立ち回りだ。

 とはいえ、ここぞという時に決めにくる胆力、決断力には現時点でも優れている。

 あとはそこに運ぶまでの道筋の立て方。

 

「“百合の花散る剣の舞踏(フルール・ド・リス)”――――!」

 

 ジオウの目の前で、剣閃が翻る。

 刀身の煌めきはさながら百合の花弁が散るかの如し。

 その剣を受けようとケンモードに変形したギレードを構え―――

 

 しかし、見えている剣とはまるで違う場所からの斬撃がジオウを捉えた。

 視界に映るのは激しく飛び散る火花と百合。

 それを見て、口惜しげにソウゴが言葉を漏らす。

 

「幻覚……!」

 

 ジオウの知覚能力さえ欺き通すデオンの宝具が解放される。

 その能力こそシュヴァリエ・デオンの生き様、技量の具現。

 今のジオウには外部から得られる情報がどこまで正確なのかさえ把握できない。

 目の前にいるデオンの姿さえ、本物ではないのだろう。

 

 再び襲ってきたらしい剣尖が、ジオウの胸部に炸裂した。

 弾き飛ばされるジオウが床を転がりながら思考する。

 

「目に見えなくても確かにいる。なら、とにかく闇雲に攻撃する?

 いや多分、そうされてもどうにかできるんだ。だったら……!」

 

〈ジュウ! タイムチャージ!〉

 

 ギレードリューズを押し込み、その銃口を壁に向ける。

 

「こうしてみる!」

 

〈ゼロタイム! スレスレ撃ち!〉

 

 迸る閃光。撃ち放たれた銃撃が、城の壁に大穴を開けながら突き進む。

 ジオウはすぐさま立ち上がり、そのぶち抜かれた壁に向かって走り出した。

 

 その背を眺めながら、デオンは片目を瞑る。

 

「……一直線の道を作り、そこに敢えて追い詰められる。

 確かにそれなら、全方位からの攻撃を警戒する必要はなくなる。その上、君の火力があれば追ってきた私に、避け切れない大火力を叩き付けることさえ可能だ」

 

 だが、と。デオンはサーベルを閃かせる。

 その鋭さに斬断された城の壁が、がらがらと崩れ落ちた。

 

「ここは洞窟でもなんでもない。素直に正面から追う必要はない。

 むしろこれで、私の宝具の影響を受けている君には()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ひらりとデオンが崩れた壁を乗り越える。

 足場には瓦礫が散乱しているというのに、その足取りには音すら生じない。

 監獄城の間取りを思い起こしながら、ジオウが進んでいったはずの方向へ走り続ける。

 

 ―――辿り着いたのは、拷問施設のような入り組んだ部屋。

 といってもこの城はどこも悪趣味な施設ばかりで、元からそんな部屋しかないが。

 

 その場で、居た、と。

 デオンがその部屋の奥で立っているジオウの姿を発見し、目を細める。

 どうやら彼は、指折り何かを数えているようだ。

 

 狭く、壁と多くの器具で入り組んだ部屋。

 この場で二人乱戦をするとなれば、先程まで以上にジオウを攪乱できるだろう。

 デオンの動きと宝具の合わせ技ならば、この部屋は脱出不能の彼を閉じ込める牢獄に―――

 

 ふと、そんなこと相手も分かってるはずだ、と思い至る。

 だというのに彼は何故か呑気に何かを数えて―――

 

「うん。そろそろ追ってきてるよね?」

 

「ッ――――!」

 

「やっぱり」

 

 息を呑む音を、ジオウの強化聴覚が拾った。

 だが、すぐに冷静さを取り戻す。いるだろう、ということが分かっても意味はない。

 すぐさま体を翻し、声を漏らした場所から離れる。

 

 これで条件はリセットされた。

 彼は壁を背にしているが、まともになった状況はそこだけだ。

 あとはじっくりとこちらの方が削って――――

 

「この狭い部屋の中なら逃げられない。あとは魔法みたいな幻影に、魔法で対抗する!」

 

〈ウィザード!〉

 

 ジオウが腕のホルダーから、新たなウォッチをその手に取る。

 ウェイクベゼルを可動しウィザードの顔を完成させ、スターターを押し込み起動。

 そのウィザードウォッチを、ジカンギレードに装填する。

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

「はぁああああッ――――!」

 

 そうして、ジオウはその剣を()()()()()()()()()()()()

 

「な……にっ……!?」

 

 瞬間、床が砕けその下の地面が隆起してきた。

 床を割り、壁を砕き、天井までをもぶち抜いて。

 この小部屋に逃れ得るスペースはどこにも存在していない。

 たとえデオンの身のこなしであっても、身を寄せる逃げ場が無ければ逃れられない。

 

「大地で囲まれた……? だが、ッ!?」

 

 デオンはそれでもなお。

 その空間の中で幻影の立ち回りを演じようと、立ち上がった壁を蹴る。

 ―――その足がつるりと、勢いを殺すように滑った。

 

 唖然としながら今まで土であった壁を見る。

 そこにあったのは、一瞬で周囲一帯が一気に凍り付いている光景。

 デオンの踏み込みは、氷の壁の上で滑っていた。

 

「氷で覆われている―――!? それに……!」

 

 体が動く。動かそうとしているわけではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 氷の地面に着地したデオンは、そのまま突風に導かれて強制的に氷上を滑らされる。

 

「風に攫われる―――か……!」

 

 風が目指す一点とは、言うまでもない。

 そちらに視線を送れば、構えた剣に炎を滾らせて待ち構える勇者の姿があった。

 火竜の息吹にも似た爆炎の剣を手に、ジオウが()()()()()()()()()()()()()()を睨む。

 

「俺は世界を救う。だって俺が王様になりたいのは――――!」

 

「―――――」

 

 炎の剣を構えた勇者を見据えるデオン。

 その意志に従い、宝具による魔力効果が解除される。

 

 ジオウの視界から白百合の乱舞が消え、正しくデオンの姿が映りだす。

 ソウゴの目に、正面に立ち誇る白百合の騎士の姿が現れた。

 インジケーションアイの放つ光。それを強い眼光をもって見返すシュヴァリエ・デオン。

 

「――――来い、常磐ソウゴ!」

 

「――――俺が、世界の希望だ……!」

 

〈ウィザード! ギリギリスラッシュ!!〉

 

 氷上でなおその剣舞に陰りなく。

 床を爆砕するほどの踏込みで突撃するジオウを、シュヴァリエ・デオンが迎え撃つ。

 希望の炎を纏う剣が、あらゆる威力を受け流す細剣に衝突する。

 

「ッ……!!」

 

「オォオオオオッ――――!!」

 

 ―――衝突は、一瞬だった。

 剣同士のぶつかり合いはすぐに結果が出て、二人の姿が交差する。

 

 デオンの手がだらりと下がり、その手に握っていた砕け散ったサーベルを取り落とす。

 炎の剣はそれだけに留まらず、デオンの霊核をも打ち砕いていた。

 ―――自身が下した相手の姿を見るために、ジオウが振り返る。

 

 彼に背を向けたままデオンの口元が帽子の下で小さく笑った。

 崩れ落ちそうな足でしかし立ち誇りながら、帽子を被りなおす。

 

 致命傷だ。この身が消え失せるまでそう時間はない。

 だが敗者の責務として、彼の戦いに出来得る限り賞賛を送る。

 

「―――見事。邪悪なる我が身を打倒せし勇者よ。

 その覚悟。その力。私は信じよう……それは、世界を救うに足るものである、と」

 

「……うん。ごめん、俺には止めることしかできないから」

 

「気にしなくていいさ」

 

 ソウゴの言葉に笑みで返していたデオンが、自分で言った言葉に違うな、と首を振る。

 

「……いや、こちらが救われたんだ。だからこそ、謝罪するのはこちらだ。

 すまない、そしてありがとう。

 ―――ただ王妃にこのような無様を見せてしまったのは、少し心残り、だったな……」

 

 サラサラと金色の魔力が砂のように崩れていくデオン。

 最期に少しだけ哀しそうな顔をするデオンを見送り、ソウゴは緊張を解いた。

 

 その瞬間、バキリとなんかすごい致命的な音が聞こえた。

 

「え?」

 

 音の方。それは恐らく天井だ。なので自然と天井を見上げる。

 バキバキバキィ、と。凄い完全にいった、と確信出来るやばい音。

 うぇえ、と思わず声に出る。

 

 土の上に氷を張ったスケートリンクと化したフィールドを見回す。

 デオンを逃がさないように、と完全に出口がない空間だ。

 

「えぇ……うっそぉ……」

 

 上を見る。周りを見る。上を見る。

 次の瞬間には、天井が完全に崩れて岩雪崩が巻き起こった。

 とにかく端っこの方へと逃げて、生き埋めを回避しようと足掻くしかなかった。

 

 

 

 

「うぐぅう……!」

 

 瓦礫を掻き分けながら、何とか地上に顔を出す。

 というか、瓦礫どころかなんか凄い溶解液とか気持ち悪い、タコ? イカ?みたいなのも落ちてきた。しかも上からは立香達の声がしてたとジオウの聴覚が捉えている。

 崩したのあいつら? とぐぬぬと体を震わす。

 

 実際は上と下、両側から好き放題に破壊活動をされた結果だが。

 むしろどちらかといえば、下の方がやりたい放題したせいで崩れたといってもいい。

 

「とにかく、立香たちがいたってことはあの天井の穴に行けば近道なんだよね」

 

 足元に埋もれている変なのを避けつつ、そちらを目指して駆け上がる。

 大穴の空いた天井から飛び上がり、上層階へとショートカット。

 その近くに見える開かれた扉へと走り込み―――

 

「おお……! 痛ましきジャンヌ・ダルク……今こそ私が救い出しましょう!!

 悪辣なる神から! 醜悪なる世界から! そして今こそ完遂するのです、復讐を!!!」

 

 嚇怒、悲哀、憐憫―――あらゆる感情がない交ぜになった咆哮。

 それと同時に全てが完全に静止する場面に立ち会った。

 

 広間にジオウが踏み込んだ瞬間、ソウゴの体も一切動かなくなる。

 

「な、に……これ……!?」

 

 その場にいる誰もが困惑する。

 時間が止まっているわけじゃないだろう。意識はある。

 発声できる程度に口を動かすくらいはできる。

 だというのに、それ以上には体がまるで動かない。

 

『なに……!? 何だい……!? どうしたんだい、みんな!』

 

「ド、クター……! なに、これ……! 体、動か、ない……!」

 

 立香が小さな声で問いかける。

 普通に考えれば、どのような手段か分からなくてもそれは敵の攻撃だ。

 だというのに、目の前ではジル・ド・レェさえも同じように静止している。

 

『時間干渉……!? 固有時制御……!? そんな馬鹿な、自身の体に作用させるだけならまだしも複数人相手、しかもサーヴァントまでをも静止させるなんて……!

 そんなこと、仮にできるとしたら神霊クラスじゃないか……!

 ―――サーヴァントはまだしも、立香ちゃんはすぐに効果範囲から出さなきゃ! 生命活動まで強制的に停止してしまうぞ………!』

 

「っ!?」

 

 サーヴァントたちの顔色が変わる。

 どうやっても動けない現状で、すぐにマスターを救出しなければいけない。

 だが、どうすればいいのか――――

 

「そんな必要はない。もともと、貴様たちに用もない」

 

 そんなあらゆるものが静止する空間の中。

 一人だけ、そこが日常の最中であるかのように歩む人間がいた。

 

「俺の目的は、ただ一つ」

 

 誰も首までを動かすことはできない。

 ゆえにその男に対して顔を向けることはできない。

 だが、彼の歩みが悠然としているというのは、その靴音から明白だ。

 

 ―――そして彼が、誰がいる場所に向かっているのかも。

 

「な、に……アンタ……!?」

 

「黒いジャンヌ・ダルク。

 ―――狂人、ジル・ド・レェが聖杯に妄想した“復讐を望むジャンヌ・ダルク”

 どうだ? 本物を目の前にした感想は? 自分とは物が違う、と感じるものか?」

 

「―――――な、に、を……」

 

 この静止した時の中では、目を逸らすことも逃げることもできない。

 白いジャンヌ・ダルクが。ジル・ド・レェが。彼の物言いに声を上げようとして―――

 黒いジャンヌ以外を止める時間の静止が、一段階上昇した。

 今、男に詰問されているジャンヌ以外は喋ることさえできなくなる。

 

「思い至らないか。思い至るな、と厳命されているのか。

 だが内心、理解しているだろう。お前はジャンヌ・ダルクなどではないと」

 

「わた、しは……!」

 

「全てが偽物だ。名も、体も、想いも記憶も感情も。

 つまりお前は―――最初から復讐者ではない。

 何故ならば、お前には最初から復讐する理由などどこにもないのだから。

 お前は、ジル・ド・レェという男が望んだ復讐。その代行者にすぎん」

 

 男は懐から何かを取り出し、手の中で遊ばせる。

 かたかたと小さく震える黒いジャンヌを前に、楽しむように問いかけながら。

 

「ちが……わた、し……は……?」

 

 思い起こす。自分の憎悪の根源。

 地獄の苦しみを想起して、その心の内の復讐の炎に薪をくべる。

 

 そこで、自分が何を燃やしているのかが分からなくなった。

 

「ほう、違ったか? 俺が知らん貴様があったか。では、お前はなんだ?」

 

「ぁっ……! わた、しは……竜の魔女、私を焼いた、この、国に……!」

 

「くっ―――! とんだ冤罪だな、フランスも。

 お前のような誰一人知らん女に、私を焼いた罪を償えと焼かれてしまったか。

 それともこの国ではそんな八つ当たりを復讐と呼ぶのだったか?」

 

 彼女の言葉に、おかしそうに笑う男。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、彼は本当におかしそうに笑う。

 

 では自分の記憶は、なんだというのだ。

 あの地獄の責め苦で覚えた感情はなんだというのだ。

 平和を享受するこの国を見て沸き立ったあの怒りは、なんだというのだ。

 

 ―――私がジャンヌ・ダルクじゃなかったら、私はなんであんな苦しみを味わったのだ。

 渦巻く思考に、自分の全てが塗り潰されていく。

 自分には何があるのだ、何が残っているのだ、そう考えて出てきたものは一つだけだった。

 

「いや…いや……! ジル……! 助けてよ、私を助けてよ…ジル……!」

 

「おかしなことを言うな、お前は」

 

 だが彼はそれすらもおかしそうに一笑に付す。

 

「ジル・ド・レェはジャンヌ・ダルクを見捨てた。奴の火刑を見過ごした。

 ジル・ド・レェの口にするジャンヌ・ダルクを見捨てた者には、奴自身も含まれる。

 だというのに、なぜお前はジル・ド・レェなら助けてくれる、と口にする?

 ジャンヌ・ダルクというのは、誰にも手を差し伸べられなかった女の名だ。

 ああ……ジル・ド・レェが聖女に対して抱いた、自分に()()()()()()()()()()()などという欲求の顕れか?」

 

 彼女の頭を掴み、男は彼女の顔を自分に向けさせる。

 既に得てはいけなかった情報の流入に、彼女の思考はパンク寸前だ。

 だからこそ彼は、彼女へと最後の一押しをかける。

 

「お前はどちらだと思う? ジャンヌ・ダルク。

 ジャンヌ・ダルクを救った気になりたかったジル・ド・レェがお前を作った?

 ジャンヌ・ダルクなどただの口実で、ただジル・ド・レェがこの国を滅ぼしたかった?

 自分が一度見捨てた女の、出来損ないのコピーを愛でる男の思考がお前には分かるか?」

 

「―――――ぁ」

 

「全てに裏切られ、地獄の業火に焼かれた不幸な聖女ジャンヌ・ダルク。

 喜べ、偽物。今のお前のその姿こそ、信じていたジル・ド・レェ(すべて)に裏切られた聖女の姿そのものだ。気分はどうだ? 傍から見ている分には、滑稽で笑えるぞ」

 

 彼女の体から力が抜けていく。

 彼の手が彼女の頭を離すと、停止した時間の中で彼女だけが動き出す。

 が、黒ジャンヌは足の力が抜けたようにそのまま腰を落としていた。

 

 自分の内にある筈のものを確かめれば確かめるほど、何もないことに気付かされる。

 被造物であるという自覚さえなかった人形。

 復讐心という根底すら覆された、虚無の塊みたいな存在。

 

「私は―――じゃあ、なんの、ために」

 

「お前が何であったかと言うのであれば―――

 強いて言うなら、生まれながらの道化といったところか。だが安心するがいい」

 

〈ウィザードォ…!〉

 

 男は手の中に出したもの。

 アナザーウィザードウォッチのリューズを押し込み起動する。

 地の底から轟くような声が、その名を告げる。

 起動したそれを黒ジャンヌへと突き付けながら、男は静かにただ笑う。

 

「“使われるもの”には、その程度が丁度いい」

 

「あ、あ、ああぁああああッ――――!?」

 

 起動したアナザーウィザードウォッチが、黒ジャンヌの体内に侵入していく。

 そのウォッチの内部に秘められた力が解放され、肉体が変貌を開始する。

 指輪のような造形の頭部。髑髏にルビーの仮面を被せたが如き顔面。

 襤褸のローブを纏った怪人が、今ここに再誕する。

 

 その身に充足する魔力は、ソウゴがリヨンの街で見た時より遥かに多い。

 明らかに戦闘力も向上しているだろう。

 そんな怪人の登場と同時に、静止していた時間が再び歩みを開始する。

 

「っ……動ける……!?」

 

「こ、の、匹夫めがぁああああああッ―――――!!!」

 

 それと同時。触手の塊と化しているジル・ド・レェが、怪物と化した黒ジャンヌの傍らに立つ男に、全身をもって突撃を慣行していた。

 そのサイズ。その質量。それはそれだけでも十分に人を殺す武器となる。

 だが、そんなものが迫っていることに男は反応さえ見せない。

 おおよそ一秒後。そのまま行けば、男は潰されて肉塊となることに疑いなく―――

 

しかし、その前に怪人が腕を横に挙げていた。

 

〈コネクトォ…!〉

 

 展開される巨大な魔法陣。歪む空間。迫りくるジルと触手の塊の目前の光景が一気に変わる。

 城の中に円形の空間の歪みが出現し、それが城外の様子を映し出していた。

 城外。つまり―――悪竜と竜殺しの決戦地帯。

 その繋がった歪曲空間の先では、ファヴニールがブレスを解き放つまさにその瞬間だった。

 

「―――マスター!」

 

 ジャンヌが叫ぶ。マシュが立香の前に立つ。

 扉の前にいたジオウが即座に駆け込み、マリーとアマデウスも立香の側へと投げ込んだ。

 一番前に立つジャンヌがそれを見て、即座に旗を掲げたてる。

 

「――――“我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)”!!」

 

 展開される光の結界。ジャンヌ・ダルクの起こす、神の御業の再現。

 その光の守りがこちらを包んだ、次の瞬間。

 この監獄城は、内側から竜の炎の氾濫によって爆砕された。

 

 

 

 

 触碗の塊が爆発によってバラバラになり、城外へと弾き飛ばされていく。

 至る所が炎に舐められ焼け落ちた監獄城。

 天蓋すらも吹き飛び、今この城は玉座から青空が見渡せるほどに開けてしまった。

 

 男はその竜の炎が生み出した地獄を、いつの間にか玉座に腰かけながら眺めている。

 例外なく破壊を尽くしたはずの炎だというのに、彼の周囲には破壊の痕跡は見当たらない。

 

「タイム、ジャッカー……!」

 

 ジャンヌの光の結界から出たジオウが呟いた言葉。

 それに反応して、彼はジオウへと視線を送った。

 玉座から悠々と立ち上がり、その目をいっそ楽しげに輝かせる男。

 

「なるほど。ウォズから聞いたか、常磐ソウゴ。

 だが残念ながらそれは間違いだ。まだ俺は、タイムジャッカーという組織を立ち上げてはいない。なぜならそれは、2()0()1()8()()()()()()()()()()()()()()()

 俺の名はスウォルツ、呼びたければそう呼ぶがいい」

 

「アンタの目的はなんだ……!」

 

「ふむ……」

 

 燃え盛る城内で、スウォルツは顎に手を添えて考え込む。

 

「そうだな。今の目的は―――言うなれば、便乗か。人理焼却、だったか。

 あれを利用し、俺は俺の目的を果たすべく動いている、といったところだ」

 

 スウォルツがその顔をアナザーウィザードへと向ける。

 その怪人はまるで力を引き出すかのように、身を震わすような唸り声を上げ続けていた。

 すると、アナザーウィザードの胸に金色の輝きが灯る。

 

「あれは……!」

 

『強い魔力反応……! あれがこの特異点を形成している聖杯だ!』

 

「黒ジャンヌが、聖杯だった……?」

 

 アナザーウィザードの胸の中心に発生した金色の魔力。

 それがじわじわとアナザーウィザードの全身にまで広がっていく。

 溢れだすほどの魔力の渦が、怪人の姿を徐々に金色に染め上げていく。

 

「金色の、魔法使い……!」

 

 ルビーの赤い輝きを塗り潰すほどの黄金。

 アナザーウィザードが聖杯を取り込みつつある。

 それが達成されれば、先にウォズが語った能力をこの怪人は発揮しはじめるだろう。

 

「聖杯。これを使い、ジル・ド・レェはもう一人のジャンヌ・ダルクを生み出した。

 自分の“理想のジャンヌ・ダルク”を生み出していたわけだ。

 自分の考えに賛同し、自分の力を頼みにし、自分と言う男を侍らせる―――

 そんなジル・ド・レェにとって都合のいいジャンヌ・ダルクこそがこの女だ」

 

 スウォルツがアナザーウィザードの元まで歩み寄る。

 その怪人の姿は、既にほぼ全身に金色の光が広がっているような有様だった。

 

「実に面白い。人は復讐にさえ、幸福なユメを付随させる。

 いや。こうして逃避をする人間の弱さこそが、復讐などという行為に走らせるのか。

 どう思う? 本物のジャンヌ・ダルクよ」

 

「――――弱さは、人であれば誰もが持つもの。

 それを逃避と切って捨て、挙句に笑う貴方に理解できることではないでしょう」

 

 宝具を解除し、旗をスウォルツに向けるジャンヌ。

 その彼女の物言いに、彼はまた小さく笑う。

 

「かもしれんな。程度が低すぎて理解を越えているのは確かだ。

 さて。では俺は俺の目的を果たすとするか。

 アナザーウィザードよ。聖杯の魔力を用い、お前の使命を果たすがいい」

 

「待て――――!」

 

 踵を返すスウォルツ。

 その背に向け、駆け出そうとしたジオウの体が突然静止する。

 スウォルツがジオウに掌を向けているだけだと言うのに。

 

「また……っ!」

 

「今の貴様に用はない。せいぜい足掻くがいい、常磐ソウゴ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、な」

 

 空中で停止させたジオウを振り返ることもなく、彼の姿は唐突に消え失せた。

 その場に遺されたのは、金色の光を纏うアナザーウィザードだけ。

 スウォルツが消えると同時、解放されたジオウが声を張り上げる。

 

「あいつは時間移動の魔法が使える! 逃がしたら―――止められない!」

 

『なっ………!? 第五魔法……!? いや有り得るのか、それ……!

 聖杯の魔力なら……? いや、聖杯で特異点を発生させるのとはわけが違うぞ……!?』

 

「私たちみたいにレイシフトできる、ってこと……!?」

 

 呟きだしたロマニに、立香が問いの言葉を投げる。

 だが彼女の問いに答えを返してくれたのは、ロマンではなかった。

 

『いやいや。レイシフトはあくまで現代に存在する君たちを、カルデアから霊子に変換して送りこんでいるだけ。カルデアからの存在証明がなくなるだけでも、君たちを構成する霊子は意味を消失して霧散する。レイシフトというのは、そういう不安定さも抱えた行為なんだけど―――

 本当に本当の時間移動が可能、というならちょっとステージが違う』

 

「ダ・ヴィンチちゃん!」

 

 ドクター・ロマンの声がしていた通信に、ダ・ヴィンチちゃんの声が割り込んでくる。

 彼女の声にしては跳ねるような響きが無い。

 それが現状の悪さを伝えてくるような気がして、立香は唇を噛んだ。

 

『とにかく時間がないんだろう?

 今見たすべて、とりあえず心の片隅に投げ捨てて忘れてしまいなさい。

 ダ・ヴィンチ先生の講義は後回しだ、今はまず目の前の敵だけを見るんだ』

 

『あ、ああ……そうだった。

 とにかく、あの敵は……聖杯そのものを依代に召喚・()()された偽りの英霊、竜の魔女。

 それを依代に再召喚? されたあの怪人こそが今はこの特異点の中心、聖杯の在り処だ。

 彼女を撃破し聖杯を回収すれば、この特異点が修正可能となる……ここで最終戦だ。

 全ての力を使って、あの敵を撃破してくれ―――!』

 

 鼓動のように波打つ、アナザーウィザードを取り巻く金色の光。

 それが定着するように怪人の全身を染め上げる。

 黄金の魔力を纏う怪人は、黒い怨嗟の炎を上げながら雄叫びを上げた。

 

「オオォオオオオオッ――――!!」

 

 マシュが、ジャンヌが、前に出てその守護のための武装を構える。

 マリーが、アマデウスが、出来る限りの援護をせんと音を発する。

 

 そしてこの相手を打倒できるのが自分だけと知るジオウ。

 彼が最前列へと躍り出て、向かってくるアナザーウィザードを迎え撃った。

 

 

 



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魔法開演1431

 

 

 

「オォオオオオオッ――――!!」

 

 大地を駆ける長身。

 目前に山の如く聳え立つ巨竜を目掛け、竜殺しの英雄が疾走する。

 それを眼下に捉えた巨竜が、大気が爆発するかのような咆哮を放ち、怒りを露わにした。

 

「グォオオオオオオオッ――――!!!」

 

 ビリビリと肌を震わせる大咆哮。

 それを前にして、ジークフリートは止まるどころかより加速する。

 

 迫りくる仇敵に向け、ファヴニールが躍動する。

 大きく振り上げられる城塞の柱よりも太い竜の腕。

 狙いは当然のように竜殺し。その腕が、力任せに地面に叩きつけられる。

 

 砕け散る大地、空を舞う岩石。

 されどジークフリートは回避行動を確実に達成していた。

 天地が逆さまにひっくり返されたかのような状況の空中に投げ出され、しかしジークフリートは、宙に巻き上げられた岩塊を足場に、空を駆け上がった。

 

 刀身に走る真エーテルの閃光。

 竜殺し、その代名詞である宝具に大きな力が集約されていく。

 対峙するファヴニールの表情が大きく歪み、そのまま口から火炎の飛礫を吐き出した。

 

 速度と攻撃範囲を優先したまるでファヴニールには似合わない炎の使い道。

 それが空を舞うジークフリートに正面から激突し、彼の体を大きく弾き飛ばした。

 そのまま地面に着地し、顔を顰める。

 

「ご無事ですか?」

 

「ああ。この程度なら問題ない」

 

 それこそファヴニールの呪血を浴びて得た彼の鎧は、今の炎程度では突破されない。

 無敵の剣を誇るゲオルギウスには最大防御力は譲るだろうが、ジークフリートの肉体は背中の一点を除いて鉄壁そのものだ。

 

 着地した体勢を立て直し、再びバルムンクを構えなおす。

 ファヴニールは呼吸を荒げ、火炎混じりの吐息を吐き散らかしている。

 大威力の一撃は、互いに戦闘開始より放ててはいない。

 小さな攻撃を確実に当て、相手に傷を積み重ね続ける命の削り合い。

 その戦いは、完全にジークフリートとゲオルギウスが流れを握っていた。

 

 最強の魔剣。無敵の剣。

 ファヴニールを屠るに足る攻撃力と、ファヴニールの全力を凌ぎ切る防御力。

 仕切りなおすための翼は既にもがれている。

 その状況を前に、既に竜は自意識を喪失しかけていた。

 

 元より()()()()()()()()()()、という行為と無縁―――

 むしろそれは、悪竜ファヴニールの存在意義とは真逆の状況だ。

そんな環境で竜としての性能が十全に発揮できるはずもなかった。

 

 オリジナルの悪竜現象(ファヴニール)ですら打倒し得るだろう二大竜殺し。

 それを前にこの状況は、こうなっていること自体が既に竜にとっては致命的な失態であった。

 だがしかし、それでもファヴニールは目の前の敵と戦う。

 聖杯による召喚、その縛りが発揮されている限りはそれしかない。

 

「グゥウウウ………!」

 

 威嚇にすらならない唸り声。

 咽喉を震わせ、奥から炎を絞りだし次の攻撃に向けて備える。

 その攻撃に備えるファヴニールの前に飛び出してきたのは、ジークフリートではなくゲオルギウスであった。

 

 その役目の割り振りに、真っ先にジークフリートによる宝具を警戒。

 意識を半分そちらに割きながら、自分の足元まで迫りくる赤銅の騎士も迎撃する。

 腕を大きく振り上げる、竜の腕という巨大質量での圧砕の構え。

 

 振り上げた時の倍の速度でもって、腕を地面に叩き付ける。

 頭上からきたる鉄槌を前に、聖ゲオルギウスは僅かに笑みを深くする。

 圧倒的な暴威、それをアスカロンをもって正面から切り拓くために。

 

「ファヴニールよ、とくと見よ。

 この身こそ、今この場で貴様に相対するもう一人の“竜殺し(インテルフェクトゥム・ドラーコーネース)”! “力屠る祝福の剣(アスカロン)”、その剣の真実は護ることだけに非ず!

 立ちはだかるあらゆる苦難を跳ね除け、信仰の道を貫き通すための剣である!」

 

 アスカロンが光の刃を形成し、頭上から落ちてくるファヴニールの腕に斬り込む。

 竜を討ちし英雄にこそ与えられる“竜殺し”の称号。

 その威光を載せた剣は、竜であろうと―――否。

 竜であるからこそ、堅牢な鱗に守られた強靭な筋肉さえも斬断する。

 

 光の刃に切断され吹き飛ばされる、ファヴニールの手首から先。

 噴き出す血流と悲鳴じみた咆哮。

 予想外の痛撃に、ファヴニールは首を左右へと大きく揺らす。

 

 ―――それは今この場で、一番犯してはいけない失敗だ。

 

「相手が聖ゲオルギウスとはいえ、お前との決着をつける役目を譲る気はない。

 これでお前を――――終わらせる」

 

 今こそがその時だ、と言わんばかりに解放される魔力。

 魔剣の宝玉が真エーテルを解き放ち、蒼色の威風が周囲に暴れ狂う。

 天に切っ先を掲げて告げるのは、竜を討つ魔剣の銘。

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)―――――!!!」

 

 体を震わせていたファヴニールが正気を取り戻す前に、その黄昏の剣気は放たれた。

 逃れようとする暇もなく、巨竜の体がその波濤に呑み込まれていく。

 他の生命とは一線を画す竜種の中においても、なお上位。

 そのファヴニールが誇る鱗を焼失させながら蒼色の閃光は天へと昇る。

 

 ―――ファヴニールに撃ち放っている魔力の放出を終える。

 天への階と見紛う蒼い光はゆっくりと薄くなっていき、やがて完全に消え失せた。

 ジークフリートはバルムンクの刀身がバチバチと魔力が弾ける音を聞きながら、油断なくファヴニールの状況を確かめる。

 

 バルムンクの光が消えた先にいたのは、竜のカタチをした赤黒い塊。

 それは全身が焼け、もはや見る影もないほどになった竜種の残骸だった。

 

「終わった、か」

 

「……そのようだ。では、我らも城の中へ……」

 

 二人の竜殺しが緊張を解く。

 その瞬間、ただの焦げた肉塊でしかなかったはずのファヴニールが、再始動していた。

 可動するはずないと見ていた顎が大きく開き、その奥から爆炎を溢れさせる前兆が熾る。

 

「なっ……!?」

 

「まさか――――!?」

 

 驚きながらも、その攻撃を防ぐためにゲオルギウスは動いていた。

 前に出て、アスカロンの守護を全開にすべく構え――――

 

「グォオオオオオオオオ―――――!!!」

 

 その炎が迸る瞬間、ファヴニールの前方に巨大な魔法陣が現れていた。

 竜の息吹は彼らには届かない。突如現れた魔法陣の中に、全て消えていく。

 

「なに……!?」

 

 次の瞬間、耳を劈く弩級の轟音。

 彼らが視界の端に入れていた監獄城の上部が、爆炎とともに吹き飛んだ。

 マスターたちが踏み込んだ敵の本拠地が、一瞬にして炎に包まれていた。

 

 雨霰と落下してくる先程まで城だった石ころ。

 辺り一面に石が降る空間の中で、二人が言葉を交わす。

 

「竜の魔女の仕業……!? ジークフリート……?」

 

「……マスター、ソウゴは無事だ。それ以外は分からないが……」

 

 様子を窺えば、ファヴニールは今度こそその活動を停止していた。

 心配している暇があれば、こんなところより早く城の中へと追うべきだろう。

 ジークフリートはファヴニールの死骸に背を向けようとして―――ふと、止まった。

 

 あれは聖杯で呼びだした召喚体。

 死骸となったなら、魔力に還元されて消え失せるはずだろう。

 だというのに何故。あのファヴニールは剥製じみた状況で保っているのか……

 

 そうしてファヴニールに視線を送り、気付いた。

 黒く焦げたファヴニールの体が罅割れていくことに。

 理解する。あれは死しただけではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ゲオルギウス!」

 

「……なんですと?」

 

 ジークフリートの声で振り向いたゲオルギウスが唖然とする。

 

 バキバキと外皮が砕け落ちていくのが止まらない。

 その中から、黄金の翼が現出する。

 ファヴニールという現世への門を打ち破り、黄金の竜がこの世界へと召喚された。

 

〈ウィザードォ…! ドラゴラァイズ…!〉

 

 自身の発生源であるファヴニールから飛び立ち、悠然と飛行を開始する。

 その竜の赤く輝く瞳が、空から二人の竜殺しの姿を睥睨した。

 

「黄金の竜、ときたか――――」

 

悪竜現象(ファヴニール)……いえ、完全に別物のようだ」

 

 眼下で言葉を交わす二人。

 それが自身が打ち砕くべき敵であると認識した、と叫ぶように。

 突如現れた黄金の竜――――アナザーウィザードラゴンは咆哮とともに殺到する。

 

 

 

 

〈サンダァー…!〉

 

 アナザーウィザードが翳す掌から、緑色の魔法陣が展開。雷撃が迸る。

 それは竜の如き形状を取って、周囲を飛び回るように飛行した。

 まるでその雷に意志が宿っているかのように、咆哮の真似事までして躍る竜。

 雷の速度でもって、それは一気に広範囲を動き回る。

 

「マスター、下がって!」

 

 マシュがその雷の竜を目掛けて、激突しにいく。

 本当に意志があるというのなら、その頭を潰せばこの攻撃は打ち砕けるはずだ。

 幾度となく口らしき部分を動かしている雷竜に、俊足でシールドが叩きつけられた。

 激突した瞬間、周囲に拡散していく雷撃の雨。

 それがすべてではないにしろ、マシュの体に突き刺さっていく。

 

「っ……!」

 

 痺れる身を叱咤し、顔を敵へと向ける。

 そちらでは、ジオウが最前線で相手に攻撃を加えていた。

 

 ジカンギレードが閃き、アナザーウィザードの肩に奔った。

 躱しきれなかった剣尖が擦過し、火花をあげる。

 そのまま踏み切り、空を舞うジオウの回転蹴りが相手の胸に叩きこまれた。

 吹き飛ばされるアナザーウィザード。

 

「こいつを本当に倒すには、これってことだよね!」

 

 地面に転がる相手を見ながら、ウィザードウォッチをホルダーから外す。

 ジクウドライバーに設けられた、もう一つのウォッチスロット。

 D'3スロットこそが、これをセッティングするべき位置。

 

 そのプロセスを踏もうとして、直後に頭上に黄色い魔法陣が出現した。

 

〈グラビティ…!〉

 

「がっ……!?」

 

 ジオウの周囲に展開される超重力。

 一気に体が下に持っていかれて、地面に張り付けにされる。

 更にもう一つ現れる、今度は青い魔法陣。

 

「ぐぅっ……!」

 

〈ブリザードォ…!〉

 

 その瞬間、ジオウの周囲が氷山が如き状態に様変わりした。

 地面にうつ伏せのまま凍り付くジオウ。

 

「ソウゴ!」

 

『一小節の詠唱。しかもその詠唱は腰のベルトらしき部分の仕業だから、実質無詠唱。

 それでこの規模、かつ多様性の魔術とはね……ふむ?』

 

「マリー! マスターをお願いします!」

 

 凍結したソウゴを目掛け、ジャンヌ・ダルクが疾走する。

 その前に即座に割り込むアナザーウィザード。

 はためく白い旗を疾走の速度のまま、半回転させる遠心力も載せて叩きこむ。

 

 それを彼女は()()()()()()()()()()

 そして至近距離で顔を突き合せたことで、ジャンヌが相手の目的を理解する。

 

「黒ジャンヌの宝具……! 彼女の意志の最大の狙いは、私ということですね……!」

 

「ハァアアア……!」

 

 相手の膂力で振るわれる黒い旗に、ジャンヌの方が弾き返される。

 アナザーウィザードの周囲に黒い炎の剣が浮かび上がった。

 呪詛の炎剣。それが、彼女の旗が揮うと同時にジャンヌを目掛けて殺到する。

 

「この程度……!」

 

 白い旗が、飛来する黒い剣を迎撃する。

 炎でありながら甲高い金属音を響かせて弾かれていく炎剣。

 その後に続いてくるだろう追撃に備え、再び旗を構えなおしたジャンヌの前で―――

 

〈テレポートォ…!〉

 

 怪人の姿が掻き消えた。

 息を詰まらせる彼女の背後から、マスターの声が届く。

 

「ジャンヌ、後ろ!」

 

 その言葉に応え、背後を振り返る。いつの間にか出現している魔法陣。

 中から現れ出でるのは、アナザーウィザードの姿。

 対応は間に合わない。旗を回すより、怪人が手にした黒い炎の剣の方が速い。

 

「けれど残念。僕の奏でる音の方が速い。

 黒ジャンヌの精神性が主体で、白ジャンヌを優先する程度には理性はあるんだろ?

 なら、音楽を嗜む知性があってもおかしくない。

 そういう奴なら、僕の音だって立派な武器だ。感動させて泣かせる、って意味でね」

 

 既に楽団は演奏を開始している。

 アマデウスの指揮は危うげなく彼らの演奏を導いて、それを黒ジャンヌまで届けている。

 

「演目は――――“死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)”。

 魔に魅入られたというのなら、それこそこの曲を聴いていけ」

 

 アマデウス楽団に乱れなし。

 彼の音感に導かれる無名の楽団員たちは、彼の望む音を確かに奏で続ける。

 そして、その音が彼女に届き耳に入る以上、彼女という存在の性能はがた落ちする。

 

 完全な不意打ちであったジャンヌへの攻撃が、そこから回避されてしまうほどに。

 前方に身を投げ出して剣を回避したジャンヌが、アマデウスに礼を投げる。

 

「助かりました、アマデウス・モーツァルト!」

 

「ははは、僕は君の宝具にもっと助けられてるからね」

 

「ですがほぼノーモーションでの空間転移……!

 マスターではなく、私が狙われている現状は幸いとしか……!」

 

 歯噛みしながらアナザーウィザードへと視線を送る。

 あの攻撃をマスターに対し繰り出されていたら―――

 カルデアの装備は優秀だが、あれほどの威力の直撃に耐え切れるとは言えない。

 場合によっては、それだけで決着がついていた可能性すらありえるだろう。

 

 立香もまたそのジャンヌの考えに賛同する。

 

「……だよね。だから多分、黒ジャンヌは白ジャンヌを狙ってるってこと。

 それ以外きっと眼中に入らないくらいに、だと思う。

 なのに、黒ジャンヌはソウゴにだけは大規模な魔術を連続で使ってまで攻撃した―――」

 

「つまり、彼が彼女を止める鍵。なのよね」

 

「多分だけど―――致命的な弱点!」

 

 余波ですら破壊力を伴う戦いの中、立香はマリーが展開する硝子の花に守られている。

 氷の中に閉じ込められたジオウ。

 そちらに顔を向けて、雷撃の痺れから復帰したばかりのマシュに声をかける。

 

「マシュ、ソウゴをお願い!」

 

「了解しました!」

 

 マシュが氷結した空間に向かって走り出す。

 その瞬間、ジャンヌと競り合っていた筈のアナザーウィザードが即応する。

 

〈バインドォ…!〉

 

「ッ―――鎖っ!?」

 

 ジャンヌの周囲に魔法陣が出現。

 その中から、幾条もの鎖が彼女を目掛けて飛び出した。

 躱すために退いたジャンヌを追うこともせず、アナザーウィザードはマシュへ向け跳んだ。

 

「っ、ですがこちらの方が……!」

 

 それでも、アナザーウィザードの位置ではマシュを止めることはできない。

 彼女に先にジオウの元に辿り着かれ、氷を砕かれてしまうだろう。

 だがアナザーウィザードはまるで、マシュを静止させようとしているかのように、手を伸ばしながら駆けていた。

 

 瞬間移動しない? 使えない? 使わない?

 ―――他にマシュを止められる方法がある?

 

 立香が思い浮かべる疑問。答えは分からない。

 けれど、直感だけでマシュに向かって叫んでいた。

 

「マシュ、防御!!」

 

「――――ッ、はい!」

 

 彼女は疑問を差し挟むことなく、即座に盾で防御姿勢に入ってくれた。

 そして次の瞬間には、再びアナザーウィザードのバックルが言葉を発していた。

 

〈ビッグゥ…!〉

 

 彼女が前方に差し出している腕が、そこだけ突如巨大化した。

 まるで張り手が如く、その手はマシュへと叩きつけられる。

 盾で防御していながらも、踏み止まり切れずに壁まで大きく吹き飛ばされてしまう。

 背中から壁面に衝突し、肺から空気を押し出される。

 

「か、ふっ……!」

 

「はぁああああ――――!」

 

 鎖を振り切ったジャンヌが、腕を巨大化させた怪人の背後から飛び掛かる。

 その瞬間、立香には怪人が強く嗤ったように見えた。

 咄嗟に隣のマリーに呼びかける。

 

「―――マリーさん、お願い!」

 

「ええ!」

 

 聞き返しているほど余裕のある状況ではない、と。

 彼女は理解して即座に硝子の馬で前に出てくれた。

 

〈スモールゥ…!〉

 

「っ……!」

 

 標的として見据えていたはずのアナザーウィザードが、視界から消えた。

 恐らくは先程のとは真逆に、体を極小化させたのだと推測する。

 振るう先を見失った旗を振るうこともできず、床に着地して――――

 

〈フォールゥ…!〉

 

「なっ……!?」

 

 その瞬間。彼女が着地した床に、ぽかりと穴が開いていた。

 空中に投げ出された中で、床下に広がる空間を見る。

 

 そこにあったのは、地獄の具現。

 黒い炎が階下を埋め尽くし、磔刑のための黒い炎の槍がずらりと整列していた。

 

 通常のサイズに戻ったアナザーウィザード。

 今までとは違いバックルではなく、自身の口から彼女の声で言葉を紡ぐ。

 正にいま、その場で展開するその宝具の銘を―――

 

「“吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)―――!」

 

 宙に投げ出されているジャンヌを目掛け、無数の黒い槍が向かってくる。

 この状況では、自身の宝具で迎え撃つこともできない。

 次の瞬間に訪れる串刺しを前に、身構えて――――

 

 横合いから急速で特攻してきたマリーの硝子の馬に、先に弾き飛ばされた。

 乗っていたマリーも、ジャンヌに飛びついてそのまま一緒に吹き飛ばされている。

 間一髪だったということを示すように、硝子の馬は槍に貫かれ果てていた。

 

「あぁっ……大丈夫ですか、ジャンヌ?」

 

「っ……ええ、ありがとうマリー。すぐに彼女がくる、下がって―――!」

 

 ジャンヌが体勢を立て直す時間を稼ぐために、マシュが凍ったジオウの救出ではなく、アナザーウィザードの抑えに回っている。

 彼女もすぐに復帰しなければ、マシュが保たない。

 それにこの状況を根本的に打破するために、あの氷山も砕かねば―――

 

 手が足りない、というその要望に応えるかのように、爆発で吹き飛んでいた入り口から、二人の増援が駆け込んできた。

 竜種の力を宿した、二人の少女が。

 

「凄い爆発あったけど無事!? 子ジカ、子イヌ!

 ……子イヌ凍ってるぅ――――!! というかあれ子イヌでいいのよね……?

 なにあれ、顔に描いてあるのってニホンゴ? クールジャパンってやつ?

 ジャパニーズ・イレズミなの? 『エリちゃん命』って背中に入れるやつよね?」

 

「ええ、良かったです。マスターがご無事の様子で、今からはわたくしが守りますとも」

 

「え……あんたもう戦えるような魔力ないでしょ……?」

 

 立香が目を見開き、その二人の到着で打開の目途を立てる。彼女の視線が、アナザーウィザードの動きを軽減するために音を奏でてるアマデウスに向かう。

 視線を向けられたアマデウスが、心底嫌そうな表情を浮かべた。

 

「音波の息吹、一番活かせるのは……!」

 

「……ああ、そうなるよね。ホント、最低のタイミングじゃないか。

 ああくそ。せめて僕の指揮に従ってくれよな……!

 ドラ娘、僕の曲に合わせて歌え! 僕が誘導するから、絶対に音を外すなよ! 絶対だぞ!」

 

「え? 歌えばいいの? 分かったわ、応援歌ね! 任せなさい!」

 

 エリザベートが背中の清姫を放り捨て、喉の調子を整え始めた。

 アマデウスの楽団が煤けた背中で曲目を変更する。

 彼女のソニックブレスを最大限活かし、この戦場を蹂躙するための軌道を与える楽曲。

 それを即興で組み上げたアマデウスの指揮棒が奔る。

 

「さあ……ここにきて、ドラゴンの力をこっちが借りようじゃないか……!

 立香、君はちゃんと耳を押さえておきなさい」

 

 立香が両手で耳を押さえ込む。

 それと同時に最終調整が終わったのか、エリザベートが深呼吸ののち歌い始め―――

 

「ぼえ~~~~~~~~~ッ!!!!」

 

 戦場一帯が大気の振動という避けようのない凶器に襲われた。

 マシュとジャンヌでさえ片膝を落としそうになるほどの衝撃に見舞われ、アナザーウィザードまでもがその音響兵器に身を竦ませた。

 罅割れた壁が崩落する。崩れかけた床が落ちる。

 ―――そして。地上に張った氷の山が、砕け散る。

 

 アナザーウィザードの反応は、尋常ではないほど早かった。

 再び上級魔法を放つため、両腕をジオウがいるはずの場所に向け、魔法陣を展開している。

 

〈ブリザードォ…!〉

 

 荒れ狂う吹雪が再びジオウに差し向けられ―――

 

「いざ、“転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)”―――!

 その攻撃、マスターの命によりわたくしが止めさせていただきます!」

 

 龍の如き青い業火が吹雪の横から激突し、進行方向を逸らしていた。

 その力業の代償として、立香の手の甲から最後の令呪が消えていく。

 

 清姫の体には青い炎が取り巻いている。龍の如き火炎を放ってはいる。

 だが本人が炎の龍となるに至っていない。

 魔力はどうにか令呪で誤魔化したが、体力が絶対的に足りない。

 

 令呪の代償があったにも関わらず、清姫の戦闘はもう数秒保たないだろう。

 震える体を無理に立たせ、吹雪の進行をギリギリで食い止めている。

 

〈ウィザード!〉

 

 だが、間に合った。

 打ち崩された氷の中で立つジオウが、ウィザードウォッチをドライバーに装填する。

 ジクウドライバーのリューズを拳で叩き、ロックを解除。

 そのまま流れるように、ドライバーを回転させていた。

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

 

 清姫が限界を迎え、炎の放出が止まった。

 邪魔な対抗が消えたことにより、ブリザードの魔法は進軍を再開する。

 寒波の渦を前に、ジオウはゆっくりと吹雪の中に踏み込んでいく。

 

〈アーマータイム!〉

 

 ジオウの頭上に巨大な赤い魔法陣が浮かび上がる。

 その中から滂沱と炎が溢れ出し、吹雪を内側から食い破っていく。

 全てを凍らせる氷の渦を打ち消した後―――

 その魔法陣が、ジオウに被さるようにゆっくりと高度を落としてくる。

 

〈プリーズ!〉

 

 魔法陣から魔力が奔り、ジオウのアーマーの上に新たなアーマーを形成していく。

 竜を思わせるボディーアーマー。

 指輪。本当のウィザードの力、ウィザードリングを模した肩部。

 魔法陣はそのまま布と化し、魔法使いのローブのように背中に流れる。

 そうして、インジケーションアイとして頭部に新しく嵌め込まれる文字列。

 その文字こそが――――

 

〈ウィザード!!〉

 

 指輪の魔法使いの力を受け継ぐ鎧。

 それを纏った新たなウィザード(ジオウ)が、戦場へと降り立った。

 

 自身の弱点―――他の何より対峙してはいけないもの。

 それを目の前にしたアナザーウィザードが、一歩足を後ろに動かした。

 

 この場の人間、サーヴァントたちがその新たな姿の降臨を驚きで迎えたところで―――

 戦場に、場違いなほど明るい声が轟いた。

 

「祝え! 全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来をしろしめす時の王者!

 その名も仮面ライダージオウ・ウィザードアーマー!

 まずは一つ、ライダーの力を継承した瞬間である!!」

 

 彼はいつの間にか、ジオウの背後に現れていた。

 手にした本。逢魔降臨歴を広げ、天に届けと言わんばかりに声高々と言い切る口上。

 そのウォズの声を聞き、自身の体を検めるソウゴ。

 

 ―――彼はゆるりと、右腕を顔の高さまで上げる。

 見据える相手はアナザーウィザード。

 ふと思い浮かんだ言葉を口にして、魔法使いは彼女に決戦の開始を告げた―――

 

「―――さあ、マジックショーの時間だよ!」

 

 

 



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ウィザード・ショータイム2012

 

 

 

「祝ってる人、またどっかから出てきた……」

 

 倒れ伏した清姫に走り寄りながら、ぽつりと呟く立香。

 視線は当然、ジオウの背後に現れたウォズへと向けられたもの。

 

 立香の護衛に戻ってきたマリーが、初見の顔に対して首を傾げる。

 カルデアチームが特異点に介入する方法―――

 レイシフトの都合上、ぽんぽんと追加で仲間が増えたりすることはないはずなのだから。

 

「お知り合いかしら?」

 

「うーん……まあ、うん?」

 

 清姫を抱え上げ、彼らから離れるために足を動かす。

 抱え上げた瞬間に蛇が締め付けるように腕を回してくる清姫。

 余裕なんてなさそうだと思っていたが、彼女はうふふ、と楽しげに笑う余裕すらあるようだ。

 

 アナザーウィザードを前に、ジオウがゆっくりと歩み寄っていく。

 対して。相手から距離を縮められるごとに焦燥するような様子を見せ、アナザーウィザードの方は遠ざからんと後退して距離を取ろうとする。

 

 そんな相手の対応に驚くように、マシュが声を漏らした。

 

「敵―――黒ジャンヌ? 明らかに戦闘を避けようとしています。これが相手がソウゴさんを封じようとしていた理由、ということでしょうか……?」

 

「その通り。アナザーウィザードは偽りのウィザード。

 真なるウィザードの力を継承せし我が魔王の前では、その力の差は決定的!

 さあ、我が魔王よ。その力、存分に揮われよ!」

 

 彼はそう叫び、ストールを靡かせながら大きく腕を振り上げた。

 大仰な動作でジオウを讃頌してみせるウォズ。

 

 彼の存在が初見のジャンヌはどうしたものか、とマシュに視線を送る。

 が、彼女にだってどうすればいいかよく分からない。

 そんな視線を送られても困る……困る。

 

 そうしてマシュが困っている内に、ジオウは己の間合いにまで踏み込んでいた。

 

〈ジカンギレード! ジュウ!〉

 

 ウィザードアーマーが自身の目の前にジカンギレードを出現させる。

 形状はジュウモードのそれを軽やかに掴み取ると、銃口をアナザーウィザードに向けて、ジオウは連続して弾丸を撃ち放ってみせた。

 

 連射される銀の銃弾。

 迫りくる銃弾に対し、後退りしていた怪人も恐怖を割り切ったのか。

 苛立たしげに地面を踏みならすと、ジオウへの逆撃を狙いに行く。

 

〈テレポートォ…!〉

 

 行使される転移魔法。その場から一瞬のうちにアナザーウィザードの姿が消える。

 目標に当たることなく、ただ通り過ぎていく銃弾。

 

 再出現するアナザーウィザードの位置は、ジオウのすぐ横。

 目の前には銃を撃ちっ放しに構えたまま隙だらけの相手。

 彼に対して彼女は、既に黒い旗による攻撃を行うための姿勢に入っていた。

 

 ―――そんなアナザーウィザードに、背後から銃撃が襲撃した。

 意識の外からやってきて直撃し、弾ける火花。

 炸裂する弾丸と驚愕した意識の中、蹈鞴を踏まされて攻撃のための姿勢が崩れ去る。

 

「ガッ……!?」

 

 彼女の目の前にいるジオウは銃を発砲した姿勢のまま、まだ動いていない。

 いったい何が起きたのか、と。

 アナザーウィザードがよろめく中で、必死に顔を背後に向ける。

 そこにあったのは、()()()()()()()()()()()が彼女を目掛けて殺到する光景。

 

 銃口から放たれた後に、直線どころか自由意志があるかのように舞う弾丸。

 それがアナザーウィザードを囲みこむように、一気に襲撃をかけてくる。

 二発、三発。連続して直撃し、全身から火花を撒き散らすアナザーウィザード。

 

「グゥウウ……!」

 

〈リキッドォ…!〉

 

 その攻撃を回避するべく、彼女は全身を液体化させた。

 弾丸は当然、液体となったアナザーウィザードを擦り抜けてしまう。

 縦横無尽に駆け巡る弾丸の群れ。

 それらは水の体を擦り抜けて、そのまま壁に、床に突き刺さって消費された。

 

 そうして、相手の攻撃をやり過ごし。

 アナザーウィザードは液化したまま、ジオウに仕掛けようと振り向いて―――

 

〈ケン!〉

 

「はぁあああ――――ッ!」

 

 彼女の体を、冷気を纏った剣が切り裂いた。

 凍気を纏う一閃に、液体化していたボディが凍結する。

 凍ってしまっていては、攻撃を擦り抜けさせることなどできる筈もない。

 氷結した部分を剣に打ち砕かれながら、その身が大きく弾き飛ばされた。

 

 ジオウの更なる追撃は止まらない。

 吹き飛ばされたアナザーウィザードを追い、疾走を開始するジオウ。

 その歩みを止めさせるため、魔方陣がアナザーウィザードの前方の床に浮かぶ。

 

〈ディフェンドォ…!〉

 

 床がせり上がるように現れる岩壁の盾。

 展開される防御を前に、しかしジオウは正面から飛び込んだ。

 その瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 回転する自分自身が武器となり、突撃した彼は岩壁を真正面から貫いて大穴を空けた。

 

 道を遮った筈だというのに、目前に現れたジオウ。

 それに驚愕するように、足が止まるアナザーウィザード。

 その怪人の体を、自身を回転する弾丸と化したジオウの突撃が吹き飛ばした。

 

「ガァッ!?」

 

 激突して弾き飛ばされるアナザーウィザード。

 衝撃に投げ出され、地面を転がる怪物。

 

 ジオウはその一撃を見舞った後、突撃の勢い余って着地してなお床を滑り続けていく。

 背中を向けながら滑り、距離を離していく相手。

 それを隙と見て、アナザーウィザードは倒れながらも手を伸ばした。

 

 そこに展開される緑色の魔方陣。

 そこから轟くのは、放電した魔力が奏でる雷鳴。

 

〈サン…!〉

 

 ―――雷撃の魔法名を告げる声。

 だがそれは、最後まで続かない。

 

 空中に展開される緑色の魔法陣が、発動する前に剣撃により貫かれる。

 魔力を稲妻に変えるための魔法陣。

 それが機能を完全に失って、高まっていた魔力が一気に霧散していく。

 

「―――――ッ!?」

 

 魔方陣を貫いた剣は、確かに離れていくジオウの手が握っている。

 だというのにその刀身は鞭のように撓りながら、彼女を襲撃していた。

 唸る刃が隙を晒した胴に直撃し、派手に火花を撒き散らす。

 

 倒れた姿勢のまま、再び強い衝撃に転がされるアナザーウィザード。

 

 転がりながら確かめてみれば、ジオウの手にあるジカンギレード。

 その刀身を魔法陣が取り巻いて、通常とはかけ離れた長さまで延長している。

 大きく距離が離れていても切っ先が相手に届くほどの射程距離。

 それがサンダーの魔法陣を発動前に切り裂き、アナザーウィザードに追撃を加えたのだ。

 

「――――強い」

 

 明らかに動きが変わったソウゴを見て、思わずといった風にジャンヌが呟く。

 特殊能力があるのはいい。分からないが、そういうものなのだろう。

 だが、その能力をソウゴは知らないままに使いこなしている。

 

 アナザーウィザードと呼ばれたあの怪物を見て学んだ?

 それだけで本当に迷わず、あれだけの豊富な能力の中から適当なものを選べるのか?

 

 ジャンヌの視線が、ウォズへと向けられる。

 彼は満足そうにジオウの戦闘を眺めているだけだ。

 その状況に理由の分からない焦燥を抱きながら、ジャンヌは視線をソウゴへと戻した。

 

「グ、ァアアアッ―――!!」

 

〈コピィー…!〉

 

 アナザーウィザードが立ち上がり、咆哮とともに新たな魔法を使用する。

 その瞬間、彼女と全く同じ存在が彼女の隣に現れた。

 それは本物と全く同じ動作をする分身を作り出す魔法。

 分身により倍する火力を得たアナザーウィザードが、宙へと舞う。

 

 寸分の狂いなく連動する分身体。

 彼女たちはジオウを目掛けて、空中で飛び蹴りの姿勢に入る。

 

〈キックストライクゥ…!〉

 

 魔力の集中した足が燃え盛り、その威力を物語る。

 当然のように分身の方にも同じ魔法が発生し、その足が炎を纏う。

 疑いようのない破壊力の一撃が、二つ同時に迫りくる。

 

 そんな中でジオウは、ただこの力でやれることを理解していた。

 ドライバーのウィザードウォッチを取り外し、ジカンギレードに装填。

 右手に構えたそれの状態を読み込むように、魔法陣が走る。

 

 ―――次の瞬間には、ジオウの左手にもう一振りのジカンギレードが握られていた。

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

 二振りのジカンギレードは共に、既に必殺技待機状態だ。

 燃え盛る炎に包まれた両手の剣で、向かい来るアナザーウィザードを迎撃する。

 

〈ウィザード! ギリギリスラッシュ!!〉

 

 ジオウが斬り込む寸前、両の剣が必殺を叫ぶ。

 キックの姿勢のまま、同じ軌道で完全同時に突撃してくる二人のアナザーウィザード。

 その二人を、燃え盛る炎の剣閃が完全同時に撃墜した。

 

 爆炎とともに焼失する分身体。

 本体が直撃を受けたまま吹き飛ばされ、壁に激突して停止する。

 怪物はそこから復帰しない。黒煙を立ち昇らせながら、そこで止まったままだ。

 

 それはいかなる理由か。

 あるいは勝ち目を見いだせないがゆえか。

 アナザーウィザードは、そこで完全に動かなくなってしまった。

 

 様子を見ていた立香が、首を傾げる。

 

「………勝った?」

 

「ううん、まだ。ジャンヌ、いい?」

 

 停止したアナザーウィザードに歩み寄りながら、ジャンヌに声をかけるソウゴ。

 突然声をかけられたジャンヌが、目を白黒させる。

 とりあえず来てくれ、という意味だと受け取り、彼女はすぐにジオウの元に向かった。

 

「……どうかしたのでしょうか。私の力が必要、というわけではないと思いますが」

 

「多分こうするべきなんだ、って思ったからさ」

 

 言いながらアナザーウィザードの側に跪き、その手を取るジオウ。

 彼の手がジャンヌにも伸ばされる。手を求められた彼女も、自分の手を差し出した。

 彼女の手を取り、アナザーウィザード・黒ジャンヌと、白ジャンヌの手を重ねる。

 

 ―――そうして、小さく呟いた。

 

「これが、あんたの希望だ」

 

 ウィザードアーマーが力を発揮する。

 エンゲージの魔法が、二人のジャンヌ・ダルクを結ぶ。

 

 ―――その瞬間。

 ジャンヌはどこかに落ちていくかのような感覚を覚え、一時的に意識を喪失した。

 

 

 

 

 そこは、何もない暗黒の空間だった。

 前もない、後ろもない、本当に何も記録されていない虚ろ。

 そんな虚無の中で、彼女はただ茫然と佇んでいた。

 

 彼女の背中を見つめながら、ジャンヌはその暗黒の中へと呼びかける。

 

「……黒い、私」

 

「………()()()? 今になってなおアンタは私をそう呼ぶわけ?

 私は聖女じゃない……! 私はジャンヌ・ダルクじゃない……! 私は、アンタじゃない!」

 

 振り返った彼女の瞳には、もはや初めて会った時の憎悪はなかった。

 きっと憎悪を浮かべようとはしているのだろう。

 けれど、憎しみを発露させるだけのエネルギーがどこにもないのだ。

 彼女が今まで燃やしてきた燃料が、全てまがい物だと気付いてしまったから。

 

「……そうですね。貴女は私じゃない。では、貴女は何なのでしょう」

 

「ッ――――! そう、完全に消し去る前に私を笑いにきたってわけ?

 ええ……さぞ滑稽だったのでしょうね、私は!

 何も本物なんてもってないくせに、まるで自分が本物であるかのように振る舞って!

 挙句化け物にされて、遊ばれて……! 踊らせる人形としては満点だったでしょうよ!」

 

「それを決めるのは貴女でしょう」

 

 がなり続ける彼女を、ジャンヌは一言で切って捨てた。

 怯むように言葉を止める黒ジャンヌ。

 そんな彼女と目を合わせ、強い光を湛える瞳で睨みつける。

 

「貴女が化け物として終わってもいいと言うならそれでいい。

 踊らされた人形でおしまいでもいいと言うならそれでもいい。

 ただ偽物として生まれて、本物が何もないから自分は偽物だ、なんて。

 ―――そんな逃避は許しません」

 

「なにを……!」

 

「どんな形であれ、貴女に授けられた命だけは本物だ。いつだって、誰だって、望まれようと望まれまいと……授かった命にだけは偽りなんてどこにもないのです。

 その誕生が人の営みであれ―――ジル・ド・レェの願いであれ」

 

 強い瞳に見据えられた黒ジャンヌが、思わず視線を逸らす。

 

「それさえも偽りだと言って投げ出すのは貴女の弱さです、ジャンヌ・ダルク。

 貴女の苦しみは偽物だった。貴女の憎しみは偽物だった。

 それでも、貴女自身は本物だ。偽物の苦痛と憎悪に、貴女という命が抱いた感情は本物だ。

 だからこそ―――偽りがあるとするなら、貴女が自分で自分を騙しているだけでしょう?」

 

「命……! サーヴァントが何を言う、私たちは……! 私は!」

 

 そんな言葉を振り払うように、竜の魔女が腕を大きく振り乱す。

 空っぽの空洞。そんな胸の内から、怒りよりも哀しみばかりが湧いて出る。

 彼女を見て、ジャンヌは表情を和らげた。

 

「―――この世に在り、悩み、苦しみ、涙する。それを命と言わず何と言いましょう。

 英霊とは人でありながら、既に人から外れたもの。それでもこの世界にある限り、それを命と呼ぶことに何の問題もないのです。

 自分のことが認められないのなら、生きようと足掻きなさい。言い訳をする余裕があるなら、胸を張ってこれが自分だと言えるようになるまでもがきなさい。

 貴女はそれでもジャンヌ・ダルクですか? 難しいことを考えずただ前へと進み続け、その結果こうなった人間ならば、もっと前向きであるべきでしょう?」

 

「お前と一緒に……するなッ―――!」

 

 彼女の言葉に拒絶の意志を示すために、近寄ってくる彼女を睨み、吼え立てる。

 怒鳴られたというのに、しかし白いジャンヌは嬉しそうに微笑んだ。

 

「そうでしょう? 私と貴女は違います、貴女と私は違います。

 だからもう、貴女は私の偽物なんかじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 私と違うものになりたいという願いこそ、貴女が貴女になるために一番大事なものでしょう?」

 

「わた、しは……! 私は……!」

 

 白いジャンヌの手が差し伸べられる。

 取ってしまうのが一番楽な道だ、と心のどこかがぼやいている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ジャンヌ・ダルクを睨み据え、彼女の手を打ち払う。

 驚いた彼女の表情をいい気味だと嘲笑い、正面から見返してやる。

 

「―――黙りなさい! アンタに何か言われるまでもなく、私はとっくに私よ!

 私の中の憎悪は消えない! 私を動かす復讐は終わらない!

 全部嘘、それが何よ! 私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 嘘から出た復讐である私が、私だけが! 本物であることしか取り柄のないようなものを全部ぶち壊して嗤ってやる!

 ――――なんて爽快。こんな空虚な復讐にさえ焼かれるなんて、まるで風船みたいに中身の無い世界だったわ、ってね!」

 

「………ええ、そうですね。だというのなら是非もない。

 貴女がその結論に至り、なおもフランスを焼こうとし続けるのなら私はそれを止めましょう」

 

 差し伸べた手を引き、彼女は笑顔のまま旗を手にした。

 黒ジャンヌの手にもまた黒い旗が現れる。

 黒ジャンヌの深層世界が、暗黒の闇から地獄の業火に変わっていく。

 その世界こそが彼女の発端。彼女が生まれる前から焼かれていた世界。

 

 そうして、二人のジャンヌ・ダルクは向かい合った。

 

 

 

 

「ジャンヌが消えちゃったけど……」

 

 ジオウがジャンヌとアナザーウィザードの手を合わせると、ジャンヌの姿が消えてしまった。

 立香の感覚ではまだジャンヌとの繋がりは感じるが。

 ちらり、と停止したままのアナザーウィザードの姿を見る。

 

「うん。今、中で決着をつけてる」

 

『中……? その怪人の中に入っている、ということかい?』

 

「そう。アンダーワールド? なんかこう、心象風景? 的なところに入って……なんかそんな感じ?」

 

「適当だね……」

 

 ウィザードアーマーが腕を組んで適当なことをのたまう。

 呆れるように立香がソウゴから視線を外し、さっき祝っていたウォズを探す。

 彼ならもう少し具体的な情報を出してくれるだろうと思ったが……

 だが、既に彼の姿はこの場から消えていた。

 

「またいなくなっちゃったね、祝えの人」

 

「というか何しに来たんだい、彼」

 

 自分の演奏で超音波を撒き散らしたアマデウスが、頭を抱えながら歩いてくる。

 耳がイかれるような音を食らい、くらくらとふらついているようだ。

 

「―――その、ジャンヌさん一人で大丈夫なのでしょうか……?」

 

 おずおずとマシュが疑問を投げる。

 今まで戦っていたこの怪人・アナザーウィザードは強力だった。

 如何にジオウ・ウィザードアーマーは圧倒してみせたとはいえ、だ。

 

「きっと大丈夫よ! ―――だって、彼女はジャンヌ・ダルクなのだもの」

 

 マシュの心配を、マリーは何の事はないと笑う。

 オルレアンの奇跡の人。彼女の憧れ、ジャンヌ・ダルク。

 贔屓目も混じっていると自覚していてなお、マリーは容赦なく彼女を信じ切る。

 ね? と同意を求めてくる彼女に、マシュも小さく笑みを浮かべてそうですね、と返した。

 

 またもこの広間の端で何事かを言い合っているエリザベートと清姫。

 それから意識を逸らすように、アマデウスは空を見上げる。

 彼女の超音波で聴覚がマヒしたか、普段の精度は期待できないそれに――――

 

 ごうごう、と。何かが空気を切り裂きこちらに向かっている音がした。

 どこから、どこへ、距離は、と。いつもなら察知できる事が分からない。

 だから彼には、その場で叫ぶしかできなかった。

 

「――――次の敵が来るぞ!」

 

 次の瞬間。

 壁と床をぶち抜いて、黄金の竜がアナザーウィザードへ向け突撃してきていた。

 咄嗟に防御したジオウが大きく弾き飛ばされる。

 即座にウィザードアーマーが緑に輝き、風を纏って空を舞う。

 

 その目の前で天に翔け上がる竜の口には、彼が抱えていたアナザーウィザードが銜えられていた。アナザーウィザードの意識が無い事に気付き、竜が顔を大きく顰めさせたような気がする。

 

「……またドラゴン!?」

 

『………ファヴニールとは反応自体が変わっているけど、多分その竜はファヴニールだ。

 その竜と戦っていただろうジークフリートとゲオルギウスが、今そちらに向かっている!』

 

「ふーん、随分小さくなったのね。脱皮の時期?」

 

 飛行できるのはジオウとエリザベート、そして宝具を解放した清姫のみ。

 清姫はいい加減、既に限界だ。

 エリザベートとて、空を飛びながらの戦闘が特別可能というわけではない。

 

「けど今の俺なら、一対一でも行ける気が―――!」

 

 風の翼を纏ったジオウが身を乗り出す。

 だが彼が踏み込んでくる前に、ドラゴンの目が大きく見開いて魔力を発した。

 連動して、口にぶら下げているアナザーウィザードのバックルが呪文を唱える。

 

〈スペシャルゥ…! ラッシュゥ…!〉

 

 ()()()()()()

 その光景を見ていた皆がえ、と呆けるほど綺麗に分割される竜の体。

 機械的なフォルムである、と思っていた。

 だが、そこまで生命体から逸脱した性能を持っているとは誰も思っていなかった。

 

〈フレイムゥ…!〉

 

 だらりと空中で垂れ下がるアナザーウィザードの胴体に、竜の頭部が合身する。

 首だけでも当然の如く意志を持っている、と言わんばかりに咆哮するドラゴンの頭部。

 ―――ラッシュスカル。

 

〈ウォータァー…!〉

 

 アナザーウィザードの腰に竜の尾、ラッシュテイルが接続される。

 

〈ハリケェーン…!〉

 

 背には風を切る翼、ラッシュウィング。

 

〈ランドォ…!〉

 

 そして腕に竜の爪。ラッシュヘルクローが装備された。

 

 人型に竜の頭、尾、翼、爪。竜種の脅威を全て集約した形態。

 アナザーウィザード・スペシャルラッシュ。

 胴についた竜の頭の目から光が消え、逆にアナザーウィザードの眼窩に光が灯る。

 疑いようもなくそれは、竜がその身を支配したということだろう。

 

「グゥウウウウ……!」

 

「まずっ……!」

 

 その体に魔力が収束する。大地に太陽が現れたかのような光が咲く。

 直後にそれが、この場を焼き払う爆炎になることを確信する。

 

 ジオウの背を魔法の突風が押し、アナザーウィザードの元まで彼を運ぶ。

 接近すると同時、その腕がジカンギレードを奔らせた。

 対抗するのはアナザーウィザードの竜爪。

 竜はジオウの攻撃を受け止めると同時、胸の竜の口を開かせた。

 

「――――っ!」

 

「オォオオオオオオオッ――――!!」

 

 迸る爆炎の息吹。咄嗟に展開した守護の魔方陣が、容易に打ち破られる。

 炎の渦に呑み込まれ、そのまま城外までも吹き飛ばされていくジオウ。

 

 すぐに戻らなければ、と考える必要はなかった。

 ドラゴンはジオウ以外に用はないとばかりに、即座に追撃すべく追い縋ってきたのだ。

 

「こん、のっ……!」

 

 吹き飛ばされた体を風で制御し、両足で地面に着地する。

 ガリガリと地面を削りながら減速し、最大加速で突っ込んでくる相手に備える。

 その手が、ジカンギレードのリューズを叩いた。

 

〈タイムチャージ! 5!〉

 

 両腕の爪を真正面に突き出しながら飛んでくる、人型の竜。

 その背の翼が一度大きく羽ばたいて、更なる加速を生み出した。

 

〈4!〉

 

 タイムチャージは間に合わない。

 このまま突っ込まれれば、カウントを終える前に接敵するだろう。

 それでもジオウはその場で剣を腰だめに構え続ける。

 

〈3!〉

 

「今ッ!!」

 

 次の瞬間、アナザーウィザードが自身に届く。

 まさにそのタイミングで、ジオウは叫んだ。

 その声に呼応するかのように立ち上る土の壁。ディフェンドの魔法。

 

〈2!〉

 

 だが、そんな土塊にアナザーウィザードが止められるはずもない。

 先程の展開の逆。竜の爪を衝角に見立て、アナザーウィザードが高速で回転を始める。

 苦し紛れの壁を貫くドリルの魔法――――

 アナザーウィザードは壁に衝突し、あっさりとその壁を貫き通していた。

 

 なのに、その先にジオウの姿がない。

 竜の意識が呆けて、何故そうなったのかの思考を回す。

 だが何故、という疑問の答えはすぐに下から返ってきた。

 

〈1!〉

 

 ()()。ディフェンドで作り出した壁のすぐ足元。

 そこに、自身の体をドリルにして地中に潜り込んでいたジオウの姿があった。

 アナザーウィザードが減速した瞬間、飛び出してくるジオウ。

 

 アナザーウィザードは罠に綺麗に嵌った。

 しかしそれでも、その状況からさえ対応を可能とするのが竜の力。

 自身の背を取ったジオウに対し振り向くこともなく、ラッシュテイルで地面を叩く。

 ただそれだけでその瞬間、周囲に冷気が奔りジオウさえも例外なく凍結させる。

 

 ラッシュテイルが再び凍結した地面を叩き、その勢いで体を反転する。

 その勢いのまま加速したアナザーウィザードの突撃。

 凍り止まったジオウを、その爪が貫通する―――

 

 バキバキと砕け散っていくジオウの姿。

 ドラゴンはその光景に充足する気分を覚え、クフゥ、と吐息を漏らす。

 しかし次の瞬間には、周囲から現れた鎖に巻きつかれていた。

 その鎖は翼と尾も一気に縛り付け、相手から一時的に飛行能力を奪い去る。

 

「ッグァ……!?」

 

〈ゼロタイム!〉

 

 バラバラに砕け散った凍ったジオウの()()()が、薄れて消えていく。

 同時に、アナザーウィザードが落ちた地面にフォールの魔法で穴が開く。

 

 地中にぽかりと空いたそれなりの広さを持つ空間。

 それはドリル、グラビティによる突貫工事で作り出した、彼が潜むための場所。

 コピー体は自身の動きに完全連動する。

 だから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

〈ギリギリ斬り!!〉

 

「はぁああああああッ――――!!」

 

 バインドの魔法とはいえ、ドラゴンを縛れるのなんて一瞬だ。

 だがその一瞬で、ギリギリ斬りの一撃を直撃させる。

 衝撃で薄い土の天井をぶち抜いて、ドラゴンの体は宙へと吹き飛ばされた。

 

 それを追うように、ジオウもその空間から外へと飛び出した。

 ドラゴンを縛っていた鎖がばらばらと崩れ落ちる。

 縛りから解放された途端に、翼と尾を大きく広げるドラゴン。

 だがその翼には、まさに今ついた大きな斬撃痕が刻まれていた。

 

 怒りに喉を震わせる竜に対し、ジカンギレードを構え直すジオウ。

 ソウゴが小さく、強く、竜に対して宣告する。

 

「俺は負けないよ。今の俺は、ウィザードだからさ。

 誰かの絶望になんて屈しない。お前の中から必ず、世界の希望を取り返す―――」

 

 絶望を与える竜の咆哮。

 それを切り裂くのは、魔法使いが行う希望の宣誓。

 同じ力を、正反対のもののために使う、二人のウィザード。

 

 ―――彼らが、空中で再び激突した。

 

 

 



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オルタレイション1431

 

 

 

「ジル・ド・レェ元帥―――!

 オルレアン……! 竜の魔女の居城が……!?」

 

「見えている。……状況は分からんが、とにかく今しかあるまい」

 

 オルレアンに差し向けられたフランス軍。

 彼らは目前で城塞の上部が吹き飛ぶのを見た。

 

 フランス中を襲った巨大なドラゴン、そしてそれを取り巻くワイバーン。

 フランス国軍が現地に到着するより先に開戦していたものたちにより、オルレアンを取り巻いていた多くの軍勢が光の刃の中に消えさった。

 ここが死地であると確信していた者たちにさえ、その光景は国土奪還の希望を見せた。

 

 ドラゴン、ワイバーン、地獄より舞い戻った竜の魔女。

 そんな御伽話の世界と化したフランスの中に、遂に逆転を齎す英雄が現れた。

 詳しいことも、仮に勝利したとしてもその未来も、まるでどうなるか分からない。

 けれど、この悪夢のような世界を変えてくれる希望がここにある。

 

 この状況を。この士気は止められない、とジル・ド・レェは知っている。

 戦っている英雄たちが何者か分からない。

 ただ、その中にジャンヌ・ダルクがいるだろうことは知っている。

 

「私は……」

 

「元帥?」

 

「いや……今こそ我らが故国を取り戻す時が来た!

 空を飛ぶトカゲどもに、全砲弾を撃って撃って撃ちまくれ!!

 全軍をもって砲兵隊を援護せよ! ここがフランスを守れるか否かの瀬戸際だ!

 恐れるな! 嘆くな! 退くな! 人間であるならば、ここでその命を捨てろ!

 全軍、進めぇえ―――――!!!」

 

 鬨の声が戦場に轟いた。フランスの持つ残存戦力の一斉投入。

 指揮官ジル・ド・レェ元帥の声に従い、全ての兵士がオルレアンへと雪崩れ込んだ。

 

 

 

 

「フランス軍!?」

 

 再び上空での決戦に持ち込んでいたジオウが、その集団の流入に驚愕の声を上げた。

 確かにワイバーンは竜殺しとファヴニールの決戦の余波で残り少ないが、だからといって普通の人間に犠牲もなく倒しきれるような相手じゃない。

 だが、ジオウがアナザーウィザードを放置するわけにもいかない。

 

 ドラゴンの翼の羽ばたきが、竜巻となってジオウに向かい迸る。

 それは意識を逸らしていたジオウへと直撃し、彼を地面に向かって叩き落とした。

 

「う、ぐっ……!」

 

 地面に叩き付けられて、しかしすぐに身を起こす。

 そしてすぐに再びアナザーウィザードと対峙しようとして――――

 いずこから、溢れんばかりに新しい敵軍が湧き出す事態に遭遇した。

 

 地面に広がっていくタールのような黒い汚泥。

 そこから染み出すように湧き出る、巨大なヒトデを重ねて積み上げたような化け物。

 留まることを知らぬように湧き続ける新たな存在。

 ジオウが、自身の記憶からその姿を思い出す。

 

「これ、あの城の瓦礫に埋まってた……!」

 

 その魔物たちは、まるでアナザーウィザードを守るように周囲に集まる。

 のみならず、進軍してくるフランス軍を討ち滅ぼさんとそちらにも向かっていく。

 

 続々と増え続ける敵。

 しかしアナザーウィザードはそれを意に介さない。

 自分を守ろうとしているだろうそれすらも、全て薙ぎ払いながらジオウに殺到する。

 それを地上で受け止めながら、ソウゴはその仮面の下で表情を歪めた。

 

 突撃してきたフランス兵士たちと突如現れた魔物たちが接触する。

 そんな事態に、ワイバーンとの戦いを想定していた兵士たちに動揺が広がっていく。

 数え切れないほどの怪物を前に、しかし剣を執って立ち向かう勇敢な兵士たち。

 彼らの振るう刃を受けながら、意にも介さずに怪物は溶解液を撒き散らす。

 鎧など瞬く間に溶かすようなそれを浴びて、兵士たちが絶叫を上げる。

 

 立香たちはまだ城の中だ。ついさっきまで近くにいた筈のジークフリートとゲオルギウスも、タイミング悪くこの竜を追って城内に踏み込んでしまった。

 つまり動けるのは――――

 

「―――――ランサーッ!!」

 

「おうさ」

 

 オルレアンから最も遠く離れ、戦っていたサーヴァント。

 神速の槍兵、クー・フーリンが今もって到着する。

 同時に、ジオウの装甲の下。ソウゴの手の甲に宿る令呪の二画目が消失していく。

 自らの脚力を全開に発揮し、ランサーは上空へと大きく跳ねた。

 

「“突き穿つ(ゲイ)――――!」

 

 空に跳ね、眼下の怪物の集団を見下ろす。

 無数に増え、今なお増殖を続ける敵を視界に入れて、彼は投げ槍の姿勢をとった。

 反り返る体。大きく引き絞られる腕。

 

死翔の槍(ボルク)”―――――!!」

 

 ―――それが解放された瞬間、朱い流星群が地上へと降り注ぐ。

 彼の手から離れた槍は無数の鏃に分裂し、地上に広がる怪物だけを貫き葬っていく。

 

 目の前に死の雨が降り注ぎ、敵と見ていた相手が弾け飛ぶ。

 その様を見ていたフランス軍が、唖然として空を見上げた。

 彼らの前に着地したランサーの手の中に、分裂していた槍が舞い戻る。

 

「逃げるならさっさとしな。まだまだ湧いて出てくるぜ」

 

 掴み取った槍をくるりと回し、再び槍を構え直す。

 魔槍の一投をもって多数を失って、勢いを欠いたながらも未だ発生し続ける怪物。

 そんな敵に対して呆れ混じりの視線を向けるランサー。

 

「―――負傷者は後ろへ運べ! 砲兵隊は前に出て、奴らを撃て!

 竜と違い動きは遅い! 一発も外すなよ!!」

 

 ランサーの後ろで指揮官が指令を下す。

 その命令に従い、再編されていくフランス軍。

 

 様子を横目で見ていたランサーが、小さく肩を竦める。

 そして既に群れと呼べるまで再発生した怪物の中に切り込んでいった。

 

 

 

 

「この、このっ……!」

 

「ふッ―――!」

 

 地獄の業火に包まれた夢想の空間の中、二人のジャンヌが旗を突き合せる。

 黒ジャンヌの振るう旗の動きは、まるで振り方を忘れてしまったような乱雑さ。

 そんなものに抑えられるものか、と。

 黒い旗を盛大に弾き切り返す白い旗が、黒ジャンヌの胴を捉えた。

 

 強打された鎧から響き渡る、鼓膜を揺らす金属音。

 胴体をしたたかに打ち据えられて、よろめきながら後退する黒ジャンヌ。

 

「っ……! ああ、もう、全てが嫌になる……!

 何故こうも届かない……! 私じゃ勝ち目なんて無いってワケ!?」

 

 苛立ちを抑えきれずに唇を噛み締めて。

 腰から剣を引き抜き、竜の魔女は空中に黒炎の剣を展開する。

 彼女は即座にそれを白ジャンヌに向けて射出した。

 

 白ジャンヌがそれを見るや、旗を半ばで掴み風車のように回転させる。

 炎の剣は回転する旗に正面からぶつかって。

 

 ―――そして力任せに弾き返された。

 消えていく炎の剣。黒炎の残照を睨みながら、歯軋りする黒ジャンヌ。

 

「口ではなんて言ったって心で負けてる? じゃあどうしろって言うのよ……!

 私には、もうそれしか残ってないってだけなのに……! こうして取り上げられた後、何が残ってるって言うのよ! 私はせめて、私でいたいのよ――――!」

 

 白ジャンヌの反撃。

 疾走する聖女が振るう白い旗を、旗と剣を交差させて何とか受け止める。

 が、防御諸共に力任せに弾き飛ばされて、黒ジャンヌは宙を舞う。

 そのまま泥のような地面を転がり、彼女は無様に地に伏せた。

 

 そんな彼女を見下ろして、白ジャンヌが平坦な声をかける。

 

「立たないのですか、ジャンヌ・ダルク」

 

「……黙りなさいよ……!」

 

 剣を地面に突き刺し、それを杖替わりにして立ち上がる。

 竜の魔女が何とか持ち上げた顔が、平然としている聖女の顔を見上げた。

 

「アンタが……私をジャンヌ・ダルクと呼ぶな!」

 

 私は私でいたい、と叫びながら彼女は自分の名前すら持たない。

 彼女はジャンヌ・ダルクとして生まれた。復讐を望むジャンヌ・ダルクとして造られた。

 けれど。そんな名前、自分で自分の名前だと思えない。

 

 ―――だってジャンヌ・ダルクは彼女の名前だ。

 あそこで、ああして、毅然と立ち誇る白い聖女の姿を指す名前だ。

 

 彼女を造ったジル・ド・レェは、ジャンヌ・ダルクの本性であれと彼女にその名をつけた。

 だったらおかしい。彼女は、彼女と違うものだ。

 何より違うものでありたいと、彼女自身が心の底から叫んでいる。

 

 目の前の本物からジャンヌ・ダルクなどと呼ばれると、苦しみだけが加速する。

 

「―――これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮!

 “吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)”――――!!」

 

 立ち上がると同時、旗を掲げて剣を振り翳す。

 その瞬間に白ジャンヌの足元から炎の槍が突き出して、彼女を襲う。

 迸る漆黒の炎。立ち上る火炎に巻かれて、白ジャンヌの姿が見えなくなった。

 

 ―――数秒の後、黒い炎が晴れた先。

 しかしそこには光の結界を張るジャンヌ・ダルクが健在していた。

 

「“我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)”――――」

 

 彼女は彼女の憎悪の炎から、悠々と生還した。

 歯を食いしばる。手にした剣の柄を強く握りしめる。視界が震える。

 

 彼女の魂の咆哮、復讐の業火は何一つ届かない。

 

「だったら、私の何があいつに届くっていうのよ――――!」

 

「そんなもの、一つしかないでしょう?」

 

 結界を解き、再び黒ジャンヌへの歩みを始める白ジャンヌ。

 彼女は黒ジャンヌを見つめ、ただ一つの答えを口にした。

 

「希望です」

 

「………希、望?」

 

「私と違うものになりたいという願い、望み。それを成したいと想う強い心。

 貴女が貴女自身のためにその胸に抱いた希望(ユメ)

 自分には憎悪と嘘しかない、と断言した貴女が初めて抱いた光―――」

 

 ばさり、と白ジャンヌは大きく旗を広げて、黒ジャンヌを睨みつけた。

 

「貴女が私と戦うのは、私が憎いからですか? 私への復讐を望んでいるのですか?

 違うでしょう? 貴女が復讐、恩讐を語りながら私と戦うのは絶望に負けたからではない。

 貴女の希望が、私を越えた先にあると信じているからでしょう――――!」

 

 白ジャンヌが踏み込む。

 放たれる旗のスイングを受け損なって、黒ジャンヌはまたも弾き飛ばされる。

 

「だったらそこに辿り着くために立ちなさい―――!

 どんな結末であっても、貴女が貴女として生きたと胸を張れるように―――!」

 

「……っ! ごちゃごちゃと、人の意志を勝手に騙るなッ……!」

 

 黒ジャンヌが立ち直り、白ジャンヌへと斬りかかった。

 だが旗で防がれる。ならばと、こちらも旗を振りぬく。切り返す旗が再びそれを防ぐ。

 旗で旗を押さえ込んでいる間に、彼女の喉を狙って剣を突き出す。

 

 武器でやりあっていたと思ったのに、蹴りが飛んできた。

 剣が届く前に腹を蹴り飛ばされ、後退する黒ジャンヌ。

 必死に顔を上げ、相手を睨む。何となく思っていたが、この女は()()()()()

 

「っ、大体アンタ頭おかしいのよ!

 守るために命を懸けた連中に裏切られて、磔にされて燃やされた?

 馬鹿じゃないの!? それならそいつら恨むのが道理ってもんでしょ!」

 

「む、そういう物言いはよくないです。私は―――」

 

「うるさい! 同じような目にあった気がしてる私が言うんだから間違いないのよ!

 アンタは頭がおかしい! イカれてるわ! アンタと同じもの扱いなんて、絶対に御免よ!」

 

 旗を構え直し、むっとした顔を浮かべているジャンヌ・ダルク。

 それを目掛けて、炎の剣を出現させながら再び突撃を慣行する。

 

「アンタは私じゃない!」

 

 飛来する剣を打ち落としながら、白ジャンヌが半歩下がった。

 そこに直線に伸びる黒炎を飛ばし、横っ飛びに回避をさせる。

 その着地を狙うように、体を一回転させながら旗を叩き付けてやった。

 

 旗で受け止めた白ジャンヌが、勢いに負けて弾き飛ばされる。

 

「私は、アンタじゃない!」

 

 弾き飛ばされた白ジャンヌが、飛ばされながら旗の穂先で地面を叩いた。

 棒高跳びの要領でそのまま大きく跳び、空中で姿勢を整える。

 そのまま地面に落ちてくる勢いを載せて、白い旗が黒ジャンヌの頭上に迫る。

 

「私が何か? ――――そんなもん、()()()()()()()()()よ!!」

 

 頭上に旗を掲げ、それを防ぐ。

 旗同士で鍔迫り合いになりながら、キッと白ジャンヌの顔を睨む。

 

「私が私であることを語るために、アンタのことをいちいち引き合いに出すなんてこれ以上は真っ平ごめん―――私はアンタの一部じゃない! アンタの別物なんかじゃない!

 私は私。その証としてアンタを倒して、その旗をアンタの墓標にしてあげるわ―――!」

 

「――――」

 

 そういうと、白ジャンヌは少しだけ哀しそうに表情を変えた。

 

 何度も何度も私はお前じゃない、と否定しているのに。

 けれど、黒ジャンヌは白ジャンヌへの執着が捨てられない。

 

 いや、捨てられないんじゃない。それしかないのだ。

 だって仕方ない。それしか持ってないんだから。

 今更、外を見ようとしたってもう遅い。どうあれ、彼女は勝っても負けてもここまでだ。

 だったらせめて、最期にオリジナルを越えてやる、くらいしかユメなんて持てない。

 

 もしもっと早くに自分の正体に気づいていたら。

 そして、他のものに目を向けていたら。

 そんなもしもを想いながら、泣きながら消えるなんて惨めすぎる。

 だったらもう、目の前の聖女サマを叩き伏せて、嗤って消えるくらいしかないだろう。

 

 ―――御大層に説教をどうもありがとう。でも、私の方がよほど優れていると証明されてしまいましたね。ジャンヌ・ダルク?

 

 と。

 

「―――では、私が貴女に勝利した時には悼みましょう。

 哀しき少女が一人。己の心を探すことも許されず、そうして消えていったことを」

 

「……言ってくれるじゃない!

 ええ、ええ! それでいいわよ、ぶっ飛ばし甲斐があるじゃない!」

 

 黒ジャンヌの方から旗を弾き、一時的に距離を取る。

 全てを嘲笑うかのような笑みを強く浮かべ、最後の一撃を放つために旗を構える。

 対面で白ジャンヌもまた旗を構えた。

 

 宝具の撃ち合いでは、先のように相殺されて終わりだ。

 そんな結界など張る暇など与えず、最短距離を旗の穂先で貫く。

 白ジャンヌの方だってそうなるということはわかっているだろう。

 

 互いに旗を構え、そうして―――最後の一撃を放ち合う。

 

 

 

 

「倒そうとする必要はない! 化け物どもを砲兵隊に近づけさせるな!」

 

 味方の兵士たちに指示を飛ばしながら、ジル・ド・レェは剣を振るう。

 ただの剣では怪物に対しての有効打には程遠い。

 だが、その攻撃で何とか押し戻しつつ砲撃で倒すことが叶う相手だった。

 今もまた、視界の端で砲撃に直撃した怪物が一匹弾け飛ぶ。

 

 この怪物どもの発生している方向を青い槍使いが抑え切ってくれているところが大きいが、相手はフランス軍の戦力で戦える相手であった。

 

 更に一匹が砲撃で爆散する。戦えている、勝てている、取り戻せる。

 その意識がフランス軍の士気を際限なく高めていく。

 

 ―――そんな中で砲兵の方から悲鳴が上がった。

 

「なんだ!? どうした!」

 

「元帥! 砲兵隊の中に化け物が一匹現れ、砲に取りつき奪おうと……!」

 

「馬鹿な!? 奴らにそんな知性が――――!?」

 

 驚愕しながらも、ジル・ド・レェは即座にそちらへ走り出した。

 砲兵たちに大きな損害が出れば、そこで終わりだ。

 

 そう考えながら咄嗟に走り出し、辿り着いた彼が見た光景。

 

 ―――それはヒトガタだった。

 

 体の各所が炭化している、生きているのが不思議な外見。

 それは化け物と同じ触手を全身から生やし、砲台の一つに取りついている。

 

 体が震える。目の焦点が定まらない。

 人間かどうか怪しい化け物であるというのに、確信が心の底から湧いてくる。

 いま、彼の目の前にいるあれは―――()()()

 

「ジャンヌ・ダルクゥ……今、この私が、お助けしましょうぞぉ……!!」

 

 化け物の半分炭化した顔が、上空で戦う戦士たちを向いた。

 竜の頭を持つ翼で空を飛ぶ金色の方と、周囲に緑色の竜巻の纏う赤色の方。

 大きく飛び出した眼球が憎々しげに見ているのは、赤色の方だった。

 

 砲は明滅している。普通では考えられない謎の光。

 あれがただの砲弾を吐き出すだけのものではなくなっているのは、一目瞭然だった。

 

「避けろぉッ!!」

 

 咄嗟に上空に向かって叫ぶ。

 その瞬間、化け物が取りついている砲口が輝いた。

 

 

 

 

「―――えっ?」

 

 声に反応して視線を向ければ、地上から迸る光。

 それはまっすぐジオウに向けて伸びてきて、その肩に直撃した。

 威力という意味ではそれほどでもなかったかもしれない。

 

 だがそれは、アナザーウィザードと対峙している中では致命的な衝撃だった。

 

 ぐらり、とバランスを崩したジオウに竜の尾が振るわれた。

 体を縦回転しながら繰り出されたそれが、頭上から疾風の速さで迫る。

 咄嗟にジカンギレードを盾として構えるジオウ。

 

「ぐっ……!?」

 

 止めきれず、弾き飛ばされるジカンギレード。剣は勢いよく吹き飛ばされ、地上のどこかへと消えていく。衝撃に耐え切ることもできず、ジオウの体もまた真下に向けて吹っ飛ばされた。

 即座にアナザーウィザードが下に落ちる敵の姿を追う。同時にその体は、両腕の爪を前に突き出しながら高速でスピンを開始する。

 

 地面に着弾し、ウィザードアーマーの背が地面に強く叩き付けられる。かはっ、と衝撃のままに肺から空気を吐き出すソウゴ。

 その直後、回転衝角と化したアナザーウィザードがジオウの胴に到達する。甲高い金属音と盛大な火花を撒き散らしながら、竜の爪がアーマーを粉砕せんと威力を発揮した。

 

「ぐ、ぅ、あああああああッ――――!?」

 

 ジオウの装甲が悲鳴を上げる。ウィザードアーマーという追加装甲によって強化されていてなお、耐え切れる限界がジリジリと迫ってくる。

 軽減しきれない衝撃に悲鳴を上げながらも、ソウゴの意識がそれを跳ね除ける魔法を探す。

 

 だが、即貫通に繋がらないと理解したアナザーウィザードが爪を離した。

 一気に衝撃が消えたことで、一瞬呆けるソウゴの意識。

 

 そこでアナザーウィザードが、両腕を横に大きく広げ、胸の竜の頭を突き出した。

 開かれる竜の顎、ラッシュスカルの大口。その中から滂沱と溢れる火炎の渦。

 

 ジオウは削岩機にかけられたばかりの体が痺れ、動けない。

 

「ッ……!」

 

「ゴァアアアアアアアッ――――!!!」

 

 岩をも溶かす業火がその場に溢れ、炎の柱となって立ち上る。

 周辺に蔓延っていた触手の怪物も巻き込んで、周囲一帯を灰燼に帰す。

 炎に呑み込まれていくジオウを見下げながら、アナザーウィザードは空へと舞い戻る。

 

 炎の柱を立ち上らせ、黒煙を上げる地獄と化した地上。

 そんな光景を悠然と見下ろしながら、竜は満足げに唸りを上げた。

 

 

 

 

「くっ……! 退けっ! 退けぇッ!」

 

 前方で炸裂する火炎の渦。

 人間など近づくだけで殺されるだろう絶望的な熱量を前に、ジルは叫んだ。

 距離は離れているのにこちらに届く熱で、鎧が凄まじい熱を持つ。

 竜が暴れるのと何ら変わりない暴力を前に、フランス軍は瓦解同然。

 

 とにかく叫ぶ。逃げ出せ、と。

 指揮官が吐いたその言葉を聞き、堰を切ったように逃亡を始める兵士たち。

 それを聞いた砲台に取りついていたものが叫ぶ。

 

「逃がすものかァ……ッ!! ジャンヌ・ダルクへの大恩も忘れ、彼女を見捨てたものどもがァッ! 助かりたいと思うのであれば、いま再び神へと祈るがいい! この身が犯す叛逆こそが過ちだと言うのであれば、主の裁きが我が身へ下るであろう! 聖女を害した畜生どもにさえ主の救いが齎されるというならば、私は神にさえ唾を吐こう――――!!」

 

 ―――あれは、()()だ。

 

 全身から延びる触手で逃げ出そうとする兵士に躍りかかる。

 即座にジルは剣を執り、もう一人の自分に向け駆け出していた。

 

 一息に彼我の距離を走破して、剣をそれの頭部に叩き付ける。

 返ってくる手応えは、まるで城壁に剣で殴りかかったような反動。

 外見は人のそれと同じはずなのに、傷をつけるどころかびくともしない。

 

 ぎょろり、と前へと飛び出した眼球がこちらに向く。

 

「お前か……! お前が……! 竜の魔女、を……!」

 

「―――そうとも。私が憎み、恨み、失望したこの国を焼くためにィッ!!」

 

 触手に手にしていた剣を弾き飛ばされる。

 人と同じものにしか見えない彼の手が、こちらの頭を掴みかかる。

 発揮される人間のそれとは思えぬ怪力。

 万力の如き握力に締め付けられ、ジルは口から自然と悲鳴を零す。

 

「ぐぁ……! ぁ、ああ―――ッ!?」

 

「―――ジャンヌ・ダルクに復活をして戴いた!

 この国を焼き、世界を焼き、その憎悪を晴らすための場に導いた!!」

 

「馬鹿、な……! ジャンヌ・ダルクが、そのようなことを望むはずがッ―――!」

 

「望まぬはずがあるものかァアアアッ―――!! 何故彼女があんな残酷な結末を迎えねばならない!? 何故彼女の死を受け入れられるか!? 例えこの身を地獄に堕としても、あんな結末だけは踏み躙らなければならない! 貴様にィ……! 貴様ならばァッ!

 この望みの正しさが分からぬはずがあるものかァアアアアッ――――!!」

 

 ―――ああ、わかる。わかってしまう。

 何故この()がこんな事をしたのか。本気で共感を抱いてしまう。

 心の中でそんなことは許されぬ、と確信しながらもその行動に憧れる。

 こちらの抵抗が緩んだと見たか、もう一人のジルは彼を投げ捨てて兵士を狙おうとする。

 

 人間離れした膂力。

 それに投げられたジルは、簡単に地面へと転がった。

 鎧を着ながらバカみたいに転がったせいで、それだけで体が壊れたのがわかる。

 

 でも立たなければ。

 彼に―――自分の心に、それは違うと言わなければ。

 

 立ち上がろうと手に力を入れた。そこに地面ではない何かがある。

 

 ―――剣だ。先程の金の竜が弾き飛ばした、赤の戦士の剣。

 あれだけの化け物と戦える剣ならば、と勝手に借り受ける。

 それを杖代わりに体を起こし、こちらに既に背を向けた彼へと全力で駆け出した。

 

「ぬぉおおおおおおッ――――!!」

 

 こちらの叫びに反応して、化け物と化したジル・ド・レェが振り返る。

 警戒などしていない無防備な姿。

 その腹に、突き出した剣は深々と突き刺さった。

 

「ご、あッ……!? キ、サマァッ――――!?」

 

「聖女を救えるというのなら、私など幾らでも地獄に堕ちよう……!

 だが、貴様のそれは……! 私の憎悪に聖女を巻き込んでいるだけだろう……!

 私が肚に抱えて地獄に持っていかなければならぬもので―――!

 我らが聖女を……! ジャンヌ・ダルクを汚すなァッ……!」

 

「―――――ァッ!!!」

 

 声にならぬ絶叫を上げ、発狂したジルの腕が人の身のジルの頭を掴む。

 一秒後には彼の頭が握り潰されるだろう、その刹那。

 

「もう終わりにしましょう、ジル」

 

 彼の目の前に、糸が切れたように眠る黒い聖女を抱いた救国の聖女が現れた。

 

 

 



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ザ・フィナーレ・オブ・ザ・フィナーレ2012

 

 

 

『下には大量のモンスター……恐らくジル・ド・レェだ!』

 

『海魔、とでも呼ぶべきかな? 恐らく彼の所持していた本。

 あの宝具の効果によって召喚された魔物だ』

 

 ロマンの声。彼に続けて、ダ・ヴィンチちゃんの声。

 崩れた城から身を乗り出して、立香が眼下に広がる光景を見下ろす。

 そこは既に、尋常ではない数の海魔が跋扈する異界と化していた。

 

「ドクター、なんであんなに出せるの!? この城にいた分の何百倍!?」

 

『―――恐らく、だけど。ジル・ド・レェはファヴニールの抜け殻を養分にしている。あの金色の竜が残した外殻部分を、海魔に摂取させ増殖させているんだ。ジークフリートに破壊されたとはいえ、竜という存在を飼料として使えばこの状況を作るのも可能だと思う。

 ……ただしそんなものを食わせてしまえば、ジル・ド・レェ自身でも海魔の制御はもう効かないだろう。あれは既に周囲のものを捕食するためのだけの存在だ』

 

 視界を埋め尽くす海魔の中に沈んだ竜の残骸は、既に欠片も見えない。

 捕食を止めるにはもう遅い。もう終えてしまっている。

 

「じゃあ……」

 

『ジル・ド・レェの宝具の停止以外にあれを止める手段はないだろう。

 宝具が発動している召喚魔術を破棄する方法があれば別だけど……実質、彼を完全退去させる以外に方法はない。だが、そのためには――――』

 

「この敵の中にいるジル・ド・レェを探す必要がある、ですか」

 

 海魔に埋め尽くされた地上を見て、苦渋を顔に滲ませるマシュ。

 

 マシュ、マリー、アマデウス、エリザベート、清姫。

 現状では戦力では、海魔の軍勢を相手取るのに火力が足りなすぎる。挙句、この中で火力が優れる清姫はほぼ戦闘不能。相応の殲滅力を期待できるのは、エリザベートひとりだけ。それだってここまでの消耗がないわけではない。

 

「ジル・ド・レェだって、あのブレスを食らって無事なわけないはず……」

 

『……彼は騎士とはいえ、この時代の人間だ。英霊としての格はそう高くない。サーヴァント化していても、神話に語られるほどのドラゴンの攻撃に直撃して、長々と保つはずがない。

 今の行動は殆ど、悪足掻きに近いもののはずだが……』

 

「―――でしたら、彼はきっとジャンヌのために余命を使うでしょう」

 

 ジル・ド・レェには、ジャンヌのような神秘による耐久の支えはない。

 いや。あの竜の息吹に直撃していれば、ジャンヌでさえ退去していてもおかしくない。

 そういったレベルの一撃だった。

 

 ならば、ジル・ド・レェが本来あれに耐えられるはずがないのだ。

 だというのに彼はまだこの時代にいる。あの海魔たちがそれを証明している。

 

 それが何のためか、という本質。それはきっとマリーの言葉通りだろう。

 白でも黒でも、どんな形であれ彼のジャンヌへの想いは本物だ。

 その想いが暴走して、この世界を滅ぼすための特異点を形作った。

 だが根底には、彼女への信奉と敬愛があることには違いない。

 

「だったら何を狙う……?」

 

「そりゃ君。一人でも多く彼女を生贄にしてのうのうと生きてる人間たちを殺す、だろうさ」

 

 アマデウスが何のことも無いように言い、城の外に見える一角を指さす。

 霞んで見える光景。そこには、人間と海魔の戦闘らしき光景が―――

 

 その瞬間、空中で戦いを繰り広げていたジオウがその近くに落下した。

 アナザーウィザードもそれを追い地上へ。

 付近の海魔たちを気にも留めることさえなく、戦闘行動を続けるアナザーウィザード。

 ジオウは近くの人間たちに気づいたらしく、動きが鈍る。

 そのまま一方的に追い詰められていく光景。

 

「まずい……ソウゴが……!」

 

 どうするべきか。いや、選択肢が飛行能力を持つエリザベートしかない。

 けど彼女一人だけであの海魔の腐海で何を―――

 その瞬間、空より無数の棘に分裂する槍が放たれ、大量の海魔たちが消し飛んだ。

 

「ランサーさんの宝具……!」

 

 周囲を一掃したランサーが更なる掃討に移る。

 それを見たソウゴが、アナザーウィザードとの戦闘に集中できるようになった。

 ランサーが海魔、ソウゴがアナザーウィザード。

 ならば立香達はすぐに、恐らくあそこにいる人間たちを狙いとするジル・ド・レェを追わねば。

 

「マリーさん、またあの馬車できる?」

 

「え? ええ、大丈夫よ。流石にそろそろ危ないけれど、この距離なら何とかしてみせるわ。

 でも敵まで全部どうにかするのは……」

 

「ならば俺の剣で風穴を開ける。その隙に進め」

 

 差し込まれる、竜殺しの声。

 振り返ってみれば、そこにいるのはジークフリートとゲオルギウス。

 全速力で城を上ってきた二人が合流する。

 

 即座に確認するようにジークフリートの目を向けると、彼は力強く頷いてくれた。

 

 ―――だが彼らは既に、ファヴニールと死闘を経てきたのだ。

 魔力は心もとないだろう。

 

「ジークフリートは宝具、あとどれだけ撃てる?」

 

「流石にもう二度三度全力で放てるような魔力はない。マスターの令呪があれば別だが……一度全力で放った後は、一体ずつ斬り伏せる程度の仕事しかできないだろう」

 

 バルムンクを握り締めながら、そう口にするジークフリート。

 まともに放てるのは後一度。だがそれで確かに切り拓いてみせる。

 彼は言外にそう口して小さく笑う。

 

「……じゃあ撃ってもらう。ここから飛び降りて、まずはジークフリートの宝具。それに開けてもらった道をマリーの宝具で、マシュとゲオルギウスに守られながら突っ切る。できるかな?」

 

『……ただあの海魔たちの狙いは、恐らく餌―――高い魔力だろう。呼び出したジル・ド・レェの意志がある程度反映されて、黒ジャンヌ……あの竜を守ろうとはするかもしれないが、それ以外の高い魔力は格好の餌と見られると思う。

 ジークフリート。キミが宝具を放てば、恐らく周辺の海魔は一気に押し寄せてくるぞ』

 

「つまり宝具を放てば道を切り拓き、かつ囮になれるということだろう?

 一度の宝具解放で得られる戦果としては上々だ」

 

 英雄がロマニの言葉に不敵に笑い返す。

 そう宣言されたロマニは軽く目を瞬かせたあと、少し困った風に口元を引き攣らせる。

 

「ありがとう。マシュ、宝具いけるよね?」

 

「はい!」

 

 マスターの声に応え、盾を握り直すマシュ。

 彼女たちの様子を見てから、真っ先にジークフリートが飛び降りた。

 怪物の氾濫する大地に向けて落ちていく大英雄。

 落下しながら呼吸を入れた彼が手にする魔剣から、エーテルの渦が迸る。

 

 彼に続くため、マリーが展開した馬車に乗り込む立香達。

 更にマシュとゲオルギウス、エリザベートが馬車上へと立つ。

 そうして準備を終えた馬車もまた、空へと飛び立つように壁から飛び出した。

 

「エリザベート、お願い!」

 

「分かってるわよ、このくらい……重っ!?」

 

 エリザベートの翼が羽ばたいて、馬車の天蓋を押さえつける。

 車輪が強引に城の壁に叩き付けられ回りだす。

 もはや崖から落ちるようなものだが、そんな状況を力尽くで疾走に変える。

 火花を散らして壁面を蹴る車輪が、馬車を更に加速させていく。

 迫りくる地上、大地を見据えて突き進む彼女たちの前で―――

 

 先に飛び降りたジークフリートが、地上へと降り立った。

 落下の衝撃で地表を割りながら、しかしその大英雄は揺るがない。

 姿勢を崩すこともなく、着陸した時点で既に体勢は整っている。

 

 構えた宝具には、既に彼が残していたほぼ全ての魔力が込められていた。

 着地と同時に振り上げられる魔剣バルムンク。

 噴き上がる神代の息吹が刃と成って。

 

 そうして、形成されるのは真エーテルで形成された魔剣の真骨頂。

 真名を解放し最大の一撃を振り下ろすまで、彼が地に下ろしてから一秒足らず。

 蒼色の魔力の迸り、魔剣が齎す黄昏が世界を覆う。

 

「“幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)”――――!!」

 

 一閃、振るわれた刃と同時に奔る極光。

 眼前に広がる海魔たちを悉く薙ぎ払う。魔剣より放たれた圧倒的な威風。

 それが彼方の目的地までの道を切り拓き―――

 

「“疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”ッ―――!!」

 

 次の瞬間、高速で落下してきた馬車の勢いを殺すための盾が開く。

 軋みを上げる馬車はしかし、その強引なまでの着地に耐え切った。

 下を向いていた馬首を目的地に向けなおし、硝子の馬は今度こそ正しく疾走を開始した。

 

 微笑み、それを見送るジークフリート。

 遠くなる馬車を見ていた彼が、すぐに表情を引き締める。

 

 無限に等しい数が溢れる海魔が、真エーテルの波動に惹かれだす。

 視界を埋め尽くしていた連中を消し飛ばしてなお、海魔に品切れはない。

 化け物たちはジークフリートの手にする剣を目掛け、集まりだしていた。

 

「これで魔力はほぼ尽きた。すまないが、今の俺は餌にしても大して腹は膨れないぞ。

 ……だが、まあ。それを残念に思う事はない」

 

 エーテルの残光を曳き、魔剣が唸る。

 大剣一振りで三匹、海魔が弾け飛び、溶解液が飛散した。

 ジークフリートの動きは止まらない。

 閃光そのもの、バルムンクの剣閃が海魔たちを次々となます切りにしていく。

 

「―――“竜殺し”と呼ばれる者は、全てを使い果たした先にこそ強さを試される。

 ファヴニールだったものを喰らって生まれたものどもよ。

 己が身をもって試してみるといい、俺が背負う事になった“竜殺し”という称号を」

 

 

 

 

 最後の疾走、限界を超えてももうあとはあの目的地まで保てばいい。

 その覚悟で魔力を燃やし、スピードに変えるマリー。

 

 そんな全力疾走する馬車を、横合いから極大の爆風が襲う。

 

「なに――――!?」

 

 悲鳴染みた疑問の声。

 確認のために視線を送った先では、アナザーウィザードが地上を地獄に変えていた。

 だというのなら、あのジオウはあの地獄の業火の中に沈んだのか。

 確認する―――ためには、繋がりをもつクー・フーリンもジークフリートもこの場にいない。

 

「ドクター……!」

 

『ッ、待ってくれ……! 今の攻撃の魔力の余波で、状況が……!

 少なくとも、ランサーもジークフリートもまだ戦っている……信じるんだ―――!』

 

 馬車に気づいたか、アナザーウィザードがこちらを振り返る。

 ゆったりとした動き。まるで最大の敵を排除したかのような余裕。

 そんな相手の様子に、立香が思わず顔を顰めた。

 

 ジオウを炎の渦に沈めた竜が、その翼が生み出す推力でもってこちらへと殺到する。

 対して、ゲオルギウスが即座に身を乗り出した。

 圧倒的な速度で迫るヒトガタの竜。

 それの突撃を守護聖人が正面から受け止めようとして―――

 

 竜と竜殺しが交差する直前、アナザーウィザードの体がバキリと割れた。

 

「ガ――――ッ!?!?」

 

 立香達のみならず、本人さえも驚愕に目を見開く事態。

 空中で急停止した怪物が苦しむようにもがき、身を捩る。

 

 直後、アナザーウィザードの目前に魔法陣が展開した。

 その中から飛び出してくる、黒いジャンヌを抱えた白いジャンヌの姿。

 

「―――ジャンヌ!? マリーさん」

 

「ええ! 今、馬車を回すわ!」

 

 馬車を引く硝子の馬のクイックターン。

 投げ出されたジャンヌに向け、馬車が盛大に揺れながら方向転換する。

 空を舞いながら体勢を立て直し、危うげなく馬車の上に着地したジャンヌ。

 

 動く様子のない黒いジャンヌ。

 そんな竜の魔女を抱いている彼女の顔は、憂いに満ちているように見えた。

 

「ジャンヌ、大丈夫!?」

 

「―――はい。ご迷惑をおかけしました。ですが、こうして……」

 

 表情を引き締めて、彼女は黒ジャンヌを抱きなおす。

 それに合わせ、だらりと揺れる一切の力を感じさせない腕。

 魔女には既に意識がないように見える。

 

 その様子を見て、ゲオルギウスが声をかけた。

 

「どうなされるおつもりですか?」

 

「最後の、決着を。どうか私につけさせてほしい」

 

 ジャンヌはそう言ってゲオルギウスを、立香を見つめる。

 彼女にとっての決着とは、恐らくいま向かっている場所でつけるものだ。

 

 ―――立香が首を縦に振る。

 そんな反応を見たゲオルギウスが苦笑し、馬車から飛び降りた。

 

「では、こちらの足止めは私がなんとかしましょう。せめてそちらが決着をつけるまでは」

 

「じゃあアタシも付き合うわ。なんか、話が難しくなってきたし。

 こっから先はアタシたちの出る幕じゃなさそうだもの」

 

 続いて降りるエリザベート。

 彼らが体が罅割れたアナザーウィザードの前に立ちはだかる。

 

 マリーがその様子に頷いて、前を見た。

 彼女の意志に呼応して、硝子の馬が再び疾走を開始する。

 目的地へ向け加速していく馬車を背に、竜殺しと竜の少女がそれぞれ武器を構えてみせた。

 

 体が崩壊していくのをアナザーウィザードは止められない。

 それを見たエリザが、呆れるように呟く。

 

「……って言っても、勝手に倒れちゃいそうだけど」

 

「そうだとよいのですがな」

 

「グ、ゥウウアアアァッ――――!!!」

 

 バラバラと崩れていくアナザーウィザード。彼は咆哮を轟かせると、自分の体に出来た罅の中に自分の腕を爪ごと突っ込んだ。一度突っ込んだ腕を引き抜くと、その竜の爪の間に―――アナザーウィザードウォッチがあった。

 

 瞬間、アナザーウィザードが砕け散る。

 人型を失って、竜へと回帰する怪物の姿。

 

 まるで自爆するような流れに、エリザベートが軽く眉を上げる。

 

「やっぱり! って、ドラゴンはまだ残るのね」

 

 アナザーライダーとしての契約者を、アンダーワールドを経由して奪還された。途中からは完全に体をアナザーウィザードラゴンが支配していたが、今の状態でこの体を維持することはできなかった。だから―――()()()()()()()()()

 

 彼は器用に爪を繰り、アナザーウォッチを起動する。

 

〈ウィザードォ…!〉

 

 そうしてウォッチを放り、大口を開けて呑み込んだ。

 その瞬間、竜の体は大きく変化して再びアナザーウィザードへと変貌する。

 

 ―――だが、カラーリングは金色ではない。赤色だ。

 彼を金に染めていた()()が、同時に奪還されてしまったから。

 取り戻さねばいけない。彼の、絶望から湧き出す無限の魔力を。

 

「結局戻るのね、けどちょっと弱くなってる?

 色にゴージャス感が足りなくなったものね」

 

「軽口はそこまでに。来ます――――!」

 

 今すぐ目の前の敵を排除して、契約者を取り戻す。

 そのために、アナザーウィザードが暴れ狂う。

 

 

 

 

「ジャン、ヌ……ダルク……!」

 

 目の前の生前のジル・ド・レェを潰すこともなく、ただ茫然と声を上げる。

 その目はどちらのジャンヌ・ダルクも見ていた。

 白い聖女は動かなくなった黒い聖女を抱えながら、ジルにゆっくりと歩み寄る。

 

「おぉ……! おぉおおお……!!」

 

 悲嘆の叫び。

 

 今自分が串刺しにされていることさえ忘れたように、彼もよろよろと彼女たちの方へ歩み寄っていく。その手は黒いジャンヌの方へ差し出され、悲哀の感情に戦慄いているように見えた。

 もはや用無しと投げ出されたジルが地面に転がった。彼にも一度視線を向けた聖女が、道半ばで足を止める。

 

「……ジル・ド・レェ。最後に一つ、貴方に訊きたいのです」

 

「―――――」

 

 ジャンヌが足を止めたように、ジルもまた足を止める。

 彼を見る彼女の目には、けして責める色合いは浮かんでいなかった。

 

「……復讐を私は望んでいなかった。だが、貴方は望んだ。

 それはそれでいいのです――――けれど、()()()()()()()()()()()?」

 

 ジル・ド・レェの息が止まる。

 

「貴方の手により絶望の中に生み落とされた少女。

 彼女に、何かを選ぶ権利は与えられていましたか?

 ―――いえ。貴方は、彼女にそれを与えましたか?」

 

 ジャンヌの視線が下に向き、自分が抱いた少女を見る。

 ジル・ド・レェに望まれて生まれた少女。

 彼の憎悪を晴らすために望まれた復讐者。

 

「私は望んで死地に向かった。けれど彼女は全てが死地から始まった。

 それが……貴方の望んだジャンヌ・ダルクだったのですか?」

 

 復讐を望むはずだ、と彼は言う。

 あのような裏切りが許されるはずがない、赦していいはずがない、と。

 だからこそ、ジャンヌ・ダルクの復讐を代行するジャンヌ・ダルクを願った。

 

 ―――ジル・ド・レェは。

 己の憎悪を晴らすためだけに、救われない少女を一人生み出した。

 

「それ、は……」

 

「ええ、私ならそれでも選ぶでしょう。始まりが死地であっても、きっと平和のためにと命を燃やすことを厭わない。

 ……なのに。そのジャンヌ・ダルクの異常性を否定し、復讐に走った貴方が。なぜ、それを他に誰かに押し付けてしまったのですか? 他ならぬ、貴方がジャンヌ・ダルクならざるジャンヌ・ダルクなれと願った少女へ」

 

 ジャンヌ・ダルクは復讐など望まない。

 だから、復讐を望むジャンヌ・ダルクを願った。

 ―――ジル・ド・レェは、この世界に。

 最初から。始まりから、既に蹂躙されていた聖女だったものを生み出した。

 

 他の何でも止められぬ、と感じられたジル・ド・レェの狂騒が止まっている。

 この機しかない、と。

 人であるジルが、彼の胴体に突き刺さったままの剣を掴もうとして―――

 

「ジル」

 

 その聖女からの懐かしい呼びかけに、動きを止めた。

 振り向けば、彼女は小さく首を横に振っている。

 

 ―――それに従い、ジルが動きを止める。

 

「……ジル・ド・レェ。貴方が復讐を志したことより。この国を焼いたことより。もう一人の私を作ったことより。

 私は……かつて小娘でしかなかった私をあの時導いてくれていた貴方が、今の彼女を導こうとしてくれなかったことが―――何より、哀しい」

 

 彼女の言葉に、ジル・ド・レェの膝が落ちる。

 限界を執念で凌駕していた彼の姿が、魔力に還り始める。

 

 ジャンヌ・ダルクを炎に沈めた者どもを呪った。

 その呪いを晴らすために―――地獄の中に、ジャンヌ・ダルクを生み出した。

 彼女の身を焼いていた憎悪は、ジル・ド・レェによって与えられたもの。

 貴女をその地獄に堕とした者どもを呪え、と。

 

 彼が何より誉れとした聖女の似姿を持つ少女に、聖女と同じ苦しみを与えた。

 彼の憎悪を晴らさせる、そのためだけに。

 

 ジャンヌ・ダルクは憎悪しない。

 だが彼は、彼女にジャンヌ・ダルクの名を与えた上で憎悪しろと言った。

 ジャンヌ・ダルクであって、ジャンヌ・ダルクではないもの。

 彼女は自分さえ定かではなく、地獄の中で彷徨う迷子の少女だった。

 彼がそうしてしまった。

 

 ―――私にいつかそうしてくれたように、貴方にはそんな少女を導くことができたはずなのに。

 

 怒るでもなく。憎むでもなく。憐れむでもなく。

 そんな迷子の少女の顛末を、ジャンヌ・ダルクは哀しんだ。

 

「――――……あぁ、なんと。

 どれだけ言い訳しようとも、私も所詮貴女を見捨てた凡愚の一人であったか……」

 

 憎悪のままに少女を一人生み出して。

 そうして生み出されたジャンヌ・ダルクを前にして、それでも顧みることさえなかった。

 自分が与えた彼女の苦しみを慮ることさえしなかった。

 

 かつて自分を導いてくれたフランスの誉れ、騎士の鑑。

 そう言って、己を誇りとして語ってくれる聖女。

 

 だが彼は今回、少女の抱いていた苦しみに目を向けさえしなかった。

 ジャンヌ・ダルクを火刑に処した者たちと同じように。

 彼女をただ苦しめ、それを当然のように見過ごしていた。

 

「それでも、まだ……この身を焦がす後悔は今なお、この心に焼き付いているのです……私はあの時、貴女のために剣を執るべきであったのに――――」

 

 ―――ああ、また見過ごしていた。

 彼を狂わせるほどに精神を焼き尽くした、聖女を殺す炎を。

 

 ジャンヌが誉れとしてくれた騎士はもういない。

 彼女の命を見捨て、信仰を唾棄し、その似姿までも苦しめた。

 

「……あの時の貴方は、それを私が望んでいないと想いを汲んでくれただけでしょう」

 

 ジャンヌの視線が、人のジルへ向く。

 彼女を見返すことができず、彼は小さく視線を逸らしてしまう。

 静かに消えていくジルは、半ば炭化している両腕を大きく天へ掲げた。

 

「おお、天にまします我らの父よ―――この罪、全て我が心より生じたもの。

 この身は幾度地獄に焼かれても構いませぬ。だがせめて神よ……彼女は、その御許へ……」

 

 最後に彼は、動かない黒い聖女を見つめながら消失した。

 ()()()の消失に続き、ジャンヌの腕の中にあった黒い聖女も消えていく。

 

 そこに残されたのは、超魔力の水晶体。

 聖杯だけ。

 

 それを手にしたジャンヌが、祈るように目を瞑る。

 ゆっくりと瞼を開いた彼女は、既にその瞳に哀しみを残してはいなかった。

 

「ジル。貴方は散らばってしまったフランス軍を率いて、この地をできるだけ離れてください。

 まだ超常の戦いは終わっていません」

 

「ジャンヌ……! わたしは……!」

 

 自分の心情を吐き出そうとしたジルをジャンヌが手で制する。

 

「この邂逅は、本来ありえないもの。

 ……私は貴方が生きるこの先に、幸福があるようにと祈っています」

 

「ッ、―――はっ! ありがとうございます、ジャンヌ・ダルク。

 私は散った部隊を再編し、一時撤退します……!」

 

 サーヴァントであるジルの乱入により瓦解したフランス軍。

 それを纏められるのは、彼しかいない。

 彼が走り去るのを見送るジャンヌの背中に、マリーが声をかける。

 

「……本当にそれでいいの? ジャンヌ」

 

「ええ。例え特異点の修正が終われば夢と消える光景だとしても……

 いえ、消えてしまう光景だからこそ、私が彼に残すべき言葉はありません」

 

 彼女が手の中に納まった黒ジャンヌだったもの。

 聖杯へと視線を送る。

 

『よし、聖杯は回収に成功した! この特異点はこれで修正可能だ……って!?』

 

『ふむ。これは一時的にあの竜が聖杯そのものである黒ジャンヌと融合していた影響かな?

 まだ所有権をこちらが完全に確保できていない。

 つまり、あのドラゴンを倒して初めて、私たちが聖杯戦争の勝者と認められる、ということだ』

 

 そのダ・ヴィンチちゃんの声に次いで、通信先が俄かに騒々しくなる。

 うん? と首を傾げた立香が声をかけようとして―――

 

『ゲオルギウスとエリザベートが振り切られた―――!

 黒ジャンヌが聖杯に戻ったと知って、完全に聖杯の確保を目的に動い……!』

 

 瞬間、赤い閃光が戦場に奔った。

 狙いはただ聖杯を所持しているジャンヌ・ダルクのみ。

 前方に突き出した竜の爪を、彼女の霊核に向けて突き出す必殺の構え。

 

 それを咄嗟に旗で受け止めようとするジャンヌ。

 その行動こそ間に合ったが、踏ん張り切れずに彼女は大きく弾き飛ばされた。

 片手で聖杯を持っているが故、旗を支えていたのは片手だけ。

 あまりの衝撃に耐え切れず、旗が手放されて。当然のように、聖杯もまた――――

 

「し、まっ……!」

 

 宙を舞う水晶体。

 マシュが、マリーが、それを追おうとするが、誰よりアナザーウィザードこそが近い。

 

 再び彼が無限の魔力を得るために、それへと手を伸ばす。

 あとほんの数センチ、それで指先が触れる。

 

 ―――そんなタイミングで聖杯の直下の地面が爆発した。

 

 土塊を浴びるアナザーウィザード。

 彼は一瞬だけ驚き、しかし聖杯を得るために手を伸ばす。

 だがその手は、何も掴むことなく空ぶった。

 

「悪いけど、これは渡せない」

 

 加速が止めきれず、アナザーウィザードが突き抜けていく。

 聖杯の確保を失敗したことに、竜が雷鳴のような唸り声を響かせる。

 

 地表を爆破し地中から出現したのはジオウ。

 その体を覆うウィザードアーマーには、いまだ赤熱した様子が残っている。

 手に聖杯を乗せて全身から白煙を上げるその姿。

 彼を見た立香が、その名を叫んだ。

 

「ソウゴ――――!」

 

「うん、大丈夫。忙しくて返事できなかったけど、ロマンたちの通信も聞こえてた」

 

『なるほど……炎を避けて地面に潜り、そのままこっちまで来たってことかい?』

 

「まあ避け切れてなかったけど」

 

 ジオウが地中から飛び出してきたときにキャッチした聖杯を眺める。

 減速して空中で止まり、振り向くアナザーウィザード。

 聖杯を奪われた彼が発する怒りが、身を焼くほどに伝わってくる気さえする。

 

 彼は元から、この聖杯が生んだ黒ジャンヌとファヴニール、そしてアナザーウォッチの力で生まれたものだ。

 だからこそ、それは自分のものだ。みたいな主張自体があるなら、理解できないわけではないな、と彼は思う。

 

「これが黒ジャンヌ、だったんだよね」

 

「……ええ、そうです」

 

「そっか。そうなんだ……」

 

 体勢を立て直したジャンヌが答えてくれる。

 そうか、と彼は聖杯を手にしたままアナザーウィザードに向き直った。

 

「じゃあアンタ、この力を持つのに向いてないよ」

 

「グゥウウッ――――!」

 

 理性なき暴竜にかける言葉。果たしてそれを理解できたからか否か。

 アナザーウィザードはジオウに向けて、翼を用いて加速した。

 

 放たれる爪による斬撃。

 それを半身になって躱し、胴体へと蹴りを叩きこむ。

 それに構わず、むしろ蹴られた勢いで回転を加速して放たれる竜の尾。

 振り抜かれる尾による打撃に対し、掌を前に出す。

 コネクトで呼び戻されるジカンギレードが、竜尾と激突して受け止めた。

 

 だが、勢いを殺しきれずに押し込まれる。

 即座に相手の尾を受け止めているギレードを支点にし、ラッシュテイルを飛び越えてしまう。

 そのまま相手の胴に斬撃を一度。

 直撃を受けて火花を散らし、アナザーウィザードが蹈鞴を踏む。

 

 押し返された竜が唸り、ジオウを―――彼の持つ聖杯を睨んだ。

 

「さっきまでさ。これ、アンタの中にあったのに。

 アンタ、たったあれだけの絶望(ちから)しか出せてなかったでしょ。

 これは―――もっと強い希望(ちから)なのに」

 

 相手の視線を吸い寄せている聖杯を持ち上げて。

 そう言ったジオウの周囲に、聖杯から巨大な魔力が放出されていく。

 溢れる魔力が、四色の光と変わって周囲に降り注ぐ。

 

 その魔力の奔流を前に、アナザーウィザードが一歩退いた。

 

「これに触れてると、何となく伝わってくるんだけどさ。黒ジャンヌがどんな想いだったかとか。どれほど自分になりたいって願ってたかとか。

 ―――もし、この力に正しい使い方があるとするなら、あの願いを叶えてあげること……絶望を希望に変えるために使うことが、正しいことなんだと俺は思う」

 

 聖杯の放った魔力とともにジオウが空中へと舞い上がっていく。

 

 逃げるべきだ、と竜の本能が叫ぶ。だがあの聖杯を取り戻さねば、この身の発端であるファヴニールが聖杯由来である以上、竜の存在はいずれ消え去ることになる。

 内なる弱気を噛み砕き、竜はジオウを追って飛翔した。

 

「グゴァアアアアアアアッ――――!!」

 

〈フィニッシュストライクゥ…!〉

 

 聖杯さえ取り戻せれば、魔力は取り戻せる。

 その判断をしていたかどうかさえ定かではない。

 だがアナザーウィザードはその身に宿した全ての魔力を振り絞り、ジオウへと突貫する。

 

 胸部のドラゴンの頭が足裏へと移動していた。

 咆哮を挙げるドラゴン。そこに全魔力が集中し、白い輝きとなって迸る。

 全ての魔力を放ちながら、光の矢と化してジオウへと殺到するアナザーウィザード。

 

 それを待ち受けながら、ジオウがドライバーにセットされているウォッチのスターターを押す。

 

「魔法は、きっと誰かを幸せにするためのもので―――

 そしてライダーの力は、誰かを守るためのものだ。ウィザードの力で悪い絶望(ユメ)を生み出すお前に、これは……使っていい力じゃないんだ――――!!」

 

〈フィニッシュタイム! ウィザード!〉

 

 ジオウの周囲に四つの魔方陣が展開される。

 赤い魔法陣、火のエレメント。

 青い魔法陣、水のエレメント。

 緑の魔法陣、風のエレメント。

 黄の魔法陣、地のエレメント。

 

 それら全てが生み出す力が、ジオウの足へと集中していく。

 ジオウの手がドライバーのリューズを叩き、そのまま回転させた。

 

「これで―――終わり(フィナーレ)だ!!」

 

〈ストライク! タイムブレーク!!〉

 

 四色の光を収束した蹴撃が、輝ける竜の突撃を迎え撃つ。

 全ての魔力を絞りつくした白い輝きが、四色が混じり合う輝きと衝突する。

 

 ―――拮抗は、一瞬。

 

 衝突した端から竜が砕かれていく。

 真っ先に頭部が砕け散り、ぶつけ合った足と胴体を粉砕してジオウの姿は地上まで突き抜ける。

 

 激突の末、空中に残された竜の残骸。

 翼と爪と尾の破片。それらが完全なる敗北に従うように、爆発四散した。

 爆発の中で、排出されたアナザーウィザードのウォッチもまた砕け散る。

 

 蹴り抜いた姿勢のままで着地、地面を削り飛ばしながら減速。

 自身が蹴り放った熱量に悲鳴を上げるように、ジオウの脚部からは白煙が吹いている。

 

 やがて地面の上で停止した彼が振り返り、空中の爆炎を見上げる。

 その姿勢のまま、仮面の下でソウゴ小さく息を吐いた。

 

「ふぅー……」

 

 そうして、やっと終わったとばかりに背中からばたりと寝転がる。

 こちらに向かってくるみんなを感じながら。

 

 

 



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最後の希望1431

 

 

 

 一つ、二つ、三つ―――

 流れるような動作から繰り出す槍が、立て続けに海魔を貫いて絶命させる。

 喰い破られた体が返り血の代わりに噴き出す体液。

 溶解液の噴水を悠々と躱しながら、次の標的は、と視線を巡らせ―――その異常に気付く。

 

 周囲で増殖を続けていた魔物どもが、次々と消えていく。

 召喚魔術でこの世界に繋ぎ止められていたものの完全な消失。

 この事態に対する答えは一つしかない。

 

 その様子を見て一息つき。

 ランサーがほぐすように首を回しつつ、槍を引き戻した。

 そのまま手にしていた朱い槍を消し去った彼は、その手で自分の肩を叩く。

 

「やっと終わったか。流石に手間だったな」

 

 何より、数ばかりで面白みがなかったのがいけない。

 やれやれ、なんてぼやきながら肩を回して。

 そうしてマスターたちのいる方向へと視線を送り、小さな声で呟く。

 

「これで解決なのかね。……ん?」

 

 そんな中、彼の目の前に突然現れる魔法陣。

 ゆっくりと迫ってくるそれを見て、魔力の質に眉を軽く上げる彼。

 その動く魔法陣は、珍妙なものを見る顔をしているランサーの姿を呑み込んでいった。

 

 

 

 

 津波の如く一斉に押し寄せてきた周囲一帯の海魔の群れ。

 それらをひたすらに斬り伏せていたジークフリートが動きを止める。

 

 蠢いた魔物の海が、光に還りだす。

 ジル・ド・レェが召喚していた海魔たちが、自然消滅し始めたのだ。

 先に送り出した彼女らが目標を達成したのだろう。

 

「―――終わったか」

 

 崩れていく海魔を前にして、ジークフリートは軽く一息つく。

 そのまま彼はバルムンクを地に突き刺し、終結した戦場へと視線を向け―――

 そこで、彼の目前に魔法陣が出現する。

 

「む?」

 

 感じ取れる魔力はマスターとして契約した少年のもの。

 だからこそどんな反応を取ればいいか分からず困惑して。

 それが徐々にジークフリートに近づいてきて、彼は大人しくその中へと呑み込まれた。

 

 

 

 

『聖杯の回収完了を確認、今度こそ間違いない!

 これでこの特異点は、自動的に修復に向かうことになるだろう。

 さあ、みんな! レイシフトによる帰還を開始しよう!』

 

「了解しました、ドクター」

 

 そう言って、ロマンからの通信は途切れた。

 向こうでレイシフトによる帰還のための操作に入ったのだろう。

 その様子を見ていたジャンヌが、残念そうに呟く。

 

「もう行ってしまうのですね」

 

「そうだね……ドクターも少しくらい、みんなで話す時間くれればいいのに」

 

 立香がそう言って、ジャンヌに笑いかける。

 そんな彼女の背中にするりと清姫が縋り付いてきている。

 今まで立香の肩に乗っていたフォウが、それの来襲に頭へと避難した。

 

 半ば慣れてきたその蛇ムーブを受けながら、立香は彼女の頭を撫でる。

 撫でるたびに清姫の笑みは深く深くなっていく。

 

「ええ、ですがご安心ください。わたくしはちゃあんとますたぁに着いていきますので」

 

「えっ、できるの?」

 

 ぎょっとする立香。

 マシュが流石にそれを否定する。

 

「残念ですが……レイシフトでカルデアに帰還できるのは、システム・フェイトによるサポートを受けて召喚されたサーヴァントのみです。清姫さんをレイシフトさせることは……」

 

「うふふふふ、大丈夫ですよマスター。()()()()()()()()()()()()

 

 彼女の中の執念が滾るのを見て、わーおと声を漏らす。

 そんな立香の感情に同意するような、フォーウという声が続いた。

 

 とりあえず、彼女は憑いてくるというなら他のサーヴァントと話そう。

 そんな感じで清姫をくっつけたまま歩き出す立香。

 彼女は抱きついたまま、何やら立香をよじ登ることまで始めた。

 はいはい、と頭を撫でつつ歩き続ける。

 

 フォウさんは遂に後ろ足で清姫の迎撃を開始した。

 

 そうしている彼女たちの前で、アマデウスが硝子の馬車から降りると同時、その馬車は限界だったとでも言うかのように、あっさりと崩れ去ってしまう。

 その様子を見ていたマリーが少し寂しそうに呟く声。どんな小さい呟きだろうと、彼の耳なら拾うのは容易い。そもそも当然の話として、彼が彼女の声を聞き逃すはずもない。

 

「結局。今度もあなたのピアノは聴けなかったわね」

 

「うん? まあ、そうなるね。―――うーん」

 

「どうかしまして?」

 

「いや。もし僕が君にピアノを弾く機会に恵まれたとしたら、僕でさえも緊張を覚えることがあるのかな、なんて考えてみただけさ」

 

 不思議そうに問いかけるマリーの前で、アマデウスが半ば本気で悩むようにそう言葉にする。

 だがそれを聞いた彼女は、本気でおかしそうに小さく笑いを漏らした。

 

「それは残念だわ、本当に。じゃあわたしはいつまで経っても、どんな奇跡に恵まれても―――貴方の、完璧なピアノ演奏だけは聴けないのね」

 

「……それは僕を甘く見すぎだ、緊張程度で僕の指が鈍るものかよ」

 

「そう。では、それはまた機会があったら……いずれ」

 

「ああ。それまで、耳を澄まして待っていたまえ。いつかきっとね」

 

 そうと言葉を交わして、マリーは立香たちの方へと走っていく。

 入れ代わるようにアマデウスの元には、マシュの姿が現れる。

 

 わざわざ来るなんて真面目な子だ、なんて笑いながら彼はマシュに声をかけた。

 

「どうだった、マシュ?

 聖女への救いを求めた結果、世界を滅ぼすことに加担した男の顛末は」

 

「―――確かに、その行為は許されることではありませんでした。けれど、その願いは……」

 

「尊かった? まあ、そうかもね。

 美しい願いを叶えるため、汚い手段を尽くす。汚い願いなのに、そこに至る手段こそ美しい。

 そんなこと、よくある話だ。けれど僕は―――そのままの人間でいいと思ってる。

 この時代で起きたこと、その理由、その結果……それこそが人間ってやつだろうさ」

 

 アマデウスがそう言って、優し気な目でマシュの無垢な瞳を見据えた。

 

「だってそれが、今までそういうものを歴史として積み上げてきた人間なんだ。

 ―――きっといつか、この旅路の終わり。君には選ぶときがくるだろう。

 選ばせたい、と思っている悪魔がいるだろう。

 まあ、今の僕には何となくしか分からないけど、きっとそうなるという確信だけはある」

 

「アマデウス、さん?」

 

 困惑するマシュを見ても、アマデウスの微笑みに変わりはない。

 それどころか彼は、少女を揶揄うように笑みを深くした。

 

「だってほら、君って僕がマリアに一目惚れした時と同じくらいに魅力的だから。

 悪魔の一人や二人、君の魅力で参っているに違いないだろう?

 ―――その悪魔にとっては遅かった出会いだろうけど、僕と同じようにね」

 

「はぁ……」

 

 アマデウスの言葉の意味を掴みかね、マシュは困ったように首を傾ける。

 

「おっと、話がずれたね。なんの話をしてたっけ?

 ああ、そうそう。こうして君は汚いもの、綺麗なもの、両方を見ながら生きていく。

 どう変わるのか、決めるのは君だ。けど……どれを選んだって、結果は“君”なんだ。

 だから安心して変わり給え。きっと、それが君をもっと魅力的にしてくれる」

 

 そう言って踵を返すアマデウス。

 そんな彼を、マシュは咄嗟に呼び止めた。

 

「あの!」

 

「うん?」

 

 足を止め、振り返るアマデウス。

 そうして顔を向けてくれた彼を前に、マシュが数瞬言葉に迷う。

 しかし意を決して口にする問いかけ。

 

「アマデウスさんは、ジル・ド・レェという人間の後悔を、どう……」

 

「そりゃ、さっき言ったように願いは綺麗なんじゃないかな?

 前に言った通りに僕は人間は例外なく汚いと思っているから、綺麗な願いと汚い人間。

 それに尽きるだろうさ。仮に“善い”か“悪い”かで語ろうとするならば―――」

 

「する、ならば……?」

 

「“どうでもいい”だ。だって僕、マリアほどジャンヌ・ダルクに思い入れがないし」

 

 軽く笑いながらそんなことを言うアマデウス。

 ええ? と、マシュが若干だが彼を白い目で見る。

 だが彼は至極真面目な顔をしてその言葉を続けてみせた。

 

「僕にとっては迷惑なだけで、どうでもいい願いでしかなかった。けれど、彼にとっては世界を引き換えにでも果たす価値のあった願いだろ?

 そんなもの、僕の物差しで願いの善し悪しに触れる気はないよ。だから僕は“迷惑だった”の一言だけで終わらせる。だって実際迷惑だったのは事実だし。

 そんな風に僕は考える、ということだ。ははは、君の参考になる意見じゃなかっただろうね」

 

「それは―――いえ、ありがとうございました。あとは自分で考えてみます」

 

 頭を下げて、感謝を示すマシュ・キリエライト。

 そんな生真面目な少女の態度に、少し困った風に眉根を寄せて。

 

「ああ。……君という楽譜が、幸福の詩を記すものでありますように」

 

 最後にそうとだけ呟いて、彼は目を瞑った。

 

 

 

 

 ジオウが疲労に喘ぎながら、寝転がっているところ。

 そこに、ゲオルギウスとエリザベートが駆け込んでくる。

 

 彼らの様子を見て、小さく安堵のため息を漏らすゲオルギウス。

 

「ああ、ご無事でしたか。面目ない、ああも簡単に抜かれてしまうとは」

 

「あんなスピードで逃げられたら追い付けるわけないじゃない。

 最初から逃げられてたら、何もできずにお手上げよ」

 

 同じく溜め息交じりに愚痴るエリザ。

 がっつりと足止めに専念するつもりで残ったというのに、さっさと抜かれてしまった。

 その消化不良が燻っているように見て取れる。

 

「いや、すっごい助かったよ。

 あそこで少しでも止めてもらってなかったら、俺も間に合わなかったし……」

 

 そう言ってジオウが自身を覆うウィザードアーマーに触れる。

 ジオウの装甲ごしにでも、未だドラゴンのブレスの熱を帯びているのが分かるほどだ。

 

 咄嗟にこのアーマーの持つ地のエレメントを活用し、地面に潜るという選択をしたのはいいが、放たれたのは周囲一帯を溶岩溜まりに変える火力だ。

 結局のところ、溶岩遊泳をする羽目になった。

 

 火のエレメントでの軽減。水のエレメントでの冷却。風のエレメントでの断熱。

 早速、このアーマーの能力を全て発揮させるために相当に頭を使った。

 復帰するのに少々時間を使うことになったのはそのせいだ。

 

「そう言って頂けるとありがたい」

 

「……子イヌ、アンタたちはもう帰るのよね?」

 

 立香に文字通りくっついている清姫を見ながら、エリザが問う。

 

「そうなるんじゃないかな。次の特異点にも行かなきゃいけないしさ」

 

「おや、戦いが終わって早々にもう次の戦地の話ですかな?

 こうして一つの時代を救ったのです、少しは体を休めて英気を養いなさい。

 そうでなくては最後の戦いに辿り着く前に、倒れ果ててしまうことになるでしょう。

 ……我ら、聖杯に呼ばれたサーヴァントたちもそろそろ退去が始まりましょうな。最後にジークフリートやクー・フーリンにも挨拶をしたかったが、時間もなさそうだ」

 

 彼らは解決までここより城より側の戦場で使命を果たしていた。

 あの二人がこちらに合流するより前に、特異点消失による強制退去が訪れるだろう。

 それを聞いたソウゴが、うーんと首を傾げた。

 

「それくらいなら、いけそうな気がする」

 

 よっこいせ、と立ち上がり手を前へと差し出す。

 そこに赤い魔法陣が二つ、ぼうと浮かびあがってきた。

 彼らの居場所は何となく感じる。多分、マスターとサーヴァントの繋がりだろう。

 その場に空間を繋げるイメージでもって、彼は魔法を発動する。

 

 魔法陣がスライド移動するように動く。

 するとその中から、面食らったようなクー・フーリンとジークフリートが出現した。

 

「あん? 空間転移か?」

 

「む。これは驚いたな……マスターの魔術か、これは?」

 

「うん、俺のっていうか……ウィザードの魔法?」

 

「魔法?」

 

 ジークフリートが首を傾げる。

 が、そんな面倒な話題はいいだろう、と彼の肩をランサーが叩く。

 

「細かいことはいいだろ、坊主に一から説明してたら日が暮れちまう。

 しかしどうせ消えちまう、ってならアンタとも一戦やってみたかったが……」

 

「ああ、あなたほどの槍使いにそう言ってもらえるならば光栄だ。

 だが俺としては、同じ陣営にいながらも肩を並べて戦えなかったことの方が心残りだな」

 

 笑いながら言うランサーに、無念そうに返すジークフリート。

 そんな彼を揶揄うように、ゲオルギウスが拗ねるような口調で声をかける。

 

「おや。私では不足でしたか?」

 

「いや、すまない。そういうわけではないのだ、聖ゲオルギウス―――

 ……すまない、俺は揶揄われているのか?」

 

 それを傍から眺めていたエリザベートが、呆れたようにソウゴを見る。

 

「なにあれ、男の友情ってヤツ?」

 

「うーん、どうだろ」

 

「アタシにはさっぱりね」

 

 友情かぁ、と。ソウゴも男サーヴァント三人の会話を眺める。

 そのまま見入りそうになって、いやいやと首を横に振った。

 ランサー以外の彼らとはここで別れることになるのだ。

 言っておかねばならないことがあるだろう。

 

「ジークフリートもゲオルギウスもありがとう。助かった」

 

「いや、俺はむしろ助けられた側だ。

 マスターたちにも、ゲオルギウスにも随分と骨を折らせた。

 その対価として払ってもらった労力分の助力にはなれたというなら、俺も誇らしい」

 

「ははは。先にジークフリートにそれだけ謙遜されてしまっては、私も気にするなとかしか言えないでしょうな。あなたたちの旅路の一助になれたと言うなら、私としても喜ばしい」

 

 むしろ申し訳なさそうに言うジークフリート。

 からからと笑いながら、そんな彼のことを茶化すようにするゲオルギウス。

 そうして話している彼らの中に。

 

「やあ、我が魔王。どうやら一つ目の特異点攻略は無事に終わったようだね」

 

 再び、ウォズが姿を現した。

 

 

 

 

「マリーさん、ありがとう。なんか、完全に移動を任せてた気がする」

 

「いえいえ、役に立てたのならよかったです。

 問題が解決したのは喜ばしいけれど、これで終わりなのは寂しいくらい。

 ジャンヌともだけれど、立香さんとももっと色々とお話ししたかったわ」

 

「フォウ、フォー!」

 

 立香の頭の上で鳴くフォウ。

 そんな小動物の様子にくすくすと微笑んで、マリーがフォウの頭を軽く撫でた。

 

「もちろん、あなたともね?」

 

「―――マスター、すみません。その、あの方は……?」

 

 立香がジャンヌとマリー、ついでに引っ付いた清姫で集まり会話していると、ジャンヌが会話の繋がりを断ち切って立香へと声をかけてくる。

 うん? と首を傾げながらジャンヌの方を見ると、彼女はソウゴたちの方を見ていた。そこには、再び姿を現したウォズが立っている。

 

「あれは……なんかあの力をソウゴに渡して、なんかよく祝ってる人。

 ウォズっていう名前だったかな」

 

「その……彼の目的は分かっているのでしょうか。

 ソウゴくんに対して何故そのようなことをしているか、など」

 

「私は知らないし、多分ソウゴも分かってないと思うけど……」

 

「……それなのに信用されているんですか?」

 

 ぎょっとした表情になって立香を見るジャンヌ。

 そんな顔で見られた立香がむむむ、と表情を渋くして顎に手を当てた。

 

「しいて言うなら、必要だからじゃないかな。

 私たちにとっても、ソウゴにとっても、あのウォズって人にとっても」

 

「そんな……」

 

「そんなに気になるのなら、直接訊けばいいのではないですか?

 せっかくご本人がここにいるのですから」

 

 ぽんと手を打ち、そう言うマリー。

 彼女はそれが名案とばかりに、ウォズに向け駆け寄っていく。

 

「マ、マリー!?」

 

「ごきげんよう、ウォズさん? この名前であっているかしら?」

 

 背後から声をかけられたウォズが、面倒そうに振り返る。

 

「……ああ、それであっているよ。フランス王妃、マリー・アントワネット」

 

「わたしのことはご存じなのね。どうもありがとう!

 あなたにお聞きしたいのですけれど―――あなたたちの目的は何なのかしら?

 城にあの時現れた、もう一人の男性もお知り合い?」

 

 特にオブラートに包むことなく、訊きたいことを並べるマリー。

 面倒そうにそれを聞いていたウォズ。

 彼は一度大きく溜息を吐くと、仕方なさそうに話し出した。

 

「……まず、君たちの前に現れた男というのはスウォルツのことだろう?

 君の言う“あなたたちの目的”というのが、私とスウォルツが同一の目的を持っている、という解釈からの言葉だとしたら、それは違う。私と彼はむしろ敵対している、と言っていい」

 

「まあ、そうなのですか?

 では今の言い方だとあなたは彼以外のお仲間はお持ちなの?」

 

 不意に、マリーが首を傾げる。

 今のやり取りで彼は、“あなたたちの目的”という言葉を迂遠に回避したように見える。

 スウォルツを引き合いに出すことで、自分の目的から話題を離した。

 

 ―――最後に私たち、ではなく私、と言ったこと。

 あるいは、自分たちが集団であることを隠すための物言いだろうか。

 

「仲間という言葉の解釈にもよるが、私だけだよ。

 そして私の目的はもちろん、我が魔王に万事恙なくその覇道を歩んで戴くために―――」

 

「嘘」

 

 ―――その瞬間。

 立香の腰にしがみ付いていた清姫が、身を乗り出してその口から炎を吐いた。

 止める暇もなく、火炎の飛礫がウォズへ向かって殺到する。

 自身に向かって飛んでくる炎を見て、呆れるように片目を瞑るウォズ。

 

 直撃、の直前。

 彼が引っかけたストールの裾が翻り、その炎を消し飛ばす。

 

「……なんのつもりかな? 私に突然攻撃される理由があるかい?」

 

 炎を弾いたストールを軽く叩きながら、ウォズは清姫に視線を向ける。

 ウォズを睨む彼女の瞳には理性があるのかないのか。ただ狂気に濁っている。

 彼女がそうなる、何らかのトリガーを引いたことに疑いはない。

 僅かながら顔を顰めるウォズ。

 

 そんな彼に、突然の攻防を見ていたエリザベートが声をかける。

 

「そいつ、人の嘘に過剰に反応するのよ。意外と普通に見えても頭バーサーカーだもの。

 アンタ、何か嘘ついたんでしょ?」

 

「嘘? 私が?」

 

 そう言われたウォズが、面倒そうに眉を顰める。

 周囲から注目を集めながら、ウォズは考えるように顎に手を当てた。

 

 そうして数秒。

 ウォズが再び表情に笑みを浮かべ、口を開く。

 

「では言い直そう。私に仲間がいるとするのならば、その名は常磐ソウゴ。

 それこそが時空を越え、過去と未来をしろしめす時の王者の尊名である。

 そして彼の家臣ならば私の同僚、仲間と言えるだろう。

 私たちの目的、我が使命は魔王たる常磐ソウゴ、その覇道の一助となること。

 ――――どうだい?」

 

 仲間はいない。と言っていた口で、今度は仲間がいるならそれはソウゴである、と。

 だがそれを口にしたところ、清姫の表情が渋くなる。

 嘘がない、と判断した顔だとエリザベートは理解した。

 

「見た感じ、嘘じゃなさそうね」

 

「それはよかった。あまり疑われて良い事もないからね」

 

「っていうかウォズは何しに来たの?」

 

 ソウゴはアーマーがそろそろ冷めてきたと判断し、変身を解除する。

 ジオウの装甲が消え、常磐ソウゴの姿を現す。

 そんな彼に、ウォズは懐から取り出したウォッチを投げ渡した。

 突然のパスに、危うげながらしかしキャッチに成功するソウゴ。

 

「うぉっと……あ、バイクの」

 

「言っただろう? 君のフォローをするのが私の使命だと。

 君が壊したままに放置していたから、回収しておいたよ」

 

 黒ジャンヌの宝具効果の盾にして、完全に破壊されたバイク。

 投げ渡されたのは、そのウォッチであった。

 

「まだ完全に修復はしていないだろうが、次の特異点に赴くまでには直っているだろう」

 

「自動で直るんだ……」

 

「もちろん。君の装備は全て、時の王者に相応しいものが揃っているのだから。

 ではね、我が魔王。また次の特異点で会おうじゃないか」

 

 そう言って彼はストールを翻す。

 それは竜巻じみた現象を起こし、ウォズの姿を呑み込んでいく。

 ストールの回転が消えた時には、その場からウォズは消えていた。

 

「―――どうかしら、ジャンヌ。嘘はついてなかったようだけれど?」

 

「え、ええ……はい、それならそれでいいのですが……」

 

 満足げに振り向くマリーの姿。

 そんな彼女に苦笑しながら、ジャンヌもまた納得しようとする。

 だが果たして、彼女に授けられた啓示の力だろうか。

 どうにも引っ掛かりを感じる。本当に―――

 

「……ソウゴくん」

 

「ん、どうしたのジャンヌ?」

 

「ソウゴくんは彼を―――あのウォズという人間を信じているのでしょうか?」

 

 わざわざマリーに本人からの言葉を引き出してもらったのに、それでも確認してしまう。

 彼はそんな言葉をかけられたこと自体にきょとんとして、小さく笑った。

 

「いや。別に今のとこはウォズのことは信じても疑ってもいないけど」

 

「え?」

 

「俺とウォズの目的が同じかどうかは分からないけど、俺が王様になるにはウォズの協力が必要みたいだしさ。ウォズだって俺の事を導くのが目的みたいだし。

 だったらもしウォズと俺の目的が別だったとしても、それ以上は一緒にいられないってなる時まで協力してもらえばいいかなって。少なくとも今のとこは、俺もウォズも得してる感じするし」

 

「そ、それでいいのでしょうか? もし彼の目的が……」

 

「だって俺、王様になるしさ。自分が信じてる人間しか使えないんじゃ、王様失格でしょ?

 全ての民を救う王様になるためには、まず全ての民に俺のことを信じてもらわなきゃ」

 

 そう言って彼は笑う。

 そんな彼の笑顔を見て、彼女がそれを口にするのはずるい、と理解しながら。

 ジャンヌ・ダルクはもう一つ彼に問いかけた。

 

「もし―――そんな民に裏切られたなら……あなたはどうしますか?」

 

「どうって……? 民を救いたいって想いは俺のものなんだから、俺の想いを裏切れるのは最初から俺だけでしょ? だから裏切らないよ。俺は、俺の民と国を―――世界を救ってみせるから」

 

 何の迷いもなく、というかそれが最悪の未来などと思うことすらせず彼は断言した。

 ソウゴは訝し気な顔でジャンヌを見る。

 

「っていうかジャンヌもそんな感じだったんじゃないの? わざわざ俺に訊く必要ある?」

 

「―――ええ、そうかもしれませんね」

 

 彼女の心に湧いて出る懸念。それはたぶん杞憂だったのだろう。

 それが例えどんな障害となっても、きっと彼は越えられる。

 彼と言葉を交わしてそれを確信として持てた。

 

 少しほっとしたところで、彼女の体が光となってほつれ始める。

 強制退去が始まったようだ。

 他のサーヴァントたちも、光に還っていく様子だ。

 

「さて。呼ばれた時はどうかと思ったけれど……意外と良い召喚だったね。

 また会うことがあれば、今度はちゃんとピアノを用意しておいてくれよ?」

 

 アマデウスが消失する。

 

「わたしの最期から、こうして誰かのために力になれる日がくるなんて。

 まるで夢のように素敵な話だと思うわ。

 こうしてわたしたちが貴方たちに託せた輝きがいずれ、世界を救う光になりますように。

 フランス万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)―――!」

 

 マリーが消失する。

 

「マスター、貴方に捧げた剣を世界を救うという目的のために奮わせてくれたこと。

 改めて礼を言う。そしていつかまた機会があれば、今度は肩を並べて戦おう」

 

 ジークフリートが消失する。

 

「うふふふ、ではまた。ま・す・た・あ」

 

 清姫が消失する。

 

「アンタたちのおかげでカーミラを倒すって目的も果たせたし、特に言うことないわね……んー、ありがと。今度機会があればアタシのライブに招待するわ。

 ―――チェイテ城での開催なら、サーヴァントのまま何とかなったりしないかしら?」

 

 エリザベートが消失する。

 

「では、私も。貴方たちの旅の道行に祝福あれ。

 そしてまた、その旅路が貴方がたに多くの成長を齎さんことを」

 

 ゲオルギウスが消失する。

 

「最後になりましたが―――さようなら。

 そして、ありがとう。特異点の修正とともに、全てが虚空の彼方に消え去るのだとしても。

 残るものが、きっとあなたたちの中に―――」

 

 ジャンヌ・ダルクが消失する。

 それと同時に、カルデア側からの帰還レイシフトが実行された。

 意識が混濁する中、彼らの存在は全て1431年フランスという国から消失した。

 

 

 



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ルネサンス2068

 

 

 

「お帰り。マシュ、立香ちゃん、ソウゴくん、お疲れさま!」

 

 そうして彼らは、気が付けばカルデアに帰還していた。

 展開されたコフィンから身を起こし、揃って体をほぐすように動く。

 

 目の前には、こちらへと歩み寄ってくるロマンの姿がある。

 ダ・ヴィンチちゃんの姿もそこにはある、が。

 

「あれ、そういえば所長は?」

 

「そういえば所長の声、一回も聞かなかったね」

 

 ふと気付いて、カルデア管制室をよく見回す。

 しかしそうしても、何故か所長の姿はどこにもない。

 はて、と首を傾げているソウゴに、ダ・ヴィンチちゃんがその手にある眼魂を見せた。

 

「あ、所長」

 

「君たちのレイシフト開始と同時に、勝手にこれに戻ってしまってね。

 私が再起動しようとしても起動しなかったんだよ」

 

 そう言ってカチカチと眼魂の起動スイッチを連打するダ・ヴィンチちゃん。

 ボタンは押されているのに所長は出てこない。

 最初にウォズが押したときには、ぽーんと出てきたものだったのだが。

 

「うーん……じゃあ俺が押せばいいのかな?」

 

 そう言って、ダ・ヴィンチに手を差し出すソウゴ。

 だが彼女はひらひらと手を振ってオルガマリー眼魂を渡すことを拒否してくる。

 

「それは後にしよう。悪いけど、先に君たちには私の工房まで来てほしい」

 

「……レオナルド?

 それは彼女たちに一度休んでもらってからじゃ駄目なことなのかい?」

 

 今まさに死闘から帰還したばかりの、新米マスターたちだ。

 けして無理はさせるべきではないとロマニは言う。

 だが彼女には珍しく真剣な表情で、ソウゴたちに向かって視線を送り続けている。

 

「わかっているとも。けれど、とても重要なことなんだ。

 言っておくけどロマニ、君にも来てもらうよ?」

 

「ボクなんかは別にいいんだけれど……」

 

 ちらり、とロマニの視線が立香たちへと向いた。

 立香とソウゴが目を見合わせる。その後、二人してマシュへと視線を向かわせる。

 マシュも大丈夫だ、と言わんばかりに肯首した。

 

 ついでにソウゴがランサーにも視線をやる。

 オレにそんなどうでもいいこといちいち訊くな、とソウゴが小突かれた。

 

「私はまだ大丈夫だけど」

 

「俺も大丈夫だよ」

 

「わたしも問題ありません」

 

「ありがとう。では向かうとしよう―――なに、見てもらえれば分かるさ。

 私が君たちに何を見せたかったのかね……」

 

 フフフ、と怪しく笑いながら踵を返すダ・ヴィンチちゃん。

 歩き出す彼女の後ろで顔を見合わせてから、しょうがないのでそれに着いていく。

 ソウゴに立香にマシュが歩き出し、ロマニはこの場を離れるために残る人員に指示出しを始め、そしてランサーは管制室をうろつきだした。

 

「ねえ、行くよランサー?」

 

「オレはこっちを見せてもらうぜ。どうせそっちはロクでもない話だろうからな」

 

「えぇー……」

 

 ひらひらと手を振りながら、そのまま管制室のあちこちに目を向けるランサー。

 その視線が特にオペレーターの女性に向けられているのははたして気のせいだろうか。

 しょうがないのでランサーは放置して、彼らはダ・ヴィンチちゃんの後に続いた。

 

 

 

 

 ダ・ヴィンチちゃんが工房の扉を開き、中に入っていく。

 そこは完全に照明が落とされた空間。

 何か見せたかったものがあるのではないのか、とみんな揃って首を傾げる。

 

「さあ、では御開帳といこうかな?」

 

 そんな彼らに対して、非常にうきうきしながらダ・ヴィンチちゃんが声をかける。

 ロマンは諦め顔でそれを見ていた。

 

「行くよ、ライトアップ! これこそ!」

 

 カッ、カッ、と景気のいい音を立てて順次点灯していく照明。

 一体何故一斉にではなく、一つずつ点けるなんて手間をかけるのか。

 さておき、それらのライトに照らされる中心にいたのは―――

 

「……所長?」

 

 生気のない虚ろな目をした、オルガマリー・アニムスフィアの姿。

 彼女が何やら色々な機材やらコードやらがつながっている台の上に、直立させられていた。

 それを所長と呼んだマシュに、ダ・ヴィンチちゃんからの訂正が入る。

 

「メカ所長だ!」

 

「メカ……ですか?」

 

「そうとも。メカと言いつつ、機械的な部品なんか使ってないけどそこはそれ。

 折角だからお洒落な名前をつけてあげようと思ってね!」

 

「お洒落……」

 

 それの姿が見えた途端に唖然としていたロマニが、震える声で彼女に訊く。

 

「その、レオナルド。これは一体……」

 

「ああ。マナプリズムと私のへそくりでちょちょいとね。

 頭部にオルガマリー眼魂を収納することで、彼女の実体として機能することができるボディだ。元々こういったものを構想はしてたけど、実験作には丁度良かったよ。もちろんカルデア戦闘服のように、レイシフトには完全対応。多少の攻撃ならばビクともしない防御力も備えている。

 特に眼魂を入れる頭は中々硬いよ? 所長の頑固さを表現してみました、なんてね」

 

 何のこともないようにダ・ヴィンチちゃんはメカ所長に歩み寄った。

 そうして右腕に装備されている籠手、万能宝具で所長の頭をゴンゴンと叩いて見せる。

 おおよそ、人の頭蓋骨がたてる音ではなかった。

 

 それを見ていたロマニが納得するように、呆れるように溜息一つ。

 

「……ああ、つまり今後は所長もレイシフトしてもらうという前提の装備なわけか。

 確かに霊体のままサーヴァントの目の前に立つ、なんて自殺行為もいいところだ。

 そう考えれば必要経費というべきなんだろうけど……」

 

「え? 所長も来るの?」

 

「そう。オルガマリー眼魂は恐らく、常磐ソウゴくんと同じ空間にいなければ起動しないということが分かってしまった。

 なら特異点攻略中は放っとけばいいか、というとそれもどうかと思うわけだ」

 

 手にした眼魂を適当に振り回す。

 責任者である彼女が何もしない、というのは何より彼女本人が許せないだろう。

 だからと言って、眼魂から展開される霊体だけでのレイシフトではあまりにも隙だらけだ。

 彼女の場合は霊体だけになったからこそ、レイシフトが可能になったわけではあるが。

 そのためのボディが、このメカ所長だという。

 

「だからこそ、彼女は君たちと同行させたい。彼女は背負い込むタチだから、そんなことを気にしてる暇がないだろう現場の方が相性も良さそうだしね」

 

「いいんじゃないかな。今回、なんか参謀的な人が必要だったなって思ってたし」

 

「大体ランサーに任せてた気がするよね」

 

 だよね、とソウゴと立香二人で納得する。

 今回は人員の少なさが災いして、ランサーに大分負担がかかっていた。

 現地の協力者を得てなんとかマシになってはいたが。

 次の特異点に向かう前には、その点を解決したいと思っていたので是非もない。

 

 ランサーに楽をさせる手段といえばもう一つ。

 

「そういえば、特異点を修復して新しいサーヴァントって呼べるの?」

 

「今、フランスの特異点から回収したリソースを聖晶石化している最中だよ。

 君たちの令呪補填を考えるとそうだね……召喚に使えるのは2人分、といったところかな」

 

 そんなものなのか、と腕を組んで唸るソウゴ。

 

「うーん。じゃあ俺と立香で一人一回ずつ召喚するの?」

 

「いや。ここは申し訳ないが、立香ちゃんに一人召喚してもらって……

 残りは、これに使わせたいと思う」

 

 そう言って、ダ・ヴィンチちゃんは机に置いてあった一冊の本をとった。

 赤い装丁の立派な本ではあるが、ただの本のように見える。

 はて、と首を傾げるソウゴたち。そんな彼らを差し置いて、ロマニがとても渋い顔をした。

 

「……それは概念礼装かい?」

 

「そ。冬木のマナプリズムから引き出した情報から形成した概念礼装。

 名前は偽臣の書、冬木の聖杯戦争に縁深い礼装だったようだね。

 本来は令呪一角分を消費して作り、他人にマスター権を譲渡するためのものだったようだ」

 

 ロマニがその説明を聞き、顎に手を添えながら目を細めた。

 

「つまり、その書を通してサーヴァントを召喚。

 その書の所有者をマスター適正がなく召喚を行えない所長に譲渡する、というわけか」

 

「オルガマリー所長は適正の段階でシステム・フェイトに弾かれる。

 レイシフト適正は克服できたが、それでもやっぱりマスター適正はないからね。

 だからそれを誤魔化すために、これを経由して彼女のサーヴァントを確保する。

 というわけで、はいこれ」

 

 そんな風にソウゴに手渡される偽臣の書とやら。

 

「なんで俺に?」

 

「この礼装はつまり、()()()()()()()()()()()()()()()ためのものだからね。

 最初に君か立香ちゃんに召喚してもらって、その上で所長に従ってほしいと頼み込む必要があるわけだ。そういうわけで君にお願いしようと思う。君の方がそういう話が得意そうだしね」

 

「そうかなぁ?」

 

 手渡された本を検めて、仕方なさげにソウゴはそれを小脇に抱えた。

 それを見たダ・ヴィンチちゃんが満足げに笑う。

 

「まあ、とりあえずそれは後回しだ。まだ聖晶石も抽出できていないし。

 そんなわけで、本題に入ろうか」

 

「あ、ついに所長復活の儀式?」

 

「いやいや。所長はまだまだ後回し」

 

「ええ……」

 

 ダ・ヴィンチちゃんは棒立ちしているメカ所長を素通りし、奥へ行ってしまう。

 しょうがないのでみんなで続いて後を追う。

 

 彼女はそのまま奥の椅子に座り、そこに並んでいる椅子に腰かけるように促してくる。

 なので、みんな揃ってとりあえず座る。

 

「先に色々と君たちの知る情報を教えてもらおうと思ってね。

 ウォズと名乗っていた彼はまあともかく、スウォルツと名乗っていた方のこととか」

 

「それは、所長に復帰して頂いてからではダメなんでしょうか?」

 

「所長にはまず、今回の特異点攻略を報告をすることから始めないといけないじゃないか。

 だったら私たちが報告を受けて、それを取り纏めた上で所長に報告すれば一手間減るだろう?

 だって今回の件をオルガマリーに報告したら、絶対に荒れるから時間がかかるよ?」

 

「いやまあ、そうかもしれないけれどね。

 割と真っ当な魔術師である所長は頭を抱えるだろう、ってことが多かったし」

 

 マシュの疑問に肩を竦めるダ・ヴィンチちゃんに、溜息を落とすロマニ。

 

「よし、では順序よく訊いていこう。ソウゴくん。仮面ライダーとは何かな?」

 

 机の上から眼鏡を取り出し、かけつつ言う。

 眼鏡ダ・ヴィンチちゃんと化した彼女の指先が、ソウゴをビシリと指した。

 急に訊かれてもなあ、と思いつつ浮かんだ答えを提示するソウゴ。

 

「よく分かってないけど、誰かのために戦うのがライダーなんじゃないかな?」

 

「おっと最初から暗雲。精神性の話ときたかー。

 でもまあ、そうだろうなとは思っていたけどね。複数いるのかい? 仮面ライダーって」

 

 座ったばかりだというのに立ち上がり、ホワイトボードを引っ張りだしてくる。

 そこに何やら書き始めるダ・ヴィンチちゃん。

 文字が英語なのでソウゴには読めない。ちらりと立香を見ると、すっと視線が逃げた。

 

 読めない。

 

「ソウゴさんがフランスで力を継承したという―――

 ウィザード? というのも仮面ライダー、なんでしょうか」

 

「うん。ウィザードも仮面ライダーみたいだ」

 

 フランス特異点で手に入れたウィザードウォッチを取り出す。

 絶望を希望に変え、涙を宝石に変える指輪の魔法使い。仮面ライダーウィザード。

 それがこの特異点の戦いで、ソウゴが継承した力だ。

 

 そのウォッチをソウゴの後ろに回ったダ・ヴィンチの顔が覗く。

 そこですぅ、と。一瞬だけ眇められる彼女の目。

 しかし次の瞬間にはいつものような笑みを浮かべ、ホワイトボードに向かっていく。

 

「ジオウに、ウィザードね。ふむ、名前からしてウィザードは分かり易いけれどね。

 戦闘記録を見る限りでは、火、水、風、地。四つの属性の魔術による戦闘……だけに留まる様子がない」

 

「属性自体はおかしくない。第五元素であるエーテルと架空元素を除く四元素。

 四重属性……というのは珍しいが、逆に言えばそれだけだ」

 

「まあ、触媒も無しに地形に影響を与えるほどの重力操作。

 あっさりと遠方にいたサーヴァントを付近に呼び出す空間転移。

 結構な魔術の博覧会だった気もするが、それ以上にあれだね。

 ジャンヌを相手の心の中? に送り込んだもの。それがまた一体どういうこと? みたいな。

 これ、仮に属性を与えるなら架空元素……虚数の担当じゃないかい?

 普通は共存しないものなんだけどねぇ、他の属性とは」

 

 ホワイトボードに色々書いていくダ・ヴィンチちゃん。

 きゅっ、きゅっ、と小気味良いペンの音をたてながら書き続けている。

 

「それはそれとして、他にはどんな仮面ライダーがいるんだい?」

 

「さあ……俺は知らないけど」

 

 書いていた手を止め、ダ・ヴィンチちゃんが振り向いた。

 ペンをくるくると手の中で回しながら、首を傾げる。

 

「知らないのかい? それは残念だが……どのくらいいるかは分かる?」

 

「多分20人くらいじゃないかな、何となく」

 

「ほうほう、20人くらいね。まあ、君の何となくなら信じても問題ないかな?

 そのうちの一人が君、仮面ライダージオウってことなのかな?」

 

「多分ね」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが、ホワイトボードにジオウの似顔絵をさらさらと書きこんだ。

 その近くにはウィザード……ジオウ・ウィザードアーマーの似顔絵。

 更に残り18個分の顔っぽい丸をホワイトボードに並べていく。

 

「仮面ライダーは20人。それぞれとても強い力を持っている。

 だが、彼らの存在はレフ・ライノールたちの企てた人理焼却により人類史とともに消え去った。

 ……仮面ライダージオウであるソウゴくん以外の全員ね」

 

「あれほどの能力を持つ者が20人前後も誰にも知られず、というのは難しい気もするけれど」

 

「ロマニは駄目だなぁ。そういうところは柔軟に考えたまえよ。

 ロマンなんて名乗る癖にロマンが足りてないよ」

 

「……ロマンって足りる足りないの問題かい?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが繰り出す頭へのチョップ。

 それをあえて受けながら、ロマニは嫌そうに反応した。

 はあやれやれ、と言わんばかりに溜息を吐くダ・ヴィンチちゃん。

 

「じゃあもう、()()()()()()()()()()()()2()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 みたいに考えておけばいいだろう?」

 

「む。そう言われると……可能、なのかなぁ?」

 

「とにかく。ソウゴくんにはその歴史の狭間に失われた仮面ライダーの力を、特異点を経由して回収する能力がある。今回フランスで仮面ライダーウィザードの力を得たのはそういうことだ」

 

 悩み込み始めたロマンを放って、ダ・ヴィンチちゃんは再びホワイトボードに書き込みを始めた。今度描かれているのは、しかめっ面をした男の顔。

 

「そこで現れたのがこの男、スウォルツ。

 特異点である1431年フランスに出現した彼には、レイシフトと同等。もしくはそれ以上の時間干渉能力があると思われる。

 フランスでは範囲内の特定の相手にのみ、時間を停止させるかのような現象を発生させた」

 

「……彼の停止能力を受けていた時は、意識だけは確りとありました。

 ですがあの一切動けない感覚は……まるで時間が止まってしまったようだ、としか……」

 

「あの時の立香ちゃんやマシュのバイタルを確認する限り、生体活動は完全に停止している。数字を見る限り、あの時間は全員心臓も動いていないし息もしていない。実際にそんな状態だったよ」

 

 観測していたバイタルは間違いなく停止していた、と語るロマニ。

 ふぅむ、と額に手を指を当てて悩むダ・ヴィンチちゃん。

 ロマニはそんな彼女を見て、指を組みながら口を開く。

 

「時計塔によって封印指定された魔術師に、固有時制御という魔術があるらしい。

 それは自身の肉体の時間経過を加速させることで、強制的に自分の動きを加速させる術式だ。

 理屈上はこの魔術も、自身の時間の進行を停止することができるだろう。

 大規模な儀式を展開する、という前提ならば他人の時間停止もできるかもしれない」

 

「つまり、あの人はその魔術を?」

 

「残念ながら違うだろうね。魔術はそんなに便利なものじゃない。

 肉体の時間は完全に停止させるけれど、思考はそのまま。

 場合によって普通に喋ることも出来る、だなんてそれは幾らなんでも時間を好き放題しすぎさ。

 ―――まあ、そんな無茶を押し通せるとしたら可能性は一つ。第五魔法くらいじゃないかな」

 

「第五魔法?」

 

「そう。魔術師ではない君たちにはその感覚が分からないだろうけど、魔法と魔術は別物だ。

 簡単に言うと現代の科学で代用可能なものを魔術、それ以外は魔法と呼ばれる。

 つまりそんなこと不可能だろ、っていう奇跡は魔法なわけだね」

 

 分かり易いといえば分かり易いまとめ、だったが。

 ソウゴと立香は揃って首を傾げる。

 

「……じゃあレイシフトも魔法なんじゃないの? タイムマシーンでしょ?」

 

「確かにそう思うのも無理はないけれどね。残念ながら違う。

 カルデアによるレイシフト実証は魔法の手前ではあるが、色々と制約も多い。

 さっきレオナルドが言っていた直接ではなく、霊子のみでの移動だっていうこともそうだし。

 何より大前提として現代科学と魔術の融合、という形態でもある。

 憶えているかな? ボクが前に話した、歴史は簡単に変えられない、という話」

 

 そう言って指を立てるロマニ。

 ファーストオーダーを完了し、グランドオーダーを発令したあの時。

 彼は確かに特異点を解説するときにそう言った。

 

「―――人理定礎。量子記録固定帯(クォンタム・タイムロック)

 呼び方は様々だけれど、歴史には変えられない確定事項が存在する。

 だから誤解を恐れずに言うならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 現象として驚くべきことではあるが、そもそもそんな奇跡には価値がないんだ。

 だって時間移動して得られる成果は、精度の高い歴史公証だけなんだから。

 だから時間に干渉する第五魔法の中でも、現象として発生する時間移動は副産物でしかない」

 

 ロマニの説明を聞いていた立香が、首を傾げて彼に問う。

 

「でも、今回は歴史が変わって人理焼却に繋がってるよね?」

 

「そうだね。それぞれ大きな人理定礎が確定する時代に、霊的リソースである聖杯を投下。その魔力が起こす現象で、時代を完全に崩壊させる。

 けれど、逆に言うとそれしかできなかったともいえる。人理定礎がある限り歴史は変わらない。人理定礎を破壊するためには世界ごと滅ぼすしかない。

 だから―――……第五魔法?」

 

 途中まで言いかけたロマニが、ふと何かに気づいたかのように言葉を止めた。

 彼は片手で口を塞ぐようにして、目を薄く閉じて思考に入っていく。

 それを見たダ・ヴィンチちゃんが、ペンで彼の頭を小突いた。

 

「はいはい、喋ってる途中で思考に入らない。つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけの話なんだよ、これは。

 そしてスウォルツという男が本当に生身で時間を渡航し、現在を流れる時間を自在に操作できるというならば、それは魔法同然の所業というしかない。

 ソウゴくんが言っていたアナザーウィザードの時間操作能力も、本当だとすればそれも魔法同然だ。本当に魔法かどうかは、実際見てみなきゃ分からないけれどね」

 

「うーん」

 

「まあ、彼らの力が魔法かどうかは置いておこう。フランスに現れたスウォルツは、ソウゴくんの手に入れた仮面ライダーウィザードの力。

 それと同質の力であるアナザーウィザードを作り、聖杯を手に入れようとした―――ということでいいのかな? その割には引き際が早すぎる気がするが……何しろ結果的に聖杯は私たちの手に。アナザーウィザードも撃破されてしまっている」

 

 彼の時間干渉能力に何らかの制限があるのか。

 あるいはアナザーウィザードの勝利を期待しているわけではなかったのか。

 ダ・ヴィンチちゃんはソウゴに目をやる。

 

 だが、彼もまたさっぱり分からん、という顔していた。

 

「……彼の発言の中に、2018年の到来を期待するものがありました。つまり、彼の敵は基本的にわたしたちと同じ。人理焼却の実行者。彼にとってわたしたちは味方をするものではないが、あくまでも現時点では積極的に敵対する気もないという可能性はどうでしょうか?

 彼はアナザーウィザードを作成した。その時点でアナザーウィザードが勝利するにしろ、敗北するにしろ、自分かわたしたちが聖杯を回収するという目的を果たしていた」

 

「彼が敵対しているのは人理焼却の首謀者のみであり、こちらには大して注目していない?

 まあ、絶対にないとは言えないけれど。

 ―――それにしては、仮面ライダー……ソウゴくんとの繋がりがありすぎるね」

 

 そこまで聞いていた立香が、当時の状況を思い出すように天井を見上げた。

 そうして思い起こす彼の発言の中、一つ。

 

「あの人……ソウゴに今の貴様には用はない、って言ってたよね。

 オーマジオウ? っていう未来には用がありそうなことも」

 

「オーマジオウ? ジオウと名につくからには、ソウゴくんのことかな?

 シンプルに考えるのであれば、ソウゴくんがパワーアップするとそうなるとか」

 

 ホワイトボードに描いたジオウに、オーマという文字を書き足すダ・ヴィンチちゃん。

 その様子を見ていたロマニが、先程のマシュの予想と合わせて語る。

 

「……合わせて考えるのであれば、2018年になるとソウゴくんがオーマジオウと呼ばれる仮面ライダーになることが予定されていた。

 彼が目的としているのは、そのオーマジオウというのになったソウゴくん。だからこそ、その時代に辿り着くために人理焼却を防ごうとしている、か」

 

「2018年、ね。これ、意外と正解に辿りつけてる気がしてきたぞぅ?」

 

 呟くように言ったダ・ヴィンチちゃん。

 その手のペンが、スウォルツらしき似顔絵からジオウに向けて矢印を引く。

 

「ですがそれが目的の場合、アナザーウィザードにわたしたちを襲わせた理由は何でしょう。

 もしかしたら、彼が目的とするソウゴさんが死亡してしまう可能性も……」

 

「そこはほら、王道展開ならソウゴくんを強くするため! じゃないかい?」

 

 ペンが走り、ジオウの似顔絵の周りに何か波動のようなものが描き足される。

 強くなったジオウ、という表現らしい。

 

「なる、ほど……?

 強くなったソウゴさんがオーマジオウというものになる、ということでしょうか……」

 

 それを見て僅かに首を傾けたマシュが、一応納得する。

 ダ・ヴィンチちゃんがペンにキャップをつけ、それでホワイトボードの端をとんとん叩く。

 

「うんうん、おおよそこんなところかな。

 ソウゴくんの力。仮面ライダージオウは、人理とともに焼失した仮面ライダーの力を特異点から回収できる。

 それと同種の力で特異点に悪い仮面ライダーであるアナザーライダーを出す、人理焼却側でも、カルデア側でもないスウォルツという第三勢力がいる。

 説明する上で必要な情報はこれくらいかな。ウォズと名乗っている方の彼は……まあいいや。今の所は、ソウゴくんの協力者でいいか。

 これを纏めてから所長に報告するとしよう。協力ありがとね、立香ちゃん、マシュ、ソウゴくん。とりあえず自室に戻って休んでいてくれ。

 久しぶりの暖かい寝床を堪能してくれたまえ」

 

「え、所長の復活は?」

 

 終わったなら所長復活か、と思っていただろう立香が驚く。

 その声をははは、と一笑しながらコンコンとホワイトボードを叩いて音を立てる。

 

「残念だけれど、彼女を出すのは私がこれを報告書を纏めてからにさせてほしい。

 その時になったら、改めて呼ばせてもらうよ……あ、そうだソウゴくん。

 新しいウォッチも含めて、君のデバイスをここに置いてってくれないかい?」

 

「いいけど」

 

 手元にあるウォッチとドライバーを机の上に置くソウゴ。その中のジオウライドウォッチを手に取ってみて、ダ・ヴィンチちゃんは満足そうに笑う。興味が移ったかのように、そちらにばかり注意を向ける彼女が、残りのメンバーに対してひらひらと手を振った。

 

「ありがとね。

 ―――じゃあマシュは念のため二人を迷わないように自室まで送り届けてあげなさい。

 あ、ロマニもとりあえずもういいよ。中央管制室に戻ってあげるといい」

 

「……謎が深まっただけな気もするけれど、まあ仕方ない。

 どちらにせよボクたちには特異点を攻略していくという手段しかとれないわけだしね。

 そしてキミたちはその要だ。今はとにかく休みなさい、次の戦いまでゆっくりとね」

 

 ロマニが立ち上がり、そのまま足早に管制室へと戻っていく。

 ダ・ヴィンチちゃんに呼ばれたからここにきていたが、彼はあちらでも忙しいのだろう。

 マシュもまた立ち上がり、立香とソウゴを促してきた。

 

「では先輩、ソウゴさん。念のためにお部屋までご案内します」

 

 そう言って先導してくれる彼女に、二人揃って着いていく。

 

 部屋までそう長い距離ではないが、そこで小さく立香の頭が揺れた。

 ふー、と大きな息を吐いて軽く頭を振る立香。

 

「……とりあえず、終わったんだよね。なんか一気に疲れが出てきた気がする」

 

「お疲れ様です、先輩。ソウゴさんも」

 

「俺はそうでもないような。旅してる途中でも普通に休みとれてたし。

 マシュの方こそお疲れ様なんじゃないの?」

 

「そうだね。マシュもお疲れ様」

 

 何とか立て直した立香が、マシュにそう言う。

 言われたマシュは何やら照れるように頬を染めた。

 

「い、いえ。わたしなんてまだまだです。

 サーヴァントとして少しは先輩にお役に立てたら、と思いながらの旅路でした。

 ……そして、人間というものについて多くを知れた旅だったと思います。

 ジル・ド・レェの怒りと願い。アマデウスさんの言葉……

 その全てを今理解することは出来ていないかもしれません。

 けど、いつかきっと。先輩たちとの旅路の果てには――――」

 

 そう言って前を見上げるマシュの背中に、立香が小さく微笑んでいた。

 

 

 

 

「……ふむ。やっぱり、これはおかしいよね」

 

 ジオウライドウォッチを眺めながら、小さく呟くレオナルド・ダ・ヴィンチ。

 彼女はその表面に指を這わせ、その描かれた数字“2018”を睨んだ。

 

「人理焼却の前。2018年を未来予知、あるいは予測していることはおかしくない。

 だから2018年の常磐ソウゴを知っていてもまあおかしくはないのだろう。

 けど、これはやっぱり外れてる」

 

 もう一つ、ウィザードウォッチを取り上げて、その数字“2012”の文字をなぞる。

 

「ウィザードの力は2012年に成立した力であるが故に人理焼却で消えた。

 それは理解できるからこそ、じゃあ2018年の力が今成立するはずがないという話だ。

 仮面ライダージオウは2018年の常磐ソウゴの力。

 無くなってしまった時代のサルベージと、まだ訪れていない時代の先取りじゃ話が違う。

 そんなことができるなら、最初から一足飛びにオーマジオウとやらに辿り着けるはずだ。

 では何故、2015年の彼にそれを成立させることができたのか?」

 

 ウィザードウォッチを机に置いて、今度はオルガマリーゴースト眼魂を取り上げる。

 それを手の中で遊ばせながら、再び思考しながら独白する。

 

「ウォズ。彼は言った、今が2015年だからオルガマリーはゴーストの力である眼魂になったと。

 つまり仮面ライダーゴーストと呼ばれる存在もいて、2015年は彼の時代? ということだ。

 2012のウィザード、2015のゴースト、2018のジオウ。

 うーん、間隔が狭い。3年ごとに更新? それともまだ間に仮面ライダーが入るのかな?」

 

 ジオウウォッチとオルガマリー眼魂を持ちながら、室内を歩き回ってみる。

 特別思いつくこともないが、座ってうんうん悩んでいるよりは気が晴れるものだ。

 そこでふぅ、と一息ついて、彼女はジオウライドウォッチを照明に翳してみる。

 

 このデバイスも眼魂と同じように、自分には起動できないのだろうか?

 そう思いついて、そこまで大きく考えずに彼女はウォッチのスターターを押し込んだ。

 

〈ジオウ!〉

 

「っな……!」

 

 その瞬間。ライドウォッチがその名を告げた瞬間。

 ダ・ヴィンチちゃんの周囲の光景が、一瞬の内に変わり果てていた。

 そこは自分の工房じゃない。それどころかカルデア内部ですらない。

 赤茶けた荒野だけが広がる死の大地であった。

 

 幻覚かと疑い、自身の内部に探査をかけるがそのような事実は存在しない。

 それどころか、彼女が所持しているレイシフト後の時間軸を確認するための装置が、ありえない時間を指示していた。

 

「20、68年……!?」

 

 慌てながらも冷静に周囲を見渡せば、すぐ後ろに巨大な石像が見つかる。

 

 その石像の中心にあったのは、見慣れた顔よりは少し大人びはじめた様子の少年の顔。

 少年がジクウドライバーを装備し、今にもジオウへと変身しようとしている姿。

 石像の台座には、“常磐ソウゴ初変身の像”と題名が書かれている。

 

 ソウゴの石像の後ろには巨大な19人の全身を覆うスーツに身を包んだものたちの石像。

 恐らくそれらが仮面ライダーということなのだろう。

 

「これは――――」

 

「時の迷い人よ、この時代に何を求めてきた」

 

 その石像に近づこうとした瞬間に、横からかかる声。

 すぐさまそちらに顔を向ければ―――

 

 黄金の男が、そこに立っていた。

 

 金と黒で彩られるボディ。真紅に燃える“ライダー”の文字が収まった頭部。

 時計のベルトを肩にかけたような胴体、背中から降ろす時計の針のような翼かマントか。

 

 ―――まるで違っているのに、全体的にその男はとても類似していると感じる。

 その造形。そしてその雰囲気こそ、彼女にとってよく覚えのある人間のものであった。

 

「……ソウゴくん?」

 

「――――」

 

 男は答えず、彼女の手の中にある二つの物体。

 ジオウライドウォッチと、オルガマリーゴースト眼魂に視線を送る。

 そうして数秒、呆れるように首を振って一人言葉を吐き出した。

 

「……ウォズか。いや、かつての私はそれすら分からなかったというだけか。

 レオナルド・ダ・ヴィンチに眼魂を渡せば、それは()()()()()()()()()()()()()()になる。私のウォッチを手にすれば、こうして時空さえも超えてみせるのは当然の話だ」

 

「……私のウォッチ、ね。つまりこれは、君のウォッチということでいいのかな?

 2015年の常磐ソウゴに、2018年の仮面ライダージオウの力が使える理由。

 それは、未来の自分自身からの贈り物だから、と私は解釈していたわけだけど。

 ついでにこの時代が人理焼却されてない理由とかも教えてくれたら嬉しいんだけど。

 あ、あと何故こうも大地が荒廃しているのかも……」

 

 そう言って、ダヴィンチちゃんがジオウライドウォッチを持ち上げる。

 捲し立てられた男はしかし何も言わずに、石像に向かって歩み出した。

 無視されてむっとする天才の前で、ゆっくりと、悠然と歩みを進めた黄金の男。

 彼は頭から大きな角の突き出た、パーカーを羽織ったライダーの像の前で足を止めた。

 

「2015年の私、か……

 ―――迷い人よ、元の時代に帰るがいい。ここはお前のいるべき時代ではない」

 

 男が腕を横に突き出す。

 その動作に応じるように、ダ・ヴィンチちゃんの周囲に出現する多数の歯車。

 咄嗟に彼女はそこから逃れるために後ろに跳ぼうとして―――

 しかしそれより先に、歯車の回転が世界を割った。

 

「なにっ……!?」

 

 彼女がバックステップで下がった先は、カルデアの彼女の工房の中だった。

 慌てて周囲を見渡すと、歯車の回転が生み出した時空の歪みがゲートになっている。

 時空の歪み一枚を隔てて、2015年と2068年がつながっていたのだ。

 

 その時空操作能力にゾッとする。当然のように、彼は時空間に干渉してみせている。

 これが魔術や、一歩手前で処理できる規模か? と。

 

 時空を歪めていた歯車が止まり、時間を繋げるゲートが消えていく。

 徐々に薄れていくその空間に、ダ・ヴィンチちゃんは最後に吼えた。

 

「待て、オーマジオウ!」

 

 消えかけたゲートの中で、黄金の男がピクリと肩を揺する。

 すぐにその姿もそのゲートも消えてしまったが、確信が持てた。

 あれが、スウォルツの語るオーマジオウなのだと。

 

 時空の門が完全に消え果てるのを見届けて。

 そのまま倒れるように椅子に腰かけ、彼女は大きく溜息を落とす。

 

「……時間干渉、いや時空接続? どれだけの矛盾を踏み倒せばあれだけの無茶が効くんだ。

 2068年が残っている、というのもだが……小さな問題と見ていたつもりはなかったけれど……これは、思っていた以上に更なる大きな問題なのかもしれないね……」

 

 机にジオウウォッチとオルガマリー眼魂を置き、頭を抱えてみる。

 あれが目的だというのなら、そりゃそうだろうと断言できる。

 何をしても手に入れたい力だと言われれば、納得するしかない規模のそれだ。

 

 その事実に頭を痛める。そしてこれは、()()()()で何か気づいてそうだったロマニには話せないなぁ、と悩みこむのであった。

 

 

 

 

 そうしているダ・ヴィンチちゃんの工房の扉の外。

 壁に背を預けたウォズが、その手にある本。『逢魔降臨暦』を広げている。

 

 後ろの工房の中で起きたやり取りを把握しているのか、いないのか。

 彼は静かに笑みを浮かべながらその本へと目を通していた。

 

「―――かくして、ジオウはフランスの特異点の消去を成し遂げウィザードの力を得た。

 だが、彼の歩む覇道はまだ始まったばかり。

 次に彼らが目指すのは、西暦60年の古代ローマ帝国。

 その地でまた、我が魔王が継承するべき新たなレジェンドの力との遭遇が訪れるのであった」

 

 そこまで読み上げたウォズが本を閉じて、カルデアの奥へと歩き去っていく。

 ―――やがて行き止まりに辿り着くはずの通路。

 しかし歩いている彼の姿は、どうやってかいつの間にかカルデアから消失していた。

 

 

 



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第二特異点:永続狂気帝国 セプテム0060
次に彼らは“だれ”と出会うのか2015


 
この男、刑事で仮面ライダー!!
 


 

 

 

どことも知れぬ闇の中、そこにぼんやりと浮かぶ大きな時計がある。

その空間にはそれ以外のものはないのか、と。

いずこから、男の声が闇の中に響き渡る。

 

「―――女の話をしよう」

 

闇の中からゆったりとした足取りで現れた男、ウォズ。

彼は“逢魔降臨歴”を脇に抱えながら、その時計の前に立つ。

そこで立ち止まると、小さく咳払いをする。

 

「失礼。今の言葉はなかったことに」

 

彼はそう言って仕切りなおすと、手にした本を開いてそちらに目を向けた。

そうして頁を捲りながら、小さく微笑む。

 

「この本によれば、普通の高校生・常磐ソウゴ。

 彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた。

 しかし常磐ソウゴが未だ中学生の今。

 謎の男、レフ・ライノールなる者により人類の歴史・人理が焼却され、人類は滅亡の危機に瀕してしまう」

 

彼の顔が本から上がり、闇の中の一点を見つめる。

そこには今までいなかったはずの、一人の戦士の姿があった。

 

黒いボディに、時計のベルトのようなアーマー。

時計盤を彷彿とさせる頭部の造形の、常磐ソウゴの変身形態。

仮面ライダージオウである。

 

「常磐ソウゴは人理焼却を防ぐべく、2004年冬木で仮面ライダージオウに変身。

 レフ・ライノールの野望を打ち砕くべく、歴史上にある七つの特異点への戦いに身を投じる。

 そしてまず訪れた1431年フランス。そこで彼は仮面ライダーウィザードの力を継承し、第一特異点を修正することに成功するのであった」

 

更にジオウの背後に、新たな戦士の姿が浮かび上がる。

燃えるような赤い宝石の頭。黒いローブを纏った、指輪の魔法使い。

その名は仮面ライダーウィザードと言う。

 

「次に彼らが訪れるのは西暦60年、古代ローマ帝国。

 そこを治める赤き薔薇の皇帝、ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスとの出会いが、我が魔王に与えるものとは何か」

 

彼が背後の時計へと視線を送ると、赤いドレスの少女と言えるような外見の女性が映る。

 

「民衆に燃えるような情熱の愛を捧げ、しかしその愛を誰からも返されず果てた薔薇の皇帝。

 自身の理屈により生ずる感情は、相手と共有できなければただの独り善がりとなる。

 ゆえに“それが正しいから”という理由のみで、ただ脇目も振らず走り続ければどうなるか。

 正しさだけの疾走は、やがて他の人間に屈辱を与え、嫉妬を抱かせ、怪人に変える。

 では、その“力を持たない、ただの人でありながら怪物と化した者たち”とはどう向き合う?

 守るべき民衆? 討ち果たすべき敵? それとも……

 この問いに、自身の肉親さえもその怪物に奪われた一人のレジェンドが出した答えは―――」

 

そこで彼はパタリと手にした本を閉じた。

周囲にあったライダーや人の影もいつの間にか消えている。

 

「おっと。ここから先は、私が話すべきことではないようだ」

 

ただそう告げて、彼は闇の中へと踵を返した。

先程まで見えていた戦士の姿も時計の姿も見えなくなり、全てが闇に包まれる。

 

 

 

 

メカ所長の頭部が、突然真っ二つになる。

パッカーンと開いたそこには、眼魂が丁度ぴったりはまりそうな窪みがあった。

断面には色々と生々しい色の部品が詰め込まれており、あまり長く見ていたいものじゃなかった。

その勢いのある展開方法に慄いて、うおぉと唸りながらソウゴがゆっくりとそこに眼魂を置く。

 

「あとはその眼魂を起動してくれればいいよ」

 

「普通に押せばいいんだよね?」

 

ソウゴの指がカチリと眼魂の起動スイッチを押し込む。

その瞬間、開きになっていたメカ所長の頭部が閉じられた。

ガクガク動きながら起動しているらしいメカ所長。

 

「ななななな、なに!? 何なの!?」

 

その動きが突然代わり、周囲の状況に困惑しているオルガマリーそのものになった。

おぉ、とその光景に感心するソウゴ。

本当に動くのか。

 

「やあ、おはようオルガマリー。どこまで覚えてるかな?」

 

周囲に景色はどう見てもダ・ヴィンチちゃんの工房。

そんな場所で目を覚ましたオルガマリーは、はっきりとダ・ヴィンチちゃんを睨む。

 

「……どういうことかしら、ダ・ヴィンチ。

 わたしたちは第一特異点へのレイシフト実証を実行しようとしていた筈だけど?

 常磐ソウゴもここにいるし、一体何がどうなっているの!?」

 

「あ、第一特異点の攻略は終わったよ。君が寝てる間にね。

 はい、これが第一特異点で発生した件に関する報告書だ。是非読んでくれたまえ。

 おっと、こっちは現時点で集め終わっている第二特異点の情報だ。

 それとそれと、これは私の研究の報告書マナプリズムのとかとか。

 これには今の君の状態のことも書いてあるから、必ず読むように」

 

はいどうぞ、と。紙の束を彼女へと押し付けるダ・ヴィンチちゃん。

それを咄嗟に受け取っていたオルガマリーが、呆けた表情で間抜けな声を出した。

 

「……………は?」

 

 

 

 

ソウゴたちが所長復活の儀式に取り組む中。

立香たちは新たなサーヴァントを召喚するべく、召喚室を訪れていた。

その手には一度の召喚が行えるだけの聖晶石が乗せられている。

 

「用意はいいかい、立香ちゃん」

 

ロマニが壁の操作パネルを弄りながら、そう声をかけてくる。

大丈夫、と返事をしながら目の前で展開されていく召喚サークルを眺める。

 

室内には武装したマシュと、壁に寄りかかっているクー・フーリンの姿がある。

恐らく大丈夫だろうとは思われるが、念のための護衛だ。

 

「大丈夫。これを差し出せばいいだけだよね」

 

サークルの前に立ち、手に乗せた聖晶石を前に突き出す。

それを確認したロマニが一つ肯き、最後の工程を実施した。

 

回転を始める光のリング。

聖晶石から魔力が吸い上げられて、そのリングの回転のために消費されていく。

 

その光を見ながら、マシュが小さく呟く。

 

「ソウゴさんがクー・フーリンさんを召喚されたことを考えると……

 先輩が特異点で主従関係を築いた、ジャンヌさんや清姫さんが召喚されるのでしょうか」

 

「どうだかな。一際強い縁があるのがそいつらだ、ってことは間違いないが」

 

同じく召喚サークルを眺めていたランサーが、片目を瞑って肩を竦める。

執念の女、清姫が最後に見せていた姿からして彼女の可能性はあるようなないような。

通常はそんな呼ばれる側の執念など考慮されないが、彼女ならもしかして……と。

 

そんなことを考えながら眺めている二人をよそに、魔力の回転は臨界に達する。

 

「あれ?」

 

スパークする魔力の渦。

室内で暴れ回るそれが、いつの間にか色を帯びていた。

青白い光であったそれが、まるで虹のような輝きを発し始めたのだ。

 

「色変わった?」

 

「―――あれ、何でだろう。魔力がこんな発光を……?」

 

すぐさま召喚システムの状態を確認するロマニ。

だがそこに異常はない。順調に稼働を続行している。いや、順調すぎるのか。

想定されているよりも効率よく稼働しているからこそ、その魔力が余剰の魔力で輝いている?

データをすぐさま収集しつつ、しかし問題は見当たらないゆえ続行する。

 

「――――大丈夫、なはずだ。立香ちゃんはそのままそこで。

 マシュとランサーは念のために、いつでも彼女を守れるように……

 うん? 霊基反応が落ち着いてきた。クラスは……これは、ルーラー?」

 

すぐさま動けるように備えていたマシュが、その言葉を聞いて思わず足を止めた。

召喚サークルの中で形成されていく魔力体。

物質化されていく魔力が描く姿は、彼女たちが先の戦いで共に戦った聖女の姿であった。

 

顕れた白い旗を携えた、救国の聖女。

彼女はその旗を軽く一振りすると、立香に向けて花が咲くように微笑んだ。

 

「サーヴァント・ルーラー。ジャンヌ・ダルク。

 ――――こうしてまたお会いできたこと。そしてまた貴女方と戦えること。

 本当に喜ばしいと思います」

 

「わ、ジャンヌだ!」

 

稼働を終了し、機能を停止させた召喚サークル。

展開された光の環が回転を止め、ゆっくりと消えていく中。

 

既知の相手の顔を見た立香の足が、召喚システムの中央に向けられた。

使用された魔力の残滓が舞う空間の中に、ジャンヌへ駆け寄るために踏み込む立香。

その瞬間、召喚サークルのシステム停止を見届けていたロマニの目に飛び込むエラー表示。

 

「……え?」

 

周囲に飛び散っている固形化した魔力。ダ・ヴィンチちゃんのいう所のマナプリズム。

それらが光を放ち、サークル内に踏み込んだ立香を目掛けて集まっていく。

 

「な……!」

 

ぎょっとする周囲をよそに、召喚サークルが強制的に再起動。

消える筈だった光の回転が再度周り、マナプリズムを魔力の体に再構成していく。

目の前で起こるマスターの直近への召喚。

それにマシュと、呼ばれたばかりのジャンヌが飛び込んで――――

 

「み・い・つ・け・た♡」

 

聞き覚えのある、蛇が絡み付くような執念の声に停止した。

マナプリズムは全て溶け、それで霊核を形成して召喚に漕ぎ着ける執着心。

着物で際物な一人の少女が、立香に抱き着くように出現していた。

 

「サーヴァント、清姫。お呼びとあらばどこまででも。

 ああ、ますたぁ。会えなかった時間、この清姫は寂しゅうございましたとも。

 ですがその寂しさで育てた愛……どうか、どうか受け取って下さいまし……」

 

「憑りつかれてんな、そりゃ」

 

その光景を見ていたランサーが嫌そうに呟いた。

一応知人であったので引き剥がすべきかどうか、マシュとジャンヌは目を見合わせた。

異常なデータにエラーを吐くシステムを処理しながら、ロマンは目を逸らす。

 

「まさか、召喚の際に発生した余剰魔力を使って自分から召喚されにくるとは……

 彼女の英霊としての霊基がそう大きくないから出来た芸当ではあるだろうけど……」

 

「うーん。でも一人分の魔力で二人召喚できちゃったならお得なのかも?」

 

「まあ……そう見ることもできる、のかな……?」

 

抱き着いてくる清姫の頭を撫でながら、そういってジャンヌを見る立香。

久しぶり―――というほど久しぶりでもない対面だ。

ジャンヌの意識としてはほぼ連続しているし、立香の方からしても別れてから二日経っていない。

感動するより驚くような再会の状況に、互いに苦笑しあう。

 

 

 

 

「………頭が痛い。何でこうも問題ばかりが……」

 

ダ・ヴィンチちゃんの工房の中で、報告書の内容を詰め込まされたオルガマリー。

彼女は頭を抱えながら、食堂の椅子に腰かけていた。

その対面に座りながらダ・ヴィンチちゃんはその言葉は心外だ、と顔を顰める。

 

「おいおい、私が作ったメカ所長ボディはそんなに柔じゃないぞ?

 頭痛なんてするわけないじゃないか」

 

「アンタたちの存在がその頭痛の原因になってるのよ……!」

 

そう言ってダ・ヴィンチちゃんとその隣のソウゴを睨むオルガマリー所長。

キッチンに準備されていた作り置きの昼食を口にしながら、ソウゴはその視線に首を傾げる。

 

「そういえば所長ってご飯食べられるの?」

 

「もちろん。私の作ったボディにその辺のぬかりはないさ」

 

楽し気に答えるダ・ヴィンチちゃん。

しかしオルガマリーの表情は渋い。

 

今ソウゴが食しているのはカルデアの一部スタッフ有志が調理してくれた食事だ。

残念ながら今のカルデアの状況で、調理人を置いておける余裕はない。

 

ここで準備されている料理は、管制室から退室して休息状態にあるスタッフが、積極的に作り置きして冷蔵してくれているものだ。

ほとんどのスタッフはそれを空いた時間に温め直して食べている、というのが現状。

 

そんなことも報告書の内容から知っていたオルガマリーは、胡乱げに彼を見返す。

 

「………食べないわよ、霊体の維持に必要ないもの」

 

カルデアには現在、食品等の備蓄は限られている。

とはいえ、ここは辺境に構えた巨大設備。

一応緊急時に備えて、そのような物資も普通よりは基本的に潤沢に備わっていた。

そのうえ、現在カルデアには本来想定されていた人数の半分以下のスタッフしかいない。

すぐに物資が底をつく、というのはまずありえない。

 

だからといって、必要のない浪費などこの場の管理者である彼女に許せるはずもなかった。

 

「食べた方がいいと思うけどなぁ。元気でないじゃん」

 

「食事程度で摂れるエネルギーなんていくらでも代用可能です。

 わたしが食べる必要はまったくありません………

 けれど、スタッフの食事を準備する人間は必要ね。手が空く人間なんていないけれど……

 ダ・ヴィンチ、あなた料理できないの?」

 

「そりゃあできるとも。私は万能だ、料理のことだって天才さ。

 ただ結局のところ、食べるスタッフが時間もバラバラにくるのが現状だからね。

 せめて全員に同時に食事休憩を与えられる状況になれば、話が違うんだけれど」

 

肩を竦めて溜息を落とすダ・ヴィンチちゃん。

それを聞いて頭痛が酷くなったように頭を抑える所長。

 

「結局誰かが時間を見て作って、作り置きする。

 あるいは食事をする本人が作るしかないことは変わりないわけね。

 バラバラに来るスタッフに対応させるためなら、それこそ食堂を管理する専属のスタッフが必要になる。しかもそういう勤務形態となると、言うまでもなく複数人。

 食堂のために最低二人、できれば三人なんて幾らなんでも無理があるわ」

 

「何か方法ないの? 料理人のサーヴァント召喚するとか」

 

はぁああ…と。ソウゴの発言にでかい溜息を吐く所長。

そんなことできるなら苦労しないわよ、と言いたげであった。

しかしダ・ヴィンチちゃんはくすくすと笑ってその案を楽しげに受け入れる。

 

「このまま特異点攻略が進めばそれもありだろうね。

 魔力リソースを確保し続け、サーヴァントを多く増やせた場合にはだけど」

 

「そうなの?」

 

「そうだね。

 カルデアからサーヴァントを特異点に連れて行く場合、全員を連れて行けるわけじゃない。

 フェイトの補助があるとはいえ、現地でサーヴァントを維持するのは君たちマスターだ。

 どうしたってそこには限界があるのさ。

 まあデミ・サーヴァントであるマシュは別として、立香ちゃんも君も2人くらいが限界かな」

 

「つまり……最大で立香がマシュと更に2人、俺が2人、所長が2人の7人?」

 

「ああ、いや。所長はあの礼装一冊が限界だ。

 だから所長は1人で、最大だとサーヴァント6人パーティってことになるかな?

 まあケースバイケースだけどね。そうなればカルデアに残さざるを得ないサーヴァントもでる。

 彼らにこちらの運営を手伝ってもらう、というのは割と理想的な関係だよ。

 っていうか私こそそういう関係のサーヴァントなわけだしね」

 

二人の話を聞いていたオルガマリーが、指でテーブルを小さく叩き始める。

 

「………それを否定はしないけれど、それはとにかく戦力の拡充を済ませてからの話です。

 これから先の特異点、何が待ち受けているかも分からないのに……」

 

ぶつぶつと呟き始める所長。

そんな彼女の背後。食堂の入り口から、立香たちの姿が現れた。

サーヴァントを一騎召喚しに行っていたはずだが、何故か二騎増えている。

 

ジャンヌ・ダルク。そして清姫。

二人とも彼女がオルレアンで契約していたサーヴァントだ。

 

「あれ、何で二人増えてるの?」

 

「何かついてきちゃった」

 

そう言って腕に抱き着く清姫を示す立香。

苦笑いしているロマンが、その状況を端的に教えてくれる。

 

「最初にジャンヌ・ダルクの召喚に成功して、そこで発生したマナプリズムを利用して連鎖召喚されてしまったようなんだ。一応、システムに不具合が出てないかどうかは確認してきたよ。

 後でレオナルドもチェックしておいてほしい。この手の機器のメンテナンスは、ボクのチェックだけじゃ不安が残るからね」

 

「ふむ。そんなことが起こり得るのか……なら、私はフェイトを見に行ってこようかな。

 それが終わり次第、オルガマリーのサーヴァントも召喚しようか。

 すぐに終わるだろうから、ソウゴくんが食事を終えたら召喚室にきてくれ。

 ちゃんとあの礼装も持ってくるように」

 

「今から行くのかい?

 じゃあボクもついて行こうか。立香ちゃんはここで休憩していてくれて構わないよ。

 ソウゴくんが召喚を終えたら、二人とも召喚後のメディカルチェックを行おう」

 

そう言ってふらりと立ち上がり、食堂を後にするダ・ヴィンチちゃん。

それを見送りながら食事をしているソウゴの目が、新たにカルデアに訪れたサーヴァントに向く。

ジャンヌ・ダルク、清姫。

 

「ジャンヌたちがきたんだ」

 

「うん。普通に召喚したら、清姫もついてきた」

 

立香が椅子に座り、つれている皆へと着席を促す。

立香にへばり付いて離れない清姫の反対側は、マシュが確保している。

ジャンヌもまた近くの椅子に座った。

 

マシュの肩からぴょいとフォウの姿がテーブルの上に。

そのまま歩こうとした彼を立香が捕まえる。

食事するところで歩くな、けもの。

ふぉー、と小さな声で鳴きながら持っていかれるフォウくん。

 

「改めてよろしくお願いします、ソウゴくん」

 

「うん、よろしく」

 

「今回の召喚では、フランスで先輩が契約したお二方が召喚に応じてくれました。

 これを考えるとソウゴさんの召喚でも、フランスで契約したサーヴァント……

 ジークフリートさんが召喚に応じてくれそうに思えますね」

 

見慣れた顔がカルデアに増えたこと。その状況に、マシュがそんなことを言う。

確かにそうなれば心強いのは確かなのだけれど。

 

「でも、俺が召喚するのは所長のサーヴァントだし」

 

「……貴方が召喚したサーヴァントに、わたしのサーヴァントとしての契約を持ちかけるだけ。

 召喚時点では通常通り貴方のサーヴァントのようなものよ」

 

「所長はジークフリートがいいの?」

 

突然、立香からかけられる言葉。

そのまるで自分にジークフリートは合わない、みたいな言葉にジロリを立香を睨む。

 

「………何よ。仮にジークフリートの召喚に成功すれば、戦力として大きいでしょう。

 報告書を読む限りでは人格にも問題はないのでしょうし」

 

「いや……うーん、所長だと相性が良くなさそう」

 

「はあ? 何よそれ」

 

彼女の意見に目を怒らせた所長から目を逸らし、立香の目はソウゴに向く。

話を振られたソウゴは確かに、とそれに肯きを返す。

 

「所長はジークフリートみたいに後ろで支えてくれるタイプより、ランサーみたいな前に引っ張ってくれるタイプの方が必要な気がする」

 

「そう。そんな感じ」

 

「……サーヴァントに主導権を握らせる、なんてありえるはずないでしょう。

 あなたたちと違って、わたしはきっちりと状況を判断できるだけの知識があるの。

 サーヴァントの能力も含めて、全ての状態を加味した判断を下せなきゃ、司令官になんてなれるはずないでしょう」

 

腕を組み、そう言ってむっつりとむくれるように呆れる彼女。

素人ならばサーヴァントの知恵も借りなければ状況の判断はできないだろう。

だが彼女はカルデアチームの総司令官として機能するため、妥協などあるはずもなく性能を向上させ続けた。

 

その自分による指揮に間違いなど――――そんなにないハズだろう。

 

「大体、あなたたちの使命は私の命令を忠実に実行することで……」

 

「普段はともかく所長って土壇場だとなんか焦って失敗しそうなところあるよね」

 

「そこだよね。疑ってはいないけど、心配になるっていうか」

 

「はっ倒すわよ!?」

 

どばん、とテーブルに両手を叩き付けながら立ち上がる所長。

それを嗜めるようにジャンヌが言葉を挟む。

 

「私と彼女は初対面ですが、マスターが言う通りの人だというのなら、なおさら彼女には後ろで支えてくれるサーヴァントの方がいいのではないですか?

 私たちサーヴァントは、ただ見守るだけの存在ではない。マスターたちと言葉を交わし、教え導くこともできるものたちですから。

 最初から所長さんだけで全てをこなす必要なんてないと思います」

 

「……わたしは別にそんな関係を求めていないと言ってるでしょうに……」

 

むすぅっと表情に不満を露わにするオルガマリー。

ジャンヌの言葉を聞いたソウゴが唸る。

 

「なるほど。なおさらジークフリートじゃ所長を甘やかしそうな気がする」

 

「あるね、それ」

 

「アンタら本当いい加減にしなさいよ!?」

 

「じゃあ所長な感じのサーヴァントを召喚できるように祈ればいいのかな」

 

テーブルの食器を纏めながら、ソウゴが思い悩む。

所長な感じのサーヴァントを思い浮かべているのだろう。

立香も所長な感じかぁ、と考えているが、所長な感じのサーヴァントとは何なのか。

 

「……別にアンタが祈ろうが祈るまいが結果は変わらないわよ。

 それがカルデアの召喚式なんだから……」

 

怒鳴りつかれた、とばかりに着席するオルガマリー。

そんな彼女を見ながら、マシュが苦笑する。

 

「ええと、とにかく。ソウゴさんのお食事も済んだようですし。

 召喚室に皆さんで向かいましょうか」

 

「そういえばランサーは?」

 

「召喚室に興味があるってまだあっちにいるけど」

 

ふぅん、と。

食器を載せたトレイをキッチンの流し台に運びながら、ソウゴは首を傾げた。

だったらこの前見ればよかったのに、と。

 

 

 

 

「まあ、マスターによって同じ英霊のサーヴァントでも性能は上下する。

 そう考えりゃ別におかしくないっちゃおかしくない」

 

「マスターの性能が同じなら同じサーヴァントの基本性能は同じになると思うけどねぇ」

 

ダ・ヴィンチちゃんが召喚室の管理画面に浮かべた霊基グラフ。

それを見ながら、ランサーは肩を小さく竦めた。

 

「マスターとしての性能、というなら立香の嬢ちゃんの方が上だろ。

 まあ、坊主との差なんてほとんど誤差だがよ」

 

「マスター適正もだいぶ立香ちゃんの方が上だね。

 ソウゴくんは低くもないが、とりたてて高いと言うほどじゃない。

 もちろん、一般人からの参加者という点からみればそれでも驚異的な高さだが」

 

ロマニの手がキーボードを叩き、表示される画面を増やす。

そこに表示されたのは立香とソウゴの能力値を数値化したグラフだ。

そこまで聞いてランサーが面倒そうに肩を大きく揺らした。

 

「じゃあそっちなんじゃねぇか?

 それ以上は適正はねぇが性能は最高峰なマスターの召喚を見なきゃ分かんねぇな」

 

「と言っても所長が直接召喚するわけじゃないからなぁ……」

 

「……まあ、現時点で問題は見当たらないし棚上げしておこうか。

 悪い話じゃないし、それ以外の問題は山積みだし。この話はもうちょっと余裕ができたらだ。

 そろそろソウゴくんたちもくるかな?」

 

ッターン! とキーボードを叩くダ・ヴィンチちゃん。

それまで展開されていた幾つものウィンドウが消え、待機状態に入る召喚システム。

丁度、そのほんの数秒後に召喚室の扉が開かれた。

 

「持ってきたよ、この本」

 

先頭で入室してきたのは、概念礼装“偽臣の書”を抱えたソウゴ。

 

「待ってたよ、じゃあすぐに始めちゃおうか。

 所長も自分がマスターになれるのを楽しみにしてるみたいだし」

 

「勝手なことを言わないでくれるかしら。

 わたしは必要だと判断したからこれを許可しただけで……」

 

ぞろぞろと入室してきた皆に目もくれず、一気に召喚システムを起動状態に持っていく。

スムーズに光のリングが展開されて、回転を始めた。

そちらに歩み寄っていったロマニの手から、ソウゴに聖晶石が渡る。

 

「その本を持ちながら前のようにしていてくれればいいよ。

 あとはこっちで調整するからね」

 

「うん」

 

言われた通りにしていると、前と同じように光の回転に聖晶石が吸い取られていく。

加速していくリングの回転。そのリングが、この前とは違う様相を見せ始めた。

 

「あ、色変わった」

 

「さっきと同じだ……」

 

光が虹色に転じる。

機器を見ているダ・ヴィンチちゃんとロマニ、眺めていたランサーの目が細まる。

何も言われないのでそのまま続行していると、サークル内に新たなサーヴァントの姿が形成されていく様子がよく見える。

 

割と誰もが茫然とする。

一人だけソウゴが、何となく納得したような表情を浮かべているが。

 

黒一色の装束。

立香が先程見た白布に金糸の聖女の旗を、灰で染め抜いたような魔女の旗。

彼女の隣にいる白の聖女と同じ顔が、薄く笑みを浮かべながらそこに降臨した。

 

「サーヴァント・アヴェンジャー。召喚に従い参上……

 ―――ちょっと待ちなさい。なんでその白いのまでここにいるのよ?

 聞いてない、聞いてないわよ? ちょっと、これ一体どうなってるのよ!

 責任者はどこ、出てきなさいよ!?」

 

彼女の浮かべたドヤァ、という感じの薄い笑みはすぐ消えた。

ソウゴを見るとやっぱりなぁ、みたいな顔をしている。

なるほど所長みたいな感じなサーヴァント。

 

ソウゴ。アンタ、そういう意味で所長な感じのサーヴァントって言ってたの?

思わず今そう言ってしまいそうだった。

が、何か横の白ジャンヌは嬉しそうだったので、立香は黙っていることにした。

 

 

 




 
姉なるものに目をつけられた女
 


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彼女は“なに”を望んでいるのか0060

 

 

 

「………それで、このサーヴァントはなに?」

 

顔を引き攣らせながらそれを見ている所長。

周囲の反応、先に読んだ報告書の内容。

全てが今まさに召喚された彼女が、第一特異点の首謀者一味だと示しているのだから。

 

そんな表情を向けられた黒ジャンヌが、ピクリと眉根を寄せる。

 

「あら。貴女こそなに……?

 ―――え、ホントになにアンタ? 人形? 人間……? え?」

 

煽ってやろうとしたのだろうか。

皮肉げな視線をオルガマリーに向けたかと思えば、しかし本気で困惑し始める。

けれどそんな彼女の素の反応こそ効果抜群だ。

ひくり、と目の端を吊り上げだす所長。

 

「所長は黒ジャンヌのマスターだよ。はいこれ」

 

そんな所長にソウゴから手渡される、本の概念礼装。

自身に向けられる本を嫌そうに見るオルガマリー。

限りある物資。聖晶石を使用して召喚したものだ、使わないなんて選択肢はない。

だがこれが私のサーヴァントか、と黒ジャンヌへと視線を送る。

 

「はぁ? それがマスター? ……適正もないのに?」

 

あるいは元ルーラーとしての視点からか。

すぐに所長の問題点を看破して、にやりと嗤いながらそう言う黒ジャンヌ。

その物言いにオルガマリーの頭に血が上る。

しかしそんな物言いに、白い方が表情を引き締めて黒い方に話しかけた。

 

「駄目ですよ、黒ジャンヌ。

 マスターとサーヴァントとは互いを尊重しあう関係なのです。

 そのような言葉をマスターに向けることはよくありません」

 

「うっさいわよアンタ! っていうか黒ジャンヌとか呼ぶな!」

 

皮肉げな物言いはどこへやら、一気に沸騰して白い方に吼える黒い方。

 

そんな光景を眺めていたダ・ヴィンチちゃんが、機器の吐き出すデータを見る。

そこには何の異常もない。

英霊の座に存在しないはずの、ジル・ド・レェが生み出した存在を召喚しておいてだ。

 

まあ、可能性としては拾えないことはないだろうけど。

生み出され、外へと触れた時点で可能性だけなら発生している。

正直、まだ英霊として成立させるためには材料が足りないとは思うが。

人理焼却で浮いているこの場所が特異点同然、という事情もある。

ただ……

 

と、ダ・ヴィンチちゃんの視線がソウゴに向く。

彼は呼べることに何ら疑いを持っていなかった。

黒ジャンヌが正規の英霊ではない、という意識がなかっただけかもしれない。

 

だが彼ならば、黒ジャンヌに英霊として不足している欠落を補完できる?

だからこの召喚を成立させることができた?

 

そこまで考えて、小さく笑って思考を打ち切る。

 

「まあどっちにしろ召喚してしまったことには変わりない。

 所長はこれから命を預ける相棒を得たんだ、きっちり話をつけておきたまえ。

 立香ちゃんとソウゴくんは、ロマニと一緒にメディカルチェックの時間だ。

 他のスタッフの頑張りで、そろそろ第二特異点の絞り込み作業も終わるだろう。

 この新たに加わった新生カルデアチームでの特異点初攻略と行こうじゃないか」

 

ダ・ヴィンチちゃんのそんな宣言。

それによりがやがやと騒がしくなった室内から、しかし少しすれば人がいなくなった。

皆はメディカルルームか管制室に向かい、残されたのはオルガマリーと黒ジャンヌだけだ。

 

「……はぁ、まあ別にいいですけど。せいぜい頑張ってくださいな、マスター?」

 

呆れるように、失望するように、彼女は頭を傾けながらそう言う。

本当に本気で期待していない、と言わんばかりで腹が立つ。

ああ、くそ。なんて気持ちは昔からだ。

自分に向けられるそんな態度に、自分がとても慣れ切っていたことを今更思い出す。

 

本当に最近、おかしなことばかりで忘れていた。

藤丸立香。常磐ソウゴ。

おかしな連中に出会ってから、ちょっとした日常みたいな会話をするようになった。

まるで父の死が切っ掛けで取り上げられた学生時代みたいなやり取り。

 

でも、自分の魔術師として、アニムスフィアとしての生活はこっちの方が長かった。

誰にも期待されない。誰にも認められない。誰にも見てもらえない。

その中にあったただ一つの希望、レフさえも自分を裏切っていた。

オルガマリー・アニムスフィアという人間は――――

 

「ちょっと、何とか言いなさいよ」

 

むすっとした顔で声をかけられる。

報告書で読んだ彼女の呼称は、黒ジャンヌ。

黒いジャンヌだからという頭が痛くなるような理由で、常磐ソウゴがつけたものだ。

 

自分と彼女がマスターとサーヴァントだというのなら……

 

「名前」

 

「は?」

 

「貴女、名前は。まだクラスがアヴェンジャーだ、としか聞いてないのだけれど」

 

黒ジャンヌが黙り込む。

彼女に真名があるとするならば、ジャンヌ・ダルクより他にない。

けれど、彼女はジャンヌ・ダルクではない。違うのだ。

 

「……ないわ。私はジャンヌ・ダルクじゃないもの。名前なんて初めから持っていない」

 

吐き捨てる彼女。―――少しだけ彼女の気持ちが分かる。

自分は別に誰かの偽物ではないが、偉大なる家名の重さを知っている。

家名に比して能力が下回る人間は、偽物同然に扱われることを知っている。

―――まあ、本当にちょっとだけだが。

 

「……そう。じゃあジャンヌ・ダルク・オルタナティブ(とは違うもの)

 ジャンヌ・オルタとでも呼びましょうか」

 

「―――――」

 

彼女が、その言葉に目を見開いた。

突然のその態度、オルガマリーの声に少し弱気が混ざって小さくなる。

いや、弱気なんて入ってない。サーヴァントに弱気になる必要ないし。

嘘じゃないし。

 

「……なによ。それとも黒ジャンヌのままの方がいいの?」

 

「……いえ、別に。そうね、それでいいわ。始まりは否定できないんだもの―――

 違うものになりたいなら、まずそこからが丁度いいのかもね。

 名乗るだけでアイツとは違う、って宣言になるのは悪くないもの」

 

そう言って、召喚室から出ていこうとするジャンヌ・オルタ。

そんな彼女が扉の前で足を止めて、所長へと振り返る。

 

「そういえばアンタの名前、こっちこそ聞いてないじゃない。

 マスターのことすら知らないなんて、サーヴァントとして話にならないでしょう。

 ――――私、当面の目標としてまずあの白いのより完璧なサーヴァントになることにしたから。

 貴女にも完璧なサーヴァントの完璧なマスターとして、きっちり役目は果たして頂きます。

 ………ちょっと、早く名乗りなさいよ」

 

「え? ええ……オルガマリー・アニムスフィアよ。

 貴女、急にどうかしたの。アヴェンジャー」

 

その名前を聞くや否や、彼女はフン、と鼻を鳴らして退室した。

とりあえず試運転のつもりで、偽臣の書に自身の感覚を接続。

彼女の状態を探ってみる。

 

―――位置は管制室に向かって……あ、変な方向にずれた。

 

当たり前だ。五分前に召喚されたばかりの彼女に、この施設の道など分からない。

行き止まりに差し掛かったジャンヌ・オルタが方向転換。

何か同じ位置をうろうろし始めた。

 

恐らく他のサーヴァントの魔力反応を追って進行方向を定めているのだろう。

ただ、建物の中で魔力反応に向かって一直線、なんて出来る筈もない。

カルデアは入り組んだ施設だからなおさらだ。

 

ついでに道を訊くためのスタッフなんかいるはずもない。

だってほとんどのスタッフは管制室に詰めているし。

順番で休息をとっている一部の職員は、大抵すぐに自室に直行して泥のように眠る。

この状況でフラフラしているスタッフなんているわけないのだ。

 

「……迷子案内が私の完璧なマスターとしての初仕事なわけ?」

 

呆れたように溜息を吐いて、彼女は迷子のサーヴァントに向けて歩き出した。

 

 

 

 

「さて、第二特異点が無事に特定された。

 今回の特異点は一世紀のヨーロッパ、古代ローマ帝国だ。

 イタリア半島から始まり、地中海を制した大帝国ということだね」

 

「2000年近く前かぁ」

 

管制室に人員を集合させ、決行前の最終ミーティングを実施する。

画面に投影される特異点の情報を眺めながら、感心するような声が漏れる。

フランスだってそうと言えばそうだが、何もかも分からない時代だ。

現地でどのように動くかは、とても難しい。

 

ふと気づいたソウゴが、ランサーに小声で話しかける。

 

「そういえばさ。これ多分ランサーの仕事減るどころか増えてるよね」

 

「………だろうな」

 

とても嫌そうに彼はソウゴを見返す。

 

ジャンヌはともかく、黒ジャンヌと清姫は多分心労増加要素だから。

ランサーの助けになれるサーヴァントと現地で出会えればいいな、と。

このたび、ソウゴは天に祈ることにした。

どうかランサーの助けになれる人と出会えますように。

 

「転移地点は首都ローマを予定している。地理的には前回の近似だと思ってくれて構わない」

 

「聖杯があるだろう場所。歴史にどのような改変が起こっているか。

 それは残念ながら観測できなかった。

 悪いけど、それも君たち自身に確かめてもらうことになるだろう」

 

現時点で集積している情報を整理しつつ、ダ・ヴィンチちゃんが地図を出現させる。

その周辺に原因があるはずだ、というところまで観測されている範囲。

だがそれ以上は現地に赴き確認せねば答えは出ない。

 

「問題ありません。先輩とわたしたちで原因を突き止めてみせます」

 

マシュがそう言い、隣にいる立香を見る。

彼女はその言葉に大きく肯いた。

 

「―――うん、その意気だ。実に頼もしい。

 作戦の要旨は前回までと同じ特異点の調査及び修正。そして聖杯の回収だ。

 恐らくこの二つは連動した目的になるだろうけれど」

 

「更に、今回も確定じゃないがスウォルツ勢力の介入がありえる。

 その辺りはソウゴくんの判断に委ねるしかないだろうけれど、十分に注意するように」

 

そこまで言った二人の視線が、出撃メンバー中央にいる所長に向く。

これからレイシフト実証だ、という事実のせいだろうか。その動きは堅い。

そんな彼女が一度小さく深呼吸して、周囲を見渡す。

 

「……私が前線に参加するからには、失敗なんて許されません。

 藤丸立香、常磐ソウゴ。両名はしっかりと私の言う事を聞きなさい。

 更に行動を起こす前には必ず私の判断を仰ぐように。

 マシュ・キリエライト含む、両名のサーヴァントも指揮権の頂点は私と理解するように。

 けっして、勝手な行動は許しませんのでそのつもりで」

 

「はーい」

 

「フォーウ」

 

全員を睨みつけるようなオルガマリーの宣誓。

それに元気よく返事する二人のマスター。そしてフォウ。

そのやり取りを見て、ランサーが肩を竦めた。

 

「総司令官の下にいる指揮官がこれじゃ、部隊指揮じゃなく引率の保護者だな」

 

「とても微笑ましいと思います。

 けして楽な道のりではないからこそ、このような空気が大切なのでしょう」

 

くすくすと笑うジャンヌ。

そんなことになっているせいか、ぐぬぬと表情を悔しげに歪めるオルガマリー。

ジャンヌ・オルタはその様子を見てにやにやと笑っていた。

 

そんな中で至極真面目な表情を浮かべた清姫が、一つ。

 

「……つまり、マスターとの婚姻はあの方に認めていただければいいわけですね?」

 

「その、清姫さん。そのような権限は所長にはありません」

 

「まあ……」

 

いっそ淑やかにさえ見える所作。

静かに微笑む彼女にマシュの訂正の声は届いているのか、いないのか。

立香は清姫はくっつけさせておけば大人しくなると感じているのか、割とスルー気味で通す。

 

丁度良くオルガマリーの緊張も解れただろう。

そう見たロマニは、全員にコフィンへの搭乗を指示する。

ダ・ヴィンチちゃんの最終確認が開始され、各スタッフが一層忙しくなく動き出す。

 

着々と進められていく事前の工程。

それがやがて実施にまで辿り着き、問題なく実行に移される。

 

『アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します。

 レイシフト開始まで あと3、2、1……全行程 完了(クリア)

 グランドオーダー 実証を 開始 します』

 

そうして、再び彼らの旅は始まった。

第二の特異点、古代ローマ帝国へと。

 

 

 

 

赤いドレスを翻し、一人の女性が戦場に舞う。

彼女が手にする原初の火(アエストゥスエストゥス)と名付けた宝剣。隕鉄から彼女自身が熾した宝剣は炎を纏い、眼前に立ちはだかる敵に向けて振るわれる。

振るわれる度、刃は確実に相手を捉えて爆炎を撒き散らす。

だが、その敵はその攻撃に何の痛痒も覚えていない、とばかりに歩みを止めない。

 

「っ、余を害そうという輩には事欠かぬゆえ、逆に襲われる覚えがない!

 名乗るがよい、赤い鎧の者よ! 貴様は余の首をとってもよもや名乗りもあげぬ気か!

 余の兵たちを討ち取り! 連合帝国の兵をも討ち取り! 貴様の目的は一体なんだ!?」

 

既に彼女の護衛としていた少数精鋭は討ち取られた。

彼女がその兵たちを率い、刃を交わしていた()()()()()()()の兵さえも討ち取られた。

 

言うなれば、彼女の知らぬ第三勢力としか考えられぬもの。

 

彼女が赤い鎧の者、と称した存在。

頭部。まるで車のフロント部分を思わせる兜、砕けたフロントライトのようなものが明滅した。

それと同時に、くぐもったクラクションのような音を発する。

あるいはそれが彼女への返答のつもりだったのか、それは再び走り出した。

 

「くっ……!」

 

赤の女性剣士はすぐさま剣を構え、それを迎え討つべく体勢を整える。

だがそれを嘲笑うかのように、赤い鎧は自身の胴体の赤い装甲が剥がれ落ちている部分を埋めるかのように、何かリングのようなものを出現させる。

太陽を思わせる造形と色の車輪。

何かを出した、と分かりはしてもそれが何なのか、彼女には判断する術がない。

 

〈マックスフレアァ…!〉

 

「なんとっ……!?」

 

次の瞬間。車輪は相手の胴体から離れ、炎上しながら彼女に突撃してきた。

咄嗟に愛剣を前に翳し、それを受け止める。

襲ってきたのは、おおよそ人が受け止められるとは思えぬ暴力的な衝撃。

呼吸すら忘れるその威力に、彼女の体はいとも簡単に宙へと舞った。

 

弾き飛ばされて、無様に地面を転がる彼女の姿。

それを見た赤鎧の怪人が、小さな声でとても楽しそうに嗤う。

 

「う、ぐっ……!」

 

彼女は必死に身を起こしながら、歩いてゆっくりと迫ってくる相手を見る。

炎に燃え彼女に一撃を与えた物体は既に消えていた。

だが、再び重低音じみた声が轟く。

 

〈ファンキースパイクゥ…!〉

 

胴体に再装填される、今度は緑色の車輪。

それが先程と同じように射出され、彼女を目掛けて殺到した。

 

無数の棘を放ちながら迫りくる車輪。

視界いっぱいに広がる凶器の群れを前に、彼女はもはやこれまでか、と唇を噛み締めて―――

 

〈仮面ライダー! ジオウ!〉

 

迫りくる無数のニードルと、それを放つ車輪。

それらを全て斬り払う、何者かが戦場に登場する姿を見た。

 

鉄の騎馬に跨って、手にした剣を振るう黒鉄の戦士。

振るわれる直剣の刃が、迫りくる棘を纏めて斬り払っていく。

弾き返された棘が周囲に疎らに散らばった。

 

その後ろから一直線。女性を目掛けて飛来する緑の車輪。

それもまた、ジオウの振るう剣閃によって斬り払われた。

衝撃で、緑の車輪は明後日の方向へ飛んで消えていく。

 

ライドストライカーのエンジンを一度大きく吹かす。

そうしてジカンギレードを握り直しながら、ジオウは相手を見る。

赤い、全体的に自動車を思わせるフォルムの戦士。

 

新しいアナザーライダーがそこにいた。

 

「アナザーライダー……」

 

「………」

 

ジオウの登場を見た赤いアナザーは、至極残念そうに頭を揺する。

……ジオウの存在には興味すらない、と言った様子だ。

恐らく相手の目的は、今ジオウが背に庇っている赤い女性なのだろう。

 

「大丈夫ですか!」

 

「う、うむ……そなたたちは……?」

 

立香たちが追い付いてくる。更にはそこにサーヴァントが五騎。

それを見て、予定外の闖入者の存在を理解したか。

アナザーライダーはその足を一歩退いた。

 

「……逃げる気……?」

 

「ハッ、させるかっての!」

 

ジャンヌ・オルタが腰から剣を引き抜いた。

彼女の周囲に展開される、黒炎の剣群。

その剣群は彼女の手にした剣の切っ先がアナザーライダーを向くと同時、一気に解き放たれた。

 

飛来する剣というの名の弾丸。

それを見ていたアナザーライダーの腰、ベルトらしき部分から声が響く。

 

〈ディメンションキャブゥ…!〉

 

アナザーライダーの胴体に現れる新たな黄色い車輪。

それがその怪人の目前に移動して、高速回転を開始した。

車輪の中央部分に空間の歪みが発生する。

ジャンヌ・オルタの放った剣群は、全てがその歪んだ空間の中に呑み込まれた。

 

「なっ……!」

 

呑み込んでいた炎の剣を、吸い込んだ時の勢いのままジャンヌ・オルタに撃ち返す。

同時にその前にジャンヌが立ちはだかり、殺到する剣群を全て旗で叩き落とした。

自分を庇った相手に舌打ちするジャンヌ・オルタ。

 

「気を付けて下さい、黒ジャンヌ!」

 

「黒ジャンヌじゃなくてジャンヌ・オルタ!

 いえ、アンタにジャンヌってつけられると腹立つからオルタと呼びなさい!」

 

「気を付けて下さい、オルタ!」

 

「二回も言われなくたって分かってるわよ!」

 

〈ドリームベガスゥ…!〉

 

白いのと黒いのの言い争いに耳を貸すこともなく、赤いアナザーは新たな車輪を召喚していた。

その胴体に現れたのは、スロットマシーンのリールの如き車輪。

それがやはりと言うべきか、胴体から外れて宙に浮かび――――

盛大にコインを吐き散らかし始めた。

 

「わ、なに!?」

 

「マスター! わたしの後ろに!」

 

無秩序に周囲に撒き散らされるコイン。それが一体どんな効果とも分からない。

すぐさまマシュは立香を背中に庇うよう陣取った。

周囲に飛び交うコインの雨。それは特別な攻撃力などは発揮しない。

ただ純粋に、金属の雪崩として周囲を埋め尽くすほどに積み上がっていく。

 

サーヴァントならば呑み込まれる程度大したことはない。

だが、飛んでくるその小さな金属塊の当たりどころが悪ければ。

ましてこれに埋められ押し潰されれば。人間など、簡単に息絶えるだろう。

 

ランサーが埋められそうになっている赤い女性を引っ張り出す。

そのままコインが飛んでくる範囲の外に出るように、大きく下がった。

 

ジオウがタイヤが埋まり出したライドストライカーを足場に、大きく跳躍する。

コインの滝を大きく飛び越えて、その車輪の上を取る。

ジカンギレードによる、大上段からの斬り下ろし。

それは、壊れたスロットのようにコインを吐き続ける、宙に浮かぶ車輪を両断した。

 

タイヤを切り捨てると、周囲で積み上げられていたコインも消えていく。

ジオウが周囲を見回す限り、その場にアナザーライダーの姿は残っていなかった。

 

「逃げた……? 何で。俺がウォッチを手に入れる前の方が戦いやすいのに」

 

小さくそう呟きながら、ドライバーを外すジオウ。

変身が解除され、ジオウの姿はソウゴへと戻っていく。

ウォッチに戻っているライドストライカーを拾い上げ、今の状況に考えを巡らせる。

 

「―――礼を言おう、見慣れぬ格好の旅人たちよ」

 

ランサーに引っ張られていった現地人の女性が、何とかといった様子で起き上がる。

 

土に塗れど金糸のような輝きを失わぬ金色の髪。

どういう衣装だ、と言いたくなるようなシースルーのスカートを含む赤いドレス。

彼女は独創的なフォルムの剣を杖代わりに立ち上がり、無理をしながらも大きく胸を張り立ち誇った。

 

「そなたらの戦い、正しく値千金の働きであった」

 

「そんなことよりもうちょっと休んだ方が……」

 

今にも倒れそうな彼女を、立香が肩を貸すように支える。

支えながらも彼女は膝を折らず、そのまま立ち続けて小さく笑った。

 

「うむ、大儀である。……なぜこのような時期にそなたらがローマを旅しているのか分からぬ。

 しかし、余の命を救ったとなれば、そなたらには特大の褒賞を約束せねばなるまい!」

 

「別にいいよ。俺たち、アイツみたいな奴らを追ってここにきたんだし」

 

「……このお馬鹿」

 

ソウゴの後ろからオルガマリーが近づき、彼の頭を小突いた。

勝手に情報を流すな、と言いたいのだろう。

とはいえ、目の前で変身した姿を見せてしまっているのでもう状況的に大差ないだろう。

 

そんな二人を前にした女性は、おかしそうに笑うとその意見を蹴り飛ばした。

 

「む? 面白おかしい格好の集団ゆえ、旅芸人の一座かと思えば……

 なるほど。確かにその顔、戦士の趣きが見て取れる。

 とはいえ、余からの褒賞を拒否できるなどと思うでないぞ!

 なにせ、余こそがローマ帝国第五代皇帝、ネロ・クラウディウスなのだからな!

 皇帝の命を救ったのだ、驚くほどの歓待で持て成すゆえ、覚悟しておくがいい!」

 

「え?」

 

マシュが絶句する。この時代の皇帝が目の前にいる、ということも理由の一つ。

だがそれ以上に、目の前の女性から告げられた事実に驚愕して。

ネロ帝が女性だったと知った彼女は、少しの間フリーズしたのであった。

 

「この方、どことなくエリザベートと同類感が……」

 

そして、その大笑するネロ帝を見る清姫が珍しく表情を渋くしていた。

 

 

 




 
赤い…全身鎧…トゲトゲのタイヤを飛ばしてくる攻撃…
繋がった! 脳細胞がトップギアだぜ! こいつの正体は……
アシュヴァッターマンだ―――!
 


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彼らは“どこ”を目指すべきなのか0060

 
FGOのガチャは勝ったがシティウォーズのガチャは負けた感のある今日この頃。
グランドジオウがこない。
 


 

 

 

『―――かい。聞こえているかい? ああ、繋がったかな?』

 

ロマニからの声が届く。カルデアからの通信が繋がったらしい。

 

「ドクター?」

 

その声を聞いたマシュが反応する。

こちらの声を聞けたことに安心したように、ロマニが通信越しにほっと溜息を吐いた。

 

『良かった、レイシフトは成功のようだね。こちらでも状況をモニターし始めて……あれ?

 もしかしてそこ、首都ローマではない?』

 

彼らが今いるのは首都どころか荒野だ。

アナザーライダーに傷を負わされた皇帝を、所長の魔術で治療している。

 

「はい。現在地は首都ローマから外れた荒野です。

 話を聞く限り、そう離れてはいないはずなのですが」

 

『おかしいな……確かに首都ローマにレイシフトさせたはずなのに。

 何か原因があるとしたら、すぐに見直さないと……ちょっとログを……』

 

『今は無事なんだからそういうのは後にしたまえよ、ロマニ。

 それより話を聞いた、ということは現地の人間に接触できたのかい?

 ……ん。確かに近くに一人、人間の反応があるね』

 

途中からダ・ヴィンチちゃんの声も入ってくる。

 

ネロは立香とソウゴと所長を捕まえて、話をしながら治療されている。

その治療にもまだ時間はかかりそうだ。

そう感じたマシュは、とりあえずカルデアに現状の報告をすることとした。

 

「はい。レイシフト直後、付近で戦闘音らしきものを確認。

 ランサーさんによる偵察の結果、それがアナザーライダーが現地人を襲っている状況だと判明しました」

 

『アナザーライダー? 既にその時代に存在しているのか。

 それに現地人を襲うだなんて……一体どういうつもりで作られた存在なんだ……?』

 

彼らによる考察において、スウォルツの目的は恐らく2018年までの時代の継続。

そして常磐ソウゴという人間をオーマジオウという存在に成長させることだ。

アナザーライダーはその目的のために運用されるものだと考えていたが……

 

「……それを確認し、オルガマリー所長がアナザーライダーとの交戦を決定。

 現場に駆けつけ戦闘に突入したところ、そのアナザーライダーは即座に撤退してしまいました。

 現在、一人だけ救出できたその現地人の治療を行っています」

 

『……撤退? その現地人を襲う事の方が目的だったって事かい?』

 

「それで……こちらで現在治療している現地人なのですが、名前はネロ・クラウディウス。

 この時代における、ローマ帝国皇帝陛下なんです」

 

その言葉を聞いた二人が押し黙る。

 

第五代ローマ皇帝、ネロ・クラウディウス―――

間違いなく、この時代に楔として必要な人間であるということに疑いはない。

 

ならば何故、それをアナザーライダーが襲っていた?

それは、スウォルツの目的が時代の継続であろうという考察さえも揺らぐ事実だ。

 

「もしかしたら彼女が聖杯の所有者であり、この特異点の中心なのではないか。

 そう考えて、彼女に聖杯というアーティファクトに心当たりがないか……

 それも当然訊ねてみましたが、ネロ帝にはまったく心当たりとなるものはないそうです。

 狙われた理由は今もって不明となります」

 

『原因は聖杯ではない……あれ今、皇帝ネロのことを彼女って言ったかい?』

 

『ふーむ、だとするとネロ帝を狙う理由が分からないね。

 彼女が喪われれば、古代ローマ帝国の崩壊。ひいては人理の焼却に繋がる。

 だというのに積極的に彼女を狙うとするならば……』

 

『あれ、ネロって女性だったかな……』

 

ダ・ヴィンチちゃんの何の事もない、という様子に自分に自信を失うロマニ。

そんな彼を差し置いて、マシュとダ・ヴィンチちゃんは言葉を交わすのだった。

 

 

 

 

治療を受け、傷を治したネロは立ち上がり体の調子を確かめる。

アナザーライダーにやられた傷は既にほぼ完治していた。

軽く体を動かしながら、それを成したオルガマリーへと視線を向けるネロ。

 

「良い腕だな、魔術師よ。礼を言う」

 

目を向けられたオルガマリーが首を垂れる。

 

「……皇帝陛下のお役に立てたようで何よりです」

 

「そう気負ってくれるな。命の恩人に対し、そんな態度を強いるほど余は狭量ではないぞ。

 まあ、他のものたちがいる場では示しがつかぬゆえ、少しは敬ってみせてほしいがな」

 

そう言って、小さく溜息を吐くネロ。

 

そんなことをしている内に、この場から離れていたジャンヌが戻ってきた。

彼女は特に何かを告げることもなく、そのまま立香の背後へと控える。

そのジャンヌの様子を見てか、ネロが苦笑いした。

 

「すまぬな。余の兵らを埋葬してくれたのだろう。

 ―――余の言葉に二言はない。今言った通り、命の恩人に対し狭量など示さぬとも」

 

「―――はい」

 

困ったように笑って返すジャンヌ・ダルク。

それを馬鹿にするようにニヤニヤと嗤いながら見ているジャンヌ・オルタが、オルガマリーから睨まれた。

 

「でもさ、何で皇帝なネロがこんなところにいたの?」

 

先程からずうっとネロのことを見ていたソウゴの発言。

それを聞いてくらり、とオルガマリーの頭が揺れた。

対してそれを気にした様子もなく、ネロは口惜し気に表情を歪めた。

 

「……首都防衛の部隊が、近隣に敵の斥候部隊の存在を確認したのだ。

 余はその斥候たちを討ち払うべく、兵を率いて出陣した。

 そして、敵部隊と会敵するとほぼ同時。あの赤い鎧のものに襲撃された。

 結果は見ての通り、敵も味方も含めて生き残ったのは余のみ」

 

「―――敵斥候を相手にするために、皇帝陛下御自らですか?」

 

思わずといったところか。オルガマリーが口を挟んだ。

ネロはその言葉に困った様子をみせる。

 

「そなたら。先程からの様子を見てそうかもしれぬ、とは思っていたが……

 本当に、この国の現状を何も知らぬのだな」

 

「いいから。ちゃっちゃとそのこの国の現状とやらを話しなさいよ、皇帝陛下」

 

歯切れの悪いネロの言葉。それに呆れるように、ジャンヌ・オルタ。

オルガマリーの視線が彼女へと飛ぶ。

マスターに睨まれていても、彼女は気にした様子もない。

だが、そんな彼女の頭を押さえつけて、強引に下げさせる白い方。

 

「ちょ、お前……!」

 

「申し訳ありません、皇帝陛下。妹が失礼なことを……」

 

「はぁ―――!? 妹!? アンタ、ふざけたことを言ってるんじゃないわよ!?」

 

「よい、特に許そう。そして余も分かったぞ?

 そなたら、雰囲気こそ違えど瓜二つの容姿……双子だな?

 双子としてこの世に生まれたものたち……

 彼女らは、どちらが姉としての特権を享受し、どちらが妹として甘んじるか。

 正に血で血を洗う闘争の果てに、姉妹という関係を構築すると聞く」

 

「アンタ馬鹿じゃないの!?」

 

ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる似たような顔三人。

それを見ながら額を押さえて頭痛を堪えているような所長。

を、更に後ろから眺めている立香はむーん、と悩むように首を傾げていた。

 

「……マスター」

 

「清姫?」

 

そこにやってくる清姫の姿。

彼女は神妙な顔をして、珍しく声を潜めながら彼女に寄り添ってきた。

寄り添ってくるのはいつも通りといえばいつも通りだ。

 

「あの方、エリザベートそっくりですね……」

 

「エリザベートと皇帝陛下が?」

 

確かにハイテンションな態度な人だが、あれほどブレーキが壊れているような印象はない。

ただ確かに―――カーミラの事を語っていたエリザはあんな雰囲気だったろうか。

 

少し離れた位置でカルデアに報告をしていたマシュが、こちらに戻ってくる。

立香のことも通信範囲に入れたロマニが、ネロについてを語る、

 

『皇帝ネロ。為政者としては、良い面と悪い面の両方が大きいローマ皇帝だ。

 ―――ただ、西暦59年。

 今キミたちがいる時代から約一年前に、彼女は国政のために自らの母を謀殺している。

 それは彼女の来歴から見るに、彼女という皇帝が自死という結末に向けて転がり落ち始める、第一歩だったようにすら見える。

 ボクたちには予想することしかできないが、多分精神的に相当参っているんだろう』

 

「自分の母親を?」

 

それを聞いて、静かにネロを見つめる立香。

なるほど。追い詰められている、という点で彼女はエリザと似ているのか。

―――もしかしたらそれだけではないかもしれないが。

 

見られていることに気付いたか。

赤いのが白いのと黒いのから目を逸らし、立香を見返す。

 

「む? どうした、余に見惚れていたか?」

 

「うーん、否定はしません」

 

見ていた理由は別だが、美しい人であることは間違いない。

見惚れるような美しさである、と同意する意味も含めてそう返す。

するとネロは嬉しそうに何度も肯き、ちょいちょいと立香を手招きする。

 

「そうかそうか! ならもちっと近くに寄ると良い!

 余もそなたのような美しい少女は好きだぞ!」

 

そそそ、と立香の前に移動する清姫。威嚇の体勢だ。

自分と立香の間に立った清姫を見て、ネロが更に嬉しそうに笑みを大きくした。

 

「なんだ? 嫉妬か? 愛いやつめ! それもよし!

 そなたも美少女となれば! 二人纏めて余の傍へと侍らせてやるまでだ!」

 

身構えていた筈の清姫に抱き着いてみせるネロ。

きしゃー、と清姫が悲鳴をあげた。

 

「ちょ、やめなさい……! なんて破廉恥な……!」

 

「ふふふ、愛いやつめ。ところでこの頭の飾りはなんだ? 可愛らしい髪飾りではないか」

 

「竜の角です! 勝手に触らないでください……! 触っていいのはマスターだけで……!」

 

なるほど、どんな時でも強がってしまうタイプ。

清姫に抱き着いた皇帝を見ながら、立香は確かにエリザっぽさを感じないでもなかった。

 

「ところで、この国に起きていることとは」

 

「む。そうであった、その話の最中であったな!」

 

ネロの腕の中から解放された清姫が、一気に立香の後ろまで逃げてくる。

はいはい、と頭をぽんぽんと叩きながら彼女を迎える立香。

それを少し羨ましそうに見ていたネロが、しかしきっちりと表情を切り替えて口を開く。

 

「――――連合ローマ帝国。それが今、余のローマが敵対しているものたちの名だ」

 

「連合、ローマ帝国」

 

「うむ。この地に突如として現れた、自分たちこそが真のローマ皇帝だと称するものども。

 正統なるローマ皇帝たる余に刃を向ける、大逆の徒たち。

 今まさに、余のローマはそやつらとの戦争状態にあるのだ」

 

彼女の語るこの時代の事を聞き、皆の表情が引き締まっていく。

本来のローマを襲う、歴史には存在しない別のローマ。

だというならば―――その場所にこそ人理焼却の要石、聖杯があるはずだ。

 

「……連合ローマ帝国の出現により、余のローマは二分された。

 即ち余に従う者と、連合ローマ帝国に寝返る者。

 実に国の半数が、余ではなくその連合側の皇帝こそが真の皇帝であると判断したのだ。

 だからこそ余は示さねばならぬ。余こそが、今まで積み重ねたローマの歴史の上に立つ皇帝。

 ローマ帝国第五皇帝。ネロ・クラウディウスに他ならぬ、と」

 

彼女が実母の命を奪ってまで繁栄させようとしたもの。

それがたった僅かな時を置いて、まるで簡単に彼女への裏切りを示した。

彼女の心に圧し掛かるものは、それだ。

 

だからこそ彼女は前線にまで赴く。

この身、この存在こそがローマを導く皇帝である、と叫ぶように。

 

「そうして、余が連合の兵たちを相手にするため、この場に訪れた時。

 奴めが突如現れて、兵たちを襲い始めた。

 余のローマ兵と、連合のローマ兵。どちらかという区別もつけることなく、な」

 

アナザーライダー。

決定的な一撃は、オリジナルのライダーの力でしか与えられぬ敵。

サーヴァントであるならば、一時的に撃退することも可能かもしない。

だが、人間である皇帝ネロにそれは叶わなかった。

 

『つまり、あのアナザーライダーは正統なローマ帝国とも、連合ローマ帝国とも敵対している?』

 

「うん? 声だけするな、魔術師か?」

 

『どうもどうも。ローマ皇帝、ネロ・クラウディウス陛下。

 私たちは彼女たちのサポートをしている魔術組織。

 カルデア、という組織なのだけれど陛下はご存じだろうか?』

 

ご存じのはずないでしょ、と。オルガマリーがそのダ・ヴィンチちゃんの声に顔を顰める。

案の定、ネロは聞き覚えの無い名前に首を傾げた。

 

「カル、デア……? すまぬがとんと知らぬ。

 余は魔術やそういった類のものへの造詣は深くなくてな……

 宮廷魔術師たちなら知っていたやもしれんが、既に彼らは連合の皇帝に討ち取られてしまった」

 

「連合の、皇帝ですか。陛下はその連合の皇帝と顔を合わせたことがあるのですか?」

 

「―――――うむ。まあ、な」

 

マシュからあがった疑問に歯切れの悪い回答を返すネロ。

そんな様子に、マシュは続けようとしていた問い掛けを打ち切った。

代わりにネロから話題を変えるような質問がとんでくる。

 

「その、アナザーライダー……というのか? 奴は。

 とにかく奴のことは余もよく分からぬ。少なくとも、先程初めて見た相手だ。

 各地の戦場からの報告にもあがってきたことはない」

 

『そうでしたか……』

 

そこまで聞いたソウゴが、声を上げた。

 

「初めて見るような奴がまず皇帝を狙ってきた、って事はさ。

 やっぱそいつの目的は皇帝なんだと思うんだ。

 だから俺がまずやるべきことは、皇帝を守ることな気がする」

 

「―――貴公が余を、か? それは……確かに助かる、のだろうな」

 

ソウゴの視線が所長へと向けられる。

アナザーライダーという存在が、この時代の要衝である皇帝ネロを狙っている。

その情報だけでも、ソウゴに皇帝を守護させるにたる情報だ。

オルガマリーもそれは理解している。

このまま彼女を一人で首都ローマまで歩かせる、などという選択肢はないだろう。

 

「……ロマニ、この周辺の索敵は終わっている?」

 

『ええと、それが龍脈の索敵という意味ならばおおよそは。

 地図上では……エトナ火山。

 そこならば物資を送り込めるだけの召喚サークルが設置できます』

 

「エトナ火山……ここからだと……」

 

ローマの地図を思い浮かべようと思考するオルガマリー。

しかし彼女が思い出す暇もなく、横合いから声が上がる。

 

「エトナ火山か? ここから陸路をとるなら首都とは進むべき方向が真逆だぞ?」

 

地理を知るネロからの言葉に小さく顔を顰める。

マシュ・キリエライトは召喚サークル設置に必須。

一応、ネロの護衛と召喚サークル設置でチームを分けることは可能だが……

 

「じゃあ俺が皇帝に着いて行って、所長と立香でそっちに行けばいいんじゃない?」

 

特に気負うこともなく、そう言ってのけるソウゴ。

確かに召喚サークルを設置するのは、カルデアの観測精度を向上させるためにも必要最低限だ。

だがそのための部隊の分割に、悩み込む。

サークルを設置して、すぐに首都ローマへと向かうにしても―――

 

「じゃあ、そうしようか?」

 

そんな風に悩んでいるオルガマリーを差し置いて、立香が勝手にそんなことを言い出した。

 

「ちょっ、なにを勝手に……!」

 

「え、じゃあ違う方法にしますか?」

 

きょとん、と。それ以外にあるのか、と。本当に不思議そうに彼女は首を傾げてみせる。

それが最も無駄がない、とは分かっている。

だが安全を期すならば部隊を分割すべきでない、という考えが……

彼女は周囲を見回して、自分の意見に同意するだろう者を探す―――

 

オルガマリーが代案を出すならば、と。ソウゴは彼女が口にする違う作戦を待つ姿勢。

彼女が作戦を提案すれば、じゃあそっちで、と。

特に何事もなく、彼女に賛成してくれるのだろう。

 

「まあ、現状そもそも情報が足りねぇ。知らねぇもんは警戒しようもねえだろ」

 

今まで押し黙っていたランサーが、そう言ってオルガマリーを見る。

決断力の低さを見咎められた、と感じた彼女は唇を噛み締めた。

それを察しながらしかし何も言わず、ランサーは話を進める。

 

「マスター。前の特異点で俺を呼び出した空間転移、距離関係なく使えるのか?」

 

「俺が場所を分からないと無理じゃないかな。

 だから多分、ランサーやジークフリートが俺のサーヴァントだから出来ただけだよ。

 距離は大丈夫だと思うよ。場所さえ分かれば」

 

「レイラインを辿れる相手だけか。じゃあそこの黒いのはどうだ?

 今は移譲してるが、元は坊主と黒いのの契約だ。場所は分からないか?」

 

「……黒いの?」

 

大きく顔を引きつらせ、ランサーを睨むジャンヌ・オルタ。

ランサーはその視線を気にも留めない。

 

言われ、目を閉じて考え込むソウゴ。

ランサーとの契約のラインよりは薄い気がする。かなり分かりづらいが。

だがどうだろう。これを長距離に伸ばしてしまうと、察知できなくなりそうな?

 

「うーん、どうだろう。あるのは分かるけど……

 遠くから呼べるかどうかはちょっと分からないかも」

 

「んじゃまあ……組み合わせから俺と黒いのを交代だな。

 俺が一時的にオルガマリーの嬢ちゃんについて、黒い方が坊主につく」

 

「……へぇ。それって私はアンタより役立たずって言ってるように聞こえるけど?」

 

ジャンヌ・オルタが薄ら笑いを消して、一気に冷めた微笑みを浮かべる。

それを向けられ、心底めんどくさいと言わんばかりに肩を竦めるクー・フーリン。

 

「俺でもお前でも大差ない。必要なのはそっちの赤いのの護衛だ。

 むしろそっちに回したいのは白い方だって話だっての」

 

「赤いの呼びはどうかと思うぞ、青いのよ。

 しかしそうだな……そのように色を指定して呼ばれるのも悪くはないが……

 赤薔薇の皇帝、などならとてもよいと思うぞ。青いのよ」

 

「うるせえ」

 

さあ呼べ。すぐ呼べ。もっと呼べ。

そんなキラキラした瞳で赤薔薇の皇帝、という名をプロモーションしてくる皇帝。

ランサーに一蹴されてしまった彼女は、残念そうに辺りを見回した。

その視線が白い方を捕まえる。困ったように苦笑するジャンヌ。

 

「その、お似合いの呼び名だと思います。赤薔薇の皇帝」

 

「そうであろう! うむ、話の分かる姉だな!」

 

他人の口からそうと呼ばれたのがよほど嬉しいのか。

何度も頷いてその響きを味わう皇帝陛下。

それを馬鹿にするような冷笑を浮かべ、黒いのも続けて赤いのに言葉を送る。

 

「私もお似合いだと思いますわ、赤バカの皇帝サマ。あと姉じゃないって言ってるでしょ」

 

「そうであろう、そうであろう! ……む? 今何か違わなかったか、妹よ」

 

「妹でも姉でもないって言ってるでしょ、この赤バカ!」

 

自分から仕掛けておいて、天然が返してきた言葉にキレる。

そのままぎゃーぎゃーと騒ぎ立てている隣。

 

「じゃあそういうことでいい? 所長」

 

「……………ええ。いいわよ」

 

やたら低い声での返答。拗ねてしまった。

ソウゴはこれから行動を共にすることになる立香を見た。

立香はこの状態になる原因となったランサーを見た。

ランサーはほっときゃその内戻るだろ、という顔をしている。

 

立香が今度はソウゴを見返して、一度溜息。

 

「所長。私たちは所長の言うことを聞くのが仕事、なんですよね」

 

「―――――」

 

「だったらどんな無茶ぶりでも、まずはしてくれないと。

 私たちはそれを達成するために頑張りますから」

 

「……確実に出来るかどうか分からないような案件を、考えもせず気楽に振れと?

 そんな指揮官がいるはずもないでしょう。いるとしたら酷い無能ね」

 

立香がまたソウゴを見る。ソウゴは少しだけ困ったように曖昧に笑う。

 

「―――だって所長。

 たった何十人っていう私たちに、世界を救ってくれって言ってくれたじゃないですか。

 あんなに堂々と宣言してくれたのに、もう忘れちゃったんですか?

 私たち全員、所長が言い出した出来そうにもない事のために戦ってるのにな」

 

拗ねるような言い回し。

少し意地の悪そうに、立香はそうやって彼女に笑いかける。

言われたオルガマリーが目を見開いて、ド級のアホを見る目で立香とソウゴを見た。

 

「……アンタたち。それで、自分が犠牲になったらどうするつもりよ」

 

「ならないよ」

 

オルガマリーを尊重するつもりだったのだろうか、黙っていたソウゴがここで口を開く。

無茶を通そうとして犠牲になる、など無能な指揮であればいくらでも考えられることだ。

それをありえないと断ずるソウゴを、オルガマリーは小さく睨んだ。

 

「なにを……」

 

「だって、立香も所長も、ロマニも、ダ・ヴィンチちゃんも、ランサーも。

 他の皆もここで戦って最善の未来を手に入れようとしてるんだから。

 その皆が最善の未来に辿り着けるように道を切り拓くのが―――

 俺が目指してる、最高の王様でしょ?」

 

拳を作り、目前に持ち上げるソウゴ。

彼は盛大に不敵な笑みを浮かべながら、けして大きくない……

しかし響くような声で宣言する。

 

「俺は俺の民を裏切らない。だから、絶対に世界も救ってみせる。

 所長が心配することなんてないよ。所長だって俺が救うべき民なんだから」

 

果たして、彼の自信に満ちたこの宣言に覚える不安は何なのか。

ただ一つ感じることは、彼の自信の源は余人には知りえぬ底知れぬ何かだということだった。

 

 

 




 
親殺し属性持ちのネロ。斧持たせる?
 


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月の女神は“なに”をもたらしたのか0060

 
ジオウ最終回ですねぇ。
 


 

 

 

エトナ火山。

標高3000mを優に超す、ヨーロッパ最大の活火山。

その山肌を進軍しながら、立香はこれ魔術的な装備とか無かったらすぐ倒れてそう、と溜息を吐いた。

 

この火山には強い霊脈があるという証左か。

今の正統ローマと連合ローマによる戦争の戦没者らしきものたちの悪霊が出没している。

悪霊の巣窟、となればそこは聖人たるジャンヌ・ダルクの独壇場だ。

戦闘と呼べるようなものに発展することもなく、彼女の洗礼詠唱によって悪霊たちは還される。

現状、こちらには何の問題もなかった。

 

「先輩、大丈夫ですか? こちらにきてから歩き詰めになってしまいましたが…」

 

「このくらい平気だよ。所長は大丈夫?」

 

「………貴女と違って私の体は疲労しないの。自分の心配だけしてなさい」

 

「フォウフォウ、フォー」

 

立香の肩でフォウが鳴き声をあげる。

心配してくれるのだろう、肩の上にいる頭を撫でまわしておく。

 

『うんうん。その体を作った私をめいっぱい称賛してくれていいとも。

 また私の有り余る天才性が発揮されてしまった……』

 

「そんなことは言ってないわよ」

 

割り込んでくるダ・ヴィンチちゃんの声を押し返す。

確かに、彼女に与えられた新たな体はやたらと調子がいいのは確かなのだが。

心情さえ無視すれば、生身の肉体よりも性能は向上している。

だからと言って喜ぶ気など毛頭ないのだが。

 

「そうだな。そろそろ機嫌直したらどうだ、嬢ちゃん。

 歩き詰めな上に息も詰まるってんじゃ、ここじゃそのうち酸欠で倒れるぞ」

 

けらけら笑いながら、周囲の警戒を担当しているランサーがそう言ってくる。

死霊系の化物ばかりなので、彼が前に出る必要がないのだ。

 

「息も詰まる、とはつまり私が空気を悪くしてるとでも言いたいわけ?」

 

「マスターの心配なら要らねえよ、って言ってんのさ。

 俺の見立てじゃアイツは“勝つ”か“負ける”かなら、最終的に必ず“勝つ”タイプだからな。

 アンタもアイツの上に立って使うなら、そこんとこは自分なりに理解しておいた方がいいぜ」

 

別に心配しているわけじゃない、と顔を逸らしてしまうオルガマリー。

そんな彼女の横から、立香がランサーに問い掛けた。

 

「そのランサーの言う“勝つ”ために、私はソウゴが何でも擲っちゃいそうで怖いかなって思う。

 そこに関して、ランサーはどう思う?」

 

「どう思うも何もないさ。“俺たち”はそういうもんだろ。

 どういう結末になるかは俺には分からんがね、根本的な部分でアイツはこっち側だ。

 俺はマスターに協力はするが、止める気はねえよ」

 

彼は何の事もなく、ソウゴは自分たちと同じようなものだと語る。

クー・フーリン。戦いの人生を駆け抜け、そして戦場で命の幕を下ろした英傑。

 

その彼がそう見立てている。

彼は、命を燃やして戦い抜くことに忌避感はない。その果てが戦死であってもだ。

だからこそ、クー・フーリンは英雄と呼ばれた。

ならば常磐ソウゴも―――

 

「でも、私たちの邪魔もしないんだよね」

 

だが、そんな犠牲とともに名を上げる結末など看過できない。

彼一人ではその結末に辿り着くというのなら、自分が力を尽くしてそれ以外の道を示してみせる。

その覚悟をもって、立香はランサーを見上げた。

 

「邪魔ねぇ……まあ、マスターが何を選ぼうと俺はサーヴァントとして助力するだけだがね。

 しかしどうだかな、うちのマスターは……」

 

立香の言葉に半眼になるクー・フーリン。

その視線が立香とオルガマリーを軽く往復して、悩むように唸る。

そしてポツリと一言。

 

「そもそも坊主、女に興味あんのかね」

 

「そういう話はしてないけど……」

 

「ちょっと待ちなさい、何でいま私まで見たのよ」

 

呆れるような立香。唖然とするオルガマリー。

そして、にゅるりと場に入ってくる清姫の姿。

 

「今わたくしの伴侶に不倫を持ちかけられました? ふふ、ちょっとよろしいでしょうか?」

 

「先輩は清姫さんと婚姻関係にあるわけではないですので……

 この場合、伴侶というのは誤った呼び方かと。

 それにどちらかというと先輩とソウゴさんは姉弟的というかなんというかその」

 

「あ、いま姉妹の話をしました? はい、私も姉初心者として是非参加します!

 突然できた妹と距離を縮めるためには、どうすればいいのでしょうか?」

 

「フォー……」

 

最前で悪霊を払っていたジャンヌまでもが参戦する事態に。

進軍速度は落とさぬまま、彼女たちは火山霊脈の中心を目指していく。

 

 

 

 

荒野を歩きつつ、ジャンヌ・オルタは強く顔を顰めていた。

基本的に彼らの進軍はネロ・クラウディウスに合わせて行うことになる。

身体能力、という点では変身していない常磐ソウゴの方が低いだろう。

だが彼にはバイクがある。バイクを持っている。

 

重要なことだ、もう一度言おう。彼はバイクを持っている。

前の特異点では自分が爆砕したバイクであるが、そこはそれ。

デザインは自分好みではないが、最高速度にして約時速300キロは中々自分好みだ。

荒野を走るならもうちょっと欲しいかな、と思うが市街地であればこれでもいいか、とも思う。

動かしてみたい。いや、動かし方とか全然知らないけど。多分いける。いける気する。

 

もしこれがネロを送る旅路でなければ、自分が思う存分乗り回せたのに……!

とさえ考える。乗れない時のことは考えない。

彼女の今の表情は、ぐぬぬ、バイク乗りたい、乗ってみたい……! という感じ一色だった。

 

「……よいか? なぜあの黒い妹はあんなへんてこな表情をしているのだ?」

 

「うーん……俺にはちょっとわかんないかな」

 

一番後ろでへんてこ百面相になっているジャンヌ・オルタ。

それをちらちらと振り返りながら、皇帝とソウゴが小さく言葉を交わす。

そのヒソヒソ話を終えて、幾分か更に声を潜めたネロが、ソウゴに問い掛ける。

 

「そなた。……もしやどこかローマの外の国の貴き血を引いておるのか?」

 

「ないよ? なんで?」

 

あっさりと否定されたネロが、慄く。

 

「そ、そなたは先程、自身が王になる時の事を語っていたではないか。

 生国で王になる前に諸国を旅し見聞を広めている……みたいな、そういうアレではないのか?」

 

「俺の言う王様って言うのは、そういうんじゃなくて……うん。

 世界中の人間を全部幸せにできる人、ってことかな。だから、王様」

 

「世界中ときたか……それは、並大抵の王では不可能だろうな……

 しかしローマと言えば世界、世界と言えばローマ!

 そなたの言う王に近いのは世界中枢たるローマの皇帝たる余―――

 と、言えれば良かったのだがな」

 

途中まで声を高くしかけたネロ。しかし最後にはその声は尻すぼみになって消える。

 

「真なるローマ皇帝こそ、そなたの語る王にもっとも近きものだろう。

 いや、そのものと言うべきか……だが今の余は、余の愛する国にも民にも……

 そしてかつてこの国を治めた皇帝にも……」

 

「さっき言ってた連合の皇帝、って相手?」

 

ソウゴの問いかけに、ネロは顔を逸らして押し黙った。

彼女をそうまで落ち込ませるのは、果たして一体誰だと言うのか。

無理に訊き出すつもりもなく、ソウゴもまた黙る。

 

「………余のローマと連合の戦い、その最前線で暴れ回る連合の皇帝。その者こそ余の伯父。

 ローマ帝国第三代皇帝、ガイウス・ユリウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス。

 既に死したはずの者……カリギュラなのだ」

 

「死んだ伯父さん……?」

 

「………幼き頃に余を抱き上げた、伯父上の優しき腕を覚えている。

 先々帝、カリギュラの最期は月の女神に魅入られ、狂気に染まったものであったが……

 それでも余の中では、心優しき愛すべき伯父であったことに違いはない。

 何故、死者がこうして余のローマと敵対するかたちで現れたのかは分からぬ。だが―――」

 

「ああ。そういえば貴女、母殺しでしたっけ? 貴女の母と言えば、同時にカリギュラの妹。

 貴女の伯父からしてみれば、貴女は愛しい妹の仇でもあるわけね」

 

トリップしていたはずの黒いのがいつの間にか復帰していた。

そんな、ネロを煽るような口調で彼女を突いてみせるジャンヌ・オルタ。

いきなりそういうこと言う? と言いたげな視線を向けるソウゴ。

彼の視線を無視して、にやにやと笑ってみせる。

 

「………そうなるな。余が国のために切り捨てた母、アグリッピナ。

 その復讐のために甦った、と言われれば……それも道理の一つなのやもしれぬ。

 ―――だが、余に後悔はない。余はローマとその民のために……

 今度は、カリギュラですらも斬り伏せてみせようとも」

 

彼女は国を守るため、今までの彼女を作ってきた背景さえも敵に回している。

心労など積み重なるに決まっている。

敵と戦うつもりで、自分の心を切り崩しているようなものなのだから。

 

こうしてほんの少しの短い時間。彼女と関わっただけで、伝わってくる。

この戦いを続ければ、そう遠くない未来に彼女は自壊するだろう。

その結論に辿り着いたソウゴが、目を閉じた。

 

「だから、なのかな?」

 

小さく呟くような声。

それを拾ったネロが、ソウゴの顔を覗き込んでくる。

 

「む? どうした、何か気になることでもあったか?」

 

「ううん、大丈夫。あ、街が見えてきた?」

 

まだ遠いが、首都ローマの遠景が見えてきた。

あそこに辿り着き、立香たちが戻ってくるまでネロの護衛をする。

それが彼の今の仕事だ。

 

「―――何よ、特に荒事もなかったじゃない。こんなんだったら……

 いや、やっぱこっちで良かったわ。こっちには変な白いのいないし……

 ―――――来るわよ、元マスター。準備しなさい」

 

あるいは元ルーラーとしての残り香として、か。

彼女はこちらに接近してくるサーヴァントを検知した。

その手の中に旗を呼び出し、腰に佩いた剣に手を掛ける。

 

「元マスターって」

 

彼女の忠告に反応してドライバーを装着したソウゴ。

自分の呼び名について、何それと言わんばかりにジャンヌ・オルタへ視線を送る。

 

「あら。呼ぶや否や私をマスターに上納したのは貴方でしょう?」

 

「そうだけどさ。まあいいか」

 

「……敵か?」

 

サーヴァントを察知できるジャンヌ・オルタの知覚頼りの察知だ。

人間の……ネロの有する他の五感では、その相手は捉えられない。

 

だが疑う気もないのか、赤い剣を構えて周囲に目を巡らせるネロ。

彼女がそうして剣を構え前に出た瞬間に、空気が変わった。

溢れんばかりの殺気、愛憎。

そうとしか言い表せないような、感情の渦がこちらを巻き込んできた。

 

「噂をすれば、じゃないかしら?」

 

オルタの言葉に、ネロの柳眉が大きく歪んだ。

目前の丘の上、風景の上に染み出してくるように一人の男の姿が現れる。

 

霊体からの実体化。

そうして現れたサーヴァントの格好は、黄金の鎧と赤いマント。

短く切り整えられた藍色の髪は風に揺らしながら、ネロを見つめる暗く沈んだ瞳。

その色は既に彼の理性は駆逐され、狂気こそが彼の精神を占めているのだと知らしめる色合い。

 

「――――我が、愛しき、妹の、子よ――――」

 

「伯父上……!」

 

ローマ帝国第三代皇帝、カリギュラ。

その姿が、彼らの前に立ちはだかっていた。

 

「いや……いいや、もはや親愛でその名を呼ぶまい……!

 現世に彷徨い出て、余の治めるローマを脅かさんとする連合ローマの手の者。

 叛逆者カリギュラよ! 申し開きがあるならば口にするがよい!

 第五代ローマ皇帝、ネロ・クラウディウスとして余はそれに裁きを下そう―――!!」

 

「余の―――振る舞い、は、運命、で、ある――――!

 捧げよ、その、命。―――捧げよ、その、体!」

 

前に立ち剣を構えるネロ。

その彼女しか目に入らぬと言わんばかりに、彼は彼女だけを見つめている。

歯を砕かんばかりに噛み締めた彼が、一度大きく息を吸う。

一拍置いて、その呼気とともに彼は大音量を吐き出した。

 

「す べ て を 捧 げ よ――――!!!」

 

瞬間。大地を踏み砕いて、黄金の鎧の皇帝が奔った。

人智を超える筋力から生み出される、圧倒的なパワーの疾駆。

それはまるで砲弾めいてネロへと向かって撃ち出され―――

 

間に分け入ったオルタの旗によって受け止められた。

 

「ッ……!」

 

「ネェ……ロォオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

彼の持つ元来の強靭さを、更に狂気が押し上げる。

それは最早、サーヴァントですらも止め切れぬ暴力の化身。

狂気で自身の霊核すら軋ませながら、その暴虐はただネロだけを目指す。

 

耐え切れぬ、と判断したオルタは舌打ちしながらそのまま吹き飛ばされる。

背後に庇ったネロを巻き込みながら、彼女たちは大きく後ろに飛ばされた。

 

〈仮面ライダー! ジオウ!〉

 

追撃をしかけようと再び構えるカリギュラ。

その前に飛び込むのは、変身を完了したジオウの姿。

それをネロに至るまでの障害だと認識したカリギュラが、吼えながら突撃する。

 

「ネロォオオオオオオオオッ!!!」

 

突き出される正拳。それをジオウは腕を交差させて受け止める。

直撃。まるで何かを爆砕するかのような大音響。

生身の拳が発生させたとは思えぬエネルギーが、ジオウの装甲すら震わせる。

 

衝撃に麻痺しかけた腕でしかし、ジオウはカリギュラの腕を捕まえた。

そのまま彼の顔を、自分の方へと思い切り引き寄せる。

 

「あんた、皇帝の伯父さんなんでしょ? なんでそんなことするのさ」

 

「―――――我が愛しき妹の子、奪いたい、貪りたい、引き裂きたい……!

 女神が如きおまえの清らかさ美しさその全て……!

 余の、全身で、無茶苦茶に蹂躙してやりたいッ――――!!」

 

ジオウの言葉が届いているのか、いないのか。

カリギュラの意識は全てがネロに向いている。

 

オルタに巻き込まれて吹き飛ばされたネロ。

彼女は起き上がりながら、その言葉に何かを堪えるように表情を歪めた。

 

カリギュラのボルテージは上がり続けている。

何が彼の奥から湧いてきているのかは分からない。

だが、ネロを前にしていることで、彼からブレーキは存在しなくなっている。

取っていた腕を離し、同時に膝蹴りで彼の胴を打ち抜くジオウの一撃。

 

大きく後ろに打ち飛ばされるカリギュラ。

しかし痛みを感じる、などという機能は働いていないのか。

彼は当然のようにすぐに復帰して再び加速を開始する。

 

「クゥ―――オォオオオオオオッ!!!」

 

「チッ……!」

 

止まる気のない皇帝の進撃。

それを前に、オルタが展開した黒炎の剣を射出する。

殺到する剣群を気に留めることすらせず、ただただ彼はネロだけを見ていた。

 

「――――そうか。それほどまでに、我が母を……貴方の妹を殺した余を憎むか」

 

幼年期だけ傍にいた優しい伯父。

そんな彼は、今は目に底知れぬ狂気だけを湛えて立ちはだかる。

 

黒炎の剣を素手で弾き飛ばしながら、彼の歩みは止まらない。

呪詛を含む炎に身を焼かれながら、彼の咆哮は止まらない。

 

「こいつッ……!」

 

「ネロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ―――――!!!!」

 

自身の攻撃をものともせず、ただただ迫ってくる相手。

それにオルタが仕方なし、ネロを引っ掴んで退避しようとした。

だがネロが手にした剣の柄を強く握りしめる。

 

「……ならば、その憎悪は余自らの手によって断ち切るまで!

 余こそがローマ帝国現皇帝、ネロ・クラウディウスなのだから――――!!」

 

「ちょ、勝手に動くな……!」

 

自身に向かってくる先々帝の前に立ちはだかる。

芸術家としての己で打ち上げた剣を手に、彼女は斬り込む構えを見せた。

 

漸くあと一歩。彼が求める彼女に手の届くところにまできた。

カリギュラが発する熱は臨界に達する。

ネロが構えた剣が焦熱を放ちながら、強襲するカリギュラを待ち構える。

 

「っ……!」

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

ネロに手を伸ばすカリギュラを横合いから弾くべく、ジオウもそれを追う。

そうして――――

 

 

周囲の全てが凍り付いた。

 

今までの高速戦闘が嘘のように、流れる風景がスローになる。

ジオウも、ネロも、オルタも、カリギュラも。

粘度の高いゼリーの中で動いてるように、ふんわりとした動きに変わった。

 

―――なに、これ。体が……()()()()する……!

 

カリギュラさえも含む、全員が驚愕する。

そうして、その場に高らかにエンジンの音が轟いた。

その音がエンジンという機関の音である、と理解できるのはジオウとオルタだけであったが。

 

〈ドライブゥ…!〉

 

砕けた自動車のフロントのような顔で、何度か目らしく部分が明滅する。

ゼリーに溺れるような重さを無視し、それは普通に足を運んでいた。

ジオウを通り過ぎ、カリギュラを通り過ぎ――――

オルタが引き戻そうとしている、ネロの目前で足を止める。

 

―――アナザーライダー……! スウォルツのとは、違う力……!?

 

アナザーライダーはネロがゆっくりと驚愕に目を見開いていく様子を眺め―――

クラクションのような音を鳴らしながら、拳を強く握り込んだ。

数秒の後、その拳が彼女の命を奪うだろうことは想像に難くなかった。

 

どれだけ動こうとしても、その力は振り切れない。

ただただ体がのろまになって、動きから軽さが一切失われているだけ。

 

僅かばかりの、時間の隙間。

皇帝ネロに、アナザーライダーが与える死が届くまでのカウントダウン。

 

―――ジオウの目の前で、狂獣が吼え猛る。

 

「――――“我が心を喰らえ、月の光(フルクティクルス・ディアーナ)”ァアアアアアッ――――!!!」

 

その瞬間に。

逆に、アナザーライダーにこそ驚愕が訪れた。

 

弾き飛ばされるアナザーライダーの体。

それは、ネロに向き合うことでがら空きだった背中を、カリギュラが強襲したものであった。

ネロを、オルタを飛び越して、アナザーライダーの赤い車体が宙を舞う。

常軌を逸した膂力は、堅固なるアナザーライダーの装甲にすらけして無視できぬダメージを強引に通してみせた。

 

地に落ち、転がりながら車のライトに似たその目を光らせるアナザー。

その目に初めて、皇帝ネロ以外の相手が映る。

同時。初めてカリギュラ帝の目に、ネロ以外の―――ネロを害そうとする“敵”が映った。

月光を全身に帯びた狂気の皇帝が、真昼の月へと咆哮した。

 

ガクリ、とジオウの体が揺れる。

今のカリギュラからの痛打を受けて、アナザーの能力が解除されたのだ。

 

「戻った……! 今のは……!?」

 

「今のは重加速現象。

 仮面ライダードライブの動力源、コアドライビアが発生させる超重力空間だ」

 

ウォズの出現はまあいいや、と流す。

そんなことより知ってることを聞かねばならない。

 

「つまりあいつはアナザードライブ? 皇帝の伯父さんはどうやってあれを?」

 

「ガイウス帝、カリギュラ。彼は月の女神の寵愛と加護により狂気に染まった皇帝。

 つまり、月の女神の眷属というわけだ。

 彼の宝具は本来、月の魔力が帯びる狂気を伝播させる精神干渉宝具のようだが……

 今回あの宝具の効果によって、自分と月の結びつきを強化したようだ」

 

「………つまりどういうこと?」

 

小さく笑ったウォズが、晴天を見上げる。

今は見えない月こそ、カリギュラがこの現象を突破するための切り札だった。

 

「狂化を更に進行させる代わりに、彼は月の女神の加護を強化した。

 月の魔力によって彼は重加速を跳ね除けたのさ。

 月の重力は地球のおおよそ六分の一。つまり、彼にかかる重加速の効果も六分の一だ」

 

「重加速で、重力……」

 

体が動くようになったオルタが、即座にネロを抱えて横に跳ぶ。

その腕の中、呆然としたネロがカリギュラを見ていた。

 

「――――伯父上?」

 

「クァアアアアアアアアアアアアアアアアッ――――――!!!」

 

黄金の鎧が疾駆する。

くすんだ赤色の鎧は、それを迎え撃つようでもなくただ立っている。

ただ、その腰に巻かれたベルトらしきものが言葉を吐いた。

 

〈スピンミキサー…!〉

 

アナザードライブの胴体に灰色の車輪が出現する。

それが外れて宙を舞い、回転しながら灰色の弾丸を吐き出し始める。

自身を目掛けてくるその弾丸を、しかしカリギュラは避けもしない。

 

黄金の鎧に直撃し、弾け飛ぶ灰色の塊。

何度当たっても足を止めぬカリギュラが、アナザードライブに辿り着く―――

一歩手前。

 

「グ、ガ、グゥウウッ………!!」

 

彼の体は全身隅々まで塗りたくられたコンクリートで固まっていた。

足と地面も完全に固まり、一歩たりとも動けない状況。

それを内側から破らんともがくカリギュラ。

 

―――その彼に、横合いから巨大な質量の塊が激突した。

 

「グガァッ…………!?」

 

コンクリートを粉微塵に粉砕する衝撃。

その勢いのまま激突されたカリギュラが、凄まじい勢いで空を飛んだ。

地面に落ちれば、草原をはぎ取りながら転がっていく彼の体。

 

「お、伯父上……!」

 

役目を果たした、と言わんばかりのクラクション音。

どこかしこも壊れているようにしか見えない赤い車両が、アナザードライブに並んでいた。

壊れる前はスポーツカーだったのだろうか、と見えるフォルム。

それを一度見て、アナザードライブは再びカリギュラを見る。

 

立ち上がろうとはしている。

が、狂気でさえも無視できぬダメージになったか。

ガクガクと震えながら、何とか立ち上がろうとしてみせているだけだ。

 

――――つまりもう、重加速は防げない。

 

アナザードライブの動力が加速し、再び重加速を始動する。

そうしてゆっくりと再びネロを目掛けて動こうとして―――

 

〈プリーズ!〉

 

周囲に黄色い魔方陣が奔る。重加速特有の空気感が失せていく。

重力操作の能力を持つ魔力の迸りが、周囲一帯の重力を平定させる。

アナザードライブが、その下手人へと振り返る。

 

ルビーの魔石。竜の頭部に、魔方陣。

希望の魔法使いの力をその身に纏った時の王者が、そこにはいた。

 

「手品の種は教えてもらったから―――こっからは、魔法の時間だよ」

 

〈ウィザード!〉

 

 

 




 
宇宙は無重力なので無効。
月は重力六分の一なので効果六分の一。
かんぺきなりろんだ。
 


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皇帝が選ぶ道は“どこ”へ向かうのか0060

 
ジオウロス、感じるんでしたよね?
ジオウロス通り越して平成ライダーロスなんだよなぁ…
悲しいなぁ…あっ、そうだ(唐突)
平成を滅ぼして平成をやり直せば、もう一度平成ライダーを楽しめるんじゃないか?(過激派)
 


 

 

 

魔力が漲る。

ゆるりと下げた手の中に炎を滾らせながら、彼は歩みを開始した。

アナザードライブが展開する重加速空間。

それを相殺するための空間の重力制御に、彼の魔法能力は大きく割かれている。

他の魔法の出力は、前のようにはいかないだろう。

 

目前に迫る、自身への脅威。

それを理解してアナザードライブは、ネロから視線を切った。

ジオウへと向き直ったその体に、新たなタイヤが出現する。

 

〈ミッドナイトシャドー…!〉

 

現れると同時に宙へと舞う、紫色の手裏剣の如き車輪。

一つだけ射出されたはずのそれは、二つ、三つと増殖しながらジオウに向け殺到する。

 

ジオウの右手が虚空に伸びる。

ジクウドライバーが輝いて、その手の中に剣を出現させた。

同時に、左手の手元に魔方陣が展開され、そこから同じように剣が現れる。

 

〈ジカンギレード!〉

 

オリジナルと複製された二刀を構え、ジオウは飛び交う車輪の中へと踏み込んだ。

 

狙った相手を幻惑するかのように、複雑な軌道を描き迫りくる手裏剣の車輪。

それを両手の剣を用い、切り払いながらアナザードライブへと突撃する。

 

両サイドから迫る二つの車輪。

それを受け止める両の剣。

同時に、がら空きの背中から三つ目のミッドナイトシャドーが迫る。

ウィザードアーマーの背に魔方陣が浮かび、そこに風の力が結集した。

 

二つの車輪を受け止めている、ギレードを構える両の手首を翻す。

それと同時、風を纏いながら大地を蹴って大きく飛び上がる。

瞬間、ジオウが立っていた場所で三つのミッドナイトシャドー同士が激突した。

同士討ちに弾け飛ぶ車輪。

 

それを上から見下ろしながら、ジオウの体はアナザードライブを目掛けて飛んだ。

白光を曳きながらその姿を追うアナザードライブの視線。

 

〈ジャスティスハンター…!〉

 

空を舞うジオウを目掛け、新たに射出される車輪。

それが二つに分割し、彼を挟み込むように位置どった。

同時、それから無数に吐き出される柵となる大量の鉄棒。

 

「――――閉じ込められた?」

 

車輪は一瞬のうちに牢獄に変貌し、ジオウを空中で閉じ込める。

その柵を跳ね除けようと、剣を持つ腕を振るうジオウ。

ギレードの刀身が牢の柵に触れた瞬間、電流が奔り弾き飛ばされた。

 

その様子を見ながら、腰のベルトらしき部分に手を当てるアナザードライブ。

ジオウを拘束するタイヤをそのままに、新たなタイヤを胴に換装していた。

 

〈ファイヤーブレイバー…!〉

 

装着された赤いホイール。

それに巻かれていた梯子のようなアームが、牢屋を目掛けて一気に伸ばされた。

先端のアームが牢屋の柵を掴みとる。一瞬だけアームが撓む。

邪魔者を排除するため、その牢屋を彼方へ投げ捨てるための投擲準備。

 

次の瞬間には、アームが最大まで延長されて牢屋を放り投げていた。

機械腕の生み出す強大なパワーでの投擲は止まらない。

止まることなく彼方へと飛んでいくジャスティスハンター。

 

そうして、敵の排除に成功したと確信するアナザードライブ。

その頭上から、今抱いた確信を打ち砕く声がする。

 

「脱出マジック成功、かな? 脱獄マジック?」

 

「………ッ!?」

 

しかしてアナザードライブの頭上にジオウはいた。

投げ捨てられた牢獄には、床となるジャスティスハンターのホイールに穴が開いていたのだ。

脱出不可能な空間から脱出。それこそまさしく魔法使いの独壇場。

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フォールの魔法はジャスティスハンターの拘束に綻びを生み出した。

それを潜り抜けたジオウの姿は、アナザードライブの頭上を取ったままだ。

右手に持った剣を逆手に返し、ドライバーと装填されたウォッチを連続で押し込む。

 

〈フィニッシュタイム! ウィザード!〉

 

そのままの勢いでジクウドライバーを回転させる。

ドライバーが、鐘の音とともに必殺を告げる声を轟かせる。

 

〈ストライク! タイムブレーク!〉

 

逆手に持っていた剣を順手に戻す。

ウォッチから放出されるエネルギーで、大きく燃え上がる二振りのジカンギレード。

炎の剣撃が、アナザードライブを頭上から強襲した。

 

〈ロードウィンター…!〉

 

アームの伸びきった車輪を捨て、新たな車輪を呼びだす。

召喚した車輪は回転しながらアナザードライブの前方に展開し、吹雪を吐き出した。

迫りくる炎の太刀を迎え撃つ、吹き荒れる氷雪の渦。

 

ジオウを後押しする風のエレメントが加速する。

炎に燃える剣は氷雪の中に斬り込んで、それを蒸発させながら標的に向かってただ奔る。

吹雪を発生させる車輪を斬り捨てながら、二振りの剣がアナザードライブへと叩き込まれた。

 

ダメージの深刻さを物語るかのように、大量の火花を撒き散らしながら吹き飛ばされる車体。

その姿が黒い煙を吐き出しながら、丘の端へと盛大に転がっていく。

けして無視できないダメージは与えた。けれど、致命傷にはならないのだ。

あれがアナザードライブである限り。

 

「ドライブの力……」

 

アナザードライブを撃破するための、ドライブの力。

それは一体どういうものなのか。想像してみる。

だが、ウィザードの時と比べると、それが酷く曖昧なものに感じる。

何も知らないから? いや、それはきっとウィザードの時もそうだったはずだ。

なのにこの浮かび上がってこない感じ……

 

―――ウォズの姿はもう消えている。

重加速現象という、必要な情報を渡したらすぐに消えてしまった。

 

「だとしたら……まだ早い? いや、多分……」

 

ソウゴの顔が、オルタとネロを追う。

答えはまだ分からないが、少なくともここで出せるものではないのだと思う。

 

「オ、オォオオオオッ――――!」

 

無言を通していたアナザードライブが、クラクションの音とともに吼えた。

それに連動するかのように駆動を開始する赤い車両、アナザートライドロン。

その車体が吹き飛ばされたアナザードライブの元まで駆けつける。

扉が開き、即座にその中へと飛び込んでしまうアナザーライダーの姿。

 

アナザードライブを搭乗させたその車は、一息に最高速度にまで加速する。

時速560キロに及ぶスピードで、赤い車体はローマ首都方面へと走り去っていった。

 

「………やっぱり」

 

ジオウの視界センサーによる情報集積、それによる判断。

あの車両の進行方向はローマ首都方面であっても、ローマ首都が目的地ではないことが分かる。

やはり標的は、ローマ皇帝ネロ・クラウディウス個人なのだ。

 

すぐにジオウのセンサーから範囲外へと消えるアナザートライドロン。

それを見届けてから、彼はネロとオルタの方へと振り返る。

ネロは、今なお立ち上がろうとするカリギュラに視線を向けていた。

 

「伯父上……」

 

「―――我が、愛しき、妹の、子……ネロ……」

 

彼は宝具の代償に更に狂気を引き上げた。

それでも彼はただ、ネロだけを見ている。

自身を殺そうとしている。自身のローマを壊そうとしている。だが、同時に自分の命を守った。

そんな彼にどのような顔を見せればいいのか、ネロの表情は歪んだまま。

 

「な、ぜ……捧げぬ……何故、捧げられぬ……美しき―――我が、我が……我、が………」

 

狂気一色に染まった筈の瞳。

だが、そこに何故か混じって見える彼の哀しみ。

そんな彼と目を合わせているネロの目の前で、カリギュラの姿がゆっくりと消えていく。

 

「伯父上……!?」

 

悲痛に声をあげるネロ。その後ろで、オルタが顔を顰めた。

退去ではなく霊体化だ。

 

ただでさえ霊基に圧倒的な負荷をかけていた戦闘行動の上。

更にコンクリートに拘束されながら、時速500キロを超える大質量の直撃。

あれほどのダメージを受けてなお、彼は存命しているのだ。

そう簡単に回復できる状態ではないだろう。

むしろ放っておけば、その内勝手に限界がきて退去する可能性の方が高い。

 

「死ぬんじゃないわ。逃げる気よ」

 

だがむざむざ逃がしてやる理由もないだろう。

こっちの防衛目標を狙ってやってくる相手だ、さっさと処理した方が楽に違いない。

オルタがネロより前に踏み出せば、ネロは体をびくりと揺らした。

それを気にもせず、剣を握る手に力を籠めて―――

 

「オルタ」

 

ジオウが、彼女の隣にまできていた。

彼女の肩に手を置いて、首をゆっくりと横に振るジオウ。

はあ? と。彼女は理解できないといった風に、顔を大きく顰める。

 

「―――私が言えることか、というのは置いといて。正気?

 アイツ逃がせば、アンタの言う民が犠牲になるんじゃないの?」

 

「それを決めるのは、今のこの国の王様でしょ」

 

ジオウはそう言ってネロを見る。

カリギュラを逃がす理由として、彼は既に戦闘不能という言い訳は立つだろう。

だがそんな言い訳とは別のところで、彼女にはカリギュラを殺したくないという意志がある。

 

ローマ皇帝として、自分はどこまで奪えばいい。

生母を処してまで繁栄させようとした国は、半分は自分ではないローマを選んだ。

それでもローマ皇帝としての意を示さんと立ち誇っている。

その意志を示すために、次はネロ・クラウディウスが皇帝ではない、童女だった時の幸福な記憶まで斬り捨てなければならないのか。

 

分かっている。やらねばならない。だって、ネロ・クラウディウスはローマ皇帝だ。

己のことを()と呼び顕すようになった以上、絶対に成し遂げると決めたことだ。

 

灼熱の剣を握り締める。

隕鉄より打ち出した彼女の剣は、霊体であるサーヴァントにも傷を負わせられるだろう。

カリギュラが完全に消える前にこの剣を投擲し、彼の頭を貫けばいい。

それで、ローマの前から脅威は一つ消えるのだ。

 

「っ……!」

 

「……俺はさ。それはしょうがないと思うよ。

 最後は止めるにしても、伯父さんが何でこうなっちゃったのか。知りたいもんね。

 ただ知らないまま、こんな風に終わらせたって納得なんかできっこないでしょ」

 

ネロは行動を起こせぬまま。カリギュラの姿は消え失せた。

迫ってきた時のような高速移動は見る影もない。

ゆっくりと離れていく彼の存在。

 

今からでも追えば、呪力の炎ならば彼にトドメを刺せるだろう。

だが、ジオウはそれを許しそうにない。

呆れるように溜息を落とし、肩を竦めて武装を解除するオルタ。

 

ネロはただ、投げられなかった剣を握り締めながら俯いていた。

 

 

 

 

「うむ! 此処こそが余のローマ! 護衛の任、大儀であったぞ!」

 

「おぉ」

 

ネロの復帰を待ち、再び帰還の途についたソウゴたち。

終始無言であった彼女とともに首都についた途端、彼女はそう言って二人を労った。

なにこいついきなり、と胡乱げな表情になるオルタ。

ソウゴは周囲に見える見慣れない光景に、ふらふらとうろつき始めようとする。

 

「勝手に動くな!」

 

ソウゴの襟首を捕まえるオルタ。

ソウゴとオルタには一応レイラインがあるが、細くて辿るのが難しい。

この広い都市で離れた場合、本気で大捜索になる可能性が高いのだ。

 

「なんかこれ、今までで一番タイムスリップ感ある気がする!」

 

「うむ? うむ、よく分からんが余のローマに魅了されたというなら良し!

 そなたたちの仲間が合流するまで、とりあえずは余の館に部屋を……む、しまったな。

 彼女らがローマに着いた時にどうやって知らせてくれるかを決めていなかった」

 

「必要ないわよ、そんなもの。

 あっちのレイポイント設置が終わった後なら、必要ならこっちに通信が入れられるもの」

 

「ふむ、あの時の声だけの魔術師か。ならば、余の館で待っていればその時は知れよう。

 未だ火山の踏破に精を出しているだろう彼女たちには悪いが……

 一足先に休息を取らせてもらおうではないか」

 

誰より休息を必要としているだろう、ネロからのその言葉。

その言葉を聞いたオルタは、小さく笑った。

 

「ま。休息が必要だってのはアンタの方なんでしょうけどね?」

 

「――――そうだな。そうやもしれぬ」

 

一気にネロの声のトーンが下がり、そのまま街の中へ踏み込んでいく。

そのような反応を返されたオルタが、むすっとしながらその後に続いた。

彼女に襟首を掴まれたまま引っ張られるソウゴが、小さく呟く。

 

「ショック受けられて困るくらいなら最初から言わなきゃいいのに」

 

「は? 困ってる? 私が? アンタ、目が腐ってるんじゃないの?」

 

ソウゴに目を向けず、そう言いながらオルタはネロの後を追う。

なんだかなぁ、と思いつつソウゴもそれに引き摺られていった。

 

 

 

 

「では、ターミナルポイントを設置します」

 

レイポイントへ辿り着いた立香ら。

そこでマシュが盾を設置し、召喚サークルを確立していく。

これでこの時代の観測精度、通信精度も向上するはずだ。

 

『………うん、ポイント設置を確認した。

 これでこっちから離れたソウゴくんたちとも連絡が……』

 

マシュが設置していた盾を取り上げる。

山道にはほぼ敵対する生物の姿はなく、漂う悪霊ばかりであった。

目についたものはほぼジャンヌ・ダルクの手によって浄化されたが、それでも時勢から考えてこの場から悪霊が尽きることはないだろう。

ここに漂うものたちは、ローマ同士の戦争による戦没者の嘆きなのだから。

 

「…………」

 

「マシュ? 大丈夫」

 

「あ、はい。大丈夫です、先輩」

 

取り繕うように微笑んで、マスターへと顔を向ける。

ここに集約する悪霊は、つまるところ人間同士の戦争の爪痕だ。

フランスの時も人間の闘争を見た。が、それは異形の侵略者に挑む戦いだった。

人間同士の戦いではなかった。

 

「……見るのがつらい?」

 

「いえ、そんなこと……ですが、これも人間なのだと……

 ―――分かっていたつもりでした。

 その、まだ戦時中の方たちを直接見たわけでもないのに、こんな言い分はおかしいのですけど。

 ただ、その、アマデウスさんから言われた言葉は、想像以上に重いものだったのだと。

 そう……気を引き締めて、いました」

 

小さく笑った立香は彼女を抱き寄せ、その頭を撫でるようにした。

 

「せ、先輩?」

 

「大丈夫大丈夫、マシュには私がいるから」

 

彼女は照れるように一度目を逸らし、しかしゆっくりと頷いた。

 

「はい……そうですね。わたしが抱えているものの中で、何より重いもの……

 それはきっと、誰かの言葉より、誰かの想いより、マスターの命ですから」

 

強く立香を見返すマシュの瞳。

一秒、二秒。マシュに面と向かって重いと言われた立香が、俯いた。

震える声の反論がマシュに向けられる。

 

「言うほど……重くはないと思うよ。私の、体重は」

 

「あ、いえ。そういう話では……」

 

といやっ、とマシュに抱き着く立香。

困惑しながら受け止めるマシュ。サーヴァント基準の腕力からすればまあ、軽いものだ。

その事実に苦笑しながら、彼女はただマスターを持ち上げる。

 

「重い?」

 

「――――はい。とても」

 

立香の笑顔が凍る。立香の体重:とてもおもい。

自分が何としても守ると誓った命の重さを感じながら、マシュはここで抱いた気持ちを整理する。

 

人と人が争う特異点。

彼女が尊さを信じる人の命を、奪わなければならないかもしれない戦場。

―――たとえそうなったとしても、守らなければならないものがここにある。

震えそうな体を叱咤する。何としても、守るのだと。

 

それを傍目に見ていたジャンヌが、小さく息を落とす。

その景色は、けして良い兆候ではない。

立香だってどうにかしなければならない、と分かっているからああしている。

けれど、前に立たない彼女だからこそ何も言えない。

何も言わないことで、マシュが守るべき尊いものであり続けることでしか彼女の心を守れない。

 

今のジャンヌに出来ることは、彼女たちに突撃しようとしている清姫を腕力で押さえつけることだけだった。

人心を導き、そして祈りで竜さえも調伏した聖女マルタの信心の深さに恐れ入る。

今のジャンヌ・ダルクでは、このドラゴン清姫を力尽くで抑えるしかないのだから。

 

それを何やってんだこいつら、という目でランサーが眺めていた。

 

「………ローマの防衛。いえ、どう考えても聖杯は連合ローマの手の中。

 だとしたら……連合ローマへの侵攻?」

 

ぶつぶつと呟きながら、今の状況を確認していくオルガマリー。

最終目標としては、恐らく連合ローマが有する聖杯の奪取となる。

それとこの時代への出現も確定しているアナザーライダーの排除か。

 

『いいかな、オルガマリー。ソウゴくんとの通信がとれた』

 

「―――ええ。向こうはもうとっくにローマに到着しているのでしょう?

 こちらもすぐにそちらへ向かって……」

 

あぁー…、と。歯切れの悪いロマニの声。

また何かやったのか、と納得してしまった自分が憎らしい。

言うことを聞け。何かするなら指示を仰げ。

 

「……今度は何?」

 

『いや。ローマ道中でアナザーライダー……

 今回はアナザードライブと呼ばれる存在のようだ。それと交戦したらしい。

 更に、連合ローマ帝国所属のサーヴァント。

 ローマ帝国第三代皇帝、カリギュラの襲撃も受けたらしい。

 どちらの狙いも現皇帝、ネロ・クラウディウスだったようだ』

 

「……こちらに襲撃はなかった。

 どちらの敵の狙いも、ネロ・クラウディウスと見て間違いないようね。

 ランサーを呼び戻さなかった、ということは相手の戦力は問題ないのね?」

 

小さく言葉に詰まるロマニ。オルガマリーは大体学んでいる。

どうせまた魔術的に見ると有り得ない規模の能力が出てくる流れだ。

自分の精神が変な目玉みたいな丸いのの中に入れられ、レオナルド・ダ・ヴィンチの作ったボディで動いてる以上の驚きがあるものか。

 

『カリギュラ帝は恐らくバーサーカー、月の女神の寵愛による狂気に狂ったサーヴァントだ。

 純粋な肉体性能が脅威となるサーヴァントだったが……

 アナザーライダーとの交戦によって大ダメージを負っていたそうだ。

 逃げられはしたが、戦線復帰はよほどのことがなければ難しそう、という見立てだ』

 

「そう。そっちの……アナザードライブ、だったかしら。それは?

 前に見たときのように、車輪型の何かを操る能力を発揮しただけ?」

 

『――――いや。周囲の空間にソウゴくん……

 ジオウや、サーヴァントさえ動きが大きく鈍る重力場の展開を見せたらしい。

 それ自体はジオウ・ウィザードアーマーの重力操作能力で突破できたようだ』

 

「重力場ね。まあ、重力操作程度なら規模はともかく普通の魔術師なら出来ることよ。

 実際は比較にならない脅威的な出力なんでしょうけど、むしろ脅威として分かりやすいわ」

 

まっとうな魔術師ならば、自身にかかる重力の軽減などは最低限の常識だ。

たとえば20メートル級の建物の上から飛び降りることになったとしよう。

その場合、少しでも魔術を齧ったものならば誰だって、重力軽減の魔術を使って体をゆっくりと地面まで降ろすことだろう。

 

魔力を足裏に集めるだけで飛び降りる、なんてことをするようなアホな魔術師はまずいない。

 

つまりは、常識の範疇だ。

 

『あと車を出したらしい』

 

「……車?」

 

戦車だろうか。

 

『自動車。スポーツカーみたいなカタチだった、って』

 

「……スポーツカー、スポーツカーね。まあ、魔眼を乗せて走る列車がいるのだもの。

 スポーツカーを召喚する奴がいたって別に驚くことじゃないわ」

 

そもそもジオウだってバイクを持っている。

何ら驚く要素はない。

スポーツカーである意味は? と思うが、速さを追求した結果だろう。

そうかなぁ、と言わんばかりのロマニの小さな溜息。細かい奴め。

 

『確認された速度は時速500キロ以上。この速度で敵に激突し、相手を粉砕する。

 というのがそのスポーツカーの運用法だったようだね』

 

「そっちも壊れるでしょ!?」

 

思わず出た言葉に咳払い。

そんな風に使うなら最初から重機にすればいいのに。

車の使い方の話をしてる気がしない。

 

「……つまり相手はこの大地を常に時速500キロで移動する手段を持っている。

 そういうことになるわけね」

 

『そうだね。徒歩、かつソウゴくんや立香ちゃん。

 それに所長の移動速度を考えると、どうあっても後手に回らざるを得ない敵だ。

 仮にボクたちが追跡観測しても、間違いなく振り切られるだろう』

 

「しかも、その足である自動車を破壊しようとしても宝具級に頑丈である、と」

 

先手は確実に取られる。

だが、相手の目的はネロ・クラウディウス一点だ。現状、そこ以外に目は向けていない。

だとすれば、皇帝ネロの護衛をすることこそがやはり大前提になる。

こちらも一刻も早くローマ首都に向かい、作戦を決める必要が――――

 

『それでだけど……ネロ帝が最前線であるガリアに向け出陣してしまった。

 その護衛のために、ソウゴくんとジャンヌ・オルタも。

 所長たちも早く向かわないと、追いつけなく……』

 

「ガリア……ガリア!?」

 

ネロの護衛に回るのは仕方ない。だが、行先が最前線。

しかもここからだと更に遠い。

むしろ彼らに求められているのは、皇帝ネロを動かさないことだというのに。

くらり、と眩暈に震える頭。いや、震えている場合じゃない

 

「―――こちらも一刻も早く、彼らに合流します。

 ロマニ、向こうに何かがあったらすぐにこちらに伝えて。

 そちらからの観測は、基本的に向こうを優先して構わないわ」

 

『了解しました、所長』

 

そうして、彼らは即座に下山を目指す。

彼女は心底、500キロで走る自動車を羨ましく思った。

 

 

 



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奴は“なぜ”悪魔と相乗りしたのか0060

 
ダブルかな?
 


 

 

 

ガリアへの遠征は、急遽決定された。

ネロの屋敷にそれぞれ一室ずつ与えられたソウゴとオルタ。

彼は一晩の休息の後、皇帝ネロに呼び出されそういう話をされたのだ。

どうか助力をしてほしい、と。

 

どちらにせよ、ネロが首都を発つというのなら彼らに選択肢はない。

その行軍に参加する以外の道はなかった。

何しろ相手は速攻を可能とする移動手段、アナザートライドロンを有する。

挙句、周囲の物体をどんよりさせる重加速域の展開能力も持っている。

 

ネロから離れる、という選択肢は存在していなかった。

 

 

 

道中での会敵に、ソウゴはウィザードアーマーの能力を発揮する。

周囲の土が突然鎖に変貌し、自身に巻き付いてくる現象を突破できるローマ兵は殆どいない。

鎖に雁字搦めにされた兵士は、ネロの兵士の手でひっ捕らえられ捕虜にされる。

今は連合ローマの兵とはいえ、元々ローマの兵だ。

―――ネロ・クラウディウスが最終的にどういう判断を下すかは、ともかく。

 

「―――しかし優秀な戦士であり、魔術師であるな。ソウゴよ。

 ……どうであろう。客将という立場ではなく、正式に余に仕えぬか?」

 

数の多くない偵察、あるいは強襲部隊が相手とはいえだ。

こうもあっさりと魔術を奔らせ、兵たちも拘束してみせる手腕。

並の魔術師には出来ぬことだとネロはソウゴのことを讃える。

 

「うーん……俺は自分が王様になるからいいや」

 

「……そうか。ではどうであろう?

 連合ローマを打倒した暁には、ガリアの先。ブリテン島、ブリタニアをそなたにやろう。

 実質、一国の王となるということだ。その力で余とローマを支えてみぬか?」

 

食い下がるように破格、という言葉では済まない条件を提示するネロ。

それを後ろで聞いていたオルタが、呆れるように視線を逸らした。

ソウゴはそのまま断ろうとして、しかし言葉を止める。

 

―――誰かに与えられる国なんか要らないよ、と。

 

それは、自分が民が幸せに生きられる世界を作るために必要のものではない。

結果的に自分が最高の王様になった時、付属する要素かもしれない。

けれど、そんなものを他の誰かから貰ったって意味がない。

 

ソウゴはそう断じたが、それはネロに言うべき言葉じゃない。

まして、こうしてここまで追い込まれている彼女には。

 

「オルタは王様になってみたくない?」

 

だからと言って嘘を吐く気にもならず、オルタに話を振ってみた。

会話に巻き込まれることに嫌そうな顔をするオルタ。

 

「冗談。私は王族なんてものにいい記憶ないの」

 

会話を逸らすような言葉。

それを察して、そっと息を吐くネロ。

 

「……悪くない条件と思うが……やはり、余の下にはつけないか?」

 

「―――俺は誰の下にもつかないよ、だって王様だし」

 

別にネロだからつかないのではない。

誰が相手でも、ソウゴは下につこうとは思わない。

彼は自分の信じる、全ての民を幸福にするための道を突き進む。

その道中で誰かに止められ、彼の夢が敗れ去ることがあるのだとしたら―――

それは、自分の道が間違っていたのだと受け入れる。

自分を止めた人がきっと、自分より良い未来を作ってくれるのだ。

そうと受け入れるだけだろう。

 

最善の世界へ辿り着こうとする人の意志は、何にも負けない強さがあると信じてる。

だからこそ自分が倒れる時は、自分より強い“最善を目指す意志”がそこにあることを、ただ祝福すればいい。

そう、信じている。

 

「そうか……そうだな、すまぬ。余は相当に弱っているのだろうな……

 忘れてくれ。いや、忘れずともよい。気が変わったらいつでも言ってくれ。

 そなたらを迎えられるのであれば、どれだけの対価も惜しくはない。

 そればかりは、けして気の迷いでも何でもないのだから」

 

「うん。ありがとう」

 

そう言って皇帝は会話を打ち切った。

 

ガリアへの道中。

小さな会敵はあっても、サーヴァントもアナザーライダーも出現はしなかった。

 

 

 

 

「本当に強行軍、って感じだったわね」

 

疲労知らず、という意味ではサーヴァントと同様の状態なオルガマリー。

彼女は焚火に枝を投げ込みながら、この集団の中で唯一の真っ当な人間―――

既に就寝している藤丸立香の姿を見やる。

 

マシュ・キリエライトもまた木に寄りかかって眠っている。

彼女もデミ・サーヴァント化したとはいえベースは人間だ。

完全に人間を辞めてるオルガマリーより、余程休ませるべき人間だ。

 

カルデアの装備が優れているとはいえ、登山、下山、一国の領土を横断。

一応、マシュとジャンヌが時折彼女を背負いながらの移動に切り替えていた。

とはいえ、立香の疲労が溜まりすぎている。

 

召喚サークルから物資を送ってもらい、食料等で不自由はさせていないが……

休息のための環境はどうにもならない。

 

「せめてそこらに魔獣でも湧けばな。そいつの皮を剥ぎ取って寝袋にでも出来るんだが」

 

ランサーはそう言って肩を竦める。

アウトドアに適した寝具など、カルデアには用意されていない。

材料があればダ・ヴィンチちゃんがどうにかできるとは言うが。

そもそも材料だってカルデアにあるわけがない。

 

現状ここは一世紀という神話に近しい時代な割に、人の世界として成立している。

ローマという都市・文明は、神祖ロムルスの手により明確に人の栄える都市として作られたからだろう。

悪霊は見かけたが、魔獣の類はまるで見当たらないのが今は逆にもどかしい。

 

清姫すらも、今立香に纏わりつくのは彼女の体力上危険と判断しているのか。

ごくごく常識的な接触しかしていない。

せいぜいが今もしている膝枕とか、純粋に彼女を休める為の行動だ。

常にそうでいてくれればいいのに。

 

「そのようなものがなくても、こうしてわたくしを使って休んでいただけますのに」

 

立香の髪に手櫛を通しながら、楽しそうに笑う清姫。

多分大丈夫なはず、と思いながらも目を離せないのが彼女の怖い所だ。

 

『もうすぐガリアに着く。

 着いたらとりあえず、彼女は一度完全に休息を取ってもらおう』

 

「……一足先に到着しているソウゴくんとオルタはどんな様子でしょう?」

 

ジャンヌが通信に向かって問いかける。

移動という点ではこちらに負荷がかかっている。

だが、戦闘という点ではほぼ向こうに負荷がかかっている状態なのだ。

―――まして前線となればそれは、ローマ兵との戦いに否応なく巻き込まれることになる。

 

『……休息環境、という意味では当然こちらより断然いい状態だ。

 もちろん。現代と比べれば天地の差だし、ソウゴくんもストレスは感じてしまうだろうけど』

 

「はい。それで……」

 

『戦闘、という意味では彼はそこまで意識していないように感じる。

 散発的な戦闘においても、彼は敵ローマ兵を拘束するだけして軍に引き渡している。

 ジャンヌ・オルタくんもそれに従っているようだ』

 

「オルタもですか? そうですか、それは良かった……」

 

彼女は敵対した現地人を焼き払うことに戸惑いはないだろう。

そう考えていたジャンヌが、小さく安堵の吐息を漏らした。

人類同士の戦争に巻き込まれて、それでも大丈夫そうだというソウゴのことも。

 

「……常磐ソウゴの精神状態、という意味では問題ないのね?」

 

ジャンヌの問いを引き継ぐように、オルガマリーがロマニに問う。

若干不安が混じる声色だったが、ロマニの返答はすぐにきた。

 

『ええ、まあ……恐らくは。何度かボクがカウンセリングしていますが、大丈夫かと』

 

「ならいいけど……」

 

「坊主なら戦う事を選んだ人間を相手に、なら問題ないだろ。

 ああいう気質の人間は、それが相手の選択である以上そこに迷いは挟まねえ。

 ついでに言うなら、迷いがあっても必要な戦いなら相手を問わずに完遂する」

 

木に背中を預け、オルガマリーとロマニの会話に口を挟むランサー。

その物言いに、オルガマリーは顔を顰めた。ロマニの声がランサーへと向けられる。

 

『迷いがあっても、と言うと……?』

 

「戦いに迷いは挟まない。戦いの前提に迷いがあっても、戦いは結果を出す。

 仮に自分が戦いたくなくても、相手から戦いを求められればそれに応じ、勝利する。

 そういうことだ。英雄としての華々しさに引き換え、ロクでもない人生が待ってるタイプだな」

 

肩を竦めるランサー。それに、ロマニは顔を引き攣らせた。

 

『それは……全然問題なくないんじゃ?』

 

「そこで崩れるタマじゃねえだろう、ってことだ。

 それに、過去を生きる人間の生き様だ。坊主に見せておくに越したことはないだろ」

 

「生き様、ですか?」

 

話に入るジャンヌの声。

それに小さく肯いてから、ランサーは片目を閉じて小さく溜息を落とす。

 

「―――まあ。坊主にとっての判断材料の一つなれ、程度の話だがな」

 

 

 

 

「俺は、それはそれでしょうがないことだと思うけど」

 

散発的な敵軍の侵攻。

それを防いで、多くの連合ローマの兵を捕らえてきたジオウ。

彼はそれらを全て引き渡し、変身を解除しながらそう言った。

 

ジオウは極力相手を無力化するように動いても、それでも戦場全ては止められない。

どうあっても両軍に死者は出る。

意地悪くそれをどう思っている、と問い掛けたオルタへの返答だった。

 

「こっちの兵士も、向こうの兵士も、それぞれが自分の思う正しい未来になって欲しい。

 そういう想いで戦って、ぶつかりあったんでしょ。

 だから結果がこの多くの人が亡くなった今の光景でも、俺はそれは否定できない」

 

「へぇ、意外とドライなのね」

 

内心、イラっとしたところもある。

正直に言えば涙一つでも流してくれる方が可愛げもある、と思っていたこともある。

ただソウゴは困ったように首を傾げて、オルタに言う。

 

「そうかな。ただ……だから、全ての民が目指す最善の未来を繋げられるように。

 俺は、この世界の王様を目指したんだと思う」

 

変身解除して、手にしていたジクウドライバーを持ち上げる。

 

「…………」

 

「全員が全員同じ最善の未来を見てるわけなんてなくて、戦いがない最善の世界を夢見てる人もいれば、戦っていることが楽しくてそこが最善だと思う人だっている。

 この世界には、誰もが望む同じ最善の未来なんて何一つないのかもしれない。

 でも、そこに辿り着けたらきっと皆が幸せな世界なんだろうなぁ、って思うじゃん」

 

「――――そ。何せ私の最善の未来を阻んだんだものね、アンタたちは」

 

煽るようなジャンヌ・オルタの笑み。

フランス特異点。フランスを滅亡させる、という彼女の願いの事であろう。

えぇ…と呆れるような顔をするソウゴ。

 

「そりゃ止めるでしょ。

 でも、ジャンヌだってオルタのこと別に否定はしなかったんでしょ?」

 

「………何でいきなりアイツの話が出てくるのよ」

 

「止めることと否定することって多分違うからさ。

 俺はこの時代に生きてる人たちが戦うことを選んだことを否定したくないけど……

 でも、狂った歴史の中で戦って死んでいく人がいることは止めたい。

 だから、オルタも手伝ってくれない? オルタずっとここから出ないじゃん」

 

まるで引き籠っているかのような物言いに、彼女の頬が引き攣る。

彼女はあくまでも総大将がここで指揮を執っているから、念の為に護衛に徹しているだけだ。

人間ごときが相手とか面倒とかそういう話ではない。

ないったらない。

 

「……皇帝サマの護衛してるだけでしょ」

 

「オルタが護衛しててもアナザードライブがきたら意味ないじゃん」

 

思い切りアイアンクローをかます。

変身解除したのが運の尽き。それから逃げる術など、ソウゴは持っていない。

うぐぐ~という悲鳴を聞きながらそのままシェイクする。

たっぷり一分。アイアンクローを解除して、ソウゴを解放するジャンヌ・オルタ。

 

「……狂った歴史だからこそ、止める必要ないとは思わないの?」

 

解放されたソウゴは顔を軽く抑えながら、しかしオルタを強く見返した。

 

「歴史が狂ってるからって目を背けてたら、いつか本当の歴史のことさえも間違ってるって言って逃げ出しちゃうよ。

 俺たちはいつだって、生きてる時間が“現在(いま)”なんだから。

 それは他の誰が時間を変えてしまっても、書き換わらない、変えられない現実でしょ」

 

「………あっ、そ」

 

「だから俺は俺が信じる王様になる夢に向かって進むよ。

 そこだけで言うなら、それが正しいと信じてフランスを滅ぼそうとしたオルタと同じだよ」

 

むすっとした表情のまま、引き合いに出すな、とソウゴを睨む。

彼にはまるで堪える様子はなかった。

ただ彼女が初めて見るような、何か切羽詰っているようにすら見える表情になる。

 

「………?」

 

「だから………もし俺が目指す未来が間違ってたら……

 ウォズが俺を魔王と呼んで、スウォルツが俺に何かをさせようとしてる未来……

 それが、良くないものなら。

 ―――きっと、オルタみたいに俺は誰かに負けて、王様になる夢は叶わなくなるってだけだよ」

 

誰もが最善の世界を目指して生きている、と信じている。

だからこそ、もし自分が悪いものになってしまった時。

きっと誰かがそんな自分を打ち倒し、善い世界を目指してくれることを疑わない。

 

そう言って、彼はしかし気合を入れなおすように微笑んだ。

言っても、自分が最高の王様になってみせるという意志は揺るがない。

誰もが幸せな世界を、という夢は変わらない。

 

だから、常磐ソウゴは王になる運命を全うする。

たとえ何が立ち塞がろうとも、ソウゴは王になるべき命運を進み続ける。

その先で、どんな結末が待っているのだとしても。

 

じゃあお休み。

そう言って、ソウゴは自分に割り振られた寝床に向かっていった。

 

オルタは寝床の提供を断っている。サーヴァントに睡眠は必要ない。

カルデアに私室は貰ったが。こっちの寝床は全く欲しくない。

 

見張りも兼ねて、前線基地のすぐそばにある丘で、地平線に沈んでいく太陽を見る。

 

「ジャンヌ・オルタだっけ、大丈夫?」

 

そうしていると、背後から声をかけられた。

振り向くとそこにいるのは、このガリア遠征の将軍。

ライダーのサーヴァント。

 

「そういうアンタはブーディカだっけ? 何が訊きたいのかさっぱりね」

 

ハッ、と彼女の問い掛けを鼻で笑う。

赤い髪の女性、ブーディカはその反応に困ったような苦笑を浮かべた。

 

「あはは、そんな顔で夕日を眺めながらそうくるか。

 うーん。口では素直じゃないのに、態度は素直で可愛い子だなぁって」

 

「ブッ飛ばすわよ?」

 

「気にしてた? ゴメンゴメン。でも、素直なのはいい事だよ。

 素直に見せても変に捻くれてると、今のネロみたいなことになる。

 あたしだって人のことを言える人間……サーヴァントではないけどね」

 

そう言いながらオルタの隣まで歩いてくるブーディカ。

聞いたところによれば、恐らく彼女は聖杯が呼びだしたサーヴァント。

連合ローマに召喚されたサーヴァントへのカウンターだと思われる、そうだ。

 

「………随分と皇帝サマの心配もしてるのね。宿敵でしょ?」

 

「――――そうだね。あたしは皇帝ネロも、ローマも許さない。

 正直、召喚されて状況を知った直後は喜びさえもしたよ。

 だって、憎らしいローマもネロも、どうしようもないほど追いつめられてたんだから。

 今度こそ復讐を成し遂げられる、ってさ」

 

それこそ、オルタ以上に彼女はローマへのアヴェンジャーとして資質があるのだろう。

彼女から感じ取れる復讐心は本物だ。

憎悪の炎から生まれたジャンヌ・オルタには、彼女のその感情に心地良さすら感じる。

 

「でも、それはどうなんだろうなってさ。復讐とは別に―――

 本来平和だったらしいこの時代で、ブリタニアも巻き込んでまた戦争が起きてる。

 どうすればいいんだろう、って今もずっと思ってるくらいだ」

 

「あら? 貴女の復讐の炎はその程度なの?」

 

オルタの挑発する言葉。

それをまるで、子供のイタズラを見るような表情で受け流すブーディカ。

 

「復讐者としてなら、あたしは絶対にネロもローマも許せない。けど―――

 ブリタニアの元女王としてなら、彼女を許せないまでも許容しなくちゃいけないのかなって。

 ……あたしがいた国は、これから2000年かけて色んなことがあるらしいね」

 

「………貴女の国に限らないけどね」

 

「そうだね。だからこそ―――これから先にあるあたしの国、だった……

 未来に生きる、あたしの国の子たちを守るために戦わなきゃいけないのかなってさ」

 

ブーディカもまた、地平線に沈む太陽に視線を送った。

多くの感情をない交ぜにしているであろう、笑顔とは言えない彼女の横顔。

それを横目に見ながら、オルタが呆れるように鼻を鳴らした。

 

「ふーん……」

 

「そんなことを考えてたらさ、オルタとソウゴの話を聞いちゃってね。

 まだ子供なのに凄いね、あの子。あたしよりよっぽど王様かもしれないよ?」

 

ローマへの感情を浮かべた表情を消し、小さく笑いながら彼女は言う。

オルタはあれを褒めるのは癪なので、それを即座に否定することにした。

 

「そう? 私にはただの子供に見えるけどね」

 

「あっはっはっは!」

 

笑うブーディカ。ひくり、と吊り上がるオルタの口端。

 

「……なによ」

 

「いや、ううん、ごめんね。ふふっ……

 子供のユメを聞いただけにしては、むすっとしながら夕日とにらめっこしてるオルタがさ……」

 

頬を赤くするほどに笑っているブーディカに、オルタの目がどんどん吊り上がっていく。

笑いを止めようとして口を隠す彼女を前に、武装を展開するオルタ。

流石にそこまでされて、焦りながら一歩下がる。

 

「ちょっと、ごめんって。でもそういうの、言ってあげないとダメだと思うよ?」

 

「はあ? 何を?」

 

「貴方たちの事情は詳しくは知らないけど……

 オルタは感謝してて、力になってあげたいと思ってるんでしょ?

 ソウゴだけじゃなくて、今ここにいない仲間たちにもさ。

 だったらそういうとこ、伝えてあげないと」

 

目の鋭さは凶器じみて。

視線が攻撃になるのならば、もはや彼女はブーディカに攻撃を仕掛けていた。

それを微笑んで受け流し、にこにこと彼女を見返すブーディカ。

 

「思ってないわよ、そんなこと」

 

「そう? そっか、じゃああたしの勘違いかな。ごめんね?」

 

ふい、と顔を逸らしたオルタはそのまま霊体化してこの場を離れていく。

苦笑しながら頭を掻いたブーディカが、地平線に沈み切る太陽を見る。

先程までの笑顔が消え、再びローマへの複雑な感情が浮かぶ鎮痛な面持ち。

 

「………………あたしが、守る? ローマを? ネロを?」

 

掌が裂けるほどに握りしめた拳。

陽光が失せ、暗闇に沈んだ世界の地面に血が滴り落ちる。

彼女の体から離れた血液は、魔力に還り金色の光となって立ち上っていく。

 

「……………違う。あたしが守るのは、あたしの国……ブリタニア……!

 あたしの子供…………! でも…………!」

 

ローマ帝国、ローマ皇帝ネロ。それはこの時代の楔。

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立ち上る金色の光が照らす彼女の顔には、怒りと憎しみと、哀しみに満ちていた。

 

近くの木が揺れ、その木陰から赤い車体が姿を現す。

砕けた自動車をモチーフにしたような人影。アナザードライブ。

割れたライトのようなその目が、ブーディカだけを見据えている。

 

その姿を見たブーディカが、自重するような表情を浮かべる。

 

「ごめんね………あたしが、こんな、何もできない女王で……」

 

それを否定するように、アナザードライブは小さく唸り声をあげた。

 

 

 




 
ネタバレ。
犯人はヤスウォルツ。
 


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その生誕は一体“だれ”への復讐なのか1431

 

 

 

「やっと着いた……」

 

ガリア遠征軍前線基地。

その目前まで辿り着いた立香が、疲労を吐き出すようにそう呟いた。

そのまま基地に入ろうとする彼女らの前に、ローマ兵士たちが立ちはだかる。

 

「待て! 貴様たちは何者……!」

 

当たり前のように中に入ろうとする彼女たちを、これまた当然の如く止めようとする。

武器を構えた兵士たちの前から、立香を引っ張り戻したオルガマリーが前に出ようと―――

 

「うむ! よくぞ遠路はるばる来てくれた! 歓迎しようとも!」

 

したところ。兵士の後ろから皇帝陛下が直々に出迎えてくれた。

飛び上がって平伏する見張りの兵士。

 

「こ、皇帝陛下……! この者たちは……!?」

 

「警護の任、ご苦労。その者たちは間違いなく、余の迎えた客将たちである。

 通達が遅れてすまなかったな、通してやってくれ」

 

「は、はっ―――!」

 

すぐさま手にした槍を引き、体を退かす兵士。

オルガマリーは皇帝に向けて、頭を下げた。ついでに立香の頭を押さえつけて下げさせた。

それに続くように、マシュとジャンヌもまた頭を下げる。

清姫はじっとネロを見つめるだけで、ランサーは肩を竦めるだけだった。

 

「では、ソウゴたちの元へ案内しよう。余に続くがよい」

 

踵を返して陣の中に入っていくネロ。

彼女たちもそれに続き、陣の中へと踏み込んでいくのだった。

 

彼女たちが踏み入った前線基地は、戦時中を思わせるような暗さは感じなかった。

それどころか、兵士たちには高揚感すら見て取れる。

マシュがその様子に、小さく呟くような声を出す。

 

「………兵士の方々は、このような状況でも元気なのですね」

 

「うん? 無論、ここに余があるからである――――

 と、言いたいがな。現時点での戦況が大きかろう。ソウゴの助力あってこそだ」

 

「ソウゴさんの助力、ですか」

 

「うむ。敵軍は余の正統ローマより寝返った、連合ローマの兵。

 ソウゴは彼らの多くを傷付けずに捕獲、こちらに引き渡してくれている。

 小規模な戦闘ならば、一人で全員を捕獲するほどの一方的な戦闘は――――

 ()()()()()()()()()()()()()()、という証明としてすら機能する、ということだ。

 頼り切りの余の情けなさは際立つがな」

 

最後に自嘲を混ぜながらも、しかし彼女は素直にソウゴを称賛する。

 

それを見ていた清姫が小さく目を伏せた。

彼女が先日見た皇帝は、カリギュラと会敵する前の状態。

あの時から更に、彼女の精神状態は悪化している。

 

「あら、着いたのね」

 

「あ、オルタ」

 

その場にやってくる、ジャンヌ・オルタの姿。

彼女はそのままマスターであるオルガマリーの方へ向かおうとして―――

しかし、白いのがにこにこしているのを見て足を止めた。

 

「お疲れ様です、オルタ。ソウゴくんと協力して兵たちを捕えている、と聞きました。

 少し心配していましたが、どうやらまったくの杞憂だったようですね」

 

「………はあ? 協力? 私は雑魚の兵士で遊んでただけですけど?

 あんな不燃ごみを燃やそうとする魔力がもったいない、くらいの感情よ。

 馬鹿も休み休み言いなさい。っていうか、暇潰しみたいなもんでしょあんなの」

 

即座にそう吐き捨てて、顔を背けるオルタ。

顔を背けた先――――

 

そこに色の消えた瞳で、彼女を見上げる清姫の姿があった。

 

「嘘」

 

「ちょ……!」

 

口の端から炎を漏らす清姫。

それを前にして、オルタが一歩退いた。そのまま反転して逃げ出すオルタ。

獲物を追うように、清姫は彼女への追跡を開始した。

 

それと同時に、立香たちの元へ別のサーヴァントが訪れる。

そうして彼女は目論見通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あ、君たちがソウゴとオルタの仲間? 遠路はるばるこんにちわ。

 あたしはブーディカ。ここの軍の将軍、ってことになってる」

 

「む? なぜ知っているのだ、ブーディカ」

 

「ソウゴからもオルタからも聞いてるよ。

 そろそろ来るだろうって聞いてたから、こうやって来てみたんだよ」

 

むう、と拗ねるように頬を膨らませる皇帝。

彼女は突然に今着いたと聞かされたから、急いで見張りの兵士に声をかけにきたというのに。

ブーディカは前もって聞いていたのか、と。

 

「――――オルタはどうしたの、あれ? 一緒に走り込みするくらいの友達?」

 

どこかへ走り去っていく二人を見つめ、ブーディカが立香に問い掛ける。

 

「うーん、そんな感じです」

 

「そうだったでしょうか……」

 

割りと投げやりに同意した立香。

それに対して、若干顔を引き攣らせたマシュが首を傾げる。

一瞬だけ目を伏せたジャンヌが、次の瞬間には笑って立香に同意した。

 

「オルタにお友達が増えたことは喜ばしいです。

 彼女にとって姉同前の身として、オルタの口が悪いところには思うところもありましたので」

 

「姉? ……二人ともジャンヌ・ダルク、なんだよね?」

 

首を傾げるブーディカ。

サーヴァントというものには、別側面の召喚もあるという風に理解している。

彼女もその類なのだと思っていたが……姉?

 

なぜかジャンヌは自信満々にその問い掛けに肯いた。

 

「ええ。説明するとややこしくなるのですが……はい、姉妹だと思って頂ければ」

 

「へぇ……うん。じゃあそうしようかな?」

 

よく分からないが、そういうことならそれでいいや。

そんな感じでブーディカは苦笑した。

 

その後ろからずしりずしりと、大地を踏みしめる巨漢がやってくる。

鋼のような筋肉の塊。半裸の体を拘束具で包んだ、灰色の巨体。

 

「戦場に招かれし闘士たちよ。

 喜ぶがいい、此処は無数の圧制者たちが闊歩するこの世の地獄である。

 その圧制に叛逆せよ。この世界に叛逆せよ。

 あまねく圧制者が集いし強大なる悪逆の国が迫ってくるぞ。

 叛逆の時は来た、今こそ立ち上がる時だ。共に戦い、共に抗う時だ。

 さあ、圧制者を討ち果たそうではないか」

 

視線は立香に向いているが、果たしてその言葉は立香に向いているのか。

突然現れた巨体は、その肉体に似合わぬ優しげにすら見える微笑みを浮かべていた。

ブーディカが、それを見て少し驚いた。

 

「あ。珍しいね、スパルタクスが喜んでるのに暴れないなんて。

 ソウゴの時も喜んで襲い掛かっちゃったのに」

 

「襲い掛かるんだ……」

 

立香が戸惑うようにその巨体を見上げた。

顔だけ……いや、表情だけ見れば紳士的ですらあるのだが。

 

「うん。未だ圧制者ならざる圧制者よーってね。

 まあ彼は時々ネロや私にも襲い掛かってくるから、それが普通なのかなって思ってたけど」

 

『よくそんなサーヴァントを戦力として扱っているね……』

 

虚空からの声。それに少しだけ驚いて、周囲を見回すブーディカ。

 

「この声は何かの魔術かな?」

 

『ええ。その通りです、女王ブーディカ』

 

「元、女王だよ。―――この時代だと、あたしはもう女王じゃなくなったからね」

 

自嘲するような表情でそういうブーディカ。

―――女王ブーディカ。ブリタニアの女王。

今この時代こそが正に、彼女が自国を蹂躙したローマに叛逆し、死亡した当時だ。

言葉に詰まったロマニ。

 

その会話を聞いていたネロ・クラウディウスもまた目を逸らす。

苦笑しながら、ブーディカは続けた。

 

「とにかく、長い道中お疲れ様。今日はゆっくりと休むといいよ」

 

そう言って彼女は離れていく。

スパルタクス、と呼ばれた筋肉の塊もまた、この基地の中でうろつき始めた。

 

「………女王、いえブーディカさんはネロ皇帝と……」

 

ニコニコしながら周囲を歩き回っているスパルタクスに若干目を奪われる。

不思議とあの筋肉の塊に悪い思い出がある気がする。

頭を振ってそれから視線を切り、ネロへと顔を向けるジャンヌ。

 

「……うむ。余とローマへの感情は消えぬ、だが民を守るためならばと余の客将となった。

 あの戦いの中で、ブーディカも思う所があったのだろう。

 拾った命は、ただ民のために使いたいと言っていた」

 

ジャンヌからの問い掛けに答えるネロの言葉。

彼女が語るブーディカの物言いに、マシュが目を丸くした。

 

「拾った命、ですか?」

 

「うむ。それがどうかしたか、マシュ?

 それとも余とブーディカ、ローマとブリタニアの戦いも知らなかったか?」

 

「い、いえ。それはもちろん。そういう戦いがあったことは」

 

「そうか?」

 

ブーディカはサーヴァントであった。それは間違いない。

だというのに、ネロには生前の人間のように振る舞っているのだろうか。

……だとしたら、もしかしたらジャンヌ・オルタはそれを知っていて?

話を面倒にする清姫をこの場から引き離してくれたのだろうか。

 

「では、ソウゴのところに案内しよう。すぐ近くにそなたたちの休める場所も用意してある。

 今晩は存分に休むがよい」

 

「ありがとうございます、皇帝陛下」

 

オルタと清姫が消えていった方向をちらりと見ながら、オルガマリーは頭を垂れた。

 

 

 

 

前線基地から脱した丘の上。

その場で、オルタと清姫の鬼ごっこは継続していた。

 

「ありえないわ、こいつ……!

 ちょっと嘘ついただけでどんだけ追ってくんのよ……!」

 

「ちょっと? ええ、ええ、そういう勘違いから悲しみが広がってしまうのです。

 嘘にちょっとも何もありません。嘘は嘘、罪は罪、罰は罰。

 きっちりと反省のために焼き印を入れるところから始めましょう」

 

きしゃー、と口から炎を吐き散らす清姫。

それを旗を振って散らし、そのまま彼女の足を打ち払う。

勢い余ってびたーん、と倒れて転がる清姫の姿。

 

「あうっ!」

 

「仮にそうだったとしてアンタに罰を下される理由はないっての……!」

 

何とか清姫をその状態で封じ込める。

地面に転がした清姫の背中に座り込むオルタ。

盛大に息を吐き落とし、そのまま体重をかけ続ける。

 

「重いのですけど?」

 

「鎧を着てるからかしらね?」

 

嫌味に嘲笑を返す。

そもそもそういうステータスの部分は白い方基準。

彼女に対しては、そこまでダメージはないのだ。

 

「………それで、どういうつもりなのですか?

 マスターを裏切るつもりがある、という判断をしていいのですか?」

 

「別に。そもそもどうあれ、あそこでアンタに暴れられるわけにはいかないのよ」

 

眉を顰める清姫。彼女がどういう心情でそう判断したのかが分からない。

彼女は明らかに、ブーディカから清姫を遠ざけた。

皇帝ネロとローマに憎しみを抱く彼女の発言から、嘘を暴かれることを嫌った。

 

「――――それは、ブーディカさんがアナザードライブだと判断している。

 そういうことでしょうか」

 

かけられる声。その自分と同じ声色に、顔を顰めるオルタ。

視線を向ければそちらにジャンヌが訪れていた。

 

「彼女の発言から嘘を暴き、それが正答であり彼女が正体を現した場合。

 ソウゴくんがドライブの力を得ていない今、彼女を止める方法はない。

 まして、ここはローマ軍の前線基地。

 下手をすれば、それが原因でネロ帝が命を落とすことになってしまう」

 

「―――別に! 私はただ、知りたいだけよ」

 

声高にジャンヌの言葉を否定して、彼女は立ち上がる。

椅子にされていた清姫も立ち上がり、ぱたぱたと着物の汚れを払う。

 

「知りたい?」

 

「……偽りの感情から生まれたわけじゃない。

 真実の憎しみで動く、サーヴァント・アヴェンジャーをよ」

 

そう言ってジャンヌ・オルタは、ジャンヌ・ダルクを見据えた。

清姫の表情を見れば―――いや、そんなことをせずともわかる。

彼女のその言葉は本物だ。

 

裏切りそのもの、といえる発言だろう。清姫の表情から色が落ちていく。

だがジャンヌは小さく微笑み、彼女に声をかけた。

 

「………一言足りないのでは?」

 

「はぁ?」

 

「ソウゴくんと話し、ブーディカさんと話し―――見えたのでしょう?

 アヴェンジャーという属性がどこに辿り着くものなのか」

 

自分のベースとなった、聖女の言葉

ジャンヌ・オルタの表情が険しくなっていく。

その鋭く尖りきった目を一度瞑り、再び開いてジャンヌを見つめる。

 

「……そうね。復讐の権化は勝とうが負けようが最後には消えるもの。

 その感情を向ける先が消えた後は、憎しみの炎は自分を燃やし尽くす。

 私の場合は順序が逆。

 勝っても負けても吹かれて崩れる、ジルの憎悪の炎から生まれた灰で出来た人形」

 

そこまで言い切ったオルタは、ジャンヌから視線を外した。

 

「ただ、そんな理屈はどうだっていいのよ。

 理屈で縛れる感情なら、最初から聖杯はアヴェンジャーなんて称号は与えない。

 その上で理解したのよ。ブーディカはアヴェンジャーに相応しいサーヴァントだと。

 彼女には愛するものがある。見たことはない未来、けれど在ると知っている未来。

 聖杯に与えられた知識の上では存在すると知っている。正しい歴史なら継続するはずの世界で生きる子供さえ、彼女はこの上なく愛している。

 けれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 復讐を果たせば、いつかの未来に生きる愛する子供たちを踏み躙ると知っていながら、それでも復讐という炎に焼かれることを選んでしまう」

 

「それは……」

 

「哀しいこと、とアンタは言うんでしょうね」

 

ジャンヌから逸らしていた目を、正面から突き合せる。

 

「だから私は嗤うわ、アヴェンジャーのサーヴァントとして。

 この世界に翻弄される彼女のことも。

 だって私の場合、前提が違うもの。私を生み出したのジル・ド・レェだけれども。

 そもそもの話、私が生み出されたのは人理焼却という現象ありきじゃない」

 

「そうですね。人理を焼く、世界を滅ぼす―――フランスを滅ぼす。

 貴女というアヴェンジャーは、滅亡の使徒としての生誕だった」

 

「そう。そうなのよ。

 世界を焼き捨てる現象の中で、世界の滅亡を望む偽物のアヴェンジャーとして生み出された。

 じゃあ、私が真っ先に復讐しなきゃいけないのはなに?

 ジャンヌ・ダルク? フランス? ジル・ド・レェ? いえ、いいえ。

 違うでしょう? ジャンヌ・ダルク・オルタナティブ。そんなもの、決まってる。

 私という存在の復讐を、勝手に計画の一部として織り込んでくれた、人理焼却とかいう恥知らずの所業に決まってるでしょうに」

 

そこまで言い切ったジャンヌ・オルタは、踵を返し前線基地の方へ戻っていく。

 

「マスターとソウゴくんはいいですけど、自分のマスターには貴女の知る情報を渡しなさい。

 私より優れたサーヴァントになりたいのなら、そこはきっちりこなしておくべきですよ」

 

一瞬だけ止まったオルタが、そのまま霊体化して消えていく。

小さく溜息を吐いたジャンヌが、清姫に歩み寄った。

 

「すみません。もう一人の別な私が……

 なんか、まったく素直に行動に移せないタイプの困った子で……

 多分ブーディカさんが苦しむようなやり方をしてる犯人に、怒ってるだけだと思うんですけど」

 

「見ればわかります。ただ、あの方が今並べてた理屈。

 本人は満足してたみたいですけど……

 ブーディカを利用している犯人と、聖杯を時代に投じた犯人は別でしょうに」

 

恐らくオルタが怒り心頭なのは、ブーディカを利用してると思われるスウォルツサイドだ。

そして、今の彼女の理屈で燃やしてやると覚悟を決めたのは人理焼却犯。

レフ・ライノールの勢力に対してだ。

 

「まあ、本人が満足してる答えなようですし……いいのではないでしょうか。

 指摘してしまったら、拗ねてしまいそうですから」

 

「いちいち怒るのは、彼女自身のトラウマもあるんじゃないでしょうか。

 彼女、心を折られてアナザーウィザードというのにされてたでしょう」

 

彼女はスウォルツと直接向かい合っている。

すぐにアナザーウィザードに変えられてしまったが。

その時の心情的に、よりブーディカへと感情移入しているのか。

 

「む。その発想はありませんでした。清姫さんに先を越されてしまいました。

 お姉ちゃん、ショックです」

 

「多分、それを貴女から彼女に言及したら余計に嫌われるのでは?」

 

「………清姫さんは何でそれが分かるのにマスターに対してああなのでしょうね」

 

「? 何か言いましたか?」

 

ヒロイン特有の難聴力を発揮し、綺麗に微笑む清姫。

それを前にジャンヌは、何でもありません、と諦めた。

もしもの時は殴って止めればいいだけ、という合理的な判断からの説得放棄だった。

 

 

 

 

「―――――」

 

皇帝より与えられた休憩所。

そこで、オルガマリーは精神の一時解体を実施していた。

食事。睡眠。今の彼女は、多くの人間的生理現象を無視できる。

事実この特異点にレイシフトしてから、彼女は一度も睡眠も食事もとっていない。

だが、人間を外れた行動を取りすぎていれば、やがて精神は崩れ落ちる。

 

それを回避するため、睡眠に似た精神の改修作業を実施しているのだ。

この特異点にきてからの影響全てを整理するのに、ほんの三時間かそこらだろうか。

作業を終えた彼女が目を覚ますと、傍には自身のサーヴァントが座っていた。

 

「……アヴェンジャー?」

 

「……やっとお目覚め?

 せっかく報告にきてるっていうのに茶も出さないマスターをもって悲しいわ」

 

そういう彼女の目の前には、カルデアからの供給物資である飲料水があった。

……別にこの国の水を飲料水に適した状態にする程度なら、魔術でどうにでもなるからいいが。

飲まなくてもいいのに飲む必要があるのか。

 

「別にそんなものはないけど。

 目の前で資源が無駄に浪費されてると知ったマスターの顔が見たかっただけだし」

 

何も言っていないのにそう言って水を飲み干すオルタ。

空になった容器をオルガマリーに押し付けて、彼女は立ち上がった。

 

「じゃあ報告。アナザードライブ、あれ多分ブーディカね。

 信じるかどうかは貴女に任せるわ。この情報をどう使うかもね」

 

「……ちょっと待ちなさい。その情報はいいとして、根拠や状況証拠は……」

 

「―――アヴェンジャーとしての勘よ。証拠も特にないわ。

 間違ってそうなら信じなくていいんじゃない?」

 

彼女はそれだけ言って、すぐに霊体化して出ていってしまった。

今精神解体を終えたばかりなのに、また重たくなった気がする頭を抱えて溜息一つ。

 

『ふふふ、割と良い仲築けてるんじゃないかい? オルガマリー』

 

「それは喧嘩を売っているの? ダ・ヴィンチ」

 

『まさか』

 

外を見れば月が高い。まだまだ夜は長そうだ。

 

『正統ローマと連合ローマ、両方に敵対する存在として女王ブーディカは真っ先に思い当たる。

 アナザードライブの契約者としての可能性は、君も私もロマニさえもが考えただろう。

 だが、この地で彼女はむしろネロ帝を慮っている様子さえ見せている。

 それに――君たちがアナザードライブに襲撃されたタイミングで、彼女は前線を離れていない』

 

彼女はローマの客将。まして、このガリア攻略軍の司令官の位置にいる。

時速560キロの移動手段で足を確保できていても、兵士にいないことがバレないのは難しい。

 

「……そうね。物理的に、距離的に襲撃が不可能」

 

収集した情報は、ブーディカの犯行は不可能だと断定している。

だが、それを知りながらオルタはあの言葉を告げに来た。

 

オルガマリー・アニムスフィアの判断能力は、サーヴァントの言葉を求めない。

いつか彼女はそう言った。

オルガマリーの思考は、ブーディカではないと判断するだろう。

だが彼女のサーヴァントは、ブーディカだと判断した。

 

「っ………!」

 

『まあ、情報が足りないのは確かだ。今すぐに判断を下す必要はないさ。

 ――――さて。たまには普通に睡眠したらどうだい?

 どうせこの時間にやることもないだろう。

 君はもう少し、自分だって人間だと思いなおしておくべきだよ。

 私はそのために君にその体を作ったんだから』

 

ダ・ヴィンチちゃんの酷く優し気な声。

そんな必要はない、と言い返そうとして―――

しかし小さく、そうね、と返す。

 

やがて彼女の体は、壁に寄りかかって寝息を立て始めた。

 

『………やれやれ、面倒な性格のくせにどこか素直なのは主従揃ってだね』

 

そう言ってダ・ヴィンチちゃんは通信を切り、観測のみに切り替えた。

 

 

 




 
アナザードライブの正体や何やらは推理するための情報出してないんで分からないでしょう。
Q:フリーズの能力が効かないのは何故? A:特異体質
くらい推理は難しいと思います。ただトリックが分かるとドライブの継承方法も分かるかも。
モチーフにしたものは明白なので。
 


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無垢なる心は“なに”を必要とするのか2015

 
ローマと言えば風呂。風呂と言えばスーパー風呂タイム。
スーパー風呂タイムと言えばキバ。キバといえば皇帝。
皇帝と言えばローマ。つまり仮面ライダーはローマ。
びっくらたまごが足りなくてスキル上げが出来ないですけどー。
 


 

 

 

「うーん……!」

 

久しぶりの寝床での起床。大きく背を伸ばし、藤丸立香は立ち上がった。

自分にしがみ付いている清姫もいるが、気にしたら負けである。

 

「おはようございます、先輩。それと清姫さんはなぜここに……」

 

「おはよー」

 

マシュに挨拶を返しながら、外へと出る。天気は快晴。

昨日は久しぶりにバスタイムがあったからか、より良い気分での朝だった。

こんな前線基地にまでお風呂があるとは、ローマは凄い。

 

「マシュはよく寝れた?」

 

「はい。やはり、寝具があるのとないのとでは大きく違います。

 野営になれているかどうか、というのも大きいのでしょうが」

 

「なんかここにきて凄い慣れちゃった気がする」

 

フランスでの経験も含めれば、中々のアウトドア派に成長したのではないか。

そんなことを考えながら、基地の中をうろついてみる。

皇帝直々に招いた客将ということで、彼女たちの立場は高いものとして扱われる。

 

皇帝であるネロ、指揮官であるブーディカに続く立ち位置。

なんか凄い奴スパルタクスと同レベルの立場をもらっているのだ。

逆に立場が低い気がしてくる、不思議な同僚である。

 

そんな実情からか兵士たちも、彼女たちには頭を下げる。

立場だけではなく、実際にここで働いていたソウゴとオルタの影響も大きいのかもしれない。

 

「えっと……ソウゴは?」

 

「まだ寝ているのではないでしょうか。

 オルタさんが言うには、誰かが起こさないとかなり遅くまで寝ているそうです」

 

まるで学校が休みの学生のようだ。

まあ、実際に彼は今学校が夏休みの中学生なのだが。

ふーん、と。自然とソウゴの寝床として設けられた方向へ足を向ける。

 

その道中。

 

「あれ、おはよう。朝は食べたかい?」

 

ブーディカに遭遇して、彼女たちは足を止めた。

 

「おはようございます、ブーディカさん」

 

「おはよう、ブーディカ。朝ご飯?」

 

「こういう場所だからそんな大層なものはないけどさ。

 朝食べないと元気が出ないよ。まだなら、二人ともあたしが何か作ってあげようか?

 ローマ料理じゃなくて、ブリタニア料理になるけど」

 

大昔の料理かぁ、と思いを馳せる立香。

そこでふと、彼女に二人とも、と言われて気付く。

いつでもくっついているはずの清姫が、いつの間にやら姿を消していた。

小さく首を傾げて、しかしまあいいかなと思いなおす。

 

「じゃあせっかくなら、ソウゴも一緒に三人でいいですか?」

 

「もちろんいいよ。ソウゴはまだ寝てるのかな?」

 

「はい。そのようなので、今から先輩と起こしに行こうかと」

 

マシュのその言葉を聞いて、ブーディカは大変嬉しそうににこにこと笑う。

 

「ははは、立香やマシュみたいな可愛い子二人に起こしに来てもらえるなんてね。

 ソウゴは恵まれてるね、男ならきっと誰でも羨ましがるよ?」

 

「そ、そうでしょうか。先輩はまだしも、わたしなんて……」

 

頬を赤らめて落ち着かなくなるマシュ。

立香はそんな彼女の頭に手を載せ、よしよしと撫でてみせる。

マシュは更に顔を赤くして縮こまった。

 

そんな二人を見て、より笑顔を深くしていくブーディカ。

 

「あはは、マシュは可愛らしいねぇ。頭も撫で心地がよさそうだ」

 

「ブーディカも撫でる?」

 

「せ、先輩?」

 

マシュの頭に置いていた手をどかし、立香はマシュから一歩離れた。

困惑するマシュを差し置いて、彼女を提供されたブーディカはマシュへと抱き着いてみせた。

 

「じゃあお言葉に甘えて。ほら、よしよし」

 

「ブ、ブーディカさん?」

 

マシュを抱き締めて、そのまま頭を撫でまわすブーディカ。

髪を撫でる優しい手に、何とも言えない表情で羞恥を堪えるマシュ。

その彼女の手が、一瞬だけ静止した。

 

「………あ、あの。ブーディカさん……?」

 

「あ、ううん。ごめんね、そっか。マシュの中の英霊は、そういうことなんだ」

 

そう言って、もう一度だけ大きく彼女を撫でてから解放する。

一歩離れて見たブーディカの顔には、申し訳なさそうな表情が浮かんでいた。

 

「その、ブーディカさんはわたしの中の英霊に心当たりが……?」

 

「………うん、何となくはね。彼は――――いや。あたしの口から告げるのは反則かな。

 何より、今のあたしがマシュの中の子にかけていい言葉なんて、何も無いんだ。

 あたしなんかには…………何も、ね」

 

「ブーディカ、さん?」

 

明らかに目の前の彼女は意気消沈していた。

マシュが立香と目を見合わせる。

仮にマシュの中の英霊の正体を彼女が察知したとして、何故それが落ち込む理由に?

そのまま踵を返し、戻ろうとしたブーディカの腕を咄嗟に掴む。

 

「……マシュ?」

 

「そ、その……ブーディカさんが何に落ち込んでいるのかは、わたしには分かりません。

 何故そんなに辛そうな顔をするのかも……

 けど、わたしはブーディカさんがそんなに苦しむ必要はないと思います……!

 ……もしお辛いのでしたら、ブーディカさんがローマのために戦う必要だって……

 その、わたしがその分頑張ります。

 ブーディカさんがわたしの霊基に何かを感じてくれたように、わたしの霊基もブーディカさんのために最善を尽くせと言ってくれている気がします!」

 

言われたブーディカが今にも壊れそうな、辛そうな顔をする。

そんな顔をさせたかったわけではない、とマシュは自分の心が軋む感覚を覚えた。

ブーディカはマシュを見て。立香を見て。

隠しきれない哀しみの上に、小さな笑顔を張り付けて笑って見せた。

 

「本当に……あたしなんかには勿体無い子たち。

 きっと―――いつかの時代、本物の勝利の王を戴いたブリタニアはあるんだと……

 そんな未来が待ってると教えてくれるために………」

 

小さな声でそこまで呟いたブーディカが目を伏せる。

誰も何を言えばいいか分からない。

そんな空気になってしまったその場に、空気を読まない声がかけられた。

 

「どしたの?」

 

自分に与えられた寝床から出てきていたのか。

まだ眠そうにぼんやりとしているソウゴが、そこにいた。

 

ブーディカがゆっくりとマシュの腕を外し、彼に向かって笑う。

 

「朝ご飯、食べるでしょ。

 あたしが準備してあげるから、あとからおいで」

 

「え、ブーディカのご飯? やった、食べる食べる」

 

ソウゴの返答に一度笑うと、ブーディカはそのまま食事の準備に向かってしまった。

その背中を口惜し気に見送るマシュ。

ちらりとソウゴの目が立香を見る。彼女は小さく、首を横に振るしかできなかった。

 

 

 

 

食事の場においては、ブーディカはいつも通りの態度を崩さなかった。

それが何かを隠しているようで、マシュの心に軋みをあげさせる。

何故自分はここまで彼女のことで苦しむのか。

マシュには、その原因さえも分からない。

 

サーヴァントとして本来避けるべきだが、彼女は今一人で基地の外に出ていた。

頭を冷やすために、丘の上へと上がってきたのだ。

その間のマスターの護衛は、ジャンヌならば何の問題もないだろう。

清姫は――――まあそれはそれとして。

 

「……わたしの中の、サーヴァントに関わることなのでしょうか」

 

彼女の反応からしても、関わりのある人物の可能性が高い。

はふぅ、と大きく溜息を吐きながら、丘の先の光景を眺める。

そんな彼女の背中に―――

 

「あるいは君が、彼女に母性というものを感じているのではないかい?」

 

一気に振り向く。いつでも武装を召喚できる体勢。

そんな戦闘態勢のデミ・サーヴァントを前に、彼はいつも通り静かに微笑んでいた。

片手に本を手にした、コートの男性。

 

「ウォズ、さん……」

 

「君の来歴はおおよそ把握している。

 だからこそ言えるが、君の薄弱な人間性では判断できない感情は多々あるだろうとも」

 

物言いにむっとするが、しかしそれは事実と認めざるを得ない。

 

「……仮にそうだとして、ウォズさんがわたしにそれを伝えにくる理由はなんですか?」

 

「言うまでもないだろう? 私の行動は全て、我が魔王のためのもの。

 君に干渉する理由もまた当然、我が魔王のために他ならないとも。

 真偽の確認にまた、バーサーカー・清姫を呼んでくるかい?」

 

おどけるようにそう言う彼の言葉に、嘘は感じられない。

本当に清姫が聞いていても何の問題もない、と考えているように見える。

 

「ソウゴさんの、ため?」

 

「そうとも。君が我が魔王の覇道に貢献する人材であるならば、私は協力を惜しまない。

 何故ならそれが私の使命なのだからね」

 

大仰に両腕を広げて、天を見上げるウォズの姿。

信じ切れるはずもなく、油断なく彼を見据えながら距離を取る。

 

そんな彼女の様子に苦笑したウォズが、近くの木に背を預けた。

 

「さて、君がブーディカに抱く感情の話だが……」

 

「……はぁ」

 

少しだけ話を聞く気を見せたマシュに、彼は笑いながら言う。

 

「そもそもそんなに重要かい? その感情の源泉というものは」

 

自分から口を挟みにきてその言葉。

マシュでさえも、その眉が吊り上がった。

 

「それは……!」

 

彼女が口を開いた瞬間、それを制するように手を前に出すウォズ。

まずは聞け、ということか。

マシュは仕方なし、口を閉じて彼の言葉を待つ。

 

「マシュくん。君はただ、女王ブーディカを心配しているのだろう?

 それとも君は、彼女が君にとって何か特別な存在ではないから心配してはいけないと?」

 

心配、という心情とは。

特別な関係でなければ抱けない情動ではない、と彼は語る。

 

「それ、は……いえ、ただそういうことではなくて。

 ブーディカさんが辛そうにしていると、わたしも引き裂かれるくらい悲しくなる、というか。

 言ってしまえば、わたしだけならそれほどの感傷があるはずがないのです。

 ウォズさんの言う通り、わたしの感情はけして豊かとは言えないはずなのですから。

 ブーディカさんはとても優しい方だとわかっています。

 ですが……今のわたしは、自分でもおかしいと思うほどに彼女の態度に心が痛む。

 だとすれば、もうわたしの中にいるサーヴァントの霊基が原因としか……」

 

「ホントにそう思ってる?」

 

ウォズと向き合って、自分の心情を吐露するマシュ。

そんな彼女の横合いから、聞きなれたマスターの声がした。

 

「先輩……」

 

ジャンヌを後ろに引き攣れた、立香の姿がそこにある。

その彼女の登場に肩を竦めるウォズ。

 

「マシュってさ。多分、純粋すぎるところがあるから。

 誰かに向けられた感情をそのまま受け取っちゃうっていうか。

 ――――そのまま、返しちゃうって言うか?」

 

「わたしに向けられた感情、ですか」

 

言っていることが呑み込めず、マスターへと問い返す。

彼女はうん、と一度大きく頷いて困ったように微笑んだ。

 

「だから、本当に多分それだけ。

 ブーディカは、本当にマシュへと愛情を向けてくれてる。

 だからマシュも、ブーディカの事を好きになった。だから、向けられただけ愛情を返したい。

 ブーディカは何かをマシュに隠して、本気で辛いと思っている。

 だからマシュも、隠されていることより隠すことで苦しむブーディカを見て辛くなる。

 きっとただ、それだけなんだよ」

 

「………隠し事。それは、やはり……」

 

そう言いながら、マシュへと歩み寄ってくる立香。

そんな彼女に小さな声で問いかける。

 

ローマへの復讐者、ブーディカ。

今はローマに加担しているように見えるが、彼女の本性は―――

 

「そこはどうでもいいの」

 

「えっ」

 

立香が腕でそれは置いといて、というようなジェスチャーをしてみせる。

思わぬ回答に困惑したマシュを見据える、立香の瞳。

 

「マシュは優しいブーディカが好き。マシュにとって大事なのはそこだけ。

 だから――――どうしたいの? マシュ。貴女は信じたいの? 疑いたいの?」

 

「それは、………信じ、たいのだと、思います」

 

「―――だよね!」

 

歯切れの悪い物言いだったかもしれない。しかし確固とした答えがある。

その事に立香は、花が咲くように微笑んだ。

 

「じゃあそれでおしまい! マシュはブーディカを信じる。あの人の優しさを。

 だから、何かに苦しむ必要なんてないじゃない」

 

そう言ってぱんと両の掌を打ち合わせる立香。

 

「でも……それで、もし、ブーディカさんが……」

 

それでも俯くマシュを、立香の両腕が抱き寄せる。

ブーディカにしてもらったような抱擁。

その体勢のまま聞かされる、優し気な彼女の言葉が頭に響く。

 

「その時は、マシュが止めてあげればいいだけだよ。

 ブーディカならきっと立ち直ってくれる。元の優しさを取り戻してくれるって。

 間違ったことを絶対にしない人だって、信じられなくてもいい。

 ただ間違った道を進んでしまっても、いつか正して優しく笑ってくれる人だって。

 その強さを持ってる人だって信じよう?」

 

「先輩………」

 

「もしもブーディカを止めなきゃいけない時には、私がマシュを支えるから」

 

片目を瞑りながら、マシュをあやしている立香を見ているウォズ。

そんなウォズから視線を逸らさないジャンヌ。

ジャンヌの視線を感じながら、しかしウォズは小さく笑って口を開いた。

 

「人間、過った方向に進むこともあるだろう。とりわけ、感情的になった時ならなおさらだ。

 肉親を奪った相手を目の前にして復讐心が先走ることは、別におかしいことではない。

 だがその復讐心とは、深い愛情や正義感の裏返しでもある」

 

さながら、ロイミュード001の存在を知った時の仮面ライダードライブ。

泊進之介のように。とまでは、ウォズは言わなかった。

彼女たちに話しても、それを理解はできないだろうから。

 

だからこそ、人を知らないが故に純粋に人を敬う命。

マシュ・キリエライトが鍵になる。

人を守る人の正義を信じる、人造の命という要素が活かせる―――

 

「……だからこそ、バレてはいけないのだが……」

 

小さく呟き、その手の中にブランクウォッチを取り出す。

マシュ・キリエライトに今この場で渡しておくためだ。

 

仮面ライダープロトドライブ、あるいは仮面ライダーチェイサー。

ロイミュード000(プロトゼロ)、チェイスを連想させるギミック。

マシュ・キリエライトならば条件はおおよそ満たせる。

 

彼は―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

あとはそこから、ジオウによってドライブの歴史を回収してもらえばいい。

マシュの正義感が結実した時、その経路は間違いなく確立されるだろう。

 

遠くに感じる背後の気配を探る。

そちらから一瞬だけ漏れだした、小さな殺気。はたしてそれは誰に向けたものか。

それに気づかないふりをしながら、ウォズはいつものように微笑んだ。

 

 

 

 

その丘の見える木々の隙間の中。

アナザードライブの姿が、完全に時間を停止させられていた。

 

「貴様が今、奴らの前にでれば正体が割れる。

 他の奴らにばれたところで問題はないが、ウォズにその姿を見られるのは些か困る」

 

更にそのアナザードライブの背後。

大男が時間の止まったその背中に、呆れるような声でそう言った。

ザザ、とノイズが走るようにぶれるアナザードライブの体。

 

「ウォズめ。マシュ・キリエライト……魔進チェイサーを経由した干渉では一つ遅い。

 それよりも先に、俺が作り上げる貴様が新たなドライブとして完成する」

 

そう言ってスウォルツは、停止したアナザードライブの肩を一度叩いた。

この状況は彼にとってさえ、まさかの誤算だった。

最初はブーディカこそがアナザードライブと決め打っていた。

 

だが、それ以上に相応しい存在が見つかった。

いや―――この特異点に彼が干渉した結果現れた、というのが正しいか。

 

だが、あとはこれを完成まで丁寧に導いてやれば、それだけでいい。

既にゴールが見えているコースに、スウォルツは小さく口の端を歪ませた。

 

 

 

 

「おかえりー。どうだった?」

 

「その……すみません、ご心配をおかけしました」

 

特に変わった様子もなく、迎えてくれるソウゴ。

マシュもある程度は落ち着いたか、彼にも大きく頭を下げた。

後ろの立香は小さく苦笑している。

 

「別にいいけど。大丈夫?」

 

「はい………まだ自分にとって正しい答えが出せたわけではありません。

 ―――けど、わたしはブーディカさんを信じたいと思っている。

 それだけは分かりました。……だから、信じます」

 

「そっか。……あれ、それは?」

 

ソウゴがマシュが下げている、先程までなかった巾着袋を見つける。

彼女は困ったような顔をして、その中身を取り出して見せた。

それは、何も描かれていないブランクのライドウォッチだった。

 

「その、ウォズさんがお守り代わりに持っているといい、と」

 

「ウォズが? ふーん……」

 

「ソウゴには何で渡されたか、心当たりはない?」

 

立香からの問いに首を傾げる。

まあ、ウォズがすることに理由をつけられるほど、彼のことを知らないのだが。

だが恐らく、ブランクウォッチを彼女に渡したとなれば……

アナザードライブの攻略に必須のはずの、ドライブウォッチに関与するということなのだろう。

 

――――だとするなら。

 

「うーん。ウォズのすることだからなー」

 

ライドウォッチへと歴史を引き出すには、恐らく強い感情が必要になる。

そのライダーの歴史を彷彿とさせる、特別に強い感情だ。

それをわざわざ今、マシュに渡した。マシュが今、強い感情を抱いてる相手って?

そんな人、ブーディカ以外にいないだろう。

 

やっぱり、アナザードライブはブーディカなのか。

悩むようにそう考えながら、ソウゴはそれを口にするのは止めておいた。

 

「おお、こんなところにいたか!」

 

そんな彼らに、皇帝の声が届いた。

 

「あ、はい。皇帝陛下。どうかなさいましたか?」

 

慌てて頭を下げるマシュ。一応自分も、と立香も頭を下げた。

それは要らぬ、と。手を軽く振って二人の顔を上げさせるネロ。

 

「うむ。ソウゴたちの尽力もあり、ガリアを制圧している敵軍は崩れかけている。

 こちらへの攻撃は無くなり、完全に守勢に徹するような動きになった。

 敗北続きであちらの兵たちの士気も大きく減じているのだろう」

 

ただの敗北ならず、大多数の兵士は捕獲されるという戦場だ。

あまりに力の差を感じさせる光景に、連合軍の士気が維持できるはずもない。

むしろ、ソウゴたちが到着してから今までの期間。

それが維持できていたことこそ、驚嘆に値する扇動力と言えるだろう。

 

「だからこそ、今一気に仕掛けてしまいたい。

 そなたたちの協力があれば、少数精鋭で連合ローマ軍の中枢まで一直線に突破し、僭称皇帝の元にまで余を送り届けることも可能であろう」

 

「皇帝が自分で行く気なの?」

 

「無論」

 

ソウゴと立香が目を見合わせる。

ただソウゴが前線に出ている間に、ネロがアナザードライブに襲われる可能性を考えれば、逆にそちらが安全と言えなくもないだろうが。

――――ただ当然、その場合ネロとブーディカが同道することにもなるのだが。

 

まあ、彼らが止まるように言ったところで止まる皇帝ではない。

ソウゴと立香は肯き合い、その方針に同意した。

 

「分かりました」

 

 

 

 

荒野の中で展開する連合ローマ軍を指揮する立場にいる男は、呆れるように溜息を吐いた。

余りにも突飛な光景を見たがためだ。

 

「うん? なんだあれは、やりたい放題だな?」

 

両軍の兵士がぶつかり合う場所から吹き荒れる緑の風。

それに呑み込まれた兵士は、風の鎖に雁字搦めにされてから投げ出される。

地面に次々と転がされていく連合側の兵士たち。

 

男は顔を顰める。

別に、無駄に兵に死なれるよりそちらの方がよほどいいのだが。

この調子だと、少数精鋭どころかネロのローマ全軍で彼の所に流れ込んできそうだ。

まあ、それでも仕方ないとは思っていたが。

 

「さて。それではネロという皇帝を見定めることが出来なくなるが……」

 

ちらり、と彼は後ろに備えられた豪奢な神輿を見る。

そこには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()女神の姿があった。

地中海の浮かぶ島に何故か生息していた謎の女神。

その島を訪れたものに、勇者の試練という名の無理難題を仕掛けるハニートラップの権化。

 

そんな彼女が、何故かこうしてガリアを押さえた連合ローマに捕らわれているのか。

 

「あら、どうかなさって。ガイウス・ユリウス・カエサル様。

 こうして追い詰められた今、私はどうかされてしまうのでしょうか」

 

そうやってにこりと笑う女神。

 

自分に押し付けた―――いや、預けて下さったのだ。

神域の祖に不敬な思考であった。

とにかく自分に彼女を預けた方に、愚痴でも言いたい気分になる。

 

「間に合っている。というか私の好むのは出るとこが出ている女性なのだ。

 女神ステンノ。その美貌は確かだが、私の趣味ではない。母性が足らんよ母性が」

 

「まあ、流石は出ているところしかないカエサル様。

 その意志の強さはまさしく勇者の勲、と言うに相応しい」

 

「ふくよかさは男にとっての器の大きさ、といったところだな」

 

やれやれと、でっぷりとした腹を揺らしてカエサルは正面に目を戻した。

まあ兵士はいいとしよう。どっちにしても、いてもいなくてもよい。

いないにこした事はないが。

 

だがどちらにせよ、あの空を飛んでいるのは抑えておきたい。

ネロとの問答に混ぜるには余りにも強すぎる。

あれのお陰で自分に勝てても、ネロにとっての実にはなるまい。

 

「さて、女神ステンノ。

 今この戦場において、私に協力することは勇者の試練となると思うのだが、どうか。

 ローマ皇帝ネロ、そしてカルデアのマスターたち。

 正しく見定めるには手が足りない私だが、試練に共同出資してみる気はないかね」

 

問いかけると、女神は大変楽しそうに喜悦の笑みを浮かべた。

やはりカエサルの趣味には遠い美女神だ。

彼にとっては―――クレオパトラの微笑みこそが何にも勝る。

 

「―――ええ、よろしくてよ。

 では私が準備していた子は、彼らを止めるために頑張ってもらうこととしましょうか」

 

しばし考えた彼女はしかし、その言葉に同意を示した。

同時に彼女の背後に、獣の巨体が現れる。

獅子の上半身、山羊の下半身。そして獅子と山羊、両方の頭。

更に蛇の尾を持つ、古代ギリシャに伝承される伝説の幻獣であるキメラの姿。

 

自身に従うキメラに、ステンノは上空を舞うジオウ・ウィザードアーマーの姿を示した。

それに従い、幻獣が獲物を目掛けて飛び掛かるのと同時。

 

「――――“女神の微笑(スマイル・オブ・ザ・ステンノ)”」

 

彼女は、その笑顔を解放した。

 

 

 

 

空を飛ぶ彼の眼下に突然現れた、巨躯の幻獣。

自然とそちらに意識を向けたソウゴは、その傍にいた一人の少女が微笑むのを見た。

輝く藤色の髪をツインテールに纏め、白いドレスに飾られた美しい少女。

 

「あれ?」

 

美しい笑顔、所作。それを目撃した途端。

自然と、何故自分が今ここで戦っているのかを見失う。

ぼうっとした頭のまま、戦うことを止めようとする。

空中で静止したまま変身を解除しようと、ジクウドライバーに手をかける。

 

「――――あ、俺いま、何を……」

 

変身解除動作に入る直前に、理性の欠片を取り戻す。

それでもまだ頭はぼうっと湯だったままだ。

自分を取り戻すべく、頭を振っていると――――

 

「グォオオオオッ!!」

 

「おわっ!?」

 

直下から、幻獣の巨躯がジオウへと襲い掛かってきた。

大口を開けて、ジオウの胴体に食らいつくキメラ。

ミシリミシリと、ジオウのボディが大きく軋みをあげる音。

 

キメラに銜えられたまま、地上へ向かって落ちていくジオウ。

獅子と山羊の脚が大地を踏み砕きながら着地し、そのままジオウを振り回す。

数秒後。ジオウの体は解放され、大きく投げ出されていた。

吹き飛ばされた勢いのまま、地面を転がるジオウの体。

 

「くっ……! このっ」

 

転がっているうちに頭をほどよくシェイクできたか。

ようやく理性を取り戻し、反撃しようと立ち上がる――――と。

前に突き出した自分の腕を見て、気付いた。

 

「あれ? ウィザードのアーマー……」

 

自分の体を見回す。

ジオウの鎧の上に更に纏う、ウィザードのアーマーが消失していた。

バッ、とドライバーを確かめると、ウィザードウォッチがない。

思わず、自分を口に入れたキメラの方を見る。

 

その獣は、牙に何かが引っかかったかのように獅子の顔を歪めて―――

ごくり、と何かを嚥下した。

 

「あ、マジで?」

 

ドクン、とキメラの体が震えた。

まるで新しい心臓を得たかのように、その獣の体が脈動する。

 

獣の纏う魔力が、明確なカタチをもって凝固していく。

元から獅子の頭には黄金の獅子。右肩には隼の頭。左肩にはイルカの頭。

胴体からはバッファローの頭が突き出してくる。

背に現れたカメレオンの頭が、尻尾のように舌を長々と伸ばしてみせた。

 

現れた野獣の集合体。

それは、獲物を捉えた獅子の眼光でジオウを睨む。

 

「えぇ……マジか……」

 

ウィザードウォッチがキメラをベースに形成した異形。

―――ビーストキマイラファントム。

その巨体が、女神からの指令を果たすために戦場に咆哮を轟かせ、ジオウに殺到する。

 

「マジだよね……!」

 

出現させたジカンギレードを両手で構え、ジオウはその野獣を迎え撃つ――――

 

 

 




 
わざわざ離島までステンノに会いにいく必要ないやろの精神。
じゃあカリギュラどこで処理すんの……?(自問)
ピンチはチャンス、未来の自分を信じろよ!(思考放棄)
なんかキメラがでてたからキマイラを出しました(無軌道)
 


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“なに”をもって皇帝の資格を問いかけるのか-0044

 
昨日から元号が令和っていうのに変わって、令和ライダーってのが誕生したらしいですね。
 


 

 

 

「あらまあ」

 

カエサルの後ろで、女神が少し驚いたように声をあげた。

キメラが何やら変貌したことに、彼女自身も驚いている様子だ。

 

だが結果的に空中戦力を落とし、更に多くのサーヴァントを引きつけてくれた。

青いランサー。黒い旗持ち。東洋の竜属性。巨漢のバーサーカー。

ネロのローマを指揮するブリタニアの女王は、それに巻き込まれぬように兵士の引率。

 

つまりこのカエサルの前にやってくるのは―――

 

「連合ローマの皇帝と見た―――!」

 

ネロ・クラウディウスを始めとして、人間であるマスター。盾持ち。白い旗持ち。

 

まあ十分以上に戦力を裂けただろう。というか期待以上だ。

何より盾持ちも旗持ちも体つきがいい。マスターも水準以上。

これはいい。目の保養としてこれはいい。

彼はクレオパトラを愛しているが、それはそれとしてこれは……

 

「―――おっと」

 

背後から感じる女神の視線が呆れに変わったことを察し、愉しむのを一時中断する。

 

そうして見る。先頭を駆けてきた赤薔薇の皇帝。

今まさにローマを悩ます元凶の一人を目の当たりにし、猛る姿さえも美しき女。

果たしてその顔に浮かぶ憂いは、この状況にある自身の皇帝としての資質への疑問か。

 

「まあそれはそれとして、美しいのは良い事だ。見目の麗しさとは別としても。

 しかしてその美貌、ローマの至宝と讃えるに相応しい。

 さて。我らのローマを継ぐものよ、この私を前にその名乗りを上げるがいい」

 

「――――っ」

 

我らのローマを継ぐもの、という言葉にネロは苦渋を滲ませる。

ありえない。だが、カリギュラと前例を見届けている。

言葉を詰まらせたネロに、カエサルは呆れるように再び声をかけた。

 

「沈黙か? 貴様がただの野に咲く花ならそれも良し。

 だが戦場の華でありながらその無様は見るに堪えんぞ、ローマの皇帝としてな。

 まあ一度くらいは見逃そう。私の心はこの腹を見ての通り、広くてふくよかなのでな。

 では、追試と行こう。

 ――――さあ、語れ。貴様は誰だ。この私に剣を執らせる、貴様の名は」

 

カエサルは大きく腕を広げ、目前のネロを注視する。

冗談めかしておきながら、しかし二度はないとその気怠げな目が語っていた。

 

「――――ネロ。

 余はローマ帝国第五代皇帝―――ネロ・クラウディウスである。

 連合ローマなどと名乗り、皇帝を僭称する貴様たちを討つものである―――!!」

 

赤の剣を構えて、彼女は腹の底から吼えた。

獅子さえも震わせるであろう皇帝の名乗り上げを聞き、カエサルを満足げに一度肯いた。

 

「うむ、良い。名乗りとはそうでなくてはな。

 そちらの客将よ。遠い異国よりはるばるようこそ、我らがローマへ。

 貴様たちも当事者だ。この私の前で、その名を高らかに名乗るがいい」

 

「――――藤丸立香です」

 

「マシュ・キリエライト―――マスター・藤丸立香のサーヴァントです」

 

「同じく、藤丸立香のサーヴァント。ジャンヌ・ダルク」

 

ネロに続いた三人の少女を見つめ、ついでに堪能しながら。

彼は小さく呟いた。

 

「ふむ。ローマでは聞きなれぬ響きよな。すべての道はローマに通ず、か。

 やはり些か驕りすぎであるな。まあ、それもまたローマと仰られるのであろうが」

 

「余らに名乗りを上げさせておきながら、自分は名乗らぬか僭称皇帝よ」

 

彼女の手にした剣に赤い炎が走る。怒りか、しかしそれ以上に恐怖か。

彼女が僭称皇帝と呼ぶ彼の、名前を聞いてしまうのが怖いのか。

それを理解するがゆえに、カエサルは名乗りもせずに言葉を返す。

 

「うん? ああ、そうであったな。

 私が名乗るに値すると判断すれば、そのうち名乗ることとしよう」

 

ネロの表情が複雑な感情に燃える。

その様子を少しでも落ち着かせようと、マシュがカエサルに言葉を投げる。

同時に、こちらにない情報を少しでも得るために。

 

「貴方には訊ねたい事があります。連合について、聖杯について―――そして」

 

「我らとも関わらぬ第三勢力についてもか?

 残念ながらそれは知らんな。奴らの動きにはこちらも興味がないからな」

 

マシュの言葉を遮る、カエサルの返答。

 

「興味がない……?」

 

「我ら連合ローマの興味はこの時代のローマのみよ。

 他の者が何にどう干渉しようと、我らに動く道理なし。

 そちらの答えは、お前たちで勝手に探すがいい。こちらを探ったところで何も出ないぞ。

 そして、連合ローマについてであるが……」

 

ちらり、と。カエサルの視線が背後に向く。

そこには一人の少女。女神ステンノが腰かけていた。

彼に預けられた連合ローマの……人質扱いだろうか。

まあ、彼に預けられている以上負ければ奪われても仕方あるまい。

 

「この私を打ち倒し、この場で己こそが勇者であるという証を立てるがいい。

 さすれば……いや、もしかしたら? くらいか。

 貴様たちに、美しき女神からの神託か何かが下るやもしれんぞ」

 

彼の手が黄金の剣を引き抜いた。

贅肉に覆われているとは思えぬ、力強い動作が開始する。

彼はサーヴァント。そして、その身の放つ威風はカリギュラすら凌駕している。

 

人間であるネロ一人でどうにかできる相手ではない。

マシュとジャンヌの姿が前に踏み出す。

ネロを庇うような陣形でもって、彼女たちの戦いは始まった。

 

 

 

 

その突進こそは、胴体のあるバッファローの頭部を活かした一撃だ。

隼の翼と、イルカのヒレ。二枚一対の翼を持ちながらも、キマイラは地上を駆ける。

巨体の下に回れば、バッファローの角があらゆるものを粉砕する。

その身はただ走るだけで圧倒的な兵器であった。

 

「チィッ――――! “吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)”―――!!」

 

地面から黒炎の槍が突き上げる。同時に、呪詛の炎が巻き起こる。

湧き上がる憎悪の炎に呑まれながらしかし、キマイラの突進は止まらなかった。

 

左肩のイルカの顔が鳴けば、噴き上がる癒しの水。

呪詛の炎はその水流へと呑み込まれ、消し尽くされ流されていく。

その光景を目の当たりにしたオルタが、ひくりと口の端を震わせた。

 

「何なのよあのイルカは―――! ってか、普通キメラにイルカが混じる!?

 翼とか片方イルカのヒレじゃない! イルカが飛ぶわけないでしょ!?」

 

呪いすらも癒すイルカの水に、苛立ちをそのまま口にする。

がなり立てているオルタにちらりと視線を送る清姫。

彼女は淑やかに扇子で口を隠しながら、炎を撒いていた。

 

「幻獣の生態にいちいち文句をつけても始まらないと思いますけれど」

 

隼の翼が起こす風と、イルカの巻き上げる水。

キマイラが張る障壁は、彼女の火力単体では突破は難しい。

宝具の解放は選択肢の一つだが、相手が幻獣ともなればそう易々と攻略はできないだろう。

 

何よりブーディカが兵を整え下げさせるまでは、決戦ではなく時間稼ぎだ。

彼女の対人宝具の解放であればまあ、兵士を巻き込みかねないという問題はないが……

だからと言って、いきなり宝具を解放した黒いのは何がしたいのだろうか。

イルカが嫌いなのだろうか。

 

「アヴェンジャー! 下がって、こちらのバーサーカーと一緒に支援に徹しなさい!」

 

オルガマリーの指示が飛ぶ。

あの巨体の突撃に耐えられるのは、純粋に防御力が段違いのジオウだけだ。

もしくは既にネロとともに別の戦場に向かったが、マシュと白い方か。

ああ、あとついでに――――

 

「はははははは! 圧制者の走狗よ、叛逆者たる我々を圧殺しにきたか!

 ならば我らは今こそ、立ち上がるべき時を迎えたのだ!

 いざ征かん友たちよ(スパルタクス)! 目前には獅子を模した圧制の獣が吼え猛る!

 だが、示そう! 我らこそが圧制者の傲慢を食い破る叛逆の獣、スパルタクスであるのだと!」

 

()()()()()()()()、バーサーカー。

その鋼のような筋肉が躍動し、キマイラの突撃を正面から受け止めた。

獅子の牙や爪、バッファローの角が彼の肉体を損傷させるが、彼がそれを気にかける様子はない。

 

純粋な大質量。獅子の体躯が生む高速移動。そして鋭いバッファローの角。

それら全てが突撃の破壊力として発揮されるあれに、真正面から受け止めるという選択はない。

普通は。普通は。

 

ランサーですらもそういった対応は不可能だろう。

オルタや清姫であれば、言うまでもない。

 

イラ立ちながらオルタは視線をランサーに送る。

 

紅の魔槍が隼の顔を横薙ぎに払う。

火花を散らし、悲鳴染みた雄叫びをあげる隼の顔。

 

伸縮自在のカメレオンの舌。キマイラの尾が、ランサーを目掛けて伸ばされた。

一直線に向かってくるそれを横っ跳びに躱し、更に槍を一振り。

切断には至らぬものの、カメレオンの舌が火花を散らして大きく震えた。

 

「悪くねえ。獣狩り、ときたら若い頃の方が得意だったもんだが……

 狩り甲斐のある相手とやるのはいつだって歓迎だって話だ―――!」

 

たわむ伸び切った舌を潜り抜け、青の槍兵がキマイラの元まで駆け抜ける。

同時に奔る槍の穂先が赤い閃光を描き、キマイラの体に傷を入れていく。

 

「ははははは! さあ、友よ。今こそ圧制者を打ち倒す時!」

 

怯んだキマイラを、スパルタクスが強引に捻じ伏せる。

叛逆の疵獣と青い豹に囲われ、キマイラは押し込まれていた。

 

なるほど。

あれだけの立ち回りを演じる前衛が居れば、彼女や清姫は炎を飛ばしていれば決着だ。

―――なんて、納得できるはずがあるものか。

 

「アヴェンジャー! 聞いてるの!?」

 

「はいはい、分かってるわよマスター。後方火力支援でしょ」

 

「火力を出せなんて言ってないわよ!」

 

とにかく、意識を逸らすのが仕事だ。

ランサーたちの立ち回りを邪魔しないような動きで。

しかしキマイラの突進方向が、兵士たちの密集地に向くこともないように。

 

更に掴みかかってくるスパルタクスの足をカメレオンの舌が縛る。

それを力尽くで引きずり倒し、体勢を復帰させるキマイラ。

ランサーの離れない動きを鬱陶しく感じたか、立ち上がった体を大きく揺する。

 

その動作に応えるように水が、風が、吹き荒れて周囲に襲いかかり―――

 

その瞬間。水と風の壁をぶち抜いて、獅子の頭に一台のバイクが突っ込んだ。

顔面に突き刺さる圧倒的な速度の弾丸。ライダーブレイク。

喉から小さな鳴き声を漏らしながら、キマイラの体は後ろへと転がっていく。

 

もう兵士たちからは十分に距離も空いた。

あとは、あの巨体を仕留め得るだけの大火力で決めるだけだ。

 

「よし! ランサー、今……!」

 

「今ね! 行くわよ、清姫!」

 

ランサーの宝具で決めにいく、という心算だったのだろう。

投げ槍の方の彼の宝具であれば十分に仕留められると、戦闘中に推察はできている。

 

だがその彼らを追い越すように、オルタはいつの間にか清姫の手を引いて前に出ていた。

 

「はい?」

 

「え?」

 

扇子で口を覆って仕事は終えた、と考えていた清姫も驚きに目を見開く。

宝具を構えようとしていたランサーも手を止め、それを見届ける姿勢を見せる。

 

「アンタの宝具に私の宝具を上乗せする――――!

 ええ、出来るはずよ。私はファヴニールさえも従えた竜の魔女―――!

 竜とあれば、その属性を有効活用できないわけがない!」

 

「ファヴニール有効活用できてましたか? 貴女」

 

清姫の突っ込みを無視して、彼女は宝具解放の姿勢に入る。

どちらにせよキマイラに近くにまで引きずり出されてしまった。

通常状態の清姫では、あれだけの幻獣の相手など務まらない。

ランサーも邪魔をする気はなさそうで、清姫には彼女と一緒に宝具を使う道しかなかった。

 

「………仕方ありませんか。では、どうぞ御照覧あれ。

 火竜となりて、焼き討ちです。“転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)”!!」

 

「これぞ我が憎悪、我が裡より生ずる黒い炎! “吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)”―――!!」

 

その場において清姫の姿が、青き炎の竜に変生する。

彼女は宝具の解放をもって、幻想種の頂点といってもいい、竜種の域に一時的に踏み込む。

そしてそんな竜となった彼女の鼻先に、黒い炎が爆発的に燃え上がった。

剣とともに竜の魔女の紋章が描かれた旗を揮い、魔力を解き放つジャンヌ・オルタ。

 

竜と化した清姫が大きく口を開き、その喉の奥から青い炎を溢れさせる。

次の瞬間、吐き出されるドラゴンブレス。

青と黒の炎が混じり合い、大地に沈むキマイラへと殺到した。

 

立ちはだかるのは炎を消化する水と、吹き散らす風の二重障壁。

先程易々と防がれたその壁に直撃した炎はしかし、此度の衝突で拮抗した。

事実として清姫の変生だけが原因でなく、魔女の力が竜の力を向上させている。

 

「――――さあ、燃え尽きなさい!」

 

じりじりと防御を食い破られ、追い詰められていくキマイラ。

数秒の後、その巨体は青と黒の炎の螺旋に呑み込まれていた。

爆熱が周囲を焦がすほどの熱量。

 

それに完全に包まれたキマイラは、炎が晴れた後に横倒しになって転がっていた。

 

楽しそうにそれを見下ろすオルタ。

何やら暴れるのが楽しくなっていそうな彼女を見つめ、ジオウは小さく呟いた。

 

「……ウォッチに燃え尽きられたら困るんだけどなぁ」

 

清姫がその姿を人の身に戻す。

竜への変生は魔力の消費も、霊基への負担も大きい。

攻撃が必要ない状態になった、と判断したらすぐに解除する。

 

「はッ、どうよマスター! これが私の力よ!」

 

自信満々にオルガマリーに向けて胸を張るオルタ。

彼女は額に手を当てて、険しい表情で眉をひくつかせていた。

 

オルガマリー・アニムスフィアはいい。

彼女が支えているジャンヌ・オルタは、ある程度の魔力の浪費は許容される。

だが、藤丸立香のサーヴァントである清姫に浪費させてどうするのだ。

そう言ってやりたいのをぐっと堪え、オルタに問いかける。

 

「それで、わざわざ割り込んで前に出た理由は?」

 

「理由? そんなの決まってるでしょう。

 どんだけ私がここで兵士をただ転がすだけの仕事してたと思ってるのよ。

 いい加減に我慢の限界。溜まりに溜まっていたんだもの、しょうがないでしょ?」

 

あとあのイルカ見てたら腹が立った。などと供述するジャンヌ・オルタ。

……そもアヴェンジャーとは、我が身を顧みず自身が崩壊する事も構わず復讐に邁進する霊基だ。

破壊衝動を抑える、という行為自体がそもそも彼女の傷となる。

そう考えれば、仕方ないということもできる……

 

「おお、アッセイ!」

 

「ひゃっ……!?」

 

などと考えていたオルガマリーの目の前で、スパルタクスが復帰する。

咄嗟にジオウの後ろに飛び込むオルガマリー。

だが彼は、そのまま次の圧制者―――ジオウやオルガマリーでなく、連合の皇帝へと走り出した。

 

―――そうだ。とりあえず考えるのは後にして、あちらの皇帝をどうにかしないと……

 

「……ところでアンタ。ちなみに竜の首を増やせたりしないの?」

 

悩んでいるオルガマリーの前で、オルタは清姫に問いかける。

何言ってるんだこいつ、と言いたげな目で見返す清姫。

 

「増えるわけないでしょう。わたくしの首が二つあるように見えますか?」

 

「アンタが追いかけてる相手が二人に分身したらどうするのよ」

 

「――――なるほど、確かに。安珍さまが増えた場合わたくしも頭を増やす必要が……?」

 

謎の切り返しに対して、真面目に考え始める清姫。

下手したら、そのうち本当に増やしかねない。

悩んでいる清姫から視線を外したオルタは、自分もまた考え始める。

 

「ドラゴン型の黒炎……もしやるなら首は八本、は流石に無理か。

 でも首、三本は欲しいわね……出来るかしら……?」

 

何考えてるんだこいつ、と言いたげな目で彼女を見るオルガマリー。

あれ、本当にアヴェンジャーの破壊衝動関係あったのだろうか。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ジオウは倒れたキマイラに歩み寄る。

その体の表面が割れていき、中からぐったりしているキメラが出てきた。

バラバラに崩れていくキマイラの中から、ころりと落ちるウォッチが一つ。

それを拾い上げたジオウが、首を傾げた。

 

「あれ、色変わった?」

 

黒と銀だったウィザードウォッチ。

それが何故か、黒と金のウォッチになってしまっていた。

 

「顔も違う。誰?」

 

そのウォッチの表面に描かれているのは、魔方陣のクレストと2012の数字ではない。

もちろん、宝石の魔術師の顔でもなかった。

獅子を思わせる風貌。金の鬣と緑の目を持つ、初めて見る顔だった。

 

「おい、マスター。こっちがそうじゃねえのか?」

 

そう言ってランサーが拾い上げ、投げ渡してくるウォッチ。

それこそ正にウィザードウォッチ。

じゃあこれなに。

 

「こういうときには……」

 

辺りを見回す。ウォズは……出てこない。

こういうときこそ出てきてほしいのに。

 

「これがドライブウォッチ、ってわけじゃないよねぇ」

 

ブランクウォッチを持っていたわけでもないのに、出てきた新たなウォッチ。

ウォズがマシュにブランクを渡していた、ということはドライブは恐らくそっちになるのだろう。

今回はブランクウォッチもなく、いきなり湧いて出たウォッチだ。

 

「ブランクがなくても作れる?

 あとは……ウィザードの歴史から、これだけが分離したとか?」

 

考えていても仕方ない。とりあえず、次にウォズがきたら聞けばいい。

それをとりあえずホルダーに収め、ランサーに振り返る。

彼はくい、と首を立香達の戦場へと向けて振った。

 

―――そちらもまた、戦いの終わりに差し掛かっていた。

 

 

 

 

果たして彼の動きは、その外見から察する事など不可能な域にあった。

そのふくよかな腹に似合わぬ俊敏さで迫るカエサルが、ジャンヌの旗と剣を打ち合わせる。

 

「っ……!」

 

そのまま打ち負け、背後に押し返されるジャンヌ・ダルク。

更に追撃を仕掛けようとする彼の前に、マシュの盾が割り込んだ。

それを認識すると、嫌そうな顔をして彼は退く。

 

「また……!」

 

「剣が刺さるような盾でもなかろうが……やれやれ、盾に斬りかかるのは余り気が進まん。

 まして、その盾の持ち主が黄金の剣に近そうなブリタニアの縁者となれば、なおさらな」

 

呆れるように溜息を吐くカエサル。

彼の攻勢はマシュの防衛が入ると、途端に意識が逸れる。

あるいはその剣の由来に、その理由が秘められているのか。

 

攻撃を弱めたカエサルに対し、灼熱の剣を構えたネロが走り出す。

 

「僭称、連合皇帝よ! 覚悟せよ!」

 

「無論、覚悟なら戦地に来る前にしているとも。私も兵士も誰もがな」

 

突撃してくるネロから小さく目を逸らし、キマイラの戦いを見る。

キマイラはほぼ抑え込まれている。

兵士たちにも幻獣が無駄な被害を出すことはないだろう。

ただ、無血制圧を担っていたジオウがキマイラに回った以上、兵士たち同士の戦闘は不可避。

 

「やれやれ、さっさと降伏してしまえばいいものを」

 

「余が降伏など、するものか――――!」

 

思わずこぼれた兵士たちへの不満を、ネロが自身に向けられたと感じ激高する。

まあいちいち正す必要もない、とカエサルは言い返すこともしなかった。

カエサルの黄金の剣と、ネロの真紅の剣が衝突する。

 

ネロの表情が苦渋に歪むのとは対照的に、カエサルには余裕しかない。

 

「ぐっ、ぬっ……! 化け物めっ……!」

 

「言ってくれるな。こちらはこの現界に不満ばかりだと言うのに。

 大体なんだセイバーとは。剣を振るではなく、指揮を揮わせるべき英霊だろう、私は」

 

両腕で全霊をこめたネロの一撃。

それを片腕で構えた黄金剣で、軽く捌いてみせるカエサル。

弾かれるネロを、マシュが庇うように前に出る。

またもカエサルは嫌そうな顔をした。

 

「……まあ、皇帝として試すなどと言っていながら、私が食わず嫌いしていては示しもつかんか。

 では、盾持ちのサーヴァント。よく守れよ」

 

「え――――」

 

カエサルの手の中で、黄金の剣が光を帯びる。

その光に、マシュの体が一気に強張った。

即座に自身の魔力を防御に回す。盾に魔力が充填され、展開を開始する。

 

「――――“疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”!!」

 

発動する光の防壁。騎士王の聖剣さえ阻む、マシュの持つ最強の盾。

それを前に、カエサルは小さく口の端を上げた。

 

「私は来た」

 

彼の体が動き、光の盾の目の前まで踏み込んでくる。

 

「私は見た」

 

盾越しに彼は盾を支えるマシュを見据える。

自身の勝利を信じて止まない、絶対者の眼差し。

 

「ならば次は勝つだけのこと! “黄の死(クロケア・モース)”―――!!」

 

そうして彼は黄金の剣で一度、光の盾に斬り付けた。

一瞬の空白。マシュの意識が、思いの外軽い彼の宝具に困惑し――――

 

次の瞬間に、二回目、三回目、四回目、五回目―――

十、二十、五十、百――――

 

ありえない数の追加攻撃の衝撃が、その腕に襲い掛かってきた。

数えきれないほどの回数の負荷が、瞬きのような短い時間でかかってくる。

 

「ッぁ………!?」

 

マシュが盾を支えきれず、その身が後ろに吹き飛ばされた。

そのままネロの頭上を飛び越して、地面に叩き付けられる。

駆け寄る立香に、ネロを庇うべく前にでるジャンヌ。

 

片目を瞑り、黄金の剣を振り切っていたカエサルが一度息を吐く。

 

()()()()()()、とはこういうことだ。

 だが運否天賦(ギャンブル)はほどほどにな。私もかつて、それに負けてこの剣を一度失ったものだ。

 だから余り好きではないのだ、これは。賭けとは運ではなく術理で攻略するものだろうに」

 

「その運命さえ切り裂く、黄金の剣………」

 

「―――誇大広告だな。運命を切るのではなく、斬れるかどうかを天運に任せる剣である。

 私の栄光でもあるが、まあ揮うのを躊躇うのはそういうところだ。

 この私が剣を振るわねばならぬ時点で、それはどこぞの誰かに不手際があったのだろうよ」

 

ただ詰まらなそうにそう口にするカエサル。

だが、彼と対峙するネロの体は震えている。

 

「ガイウス、ユリウス―――カエサル。ローマが、皇帝を戴く以前の統治者――――!」

 

自身を見上げるネロの碧眼。

そこにある感情を逆なでするように、彼は大仰なまでな手振りで名乗り上げる。

 

「正解だな。名乗る前にバレてしまっては仕方ない。

 そうとも、私こそが貴様たちの名乗る称号。皇帝という名の祖たる男。

 ガイウス・ユリウス・カエサルである。

 まあ信じても信じなくてもいいが、少なくともお前の伯父すら私には傅くぞ」

 

冗談めかして彼が放つ言葉。

本物でしかない、と意識しているカリギュラの引き合いにだされ、ネロの顔が歪む。

分かっている。本物なのだ。

どういう理屈かはまるで分からなくても、カリギュラも、カエサルも。

 

あの黄金の剣の輝きは、正しくカエサルの威光を示した。

それに慄くネロ。

ジャンヌの後ろに庇われた彼女を見つめ、カエサルはその威光を翳しながら言葉を紡ぐ。

 

「肩の力を抜け。そして笑え。ネロ・クラウディウスよ、貴様は美しい。実にな。

 その美しさこそ、ローマが世界に誇る至宝として何より相応しい。

 ならば後は―――ローマよ、その勇気を示せ。ローマよ、その強さを示せ。

 ローマは美しい。ローマは勇猛である。ならば、ローマは勝者である―――

 ローマたる貴様がローマに相応しきそれらを我が前に提示した時、貴様は私を打ち倒すだろう」

 

彼の全身に魔力が漲る。その左腕を肩まで覆う大理石の巨腕が覆う。

霊基を己が魔力で限界突破させたカエサルが、ここにきて遂に吼えた。

 

「それが出来なければ、貴様にローマ皇帝たる資格がないということだ――――!!」

 

未だ立て直していないネロに向け、吼えるカエサルが怒涛の如く押し寄せた。

 

 

 




 
そもそも二章がネロの曇らせ展開が基本で書いてて辛いゾ
じゃあなんでわざわざブーディカまで曇らせてるんですかね…?
この曇らせは剛要素ですね間違いない。
 


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奴らはローマを“どうやって”滅ぼそうというのか0060

 
ローマ10話目……
まあ、20話まではかけずに終わるかな?
 


 

 

 

立ちはだかるジャンヌに対し、カエサルは剣を振るうでもない。

ただ大理石の覆われたその腕を振り上げて、彼女を大きく弾き飛ばした。

 

「ジャンヌ!」

 

立香の声が飛ぶ。

それと同時、弾き飛ばされながらもジャンヌが旗頭を地面に突き刺していた。

しなる旗棒。それを掴んだまま、体を跳ねさせるジャンヌ・ダルク。

その反動を利用して、吹き飛ばされた以上の速度でカエサルに跳ね返るジャンヌの体。

 

「なんと!」

 

空舞う体を蹴りの姿勢に変え、カエサルに突っ込むジャンヌ。

それを目撃したカエサルの視線は、ジャンヌの美脚やはためくスカートやらに吸い込まれる。

そのまま腹に突き刺さる蹴撃。

次はカエサルの巨体がボールのように吹き飛ぶ番だった。

 

地面を転がるカエサルの玉体。

彼は回転を停止しむくりと起き上がると、満足そうに肯いた。

 

「良い足、いやさ良い蹴りである。うむ」

 

「………はぁ」

 

決めてネロに向かってきたかと思えば、女体に釣られて転がってみせる。

困惑気味のジャンヌは一応溜め息混じりで賛辞を受けとった。

 

「ローマ皇帝ともなれば戦場であっても余裕あるものだ。

 男子たるもの、いついかなる時も美しい女の体に目を奪われる余裕くらい持っていて然るべき。

 というものだ。参考にするといい」

 

まるで悪びれた様子もなく、そう断言してみせる。

 

「貴様も()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。貴様が立っているのはどこだ?

 その先帝どもが築いた時代の頂点であろうが。

 さっさと立ち上がり、貴様は余のローマの下敷きとして役立った、くらいは言ってみせろ」

 

未だ片膝をつくネロに溜め息を落とすカエサル。

弾かれたマシュも復帰して、しかしネロの中には未だに強い迷いがある。

 

「貴様にとって私とは、カリギュラとはなんだ?

 敬愛する事と卑屈になる事を一緒にするな。現皇帝ネロ・クラウディウス。

 お前に問おう―――我らの命は、今のローマの礎となれたのではなかったのか?」

 

そこまで言われて、ネロは唇を強く噛み締めて一気に立ち上がった。

その碧眼には彼女の手にする炎の剣の如き、灼熱の意志が燃え盛っている。

ふむ、と彼女と目を見合わせるカエサル。

 

「―――そうとも。余こそがローマ帝国第五皇帝、ネロ・クラウディウス!

 先帝より否定されようと、余が今代のローマこそを史上、最も輝ける国と成す皇帝である!!

 他の誰が治めたローマより、余のローマこそが最も美しいと謳う者である!!」

 

「別に最初から否定はしていないがな。お前が勝手に落ち込んでいただけだろうに」

 

やれやれ、と肩を竦めるカエサル。

その彼の顔が顔から遊びを消し、ただただ気怠げな表情に変える。

次の瞬間、その体がネロの寸前まで迫っていた。

 

振るわれる黄金の剣。迎え撃つ隕鉄の鞴。

剣同士が打ち合った瞬間、ネロの体は後ろへと大きく吹き飛ばされていた。

 

「ァっ……!?」

 

腕が千切れたか、と思うほどの衝撃。それでも剣は放さず、悲鳴を必死に呑み干した。

吹き飛ばされたネロの背を、マシュの体が抱き留める。

大きく咳き込んで、体を震わせるネロ。

が、すぐさまマシュを振り解いて再び前へと走り出した。

 

「ネロ皇帝……!」

 

「はぁあああああっ――――!!」

 

爆炎を伴いながら振るわれる原初の火(アエストゥス・エストゥス)

それを黄金の剣で受け止め、容易に捌いてみせながら笑うカエサル。

 

「足らんな、まったく足らん。

 このカエサルに吼えた気概と勇気はまあよし。しかし強さがまったく足りぬ。

 これではネロのローマは脆弱だ、という誹りを免れぬ」

 

「ぬぅう……! ええい――――!!」

 

大上段から振るわれる炎の剣。

今度のカエサルは、それに対して剣を向ける事すらしなかった。

大理石の左腕が、その刀身を力任せに掴みとる。

 

「ぐっ………!」

 

そのまま思い切り投げ捨てられるネロの体。

今度はそれを、ジャンヌが受け止めてみせた。

先程のようにまた即座に走り出そうとして、しかし体が上げる悲鳴に膝を落とす。

 

「さあ、私をどうやって打ち倒す。お前がただ剣を振るうだけでは倒せないぞ?」

 

「――――だが、それでも余が自ら刃を届かせられねば意味がない……!」

 

落とした膝を再び上げて、彼女は走り出した。

そうして、再び剣が交差する。

―――その一瞬だけ、カエサルの腕が押し込まれる。

 

「――――ふむ」

 

「はぁあああああっ――――!!」

 

振り抜く刃。それを剣を回し、受け流してみせるカエサル。

ネロの返す刃。大理石の腕がそれを受け止める。

―――僅か、砕けた大理石の欠片が空に舞う。

 

「―――ネロ帝の攻撃が、通じて……?」

 

彼女が皇帝として見せる気迫に、割り込むべきでないと感じさせられる。

だが、もしもの時はすぐさま守りに入れる距離。

そんな場所から見守るマシュが、カエサルに通用し始めたネロの攻撃に困惑する。

 

いや、攻撃だけではない。

足運びも何もかも、先程までの人間としての動きから逸脱し始めている。

 

大理石の巨腕が横薙ぎに振るわれた。

それを潜り抜けた赤い影が、炎の剣を切り上げる。

黄金の剣が走り、赤い剣閃は弾かれ後ろに流されていく。

 

後ろに押し返される体。

地を足で滑りながら、ネロはただカエサルだけを睨んでいる。

カエサルの方は、自身に肉薄し始めたネロを見て少しだけ表情を緩めていた。

 

「ははは、ローマ皇帝らしくなってきた。と()()()()()、というところか」

 

「なにを……!」

 

「――――はじめに七つの丘(セプテム・モンテス)ありし。

 かつてこの地にローマを築いた建国の父は、生きながら神の席に祀られた。

 ローマとは人が築いた人の都市と文明であるが、同時に建国の人は神でもあった」

 

カエサルが斬り込む。黄金の剣に込められた覇気は、衰えない。

だが、それをネロは受け止めてみせた。

大きく後ろに押し込まれながらも、しかし吹き飛ばされずに鍔迫り合いを保っている。

 

「それが、一体なんだと……!」

 

「つまり、特定の条件下においてローマは神の国になるという話だ。

 ローマ帝国が神の国、というのならそれを治める皇帝が神秘を帯びるのは必然である。

 認められた、というのはそういう話だ。

 サーヴァントには抗しえぬ人の身、ネロ・クラウディウス。

 そなたは今、正しくローマの加護を受けてそこに立っているというわけだ!」

 

赤と黄金の剣が火花を散らす。

振るわれる大理石の握り拳。それを剣の腹で受け止め、ネロの姿が後ろに跳んだ。

 

「誰に認められた、などとはあえて口には出さぬ。

 気になるというならいい加減さっさとこの私を斬り伏せ、貴様の皇帝としての務めを果たせ!」

 

「―――――ッ!!」

 

両の手で剣を握り込む。彼女の生命力を燃やし、赤の剣が炎を上げる。

彼の言うローマの加護があっても、それでもなお彼女にカエサルの相手はまだ遠い。

余計なことに心を割いて、届くような相手ではないのだ。

ネロの瞳が炎を宿し、今はただカエサルだけを見据え―――

 

「ふははははははは! さあ、圧制者よ! 貴様らが潰える時がやってきた!

 強者の驕りはこの地に砕け、叛逆者たちはこの地で勝鬨を挙げるだろう!」

 

横合いから、満面の笑みを浮かべて筋肉機関車が現れた。

呆れたように表情から緊張感を落とすカエサル。

 

「いや貴様。私がせっかく美女に囲まれながらそれなりに楽しんでいるというのに貴様。

 そこに筋肉の塊が乱入とはどうかと思うぞ、私は」

 

「おお! 貴様こそが圧制の象徴! 体についた大量の贅肉こそがその証左!

 貴様こそが我らが打ち倒さんと命を懸ける、贅肉圧制皇帝に他ならない!」

 

「変な呼び名を付けてくれるな。後これは私のふくよかさの象徴である」

 

ネロと対峙しているにも関わらず、カエサルは仕方なしにスパルタクスに顔を向ける。

無視するような真似をすれば、彼であっても蹂躙されかねない相手だ。

――――とはいえ、長々と相手をしている暇もない。

これがこちらに流れてきた、ということはキマイラも落とされたのだろう。

 

ならば、選択肢は多くない。

ふぅと一度彼は小さな溜め息を落とし、気の進まないというような顔で剣を構えた。

 

「“黄の死(クロケア・モース)”――――ああ、まったく気が進まないが。

 だがやはり、先達として見せねばならぬ光景か」

 

「ふははははははははははははは――――!!!」

 

ネロを差し置いて駆け抜けるスパルタクス。

彼を迎え撃つために、カエサルは剣を構える。

そのまま視線も向けず、背後で待機している女神に彼は言った。

 

「女神ステンノ、勝者を讃えに行くがいい。この場にいれば巻き込まれるぞ」

 

「――――ええ。では、そのように。敗者、カエサル」

 

彼女の姿が霊体化し、そのままカルデアのマスターたちの元へ移動し始める。

 

それを察しながら、カエサルは迫りくる筋肉の壁に黄金の剣を走らせた。

彼が手にするのは、幸運が攻撃の成功を約束する限り無数の連撃を行う宝剣。

尋常とは思えぬ速さの剣閃が、スパルタクスの全身を切り刻んでいく。

 

――――腕、足、胴、頭。

体のあらゆる場所を切り刻まれても、しかしスパルタクスは止まらない。

それどころか、彼の宝具の効果により魔力を高めながら走り込んでくる。

しかしカエサルはなお、速度を上げて黄金の剣を奔らせ続ける。

それが――――

 

「―――まあ、先程のは出来過ぎていたな。こんなものだ」

 

スパルタクスは既に全身が切創だらけ。

それにより向上させた魔力で再生しながら、既に人のカタチを捨てた形状に変わっていた。

正しく筋肉の塊。

 

魔力と筋力の塊である肉塊と化したスパルタクス。

その彼に突き刺さった黄金の剣が、カエサルには引き抜けないような力で抑え込まれた。

彼の剣は()()にも、そんなかたちで停止することとなっていた。

 

スパルタクスの頭らしき部分で、眼であろう部分が爛々と輝いた。

 

「ふはははははは! 我が愛による抱擁で、圧制者を打ち砕かん――――!!

 “疵獣の咆吼(クライング・ウォーモンガー)”――――!!!」

 

スパルタクスの肉が、魔力が、膨張する。

余りにも分かり易い、()()の前兆。

 

既にジャンヌがネロの前に出て、その旗を掲げている。

宝具を一度解放した直後のマシュは、すぐさま立香を抱えてそちらに続いた。

 

「失礼。私もいれて頂けるかしら?」

 

ネロの近くで藤色の髪の少女がそう問いかけてくる。

立香の手が有無を言わさず彼女を引っ掴み、ジャンヌの背後へと引きずり込んだ。

守るべき相手が全員集まった、と判断したジャンヌが祈りを捧げる。

 

「我が旗よ、我が同胞を守りたまえ―――“我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)”!!」

 

ジャンヌが展開する光の結界。

彼女の有する守護を防御結界に転換する旗の宝具。

神の御業の再現がここになされる。

 

直後。

スパルタクスを中心に魔力の暴走が、光と熱となって周囲を舐め尽くした。

 

 

 

 

「っ、やはり何か彼とは相性が悪かったような……」

 

ジャンヌがぼんやりとした何かを呟いて、爆心地を見やる。

 

スパルタクスの受けたダメージを魔力に変え、破壊力に転じる彼の宝具。

カエサルの剣は対人宝具であり、高威力の対軍・対城宝具ではなかった。

だからあの宝具の威力は天井までは届かなかったはずなのに、この破壊力だ。

 

彼女たちの戦いと他の皆が離れた位置で助かった。

 

爆炎とともに立ち上っていく黄金の魔力の残滓。

それはサーヴァントの退去の光に相違なく――――

 

しかし、その炎の中でカエサルは気怠げな表情を浮かべて立っていた。

 

「やれやれ、だから運任せになどするべきじゃない。

 いくらリターンが大きかろうが、負けた場合はこんな有様では話にならん」

 

大理石の腕は砕け、彼の半身は炭化している。

退去したのはスパルタクスだけだ。

彼は何の事もないように、炎の中からネロへと視線を送る。

 

「さて。お前の配下が与えた傷だ、そのまま勝ち名乗りをする資格もあるが?」

 

彼は半分焼けた腕でしかし、黄金の剣ばかりは手放さなかった。

とはいえ、既に戦いを継続する力が残っていないのは明白だ。

そんな彼を見据え、ネロは再び剣を構えた。

 

「――――――征くぞ、僭称皇帝カエサル!」

 

「そうか。では全霊で迎え撃つとしよう。

 来るがいい、ローマ帝国第五皇帝、ネロ・クラウディウスよ」

 

自身の前にいたジャンヌを追い越し、ネロの体が疾駆した。

相手が半死半生の有様である、などと思い上がりはしない。できない。

ただその一撃に、全身全霊を込めて走り抜ける。

 

彼の剣の冴えは、もはや欠片しか残っていない。

それを死力をもって潜り抜け、炎に燃える剣を彼の胸に突き立てる―――

胸を撃ち抜き、背へと突き抜ける赤い切っ先。

霊核をその一撃で粉砕された彼の血が、そのまま金色の魔力の粒子に還り始める。

 

「うむ、よくぞ成し遂げた」

 

「………余が……成し、遂げた……?」

 

カエサルを貫きながら俯くネロが、その言葉を繰り返す。

納得などどこにもない、というのが明白だった。

 

「お前は立ち上がった。お前は立ち向かった。

 そして今、この決着の場において立っているのは私ではなくお前だ。

 それを勝利と言わず何と言う。そして、かつての皇帝に勝利したのだ。

 それを偉業を成し遂げたと言わず、いったい何を偉業とする」

 

「だが、余は、このような………!」

 

カエサルには片腕しか残っていない。その手は剣を持ち、塞がっている。

彼女を撫でようと思っても、空いている手がなかった。

死に際にこの剣を放るわけにもいくまい、と小さく溜め息を一つ。

 

まあ、彼女を撫でるのは未だ放蕩している彼女の伯父に任せるとするか、と。

 

「まあ、納得がいかないと言うならそれもよし。

 この先、貴様が私が羨むほどにローマを富ませて、誇るがいい。

 己はカエサルを超えるローマの皇帝であるのだぞ、と。

 ではな。ローマの至宝、美しき赤薔薇の皇帝よ。よく生き、よく治め、よく誇るがいい」

 

そう言ってそれなりに満足したと言いたげな彼の姿は、完全に魔力残滓へと還っていった。

貫いた彼の感触が剣から消える。

だというのにネロは、剣を突き出したその体勢のまま、ただ俯いていた。

 

 

 

 

「ガリアは連合ローマなるものたちより、正しき皇帝!

 このネロ・クラウディウスの手に戻った!

 この勝利こそが、余こそが真の皇帝であるという証立てとなるだろう!」

 

彼女は自身の本当の顔を隠し、兵たちにそう叫ぶ。

沸き上がるローマ兵士たち。

敵将こそカエサルと知る、捕縛された連合ローマの兵たちもまたそれに慄いた。

スパルタクスはカエサルと共に消滅したが、それでも圧勝という形だったのは疑いない。

 

そんな彼女の演説の最中、オルガマリーは目の前の女神の話を聞いていた。

カエサルに捕らわれていたという、少女の姿の女神・ステンノ。

 

「連合ローマ、首都?」

 

「ええ。貴女たちの求める聖杯はそこにあるわ」

 

『女神ステンノ、貴女もその聖杯に呼ばれたサーヴァント……なのでしょうか?

 通常、サーヴァントというのは神霊は呼べないものなのですが……』

 

ロマニの疑問。それに同意するように、オルガマリーもステンノの返答を待つ。

彼女は少しだけ悩むような仕草を見せる。

 

「私は今、純粋な神霊ではなくある種の分霊の状態なの。

 本来の神核と別のものを合わせることで、サーヴァントという規格にねじ込めるようになっているのね。私の場合、そのおかげで本来存在しないある程度の戦闘能力まで備わってしまったけど」

 

『戦える、のですか?』

 

困惑するようなロマニの声。

それに、にっこりと天上の笑顔を浮かべて、ステンノは一言。

 

「戦いませんよ? それとも、貴方は私にそんな野蛮なことをしろと仰るの?」

 

『あ、はい。ごめんなさい』

 

通信先で縮こまるロマニ。

その反応を楽しみながら、ステンノは問われたことに答えていく。

 

「それはそれとして、何故呼ばれたかだったかしら。

 何故私が、という理由は分からないけれど……神霊が呼ばれた理由は分かるわ」

 

「それは、一体……?」

 

「戦いの場でカエサルも言っていたでしょう?

 ……ああ、貴女たちは聞いていませんでしたね。

 ローマという都市は、条件を整えれば神の都となりえる土地だと。

 その条件が満たされている。だから、この時代に神が降りてくる。ただ、それだけ。

 連合ローマ首都は、あくまで仮の宿。

 この地に降り立った神が、ローマではない場所に新たに建てた違うローマ。

 だから、降りてくる神もサーヴァント化した私のような神程度だったのでしょう。

 けれどもし、その神が本来のローマ首都に遷都したとしたら――――」

 

ステンノが語る、この時代の状況。

その言葉の中に出てくる、神という呼び名の存在。

あえてその存在の名を出さない理由。

オルガマリーは、小さく首を動かして兵士たちに声をかけるネロを見る。

 

『神代の再現、になると?』

 

「いいえ? 再現、なんてお遊びじゃないわ。

 ―――神代の再来、よ。本来人と神の別れはもっとずっと前だったでしょう?

 けれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 神の遣わした人と神の楔の役目を肩代わりできてしまう。

 もちろん、彼本人にはそんなつもりは一欠片もないのでしょうけどね」

 

そう語るステンノの言葉に、オルガマリーが反応する。

 

「そんなつもりがない? 連合皇帝の……その、トップに?」

 

「ええ。彼はあくまで聖杯に導かれたサーヴァントとして、マスターの指示に従っているだけ。

 マスターの名は……何と言ったかしら?

 ええと、緑色の服に帽子を被った男だったのは覚えているのだけれど」

 

さあ、とオルガマリーの顔から色が引いていく。

そんな恰好をして、この地でマスターなどという位置につく存在など―――

一人しかいないではないか。

 

「レフ……ライノール……」

 

「そんな名前だったかしら? まあ、そうだったかもしれないわ」

 

唇を噛み締めるオルガマリー。

彼女はそんな様子だろう、と予想したロマニがステンノとの会話を繋ぐ。

 

『神代をその時代に再来させられれば、人と神のパワーバランスが決壊する。

 人の時代を開始したにも関わらず、そこで土台を引っ繰り返されるも同然だ。

 文明、文化の温床であるローマが神代に引き戻されれば、人の文明が始まらない。

 つまりは人理焼却の完成だ』

 

「――――でも、なぜ。皇帝ネロの抹殺。この時代のローマの崩壊。

 それだけで十分に人理の崩壊に繋がる行為のはずなのに。

 神代の再来だなんて、そんな大それた……」

 

()()、ではないかしら」

 

レフのことを一度頭から締め出すオルガマリー。

その問いに、ステンノは素直に回答をくれた。

実験? とオルガマリーの口がオウム返しに同じ言葉を呟いた。

 

「必要もないでしょうに、あのレフ? だったかしら。

 あの男がこの特異点に滞在していること。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ―――本命は、ここで実験した上でもっと前の時代での神代の再来なのではなくて?」

 

「――――七つの特異点の中に、本命と呼べるものがある……?」

 

『七つの人理焼却の楔となる特異点……

 なるほど、確かに。こちらがただ一つでも修正できなければ、人理焼却は達成される。

 なら、一つを本命にして別で実験を行うという戦略はありえなくはない、か』

 

二人がステンノから提示されたその結論に顔を渋くする。

特異点攻略中には、シバの観測性能はレイシフト状況の観測に割いている。

新たな特異点の特定に回す余裕はない。

だが恐らく―――その本命とやらは最後の最後、一番巨大な特異点となるだろう。

そのことが容易に推測できた。

 

 

 

 

「うん。あたしはガリアの総督として纏めなきゃいけないからね。

 ほら、スパルタクスも脱落しちゃったし……

 まあ、あいつの場合いても戦い以外の仕事はできないんだけどさ。

 とはいえ相手の首魁に痛打を叩き込んだんだ、笑ってよくやったって送ってあげなきゃね」

 

消えてしまった同僚のことを、わざとらしく茶化すブーディカ。

彼女はガリアの防衛に残るということらしい。

これから正統ローマ軍は、ステンノからもたらされた連合首都の攻略に入る。

そのために一時ローマ首都に帰還し、軍備を整えて、今度は連合首都への行軍だ。

 

最終的に連合首都に攻め込む際はまた合流する事になるだろう。

だが、一時ここでお別れということになる。

 

「―――その……また、会える時を楽しみにしています、ブーディカさん」

 

「あはは、軍の再編が済んだらまたすぐに会うことになるからね。

 ――――うん。でも、あたしも楽しみにしてるよマシュ」

 

ブーディカの腕が、マシュを抱きしめる。

かぁ、と頬を赤くしながら彼女もまたブーディカの体に腕を回す。

 

マシュ・キリエライトは強くそう願い、まるで自分には無い人間の関係性。

母親、のように感じる彼女の抱擁を愛して願う。

この優しい抱擁を、この特異点から去る最後にまた交わせるように、と。

 

 

 

 

「それで、どう思う?」

 

「どうもこうもないだろう。勝つ必要もない。

 彼のカエサルさえもそうやって、自身の望みすら放棄して撃破された。

 マスターには逆らえんが、だからといって指示以上の何かを要求はされない。

 適当に戦い、適当に散ればいい」

 

連合ローマ首都防衛軍。

その指揮を任されている二人のサーヴァントが、歩みながら言葉を交わす。

 

長髪に眼鏡、着衣はスーツ。

などという、戦場において目を疑うような恰好の男は、呆れるように言葉を吐いていた。

やる気などというものはどこにもない。

何せ彼らの目標は人理の崩壊。彼らの望みとは程遠い。

 

赤髪の少年王が彼を見上げ、彼もまた呆れるように言葉を口に出す。

 

「まあ最終的にはそうなるだろうとして。

 そっちじゃなくて、もう一つの方。分かってるくせに」

 

「第三勢力のこと、というなら情報が足りなすぎる。

 まあ、あの怪物の存在については、おおよそ検討はついている。

 どういうギミックかは分かる。ただ、何故そんなことをしているかがまるで分からん。

 仮面ライダー、だったか。その概要が分かれば、そちらも解けるかもしれんがな」

 

赤髪の少年は目をぱちくりと瞬かせ、驚いたような表情を浮かべた。

その直後、嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

「凄いじゃないか、先生。僕にはまるで見当もつかないのに」

 

純粋な憧れの視線。それにバツが悪そうな表情で顔を逸らす男。

 

「あんな手品は用意されている道具を知っているか、いないかだけの問題だ。

 私とて私の知識を補足する軍師の霊基がなければ、あれの原因すら理解できなかった。

 君だって……いや、何でもない。これはどうでもいい話だった。

 どちらにせよ、あれを引きずり出すために狙うべき相手なら、君にも分かるだろう」

 

「おっと。テストかい? なら僕は、女王ブーディカ、と考える。

 彼女ならついでに皇帝ネロも引きずりだせるだろうしね」

 

楽し気に答える少年。それに、表情を変えずに男は答える。

 

「まあ、正解だな。それで、怪物と皇帝ネロ。どっちを狙うつもりだ?」

 

「もちろん、どっちもだ。欲張りにいかないとね?

 両方が戦場に揃ったら――――そうだな、僕の臣下にならないか訊いてみる、とか。

 楽しいかもしれないね」

 

くすくすと笑いを漏らす少年に、男は呆れ混じりにただ一言。

 

「―――やめてくれ」

 

そう言う彼の呆れた声は、少しだけ嬉しそうな表情から紡がれていた。

 

 

 




 
スパPが死んだ!
(そもそもセプテムはバーサーカー多すぎだし一人くらい……消してもバレへんか)
孔明は何故そんなことを? という理由は分かっていませんが、アナザードライブ周りのこと全部理解していますし正解です。
はわわの力だけでなく、はわわとエルメロイⅡ世がベストマッチした結果です。
 


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王は“どこ”を蹂躙制覇しようというのか0060

 

 

 

ガリア奪還を成し遂げ、ローマ首都へと凱旋した正統ローマ軍。

すぐさまに軍の再編、というわけではない。

ローマ市民たちは勝利者たる皇帝ネロを讃え、そして祝勝の祭事が執り行われていた。

 

戦時中とはいえ、いや戦時中だからこそ。

国民や兵士のガス抜きにもなるそこを疎かには出来ない、ということだろうか。

その執政を外野から眺めているしかないカルデア組。

彼らは、功労者として宴に最低限は顔を出しつつ、確かめるように現状の確認に終始していた。

 

『ふむふむ。それでライドウォッチを食べたキメラが通常種とは違う、別のキメラになったと』

 

通常種と違うキメラって何だ、と思いつつ鷹揚に肯くダ・ヴィンチちゃん。

ネロ帝より貸し与えられた、彼女の屋敷のオルガマリーのための部屋だ。

今回は映像つきの通信で会話をしている。

 

それはそれとして、まあキメラと言う名は合成魔獣全般そうと呼ばれるものだ。

どんな混ざりものであったとしても、別におかしくないとは言える。

ただ、今回の場合は魔術の産物である合成魔獣ではなく、純粋な幻獣のキメラだったはずだが。

 

「うん。元に戻ったキメラはステンノに言われて、地中海の島に帰ったらしいよ」

 

そう言って新たに手に入れたライドウォッチを見るソウゴ。

ステンノに従う幻獣は、その役目を終えて住処に帰ってしまったらしい。

 

「意外といい子だったね」

 

「フォッ…」

 

しみじみと呟く立香。

元に戻ったキメラはさほど気性も荒くなく、ステンノにはよく従うペットであった。

彼女も帰る前に獅子の毛並を堪能させてもらった。

立香の肩の上で、フォウが鼻で笑うように一つ鳴く。

 

同じようにその毛並を堪能し、無理に笑うネロの姿がまた辛そうでもあったが。

 

『まあ、そのキメラが良い子か悪い子かは置いておいて。

 つまりそのライドウォッチが何か、という話だ。仮面ライダーキメラとか?』

 

「押せば名前呼ぶんじゃないの?」

 

ウォッチとはそういうものなんじゃないか、という立香の言葉。

言われて、ウォッチのリューズを押し込もうとしてみせるソウゴ。

だが、それでウォッチがウィザードのように名を告げることはなかった。

 

『……使えないのかい?』

 

「うーん……武器につけたりすれば使えるのかな」

 

恐らくエネルギーはちゃんと内蔵されているのだ。

それを引き出すことが出来るかは、ちょっと分からないが。

 

『それで、それは君の言う二十人の中に入らない仮面ライダーだ、と』

 

「うん。多分ウィザードウォッチから分離しただけで、違う奴なんだと思う」

 

そう言われて考え込むダ・ヴィンチちゃん。

彼女もまた、()()()()()()()()()()()()()()この顔が混じっている憶えはなかった。

代表的な存在が二十人であり、その他にも存在するということだろう。

だとすれば、その獅子のような仮面ライダーはウィザードの歴史の中の存在であるということか。

 

『なるほどね。ふーむ……』

 

今のところ―――ジオウは時計、歴史を司る能力を有している。

それがジオウのものか、あるいは常磐ソウゴのものであるのかは置いといて。

そして、ドライブはアナザーの能力を見る限り自動車、タイヤであろうか。

タイヤは空を飛ばしたりするものではないと思うが。まあ、それはそれとして。

ウィザードは宝石あるいは指輪。そして―――あえてここは魔法と呼ぼう。

だとすれば、仮面ライダーキメラ(仮)の能力もまた、魔法に類するものなのだろうか。

 

少なくともウィザードは竜種。

キメラ(仮)はキメラという幻想種の力を有しているのだろうし。

 

あるいはウォズならば答えを知っているのかもしれないが……

まあ、どうせ答える気もないだろう彼を頼ってもしょうがないだろう。

 

「……それが分離してウィザードのウォッチが使えなくなった、というわけではないんでしょう?

 なら、もうそれはいいでしょう。役に立つ、と言うなら使えばいいだけよ」

 

ダ・ヴィンチちゃんが主体となっていたこの場。

それをオルガマリーがそんな風に言いながら、流れを変更しようとする。

苦笑しながらダ・ヴィンチちゃんはその意見を通した。

 

『では、女神ステンノから得た情報も含めて、我々の最終目標を確認しようか。

 連合ローマ首都にあるという聖杯の回収。

 及び、その地にいるというレフ・ライノールの捕縛。もしくは撃破だ』

 

彼女が口にしたその言葉に、小さく目を伏せるオルガマリー。

 

「そういえばステンノは?」

 

「ローマの人間を見て回りたい、って言ってたよ。

 一応、ジャンヌにお願いしてあるから大丈夫だと思うけど」

 

こちらが得た情報源の姿を探すソウゴに、立香が教えてくれる。

 

『カエサルの様子を見て、ステンノからの話を聞く限りの話だが。

 根本的に、相手サーヴァントは従わざるを得ないからやっているだけ。

 連合の首魁さえも、人理焼却に積極的に加担したいと思っているような相手じゃないらしい。

 まあ大抵の英霊はそうだろうと思うけどね』

 

「でも、レフ・ライノールさえ止めれば他のサーヴァントとも戦う必要もない……

 とはならないよね」

 

立香の問いに、ダ・ヴィンチちゃんも首を縦に振る。

 

『レフが簡単に前に出てくるとは思えない。

 結局のところ、彼の従えるサーヴァントを突破していく必要はあるだろう。

 女神ステンノが把握しているサーヴァントは他にいなかったが……

 戦力が誰もいない、なんてことはないだろう』

 

「まあ、そうなっちゃうよね」

 

ふぅ、と小さく溜め息を落とす立香。

アナザーライダーも今度いつ仕掛けてくるかは分からない。

だからこそ、彼女だって折れていられない。

気合を入れなおして、その場の細かい話を煮詰める会議に参加する。

 

と言っても、大体は所長とダ・ヴィンチちゃんの話を聞いているだけなのだったが。

 

 

 

 

連合皇帝カエサルを打倒し、正統皇帝ネロの手に取り戻したガリア。

祝勝の気配も冷めやらぬその都市の中。

人目にはつかぬだろう路地の中で、この街を統治する軍の総督。

 

女王ブーディカが、地面に這いつくばらされていた。

 

周囲にはローマ兵たちが何人か、気絶させられている。

だが死んでいるものはいないようだ。

 

「くっ………!?」

 

剣を杖替わりに、何とか立ち上がろうとする彼女。

その頭上から少年の声が彼女へと向けられた。

 

「悪いね。戦勝の宴に邪魔をするようなタイミングで」

 

黒い肌。ただの馬ではありえない、巨大な馬身。

圧倒的な風格を有する英霊馬。

しかしそれに騎乗する線の細い少年が、その名馬以上の威風をもってそこに君臨していた。

 

「スパルタクスが脱落していて助かったかな。

 彼がいたら流石に僕一人で貴女を攫う、というわけにはいかなかっただろうし」

 

ガリア決着からほぼ間を置かず、彼は()()の許可を得て連合首都から走り出した。

通常ならあり得ない速度での、ガリアへの強襲。

だが、彼の宝具たる名馬ブケファラスはそれを易々と踏破した。

 

それが出来たのも、ガリアにいるサーヴァントがブーディカのみ。

彼を見かけたら問答無用で戦闘行動に入るだろう、スパルタクスがいなかったおかげだ。

そうでなければ、彼の軍師も単独行動の許可は出さなかっただろう。

 

「あたしを、攫う?」

 

「そう。どうだろう、女王ブーディカ。僕と一緒に着いてくる気はないかい?」

 

困惑するようなブーディカの声。

そんな彼女に、微笑みながら言葉を向け続ける。

 

「見ての通り僕は今、連合皇帝側だ。セールスポイントとしては……そうだな。

 僕に攫われれば、守るためにも滅ぼすためにも戦わなくてよくなる、とか?

 あと、そうだね。僕は君の身柄を利用して皇帝ネロに一手仕掛けてみたいと思ってる。

 僕がネロを攻撃するための武器になってみないかい?」

 

ぴくり、とブーディカの肩が揺れる。

余り褒められたことではないな、と思いながら彼は苦笑した。

 

「ネロ、を……」

 

彼女の俯いた顔に、様々な感情が浮かんでは消える。

その複雑に絡まり合った感情が、爆発するその瞬間――――

 

―――直上から、赤い鎧の怪人。アナザーライダーが彼女の前に出現した。

地面を粉砕しながら着地したそれが、赤髪の少年王へと顔を向ける。

 

「っ………!」

 

「ん、来たみたいだね。なるほど、先生の言ってた通りの仕組み……なのかな?

 傍から見ても分からないや」

 

それの登場に唇を噛み締めるブーディカ。

 

少年王は特に表情も変えず、微笑みながら剣を抜く。

ゼウスの子としての祝福。神の雷が彼の体に迸る。

ブケファラスもまた、それに合わせて荒く鼻息を噴き出した。

 

「ま、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

そう言って紅顔の美少年が、凄絶な戦士の顔へと切り替わり――――

 

ガチリ、と周囲一帯を停止させる時空の支配に見舞われた。

突撃姿勢になっていた馬上の少年の後ろから、一人の男が歩いてくる。

彼はそのまま少年には目も向けず、アナザーライダーまで歩み寄った。

 

「勝手なことを。貴様の出番にはまだ早い」

 

そう言って男はアナザードライブの肩を掴み、二人揃って光に包まれる。

次の瞬間にはどちらの姿も消え、時空は正しい流れを取り戻していた。

 

突如現れ、消失した相手たち。

動けるようになった少年は、小さく感心するようにその場で唸った。

そして消えた二人と違い、取り残されたブーディカを一瞥する。

 

「―――そういうわけか。そっちが最終目的、というわけだね。

 いいのかい、女王ブーディカ。このままでは君は……」

 

立ち上がることもせず、ただ乱れた感情に振り回されている彼女を見る。

少年王の問いかけに、彼女は血を吐くように返答した。

 

「――――分かってる、分かってるんだ。そんなこと……

 けど―――! 止められない……!」

 

その返答を受け、彼は一度目を瞑る。

再び目を開いた時には、彼の顔からは大神の色は消え失せていた。

 

「………まあ、だというなら仕方ない。じゃあ、僕に協力してくれればいい。

 皇帝ネロを試し。星見の魔術師たちを試し。そして負けるだろう戦場でね。

 僕の前に君を置いて行った、ということはあの連中もそれが望みなんだろうし」

 

再び顔に微笑みを浮かべ、彼は馬上より地面に降り立った。

 

「ネロ、を……マシュを……?」

 

砕けそうな心を、必死で抑え付ける。

既に彼女の心はぐちゃぐちゃだ。

ネロは許せない。ローマも滅ぼしてしまいたい。

 

でも、彼女の国には未来がある。その未来に消えて欲しいはずがない。

マシュは愛すべき未来の子だ。あの男に従わされている者だって。

―――いいや、従わされているのではない。

ブーディカを守ってくれているのだ。その身を堕とされて、なお。

 

「―――女王ブーディカ。せっかくなら信じてみなよ。

 君が復讐を果たしたいと願うなら、復讐の炎にその身を窶してもいいのだと。

 きっと。君が愛する未来の子たちが、その暴虐を止めてくれるだろう、と」

 

「――――――でも、あたしが……! そんなことになったら……! もう……」

 

泣きそうな顔で胸を抑え付けるブーディカ。

それを困ったような顔で見つめる少年が、頭を掻いてみせる。

 

「やれやれ。連合ローマの皇帝たちは、この異常の中で未来の皇帝へと託してみせるんだ。

 ブリタニアの勝利の女王(ブーディカ)。君も覚悟を決める時だろう?

 君から見ればやがて訪れる未来の騎士。

 それを宿した無垢な少女に、君が抱いた悪しと思う感情さえ託してあげるべきじゃないかな?」

 

「この、感情さえも……?」

 

震えるブーディカ。

煮詰まった憎悪をマシュに、と言われ彼女の顔が歪む。

だが、少年王は彼女への言葉を止めるような事はしなかった。

 

「それを無垢な少女に預けるには、重いだろうと感じるのは当然だ。

 けど、君は既にそれ以上のもの。彼女への愛をとっくに託してあげたのだろう?

 なら、きっと大丈夫さ。愛も、憎悪も、間違いなく君の想いだ。

 だから信じてあげると良い。その娘は、君の想いを正しく受け止めてくれる人間なのだと」

 

ブーディカの表情が一際大きく歪み、顔を伏せた。

そこで少年王の隣に、遠隔視のための使い魔が到着する。

 

彼の軍師が各地に飛ばしている使い魔だ。

ローマ各地の戦場の情報収集は、ほぼこれで賄われている。

彼の軍師は自身の魔術がこれほどの精度を発揮することに、酷く渋い顔をしていた。

 

神仙に近い視点を持つ霊基のおかげで、本来大した事のない彼の魔術は大分性能が上がっている。

自身に関係ないところで優秀な能力を得てしまった……

なんて悪態を吐く軍師の姿を思い浮かべて、少年王は使い魔に向けて小さく笑う。

 

「まあ、これで彼女たちの憂いも恐らく晴れるだろう?

 相手の計画に乗せられてるだけ、っていうのは気に食わないし……うん。

 さて――――僕たちも戦場の蹂躙を始めようか」

 

軍師に王からの勅命が下る。

物言わぬ使い魔から、同意を示す熱量を感じて少年王は微笑みを深くした。

 

 

 

 

「ブーディカさんが!?」

 

「………うむ。今し方、伝令が入った。

 ガリアに黒い巨大な馬を駆る少年が現れ、ブーディカを連れ去った、と」

 

ネロに呼び出され、オルガマリーたちが顔を出してみればそれだった。

勝利に浮いていたガリアの防衛を駆け抜け、総督であるブーディカを誘拐。

当然、サーヴァントであるブーディカにそんなことができるのは……

 

「連合ローマのサーヴァント。相手はライダー、ということかしら」

 

「……………」

 

ネロが、沈痛な面持ちで椅子に深く体を沈めた。

その様子に清姫が一瞬だけ反応し、しかしすぐに視線を逸らした。

 

清姫が反応したことに、オルタが僅かに目を細くする。

虚偽やそういう話なら、彼女は吼え猛っている。つまり、そういう話ではない。

ネロ・クラウディウスの精神状態がもう限界なのだろう。

清姫というサーヴァントは狂人の割に、そういうところには敏いから。

 

立香は目を揺らすマシュの肩を抱きに行く。

また会おう、と言って別れた相手が敵の手に落ちた。

彼女には大きな心労だろう。

 

「―――ちなみに、ランサーはどう思う?」

 

小声で後ろに控えるランサーに問うソウゴ。

わざわざ小声で問われたからには、彼は本音であっさりと答えて見せた。

 

「攫ったってことは使いたいんだろ。皇帝ネロへの精神攻撃ってヤツだ」

 

「だよねぇ。あとは……」

 

肩を竦めるランサーに、思った通りの返答でソウゴが溜息を吐いた。

一応、ランサーは自分の言葉を補足する。

 

「ブーディカを攫えば、同時にアナザーライダーの問題がついてくる。

 相手が勝手に自爆する可能性もなくはねえが」

 

「………俺は、それも含めての話な気がするな」

 

目を細くして、小さな声でそう呟く。

カエサルは連合はアナザーのことは知らない、と言っていたそうだが。

このタイミング。どうにも、きな臭いというか。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……坊主が呼んだらあのウォズってのは来ないか?」

 

「俺がウォッチを拾ってもこなかったんだからこないよ。

 多分、今は出てきたくないんだ。今、俺の前に出たらスウォルツにしてやられると思ってる。

 そう考えると……きっと、連合の首都に入る前にアナザードライブとは決着つくのかな」

 

ソウゴは声の調子を変えずにしかし、明らかに言葉に含む感情を変えた。

ランサーが片目を瞑り、彼の様子にやれやれと肩を竦める。

 

―――あるいはこれが、あのウォズの言う“魔王”として極まっていく過程なのかもしれない。

そう思いながらも、しかし彼はソウゴを止めようとはしなかった。

 

「………マスター。いいかしら?」

 

「アヴェンジャー?」

 

ソウゴとランサーが声を潜めて話している間。

オルタもまた、オルガマリーに小声で言葉をかけていた。

そのようなことをしてくるとは思わず、思わず怪訝そうな表情を浮かべるオルガマリー。

 

「………いい加減限界よ、あの皇帝。ただの精神失調だけならまだいいわ。

 でもアイツ、今はローマの加護とやらでローマが祖とする神霊に引きずられてる。

 精神が崩れれば、そのまま肉体まで別物になって崩壊するわよ」

 

カエサルとの戦いで見せた、ネロの体の変調。

それは強くなっておしまい、などという都合の良い力ではない。

生命体としての枠組みから大きく外れる、魂への干渉だ。

 

高次の魂としての予兆を見せるネロは、その精神こそが健康状態に直結する。

今のような精神状態では、すぐに衰弱してしまうだろう。

 

「――――とはいえ、止めて聞く皇帝でもないでしょう。

 とにかくまず、ブーディカの救出を念頭において……」

 

分かっている。

そう言い返そうとした彼女の肩を、オルタの手が掴む。

彼女の眼差しには遊びも、嗤笑も、どこにもない。

 

「私は救出じゃなくて打倒になる、って言ってんのよ。

 ―――言ったでしょ。アナザードライブはブーディカ。

 戦場に連れて行けば、それを知るわよ。アイツは。あれ、()()()()()()?」

 

「――――――っ」

 

ここにきて、再び彼女に判断が委ねられる。

サーヴァントを信じるか、否か。

彼女がどんな答えを出しても、皇帝ネロの行動は変えられないだろう。

連合ローマの目的はネロで。アナザードライブの目的もネロで。

この特異点はネロ・クラウディウスが中心の舞台だ。

彼女を外に締め出すことはできないだろう。

 

だが、自分たちのとるべき行動はきっと大きく変わってくる。

だから、彼女は――――

 

 

 




 
ウェイクべゼルは動かないライドオンスターターは押せない。
そんなサウンドライドウォッチくん。おじさん直して!
 


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守護者の守りは“どこまで”届くのか-0480

 

 

 

「――――ブーディカに関する話?」

 

「はい。皇帝陛下に知っておいて頂きたいのです」

 

オルガマリー。果たして彼女は、オルタの言葉をある程度噛み砕いて、それが現状最も真相に近いものだろうとネロへと伝えることに決めた。

最悪、彼女が変調してもこの場でならオルガマリーが治療を行える。

魔術師としてのスキルも持つクー・フーリンがいれば、十分対応は可能なはずだ。

ローマ軍は一時的に完全に機能を停止し、連合への侵攻は大きく遅れるだろうが仕方ない。

 

「よい」

 

「え?」

 

そう思っていたオルガマリーの言葉は、ただ一言で伝えることさえ拒否された。

ネロが色の無い表情のまま、オルガマリーを見つめ返す。

 

「よいのだ」

 

もう一度、自分に聞かせるように繰り返すネロ。

そうしてから、彼女は椅子から立ち上がりカルデアの面々を見渡した。

 

「ブーディカの救出に向かう。余の軍の幹部である奴を攫ったのだ。

 連合ローマは、より一層苛烈に攻めたててやらねばなるまい。

 すぐに軍を再編して、連合首都へと向けての進軍を開始する」

 

そう言い終えると、彼女はこの部屋から退室していった。

自ら指示して軍を動かすつもりなのだろう。

 

マシュの隣にいる立香の背中に、ぴたりと張り付いている清姫。

そちらにオルタが歩み寄る。

 

「アンタはどう思うのよ」

 

「どう、と言われましても。

 わたくしには、あの皇帝ネロが壊れる寸前としか分かりません」

 

「………まあ、そうよね」

 

清姫とブーディカを意識的に関わらせないようにしたのはオルタの方だ。

彼女は人が語るブーディカの情報しか持っていない。

その状況で、答えなど見える筈がない。

 

「ですが、彼女も分かっているのでは? ブーディカのことを。

 多分、復讐者として勝手に共感している貴女よりもずっと」

 

「そう、なのかもね。だとしたら……」

 

それでも、清姫はネロのことは分かる。

その彼女があのような方針を示したのは、逃避ではない。

壊れる寸前まで追い詰められているとはつまり、まだ壊れていないということだ。

いつか壊れてしまうその時まで、彼女は自身の皇帝としての道を歩み続ける。

なら、彼女は今でさえブーディカから目を逸らしているわけではない。

 

それを聞いていた立香が、マシュを撫でながら彼女と目を合わせる。

 

「私たちも行かなきゃ、どんな答えであったとしても。

 マシュ。ブーディカに伝えに行こう、いつだって貴女を信じているって」

 

そう声をかけられ、マシュは一度俯いた。

数秒の沈黙。

その後顔を上げたマシュの瞳は、一片の揺らぎも無い真っ直ぐな眼差しだった。

 

「―――――はい」

 

 

 

 

「正統ローマ軍において、サーヴァントに抗しえる存在は三人。

 まずは、我が軍の皇帝陛下の影響を受けたネロ帝。

 そして、こちらが各地方に向かわせていた小隊を遊撃する任についていた連中。

 アサシンのサーヴァント、荊軻。バーサーカーのサーヴァント、呂布。

 こちらに攻め込んでくるとなれば、奴らも組み込んだ全軍でくるだろう」

 

「まあ、問題は呂布だろうね。つくづくスパルタクスは落とせて良かった。

 流石はガイウス・ユリウス・カエサル、だね」

 

嬉しそうに笑う少年王。

だが軍略ならいざ知らず、サーヴァント戦での戦果を讃えて喜ぶだろうか。

カエサルがそんな事を言われた時の表情を想像して、軍師は微妙そうな顔をした。

 

「………まあ、そんな褒め方をされたら彼の御仁は嫌そうな顔をするだろうが」

 

「そうかな?」

 

首都ローマではネロが軍を編成して進軍を開始した。

兵士による散発的な攻撃を仕掛けたところで、何の意味もないことはカエサルが証明した。

ジオウの拘束能力が余りにも高いからだ。

下手に仕掛けさせたところで、完勝されて向こうの士気を上げるだけになる。

 

捕虜を大量に抱えさせ、兵糧攻めという手もあるにはあるが……

まあ、首都を背に進軍して、連絡が取れている以上あまり意味はないだろう。

正統ローマ軍と首都ローマの連絡を絶つには、それこそ少年王が単騎駆けでもする必要がある。

 

「呂布もそうだが、後はカルデア組織のサーヴァントだ。

 ランサー、クー・フーリン。ルーラー、ジャンヌ・ダルク。バーサーカー、清姫。

 アヴェンジャー、黒いジャンヌ・ダルク。そしてシールダー、デミ・サーヴァント。

 呂布とクー・フーリンの共闘が叶うなら、止める手段は限られるぞ」

 

「大人の僕ならやりようもあるだろうけど、今の僕では流石にどうにもならないね」

 

参ったね、なんてまるで参ってなさそうに呟く少年。

そんな彼らの後ろから、一人の男が歩み寄ってくる。

 

「ブーディカ殿は少し落ち着かれた様子。

 敗死した王として、少々共感を頂けたのかもしれませんな」

 

冗談めかしてそんな事を言いながらやってくる、筋肉を鎧とする男。

赤いマントを風に靡かせ、赤い鬣のついた金色の兜で顔を覆う新たなサーヴァント。

彼に向き直り、少年王は言う。

 

「はは。貴方ほどの王に畏まられては、女王もむしろ落ち着けないんじゃないかい?」

 

敗死、などと彼が語っても彼女だって困惑するだけだろう。

結果が死であったとしても、彼の戦場が敗北などと思うものはいないだろう。

少年王にはそう言われ、むむむ、と兜の下の顔を歪める男。

 

「私では貴方ほどの弁舌はどうにも。

 見ての通り私は理系ですので、やはり言葉よりは筋肉で伝える方が得意なところ」

 

「理系……?」

 

困惑する軍師。

彼の頭の上から爪先まで見渡す視線を送る。

そんな軍師に対し、男は諭すような優しげな声で教授する。

 

「健全なる筋肉は、確かな計算に裏打ちされているものですよ。軍師殿」

 

そうかもしれんが、と。軍師は半裸のサーヴァントを見やる。

彼は理系ではなく体育会系と呼ぶべき人間ではないのだろうか。

頭を一度振って、そんな余分な話を追い出す。

 

「それで、ネロ殿以外の足止めとなると私が引き受ける以外ありますまい。

 元よりこちらの戦力は私たち三人しかいないのですし」

 

筋肉を震わせながら迷いなくそう断言する男。

圧倒的戦力差ながら、しかしそこに何ら憂いの感情はなかった。

 

「我らの屍を踏み越えてもらうための戦い。

 侵略者を塞き止めるための壁でなく、勇者に越えてもらうべき壁として立つ。

 であるのならば、私は恐怖も迷いも抱かずただ戦場へと向かいましょう。

 無論、壁としてきっちりと死力は尽くしますが」

 

そう言った彼が、その手の中に槍と盾を出現させる。

静かに燃える炎と化した彼に、しかし少年はかぶりを振った。

 

「うーん。最終的にブーディカに辿り着いてもらう都合もある。

 仮面ライダーに変身する方のマスターも、こっちで僕が受け持つよ。

 それにしたって相手にしてもらうにはちょっと戦力が難しいところだけど……

 まあ、大丈夫だろう。ね、我が軍師」

 

「――――さて、少々難しい話だ。まずは分断から始めなくてならない。

 ネロ帝とカルデアのマスターだけを引き離すために、か。

 綺麗に分けたいならば、君が舌戦でも仕掛けた方が早いのではないか?」

 

それならそれで、と肯く少年王。

同意を得られた彼は小さく笑い、使い魔で集めてある情報を脳内で精査する。

 

「では――――王を問う聖杯問答といくか」

 

自分で口にするその言葉を楽しむように。呆れるように。

軍師は王の戦場を整えるための道筋を敷き詰めていく。

 

 

 

 

「ん―――前方に敵軍の布陣、完全防備だな。

 まあ連合首都は目の鼻の先、当たり前の話なんだが。

 散歩気分で歩けていた、今までがおかしかっただけって話だ」

 

霊体化を解除しながら、白装束の女性が傍に現れる。

アサシンのサーヴァント、荊軻。

皇帝ネロについた、正統ローマ側の協力者だ。

 

その話を聞いたネロが、表情を硬くする。

 

「サーヴァントはいた?」

 

「いや、見当たらなかったな。踏み込んだらいるのかもしれないけど。

 試してみる? 皇帝がいたら暗殺してこようか?」

 

立香からの問いに答え、手の中に匕首を出現させる荊軻。

この状況でサーヴァントが配置されていない、ということはないと思うのだが。

 

「どっちにしろ、今まで通りにやればいいよね」

 

〈ジオウ!〉

〈ウィザード!〉

 

悩んでいる軍の頭を気にもせず、ソウゴが二つのウォッチを起動した。

そのまま装着したジクウドライバーへと装填。

変身動作を行う。

 

「変身!」

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム! プリーズ! ウィザード!〉

 

ソウゴの肉体がジオウの装甲に包み込まれる。

その頭上に赤い魔方陣が展開し、それがジオウを更に覆うウィザードの鎧と化す。

宝石の魔術師となったジオウは、その周囲に緑に色付く風を纏った。

 

「……待ちなさい、常磐ソウゴ。ランサーは連れて行きなさい。

 ここはもう相手の本拠地と言っていい。何が待っているかは分からないわよ」

 

オルガマリーの視線が、ジオウとランサーに向く。

今までは一般兵士がいればソウゴが飛び、相手を拘束するだけだった。

一般兵の持つ槍や矢が当ったところで、何の影響もないからこそそれでよかった。

 

だが、言うまでもなくサーヴァント相手ではそうはいかない。

ジオウの性能でまったく対処が出来ない、という相手は考えにくい。

とはいえ、ジオウを攻略できる相手が出てくる可能性は否めない。

 

言われたソウゴが、ランサーへと視線を送る。

彼は小さく肩を竦めて、それを了承した。

ランサーに飛行能力はないが、彼は疾走と跳躍で十分にジオウと並走できる。

 

「皇帝陛下。これまで通り、彼に任せてもよろしいでしょうか」

 

オルガマリーはネロに問う。

彼女は小さく肯くと、ソウゴに顔を向けて言葉を送る。

 

「うむ。ソウゴよ。すまぬが、頼む」

 

ジオウは大きく一度肯いて、その身を空に舞い上げた。

 

ジオウのすぐ下につくように、自身も移動を開始するランサー。

軍同士が間合いを取り合うような状況下。

しかしそれを嘲笑うかのように、ジオウの性能は空から彼らを襲撃した。

 

渦巻く竜巻。大地から生える鎖。

それらが連合兵士たちを襲い始め、その体を拘束していく。

突然の事態に、集合していた軍団は一気に瓦解した。

一斉に散り散りに逃げ始める兵士たち。

 

「あん?」

 

地上でそれを追うランサーが困惑する。

今までの連合ローマ兵士は、士気が異常なまでに高かった。

ネロ以上の皇帝である存在に仕えている、という矜持があったのだろう。

 

だというのに、よりにもよって首都防衛軍があっさりと崩れた。

あまりにも不自然な流れ。それに彼が顔を顰めると同時―――

 

「こうしておけば、あの仮面ライダーというのが不用意に突出してくれるからな」

 

遠く、男の声がする。

その声の出所へと視線を飛ばせば、防衛軍の最奥にその男の姿はあった。

黒スーツに眼鏡、おおよそこの時代の人間とは思えぬ装い。

―――サーヴァントだ。

 

「マスター!!」

 

「流石に遅い。既に私の陣の中だ。そら、()()()()()

 

空を飛んでいたジオウの周囲から、風が消える。

え、とソウゴが困惑している内に落下し始めるジオウの体。

ジオウが起こしている風が、まるでコントロールを奪われたように違う方向へと吹く。

 

「え、あれ?」

 

自分の風を失い、落下を始めるジオウ。

それとは逆に軍師は、彼の風の方向を変えて一人の少年を空へと送る。

 

緑の風に送られて、ジオウの上を取る赤い髪の少年。

上を取られたことを理解したジオウが、彼の姿を仰ぎ見る。

 

「さあ、ここから始めようか。――――“始まりの蹂躙制覇(ブケファラス)”!!」

 

彼の手が虚空から手綱を握る。

それと同時に、漆黒の巨大馬が空中に降臨した。

空中にいながら、その馬の背に器用に乗ってみせる少年。

少年と馬の覇気の満ちた視線が、眼下のジオウを姿を見据える。

 

「やば―――!」

 

馬が嘶き、それと同時に少年が吼える。

人馬がともに青白い雷光に包まれて、一気にジオウ目掛けて落下を始めた。

 

それを防ぐため、ジオウが眼前に展開する魔方陣。

そこから現れる巨大な土壁。

 

「AAAALaLaLaLaLaie―――――!!!」

 

目の前の壁に怯むことなどあろうはずもない。

人馬一体の覇王は速度を上げながら、その壁を粉砕してジオウへと激突した。

 

「ぐぁッ……!?」

 

ジオウの全身に奔る大神の雷。

馬蹄はウィザードアーマーを破壊せんと叩き付けられ、大量の火花を撒き散らした。

激突の勢いのまま地面に向け更に加速していくジオウたち。

 

それを止めるべく駆けるランサー。

その前に、槍と盾を構えた更なるサーヴァントが霊体化を解除し滲み出てきた。

赤いマントを翻しながら立ちはだかる、ランサーのサーヴァント。

 

「ちィッ……!」

 

走り出しの勢いを載せた、朱槍の一撃が放たれる。

サーヴァントが相手であろうと、容易に命を摘み取るだろう必死の一刺し。

それをしかし、その男は手にした盾で受け流してみせた。

 

クー・フーリンの槍を躱し、逆に彼の頭を狙い放ってみせる槍の一撃。

それを首をしならせて回避する。

回避した勢いで体を捻りながら、引き戻した槍で行う更なる追撃。

それもまた、彼の盾に確実に阻まれる。

 

「―――貴方の相手は、この私が務めましょう」

 

「―――こういう状況じゃなきゃ、素直に強い相手を喜ぶんだがな……!」

 

彼らが槍と盾を交わす背後。

ジオウたちがそのまま地面へと落下し、雷の柱が天へと立ち昇った。

 

ブケファラスに踏み付けられ、地面と挟まれているジオウの体から煙が噴き出す。

雷撃の影響で震える体を起こそうとするも、上手く体が動かない。

限度を超えた衝撃に、ウィザードアーマーが一時消失した。

 

ジオウ通常形態に戻ったソウゴが、頭だけ何とか持ち上げる。

 

「ぐっ……!」

 

「驚いた、本当に頑丈だ。ただ、逆にこれなら安心かな?」

 

「なにを……!」

 

ブケファラスが足を動かし、ジオウを跨いで前に出る。

次の瞬間、ジオウの体が馬の後ろ脚に蹴り飛ばされて、大きく空を舞っていた。

連合ローマ軍の本陣の方へと吹き飛ばされるジオウ。

 

「我が名はアレキサンダー!

 連合ローマ皇帝より遣わされた、我ら連合ローマを勝利に導くものである!

 ローマ皇帝を僭称するネロに従う戦士はこの身が打ち倒した!

 さあ! 雄々しくも美しいローマの歴史を、正しき皇帝の元へと取り戻さん!!」

 

ジオウを後ろへと吹き飛ばした少年。

アレキサンダーが、ローマ兵たちにその声を轟かせる。

今まで逃げるだけだった兵士たちが、雄叫びを挙げながら一気呵成に押し寄せる。

 

「―――彼のカエサルは、損得の問題から言っても無駄な犠牲は支払う価値なし、と言うだろう。

 けれど僕は、この兵たちの今を生きる意志を無駄な犠牲とは思わない」

 

小さく笑い、アレキサンダーは誰に言うでもなくそう呟く。

そして、敵陣の中に映える赤き薔薇の皇帝へ向けて彼は叫んだ。

 

「さあ、僭称皇帝ネロ・クラウディウス!

 貴様が真にローマの王、皇帝であると謳うなら、この僕を打ち倒してみせるがいい!

 その暁には、貴様はローマの戴く神なる皇帝の元へと導かれるであろう!!」

 

答えを聞く事なく、彼はブケファラスの馬身を翻して本陣へと走っていく。

見るまでもなく、ネロは追ってくるだろう。

いや、追わなければ彼女の身は持たない。

ローマの皇帝たらんとする彼女は、自身を皇帝に非ずと叫ぶ敵将を討ち取らねばならない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

カルデアもそれは分かるだろう。だから、止められない。

だから彼女を護るために、全員追従してくるしかない。

 

二人のランサーが槍と盾と交わす光景を横目に、彼はあっさりと本陣へと帰還する。

 

「――――余が出るぞ。ああまで言われ、余が黙っていられるか――――!

 余こそローマ帝国第五皇帝、ネロ・クラウディウス―――!

 かつての支配者、ガイウス・ユリウス・カエサルにさえ勝利した、ローマ皇帝である―――!

 この戦場においても、それを示さねばならぬのだ――――!!」

 

「待っ、待ちなさい――――!」

 

誰の返答も待つことなく、彼女は疾走を始める。

オルガマリーの静止の声など耳に入っているかさえ怪しい。

神なるローマの加護が彼女に与えた力は、既にサーヴァントに匹敵する域だ。

 

他のサーヴァントたちは先駆けて走り出した彼女に追いつけない。

だが、それでも彼女たちはマスター含め、ネロへと着いて前に出る。

荊軻も呂布も、それを追い掛けて――――

 

ネロが、二人のランサーの死闘の横を通り抜ける。

その瞬間、本陣に帰還したアレキサンダーの横に立つ軍師が口を開いた。

 

「今だ」

 

連合のランサーが盾で魔槍を大きく弾き、その手の槍を大きく掲げた。

クー・フーリンが僅かに目を細め――――

 

「これがぁ―――! スパルタだぁあああッ―――――!!

 “炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)”ァアアアアッ――――――!!!」

 

その宝具の発動、そしてその身に感じる寒気から即座に大きく後ろに跳んだ。

同時に今にも後ろから来ているカルデア所属の全員に、鬼気迫る表情で叫んでみせた。

 

「テメェら全員下がりやがれェ―――――!!」

 

そんな彼に、再び本陣で軍師が呟いた。

 

「言った筈だ。遅い、既に私の陣の中だ……とな。

 大軍師の誇る究極の一。努々、破れるなどと思わぬ事だ。“石兵八陣(かえらずのじん)”」

 

カルデアの面々が踏み込んだ場所を囲むように、巨大な石柱が落ちてくる。

息を呑む全員の目の前で、その場所が脱出不能の異界と化す。

平野で石柱を使い囲んだだけで、まるで別次元の異界と変えてしまう結界魔術。

 

その光景に、オルガマリーが唖然とする。

 

「なにこれ、結界……! な―――!?」

 

そして更に、その結界の中に相手のサーヴァント、ランサーがいる。

それだけではない。ランサーの周囲には、彼が率いる仲間がいた。

一人、二人ではない。

彼女たちの目の前には、三百人の英霊が存在していた。

 

「なによ、それ――――!?」

 

思考の停止したオルガマリーの襟首を掴み、ランサーが後ろに放り投げる。

背後にいたジャンヌが、彼女の事を受け止めた。

茫然とする彼女たちにランサーの怒号じみた指示が飛んだ。

 

「ルーラー! こいつと嬢ちゃんの二人を宝具で守って出てくるな!

 嬢ちゃんは令呪全部使いきってでもルーラーの宝具を解除させるんじゃねぇッ!!

 俺と呂布以外の全員はルーラーの宝具の近くで遊撃だ、前に出るな!!」

 

「■■■■■―――――!!!」

 

呂布が雄叫びを挙げながら吶喊する。

方天画戟“軍神五兵(ゴッドフォース)”を手に、群がる三百人の兵士を相手に無双すべく迫撃し―――

兵士三人。それだけの盾を前に、彼の進撃は止められた。

逆に群がってくるスパルタの兵士たちに、押し返されていく呂布の姿。

 

「っ、何よあの兵士たち……!

 ちゃんとしたサーヴァントでもないはずでしょ―――!?」

 

オルタがその光景に受けた衝撃をそのまま口にする。

制御不能なれど、その戦闘力は頭一つ抜けているバーサーカー。

飛将軍呂布が、宝具の効果で召喚されただろう一兵士たちを相手取り苦戦する。

そんな結果がありえるのか?

 

彼女たちに指示を飛ばした後即座に兵士たちへと立ち向かったランサー。

彼もまた、兵士たちを複数相手すれば逆に押し返される。

 

そんな光景に慄いていた彼女たちの中、真っ先に。

立香が、膝を落とした。

 

「あ、れ……?」

 

「先輩!?」

 

「マスター!」

 

彼女に駆け寄るマシュと、即座に纏わりつく清姫。

ジャンヌはその状況を見て、この空間の呪詛が立香を蝕んでいると察した。

白い旗が躍り、その石突を地面に叩き付ける。

 

「マシュ、清姫さん、二人とも離れて! オルガマリーさんはこちらへ!

 彼の言う通りに宝具を使用します!―――“我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)”!」

 

マスター二人を光の結界で守護しつつ、残るサーヴァントはその周りを守りに入る。

ただ展開してるだけでもジャンヌは魔力を多大に消費する。

だが、当然外から攻撃されれば消費は増えるし、やがて防御も限界を迎える。

 

「衰弱の呪詛……こっちが弱くさせられた、ってこと……?」

 

オルタはランサーと呂布の戦いへと目を送る。

……いや、確かに通常よりは精細を欠いているかもしれない。

だが、劇的に能力が落ちているようには―――

 

兵士たちがランサーと呂布で止めきれず、彼女たちの方へ流れてくる。

彼女は真っ先にその兵士たちを先頭で迎え撃った。

 

英霊とはいえただの一兵士でしかない召喚兵士の槍に、旗を合わせる。

―――ただの一兵士とは思えぬ力が、鍔迫り合いで伝わってきた。

 

「――――何よ、これ……!? こいつら、本当にただの召喚された兵士だっての!?」

 

次々と抜けてくる兵士たちに、カルデア・ローマのサーヴァント総出で立ち向かう。

遠くないうちに押し切られるであろう、負け戦。

 

マシュの振りぬく盾では押し返しきれず、そのまま構えた槍で進撃してくる兵士。

 

「っ……!」

 

マシュに向かうその兵士の足を、横合いから荊軻の足払いが阻む。

倒れたその兵士を踏み倒しながら、背後の兵士たちは進撃を止めもしない。

 

「――――これあれだな。条件は同じだけど、前提が相手に有利な奴か」

 

呟きながら、荊軻が敵の槍を匕首で受け流す。

一人二人なら何とかなる。だが、この人数はどうあがいても無理だ。

挙句、それを覆せる可能性のある宝具は使用不能ときた。

まあ、こういうケースでは荊軻の宝具は余り意味がないけれど。

 

恐らく呂布も、クー・フーリンもだろう。

ルーラー特有の圧倒的な耐性を持つジャンヌだけが例外なのだ。

だから、相手のランサーが宝具を発動してからあの軍師の宝具だったわけだ。

 

「それは一体、どういう……っ!」

 

マシュが盾で一人兵士を殴り飛ばす。

ルーラーたちが引き籠る結界が後ろにあるおかげで、背後を取られないのがせめてもの救いだ。

 

「相手のランサーと兵士も結界の効果受けてるよ、これ」

 

「………え?」

 

弱体化と衰弱を発生させる結界。

その中にいて、影響を受けていて、この兵士たちはこの能力を誇るというのか。

 

それを眺めながら、軍師―――諸葛孔明が片目を瞑る。

 

「無論。我が陣地に踏み込んだからには、味方である彼らも影響を受ける。だが」

 

「オォオオオオオオオッ―――――!!!」

 

三百人の兵士を展開する宝具の使い手。

ランサーが雄叫びを挙げながら、クー・フーリンの元に正面から迫る。

 

青きランサーは小さく舌打ち。

右から迫る兵士の足を槍で払い、それを踏み越えてくる兵士が突き出す槍を横から掴む。

そのまま槍を離さぬ兵士ごと槍を振り回し、その兵士を鈍器代わりに周囲を払う。

 

一度回したらそのまま投げ捨てて、迫りくるランサーへと注視した。

突撃してきた彼の槍を、魔槍をもって打ち払う。

槍を払われても彼の突撃は止まらず、その兜が頭突きとなって繰り出された。

頭突きまでは対応しきれず、受けて蹈鞴を踏むクー・フーリン。

 

「スパルタ王、レオニダスⅠ世―――

 10万のペルシャ軍に僅か300の軍で三日戦い、ギリシャを救った守護の英雄。

 つまり。()()()()()()()()退()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 相手に絶望的な状況を強い、逃げ道を塞ぐ我が陣形では、()()()()()()()()()()()

 それどころか、その逆境を克服してより強くなってみせるのがスパルタだ。

 相手を止めるための陣容に、止められない英雄と一緒に誘い込む。

 この罠の原理なぞ、ただそれだけだ」

 

孔明が結界より視線を外し、ジオウとネロを見る。

ブケファラスに騎乗したアレキサンダーの後ろから、彼はネロを見据えた。

 

「なるほど。死に際まで戦い抜いたクー・フーリンはいずれ克服するだろう。

 なるほど。自身が生き延びるため如何なる陣をも食い破って逃げ延びた乱世の梟雄、呂布にはいずれ突破されるかもしれないな。

 だが、それ以外の連中が長々と耐えられるなどと夢にも思うな。

 レオニダス王は守護の英雄であるが、その苛烈さに疑いようなどないのだから」

 

その現実を超克したいというのなら、ネロとジオウの求める答えは一つしかない。

馬上の征服王は剣を抜き、微笑みを絶やして凄絶な笑みを浮かべた。

 

「さて。僕の軍師が状況を整えてくれたんだ、僕もきっちりやらないとね?」

 

 

 




やわらかディフェンドくん。
 


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ローマの皇帝は一体“だれ”なのか0060

 
二話同時投稿
 


 

 

 

雷撃とともにアレキサンダーとブケファラスが進撃を開始する。

その背後で軽く手を翳す諸葛孔明。

 

騎馬と共に攻め寄る相手を前に、しかしネロは止まらない。

剣に炎を湛えながら、彼女は正面かた立ち向かってみせた。

 

「さあ、戦おうか。ネロ・クラウディウス!」

 

「余は――――勝利する、し続けねばならぬ! 余は、皇帝なのだ!」

 

踏み切り、宙へと舞うネロの体。

それが炎の流星となって自身に迫りくる光景を見上げるアレキサンダー。

彼は手綱を引いて、ブケファラスを嘶かせる。

 

「傲慢だね。皇帝であることは、勝利し続けることと謳うのかい?」

 

「っ………!?」

 

同時に、彼らから雷光が天へと向かって立ち昇る。

上から斬り込んでいたネロが、その雷に迎撃されたネロが弾き飛ばされた。

吹き飛ばされるネロ。

彼女の体を、回り込んでいたジオウの腕が受け止める。

 

「では女王ブーディカは? 敗者である彼女は王ではないと?

 勝利をするために死に果てたレオニダス王は王に相応しくなかったと?」

 

「なにを………!」

 

ジオウの腕を振り解き、ネロは立ち上がる。

雷撃に打たれたというのに、彼女は即座に復帰してみせた。

ブケファラスの脚が地面を踏み砕く。

それを宥めるように彼の鬣を撫でながら、アレキサンダーはネロに問う。

 

「勝敗なんて王……じゃないか。皇帝の資質に関係あるかい?

 そんなどうでもいいものを見たくて、僕はこの戦場を整えてもらったわけじゃないんだ。

 正しく皇帝たる資質を見せてくれ、ネロ・クラウディウス」

 

「何を馬鹿な、勝敗など関係ないなどと――――

 貴様、古代の征服王の名を称しながら言う事が、それか!!」

 

再びネロが飛び出した。

アレキサンダーの体がブケファラスを足場に跳ぶ。

今度は逆にネロの頭上を取ってみせた彼の姿を、ネロが目を見上げ―――

彼を発生地点とする落雷が発生する。

 

「かっ……!?」

 

直後。落雷に打たれて麻痺した彼女に、ブケファラスが単独で突撃を仕掛けてくる。

回避しようともがくネロの体は、しかし動かない。

彼女の前に、ジオウの体が割り込んだ。

 

ブケファラスの巨体がジオウへと激突する。

巨大な馬身を抑え込むように受け止めるジオウ。

それがネロへと達する前に静止させ、彼はブケファラスから手を放した。

 

「……君は攻めてこないのかい?

 君を止めようと準備してる我が軍師が手持無沙汰になってしまってる」

 

「……バラしてくれるな」

 

嫌そうに顔を顰める後方の孔明。

彼の力の大半は現状、宝具の維持に回している。

ジオウのパワーを見る限り、余力だけで止めるのは難しいのだ。

挙句に仕掛けることをバラされては、難しいどころの話じゃない。

 

「―――負けても、王様は王様だよね」

 

アレキサンダーに向けてか、あるいはネロに向けてか。

彼はそう切り出した。

その言葉に対し、ネロではなくアレキサンダーが反応する。

 

「そうだね、勝敗程度で王の資質は測れない」

 

「じゃあ、答えは出てるじゃん」

 

その手の中に、彼はジカンギレードを呼びだした。

もう片方の手にはライドストライカーのウォッチが握られている。

 

「勝ったか負けたか、じゃなくて。

 国や民のために勝たなくちゃいけない、って気持ちがネロの皇帝の資質でしょ。

 皇帝は―――俺とも、アンタとも違う。でも、民を想う王様だ」

 

「へえ……」

 

戦場の中で、アレキサンダーがまた微笑む。

しかしその微笑みはすぐに消し、雷光でその身を包む。

彼の微笑みが、再び凄絶な侵略者の笑みに変わった。

 

「なら、それだけじゃ足りないことは君だって分かるだろう?

 “王”の種類も千差万別……いくらでも好きに信念を抱けばいいとは思う。

 ただ民を愛するのはいいけれど、彼女はそれだけじゃないだろう」

 

アレキサンダーの元へ、ブケファラスが駆けつける。

彼は悠々とその馬身に乗り、ジオウに対峙しながら雷鳴を呼んだ。

 

「知ってるよ。でも、それが悪いと俺は思わない」

 

「奇遇だね、僕もだ。けれど、誤魔化していたままじゃ楽しい事にはならない。

 そう思っているってだけさ」

 

「そうなっちゃった原因はさ。アンタたちだと思うんだけど?」

 

呆れるようにアレキサンダーを見返すジオウ。

彼はその不思議な顔に見つめられ、ははは、と悪びれずに笑う。

 

「そうだよ? だから、こうして僕がここにいるわけじゃないか」

 

ブケファラスの突進が始まると同時、ジオウはライドストライカーを展開する。

巨大馬の嘶きに負けじとエンジンを轟かせる鉄騎。

地を駆ける二騎。その騎乗者が、高速で交差しながら手にした剣を打ち合わせた。

 

互いに斬り抜け、車体と馬首を返しながら再び向き合う。

アレキサンダーが相手を見て、楽しそうに笑った。

 

「うわ、それが二輪自動車……バイクってやつか!

 凄いね、それ。確か現代には空を飛ぶ乗り物とかもあるんだろう?

 僕も欲しいなぁ、それ!」

 

「集中しろ、ライダー」

 

「ああ、してるとも」

 

ブケファラスの脚力で地面を粉砕する。

その勢いで空に舞う人馬一体。

 

迎え撃つためにジオウがエンジンを吹かし、加速しようとしたその瞬間。

ライドストライカーの後ろに、ネロが飛び乗ってきた。

 

「あれ、皇帝? 乗るの?」

 

「ここは、余が戦わねばならぬ――――!

 だが相手は彼の征服王。余の身一つでは、騎馬戦にすら持ち込めぬ……!

 頼む………此度の戦い、余の騎馬になってくれ………!」

 

必死の形相。その表情に一瞬悩むが、しかし。

彼はその手のジカンギレードを放り投げて、両手でハンドルを握りしめた。

ブォンと嘶く鉄の騎馬。

 

「行くよ、振り落とされないでね!」

 

「ああ………うむ!」

 

空中に舞うアレキサンダーたちに向け加速しながら、車体をバウンドさせる。

地面から離れたタイヤを空転させながら、彼らもまた空を舞った。

空舞う二騎が。炎と雷が。王と皇帝が。

空中でその剣を交差させた。

 

 

 

 

「ッ………ジャンヌ! 宝具を展開し続けてっ!」

 

立香の手から一角目の令呪が消し飛ぶ。

その魔力の充填により彼女は、結界を維持し続けるだけの魔力を得た。

満タンまで回復させておきながら、しかしすぐさまガリガリと削れていく魔力。

 

「っ、これではあと二度の令呪があっても……せいぜい数分で……!」

 

余りにも手が足りない。

どれだけカルデアのサーヴァントが努力を尽くそうと、三百いる不倒の兵士は止め切れない。

その手の武器でジャンヌの結界を破らんとするものたちは出てくる。

 

そいつらの頭を、マシュが盾の一撃で張り倒す。

しかし倒れたものは踏み潰してでも、次の兵士が攻め入ってくる。

 

「せめて、宝具が使えれば……!」

 

旗を振るい相手の槍と打ち合わせた状況で、オルタがそう口にする。

相手の槍を旗で封じながら、もう片方の手で敵の足を斬り付ける。

ザクリ、と上手い具合に刃が入り、そいつの足が片方飛んだ。

 

倒れ込む敵兵。そいつを踏み越えて、次の兵士が現れる。

片足を失った兵士もまた、踏まれてもなお這いつくばりながらオルタを目掛けて進撃する。

 

「っ……! 止まんない……!」

 

「下がりなさい――――!」

 

反射的に一歩下がったオルタ。

その足元に、炎の波が絨毯のように広がっていく。

進撃してくる兵士は足が焼けようと止まらない。

 

だが、這いつくばりながら進む兵士にとってそれは、突然の全身を覆う炎。

顔も目も、呼吸をすれば肺も。生きるための機能が焼き払われる。

それでも止まらない。スパルタが止まる時は死んだときだけだ。

死ぬその時までは、何があろうが前へ、前へ、前へ、前へ――――!

 

「くっ………! まだ動くのですか……!」

 

走り寄ってくる兵士の剣を、オルタが旗で対応する。

ならば這い寄ってくる兵士を止める方法がない。

あの兵士は武器を失っている。だが、それで脅威でなくなるなどあるはずもない。

 

スパルタの兵士だ。

武器がなくても、足が無くても、相手の足に縋り付き、首まで這い上がり折ってでも敵を殺す。

 

「こん、のっ……!」

 

歯を食い縛るオルタの寸前まで、それが迫る。

今止めている兵士を弾き飛ばそうとしても、それが容易に出来るのなら苦労はしない。

最悪。彼女の炎への耐性に賭け、清姫が纏めて焼き払おうとする―――

 

その瞬間。頭上から赤い巨体が落ちてきた。

這い回る兵士をその上から叩き潰すように降ってきたそれ。

両腕を覆う巨大な手甲を装着したその身こそ。

 

「呂布……!?」

 

「■■■■■■――――――ッ!!!」

 

踏み潰した兵士は胴体が潰れ、ようやく止まっていた。

その魔力に還る死骸の上で、一騎当千は咆哮する。

可変宝具“軍神五兵(ゴッドフォース)”を打撃の手甲に変形させた彼は、一気に周囲の兵士を殴り抜いた。

 

一騎当千の敵将軍を前に、スパルタの兵士たちもまた猛る。

殴り飛ばして距離を開けた呂布の武装が、打撃の型より切斬のそれへと変わる。

身の丈に及ぶ巨大な大刀。“軍神五兵”の更なる形態。

それを振るいながら、彼はスパルタ兵を押し込み始める。

 

「アイツが()()()()()。それに呂布の奴――――

 陣を食い破るには、君たちと協力が必要だって分かってるみたいだ。

 これでもうちょい楽になるかもしれないな。

 そっちの竜の子、さっきみたいに下に広がる火を吐き続けてくれ。私が転がすから」

 

不意に彼女たちの側を横切った荊軻が、そう言って兵士たちに向かっていく。

殆ど組み合うことはせず、足元を刈り取る動き。

清姫が即座に火を吹いてそれらを地獄絵図に変えていく。

 

無双とは言えないが、しかし少しずつ確実に兵士は減らせている。

僅かに、光明が見えてきたのだろうか―――

小さく息を吐いた彼女の耳に、立香の声が届いた。

 

「ジャンヌ、宝具をっ……!」

 

令呪の二画目が消し飛んだ。

まだ、二百五十人以上の兵士がひしめいている地獄の戦場の中で。

非力なマスターたちを守護する唯一の守り。

ジャンヌ・ダルクの宝具はもう、数分と保たない。

 

「―――アヴェンジャー!?」

 

「―――間に合うわけ、ないでしょ……!」

 

同じく、結界の中にいるマスターの悲鳴。

そう言って歯を食い縛る彼女は、すぐさま荊軻と同じように兵士たちを狩りに行った。

 

 

 

 

「そろそろ我が陣の中で、君たちの仲間が詰むぞ」

 

孔明からの声を受け、ジオウがネロを振り返る。

彼女の表情に迷いが浮かぶ。

こうなれば、狙うべきは最早あの陣を張っている魔術師。軍師の方だ。

だがだからと言って、正面を切って互角以上に持ち込めないアレキサンダーは放置できない。

 

迷う。迷う。迷う。

迷っている間に彼女に力を貸してくれている恩人たちが死ぬ。

どうする。どうする。どうする。

 

決まっている、彼女が勝てばいい。一人で。アレキサンダーに。

常磐ソウゴに協力してもらわなければ戦えない相手に、彼女一人で勝てばいい。

そして、彼女の騎馬になっているジオウが敵の軍師を討ち取ればいい。

この危機を脱するには、ただそれだけやれば―――

 

「ソウゴよ……!」

 

「皇帝さぁ。もっと、我儘になっていいんじゃない?」

 

彼女の切羽詰まった声に、ソウゴはともすれば気が抜けているようにさえ感じる声で言う。

彼のその様子を、アレキサンダーが片目を瞑りながら黙って見守る。

 

「なにを……!」

 

「いや、あっちの王様に傲慢だって言われてさ。怒ったじゃない?

 でもさ。王様って傲慢じゃないわけないじゃん」

 

彼がライドストライカーを降りる。

それと同時に、バイクはウォッチと化して彼の手に戻った。

強制的に降ろされることになるネロ。

 

「誰より傲慢で、誰より偉そうで―――誰より大きな夢で、全部の民の夢を守る。

 それが王様でしょ? だから、いいじゃん。

 俺は相手がどんな王様だって、俺の方が傲慢で大きな夢を持ってるって言える王様でいたいな」

 

「ソウゴ……」

 

ネロの視線が虚空を彷徨う。

言い返すべき言葉を探しているのか。

だが、彼女から返ってくる言葉は、ただの妥協案でしかなかった。

 

「そうか、そうだな。ではソウゴはあの魔術師めを頼む……

 余は一人でもあの征服王を……!」

 

「そうじゃなくて。無いの? 俺に言うこと。

 俺、今は皇帝の協力者の所長の部下が仕事なんだけど」

 

ライドストライカーをホルダーに戻したジオウが、ウィザードのウォッチを握る。

撃墜されてから数分、まだ力は完全に戻っていないだろうが―――

使えない事はないはずだ。

 

「あの王様を倒すために力を貸せ、そのついでにあっちの軍師も急いで倒せ。

 ネロが俺に言うべきことって、これじゃない?」

 

〈アーマータイム! プリーズ! ウィザード!〉

 

炎の共に巻き上がる魔方陣。

それに包まれたジオウは、赤き宝石の鎧をその身に纏っていた。

彼のその指示の要求を聞いたアレキサンダーが、口を挟む。

 

「できると思うかい?」

 

軽い口調。しかし強い詰問だと感じる声。

それにソウゴは、自分の調子を僅かたりとも崩さずに返してみせる。

 

「やるよ? だって、俺は世界を救う王様になりたいんだから」

 

ウィザードアーマーが手元に魔方陣を展開する。

投げ捨てたジカンギレードが、ジュウモードの状態でその手に戻ってくる。

 

「それにさ。ピンチはチャンス、って言うじゃない?」

 

彼の手がキメラから落ちた新たなウォッチを、ホルダーから取り外した。

そのまま、そのウォッチをジカンギレードへと装填する。

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

必殺技待機状態へと移行するジカンギレード。

ジオウはその銃口を天へと向けて、引き金を絞った。

 

〈スレスレシューティング!〉

 

瞬間、ギレードの銃口から巨大なエネルギー体が迸る。

その黄金の光の塊は、力強い四肢と翼を持つ獣のカタチを形成しながら天へと翔け上がった。

風を踏み締めながら空を駆ける、獅子、隼、イルカ、バッファロー、カメレオンを合わせた幻獣。

それが天上に現れたかと思えば、一気に地上に駆け下ってくる光の獣。

 

地面を脚で抉り取りながら着地。

そうして現れたキマイラは、ネロの真横に着地してみせていた。

同時に、ウィザードアーマーが強く発光する。

今残された全ての魔力を使い、()()()()な魔法を起こしてみせる。

 

エネルギー体であったキマイラの体が、ミラクルにより実体化する。

黄金の光は物質化して、その身に正しい色を取り戻していく。

キマイラが一度、大きく咆哮した。

 

これで、ネロの騎馬は用意できただろう。

魔力の限界を迎えたウィザードアーマーが消失していく。

 

「これであとは、それぞれ勝つだけじゃない?」

 

アーマーが消えたジオウが、後ろに控える孔明に視線を送る。

自身の横に突如現れたモンスターを見たネロが、小さく顔を伏せた。

 

「だが、余は………いや―――!」

 

彼女の体がひらりと舞って、ビーストキマイラの背に騎乗した。

 

「すまぬ。そちらは頼んだ」

 

ネロがキマイラの上からアレキサンダーを睨む。

彼は新たな騎馬を得たネロを正面から見返して、自身の騎馬の手綱を引く。

ブケファラスが疾走を開始した。

 

キマイラの背で立つネロが、両の手で構えた剣に力を込める。

刀身から立ち上る炎。それが一気に噴き上がる。

迫りくる雷の侵攻を前に、彼女は足でキマイラの背を大きく一度叩いた。

その指示に応え、走り出すキマイラ。

 

ブケファラスが一気に踏み切り、弾丸となって跳び上がった。

キマイラが迎撃せんと走りながらも前脚を振り抜く。

それを跳び越えるカタチで交差する、ネロとアレキサンダー。

交差する瞬間、互いの剣が打ち合って火花を散らした。

 

その交差の直後に着地したブケファラスに揺られながら、アレキサンダーが声にする。

 

「うーん。まあ、そういうことだよ。傲慢というか、王なら強欲たれってね。

 欲望の方向性はどうあれ、王なんてものになる時点で人としては強欲にすぎる。

 けれど、無欲な王なんて人の王ではなく、国という機構の運営……

 いわば舞台装置にすぎないものさ。君は国という舞台の中心にいたいんだろう?

 なら、取るべき方針。叫ぶべき言葉は決まっている」

 

キマイラの背後からカメレオンの尾が伸びる。

着地後、即座に馬首を翻していたアレキサンダーの剣が雷とともにそれを打ち払う。

 

「余の叫ぶべき、言葉だと―――!」

 

「そうだよ。でも、怖いんだろう?

 連合ローマという存在が現れ、実に民の半数近くが取り込まれ……

 そりゃあ、王……皇帝として怖くもなるだろう?

 余の愛は届いていなかったのか、余は愛しているのに愛してはくれていないのか。ってさ」

 

淡々と彼女の心情を語るアレキサンダー。

その言葉を聞いたネロの表情が、一気に怒りで燃え上がる。

 

「―――――ッ、黙れ!!」

 

「それは出来ない相談だね。

 もう時間も無さそうだし、ちょっとスパルタで行くとしようか」

 

ちらりと、彼は一瞬だけ軍師を振り返る。

陣地内とはいえ、白兵戦に持ち込まれれば彼がジオウに勝てる見込みはまずない。

そもそもカルデアに全滅されても困るので、陣の解除を達成できるのならそれでいいが。

最初から勝利するつもりは別にないし。

 

軍師もスパルタ王も張り切りすぎて、ネロのための時間の猶予がなさすぎる。

スパルタ王はいつも全力なだけだろうが、先生はもうちょっと手を抜いてくれていいのに。

なんて、王からの勅命に全力で応えた彼に失礼か。

 

どっちにしろ、長々とやっていれば次のブーディカにも差し障るだろう。

彼女の方だって、もう耐えきれる限度まで追い詰められている。

心を整理する時間を設けてあげられなくて恐縮だが……

そろそろ、決着をつけないと。

 

「君は民に、国に、愛を捧げる対価として自身に愛を返せと叫ぶ。

 いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 けど残念ながら、君は思っていたほどには愛されていなかった」

 

縦横無尽に足を運ぶ馬の速度に、キマイラの足回りが置いていかれる。

雷鳴が、周囲一帯から絶え間なく轟き続ける。

 

ブケファラスが嘶いて、キマイラの横合いから激突してきた。

揺れる巨体の上で、ネロが顔を苦渋に歪める。

ぽつり、とその雷鳴に混じるアレキサンダーの呟きが彼女に届く。

 

「どうだろうね。それは、哀しい事なのかな」

 

「―――哀しいとも。余の愛が受け入れられておらぬと言うことは……

 余の愛で築くこの国さえも、彼らにとっては過ちと感じるということなのだから」

 

ネロが片膝を落とし、その掌をキマイラの背に着ける。

今一度と立ち上がった彼女の顔には、しかし哀しみは浮かんでいなかった。

 

「………余の皇帝としての資質を見せよ、と言ったな征服王。

 なるほど。どうやら見せる前に既に暴かれていたらしい。

 ――――余に……皇帝たる資質など、どこにも備わっていなかった」

 

苦しみながらもそれを言葉にするネロ。

彼女を見据えながら、アレキサンダーは最後に問い掛ける。

彼女の答えを。

 

「ふうん。ではどうするんだい? 皇帝を辞するかい?」

 

「――――どうもせぬ!!!」

 

ネロが叫ぶ。

 

「資質がなんだ! 愛が通じぬからなんだ!

 余はそのような、言葉で言い表せるだけの想いで、皇帝の座についたわけではない!!

 資質が無くても富ませてみせよう! 愛が返らなくても愛してみせよう!

 余はこの国が、ローマが好きだ!! だから今この場に立っている!

 カリギュラがなんだ! カエサルがなんだ! レオニダスがなんだ!

 ―――アレキサンダーがなんだ!

 どんな名高き為政者よりなお、余はこの国を愛し抜いてみせよう!!

 余こそ―――ローマ帝国第五皇帝、ネロ・クラウディウスだ!!!」

 

「一途だね。きっと――――その道で、君は死ぬほど苦しむことになる」

 

「それでも、だ!!!」

 

ネロの啖呵を浴びせられ、アレキサンダーの顔が完全に変わった。

彼女を取り巻いていた神祖の力が、安定を取り戻していくのを見たから。

今彼女は、この神域に回帰し始めているローマにおいてなお―――

完全に皇帝になった。

 

まずいな、と思いつつ口の端を吊り上げるアレキサンダー。

ここまできたら負けてしまうのが計画通りなんだけど。

 

「いやぁ、でも。あれを()()しようとしないのは名折れだよね?」

 

キマイラの背に立ち炎の剣を構えるネロ・クラウディウス。

彼女が騎乗するのは、バッファローの属性も相持つ大幻獣だ。

ブケファラスの突撃力であっても、正面からの勝負はあまり宜しくないが――――

 

「でもこういう場面では正面突破しかないでしょ。悪いね、ブケファラス」

 

小さく鼻を鳴らして返答する相棒。

その反応に苦笑してから、天高く剣を掲げる。

雷光が奔り、その刀身へと集まっていく。

 

「さあ、行こうか―――

 ローマ皇帝、ネロ・クラウディウス! 今、世界の中心たるローマの皇帝よ!!

 この身は世界を征服せんとする征服王、イスカンダル!!

 なれば、世界の中心にて皇帝である君を制覇する事こそが、我が王道に則すると見た!!」

 

アレキサンダーの言葉。

それに一瞬面食らったネロがしかし、即座に叫び返した。

 

「絶対にさせぬ! そうとも、今この時この瞬間、余こそが世界の中心である!

 許すぞ、征服王! 余に挑戦する権利をやろう!

 だが挑戦させるだけだ、これ以上は何一つ、貴様たちにはくれてはやらん!!

 ローマとは我が愛、我が命、我が誇り――――否、余こそローマである!!!」

 

ブケファラスが加速する。

巨体に見合った太い馬脚が、地面を砕きながら速度を生む。

遅れながら始動するキマイラの巨体。

バッファローの突撃力を発揮した、何者であろうと粉砕する突撃。

 

その二つの影が、衝突した。

速度も何も勝っていたのはブケファラスだ。

しかしキマイラの純粋なパワーが、ブケファラスさえも凌駕する。

バッファローの頭に激突させた頭が裂け、どんどんと押し返されていく。

 

彼の手綱を握るアレキサンダーが叫ぶ。

 

「AAAALaLaLaLaLaie―――――!!!」

 

自身の背で猛る王の声。

それに反応したブケファラスが、そのまま砕けそうな頭を押し返しながら嘶いた。

 

「ブルルルルァ―――――!!!」

 

死力を発揮する。全ての魔力と生命力を絞り出す。

征服王の愛馬、ブケファラス。その名に懸けて、キマイラと拮抗する。

どちらの巨体も前には進まない、後ろに下がらない。

その状況が出来上がった瞬間に、皇帝と王は互いに騎馬の背から跳んでいた。

 

空中で交錯するそれぞれ炎と雷を纏った剣閃。

もう言葉は要らない。ただただ視線と剣閃だけを交差させる。

彼女がローマ皇帝であり、彼がローマへの侵略者である限り、もう止まる必要がない。

 

互いに弾け飛び、地面に落ちる。

その目の前で、ブケファラスと競り合うキマイラの体が砕け始めた。

バラバラと崩れていくキマイラの巨体。

 

ブケファラスが空いた、と表情を歪めるネロの前で、しかしその巨体馬も沈む。

全力を尽くして相手の騎馬を粉砕した彼もまた、限界を超え消えていく。

 

消え行く友に、しかしアレキサンダーは目を向けなかった。

雷鳴とともに彼はネロを侵略せんと押し寄せる。

ネロもそれに倣い、炎とともに彼を迎撃せんと立ち向かう。

 

――――そうして、最後の交差。

 

すれ違いながら刃を交わした二人。

ネロが大きく息を切らしながら、アレキサンダーを振り返る。

彼女の方の傷は、ローマの守護が余程強いのか、そう深くない。

 

彼の体は、魔力の霧に変わり始めていた。

ネロの振り抜いた剣は、確実に彼の胸を斬り裂いていた。

その傷口を軽く撫でながら、アレキサンダーはそれなりに満足そうに笑う。

 

「負けてしまったね。僕の覇道を止められた、とあっては認めざるを得ない。

 薔薇の皇帝ネロ・クラウディウス。君の治めるローマの華々しさ、とくと味わった。

 最期までその道を貫く、というならそれも好し。僕は嫌いじゃない」

 

アレキサンダーもまた、ネロに対して振り返った。

彼の視線を真っ向から見返しながら、彼女は剣を地に突き立てて宣言する。

 

「――――無論。余にもはや迷いはない。

 ただ……余は余のやりたい事を尽くす。そうして、ローマへの愛を捧げるだけだ」

 

「ははは―――では、このローマを襲う異変の最後の関門。

 連合ローマの大皇帝に挑む前に、君の答えを彼女に示しにいくといい。

 君の中でももう、既に答えは出ているんだろう?」

 

半身以上が消え失せたアレキサンダー。

その挑戦するような言葉に、ネロは胸を張って言葉を返した。

 

「………うむ。余が受け止めねばならぬ。余こそがローマなれば。

 ローマの栄華が余の輝きなら、ローマが踏み躙ったものこそが余の憂いだ」

 

「―――うん。まあ気負いすぎもどうかという話だが、まあそこは他に任せよう。

 彼女は一番奥の天幕の中で待たせてる。どう声をかけるかは任せるよ。

 じゃあね、薔薇の皇帝ネロ。新しい出会いに溢れてて、思いのほか楽しい現界だったよ」

 

そう言って、アレキサンダーの姿は完全に消失した。

彼女の視線が、彼の言っていた天幕の方へと向く。

………ローマである彼女が、立ち向かわねばならない問題に会いに行こう。

 

 

 



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スパルタの勇者は“どうすれば”止まるのか0060

 
二話同時投稿
 


 

 

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

火が上がり、落石が襲い、突風が吹く。

しかしその中には、ジオウを止めるに足るものは存在しない。

宝具をよそに展開してしまっている孔明では、彼を止める手段は存在しなかった。

 

足止めに終始したところで、しかし結局こうして追い詰められる。

孔明の周囲には“キック”の文字が12個。

取り囲むように配置されて、カウントダウンを刻むように一つずつ消えていく。

 

「ちっ、ここまでか……まったく、ライダーの奴め……!」

 

本来ならばもう少し耐えて、ネロとブーディカを接触させたいところだったが。

しかしこうなってはどうしようもない。

というか、アレキサンダーがネロとの戦いを長引かせたからだ。

目的を果たして皇帝を確認できたから、征服したくなった、などと。

なじるように鼻を鳴らしながら、小さく笑う。

 

それはさておき。

完全に詰んだ状況に、彼はネロを見て向こうの状況を確認する。

既に彼の主であるアレキサンダーは、その体を消失させ始めていた。

最期に大きく溜め息を吐いて、甘んじてその攻撃に身を任せる。

 

〈タイムブレーク!〉

 

ジオウの“ライダーキック”が孔明に炸裂する。

胴を打ち据える衝撃で砕け散る霊核。

衝撃で吹き飛ばされて、幾つか陣の天幕を巻き込み壊してから止まる体。

そもそも戦うものではなく、そういった攻撃になれていない孔明がガクガクと震えた。

 

「ッァ、神経を誤魔化していても衝撃だけでこれか……!

 まったく、どいつもこいつもよくやるよ……!」

 

咳き込みながら、あっさりと消失を開始する孔明。

彼の消失と同時に孔明の宝具。“石兵八陣(かえらずのじん)”もまた、その効果を消失する。

 

「向こうは!?」

 

孔明の消失を見届けたジオウが後ろを振り返り、そちらの状況を確認する。

彼の目には、地上に突き立った石柱が消え失せていく光景が映っていた。

 

 

 

 

最後の令呪は使い切った。

それでも、ジャンヌの宝具はあと十数秒が精々だ。

未だに二百を優に超える兵士たちがこの戦場には居る。

 

「まずい、まずい、まずい……!」

 

必死の形相で魔力を絞り出すジャンヌ。

令呪のみならず、カルデアの礼装の力で生命力を魔力に変え、振り絞る立香。

その後ろで、オルガマリーが頭を抱える。

 

「このままじゃ……! っ……!!」

 

「ちょ、所長……! 何を……!」

 

せめて、と。彼女は蹲る立香を引いて自分の背に庇う。

自分の体などはダ・ヴィンチの人形だ。いくら壊されたってどうにでもなる。

どうにもならない場合なんて考えたって仕方ない。

どれだけ盾になれるか、なんて分からないが無いよりは多分マシだ。

 

「うるさいっ……! 貴女は私の指示に従ってればいいのよ……!」

 

立香が自分を後ろに押しやる所長を見上げ―――

その瞬間、状況の変化を感じ取った。

 

「柱が崩れ始めた……!」

 

「え?」

 

立香の言葉を受けて、ジャンヌが咄嗟に周囲を見回す。

彼女の言う通りに、あの軍師が張った結界の起点。

石の柱の崩壊が発生していた。

それはつまり、あの逃亡や宝具を封じていた結界の消失を示すということ―――

 

「オルタッ―――――!!」

 

ジャンヌの叫びがオルタに届く。

ジャンヌの結界の外に、無事な身のサーヴァントなど一人もいない。

満身創痍ながらしかし旗と剣を振るうオルタが、彼女の声に気づき―――

驚いたように周囲を素早く見回した。

 

直後。彼女もまた、一人のサーヴァントの名を叫ぶ。

 

「清姫ェッ―――――!!」

 

かはっ、と火の粉の混じる咳を漏らしながら、彼女もまた気づく。

今ならば、()()()()()()()()

二人は即座に視線を合わせて、残された魔力を限界まで絞り出す。

 

「“吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)”ッ……!!!」

 

「“転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)”っ……!!!」

 

二人がその大火の宝具を向ける相手は同じ場所。

()()()()()()()()()()()()

 

彼女の結界に取り付いたスパルタ兵さえ焼き払えれば、マスターたちの退路が出来る。

竜と化した清姫の息吹と、漆黒の炎がジャンヌ達ごとスパルタ兵を呑み込んだ。

例え燃やしても、息がある限りスパルタ兵は止まらない。

中途半端な攻撃に意味はない。

彼女たちの全ての魔力を懸けて、その宝具は執行された。

 

「はあぁあああああああッ―――――!!!」

 

黒と青の炎が津波のように押し寄せて、スパルタ兵たちが流されていく。

だがその攻撃は長くは保たない。

清姫の体が元の少女のものに戻り、地面に転がる。

オルタもまた膝を落とし、既に立つだけの力もない。

 

そうなれば、彼女たちにスパルタ兵たちに対抗する方法はない。

 

「アヴェンジャーッ!!」

 

「ッ――――今のうちに、退きます!」

 

炎が止まった瞬間、ジャンヌは宝具を解除した。

そのまま撤退させるべき立香とオルガマリーを引っ掴み、後ろに下がろうとする。

スパルタ兵はまだ二百近くいる。

例え、清姫とオルタの危機であっても、彼女たちを前に置いておくわけにはいかないのだ。

 

ギリ、とオルガマリーが歯を食い縛る。

彼女にマスター適正があれば。

システム・フェイトから令呪サポートが受けられるだけの能力がありさえすれば。

偽臣の書なんて、制限を増やすだけの中継器を使わなきゃマスターになれない無能でなければ。

こんな皆が魔力と生命力を振り絞る戦場で、自分だけ見ているだけなんて。

そんな光景を見ずに……

 

盛大な破砕音に、はっとしてオルガマリーは前を見る。

そこでは、清姫に迫るスパルタ兵をマシュが。

オルタに迫るスパルタ兵を荊軻が押し留めていた。

 

「清姫さん、すみません! 荊軻さん! お願いします!!」

 

一人を殴り飛ばしたマシュが、清姫を拾いつつ荊軻の方へと投げつけた。

空を舞う和装の少女。それをキャッチした荊軻が、オルタも拾って後ろに下がる。

 

「マシュ、いいぞ!」

 

「はい! “疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”ッ――――!!」

 

下がった荊軻を見届けると同時、彼女は宝具を解放する。

立香の魔力はほぼジャンヌに回していた。

マシュの限界だって遠くはない。

それでも彼女の盾は、守護の意志を極限まで引き上げて光の盾を形成する。

 

その盾を全力で横薙ぎにスイング。

立ち並ぶスパルタ兵たちを、死力をもって薙ぎ払って吹き飛ばす―――!

 

弾き飛ばされるスパルタ兵たち。

即座に復帰してくると言っても、それでも何とか彼我に距離を作り出した。

 

「あっ、はっ……! ま、だまだ……!!」

 

宝具の光が消え失せる。彼女ももう限界。

だが限界であってもやらねばならない――――守るために。

 

「いや、嬢ちゃん。よくやった」

 

その彼女の目の前に、最前線でスパルタ王レオニダスを押し留めていたランサーが戻る。

同時に、彼の前に呂布の巨体が落ちてきた。

彼が手にしているのは、“軍神五兵(ゴッドフォース)”の射撃の型。大弓だ。

巨大な矢を番えながら地面に落ちてきた彼は、その矢先を正面のスパルタ兵たちに向けている。

 

「お前たちは全員下がれ、全力でな―――」

 

ランサーの言葉は有無を言わさぬ。

下がらなければ死ぬ、と言われているに等しい迫力でもって告げられる。

 

「は、はい……」

 

既に誰もが戦闘不能なのは事実。

呂布とランサーに着いていけるか、という思いもある。

マシュもまた、戦闘不能な二人を抱えていった荊軻を追った。

 

呂布の矢に魔力が充填されていく。

軍神五兵の砲形態は対城宝具。この戦場さえも一変させる、一騎当千の無双武具。

だがその兵器を前に、レオニダスの姿が真っ先に突っ込んでくる。

 

「例え宝具の一撃であろうともぉおッ!!

 誰かが防ぎ、誰かがその敵を打ち破ればよしッ!!」

 

盾を掲げ、呂布の前に躍り出るレオニダス。

その言葉に疑いなし。スパルタも、クー・フーリンも、呂布さえも。

あの炎門の守護者の盾は、対城宝具の一撃さえ防ぐと知っている。

光芒と化し放たれる呂布の一矢でさえ、彼は必ず防いで見せる。

呂布が一騎当千の矛ならば、敵のレオニダスもまた一騎当千の盾。

 

レオニダスの突撃に他のスパルタが全員続く。

雄々しき叫びが轟いて、人の波が瞬く間に迫ってくる。

 

()()()、呂布の選択は一つ。

彼は、その矢をレオニダスではなく下に向けた。

 

「なにィ……!?」

 

自分の足元に莫大な魔力砲を向けた呂布に、レオニダスも困惑する。

だが彼はそんな困惑知ったことかと、宝具の魔力を全て解放した。

 

瞬間、呂布を爆心地として巻き起こる甚大な爆発。

その爆風が彼を中心に圧倒的な爆風を巻き起こし、スパルタ兵の足を止めさせた。

確かにこの突風が、一瞬だけはスパルタ兵全ての足を止めた。

だがそれだけのために自爆したのか、と。

 

しかしレオニダスの目が、その爆炎の中から上空に飛び出した青い影を見て得心する。

爆風を利用して、助走無しの通常を超えた跳躍。

スパルタ全てを視界に捉えられる高度まで即座に舞い上がるクー・フーリン。

 

「総員、構えェエッ―――――!!!」

 

レオニダスの指示により、盾を持つ全てのスパルタが盾を構える。

だが、しかし。彼の槍は必中の魔槍。

放てば必ず敵を穿つ、絶対不可避の一撃――――!

 

「“突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)”ッ―――――!!!」

 

真紅の魔槍が解き放たれる。

クー・フーリンの全身全霊、全ての魔力を注ぎ込まれた槍が迸る。

限界まで反り、撓る全身から投げ放たれる一撃。

それが彼の手を離れた瞬間、敵スパルタ兵と同数まで瞬時に分裂した。

 

回避などという思考は最初からスパルタは持たない。

絶対中るというのなら、彼らはそれを耐え切り逆襲するだけだ―――!

 

赤い流星群が地上の兵士たちを蹂躙する。

この一撃は彼が編み出した妙技、“刺し穿つ死棘の槍”とは違う。

絶対必中の魔槍であっても、確実に心臓を貫けるわけではない。

一対一ならばそれでも心臓を穿ってみせるが、この軍団相手では全ての心臓は狙えない。

 

頭か。胴か。腕か足か。

全てのスパルタはどこかしらを槍に貫かれる。

それでも止まらない。絶命に至らない限り、スパルタは止まらない。

 

「スパルタはぁあああああッ!! 止まらないぃいいいいいッ!!!」

 

槍を防ごうとした盾は欠けている。しかし防げたわけではない。

ただ、腹を抉られたにも関わらず、レオニダスは怒号じみた咆哮を轟かせる。

同意の声が兵士たちから上がる。

 

クー・フーリンは全魔力を注いだ槍を放ち、そして空中だ。

そのまま落下するだけ。ならば、スパルタの進軍で押しつぶせる。

腕を失った兵士、足を失い這いながら続く兵士。

誰もが血を止め処なく流しながら、しかし止まらない。

 

だから。

クー・フーリンは、空中で笑った。

 

「だろうよ」

 

「―――――ぬっ!?」

 

彼が誰より高く跳んだのは、槍を投げるためだけではない。

そこならば、()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

―――ランサー! 宝具をもう一度!

 

令呪が下る。限界まで酷使した体に、魔力が強引なまでに充填される。

彼が投げ放っていた槍が、一つに融合して再び彼の手に戻ってくる。

空中で受け取った赤き槍をまた、全身全霊の力で引き絞る―――

 

「この一撃……!」

 

兵士はある程度減らした。もう百五十かそこらだろう。

その上、レオニダスすら例外なくどこかしらに槍を受け、動きも鈍らせた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――!

 

「手向けと受け取れェッ―――――!!

 ―――――――“突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)”ゥッ!!!」

 

再び、空から赤い流星群が空を翔けた。

槍を打ち合わせんと兵が槍を振るう。その槍を打ち砕き、心臓を穿たれた。

盾で逸らさんと兵が盾を掲げる。その盾を打ち砕き、心臓を穿たれた。

全てのスパルタに対し、絶死の一撃。

 

それは、レオニダス相手にさえ例外ではない。

彼もまた盾を構え、その一撃を受け止める。

全てを打ち砕く槍の一撃は、レオニダス王の盾さえも粉砕し、彼の心臓を貫いた。

 

血流が噴き出し、それが魔力となって散る。

兵士たちは心臓を失い、体を保てなくなり還っていく。

その中で、彼は―――

 

「まぁだまだぁあああああああッ――――!!!」

 

心臓を奪われてなお気炎を上げ、一人でもなお進撃を開始した。

クー・フーリンの着地が隙なのは変わっていない。

軍で進撃出来なくなったところで、彼が槍でやることは何一つ変わらない。

 

クー・フーリンは二度、全身全霊を懸けねば放てぬ宝具を連続で放った。

もう魔力体力以前に、霊基が限界まで軋んでいるはずだ。

少なくとも、もう休息もなしに宝具は使えない。

いや、それどころか限界の体では、着地の動作すら覚束ないほどだろう。

 

目の前でクー・フーリンが地面に降りる。

そのまま彼は、苦渋の顔で膝を落とした。

彼はこれ以上は立つ事さえ難しい。だが、スパルタはまだ進める―――!

 

「ぬぉおおおおおおおッ―――――!!!」

 

クー・フーリンに届く。彼の目前まで迫り、槍を放つ。

それは――――

 

「通、さないッ――――!」

 

割り込むように現れた少女の構える、巨大な盾に防がれた。

盾越しに見える少女の貌。いっぱいの恐怖と、少しの勇気。

そんな、確かな強さが見える少女の盾が、彼を阻んでいた。

 

「良き、盾……! だがぁッ!!

 盾だけでスパルタを止められると思っているのならばぁッ……!」

 

半分以上割れた自分の盾で、彼女の盾を克ち上げる。

そのまま少女を吹き飛ばそうとして―――

 

「思ってないから私がここにいるわけだ」

 

克ち上げた盾の後ろ、身を潜めるようにそこに刃を構える荊軻の姿があった。

槍も盾も振りぬいているレオニダスが息を呑む。

 

「ヌゥッ……!?」

 

「“不還匕首(ただ、あやめるのみ)”」

 

その懐に飛び込み、彼女の匕首が彼の首をなぞった。

深々と斬り込んだ傷口、そこから溢れる血液が彼の体を赤く染める。

 

それを受けながらもなお、レオニダスは荊軻を盾で殴り飛ばしてみせた。

驚愕した表情で地面を転がる荊軻。

 

「……っ、毒も塗ってあるんだけど、物ともしなすぎでしょ」

 

呆れも混ぜながらそう言う荊軻。

それに対し、レオニダスは血塗れの胸を張って堂々と叫んでみせた。

 

「この身は見ての通り既に心臓も穿たれたぁッ!

 つまり毒を受けようと、それが全身に回る道理なしッ!!

 今の私はぁああああ!! 毒程度では止まらなぁああいッ!!!」

 

そう叫びを挙げながら、槍を振るう。

マシュにはもはや踏ん張る力もないか、その一撃で後ろに弾き飛ばされた。

 

「っぁ……!」

 

「なら、力尽くで止めるしかねぇわけだ!」

 

弾かれたマシュの後ろから、朱槍が奔る。

それを半分しか残っていない盾で受け止めながら、レオニダスがそちらを向く。

 

「クー・フーリン……まだ、動けますかァッ……!」

 

「ったりめーだ。俺もテメェらも年期が違うだろうが……なぁッ!!」

 

「■■■■■■―――――ッ!!!」

 

クー・フーリンの呼びかけに応える、爆炎の中に沈んでいたもの。

灼熱を纏いながら、飛将軍が再び起き上がっていた。

その手には方天画戟となった“軍神五兵”。

 

彼の姿が大地を踏み砕きながら、レオニダスに向かってくる。

盾で受け止めていたクー・フーリンの槍を、自身の槍で弾き飛ばす。

同時に、方天画戟を盾で迎え撃った。

衝突の瞬間、衝撃に大きく仰け反るレオニダス。

 

「ぬ、うぅうう……!」

 

流した血液も魔力も、既に限界は超えている。

限界を超える事など日常茶飯事故に無視していても、それでもいずれ限界はやってくる。

攻撃を受け止めても、その場に踏み止まることもできない。

腕の動きも緩慢だ。クー・フーリンと呂布、どちらもなどとても捌けない。

 

「だが私は、スパルタだぁああああああッ!!!」

 

槍が奔る。

同時にクー・フーリンの魔槍と、呂布の方天画戟が奔っていた。

 

――――打ち合う武具。

その結果は、レオニダスの槍の破壊。

止まらぬ二人の英傑の宝具が、レオニダスの胴を薙ぎ払っていた。

致命傷を受けるのは何度目か。受けても動き続けた意識で考える。

ただ一つ分かるのは、今回は耐え切れなかったということだ。

 

幾ら動かそうとしてももう動かない四肢の感覚。

兜の下で彼が、血溜まりを口から溢れさせる。

 

「ぬ、ぐ、うぅ……! 私の負け、のよう、ですな……!

 申し訳ない、軍師殿。せっかく力を借りながら、少し……稼ぐ時間が足りなかった」

 

レオニダス王が、そう言って本陣の方を見る。

まだ、ブーディカとネロの邂逅は終わっていないだろう。

本来ならばそれくらいの時間は稼ぐつもりだったのだが。

 

「ブーディカ殿にもこれでは申し訳ない……

 だがしかし、いや、清々しい敗戦でした……」

 

そう言って、レオニダス王の姿はあっさりと消えていった。

限界の限界まで耐えた結果、本当にギリギリまで耐えていたのだろう。

 

マシュがそれを見て腰を落とす。

後ろを振り返れば、立香もジャンヌも清姫もオルタも全てを絞りつくしていた。

彼女たちを必死に世話するオルガマリーの姿が、全員が限界なのだとよく知らしめている。

 

ランサーさえも腰を落とし、呂布は全身から煙を噴き出している。

荊軻は比較的無事に見えるが、それは純粋に宝具の性質上の問題だろう。

暗殺宝具ゆえに、ただ消費が少なかった程度の話だ。

魔力の使用は最小限だったが、マスター近くの防衛線で一番飛び回ったのは彼女なのだから。

 

マシュももう、宝具どころか盾を振るうことさえ覚束ない。

―――でも、彼女は行かなきゃ。

レオニダス王が言っていた通りなら、ここでブーディカとの決着が着くのだから。

 

 

 




 
レオニダス好き!!(挨拶)
 


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“だれ”が彼のエンジンに火を入れたのか2014

 
台風こわ
 


 

 

 

ネロ・クラウディウスが足早にブーディカのいる天幕へと向かっていく。

彼女がそこへと手をかけた瞬間―――

 

まるで世界の全ての時間が止まったかのような、そんな状況が発生した。

全てが止まった世界の中で動く、ただ一人の例外。

彼は“逢魔降臨歴”を手にしながら、皇帝ネロの背を見ていた。

 

「この本によれば、普通の高校生―――常磐ソウゴは、魔王にして時の王者。

 平成ライダーの王、オーマジオウとなる未来が待っていた。

 だが、2015年にレフ・ライノールという男の手により決行された人理焼却。

 その影響により、仮面ライダーたちの歴史もまた、歴史の闇に葬られた」

 

ネロへ向けていた視線を外し、踵を返してその場から離れ始める青年。

彼の視線が改めて向けられるのは、開かれた逢魔降臨歴の頁。

 

「フランス特異点を攻略した常磐ソウゴたちは、ウィザードの歴史を取り戻した。

 そして、次なる特異点。ローマの中で、彼らはドライブの歴史に確実に近づいている。

 アナザーライダーをこの時代に生み出したスウォルツの目的とは。

 そして、アナザードライブの正体とは。この特異点における戦いの行方は如何に。

 その答えに辿り着くまで、皆様方にはもうひとっ走り―――付き合っていただきましょう」

 

彼が歩きながら、手にしていた本を閉じる。

その瞬間、全てが静止していた世界が時間の流れを取り戻す。

しかしその場からウォズの姿は完全に消え失せていた。

 

 

 

 

ネロの手が天幕の布を跳ね上げる。

その奥では、寝台にブーディカが一人腰かけていた。

 

「……助けに来たぞ、ブーディカよ」

 

彼女らしからぬ、と思わせる平静な声。

その声を聞いたブーディカは、困ったように乾いた笑い声で応えた。

 

「……はは、そんな事。―――言いに来たんじゃないだろ、ネロ」

 

ブーディカがゆらりと立ち上がる。

彼女の手には、既に武装が展開されている。

座っていた時には持っていなかった、剣と盾。それがいつの間にか。

ネロが、表情を変えずにそれを見る。

 

「……サーヴァント、というのが未だどういうものか原理は分からぬ。

 しかし、過去の偉大な者を生き返らせる魔術のようなもの、というのは分かっているつもりだ」

 

「そうだね。大体、それでいいと思うよ」

 

ブーディカの声は、とても静かだ。

それが、もう答えなのだろう。分かっていてもしかし、彼女は問う。

言葉にせず、何かを伝えられるほど器用ではないし―――

……言葉にせず伝えたつもりの愛は、誰にも返してもらえないから。

 

「……そなたは余に、自分はあの戦いを惨めにも生き延びてしまったと語ったな」

 

「言ったね」

 

彼女は微笑んですらいる。

この彼女の姿こそが、ローマが踏み躙った女王の姿なのだろう。

 

「嘘、なのであろう」

 

「嘘だよ。あたしは死んでる、今ここにいるのはローマに殺された亡霊さ。

 英霊、なんて笑っちゃうよね。

 ローマから何も守れず、挙句にロンディニウムではただの市民さえ虐殺した女王がさ」

 

自嘲するように乾いた笑い声をあげるブーディカ。

彼女は本当に自分の過分な評価を疎んでいる。

それが、よく伝わってくる。

 

「誰が……笑うものか」

 

「ローマが嗤ったんだろ?」

 

ネロの言葉に、即座に返すブーディカ。

ぎゅ、と唇を引き結んだネロが、一度だけ目を瞑る。

だがすぐにその双眸を見開いて、ブーディカを正面から見つめ返す。

 

「女王に王たる資格はないと、お前たちがあたしたちを蹂躙したんだ。

 あたしも、娘も、国も――――それとも、それさえアンタは否定するのか?」

 

「せぬ。余のローマがしたことだ。即ち、それは余のしたことだ。

 そなたの抱いた苦しみ、憎しみは余が与えたもの。

 なればこそ、晴らしたいと言うならば余に向けるがよい」

 

その言葉を聞いて、ブーディカの表情が崩れる。

泣きそうなほどに追い詰められた顔。

 

「そうしたいよ。でもね、アンタに協力してる連中の目的は世界を守ることだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あたしだって世界には救われてほしい。いつかに栄える子供たちを喜びたい。

 あたしの憎悪で、世界は滅ぼせない。滅ぼしちゃいけない。分かるだろう?」

 

「―――だから、余はあれだけの先人たちに導かれてきたのだ」

 

ネロの手が剣を執り、その切っ先をブーディカに向ける。

炎に燃える剣が天幕の内部を照らす。

 

「余はローマ。余は皇帝。余こそがネロ・クラウディウス。

 この世界に生きる皇帝として、僅かばかりローマを守りし神の加護を賜った。

 だから、今のそなたでさえも受け止めてみせる。

 そなたの憎悪を斬り裂いて、余はこのローマを未来に繋いでみせよう。

 遠慮などする必要はない。余は、ローマなのだから」

 

その憎悪をぶつけろ、斬り捨ててみせる。

そんな遠慮のない言葉を受け取って、ブーディカは小さく苦笑した。

 

「あはは、ネロ、らしい……でもね、分かるでしょ?

 あたしだけじゃないんだ。今のあたしの意志は。

 ローマを滅ぼしたいというあたしの意志に偽りはない。けど、これでも自分だけなら抑え切れないほど理性がないわけでも、ないと思ってる」

 

次の瞬間、天幕の上を突き破り、新たな影がその場に乱入してきた。

崩れ落ちる天幕は、ネロの剣から引火して一気に燃え上がる。

 

――――煌々たる炎に照らされた、赤い鎧。

ネロだけを狙う、アナザーライダー。

アナザードライブの姿が、その場に参上した。

 

ネロが視線をきつく絞り、その姿を検める。

彼女をローマ首都郊外で襲った、アナザードライブの異形の姿。

 

「――――それで、その者はなんだ」

 

「見れば、分かるだろう?」

 

「偽物であろう?」

 

ピクリ、とアナザードライブの姿が動く。

ブーディカも困ったように、ネロの事を見返していた。

 

「余のことを襲った者からは、明確に余への憎悪を感じた。だがそやつはどうだ。

 ブーディカ、お前を守ることだけしか考えていないのだろう?

 化け物の振りをした、ただの忠義の存在なのであろう?」

 

「………やっぱり、分かるもんだよね。

 そう、()はあたしのためにこうしてくれてるだけ。

 ―――――本当に、あたしはどれだけ無様なんだか。

 マシュに申し訳が立たなすぎる。こんな、彼ほどの誇りをこんな事に巻き込んで……!」

 

バリバリと、アナザードライブの姿が剥がれていく。

その赤い鎧の下からは、漆黒の鎧が現れてくる。

()()が解けてなお、全身鎧の姿である彼は小さく息を吐いた。

 

―――“己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)

彼が生前、友の名誉のために変装したことから発生した逸話宝具。

自身の正体の隠蔽。そして、他人の姿への変装を可能とする彼の宝具。

これがあるゆえに、彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ほんと……! なんであたしなんかのために……って、何度も思う……!

 ごめんね、ランスロット……! ごめんね、マシュ……!

 狂化してるっていうのに、あたしを守るためにそれさえ超えて尽くしてくれる……!

 それなのに、それほどの未来(キャメロット)があるのに、あたしは世界と復讐を天秤に掛けてる……!」

 

〈ドライブゥ…!〉

 

そうして、彼女の姿が変貌する。

彼女に仕込まれたアナザードライブウォッチが起動して、全身を怪物の姿が覆いつくす。

クラクションめいた奇音を何度か鳴らし、彼女はネロへと向き直った。

 

「それでもあたしはあたしが止められないんだ!!

 アンタを、ローマを許せなくて止められない!!

 滅びろローマ! 滅びろネロ・クラウディウス! 例えそれで世界が滅びるのだとしても!!」

 

「―――よい。ブーディカ、もう考えることは止めよ。

 そなた自身さえも止められない暴走は、余が受け止めてみせよう―――!」

 

既に人間を超えたネロと、アナザードライブの姿が交差する。

その光景を、ランスロットは静かに見守っていた。

 

 

 

 

皇帝とアナザーライダーと化した女王。

二人が衝突する様を、離れた丘の上から見ている男。

―――スウォルツは、その光景を見て楽しそうに笑っていた。

 

「やけに楽しそうだね、スウォルツ」

 

「ウォズか」

 

背後からかけられる声に、スウォルツが機嫌が良さそうに振り返る。

 

「既に俺のアナザードライブは最終段階だ。

 あとは()()()()()()()()()、アナザードライブの完成だ」

 

「おや? ブーディカをアナザードライブの契約者にしたのは、下準備だと?」

 

わざとらしささえあるウォズの返答。

だが、事ここに至っては既に逆転は不可能だ。

ドライブウォッチより先にアナザードライブウォッチが完成すれば、あとは聖杯だけだ。

 

「そうとも。最終的にはランスロットを使う。

 重要なのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という立ち位置だ」

 

「……なるほど。ブーディカは未来に存在する同郷の騎士を、身内に近しい愛し方をする。

 まあ、ランスロットはフランスの人間だが……

 彼女は彼を弟、息子同然の存在として愛することだろう。

 だが、その立ち位置はまるで……」

 

ウォズの疑問の声を遮り、スウォルツは続けた。

 

「その上、ランスロットには二つの宝具がある。

 自身を偽装する“己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)

 そして触れたものを自身の宝具と化す“騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)

 ピッタリだと思わないか? 未来のドライブ、泊エイジを葬りドライブに成り代わったロイミュード108、ダークドライブの役を割り振るには?」

 

ロイミュード108。ロイミュードのラストナンバー。

2035年の近未来。

仮面ライダードライブ、泊進ノ介の息子。泊エイジを殺害して、ドライブの力の強奪に成功。

時空を越える能力を持つネクストライドロンにより、2015年にタイムワープしてきた存在。

 

「―――つまり君は、ドライブの本来の歴史ではなくドライブが敗北した未来。

 ロイミュードの勝利した未来の方を引き出そうとしていると?」

 

「はははは! 本来の歴史? それを決めるのは誰だ?

 俺はただ、あるものを使うだけのことだ。

 いわば過去のアナザードライブというべき存在となったブーディカ。

 そして未来のアナザードライブとして準備したランスロット。

 その力を統合し、かつて過去と未来のロイミュード108が融合し、パラドックスロイミュードとなったように、アナザードライブを完成させる。

 その暁には、アナザードライブの力はダークドライブいや! タイプスペシャルに匹敵する!」

 

己の計画を語りながら、力強く笑みを浮かべるスウォルツ。

ウォズの視線が、手元の逢魔降臨歴に走る。

 

「仮面ライダードライブ・タイプスペシャル。時空を超越する戦士。

 なるほど。だからランスロットの宝具も必要だったわけか」

 

「ほう?」

 

ウォズの言葉に面白い、と言った風な表情を浮かべるスウォルツ。

それは本心からの表情か、あるいはそれを隠すための仮面か。

 

「彼がアナザードライブとなり、アナザートライドロンに接触した場合……

 彼の宝具が連動して、アナザートライドロンの宝具化が発生する。

 ドライブ・タイプスペシャルに匹敵する力を手に入れた彼の能力。

 それはアナザートライドロンを、いわばアナザーネクストライドロンに進化させるだけの力だ。

 そして本来エネルギーの問題で使用できないだろう、時空を越えるタイムロード。

 それを解決するためのエネルギーとして、この時代の聖杯を利用すれば……」

 

「―――自由に時空を走行するアナザードライブの完成、というわけだ。

 ドライブを経由すれば、他のライダーの力の回収も容易になる。

 そして既に、その計画はあと一手。ブーディカの――――」

 

そこまで聞いたウォズが、小さく笑いを漏らす。

ピクリと眉を動かして言葉を切るスウォルツ。

 

「何がおかしい?」

 

「いや、おかしくはないさ。

 事実、マシュ・キリエライトとロイミュード000を繋げての回収では追いつけない。

 けれどスウォルツ。君は一つ見逃している」

 

ウォズの視線が、ネロとアナザードライブの戦場に向く。

スウォルツの視線もそれを追った。

目前に広がる戦いの光景を見渡しながら、ウォズは手にした本を握る力を強くした。

既に確定したと言って差し支えないだろう、王の継承の儀に向けて。

 

 

 

 

アナザードライブが、踵から火花を散らしながら迫りくる。

それをネロは、正面から受け止めて見せる。

もう彼女は、何もできずに吹き飛ばされていた時とは違う。

 

相手の突撃をいなし、そのままアナザードライブの車体に剣を放つ。

直撃してもなお、火花を散らして一歩下がるだけ。

何とか力負けは避けられるようになったが、しかし攻撃があまりに通らない。

 

「………っ!」

 

「止める? アンタがあたしを? あたしはもう止まらない……!

 止められない――――!!!」

 

〈マッシブモンスタァー…!〉

 

彼女の両手の中に、タイヤを二つに割ったような武器が現れる。

相手を挟み潰すためのような形状。それが、即座にネロに向けて振るわれる。

 

剣を引き戻し構え直し、それを剣の腹で受け止めるネロ。

その衝撃で彼女の体は大きく後ろに吹っ飛んだ。

苦悶の声を漏らしつつも、何とか着地して向き直ればまたもその武器による一撃。

 

「ぐっ……!」

 

再び受ける。

身体能力が計り知れぬほど向上しているはずなのに、腕が壊れそうなほどの衝撃。

痺れて遅れる次の攻撃への反応。

その一瞬を見て、アナザードライブは両腕を一気に両側から振り抜いた。

 

怪物の大口であるかのように、挟み潰しにくるマッシブモンスター。

受けきれぬだろうその攻撃を前に、ネロは必死に後ろへと跳んだ。

ネロの体は何とか避けたが、剣だけはその大口に挟み食われる。

 

「しまっ……!」

 

力尽くでそのまま剣を彼女からもぎ取る。

アナザードライブは奪い取った剣とともに、マッシブモンスターを放り捨てた。

 

〈ランブルダンプゥ…!〉

 

そして、再装填される彼女の車輪。

今度はその腕にドリルが装着されていた。

ギャリギャリと金属同士が擦れる音を撒き散らしながら回るドリル。

その殺傷力の高さなど、見れば予感するには十分だ。

 

体勢を崩した彼女へ向けて、アナザードライブはそのドリルを突き出した。

 

そうして、

 

「ネロォオオオオオオオオッ―――――!!」

 

突如、彼女の前に実体化する霊体。

黄金の鎧と赤いマントを纏う、狂気の王の姿がそこに現れていた。

 

突き出されたドリルは止まることはない。

ネロの前に立ちはだかったそれ―――カリギュラの胴体を、確実に撃ち貫いた。

巨大なドリルに貫通され、誰がどう見ても明らかな致命傷。

その光景に、目を見開くネロ。

 

「伯父上……!」

 

ブーディカは、その登場に何の驚きもないといったよう。

致命傷を負ったカリギュラに対し、アナザードライブが蹴りを放つ。

胴体を貫通するドリルから抜けて吹き飛び、地面を転がるカリギュラの姿。

魔力に還り始めた彼の体は、ネロの足元で止まった。

 

咄嗟に膝を落とし、彼へと手を伸ばすネロ。

伸ばされたその腕を掴み、カリギュラは彼女の体を引き寄せた。

瀕死の状態にありながら伸ばした彼の掌が、ネロの頬を優しく撫でる。

 

「ネロ……我が、美しき、姪……我が、愛しき、アグリッピナの、子………

 我が、ローマの、至宝……そなただけは、ただ、ただ、うつくしく、あるだけで……

 お前はせめて……ただ、幸福で、あってくれ………」

 

最後に彼は一度微笑んで、金色の霧へと変わっていった。

ネロを愛し、優しかった伯父。

最後の最期に、ただ()()()()()()()()()()()()()()。逃げてもいい、と。

彼はそう言いたかったのだろう。

 

けれど、と。

彼の最期が放つ光の中で、ブーディカへ向け顔を上げる。

砕けたような兜ごしに、彼女と視線を突き合わせる。

 

「見逃したのだろう。いまこうしている余も、そしてここに駆け付ける伯父上も。

 肉親を目の前で失う苦しみか? それを味わう余を見たかったか?

 だが言おう。娘とともに凌辱されたお前の苦しみは、余には味わえぬ。

 こんな事をしても、余はお前の苦しみを分かち合えぬ。

 余には、お前の苦しみを一部たりとも感じることさえ出来ないだろう。

 その上で問おう。お前の抱く憎悪が、今の光景でほんの一欠片でも晴れたか?

 余とローマを滅ぼした先に、少しでもお前の心は安らぎを得られると思えたか?」

 

「――――それを聞いて、どうするっての?」

 

ブーディカが僅かに声を詰まらせた。

それだけでよかった。

ネロが立ち上がる。剣も奪われた彼女には、既に相手と渡り合う手段もない。

 

「―――いや、よい。答えられぬ、というのならそれが答えだ。

 ただ、余がお前を止めねばならぬ理由が増えただけのこと。

 ブーディカ。余にできることは、お前の苦しみをこれ以上増やさせはしないことだ」

 

彼女が向ける視線に、アナザードライブが震える。

止めてみせる。これ以上苦しませない。

彼女の言葉全てが血液を沸騰させるほどに怒りを生み出す。

アナザードライブの車体から幾度もクラクションの音が吐き出される。

 

「………ッ、そうやって! また奪うのか!!

 ローマこそが正しいと!! あたしの復讐さえも、あたしの過ちだと切り捨てるのか!!!

 お前たちローマはぁッ!!!」

 

ドリルを今度こそネロに叩き付ける。

彼女の手に剣はない。それを防ぐ手段はない。

回避しようとしたところで、そもそもこっちの方が足回りだって早い。

止めようと思えば重加速だってある。

 

そうして、彼女が突き出したドリルの一撃は――――

 

「わたしにそれが正しいか、間違っているかは分かりません……!

 わたしに分かることは一つだけ……!

 今のブーディカさんを見ているのは、とても哀しいということだけです―――!」

 

「マ、シュ………っ!?」

 

マシュ・キリエライトの盾に防がれていた。

マシュは満身創痍。そのまま押し切ろうと思えば、十分できただろう。

しかし彼女の登場に、アナザードライブが後ろによろけた。

 

直後、黙って停止していたランスロットが始動する。

 

「Gaaaaaaaaaaaalahaaaaaaaaaaaaaa――――――!!!」

 

「ランスロットっ!?」

 

マシュを狙おうとするその騎士の動きに、ブーディカから悲鳴が上がる。

 

彼は召喚されてから一度も戦闘行為などは行っていないほぼ完全な状態。

今のマシュにも、当然ネロにも彼の動きは止められない。

足元に落ちていた燃え残った木の棒を手にし、彼はマシュへ向けて加速し―――

 

「アンタは俺!」

 

その間に割り込んだ、ジオウがそれを迎撃する。

宝具化した木の棒を、ジカンギレードで斬り払う。

即座に木の棒を放したランスロットが、ジカンギレードに手を伸ばしてくる。

刀身に手を触れると、黒い魔力がギレードを染めていく。

 

「それ、前に見たやつ!」

 

彼の手が、別のウォッチを握る。

それを至近距離からランスロットに投げつけると、同時にそのウォッチが展開した。

突然頭上にバイクが出てきて、ランスロットの頭を殴りつける。

 

ガクガクと頭を揺らすランスロットの隙をついて、その腹に蹴りを叩き込む。

甲冑を盛大にガチャガチャと鳴らしながら彼の体は、大きく後ろに転がっていった。

バイクをウォッチに戻し、ジオウが振り返ってマシュに目を向ける。

 

マシュが、彼に頷いて返す。

 

「ブーディカさん。貴女を止めに来ました」

 

「マシュ……」

 

アナザードライブが更に一歩下がる。

彼女を倒そうとすれば、今のブーディカには簡単なことだ。

マシュには魔力もほとんど残っていない。

とても簡単に……

 

「―――わたしの知ることで、わたしの生きてきた経験で……

 貴女を止めるための言葉は思い浮かびません。

 わたしでは、今のブーディカさんの想いだって否定していいのか分からない。

 だから、わたしが、わたしにとって一番正しいと思うことを選びます。

 ブーディカさんの復讐は否定できない。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そう言って彼女は、残り少ない力でしかし力強く盾を構えた。

それを見て、自分がどれだけ無様なことをしているか思い知らされる。

この力を植え付けられ、復讐という選択肢に偏ったことは確かだ。

けれど、この感情は全てブーディカの裡から生じた真実の想い。

 

それが、ランスロットにさえマシュを襲わせている。

分かっている。止まれ、止まらなきゃいけない。

そう思っても、でももう止まれないのだ。

 

「あた、しは………! もう……! なんで……!!

 それでももう、こうするしかないんだッ……!!!」

 

限界まで精神が張り詰めた彼女が、重加速域を展開する。

一気に周囲に広がっていく重加速現象。

マシュも、ネロも、ジオウも、ランスロットも、全ての動きが鈍くなる。

その全てが止まっているような空間の中で、アナザードライブはネロに向かって歩み出した。

 

 

 

 

スウォルツがすい、と腕を振るう。

その瞬間、アナザードライブを中心にこちらまで広がってきた重加速域が静止した。

この場への重加速の展開現象の時間だけが止まっていた。

 

「さて、そろそろ終わりだ。

 ブーディカに殺させるのはネロ・クラウディウスでも良かったが……

 ちょうどいい。常磐ソウゴの仲間の女、奴にかかる重加速だけ止めるか」

 

スウォルツがマシュへと向かって手を伸ばす。

彼女への重加速を止めれば、マシュは必ずブーディカを止めようとするだろう。

もし、ネロを守った結果自分が死ぬことになったとしても。

 

ネロでもマシュでも殺した時点で、限界まで張り詰めたブーディカの精神は崩壊する。

肉体に依らぬ魂、サーヴァントである以上、精神の過負荷で彼女の霊基は崩壊。

その場には、完成されたアナザードライブウォッチだけが残るだろう。

 

「……マシュくんではなく皇帝ネロが死ねば、人理焼却が止まらない。

 君の目的にとって、我が魔王の覇道が必要なのではなかったのかい?」

 

「そんなものはどうとでもなる。

 それよりどうした? この俺が見逃しているものがあるのではなかったか?」

 

「これから先、すぐにその光景を見ることになる。説明する必要もないさ。

 そして、わざわざ君がマシュくんの重加速を解消する必要もない」

 

振り返るスウォルツ。その顔がウォズへと向けられる。

 

「ほう? まるで奴がこれから自力で解除するとでも言いたげだな」

 

「自力とは言い難いがね。だがとりあえず、一応言っておこうか。

 君はランスロットをアナザードライブの未来の息子、という位置に据えた。

 ただ我が魔王の近くにはね、もう一人。まったく同じ条件を満たせる人間がいるんだ」

 

ウォズの言葉に、目を見開くスウォルツ。

その視線が、再びアナザードライブの戦場に向けられる。

 

 

 

 

止まった時間の中で、彼女が皇帝ネロに向かう姿をただ見送る。

体は亀の歩みより遅く、ゆっくりとしか動かない。

何もできない。自分の力では。この重さは、彼女に泣くことすら許してくれない。

 

ブーディカを止めたいと願った。止めると決めた。

なのに現実は、その力を前にして何もできないでいるしかない。

 

………それでも。それでも、それでも!

わたしは彼女を止めたい、手を伸ばしたい、引き戻してあげたい。

だって……そんな事を言っていいのか分からない。

彼女にとってはただの迷惑かもしれない。

でも―――彼女は母、のような優しさで抱きしめてくれたから。

助けたい、助けたい、助けたい―――――!!

 

そう願う彼女が腰から下げた袋の中で、何かが熱を帯びる。

いつの日か、パラドックスロイミュードに追い詰められた仮面ライダードライブ。

その彼に、本物の未来の息子からのエールが届いたように。

その熱は彼女に叫べ、と言っている気がした。

 

重加速域の中にいるはずの、彼女の体が動く。

ウォズから渡されたその袋の中から、ブランクウォッチを取り出す。

―――既にそれは、赤と黒の二色のウォッチへと変貌していた。

 

「ソウゴさん――――!!!」

 

マシュは、その力でブーディカを必ず止めてくれる人にそれを投げ放つ。

重加速の中で動いた彼女に、アナザードライブが困惑する。

その中で放物線を描いて飛ぶ、ウォッチの存在にも。

 

果たしてそれは、彼の手の中に届いた。

 

「うん、分かった。止めるよ、絶対に」

 

〈ドライブ!〉

 

ウォッチのエネルギーが、ジオウを重加速から解き放つ。

そのままドライブウォッチを、ジクウドライバーへと装填。

流れるように、ジクウドライバーを回転させる。

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム! ドライブ!〉

 

赤いボディ、そして肩アーマーには巨大な車輪。

ジオウに隣り合う位置に、ウォッチがドライブアーマーを形成される。

アーマーのパーツが分割し、ジオウに重なり装着されていく。

 

〈ドライブ!〉

 

ジオウの頭部のインジケーションアイが、新たなアーマーの状態を示す。

即ち、その顔に“ドライブ”という文字を。

新たなアーマーへの換装を完了したジオウが、ドライブが。

マシュの願いに応え、アナザードライブを止める為に降臨した。

 

「―――ひとっ走り、一緒にどう?」

 

重加速域をドライブアーマーのエネルギーが捻じ伏せる。

止まった時間が、再び未来へ進むために動き出す。

きっといつか、最善の未来に辿り着くため―――

正義の魂という名のエンジンに今、彼女を守りたいという想いの火が入れられた。

 

 

 




 
はわわがアナザードライブ周りの現象を理解できていたのは、ウェイバーがランスロット(アーサー王にやたらと絡む正体隠匿+宝具化能力を持つ奴)を知っていたから。
ブーディカを庇う理由があり、必要な条件を完全に満たせてしまう奴だったのではわわがはわわご主人様こいつを犯人です!となりました。
ついでにイスカンダルの戦車を青いのがバイクで追いかけてきてエクスカリバったのはあいつの偽装能力にはめられたせいでは?となってファック!ってなりました。
 


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彼女は“なに”を遺していくのか2015

 
普通に仮面ライダージオウにするかジオウ・ザ・カメンライダーにするか微妙に悩みどっちでもいいやという結論に辿り着く。
 


 

 

 

真紅のボディ。

ドライブを模したアーマーに覆われたジオウが、疾走の前に軽く腰を落とす。

そうして急発進をする直前。

 

「祝え!!」

 

その目前にウォズの姿が現れ、腕を掲げて声を張り上げていた。

アクセル全開のつもりが、一気にブレーキをベタ踏みするジオウ。

一歩目で足元から火花を散らして停止する。

 

「全ライダーの力を受け継ぎ、時空を越え過去と未来をしろしめす時の王者!

 その名も、ジオウ・ザ・カメンライダー! ドライブアーマー!

 また一つ、ライダーの力を継承した瞬間である!!」

 

「……ウォズ。いきなり出てきたら危ないよ、車は急に止まれないんだから」

 

自分の目の前に立っているウォズを避ける。

それに随って頭を下げ、後ろへと下がっていくウォズ。

 

「ええ、では我が魔王よ―――

 スタート・ユア・エンジン! その御心のまま、どうか存分に走られよ!」

 

ギュルル、とジオウの踵から車輪の回転する音が轟いた。

目指す相手はただ一人。目の前にいる、アナザードライブだけだ。

地面の土を巻き上げながら、赤の車体を纏ったジオウが加速した。

 

「ッ、ソウゴ……!」

 

「マシュの代わりに、俺があんたを止めるよ。ブーディカ」

 

加速してきたジオウの拳を、アナザードライブが迎え撃つ。

正面から突き合わせた互いの拳が火花を噴いた。

弾け合う拳を引き戻すと同時に、二人が共に身を捻り脚を振り上げた。

衝突する互いのハイキック。

 

「俺たちがあんたを止めようとするのは、あんたが間違ってるからじゃない―――

 あんたに、止まって欲しいからだ―――!」

 

「それでも、止まれないからあたしはぁッ!!!」

 

〈マックスフレアァ…!〉

〈ファンキースパイクゥ…!〉

〈ミッドナイトシャドォー…!〉

 

アナザードライブがその車体から三つの車輪を放つ。

炎を思わせる赤い車輪。棘に覆われた緑の車輪。手裏剣のような紫の車輪。

それが脚をぶつけ合う姿勢のまま放たれ、ジオウに向かって殺到した。

 

脚を振り上げた姿勢のまま、地に着いた足の踵が唸る。

片足のまま車輪で走行を開始することで、アナザードライブから距離を取る。

バック走行するジオウの目の前を通り過ぎていく三つの車輪。

 

躱した直後、ブレーキをかけて上げていた足を地面に下ろす。

と、同時。肩アーマーにあるタイヤが大きく光った。

アナザードライブが放ったのと同じ車輪が、ドライブアーマーからも射出される。

 

炎に燃える車輪同士。無数の棘を飛ばす車輪同士。分裂して舞う車輪同士。

それらが空中でぶつかり合い相殺する。

 

「くっ……! なっ……!?」

 

次なる車輪を射出しようと、胴に力を込めるアナザードライブ。

その体を、小さな赤い車両が吹き飛ばしていた。

ドライブアーマーの腕から射出されたシフトカーを模した武装、シフトスピードスピード。

それがアナザードライブの胴体にクリーンヒットしていた。

 

撃ち出したシフトスピードスピードを腕に戻しながら、ドライブアーマーが立ち誇る。

 

「この力は、民を守るためにどこまでも走り抜くための力だ。

 復讐のために、心のブレーキを壊すために使うものじゃない。

 だから、あんたが自分で止まれないって言うなら―――」

 

ドライブアーマーからエンジン音が轟いた。

ジオウが右腕の肘が膝につくほどに体勢を低くする。

加速のための予兆。

それを前に、ダメージから立ち直ったアナザードライブが体を震わせる。

 

「俺があんたにドライビングで勝って、正面から止めてやる!」

 

ジオウの体が、一瞬にしてトップスピードへと達する。

その真紅の突撃を前にしたアナザードライブが、先程以上に車輪を放つ。

とにかくとばら撒かれた幾つもの車輪が、無軌道に暴れ回る。

 

〈ジャスティスハンタァー…!〉〈マッドドクタァー…!〉

〈ファイアーブレイバァー…!〉〈ランブルダンプゥ…!〉

〈スピンミキサァー…!〉〈ローリングラビティ…!〉

 

タイヤから放たれる様々な物体や、振り回されるアーム。

その合間を通り抜け、ジオウはアナザードライブへと接近する。

嵐のような攻撃を潜り抜けた先、彼はアナザードライブの目前へと辿り着き―――

 

割れたようなクラクションの音が轟く。

横合いから、事故車のような悲惨な外見のスポーツカー。

アナザートライドロンの姿が、ジオウとアナザードライブの間に割り込んだ。

その上には、ランスロットの姿がある。

彼が車体に置いた手からは、黒い魔力がアナザートライドロンに広がっていた。

 

「ランスロット……!」

 

自身を守るために立ちはだかる狂気の騎士。

それに僅かに目を伏せて、しかしブーディカもその車体に飛び乗った。

 

「“約束されざる守護の車輪(チャリオット・オブ・ブディカ)”ァッ!!」

 

そうして、そのアナザートライドロンの目の前に舞い降りる彼女自身の宝具。

ケルトの神々から飛行能力の加護を与えられた、二頭の白馬が牽く彼女の戦車。

それを召喚した彼女が、更に自身の胴体に新たな車輪を装填する。

その車輪はすぐさま外れ、アナザートライドロンへと装着された。

 

〈フッキングレッカァー…!〉

 

レッカーのアームがアナザートライドロンから放たれ、空舞う戦車を捕まえる。

アームを巻き上げれば、戦車に引き摺られて飛行を開始するアナザートライドロン。

更に、射出されていたローリングラビティの車輪が輝いた。

空に引き摺られていたアナザートライドロンの下に、強引に車道を生成してみせる。

 

そして無理矢理空中を走る環境を整えた車体の上。

マシンの制御をブーディカに返還したランスロットが身を起こし、空飛ぶ車輪を掴みとる。

ジャスティスハンター、そしてスピンミキサー。

 

二つの車輪をランスロットが漆黒に染め、己の武装と変える。

彼がそれらを振るうと同時に放たれる、鉄柵とコンクリートの弾丸。

相手の動きを止めるための弾幕が、空より無数に降り注いだ。

 

それを回避するために、足から盛大にタイヤの唸る音を立てながら動くジオウ。

空へと逃れた相手に、シフトスピードスピードを射出する。

だが、それはコンクリート弾に迎撃され、コンクリートの塊にされて落とされる。

 

「届かない……! だったら、こっちも飛ぶしかないけど……!」

 

ジャスティスハンターより射出された鉄柵を纏めて弾く。

止まないコンクリート弾の雨を潜り抜け、空を行く赤い車体を見上げる。

 

()()()()()()()……!」

 

そう言って空を睨むソウゴ。

それを見て、後ろでマシュやネロと共に控えるウォズが小さく笑った。

 

 

 

 

ドライブウォッチを完成させられた。

以上、既にここにいる必要はない。

スウォルツが目前で行われている戦いを見ながら、面倒そうに顔を顰めた。

ドライブから連鎖させるのでない以上、またジオウの時空のサルベージを待つ必要がある。

 

「まあいい。ならば、次の特異点は……」

 

そこまで口にしたスウォルツが、何かに気付いたように頭上を見上げる。

直後に発生する、バキバキと空間が罅割れていく異様な光景。

まるで硝子が割れるように砕け落ちて、大穴を空ける空。

それを見たスウォルツが、妙なものを見たと表情を歪めた。

 

「ジェネレーションズウェイだと? この状況で、タイムマジーン……?

 俺やオーマジオウの力ならともかく、タイムマジーン程度の貧弱な時空転移システムでは……」

 

人理焼却は免れないはず。と続けようとして、しかし口を閉じる。

そして視線を空の大穴から地上で戦うジオウに向ける。

 

「―――なるほど。2035年のドライブの歴史を経由したせいか……

 2035年に常磐ソウゴが存在しているならば、それはもはやオーマジオウだ。

 今の奴にその力を引き出すことはできないだろうが……

 この程度はやってみせるということか」

 

そう言って、何かを確かめるようにジオウを見続けるスウォルツ。

だが、不意に視線を外して踵を返して歩き始める。

 

「だが、所詮は片鱗か。これではまるで足りない、この俺が目的を果たすためにはな」

 

そう言いながら歩き去る彼の体は、次の瞬間にはこの時代から完全に消えていた。

 

 

 

 

〈タイムマジーン!〉

 

それは急に空に大穴を空けて、ジオウの前に降ってきた。

ランスロットの降らす鉄柵やコンクリート弾を弾きながら現れる車体。

エアバイクを思わせるようなその形状。

それが乗り物らしいというのは見て分かるが……

 

「なにこれ?」

 

「それはタイムマジーン。我が魔王、君の思うが儘に使うと良い!」

 

ウォズがそう言うと、タイムマジーンの下でハッチが開く。

そこから乗れということだろうか。

 

「思うが儘って言ってもなぁ…」

 

そう言っている間にも、それは砲台となっているランスロットからの攻撃を受け続けている。

とりあえず考えるのは後にして、タイムマジーンとやらに駆け込む。

それっぽいハンドルとかディスプレイがあるけど、何が何やらである。

 

「どこ動かせばいいんだろ」

 

こうしている間にも外は攻撃されている。

とりあえずハンドルを動かせばいいのだろうか、とそこに手を掛けようとして―――

 

「うむ。余に任せよ!」

 

「あれ、ネロ?」

 

いつの間にか乗っていたネロが、そのハンドルを掴んでいた。

ぐいん、と彼女がそれを引けばぐいん、と機首を上げるタイムマジーン。

どこにも掴まっていなかったジオウが車内を転がる。

 

「ソウゴはマシュに代わって、と言っていたな。

 というのであればやはり、余は余の役目を果たさなくてな―――

 悪いが騎馬の役割、まだ果たしてもらうぞ。ソウゴ」

 

言いながら操縦桿をガチャガチャ動かしてみせるネロ。

 

「いや、それはいいんだけどさ……」

 

ぐわんぐわん揺れるタイムマジーンの中。

壁に縋りつくジオウが、壁のタッチパネルっぽい場所を触ってみる。

時空転移システムだの何だのの表示がエラーを吐きまくっていた。

さっぱり分からん状態である。

 

「なので余にこれの動かし方を教えてくれ!」

 

「さあ……? 俺も分かんないや」

 

一瞬、沈黙。

だがしかしすぐにネロは再起動した。

 

「ならばやってみせるだけだ! 行くぞ、ソウゴよ!」

 

「うーん。まあ……何か、行ける気がしてきたような、そうでもないような?」

 

ネロとジオウ、二人が左右の操縦桿を片方ずつ握る。

ガクガクと揺れていたマジーンがくるくる回りながら、何とか一応動き始めた。

 

その何とか動くタイムマジーンでもって、決戦を仕掛けに行く。

目標は当然、ブーディカの戦車に牽かれているアナザートライドロン。

そいつを目掛けて、全力で加速する。

 

空中で二台のマシンが激突した。衝撃で弾け合う二台のマシン。

振動でアナザートライドロンの上に立っていたランスロットが転倒する。

その際に彼が手放した二つの車輪が、空中に投げ出されて消えていく。

 

「くっ……! こっちが先に撃ち落とす、だけだッ―――!!」

 

アナザードライブは前を牽く戦車に乗り込み、馬の手綱を引いていた。

即座に進行方向を切り返す戦車。レッカーに牽かれ、それに連動するアナザートライドロン。

そのタイヤから、迎撃のため無数の車輪が射出された。

色とりどり、様々な形状のタイヤが飛来する。

 

「こちらにも何か矢のようなものはないのかっ!?」

 

ネロが叫ぶ。あれを全て避けながらの突撃は無理だ。

撃ち落とさなければ、こっちが先に撃ち落とされる。

 

「えーと……? うん。無理、分かんない! 避けよう!」

 

「ええい、正直なやつめ! よし、回避だ!」

 

相手の遠距離攻撃を前に、端末を流し見してみるソウゴ。

レーザーとかミサイルとかあるようなないような気もするがよく分からない。

せめて落ち着いてからじゃないと。

 

速攻で諦めて、二人揃って操縦桿を後ろに引く。

前進を取り止めた代わり、空飛ぶタイヤが車体を掠める程度。

何とか回避は成功して―――ガッチャン、と何かが大きく切り替わるような音がした。

 

「え?」

 

〈ドライブ!〉

 

「なに!?」

 

次の瞬間、タイムマジーンが飛行するのを勝手に止めていた。

地上に落ちていくタイムマジーン。

乗っている二人を一瞬だけ浮遊感が襲う。

 

驚いている暇もなく、大地を砕きながら着地するその巨体。

それはバイクを思わせるビークルから、完全に人型の巨大ロボに変形していた。

頭部には今ジオウが使用しているドライブウォッチが装填されている。

 

「何だ、なにがどうなったのだソウゴ!?」

 

「えーと。あ、そっか。なるほど……なんか、いける気がしてきたかも!」

 

着地の衝撃であたふたしているネロを差し置いて。

ジオウが、外を移すディスプレイを見て何かに思い至っていた。

外ではまた車輪を飛ばす攻撃が、地上に降り立ったタイムマジーンを狙っている。

 

「今度はちゃんと飛べると思うよ、多分!」

 

言って、ホルダーから一つウォッチを外すジオウ。

かなり曖昧な言葉にしかし、即座にネロは再び操縦桿を動かしていた。

 

「多分か! よし、信じた! 任せるぞ!」

 

タイムマジーンに迫りくる無数の車輪。

そんな状況の中で、タイムマジーンの胴体から巨大なウォッチが浮かび上がった。

それはそのまま今頭に付いているドライブウォッチを弾き飛ばし装着される。

 

〈ビースト!〉

 

黄金の獣の顔が、タイムマジーンの頭部に装着されていた。

獣の咆哮を放ちながら再起動されるタイムマジーン。

ライドウォッチが上げただろう音声に、おお、とジオウが関心を示す。

 

「ビースト……ビーストって言うんだって!」

 

「そうか! ビーストか! ……それは一体、何の話なのだ?」

 

何やらソウゴがテンションを上げたので追随するネロ。

何のことやらさっぱりだが、冷静に考えて今の状況で分かっている事の方が少ない。

とりあえず、分からないことが一つ増えた程度は些末事と割り切る。

 

「この力のこと!」

 

言いながら、ジオウが操縦桿を大きく動かした。

連動して、タイムマジーンが右腕を大きく横に上げてみせる。

するとその右肩に、隼の頭部が現れていた。続いてそこから展開される橙色のマント。

 

そのマントを現したタイムマジーンが、一気に飛翔を開始する。

風を切り空を舞うファルコンの如き様相。

隼の力を得たマジーンが飛来するタイヤを次々と回避しながら前進し、アナザートライドロンへと一気に迫っていく。

 

「速い……!」

 

戦車上のアナザードライブが息を呑む。

時速700Kmを超える飛行速度を持つタイムマジーンが、更に隼の飛行能力をもって飛来する。

風を掴み飛行する相手に、射出した車輪の攻撃はその姿を捉えきれずに消えていく。

 

そうして、アナザートライドロンの目前まで迫った時。

 

「ネロ、あとこっちはお願い」

 

そう言ってジオウは、操縦桿から手を放す。

ぴくりと小さく眉を揺らしたネロが強く頷き、二つの操縦桿を一人で握った。

 

「―――うむ! 任せるがいい! 何となく、できるはずだ! 皇帝だからな!」

 

そういう彼女に一度頷き返し、ジオウはタイムマジーンからその身を外へと投げ出した。

同時に、アナザートライドロンにタイムマジーンの腕が掴みかかる。

金属が盛大に拉げ、潰し合う音。

 

ジオウが飛び降りてすぐ。

タイムマジーンの頭部からビーストウォッチが弾け飛び、ブランクウォッチが装着される。

だが次の瞬間、アナザードライブ上に着地したジオウの頭部、ドライブの文字が輝いた。

またもタイムマジーンの頭部が弾け飛ぶ。

続けて改めて装着されるのは、ドライブウォッチの頭部。

 

〈ドライブ!〉

 

ドライブマジーンになり、地上走破能力と引き換えに飛行能力は低下した、が。

既にここで掴みかかっている以上どうとでもなる。

そうと言わんばかりに、アナザートライドロンを殴打し始めるタイムマジーン。

ドライブウォッチの力で、アナザートライドロンが損傷を負い始めた。

 

そんなトライドロンの上にいるランスロットが、それに対応しようと動きだし―――

しかし、即座に目の前に現れたジオウに動きを止められた。

彼が手にしたジカンギレードが閃いて、ランスロットを一閃する。

 

鎧を斬り裂く一撃。それに一瞬呻き、しかし彼は止まらない。

自身の胴体を斬った刃に手を伸ばし、その剣を握る腕を絡め捕る。

ギレードを漆黒に染めながら蹴りを見舞い、ジオウからジカンギレードを奪い取ってみせる。

 

奪った剣でのジオウへ即座の反撃。

赤いドライブアーマーの表面を削り、盛大に火花を散らす。

構え直すランスロットの前で、ジオウが拳を握り彼に叫ぶ―――

 

「あんただって、もう止まる時だ。ブーディカは俺たちが止める……!

 だからあんたもこれ以上、止めることから逃げるなよ―――!!」

 

僅か一瞬、その言葉にランスロットの動きが静止する。

その瞬間にジオウのボディから白煙が噴き出した。

踵からホイールの回る音と火花を散らし、アナザートライドロン上を走るジオウ。

 

赤のボディが盛大にエンジン音を撒き散らしながら、極限までスピードを発揮する。

その速度を全て載せた拳が奔る。奔る、奔る、奔る――――

ランスロットに対して拳撃を連続して叩き込んでいくジオウ。

赤い光を帯び始めた拳が、ランスロットを逃がす暇なく打ち据える。

 

それに対応するための暇も与えず、ランスロットの鎧をやがて粉砕するジオウの拳。

数え切れぬほどに放った連撃の拳は、霊核までも突き抜ける衝撃。

その攻撃から解放された時点で、彼は完全に撃破されていた。

 

それでも、立ちはだからねばと。ランスロットは立ち続けようとする。

が、高速で空を舞うスポーツカーの車上。

ふらりふらりと揺られるランスロットの体は、留まる事も出来ずに空中へ投げ出された。

 

「Arrrr―――――thurrrrr―――――……」

 

小さく、弱々しく、嘆くような叫びを漏らし、虚空に光と消えていく黒騎士。

 

それと同時。遂にアナザートライドロンが火を噴いた。

タイムマジーンの攻撃にメキメキと悲鳴を上げ続ける車体。

そこから爆発が巻き起こる。

 

爆発の衝撃に、空中でアナザートライドロン用の車道を敷いていたローリングラビティが消える。

そうなればだらりとブーディカの戦車にぶら下がるしかないアナザートライドロン。

更にその車体に組み付いているタイムマジーン。

その重量が、ブーディカが直接騎乗する戦車ごと地上に引き摺り落としていく。

 

「ランスロット……ごめんっ……! ぐっ……!?」

 

ブーディカの戦車の飛行能力を、引きずり落とそうとする力が上回る。

その結果、当然のように彼女たちは全員で落ち始めた。

 

真っ先にアナザートライドロンが。それを押し潰すようにタイムマジーンが。

レッカーの切り離しも間に合わず、戦車とアナザードライブも。

もちろん、ジオウも。

 

地上に落ちて、爆発炎上するアナザートライドロン。

タイムマジーンが転がるようにその上から退避して、爆炎から逃れる。

レッカーから切り離されていないブーディカの戦車は引きずられ、その炎の中に共に包まれた。

落下の衝撃で御者台から投げ出されたアナザードライブが、ゆっくりと立ち上がる。

 

「あたしは……まだ……!」

 

ドライブアーマーが彼女の前に着地する。

止まれない彼女の代わりに、彼女を無理に走らせるあんなものは壊してしまおう。

彼女を信じ抜いたマシュの代わりに。

彼女の車輪は途中で止まっても、その先へと走っていく彼女を継ぐものはあるのだと。

――――伝えてあげるために。

 

「これで、終わりにする―――!」

 

〈フィニッシュタイム! ドライブ!〉

 

ジオウの指が、ジクウドライバーにセットされた二つのライドウォッチを押し込む。

そのままドライバーのロックを解除し、必殺待機状態へと移行する。

彼の後ろで、頭のウォッチが弾け飛びタイムマジーンがビークルモードへ変形した。

 

「――――うむ。よく分からんが、この通りに動かせばよいのだな!?

 任せよ、ソウゴ! ――――そしてブーディカよ。

 ……余も止まれぬ、止まるわけにはいかぬ。

 そなたが女王であったように、余が皇帝である故に――――!!」

 

ドライブアーマーの踵が唸りを上げ、ジオウの体を一気に加速させる。

地面の土を跳ね上げながら迫るジオウが、体を大きく下に逸らした。

握り締めた拳を、大きく下側へと振りかぶる。

 

そしてアナザードライブに接近した直後。

振り下ろした時の数倍の速度でもって、ジオウは拳を跳ね上げた。

アナザードライブの胴体を撃ち抜く、全力のアッパー。

直撃した彼女の体が、空へと向かって大きく打ち上げられた。

 

同時に、ネロの乗るタイムマジーンが空へと飛ばされたアナザードライブを追う。

そして空中で、アナザードライブを覆うように大きな円の軌道を描き始めた。

タイムマジーンが展開する、青い光で描かれた球状の特殊フィールド。

そこに捕らわれ、空中で固定されるアナザードライブの体。

 

「ぐっ、あぁっ……!?」

 

逃れようともがこうと、その拘束からは逃れらない。

一度だけ小さく顔を伏せたジオウが、しかし空にあるアナザードライブへと顔を向けた。

この戦いの最後に、ジオウがそのドライバーを回転させる。

 

〈ヒッサツ! タイムブレーク!!〉

 

天空に現れた青い結界を目掛け、ジオウが地上から跳び上がった。

ライドウォッチから迸るエネルギーを、全て足裏に集中させた一撃。

彼の体が、空へと立ち昇る一条の赤い光と化す。

 

「はぁああッ―――――! だぁあああああッ―――――!!!」

 

「あぁ、ああああああっ……!」

 

その蹴撃がアナザードライブにまで辿り着き、衝突した瞬間。

全てのエネルギーが解放され、アナザードライブの全身が悉く打ち砕かれた。

アナザーウォッチもまた、その衝撃で粉砕され消えていく。

タイムマジーンの展開した特殊フィールドが、内部からの衝撃で破裂し光を撒き散らす。

 

舞い散る光の中、天空からジオウの姿が地上に帰還する。

その腕の中に、アナザーライダーの契約者であったブーディカを抱きながら。

 

 

 

 

「ブーディカさん……」

 

彼女が目を覚ますと、彼女の体はマシュに抱き留められていた。

自分に埋め込まれていた異物の存在はもう感じない。

同時に、自分の霊核の存在もまた、もう感じない。

あと、数秒で彼女は消え失せてしまうだろう。

ああ良かった、と安堵するには、自分を抱くマシュの顔が余りにも悲しそうで……

 

―――本当に、酷い事をしたと思う。

ランスロットの事など、彼女が知らないからこそなおさら酷かったと思う。

彼女に謝らないといけない、と思って。

ほんの最後の数秒。言い残せる最後の一言がごめんね、でいいのか迷う。

 

彼女を信じて、最後まで信じ抜いてくれたマシュに。

それでいいのか、と。

………だったら、もう一つしかないだろう。

 

最後はせめて笑って、ありがとう、と。

 

それだけしか遺せないまま、ブーディカは金色の光となって消えていった。

 

 

「マシュ、大丈夫?」

 

ソウゴの声に涙を拭い、振り返る。

まだ戦いは終わっていない。

どこまでも、遥かな遠い場所までこの戦いは続いていく。

だったら、こんなところで躓いてはいられない。

 

彼女が最後に遺してくれた笑顔と、言葉―――

それが、自分の心が間違ってなかったからこそのものだと信じたい。

だから彼女の旅はまだ、足を休める時ではない。

 

「はい―――マシュ・キリエライト。まだ、戦えます」

 

再び、守るための戦いのための盾を手にする。

彼女が守りたいと思った尊いものを守るために戦う武器を。

いつまでも、それを守り抜けるように。

 

 

 




 
ドライブの力とかいう大天空寺の庭に落ちてそうな力の回収はこれにて完了。
あとは神祖、レ/フ、アルテラですぞ。
 


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この戦いの最後に“なに”が訪れるのか0060

 
ソウゴのマジーンはツクヨミの乗ってきた奴でしたので、多分このSSに出てくるマジーンくんはテレビシリーズとは違う子なんでしょう。量産品っぽいから別にええやろ(適当)
オーズウォッチもディエンドウォッチもついてないし中古品かもしれないですね。
 


 

 

 

『満身創痍、だね……』

 

通信先のロマニがこちらの現状を見て唸る。

それをなんとなしに聞いていたのだろう、ステンノが辺りを見渡しながら同意した。

 

「みたいね」

 

連合首都防衛軍との戦いには勝利した。

敵司令官のアレキサンダー、軍師孔明、レオニダスを撃破。

ブーディカ……所属としては味方軍だったが、実質的にネロを狙う第三勢力だった。

状況は一気にこちら側に引き込んだと言っていいだろう。

 

だが、その代償は大きいものだった。

マシュ、ジャンヌ、清姫……というか、立香だ。

彼女はジャンヌの宝具維持に、大きく魔力と生命力を削っていた。

令呪も使い果たし、彼女自身の体力・魔力の回復には数日を要するだろう。

 

首都を覆うネロ軍の展開に合わせ多少の休息はあるが……

彼女のサーヴァントは今後、この特異点で宝具は使えないだろう。

―――仮に使えるとしても、デミ・サーヴァントであるがゆえに立香に掛ける負担が少ないマシュが一度きり、程度か。

現状ではその彼女にも魔力が足りないが。

 

ソウゴのサーヴァント。ランサー、クー・フーリンもまた酷い。

二度の連続宝具行使。あれは全身全霊で、文字通り全てを懸けて放つ一撃なのだ。

それを令呪という無茶で連続させた結果、彼は霊基自体に異常な負担をかけた。

ソウゴの令呪もう一角を消費し、彼の体力は補填した―――が。

このレイシフト中、彼が投擲宝具を使用することはできない。

やろうとしても、途中で霊基が崩壊するだろう。

 

オルガマリーのジャンヌ・オルタは、比較的マシか。

オルガマリーの魔術師としての才能が前者二人とは比較にならない。

令呪はなく、概念礼装を経由する必要があるため、戦闘中必要な急速魔力補充はできない。

が、継続的な魔力補給という点で見れば、ジャンヌ・オルタが魔力について心配する必要はまるでないだろう。

 

協力者である呂布・荊軻だが―――

何故か呂布は自爆したにも関わらず頑丈で、さしたるダメージはないらしい。

魔力の消費は激しいが、それ以外はそうでもないようだ。

本人が何を言ってるのかはよく分からないが、慣れてるような様子を見せている。

 

荊軻も消費は激しいがダメージ自体はそうでもない、という様子だ。

 

「んー、まあ、どうにかするっていうなら呂布だろ。

 君、令呪一個残ってるんでしょ? じゃあ、一番いいのは呂布と契約することだ。

 ……でもなー、相性悪そうなんだよなー」

 

けして良いとは言えない状態で酒を呷りながら、荊軻はそう言ってソウゴを小突いた。

彼も食事をしながらそれに答える。

 

「そう?」

 

「どっからどう見ても。だって君、裏切りを容認するでしょ?」

 

別に容認する、という話ではないと思うが。

とりあえず裏切られたら裏切られたものとして対処する、というのは容認と言えるのだろうか。

 

「まあ、本人に裏切る理由があるならしょうがないんじゃないかな?」

 

「ほらぁ……だったらあいつ、裏切って覇を競う~とかし始める奴だもん。

 そうなったらどうするのさ」

 

「そりゃ、必要なら戦うんじゃないかな?」

 

言うと思った、と溜息を落とす荊軻。

呆れるように彼女は一気に杯に注がれたものを飲み干した。

呂布とソウゴは多分、致命的に相性が悪い。呂布は裏切るし、ソウゴはそれを気にしない。

呂布がソウゴの下に就けば、呂布は自然と独立するという動きを見せるだろう。

彼は根本的に王の下にはつけないタイプなのだ。

そしてよりよい道を探すための独立という方向の裏切りなら、ソウゴはそれを認めてしまう。

結果的にジオウと呂布が戦うことになるだろう。

そんな無駄な戦いをしてる余裕はいまこの陣営にない。

 

今回の呂布がやけに大人しいのは、マシュ辺りと相性がいいからだと荊軻は見ている。

恐らく現状維持をしている限り、裏切りはしないだろう。

こうなったら適当に戦わせて適当に爆発させるのが最適なのだろうが……

 

「今はそのための戦力すら足りないって話でしょー」

 

「それもそっか」

 

敵戦力は少なくとも残り一騎―――連合ローマの首魁。

まあ、別格なのだろう。おおよそ神霊に匹敵するだろう怪物が待っている。

誰より分かっているだろうネロがその名を口にしないから、皆もあえて黙っているが。

 

「そういえばあの、あれどうしたの、あれ」

 

「あれって、タイムマジーン? 所長に渡したけど」

 

荊軻の腕がぶんぶん振られて人型を描いた。

それを突然出現したタイムマジーンの事だと理解し、その行先を口にする。

 

こんなの出てきた、と彼女に渡した時の顔は中々どうして。

もう自分驚き慣れてますよ? と澄ましていた所長が一瞬で表情を凍らせたくらい。

今は彼女が中に入って、ダ・ヴィンチちゃんとの通信を繋ぎながら様子を見ているようだ。

 

「未来にはあんなのあるんだねぇ」

 

「みたいだね」

 

2015年にはないけど20XX年だかにはあるらしいので未来にある、とは言えるだろう。

よくは分からないが―――多分あれも、ウォズのなのだろうか。

ジクウドライバーなどのように、“自分のものだ”という感覚は無い。

 

 

 

 

「……それで、何か分かる?」

 

『うーん。どうだろうね、分かることと言ったら……

 未来からきた人型ロボに変形するタイムマシンだってことくらいだ。

 とはいえ、少なくともこのマシンは今現状を変えてくれる魔法にはなってくれなそうだ。

 時空転移システムという分かり易い名前のシステムがある。

 が、完全にエラーで動作しない。時空を観測できていないようだ。

 これは人理焼却の影響、ということなのだろうね。

 あと一応武装もあるようだよ。レーザー砲とミサイルがついているようだ。

 分かるかい? レーザーとミサイル』

 

「……そのくらい分かるわよ。

 問題にしているのは、何でそんなものがついた兵器がここにあるのかよ」

 

ダ・ヴィンチちゃんの声に大きく溜め息を吐くオルガマリー。

言ってしまえばジオウも恐らく、テクノロジーが生み出した兵器だ。

タイムマジーンと呼ばれるこれも、恐らくそうなのだろう。

明らかにライドウォッチとの連動機能も設けられているし。

 

『おや。タイムマシンであることは議題にしないのかい?』

 

「………しても意味がないでしょう。

 何年後の未来かは知らないけれど、科学がそこまで辿り着いたってだけなんだから。

 あまり見たことはないけれど、そういう映画も多いんでしょう?

 つまりそれは、多くの人類が共通で見ている夢物語……ということでしょう。

 実現する事自体に、ある種の納得が出来る方向性でもある」

 

『映画の話ね。ふーん、あれかい? 学生の頃に映画デートとか』

 

ダ・ヴィンチちゃんの声にからかいが入り混じる。

一気に顔を顰めたオルガマリーが、額を指で叩き始めた。

 

「そんな一般人みたいな事になる前に、私はアニムスフィアを運営しているわ。

 仮に学生のままだったとして、そんな魔術師らしからぬことをする身分でもない。

 私が次代のアニムスフィアであることには変わりが―――ないのだもの」

 

『………まあそうだね。

 ただ、芸術家として言わせてもらうならば、そういうものも嗜んでいた方がいい。

 それこそ、いつ映画監督のサーヴァントと出会うともしれないからね』

 

一瞬詰まったオルガマリーの声。

それに気づかないふりをして、和やかに話を進める。

 

「無事に戻れたらライブラリにあるものを見させてもらうわよ。

 娯楽作品から学べるものがあるとも思わないけど」

 

『はは、私からすれば作った人間の性癖を眺めるものだけどね。

 ただまあ、自分たちが守ろうとしている文明、文化を知るのはいいことだ。

 マシュなんかと一緒に見るといいさ。女子会って奴だ』

 

「…………………考えておくわ」

 

だいぶ渋い顔つきになった彼女に、ダ・ヴィンチちゃんがそろそろ本題に戻す。

 

『タイムマジーンの装備は両腕にあるレーザー砲二門、以上。

 エネルギーに関してはライドウォッチのものを使用しているようだ』

 

「ちょっと待ちなさい。ミサイルがあるって言ってたでしょ」

 

『あるらしいんだけどね。ただ、機体のどこにも見当たらない。

 恐らくは時空転移システムとやらの応用で、弾薬を直接転移か何かで機内に補充するシステムだったんじゃないかな?

 その機能が失われている今、弾薬が補充できずに使えないと』

 

「もういちいち突っ込むのも馬鹿らしいわね」

 

冷静にタイムマシンなんて未知のマシンを考察しても意味がない、と更に溜息一つ。

というか冷静に考えたら常磐ソウゴの装備は大体おかしいから考えない方がいい。

役にたつ。今はそれだけで十分なのだ。

 

「………戦力としては?」

 

『ソウゴくん、ジオウが付近にいればそれなりに。

 ライドウォッチを動力源としているということは、サーヴァントにも通用するだろうし。

 ただ、離れた位置にいるならあまりパワーは期待できないだろうね。

 ソウゴくん以外がライドウォッチを持ってれば解決するかどうか、試してみないと』

 

「これからこの特異点は城攻めです。なら、距離に関しては問題ないでしょう。

 あとは相手に残されたサーヴァント………そして、レフ・ライノール」

 

『それはまあ、ここでする話でもないだろう。

 激戦を終えたばかりなんだ。今日はゆっくり休みたまえ。

 その上で、明日にでも全員で話し合うこととしようじゃないか。

 ではこちらも情報の精査に入る。君も休みなさい。

 ………君だって疲れていない気がしているだけさ。

 そんな環境で疲れない人間なんていないよ。以上、通信終わり』

 

「そう、ね」

 

大きく息を吐いて、通信を終えるオルガマリー。

ソウゴはそうでもないようだが、立香とマシュは既に就寝している。

………オルガマリーはそもそも、就寝は必要ない。

その上、この戦いの中でもさほど消耗していないのだ。

それを思うだけで体が重くなったような気がする。

 

「もし……いえ……駄目ね、何を言おうとしてるのかしら」

 

彼女はタイムマジーンの中で小さく独り言を呟くと、そのまま外へと歩み出した。

 

 

 

 

「所長の様子はどうだった?」

 

「んー、ちょっと失敗かな?」

 

てへ、ととぼけるダ・ヴィンチちゃんに顔を引き攣らせるロマニ。

自身の席を立ち、彼女が通信に使っていた場所に向かう。

そちらに行くと、ダ・ヴィンチちゃんは会話ログを見せてくれた。

 

「……そうか。マスター適正の低さからの問題、か。

 そして、その後の会話でそれを強く考え込ませてしまった……」

 

「私だって避けなきゃいけないな、と日常の話を振ったつもりだったさ。

 なのに所長。完全にこれは自分とキリシュタリアを比較してるよねぇ」

 

キリシュタリア・ヴォーダイム。カルデアにおける最優秀者。

前アニムスフィア当主、マリスビリーを継ぐに最も相応しいと言われる男。

実子であるオルガマリーをも差し置いて。

 

「………まあ、やってしまったものは仕方ない。

 それでもオルガマリーの精神状態は前より随分安定しているように思う。

 変に話題を避けなくても、彼女はだいぶ安心できる状態だろう」

 

ログに一通り目を通してから、ロマニは頭を上げた。

そんな彼に肩を竦め、ダ・ヴィンチちゃんが彼を見上げる。

 

「君もそろそろ限界だろう、ロマニ。休んだらどうだい?」

 

「もうこの特異点の最終決戦が迫ってる。それが終わったらゆっくり休むさ」

 

話聞かないな、こいつ。と溜息。

これが終わったらどうせ、休むのはマスターたちの健康診断のあとだ。

それが終わったら、次の特異点の特定が終われば。

しみじみと呆れる声が、自然と彼女の口から湧いて出た。

 

「本当にどうしようもない奴だね、君は……」

 

「それは一体どういう意味で言ってるんだい、レオナルド」

 

「別にー?」

 

まあこっちで管制の仕事をしている分には、最悪殴り倒してベッドに放り込めばいいだけだし。

動けている内は放置してもいいか、とダ・ヴィンチちゃんは投げやりに返した。

 

 

 

 

「うぅん……ねむい………」

 

前日に魔力も何もかも消費し尽くしたからか。

よく眠ったにも関わらず疲労困憊。

というか、手足が全然思うように動かないという地獄の目覚め。

いつものように引っ付いている清姫をぺいっと払う事もできない。

 

「先輩、調子はどうでしょうか」

 

「うぅ、動けない……マシュ、手ぇ貸して……」

 

困惑しながらマシュは立香に歩み寄り、それにくっついている清姫を無理矢理剥がした。

そのまま清姫を天幕の隅に持っていく。

彼女の魔力不足が深刻、というのも事実なのでそのままへたりと潰れた。

 

「ああ、マスターからの魔力供給が弱く……今すぐに肌を密着させねば……」

 

「申し訳ありませんが、その前に先輩の体力回復優先です」

 

しゅんとして潰れる清姫。

そうしていると、天幕の布を上げてジャンヌが中を覗き込んできた。

 

「マスターの様子は……駄目そうですね」

 

「ジャンヌの魔力は大丈夫なの?」

 

寝ころんだままに彼女に問い掛ける立香。

その様子を見たジャンヌが苦笑して、正直に告白する。

清姫がいるから取り繕うのも面倒なのだ。

 

「正直に言えば心もとないですが……そうも言ってられません。

 皇帝ネロは、今日中にも連合ローマ首都を陥落させると宣言してしまいましたし」

 

「えっ……今日中? うぅ、せめてもう一日欲しかった……」

 

軋みを上げる体を動かそうとしながら、溜め息を一つ落とす。

それを見たマシュが立香を止める。

 

「すぐに動くわけではありません。ギリギリまで休んでください」

 

「それに向こうに聖杯がある以上、儀式を執り行う時間は与えたくないのよ。

 相手がただのサーヴァントならまだしも、レフが召喚を行っているのだろうし……

 まして、時間を置けば時代の神代回帰が進んで神霊が顔を出しかねないという事もある」

 

そう言って天幕に入ってくるオルガマリー。

その後ろにはほぼ復調しているらしいジャンヌ・オルタの姿もあった。

オルタがその頭を揺らし、疑問の声をあげてくる。

 

「神霊ねぇ、あのステンノみたいな?

 あの程度のチンチクリンしか降りてこないなら別に問題ないんじゃないの?」

 

「……戦闘能力がない神霊ならそれでいいけれど、そうではなかった場合が問題でしょうに」

 

「つまり、レフは神霊を呼ぶための儀式を準備してるんですか?」

 

立香からの疑問。それにオルガマリーは片目を瞑り、顎に手を当てる。

可能性はなくはないが、必要性がいまいち見えない選択肢。

実験、というのが確かに一番可能性が高そうではあるのだが。

実験だからこそその他を度外視して、聖杯の魔力をそんな風に運用している。

その可能性が、一番現実的な予想だろうか。

 

「……そういう可能性もある、わね。

 前回の戦いも、もう一騎サーヴァントを召喚されてればこちらの全滅が見えたもの」

 

実際には向こうがサーヴァントを呼べば、この人理を賭けた聖杯戦争のルールが働く。

聖杯を使い英霊を召喚すれば、同時に敵対するカウンターの英霊が呼ばれる。

一騎でも増やせばこちらに味方するサーヴァントも増えるはずだから確実とは言えないが……

 

「ああ、そういえば」

 

そこで、いつの間にか現れていたステンノが口を挟む。

全員がそちらを向いて、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「貴女たちと敵対してたあの軍師、本当は貴女たち側だったのよ。

 多分、アレキサンダー大王のカウンターとして野良サーヴァントとして呼ばれたのね。

 何故かあちらについてしまったけど。

 もうどうでもいいことでしょうけど、そういうケースもあると知っておいた方がいいわ?」

 

くすくすと笑いながらそう言ってくれるステンノ。

逆にオルガマリーは酷く渋い顔をした。

 

「野良として呼ばれたのに、人理焼却側に……

 相当捻じ曲がったサーヴァントだった、ということかしら」

 

「どうでしょうね?」

 

これ以上を教える気が無い、と。

ステンノは微笑むだけで続きを語ろうとはしなかった。

まあ、今となっては退場した敵サーヴァントの人格は確かにどうでもいいのだが。

 

「……逆に、人理焼却側に呼ばれても、精神状態がまともならばこちらにつく可能性もある。

 そう考えてもいいのでしょうか」

 

ジャンヌがジャンヌ・オルタの方を見ながらそう口にする。

バーサーカー大量召喚の実績がある彼女が、ぐぬぬと顔を歪めた。

彼女はルーラーの特性を有しつつ、自身に逆らえないようにサーヴァントに狂化を付与した。

それにより同時に多くのサーヴァント、そしてファヴニールを従えることをやってのけた。

 

「………………何でそこで私を見るのよ」

 

本人にも多少なりとも思う所があったのか、声は小さい。

ぼそりと小さく反論しつつ、視線を逸らすオルタ。

 

「そうね。普通はそうやって何らかの()()を設けないと清純な英霊は従えられない。

 けれど連合皇帝の位置にいる彼の場合、逆らう気もないのでしょう」

 

「それは……皇帝ネロのために?」

 

「それもあるでしょうけど……

 結局のところ、自分の存在は貴女たちが越えるべき障害だと認識しているのでしょう。

 だってそうでしょう? 彼はローマであり、ローマとは人理が築く文明の源流。

 だからこそ彼は、人理の守護者に対しては己を礎にさせることを選ぶ。

 別に私から送るべき言葉ではないけれど―――

 踏み越えてあげなさい、貴女たちが人であるために」

 

そこまで言ったステンノが、一度言葉を切る。

そうして未だに寝ている立香に近づいていき、その頭を持ち上げた。

持ち上げた頭を膝の上に。そして、彼女の腕を引きよせて―――

 

「え? あの……」

 

かぷり、と彼女の小さな口が立香の腕に噛み付いていた。

ぎょっとしながら見ている一同。

清姫が部屋の隅で即座に再起動し、とりあえず反射的に動いたジャンヌに叩き伏せられた。

 

「あっ、つい……」

 

「きゅぅ……」

 

完全にノックアウトされる清姫。

そんな中で、数秒後には彼女の口は立香の腕から離れていた。

面食らっている立香に向けて、小さく微笑むステンノ。

 

「私の魔力を血を介して分けただけよ。どうせ使わないもの。

 神霊である私の魔力は普通はあげ過ぎれば毒になるけれど……思ったより大丈夫そうね?」

 

ステンノの視線がちらりとマシュを見て、しかしすぐに立香に戻る。

立香が確かめるように体を軽く動かした。

 

「わ、凄い。一気に楽になった」

 

「そう、それはよかった。なら、行きなさい勇者たち。

 この世界を救うために、ね」

 

そう言って彼女はカルデアの勇者たちを送り出す。

ネロが指揮する最後の決戦に。

 

そうして、天幕の中から全員が出て行った後。

彼女は誰に言うでもなく、最後に呟いた。

 

「ああ、一つ。言ってなかったことがあったの。

 恐らく、あの魔術師が神代への回帰をこの時代に行ったもう一つの理由―――

 でも教える必要もないでしょう。私から魔力を託したのだもの。

 さあ、最後の戦いよ。勇者に相応しい最後の戦いを、どうか見せてね」

 

ステンノが天幕の外に出て、空を見上げる。

神代の回帰。既にそれは相手が必要とする段階を迎えていた。

もうロムルスを倒しても、その目的は果たされているだろう。

 

「ええ。こんな策、正面から食い破ってもらわなければ。

 これから先の戦いなんて、やっていけるはずがないのだもの」

 

彼女はそう言いながら、小さく、怪しく、しかし美しく微笑んだ。

 

 

 




 
ジュリエットちゃんが好きです。
 


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破壊の大王は“どこ”を目指し歩むのか0060

 
「おまえはローマで、俺はローマだ! そこになんの違いもありゃしねぇだろうが!」
「違うのだ!!」
 


 

 

 

「皇帝陛下っ……! 連合首都正面に人が……! あれは……」

 

「―――――」

 

伝令の兵士が駆け込んでくる様子を見て、ネロが目を細めた。

その彼の狼狽ぶりを見て、彼女はそこで誰が待っているかを理解する。

この時代を生きる誰もが彼の顔など知らないだろう。

だが、ローマの民であればきっと一目で分かるはずだ。彼が、誰であるのかなど。

 

「ソウゴ、立香。余は一度前に出る。この場は―――余に任せておいてくれ」

 

返事を待つことなく、歩み始めるネロ。

彼女が前衛の兵士を掻き分けて前に出た先、連合首都の門は大きく開かれていた。

そしてそこに、一人の男が立っている。

 

灼けた肌に、筋骨隆々の体躯。

金の冠と、巨躯を覆う赤いマントを纏った最後のサーヴァント。

 

―――連合ローマ、最後の皇帝。

至高の相手との対峙に震える体を抑え込み、ネロは敵対者として相手を睨む。

 

「建国の父、神祖ロムルス――――」

 

「そう。(ローマ)が、ローマである」

 

大地に抱き締められるような、強く優しく偉大な声。

連合ローマが何故こうも簡単に成立してしまったか、理解できてしまうその威容。

ぎゅ、と唇を噛み締めて彼女はその手の剣を彼へと向けた。

 

「我が目で直接見れば、よく分かる。

 絢爛たるローマの象徴。美しく燃える赤き薔薇の皇帝、ネロ・クラウディウス。

 そうか、なるほど。お前もまたローマである――――さあ、こちらにくるといい。

 お前の愛は、ローマに届いている。ローマはお前を愛している。

 お前もまたローマに連なり、過去も現在も未来も、全てのローマを愛すが良い」

 

剣を向けられたことに何の感情も見せず、彼はネロへと手を差し出す。

叫び返そうとした声に詰まる。

 

―――それでも、彼女は精一杯に声を荒げて言葉を返した。

 

「――――――それは、出来ぬ……! 余が愛するのは余の民! 余が愛するのは余のローマ!

 余はローマ帝国第五皇帝、ネロ・クラウディウス!

 余がもっとも愛するものは……余とともに現在(いま)に燃えるローマの熱である!

 過去のローマには深い敬意を抱こう、未来のローマには輝ける希望を願おう―――!

 だが余の愛は、現在(いま)をまさに生きるローマにしか向けられない!

 余が―――皇帝であるがゆえに!!」

 

その言葉を噛み締めるように、神祖がゆっくりと目を閉じる。

そうして、彼は差し出していた手を降ろした。

次に彼が目を開いた時、彼の表情からは何も読み取れなかった。

 

「では来るがいい、ネロよ。(ローマ)のもとへ」

 

それだけを言い残し、ロムルスが姿を消した。

彼の気配は連合首都の中心にある城へと向かっていく。

着いて来いと言わんばかりに。

 

ネロは一度振り向いて、兵士たちに下がるように手を振った。

此処から先は、ネロが皇帝として戦うための場面なのだから。

 

もう躊躇いはどこにもないと。ネロがロムルスを追うために歩き出し―――

首都に踏み入った瞬間、周囲から武装したローマ市民が襲いかかってきた。

 

「僭称皇帝ネロ! 奴を真実の皇帝に近づかせるな―――!」

 

民衆間で飛ぶ怒号は、彼女の全てを否定するように空に響く。

だが、ネロは歩みを止めない。武器を構える事すらしない。

誰に止められるまでもなく、成功するはずの襲撃。

 

しかし、その攻撃は叶わない。

辺り一帯の連合ローマ市民は、突如頭上から降ってきた鉄柵に皆閉じ込められていた。

地面に突き立った鉄柵は、市民が押しても引いてもびくともしない。

 

直後、その柵に触れているものたちに電撃が奔った。

その電気ショックでひっくり返る市民たち。

 

鉄柵の雨を降らせた車輪が、ぐるりと一度宙で円を描く。

その下には、赤いアーマーを纏った新たなジオウの姿があった。

 

「じゃあ、行こうか」

 

「――――うむ。礼を言う」

 

そう言って一番前を歩きだすネロ。

市民はことごとく手に武器を持ち、ネロへと襲い掛かってくる。

それをジャスティスハンターで確保しながら、ジオウが続く。

更にその後ろから続くカルデアのメンバーが、この光景に息を吐いた。

 

無数に空から放たれ、大地に突き立つ鉄の柵。

それは群がってくる民衆をいとも簡単に塞き止めてくれた。

柵に触れた人間に電流が走り、その意識を刈り取って弾き飛ばす。

 

「……あのロムルスがさせてることってわけじゃ……ないよね」

 

次々と迫ってきては閉じ込められ、気絶に追い込まれる市民たち。

そんな光景を目にしながら、立香が視線を巡らせる。

どう見ても彼ら民衆は、誰かに指示されてやっているわけではない。

 

「自発的に動いてるようにしか見えない、ですね」

 

マシュもそれに同意する。

魔術的に見ても、洗脳の類が行われている様子はない。

つまり、彼自身のカリスマ。これはただ、それだけで発生している現象だ。

 

「…………扇動者、って意味では白いのやデブいのも大概だと思ってたけど」

 

ちらりと折り重なって倒れる市民たちを見て、黒いのが呟く。

カエサルと同列に扱われた事にどう反応すればいいのか。

白い方がむむむ、と唸りながら珍妙な表情で黒い方を見返した。

 

「―――まあ、それも道理なんだろうさ。

 あれはローマがローマである所以、ローマの人間なら誰でも思うんだろう。

 自分たちは、彼と言う大地の上で生きているものなのだと。

 ()()()()()()()()()()()()。文明という、地上の星を灯した神なる祖先」

 

民衆が鉄柵で隔離されるのを横目にしながら、荊軻がそう呟く。

その言葉を拾って返したのは、一番前を行くネロであった。

 

「ああ、そうとも。

 あの方こそは国の基礎であり、時の皇帝が築くローマ全ての礎となるもの。

 ローマを存続させるものではなく、ローマをそこより始めるもの。

 彼の後に続くものあれど、彼より前に立つものなし。

 ――――だが、そうであっても、だ……!」

 

足早に通り抜けた連合ローマ首都。その中央に座す城門に辿り着く。

市民たちは、ここまでは踏み込んでこない。

ここが人は踏み込むことを許されぬ、神の座であるとでもいうかのように。

 

ネロの手にある炎剣により、城門が切り裂かれる。

崩れ落ちる扉を蹴破って、彼女は真っ先にその中へと踏み込んでいた。

 

目の前に広かれる大広間。

その中心には、泰然と待ち構えているロムルスの姿があった。

彼の前で、ネロが叫ぶ。

 

「礎でありながら、何故動かれた……!

 貴方という礎に載せる都市として、余のローマはそれほどに醜いと思われたか!!」

 

「無論。(ローマ)は全て受け入れ、愛するとも」

 

ロムルスの態度は微塵たりとも揺るがない。

その大樹の如き様相に、ネロが小さく唇を噛み締める。

 

「では、なぜ!」

 

「所詮はサーヴァント。神祖などと呼ばれようが、マスターには逆らえないものさ」

 

なおも問い詰めようとするネロを遮る声。

ロムルスの背後から、モスグリーンのコートをきた男がゆったりとした足取りで姿を現した。

彼は周りを見回すと、僅かに眉を顰めた。

 

「おや。オルガマリーの思念体がまだうろついている、と聞いていたのだがね。

 彼女はどうしたんだい? 戦いについていけずに、亀にでもなったか?」

 

『レフ・ライノール……!』

 

その顔を前に、映像を捉えたロマニが彼の名を呼ぶ。

声をかけられてから気付いたように、朗らかにさえ聞こえる声での返答。

 

「やあ、ロマニ。随分と仕事に励んでいるようだね、忌々しい。

 その勤勉さをAチームのレイシフトの時に発揮してくれていれば……

 君はとっくに爆発で死んで、私の仕事も減っていたのに」

 

「――――神祖ロムルスを、貴様が操っている、とでも……」

 

ネロの震える声。

それを聞き、レフはどうでもよさげな顔で自分が召喚したサーヴァントを思い起こした。

 

「うん? ああ……ロムルスも、カエサルも、カリギュラも、アレキサンダーも。

 どいつもこいつも大して役に立たなかったな。

 まあ、所詮は今の人理に刻まれた英霊ども。元より何も期待していないさ」

 

「そうか―――つまりこの連合ローマも、貴様の企てか――――!」

 

彼女の前に立ちはだかってくれた英傑たち。

その彼らに、呆れたような顔でそんなことを口にする男。

ネロがその男に向けて、一気に踏み込んだ。

 

「やれやれ、人がまだ話をしていると言うのに……ランサー、やれ」

 

レフの声。それに反応したロムルスが、朱色の樹で出来た槍を手に現した。

突撃してくるネロの前に立ち塞がるロムルスの姿。

咄嗟に止まろうとしたネロに、横薙ぎで襲ってくる樹槍の一撃。

 

「っ………!?」

 

「どいてなッ!」

 

その一撃を、同じく朱色の魔槍が迎え撃っていた。

ネロを後ろに弾き飛ばしながら前に出るクー・フーリン。

二人のランサーの槍が、空中で交差して―――容易に、クー・フーリンが吹き飛ばされた。

 

空中で回転し、綺麗に床に着地しながら彼は表情を歪める。

 

「チッ、ここまで力が入らねぇか……!」

 

即座に今の彼では張り合えない、と判断する。

この時点でランサーの仕事は攪乱以外にないだろう。

投擲宝具は使えないが、槍の一刺しであれば宝具は使える。

 

細かく動きつつ、目を離せば心臓必中宝具を使用してくる攪乱だ。

並の相手ならばこれの前に呂布を立てるだけで余裕のある決着がつくだろうが―――

 

「■■■■■―――――!!」

 

クー・フーリンに続くように呂布が走る。

彼の手にある“軍神五兵(ゴッドフォース)”は薙払の型、大鎌と化している。

目の前の障害を根こそぎ払う、大鎌のスイング。

それがロムルスの足元を目掛けて降り抜かれ、しかし彼が片手で持つ槍に防がれた。

 

一瞬静止する呂布の顔面に、ロムルスの振り上げた拳が突き刺さった。

スタミナ、タフネスの怪物である筈の呂布が、その衝撃に蹈鞴を踏んで一歩下がる。

次の瞬間。呂布は振り抜かれた樹槍に殴打され、城の壁に衝突して止まっていた。

 

「―――神祖ロムルス、なぜそのような魔術師に……!」

 

「ローマ皇帝よ、今お前が―――成すべきことを成すがいい。

 (ローマ)はそれを阻もう。現ローマ皇帝よ、今こそ(ローマ)にローマを示すがいい」

 

樹槍が足を止めたネロに向けて振り抜かれた。

対抗するように、炎を纏った彼女の剣が振り上げられる。

衝突により押し返されるのは、当然のようにネロの姿だった。

 

「っ……!」

 

「させるかっての―――!」

 

体勢を崩す彼女を庇うように、黒い姿が前躍り出る。

同時にロムルスの足元から黒炎が大きく噴き上がった。

更に連続で放たれるその黒い炎で出来た剣。

 

ロムルスはその炎を躱すでもなく、炎の中へと身をさらした。

 

「憎悪か。それもまた、ローマである」

 

「はぁッ……!?」

 

飛来する剣群を槍すら用いず裏拳で弾き返す。

ロムルスは黒い炎に包まれながら、ネロへとその顔を向けた。

 

「憎しみが炎であるなら、お前の愛もまた炎である。

 共に自分も相手も焼き尽くす感情の業火。

 ―――ローマ皇帝、ネロよ。

 憎しみの炎に身を焦がしたブリタニアの女王と、愛の炎に身を焦がすお前の何処に差がある」

 

「―――それ、は……」

 

「ネロよ。お前は憎しみの炎を受け止めた。それは、苦難であったろう。

 その憎しみは、マシュという娘の愛が包んだ。それは、苦心の末の答えだったろう。

 ローマ皇帝ネロ。お前の愛を受け止めるのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それを理解し、それでもなお。お前はその愛でローマを燃やすか?

 今のローマにお前の炎を留めることはできまい。それでもその道を選ぶというならば、お前の結末は決まるだろう」

 

今更問答など、と切って捨てなければいけないのに。

それでもネロの動きが止まる。

 

黒い炎に包まれたロムルスに、清姫が追加するように炎の息吹を放つ。

彼はその手の槍を大きく振り回し、黒と青の炎を全て吹き散らしてみせた。

 

(ローマ)は全てを受け入れよう。全てを愛そう。

 我が愛はお前の愛さえも覆うだろう。お前の炎でさえ、温もりとして抱き締めよう。

 最後に問いかけよう、ローマ皇帝。

 ――――それでもお前は、そこにそうして在り続けるか?」

 

決まっている。

今までここにくるまでに、何度だって同じ事を叫んできた。

彼がくれた最後通牒だ。

両の手で握り締めた剣に炎を灯しながら、彼女はロムルスを見返した。

 

「―――無論、である。ローマ皇帝がローマの頂きに立たずして何とする。

 ローマ皇帝がローマを愛する事に怯えて何とする―――!

 余が誰より先に愛を与えなくては、愛が返されぬ事に嘆くことすら許されぬ―――!

 誰より大きく、誰より尊く、誰より優しき愛を持つ神祖よ。

 たとえ貴方の愛があっても、余がローマを愛することは止められぬ!」

 

「そうか。では、(ローマ)のすべきことはただ一つ」

 

ネロから視線を外し、復帰して自身に向かってくる呂布に視線を向ける。

 

その手にあるのは方天画戟。

彼の武装の基本形にして、破壊力の優れた形態。

 

「■■■■■■ッ――――!!!」

 

唸りを上げながら振るわれる方天画戟。

迎え撃つロムルスの樹槍。

盛大な破裂音を轟かせながら、宙で衝突する二人の武装。

 

その衝突と同時に、ロムルスを挟み込むように左右から影が奔る。

朱槍を構える青い槍兵と、匕首を忍ばせる白い暗殺者。

手にした武器から必殺の魔力を放ちながら、同時に迫る二人のサーヴァント。

 

「“刺し穿つ(ゲイ)――――!」

 

「“不還(ただ、)――――」

 

瞬間、ロムルスは自分の槍を手放した。

拮抗していた相手を失い、彼にそのまま迫る方天画戟。

その凶器を彼は、空いた手で横合いから力尽くで掴み取った。

 

突き出された武器を掴む、その勢いのまま自分の体を回転させる。

呂布を引っ張りながら強引に回転するロムルス。

その呂布の巨体が槌となり、迫っていたクー・フーリンと荊軻を巻き込み吹き飛ばす。

 

「ちぃっ……!」

 

「■■■■■ッ―――!」

 

周りを薙ぎ払った後、方天画戟を手放し同時に呂布に蹴りを見舞う。

空中で回転しながら地面に落ち、そのまま滑っていく巨体。

 

その様子を流し見しながら、どうでもよさそうにレフは眉に皺を寄せていた。

 

「絞りかすのサーヴァントどもに、一体いつまで時間をかけるつもりなのだか。

 まあいい。私は最後の召喚の準備に入るとしよう」

 

そう言って踵を返し、城の奥へと歩き去ろうとするレフ。

彼の姿がロムルスの背から大きく離れたのを見て、立香が動いた。

後ろを振り返り、手元の通信機を通じて大声で叫ぶ。

 

「所長、今です!」

 

その名に僅か、レフが足取りを遅らせて振り返り―――

 

〈タイムマジーン!〉

 

次の瞬間、巨大なマシンが天井を突き破って侵入してきていた。

瓦礫をものともせずに進撃する、高速移動する巨大な機械。

一秒先に自分を圧し潰すだろうそれを目撃したレフが、驚いたように顔を崩していた。

 

「なに……!? ぐっ……!?」

 

咄嗟の回避行動に移ろうとするレフ。

それを、ジオウの腕から放たれたタイプスピードスピードが防いでいた。

車両型の遠距離武器を腹に受け、くずおれるレフの体。

それを圧し潰すかのように、瞬時に人型に変形したタイムマジーンが彼の上に圧し掛かっていた。

 

〈ドライブ!〉

 

「レフ………!」

 

マジーンの頭部にジオウと同じウォッチ、ドライブウォッチが装填される。

そのタイムマジーンのコックピットの中で、オルガマリーが押さえつけたレフを見据えていた。

 

「……やあ、オルガ。随分な再会だ。君にしては現場主義がすぎるが……

 役立たずの汚名を返上しようとでも頑張っているのかい?」

 

「……聖杯を渡しなさい、レフ・ライノール!

 そうでなければ、貴方はこのまま……!」

 

オルガマリーが内部でレバーを動作させれば、タイムマジーンの腕が動く。

組み伏せたレフの体に力がかかる。

ミシリ、と軋みをあげる体を感知しながら、レフの表情が怒り一色に染め上げられた。

 

()()()()。何が出来るというのだ、人間如きが――――!」

 

ゴボリ、とまるで何かが溢れるように彼の体が膨らんだ。

タイムマジーンの指の隙間を潜り、黒い何かが彼を突き破り溢れていく。

 

「えっ……!?」

 

「所長、下がって!!」

 

動きを止めたままのタイムマジーンを薙ぎ倒し、黒い柱が屹立する。

醜悪極まる腐肉の柱が聳え立ち、それに無数の赤い眼が開かれた。

その眼が一つ光を灯し、大きく輝いた。

 

同時にタイムマジーンの表面が爆発し、その巨体を地面に転がす。

揺れ動くマジーンの中で、オルガマリーが悲鳴をあげた。

 

「きゃああああっ!?」

 

白煙を上げながら沈んだタイムマジーンから何十もの瞳が視線を外す。

彼は無数の眼球をぎょろぎょろと蠢かせ、その視線は立香やジオウたちに向けられた。

そして彼は改めて、人であった時と同じ声で呼びかけてきてみせた。

 

「―――この姿を晒した以上、改めて自己紹介しておこう。

 私は、レフ・ライノール・フラウロス!

 七十二柱の魔神が一柱、魔神フラウロス―――これが、王の寵愛賜りし我が姿である!」

 

『……フラウロス。七十二柱の魔神。なら、それは……

 彼の言う、王というのは……まさか、そんな……』

 

通信越しでロマンが困惑している様子が伝わってくる。

 

その中でドライブアーマーが疾走を開始した。

倒れ伏したマジーンへ向け、加速していくジオウの姿。

それを追ってぎょろりと動く無数の眼球。

赤い瞳が連続して輝き、ジオウの現在地に爆発を連続させる。

 

何度も進行方向を切り返し、爆心地から外れながら走行を続けるジオウ。

その肩から幾つか車輪が射出された。

フラウロスを向けて飛ぶタイヤ。

 

「フンッ――――!」

 

無数の瞳が同時に煌めき、周囲一帯を丸ごと爆炎に呑み込む。

纏めて弾き飛ばされるジオウの車輪攻撃。

タイヤを呑み込んだ爆風がそのままジオウごと吹き飛ばさんと迫り―――

 

「ソウゴくん、後ろに―――!」

 

前に出たジャンヌが、その旗の一振りで強引に爆風を軽減した。

ジャンヌの旗の強度は無限ではない。

宝具に酷使された今の彼女の旗では、防げる攻撃はあまりにも少ない。

次に宝具を解放すれば、旗が崩壊しかねない。

 

軋む旗を感じながら、ジャンヌはしかし盾としての役割を務めてみせる。

 

「ごめん、ありがと!」

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

ジオウがドライバーからドライブウォッチを外し、ジカンギレードに装填する。

ギレードが必殺待機状態に移行し、同時にドライブアーマーの脚部が全力で駆動した。

まるで独楽のように横回転を開始するジオウ。

 

〈ドライブ! ギリギリスラッシュ!〉

 

そのジオウ独楽が、回転を維持したままフラウロスに向けて加速した。

肉の柱に回転しながらぶつかり、弾かれ、またぶつかり。

何度も何度もその回転刃を衝突させる。

肉が、眼が、斬られて舞う。肉片と体液を飛散させる、悍ましい光景。

 

「チィ、常磐ソウゴ―――――!!」

 

回転するジオウが一際迫り、強く肉の柱に衝突した瞬間。

柱の上の方に並ぶ眼が一斉に輝いて、至近距離でジオウに爆撃を叩き込んだ。

連続して輝きに瞬くジオウの周囲。

直後の爆発に、その体が宙に投げ出された。

 

「ぐぅ……!」

 

ドライブアーマーから黒煙を噴きながら、床の上を転がるジオウ。

一気に許容量を超えたダメージを受けた赤いアーマーが、その存在を保てず消えていく。

通常形態に戻ったジオウが、小さく呻き声を漏らす。

 

牽き潰された半身を震わせながら、フラウロスが再び眼に魔力を凝縮していく。

 

「フン! 貴様たちがどれだけ足掻こうが、既に人理は終了している。

 今更どう足掻こうと、人理の修復は不可能なのだ。

 だと言うのに何故足掻く? 既に迎えた終焉、目を閉じ待ち受ける方がまだ幸福だろうに」

 

魔力を溜めた瞳が、倒れるジオウを一斉に睨む。

その瞬間に、彼の姿が爆破された。

爆炎に塗れたその場所から、しかしフラウロスに向け声が放たれる。

 

「終わってなんて、いません……!

 わたしたちは、終わってないから、未来を守るために立っている……!

 守る未来を愛して、けど憎んで、苦しんだ人を越えてきた―――!

 わたしたちは、絶対にこんなところで終わらない……終われない―――!!」

 

ジオウの前に立ちはだかる、マシュの盾。

それが爆炎を弾き、背後のジオウを守り抜いてみせた。

 

その姿に、フラウロスのぎょろぎょろと動いていた瞳が僅かに揺れる。

 

「―――所詮は悪足掻き。何をしようと、もう遅い―――!」

 

そう言い、再度眼球に魔力を集約し始めるフラウロス。

何かに動揺しているのか、先程より遅い動作での魔力充填―――

 

そんな肉の柱に、巨大な鋼の拳が突き刺さった。

復帰してきたタイムマジーンの放った拳が。

頭部のライドウォッチがドライブからジオウに変わった、オルガマリーの駆るマジーンの一撃。

 

体に大穴を開けたその拳を感じながら、フラウロスが怒気に満ちた声をあげる。

 

「ヌぅ、オルガァッ……!」

 

「―――本当に遅いというのなら、なぜ貴方は神代の回帰なんて実験をしているの……!

 それが()()()()()だとすれば、止められないための試行錯誤ということでしょう!?

 もう遅いなら、貴方がここでこうしている意味がない……!」

 

「フォーウ! ドフォーウ!」

 

フォウがオルガマリーの頭から跳び、操縦桿に体当たりする。

それで動いたレバーに連動し、マジーンが腕を振り抜く。

またもフラウロスの体に突き刺さる鋼の拳。

 

貫かれながらフラウロスが、渋く歪んだ声でオルガマリーに問う。

 

「―――神代の回帰を本命の実験、ときたか。

 なるほど、甘く見すぎていた――――いや、あの女神か? 女神の入れ知恵ならば頷ける。

 だとするのなら、()()()()()()()()()()()()()()、と思い立ったかね?」

 

「え?」

 

「所詮、君はそこまでだよ。オルガ」

 

フラウロスの内部、そこから黄金の光が漏れだす。

聖杯の放つ、黄金の魔力の輝き。

それが急速にフラウロスの肉体を修復していく。

突き刺さったマジーンの腕をも押し返し、強引に肉体を再構成。

 

「なぜ神代を再来させたか。なぜ楔が神祖ロムルスだったのか。

 いいとも、今から君たちの前で、その答え合わせをしてあげよう―――!

 最期に、何を見落としていたか知って消え失せるがいい―――!

 さあ、神代である今―――ロムルスの父神、()()()()()()()()()()()()()!!」

 

フラウロスの直上に魔方陣が浮かぶ。

それはサーヴァント召喚のための召喚陣に相違ない。

彼が聖杯から汲み上げた魔力が、一気にその中に注がれていく。

 

 

 

 

「■■■■■■ッ―――――!!!」

 

呂布の手に握られた“軍神五兵(ゴッドフォース)”が、砲撃形態を執る。

既に彼の魔力は限界だ。放てばそれが原因で彼は消える。

そして、放ったところで全力の一撃とは程遠い。

そんな攻撃でロムルスに通用するかどうか、放つまでもなく理解できる。

 

王を戴かぬ彼の此度の戦いは、ただ戦いのための戦いだった。

ネロの陣営に加勢しているのはさほど大きな理由はない。

ただ最初にそちら側にいたから、程度の理由だ。

多分、最初に連合側が近ければそちらで戦っていただろう。

 

勝利を目指す理由もなく、敗死するくらいなら敗走する。

その程度の心持ちでずっといたと言ってもいい。

だが、ここで敗走できるか? 相手が誰か、などどうでもいい。

今この戦場で呂布をあしらっている相手は、呂布を見てもいない。

見てもいないのに、彼は呂布を圧倒してみせている。

 

彼が見ているのはずっと娘のような存在らしい女だ。

その余裕を有しながら、ロムルスはこの包囲網を悠然と歩んでいる。

 

許せるか? いや、許せない。誰が? もちろん奴も、そして己も。

地団太を踏むように足を上げ、思い切り床に叩き付ける。

床を粉砕して大きく埋没する足。

 

そして彼は、弓に自身の魔力を全て懸けた矢を番えた。

なるほど、このまま撃てば直撃したところで威力が足りまい。

その上、射った途端に体を維持できず彼自身も消滅するだろう。

 

よしよし、なら仕方ない。

――――じゃあ、体など最初からくれてやる。

番えた矢は、口で咥えて弓を引く。地面に埋めた片足だけで衝撃は堪えてみせよう。

これで片腕と片足が要らなくなった。

 

それらに回す電力と魔力をカットして、消滅させる。

それでも足りない。なら胴体も三分の一はくれてやる。

カット。カット、カット、カットカットカットカットカット―――!

頭部も半分まで消して、漸く奴に届く一矢に足りる。

真実、彼の全てを賭した最期の一撃。その魔力の昂ぶりに、ロムルスが視線を送る。

 

馬鹿め、もう遅い。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ―――――――!!!」

 

全ての魔力を載せた矢が、咆哮とともに―――否、解き放った直後に彼は咆哮した。

反動で砕け散る残り少ないボディが、あっという間に消えていく。

だが彼の残った頭部が見届ける。

 

放った呂布の一撃が、ロムルスの片腕と腹を食い破ってみせる様を。

それ見たことか。その傷こそ、貴様が一騎当千にして三国無双。

飛将軍呂奉先を甘く見た報いである、と。

その思考を最期に、呂布は完全に消失した。

 

半身に近いほど肉体を抉られて、ロムルスの動きが一瞬止まる。

その隙を見逃せるほど、彼を囲んでいたサーヴァントたちは甘くない。

 

「これで、“不還匕首(ただ、あやめるのみ)”」

 

荊軻の匕首がロムルスの首に深く突き立てられる。

その彼女が攻撃を終えて飛び退く瞬間、

 

「“吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)”!!」

 

ロムルスの足元から無数の槍が突き立ち、彼を串刺しにする。

そして立ち上る憎悪の炎。

 

僅かに揺れた彼の横を朱色の魔槍が一閃する。

クー・フーリンの一撃が、残っていたロムルスのもう片腕を肩口から断ち切った。

樹槍を持ったままに落ちる彼の腕。

 

「…………」

 

彼は致命傷になりえる連続攻撃にさえ、意識を揺らさない。

彼の意識はただ、ネロ一人に向いている。

ネロは走る。彼を目掛けて。その手に剣を携えて。

そうして彼女は、燃える炎の剣を、彼の胸へと突き立てた。

 

「―――多く。多くのものが、お前の愛を否定するだろう」

 

「………はい」

 

「それでもなお、お前はお前の愛を燃やすがよい。

 人は、神に愛されるためだけの存在ではない。人は、人を、愛するのだ。

 皇帝とは、神から解き放たれた人の世の象徴。

 なればこそ、その愛が万民に届けと燃やすお前こそ、ローマ皇帝に相応しい。

 人を愛せよ、国を愛せよ、国に根付いた人の営みを愛せよ―――

 国に人が住まい、文明を築き文化と成す。それこそ、(ローマ)の望んだ浪漫(ローマ)である」

 

そこまで語ったロムルスが、小さく顔を歪めて天井を見上げた。

そして、自身のマスターであるフラウロスを振り返る。

彼の周囲には聖杯の魔力が集い、今にも新たなサーヴァントが召喚される寸前だった。

 

「さあ、ネロよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なにを……」

 

「お前の望むように、守るための戦いをするがいい」

 

そう言って彼は、致命傷をものともせずに歩き出す。

まるで今から降る破滅から、ネロを守るための位置を取るように。

 

そうして、困惑するネロを差し置いて。

この地に―――侵略者が降り立った。

 

 

 

 

白い装束に褐色の肌。

頭を覆う白のヴェールで銀髪を飾る、一人の女性がそこにはいた。

魔力の残滓をバチバチと放電させながら、彼女は気の抜けたような顔でそこに立っている。

 

その英霊の降臨に、フラウロスが肉柱が強く蠢いた。

 

「フ、ハハハハハハハハッ――――!!

 さあ、破壊の大英雄アルテラよ! 殺せ、破壊しろ、焼却せよ―――!

 その力で以て、この特異点の底に穴を開けろ!!

 人類全ての墓穴だ――――盛大に、貴様が掠奪した神の力を以て滅亡を――――!!」

 

三色の光で構成された剣の柄を、彼女はゆるりと天井に翳した。

瞬間、世界が鳴動する。

 

『な、なんだ今の反応……!? 神霊―――まさか!?』

 

「なんか……上から来る―――!!」

 

ロマニの反応に、ソウゴが何とか立ち上がる。

その手にはウィザードウォッチが既に握られていた。

 

「立香! 全員で下がって、マシュを前にして……宝具を……!

 所長も早くそれから降りて! いや、壁になるように横にしてから―――!」

 

〈アーマータイム! ウィザード!〉

 

炎とともにウィザードアーマーを装着し、前に出るソウゴ。

その健気な抵抗にフラウロスが激しく蠢動した。

ビッグの魔法で大きくした腕で、タイムマジーンを無理矢理引き戻して押し倒す。

 

「あんたいきなり……!」

 

周囲の床を突き破り、土を圧し固めた壁が一気に展開されていく。

ロムルスとの戦場へと視線を送り、他の全員もコネクトを駆使して回収。

ネロも――――そこでロムルスと目を合わせる。

偉大なる建国王の目は、ただ静かに彼を見つめ返していた。

………彼女は、あそこで大丈夫だろう。こっちよりも、ずっと安全かもしれない。

 

残るすべての魔力をディフェンドに回す。

 

「っ……全ての魔力を……!」

 

それを見たフラウロスが賤しくも嘲笑う。

 

「無駄な足掻きだ!

 ロムルスを楔にした神代回帰により、今のローマの頭上には()()()()()が再臨した!

 奴がいる故に、アルテラの宝具である軍神の剣が最大の力を発揮する―――!

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()――――!

 戦を司る軍神の権能に匹敵する最大最強の一撃だッ!!

 サーヴァントや貴様如きに対抗できるような存在ではない―――――!!!」

 

叫ぶフラウロスの背後にいるアルテラ。

彼女が手にした剣を、ゆっくりと振り下ろす。

そこまでくればこの場の全て、誰もが理解した。

頭上から迫りくる絶対の破壊。地上を灼き払う神の光。

 

それが―――――

 

「なにッ、なにをしているアルテラ! 貴様、何故……!?」

 

()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「キ、サッ……!?」

 

「“涙の星、軍神の剣(ティアードロップ・フォトン・レイ)”」

 

彼女の静かな声とともに、城を上から光の剣が貫いた。

絶望的な熱量の塊、光の渦。

サーヴァントの宝具、という規格に納まるはずのない、神威の具現。

軍神の揮う剣が、地上の一点に向かって振り抜かれた。

 

「アァルテラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ―――――!!!

 ギィ、ァアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?!?」

 

その熱量に呑まれたフラウロスが断末魔をあげ、瞬く間に蒸発していく。

直接その光の剣に斬りつけられたわけでもないのに、周囲の光景もまた塵へと変わっていく。

ディフェンドの防壁もまた、容易に蒸発した。

火、水、風、土。全ての防壁があっさりと抜かれ、ジオウが光に呑まれ―――

 

「“疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”ッ――――!!!」

 

そのジオウの前にマシュの構える盾が現れた。

立香が背を支え、触れることでせめても魔力の供給力を高めようとする。

ステンノが託してくれた魔力を全て、彼女の中に注ぎこむ。

あるいは神性の魔力に盾の威力を増す力があるのか、そうしてくれたのか。

マシュは何とか神の剣の余波を受け止める。

 

光の中から弾き飛ばされたジオウが、その後ろに転がって変身が解除される。

アーマーも、ジオウ素体も。

 

軍神の放った光の余波は広がり続ける。

フラウロスを消し飛ばしてもなお収まらず、周囲一帯を消し飛ばすほどに。

 

――――城も、連合首都も、一瞬のうちに廃墟へと変わった。

開けた空間に変わったその場所で、アルテラがゆっくりと天を見上げる。

マルスの怒りを確認し―――そして、彼女は歩みを開始した。

首都ローマへ。

 

「私はただ、この文明を破壊する」

 

 

 




 
全宇宙753億人のレ/フファンの皆さん。
レフをレ/フに出来なくて申し訳ありませんでした。

多分次で終わるかな。
 


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その愛は一体“なに”を築くのか0064

 

 

 

「フォウ! フォーウ!」

 

「あっ、づッ……!」

 

頭を叩く小動物の足。

それに気付いて、気絶していた頭を起こす。

気絶か、あるいは機能停止か。彼女の体の都合上、それはよく分からないが。

とにかく意識を再起動させる。

 

目を開けて、思い出す。

ここはタイムマジーンの中で、圧倒的な攻撃に晒された直後だと。

すぐにマジーンに頭を振らせ、周囲の状況を把握しようとし―――

 

「何よ、これ……!?」

 

周囲には、何かだったものの残骸以外の何もかもが存在しなかった。

城の中にいた筈にも関わらず、既にそこには何も無かった。

連合ローマ首都であった場所は、瓦礫の散乱する一面の荒野と化していた。

 

「嘘、こんな……! こんなもの、もう英霊の領域ですら……!」

 

「それも、文明の生み出したものか」

 

タイムマジーンの中にさえ、その玲瓏な声が静かに響く。

ぎくりと体を竦ませながらマジーンをそちらへ振り向かせる。

 

銀色の髪、褐色の肌、白い装束。

そして三つの光で構成された神威の剣。

―――破壊の大王、アルテラがそこにいた。

 

「っ――――!」

 

咄嗟にマジーンの腕を持ち上げる。両腕に取り付けられたレーザー砲。

その攻撃を行使しようとして、

マジーンの内部に、盛大にエラー音が鳴り響き、赤い照明が明滅した。

 

「なにっ!?」

 

「フォッ!?」

 

()()()()()()()だ。

ライドウォッチから供給されるエネルギーがない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

機体内部に表示されたそれに、大きく顔を引き攣らせるオルガマリー。

いつの間にか頭部がブランクウォッチに変わっていたことに、気づいていなかった。

 

「その文明もまた、ローマ同様に粉砕する」

 

彼女の手の中で、光の剣が唸りを上げた。

まるで鞭のように撓り、光の刀身がマジーンに向かって殺到した。

マジーンの装甲を削り、そのまま後ろに吹き飛ばす一撃。

 

「っあ……!」

 

轟沈するタイムマジーン。

その内部のあらゆる計器がエラーを吐いて、機能が落ちていく。

赤い照明が明滅するその中で、オルガマリーもまた膝を落とした。

 

―――続けて、三色の光が大きく瞬いた。

赤、青、緑。その閃光とともに破壊の衝撃がマジーンを襲う。

 

「っ……!」

 

ギギギ、と鋼の呻きを上げながら、マジーンが腕で胴体を守ろうとする。

が、その緩慢な動作ではまるで間に合わない。

 

光の刀身がマジーンを直撃する、寸前。

その前に黒い灼熱が噴き上がった。

当然のように黒炎を突き破る光の刀身を、黒い旗と剣で受け止める姿。

その姿を認識したアルテラが、僅かに目端を持ち上げた。

 

マジーンの中でオルガマリーも顔を上げ、その姿に声を漏らす。

 

「ア、ヴェンジャー……」

 

「ちっ、ここにきてこれなんて……! どうしろってんだか……!!」

 

灼かれた黒い鎧から煙を噴きながら、オルタがそう吐き捨てる。

ロムルス、フラウロスとの戦いからアルテラの宝具の解放で、実質全員リタイアみたいなものだ。

余波とはいえ神の権能の盾になったジオウは変身解除され、既に一時的に戦闘不能。

更にその後の盾になったマシュももう立てまい。

それに再び限界まで魔力を注いだ立香も、彼女の魔力に支えられているジャンヌも清姫も。

彼女たちを後方からルーン魔術で更に援護していたクー・フーリンまでもだ。

荊軻とて限界だろう。

 

オルガマリーが無事で、比較的魔力に余裕があったオルタ。

実際に戦闘が可能なのは、もはや彼女くらいしか残っていない。

そして彼女では――――

 

「お前たちはここで滅びるのみ。選択の余地はない」

 

光の刀身が加速する。

鞭の如く撓り周囲一帯を削り取る、荒ぶるような攻勢。

それを必死に受け流しながら、オルタは舌打ちする。

 

彼女では、アルテラを倒せない。

 

 

 

 

天から光の柱が聳え立ち、そして全てが呑み込まれた。

そこで彼女の意識は途切れていた。

 

聞こえてくる、激化していく戦闘の音で彼女はぼんやりと目を覚ます。

ネロは開いた目が大きく空を映したことで、自分が仰向けに横たわっていることを知る。

 

「ここ、は………?」

 

全身が軋む。いっそ体が砕けているのではないか、と疑うような激痛。

彼女はようやっと体を起こして、そこに広がる光景を見た。

一面の瓦礫の山と化した連合ローマの姿。

―――神祖に与し、しかし彼女が愛するべきこの時代のもう一つのローマの残骸。

 

その中で戦う、アルテラとジャンヌ・オルタの姿。

いや、あれは戦いなどとは呼べまい。

アルテラが攻め立て、オルタが何とか逃げ回る蹂躙以外の何ものでもない。

 

オルタが大きく吹き飛ばされ、タイムマジーンに激突する。

その背後には、既に戦闘行動などできないだろうカルデアのメンバーが揃っていた。

 

「――――ッ! 行か、ねば……!

 ……そうとも。ローマを守るために余に力を貸してくれた友たち……!

 それもまた、余のローマ……! 守らずして、どうして皇帝が名乗れようか……!」

 

彼女はそうして再び剣を手にし、立ち上がる。

何度だって立ち上がる。

そうすると決め、皇帝となったのは彼女自身なのだから。

 

アルテラが光の剣を構え、それを突き出した瞬間に走り出す。

まだ彼女の体には、神祖から与えられた力が残っている。

否、今まで以上にその力が満ちている。

過去最速の疾走で、彼女はアルテラの元へと辿り着いた。

 

「はぁああああッ――――!!」

 

小さな反応を示したアルテラがしかし、その炎の斬撃を容易に受け止めた。

受け止めた後に彼女が、僅かに驚くように目を少し開く。

 

「英霊―――いや、人間か。神性を帯びているのは……マルス由来、か。

 どうあれ、人間に私は止められない。

 私は破壊。私は殺戮。私は蹂躙。我が身こそが文明の滅び、アルテラである限り」

 

「破壊、滅び……! それを貴様がローマにもたらそうと言うのなら、余は止める!

 止められぬなどと言われようが、絶対に止めてみせる!」

 

「不可能だ」

 

アルテラが片腕で構えた剣で、両腕に全力で握るネロの剣を弾き返す。

次いで、光の剣が返す刃で大きく撓り、鞭となってネロへと殺到した。

炎の剣で何とか受け止めるも、簡単に吹き飛ばされる。

瓦礫の山に突っ込んで止まるネロの体。

 

「ぐ、あっ……!」

 

「この場を破壊した後、ローマの文明を全て無に還す。

 貴様たちは先んじてこの場で滅び去るがいい」

 

そう言って、彼女が光の刀身を回転させ始めた。

三つの光が入り混じり、無数の色になって周囲に放出されていく。

それは先の放たれた衛星軌道上からの一撃には及ばない。

だがそれでも、この一帯を滅ぼすには十分な一撃に違いなかった。

 

「“軍神の(フォトン)―――」

 

一秒先に放たれる、文明を破壊する光の剣。

それを唇を噛み締めて見るしかないネロの前。

そこに、朱色の影がひょいと飛び出てきた。

 

「は―――?」

 

獣の手足で四足歩行するその何かが、見ての通り獣の俊敏さでもってアルテラに迫る。

和装の何かが自身に迫る様子に、アルテラが気づき―――

 

「しかしもう遅い。玉藻地獄、ワンだふるな動物園がお前を裁く!

 いざ、“燦々日光午睡宮酒池肉林(さんさんにっこうひるやすみしゅちにくりん)”―――!!

 うーん、散歩はお昼寝の後にしてもらおう。グッモーニン!」

 

迫る何かからもう何かとしか言えない動物のエネルギー的な何かが溢れ、アルテラを襲撃する。

ぎにゃー、と叫ぶ多分猫とかなんかそんな動物のヴィジョン。

唐突なよく分からない物体のエントリーに、アルテラが困惑しながらそれに呑まれた。

そのまま路上で丸まって眠り始める何か。

 

困惑しているのはネロもまた同じ。

その頭上、彼女の側の瓦礫の上から、彼女に向かって少女の声が大きく響き渡る。

 

「ライバルのピンチに颯爽登場! ええ、これぞライバルって感じじゃない!?

 まーたいきなり呼ばれて、どうしたものかと変なネコイヌと行動をともにしてた甲斐があったってものでしょう?

 そういえばここにきて思い出したような思い出してないような……あのネコイヌって性悪狐にそっくりじゃない!?

 それはそうと……ビビット&ブラッド! 鮮血魔譲、エリザベート=バートリー参上!!

 さあ、立ちなさいネロ! ライバルの前でこれ以上無様な姿を見せないでよね!!」

 

ビビットピンクの髪、その頭部から伸びる竜の角。

その手にはマイクスタンド代わりに手にした監獄城チェイテ。

アイドルとしてキめた衣装に身を包み、そのふわりと揺れるスカートの下から控えめに、同時にエロティックに竜の尾をちらつかせる。

 

音楽、アイドル、ついでに女優。

芸能界の人気を総なめにする予定のサーヴァント界の超新星トップアイドル。

エリザベート=バートリーがそこに降臨していた。

 

そんな彼女に、ネロが盛大に困惑する。

 

「ライ、バル……? その、どちらさまだ……?」

 

「え?」

 

「エリザベートよ。その赤いのは生前ゆえ、サーヴァントとしての記録など持ってなかろう。

 アタシも別にその赤いのと知り合いではないが。

 だがオリジナルの知り合いな気がする……ならば血祭りにあげるべきか……?

 いや、ならばまずはエリザベートから……?」

 

むにゃむにゃとエリザベートに問いに答えるための寝言を吐き始める。

きょとんとしたエリザがそちらを見ると、猫だか犬だかの手でくしくしと顔を撫でている。

直後、驚くように彼女が声を上げた。

 

「生ネロ!? デジマ!?」

 

「な、生……?」

 

長々と言葉を交わしていた彼女たちに、轟音が届く。

 

―――何かあれ、猫? っぽいエナジーがアルテラの光に引き裂かれていた。

吹き散らされる宝具の魔力に、ねむねむと顔を擦りながら何か猫っぽいのも立ち上がる。

とりあえず加勢なのだろうか、と。ネロも彼女たちに声をかけた。

 

「そ、そなたたちも加勢してくれる、という事でよいのか?」

 

「まあ、それでいいわよ。未来のライバルを奪われてたまるもんですか。

 っていうか、あっちの美味しそうな剣持ってるやつも見覚えあるようなないような」

 

「うむ。キャットの力が欲しいか……ならば報酬に活きの良いニンジンを頂こう。

 食材は活きが良ければ良いほど捌き甲斐があるというのがアタシの考えでな。

 しかしまあ、これは不味い。ニボシを忘れた」

 

キャットの表情が苦しげに歪む。

彼女の宝具を凌駕したアルテラは既に臨戦態勢であり、その剣を逆さに持っている。

つまりは――――神の剣の誘導を行うための姿勢というわけだ。

あれを防げるものなど、サーヴァントにはまずいないだろう。

元より、サーヴァントとしての枠を外れるようなルール違反の成果だ。

 

「――――火神現象(フレアエフェクト)。マルスとの接続を再開」

 

「また、あの光の柱を放つというのか……!?」

 

連合首都を消し飛ばすほどの一撃。

先程のものからは、神祖ロムルスが彼女を庇ってくれたのだろう。

次弾を防ぐ方法など、今この時代には何一つ存在しない。

 

ネロが瓦礫の中から何とか身を起こす。

背後で崩れ始めるその瓦礫の山。

山はガラガラと音を立てながら崩れ落ち、同時にネロの前にそれが落ちてきた。

 

ズドン、と重々しい音を立てて地面に突き立つそれ。

朱色の樹で出来た大槍。それは紛れもなく、

 

「―――神祖ロムルスの槍、なぜここに……」

 

キャットの表情が渋くなる。

既に消えた筈のサーヴァントの宝具が、通常は残るはずもない。

だが―――同時にこの槍はローマそのものを象徴する大樹。国造りの槍だ。

彼が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あるいは。

 

彼女の手が自然にその槍に伸びる。

触れた途端、彼女の背を誰かが押してくれるような気がした。

 

ますますキャットの目が細められる。

普通に考えれば、神性を託された程度の人間では保たない。

確かにアルテラを止めるならばそれくらいしか方法はないが……と。

 

「――――ああ、そうか。そうなのだな。余は……」

 

それを握ったネロの表情が一度だけ、大きく陰りを帯びる。

だがその次の瞬間、彼女は両の手でその槍を握りしめていた。

 

「ならば見よ、ローマを。文明を破壊すると言い放つ侵略者よ!

 “すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)”―――――!!!」

 

ネロの口から、ロムルスの宝具。その名が告げられた。

膨大な魔力がその地から解き放たれる。

最初にローマを造成した神域の宝具、国造りの大樹の槍が起動する。

 

彼女の前に突き立った樹槍。

その周囲に膨大な樹木が周囲を覆うように展開していく。

ネロたちを、カルデアの面々を、アルテラも、その中に取り込んでいく樹木の結界。

 

攻撃でなく、周囲を取り囲んでいくその樹木にアルテラも顔を顰める。

ほぼ一瞬のうちにドーム状に展開されるその樹に囲まれた空間。

 

「―――軍神よ、我を呪え。(ソラ)穿つ涙の星―――

 “涙の星、軍神の剣(ティアードロップ・フォトン・レイ)”――――!!」

 

そのドームごと焼き払う意志でもって、彼女はその剣を天に翳した。

だが、直後に気付く。

 

「マルスが――――こちらを見ていない……? いや、見えていない?」

 

剣を下ろし、ドームの天井を見上げる。

樹木で出来たただの天井。そんなものでマルスの視界を塞げるわけが……

いや、出来る。あれならば、出来る。

 

「――――ロムルスの槍。

 人を神代より卒業させ、人のための都市を築いた男の宝具。

 なるほど。その宝具で展開された()()であれば、神の視界さえ遮るのは道理か」

 

アルテラが顔を下に向ける。

ロムルスの槍を手にしたネロへ、その視線が向けられる。

人と神に線を引く宝具で乱舞する魔力に体を震わせる、弱々しい人間。

 

それでも彼女は立っていた。

槍から手を放し、彼女自身の燃える剣を手にしてアルテラの前に立ちはだかる。

 

「………ローマは、破壊させぬ。たとえそれが、貴様の望みであってもだ」

 

「望み? そんなものではない。ただ、文明の破壊こそが私の機能であるだけだ。

 私にとって破壊とは、貴様たちにとっての呼吸と同じものだ」

 

マルスに通信していた剣を下ろし、順手に持ち変える。

光の刀身が魔力に輝き、戦闘のための状態へ。

 

「――――そうか。ならば、余が止めよう。

 そしてアルテラ。お前に教えてやろう―――余のローマは、文明とは……

 決して、破壊できないものであると」

 

「破壊できないだと?」

 

ネロを睨みながら、しかし彼女は躍りかかってくるキャットに意識を割いた。

光の刀身が撓り、伸長しながら彼女を目指す。

人型でありながら軽やかに四足歩行をこなす彼女が、その攻撃を掻い潜り接近する。

 

「手加減している余裕なし。アルテラよ、頭脳戦でなくて命拾いしたワン!」

 

「なんだこいつは……」

 

獣の爪が奔る。それを軍神の剣で払い、軽く下がる。

その場に今度は、横合いから竜の尾が大上段から振り下ろされてきた。

弧を描く光の刀身でそれもまた切り払う。

盛大に焼ける音がして、エリザが尾を抑えながら跳んだ。

 

「あっつ!? あつっ!? 尻尾痛いぃ――――!?

 何よその剣、グミか何かなのそれ!? どうしてそんな曲がるのよ―――!?」

 

「この空気の読めなさ、キャットすらも開いた口が塞がらない案件である。

 やはり、適当にその辺で血祭りにあげておくべきだったのでは?」

 

外野の空気すらも切り裂いて、流星の如くネロが駆ける。

光の刀身を引き戻し、アルテラがそれを迎え撃つ。

光と炎が鬩ぎ合い、周囲に大熱量が放出されていく。

 

「――――どこまで神性に近づくか。とはいえ、その程度で私は止められない」

 

「……確かに、この力はローマの神より借り受けたもの。

 だが、そればかりではない」

 

「なに?」

 

互いの刀身が弾け合い、互いが一歩後ろに下がる。

待ち受けるアルテラ。二歩分加速して、その勢いで斬りかかるネロ。

再び光と炎の刀身が激突した。

 

「今の余を支えるのは―――お前の言う、人の文明だ!」

 

「……今の貴様が、人の文明などと語るか。

 もはやロムルスとマルスの神性に引きずられ、半歩以上踏み込んだ貴様が」

 

「そうとも―――!

 人が人のまま、人の身に余る力を行使する。それが可能なのは―――愛ゆえに、だ!」

 

光が弾ける。三色の光を、炎の明かりが染め上げる。

驚愕したアルテラが押し込まれた自分に困惑する。

振り抜いた刃を返し、ネロが再びアルテラに剣を向けた。

即座に立て直したアルテラもまた、光の刀身を再び突き出した。

 

「馬鹿な……! 私が……!?」

 

「人を見よ、アルテラ! 貴様が滅ぼすと言う文明を見渡してみよ!!

 余のローマを見よ―――!

 絵画に心血を注ぐ者がいる! 彫刻に命を吹き込む者がいる! 歌劇に魅せられた者がいる!

 ――――建築に、全てを懸ける者がいる!

 文明とは、人の生なのだ! この地に根付いた民の命の息吹なのだ―――!

 だから余は愛そう! ローマという命が育んだ文明を!

 絵画を愛そう! 絵画を愛する者を愛そう! 彫刻を愛そう! 彫刻を愛する者を愛そう!

 歌劇を愛そう! 歌劇を愛する者を愛そう! そして―――建築を愛そう!」

 

ネロとアルテラが幾度も衝突する。

それがさながら舞台の上での剣舞であるかのように、何度も何度も火花を散らす。

 

彼女たちが刃を交わす、木製のドーム。

この地がそれに呼応するように赤と黄金に色づいていく。

―――まるで、未来のローマ建築。ドムス・アウレアを再現するように。

 

過去・現在・未来。

全てのローマの建築の象徴であるロムルスの国造りの槍。

それに触れた瞬間、彼女には見えた。

未来―――彼女の手によって建築される、彼女の象徴たる黄金の劇場。

 

――――皇帝ネロと、その民の間に横たわる愛の乖離の象徴。

 

「見るがよい! 余の愛、余の傲慢、余の―――それでも、余の願いの象徴!!!

 “招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)”――――――!!!」

 

樹木の天蓋が、黄金劇場へと変貌していた。

数え切れぬ薔薇の花びらが舞い、その中を華麗に飾る。

それを見たアルテラが盛大に顔を顰める。

 

「醜悪なまでの華美さ。これを見て、何を讃えろと言う」

 

「人のことをだ―――!! なるほど、貴様は清廉な戦士でもあるのだろう。

 この光景を醜悪と思うなら、それもまた良し!

 だから、余は言うぞ――――その醜悪さと、華麗さを積み上げたものが文明であるのだと!!

 ただ美しいだけの自然を切り拓き、人の文明を積み上げ都市とする―――!

 その中で芽吹いた、人の行為が寄り合って文化となる――――!!」

 

「醜い。そうとしか感じぬ――――!」

 

光を束ね、虹色の光彩を放つ剣がネロを撃つ。

赤剣で受け止めながらも、その衝撃にネロが大きく後退る。

大きく息を切らせながらネロは、アルテラを見つめた。

 

「そうか。でも、()は、そんな人間を愛して皇帝になったのだ。

 では、あとはこの世界(ローマ)を背負いし余と貴様に勝敗をつけるだけだ――――!」

 

彼女が彼女に残された全てを、その剣にくべる。

極大の炎を纏った剣を構え、彼女はアルテラと対峙する。

オルガマリー。立香。ソウゴ。マシュ。姉の方のジャンヌ。清姫。妹の方のジャンヌ。青いの。

彼女がここまで辿り着くため、尽力してくれた協力者たち。

スパルタクス。呂布。荊軻。彼女の軍に合流してくれた、サーヴァントたち。

カリギュラ。カエサル。アレキサンダー。ロムルス。彼女を導いてくれた、過去の為政者たち。

そして、ブーディカ。―――今また、アルテラ。

 

全て、全て、全て―――!

最後のこの一撃に、全てをくべる―――!

 

目前でアルテラがその光の刀身から圧倒的な輝光を放つ。

視界も、この黄金劇場の中をも満たす光の奔流。

前に突き出すように構えられた光の剣。

 

「貴様が文明の象徴だというのなら、貴様ごとその文明を粉砕する―――!」

 

「余が文明の象徴であるからこそ、貴様に余は砕けぬ―――!

 何故ならば―――――」

 

光が翼の如く、アルテラを中心に広がった。

爆発的な光の侵略。

その剣の名を、アルテラが吼えた。

 

「“軍神の剣(フォトン・レイ)”――――!!!」

 

全てを押し流し、無に帰す破壊の大王の侵略がネロを襲う。

炎の剣がそれを受け止める。

瞬く間に吹き散らされていく彼女の炎。

そのまま剣ごと圧し折られ、消し飛ばされそうな衝撃。

 

彼女という存在は、マルスとの接続がなくても圧倒的な破壊者として成立している。

ネロが神の加護を受けてなお、正面から打ち克てぬほど。

あるいは、神の加護だからこそ勝てぬのか。

 

「―――――っぐ!?」

 

「―――そんなとこで負けてんじゃないわよ!

 アンタ、将来のこのアタシのライバルだって自覚を持ちなさい―――!

 さあ、()()()()()()()()! ()()()()()()()()()()()()!!」

 

いつの間にか、よりにもよって彼女が黄金劇場のステージの上に立っていた。

突然の巨大劇場に興奮しているのか、エリザは既に臨戦態勢だ。

スピーカー代わりのチェイテ城を背にしながら、彼女は()()()

 

アルテラが突然の衝撃に顔を歪める。

 

「なん、だ……音波かッ……!? くっ……!」

 

軋む頭。意識を直接揺らす、ソニックブレスの衝撃。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

揺らぐ破滅の光の突進を受けながら、ネロが少し呆れるように笑う。

 

「余より先に、奴めに文明の美しさを届けてしまったな……!

 うむ。流石は余の将来のライバル……! それもまた――――ローマである!!」

 

揺れ、薄くなった虹色の光を炎の剣が断ち切って、彼女の懐にネロの姿が飛び込む。

噴き上がる炎の剣を前に、体勢を立て直すべくアルテラが身をよじり―――

しかし、それより早くネロの刃がアルテラに届いていた。

 

「“童女謳う(ラウス・セント)―――――!!」

 

アルテラの胴を横に払う、炎の斬撃。

驚愕に染まるアルテラの顔。

そのまま虹色の光ごと斬り裂いて、炎の剣が下から切り上げるように縦に奔る。

 

華の帝政(クラウディウス)”ッ――――――!!!」

 

十字の剣撃に討たれたアルテラが、呆然としながら自身を見る。

霊核を切り裂かれた彼女の時間はそう長くない。

 

「なぜ……? 私、が……?」

 

彼女を前に、剣を地面に突き刺したネロが振り返る。

そのまま崩れ出した黄金の劇場の中で、大きく両腕を振り上げた。

 

「貴様に余が砕けぬ理由―――何故ならば。

 余は―――この世界(ローマ)が大好きだからだ――――!!!」

 

黄金劇場の消失、その外に広がる世界。

それを見れるか見れないか、というタイミングでアルテラの姿は消失した。

彼女の消滅を見送ったネロもまた、そのまま倒れ込む。

限界を超えた肉体が軋みを上げている。

そのまま意識を手放してしまいたい衝動に駆られながら、しかし何としても耐えてみせる。

この戦いの最後に、別れが待っているとは分かっていたのだから。

 

―――ロムルスの槍に触れ、ローマの歴史の中にある未来の自分の結末を見た。

それでも、彼女はこのまま愛するために生きるだろう。

 

それが、皇帝ネロ・クラウディウスなのだから。

 

 

 




 
愛は負けない。はっきり分かんだね。
実質エクステラ。あの中心にアルキメデスを投げ込め。

エリちゃん登場を一話分のオチにして次話に続く!
っていうのをやりたかったですけど、文量的な問題がね。
エリちゃんのオチ担当としての能力を十全に発揮させられなかった、構成の悪さを反省してます。
まるごしシンジくんが何でもするので許してください。

そして結局終わらない。ま、もう終わったようなもんだし多少はね。
 


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ローマの特異点2015

 

 

 

「それで結局コレ、どういう状況だったの?」

 

歌っている最中にステージが崩れだし、彼女の歌は中断された。

そんなことで微妙に不機嫌さを醸し出すエリザが首を傾げる。

彼女はとりあえずネロを援護し、ついでに歌っただけで状況を何一つ把握していなかった。

 

「それも愛。これも愛。猫缶の半分には愛が詰まっていたのだ……」

 

キャットは遠い目で青空を見上げ、アルテラだった黄金の光を見送る。

ちらりと彼女がカルデア方面に目を向ければ死屍累々。

エリザベートのライブによってトドメを刺されたものたちが転がっていた。

これも愛。いわゆるラブライブ。もしくはアイカツ。

アイドルのアイは、愛情のアイだったのだ。

 

地面に突き立っていた国造りの槍も、その役目を終えて還っていく。

 

タイムマジーンの胴体が開き、その中からオルガマリーが落ちる。

べちゃりと地面に叩き付けられた彼女の上に、フォウもまた落ちて転がった。

 

くらくらする頭を抱えながら、彼女が身を起こす。

 

「どう、どうなった、の……」

 

「………まあ、何とかなった、みたいだな………」

 

魔力をギリギリまで充填していた槍を放り、ランサーも倒れ込む。

ソウゴもまた、最後の令呪を使う瞬間を図るために持ち上げていた頭を地面に突っ伏した。

 

ネロがアルテラの注意を引いてくれたおかげで、ランサーがある程度動けた。

彼はこの状況に至り、既に出し惜しみなどする気もなく、宝具の発動を選択していた。

 

ランサーが今一度投擲宝具を放てば、自身の霊基が砕ける事と引き換えになるだろう。

しかしそれを放ち終わるまでの一瞬を、力任せに押切ることで撃ち放つ―――

それさえ叶えば、彼自身が消失しても確実にアルテラを穿つのが魔槍ゲイ・ボルク。

 

令呪を備えたソウゴもまた、令呪のブーストでそれを突破させるために後押ししようとしていた。

マルスと接続する一瞬の隙に彼女の霊核を撃ち抜くために。

霊核を失ってしまえば、マルスへの接続や光剣の誘導は不可能となる。

それによる逆転以外に、彼らに選択肢はなかった―――

 

が、結果的にそうはならず、ネロがアルテラの撃破に漕ぎ着けたのだ。

それは良かったのだが、突然襲ってきた怪音波攻撃によってまた全員が深い傷を負った。

 

「体が痛いのか頭が痛いのか耳が痛いのか、よく分からなくなってきた……」

 

「あのドラ娘……」

 

清姫も地面に転がったまま、前特異点で組んでいた彼女を睨む。

しかし体力も魔力も何もかも足りず、睨むだけしか出来ない。

 

「……先輩、ご無事ですか……?」

 

「多分……マシュの声は聞こえてる、よ?」

 

へたりこんでいるマシュの背中に寄りかかる立香。

そのまま滑って地面に転がりそうな彼女を、ジャンヌの手が支える。

自分とマスターの体重を支えているジャンヌ。

その様子を見て、マジーンに寄りかかったオルタが胡乱げな視線を送った。

 

「何でまだアンタが立てるのよ……要塞か何かか、アンタは」

 

「これだけが取り柄ですので。オルタは立てないのですか?」

 

「……………立てるけど立たないだけよ。疲れたから」

 

白い方から目を逸らし、黙り込む黒い方。

そんな彼女に苦笑したジャンヌが、立香たちを抱えてタイムマジーンまで運ぶ。

背中をマジーンに預けられるようにその近くに彼女たちを座らせるジャンヌ。

 

ジャンヌは立香たちをそちらに置くと、そのまま倒れたネロの方へと近づいていった。

 

『………え……! 聞………るか…! 返事を……くれ! 誰か応答を!』

 

「あ、通信……」

 

軍神の剣に引き裂かれた空間で、完全に途絶した通信。

世界の状況が落ち着いてきたのか、その通信が復調しつつあった。

通信機をオルガマリーがオープンにする。

そうすると、ロマニの姿が空中に投影され始めた。

 

『通じた! 無事……ではなさそうだけど、勝った……んだよね?』

 

「見ての通りよ……」

 

少なくともあの攻撃以後、欠けているメンバーはいない。

今にも消えそうになりながら、最後に酒飲みたいなーとぼやいてる荊軻は危ういが。

ジャンヌがネロに肩を貸しながらこちらに歩いてくる。

それと一緒に、いつの間にか増えたエリザとキャットもついてきていた。

 

「なに、え? そんなに大ピンチだったの?

 ………ごめんなさい、アタシがもう少し早く駆けつけていれば応援の歌をもっと早く……!」

 

ぶぉう、と炎の息吹がエリザを襲った。

今の弱々しいブレスに殺傷力などないが、エリザはそれをぱたぱた払いながら跳び上がった。

火を噴きかけ終えた清姫が、死んだ目をしながら扇子で口を覆い隠す。

 

「あついっ、あつっ……! ちょ、何するのよアンタ!?」

 

「別に……」

 

すい、と目を逸らしてしまう清姫。

焼かれるドラゴン娘を前にして、キャットが深々と肯いた。

 

「うむ。ドラゴンを調理するならしっかり火を通すべし。生焼けでは腹を壊すゆえな。

 バッチリウェルダンで提供するのがシェフの心意気。

 キャット驚くドラゴンステーキを作ってみせよう、しかし食材的には犬の餌……?

 だがアタシは妥協しない。好奇心は猫を殺すが、克己心こそ狐を活かす。

 たとえ犬猫の餌になろうとも、料理の手を抜くようなことはナッシング。

 地獄のお宿の閻魔様に、魂を賭けよう(キャット)―――!」

 

「なんでアタシに爪を向けてるの、アンタ……?」

 

シャキーン、と自前の包丁を立てるキャットに、一歩後退るエリザ。

背景で発生する謎のやり取りをスルーしつつ、ネロもこちらへ合流する。

満身創痍は誰も同じだ。

新たに合流したエリザとキャットは、まだ戯れる余裕を持っているようだが。

 

「勝利の勝鬨―――と言いたいが、この有様でそれは叶うまいな」

 

「勝鬨もいいけど、勝利の美酒が欲しいところだなぁ」

 

ほぅ、と大きな溜め息。いい加減に体を保つのも億劫になってきたのか。

荊軻がぼんやりと空を見上げながら、そうのたまった。

苦笑したネロが、それに言葉を返す。

 

「―――せっかくならば、余もそなたたちに溺れるほどの酒を浴びせてやりたいが、な」

 

「いいなぁ、溺れるほどの酒。まあ、その気持ちだけ受け取っとくか」

 

ははは、と荊軻はしょうがないので笑い飛ばす。

そうしてふと、ネロがその表情を曇らせた。

カルデアの面々を見渡して、困ったように笑おうとするネロ。

 

「―――――そうだ。

 今思い出したぞ、余はそなたたちにとびっきりの褒賞を約束していたではないか。

 だというのに、何も渡せずでは……あまりに、皇帝として情けない、な」

 

「貰ってるよ、みんな。助けた分以上に、ネロは俺たちを助けてくれたじゃん」

 

ソウゴの言葉にやはり困ったようにするネロ。

彼女は少し無理をしていると感じるくらいに、ぎこちなく微笑んだ。

 

「そう、か……そう、であるか……そうであったなら、余も嬉しい」

 

「それよか、聖杯はどこ行ったんだ?

 あのフラウロスとか名乗ってた奴が持ってたんじゃねぇのか?

 それともあっちのアルテラか?」

 

軽い口調で話題を変えるランサー。

その視線が周囲を見渡すが、瓦礫の山しか見当たらない。

 

「そうね……ロマニ、周囲に聖杯らしき反応は?」

 

『うーん……通信は回復したけれど……

 こちらから観測する限り、周辺は依然として闇鍋状態にしか……

 そちらの神威が薄れるまで、もう少し時間が……』

 

通信先で慌ただしく動いている様子が伝わってくる。

ダ・ヴィンチちゃんの姿はないようだが、一体この修羅場で何をやっていたのだろうか。

はぁ、と溜め息一つ。

オルガマリーが立ち上がる。言うまでもなく、彼女の疲労はこの中では一番マシだろう。

 

「仕方ないわ、自分の足で探しましょう……貴女たちは休んでいなさい。

 ――――そちらのサーヴァントたちも手伝ってくれる、のかしら?」

 

じゃれあっていたエリザとキャットに声をかける。

そのうち本当に殺し合いに発展しそうな二人の取っ組み合いが止まった。

 

「うむ、よかろう。

 キャットとてこのままエリザベートと同類と思われたままでは、狩猟犬の名折れ。

 探し物ならアタシの鼻に任せるがいい」

 

「はぁ!? アンタと一緒にされて名前が折れるのはアタシの方でしょ!?

 トップアイドルサーヴァントなら、探し物くらい一発よ!」

 

何を争っているんだこいつらは、と。オルガマリーが嫌そうな顔をする。

エリザベートはそのまますぐさま翼を広げ、大きく空に羽ばたいていた。

 

「空から探せばなんだろうとラクショーよ!

 見てなさい、ちょちょいと見つけてあげるんだから!」

 

対するキャットは、普通に起き上がると着物をぱたぱたと肉球で叩く。

その後に懐から呪符を一枚取り出してみせた。

呪符が炎を灯し、勝手にゆらりゆらりと何処かへ向けて飛んでいく。

 

「………それは」

 

「? 物探しのための呪いだが。

 近場の探し物程度ならオリジナルには程遠いキャット呪術でも、らくらくダウジングなのだな」

 

ふよふよ漂う呪符を追いかけ始めるキャット。

オルガマリーもそれに追従する。

念の為に、と。ジャンヌが彼女の後ろについてきてくれる。

 

「その、鼻は……?」

 

「うむ。つい言ってみたはいいが、探す物の匂いを知らぬゆえに探せぬ。

 削り節の薫りしか知らぬキャットの不明を許せ」

 

「そう……いえ、探し当ててくれるなら普通にありがたいのだけど……」

 

空を飛びまわるエリザベートを見上げ、どうしたものかとオルガマリーは思考して―――

もうどうでもいいや、と完全に思考を放棄した。

 

飛行するエリザベート。

そもそも彼女は大前提として何を探しているのかも知らない。

聖杯という名は聞いていても、それがどういうものかはよく分かっていない。

 

数分たっぷり飛行してから、彼女はやっとその事実を思い出した。

 

「アタシ、何探してるんだっけ……?」

 

その疑問に辿り着き、瓦礫の山の上に着地する。

とりあえずそれっぽい何かを探そうと辺りを見回して―――

瓦礫の小山の上、何かがきらりと輝いたのを彼女は目敏く見つけ出した。

 

「見っけ!」

 

即座に空飛び駆けつけた。

着地と同時にその輝く何かを拾い上げる。

 

「あら、綺麗……」

 

それは輝く黄金の欠片だった。

曲線を描く―――まるで、欠けた杯の一部であるかのような形状。

ほう、とその輝きに感動してそれを見つめていると、それはくにゃりと丸まってしまった。

エリザの手の中で黄金の球体と化してしまう、黄金の欠片。

 

あれ、と思ったがまあいい。とにかくこれで、先に見つけた自分の勝ち―――

 

「あったわ!」

 

オルガマリーの声に、ぎょっとして振り返る。

此処掘れわんわん、タマモキャットの導き。

瓦礫を掘り起こしていたキャットの手の中に、黄金の杯が握られていた。

あっちの方がでかい。本物っぽい。

 

オルガマリーの手に渡された聖杯は、杯から水晶体に変化する。

彼女はそれを手にしたまま、それを格納する役割を持つマシュへと走っていく。

 

「うっそ、じゃあこっち偽物……!」

 

むぐぐ、と自分の手に残された黄金の球体を見る。

騙された、と捨ててしまおうかとして―――

 

「でも、なんかこう、これ、キャンディーみたいで美味しそうじゃない……?」

 

黄金の球体をじい、と見つめる。

この上品な輝きを見ていると、何となくこれが甘そうな気がしてくる。

ごくり、と唾をのむ。

偽物で、要らないなら、別にいいわよね。と、彼女はそれを口の中に運び入れ―――

 

「……別に甘くないわね、がっかり」

 

ごっくんとあっさりそれを呑み込んだ。

ちぇー、と舌打ち。飴っぽいのは甘くないし、探し物には負けるし散々である。

ばさりと大きく翼を広げ、彼女も皆が集まっている場所に帰還する。

 

彼女が元の場所に戻れば、その頃には既にこの時代の異物の強制退去が始まっていた。

 

「――――そうか、消えるか。だが、うむ、泣いてでも引き留めたいと思っているが……

 余も皇帝だ、そこはぐっと我慢して見送りに徹することとしよう。

 ああ、余は皇帝なのだからな……」

 

涙を堪えながら、消えていくカルデアの面々を見渡すネロ。

荊軻にエリザベート、タマモキャットも退去が開始されていた。

 

「光栄ではありますが、我らには使命があります」

 

「分かっているとも。あのような魔術師が、世界を滅ぼそうとしているというのだろう。

 ならば、余にそなたたちを引き留めるようなことはできぬ。

 これより先の世界(ローマ)、そなたたちが守るというのであれば余も安心できるというものだ」

 

深々と頭を下げるオルガマリー。

そのまま口を引き結び、彼らを見送ることに徹するネロ。

そんな彼女に対し、オルガマリーが再び声をかける。

 

「聖杯を回収し、この時代の聖杯戦争は決着を見ました。

 我らという異物の消失を理解した世界は、そこに残った異常への修正を行うでしょう。

 我らが消えて、ある程度時間が経てば……この戦いの痕跡は、記憶も含めて消失することと。

 貴女を今悩ませる記憶もまた、知らなかったことに」

 

「それは………確かに心苦しさは晴れる、と言いたいが。そうか、全てか………

 そなたたちのことも、余に託してくれた先帝たちのことも、全て余は失ってしまうのか……

 我儘など言えぬがしかし……それは、とても寂しい事だな……」

 

小さく呟く彼女に、ソウゴは笑う。

 

「ネロなら大丈夫だよ。ネロは、自分で王様になることを選んだ人だから。

 何を忘れても。何を失っても。何度だって、きっと未来で自分の力で同じ答えに辿り着く。

 他の皇帝たちだって、それを信じてくれたから、今を託してくれたってことでしょ?」

 

ソウゴの言葉にネロが、苦笑した。

 

彼らの退去はもう彼らの体の半分を光に変えていた。

もはやネロが何を言っても止まらない光景に違いがない。

引き留めるように駄々をこねるのは、もう何とか我慢する。

最後に送る言葉は、せめて彼らへの激励であるように。

 

「――――うむ。……そうだな、余が折れている暇はない。

 では、うむ。そなたたちを、ローマ皇帝である余の近衛の任から解こう。

 よくやってくれた。そして、よくこの国に尽くしてくれた。

 これから先、そなたらの戦いは続くだろう。その戦いもまたローマを守ることに通ず。

 余に託した先帝たちの如く、余はそなたたちを信じ、託そう。

 この世界(ローマ)の守護者よ。そなたたちの戦いと旅路にマルスとヴィナスの加護あれ。

 そしてまた、いつの日か余とともに――――」

 

彼女が言葉を終える前に、彼らの姿はこの世界から消失していた。

姿を消した彼らのことをいつ忘れるか分からない。

けれど、世界が続けばいずれまた会えてもおかしくはないだろう。

そう思う事にして、彼女は廃墟の中を歩み始めた。

 

連合首都近郊に待機させている自軍の被害状況を確認せねばならない。

 

まさか―――

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正しく神威であろう。

昨今、多くの市民がブリタニアに次ぐようにネロに対して叛逆を起こしていた。

だがこの件で、ローマ皇帝ネロに刃向えば、神威によって裁かれると知れ渡るに違いない。

これからのローマは彼女を皇帝として戴き、繁栄の道を――――

 

「む……?」

 

何かがおかしい。何かが、おかしい気がする。

今まさに自分が見聞しているはずの街の惨状。自分で見ているものを間違うはずがないのに。

間違えている? 忘れている?

ついさっきまであったはずの何かが、丸ごと消え失せたような感覚だった。

 

「余は―――何を、忘れたのだ?」

 

ふと、空を見上げる。

彼女の知る空には無いはずの、光の帯が空を横断しているさまが見えた。

 

 

 

 

レイシフトから帰還し、身を起こしてコフィンから出てくるメンバー。

そんな彼らを迎えたのは、背中にでかい箱を背負ったダ・ヴィンチちゃんであった。

その箱からは機械のアームが四本飛び出ていた。

 

「はーい、おかえりー」

 

ぐいんぐいんと、レイシフトから帰還した彼らをロボットハンドが捕まえる。

そのままぽいぽいと後ろのマットの上に投げ込まれていく皆。

ダ・ヴィンチちゃんが背負ったでかい箱から伸びるそれは、絶好調で稼働していた。

 

メンバーをどかしたかと思えば、次はコフィンまでも移動させていくロボットハンド。

あっという間に端に追いやられていくクラインコフィン。

 

「いきなりなに?」

 

「ちょっと、ダ・ヴィンチ。勝手な真似は……」

 

「まあまあ。あと5秒、3、2、はーい総員ショック態勢」

 

疑問の声をスルーして、そのまま作業を続けるダ・ヴィンチちゃん。

きょとんとしている彼らの前で、彼女を身を屈めてショック態勢とやらに入る。

直後、凄まじい轟音がカルデア管制室に響き渡った。

とんでもない音ではあったが、エリザの歌より大したことはない。

びっくりするだけのレイシフト帰還組。

 

ダ・ヴィンチちゃんが強制的に皆をどかしたスペースに、巨大なロボットが転がっていた。

タイムマジーンである。

 

「あ、これもきたんだ」

 

「置く場所に困るね」

 

立香が周囲を見回してから、改めて管制室のど真ん中に転がるマジーンを見る。

下敷きのマットの上でそれを眺め、立香とソウゴは目を見合わせた。

カルデア内部にあれを置けるスペースあるんだろうか。

 

「置き場所が無い事はないけど、そこに運びこめるサイズじゃない。

 通路や入口のドアには限りがあるからね。と、言うわけで」

 

ひょい、としゃがんだダ・ヴィンチちゃんがソウゴからライドウォッチを掠め取る。

彼女の手の中には、ウィザードのウォッチが握られていた。

そのままにこりと笑った彼女は、ソウゴの襟首を捕まえて彼を引きずっていく。

 

「あのマシン用のガレージを用意していたとも。じゃあ、すぐにでも転移させてもらおうかな?

 そして色々、直接私の手で触らせてもらおうか」

 

「いいけどー」

 

ずるずると引き摺られていくソウゴ。

 

呆れるようにそれを見送ったロマニが、他のメンバーを見る。

ロムルスやレフとの決戦直後だ。

まずは休息を与えるべく、彼は皆を見回してから朗らかに顔を緩めた。

 

「おかえり、そしてお疲れ様。第二特異点、聖杯の回収はこれで完了だ。

 あっと、レオナルド! 工房に行くなら聖杯も持って行ってくれ!」

 

「おっと。そうだね」

 

ぱっとソウゴを手放すダ・ヴィンチちゃん。

解放されたソウゴも立ち上がり、やれやれと首を振った。

一度戻ってきた彼女に、盾を差し出してみせるマシュ。

彼女の盾には、物質を超越した存在である聖杯を収納するためのスペースがある。

ダ・ヴィンチちゃんが取り付けたものだ。

 

彼女はそこから聖杯を排出すると、ダ・ヴィンチちゃんへと差し出した。

そうしてそれを受け取ったダ・ヴィンチちゃんの表情が変わる。

目を前でその表情を見て、マシュが困惑して声をあげた。

 

「? ダ・ヴィンチちゃん、どうかしましたか……?」

 

自身の作った手甲の宝具で水晶体に触れるダ・ヴィンチちゃん。

その顔が見る見るうちに渋くなっていく。

 

「………不安定だね、この聖杯。

 聖杯はその性質的に危険物ではあるが、本来、高次元で安定した存在だ。

 聖杯に影響されて周囲が不安定になることはあっても、聖杯自体が不安定になるなんて……

 まず有り得ない事だと思うけれど……マシュ、これは一度盾に戻して」

 

聖杯の回収、という点においてマシュの盾に勝るものはない。

たとえ不安定な聖杯だったとして、ほぼ完璧な封印処理が可能だろう。

言われた通りに盾の中に聖杯を戻すマシュ。

 

「ローマの特異点を形成した実績から、聖杯としてのその性能に疑いはない。

 となれば、特異点で途中から不安定になったと考えるのが妥当だろう。

 まあ、これを所持していたレフが、神の権能に裁かれた影響と見るのが一番それらしいかな」

 

それを聞いていたロマニが、カルデアスを見上げる。

修正が開始されたローマ特異点は、まだ正しい状態が観測できていない。

難しい顔でマシュの盾へと視線を送るロマニ。

 

「つまり、アルテラの宝具によって……聖杯が()()()()()、ということかい?

 だとするなら、その欠片はまだローマにあるということに……」

 

「消滅するとは考えにくいし、そういった反応も観測出来ていない。

 そう見るべきだろうね。まあ、どちらにせよ第二特異点の変動が落ち着いてからだ。

 第三特異点の前に、もう一度ローマにレイシフトしてもらうことになるかもしれないね。

 仮にローマに聖杯の欠片が残っているなら、またローマが特異点になってしまうから」

 

肩を竦めながら、そういうダ・ヴィンチちゃん。

 

「―――また、ローマが特異点に?」

 

難しい顔でその言葉を鸚鵡返しする立香。

それに一度肯いて、しかしダ・ヴィンチちゃんは軽い口調で補足する。

 

「聖杯の一部とはいえ、欠片ではそれほど大きな特異点にはならないさ。多分。

 まあどっちにしろ、考えるのはカルデアスの安定後。

 シバによる観測が可能になってからでいいさ。さて、では行こうかソウゴくん。

 あ、不安定な聖杯がいれられるようなケージも作っておくから、マシュは明日……いや明後日の昼過ぎごろに私の工房に武装したままきてね。

 今回分の聖晶石もその頃にはある程度結晶化が終わってるだろうし」

 

いっそ鼻歌でも歌いそうな勢いで、彼女はソウゴを引き摺りながら行ってしまった。

歩き去っていくその背中をじっとりと見つめるオルガマリーのことも気にしない。

はぁ、と大きく溜め息を落とすロマニ。

 

「随分と機嫌がいいわね、あいつ」

 

やたら嫌そうにオルタがダ・ヴィンチちゃんが歩き去った通路を見る。

ジャンヌから見ると、未知である興味を引く物体を前にした反応というだけだ。

似たような表情を見たことある、ということで。

そんなオルタに、ジャンヌは親切心から彼女に教えてみせた。

 

「オルタがソウゴくんのバイクを見ている時も、ああいう物欲しそうな顔をしていましたよ?」

 

などと、言われたオルタが酷く表情を引き攣らせる。

即座に彼女は首を横に振った。

 

「してないわよ」

 

「してましたよ? オルタはロボット、というのには興味ないんですか?」

 

「ないわよ。バイクにもない。あんな顔したことない」

 

事実をそうとして語るジャンヌに、それをむきになって否定するオルタ。

 

「あの………それ以上はその、ここでは………」

 

申し訳なさそうに、そんなジャンヌ同士の会話に割り込むマシュ。

彼女の横では、立香がフシューと唸る清姫を抑え込んでいた。

今にでもオルタに飛び掛かり燃やしてやる、という信念を感じる。

 

どうどう、と暴れ牛のような扱いを受ける清姫が、立香に何とか鎮められていく。

やっぱり嘘なんじゃないですか、とむくれてみせるジャンヌ。

うざいと思ってオルタは舌打ちした。

 

そんな彼女たちを横目にしながら、ランサーがロマニに歩み寄る。

潜めるというほどに声を絞っているわけではないが、それでも小さい声で。

 

「んで、ドクターよ。ちと相談があるんだが」

 

「………霊基のこと、だね。流石に罅割れた霊基の修復、となると……

 まあ、レオナルドに頼るしかない。

 悪化することはあっても、自然回復するようなものでもないから早く対処したいが」

 

「今の状況なら再召喚もありだと思うがな」

 

軽く肩を竦めながらそんなことをいうランサー。

つまり一度今の霊基を放棄するという、サーヴァントの自殺みたいな話だが……

それに対して、ロマニは神妙に肯いた。

 

「……まあ、最悪そうせざるを得ないだろうね。

 フェイトには君の霊基グラフは登録され、前召喚時から記憶は連続すると証明されてる。

 魔力資源にさえ目を瞑れば、一番早い復帰手段はそれだと思う。

 もっとも、今はその魔力資源が有限かつ枯渇している状況だ。

 それを避けて復帰が叶うのなら、それに越したことはないだろうさ。

 申し訳ないけれど、一度保留にしておいてほしい」

 

「どうせ別に戦闘以外に支障はねぇ。

 まあ、次のレイシフトまでにどうにかする方法に目処がついてりゃいいさ。

 最悪再召喚でも構わねぇことだしな」

 

さほど気にした風でもなく、ランサーは肩を竦める。

そんな彼の様子を見て、ロマニは芽生えた疑問を口にした。

 

「……ところで、アルテラの宝具が解放され、君たちが実質的に壊滅した時――――

 もしもの時は、自身と引き換えに君が宝具を使用してアルテラを倒そうとしていたんだよね?

 因果を歪める君の宝具は、放ちさえすれば君が消滅しても結果を出す。

 いや、発動した以上は結果を出した、という答えを成立させるから。

 その結果、君が消滅するだろうことは分かっていたんだろうけど、ソウゴくんは……」

 

「俺が消滅しても再召喚できることを知ってたかって?

 お前らが説明してねえなら知らねえだろ。ただ分かってるだけさ、サーヴァントの使い方を。

 俺がそんな事程度で怖気づくような奴なら、最初から英霊になんぞになってねぇってな」

 

肩を竦めて歩き出すランサー。

困ったようにその背を見つめるロマニが、ふとオルガマリーに視線を移した。

 

ジャンヌがまだ管制室で横倒しになっているマジーンを指さしている。

そのまま、興味津々といった様子でオルガマリーに尋ねた。

 

「オルガマリー、あのロボットを動かす感じはどうでしたか?」

 

「どうと訊かれてもね……そんなに難しい、とは思わなかったけれど。

 操縦者の思考で、ある程度の操作誘導も出来るみたいだし……」

 

「フォ、フォウ!」

 

あんなオーバーテクノロジーに触れろと言われても困る、と。

困惑しながら説明しようとするオルガマリー。

フォウもまたあれはなかなかだったな、と言わんばかりに頭を揺する。

 

「へぇ、ダ・ヴィンチちゃんの調査が終わったら私も乗せてもらおっかな。

 マシュも一緒にどう?」

 

「まあ、マスター! わたくしもご一緒させて戴きます!

 ええ、密室に二人きり! 密室に二人きりで!」

 

「え、あ、はい……清姫さんからの護衛は、はい。わたしがきっちり果たします」

 

マジーンの周囲でがやがや騒ぎ始めたメンバー。

それを微妙に遠巻きからオルタがぐぬぬと見つめる。

 

そんな光景を前に、小さく微笑んでロマニは踵を返した。

手元の資料を確認しながら、彼は管制室の人員に指示を飛ばすべく頭を働かせる。

 

「さて。まずはオルガマリーも含めて健康チェックのスケジュールを詰めて……

 ええと、管制室の人員のシフトを調整して……

 優先なのは第二特異点の確認。聖杯の欠片の存在の特定、と……

 第三特異点の観測・特定はその後に回して……

 ああ、今回サルベージできるリソースの目算もレオナルドに出してもらわないと。

 使用した令呪は五画だから……あ、と」

 

様々考えながら歩いていると、階段に蹴躓いて手元の紙資料をぶちまけてしまった。

拾い集めるのを手伝ってくれようとする職員たちを止める。

そのまま自分で拾い集めようと、しゃがみ下に手を伸ばして―――

 

―――手袋に包まれた自分の手が目に映る。

 

「――――フラウロス………

 まさか、いや………たとえ、そうだとしても、きっと――――」

 

彼の手が、今を戦う人間のために纏めた資料を掴む。

今はこれこそが、彼の戦いなのだから。

 

 

 

 

そんな彼を、カルデア管制室の入り口に背を預けた男が見ていた。

軽く微笑んだ彼は、その手の中にある一冊の本を開く。

 

その本の名は“逢魔降臨歴”

時の王者オーマジオウを記した、歴史への祝福の書。

本の頁をいくつか捲り、彼は―――ウォズは、語り始める。

 

「かくして、我が魔王はドライブの力を得て第二の特異点、ローマでの戦いを終えた。

 だが次なる特異点、次なるレジェンドの力との邂逅は、またすぐに訪れるだろう。

 仮面ライダージオウ、常磐ソウゴ―――

 彼の戦いはまだ、始まったばかりなのだから」

 

バタリ、と。彼の手の中で逢魔降臨歴が閉じられた。

その瞬間、カルデアの中からウォズの姿は完全に消失していた。

 

 

 




 
聖杯の欠片にキャンディー美味しそう食べたいと願ってチェイテをハロウィン三部作にする女。
聖杯で飯? うどん? 素人め、聖杯もレガリアも拾ったものを生で食え。

それはそれとして二章セプテム、ドライブ編完結です。
セプテムは1から10までネロの話だったので、その点で難しかったような気がします。
敵サーヴァントも基本ネロのためなので、レオニダスくらいしかフリーな奴いなかったですし。
これからFGO一部原作沿いを書いてやるぜー!という人がいて、ネロ以外を活躍させたいぜー!と思ってるなら、最初から敵サーヴァントを増やした方が楽かもしれませんね。
レフのせいにすれば幾らでも増やせると思います。おのれレフ。
自分で読み直すと行き当たりばったりばかりで笑えますが、まあ何とか走り切れたのでよしとしましょう。
オツカーレ。

最後に、一つだけ伝えないと。シロウ―――――この章のテーマは愛です。
 


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interlude
1-1 ローマより来るもの2015


 
光と闇の果てしないEndless Battle。
加熱したボックスガチャは、ついに危険な領域へと突入する。
世界征服を企むショッカーの魔の手は、ボックスガチャにまで伸ばされた。
次回、仮面ライダーバールクス。
『ボックスガチャからスキル石が消えた!? 代わりに入れられたモニュとピース!!』
ぶっちぎるぜぇ。
 


 

 

 

ローマの特異点での戦いを終え、カルデアに帰還したわたしたち。

長かった戦いの疲れを癒すため、すぐに皆さんお休みになられました。

もちろん、わたしも。

 

その間にも交代しながら、途絶えることなく動き続けるカルデアスタッフの皆さん。

第三特異点の特定、及び第二特異点で回収した聖杯の欠片の探索作業。

未だ特異点捕捉の連絡はありません。

ですが、遠くないうちにきっと新たな戦いが始まることと思います。

 

ダ・ヴィンチちゃんは「これは仕事ではなく趣味側の話」と公言して憚らない、ソウゴさんのタイムマジーンの解析。その作業の片手間ながら、特異点から回収したリソースを結晶化して、聖晶石にする事は忘れていませんでした。

下手したら忘れてしまっているのでは、と疑ってしまった自分に反省です。

 

そして先日、その聖晶石を用いた先輩とソウゴさんによるサーヴァント召喚を行いました。

今回行った召喚は四回。前回より大きく増えたのは、特異点からのリソース回収に関してノウハウが増えた事による効率化、が原因だったそうで。

まだ三度目だというのに、流石はダ・ヴィンチちゃんです。

 

それで、召喚はそれぞれ二回ずつ……という事になりました。

そこで所長がダ・ヴィンチちゃんに訊いたのです。どうにかして、所長の魔術師としての性能を活かせる方向性の契約方法はないか、と。

ダ・ヴィンチちゃんは「ないよそんなの」と、一瞬で切り捨ててしまいましたが……あの時の所長の顔は、筆舌にし難いものでした。

ですが、そんな方法があれば最初からやっている、というダ・ヴィンチちゃんの意見はまさしくその通りで、所長も黙り込んでしまいました。

 

先輩もソウゴさんも基本方針や特異点の関わり方を所長に丸投げ、

もとい。全て任せるほどに信頼されているので、そこまで思い詰める必要はないと思うのですが。

ドクターやダ・ヴィンチちゃんに所長に関することを相談しても、わたしから言われても多分意固地になるのでとりあえず経過を見守るように、と言われてしまいました。

少なくとも所長のサーヴァントであるオルタさんとは関係良好のようだし、時間が解決してくれるだろうとも。

 

ええと、そうでした。

それで新たなサーヴァントを召喚した、という話です。

基本的にわたしを除き、レイシフトできるサーヴァントは最大五名。

なので、四騎増えても全員を戦力とすることは不可能。

という話で、カルデアの運営に携われるダ・ヴィンチちゃんのようなサーヴァントもできれば召喚したい、と。なんと所長の方から提案をされたのでした。

技術者。あるいは優れた魔術師。正直、今までの特異点でのそのような条件を満たせるサーヴァントと出会った記憶もなかったのですが……

 

とにかくまずは先輩が、そのような方針で召喚を行ったのです。

 

 

 

 

イライラとした足取りで、オルガマリーはカルデア内を巡る。

彼女の後ろからついてくる、新たにカルデアに召喚されたサーヴァントの案内だ。

キャスターのサーヴァント。かつ現代魔術の使い手。

そんな求めていた条件にそれなりに当てはまる、驚愕のサーヴァントだった。

 

「………それで、ここが管制室よ。貴方たちは、ここからレイシフトすることになる」

 

「なるほど。これはまた……アニムスフィアがこれほどのものを計画していたとは、な。

 まあ、私の知る時間で行われていたという記憶はないし、まして私の知る限りマリスビリーは存命だったが」

 

「そう」

 

オルガマリーの声が一段低くなったのを聞き、失言だったと詫びる男。

ローマの特異点において、アレキサンダーの軍師を務めていたサーヴァント。

諸葛孔明。それこそが彼の霊基の銘である。

 

「無論、極力は協力するとも。

 元よりこの神仙が如き霊基も、そういった契約で貸し与えられたものだ」

 

「………その割には、前回の特異点では人理焼却側についていたようだけど。

 野良のサーヴァントとして呼ばれていた、と。女神ステンノは言っていたわよ」

 

長髪の大男である彼を睨み据えるオルガマリーの視線。

バツが悪そうに視線を逸らした彼は、言い訳がましく口を動かす。

 

「………それはまあ、なんだ。

 あの特異点という戦場を俯瞰した結果、最善の手を打ったまでの話でだな……」

 

「なぜ目を逸らすのですか、ロード・エルメロイ?」

 

どんどん吊り上っていく彼女の目。

それに睨まれながら彼は、ぼそりと小さくその言葉に補足をつけた。

 

「……二世をつけてくれ、レディ・アニムスフィア」

 

苦し紛れにそう言って、ロード・エルメロイ二世は彼女から顔を背けた。

 

 

 

 

召喚に応じて下さったのはサーヴァント・キャスター、諸葛孔明さんでした。

ですがご本人、というわけではないらしいのです。

諸葛孔明はこの問題に対し、現代という環境に即した人間に霊基を譲渡し、その人間を疑似サーヴァント化することで参戦した、とのことでした。

選ばれた人間は、ロード・エルメロイ二世さん。なんと、所長のお知り合いだったのです。

 

もっとも、所長が知っているのはそのロード・エルメロイ二世さんとは別の、ロード・エルメロイ二世さんなのだそうですが。

彼はローマの特異点でも参戦していたそうで、なんとあのレオニダス王の戦場を整える采配は彼の仕業だったそうです。

味方となってくれるなら心強いですが、所長にはとても睨まれていました。

 

続けて新たなサーヴァントを召喚したのは、ソウゴさんです。

ランサーさんが前特異点での戦闘で不調らしく、再召喚も考えている。

そんな話が所長の方からもありましたが、ソウゴさんもランサーさんも特に気にしていないようでした。あの二人の……なんというのでしょうか、ウマが合っている、とか?

口に出さずとも互いに了解しあっているような様子は、サーヴァントとして是非見習いたいところです。

 

そんなソウゴさんが召喚したのは――――

 

 

 

 

「あれ、意外だね。こういう場所にくるタイプだとは思ってなかった」

 

煽りを受けて、入室してきた奴に対して睨みを利かす。

そのついでに目の前のノートを閉じて、その上に本を置く。

彼はそれを気にもせずにそのまま部屋に踏み込み、本棚へと向かっていった。

書庫にくるのだから当然それが目的だったんだろうが。

 

「……なに? 詩でも探しにきたの?」

 

「いや? 書庫がある、と聞いたから色々見て回ろうと思ってね。

 けど、想像以上だな。知識としては知っているけど、この蔵書量を見るとやっぱり驚きだ。

 文字を学ばなくても読めるだけの知識が与えられるサーヴァントの身に感謝だ」

 

そう言って赤毛の少年王。アレキサンダーは瞳を輝かせた。

とりあえず特に理由はないが舌打ちするオルタ。

 

「………ここの蔵書の内容は大分偏ってるけどね」

 

「つまり、ここに書庫を開いた人間の嗜好が感じられるということだろう。

 基本はあのオルガマリーという人の父親のものなのかな?

 それもまた楽しみだね、僕は。君も偏りを感じるくらいには目を通したのかい?」

 

「そんなもの目録で分かるでしょ。

 っていうか私だってカルデアにいる時間はアンタたちと大した差はないわよ。

 前回は召喚されてそう時間をおかずに、ローマにレイシフトしたんだもの」

 

なるほど、と言って彼は本来司書がいるべき場所へと目をやる。

当然、この場所の管理に割く人員などは存在しない。

軽く顎に手を当てながら悩むアレキサンダーが、小さく呟いた。

 

「いずれは、書庫の管理をするサーヴァントも欲しいな」

 

「…………アンタ、何言ってんの?」

 

「せっかくの資料を死蔵しておくのはもったいないからね」

 

彼はそのまま目録を確認することはせず、自分の足で本の品揃えを確認し始めた。

その後ろ姿を見ながら、オルタが問う。

 

「そういやアンタ、ずっとくっついてたあのキャスターはどうしたのよ」

 

「先生なら君のマスターと作戦会議だよ」

 

適当な一冊を抜き出して、その場で捲り始めるアレキサンダー。

あっそ、と返したオルタも自分が持つ本を広げ、そちらへと視線を向けた。

下のノートは開かない。

そんな様子を見もせずに、アレキサンダーは振り向きもせずに問いを投げてきた。

 

「字の練習をするのに僕は邪魔かい?

 もし邪魔なら、適当に本を見繕って自分の部屋に戻るけれど」

 

「してませんけど!? 何で私がそんなことする必要があるのよ!?

 これはっ……そう、ちょっとした、あれよ! ただの落書きよ! 見たら殺すわよ!?」

 

咄嗟に本でノートを抑え付けながら、オルタが叫ぶ。

それを気にもせず、アレキサンダーは本から顔を上げもしなかった。

 

「そう。邪魔じゃないのなら、居座らせてもらうよ」

 

 

 

 

アレキサンダーさん。

前の特異点では皇帝ネロと対峙した、偉大な征服王……その少年期と言うべき方です。

先輩が召喚した孔明……エルメロイ二世さんとはとても仲が良いようです。

お二人の距離感は、ローマで会った縁だけとは思えないくらいのものですが……

 

現代人であるエルメロイ二世さんと、アレキサンダーさんの共通点とは何なのでしょうか?

それほど性格が合うような方たちにも見えなかったのですが。

やはり傍から見るだけで分かるようなことはないですね。わたしも精進しなくては。

 

あっ、ええと。それであとの二騎のサーヴァントですが……

また順番通りに先輩とソウゴさんが召喚を執り行い―――

 

コンコン、と。

 

自室へのノックがありました。

書いていた報告書―――という体の、日記帳。

ドクター・ロマンからの課題の一つで、これを一定周期で書いているのです。

 

とにかくそれを閉じて来客に対応します。

扉を開くと、目の前には朗らかに微笑む―――

 

「あ、マシュ。ちょっといい、かな?」

 

「―――ブーディカさん」

 

そう。ブーディカさんが、先輩が召喚した二騎目のサーヴァントだったのです。

呼ばれた当初はとても、その、どういったことから話せばいいのか。とても悩んでいたのです。

けれど、先輩もソウゴさんも気にした風でもなく、普通に会話を進めるので……

特にソウゴさんがオルタとおんなじようなもんでしょ、という言葉が大きかったような。

ソウゴさんは直後に、オルタさんからとても睨まれていましたが……

 

わたしもそれに倣うように、と。

こうして、笑いながら会話が出来るほどに打ち解けることができました。

 

「はい、どうかされましたか?」

 

「うん、どうかしたってわけじゃないんだけど……

 君たちと違って、あたしは呼ばれてもまだ何もやれてないからさ。

 せっかくだしスタッフの人たちに料理でも、と思ったんだけど。

 もし時間があるなら、マシュも一緒にどうかな、と思ってさ」

 

照れるように頬を掻きながら、言われた言葉。

わたしも出来るなら協力したい、と思うのですが……

 

「えっと、ですがわたしは料理の経験などはまったく……」

 

「誰だって初めはそうだよ。だから、最初は経験者と一緒にどうかな?」

 

一緒に料理を、と言われて。思わずこちらも頬が緩んでしまいました。

迷惑になってしまうかもしれないが、そう問われればこちらも答えは決まっています。

ブーディカさんと調理をご一緒出来るなら、とても嬉しいのですから。

 

「――――はい。マシュ・キリエライト、ご一緒します」

 

「―――そっか、よかった。じゃあ、一緒に行こうか?」

 

「はい!」

 

すぐに準備をして、食堂に向かって出発する。

ブーディカさんとはあの特異点で大きなすれ違いがありました。

けれど、今こうしていられる事。

それが、自分たちが間違っていなかったのだという、大きな安心に繋がります。

ちょっとしたことを会話しながら歩くこの道も、とても嬉しい。

そう長い道でもなかったので、すぐに食堂には到着してしまいましたが……

 

扉に近づけば、すぐにそこが自動で開いてわたしたちを迎え入れてくれます。

いつも通りに踏み込んだそこには―――

なぜか、見たことのない光景が広がっていました。

 

「え……?」

 

「これは……」

 

カルデアの食堂とは似ても似つかない、黄金と赤に彩られた巨大キッチン。

さながらヴェスビィオス火山の如き、灼熱の厨房。

 

もうこの時点で犯人は一人しかいないのですが……

ソウゴさんが呼び出した、今回召喚された最後のサーヴァント。

 

「余の記憶が確かならば―――」

 

キッチンより一段上。

何故か設けられている、審査員席のようなスペースで彼女は歩き出しました。

更に食材の置かれているテーブルから、パプリカを取り上げます。

そして一口。かっと大きく目を見開き、何か宣誓し始めました。

 

「この厨房は、ローマの提供である! というか余の提供、正しく灼熱厨房である!」

 

「その厨房を提供するための魔力はマスター、ソウゴのだろ?

 あんまり無駄使いするもんじゃないよ、あんた」

 

そんなことを言いながら、厨房をバンバンと叩くネロさん。

呆れたように周りを見回しながら、ブーディカさんが注意しました。

 

ソウゴさん自身の魔力は大きくありませんが、彼はウィザードウォッチという後付けの魔力タンクのようなものを持っているので、魔力切れはそうそうありません。

もちろん、ウィザードウォッチの魔力をサーヴァントに回してしまえば、ジオウの状態で魔術……ウィザードの魔法が使えなくなってしまうのですが。

 

「うむ、何やらブーディカが食事を作ると聞いてな。

 ならばとこうして余の厨房を貸出しようかと思ったのだが……」

 

すう、と消えていく灼熱厨房。

ネロさんの宝具、黄金劇場(ドムス・アウレア)は劇場のみならず、芸術工房や厨房の機能を兼ね備える、とは確かに聞いていたのですが……

 

灼熱厨房の姿は消失し、通常通りのカルデアキッチンが戻ってきました。

そこを見回して、ネロさんは楽しげに笑います。

 

「なんと。使い方もよく分からぬ機材が並ぶキッチンが、こうしてあるではないか。

 これは余もそれらの機材が使われ、料理を生み出すさまを見学しなくてはと思ってな」

 

「言っとくけど、あたしも難しそうな道具は触らないよ。

 そういうのはせめて、ここのスタッフに聞いてからじゃないと触れないよ」

 

言いながら、ブーディカさんは食材倉庫に向かいます。

遅れないようにわたしもそれを追うと、更にネロさんもついてこられました。

 

「それで何を作るのだ? パイでも焼くのか?」

 

「そうだね。わあ、これは……見たことない食材ばっかりだね……

 あたしが知ってるような気がしてるのも品種改良、みたいな事をされてるんだろうね」

 

様々な食材が並ぶ倉庫の中を見て、ブーディカさんが感嘆したらしい息を吐きます。

生鮮食品は保存の関係上、積極的に使いたいところなのですが……

それを調理する余裕のあるスタッフが少ないのです。

 

一応、保存のための魔術も合わせて使っている倉庫らしいので、もう少しは保つでしょうか。

 

「とりあえずは、皆に行き渡る分だけ、シチューとパイ。

 メニューを相談して、ダ・ヴィンチに選んでもらった食材があるから。

 マシュ、このメモの食材を探してもらえる?」

 

「あ、はい!」

 

「うむ、余にも任せよ!」

 

そう言ってふらふらしだすネロさん。

食材を探す事より、未知の食材の方に引きつけられてしまうようです。

 

それにしても、ネロさんとブーディカさんは、こうして普通に会話できるとは思っていませんでした。

ブーディカさんがいるなか、ネロさんが召喚された時はどうなることかと思いましたが。

彼女は呼ばれてすぐ、ブーディカさんにも親しげに声をかけていたものでした。

 

「それにしても、ブーディカの作る食事か。

 うむ、余もあの時のローマで一度だったか、食べた記憶がある」

 

ぴくり、と何やらブーディカさんが食材を探しながら肩を揺らします。

どうなさったのでしょうか。

やはり、あの時の話を改めてするのは、ブーディカさんも辛いのでしょうか…?

 

「―――あれ、そういえば……修正された特異点でお会いした、生前のネロさん。

 その時の記憶が……あるのですか?」

 

本来、すぐに世界は修正されてしまい、その記憶は残らないはず。

その疑問に、ネロさんは自分も分からぬと言わんばかりに笑われました。

 

「うむ。生きていた頃はとんと忘れていたのだが……

 呼ばれた瞬間に、何やら思い出したような気がしてな。といっても、かなり曖昧な記憶だ。

 確か最後は……余とエリザベートとやらのデュエットで、宇宙からの侵略者アルテラに愛の心が芽生え、解決したのだったか?」

 

「いえ、そんなスペースファンタジーではありませんでしたが……」

 

冗談、というわけではないようです。

そうだったか? と首を傾げているネロさんは、本当に詳細までは覚えて無さそうです。

エリザベートさんとアルテラの事を覚えているということは、大筋は覚えているのでしょうが……

 

「うむ。マシュにもブーディカにも世話をかけたな。

 そなたらの助力がなければ余はあの時死んでいただろう」

 

「―――――?」

 

まるで、ブーディカさんとも共に最後まで戦った、とでも言うような。

咄嗟にブーディカさんへと顔を向けると、彼女もまた困ったような顔をしていました。

―――ネロさんは、アナザードライブの存在を忘れている……?

 

 

 

 

「…………いえ、申し訳ありません。やはり私では不可能ですね」

 

ランサーの霊基の状態を修正できるか。

ルーラーとして、聖女として、それを図っていたジャンヌはそう言った。

だろうな、とランサーは特に感慨もなさそうに納得する。

 

「でも、一応ダ・ヴィンチちゃんは手があるって言ってたんだよね?」

 

立香はそんな二人を見ながら、彼女の言っていた言葉を思い出す。

 

「聖杯に呼ばれるサーヴァント、その聖杯が形成するサーヴァントの霊基。

 霊基を修復したいというなら、割れた霊基に別の霊基を外殻として補強すればいい。

 つまり聖杯が作り上げた“ランサークラス”のサーヴァントの霊基を一部譲り受ければ何とかできる、だっけ」

 

「ええ。英霊をクラスに押し込めることで再現する、というサーヴァントシステム。

 その英霊をランサーというクラスに固定している部分を、修復に利用するというわけですね。

 今、ダ・ヴィンチがそのシステムを構築しているとのことですが。問題は………」

 

「カルデアに他にランサーいないもんね」

 

今カルデアにいるサーヴァントで、ランサーはクー・フーリンだけ。

カルデアにいるのはセイバーのネロ。ライダーのブーディカとアレキサンダー。キャスターの孔明とダ・ヴィンチちゃん。バーサーカーの清姫。ルーラー、アヴェンジャーのジャンヌ二色だ。

バランスはとれているような気がしないでもないが、残念ながらランサーはいない。

 

立香は困ったように溜め息を吐く。

 

「まあ、そのうちどうにかなんだろ」

 

「特異点で協力してくれるサーヴァントを探す、とかしかないのかなー」

 

そう言いながら、歩いて向かう先は食堂だ。

先程、ダ・ヴィンチちゃんが教えてくれたのだ。

ブーディカがパイとシチューを作ろうとしているので、あとで行ってみるといい、と。

 

「あ、私は先に書庫に行ってオルタを見てきますのでお先にどうぞ」

 

ジャンヌが同道から外れ、そのまま食堂ではない書庫へと行ってしまう。

 

「ランサーは一緒に食べに行くよね?」

 

「……まあ、誘われちまったら行くしかねぇわな」

 

やれやれ、と。肩を竦めて答えるランサー。

美味しいものを食べられることを素直に喜べばいいものを。

 

食堂について辺りを見回すと、何やら数人。

カルデアのスタッフが久しぶりの出来立てごはんを拝み、食べている様子だった。

 

「あ、先輩。ようこそいらっしゃいました……

 調理に関してはわたしもお手伝いはしましたが、ブーディカさんがきっちり仕上げて下さっているのでご安心を」

 

「別にマシュのでも心配はしないよ」

 

厨房で手伝っているマシュが、パイとシチューが乗ったトレイを渡してくれる。

すると彼女は小さい声で、更に一つ言葉をつけたした。

 

「……すみません、先輩。あとでソウゴさんと一緒にお話ししたいことがあるので……

 あちらのソウゴさんたちと一緒に食べていて頂いていいでしょうか?」

 

「え? うん、それはいいけど」

 

ソウゴたち、と言われて見てみた先。

そこには、ソウゴと―――何故かウォズが一緒の席に座っていた。

神出鬼没だなぁ、と思いながら立香もそちらに向かう。

 

「で、サーヴァントでも貰えんのか?」

 

「それは勿論。全員に配っても余るくらいには作りましたので」

 

「そりゃありがたい話だ」

 

ランサーはそれを受け取ると、食事中の女性職員を狙い澄まして歩き出す。

……まあ、最低限の節度は保ってくれるだろう、多分。

 

立香がソウゴたちの所まで行くと、ウォズがちらりとこちらを見る。

さほど気にせず、そのままその席に座る。

 

「………さて、我が魔王。

 随分とのんびりしているようだが、次の特異点攻略は進めないのかい?」

 

「俺が進めようと思って進むもんじゃないし。あ、ウォズも食べる?」

 

ソウゴがパイの乗った皿をウォズの方へと動かす。

小さく溜め息一つ。

彼はその皿をソウゴの方へと押し返し、手にした本をテーブルに置いた。

 

「この本によれば、君は次に新たな特異点に向かい更なるレジェンドの力を―――」

 

彼らの会話、というよりウォズの語りをBGMに、立香も食事を始める。

なんだか、久しぶりに普通に温かいご飯を食べた気分だ。

もちろん今までもカルデアにいる時は、誰か職員の人が作ってくれたものを食べていたんだけど。

 

私も少しはマシュみたいにブーディカを手伝おうかなー、なんて。

そんなことを考えながら食べ進める。

すると、さっき言っていた通りにマシュがこちらにきた。

 

「すみません。先輩、ソウゴさん。

 異常事態、なのかどうかは分かりかねるのですが……ネロさんの、記憶のことで」

 

「ネロの記憶?」

 

マシュもまた椅子に座り、声を潜めながら語り出す。

ちらりと厨房を覗けば、件のネロはブーディカの手伝いをしている様子だった。

ここにいるのは、ローマを救うのに協力したレイシフト組をバックアップしていた人間。

というわけで、彼女なりの恩返しらしい。

 

「はい。ネロさんはどうやら、生前に特異点と化したローマの記憶が混濁しているようなのです。

 おおよそは分かっているようなのですが、詳細はかなり支離滅裂と言いますか」

 

「ふーん……ウォズは何でか分かる?」

 

ソウゴに話を向けられ、ウォズは首を傾げる。

 

「何故私に訊くんだい、我が魔王。そういう話はレオナルド・ダ・ヴィンチにすればいい」

 

「まあまあ、分かるんなら教えてくれていいじゃん」

 

ウォズの言葉をスルーして、じいと彼を見つめるソウゴ。

それに根負けしたかのように、ウォズは仕方なさげに口を開いた。

 

「……まあ、ローマ特異点は良くも悪くもネロ・クラウディウスが中心だったからね。

 ローマは神の時代と袂を分かち、人の文明を立ち上げた楔の都市だからこそ特異点になった。

 だというのに、その象徴であるネロが戦いを通じて神に近くなり過ぎた。

 人の築いた人の都市、だからこそ意味があるというのに、皇帝が神になっては意味がない。

 だからいわゆる歴史の修正力というのも苦労したんじゃないかい?

 その辻褄を合わせる為ならば、本人の記憶が多少曖昧になる程度は必要経費さ」

 

「それで………ネロさんは、ブーディカさんがアナザードライブだったということまで。

 いえ、でもそれどころかアナザードライブの存在すら覚えていないようなのですが……」

 

マシュの言葉に、ウォズが固まった。

アナザードライブの存在が彼女の記憶から消えた、という話に。

彼には珍しく、とても衝撃を受けたような表情だ。

 

「…………なんだって?」

 

驚愕のままに言葉を絞り出すウォズ。

その様子に困惑しながら、マシュは状況を説明する。

 

「ええと、ネロさんはブーディカさんは自分たちと最後まで一緒に戦ってくれた。

 そう記憶しているようなのです……

 それに彼女は、他の皇帝やアルテラと戦ったことは覚えていても、アナザードライブとも戦ったことは、まったく覚えていないんです」

 

それを聞いたウォズが、一際表情を難しくする。

彼の手がテーブルに置いた本を取り上げた。

 

「……そうか、なるほど。すまないね我が魔王。

 どうやら私には、緊急の用事が出来てしまったようだ」

 

そんな事を言いながらすぐさま立ち上がり、この場を後にするウォズ。

まるで途轍もない事件だと言わんばかりの態度。

それをシチューを啜りながら見ていたソウゴと立香は、首を傾げながら目を見合わせた。

 

 

 

 

歩きながら彼はマフラーを翻す。

それが彼自身を取り囲むように渦巻き、彼の体をカルデアの中から消失させた。

 

そんな彼が出現するのは、闇に包まれたどこかの空間。

その中に置かれた巨大な時計を背にしながら、彼は逢魔降臨歴を検める。

 

「皇帝ネロに一時的に宿った、時空の挟間にただ消えゆくはずだった神の力。

 ――――それはつまり、アナザードライブと深い関係にあった神性ということ……

 であるならば、もうスウォルツの手には既にそのアナザーウォッチが……?

 ………いや。幾らなんでも、消失に向かうローマの神性だけでは力が足りなすぎるだろう。

 だが、もしかしたらこれは………」

 

小さく呟きながら、紙面を睨むウォズ。

そんな彼の後ろ。時計の針はただ、静かに回り続けているのであった。

 

 

 




 
ハロウィンの導入をしようと思ったらそこまで辿り着かなかった。
宇宙の神様も別にすぐに出るわけじゃないです。
 


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1-2 南蛮瓜地獄1604

 

 

 

「くっ、わしはこのようなところで終わるというのか……!」

 

黒い軍服に赤いマント。

そんな不思議な装束の、自身を“わし”と称する女性。

彼女は息を切らしながら、身を隠すように木の陰にもたれかかる。

 

「ノッブー!」

 

「ノブノッブ!」

 

その近くを、二頭身のちみっちゃい何かが複数体走っていく。

珍生物の姿形、それは今隠れている彼女の姿をデフォルメしたものに見える。

 

木陰から彼女がそいつらの様子を窺い、様子を見る限り。

ノブー、と鳴くその声で意思疎通も取れているらしい。

どういう鳴き声だ。

 

「ノッブ」

 

そいつらの後ろから、悠然ともう一体。その変なのが現れる。

新しい個体は他の奴らとは一線を画す存在であった。

なんと、その頭の上にカボチャを被っているのである。

 

そいつが集団のリーダー的存在らしく、ノブノブと指示を飛ばしていく。

木陰に隠れた彼女を探しているのは明白だった。

 

「ぐだぐだハロウィンとかなんと救えぬ話……! 正気の沙汰とは思えぬ……!

 この第六天魔王、織田信長になんたる仕打ちか……!

 厠かっ、厠に入ったのがあかんかったかっ……!」

 

彼女の真名こそ、日本にその名を知らぬ者はない。

天下の織田信長その人であった。

彼女は帝都聖杯戦争というものに参加していたのだが、あれがこうしてそうして……

なんかこう、ぐだぐだ感が粒子となって放出されてしまったのだ。

 

その結果、それがどうしてああして……

彼女のいた世界と異界に存在する特異点と繋がり、そこへ放り出されてしまったのだ。

一緒にきたはずの幕末辻斬りオタクもどこかにいる筈だが……

まあどうでもいい、と彼女は考えるのをやめた。

 

―――別にあいつがどっかで適当に野垂れ死んでてもわしは困らんし……

 

「ノッブ!」

 

「しまった、見つかったか!?」

 

すぐ傍からチビの声がして、彼女はすぐに立ち上がった。

ノブノブ鳴く連中に既に取り囲まれている。

もはやこれまでか……!

 

イケてる辞世の句を今考えるからちょっと待ってくれんか? と言おうとした信長。

そんな彼女を差し置いて、チビたちがカボチャチビも含めて敬礼をしている。

わし? わしに平伏しとる?

などと考えるが、明らかに向いている方向が違う。

 

チビたちの視線を追う信長。

そこには―――

 

「あら、貴女サーヴァント? ―――っていうかその顔、こいつらの大元ね?」

 

ボンテージに身を包み、顔を仮面で隠したグンバツ(死語)の美女が立っていた。

横倒しになったままに引き摺られるアイアンメイデンが、何故か哀愁を漂わせている。

どうやらあの仮面は、ストレスからくる小皺を隠すための用途らしい。

 

「おのれ! わしのなんか分身? いや、これ分身扱いはあれじゃな……

 おのれ! なんか変な小さいわしを使い、悪行を尽くすものよ!

 その行いはいずれ、何かこう、あれじゃ。きっとよくないものを招く……」

 

「引き取りなさい」

 

グンバツ美人は、信長の言葉を遮って一言。

その鬼気迫る声に、首をこてんと横に倒して信長は疑問の声をあげた。

 

「……え?」

 

「引き取りなさい、この変なの」

 

敬礼を終えて、わいわいがやがや騒ぎ出すチビたち。

引き取れ言われても、そもそもこれなんじゃ。

 

「私は今こいつらや貴女に構っている暇ないの。分かる?

 それどころじゃないのよ。南瓜は生えるわ歌は下手だわ料理は地獄だわ。

 あれが私であるという現実と戦っているのよ、私は。

 ほんと、邪魔しないでくださらないかしら。切実に」

 

切実に、ほんとに切実に彼女はそう訴えかけてきた。

そう。今この世界は特異点と化し、一つの地獄として再誕していたのだ。

 

 

 

 

彼女は消失した筈の存在。

だというのに、意識が保ち熱を帯びていた。

歌いたい、食べたい、つまり楽しみたい。

そんな感情が、身の内から自身を食い破りそうなほど膨れ上がる。

 

ダメ、ダメ、それ以上はダメ。

そう言って抑え付けようとしても、むしろ爆発するようにあふれ出す。

結局、それは元から自分の感情なのだから、止めたいという気持ちだって知れたものだ。

まあ、ちょっとくらいなら……いいかナ? なんて。

そんな風に甘えた途端、一切抑えは効かなくなる。

 

そうして、この地が誕生したのだ。

 

「いや、すみません。まったく話が分かりませんでした……」

 

浅葱色の羽織を纏った女性。

彼女は、ポップでキュートでパンプキンな格好をした魔法少女が説明する事情にそう言った。

説明を受けたがまるで分からなかった。

とりあえずここが異常な状態の世界、だということは分かったのだが。

 

「何よ、アタシがだいぶ分かり易く説明してあげたと思ったんだけど。

 分からなかったのはどの辺り?」

 

「えーと、全てですね」

 

「えー?」

 

困ったように頬を掻く、浅葱の羽織の彼女こそ。

織田信長とともにこの世界に迷い込んでしまった存在。

幕末にその名を轟かせた人斬り。

新選組一番隊組長、沖田総司その人なのである。

 

彼女は帝都聖杯戦争という戦いに参戦していたのだ。

が、途中で帝都の聖杯がなんかあれなことになり、何故かこの世界に飛ばされてしまったのだ。

同時に彼女と一緒にバカ殿様もこちらに来ているはずだが……

 

―――まあ、ノッブがその辺で拾い食いしてお腹を壊して、厠に閉じこもってそのまま奇襲されて死んでても私には関係ないですし……

 

「とにかく! カーミラの奴がうるさいのよ!

 執政だの政務だの! こうなったからにはまず! ハロウィンでしょ!?

 そりゃまあ……そっちもやらなきゃいけないことではあるけれど。

 ただほら、優先順位ってあるじゃない? まずは、楽しませることからでしょ!」

 

そう言いながらぶちぶちと愚痴るカボチャの魔女。

沖田はそれを聞きながら、何となく頷いた。

 

「あー、それは少しわかります。

 めんどくさいですよね、書類仕事。私はただ人だけ斬れればいいのに……

 そういうのどうでもいいな、って思いながらやってましたもん」

 

「そう! そうなのよ、そう! ……うん? そうなのかしら……?

 でも同意が得られて良かったわ! アタシ、アナタに協力してほしいのよ!」

 

はい? と首を傾げる沖田。

 

「アナタ、警察みたいなもんなんでしょ?

 だからアタシの街で、皆がハロウィンを楽しめるように警備をしてほしいのよ。

 カーミラの奴がいつ襲ってくるとも分からないし!」

 

「はぁ……まあ、倒れてたところを拾われ美味しいカボチャ料理まで頂いたんです。

 一宿一飯の恩義を働いて返せ、と言うならそれで構いませんが」

 

彼女に提供されたカボチャの膳は、それはもう食べた事のないような美味しさだった。

凄いものだ、と思って完食してしまった。

拾い食いとかしてるだろうノッブとは大違いである。ざまぁ。

 

別に見たわけではないが、彼女の中で信長はもうカボチャの拾い食いをしたことになっていた。

 

「あら? ウチのメイドの料理が気に入ったの?

 なら、ええ。仕事が終わった暁には、メイドではなくアタシ自身の料理を御馳走するわ!

 アタシの料理だってアイツに負けないくらい……いえ、一歩くらいは負けるかもしれないわ。

 とにかく、アタシの料理もなかなかのものだから、是非味わっていきなさい」

 

「おお、それは楽しみにしておきます。それでは―――」

 

愉快そうに動くカボチャを跳ねさせる彼女。

それを聞いて、食事の楽しみに沖田もまた心を躍らせた。

 

 

 

 

「はぁー……自治体の運営放棄なんぞ、わしの知ったことじゃないわー。

 自分の領地どころか日本ですらない、こんな土地のことなんぞ知らんがな」

 

「だったらそれはそれでいいから、早くこのチビたち消しなさい」

 

「ノッブー」

 

カーミラの腕がチビノブを一匹掴み、ぐにぐにといじる。

ノブノッブと擽ったそうな声をあげるチビ。

周りのチビたちもそれを羨ましそうに眺めている。

 

そんな光景を見た信長は難しい顔でチビを睨む。

 

「………思ったんじゃが、このチビノブども………」

 

「なにかしら?」

 

一気に顔が引き締まった信長に、カーミラもまた態度を正す。

そんな真面目くさった顔が吐き出した言葉は―――

 

「声が可愛すぎないかの。これわしと声同じじゃろ?

 初めて他人の声として聴いたが、わしの声可愛すぎじゃろ。戦国最強では?」

 

カーミラがこめかみを抑えるように、ゆっくりと指を仮面に這わせる。

するとガリガリと地面を削りながら自走してくるアイアンメイデン。

 

チビノブたちが恐怖に散開しだした。

凶器の侵略に飛び上がった信長もまた、すぐに話題を変えた。

 

「言ってものー。なんでこんなのがいるのか、わしにもさーっぱり分からんし。

 ……しゃあなしか。よし、その領主業務放棄事件、わしも改善に協力してやろう。

 そうしてれば何かしらの答えも見つかるじゃろ」

 

 

 

「臨時ですが―――チェイテ新選組一番隊組長、沖田総司。

 ハロウィンの間、エリザベートさんの領地の防衛を承りました」

 

「この第六天魔王、織田信長が領主見習いにちょいと灸を据えてやろう。

 あ、その前にハロウィンとやらで遊んでからにするか!

 この時代のビッグウェーブ、楽しんどかなきゃ損じゃし、是非も無いよネ!

 というかこのくらいの時代だと日本でわし生きてる? あ、もうとっくに死んでる?」

 

 

 

 

その日ついに、第二特異点の聖杯の欠片が特定された。

消えた筈の古代ローマからとは程遠い、16世紀から17世紀ごろのハンガリー王国。

―――エリザベート=バートリ―を収監した監獄城、チェイテ。

 

「ということは、あの時エリザベートが回収してた、ということね……」

 

頭を抱える所長。目を逸らすべきではなかった、と反省しているらしい。

そんな彼女を見ながら、マシュが首を傾げた。

 

「ですが、サーヴァントであるエリザベートさんが回収しただけであれば……

 生前の彼女の城に影響する、というわけではないのでは?」

 

「恐らく、時代改変といった類のものではあるまい。

 彼女の生きたその時代をベースに、特異点として独立した時空を形成しているのだろう。

 放っておいても人理焼却の楔にはならない微小な特異点、と言ってもいい。

 特異点の規模だけ見れば放置しても問題ないように思えるが……

 まあ、発生原因がこちらが回収し損ねた聖杯の欠片だろう。

 不安定な聖杯を抱えたくもないところだ、回収は行っておくべきだろう」

 

管制室の画面に表示された情報を見ながら、エルメロイ二世はそう言った。

立香がその説明を聞いて小さく首を傾げる。

 

「放置してもいい特異点、っていうのがあるの?」

 

「ああ、君たちが修正を行ってきたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 普通は特異点が生じてもそれだけのエネルギーはどう足掻いても発生しない。

 通常は泡沫の夢が如し。放置したところで、何も影響を残さずに勝手に消えるものだ。

 まあ、平時であればそもそも普通に生まれるものではないがね、特異点など」

 

「へぇ」

 

つまり一応はでかい奴だけ見逃さなければいい、と言う事だと納得する。

とりあえず、現状では七つのうち二つの攻略を完了した。

あとは五つ、ということになる。

そこにあの消滅したレフの仲間のような存在もいるのだろうか。

 

立ち直ったオルガマリーが、管制室に集まったメンバーを見回す。

 

「それで、今回の目的は聖杯の欠片の回収。出来て間もないはずだし、そもそも微小特異点。

 それほど大きな戦いがあるわけでもないでしょう。

 今回、私はカルデアの方の業務に残るため、レイシフトは行いません。

 参加メンバーは藤丸立香。そのサーヴァントであるマシュ、清姫、ロード・エルメロイ。

 そして常磐ソウゴと、そのサーヴァントであるアレキサンダー、ネロ。

 以上になります。何か質問はあるかしら」

 

小さく、二世をだな……と呟くロード・エルメロイ二世。

その言葉に見向きもしないオルガマリーの目の前でマシュが手を上げる。

 

「レイシフト後の行動なのですが。

 まずはいつも通りに霊脈に召喚サークルの設置、でいいのでしょうか」

 

「レイシフトしてもらわないと分からないけれど……恐らくこの規模の特異点ならば、召喚サークルがなくても通信は安定するでしょう。

 それに、現状からは物資の転送が必要になるほど長丁場の攻略にもならない。そう判断を下しています。もちろん状況を見て変更する可能性はあります。

 ですが以上の理由から、今の所はサークルの設置が必須ではないと考えています」

 

「了解しました」

 

手を降ろすマシュ。それをふーむと見ていたネロが、自分もと大きく手を上げた。

そちらへと視線を移すオルガマリー。

 

「うむ! 余の質問はあれだ! あのでかい人型は持って行かぬのか?

 あれば絶対に便利であろう!」

 

彼女がでかい人型、と称するのはタイムマジーンのことだろう。

アナザードライブのことは忘れてる癖にそっちは覚えているのか、なんて。

むしろ忘れててくれていいのに、とオルガマリーは心の中で溜め息を吐いた。

 

「………あれは、現時点では使用予定はありません。

 少なくとも使用する場合は、こちらから特異点に転送するため、現地での召喚サークル設置が必須となります。大規模特異点の攻略には使用を前提として考えますが、微小特異点に持ち込む必要はないでしょう」

 

「むぅ……せっかく乗り回せると思ったのだが」

 

すごすごと手を下げるネロ。残念極まりない、とその顔に書いてあった。

 

「――――では、作戦を開始します。

 参加する人員は速やかにクラインコフィンへの搭乗を。

 全員の搭乗が確認されしだい、微小特異点チェイテ城へのレイシフト実証を開始します」

 

司令官、オルガマリーの指示が下る。

そうして彼らは、大口を開けた地獄の中へと飛び込んでいくことになる。

 

そう。ぐだぐだ粒子とエリザ粒子が描く、二重螺旋の世界の中に……

 

 

 

 

レイシフトが完了し、まずアレキサンダーがやったこと。

それは、困惑の声をあげることだった。

 

「さて、そうしてレイシフトを完了したわけだけど。

 これは一体どういうことなんだろうね」

 

『ええ、と。今確認はしているけど……』

 

通信先でロマニもまた困惑しているようだ。

 

アレキサンダーが周囲を見回すと、もうどうすればいいのかよく分からない世界が広がっていた。

カボチャを被った骸骨が歩き回り、魔女の帽子を被った幽霊が飛び回る。

ついでに二頭身のノブノブ鳴く何かも走り回っていた。

 

その上人間がいないというわけではなく、街では人間と骸骨と幽霊とチビノブが談笑している。

街は至る所にカボチャやらなんやら、ハロウィンの飾りがされていた。

 

街の様子を一望して、ソウゴは一言。

 

「平和じゃん」

 

「平和だけども……」

 

立香も平和すぎて困惑する。

街の人と骸骨が一緒にカボチャを調理して、ノブノブ鳴くのがその料理を食べている。

幽霊は飛び回りながら、まるでミュージカルのように明るい歌を歌っていた。

平和は平和だけど、どういう状況だ。

 

「おや、お客さんですかな。

 いらっしゃい、エリザベート様の治めるハロウィンチェイテに」

 

一人の老爺が街の入り口で屯している彼らに目を付けてか、挨拶してくれた。

それにこんばんわー、と返すソウゴと立香。マシュも慌てて追従する。

 

「………ええ、こんばんわ。

 申し訳ありませんが、一つお聞きしてよろしいでしょうか?」 

 

エルメロイ二世もまた彼に挨拶し、そしてそう問いかけていた。

老爺は朗らかに微笑むともちろん、と首を縦に振る。

 

「ええ、もちろん。私に答えられることならばよいのですが」

 

「ありがとうございます。その、ハロウィンチェイテ、とはどういった……」

 

エルメロイ二世がその老爺と会話を始めたその瞬間。

街の中の騒がしさが、別のものへと切り替わった。

明るい声ではなく、困惑と悲鳴混じりの声。

 

全員が即座にそちらへ反応した。

老爺もまた、その雰囲気を察して悲鳴のような声をあげる。

 

「ああ、奴がくる……! 奴だ……!」

 

「奴……?」

 

「上だね」

 

アレキサンダーが頭上を見上げる。

そこには……無数の火縄銃を宙に浮かせた、黒い軍服の女が空を舞っていた。

風に赤いマントをはためかせ、彼女はその面に凄絶な笑みを浮かべる。

 

()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

「ハロ?」

 

「ウィン……?」

 

「天……」

 

「魔王信長って、あの織田信長? 何か、イメージと違う気がするー……」

 

呆けたように声を漏らすカルデアの面々。

 

そんな彼らに顔を向けることもなく空の魔王は行動を開始する。

空の上、彼女の腕が大きく振るわれた。

一斉に銃口が光を灯す。千を超える怒涛の火線が、今この地に放たれた―――!

 

ポコポコ鳴る空気の音。火縄銃からは無数のコルク栓が飛ぶ。

それが誰にも彼にも当り散らし、街の広場には絹を引き裂くような悲鳴が木霊した。

キャーキャー叫びながら逃げ惑う人々。

 

「ふははははは――――! トリック・オア・トリート!

 お菓子をくれなきゃいたずらするぞー! 大人しくわしにお菓子を献上するがいいー!

 でも正直、もうカボチャ食い飽きてるんじゃよネ!

 たまには他のもの食べたいのじゃが、じゃが……」

 

そう言いながら無数のコルク栓という名の弾丸を吐き続ける火縄銃。

これは、ビームが出る火縄銃なんじゃからコルク栓くらい頑張れば出るじゃろ、という非常に論理的思考の元に彼女が会得した新しい攻撃方法なのだ。

 

「そこまでです!」

 

「む、何奴!?」

 

悲鳴を上げ逃げ惑う人々を救うべく、今ここに登場する浅葱色の羽織。

羽織を翻し、その手の中にある白刃を月光に煌めかせる新たな存在。

その名も――――

 

「チェイテ城ではメイドさんが毎日色んな料理を作ってくれます。

 今日は鯛の煮付けがとても美味でした!

 チェイテ見廻組こと新選組一番隊組長、沖田総司推参!!」

 

「おのれ田舎侍! 毎度毎度美味そうなもん食ってきおってからに!

 わしなんて毎日こうして献上させたカボチャ菓子が主食だとゆーに!!

 いつか美味しそうだと思って口にしたら、地獄みたいな料理で死ぬ呪いにかかれ!」

 

「あー、嫉妬が心地良いですねー。

 メイドさんだけじゃなくて、普段は刺繍してるおじさんの肉料理も最高なんですよねー。

 ついつい食べ過ぎてしまうので、こうしてノッブ退治のお仕事頑張ってカロリー消費しないと」

 

颯爽と登場した剣士は、そのまま信長を煽り出す。

彼女の口ぶりを信じるならば、彼女は新選組の沖田総司なのだろう。

マシュはくらくらし始めた頭を抱えながら、どうしたものかと首を傾げた。

 

「その、この状況はどうするべきでしょう。

 何やら明らかにおかしいのですが、一度撤退するべきでしょうか……?」

 

「もうネロが行っちゃったけど……」

 

ソウゴが指差した先、既にネロは渦中の二騎のサーヴァントの間に割り込んでいた。

隕鉄の鞴。セイバーのサーヴァントとして、彼女が持ち込んだ赤き剣。

炎の剣を構えながら、彼女はサーヴァントたちの前に立ちはだかった。

 

「む、貴様は何者!」

 

「余の名を知らぬか――――ならば名乗ろう!

 余こそローマ帝国第五皇帝にして、今はカルデアのマスター・常磐ソウゴの剣!

 ネロ・クラウディウスであーる!!」

 

いきなり割り込んだ彼女が、その名を叫ぶ。

既にエルメロイ二世の顔には、もう帰りたいという痛切な表情が浮かんでいた。

アレキサンダーがその様子に苦笑する。

 

「かるであ? またよー分からん連中が増えたようじゃな……!

 まあよい、このままとことんまでやってやるまでじゃ!」

 

「かるであかなにか知りませんが、ここは領主エリザベートの土地。

 その彼女から治安維持を委託業務として引き受けた出張新選組としては、貴方達も治安を乱すようなことをすれば悪・即・斬です。大人しくハロウィンを楽しみなさい!」

 

「わし、大人しくハロウィン盛り上げてるのに襲われてない?」

 

ポンポンと音を立てて飛び交うコルク栓。

キャーキャー喚きながらあちらこちらに逃げ惑う人々。

信長のもとには、住民からの菓子の上納が次々と成されている。

ほとんどショーである。

 

そんな状況に愉し気に笑うネロ。

 

「よく分からぬが楽しそうな催しと見た、ええい余も混ぜよ!!」

 

ネロの後ろ姿を見ている清姫が、何とも言えない顔で周囲も見回す。

 

「なるほど、まるでエリザベートの頭の中。これはまた、どうしようもない地獄ですね……」

 

文明レベルがエリザベート。なんという地獄か。

同レベルの連中は楽しそうに騒いでいるが。

破滅に向かう世界を憂うような顔をした清姫の背に、他の誰かの声がかかる。

 

「まったくよ。どうしてこんなことになってしまったんだか」

 

そこにいたのは、第一特異点フランスで邂逅したカーミラその人だった。

一度アイアンメイデンに食われたことのある清姫は顔を顰める。

そんな彼女を一度食べたアイアンメイデンは、物哀しさを漂わせながら地面に転がっていた。

 

「あれ、カーミラ……だよね?」

 

「ええ、そうよ。カルデアのマスター」

 

接近してきた彼女に顔を向ける立香。

やれやれと疲れているような様子を見せた彼女が、横倒しのアイアンメイデンの上に腰を下ろす。

そんな彼女の様子を見て、立香がむぅと唸った。

 

「カーミラがいるならオルタと所長も連れてくれば良かったかも?」

 

「……誰のことよ」

 

警戒するような声色。

別に警戒されるような事でもないはずなので、正直に言う。

 

「黒ジャンヌ」

 

「ああ……あの子、貴女たちと一緒にいるの。

 そうね、ここには私と……何でかヴラド公まで呼ばれているから、いたら話は出来たかもね」

 

大して気にした風でもないカーミラ。

そんな彼女に対して、マシュが不思議そうに声をかけた。

 

「……カーミラさんはその、オルタさんに利用されて何らかの感情をもったりは……」

 

「別に? 民に命を献上させるのなんて、私にとっては日常茶飯事。

 元からそういう反英霊だもの。狂化なんておまけみたいなものよ、私の場合はね。

 まあ、ヴラド公の方は知らないけれど」

 

カーミラの主張を聞いていたソウゴが周囲を見回す。

エリザベートの世界と言ってもいい、謎のハロウィン世界。

エリザベートの世界ということはつまり、それはカーミラの世界であるわけで。

自然に口から漏れる、小さな呟き。

 

「狂化かぁ……」

 

「………一緒にしないでくれるかしら?」

 

彼女は心底嫌そうにそう言った。

そうして喧々囂々となっている街の広場に視線を向ける。

そこでの言い争いは、今にも戦闘にまで発展しそうなほどヒートアップしていた。

 

ソウゴはちらりと信長を一瞥してから、アレキサンダーを見る。

彼は構わないとばかりに首肯してくれた。なら彼は沖田の方を止めることにしよう。

ドライバーを取り出し、この戦いを止めるべく、彼は変身する―――

 

 

―――ローマで発見された聖杯が引き起こした人理焼却から数日。

チェイテはエリザ幕府、戦国カーミラ、カルデアの三つに分かれ、混沌を極めていた。

果たしてこの戦いの行方や如何に。

 

 

 




 
レイシフトするサーヴァントの構成は所長がキューレットを回して決めました(大嘘)
ハロウィンは息抜きみたいなもんです、俺の。
多分三話か四話で終わるでしょう。
 


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1-3 風雲チェイテ城1604

 

 

 

「では、行きます―――!」

 

最早問答は無用とばかりに、沖田は疾走を開始した。

縮地の歩法でもって一気に信長へと接近する。

 

そんな彼女の前に、ジオウの姿が割り込んだ。

咄嗟に奔らせる白銀の刃。

それをジカンギレードが受け止めて、盛大に火花を散らした。

 

〈仮面ライダー! ジオウ!〉

〈アーマータイム! ドライブ! ドライブ!〉

 

真紅の装甲を鎧に纏う、ジオウドライブアーマー。

それが神速を誇る彼女の前に、立ちはだかっていた。

 

彼女と至近距離で顔を突き合わせながら、ジオウは言い放つ。

 

「―――とりあえず、一緒にひとっ走りしたら止まってもらうよ」

 

「貴方が私についてこれれば、考えましょう」

 

互いに一度引いた剣閃を、再度衝突させて火花を散らす。

その瞬間には沖田の姿が目にも映らぬ速さで加速している。

対してジオウはエンジン音を唸らせて、その足に地上を走行する加速力を生み出した。

 

そんなことになっている沖田を眺め、信長は近くに積まれたカボチャの菓子を摘まみだす。

それを見ていたネロも、一緒にそれを食べ始める。

彼女の視線はこの街の広場で歌でも歌えないかと品定めでもしているようだった。

 

「なんじゃ、よく分からんことになってきたの」

 

「うむ、結局のところこれはどういう催しなのだ? 楽し気なのは分かるが」

 

「ハロウィンとかいう祭りらしいの。

 ほれ、そこの小さいの。茶でも淹れてこい」

 

「ノッブ!」

 

信長がチビノブを一匹指差して、ぱたぱたと手を振る。

勢いよく返事を決めたチビノブが茶のために走っていった。

 

そんな珍生物が走っていくのを見届けたアレキサンダーが、信長に問いかける。

 

「それで、君は戦わないのかい? 僕が相手をしようと思っているんだけど。

 ああ、君だけ真名が割れているのは不公平かな?

 僕の呼び名は色々あるけれど……アレキサンダー、と呼んでくれればいいよ」

 

少年王を前に信長は不敵に笑う。

 

「アレキサンダーのう。中々のビッグネームじゃが……

 神性を継ぐ子であり、挙句に馬を駆るライダークラスときた。

 神仏一切灰燼と帰す魔王たるこのわしに、貴様如きが勝てると思うてか――――!」

 

宙を舞う火縄銃が一斉にアレキサンダーを向く。

しかしその状況にありながら、アレキサンダーは表情一つ変えなかった。

 

「どうだろうね、それはやってみなくちゃ分からない。

 ただ君、そこかしこにいる小さい君をバラまいたからかな?

 今の君の霊基は、サーヴァントどころかそこらの幽霊と大差ないだろう?」

 

「あ、バレとる? 別にわしがバラまいたわけじゃないけども……

 うむ。わしは今レベル1的な感じじゃし、なんか火縄銃からはコルク栓が飛ぶし。

 そのくらいありえると自分を騙していたが、冷静に考えておかしいじゃろ。射的か。

 まあ……ここは大人しく、降参しとこうか。捕虜としていい感じに扱うがいい。

 三食昼寝付き―――あ、料理はカボチャ以外がええのう」

 

「それはやってみなくちゃ分からない、と言っただろう?」

 

既に降参して火縄銃を投げ捨てた信長に、アレキサンダーが雷鳴を巻き起こす。

えー、と嫌そうな顔をする信長。

 

「かーっ! 世に名高き征服王が降伏した奴を弱いものいじめとは、かーっ!」

 

「最終的に面倒ごとを起こしそうな奴に首輪をつけておくだけさ。

 大人の僕なら面白そう、と見逃していたかもね」

 

「それな! わかるわー、これ絶対わしが問題を大きくするやつ。

 そもそもこのチビどもなんなんじゃ」

 

ゼウスの雷光を帯びたアレキサンダーが、信長の蹂躙を開始する。

落雷がそのまま地上を暴れるように、黒い軍服は雷鳴の中に呑み込まれた。

 

「ぬわーーっっ!!」

 

信長の断末魔がハロウィンの夜空に響く頃。

 

ジオウと沖田が距離を取り、決着をつけようとしていた。

腕のホルダーからジオウがビーストウォッチを取り上げた。

そのままジカンギレードに装填する。

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

必殺の気配を感じたか、沖田が僅かに目を細める。

 

「これで、どうだ――――!」

 

〈ギリギリスラッシュ!!〉

 

ビーストウォッチとドライブアーマーのパワーが解放される。

剣を振るうと同時に、三つの金色のタイヤが射出された。

 

それが空中で合体して、回転するタイヤが三つ横に連結した状態になる。

まるでスロットマシンのように回るそれが、一つずつ止まっていく。

 

〈ファルコ!〉〈カメレオ!〉〈バッファ!〉

 

停止したタイヤには何か絵が描かれていた。

ビーストキマイラを構成する獣の絵。

それが、絵が一切一致しないバラけた状態で停止していた。

 

タイヤが消えて、コインをそれぞれ一枚落としていく。

地面に落ちたコインは、小動物のようなサイズの隼とカメレオンとバッファローになる。

魔力で構成された純粋なエネルギーの動物たち。

それがぱたぱたぴょこぴょこ、地面の近くをはね回った。

 

思わずジカンギレードを見るソウゴ。

 

「必殺技にハズレってあるんだ……」

 

そんな彼の隙を見たか、沖田は相手との距離を三歩で詰め切る速度に乗る。

大地を弾き加速し、放つは沖田総司の誇る絶技。

 

「笑止―――必殺の奥義に外れ無し。殺し合いなら相手に二度見せる事も無し。

 確実に命を絶つ究極の一さえあれば、余計なものなど必要無し―――!」

 

彼女がそこにいると視認は適わず、また知ったところで対応を不可能とする速度。

それこそが沖田総司の秘剣、三段突きの前兆。

 

「一歩音越え―――」

 

一歩目、彼女が加速を開始する。

 

「二歩無間――――!」

 

二歩目、彼女がその加速のままジオウまでの距離を零にする。

 

「三歩絶刀―――――!!」

 

そして、三歩目。

その踏切とともに繰り出す()()()()()()()()()

あらゆるものを置き去りにして、その刃がジオウの喉へ―――

 

「コフッ!?」

 

届くことはなく、彼女はその勢いのまま転倒して転がっていった。

転がっていく彼女はどうやら、吐血しているようだった。

 

黒焦げになった信長が寝転がりながら呆れたように口を開く。

 

「必殺にハズレ無し?

 必殺技どころか動き全てにハズレくじがついとる奴がなーに言っとるんじゃ」

 

「うう……まさかサーヴァントになってまで病に悩まされるとは……がくっ」

 

倒れ伏す沖田。

それを見たチビノブたちが、担架をもってやってくる。

ノッブノッブ、と声を上げながら病人を担架に乗せていくチビノブたち。

 

「わしも怪我人なんじゃが? わしの担架は?」

 

「手加減はしただろう? それにしてもこの小さい君は、ここの体制側らしいね」

 

信長本人は反体制側として適当にやっているというのに。

治安維持組織、と言っていいのかどうか。

そんな存在である沖田に対しては、治療をする気があるようだ。

 

「うむ……チビの奴ら、戦闘が始まったと見るや他の住民たちはすぐに家の中に誘導していた。

 おかげで余が皆に歌を聞かせようと準備している間に、人っ子一人いなくなってしまった」

 

しゅん、と残念そうに俯くネロ。

広場の中央には彼女お手製のライブステージがいつの間にかできていた。

 

「つまり、織田信長……さんの力を、チビノブ? さんにして、バラまいているのは……

 エリザベートさんと言うことに、なるのでしょうか?」

 

自分で自分が何を言っているのか、という疑念に苛まれるマシュ。

それを聞いていた清姫が、首を横に振る。

 

「だとしたら、エリザベートは何かがおかしくなっているのでしょう。

 いえ、元から頭がおかしい娘ではありましたが」

 

流石にあんたに言われるほどじゃないわよ、多分、もしかしたら……

と、強気で睨んだもののどんどん自信が薄くなり、途中で目を逸らしてしまうカーミラ。

 

「と言うと……」

 

「なぜ、あの子はこの場にいないと思いますか?

 あの子は全力でハロウィンを楽しむつもり。というのであれば、彼女はここで住人に自分の歌を聞かせているでしょう」

 

「そっか。この世界、別にエリザベートには楽しくない?」

 

「お城の料理は凄い美味しいし、楽しかったですよ?」

 

「そのまま死んどれ、モヤシ侍」

 

担架の上で口を挟んでくる沖田と、それに罵詈雑言を浴びせる信長。

それに、そうじゃないと首を横に振ってカーミラを見る清姫。

彼女は嫌そうに、確かにそうねと呟いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それが彼女が望むように、誰かを楽しませるためのものであっても。

 民を城に入れる、あるいは自分が民の元へ出向く。

 そのためのルールがこの世界に用意されていないのは、おかしい」

 

「………だというのに、城下街の様子は平和そのものだった。

 つまり政務は滞りなく行われている。

 ハロウィンチェイテなどと方向性は狂っているが、運営自体はきっちりしているというわけだ。

 ――――さて、何故か?」

 

エルメロイ二世の視線が立香に向けられる。

向けられた立香は、自然と周囲を見回す。

そこかしこにいるチビノブ軍団。このチビたちは、明らかに体制側……

 

「チビノブがエリザベートの代わりに外での仕事をしているから。

 あれ、でもカーミラにも……」

 

反体制側であるカーミラに付き従うチビノブもいるはず。

そう考えていると、アレキサンダーが口を開いた。

彼の視線は立香ではなく、信長の方を向いている。

 

「二種類いるんだろうね、チビノブにも」

 

「なんか黒幕は二つに別れたうち、悪の心を持ったわしみたいな流れになってきたのう……

 まあこれだけ小さいのバラまいてたら悪のわしくらいいても驚かんが」

 

話の流れを聞いていると、エリザベートの後ろに信長(悪)がいる感じだ。

否定してやりたいが、正直なところ信長自身もそれあるわー、と感じていた。

そういうことができる状況になったら、多分やる。

 

「悪の心が分離したらノッブは消滅するでしょ。善の心なんてないですし」

 

ぷーくすくす、と笑いを漏らす沖田。

担架の周りでチビノブたちも笑い出した。

 

「わし(善)に比べてチビノブどもが畜生すぎない?」

 

「沖田さんの取り巻きのチビノブさんはチビノブ(悪)さんなのでは?」

 

カーミラの周囲にいるチビノブ、そして街の中にいる沖田の周りのチビノブ。

両方を確認してマシュはそう言った。

 

「なるほど、沖田(悪)というわけか。所詮新選組なぞ時代の敗北者じゃな」

 

「幕府が負けただけで私負けてないですし、正直どうでもいいです。

 むしろ幕府の敗北ってノッブの敗北なんじゃないですか?」

 

「なんで時の徳川はよりにもよってこんな奴らを飼ってたんじゃ……」

 

小さく息を吐いた清姫が、信長を見ながら言った。

 

「つまりこの特異点の中心は、恐らく聖杯の欠片を取り込んだエリザベート。

 それを裏で唆している、闇だか悪だかの織田信長がいる、と」

 

「しかし分からんな。その悪信長とやらは何がしたいのだ?

 少なくともここを見た限り、暗君や暴君のそれとも思えぬ差配。

 正直、エリザベート本人より真っ当に治められているのではないか?」

 

ネロがカーミラを振り返り、彼女に問う。

一瞬だけむ、と表情を引き攣らせた彼女はしかし、溜め息とともに同意を返す。

 

「……まあ、そうね。私やあいつは貴族であって、為政者ではないもの。

 言ってしまえば、私にとっての領内の管理は牧場の管理と変わりない。

 本職の為政者に比較されて、まともな采配が揮えるはずもない」

 

「信長本人である君は何か思いつかないのかい?」

 

アレキサンダーの問い。

ふーむ、と顎に手を当てて悩む信長。

彼女はちらりとカーミラを見て、再び大きく首を傾げた。

 

―――しょーじき、大体分かった気はするのう。でもなー、ここで全部わし(善)がバラしたらわし(悪)が犯行を告白するタイミングで、全員に冷めた態度で聴かれるのか……うーむ。

 

「いや! さっぱりじゃな!」

 

「うそですね?」

 

その瞬間、信長の前にはぎょろりと目を蛇のものに変えた、清姫の姿があった。

口からは青い炎が蛇の舌のようにチロチロと蠢いている。

彼女は今日も嘘発見器として高い精度を誇っていた。

 

「ぬわーーっっ!!」

 

再びチェイテの空に断末魔が響き渡った。

 

どうどう、と立香に窘められながら、ドライブアーマーに抑え込まれた清姫が引き離される。

さっきは電気でこんどは炎。二重で黒焦げにされた信長が、地面に倒れ伏す。

あーあ、と言った感じでその有様を見るジオウ。

 

「まあ、とりあえずチェイテ城に行って悪の信長を倒せばいいのかな?」

 

ドライバーを外し、変身を解除したソウゴが問う。

焼死体と化していた信長が半死半生になり起き上がり、うむうむと首を縦に振って同意した。

理由が実際のところどうであれ、どちらにせよ現場に行かねばならないことには変わりない。

彼らは、とりあえずチェイテを目指すことにした。

 

 

 

 

食堂で皿を洗ったりしているブーディカを見ながら、オルタはぼうっと座っていた。

その様子を見たブーディカが、一度皿洗いの手を止めて彼女に声をかける。

 

「どうしたんだい、何か悩み事?」

 

「別に、そういうわけじゃないけど。

 皇帝様の記憶の件、なーんか腑に落ちないのよね……

 私にもあんたにも化け物にされた記憶がある。ソウゴたちに化け物を倒した記憶もある。

 あいつにとっては生前の話だったから、と言われればその通りなんだけど……」

 

それは確かにね、とブーディカも同意して首を傾げる。

そんな二人がいる食堂の自動扉が開いた。

二人がそちらに視線を送ると、そこには頭を抑えたオルガマリーの姿があった。

 

「どうしたのよ、マスター。

 レイシフトの状況見てるんじゃなかったの?」

 

「見てたら余りにも馬鹿らしい状況に頭が痛くなったのよ。

 アヴェンジャー、暇ならドリンクを管制室の全員分持って行ってあげて。

 私はダ・ヴィンチの工房に行くから」

 

彼女は途轍もなくでかい溜め息を吐き落とし、そのまま食堂を出ていった。

 

珍しい。普段なら管制室で飲み物を飲むなんて言語道断、と言うだろうに。

首を傾げながら、しかしそんな心境の変化はどうでもいいのでオルタは考えるのを止めた。

 

「……別にいいけど。ブーディカ、準備して」

 

「はいはい」

 

すぐさま準備してくれるブーディカ。

ボトルに入った飲み物を、さっさと大量にケースに詰め込んでいく。

 

それが終わると、彼女はそれを片手で持ち上げ管制室を目指した。

もはやカルデアのマップは完全に頭に入っている。

二度と迷うようなことはないだろう。

 

足早にルートを辿り、管制室まで一直線。

辿り着くと、その場は何とも言えない空気に包まれていた。

 

「……ちょっと、マスターに言われて飲み物持ってきたけど?」

 

「―――ああ、ジャンヌ・オルタか。そうか、あの所長がそこまで……

 ありがとう、そこに置いといてくれ。そうすれば皆、勝手に取るよ」

 

微妙に引き攣った顔のロマニが、そう言ってテーブルの端を差す。

はいはい、と返事をしてそれを適当に言われた場所に置く。

そこでふと、ロマニが彼女に声をかけてきた。

 

「ところで君は、体調に変化はないかい?」

 

「はい? 何もしてないのにサーヴァントの体調が変化するわけないでしょ」

 

「そうか、ならいいんだ。なるほど、流石はレオナルド……ってことなのかな」

 

いきなり声をかけておいて、勝手に自分だけ納得しているロマニ。

顔に苛立ちを出し、今度はこちらから聞き直す。

 

「なによ」

 

「ああ、いや。実はマリーのことで……」

 

 

 

 

ダ・ヴィンチちゃんの工房。

ランサーの霊基修復の手段を確立すべく、作業をしているダ・ヴィンチちゃん。

その部屋の椅子の一つに、何故かウォズが腰かけていた。

彼は作業の手を止めないダ・ヴィンチちゃんに、問いかける。

 

「それで、何が訊きたいんだい?」

 

「んー。割と自分で答えが出ているからね、殆ど確認になってしまうんだけど」

 

そこまで言って、手を止めてウォズに振り返るダ・ヴィンチちゃん。

 

「第二特異点攻略後、つまりドライブの力をソウゴくんが手に入れてからだね。

 その頃から、私の霊基に対して何かが干渉してくる感覚を覚え始めた」

 

「その正体が知りたい?」

 

いやいや、と彼女は首を横に振る。

 

「それは分かっている。2068年、オーマジオウは言った。

 レオナルド・ダ・ヴィンチはドライブとゴーストを繋ぐものである、と。

 そしてドライブはウォッチにしたら、2014の数字が入っていた。

 よくよくアナザードライブの姿を確認すれば、そのボディにも2014の数字がね。

 更に2015年はゴーストの時代だそうだから……

 おっと、そうじゃなかったね。私に干渉してくる存在、それは私だ」

 

「君が君自身に?」

 

分かっているだろうに、彼は驚くような態度をしてみせた。

嘘発見器として清姫でも同席させたいが、だからといってカルデア内にバラまける情報でもない。

困りものである。

 

「レオナルド・ダ・ヴィンチさ。万能の天才が、常に私に問いかけてくる。

 何故これだけの未知を前に、何も動かない。

 これらの存在を自身の知識に吸収し、至高の世界を創作してこその万能の天才だろう、とね。

 この世界とは、人類最高の万能の天才たる私の実験場である―――とか。

 まあ、私も芸術家系の英霊に漏れずろくでなしだから、この思考は間違いなく自分のものであるという感覚はあるんだよ。

 実行するかしないかはさておき、自分でも()()()()()()()()()()と思う」

 

「なるほど。君とは別の、しかし間違いなく君である存在からの干渉だ、と。

 だが……」

 

「天空寺タケル」

 

ピクリ、と僅かにウォズが肩を揺らして静止した。

彼女の中に浮かんだ、重要な人物だろう名前。

どうやら今の反応を見る限り―――恐らく、彼が仮面ライダーゴースト。

 

「その名前が私の中にも浮かぶんだが、知っているかい?」

 

「……もちろん。彼こそ仮面ライダーゴースト。

 2015年の仮面ライダーだ」

 

隠す気があったのかなかったのか。

しかし、今更隠しても無駄と観念したか、彼は大人しく白状する。

 

「君はドライブの力をソウゴくんに手に入れさせる際、恐らくドライブの歴史上にあるなんらかの要素をマシュになぞらせて、時代のサルベージを行った。

 ならば、ゴーストは私を使うのかい? 恐らく、私ではない私はゴーストとドライブに大きな関係を持っている。だからドライブの回収で私に影響が出て、ゴーストとの連絡が発生しかけてる。

 ソウゴくんがレイシフト中の今、オルガマリーの眼魂が停止しないのも、ゴーストウォッチに近づいてる私がいるからだろう?

 まあ、別にこちらの戦力が増える分には、やってくれて構わないけどね」

 

「そこまで分かってたのなら仕方ない。正直に言おうじゃないか」

 

どの口が、と言い返したくなるような言葉。

こっちが清姫もいる前で色々説明する際、どれだけ注意を払わされてると思ってる。

 

「―――違うとも。君がゴーストウォッチに近づいてるのは事実。

 眼魂が停止しなくなったのも、君の存在があるからだ。

 君は彼らに、自分が作ったオルガマリー・アニムスフィアのボディに搭載した、ライドウォッチから解析した技術による防護だと伝えたようだけどね。

 だが、君からゴーストの力の回収などはしないし、出来ないよ」

 

「………なんだって?」

 

ダ・ヴィンチちゃんが困惑の声を上げる。

ウォズは椅子から立ち上がり、手にした本を開いた。

そこに目を通し、彼は小さく笑う。

 

ここは彼女の工房の中、開いた本を目を使わずに覗くことなど簡単だが―――

その本は、白紙にしか見えなかった。

 

「………」

 

「ゴーストは2015年から、2016年を駆け抜けたライダー。

 2015年はゴーストの時代だが、同時にゴーストの歴史が完結していない時代。

 つまり今はまだ、その時空はやってきていない。終わっていないんだ。

 ゴーストがいた時代であり、そしてゴーストが終わった時代である2016年。

 人理焼却により2017年がやってこない以上、2016年こそが唯一の回収タイミング。

 だから、君を通じて作るんだ。2()0()1()6()()()()()()()()()()()()をね。

 そうすればゴーストのウォッチは他でもない、天空寺タケルから継承できるのだから」

 

「ダ・ヴィンチ、入るわよ」

 

部屋の外から声がして、扉が開く。

オルガマリーが入室した時には、そこにはダ・ヴィンチちゃんしかいなかった。

難しい顔をして悩んでいるダ・ヴィンチちゃんに、オルガマリーは怪訝な顔をする。

 

「……オルガマリー、今日って2015年の何日くらいだっけ?」

 

「はぁ? ―――正確なのはすぐには分からないけど、人理焼却から経った日数からしたら9月の半ばから末くらいでしょう? ………少なくともハロウィンではないわよ」

 

ダ・ヴィンチちゃんが椅子に腰かけ、きいと椅子の背もたれを鳴らせた。

 

「2016年、か………」

 

難しい顔をして黙り込む彼女を前に、オルガマリーは首を傾げる。

軽く目を伏せた彼女が、小さく呟いた。

 

「本当にそれは、ただそれだけで済むのかい……?」

 

 

 




 
特異点G:生命破却侵略(インベーダー・オブ・デストラクション)2016
グレート・■■■・■■■■・■■・■■■
六章と七章の間に入れるので遥か未来です。
 


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1-4 信長の最期! ハロウィンチェイテ本能寺城炎上!1604

 

 

 

「来てしまったか……ならばアタシも出迎えるしかあるまい。

 よくぞ来た、ご主人共。ご飯にするか、お風呂にするか、煮干しにするか。

 最後の晩餐を選ぶがいい。残念ながら猫缶はない」

 

悲痛な顔でそう出迎えたタマモキャット。

彼女の衣装は前に見た和装ではなく、何やらメイド服に変わっていた。

チェイテ城に入るや否や、すぐさま登場した彼女に目を細めるエルメロイ二世。

 

「ああ、すみませんメイドさん。敗戦です」

 

しゅんとした沖田が、メイドの前で頭を下げる。

だが彼女は気にした風も見せず、彼女を労うように肩を肉球で叩いた。

 

「うむ、見れば分かる。

 しかし敗戦の将に報いるために、ご主人手ずからの料理が用意してある。

 いつも通り守衛室で堪能するがいい」

 

わーい、と守衛室とやらに走り去っていく沖田。

いつもはとても美味しい料理が提供される場なのだろう。いつもは。

それを見送るキャットの顔は、とても悲痛なものだった。

 

「許せ、多くの食材たちよ。

 ご主人にも悪気があって、あんなものに変えてしまったわけではないのだ」

 

「あ、これあれじゃろ。沖田が死ぬやつじゃろ。ざまぁ」

 

悲しげな表情のキャットを見て、察する信長。

カーミラが嫌そうな顔をしながら、過去の自分の料理が生み出す悲劇を想う。

そんな悲劇の発生を前に、立香がキャットへ話しかけた。

 

「この前はありがとうね。えっと……キャット、でいいのかな」

 

「うむ。玉藻属猫科のサーヴァントと言えば分かろう。

 俗にいうタマモキャットという奴だワン」

 

「ご主人、っていうのはエリザベートのことでいいんだよね?」

 

「ガフゥ――――ッ!?」

 

その立香の確認の質問を遮って、守衛室とやらから断末魔が轟いた。

相当量の吐血をしてそうな声だった。

キャットはその結末を想い、静かに涙を流した。

 

「フォックス、血の掟。敗者には死を。というやつなのだな……」

 

「毒でも入っていたのかい?」

 

アレキサンダーの問い。

それにキャットは当然そんなことはない、と首を横に振る。

 

「純粋に致命的に不味いだけで、そんなことはないのだ。

 ご主人は本気であやつを労うつもりで、ただ料理をしただけなのだ。

 それがただの食材をゴミに変える所業なら、アタシだって止めている。

 そんなことを見過ごせば、アタシこそ舌切り雀に舌を落とされるというものだ。

 一応アタシの持つカツオ節を、せめて味を調えようと山盛りにしておいたのだが」

 

舌切り雀、などと言った瞬間に清姫が視線を逸らす。

そのまま立香の背中にくっつくように体を寄せた。

 

「それでは見た目の隠蔽工作にしかならんのではないか……?」

 

悲鳴の先を見ていたネロがそう呟くと、キャットは確かに! と同意した。

ついうっかり、という話であったようだ。

 

「なんじゃ、不味すぎて血を吐いただけか。じゃあ、別に放っておいてもよいか」

 

「うむ、別によかろう。作った料理はきっちりスタッフが処理するゆえ」

 

スタッフ? と首を傾げる皆を差し置き、キャットは城の奥へと向かっていった。

よくわからないが、とりあえず皆で彼女の後ろについていく。

 

少し歩くと、反対側から歩いてくる男性に会う。

貴族然とした黒い衣装、白髪の彼のその姿。

その姿は、フランスで出会ったバーサーク・ランサー。

ヴラド三世に相違なかった。

 

「うん? 客人―――カルデアの者たちか。久しい、と言うほどでもないな」

 

「あっ、ヴラドもいるってカーミラが言ってたね」

 

立香がカーミラに振り返る。彼女はヴラドを見て嫌そうな顔をしていた。

美人なのに彼女は顔を顰めてばっかりだなー、と何となく思う。

顔を顰めてなくても、仮面で目元は見えないのだが。

 

ヴラドは歩いてきたメンバーに軽く視線を巡らせ、唸る。

 

「ふむ……クー・フーリンのマスターよ、彼は来ていないのか?」

 

「え? うん。今ちょっとランサーは霊基? っていうのにダメージがあってさ。休憩中」

 

話しかけられたソウゴは、正直に彼が来ていない理由を語る。

まあ、アレキサンダーとネロのレイシフト体験、というのもあるが。

今回ランサーが選択肢に入らなかったのは、それが理由としては一番大きいだろう。

 

「霊基の破損? それは治療しようがないと思うが……」

 

「―――レオナルド・ダ・ヴィンチの手腕により、修復の方法はある程度目途がついています。

 霊基とはつまり、聖杯が形成するサーヴァントの器。

 ランサークラスのサーヴァントの霊基を貰い、外殻として利用し補強するつもりです」

 

エルメロイ二世が言葉を継ぐ。

その言葉になるほど、とヴラドは軽く頷いた。

 

「余には流石に詳細が分からぬが、彼の万能の天才の考案であれば上手くいくのだろう。

 ふむ。そのランサークラスのサーヴァントの霊基、というのは確保できているのか?」

 

「まだだよ」

 

「そうか。では、余の霊基を使うがいい。どうせこの特異点が消えれば退去する身だ。

 此度は狂化の無い純粋なランサークラスでの召喚だ。特に問題はないだろう。

 このままエリザベートの聖杯を回収しに行くのだろう?

 ならば、先に余の霊基を回収しておくといい。聖杯を回収すれば、強制退去が始まる故な」

 

さほど気にする風でもなく、彼は己が身を差し出すという。

狂気の吸血鬼と化した自分を止めた謝礼、という意味もあるのだろう。

 

『―――申し訳ない、ヴラド公。

 その申し出は嬉しいのだけど、まだレオナルドがそのシステムを……』

 

だが、通信先でロマニがその好意に申し訳なさそうに頭を下げる。

そもそもそのシステムが、まだ完成していないのだ。

助力を求める求めない以前の……

 

『いやいや、丁度できたところさ!』

 

と、突然通信画面に割り込んでくるダ・ヴィンチちゃんの顔。

ロマニが隣でひっくり返る。

 

『私にはかかればほらこの通り。

 相手の霊核の残滓からでも霊基の補強材を回収できる優れものだとも!

 ただ、協力してもらって霊基を剥離すれば、ヴラド公は消滅することになるけれど……』

 

「構わぬとも。どういったわけか、エリザベートがあんな事になっているが……

 そなたたちが向かうならば、悪い事にはなるまい。

 カーミラとは違い、あれはまだ子供。ああいった存在が相手では、余の言葉では意味がない」

 

ヴラドがそうして信長に一瞥をくれる。

 

「ああいったものこそがいいのだろう。あれは少し余の手にあまる」

 

「うん? わし(悪)を知っとるのか?」

 

信長(悪)を知るような口振りに、信長は首を傾げてみせた。

どうにも言葉にし難い、というような表情で彼は語る。

 

「知らぬはずがあるまい。

 だが、余もそこなメイドも奴を放置しているということは、つまりそういうことだ」

 

ヴラドの物言いにんー、と唸りながら頭を掻く信長。

まるで信長(悪)を想定していたというのに、(悪)ではないような物言い。

もしやこちらの信長が信長(悪)なのかもしれない。

風雲急を告げる事態。本当の真実はどこにあるのか。

 

それはどうでもいいとして。

 

「まあ、貴公らが自分で見て判断するがよい。余はこれ以上関知せぬ」

 

『では失礼して。始めるよ?』

 

「うむ」

 

さっさと会話を打ち切って、ヴラド公は通信に応える。

すると程無く彼の体は光に包まれ、その体を崩壊させていく。

 

崩壊した彼の体、その黄金の光の霧がその場で収束し始める。

それはまるでチェスの駒のような、槍兵を模った物体へと変化していた。

宙に浮くそれを手にするソウゴ。

 

「これで、ランサーを治せるの?」

 

『ああ、それを持って帰ってきてくれれば十分に可能だ』

 

へえ、と感心しながらそれを仕舞うソウゴ。

それを見届けたキャットが、再び客人を主人の元に連れていくべく歩みを再開させた。

 

 

 

 

「あれぇ? 子イヌに子ジカ? どうしてここにいるのよ?」

 

辿り着いた先には、ハロウィンらしい仮装をしたエリザの姿があった。

カボチャをモチーフにした魔女の格好。

彼女は紙の書類の束を持って、執務机に向かっている。

 

「その上ネロに清姫に……げ、カーミラまでいるじゃない。

 沖田のやつ、何してるのよ。せっかくアタシが御馳走まで用意してあげたのに」

 

うぇ、と表情を崩した彼女。

しかしその様子を見た他の面々は、呆けたように顎を落とした。

 

「先輩……エリザベートさん、お仕事をされています」

 

「清姫、普通に仕事してるよ?」

 

マシュの報告に、立香は清姫を振り返ってみた。

彼女も衝撃を受けたように呆けている。

 

「――――そんなはずは……いえ、これが真の人理焼却……?」

 

「なによ、アンタたち。ありえないモノ見たみたいな顔して」

 

そんな様子を見ていたアレキサンダーがちらりと信長を見る。

様子を伺われる事を察している彼女は、完全にすっとぼけた顔をしていた。

信長から視線を逸らした彼は、次に自身の軍師に視線を送る。

顎に手を添えたエルメロイ二世が、辺りを見回した。

 

ふと、この執務室にある窓に目をつける。

 

「サーヴァントの本質、本性というのは変わるものじゃない。

 聖杯の影響ならば分からないが……

 それでも、エリザベート=バートリーがどういうサーヴァントかも、そうそう変わらない」

 

窓際に歩み寄りながら、彼は小さくそう呟いた。

その窓に辿り着き、そこから見える光景に目を細める。

 

そこには、再びハロウィンで幸福に騒ぎ始めた城下の街の光景があった。

 

「変わらないからこそ、やはりここはエリザベート=バートリーの世界なのだろう」

 

「なるほど。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この特異点の根本はそこか」

 

アレキサンダーが、エリザベートの来歴からそう呟く。

政務をしないのではなく、政務と外に幸福を振りまく行事を合体させた結果。

それこそがハロウィンチェイテ。

 

ただのエリザベート=バートリ―の望んだ事ではない。

監禁された地獄の中で、それでもせめてと彼女が望んだこと。

 

歪ながらもしかし、彼女が必死に望んだ世界の具現。

ネロもまた窓辺に行き、それを見渡す。

 

「――――今のエリザベートは歌わないのではない。

 外に幸福をもたらすこの書類仕事こそが、今の奴にとっての歌。

 そういうわけであったか。……うむ、余もちょっと驚いたぞ」

 

「…………あんたたち、いきなり押しかけてきておいて……

 人のことを、感心したぞーぅ……みたいな目で見てきて、一体全体何なの?」

 

書類の山を崩しながら、エリザが何だこいつら、という表情で辺りを見回す。

ソウゴがそんな彼女に対して、何と無しに問いかける。

 

「エリザってずっとここで仕事してるの?」

 

「そりゃ、必要な仕事があればね。オフタイムには普通に外に遊びに行くわよ?

 アタシ専用のライブステージだって郊外にあるし」

 

当たり前でしょ、と終わった書類を纏めて机の端に寄せた。

うん? と首を傾げた皆の心の声を、清姫が代弁する。

 

「…………遊びに、出れるのですか?」

 

「なんで出れないと思ったの……?」

 

不思議そうに、エリザベートの方こそ首を傾げる。

ソウゴがぽん、と手と手を打って声を上げた。

 

「ここで信長が何か関係してくるのか」

 

「信長? ああ、普段は引っ込んでるけど、奥にいるんじゃない?

 っていうか、なによ。ここにいるじゃない」

 

信長(善)を見て、エリザがそう言った瞬間―――

 

カツン、と床を叩く軍靴の踵の音が響き渡った。

奥からどんどん近づいてくるその音が一際大きく部屋に響き―――

黒い軍服に赤マントのサーヴァントが、その姿を現した。

 

「そう。この事件の黒幕こそ――――わしじゃっ!!」

 

「知っとる」

 

奥から出てきた二人目の信長(悪)を見て、信長(善)がそう返す。

 

「わびさびの無い返しじゃの。それでもわしか、嘆かわしい」

 

「それで、どういう計画だったの?」

 

はっはーん、と嫌味に笑う彼女の声を遮り、立香が問う。

彼女は胸の前で腕を組み、たいそう邪悪に微笑みながら作戦をバラし始める。

バラす必要はないが、ここで悪さたっぷりにバラさねばわびさびが無いという話だ。

 

「くっくっく、わしは何か帝都聖杯戦争のあれやこれやをどうしたこうしたしてこの世界に…」

 

「そこはもう省略でいいじゃろ」

 

「くっくっく、この世界にやってきたわしはまず、周囲の状況を探った。

 そうしたらどうじゃ、なんとも言えぬ限界集落が如き街! ないわー、正直そう思ったネ!

 なんでとりあえず行政の中心っぽいこの城にきたわけじゃ。

 すると自治体をどうして動かせばいいか知らぬ小娘一人。途方にくれていた。

 わしは思った。下剋上するにも街がこの有様ではしょうがないし、とりあえず地方再生計画を考案して地域の建て直しを行った暁に、この城をミッチしようと」

 

「光秀を動詞にするな」

 

バサァ、と彼女が大きく赤いマントを翻した。

そうして立ち位置を変えた彼女は天を仰ぎ、少し悲し気になって言葉を続ける。

 

「だが、その小娘と一緒にハロウィンチェイテというよー分からん街を建て直すうちにな―――

 わしは………」

 

まるで心を入れ替えた、とでも語ろうとしているよう見えるが、そんな事はない。

そんな人間なわけがないと信長こそよく知っている。

案の定、彼女はすぐにあっけらかんとした表情に戻っていた。

 

「エリザベートをのせるためにライブを開かせ、わしもいっちょ敦盛してな。

 そこで至近距離でこやつの歌を聞いたせいで霊基が爆発してバラバラになり、チビノブやお主をこの世界にバラまいてしまったのじゃ。いやー、ビビったわ。悪い事はできんの」

 

「わしの方が分身じゃったか……」

 

「なんで、こうして――――この時を待っていたわけじゃ。もう一人のわしよ!

 今こそ我らが一つになり、パーフェクト信長となる時ぞ!

 我らがこの世界の覇権を手にする時がきたのじゃ! さあ、さあ!」

 

バッ、ともう一人の自分に手を差し出す本体信長。

分身信長は差し出された手からささっ、とすぐさま距離を取った。

その顔にははっきり嫌だと書いてあった。

 

「何故じゃ、わしよ!」

 

「今の話だとチビノブ無しじゃパーフェクトにならんじゃろ。

 その状態で合体したら、カルデアの連中にタコ殴りにされるだけじゃもん

 代わりに守衛室で死んでる沖田とでも合体しとれ」

 

「そいつもう設定変わったからの……」

 

ふぅ、と仕方なさげに俯いた信長。

まるで諦めたかの様子に、とりあえず立香はエリザの方へと歩み寄ろうとして―――

 

〈アーマータイム! ドライブ!〉

 

変身したソウゴに、背後から追い抜かれていた。

え、と声を漏らす暇もない。

彼女の腕を引くマシュが、必死に彼女を抱き寄せながら城の窓へと走っていた。

 

ジオウの手がエリザを掴み、それを追う。

全てのサーヴァントが、即座にこの場からの離脱を本能で選択していた。

 

「―――ならまあ、長い事かけたわしの仕掛けを御覧じろ、といったところか」

 

俯いた信長が、その口元を邪悪に歪める。

 

瞬間、チェイテ城の上から寺が生えてくる異常が発生していた。

マシュに抱えられながら空を舞う立香は、それを見た。

チェイテ城の頂上に聳える、燃え盛る本能寺という目を疑う光景。

本能寺を包む炎は、一気にチェイテ城全てに広がっていく。

 

「なに、これ……!」

 

「アタシの城ぉーっ!?」

 

いつの間にか城外、本能寺の方へと移っていた信長が笑う。

 

「ふははははははッ!! 見よ、これぞハロウィンチェイテ本能寺城!!

 最終決戦用に準備しておいた我が渾身、一世一代の決戦宝具である!!」

 

あの高さから飛び降りなんかしたら、そのまま死にそうなくらい弱体化している信長。

彼女を掴んで飛び降りたキャットが、着地と同時に彼女を投げ捨てた。

べちゃりと地面に転がる。

 

炎に巻かれながら、盛大に笑う信長がカルデアにチェイテ。

その面々を見下ろしながら腹の底から声を出す。

 

「かー! ここにきてからどーいつもこいつも辛気臭い顔しておって、つまらんつまらん!

 人生なんぞ五十年、あって百余年。たったそれっぽっちの間も笑い抜けんとは軟弱者どもめ!

 この信長が日の本に語り継がれる存在になったのはな、人生余すことなく楽しんだからよ!

 生き様を良しとし、死に様を良しとして、今ここでサーヴァント生活!

 ハロウィンチェイテ? ……うん、まあ良し! 楽しめ!

 それが人生だろうと、サーヴァント生だろうと、どんな時だって楽しんだもん勝ちよ!

 楽しんでいる人間こそが輝き、その輝きこそが人間にしかない恰好よさだろうに!!

 集え、チビども! そしてさあさあ立ち会えカルデアども!

 貴様らの相手はこの第六天魔王にしてハロウィンの覇者!

 戦国最強、天下無双の織田信長ぞ――――!!」

 

炎の中で凄絶に輝き、笑う織田信長。

 

そんな彼女を見上げるカルデアの面々が困惑する。

周囲に集まっているチビノブたちが、困っているのだ。

 

「のー! もう一人のわしよーい!」

 

「ふはははは! なんじゃー!」

 

「お前がチェイテ城を火の海にしたせいで、チビノブどもが上れず困っとるぞー」

 

ピタリ、と彼女の呵々大笑が止まった。

チビノブ軍団は本能寺にいる信長の元に戻ろうとしている。

が、その道中が完全に火に沈んでしまっていたのだ。

 

「考えてなかったわ」

 

「号令かけたら全部のチビノブが飛んで戻ってくるみたいな、そういうあれもないのか?」

 

「ないのう……」

 

「じゃあもうそこで本能寺するしかないの」

 

是非も無し、と地上に逃れた信長は肩を竦めた。

チビノブとももう一人の信長とも合体できなければ、あの信長もレベル1だ。

自分で出した炎から逃げることもできないだろう、弱体化状態のはず。

 

はーやれやれ、と茶の湯でもしばきに街へ行こうとした信長の肩をがしりと掴む腕。

振り向くと、それはカーミラのものであった。

 

「消しなさい。さっさと火を!」

 

「わしに言われても……」

 

「消せ!!!」

 

響くチェイテ城所有者の怒号。

炎の中に沈む自身の居城に、はわはわと慌てふためくエリザベート。

 

「子イヌー! 子イヌー!? あれ消して、早くあの吹雪とかでー!!」

 

「あ、うん」

 

〈アーマータイム! ウィザード!〉

 

魔方陣を頭上に浮かべ、ジオウがアーマーを換装した。

青い魔方陣を展開して周囲に水流を放出し始める。

それを見たエルメロイ二世もまた、溜め息をついてから腕を動かした。

水流を効果的な軌道に誘導する計略を示すと、水はその経路を辿って散水されていく。

 

そんな動きを見ていたアレキサンダーも、楽し気に笑って動き出す。

彼が魔力を解放すると、その宝具たるブケファラスが出現した。

 

「ネロ、あの城の上の寺。君の宝具をぶつけてみようか」

 

黄金劇場(ドムス・アウレア)をか?

 あれの効果範囲の中で開場する、という意味なら出来なくもなかろうが……」

 

「君というサーヴァントは、()()()には特別有効だろうからね。

 ブケファラスであそこまで送ろう、後ろに乗って」

 

まあやってみる価値はあるか、と。

ネロがアレキサンダーとともにブケファラスに騎乗する。

そのまま英霊馬は大地を踏み砕かん勢いで、城の上を目掛けて駆け出し、跳躍した。

 

そんな光景を見ながら、信長は優し気な目で呟いた。

 

「全ての民が力を合わせ、一つの事を成さんと力を尽くしている……

 これが、人の生が放つ輝きというものなのじゃな……」

 

「ところで、あの炎に包まれた城の中で放置された沖田何某はどうするのだ?

 燻製にしても丸焼きにしても食いでがなさそうではあるが」

 

背後のキャットの問いかけに、信長は静かに天を仰いだ。

 

「………人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり。

 これもまた人の世の必定よ。是非もないよネ!」

 

 

 

 

懸命な消火活動は実を結び、ハロウィンチェイテ本能寺城の火災は未明に鎮火した。

重軽傷者二名(織田信長(本体)、沖田総司)。死者は無し。

事件後に織田信長(本体)と織田信長(分身)とチビノブ軍団は合体。

 

合体したと同時、「今こそパーフェクトわしがこの世界の覇者となる時!」などと供述。

武力行使しようとした瞬間、死にかけていた沖田総司が彼女に襲い掛かり取っ組み合いに。

なんやかんやの末、彼女たちは帝都聖杯戦争、というものに帰っていった。

 

最後にエリザベートから聖杯の欠片を回収し、この特異点の攻略は終わりを告げた。

 

「凄い特異点だったね……エリザもだけど日本に歴史あり、って感じだった」

 

カルデアに帰還して、通路を歩きながら立香はそういう。

日本の英霊二人が想像を超えた存在だったような。

冷静に考えると、清姫も大概だしこういうものなのかな、と彼女は唸る。

 

「その……わたしも日本に詳しいわけではないのですが、あのお二方を基準にすると、その」

 

言い辛そうに言葉を濁すマシュに、ソウゴが笑いながら言った。

 

「そうかな? 俺、これが俺の憧れてた信長だったんだー、って感じて嬉しかったけど」

 

「え?」

 

きょとん、と。立香とマシュが足を止めて呆ける。

機嫌良さそうに歩いていくソウゴの後ろで、彼女たちはその顔を見合わせた。

 

 

 




 
さくっと終わって次からランサーを霊基再臨させて三章です。
ランサーは第一から第三にワープ進化します。別に衣装以外変わりませんが。
ノッブはマコト兄ちゃんが出番作ってくれるんじゃないですかね。
沖田さんは分からん。
 


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第三特異点:封鎖終局四海 オケアノス1573
星・座・凋・落2015


 
青春スイッチ、オン!
 


 

 

 

暗闇の中で時を刻み続ける大時計。

その針の動きを見つめている、一つの人影。

彼はゆっくりとした動きでそれから目を離して振り返る。

その手には、時の王の存在を記した書。“逢魔降臨歴”が開かれていた。

 

「この本によれば普通の高校生、常磐ソウゴ。彼には魔王にして時の王者。

 オーマジオウとなる未来が待っていた。

 だが、2015年。人理焼却と呼ばれる時代の崩壊が、彼の進むべき運命に変化を与えた。

 ―――その人理焼却を起こした者、レフ・ライノール・フラウロス。

 ローマの特異点において、一先ず彼との決着をつけた彼らは、正しい歴史を取り戻すため、新たな特異点の攻略に乗り出すのであった」

 

本を手に語る男、ウォズがゆっくりと暗闇の中で歩みを進める。

そこに一筋の光が落ち、ウォズ以外の人影を照らしだした。

白い体。宇宙服とロケットを思わせるデザインの、新たな仮面ライダーの姿。

 

彼は自分の頭を撫でるように手を添わせ、その後に拳を前へと突き出す。

 

「彼らが新たに向かう特異点は1573年。

 未だ航海図の存在しなかった、人類未踏の海域。

 いずれ人類が星の外に飛び出し、そこに新たなフロンティアを探し始めるように―――

 その世界に生きる人間たちは、誰も知らないその大海の先に夢を見る。

 誰も知らぬが故にそこに無限の可能性を秘めた、神秘の世界……

 星の開拓者たちは船に乗り、その扉を開き未来を創る。

 スペース・オン・ユア・ハンド。この宇宙、その全ては我が魔王の手の内に―――」

 

彼が本を持たない方の手を掲げ、その拳を握り込む。

同時に、彼の手にする逢魔降臨歴は閉じられた。

 

パタン、と本の閉じる音がその空間に響いた瞬間。

その空間からウォズの姿は消失していた。

同時に存在していたはずの、白い仮面ライダーの姿もまた。

 

 

 

 

「おー、なんか服が微妙に変わった気がする!」

 

ダ・ヴィンチちゃんの工房の中。

こきこきと首を鳴らすランサーを前に、彼の姿を上から下まで眺めるソウゴ。

細かい意匠が変わったような青い装束を纏い、ランサーは己の調子を確認していた。

 

「実際に動いてみなきゃ分からんが、今んとこ問題はなさそうだな」

 

「そりゃそうだろうとも。この私が組み上げたシステムなんだからね」

 

ヴラド公から渡された霊基を用い、ランサーに施された霊基再臨。

それは間違いなく実行され、彼の破損した霊基を補強した。

その結果、どういうわけか彼の衣装が変わったのは……

 

「まあ絶頂期に回帰する、ということを示すにはいい指標だろう?

 再現度。あるいは発揮されるステータスの上限が上がった、ということさ。

 それにしたって、驚愕するほどのパワーアップは見込めないとは思うけどね」

 

「………それって、私たちも出来るわけ?」

 

ランサーをじいと見ていたオルタが、ダ・ヴィンチちゃんに問い掛ける。

彼女の返答はもちろん、と肯定を示すものであった。

へぇ、と言ってそのまま黙り込むオルタ。

 

イメチェン的な感覚で使いたがっているように見える。

 

「うむ、余も衣装替えは望むところだ。余も欲しい」

 

そしてネロは、正直にそう口にしていた。

先んじて新たな衣装を手に入れたランサーの周りを、ぐるぐると見て回る。

 

ランサーの顔が至極鬱陶しいと辟易している様子を見せた。

パタパタ手を振って小型犬のように走り回るネロを追っ払うクランの猛犬。

 

「ダ・ヴィンチよ! これはあれか、余の考案した衣装に好きに変えられるのか!?」

 

「残念ながら、霊基の上昇による外見の変化は固定さ。

 君たちがより君たち自身に近くなるというものだからね。

 あるいは他の誰かが君たちという英雄に抱く、イメージの具現化になるかもしれないが」

 

「………そうか。余が再臨すれば、つまり余が示してきた絢爛豪華さを再現するようになると」

 

さぁねぇ、とぼかすダ・ヴィンチちゃん。

自分が変わった時に赤と金がどのような比率になるか推測し始めるネロ。

 

そんな彼女と同じように、オルタが腕を組んで自分ならば、を考えている。

それを傍から見ていたジャンヌが、困ったようにオルタへ口出しした。

 

「仮に出来るとして……素材となる霊基を回収するためのルーラーやアヴェンジャーは、そうそう見つからないのでは?」

 

オルタが自分の新たな姿を想像しているところに水を差すジャンヌ。

そんな注意にぴくり、と肩を一度震わせてから、オルタは小さく、そうね、と返す。

がっかりしているような感じだ。

ルーラーもだが、アヴェンジャーの霊基など滅多にお目にかかれないだろう。

 

「まあ、特異点の戦闘で敵サーヴァントを撃破した時。

 基本的にそのタイミングで霊基の残滓を集積し、自動的にカルデア側で回収するようにしておこう。もちろん、その場にソウゴくんか立香ちゃんがいなきゃ出来ないけどね」

 

ダ・ヴィンチちゃんは、そう言って話を畳んだ。

 

ふと、ソウゴが壁に寄りかかっているエルメロイ二世に視線を送る。

エルメロイ二世はなぜか嫌そうな顔をしながら、騒ぐ彼女たちを見ていた。

話に巻き込まれたくなくて、距離をとっているようにも見える。

 

「どうしたの?」

 

「いや……絶頂期に回帰する、と言う謳い文句に少しな。

 ……………少なくとも私は、その霊基再臨とやらは絶対に御免だと思っただけだ。

 我が人生の絶頂期は、自身が未熟極まりないときにやってきた。

 そんなわけで、私は絶頂期よりも現時点の方が人間としてまともだというわけだ」

 

絶頂期と比較して今の方がいい、という不思議な物言いにソウゴが首を傾げる。

未熟なころに人生の絶頂期を通り過ぎてしまった、とはどういうことだろう。

首を傾げるソウゴから、エルメロイ二世は視線を外してしまった。

 

「ふーん………?」

 

がやがやと騒ぎ立てている皆。

そんな中、ダ・ヴィンチちゃんの工房に備え付けられた通信機器が作動した。

管制室にいるはずのロマニから声が送られてくる。

 

『レオナルド、第三特異点の特定がおおよそ完了した。

 今、シバによる特異点内部の観測を開始している。こちらにこれるかい?』

 

「はいはい、今いくよ。………というわけだ、新たな旅の幕開けだね」

 

そう言ってダ・ヴィンチちゃんが周りを見回した。

当然のように彼らは竦むようなことなどなく、新たな戦いを覚悟する戦士としての顔を見せた。

 

 

 

 

山積みになった食料を仕分けしながら、ブーディカは一息ついた。

 

チェイテ城の特異点を攻略した際。

城に蓄えられた大量の食料を、持ってけドロボー! とタマモキャットに押し付けられたのだ。

地脈に召喚サークルも設置していないのに、転送できるはずもない―――

はずだったのだが、何故かこうして転送できてしまった。

 

エルメロイ二世は、「あのサーヴァントの呪力ゆえだろうさ」などと語っていた。

彼本人もだろうがそれ以上に孔明の霊基が反応するらしい。

かなり渋い顔をして彼女に関する事を語っていたが、要するに。

あの手合いは真面目に考えても無駄だ、と言いたいらしかった。

 

「手伝おうか、ブーディカ」

 

「あれ、アレキサンダー? レイシフトにはついていかないのかい?」

 

そんな彼女に声をかけてきたのは、アレキサンダー。

てっきりソウゴとともにレイシフトするのかと思っていたが。

ランサーとネロの方を連れて行くのか。

 

彼の後ろには、不満しかないと言った表情の清姫もいる。

立香はジャンヌと孔明を連れて行くことにしたのだろう。

 

「呼ばれてすぐ休みで何だけどね、次の特異点が海だと聞いてさ。

 僕は最果ての海(オケアノス)に辿り着けずに果てた存在。海とはあまり相性が良くないんだ。

 大人の方の僕なら、それにさえも縛られないだろうけども。

 というか、大人の方の僕の方針ゆえについた制約と言うべきなのかな?

 まあ、こう見えて制約が多くて結構困ってるよ」

 

「ああ……まあ、じゃあしょうがないね。

 ……あ、何かとにかくやたら人参が大量に入ってたんだけど、馬用にいる?」

 

「うーん……せっかくだし貰おうかな?

 たまには戦場じゃなく労うためにも呼んであげないとね」

 

後でブケファラスを呼ぼう、と心に決める。

そんな心持ちになりながら彼は、食材の詰まった段ボールへと手を伸ばした。

 

 

 

 

「―――というわけで、今回の特異点は1573年。海上のいずこかと思われます。

 正確な位置は特定不能。そこにあるはずなのに、大西洋、太平洋、インド洋……

 いずれのどこかとも言えない、とても曖昧な観測になっているわ」

 

「どこでもない、というよりはその全てである、と言った方が適当だろうね。

 恐らくそこは大航海時代。人類が海へと漕ぎ出して、あらゆる“未知”を浚った時代。

 人類の版図を広げ、星に残されていた“未踏の領域”を塗り潰した時代の特異点。

 それこそがこれから君たちが赴く、第三の特異点だ」

 

オルガマリーの言葉を継いだダ・ヴィンチちゃんが言い切る。

 

管制室にいる、今回のレイシフトメンバー。

立香とマシュ、ジャンヌ、エルメロイ二世。ソウゴとランサー、ネロ。そしてオルガマリーとジャンヌ・オルタ。総員が揃っており、他は締め出されていた。

 

具体的には、清姫が完全に締め出されていた。

彼女であれば隙を見て、レイシフトに無理矢理にでも同道しかねない。

 

「海ばっかり、ってことはレイシフトしたらいきなり海の中とか……」

 

「その点は安心してくれていい。

 きっちり条件付けして、ちゃんと足場があるところにレイシフトするようにしてある。

 前回のように、ローマ首都近郊から外れたような位置にレイシフトするようなことはないさ!」

 

ロマニの説明に、ネロが表情を微妙に変えた。

 

「それはそれで、それに助けられた余には何とも言えぬ話だな。

 ………うん? 何から助けられたのだったか。確か……伯父上から、だったか?」

 

うーん、と首を傾げるネロ。教えるべきか、教えざるべきか。

皆で揃って顔を見合わせてみる。

そういえば結局この件に関する話を、ウォズに訊けていない。

 

まあ、とにかくレイシフトの位置の話だ。

ダ・ヴィンチちゃんがその手に、大きめのゴムチューブのような何かを取り出した。

 

「はい、これ。レイシフトに耐える特別ゴム製浮き輪。緊急時にぜひ使ってくれ。

 もしもの時用に、全員に配布しまーす」

 

「サーヴァントにはいらねぇだろ。そういう時は霊体化するだけだ」

 

大量に渡された浮き輪を見て、ランサーが呆れたようにそう言った。

そんなことも構わず、全員に押し付けていくダ・ヴィンチちゃん。

その内の一つを取り上げて、手でぶら下げながらソウゴが何となく呟く。

 

「俺、変身してからレイシフトする方がいいのかなー」

 

浮き輪を受けとりながら、ぽつりと呟くソウゴ。

かもねー、と。立香は諦めたように、浮き輪を自分の息で膨らまし始めた。

 

 

 

 

「あー、つっかえて入れないや」

 

コフィンの中に入ろうとするドライブアーマー。

その肩のタイヤが盛大に引っかかり、コフィンに入れなくなっていた。

膨らませた浮き輪は軟いゴムなので何とか突っ込めるが、肩のタイヤは無理だ。

 

「フォウフォ、フォー」

 

ドライブアーマーの頭の上に乗るフォウくん。

フォウは、引っかかった彼を押し込もうとするように、何度もジオウの頭を前脚で叩く。

 

完全に引っかかってしまった彼を見て、オルガマリーが盛大に溜め息を吐いた。

額に手を当てながら、彼に対する指示をさっさと飛ばす。

 

「……変身する準備だけして、普通にレイシフトしなさい。まったく……」

 

「はーい」

 

特異点攻略に慣れ、気が抜けてきている部分が出てきたに違いない。

責任者として自分こそしっかりと気を引き締めねば。

決意も新たに、オルガマリーもまたレイシフトの準備を整えていく。

 

「ははは。いつも通りでいられるならそれが一番さ。

 じゃあ、レイシフトを開始しようか」

 

管制室の総員が作業に入る。

誰もが慣れを感じ、心に余裕が生まれてきている。

いい事であるが、同時に失敗が発生する可能性も出てくるところ……

 

だが、この行為にかかるのは世界の命運。

重い使命を背負った彼らは、すぐさまピリピリと緊張を帯び始めた。

その光景を見回しつつ、ロマニがシーケンスを進めていく。

 

『アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します。

 レイシフト開始まで あと3,2,1……全工程 完了(クリア)

 グランドオーダー 実証を 開始 します』

 

アナウンスが実行のための工程を告げ、第三特異点の攻略が今開始された―――

 

 

 

 

「その、いい青空ですね」

 

困ったようにそんなことを言い出すジャンヌ。

マシュも同じくらい困ったような表情で、周囲に広がる大海と大空に目を馳せた。

彼女としてもこれほど広大な海の光景を見るのは初めてで、喜びも大きい。

のだが―――

 

「てめぇら、一体どこから出てきやがった!」

 

「俺たちの船に乗り込んで、ただで済むと思ったら大間違いだぜ!」

 

彼女たちは海賊船の甲板で、続々と出てくる海賊の皆さんに囲まれていた。

彼らの手には、既に抜き身のカットラスが握られている。

 

「ドクター・ロマン。何か弁解がありますか?」

 

『いやぁ、その。はは、でもボクだけの失敗じゃないと思うよ?

 だってボクはちゃんと前回の失敗を活かして、ダ・ヴィンチちゃんに精査を任せたし。

 それにGOサイン出したのは所長だし。何より、責任者は所長じゃないか。

 ですよね、マリー所長』

 

「―――この条件付けで工程を完了すれば、間違いなく成功する。

 そう言っていたのは貴方でしょう、ロマニ。

 そうね。それでも責任は私にあるかもね、それはそれとしてはっ倒すわよロマニ」

 

「ごちゃごちゃ何を話してやがる! 野郎ども、やっちまえ!!」

 

ロマニの責任を追及している内に、一気に雪崩れ込んでくる海賊連中。

それを軽く槍に引掛けて、海上に投げ捨て始めるランサー。

悲鳴を上げながらぼちゃぼちゃ落ちていく海賊たち。

 

「おい、マスター。さっそくその浮き輪の出番だぞ、投げ込んどけ」

 

「うん」

 

既に膨らましてある浮き輪を海に落ちた連中に向け投げ込む。

溺れかけていた海賊たちは、すぐさま海上に浮かぶその命綱に縋りつく。

 

それを見たネロも、そちらに向けて海賊を投げ飛ばし始めた。

膨らませてないまま持ってきた浮き輪も、膨らませ始める立香たち。

そんな状況を見ながら、エルメロイ二世が船の様子を見る。

 

(セイル)があるならば、無理矢理に風で前進させることは可能だが……

 とはいえ、どちらにせよこの特異点の状況がどうであるか。情報が欲しいところだ」

 

次々と海に落ちていく海賊。そして浮き輪。

それを見ながら、エルメロイ二世は溜め息を吐いた。

 

 

 

 

大体全員を投げ捨て終えて、その後全員をウィザードアーマーで回収。

ずぶ濡れになった彼らを甲板で天日干ししながら、情報収集を開始した。

 

「すいませんでした、いや、どうも」

 

海賊の頭目らしき男は自分もずぶ濡れになりながら、ぺこぺこと頭を下げる。

引き攣った笑い顔には、9割ほどの恐怖が混じっていた。

それも仕方なし、と。マシュは割り切って質問を投げる。

 

「皆さんはこの海、この場所の状況をどの程度ご存じですか?

 知っているのならば、説明をしていただきたいのです」

 

海賊たちが目を見合わせる。

そんなもんはこっちこそ訊きたいことだ、と言いたげだ。

 

「俺たちもそれはさっぱりで。気付いたら、このどこともしれねぇ海を漂流してたんですよ。

 地図を見てもどこともかみ合わねぇ、羅針盤だってまるで役に立たねぇ。

 こりゃもうどうしようもねぇ、ってことでね」

 

「つまりお前らは完全にアテも無しに漂流し続けてたってわけか?」

 

槍を消し、腕を組んでいたランサーが呆れたように問う。

いやいや、と。彼らはそれを否定するように首を横に振った。

 

「いやぁ、流石にそこまでは。何でかこの辺りは小島が点々と存在してますから。

 そこに上陸して食いもんや水を食い繋いでる時、同業者に会いまして。

 この辺りに何だ、海賊の楽園。海賊島って場所があるって言うじゃないですか。

 俺たちゃそれを目指してここまできてたんでさぁ」

 

『海賊の楽園、って。それ何があるんだい……?』

 

そんなよく分からない動機で海に繰り出していた彼らに、ロマニが困惑する。

問われた海賊はそんなもん大して候補がないだろうと言わんばかり答えた。

 

「そりゃやっぱ食いもんと酒と女じゃないですかねぇ」

 

『………言いたい事は色々あるけど、それ海賊じゃなくてもただの楽園なんじゃないかなぁ』

 

「どっかの浮島にそれがある、ってことが重要なんでさぁ」

 

『そういうものなのかな……?』

 

さっきまで大きく恐怖に染まっていた割に、話している内に慣れたのか。

どんどんと饒舌かつ軽口になっていく海賊たち。

小さく息を吐いたエルメロイ二世が、さっさと話を纏めにかかった。

 

「ここにいても仕方ないだろう。

 どちらにせよ、この船でそこへ向かうつもりだったのだろう?

 まずそこへ向かうということで問題あるまい」

 

「へぇ。そりゃ構いませんがね」

 

大分フランクになってきた返事を返し、彼らはすぐに操舵の準備を始めた。

この図太さがなければやっていけない世界なのだろうな、と。

さっき海に放り捨てられたことも忘れてそうな海賊たちを見て、立香は感心するのであった。

 

 

 

 

水平線を見渡す景色を、船上にいる金髪の男が微笑みながら眺めていた。

どこまでも広がる青い海原。悠然とそこを奔る、巨大な帆船。

 

船長である彼の傍らには巌の如き鋼の巨漢と、青い髪の魔術師の少女が控えている。

 

その船に乗る者としては異物、という自覚を持つが故。

同乗している槍を手にした男は、少し離れた場所からその三人を眺めていた。

そんな槍の男の視線が、別のものに移る。

彼が次に視界に納めたのは、金髪の男に跪く一人の男の姿であった。

 

海原に馳せていた視線を戻し、金髪の男が跪く男に顔を向けた。

そのまま軽い口調で自身に対して跪く男へと問いかける。

 

「それで? この私に君が何を提供できると?」

 

軽い声でかけた問いに、男は逆に重々しく答えてみせた。

 

「無論、貴方が腰かけるべき玉座を」

 

ほう、と。金髪の彼は玉座を捧げると口にした男に笑みを見せる。

跪いていた男は顔を上げ、笑みを浮かべながら自身を見下ろす彼を見つめ返した。

 

「王となるべき御方には、それ相応の格式を持つ椅子というものがあります。

 私が見る限り、崩壊が差し迫ったこの星は……貴方という王に相応しい椅子とは言えない」

 

「ああ……人理焼却と言ったか? まったく、酷いことを考える奴もいたもんだ。

 この私が治めるべき国さえも、この現象のせいで灰と化したというのだから」

 

彼は金の髪を指で掻き揚げながら、再び海の方へと視線を飛ばした。

この光景も特異点として形成されたもの。

本来の地球は既に地獄の再現と化している、という事実を彼は知っていた。

 

彼の言葉に、背後で男は小さく失笑を漏らした。

金髪の男の眉が吊り上がる。

すぐさま振り返り、男を睨みつけてみせる彼。

 

「なんだい……? 何を嗤っている―――」

 

「いえ、失礼。世界の王に相応しき御方が、随分と小さな事を気にするのだと」

 

まるで礼を失した、などと思っていなそうな返答。

むしろ更に煽るように言葉を続ける男に、彼はまた眉を吊り上げた。

 

人理焼却のことを小さい、と断言する男。

その男は跪いていた姿勢から立ち上がり、その腕を大きく上げてみせた。

一面に広がる青空を示して、彼は語りだす。

 

「貴方ほどの王であれば、このような星の中に囚われる必要はない。

 貴方こそ、宇宙(ソラ)に星座を描く神々さえも支配する、王の資質を持つ者。

 ならばなぜ人理焼却などという些事に構う必要がありましょうか。

 この、未来も未知も残っていない星など捨て、今こそ宇宙(ソラ)へ。

 貴方の栄光の象徴たる、アルゴー船とともに飛び立てばいい」

 

己を神々さえも支配する王、と言われた彼が鼻白む。

神々になんて関わった暁には、ろくでもない結果が用意されると知っているから。

だが、己を王の資格あるものと称する辺りは分かっている人間だ。

 

星空(ソラ)、か。だがそれは―――」

 

神々に関わられれば、ろくでもない話である。

だが同時に、空に飾られたこの星図は彼らの冒険譚の頁でもあった。

大抵がろくでもない。ほんとろくでもない様相なのだが……それでも。

 

しかし男は、彼の感傷を振り解くように再び宣言する。

 

「神々の召し上げた星座など、何の価値もない。この宇宙(ソラ)は全て貴方のものだ。

 王の飾りにすらならない、みすぼらしい星座など全て蹴り落としてしまえばいい。

 ソラに輝くべき星座はたった一つ。貴方という星だ」

 

滔々と語る男の言葉に流されて、しかし彼は少し考えるように表情を変えた。

何かがおかしい、だが確かに。とでも言うように彼は思考を回している。

 

「そう。そうだ、それに関しては一理ある。

 一番に輝くべきは私の星であるということには、間違いない。だが、私は王だ。

 そして私が王である以上、その世界を焼き払うなどという暴挙が看過されていいのか?

 世界にはその星を見上げ、私こそが至上の王であると讃え、祈りを捧げる愚民がいなければならないのだぞ?」

 

そんな彼に、感銘を受けたかのように大きく腕を横に広げ、驚いてみせる男。

 

「なんと。救う価値などない世界に、御自ら救いの手を差し伸べられるというのですか。

 ―――なるほど。それでは貴方こそが世界の王であり……そして、世界を救う英雄だ」

 

男に言われて、彼は稲妻に打たれたかのように身を震わせた。

彼の口元が緩み、楽しそうに言葉を吐き出し始める。

 

「―――そう、それだ。それだよ。世界を救う。英雄らしく。

 ああ……こんな場所に呼ばれて私も少々自分を見失っていたようだね。

 こればかりは私のミスと認めざるを得ない。

 アタランテの奴も、私が自分を見失っていたことで失望させてしまったのだろう。

 彼女には悪い事をした。栄光あるアルゴー船から自発的に降りる。そんな不名誉を背負わせた。

 さあ。彼女を再び迎え入れ、そして世界を救おう。

 そしてこのオレこそが、この世界(ソラ)に星で描かれるべき唯一の英雄であり王である、と。

 正しい歴史を世界に刻んであげようじゃないか」

 

陶然と、彼の顔が微笑みを浮かべる。

物言わずにただそこに佇む巨人と、美しい笑みを絶やさぬ姫君。

彼らはただ、自分に酔う彼の傍らにただただ控えているだけだった。

 

彼を唆した男は再び跪き、俯いた顔に小さな笑みを浮かべる。

未だブランクのままのアナザーウォッチを、その手の中に持ちながら。

 

 

 




 
俺はいて座なので星座カーストではだいたい勝ち組です。

今更思い出される衝撃の真実。二章にダレイオスを出し忘れている。
あれ、バーサーカー何か足りないな…? ままええわ、という気はしてた。
ダレイオスのこと忘れてたくせに、二章はネロ以外に使える敵が少ないとかほざいたカスがいるそうですね……人間の屑がこの野郎……
軍団宝具持ちとか幾らでも敵出せるじゃないか。なんだこれはたまげたなぁ……
ストーリー構成が甘すぎる、はっきり分かんだね。
どっかで出します、多分。三章は海戦、四章は市街地戦なので出せるとしたら五章ですかね……もしくはファラオ枠で六章か。多分六章かなぁ……
 


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海・賊・女・王1573

 

 

 

「さて、見事に海賊島へ到着したわけだが……」

 

エルメロイ二世が目を逸らしながら言う。

島に接舷した船に、島にいた海賊たちが群がっているのだ。

 

「元気な方たちですね……」

 

「ああいうのは馬鹿っていうのよ」

 

途方に暮れるようなマシュの声。

その言葉を、馬鹿にするような呆れた声でオルタが訂正した。

 

オルガマリーもまた頭を抱える。

本能と気分だけで掠奪を実行する彼ら、これを突破しなければいけないのだろうか。

そんな状況でソウゴはランサーを振り返る。

 

「多分、俺が捕まえるよりランサーが吹っ飛ばした方が言うこと聞くようになるよね」

 

「……まあ、そういう手合いだろうがよ。慣らしにもならねえな」

 

やれやれと肩を竦めて、彼はその手に朱槍を出現させた。

ひょいと軽く船を跳び下りて、ひしめく海賊たちを軽々薙ぎ払っていくランサー。

 

折り重なって倒れていく彼らの中で、一人の海賊が声をあげる。

 

「確かにアンタは強いがなー! うちらの船長にゃ及ばないぞー!」

 

そーだそーだ、と合唱しはじめる海賊たち。

ランサーが肩を竦め、言いだしっぺの海賊の頭を槍で打ち据える。

かくりと頭を落として気絶する海賊。

すると合唱は途中で止まり、全員が黙りこくってしまった。

 

「船長?」

 

下が落ち着いてきたのを見計らい、全員で降りてくる。

何故か当然のように海賊たちも、こちら側のメンバーであるようについてきた。

 

「……おうさ。言っておくが、うちの船長はそんじょそこらの海賊とは違うぜ。

 なんせこの海賊島は姐御が支配していると言っても過言じゃねぇくらいさ。

 ―――どうやら語らなきゃならねぇようだな。姐御の偉大さと、素晴らしさについてよ。

 そうなるに至った原因と冒険を今ちょっと話してやるから、せいぜい覚悟しな。とんでもねぇ冒険だったさ。姐御の船じゃなかったら百回海の藻屑になってもまだ足りねぇ。海の底から現れた馬鹿でかい神様みたいな奴と、更にうじゃうじゃ湧いて出る化け物たち。いやさ、それ以上に恐ろしかったのは嵐の止まない海原さ。だが姐御はそんな船乗りにとっての地獄さえも笑い飛ばしながら船を進めたもんよ。並み居る化け物どもに斬りかかり、銃を撃ち、千切っては投げ千切っては投げ。あの時の神様気取りの化け物の顔は見物だったよ。なぜ人間がこれほど、とかそんな事も言ってた。だが俺たちからすりゃ当たり前のことさ。あいつが本当に神様だったとして、姐御がたかが神様ごときに止められるはずがないってもんよ。ましてあの神様。人に追い詰められて驚いてみせた後は、そんなことありえないって怒り心頭。海ってのは広いもんだ。目の前しか見えなくなった奴は、人だろうが神様だろうが溺れる魔境。だからこそ姐御は常に何があろうが笑って前見て面舵を切るのさ。相手が他の海賊だろうが、地獄みたいな嵐だろうが、どんなことになろうが、どれほど追いつめられようが笑って切り抜けてみせる。それこそ―――」 

 

「話がなげぇ」

 

槍が叩く。彼は最後にぐぇ、と呻いて気絶した。

そんな彼を見ながら、ジャンヌが困ったように曖昧に微笑む。

 

「その、愛されている船長さん……みたいですね?」

 

「多分、ジルにあんた語らせたら似たようなことになるわよ」

 

にやにやと笑いながらジャンヌを見るオルタ。

彼女はむむむ、と唸りながら何とも言えない、と言いたげな難しい顔をした。

 

大人しくそれを聞いていたオルガマリーが、小さく溜め息を吐く。

 

「神だのなんだの、ただの海賊がなにを言ってるんだか……

 ただ特異点である以上、海中に魔獣が住んでいる可能性くらいはあるのかしらね」

 

『とにかく、その船長さんとやらに会わせてもらうべきだろうね。

 少なくともこの島を支配している存在らしいし、何か有用な情報を持っているかもしれない。

 ……しかし姐御か、女海賊なのかな?』

 

「ふーむ、麗しの女海賊というなら余も興味が出てきたぞぅ?」

 

女海賊、という言葉の響きだけで思いを馳せるネロ。

その言葉を聞いて、意識のある海賊連中が一気に笑った。

何を笑い出したのか、とネロがきょとんとする。

 

「麗しはない」

 

「麗しはないなー」

 

「麗し、ってどういう意味だ?」

 

「もう言葉の響きからして姐御に似合わねぇ」

 

海賊総員、そう言って笑ってしまっている。

まさかの完全否定に、ネロが呆然とした。

 

「こやつら、船長を誇りたいのか貶したいのかどちらなのだ……?」

 

「……その姐御とやらに直接会えば分かることだ」

 

エルメロイ二世の視線が、海賊の中の一人に向けられる。

まだ歩ける程度の元気がありそうな奴。

彼を積み重なった海賊たちの中から、その一人をぞんざいに引っ張り出した。

 

「いてて……」

 

「では、案内してもらおうか。君たちの船長のもとへ」

 

他の海賊たちは仕方なし、とばかりに諦めているようだ。

負けたからにはそうするしかない、ということで理解しているらしい。

 

しゃーない、と島の奥に向かって歩み出す海賊。

続こうとするカルデアの面々。

更にその後ろに着いてこようとする、船から一緒に降りてきた海賊たち。

しっしっ、と。オルタがそいつらを手を振って着いてくるなと意思表示する。

 

森に歩いていく海賊の後に続いて行く道中。

立香は少し困惑してそうなマシュに目を向けた。

 

「マシュ、大丈夫?」

 

「あ、はい。問題があるわけではありません……

 ただその、信長さんたちや彼らを見て……人間には色々あるのだな、と。

 そう思うようになってきた、というだけのことですので」

 

「そうだねー……でも、人が生きるってそういうことなのかもね」

 

そう言った立香の顔を、マシュが見返した。

 

「人間だからこそ、色々な生き方があるんだよ。

 私たちには想像もつかないような生き方もあって、それが―――

 そんな生き方を多くの誰かが重ねてきてくれたから、今の世界があるんだよね」

 

「彼らが重ねてきたものが、わたしたちの世界……」

 

「それで、いま私たちが取り戻そうとしてるもの。だよね」

 

立香がマシュを見ながら微笑む。

その言葉にマシュは強く肯き、前へと向き直った。

 

彼女は良い話風に纏めたが、それはそれとしてあいつらはただのアホの集まりでは。

そう思っていたが、オルガマリーは素直に黙っていることにした。

いちいち余計な茶々を入れる必要はあるまい。

 

 

 

 

「姐御ー! 姐御に敵、敵……? あー、客人? 客人です!

 なんか姐御から話が訊きてぇとかで、連れてきやしたぁー!」

 

しばらく森を歩き、到着した海賊のねぐら。

そこに辿り着いた海賊の男は、大声で船長へと呼びかけ始めた。

 

その海賊のねぐらの中から、すぐさま大声での応答が返ってきた。

 

「ああん? 人がせっかく、気分よーくラム酒を呑んでるってのに……

 まーたこの島に海賊が増えたってのかい?」

 

「いやー……増えたには増えたんですが、なんか今回は別件みたいで」

 

後ろのカルデアメンバーをちらちら伺いながら、歯切れの悪い回答。

中にいるだろう船長の彼女は、それに呆れたような声をあげた。

 

「ハッキリしない奴だねぇ、メンドくさい。

 いいよ、顔を合わせた方が早そうだ。さっさと中に入りな!」

 

言われるや否や、さっさとねぐらの中に入ってしまう海賊。

カルデアの面々もそれぞれ顔を見合わせてから、中に入ってみる。

 

大量の海賊たちが、めいめいに酒なり食い物なりを楽しんでいる。

そんな中に。

 

椅子に腰掛け、木のジョッキで酒を呷る女性がいた。

鮮やかなピンク色の髪を腰まで伸ばした彼女は、豪快に手の甲で口元の酒を拭う。

入ってきた連中を一通り見回して、一息つく。

 

「何だい、思った以上にキテレツな連中をつれてきたもんだね。

 どういう集団だい。見世物屋か何かかい?」

 

『あー、いえ。ボクたちはカルデアという機関のものなんですが……』

 

星見屋(カルデア)ぁ? この海の星図でも描けたのかい?

 そういう商売しにきたってんなら、買ってもいいけどねぇ。

 ……いや、やっぱりなしだ。今の声は、完全にアタシが気に食わないタイプの声だ。

 弱気で根性もない悲観主義者(ペシミスト)。そのクセ本人は善性、みたいなチキンの匂い。

 海に出たら船の重しになるタイプさ」

 

こちらから目を逸らし、ラム酒を金色のコップからジョッキに注ぐ。

そのままぐいっと一気。

再び彼女の手は金色のコップに伸び、ジョッキの中へと酒を入れた。

 

『なぜ唐突にボクがディスられねばならないのか……』

 

悲嘆の声をあげるロマニ。

ソウゴが金色のコップを指差しながら、エルメロイ二世を見る。

彼は死んだような目をしながら、同意するように肯いた。

オルガマリーは目がおかしくなったと判断したのか、目の近くを揉み解し始めた。

 

「いえ、わたしたちは商売にきたのではなく……」

 

「なんだい、じゃあこの島で天体観測かい? なら好きにすればいいじゃないか。

 海賊島だなんて他の連中が好きに言ってるだけで、こっちはそんなに長居する気はないよ」

 

休むことなく酒を呑み続ける船長。

それを見ていたネロが、難しい顔をしながら悩み込む。

 

「どこかで……? いや、これは余の記憶なのだろうか……?

 うーむ、これは……エリザベートなどに覚えるものと似たような感覚……」

 

首を傾げるネロ。そんな彼女の反応に、クー・フーリンが小さく肩を竦めた。

生前からの地続きのような感覚でサーヴァントになっている彼女には、記憶と記録の混乱が起こっているだけだろう。

 

そのままひたすら自己に埋没していくように、考え込んでいくネロ。

 

「うーむ…………? はて……むー? ライダー? うー、むー………?

 ドレイク……? フランシス・ドレイク?」

 

そうして、彼女はどこからか浮かび上がってきた名前を口にする。

ジョッキを動かしていた手を止めて、船長が怪訝そうな顔でネロを見つめた。

 

「………なんだい? 唸ってたと思ったらいきなりアタシの名前呼んだりして」

 

「え……」

 

フランシス・ドレイク。

世界一周を生きたまま成し遂げ、人類史のその名を残した大航海者にして、商人として母国イギリスに富をもたらし、当時の最強国家スペインを打ち破るほどの力を与えた大英雄。

沈まない太陽(スペイン)を陥落せしめ、太陽を落とした存在としてスペイン人から恐れられた悪魔(エル・ドラゴ)

 

海賊島を支配する船長の名が、まさかそのドレイク船長と同じだとは―――

 

「女性、だったのですか……?」

 

「なんだい、今までアタシが男に見えてたって?」

 

つい呟いたマシュを睨むドレイク。

我に返って謝ろうとする彼女が言葉を発する前に、ここまで案内してくれた海賊が口を開いた。

 

「よくありますねぇ、それ。船長って男だったっけ? あ、女だったわ。みたいなの。

 誰も姐御は姐御であって、男か女かとかそういうちっちゃい事は気にしてませんから」

 

ドレイクが足を伸ばし、その男の足元を蹴り払う。

倒れて転がっていく海賊の男。

 

そんな様子を見ながら、オルガマリーが顎に手を添えて考え出す。

 

「大航海時代。この時期なら、生前のフランシス・ドレイクがいてもおかしくない―――か」

 

『………ボクの記憶が確かなら、ドレイク船長は男性だった気がするけどなぁ』

 

「今更だな」

 

何となく思い出せてすっきりしたのか、機嫌の良さそうなネロ。

そんな歴史的に男性のはずの暴君ネロを見ながら、エルメロイ二世は肩を竦めた。

 

「ところでさ、さっきから使ってるその金色のコップ。どうしたの?」

 

ソウゴがそれを指差しながら、ドレイクに向かって問いかける。

さほどの大きさでもないというのに、先程から延々酒を出し続けているコップだ。

今も彼女はそれから酒をジョッキに注いでいる。

 

「うん? ああ、こいつかい。たまたま拾ったもんさ。

 ただの趣味の悪い純金のジョッキと思ってたら、なんとこいつはね。

 汲めども汲めども尽きぬ酒にご馳走まで好きに出せる、魔法の杯だったのさ」

 

魔法の杯―――聖杯を置いて、再び木のジョッキで酒を飲み干すドレイク。

後ろの方で酒に食い物にとやっていた海賊たちが笑い声をあげた。

 

「何言ってんすかねー姐さんは!

 たまたま拾ったどころか、大冒険に継ぐ大冒険だったじゃないッスか!

 いつまでも明けない七つの夜、海という海に現れた破滅の大渦!」

 

「そして破滅の大渦(メイルシュトルム)の中から現れた、幻の沈没都市アトランティス!」

 

「アトランティスと一緒に現れた神サマが言う―――

 “時はきた。オリンポス十二神の名のもとに、今一度大洪水を起こし文明を一掃する…!”

 寄せ来る波、吹き荒ぶ嵐、こりゃもうダメだと誰もが思う!」

 

「そこで姐御はこうよ!

 “はぁ? 海の神(ポセイドン)だぁ? 海に命懸けてるアタシら船乗りを前にしてよく言ったじゃないか! アンタごときなんぞより、凪いだ海の方が万倍恐ろしいっての!”」

 

ヒュー! やんややんやと騒ぎ立てる海賊たち。

 

「姐さんがとことんぶちかましてやったら、水没していくアトランティス!

 海の神サマが一緒に水没していったら世話ねぇや!」

 

「その上ついでにそいつが持ってた金の杯を戦利品として頂けば、こうして無限に酒が湧く魔法の品物だったってわけで―――よっ、さすがお頭! 幸運と悪運にだけ愛された女!」

 

「うっさい奴らだねぇ」

 

酔っ払いの騒ぎに鬱陶しそうに手を振って、彼女も再び注いだ酒を飲み干した。

 

へー、と話を聞いていたソウゴたちの後ろで、大体のメンバーが頭を抱えた。

 

どう聞いていても嘘ではない。

多少誇張はされているのだとしても、そもそも出てくるキーワードが異次元だ。

呆然としながらマシュが、彼女の手の中にある聖杯を見る。

 

「まさか……この時代は、既に人理定礎が崩壊しかけていたということでしょうか……?」

 

「………いえ……いえ? ちょっと待ちなさい、紛れもなく神霊の話じゃないそれ。

 それが事実だとして、そんなこと、聖杯を使ったって普通は出来るはずが……」

 

一際頭を抱え込む所長。

よく分かっていないので、立香は彼女の肩をぽんぽんと慰めるように叩く。

フォウくんも同じ気持ちなのか。

所長の頭の上に乗り、その上で彼女の頭を前脚でてしてしと撫でていた。

 

そんな彼女たちを見ながら、こめかみに手を当てたエルメロイ二世が推測を口にする。

 

「――――いや。海神の降霊とアトランティスの浮上が同時に起こったというのなら……

 そもそもそれは、人理焼却のための聖杯とは別件の可能性が高い。

 この特異点はどう見ても“大航海時代の海”を中核にしている。

 アトランティスがあり、ポセイドンが聖杯で特異点を創ったのなら、特異点はアトランティスを中心に展開されてなければならない。

 つまりはまず、レフ・ライノールの聖杯Aがこの特異点を成立させた。

 そして特異点と化した世界で水没していた、アトランティスに安置されていた聖杯Bが起動。

 その結果アトランティスの王として、ポセイドンが降臨した。

 特異点を創る聖杯Aと、神霊を呼ぶ聖杯B。聖杯が二つあり、負荷を分担していたのならば、神霊降臨さえも不可能ではないだろう」

 

『………アトランティスにポセイドンが降臨し、海底大陸が海面に浮上。

 そうだね。非常事態ではあるが、同時に人理定礎になる“世界の開拓”と離れすぎてる。

 だとするならこの時代を選んだ意味もないし、最終的に破綻する可能性が高い。

 聖杯があったところで、海神の権能を維持し続けるには流石に無理があるからね。

 仮にこの世界にアトランティスが浮上したところで、また沈んでしまえば意味がない。

 未来ではただの都市伝説止まりになるだけだろう』

 

「つまり、そのポセイドンが出てきたのはあくまでちょっとした二次災害?」

 

『うん……まあ、うん……ちょっとした……?』

 

身も蓋もない言いように、ロマニが困ったように返答する。

じゃあ関係ない聖杯なんだ、とがっかりしたように肩を落とす立香。

カルデアの面々が何やら話しているのを見て、ドレイクが首を傾げる。

 

「つまりなんだい? アンタら、この金のジョッキを探してたのかい?」

 

「それだけど、それじゃない奴よ。

 この世界にそれがもう一個あって、そのせいで海とかが滅茶苦茶になってるワケ」

 

オルタの要約した答えを聞いたドレイクがふーんと肯き、また酒を呷る。

いつまで飲んでんのよこのアル中、とオルタが顔を顰めた。

 

そんな彼女が、飲み終わったジョッキをテーブルに叩き付けるように下ろす。

木を打ち合わせる音が、辺りに大きく響いた。

 

「アタシとしても誰かが海を滅茶苦茶にしてる、なんて聞いたら黙ってられないね。

 アタシの方からどっか魔の海域に迷い込んじまったって言うなら仕方ない。

 そういうことなら、やるだけやって野垂れ死ぬしかないだろうさ。文句の言いようもない。

 だけど海を手前勝手にしてる野郎がどっかにいるってなら話は別さ。

 そんなもん、海賊として黙ってられる話じゃないだろう?」

 

一瞬前まで笑いながら、酒樽の如くラム酒を腹に流し込んでいた彼女。

その顔に明確に苛立ちが浮かび上がり、同時に心情を吐き出した。

そんな彼女に対して、通信先からダ・ヴィンチちゃんの声が向けられる。

 

『一ついいかな、キャプテン・ドレイク』

 

「なんだい?」

 

先程までとは違う女性の声に面食らいつつ、ドレイクは対応する。

 

『君の手にするその黄金の杯、聖杯。それは世界をも望み通りに書き換える力の塊だ。

 君が使っている酒や食事を出す力なんて、その力のほんの僅かな部分でしかない。

 だからこそ訊きたい。君は、君が元々いた世界の海を望んでいるだろうか?』

 

そう大仰な話をされたドレイクが、手にある黄金の杯を眇めつつ答える。

 

「もちろん」

 

そんな大層なものであろうとも、彼女にとってはただの戦利品で酒の湧く便利なジョッキだ。

世界を変える力などという、そんなろくでもない機能なんて望んでいない。

 

『だとしたらやはり、君の聖杯の“正しい歴史に戻そうとする力”。

 それと吊り合うだけのレフの聖杯、“人理を焼却しようとする力”がこの世界にはあるわけだ。

 君がそれを許せないというのなら、やるべきことは一つなんじゃないかな?』

 

「なるほどね、よくわかったよ。親切にどーも……ところでアンタ誰?」

 

『おっと、申し遅れたね。私はレオナルド・ダ・ヴィンチ―――

 君が生まれる二十年ほど前に死んだ、世紀の天才だったりするのさ。

 よろしくね、時代を先に進めた偉人同士仲良くしようじゃ……』

 

「あっそ、知らない名前だね」

 

『な、………なん、だと………!?』

 

あっけらかんと天才の名前を聞き捨てる。

ダ・ヴィンチちゃんの自尊心にダメージを与えながら、彼女はジョッキを手に立ち上がった。

周辺一帯にいる海賊全員に届く声が、彼女の咽喉から放たれる。

 

「うし、野郎ども! 何だか知らないが、この海を好き勝手してる奴がいるんだとさ!

 んなこと見過ごせるわけがない!

 明日になったら海に出て、そんな野郎どもをとっちめに行くよ!!

 今日は飲むだけ飲んだらさっさと酔い潰れて寝ちまいな!!

 ほら、ついでにアンタたちも一緒に行くんだろう? こいつらにも飲ませてやんな!」

 

「え? 俺まだ未成年……」

 

「私も」

 

「あ、わたしも……その、お酒は」

 

火山の噴火の如く騒ぎ出す海賊たち。

どんどん持ってこられる酒に食いものに、ソウゴたちがどうしたものかと困惑する。

そんな中で、ネロがシュバッとその身を躍らせていた。

 

「よかろう! その酒宴の席、余の歌が飾ろうではないか!」

 

返事も聞かずに、彼女は海賊たちの中心で歌い始める。

エリザほど破壊兵器ではないが、普通に下手な歌。

思ったより音痴な歌が出てきたことに割と誰もが驚き―――

 

バンバン、と。天井に向けて放たれた銃声がネロの歌声を掻き消した。

 

「む? どうした、キャプテンよ。突然銃など撃ち出して。

 それでは合いの手には音が大きすぎよう」

 

「誰が合いの手なんか送るか! アタシはねぇ、歌の下手な女が嫌いなんだよ!!

 なんだいその歌! 声だけは悪くないから余計にタチが悪い!!」

 

「なんと、余の歌が下手とな!? 聴く側のセンスに欠けているぞ、キャプテン!」

 

「歌を聴くのにセンスなんざいるか!」

 

ぎゃーぎゃーと騒ぎ出す宴の場。

誰もを巻き込んで何故かカラオケ大会に発展していく海賊の集団。

 

食う、飲む、歌う。

誰もがそれらを繰り返しているうちに夜になり、いずれ喧騒は収まった。

どんちゃん騒ぎの結果、ねぐらの中にも外にも溢れた人間たち。

 

周辺一帯、寝息だけが聞こえる空間となったその場に溜め息の声が混じる。

 

「やっと静かになったわね……」

 

「……君も寝たらどうだね、見張りなどサーヴァントだけで事足りる」

 

外の木に寄りかかりながら、エルメロイ二世はそう言った。

言われたオルガマリーは、むっとした表情で彼に視線を送る。

 

「この程度で問題は……」

 

「君の気持ちも多少は分からないでもない。

 私は偉大なる先達が喪われ、その後釜として何故かロードなんぞになってしまった男だ」

 

自分に対して呆れるように、彼はそんな事を言った。

オルガマリーが僅かに目を細める。

 

「………私と貴方が同じ立場である、と?」

 

「まさか。そんな思い上がりはする余裕もない。

 私どころかライネスとて何もできず、エルメロイは諸々取り上げられ現代魔術科(ノーリッジ)に島流し。

 アニムスフィアは君が保たせ、こうしてカルデアという計画を成就させたのだろう。

 そら、比べるまでもなく私なぞより君の方がよほど優秀だ。

 まあこれはあくまで私が君に劣る、という話。

 エルメロイがアニムスフィアに比べて特段劣っているという話ではないがね」

 

まったくもって遺憾である、とばかりにエルメロイの現状を嘆くロード。

そんな物言いに呆れたように、オルガマリーは口を半分開いた。

 

「……それ。もしかして、先代ロード・エルメロイは優れていた、って言いたいだけ?」

 

「…………偉大なる先代がいると苦労が多いものだ、という教訓だ。

 どうにかこうにか、そちらの私も生き残っていたのだろう?

 なら私ごときより優れた君が、どうにかできないはずがないという話だよ。

 ―――私は生徒に恵まれたこともあるが、それを言うなら君も職員に恵まれただろう?」

 

む、と顔を引き攣らせるオルガマリー。

カルデアのメンバーは大体外に投げ出されている。

もしもの時は即脱出できるように、ランサーが誘導した結果だ。

まあネロだけはドレイクと一緒に室内で寝呆けてるようだが。

サーヴァントならば問題あるまい。

 

ちらりと一瞬だけ既に寝ているマスター二人を見て、小さく溜め息。

 

「そう、かもね」

 

「いつも通りに自分を崩さずいればいい。

 少なくとも、そんな君の下に望んでついている人間はいるのだから。

 もしくは正直に言葉でそうと伝えてみたらどうだね」

 

「そう……ロード・エルメロイ。

 貴方は自分の生徒に言葉で“自分は生徒に恵まれた”と伝えていたのね?

 人理焼却解決の暁には、ノーリッジに訊き込みに行ってやるわ」

 

「……………………ロード・エルメロイ二世と呼んでくれ」

 

近くから小さな笑い声。この声はジャンヌか、オルタか。

寝たフリをして聞いているのだろう。ええい、忌々しい。

フン、と鼻を鳴らして彼女は就寝するために木に寄り掛かった。

 

 

翌朝には彼らはキャプテン・ドレイクの所有する船。

黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)”に乗り、この島を旅立つことになる。

 

この世界のどこかにあるもう一つの聖杯。

レフがローマで消滅する前にバラまいたであろう、歴史を壊す存在。

それを回収し、未来を取り戻すために。

 

そうして出航する彼らを、木陰に隠れて一つの影が見送っている。

彼は島から離れていくその船を見て、小さく微笑む。

それはまるで獲物を見つけた、と言わんばかりの表情で―――

 

船が水平線の彼方に見えなくなると、彼もまたその木陰から離れていく。

そのすぐ後、彼の姿はこの島のどこからも消失していた。

 

 

 




 
メイルシュトロームの中からアトランティスとともに現れた存在。
間違いない、ポセイドンの正体はロビン・マスクですね。
ロビン・ダイナスティはアトランティス王家だった…?
 


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怪・盗・乱・麻2009

 

 

 

「ところでさー」

 

見渡す限りの水平線、その彼方を目指して進む船。

その船上でドレイクが声を上げていた。

立香とマシュは水平線をぽけーっと眺めていた視線を外し、彼女を見る。

 

「この海にさ、何かお宝ってあるのかね?」

 

「お宝? 金銀財宝、みたいな?」

 

「そうそう」

 

何かないと燃えないもんさ、と言い切るドレイク。

そんな彼女の様子に、マシュは首を横に倒した。

 

「その、ドレイク船長はこの特異点を創った犯人に怒って、出航したのでは?」

 

「それはそれ、これはこれ。どうせならお宝もあった方が据わりがよくなるじゃないか。

 敵を倒して、財宝も手に入れて、万々歳で勝った方がいいだろう?」

 

「敵を倒して得られる財宝、というならそれこそ聖杯がありますが……」

 

マシュの言葉に、ドレイクは大仰に呆れた風な溜め息を漏らす。

 

「そりゃアンタらが欲しいものなんだろ? じゃあアタシたちには関係ないじゃないか。

 それに一個ありゃ酒が幾らでも出るなら二個目なんていらないね」

 

ドレイクが語る聖杯の価値に、困ったような表情を浮かべるマシュ。

 

「聖杯は酒樽ではないのですが……」

 

「アタシらにとっちゃただの便利な酒樽だよ」

 

「お酒はともかく、料理が出てくるのは便利でいいよね」

 

立香の言葉に、料理よか酒の方が重要さ、と返すドレイク。

そうしてからからと笑ってみせる彼女に、マシュは苦笑いを返すしかなかった。

 

 

 

 

「そういえばアレだ。アレはどうするのだ、オルガマリーよ?」

 

「は? アレ?」

 

唐突に自身に声をかけてくるネロに、オルガマリーが困惑する。

アレ、などと突然言われても分かるはずがない。

戸惑っている彼女に対して、甲板をふらふらしていたソウゴの声が届く。

 

「タイムマジーンじゃない?」

 

「ああ……まずは霊脈に召喚サークルを設置しなければ無理よ。

 問題はそもそも陸地が少ないせいで、確保できる霊脈があるかどうかも分からないことね」

 

「むぅ、まだ我慢せねばならぬのか」

 

自分が乗り回す前提で話しているネロに僅かに眉を引き攣らせる。

まあ、海上が活動の舞台になっている現状。

頑張れば移動拠点にも一応は使えそうなマジーンは、是非呼びたいという事に違いはないが。

 

『通常の地理通りなら、霊脈の探査も可能なハズなんだけどね……

 そこはもはや世界を寸断して海ばかりを繋いだ異世界染みてて、広範囲のサーチは難しい。

 ある程度接近しないと、霊脈の探知は無理そうだよ』

 

「その割には随分通信の調子もいいわね」

 

ぼう、っと海を眺めているオルタが口を挟んでくる。

そんな彼女の隣で一緒に海を眺めているジャンヌが、彼女を窘めた。

 

「いい事じゃないですか……あっ、イルカ! イルカですよ、オルタ!

 見ましたか! イルカが泳いでます! 跳ねた!」

 

「そーね、一緒に泳いでくれば?」

 

騒ぎ立てる白い方を鬱陶しそうに見る黒い方。

そんな彼女たちに、通信先のロマニから苦笑混じりの声が届いた。

 

『恐らくキャプテン・ドレイクの聖杯のおかげだろうね。

 彼女の近くにいる限り、通信が不調になることもなさそうだよ。

 まあ、その代わりと言ってはなんだが、さっき言った通りに広範囲の探知は―――』

 

「―――――!」

 

イルカにはしゃいでいたジャンヌが、突然振り返る。

そこにいた全員が訝しむように彼女を見やり、彼女自身もまた困惑するように目を細めた。

 

「……どうかしたのかしら、ジャンヌ?」

 

「―――サーヴァントの気配、でしょうか。だいぶ遠いと思いますけど」

 

『えっ……と。こちらでは観測できてはいない、ね』

 

すぐさま計測機器を確認するカルデア側。

だが、そのような事実はそちらでは観測されていなかった。

 

「………ああ、アンタそういやルーラーだったっけ」

 

忘れてたわ、などと嘯くオルタ。

それに素直に返答したジャンヌが、今の状態から察知できる事を語り出す。

 

「生憎ですが、ルーラーとしての能力は完全に発揮されているわけではありません。

 このサーヴァント感知能力も、他のサーヴァントよりは範囲が広い、程度です」

 

「感知も中途半端。しかも真名もろくに視えない。それホントにルーラー?」

 

クスクスと笑ってみせるオルタ。

むむむ、と口元を吊り上げたジャンヌが、彼女を小さく睨んでみせた。

 

「うるさいですよ、オルタ」

 

「さっきまでアンタはイルカイルカうるさかったわよ」

 

「むぅ」

 

仲良く睨み合う二人に小さく溜め息を一つ。

オルガマリーは、ジャンヌがサーヴァントを感知した方向を見る。

水中に住んでいる、などというレアケースが無い限りはそっちに地上があるはずだ。

 

「………とにかく、サーヴァントのいる方向に進むようドレイクに話してみましょう」

 

「うむ! そちらに行けば霊脈があるやもしれぬしな!」

 

喧嘩している二人はその場に放置する。

そしてオルガマリーは船長の元へと向かうのであった。

 

 

 

 

「んで? アンタならどんなお宝がいいのさ」

 

「えー?」

 

船上をふらふらしていたソウゴをとっ捕まえたドレイク。

彼女がにんまりと笑いながら、彼の望むものを聞き出そうとする。

 

「別に欲しいものも特にないしなー。お宝って言われても」

 

「はーっ! なんだいなんだい、揃いも揃って夢の無い連中だね!」

 

同じように絡まれ、特にないと答えていた立香とマシュが苦笑する。

だがそう言われてはソウゴだって黙ってられぬ。

いいや、と首を横に振ってドレイクに対して言い返してみせた。

 

「欲しいものは別にないけど、夢ならあるよ?」

 

「へぇ、なんだい?」

 

「俺の夢はねぇ、王様になること!」

 

ふふん、と胸を張って言い放つソウゴ。

一瞬だけ呆けたドレイクが、一気に笑い出して彼の肩をばんばん叩く。

結構な怪力に叩かれて、ソウゴが横に大きく揺れる。

 

「あっはっはっはっは! なんだ、随分でかい夢持ってるじゃないか!

 ここででっかいお宝見つけりゃ、どっかで王様になれるかもしれないよ?」

 

「そういうんじゃなくてさ、凄いお宝があるなら欲しい人が手に入れればいいよ。

 俺がなりたいのは、お宝が欲しい人も欲しくない人も幸せになれる世界の王様だから」

 

「へぇ……」

 

僅かに目を細めたドレイクが、くつくつと笑いながら彼を見る。

海賊として、商人として、見定めるような視線を浴びながらもソウゴの態度は変わらない。

 

「あ、ドレイクも俺の国で船長する?」

 

「はは! お生憎様、アタシはイングランドの人間さ!

 けど商人としてアンタの国と取引する分には、ちょっとは安くしとくよ」

 

「そっか」

 

大して残念でもなさそうに、ソウゴはドレイクの勧誘を止めた。

そんな彼に、ドレイクは先程までとは違う静かな声でその名を告げる。

 

「―――ソウゴ」

 

「なに?」

 

彼女は彼を自分のもとまで引き寄せて、囁くように語りかけ始める。

 

「アタシは国だの世界だの、そういう話は知ったこっちゃないんだけどね。

 ただ海に船で出る事についてはそれなりに知ってるつもりでね。

 このだだっ広い海の上で仲間と繋がってない奴は、ちょいと船から手を放せば海の藻屑さ。

 海賊なんて悪党どもの集まりだがね、そういうところだけは弁えてる。

 ……悪党だから、自分が背負ってる荷物なんて命に比べりゃとすぐに捨てる。

 一緒にいる他の奴らが拾ってくれてりゃ儲けもんだ、なんつってね。

 アンタは自分の背負ってるもん。捨てる気も、他の誰かに拾わせる気もないんだろ?」

 

「うーん、駄目かな?」

 

珍しく、少しだけ困ったように彼は問う。

そんな疑問を小さく笑い飛ばし、ドレイクは否定した。

 

「駄目なわけないじゃないか、んなもん本人の勝手さね。

 ただ、そういうやり方もあるもんだって知っといた方が何かと便利だろ?

 他の誰にだって言えることさ。好きに生きればいいんだよ、人間なんてね。

 まあ、勝手に生きた人間は最後にそれを清算するハメになるだろうけどそこはそれ。

 そんなもんは、自業自得っていうやつだろうさ」

 

ほんの僅かに浮かべた笑みをまた消して、ドレイクがソウゴに言う。

 

「―――ただ強いて言うなら、そんな大荷物なんて一人で持つもんじゃないよ。

 そりゃ船員の運命は船長の責任でもあるさ。国民の運命の責任は国王のものでもあるんだろう。

 だからこそ、最初っから一人で受け持つものとして出来てないのさ。

 アンタがその荷を捨てる気がないのは分かる。けどね、一緒にそれを持たせる仲間や舎弟……

 王なら臣下かなんかくらいは、作ってやってもいいんじゃないかいって事だ」

 

そう言った彼女が、ソウゴの背中をバン、と大きく叩いた。

蹈鞴を踏んでつんのめるソウゴ。

 

「ま、最後は結局アンタ本人が選ぶことさ!

 好きに選んで、好きに生きて、そんで好きに死ねりゃあ大団円ってもんさ!

 アタシらみたいな海賊は、やりたい放題したあとは、みじめに死ぬことになるだろうからね!」

 

彼が痛い、という苦情を上げようと振り返った先では、彼女はまた酒を呷りだしていた。

手元に聖杯があるせいで、いつでもどこでも酒が飲めてしまうのだ。

 

「仲間、かぁ……」

 

別にカルデアのメンバーを仲間と思ってないわけではない。

ただ、彼の中で世界を救う旅路と王になる道が別なだけだ。

世界を救うための仲間は、王になるための仲間じゃない。

 

―――軽んじているわけではなく、区別がついてしまっているだけだ。

 

ドレイクの言う荷物とは、ソウゴ個人で背負ったもの。

この戦いとは僅かたりとも関係ない。

仮にウォズやスウォルツが関与させようとしても、ソウゴ当人の覚悟は別のことだ。

 

「俺は世界を救って―――最高の王様にならなきゃいけないもんね」

 

「ソウゴ?」

 

立香が立ち尽くしているソウゴに寄ってくる。

何でもない、と誤魔化すように笑うソウゴ。

その姿を、何とも言えない表情で立香は見ていた。

 

そんな彼らを横目に、ドレイクの方へと近づいていくオルガマリー。

進む方針となりえるサーヴァントの反応が感知されたという事実。

それをもって“黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)”は舵を切り、その反応の許へと向かいだすのであった。

 

 

 

 

「……姐御! 島です! 島が見えます! 東北東方向です!」

 

マストを上がっていた船員から、その声が届く。

他の船員たちがその島に向かうため、一斉に動き出した。

 

「ドクター、ジャンヌさんの感知通り島がありました」

 

『うん。ここまでくれば、こちらでもサーヴァント反応を感知できている。

 間違いない、その島にはサーヴァントがいるようだ』

 

それを聞いたオルガマリーが、ドレイクに声をかけた。

 

「キャプテン・ドレイク。あの島にはサーヴァント、彼のような超人がいます」

 

そう言いながら彼女が示すのは、クー・フーリン。

一番分かり易い超人だったからだろう。

戦闘は海賊たちと遊ぶ程度のものしか見せていないが、それでも分かることはある。

ドレイク自身も、流石に彼に勝てるとは思っていないだろう。

 

ちらりとランサーの事を見たドレイクが、大きく肩を竦める。

そうして、船を忙しなく動き回っている船員たちに指示を飛ばした。

 

「そりゃ難儀だねぇ。……アンタたちは船で待ってな!

 上陸するのはアタシとこのカルデアの連中だけさ!」

 

すぐさまへい! と帰ってくる返事。

ぎょっとしたオルガマリーが、ドレイクの顔をまじまじと見つめる。

 

「いえ、貴女も……」

 

「馬鹿言ってんじゃないよ。アタシが残っちまってどうするのさ。

 それに、アンタたちは相手の聖杯とやらを狙ってるんだろう?

 だったら、それを持ってる相手だってアタシの聖杯を狙ってるんだろうさ。

 どっちにしたって、どこにいたって、大して変わりゃしないよ」

 

一理ある、と。オルガマリーが黙り込む。

彼女がエルメロイ二世と視線を合わせると、処置なしと首を横に振った。

誰かに言われて止まるようなタイプの人間なら、最初から世界一周などしない。

 

「分かりました。では、我々で島に上陸しましょう」

 

接岸するために島に近づいていく船の上で、オルガマリーは小さな溜め息を落とした。

 

 

 

 

浜に降り立ち、すぐ側まで広がる森の中を見る。

 

『向こうに動きはないね。こちらに気付いていないのかな?』

 

「うーむ。余でも何かいそうな気配は分かる、くらいの距離なのだがな?」

 

ロマニの言葉に首を傾げるネロ。

クラス特性、魔術の素養、サーヴァントとしてのスキル等々―――

サーヴァントを感知する能力を持たない彼女ですら、何かがいることは分かる。

つまり、相手も何かが近づいていると分かっているはずだ。

 

「こちらはサーヴァント複数。

 正体不明のそんな集団、警戒して然るべきのはずだがな」

 

そうとなれば、むしろ怪しさの方が勝る。

逃げるなり、隠れるなり、顔を出すなり、一切の行動を起こさないのは不自然だ。

こちらから接触すべく、歩きながら森の中に踏み込んでいく集団。

とりあえずこれで相手の対応を見るべき―――

 

「おい」

 

と、ランサーの声が全員の足を止めた。

振り向いた先で彼は、木陰に設置された石版を眺めている。

それを見たオルガマリーが顔を顰め、石版を睨んだ。

 

「ルーン文字……?」

 

こんな場所に存在する、人為的なもの。

これを設置した犯人がいるとするならば、この島にいるサーヴァントか。

 

「なんて書いてあるの?」

 

「“一度は眠りし血斧王、再びここに甦る”だとよ」

 

「ホラーみたいな言い回しだね」

 

立香が感心するかのようにその石版を見ると、ランサーはそれを鼻で笑った。

 

「ここにいる連中もだいたい一度眠って甦った奴だがな。

 亡霊が亡霊に脅しをかけても、何にもならねぇって話だ」

 

『血斧王……九世紀のノルウェーを支配したヴァイキングの王だね。

 状況から見て、恐らくこの島にある反応のサーヴァントがその血斧王で……』

 

「――――! 動き出しました!」

 

ロマニの声を遮り、ジャンヌが叫ぶ。

彼女の視線を追って総員がそちらへと向き直り、戦闘態勢に入る。

 

更にエルメロイ二世が、その場から一歩前に出た。

突き出された掌が操る魔力の流れ。それが周囲を彼の結界へと変えていく。

 

「こちらの陣へと踏み込むのだ。せいぜい覚悟はしてもらおう」

 

木々を薙ぎ倒しながら、巨大な斧を手にした半裸の巨漢が現れる。

その血走った目からは理性の色など感じ取れない。

乱雑に振り回す両刃の斧で樹木を吹き飛ばしながら、彼はこちらに走り込んできた。

 

「ガガガガガガ! ギギギギ――――ギギィイイ――――!!」

 

「――――“石兵八陣(かえらずのじん)”」

 

宝具の銘を告げるとともに、彼の周囲には石柱が降り注いで囲いこむ。

瞬間、その石柱の内側が隔離された異界と化した。

 

言葉と思えぬ絶叫を上げながら走っていたサーヴァントが停止する。

諸葛孔明の構成する脱出不能の結界。

それに囚われた以上、内側から力任せに抜け出すようなことはまずできない。

 

「血斧王エイリーク、か。バーサーカーでは尋問もしようがあるまい。

 多勢に無勢で吶喊した末路だ、早々に退場――――」

 

そこまで口にしたエルメロイ二世が、襟首を掴まれ後ろに投げ捨てられる。

驚愕に見開かれた彼の目は、それを成したのはランサーというのを見て取った。

 

が、それに文句を言っている暇などどこにもない。

直前まで彼が立っていた場所に、どこからともなく銃弾が連続で炸裂していたのだ。

 

なに、と声を漏らす暇もなく銃撃は連続する。

青い光を曳きながら殺到する無数の銃弾は、孔明が地面に立てた石柱を粉砕。

エイリークを縛りつけていた結界を、外側から破壊していた。

 

解き放たれたエイリークが、大きく体を揺らしながら息と言葉を吐き出す。

 

「ワガッ! ワガナッ! エイリーク! イダイナル、エイリーク!

 ガ、ゴッ! コロス! ジャマヲスルナラ! ブチ、コロス! ギギギィ―――!」

 

再始動したバーサーカーが、獲物を探して歩みを再開する。

その狂戦士さえも凌駕するような凄絶な笑みを浮かべ、槍騎士はその手に槍を現出させた。

エイリークの眼光がランサーを捉え、即座に獲物と判別。

彼をまず最初に葬りにかかる―――

 

「ハッ、やれるもんならやってみな―――!」

 

エイリークの手の中、赤黒く脈動する斧。

宝具たる生きた戦斧を大きく振り上げ、狙うは目の前に立ちはだかる青い男。

 

生きた魔獣をそのまま斧にした“血啜の獣斧(ハーフデッド・ブラッドアクス)”。

紅海の海獣、クリードの骨を素材とした“刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)”。

二つの血色の武具が打ち合って、盛大に火花を散らした。

 

後ろに放られたエルメロイ二世が、銃撃の出処に視線を送る。

 

「サーヴァントか……!?」

 

エイリークと戦うランサー以外が全てそちらに視線を向けた。

そんな中、木陰から一人の男が何の気無しといった風に歩み出てきた。

 

手にしているのは青い銃身。

トリガーにかけた指を支点に、彼はその銃をくるくると器用に回してみせる。

こちらに攻撃を仕掛けたことなど気にしていないと言うような、悠然とした微笑み。

 

「残念だが違うよ。僕はサーヴァントとかいう奴じゃない」

 

「じゃあ誰……?」

 

立香の問い。

彼はそれに微笑むばかりで、答えを返すつもりはなさそうだ。

マシュとジャンヌがマスターたちを守るように、その身を前に出す。

 

ネロとオルタはランサーとエイリークの戦いを窺いつつ、しかし意識はこちらにある。

オルガマリーがオルタに対して視線を向けた。

面倒そうに小さく肯くオルタ。彼女が、ランサーの援護へと向かう。

 

「別に僕が君たちに自己紹介する必要はないと思うけどね」

 

回していた銃を掴み、彼はソウゴへと目をやる。

ソウゴからはまるで知らない人間なのに、彼はまるで知人を見るような目だ。

 

「やあ、魔王。僕が知る君より随分幼いね?」

 

「あんた……俺を知ってるの? ウォズの仲間? それともスウォルツの…」

 

彼の腕が素早く動き、銃声が轟いた。

ソウゴの足元の地面を穿ち土を巻き上げる銃弾。

足元を過ぎていった銃撃に、ソウゴは僅かに目を細めた。

 

「生憎だけど、僕に仲間はいない。君と一緒さ、オーマジオウ」

 

「オーマジオウ……あんたもその名前で呼ぶんだ。

 まあいいや。それは好きにすればいいけど……あんたは一体なんなの?」

 

問われた彼が銃を持たない方の手に、いつの間にか一枚のカードを手にしていた。

それを見せつけるよう構えながら、彼が口にした言葉は―――

 

青い銃身に、彼がそのカードを滑り込ませる。

流れるように銃身の下にあるハンドグリップをスライド。

クレストが銃身の横に浮かび上がり、変身待機状態へと移行する。

 

伸びた銃身を頭上に向け、ソウゴと目を合わせながら彼は宣言した。

 

「通りすがりの仮面ライダーさ、覚えておきたまえ――――変身!」

 

〈カメンライド! ディエンド!〉

 

トリガーを弾くと同時―――

装填されたライダーカードから、エネルギーが三次元空間に解放された。

銃口から射出される、複数の板状の物質。ライドプレート。

 

彼の全身が、ディバインオレと呼ばれる特殊鉱石で精製されたスーツに包まれる。

先に射出されたライドプレートが、彼の頭部に刺さるよう融合していく。

シアンとブラック、ゴールド。

そんな鎧で全身を覆った彼は、再びくるりと銃を回して小さく笑った。

 

「仮面、ライダー……!」

 

「さて。じゃあ僕は僕の目的を果たそうかな?」

 

目と思しき部分の見えない頭部が、ドレイクに向く。

何が目的かは知らないが、あの男はドレイクに用事があるらしい。

 

ソウゴがドライバーを取り出すと同時、そこにジオウウォッチをセットする。

 

「立香たちはドレイクを。あいつは俺が―――!」

 

「わ、分かった、けど……!」

 

ドライバーを腰に当てると、ベルトが腰に固定される。

即座にジクウドライバーを回転させ、彼はディエンドに向け走り出した。

 

「変身!」

 

〈仮面ライダー! ジオウ!〉

 

彼の背後に浮かんだ“ライダー”の文字と時計。

それがソウゴの姿を覆い、仮面ライダージオウへと変貌させていく。

その顔に、飛来したライダーの文字を納めたジオウが、ディエンドに飛び掛かった。

 

「やれやれ、無駄なことはやめたまえ。今の君じゃ僕には勝てないよ」

 

ジオウを前に、ディエンドが軽くステップを踏む―――次の瞬間。

彼の姿が圧倒的な超スピードで、ジオウの背後に回り込んでいた。

 

「ッ、はや……!?」

 

背中に突き付けた銃口が光を放つ。

ジオウの背中から盛大に火花が噴き出し、彼の体は宙を舞った。

地面に落ちて、転がりながら減速するジオウ。

彼は呻きながらも顔を上げようとし―――

 

既に彼に追いつき、こちらに銃口を突き付けているディエンドの姿を見た。

 

「ッ……!」

 

奔る閃光。ジオウの全身を銃弾が直撃する。

銃弾に削られるジオウのボディが撒く火花が、まるで火柱の如く噴き上がった。

 

白煙を立ち昇らせながら、再び倒れ伏すジオウ。

ディエンドはさっさとそれから視線を外し、ドレイクの方へと向き直る。

 

「さて、と―――」

 

「………速い相手ならッ……!」

 

〈ドライブ!〉

 

そんな彼の足元で、ジオウが一つのライドウォッチを起動していた。

その音声に咄嗟に振り返ったディエンドに、撃ち出された炎のタイヤが直撃する。

顔面に当っていったタイヤの攻撃に、蹈鞴を踏むディエンド。

 

〈アーマータイム! ドライブ! ドライブ!〉

 

彼の目の前には、ドライブのアーマーを纏ったジオウの姿が誕生していた。

 

「へぇ、ドライブの力。なるほどね……ッ!」

 

タイヤを受けた頭部を軽くさすった直後、銃口が火を噴いた。

無数の弾丸の殺到を、新たに射出したタイヤで迎撃する。

手裏剣型のタイヤは射出されたと同時、分身して銃弾を全て斬り払う。

 

銃弾を無効化するや否や、その手裏剣はディエンドに向かって飛来する。

彼は再び軽く足踏みすると、超スピードを発揮してそれを回避し―――

 

それにぴたりと着いてくる、ドライブアーマーの追撃に見舞われた。

構えた銃を殴り払い、ディエンドの胴体に放たれるジオウの拳撃。

拳が胴体に叩き込まれると同時に、ジオウの腕からはシフトカー型兵装。

シフトスピードスピードが射出されていた。

 

ディエンドが拳と射出されたシフトスピードスピードに押されて吹き飛ばされる。

大きく飛ばされ、地面に転がるディエンドの体。

彼は少し怠そうに体を起こしながら、射出した武装を回収するジオウを見る。

 

「……なるほどね。流石はオーマジオウ、ってことかな?

 若い頃だからって甘く見ない方がいいみたいだ」

 

「若い頃……?」

 

立ち上がったディエンドは、再びいつの間にかその手にカードを持っていた。

そのカードを一枚銃口の横から差し込み、銃身をスライド。

伸ばした銃身を戻し、またもう一枚差し込みまたスライド。

 

二つのライダークレストを浮かべた銃を構え、彼は仮面の下で笑う。

 

「僕が知ってる君は君じゃない。ただの50年後の君ってことさ。

 おっと。今の君から考えると、50年よりはもう少し先のことになるかな?」

 

〈カメンライド! ビースト! マッハ!〉

 

トリガーを弾くと同時に、ライダーカードから展開されるエネルギー。

それが仮面ライダーの姿を現出させていく。

幾つかのヴィジョンが投影され、それが一つに合体することで三次元化される。

 

ジオウの目前に現れるのは、二人の仮面ライダーであった。

 

獅子のような黄金の頭をしたライダー。

そして、ヘルメットのような頭部の白いライダー。

ソウゴが金色の方のライダーを見て、小さく首を傾げる。

 

「あれ、どっかで……」

 

彼が首を傾げているうちに、金色のライダーが拳を打ち合わせ―――

 

「さあ! ランチ……!」

 

「追跡!」

 

隣にいる白い方のライダーの声に、止まった。

白い方は大仰な身振り手振りで決めポーズを作っている。

 

「撲滅! いずれもぉ~マッハァ! 仮面ライダァー………!」

 

そのまま腕をぐるぐる大きく回し始める。

大きな溜めが設けられているらしい、その名乗り上げ。

とりあえずジオウも見守ることにした。

 

「マッハァ―――!!」

 

最後の決めポーズと共に名乗った彼が、きっちり決めた。

拍手とかした方がいいかな、と思ってるうちに、隣の金色のライダーも動く。

 

「昼メシ! 晩メシ! いずれもごっつぁん! 仮面ライダービースト!」

 

今さっき見た決めポーズをそのまま真似したみたいなポーズで。

しかしそこにライオンっぽいオリジナリティのあるポーズも混ぜつつ。

 

それを見ていたマッハが動く。

ビーストの肩を掴んで、そのポーズを無理矢理止めさせた。

 

「いや、それ俺の決め台詞だからね。なんでパクってんのよ」

 

「え? いや、あんたがやってたから俺も見習ってやった方がいいのかと思ってな」

 

「いやいやいやいや! 何でそうなるのよ、これ俺の! マッハのだから!

 っていうか微妙にポーズも違うし! いいか、もう一回やるぞ!?

 追っ跡! 撲っ滅! い~ず~れ~も~……!」

 

突っかかってくるマッハがもう一度決めポーズを始めた。

視界の端のその光景を気にせず、ビーストは指にビーストリングを装着する。

それをビーストドライバーにセットする事で、ビーストはアンダーワールドに飼うファントム。

ビーストキマイラの力の一端を解放することができるのだ。

 

〈バッファ! ババババッファ!!〉

 

「バッファ―――! 仮面ライダー……バッ……って違う! マッハ! 仮面ライダーマッハ!

 っていうかあんた、俺の話聞いてんのか!?」

 

「あーあー、分かってる! みなまで言うな! 次は俺の決め台詞が見たいんだな?」

 

「言ってないし!」

 

ビーストの右肩にはバッファローの頭部を模した肩アーマーが出現していた。

そこから赤い闘牛士の如きマントを靡かせて、ビーストは腕を組む。

 

「あーっ!!」

 

口論を始めた二人のライダーを遮る、ジオウの声。

二人揃って声をあげたジオウを見る。

彼は自身のウォッチホルダーにある、ビーストウォッチとビーストを見比べていた。

 

「ビースト! あれビーストだ!」

 

「お? おう! 何か知らんが俺が仮面ライダービーストだ!」

 

そんな様子を後ろから見ていたディエンドが、やれやれと溜め息を吐く。

 

「そろそろ行ってくれないかい? 後がつかえているんでね」

 

後ろからの声にこちらこそやれやれだ、と肩を竦めるビーストとマッハ。

状況もよく分かっていないが、しかし彼らは戦うために召喚されたエネルギー体だ。

考えるのは後回しにして、とりあえず戦うのが彼らの存在意義。

 

「仕方ねえ。んじゃまあ―――さあ、ランチタイムだ!!」

 

そんな状況にあって、あるいは()()()()()のポジティブささえもあいまってか。

ビーストはいつも通りに戦闘開始を宣言した。

 

 

 




 
あホ

海賊(戦隊)と一緒に行動してフォーゼ(も乗ってるロボ)に蹴られたライダー。

どんな時でも平常運転。この世界のお宝は僕がもらう。
世界が滅びる? なら世界の終わりまで一緒にいようじゃないか。ねえ、士?
やめてくれないか、僕に仲間なんてものは必要ない。
スーパー戦隊とライダーの頂点に立つ王に、僕はなる!
 


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野・獣・音・速2009

 

 

 

ビーストが腰を落とし、右肩のバッファローを前に向けた。

その角で全てを粉砕する激突の構え。彼がその足で二度、地面を擦る。

次の瞬間、ビーストは全速力でジオウに向かって疾走を開始していた。

 

即座に対応するジオウ。

ドライブアーマーの速度が全力で発揮され、バッファローの直線軌道からすぐ外れた。

そのまま背後に回り込み迎撃を―――

 

〈シグナルバイク! シグナルコウカン! マガール!〉

 

「え?」

 

ビーストを躱したその後ろにいるマッハ。

そちらからした声に意識を引かれ、咄嗟に視線を送る。

彼はそのドライバーの中にあるバイクらしきアイテムを入れ替えていた。

連動するように、右肩にある円形のパネルの表示が変わる。

 

その右肩のシグナコウリンに表示されるアビリティシグナルは“マガール”。

マッハがそのままドライバーの上部にあるスイッチを拳で叩く。

叩く、叩く、叩く。

 

四連続のブーストイグナイターの発動により、マッハドライバーが限界稼働状態へ。

 

〈キュウニ! マガール!〉

 

「その攻撃、借りるよ!」

 

直後、マッハの手にしている銃。ゼンリンシューターから光弾が放たれた。

しかしそれもソウゴはドライブアーマーの機動力で躱し―――

 

「っ、今の攻撃―――!」

 

躱して気付く。マッハの放った攻撃。

その光弾は、元よりジオウを狙ったものではない、と。

マッハの狙いは過たず、そのまま光弾は猪突猛進するビーストに直撃した。

 

そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

直角に等しい方向転換を成し遂げたビーストが、そのままジオウに激突する。

ミシリ、とドライブアーマーが衝撃に軋む感覚。

 

「ぐぅ……っ!?」

 

バッファローの突撃力に、ジオウが耐えきれずに空を舞った。

更に宙に浮いたジオウの下に回り込むマッハの姿。

つい一瞬前に銃として用いたゼンリンシューターが、今度は打撃に使われる。

 

〈ゼンリン!〉

 

ジオウを更に上に打ち上げるように、下から上へと振り上げられる攻撃。

銃口の下に取り付けられたバイクの車輪が、火花を散らしてジオウを削る。

そして更に上空へと吹き飛ばされるジオウの体。

 

〈ファルコ! GO! ファ・ファ・ファ・ファルコ!!〉

 

そこに隼の頭を肩に顕わして、天空を舞うビーストが追撃にかかってきた。

彼の手にはサーベルが握られて、それを構えながら高速で飛来してくる。

選択の余地はなく、ジオウは肩部からタイヤを射出した。

 

その空中で動きの取れないゆえの悪足掻き染みた攻撃は届かない。

多量の撃ち出されたタイヤを回避し、接近するビースト。

彼の手が揮うサーベルがジオウへ届いた。

 

「う、ぐぅ……!」

 

火花を散らして落下を始めるジオウ。

それを見下ろしながらビーストは軽やかに武装、ダイスサーベルを持ち替えた。

そのままサーベルの側面にあるドラムを回転させる。

 

「もういっちょ! よーし、頼むぜぇ……!」

 

ドラムロールを奏でる彼の武装に、落下しながらジオウが頭をそちらに向ける。

 

「ハ、ハズレのある必殺技……っ!?」

 

ダイスサーベルのドラムの逆側。

指輪装填口に、彼の指にあるファルコの指輪が叩き込まれる。

一瞬の無音。

 

そして―――直後のファンファーレ。

 

〈シックス! ファルコ!〉

 

「よっしゃ来たぁっ―――! 大当たりだ!!」

 

〈セイバーストライク!!〉

 

彼が再びダイスサーベルを持ち替えて、その刃を虚空に揮う。

六体の巨大な隼が、その刀身から放出された。

 

獲物を狙う隼そのままに、そのエネルギーの塊がジオウに襲いかかる。

荒ぶる突風を起こす翼と獲物を捕らえる嘴が六つ。

怒涛となって、ジオウにダメージを与えていく。

 

最後に弾け飛ぶエネルギー体に吹き飛ばされ、地上に転がり落ちるジオウ。

倒れ伏したソウゴは己に放たれた攻撃に、どこか文句混じりに呟く。

 

「アタリでした……」

 

限界の近いドライブアーマーのまま、とにかく何とか立ち上がろうとする。

そんな状態の彼に、今度はマッハの声が届く。

ジオウがそちらに視線を送れば、彼はマッハドライバーを開いていた。

 

彼はドライバーを展開して、再びシグナルマッハを装填。

そのまま必殺待機状態へ移行する。

 

「二体一だったけど、これでこのレースは俺たちの勝ちってわけだ。

 悪いね、俺はアンタが着てる仮面ライダードライブよりも強い! ってわけで」

 

〈ヒッサツ!〉

 

ドライバーを展開したままに、ブーストイグナイターを点火。

彼の手がマッハドライバーのシグナルバイク装填口。

シグナルランディングパネルを倒し込み、ドライバーを閉鎖する。

 

その瞬間に、マッハドライバーの動力。コアドライビア-Mがフル稼働に移行した。

限界までエンジンを吹かして、エネルギーを極限まで高める初動。

 

〈フルスロットル! マッハ!!〉

 

そのエネルギーを放ちながら、マッハが空中に舞いあがる。

膨大なエネルギーを破壊力に転化して、タイヤのように縦回転しながら舞う白いボディ。

その体が飛び蹴りの姿勢を取り、ジオウに向かって飛び込んだ。

 

胴体に直撃する必殺の一撃、キックマッハー。

その衝撃でドライブアーマーが機能不全を起こし、ジオウから分離する。

周囲の木を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいくジオウを背に。

 

彼は着地するや否や、地上に降りていたビーストに向けてポーズを決めてみせた。

 

「いい画だったでしょ?」

 

「いやぁ? ピンチとチャンスは表と裏。まだまだどっちが出るかは……」

 

ジオウが吹き飛んだ先、折られ倒れた木々が炎上していた。

咄嗟に振り返ったマッハのバイザーに、姿を変えたジオウの姿が映る。

 

〈アーマータイム! ウィザード!〉

 

魔力の鎧を纏ったジオウが、二人の前に現れていた。

マッハのキックを受けた胸を手で押さえながら、しかし闘志に陰りはない。

限界まで魔力を振り絞るジオウを前に、再びビーストはサーベルを構えた。

 

「分っかんないみたいだぞぉ?」

 

「あらら……あっちの方がいい画だことで」

 

両手の人差し指と親指で枠を作りその場面を切り取ってみるマッハ。

炎を背負い立ち上がる戦士の画に、彼は小さく笑った。

 

 

 

 

ジオウの対処は二人に丸投げし、ディエンドはドレイクを目指し駆ける。

その前に、二人のサーヴァントが立ちはだかった。

マシュ・キリエライト。ジャンヌ・ダルク。

防衛に向いた、というよりそれに特化したサーヴァント。

だが、

 

「残念ながら僕の興味は君たちには無いんでね」

 

ホルダーから更なるカードを引き抜く。

そのまま流れるように、ディエンドライバーへとカードを装填。

誰に向けるでもなく、すぐさまそのトリガーを弾き絞る。

 

〈アタックライド! イリュージョン!〉

 

「え……っ!?」

 

その瞬間に、ディエンドの姿が増えていた。

二体のディエンドの分身が、それぞれマシュとジャンヌに向かってくる。

彼の侵攻を止めようと前にでた二人。

だが、そうなってはそれぞれ分身のディエンドを相手にせざるを得ない。

 

彼女たちはディエンドの相手をしていると言うのに、ディエンドはそのままドレイクを目掛け彼女たちを素通りしてみせた。

 

「くっ……しまった……!」

 

抜かれたジャンヌが焦ったような声をあげる。

が、背後に庇われていたドレイクは不敵な笑みを浮かべながら銃を構えていた。

彼女の胸の中に、極彩色の光が灯る。

ポセイドンとアトランティスを沈め、彼女が正統な所有者として認められた聖杯の起動。

 

「―――そもそも、そんな気張って守ってもらわなくてもどうにかするさ!」

 

銃声が連続する。

本来ならば一度ごと弾と火薬を込めなおさねばならないようなアンティーク。

だというのに彼女はそれを乱射してみせる。

何発かそれを受け、アーマーから火花を散らしたディエンドが感心した様子を見せる。

 

「……へぇ、それがこの世界のお宝。聖杯って奴の力なのかい?」

 

「さぁねぇ、こいつを拾ったら出来るようになったんだから、そうなんじゃないかい!」

 

再び銃声。

最早機関銃染みた速度で放たれる弾丸を、横に跳び退きながら回避する。

 

「面白いね。そのお宝、僕が頂くよ!」

 

「ハッ! 海賊からお宝奪おうたぁ太い奴だね、そういうのは嫌いじゃないよ!」

 

銃撃戦の場と化す戦場。

ネロがそこに踏み込もうにも、オルガマリーと立香は放置できない。

流れ弾や弾け飛んでくる木片やらを切り払いながら、ネロが歯噛みした。

 

「ぐぬぅ、せめて余とマシュかジャンヌが入れ替われれば……!

 突然分身するのはずるいであろう!」

 

彼が明確にドレイクを狙っているがゆえに防衛に入ったマシュとジャンヌ。

彼女たちが防衛している間に、それをネロが横から討つべし。

そう考えていたことが、まさかの分身で完全に流れが破綻させられていた。

 

「――――あの人も仮面ライダーで、何で聖杯を奪おうとするんだろう……

 まさか、人理焼却側ってこと、なのかな?

 今この世界はドレイクの聖杯とレフの聖杯で均衡を保って、修正も破滅もしない。

 そんな状態になってるってことなんだよね?」

 

「………ええ。ドレイクの聖杯を盗られれば、破滅側に傾くでしょう。

 盗られただけですぐに崩壊、ということはないでしょうけど……

 あの聖杯を同時に時代の焼却を目的に使えば、その時点でおしまいでしょうね」

 

アヴェンジャーを戻すべきか、とオルガマリーがもう一つの戦場を見る。

だがそちらはそちらでランサーとバーサーカーの戦い……

 

とは別に、エイリークに従うヴァイキングたちが雪崩れ込んでいた。

アヴェンジャーはそれがこちらに流れないように、そいつらの抑えに回っている。

どう見ても手は開かない。

 

エルメロイ二世に視線を送れば、しかし彼も渋い表情をしている。

一度結界を破られた以上、再展開までは時間を要する。

その上、結界を破られたということは魔術師としての工房を破壊されたも同然だ。

 

今の彼は多少の火や風は起こせる程度にすぎない。

サーヴァントやそれに匹敵する存在に痛打を与える手段はないのが実情だ。

せめて最低限の展開をするにも、数分は必要だろう。

 

「ねえ! 貴方は何で聖杯を手に入れようとするの!」

 

そんな中で、立香がディエンドに向かってそう叫んでいた。

銃撃戦の最中、僅かに反応を示す彼。

彼はドレイクと撃ち合いをしながらも、それに対して答えを返していた。

 

「お宝を求めるのに理由が必要かい?

 お宝っていうのは誰もが求めるものだからこそ、お宝と呼ばれるものだろう?」

 

「そのお宝を手に入れたら、世界が崩壊してしまうとしても?」

 

ディエンドがドレイクの銃撃を潜り抜け、森の中へと走り込む。

姿を隠した相手に彼女も撃つのを止め、相手の動きを窺うように木々を睨みつけた。

その木々の合間から、彼の声が立香に届く。

 

「何で僕がそんなことまで考える必要があるんだい?

 そんなもの、僕がお宝を手に入れた後に崩壊する世界の人間が考えればいいことさ」

 

「貴方だってその世界の崩壊に巻き込まれるかもしれないのに?」

 

「その時はその時さ。手に入れる前から、手に入れたあとの事なんて考えないよ。

 それにもし、仮に世界が崩壊して僕も巻き込まれるのだとしても―――」

 

〈アタックライド! ブラスト!〉

 

森の中から空に向けて、大量の青い光弾が飛んでいく。

それはある程度まで上がっていったと思えば、一気に反転して地上へと降ってきた。

 

「ドレイク!」

 

咄嗟に叫んだ立香の声。

舌打ちでそれに答えたドレイクが、立香たちのすぐ傍まで跳び込んできた。

更にすぐさま立香とオルガマリーをネロが引き倒す。

その上からエルメロイ二世が微力ながら結界を張り直し、守護の体勢を整える。

 

無数の青い弾丸が雨霰と降り注ぐ。

木を砕き、地を砕き、破壊痕を周囲一帯に刻んでいく光の雨。

 

「それで僕が僕の生き方を変える理由にはならないだろう?

 僕の旅の行先を決められるのは、僕だけだ。

 世界がどうなるから、なんて理由でお宝をみすみす見逃すなんてゴメンだね」

 

銃撃の雨で巻き上がる砂塵の中に、ディエンドが再び姿を見せる。

僅かにノイズを混じえたロマニの通信音声が彼にも届く。

 

『その自分が生きてる世界なのにかい!?』

 

そんな言葉を彼は鼻で笑い、即言い切った。

 

「僕が生きてる世界だからさ。

 僕にお宝を我慢させるくらいなら、世界の方こそ滅びるのを我慢したまえ」

 

『無茶苦茶だ!?』

 

「自分に正直なだけさ。さて、そろそろこの世界のお宝を……」

 

そう言って歩み出そうとした彼の周囲に、突風が渦巻いた。

彼の銃撃が巻き上げた粉塵が、彼の視界を覆い尽くす。

 

何重にも折り重なる風の檻が砂塵を運び、ごく狭い空間にディエンドの姿を閉じ込める。

だがそんなもの、ただの強風程度にすぎない。

今は観察するために足を止めたが、突き破ろうとすればいつでもできる。

 

「風ときたら、諸葛孔明くんかな? これで何をするつもりかは知らないけれど」

 

「悪いが、既にやるべきことは終えている」

 

凛、と。その声がした瞬間に、砂塵の檻は風を失い崩れ落ちていた。

 

視界の晴れたディエンドの目の前にいるのは、鮮烈なる赤きセイバー。

そして周囲は海の見える森の中ではなくて、黄金の劇場。

彼女は床に剣を突き立てて、ディエンドを睨み据えていた。

 

「なるほど?」

 

完全に不意をつかれ、周囲の光景を変えられていた。

外と内を完全に隔離する特殊な結界だ。

 

仮面の下、小さく溜め息を吐くディエンド。

カメンライドで召喚したライダーはまだ戻ってきていない。

ということは維持できているはずだ。

 

だが、イリュージョンによる分身は消滅した実感がある。

隔離されたことで、向こうでは消えてしまったらしい。

つまり戻ってもマシュ・キリエライトとジャンヌ・ダルクはフリーになっている。

 

「やれやれ、せっかくあと一歩だったのに」

 

「せっかくなので貴様の攻撃をめくらましに使わせてもらったぞ。

 そしてその内に、立香たちには余の招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)の範囲から離れてもらった。

 結果、こうして貴様だけ見事に余のライブステージへご招待というわけだ」

 

炎を纏いし剣を構え直し、ネロがその切っ先をディエンドに向ける。

そんなことを気にも留めず、ディエンドはカードホルダーに手を伸ばす。

 

「悪いが僕はそんなことには興味ないね」

 

彼がホルダーから一枚カードを取り出し、そのままディエンドライバーへ。

すぐさまグリップを押し出し、カードの能力を実行する。

 

〈アタックライド! インビジブル!〉

 

ディエンドの姿が消えていく。

まるでその場には何も存在しなくなっていくように。

そのまま完全に消えようとした彼が―――しかし。

直後に、再び完全に姿を現していた。

 

姿を消失させてさっさと脱出するつもりだったディエンド。

だというのに、この結果。彼が小さく戸惑うような声を漏らす。

 

ディエンドの発動した能力は、その効果を完全に発揮しないまま完全に打ち切られていた。

 

「……なんだって?」

 

困惑する彼の目の前で炎が上がる。

ネロ・クラウディウスが不敵に笑い、けして逃がさぬという表情を浮かべていた。

 

「余の劇場は開演したが最後、余の興じる演目の終わりまで決して退場は許されぬ。

 易々と逃げられるなどと思ってくれるなよ?」

 

剣を構える彼女を前に、仕方なさげにディエンドも銃を構えた。

劇場の床を駆け出した赤き薔薇の皇帝が迫りくる。

ディエンドライバーから迎撃の光弾を放ちながら、彼は仮面の下で深く息を吐いた。

 

 

 

 

マッハの能力が発揮され、圧倒的速度での戦闘行動を開始する。

 

赤い魔方陣を無数に展開し、炎のチェーンを伸ばすジオウ。

その鎖を振り切る速度で潜り抜け、マッハがジオウに接近―――

 

瞬間。目の前に土塊の壁が聳え立ち、進行を阻害した。

即座に方向を転換しようとするマッハの前に、更に左右前後に聳え立つ土の壁。

ディフェンドで作り出した壁が、相手の足を止めさせた。

 

「っと! 通行禁止ね!」

 

「今!」

 

〈ストライク! タイムブレーク!!〉

 

即座に必殺技を始動して、ジクウドライバーを回転させる。

振り上げたジオウの腕が巨大化し、それに大きく伸長した。

その腕を鞭のように撓らせて、壁に囲まれたマッハを壁ごと潰す勢いで振り抜く。

 

しかし、その腕が届く前に。

 

「おっと、じゃあそっちも止まってもらおうかな?」

 

〈シグナルコウカン! トマーレ!〉

〈シューター!〉

 

マッハの右肩の標識が切り替わる。再表示される標識は“トマーレ”。

 

ゼンリンシューターが頭上から迫りくる巨大なジオウに腕に弾丸を放つ。

その射撃が当るや否や、“STOP”の文字が描かれた標識が浮かび上がる。

まるでその標識に従うかのように、彼の腕は空中で静止した。

 

「あっ、ちょっ……! なにこれ、動かないぃ……ッ!!」

 

「そんで。的がでかけりゃ狙う必要もない、ってね!」

 

でかくなった腕を動かそうと四苦八苦するジオウ。

そんな彼を嘲笑うかのように、マッハが更にシグナルバイクを変更する。

マッハドライバーにシグナルバイクをランディングさせ、拳でドライバーを叩く。

 

〈シグナルコウカン! カクサーン!〉

 

空中で停止した巨大な腕に、ゼンリンシューターから放たれた無数の弾丸が直撃。

固定されていた腕が動き出すと同時に縮み、ジオウも後ろへと転がった。

 

再びマッハが行うドライバー操作。

新たなシグナルバイクが、マッハドライバーに装填される。

 

「まだまだ行っちゃうよ!」

 

〈シグナルコウカン! キケーン!〉

 

放たれた一発の弾丸。それが突如巨大化し、巨大な銃弾の化物へ変化した。

鋭い目とギザギザ並ぶ歯の並ぶ口を得た銃弾がニヤリと笑う。

 

自身を目掛けてくるだろう、などと考えるまでもない。

ジオウが地面に手を滑らせると、そこに青い魔方陣が浮かび吹雪が立ち昇る。

突撃してくるキケーンな銃弾は吹雪の中に突撃して凍り出した。

 

動きが鈍り出したそれの突撃を横っ飛びに躱す。

と、同時。更にキケーンの頭上に黄色い魔方陣を展開して、重力場を発生させる。

 

増加する重力に自重が増して、地面に墜落するキケーン。

ジオウの腕捌きに従い、吹雪を吐き出す青い魔方陣もそちらへ向かった。

地面の上で氷漬けにされるキケーンの姿。

 

「へぇ、やるねぇ!」

 

「あとは―――! あれ、ビーストは……っ!?」

 

キケーンを処理してすぐ、マッハに視線を戻し―――

今この場のどこにもビーストがいないことに気付く。

その直後、ジオウは自身の胴体を腕ごと巻きつき縛っていく何かを感じた。

 

「しまっ……!」

 

「こっちだぞ、っと!」

 

〈カメレオ! GO! カカ・カ・カカ・カメレオ!!〉

 

声の方向を振り返れば、風景の中からビーストの姿が浮かび上がってくる。

その肩にはカメレオンの頭部を模したマント。

そこから更に舌が伸びて、ジオウの体に巻き付いていた。

 

思い切り引っ張られ、宙に舞う。

ビーストはその場でそのまま一回転して勢いをつけると、ジオウの拘束を解いた。

スイングされた勢いのままにすっ飛ぶジオウ。

彼の体が、自分で凍結させたキケーンの氷像へと叩き付けられる。

 

「づ、……!」

 

〈ドルフィ! GO! ド・ド・ド・ド・ドルフィ!!〉

 

ジオウを放り投げたビースト。

彼はすぐさまビーストリングを交換し、肩のマントを新たなものに変えた。

ドルフィンの頭部を模した、青いマント。

それをばさりと大きく翻して、彼は大きく跳び上がった。

 

「だっぱーん―――!!」

 

押し寄せる怒涛の海流。

激しく流れ込むそれは、ジオウの体を氷像に押しつけるような鉄砲水の如く。

ジオウ自身が維持しているブリザードの余波が、自分ごとその水流を氷結させていく。

 

氷を跳ね除けようと魔力の炎を出そうとして―――

しかし今、自分は凍ったキケーンを背にしていると思い出す。

 

「こん、のッ……!」

 

一瞬だけ迷い、しかし決断する。

だからと言って、大人しく氷漬けにされるわけにはいかない。

炎を自身に纏ってブリザードの影響下から脱出しようとし―――

 

四度、マッハがマッハドライバーのスイッチを押し込む動作を繰り返した。

 

〈トテモ! キケーン!〉

 

背後で凍っていたキケーンが巨大化する。当然の如く砕け散る氷塊。

吹雪に巻かれ弾け飛ぶ水流は、すぐさま空中で氷の礫になり降り注ぐ。

周囲の炎と氷を丸ごと粉砕するように、再始動したキケーンは暴走した。

 

無軌道に暴れ回るトテモキケーンが起こす修羅場。

ジオウもまた、その荒れ狂う氷の濁流に呑み込まれていった。

 

その光景を見ていたマッハが、流石に決着だろうと構えを解いた。

くるりとゼンリンシューターを一回転させながら、しかし完全に油断することはしない。

いつでも加速できるような状態で、一応氷地獄の様子を窺う。

 

「……さって、流石にこれまででしょ」

 

「―――上からくんぞ!!」

 

暴れ狂うトテモキケーンと氷の渦の中ではなく、頭上を見上げるビースト。

それに倣ってマッハが頭上を見上げてみれば、そこにウィザードアーマーはいた。

即座にそちらに銃口を向けながら、マッハが感心するよう声をあげる。

 

「なるほど、瞬間移動ね!」

 

〈ファルコ! GO! ファ・ファ・ファ・ファルコ!!〉

 

ビーストもマントを変え、その身を空に舞い上げた。

流石にダメージも限界なのか、既にジオウの動きは緩慢でさえある。

ジカンギレードにウィザードウォッチを装着し構えようとするが、遅い。

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

「やらせるかって!」

 

ジオウが剣を振るうより、ビーストがジオウに届くより、マッハの銃撃こそが速い。

放たれる弾丸は回避の動作すら見せないジオウに直撃した。

連続して直撃し、盛大に火花を散らす。

 

―――そうして、その場からジオウの姿が消失する。

 

「あぁん!?」

 

空を翔けるビーストが止まる。

 

「っ!?」

 

ジオウを撃ち抜いたマッハが止まる。

 

そうして――――

 

〈ウィザード! ギリギリスラッシュ!!〉

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

疾風を呼び起こす緑の魔力。それが斬撃のかたちになって解き放たれる。

吹雪ごと氷の山を蹴散らし、それに留まらずトテモキケーンの巨体までも吹き飛ばす。

残る魔力を全て注いだ暴風が、マッハに向けて放たれていた。

 

「あっ、やべっ!」

 

ビーストが空に誘われたことを理解する。テレポートではなくただの分身(コピー)

空に自身と連動するだけの姿を出し、自分は氷の中に身を潜めた。

それをもって、剣持つビーストと銃持つマッハを完全に分断しにかかったのだ。

 

暴風とともに飛ばされてくる膨大な量の氷塊と、トテモキケーンの巨体。

更にその後ろから飛来する圧縮された風の刃。

それを完全に回避するには、既に反応が遅れすぎている。

 

「……なるほどね、ハメられたってわけか。

 けど俺は仮面ライダーマッハ! スピードこそ俺の真骨頂って奴なんでね―――!」

 

彼の姿が遅れながらも動き出した。

走り出しながら即座にシグナルバイクをシグナルマッハに変更する。

そして彼の拳がドライバーを四度連続して叩いてみせた。

マッハドライバーに灯る炎が、一気に勢いを増す。

 

〈ズーット! マッハ!〉

 

マッハが限界まで加速する。シグナルマッハの能力が最大限発揮される。

今更動き出して、前から飛んでくるキケーンも氷塊も風の刃も躱す道があるとするならば。

それは、この軌道しか有り得ない―――

 

一瞬でトップスピードに乗って、そのまま()()する。

その勢いを全て載せたままに体を後ろに倒し、スライディングの姿勢。

地面を削り取りながらの荒々しい滑走で、飛来物が全て後ろに流れていく様を見る。

 

「これで……!」

 

風の刃が通り過ぎたのを知覚して、僅かに首を持ち上げる。

その目の前には最後の逆転に失敗したジオウがいるはずで―――

 

「……これで、いける気がする――――!」

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

しかし、そこにいたのは最後の逆転劇を今まさに実行しようとしているジオウだった。

魔力は底を尽き、既にウィザードアーマーは消失している。

アーマーを纏わぬジオウは、そのままジクウドライバーを一転させて駆けた。

 

〈タイムブレーク!!〉

 

跳ぶ間も惜しい、とばかりの助走からの飛び蹴り。

だが確かに、この姿勢ではマッハの回避はどうしようもなく間に合わない。

それでもしかし、スピードスターがこのまま負けてたまるものか。

 

「このまま、みすみす負けらんないでしょ―――!」

 

マッハドライバーを開く。

シグナルマッハが弾き出され、すぐさま別のシグナルバイクをランディングする。

ズーットマッハの発動中のシグナルコウカン。その反動がマッハの全身を軋ませた。

が、そこにまた無理を押し通す。

 

ドライバーを閉じて、イグナイターを四連続で押し込んだ。

すぐさま全力で効果を発揮しようとするシグナルバイク。

彼はそのパワーを全てゼンリンシューターから、弾丸と成して撃発した。

 

〈イマスグ! トマーレ!〉

 

スライディングとキックで互いに接近しあう両者に、それほどの距離は無い。

だがジオウのキックが届く前に、マッハの射撃が彼に届いていた。

“STOP”の標識を浮かべて、空中に静止するジオウの姿。

 

それを見届けたマッハが、完全に勝ち誇った。

滑りながらそのまま体を起こし、体勢を立て直すマッハ。

そのままジオウに勝利を宣言しようとし―――

 

「悪くなかったけど、それでも俺の方が―――」

 

()()()。アンタならこうなった時、()()で止めるだろうと思ってた。

 でもこれじゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

空中に跳び蹴りの姿勢で固まるジオウが言う。

何を、と問い返す前に。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

マッハを取り囲む12の“キック”の文字。

それがジオウの攻撃の予兆であることには疑いなく、そして――――

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

一つずつマッハを中心として時計回りに消えていく“キック”の文字。

 

「な―――ッ!?」

 

気付いたその瞬間には、最後の“キック”の文字。

ジオウから見て0時方向。マッハの背後に残されたそれが、()()()()()()()()()()()()()

 

「おわっ……!?」

 

マッハの背中に“キック”が追突する。

それは、ジオウの足裏に刻まれた“キック”の文字を目掛けて飛んでいくものだ。

背中に追突したそれの勢いに、ジオウに向かって体を持っていかれる。

 

「ま、じかよッ……! ああ、くそ!」

 

マッハがその位置からどれだけ足掻こうと、まるで背中から外れない。

既にマッハドライバーもシグナルバイクも限界まで酷使した。

これ以上のパワーはどうやっても出てこない。

 

そして“キック”の勢いは一切緩まない。

マッハごとジオウの場所まで軽々と持っていくパワーを発揮してみせる。

そうして彼の体が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

迸る足に溜め込まれたエネルギー。

ジオウウォッチもまたその力を振り絞り、接触したマッハを粉砕するだけの力を発揮する。

限度を超えた破壊力の負荷を浴び、マッハが爆炎に包まれた。

 

光となって消えていくマッハの姿。

彼はカードという二次元空間に封印されたエネルギーに還り、ディエンドの元に戻っていく。

 

停止から解放されたジオウが蹴りの姿勢を崩して着地する。

その光景を見て、すぐさま次の行動に移った。

 

「……マッハは、自分がドライブより強いって言ってた。ってことは……」

 

過剰ダメージによって一時機能停止しているドライブウォッチを取り出す。

そこに反応して輝くドライブのウォッチ。

ドライブウォッチから分かれて落ちるように、一つの白と黒のウォッチが生成されていく。

 

「―――当たり。ドライブの中のライダー……!」

 

マッハを撃破してもなお、その場に留まっているジオウ。

そんな彼を空中から見下ろしながら、ビーストは頭を掻く。

 

「あー、負けちまった……んー、まあ悩んでても仕方ねえ。うし、俺も行くか!」

 

だが、ジオウの戦力はもうほぼ無いだろう。

アーマーのためのライドウォッチはどちらも一時的に機能を停止。

挙句、ジオウライドウォッチとて最早限界のはずだ。

重なったダメージに、必殺技のためのエネルギー。既に限界まで絞り出しているはず。

 

「ピンチはチャンス! 引っ繰り返されたなら、もういっぺん引っ繰り返せばこっち側っと!」

 

ファルコマントを翻し、ビーストは眼下のジオウへと加速した。

急降下しながらビーストリングをドライバーに接触させ、魔力を解放。

自身にライオンの頭部を模した黄金の魔力を纏う。

 

〈キックストライク! ファルコMIX!!〉

 

「はぁあああ――――ッ!!」

 

そこに更に隼の頭部が重なり、黄金と橙の魔力が螺旋を描く。

隼の如く空から急襲する獅子の狩り。

未だ動きのないジオウに迫る、その一撃を―――

 

「ずっとこっちがピンチだったんだから、もうちょっとこっち側でいいでしょ?」

 

〈フィニッシュタイム! スレスレシューティング!!〉

 

振り向きざまに、マッハのウォッチをつけたジュウモードのギレードで迎え撃つ。

急襲するビーストに向けて放たれる光弾。

それは彼に着弾すると、“STOP”と描かれた標識を浮かべて彼を空中に静止させた。

 

「うぉおおうっ!? ―――げ!?」

 

撃ち終わった後、すぐに外したマッハのウォッチを放り投げる。

次に手に取るのは、ビーストのウォッチ。それを再び、ジカンギレードへと装填する。

渦巻く黄金の魔力を滾らせる銃口。

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

「悪いけど、こんなところで負けてらんないんだよね……!」

 

銃口に集う黄金の魔力が、ビーストキマイラの形状を構成していく。

キマイラ状の魔力の塊を前に、停止しているビーストが仕方なさそうに声をあげた。

 

「あーあー……みなまで言うな。ただ一つ言っとくぞ!

 明日のことばっか考えてる奴は、今日の飯が美味いことにも気づかないもんだ。

 今日は今日をちゃーんと生きて、そっから明日のことを考えるんだな!

 よし、話は終わり! どーんと来い!」

 

「んじゃ行くよ!」

 

〈スレスレシューティング!!〉

 

野獣の咆哮が轟き、キマイラの形をした魔力が解き放たれる。

空中で逃れることもできないビーストはそれに呑まれ、消え去っていった。

 

何とか二人のライダーを撃破したジオウが、ギレードを取り落とす。

既にジオウも限界なのには変わりない。

だが、だからといってここで寝転んでいるわけにはいかない。

 

「あとは……あのディエンドって奴を……!」

 

重い体を引きずってでも、元の場所に戻るために歩き出す。

ふらつきだした意識を気合で維持して、何とか目的の場所へ。

 

 

 

 

「おや」

 

カードホルダーに二人のライダーのカードが回収される。

どうやら、ジオウの足止めも失敗してしまったらしい。

 

やれやれ、と一つ溜め息。

 

「仕方ない。一回出直すとしようか」

 

「逃がさぬと言ったはずだぞ―――!」

 

炎の襲来に、ディエンドが大きく後ろに跳ぶ。

直前までいた場所に灼熱の軌跡を描く、ネロの揮う炎の剣。

 

着地した彼の手はホルダーに伸びて、その中からカードを一枚引き抜いていた。

 

「逃げる? 僕は君たちを相手にする気なんて最初からないだけさ。

 そういうわけで僕はこの劇場、途中退場させてもらうよ。音痴な皇帝さん」

 

「誰が音痴か―――!」

 

再び炎の剣閃がディエンドに迫る。

それが届くより速く、彼はディエンドライバーにカードという名の弾丸を込め終えていた。

グリップをスライドすれば、そのカード内のエネルギーが解放される。

 

〈アタックライド! バリア!〉

 

彼が突き出した銃口から、青い光の壁が展開する。

斬りかかるネロの一撃を受け止めてみせる障壁。

 

刀身から弾け飛ぶ火の粉に目を細めるネロの目の前で、ディエンドが軽く腕を振るう。

すると彼の背後に()()()()()()()()()()が出現した。

 

「君たちの持ってるお宝を頂くのはまた今度にするよ。

 おっと、それと魔王にもよろしく言っておいてくれたまえ」

 

「なにを――――!」

 

カーテンがそのままスライドし、ディエンドの姿を呑み込んだ。

次の瞬間には、彼の姿は黄金劇場のどこにも残されていなかった。

ネロが目を見開いて周囲を見回す。

 

「馬鹿な……! 余の黄金劇場(ドムス・アウレア)から余の許しなく出ることなど……!?」

 

だが自分の腹の中とさえ言えるこの劇場の中、彼女がどれだけ探ろうとディエンドはいない。

口惜し気に唇を噛んだネロが、はっと何かに気づいて振り返る。

 

「………ソウゴが魔力の限界か。しまったな、余の宝具の分まで無理をさせた」

 

最後に一度だけもう一度劇場を見回して、彼女は自身の宝具を解除した。

 

 

 




 
仮面ライダーディエンドは『仮面ライダーディケイド』に登場するライダーなんだジオ~
共に助け合うディケイド自慢の仲間なんだジオ~
ディケイドとディエンドは互いに信頼しあう最高のパートナーなんだジオ~
 


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未・来・破・壊2009

 

 

 

木々を削り取りながら振るわれる戦斧。

木端でなど邪魔はされぬとばかりに振り抜かれるそれは、障害物などものともしない。

一度当たれば致命だろうそれを、ランサーはその体捌きで潜り抜ける。

 

「グガガガガガ―――ッ!!」

 

躱される攻撃に苛立つかのように、エイリークが大上段に戦斧を担ぐ。

構えるや否や、即座に振り抜かれる兜割り。

自身の頭上から降り下ろされるそれを、彼はその手の槍で横へ流すようにいなしてみせた。

直後、ランサーの体がエイリークの至近まで滑り込む。

 

瞬間、迸る呪力の渦。

必殺の前兆。朱槍は呪詛の嵐を噴き上げて、ランサーが僅かに腰を落とす。

エイリークの表情が明らかに変わる。

理性などなくとも必殺の一撃にそうなったのか。あるいは、呪詛ゆえに反応したのか。

 

どちらにせよ、ランサーの一撃は滞りなく放たれる―――

 

「“刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)”――――!!」

 

そうして、彼の槍がエイリークの心臓を穿つ。

 

直前に、エイリークの姿はその場から完全に消失していた。

空ぶる槍を引き戻して軽く回すランサー。

宝具が先に発動しさえしていれば、その後に逃げられても仕留められていたのだが……

どうやら相手の方が一瞬、撤退を決めこむのが速かったらしい。

 

「……呼び戻したか。つーことは、あいつは聖杯持ちの管理下にあるわけだ。

 その割にはこの戦い自体、何の考えも無しの突撃に見えたが……」

 

だというのに、撤退のタイミングは見極めていた。

戦場を監視されている気配はまったくない。

つまり、バーサーカーであるエイリークと繋がるパス頼りの監視のはずだ。

 

ゲイ・ボルクの発動の前兆。

そこでエイリークが発した何らかの感情を読み取り、撤退を即断させた。

 

豪放でありながら勝負勘に優れた立ち回り。

勝つ時は大きく勝ち、負ける時にも上手く負ける。

きっちりとした勝敗をつけるのが面倒なタイプの可能性が高い。

 

「なによ……逃がしたの?」

 

「あん?」

 

攻め込んできていたヴァイキングの相手をしていたオルタ。

彼女も戦闘を終えてランサーの方へ寄ってくる。

ちらりと彼女の背後を見れば、炎に包まれたヴァイキングが粒子に還っていく姿が見えた。

 

「……船員どもはサーヴァントの宝具でもねぇのか。だとすりゃどっから湧いてきたんだ?」

 

宝具というわけではない。だが、この世界に取り残された人間でもない。

だとすると……

 

「偉大なるエイリークがなんたら、ってずっと繰り返してるんだもの。

 ホント、鬱陶しいったらなかったわ」

 

「……海上にあいつが召喚されたせいで連鎖召喚された“ヴァイキング”の概念ってとこか」

 

「血斧王エイリークが海上にいる以上ヴァイキングの船員もそばにいるべきだ、って?

 どんだけ海の上が好きな人間の世界なのよ、この特異点は」

 

呆れるように溜め息を吐くオルタ。

さぁな、と肩を竦めて戦闘中に離れた距離を帰還するために走り出すランサー。

オルタもまた彼に続くように焦って走り出した。

 

 

 

 

ランサーたちがマスターの位置を感知しながら辿り着いた場所。

そこは、彼らが上陸した岸から島のちょうど反対側に位置する浜であった。

更にここには船が一隻乗り捨てられている様子。

エイリークたちはもしや、この船に乗ってここまで来たのかもしれない。

 

少し前。

立香たちはネロがディエンドと戦闘に入るため、とにかくその場から離れた。

ドレイクもだが、立香やオルガマリーという戦闘力に欠ける彼女たちを守る都合上、奇襲を受けかねない森の中ではなく、とにかく視界の開けた空間を確保したいという狙いもあった。

そこを孔明が一時的にでも工房化することが、最も守護に適した備えだという判断だ。

 

結果として彼女たちは海岸に辿り着いていた。

 

そこをエルメロイ二世の手によりある程度工房、前線基地と化して―――

しかし。その頃には、完全に戦闘が終了していた。

 

ネロの肩を借りながら歩くソウゴと、ランサーたちの帰還。

敵の襲撃を受けることはなく、それを出迎えることになる立香たち。

 

「疲れた……」

 

到着するや、砂浜の上で寝転がるソウゴ。

ほっとした様子で立香がエルメロイ二世を見ると、彼は小さく肯いた。

戦闘を想定した結界を停止し、警戒のための結界だけを起動した状態に。

 

立香が歩き出しながら、ネロへ問う。

 

「あの青い仮面ライダーは?」

 

「すまぬ、完全に逃げられた。それもどうやって逃げたのかさえもさっぱりだ」

 

むむむ、と。顔を顰めながらの答え。

何とも言えない、と口を噤むネロに皆で顔を見合わせる。

ネロの宝具“招き蕩う黄金劇場(アエウストゥス・ドムス・アウレア)”の中にある以上、彼女が“逃がさぬ”と言えばまず逃げられないはず。

だというのに、こうも易々と逃げおおせるとは。

 

『やあやあ、新しい仮面ライダーが出たんだって?

 アナザーライダーではなく仮面ライダー、っていうなら中々非常事態じゃないかい?』

 

『レオナルド……工房から出てきていきなりそれかい?』

 

そんな中で、通信先からダ・ヴィンチちゃんの声が聞こえてくる。

隣からはロマニの呆れたような声を聞こえてきた。

 

寝転がったままそれを聞いていたソウゴが、小さく呟く。

 

「あいつも俺のことをオーマジオウって呼んでた。

 ウォズともスウォルツとも仲間じゃないみたいだけど、また別の……」

 

『彼は仮面ライダーディエンド、海東大樹。

 数多の世界を巡り、その世界の中で価値の高い存在……“お宝”を集めて回る存在さ』

 

通信の先。ダ・ヴィンチちゃんの更に後ろから、ウォズの声がする。

予想外のところからの声に、皆できょとんとした。

 

「あれ、ウォズ。今回はそっち?」

 

『彼の出現は私にとっても少々予定外でね。

 そちらの時代に行く前にやっておかなければならない事ができてしまったのさ。

 君が新たな力を継承するまでにはそちらに行くので安心してくれていい』

 

「別にそんな心配はしてないけど……」

 

そんなことより、と。立香が通信先のウォズに対し問いかける。

 

「数多の世界を巡り、っていうと……?」

 

『彼は時空間を私やスウォルツのように移動できると思ってもらえればいい。

 そしていま君たちが彼と交戦した事から分かるように、彼は我が魔王の味方じゃない。

 スウォルツと同じようなものと思って、敵として対応してくれて構わないよ』

 

「はぁ……」

 

そもそもなんで出来るの、なんて訊いても答えてはくれないのだろうけど。

 

そんな中で背後から、ずさぁっ、と砂を巻き上げる音がする。

振り向いてみると、そこにはドレイクが立っていた。

彼女がこの場に乗り捨てられた船の上から飛び降りてきた音だったようだ。

 

「どうしたの?」

 

「あの斧男の方はヴァイキングだったんだろう?

 だったらこれがあるはずだと思ってね!」

 

そう言って彼女は手にしていた本。海図を広げてみせた。

真新しい紙に真新しいインク。それが描かれたばかりの海図だというのが分かる。

マシュがそれに驚いたように目を見開く。

 

「海図……バーサーカーである血斧王が、ですか?」

 

あるいは亡霊のようなヴァイキングたちが、かもしれないが。

それにしても理性が消失しているとしか思えない連中だったというのに。

海図を残すような航海をしているとは、驚き以外になかった。

 

「バーサーカーだろうが何だろうが、海に出た奴は海のルールに従うもんさ。

 ヴァイキングは航海する際にはあらゆるものを文字と絵で残すもの。

 間違いなく、この辺り一帯をあいつらが航海した時の海図だろうさ」

 

その本を抱え直し、ドレイクは笑った。

 

「どうせ話も長くなるんだろう? だったら船に乗ってからにしな。

 この海図を見る限り、こっから北西にも島があるからね。

 ここで立ち止まって話すより、そこに船で向かいながらの方がいいだろう?」

 

オルタがそれを聞いて、クー・フーリンに顔を向ける。

エイリークの船の出航した場所、というならそこが彼のマスターがいるはずの場所だ。

恐らく彼のマスターは聖杯の持ち主。この特異点の中心ということになるだろう。

 

「そこが敵の本拠地の可能性が高い、ってわけだな。ただ………ちと怪しいな」

 

「怪しい? 何がかしら」

 

僅かに目を細めたランサーに、オルガマリーが問い掛ける。

この特異点。つまり、七つの海のパッチワーク。地球上全ての融合海域。

そんな世界を作った聖杯の持ち主が、陸に拠点を置くだろうか。

いや。陸に拠点はもっているだろうが……それを本拠地とするだろうか。

 

「相手からは海上を世界の中心にしたいとすら感じる。

 だってのに島の上で大人しく生活する連中か、って話さ」

 

「――――それは、確かに……

 ただ海賊やヴァイキングだって別に海だけで生きているわけじゃ……」

 

思考に落ちていくオルガマリー。

船にいったん戻ろうという話なので、立香はオルタに彼女を任せたとアイコンタクトする。

メンドくさ、と言わんばかりの表情でオルタが彼女を突っついた。

 

すぐさま正気に戻った彼女を回収し、船へと帰還を始める。

その道中で、小さくネロが呟く。

 

「己の財も名誉も、全てを一隻の船に詰め込んで。果てる時には全ては船とともに水底へ。

 恐らく、そやつは世界の終焉も良しとするのだろう。……少し違うか。

 世界が終わるにしろ続くにしろ、常に自分がやりたい事だけを見ているのだ。

 ちょうどあのディエンドなる奴と同じようにな。

 余も似たところがあるゆえに、こういう風に感じるのやもしれんがな」

 

「それでもネロは、世界が続くようにって戦ったじゃん。

 自分が終わったあとにも、世界が続くことに希望を持てたなら―――

 それは紛れもなく、ネロが世界を愛していたってことなんじゃない?」

 

彼女の呟きを拾い、ソウゴがそう口にする。

彼の口から愛なんて言葉が出たことにきょとんとして、ネロは笑った。

 

「うむ。余ほど愛が深いものはそうそういないと自負している」

 

 

 

 

この街を訪れた時、彼に与えられた家の中に入る。

現代人としてこの生活水準の低さはどうかと思うが、住めば都。

まあ慣れればどうとでもなるものだ。

 

そうしていつも通り家に入れば、背後から声がする。

いつの間にか家に忍び込んでいたようだ。

 

「今の君は、突然この街に現れた偏屈な芸術家、らしいね?」

 

背後に視線をやれば、コートの男が本を片手に話しかけてきている。

だが、彼の視線は自分よりも本に向かっているようだ。

なので大きく手を伸ばして、そいつから本を引っ手繰ってやった。

 

本を奪われ、眉を顰めさせる男―――ウォズ。

 

「人に話しかける時は相手の目を見ろ。親に教わらなかったのか?」

 

奪い取った本で相手を指しながら、からかうように言ってやる。

するとウォズのマフラーがまるで蛇のように波打って、掴んでいた本へと向かってくる。

それは本へと巻き付いて、力尽くで奪い返していった。

 

「人の物を盗ってはいけない。親に教わらなかったのかい?」

 

「俺にはそんな覚えはないな」

 

さっさと彼に背中を向け、家の奥へと入っていく。

改めて本を開いたウォズは、こちらの背中へと声をかけてくる。

その第一声こそ。

 

「今、仮面ライダーディエンドが暴れているのだが……」

 

家の奥に向かおうとした足が止まる。

意図せず、自然と大きな溜め息を吐き落とす。

 

「……そんなこと俺が知るか。俺はあいつの保護者でもなんでもない。

 ――――それともアイツを倒すのにこいつが欲しい、って話か?」

 

そう言って彼は自分のライドウォッチを取り出す。

通常のものとは違い、横長の特徴的な形状をしたライドウォッチだ。

それをぷらぷらと振り回しながら、ウォズへと視線を送る。

彼は静かに息を吐くと、視線を外へと向けた。

 

「―――残念ながら今の我が魔王の力は発展途上。

 面倒なことに、仮面ライダーディエンドを跳ね除けるにはまだ力が足りない。

 そうなれば、我が魔王がここ―――()()()2()6()5()5()()()()()に辿り着くことも遅れる。

 それは君だって本意じゃないだろう?」

 

家の外に広がる活気ある街並み。

彼は此処こそが、紀元前の都市国家ウルクであると語る。

小さく鼻を鳴らして、彼は言い返す。

 

「言っておくが、俺は魔王とやらのためにここにいるわけじゃない」

 

「だが、この世界での君の旅路は我が魔王の到着とともに始まる」

 

ウォズの言葉に肩を竦め、椅子にどかりと腰かける。

取り出したウォッチを眺めるように持ち上げて、指で軽く叩きながらの思考。

数秒後には、彼は小さく笑みを浮かべていた。

 

「分かった、いいだろう。そこまで言うならやってやる。

 このウォッチとやらも魔王に必要だというならくれてやるさ。

 ただし俺がやることは海東の奴を誘き寄せることだけだ、そっから先は俺は知らん」

 

そう言うとウォズも小さく笑う。

 

「もちろん、それで構わない。

 ディエンドさえ排除できれば、特異点の攻略は進められるのだから。

 そして特異点を攻略し成長した後ならば、この程度のことに煩わされはしないのだから」

 

ウォズの姿があっさりとこの時代から消える。

それなりに切羽詰っているのだろう。

まあ、元から存在する敵に加えディエンドを相手にするのだ、仕方あるまい。

 

「仕方ない、俺も動くとするか。―――ただし、俺のやり方でな」

 

懐からマゼンタカラーのドライバーを取り出し、彼は小さく微笑んでみせた。

 

 

 

 

『おおっ、この島には召喚サークルが設置できる霊脈ポイントがあるぞ!』

 

新たな島に上陸する頃、ロマニはそう言って声を弾ませた。

ジャンヌがはて、と首を傾げながら周囲を見回す。

 

「サーヴァントの反応は……ありませんね? 敵の本拠地という感じではなさそうです」

 

「そもそも面積が少ない地上に、上質な霊脈。ふむ……

 まあ問題はさておき。私も陣の再構成のために霊脈に一時待機させてもらいたい」

 

「うむうむ! そしてあれだな? あれが出るのだな?

 余は乗りたい! 乗りたーい!」

 

「だってさ、所長」

 

ネロを所長に丸投げするソウゴ。

こいつっ…! とオルガマリーが彼を睨みつけるが、さっさとふらつきだした。

ネロが尻尾を振る犬の如く、オルガマリーの周囲に纏わりつく。

 

「……あれを召喚するための陣はマシュが設置するのよ」

 

仕方ないので、彼女はネロをマシュへと丸投げした。

ぎょっとするマシュに向け、ネロが纏わりつき始める。

 

そんな彼女を見ていたジャンヌが、不思議そうにオルタの方を見た。

 

「オルタも言わなくていいんですか? 乗りたいって」

 

「―――別に乗りたくないって言ってんでしょ!」

 

そんなやり取りを聞いていたドレイクが首を傾げ、ネロに問う。

 

「乗るだの乗らないだの、一体何の話だい?」

 

「ふふふ、楽しみにしておくがいいキャプテン。

 必ずやそなたの度胆を抜く、凄まじい船を見せてやろうではないか!」

 

そんな皆の様子を笑いながら、立香がマシュを伴って霊脈を辿り出す。

ロマニの誘導がなくとも、エルメロイ二世の観測があればこの程度は余裕だ。

少し歩いてみれば、あっさりと召喚サークルが設置できる場所に到着した。

 

「では、召喚サークルを設置します」

 

「ええ。設置が終了しだい………タイムマジーンを含む物資を転送して」

 

期待に輝くネロの表情に顔を引き攣らせながら、オルガマリーはそう言った。

もちろん、通信先にいるロマニに対する言葉だ。

だが、その言葉に対する答えは返ってこない。

眉を吊り上げながら、オルガマリーはもう一度カルデアに呼びかける。

 

「ロマニ? 聞いているの、ロマニ!?」

 

声を荒げて何度もロマニに呼びかける。

しかしまったく返事はなく、それどころか通信機器はノイズを吐き始めた。

 

それを聞いて、エルメロイ二世が眉間に皺を寄せる。

 

「――――通信途絶、か。……これは結界だな。

 他所の結界の内部と化したせいで、私の陣の再構成も思うようにはいかん」

 

「島ごと、だな。どうやら獲物を逃がさねぇ、ってタイプらしい。

 広範囲の分、俺たちサーヴァントに大した効果はねえだろうが……多分、船も出れねえな」

 

空を見上げてそう判断するランサー。

ソウゴがジャンヌの方を見ると、彼女は首を横に振った。

サーヴァントの反応は変わらず感知できないらしい。

 

「今まではドレイクの聖杯が近くにあったし大丈夫だったんだよね。

 それより強い力ってこと?」

 

「そうとは限らないわ……

 例えドレイクが近くにいても、ネロやロード・エルメロイ二世の宝具―――

 ああいった結界宝具に捕まれば、通信は不可能だもの。

 つまりこの島がああいった“閉じ込める”事に特化した宝具に閉ざされたと考えられるわ」

 

「余の宝具は芸術なりを鑑賞するためのもので、閉じ込めるためのものではないのだが」

 

立香の問いをオルガマリーは否定する。

その物言いにドレイクが頭を掻いて、彼女に対して問いかけた。

 

「つまりどういうことだい?」

 

「この島に私たちを閉じ込めようとする何者かがいる。

 そして恐らくは、そいつの狙いはキャプテン・ドレイク。貴女の持つ聖杯です」

 

「アタシたちがこうして島に乗り込んだところを見計らってネズミ捕りかい?

 ご苦労なこったねぇ……」

 

溜め息を落とすドレイクに、マシュが緊張するように周囲を見回した。

 

「サーヴァント反応がない、ということは仮面ライダー……ディエンドでしょうか?」

 

「そうと確信するには早い。ルーラーの感知を潜り抜けるサーヴァントがいないとは限らん。

 まして、こうして張られた結界の中なら猶更な」

 

そう言いながらエルメロイ二世は膝を落とし、レイポイントに手を添えた。

霊脈の流れを感知するかのように、そのまま意識を没頭していく。

ここまで広範囲の結界ならば、中心にはそれなりに歪みが生じるはずだ。

内から外に出さない結界という構成ならば、そこに食われた霊脈のどこかで断線が発生する―――

 

「――――あそこか」

 

立ち上がった彼は立香たちを見て、そのまますぐに歩き出した。

全員でその後についていく。

 

そのまま数分の道程を歩くと、小山に大きく開いた横穴に辿り着いた。

一歩その場に踏み込んでみれば、一気に山肌の光景は消え去った。

 

「これは……迷宮、ですか?」

 

「へえ、こりゃいい! お宝でもありそうな雰囲気じゃないか!」

 

一面に広がる、特徴のない白い壁の連続。

踏み込んだものを逃がさないため、迷わせるための秩序染みた無個性な背景。

その光景を見たエルメロイ二世が小さく息を呑んだ。

 

そんな様子に、オルガマリーが訝し気な表情で彼を見上げる。

 

「……どうかしたのかしら」

 

「―――いや。大したことじゃない。

 いつぞや、ミノタウロスの迷宮(ラビリンス)を講義の題材として使った事を思い出しただけだ」

 

「へー、講義ってどんな?」

 

立香が楽し気に彼に問いを重ねた。

小さく息を吐いた彼は、その話を掻い摘んで彼女へ話す。

 

「迷宮とは宝探しの場ではない。

 その道程を進む者から余分な感覚を削ぎ落し、自己を再認させるための儀礼だという話だ。

 そして迷宮最奥で待つミノタウロスもまた、ただのクリーチャーではない。

 怪物とは、迷宮の進行という儀礼を終えた者を死なせる()()()()()()()に他ならない」

 

「死なせる?」

 

「ああ……迷宮最奥で怪物の手にかかり死んだ者。

 そうなった―――と仮定された存在は、歩んできた迷宮を逆に出口に向かい辿り直す。

 それはそれまでの道程で、先に削ぎ落したものを拾い直す行為だ。

 こうして迷宮を脱した者は、一度死して生き返る事で再生した新しい命になった。

 迷宮とは過去、そういう儀礼の場として生み出された……」

 

語るエルメロイ二世の長髪が、ばさりと()()()()()

風など微塵もないはずの地下空間で、突然発生した突風。

それに表情を変えた彼が、直後に別の理由で表情を一気に険しくした。

 

即座に振り返る。

 

「――――マスター!?」

 

マシュの悲鳴。理由は分かる。

オルガマリーとオルタが、戸惑うような顔で周囲を見回す。

 

だがそれ以外のサーヴァントの表情は既に最大級の危機だと理解していた。

マシュもジャンヌも自分も、恐らくクー・フーリンもネロも。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

マスターとの繋がりの喪失を感知できないのはオルタだけであり―――

しかし次の瞬間、オルガマリーも膝を落とした。

彼女自身も驚いたような、性能の低下。ゴースト眼魂の出力喪失。

 

ロマニより一応内容を聞いていたオルタが、それで状況を理解した。

ソウゴ、そして立香もだろう。その二人のこの空間からの完全な消失。

 

―――彼女の機能停止寸前、というところで。

空間に、銀色の波紋が流れるように広がっていく。

 

まるでそこにゴーストの力を保てる何かが存在するかのように、オルガマリーの停止は訪れない。

だが明らかに力が入らない状態に、彼女が歯噛みした。

 

迷宮最奥(どんづまり)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――か。

 なるほど、面白い話を聞かせてもらった。

 だが俺にはどうやら関係ない話のようだ……生憎俺は、ただ破壊するだけなんでな」

 

銀色の中から声がする。

総員が戦闘態勢に入り、銀色のカーテンの中で揺らめく相手の登場を待ち受ける。

その中から歩み出てきたのは、明らかに仮面ライダーらしき姿であった。

 

金色のボディアーマー。二本の角に、赤い複眼。

徒手空拳で戦うらしき彼は、ゆったりと腰を落とし構えを取る。

相手の攻めを待ち、完璧に迎え撃つための姿勢。これこそがこの姿の真骨頂なのだから。

 

 

 

 

「な、に、これ……!」

 

立香とソウゴは突然現れ、迫ってきた銀色の壁に呑み込まれていた。

それが晴れたかと思えば、一面の荒野。目の前には巨大な石像が建っている。

十九体のライダーの石像。

 

彼らに分かる顔は、ウィザードとドライブの二人だけだが―――

それでも、それが仮面ライダーなのだと直感できた。

 

その石像たちの中心には、もう一つの石像がある。

―――それは、今より歳を重ねているが間違いない。ソウゴの像であった。

 

“常磐ソウゴ初変身の像”

そう銘打たれた石像が、ライダーたちの中心に据えられている。

 

そしてその場には、一人。

黄金のライダーがこちらに背を向けて立っていた。

ソウゴは、その姿を前に自分の鼓動が激しくなっていく事を感じている。

それが何故なのかまだ分からない。だが、あの姿を見ると―――

 

立香がその背中を見て、自然と感じた名前を呼ぶ。

 

「ソウ、ゴ?」

 

その声に反応してか、彼はゆっくりと振り返った。

黄金と黒に染まった装甲。赤く燃える“ライダー”と名を示す眼光。

姿形は変わっているが、それは間違いなくジオウであった。

それは間違いなく――――常磐ソウゴであった。

 

「………迷い込んだか、あるいは迷い込まされたか。

 どちらにせよ――――王となった己の未来の姿を見に来たか」

 

振り返った炎の如きその顔が、ソウゴを正面から見つめる。

それを必死に睨み返す。拳を握りしめ、歯を食い縛る。

分からない。何故だかさっぱり分からないけれど―――

 

「若き日の……私よ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 




 
第七特異点担当ディケイド。
ウルクで突然現れた天才芸術家として活動中。そこそこ楽しんでいる模様。
作品を上納された王様は「何だこのピンク一色で気色の悪い前衛芸術は!? 5000年早いわ!」と絶賛した。
 


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逢・魔・時・王2068

 

 

 

「未来の―――俺……?」

 

突然投げ出された世界の中、立ち誇る黄金のジオウ。

それを見ていたソウゴが周囲を見回す。辺り一面に広がる何もない荒野を。

これが自分が治める世界だというのか、と。

 

自分の奥から湧き出る突き動かされるような感覚に、咄嗟に彼は走り出していた。

未来の自分だと語る黄金のライダーに背を向けて。

 

「ソウゴ!?」

 

立香の声も耳に入らない。

ただ脇目も振らずに走る、走る、走る――――

どこに行けばいいのかも分からないのに、それを確かめなければいけないという焦燥のまま走る。

 

そんな彼の背を眺め、オーマジオウは小さく笑った。

 

「見たいか。己が創り出した時代と、そこに生きる民の姿を」

 

一瞬前まで何も持っていなかったはずの彼の手。

その中にいつの間にか、ライドウォッチが出現していた。

 

〈龍騎!〉

 

押し込まれたウォッチがその名を告げ、オーマジオウの背後に赤き龍が現れる。

無双龍ドラグレッダー。龍騎の力の象徴、彼が契約したミラーモンスター。

その龍は一度体をくねらせると、ソウゴを見据え加速した。

 

「ソウゴ!」

 

龍に迫られているソウゴの背中に、立香の悲鳴が飛ぶ。

だがそれでもソウゴは止まらない。何も彼の耳には届いていない。

ドラグレッダーがソウゴを囲い、そのまま円を描くように回転する。

衝撃が起こす突風が、土埃を含む竜巻と化した。

 

数秒後。竜巻が消えた先、その中にいたはずのソウゴの姿は完全に消えていた。

 

ドラグレッダーがオーマジオウの元に戻り、消え去っていく。

彼の手の中にあった、龍騎の名を呼んだライドウォッチもまた何処かへと消える。

そうしてその炎に燃えるような目が、今度は立香へと向けられた。

 

「……貴方が、オーマジオウ?」

 

立香の問いかけ。それに答えることなく、オーマジオウは天を仰ぐ。

まるで若き日の自分を追憶するように、万感の籠った響きの声。

 

「―――藤丸立香、か。私の記憶には無い名前だ。

 もっとも……あの年頃でありながら戦っている記憶もまた、私には無い記憶だが」

 

そう言って彼は一度石像たちを振り返ると、そこから離れるように歩み出した。

そんな彼の独白に対し、彼に追い縋りながら立香は声をかける。

 

「貴方は未来のソウゴなのに?」

 

追い縋られたオーマジオウが、初めて立香を見るばかりでなく目を合わせた。

 

「……未来とは不確かなもの。そして、過去とは曖昧なもの。

 確固たる真実があるとするならば、それはただ一つ。今を生きる、己の世界だけだ。

 その真実から目を逸らすものには、未来も過去も等しく意味がない。

 今を認めて、初めて過去と未来は意味を持つ。故に―――」

 

像があった場所から歩き、そうして開けた場所へと出てくる。

大きく開けた、また荒野。

 

あるいは既に風化して全て亡くなっているだけで、もしかしたら何かがあったはずなのか。

その一面の荒野に足を下ろして、彼は口にする。

 

「常磐ソウゴの時間に意味はない」

 

断固たる口振りで、彼は確信とともにその言葉を吐き出した。

 

その場でゆっくりと腕を掲げる彼の底にあるその感情が何なのか。

積み重ねてきた他のものがありすぎて、立香には見えてこない。

 

ただ、立香が理解できたのは。

常磐ソウゴという人間の英雄譚があるのなら、彼の姿こそがその終わりだということだ。

 

最後の最後、常磐ソウゴはきっと勝利する。だがその末路はきっと――――

いつか、そう言われていただろうか。

 

彼こそが、その結果としての姿なのだろうと。

立香はその姿に何を言えばいいか分からず、ただ口を噤んだ。

 

 

 

 

ソウゴが現れたのは、瓦礫の街並みの中であった。

動悸は最高潮まで跳ね上がっている。

すぐさま駆け出して周囲を見回せば、襤褸切れを纏った人たちが身を寄せ合っていた。

 

誰かが雨風を凌ぐため、崩れ落ちたビルの中に身を潜めている。

 

誰かが水を吐き出し続ける壊れた水道管らしきものから水を掬っている。

 

誰もが生きるために、死んだような目で何かをしている。

 

「――――――これ、が?」

 

その光景によろめいたソウゴ。

この景色が、常磐ソウゴという名の王が創った世界。

 

どこにも笑顔はなく、どこにも幸福はなく、どこにも生命の強さは感じない。

彼らは生きているのか死んでいるのか、そんな疑問さえも浮かぶ。

 

これが、ソウゴが創った世界。これが、ソウゴが望んだ―――

 

ソウゴの周囲が、一瞬暗くなる。

 

直後、彼らの生活の風景は目の前から消えていた。

代わりにソウゴの目の前には、黄金の鎧を纏った未来の己の姿があった。

 

あの光景を自分に見せたオーマジオウが、彼を前に宣言する。

 

「これこそが私が創り上げた―――そして、お前が創り上げる時代だ」

 

「ふざけるな! 俺は、こんな世界にするために王様になりたいんじゃない!!

 こんな未来、俺は望んでない!! お前は俺じゃない!!!

 俺は皆が幸せになれる世界を創る、最高の王様に――――!」

 

反射的に言い返した言葉に、オーマジオウはその仮面の下で小さく笑った。

これ以上はもう昇らないと思っていた血流が、一気に頭に昇っていく。

 

「そうだ。貴様の望み通り……私こそが、最高最善の―――王だ」

 

絶対の確信のもとに告げる言葉。

それとともに、黄金の王は拳を握ってみせた。

 

血液が沸騰するかのような、今まで感じた事のない嚇怒が湧き上がるのを感じる。

もはや何一つ目の前の相手を認められない。絶対に倒さねばならない。

 

ジクウドライバーを装着し、ライドウォッチを取り出し―――

 

余りの剣幕を見て、驚いたように立香が彼を止めようとした。

 

「ソウゴ、待っ……!」

 

「うるさい――――ッ!! どけェ―――――ッ!!!」

 

〈仮面ライダー! ジオウ!〉

 

彼女を振り払い、変身シーケンスを完了する。

押し返された彼女が尻餅をつく前で、ジオウがその場に誕生していた。

困惑する彼女の前で、ジカンギレードを手にしたジオウが走り出す。

 

「愚かな……」

 

対するオーマジオウは無手のまま、その攻撃を迎え撃った。

振るわれるギレードを腕でそのまま受け止める。

火花を散らし、しかしオーマジオウは何の痛痒も感じさせない。

 

連続して奔る剣閃。

それらを全て片腕で受け止めて、オーマジオウは一歩たりとも動くことすらしない。

 

「あんたを倒して……俺はこんな未来を変えてみせる―――ッ!!!」

 

ジオウライドウォッチをギレードに装填。

ジカンギレードの刀身が大量のエネルギーを得て、光を帯びる。

それを前にしてしかし、オーマジオウに動きはない。

 

即座に振り下ろされる刃。大上段からの斬り下ろし。

それを―――オーマジオウは、悠然と片手で掴み取ってみせた。

ジオウがその両手で握る柄にどれだけ力を籠めても、ギレードは動かない。

 

「ぐぅ……!!」

 

オーマジオウが空いた片手を僅かに上げた。

瞬間、襲い掛かってくる衝撃波。怒涛の如く押し寄せる力の奔流。

その一撃に呑み込まれ、ジオウの体が大きく背後に吹き飛ばされていた。

 

「ぐ、あぁ……っ!」

 

吹き飛ばしたジオウに向けて、残されたジカンギレードを放り投げるオーマジオウ。

倒れ伏すジオウの前に、その剣が乾いた音を立てて地面に落ちた。

どう見ても限界なソウゴに、立香が駆け寄ろうとして―――

 

しかし彼は限界など知らないとばかりに立ち上がり、新たなウォッチを手にしていた。

その手にあるのはウィザードウォッチ。

 

彼がそれを何度か押し込むが、しかしノイズが走るだけでウォッチは起動しない。

二人のライダーと戦ってから十数時間。まだ、魔力が回復していないのだろう。

 

「くっ……!」

 

その事実にソウゴが歯を食い縛る。

ウィザードウォッチが駄目ならば、ドライブウォッチも使用不可能だろう。

ならばどうする、と頭を回し始めるソウゴ。

 

それを見たオーマジオウが、自分の手の中にもウィザードウォッチを出現させる。

 

〈ウィザード!〉

 

オーマジオウの背後に出現する、先程のドラグレッダーとは違う竜の姿。

金銀と主体にしたカラーリングのドラゴン。仮面ライダーウィザードの力の根源。

―――ドラゴンファントム・ウィザードラゴン。

 

オーマジオウの力として出現したそれが、ジオウに向かって飛来する。

 

思わず身構えたジオウに、ドラゴンが衝突する―――

ことはなく、何故かその竜はジオウの周囲を飛行するだけ。

困惑しながら飛行するドラゴンを見上げるジオウ。

 

そうして、どこからともなく魔法を導く声が響く。

 

〈エンゲージ! プリーズ!〉

 

空を舞うウィザードラゴンの体が薄れ、消えていく。

 

息を呑んだソウゴが、自分の手にしているウィザードウォッチを見た。

ドラゴンの魔力が与えられ、ジオウの手にするウィザードウォッチが魔力を取り戻していく。

 

咄嗟にオーマジオウを睨みつける。

彼はただ、その場から動くことすらせずにジオウを見ていた。

 

「どうした。私を倒し、この未来を変えるのではなかったのか?」

 

「―――――ッ!!」

 

〈アーマータイム! ウィザード!〉

 

即座にウィザードの鎧を纏う。

魔方陣から構成されたその赤い鎧を纏い、ジオウは空へと飛び立った。

迷うことなくドライバーに伸ばす腕。

 

〈フィニッシュタイム! ウィザード!〉

 

ウォッチの出力を全開にし、その力を足裏に集中させる。

その力を現出させるためにジクウドライバーを回転させた。

 

〈ストライク! タイムブレーク!!〉

 

業火と化した魔力を纏い、ウィザードアーマーはオーマジオウに突撃する。

隕石さながら、天空から地上へと降る炎の塊と化すジオウ。

魔力を限界以上まで集中した、全力の蹴撃。

それは凄まじい熱量を撒き散らしながらオーマジオウに激突し―――

 

再び、彼はそれを片腕で掴んで止めていた。

 

ミシミシと悲鳴を上げるジオウの脚部。

それでもなお押し切ろうとどれだけ力を籠めようと、僅かばかりも動かない。

 

「くぅ……ッ!!!」

 

「無力が恨めしいか。だが、安心するがいい」

 

オーマジオウを包むように、黄金のオーラが球体状に展開する。

それが展開した彼自身から離れて、ジオウの姿を完全に包み込んだ。

 

必殺技を発動しているとは思えぬほどに、あっさりと打ち消されるウィザードの魔力。

 

「なっ、ぐぅううッ――――!!」

 

自分を捕えた黄金の空間の中、ジオウはもがこうと体を動かそうとする―――

が、まるで動かない。その内部にかかる超常的な圧力は、ジオウに行動の自由を与えない。

 

「お前もそう遠くないうちに、私と同じ力に至るだろう。

 時空を越え、過去と未来をしろしめす時の王者―――この私、オーマジオウへとな」

 

空間が圧縮され、オーラの輝きが更に高まった。

―――直後、爆発。

 

圧縮された時空が決壊する衝撃。

その中に捕らわれていたジオウの姿が、投げ出されて地面を転がった。

一瞬のうちに限界を超えたジオウの装甲もウィザードアーマーも機能不全に。

そのまま当然のように変身は解除される。

 

「ソウゴ!」

 

今度こそ立香はソウゴへと駆け寄った。

倒れ伏したまま、立ち上がる事も出来ないソウゴ。

しかし彼はそれでも、地を這いずりながらオーマジオウを睨み据えている。

 

そんな彼の様子を見て、オーマジオウがソウゴへ向けて歩み出す。

咄嗟に立香がソウゴの前に立ち、彼を庇ってみせた。

 

その立香の行動に、少しだけ悩むような態度で彼はその歩みを止めた。

立ち止まって一度小さく空を見上げた彼が、再び倒れるソウゴへと視線を送る。

 

「―――そんなに私になりたくないのであれば、いい方法を教えてやろう」

 

彼はそれ以上ソウゴに歩み寄ることもなく、その場でその言葉を告げた。

 

「――――ベルトを捨てろ。そうすれば、お前が私になることはない」

 

ソウゴの視線が、変身解除とともに地面に転がったドライバーに向く。

拳を握りしめたソウゴはしかし、そのドライバーへと手を伸ばした。

 

「俺は……あんたになんかならない! それだけじゃない……!

 世界を救って、皆が……幸せになれる世界を……!」

 

「世界を救うことなど、お前の隣にいる藤丸立香がいれば十分だ。目を逸らすな。

 お前がドライバーを手にしたことにより、世界を救う旅路は過酷さを増したのだ」

 

ドライバーを掴んだソウゴの手が止まる。

立香が困惑の表情でオーマジオウを見返した。

 

「スウォルツも、奴の生み出すアナザーライダーも、全てお前が発端だ。

 お前こそが、ライダーの歴史を特異点へと介入させる楔になっているのだ」

 

彼の態度や声色に嘘はない。

そもそも嘘を吐く必要性なんてどこにも存在しない。

ただ彼は現実として―――特異点の悪化は常磐ソウゴが原因だと断言した。

 

「いまお前がそのベルトを手放せば、仮面ライダーの歴史は目印を失う。

 つまり、スウォルツではもうアナザーライダーを生み出すことはできなくなる。

 特異点にライダーの歴史が浮かび上がるようなこともなくなるだろう」

 

オーマジオウが手を翳すと、そこに19個のライドウォッチが出現した。

宙に浮かぶウォッチの中で見知った顔は二つ。ウィザードとドライブのものだ。

彼が一度手を振るえば、そのウォッチの姿が全て消える。

 

「そうなれば、藤丸立香は英雄たちとともにこの事態を解決に導く。

 そして……お前が否定したがるこの私の時代もまた、消え去ることになる。

 お前が私を否定するのならば、それ以外にお前の未来はない。

 何故ならば――――お前は、私なのだから」

 

オーマジオウがソウゴたちに手を向けた。

何も出来ずとも、と身構える立香。地を這い、オーマジオウを睨むソウゴ。

そんな二人の周囲に無数の時計が浮かび上がる。

全てがそれぞれの時間を刻んでいる、大量の時計たちに囲まれたのだ。

 

歯車が噛み合うように、時計の針が噛み合って回り出す。

時空の歪みが生じ、二人はその中に呑み込まれていく。

 

「常磐ソウゴよ。この光景をその目で見た今こそ選べ、我々自身の未来を―――」

 

その声が届いたのを最後に、ソウゴと立香は意識を失った。

 

 

 

 

朱槍が奔り肩の装甲を掠めていく。

火花を散らしながら一歩退いた彼は、続いてくる黒い炎の剣の雨に鼻を鳴らした。

隙間を縫うように回避していき、回避し切れないものは手刀で落とす。

 

そこに黒い炎の海の中にあって一際輝く真紅の炎。

ネロの振るう炎の剣が流星の如く殺到する。

剣群に対応していた彼の姿が、爆炎とともに奔る斬撃に見舞われた。

 

衝撃と炎を浴びて、黄金のボディアーマーから盛大に火花を撒き散らし蹈鞴を踏む。

灼けるような音とともにボディから立ち上る白煙に、小さく息を吐いた。

次いで、無数の鉛玉が彼を目掛けて飛来する。

 

ドレイクの銃弾。聖杯の力を浴びたそれが、確実にこちらにダメージを通しにくる。

射線から飛び退きつつ――――

仕方なし。腰のライドブッカー……カードホルダーからカードを抜き取った。

 

カードの端を指でとんとん叩きながら、もう片手でドライバーを操作。

開いたバックルの中へと、そのカードを装填する。

入れると同時、バックルを閉じる動作。

 

「流石に……素手じゃ分が悪いか」

 

〈フォームライド! アギト! ストーム!〉

 

黄金の鎧が青く染まっていく。

左腕もまた肩から先の形状と色が変化し、更にその手には一つの武装。

それが伸び、展開し、両端に刃を持つ薙刀状の武器へ変形する。

 

「っ、敵仮面ライダー、カードを使用しました……!

 仮面ライダーディエンドと同じタイプの能力と見られます……!」

 

立香の安否に心を揺らすマシュが上げた声。

それを聞いて彼は内心溜め息を吐き捨てつつ、ストームハルバードを構えた。

初撃のために突撃してくるのは、決まって青い槍兵。

 

赤い魔槍を青い薙刀で迎え撃ち、そこで鍔迫り合いに入る。

 

「坊主たちをどっかに飛ばしたのもテメェの仕業か?」

 

「ああ、せっかくだからな。魔王を専用の迷宮(ラビリンス)とやらにご招待だ」

 

互いに弾き、引き戻した刃で打ち合う。盛大に後ろへ跳び合う二人の間。

ジャンヌが割り込み、その旗が全力で振り抜かれた。

ストームハルバードで受け、その場で踏み止まる。

 

「マスターとソウゴくんを返しなさい!」

 

「言っただろう? 魔王を入れるための迷宮だと。

 さっきその男が言った通り、儀式が終われば勝手に生き返るさ」

 

水を向けられたエルメロイ二世が顔を顰めた。

既にここは別の結界の中枢。彼が陣として支配できる空間を逸脱している。

彼にできることは膝を落としたオルガマリーの防衛くらいだ。

 

「フゥンッ――――!」

 

ジャンヌを弾き、その勢いのままハルバードを一度振り抜く。

風纏う薙刀、ストームハルバードが風を刃と変えて飛ばしてみせる。

後ろに跳び着地していたジャンヌを襲う風の刃。

 

その前に、マシュの姿が割り込みをかけてすぐさま盾を構えていた。

直撃と同時に盾を逸らし、その攻撃を受け流してみせるマシュ。

 

「あの銀色の幕こそが絡繰だろう―――出してもらうぞ!」

 

次は斬り込んでくるネロの剣とハルバードの衝突。

炎の剣を受け止めながら、彼は再びカードを抜いていた。

 

片手でカードを持ちながらドライバーを操作し、新たなカードを装填する。

ドライバーを閉じながら、炎の剣士に対して彼は吼えた。

 

「面白い、出させてみろ―――!」

 

〈フォームライド! アギト! フレイム!〉

 

ネロと鍔迫り合いをしながら、青いボディを赤く変える。

左腕は金のものに戻り、今度は右腕が赤い新たなものへと変貌していた。

組み合っていたハルバードの突然の消失に、剣を空振るネロ。

 

「なにっ……!?」

 

体勢を崩した彼女に対して、今度は炎を纏った長剣が振るわれていた。

それを止めるべくドレイクの手にした銃が、有り得ない速度で弾丸を吐き散らす。

聖杯の影響を受けた鉛玉が無数に直撃し、剣の軌道が僅かに揺らぐ。

そこを潜り抜けるように、ネロは思い切り跳んでいた。

 

狙いの軌道をずらされて、退避したネロを捉えきれず空振るフレイムセイバー。

 

だがネロは飛び退いた直後に踵を返し、今度は赤くなったライダーに向け踏み込んでいた。

振り下ろしたフレイムセイバーを、迎撃のために今度は振り上げる。

互いに剣に纏う炎で軌跡を描きながら、二振りの炎剣が衝突して熱波を迸らせた。

 

 

 

 

「なに、突然どうしたのよ?」

 

「……いりぐち、だれか、はいった。だれかと、だれか、いま、たたかってる……」

 

迷宮の最奥。そのラビリンスの主が、己の住処の異変を察知した。

そんな彼のたどたどしい説明を聞いているのは、藤色の髪を持つ美貌の少女。

彼女はそんなことどうでもいいとばかりにそっぽを向いた。

 

「誰がきたんだか知らないけど、潰し合ってるならそれでいいじゃない」

 

「うん……でも……」

 

ちらちらと彼女の様子を窺う、子供のような所作をする3m近い大男。

彼女は彼の膝を力任せに叩いて注意する。

彼女の細腕でどれだけ力を入れても彼はビクともしない。困った風にするだけだ。

 

「いいったらいいのよ! どっちにしろこの迷宮で……!」

 

その瞬間、迷宮最奥であるこの空間に歪みが生じた。

ビクリと体を震わせ後ろに下がる少女と、彼女を庇うように前にでる男。

彼の手には巨大な戦斧が二振り既に握られている。

 

時空間の歪みから吐き出されたのは、二人の人間だった。

しかも意識を喪失している様子だ。

危険な存在であるようには見えないが、そもそも普通ならこの空間に入ってこれるはずもない。

 

少女を守るために、思考を停止してそれを排除することを即断する。

そうして、大男は戦斧を振り上げて―――

 

「待って、ストップ! アステリオス!」

 

少女の声に引き留められ、彼―――アステリオスは静止した。

 

「えうりゅあれ……?」

 

ぱたぱたと赤毛の少女の方へと走り寄るエウリュアレと呼ばれた少女。

彼女の傍まで駆け寄った彼女が、困惑するようにその顔を覗き込んだ。

意識を失っている彼女の頭に手を添えて、自分の感覚が間違っていなかったのを確認する。

 

「なんで(ステンノ)の気配がこの人間から……?

 もう薄れてるけど多分これ……(ステンノ)の方から祝福をしてる、のよね……?

 ―――アステリオス! こいつら、目を覚ますまで面倒見るから!」

 

「うん……えうりゅあれがそういうなら、ぼくもそうする」

 

エウリュアレの声に即決したアステリオスが、その手の中から戦斧を消した。

そのまま転がっている二人を抱え、寝床の方へと運び出す。

 

彼の背中を見ながら、エウリュアレが表情を難しくする。

 

「……(ステンノ)もいる? ってことは、あの変態が(ステンノ)も狙ってる可能性も……

 ああ、もう……! なんでこういう時に限ってあの駄メドゥーサのやつったらいないのよ!

 私や(ステンノ)がピンチなのよ! さっさと出てくるべきじゃないの!?

 だからいつまで経っても駄メドゥーサなのよ!」

 

理不尽に怒りながら地団駄を踏み、上と下の姉妹へと想いを馳せる。

その後に、隠しきれない心配を滲ませながら彼女は言う。

 

「無事でいてよね、(ステンノ)……」

 

そうして彼女は、十数分後に目を覚ました立香の口から説明を受けることになる。

彼女は“全然関係ないところにいただけじゃない!”とキレた。

 

 

 

 

全てのサーヴァントがその瞬間にレイラインを取り戻し、マスターの存在を感知した。

彼らと戦闘していた仮面ライダーも時空の歪みからそれを知る。

 

「―――魔力の経路の先は……この迷宮の奥か?」

 

エルメロイ二世が訝しげに顔を顰めながら、レイラインを辿った先を見る。

 

フレイムセイバーを斬り上げ、迫撃するランサーを押し返す。

その間にもドレイクの射撃が無数に体に直撃していた。

体から白煙を噴き出しながら肩を竦める。

 

「戻ってきたか。なら、とりあえずは帰るとするか」

 

そう言った彼の背後に銀色のカーテンがかかった。

ネロが何度もしてやられているそれに苦渋を滲ませる。

 

「足止めのつもりだった、ということか?」

 

「どうせお前たちには行けないところに送った後で、わざわざ足止めする理由はないな。

 ただ世界を救うって連中がどの程度か試してみただけだ。

 ――――また会おう。まあ、魔王がまだ立ち上がれるならばの話だがな」

 

不吉なことを呟きつつ、腕を動かすその男。

カーテンがそれに連動して、その仮面ライダーの姿を呑み込んでいった。

 

ソウゴがこの時代に戻ってきたからか、ある程度調子を取り戻したオルガマリーが立ち上がる。

 

「……とにかく、迷宮の奥に進みましょう。

 あの二人が奥に連れ去られている以上、退くわけにはいかないわ」

 

「―――はい!」

 

マシュが大きく返事をして、すぐさま迷宮の中へと駆け込んでいく。

その様子に小さく息を吐いて、オルガマリーも後に続く。

―――確かに危機的状況ではあった。それはまだ続いているとも言える。

 

けれど、それを跳ね除けるだけの力があるはずだと信じていた。

 

 

 

 

「やってくれたね、門矢士……!」

 

迷宮の外に出て変身を解除した彼の前に、姿を現したのはウォズ。

彼は珍しく大きく表情を歪めていた。

迷宮の入り口が見える木に寄り掛かりながら、士はどうでもよさげに彼を見る。

 

「この段階でまさか今の我が魔王を未来の我が魔王に会わせるとはね……」

 

「どの段階だろうと大差ないだろう。

 海東の奴を倒せるように成長を促してやったんだ。むしろ感謝してほしいくらいだ」

 

やれやれ、と呆れた風な口調でそんな事を言い放つ。

抑えきれない苛立ちのまま彼を睨みつけたウォズが、声を荒げないように問う。

 

「君はウォッチを渡し、ディエンドを誘き寄せるだけと言った筈だが……?」

 

「ああ。ディエンドは誘き寄せるだけだ、めんどくさいからな。

 だがジオウに手を出さないと言った覚えはない。

 それとあとでウォッチはちゃーんと渡してやる。安心しておけ」

 

ウォッチを片手で軽く振りまわしながら、士は笑った。

そんな彼を睨みつけるウォズ。

 

「安心できると思うのかい?」

 

「奇遇だな。俺自身も安心できない」

 

気が合った、とばかりにウォズの肩を親しげに叩いて歩き出す門矢士。

彼の姿は再び現れた銀幕に覆われて、完全に消え去った。

 

それを見送ったウォズが、“逢魔降臨歴”に視線を向ける。

荘厳な装丁のその本の表紙に描かれた時計の歯車。それがゆっくりと動き出す。

動き出した表紙を見て、ウォズが小さく息を吐いた。

 

「どうやら修正が必要になったようだ。少々甘く見過ぎていたね、門矢士を。

 後は……我が魔王がここで折れてしまわないよう、祈るしかないようだ」

 

伸長するマフラーが渦を巻き、ウォズの姿を呑み込んでいく。

その数瞬後には、彼の姿はこの世界の中から消失していた。

 

 

 




 
ベルトは溶鉱炉に捨ててもダチなら戻ってくるゾ。
 


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海・賊・進・撃1573

 

 

 

「なに、つまり―――こことは別の特異点で(ステンノ)に出会っただけってこと?」

 

その情報を聞いて一度怒鳴ったにも関わらず、もう一度訊ねるエウリュアレ。

 

確認のために彼女から聞き出した情報を、念の為にそのまま訊き返す。

立香はエウリュアレからのその問いに対して、何でもないように首を縦に振った。

 

「うん」

 

「紛らわしいわね! 何よそれ! 色々考えてたこと全部無駄!」

 

無駄に考えて疲れた、とばかりに寝転がるエウリュアレ。

よく分からないのでごめんねーと頭を撫でる。叩き払われた。

 

むっすーと拗ねた表情を浮かべながら、エウリュアレが起き上がる。

文句は尽きないという様子だが、しかしまあそれはいいと納得した様子。

 

「でもまあ、いないならいないで別にいいわ。

 つまり私が狙われていることに変わりがないってだけだし」

 

「狙われてる?」

 

聖杯を持つドレイクでなく、いちサーヴァントであるエウリュアレを?

 

そう考えながら首を傾げる。

彼女は本当気持ち悪い、というような表情を浮かべながらそれを口にする。

 

「そうよ。とびっきりの変態海賊生ゴミサーヴァントにね」

 

サーヴァントは霊体だけれど、生ゴミに入るのだろうか。

実体化している場合は肉体を持つわけだし……ふぅむ、と首を傾げる立香。

 

そんなどうでもいい事を考えているうちに、エウリュアレの話は進む。

 

「ええ、もうほんと気持ち悪い奴だったわあいつ。気持ち悪さなら世界最強よ。

 気持ち悪いサーヴァント大戦があったら即刻ワールドチャンピオン。

 変態海賊生ゴミ……いえ、もう生ゴミでいいわね。ほんと動く生ゴミだったわ

 どこからどう見てもゴミヒゲって感じよ」

 

「そこまで……」

 

どう見てもただの動く生ゴミ以上を嫌悪感を持っているようだ。

そしてとりあえず、彼女は相手をゴミヒゲと呼ぶことに決めた様子。

立香も一応それに倣い、相手をゴミヒゲと呼ぶことにする。

 

「そのゴミヒゲは何が目的だったの?」

 

「私が可愛いから狙ってきたんでしょう。それ以外に何かあって?」

 

「なるほどー」

 

自信満々に言いきってみせるエウリュアレ。確かに可愛いことには違いないのだが。

もしかして、本当にそういった理由で狙われているのだろうか。

相手は海賊らしいので、あるかないかで言えば―――あるかもしれない。

 

腕を組んで悩んでいる立香を見つつ、エウリュアレの視線がもう一人に向く。

部屋の壁にもたれかかりながら、難しい顔をした少年の方。

 

ソウゴはジクウドライバーを手に、俯きながら何かを考えている。

 

「暗いわね……私が傍にいるのにあれ?

 普通の男なら、私と一緒にいられることに狂喜乱舞するところなのに」

 

「うん、その……ソウゴは多分落ち込んでなくても狂喜乱舞はしないだろうけど」

 

そんな会話をしている中で、エウリュアレの隣に座っていたアステリオスが頭を上げる。

この最奥の間に入る入口に誰かが入ってきた気配を察知したからだ。

直後、一気にカルデアの面々とドレイクがこの部屋へと雪崩れ込んでくる。

 

「先輩!」

 

「あ、マシュ。無事でよかった」

 

「そのセリフ、全てまるっとそのままお返しします!!」

 

一気に駆け込んできたマシュが、立香の無事を確かめるように全身を見回して抱き着いた。

よしよし、と頭を撫でる。

後から続いてきた所長も少しだけほっとした様子だ。

 

「無事ね、藤丸。――――ちょっと、あんたはどうしたの? 常磐?」

 

オルガマリーに声をかけられてソウゴの瞳が小さく揺れた。

少しだけ逡巡した彼はしかし、ジクウドライバーを懐に仕舞う。

微かに震えた唇のせいで、ほんの数秒だけ返答までに時間を要する。

 

「―――ううん。何でもない」

 

ソウゴがそうして言葉を発した時、既に彼はいつも通りに戻っていた。

きょとん、としたエウリュアレの視線も気にせず、いつも通りに笑う。

せめて、自分があんなものになるはずがないと信じて。

 

もしそうなるのだとしたら、あんな世界を否定してくれる誰かに自分が斃される事を信じて。

そう、信じるしかないのだ。

 

無理している事すら笑顔に隠し、いつも通りの表情を浮かべるソウゴ。

一体それに自分が何ができるのか、と。

立香が悩ましい表情でそんな彼を見つめていた。

 

 

 

 

「……つまり、女神エウリュアレの意図として。

 この結界はその……ゴミヒゲ、という外敵を島に入れないためのものだった、と?」

 

「そうよ?」

 

エウリュアレの話を聞いたエルメロイ二世が額に指をあてる。

ランサーもどことなく呆れているように見えた。

明らかに用途が違う。

 

とはいえ、女神も怪物も言ってしまえばどちらも箱入り。

そもそもそんな細かい違いは気にも留めていないのかもしれない。

 

「……ミノ、いやアステリオスの宝具である以上、この結界は外敵の拒絶に向いていまい。

 元来これは、入れた後に中の存在を外に出さないためのものだ。

 無論、この宝具を扱う当人の意向である程度は作用するだろうが……」

 

エウリュアレの隣で座っている3mの巨漢。

牛の角を持つサーヴァント、アステリオスをちらりと見る。

彼は不思議そうに首を傾げていた。

 

「うるさいわね。理屈っぽいわ、さっさと結論を言いなさいよ」

 

罵倒されたエルメロイ二世が一層皺を深くする。

肩を竦めたランサーが彼の言葉を継ぐ。

 

「俺らが乗ってる普通の船ならまだしも、サーヴァントの宝具の船だったら上陸は防げねぇぞ。

 この迷宮はともかく、広げてる方の結界は大した意味がねえってこった」

 

むむむ、と顔を顰めさせるエウリュアレ。

 

そんな彼女の様子を見ながら、立香は彼女をしきりに眺めているネロに気付いた。

彼女はふーむと腕を組みながら、エウリュアレを眺めては首を傾げている。

多分美少女なのにイマイチ食指が動かないな、とか考えているのだろう。

 

「つまり、あんたたちはその結界とやらで引き込もるくらいに切羽詰まってるんだろう?

 だったら二人纏めてアタシの船に乗っていきなよ」

 

座っても人一人分の高さがあるアステリオスの背中を叩いて、ドレイクはそう言った。

そんな彼女の様子に、再び首を横へと傾げるアステリオス。

 

「………なんでそういう話になるのよ」

 

「何でって、アンタはこの迷宮の一番奥にいたんだよ? つまりはこの迷宮のお宝さ。

 こいつを作った奴だって、アンタを守るためにこんな大それた迷宮を作ったって言ってる。

 アステリオスだっけ、そうだろ?」

 

「? うん、これは、えうりゅあれまもるため」

 

自分の背中を叩く人間に、どうしていいのか分からない。

そんな様子のアステリオスがエウリュアレの方を見る。

彼女だってこんな風に絡んでくる人間の対処法は知らないのだが。

 

「だったら話は一つだろう? アタシは海賊。アンタはお宝。そんでここは迷宮。

 海賊が迷宮の奥まできたんだ、お宝を持ち帰らなきゃ嘘じゃないか。

 そんでほら、アステリオスは現地雇用さ。お宝盗られたらやることもないんだろう?

 こんな良い体してる奴を見逃すなんて勿体無いことするもんか」

 

笑うドレイク。呆れるような表情のエウリュアレが、ちらりと立香を横目で見る。

自身の分身からの加護を貰っていた人間。それを疑っても仕方ないのは確かなのだが。

むむ、と少しだけ眉を上げながら考えを回す。

 

彼女たちが船に乗る乗らないを話している中。

少し離れて現状の確認をし始めるオルガマリーたち。

 

「―――つまりこの島は元凶、レフの聖杯の持ち主とは関係ないってことね……」

 

「サーヴァントの気配が感知できなかったのは、アステリオスの宝具の効果でしょう。

 となれば、この島には他にサーヴァントがいるとも考えにくいと思います」

 

島に上陸してなお、ジャンヌの知覚にアステリオスとエウリュアレが入らなかった理由。

それは二人がアステリオスの迷宮に籠っていたからだ。

流石に同じ島の中にルーラーの知覚を掻い潜れる能力を持ったものがいるとは思えない。

 

「血斧王の海図から見ると、ここが本拠地っぽかったんでしょ? 次どうすんのよ」

 

「――――」

 

エウリュアレとの話にはついていけない、と離脱していたエルメロイ二世。

何か不思議な感覚だが、もしかしたら自分とは凄まじく相性が悪い存在なのではないか。

そう感じる相手だったのだ。

 

とにかくそうして離れていた彼が、オルタのその言葉に目を見開いた。

 

「女神エウリュアレ、貴女を追っているのは海賊のサーヴァントと言ったな」

 

「そうよ。それがなに?」

 

エウリュアレの問い返しを無視し、そのままドレイクに向きなおる。

 

「キャプテン・ドレイク。

 ヴァイキングの船から海図を探る、というのは海賊なら普通に思いつくことだろうか」

 

「さあね? ただヴァイキングの航海は常識だろうけど。

 そんで自分の知らない海図を見れる機会を逃す海賊なんていないんじゃないかい?

 海に生き方を学んだ奴で、海を甘く見るようなアホはいないよ」

 

ランサーが肩を竦める。

そしてエイリーク血斧王は、恐らく聖杯の所持者が管理しているサーヴァント。

エイリークの海図をわざと彼女の手に取らせれば、ドレイクの行動を誘導できてしまう。

彼女たちがこの島にくるのは、相手の計画の内だったというわけだ。

 

聖杯を得たところで海賊となれば、自分で自由にサーヴァント召喚はできないだろう。

エイリークの召喚は狙ったものではないはずだが。

しかし海賊の習性を理解して完全に裏をかく流れであった。

 

「嵌められたか。女神エウリュアレ、そしてドレイクの所有する聖杯。

 それを一気に手に入れる為に、相手はこの島の外に待機しているだろう」

 

「……でも何で別々に手に入れようとしなかったのかな?」

 

そんな計画を立てられるくらいなら、海上で自分たちを。

そしてこの島でエウリュアレたちを襲えばいい。

相手の戦力は分からないが聖杯がある以上、血斧王と本人だけということはないだろう。

 

二世もそれには僅かに目を細め、思考している様子だった。

そしてその理由までは分からない、と言葉を濁すエルメロイ二世。

 

「………海賊のサーヴァント、というなら何らかの制限があるかもしれんが」

 

「そりゃあれだろ? 要するにそいつ、海の上で決着つけたいんだろ。

 地上のお宝を私たちに引き上げさせて、そんで海の上で奪い取ってやりたいのさ。

 滾るじゃないか、こうして海賊として勝負を挑まれてんだ。

 受けてたつのが海賊ってもんだ」

 

そんな彼に、当たり前の事だと言わんばかりにドレイクが言う。

言いながら表情に闘争への喜悦を浮かべ、にんまりと笑ってみせる彼女。

それを聞かされた彼は、思い当たる節があったのか額に手を当てた。

 

「同じ土俵で相手を征服したい、ということか……」

 

「なんだい、分かってるじゃないか。

 悪いがそういうわけで、アンタらアタシの船に乗ったら戦いに巻き込まれるだろうね。

 ま、お宝を奪われる趣味はないから安心しときな」

 

「当然みたいに言うわね……貴方はどうするの、アステリオス。

 貴方がここから出る気がないなら、私も……」

 

「えうりゅあれ、まもる。まもるためなら、たたかう。

 えうりゅあれねらってるやつ、ぜんぶたおす」

 

エウリュアレが言い切る前に、アステリオスが立ち上がっていた。

この場もまた、彼女を狙う外敵を寄せ付けないわけではない。

それを知って打って出ることに決めた、という風だった。

 

そんな様子を揶揄うように笑うドレイク。

 

「なんだい、愛されてるね。お姫様」

 

「………女神様、よ」

 

やる気に満ちるアステリオスの姿を見上げた彼女は、そう言って小さく溜め息を吐いた。

 

 

 

 

「結界を解除したらすぐに攻めてくる、ってことはない?」

 

「そもそもこの結界にはサーヴァントの攻撃を防ぐだけの能力はない。

 普通の人間では通れないだろうがな」

 

アステリオスが宝具“万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)”を解除。

そのまま地上に出た彼らは、海岸に向かい歩きながら話しあう。

 

立香の疑問に答えるエルメロイ二世の言葉に、アステリオスがしゅんとする。

 

「つまり結界など最初から気にしていないというわけだ」

 

「キャプテン・ドレイクの海賊評を聞く限りは……海上で勝負をしたい、と。

 そういう考えを持っている相手だから攻めてこないということになるのでしょうか」

 

マシュが少し離れた海岸に視線を送りながら、そう言って首を傾げる。

少なくともここから見える水平線に、船の存在は確認できない。

こっちが海に漕ぎ出した瞬間に襲撃は不可能なはずだ。

 

「………だとすれば、こちらがある程度陸地を離れた場所に行かなければ攻めてこない?」

 

「追い詰めたと思ったら陸地に逃げられた、じゃあ面白くねぇだろうからな。

 どっちか沈むまで、きっちり勝負をつけたがってんだろうよ」

 

ジャンヌの推測を、クー・フーリンが補足する。

 

エイリークの運用に対し、ランサーが考えたのは戦上手な相手。

その後のこっちの誘導も含め、戦上手なのは間違いないだろう。

だが今回見えてくるのは、別人かと思うほどに刹那的な戦いを楽しむ方針。

 

別人だとは思わない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

聖杯を持つドレイクの船に求める宝を載せさせて、丸ごとすっぱり一回で奪い取る算段。

 

だが恐らくそれだけじゃない。

多分、()()()()()()()()()()()()()()()()。七つの海を股に掛ける船乗りにとって最高の戦場で。

二つの聖杯に女神。この世界のあらゆる宝物を賭けた、一世一代の大一番。

 

「………さて。こいつはまた、決まってる奴が相手なもんだ」

 

世界の命運など知ったことかと、自分が愉しむだけの戦場を特異点にする。

何があっても一切ブレない、やりたい事しかしないタイプ。

だからこそ、そういう奴らを相手をするのが一番めんどくさい。

 

実際、最近そういうタイプに彼らは襲われたばかりであるし。

 

 

 

 

「船長さー、ここでいつまで待つ気?」

 

銀色の髪に、口元まで覆う黒いコート。

ぼんやりと水平線を眺めていた女海賊が、胡乱な目で船長を見る。

波を難しい顔で見つめていた男はその言葉に振り向き、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「もちろん。エウリュアレちゃんが俺の胸に飛び込んでくるまで!」

 

グッ! とサムズアップしながら歯を輝かせる船長。

 

盛大な舌打ちが響く。

銀髪の女海賊がその音源を見れば、彼女の相棒がニコニコと笑みを浮かべていた。

無かったことにしてくれ、ということらしい。

 

「そんなこと言ってたらここで何億年待つことになるのさ。

 常識で考えなよ、そんなこと地球が滅びてもないから」

 

「今まさに地球滅びてますからありえますなwww」

 

ふと、いつの間にか自然とカットラスを握り締めていた。

体が勝手に動き出して、この剣を相手の首に叩き込んでやりたい衝動に駆られる。

本能があいつを殺せと全力で叫んでいるようである。

彼女も舌打ちして、しかし我慢。

 

金髪に赤コートの女海賊が、それに安心したように胸を撫で下ろした。

 

「船長は地球が滅びてもモテない。実際に証明されたようで何よりですわ。

 地球が滅びた程度でこれにモテ期がくると思われたら、人類の尊厳に関わりますもの」

 

「人理は滅びたけど人類は最低限の尊厳は守り切れたんだね。何よりだよ」

 

「オッフwww拙者のモテ期人類存亡より重い説www

 ハッ……! 拙者がモテなかったのは人理に邪魔をされていたからだった……?

 マジかよ抑止力! 俺がモテた時一体何が起こってしまうというんだ!?

 ふむ。拙者……いや『僕がモテたせいで世界が終了してしまった件について』

 次のパイケットのネタ決まりましたな!

 拙者が主人公になってヒロイン十数人とイチャラブハーレムを築く漫画!

 大ヒット間違いなし、そのままアニメ化、実写化ときて拙者が主人公で銀幕デビュー!?

 あ、アン氏とメアリー氏も実写ヒロイン役にコネ出演させてあげますので。

 拙者を何よりも愛するヒロインM(仮)とヒロインN(仮)とかどうです?」

 

「いらない」

 

アン、そしてメアリーと呼ばれた二人の女海賊に同時に宣言される。

二人揃って自分の武装を船長に向けそうになっていた。

あちゃー、と手で顔を覆ってみせる船長。

 

「というか聞きました? メアリー。この髭、私たちをヒロインMとNですって」

 

「思い上がりも甚だしいね、アン。というかそのナンバリング、もうモブじゃないか」

 

そんな三人を見ながら、槍を持った男が割り込むように声をかける。

 

「あー、それでどうするんだい。船長さん」

 

彼に声をかけられた船長はぽん、と手を打って海上を適当に見回した。

 

「おっと、そうでしたそうでした。そろそろ来るころでしょうなぁ。

 もちろんその時の最優先はエウリュアレちゅわん! あとついでにBBAが持ってる聖杯。

 まずはとにかくなによりエウリュアレちゃんですぞ!

 これより拙者、命に代えても世界エウリュアレ氏ペロペロ協会会長の任を全うします!!」

 

「そうじゃないですわ、この変態」

 

「早く死ねばいいのに、この馬鹿」

 

ドゥフフフwwwと気持ちの悪い笑いを浮かべる船長。

彼の脳内でエウリュアレ氏ペロペロ選手権決勝が開幕し、R18ものの光景が繰り広げられる。

それを絶対零度の冷ややかな目で見つめる女海賊二人の後ろ。

―――槍の男は、色々な感情を含んだ苦笑を浮かべた。

 

妄想から戻ってきたのか、ほんの少し彼の笑い声が低くなる。

 

「さぁて。時代遅れのBBA退治と洒落込みますかなぁ―――?」

 

船首近くで邪悪な笑みを浮かべる船長。

その声が低いドスの効いた声から、再びドゥフフフwwwと半笑いになっていく。

 

そんな彼の背後で、アンとメアリーが小声で会話を交わした。

 

「結局、どうやって見つけるんですか?」

 

「船長の頭の中の海図には今ドレイクがどこにいるか入ってるんでしょ。

 どこをどうしてやれば、あのドレイクならこう舵を切る筈だ! こうしたからここにくる!

 ってさ。気持ち悪いファンだなぁ、同じ女海賊としてドレイクに同情するよ」

 

「ファンというかもはやストーカーですわね……」

 

笑う船長を呆れるように見ながら、女海賊は二人揃って肩を竦めた。

 

 

 

 

とりあえず現地に転送したタイムマジーンをネロに思う存分操縦させる。

彼女には外で戦ってもらわねばならないので、マジーン操縦要員に回す余裕はないのだ。

そこでマジーンをぶん回した後には、あとは一応操縦経験のあるオルガマリーに託す。

 

戦闘もしたいと少し愚痴りつつも、しかし余裕がないのは分かっているので納得したようだ。

どう考えても決戦が近い移動になる。

一応マジーンにはソウゴとオルガマリーが乗り込み、戦闘に入った場合はジオウが降りてもオルガマリーが操縦できる状態にすることになった。

 

―――問題があるとするならば。

そのマジーンを動かすジオウの持つウォッチに、殆ど力が残ってないことだろうか。

マジーンにはビーストかマッハのウォッチを使う事になるだろう。

 

「空飛ぶ船たぁ、とんでもないモン持ってるんだねぇ」

 

『飛行機くらい私がその時代から80年は前に作ってたんだけどね!

 なにせ私は人類史上最大の天才だから!』

 

『レオナルド、抑えてくれ。というか設計だけじゃなくて作ってたのかい?』

 

船に続いてくるマジーンを見て、感心した様子のドレイク。

そんな彼女の後ろで、船員たちが声を上げている。

 

「おぅい、新入り! これ運ぶの手伝ってくれ!」

 

カルデアから送った物資を船内に積み込んでいる船員。

それが甲板でぼうっとしていたアステリオスに声をかける。

きょとんとする彼の背中を叩き、ほら早くと。

 

「―――ちょっと。私の許可なく勝手にアステリオスを……」

 

止めようとするエウリュアレ。

それに、えー折角の筋肉もったいなーい、と労働力を惜しむ海賊たち。

エウリュアレが何だこいつら、と顔を引き攣らせた。

 

「ううん。ぼくてつだう、えうりゅあれはまってて」

 

「おお、言ってみるもんだな。

 よし、これはあっちでそれは向こう。そんであれはそっちの……」

 

「アステリオスだけにやらせてないで、アンタたちもちゃんと働きな!」

 

うひゃーい、と荷物を抱えて散らばっていく海賊たち。

驚いているアステリオスに溜め息を吐いて、エウリュアレが荷物を指差す。

 

「それはあっちに運ぶんだって」

 

「うん。いってくる」

 

「おい、アステリオス。こっちこっち!」

 

でかい荷物をひょいと持ち上げ、のしのしと歩き始めるアルテリオス。

そっちに海賊たちが手招きをして、アステリオスを誘導し始めた。

何とも言えない顔でその背中を見るエウリュアレを、ドレイクは楽しげに眺めていた。

 

そんな中で、ジャンヌがこっそりと立香に後ろに回って声をかけてきた。

 

「マスター、ソウゴくん。どうかしたんですか……?」

 

「…………うーん。―――変だと思った?」

 

船の後ろからついてくる、ソウゴたちの乗るタイムマジーンへと視線を送る。

どう言ったものか……などと考えながら、立香はジャンヌに問い返してみた。

彼女は少し考え込んでから口を開く。

 

「変、というか……何かに対して無理しているのは、感じます。

 ―――いつか、彼に訊きました。その夢に、想いを裏切られたらどうするのか、と。

 そして彼は……自分を裏切れるのは自分だけ、と答えてくれました」

 

「―――――自分を、裏切る」

 

「マスターたちがあの場から消えた後、別の仮面ライダーが現れました。

 金色の……どういう名前の仮面ライダーかは分からないのですが。

 ディエンドのように、カードに封じられた力で戦う仮面ライダーです」

 

残念ながら、完全に通信も途切れていた時の状況だ。

映像記録といったようなものは残せなかった。

 

「彼は私たちの前に現れて言っていました。

 魔王……ソウゴくんは、エルメロイ二世さんが言っていたような儀式―――

 迷宮の一番奥でもう一人の自分に出会い、死と再生を迎える儀式をしている。

 というような風に。―――会ったのですか?」

 

立香がエルメロイ二世に求めた講義。その中で語られた、迷宮(ラビリンス)の在り方。

()()()()()()()()()()()()()()()()辿()()()()()()()()()()()()()()()()

あの荒野を思い出した立香が、ジャンヌの問いに頷いた。

 

「………うん。多分、未来の世界なのかな?

 そこで会ったよ。自分のことをオーマジオウ、って呼ぶソウゴに」

 

「人理焼却されて存在し無い筈の未来で……未来のソウゴくんに、ですか。

 つまり彼の様子は―――未来の彼が、今の彼の夢を……裏切っていた?」

 

どうだろう。ジャンヌに問われて改めて考えてみる。

立香はソウゴと違って、あの世界の状態を見て回ったわけじゃない。

だからもしかしたら、見当違いのことを考えているかもしれない。

 

でも彼自身――――それを裏切ることだけは、してはいなかったんじゃないか。

何故だか、そう感じた。

 

「ああ、そっか」

 

「マスター?」

 

何かに思い至った様子の立香に、ジャンヌが戸惑いの声を上げる。

彼女の結論をジャンヌに語ろうと口を開き―――

 

その瞬間、砲弾が水柱を立てる音が耳に轟いた。

 

一気に変化する船上の光景。総員が戦闘配置についていく“黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)”。

船員の一人が大声でドレイクに声を上げた。

 

「姐御! 砲撃です!!」

 

「見りゃ分かる! どうせこんな距離じゃ当たるどころか届きゃしないよ!

 挨拶のつもりかい、やってくれるじゃないか! 回り込むよ!」

 

ドレイクの指示に従い、船員たちが操舵にかかりきりになる。

確かに、彼我の距離を考えればどう足掻いても当てるどころか射程が届かない。

相手が自分の船の砲の射程距離を把握していない、なんてことはまずないだろう。

 

『そもそも相手の狙いはドレイクの聖杯とエウリュアレだろう?

 いきなり船を撃沈する攻撃をしてくる、とは考えにくい』

 

「実際に撃ってきてるわよ」

 

ダ・ヴィンチちゃんの声に、しかし現状からそれを否定するオルタ。

 

『撃っても当たらない距離でだろう?』

 

だが即座に彼女はそう言い返した。

確かに砲弾は船の近くに着弾することもなく、ずっと手前で水柱を立てている。

それが事実な以上言い返せず、オルタは口を噤む。

 

『とりあえず俺たちが上から行くよ!』

 

『……仕方ないわね』

 

ダ・ヴィンチちゃんがタイムマジーンの中に仕込んだカルデアとの通信機能。

通信機からソウゴとオルガマリーの声がして、タイムマジーンが動き出す。

内部でジオウが変身するとともに、タイムマジーンは人型に変形する。

ロボとなったマジーンの姿が、敵の船に向かって一気に加速した。

 

 

 

 

「ロボかー、ロボは予想外だったナー……

 くそう、拙者の心の中の男の子(おのこ)の部分が微妙に刺激されるナー……!

 ぐぐぐぐぐ、しかし許せ変形ロボよ! 拙者はいま全人類の夢。

 エウリュアレちゃんをペロペロすることを果たそうとしているのだ!」

 

「で、どうやって落とすの。アレ」

 

空から迫りくる巨大ロボ。巨大と言っても7m程度だが……

それでも人からすれば十分に巨大ロボだ。

 

メアリー・リードがカットラスを肩に乗せながら彼に問う。

流石にあれと船上で打ち合うのは難しい。

 

「私の銃でも流石に通りませんわねぇ」

 

アン・ボニーもまた困ったように首を傾げる。

関節を狙い続けて壊す、といったような事は可能かもしれないが。

不可能ではないとしても、先にこっちの船が沈みそうだ。

 

今の船長の宝具船ならば、砲撃を直撃させれば撃墜できる目もあるだろうが……

空を自由に飛べる奴に接近されては、そもそも船の大砲では射線が通らない。

 

「うーん、拙者の船も今なら飛ばそうと思えばイケそうですが……

 流石にアレの小回りのよさにそんなことしても焼け石に水じゃなーい?

 まさかの展開でござるなー。先生、先生の宝具で何とかなります?」

 

どうしたもんか、とロボを見上げる船長。

先生と呼ばれた槍の男は接近してくるロボを見て、一つ溜め息。

 

「やってみないと分からないねぇ。―――仕方ない、オジサンの……」

 

槍を構えようとした彼は、しかし静止した。

そして見上げるのはこの船のマスト。

船長たちもそれに気付いて、同じようにマストを見上げる。

 

シアンカラーの銃を持ち、同じ色の全身鎧を纏った存在。

仮面ライダーディエンドがそこにいた。

 

突如現れた謎の存在に対しても、船長は態度を崩さない。

 

「おろろ、拙者の船にどちらさま?」

 

「やあ、黒髭エドワード・ティーチ。

 君もフランシス・ドレイクが持っているお宝を狙っているんだろう?

 僕もあれを狙っていてね、どちらが先に手に入れるか競争してみる気はあるかい?」

 

「競争?」

 

訝しげに表情を曇らせる黒髭。

そんな船長の前で彼は一枚のカードを出し、ディエンドライバーに装填していた。

 

「そう、同じお宝を狙う狩人が同じ場所にこうして揃ったんだ。

 そういう試みも悪くないだろう?」

 

「………おぉ、なるほどなるほど。お宅さん、名前は?」

 

「仮面ライダーディエンド。通りすがりの仮面ライダーさ、覚えておきたまえ」

 

〈カメンライド! G4!〉

 

ディエンドがトリガーを弾けば、彼の背後に召喚される黒いボディのライダー。

人の意志が感じられない冷徹な青い目が、飛来するタイムマジーンを捉えていた。

敵対存在を認識した戦闘マシーンは、敵性排除のために行動を開始する。

 

彼が肩に巨大な四連装ミサイルランチャー“ギガント”を載せる。

全てのミサイルが一気に点火し、タイムマジーンに向け射出された。

 

突然のミサイル攻撃に、腕のレーザー砲で迎撃に入るマジーン。

だが三発まで撃ち落としたところで、間に合わず一発の着弾を許す。

爆炎を上げながら落下して、海の中へと叩き落とされるタイムマジーン。

 

「じゃあお先に。健闘を祈るよ」

 

〈アタックライド! インビジブル!〉

 

ロボットを撃墜した黒い兵士は消失。

そのまま更にカードを使い、ディエンドの姿はそこから消え去っていた。

ドレイクの聖杯を盗む気、という言葉に嘘がないなら向こうの船に向かったのか。

 

ひゅぅ、と小さく口笛を吹き上げる黒髭。

 

アンとメアリーが自然と彼から距離を取る。

 

「ンー、あれかな? 拙者舐められちゃったかナ?

 挙句お宝探ししてるトレジャーハンター扱いされちゃってたり?

 ドゥフッww! ドゥフフwwwwドゥフフフフフwwwwww!!

 ダハハハハハ――――ッ!! ブワハハハハハハハハ――――ッ!!!」

 

堪えきれない、とばかりに腹を抱えて爆笑し始める黒髭。

あーあ、と二人の女海賊は何とも言えない風に苦い顔をしている。

どれだけ馬鹿にする風にしても彼女たちは知っているからだ。

 

これが、どれだけの()()なのか。

 

「ブフッ―――! ハハハ、おう……ケツから頭まで青いガキに教えてやるとするか。

 コソ泥と、海賊ってのは……生き方からまるで違うって話をよォ―――ッ!!!」

 

先程まで緩い顔で笑っていた男が、凄絶な笑みを浮かべる。

その姿に、だから面倒なんだよなぁと槍の男はバレないように苦笑した。

 

 

 

 

「また砲撃来ます!」

 

「どうせ届きゃしないんだ、そんなもんいちいち驚いてんじゃないよ!

 撃たれたソウゴたちの船はどうだい!?」

 

「沈んで浮かんできやせん!!」

 

大量の砲弾が連続して吐き出される。

相手の船に回り込もうと舵を切る黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の前に、無数の水柱が立ち昇る。

()()()()()()()()()()()()()()

 

目の前を塞ぐ水柱の群れ。

それを見て、ジャンヌがその向こうからやってくる感覚を理解した。

 

「敵宝具来ます―――!!!」

 

全てのサーヴァントが緊張する。防御のためにマシュとジャンヌは宝具を構え―――しかし。

 

その宝具は、船上の彼らではなく彼らの足場。

黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の横っ腹を貫いていった。

 

「投げ槍――――!?」

 

ランサーの目が捉える。

船を貫いていったのは、一条の閃光。

どこぞの槍の英霊が投げ放っただろう、投げ槍であった。

 

盛大に木片を撒き散らしながら弾け跳ぶ船の残骸。

浸水が即座に始まるような位置ではないが、放置できるようなものでも―――

 

「なっ……!」

 

そうして船体の被害を検めようとして、ドレイクの目がそれを見つけた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

超常的な方法で結ばれたロープを見つけ、反射的にそれを切るための行動を取る。

ドレイクが即座に銃をロープに向け、そこに鉛玉をぶっ放した。

 

「させないよ」

 

「お邪魔しますわね」

 

しかし彼女の放った銃弾が、ロープを滑ってきた銀髪の振るう刃に弾かれる。

 

その後ろにいた金髪は大きくロープを撓らせて跳び上がっていた。

彼女は空中で手にした長大なマスケット銃をドレイクに向け発砲。

 

辛うじて間に割り込んだジャンヌが、旗でその銃弾を打ち落とす。

 

二人の女海賊は、こちらの船の縁に揃って着地する。

その瞬間、船が大きく揺らぎ始めた。

 

「あ、姐御!? 船が――――!!」

 

「分かってるっての! 敵が強いだけでいつも通りの海戦さぁ! 気合入れ直せぇッ!!!」

 

船員に喝を入れながら、ドレイクが相手の船を見る。

強引な手段で繋がれたロープを、向こうの船上で血斧王エイリークが掴んでいた。

 

彼は筋肉を震わせながら力任せにロープを自分の方へと引き込んでいるのだ。

こちらの船はそのパワーで一気に相手へと引っ張られる。

通常のロープなら保つ筈のないテンションが掛かるが、このロープは宝具であるあの船の一部。

その力にさえも耐えてみせて、みるみるうちに船は引き寄せられていく。

 

舌打ちしてから、今度は乗り込んできた二人の方を見る。

 

「あんたたちは……」

 

「アン・ボニー、御覧の通り」

 

「メアリー・リード、海賊だよ」

 

マスケット銃とカットラスを打ち合わせ、彼女たちは自然に構えた。

はっ、と軽く息を吐いたドレイクが小さく笑う。

 

「なら、目的は訊くまでもないね?」

 

当然のように女海賊コンビは頷いて、その目的を口にする。

 

「もちろん。海賊らしく―――」

 

「掠奪、制圧、そして―――」

 

彼女の言葉を継いだのは、エイリークが巻き上げ中の彼方の船の上にいる黒髭だった。

彼は船の縁からぶんぶんと手を振って、こちらの船上にいるエウリュアレに向かって叫んでいる。

 

「エウリュアレ氏のおみ足をペロペロすること! ヒュー!

 エウリュアレ氏ー! 貴女のエドワード・ティーチがここにおりますぞー!」

 

「ひっ……!」

 

彼方からする声に、エウリュアレがアステリオスの後ろに隠れた。

怯える彼女を背に威嚇を始めるアステリオス。

その相手方の船長らしき海賊を見て、ドレイクが口を開く。

 

「はぁ?」

 

こちらの船上で二人の女海賊もまた溜め息を吐く。

分かってはいたが、やっぱりゴミはゴミだった。

 

「あの青いの……もっと挑発してってくれれば良かったのに」

 

「一瞬でゴミに戻りましたわね、あいつ」

 

そうして、誰もがアホ面の黒髭を見ている中。

 

騒ぎに乗じてロープを伝い、船の横へと回り込んだサーヴァントが一人。

ドレイクの船の後ろまで突き抜けた、自分の槍を回収することに成功した男。

彼は一人、隠れてはいるがいつでも出れるような位置を確保しながら呟いた。

 

「ほら、こんな風に思うように戦況を進めちまう。

 嫌だねぇ、ああいうタイプとやりあうことになるのはさ」

 

「ほう、だったらそんな事にならねぇように……

 ここでその心臓―――置いていきな」

 

船の横にぶら下がる彼に、船上から声がかかる。

彼が頭上を見上げる。その船上には、朱槍を携えた青いランサーが立っていた。

ほんと、嫌だねぇ。彼はそう呟いて小さく微笑んだ。

 

 

 




 
グランドジオウを倒したギガントさん! グランドジオウを倒したギガントさんじゃないか!
 


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流・星・運・命2011

 

 

 

「ドゥフフwwwアン氏メアリー氏は敵船を掻き乱し、エウリュアレ氏は逃げ惑う。

 そして拙者はここから逃げ惑うあの子のひらひら舞うスカートを姿勢を低くし眺める!

 あの短いスカートから覗く柔らかそうなおみ足、一瞬たりとも見逃さぬ!

 完璧! 完璧なる布陣! これこそ黒髭海賊団の究極コンビネーション!

 いや、待てよ―――あそこに見えるは旗持つ白黒ダブル美少女……!

 そして大きくスリットの入ったロングスカート……!?

 揺れる前垂れからちらりと見えるその美脚! あちらも決して見逃せぬ!

 足りぬ、目が足りぬ! ぬおぉおおおおおお――――!

 脳内HDに永久保存すべき光景を見逃してしまうぅ~! 今こそ開け、第三の目!!」

 

遠くの船からなお届く黒髭の奇声。

こちらの船上を飛び回るアン&メアリーに対処しながら、ドレイクが怒鳴る。

別にスルーしているわけではなく、アンとメアリーも舌打ちはしていた。

 

「何なんだいアンタは! さっきっから気持ち悪い声あげてんじゃないよ!」

 

「――――はぁ~? BBAに文句言われる筋合いはありませぬが?」

 

彼女の怒鳴り声に気持ち悪く表情を崩していた黒髭が真顔に戻る。

直後にすっ呆けた風な顔をしながら、煽るような言葉を吐く。

その表情が全力で何言ってるんだこのBBA、という意見を主張していた。

 

「アァンッ!?」

 

「姐御!? キレてる場合じゃあ……!」

 

船員が彼女を押し留めようとした瞬間、船上の一角が爆ぜた。

咄嗟に振り向いて状況を確認するドレイク。

 

朱色の閃光と、金色の閃光。

二つが互いに向かい合い空中で衝突し、その場に無数の火花を散らしていた。

呪槍の攻撃を聖槍の払いでもって受け流しながら、聖槍の担い手は困ったように笑う。

 

「あらら、こりゃまずい。まるでアキレウスと変わんないわ」

 

目の前を過ぎ去る朱色の閃光。

それに自身の槍を添えるようにして逸らし、一歩だけ距離を取る。

その余裕のありそうな体捌きに対して笑うクー・フーリン。

 

「ハッ―――そのアキレウス相手でも止めてみせると言いたげじゃねぇか」

 

槍を突き出し、引き戻す。単純かつ初歩たる動作を瞬きの間に星の数ほど繰り返す。

ただの高速なる単純作業が、刺突の壁となって押し寄せる。

それら全てをいなし、弾き、躱しながら彼は笑みを崩さない。

 

一度大きく槍をぶつけ合い、弾けるように距離を取り合う。

 

「いやいや、オジサン。止める止めない以前にアキレウスと戦うのはもう勘弁だね。

 まあ、必要に駆られりゃ誰とでも戦うしかないんだけどさぁ」

 

そして誰であろうと止めてみせる、と。

言葉の裏にある防衛戦への絶対の自信を察し、くっ、と笑い声を噛み殺す。

魔槍を存分に振るえる相手を前に、ランサーは凄絶な笑みを浮かべる。

 

「違いねぇ。だったらここでは、俺の槍を味わっていきな――――!」

 

「ああ。ここでは――――ま、アンタを止めることに専念しようかね」

 

クー・フーリンが船上を駆ける。

それを待ち受けながら、敵ランサーは僅かに目を細めてみせた。

 

 

 

 

「くッ、海戦ではこうも勝手が違うか―――!」

 

流石に海上で“石兵八陣(かえらずのじん)”は構築できない。

孔明の霊基は海戦にも対応しているが、陸上ほどの性能は発揮できなかった。

あるいは彼自身が使いこなせていない、というだけか。

 

再び舌打ちしながら、突風を導いてロープを揺らす。

ロープを含め船上にある全てを使って縦横無尽に跳び回るアンとメアリー。

彼女たちの動きを少しでも止めようとしての事だが―――

 

「嵐の中でだって戦うのが海賊―――

 環境を変える程度で、私たちを止められるなんて思わないでくださいます?」

 

揺れたロープを危うげなく踏み、そこで宙を跳ねながら連続して弾丸を放つアン。

マシュとジャンヌがそれらを弾き飛ばす頃には、彼方へ着地した彼女はまた銃を構えている。

再び発砲。それらを防ぐのが手一杯の彼女たちには、反撃の手段がなかった。

 

更にその近くではメアリーもまた攻勢を仕掛けてくる。

 

体勢を低くしながら相手を目掛けて駆けるメアリー。

その彼女に対して剣を向ける、ネロとオルタ。

駆け抜けながら振り上げられるカットラスに対し、彼女たちも剣で対抗した。

 

軽く掠るような衝突だけで、彼女はそのまま二人を離れていく。

 

「逃がすか―――!」

 

オルタが振り向きざまに周囲に炎の剣を浮かべ、連続して射出する。

その攻撃の初見に、呆れるような表情を浮かべるメアリー。

彼女の手がカットラスを閃かせ、飛来する炎の剣を下の方へと打ち落とす。

 

「正気かい? 自分たちの船の上で炎とか出す? 普通」

 

剣を打ち払ってから、愛剣をくるりと回し肩に乗せる。

そんなことをしながら、対峙する相手の黒と赤の炎を見て彼女はそう言った。

 

「あっ……!」

 

「ぬっ……!」

 

自分の足場が木なのだと言われて気付いたかのように驚く二人。

 

オルタが黒い炎が船に燃え移る前に、その剣を消し去った。

同時に、ネロが炎を噴き上げていた自分の剣を消火してしまう。

勝手に弱体化してくれた相手にメアリーは小さく笑い、再び駆けだした。

 

直後、咆哮とともに牛の角持つ怪物が彼女のもとへ襲来する。

雄叫びを上げながら片刃の戦斧を振り抜いてくるアステリオス。

 

少しだけ驚いたものの、狂人はあっちの船で見慣れた。

彼女はそれを少しだけ引きつけて、回避のために大きく跳んだ。

その場に振り下ろされるアステリオスの攻撃。それは、船上をぶち抜く破壊の一撃。

 

「あ――――」

 

困ったように声を漏らすアステリオス。

呆けている彼のすぐ近くに戻ってきたメアリーは、苦笑しながら剣を振るう。

 

「海賊と、船上の戦いってのを舐めすぎだよ。

 こういう場では―――ただの超人を揃えればいいってわけじゃないのさ」

 

静止したアステリオスの体に斬り込むメアリーの刃。

体が堅すぎて殆ど通らなかったが、しかし彼は血を噴き出して一歩下がった。

 

 

 

 

メアリーの一撃がアステリオスに叩き込まれるのを見届ける。

当然のことながら有効打とは程遠い。怪物くんが相手では仕方ないだろう。

ならばどうにかしてダメージを与える方法を模索しなくてはならない。

 

ギシリ、ギシリ、と。

エイリークが引き寄せるロープの音を聞きながら、引っ張り縮めた互いの船の距離を確認する。

それが相手の最終防衛ラインを超えたのを見て、黒髭がぼやいた。

 

「優勢でござるなぁ、ではではそろそろ詰め切りますかな?」

 

軽い口調のままにこりともせず、彼はロープを引くエイリークに目を向けた。

唸りとも呻きとも知れない声を上げ続ける彼。

仕事終わりに悪いが、すぐに次の仕事に就いてもらう予定があるのだ。

 

 

 

 

ドレイクが鉛玉を連射し、アンの射撃を中断させる。

彼女はすぐさま場所を変えて行くだけだ。

自分が蜂の巣にされるようなへまはしない。

 

戦いながら頭を悩ませるドレイクに、再び向こうの船から声が届く。

 

「えーん! えーん! 黒髭えもーん! BBAイアンがしぶといよぅ! 

 空を自由に飛んでBBAイアンをけちょんけちょんにしてやりたいよぉー!

 ドゥフフフ、仕方ないなぁブラッドアクス太くんはぁ(裏声)」

 

はぁ? と首を傾げている余裕なんてものはない。

―――が、今そこで船を引っ張っていたテンションがかかっていない事に気付く。

余裕がなくても確認せざるを得ない。

 

そうして、振り向いた彼女の目の前にあるもの。

ロープは繋がったままだが、エイリークはそれを引くのを止めているという状況。

ではエイリークは一体どこへ行ったのか。

 

「ウ~フ~フ~フ~! 未来の道具、人・間・大・砲~!(裏声)

 テレテレテッテッテー! アンメアママン! 新しい戦力よー!(精一杯の可愛い声)」

 

黒髭のふざけた声の直後に目に映る光景。

それは向こうの船の大砲の中に半身を突っ込み、砲弾の如く発射されたエイリークの姿だった。

 

「なッ―――!?」

 

既に相手の砲の射程内まで船が引きずられている。

その上で大砲ではなく、あの男の船は船員を砲弾として撃ち放っていた。

筋肉の塊が船の一部を吹き飛ばしながら着弾。

 

血を求める魔獣の斧を振りかざし、活動を開始する。

 

「ギギギ―――グガ、ガガガガガガガ―――――ッ!!!」

 

「ゲェ―――!?」

 

着弾箇所の傍にいた海賊が一人、魔獣の斧で血煙と消える。

その血を啜りながら再起動を果たした狂戦士は次の獲物を求め―――

 

正面から激突してきた、自分よりも1mは大きい巨躯に足を止めさせられる。

 

先程まで笑いながら、自分に話しかけてくれていた一人の人間。

自分の、アステリオスという名前を呼んでくれていた、名前も知らない誰か。

それが血煙に沈むのを見て、知らぬ間に理性が決壊する。

 

「グガ、――――!」

 

「ふぅ――――ふぅ――――! やらせ、ない! これいじょうは――――!!

 ぼくが、おまえをとめて――――おまえが、しね――――!!!」

 

二振りの戦斧が力任せに振り抜かれ、血を吸う魔獣の斧を押し返す。

それを受けたエイリークの瞳からもまた狂気が溢れだした。

二体のバーサーカーが、船上という狭い戦場の中で理性を失くしながら衝突する。

 

「アステリオス……!」

 

「エウリュアレ、こっち……!」

 

立香がエウリュアレの手を引きながら、何とか無事でいられそうな空間へと走る。

狭い船上と比較して拡大しすぎた戦場は、彼女たちを常に危機に晒す。

 

だがそんな彼女たちの前に、青い影が浮かび上がってくる。

特異な形状の銃を持った仮面ライダー、ディエンド。

 

「やあ、久しぶりだね。カルデアのマスター」

 

「ディエンド……!?」

 

エウリュアレを抱えて、彼から距離を取ろうとする。

が、彼はエウリュアレ含めこちらに大した興味もなさそうに、ドレイクを見ていた。

 

アンに対して銃撃を仕掛けている彼女の背中に、その青い銃身を向ける。

 

「黒髭くんたちのおかげで随分と楽にお宝は手に入りそうだ」

 

「―――ドレ、」

 

間に合うはずもない叫び。

彼女の背に声をかけようとした立香より早く、彼はトリガーを引き絞り―――

 

ごう、と。彼の目の前に巻き起こった竜巻にその銃弾を弾かれた。

その竜巻の中に見知った顔を見つけた立香が叫ぶ。

 

「ソウゴ!」

 

「おや、先に脱出してきたのかい。魔王」

 

竜巻を消すと同時に、限界を迎えたウィザードアーマーが消失する。

タイムマジーンの中から直接転移してきたジオウが、ディエンドを前に拳を構えた。

ディエンドが首を傾げ、海へと視線を送る。

 

それと同時に、水底に沈んだはずのタイムマジーンが浮上した。

その頭部についているのは、ドライブウォッチ。

 

〈フォーミュラ01! 02! 03!〉

 

三体のシフトカーを召喚したタイムマジーンが、修理されながら登場する。

無理矢理動いているのは明白だが、ディエンドがその状態に感心してみせた。

 

「なるほどね、乗り物修理は彼らの十八番か。けど」

 

バチン、とドライブウォッチが外れて消える。

それと同時にタイムマジーンはエアバイク型に変形し海上を漂いだした。

沈没しない程度の浮力は生むが、戦闘には耐えられまい。

 

くるりと一度ドライバーを回し、ディエンドはジオウに向き直る。

 

「流石はG4、きっちり仕事は果たしてくれたね」

 

「あんたはここで俺が止める……仮面ライダーに、世界は壊させない!」

 

まるで、自責の念に駆られるように。

すくなくともそれを聞いていた立香がそう感じ取れるくらいには。

 

そんな言葉を叫んで、ジオウはディエンドに向け走り出した。

彼の疾走が自分に届く前に、ディエンドはカードの装填を終えてドライバーを操作する。

即座に周囲を舞い踊る解放されたライダーの影。

 

それがディエンドまでの道を遮るように、ジオウの前に立ちはだかっていた。

 

〈カメンライド! メテオ!〉

 

「ホゥ―――ワチャァ――――ッ!!」

 

星々の輝きを散りばめた宇宙の如き黒いスーツ。

その上にクリアブルーとシルバーのアーマー、そして隕石を思わせるマスク。

ジオウにとってまた初見のライダーが、目の前に現れていた。

 

走り込みながらそのライダーに向かって拳を振り抜く。

それをメテオは掌で受け流しながら横に回転した。

回転の勢いも乗せ、ジオウの側頭部に裏拳をカウンター気味に叩き込む。

 

「ぐっ……!」

 

揺らされた頭に手を当てながら、ジオウが蹈鞴を踏んだ。

 

「ふん……」

 

〈マーズ! Ready?〉

 

ジオウを弾いたメテオはそのまま、右腕に装着されたガントレットを操作する。

コズミックエナジーをそれぞれの惑星の属性に変換する必殺兵装、メテオギャラクシー。

彼は火星を選択してメテオギャラクシーを待機状態へ。

最後に指紋認証パネルに指を当て、最終ロックを解除。必殺技を始動する。

 

〈OK! マーズ!〉

 

メテオの拳が炎の惑星に包まれた。

小さな火星と化したその腕で、怯んでいるジオウに向け拳を連打する。

炸裂する炎の拳がジオウの装甲を赤熱させ、その防御を追い詰めていく。

 

「ゥワチャッ! ゥワチャッ! ホゥ…ワチャァ――――ッ!!」

 

「ぅ、ぐぁ……っ!?」

 

連撃の締めに放つ正拳突き。

ジオウの胴体へと叩き込まれた火星が破裂して、その熱量を全て彼に浴びせかけた。

全身から煙を噴いてふら付くジオウを前に、メテオがベルトからスイッチを取り外す。

 

「そんな程度か? お前が仮面ライダーを止めたいと思う気持ちとやらは」

 

〈リミットブレイク!〉

 

外したスイッチを彼はそのまま腕のメテオギャラクシーに装填した。

 

ふら付きながらも、必死にメテオを見返すジオウ。

そんな彼の懐へと瞬時に潜り込み、メテオの拳がアッパーでジオウを空中へと打ち上げた。

流れるようにメテオギャラクシーの認証を通す。

 

〈OK!〉

 

「ホォ―――ゥ、ゥワッチャァアアア―――――ッ!!!」

 

両の拳に纏う青いエネルギーの渦。

青い炎に燃えているようにも見えるその拳を、彼は宙にいるジオウへと振り上げた。

拳から放たれる、無数の青いエネルギー波となった拳撃の嵐。

それは地上から放たれ、天空へと翔け上がっていく流星めいて。

―――正確に、ジオウのボディの各所を撃ち抜いていく。

 

空へと昇る流星群から解放され、悲鳴もなく船の上へと落ちるジオウ。

その変身が解かれて、彼は常磐ソウゴの姿に戻った。

 

「ソウゴ!」

 

エウリュアレを抱えながら立香が走る。

駆け寄って彼を起こそうとすると、まだソウゴはメテオを睨んでいた。

 

オーマジオウにやられた傷だって癒え切っていないというのに。

彼はまた傷を負いながら、しかしまだ立ち上がろうとする。

 

そんなソウゴを見ていたメテオが、小さく後ろのディエンドの様子を窺う。

ディエンドは自分が相手をする必要もないと思っているのか。

さほど興味を抱いてもいないようだ。

 

ならば、と。メテオがその足を前に進めだした。

立香の手を借りて起き上がろうとするソウゴへ、少しずつ歩み寄っていく。

 

彼の目から闘志は消えてない。だがその闘志を支えるだけの力はもう持っていない。

そもそもその闘志の源泉である根幹が揺らいでいる。

彼はソウゴを見ながら、小さく鼻を鳴らした。

 

「仲間の力を借りなければ立つこともできないか。

 群れなければ戦えないほど弱いのなら、最初から戦わない方がマシだ」

 

「俺、は……!」

 

ソウゴの腕が、弱々しく立香を突き放す。

彼は一人の力で起き上がり、再び変身しようとウォッチを握り―――

 

立香に後頭部を掴まれ、床に額を押し付けられた。

エウリュアレが唖然とした表情で立香を見る。

 

―――それを見て、メテオは今度は楽しげに鼻を鳴らした。

 

「なに、するんだよ……!」

 

押し付けられた頭を持ち上げながら、ソウゴが立香に抗議する。

彼女は顔を持ち上げた彼を目を真っ直ぐ見つめ、逆に問い返した。

 

「そういうソウゴは何してるの」

 

「俺は……! この世界を救って、皆が……幸せになれる世界の、王様に、……ッ!」

 

ウォッチを握る手が震えている。

食い縛った歯の隙間から嗚咽を漏らしながら、しかし彼は戦う意志を示し続けた。

ドライバーは捨てない。捨てられない。この力にはもう、他の人間の命を載せてしまった。

彼には最期まで戦い抜く以外に選択肢はない。

 

「だって……! 俺が最初から何もしなければ、こんなことには……ッ!!」

 

すこーん、と彼の頭を立香の平手が叩いていた。

叩かれたままに、そのまま俯くソウゴ。

 

「未来のソウゴの言葉、気にしてるんだ。でもね、あの人言ってたよ。

 “ソウゴがいなければ私だけで世界を救える”“あの世界はソウゴが創った世界”」

 

俯いたままのソウゴの頭に手を載せて、彼女は優しく撫でる。

確かにその言葉をそのまま受け取ればソウゴには先がないのかもしれない。

けど、

 

「じゃあいいじゃん。そんなこと関係ないでしょ?

 だってソウゴの夢は世界を救うことじゃなくて、世界を救ってから最高の世界を創ること。

 私たちの旅の中、本当はいなかったはずの仮面ライダーの歴史が敵になるかもしれない。

 でも、その代わりにソウゴが私たちと一緒にいてくれる。

 ソウゴだけで最高の世界を目指したらどこか間違えてあの世界を創っちゃうかもしれない。

 だったら、私たちと一緒に最高の世界を創るとこまでやっちゃえばいい」

 

僅かに震えた彼の体を引き起こして、互いに目を合わせる。

 

「だからこれからの私たちの戦いは―――

 “私たちで世界を救って、皆が幸せになれる最高の王様がいる世界にすること!”

 ソウゴが最初に言いだした夢なんだから、私より先に諦めてちゃダメでしょ!」

 

「立香……」

 

「ソウゴは隠そうとするから伝わらないだけ。

 今みたいにソウゴが辛いと思えば、助けになりたいと思う仲間がソウゴにはいるんだよ。

 私だけじゃなくて、マシュや所長や、皆だってそうなんだから」

 

ウォッチを握るソウゴの手に、彼女も手を重ねる。

きつく握られた彼の拳をほぐし、そのウォッチを彼女が取る。

彼女はライダーと描かれたその顔を見て、再びソウゴに目を合わせた。

 

「私には一緒にいて、後ろから応援するくらいしかできない。だから―――

 後ろにいるからこそ変な方に行っちゃいそうになったら、頑張って引っ張って止めてあげる。

 もう一回、ソウゴはソウゴとして……戦える?」

 

彼女の瞳を見返して、彼女の手にあるジオウウォッチを見る。

彼はそこで一度瞑目し、歯を食い縛り、そうしていつも通りの顔で目を見開いた。

立香の手からジオウウォッチを取る。彼女が笑い、肩を貸してくれる。

 

肩を借りながらも立ち上がった彼は、メテオに向かって向き直った。

 

「精神的に立ち直ったところで、それで俺に勝てるつもりか?」

 

「うん、大丈夫。だって……」

 

想いがある。

自分一人じゃできないことが、仲間のおかげで出来る気がする。

どん詰まりだったあの未来さえぶち壊して、その先に行ける気がしてくる―――

 

ソウゴが腕を突き出した。

この世界に散らばっている筈の、自分のせいで散らしてしまった筈の力がある。

彼が突き出した掌の中に、白とオレンジのウォッチが一つ、浮かび上がって現れた。

 

「今から俺の体は、超強くなる! ―――気がする」

 

微か、メテオがその仮面の奥で笑ったような気配を発した。

一瞬だけで、あっさりと掻き消えるその気配。

そんな彼を前にしながら、ソウゴは新たに手にしたウォッチを起動する。

 

〈フォーゼ!〉

 

ジオウウォッチと、新たに手にしたウォッチをジクウドライバーへと差し込む。

ライドオンリューザーを押せば、ジクウドライバーを傾けて回転待機状態に。

 

「―――変身!」

 

背後に展開されるライダーの名を刻んだ時計。

左腕を右肩の上に持っていくように構え、それを振り子時計のように大きく反対へと振るう。

その腕の動きで回転させたジクウサーキュラーが、ジクウマトリクスを連動させる。

ライドウォッチ内のエネルギーを具現化する。

 

〈ライダータイム!〉

 

弾け飛び、そして再構成されていく背後の巨大な時計。

 

全身を覆う黒いアジャストライクスーツ。

その上から更に、特殊金属グラフェニムで形成された各種アーマーを装着。

頭部のキャリバーAに先程時計から離れた“ライダー”の文字。

インジケーションアイが合体する。

 

〈仮面ライダー! ジオウ!〉

〈アーマータイム!〉

 

再び誕生した仮面ライダージオウの姿。

まるでそれを祝福するように、海中から一つの物体が飛び出してきた。

―――その正体は白いロケット。

 

そのロケットはジオウを目掛けて飛来したかと思えば、空中で一部分解。

幾つかのパーツが分かれ、ジオウを取り囲むように装着されていく。

ジオウの手が分離したロケットユニット、ブースターモジュールを握り締める。

アーマーと化した白いロケットに合わせた新たな文字が、ジオウ頭部に合着。

 

――――その名こそ、

 

〈3! 2! 1! フォーゼ!!〉

 

新たな姿を得たジオウが、メテオに対してその腕のブースターを突き付ける。

 

「皆との絆で――――俺は、俺の宇宙(ユメ)を掴む!!」

 

そんな姿をメテオの背後から、ディエンドはつまらなそうに眺めていた。

まさかここでいきなりフォーゼの力を拾うとは思っていなかった。

これはさっさと自分も加勢して終わらせるかな、と。

 

そうしてディエンドライバーを構えようとした彼の腕に、暗色の布が巻き付いた。

 

「これは……」

 

「祝え!!」

 

ディエンドがその声を追い、振り返る。

この船上のマストの上で、一人の青年が本を片手に大きく天を仰いでいた。

彼の腕を捕まえた布は、彼があそこから伸ばしたマフラーだったようだ。

 

ランサーたちやバーサーカーたちはまるで止まる気配がない。

が、アンやメアリーたちさえもその光景に足を止め、彼を見上げていた。

エルメロイ二世がその光景を見て、微かに目を細める。

 

「全ライダーの力を受け継ぎ、時空を越え過去と未来をしろしめす時の王者―――

 その名も仮面ライダージオウ・フォーゼアーマー!

 また一つ、ライダーの力を継承した瞬間である―――!!」

 

マストの上で僅かばかり息を切らせながら、そう祝福するウォズの姿。

どうやら突然の継承に驚いて必死に登場したらしい。

 

突如現れたウォズを見上げていたメテオが、小さく笑った。

彼の手がメテオギャラクシーに装填されていたスイッチを外す。

 

「仲間に縋る弱さ、孤高であり続ける強さ――――」

 

「………」

 

「そして仲間を頼る強さ、孤独に震える弱さ。強さ弱さなんてどっちにもある。

 だから選べばいい。他の誰でもない、自分にとって意味のある強さを」

 

そして彼はメテオドライバーにスイッチを装着しながら、目の前のジオウへ向き直った。

互いの視線が交差し、二人の仮面ライダーは腰を落として戦闘態勢に入る。

 

「見せてみろ。お前が夢の翼に選んだ、お前の強さを―――」

 

メテオがまるで鼻の頭を撫でるように、親指を立てた拳を顔の前で横に動かす。

 

「―――仮面ライダーメテオ! お前の運命(さだめ)は、俺が決める―――!!」

 

「―――あんたに俺の運命は決められない。俺の運命はもう決まってる―――!

 俺は、俺たちで世界を救って――――皆を幸せにできる、最高最善の王様になる!!!

 そのためなら俺は……俺が創った俺の運命だって超えてみせる―――――!!!」

 

メテオの手がメテオギャラクシーに伸び、スイッチを一つ押し込む。

同時にジオウがその腕のブースターモジュールを点火する。

流れるようにメテオの指はメテオギャラクシーの動作認証に移っていた。

 

〈ジュピター! Ready? OK! ジュピター!〉

 

ジオウがロケットの如く加速して、メテオに向かって殺到した。

対するメテオはその拳に圧縮された大質量の塊を纏い、迎撃行動に入る。

 

ロケットと木星。

それぞれを拳に纏った二人のライダーが、船上でその拳を衝突させた。

 

 

 




 
我が魔王のお気に入りアーマー登場。
我、王の名の下に! 変えるぜ、運命!
 


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笑・止・千・万1573

 

 

 

脚部に装備されたブースターが火を噴いて、ジオウの体を後ろに飛ばす。

同時に腕のブースターモジュールが火を噴き、そちらは前に飛ぼうとする。

ジオウは自分の体を後ろに飛ばしながら、ブースターを握る腕を振り抜いた。

 

「宇宙ロケットミサイルパーンチッ!!」

 

拳を振り抜くと同時にモジュールから手を放した。

パンチの勢いで投げ出されたブースターは自身の推力のまま飛行する。

更に続いてもう片方のブースターも。

 

迫りくるブースターを前に、メテオの指がメテオギャラクシーに伸びた。

 

〈サターン! Ready? OK! サターン!〉

 

認証ロックを即座に解除し、その右拳に土星を纏う。

土星と化したメテオの右腕の周囲に、コズミックエナジーが土星の輪を形成。

そのリングが高速回転を始め、回転鋸の如き鋭利さを発揮する

 

「ホォ―――ゥ、ゥワチャアア――――ッ!!」

 

刃と化したリングを周囲に振り回し、飛んでくるブースターを迎撃した。

チェーンソーでも叩き付けられたかのように盛大に音と火花を撒き散らすブースター。

弾き返されたそれは、くるくる回りながらジオウの元へ帰ってくる。

 

だがそれがジオウの元に届く前に、メテオが腕を一閃していた。

彼の手元から離れて飛来する土星の輪。

刃の如き光輪が回転力を増しながら、ジオウを目掛けて一直線に飛んでくる。

 

それをジオウは、モジュールを手放した腕にジカンギレードを召喚して迎撃する。

フォーゼウォッチをジカンギレードに装填。

その刀身に膨大な電気を纏わせながら、土星のリングへ斬りかかる。

 

〈フォーゼ! ギリギリスラッシュ!!〉

 

「宇宙ロケット電気斬りぃ―――!!」

 

一撃でもってリングを切り捨て、返す刃で電撃波をメテオへ飛ばす。

サターンを粉砕しての逆撃に僅かに怯む。

だが彼は両腕を前で交差させ、襲来する電撃の刃を正面から受けてみせた。

 

爆風とそれが巻き上げる木片に呑み込まれるメテオの姿。

その彼を前に、ジオウが戻ってきたブースターモジュールを掴み取った。

 

瞬間、爆風を突き破りメテオの姿がジオウへ襲来する。

 

〈OK! マーズ!〉

 

炎の惑星を纏った拳を構え、踏み込んでくるメテオ。

それを前にジオウが胸を張るようにして待ち構えた。

 

「ホゥワチャアア――――ッ!!!」

 

炸裂する炎の星。

ジオウの胸に叩き付けられた拳撃はその威力を遺憾なく発揮する。

溢れる熱量はフォーゼアーマーの胸部を赤熱させるほど燃え上がり―――

 

そして、ジオウがその熱量を全てブースターモジュールに移動・集中させた。

モジュールを引っ繰り返し、ブースターを逆向きに持ち替えるジオウ。

そのまま、ブースターのノズルをメテオに向け―――

 

「ッ!」

 

「宇宙ロケット、爆発熱噴射ぁ――――!!!」

 

ブースターが炎を吐く。

自身が受けた熱エネルギーさえも吸収し、メテオを呑み込む爆炎を生み出す。

至近距離で巻き起こされた炎を受け、彼の体は大きく吹き飛ばされた。

 

更にその爆発は船上全てを震撼させて、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)のメインマストをも吹き飛ばす。

 

「あ」

 

燃えながら吹き飛んでいく巨大な船の残骸。

ロープがあらゆるところで千切れ飛び、この船は今にも沈没しそうな様相を呈する。

“フォーゼ”と描かれた顔で周囲を見回して、ドレイクと目を合わせた。

 

仮面の下で見えないが神妙な顔をしたソウゴは―――

 

「えっと、ごめん?」

 

「やりすぎだよ、このスカタン!

 ええい、ここまできたらもうどこまでやっても変わりゃしないさ!

 そのままやっちまいな! ここまでやっといて負けたら承知しないよ!!」

 

「だったら大丈夫、俺が勝つから―――!」

 

そこかしこに炎が広がり始めた船の上。

その炎の中から、メテオが再び現れる。

 

 

 

 

「およよ……これはヒドイ……」

 

炎上するドレイクの船を見ながら、黒髭は目を白くする。

同時に、状況が不味い方向に転がり出したと小さく笑ってみた。

 

あの船は爆発炎上を繰り返し、船としての色々が失われた。

アンとメアリーの立ち回りはこれで一気に制限される。

それだけではなく、ここまできたら相手のサーヴァントも船を多少壊す程度躊躇うまい。

 

「いやはや、やーっと面白くなってきましたなぁ」

 

髭を撫でながらその船上を眺める黒髭に巨大な影が被さる。

ちらりとそちらに視線を送れば、空中を飛ぶタイムマジーンがそこにいた。

 

フォーゼウォッチを頭部に装着し、両腕に巨大ロケットを装備した状態だ。

それを同じく見上げていた船員の一人が叫ぶ。

 

「船長! でっかい人型ロボが!!」

 

「何でござる? 巨大なロボが拙者の船に迫ってきてる?

 そんな馬鹿な話があるか、操舵に戻れ! みんな疲れているのか……?

 これが現代海賊業の闇、休めないブラック企業化する海賊団……!」

 

黒髭が虚空を見渡し、見えない振りをしながら首を横に振る。

そんなタイムマジーンが撃ち出す、ミサイルの如き勢いで迫るロケット。

それが黒髭の船の横っ腹へと叩き付けられる。

 

「おほーっ!?」

 

間抜けな悲鳴とともに、黒髭が船上を転がった。

 

 

 

 

「フォウフォウ!」

 

フォウがオルガマリーの頭の上で暴れる。

彼はモニターに映るドレイクの船の惨状に焦っているようだ。

オルガマリーは、分かってるから人の頭の上で暴れるな。

そう怒鳴ってフォウを投げ捨てたい気持ちを堪えながらマジーンを動かす。

 

「こっちが先にあの船を沈めて、エドワード・ティーチの聖杯を手に入れる!

 あっちの船に黒髭以外のサーヴァントはいないわ。

 恐らく宝具であろうあの船をこのまま転覆させて、彼を捕獲する―――!」

 

連続でロケットが衝突したティーチの船が一気に傾く。

あの大質量を高速でぶつけたにも関わらず、この頑丈さ。

やはりこれが黒髭の宝具なのは間違いないだろう。

だが所詮は船、このまま体当たりして一気に転覆させてしまえば―――

 

「あーまーいーでーごーざーるーぞっと」

 

揺れる船上でピンボールのように吹き飛んでいたティーチが笑った。

 

「え―――」

 

傾いていた船、その姿勢のまま海面を離れて飛行し始める。

巨大船とは思えぬ細やかな動きを見せる黒髭の船。

それは体当たりしようと向かってくるマジーンに、無数の大砲を正確に照準していた。

 

「ドゥフフフwww

 拙者の“アン女王の復讐(クイーンアンズ・リベンジ)”! やろうと思えばこうして空も飛べるのです!

 まあ海賊船を空に飛ばしたところでなーんも面白くないですけどネ。

 ンじゃとりあえず、四十発ほど行っとく?」

 

オルガマリーが息を呑み、そしてティーチがマジーンを見る。

その瞬間、黒髭の宝具が無数の砲弾を相手に向かって吐き出していた。

 

この巨体が躱し切れる密度ではなく、無数の砲弾が直撃。

修理もろくに終わっていないマジーンが、更なる攻撃に黒煙を吐き出し落下し始める。

 

「きゃあああぁ――――!?」

 

「フォーウ!?」

 

ざぱーん、と盛大に水柱を建てて今一度着水するタイムマジーン。

そのまま再度浮上することもなく、水没していくその姿。

それを見て、黒髭が砲門をドレイクの船に向けようと船の回頭を開始した。

 

 

 

 

黒髭の船の浮上。そうなれば、繋がれていたロープも引っ張られる。

だが今の黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)にはそのロープの張力に耐えるだけの耐久力が無い。

敵ランサーの手により槍から外され結ばれていたロープ。

ロープは切れず、結んだ先を破壊しながら一気に引っ張り上げられた。

 

一気に引き戻されていく、躍るロープの端。

それを見つけたドレイクが一瞬、楽しげに笑った。

 

「悪いね、こっちは任せたよ!」

 

「ドレイク船長!?」

 

彼女の手がロープを掴む。

引っ掛かっていたロープが外れた反動で一気にすっ飛ぶその勢い。

 

彼女の体はあっという間に空へと舞い上がり、空飛ぶ黒髭の船へと飛び込んでいた。

それを見ていた黒髭が、きょとんとした顔で彼女を見つめる。

 

「OH……空からBBAが降ってきた。

 空から降ってくるのは美少女と相場が決まっているというのに。

 そして始まる記憶を失った美少女と拙者の共同生活……

 二人は互いに惹かれあうも少女の失われた記憶が戻る時、事態は風雲急を告げ―――」

 

「んな相場は知らないねぇ! けど海賊が海賊の船に乗り込んでんだ!

 アタシが知ってるのはそっちの相場くらいなもんさ―――!」

 

クッ、と咽喉の奥で笑いを漏らす黒髭。

彼が右腕に装備したフックで殴り、近くに転がっていた樽を粉砕した。

 

「よく吼えたじゃねえか!

 聖杯持ってるだけの生身の人間が、聖杯持った英霊であるこの俺にだ!

 おうおう……じゃあ死ぬしかねえなぁ、フランシス・ドレイク―――!!

 野郎ども、あの女を殺っちまいなぁ―――ッ!!」

 

船長の号令に従い、船員たちが武器を持ちドレイクに殺到する。

雄叫びを上げながら剣を銃を、彼女に向けて突撃してくるものたち。

そんな相手たちをドレイクは、盛大に笑いながら迎え撃った。

 

 

 

 

「っ……! まさか自分たちの船をここまで吹き飛ばすなんてね!」

 

「余のマスターの責任であって余の責任ではないがな!」

 

最早力を抑える必要は無用と考えているのだろう。

ネロの剣には炎が溢れ、周囲の木片を焼き払いながら振るわれる。

そのネロの背後で着かず離れずの位置を保つ黒い旗持ち。

 

彼女もこちらが隙を晒せば漆黒の炎を投げつけてくるだろう。

 

「流石に不味いね、とはいえこれはもう……」

 

ドレイクの船は最早終わっているも同然だ。

即沈没とはならないだろうが、このまま延焼を止められなければ十数分。

このまま時間を稼ぎ続けて戦闘の余波で状況を悪化させれば更に短縮。

 

あとはもう、時間がくるのを待つだけの勝利だった。

 

メアリーがネロの攻撃を避け、火災を加速させている中。

 

アンはマストが折れて禿げ上がった船上で距離を取る方法を失っていた。

マストの高さとロープの張力を借りて立ち回っていたのが彼女だ。

こうなれば、マスケット銃の取り回しでは対応しきれない戦場になる。

 

それでも彼女の相手は、ドレイクが離脱したおかげでマシュとジャンヌ。

攻撃力に乏しい彼女たちが相手なおかげで何とか戦えている。

そうでなければ時間稼ぎのために逃げ回ること一択だったろう。

 

「そこ―――!」

 

マスケット銃が火を噴いた。マシュが構えた盾に当たり、火花を散らす鉛玉。

盾を構えたままにマシュがアンを目掛けて走り出した。

その後ろには、続くジャンヌの旗が見えている。

 

最早空中で足場に出来るものはないが、しかし―――

彼女たちを相手に空中戦で負ける気はなかった。

 

アンが大きく跳び上がり、空中でマスケット銃を構える。

そして連続して発砲。

マシュがその攻撃を確実に遮り、そして―――大きく盾を引いた。

ジャンヌが軽く跳び、マシュが引いた盾に着地する。

 

マシュを砲台にした、聖女の人間砲弾。

確かにアンは空中に舞う今の状態では躱せない。

だが―――

 

「―――届く前に撃ち落とすまで、ですわ」

 

アンが抱くマスケット銃の銃口は確実にジャンヌを狙っている。

撃ち出された瞬間に、過つことなく撃ち落とせる―――

 

「行きます――――!」

 

マシュがジャンヌを乗せた盾を振り上げた。射出される金髪の聖女。

だが射出された瞬間にはもう、自分もまた相手の攻撃を回避不能になるのだと教えて―――

 

相手の射出を見たと同時に、流れるように発砲していたアン。

その瞬間にダンッ、と響く発砲音。

撃ってからその音が彼女の耳にまで届く前の、ごく短い時間の中。

 

彼女がふと、何か違和感があることに気づく。

 

向かってくるのは白の聖女、ジャンヌ・ダルク。

白い旗、ネイビーブルーの衣装、銀色の鎧……金髪の髪。

果たして彼女の髪は―――短髪だった、か?

 

アンが放った弾丸が、漆黒の炎に包まれる。

 

「しまっ……!?」

 

彼女に突っ込んでくる聖女の色が剥がれ落ちていく。

白と銀は漆黒へ。輝く金の髪はまるで燃え尽きたような灰色へ。

 

船上のエルメロイ二世が、苦渋を滲ませながらそれを見る。

 

「諸葛孔明の霊基を借り受けながら、即席とはいえ偽装魔術で色以外を誤魔化せんとは。

 フラットのような連中ほどとは言わずとも、もう少しマシなものにならんのか私は……!

 ええ、まったく―――無才もここまでくると清々しい……!」

 

何一つ清々しくなさそうにつぶやく彼の前。

空中で、ジャンヌ・オルタがアン・ボニーへと到達した。

 

咄嗟に銃身を盾にしようとするアン。

オルタが旗でもって銃を弾き、そのまま空いた手で腰に下げた剣を引き抜く。

抜剣すると同時、黒く燃える剣が彼女を突き刺し、貫いた。

 

刀身から噴き上がる漆黒の炎が、アンを体内から焼いていく。

 

「く、あっ……!?」

 

「貰ったわよ―――“吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)”!!」

 

「アン―――!!」

 

空中で漆黒の炎の華が咲く。

その光景を下から見上げたメアリーが、立ち止まって彼女の名を叫ぶ。

 

炎に包まれながら、アンは断末魔を飲み下して口角を上げる。

 

「今回は―――私の方が、先みたい、ね。―――――メアリー!!」

 

相棒の名を叫び、炎に巻かれながらも銃を下に向ける。

狙いは、自分を突き刺すオルタではない。

炎を放出し続けるオルタが、相手の高まる魔力に目を見開いた。

 

メアリーがアンから視線を外し、正面に向き直る。

そこには加速してこちらに斬り込んでくるネロの姿があった。

アンが最期に定めた狙いは、彼女だ。

 

一気に加速して、メアリーの方からもネロへ向かって突進する。

 

燃えるアンの口が、小さくその名を告げた。

 

「“比翼にして(カリビアン)”………!」

 

そして、船上を走るメアリーがその名を続ける。

 

「“連理(フリーバード)”――――!!」

 

アンが最期の力を振り絞り、引き金を引いた。

今までとは比較にならない、圧縮された魔力の塊が吐出される。

すぐ傍でその弾丸の発射を見たオルタが、愕然とした様子でそれを見送った。

 

「どこにあんな魔力を……!?」

 

くすり、と。最期に笑って、アン・ボニーが消失していく。

 

宝具“比翼にして連理(カリビアン・フリーバード)

女海賊アン・ボニー&メアリー・リードの生き様の具現。

追い詰められれば追い詰められるほどに威力を増す、二人の同時攻撃。

瀕死まで追い詰められたアン・ボニーの放った弾丸は最大威力。

 

霊基が半分消失したことを理解しながら、メアリー・リードは更に加速。

全ての力を載せた彼女のカットラスとネロの振るう炎の剣が、正面から激突した。

びりびりと空気を震わせながら、衝突の勢いは拮抗する。

 

そうして一秒先、ネロはアンの遺した弾丸に貫かれる。

 

だからこそ―――

その未来を変えるべく、偽装魔術の黒い外装を剥離しながら白の聖女が割り込んだ。

 

二人が衝突する場所の横に躍り出て、旗を掲げるジャンヌ・ダルク。

 

「“我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)”――――!!」

 

極大の魔力を圧縮された弾丸を、光の結界が受け止める。

絶対防護の結界に衝突した弾丸はそれを貫くべく突き進み―――

しかし軌道を逸らされて、船体を削りながら海の中へと消えていった。

 

ネロと鍔迫り合いを演じながら、メアリーが苦々しいとばかりに言葉を吐く。

 

「っ……! やってくれたよ、あの時か――――!

 マストの上で本を持ってる変な奴が叫んでいた時―――!

 確かにあのタイミングは僕もアンも、完全にあんたたちから意識を外してた!」

 

「うむ! 余もあっちを見てたら気づかぬ内に二人が入れ替わっていた!」

 

「偉そうに言う事か!」

 

ウォズがマストの上で祝福を叫んだ瞬間だ。

エルメロイ二世は、二人のジャンヌに偽装魔術を展開した。

大きな影響のある魔術でなく、あくまで他人から見た姿を偽装する程度の魔術だ。

その影響のなさから何とか高い耐魔力に弾かれることなく通ったそれ。

 

本人の魔術を孔明の霊基で補強してもなお、色を偽る程度の事しかできなかった。

そんな、お世辞にも優れているとは言えない魔術が成立した瞬間。

二人のジャンヌは、エルメロイ二世の意図を理解した。

 

ウォズが目を引いてくれたことを利用してすぐさま入れ替わるジャンヌたち。

そうした結果が今―――二人の女海賊の攻略を可能とした。

 

互いに力尽くで剣を振り抜いて、距離を離し―――

そして同時に、ネロとメアリーは互いに相手に向かって踏み込んだ。

 

メアリーの振り抜くカットラスに、ネロの魔力を炎に変える原初の火(アエストゥス・エストゥス)が衝突する。

衝撃に千切れ、吹き散らされる炎が薔薇の花弁の如く空に散る。

炎が作った薔薇吹雪の中で、彼女はその一撃の名を謳う。

 

「“花散る天幕(ロサ・イクトゥス)”――――――!!!」

 

「―――――ッ!!」

 

カットラスを粉砕し、そのまま赤い刃がメアリーを斬り裂いた。

完全に彼女の霊核へと届いた一撃。

 

霊核を斬り裂かれた彼女は、速やかに退去が開始される。

金色の光の粒子となって消え始めるメアリー。

彼女は一度ふぅ、と大きく溜め息を吐いてから空を見上げた。

 

「……あーあ、負けちゃった。ま、でも楽しかったよ。

 いい感じに海賊として生きて、海賊として死ねた気分さ。もう死んでるけど。

 ごめんね、船長。僕たち、先に死なせてもらうよ」

 

彼女もまた、そう言いながら笑って消え失せた。

 

 

 

 

「グ、ガ、ガガ、ギギギギギギ―――――ッ!!!」

 

エイリーク・ブラッドアクスが返り血の中で叫ぶ。

その返り血は今目の前に立ちはだかるアステリオスのものだ。

相当な血を流していながら、しかし彼の動きは鈍る様子もない。

 

血啜の獣斧(ハーフデッド・ブラッドアクス)にその血を啜らせながら、エイリークが駆ける。

 

「お、お、お、■■■■■―――――ッ!!!」

 

向かってくるエイリークに雄叫びを放ち、アステリオスはそれを迎え撃つ。

 

突撃の勢いのまま打ち合せる互いの戦斧。

ぶつかり合った瞬間に互いに弾け飛び、再び衝突するために相手に向かう。

まるで独楽みたいなやり取りをしながら互いの血に塗れていく。

 

その衝突を見て、エウリュアレが立ち上がる。

彼女の手にはハートが意匠に取り込まれた黄金の弓が握られていた。

 

「こんの、こんなもの使ったことないけど……ええい、何とかなるわよ!

 行くわよ、“女神の視線(アイ・オブ・ザ・エウリュアレ)”―――!」

 

エウリュアレがとにかくと言った風に弓を引く。

するとそこにはハート型の鏃の矢が形成され番えられた。

 

彼女はよく分からないながら大きく引き絞ったそれを、エイリークに向ける。

ふらふらと震える腕では正確な狙いなど望める筈もないが。

しかしそれでも何とかなれ、と解き放つ。

 

そうして放たれた矢。

それは甘い狙いからは信じられぬほどの正確さで突き進む。

自動で追尾するような能力でもあるのか、それは確かにエイリークへと突き刺さった。

 

ガクリ、と停止するエイリーク。

 

「や、やった……の?」

 

恐る恐る弓を下ろしていくエウリュアレ。

相手が止まったことを見て、アステリオスも動きを止める。

 

「えうりゅあれ……?」

 

「アステリオス! 私の許可なく勝手に暴れて……!」

 

「わ、が……」

 

エイリークがその口を動かし、何かを喋ろうとしていた。

ぎょっとして一歩下がるエウリュアレ。

彼の口から出てきた言葉、声は―――明らかに、彼のものではなかった。

 

ぎょろり、と今までのエイリークとは明らかに違う目がエウリュアレを見る。

 

「我、が、夫に……()()を遣ったのは、お、前―――か?」

 

「な、―――!?」

 

その瞬間、エイリークが再始動する。

狙いは明らかにもうアステリオスから外れている。

どう見てもそれは、エウリュアレを殺すための進軍。

 

反応などできる筈もない彼女の前にエイリークが迫る。

 

そして――――

 

「えうりゅあれに、てを、だすな――――!!!」

 

そのエイリークに対して、アステリオスが激突した。

形振り構わず、頭から突っ込む姿勢。

エイリークに横からぶち当たった彼の牛の角が、エイリークの胴を串刺しにする。

 

そのまま突き刺した相手を、上半身ごと首を捻って投げ飛ばす。

船上に転がるエイリークの巨体。

 

彼はまるで先程までとは中身が違うかのように、無言のまま立ち上がり斧を構えた。

エウリュアレの前に立ち塞がるアステリオスを破壊するため。

無言、無表情のエイリークが迫ってくる。

 

アステリオスが斧を振り上げ、そのまま静止する。

エイリークがその斧を全力で彼の胴体へと振り抜く。

 

魔獣の斧がアステリオスの胴に突き刺さる。

だが、それでも彼を両断するにはまるで足りない。

天性の魔たるアステリオスの頑強さは、血斧王の一撃さえも体で受け止めてみせた。

 

その一撃で口からも血液を溢れさせながら、アステリオスは吼える。

 

「■■■■■■■―――――ッ!!!」

 

自分の胴体に斧を叩き込んでいるエイリークは隙だらけだ。

だからこそ彼はその攻撃を肉体だけで受けてみせた。

彼が振り上げて止めていた斧を振り下ろす。

エイリークの頭部に、アステリオスの戦斧が叩き込まれた。

 

―――そうして、魔力に還っていくエイリークの姿。

 

それを見届けて―――

アステリオスは全身から血を噴き出しながら膝を落とした。

 

 

 

 

「づ………!」

 

『所長! 所長! 無事かい!? 無事なら返事をしてくれ!』

 

海中に沈んだタイムマジーンの中、通信機からロマニの声がする。

ぶつけたせいか痛む頭。

生身だったら頭が割れてたんじゃないの、と心の中で愚痴る。

 

「フォーウ……」

 

マジーンの中でシェイクされたせいで心なしかフォウにも元気がない。

割りとどうでもいい。頭の上にわざわざ昇るな。

 

また勝手に頭の上に乗ったフォウに溜め息を一つ。

 

「外の状況、分かるかしら……?」

 

『サーヴァント・ライダー、アン・ボニー&メアリー・リード。

 そしてサーヴァント・バーサーカー、エイリーク血斧王を撃破したようだ。

 それに絡めてもう一つ』

 

こっちが沈んでいる間に、一気に状況を有利に持って行ってくれたらしい。

頼りになる部下たちだ。こうして自分は海に沈んでいるというのに。

卑屈になってるわけではない。

―――せっかくこんなものに乗ってるのに、見せ場の一つもないではないか。

 

今のはもしかしてネロのような文句だったろうか。

反省だ、やっぱり今の愚痴は無しにしよう。

 

「なに、かしら……?」

 

『先程キミが攻撃して弾かれた黒髭、エドワード・ティーチの船。

 ついさっきまで。こちらがサーヴァントを撃破するまでは、凄まじい魔力反応だった。

 だが、今計測される相手の船の魔力反応は、明らかに小さくなっている』

 

こっちが突撃したら逆に吹き飛ばされた話。

だが、そのパワーが今は感じられないという。

 

「つまり―――海賊船長として、船員(サーヴァント)の分だけ能力にボーナスが入る宝具。

 三騎のサーヴァントを失ったいま、能力はさっきまでの半分以下―――」

 

上に残っている筈のサーヴァントは黒髭本人。

そしてランサーのサーヴァントだけだ。

三騎も脱落したというのなら、目に見えるほど能力は低下しているはずだ。

 

オルガマリーがマジーンのレバーを動かす。

動く。状態を見れば、ダメージは大きいがまだ少しくらいなら何とかなる。

両腕には射出したフォーゼウォッチのロケットブースターが戻っている。

 

「だったら、やられた分はしっかりやり返してあげるわ―――!!」

 

『あ、ちょ!?』

 

ロケットを二基、一気に射出する。

タイムマジーンのセンサーが捉える、海上の敵の船を目掛けて。

水中でもちゃんと動くのか心配だったが、ロケットはちゃんと飛び立った。

よし、と頷く彼女。その彼女の耳に、ロマニの声が届く。

 

『いま黒髭の船にドレイクが乗り込んでるのに!』

 

「――――え」

 

 

 

 

海面を突き破り、巨大ロケットが顔を出した。

それは一直線に“アン女王の復讐(クイーンアンズ・リベンジ)”の腹に突き刺さる。

船員が減少して能力の落ちた船では耐え切れず、どでかい穴がぽっかりと開く。

同時にそれで大砲の火薬に引火したのか、彼の船も爆発炎上を始めた。

 

ヒュー! と自分の船が花火になったかのような光景に口笛一つ。

黒髭はドレイクに向き合った。

 

「あちゃー、こりゃ拙者の船。爆発四散一歩手前ですな。

 聖杯があろうと生身じゃ耐えられませんぞ。

 こんな高所で爆発寸前の船に乗ってる今どんな気持ち? ねぇねぇどんな気持ち?」

 

ぷすすー、とドレイクを指差して笑う黒髭。

黒髭がけしかけた船員たちを捌き切り、殆どを船上に転がしたドレイク。

彼女は銃を持ち直しながら、何でもなさそうに一つ笑う。

 

「なんてこたないさ!

 自分の船が燃えてるってのに笑ってるんだ、アンタだってそうだろ?」

 

「―――俺ぁ海賊になった時から死ぬ時は笑うって決めてるのさ。

 船に穴が開いた? 船が燃えた? 船の爆沈一歩手前?

 だからどうした!! 全部死ぬよか安い、とるにたらねぇ些末事よ!

 死ぬ時笑うと決めた奴が、死んでもねぇのに笑いを崩すなんざ、三流以下もいいとこだ!!」

 

呵々大笑する黒髭。

そんな彼の背後、船室の中から彼の船員の声がした。

 

「船長! 船長の部屋も爆発しました!」

 

「オッホォオオオオ!?

 拙者の部屋には聖杯の力で集めた美少女フィギュアコレクションがぁああ!?

 OH……少し泣く……コレクターにとってコレクションは命より……重い(至言)」

 

そう言って呵々大笑から一転、本当に目の端に涙を浮かべる黒髭。

ドレイクは胡乱げな目で彼のそんな様子を眺める。

 

数秒後、彼はぴたりと涙を止めてドレイクの顔を覗き込んだ。

 

「―――手前(テメェ)の命なんていう、自分にしか価値のねぇ宝を船に乗せて。

 海の上で好き勝手し放題。そんでもって最後は誰の手も届かねぇ海の底に沈みてぇ。

 勝手だねぇ、ああ勝手だ。そんな屑どもの名前、アンタは知ってるかい?」

 

「フランシス・ドレイク」

 

一瞬と開けずに返された答え。

クッ、と。彼は口の中で笑いを噛み殺そうとして、しかし失敗する。

腹の底から溢れてくる笑い声を口から吐き出しながら。

 

―――彼は、手にした銃をドレイクに向けた。

 

「ダハッ、ダハハハハハハハ―――――ッ!!

 よぉ、フランシス・ドレイク!! テメェは一体何なんだ―――――!!!」

 

ふざけた笑いが完全に消えて、彼は最高に楽しんでいるという表情を浮かべて叫ぶ。

 

決まり切った問いをかけられたドレイクは一度鼻を鳴らし、しかし満面の笑みを浮かべる。

彼女もまたその手の銃を彼に向けながら、彼が知る答えとまったく同じ答えを返してみせた。

 

「決まってんだろ―――? 海賊さ―――――ッ!!!」

 

いつまで生きようが。いつ死のうが。

最初この道に一歩踏み込んだ時点でそれ以外に答えはない。

 

海賊として生きて。海賊として敬われて。海賊として疎まれて。海賊として楽しんで。

そして、海賊として死ぬ。

 

終わる時が百年先でも一秒先でも変わらない。

彼女と、彼は、今を最高に楽しみながら殺し合うために銃を抜き―――

そして、二人が構えた銃が同時に火を噴いた。

 

 

 




 
派手に行くぜ!(船爆破)
 


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大・英・雄・船1573

 

 

 

炎を踏み締めながら戻ってきたメテオが、ジオウを見つめる。

ジオウもまた向けられるその視線から目を逸らさない。

 

彼の指が、メテオドライバーに装填されているスイッチに伸びた。

カチリ、と音を立ててメテオスイッチが起動。

 

〈メテオ! オン! Ready?〉

 

「これが、最後の一撃だ」

 

メテオの全身にコズミックエナジーが漲る。

溢れ出す青のオーラが、彼を覆うように包み込んでいく。

そのエネルギーが徐々に右足一ヶ所に集束。

 

必殺の一撃の前兆。

それを見たジオウが、片腕のブースターを手放して放り出す。

自前で飛行することで、ジオウのすぐそばで待機するブースターモジュール。

空いた腕で彼は、ウォッチとドライバーに手を伸ばす。

 

〈フィニッシュタイム! フォーゼ!〉

 

メテオが腕を振るいメテオドライバーの中央、天球儀のような部分を回す。

同時にジオウもまた腕を振るい、ジクウドライバーを回転させた。

ドライバーを回すと同時。浮いているモジュールを力強く掴み取るジオウ。

 

〈メテオ! リミットブレイク!!〉

 

〈リミット! タイムブレーク!!〉

 

フォーゼアーマーの各部が変形し、ロケットそのものへと変形する。

そのまま空高く舞い上がるフォーゼアーマー。

ロケットモードとなったジオウが空を飛びながら苛烈な横回転を始めた。

 

それを見たメテオもまた自身を青い球状の光で包み込み、相手を追うように舞い上がる。

 

空翔ける星となったメテオと、ロケットと化したジオウが空中で何度か交差。

何度目かの衝突で大きく弾かれた二人が、相手に足を向けて再び加速した。

 

「メテオストライク――――ッ!!!」

 

「宇宙ロケットきりもみキィ――――ック!!!」

 

青い光を纏いながら、跳び蹴りの姿勢で飛ぶメテオ。

そして、ロケットモードで横回転しながら足を向けて突撃するジオウ。

 

その二人が空中で激突し―――

 

「心が折れない限り、どんな状況だろうと必ず勝機はある。

 お前の夢が折れるのは―――お前自身が、自分の滅びを認めた時だ」

 

ぶつかり合う中で、彼の声がソウゴに届く。

彼の言葉を受け取りながら、フォーゼアーマーが回転速度を増していく。

拮抗状態から、徐々にジオウ側へと傾いていく勝負の天秤。

 

自身に近づいてくる敗北を受け入れながら、メテオが最後の言葉を送る。

 

「未来に突き進め。もし、自分で自分が支えきれないと思うなら―――

 お前の運命で嵐を呼んで、全部巻き込んで纏めて一つの銀河にでもしてしまえ―――!」

 

()()に向けて同輩(ダチ)を思い浮かべながら言葉を残していく。

 

拮抗が遂に完全に崩れ去る。

空舞う青い流星を、回転しながらロケットがぶち抜いていく。

 

光となって消えていくメテオの姿を背に、ジオウは人型にモードチェンジしながら着地した。

 

「………うん」

 

消えたメテオを見上げ、小さく呟くソウゴ。

 

その背中を見ていた立香の目の前に、ライドウォッチが落ちてくる。

彼女がそれを拾い上げれば、それはジオウが今まさに戦っていたライダーの顔。

仮面ライダーメテオのライドウォッチだった。

 

そんな彼に向けて、ぱちぱちと気の抜けた拍手が送られる。

そちらに視線を向ければ、ディエンドの姿がそこにはあった。

 

「おめでとう、立ち直ったようだね。オーマジオウ」

 

ジオウがディエンドに向き直る。

確固たる意志をもって、彼は自身に誓った事を言い放つ。

 

「俺は……オーマジオウにはならないよ」

 

「好きにしたまえ、僕には関係のない話だからね。

 そして僕に関係ある話としては―――」

 

ディエンドが空中に上がっている黒髭の船を見る。

ドレイクが上っていった、黒髭との決戦場。

 

「聖杯が二つ。放っておいて、決着がついたあとに両方僕が貰うとして―――

 今の内に邪魔になりそうな君を、ここで止めておこうかな?」

 

〈カメンライド!〉

 

彼の手が素早くカードを引き抜き、ディエンドライバーにセットする。

ジオウが身構えて、立香に下がるように腕を振って示す。

直後。ディエンドライバーの銃口から光が走り、ライダーの姿をカードから開放した。

 

〈サイガ! パンチホッパー! サガ!〉

 

Ψの紋章を浮かべながら現れる白いライダー。

飛蝗を思わせる造形のダークグレーのライダー。

銀色の鎧を纏うステンドグラスを彷彿とさせるライダー。

 

一気に船上に三人のライダーが呼び出される。

 

「一気にこんなに……!」

 

ブースターモジュールを持ち直し、それらのライダーに向き直るジオウ。

ディエンドはドライバーのハンドグリップを軽く叩きながら、仮面の下で微笑んだ。

 

「さ、じゃあ頼んだよ。彼を抑えておいてくれたまえ」

 

白いライダーが背中のフライトユニットに火を入れる。

コバルトブルーのフォトンブラッドを輝かせ、彼は空へと舞い上がった。

 

空へと飛んだ敵の姿に、フォーゼアーマーが身構える。

 

Let the game begin(さあ、ゲームを始めよう)……」

 

彼が飛び立つと同時に、そのまま加速しようとする。

が、しかし。

彼―――仮面ライダーサイガが、何も無い筈の空中で何かに背中をぶつけていた。

 

「What?」

 

彼の意識が当然それに向かう。

咄嗟に振り向いて、自分がぶつかったものを確認するサイガ。

 

―――そこにあったのは、チョコレート色の正方形のブロック。

それも一つや二つではない。

周囲一帯に、そのブロックが無数に展開されていた。

 

困惑して周囲を見回すサイガに対し、呆れるような声が飛ぶ。

 

「ゲームをしようと言ったのはお前だろ」

 

〈カメンライド! エグゼイド!〉

〈マイティジャンプ! マイティキック! マイティマイティアクションX!〉

 

彼がその声を認識した瞬間、ブロックを足場にピンクの影が跳んでいた。

 

逆立った髪の毛のような造形の頭部。その顔には大きな二つの目。

胴体を覆うアーマーには、何かのゲージらしき表示がある。

そんな突如現れた存在が、カードを腰のドライバーに差し込んでみせた。

 

〈ファイナルアタックライド! エ・エ・エ・エグゼイド!!〉

 

ゲームエフェクトのような派手な効果演出が発生する。

『MIGHTY CRITICAL STRIKE!』

そう描かれたエフェクトを周囲に発現させながら、彼の足がサイガを捉えた。

 

驚く彼の胸に一撃。直撃した瞬間、ダメージエフェクトと『HIT!』の文字が発生する。

 

空中で静止し、もう一度胸に蹴りを叩き込む。またも派手なエフェクトと『HIT!』

そのまま空中で横回転してもう一撃。蹴り抜いた勢いで足が上に、頭が下に来る。

その体勢から相手の頭部を蹴り下ろしながら体勢を元に戻す。

 

と、落ちそうになる相手をムーンサルトでかち上げて、無理矢理空中に留めさせる。

そして両足で相手の胸に乱打を叩き込み―――最後に、全力で相手の胸を蹴り抜いた。

 

爆炎を上げながら海に墜落していくサイガが、光となって消えていく。

 

自身の召喚したライダーが消えていくのを見て、ディエンドが声を上げた。

 

「エグゼイド……士か!」

 

サイガの撃墜。

それを敵対と取った残る召喚ライダーが行動を開始する。

銀色のライダー、仮面ライダーサガはその手にサーベル状の武装を構えながら走り出していた。

 

赤い刀身のサーベル、ジャコーダーロッドがエグゼイドに向け振るわれる。

急襲を受けながら、背後に跳び退ってそれを躱すエグゼイド。

だが、振るわれる武装が急に鞭のように撓り、着地したエグゼイドを打ち据えた。

 

火花を上げながら弾き飛ばされ、船上を転がるエグゼイド。

サガは鞭状に形態変化したジャコーダービュートを、一度思い切り振って引き戻す。

再び剣となったジャコーダーロッドを構え直し、彼は相手を見据えて口にする。

 

「王の判決を言い渡す―――死だ」

 

「なるほど、死刑か。なら、今から一度死んで蘇ってみるか」

 

ジャコーダーに打ち据えられた場所を叩きながら、エグゼイドは立ち上がる。

そのエグゼイドの手が腰に伸び、ライドブッカーからカードを抜き出した。

彼は手慣れた動作でドライバーを開放し、新たにカードを投入する。

 

〈カメンライド! ゴースト!〉

〈レッツゴー! 覚悟! ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト!〉

 

エグゼイドの姿が消失し、その空間にオレンジ色の顔面が浮かび上がる。

ぼう、と浮かんだ顔はまるで墓地に浮かぶ人魂の如く。

ゆらりと風景の中に浮上する黒いボディと、それに着せられたパーカー。

 

角の生えた頭を覆うパーカーのフードを、彼はゆっくりと手で脱がせる。

パーカーを外した後、彼が両の掌をぱんぱんと軽く打ち合わせた。

 

ジャコーダーの赤い刃が鞭となり殺到する。

その縦横無尽に奔る斬撃を前にし、ゴーストは風に吹かれた火が揺らめくように動く。

ふらついているようにさえ見える体の揺らめき。

しかしそれを、ジャコーダーの刀身が捉えられない。

 

「なに……!?」

 

「天才弁護士としての経験上、裁判の結果ってのは力尽くで捻じ伏せるもんだと思ってるんでな」

 

飛行、というより浮遊で足を船上から離すゴースト。

そんな彼の手が、更なるカードを握っていた。

そのカードを見せつけるように軽く揺すり、そのままドライバーの中に投げ込む。

 

〈ファイナルアタックライド! ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト!!〉

 

ゴーストの手が印を結び、その背後に巨大な眼の紋章を浮かび上がらせる。

その紋章のエネルギーを足に集中させながら、彼はゆっくりと跳び蹴りの姿勢をとった。

勢いをつけたわけでもなく、浮遊しながらその体勢で進むゴースト。

 

ジャコーダーが彼を目掛けて殺到するも、それをまるですり抜けるように突き進む。

実在しない亡霊であるかと錯覚するほどの手応えの無さで、しかし彼はサガへと激突した。

 

幽霊にはあり得ない破壊力がサガを襲い、彼がその威力に弾き飛ばされる。

吹き飛ばされていくサガは光となって消えていく。

 

それを見送ったゴーストが、残る一人に向き直った。

一人立ち止まったまま俯いている、三人目の仮面ライダー。

 

「兄貴もいない俺なんかじゃ……

 兄貴のいない地獄なんて、ただの暗闇じゃないか……」

 

呆れるように仮面の下で鼻を鳴らすゴースト。

その声を聞いて、彼がピクリと肩を震わせた。

だがそのまま肩を落として、空に燦々と輝く太陽を見上げる。

 

「今の俺に太陽は眩しすぎる……俺にはもう、日向の道は歩けない。

 俺の持っていた正義の味方の燃えカスは、とっくに燃え尽きたんだから」

 

「道なんてどこを歩いてようが、歩いてりゃその内勝手に夜明けに続いてくもんだ。

 本当の自分を探すための旅をし続けている限り、な」

 

そう言いながら、新たなカードをカードホルダーから抜き放つゴースト。

ドライバーを開いてゴーストのカードを排出し、彼はそのカードを装填した。

 

〈カメンライド! ビルド!〉

〈鋼のムーンサルト! ラビットタンク! イェーイ!〉

 

ウサギと戦車のエネルギーがそれぞれアーマーを成型する。

それぞれ造り出した赤と青の半身が、ゴーストに被さるように組立てられた。

アーマーを強く圧着して固定して、装着が完了すると同時。

圧力を逃がすために全身から白煙を噴き出す。

 

首を倒しながら、目の前に現れた赤と青のその姿を見る仮面ライダーパンチホッパー。

 

「俺は闇の住人……兄貴と一緒じゃなきゃ光を目指す理由もない。

 俺にできることは、お前たちの太陽を汚してやることだけだ……!」

 

パンチホッパーの腕が腰のホッパーゼクターに伸びる。

飛蝗の脚を思わせるゼクターのレバーを跳ね上げるパンチホッパー。

 

「ライダージャンプ」

 

〈RIDER JUMP〉

 

ゼクターから供給されるエネルギーを得て、パンチホッパーが飛蝗の脚力で跳び上がる。

頭上へと跳んだ相手を見上げ、ビルドは更なるカードをドライバーへ差し込んでいた。

 

「バッタのジャンプに、アンカージャッキ付きのパンチ。

 なら、ウサギのジャンプと戦車のキャタピラで対抗してみるか」

 

〈ファイナルアタックライド! ビ・ビ・ビ・ビルド!!〉

 

赤いアーマーの左足で、思い切り地面を踏み切るビルド。

彼の体がパンチホッパーを追うように空高く跳び上がる。

互いに空中にありながら、ビルドとパンチホッパーが視線を交わす。

 

「ライダーパンチ―――ッ!!」

 

〈RIDER PUNCH〉

 

パンチホッパーの腕がゼクターのレバーを倒す。

ホッパーゼクターの持つ全てのエネルギーを集中させた拳を、彼は突き出した。

 

それに対するビルドが青いアーマーの右足を突き出し、跳び蹴りの姿勢で迫る。

足裏には戦車の履帯があり、それが高速で回転を始めていた。

 

「ハァアアアア――――ッ!!」

 

激突する両者の攻撃。

インパクトの瞬間、パンチホッパーの腕に装備されていたアンカージャッキが駆動する。

弾けるように展開されたアンカーは、攻撃の威力を増加させるための機構。

 

だが戦車のキャタピラに巻き込まれたその拳は、アンカーごと回転に受け流される。

高速回転するキャタピラは、回転する方向へと接触した相手からの衝撃を逃していく。

直撃を逸らすそのギミックに威力を削られたライダーパンチ。

それがビルドに痛打を与える事はなく―――

 

逆にそのまま突き抜けたビルドの蹴りがパンチホッパーを打ち砕いた。

空中で光となって消えていくパンチホッパー。

キックを終え着地したビルドが、息を吐きながら両の掌をぱんぱんと打ち合わせる。

 

瞬く間に召喚ライダーを撃破した相手を見て、ジオウが呟く。

 

「………強い」

 

その声に反応してか、ビルドがジオウへと振り返った。

しかしそんな彼に、それはもう大きな声でディエンドが声をかける。

 

「やあ、士。久しぶりじゃないか」

 

「………ふぅ」

 

自然と出てくる溜め息。

ビルドがその場で疲れをとるように軽く首を回してみせた。

 

今の彼の姿を見て、ディエンドが問いかける。

 

「ビルドたちのカードも持っているようだね」

 

「―――オーマジオウが存在する以上、他の奴らも存在してなきゃおかしいだろう。

 それに干渉できるかどうかはそいつ次第。俺は出来る、ただそれだけだ。

 ま、俺も俺と魔王以外にそれが出来る奴は知らないがな」

 

ビルドの姿のままディエンドを見返す。

その回答に、仮面の下で小さく笑うディエンド。

彼はその話を自分から振っておいて打ち切り、別の話題を持ちかける。

 

「君もこの世界に何か用があるのかい?」

 

楽しげに問いかけてくるディエンドに、ビルドがその体ごと向き直る。

本題に入ったと理解したからだ。

 

「随分と楽しそうじゃないか、海東。だいぶ好き放題してるみたいだな。

 そのせいでどこぞの誰かさんは、俺を利用してまでお前を排除したいらしい」

 

「……ふぅ。つまり君がこの世界に来た目的は僕の邪魔をすること、というわけかい?

 やれやれ……やめてくれないか。いちいち僕を後ろから付け回すような真似は」

 

呆れるように肩を竦めるディエンド。

それを聞いて、ビルドもまた呆れるように肩を竦めてみせた。

 

「別にお前の後にくっついてきてるわけじゃない。俺の目的はこっちだ。

 こいつをくれてやったら、もうこの世界からは大人しく消えるさ」

 

そう言ってビルドがその手にライドウォッチを取り出す。

それを見たディエンドが小さく唸った。

 

手の中にウォッチを持ったビルドがジオウを見る。

 

「そら、魔王。お前にくれてやる」

 

「え?」

 

ぽーんと、放り投げられるマゼンタカラーの形状が普通のものと違うウォッチ。

投げられたので、ジオウは咄嗟に手を伸ばし―――

ブースターモジュールの先端が、ウォッチをがつりと殴り飛ばした。

 

「あ!?」

 

船上に転がっていくウォッチ。

それを―――高速で移動するシアンの影が即、拾い上げた。

ジオウが焦りながらその影、ディエンドの姿を見る。

 

「へぇ、これが君のウォッチなんだね士。ふぅん、これも中々のお宝じゃないか。

 ―――士がこれを魔王に渡したってことは、今のこれは魔王の持つお宝ってわけだ」

 

拾い上げたウォッチを眺め、裏返し眺め、手の中で遊ばせる。

ひらひらとそれを振り回しながらビルドの方を見るディエンド。

 

「折角だから今回はこっちのお宝を頂いていくとするよ。

 この世界のお宝より、こっちの方が面白そうなお宝だったからね」

 

ウォッチを手にしたディエンドがそう言った。

すると彼の背後にいつの間にか浮かび上がる銀色のカーテン。

それがあっという間にディエンドの姿を呑み込んで、完全に消えてしまった。

 

それを何をするでもなく見送って、再び肩を竦めるビルド。

 

「………どういうつもりだい、門矢士。

 ウォッチをみすみすディエンドに渡すなんて」

 

「あ、ウォズ」

 

マストの上で祝っていた彼を、マストごと爆発で吹き飛ばしてしまった気がする。

が、無事な様子で普通に出てきたということは大丈夫だったんだろう。

そんな彼がいつの間にやら立香の隣に並んでいた。

 

だが何も気にしていない、といったような声でビルドはウォズの言葉を切り捨てる。

 

「魔王に俺のウォッチを渡す。海東の奴を追っ払う。

 どっちも約束通りこなしただろう?」

 

今にも舌打ちをしたいのを我慢している、と言うような表情を浮かべるウォズ。

そんな彼の言葉を聞いて、立香はジオウに歩み寄りながら話しかける。

 

「ほら、ソウゴがちゃんとキャッチしないから……」

 

「いやだって、今俺の腕ロケットだし……えー、俺のせい?」

 

ゴンゴン、とブースターモジュール同士を打ち合せるジオウ。

そんな彼を慰めるように、彼の頭を撫でる立香。

フォーゼアーマーの頭を撫でると、面白いくらいにキュッキュッと音がした。

 

「わっ、凄い良い音が鳴る……!」

 

「え、ほんと?」

 

自分でも撫でてみようとして、自分の頭をブースターで殴るジオウ。

あらら、と困ったような表情を浮かべる立香の前で、ジオウの姿がふらついた。

 

そんな彼らを見ながら、ビルドは鼻を鳴らす。

 

「ま、俺のウォッチが欲しければ、海東の奴から奪い返してみせるんだな。

 ―――少なくとも、俺が待つお前たちにとっての最後の特異点に来る前には。

 最低そのくらいには強くなってなきゃ問題外だ」

 

立て直したジオウが、その赤と青のライダーの姿を見据える。

 

「……あんたは誰なの」

 

ビルドがディエンドのように、その背後に銀色のオーロラを出現させる。

それが彼の姿を呑み込むと同時。

その銀幕の中でビルドの赤と青の目が、緑色のものに変わっていた。

 

本来の姿を影だけで見せながら、彼はジオウの問いに一言だけ残していく。

 

「――――通りすがりの仮面ライダーだ、覚えておけ」

 

 

 

 

実質的に既に負けている、という戦場。

そんな中で困ったような顔のまま、彼は未だにクー・フーリンの槍を凌ぎきっていた。

一対一ならこのまま時間稼ぎに終始すれば先に船が沈むだろう。

が、他のサーヴァントもマスターももうフリー。

 

流石にこの戦力差で防戦出来るとは言えない。

 

「いやぁ、困っちゃうね」

 

「―――――」

 

対してクー・フーリンは無言。

船が炎上したがための沈むのを待つ立ち回りは関係ない。

相手は最初から時間稼ぎに終始している。

先の発言からして、黒髭とも純粋に仲間というわけでもないのだろう。

 

海賊組が次々と撃破されているのに、焦る様子も微塵もない。

その何が有ろうと心を揺らさない構えこそが防戦の神髄、と言われればそこまでだが。

 

「ン。俺の狙いが判らなくて悩んでるのかい?」

 

「まぁそうだな。とはいえ、ここからそっちに逆転の目があるとも思えねぇが。

 まして、他の陣営として横入りしてくる余裕もな」

 

「ははは、そうだなぁ。それは難しいだろうなぁ……

 何せ周りは水平線だし。見回しても、どっこにも助けに来てくれる船は見えない。

 凄い速さで空飛んでくる船があれば別だろうけどさ」

 

やれやれだよ、と。大きな溜め息を吐いてみせる。

その溜め息の意味を見極めようと、クー・フーリンは彼を睨み付け―――

睨まれていることを知った彼は、朗らかにさえ見える表情で笑った。

 

「いやほら、だってさ。俺の仕事、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 怒られちゃうなーってね」

 

「―――――ッ!」

 

瞬間。彼方から何かが、空に浮く黒髭の船に向かって飛来した。

 

 

 

 

ドレイクの放った弾丸を、腕に装着したフックで弾き返す。

人間のままであったなら無理な動きだろう。

空に浮いているせいで火の回りは早い。

積んでいた火薬が全て一気に着火し吹き飛んだ、ということもある。

 

海に浮いているドレイクの船より、先にこちらが限界を迎えるだろう。

とはいえ下にでかい穴も開いている。

海上に下せばそのまま燃え尽きる前に沈むだけだ。

 

そんな事を考えながら、黒髭は銃を乱射する。

跳ね回りながらそれを躱し、撃ち返してくるドレイク。

 

「とはいえこのまま空で花火と散る、ってのは面白くねぇ!」

 

「ハ―――船を空に飛ばしといて言う事かい!」

 

言い返された言葉に、笑い声を返す。

船上に張り巡らせられたロープが燃えて、その炎が帆にまで燃え移る。

様々なものが燃えて崩れ落ちだした黒髭の船。

 

最早結末は互いに見えているようなものだ。

勝とうが負けようが、どっちも死ぬ。

 

だが、そんな事死んでから反省すればいい。

ここでビビって退くくらいなら、そっちの方がマシってものだ―――

 

そうしてまだこうして銃撃戦を続けようとする二人の耳に、異音が届く。

 

〈ロケットォ…!〉〈ドリルゥ…!〉

 

次いで、有り得ない速度で水を船の船首が掻き分ける爆音。

その音のする先に、二人が同時に視線を送る。

 

巨後部に、凄まじい勢いで炎を吐き出す推進装置。

そして先端には高速回転する円錐型の金属衝角。

ドリルを先頭につけた、ロケットで加速する巨大船が突撃してきていた。

 

「なんだいありゃあッ!?」

 

叫ぶドレイクの正面で、舌打ちした黒髭が下にいる最後の船員を見る。

彼はこちらを見ると、悪いねとでも言いたげに申し訳なさそうに微笑んだ。

 

「いやはや。面白いもの飛ばしてきますな、ヘクトール氏は」

 

黒髭がドレイクに向かって踏み込む。

咄嗟に反応したドレイクが、銃を撃ち放っていた。

それら全てが彼に当たり、穴だらけにされた胴体から大量に血を噴き出す。

 

「ああん!? 何してんだい、アンタ!」

 

彼は穴だらけになりながらもドレイクに接近。

その腕のフックで彼女の襟首を捕まえ、強引に振り回す。

 

「おうおう! よくよく考えてみりゃ俺が憧れたのは世界一周成し遂げた偉人!

 海賊でありながら“星の開拓者”、フランシス・ドレイクって奴よ!

 まだ世界一周した頃でもねぇBBAと拙者じゃあ、立ってるステージが違うのさ!

 意識高い系海賊、黒髭様の船はそんな安くはねーんだよ!

 今のオメェがこの“アン女王の復讐(クイーンアンズ・リベンジ)”に乗り込んでくるなんざ、時期尚早!

 あと一億トンで七年くらいは早いってこったぁ!!」

 

そのままフックに引っ掛けたドレイクを、彼女の船へと目掛けて投げつける。

次の瞬間―――

 

海面から吹っ飛んだ巨大船の先端のドリルが、彼の船へと突き刺さった。

 

 

 

 

上から投げ捨てられたドレイクを下でジャンヌが受け止める。

 

そんな彼女たちの目の前。

爆砕された黒髭の船の残骸が降り注ぐ中、飛んでいた巨大船が海面まで落ちてきた。

 

着水の衝撃に、津波の如く押し寄せる海水が船を襲う。

炎上していた船が、その海水の襲来で強引に鎮火される。

 

その波に流されぬように、と誰もが船体にしがみ付き耐えて―――大波が収まった瞬間。

アステリオスにしがみ付いていたエウリュアレの体がひょいと持ち上がる。

 

「え?」

 

「悪いね、女神様。ウチの船長があんたも御所望なんだわ」

 

息を詰まらせて声の出所を見上げるエウリュアレ。

彼女を掴みあげていたのは、困ったように笑う敵のランサーだった。

 

「テメェ―――ッ!」

 

津波に一瞬、彼を見逃したクー・フーリンが吼える。

エウリュアレを小脇に抱えた彼が、そのまま突如現れた船の方へ跳ぶ。

 

「足は速いわ、頭は回るわ、ほんとアキレウスみたいだったよオタク。けど悪いね。

 オジサン、そういう奴を出し抜かなきゃやってられない戦いしてきたんだ。

 どうすりゃ目を外せるか、どこで動けばいいのか、なんとなーく判っちゃうのさ」

 

「えうりゅあれぇ――――!!」

 

アステリオスが叫ぶ。

船同士の間隔は、一足跳びでは届かない距離は開いている。

しかし空中に魔力を押し固めた足場が現れ、彼はそれを蹴って船まで跳んだ。

 

―――彼が着地した船の上には、金髪の青年が立っていた。

その横には、今まさに彼の離脱を援護した魔術師、青髪の少女。

 

「―――それで? 女神を確保したのはいいとして、聖杯はどうしたんだい?」

 

金髪の青年は海面に散らばり、魔力となって溶けていく黒髭の船の残骸を見る。

問いかけられた男はいやぁ、と頭を掻きながら笑って誤魔化す。

 

「ハ、それでもトロイアの英雄か。ヘクトール。

 ごろつきどもすら出し抜けないんじゃ、馬小屋育ちに負けて当然だ」

 

「そう言われると弱いねぇ、負けたのは事実なもんで」

 

たはは、と。笑ってその叱責を受け流すヘクトール。

ふん、と鼻を鳴らす彼の耳にロケットの推進音が届く。

見上げれば―――相手の船から、両腕にロケットを装備した相手が飛んできていた。

 

それを見て、彼は自分の背後にいる男に問いかける。

 

「あれかい? 君の言う倒せば新たな力が手に入る存在、というのは」

 

「はい。奴の持つ力は貴方と同質の、“王の力”。

 奪い取り己が物とすれば、貴方はより強大な力を得ることになるでしょう。

 “王の力”とは最も相応しき者が持つべきもの。

 あるべき力は、あるべき場所へと集めるのが、正しき行いかと……」

 

はっ、と咽喉の奥で笑い声を転がす男。

 

確かに。彼は今ここに来た方法のように、実際に凄まじい力を得た。

相手が実際に力を持っているのも事実のようだ。

どっちにしろ、倒さねばならない相手なのだから関係ないか。

 

こちらの頭上まで飛んできたそれが、彼の後ろの男を見て声を上げた。

 

「スウォルツ―――!」

 

スウォルツは呼び声に応えることなく、頭を垂れて彼に対して希う。

 

「我らが王、英雄船アルゴー号船長―――イアソンよ。

 どうか悪しき魔王を打ち倒し、この世界に救いを」

 

声をかけられた男。イアソンが顔を大きく歪め、口角を吊り上げる。

彼の体内に収められたアナザーウォッチが、彼の意思に反応して起動した。

 

〈フォーゼ…!〉

 

今まさに目の前に存在する、フォーゼアーマー。

それと明らかに同系統のフォルムに、イアソンの姿が変わっていく。

ロケットを思わせる白いボディのアナザーライダー。

アナザーフォーゼが、ジオウの目の前で誕生していた。

 

「アナザーライダー……!

 だけどもう、俺は同じ力を持ってる―――!!」

 

ブースターを吹かし、アナザーフォーゼに向け加速してくるジオウ。

その反逆者を前にしてしかし、アナザーフォーゼはまるで一歩も動かない。

ジオウはその様子に僅かに逡巡したものの、一気に加速して突撃する。

 

「私と戦いたいか? だが私は王―――!

 最高の英傑たちを乗せたアルゴー船の長であり、世界の王たるイアソンに他ならない。

 戦いたいというならよし、受けて立とうじゃないか―――!

 タイマンでも何でも………!!」

 

アナザーフォーゼが頭を撫で上げるような動作を見せる。

そうして高速で接近してくるジオウを見て、高らかとその名を叫ぶ―――

 

「この俺の、ヘラクレスがなぁァ―――――ッ!!!」

 

「■■■■■■■■■―――――ッ!!!」

 

瞬間、二人のフォーゼの間に鉛色の巨人が落ちてくる。

圧倒的な力の気配。神をも凌駕する力を漲らせる、絶大なる栄光の戦士。

アルゴー船を揺るがしながら登場したその大英雄が、ジオウへ向かって咆哮した。

 

 

 




 
アナザーライダーフォーゼ! タイマン張らせてもらうぜ! ヘラクレスがなァ!!
 


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僕・之・名・前1680

 
マグニフィセントになりそう(模造品並の感想)
ロイメガより好きです。
 


 

 

 

鉛色の巨体は、その大きさからは思いもよらぬ俊敏さでジオウへと迫る。

巨人に迫られたジオウが即座にブースターの向きを返した。

逆噴射で急激のブレーキをかけつつ、すぐさま横へと再加速。

 

そんな迫りくるヘラクレスを振り切り背後を取るための動きを実行し―――

 

脚力だけで強引に突撃方向を切り替えた大英雄に追いつかれる。

 

「な――――っ!?」

 

「■■■■■■■――――ッ!!」

 

彼が手にするのは岩からそのまま切り出したかのような石斧剣。

その巨大な質量が、轟く咆哮とともにジオウに向かって振るわれた。

 

咄嗟に両腕のブースターモジュールを重ねて防御する。

そのままモジュールが圧壊するのではないか、という破壊力にしかし耐え切り―――

それでも、船外まで大きく吹き飛ばされる。

 

「ぐ、ぅうう……ッ!?」

 

全身各部のスラスターユニットが姿勢制御に駆動し、何とか体勢を立て直した。

一時的に空中で静止するような状態になるジオウ。

 

それを眺めていたアナザーフォーゼが仮面の下でその姿を嘲笑う。

 

「ハッ―――!」

 

〈ランチャー…!〉

〈レーダー…!〉

 

彼が嗤いながら腕を振るえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そのすぐ近くに同時に出現する索敵用のアンテナ。

それが周囲の状況にサーチをかけ―――正面のジオウをロックオンしたと、ブザーを鳴らす。

 

「うっそ……!」

 

木で出来た船に似合わぬ、近代兵器の登場。

それについ驚きの声を漏らしたジオウに対し、無数のミサイルが射出された。

 

不規則な軌道を描きながら、それは間違いなく全てジオウを目掛けて飛来する。

彼を囲うように殺到するミサイル攻撃は、体勢を立て直した直後では躱せない。

 

一秒後。着弾したミサイルの起こす爆炎の中に、ジオウの姿が呑み込まれた。

 

海上に咲いた炎の花。

それを見上げながら、イアソンは満足気に息を吐いて―――

 

しかしその爆炎が渦を巻き、捩じられながら裂かれていく。

次の瞬間。その中から飛び出してくるのは、変形したジオウの姿。

 

「宇宙ロケットきりもみキィ―――ック!!」

 

ロケットモードに変形したジオウは、両足を揃え突き出しながら突進する。

その一撃が目指すのはアナザーフォーゼと化したイアソン。

 

だがしかし。その間に再びヘラクレスが立ちはだかる。

彼は石斧剣を放りだして、ジオウの攻撃の前に両腕を突き出す。

 

―――突撃してくる回転ロケットが、両腕を構えた大英雄と激突した。

 

「オォオオオオオ――――ッ!!!」

 

「■■■■■■■――――ッ!!!」

 

受け止めて踏み止まろうとするヘラクレスの足が、船上で後ろに押し込まれていく。

回転が生み出すエネルギーで突撃し、相手を押し込んでいくジオウのパワー。

だが、それは徐々に速度を落としていき―――やがて、完全に停止した。

 

ヘラクレスの手がジオウの足を掴み取って、完全に回転までも止めていた。

 

「ぐっ……!」

 

「■■■■■―――ッ!!」

 

片足を掴んだままに、ジオウの体を大きく振り上げてみせるヘラクレス。

そして振り上げた時の倍の速度でもって、彼の体を甲板に叩き付けた。

 

甲板に激突させられたジオウの背中で弾ける爆音。

ジオウのアーマー、そして船体。どちらもがメキメキと悲鳴をあげる。

 

「ぐぅうう……っ!」

 

「ははは、おいおいヘラクレス。船は壊してくれるなよ?」

 

〈シールドォ…!〉

 

それを笑いながら見ていたイアソンが彼の足元。

つまりこの船の甲板上に、盾を一枚出現させた。スペースシャトルを彷彿とさせる形状の盾。

ヘラクレスが再びジオウを振り上げ、シールドに向かって叩き付ける。

 

―――叩き付ける、叩き付ける、叩き付ける。

 

「が、ぁ……っ!」

 

振り回されている状態で、連続で襲いかかってくる衝撃。

彼の拘束から抜け出すためブースターを全力で噴かす。

だがヘラクレスは力尽くでその勢いを押さえ込み、何度でもその動作を繰り返した。

 

そのまま盛大に振り上げて、両腕で再び両足を掴み取り―――

全力でもって、足元のシールドにジオウの頭部を叩き付ける。

振り抜き叩き付けると同時に手放した体が、ごろごろと船上を転がっていく。

 

「ぐ、ぁ……っ」

 

連続して叩き付けられた衝撃。

そこで限界を迎えたフォーゼアーマーは光となって消え失せる。

強化アーマーを喪失したジオウが、しかし何とか立ち上がろうともがきだす。

 

「■■■■■―――――」

 

倒れているジオウに、放り出した石斧を拾い上げたヘラクレスが迫る。

 

彼まであと一歩という距離まで歩み寄り、一切の迷いなく振り上げられる石斧剣。

それが、ジオウの頭部を目掛けて全力で振り下ろされ―――

 

ギャリギャリ、と。

まるで岩石を削りだすかのような、凄まじく耳障りな異音が轟いた。

 

―――ヘラクレスの振り下ろした石斧は、ジオウに掠ることもなく甲板に突き刺さっている。

そしてその目の前には、朱槍を振り抜いた姿勢で佇むクー・フーリン。

 

「はっ―――テメェは結局またバーサーカーか。つくづくクラス運のねぇヤツだぜ」

 

「ラン、サー……!」

 

青色のランサーが、懐かし気に目を細めて鉛色のバーサーカーと対峙する。

彼もまた青髪の少女魔術師がヘクトールを逃がすためにそうしたように。

己の魔術で疑似的な足場を作り、こちらに二歩で跳んできたのだ。

 

「動けるか、マスター」

 

「なん、とか……ね!」

 

声を掛けられ何とか立ち上がって見せるジオウ。

そんな二人の様子を見て、イアソンが舌打ちした。

 

「ふん……! ヘクトール! お前も見てないで加勢しろ!

 ニ対一程度で負けるヘラクレスじゃないが、お前がどっちかを足止めしてればすぐに終わる!」

 

「はは、時間を稼げば勝ってくれる友軍がいる防戦か。そりゃ希望があっていいね。

 それで、こっちの女神様はどうします?」

 

「っ……この、もっと丁寧に扱いなさいよ!」

 

ひょい、とエウリュアレを軽く持ち上げて彼はイアソンに問いかける。

 

雑に持ち上げられた彼女が、全力で彼の顔に向かって手を張った。

そんな彼女の平手打ちをあっさりと躱して苦笑するヘクトール。

 

だいぶお転婆女神だが、そもそも大した事ができるわけではない。

イアソンの側に控えている女魔術師なら逃がすようなことはないだろう。

そう考えた彼は、仕方なしに彼女をイアソンの近くに放り投げようとし―――

 

その瞬間。彼が戦場で培ってきた勝負勘が警鐘を鳴らす。

自分の中の何らかの感覚が、明確に死の気配を嗅ぎ取っていた。

反応というより本能。

何を措いても、と。咄嗟に体が回避のために横へと跳ぶ。

 

そのせいで今まさに投げようとしていたエウリュアレがすっぽ抜け、彼女の体は床に落ちる。

 

直後に火薬の破裂音。そして、一瞬前に頭があった場所を過ぎ去っていく鉛玉。

その音源になったのは、いつの間にかヘクトールの背後にいた男。

―――黒髭、エドワード・ティーチ。

 

「ドゥフフフwwwそりゃもちろん拙者が嫁に貰いますぞwww」

 

「ひっ……!?」

 

腹は銃弾が開けた穴だらけ。

先の船の突撃で受けた裂傷は全身にあり、彼の体は血で赤黒くなっていない場所がない。

そんな死人同然の姿で、彼はニヤニヤ笑いながら転がったエウリュアレを見ていた。

 

正確にはエウリュアレの乱れたスカートの際、そこから覗く足の付け根。

あんなところやこんなところが見えるか、見えないか。その瀬戸際。

そんなシュレディンガーのエウリュアレを見ていた。

 

彼の中でこれは哲学的境地の視線であり、けしてやましい気持ちだけではなかった。

やましい気持ちは全体の九割で、残る一割は未知へと漕ぎ出す海賊的探究心の発露だったのだ。

 

「というわけで全宇宙エウリュアレ氏ペロペロ選手権!

 エントリーナンバー1! 黒髭、エウリュアレ氏をいただきます!!」

 

「きゃぁああああああ!?!?!?」

 

がばり、と彼女に覆い被さろうとする黒髭。

その彼の顔に、エウリュアレの全力のビンタが炸裂した。

 

「ありがとうございます!!!」

 

そのビンタでひっくり返る黒髭。

舌打ちしたヘクトールがすぐさま動こうとして―――

倒れて転がった黒髭の放った銃弾が、彼の足元に連続して着弾した。

 

「チッ……!」

 

「あっ……! いま―――!」

 

エウリュアレが走り出し、ジオウたちの方へと向かっていく。

 

目的が捕獲である以上、ヘラクレスも動かない。

中途半端に戦闘能力を持つしかし華奢すぎる相手。

バーサーカーの今時分、その目的のための行動に自分は向かないと理解しているから。

彼はクー・フーリンと対峙したまま、彼女の逃亡を見逃した。

 

「……チッ、何をやってるヘクトール!!」

 

「あちゃー……こりゃ大失態。やってくれるね、元船長。

 船を壊された後は、もしかしてこの船の横にへばり付いてたのかい?」

 

倒れていた黒髭が起き上がる。

彼が浮かべていた気持ち悪い表情はそこになく、ただただ凶悪な笑みを浮かべていた。

 

「ははは。ただ優先順位の問題ですぞ、ヘクトール氏。

 この海賊稼業、一回業界内で舐められたら終わりな仕事なものでして。

 だからいま俺が何よりやらなきゃなんねぇのはよぉ……

 ―――裏切った奴を血祭りにあげることだよなぁ?」

 

それこそ自分が血祭り、という有様の黒髭が立ち上がった。

立っている場所を血溜まりに変えることなど気にした様子はない。

ただただ邪悪にヘクトールの姿を見つめている。

 

「んー、まあそうかもねぇ。

 でもちょっと……正面からあんたが俺とやりあって血祭りにできると思ってるなら。

 俺もすこーし、やらなきゃいけないことができたことになるのかな?」

 

すぅ、と表情から色を消していくヘクトール。

軽く振って見せた槍が、音もなく金色の閃光を描く。

 

神話の戦いを経験してきた、投槍の名手ヘクトール。

たかが一海賊が張り合って対抗できる相手であるはずもなく―――

 

「ハハハハハハハハッ―――――!!!

 面白れぇ! どこぞのBBAみたいによぉ、俺もやってみたかったのさ!!

 格上も格上、神様の親戚を撃ち殺してみせることをよォ―――ッ!!!」

 

「俺は神様とは随分と遠縁だけどねぇ……まあ、海賊の流儀だってなら仕方ない。

 俺が勝ったら、退職金代わりにその聖杯を力尽くで貰っていくとしますかね」

 

笑い続ける黒髭。連続して銃口から吐き出される鉛玉。

彼に向かい、今まで薄く浮かべていた笑みを消したヘクトールが踏み込んだ。

 

 

 

 

黒髭の船は沈み、しかしドレイクの船は禿げ上がったが残っている。

となれば、それは命を拾ったドレイクたちの船の勝利ということになるのだろう。

そういう人種。そういう稼業。

彼女を放り投げた黒髭とて、そんなことは当たり前だと言うに違いあるまい。

 

もはやマストも倒れ、足を奪われている船上でドレイクが歯噛みした。

相手の船上では未だ戦闘が続いている。

だが船のこの状況で参戦することなど叶わず―――

まして、参戦したところでこれ以上の戦闘行為をすれば、まずこの船は沈没することだろう。

 

だから彼女はこう言うしかない。

 

「……こっから逃げるよ。あの空飛ぶ人型でこっちを押せるかい?」

 

今から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

立香に向かって振り返るドレイク。

 

彼女は通信機に向かって、今も海中にいる筈の所長の状況を確認する。

 

「所長? ドクター?」

 

『大丈夫よ、何とか飛べる―――はずよ。

 あのロケット装備は消えてしまったけれど……』

 

海中でタイムマジーンの頭部は既にジオウウォッチに変更されていた。

とはいえ飛行能力自体は健在。一応、船を押して逃げることはできるはず。

ただオルガマリーの耳には、先程からダメージ過多による無数のアラーム音が届いているが。

 

「ですが、あちらは―――」

 

ジャンヌが戦闘を続けている敵船上を見る。

先程あの船が見せた突撃。あれを実行されれば、逃げるどころの話じゃない。

どう足掻いても、あれをさせないための時間稼ぎが必要だ。

 

だが考えるまでも無いだろう。

この場に残って時間稼ぎなどすれば、間違いなく命はない。

その上で最低限必要とされるのは、少なくともヘラクレスとヘクトールを止められること。

 

『……まず彼らは今、聖杯を持つ黒髭。そしてエウリュアレを同時に狙っている。

 相手がエウリュアレを攫って何をしようとしているかは分からない。

 けど明らかに、ろくでもない何らかの計画に利用しようとしているのだろう。

 人理を守るという観点から言って、それを見逃すのはけして得策とは言えない』

 

ロマニの言葉。彼が語ったのはエウリュアレの処遇。

置いていくなど心情的に最初から選択肢にないが、同時に戦略的にも選択肢にないと明言する。

 

だが相手の目的が明確にエウリュアレであるのだとしたら。

奪還してから逃げ出せば、下手をすれば足止めなど関係なしに追いかけてくるかもしれない。

―――ただ仮にそうだとしても、やらなければならない話だ。

 

ネロが目を細め、足を一歩踏み出す。

この場で一番高い拘束力を持つのは、彼女の宝具だろう。

船ごと劇場に取り込んでしまえば、確実にある程度時間は稼げる。

 

彼女一人ではどう足掻いてもヘラクレスとヘクトールの相手は不可能だが……

致し方ない。クー・フーリンも巻き込めば、どうにかなるだろう。

ソウゴのサーヴァント二騎がまるまる脱落することになるが、それならまだ挽回は―――

 

「ぼくが、いく……! えうりゅあれを、たすけに……!」

 

だが、ネロが声を上げる前にアステリオスが声を上げていた。

 

「……あんた」

 

声を上げた彼を見るドレイク。

彼女が何かを問いかける前に、彼は必死に自分の中の想いを言葉にしようとしていた。

 

「ぼくは、かいぶつだった……! いままでずっと、かいぶつだった……!

 ちちうえにいわれたとおりに、ただこどもをころしてた……!」

 

怪物、ミノタウロスとして彼は語る。

迷宮に入ってきたものを生贄に、彼は怪物として成長した。

だが、そんな成長を望んでいたわけではない。

 

「ぼくはいままで、ミノタウロスだった! ひとをころすだけのかいぶつだった!

 でも、もどらなくちゃ! アステリオスに……! にんげんに……!」

 

怪物としての名、ミノタウロス。

忌むべき、しかし確かに彼に与えられた名前。

否。忌むべき彼の所業こそが、ミノタウロスという名を怪物の名前にしたのだ。

 

ミノタウロスの名と、彼は切っても切り離せない。切り離していいものでもない。

ただ彼にはもう一つ。誇り高き、怪物にそぐわないほど美しい名前があった。

――――雷光(アステリオス)

 

怪物と化した彼の名がミノタウロスなら、人で踏み止まっている彼はアステリオス。

どれだけ偽っても、彼はもうミノタウロスであることは変わらない。

彼が怪物として奪った命は、返らない。

けれど―――

 

「みんながぼくのなまえをよんでくれたから……ぼくにおもいださせてくれたから……!

 みにくいかいぶつだけど、なにもゆるされないけど……!

 ぼくは、アステリオスでいたいから―――!!」

 

彼が叫んだ言葉を聞いて、ドレイクが小さく笑う。

そうして、叫ぶ。

 

「だとよ、聞いてたかい!?」

 

甲板に倒れている、彼女の部下の海賊たち。

彼らがアステリオスの言葉を聞いて、同じように笑い出した。

 

「ははは、人を助けに行きたいって言ってる奴が怪物だってよ」

 

「俺たち海賊よか人間できてる怪物だぜ。

 俺たちゃあれだ。怪物じゃないが、俗物だからな」

 

「そりゃいい。怪物乗せた俗物たちの船、合わせて海賊船だな」

 

上手い事言ってやったぜ、という顔をしたアホをドレイクが蹴飛ばす。

 

「あんたたちがさんざこき使った新米が男見せたいって言ってんだ!

 さっさと立ってどっか掴まってな、アホども!!

 逃げる前にいっぺん、アイツらの船にぶちかましに行くよ―――!!!」

 

ふらふらと立ち上がっていく海賊たち。

これからの行う吶喊に向けて、死ぬ気で耐えに行くのだ。

そんな彼らを見送って、立香はアステリオスを見る。

 

「アステリオス……」

 

彼はエイリークとの戦いで傷ついた体に力を漲らせながら、小さく笑う。

 

「えうりゅあれを、よろしくね。ぼくは、ぜんぶえうりゅあれのおかげで……

 ぼくは、ぼくに……アステリオスに、すこしもどれて……

 こんなに…………うれしいとおもえたんだから―――――」

 

そう続けた彼の笑顔を見て、立香が僅かに目を伏せて―――

通信機に呼びかけた。

 

「所長、お願いします!」

 

『………分かった、行くわよ……! 掴まってなさい!』

 

次の瞬間、浮上してきたタイムマジーンが船の後ろに取り付いた。

全力で飛行を開始して船を押し込んでいく先は、目の前にあるアルゴー船。

 

 

 

 

あらゆるエラー音を無視しながら、全力でハンドレバーを押し倒すオルガマリー。

タイムマジーンの出す限界速度で、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)はアルゴー船に激突する。

揺さぶられる船上でイアソンが舌を打つ。

 

それと同時に、アステリオスがアルゴー船に向かって跳び込んでいた。

 

「ソウゴ――――!」

 

立香の声がジオウに届く。

ジカンギレードの銃撃でヘラクレスの頭部を狙っていた彼が、後ろを振り返った。

乗り移ってくるアステリオスの放つ殺気。その雰囲気にジオウが息を呑む。

 

「アステリオス、貴方――――!?」

 

エウリュアレの横を通り過ぎ、それでも加速し続けるアステリオス。

彼の背中を見送るしかない彼女は、呆然としながらその背中を目で追い続ける。

 

ヘラクレスの一撃を捌き逸らしながら、ランサーがおおよそ状況を把握した。

彼はバックステップで大きく下がり、ジオウに対して声をかける。

グズグズしていれば、それこそ無駄死にさせることになるだろう。

 

「退くぞ、坊主」

 

「―――――うん」

 

甲板の中央、ヘラクレスから離れていくジオウとランサー。

そして逆にそちらに向かっていくアステリオス。

すれ違いざまに、ジオウとアステリオスが互いに向けて言葉を発する。

 

「―――ごめん、アステリオス」

 

「ううん。ありがとう」

 

両手に持った片刃の戦斧。

それを組み合わせて、一振りの両刃斧(ラブリュス)に合体させる。

全速力で駆け抜けながら、両腕で構えた大戦斧を振り被る。

 

限界まで加速した体の、全身の筋肉を酷使して、彼はその一撃を放つ。

大気を灼くほどの勢いで放たれる、まさしく雷光(アステリオス)

 

「■■■■■■■■―――――ッ!!!」

 

狂化されたヘラクレスが、咄嗟に防御の姿勢を思い出すほどの一撃。

それはしかし雷光の速さをもって、相手の防御態勢よりも先んじて直撃した。

 

ヘラクレスの胸に炸裂したその一撃が、彼の半身を抉り飛ばす。

千切れ飛んだ彼の腕が空を舞い、鉛色の巨体がゆらりと倒れ―――

 

「勝った……!?」

 

「止まるな―――ッ!」

 

エウリュアレを掴み、そして足を止めようとしたジオウを掴み。

クー・フーリンが船に跳ぶ。

引っ張り込まれたジオウは空を舞いながらそれを見た。

 

半身が吹き飛んだヘラクレスの体が、まるで巻き戻されるように再生していく光景を。

 

 

 

 

一体いつまで耐える気だ、と言いたくなるくらい。

ヘクトールの槍は既に黒髭をズタズタに斬り裂いていた。

戦闘が始まる前から殆ど致命傷だったはずだ。

だというのに更に切り刻まれてなお、まだ彼は膝を落とさない。

 

彼はヘクトールに対し幾度も発砲し、接近されればフックを振るう。

だがそれは一度として掠ることすらない。ヘクトールには傷一つ与えられていなかった。

 

「………やれやれ。聖杯持ってるからとはいえ、その頑丈さはなかなかどうして……

 ほんと、厄介な話だよ。ただ耐えるだけの戦いなら俺より上かもねぇ」

 

「ドゥフフ……! 彼の兜輝くヘクトール氏にそこまで言われるとは……

 拙者もなかなか捨てたものではありませんな!」

 

とはいえ、それももう終わったも同然だ。

彼の目からは光が消える寸前で、ヘクトールはもう立ってるだけで彼は消えるだろう。

もはや力などない黒髭がふらつきながらも銃を構えて―――

 

その次の瞬間、船が大きく揺さぶられた。

 

軽く足に力を込めて耐えるヘクトールと、その勢いに吹き飛ばされる黒髭。

彼はごろごろと転がりながらアルゴー船の縁まで吹き飛び―――

 

「よお。アタシに勝った足でそのまま負けてるね」

 

この船に激突した、沈没寸前の船の船長に声をかけられた。

 

「……けっ、どうやら拙者の右腕に封じられた古代の悪魔の超パワーが目覚めて一発逆転五秒前なところを見られちまったようだな……

 こいつは人に見せられるもんじゃないんでな。さっさと尻尾巻いてどっか行っちまえ」

 

言いながら立ち上がろうとする黒髭。

そんな彼の背中に、ドレイクは声をかけ続ける。

 

「―――アタシの船はまだ一応浮いてる。アンタの船は木端微塵。

 その点ではアタシの勝ち。けど、アタシはアンタに逃がされた。その点ではアタシの負け。

 敗者として、勝者には従うさ。実際、尻尾巻いて逃げ出す以外に方法もない。

 ただ、こっちも一応の勝者だ。こっちの要求があるんだよ」

 

「あぁん?」

 

振り向く黒髭。

ドレイクは黒髭の胸を指差しながら、彼を見据えて言い放つ。

 

「アンタの持ってるお宝は頂くよ。

 ―――たとえアンタの手から離れても、そいつはアタシのものとして奪わせてもらう」

 

黒髭はここで死に、聖杯は奴らに奪われるだろう。

だがそれをドレイクは更に自分が奪ってやると言う。

 

海賊同士の殺し合いに水を差した相手に怒るように。

軽く笑って、好きにしろと返す黒髭。

自分が死んだあとの宝の配分に声を大きくする気なんてない。

 

「そんでアンタ。アンタが勝った分の取り分、足りてないだろ。

 アンタが今必要なもんは――――」

 

「要らねぇなァ、なーんにも要らねェ……だがよぉ」

 

続けるドレイクの言葉を遮り、黒髭が彼女に言い渡す、最後の言葉。

彼の目が、ドレイクの顔を正面から見つめた。

 

「代わりによォ―――テメェがこれから記す航海日誌に……

 百年後、どこぞのクズが読んで憧れるテメェの冒険譚に!!

 フランシス・ドレイクが勝てなかった、最強無敵の海賊様がいたことを記しときな!!

 俺様は黒髭、エドワード・ティーチ―――最低最悪の海賊様さァッ!!!」

 

ドレイクの返答など聞かないままに。

先程までの力の抜けた動作とは違い、またもティーチが動き出す。

連続して放たれる銃弾がヘクトールに殺到する。

しかしヘクトールは舌打ち一つ。それら全て切り払ってみせた。

 

ダンッ、とドレイクの船が揺れる。

エウリュアレとジオウを抱えたクー・フーリンが着地した衝撃だ。

 

ジオウが即座に離れていき、船の後ろについたタイムマジーンに跳び込む。

 

〈ビースト! ドルフィ!〉

 

彼が乗り込んだマジーンの頭部のウォッチがビーストに変わる。

同時にその右肩にイルカのマントが装着され、まるでイルカの如く泳ぎだした。

マジーンが操作する波に導かれ、流されていく黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

それを見送りながら、ヘクトールが溜め息を吐く。

 

「気合で立て直すにも限度ってもんがあると思うけどなぁ、俺は」

 

「ドゥフフフフwwww気合でも何でもないですぞwwww

 これは拙者が今まで隠し通してきた我が左腕に封印されし闇の力……!

 今の拙者は言うなればダーク✝黒髭……!」

 

「いや、ほんと。―――アンタ。

 下につくには悪くない船長だったよ、エドワード・ティーチ」

 

銃弾を潜り抜け、そのまま金色の閃光が黒髭の胴体を一閃する。

最早流す血も残っていないか、彼の体は大した量の血液も流さない。

接近してきた彼を殴り飛ばそうとするティーチの腕が―――ぽーん、と。

斬り飛ばされて宙に舞った。

 

「そりゃどうも。拙者はヘクトール氏のような部下、もう要らないかナー?

 弊社黒髭海賊団は、貴殿の益々のご活躍をお祈り申し上げるとともに。

 それはそれとして不採用通知を返すのであった、まる」

 

腕が飛んだことに小さく舌打ちしながら、それでも笑みは崩さない。

 

そのまま続けて二閃、三閃と刻まれる槍の軌跡。

首を狙わないのは狙ってか狙わずにか。

遂に薄れていく意識の中で、黒髭の体がそのまま倒れそうなほどにふらついた。

 

そのぐらついた彼の胴体から、ヘクトールの腕が膨大な魔力の水晶体。聖杯を奪い取る。

そうして倒れそうな彼を縫い止めるように、最後に放たれた槍が胸を貫通した。

 

縫い止められた黒髭は、金色に輝く魔力に還りながら―――

しかし、最期まで不敵に笑っていた。

 

 

 

 

再生したヘラクレスは即座に反撃に移っていた。

石斧剣と大戦斧をぶつけ合い、咆哮を衝突させあう二人のバーサーカー。

アステリオスの巨体からすれば小柄にさえ見えるヘラクレス。

しかしその体格差がありながら、徐々にヘラクレスの方が押し込んでいく。

 

通常の生命では有り得ない頑強さを持つ天性の魔性。

生まれながらの怪物。アステリオスの肉体が、当然のように傷を重ねていく。

十二の試練を乗り越えた鋼の肉体。

生まれながらの大英雄。ヘラクレスの振るう攻撃が、アステリオスを凌駕する。

 

「■■■■■■――――ッ!!!」

 

咆哮とともに炸裂した一撃が、アステリオスの胸を砕く。

心臓と霊核を諸共に粉砕する圧殺の一撃。

 

「う、ぐ……あ、……!」

 

後ろに倒れそうになる体を、必死に維持する。

ヘラクレスの巌の如き表情には乱れが無い。

理性も言葉もないバーサーカーであるにも関わらず、彼は紛れもなく大英雄。

 

荒れ狂う場所と静まる場所を明確に線引きした、最強の兵器。

致命傷を負ったアステリオスを相手に追撃はない。

必要がない、と判断したからか。あるいは別の理由か。

 

「チッ、聖杯を手に入れたかと思えば今度は女神に逃げられたか。

 どうしてこうも私の邪魔をするのか……まあ、いい。

 とにかくその怪物をさっさと処分してからだ」

 

少しだけ、安堵する。エウリュアレが、あの船に乗っている彼らが。

そうして逃げ切れたのであれば、彼はそれでいいと思ってここにいるのだから。

だからこそ―――

 

「今度追いつけば、ヘラクレスならあんな沈没寸前のボロ船ただの一撃で海の藻屑だ。

 おっと、女神はどうやって捕まえるか……いやもう、船を沈めてから引き揚げればいいか。

 これだけの手間を掛けさせられたんだ、少しは痛い目を見てもらおうじゃないか」

 

やれやれ、と。イアソンは水平線に消えていく敵の船を見ながらそう呟く。

 

ああ、それを聞いて血が沸き立つ。

心臓は砕かれた筈なのに、血が頭に上り切る。

沸騰した血液が理性を剥奪しようとして、しかしそれは手放さない。

彼は狂気で暴れる怪物ではなく、理性で守るために戦う人間として―――

ここに、いるのだから。

 

顔を上げる。眼前の大英雄を睨み付ける。

大戦斧を手に、彼は血の塊を吐き出しながら咆哮した。

 

「おぉおおおおおおおおお―――――ッ!!!」

 

それで怯むようなヘラクレスではなく、彼もまた石斧剣を持ち上げる。

胸を砕かれたアステリオスの動きは凄まじく鈍い。

それを理由にヘラクレスが動きを鈍らせることなど、当然有り得ない。

アステリオスが斧を構える前に、全力で振るわれる一撃。

 

それを、彼は頭の角で迎撃した。

初めてヘラクレスの目に驚愕に似た感情が浮かぶ。

 

上から振り下ろされる石斧剣に、体を振って角をぶつけにいく。

競り合ったのはほんの一瞬。

 

ヘラクレスの一撃はアステリオスの角を打ち砕き、そのまま彼の頭部に叩き込まれた。

 

割れる頭。弾け飛ぶ様々な致命的なもの。

けどそれでも、アステリオスはまだ、生きている―――

 

天性の魔を由縁とする頑強さは、角で迎撃することで勢いを殺した攻撃で彼を即死させなかった。

彼の武器は今まさに、まだ自分の頭に突き刺さっている。

 

「―――――――――ッ!!!」

 

今ならば、アステリオスの攻撃は確実に大英雄へと叩き込める。

残された全ての力を籠め、一度砕いたヘラクレスの胸を目掛け―――

彼は声にならない咆哮とともに大戦斧を斬り上げた。

 

ヘラクレスの胸が再び粉砕され、先程と同じように腕が千切れ飛ぶ。

間違いなく致命傷。ヘラクレスが、完全に死亡する。

 

―――そして、それと同時。

完全に事切れたアステリオスが、光が解れるように崩れ落ちていった。

 

消えていくアステリオスの目の前で、すぐさまヘラクレスは再生を開始する。

アステリオスの命を懸けた一撃で奪われた命は、当然のように蘇生した。

そんなごく当たり前の結果。

 

いや、たかが化け物如きがヘラクレスの命を二度奪うという大健闘。

それを見届けたイアソンが、小さく鼻を鳴らした。

 

「人間の出来損ない。英雄に討たれるための怪物にしては頑張ったじゃないか。

 まさかヘラクレスの命を二度も奪うなんて」

 

傷を修復中のヘラクレスを見ていた青髪の少女が、イアソンの言葉を訂正する。

 

「いえ、イアソン様。

 一回目の死からの再生が完全でなかったせいだと思いますが……

 二回目の攻撃。あれはヘラクレスの命を二つ分奪ったようです」

 

「―――すると、何か? たかが怪物風情が、ヘラクレスの命を三つ奪ったと?」

 

その事実が余程気分を害したのか。機嫌を悪くするイアソン。

問われた少女は申し訳なさそうにしゅんと頭を下げた。

彼は舌打ちして、そんな彼女に仕事を申し付ける。

 

「とりあえず聖杯は手に入ったんだ。

 メディア。その魔力を使ってヘラクレスを修復しろ。もちろん命のストックもだ」

 

ヘクトールが持っている水晶体―――聖杯を見ながら、彼はそう言い渡す。

命の蘇生をしろ、と言われた彼女。

しかしそれに特に動じることもなく、簡単なことだと言わんばかりにあっさりと受け入れた。

 

「はい―――ですがその間の操舵はどうされますか?

 命三つ分の再生となれば、回復が終わるまで一日とちょっと。

 その間は船を魔術では動かせませんが……? イアソン様がその御力で……?」

 

アナザーフォーゼとなっているイアソンを見る少女―――メディア。

彼はそれに舌打ちしながら、変身を解除する。

元の金髪の男の姿に戻った彼は、当然のようにそれを却下した。

 

「なんで私がそんな事をしなきゃいけないんだ。

 終わってからお前が動かせばいいだけだろう、メディア?」

 

「は、はい。申し訳ありません……

 ですがそれでは女神に逃げられてしまいますが……」

 

怒られた事に身を竦ませる。

そんな彼女に呆れるように、イアソンはその言葉を鼻で笑った。

 

「逃げられる? 残り短い余生が少し長引いただけだろう?

 こっちにはヘラクレスがいるんだ……結果は分かり切っているじゃないか」

 

彼は体中から白煙を上げながら肉体を修復するヘラクレスに視線を送る。

怪物が悪足掻きで削った命もこうしてメディアがいればすぐに補填できてしまう。

アルゴー船に搭乗した星々の中で、何より輝く一等星。

 

それこそが彼。それこそが大英雄。それこそがヘラクレス。

彼がいることでもたらされる絶対の勝利。

それを何一つ疑うことなく、イアソンは休むために船室へと入っていく。

 

そんな彼の背中を、僅かに口の端を上げながらスウォルツはただ眺めていた。

 

 

 




 
女神エウリュアレを解放して即退散とはとんだ腰抜けの集まりじゃのうドレイク海賊団
まァ船長が船長…それも仕方ねェか………!!
ドレイクは所詮…先の時代の“敗北者”じゃけェ…!!!
 


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漂・着・行・進1573

 

 

 

逃げる、というのであればただ近くの島に寄せるわけにはいかない。

あえてエウリュアレやアステリオス。

彼女たちと合流した島を離れ、どこか未だ認知していない島を探して流されていく。

 

「ねえ所長、これ何て読むの?」

 

「………今すぐ止まって修理しなさいこの馬鹿、って表示されてるのよ」

 

タイムマジーンの至る所にあるモニター。

その無数の画面が英語でエラーを吐いている様子を見て、ソウゴは同乗しているオルガマリーへと問いかけてみた。そんな彼に対して一度溜め息を落としてから彼女は答える。

 

「そう言われてもねぇ」

 

どうしようもないよね、と諦めるように呟くソウゴ。

 

タイムマジーンのセンサーで索敵しながら、未知の海域を埋めていく。

未だに上陸して船の修理が出来そうな島は見当たらない。

そんな中でオルガマリーが空の映像を見ながら、ぼんやりと呟いた。

 

「一度大きく上に飛んで辺りを見回してみたいところだけど……」

 

「派手に飛んだら相手からも見えちゃいそうだよね」

 

今であればフォーゼアーマーでの飛行になるだろうか。

ロケットを全力で吹かして飛び上がれば、さぞ目立つことだろう。

 

「わかってるわよ。流石にまだ派手には動けないわ」

 

再び溜め息。数時間この状態での航海が続いている。

後ろからアルゴー船が追ってきている気配はないが、油断はできない。

 

そのまま船を水流で押し流しながらの移動を継続しようとして―――

コンコン、とマジーンの顔を小突く何かが視界に入ってきた。

音に導かれるまま、モニターに映るその何かを見る。

 

「え?」

 

それは丸い胴体を持った、小さな鳥のような機械だった。

先端の嘴のような部分でマジーンをつつき、こちらの気を引いている様子だ。

 

「これは……」

 

〈サーチホーク! 探しタカ! タカ!〉

 

その鳥らしきものはそんな音声を流しながらマジーンから離れ、飛行を開始した。

まるでこちらに着いてこいとでもいうかのように。

 

明らかに怪しいが―――……怪しいからこそ、ウォズの先導の可能性もある。

少なくとも、ソウゴ関連の品ではあるだろう。

マジーンの操縦桿を少し戻し、一度機体を止まらせたジオウ。

 

彼の顔がオルガマリーの決定を伺う。

 

「どうする、所長?」

 

「……ここは着いていきましょう。

 少なくとも、アルゴー船の連中ではなさそうだから」

 

その彼女の言葉に頷いたジオウが、再度操縦桿を押し込んだ。

タイムマジーンが進行方向を変えて発進する。

飛行するタカ型ガジェット―――タカウォッチロイドの先導に従って。

 

 

 

 

ぼう、と海原を見つめているエウリュアレ。

マシュはそんな彼女に対して歩み寄り―――何と声をかければいいのか、と。

そこのところがまるで考えつかないのか、声を詰まらせて黙りこくった。

それを見かねて溜め息一つ、エウリュアレの方から口を開く。

 

「何よ、わざわざ寄ってきてだんまりだなんて」

 

「あ、いえ……その……アステリオスさんのことで」

 

ええと……となどと言いながら悩みだすマシュ。

言葉を選んでいる彼女に対して、エウリュアレはまた盛大に溜め息を吐いた。

 

「……なに? 私があいつが消えたことに落ち込んで黄昏ているとでも思ってたの?」

 

「……違うの、でしょうか?」

 

首を傾げてみせるマシュに、むっとした様子のエウリュアレ。

そんな彼女は当然のように当たり前だと首を振る。

 

「サーヴァントなんだから結局のところ、最後には消えるものでしょう。

 ―――あいつが化け物じゃなくて人間でありたいと。

 そう思いながら必死に戦って死んだというなら、私に言う事は何もないわ。

 せいぜいが……お疲れさま、ってとこよ」

 

そう言って彼女はぷい、とマシュから顔を背けた。

彼女の視線は再び海に向かう。

 

「私は別にアステリオス個人に肩入れしていたわけでもないもの。

 ただ私は……成ってしまった化け物を、もう二度と、恐れたくないだけ。

 だって恐れる必要のない相手が化け物になった程度で怖がるなんて―――

 馬鹿らしいし―――かわいそうじゃない。それだけなんだから……」

 

ミノタウロスになったアステリオスと、化け物になった誰かを重ねているのか。

そして、その時に目を逸らしてしまったことを後悔するように。

彼女はただ水平線の彼方を見つめている。

 

「……もし、エウリュアレさんが―――

 アステリオスさんを通して、他の誰かを見ていたのだとしても……

 それでも彼は、貴女に救われたのだと思います。

 彼の名を……怪物(ミノタウロス)ではなく、雷光(アステリオス)と呼んだ貴女のためだからこそ―――

 きっと彼はあの時、迷わず命を懸けられた」

 

アステリオスの心情。

彼が自分という存在にどれほど苦悩していたか、マシュには分からない。

けれど彼の語った言葉を聞いていたマシュは、全てではないにしろ感じる。

アステリオスが、エウリュアレにどれほど救われたと感じていたのか。

 

「――――うるさいわね。ダサ盾女。あっち行きなさい」

 

そんな言葉を向けられても、彼女はマシュに顔を向けることもしない。

そのまましっしっと手を振るエウリュアレ。

 

「ダサ盾っ、……! わたしの盾はダサくないと思います!」

 

「盾じゃなくて盾を持ってるアンタがダサいって言ってるの!」

 

どこにキレてくるのか、とエウリュアレが怒鳴り返す。

すると彼女の予想外。マシュが怒鳴られて肩を落としていた。

 

「うぅ……それは、意見が分かれるところではありますが……」

 

「何でそこで引っ込むのよ!? ちゃんと言い返してきなさいよ! あーもう!!」

 

そんな態度にエウリュアレが遂にマシュへと振り返り、地団駄を踏んだ。

 

 

 

 

「蘇生能力……死んでも生き返る、ってこと?」

 

「ああ。野郎はな、十二回殺して初めて倒したと言えるような存在だ」

 

立香の問いにランサーはそう答えた。

 

――――大英雄ヘラクレス。

その宝具の銘こそは、“十二の試練(ゴッドハンド)”。

彼の大英雄が達成した偉業の果て。

神の祝福により得た不死性により、肉体を絶対の鎧と変える宝具。

 

一定以下の威力の攻撃を一切受け付けない純粋な防御力もまた圧倒的ながら―――

その真骨頂は、死亡した際の自己蘇生能力。

彼が有する命の数は越えた試練の数。つまり十二の命。

 

「一応、野郎の肉体の防御を突破してなお威力が有り余るような一撃なら……

 命一つ分の生命力じゃ耐え切れず、複数の命を奪うようなこともできるだろうがな。

 例えば騎士王の聖剣みてえな宝具なら、って話だが」

 

「アーサー王の?」

 

最初の特異点。特異点F、冬木。

その戦場、大聖杯を背にする騎士王が放った、あの漆黒の輝きを思い出す。

今はランサーだが、キャスターであったクー・フーリンの宝具も消し飛ばされていた。

 

マシュの盾によって何とか防げたが―――

クー・フーリン曰く、それは相性による問題も大きいらしい。

 

ふと、ランサーは空を仰いで頭を掻いた。

 

「……そういや、お前さんたちは直接会ってなかったな。

 最初の特異点にいたバーサーカーはあいつ……ヘラクレスだったんだよ。

 そんでセイバーの奴は、あいつをご自慢の聖剣で消し飛ばして脱落させたわけだ。

 前にも言った通り、その後湧いて出たあいつの影はずっと森にいたがな」

 

やれやれ、と肩を竦めるランサー。

とにかくバーサーカーを撃破するためには、騎士王のエクスカリバーに匹敵する何かが必要。

そういうことになるのだろう。

だが言うまでも無く、こちらの陣営にそれだけの破壊力を持つ宝具はない。

 

そんな状況だというのに、彼は軽く更に難易度は上がると付け加える。

 

「ああ、あとついでに言っとくが今回のヘラクレスはその時以上だぜ。

 後ろにあの女狐がついてるんだ。もう一人の方はまあいいとして……

 冗談でも何でもなく、あの時の騎士王さえ普通に押し切られるかもしれねぇな」

 

「女狐……あの後ろの、アナザーライダーと一緒にいた青い髪の女の子?」

 

立香のいた場所からは、彼女のことはよく見えなかった。

ただぼんやりと見た感じでは儚げな少女、という印象だったように思う。

はて、と首を傾げる立香から、バツが悪そうな顔をして顔を背けるクー・フーリン。

 

「ああ……コルキスの王女、メディア。

 魔術の名手、魔術師というカテゴリでは最高峰なのは間違いない。

 それがヘラクレスに対して万全のバックアップを整えてるなら―――

 ちと厄介、で済む話じゃない。オマケに戦場はアルゴー船になるだろう。

 そうなれば、あいつの神殿内でヘラクレスと戦うに等しい」

 

「うーん。ただでさえ強いヘラクレスが更に、ってことだもんね」

 

腕を組んで考え込む立香。

そんな彼女に対して、通信機からの声が届いた。

 

『流石に相手が悪い。可能ならば、協力できるサーヴァントを探したいところだ』

 

悩ましいとばかりの色を浮かべたロマニの声が届く。

その内容は今までの特異点でそうしてきたように、この特異点に召喚されているだろうはぐれサーヴァントとの合流の提案だった。

 

『これは希望的観測になってしまうかもだけれど。

 もし黒髭海賊団ともアルゴー船団とも合流していないサーヴァントがいれば……』

 

「戦力になってくれる可能性が、ある?」

 

彼女がロマニに対して応えた声は、そんなに硬い声だったろうか。

そんな彼女の声を聞いたランサーが軽く吹き出し、笑い声をあげた。

むむむ、と。彼を軽く睨みつける。

 

「……まあ、気楽に構えとけよ。今から気ぃ張ったってしょうがねえからな」

 

彼の手が立香の肩を軽く叩く。

 

―――彼女の方こそ、ソウゴに言ってやったせいで力みすぎていただろうか。

小さく溜め息を吐いて、無駄に入っていた力を抜く。

そのままついでに、と尻を叩こうとするランサーの手を迎撃した。

 

力は抜けたが感謝の気持ちも一緒に抜けて消えたよ。

そんな表情でランサーを見上げる。

 

軽く笑いながら叩かれた手をひらひら振って、彼はそのまま歩いて行ってしまった。

 

 

 

 

そうして、タカウォッチロイドの導きの先。

タイムマジーンに流される船が一つの島に到着した。

 

浜辺に船を打ち揚げて、そのまま砂浜に歩き出すタイムマジーン。

頭部のビーストウォッチが離脱し、ジオウウォッチへと変更。

そんなジオウウォッチの顔を右へ左へ振って、周囲を確認するが―――

 

「あれ? あの鳥みたいなのどっかいっちゃったね」

 

「……大丈夫よ。いきなり攻撃されたりは……しないはず、しないわよね?

 私間違ってないわよね……?」

 

おっかなびっくり、周囲の状況を各種センサーで探るオルガマリー。

ぴょこぴょこ飛び出すウインドウを動かしては、その表示を確かめていく。

 

「所長って無駄に心配性じゃない?」

 

「あんたが過剰に楽天的なのよ……!」

 

言いながら探査を実行する手は止めない。

いてもやることがないので、ジオウは搭乗ハッチを開いて外に飛び出した。

 

船の海賊たちも総員降りて、砂浜に寝転がっている。

一応船の状態を確かめているものもいるが、大半は仕事放棄だ。

それも仕方ないだろうが。

 

「―――さて、どうやって修理するかねぇ。

 新しい船造った方が早いんじゃないかって気もする派手な壊れっぷりだけどねぇ」

 

ド派手に壊れた船を見て、いっそ感心する様子のドレイク。

そんな様子を見ながら、ジオウがホルダーに装着したウォッチを確認する。

数時間の航海を置いたおかげ、使えなくもないだろうが……

 

「うーん、流石にもう少し時間が欲しい……」

 

「君たちはまず休みたまえ。キャプテンたちもそうだが、あれだけ戦った後だ。

 まず第一に休息をとるべきだろう。周辺の警戒はサーヴァントに任せておけ」

 

そう言ってジオウを背中から押すエルメロイ二世。

振り返ってみると、彼は浜辺から少し離れた森林を指示している。

 

「私が最低限の結界を張る。君がすべきことは、まずそこで休むことだ」

 

「でもそれじゃ……」

 

時間はここにきて有限、貴重なものだ。

すぐに相手が攻めてこないとも限らない。どれだけ手があっても足りないかもしれないのだ。

だったらここで休むようなことをするよりは―――

 

そう主張したい、と理解しているエルメロイ二世が呆れるように溜め息。

そうして彼は後ろにいるタイムマジーンに振り返った。

 

「そのためにトップのオルガマリー・アニムスフィアがいるのだろう」

 

タイムマジーンを見上げながら、そういう彼。

マジーンの頭が小さく首を縦に振った気がした。

そして更にマジーンが手をしっしっ、と彼を追い払うように動かされる。

 

―――トップからまでそう言われては仕方ない、と。

ソウゴと立香、マシュ。エウリュアレは休憩へと入った。

ドレイクを始めとする海賊たちもまた同じように。

 

 

 

 

彼らを休ませているうちに、サーヴァントたちが状況を見渡す。

果たしてどこから手を付ければいいのか、と。

ネロが小首を傾げながら疑問の声をあげる。

 

「ふーむ。それで、何から始めればよいのだ?

 流石に余とはいえ、船を直すのはちと難しいぞ?」

 

大破している船を見据え、難しい顔をしたネロがそう呟く。

もはやこれは修理、という言葉で済む話ではない規模だ。

それこそ船大工のサーヴァントでもいなければ話にはならないのではないか。

 

「そんなことは求めていない」

 

そんな彼女の言葉をばっさりと切り捨てて、二世は溜め息一つ。

彼の言葉にむむむ、と顔を顰めるネロ。

まるで船を直す気がなさそうなその言葉に、ジャンヌが首を傾げた。

 

「では、船はどうするのですか?」

 

「そんなものソウゴ……ジオウの力で直せばいい。先の戦いで修理機能を見せていただろう。

 時間経過であれが再度使えるようになるなら、タイムマジーンと船。

 両方ともそれで直せばいい」

 

きっぱりと自分たちが手を出す必要はないと断言。

こちらが無駄に時間を掛けるより、出来る力を回復させてからやればいい。

彼はそうあっさりと割り切って、やるべきことを別の視点で見る。

 

そして彼は問いかけてきたジャンヌを逆に見返し、問い返す。

 

「そちらは?」

 

少し逡巡していた彼女が、己の感覚に捉えている気配を改めて探査する。

場所は動いていない。一か所に固まっているままだ。

 

「動きはありません。奇襲が目的、というわけではなさそうです」

 

二世の言葉と、ジャンヌの返答。

それを聞いて状況を理解したオルタが呆れたように声をあげた。

 

「なに、もしかしてこの島サーヴァントいるの? だってのに休憩を優先させたわけ?」

 

「こちらから動くより、私の陣に誘った方がいいとの判断だ。

 どうせ陣の中で待ち受けるなら、その時間は休憩に使えるというだけさ」

 

「海の上じゃ役に立たなかったものねぇ、それ」

 

嫌らしい微笑みを浮かべながらそう言うオルタ。

憮然とした表情で、しかし事実だと認めて黙り込む二世。

せっかく張り直したにしても、海上で石兵八陣は使えない。

 

そんな彼が出してきたのは、白と黒のジャンヌが入れ替わるような作戦。

わざわざそんな気に食わない戦術を出した罰だ、と言わんばかりに。

ニヤニヤしながら、彼女の視線は彼の嫌そうな顔を眺めていた。

 

「ふむ、ならばとりあえずは待ちの一手か……?

 しかし正体くらいは余たちだけででも見ておいた方がよいのではないか?

 最悪、追ってきたアルゴノーツと挟み撃ちにされよう」

 

水平線に船の影が見えないことを確認するネロ。

最初から敵の到来は考えていなかった二世が、言葉を詰まらせた。

 

「む、恐らく速攻の追撃はなかろうが……」

 

確信を持っている様子のエルメロイ二世の言葉。

それに対し、何故そうなるのかと首を傾げるジャンヌ。

 

「追撃はない、のですか?」

 

「厳密に言えば追撃しない、っつーよりは戦場に陸は選ばない、だろ。

 こっちの船とアルゴー船の性能差は明確に相手の有利だ。

 普通に考えれば、相手は戦場に海上を選びたいだろうさ。普通に考えればな」

 

ランサーはエルメロイ二世が抱いた確信の骨子をそう語った。

海という戦場において、有利はどう見てもアルゴノーツが取っている。

 

言ってしまえば、海上での戦闘ならばヘラクレスに船に乗り込まれるだけで決着する。

ヘラクレス自身の攻撃が船に与える損傷もそうだが―――

彼を撃退するための一定以上の威力の攻撃。それが同時に船に対し牙を剥く。

 

そうなればヘラクレスの撃退如何に関わらず、沈没は確定事項だ。

あの大英雄を支えられるアルゴー船は、通常の船と比較できるものではない。

 

だからその優位をわざわざ捨てるような手段はとらないだろう、という話。

そういう状況なのだから、当然アルゴノーツはそうするだろう、という思考。

それがエルメロイ二世の推測だった。

 

片目を瞑りながら、ランサーはしかしそれを否定した。

 

「だがそれは()()()()()()()()()()()()()()、って前提を入れりゃ話が別だ。

 そんで多分、あのイアソンの野郎は間違いなくそう思ってるだろうさ」

 

そんな小細工など必要なく。海上でも、天空でも、地上でも。

あらゆる状況でヘラクレスは史上最強と信じているのなら、策など弄する必要がない。

 

こめかみに指をあて、軽く目を細めるエルメロイ二世。

わざわざ完全有利、圧勝できる陣容の放棄。

それが船長のすることなのか、と頭痛を堪える構えだった。

 

「―――それならそれで、地上で待ち受けヘラクレスを足止め。

 ソウゴの飛行能力でアルゴー船に接近し、イアソンを仕留めるが最良だな。

 ……仕方あるまい、こちらからはぐれサーヴァントに接近するべきか」

 

「ふむ。敵……かどうかはまだわからぬのか。相手は何騎なのだ、ジャンヌ」

 

ネロからの問いにジャンヌが、イマイチわからないという表情を浮かべる。

何か、サーヴァントか何なのか判らないものが一つ感じられるのだ。

しかしそれを一応含めると―――

 

「3……いえ、4? でしょうか」

 

「そんなにおったのか!?」

 

驚愕するネロ。

数だけならばもはやアルゴー船の船と同じ数だ。

仲間として引き込めた場合は、これ以上ないほどの幸運だろう。

 

とはいえ、あれを無敵の船にしているのは数ではなく質。

ヘラクレスという名の絶対的な個。

サーヴァントが何体いようとも、そこを突き崩せないということは十分ありえる。

 

どちらにせよ接触してみなければ状況は動かない。

まだ四人纏めて敵である可能性さえ残っているのだから。

肩を竦めたランサーが周りを見回して、偵察隊を決める。

 

「……俺とセイバー、あとはアヴェンジャーだな。

 キャスターとルーラーはこっちでマスターたち守って―――」

 

「っ、三体が動き出しました! こちらに向かってきます―――!」

 

言われ、彼女が視線を向けていた方角に疾走を開始するランサー。

それに僅か遅れながら、ネロとオルタも走り始めた。

 

 

 

 

「タースーケーテー!」

 

ぽむぽむと足音を鳴らしながら、小さな熊のぬいぐるみみたいな生物が疾走する。

彼? の後ろからは銀色の髪の美女。そして獣の耳を持った翠髪の美女。

銀色の髪の美女は浮遊しながら彼に迫り、捕まえようと手を伸ばす。

 

「うふふふふふふ! 逃ーがーさーなーいーわーよー!」

 

伸ばされる美女の腕。

それをその短い手足でどうやって、と言いたくなるほど巧みに回避。

そのまま逃げ切ろうとして―――

 

「もー! アタランテ! やっちゃって!」

 

「はぁ……」

 

死ぬほどどうでもよさそうに弓に矢を番える翠の美女―――アタランテ。

彼女の手で疾風の如く放たれる矢。

 

熊を背中から迫ってくる、そのぬいぐるみの如き体を射止めんとする一撃。

悲鳴を上げながらも、それをギリギリ回避してみせる熊。

 

「なんで俺がこんな目に!? ―――いや、待てよ?

 このままアタランテに走りで勝ったらアタランテは俺の嫁に……!?

 ごめんなさいウソです冗談です無言で連射しないでぇえええ―――っ!!」

 

アタランテの攻撃が苛烈さを増し、矢の雨となって降り注いだ。

直撃こそしないが、全ての矢が彼を僅かに掠めて少しずつ削り取っていく。

彼女は明らかにわざと掠らせ苦しめてやろうという気持ちで矢を放っていた。

 

「うふふ、ダーリン。そういうこと言い出すからこーんな目にあうんでしょー?」

 

「ただ男同士で女の子の趣味話してただけですけど!? ぷぎゅる!?」

 

そうして、遂に彼は上から押し潰されるように捕まった。

ぐりぐりと地面に擦り付けられる熊さん。

それを実行している女性は、目を見開いて瞳を爛々と輝かせている。

 

「じゃあなんでその結論が『後腐れの無い子』になるのかなー?」

 

「それはほら、男同士でそういう話してると自然とね。本音がね。

 ちょまっ、ぶぎゅるるるるるっ!?」

 

更に追撃が入る。

そのやり取りを溜め息を吐きながら見ているアタランテ。

 

―――そんな彼女に対して、高らかに響く声が届いた。

 

「その名を聞いたぞ、麗しの女狩人―――アタランテ!!」

 

咄嗟にそちらを向いた彼女に目に映るのは、真紅の剣士の姿。

女神の従者の真似事をしていた彼女が、一瞬で狩人に戻る。

天穹の弓(タウロポロス)”を手にした彼女は、いつでも疾走できる状態に。

 

「何者だ」

 

「余こそローマの赤き薔薇。皇帝、ネロ・クラウディウスである!!

 よもやこちらの行動をこうまで先読みしていようとはな……

 アルゴー号船長、イアソン! 思いの外、策士であったようだ―――!

 だが覚悟せよ、アルゴノーツ! ここより先へは通さぬぞ―――!!」

 

剣を一振りし、その刀身に炎を漲らせる。

しかし戦闘態勢に入ったネロとは対照的に、アタランテが呆けた。

まるで予想していなかった名前を聞いた、と。

 

「なに、イアソン? お前たち、まさか……」

 

「行くぞ、美しき狩人よ―――!」

 

炎とともに赤きセイバーが踏み込んだ。

火炎に燃える刃の煌めきを前にしてしかし、アタランテは無言で弓を下ろした。

その予想外の対応に彼女が足と剣を止める。

 

「む……? 何故構えぬ―――?」

 

問いかけられても彼女は構えない。

それどころか、手の中から完全に弓を消してしまった。

木の上で熊たちのコントを見ていたランサーも飛び降り、木陰にいたオルタも姿を現す。

 

熊を潰していた女性も、彼を解放してきょとんと周りを見回していた。

 

姿を見せたオルタに対し、彼女が僅かに目を細めた。

しかし何も言わないままに踵を返す。

 

「―――そうか、遂に来たか……着いてこい。

 お前たちの求めるもの―――“契約の箱(アーク)”は、この島にある」

 

そう言って歩く彼女の背中に、オルタの声が刺さる。

 

「………それ、何の話?

 っていうか、マスターたちが海岸にいるから合流してからでいいかしら?」

 

イアソンと敵対しているのに“契約の箱(アーク)”を知らない。

そんな事を言われて、アタランテの歩みが完全に停止した。

熊を顔の傍まで持ち上げた女性が、その熊に対してぼそぼそと小声で囁きかける。

 

「ねぇねぇダーリン、今の『着いてこい』を『何の話?』で返されるの。

 ちょっとカッコ悪かったね」

 

「しっ! ちょっとした行き違いだ……! ただちょっとタイミングが悪かっただけだ……!

 今から説明すれば丸く収まる話なんだから波風を立てるな……!」

 

ふるふると震えるアタランテ。

だがわざわざ言葉にしたそちらの女性にキレるのは憚られたのか。

はぁ? という顔をしているジャンヌ・オルタ。

彼女に対してギロリ、と鋭く尖った視線を向ける。

 

「そもそも! 何で貴様のような奴がここにいるのだ!?

 ただでさえ元の聖女の方も気に食わんのに、人をバーサーカーにしてくれた聖女の偽物!!

 そんな奴がカルデア側になって湧いて出るなどどんな冗談だ!!」

 

「聖女の方もいるわよ」

 

「最悪だな!!!」

 

最近、精神を追い詰められる現実が多すぎる。

そう思いながら、アタランテは怒りに任せて叫ぶ。

彼女はこの現実の不条理を嘆き祈るべき神、スイーツ系女神は横にいるという現実に絶望した。

 

 

 



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託・宣・神・判-1000

 

 

 

ある程度の休息を挟んだことで回復したライドウォッチ。

変身し、ドライブアーマーを装着したジオウがタイムマジーンに乗り込む。

そうなればマジーンの頭部もまたドライブウォッチへと変更される。

 

その頭部を輝かせ、発揮されるドライブの力。

マジーンの周囲に展開される、シフトカー状のエネルギー体。

 

外見はミニカーの如きそれらの存在が、修理すべき対象の周囲を飛び回る。

ミニカー軍団はピットクルーと呼ばれる三体を主体にして行動を開始。

タイムマジーン自身。そして黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の修理にかかった。

 

マジーンはともかく船は材料となる木材が足りていない。

そのためクー・フーリンとネロとオルタは、周辺の木々を次々と切り倒していく。

切り倒された木はシフトカーによって運ばれ、処理され、部品に加工される。

 

ちょっと信じられない速度で復旧していく黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

海賊たちは感心しきりでその光景を見上げていた。

 

タイムマジーンの中でそんな状態を眺めながら、ソウゴは通信機から入ってくる浜辺での会議に耳を傾けた。

 

 

 

 

「“契約の箱(アーク)”?」

 

「そう。それがこの僕、ダビデの宝具だ」

 

立香が森の中から持ち出されてきた黄金の箱を見て、首を傾げる。

箱の横に挿した二本の棒を担ぎ、サーヴァントが皆で御神輿のように持ってきた箱だ。

それを見ながら名を告げるのは緑髪の青年、ダビデ。

 

古代イスラエルの王、ダビデ。

彼はアーチャーのサーヴァントとして、この特異点に召喚されていた。

 

「“契約の箱(アーク)”、というと……

 モーセが神より託された、十戒が刻まれた石版が収められた箱―――でしょうか?」

 

彼が宝具として語るその名を思い起こして、ダビデに問いかけるマシュ。

 

「うん、それ。まあ今まさに僕の宝具だ、なんて言っておいてあれだけど……

 厳密には僕の宝具というわけではない。あくまで僕はあの箱の“所有者”。

 簡単にそうはならないし、奪った側の人間はろくでもない結末が待っているだろうけれど……

 僕がこの箱を奪われる、という可能性もないわけではない」

 

彼は困ったようにその荘厳な黄金の箱を見ながら語る。

ジャンヌもまた、どういう反応をするべきなのかと迷っている様子だ。

何とも言えないような顔で、箱とダビデの顔を交互に見ていた。

 

そんな状況でダビデはとりあえず、と。

あの宝具に対しての注意点を簡潔に述べた。

 

「まあ、現状でとりあえず気を付けて欲しいのはあれは触ると問答無用に死ぬってことだ。

 危険だから触らないようにね」

 

「……死ぬの?」

 

「うん、完全に死ぬ。超死ぬ」

 

えぇ…と一歩距離を取る立香。

だよねぇ、と言いたげに目を伏せるダビデ。

 

「だからそうして、横に挿した棒で持ち上げないと運ぶことすらできない。

 偉大なる先祖(モーセ)に僕は尊敬を抱くけど、面倒なものを残してくれたとも思うよ。

 ねえ、そう思わないかい? アビシャグ?」

 

そう言ってジャンヌを見るダビデ。

彼女はそのともすれば踏み絵のような質問にイエスもノーも返さず、ただ呼び名に反応する。

 

「その、アビシャグというのは……」

 

「ダビデ王が娶られた女性の名前、ですよね?」

 

マシュが彼の来歴からその名を思い出し、確認した。

何故その名をジャンヌに対して使うのか、という疑問のつもり。

だが何を考えているのかダビデは周囲を見回しうんうんと首を縦に振る。

 

「そうだね、アビシャグだね。ところでこの場にはかなりアビシャグな娘が多い。

 立香にマシュ、キミたちも僕からすればかなりアビシャグだ」

 

「アビシャグというのは特定の個人の名前なのでは……?」

 

目の保養とばかりに彼女たちを見回すダビデ。

少し呆れている様子で、そんな彼に対してジャンヌが呟いた。

 

「……そのように女性にだらしなくしているから“契約の箱(アーク)”を託されながら、姦淫の罪を犯すことになったのでは?」

 

「うん? ああ、まあそうかもね」

 

それこそあの箱に収められている石板に刻まれた十戒の一つ。

姦淫の罪を犯したことのある彼は、さほど気にする様子もなくジャンヌの言葉に頷いた。

 

「別にそれだって僕からすれば次に活かすという意味で反省はしたけど、後悔はしてないよ。

 だって僕は最初から最後まで僕だった。その精神構造ばかりは何一つ変わらなかった。

 その反省を持たないまま同じ状況になれば、僕は同じように同じ罪を犯したはずさ」

 

自分だからこそ、彼は自己を精神をそう理解する。

そしてジャンヌに向き直り、言葉を続けた。

 

「だからこそ、全知なる神が僕に罰と反省を与えてくれたのだろう。

 神だって最初から僕を罰することになることは織り込み済みだったに違いない。

 僕という人間の事を、神が理解していないはずがないのだから。

 それにほら。僕が姦淫の罪を犯して、彼女を寝取らなければ―――

 僕の次の王であった、あのソロモンの奴だって生まれないわけだろう?」

 

ピクリ、とマシュがその言葉に肩を揺らした。

マシュほどに分かり易くもないが、ジャンヌもまた。

そんな彼女たちの様子を見て、ダビデが目を細める。

 

「―――うん? どうしたんだい、この雰囲気。

 残念ながら僕の言葉に惚れてしまった、という感じではないようだけど」

 

首を傾げるダビデ。

そんな彼に対して、通信機の先からロマニが声をかけた。

 

『………それはこちらから説明します、ダビデ王』

 

「おや、どこからともなく届く不思議な声。

 ろくでもない人生を辛いと思いつつそこそこ楽しみながら歩んでそうな声だ」

 

『どういう例え方なんだい、それ……』

 

よく分からない例えだと、呆れるようなロマニ。

適当に言った言葉だったのか、問われたダビデの方こそ首を傾げる。

 

「さて。僕が王様やってる時と同じような声ってことじゃないかい?

 羊飼いでいたいのに、王様でなくてはならないみたいな苦悩感?

 まあいいや、どうでも。それで、ソロモンの奴が何かしたのかい?

 言っとくけどあいつが何をしでかしたとしても、僕は責任を取らないよ?」

 

『―――この人理焼却。一つ前の特異点で我々は首謀者の一人と対峙しました。

 その時名乗った彼の名は―――フラウロス。

 彼が正体を現すと真正の悪魔に等しい怪物、魔神へと変貌……つまり………』

 

ローマで対峙した魔神フラウロスを思い起こす。

腐肉と赤い目で構成された、醜悪なる怪物。

フラウロス―――レフは、この人理焼却は己の王の偉業である、と口にしていた。

 

そこまで聞いたダビデはああ、と頷いて顎に手を当てる。

 

「ああ……この人理焼却、主犯がソロモンの可能性があるのか。

 ふーん。んー……やるね、あいつはやる。必要ならやる。あいつらしい根暗さだ」

 

うんうんと首を縦に振りながら、彼は間違いないと断言する。

ロマニが困惑しているかのような声で、ダビデの言葉に突っ込んだ。

 

『ちょ、そんなに軽く言う話かな……!?』

 

「軽く言おうが重く言おうが関係ないさ。やる時はやる奴だよ、ソロモンは。

 そんでもって最高に人でなしだ。もしかしたら僕よりも。

 ま、僕はあいつと殆ど関わってないからあいつのことよく知らないんだけど。

 子育てとかちょっと興味ないしね、僕」

 

子育てにまるで興味のない父親がそうのたまう。

そんな彼に対して、ロマニが爆発するように声を上げた。

 

『じゃあ何で断言できるんだい!?

 というか親ならまずそこはソロモン王の事を信じるところじゃない!?』

 

「信じてるとも。奴はやる、完全にやる。ほら、これこそ僕の信頼感。

 それにほら、親子の絆的な……いや、この言い方は違うな……

 ああ、そうだ。こうか―――だってアイツ、僕の息子だぜ?」

 

『―――くそう! その言い方だと言い返せない!

 ソロモン王が実はアレな奴かもしれないと思わせる圧倒的説得力!!』

 

バンバンと机を叩く音が聞こえてくる。

そんな彼が通信の向こうで、押し倒されるような派手な音が聞こえた。

 

『はいはい、一人盛り上がってるソロモン王ファンは脇に置いとこう』

 

直後に聞こえてくるダ・ヴィンチちゃんの声。

さっさとロマニを転がして、彼女がオペレートを始めるつもりのようだ。

入れ替わった通信相手に対して、立香が首を傾げた。

 

「ドクター、そんなにソロモンのこと好きなの?」

 

「わたしは聞いたことはありませんでしたが……」

 

『ははは、何せ相手は魔術王ソロモンだ。

 魔術師なら誰だって一度は憧れてみるものだろうさ』

 

へー、と相槌を打ちながらダビデを見る立香。

彼は小さく肩を竦めていた。

 

『それでダビデ王。この人理焼却、やはりソロモン王の犯行だと思うかい?』

 

「意味があるならやるだろうし、意味がないならやらないだろう。

 何故あいつがそうした行動に至ったか、そんなの僕にはわからないし」

 

そう言った彼に対して、立香は思い出したかのようにそれを口にする。

 

「レフが言ってたね。人類は我らが王の寵愛を失ったから滅びるんだ、って」

 

それを聞いた彼が僅かに目を細めた。

人類は我らが王の寵愛を失った、だって。

そのセリフを聞いて少し笑いそうになった口元を固く縛る。

それくらいにかなり面白い冗談だった。

 

「……寵愛を失くした? あいつが? 人類に?

 ―――へぇ、じゃああれだね。原因は愛人十人に同時に振られたとかだ。

 振ったのはこっちだぞってアピールするために、世界を滅ぼそうとしてるのさ」

 

彼が持つ寵愛なんて、最初から「王」としての機能で持っていた感情だろうに。

ならその「王」の付属品を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

あれには最初からそんな余分な機能は用意されていない。

ルーティンワーク以外をこなすなんて、そんな機能があるのならあれは最初から……

 

しかしまあ、そんなアイツという機構。ソロモンという「王」の性能。

ソロモンをきちんと知ってる人間なら、誰だって理解しているだろうに。

ソロモンの存在を匂わせるくせに、何でそんなずれた主張が出てくるのやら。

そもそも彼を知らないのか、知ってるくせに理解できていないのか。

黒幕はあんな王様というシステムを使って何がしたいのやら。

 

ダビデは心中で軽く笑い、とりあえず彼の女性遍歴を盛ることにした。

「愛人も多くいたけど流石にソロモン王はダビデ王よりは節度があったと思うなぼかぁ!」

なんて、通信機から離れた場所から上がってくるそんな声が彼に届いた。

 

 

 

 

「私が召喚された時点で、奴の目的は“契約の箱(アーク)”だった。

 それと、この世界のいずこかにいるらしい神霊を手中に収めること」

 

アタランテの語るイアソンの目的。

それは“契約の箱(アーク)”の入手と、神霊の捕獲だったという。

神霊の捕獲とはつまり、エウリュアレの捕獲のことだろう。

確かに彼はエウリュアレに執着していた。

黒髭も執着していたが―――彼は恐らく、多分、関係ないだろう。趣味だと思う。

 

「ダビデ曰く、あの箱に神霊を捧げれば世界は終わる―――らしい。

 厳密に言えば、それは特異点限定の話とのことだが」

 

「世界が終わる、とな?」

 

諸々省略して語られた彼女の言葉に、ネロが反応する。

随分と話が大きくなった、と。とはいえ、今まさに時代の存亡を賭けて戦っているのだ。

そういうことでも何のおかしさもないとは言えるだろう。

 

それを聞いていたオルガマリーはおおよそ把握できたのか、渋い顔をする。

 

「つまり、特異点くらい不安定になっている時空では耐え切れない現象が起こるのね。

 そうなれば、この時代を消失した人類史自体が崩壊する。

 聖杯という火種で燃え尽きるのを待つのではなく、“契約の箱(アーク)”という爆薬を使う。

 言ってしまえばそれだけね。……これをそれだけ、で流すのもどうかと思うけど」

 

「……私は召喚されて早々、奴の船を降りた。

 何を求めているかは知らんが、ろくでもない事だろうとは見当はついたからな。

 その上でダビデと合流してあの箱が何かを知り、そして―――」

 

「私とも会ったんだよねぇ」

 

銀髪の浮遊している美女がそう言ってにこにこと微笑んだ。

彼女の肩の上には熊もいる。

どこか虚ろな目をしたアタランテが小さく頷いた。

 

「そんで、どっかにいる神霊ってのをこいつのことだと考えたわけだ。

 実際はそっちのエウリュアレのことだったみたいだけどな」

 

熊が彼女の上で肩をぽんぽん叩きながらそう言う。

―――神霊。彼女のことを神霊と、そう言った。

オルガマリーが目を細めて彼女を上から下まで眺めてみる。

 

「神霊……?」

 

「はーい、オリオンの霊基を借りてます。アルテミスでーす」

 

特に何のこともない、と言うかのように告白するアルテミス。

唖然とするオルガマリーの前で、熊もまた自己紹介を始めた。

 

「はーい、アルテミスに霊基を借りられた。オリオンでーす。

 オレ ノ カラダ ヲ カエシテ」

 

「ダメー、そんなことしたらダーリンってばまた浮気する気でしょう?」

 

肩に乗っていたオリオンを取り上げて、両手で抱えるアルテミス。

オリオンは彼女の言葉に即答しようとして―――

 

「シナ………イヨ?」

 

しかし、周囲の他の女性を見回して微妙に言葉を詰まらせた。

ギリギリと力を増していくアルテミス。

 

「ねえねえダーリン。何でいま言葉につっかえたの? 私とっても不思議ー?」

 

月の女神アルテミス。そして狩人オリオン。

ギリシャ神話において、恋物語を残した二人。

まさかそれが目の前に美女と野獣? となって現れているとは。

 

「オリオンの霊基を借りて限界まで神格を落としての降臨、みたいだな。

 まあ、そっちを生贄にしても目的は達成できるだろうが」

 

ランサーが肩を竦めながらそう言う。

神格が可能な限り落ちているとはいえ、その正体が純粋な神であることに変わりはない。

霊基がオリオンとはいえ、恐らく彼女が生贄にされても時空の消滅に繋がるだろう。

 

「きゃあダーリンこわーい! 私、生贄に捧げられちゃう!!」

 

「多分イアソンはエウリュアレを選ぶと思うぞ。

 お前を生贄に捧げるの凄いめんどくさいだろうから。ぶぎゅる!?」

 

「……私としては是非そっちに狙われてほしいけどね」

 

オリオンに抱き着いた腕を締め付ける。

潰れた人形のようになった彼が悲鳴を吐き出してぴくぴく動いた。

そんなやり取りを見ながら、エウリュアレは溜め息を一つ。

 

オルタがそれを眺めながら、周囲を確認する。

 

ドレイクたちは修理されていく船に付きっ切りで、エルメロイ二世も一緒にいる。

彼が出来る限りの防護の術式を船体に刻んでいるようだ。

同時にあの船を孔明の陣地にすることで、援護を円滑にする目的があるのだろう。

あれが聖杯。

 

そしてエウリュアレが神霊、更にダビデの“契約の箱(アーク)”。

 

「つまりあいつが求めてるもの全部、ここに揃ってるわけね。

 そのうち、あのイアソンはこっちに攻めてくるわけでしょ?」

 

彼女の言葉に、アタランテは肯定を返す。

 

「そうだな。お前のように、何も考えずヘラクレス頼みで攻めてくるだろう。

 そう、まるでお前のように」

 

「―――喧嘩売ってんのこの緑!?」

 

睨み付けるオルタ。

それを涼しい顔で流しながら、心外だとでも言いたげに言い返すアタランテ。

 

「違ったか? 確か世界を滅ぼすため、何も考えずファヴニールに乗って意気揚々と飛び立ち、撃ち落とされて泣きながら帰ってきた黒いのがいたような気がするが。

 ―――なんだ、頭がイアソンと同レベルだな」

 

「……あっそ。分かったわ、やっぱ喧嘩売られてんのね。

 いいわよ、やってやろうじゃないの―――!」

 

「やめなさい、アヴェンジャー……そんな無駄なことに魔力を使わせないで」

 

体から黒い炎を滾らせて、今にも抜剣しそうな態度を見せるオルタ。

彼女はギロリと視線を尖らせながら、オルガマリーを睨む。

だが数秒後、小さく舌打ちして炎を収めた。

 

そんな光景を横から眺め、小さく目を細めるアタランテ。

 

「………ふむ」

 

「しかしさて、どうしたものか。

 アタランテが断言するというのならイアソンたちがここにくるのは時間の問題だろう。

 キャスターは相手が陸に上がるというなら、ヘラクレスは足止めに終止。

 マスターにイアソンを狙わせ、決着をつけるべきと言ったが……

 イアソン側に隠し札がないとも限らん。倒せるならヘラクレスも倒したいところだろう?」

 

そう言いながらアタランテを見るネロ。

ヘラクレスの打倒、というのはそんな風に問われて簡単に出来ると返せる偉業じゃない。

彼女もそれが出来れば苦労はない、と肩を竦め―――

 

『ねえ、この辺りにさ。狭い洞窟か何かない?』

 

オルガマリーの持つ通信機から、マジーンの中にいるソウゴの声が届いた。

 

 

 

 

ダビデたちとアタランテたちに別れていたグループが合流し、会話を交わす。

その目的はただ一つ、ヘラクレスの打倒。

そんなことを目指して提案されたソウゴの案を聞き、ダビデは己の宝具を見る。

 

「“契約の箱(アーク)”とは死をもたらすもの。

 仮に接触してしまえば、大英雄ヘラクレスと言えど全ての命が死を迎えるだろう。

 けどだからこそ。バーサーカーである彼はきっと、本能でその正体を察知する。

 自身に確実な死をもたらすものに対して、彼は絶対に近づかない」

 

『だから、横に逃げられない洞窟の一本道に誘い込む。

 それでその奥に置いた箱まで押し込めばいい』

 

タイムマジーンの中でそう言うソウゴに、ダビデはうーんと唸ってみせた。

確かに彼を接触させさえすれば、“契約の箱(アーク)”はヘラクレスに“死”を与えるだろう。

だがそれが出来るかはまるで別問題だ。

 

そんな彼らを見ながら、この島を粗方把握しているアタランテが情報を出した。

 

「この島には地下墓地(カタコンベ)があった。

 そこならば、ヘラクレスがギリギリ通れる程度の通路だ。

 そういった方向性の作戦は不可能、というわけではないだろう」

 

場所という条件はクリアできるだろう。

アタランテはそう言った。

 

「―――けど、だからと言ってどうする気? ヘラクレスをある程度押し込むなんて……

 ヘラクレスでギリギリ通れる狭さなら、そのタイムマジーンは入れない。

 押し込む方法が……」

 

オルガマリーが疑問の声をあげる。

こちら側で純粋な膂力が一番あるのは、間違いなくジオウが直接搭乗したタイムマジーンだろう。

アステリオスが残っていたならば、現実的にもなったかもしれないが……

 

タイムマジーンの中で、小さくソウゴが笑った。

きょとんとするオルガマリーに、彼は言う。

 

『うん。立香と所長に、力を貸してもらおうと思ってさ』

 

言われた立香とオルガマリーが顔を合わせ、不思議そうに首を傾げた。

 

 

 

 

「イアソン様、どうやらあの島のようです」

 

そう言って見えてきた島を示すメディア。

やれやれ、と気怠そうに首を傾げたイアソンが目を細めた。

 

「特定まで随分時間がかかったものだね、メディア。

 こんなもの、ただ聖杯の発する魔力が通った軌跡を追うだけだろうに」

 

「もうしわけございません……」

 

彼女がイアソンの言葉にしゅん、と肩を落としてしまう。

軽く鼻を鳴らした彼は、仕方なさげにその顔に笑みを浮かべた。

そのまま彼女の肩に手を乗せて、優しげな声色で言葉を吐く。

 

「なに、気にすることはないさメディア。

 この程度のことは誤差みたいなものさ。少しの誤算など船旅にはつきものだからね」

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

頬を赤く染めながら俯く少女。

それをどうでもよさそうにしながら、イアソンは島へと視線を送った。

彼の後ろからヘクトールが声を上げ、彼に問いかける。

 

「それでどうしますか、船長。逃げられないように島の近くで待機します?」

 

「馬鹿か、何でそんなことする必要がある。こっちにはヘラクレスがいるんだぞ?

 散歩のように攻め込んで、全てを蹂躙してそれで終わりだ」

 

ヘクトールの問いを一瞬で両断するイアソン。

そんな返答を受けた彼が、ですよねぇと軽く笑った。

 

「ヘクトール、お前も女神の運搬のために行け。

 お前があの女神を運べばバーサーカーであるヘラクレスが運ばずに済む」

 

「ま、それはいいんですけど。船の守りはいいんですかね?」

 

彼の疑問に答えを見せるかのように、彼は口元を大きく吊上げて笑う。

肉体を変質させて、ロケットを思わせる怪人へと変貌する。

 

〈フォーゼ…!〉

 

「必要ない。オレにこの力がある限りな……!」

 

〈スクリュー…!〉

 

アルゴー船の後部に巨大なスクリューが出現して、装備される。

それは即座に回転を始め、海中を掻き乱して超常的な推力を発揮した。

一気に加速する船の上でヘクトールが小さく苦笑い。

 

「―――これ最初からやってりゃ、もう何時間か早く着いただろうに」

 

まあそのたった何時間程度に、勝負の命運を分けるだけの価値があったとも思わないが。

 

誰にも届かないように呟いた声は、高速移動の中で風に消えていく。

見る見るうちに近づいていく目的の島。

その浜辺の光景が近づくと見えるようになってきて―――

 

あの巨大な人型機械と、その掌に載せられたエウリュアレ。

一瞬で罠だと分かる状態に、ヘクトールが顔を顰める。

 

アルゴー船が接近すると、その機械が走り出していった。

追ってこいと言わんばかりだ。

 

「船長、罠ですけどどうします?」

 

「そんなもの見れば判るが、なんで私たちが気にする必要がある?

 ―――さあ、行ってこいヘラクレス。

 罠だの奸計だのでお前を止められると思い上がった連中に教えてやれ。

 真実、英雄たるお前に。そんなものは、何の意味もないんだってなァッ!!!」

 

「■■■■■■■■―――――ッ!!!」

 

ヘラクレスの巨体がアルゴー船を蹴り、飛び出して島に上陸した。

そのままエウリュアレを持って走り出したタイムマジーンを追って走り出す。

 

ヘクトールもまたイアソンの指示通りに船を飛び出し、

 

「―――貰ったぞ」

 

「っ!?」

 

周囲が一瞬にして燃え上がり、薔薇の花散る黄金の劇場に姿を変えていた。

ヘクトールが周りを見回しても、こっちで取り込まれたのは己だけ。

そして相手は、この結界宝具の持ち主であるネロ。

更に朱槍の使い手クー・フーリン。

 

恐らくは浜辺に転がっていた大量の木片のそばに隠れていたのだろう。

船を修理するための材料だろうと気にかけていなかった。

ヘラクレスを誘い込む戦場に全員揃っているだろう、という思い込みもあっただろう。

 

「“招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)”―――!」

 

「あらら、オジサン。誘い込まれちゃったわけか」

 

軽く槍を一閃して、劇場に舞う薔薇の花弁を払う。

そうして、思い浮かべてみる。到着した直後の浜辺の光景を。

あまりに大量に出ていた木の屑。

 

船の修理をしていたのだろう、とは分かっていたが……

二日に満たない時間の中で出るには、ちと多すぎやしなかったか?

それがただの目眩ましだというならいい。

だが……本当に、修理の分だけであれだけの残骸を出したのだとしたら。

 

「……もしかしてオタクらの船、直っちゃってたりするのかな?」

 

「知りたきゃここで俺を倒して、自分で外に出てから確かめな」

 

朱槍を構え、姿勢を低くするクー・フーリン。

その言葉に対して小さく笑うヘクトール。

まあ確かに、ここで死ぬようなら外の状況なんぞどうでもいいことだ。

 

「んじゃまあ、やってみますよ。お手柔らかに」

 

ネロは自身が踏み込む気配を見せず、ただ結界の維持のみに魔力を注いでいる。

恐らく一番の目的がヘクトールに対する時間稼ぎだからだろう。

ああ、いや。ヘラクレスを相手にするマスターの魔力節約だろうか?

 

そうして彼女が隔離を担当し、クー・フーリンが―――

 

青い弾丸が赤い尾を曳きながら殺到する。

恐らく、船上では出せなかっただろう全力の速度でもって。

爆発的な速度で迫る赤い光にしか見えない刺突を、金色の刃が軌道を逸らす。

 

逸らされたと見るや、青い光が跳ねてヘクトールの視界から消える。

上か横か後ろか、その青豹のスピードに舌を巻いて、頭を下げた。

頭上を横薙ぎに通り過ぎていく赤い閃光。

 

振り向きざまに槍を振り上げれば、彼の朱槍を衝突して火花を散らす。

 

「船の上で守りながらの戦い。ありゃ完全に俺の負けだったな。

 折角だ―――ここは俺のリベンジに付き合っていけ」

 

「―――ほーら、やっぱり全力ならアキレウスと変わんない。

 オジサンの足腰じゃどうにもならないねぇ。

 ま、しょうがない。逃げ腰でヘラクレスが勝ってくるまで待つとしようか」

 

まるでどうにもならないなんて思っていないだろう顔と声。

そんな相手に対して凄絶に笑ったクー・フーリンが、槍を薙ぎ払う。

二人のランサーが一度弾け合い、赤と金の二色の閃光が黄金劇場の中で乱舞した。

 

 

 




 
ハイパーガタックは予想外。
ただ今はアンケートフェス待ちですかねぇ。

三章ももう終わりが見えてきた。だいぶ短かった気がする。
あと三話か四話くらい?
 


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友・情・突・破2011

 

 

 

「ちっ、ヘクトールの奴め……まあいい、どうせ奴は保険だ。

 ヘラクレス一人でどうとでもなる」

 

相手の隔離結界に囚われ、姿を消したヘクトール。

その状況を苛立ちとともに眺めながら、彼はそう吐き捨てた。

最初からエウリュアレを連れてこさせるための運用で、戦力として考えていたわけではない。

 

そんな彼の隣で、ぴくりと小さくメディアが肩を揺らした。

彼女が顔を上げて浜辺から視線をずらす。

 

「イアソン様、聖杯の魔力が……」

 

「なに……?」

 

メディアの視線を追うイアソン。

 

彼女が見る方向はアルゴー船が乗り付けた浜辺ではない。

そこからでは島の切り立った崖の陰となり、視界を遮られて見えない場所。

崖の陰から徐々に、隠れていた黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が姿を現していた。

 

「………エウリュアレを囮にして、聖杯を持った海賊だけ逃げる気か?

 ―――そんなことが、このアルゴー船を前に出来ると……」

 

アナザーフォーゼがその船首に立つ相手を見て、僅かに首を揺らす。

 

獣の耳、翠の髪、森を駆けるためのしなやかな肢体。

まさしく獣の如き狩人である一人の女性が、そこに立っていた。

彼女はその弓を天に向かって番えている。

 

「ッ、マスター! アタランテの宝具が来ます……!」

 

メディアの悲鳴に近い声。彼女が即座に防御のための魔術を展開する。

その防御魔術の外にいるスウォルツは、ただ小さく肩を竦めた。

 

「―――我が弓と矢をもって二大神……太陽神(アポロン)月女神(アルテミス)に願い奉る」

 

天を睨むアタランテが“天穹の弓(タウロポロス)”に番えた二本の矢を解き放った。

一直線に空へと飛び去っていくその矢は、彼女の訴えを託した神への矢文。

蒼穹の中へと溶けて消えた矢は、つまり彼女の言葉が神へと届いた証左―――

 

「“訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)”――――!!」

 

彼女の宝具の真名解放。それと同時に―――

 

「あ、ダーリン。私に願い奉られちゃった」

 

「お、おう。早く矢の雨降らせてね? あ、俺の頭は撃ち抜くなよ? 絶対だぞ?」

 

彼女の背後にいる女神が、彼女の神体までそれが届いたことを確認して声をあげた。

 

願いを立てた本人は、そんな後ろの声を極力聞かないようにしながら―――

怪物となったイアソンを強く睨んだ。

 

直後、空から無数に降り注ぐ光の矢。

それはまるで雨のように、しかし破壊力を伴ってアルゴー船へと降り注ぐ。

メディアの防御魔術と言えど、それだけで守り切れるようなものではない。

 

足でアルゴー船の甲板を苛立たしげに叩き、アナザーフォーゼが顔を上げる。

 

〈ガトリングゥ…!〉〈エアロォ…!〉

 

同時にアルゴー船上に巨大な回転式機関砲と巨大ファンが同時に出現。

ファンが即座に回転を始めて、矢を逸らすほどの突風を起こす。

更に逸らされ当らないような矢は無視し、ガトリングが残る矢を迎撃し始めた。

 

その迎撃態勢を突破する矢はあったが、少数ではメディアの守りを突破できない。

スウォルツにもまた一本たりとも矢は届くことなく、光の雨は止んでいた。

 

微かに舌打ちして弓を構え直すアタランテ。

苛立ちは留まることは知らず、イアソンの怒りは積もりに積もっていく。

 

「………そうか、そうか。貴様はそんなところで、アルゴー船に牙を剥くんだな。

 所詮は獣育ち、人の叡智であるこの船には馴染めないか」

 

天を仰ぐアナザーフォーゼ。

その態度に軽く鼻を鳴らしたアタランテは、彼に矢を向けた。

 

「少なくとも、汝の下では馴染めなかったよ。イアソン」

 

「そうか、それはすまなかったな。

 ―――そればっかりは、獣の知能に程度を合わせられなかった、オレの落ち度だよ」

 

〈チェーンアレイ…!〉

 

低く呟く彼の言葉と同時に、アルゴー船に繋がれた巨大な鉄球が出現した。

 

アナザーフォーゼの目が、メディアに対して向けられる。

反応したメディアの振るった杖が、その鉄球から重量を消し去った。

そのまま巨大ファンの起こす突風で、重量を持たない鉄球が飛んでいく。

 

「チッ……!」

 

アタランテの弓では、あの鉄球を砕くことはできまい。

多少の力を加えて逸らしたところで、風とメディアの魔術がすぐ補正するだろう。

 

鉄球がドレイクの船に着弾しようというその瞬間、メディアの魔術が打ち切られる。

一気に重さを取り戻して船に襲い掛かる鉄槌。

それに顔を顰めたアタランテは―――

 

彼女の横に並ぶように出てきた白い旗の聖女に、より一層その顔を顰めさせた。

 

飛来する鉄球を旗で殴り返し、海の中に弾き飛ばすジャンヌ。

その威力に痺れる腕を振るわせながら、彼女はアタランテに向き直った。

 

「行きましょう、アタランテ―――!」

 

何の憂いも無い顔。彼女とのいざこざなど知らない表情だ。

軽く視線を逸らしてから、小さく溜め息。

 

「……そうか、この感情を感じているのは私の方だけか……

 それどころではないと分かってはいても、腹立たしいことだ―――!」

 

アタランテが沸き上がる苛立ちを全てぶつけるように放つ矢が、イアソンに向けて殺到した。

 

 

 

 

ガシャンガシャン、と。

タイムマジーンの足が地面を踏み締め走っていく。

周囲の木々を何でもないように薙ぎ倒し、通った道を塞ぎながらだ。

その機体の掌の上でしがみ付いているエウリュアレが、後ろの光景に息を呑む。

 

「ちょっと! どんどん追いついてきてるわよ!!」

 

こちらが走りながら薙ぎ倒してきた木々。

それを同じように走るだけで薙ぎ払いながら、ヘラクレスは追跡してくる。

マジーン内部で表示されたマップを確認して立香が小さく呟く。

 

「飛んでいくべき……?」

 

「こっちが飛んでヘラクレスの追跡方法が変わったら不味いでしょう……!

 あの場所を跳び越えられたら意味がない。きっちり走って誘導するわ……!」

 

そのまま疾走を継続するタイムマジーン。

だが後ろのヘラクレスの疾走速度は、タイムマジーンのそれを上回っていた。

じりじりと詰め寄られていく彼我の距離。

 

そのまま走り続けて―――森を抜けて、平野に出た。

瞬間。マジーンの頭部が弾けて、新たなウォッチが装填される。

それは赤と黒のライドウォッチ。

 

〈ドライブ!〉

 

「ソウゴが変わった……! ここからなら……!」

 

立香がそれを把握して、オルガマリーの顔を見る。

彼女もそれに頷いて、走らせていたマジーンの両足を地面に下した。

車輪としての性能を得たタイムマジーンの両足が、車両としての走行を開始する。

平野をこれまでとは比較にならない速度で走行していくタイムマジーン。

 

速度を上げた敵に対して、ヘラクレスが小さく唸った。

彼の追跡速度を上回っている速さ。

 

彼もまた森を抜けて平原に至る。

それでもただ一直線に走り続ける神霊を抱えた目標の存在。

ヘラクレスもまた走りやすくなったその場所を、全力で駆け抜けていった。

 

―――マジーンが、右手に見える小高い丘に沿うように緩やかなカーブ走行を描く。

当然のようにヘラクレスもそれに追随する。

その壁に沿うようなコース取りで走り続けていると―――

 

丘の真横に空いた洞穴の中から、絶対の死の気配を感じ取った。

一瞬だけ、狂気さえも揺らぐほどの生への本能が溢れる。

 

だが、関係ないだろう。

そんな代物がその奥にあるのだとして―――だからと言ってどうということはない。

ただ、こちらから近づかなければいいだけの話なのだから。

 

狂気とイアソンの指示に身を任せて活動している中、一瞬だけ訪れたヘラクレスの思考。

その合間に差し込むように、彼を一発の光の弾丸が襲っていた。

 

〈スレスレシューティング!!〉

 

その洞穴とは逆方向に隠れていたのか、別の相手がヘラクレスに銃を撃ち放っていた。

だが彼の本能には危険信号は訴えかけない。

あの程度の威力ならば、彼の肉体には何の傷ももたらさない。

だからこそ彼はそのままエウリュアレを追いかけるべく一歩を踏み出して、

 

光弾を受けて、体にカーブを描く矢印が浮かび上がった。

彼はそのままエウリュアレを追いかけるつもりで踏み出して―――

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――――ッ!?!?」

 

ありえない軌道を描いてカーブするヘラクレスの体。

即座に彼がブレーキを踏み、更に一歩を踏み出したところで力尽くで停止する。

 

その一歩を導いたものこそ、マッハウォッチを装填したジカンギレードの一撃。

役目を果たしたその武装を放り捨てたジオウ。

彼の腕がそのまま、ドライバーと装填されたウォッチを叩いていた。

 

〈フィニッシュタイム! ドライブ!〉

 

作戦地点へと辿り着いたマジーンは、エウリュアレを下ろしてエアバイク形態に。

すぐさまジオウの元へと飛来するタイムマジーン。

一度飛び跳ねたジオウが空中でマジーンを蹴って加速する。

 

〈ヒッサツ! タイムブレーク!!〉

 

「はぁあああああ―――――ッ!!!」

 

ドライブアーマーが一条の光となり、洞窟の入り口で立ち止まったヘラクレスに突撃した。

振り返り、その光景を見たヘラクレスが理解する。

これは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

なるほど、と。彼は狂戦士ながら静かに納得する。

だが、彼らは大きく勘違いしていることがあるようだ。

 

イアソンが持つ、ヘラクレスの力への信頼。

最早信仰にさえ似た、他の何よりヘラクレスに対する絶大なる感情。

彼らはそれをこの上のない、隙であると見たのだろう。

―――勘違いしているのはそこだ。

 

イアソンはヘラクレスの力を、誰より信じているというわけではない。

何故ならば――――

 

「■■■■■■■■■――――――ッ!!!」

 

石斧剣でもって、彼はジオウを迎撃する。

空中でぶつかり合う彼の蹴撃と、斧剣の一撃。

互いに弾けあう、なんて結果で洞窟に押し込まれるならそれはつまりヘラクレスの敗北だ。

 

ならば、と。全身に力が漲る。

足場も何も周囲に全ての何もかもを粉砕してでも目的を果たすと決定する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

船という破壊してはいけない戦場。エウリュアレという破壊してはいけない目標。

注意を向けなければならない諸々がある故、越えなかった一線の一切合切を放棄する。

 

ヘラクレスの瞳が赤く狂気の光を灯し、その能力値が1ランク上昇する。

当然のように彼は、石斧剣の一撃でもってジオウの一撃を打ち払った。

 

「ぐぅ……ッ!?」

 

イアソンが最も彼を信じているのではない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

彼は自身が最強であるという確信を持って戦場に立つ。

否、己の力を疑いながら戦う英雄なんぞいるものか。

 

どのような状況だろうと、己の力で突破してみせるという意思。

その意志を抱き突き進んだ結果、彼は英雄となったのだ。

彼を大英雄という一等星に昇らせたのは、他の誰でもない彼自身なのだから。

 

イアソンとヘラクレス。

二人の関係は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

―――否。そうして輝き続けた英雄だからこそ、イアソンすらもが彼に憧れた。

 

弾き返されたジオウを追い、そのまま洞窟から飛び出そうとするヘラクレス。

そこに―――

 

〈メテオ!〉

 

青い流星と化したタイムマジーンが、洞窟を出た瞬間の彼に激突した。

コズミックエナジーで全身を覆った尋常ではない速度での直撃。

その一撃は彼にさえも届き、確かに傷を負わせる。

だが傷を与えた程度で、否。命を奪ったとしても、ヘラクレスは止まらない。

 

僅かに洞窟内に押し戻されるに留めたヘラクレス。

対して、激突で弾き返された勢いのまま、地面に墜落するタイムマジーン。

 

再び疾走を開始しようとしたヘラクレスが、握った拳の手応えの無さに一瞬だけ停止する。

彼の手にあったはずの石斧剣が、今の激突の衝撃かその手の中から失われていた。

破壊し尽くすための凶器を求めて、唸り声を上げ周囲に視線を巡らせるヘラクレス。

 

それは今しがた墜落した、タイムマジーンの傍に転がっていた。

その事実を認識したがゆえに、そちらに突撃しようとし―――

 

その一瞬の停止の内に打ち上げられた白いロケットが、空に翔け上がる光景を見た。

 

〈3! 2! 1! フォーゼ!〉

 

空中でループを描き、その勢いのまま飛んでくるジオウ。

その姿がロケットそのものに変形し、回転しながら突撃を敢行した。

 

〈リミット! タイムブレーク!!〉

 

「宇宙ロケットきりもみキィ―――――ック!!!」

 

直進してくる更なる一撃。

ヘラクレスはまるで船上での戦いの再現のように、両腕を構えてそれを迎え撃つ。

 

再度ジオウとヘラクレスが激突する中で、マジーンの中でオルガマリーが身を起こす。

修理されて復調したばかりのマジーンは、再び無数のエラーを吐き出していた。

彼女がすぐ傍に倒れている立香の肩を揺らしながら、外を見る。

 

「………っ、なんてデタラメ……!」

 

回転しながらぶつかるジオウと、それを腕で押し留めるヘラクレス。

 

一度目の戦い、船上ではある程度押し込めたはずだ。

だというのに今度の衝突では、ヘラクレスを一歩分も押し込めていない。

 

―――船上と言う足場の悪い状況と、陸地の上。

ただそれだけでああも変わるなんて、思ってもいなかった。

 

本来十二回殺さねばならないものを、ただの一回押し込めば終わるようになる。

そんな字面だけのことで、この戦いが簡単なものになると錯覚した。

 

けれど、始めてしまった戦いに、今更四の五の言っていられない。

 

「………っ! だったら……!」

 

マジーンの装備は、ジオウが換装したことでフォーゼになっている。

巨大なロケットユニットが装備された状態。

ならばこれを撃ち込むことで、ヘラクレスを押し込むしかない。

だが、ジオウが競り合っている今はこれを撃ち込めない。

 

ヘラクレスがギリギリ入れる通路とはつまり。

そのヘラクレスを足止めする者は、一人だけで彼と戦わなければならなくなる通路ということだ。

 

一人で彼と戦うなんて、そもそもそれが出来るのはせいぜいクー・フーリンだけ。

だが彼でさえも、槍を振り回す事もできない狭い通路の中では不可能としか言えない。

 

だからこそ、隙を作って一気にジオウが押し込むという作戦以外になかった。

場所が狭いから対峙できるのは一人。狭い戦場だから後方から火力支援もできない。

なればこそ全力で走らせた彼を誘導し、その状態で洞窟に踏み込ませ―――

そして、相手を押し込むことで勝利を得ようとした。

 

ジオウとヘラクレスが衝突している今、後ろは見ているしかできない。

ここから攻撃しようとしても、ヘラクレスの前にジオウの背を撃つことになるだろう。

だから、今彼女に出来る事はジオウが負けた時のための行動。

ジオウが弾き返されたその直後に、このロケットミサイルを撃ち込む準備をするくらい―――

 

「つぅ……!」

 

そうしてタイムマジーンを起こさせて、待機している中。

立香が起き上がった。

ふらふらしながら立ち上がり、周囲の状況を確認している。

 

前から目を離さずに、オルガマリーは彼女に声をかけた。

 

「―――大丈夫なの、藤丸」

 

「……はい。でも、これは―――」

 

ヘラクレスはまるで押し込めない。

そして、いま激突しているジオウもすぐに押し返されることになるだろう。

オルガマリーが今やっているのは、その後のための攻撃の準備だ。

 

しかしそんなもの、焼石に水だろう。

ジオウが弾かれた後にロケットを撃ち込んでも、どうせ吹き飛ばされておしまいだ。

ライドウォッチのエネルギーが切れるまでは、ジオウとマジーン。

その波状攻撃でヘラクレスをあそこに縫い止められるかもしれないが、そこ止まり。

 

こちらのエネルギーに限界が来て、そう遠くないうちに負けるだろう。

じゃあ、どうする?

 

「―――そう、だよね。それぞれ戦ってるだけじゃ、足りないよね……!

 だったら今こそ、力を合わせないと―――!」

 

「え?」

 

立香がオルガマリーに、ソウゴから渡されたウォッチを渡す。

それは―――ビーストウォッチ。

 

作戦を始める前に、こっちで使ってと。

メテオウォッチとともに、ソウゴから一緒に渡されたもの。

それを渡してしまった立香が、彼女からマジーンの操縦桿を奪い取る。

 

「あんた……何を?」

 

「今、このタイムマジーンにはフォーゼの力があって――――

 それは、つまりあのアナザーフォーゼと同じ力ってこと……!」

 

だったら、と言いながら彼女はマジーンに左足を持ち上げさせた。

 

ソウゴは完全に感覚でやっている。

が、立香にライダーの力が何なのかなんてわからない。

フォーゼの力があると言われても、どんなことが出来るのかはさっぱりだ。

 

だけど、フォーゼとアナザーフォーゼの力が同じものならば。

 

あの、アルゴー船が黒髭の船を粉砕した力……()()()()()()()()()()()

だとするのなら、このフォーゼマジーンに使えないはずがない。

 

立香がドリルを思い描きながら、左足を思い切り振り下ろさせる。

その足は地面に着く前にドリルを装備していて、地面に完全に突き刺さった。

マジーンの状態を見ていたオルガマリーが目を見開く。

 

「ドリル……!?」

 

「できた……! これなら……!」

 

そうして彼女は、両腕のロケットをそれぞれ逆の方向に返して地面と水平にする。

そんな状態を見たオルガマリーが、立香が何をしようとしているかに思い至った。

彼女は口をパクパクと開いて、呆然としながらその姿に目を見開く。

 

「あんた、まさか……!?」

 

「多分、回転で酔ってどうにもならないだろうから……あとは所長にお願いします!

 ………ソウゴ!! 行くよ――――!!!」

 

その瞬間、タイムマジーンが地面に突き刺したドリルを回す。

地面を砕くのではなく、そこを支点にして横回転をするために。

同時に、両腕のロケットが凄まじい勢いで炎を噴いた。

 

ロケットエンジンで加速したそれは、その場で超高速回転を開始する。

竜巻染みた突風を巻き起こす、巨大な独楽と化すタイムマジーン。

 

「えっ……!?」

 

立香の声が届いたジオウが、背後で回転しているタイムマジーンを把握する。

そうして彼女が何をしようとしているか理解して―――

 

その瞬間、遂にヘラクレスが彼の体を吹き飛ばした。

洞窟から弾き飛ばされるように空を舞うジオウの姿。

ヘラクレスの反撃に、体中が軋みを上げる。

 

だが吹き飛ばされたジオウは、その勢いのままにブースターを噴射した。

 

「来い、立香――――!!!」

 

タイムマジーンへと向かっていくジオウ。

直後にタイムマジーンが僅かに飛んだ。

 

回転の勢いだけそのままに、ドリルを地面から抜いて飛び上がる。

その中で、精神状態や平衡感覚を魔術で管理しているオルガマリーが操縦桿を握る。

この洗濯機の中のような回転では、立香はまともに活動できない。

だったらそのタイミングを計れるのは、彼女しかいない。

 

「っうぅうううう! ここぉッ!!」

 

弾け飛ぶフォーゼウォッチ。

回転を加速させ続けたロケットも消え、マジーンが空中に放り出される。

そして変わるように装着されるのは、ビーストのウォッチ。

同時に、マジーンの肩へと緑色のマントが現れた。

 

ビーストのキマイラの構成生物は、獅子・バッファロー・隼・イルカ・カメレオン。

彼女だってそれは知っている。彼女が今、使いたい力は……

 

〈カメレオ!〉

 

即座に延ばされるカメレオンの舌。

それが飛んでくるジオウ・フォーゼアーマーの足を捕まえた。

カメレオンの舌で掴まれ、高速回転し続けるマジーンに引っ張られる。

さながらハンマー投げのような方法で―――

 

ジオウが、タイムマジーンの回転と変わらない速度まで一気に加速した。

 

「ジオウだけのスピードとパワーじゃ足りないなら……っ!」

 

「こうして、私たちで加速させてあげればいいってわけ―――!?」

 

それぞれ別に攻撃して足りないというのなら、だったら力を合わせればいい。

言ってしまえばただ、それだけの当たり前。

けれどそんな当たり前の事をやり遂げてみせると、彼女は彼に約束した。

 

くらくらと頭を震わせながら、オルガマリーと一緒に握った操縦桿に力を込める。

オルガマリーの誘導に合わせて、彼女はこの戦いに最後のピースをはめた。

 

「行くよ、ソウゴ――――!

 こっからヘラクレスに向けてっ……倍にして、返す―――ッ!!!」

 

二人は中でグロッキーになりながらも、外のヘラクレスを睨みつけ―――

カメレオンの舌で結んでいたジオウの拘束を解除する。

 

タイムマジーンを発射台にして射出されるロケット。

天空から地上に向け、限界を超えた加速の突撃。

その一撃はジオウ一人で放つものの倍の加速と、倍の回転と―――何十倍もの気迫のもとに。

 

立ちはだかる、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

〈リミット! タイムブレーク!!〉

 

「宇宙ロケットォ――――!!

 大! 回! 転! きりもみキィ――――――――ック!!!」

 

最早その身そのものがドリルであるかのような、超速回転の一撃。

ヘラクレスがすぐさまそれを受け止めるべく両腕を構え―――直撃。

 

彼の腕ごと削り取るような圧倒的な回転エネルギー。

受け止めた腕が砕け散るほどの、限界を突破した超スピード。

腕を砕かれた彼にそれを止める術はなく、その蹴撃が胴体にそのまま突き刺さる。

 

即座に再生を始めた腕で、相手を受け止めるべく掴みかかろうとして―――

 

しかし、その回転に触れようとした腕の方が削られ止まらない。

砕かれた胸板が再生しようとするも、しかし攻撃を受け続ける状況で再生できない。

踏み留まれないほどの衝撃が、ヘラクレスを洞窟の奥へと一気に押し込んでいく。

 

「■■■■■■■■■――――――ッ!!!」

 

咆哮する。

死が背中に迫ってくる中、より苛烈さを増した声が洞窟を揺らすほどに轟いた。

その咆哮は恐怖ゆえか? 否。ならば敵への嚇怒ゆえか? 否。

 

――――決まっている。

強敵と出逢えた。その歓喜以外にありえない。

越えるべき試練が目の前に立ちはだかってくれた、ならば挑むのが英雄だ。

 

一瞬持ち上げた足を、全力で地面に叩き付ける。

回転を止められない腕を、横の壁へと叩き付ける。

その岩壁の中に手足を埋め込んで、死力を尽くしてブレーキをかけてみせる。

 

有り得ないほどの加速だろう。有り得ないほどの回転力だろう。

ヘラクレスでさえも止められないほどのその勢い。驚嘆するより他にない。

だがその勢いすらも、耐え切ればいずれは失われるものだ。

 

こちらの背があの死に届く前に、その力を受け止めればいいだけだと言うのなら。

その偉業こそ、今このヘラクレスが挑む試練ならば―――やってみせるだけだ。

それこそが、大英雄ヘラクレスなのだから―――!

 

「■■■■■■■■―――――ッ!!!」

 

「う、ぅおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――――ッ!!!」

 

ヘラクレスが力を増すならば、しかしまたジオウも回転と速度を増す。

ここに送り出してくれた仲間の想いの分だけ、前に出る。

踏み止まらんとするヘラクレスに、突き抜けようとするジオウ。

 

その衝突の支えにされた岩壁が抉り取られ、崩壊していく―――

 

 

 

 

そうして、全てのエネルギーを消費したジオウの体が地面に転がった。

 

地面に転がりながら、未だに立つヘラクレスの姿を見上げるジオウ。

彼は全身から黒煙を噴き上げ、滂沱として血液を流し続けている。

岩壁に突き刺した両腕と片足が千切れた大英雄は、片足だけで立ちながら彼を見下ろした。

 

―――その背は、死をもたらす箱に届いていた。

 

決着はついていた。

完全に魔力を消失した彼は、すぐに亡霊の如く消え失せるだろう。

急速に死というものに辿り着いたヘラクレスは、ジオウの前で口角を上げる。

 

―――良い一撃、良い戦いだった、と。

敗者として、自分という試練を越えてみせた戦士を讃えながら―――彼の姿は、消滅した。

 

「――――ふぅ……」

 

がくり、と頭を地面に落とす。

まだ戦いは続いているが、少しだけ休憩だ。

無理をした体は凄まじく疲労していて、ちょっとすぐには動けそうにない。

 

「ソウゴ!」

 

洞窟の入り口から声が聞こえる。

声を上げるのも、体を起こすのもちょっと辛い。

 

―――だから、ジオウは声の方に向かって腕だけを上げた。

持ち上げた拳で軽く胸を叩いてから、彼女の方へ向ける。

拳同士を合わせる為のような動作。

 

ふらふらとしながら歩み寄ってきた彼女が、ジオウの拳に自分の拳を乗せる。

 

「―――とりあえず、お疲れさま」

 

「―――そっちもね」

 

トン、と互いに拳を弾き、勝因となったものを確かめあう。

顔を見合わせて笑う立香。ソウゴも仮面の下で小さく笑った。

 

―――そして新たな戦いに向かうべく、彼らは再び立ち上がる。

 

 

 




 
倍にして返す!
青春銀河、大! 大! 大! ドリルキックだ!
大体そんな感じ。
 


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沈・降・恋・慕1573

 

 

 

その疾走に追い縋る術はなく、彼の立ち回りは自然と守りを中心に入ることになる。

無論、それこそを最も得意とするのだから否やはない。

そもそも一騎討ちに持ち込まれている時点で既に追い込まれている。

 

目の前にいる槍兵みたいなタイプの大英雄と一騎討ち。

そんな状況に持ち込まれた時点で、ろくでもない結末を迎えるだろうと相場が決まっているのだ。

 

まあそれはそれとして、

 

「おらよ―――ッ!」

 

下から掬い上げるように奔る赤い閃光。

それこそはクー・フーリンの振るう赤き呪槍。

それを斜め前方に跳びながら躱し、同時に相手の首に槍を奔らせてみせる。

 

体をくの字に曲げて、その金色の閃きを躱すクー・フーリン。

その姿勢に入った勢いのまま跳び上がる彼が、宙にいたまま脚を鞭のように撓らせた。

 

青い鞭は風を打ち抜きながら撓り、ヘクトールの胴体を殴打。

衝撃に蹈鞴を踏んだ彼はそのまま相手から距離を取り、蹴られた場所を軽く押さえた。

 

くるりと体勢を整えながら着地したクー・フーリンが、魔槍を軽く振るって構え直す。

そんな彼を見ながらヘクトールはぼやくように話しかけてみせた。

 

「距離、離さないねぇ。投槍で勝負しようとは思わないのかい?

 俺はこれでも結構、そっちには自信あるんだけど」

 

「馬鹿言えよ。船の上で出し抜かれて負けたリベンジで、そっちで戦ってどうする。

 それじゃ別枠の勝負になっちまうって話だろ」

 

聖槍を肩に乗せて軽く叩きながら、ヘクトールは苦笑してみせた。

 

「まあ、アンタの槍は投げたら当たるもんなぁ。

 俺が勝っても貫かれるんじゃ、相討ちにしかならないよな」

 

たとえ投槍で競っても、勝つのはこちらだと。

彼は笑いながら宣言してみせた。

自分が勝ったうえで、その槍が相手じゃ相討ちで終わるだろうと。

 

言われ、クー・フーリンが軽く笑った。

 

「おう、今の内に勝者は勝者らしく好きに言っとけ。

 敗者は敗者らしく……まずはテメェの心臓を貰い受けるところから始めるからよ―――」

 

彼はそれを受け流す。それが勝者の言葉と、敗者として聞き入れる。

だが、それも一勝一敗に持ち込むまでの話だ。

まずはそこで競うより先に、相手に土をつけなきゃ始まらない。

 

そんな簡単に挑発に乗ってはくれないよねぇ、と。

仕方なく彼も、疾風の如き槍兵の突撃を迎え撃つ。

 

ネロ・クラウディウスが用意した一騎討ちのための戦場、黄金劇場(ドムス・アウレア)

その環境では、何の制限もなくクー・フーリンは足を動かせる。

そしてヘクトールの真骨頂は、相手が動けない状況を作ることで相手を制限すること。

大前提の部分で彼は追い詰められている。

 

「んじゃ……俺は一発逆転狙うしかないよな?」

 

小さく呟いて、心臓を目掛けてくる赤い閃光を迎撃する。

後退しながら振るう聖槍が描く金色の軌跡が赤い穂先を打ち払う。

槍を打ち払われれば、そのまま自分の体ごとそちらへと跳ぶクー・フーリン。

 

最早ピンボールの如く周囲を跳び回り、自身そのものを槍と化して襲来する。

その圧倒的速度に防戦以外を展開できないヘクトール。

彼に一発逆転の目があるとするならば、それこそ彼の宝具。

彼が最も得意とする、投槍以外にありえない。

 

―――攻勢を凌ぎながら、あの速力を持つ相手に狙いを定めて槍を撃ち放つ。

それの何と難しいことか。

 

「けどまぁ、あれだ。今はトロイアを背負ってるわけでもなし……

 たまには―――イチかバチかで攻めてみるのも悪くないか」

 

朱色の槍に、金色の刃を合わせる。

火花を散らす双方の槍を挟み、二人のランサーが顔を突き合わせ―――

ヘクトールが右腕に装備した籠手が、炎を噴き出し始めた。

 

「――――ッ!」

 

「お前さんが投げないなら投げないで、俺はやらせてもらうよ。

 そっちと違って、俺にはこのくらいしか自慢できるものがないもんでね」

 

右腕の勢いを籠手の威力でブーストし、クー・フーリンを力任せに押し切る。

そのまま加速した槍で一撃を見舞い、防御した彼を後方に弾き飛ばした。

槍を回しながら床を滑っていく彼を見送り、姿勢を大きく下に落とす。

 

籠手から迸る炎は限界まで燃え上がり、それを抑え込む彼が腕に力を籠める。

いつでも槍を投げ放てる姿勢になったヘクトールの視線はクー・フーリンを離れない。

 

彼が次の一歩を踏み出した瞬間、狙いを定めて撃ち放つ。

回避はさせない。外しもしない。止める事などなおさら出来ない。

例え彼がこちらを凌駕する速度を持っていても、この投擲だけはこちらが先んじる。

 

その光景にクー・フーリンはただ笑い、そこから一歩を踏み出した。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

爆音に等しい彼が踏み込む音を聞きながら、ヘクトールも苦笑する。

大英雄なんて呼ばれるような奴は、どいつもこいつもこういうものだ。

一歩先に踏み込んだ相手を見て、彼の腕は既に始動していた。

 

「ま、そうくるだろうと思ったよ――――ッ!!」

 

その踏み込みの瞬間。

彼の手がブースターの出力で加速しながら、全力をもって振り抜かれる。

限界を超えた速度で振り抜かれる腕の撓りによって更なる加速。

それこそ全てを貫く聖なる一撃、解き放たれた金色の聖槍。

 

「“不毀の極槍(ドゥリンダナ)”――――――ッ!!!」

 

それは最早、光線としか言えないものと化して標的を目掛けて殺到する。

放たれた瞬間に、そのまま同時に着弾する速度。

一歩を踏み切った瞬間のクー・フーリンには、対応が出来るはずもないタイミング。

 

―――だがしかし、そんな事実さえも凌駕してこその大英雄。

 

自身に迫る黄金の光。

本来、対応するため視認するという前提さえも満たす暇が存在しない超速の投槍。

それを彼は肉眼で認識した。自分の心臓を目掛け奔る閃光を。

 

朱槍がそれに対して翻り、黄金の穂先に突き合わされる。

止められる筈はない。ヘクトールの投槍を、そんなことで止められる筈もない。

衝突した衝撃に引き裂かれるクー・フーリンの腕。

その衝撃に見舞われた彼の体は、()()()()()()()()()()

 

「――――っ!?」

 

まるで、戦車に轢かれて飛ばされるように。

一直線に進む光の槍の侵攻に跳ね飛ばされた彼が、空中に弾き飛ばされる。

衝撃に全身を引き裂かれ、しかし槍に貫かれることはなく―――

 

空中に投げ出された彼が、そのままヘクトールに向かい落ちてくる。

 

「“刺し穿つ(ゲイ)――――」

 

血塗れになろうとも、彼の傷は致命傷には至らない。

その赤い瞳を爛々と輝かせ、血に塗れた顔で凄絶に笑いながら―――

呪槍とともに、槍を投げて固まるヘクトールに飛来する。

 

死棘の槍(ボルク)”――――――ッ!!!」

 

跳ねる朱槍の穂先。

それが稲妻の如き軌道を描き、ヘクトールの心臓を目掛けて迸った。

因果逆転の魔槍。放った時点で心臓を穿つという結果を決定付ける魔性の業。

放たれた以上、それに回避という行動は成立しない。

 

―――どちらにせよ、全力投擲の直後では対応できるはずもないが。

 

赤い刃が胸を穿つ感覚を存分に味わった。

心臓をぶち抜いていった槍が、彼の着地とともに引き抜かれる。

口に溢れてくる血を飲み下して、いつも通りの笑顔を浮かべた。

 

「いや、まさか……正面から、ぶち抜いてくるとはねぇ。

 ホント、俺の手にはあまる相手だったよ」

 

心臓を失った彼の退去が始まる。

投槍を放っておきながら、相手に槍も投げさせずに負けた。

こんな結果じゃ、こっちの負け越しみたいなものだ。

 

青い衣装を血で赤く染めながら、クー・フーリンは鼻を鳴らす。

 

「―――さてな。結局、守備を突き崩せたわけじゃねえときた。

 トロイアでも背負わせない限り、死力のテメェとやれるわけじゃねぇってことか。

 一勝一敗。ま、今回は引き分けみたいなもんだ」

 

「はは、死力を尽くせば……強くなるならそうだろうけどねぇ。

 ただオジサンの場合、戦う前に死力を尽くして相手を追い詰めるタイプなんでさ。

 ………まあ、気を付けた方がいいんじゃないかい?

 アンタみたいな大英雄は、大体がそういう奴に殺されるもんなんだから―――」

 

彼は最後にからからと笑い、ヘクトールは光に消える。

その捨て台詞に軽く肩を竦めて、クー・フーリンは槍を下ろした。

 

そんな中で―――

 

「よいか!? もうよいよな!? もう保たぬぞ!?」

 

クー・フーリンが後ろに流した“不毀の極槍(ドゥリンダナ)”。

その一撃に粉砕された黄金劇場の主が、もう結界を維持できないと悲鳴を上げた。

彼の宝具はさながらミサイルの如し。

直撃を受けた黄金劇場は今まさに、完全倒壊の危機に瀕していた。

 

「おう、終わってるぞ」

 

ランサーの声を聞くや否や、崩れ出す劇場の光景。

その光景が晴れれば、戻ってくるのは浜辺の景色となるだろう。

 

 

 

 

〈ウォータァー…!〉〈フリーズゥ…!〉

 

アルゴー船の横に現れる、巨大な放水ユニットと冷却ユニット。

 

蛇口そのもののようなそれが一気に放水を開始した。

降り注ぐ水を防ぐことはできず、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)を水浸しにしていく。

 

続けて、冷蔵庫の扉を開くように展開した冷却ユニット。

そこから止め処なく一気に流れ出してくる冷気。

海面を凍らせながら迫ってくる冷気に対して、船上から放たれた黒い炎が迎え撃つ。

ジャンヌ・オルタが放つ憎悪の嚇炎。

 

海上でその炎と冷気が衝突し、相殺した。

船上で旗を振るったオルタがそれを見ながら舌打ちする。

冷気は止まる事なく吐き出され続けていた。

オルタ一人で止め切れる規模ではない冷気の侵略。

 

先に放水された水が周辺に満ちていく冷気のせいで一気に冷えていく。

炎で焼き払っているおかげで、凍結まではしないだろう。

 

だが、ただの冷水でも十分だ。

サーヴァントが相手ではなく、この船を操舵している人間たちが相手なら。

一分一秒が奪っていく体力の消費が、格段に増加する。

 

「近付けないじゃないの、これ……!」

 

純粋に船の性能が違いすぎるというのもある。

その上で船に装備されるように現れるアナザーフォーゼの力が大きい。

何をする気なのだ、という装備のオンパレードが戦場を制圧する。

 

―――とにかく彼女は、炎でもって船の防御を行い続けた。

 

飛行能力を持つが故、空を翔けてアルゴー船を見下ろすアルテミス。

彼女の適当にさえ見える弓の構えから、正確無比にイアソンを狙う矢が飛んだ。

 

〈ペン…!〉

 

だがアルゴー船から巨大な毛筆が現れ、虚空に墨を塗りたくった。

撒き散らされる墨に、アルテミスの矢も巻き込まれる。

その墨は一瞬のうちに固まって、空中に矢が埋まる黒い壁を作り上げた。

 

「ええー!? なにそれー! ちょっとダーリンどういうことー!?」

 

「なんで俺に言うんですかね!?」

 

剣や槍で弾かれるならまだ分かる。

だが筆で何故ああなるのか、と。アルテミスが頬を膨らませた。

 

「もー! だったら、あれごと吹き飛ばせるような一発を……!」

 

アルテミスがその瞳を銀色に輝かせて魔力を発する。

この海の空が、太陽の沈まぬ内に月で世界を照らし出す。

そして目の前の黒い壁ごと吹き飛ばす一撃を番えようとして―――

 

〈ハンマー…!〉

 

「おい馬鹿! 避けろ!」

 

黒い壁の後ろ、アルゴー船から届く新たな声。

それを聞いたオリオンの熊の手が、アルテミスの耳を引っ張った。

 

「ちょっと、ダーリン痛い!?」

 

「このままじゃ痛いじゃすまなくなるんだよ!」

 

ゴガン、と凄まじい打撃音。

空中で固まっていた墨の塊が、アルテミスに向かって飛んでくる。

オリオンに引っ張られ彼女が位置を動かしていなければ、空中の彼女を直撃したであろう軌道。

 

それを避けさせたオリオンがアルゴー船を見れば、そこには巨大なハンマー。

その巨大ハンマーが黒い壁を殴り飛ばしてきたのだと分かる。

回避した彼女たちの横をすっ飛んで行き、海面に叩き付けられ盛大に水柱を立てる墨の塊。

 

「もう! 何なのアレー!」

 

「俺が知るか!」

 

空中で地団駄を踏むアルテミス。

そんな彼女に握られたオリオンも声を上げながら、アルゴー船を見下ろした。

 

イアソンの目が敵船にいるダビデに向けられる。

彼の所有する“契約の箱(アーク)”こそが目的の一つ。

ここにいると言う事はそちらもこの島か、近くに隠してあるのだろう。

 

「ハハ、何だ……ダビデもここにいたんじゃないか。

 どうやら運が向いているらしい。しかし困ったものだ。

 私が所有権を奪う前にダビデを殺せば、あの箱も消えてしまうんだろう?

 ――――なあ、メディア?」

 

問いかけられた少女は、にこやかに彼を見返しながら返答する。

 

「―――はい。今の“契約の箱(アーク)”の所有権はダビデ王のもの。

 今あちらの船ごと沈めてしまえば、その瞬間に箱は送還されてしまいます」

 

「やれやれ、じゃあ仕方ない。多少は手加減してあげないとねぇ?」

 

〈ネットォ…!〉

 

アルゴー船から網が飛ぶ。

射出された電磁ネットの行先は、相手船上にいるダビデに他ならない。

 

「おっと、これは不味い」

 

それを向けられた彼は、まるで不味いとも思ってなさそうにそれを見る。

だが彼に電磁ネットが届く前にその網目を数本の矢が射抜く。

矢に引っ掛かったネットはそのまま、海の上へと放り出された。

 

矢を放ったアタランテに向けて、ダビデが微笑みかける。

 

「やあ、ありがとうアビシャグ。この援護は僕への愛情表現だと思って……」

 

「黙って戦え」

 

一言で切って捨て、そのまま敵船への射撃を開始するアタランテ。

彼は一度大きく肩を竦めてから、イアソンへと視線を移す。

 

「―――うーん……

 はてさて、顔を合わせたのも初めてなのに、なんで僕や箱の事を知ってるのか。

 まあ、誰かに教えてもらったのだろうけど。それは誰なのか……」

 

ちらり、と。ダビデの視線がイアソンの横に控えるメディアに向けられる。

ずっと後ろで船の縁に寄り掛かっているスウォルツにも。

ふむ、とそこで一息吐くと彼はドレイクに対して声をかけた。

 

「やあ、船長! ここらで一発、体当たりするってのはどうだい?」

 

「はぁ? 体当たりしたってこっちが壊れるだけさ。

 それに代えてもやりたい事があるってのかい?」

 

彼の言葉に呆れた風な声をあげるドレイク。

だがダビデはそんな声を気にした様子もなしに続ける。

 

「そうそう、僕が一発相手の船に乗り込んでやろうと思ってね。

 どうやら乗り込んでも僕なら殺されなさそうだし、失敗しても損がない」

 

「こっちの船が壊れりゃ大損だろうに。

 ―――けどいいよ、このままじゃ埒が明かないと思ってたところさ!

 おら、アンタたち! 一発相手の腹に突っ込むよ!!」

 

応さ、と返ってくる船員たちの返事。

甲板に手を下ろしていたエルメロイ二世が表情を酷く渋いものに変えた。

 

「相手の船に乗り込んで何をするつもりなのです、ダビデ王」

 

「聞いてみるだけさ。グレたうちの息子を知ってるか、ってね」

 

二世の表情が更に渋く、そして困惑の色を強く浮かべた。

だが同時にそれが必要不可欠だと感じたのか。

彼はドレイクの所有する聖杯からの魔力をこの船に流し続ける作業に戻る。

接近戦をするというのなら、より強く魔力を注がなければならない。

 

だが最大の問題は、エルメロイ二世が作成したこの船の魔力経路。

それが聖杯の魔力なんぞに耐えられる筈がないという現実だ。

流れ込む魔力を孔明の力で制御しなければ、すぐにこの経路は壊れるだろう。

 

「だが、容量が低かろうと使いようだ……!」

 

風向きに逆らって、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が進行する。

船の側面同士を擦り付けてやるような方向の進撃。

凍っている海面を削りながら、船は強引に方針を切る。

 

その方針を見てオルタが舌打ちする。

範囲が広すぎる上に、近づけば近づくだけ冷気は強くなっていく。

解凍がまるで間に合わない。

 

アルゴー船が常に張り続けている弾幕も収まる気配は当然無い。

無数のミサイルを撃ち落とすアタランテの弓。

吐き散らかされる銃弾を防ぐマシュの盾とジャンヌの旗。

どう足掻いても彼女たちは動けない。

 

「あーもう、上等よ……! そこかしこが凍らされてるのよ……!

 ちょっとくらい船ごと炎上させたって気にする必要はないでしょう―――!

 “吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)”………!!」

 

甲板に炎を撒き散らしながら、全力でもって迎撃の姿勢に入るオルタ。

飛散する炎は海面にばら撒かれ、凍った海面を砕く助けになる。

 

強引に突っ込んでくる相手に対し、イアソンは鼻を鳴らす。

 

〈スパイクゥ…!〉〈クロォー…!〉

 

側面につけようと接近してきた相手を粉砕するための武装。

棘の生え揃った筒と、爪のように並んだ刃。

それらを同時に展開したアルゴー船が、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に牙を剥いた。

 

「させま、せん―――ッ! “擬似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”――――ッ!!」

 

無数の棘が伸びるスパイクと、振り下ろされる爪。

更に飛び交う銃弾さえもまとめて全てを相手にして。

襲い来る剣林弾雨の前に、光の盾が屹立する。

 

マシュの宝具が一気呵成の攻撃を押し留める。

威力を殺し切れずに大きく揺れるドレイクたちの船。

転覆するのではないか、という振動。そんな中で船長の叫びが船員に届いた。

 

「こっちも向こうを揺すってやりなァ―――ッ!!」

 

ドレイクが飛ばした指示からややあって、側舷の大砲が火を噴いた。

聖杯の力が流入した、彼女が持つ銃と同じように神秘を帯びた砲弾。

それは至近距離で放たれたが故に、即座にアルゴーへと着弾する。

 

直撃して、流石に大きく揺れるアルゴー船。

 

そんな状況の中で、ダビデはアルゴー船へと跳び込んでいた。

自分の船の甲板で転がる彼を見て、イアソンが仮面の下で笑みを浮かべる。

アナザーフォーゼはその揺れをものともせずに、彼を見つめて立っていた。

 

「何だ、私たちの軍門に下りにきたのか? ああ、賢明だな。

 私に“契約の箱(アーク)”を譲りさえするのであれば、お前は見逃してもいいぞ?」

 

「そんなことはどうでもいいのだけど。

 イアソン、君に一つ訊きたいことがあって僕はここに乗り込んだんだよ」

 

ぱたぱたと服を叩きながら立ち上がるダビデ。

 

「うん?」

 

「君、どこで“契約の箱(アーク)”の話なんて聞いたんだい?

 まして、あれに神性を生贄として捧げようだなんて。

 君だってあの箱の話くらい知っているだろう? あれは死をもたらすものだ。

 世界の触手たる神性なんてものを殺させれば、この世界は崩壊すると思うよ?」

 

世界の崩壊を何ら普段と変わりない様子で語るダビデ。

それを聞いていたイアソンが、ピクリと体を揺らす。

声を揺らしながら、彼の咽喉から小さく言葉が絞り出された。

 

「――――――なに? いま、なんだと?」

 

「ああ、やっぱり知らなかったのか。逆に何と聞かされていたんだい?

 人類を、世界を救えるとでも?

 冗談だろう。あれに出来るのは、“死”を与えることだけだ」

 

ダビデの言葉を受け―――しかし首を横に振って顔を手で覆うアナザーフォーゼ。

 

「なにを、馬鹿な……! お前よりもその箱を分かっている人間が……!

 『あの方』がそう言ったんだぞ!? そうだろう、メディア―――!?」

 

あの方、という物言いに目を細める。『あの方』という『人間』。

神性相手ならいざ知らず、イアソンという人間が人間相手にその物言いをするだろうか。

そもそも、あの箱を自分以上に管理している相手、というだけでほぼ分かるが。

 

イアソンに振り返られたメディアが、ダビデを見る。

 

「はい、『あの方』は仰いました。この箱があれば、イアソン様の夢が叶うのだと。

 この箱に神性を捧げれば、イアソン様が理想とする世界が訪れる、と」

 

まるで、魔術師の最高峰たる彼女さえもその名を出すことを縛られているかのように。

彼女は微笑みながらそう語った。

 

「そうだ、そうだとも。だから俺はこうして……!」

 

「はい。世界を滅ぼし、何一つ存在しない無駄のない整然とした世界(きょむ)―――

 神霊を捧げた“契約の箱(アーク)”はイアソン様が望む世界を創るのです」

 

彼女は表情を微笑みから少しも変えず、そう言い切った。

ゆっくりと、恐れるように彼がメディアを振り返る。

 

「――――なに、なにを、なにを言っている、メディア……?

 オレが望むのはオレの、国だぞ? オレは今度こそオレの国を得て……! そして………!」

 

震える彼の手が彼女の肩に置かれ、メディアの体を強く揺する。

今度こそ、微笑みを浮かべていた彼女の表情が大きく変わった。

――――満面の笑みを浮かべながら、彼女はイアソンの夢に目を輝かせる。

 

「はい! そして―――己の意志に従えない全てを廃棄して、国を滅ぼすのでしょう?

 だから、その段取りを一つ飛ばしただけです。

 国を得てから滅ぼすのではなく、最初から全てを滅ぼしてしまえば結果は一緒でしょう?

 それに世界を全て滅ぼしたということは、つまり―――

 世界は全て、イアソン様のものだったということになるでしょう?」

 

彼女はそれを疑わない。イアソンという王の結末は決まっている。

何故ならば彼は、人の王として致命的なエラーを抱えている。

英雄船の王としてならば生きられても、英雄ならぬ人は彼に従えない。

彼に従えない人を、イアソンは民として認めない。

 

だから、彼の国は滅びるしか道がない。

 

「ふざッ―――! ふざけるな!! お前に何が分かる!?

 神殿に籠っていただけの小娘に、オレの王たる資質の何が分かる―――!?

 オレがどれだけ……! どれだけの想いで国を、王を求めたか……ッ!!

 お前なんぞに、惚れてもない女を娶ってまで王を求めたオレの想いの何が分かる―――!?」

 

肩を掴んだまま、彼女を揺すり続けるイアソン。

少しだけ目を伏せた彼女が、しかし彼を見上げた。

 

「―――分かります。王女メディアが恋した人。

 裏切られる未来を知り、捨てられる将来を想い、それでも私は貴方に恋をしているから。

 貴方は許せないだけ、人が英雄になれないことを。

 英雄でない人に奇跡なんて起こせないから、せめて効率的に生きたいのでしょう?

 英雄に比べて小さな輝きを、せめて長く、出来るだけ大きく、輝かせたいのでしょう?

 でも、イアソン。人は、人だから。

 王になるために効率的に、恋する少女を犠牲にした貴方を受け入れられないの。

 人が人である限り――――貴方の導きは受け入れられない。

 だって貴方は人を導く王である以前に、英雄の導となれてしまう英雄だから」

 

「ふ、ざッ―――――ッ!!!」

 

「ええ、でもだからこそ私が守りますイアソン様。

 貴方に恋をする―――――私が」

 

イアソンが掴んでいた少女の姿が消失する。

勢い余ってつんのめる彼を眺めていたスウォルツが小さく鼻を鳴らした。

 

「守るというのは……まさか、俺からとでも?」

 

ガチリ、と。周囲の時間が停止した。

転移魔術の行使により、スウォルツの背後に浮かんでいるメディア。

彼女の手には黒髭から奪った聖杯がある。

 

ジジジ、と彼女の姿にノイズが走る。その表情は、口惜し気に。

そんな表情を見て微かに笑ったスウォルツが、彼女の手から聖杯を奪う。

 

「『あの方』とやらより授かった召喚魔術か。

 俺を触媒にしようとは、こちらがイアソンを使った意趣返しのつもりか?

 ふん。せっかくならば、貴様らが揃って変貌しておけ」

 

そう口にして、聖杯をメディアの胸に押し付けるスウォルツ。

それが彼女の中に埋め込まれると同時に、彼女の時間が動き出した。

 

「くっ、あぁっ……!?」

 

アルゴー船の甲板に落ちて転がるメディア。

体を震わせる彼女の体内で、悍ましいほどに魔力が膨張していく。

その姿を見下ろしながら、スウォルツは楽しげに笑った

 

「さて、魔神とやらになるがいい。―――お前の意見は、求めん」

 

「く、ふ、……ええ、たとえ、それでも……私は、イアソン様、を、守るためならば……!

 ―――聖杯よ。我が願望を叶える究極の器よ……

 顕現せよ。牢記せよ。これに至るは―――七十二柱の魔神なり……

 さあ……序列三十、海魔フォルネウス――――アナタの力を、頂きます……!」

 

彼女が語る詠唱ごとに、膨れ上がっていく力。

それを内側に宿していたメディアの体が内側から弾け、腐肉の柱がそこに聳え立つ。

 

十字に裂けた瞳孔の赤い眼を無数に持ち、ぎょろぎょろと周囲を見回す異形。

その姿を見たダビデが目を眇めた。

 

「起動せよ。起動せよ。――――これより“七十二柱の魔神”、観測所を起動。

 人類史に残された汚濁、絶滅種、人類。観測するに値せず。

 その生存を看過するに能わず。――――その痕跡、見逃すことは認められない。

 焼却せよ。焼却せよ。――――これより、認可できぬ汚れを焼却す――――なに?」

 

ダビデの目の前の魔神が、困惑したかのような声をあげた。

直後、肉の柱が罅割れていく。

まるでその中から新しい何かを出現させる殻であるかのように。

 

「な、――――馬鹿な。依代が、我ら魔神、を――――!?」

 

フォルネウスもまた困惑し、己の中から溢れる別の物を観測した。

黒い肉の柱を裂きながら、その中身が溢れ出す。

毒々しい紫色の新たな肉の柱が、フォルネウスを砕いて出現する。

 

その新たな柱から、毒々しい色に似合わぬ物体が周囲に広がっていく。

キャンディ、クッキー、パンケーキ。

一見だけなら菓子か何かに見える、ポップでファンシーなデザインの腐肉の塊。

地獄の晩餐染みたその光景の中に、少女の声が響いた。

 

「―――ええ、だって。『あの方』から守ることはできないのだもの……

 ならせめて。夢と一緒に世界を全て沈めてしまうことが、貴方を守るということでしょう?」

 

 

 




 
ゼパル「ファーwwwwww乗っ取られるとかwwwwww」
ハーゲンティ「パwwwンwwwケwwwーwwwキwww」
 


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光・導・星・座1580

 
台風こわ(一か月ぶり二度目)
 


 

 

 

ぶくぶくと拡大し続ける肉の塊。

その中のところどころに目が開き、ぎょろぎょろと周囲へと視線を飛ばす。

外見だけは少女趣味にさえ感じる怪物の拡大は止まらない。

 

「お、まえッ……!?」

 

直近にいたイアソン、アナザーフォーゼに被さる肉の津波。

彼は悲鳴さえ残しきることなく、その中に呑み込まれていった。

更にアルゴー船ごと呑み込みだした相手を見て、ダビデが目を細める。

 

「不味いね、これは」

 

彼は即座に踵を返して、ドレイクたちの船へと駆け出した。

ダビデがあれに呑み込まれるような事になろうものならば、そのまま恐らく―――

契約の箱(アーク)”の所有権は、魔神と化したメディアに奪われる。

そう簡単に奪われるものじゃない、と言っても彼女クラスになれば話は別だ。

 

甲板を走り出した彼を追い迫る、なにかの動物を模したのか可愛らしい造形の肉の塊。

趣味が悪い、と吐き捨てている暇もない。

 

押し寄せてくるそれらを、空からの矢が粉砕していく。

空中を自在に駆け巡り矢を放つ月の女神。

アルテミスからの援護射撃だ。

 

「うぇ、気持ち悪い。あの子、よくあんなもの呼び寄せるわね!」

 

「ただの怪物じゃねーぞ! 聖杯の魔力でメディアの魔術が常に発動してる!

 再生魔術の常時発動だ! ヘラクレス以上の速度で再生し続けるぞ!

 …………え、じゃああれどうやって倒すの……?」

 

声をあげたオリオン本人が困惑する。

何故、ヘラクレスに対して“契約の箱(アーク)”による即死戦法を仕掛けたか。

それは彼を殺しきる大火力がこちらに存在しないからだ。

 

そんな相方の答えのでない自問自答を横に、アルテミスがその瞳を銀に輝かせた。

月の魔力が体に満ちて、女神の神性がこの霊基で可能な限り発揮される。

月光を帯びた女神が、悪性に対して眼光を飛ばす。

 

「こうなったら行くわよ、ダーリン!」

 

「おう! ……別に俺、何もすることないよね?」

 

青空に黄金の月が浮かび上がり、彼女の出力が最大に届く。

彼女の愛をもって形成した矢を弓に番え、その手で大きく引き絞る。

そんな彼女の肩の上で、熊の腕が魔神の姿を指し示した。

 

「よ、よぅし! やってやれ、アルテミス!!」

 

「ええ! 私とダーリンの愛の力、見せてあげるわ!

 “月女神の愛矢恋矢(トライスター・アモーレ・ミオ)”―――――ッ!!!」

 

愛をもたらす月光の矢が解き放たれる。

空から船上の怪物に突き刺さった神の矢が、その威力を余すことなく解放した。

着弾点から爆発的に広がっていく銀色の閃光。

 

爆心地から立ち昇る銀光の柱。

そこから迸る神威は、彼女の真名が冗談などではないという証明。

轟々と渦巻く神の気配の残滓が、やがて薄れて晴れていく。

 

―――その光が晴れた先には、僅かに穴の開いた魔神の姿がある。

が、一秒と待たずにその穴は消え去り、再び肉の塊を氾濫させ始めた。

 

「デスヨネー」

 

「ちょっと、ダーリン! こいつどうするの!?」

 

「どうにかする方法があったらヘラクレスを普通に倒せてるんだよ!

 あ、いや、流石にそれでも12回分は難しいかもぉおおおっ!?」

 

肉柱が各所の目を開く。

十字に裂けた瞳孔が光を放ち、空を舞うアルテミスがいた場所が爆発する。

即座に体を翻して回避に専念する彼女の手の中で、オリオンが絶叫をあげた

 

アルテミスの援護のおかげで何とか走り抜けたダビデが跳んだ。

着地した勢いのままに黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の上を転がっていく。

 

「いやぁ、まさかこんなことになるとはね。やっぱりソロモンはダメな奴だなぁ」

 

特に気にする様子もなく、起き上がりつつそんな事を言い出すダビデ。

するとマシュが所有している通信機から、ロマニの大きな声が上がった。

 

『ソロモン王は全然関係ないよね!?』

 

「ドクター静かにして! 来ます、ジャンヌさん!!」

 

マシュが通信機に怒鳴りながら、敵性体へと視線を送った。

 

ダビデの着地と同時に、エルメロイ二世の誘導で船は離脱を開始している。

アルゴー号の船上から溢れ、海中にボトボトと落ちていく肉塊を回避するため。

それを逃すまいと、魔神の瞳が全て船に対して向けられる。

 

瞳孔に輝く十字の光。

圧倒的な熱量を灯した眼が収縮し、直後。

 

「――――“我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)”!!!」

 

爆発的に膨れ上がった。

船を呑み込む光のその爆発の前に立ちはだかるのは、主の御業の再現。

ジャンヌ・ダルクの掲げた旗を中心に展開される、光の結界。

 

結界に船を守り切るほどの範囲はなく、光が各所を爆砕していく。

氷結しかけていた船に一転火の手が上がるが、それを消火する暇もない。

光の爆発は断続的に発生し、結界の外にはみ出た船体を次々と破壊する。

 

「くっ……!?」

 

「アルテミス様――――!!」

 

アタランテが空に舞う神に対し叫び、その弓に二矢を番える。

即座に放たれたそれは天空に消え――――

 

「“訴状の矢文(ボイポス・カタストルフェ)”!!!」

 

次の瞬間、光の雨がアルゴー船に降り注いだ。

周囲に広がった肉の海に浮かぶ赤い眼球を潰していく光の矢。

光源である目を潰された魔神が、光の爆発を放てなくなる。

 

―――だが、すぐさまそれは再生を開始した。

 

「――――目を狙ったところで魔力がもたんぞ、なにか打開策は!?」

 

とはいえ、放っておくわけにはいかないと。

再び宝具の矢を番えて空に向けるアタランテ。

目の再生が終わったらすぐさまそれを放つという構え。

 

マスターもいない彼女がそんなことをすれば、すぐに消滅へと至るだろう。

だが、あの爆破を受け続けるなどという選択肢が取れるはずもない。

 

船体に手を置いていたエルメロイ二世が目を細める。

 

「っ、無限に発動し続ける、宝具にまで昇華したようなメディアの再生魔術。

 そんなものに対抗する手段は、当たり前の力業しか存在しない……!」

 

焼け石に水と分かっていても炎の剣を射出するオルタ。

それは肉の壁に無数に突き刺さり呪詛の炎を撒くが―――

内側から現れた新しい肉体に押し出され、古い肉壁は外へ押し出されてしまう。

押し出されたそれはまるで菓子のような形状に変わりながら、海の底へと落ちていった。

 

「勿体つけてないでさっさと言えってーの!」

 

盛大に舌打ちしつつ、そんな彼女が、エルメロイ二世に対して怒鳴り声を飛ばした。

言ったところで方法が無ければ仕方ないだろうに、と。

苦い顔をしながらその方法を述べる二世。

 

「―――再生の暇無く、依代である彼女ごと吹き飛ばすことだ!

 だがそんなことが出来るなら、そもそもヘラクレスに対して――――!?」

 

船の魔力を管理していた二世が、驚愕に目を見開いた。

すぐさま彼が、ドレイクに対して振り返る。

彼女はこの状況で盛大に笑みを浮かべていた。

 

その胸では、聖杯が輝いて――――

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「バッ―――!? 何をしているキャプテン!?

 そんな魔力を今この船体で受け止め切れるわけがないだろ!?

 私が敷いた魔力経路では耐え切れずに弾け飛ぶぞ!?」

 

彼女が強引に流入させる魔力を抑えながら、声を荒げるエルメロイ二世。

しかしそんな彼に、彼女は笑いながら言葉を返した。

 

「いやぁ、さっきの砲撃で少し慣れたのさ。

 自分の銃だけでなく、船の砲に魔力っての籠めるにはどうすればいいのかって。

 今なら全力で――――ぶっ放せるに違いないって思ってねぇ!」

 

答えになっていない、と。彼が眉を吊り上げた。

 

「貴女が出来るようになっても、この船には不可能だ!!

 放つ前に回路が焼き切れ、船の方が爆発すると言っているんだぞ!?」

 

「はっ、()()()ねぇ―――?

 生憎、今のアタシにそんなもんはないよ。100年後のファンから訓示を受けちまったからねぇ。

 こうなったからには元の海に帰って、アタシの日誌と世界を繋いだ地図ってのを……

 ド屑が待ってる―――未来に届けなくっちゃならないのさぁッ!!

 野郎どもォ――――! 砲撃用ォ――――意!!」

 

彼女が飛ばした指示に対して、全ての船員が走り出す。

その光景を見ながら、エルメロイ二世が顔を引き攣らせた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

いや、それこそ黒髭が言っていた通りだろう。まだ、彼女は星の開拓者ではないのだ。

それでも届くかもしれない―――だが、そんな賭けに出れる状況か?

あの魔力に耐えられるとロード・エルメロイ二世が、ウェイバー・ベルベットを信じられるか?

 

――――出来るわけがない!

 

「バッ、……馬鹿かアンタは!? 出来ないって言ってるだろ!?

 私の魔術ではこんな膨大な魔力は扱い切れないって……!」

 

「あー、はいはい! アンタが出来ないって思ってるのは分かったよ。

 けどね、アタシの船に乗り合わせたんだ。最後まで付き合いな!

 そうすりゃアンタに、()()()()()()()()()()()()()―――――ッ!!」

 

そう叫んだ彼女の顔を見て、呆然と目を見開くエルメロイ二世。

すぐさま歯をギリギリと食い縛ってから正面に向き直り―――

 

その頭上から、タイムマジーンが接近してきていることに気が付いた。

 

「っ……! マシュ! 通信機を渡せ!! 投げろ!!」

 

「え、あ、は、はい!」

 

マシュが放った通信機を引っ掴み、そちらに向かって叫ぶ。

 

「マスター! 私に令呪を使え! 全てだ! 魔力の運用はこちらでする!!」

 

『え、あ、うん! 分かった、行くよ!!』

 

二世の声を聞いて立香が即決する。即座に発動される令呪の魔力。

 

宝具を三度解放してなお余る魔力の奔流が彼に押し寄せた。

それを使用して船に奔らせた魔力経路の防護に回る。

同時に、船が彼の指示に従い回頭。船首を魔神の方向へと向けた。

魔神に対して向けられる、船首四門の大砲。

 

ドレイクが凄絶に笑いながら、正面に聳え立つ魔神を見据える。

彼女の意志に呼応して船に流れ込む聖杯の魔力。

 

「ヒュー! 大砲も砲弾も何か光ってるぜ!」

 

「姐御の船だぜ、そんなこともたまにはあるさ!」

 

砲手となった船員たちが、その異常な光景にげらげらと笑いながら役目をこなす。

装填、よし。照準、よし。おうさ、後は船長の号令待ちだ。

 

そうして、彼女は船首へと乗り上げた。

一番前に立ち、対峙する怪物に対して船員たちへ船長として号令を下す。

 

「さぁ―――ここが命の張りどころってね!

 一発限りの砲撃さ、しっかり受け取って――――藻屑と消えなぁッ!!!」

 

船首から光が溢れる。

正面に設置された大砲から、膨大な光の帯が放出。

大砲というには砲弾からかけ離れた一撃が、魔神に向かって迸った。

 

その瞬間に顔を大きく顰め、エルメロイ二世が歯を食い縛る。

魔力経路が砕けた部分をその都度繋ぎ直し、死ぬ気で堪えさせてみせる。

溢れた魔力が行き場を失い、船内で幾度か小爆発が巻き起こった。

だがそれを気合と増量された魔力で押し切ってやる。

 

魔力光の砲撃は、確実に魔神の本体を貫いた。

止め処なく肉片を吐き出し続ける異形の腹。

そのど真ん中。そこを真正面から完全無欠に撃ち抜いてやった。

 

爆炎を上げる船上でその光景を見送るドレイク。

彼女の目の前で、肉の柱が徐々に崩れ落ち始めていた。

 

「ああ、――――でも、この結末が妥当なのでしょう。

 だっていつでも、(メディア)が望んだことは何一つ叶わない運命……

 どれほど魔術を極めようと、欲したものは何一つ手に入らない裏切りの魔女。

 なら、イアソン。貴方を守るためだけに立ち上がった私は……守れず、果てるのが―――」

 

少女の声がする。それは自分への悲哀か、それとも誰かへの憐憫か。

再生能力を失ったそれは、ぼろぼろとあっという間に崩れ去った。

 

彼女だった肉の塊は消え失せて、その場に水晶体・聖杯が姿を現す。

 

「―――魔神……並びにメディア。消滅を確認」

 

マシュがその魔力の残滓を眺めながら、小さく呟く。

そんな彼女に対して、手にしていた通信機を投げ返すエルメロイ二世。

マシュは慌ててそれをキャッチする。

 

振り返り、早くも消火活動に勤しむ海賊たちを見る二世。

彼は何とか爆発四散だけは免れたと深々と溜め息を落としてみせた。

 

崩れ落ちていく肉が、そのまま魔力に還っていく。

その下から姿を見せる、アルゴー船とアナザーフォーゼであるイアソン。

 

転がっていた彼が体を起こし、そのまま拳で甲板を叩く。

メディアは消滅した。スウォルツはいつの間にか消えていた。

彼はその英雄船の上に、ただ一人残っていた。

 

化け物が消えてご満悦の女神の肩の上で、オリオンが彼を何とも言えない表情で見下ろした。

けして悪意の存在ではないが、彼はただ破滅に向かってしまう。

 

「ぐぅ………っ! ちくしょう、ちくしょう……!

 どいつも、こいつもォ――――ッ!!!」

 

彼が顔を上げた先、飛行するタイムマジーンの姿が目に映る。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――あ? なん、だと? ………ヘラクレス!

 ヘラクレスはどうした! 何故奴らがここに戻ってきて、アイツが戻らない!?」

 

周囲を見回すイアソン。だが、当然ここにヘラクレスの姿はない。

代わりにタイムマジーンの上から、フォーゼアーマーがドレイクの船に降り立った。

ジオウがイアソンに目を向けて、その戦闘の結果を告げる。

 

「ヘラクレスは、俺たちが倒したよ」

 

ソウゴの言葉を聞いて一瞬呆けるイアソン。

だがすぐに堰を切ったかのように、彼の口から怒りの言葉を噴き出した。

 

「―――倒した、だと? ヘラクレスを?

 ふざけるな、負けるはずがない! アイツはヘラクレスだぞ! 不死身の大英雄だ!!

 英雄(オレ)たちの誰もが憧れ、挑み、一撃で返り討ちにされ続けた頂点だ!!

 それが……! お前らのような人間どもを寄せ集めただけで倒されてたまるものかァ!!!」

 

「事実だよ、分かるだろうイアソン。汝の負けだ」

 

ヘラクレスの力をよく知っているアタランテさえもそれを認める。

その人間たちがヘラクレスを打倒し得る者たちなのだと。

彼女の言葉にふらりと体を揺らした彼が、そのまま両手で顔を覆う。

 

彼の様子を見ていたダビデが、少しだけ声を低く。

間違いを正すように彼に対して言葉を向けた。

 

「イアソン。君は無駄なき運営のもとに国を作りたいという。

 ―――けれど、それは人の国の成り立ちじゃないんだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

どこか寂しげに。どこか憐れむように。

それは真っ当な人間の道ではないのだと、彼は先達の王として告げた。

 

「………黙れ、黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れェ――――ッ!!

 何故どいつもこいつも理解しない! 何故どいつもこいつも理解できない!!

 何故誰も彼もが全てを無駄に浪費する!? ただ正しく運用すればいいだけだ!

 オレを王として! ヘラクレスを英雄として! 怪物を怪物として!」

 

絞り出すような彼の慟哭に、アタランテが目を細める。

事実、彼は誰より英雄を英雄として扱うことに長けていた。

だからこそアルゴー船には、彼に惹かれて英雄が集った。

―――アタランテはまた違うが、それは確かに真実。

 

「怪物を恐れるものとして排斥するだけのような節穴どもに何が扱える!?

 怪物という資源を何故有効活用できない!? 王! 英雄! 怪物! そして国と民!

 全てを資源として有効に扱えるものが王になるべきだろう!?

 出来るのは誰だ!! オレだけだっただろう!? だからオレは使った、全てを!!

 何故オレという王を戴けない!? オレは誰より王としての資格があった!!

 無駄など出さず、全てが適切に運用され、あらゆるものが祝福される国の王としての!!

 全てをオレに委ねれば、誰もが満ち足り、争う必要もない本当の理想郷を―――!!」

 

「あんたは無駄のない王になんてなれないよ」

 

慟哭の訴えを、ジオウが一切の温情なく切り捨てた。

アタランテが、ダビデが、彼の姿を振り返る。

湧き出し続ける言葉を一度止め、イアソンもまた彼を睨みつけた。

 

「お前に、何が分かる………ッ!!」

 

アナザーフォーゼの目が光る。憎悪の視線。

それを正面から見返して、ジオウは彼に静かな言葉を返す。

 

「一番それを分かってるのはあんただろ。

 だって無駄のない王に、憧れや、友情なんて――――要らないでしょ」

 

「――――――」

 

イアソンが静止する。

ソウゴの言葉に微かに肩を揺らしたアタランテが、再びイアソンの姿を見た。

それは怒りに身を任せ、癇癪を起している彼を止めるほどの彼の真実。

少なくとも彼女は、あの調子の彼をこうまで止める言葉は知らなかった。

 

一歩踏み出したジオウが、ソウゴが、イアソンに向かって叫ぶ。

 

「―――あんたが一番大切にしている想いを、あんた自身が否定するなよ!!!」

 

その言葉を聞いたドレイクが僅かに笑って目を閉じた。

彼女の胸にある光が、ぼうと浮かび上がってくる。

 

ジオウに一歩詰められて、一歩退いたイアソン。

 

だが彼は、今の言葉で自分が怯んだとは認められない。認められるわけがない。

怒りに震えるイアソンの体が、大きく片足を持ち上げた。

その足が船の甲板を思い切り蹴りつける。瞬間、彼の足元でアルゴー船が再起動。

アナザーフォーゼの力により現出していた武装が全て、再展開される。

ジオウを標的として確実に撃ち滅ぼさんと、それら全てが同時に動き出した。

 

「ぐ、ぅ………ッ! うるさい、うるさいうるさいうるさい――――ッ!!

 お前に何が分かる……! オレが、アイツに……!

 アイツに抱いた想いを、何も知らないお前がぁ――――ッ!!

 憧れや、友情なんて陳腐な言葉だけで………オレの感情を勝手に語るなぁあああッ!!!」

 

嚇怒の叫び。

燃え上がるようなイアソンの雄叫びとともに、アルゴー船の全武装が発動態勢に。

今まさに、それら全ての武装が使用されようとする瞬間。

 

「ソウゴ!」

 

ドレイクが声を上げ、ジオウに自分から排出した聖杯を投げつけた。

咄嗟にブースターを手放してそれを受け取るジオウ。

 

「これ……」

 

「海賊ってのはお宝は誰にも渡さないもんだけどね。

 命預ける船に対してケチる馬鹿はいないよ―――もうまた壊れちまったけど。

 この船直した船大工分の代金さ、持っていきな!!」

 

呵々と笑う彼女を見て、小さく頷いて返す。

その水晶体を握り込みながら、ドライバーを操作した。

押し込んだライドウォッチが必殺の時を告げる。

 

〈フィニッシュタイム! フォーゼ!〉

 

即座にブースターモジュールを再度掴み、ロケットモードに変形する。

ロケットと化した彼の体が、アナザーフォーゼに向けて突撃を開始した。

アルゴーからジオウを目掛け、撃ち放たれる数々の武装。

その全てを全速力で振り切って、一息に彼のところまで辿り着く。

 

「ぐ、ぅおああああああ――――ッ!?」

 

ロケットの先端、つまりジオウからすれば頭突きの姿勢。

全力加速の頭突きでアナザーフォーゼの胴体にぶち当たり、そのまま軌道を上に取る。

 

「宇宙にぃ―――――行く―――――――ッ!!!」

 

「な、にをぉおおおおッ―――!!」

 

大気圏をぶち破り、宇宙(ソラ)にかかった謎の光帯さえも追い越して。

ジオウはアナザーフォーゼごと、星の外へと飛び出していた。

 

後ろに青い惑星が見える場所まで吹き飛んで、そこでブースターの炎を打ち切る。

全身各所のスラスターで姿勢を制御し、ロケットモードを解除。

ここにきた勢いのまま宇宙を漂うアナザーフォーゼを睨む。

 

アナザーフォーゼもまた姿勢制御のためにジェットを吹かし、ジオウを睨んだ。

ソウゴは彼に視線を向けたままに、両腕のブースターを放り投げる。

そして開いた手で背後にある地球を指さした。

 

「―――あんたが王様になるための旅は、あんたの思い通りにならなかったかもしれない。

 けどあれは、あんたと、あんたの誇りである仲間が拓いた世界だろ―――ッ!!」

 

「なにを、言っている……!」

 

地球を指差していた拳を握りしめる。

ギシギシとスーツが軋むほどに強く、強く、拳を握る。

そうして、ソウゴはイアソンに対して全ての感情を載せた叫びをぶつけた。

 

「あんたとその仲間の旅が星座になったんだ―――!

 なら、ドレイクや、黒髭……! あの惑星(ほし)の海で旅をした全ての人が!

 あんたたちを空に見上げて、あんたたちの光に導かれたんだ!!

 あんたは自分の理想の国は作れなかったかもしれない……!

 けど、今の世界を創ったのはあんたが何より大切にしてる、あんたたちの冒険だろ!!

 それを他の誰でもない―――あんた自身が壊すことに力を貸してどうするんだよ!!」

 

「ッ………! だ、まれッ……! 黙れ、黙れ!!

 オレは王になりたかっただけだ! 王に、なって……オレの国を!!

 “契約の箱(アーク)”が使えないものならもういい……! お前の力だ! 王の力!

 お前からその力を奪って、オレは今度こそ王になる! 世界を治める全ての王に!!

 オレの理想を――――今度こそ叶えるんだァッ!!!」

 

〈ロケットォ…!〉〈ドリルゥ…!〉

 

あるいは最早、彼自身も正気ではない様子で。

精神の均衡が決壊した瞬間に、アナザーライダーの邪念に憑りつかれたのか。

アナザーフォーゼはその双眸を赤く輝かせながら右腕にロケット、左足にドリルを装備した。

 

「あんたの理想は、本当にそれだけだったの?

 最初はそうだったとしても、そうじゃなくなったから友達を持ったんじゃないのかよ!!

 もう分かってるだろ、アナザーフォーゼになったあんたなら!

 この力は何でも出来る力じゃない……一人じゃ出来ないことを、教えてくれる力なんだ!!」

 

ジオウの腕がドライバーを回転させる。

ヘラクレスとの戦いで失われたエネルギーを聖杯で補って、フォーゼのウォッチが輝いた。

 

〈リミット! タイムブレーク!!〉

 

溢れ出すコズミックエナジー。

そのエネルギーを纏いながら、ジオウの目の前にジカンギレードが出現した。

それを掴み取り、必殺技のエネルギーを使用した直後のフォーゼウォッチをドライバーから外す。

 

「抜いて、くっつける――――!」

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

ジカンギレードに装填されたフォーゼウォッチが、再びコズミックエナジーを解き放った。

刀身から立ち上る、まるで地球のように青い光の刃。

更に全身からエネルギーを発奮しながら、ジオウはその剣を両腕で構えてみせる。

 

「超宇宙ぅ………!」

 

「ァアアアアアアアア―――――ッ!!!」

 

剣を構えたジオウの元に、ロケットで加速したアナザーフォーゼが迫る

彼が突き出す左足にはドリルモジュールが装備され、高速で回転していた。

一秒先、ジオウを砕くそのロケットドリルキックを前に。

体を一回転させながら、全てを込めた最後の一撃を振り抜く―――

 

「フォーゼロケットフィニッシュ斬りぃ―――――ッ!!!」

 

〈フォーゼ! ギリギリスラッシュ!!〉

 

迸る青い閃光。

それはドリルの回転も、ロケットの加速も、全てを粉砕していった。

無敵にさえ感じたアナザーフォーゼの装甲が砕けていく。

その全てがバリバリと剥がれ落ちると、イアソンの中からアナザーウォッチが排出され―――

 

彼の目の前で砕け散った。

 

感覚を全て失い、それでも体が消えゆくことは理解できて。

彼は目前に広がる地球に手を伸ばす。

 

「ヘラ、クレス……アルゴー……オ、レの……栄光―――」

 

周囲一帯に広がる青いエネルギー波に呑まれ、彼の姿が消え去った。

 

その姿を見送り、宇宙に漂い続けるジオウ。

仮面の下、ソウゴはただただ彼が消えた場所を見つめていた。

 

 

 




 
ライダァー……! 超銀河フィニィイイイッシュ!!!
あとはエピローグで三章も終わりですねぇ。
 


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人・理・航・海2015

 

 

 

目前に残されたアルゴー船が徐々に崩れ落ちていく。

恐らくはあれを宝具としていたイアソンが消滅したのだろう。

戦闘、そしてこの時代の修正の完了。

それを理解したマシュは、小さく安堵の息を吐いた。

 

海上まで降りてきて黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に接舷したタイムマジーン。

そこから立香とオルガマリー、エウリュアレが下りてくる。

オルガマリーの頭の上には、ぐでっとしたフォウの姿もあった。

そんな自分の頭の上で寝そべる小動物を摘まみ上げ、彼女はマシュに突き出してみせる。

 

それを受け取って胸に抱き、帰ってきた三人と一匹に声をかけるマシュ。

 

「あ、えっと。先輩も所長もフォウさんもお疲れ様でした。

 もちろん、エウリュアレさんも」

 

ふん、と顔を背けてみせるエウリュアレ。

 

苦笑しながらその労いを受け取る立香が、ふらりとよろめいた。

ぎょっとしてそれを抱きとめようとマシュは走り出して、

ジャンヌがそんな彼女に肩を貸して支えてくれたのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「大丈夫ですか、マスター?」

 

「う~ん、あ~、まだ歩くとふらつく……所長、よく大丈夫ですね」

 

そんな彼女の表情を呆れたように見返すオルガマリー。

魔術師としても当然だが、ボディの頑丈さも当然違うのだから。

別にそこをダ・ヴィンチちゃんに対して感謝はしないが。

 

「私があんたと一緒なわけないでしょう……」

 

「しかし―――」

 

和やかにさえ見える彼女たち。

だがそんな様子の直前に、彼女たちは大偉業を成し遂げてきた。

それを知るアタランテが感心したような、どこか呆れるような様子を見せた。

 

「本当によくやったものだ、あのヘラクレスをまさかマスターである人間だけでな……

 だがまあ――――恐らくヘラクレスも満足だったろうさ。

 世界を滅ぼす尖兵になった自分を、誰かが踏み越えていったことは」

 

そう言いながら、ぼんやりと空を見上げる彼女。

その空から銀色の光、月の女神が舞い降りてくる。

彼女は消え去ったアルゴー船があった場所に残る、メディアの使った聖杯のもとへ。

 

「やーれやれ、こいつがこの珍妙な世界の原因だってな。

 しかも話を聞く限りこれを世界に落としたのは……」

 

空中で静止している大規模な魔力の結晶、その水晶体。

それを眺めながら喋っていたオリオン。

そんな彼を抱きすくめるアルテミスが、楽しそうに口を開いた。

 

「やーっと解決したね、ダーリン。

 これであとは二人きりで、この海を一緒にずっと眺めていられるね!

 あ、ボートとか作ってみて一緒に乗る?」

 

彼女からの提案に体を竦ませるオリオン。

彼は震える声で、その提案を却下しにかかる。

 

「いやほら、俺は水面歩けるし……ボートとかそういうのは」

 

「私も空飛べるけど二人でボートはロマンチックでしょ?」

 

海面近くを浮遊しながら、聖杯をひょいと取り上げたオリオン。

彼を抱きしめるアルテミスの腕の力が増していく。

オリオンはそんなアルテミスからすいー、と視線を露骨に逸らしていく。

 

カップルの会話に口を挟むことに躊躇するマシュ。

が、彼女に対して申し訳なさそうにこの特異点に訪れる事実を告げた。

 

「その、アルテミスさん。

 聖杯を回収、特異点の中心となった存在の撃破を終えたのでその……

 この時代はすぐに修正が開始され、皆さんも退去されるものと……」

 

オリオンの事しか見ていなかったアルテミスが振り返る。

それはもう凄い勢いで振り向くので、マシュもびくりと一歩下がった。

 

「えーっ!? なにそれ!

 それじゃ二人きりの無人島生活は!? クルージングは!?

 ねえねえダーリン、どうするのよー!」

 

「いやー、残念無念。だが仕方ないよネ、ウン」

 

ぶんぶんと首を残念そうに振りながら、オリオンは至極残念そうに残念そうな仕草をした。

あまりにも残念だという意志が体全体で表現されている。

 

マシュの言葉を横で聞いていたドレイクもまた、少し残念そうに笑う。

 

「なんだい、じゃあここでお別れだねぇ。

 アンタたちが船に迎えられりゃあ、世界一周だって簡単だったろうに」

 

けらけらと、少しだけ本音を交えて彼女は笑う。

そんな彼女の様子に、立香がジャンヌに寄りかかったまま問いかけた。

 

「ドレイクは何だかんだこの海のことも、私たちのことも、あんまり驚いたりしなかったね。

 やっぱり海の上で生きるって、そういうことに慣れるものなのかな?」

 

「冗談! こんなバカげた状況、聞いたことも見たこともなかったさ!」

 

しかし彼女は、そんなわけがあるかと立香の言葉を笑い飛ばす。

海神ポセイドンを沈め。海底都市アトランティスを沈め。

それでも尽きない吃驚仰天が続いた旅路。

 

そんなもの、どこを探したってないと思っていたけれども。

 

「けど海ってのは不思議なことも有り得ないことも、ままあるもんさ。

 その中でも最悪なのは―――船と自分の命が沈むこと。

 それ以外の何があったって、そういうこともあるさと笑っておくもんだよ。

 ………あの男の二番煎じみたいなセリフになっちまったね、まあいいや」

 

最悪中の最悪以外は全部を笑えなきゃ、海の上なんて彷徨ってられない。

彼女はそう言って立香に向けて微笑みを浮かべる。

 

「アンタもソウゴも、まだまだ航海を続けるんだろう?

 幾らでも悪いことはあるだろうねぇ、良いことよか何倍も悪いことだらけだろうさ。

 けどね、どんだけ悪いことがあっても―――まだ最悪じゃないと意地を張ってな。

 最悪が“終わっちまうこと”なら、最悪だと嘆ける内はまだ最悪じゃないってこと」

 

「………うん。分かってる」

 

僅かに表情を緊張させる立香。

そんな彼女をドレイクは思い切り笑い飛ばした。

 

「ははは、気にしすぎだよ!

 そもそも話を聞いてりゃとっくにアンタら以外は負けて滅びてるんだろう?

 だったらアンタたちは海のど真ん中に板切れ一枚で放り出されてるようなもんじゃないか。

 そんなもん負けて当然、勝ったら奇跡。成し遂げられたらアタシ以上の船乗りさ」

 

ドレイクが立香の肩に手を置く。

彼女が立香に向けるその瞳は優しげですらあって―――

 

「気に負う必要なんてないよ。その重さが嫌なら、捨てちまったって文句なんか出やしない。

 世界が滅びようが何しようが誰か個人がやらなきゃいけない事なんかじゃないよ、それは。

 ――――だから」

 

「ううん、やらなきゃいけないと思ったことは嘘じゃない。けど、それ以上に。

 私がやりたいから……私は、皆に明日が欲しいから最後までやり抜くよ。

 それで―――」

 

立香が空を見上げる。

空にかかる光帯を追い越して宇宙から帰還するジオウの姿がそこにあった。

そうしてドレイクに向き合って、心情を告げてみせる。

 

「皆の明日をきっと守ってくれる王様を、未来に届けてみせる」

 

「そうかい。はっ―――いやはや、綺麗な夢すぎて尻が痒くなってくるよ!

 まあ、じゃあ世界一周なんてしてる場合じゃないね」

 

苦笑しながら立香の背を叩くドレイク。

彼女の手が、そのまま立香の頭をぐしゃぐしゃに撫でていく。

あわあわと困惑しながら身を任せるしかない。

 

それを後ろから焦りながら見ているマシュに、オリオンが声をかける。

同時に彼の手から差し出される水晶体。

 

「ほれ、マシュちゃん。聖杯、持ってくんだろ?」

 

「え、あ、はい! ありがとうございます、オリオンさん」

 

聖杯を格納するために盾を展開し、受け取るマシュ。

 

「どうもどうも、お礼のチューならいつでも受け付けちゅー、ギュムル!?」

 

ぎちりぎちり、と。凄まじい音を立てるオリオンの体。

当然、その原因は彼を抱えているアルテミスだ。

銀色の瞳を爛々と輝かせ、最愛の熊を雑巾のように絞る彼女。

 

「ダーリン? そろそろ、逝こっか?」

 

「お前が言うと実際、洒落にならんのよなぁ……」

 

聖杯の回収も完了し、退去が始まる面々。

オリオンを締めるアルテミスから目を逸らしながら、アタランテは溜め息を一つ。

そのままオリオンとアルテミスは消え去っていく。

 

それを見送ったアタランテも続くように、体を魔力に還し始めた。

船に降りてきたソウゴを見つめながら、彼女が口を開く。

 

「―――イアソンを倒してくれたこと、礼を言う。

 あいつはまあ、何だ。悪い奴では……悪い奴だな。悪い奴だが、あれだ。

 少なくとも、人格と性格と性根は悪いが、それ以外に良いところは……どこだろうな」

 

困ったように苦笑するアタランテ。

船に降り立ち、変身を解除したソウゴは首を縦に振りながら苦笑を返す。

 

「大丈夫。それでも俺たちはあんたたちを見上げて、ここまで進んできたんだから」

 

言われ、きょとんとする。

そうして彼女は空を見上げ、ああ、と少し息を零した。

 

「そうか。そうだな。それもまた、私たちなのか。

 だからあいつが……この時代なのに、イアソンが特異点の中心だったのか。

 星を見上げ、船が海を征く時代………何より、あいつが誇りとした時代の灯り―――

 星座となった私たちの船が、人々を導いた時代―――

 まったく、老いても死んでもいつまでもあの船に縋っているとは……」

 

小さく笑って、アタランテが再びソウゴを見た。

 

「改めて礼を言おう、うちの船長を止めてくれたことを。

 ―――私の弓が必要ならばいつでも呼ぶといい。

 恩を返すことくらいは知っているつもりだ」

 

そう言って彼女は返答も聞かず、光となって消えていった。

そんな別れを後ろで見ていたダビデが次は自分の番だ、と。

前に出てきて口を開いた。

 

「や、僕もそろそろ退場だ。さほど未練もないけれど、そうだね……

 立香かマシュかジャンヌかジャンヌ・オルタとの抱擁を交わして別れというのはどうだろう?

 もしくは全員と、とか」

 

『保護者としては断固拒否させていただきます』

 

きっぱりと断るロマニの声。

それは残念、とさほど残念でもなさそうに肩を竦めるダビデ。

しかしそんな彼に対して、マシュが声をかけていた。

 

「待ってください、ダビデ王。その……

 あの魔神。コルキスの王女メディア―――彼女はあの魔神を、フォルネウスと呼称しました。

 あれは本当に……ソロモン王の、魔神なのでしょうか?」

 

「さあ? いや、僕はあいつの魔神とか見たことないしね」

 

大して悪びれる様子もなく、そんな風に言い切る彼。

ははは、と軽く笑う彼の顔には、そんなことどうでもいいと書いてあった。

 

「ええ……」

 

『なんて頼りにならない……』

 

失望されているような声を無視して、彼は軽い口調のまま所感を述べ始めた。

 

「でもまあ、あれだ。イアソンはまだしも、メディアさえも魔術で縛れる。

 そんな奴は神域の存在だけだろうし、ソロモンはそっち側にいる人間だ。

 今のところ僕に言えるのはそのくらいさ」

 

そんな彼の言葉を聞いていたエルメロイ二世が目を細める。

目敏くそんな彼の姿勢を見止めたか、ダビデは彼の方へと視線を向けた。

 

「どうかしたかい? ロード・エルメロイ君、だっけ」

 

「……申し訳ないが、二世をつけていただきたい。

 彼の王女に匹敵する魔術師はいましょう。ですが、一方的に彼女を操れる魔術師。

 そんな怪物がそうそういるとも思えませんが」

 

エルメロイ二世の問いかけ。

彼のその言葉を肯定も否定をせず、ただ微笑んで受け流す。

 

「だとしたら、やはり犯人はソロモンということになるのかもしれない。

 ―――言っておくけれど、僕は誤魔化しているだけじゃなく本当に犯人は知らないよ。

 特定してやろうと相手の船に乗り込んでやったけど、実際まだ分かっていない。

 勘違いさせて悪いけど、僕が情報の出し渋りをしてるように見えるのは性根が商人だからだ。

 逆に言うと、商人だからこそガセ情報なんて流したりしない。信用問題になるからね」

 

真面目な顔をして言い切るダビデ。

エルメロイ二世は、彼の雰囲気から推し量るのは不可能だと結論を下す。

同時に、信じない理由もないだろうという結論。

彼に対して頭を下げる二世。

 

「……そうでしたか。申し訳ありませんでした」

 

「いやいや、キミたちの旅路が詐欺師に邪魔されることはなさそうで何より。

 さっきから茶々を入れてくる天の声はそういうのに弱そうだし。

 嵌ったアイドルとかに貢いでるタイプと見たね」

 

『なにおう!? いいじゃないか、ネットアイドル!! ボクの心の癒しだぞぅ!?

 いや、そうじゃない。言っておくけど、ボクはまあそれなりに苦労してこの立場にいるんだ!

 詐欺とかそういうのには敏感さ! 騙されることなんてないと言えるよ!』

 

「フォッ……」

 

マシュの腕の中でフォウが溜め息を吐いた。

あーあー、言ってら。みたいな雰囲気のその溜め息。

そんな小動物の様子に首を傾げてみせるマシュ。

 

「貢いでるんだ……」

 

そして立香が困った風に天の声に対して声を漏らした。

プライベートをぺらぺらと喋り出す彼は、すぐに騙されそうな人物に見える。

オルガマリーが額に手を当てて、小さく眉を上げた。

 

「ロマニ、あんたの趣味なんてどうでもいいから。

 ―――これだけ状況証拠が揃って、ソロモン王が無関係とは思えないけれど……」

 

『所長までそういうことを……けど、うぐぐ。

 ソロモン王がどのような形であれ関与しているのは間違いない、のか』

 

通信機に向かって大きな溜め息が落ちてくる。

よほどのファンだったのか、ロマニは相当落ち込んでいる様子だ。

 

「ああ、そうだ。キミは常磐ソウゴだったっけ?

 あとはそうだな。立香とマシュ、キミたちは……」

 

ふと、ダビデがソウゴたちに顔を向けた。

三人の少年少女に顔を向けて、しかしどうしたものかと口を閉じる彼。

彼は自分から声をかけておいて、その後の言葉を悩みだしていた。

 

「―――うーん、いや、どうしようかな? 僕から言うべきかな?

 ………いや、止めよう。どうせいつか辿り着く答えだろうし。

 ―――こう言っておこうか」

 

ダビデの視線が三人を捉え、言葉を告げる。

何かをぼかしたかのような、不思議な物言い。

 

「キミたちは旅路の中で、色々な星の輝きを巡るだろう。

 それをただ、キミたちの目に焼き付ければいい。そうすれば、答えなんて簡単だ。

 それが大きな一歩なのか。小さな一歩なのか。

 どうあれ、あとはその先を信じられるか、信じられないかだけの問題なんだから」

 

そこまで言い切った彼はその話を打ち切った。

聞いていたソウゴがダビデに問う。

 

「えっと。覚えておけばいい?」

 

「いや? 好きにすればいい。僕が見た限り、こんな言葉必要なかっただろうしね。

 じゃあ僕は今度こそ還るとしよう。ソロモンに会えたらよろしく言っておいてくれ」

 

そう言って彼は魔力に還る体を手放し、消え去っていった。

 

そんな彼を見送ってから、エウリュアレに視線を向ける。

彼女の退去もまた始まっていた。

一斉に視線を向けられてむむむ、と難しい顔をする彼女。

 

「……言っておくけど、私は別に特別な話とかないわよ。

 まあ……あんたたちはよくやったと思うけど。

 ―――そうね、ヘラクレス相手によくやったわ。これで……」

 

「うん。アステリオスとの約束通り、エウリュアレは守れたよね?」

 

立香の言葉。

それを聞いてむう、と顔を厳つくした彼女はふいと顔を背けてしまう。

そんなエウリュアレが、その姿勢のまま小さく呟いた。

 

「まったく、ほんとどうしようもない奴だったわ。

 まるで駄妹(メドゥーサ)みたいに、救えないおバカな……どうしようもない子。

 ええ、いつか(ステンノ)と一緒にあいつで遊んであげてもいいかもね。頑丈だし。従順だし。

 ………私がそうやって遊ぶ気になったんだから、世界くらい死ぬ気で守りなさい。

 そうじゃないと…………まあ、あれよ。その、頑張ってね」

 

最後にそう言って、ぷいと完全に背中を向けてしまう。

そんなエウリュアレの姿は崩れ去り、黄金の魔力となって消えていく。

 

彼女が消えた直後、我慢していたのかその態度に噴き出したドレイク。

くつくつと笑いながら、そんな調子でそのまま彼女は振り返った。

 

「ははは、素直じゃない女神様だねぇ。

 んじゃここでお別れだ。また船もボロボロだが、まあどうにかなるだろうさ」

 

「―――いえ、その。破損した船も、この戦いの記憶も。

 時代の修正が終われば、この異常が発生する前に戻ることになると思います」

 

マシュの言葉に片目を瞑ったドレイクがつまらなそうな顔をする。

 

「なんだい。じゃあアタシらは今日どんな理由で宴会すりゃいいのさ。

 こんだけ仕事したってのに、そりゃつまんない幕切れだねぇ!」

 

「マシュに言ってもしょうがねぇんじゃねーっすかね、姉御」

 

「理由なんざなくてもいつでも宴会してるっしょ」

 

そりゃそうだ、と鼻を鳴らすドレイク。

彼女はカルデアの面々を見回すと、小さく笑ってみせた。

 

「覚えてられないってのはちと寂しいが……まあ今覚えてるんだからいいとしようか。

 これからろくでもない旅に出る同胞を送り出す。それだけ出来りゃまあ及第点だろう」

 

そんな彼女に対して、ソウゴが歩み寄った。

 

「ドレイク、これ」

 

「うん?」

 

彼が差し出したのは、元からこの世界にあった聖杯。

ドレイクに渡されたものを、彼は彼女に差し出していた。

それを見たドレイクが顔を渋くする。

 

「そりゃ船大工代としてアンタに払ったもんさ。受け取れないね」

 

「返すんじゃないよ。

 これは、俺たちがここまでドレイクの船に乗せてもらった船賃。

 ドレイクが代金を払ってくれたのに、俺たちが払わないわけにはいかないでしょ?」

 

そう言われてしまうと反応に困る。

無償の譲渡なんて誰が受けるか、という話。だがこれは、正統な報酬として差し出されている。

む、と。言葉に詰まるドレイク。

 

「ひゅー、言い返すねぇ! 船長が黙らされてら!」

 

「うっさいよ馬鹿! そう言うんなら受け取ろうじゃないか。

 こいつが元の海に戻った時に残るか消えるか知らないけれどね。

 海が元に戻るまでの間は、この杯で飯と酒を山ほど出して宴会と行こうじゃないか!」

 

おおおお! と騒ぎ出す海賊たち。

彼女の手の中で輝いた聖杯が、船の上に御馳走を大量に出現させる。

いつ消えるとも判らない状況の中で、彼らは宴会を始めた。

 

オルガマリーが勝手なことを、とソウゴを小突きにくる。

この世界に元からあったものなら、元の場所に戻すのが一番いいのだろうが……

流石に水没したアトランティスは追えないだろう。

なら、そこから手に入れた彼女に託すのが、一番いいのかもしれない。

 

『………なら、こちらもレイシフトを開始するよ。

 島に残っているクー・フーリンとネロも無事、一緒に帰還できる』

 

ロマニの声。

そうしてカルデア組も消失し始めた中、酒とつまみを片手に海賊たちが声を上げる。

言葉になってないような、モノを食いながらの楽しげな言葉。

 

ドレイクもまた酒を呷りながら、笑ってその姿を見送った。

 

 

 

 

夜闇に包まれた都市の石畳の上。

アルゴー船から離脱したスウォルツは、霧に包まれた都市に聳える時計塔を眺めていた。

彼の手の中には、ブランクのアナザーウォッチが握られている。

 

そんな彼の背後から、男の声がかかった。

 

「随分あっさりと逃げるんだな?」

 

「……門矢、士か」

 

軽く振り返り、その声の主に視線を送るスウォルツ。

 

門矢士は建物の壁に背を預け、その体勢のまま彼を見つめていた。

手の中にあるアナザーウォッチを指で叩きながら軽く笑う。

 

「ウルクに籠っているのではなかったのか?」

 

「なに。魔王の他に、お前にも一応挨拶しておこうと思ってな。

 今の所お前の目的も何も知らんが、まあどうせ戦うことになる相手なんだろう?」

 

彼はジャケットの内側から、マゼンタのバックルを取り出した。

そのまま腰に当てがうと、ベルトが彼の腰に巻き付く。

 

それを見たスウォルツは彼へと向き直り、余裕を崩すこともなく微笑んだ。

 

「俺が目的を達成した時に……貴様が生きていればの話だがな」

 

「なんだ、ならそうでもないのか。

 お前が目的を達成できずに終わる、かもしれないわけだからな」

 

士の右手がライドブッカーからカードを抜き、スウォルツに見せるように構える。

そのまま左手でバックルを展開し、カードの挿入口を上に向けた。

同時に―――

 

「変身」

 

呟くような宣言とともに、カードがドライバーに差し込まれる。

即座に閉じられたディケイドライバーが、カードに封印されたエネルギーを開放した。

 

〈カメンライド! ディケイド!〉

 

別次元への通行手形となるライドプレートが形成され、周囲を舞う。

モノクロで浮かび上がってきた虚像が重なり、彼の体に上に実像の鎧を現出させた。

特殊鉱石ディバインオレが形作る強固な鎧。その頭部にライドプレートが突き刺さる。

直後、そのアーマーはマゼンタ、ブラック、ホワイトと色づいていく。

 

鎧を纏った彼は両の掌を軽くぱんぱんと叩いてから、スウォルツに視線を送る。

 

―――仮面ライダーディケイドが、その場に誕生していた。

その姿を見て、スウォルツが手元のブランクアナザーウォッチに視線を送る。

 

「ディケイド……この場でお前からアナザーライダーを作ってみるのも面白いか」

 

相手の言葉を聞くこともなく、ディケイドの姿が奔った。

カードホルダーであったライドブッカ-を変形。

剣に変形したライドブッカーが、彼の手によって振るわれ―――

 

ガチリ、とスウォルツが手を翳した瞬間に全てが停止した。

体にノイズを走らせながら動きを止めたディケイド。

そんな彼に対して、アナザーウォッチが押し付けられる。

 

「貴様の力、この場で―――」

 

スウォルツが呟いた―――その瞬間。

 

黄金の光がその場に降り注ぎ、ディケイドに接触していたスウォルツが弾き飛ばされた。

地面を滑りながら舌打ちしつつ、天から降り注いだ光を見やる。

 

黄金の果実を思わせる球体。

それがディケイドの前に舞い降りて、徐々に光が解れていく。

 

金色の光の中から姿を現す鎧武者。

黒いマントを腕で大きく払い靡かせれば、胴に様々な果物が描かれた黒鉄と銀の戦装束。

彼はその果実の断面を思わせる極彩色の目を輝かせ、スウォルツを睨んだ。

 

〈極アームズ! 大・大・大・大・大将軍!!〉

 

その鎧武者を見据えて、鼻を鳴らすスウォルツ。

手元に残した別のブランクアナザーウォッチを取り出しながら彼を見返す。

 

「鎧武か……まさか、わざわざこの時代にまで自分から出張ってくるとはな。

 まだジオウの継承段階からすれば……それほど時空の歪みは大きくないはずだが」

 

そう言って笑うスウォルツから視線を逸らさず、背後のディケイドに声をかける。

 

「……大丈夫か、ディケイド?」

 

「――――まあ、な」

 

やれやれ、と肩を竦めながら動けるようになった体を確かめる。

まさか庇われるとは思っていなかった、という風。

場合によっては奪わせる、というのもありだと思っていたからだ。

そのための保険は既に打ってある。あれが保険になるかどうかは知らないが。

 

そんな事を考えていた彼の目の前で、鎧武の全身にノイズが走る。

まるで体が消える前兆のように。

 

鎧武の様子を見たスウォルツが口の端を僅かに吊り上げた。

 

「まあいい、手間が省けたとさえ言える。

 アナザーライダーを作り、お前たちの歴史も俺の目的のための礎に―――」

 

〈ブドウ龍砲!〉

 

鎧武の手がドライバーにセットされた極ロックシードに伸びる。

彼の手がそれを操作すると同時、ブドウを模した銃が鎧武の手に現れていた。

 

「勝手なことばっかり言ってんな!

 仮面ライダーたちの歴史を消して、お前は一体何をする気だ!!」

 

鎧武の手にする銃がスウォルツに向け、放たれた。

無数に飛んでいくブドウの粒のような弾丸。

それごと鎧武を停止させようと手を伸ばすスウォルツの前で―――

 

〈アタックライド! インビジブル!〉

 

ディケイドが消える。

ドライバーに差し込んだカードの力により、彼の姿が完全に消失した。

時間停止の効果範囲から消えた相手に内心舌打ちしつつ、時間を停止させる。

ブドウ龍砲の弾丸も、鎧武も、時間が止まって動かなくなった。

 

と、同時。

 

〈アタックライド! スラッシュ!〉

 

スウォルツの背後に出現したディケイドが、剣となったライドブッカ-を振るう。

映像がブレるように分裂した複数の刀身がスウォルツに向かってくる。

彼は腕を翳して力場を展開し受け止めて―――

 

「ハァッ―――!」

 

「ちぃっ……!」

 

その衝撃に押し飛ばされる。ぐらりとよろめく体。

石畳の上で押し込まれて、思わず膝を落としかける衝撃。

 

こちらが受けたダメージのせいで、鎧武にかかっていた時間停止が解除された。

停止していたブドウ龍砲の弾丸が彼方へ飛んでいく。

そんな光景を見ながら、再び極ロックシードに伸びる彼の手。

鍵を開けるようにロックシードを何度か倒すと、新たな武装が展開される。

 

〈火縄大橙DJ銃!〉

 

先程の銃より巨大な武装。

それを呼出し引っ掴んだ彼は、すぐさまオレンジのロックシードを手に持っていた。

銃の側面にあるロックシード装填口にセットされるオレンジロックシード。

 

〈ロックオン! フルーツバスケット!〉

〈アタックライド! ブラスト!〉

 

同時にディケイドもライドブッカーを銃に変形させていた。

銃口がブレるように分裂し、無数に存在する銃口から同時に射撃を行う構え。

火縄大橙DJ銃を腰だめに構える鎧武が、その一撃を放つとともに叫んだ。

 

「うぉらぁああ―――ッ!!」

 

〈オレンジチャージ!!〉

 

スウォルツに向け巨大なオレンジの果実を思わせる砲弾。

そして無数の光弾が同時に撃ち放たれる。

僅かによろめく彼は時間停止を挟む余裕も無しに、無数の銃撃の直撃を受けた。

ロンドンの街の一角に上がる爆炎の柱。

 

―――その爆炎を見守る二人の前。

炎が内側から斬り裂かれ、周囲に散らされていく。

 

黒い光を片腕に集約して剣を作ったスウォルツが爆炎の中から姿を現した。

彼は身構える二人のライダーを見ながら、腕から黒い光を消す。

 

「………流石に今、お前たち二人を同時に相手にするのは分が悪いか。

 まあ、現段階での目的は果たしたことで良しとしよう」

 

「おい待て!」

 

そう吐き捨てたスウォルツの体が光に包まれた。

止めようとする鎧武の声を置き去りにして、その光は即座に飛び立つ。

飛び去っていく光は、すぐにこの世界から消え失せていた。

 

それを見上げていた鎧武の背中に、ディケイドが声をかける。

 

「それで? なんでお前がここにいる」

 

「いや、何でって……よく分かんないけど何かここに呼ばれてる気がしたし……

 ここにきたらこうやって………」

 

鎧武が手を持ち上げると、そこにノイズが走る。

歴史消失の前兆。スウォルツがアナザー鎧武ウォッチを作成している証左。

彼はこうして何とか耐えてみせているが、そう遠くなく消失するだろう。

 

「…………呼ばれた、ね。なるほど、大体分かった」

 

「え、ホントか? なになに、どうなってるんだよこれ」

 

ぶんぶんとノイズを出す自分の手を振りながらディケイドに詰め寄る鎧武。

彼はそんな鎧武をひょいと躱して、歩き出した。

 

「ねえちょっと! おーい! 教えてくれって!」

 

「大体だと言っただろ。大体は大体だ」

 

「……つまり分かってないのかよ! 何で分かったって言ったんだよ!?」

 

鎧武の腕がディケイドの肩をばんばん叩く。

鬱陶しそうにそれを跳ね除けつつ、空を見上げる。

 

「問題は山積みに見えるが……ま、魔王がやるべきことだ。俺は知らん」

 

「魔王? 魔王って?」

 

「知らないのか……」

 

はーやれやれ、と言わんばかりに溜め息。

それにむっとした様子の鎧武がディケイドの周りをぐるぐる周りながら主張しだした。

 

「なんだよ、知らないから教えてくれよ!」

 

「……まあいいか、教えてやるからお前も手伝え。

 恐らく奴がアナザー鎧武を作るのは……まだ先だろうからな」

 

そして―――と、続けようとしたが今はここで話を切っておく。

武者の兜を思わせる鎧武の首が、こてんと横に倒れた。

 

「……えーっと、それってどういう話?」

 

「喜べ、それを今から説明してやるって話だ」

 

彼が呼ばれた、と感じたのは恐らくスウォルツが……

ドライブの歴史を経由して鎧武の歴史を蒐集していたからだろう。

 

だとすれば、なぜスウォルツがここでのんびりとディケイドを待っていたのか。

彼が現段階の目的、と口にしたものは何か。それも推測できる。

 

「ロンドンね……俺を利用してダブルの歴史を表に出したかった、ってところか。

 都合よく鎧武まできたもんだ。さて、こいつも風都に行ったことがあったか―――

 鳴滝が一緒に湧いて出てきたらどうしてくれるんだか……」

 

「なに? え、何の話?」

 

「別になんでもない」

 

彼の手が虚空に伸びる。前方に展開される銀色のカーテン。

それはスライド移動すると二人の仮面ライダーを飲み込み、この時代から消し去った。

 

二人のライダーが消えたのを見て、裏路地から一人の青年が歩み出てくる。

彼は手にした本を広げながら石畳を踏み締め、時間を刻む時計塔を見上げた。

 

「かくして、我が魔王のもとに新たなライダーの歴史が受け継がれた。

 ……余計な手出しをしてくれた門矢士の存在もまあ、いいとしよう。

 歴史の大きな流れは、けして誰にも止められない。

 誰がどのように変えようとしても、我が魔王がオーマジオウに辿り着く未来。

 それは変えようのない歴史なのだから」

 

時計塔の針が時間を刻々と示し、その進み続ける時間を見上げるウォズ。

時計の針は止められない。

いや、誰かが時計を壊したり細工したところで、時間は止まらない。

そして時間というものは、必ず零時に戻るものなのだから。

 

小さく笑ったウォズは踵を返し、そのマフラーの動きで自分を包む。

次の瞬間には彼もまた、この時代から消失していた。

 

 

 




 
パ   イ   ン

三章完。
次はそのまま四章に行ってそのあと立香が監獄塔行きます。
天草とフェルグスに会ってないけどままええわ。

平成対昭和の話をしても別に昭和ライダーは出てきません。
でも気が変わったらエレシュキガルの冥界がバダンとフィフティーンに乗っ取られてるかもしれません。そんなことはないかもしれません。エレちゃんが可哀想なので止めます。

アレクサンダー眼魂はどうするか考えてません。
もしかしたら出てくるかもしれません。出てこないかもしれません。
ノバショッカーが原因じゃないなら仙人にせいにするしかない。
 


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第四特異点:死界魔霧都市(ミストシティ) ロンドン1888
Cの旅立ち/新たなるパートナー2015


 
これで決まりだ!
 


 

 

 

一切が闇に鎖された空間の中から、ぼんやりと大時計が浮かび上がってくる。

動き続ける秒針が正しく時間を刻み続けるその暗黒の空間。

その中に、一人の青年が姿を現した。

 

彼の手には『逢魔降臨歴』と書かれた一冊の書。

時計の前で立ち止まった彼はそれを開くと、ゆっくりと目を通し始める。

 

「―――この本によれば。2018年を生きる普通の高校生、常磐ソウゴ。

 彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた」

 

彼―――ウォズの背後に浮かぶ、二つの影。

今のジオウの姿と、黄金のジオウ……オーマジオウの姿。

二人のジオウは睨みあうように対峙している。

 

「しかし現代、2015年において人理焼却と言う名の異常に見舞われた常磐ソウゴ。

 地球の歴史は改竄され、彼の魔王へ続く道も途絶えたかと思われたが……」

 

ウォズの背後のオーマジオウが手を翳す。

すると周囲の暗闇が一気に晴れ、一面の荒野が広がっていく。

―――2068年、オーマジオウの時代の光景。

 

「2068年に君臨するオーマジオウに、一切の揺るぎはない。それも当然のことだ。

 もし仮にオーマジオウを消すことができるものがいるとするならば……

 それは、我が魔王自身に他ならないのだから」

 

再び背景は大時計一つがあるだけの暗闇に。

オーマジオウの姿は消失し、その場にはジオウの姿だけが残されている。

 

「我が魔王が戦う道を選んだ以上、オーマジオウはそこにある。

 彼は未来の自分の姿に絶望を抱きながらも、前に進むことを選んだ。

 故にこの世界の未来は、既にオーマの日に向かって歩き出したのだ」

 

ジオウの背後に新たな、別の戦士の姿が浮かび上がってくる。

右半身を緑、左半身を黒。二色で綺麗に割った仮面ライダーの姿。

風もないこの空間で銀色のマフラーを靡かせて、彼は軽く腕を振るう。

 

「オーマの日に向かい、我が魔王の継承の儀は進み続ける。

 次に彼らが向かう特異点は西暦1888年ロンドン。

 謎めく霧に覆い隠された、この人理焼却の真相に迫るための第一歩」

 

ザザ、と彼の後ろに姿を現していた二色のライダーの姿がブレる。

ウォズが視線をそちらに向けると、そのノイズはどんどん激しくなっていく。

消えるのではなく、何か別のものに変わっていくように。

 

そんな様子を見ていた彼が、本を閉じながら目を瞑る。

 

「―――果たして、彼らは真実を覆う闇を晴らす事ができるのか。

 霧に沈んだ都市に風が吹き込み、全てが白日の下に晒されることを……

 私も、期待することとしましょう」

 

そう言って、ウォズが踵を返し闇の中へ消えていく。

ダブルの変化は収まらない。

変貌していく彼の姿を置き去りにしたまま、その場は闇に覆われた。

 

 

 

 

「―――ハァ……ッ、ハァッ、ハ……ッ!?」

 

女性が霧の都市を走っている。

何度も何度も、後ろを振り返って追跡者の様子を窺いながら。

恐怖に引き攣ったその顔で、何度も何度も何度も。

 

やがて彼女は足をもつれさせて、その場に勢いよく倒れ込んだ。

絶望で顔が一気に青くなった彼女が、背後を見る。

 

―――そこには、くすんだ銀色の髪の少女が佇んでいた。

 

じい、と。アイスブルーの瞳が倒れ込んだ女を見据えている。

幼い手の中にぶらりと下げた、ナイフが鈍く輝いた。

擦れる金属の音が、女に向かってゆっくりと近づいてくる。

 

「いや、いやいやいやぁ……! こないで、こないでよ!!」

 

外見は幼すぎる少女だが、本能で理解できてしまう。

これが外見などあてにならない、ただの人を殺す化け物なのだと。

その絶望が迫る光景に、絶叫をあげて―――

 

「ごめんね、おかあさん。ごめんね、ごめんね、ごめんね。

 でも、わたしたちはかえりたいから、かえりたいの、かえりたいの」

 

そんなものが通じない、と理解させられた。

少女の目は女の腹部一点を見つめて、その手のナイフを振り上げる。

死が一秒先まで迫っていた。だが、女に何かが出来るはずもない。

せいぜい声を振り絞り、断末魔をあげるくらいだ。

そうして――――

 

「そんなにかえりたいなら、化け物らしく虚無にでも還ったらどうだ」

 

「え?」

 

少女の背後から、誰か別の女の声がする。

きょとんとした少女が、女にナイフを振り下ろすこともせず振り返った。

視線の先、少女は霧の中に青色の目が光っているのを見る。

 

瞬間、少女が女など差しおいて大きく後ろに跳んだ。

“死”がそこにあると、理解したから。

 

「おかあさん……?」

 

「生憎、お前みたいなでかい娘は持ってないよ。まして、亡霊の娘なんてな。

 ……ああ、それこそオレも今は亡霊みたいなもんなのか?

 ま、どうでもいいか。どういう理屈か知らないが、こんな状況に化けて出た。

 なら、やることは一つだろうさ」

 

青い着物の上から羽織った赤い革ジャン。

そのポケットに突っ込んでいた手を引き抜いた彼女の手には、ナイフが一振り。

彼女の目が青と赤、二色の光で螺旋を描いて輝きを増す。

 

「子供はもう寝る時間だ。迷い出たならさっさと帰れ」

 

自身の周りを走る線をナイフでなぞる。

周囲を包んでいた霧が“死”を迎え、あっさりと散っていく。

 

霧を殺した彼女が、そのまま少女に向かって踏み切った。

それを見た少女が目を見開いて、即座に逃げる姿勢に入る。

 

不自然なほどに固まっていた霧が晴れたその場所で、二人の持つナイフが交差した。

 

 

 

 

「ああ、マスター……清姫は寂しゅうございました……」

 

いつも通りに抱き着いてくる清姫の頭を撫でつつ、立香は歩き出す。

清姫はこちらの歩行を邪魔しないように抱き着くのが上手いな、といつも感心する。

慣れたものである。

 

第三特異点から帰ってはや一週間。

一週間の間ずうっとくっつかれてて、寂しいも何もないような気もするが。

 

未だ次の特異点の特定はできていないが、カルデアには余裕が出来始めていた。

彼女たちが特異点にレイシフト中の職員の行動もある程度マニュアル化。

二十人程度の職員を効率的に回すためのシフトもおおよそ固まった。

 

そして職員の休息に繋がるブーディカの料理。更にそれは清姫も手伝ってくれていたらしい。

休息時間に食堂に赴けば、温かい料理を食べられる。

それだけでも相当なリラックスになっている様子だった。

 

アレキサンダーも雑用として回ってくれていたようだ。

管制室から離れられない職員の指示を聞いて、結構カルデア内を走り回ったらしい。

王様に雑用ってどうなんだろうとも思うが、本人も割と楽しんでいたようなので良かったことだ。

 

サーヴァントが増えるごとに、当然人の手が増えて余裕が生まれる。

それがよく分かるというものだった。

 

だからこそ当たり前のように、第三特異点を攻略した暁に手にした魔力リソース。

それもまた召喚へと充てられることになる。

 

そうして呼ばれた彼女に、廊下でばったり会った。

 

「む、立香か。……汝はいつもそれをくっつけているな」

 

呆れるように清姫を見るアタランテ。

彼女も召喚されたのだが……まあ、彼女を召喚した際には結構騒ぎになった。

色々なことが重なった結果なのだろうが。

 

「オルタとは仲良くできてる?」

 

「……いや、そう言われてもな。正直なところ、私も困っている。

 ―――子供がこねる駄々ならまだ可愛らしいが、奴にああなられてはな」

 

はあ、と溜め息。

オルタと彼女の仲はまあ悪いが、だからと言って戦闘に発展するようなこともない。

 

基本的に第一特異点に狂化された事に対する恨みだが、実際そこまで彼女に怒りはないのだ。

彼女自身にそうされた自分も弱いし悪い、という考えがある。

仲良くする気もないが、だからと言って不和を撒く気は毛頭なかった、のだが。

 

始まりはダ・ヴィンチちゃんの言葉だった。

要するにオルガマリーのサーヴァントを増やす、というそれだけの話だ。

彼女は偽臣の書によりマスターを代行している。

が、その契約先をある程度自由に出来るように彼女は改良を重ねていたわけだ。

それがローマ分での召喚で発生したマナプリズムの使用先。

 

もうその話を聞いた時点でオルタは機嫌が悪かった。

ふーん、ほーん、へー、というもので。

 

ついでにソウゴも悪かった。というか主に彼がトドメを刺した。

 

―――どうやら前の特異点の出来事。

それで仲間と接する時の垣根、というか壁が一枚取り払われたのだろう。

もちろんそれは嬉しいことだ。立香はそう思うし、これからもそうでいてほしい。

それはそれとしてもうちょっと考えて発言をしてほしい。

 

にこにこしながら彼はオルタに対して一言。

「オルタも正直に言わないと。ずっと所長と一緒にいたいって」なんて。

 

そんなことを言われたオルタはキレた。「んなわけないでしょ!?」と。

それ以来彼女はぷりぷりと怒りながら図書室と自室を行ったり来たり。

所長は溜め息。ソウゴは「俺なんかやっちゃった?」

 

やっちゃったんだよ、このおバカ。

 

そんなわけでソウゴを経由し、オルガマリーの新たなサーヴァント。

アタランテが召喚され、オルタは彼女に対してずうっとむっつりした態度を見せている。

そしてそれを何とか解消しようと、白い方のジャンヌも行動開始。

お姉ちゃんにお任せ下さい、とアタランテの周りをうろつきだす。

白いのと黒いのに囲まれたアタランテは、死んだ目で溜め息というわけだ。

 

「まあ……人望のあるマスターで何よりだよ。

 黒いジャンヌもそのうち落ち着くだろう、中身が子供なだけだからな。

 ―――外見も子供ならば、まだ可愛らしかったというのに。

 ………白い方は子供にしても中身が変わりそうにないから微妙なところだが」

 

やれやれと首を横に振るアタランテ。

そんなにオルタが子供っぽかったんだろうか。

 

そうやって会話をしながら食堂を目指す。

どうやってかハロウィンチェイテからキャットの手で進呈された大量の食糧。

おかげさまでカルデアの食糧事情は明るい。

もちろん流石に丸々一年保つほどではないけれど。

 

ただ一つ、ここにきて新たな問題が発生した。

 

辿り着いた食堂のドアが開き、厨房にいるブーディカがこちらを向く。

今はネロも一緒にいるらしい。

とはいえ、彼女は厨房に入らずブーディカと話しているだけのようだが。

 

「いらっしゃい、マスター。今日は何を食べる?

 それともあたしじゃなくてそっちの清姫に作らせる?」

 

立香にくっついていた清姫が動き、蛇のような動きで厨房に滑り込んでいく。

 

「お任せください、マスター。

 この清姫、必ずやマスターの舌をご満足させる料理を……!」

 

「おっ! じゃあついでにアタシになんかツマミを作って欲しいね」

 

がたん、と。酒を飲み干したジョッキをテーブルに置く。

彼女は当然のように、厨房の清姫に要求を飛ばしていた。

今回の召喚で立香が呼び出したサーヴァント、フランシス・ドレイク。

 

清姫が嫌そうにしてブーディカを見上げる。

 

「はいはい。じゃあそっちはあたしがね」

 

笑いながら自身も動き始めるブーディカ。

 

問題とは彼女。ドレイクが酒の消費量を跳ね上げた、ということだ。

緊急時を考えて飲酒する職員など殆どいないから、今のところ問題はあまりないが。

とはいえ、アルコール飲料でストレス発散する人間もいるだろうから、と。

オルガマリーは微妙に頭を悩ませているらしい。

 

「ふーむ、流石はドレイクか。遠慮を知らぬな。

 しかし浪費と言えば余。余と言えば浪費。これは余も対抗せねばならぬか……?」

 

「馬鹿なこと言ってないで洗い物くらい手伝ってよ、ネロ」

 

料理を始めたブーディカがふらふらしている彼女に声をかける。

だが彼女は視線を逸らしてむむむ、と唸った。

 

「うむ……流石にこの状況で何もせぬ、というのも気が引けるのは確か。

 しかし余がそなたを手伝わぬのは、皿と言う貴重な物資を割らぬためと知ってほしい。

 ――――うーむ、余は余で皿の方を焼いてみるか?」

 

陶芸に思いを馳せ始めるネロ。

そんな彼女の言い訳を聞いたブーディカが肩を竦めた。

厨房の様子を覗きながら、立香の横にいるアタランテも同じように。

 

「―――家事手伝い、となると流石にな。

 狩りで獲物を捕りに行ける場があればいいのだが」

 

「一応、最悪の場合は狩りをするためにレイシフトも出来るらしいよ。

 そのレイシフトするための設備が特異点の特定のために年中無休だからやれないだけで」

 

「まあ、そう言われれば仕方ないとしか言えないがな。

 狩りでも料理でもなく、戦闘に駆り出してくれるのが一番楽といえば楽さ。

 バトルシミュレーターとやらではイマイチな」

 

やれやれ、と溜め息。

そんな彼女の様子に首を傾げる立香。

 

「なんで? あれも凄いと思うけど……」

 

「相手として乗ってくれるのがクー・フーリンくらいだからな。

 私としても奴としても殺し合いにならないようにするのが難しい。

 というより、明確に殺し合い前提の手が打てない私に勝ち目がほぼない」

 

微妙に悔しそうに、しかしそう言って相手を認めるアタランテ。

一対一、更に致命傷にはならない一撃のみ。

などと限定されると、そもそも彼の矢避けの加護を突破する手段が消える。

それでも殺し合いならばまだ手はあると言うのに……と、ぶつぶつ文句。

 

「強いもんねぇ、ランサー」

 

しみじみと頷く立香。

そんな彼女の声の後に、再びジョッキがテーブルに落ちる音。

 

「へえ、じゃあアタシと戦ってみてくれよ!

 いやさ、こうして召喚されて立香たちと一緒に戦ったことを思いだしたはいいんだけど。

 あの時の聖杯を持ったままの戦いの感覚、っての? あれを体に思い出させたくてね!」

 

笑いながらそう言ってアタランテを見据えるドレイク。

ふむ、と神妙な顔をした彼女はしかし頷いた。

 

「そういうことなら構わない。

 まあ戦闘行為を行う以上、マスターに許可をとってからだが」

 

「む、そういうことなら余も混ざろうではないか!

 そもそも余だって彼の麗しのアタランテと一手仕合ってみたいと思っていたのだ!」

 

面倒くさい奴が反応してきた、という露骨な顔。

ネロはそんなことはまるで気にせず、むふーと笑顔を浮かべていた。

そんな彼女がふと、ドレイクに視線を送って思い出した、という顔をする。

 

「そういえば、ドレイクも生前に立香らと会っていたことをここにきて思い出したのだな」

 

「あん? あんたもそうだったのかい?」

 

うむ、と頷いて返すネロ。

 

「まあ微妙に思い返せない部分もあるのだが……まあ、細かいことだ!」

 

「ふぅん。まあ、アタシは全部思い出せてると思うけどね」

 

少しだけ動きが鈍るブーディカを見ながら、立香がどうしたものかと顎に手を当てる。

ネロに話せば思い出せるのか、思い出せないのか。

そもそも何故いきなりそこだけ記憶が抜けているのか。

 

アナザーフォーゼを見てもアナザードライブを思い返さなかった。

ということは、もしかしたら話したところで思い出せないかもしれない。

 

そんなことを考えていると知る筈もなく。

仕方なしとオルガマリーに連絡を取ろうとするアタランテ。

 

そんな中で、調理を終えた清姫が立香に食事を出してきた。

 

「さあさあ、マスター。

 野蛮な方々は放っておいて、愛妻料理をどうぞお楽しみ下さいな」

 

愛妻? と首を傾げつつ受け取る立香。

意外と料理が得意だった清姫の出してくれる食事は、当然のように和食だった。

いただきます、と一言。それに手を付けながら、立香は思いついたことを訊いてみる。

 

「そういえば、あの人もアーチャーなんだよね。一緒に……」

 

「断る」

 

余りの即答に立香の箸がびくりと止まる。

そんなに嫌なの? という疑問の視線を向けられた彼女は再び顔を顰めさせた。

そうしてアタランテは嫌そうな顔でもう一度。

 

「断る」

 

断固として、拒否を示した。

 

 

 

 

「ふう、これで大丈夫そうかな」

 

職員たちのメディカルデータとのにらめっこを終え、目頭を揉み解す。

 

カルデア職員の仕事が軌道に乗り、余裕が生まれる。

だからこそ、ロマニの仕事は更に増加していた。

余裕を持った職員に対してメディカルチェックを行うのは、当然のように彼の仕事だからだ。

 

カルデアに設置された最新鋭の医療機器が収集したデータの確認。

それが異常を示せば、当然もっと発展した治療を行う必要に迫られる。

とはいえ気楽なものだ。人間の体の治療、という段階ならばダ・ヴィンチちゃんを頼ればいい。

 

だからこそ、その前段階であるチェックくらいは彼が一人で見なければ……

 

「ははは、一番大丈夫じゃなさそうなのが何か言ってるじゃないか」

 

「ん?」

 

メディカルルームの入り口からする声。

入り口の扉にダ・ヴィンチちゃんが寄り掛かりながら、彼を軽く睨んでいた。

そんな彼女の後ろでは、オルガマリーが呆れた顔を浮かべている。

 

「えっと、どうかしたのかい? レオナルドと所長が一緒なんて」

 

「どうもしてないのに休みを取ってないアホを寝かせにきたのさ。

 他の職員たちは余裕が出てきたおかげで周りが見えるようになってきた。

 つまり、一応お偉いさんの君がまるで休んでないことを認知しはじめたってわけさ。

 いい加減、君を休ませないと他の職員が申し訳なさで頭が上がらなくなる。

 一番偉いオルガマリーを見たまえ、学生気分で立香ちゃんやソウゴくんと遊んでるぞ」

 

「それは私に喧嘩を売ってるのかしら。ねえダ・ヴィンチ、ちょっと!」

 

噛みついてくるオルガマリーをぱたぱた手を振って無視する。

そんな二人の様子に、困った風な笑い顔を浮かべるロマニ。

 

「いや、けど……」

 

「お生憎様。残念ながら今回は君に弁明の機会はない」

 

ダ・ヴィンチちゃんの物言いに疑問符を浮かべる彼。

彼女はロマニの不思議そうな表情をふふん、と笑ってみせる。

 

「では。特別ゲストをご招待しよう」

 

すいー、と入り口扉の横に逸れる彼女。

そんな彼女を後ろから見ている所長、の横から一人の影。

 

「やあ、ソロモンの話を寝物語にしたいソロモンファンがいると呼ばれてきたんだけど。

 僕は語るよ、かなり語る。ないことからありえないことまで自由自在だ」

 

「ちょ!?」

 

机を叩きながら椅子から立ち上がるロマニ。勢いよく弾かれた椅子が倒れて床に転がった。

そこに登場した男は当然、古代イスラエルの王・ダビデに他ならない。

一瞬口をぱくぱくと動かした彼は、彼に向かって叫んだ。

 

「ガセ情報は出さないって言ってなかったっけ!?」

 

「息子の恥部を売り物にしないとは言ってないよ」

 

臆面もなく言い放つダビデ。

唖然とするロマニ。

 

「それ絶対実在しない恥部だろう!? 子供に興味ないって言ってたじゃないか!」

 

「もしかしたら存在したかもしれない話を、父親の視点から推測するだけさ。

 信じるか信じないかは聞いた人間に任せるとも」

 

まったく悪びれた様子もなく言い切るダビデ。

そんな彼を後ろから眺めていたオルガマリーも困惑する。

 

「ふふふ、どうだいロマニ。

 ダビデ王が語る適当千万のソロモン物語を聞かされたくなければ―――」

 

「分かった! 分かったから! もう今日は一日休むから!」

 

そう言ってそのまま医務室のベッドに跳び込むロマニ。

カーテンを閉めて即座にダビデを視界からシャットアウト。

 

そんな様子を見て、小さく溜め息を吐くダ・ヴィンチちゃん。

オルガマリーが懐からルーンを刻んだ石を出し、床に置く。

そのまま軽く蹴って、彼が跳び込んだベッドの下に転がり込ませる。

これである程度の生命力を回復させてくれるだろう。

 

やるべきことを終え、医務室から退室して扉を閉める。

そうして、彼女は本気で呆れたような声を出す。

 

「ロマニの奴、イメージを壊されるのが嫌なくらいそんなにソロモン王が好きなわけ?

 カルデアに来てからの付き合いでしかないけど、初めて聞いたわよ。

 ダ・ヴィンチ、あんたいつ知ったのよ」

 

「―――さて。いつだったかな?

 悪かったね、ダビデ王。こんなことに付き合わせて」

 

「別にこの程度は何でもないさ。いやはや、彼は美人に心配されて羨ましいね。

 それに名前もいい。ドクター・ロマンだなんて。

 流石の僕も初めて聞いた時は笑いそうになったくらい、いい名前だよ。

 ―――そうだね。自由がないくせにあんなにロマンに溢れた“人間”は初めて見たよ」

 

軽く微笑みながら、彼はそのまま医務室から歩き去っていく。

一体何を、と疑問を顔に浮かべるオルガマリー。

そんなことを言われた男の眠る医務室をちらりと見て、ダ・ヴィンチちゃんは肩を竦めた。

 

 

 




 
(ダブルの歴史を正しく改竄する…! サイクロンアクセルかサイクロンスカルに…!)

らっきょも纏めてやっちゃうマン。
 


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Cの旅立ち/霧の都へ1888

 

 

 

「彼女の様子かい?」

 

パタリ、と。手にした本を閉じながらアレキサンダーがソウゴを振り向いた。

 

「そうそう。なんか俺余計なこと言っちゃったみたいで」

 

書庫の椅子に座ったソウゴは、机に突っ伏しながらそう語る。

どうやら今回の件では意外とへこんでいるらしい。

 

彼から見たオルタは別に少し拗ねてるだけでいつも通り。

というかいつも通りの調子だから、拗ねると言う子供らしい反応を返しているのだろう。

あの程度愛嬌だと思うけどね、と。

口にせずに考えるだけに留めておくアレキサンダー。

 

「まあ、彼女はよくここにきては本と睨めっこしているけどね。

 自分の知力が白い方のジャンヌ以下なのは許せない、みたいなことを言ってたかな」

 

「…………性格上の問題で、むしろ純粋な知力ならばジャンヌ・オルタの方が……」

 

アレキサンダーが彼女と交わした言葉を思い返しながら語る言葉。

それについ反応してエルメロイ二世はぽつりと呟いた。

 

精神的な極まり具合、という意味では二歩も三歩も白い方が上だ。

が、人間的な知恵という意味では現状でも黒い方が上なのではないか。

いや、つまりジャンヌ・ダルクよりジル・ド・レェの方が学があっただろうという話だが。

 

言わぬが花か、と途中で言葉を打ち切る二世。

彼はそのまま無言で本棚に視線を送り、蔵書の確認をし始めた。

その様子に苦笑したアレキサンダーが、ソウゴへ向き直る。

 

「そこまで気にする必要はないよ。どうせすぐに元通りになるさ」

 

「そっかなー」

 

どうやら思った以上にへこんでいるようだ。そんな様子にくすくすと笑いを漏らす。

彼はどっちの王様に転ぶんだろうね、なんて考えながら。

 

そのように話している彼らの中に歩み寄る影が一つ。

一体どこから出現したのか、彼は自前の本を持ったままこちらに歩いてくる。

そのままソウゴの傍まで歩いてくると、隣の椅子を引く。

 

「やあ、我が魔王。どうやら元気がないようだが」

 

そのまま座りながらソウゴに話しかけてくるウォズ。

余りにも今更すぎて、その登場に驚くようなこともない。

声をかけられたソウゴは溜め息交じりの返答。

 

「んー、ウォズに相談してもなー。

 どうせ何を訊いても気にする事じゃないとか言うだけだしー?」

 

突っ伏しながら間延びした声でそんなことを言うソウゴ。

それを聞かされたウォズが僅かに顔を顰める。

彼は顔だけでなく体ごとソウゴの方に向け、文句を言いだした。

 

「まるで私が彼らサーヴァントより信頼を勝ち取れていない、というような事を言うね。

 言っておくがね、我が魔王。私はこう見えて裏でとても……」

 

「ええー、だってウォズだし。何してるのか俺には分かんないし。

 それに俺、ウォズが言うみたいにオーマジオウになる気はないし」

 

ぶつぶつとそう言いながら机を手で叩くソウゴ。

そんな様子を見たウォズが柳眉を小さく上げてみせた。

少し肩を怒らせた様子の彼は、そんなソウゴに対して口を開く。

 

「…………なるほど、ならこうしよう。

 次の特異点、私も同行しようじゃないか。既におおよその道筋は整えてきた。

 こう見えて君の臣下としての務めはきっちり果たしているのでね。

 そこらのサーヴァントなどより、私の方が家臣として優秀なのだと思い知ってもらおう」

 

「そんなことより所長とオルタを仲直りさせてくれれば見直すのに」

 

彼らの会話を聞いていたアレキサンダーとエルメロイ二世が顔を見合わせる。

 

ウォズはちょこちょこカルデア内に現れては、ソウゴに話しかけてはそのまま消える。

神出鬼没、もはや怪奇現象的な扱いをされている人物だ。

幽霊であるはずのサーヴァントからさえも。

 

そんな彼が当然のようにレイシフトした時代に着いてこれるのは周知の事実であるが……

 

何故か彼は、ソウゴのサポートをすると言いつつ常に着いているわけではなかった。

普通に考えれば、何がしか彼一人でやらねばならない事があったわけなのだろうが……

 

それをする必要が既に無くなった、というのはどういう意味なのか。

 

「―――ソウゴ。お前の目的と、その男の目的は反しているんじゃないのか?」

 

二人が会話、というよりウォズが詰め寄りソウゴが適当に流す様子。

そこに口を挟むように、エルメロイ二世が問いかける。

 

オーマジオウに導く、と宣告するウォズ。

オーマジオウにはならない、と宣言するソウゴ。

 

彼らの目的は明確に違っているはずだ、と。

これまではオーマジオウという存在の不明瞭さ故に気にしないでも良かったかもしれない。

だが彼自身がオーマジオウを知った今、その状況は既に崩壊しているはずだろう。

 

しかもウォズは今まさにソウゴをオーマジオウにするため活動している事を隠しもしない。

だというのに、彼と雑談できるような関係なのは―――

 

「うん。ウォズはウォズのやりたいように、俺をオーマジオウにしようとすればいいと思う。

 けど俺は―――俺たちは。そのウォズの思惑を超えて、最高最善の王様になってみせるから。

 ウォズもびっくりしちゃうんじゃないの? 俺たちの新しい未来にさ。

 ――――ウォズも別にそれでいいでしょ?」

 

強い。おどけているような口調でも、強い意志で固まった彼の言葉。

微かに、ウォズの視線が揺れた。

 

横目でその様子を見ていたアレキサンダーが少しだけ目を細める。

果たしてそんな征服王の様子を気にしているのかいないのか。

ウォズはいつもの調子でソウゴに言葉を返していた。

 

「―――君がそれでいい、というなら私から言う事はないさ」

 

じゃあ所長とオルタを仲直りさせるの手伝ってよ、と言って立ち上がるソウゴ。

ウォズを無理矢理に立たせ、その背中を押しながら彼は書庫を後にした。

凄まじく嫌そうな顔をしたウォズも、そこまで無理矢理されたら逆らえないのか。

本気で嫌そうな表情のままされるがまま、連れていかれた。

 

「………さて。どう思う、我が軍師?」

 

「放っておけ」

 

自分は間違いなく、今は征服王として声を上げた心算なのだけれど。

珍しく、彼の軍師はどうでも良さそうに彼の問いを蹴飛ばした。

 

きょとん、とした顔で本棚に視線を移してしまった彼を見る。

彼は大した話でもない、というような表情を浮かべて本を取っていた。

 

「―――ふうん。先生は問題ないと?」

 

「―――そうとも、我が王。王と王で通じ合うものがあるように……

 臣下には、臣下として通じ合うものがあるという話だ。

 だからこそ()()()()()()()()()()()()()()()()。以上だ」

 

確信、と言ってもいいだろう。彼の意志そのままの言葉。

それなりに疑り深い、というか深いところまで探らないと気が済まないタイプの男。

そんな彼が、ここまで断言したということは……と。

 

「ふ、む。それは―――なるほど、では我が軍師を信じることとしようか」

 

くすくすと口の中で笑い声を転がして、読書に戻る少年王。

その後、彼の軍師は余計な事を言ったとばかりに軽く鼻を鳴らした。

 

 

 

 

「オルタ、ねえオルタ」

 

カッカッ、と。カルデアの廊下をブーツで鳴らしながら早歩き。

着いてくる白いのを振り払おうと躍起になる。大体、何が姉がどうとか言ってるんだという話だ。

無視したままにいつも通りに書庫へと向かって―――

 

「ていや」

 

ガツリ、と頭部を捕まえる手甲に包まれた腕。

いきなり後頭部を掴まれた彼女の足取りが止まる。

思い切り振り払いながら、下手人に対して振り返ってみせるオルタ。

 

「何すんのよ!?」

 

「無視をしないでください。こちらは用事があって……」

 

突然のバックアタックに抗議の声をがなりたてるオルタ。

しかし彼女は腰に手を当てて、それはこっちのセリフですとでも言わんばかり。

偉そうに胸を張るジャンヌを睨みつつ吐き捨てる。

 

「こっちには無いのよ」

 

「まったく……子供っぽいですね、オルタは。やっぱりここはお姉ちゃんの出番なのでは?

 所長さんとの仲を取り持ってあげましょう!」

 

むん! と力を入れてみせる彼女。

仲を取り持つだのなんだの、そんなことを言われてオルタの眉が吊り上がる。

他の奴らからそんなことに介入される覚えはないのだから。

 

「余計なお世話よ!」

 

怒声を叩き付け、踵を返してそのまま歩き出す。

今度はジャンヌも追ってこなかった。

 

廊下を曲がり消えていった彼女の背中。

それを見送ったジャンヌが、小さく溜め息。

 

「うーん、拗ねれば拗ねた分だけ後が余計に大変になるだけでしょうに」

 

「もう割と後悔してんじゃねぇか……? 変なのに纏わりつかれて」

 

おや、と振り返ってみせるジャンヌ。

そこにはランサーが立っていた。シミュレーター帰りだろうか。

 

「最初に拗ねた態度見せたせいで、どうにも引っ込みがつかなくなってるだけだろありゃ。

 素直に受け入れてるって姿勢を見せられないだけで」

 

そもそも彼女は合理的な判断を下せないほど馬鹿ではない。

オルガマリーのサーヴァントが増えたところで、何を言うでもなかったはずなのだ。

ただそれを言われた瞬間に何かもやもやとした感情を抱いたのは事実。

 

そこをソウゴに見抜かれ言及された。

結果、彼女は爆発した。別に最初から文句などつけるつもりもなかったのに。

だが一回キレたからには引っ込みがつかない。怒っていないとやってられない、みたいな。

だって一度キレておいて、直後にやっぱ無しはないだろう。

一度怒りを露わにしたからには、怒りを引っ込めるための落としどころが欲しい。

そんな程度の話なのだ。

 

「はい。なのでそこの橋渡しを私がしようかと!

 マスターがソウゴくんにお姉ちゃんポイントを稼いだ今、今度は私の番なので!」

 

お姉ちゃんポイント? と首を傾げるランサー。

一瞬考えたが、絶対まともに考えても意味の無いヤツだと思い直して思考放棄。

暴走したダンプカーみたいな女だ、とどうでもよさげにスルーしておく。

 

まああれだ。どこも姉ってのは面倒くさいものなのだろう。

 

「まあ、好きにしたらいいさ。

 どうせ次の特異点を攻略してる間は揃って居残りだろうしな」

 

言われたジャンヌが表情を引き締めた。

今も次の特異点特定作業は、カルデア職員たちの手によって進行している。

少しずつ判明していく情報を、彼女たちは常に聞くようにしていた。

 

「―――今のところ分かる調査状況で次は随分と現代に近いと聞いています。

 神秘は社会の裏側に隠され、今の文明が完成された時代。

 こういう言い方もあれでしょうが、それ故に楽な旅路であってほしいですね」

 

小さく息を吐くジャンヌ・ダルク。

そんな彼女に対してランサーは肩を竦めるのであった。

 

 

 

 

そうして書庫から出たソウゴたちと、書庫に向かうオルタが顔を突き合せた。

前門のソウゴ、後門のジャンヌ。

挟み撃ちの形になったオルタが嫌そうに声を上げる。

 

「げ」

 

「あ、オルタ。ねえねえウォズ、どう言えばいいと思う?」

 

嫌そうな顔をしているオルタを前に、背中を押していたウォズにソウゴが問う。

問いかけられて大きく溜め息を吐くウォズ。

彼はやれやれと、無理矢理押されて乱れたマフラーを直しながら、オルタへと視線を向けた。

 

「ジャンヌ・ダルク・オルタ。君に我が魔王が謝罪をしたいとのことだ。

 確か……君がオルガマリー・アニムスフィア唯一のサーヴァントという地位を追われたがために、新たなサーヴァントであるアタランテに嫉妬している。という話で良かったかな?

 まあ契約者が一人きり、という唯一性くらいしか誇れるものがなかった君にとっては辛いことなのかもしれないが……我が魔王が気に掛けている。さっさと克服してくれないか」

 

「ぶっ殺す」

 

ノータイムで彼女は戦闘態勢に入っていた。シャラリ、と鞘から引き抜かれる彼女の剣。

当然のように噴き上がる黒く燃える呪いの炎。

 

「俺より怒らせてるじゃん。ウォズってもしかして全然ダメなやつ?」

 

「生憎、こんな仕事は専門外でね」

 

怒り心頭のオルタを前に、のんびりとした会話を続ける二人。

それを見ていた彼女の表情が大きく引き攣った。

 

「二人揃って表ぇ出なさい!!」

 

「私は外に出ても構わないが……君が表に出ても、人理焼却の影響で消失するだけだろう?

 出来ないことを言うのは止めておくといい」

 

明らかに挑発を続ける彼をしょうがないので押し退けて、ソウゴが前に出る。

思った以上にウォズが役に立たなかった。

そのままオルタの前に出て頭を下げる。ぐっ、とその姿勢を見てオルタが半歩退く。

 

「ごめん、オルタの気分を悪くさせるつもりはなかったんだけど」

 

彼に頭を下げさせている、という状況にぎりぎりと歯を食い縛るオルタ。

完全にキレていた頭を冷やして、剣を納める。

そも、こっちだってキレたくてキレていたわけでもないのだから。

 

「別に! アンタやマスターにキレてたわけじゃないわよ!」

 

「……我が魔王に頭を下げさせてその態度とは、まったく度し難い」

 

「言っとくけどアンタにはキレてるからね!?」

 

ただしお前にはキレている、と彼を指差すオルタ。

ぎゃーぎゃーと叫ぶ彼女のことを、ウォズはただ残念な人間を見る目で眺めていた。

 

その廊下の両側からうるさいにもほどがある廊下の状況を見守る影。

ランサーとジャンヌ、アレキサンダーとエルメロイ二世。

 

「……あんたがそのお姉ちゃんポイント? だかを稼ぐ場にはならなかったみてーだな」

 

「むぅ……」

 

茶化すようなランサーの言葉。

それは良かったのだが、と。ジャンヌがその顛末に少し寂しさを感じている、その反対。

 

「君が共感した家臣のように、君もああやって征服王を庇ってくれるのかい?」

 

「冗談にしては笑えんが?」

 

アレキサンダーの口にした冗談に、エルメロイ二世が本気で嫌そうな顔をしていた。

 

 

 

 

そういった色々を経つつ、再びカルデア管制室に召集される人員。

集まった皆を見回しながら、ダ・ヴィンチちゃんが喋りだした。

 

「やあやあ、こうして集まってもらったのは他でもない。

 遂に第四特異点の観測に成功し、ついでにもう一ヶ所の観測にも成功したからだ」

 

「もう一ヶ所?」

 

彼女の適当な話の始め方に眉間を抑えるオルガマリー。

首を傾げている者たちに対して、ロマニが補足を開始した。

 

「―――ソロモン王と七十二の魔神。その関与を裏付けするための調査さ。

 つまり紀元前十世紀、ソロモン王の時代をシバで観測してみようという試みだね。

 結果から言えば、そこに特異点は観測されなかった」

 

「やっぱりね。僕は信じていたよ、あいつはそんなことをする奴じゃないってね」

 

うんうん、と何度も首を縦に振るダビデ。

それを見ていたロマニが、口の端をひくひくと引き攣らせた。

停止した彼の後を継いでダ・ヴィンチちゃんが口を開く。

 

「もし仮に紀元前十世紀から未来に向け魔神を送り込めば、その干渉は痕跡を残す。

 だけど今回の観測でそれは一切感知できなかった。

 つまりあの魔神を名乗るものたちは、少なくともソロモン王の時代とはまったく別の時代から人類史への干渉を行っている、ということになる」

 

「……なら、もしかしたら。ソロモン王がサーヴァントとして呼ばれた場合は」

 

マシュの言葉。彼女が考えた状況。

それを肯定するように深々と頷いたダ・ヴィンチちゃんが言葉を続ける。

 

「ソロモン王がサーヴァントとして別の時代から人理焼却を行っている。

 その可能性は現時点で否定できないね」

 

「やっぱりね。僕は思ってたよ、あいつはいつかこういう事をやるような奴だとね」

 

やれやれ、と何度も首を横に振るダビデ。それを見ていたロマニが頭を抱えだした。

そんな彼に対して、ソウゴがいっそ訊ねてみる。

 

「実際どうなの?」

 

「さあ? 今の所はズレてる奴の犯行だ、と思うけど」

 

しれっと言い放ちながら、彼はいつもの調子で微笑む。

一体何がズレているのかという部分は口にする気がなさそうだ。

 

そんなやり取りを額に手を当てながら見ていたロマニが、気を取り直して口を開く。

どちらかといえばここからが本題だ。

 

「―――とにかく、特異点は七つ。

 それを修正し続ければ、いずれ黒幕にも辿り着くことになるだろう。

 今回観測された四つ目の特異点は十九世紀。

 七つの特異点の中でもっとも現代に近い、文明が発展と飛躍を迎える時代。

 つまりは産業革命。現代の消費文明に繋がる大きな足掛かりだ」

 

ほんの百年、と言葉にすれば簡単なのだが。

数千年の人類史を基準に考えれば、ごく最近のことではある。

しかしほんの百年前の世界がどれだけ現代と違うのか。

小さく唸ってから、立香が呟く。

 

「百年ちょっとかぁ。明治時代?」

 

「前に会った沖田総司がいれば近い時代の話を訊けたかも?」

 

「いや、残念ながら日本ではないからそれは難しい。

 ―――場所は大英帝国、首都ロンドン。

 今回は国一つまるまるとか、見渡す限りの水平線が特異点化したわけじゃない。

 一国の一首都。明確にその範囲が特異点となっているようなんだ」

 

「ロンドンか……」

 

苦い顔を見せるエルメロイ二世。

魔術師たちにとっては大きな意味を持つ都市。

彼の小さな呟きに反応して、オルガマリーも小さく表情を歪めていた。

 

そんな彼女が軽く目を瞑り、気を入れ直して目を開く。

 

「では、新たに特定された第四特異点。

 1888年、ロンドンへのレイシフトを開始します。

 参加人員は私のサーヴァントとして、アタランテ。

 藤丸立香のサーヴァントとして、マシュ・キリエライト、諸葛孔明、フランシス・ドレイク。

 常磐ソウゴのサーヴァントとして、アレキサンダー、ダビデ。

 ……………常磐ソウゴの協力者として、ウォズ。

 以上のメンバーによる作戦の実施となります。

 参加メンバーは準備して、各自クラインコフィンへの搭乗を行うように」

 

「私は自分で現場に移動するのでお構いなく」

 

そう言ってソウゴの後ろに立っていたウォズが管制室から出ていった。

当然カルデアにそんなことが出来るのは管制室以外にないはずだが―――

彼の場合は今更である。

 

それを見ていた皆が気を取り直し、司令官である彼女の声に従い全てが動きだす。

そうして、第四特異点の攻略が開始された。

 

『アンサモンプログラム スタート。

 霊子変換を 開始します。レイシフト開始まで3、2、1……全工程、完了(クリア)

 グランドオーダー 実証を 開始 します』

 

聞き慣れさえしてきたアナウンスに導かれ、彼らは新たな特異点に向かう。

 

 

 

 

レイシフトが完了し、まず視界に入ってきたのは―――

というより、まず視界を覆い尽くしたのが白い霧だった。

 

「……これは……視界が阻害されるほどの、濃霧ですね」

 

それを目撃したマシュが思わず、といった様子で呟く。

が、早速オルガマリーとエルメロイ二世が顔を顰めた。

 

周囲の霧に視線を巡らせて、どんどん表情を厳しくしていく。

 

「……産業革命時のスモッグ、か。いや、だがこれは……」

 

「明らかに魔力を含んでいる……わね。異常よ」

 

『―――こちらからも見えているよ。

 というか、さっきからモニターが常に異常表示を出し続けている。

 周辺一帯が異常に包まれているせいで、ほとんど何も見えていないのと同じだよ、これ』

 

ロマニの声が彼女たちに届く。

でしょうね、と吐き捨てるオルガマリー。

異常しかない中で異常の察知など出来る筈もないだろう。

 

「あれ?」

 

と、そこでソウゴの体がぐらついた。

近くにいたアレキサンダーが彼の腕を掴み、支える。

彼を支えながら、その状態を確認するアレキサンダー。

 

「―――どうやらこの霧は魔力が充足し過ぎてる。

 僕たちサーヴァントならともかく、人間は呼吸さえも毒になるみたいだ。

 カルデアの装備である服にかかった魔術でさえ、その大気の魔力が濾過しきれないらしい。

 マスター、とりあえず変身しておいた方がいい」

 

「あー、うん」

 

ソウゴの元気のない返事。

アレキサンダーの見立てに、二世もまた周囲に視線を走らせてから頷いた。

そうと推測が立った瞬間、マシュが一気に立香にまで迫りその体の様子を確認しだす。

 

「先輩! 先輩はご無事でしょうか!?」

 

「え? う、うん。私は別に何ともないんだけど……」

 

ぺたぺたとマシュの手に触られながら答える立香。

ソウゴがいきなり不調になって驚いたが、立香の方はまるで何ともない。

 

彼女たちの横でソウゴがドライバーを装着してジオウに変身した。

そうなれば彼の不調も解消されたのか、問題ない様子を見せる。

 

アタランテが特に問題なさそうな自身のマスターを見た。

 

「マスターは問題なさそうだな」

 

「そりゃまあ、私はそうでしょうよ。

 呼吸も何もそれ以前の問題だし……藤丸は……」

 

ダ・ヴィンチちゃん特製のボディがどこまで耐えるのかよく分からない。

とはいえ、今の彼女の本体は頭の中の眼魂だ。

大気に魔力が多い、というような理由では大したダメージにはならないだろう。

が、問題は藤丸立香だ。

 

『うーん、毒への耐性だろうか?

 仮にあるとしたら、マシュの中の英霊の力ということかもしれない。

 サーヴァントがマスターに肉体的な影響を及ぼす、っていう話は知らないけれど……

 デミ・サーヴァントだから、ということもありえるのかな……?』

 

通信の中でそう推測するロマニ。

どうあれ、現状では立香にこの霧の影響はない。

経過観察が必要だろうがとりあえずはそう結論していいだろう。

 

立香とマシュ、二人の様子を窺いながら二世が声をかけた。

 

「………まあ、過信は禁物だろう。マスター、不調が出たらすぐに言え」

 

「うん。今の所は大丈夫」

 

「しっかしまあ、しょぼくれた街だねぇ。

 並んだ家は立派だが、人っ子一人歩いてやしない。今、真昼間だろう?」

 

霧を軽く払いながら、ドレイクが周囲を見回しそう言った。

時刻は午後二時。普通なら往来に人がいない、なんてことはないだろう。

ロンドンの街並みは今が深夜であるかのように、完全に静まり返っていた。

 

『とはいえこの霧は最早毒ガスだ。そんな状況で外に出る人間はいないだろうね』

 

「そんなになのかい? アタシにゃ分かんないけどね」

 

外に出るだけで致命傷、そういう事態なのだと口にするロマニ。

サーヴァントの身となったドレイクは、その話に大きく肩を竦めて返した。

 

『生体反応と思しきものは家屋の中から感知できている。

 おそらく、この異常事態を前に普通の人間は全員閉じ籠っているのさ』

 

「せっかくなら未来の酒を買い足そうと思ってたけど、それどころじゃなさそうだねぇ」

 

残念そうにそう言う彼女。

全ての家屋が締め切られているというのなら、当然商店も開いていないだろう。

 

そんな事を話していると、ふとアタランテが顔を上げた。

続くようにダビデとアレキサンダーも。

どうしたの、と声を上げようとしたジオウの耳にもその音が届く。

 

石畳の上を歩く鉄靴の足音。そして金属鎧が揺れて擦れる音。

それが深い霧の奥から、こちらに向かってきていた。

 

咄嗟に全員でそちらを向けば、姿を現したのは……

 

「…………なんだ、お前ら?」

 

兜だけ外した全身鎧を纏う、金髪の女性。

手にした剣を肩に乗せながら歩んできた彼女は、こちらを見て足を止める。

西洋騎士風の彼女は考えるまでもなく、サーヴァントに違いあるまい。

 

そしてそんな彼女の後ろからこちらにやってきたのは―――

 

「どうしたんだい、セイバー? こっちに誰かいるのかい」

 

()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()

 

 

 




 
ジャックがいるところにアタランテを投げる采配。
聖女がいないからセーフ。
 


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Aを求める者/アナザーダブル1888

 

 

 

霧の中から現れる二色の怪物。

その存在は、明らかに彼らと敵対している相手と同一のものだった。

 

「アナザーライダー!?」

 

その姿を見て全員が身構える。

当然、サーヴァントたちの手の中に展開される武装。

戦闘態勢に入った大量のサーヴァントを見て、怪物は驚いたように一歩下がった。

 

「え、あ、いやこの姿は……」

 

どうしたものかと困惑しているアナザーライダー。

あたふたと慌てている怪人のそんな姿に対し、呆れるような様子を見せる騎士。

 

「そんな姿じゃそうなるに決まってるだろうが、このモヤシ。

 オレだって初めて見た時は、何処のピクト人が歩いてるのかと思ったぜ。

 さっさとそれを脱いだらどうだ?」

 

彼女はそのアナザーライダーの契約者を知っている様子。

しかも怪物化していても普通に会話が出来ると見える。

 

「これを消して生身になったら僕は霧に耐えられないんだけど……

 そしてきみの場合、驚く前に斬りかかってきたと記憶しているよ」

 

「ごちゃごちゃうるせぇ」

 

彼の弁明に対して機嫌を悪くしたのだろうか。

げし、と。躊躇なくアナザーライダーを蹴りつける騎士。

効いているのかいないのか。怪物はそれを困った様子で受けていた。

 

彼女たちの漫才を見ていたカルデアの面々は顔を見合わせる。

明らかに戦闘の意志は感じない。

 

「どうやら、彼はアナザーライダー化の影響をさほど受けていないようだ」

 

そんな中、ジオウの背後にウォズが現れた。

まるで当然のように出現する彼に、ソウゴも当然とばかりに対応する。

 

「ウォズはここ大丈夫なの?」

 

つい先ほどソウゴは大気の魔力で体調を崩したばかりだ。

生身のように見えるウォズは大丈夫なのだろうか、と。

向けられた一応の心配の言葉に、彼は微笑んで返す。

 

「問題ないよ、我が魔王。

 ウィザードウォッチやビーストウォッチを持つ君も、慣れれば普通に活動できるだろう」

 

そういう彼は、実際に体調を崩しているようには見えない。

今更驚く必要もないくらいにいつも通りの様子だ。

 

「……慣れるもんなんだ」

 

周囲の深い霧を見渡して、小さく呟くソウゴ。

さっき感じた呼吸のたびに何かが腹の底に沈殿していく感覚。

あんなものに慣れたくはないな、と思いつつ。

 

「ああそうだ、ホルダーにはビーストウォッチをつけて表に出しておくといい。

 それは周囲の魔力を食べる性質も持っているからね。

 君の周囲程度ならば、変身していなくても大丈夫なほどに霧を薄めてくれるだろう。

 ビーストウォッチには解毒能力もあることだし、君にとってはこの程度澄み切った大気と何ら変わりないもの、と言えるだろう」

 

「うーん。だからってここで深呼吸とかはしたくないなー」

 

ウォズの言葉にげっそりとしながら返すソウゴ。

効く効かないの問題ではなく、そんな霧の中で呼吸はしたくない。

だが一応、ウォズに言われた通り腕のウォッチホルダーにビーストウォッチをはめておく。

 

「―――それで、影響を受けていないというのは?」

 

アレキサンダーからの問いかけ。それは当然、ウォズに向けられたものだ。

ここまで何度かアナザーライダーと戦ってきたカルデア。

だが、そもそも敵に対する知識はないのと変わりない。

 

一応どういう存在か、それだけは把握している。

仮面ライダーと呼ばれる存在の歴史。それを利用した怪人。

だが本当にそれだけだ。

 

詳細と言えるだけの情報はまるで持っていない。

対峙した時は、ソウゴの感覚頼りで対応するしかないのか現状だった。

 

問われたウォズは顎に軽く手を当てながら天を仰ぐ。

 

「―――アナザーライダーの種類に依るが、基本的にその契約者は破壊衝動が増すのさ。

 君が知る者の中では、ブーディカはいい例と言えるだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()。いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()か。

 まあ、ドライブの歴史を引きだす存在としては悪くない」

 

「イアソンは壊したい、という衝動ではなさそうだったけれど?」

 

ダビデの知るアナザーライダーという存在は彼だけだ。

彼は破壊衝動……というには、いささか方向性が違ったように思う。

最終的にはそこに辿り着いたのかもしれないが、行動の方針は極めて英雄的だったはずだ。

ウォズがまあそうだね、と首を縦に振る。

 

「アナザーフォーゼの衝動は、英雄願望……

 というより()()()()()()()()()()辿()()()()()()。という意思に起因しているのだろう。

 フォーゼの歴史と相性の良い願望だ」

 

フォーゼの歴史、などと言われてもそれを明確に知っているのはウォズだけ。

ソウゴさえも含めて、他のメンバーは首を傾げるしかない。

 

「相性の良し悪しがあり、大きな衝動に突き動かされる……

 ということは、彼はあの力と相性が悪いということなのかな?」

 

言いながら目の前のアナザーライダーを見るダビデ。

外見的にはだいぶアレだが、こちらを襲ってくるような様子はない。

むしろ隣のサーヴァントに襲われている。

 

「さて、アナザーダブルは見ての通り二人で一人の存在だ。

 彼には何かそう言った秘密があるのかもしれないね」

 

見ての通り二人で一人、と言われても。

見て感じる事が緑の怪物と黒の怪物がまるで縫い合わされたかのような外見、というだけだ。

 

立香が唸りながら、ウォズの言うところによるとアナザーダブル……

よく見ればあの怪物の太腿に『DOUBLE』、そして『2009』という文字が刻まれている。

そんな相手を見ながら、声をかけてみた。

 

「貴方はどうやってその怪物に変えられたの?」

 

声をかけられたアナザーダブルが騎士から目を離し、立香に振り返る。

 

「ああ、うん。そうだね、そこをきっちり話すべきか……」

 

「んなもん後にしろ。ほらモヤシ、さっさと行くぞ」

 

アナザーライダーは困った様子でこちらを見ている。

が、騎士の少女の方はこちらを気にする気もないようだ。

僅かに苛立っている様子を見せながら、アナザーダブルを急かしている。

 

板挟みになっているアナザーダブルを見兼ねて、アタランテが口を開いた。

 

「……少し待て、セイバー。こちらにも事情がある。

 その怪物が何なのか、汝は把握しているのか?」

 

「あん? ……ああ。そういうテメェはあれか、赤のアーチャーか」

 

アタランテのことを見てから数秒、思い出すための仕草を見せた彼女。

その甲斐あってか、セイバーはアタランテの顔をなんとなく思い出した。

相手がアサシンだったりすればすぐに思い出して殴りかかりでもしただろうが―――

さほど濃い印象もない相手だ。

 

「知り合いかい、セイバー?」

 

アナザーダブルに問いかけられたセイバーは肩を竦める。

別にそういうわけじゃない、と。

 

「知り合いってほどじゃない。大した関係もない。で、何だって?

 このモヤシがなってる怪物の話か? どうでもいいだろ、そんなこと」

 

「へぇ、隣にそんなの置いてどうでもいいたぁ剛毅なこったねえ」

 

自身が怪物を連れ歩いていることを何とも思っていない様子を見せるセイバー。

そんな彼女に対してドレイクが楽しげな笑みを浮かべた。

片目を瞑って、そんな彼女を見据えたセイバーが舌打ち一つ。

 

「別にそういう話じゃねぇよ。

 これは見てくれは悪いが、今の状況に関係してねぇから関わるだけ無駄だって話だ」

 

「――――今の状況、とは。このロンドンを覆う霧の事でいいのかい?」

 

アレキサンダーからの問いに、面倒臭いという態度を隠す気も見せずセイバーは頷いた。

そのまま説明をしようと口を開き……しかし。

 

「おう。どういうわけか知らねぇが……おいほらモヤシ。

 こういう話はお前がするもんだろ」

 

途中で面倒になったか、彼女がバシンとアナザーダブルの背中を叩き前に出させた。

そんな風に扱われても問題ない頑丈さを喜べばいいのか、悲しめばいいのか。

複雑な感情を溜め息と一緒に吐き捨てて、彼は牙の揃った怪物の口を動かした。

 

「やれやれ……そう何度も叩かないでほしいな……

 ―――すまない。今はこんな姿をしているが、僕の名前はヘンリー・ジキル。

 もともと怪物というわけではないんだ」

 

「―――ヘンリー・ジキルさん、ですか。

 それはもしや、あの1886年に出版された『ジキル博士とハイド氏』の……?」

 

マシュが口にしたのは怪奇小説『ジキル博士とハイド氏』

この時代が1888年だと言うのなら、既に出版されている小説の筈だ。

 

ヘンリー・ジキルという誰もが善良だと感じる紳士。

だが彼自身は知っていた、自身の中で抑圧されている邪悪な心を。

その邪悪を晴らすために薬で肉体を変化させ、善良なヘンリー・ジキルではないもう一人の自分。

悪辣なるエドワード・ハイドを作り上げて悪行を尽くし―――

やがて彼は取り返しがつかない結果に至り、自死を選んだ。

 

そんな小説作品の名の主人公を告げた彼に、マシュは問いかける。

 

「………いや、すまない。僕はそう言った題名の小説は知らない。

 小説は読む方なのだけれど―――けどそうか、ジキルとハイド……そう言った小説が……?」

 

それを聞いた彼が、怪物に似合わない知的な所作で悩み込む。

答えを返されたマシュが、不思議そうに首を傾げた。

 

「知らない、のですか?」

 

「……ジキルとハイドのモデルとなった人物。

 にしては1888年に存在していたら、矛盾が生じるでしょうね。

 つまり彼は過去に生き、ジキルとハイドとして英霊になった―――」

 

サーヴァントだ、と続けようとしたオルガマリー。

そんな彼女の言葉をロマニの声が遮った。

 

『いや、待ってくれ。その周辺の魔力濃度が落ちてきた。

 多分、ソウゴくんの持ってるビーストのウォッチの力かな。

 ある程度だけど観測精度が確保できたから言わせてもらうけれど―――彼は人間だ』

 

今までカルデアが観測してきたのはアナザーライダーと化したサーヴァントだけだ。

人間がアナザーライダーとなった場合の反応は分からない。

だが、アナザーダブルから観測される反応。

それが明らかに、今までのアナザーライダーのものとは違う。

 

サーヴァントとは思えない軽微な魔力反応。人と変わらない生体反応。

アナザーライダーという外殻に包まれているが、これは人のものだとしか思えない。

 

ロマニの言葉に、ジキルは首を縦に振った。

 

「うん、僕はこのロンドンに生きる人間だ。

 サーヴァント……セイバーのような、英雄の降霊なんていうこととはまるで関わりがない」

 

「え?」

 

だとしたらおかしい。

ヘンリー・ジキルが架空の、ただの小説の登場人物でなかったのはいい。

その小説がフィクションでなくどこかの誰かを書いたものだった、というだけだ。

だが彼をモデルにした小説は既に出版されている。彼の死までを書いた小説が。

 

なら彼が今という時代に存命しているのは、おかしい。

 

「特異点化の影響……? このロンドンは、一体なにが特異点となって……」

 

頬に手を当てて悩みだすオルガマリー。

彼女を見たアナザーダブルが、立香に対して視線を向け直した。

 

「特異点……か。すまないが、こちらにもそちらが知っていることを教えてもらえるだろうか。

 僕はいま、きみたちが何に対して困惑しているかも分からないんだ」

 

「うん。私たちがこの時代に来たのは、人理焼却っていうものを防ぐためで―――」

 

そうして、彼に対して現状を語る立香。

聞いていたアナザーダブルは、指を眉間に……

というより、眼鏡のブリッジを押し上げるような動作を見せた。

しかし眼鏡など顔にない、と後から気付いて困ったような所作を取る。

 

そんな彼が何となく気持ち悪い、という理由でセイバーの追撃が入る。

怪物の脛を蹴りつける銀色のグリーブ。

結構な勢いで叩き付けられた蹴りが、盛大な衝突音を立てた。

 

「……僕はこの変貌によって霧よりきみから守られているのかもね、セイバー」

 

「うるせえ、頑丈で殴りやすいから力が入るんだよ。

 お前がモヤシのままだったら手加減するくらいの分別はある」

 

それ分別って言うのかい、という問いかけは彼女には届かない。

 

「とにかく、このロンドンを覆う霧は人理焼却という大事の中の小事。

 そういう事なんだね。話の規模が大きすぎてちょっと理解が追いつかないけど……

 いや、とにかくこちらも現状を話そう」

 

頭の中で情報を整理するように、黙り込むジキル。

数秒後、彼は再び口を開いた。

 

「……とりあえずセイバーが言う通り、この都市の現状から語ろうか。

 ―――三日前、突然ロンドンを深い霧が包んだ。それは多量の魔力を含んだ濃霧。

 普通の人間が外に出れば、一時間と保たず死に至るほどに。

 場所によって濃度の違いはあって、薄い場所はある程度どうにかなるけれど……

 三日経た今になっては、もう霧が薄い場所なんて残っていないだろうね」

 

「三日前……」

 

恐らくその三日前までは、この通りにも人が行き交っていたのだろう。

それがほんの僅かな時間で、これほど虚ろな都市に変わるとは。

マシュの呟きに頷いたアナザーダブルが、言葉を続ける。

 

「魔術師なら手段を講じればある程度活動できるだろうが……

 それでもこの霧となると長時間の活動は命取りになる。そういう規模の話だ。

 原因も何も分からないが、それでもこの都市は全ての住民に避難を呼びかけたよ。

 一応は魔術師の総本山、時計塔のお膝元だからね。

 魔術的な災害と判断された以上、当然のように都市丸ごとが警戒態勢に入る」

 

「それで住民たちは全て民家に籠っている、ということね。

 ……けど時計塔が都市を守るために動いていた、というのにどう反応したらいいのか」

 

オルガマリーが軽口のようにそんな言葉を口にする。

アナザーダブルにしても、そう言いたくなるのは分かるのか。

彼は怪物の顔のまま苦笑してみせた。

 

「実際、時計塔が初動を起こす前の時点。

 たった一日で犠牲者は数千人以上、把握が出来ていないだけで万に届いてるかもしれない。

 このまま放置すれば、ロンドンという都市は壊滅する。

 そう判断したら時計塔だって動かざるを得ない。

 死都に構えた魔術師の巣窟、なんてまるで笑い話にもならない事態だろう?

 ここに居を構えているのがアトラス院や彷徨海(バルトアンデルス)なら無視したかもしれなけれどね」

 

「もっとも、動いたところでどうにもならなかったのだろう?」

 

実際問題、霧はまだこうして出続けているわけだ。

周囲を見渡しながらエルメロイ二世は鼻を鳴らした。

少なくとも、都市を守ろうと動くような魔術師には何も出来なかったわけだ。

恐らく相手は英霊だろうから、当然の結果なのだろうが。

 

「そうだね。僕含めてこの都市の魔術師はまだ活動しているが……

 原因も解決法もまるで掴めていないのが現状だ」

 

「―――それで汝……円卓の騎士モードレッドがその危機に動いている。

 というのはどういうわけだ? 正直、そう言った気性とは思っていなかったが」

 

とりあえずの現状を聞いたアタランテが、セイバーを見る。

彼女からの言葉に眉を上げるセイバー。

 

円卓の騎士モードレッド。

円卓の騎士、の称号が示す通りにアーサー王伝説に語られる存在。

彼の騎士王の息子であり、やがては王に謀叛を起こし国を滅ぼした叛逆の騎士。

 

その名を聞いたマシュが驚き、声を上げた。

 

「円卓の騎士モードレッド……!

 そう言われれば確かに冬木で敵対したアーサー王の面影があるような……!」

 

彼女の言葉に肩を揺らしたモードレッドがマシュを睨む。

突然睨まれて萎縮する彼女を上から下まで睨み付けて―――

 

そうして、心底呆れたような声が彼女の口から飛び出した。

 

「………なんだ、お前。まさかお前が父上―――

 アーサー王に剣、じゃねえか。アーサー王にその盾を向けたのか?

 うん? アーサー王がその盾に剣を向けたのか、か?

 正気かよ……いや、アーサー王の方が正気じゃなかったのか?」

 

ぶつぶつと呟き出すモードレッド。

その間ずっと睨まれているマシュがどうしたものか、と居心地が悪そうに体を竦める。

 

「は、はい。その……この人理焼却が実行され、わたしたちが最初に訪れた特異点で。

 アーサー王との戦闘を行い、我々はその……」

 

「……………まあ、お前が相手ならそうなるのかもな。

 なんでアーサー王がその盾に剣を向けたかは知らねえけど」

 

そう言って顔を背けて地面を強く蹴るモードレッド。

明らかに機嫌が急降下した、と誰にでも分かる状態だ。

そんな状態を見るのはアナザーダブルも初めてなのか、小さく一歩下がる。

 

彼女の様子を見たエルメロイ二世がマシュの盾へと視線を送った。

叛逆の騎士さえもがこれほどに語る、聖杯を運ぶための盾を持つ英雄。

―――だが仮に正解だったとして、自分が口にする事ではないと目を伏せる。

 

立香はとりあえず彼女から視線を外し、アナザーダブルへ問いかけた。

 

「それで、ジキルのその姿はどうしてそんなことに?」

 

「あ、ああ。うん、そっちの話をしちゃおうか。

 ロンドンに霧がかかった次の日、調査をしようと外に出た僕に……

 紫色の変わった服を着た男が話かけてきたんだ」

 

「スウォルツだね」

 

そこまで聞いたウォズが肩を竦めてそう言う。

アナザーライダーが出た以上、彼の関与に疑いはなかった。

名前を挙げたウォズをちらりと見たジキルは、しかしそのまま言葉を続ける。

 

「僕には名前までは分からない。

 が、突然現れた彼に警戒した僕は体の動きをどうやってか封じられて―――

 懐中時計、のようなものを押しつけられた。これはその結果だ。

 彼は確か……『お前に新しい体験をしてもらう。意見は求めん』と言っていたかな」

 

それを大したことではなさそうに語るジキル。

完全な異形に変貌しているというのに、彼の精神は明らかに人のまま。

だと言うなら、もしかしたらこれは……

 

「もっとも現状のところ本当にそれだけだ。自分の意思で元に戻ることもできる。

 そして使えば肉体が強靭なものに変質し、霧の中を当然のように活動可能。

 だから調査のためにこうして利用させてもらっているというわけさ。

 よく分からないままに使う力、というのはあまりよろしくないけれどね」

 

「うーん……」

 

彼の告白を聞いたジオウが首を傾げる。

スウォルツの目的。彼も恐らくオーマジオウに関連する目的を持っているはず。

ソウゴをオーマジオウにしたいのかどうか、それは確信が持てないが。

 

「……恐らく、アナザーダブルウォッチは未完成なのさ。

 ()()()()だけは作り出して形成したはいいものの、まだ要素が足りていない」

 

ウォズはジオウに対してそう声をかけた。

彼の言葉を横から聞いていたダビデが、アナザーダブルの姿を眇める。

 

「なるほど? 今の話を聞く限りだと……

 ジキル博士に足りていないのはハイド氏ということになるのかな?」

 

と言っても。重要なのは二つの心というわけではなさそうだ。

少なくとも―――ウォズが先に語ったドライブとフォーゼのアナザー。

その契約者として選ばれた存在の要素を考えるに……

 

僕の知識では答えを持ちようがないね、と首を微かに横に振る。

恐らく必要なのはソウゴが継承するだろう仮面ライダーW(ダブル)の知識だ。

もしかしたら『ジキル博士とハイド氏』を読めば答えが見えるかもしれないが……

 

ちら、とアレキサンダーへと視線を送る。

彼は小さく肩を竦めると、首を横に動かした。読んではいない、と。

ではエルメロイ二世辺りに頼るしかないだろう。

 

「おい、もういいだろ。さっさと先に行くぞモヤシ。

 そんな化け物の皮のことなんざ、後から気にすりゃいいんだよ」

 

「ちょっと待ちなよ。

 後はアタランテが訊いた、アンタが戦う理由を聞いてないだろう?」

 

いい加減に痺れを切らしたか、霧の奥へ歩き出そうとするモードレッド。

そんな彼女の背中にかけられるドレイクの声。

首だけで振り返った彼女はギロリと睨みを利かせるが、ドレイクには堪える様子もない。

 

「………チッ、別に大した理由なんかないさ。ただ土地柄の問題だ。

 ロンディニウムが侵略を受けてるって話なら、円卓として見過ごせる話じゃない。

 たとえそこが、オレたちの知る時代じゃないにしろな」

 

そう吐き捨てると、彼女はさっさと歩き出してしまった。

しょうがなしにその後に続くジキル。

 

皆が霧の奥に消えて行こうとする二人の姿を目で追う。

そしてオルガマリーに向けられる視線。

彼女は小さく溜め息を吐いてから、全員を見渡してから一度頷く。

 

「彼女たちを追いましょう。

 どちらにせよ、私たちだって調査をしなくてはいけないしね」

 

全員で頷きあい、彼女たちの歩みに着いていくカルデアの面々。

そんな中で、ウォズはアナザーダブルの背中を静かに見つめていた。

 

 

 




 
ピクト人アナザーライダー説
 


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Aを求める者/霧夜の殺人者1998

 

 

 

モードレッドとジキルに追従する集団。

ぞろぞろと彼らの後ろで歩く立香と、その隣に並んで歩くマシュの頭の上。

フォウが小さく、何となく嫌そうに声を上げた。

 

「フォフォウ……」

 

その声は苦しいというより、霧が鬱陶しいとでも言いたげだ。

魔力の霧で息苦しさを感じているというより、霧で濡れてへたれる毛並みを嘆く声に聞こえる。

だがマシュにはそうでもないようだ。

 

「フォウさんも元気がなさそうです。やはりこの霧が……」

 

頭上でへたりとしているフォウに対して、マシュが心配そうな声を上げる。

いつも通りならばフォウがいても問題なかっただろう。

だがまさか突然、毒ガスが蔓延しているような特異点に来る事になるとは思わなかった。

 

ただ常人が死に至る霧の中でさほど影響がないのは良かった。

来た瞬間に苦しんで息絶えられる、なんて光景を迎えなかったのは幸運だ。

―――やはりフォウをレイシフトさせるのは危険なのではなかろうか。

 

それを言ったら立香もソウゴもそうなのかもしれないが。

 

「というか割と元気だね、フォウ。良かったけど。

 ソウゴの周りの霧が薄くなるならソウゴと一緒にいた方がいいんじゃない?」

 

立香の手がフォウを軽く撫でる。

だが彼はそれはそれ、と言わんばかりにマシュの頭の上で体を伏せた。

絶対にマシュの頭の上を確保する、という鉄の意志を感じる。

何故かはわからないが、男性よりは女性の頭の上の方がいいようだ。

 

立香もマシュもオルガマリーも余り気にしていない。

が、そもそも女性の髪の上に立つのは結構あれな話なのだが。

多分オルガマリーはダ・ヴィンチちゃんの作った体でなかったら怒ってるだろう。

 

そんな風にフォウを撫でている立香たち。

彼女たちから離れたジオウは前に出て、アナザーダブルに並んで声をかける。

 

「ジキルのいう調査って、とにかくこの街を歩いてみるってこと?」

 

「とりあえずはそうだね。それと知己の魔術師の拠点を尋ねてみたり、だ。

 後、現状として大きな問題が一つ……」

 

悩むように顎に手をやるアナザーダブル。どう説明したものか、と考えているのだろうか。

そんな彼に対して、先頭を歩いていたモードレッドの声が届いた。

彼女は少し楽しげな声を出しながら、肩に乗せた剣を軽く振るってみせる。

 

「おい、その問題とやらが出てきたぞ」

 

二人揃って視線を送れば、彼女はくいと顎で前方を示すように首を振る。

 

―――目の前の霧の中、薄ぼんやりと人影が見えていた。

霧の中に浮かぶ姿は間違いなく人と変わりないもの。

それを目撃したソウゴは、仮面の下で少しばかり目を細める。

 

「……人?」

 

「んなワケあるか」

 

霧で正体の分からない人影に首を傾げるジオウ。

そんな彼の呟き声を鼻で笑って一蹴し、モードレッドが体に紫電を奔らせた。

雷と変わった魔力が周囲に放出され、辺りの霧を一時的に薙ぎ払う。

 

―――そうやって力尽くで晴らされた霧の中に浮かぶ姿。

それはけして人間などではなく、無機質なマネキンのような人型。

機械人形(オートマタ)とでも呼ぶべき存在が、その場に無数に蠢いていた。

 

相手もまた霧の中でこちらを認識したのだろう。

敵性を確認したとばかりに、マネキンの軍団全てが虚ろな瞳に赤い光を灯す。

 

瞬間、炸裂した銃弾が人形の頭部を吹き飛ばした。

初撃を取られたモードレッドが口惜しげに表情を歪めながら振り返る。

 

「んで、とりあえずこいつらを壊せばいいってわけかい?」

 

くるりと手の中で銃を回し、ドレイクがそんなモードレッドに問いかけた。

真っ先に人形を斬り飛ばそうとしていた彼女は舌打ち一つ。

 

銃声を聞きつければ、周囲一帯の人形はここに集まってくるだろう。

周囲を見渡しながらアナザーダブルは言った。

 

「―――この人形たちは霧の中を歩くものを狙って活動している。

 霧に対抗する手段を持つがゆえに外で調査を行っていた魔術師も何人か殺された。

 僕たちが外を出歩く目的の一つは、こいつらの排除も兼ねているんだ」

 

人形が次々と動き出す。霧の中から次々と姿を現して、一気に攻め寄ってくる。

その想像以上の数の襲来に、オルガマリーが通信機に向かって叫んだ。

 

「こんなにいたのに感知できなかったの!?」

 

『ごめん! こっちではまるで感知できなかった!

 しかもキミたちの周囲に来て初めて、こちらで観測できるようになったほどだ!

 この霧が蔓延している以上、不意打ちを止める手段は……!』

 

「―――マスターたちは私の傍に。海上とは違い、“石兵八陣(かえらずのじん)”は機能している」

 

不意打ち、というものを防ぐには孔明の傍が最適だ。

例えアサシンクラスが気配を殺して踏み込んでも、確実に捕らえられる。

狙撃のような手段は防げないだろうが、この霧の中ではそのような攻撃は通らないだろう。

 

「うん。アレキサンダーは斬り込んで! ダビデはここから援護をお願い!」

 

ソウゴのサーヴァントにも立香の指示が飛ぶ。

ジオウがジカンギレードを取り出しながら、そんな感じで、と指揮を放棄した。

適材適所だからね、と苦笑したアレキサンダーが剣を抜く。

 

「アタランテ、あなたも援護を……いえ、切り込めるかしら?」

 

「無論だ。任せておけ」

 

くん、と。アタランテの体が沈む。

その一瞬の間を経た直後、緑色の疾風が霧を吹き飛ばしながら走った。

弓の鳥打が人形の腰を打ち据えて砕き、上半身と下半身を真っ二つに圧し折ってみせる。

 

そのまま目にも止まらぬ速さで、矢を番えて放つこと三射。

三本の矢が三本とも人形の頭部を貫き破壊した。

 

そんな光景を見ていたモードレッドが剣を振り下ろす。

刀身から荒ぶる赤雷が溢れ出し、足元に広がる石畳が炸裂した。

その雷を纏った剣を一振りすれば、奔る雷光が人形たちを一気に焼き払っていく。

 

「セイバー、周辺の家屋には人もいるんだ。

 あまり必要以上に破壊するようなことは……」

 

「うっせーな、わぁーってるよ! だから手加減してるだろうが!」

 

ジキルの言葉にそう怒鳴り返し、腕を回しながら近づいてきた奴に裏拳を一閃。

その頭を粉々にして吹っ飛ばす。

地面に散らばった人形の残骸を鬱陶しそうに踏み砕き、赤雷で消し飛ばした。

 

「しかしなんだ? いつもはバラけてる癖に今回は妙にここ一か所に集まってんな」

 

乱雑にさえ見える剣の一振りで三体、同時に斬り捨てるセイバー。

ガチャガチャと音を立てて崩れ落ちていく人形たち。

それを訝しげに見ているモードレッドの言葉に、アレキサンダーが視線を向ける。

 

アレキサンダーもまた雷光を纏い、人形を焼き切りながら周辺を見回した。

 

銃撃で次々と人形を砕いていくジオウ。

その周囲では霧が徐々に薄くなっていく様子が分かる。

ウォズの言っていたビーストウォッチの効果だろう。

 

ある程度の視界が通るようになれば、周囲の尋常ではない人形の数が分かる。

100は優に超えている、というほどの集団。

まだ霧で見えない部分を考えれば200を超えていてもおかしくはない。

一体どこにこんな、と。

 

「……レイシフト直後の僕たちが狙い、というわけではないだろう。

 ではモードレッドとジキルを狙っていた? そんな感じでもないね」

 

思考しているアレキサンダーに迫りくる人形が一つ。

だがその頭に投石を受け、その一体はもんどり打って地面に転がった。

砕けた石畳を弾丸に。次の石を拾い上げたダビデが肩を竦める。

 

「つまり僕たち関係なしの、どこかを目的にした派兵ということだろう?」

 

「だろうね」

 

この人形を操っている誰か。

それがこの大軍を差し向けて、何かをしようとしている。

邪魔になっているだろうモードレッドやジキルなどより重要な話なのだろう。

 

ここで会敵したと言う事は近場で何かが起きている。

だが周囲の様子は霧で全く見えないのが問題だ。

 

エルメロイ二世。そして近くのマスターたちに踏み込んでくる人形たち。

それをマシュの盾が正面から殴打して粉砕する。

 

その隙に、と。腕を回しながら横合いから迫る人形。

腕は鞭のように大きく撓り、純粋な打撃武器として機能する。

だが彼女がすぐさま構えなおした盾に防がれ、腕の方が折れて空を舞った。

 

「はぁああ―――ッ!」

 

腕を失った人形にトドメを刺す一撃。

破片を四散させながら機能を停止させる人形。

そんな残骸を地面に転がしながら、マシュが周囲を見回した。

 

「仮にこの軍団を差し向ける相手が近くにいるとしたら、この戦闘音で気付かれて……」

 

小さく歯噛みするマシュ。

まだ現状の把握さえも覚束ないというのに、決戦に至る場合を考える。

そんな彼女に声をかけようとした立香が、ふと気づいた。

 

「霧が、濃くなってきてる……?」

 

少しずつ薄れていたはずの霧が、何故かまた濃くなってきていた。

彼女の傍でエルメロイ二世が目を細める。

 

「なんだ……魔力の霧、というだけではない……?」

 

「どうやらこちらこそ産業革命時のロンドンを覆った公害、硫酸の霧らしい。

 もっとも、既にサーヴァントの宝具と化した現象のようだがね」

 

「なんですって……?」

 

「つっ……!」

 

ウォズが事も無げに深くなってきた霧を見てそう言った。

答えを知っているかのような彼の物言いと、それに反応したオルガマリー。

彼女がウォズへの追及を始める前に、立香が苦痛に声を漏らす。

カルデアの魔術礼装を超え、肌を刺してくる痛みゆえに。

 

これがただの“本当のロンドンスモッグ”であれば、カルデア礼装を突破できるはずがない。

それを突破したということは、もっと別の何かであることに疑いはない。

彼の言う通り、この霧がサーヴァントの宝具であるならば筋は通る。

その事実に顔色を変えるオルガマリーと二世。

 

そんな彼女たちの反応に肩を竦め、ウォズがマフラーを翻した。

周囲の霧を一時的に吹き飛ばす。すぐにまた霧はここを覆うだろう。

だがその直後、オルガマリーが立香の足元へ懐からルーンストーンを投げ放った。

霧を通さないための結界を構築する石から放たれる光。それが立香を包みこむ。

 

自身の宝具と干渉しないよう、エルメロイ二世もまた“石兵八陣”に手を加える。

そうしつつ、その霧が広がっていく様子に視線を送る。

 

立香には影響を与えたが、サーヴァントには―――いや、多少は効果があるらしい。

少しだが動きが鈍る感覚がある。とはいえほんの少しだ。

戦闘にはさほど影響はないだろう。

 

「ありがとう、所長……でも、これ」

 

「ロンドンスモッグを現象として宝具にするサーヴァント、か」

 

そんなものがいるとするならば、一人しかいない。

だがそもそも、ここが1888年。その人間が活動していた時期だ。

前の特異点のネロやドレイクのように、正しくその存在が生きている時期のはずだ。

 

「だが、それがサーヴァントとして―――?」

 

人形を薙ぎ払っていたアタランテが、ピクリと獣の耳を立てる。

霧の外から風を切る音が迫ってきている、と。

音がする方向へと視線を送り―――

 

その瞬間、霧を突き破る黒い影が飛んできた。

小さい。その矮躯はひしめく人形たちの一体、その頭の上に着地する。

黒い襤褸布をマントのように被った、銀髪の少女。

アタランテの顔が隠し切れない驚愕に歪む。

 

「黒のアサシン、ジャック・ザ・リッパー……!?」

 

声をかけられた少女は一瞬だけ彼女を見て、すぐさま後ろの様子を見る。

何かに追われていて、それに対して全力で意識を向けているようだ。

 

闖入者に対して視線を向けたモードレッドが、見覚えのある顔に舌打ちした。

 

「なんだ、どっかで見た顔ばっか集まってきやがったな。

 まあ円卓連中で集まるよかマシ……ああ、そっちも一人いたか。

 どっちにしろ――――」

 

ジャックを頭に乗せた人形はそちらに意識を向けない。

周囲の人形も当然のように彼女を見ない。

それはつまり、彼女があの人形たちを操っている連中側だという紛れもない証拠に他ならない。

 

彼女が握る剣に雷が収束していく。

 

「てめぇはここで消し飛べ――――ッ!!」

 

「ま、―――!」

 

人形ごとそれを消し飛ばすべく、モードレッドが剣を振るう。

アタランテが飛ばそうとする静止の声など聞く余地はない。

赤雷が弾け飛ぶ。周囲の人形ごと焼き払う威力でもって、それはジャックに向け放たれた。

意識を完全に自身が来た方向に向けている彼女では、回避の間に合わないだろう一撃。

 

「え?」

 

その一撃に対しジャックの表情に驚愕が浮かぶ。

そしてそれとまったく同時、深い霧を突き破り赤い影が戦場に乱入してきた。

 

「――――ッ!?」

 

ジャックを狙い澄まして跳び込んできただろう、赤い影。

赤いジャケットの女性が視界を覆う雷光に目を見開く。もはや反射だろう。

彼女の手の中にあるナイフが、目前の光の帯へと閃いていた

雷光に跳び込むことになる前にその光にナイフが突き立てられる。

 

一体それに何の意味があるのか、と。

誰が見たってそう思うだろう光景の直後、()()()()()()()()()()()

 

「―――なに?」

 

放ったモードレッドが驚き、声を漏らした。

ナイフで雷を切り裂いたと思われる女性が、刃を振り抜いた体勢のまま地面に落ちる。

それを好機と見たジャックが、人形を足場に離脱にかかる。

 

「敵……と思しきサーヴァント、逃亡します!」

 

マシュの声。

けれど、こちらには遠距離を狙えるサーヴァントがいる。

すぐそばにいたダビデに対して視線を向ける立香。

だが彼は小さく首を横に振り、自分のマスター……ジオウに視線を向けた。

 

立香が彼を見ると彼は戦闘を続けながら、動きの止まったアタランテの様子を伺っている。

アタランテもアタランテでどうすればいいのかと、苦渋の表情を浮かべていた。

 

「―――アレキサンダー! あの今来た人を守って!」

 

「さて。護衛が必要なのかな、あれは」

 

立香の指示にそう言いながらも、戦場を疾駆するアレキサンダー。

すれ違いながら人形に雷撃と剣撃を浴びせ、すぐさま目標に向かっていく。

地面を転がった女性はすぐに体勢を立て直して起き上がっていた。

 

即座に後ろに跳んで、接近してくるアレキサンダーから距離をとる。

 

「必要ないよ。というか、お前たちが敵じゃない保証もない」

 

「もっともだ」

 

青の中に赤い光を灯し、悍ましいほどに輝く彼女の瞳。

それと視線を合わせたアレキサンダーは距離を詰めることを止めた。

 

 

銃撃で削っていくだけでは埒が明かない。

だが大威力の攻撃では民家にさえ被害を及ぼすだろう。

地面に転がる無数の人形の残骸を踏み潰し、そこに転がる部品を見る。

大量の歯車が複雑に絡み合って動いているのだろう。

 

ちらりと横にいるアナザーダブルを見るジオウ。

そのまま彼の手が一つのライドウォッチを手にしていた。

 

「ねえ! それって多分、風を起こせるんだよね!?」

 

「え? あ、ああ。そこまで強くないけれど……!」

 

言いながら、アナザーダブルの黒い拳が人形を粉砕する。

彼の動作を見る限りでは、黒い側に比べて緑側の方がどうにも力が抜けているようだ。

だがそれでも十分だろう。むしろ強すぎては民家に被害がでる。

 

「あいつらの体勢を一瞬崩せれば十分! 後は……ねえ、モードレッド! 電気貸して!」

 

「はぁ?」

 

全身鎧でありながら回し蹴りを披露し人形を撃破したモードレッド。

彼女の顔が何を言っているんだこいつ、と言いたげな表情に。

 

「俺が上に飛んだら撃って!」

 

〈フォーゼ!〉

 

ジオウがジクウドライバーにフォーゼウォッチを装填する。

そのまま拳でドライバーのリューザーを叩き、変身待機状態へ。

彼が腕を時計の針のように回し、ジクウドライバーを回転させた。

 

〈アーマータイム!〉

 

上空から霧の天蓋をぶち破り、白いロケットが地上に侵入してくる。

その飛行の巻き添えになった何体かの人形が、跳ね飛ばされて宙を舞う。

 

ロケットが空中で分解して、ジオウの各部に装着されていく。

 

〈3! 2! 1! フォーゼ!〉

 

全身を白いアーマーに覆われたジオウが、一度縮こまるようにしゃがむ。

その直後、体で大の字を描くように大きく手足を広げて叫んだ。

 

「宇宙に、行くぅ――――!」

 

爆炎を吐き出す両腕に持ったブースターモジュールのノズル。

その勢いでジオウは霧の空へと舞い上がり、その場で静止した。

小さく舌打ちしたモードレッドがそれを見上げ、魔力の放出を開始する。

 

「言っとくがオレから借りた以上、利子はたけぇぞ!」

 

魔力が赤雷へと変じて、刀身に帯びる。

彼女は思い切り踏み込んで、天空に舞う白いロケットにその雷を解き放った。

 

放たれた雷は瞬きの時間も置かず、ジオウへと直撃。

彼のアーマーを赤く染め上げる。

電撃を帯びながらジオウが、ブースターを放ってウォッチとドライバーを操作した。

 

〈フィニッシュタイム! フォーゼ!〉

 

「宇宙ロケットォ―――超電磁石フィールド!!」

 

彼の周囲に赤と青が入り混じった球状のエネルギーフィールドが現れる。

それが、周囲の金属製の歯車を寄せ集め始めた。

地面に転がる歯車、砕けた歯車の破片、そして内部の多くを歯車で構成される人形たち。

 

空に引っ張り上げられる力を受け、多数の人形が蹈鞴を踏んだ。

 

「―――対象を選んでる磁力で引き寄せている、のか。

 とにかく、風が必要なのはここ、だね―――!」

 

アナザーダブルが今出し得る風を周囲に発散する。

体勢を崩していた人形たちが、一瞬だけ浮いて踏ん張ることも出来なくなる。

そのまま空の磁力フィールドへ引き寄せられていく大量の人形。

 

磁力に捕まった相手を空に置き去りに、ジオウが地上へと離脱した。

 

「ドレイク!」

 

「あいよ!」

 

声をかけられた彼女の背後の空間が歪む。

その空間の歪みから顔を出すのは、彼女の船に据え付けられた大砲。

 

それを背後から見ていたオルガマリーが顔を引き攣らせた。

すぐさま彼女は近くのエルメロイ二世を引っ張り、魔術の発動姿勢に入る。

 

虚空から現れたのは四門。突き出したその砲口が放つのはただの砲弾ではない。

そして照準するのは当然、上空で塊となった人形ども。

魔力の光が、その口から一気に広がっていく。

 

「さあ、行くよ! カルバリン砲、()ぇ――――ッ!!」

 

船長の号令に応える船。

四つの砲口から轟音が響き、放たれる魔力の大砲。

上空に敵を上げたとはいえ市街地で放つ攻撃とは思えないそれ。

それはきっちりと威力を発揮して、空に集まった敵を全て木っ端微塵に粉砕した。

 

ビリビリと音と衝撃が地上を揺らした。

空からは最早元が何だったかも分からない残骸が次々と落ちてくる。

 

そして着陸したフォーゼに向け、オルガマリーが走り込んで頭を叩いた。

 

「え、なに所長?」

 

「空に上げたって船の主砲を街中で撃たせてどうするのよ!?

 着弾点だけじゃなくて、ドレイクが出す大砲が砲撃の瞬間出す衝撃もでかいのよ!

 私たちが発砲の衝撃を逸らしてなきゃ家が崩れたわよ!?」

 

「あー……そっか」

 

そのまま彼の頭をべしべしと叩くと、路上に正座させる。

大人しく正座しようとした彼だが、フォーゼアーマーの脛には飛行のためのブースターがあった。

普通に正座することなどできず、そのままゴロリと地面に転がるジオウ。

それを見てしょうがなく彼の肩を掴んで、引っ張り起こしながら説教を始めるオルガマリー。

 

「あんただけで勝手に出来ると判断しないで私か藤丸に……」

 

そこまで口にしたオルガマリーが、立香を振り返る。

彼女はきょとんとして首を傾げた。

 

「………いえ、あいつはダメね。あいつもノリで判断しそう。

 とにかく、大きな事をする前には私にどうするかを話しなさい!」

 

「ふぁい……」

 

忙しそうな彼女の様子を見て、ドレイクが笑い飛ばした。

 

「アンタたちが守って無事だったんだからいいじゃないかい。そんな細かい事」

 

「細かくないわよ!」

 

オルガマリーが首を振ると、戦闘に入ってマシュから彼女に乗り換えていたフォウも揺れる。

フォウフォウ悲鳴を上げる彼を、近くにいたモードレッドが見咎めた。

ひょい、と。その小動物を摘まみ上げる。

 

「フォッ!?」

 

「なんだこいつ。どっかで見たような……?」

 

ぶら下げた白いその獣を眺めながら、不審そうに難しい表情を浮かべるモードレッド。

嫌々と手足を振り回すフォウ。

もちろん、そんなことでモードレッドを振り払えるはずもない。

 

「まあどうでもいいか」

 

「フォキュッ!?」

 

そして思い浮かばなかったのか、そのまま投げ捨てる。

モードレッドがフォウを投げ捨てた先には未だに自失しているアタランテ。

彼女の側頭部に当たったフォウが、そのまま獣耳に掴まって落下を阻止した。

それでもまだ再起動しない彼女にモードレッドは鼻を鳴らす。

 

そんな言い合いを始めた連中を見ていた赤いジャケットの女性。

彼女は呆れたような表情を浮かべると、その瞳から不吉に輝く青と赤の光を消した。

それを見てアレキサンダーもまた、その手から剣と雷を消す。

 

「お前たちと睨み合うの馬鹿らしくなってきた」

 

「はは、流石はマスターたち。人心掌握はお手の物だね」

 

それ馬鹿にしてるように聞こえるぜ、と彼女は言い返そうとして―――

やはり面倒なので黙っていることにした。

 

周囲を見回していたジキルが全ての人形を排除できた、と判断する。

そして闖入者である彼女も刃を納めてくれたのを見て声を上げた。

 

「―――大所帯になってきたし、状況の整理も含めて一度拠点に帰還しよう。

 これだけの戦闘を終えたんだ、休息も必要だろう。拠点と言っても僕の家だけれどね。

 それにあの、この場から逃げていったサーヴァント。

 あれの情報も共有……あれ? あれは―――」

 

そこまで口にしたアナザーダブルが、手で顔を覆うように悩みだす。

ついさっきここを通りすがっていったサーヴァント。

それが一体どのような格好で、どんな能力だったのか。

把握していた筈なのに思い出せない。

 

「―――すまない。相手はどんなサーヴァントだったかな?」

 

言われ、皆が思い出そうと思考して―――気付く。

少し前には真名にさえ辿り着いてたはずなのに、何一つ思い返せない。

 

「これは……何らかのスキル、或いは宝具か……?」

 

エルメロイ二世が舌打ちし、眉間に指を当てる。

 

「―――気持ち悪い感覚だな、これ。知ってるのに覚えてない」

 

着物の上に赤いジャケットを着た彼女は、ナイフをポケットに戻しながら顔を顰めた。

直に目で見て、斬り合って、追い掛け回したというのに。

しかし今になったら相手がどちらの性別で、どんな背格好だったかさえ思い出せない。

 

そうやって悩みだした皆の前。

アタランテが小さく俯いて、自分の体を掻き抱きながら口を開いた。

 

「―――――奴は、ジャック・ザ・リッパー。救われぬ子供たちの集合体だ」

 

 

 




 
アタランテがまた曇らされるやつ。
曇り時々晴れ、夜間は濃霧にご注意ください。

二色のハンカチで涙を拭って差し上げろ。
 


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容疑者J/与えられぬ者の献身1888

 

 

 

ジキルの案内に導かれて、彼の自宅へと集まる面々。

そこでようやく一息吐いて、アナザーダブルはその姿を人へと変えた。

 

「ようこそ、我が家へ。大したもてなしは出来ないけれど、寛いでくれ」

 

現れたのは、眼鏡をかけた優男。

彼は先程まで化け物に変わっていたとは思えない様子で皆を家の中へと迎え入れた。

 

霧の無い屋内ならば、状況の把握も問題なくできる。

カルデアから観測したジキルの様子を見て、ロマニは安心したように呟いた。

 

『……うん、間違いなく人間だ。サーヴァントではない』

 

「まだ疑われていたのかい?」

 

苦笑しながら家の奥に踏み込んでいくジキル。

そんな彼の後を追って、総員でぞろぞろと彼のお宅にお邪魔する。

 

モードレッドなぞは最早ここが自分の家であるかのような振る舞い。

ジキルさえ追い越してさっさと奥へ行ってしまう。

彼はそれに苦笑するだけで、咎める気もなさそうだ。

 

そんな彼の背中にマシュから詫び言がかかる。

 

「申し訳ありません。ドクターは臆病で疑り深いところがあって……」

 

「ははは、しょうがないさ。あんな怪物になってたら誰だって疑うものさ」

 

むしろいきなり戦闘にならなかっただけモードレッドよりはマシだ、と。

彼は人の好さを感じさせる微苦笑を浮かべる。

 

『それもあるけれど……どちらかと言うと、キミ自身の方が気になるのさ。

 ほら、だってキミはジキルとハイドのヘンリー・ジキルだと思われるだろう?

 ただの同姓同名ならば、恐らくスウォルツにアナザーライダーとして選ばれない』

 

その言葉に困ったように頬を掻くジキル。

適当に周囲を見回しながら歩いていた赤ジャケットの彼女が、小さく肩を揺らした。

つい、と彼女の鋭い視線がジキルに向かう。

 

「……なに。お前、ヘンリー・ジキル?」

 

「え? ああ、僕は確かにヘンリー・ジキルだけど。

 生憎、その『ジキル博士とハイド氏』という小説は知らないのだけれど」

 

彼の返答を聞いて、鋭く尖った目を更に細める彼女。

首を傾げているジキルに対し、彼女は少しばかり時間をおいてから口を開いた。

 

「そういやこっちが名乗ってなかったな……両儀式。

 ――――ふーん。へぇ、ふぅーん……」

 

「よ、よろしく?」

 

じぃっと彼を見据える式。

それに気圧されながらジキルはとりあえず頷いておいた。

そんな彼らをちらりと見た立香が、その後に家の内観を見て声を上げる。

 

「でも凄いね。この人数が普通に入れちゃう大きな家」

 

「最低限この程度の広さがないと魔術師なんてやってられないわよ」

 

しれっと言い放つオルガマリーに、そうなんだーと感心する立香。

そして正しく引率の教師が如く、オルガマリーはぴっと指を立てながら教示を始める。

もちろん。そんな事知らずに動くだろう立香とソウゴに向けてだ。

 

「いい? 魔術師の自宅、工房はその魔術師にとっての領域(テリトリー)かつ宝物庫。

 当然、そこを守るために最大級の守りが敷かれているものよ。

 勝手に踏み込めば命を奪われても文句は言えない。だから……」

 

すいと彼女が視線を後ろに送れば、立香が苦笑いしながら聞いていた。

だがどこにも常磐ソウゴがいないではないか。

首を左右に振って彼の姿を探しオルガマリーが声を張り上げる。

 

「常磐どこ行ったのよ!?」

 

「我が魔王なら面白そうだとふらふら別の部屋に踏み入ってしまったよ」

 

「止めなさいよ!?」

 

彼女の怒声に対して素知らぬ顔で惚けるウォズ。

怒れるオルガマリーをこの家の持ち主がどうどうと宥める。

 

「大丈夫だよ。僕の工房に大した罠は張ってないし……

 ―――そもそも、とっくの昔にセイバーが全部踏み荒らしてるから。

 まともに動く罠なんて残ってないよ」

 

哀しげな声に押し黙るオルガマリー。

対魔力に優れるセイバーのサーヴァントを止められる罠などそうないだろう。

だが、だからと言って全部踏み潰されれば魔術師として流石にショックは隠せまい。

 

「最初に怪物と見て斬りかかってきた、という時にここで戦闘を……?」

 

「いや? 合流してここを拠点とした時にだよ。

 隠されてる罠を見つけて潰すのがモグラ叩きみたいで暇を潰せるから、と」

 

やりたい放題である。

とはいえモードレッドがジキルと行動を共にする、ということ。

それはそんな罠など比較にならない防護を手に入れることでもあるから……

 

「いや、それでも破壊する必要はないでしょう……」

 

そんな話をしながらリビングへと向かっていく集団。

 

彼らに遅れて後を着いていく表情を曇らせたアタランテ。

明らかに調子を落としている彼女の様子を見て、ダビデが軽く声をかけた。

 

「それで、どういう関わりだったんだい? アタランテ。

 ああ、いや。それは重要じゃないか。()()()()()()()()()()、君は」

 

ダビデからの声掛け。声の調子は軽いが、ふざけているわけではない。

その程度を判断する良識は残っているな、と。

アタランテはそこまで考えなくてはならない自分の状態を自嘲した。

 

隠すようなものではない。というより、隠していいものでもない。

だから彼女は一切の虚飾なく、彼女の本音を開示する。

 

「―――奴は、この街で捨てられた子供の怨念の集合だ。

 殺されて打ち捨てられたか、打ち捨てられたから死したのか……

 どちらにせよ、あの子こそが愛されず死した子供たちの悲鳴、地獄の具現だ。

 だからせめて私は彼女に救いを……」

 

それを聞いておおよそ、相手の正体というものが分かったのか。

ダビデがゆっくりと顎を撫でる。

 

「ああ、なるほど。そうか、そういう……でもあれだ。

 思うのはいいけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 君は……」

 

殆ど反射だった。彼女の腕はダビデの肩を掴み、自分の方へ引き寄せていた。

周囲から驚いた様子が伝わってくる。当たり前だ、突然こんな事をすれば。

アタランテとてこんな状態にしたかったわけではない。

 

ダビデもまた言葉間違えたかな? と少し面食らっている。

 

だが彼女はそこで止まり切れず、彼に対して怒りの声を吐き出していた。

 

「愛されなかった哀れな子供たちの叫びだ!

 それにせめて救われてくれと願う事の何が間違いだと言う―――!

 ジャンヌ・ダルクも! 貴様も! あの存在に何故そうまで―――!!」

 

「うるせーな」

 

叫ぶアタランテに向けられる、奥から戻ってきたモードレッドの声。

彼女の手には飲み物だろう瓶が握られていた。

言葉を遮られたアタランテが、瓶に口をつけ一気に呷る彼女をも睨む。

 

「セイバー……」

 

「オレはあのアサシンの事なんざ興味もねえがな。ずれてんのはお前だよ。

 何が愛されなかった子供はせめて救われよ、だ」

 

「なにを……!」

 

ギリリ、とアタランテが歯を食い縛る音。

それを至近距離で聞きながら、ダビデは失敗したなぁとぼんやり天井を見上げた。

直後にまあ大丈夫だろう、と根拠も特になしに流れに身を任せる。

 

「子供が親に愛されなかったからって他の誰かに愛されて満足できると思ってんのか?

 どこの誰とも知らねぇ奴の愛とやらが、子供にとって親の愛の代わりになるとでも?

 笑わせんなよ、アーチャー。それは救いじゃなくて救われてくれっていうお前の願望だろ」

 

彼女の願望に何故こうまで苛立ちを顕わにしているのか。

今にも砕け散りそうなほど瓶を握り力をかけるモードレッド。

それでも最低限の理性は残っているのか、瓶が砕けるような事はなかった。

だが彼女の殺気立ってさえいる言葉は止まらない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だいたいお前、子供にどうやって救われろって言ってんだ。

 お前の言う哀れな叫びを本当の意味で拾い上げてやれるのはどこの誰だか考えろ。

 そいつを捨てた元凶しかいねぇだろうが」

 

「…………っ!」

 

「なら聖杯にでも願うってか? 馬鹿言えよ。

 聖杯に与えられる救いなんて、神の御許に送られることと何が違う。

 尊き力でもって捨てた親の心を弄って、子供を抱き上げさせて笑わせるか?

 冗談―――子供が本当に欲しいのは、救いだの何だの、そんなもんじゃねえんだよ」

 

言っていたモードレッドもまた、そこまで言い切って顔を歪めた。

言い過ぎた、あるいは言いたくないことまで口にした、と。

彼女はそのまま瓶を放り捨てて、再び家の奥に歩き出してしまった。

 

アタランテの腕の力が緩む。それから脱したダビデが、小さく呟く。

 

「……ほら、まあ。誰しも思うところはあるだろう。けど………」

 

「すまないマスター……頭を冷やしてくる」

 

ダビデが言葉を終える前に、彼女はオルガマリーに声をかけ霊体化して消える。

あらら、と。霊体となった彼女の行先を追えば、この家の屋根の上だ。

まあ、今の彼女では少し不安だが……見張りのような役割になるだろう。

 

その言い争いを目撃した式が、ぽつりと一言。

 

「ギスギスしてるな、お前たち」

 

「そりゃあ、頑固な人たちばかりだから」

 

ちょっと心配そうに、けれど立香は微かに笑ってそう答えた。

英雄にまでなる人たちの自分の意見が薄弱なわけもない。

モードレッドが床に打ち捨てた瓶を拾い上げつつ、ジキルは溜め息を吐く。

 

「すまない、セイバーが余計に火に油を注いだみたいだ」

 

「ううん。アタランテがあのサーヴァントに強い想いがあるって言うなら……

 これから戦う上で、きちんと話さなきゃいけないことだったってだけ。

 ―――だよね、所長」

 

「……そうね」

 

小さく息を吐いて、彼女は天井の上にいるだろう自分のサーヴァントを見上げた。

 

 

 

 

「あれ、所長とアタランテは?」

 

勝手にふらついていたソウゴがリビングに入ってくる。

ソファが足りる筈もなく、床なりなんなりで休んでいる集団。

そんな状況の中で、立香は苦笑した。

 

「お話し中」

 

ちっ、と機嫌が悪そうに舌打ちするモードレッド。

彼女の手には、冷蔵庫から引っ張り出してきた次のシードルの瓶。

ドレイクも並んで同じ酒を楽しげに飲んでいる。

どんどんと減らされていく飲料を見て、ジキルは困った表情を浮かべている。

 

「―――この状況だと彼女たちがヤケ酒しているあれも希少な物資なのだけど」

 

モードレッドはヤケ酒かもしれないが、ドレイクは日常茶飯事だろう。

口に出そうかと思ったが、首を横に振ってエルメロイ二世は黙る事にした。

 

「僕たちサーヴァントはともかく、ジキル氏とマスターたちに物資は必要だ。

 ドクター、物資転送のための霊地は―――探索、できないか」

 

アレキサンダーが困ったように腕を組む。

カルデアの目ですら数メートル先さえ見渡せない状況だ。

どこに霊脈があるかなど、判断できるはずもないだろう。

だがその言葉を否定するロマニの声。

 

『まったくもって探索は不能だ。けど、その場所……

 ジキル氏の家の下がまさにレイポイントを設置するに足る霊脈だ。

 凄いよ、これは。よくロンドンのこんな一等霊地を確保して自宅に……』

 

驚嘆しているロマニ。ここで目的が果たせる、というなら問題ない。

後はこの場所の所有者に許可を取るだけだろう。

 

「でしたら……すみません、ジキルさん。

 よろしければこちらのお宅に、召喚サークルを設置させて頂いてよろしいでしょうか」

 

「必要なものなんだろう? もちろん構わないよ」

 

頭を下げるマシュに、そんなことはせずともよいと手を振るジキル。

であるならば、と盾を設置するための準備を始める。

そんな事をしている中で、ソウゴは細々としたものを運びながら式に声をかけてみた。

 

「ところでさ、式はどういうサーヴァントなの?」

 

「さあな。オレにも分からないよ、そんなこと。

 特に何かした、ってわけじゃなかったけどいつの間にかここに迷い出てた。

 んで、迷い出た場所にあいつがいたから殺そうとした。それだけ」

 

「ふうん……」

 

英雄、英霊でなくてもサーヴァントになることがあるのだろうか。

そういった魔術的な話はさっぱりだ。

所長がいない今一番よく知ってるのはエルメロイ二世なのだろうけど。

 

その彼が式に対して問いかける。

 

「……何らかの英霊・神霊を下ろすための擬似サーヴァント、というわけではないのだろう?」

 

「ふうん、そんなのもあるんだ。

 わざわざ人の体借りてまで地べたに下りてくるなんて、神様も暇だね」

 

あくまで彼女は彼女、両儀式として降臨している。

エルメロイ二世のように英霊に借りられているわけではないようだ。

その返答に二世の顔が大きく顰められた。何かとても悩ましい事があったかのように。

 

「……ああ、あんた神経質そうだもんな。オレの眼、気になるんだ。

 トウコみたいなちゃらんぽらんなのでも気にするくらいだ。

 そんなにおかしいものか、これ」

 

「―――いや。眼だけでなく、おかしいだろうと感じる事柄が今まさに一つ増えた。

 むしろその眼以上に関わりたくない名前だ」

 

まあそうなるだろうな、と。彼女は含み笑いをする。

ソウゴも二人の会話に入り、その眼とやらについて聞いてみることとした。

 

「式の眼、って。あの青く光ってた奴?」

 

「そ。直死の魔眼。モノの“死”が視える眼。

 “死”っていうのは……まあ、寿命みたいなものかな。

 モノの終わりが線として視えるようになって、それをなぞれば殺せるようになる。

 ただそれだけ―――ああ、そうだ。一つ訊きたいことがあった」

 

「ただそれだけ」で済む話か、と難しい顔をしている二世。

そんな彼を気にも留めず、ソウゴを見る式の眼が青と赤の光を帯びる。

充満する死の気配に、屋内の空気がひり付いた。

死の気配に見据えられて、しかしソウゴは彼女を何の事なく見返す。

 

「なに?」

 

「あれに変わってなきゃ視えるな。

 ―――なあ、何でお前。あの姿だと“死”から外れてるんだ?」

 

一度瞬きをした彼女の眼から、死を視る光は消えていた。

問われたソウゴには何の事やら。

まったく何を言ってるか分からない、と首を傾げてみせる。

 

「……お前があの鎧を着てた時、“死”が視えなかった。

 “死”が視辛い、っていうようなことは幾らでもあるだろうさ。

 けど、生きてる癖に“死”が無いヤツはどこかイカれてなきゃ発生しないだろ。

 “死”が無いってことは同時に、生きることを止めてるってことなんだから。

 オレに視えないだけなら別にいいけどさ。

 (それ)って、人は生きてる限り抱えてないといけないものだぞ」

 

「うーん……」

 

何処か心配さえしてくれているように感じる声。

だがソウゴの方はいきなり死がどうこう言われても、分からないとしか言えない。

 

立香がその会話を耳にしながら、壁に寄り掛かっているウォズに視線を送る。

彼はその話を聞いているのか、いないのか。

手にした『逢魔降臨歴』という本を開いて、その内容を検めている様子だった。

 

「……まあ分かんないならいいや、別に。

 オレだって偉そうに他人に命だの死だのの尊さを説けるような身分じゃないし。

 そういうのは坊主だの神父だのがやる仕事だ」

 

そう言ってこてん、と壁の端に置かれたソファに転がる式。

どうやら眠る気らしい。

 

彼女の様子を見たジキルが、周囲の人数を見回す。

流石にこれだけの人数に寝床を用意はできない。

 

「………寝具が足りないね。客室のソファとベッドを合わせても……」

 

「我々サーヴァント……カルデアのサーヴァントには必要ない。

 そもそも睡眠も必要ないのだから。すまないが、マスターたちとマシュ……」

 

ちらりと天井を見上げるエルメロイ二世。

今上にいるオルガマリー、彼女は恐らくあちらで夜を過ごしてしまうだろう。

あまりよろしくはないが、仕方ない。

 

「マスターとソウゴ、マシュの三人分だけ貸して頂きたい」

 

「それでも余っているようなら是非僕にも」

 

会話に割り込もうとしたダビデの襟首を掴み、引っ張り戻すアレキサンダー。

彼は小さく溜め息を吐きながら、征服王に対して呟いた。

 

「やっぱり寝具を大量生産するためにも羊を飼う牧場とか整備するべきじゃないかい?

 僕はそういうのやりたいんだけどね」

 

「余裕があれば面白そうだけどね」

 

余裕がないので問答無用で却下。そういうわけだった。

 

 

 

 

ジキル邸の屋根の上。辺り一面に広がるのは雲海の如き霧の海。

霧で先など見渡せるはずもなく、注意は視覚以外に頼ったものになる。

アタランテはそれでも聴覚だけで周囲の警戒を完璧にこなせると自負していた。

もっとも、精神状態が安定していればの話だが。

 

「アーチャー、隣座るわよ」

 

そんな彼女の隣に、マスターであるオルガマリーがやってきた。

もちろん、彼女がここにやってくることは音がしていたから気づいていた。

 

「……悪いなマスター。召喚早々、迷惑をかけている」

 

「別に迷惑ではないけれど。……どういう理由かは説明が欲しいわね」

 

そうしてくれなければ、何とも言えない。

言われたアタランテは肩を竦めて、拒否することもなく語り出す。

 

「そう、だな。……ジャック・ザ・リッパーやモードレッド。後は聖女もだ。

 奴らと私が顔を合わせたことがあるのは、別の聖杯戦争で呼ばれたことがあるからだ。

 その時にあのジャックの正体を知り……

 色々あったから、此度の奴のスキルでも私の中から奴の正体が消せなかったのだろう」

 

彼女がマスターに何を伝えればいいか、自分自身で考えながらの語り。

それは彼女に似合わぬたどたどしさすら感じる口調であった。

 

「私が聖杯戦争という召喚の求めに応じる理由。

 此度は人理焼却からの時代の奪還という大義名分だが、通常の聖杯戦争における理由だ。

 それが……全ての子供が愛される世界、なのだ」

 

「子供が?」

 

果たして、狩人として名高き彼女の口から出てくる願いは救済の望みだった。

彼女は何と語るべきか、と。

言葉を口の中で転がして、選ぶように紡いでいく。

 

「私が捨てられた子供、というのもあるが……

 ―――ああ、そこが……どうなのだろうな。私は、私の親に愛されたかったのだろうか。

 私はアルテミス様の聖獣に拾われ、愛されて育った。

 ならばただの地獄で死に果てた子供たちと、私の願いが重ならないのは当たり前なのか」

 

「…………」

 

「そもそもそんな事がない世界、それを望んだ。

 親が子供を愛し、愛された子供が親になり、また子供を愛する。

 ただそうあり続けて欲しいと願っただけだ。

 ……もしかしたら、他の人間に言わせればこれが獣の論理なのやもしれんな」

 

自嘲するように笑うアタランテ。

 

「憎悪の塊になってすら、母を求めるがゆえに殺戮を繰り返すアサシン。

 つまりモードレッドの言う通りなのだろう。

 彼女たちにとっての救いは母にしかなく、母により捨てられた以上救いはない。

 ―――ならば、と思いはする。だがそれでも私は認めたくないのだ」

 

「アーチャー……」

 

アタランテがオルガマリーに顔を向けず、立ち上がる。

自分の背中を見ているオルガマリーに対して、彼女は静かに声をかけた。

 

「マスター、許可だけくれ。あのアサシンが次に出てきたとき、私だけで斃す許可を。

 他の誰かにやらせれば、私はきっとその誰かを恨むだろう。

 許せないはずだと断言できる。それがやらねばならない事だと分かっていても。

 あの子供が、放置できない悪鬼だと知っていてなお。

 ――――だから、私一人で、私の意思だけで……」

 

そう言った彼女の背に声をかけるため、オルガマリーもまた立ち上がる。

大きく深呼吸……しようとして。

しかしこの霧でそんなことをするのは精神衛生上やめておくことにした。

彼女は腕を胸の前で組み、全身に力を入れる。

 

「―――そう。ならアーチャー、私がマスターとして命令するわ。

 アサシン、ジャック・ザ・リッパーを撃破しなさい」

 

彼女の言葉に、アタランテが肩を揺らして振り返る。

そうではない、と。

 

そんな言葉を向けられてしまっては意味がない。

だってそれでは、オルガマリーを恨む方に逃げてしまうかもしれない。

自分が逃避の行動はとらない、などという自信はないのだ。

あの子供。ジャック・ザ・リッパーに対する事は、アタランテは自分さえ信じられない。

 

だから―――

 

「私が、私のサーヴァントを信じないでどうするのよ……」

 

微かに声を震わせて、彼女はアタランテを見返した。

弱々しく口にする彼女に、小さく噴き出す。

 

「―――そうか。なら、そうしよう。ありがとう、マスター。

 ただ……汝はつくづく損な役回りな運命なのだな。少し親近感が湧いてきた」

 

「……そんな理由で懐かれても嬉しくないわよ」

 

そうか、と小さく笑った彼女が霧の海へと視線を送る。

どうしていいか分からない感情の渦で、拳を握り締めながら。

それでも、人理を守った先にある筈の子供の幸福を信じて。

自分がどれだけ呪われた行為に手を染めたとしても、と覚悟を決める。

 

 

 

 

ふと気づくと、そこは夢幻のような空間だった。

真っ白い、何もない空間。

夢なのだろうか、と体を動かそうとしてみれば体は動く。

 

手足があることを確認したソウゴが、周囲を見回して歩き始めてみた。

 

「……またウォズがなんかして、アンダーワールドみたいな世界にきたとか」

 

割とありそうな予想を立ててみるが、ウォズが湧いて出る気配はない。

ウォズが犯人の場合はすぐ出てくる印象もあるし違うかも。

 

今回はアナザーダブルなのだから、ダブルの歴史の何かなのかな。

そんな事を考えながら、とにかくひたすら歩いてみる。

 

―――そうして、一体どれだけ歩いただろうか。

結構な時間歩いた気もするし、一瞬だった気もする。

ただの変な夢なのかな、と思いだしたその頃。

 

白い光景の先に誰か、人影が見えた。

豪奢な花柄の着物を纏ってぼんやりしている女性。

ソウゴの目が確かならば、それは両儀式に他ならない。

何故か髪がすごく長くなっているが、まあ夢っぽい世界ならそういうこともあるだろう。

 

駆けだして、彼女に向かって走り寄る。

それに気づいたのか式もソウゴに視線を向けて、少し驚いた様子を見せた。

 

「あら?」

 

「式、だよね? ここどこ?」

 

少しだけ戸惑った様子の彼女が、しかしすぐに悪戯な微笑みを浮かべた。

―――しかしその言葉使いも、表情の作り方も、ソウゴが知る式とはかけ離れている。

もしかして似ているだけの別人、だろうか。

 

彼女は微笑みながら、ソウゴの問いに答えを返す。

 

「そう、ね。ここは境界のない場所、と言っても今の貴方には伝わらないかしら」

 

「―――今の俺?」

 

「そう。今の貴方」

 

それはまるで、先の自分を知っているかのような物言いで。

ソウゴの視線が警戒するようなものに変わる。

完全に警戒されている、と知った彼女が困ったように頬に手を添えた。

 

「―――困ったわね、人と話すことなんて滅多にないから。

 これじゃあ式を笑えない。世間話の一つでも出来ればいいのだけれど」

 

「……あんたは式、じゃないの? 式とは別の人?」

 

外見は変わっていても明らかに式と同じだ。いや、きっと中身も同じなのだろう。

ただ何か、もっと決定的な部分が違えている。

 

「もちろん、両儀式よ。それ以外の何者でもない。

 そうね。彼女という人間の中に、私と言う人格が眠っていると思えばいい。

 表に出る事なんてないから、気にする必要はないけれど」

 

楽しげに語る彼女の姿は、善悪にさえにも囚われる事のない何かに見えた。

恐らく警戒する意味もないのだろうとソウゴが息を吐く。

 

「それで、ここは……その境界のない場所っていうのは、なに?」

 

「ふふ、本来は名前と言う我を持つ貴方は入ってはいけない場所なのだけれど……

 あるいは、貴方なら来れてしまうという話なのかしらね。

 いずれ個ですらなくなる貴方だから」

 

彼女がソウゴを見つめる視線にはただ楽しげな色しかない。

だがしかし、やはり彼女は知っているのだろうか。

 

「あんたは……オーマジオウを知っているの?」

 

「貴方のことでしょう?」

 

当然のように告げられた言葉。

俺はオーマジオウにならない、そう返そうとするソウゴの前。

彼女は表情をより輝かせながら、言葉を続けてた。

 

「式の眼で貴方の力に“死”が視れない、と聞いたのでしょう。

 きっと何故そうなったのか、という疑問の答えを欲していたのね、貴方は。

 だからここに流れてきてしまった」

 

ふわり、と彼女の着物の袖がゆっくりと浮かぶ。

ゆったりと夢幻の世界を歩み出した彼女を見るソウゴの前で、彼女は妖しく微笑む。

 

「だって、それは当たり前の話よ。

 あの眼で視れるのは、当たり前にいつか終わるモノを終わらせるための軌跡。

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ね? 単純な答えでしょう?」

 

歩き出した彼女の後を追う。

何もない白い世界の中が、少しだけ桜色に色づいた気がする。

彼女が変わらぬ表情のまま振り向いて、ソウゴに問いかけた。

 

「これが貴方の求めた問いの答え。満足できたかしら?」

 

「……よく分からないけど。なんで、あんたはオーマジオウを知ってるの?」

 

それに対しどういう答えを返したものか、と彼女は楽しそうに悩む。

顎に指を添えて首を傾げてなんかみたりして。

やがて彼女は面白い返答も浮かばなかったのか、素直に白状した。

 

「私は自然とそれを識ってしまうものなの」

 

「じゃあ。何で俺がオーマジオウになったのかも解るの?」

 

ふと、そこまで流暢に語っていた彼女が口を閉じた。

最初のように少しだけ困ったような表情を見せる。

その戸惑いを消すように一瞬だけ瞑目した彼女が、目を開いてソウゴと合わせた。

 

「―――俯瞰した風景だけでは解らない想いがそこにあって、そうなったと言うのなら。

 きっとそれは、私には解らない、貴方にしか解らない結末だったのでしょう」

 

小さく、彼女はそう言って一抹の哀しさを感じさせるように。

しかしいつも通りに楽しそうに微笑んだ。

 

 

 




 
マジギレ中のモードレッド。あと一言で斬りかかってくるやつ。

そして平成ライダーが終わること、終わらされることを絶対認めないマン。
 


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容疑者J/与えられた者の暴戻1818

 

 

 

ちょきちょき、ざくざく、ちょきちょき、ざくざく―――

 

石壁に囲まれた工房の中に鋏の音が響く。

鋏が一度ちょきっと閉じれば、肉片が二つに分かれてざくんと転がる。

血の海に沈む無数の肉片。

鋏の持ち主はそれを嬉しそうに眺めた後、彼はやり遂げたと額の汗を拭うような動作をみせた。

 

一仕事やり遂げた、と言わんばかりの彼の背後。

そこで突然、強固な守りにより固定されている筈の工房の扉が吹き飛んだ。

ぐしゃぐしゃに潰れた扉が壁にぶつかり四散する。

 

「おやぁ?」

 

不思議そうに振り向く。

目を向けるのは、扉を吹き飛ばされ開けっ放しになってしまった部屋の前。

そんな彼の目の前でこの部屋に、金髪の大男が入ってきた。

 

肩に黄金の刃を持つマサカリを担いだ男―――サーヴァント。

彼はサングラスをかけた顔を左右に振ってその惨状を確かめて、一度舌打ちした。

 

「―――よお、悪党。

 血と臓物の臭いがすると思って邪魔してみりゃ、こりゃどういうことだよ」

 

「いえいえ、見ての通りですが。何かおかしいものがありましたかぁ?」

 

バリ、と彼の周囲で雷光が空気を弾く。

 

血と肉片と臓物の海で薄ら笑いを浮かべるもの。

それは白と紫の蔦が絡み合うような形状の角を持つ、悪趣味な道化師(ピエロ)の如き格好をした白い顔。

彼はこの光景を作り出してなお、こんなものは何でもないと言いたげに嗤笑する。

 

「あ、それとわたくし悪党ではなく悪魔ですので。そこのところお間違えなくどうぞ」

 

「そうかい、じゃあオレにゃ関係ないな。こちとら悪鬼を砕くのが生業なんでな。

 テメェが悪党だろうが悪魔だろうが鬼だろうが、ぶちかます事には変わりねぇからよ!!」

 

そう叫んだ彼の全身が雷を纏い、マサカリを振り上げ突撃していた。

ピエロがすぐさま目の前に鋏を持ち上げ、それを受け止めようと構え―――

 

武器を打ち合わせた瞬間、吹き飛ばされて石壁に叩き付けられていた。

 

「ぐぇ……!」

 

彼が叩き付けられた石壁の方が砕け散る。

体の半ばまでそこに埋まったピエロが、驚いたように笑ってみせた。

 

「おやこれは不味い。あ、さっきの悪魔というの嘘で実はわたくし英霊なのです。

 なので鬼でも悪魔でもないので見逃すというのは……」

 

「そうかい。悪党であることには変わんねぇなぁ!!」

 

「確かにその通り!」

 

二撃目。そこで相手を完全に粉砕せんと一気に踏み込むマサカリの男。

それを笑いながら迎えるピエロ。

 

間近に迫ってくる死を前にして、しかしピエロに動揺はない。

死を恐れていないだけではなく―――

そこを引っ繰り返すための秘密があるからだ。

 

それを証明するように、彼の腕に這っていた何かが男に向かって飛び掛かる。

懐中時計に虫のような足を生やした、何かおかしな物体。

 

それを見た男は舌打ちしつつ踏込みにブレーキをかけ、マサカリでそれを斬り払う。

当然のように迎撃に成功した彼の目の前。

その時計みたいな虫は、切り捨てた瞬間爆炎を巻き上げた。

 

「ひひははは――――!」

 

炎と煙で満たされる工房内。

周囲から聞こえてくる笑い声に顔を歪め、彼は両腕でマサカリを掴む。

その状態のまま体を大回転させてみせれば、周囲の炎を吹き飛ばす竜巻が巻き起こる。

 

「ゴールデンタイフーン!!」

 

―――炎と煙を吹き飛ばした先。

驚いた表情のピエロが工房の出口のすぐそばまで移動していた。

回転しながら彼は己の武具、“黄金喰い(ゴールデンイーター)”に雷を込めたカートリッジを喰わせる。

連続して三回、排莢されたカートリッジが空を舞う。

 

カートリッジに内包された雷を喰らい、その武装は刃に雷光を現出させる。

マサカリから迸る雷。彼はそれを、ピエロ目掛けてそのまま解き放った。

 

「“黄金衝撃(ゴールデンスパーク)”――――ッ!!!」

 

地下の密室に雷鳴が轟く。

周囲を灼く雷撃が熱波を伴い、ピエロを呑み込まんと一気に氾濫。

雷の嘶きと破壊される周囲の物体の断末魔が混ざり合い、甚大な破滅の音が天へと昇った。

 

 

 

 

「ちょっと、金時さん? やりすぎでしょう、これ。

 外から見てても屋敷が地面から跳ねたかと思いました」

 

よほどうるさかったのか、彼女は狐耳をぺたりと倒しながら苦い顔。

現れたのは、肩まで大きく露出させるような青い着物という衣装の女性。

そんな彼女が地下に歩いてくる。

 

「…………よお、フォックス。逃げてく奴は見かけたか?」

 

「いいえ? 逃がしたんですか、あれだけの規模で宝具まで使っておいて?」

 

フォックスと呼ばれた彼女は怪訝な顔。

次いで、ちらりと地下工房の惨状を流し見る。

惨殺死体があるが、まあそれはそれ。彼女に大した感慨は湧かない。

 

「ああ、手応えはなかった。多分、逃げられちまった。

 わからねぇが……どうだか、運がなかった、って感じだ」

 

「運がねぇ……」

 

周囲の破壊痕を見るフォックスと呼ばれた女性。

呪術の類、というより運命力というか。

あるいは彼が“人”の英霊だからこそ、“悪運”に見舞われたかのような。

 

相手は呪術に傾倒したタイプのキャスターだろう。

彼女は姿も見ていないが、そう推測する。

 

舌打ち一つ。

サングラスに隠された彼の瞳が、惨殺された老爺に向かう。

 

「フォックス、火ぃ貸してくれ。このまま放ってはおけねぇだろ」

 

「……まあ、火葬したいというのなら手伝いますけども。

 ここ、土葬するとこなんじゃありません?」

 

バヂン、と。二人の会話を遮る何かが弾け飛ぶ音。

自然と、一瞬で臨戦態勢に入る二人のサーヴァントたち。

 

その音は奥の何か、人が一人そのまま入れるだろう巨大な装置。

まるで機械で出来た棺桶のようなものから出た音だった。

 

音は次第に大きくなっていき、やがてその棺桶の蓋が勝手に開かれる。

更に黒煙を上げ始める機械棺桶。

 

「………なんだ?」

 

「金時さんが馬鹿でかい電気出したせいで壊れたんじゃないですか?

 最近の家電は繊細ですから」

 

「そりゃまあ、オレたちに比べりゃこの時代のモンも最近だろうがよぉ……」

 

とりあえずこの老爺の工房のものだろう。

サーヴァントに対し危害を加えられるものだとも思えず、金時と呼ばれている彼が近づいた。

そして棺桶の中を覗き込むように頭を突っ込んだ彼が、

 

秒で踵を返してフォックスのところへ帰還した。

 

「おうフォックス、任せた」

 

「は?」

 

彼は棺桶に完全に背中を向け、微動だにしない。

何ですか、と訊いても完全に無言を貫く。

 

仕方なしに彼女が棺桶の方に歩み寄り、その中身を覗いてみる。

 

―――その中には、ところどころに包帯が巻かれた全裸同然の少女が入っていた。

 

 

 

 

明け方、と言っても霧のせいで朝日が差し込むようなこともない。

明るくなった、というより闇ではなくなった。という程度の状況だ。

屋根から降りたオルガマリーとアタランテ。

そんな彼女たちを玄関でダビデが迎えた。

 

「………すまない、夜通し頭を冷やしてきた。

 激昂して掴みかかるような真似をしたのは、全面的に私が……」

 

「いや、もうそんなことはどうでもいいんだ。必要経費の類さ。

 そんなことより、僕がわざわざ君たちをここで出迎えた理由。分かるかい?」

 

彼の視線はオルガマリーとアタランテ、両方に向いている。

普段以上に彼の表情には遊びがない。

 

「いえ――――」

 

「だろうね、そこはしょうがない。彼女は普通より面倒なタイプだろうから。

 とりあえず今、僕にしたようにモードレッドに謝るべきではない。

 というか、少しの間はアタランテがモードレッドに話しかけるべきではないんだ。

 だからそうするようにお願いだ。彼女、本気で決壊寸前みたいだから」

 

そう言って、ダビデは小さく首を動かして家の奥を見るように視線を送る。

その言葉に対して、マスターとサーヴァントの二人は揃って顔を見合わせた。

 

 

 

 

「ソウゴー、ソウゴー起きてー」

 

ソファで寝ているソウゴの肩を揺する立香。

彼はどんな夢を見ているのやら、唸り声を上げながら枕代わりのクッションに抱き着いている。

 

やがて揺すられ続けた彼が、眠たげに瞼を開いて立香を見上げた。

 

「あー……うん、おはよー……」

 

「おはよう」

 

彼を起こした立香がそのまま朝食準備の手伝いに回ろうとした、その瞬間。

 

「祝え! 人理焼却における第四の特異点―――!

 ロンドンにおいて、常磐ソウゴが二日目の朝を迎えた瞬間である―――!!」

 

ウォズが目を覚ましたソウゴを認識し、そう高らかに叫んでいた。

 

それはそれとして、テーブルの上に朝食を並べる。

マシュの盾により召喚サークルを設置出来たおかげで、カルデアから食糧は送れた。

なんと今回は朝食としてブーディカが作ってくれたものをそのまま召喚だ。

拠点がジキルの家になったことで、休息や食事は大助かりだった。

 

突然の奇行に目を見開いていた式が、気にするでもない立香に声をかけてくる。

 

「なあ、あれなに?」

 

「うーん、趣味なんじゃない?」

 

もしかして彼はあれをやり続けるために今回同行したのだろうか。

自分も朝食の準備を手伝いながら、マシュは流石にそれはないかとその考えを振り払った。

 

「うるせぇ!!」

 

空飛ぶ酒瓶。それはモードレッドの筋力から繰り出される剛速球。

肩を竦めた彼は、ストールを跳ね上げてそれを割れないよう優しくキャッチした。

そのまま空き瓶が並んでいる場所に持っていく便利な衣装。

 

「やれやれ、突然なにをするんだい?」

 

「朝っぱらから突然なにしてんだはこっちのセリフだ!」

 

普段から怒りっぽいだろう彼女だが、昨日の夜から輪をかけて常にキレている。

 

「よしなよ、モードレッド。別にいいじゃないか。

 アンタもアタシも、静かなよりは騒がしいくらいが落ち着く性分だろう?」

 

そう言いながらまだ酒をかっくらっているドレイク。

本気でカルデアのアルコール事情が心配だ。

次の特異点は酒が購入できる時代だと嬉しいが……

 

ドレイクはそのままバンバンと彼女の背中を叩くと、笑いながら彼女に酒を渡す。

舌打ちしながら彼女もそれを受け取り、一気に呷った。

 

そんな彼女たちを眺めていたソウゴの肩を、後ろからアレキサンダーが叩く。

 

「マスター。ちょっといいかい?」

 

着いて来てくれ、というポーズを示す彼。

ソウゴが腹に手を当てながら、切なげな顔で彼に問いかける。

 

「え? 朝ごはんは……」

 

「後でね」

 

彼に一切躊躇はなかった。

 

 

玄関口まで連れてこられたソウゴが要求されたのは小声での密談だった。

そうして集まったオルガマリー、アタランテ、ダビデ、アレキサンダー。

そして通信先から参加しているロマニ。

彼らから聞かされる昨日の話。

 

「ふぅん……」

 

「というわけで、ダビデの話ではモードレッドが爆発寸前。とのことなんだけど……」

 

「それは分かるけど……でもそれ、アタランテとの話。あんま関係なくない?」

 

そう言ってソウゴはダビデを見る。

彼は肯定も否定もせずに、ただ笑みを深くするだけだった。

ソウゴの言葉にオルガマリーが首を傾げた。

 

「……それ、どういうこと?」

 

「うーん……」

 

オルガマリーに問いかけられて、難しそうに俯くソウゴ。

そんな彼に、通信先からロマニが声をかけた。

 

『アーサー王が女性だった、ということ。

 これを考えれば、モードレッドの出自も恐らく伝承より複雑なものだったんだろう。

 それを考慮するときっと彼女も親子関係に事情があるだろう、という推測なんだが……』

 

「それもあるかもしれないけど……」

 

多分、そこは余り気にしていない、と思う。

まったくではないだろうけど。

怒りに対する内訳をだすなら、そこは3割もないだろう。

 

アタランテが叫び、そしてモードレッドが返したという言葉。

 

子供たちに対する救い、という話。

ソウゴにも思うところはあるが……それは、考えることを許された人間故だ。

 

考えることも許されず死した怨念に対する救い。

モードレッドはそれが前提として破綻していると語った。

恐らく、その憎悪が犯す過ちを止めて、憎まれてあげることくらいしかできないだろう。

 

そしてアタランテの願う救いをソウゴが受け入れられるか、といえば。

彼は受け入れられないだろう。

 

だって彼女は子供への愛しか望んでいない。

親への幸福は、その子供が成長した結果としか見ていない。

あるいは子が幸福でさえあれば、親というものは絶対に幸福だという確信からか。

 

否定をするつもりはないけれど―――

けど彼は受け入れられない……いや。そこでは終わらせられない。

だって常磐ソウゴが目指すのは、全ての人を幸福にできる最高最善の王だから。

子供に関わらない人が目指す幸福だって望む人がいる限りは諦めない。

 

―――多分、アタランテがジャックに対して願う救いは……

救いの代わりに最後の希望すら奪うものなのだろう。

 

だってそれは……

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そんな心の防波堤を取り払って、正解を出してしまうことだ。

それが良い事か、悪い事か。語り切れる話でもないけれども。

 

少なくとも……止めなきゃいけないのは変わらない。

それより前に。だからこそ、先にモードレッドと話をつけなくちゃいけない。

 

「多分、そこだけで本気で怒ってたらモードレッドは剣を抜くと思う。

 今のモードレッドが怒ってるけど剣を抜かないのは、自分が怒ってると認めたくないんだ」

 

彼女の気性ならば協力者、程度のカルデアに剣を抜くこともあるだろう。

カルデアを全滅させて世界を滅ぼす気はないにしても、叩き伏せる事を厭うタイプではない。

ソウゴの言葉を聞いて、眉根を寄せるアタランテ。

 

「認めたくない……?」

 

「ウォズー!」

 

リビングにいるはずのウォズをソウゴが呼ぶ。

呼ばれた彼はリビングから出てきて、こっちの集団に合流した。

 

「どうしたんだい、我が魔王。悪巧みに私も加えてくれるのかな?」

 

「悪巧みじゃないけど、ちょっとだけ手伝って」

 

訝しげな視線を飛ばすオルガマリーたち。

そういう視線を向けられていると分かっているだろうに、彼は自信ありげに悠然と微笑む。

 

「任せといて、これならいける気がする」

 

 

普通に歩いてリビングに戻ってきたソウゴが、戻ってくるやいなやモードレッドを見て口を開く。

 

「ねえ、モードレッドって王様になりたいの?」

 

「あぁ?」

 

酒瓶を握る手を強くし、ビシリとそれに罅が入った。

最早その瓶の状態こそが彼女の理性の指針だ。

今のたった一言で、彼女の精神状態は最悪を更新したと言っていい。

 

その様子を見てぎょっとしたジキルが止めようとして―――

彼の前に立ちはだかったウォズに静止される。

立香たちも彼を見るが、彼は怪しく微笑みを返すだけだ。

 

「俺も王様になりたいからさ。訊いておこうかと思って。

 俺がなりたいのは、全ての人々を救える……どんな王様より凄い、最高最善の王様」

 

バキリ、と彼女の手の中で酒瓶は致命的な音を立てた。

砕けた硝子片が床の上に散らばる。

彼女はソウゴから目を逸らすように俯き、動かない。

 

「―――それで、それをオレに訊いて、何がしたいって?」

 

怒りを押さえ込もうとはしているのか、震える彼女の声。

そんな彼女に対して、彼はまるでいつもの調子で答えを返した。

 

「それを訊かれて何かしたいのはモードレッドの方でしょ?

 だからアタランテも許せなかったんだよね。

 全ての子供が愛されるとか、俺の言った全ての人を救うとか、そんな事出来るわけ無いって。

 モードレッドが誰より憧れた王様が出来なかった事、簡単に口にしたのが許せないんだよね?」

 

明らかに限界を超えて怒りを募らせているモードレッド。

そんな彼女を見ても、ソウゴに揺るぎはない。

 

「お前が簡単に口にしたそれが、どれだけのことなのか分かってるのかって。

 今までの王様がどれだけ苦しんで切り捨ててきたものか、分かってそれを言ってるのかって。

 オレの王を馬鹿にしているのか、って叫びたい」

 

彼女が俯いていた顔を跳ね上げる。

碧眼を怒りで血走らせた眼光が、正面に立つソウゴに突き刺さった。

彼はそれでも静かに口を開く。

 

「―――分かって言ってるつもりだよ。俺は最高最善の王になる。

 何一つ簡単に行くなんて思ってない。簡単な気持ちで口にした言葉なんかじゃない。

 どんな王様よりも、モードレッドの王様よりも、俺は多くの人を救える王様になってみせる」

 

「―――そうかい、そうかい。そこまで代弁してくれてありがとよ。

 そこまで分かってるならさ。分かってるよな?

 人類最後のマスターの片割れとか、そんなどうでもいいことで――――!

 オレがテメェを見逃さねぇってことをよォ――――ッ!!!」

 

怒りを抑えていた心の堤防は既に決壊している。

いや、ソウゴが自分の言葉でわざわざ粉微塵に吹き飛ばさせた。

 

抑えの消えたモードレッドの赤雷が爆発する、寸前。

ウォズが揮ったストールが竜巻を起こし、モードレッドとソウゴを呑み込んだ。

一瞬のうちに姿を消してしまう二人の姿に、立香が唖然としてウォズを見る。

 

彼は肩を竦めるだけで、さほどソウゴの様子を気にしている様子もない。

 

「せ、先輩! ソウゴさんが……!?」

 

消え失せた彼の姿に、マシュが立香とウォズの間で視線を往復させる。

その近くではエルメロイ二世が顔を押さえて天井を仰いでいた。

 

「………モードレッドをわざわざ挑発したのか……

 確かに爆弾を抱えていたくはないが、わざわざ爆発させるか普通……」

 

「まあ大丈夫だろうさ。モードレッドも殴り合えばまだ止まる範囲だよ、多分ね」

 

「ほんとかい……? あれは明らかに……殺意が……」

 

ドレイクもさほど心配していないのか、酒瓶を空ける勢いは落ちない。

竜巻のせいでずれた眼鏡のブリッジを押し上げながら、ジキルがそんな彼女に問う。

 

「そりゃそうさ。今のモードレッドはキレてるからごっちゃにしてるけどね。

 ソウゴが喧嘩を売ったのはモードレッドの王様にじゃなくてモードレッドに、だよ。

 あいつ多分、王に喧嘩を売られたとなりゃ相手の首を取るまで止まれないだろう?

 けど、自分相手に売られた喧嘩ならひたすら殴り合って終わりさ。

 正気に戻れば、そこを履き違えるような奴じゃないよ。

 だって自分の喧嘩で王の名前を出したら、それこそ王の名に泥塗る事になるんだから」

 

「正気に戻る前に決着がついちゃったらどうするんだい、それ……」

 

「そこはそりゃあ、ソウゴの方の力を信じるんだね」

 

けらけら笑って、再び酒に戻るドレイク。

そろそろ酒蔵の限界が見えてきたのではないだろうか。

 

状況を見ていたアタランテが、くらりときた頭の眉間に手を添える。

 

「…………すまない。本当に」

 

「―――いいんだよ、アタランテが気にしなくても。

 多分、ソウゴもそういう気持ちを隠される方が気になるよ。

 自分も隠さなくてもいい、ってなったから……

 だからきっと、そういう気持ちが嬉しいことだって思って動いてるんだろうから」

 

一時的な突風で荒れた部屋。それを片付けるために立香が動き回る。

 

―――残されていたソウゴの朝ご飯もひっくり返ってた。

せっかくブーディカが作ってくれたご飯なのに。朝ご飯抜きだろう、これは。

まあ二人が帰ってくるのを待っていたら、どうせお昼になっちゃうだろうけども。

 

式さえも大きく溜め息を吐いて、その掃除を手伝ってくれた。

 

ダビデも仕方なし、それを手伝おうとして。

顎に手を添えて悩んでいるアレキサンダーに目を止めた。

 

「どうしたんだい?」

 

「いや、僕が少年期ということもあるのかな? 学ぶこともあるな、と思ってね」

 

二人の話を片付けながら聞いていたエルメロイ二世の顔に、勘弁してくれという感情が浮かぶ。

 

「君とマスターじゃ王としての方向性が違うのさ。

 恐らくマスターの王としての素質は、モードレッドの王の方に近いだろうからね。

 そういう意味では……どうだろう?

 とても相性が良いか。とても相性が悪いか。どっちかになっちゃうのかな?」

 

「ふむ。流石はダビデ王、なのかな。学ぶところが多そうでより楽しみな旅路になってきたよ」

 

エルメロイ二世の顔には、本当に勘弁してくれと書かれていた。

 

そして、最後に彼らの後ろでオルガマリーが叫ぶ。

 

「大事になりそうなことをするときは……

 ちゃんと相談しろって言ってるでしょうがぁ―――――っ!!!」

 

 

 

 

暴れても民家に被害の及ばなそうな場所。

ウォズに指定した条件はきっちりと果たされた。

赤雷を纏って殺到するモードレッドを受け止めながら、ウィザードアーマーが炎を広げる。

 

ジカンギレードから吐き出された銃弾が縦横無尽な軌道を描き、モードレッドを囲う。

それを一喝、叫ぶとともに放たれる雷となった魔力が迎撃した。

 

「それで!? まだモードレッドの答え聞いてないけど!」

 

「黙って―――死ねぇッ!!」

 

雷を纏う剣が大上段から振り下ろされる。

即座に“コネクト”の魔法でフォーゼウォッチを手の中に呼び出す。

それをジカンギレードに取り付け、ケンモードへ変形させた。

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

モードレッドとの鍔迫り合いに入る。

その結果、彼女の剣が纏う雷をフォーゼウォッチが取り込んでいく。

予め見たこともあった雷の吸収能力に、モードレッドが舌打ちする。

 

彼女がその体勢のまま無理矢理蹴りを見舞い、距離を開けさせる。

 

「オラァアア――――ッ!!」

 

〈フォーゼ! ギリギリスラッシュ!!〉

 

モードレッドの放つ雷と、ジオウの放つ雷。

二つの稲妻が空を奔り衝突して爆発し、そこから光芒を四散させる。

雷火の立つ戦場と化した地。

 

そこで二人が再び互いの剣を打ち合わせた。

 

 

 




 
俺への憎しみで関係ない奴を巻き込むなと言って倒すたびにより広範囲を巻き込んで強くなるやべー奴がいるらしい。
ジャックちゃんも見習えば更に強くなれる……?

爆弾があるなら爆発させればいいじゃない。
ソウゴのそういう姿勢はオーマジオウになっても変わらないから若き日の私よ…
ってなるのだと思う。
 


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暴かれたM/叛逆の騎士1888

 

 

 

「オォッ、ラァ―――ッ!」

 

彼女が振るう“燦然と輝く王剣(クラレント)”の白銀の刃。

それは迅雷の如く奔り抜け、ジオウの胴体へと正面から叩き付けられた。

盛大に火花を散らしながら押し込まれるジオウ。

 

だが彼はすぐさま体勢を立て直し、ジカンギレードをモードレッドに突き出した。

自身を目掛けてくる刺突を見て、彼女は即座に横へと跳ねてみせる。

微かに鎧を掠めていく切っ先が彼女の苛立ちを加速させていく。

 

「ねえ、モードレッド。なんでモードレッドはそうやって隠すの?」

 

「あぁ!?」

 

最早彼女が心の内に怒りを積み重ねる速度は、限界を振り切っている。

彼女の苛立ちに呼応するように、クラレントが纏う雷は増すばかり。

その放出量はとっくに、マスターのいないモードレッドの魔力で賄えるレベルではない。

 

―――しかしだが、そんなこと知ったことか。

 

疾走するモードレッド。

それに対し、ジオウは円形の魔法陣を二つに割ったようなマントを翻しながら身構える。

 

二人が交錯する瞬間に剣を振るい、空中で激突した。

互いの剣の衝突と同時、炸裂する稲光。

全て押し流そうと迫る雷の攻勢を、炎の防壁がそこで押し留める。

 

舌打ちした彼女。直後、彼女が纏う鎧が首元から稼働した。

鎧が展開したかと思えば現れるのは、金髪の少女の頭を覆い隠す角の生えた兜。

顔を覆い隠した彼女が、一瞬だけ上半身を逸らし―――

 

全力で、ジオウの頭に対して自分の頭を叩き付けた。

尋常ではない音を響かせながら弾き飛ばされる両者の体。

二人揃って蹈鞴を踏んで、距離を離して対峙しなおす。

 

仮面の下に顔を隠した二人が視線を交わした。

 

「モードレッドが叛逆の騎士だから? 王になりたくて叛逆したから?」

 

ソウゴからの無遠慮な問いかけ。

ギリ、と兜の下で彼女は歯を食い縛る。

 

「オレは―――ッ!」

 

「違うよね。多分、モードレッドが人間だからだ」

 

人造の命である彼女に対し―――彼女のことを知らないが故に。

ソウゴは当たり前のようにそう言った。

しかし彼女のことを知っていたとして、変わらない結論として。

 

“コピー”の魔法陣が片手に浮かび、ジカンギレードを二振りに増やす。

両手に一振りずつギレードを持ったジオウがゆっくりと構え直した。

 

「黙れ……!」

 

人間とは精神性の話だ。

彼女の出自がどうであれ、彼女は人間以外の何物でもない。

だからこそ―――

 

「だからダビデには伝わっちゃうんだ。

 人間でない“王”に憧れてるのに、モードレッドはどうしようもなく人間だから」

 

彼女は、彼女の憧れる王を継げるはずがなかった。

 

「黙れっつってんだよ――――ッ!!」

 

稲妻を伴い迸るクラレントの剣閃。

それを二刀のジカンギレードが受け流し、彼女の胴に蹴りを見舞う。

地面を削りながら押し返されるモードレッド。

 

「でもモードレッドがその王様と同じだったら、王様にそんな強い想いは持てないよ。

 モードレッドは人間だからこそ王様に憧れて……

 人間を辞められないからこそ、憧れた王様にはなれなかったんだ」

 

憧憬を抱く時点で破綻している、と彼は言う。

国営を行うシステム。そちらに寄った王とはそういうものだ。

その目的が何であれ、運営に支障をきたす感情は邪魔になる。

 

だからそもそも。

彼女は仮に王になれたとしても、それはアーサー王とは違うものにしかなれない。

アーサー王を理想とするモードレッドは、彼女と同じ境地には至らない。

 

彼女はアーサー王に憧れているから王になりたくて。

けれど彼女はアーサー王に憧れている以上、アーサー王と同じ王にはなれない。

アーサー王と同じ場所に立つには、息子として彼女が持つ憧憬を放棄する必要がある。

けどそれを捨ててしまえばモードレッドはもうモードレッドとは言えない。

そもそもそれを捨てたら、王なんかに憧れる理由も消え失せる。

ただそれだけのことだった。

 

地面が爆発する。赤い雷が地上から天に落ち、霧の街を割る。

膨大な魔力の放出が彼女を雷光の弾丸に変えて、ジオウへと殺到させた。

クラレントの一撃がジオウに直撃する。瞬間、弾ける稲光と火花。

 

全身から煙を噴き出しながら後ろに転がるジオウ。

その視線が再びモードレッドに向けられる。

 

「モードレッドの王様は、他の誰が見向きもしないものさえ愛せる王様だったから。

 ううん、そんなものを愛するために人ではない“王”になれる“人間”だったから」

 

「テメェが知る筈もねぇアーサー王についてごちゃごちゃと!!」

 

地に転がるジオウへと雷撃が飛ぶ。

ジオウの前方に黄色い魔方陣が浮かび上がり、土の壁がせり上がってくる。

彼の前にせり上がるその壁が雷撃を阻み、耐え切れずに砕け散った。

 

土壁が崩れ落ちた先には、既に立ち上がったジオウの姿。

 

「確かにそうかも。ごめん、間違ってた?」

 

彼の惚けた声に、モードレッドの放つ雷光が更に激しさを増す。

 

「―――――ッ!!!」

 

「そうやって辛そうな顔をするってことは、モードレッドにも分かってるんだよね。

 その王様は多分。人間には譲れない、譲ってはいけないと思って背負い込んでたんだって。

 だから………他の誰より、その肩の荷を軽く出来なかった自分が嫌なんでしょ?」

 

睨み付ける彼女の視線に呼応するように弾ける赤雷。

ウィザードアーマーが緑の魔法陣を背後に浮かべ、それを緑の雷で迎撃する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ジャック・ザ・リッパーたちは救えない、って言った理由。

 一度そっちに流れてしまったら、もう憧憬や羨望じゃ覆い隠せないって知ってるから」

 

「……よく喋るじゃねぇか、余裕のつもりか?」

 

「モードレッドが自分で自分を追いつめてるから。余裕と言えば余裕なのかも」

 

無言の疾走。

クラレントの剣閃がウィザードアーマーに幾度となく炸裂する。

アーマーの表面から噴き出す火花が、霧の中で大きく咲いた。

 

後ろに追いやられながら、ジオウはその口を止めはしない。

 

「でもさ。それって王様はモードレッドのそこは認めてたってことじゃない?

 モードレッドは色んな想いを捨てなきゃいけない王じゃない。

 多くのことを、好きなように想うことを許された人間なんだって。

 そうじゃなかったら、人を守るための騎士であることも許さないでしょ」

 

クラレントが大上段からジオウを斬り裂いた。

その瞬間、彼の体が水になって地面に流れ落ちる。

目を見開く彼女の後ろで流動する水が人型に固まり、再びジオウとなった。

 

ジオウに背を向けたまま、モードレッドが声を震わせる。

 

「認める、だと? あの人がオレを……? やっぱりテメェは何も分かってねえ……!

 オレは認められたんじゃねえ、あの人はオレを気にかけなかっただけだ……!」

 

「……そっか、そういうならそうかも。じゃあ、おんなじだね。

 モードレッドもそういう王様だってことを理解せずに王になりたがったんでしょ?

 理解した今は、別に王様にこだわってないんだから。

 気にかけてなかったのはお互い様じゃん」

 

「―――――」

 

その言葉に。彼女の怒りが限度を更に超える。

再び彼女が兜を展開する。鎧に格納される分解された兜。

露わになった彼女の金の髪が、渦巻く雷電で逆立った。

 

同時に、彼女の剣に注がれる魔力が臨界に達する。

それは紛れもない宝具解放の予兆。

 

「そ、れ、がッ……!!」

 

モードレッドがクラレントの柄に両手をかける。

クラレントの白銀の刀身が、血に染まる邪剣へと変わっていく。

 

全力で振り抜く姿勢だ。彼女の次の一撃に、手加減は一片も存在しない。

その魔力の氾濫を前に、ジオウは剣の切っ先を下げた。

 

「どうした……ッ!!」

 

血走らせた碧眼は構えもしないジオウに向けられる。

 

いつその赤い光が解き放たれてもおかしくはないだろう。

ジオウの装甲とは言え、その直撃を受けて無事で済むはずもない。

だというのに彼はしかし、身構えることもしなかった。

 

「最初から訊いてるのはこっちでしょ。

 ねえ、モードレッドはさ――――()()()()()()()()?」

 

静かに問いかけるソウゴの言葉。

それを目の前に、モードレッドは“燦然と輝く王剣(クラレント)”を振り上げた。

怒りに染まった碧眼は目前の敵を睨み据え、その口から邪剣の銘を吼え立てる。

 

「“我が麗しき(クラレント)――――ッ!!」

 

霧を裂いて立ち上る血色の刃を見てなお、彼に動きはなかった。

剣を振り抜くための大地を踏み砕く一歩。

 

そうして歯が砕けんばかりに噛み締めた彼女は、しかし。

 

―――その剣を、地面へと叩き付けるように振り下ろした。

 

四方に飛散する赤い雷。

真名解放まで迫った宝具の魔力が、不発に終わって周囲に雷として撒き散らされる。

大地を割り砕きながら、周辺一帯に暴れ狂う魔力の電撃。

 

自分のすぐそばを過ぎ去っていくそれを感じながら、ジオウはモードレッドを見た。

 

彼女は息を荒くしながら俯いている。

燦然と輝く王剣(クラレント)”―――王位継承権を示す、白銀の剣。

王の武器庫より彼女が叛乱とともに強奪した輝き。

 

彼女はその輝きを憎悪に染め、アーサー王を貫いた。

 

―――王になりたいの、と彼は問う。

断言できる。その答えは既に得ている。

違うのだ、そんなものはどうでもよかった。

ただ彼女は父王に認めて欲しかっただけだ。正統なる後継者でありたかっただけだ。

 

けれど、それは不可能だったと思い知った。

目の前の少年に言われるまでもない。

彼女の手では選定の剣に触れることさえできない。

 

だってそもそも、抜く理由がない。

選定の剣を抜いたアーサー王に憧れただけだから。

アーサー王が抜かなかった選定の剣なんて、彼女にとってはただの剣だ。

 

だから答えは決まってる。

 

―――違う。オレの王はアーサー王だけなんだから。

 

彼女の中の王という称号は、アーサー王なしには成立しない。

だからこそ……

 

「――――そうか。つまり、あれだ」

 

地面に叩き付けたクラレントを持ち上げる。

ゆらりと揺らめく彼女の体。

 

次の瞬間、弾ける彼女の足元。

彼女の攻撃を予想していたのか、ジオウは即座に対応する。

二刀のジカンギレードが翻り、振り抜かれるクラレントを受け止めた。

目が眩むほどに爆ぜる雷光。

 

ギチリギチリと軋む刀身越しに顔を突き合わせながら、モードレッドが凄絶に笑う。

 

「つまり―――やけに遠回しに。

 オレに、喧嘩を売ってたのか。おまえ」

 

「え? 俺の夢は無理なことだって、モードレッドが先に喧嘩売ってきたんじゃん」

 

彼女の言葉に、不思議そうに返すソウゴ。

アーサー王と比較してソウゴの夢を貶したのは相手が先。

最初から彼はそれを買っただけだ。だからこそ言いたいことがある。

 

絡み合う剣を支点に体を反転させ、そのままジオウを蹴り抜くモードレッド。

後ろに弾き飛ばされたジオウが、足で地面を削ってブレーキをかける。

 

「モードレッドが一番に信じる王様と国。滅ぼしたのはモードレッドなのかもしれない。

 けどあんたが本当に欲しかったものって、本当の意味で王様を守れる力になることでしょ?

 他の誰かと自分を重ねて、救われていいはずがないって自分を否定する必要はないじゃん」

 

剣を振り抜いた姿勢で停止する彼女にかける言葉。

ギロリと鋭い視線を飛ばすモードレッドに対して、彼は静かに語り続ける。

 

「あんたはもう前に進んでるんだ。それがどこに辿り着くかなんて分からなくても……

 止まってしまった怨霊と違って、最後から続く未来へと一歩踏み出してる」

 

彼女がクラレントの刀身を肩に乗せ、肩を叩いて金属音を響かせる。

体を苛立たしげに揺すりながら、彼女の眼光は当然ジオウへと向けられていた。

 

「それで。言いたいことは全部終わったか?」

 

「ううん? 俺が言いたいことはまだ一個も言ってないよ。言っていいなら言うけど。

 ――――俺は絶対に最高最善の王様になる。この世界の全ての民を守れる王に」

 

モードレッドが目を細める。

 

「モードレッドとは違う……俺は俺の意志で、絶対に王様になるって決めたんだ。

 全ての人が幸せになれる世界。それが―――俺が望んだ、俺の夢だ。

 ……それでモードレッド、あんたの本当の夢は何?」

 

「―――何でテメェに言う必要がある。ああ……」

 

轟音とともに加速するモードレッド。

振り放たれたクラレントがウィザードアーマーを直撃し、火花を散らす。

返す刃で振るわれる二撃目を躱しながら、ジカンギレードがモードレッドの鎧へ。

彼女の鎧が僅かに拉げ、小さく顔を歪ませた。

そんな顔を覆い隠すように、再びモードレッドの頭部を兜が覆う。

 

互いに剣をぶつけ合いながら、兜の額を叩き付けあう。

 

「もしお前がオレに勝てるようなら教えてやるよ……!

 それともう一つ。オレに喧嘩売ったんだ、テメェはここで死んでいけ―――!!」

 

「だから喧嘩売ってきたのはモードレッドの方からだって言ってるじゃん」

 

クラレントの剣閃がウィザードアーマーを削ぎ火花を散らす。

ジカンギレードの刃がモードレッドの鎧を打ち据え、傷を刻んでいく。

二人の戦いは一切止まることなく、そのまま延々と継続された。

 

 

 

 

「遅いね、二人とも。もう半日以上経っちゃったけど」

 

窓の外の霧を見やりながら、立香がぽつりと呟いた。

そのままウォズに視線を送っても、彼が気にした様子はない。

そして待っている間、オルガマリーの貧乏ゆすりはどんどん加速していく。

 

『通信機に呼びかけてもまったく応答してくれないんだよね……

 まあ、戻ろうと思えば転移魔術ですぐのはずだから、心配はいらない……はず。

 バイタルの観測もこちらで行えているし、元気そうではあるんだけど』

 

ロマニの溜め息。

セイバーがやり過ぎないかは甚だ心配だが、と。

椅子から立ち上がったジキルがオルガマリーと立香に向けて口を開いた。

 

「………流石にこれ以上待ち惚けもどうか、と思うし。

 僕は霧の中の探索を始めようかと思うんだけど」

 

ジキルの外を見ながらの言葉。

 

それを聞いた立香が自分もそうするべきかと腰を上げようとして―――

窓の外の霧の中、何かちらりと動くものを見たような気がした。

 

「いま何か外で……?」

 

彼女の呟きを聞いたサーヴァントたちが微かに動く。

霧の外の状況はまるで探知できない現状、そこに何かがいるとするなら警戒は最大限だ。

立香の言葉に訝しげな表情で反応するオルガマリー。

 

「馬鹿二人が帰ってきたわけではないの?」

 

「うーん、ちらっと一瞬だけだったから」

 

アレキサンダーが立ち上がる。

彼女の言葉を聞いて、外を確認するために玄関に向かって歩き出した。

 

寝転がっているフォウをつついている式と、本を片手に開いているウォズ。

二人以外がその後ろに続いて玄関へと向かう。

あの二人は現状、積極的に動く気はなさそうだ。

 

玄関扉に手を添え、一瞬外の気配を窺うような姿勢を見せるアレキサンダー。

その彼の手で、ゆっくりと開かれた扉。

そこから先。見えた光景は、門の前で一人の老人が息荒く横たわっている有様だった。

 

「お爺さん……?」

 

「ヴィクター・フランケンシュタイン!?」

 

〈ダブルゥ…!〉

 

玄関まで訪れ、その先の光景を見たジキルが霧に入るために変貌した。

怪物と化した彼が外に飛び出す。

少し驚きながら、立香たちもその後に続く。

 

『ヴィクター・フランケンシュタイン……って』

 

「『フランケンシュタイン』……また、小説作品の登場人物の名前、ですね。

 人造人間を作り出した科学者、という立ち位置の人物。

 確か、その本が出版されたのはこの時代から70年ほど前のはずです」

 

念のために盾を武装したマシュが、周囲を警戒しながら霧の中へ。

当然のように視界は悪い。霧のせいで魔力探査も不可能。

もしあの老爺を襲ったモノが付近にいるとしたら、すぐに対応しなければならない。

 

怪物、アナザーダブルがその腕で倒れた老爺を起こす。

息苦しそうに浅い呼吸を繰り返している彼がゆっくりと目を開き―――

 

目の前に大写しになった、異形の怪物。

そんな化け物が自分を抱えているのを理解して、悲鳴を上げてもがき始めた。

アナザーダブルがその事実にいま気付いたかのように狼狽える。

 

「そっか、ジキルってわかんないもんね」

 

確かに寝起きドッキリには刺激が強すぎる。

立香がとりあえず老爺を宥めて落ち着かせようと二人に近付いた。

 

―――その瞬間、老爺が怯えの表情を一気に笑顔に変える。

 

彼の手に出現するのは巨大な鋏。

人の命など容易に断ち切る凶器。

 

「え?」

 

「――――先輩!?」

 

流れるような動作で、その老爺は鋏を立香の首へと向けていた。

一秒待たずに彼女の首が落ちる、という光景を前にマシュが叫び。

 

突き放たれたその一撃が――――

 

少女の細い首ではなく、突き出された異形の緑色の腕を挟んでいた。

ギチギチと鋏が軋むがその腕が切断される様子はない。

 

困った風に、先程までの悲鳴とはまったく違う声が老爺の口から零れ落ちる。

 

「おやぁ? おやおやぁ? バレちゃってましたぁ?」

 

瞬間、彼がアナザーダブルの腕を振り払い後ろに跳んだ。

その軽快さは、魔術師とはいえ老爺の動きではない。

 

直後。つい一瞬前まで彼がいた場所にドレイクによる銃撃が降り注ぐ。

石畳を粉微塵に変える鉛玉の雨。

それを軽やかに回避した彼が更に二歩下がって、けたたましく笑い声を上げた。

 

老爺の姿が剥がれ落ちて、その中から本来の姿であろうピエロ装束が現れる。

 

『サーヴァント!? ああ、くそっ……!

 正体を現してもやっぱり観測上は、霧の中ではまったく見えない!』

 

ロマニが向こう側で口惜しげにそう渋い声を出した。

 

「大丈夫ですか、先輩!?」

 

「……うん。ありがとう、アタランテ」

 

鋏が突き出された一瞬の内。

いつの間にかアタランテに抱えられ、後ろに退避させられていた立香。

彼女は目をぱちくりさせながらも、自分を掴んでいるアタランテに礼を言う。

 

アタランテは小さく頷くと彼女を下し、その手の中に弓を出現させた。

すぐさまマシュも盾を構えながら、マスターの前に陣取る。

 

「汝は下がっていろ。出来れば霧の中に置いておくのも避けるべきだが……

 それ以上に。こうもサーヴァントに接近されても気づけない以上は―――」

 

「あなたたちから離れる方が危険、ということね」

 

オルガマリーもまた彼女の隣へと駆けつけて、立香を引き寄せた。

 

アナザーダブルが立ち上がりながら、ピエロに対して視線を飛ばす。

 

―――彼から見たら少なくとも、あれが本人ではないと確信があったようだ。

ピエロが顔に浮かべる疑問に対し、ジキルは静かに言葉を並べる。

 

「僕はヴィクター・フランケンシュタイン氏の人となりをそれなりに知っている。

 彼は僕のような半端な魔術師とは違う、生粋の魔術師だ。

 仮に何かに襲われたとすれば、外に逃げる事ではなく工房に籠ることを選ぶ。

 工房に籠っても撃退できないような相手ならば――――当然、逃げることも出来ない。

 つまり、彼がここまで逃げてくる。その状況そのものがおかしいだろう?」

 

「ええ、ええ。彼はわたくしの襲撃に対して工房に籠ることを選び―――

 そしてまことに残念なことに、血肉をばら撒いて息絶えましたとも」

 

ちょきん、と鋏を鳴らすピエロ。

それに対してアナザーダブルが一歩前に出る。

 

「そうか、そうなるだろうね。

 普通の魔術師に、サーヴァントの相手なんて出来る筈もない」

 

「もちろん。わたくしもサーヴァントの端くれ。

 魔術師一人に後れを取ることなどありませんが……」

 

言いながら周囲を見回すピエロの白い顔。

ひとしきり視線を巡らせた彼が、溜め息混じりに言葉を漏らす。

 

「これだけのサーヴァントを同時に、などという事は出来ません。

 わたくし、人間で遊ぶことにかけては悪魔的に得意なのですが戦闘はそれほど……

 なのでぇ……素直に逃げさせて頂きまぁーす」

 

「逃がすと思うかい?」

 

少年王がピエロを目掛けて疾駆する。

その手には既に剣が抜かれ、纏うゼウスの雷は霧さえも灼き払う熱量を持つ。

発言した通り逃亡に徹するつもりなのか、彼は一切戸惑わずに後ろへと跳んで逃げた。

 

跳ねた彼にアタランテとドレイクの射撃が殺到する。

鋏での迎撃だけではそれらを全て防ぐことは出来ない。

矢が、銃弾が、彼の体を引き裂いていく。

それさえも彼はまるで気にした様子を見せず、笑い続けていた。

 

そのまま近くの民家の屋根に上がった彼に、アレキサンダーが眉を顰める。

 

全身から血を流した彼に致命傷はない。

攻撃は受け続けているが、致命的な攻撃だけは鋏で逸らしている。

 

少し距離を取れば霧で射線は取れなくなる状況だ。

あと一回跳べば、アタランテもドレイクも射程外だろう。

逃げられる前に大威力の攻撃を、というには住宅街という戦場は危険すぎる。

 

「さて、追うべきか……」

 

問題はこの霧の中での追撃戦はどう考えても悪手なことだ。

先は見えない。周囲の状況もわからない。

こんな条件で相手を追って追撃をするのは余程の阿呆だろう。

 

だが、このまま逃がすのも面白くはない。

まして相手は明らかな快楽殺人者。

放置すれば、家に籠っている一般人すら手にかけかねない。

 

と考えていた彼の前で、しかしピエロはまだ屋根の上に立っていた。

霧の中に姿を投げることをせず、こちらをにやにや笑いながら見下ろしている。

 

「ああ、そうだ、ほら、ねえ? せっかくきたことですし、粗品とか。

 いりません? まあいらなくても押し付けるんですけどね」

 

ギチギチと虫のような足を動かす懐中時計が、彼の腕に這っている。

それを見たエルメロイ二世が、僅かに目を眇めた。

 

「呪詛の類か……?」

 

「ええ、ええ、その通ぉり!

 我が真名メフィストフェレス! 我が宝具“微睡む爆弾(チクタク・ボム)”!!

 設置、完了してございまぁああす!!」

 

「なっ……!?」

 

悪魔の名に声を漏らしたエルメロイ二世。

が、すぐさまそんな事はあり得ないと首を横に振る。

 

そんな否定の視線で見られながらも、彼はまるで気にした様子はない。

その手でしゃきん、と。

鋏を一つ鳴らしたメフィストフェレスが、高らかに宣言する。

 

「我が宝具は呪術。相手の魔術回路ですとか? 霊基ですとか?

 そう言ったところに爆弾を仕掛けまして、ドカンと。ええ、木端微塵ですとも。

 あ、何でわざわざこんな事説明するか、とか考えてらっしゃいます?

 いえいえ、サーヴァントの皆さま方には耐えられる方もいらっしゃるでしょうが、ほら。

 目の前でマスターが内側から吹っ飛ぶ絵面、想像してほしいでしょう?

 守るとか、守らないとかで、助かる手段じゃありませんし?」

 

「ちっ……!!」

 

舌打ちしたドレイクの背後にカルバリン砲が開放される。

最悪を考えるならば、家ごと吹き飛ばしてでもあれを倒さねば手遅れになる、と。

アタランテもまた矢より疾く走り抜けて叩き伏せるべく腰を落とし―――

 

「やあ、キミたちはもうちょっと落ち着いた方がいい」

 

ぽろん、と。背後から聴こえる竪琴の音がそれを静止させた。

強制的に焦燥が落ち着かされるような感覚。

それに驚いたように後ろを見る彼女たちの目に、竪琴を奏でるダビデの姿が映る。

 

「いえいえ、落ち着いている場合じゃありませんとも!

 さあさあ、阿鼻叫喚の地獄絵図。ではどうぞ、3! 2! 1! “微睡む爆弾(チクタク・ボム)”!!!」

 

それが爆弾の起動の合図か、叫ぶと同時に両腕を振り上げるメフィストフェレス。

 

―――だが、誰かが、何かが、爆発するような事は一切発生しなかった。

じぃっと待つこと数秒。彼がゆっくりと不思議そうに首を横に倒す。

 

「おや? おやおやおやぁ? これはどういう?」

 

「―――悪魔祓いは僕の生業ではないのだけれど。

 しかし僕が竪琴で音を奏でれば、魔的な呪いであれば祓われるのが道理だろう?

 それがたとえ、キミの宝具であったとしてもだ」

 

彼が竪琴で奏でる邪気を祓う清めの音が、霧の街に響く。

微睡む爆弾(チクタク・ボム)”は宝具に昇華された呪術。

しかしその呪力さえも祓う力を奏でていると、彼は言う。

 

ダビデは竪琴の弦に指を這わせながら、底の見えない不敵な笑みを浮かべる。

演奏を続けながら、彼の視線は家屋の屋根に上がったメフィストに向かう。

ぽろろん、と優しげな音を鳴らす竪琴を不快そうに見下ろす悪魔。

 

「さて、悪魔を騙るキミに問おう。いま、キミには心を改める機会がある。

 どうだろう。改心してみる気が、あったりするかい?」

 

「―――ここは『はい』と答えて騙し討ちするべきなのでしょうが……

 その問いばかりは『いいえ』と答えてしまいましょう。

 わたくしは悪魔メフィストフェレス。

 人を悪の道に改心させるものであり、それを見て愉しむものですゆえ!」

 

答えながら、彼が取った判断は即座の離脱だった。

すぐさま背後の霧の中に身を躍らせ、相手から見える姿を消し去る。

 

霧に沈んでしまえば相手はこちらを追えない。

彼は戦うものではなく。人を玩具にして愉しむもの。

その愉しみを継続させるためならば、敗走などなんのそのという話だ。

 

が、

 

ひゅい、と風を切り石が飛んでいく。

立て続けに四つ。メフィストフェレスにぎりぎり当らない軌道で。

 

「これは……」

 

自身のすぐ傍を通って行った石に、僅かに顔を顰めさせたメフィスト。

そんな彼の耳に、霧の向こうからダビデの声が届いた。

 

「では、僕は神より賜いし僕の仕事を成そう。―――“五つの石(ハメシュ・アヴァニム)”」

 

瞬間。霧のカーテンを突き破り、石ころが殺到した。

悪魔の眉間に、ただの石である筈のそれが叩き付けられる。

飛んできた五つ目の石はメフィストの頭部に突き刺さり、彼に悲鳴を挙げさせた。

 

「ぐげぇ―――っ!?」

 

空中で体勢を崩してひっくり返る。

 

そんな声を聞いて、狙いを定めるものがジキル邸の屋根上に準備している。

彼女はその悲鳴を聞き届けると、ゆっくりと目を開く。

青と赤の光が螺旋を描き、周囲の風景から死を感じ取る。

 

屋根を蹴り飛ばし、霧の海へと舞い上がる赤いジャケット。

そうしてメフィストフェレスの直上に出現したのは、青い眼の死神。

 

「おお―――っ!?」

 

「―――なんだ、悪魔っていう割には普通だな。

 ようするに、あれだ。小悪魔系って奴か。ファッション悪魔、みたいな」

 

姿を見た彼女は、そのピエロの姿を直視して呆れたように息を吐く。

同時に、その手の中でナイフの白刃が煌めいた。

 

瞳の中で青と赤の光が渦巻き、彼女に万物の終わりを直死させる。

死を前にして、咽喉を引き吊る程に笑うメフィストフェレス。

 

「イヒヒ、ヒハハハハハハ――――ッ!!

 おや分かります? わたくし実は、ただの悪魔っぽい英霊でありますので!

 ですがご安心を。わたくしと契約していただいた方には、もれなく!

 悪魔と契約者による! 破滅させるかさせられるか!

 スリルとサスペンスをご提供―――!」

 

「馬鹿言えよ、そもそも悪魔は人を唆すだけ。そういう成り立ちだ。

 けどお前は違う。お前のはただの自分の嗜好だ。

 自分が愉しみたいだけでやってるところが、お前は悪魔から程遠いんだ」

 

言い放ち、一閃。

その眼が示す線をなぞるナイフの切っ先。

それはごく短いナイフとは思えぬほどにあっさりとメフィストの体を両断した。

上半身と下半身に分かれ、地上へと墜ちていく。

 

「―――お前があっちのチャラい王様に負けたのは神様とか悪魔とか関係なくて。

 きっと商売人として顧客のニーズに応えられるかどうかって話だ」

 

「キヒ―――ええ、ええ、雇い主の利益より趣味を優先するのがわたくしでして。

 なにせ悪魔なもので!」

 

とん、と。別の家の屋根に着地した式が振り返る。

確実に死亡しながらも、おどけた言葉を吐きつつ地表に落ちていった悪魔もどき。

その体は地上に沈殿した霧の中で、血飛沫の如く金色の光として撒き散らされた。

 

「だったら悪魔じゃなくて詐欺師になれって話だ。

 ま、どっちにしろ悪党は板についてた。殺し甲斐は十分あったよ、外道」

 

快楽主義者が滅するのを見送りながら、その眼から死を読み解く光を消す。

黄金の光が霧に溶け込むのを眺めていた彼女は、僅かに顔を上げて霧に覆われた天を見上げた。

 

 

 




 
実はモードレッドと同じくらいキレてたマン。
小学生の頃だったら即掴みかかっていたレベル。
 


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暴かれたM/おとぎのものがたり20XX

 
2周年アンケートフェスでやっとグランドジオウが引けたので初投稿です。
 


 

 

 

「ゥー……」

 

「よう、フォックス。

 オレの記憶が正しけりゃよう、ありゃウェディングドレスって奴じゃねぇのか?

 なんでそんな服があの爺さんの家にあるんだよ」

 

「そんなこと私に訊かないでくださいます?」

 

家の中を適当に探し回った結果、見つけた女物の服。

何故か唯一あったのは、今まさに少女が着ている純白のドレスだった。

それしかなかったんだから仕方ない、とばかりに顔を顰めるフォックス。

 

少女はこの状況をどう考えているのか、工房の床にぺたりと座りこんだまま動かない。

 

フォックスがそんな少女を一度見てから視線を外す。

彼女の視線はこの工房内の奥に纏められているガラクタの山へ。

 

一体そこから何を感じるのか。彼女はそのままそのガラクタの山を崩し始めた。

真剣な顔で物色を始めた彼女に、金時は首を傾げてみせる。

山のように積まれているガラクタを崩して、その中を掻き分けるフォックス。

 

そんな彼女の背中に金時は声をかけた。

 

「おい?」

 

声をかけられたからではないだろうが、彼女がその動きを止める。

中から何かを見つけたのだろうか。

 

「これでしょうね。どっこい……いえ、金時さん。

 これ。引っ張り出してください。くれぐれも壊さないように」

 

「あん? 別にいいけどよ……」

 

言われた金時が彼女が見ていたガラクタの中。

そこに手を突っ込んで言われたものを掴み、慎重に引っ張り出す。

 

―――それは先端に鉄球のようなものがくっついた人の身長ほどもあるメイスだった。

その鉄球は明らかに打撃を目的とした、ただの金属の塊ではない。

どういうものだか分からないが、何らかの機関であるように見える。

 

「こりゃあ……」

 

「多分あの子の心臓なんでしょうね、それが。

 そこに金時さんが電気を入れちゃったから動き出した、というところでしょう」

 

そう言って彼女は座っている少女に視線を向けた。

髪をガシガシと掻いて、その話に対する言葉を探す金時。

 

「あー……つまりあれだ、改造人間って奴か? 眠らされてた」

 

「改造じゃなくて人造では?

 まあ……()()は人間っぽいので改造でもいいでしょうけど。

 人で造ったキメラってことでしょうね。造ったはいいけど封印されてた」

 

説明を受けた金時の舌打ち。

そういう反応だろうと思っていたので、フォックスから突っ込むこともない。

 

彼はそのメイスを持って座り込む彼女に近寄ると、自分も腰を落とした。

身長に差が有って目線は並ばないが、彼女に合わせようとしているのだろう。

 

「へい、ガール。こいつはお前さんのもんだ。持っときな」

 

そう言って少女にメイスを差し出す。

少女も躊躇うことはなく、それを受け取って胸に抱いた。

それが自分の心臓であるということに自覚があるのだろうか。

 

そうしてから金時は立ち上がり、またも困ったように頭を掻いた。

 

「しかしどうすっかな、どういう状況かまるで分からねぇ。

 この時代がイカれてる。この霧がイカれてる。表にゃよく分からん人形たち。

 情報はそれだけで、どうすりゃいいのかマジで分からねェ。

 しかもマスターも無しでちと魔力を使いすぎた」

 

「あんな派手に暴れるからでしょうに」

 

少し前に敵対した恐らくキャスターだろうサーヴァントだけではない。

召喚されてからこっち、道端で出会う敵全てを粉砕しているのだ。

マネキンのような人形や、鋼鉄の塊みたいな機械人形。

更には命を与えられた肉塊、としか言えないような―――恐らくホムンクルスか。

 

それを薙ぎ倒し続けた彼の魔力は、流石にそろそろ限界。

というよりよくここまで保ったものだと彼女は感心する。

 

「もしかしたらオレたちにマスターを与えないためか?

 生きてる魔術師を殺してるのは」

 

「そんな感じじゃ……なさそうですけどねぇ」

 

金時の言葉に、相手の活動を考えてみる。

サーヴァントならいざ知らず、魔術師を殺すだけならサーヴァントなんていらない。

あの鋼鉄の兵器、そうでなくても大量のマネキンを投入すれば磨り潰せるはず。

 

まあ魔術師の総本山らしい時計塔は分からないが……

 

「ちっ、マスターさえいりゃあもう少し無理が利くのによぉ」

 

そう言って膝を叩いた彼のズボンの裾がくいくいと引っ張られる。

振り返った彼が見たのは、少女が自分の足に縋りついている光景だった。

サングラスの下で瞳が困惑の色を浮かべる。

 

いや、彼女の言いたいことは何となく伝わってはくるのだ。

金時は言葉を持たない動物ともある程度だが意思疎通が叶う。

それは彼女のように喋らない人間であっても同じ。

強い感情はなんとなし、彼に誤解なく伝わってくるのだ。

 

彼女は嘆いていた金時に、協力を申し出ている。

あと無駄に電気をばら撒くなとも言っている。

 

「……おう、どうしたんだガール」

 

「ウゥ……」

 

「ふぅむ……」

 

彼に縋りついている少女を見て、フォックスが首を捻る。

そして彼女が胸に抱く彼女の心臓部を見つめた。

 

「現地の生きた人造人間。恐らく高等な魔力炉心と見られる心臓。

 これは、もしかしたらもしかするのではないでしょうか?」

 

そこまで言われれば金時も理解する。

くいくいと何度も引っ張ってくる彼女が、金時に言いたいこと。

 

―――わたしが、おまえのますたーに、なる。

―――まずはその、でんきのむだづかいを、かんりする。せつでん、しろ。

 

 

 

 

メフィストフェレスを名乗る英霊を撃破した、が。

その状況にアナザーダブルが顎に手を添える。

 

「………ヴィクター・フランケンシュタイン。

 小説『フランケンシュタイン』は僕も知っているんだ。

 この時代に生きる彼は、小説のモデルとなった魔術師の孫になる」

 

『科学者ではなく、魔術師……だったのかい?』

 

「そうだね。どのような経緯で小説になったか、それは僕には分からないことだけど」

 

彼がそう口にしたのを聞いていたエルメロイ二世。

その視線が合流してきた式に向く。

幾つか言葉を交わしていた彼女ならばもしかして、という考えで。

 

「あれは、マスターの存在を示唆していたのだろうか」

 

「どうだろうな。多分、マスターってのはいなかったんじゃないか?

 あいつは……うん、契約者と雇い主は分けてたと思うぜ。

 あと雇い主から与えられた仕事の中に愉しみを見出すってことは―――」

 

果たして彼女は、欲しい答えを得ていたようだ。

だがサーヴァントでありながら、マスターではない何かに従えられていた。

その結論には眉を顰めるしかない。

 

「雇い主、とやらは彼が遊びたい“人間”じゃないんだろうね」

 

式の言葉をダビデが継ぐ。

彼女も肩を竦めて、その意見に同意を示した。

 

マスターならば契約者と呼び、彼はそれを一番の玩具にするだろう。

だがメフィストは、雇い主と呼んだ相手から与えられた仕事の中に遊びを入れていた。

恐らくは彼が雇い主に対して大した興味を持てていなかったということだ。

 

「―――その雇い主は……特異点を形成した聖杯の所有者だろうね。

 さて、そうなると……恐らくサーヴァントではないだろう。

 レフ・ライノールのような魔神の可能性が高いね」

 

アレキサンダーが現時点で出せる結論を出す。

サーヴァントであれ、それが人間性を保有していれば彼は遊ぶだろう。

だとすれば、あれに指示を下していたのは人間性を持たぬもの。

もっとも可能性が高いのは、レフ・ライノール・フラウロスの同類だ。

 

その名を聞いて、オルガマリーが僅かに眉を顰めさせた。

 

「……人間に擬態した魔神、らしきものはまだいると?」

 

「少なくともフラウロスは人として活動した存在であった。

 そして同時にフォルネウスを自称するものがいたんだ。

 あと七十、それらと同列の存在が控えていると見た方がいいんじゃないかな」

 

少なくともあれきりだ、と考えていて奇襲されるよりはそっちがいい。

そう言って、アレキサンダーは絶望的な絵面を想起させるような発言をする。

 

「あの魔神が、七十……」

 

呆然としたような声をあげるマシュ。

アルテラやメディアの手によって破壊、あるいは利用されてはいたが。

しかしあれらが超級の存在であることに何ら変わりはない。

微かに怯えさえも混ぜ息を吐く彼女。その背をドレイクが軽く叩いた。

 

「なに、逆に言えばあれが七十出てくるって分かっただけでも儲けもんさ。

 一本ずつ切り倒していきゃいいんだよ」

 

『……うーん、それはどうだろう。

 仮に真に悪魔だったとすると、現世の器を壊しただけじゃ死ぬことすら……』

 

ロマニの声は、おそらく式を意識しているのだろうか。

彼女の死を視る眼ならあるいは、と。

式は特段気になることでもない、というように肩を竦めた。

 

『……まあ、どちらにせよ無制限に出現できるはずはない。

 そんなことが可能なら、それこそ聖杯さえも必要なくなる。

 あれらは人理焼却側における、切り札的な存在だと思っておいていい……はず』

 

「その魔神という連中は僕には分からないが、とにかく。

 恐らく敵の狙いは霧によるロンドンという都市の衰弱死だろう?

 なのにわざわざ、一人の魔術師を狙ってサーヴァントを動かした。

 かく乱が目的だった可能性を考えればそれまでだけれど……」

 

そう言ってより深く思考に落ちていくジキル。

と、そんなところに家から出てきたウォズの姿が現れた。

どことなく面倒そうに、彼は悩んでるジキルに対して声を飛ばす。

 

「いいかな、ヘンリー・ジキル。

 君の家の無線機に、救援を呼ぶ声が届いているようなのだが」

 

肩を竦めながらそういった彼。

その言葉を聞いた皆で顔を見合わせてから、家の中に駆け込んだ。

 

 

 

 

「ソーホー地区に住んでいる人たちが醒めない眠りに落ちる……

 これ、どうやって気付いたんだろう」

 

極力外に出ないような生活の中だ。

家の中で発生した異常を、他人が見つけるのは難しいだろう。

そうなると被害者の身内からだった、のだろうか。

 

無線機で通信を送ってきた人間は、事実だけ告げるとさっさと話を終えてしまった。

何かとてつもなく忙しい、という風だったように思う。

追い詰められて焦っている、というよりは純粋に忙しそうな。

 

「メフィストフェレスを皮切りに、住民への攻撃が開始されたのでしょうか……」

 

「さて。まあ、その連絡をくれたソーホー地区の古書店とやらに行けばわかるさ」

 

ジキル宅に無線で連絡を入れたのは、危急の状態にあるソーホー地区。

そこにある古書店だということらしかった。

 

彼が懇意にしている書店らしく、それ故に彼の家へと通信できたのだろう。

ただ彼も無線から聞こえた声に聞き覚えはないそうだ。

少なくとも店主ではない、と。

 

誘い出すための罠なのか、あるいは一般人が古書店に逃げ込み必死で助けを求めたのか。

 

それに対応するべく立香が、マシュ、アレキサンダー、エルメロイ二世、ドレイク。

あとついてくることになったウォズ。

そのメンバーを引き連れて、連絡があった現場へ向かうことになったのだ。

 

「……何故私まで」

 

「一般人を霧の中連れて帰るわけにはいかないだろう?

 マスターの転移魔術の代わりに、君の移動能力を借りたいのさ」

 

文句を述べるウォズに対し、アレキサンダーは当然のように。

無線機の先、待っているのが一般人……

あるいは魔術師であったとしても、助ける場合は霧の中を長時間歩かせるわけにはいかない。

だがウォズのあの転移能力を使えば、即座にジキル邸に送り届けることができるはずだ。

 

言われて小さく溜め息を吐くウォズ。

 

「もういっそのこと、タイムマジーンを呼んだらどうだい?

 あれならば物資含めて一気に運べるだろうに」

 

「ジキルの家の中であんなの召喚したら家が吹き飛んじゃうよ」

 

「そうなっても私は困らないからね」

 

そんなことを言いながら一応着いてきてくれる気はあるのか。

 

移動は市街の見回りも兼ねて、サーヴァントの移動速度で一気に駆け抜けること。

その移動速度にウォズはついてこれるのか、と視線を向ける立香。

だが彼は危うげなく、マシュに抱えられソーホーへ向かう彼女たちの移動に追随してくる。

 

 

―――そうして辿り着いた先。

 

静かな街並みの中に佇む古書店の中に、彼女たちは踏み入る。

 

そこでは、棚に腰かけて本を読む青髪の少年が待っていた。

彼は踏み込んできた者たちを一瞥すると、すぐに本へ視線を戻す。

 

「思ったより早かったな。少し待て、せっかくだから稀覯本だけでも読み尽くす」

 

少年らしくないやたらと良い声。

それは無線機から聞こえてきたものと一緒な気がする。

つまり彼こそがSOSの下手人のはずだ。

 

「えー……」

 

だが、そんな彼は本に熱中していて異常事態などに構えない、という様子だった。

思わず困惑の声をあげるが、彼が気に掛ける様子はない。

 

彼の横に積み上げられている本を見て、むう、と唸るエルメロイ二世。

それほどの本があるのだろうか。

 

「どのくらいかかりそう?」

 

「一日半と言ったところか、読み終えるまで外で時間を潰していろ。

 霧の中でランニング、とかいいんじゃないか? 何より俺の邪魔をしないのがいい。

 読書の邪魔にならないなら好きにしろ」

 

その言い草にマシュが困ったように立香を見る。

子供だからどの程度強く出るべきか、というのが判断できないのだろうか。

本しか見ていない様子の彼に、アレキサンダーが声をかけた。

 

「君もサーヴァントかい? はぐれ、ということでいいのかな」

 

警戒の態勢。

サーヴァントであるのなら、敵性である可能性はある。

戦闘能力が高そうにも見えないが、絶対ではない。

 

そう声をかけられてちらりと視線を動かす少年。

彼は小さく溜め息を吐いてから、読んでいた本をぱたりと閉じて積み上げる。

 

「見ての通りだ。どういうわけかこの街に放り出され、やることもないから読書中だ。

 街が霧に沈む異常事態? だからどうした、物書きにやれることがあるものか。

 マッチ売りの少女も外がこの有様じゃマッチが湿気て話にならん」

 

棚から飛び降りて、そのまま歩き出す少年。

 

「この上にいるぞ。ソーホーを眠らせた犯人はな」

 

眠りに沈んだ街で救援を求めた少年は、当然のように犯人の所に行こうとする。

その迷いのない様子を見て、エルメロイ二世が少年の背に問いかけた。

 

「……どういう状況か把握しているのか?」

 

「どうもこうもない。無線で言った通りだ。

 ソーホーは眠りについた。夢を見ているのではない、夢に見られている状況だ。

 このままでは遠からず、そのまま永眠するものも出てくるだろうさ」

 

そう言ってさっさと建物の二階に上がっていく。

こちらの意見を聞く気もなさそうなその様子に一同が顔を見合わせる。

 

盾を構えたマシュが真っ先に続き、警戒のためにエルメロイ二世が最後尾に。

―――とはいえ何も起きることはなく、少年の導きであっさりと到着する。

古書店、二階の書庫。

 

そこにふわふわと、一冊の本が浮いていた。

 

「これは……」

 

()()()()()()()。もっとも、姿が固定される前の状態だがな」

 

「姿が固定……?」

 

最後に到着したエルメロイ二世が、それを見て息を呑む。

一瞬だけアレキサンダーに視線を送った彼が、難しい顔でその名を漏らす。

 

「固有結界……」

 

「分かる奴がいて何よりだ。さあ、俺の代わりにさっさと説明しろ」

 

ふんぞり返る少年。

何故そうまで偉そうなのか、と言いたげに顔を顰める二世。

 

「固有結界って?」

 

立香の問いにそのまま口を開こうとした彼が、しかし一度その口を閉じる。

それから数秒、何かを考え込むような様子を見せて―――

もう一度口を開いた。

 

「……そうだな。まあ君に分かり易く伝えるならば、ネロ帝の宝具のようなものだ。

 厳密には違うが、あれが一番視覚的に分かり易い。

 あれは彼女の生前の偉業の再現だ。だが固有結界は術者の心象の具現するもの。

 もちろんその術者によるが……

 あれだ、ネロ帝よりやりたい放題できる大魔術と覚えておけばいい」

 

「ネロより! それは凄いやりたい放題……!」

 

途中で投げやりになった説明に、困ったような表情になるマシュ。

とはいえここで講義をしても仕方ないと思っているのか。

エルメロイ二世は油断なく宙に浮く本に視線を送る。

 

「そんでその固有結界ってのと空飛ぶ本に何の関係があるのさ。

 その本、心があるっていうのかい?」

 

ドレイクが発した疑問の声を鼻で笑って一蹴する少年。

 

「馬鹿め、本に心なんぞ持たせてどうする。そんな気味の悪いものが読めるか。

 あれは本の形をしているだけで、本質はそこじゃない。

 ―――“物語”だ。不特定多数の誰かから心を向けられて、成立してしまった概念だ」

 

「物語……?」

 

マシュの声に小さく鼻を鳴らしてから、少年は続ける。

 

「物語として成立している奴に心など持てん。

 当たり前だ、奴は物語を読んだ誰かの心に感応するだけの鏡。

 サーヴァントとして契約した人間の心の中にある物語に影響され、その姿を得る存在。

 鏡として入力したものを歪曲せずに出力するには、余計なものはあってはならない。

 ―――だというのにな……」

 

本へと視線を送る少年。そこで僅かに本の放つ魔力が乱れる。

その何かの予兆に全員が身構える中、しかし少年だけは何をするでもない。

ただ口だけを動かし続ける。

 

「一体どれだけ愛されたのやら。奴は奴の知る自分を捨てたくないらしい。

 他の誰かの鏡になって、今の自分が別物に代わることが許せない。

 だからこそ奴がとった行動こそが―――」

 

「付近の住民を眠りに落とすこと、なんですか……?」

 

イマイチ彼女には理解が及ばなかった、が。

とにかく相手マスターによって変化する存在。

変化したくないがゆえに、マスターを求めない存在であるという話に聞こえる。

 

少年は一度鼻を鳴らすと、それに答えを返す。

 

「そんな自覚すらないだろうさ。ただ奴は探しているだけだ。

 自分が望む一番大切な読者をな。まったく、持ち主を探す本などろくでもない。

 飼い主を探させるなら犬でも主人公にしろという話だ。本が彷徨ってどうする」

 

呆れるように、憐れむように、彼はそうとだけ言って言葉を打ち切った。

 

「ではこの周辺に出たという被害は、あの本を撃破すれば……」

 

「もちろん解消するだろうよ。だが喜べ、このままでは解決法がない。

 何せ今の奴は実体はない、“物語”という概念でしかないのだからな。

 まずは実体を与えてやらねば、触れることすら叶わないぞ」

 

「どうやって?」

 

「決まってるだろう。大体、“物語”なんて名前の物語なんぞ―――

 おい、ちょっと待て。お前は何をしている?」

 

そうして説明する口を止めた少年が声をかけたのは、ウォズだ。

彼は自分に話しかけてきた少年に訝しげな視線を返す。

 

「―――なに、とは?」

 

ウォズは何もおかしなことはないだろう、と言う風だが―――

 

少年だけではなく立香もまた彼を見る。

彼女も困惑げに彼の様子を見て、戸惑うような表情を浮かべた。

周囲のサーヴァントたちも、彼が何をしようとしているのかと身構えた。

 

「それ……」

 

「―――なに?」

 

まるで自分の状態が分かっていないような様子のウォズ。その首元。

彼はそこからストールを思い切り伸ばしていた。宙に浮く本に向かって。

 

立香が指差して初めて、それが不自然なことだと気づいたかのように。

ウォズ自身もその事実に驚きの表情を見せた。

どうやら彼自身さえも、何も感じずやっていたことらしい。

 

正気を取り戻したウォズがそれを止めようとするが、しかしそれはまったく止まらない。

 

ストールの先端が本に対して接触する。

その瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

少女の夢を抱えて眠る童話の本が、別の物に染め変えられ始める。

 

誰かの為の物語(ナーサリー・ライム)”が、ウォズの心に更新されていく。

 

その物語が望む在り方、いつか過ぎ去った少女の夢。それが上書きされていく。

その本の本来の在り方、契約者の夢の具現。元来の在り方に矯正されていく。

 

「なっ、―――何をしてるんだ馬鹿かお前はッ!?」

 

「づっ、私も好きでやっているわけではない……!」

 

彼自身も今までに見たことのないような必死さで、それを止めようとしていた。

その物語が心を映しだす鏡なのであれば、自分を映し出されるのは困ると言わんばかりに。

だがその繋がりが、何かを引き寄せるのを止められない。

 

ウォズの行動がどこまで本気なのか、それが分からないカルデアの面々も理解する。

これが非常事態であったのだと。

だが動こうとする前に、既にその現象は完了していた。

 

―――“誰かの為の物語(ナーサリー・ライム)”の霊基により再現され、更にそれを侵略した存在。

 

彼は、引き換えに消滅した本があった場所に立っていた。

目を隠すようなバイザーを装着した顔が、笑顔を浮かべながら周囲を見渡す。

その衣装はまるでウォズとは真逆の白一色。

ウォズと同じ声で、しかし彼より少し軽薄な響きでもって彼は語る。

 

「――――【ウォズ。ナーサリー・ライムと契約し、自分の心を映して変質させる。

 そしてそれが媒介となり、この地にもう一人の自分が現れる】」

 

手にした本型のデバイス。

その液晶に表示された文字を読み上げながら、彼は顔にかけたバイザーを外した。

現れた顔は紛れもなくウォズのもの。

 

「ウォズさんが、増え、た……?」

 

マシュのどう反応すればいいのか、と戸惑う声。

 

「もう一人の、私……!?」

 

だがそれ以上の驚愕が、ウォズ本人の声からは感じ取れた。

そんなウォズの顔を見て、微笑みを浮かべるウォズ。

 

「どうしたんだい、もう一人の私。ただ驚いているだけかな?

 確かに。ナーサリー・ライムが映すのは、契約者の心の“物語”だ。

 コピーされる姿は契約者が思い浮かべる、いわゆる“物語の主人公”の姿になるはず。

 私の姿が魔王でなかったことに驚いているのかい? それともバールクスではなかったことに?

 ―――けれどどうか安心してほしい。私はナーサリー・ライムではなく……」

 

言いながら彼は目の前に手を翳す。

その空間に緑色の光が走り、何かディスプレイのようなものを虚空に浮かび上がらせる。

そこから浮かび上がってくるライトグリーンとブラックの物体。

彼の手がそれを取り上げる。

 

初めて見る形状であるが、おおよその推測はできる。

 

「それは、まさか――――」

 

「ふふ、そう」

 

〈ビヨンドライバー!〉

 

ベルトのバックルのように、手にしたそれを腰に当てる。

その瞬間、そのユニットからベルトが展開されてウォズの腰に巻き付いていた。

更に彼の手の中にあるものは、ソウゴの持つそれとは形状が違うが間違いなくライドウォッチ。

 

「仮面ライダーだからね」

 

〈ウォズ!〉

 

彼が起動したライドウォッチを装着したビヨンドライバーにセットする。

 

〈アクション!〉

 

白い服のウォズの背後に展開されるスクリーン。

緑の光で形成されたそれの横では、リューズが回っている。

それ自体がスマートウォッチを思わせる形状。

 

ウォズを取り囲む緑色の光が飛び交い、球体となり彼の体を包んでいく。

 

ゆったりとした動作。ドライバーの前で交差させられるウォズの両腕。

その動きの中で、彼の腕は再びセットしたライドウォッチのスターターを押していた。

外装が中央から横に観音開きになり、内部が露わになるウォッチ。

 

「変身」

 

〈投影!〉

 

彼の手がウォッチがセットされた部分を掴み、ドライバーの内部に入れるように動かした。

ビヨンドライバーの中央のパネルが光を放ち、ウォッチに描かれていた顔を映し出す。

同時、ウォズの周囲の緑の光が完全に彼の姿を包みこむ。

 

〈フューチャータイム! スゴイ! ジダイ! ミライ!〉

 

ジオウの装甲さえも上回るスムースグラフェニウムの装甲が形成される。

現れたるはシルバーとブラック、ライトグリーンで構成される輝くアーマー。

背後のスクリーンから射出された“ライダー”の文字―――

インジケーショントラックアイが、彼の頭部に飛来して収まった。

 

〈仮面ライダーウォズ! ウォズ!〉

 

「馬鹿な……」

 

その銀色の戦士を前にして、ウォズが呆然と呟いた。

もう一人の自分の様子に小さく仮面の下で笑った彼が腕を掲げる。

 

「祝え! 我が名は仮面ライダーウォズ!

 悪しき魔王を打ち倒し、新たなる未来を創出する救世主の導き手にして―――

 未来の創造者である―――――!!」

 

 

 




 
おとぎのものがたり2019

ありすのままじゃないナーサリーと今のウォズが契約したらSOUGO(ナーサリー・ライム)とかで出てくるのでは、みたいな。
 


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Wをつないで/もう一人のウォズ2019

 

 

 

突如現れたもう一人のウォズ。

そして彼が変身した姿、仮面ライダーウォズ。

銀色に煌めくその存在を前にした黒い衣装のウォズは、顔を大きく顰めた。

 

その光景のまま時間が止まっているかのような状況で彼は後ろを振り返る。

 

「この本によれば……普通の高校生、常磐ソウゴ。

 彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた」

 

彼の手の中には預言書である『逢魔降臨歴』が開かれている。

焦るような手つきで何度もその本の頁を捲るが、知りたい記述は見つけられない。

 

「……だが、人理焼却により燃え尽きた歴史を前にした彼は仮面ライダージオウに変身。

 七つの時代。人の歴史の転換点となる、七つの特異点の修復に挑んでいた。

 そして第四特異点、西暦1888年のロンドンにおいて―――」

 

「魔王に仕えるウォズの前に、救世主を導くウォズ。

 仮面ライダーウォズが立ちはだかった」

 

背後からかけられた声に振り返るウォズ。

ライダーウォズの手には本型のデバイスがある。

両腕を高らかに掲げた彼はウォズのセリフを奪うと、そのまま滔々と語り継ぐ。

 

「定まった魔王の未来は揺らぎ、歴史は救世主が創り出す未来への道を歩み始める。

 この私の導きによって……」

 

「救世主……?」

 

魔王とは常磐ソウゴを指し示す称号。

では救世主とは、と。

彼が疑念を顔に浮かべていると、ライダーウォズは仮面の下で小さく笑った。

 

「悪なる魔王に討ち滅ぼすべく、我らの戦いはここより始まる。

 まずは未来を取り戻し、その先にある三つのライダーの力を得るために。

 ―――さあ、失われた歴史をリバイブしよう」

 

そうして、ライダーウォズがそう宣言すると同時に時間が再び動き出す。

 

 

ウォズに対して、彼と対峙しているドレイクの声が飛ぶ。

 

「で!? これはあの青いのみたいな敵ってことでいいのかい!」

 

「青いの? ああ、仮面ライダーディエンドだね。

 彼と私は関係ないが……私は常磐ソウゴに敵対するもの、ということには違いない」

 

〈ジカンデスピア! ヤリスギ!〉

 

彼の手の中にライトグリーンの刀身を持つ槍が現れる。

それを開戦の狼煙として受け止め、ドレイクは二丁拳銃での攻撃を開始した。

無数の鉛玉がそのままライダーウォズに直撃。大きく火花を散らす。

 

「ちっ、まずは外に追い出せ! この建物の中にも寝ている古書店のオーナーがいるぞ!

 というか、あの本を排除したからそのうち起きてくる!

 見つかったら騒がれて更に面倒ごとだ、さっさと摘まみだせ!!」

 

「店主さんは知り合いじゃないの?」

 

声を張った少年に立香が問いかけると、彼は当然とばかりに頷いた。

 

「俺はサーヴァントだぞ。この世界に知り合いなどいるものか。

 たまたま見かけた品揃えのいい本屋に忍び込んだだけだ!」

 

「ジキルの家に繋がる無線機見つけたのもたまたまなんだ」

 

一周回って凄いな、と流しつつ戦場を見る。

 

銃撃の嵐になすがままになっている彼は、銃撃を受けながら片手に乗せた本へと語りかけた。

 

「―――【フランシス・ドレイク。銃に弾が詰まり、発砲できなくなる】」

 

ライダーウォズの発言と同時、彼の持つ本がノートのようにその発言を書き留める。

その結果。ガチリ、とその瞬間にドレイクの拳銃が二丁とも弾詰まり(ジャム)を起こした。

 

「ああん!?」

 

当然、魔力で補充される銃弾にそんなことは普通起きない。

だと言うのに発生した、という事実にドレイクが困惑する。

動きが止まった彼女に対して、ライダーウォズが槍を回しながら強襲をかけた。

 

その前に立ちはだかるアレキサンダー。

彼の振るうスパタが、ジカンデスピアと激突する。拮抗したのは僅かな間。

押し込まれるアレキサンダーは、体を捻ってその一撃を逸らす。

 

返す刃で再び迫るジカンデスピアを躱しつつ、ライダーウォズの手にある本を見る。

 

「随分凄いものを持っているね。それは未来を測定しているのかな?」

 

「君たちの言葉で説明するならば、そういうことになるかもしれないね」

 

答えながら同時に放たれる刺突撃。

それがアレキサンダーへと届く前に、彼の前に巨大なラウンドシールドが割り込んだ。

槍の切っ先が触れると同時に、それを逸らすべく振り抜かれる盾。

 

無論、そこに姿を現す者はマシュ・キリエライトに他ならない。

 

「……っ、まずはここから追い出します―――!」

 

「君たちだけで私をかい? それは難しい話だ」

 

ライダーウォズを睨む少女の視線に、彼は笑い声を返す。

だが更に彼女の後ろから銃を封じられたドレイクの姿が飛び出してきた。

 

「はっ、そっちの方が燃えるじゃないかい!」

 

銃は未だに封じられているはずだ。

そんな彼女が屋内で発揮できる攻撃力では、ライダーウォズに傷一つつけられない。

彼は悠々と迎撃行動に入ろうとジカンデスピアを構え直し―――

 

「私がいるのを忘れていないかい、もう一人の私?」

 

その腕が、ウォズのストールに絡みつかれていた。

鬱陶しそうにそれを見て、しかし余裕を崩さないライダーウォズ。

 

「オーマジオウ配下の君に、それ以上の何が出来ると言うんだい?

 魔王の歴史では未来にライダーは誕生せず、救世主の歴史では新たなライダーが誕生する。

 仮面ライダーである私と、仮面ライダーではない君。それが決定的な君と私の差だ」

 

「ごちゃごちゃ言ってないでさぁ!」

 

そうしてドレイクがウォズの眼前に辿り着く。

彼のその余裕は一切崩れない。

彼女に殴られようが蹴られようが、彼はビクともしないのだから。

 

瞬間、彼女の背後の空間に波紋が浮かぶ。

そこから顔を出すのは、彼女の宝具たる“黄金の鹿号(ゴールデンハインド)”の砲門。

 

仮面の下でライダーウォズが僅かに眉を上げる。

確かにそれならばこちらに十分以上の傷を与えられるだろう。

だが同時に、この周辺一帯すらも破壊する。故に撃てる筈もなく―――

 

「吹っ飛びなぁッ!!」

 

尋常ではない勢いで飛び出してくる砲身が鈍器となり、ライダーウォズの胴体を強打した。

ミシリと軋む胸部アーマー・トノーライトテクター。

そのまま彼は、壁を突き破って家の外へと叩きだされていた。

 

石畳の上に落ちて転がるライダーウォズ。

 

「……なるほど。甘く見すぎていたようだね」

 

彼が体を起こしながら、片腕に抱えていた本をどこかへと消し去った。

塞がっていた片手を空けて、自分が追い出された壊れた二階家を見上げる。

そこには今にも飛び出すつもりだろうドレイクがいた。

 

「マシュ! 足場貸しな!!」

 

「は、はい!」

 

盾を横に持ち替えてドレイクが踏めるように。

そのまま思い切り上に向かってのフルスイング。

マシュの動きに合わせて跳んだドレイクが盾を踏み、凄まじい速度で霧の天空に消えていった。

 

霧の空で確かな姿は見えないが、空の彼方に薄く魔力の光が灯る。

恐らくはカルバリン砲による魔力砲のチャージ。

光は四つ、彼女の背後からは四門のカルバリン砲が出現しているのだろう。

 

上空で撃てば発砲の衝撃は逃がせるかもしれない。

だが当然、その大威力の砲撃が地上に大爆発を巻き起こすだろう。

 

そのために同時、ライダーウォズを囲うように石畳の上に石柱が落下してきていた。

 

「……着弾による破壊力であれ、それを()()()()()()()ためならば。

 “石兵八陣(かえらずのじん)”――――多少は融通を利かせてみせるさ」

 

未だに古書店の二階に留まるエルメロイ二世が、そう呟く。

 

石柱に囲まれたライダーウォズの全身に負荷がかかる。

動きを阻害する過負荷。

そして直上で大きくなっていく魔力砲の光。

 

「さて、流石に直撃は不味い」

 

起き上がった彼が、ジカンデスピアのタッチパネルに指を伸ばす。

その指は四つ並ぶアイコンの一番上。“カメン”という文字のクレストが描かれた部分へ。

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

ジカンデスピアを必殺待機状態へ移行し、そのままタッチパネルを二度スワイプ。

加速する待機音を響かせながら、槍の穂先を天へと突き出す。

 

直後に、四門の大砲から放たれた魔力の砲撃が地上―――

結界に捕らわれたライダーウォズの頭上に降り注いだ。

 

〈爆裂DEランス!!〉

 

天から降り注ぐ魔力砲の光に突き上げられる緑の槍。

エネルギーを纏った穂先が砲撃へと突き刺さり、結界の中で光と炎が炸裂した。

 

衝撃を、音を、全てその内側で完結させるべく結界が機能する。

その引き換えに、展開されている石柱が耐え切れず崩れ落ちていく。

 

――――貫通してきた砲撃に身を灼かれたライダーウォズ。

その身から白煙を上げながら、しかし行動に支障はないと爆炎の中で彼は立っていて……

 

「―――そして次は君、だろうね」

 

宙に舞うアレキサンダーに、そのライダーと描かれた顔を向けた。

砲撃との衝突で未だ煙を上げるジカンデスピアを彼に向け、構え直す。

 

雷光とともに舞う彼が、襲撃を予測されていると知ってなお虚空で手綱を掴んだ。

 

「“始まりの蹂躙制覇(ブケファラス)”――――!!」

 

空中で彼が己の宝具の銘を告げる。

当然、そこには英霊馬が降臨。その巨体を霧の中に投げだした。

空中でそのまま騎乗した彼は、ライダーウォズに向け落下して―――

 

その途中で、まるでブケファラスはライダーウォズに尻を向けるように半回転した。

 

「――――なに?」

 

突撃に備えていた彼が僅かに困惑した。

 

そのブケファラスの横に並ぶようにマシュが跳んでいる。

彼女の腕がブケファラスの後ろ脚に添えるように盾の縁を添え―――

 

瞬間。馬の脚力でもってマシュが()()された。

 

「っ!?」

 

「やぁああああ―――ッ!!」

 

飛来する盾を構えたマシュ。

ブケファラスの後ろ蹴りで射出された彼女の速度は、一時的にブケファラスさえも超える。

咄嗟に突き出すジカンデスピアが彼女に届く前に、ライダーウォズの頭部に盾が叩き込まれた。

 

首を上に跳ね上げて、後ろに吹き飛ばされるライダーウォズ。

だが吹き飛ばされながらもなお、彼はジカンデスピアを振り上げる。

追撃は許されず、マシュがその一撃に弾き返された。

 

「やって、くれる……!」

 

倒れずに着地した彼は大きく蹈鞴を踏んで、殴打された頭に手を添える。

 

「そしてもう一撃、ということだね」

 

更に半回転。

一回転して再び頭をライダーウォズに向けたブケファラスが、空より飛来する。

天から地に下る稲妻の如く。その巨体を支える太い足の蹄鉄に雷を纏い。

 

英霊馬が、敵を踏み砕かんと落下した。

 

「AAAALaLaLaLaLaie―――――!!」

 

「ぐっ……!」

 

巨体馬の脚力。その重量からの落下。迸るゼウスの雷。

それらが全てライダーウォズのボディに圧し掛かる。

しかしその全てのエネルギーを掛けても、彼を戦闘不能にまでは追い込めない。

 

「―――なるほど。マスターの装甲より硬いのは確かみたいだ。

 けれどこれで……追い詰めた、と言っていいと思うけど?」

 

「確かに、ね」

 

ブケファラスに踏み付けられている彼に、馬上から声をかけるアレキサンダー。

ライダーウォズはそこから無理に抜け出そうともしていない様子だ。

 

霧の空からドレイクも地上に降りて、着地する。

着地した彼女が手の中にある拳銃を確かめて、一発空に向けて発砲。

問題なく射撃できる以上、既にあの本の効果は切れているようだ。

 

古書店二階からその様子を見ていた少年が声を上げる。

 

「ようやく終わったか。何なんだ、この本の擬人化みたいな連中は。

 こっちの黒いのもあっちの白いのもろくでもない。連れてる奴の気が知れんな」

 

「………私に何か言いたいことでも?」

 

「馬鹿かおまえは。俺におまえのような奴に対して言うべきことがあるわけないだろう。

 おまえみたいな奴は、俺の作風からまるで外れている」

 

その会話に耳を澄ませながら、エルメロイ二世が壁の修理を魔術で行う準備をする。

このまま穴を放置していては霧が屋内を満たすだろう。

そうなればこの家に住んでいるという人間が危険だ。

よほど深い眠りなのかまだ起きてこないが、それを済ませたらすぐさまここから出るべきだ。

 

「作風って、芸術家のサーヴァント? ダ・ヴィンチちゃんみたいな」

 

「ダ・ヴィンチ? レオナルド・ダ・ヴィンチか……

 おい、そこのマスター。芸術家のサーヴァントに声をかける時は気を付けるんだな。

 おまえの今の発言はあらゆる芸術家に対して、喧嘩を売っているようなものだ。

 芸術家といえばレオナルド・ダ・ヴィンチ、他の名前は知らん。とな」

 

そういう意図ではなかったが、言われて素直に謝っておく。

 

「そうなの? ごめん」

 

「俺はどうでもいい。まるで関係ないからな。

 要するにそんなどうでもいいことでキレるのが芸術家サーヴァントの面倒臭さという話だ。

 俺はアンデルセン、ハンス・クリスチャン・アンデルセン。一応はキャスターだ」

 

彼の口から飛び出た名前を聞いて、立香がおお、と驚きに目を見開いた。

ハンス・クリスチャン・アンデルセン。

世界中で愛される童話を数々生み出した、世界的童話作家。

 

「わ、凄い。絵本でしか読んでないけど知ってる作品ばっかの人!」

 

「………なるほど、お前はあれか。考えなしか。天然ボケか。一番面倒なタイプだ。

 まあいい。それで? あの銀色の変身ヒーローはどうする気だ?」

 

そう言って外を見るアンデルセン。

ウォズはそれを少しの間眺めると、まだ開いている穴から体を投げ出し外に飛び出した。

 

そんな彼の背中を、アンデルセンは胡乱な目で見送った。

彼の背丈に合わせるようにしゃがんだ立香が、彼に問いかける。

 

「……ねえ、ウォズが作風じゃないってどういうこと?」

 

「――――絵本だろうが俺の作品を読んだなら知っているだろう。

 俺が語るのは“失う者たちの物語”だ。

 大半は当然、死んで終わるような“人の物語”。その作風から外れている、という話だ」

 

「それって……」

 

式に死がないと語られたソウゴ。いや、ジオウ。

けれど彼女は、ウォズに対してジオウに対するような疑問は浮かべていなかったような。

果たして彼に死はあったのだろうか。

 

「得ることもなく、失うこともなく、ただただ坦々と平々凡々。

 あれは“人”として括るべき存在じゃなかろうよ。それこそ、本みたいなものだ」

 

「……でも、ソウゴのライダーの歴史の継承を手伝ってるけど……」

 

悩むように口に出した立香に、アンデルセンが僅かに目を眇めた。

 

「なんだ、分かってるじゃないか。そう、あいつの行動理念は()()だ」

 

「え?」

 

「起承転結に至らない。一度起を整えたら、転も結も訪れない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 まるで俺の作風とはまるで交わらん、真逆のものだ。

 ただまあ、その手のものは50年もやり続ければ国民的存在になるものだ。

 そうしたい、というのであれば間違ってはいないんだろうがな」

 

そう言って彼は自分は跳び降りる気はないのか。

階段で下に降りるために部屋を出ていった。

彼の発言を頭の中で転がした立香が、小さくその言葉を呟く。

 

「継、承……」

 

家の壁を修繕しながら、その彼女の呟きをエルメロイ二世もまた聞いていた。

 

 

ライダーウォズを拘束している外のメンバー。

そんな中で、マシュの持つ通信機が反応を示した。

 

「通信……?」

 

『……った! 聞こ…………い!? 聞こ…たら返………てくれ!』

 

ロマニの声。だいぶ通信状況が悪い。

レイポイントも遠く、霧の濃度も深くなっているからだろうか。

 

「はい、ドクター。こちらマシュ・キリエライトです」

 

『…あ! よし、繋がった! ―――緊急事態だ。

 ジキル氏が確認していた無線機が、ロンドン警視庁(スコットランドヤード)の救援信号を拾った!

 ジャック・ザ・リッパーによる警視庁襲撃だ! 所長がジキル氏と現場に急行中!

 すぐに現場に向かって欲しい―――んだけど、そっちの状況は……』

 

ロマニからの報告でひりつく空気。

すぐさまこっちのウォズをどうにかして、現場に向かわねばならない。

だがここからどうするべきなのか、と。

 

「ではそちらの私は、私が抑えておこう」

 

そうしている内にこちらのウォズが現れて、ライダーウォズに歩み寄ってきていた。

だがブケファラスに踏まれている彼が小さく笑う。

 

「いや、その必要はない。私はここから離脱するからね」

 

次の瞬間には彼の手の上に、再び本が現れていた。

それを叩き落とすべく、すぐさまストールを伸ばすウォズ。

だけではなく、ドレイクが、マシュが、そしてブケファラスの足が。

 

それを止めるべく奔り―――

 

「【タイムマジーンによる砲撃が空より降り注ぐ。

 このままでは街も危険だ。私以外は力を合わせ、街を守り抜くことだろう】」

 

そして彼を目掛けた攻撃が全て止まり、全員の視線が強制的に上に向けられる。

その視線の先、彼らの直上に白い光が灯った。

霧を割るほどのエネルギーの先に見えるのは、白いタイムマジーン。

 

「タイムマジーン!? 彼もあれを……!」

 

「私専用のタイムマジーンだ。

 言っておくが、魔王の使っている量産型と一緒にしないほうがいい」

 

ブケファラスが本を蹴飛ばすために持ち上げた足を払い、彼は下から抜け出す。

そのまま彼は霧の中に身を沈め、姿を隠してしまう。

 

「くっ……!」

 

追っている場合じゃない状況。だからこそ、あの未来の測定は確定する。

この場の全員は、タイムマジーンからの攻撃の迎撃を優先しなければならない。

 

「ははははは。おっと、私を倒すほどの力を見せてくれたことに敬意を表しサービスだ。

 【常磐ソウゴ。不穏な気配を感じ、スコットランドヤードに向かう】

 以上だ。では、頑張ってくれたまえ」

 

霧の中から響いた声はそうと言い残し、完全に消え去った。

 

 

 

 

ひたすらに暴れ回って。

二人揃って大文字に引っ繰り返って。

同時に盛大に溜め息を吐き出した。

 

「………よお、どっちの勝ちだ?」

 

「モードレッドが決めれば? どっちでもいいや」

 

魔力が起こす自然災害の数々に蹂躙された戦場。

そこでごろりと転がって、ジオウは今更思い出したかのように空きっ腹を押さえた。

 

「そんなことよりお腹すいた」

 

「………じゃあオレの勝ちだ。オレの夢をテメェに語る必要はねぇな」

 

そんな相手を睨みながら、モードレッドが上半身を起こす。

その鎧は無傷なところがないほどに傷がついている。

彼女が睨むジオウもまた、ウィザードアーマーが解除されていた。

 

「それでいいよ。別に話したくないなら最初から聞かなくてもいいし」

 

「あ? テメェから仕掛けといてきて何言ってやがる?」

 

「モードレッドが売った喧嘩買っただけだって言ってるじゃん」

 

眉を大きく上げた彼女が戦いを再開しようとして―――

からっけつの魔力に思い至り、背中から地面に転がった。

 

「ちっ、もう魔力がねえ。あーくそ、もう少し続けてりゃオレの勝ちだったのによ。

 どうしてくれるんだよ、これじゃロンディニウム回る魔力もねえ!」

 

「別に俺のせいじゃないし。俺は魔力減ってないし」

 

「はぁ!?」

 

そう叫んでガバッと起き上がったモードレッドが、ジオウに歩み寄ってくる。

ジィ、と。ジオウを思い切り睨み付ける彼女の視線。

外から見ただけでは分からないのか、彼女は大きく舌打ちした。

 

「んなわけねぇだろ、どんだけ魔術使ってたと思ってやがる」

 

「使った分は補充されるだけだし」

 

ひょい、と腕を上げるジオウ。

そこにはライドウォッチホルダー、そして霧を食べ続けるビーストウォッチがあった。

周囲を満たす霧の魔力をどんどん取り込んでいたのは分かるのか、彼女が眉を吊り上げる。

 

「なんだそりゃ!? テメェそりゃイカサマだ!

 こっちが泥臭ぇ正面からの削り合いに応じてやったってのに、テメェはバックアップ持ちだぁ!? 反則負けだ反則負け! 完全にオレの勝ちだっての!」

 

「だからそれでいいって言ってるじゃん」

 

やれやれと腕を投げ出すジオウに、ぐぬぬと彼女は歯噛みした。

そのまま数秒、苦渋の表情で悩みこむモードレッド。

やがて一応答えが出たのか、苦い顔をしながら彼女はジオウを見下ろす。

 

「ッ、……引き分けだ引き分け! いいか、次こそオレがぶっ殺すからな!

 それでいいとして、お前その令呪オレに一つよこせよ!

 魔力が足りねぇんだ、お前は魔力がそんだけ有り余ってんなら別にいいだろ」

 

「いいけど、どうやって?」

 

ソウゴの疑問に大きく舌打ち。

彼を睨み付けながら、モードレッドは機嫌悪そうに続ける。

 

「契約すりゃいいだろうが」

 

「でも俺、もう二人とここで契約しちゃってるし。

 二人以上は特異点では契約できないって聞いてたような?」

 

いつだったかそんな話をダ・ヴィンチちゃんから聞いたようなきがする。

胸の前で腕を組んでうーんと唸るジオウ。

 

「あん? そりゃテメェだけの魔力じゃ二人が限度って話じゃねぇのか。

 霧のせいでそんだけ魔力が溢れてんなら関係ねぇよ。

 さっさと令呪よこしな!」

 

「じゃあやってみ………っ?」

 

モードレッドの前で大きく首を左右に振るジオウ。

何かを探している、という様子の彼にモードレッドが訝しげな表情を向けた。

どうやら漠然として予感から周囲に何かを感じているみたいだが……

そういう話なら、モードレッドの直感も彼女に警告を飛ばしてくるだろうと思う。

 

「なんだよ」

 

「―――なんだろう、でも行かなきゃいけない気がする」

 

モードレッドに視線も向けず、ジオウが立ち上がる。

彼の手には既に新たなウォッチが握られていた。

 

〈ドライブ!〉

 

ジクウドライバーにセットし、ドライバーを回転。

するとジオウの隣にアーマーが出現し、彼に次々と装着されていく。

 

〈アーマータイム! ドライブ! ドライブ!〉

 

真紅のボディを纏った彼が、ロンドン市街を駆け抜けるための姿勢を取る。

その様子を見たモードレッドが、僅かに焦ったように声を荒げた。

 

「おい!」

 

「ごめん、これ使って!」

 

そう言ってホルダーからライドストライカーを放るジオウ。

放り投げられたウォッチが展開し、巨大化し、人が乗れるバイクへと変形した。

彼は返事を聞くこともなく疾走を開始する。

 

置き去りにされたモードレッドが、渋い顔でバイクを見つめる。

 

「………バイクはいいけどよ、鎧でかよ」

 

腰から広がる鎧のスカートを軽く叩き、仕方なさげにバイクに跨る。

バイクと鎧が擦れるが、もはや致し方ない。

勝手に先行したジオウを見失っては、どこにいけばいいかも分からなくなる。

 

彼女は耳を澄ましながら、石畳を駆けるジオウのホイールの音を追いバイクを走らせた。

 

 

 




 
物語がエンドマークが完成するように、人もまた死で完成する。
なので千翼は駆除するゾン。
 


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Wをつないで/ハイドサイド1888

 

 

 

 霧の街を駆け抜けて、辿り着いたスコットランドヤード。

 ガス灯で照らされるその外景。

 そこに一切の動体は感じられず、静まり切った様子だけが目に映る。

 

「―――遅かった、みたいね」

 

 走り抜けたオルガマリーは、その状況に口惜しげに唇を噛み締める。

 彼女の言葉にアナザーダブルが眼鏡を押さえるような動作で顔を掌で覆う。

 

「落ち込んでいる暇はないよ。

 少なくとも、下手人が逃げる前には辿り着けたみたいだからね」

 

 そう言って霧の警視庁前に視線を送るダビデ。

 そこには今まさに建物から出てきた無数の影が現れたところだった。

 

 襤褸布を被った幼い少女、ジャック・ザ・リッパー。

 無数に群がる白い人型と言えなくもない異形の何か。

 ―――そして、その後ろに立つ白衣の男性。

 

 ジャックはこちらの姿を認識し、ここに式がいることに顔を顰めた。

 

「またあいつ……!」

 

「ああ、あれが虹の魔眼……死を見る少女、ですね」

 

 彼女の反応を見て男もまた、式の姿を目に止めた。

 視線を向けられた式の方は彼を見てむっとしたように表情を硬くする。

 

「―――あなたたちは、人理焼却のためにこの時代に送られた聖杯。

 その所有者と契約したサーヴァントで相違ないかしら?」

 

 オルガマリーによる、白衣の男を見据えた問いかけ。

 もっともこの状況で答えが返ってくる、などとは思っていない。

 だが少しでも情報が増える可能性があるならば、やらずにはいられないだろう。

 あの二人を倒せても聖杯が見つからねば、ロンドンは遠くない内に衰弱死するのだから。

 

「はい。貴女の問いかけは正解です。

 この時代の人理焼却実行犯より、『魔霧計画』を任されたキャスターのサーヴァント。

 その内のひとりが私、ということになります」

 

 果たして、彼はその問いに当たり前のように答えを返してきた。

 答えられたオルガマリーこそが、その態度に面食らう。

 だがサーヴァントであるならば、本心と行動が一致しないこともありえる。

 そう考えて問いかけ―――

 

「……あなたは、マスターからの強制力でその計画に従わざるえない、という……?」

 

「違うよ、オルガマリー。この優男はそんな殊勝なもんじゃない」

 

 しかし彼自身の返答を待たず、横にいた式に否定された。

 彼女は困惑するオルガマリーの横で眼を切り替え、死を視る光を現出させる。

 青い光に睨まれて、しかし男は安らかな微笑みを崩さない。

 

「ええ、その通りです。私には大義があり、そのために彼らを犠牲にしました」

 

 一瞬だけ、彼はその顔に憂いの表情を浮かべた。

 小さく首だけを動かして、背後に聳えるスコットランドヤードを振り返る。

 殺人鬼が中から悠然と出てきて、そこから生命が消えているというのなら。

 その理由は一つしかない。

 

 そのような行為を、彼は大義などと口にする。

 

「大義……? いったい何を……!

 人類の歴史を滅ぼす人理焼却に大義なんてものがあるわけが……!」

 

「ええ。貴女の言う通りだ。だからこそ、私は哀しい……

 想いを抱き。愛を覚え。歴史を紡いだ。そんな人々を救えず、あまつさえ手に掛ける。

 けして赦されてはならぬ悪行。

 それを主導する立場の私は、非道にして悪逆の魔術師に他ならない」

 

 彼がその口で語る言葉からは虚偽は感じられない。

 自分の行為が悪辣であると知り、哀しみ、しかし彼は微笑みながら実行した。

 

 そしてその彼の意思に応えるかのように、背後の白い異形たちが蠢き出す。

 ふらふらと上体を揺らしながら、壁を作るように前に出てくる存在たち。

 明らかな戦闘準備だ。こちらのサーヴァントたちも対応すべく構えて―――

 

 式がナイフを手に構えながら、彼に対して宣告する。

 

「随分とお喋りだな、風見鶏。……言っておくけどさ。

 お前は非道だから正道で糾されるわけでも、悪逆だから正義に裁かれるわけでもない。

 お前はお前の“死”の前に立ったから死ぬ。ただ―――それだけだ」

 

「―――貴女に出来るものなら、どうぞ。

 ジャック・ザ・リッパー、彼女の相手はホムンクルスたちに任せて構いません。

 貴女は他の方たちを。彼女たちの中から、母を探すといい」

 

 言われた少女が男を一度見上げて、それから視線を巡らせて―――オルガマリーを見た。

 思わず一歩、足を後ろに下げるオルガマリー。

 

「おかあさん? ううん、違う気がするけど……

 でもいいよね、おかあさんじゃなくても……まだお腹は空いてるから。

 警官だけじゃお腹いっぱいにはできなかったから……

 おかあさんじゃなかったら、食べちゃえばいいんだもんね?」

 

 邪悪な笑みを浮かべた少女が、その場で大きく腰を落とす。

 彼女の手が、腰のベルトからナイフを引き抜いた。

 ぶらりとナイフを提げたままに垂れ下がる腕。

 石畳と擦れたナイフの切っ先がキャリキャリと音を立てる。

 

 そのジャック・ザ・リッパーの突撃の予兆を見て、アタランテは目を細めた。

 

「―――マスター、下がっていろ。

 ダビデ、ヘンリー・ジキル。すまないがマスターを任せる。あれは私が……」

 

 彼女がその言葉を言い切る前に、オルガマリーへ向けて黒衣の銀髪が跳ねる。

 だがその突撃が届く前に、緑の狩人はその間に割り込み弓を構えていた。

 ジャックが振るうナイフを弓で受け止めて、狩人はその少女を狩るために意識を向ける。

 

 乱れる心中を抑え込み、ナイフを受けた弓で弾き返す。

 

「―――倒す」

 

「……任せたわよ、アーチャー!」

 

 弾き返されたジャックは石畳に着地しながら、頬を膨らませる。

 食事を邪魔されたことで苛立たしげに。

 彼女は立ちはだかったアタランテを見て、しかし不思議そうに小さく首を傾げた。

 

「? なんだろう、わたしたちの知り合い? 見たことある?」

 

「――――ああ。私と汝らは、何だったんだろうな。

 ……だがその時が何であっても、今は敵同士であることに変わりはない」

 

 言いながら放つ矢を、ナイフが切り払う。

 そのままくるくると手の中で回したナイフを構え直し、彼女は嬉しそうに笑った。

 邪悪に歪んだその表情には、ただただ嗜虐の色だけがある。

 

「そうだね。あなたもわたしたちに、食べられてくれるの?

 うれしいな、今度こそお腹いっぱいになれちゃいそう」

 

「……ああ。汝が勝てたならばその権利はあるだろうさ。

 その時は―――好きにするといい」

 

 アタランテが一歩踏み込む。

 疾風の如き速さ、ジャックとの距離を一息に詰め切る彼女の疾走。

 驚くように目を見開いたジャックの頭部に弓が振り下ろされる。

 それは剣でも槍でもないが、彼女の頭を割るに足る一撃に違いはない。

 

 咄嗟に両手のナイフを交差させて受けに回るジャック。

 弓をその刃が受け止めた―――瞬間、彼女の腹をアタランテの足が薙ぎ払っていた。

 

「か、はぁっ……!」

 

 石畳に叩き付けられ、バウンドして跳ね返って、そのまま転がる少女の矮躯。

 それを痛ましげに見送りながら、アタランテは再び弓に矢を番えていた。

 

「私を怨みたいというなら、怨むがいい。

 それでも……今度こそは、汝をここで止めるのが私の役目だ」

 

 小さく、内心の想いを堪えながら呟くような独白とともに放たれる矢。

 即座に必死の回避行動に移るジャック・ザ・リッパー。

 

 それでも―――アタランテがジャックの撃破を確固とした目的とする以上。

 ジャックがアタランテに討ち取られるのは時間の問題だ。

 同時に、それほどの時間も必要としないだろう。

 

 彼女のその目的を果たすべく動き続けられるのなら、であるが。

 

 

 

 

 霧の海の中、姿は隠されるがその戦闘音は届く距離。

 絶妙な距離感の場所で、彼はゆったりと民家の屋根に腰かけている。

 彼の視線は霧に遮られているが、今まさに戦場にいるアナザーダブルに向けられていた。

 

 そんな彼の背中に聞き覚えのある、しかし聞き覚えのない口調の声がかかる。

 

「やあ、スウォルツ氏。こんなところでどうかしたのかい?」

 

 声をかけられたスウォルツが小さく首を後ろに回した。

 そこにいるのは服装こそ真っ白なものだが、その姿はウォズに相違ない。

 だが同時に、それは決定的にウォズとは違う存在だった。

 

 顔を顰めたスウォルツが、ゆっくりと立ち上がりながら振り返る。

 正面に向き合った彼に対し、問いかける言葉。

 

「貴様こそ何を求めてここにいる? 別の時間軸からわざわざこの世界に干渉か?」

 

「おっと、それは勘違いだ。私はあくまでこの時間軸の未来……

 オーマジオウを打ち倒した救世主が現れたことで分岐した未来からやってきた存在なのだから」

 

「なに?」

 

 ウォズからの返答に、スウォルツの表情に僅かながら驚愕の色が浮かぶ。

 あまりにも現実感のない仮定。

 だが自分の存在こそがその未来の存在の証明だと彼は言う。

 

「オーマジオウが負けた未来、だと?」

 

「その通り。そして私の目的は、無事にその時代まで歴史を正しく導くこと……

 だからこうして声をかけたんだ。私と君の目的は重なっているんじゃないかい?

 ―――未来の分岐点。『オーマの日』までは、の話だが」

 

 胡乱な目でウォズを見るスウォルツ。

 だが数秒でその視線を引っ込めて、彼は再び霧の先にいるアナザーダブルに振り返った。

 

 戦闘音は加速していく。

 だがまだジキルにアナザーダブルが馴染むまで時間はかかるだろう。

 もっとも一度でも変わった以上、既に転がり落ちる未来は確定している。

 何故ならば、()()()()()()()()()()()()()

 

「俺と貴様の目的が重なる、か。では貴様はここであれをどうする?」

 

 ジオウとの共闘関係を築いたアナザーダブル。

 結局のところ最後の末路は決まっている。

 その過程など好きにすればいいと放置していたが、あれはどうするかと問いかける。

 

 オーマジオウ―――

 いや。常磐ソウゴの撃破を目的とするのならば、回収などさせない方がいい。

 

「もちろん、魔王の成長の糧になってもらおう。

 我が救世主の前に立ちはだかるのが弱い魔王では格好がつかないからね?」

 

〈ビヨンドライバー!〉

 

 だが彼はドライバーを装着しながら、そう言って静かに微笑んだ。

 

 戦場に向けて歩み出すウォズの背中を見送りながら、スウォルツは小さく笑う。

 ウォズが霧の中に消えて行った後に、小さな声で呟く彼の言葉。

 

「さて……あれがお前の企み程度で消せる存在ならいいがな?」

 

 

 

 

 ダビデの杖が白い異形の命。恐らく人造生命体(ホムンクルス)だろうそれを殴り倒す。

 意志というものが存在しない、魔力で形成された肉の塊としか言えない存在。

 それを眉を顰めながらも打ち倒して、ダビデは背後に庇うオルガマリーを護衛する。

 

「うーん。これはまた……」

 

 敵対する存在の歪さに顔を顰めるダビデ。

 それは純粋培養された命ですらなく、あくまで魔力で再現されたものだろう。

 

 アナザーダブルもまた、近寄ってきたそのホムンクルスを薙ぎ倒す。

 僅かに風を纏った拳でいとも容易くその肉体を粉砕し、生命活動を停止させていく。

 同類が目の前で砕け散るのを目撃しても、他のホムンクルスには怯えも竦みもみられない。

 

「人の手によって鋳造された魔術による生命……

 それほどのものをこれだけ用意してくるなんて」

 

 アナザーダブルの視線が、白衣の男に向く。

 普通に考えればこのホムンクルスの軍勢は彼が用意したものだろう。

 

 警察署の前に佇む白衣の男は、今の所動く様子もない。

 彼の前には無数のホムンクルスが蠢いていて、そこまで辿り着けないのだ。

 

 青と赤の眼光が霧の中で瞬き、振るわれたナイフがホムンクルスたちを撫で斬りにしていく。

 斬られた白い体は死骸を残すこともなくあっさりと消え失せる。

 が、数が減る様子がない。

 死体は一つも残っていないと言うのに、周囲の白い異形の数はまるで減っていないのだ。

 

 白衣の男が今、何らかの魔術や宝具を使っている様子はみられない。

 他所に大量にストックしてあり、止め処なく転移させてきている。

 現状ではそう考えるより他にないだろう。

 

 そしてこれだけの長時間の展開かつ大量の転移。

 聖杯の魔力でサポートでもされてなければ不可能となれば―――

 あの白衣の男の背後には、聖杯の保有者がいると考えるべきだ。

 

「っ、『魔霧計画』というのは一体なに!? あなたたちは何を企んでいるの!?」

 

 ダビデ、アナザーダブルに庇われているオルガマリーが声を上げる。

 彼女にはあれがどういう性質の人間なのか未だ分からないが……

 今まで接した限りでは、問いかけに対する返答はありそうだと感がられるから。 

 

 彼は当然のように、オルガマリーの言葉に答えを返した。

 

「ご覧の通りです。ロンドンを魔の霧に沈め、この時代を滅ぼす。

 ―――それこそが我ら魔術師に与えられた大義。

 何故ならばこの偉業こそは、全ての魔術師の王たる者によって成されるものなのだから」

 

 目を瞑り、諦念すら交えた声でそう吐き出す男。

 彼の返答にオルガマリーが息を呑んだ。

 

 全ての魔術師の王、と彼は言った。

 その称号で呼ばれる者こそ、今までの戦いから黒幕ではないかと推察されていた存在。

 ―――魔術王ソロモン。

 

「―――我が名はヴァン・ホーエンハイム。

 このパラケルススであっても、彼の王が示した偉業には従う以外に道はないのです」

 

「―――パラケルスス、ですって?」

 

 続けざまに白衣の男はその真名を名乗り上げた。

 ヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス。

 医師、錬金術師として魔術師のみならず一般に広く名の知られた存在。

 近代魔術師の最高峰でありながら神秘の秘匿を蔑ろにし、魔術師の手で処断された男。

 

 神代の魔術師、メディア。近代の魔術師、パラケルスス。

 それぞれ、その時代における頂点とさえ言える魔術師たち。

 彼らは同じように、この人理焼却の主犯には逆らえないと断言する。

 

 咄嗟にオルガマリーの視線がダビデに向かう。

 彼はホムンクルスを杖で打ち倒しながら、いつもと変わらない表情。

 

 いや、あいつの名前が出るたびに僕に矛先向けるの止めてくれない?

 とでも言わんばかりの迷惑顔をしていた。

 

 こいつ……! と思うが、そんなことを怒鳴っている場合じゃない。

 

『おやおや、珍しい。いや、珍しくもないかな?

 君がそういうタイプだとは私も思っていなかった、とは言わないけれど』

 

「……レオナルド・ダ・ヴィンチ、ですか。生前ぶりですね。

 私こそ不思議だ。貴方ほどの魔術師ならば、彼の王の存在を理解できないはずもない。

 ―――立ち向かうことにどれほどの価値がありましょうか。

 貴方という人間は、もっと利口であると思っていました」

 

 オルガマリーの持つ通信機からダ・ヴィンチちゃんの声。

 それを聞いたパラケルススは返答し―――

 何でモナリザになっている彼女の声で分かるんだ、と。

 オルガマリーがパラケルススに対して、少し頬を引き攣らせた。

 

『生憎、私は利口でなくて天才なのだよ。万能のね。

 ―――残念ながら君は、天に輝く星を見上げるだけの者になってしまったようだ。

 それが良いか悪いかは誰が決めることでもないにしろ、私としては残念だ』

 

「―――――」

 

 パラケルススが口を閉じ、僅かな間だが瞑目する。

 再び瞼を開いた彼は、何かを悼むように空を見上げた。

 霧がかり数メートルの高さまでしか見えない空を。

 

「……まさか、貴方の口からそのような言葉を聞くことになるとは。

 ですが、魔術においてさえ万能の天才であった貴方とはいえ―――

 彼の王の前では、傅くより他にない」

 

『さて。生憎だが私にとって魔術とは、生涯でも何でもない。

 何故って、私と言う万能の天才が才覚を発揮する分野の中の一つにすぎないから。

 魔術だけ私を上回ったところで、私の万能性は微塵も揺るがない。

 魔術の王様ってだけで、私が頭を垂れてどうするのさ』

 

 生前の知己であろうとも、彼女の態度は揺るがない。

 その態度に苦笑したパラケルススは、自分に迫る他のサーヴァントたちに視線を送る。

 

 式の眼が死を視抜き、ホムンクルスを容易に解体してみせた。

 崩れ落ち、魔力になって溶けていくそれを踏み越えてこようとする彼女。

 だが新たなホムンクルスが彼女の前に無数に立ち塞がる。

 舌打ちしながらそれへの対応を行う式。

 

『昔の君は医学、魔術、錬金術。

 分野を問わず人の尊厳を護る研究こそを至上とする考えの持ち主だったはずなのにね』

 

「―――なるほど。ですがそれは無知だった頃の私なのでしょう。

 もはや取り戻せない、過去の性質です。

 英霊になった後に私に訪れた変質は、もはや取り返しなどつくはずもない。

 いえ。気付いていたなかっただけで、そもそもこちらが私の本質だっただけでしょう」

 

 自分の掌を持ち上げ、それを見る彼の視線に憂いが浮かび―――

 しかしすぐに消えて失せた。

 

「悪辣なる魔術師は、友など作るべきではない。

 ですが果たして、友のために悪逆を為すというならばそれは……いえ、詮無き事です。

 私は私として大義のために悪を為しましょう」

 

『友……?』

 

 数多くのホムンクルスが式に向け殺到する。

 彼女の対応は、直死の魔眼による文字通り一撃必殺。

 瞬く間に処理されるが、しかし彼女の一撃はナイフにより繰り出されるもの。

 当然一体一体処理せねばならず、多数に囲まれれば逆に嬲り殺されるのは必定。

 立ち回りは大きく制限され、彼女はパラケルススに近寄れずにいた。

 

 だが無数にいるとはいえ彼女にばかり戦力を集中させれば、他が空く。

 その状況を見たジキルは、パラケルススを押さえ込むべく異形の体を疾駆させた。

 風と共に疾走する彼が阻むものもほぼ無いままにパラケルススへと辿り着き―――

 

〈カマシスギ!〉

 

 突然、頭上から降りてきた銀色の戦士の振るう鎌に斬り裂かれた。

 

「う、ぐぅっ……!?」

 

 頭から又にかけ、丁度緑と黒の境目に斬り込まれた刃。

 斬られた部分から火花を散らしながら、アナザーダブルは後ろに吹き飛ばされ転がった。

 

 その姿を見たオルガマリーが、唖然としながら口を開く。

 

「仮面、ライダー……!?」

 

「その通り。私は仮面ライダーウォズ、覚えておくといい」

 

 彼の名乗り、そしてその声。それは思い返す必要もないほど聞き覚えがある。

 ソウゴの臣下を自称するカルデアで一番怪しい男、ウォズ。

 どこからどう聞いても聞き覚えのあるそれに対し、彼女が叫んだ。

 

「あんた……! ウォズって! やっぱりあんた、何か企んでたのね……っ!!」

 

「ハハハ、やれやれ流石はもう一人の私。まるで信用がない」

 

 彼女の声に呆れるように肩を竦めてみせるライダーウォズ。

 そんな物言いに対して顔を顰めるオルガマリー。

 もう一人の私、などと。まるでウォズという人間が二人いるかのようなセリフだ。

 

「残念ながら君たちの知るウォズと私は別人だ。

 そして今は、私の目的は君たちではない。私の目的はただ一つ……アナザーダブルだ」

 

 オルガマリーから視線を逸らし、地面に倒れるアナザーダブルに目を送る。

 そのままダメージを受けた状態で転がる異形に足を進めだすライダーウォズ。

 

 その状況を見たダビデが、オルガマリーの前を守りながら投石器から石を放つ。

 殺到する石ころはそれそのものが巨人殺しの一撃。

 ウォズのアーマーであってさえ、直撃すれば一瞬意識が喪失するだろう攻撃だ。

 

 だから―――彼がその手の中に白い本を現した。

 

「【仮面ライダーウォズの登場に驚いたヘンリー・ジキル。

 思わず跳んで距離を取ろうとし―――不幸にもダビデの投石が頭部に直撃した】」

 

 ジキルは未知の敵との遭遇に、自然とここは様子を見るべきだと判断した。

 そして不意打ちに倒れたままの体を動かして―――

 距離を取ろうと手足の力で大きく跳ねた。

 

 瞬間、アナザーダブルの頭部にダビデの投石が直撃する。

 盛大な衝突音を響かせながら、再び地面に転がり落ちるアナザーダブル。

 頭を揺さぶられた彼が、意識の混濁に体を震わせた。

 

「あ、ぐっ……!?」

 

「なんだって―――?」

 

 投げたダビデが、その攻撃の結果に目を見開いた。

 その様子を見届けることもなく、小さく笑ったウォズが歩みを始める。

 彼は再び手にした本に語りかけるように口を開く。

 

「【何とか立ち上がろうとするアナザーダブル。

 だがそんな彼を襲う仮面ライダーウォズの必殺キックが直撃する。

 そのダメージにより、彼は変身解除に追い込まれた】」

 

 ふら付きながらも立ち上がるアナザーダブル。

 そんな彼に歩み寄りながら、ライダーウォズはビヨンドライバーのハンドルを掴む。

 

 ウォズウォッチが取付けられたマッピングスロット。

 それをクランクインハンドルを掴んで一度引き戻し―――

 ドライバーの中央に叩き付けるようにハンドルを押し込む。

 再びビヨンドライバー中央のミライドスコープに投影されるウォズの頭部。

 

〈ビヨンドザタイム!〉

 

 同時に、彼のウォズウォッチのエネルギーが解放された。

 ミライドスコープ内から、ライトグリーンのエネルギーキューブが射出される。

 それはアナザーダブルに直撃して体勢を崩すと、そのまま彼の背後で停止した。

 

 ライダーウォズの周囲を回転するように、“キック”の文字が取り巻く。

 

〈タイムエクスプロージョン!!〉

 

 その場から一歩で踏み切ったライダーウォズが、横に回転しながらアナザーダブルに迫る。

 ふらつくアナザーダブルにそれを回避する手段は存在しない。

 ただただ彼は悠然と、必殺の一撃を成立させた。

 

 周囲を回転する“キック”の文字と、彼の蹴撃がアナザーダブルの体の上で重なる。

 炸裂したキックのエネルギーがその体を、彼の背後で待つキューブの中へと叩き込んだ。

 

 キューブの面のうち一つに、時計の針が浮かび上がる。

 カウントダウンをするように回り続ける秒針。

 それが0時に達した瞬間、そのキューブが内部にアナザーダブルを捕えたまま爆発を起こす。

 

「ぐっ、あぁっ……!」

 

 爆炎の中から吐き出される、異形ではなくなったジキルの姿。

 アナザーダブルウォッチが一時的に機能を停止し、彼は人の身に戻っていた。

 

 倒れ伏しながら、肺に流れ込む霧に咳き込み口を塞ぐジキル。

 

「っ、……! ダビデ、彼を……!

 いえ、私が引っ張ってくるから奴の足止めを……!」

 

「―――いや、それは不味いね」

 

 それを見て動き出そうとするオルガマリーの前に腕を伸ばし、制止させるダビデ。

 何を、と言おうとした彼女の前で、ライダーウォズが本を大きく掲げてみせた。

 

「さて、これでようやくスタートだ。

 【ヘンリー・ジキル。この状況を打開すべく霊薬の服用を決断する。

 ハイドとなった彼は再びアナザーダブルに変貌し暴走。戦場は混迷していくのであった】

 と言ったところかな?」

 

 ライダーウォズの力により変身解除まで追い込まれたジキル。

 この状況を打開する可能性は、ジキルという人間にはない。

 彼はあくまで碩学であり、戦闘も魔術も得手としているわけではないのだから。

 

 だからこそ、それを打開できる可能性がある手段があるとするならば。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()

 理性でも本能でも忌避していた方法を、彼は僅かな逡巡だけで実行に移る。

 

 懐から持ち出した霊薬を瓶を一気に呷る。

 その光景を見たオルガマリーがライダーウォズを睨む。

 

「霊薬―――ヘンリー・ジキルが、霊薬でハイドに変わるって……」

 

 ヘンリー・ジキルはサーヴァントではない。

 だというのに、小説の登場人物と同じ名と性質まで持つという。

 その事を問い詰めるべく声を上げる前に、彼女の前でジキルが哄笑していた。

 

「ヒ―――ヒハハ、ヒャハハハハハハッ!!

 ()()()()()()()()! 気に入らねェ、気に入らねェが……」

 

 髪が逆立ち、目を充血させた彼が立ち上がりながら振り返る。

 霊薬を服用した彼は明らかに人格が変貌していた。

 紳士としての姿は立ち消え、明らかに異常者としての雰囲気を纏っている。

 

 そんな様子ながらも何かに納得した様子で―――

 更にもう一段回変貌した。

 

〈ダブルゥ…!〉

 

「あァ~あ。変わっちまったなぁ、ジキル? これで結果は見えた。

 まずもって悪を追い出す薬なんぞを作ろうとしたのが悪魔の所業だ!

 心を二つに割ろうなんて考えるから、こんな羽目になったんだって話だろうよ!」

 

 異形、アナザーダブルが再度出現する。

 先程以上に強くなった風を纏い、緑と黒の悪魔は体を震わせた。

 

 そんな彼は何故か、自身を攻撃したライダーウォズには目もくれない。

 彼は当然のようにオルガマリーへとその赤い瞳を向ける。

 

「まァ、オレはオレで適当に楽しませてもらうさ。

 後は転がり落ちるだけのてめえも、せいぜい勝手にするんだな!!」

 

 緑の風が舞う。今までとは比較にならないほど進化した風を操る力。

 それを敵へと差し向けながら、ハイドは全身に漲る力に異形の口を僅かに吊上げる。

 

 そうして、彼によって描かれる“記憶”の再現が一歩進み―――

 彼方にいるスウォルツが小さく笑った。

 

 

 



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Sは何処に/タイマースタート1888

 

 

 

 光線を受け止めた盾が熱を帯び、微かにじゅうじゅうと音を立てている。

 それを聞きながら頭上を見回すが、その後の追撃は一切ない様子だった。

 この空を飛んでいたタイムマジーンは、一撃見舞ったらすぐに離脱したらしい。

 

 どうやらレーザー砲の追撃は無いと、小さく息を吐いたマシュが盾を下ろす。

 

「……さて。どういう状況なのか分かる限り教えてもらえるかい?」

 

 そんな彼女の背後で、アレキサンダーがウォズに声をかける。

 わざわざ詳しく言うまでも無く、あのもう一人のウォズの話だろう。

 問いかけられた彼は肩を竦めながら首を横に振る。

 

「それが分かれば最初からこんなに焦っていないんだがね」

 

 清姫がいれば手っ取り早かっただろうか。

 ウォズが偽っているのか、あるいはこれが本音なのか。

 しかし先程まで見せていた余裕の無さから考えると、演技ではないと見える。

 彼は訳知り顔でいくらでも情報を隠す人間だ。

 

 この件に関しては何も知らない、とわざわざ隠す必要はない。

 今まで通り知っているが教えない、という態度でも問題ないのだから。

 いや、実際問題なくはないが。

 その問題込みで扱う、とソウゴが判断している以上はどうしようもない。

 

「なんだ、いきなり仲間割れか?

 世界を救うために戦ってる連中の割には節操がないな」

 

 そんな彼らの様子を、アンデルセンがにやにやと笑いながら見ている。

 彼の言葉を聞いたウォズが顎に手を添えて考え出す。

 

「世界を救う……救世主、か」

 

「ソウゴと敵対してる、って言ってたけど……」

 

 腕を組んで悩む様子を見せる立香。

 そんな彼女たちに対し、エルメロイ二世が声をかけた。

 

「……とにかく、まずはスコットランドヤードだ。

 そちらを強襲したというジャック・ザ・リッパーを抑えに行くべきだろう」

 

「あ、うん。そうだね。アンデルセンもそれでいい?」

 

 振り返って尋ねる立香。

 今ここでその名前を聞いたマシュが、驚いたような顔で少年を見る。

 

「アンデルセン、とは……あの童話作家の……?」

 

 その表情には明らかな憧れが混じっている。

 マシュはどうやら、彼の書いた童話の大ファンだったらしい。

 確かにそう言われると、アンデルセンの童話を好いているマシュ、というのは絵になるというか。それらしさを感じるような気がしてくる。

 もちろん、ただの勝手なイメージの話だが。

 

「なんだ、愛読者か? サインは後にしろ。

 先にこのクソ鬱陶しい霧から身を隠せる場所だ」

 

「あ、は、はい。是非。後ほどサインをお願いします」

 

「………なるほど、主従揃ってド天然か」

 

 少し困ったように、しかし呆れるように溜め息一つ。

 ただ悪い気はしていないのか、そこから嫌悪のようなものは感じない。

 そんな彼に対して立香も一言。

 

「先に警察署に行くから休める場所は後でね。じゃあ行こっか」

 

「待て、マスター」

 

 声は小さく。エルメロイ二世が立香の前に遮るように腕を伸ばす。

 その前に立つドレイクが銃身で肩を叩きながら目を眇めていた。

 霧の先から何かが来る、と。

 

 この魔力も気配を覆い隠す霧の中で、なお輝く何かが迫ってくる、と。

 

 立香の目にも霧を黄色に染める何かが来ているのが見えた。

 

「モードレッド、じゃないよね」

 

 マシュもまた立香の前で立ち塞がり、アンデルセンは立香の更に後ろに身を隠す。

 

 モードレッドの雷は赤い。

 雷を色で語るのもおかしい気がするが、とにかく彼女の雷は赤いのだ。

 そして前から来る雷は間違いなく黄金。

 

 ゼウスの雷を持つアレキサンダーはこちらにいる。

 彼の出す雷の色は自然現象のそれに近く、黄金に色づいているということはない。

 ソウゴが出している可能性もあるが、彼が雷を纏うような使い方をする場合は恐らくウィザードアーマーであり、その場合の雷の色は緑。

 黄金の雷ならばフォーゼアーマーだが、あのように常に放電するような使い方はしないだろう。

 

 緊張するこちら側に、雷とともに来たる声。

 

「オレを呼んだのは一体誰だ? 天か、地か、それとも人か―――

 悪鬼を制し羅刹を殴り――――輝くマサカリ、ゴールデン!

 おう、おうおうおう! 眠った街に響く轟音。そいつを止めに、オレは来た!

 聞けよ、悪人! 足柄山に轟く雷電、英霊・坂田金時たぁオレのことよ!!」

 

「なんだ馬鹿か」

 

 現れた金髪の大男を前に、即座に舌打ちするアンデルセン。

 一切容赦がないが、そもそも敵対存在ではないという判断なのだろうか。

 仮に敵が相手であっても彼が言葉を和らげることはなさそうだが。

 

 そんな風に名乗りながら登場した男。

 彼も霧の向こうから多勢がいることしか見えていなかったのだろう。

 サーヴァントの集団を見て、首を小さく傾げた。

 

「……よう。どういう状況だ、こいつは?」

 

「……分からないまま名乗り上げて踏み込んできたのか」

 

 呆れるように溜め息を吐くエルメロイ二世。

 バツが悪そうに頬を掻く彼の後ろから、青い着物の美女が続けて現れる。

 

「だから言ったじゃないですか。

 あとマスターに怒られますよ、そんなに無駄にバチバチバチバチ。

 っていうか私の尻尾の毛が逆立つのでやめてくださいます?」

 

 そんな彼女は狐の尻尾をふりふりしながら、微妙に彼から距離を取る。

 細部は違うが、その彼女に見覚えのあった立香が声を上げた。

 

「タマモキャット?」

 

「――――まさか。私より先にあのイロモノ枠に?」

 

 愕然と。その名を呼び掛けられた青い狐はショックに目を見開いた。

 まるで同一視されたことに衝撃を受けたかのような様子。

 そして今にもよよよ、と泣き伏せそうなしなを作り―――

 

「正気か? いや狂気か。全部揃ってイロモノ枠だろうが、お前は。

 いまさら一般枠の振りをしようなんて、猫の被り方も忘れたのか化け狐」

 

「―――げ、良い声が聞こえてくるかと思えば童話作家。

 こんなところで何をやってるんですか?」

 

 彼女はあっさりとしなを消し、嫌そうにアンデルセンを見る。

 そして周囲にいるサーヴァントたちを一通り見回して―――

 

「……おや、そうかと思えばドレイクさんまで?

 ……もしかして、あの赤い二人までいたりしませんよね?」

 

 ドレイクを見つけた彼女は、顔見知りのようにその名前を出した。

 次いで何かを警戒するかのように更に周囲を見回す。

 ドレイク側からは相手に見覚えがないのか、首を傾げていた。

 しかしそんな話に覚えがあったか、出会った時に似たような反応をされた同僚を思い起こす。

 

「なんだい、アンタもアタシのこと知ってるのかい?

 ネロもアタシの名前のこと知ってるみたいだし、アンタもそういう?」

 

 ドレイクが出した名前に頬を引き攣らせる狐の女性。

 

「いるし! 嫌ですねぇ、もう。あの皇帝陛下。

 なんか私とセットで出されるとメインを取られてる感あって嫌なんです」

 

「メイン……? うーん、この特異点には来てないよ?」

 

 彼女の言葉は理解し難いと、とりあえず真っ先に理解を放棄する。

 立香の言葉に安心したように息を吐いた彼女。

 そんな彼女は胸を張り、とりあえずと自己紹介を始めた。

 

「あらそうなんです? 良かった良かった。ええ私、見ての通りの良妻狐。

 あの猫なんだか犬なんだか狐なんだかよく分からないイロモノとは一味違う……狐のハズですがあれは何であんなんになってるでしょうかね。実はジャッカル的な……?

 いえいえ、それはさておき。自己紹介と参りましょう! 私、良妻にして巫女狐。

 軒轅陵墓からロンドン旅行のつもりで着いてきたら、なんとビックリ世界の危機と聞きまして、そんな事よりハネムーンに使えるスポットの方がよほど気になる玉藻ちゃんなのです!」

 

 そう言ってきゃぴっと決める玉藻。

 そんな彼女を何とも言えない表情で見ていた金時が、小さく溜め息一つ。

 

 彼らを眺めていたアレキサンダーが顎に手を当てながら問いかける。

 

「……ところでマスター、とは?

 人理焼却側の、ということではないんだろう?」

 

「人理焼却……そりゃまた物騒な名前だな。この状況はそういう話ってわけか。

 ……オレたちのマスターはこの時代の現地人、ってわけだ。今はさっきの空の光と爆発を見て隠れさせてる。悪いがこの状況と、この時代について。道すがら詳しく説明してもらえねぇか?

 オレたちも今まさによ、マスターの指示でこの霧の原因を目指してたところだ」

 

 立香とマシュが金時の言葉に目を見合わせる。

 ―――この霧の解決もまた最重要課題だ。

 これさえ晴らせれば、多くの問題が解決する。

 

 ジャック・ザ・リッパーの襲撃もあるが……

 既にそちらにはソウゴと、恐らくモードレッドも向かっている筈。

 立香は一瞬迷い、しかし通信機に向かって口を開いた。

 

「ドクター、私たちは金時たちとそっちに行ってみる」

 

『……った。気を……て…れ!』

 

 かなり酷い通信状況だが、一応はまだ繋がっている様子だ。

 とりあえず報告はしたので、隠れさせたマスターを迎えに行くと言う金時についていく。

 

 そんな彼女の後ろで小さく手元の『逢魔降臨暦』に目を向けるウォズ。

 彼の姿を玉藻が不思議そうに、そして訝しげに眺めていた。

 

「………はて。太陽(どうるい)の匂いを出しつつ、真逆。

 領域外・外宇宙でありながら太陽系だなんてどんな矛盾なのやら?」

 

 まあ関係ありますまい、と。彼女は目を逸らして歩み出す。

 もしかしたらオリジナルの視点ならば察知できるのかもしれないが、関係ない。

 どうせ今は関係ない話だろうし、その意味が分かる頃にはなおさら関係なくなっているだろう。

 

 そんなことより運命の旦那様を探すことの方が重要。

 そしてそのために必要だというのなら、その人理焼却とやらを破棄させねばならない。

 

「しかしまあ、ネロさんやドレイクさん。

 彼女たちを知っておきながらご主人様には微妙に心当たりなし、なんて道理が通らない。

 どう考えても()()()()()()()()辿()()()()()()、いますよねぇ」

 

 キャット含め、いつの間にか発生していた八尾分の神格。

 そんなものを発生させた“玉藻の前”。

 その存在はどこかでご主人様と天岩戸に籠って懇ろになっているはずだ。

 サーヴァントとしてここにいる玉藻がその記憶を共有できていないのは、恐らくその玉藻が独り占めしたいとかそういう理由で共有を拒否しているからに違いない。

 

 それにいちいちいちゃもんをつけていても始まらない。

 彼女だって自分がそういう状況になればそうするだろうし。

 

「――――ま、なるようになりますかね?」

 

 ハネムーンに辿り着いた時の為にロンドンの名所を確認する事に気合を入れる。

 そんな彼女の背中を見るアンデルセンはアホを見る目だが、気にするはずもない。

 

 とりあえずは少なくとも。

 今まさに彼女の前にいる人間はそこそこイケ魂。

 なわけで、彼女の助けになることに否やはなかった。

 

 

 

 

 緑の風が荒れる。先程までとはまるで違う竜巻。

 その力を手にしたハイドがまず真っ先に狙うのはオルガマリー。

 彼は暴風となってダビデに守られる彼女を目掛けて奔ろうとして―――

 

 風の壁を突破してきた赤いボディ。

 車輪を肩に乗せたジオウの姿に激突されていた。

 

「あぁん!?」

 

「―――ジキル……?」

 

 押し戻されたアナザーダブルが、ライダーウォズの方へと着地する。

 アナザーライダーとその背後に立つ仮面ライダー。

 その状況に、仮面の下でソウゴが眉を顰めた。

 

「やあ、魔王。私の導き通り、ここにきてくれてありがとう」

 

 大仰な礼をしてみせながら、彼はジオウに話しかける。

 その声は間違いなくウォズと同じものだが―――

 

「―――ウォズ、じゃないよね。あんたは何?」

 

 彼の口振りからすると、ソウゴをこの地まで突き動かした感覚は彼に与えられたもの。

 わざわざこちらを誘導して、何を目的としているのか。

 

「私が何か、か」

 

 彼の腕が腰のドライバーに伸びる。

 ジオウを前に、ライダーウォズはそれを取り外して変身を解除した。

 白い衣装に身を包む、間違いなくウォズと同じ顔。

 

「改めまして。初めましてだ、魔王。

 我が名はウォズ。君を打ち倒し、新たな未来を創出する救世主の導き手」

 

「俺を倒す……救世主?」

 

 それが―――オーマジオウを打倒する救世主という意味なのならば。

 仮に打倒されるのが自分自身であっても、ソウゴ自身言う事はない。

 

 体勢を立て直し、自身を睨み付けているアナザーダブルを見る。

 そこからは明らかにジキルの意思は消えていた。

 仮面の下で狂笑を浮かべるもう一人のジキル、エドワード・ハイド。

 

「……その救世主の導き手が、何でアナザーライダーと……」

 

「魔王と救世主。その両者が雌雄を決し、世界の未来を決定付ける瞬間。

 それには相応しい舞台というものがある。『オーマの日』、というね」

 

「オーマの日……?」

 

 ソウゴの反応にウォズは小さく笑い、一歩だけ後退した。

 

「私はまず、そこへと君を導こうとしているのさ。

 我が救世主が君たちの時代に降臨する瞬間を楽しみにしながらね。

 ではね、魔王。2018年、君と我が救世主の邂逅の時を私も楽しみにしているよ」

 

 そのまま振り返り、霧の中へと踏み出していくウォズ。

 

 彼を止めようと声を張り上げようとして、しかし強襲するアナザーダブルに止められた。

 疾風を纏う緑の拳がジオウに向けられて―――

 それを彼は腕を振り上げて弾き返した。

 

「ハハハ―――ッ! しょうがねぇからまずてめえからだな!」

 

「………」

 

 緑側の足が振り上げられる。

 ドライブアーマーの左足が石畳を滑り、半身を引くことでそれを空振りさせた。

 アナザーダブルはそのまま黒い足で踏み切り、跳び上がりながらの回転蹴り。

 頭部を目掛けてきた黒い足。背を逸らし、ギリギリのところでそれを躱す。

 

 舌打ちしながら着地したハイドが、その勢いのまま黒い腕で裏拳を放ち―――

 ジオウの腕が、その手首を掴み取りアナザーダブルを捻じ伏せた。

 

「ぐっ……!」

 

「やっぱおかしいよね。今までのアナザーライダーよりずっと弱いんだけど……」

 

 戦闘のセンスがどうの、という話ではない。

 明らかにパワー自体が今までのアナザーライダーと比べ、格段に低い。

 ジキルがなっていた時よりは強くなっているとは思うが……

 

 ジキルはサーヴァントではない。だからパワーが出ないのかもしれない。

 ウォズがジキルとアナザーダブルの相性がどう、と言っていた。

 それが原因で力を出せないのかもしれない。だがそんな風に考えると、大きな疑問に当たる。

 

「なんで白い方のウォズはこんなことを……」

 

 いやそれよりも先に、何故スウォルツはジキルを。と疑問に思うべきか。

 

「ごちゃごちゃうるせぇ!」

 

 アナザーダブルを中心として竜巻が発生した。

 その風の暴力に押しやられるジオウ。

 ジオウの手がによる拘束が解かれ、アナザーダブルが行動を再開する。

 

「まずは――――っ!」

 

 アナザーダブルの肉体。右半身の緑色が一瞬ブレる。

 その一瞬で垣間見えたのは、月光の如き黄金色。

 アナザーダブルの両腕が一気に伸長し、ジオウを捕まえるべく尋常ではない長さまで―――

 

「そうだね、考えるのは後回しだ。まずはあんたを止めて、ジキルに戻そうか」

 

〈フィニッシュタイム! ドライブ!〉

〈フィニッシュタイム!〉

 

 ジオウの手がウォッチとドライバーを即座に操作する。

 ジオウウォッチ、ドライブウォッチを必殺待機状態へと持ち込み、それと同時。

 手の中に出現させたジカンギレードに、メテオウォッチを装填していた。

 

 回転するジクウドライバー。

 解き放たれるウォッチのエネルギーが、ジオウの全身に行き渡る。

 

〈ヒッサツ! タイムブレーク!!〉

〈ギリギリスラッシュ!!〉

 

 ジオウ・ドライブアーマーがその場で横に回転を始める。

 同時に噴き上がる黄金と青のエネルギーの渦。

 彼の体が黄金の竜巻を巻き起こす独楽と化し、腕を伸ばしたアナザーダブルへ向かう。

 

「なにィ……っ!?」

 

 黄金の竜巻独楽が地上を駆ける流星の如く殺到する。

 咄嗟に体を守るように前に出した両腕はいとも容易く弾かれた。

 そのまま直撃するメテオとドライブの複合必殺技(メテオドライブパニッシャー)

 

 竜巻に斬り裂かれながら轢かれたアナザーダブルが、大きく弾かれて地面に転がった。

 崩れ落ちていくアナザーダブルの体。

 ダブルの力がない以上アナザーウォッチは壊せないが、一応撃破は出来たようだ。

 

 アナザーライダーの装甲が剥がれ落ちた後、残るのはジキルの姿。

 意識を喪失して倒れている彼がジキルなのかハイドなのか、それは分からない。

 とはいえ霧の中で放置もできないので、彼の体を抱え上げる。

 ビーストウォッチが周囲の霧を食してくれる以上、魔術師であるジキルならばジオウの傍にいればすぐにどうこうはならないだろう。

 

 その状態で戦場の奥に視線を向ければ、白い服の男。

 パラケルススがこちらを眺めている。

 

「………なるほど。彼が求めている結果はそういう……

 私も多少なりとも覚えがありますが……では、」

 

 恐らくジオウと戦闘状態に入ろうとしたのだろうか。

 彼の手の中に短剣が顕れて―――

 しかし、彼は何かを察知したのか。あるいは誰かからの念話なのか。

 別の方向を見上げて、考え込む様子を見せた。

 

「―――いえ、ここは退きましょうか」

 

 そう言った彼があっさりと。動くこともなく、霧の中へと溶けていく。

 彼が口を開いた一秒後には、パラケルススの姿は周囲から一切消えていた。

 

 式が斬殺するホムンクルスの増援もまた、そこで途切れた。

 消え失せたパラケルススに舌打ちしながら、彼女は掃討戦に入る。

 恐らく数分と待たず、残るホムンクルスは消えるだろう。

 

 ジオウもまた数秒周辺を見回して、置き土産が何もないことを確認する。

 仮面の下で小さく息を吐いたソウゴが、警戒を止めて気を抜いた。

 

「……うーん。白いウォズだから白ウォズで、いつものウォズが黒ウォズでいいか」

 

 ジャンヌの時と同じように分かり易さ重視で名前をつける。

 ウォズが嫌がるならウォズ・オルタとかでもいいけども。

 

 そんな事を呟きながら、ジオウはジキルを抱えたままオルガマリーたちの元へ向かった。

 

 

 

 

 放たれた矢が擦過する。

 黒い襤褸切れのマントが更に千切れ、切れ端が霧の中に舞って消えて行く。

 

 ―――アタランテの矢を凌ぎ切ることは、ジャックには不可能だった。

 今ジャックが生存できているのは、彼女が照準から射撃までに不自然な間を設けているからだ。

 それがなくなれば、瞬く間にハリネズミにされるということは想像に難くない。

 

「っ……! ―――え?」

 

 そんな彼女の視界の端で、パラケルススの姿が消失する。

 ―――置いていかれた、()()()()()

 その事実が、ジャック・ザ・リッパーという捨てられた命の集合体の精神を刺激する。

 

 どんなかたちであれ、彼女の存在を肯定してくれた存在が彼女を見切った。

 そんな状況に見舞われて、彼女の瞳が動揺に揺れる。

 

「あ、あ、やだ……待って……!」

 

 ジャックが状況も考えず、逃走。

 否、自分を置いていった相手の追走を開始する。

 

「―――――ッ!」

 

 明らかに変調した彼女のその様子。

 今彼女の背に矢を放てば、確実に仕留められる。

 だというのに、アタランテの理性と本能が同時にそれを拒否していた。

 

 理性は言う。

 ジャックの迷いのない足取り。これは彼女が、敵の本拠地なり前線基地なりの場所を知っている証明だ。すべきことは撃破ではなく、追走なのだ。

 本能は言う。

 今正しく、目の前で捨てられて彷徨う子供を撃ち抜くのか。捨てられたというならば、拾い上げてやることも可能なのではないのか。それが叶えば、敵の情報も手に入るだろう。

 

 どちらも言い訳だ。ただ、彼女を手にかけたくないだけだ。

 

 矢は放たず、アタランテが彼女の追走を開始する。

 民家の屋根を伝って跳んでいくジャックを、同じように追いかける。

 

 ―――その彼女たちの直下にバイクのエンジン音が轟いた。

 スコットランドヤードを目指して走行していたバイクが逆に離れていく彼女たちを見つけて、力任せのスピンをして方向転換してみせたのだ。

 見紛うことなくその鎧はモードレッドのもの。

 

 彼女は兜に包まれた首を軽くしゃくる。

 それを甘えだと理解しつつ、アタランテはモードレッドの操るバイクの後ろに着地した。

 

「…………すまない」

 

「そりゃどっちにだ」

 

 即ち、モードレッドに向けてなのか。あるいはジャックに向けてなのか。

 モードレッドが到着した以上、ジャックの死は確定だ。

 元より、何故まだ彼女が存命しているかと言うとアタランテが手を抜いていたからとしか言えないのが実情だろう。

 一瞬だけ、言葉を詰まらせた彼女がもう一度口を開く。

 

「……すまない。協力してくれ」

 

 その言葉にモードレッドは振り向くこともなく、ただ舌打ちを返した。

 

 どちらにせよソウゴとの喧嘩のせいで彼女にも魔力はない。

 流石に今は赤雷を放ち、周囲諸共吹き飛ばすようなことは不可能だ。

 この霧の中で逃げに徹されれば、場合によっては逃がすこともありえる―――

 

 ならば至極面倒ではあるが、共闘も致し方ない。

 

 

 屋根を伝っていたジャックが石畳の上に降りる。

 そのままの勢いで裏路地に入り込もうとした彼女の耳に、裂帛の咆哮が届いた。

 

「オォラァアアッ!!」

 

「っ!?」

 

 視線を僅かにそちらに向ければ、高速で迫りくる金属の塊。

 ―――バイクだ。

 

 そのバイクの背後には空中で足を振り抜いたモードレッドの姿。

 ジャックの足が止まる瞬間を見計らい、ジャンプと同時にバイクを蹴り飛ばしたのだ。

 きりもみ回転しながら突っ込んでくる鉄の塊。

 目的としていた裏路地に駆け込む―――では遅い。

 この蹴っ飛ばされたバイクの進行方向は、その路地に向かって突っ込む軌道だ。

 

 だとすれば、と。ジャックが横に大きく跳んだ。

 彼女の真横を通り過ぎ、バイクは轟音を立てながら地面に突き刺さる。

 このまま即座に切り返し、地面に聳えるオブジェと化したバイクを跳び越えて路地に―――

 

 だがその前に、魔力をジェットのように噴射しモードレッドが強襲した。

 明らかに今までと比べ弱い出力。

 残り少ない魔力を何とか放出に回した、と分かる程度の弱々しさ。

 

 それでも何とかジャックとの距離を詰め切り、剣を奔らせる。

 

 遅い、弱い、そんな一撃を前に。

 ジャック・ザ・リッパーの中である感情が頭をもたげた。

 今、ここでなら、このサーヴァントを食べられる。

 

 追走と食事、二つの行動の選択に一瞬止まる彼女の足。

 

 ―――その瞬間。ジャックの心臓に矢が一本突き刺さった。

 

「あ、れ……?」

 

「ふん」

 

 心臓ごと霊核を撃ち抜かれたジャックの力が抜ける。

 そのまま首を飛ばそうかと剣を揺らしたモードレッドが、しかしその刃を止めた。

 代わりに少女の腹に蹴りを叩き込み、民家の壁に激突させる。

 

 ―――別にアタランテから憎まれたところでモードレッドは知ったことじゃない。

 が、彼女が自分で決めて取ったキルスコアだ。

 だったらあれを殺すのは彼女の一撃でなくてはならないだろう。

 

「あ、やだ、おかあ、さん……」

 

 ふらふらと視線を彷徨わせながら消えて行くジャック・ザ・リッパー。

 別に幼児の断末魔であろうと感慨はない。相手を選ばず食い殺すクリーチャーだ。

 ロンドンで遺棄された子供、には同情の余地はある。

 が、それを言い訳に人食いの怪物に成り下がった怨霊に同情する余地はない。

 

 そもそも同情しようがしまいが、モードレッドは邪魔な相手は殺す人間だ。

 最期にかける言葉が「邪魔だここで死ね」「悪いがここで死ね」そのどちらになるか、というだけの違いだ。

 

「まあ、あっちがどう思ってるかは知らねぇがな」

 

 地面に突き刺さったバイクは、いつの間にかウォッチに戻っている。

 それを拾い上げながら、彼女は鼻を鳴らして剣を手から消す。

 

 どうせジャックに本拠地など知らせていないとは思うが。

 この先も一応見てみなきゃいけねぇな、なんて考えながら踵を返した。

 

 

 

 

 震える手を握り込み、アタランテは大きく息を吐いた。

 愛されぬ子供を手にかけたのだ、という実感が彼女の霊基を軋ませる。

 

「………だが、」

 

「そうとも。奴のそれは地獄に捨てられた復讐などではない」

 

 瞬間。屋根の上でアタランテが跳ね、同時に三つの矢が声の主に向かって放たれていた。

 ジャックを相手にしていた時に見せていた動きの甘えなど微塵もない。

 アルゴノーツとして讃えられる狩人の速度でもって、彼女の攻撃は行われる。

 

 声の主は黒炎に包まれたかのような影。

 疾風の矢は全て、彼に届く前に炎によって燃え尽きていた。

 

「黒い、炎……? 何者だ、貴様は―――」

 

「ク、ハハ―――! オレが何者か、と訊いたな女。

 我こそは復讐者(アヴェンジャー)、復讐の化身にして黒き怨念の炎!」

 

 アタランテが顔を顰める。そのクラス名は黒ジャンヌ、ジャンヌ・オルタと同一だ。

 ―――恐らく、真っ当なサーヴァントが該当するクラスではないはず。

 どのような対応も出来るように身を屈め、相手の様子を窺う。

 

 魔力の尽きているモードレッドは戦闘に参加不能と考えるべきだ。

 これとは、アタランテ一人で当たらねばならない。

 

「我はこの魔術の王なる者の手により、この特異点に召喚された。

 人類に復讐するものとして、な」

 

 黒い影は首を小さく揺すり、魔術の王とやらに呆れる様子を見せる。

 

「……それで? この特異点の首魁の一味として、貴様は仲間のジャック・ザ・リッパーを仕留めた私と戦いにきた、という話か?」

 

「―――仲間? ク、……笑わせるな。あれがオレと同類にでも見えていたか?

 確かにあの怨霊には復讐に至る動機があった。現世に生きる者への執念もあっただろうさ。

 だが、復讐者とは地獄に落とされた怨みの業火で全てを灼き尽くすもの。

 砕かれた魂が求める餓えを鎮めんがため、地獄の中に他者を引きずり込むもの……

 そんなものはただの地縛霊に過ぎん」

 

 黒い炎の人影が、口らしき部分を吊り上げる。

 何を語るのかと思えば、己とジャックの違いを。

 眉を顰めるアタランテの目の前でそのまま彼は、()()()()()()()()()()()()()

 

「―――そしてこの地獄から目を逸らして逃げたものこそが、この事変の首魁だ。

 人が歴史を重ねる上であらゆる時代に生まれた真実、地獄変。

 人理を燃やした地獄とはその実、それを直視出来ぬ誰かの弱さより生じたもの」

 

「なに……?」

 

 そのまま彼は、今度はアタランテへと言葉を向ける。

 

「ジャック・ザ・リッパーが発生するような地獄を容認できぬ、看過できぬ、と。

 誰かが人の歴史を否定した。それが人理焼却の熾りであったのならば……

 さて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「―――――」

 

 そこまで言い切った者の存在感が一気に薄れていく。

 待て、と引き留める暇もなく、アヴェンジャーの姿はそこから消え失せていた。

 周囲を警戒しながらアタランテが小さく呟く。

 

「……人理焼却が、人の世の地獄の否定、だと?」

 

 彼の問いに答えを出さず、アタランテが強く顔を顰める。

 とにかくこれをマスターに伝えるべきか、と。彼女は弓を強く握りしめた。

 

 

 




 
立香、フランチームはフランの導きでBに。
ソウゴ、所長チームは姿を消したPを追って。

Mの協力者として呼ばれたアヴェンジャーは「は? 復讐者ってそういうんじゃないですけど!」と召喚者に叛逆してお節介をしに。
 


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Sは何処に/彼らの探しもの1871

 

 

 

 男が突然現れたるは霧に鎖された街並。

 その光景に放り出された彼は、特に何を気にする様子もなく周囲を見回した。

 そうして霧の中に影を見つけた彼は顎を撫でながら、その影に対して問いかける。

 

「ふーむ、いやはや霧の都ロンドンに召喚されし吾輩、キャスター・シェイクスピア。

 その前に現れたあなたは一体?」

 

 大仰な所作で霧の中の白い男に問いかける伊達男。

 そして隠すまでもないと、己の真名すらも彼は明かしてみせていた。

 キャスターのサーヴァントにして文豪、ウィリアム・シェイクスピア。

 

 声を張り上げる俳優にして大作家。

 そんな彼の目の前には白いコートの男―――パラケルススが立ちはだかっていた。

 

 カルデアとの衝突から逃れた彼の目的は、新たにこのロンドンに召喚されたサーヴァントの確保であった。

 

 メフィストフェレスが極東の雷神の子と遭遇したということは、彼らの目的は既に最終段階に入っているということだ。あとはただ待てばいい。彼らが望むこの地に降臨するはずの終末の雷を。

 だがそれを万が一にでも崩し得る存在が召喚されないとは限らない。

 だからこそ、ここからは彼らの目的は守備に重点を置かれる。

 

 時間が満ちれば終わると言うのなら、カルデアの人員など放置すればいいのだから。

 

「私はヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス。

 ……ええ、貴方と友達になりたいと思うものです」

 

 白衣の彼は、シェイクスピアを前に小さく微笑む。

 そんな彼を見据えながら、シェイクスピアもまた微笑み返した。

 

「【金というのは借りても貸してもならない(Neither a borrower nor a lender be,)貸した金と友は失われ( For loan oft loses both itself and friend,)借りた者は自制の心を失うからだ(And borrowing dulls the edge of husbandry)】などと申しまして。

 はて、ではあなたは友となった吾輩に一体何を求めるのでしょう?」

 

「それは貴方のお好きなようにすればいい。劇作家殿」

 

 何ら縛り付ける気はない。そう語った彼に嘘はない。

 そんな言葉を聞いて、その誘いは世界を滅亡させる側からのものだと知りながらしかしシェイクスピアは笑みを深くした。

 

「ではもちろん、吾輩がするべきことは一つしかありますまい。

 あなたが必要だというのならただ物語を執筆しましょうとも、いわゆる友達価格という奴で」

 

 もちろん、世界を救う者たちについた方が面白そうだと思ったら裏切る気は満々で。

 しかしそんなことは分かりきっている、という様子のパラケルスス。

 彼の魔術が執行され、二人のサーヴァントが霧の中から消え失せた。

 

 

 

 

 ホムンクルスを処理し終えて、式が血を払うように軽くナイフを振るう。

 ナイフの刀身には何も付着してはいないが、終わったのだと認識するための動作。

 

 消え失せたパラケルススのいた場所を見やり、僅かに目の端を上げる。

 

「………逃げた、というより何か別のものを見つけたって感じか」

 

 小さく呟く彼女の声。

 パラケルススは明らかにここで戦闘を行う気に見えた。

 だというのに逃走を選択したということは、別の用事が途中で発生したのだろう。

 

 ちらり、と背後でオルガマリーの魔術により治療されているジキルを見る。

 ―――薬品による人格の変更。間違いなく、『ジキルとハイド』だ。

 

 ジキルは紛う事なき善人であるが、その心には大きな悪性を秘めていた。

 その悪を発散させるべく、霊薬を作り服用することで肉体ごと悪人・ハイドへと変貌する。

 最終的に彼は、善から悪に変わるために作り出した霊薬を使わねば悪から善に戻ることもできなくなるほど精神も肉体も悪に傾倒し―――自死を選ぶ。

 

「薬を持っていた、ってことは……ああ、くそ。

 魔術の話じゃ分からない。トウコなら分かるんだろうけど」

 

 だが彼女が見る限り、あれはマズい。

 いや。本来の物語を見る限りマズいなんていうのは当たり前の話だが。

 

 最終的にそこに至ることはおかしくはないけれど、ああなるにはあまりにも早いはずだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()。善の人格と悪の人格で陰陽を形成している筈なのにあれでは、あっさりとジキルは塗りつぶされて消えるだろう。

 

「どちらかを欠けさせたい? ―――違うな、くそ」

 

 だったらあのウォズとかいう奴が退く必要がないだろう。

 ジキルを消してハイドのみにしたいなら、今ここでジキルをハイドに変える必要はない。

 大体、ジキルとハイドは両方揃っていてこそだ。

 片方が消えて善か悪か、どちらかしか残っていないジキルとハイドなんて、人としても怪物としても片手落ちにもほどがある。

 

 ナイフをしまった彼女が、頭の中をリセットするように一度髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。

 そのまま一度小さく溜め息を吐き、オルガマリーたちの方へと歩み出した。

 

 話を聞く限りではあの緑と黒の化け物は二つ揃っていることが重要らしい。

 だったらなおさら、ジキルを潰してしまっては意味がない。

 ―――彼女の中に織がいれば、それこそ自分もあの化け物にされた可能性もあるだろう。

 だが織はいない。彼女の中で陰陽が成立することはもうないのだ。

 

 

 オルガマリーの魔術行使により、ジキルの傷はおおよそ消えた。

 魔力の霧もビーストウォッチを所有するジオウの傍なら、耐えられるレベルになる。

 これで一応大丈夫なはずなのだが―――

 

 眉間に指を当てたオルガマリーが、いまだ意識の戻らない彼に視線を送る。

 

「……あれは、ヘンリー・ジキルがエドワード・ハイドに反転するための霊薬。

 彼は間違いなく、『ジキル博士とハイド氏』のジキルなのでしょう。けれど……」

 

 彼はこの時代を生きる人間で、そして既にこの時代は『ジキル博士とハイド氏』が出版された後の時代のはずなのだ。だとすれば、彼はただ小説のモデルであるというにも無理がある。

 そのことに考えを巡らせるオルガマリーに、ダ・ヴィンチちゃんの声が届く。

 

『もしかしたら、時代が前後しているのかもしれないね。

 いや、前後というより融合か。第三特異点の海域のように。

 16世紀ごろから統合されている可能性もあると、いま私は考えている』

 

「……それはパラケルススとの会話で思い至ったこと、ということかしら」

 

 生前のパラケルススの活動時期は15、6世紀。

 当然レオナルド・ダ・ヴィンチの活動時期もその時期になる。

 通信先で珍しく考え込むように息を吐く彼女。

 

『うーん……まぁね。彼の変調に心当たりは特にないんだけれど。

 とにかく、そこが純粋な1888年ではなく混合された時代だと言うのであれば……

 ヘンリー・ジキルと『ジキル博士とハイド氏』が同時に存在してもおかしくはない。

 ついでに……パラケルススが友と呼ぶ生前の友人とかもね。

 彼の友人で、時計塔のお膝元に存在すると言えばまあ魔術師だろう』

 

 時代が混合しているというのなら、生きている人間さえも混ざっているかもしれない。

 ダ・ヴィンチちゃんはまるでその内容に確信があるかのようにそう言った。

 

「心当たりが?」

 

 問いかけてみれば、彼女にしては珍しく奥歯に物が挟まったかのような物言いでの返答。

 彼女自身どう言ったものかと悩んでいる様子で、ふらふらと言葉を続けてみせる。

 

『んー……いや、うーん。どうだろう。そりゃまあいるにはいるんだよ。

 パラケルススとも知り合いかつ、私の生前の知り合いの魔術師くらい。

 私たちは優秀すぎる魔術師だから、そういう縁がないはずもない。

 ――――ただね、パラケルススが友と呼ぶような魔術師は多くない。

 だって彼は理想主義者で、魔術師らしい魔術師を慮ることはあっても友とは呼ばないから』

 

「……理想主義者? あの彼が?」

 

 人理焼却に積極的に加担しているように見えた彼が、理想主義者などと。

 オルガマリーが眉を吊り上げながら険のある声を出した。

 通信先からダ・ヴィンチちゃんが苦笑する様子が聞こえる。

 

『そうとも。だからこそ彼が友と口にしたからには、相応の人物がいるはずなんだ』

 

「……それで? その相応の友人とやらに彼は協力しているのだ、と?」

 

 向こうで彼女が押し黙るのを感じる。

 数秒を経て。ダ・ヴィンチちゃんが口に出したのは、一人の人間の名前だった。

 

『―――ぱっと浮かんだ名前はね、マキリ・ゾォルケン。

 とても優秀で―――同時に、パラケルスス以上の理想主義者だった魔術師さ」

 

 

 

 

 霧の中を花嫁衣裳の少女に先導され走る。

 金時がマスターとして紹介したのは、ヴィクター・フランケンシュタインの娘。

 

 ―――メフィストフェレスが擬態したヴィクター氏ではない。

 彼の祖父、怪物を生み出した小説『フランシュタイン』のモデルとなった本人。

 ヴィクター・フランケンシュタインが造り出した人造人間、フランケンシュタインの怪物。

 それが彼女の正体だった。

 

「ゥウ……! ゥ……!」

 

「聞いての通り、うちのマスターはどうやらこの霧の奥から何か感じられるらしい。

 どうやらこの霧の影響を受けねぇ……いや。

 霧に覆い隠されていても感じられる何かがあるらしい、って話か」

 

 己のマスターの唸り声に補足するように、金時はそう言った。

 聞いての通り? と首を傾げる立香。

 だが彼女の隣で一緒に走っているマシュは、何やら納得したように頷いていた。

 

 あれ、私が分からないだけ? と周囲を見回してみる。

 すると金時とマシュ以外は微妙な顔をしていたので、自分だけじゃないらしいと一安心。

 

 そんなことを考えているとフランケンシュタインの怪物―――

 フランが、ぴくりと体を揺らした。

 

「ゥ!」

 

 その瞬間、踏み出した霧の向こう側に鉄の塊が幾らか配置されているのを確認した。

 マシュが一気に踏み出して、立香の前へと滑り込む。

 

「敵性と思しき存在を確認! マスターはわたしの後ろに!」

 

 鋼鉄の鎧を纏った人型。その兜に入ったスリットの奥に、意志を感じさせない光が灯る。

 一体が得た情報は他の機械にも共有されるのか、周辺の機械兵は全て起動。

 霧の中で見える範囲でさえ数体が、同時に彼女たちに顔を向けてくる。

 

 立香たちをターゲットとして認識したことに疑いはない。

 その修羅場の中で、フランが大きく首を振って彼方を見上げた。

 

 明らかに鋼鉄鎧が発する何かを感じ取れているらしい彼女の様子。

 それを見ていたウォズが小さく呟いた。

 

「……なるほど。フランケンシュタインの怪物が察知していたのは、あの機械兵士たちの通信ネットワーク。彼女が目指しているのは、機械兵士たちを指揮するものというわけだ」

 

 彼女が感じ取っていたのは魔力や何かではなく、電波に類するもの。

 魔力に頼らない無線機ならば通信できるというのなら、電波を感じれば通信を辿れる、と。

 そしてこの霧で機能する独自ネットワークがあるということは―――

 

「こちらがこの機械兵の親玉に接近していることも、バレてしまっただろうね」

 

 ウォズが肩を竦めながらそう続ける。

 大本と現場の機械兵が通信しているならば、今この状況を報告されたということだ。

 恐らくはその通信ネットワークを通じて追っているということもバレるだろう。

 

 そんな言葉に対して金時がマサカリを持ち出し、全身から黄金の雷を奔らせた。

 

「つまりさっさと片付けて、追っかけりゃいいってわけだ―――!」

 

 戦闘態勢に入るサーヴァントたち。

 真っ先に先陣を切ろうと金時が一歩踏み込んだ瞬間―――

 

「ウゥウウ……ッ!!」

 

 フランが唸りを上げて、霧の天空に慟哭した。

 明らかに様子が変わったマスターに、金時も足場を踏み砕きながらブレーキをかける。

 

「フラン?」

 

「ゥウ……!」

 

 彼女の視線を追って、空を見上げる。

 霧の天空に何かが見えるはずもなく―――しかし、そこに盛大な噴射音が轟き始めた。

 暴力的なまでに上から吐き出されてくる白い煙。

 それは明らかに通常の霧とは違い、遠くからでも感じるほどの熱量を持っている。

 

「……蒸気?」

 

 迸る蒸気の奔流。空から蒸気が滝の如く降り注ぎ、周囲の霧と混じり合う。

 蒸気の噴射とともに空に現れたものは、やはり機械の兵士だった。

 それは赤く光るカメラアイで周囲を確認しながら、宙に浮いたまま声を上げる。

 

「―――否、否、否。眼下に見えるは求めたる者ではない。

 ヘルタースケルターたちよ。この地を巡れ、この帝国の影に潜む者を探せ。

 我が空想に綻びを作る穴足り得る者を探し出せ」

 

 その声は立香たちを確認するや否や、すぐさま空中で反転した。

 一切の興味がないという断言。事実、司令塔であろう彼だけに留まらず、周囲に集まっていた機械兵士―――ヘルタースケルターたちもその言葉に従い、すぐさま散開を開始してしまう。

 

「なんだ、何かを探している……?」

 

「…………ほう、そうかそうか」

 

 エルメロイ二世の困惑からくる呟き。

 まるでそれに反応するかのように、アンデルセンが顎に手を添えた。

 何らかの情報を得れたのか、と彼に視線を向ける。

 

「答え合わせなんぞ後にしろ。

 まずは問題を出しきれ、奴から得られる問いかけの全てをな」

 

 あっさりと言い放ち、アンデルセンは黙り込む。

 確かにこのまま逃げられる、という選択はないだろうが。

 エルメロイ二世が小さく溜め息を落とす。

 

 そんな彼らを差し置いて、フランは空を舞う彼に対して吼えていた。

 

「ウゥ―――ッ!」

 

 彼女の叫びを聞き、それはゆっくりとフランへと振り向く。

 赤いカメラアイには何の感情の色も浮かんでいない。

 元よりあれに、感情と言える何かがあるのかも不明なのであるが。

 ただ―――その視線に対し、フランが怖気づいたように一歩だけ足を後ろに動かした。

 

 だがその叫びを同時に聞いていた金時とマシュが神妙な顔をする。

 そんな彼女の背中に、立香は小声で問いかけた。

 

「……言ってること分かる?」

 

「はい……あの機械兵、彼はチャールズ・バベッジ。

 そしてそのバベッジ氏は、フランさんを造り出したフランケンシュタイン氏と懇意の間柄だったそうです。その……とても、良い方だったと彼女は……」

 

 ロボットにしか見えないけど、人間? と首を傾げる立香。

 あるいは仮面ライダーのようにアーマーを特殊な手段で装着しているのか。

 

 いや今大事なのはそっちじゃないか、と。

 頭を軽く振るい、天空に君臨している鋼鉄の鎧を見上げた。

 

「恐らくあれ、固有結界でしょうね。自分ごと閉じ籠っちゃうやつ。

 自分個人という極めて狭い世界の中で、理想を成立させるタイプのものと見ました」

 

 引き籠りに関しては一家言あるのか、玉藻がそれを見上げながらそう口にする。

 固有結界、という言葉はそれこそ先程にエルメロイ二世の口から聞いたばかりだ。好き放題な世界を作る途轍もない魔術なのである、と。

 彼へと視線を送ると、二世も同意なのか苦渋に顔を染めていた。

 そんなぽんぽんと出てくる魔術ではないだろう、と言いたげに見える。

 

 玉藻の言葉に周囲―――ヘルタースケルターの群れを見回したアレキサンダーが、神妙な顔で彼女に対して問いかける。その間にも戦闘のために手には剣を現出させている。

 

「さて。その理想とはどういうものか分かるかい?」

 

 問われた彼女は小さく唸って、首を傾げながら口を開いた。

 

「そこまでは知りませんが、ロボになってるんだからロボっぽいことがしたかったのでは?

 22世紀にもなって巨大ロボの一つも街を闊歩してないなんてたるんどる、みたいな」

 

 適当に言い放つ彼女。その性質自体に興味はない、という風に。

 明らかに違いそうな回答に、アレキサンダーが困ったように微笑みを浮かべる。

 

「―――ロボではない。これは機関である」

 

 すると、随分と気の抜けた彼女の回答を否定するように空から蒸気の噴射音とともに声が降ってくる。それがチャールズ・バベッジのものであるという事に疑いはない。

 ―――己の理想を誤認されるのは我慢ならぬ、と言わんばかりに。

 彼はその鋼鉄の中から肉声かスピーカーかも判然としない声を発する。

 

「我は蒸気王、チャールズ・バベッジ。

 ありえなかった蒸気機関による絢爛たる文明世界を空想した者の成れの果て。

 それこそがこの身、この鋼鉄の鎧の正体である」

 

「……なるほど。一人の人間が夢に見た文明、か。

 自身の中にある理想文明が成立した世界を固有結界とし、その象徴として鎧がある。

 ではヘルタースケルターとは、その夢の世界から零れ落ちた蒸気文明の使者か」

 

 もし、蒸気機関によって世界が発展していたら。

 そんなありえなかった空想を己の中のみで実現したものこそが、チャールズ・バベッジの宝具にして固有結界。“絢爛なりし灰燼世界(ディメンジョン・オブ・スチーム)

 それは兵器でもなければ武器でもない。一個の“文明”の具現化だ。

 ヘルタースケルターもまた兵器などという呼び名で収まるものではなく、彼の理想世界における“文明の利器”が実体化したものである。

 

 ―――現在よりも、異なる文明に尽くす者。

 そう成り果てた彼を見上げながら、マシュは問う。

 

「では、チャールズ・バベッジ。

 あなたはもしや、今の文明の焼却に己の意思で加担し―――自分の理想とする文明を……?」

 

「―――――」

 

 問いに対する答えはない。

 蒸気の噴射が徐々に弱まり、その鋼の巨体がゆっくりと地面に降りてくる。

 超重量の足が石畳を踏み砕き、着陸と同時に盛大な破砕音を響かせた。

 

「……我こそは、『魔霧計画』の首謀者が一。チャールズ・バベッジ。

 我が目的は今ここに成立せし空想世界をほどく者の発見と排除」

 

「ウゥウウ――――ッ!!」

 

 バベッジが冷淡に並べる言葉に、強く吼えるフラン。

 だが彼の意識はまるでフランに向かう事はない。

 彼に声が届いていない、と意識した彼女の叫びからは徐々に力が抜けていく。

 

「ゥ……ッ!」

 

「我こそが、私の見果てぬ夢が結晶。届かなかった夢想の具現。

 この霧に鎖された都市の姿こそが、我が妄執の果てに他ならず―――」

 

 マシュが困惑げにその全長2メートルを優に超す鋼鉄の巨体を見る。

 彼は己の理想、蒸気機関世界のことを口にするばかり。

 もしかしたら会話が成立してはいないのかもしれない。

 

 そんな相手を見据えながら、金時がサングラスを指で押し上げた。

 

「―――そりゃねえだろ。知り合いのガキがよ、必死に呼びかけてるってのに。

 こんな非道い事をするような人じゃないのに、って泣いてるぜ?

 だってのに自分の夢の話を垂れ流すだけなんざ筋が通らねェ」

 

 弾ける黄金の雷。霧と蒸気を灼き払い、それはその場を照らし尽くす。

 

 バベッジのカメラアイがその黄金の奔流を正面に捉える。

 強大な雷に対して大きな反応を見せた彼は、即座に分析を開始したように見えた。

 

「―――雷電。……否、我らの『魔霧計画』の求める雷電に非ず。

 我らの『魔霧計画』を阻める雷電足る可能性を懸念。

 排除すべきか、排除すべきだ。我が理想世界を醒ますものは、今ここで」

 

「テメェの未来の展望だの、人理がどうだの、そんなことの前によ。

 まずはテメェが今泣かせてる目の前の子どもに目ぇ向けな!!

 それすら出来ねぇ奴が思い描く未来の光景なんざ、実践したところでどうせろくなもんにはならねぇからよ!!」

 

 玉藻が即座に前に出て、フランを背中から捕まえた。

 そのまま意気消沈している彼女を引き戻す。

 スペックだけを見るならば戦闘に耐える性能のはず、だが彼女に戦闘はできまい。

 

 金時が踏み込んだ瞬間、その目前にヘルタースケルターが立ちはだかる。

 マサカリの一撃を受けた武装ごと、その機械兵の腕が肩口から千切れ飛ぶ。

 

 先程まで相手にする必要なし、散開すべきだという動きだったヘルタースケルターたちが一気に挙動を変更。金時とその背後にいる立香たちへの殺到を開始した。

 

「……どうやらチャールズ・バベッジは理性がないようだね。

 単純に操られている―――という感じではないが……夢に取り入られて精神を支配された、というところだろうか」

 

 スパタを手にしたアレキサンダーが雷を伴う剣撃を機械兵士に差し込む。

 内側で何かを破裂させるような音が響き、その一体は活動を停止した。

 だがチャールズ・バベッジの固有結界は蒸気文明の産物を具現化し続ける。

 

 この時代の特異点の主犯から聖杯のバックアップがあるのか、彼の魔力が尽きることはない。

 

「雷電、そして奴の空想を解くものを探している、と言ってはいたが。

 ――――同一ではなく別のものか」

 

「当たり前だ。ここは1888年のロンドンだぞ?

 本来有り得ない空想を解き明かすものなど一つしかいないだろうが。

 『ジキル博士とハイド氏』『フランケンシュタイン』そこに更にもう一本追加だ。

 ははは、どんな合作だ。喜劇か何かか?」

 

 砕けた石畳を利用し、それを落石としてヘルタースケルターに振らせるエルメロイ二世。

 そんな彼の言葉を、アンデルセンは一言で切って捨てた。

 そうまで言われれば思いつかないはずがない。

 

()()()()()()()()()()()……!?」

 

 迫りくるヘルタースケルターを殴り倒しながら、マシュが驚くように声を上げた。

 その声の調子に鼻を鳴らしたアンデルセンが肩を竦める。

 

「恐らく、という話だがな。だがそのレベルでなければわざわざ探す意味もない。

 人理焼却とやらの正体を暴きたいなら最適の人選。

 逆に正体を隠したい連中からすれば最悪極まりないキャスティングだ」

 

「だからあの操られてるバベッジが探してる、ってこと?」

 

 立香に訊かれ、彼は僅かに視線を外す。

 断言しておいてだが、アンデルセンはその意見にイマイチ乗っていないらしい。

 

「チャールズ・バベッジがシャーロック・ホームズを捜索している。恐らくここは動かん。

 だが同時に、その目的が人理焼却と繋がっているかは分からん。そもそも人理焼却は既に達成された偉業だ。ホームズの目から隠す意味があるとも思えん。

 だとするならもう一段何か謎があるはずだが……それこそそんなものは探偵にでも聞け!」

 

「ええ……」

 

 途中まで語った彼は、言葉を投げ出すように放棄した。

 聞いていた立香がその様子に困惑した。

 

 バベッジの意思に従うヘルタースケルターは一団を全て敵性と断定した。

 背後にいる者たちも全て排除しようと動作が加速する。

 

 フランの方へと迫りくる機械兵士。

 彼女を庇うように玉藻が前に出て、その攻撃に備えるような腕の構えをみせた。

 腕を掲げた彼女に対し、ノコギリのような形状をした長大な剣が振るわれる。

 

「はいはい、黒天洞黒天洞」

 

 それを玉藻の腕が悠々と受け流し、同時に相手を氷の壁が呑み込んだ。

 全身が凍結したヘルタースケルターは足掻くように動こうとして―――

 しかし何も出来ずに頭部のスリットの中で光を弱々しく瞬かせた。

 

「蒸気で動いてるなら冷やしてみればいいですかね?」

 

 そのまま玉藻の手の動きに従い、彼女の周囲で浮遊していた鏡が飛行する。

 氷結した機械兵士を殴り飛ばす空飛ぶ鏡。

 表面の氷を打ち砕かれた鉄塊が横倒しに転がり、そのまま動けずに機能停止した。

 内部から白煙を噴き上げながら倒れるその姿は、既に鉄屑と化したと見て相違ないだろう。

 

「精密機械は結露に弱いですねぇ」

 

「蒸気機関を凍らせておいて結露も何もあるまい……」

 

 更に後ろから続々とヘルタースケルターの軍団が続く。

 ドレイクの発砲が鋼鉄のボディを削り取るが、銃撃程度で易々と完全破壊には至らない。

 だからと言って砲撃で吹き飛ばす、とはいかない。

 

「ったく! 戦場が狭いねぇ! 気にしなくていい海が恋しいってもんさ!!」

 

 小さく舌打ちしながら、彼女は近距離まで迫ってきた一機を力任せに蹴り倒した。

 すぐに復帰を開始しようとするヘルタースケルター。

 その頭部のすぐ近くの空間が歪み、彼女の船の大砲が姿を現す。

 

「砲弾代わりさぁ! 飛んでいきな―――ッ!!」

 

 一気に突き出てくる砲身がヘルタースケルターを殴り付ける。

 高速で走った鈍器の一撃を受け、鋼鉄の鎧が宙を舞う。

 それは後ろから続々と続いてくるヘルタースケルター軍団の中に直撃。

 ボウリングの如く、鋼鉄の鎧を複数薙ぎ倒していく。

 

 敵陣の総崩れを前に二世が腕を翻し、その場に上に向かう気流を発生させる。

 その竜巻の如き風の中にアレキサンダーが身を投げて、大きく舞い上がった。

 空に舞う彼の掌の中には、雷が迸っている。

 多くの機械兵が倒れ込む地上に向け、彼が腕を振り下ろした。

 

 奔る稲妻。轟く雷撃が地上に落ち、大量のヘルタースケルターを巻き込んでそのボディの内側から黒い煙を吐き出させた。

 

 その効果範囲に巻き込まれていなかった鎧が、立ち上がろうと身を起こし―――

 達成する前に、その胴体にマシュが盾を全力で叩き込む。

 胸部が思い切り変形して、内部から蒸気を噴き出したそれが機能を停止。

 

 たとえ大量のヘルタースケルターであっても、彼女たちは止められない。

 

 だがバベッジがいる以上は文明の氾濫は止められない。

 ヘルタースケルターは蒸気文明の守護者にして侵略者として、象徴たるバベッジの鎧を守るために無数に顕現し続ける。

 

「ゥウ……」

 

 その光景を前にしたフランが小さく唸る。

 彼女が思い返すのは一体どのような記憶か。

 

 親たるヴィクター・フランケンシュタインにさえ怯えられ、失敗作と詰られた少女。

 そんな彼女に対して、他の人間と何ら変わらぬ隣人であると接してくれた彼。

 チャールズ・バベッジが、世界がこのような過ちに舵を切ることを許すはずがない。

 それは人の世から弾きだされた怪物であり、怪物でありながら人と認めてもらった彼女だからこその断定だ。

 

 だというのに彼は、今まさに世界の滅びを目指している。

 夢見て叶わなかった理想だけにしか目を向けずに。

 

「―――おう、マスター。あのMr.スチームパンクを止めたいかよ」

 

 最前線でヘルタースケルターの群れを斬り裂き、圧し折り、叩き潰す。

 そんなパワーファイトを見せていた金時が声を張る。

 

「――――ゥ」

 

 決まっている。こんなことを、本当の彼が望むはずはないのだから。

 そう意志を込めたフランの小さな声を拾い、金時がその口角を吊り上げた。

 

「だよな。だったら、叫びな!

 サーヴァントってのは、そういうマスターの願いに応えるもんなのさ!」

 

 “黄金喰い(ゴールデンイーター)”が振るわれて、弾け飛ぶ雷が周囲の機械兵たちを蹂躙していく。

 それを背後から見ていた玉藻が、フランが握り締める彼女の心臓部を見た。

 

「―――そこな軍師さん。ちょこーっと、手をお借りしてよろしいですか?」

 

「―――了解した」

 

 玉藻の視線を追ったエルメロイ二世も納得したのか、彼の結界が風を導く。

 周囲の霧を一時的にでも追い込む先は、フランの周囲。

 

 彼女自身が持つ性能(スキル)、ガルバニズムが動作する。

 自身の周囲の魔霧を彼女の肉体が電気に変換し、周囲にスパークを発生させた。

 同時。その発生した電力が彼女の持つ心臓部、“乙女の貞節(ブライダル・チェスト)”の出力を高めていく。

 

 彼女は周囲の霧を電気に変え、電気により心臓の稼働出力を上げ―――

 そして、その心臓が霧を更に食らって魔力に変えていく。

 フランの周りの霧は全てエネルギーに転換され、そしてそれは全てが魔力へ。

 この都市に霧が満ちている限り止まらない出力の向上。

 

 そして二世と玉藻の起こす風。

 それはロンドン全てを満たす霧の一部を丸々切り取り、彼女の元へ力尽くで運んでいく。

 尽きぬ燃料を全て己の炉心にくべて、焚いて、魔力を迸らせて。

 フランは金時へ向けて叫び、発生させた魔力を叩き込んだ。

 

「ナァアアアァ――――ァアアオゥッ!!!」

 

 加速する雷電。

 稲妻とともにマサカリを一度大きく振るい、周囲のヘルタースケルターを薙ぎ払う。

 鋼鉄の鎧を蒸発させ、全てを薙ぎ払う鬼神となって彼が立つ。

 

「ひとつ、マスターから止めてやってくれと願われた」

 

 “黄金喰い(ゴールデンイーター)”に装填されたカートリッジが一つ弾けた。

 その内部から溢れだす魔力の雷が、マサカリの刃を纏われる。

 

「ふたつ、そいつは子供の悲痛な叫びだ」

 

 更にもう一つカートリッジが飛ぶ。

 彼の手の中にあるマサカリの纏う雷電が更に強大になり、周囲を照らす。

 

「みっつ、―――親代わりに見ていた人を止めてやりてぇって子供の想いによ。

 このオレが応えねぇわけにはいかねぇってもんだろうが―――!」

 

 三つめ。カートリッジが弾け飛び、そのマサカリの纏う雷撃が更に膨れた。

 

 それを目撃していたバベッジが周囲のヘルタースケルターを前方に集結させる。

 同時に、彼の内燃機関が最大出力で動作を開始し全身から蒸気を噴き上げた。

 

「我が空想、我が理想、我が夢想―――これぞ“絢爛なりし灰燼世界(ディメンジョン・オブ・スチーム)”」

 

 機関最大。全身を動かす動力が極限に達し、超重量の棍棒を彼の腕が振り上げた。

 フランケンシュタインの怪物により霧の捕食。

 それにより一時的に大きく薄れた霧の街を白く染めるのは、彼が解き放つ蒸気に他ならない。

 

「そうかい。さっきからあんたを想う声に名前を呼ばれてんだ。

 いい加減に夢から目ぇ覚ましな、Mr.スチームパンク!

 ――――必殺、“黄金衝撃(ゴールデンスパーク)”!!!」

 

 蒸気とともに雲霞の如く押し寄せる機械の波。

 それと正面から向き合った金時が稲妻を招き、鋼鉄の波濤の中へと斬り込んだ。

 

 ヘルタースケルターの軍団すら溶断し、バベッジの元へと辿り着く黄金のマサカリ。

 鋼鉄と黄金、棍棒とマサカリ、二つの超重量武器が衝突して―――弾けた。

 

 

 黒い煙。白い煙。

 二つを立ち上らせながら、バベッジの砕けたカメラアイが明滅する。

 彼の体は、鎧の右半身が消し飛んだような状態で地面に倒れていた。

 

 一時的に晴れていた霧は、再び他所から流入してくる。

 すぐに再び霧の海に沈む地面に視線を向けながら、彼は自身の消滅を予感した。

 

 ―――蒸気世界を鎧の内に具現し、成立させていたのがチャールズ・バベッジの固有結界だ。

 鎧が砕けた以上は、その理想世界を維持することはできない。破綻する。

 

「………そう、か。そうだった、な」

 

 ふと、彼は思いだした。バベッジはこの霧の中より現れた。

 彼の夢想が強すぎたのか、あるいは後世においてさえ『スチームパンク』として夢想される世界のifとしてのイメージが合わさってか。

 チャールズ・バベッジは、蒸気機関による世界の象徴として成立していた。

 

 夢であった。が、夢でしかなかった。

 だからそんなものを引き合いに出されたところで、彼が人理焼却に加担などしようと思うはずもなかった。

 

「ゥウ……」

 

 最期の思考をしていた彼に、花嫁衣裳の少女が寄り添う。

 ノイズの酷いカメラアイに移った彼女の姿。それでもその正体はおおよそ理解できた。

 

「……ヴィクターの、娘か。そうか、無事か。

 ならば、メフィスト、フェレスは、失敗したということ、だ」

 

 彼が製造した魔霧機関“アングルボダ”。

 それと最高の相性を誇る、ヴィクター・フランケンシュタインの鋳造した人造人間。

 メフィストフェレスの使命は一応、彼女の確保であったはずだ。

 彼女が無事であるということは、奴は失敗して首謀者であるMは発電機関の確保は出来なかった、ということだろう。

 

 彼女の後ろには多くのサーヴァント、そしてマスターらしき人間がいると認識した。

 彼の有するセンサーはこの霧の中においてなお、サーヴァントと人間は区別してみせる。

 

 砕けた鎧が解れ、黄金の魔力に還っていく感覚。

 時間が無い、と彼は出来る限り言葉を残す事にした。

 

「―――私が造り出した魔霧を生み出す機関“アングルボダ”が、この霧の原因だ。

 この時代を葬るため、首謀者たるMは私と、パラケルススを共犯とした。

 目的は魔霧を帝国全土に広げ、それを一斉に起爆する事により時空を崩壊させる、こと」

 

「……その“アングルボダ”は、どこに……?」

 

「私は聖杯により精神を縛られ、“アングルボダ”の製造に加担した。

 だが一つ、“アングルボダ”には私の手が入っていない部分がある。

 ―――演算装置だ。蒸気コンピューターを遥かに凌ぐ、演算能力がそこにあったがためだ」

 

 バベッジは問いかけには答えない。

 答えられないのか、あるいはもはや聞こえてもいないのか。

 ただ彼は彼が残さねばならない、と感じていることを述べ続ける。

 

「“賢者の石”。パラケルススに提供された、超常の演算装置こそを私は“アングルボダ”に組み込んだのだ。そしてその折、超常の演算装置が測定した、未来を、私は、視、た。

 故に―――私の最後、の、理性を、あの、探偵に託し、た。

 まずは、時計塔に、行け―――そして、その上で………我が、妄執、“アングルボダ”は、地下鉄(アンダーグラウンド)の先に―――」

 

 鋼鉄の鎧が解け、光となって消え失せる。

 限界を超え語り続けた彼が、それ以上は耐え切れずに崩れ落ちていく。

 それに連動するように、残っていたヘルタースケルターも消え失せていった。

 

 

 




 
ロンドン付近の人間関係はもはやどうなってんのか分からぬ。

チャールズ・バベッジ。
その体から溢れる蒸気文明はまさしくスチームパンク界のオーマフォーム。
ジェット、スチーム、エレクトリックのうちスチームを担当する男。
なおエレクトリックは大量にいるがジェットはいない模様。

ゾォルケンがランスロットつれてれば戦闘機のジェットエンジンがあったのに。
どんなところでもその存在を望まれる。やはり円卓最強……

代わりにもしかしたらこの時代の日本では沖田総司がジェットを背負って生きてるかもしれない。

ホームズはいたと示唆されただけで原作通り別に出ません。
多分人理焼却の先の滅亡について捜査しながらわざわざここで顔を出そうとする殊勝な人間ではないでしょう。巌窟王とは会ってるかもしれぬ。
 


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Z地点へ/ジキルサイド1888

 

 

 

 オルガマリーたちは戦闘を終え、ジキル宅へと帰還した。

 パラケルススを野放しにする形となったが、無暗に追う事もできない。

 ソウゴとモードレッドは契約を交わし、彼女の魔力の問題を一応解決。

 

 その彼女とアタランテを組ませてジャックが逃亡しようとしていた方向の調査を行ってもらっている。立香たちの方は通信状態が悪いらしく、連絡は取れていない。

 

「場所は分かるんだよね? 俺が見てこようか?」

 

『ふむ。まあ当然、存在証明のためにある程度正確な位置は分かるけれど』

 

 ダ・ヴィンチちゃんがそう言ってそこで言葉を打ち切った。

 行動方針は所長であるオルガマリーから、ということか。

 

「………ジキルとあんたは一緒に置いとかないといけないでしょ。もしもの時のために」

 

 そう言って大きく息を吐き出すオルガマリー。

 まあそうか、と。ソウゴも同意して食事に戻った。

 改めて転送してもらったブーディカ印の昼食だ。朝食を抜いた腹に染み渡る。

 

 ここに来てから毛並みが霧でへたれるのが余程嫌なのか、ぐでーとしているフォウ。

 そんな彼も食事の時ばかりはそれなりに元気を出している。

 

 呑気に食事を続ける彼らを見て、彼女は頭を抱えながらソファに体を沈める。

 もちろん直接戦闘を行う彼が食事を行うことは必要不可欠の一大事ではあるのだが。

 

「アタランテが言う新しい敵サーヴァント、アヴェンジャーのことも気になるけれど……

 先に身内側の問題ね。アナザーダブル、ヘンリー・ジキル……いえ、エドワード・ハイド」

 

 彼はソウゴの称するところによる、白ウォズ―――仮面ライダーウォズとの戦闘において追い詰められ、霊薬の服用を決定した。

 その結果、善悪の人格が反転したジキルはハイドとなり、彼女たちに襲い掛かってきたのだ。

 

「……常磐、ちなみにあのアナザーダブルを完全に倒すための手段は……」

 

「うーん……」

 

 オルガマリーが問いかけたのは、つまりアナザーウォッチを破壊するに足る力。

 仮面ライダーダブルの力を持つ、新たなライドウォッチの存在だ。

 これまでを見るに彼の意思一つでその存在が左右されているように見える。

 

 すぐに出せると言うのなら早々に彼の中にあるアナザーウォッチを破壊するべきだろう。

 数秒間悩みこんだソウゴは、しかし首を横へと振った。

 今の彼にはダブルウォッチの入手のイメージが湧かないらしい。

 

「多分何か足りないんだ。でも、アナザーライダーの方も何かが足りてない」

 

「足りない?」

 

 その婉曲な物言いにむすっとした表情で問い返す。

 自分で言っていて自分で詳細は分からないのか、腕を組んで悩む様子を見せる。

 

 そんな彼の様子を見ているのはオルガマリーだけでない。

 窓際に腰かけ外を眺めていた式も、横目で様子を窺っている。

 

「何だろう……なんて言えばいいのかな……」

 

 どう口にしたものか、と悩んでいるソウゴ。

 彼が極端な感覚派だと理解しているオルガマリーも、その言葉を辛抱強く待つ。

 だが彼が口を開く前に、リビングの奥の扉が開いた。

 

「やあ、彼が目覚めたよ」

 

 そこから出てくるのはダビデと―――ヘンリー・ジキル。

 連れ帰ったジキルは寝かせ、そこでダビデによる独奏会があったのだ。

 彼の竪琴は傷を癒し、悪性を祓う。

 仮にハイドの影が彼に残っていたとしても、それをある程度排除できるだろうとの考えからだ。

 

「……すまない、迷惑をかけたようだね」

 

 その効果があったかどうか、申し訳なさそうにそう口にする彼はジキルに違いないのだろう。

 あの問題は言ってしまえば白ウォズとやらが発生させた問題だ。

 彼がそこまで気に病む必要はない―――のだが。

 

「それはいいのだけれど……あなたには、エドワード・ハイドという人格が?」

 

 問いかけられると分かっていたのか、彼は一瞬だけ目を伏せてすぐに返答する。

 

「そうだね。君たちに訊かれた『ジキル博士とハイド氏』に心当たりがないのは本当だ。

 僕が僕をモチーフにした小説が存在する、という話を知らないのは嘘じゃない。

 けれどハイドという人間……人格には心当たりがあった、文字通りにね」

 

 そこまで語った彼が一度口を閉ざして瞑目する。

 言葉を打ち切って数秒の静止。その後、意を決したように再び彼は口を開く。

 

「……もともとは一つだったんだ、彼は僕の中の“悪”だった。

 善良であろうと心がける僕の中で、あれは常に蠢いて悪徳への傾倒を促すものだった。

 ―――それを受け入れなかった僕は、自分の悪心を分離することを望んだ。

 その研究こそが先程僕が服用した霊薬。……確かに、僕の中の悪心は分離した。

 ジキルの中に、ハイドという悪の化身が誕生する、という形で」

 

「善と、悪……」

 

 綺麗に二つに精神を分離したジキル。

 その試みに対して、小さく声が漏れた。

 

「結果、あの霊薬は僕とハイドを入れ替えるためのものとなった。

 僕は善を愛し、悪を憎む。奴は悪を愛し、善を憎む。

 そういう一つの肉体の中に、二つの相反する存在が同居する存在こそが僕だ」

 

 胸に手を当て、恥じ入るように視線を逸らすジキル。

 

「あの霊薬を使う気はなかった。アナザーライダー、というのにされてからはなおさら。

 だが、あの銀色の彼が口にした言葉を実行せねばならないと思った……

 いや厳密には、追い詰められたからこそ、自分の中で“もうこうするしかない”という選択肢が浮かんでいたんだろうね」

 

 その行為に必要性を感じたが故に、行動を自分で打ち切る理由が見つけられなかった。

 彼はそう語って大きく溜め息を一つ落とす。

 

「未来の行動を測定するだけではなく、指定まですることが可能……

 それをあのノートみたいな本だけで……」

 

 頭を抱えるオルガマリー。恐らく彼は未来人なのだろう。

 もしあれが純粋な科学技術の結晶だと言うのなら、未来では魔術はさぞ肩身が狭いだろうと。

 というより、そこまできたら完全に廃れているのではなかろうか。

 

「……いえ。今はそれはいいとして。

 それで、もう大丈夫なのかしら。ハイドへの変貌の心配は」

 

「ああ。ダビデ氏に頼んで、僕の持つ霊薬は全て彼に管理してもらっている。

 もう僕の意志だけでは、ハイドになることは出来ない」

 

 そう言って隣のダビデに視線を向けるジキル。

 ダビデは大きく頷いて、自信満々に預けられた霊薬を掲げた。

 

「僕に託されたからには、無駄のない運用を心掛けるとも。

 差しあたって成分を解析して量産体制を整え、委託販売というカタチで……」

 

 今後の展望を得意げに語り出すダビデ。

 そんな彼に対して、反射的にオルガマリーは叫んでいた。

 

「売るわけないでしょ!?」

 

「冗談さ」

 

 少し勿体なさそうに冗談だと口にする彼の態度。

 突っ込まれなかったら本当に商売に持っていく気だったのでは、と。

 オルガマリーがぴくぴくと眉を引き攣らせた。

 

 未だに悩む様子を見せていたソウゴの視線がジキルに向かう。

 善と悪。ジキルとハイド。一つの体に二つの人格。

 果たしてそれがアナザーダブルの性質に選ばれた理由なのだろうか。

 

「なんか……違う気がする……」

 

 頭を横に振り、思い悩むソウゴ。

 と、そんな状況の中で窓際の式が声を上げた。

 

「―――なあ、何か来たみたいだぞ?」

 

「え?」

 

 言われ、オルガマリーが立ち上がり窓に向かう。

 霧で完全に見渡せるわけではないが、外に蠢く白い何かが見えた。

 考えるまでも無い、パラケルススの放ったホムンクルスだ。

 

「こっちを攻めてきた……!?」

 

 今ここにいる戦力はソウゴ、ダビデ、式だけだ。

 モードレッドとアタランテは外しているし、立香たちは別動隊。

 確かに攻め入るならばこれ以上のタイミングはないだろう。

 

 ソウゴが立ち上がり、ジクウドライバーを腰に当てる。

 彼の手に握られたジオウとウィザードのウォッチが起動してその名を呼びあげた。

 

〈ジオウ!〉〈ウィザード!〉

 

「―――僕も行こう」

 

〈ダブルゥ…!〉

 

 ―――そんな彼の横で、今起きたばかりのジキルが声を上げた。

 同時に彼の体が緑と黒の装甲に覆われ、化け物然とした姿へと変貌する。

 思わず絶句し、ぽかんと口を開くオルガマリー

 

「ちょ、あなた! 自分がさっきまでどんな状態だったのか分かって……!」

 

「大丈夫。今は僕の中からハイドが起きる様子は感じない。

 当然。今持っていない霊薬を服用することも出来ない以上、変わる事は出来ないんだ」

 

 そのまま彼は式の横を通り過ぎ窓を開けた。

 流入してくる霧を緑の風で追い返しながら、彼は窓枠へと足をかける。

 彼のそんな背中を無表情で見据える式を気にも留めず、アナザーダブルは屋外へと躍り出た。

 

「―――ああ、もう!」

 

 そのまま続くように窓まで追おうとする彼女を押し留める腕。

 掴まれた彼女はその腕の先を振り返り、“ウィザード”と描かれた顔を見る。

 オルガマリーを留まらせたジオウは彼女の前で首を横に振った。

 

「所長。所長はダビデと式と一緒に中で待ってて」

 

〈仮面ライダージオウ!〉〈プリーズ! ウィザード!〉

 

 魔方陣を分割したマントを翻し、ウィザードアーマーが窓枠を乗り越えた。

 風が窓を動かして、勝手に閉めてしまう。

 僅かに霧の残る家の中に残されたオルガマリーが、小刻みに肩を揺らしながら叫んだ。

 

「あー……もう! どいつも! こいつも!」

 

「そう怒らないで。ほら、これ飲んでみるかい?」

 

 そう言って瓶に入った霊薬を彼女の前に出すダビデ。

 悪の心を分離するジキルの霊薬だ。

 これを服用すれば、もしかしたら彼女も善と悪に分離するやもしれない。

 

「飲むわけないでしょ!?」

 

 咄嗟にダビデから距離まで取るオルガマリー。

 

 漫才を始めた彼女たちを胡乱げに見ていた式が小さく息を吐く。

 そのまま彼女は窓の外の方へと目をやった。

 敵として展開しているのは、どうやらホムンクルスだけ。

 パラケルスス本人は出てきていない様子だった。

 

 

 

 

 豪風を纏う拳が白い体に突き刺さり、打ち砕く。

 アナザーダブルの纏う風は更に強大になり、戦闘力が向上していた。

 緑風で周囲の霧を薙ぎ払いながらの戦闘。

 

 その隣でジカンギレードを振るうジオウ。

 両断されたホムンクルスが崩れ落ち、そのまま魔力の光と消えていく。

 

「…………」

 

 ホムンクルスを薙ぎ倒すアナザーダブルの姿に、ジオウが小さく視線を向けた。

 先にハイドに変わり、変貌した時よりなお強い風の力。

 ジキルに戻った今、弱まるどころか更に増大したそれを見る。

 

 ハイドが一度表に出て、アナザーダブルに適合してきたという事か。

 ……なんとなくだが、それだけではないだろう。

 

 近場のホムンクルスを一体切り捨て、そのままギレードを放り投げる。

 同時にドライバーへと手を伸ばし必殺状態へ。

 ジクウドライバーが回転し、ライドウォッチのエネルギーが一気に解放された。

 

〈フィニッシュタイム! ウィザード!〉

〈ストライク! タイムブレーク!!〉

 

 ジオウがその腕を空に掲げ、その腕の周囲に魔法陣を展開する。

 魔法陣が取り巻く腕が家屋の大きさに匹敵するほど巨大化。

 彼はそのまま腕を振り下ろし、付近のホムンクルスを叩き潰した。

 

 霧に混じり魔力の光となって消えていくホムンクルスたち。

 周囲を一通り見回したジキルが、その怪物の口から小さく息を漏らす。

 今のジオウの一撃で今回の襲撃は防いだ様子である。

 

 ジキル邸からは少し離されてしまったが、大した距離でもない。

 

「これで終わりかな。偵察、程度のつもりだったのだろうか」

 

「うーん、どうだろ。他に目的があったのかも」

 

「そうだね。楽観視するべきではないか」

 

 そう言いながら踵を返し、自宅に向かおうとするジキルが―――

 何もない場所で軽くふらついて、蹈鞴を踏んだ。

 

「―――おっと、……起きたばかりでまだ不調なのかな……?

 自覚症状はないのだけれど、ね」

 

「……じゃあ、早く戻って休んだ方がいいんじゃない?

 俺は念のためもうちょっと周りを見てみるから。

 そろそろアタランテとモードレッドも戻ってくる頃だろうしさ」

 

 ジキルはソウゴが提示した行動方針に少し驚いた様子で彼を見る。

 自分も一緒に、と言おうとしたのだろう。僅かに口を開いて、しかしそれを噤んだ。

 今まさに倒れそうな様子でふらついた自分を思い返す。

 

「―――分かった。気を付けてくれ」

 

 ソウゴに注意を喚起して、ジキルは家の方へと戻っていった。

 

 その背中が霧に沈んで見えなくなり、数十秒。

 もう彼は家の中に入って変身を解除したころだろう。

 それほどに時間をおいてから、ソウゴは背後の霧の中に声をかけた。

 

「ねえ、俺に用があるんじゃないの? 白ウォズ」

 

 ウィザードアーマーの顔が振り向く。

 数秒後、何も見えない霧の奥から小さく笑いを堪えるような声が響いた。

 ―――ゆったりとした足取りで霧の奥から姿を現す白コートの姿。

 

「白ウォズ、というのが私のことならば確かにね。

 しかし魔王。もう少し捻った呼び名は無かったのかい? ヤギではあるまいし」

 

 あんまりな呼び名に対して文句をつける白ウォズ。

 それに取り合わず、ジオウは彼の手元に視線を送る。

 

「今の敵、パラケルススじゃなくて白ウォズが差し向けたんでしょ? その本? でさ」

 

 ジオウが腕を上げ、彼が手にしている本を指差した。

 その動作に対し惚けた顔を浮かべ、本を持ち上げてみせる白ウォズ。

 

「この未来ノートでかい?」

 

 彼の惚けた様子にもジオウは顔を動かさない。

 ソウゴの考えが疑惑ではなく確信である、と理解した彼が小さく笑った。

 誤魔化そうとする表情を放棄して微笑みを浮かべる白ウォズ。

 

「―――ああ、そうだとも。

 パラケルススが都市の索敵に使用しているホムンクルスをこれで誘導したんだ」

 

「それは俺を誘き出すため? ―――それとも、ジキルを変身させるため?」

 

 ソウゴの追及に一瞬だけ白ウォズの目から笑みが消えた。

 代わりに浮かべた冷徹な視線。しかしそれはすぐに消え、再び微笑みが再浮上する。

 

 まるで呆れるような口調で、彼はその問いに対する答えを返す。

 

「流石は魔王……そうだね。そこまで辿り着いたなら、答え合わせと行こうか。

 ダブルの力は何か、君は知っているかい?」

 

「ダブルの、力?」

 

 唐突に白ウォズが放つソウゴへの問い。

 風や腕を伸ばす特殊能力は見たが、力の由来は知らなかった。

 分からない、という回答が分かっていたのだろう。

 白ウォズは答えが返ってこないことを気にすることも無く、大仰に腕を振り上げた。

 

「ダブルの力は地球の記憶、ガイアメモリ。

 仮面ライダー(ダブル)とは、左翔太郎と園崎来人がダブルドライバーとガイアメモリを用いることで変身する仮面ライダーなのだよ」

 

 劇的な所作に対するソウゴの反応が薄いのを見てか、肩を竦めて腕を下ろす白ウォズ。

 彼はジオウを見据え、更に次なる問いを放ってきた。

 

「ところで魔王。アナザーライダーとは、どういった存在だと思う?」

 

「どういった存在? ……本来の仮面ライダーじゃない、本物の歴史を使った偽物?」

 

「まあそうだね、()()()使()()()()()()()()()()()()()()

 さて、ダブルの力の話に戻ろう」

 

 自分で振った話題を即終わらせて、再びダブルの力の講釈に戻る彼。

 胡乱げな瞳で見てくるソウゴの様子を気にした様子もない。

 

「ガイアメモリというのは、その中に“地球の記憶”を封入されたガジェット。

 例えば“風”の記憶、サイクロンメモリ。例えば“切り札”の記憶、ジョーカーメモリ。この二つをダブルドライバーに装填し変身したものこそが仮面ライダーW・サイクロンジョーカーだ」

 

「それで?」

 

 急かすようなジオウからの声にも、彼は肩を竦めて手を振るだけで返す。

 

「ガイアメモリには驚異的なパワーが秘められていて、ドライバーを介さずに使用した人間はドーパントと呼ばれる怪人に変貌する。その上、メモリには毒素があり使用した人間は精神的な変調をきたし、暴力的になったりメモリの力に依存したりすることになる。

 そう。まるで麻薬のようにね」

 

「――――」

 

 ―――ジオウのマスクの下で、ソウゴが顔を歪めた。

 すぐに引き返そうとする彼の前で、白ウォズがビヨンドドライバーを装着する。

 更にその手の中には仮面ライダーウォズのウォッチ。

 

〈ビヨンドライバー!〉〈ウォズ!〉

 

「さて? 確か善と悪の人格を入れ替える霊薬を用い、最終的に悪の人格から善の人格に戻れなくなり、自死という結末を選択した……

 まるで薬物中毒者のような人間こそがアナザーライダーの契約者だったような?」

 

 彼はそう、分かりきっていることを微笑みながら語る。

 拳を握りしめながら、仮面の下のソウゴの顔が相手を睨み据えた。

 

「……ダブルの力、ガイアメモリの力を……

 ()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()、ジキルをダブルが戦っていた怪人のドーパントっていう存在に近付けた?

 それだけじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?」

 

 ソウゴの呟く声に小さく口の端を吊り上げる白ウォズ。

 

 仮面ライダーディケイドの存在から僅かにサルベージしたダブルの力。

 それにより生成したアナザーダブルウォッチ。

 これをジキルに打ち込むことで、スウォルツはアナザーダブルウォッチの完成を目指した。

 

 ジキルはハイドというもう一つの精神を持ち、同時に暴力性を向上させ自制を無くす薬物による破滅が確定している人間だ。ダブル、ガイアメモリと相性は良く―――

 そしてハイドが暴力と破壊衝動の精神である以上、ジキルからハイドが肉体のコントロールを奪い破壊衝動に身を任せれば任せるほどにダブルの歴史の中の牙の記憶が刺激され、更に歴史の再現率は上がっていった。

 

 白ウォズの腕が流れるようにウォッチをドライバーに装填。

 操作をこなし、変身シーケンスを完了する。

 ライトグリーンの光が走り、彼の姿を銀色のアーマーが覆っていった。

 

〈フューチャータイム! 仮面ライダーウォズ! ウォズ!〉

 

 “ライダー”の文字が彼の頭部に合体し、ブルーに煌めいた。

 白ウォズがジオウの目前で変身を完了し流れるようにジカンデスピアを構える。

 

「なぜ私がここまで長々と君に解説してあげたか分かるかい?

 あと一度だ。今回の変身を経て、あと一度彼を変身させればダブルの歴史の再現度は目標値に達するからだ」

 

 考えるまでもなく、彼と同じ目的を持っているだろう人間が頭に浮かぶ。

 

「―――スウォルツ……!」

 

「そう、今ジキル邸には彼が向かっている。私の役目は君の足止めだ。

 悪いが少し付き合ってもらおうか」

 

 ジカンデスピアが奔り、それをコネクトで呼び戻したギレードが受け止める。

 盛大に火花を散らしながら、二人のライダーの影が霧の中で交差した。

 

 

 

 

「あ、っぐ……!」

 

 オルガマリーが床に倒され、その背中にスウォルツの足が叩き付けられる。

 その体がダ・ヴィンチちゃん謹製のボディだと知っているのか。

 おおよそ人間相手とは思えない力がかけられる。

 

「フォウ! フォーウ!」

 

 スウォルツに体当たりするつもりか、飛び出そうとする小動物を式が首根っこを掴み抑える。

 彼女の瞳が青と赤の螺旋を描き、死を視た。

 だがそれが視えたところで足元にオルガマリーを敷いている以上、反撃は叶わない。

 

「―――死が、薄い。こいつ……!」

 

「俺の死か? 仕方あるまい、お前と俺では時間軸が違う。

 お前の眼が視る死の未来の中には、本来俺の死は含まれていないだけの話だ」

 

 微かに笑みを浮かべるスウォルツに対し、彼女の中でナイフの切っ先が揺れる。

 

「薄いだけで視えてないわけじゃない。お前は、殺せる」

 

 式の体勢が一瞬低くなり、そんな彼女の様子にしかし彼は嘲笑を返す。

 

「―――化け物ではない俺を殺せるのか? お前が?

 ……まあどちらにせよ――――」

 

 スウォルツがオルガマリーの頭部に向けた手から黒い光が伸びる。

 それはまるで剣のように彼女の頭の真横に突き刺さり、床に穴を開けた。

 

「俺を排除しようとすれば、まずはこの女が死ぬだけだ」

 

 式の体が止まり、舌打ちを堪えるように顔を歪めた。

 自分の目前に刺さった黒い光の剣を見ながら、オルガマリーは体を震わせる。

 だがその震える口は式とダビデに言葉を投げていた。

 

「ひ、ぅ……! ぐっ、いえ、やりなさい……! 私のことは……!」

 

「いや、うん。要求を訊こう、こうしているということは目的があるんだろう?

 杖は捨てたほうがいいかい? 彼女のナイフは?」

 

 彼女がその言葉を言い切る前に、ダビデは諸手を上げた。

 式が彼を小さく睨むが、彼の態度はまるで常日頃のそれと変わっていない。

 その対応にスウォルツが悠然とした微笑みを見せる。

 

「話が早い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「おや、それは……」

 

 瞬間。バタン、と扉が勢いよく開く音が部屋に響く。

 全員の視線がそちらに向けば、そこにいたのはジキルに他ならず―――

 部屋の中に広がる光景を見た彼は、愕然とした様子でスウォルツを見ていた。

 

「久しいな、ヘンリー・ジキル。お前にアナザーダブルウォッチを渡して以来だ」

 

「お前は、何を……!」

 

 いっそ親しげですらあるスウォルツの口調。

 だが、そんなものは耳に入らないとばかりにジキルは顔を怒りに歪めていた。

 

「ジキル……?」

 

「ふふ……思考の単純化、自制心の欠落、暴力性の向上。

 悪を憎む善が悪を目の前にしたんだ、もはや理性も働くまい。

 ヘンリー・ジキルとは元々自身に悪徳があることさえ許容できない激情家。

 さあ、お前の前には友人を足蹴にする悪がいるぞ?」

 

 怒りのままに彼は走り出す。スウォルツを目掛け。

 そして彼の中で鼓動する一つの歴史が、彼に力を与えるために起動する。

 

〈ダブルゥ…!〉

 

 ジキルの肉体が変貌する。右半身は緑色。左半身は黒色。

 まるで二人の人間を縫い合わせたかのような異形。

 その異形は赤い目を爛々と輝かせながら、スウォルツへ向かい走る。

 

「お前には力がある。だが、ヘンリー・ジキルよ―――お前の意見は、求めん」

 

「オオォ―――! オオオァアアアァヒ―――ァハハハハハハッ!!

 だから言ったよなぁ、ジキル! てめえはもう転がり落ちてるんだってよォッ!!」

 

 それは走りながら雄々しく叫び、しかし途中で狂笑へと変わっていた。

 走り向かう先はスウォルツではなくダビデへと。

 既にエドワード・ハイドと変わった彼は、その破壊衝動を満たすためにただただ笑う。

 

 

 




 
その心には最高最善の部分もあるし、最低最悪の部分もある。
次回ジキルとハイドが合体、ジキルⅡ(大嘘)
 


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Z地点へ/全ての零から1998

 

 

 

〈ジュウ!〉

 

 剣と槍の刃を弾き合い、ジオウとウォズが互いに距離を取り合う。

 ジオウの腕はその間にギレードの刃を回転させ、銃身を展開していた。

 

 銃口に連続して閃光が瞬き、無数の弾丸が発砲された。

 

 放たれた弾丸は直進の軌道を外れ、不規則な動きをしながら囲うようにウォズに迫る。

 彼は自身に迫る銃撃を前にしかし焦る様子もなく、手にした槍のタッチパネルに指を触れた。

 

〈カマシスギ!〉

 

 手にしていた槍、ジカンデスピアが大鎌へと変形する。

 ウォズが両腕でその大鎌を振るい、回転させて全方位から迫る弾丸を迎撃した。

 弾き返された弾丸が地面を砕き飛散させる。

 

〈ケン!〉

 

 ジオウが再びジカンギレードを剣に変える。更にコピーの魔法。

 魔法陣がギレードを読み取るように動き、まったく同じものを複製してみせる。

 両手に剣を構えた彼が、大鎌を持つ相手を見据えた。

 

「それで、ジキル……ハイドを完全なアナザーダブルにして何が出来るの?

 多分それ……弱くなるよね?」

 

 ソウゴの問いかけに白ウォズが一瞬だけ大鎌を揺らす。

 

「弱くなる? 君も見ただろう、魔王。

 ハイドの力は増大している。それなのに何故?」

 

 動揺らしきものは一瞬で消し、彼はおどけるように言い返す。

 その様子を気に止めもせず、ジオウは確信をもって問いを続けていた。

 

「―――だってバランスが悪くなってるじゃん。

 ハイドが強くなりすぎて、ジキルの方が支えられてない。

 これがスウォルツや白ウォズが作りたかったアナザーダブルなの?」

 

 最初は黒い方だけに力があって、緑の方には力を感じなかった。

 それがハイドが目覚めて時には緑の方が力を増して―――

 今も、その力の増大はまったく止まっていない。

 

 だというのに。

 先程ジオウがアナザーダブルと肩を並べた時には紛れもなく()()()()()()()、と。

 そう確信を得る程の状態であった。

 

 力が落ちているのではない。

 片方だけの力の向上にもう片方が追いつけず、バランスを崩しているのだ。

 

「………まあ、答え合わせをしようと言ったのはこちらだ。

 いいだろう。教えてあげようじゃないか」

 

 隠すことなどもう不可能と。

 肩を竦め、ジカンデスピアを構え直した白ウォズが苦笑混じりにそう言った。

 

 

 

 

「ヒャハハハ―――!」

 

 哄笑しながらアナザーダブルが腕を振るう。

 その動きに合わせて蠢くのは、緑色の右腕から垂れている包帯らしきもの。

 それは突然伸びだし、絡まり合い、硬質化して刃となった。

 

〈アームファングゥ…!〉

 

 牙を生やした腕が、ダビデに向けて振るわれる。

 狙われた彼は目を眇め、杖でその右腕を叩き落さんとし―――

 しかし強靭な拳を打ち払う事は出来ずに、防ごうと振るった杖ごと弾き返された。

 背後に押しやられた彼が、奇妙な感触に目を瞬かせる。

 

「む、これは……!」

 

 そんな彼の背後から式の影が跳び出す。

 相手に向かって右、アナザーダブルの左半身側から回り込む軌道の疾駆。

 

 彼女の武装であるナイフの煌めき。

 それをアナザーダブルの赤い目が追いかけ、迎撃すべく右腕の牙を構えようとして―――

 

「ぎゃ……っ!?」

 

 ずるり、と。何もないというのに黒い足が地面を滑り、その体が床を転がった。

 思わず足を止めて目を見張る式の前で、アナザーダブルがふらつきながら起き上る。

 

「ちっ……! あぁあぁ、みっともねぇ……!」

 

 自嘲するような声。

 そんな物言いの怪物の言葉を聞いて、床に伏せるオルガマリーが困惑した。

 

「なに、あいつ……? 自分の力を制御できてない、ってこと……ッ!?」

 

 オルガマリーの背中から足が退く。

 直後に彼女の全身を衝撃が襲い、彼女の体は宙へと舞った。

 蹴り飛ばされた、と理解したのは一秒後。

 

「かは……っ!?」

 

 そのまま壁に叩き付けられ、床に崩れ落ちる彼女。

 そちらに顔を向ける事もせず、スウォルツは近くのソファに腰かけた。

 頬杖までつく余裕を見せる彼を床に伏せたオルガマリーが睨む。

 

 起き上がったアナザーダブルが牙のある右腕を振り回し式を狙う。

 それを潜り抜けながら式のローキックが黒い左足を払った。

 あっさりとその攻撃を受け、そのまま再び転倒するアナザーダブル。

 

 力は増大しているというのに、明らかにそれに振り回され弱体化している有様だ。

 

「こいつ……」

 

「ヒハハ―――ッ!」

 

 跳ね起きる二色の体。

 その腕の横に形成されていた牙が解れ、また包帯のような状態に戻った。

 同時に緑色の半身が一瞬黄色く光る。

 次の瞬間にはその右腕がぐにゃりと長く伸び、うねりながら式を目指して奔っていた。

 

「ちっ……!」

 

 彼女が躱そうとする―――その前に。

 

「よっと」

 

 彼女の前にはダビデが立ちはだかり、その杖を構えてみせていた。

 こちらに接近してくる腕を、殴り飛ばすための構え。

 伸びながら迫る拳を前に、彼は悠然と微笑みながら杖を振るう。

 

「ハッ―――!」

 

 だが、ダビデの杖が奔った瞬間。

 緑の拳が開き、その掌で振るわれた杖を握り取っていた。

 

「ハハハ、まずはてめえから……!」

 

 ダビデを捕まえた。そう認識したハイドが、一気に伸ばした腕を引き戻す。

 その反応を見たダビデがほんの数秒耐えてから―――そのまま杖を手放した。

 

 がっくん、と揺れるアナザーダブルの体。

 踏ん張るように力を込めていた足が浮き、そのままの勢いで腕を引き戻すことになる。

 後ろに向かって転倒し、挙句そのまま後ろに転がっていくアナザーダブル。

 それは彼が壁に後頭部を衝突させ、大穴を開けた所で停止した。

 

「……体と心。いや、ジキルとハイドのバランスが崩れてる。

 お前、随分と余裕ぶってるけどさ。こんな有様で何が出来るんだ?」

 

 式が横目で見たスウォルツは、テーブルの上の瓶ジュースを開けていた。

 何のことはない、と言いたげにそれに口をつける。

 一気にそれを飲み干した彼が、ガラス瓶を透かして彼女を見る。

 

「何が出来るか? 決まっている、“進化”だ」

 

「……随分と抽象的な発言と聞こえるが、君には何か意味のある言葉なのかい?」

 

 アナザーダブルが再び起き上がらぬ内に、と。

 落ちた杖を拾いながらダビデがオルガマリーの方へと移動する。

 

 そちらには視線も向けず、式を見ながら立ち上がるスウォルツ。

 彼の手からガラス瓶は転がり落ち、床に落ちた。

 歩き出す彼の足でそのまま踏み潰され、砕け散るガラス片。

 

「では言葉を変えよう。地球との一体化、心と体の融合、陰陽の合一……

 さて。気に入った例えがあったか?」

 

 スウォルツの歩みが向かうのは、壁に埋まり足掻いているアナザーダブル。

 彼がまるで溺れているかのようにもがく様子に、どことなく満足しているように見える。

 歩きながら彼が振り返るのは、またも式の様子だ。

 

 オルガマリーから離れたというのなら、最早戸惑う必要はない。

 式はその眼で直死しながら、相手の手足を飛ばすつもりで踏み込み―――

 

 ―――ガチリ、と。その場の全ての時間が停止する感覚を覚えた。

 

「―――厳密には何かが出来るようになるわけではない。

 だがソウルサイドの力が増大し、ボディサイドが追い付かずにバランスが崩れる。

 結果、ダブルという存在の能力が大幅に下落するというのは―――時報だ」

 

 停止した時間の中、彼は悠然と歩みを続ける。

 アナザーダブルもまた彼の力によって停止させられ、動くような様子はない。

 

「時、報……!?」

 

 停止した時間の中、口だけが動かせた。

 そんなオルガマリーの口から絞り出される疑問の言葉。

 

「ダブルという存在が次のステージに上がるための、“進化の予兆”。

 それが今のアナザーダブルを襲っている感覚だ。そして……」

 

 彼はアナザーダブルまで辿り着くと、倒れた彼に手を伸ばし―――

 その腕を、彼の胴体の中へと突き入れた。

 

「グ、ガァッ……! アァアアアアアア――――ッ!?」

 

 アナザーダブルの全身にノイズが走り、その体が揺れる。

 怪物に変貌していた肉体が、ヘンリー・ジキル―――あるいはエドワード・ハイドのものへと戻っていく。

 

 人に戻った彼から引き抜いたスウォルツの手の中にあるのはアナザーウォッチ。

 ヘンリー・ジキルという人間の中で形成されたダブルの力が握られていた。

 その衝撃のせいか、彼は完全に意識を喪失している。

 だがあれがヘンリー・ジキルに戻ったのか、未だエドワード・ハイドなのか。

 それさえも分からない。

 

〈ダブルゥ…!〉

 

 抜き取ったアナザーウォッチを彼は再起動する。

 リューズを押し込まれたウォッチは起動音を鳴らし、力を解放するための待機状態へ。

 そうして、スウォルツが振り返り見据えたのは―――

 

「……っ!」

 

「あとはアカシックレコードに直結する存在と一体化させれば無事完成、というわけだ」

 

 ―――両儀式。

 

 スウォルツは今にも飛び掛かろうという構えのまま静止する彼女に対し歩み出す。

 それを止める事が出来る者はここにはいない。

 だが口は開ける、と。式がその眼でスウォルツを睨みながら、吐き捨てた。

 

「生憎だけど、オレじゃもう陰陽は成立しない。

 二つで一つなんてこと、オレの中ではとっくに破綻してるものだ」

 

「構わん。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もっとも、お前は存在さえしていればどうでもいい。

 もう一人の両儀式さえ使えるならば、多少の瑕疵など無視しても十分な性能になる。

 ――――さて。お前にとって、新しい体験の時間だ」

 

 口の端を吊り上げ笑う彼が、そのウォッチを持った腕を式の体に突き入れる。

 

「ガ……ッ! ぐ、ぅ……!?」

 

 静止させられたままの彼女が呻き、その体を怪物へと変貌させていく。

 緑と黒の怪物―――アナザーダブルへと変わっていく。

 同時にその右半身から緑が薄れ、黒く染まる。全身を黒一色に染め上げた姿。

 式はソウルサイドを失った黒い怪物に変わっていた。

 

「さて、どうする? まさかこの期に及んでなお、無視を決め込むか?」

 

「お、前……! な、にを……!」

 

 時間停止したままの彼女に動く術はない。

 ただ苦渋の声をあげるその彼女を見据えながら、スウォルツは挑発するよう声をかけていた。

 

 アナザーダブル、らしきものに変わった式。

 その内から湧く破壊衝動―――殺人衝動を堪えながら、動かない体でスウォルツを睨む。

 今、解放されれば本当に無差別に人を殺して回りそうなほどの衝動。

 それに見舞われながら彼女は耐えてみせようと意識を集中し―――

 

「――――ええ、なら仕方ない。式に殺戮なんてさせるわけにもいかないでしょうし。

 それに―――どうあれ、これだけ準備をしたのだから出てこい、と望まれた。

 その健気さに報いてあげるのは吝かではないもの」

 

 彼女は意識をその瞬間に喪失し、同時に緑色の手刀がスウォルツを目掛けて奔る。

 対応するスウォルツの腕を黒い光が覆い、その手刀と衝突した。

 だが衝突は一瞬、まるで抵抗などないかのように黒い光は斬り裂かれて霧散。

 

 軽く鼻を鳴らした彼は、後ろへと大きく跳んでいた。

 着地したスウォルツが手刀を振り抜いた姿勢のアナザーダブルを見る。

 

 黒一色に変わっていた体は再び緑と黒の二色へ。

 更に二つの色の繋ぎ目が脈打つように極彩色の光を放っていた。

 

「出てきたか。―――では、後は任せる。好きに殺し尽くすがいい」

 

 ただそれだけ言い残し、彼の姿が光に包まれる。

 光の球体となったスウォルツはそのまま天井を突き破り、彼方へと消え去った。

 

 時間停止の影響が消えたオルガマリーとダビデが式へと視線を送る。

 

「両儀……?」

 

「―――ごめんなさいね? あなたたちを助ける側も心惹かれるのだけれど……

 こうなってしまった以上、こうするべきでしょう?」

 

 明らかに式とは違う何かが、たおやかにさえ思える動作で行動を開始する。

 ゆるりと右腕を挙げた彼女の前に、剣と合体したラウンドシールドが出現した。

 それを見て困ったように首を横に倒す怪物。

 

「こっちはいらないわね……少し、カタチも変えようかしら?」

 

 彼女は剣だけを取り、そのまま盾を放り捨てた。

 更に直剣だったその刃が軋み、日本刀のような形状へと変形させられる。

 

「ふふ……私が戦いの場を直視することになるなんて……

 不謹慎かもしれないけれど、少し……楽しく思ってしまっているのかしら?

 では、相手をお願いね?」

 

 怪物の顔で優しく微笑み、慈愛すら感じる声で―――

 オルガマリーたちに、死を宣告した。

 

 ダビデが即座にオルガマリーの腕を引っ掴み、窓に向かって投げつけた。

 ガラス窓を突き破り外に投げ出される彼女の体。

 彼に投げられた方がまだこの場にいるよりよほど安全だという判断だ。

 

 投げ出された彼女が、ダビデのすぐ側を見て目を見開く。

 彼女を逃がすための投擲の合間に、既にアナザーダブルはダビデの懐まで踏み込んでいた。

 

 振り下ろされる刃が“死”を直死していることに疑いはなく。

 それを受ければ間違いなく殺されるだろう。

 声を上げる暇もなくそれはダビデを斬り捨てんと振るわれて―――

 

 しかし、その刃はダビデに届く前に他のモノを切り払うために返された。

 

 風を切る音とともにアナザーダブルの全身を目掛けて奔る無数の矢。

 それを一本残らず優美な動作で斬り捨てて、彼女は矢を放った射手を見る。

 

「あれは……ジキル、ではないな?」

 

「両儀よ……!」

 

 砕けた窓の縁に立つのは、矢を放った直後にオルガマリーを抱えたアタランテ。

 片手に弓を持ち、もう片手にマスターを抱えた彼女がアナザーダブルを睨む。

 目前の怪物の正体を聞いたアタランテは、難しそうに眉を顰めていた。

 

 相手には特定条件を満たさねば倒せない耐久力があり、更に直死の魔眼があることになる。

 まともに戦っていい相手ではない、という話になるだろう。

 

「とにかくここは狭い。さっさと出ようじゃないか」

 

 いつの間にかジキルを回収し、こちらまで移動していたダビデ。

 ジキルをそのまま霧の中に連れ出すのは、彼にとって危険が大きい。

 更にハイドかも分からない現状あまり彼を抱えるようなこともしたくない。

 だがそんな悠長なことを言っていられない状況になっているだろう。

 

 小さく頷いたオルガマリーに従い、アタランテが窓から飛び出す。

 それにダビデも続き―――しかし、アナザーダブルの追撃はなかった。

 

「……さあ。私も、あの子たちも、一体どうなってしまうのかしら?」

 

 手にした剣の刀身を撫でながら、彼女はそう呟いて微笑むような声を漏らす。

 それからゆったりとした動作で彼女はオルガマリーたちを追い始めた。

 

 

 

 

 大鎌が振るわれる。

 その刃は攻撃を打ち払おうとしたジカンギレードを引っ掛けて、思い切り振り抜かれた。

 力任せにジオウの手の中から弾き飛ばされるギレード。

 

 武器を弾き飛ばす勢いに蹈鞴を踏んだウィザードアーマーの胴体に、流れるような動作から連続して繰り出された白ウォズの回し蹴りが突き刺さる。

 その衝撃にもう一振りのギレードも手の中から投げ出され、更にジオウも地面を転がった。

 

「……っ!」

 

「今の君ではこの程度。救世主ではなくとも、私一人でも十分な相手だ」

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

 転がったジオウを見ながら、白ウォズがジカンデスピアのタッチパネルに触れる。

 そのままパネルをスワイプすることで必殺待機状態へ。

 大鎌の刃に膨大なエネルギーが発生し、そのライトグリーンの刀身を輝かせる。

 

 ジオウが即座に腕を前に出す。同時に白ウォズの周囲に展開される赤い魔法陣の数々。

 そこから炎の鎖が多数伸び、彼の体を縛るように巻き付いた。

 バインドの魔法による拘束を鬱陶しげに見下ろす白ウォズ。

 そんな彼の前でジオウは更に地面に手を置き、石の壁を地面から迫り上げた。

 

 仮面の下。彼はバインドの拘束、ディフェンドの壁を前に鼻を鳴らす。

 

「この程度で防げるとは思わない方がいい」

 

〈一撃カマーン!〉

 

 炎の鎖に縛り付けられながら、ジカンデスピアが強引に振り抜かれる。

 放たれる三日月型の光刃が全ての鎖を切断しながら、更にディフェンドの壁をも粉砕した。

 

 弾け飛ぶ石壁の破片。粉塵を撒き散らしながら直進する三日月の刃。

 ―――その光刃を打ち砕きながら、白いボディが突き抜けてくる。

 その迫る脅威に対し、微かに首を揺らす白ウォズ。

 

〈3! 2! 1! フォーゼ!〉

 

「宇宙ロケットきりもみキィ―――ック!!」

 

 フォーゼアーマーに換装したジオウが、コズミックエナジーを纏い突撃する。

 きりもみ回転の生み出すエネルギーを破壊力に転嫁し殺到する必殺の一撃。

 それを前に小さく笑ったウォズが、ビヨンドライバーのレバーを開く。

 展開した直後に再び、取り付けられたウォズウォッチを叩き付けるようにレバーを入れた。

 

〈ビヨンドザタイム!〉

 

 解放されたウォズウォッチから迸るエネルギー。

 それがキューブを形成し、ビヨンドライバーから発射された。

 

 空中で衝突するロケットと化したジオウと、エネルギーキューブ。

 数秒の拮抗。その果てにロケットの方が押し込まれ、キューブの中に取り込まれた。

 時計盤を浮かべる立方体のキューブの中でジオウがもがく。

 

「ぐ……っ!」

 

「ははは、君はここで暫し倒れているといい。すぐに終わるだろうからね」

 

 そのままキックを放つために足を運ぶ白ウォズ。

 ―――その彼の前で、ソウゴの声に僅かに笑い声が混じった。

 

「いやぁ、それは困るからさ。出してもらうよ?」

 

「なにを―――」

 

 瞬間、白ウォズの背後でバイクのエンジンらしき爆音が轟いた。

 咄嗟に振り向いた彼の視線の先には、石畳を爆走するバイクに跨った鎧姿。

 彼女の放つ赤雷までも纏ったライドストライカーが、白ウォズ目掛けて突進してきていた。

 

「くっ……!?」

 

「オラァアアッ!!」

 

 彼女はそのままの速度でもって、白ウォズの背中に激突する。

 白ウォズの銀色のボディが大きく空を飛び、地面に落下してそのまま転がった。

 同時に全速力で追突事故を起こしたライドストライカーも転倒し、地面を滑っていく。

 激突と同時に飛び降りたモードレッドは危うげなくジオウの横に着地する。

 

 必殺の態勢が崩れたためか、白ウォズの放ったエネルギーキューブも消失した。

 拘束から解放されて地面に降りるジオウ。

 

「やられてんじゃねえよ、仮にもオレと引き分けた奴がよ」

 

 モードレッドがその手の中にクラレントを出し、肩に乗せる。

 視線は轢き飛ばしたもののすぐに立ち上がる白ウォズへ。

 だがそんな彼女の腕をジオウは掴み取った。

 

 その行動を受け、苛立たしげにジオウを見返すモードレッド。

 

「お前、何を……」

 

「それどころじゃないから、こっち着いて来て!」

 

「はぁ……っ!?」

 

 モードレッドの返答を待つでもなく、ジオウはブースターモジュールを点火した。

 高速で飛行を開始するジオウと、それに強制的に引っ張られるモードレッド。

 行先はジキル邸に間違いなく、それを見上げた白ウォズは肩を竦めた。

 

「やれやれ。まあ、これで十分だと言う事にしておこう。

 あとはスウォルツ氏のお手並み次第だ」

 

 霧の天空からライトグリーンとシルバーの巨体が降りてくる。

 そのまま彼は着陸したタイムマジーンへ向かって歩き出した。

 

 

 

 

 ふと、上から音が聞こえて彼女は霧の空を見上げた。

 

「あら、来たのね?」

 

 少し声を弾ませて、彼女はオルガマリーたちから何のことはないと言うように視線を切る。

 直後に飛来する矢と投石の連続は、視線すら向けずに切り払う。

 

 真っ先に落ちてきたのは赤い雷だった。

 飛び道具を切り払うのに剣を使っていた彼女は困ったように荒ぶる赤い稲妻を見つめ―――

 

〈ショルダーファングゥ…!〉

 

 仕方なさそうに右肩から牙を生やし、それを飛ばして雷を殺してみせた。

 

 残滓も残さず一瞬で消滅する雷の後にやってくるのは、鎧の騎士。

 彼女は大きく剣を振り上げながらアナザーダブルを目掛けて落下してくる。

 状況を知らずとも持ち前の直感のおかげか、その表情は大きく引き攣っているように見えた。

 

 いま彼女が飛び掛かろうとしている相手がやばいものだと、全身が理解を示しているのだろう。

 だがその感覚を捻じ伏せて、彼女は剣を振るう。

 一度振り被ったクラレントを退いて逃げる無様は許せない。

 王剣たるクラレントにその無様を演じさせることは、誰よりモードレッドが許せないのだ。

 

「オォオオオオ――――ッ!!」

 

「ふふふ……」

 

 空を奔る雷鳴を見上げ、式はゆるりと剣を構えなおした。

 

〈ヒートォ…!〉

 

 赤い光が灯り、構えた剣の刀身が燃え上がる。

 それを振り上げようとした式の耳に、ソウゴの叫びが入った。

 

「モードレッド! こっちに!!」

 

 モードレッドより更に上から、白いロケットが式へ向かって飛来する。

 落下速度で抜かれたモードレッドがすれ違いざまに歯軋りし―――

 しかし、彼の背中に向かって赤い雷を全力で叩き込んだ。

 

 雷電の後押しを受けて赤く輝くジオウが、アナザーダブルを目掛けて殺到した。

 切り上げられる炎を纏った刃。式の剣と突撃するジオウが交錯する。

 その瞬間、彼女の剣が纏っていた炎がフォーゼアーマーに吸収されていく。

 吸収した分だけ力を増し、加速するジオウ。

 

「あら―――?」

 

「あんた、あっちの式……!? 式をアナザーダブルにって、そういう……!」

 

 詰問しようとするソウゴに、式は苦笑して刃を返す。

 受け流されたロケットの突撃が彼女を追い越し、地面を粉砕しながら着陸する。

 吸収した炎による噴射で加速しながら反転し、吸収した雷で回転力を増しながら再度突撃を慣行しようとするジオウの前で、アナザーダブルは剣を構え直していた。

 

「ああ、こちらの力が吸収されてしまったのね?

 ふふ……色んな力が貴方の中にはあるのね。でも、残念だけど……」

 

〈フィニッシュタイム! フォーゼ!〉

〈リミット! タイムブレーク!!〉

 

「宇宙ロケット―――爆熱電光きりもみキィイイイイック!!!」

 

 更にウォッチのエネルギーを解放し、ジクウドライバーを回転させる。

 フォーゼウォッチの全エネルギーと言っても過言ではない。

 それだけの威力を込めて、ジオウは炎と雷を纏うドリルと化してアナザーダブルへ突撃し―――

 

 ふい、と。彼女が先程までと変わらぬ様子で剣を振り上げる。

 圧倒的破壊力と貫通力を併せ持つ強化必殺状態のフォーゼアーマーに。

 

 ―――それはいとも簡単に炎を斬り裂き、雷を斬り捨て、フォーゼアーマーを吹き飛ばす。

 アーマーを解除されたジオウは、吹き飛ばされて地面に落ちて転がった。

 

「が、ぁ……!?」

 

 炎も。雷も。まして彼女にすら死の見えないフォーゼアーマーも。

 けして直死の魔眼で斬られたわけではない。

 荒ぶる超高速回転突撃は意図してどこか狙った場所を斬ることを不可能としていただろう。

 

 ―――だというのにこの結果に至った理由は一つ。

 

「ごめんなさいね。この力は……とても大きな力を溜め込んだ相手に、よく効くらしいの」

 

〈プリズムゥ…!〉

 

 剣が啼く。彼女の手の中にある刃は、極彩色の光を纏っている。

 どれだけ力を増そうが、それを利用して逆に捻じ伏せる水晶の力。

 限界を超えて力を増したフォーゼアーマーを容易に迎撃せしめた刃を軽く振るい、彼女は本当に申し訳なさそうに苦笑した。

 

 

 




 
ナダロス中。
お前のそういうところがほんま…ほんま…
 


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ビギンズタイム2009

 

 

 

 家の壁の陰に身を隠しながら、僅かに顔を出す。

 そんな彼の視線の先では、怪物が振るう剣が周囲を切り刻んでいた。

 それに立ち向かうモードレッドは最早、全ての攻撃を直感に任せて対応する以外他にない状況に追いやられている、という様子だ。

 むしろ防戦一方とはいえ、よくも持ち堪えられるものだとモードレッドを褒めるべきか。

 

 その光景を眺めながら顎に手を当てたシェイクスピアは、家の陰へと顔を引っ込めた。

 

「さて、【最悪を嘆く暇があるうちは(The worst is not, So long as we can say, )まだ最悪からはほど遠い(‘This is the worst.’)

 と言いたいところですが。これ、どうするべきですかな?」

 

 ぼやきながら後ろにいるパラケルススを振り返る。

 

 パラケルススの制御するホムンクルスが不自然な動作を開始した、と。

 彼らはその行動を確かめるべくこの場にきたのだ。

 原因自体は白ウォズに誘導されたもので、それ自体に大した問題はなかった。

 が、その直後に降臨した死の化身。あれはどう考えても不味い。

 

 振り返ったシェイクスピアがふと気づく。

 パラケルススは右手で己を抱くように左肩を掴み、苦渋に顔を歪めていた。

 

「おや、どうかなさいましたかな。我が友パラケルスス」

 

「……いえ。ふふ、世界は思ったより広い、と実感しただけです。

 まさかこの意識が、深淵の存在と再び相見えることになるとは思っていなかった、と」

 

 微かに震えながら、自嘲するようにそう言葉にする彼。

 あのアナザーダブル、両儀式と面識があるわけではないようだが……

 彼女を見て誰かを想い起こしたのだろうか。

 

 彼のペンを動かすに足る悲劇の匂いがしてきて、どうにも彼のトラウマを啓きたくなる―――が、まあ後にするべきことかとシェイクスピアは顎髭を撫でる。

 

「しかし結局どうするのです?

 あれを前に、もはや雷電がどうこうと言ってる場合ではありますまい。

 あれは貴方がたが魔霧計画で整えた全て、呼吸をするように斬り伏せる怪物でしょうに」

 

「――――」

 

 どう考えてもあれは止められない。

 雷電の降臨が成ったとしても、それごと斬り裂く死の刃だ。

 あれがこの場にいるという事自体が、既に魔霧計画が破綻したという事実になる。

 最終的に人理焼却が達成されればいい、というなら見過ごせばいい。

 この時代の計画は頓挫しても、カルデアもまた全滅して他の時代で人理焼却は達成される。

 

 大局を見るならば、放置するのが正解なのかもしれない。

 だが……

 

「―――――」

 

 何も口に出さず、パラケルススは黙り込む。

 そんな彼を見ながら、シェイクスピアは小さく笑った。

 

「では、あれを止めましょうか」

 

「……と、言うと?」

 

 思わず訊き返すパラケルスス。

 問われた彼は大仰な身振り手振りを交えつつ言葉を紡ぐ。

 

「あの怪物が魔霧計画の障害であることに変わりないのですから。

 いま我らがすべきことは一つ。その障害を排除することに他ならないでしょう?

 ―――それが結果的に、世界を救おうと奮闘するカルデアとの共闘になってしまうのだとしても」

 

 彼の声に耳を傾け、瞑目するパラケルスス。

 世界を滅ぼす計画を継続するために、世界を救うために戦う者たちと共闘する。

 その矛盾は、パラケルススの抱く感情を揺さぶるほどのもの。

 

 ―――世界を呑み込む怪物を前に、立ち向かう正義の味方の側に立つこと。

 そんな状況に、彼の体が大きな震えを示した。

 

 だがゆっくりと目を開いた彼は、シェイクスピアに視線を送る。

 

「―――そう、ですね。今回は貴方の口車に乗せていただきましょう」

 

「ははは、【小さな蝋燭の灯りでさえ(How far that little candle)どれほどの暗闇を晴らすこと事か!(throws his beams!) 君の小さな善行もまた(So shines a good)汚れた世界を照らす灯りなのだ(deed in a naughty world.)

 さあ、我が友よ。貴方の望む通りに悪徳のための善行を重ねるがよろしい!

 吾輩はそれを後ろから眺め、面白おかしく悲劇に仕立て上げてご覧にいれましょう!」

 

「いえ。あなたにも手伝っていただきます」

 

 大仰な身振りで声を張り上げる劇作家。

 そんな作家に対して、パラケルススは強制的に参加を申し付ける。

 彼は渋い顔を浮かべるシェイクスピアに対して、にこやかに微笑んでみせた。

 

 

 

 

 直感が感じ得る全ての情報が死を想起させる。

 彼女の太刀筋を防ぐだけならば不可能ではないが、どうやって受けるべきか。

 それは全てモードレッドの直感に任せる他になかった。

 

 “死”が視えているのは式だけだ。

 その攻撃をどう防げば殺さないか、それを受ける側が判断するのは不可能。

 だからこそ彼女は“これはやばい”という感覚だけを頼りに何とか剣閃を逸らすことだけに終止していた。

 

「クソッタレ……!」

 

 それでも防げているのはアナザーダブルの側に遊びがあるからだ。

 

 己の太刀筋だけで追い詰めようと、刃を振るう事以外を行ってこない。

 仮に彼女がモードレッドのようなラフファイトを仕掛けてくれば、全ての“死”を防ぎ切ることはできないだろう。

 

 大きく背後に跳び退りながら赤雷を放つ。

 それは刃の一振りで容易に死に至り、完全に力を失って消滅してしまう。

 ―――間合いにこちらから踏み込めば、斬り捨てられる。

 直感が伝えてくる確信に近いその感覚に、モードレッドは強く歯噛みした。

 

「―――“五つの石(ハメシュ・アヴァニム)”」

 

 距離を取ったモードレッドを援護するように、ダビデの手から石が放たれる。

 悠然と構える彼女の周囲に、警告を意図する四つの石が突き刺さった。

 当然の如く、その警告には頓着しない。何も無いかのように、歩みは止まらない。

 

 そのまま歩き続ける彼女に必殺の五射目が殺到して―――

 すい、と。刃が虚空を走った。

 

 ダビデ王の有する巨人殺しの宝具、必中を約束された五つ目の投石。

 それは微かに傾けられたアナザーダブルの頭の横を通り過ぎ、過ぎ去っていく。

 石はそのままジキル邸の壁に突き刺さり、弾け飛んだ。

 

「―――これは」

 

「残念ね。“当たると決まった未来の結果”は、式の眼なら殺せてしまうから」

 

 いやはやこれは不味い、と。

 判り切っていたことを再認するようにダビデが力なく笑う。

 

 間断なく放たれるアタランテの矢を切り払いながら、再びモードレッドを斬り捨てんと彼女が踏み込み―――

 何かに気付いたかのように足を止め、空を見上げた。

 

 霧を灼き払う黄金の雷。

 ゴールデンなマサカリを振り上げた偉丈夫が、彼女の頭上を取っていた。

 

「オォラァアア―――ッ!!」

 

 落雷の如く黄金の刃が振り下ろされる。

 雷鳴とともに降り注ぐ一撃がアナザーダブルの頭部を目掛け、しかし即座に彼女はそれに剣を合わせんと振り上げていた。

 

「――――っ!?」

 

 刃を向けられた瞬間、死に視入られた怖気が走る。

 だが既に衝突寸前の金時に軌道を変える術はなく、そのまま二つの刃が切り結ぶ―――

 

 ガキン、と。

 マサカリと剣が衝突する寸前に、金時の振るうマサカリに浮遊する鏡が衝突した。

 僅かに逸れた攻撃の軌道。

 

 剣はそのままマサカリの死に斬り込むことなく、金時と式を切り結ばせた。

 直後に踏み込んできたモードレッドの蹴撃がアナザーダブルの頭部に叩き込まれる。

 有効打にはなり得ないだろうが、衝撃で大きく吹き飛ぶ怪人の体。

 

「おいおい……なんだありゃ、本気でやべぇ……!

 フォックスの援護がなきゃ今のでオレぁ斬り捨てられてたぜ……!」

 

 マサカリを担ぎ直し、冷や汗を流しながら顔を顰める。

 その背後で玉藻が難しい顔をしながら飛ばした鏡を手元に引き戻していた。

 

怪物(モンスター)。なーんであんなのがこんなとこにいるんですかねぇ。

 何が起きようがただ微睡んでいればいいものを。っていうか、どうしますかねこれ。

 流石に尻尾一つでどうにかできる相手じゃないんですけれど」

 

 呆れたように呟きながら吹き飛ばされた相手を見る。

 彼女は当然のようにあっさりと復帰してきた。

 その所作一つ一つさえも楽しそうに、剣先を揺らしながら歩み寄ってくる。

 

「あら。あなたがそれを言うのかしら? けれど、ええ……あなたの気持ちも少し分かるわ。

 こうして自分の眼で直視する世界は―――心が躍るもの」

 

「じゃあチート持って降りてくるの止めてくださいます?

 私はきっちり弱体化パッチ当ててから降りてくる空気の読める狐なので。

 そのあたり、空気を読んでくださいな」

 

「そう……ごめんなさい、なのかしら? そういうのは苦手なの。

 とりあえず、あなたの尾を1から0にしてから反省しましょうか」

 

 瞬間、アナザーダブルが加速する。玉藻を目掛けた突進。

 それに舌打ちしながらマサカリを振り上げる金時の前に、マシュの姿が踏み込んだ。

 突き出されるラウンドシールドが輝いて、その前方に光の盾を形成する。

 

「宝具、仮想展開―――“疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”……ッ!!」

 

 守護宝具を前にして、しかしアナザーダブルは止まらない。

 軽く剣を一振りすることで、彼女はあっさりとその光の守りを殺してみせる。

 その感覚に身を竦ませながら、マシュは式を盾で遮ろうと構えを崩さない。

 

「式さん、何故……!」

 

「何故、と問われると困ってしまうのだけれど……

 此度はそう望まれたから、ということかしら?」

 

 今までとは明らかに違う言葉使いに、マシュは目を白黒させる。

 式なのか、そうでないのか、それすらも彼女からは分からない。

 

 そんな中、横合いから銃撃の嵐。

 ドレイクの放つ弾丸の幾つかがアナザーダブルを捉え、火花を撒き散らす。

 軌道を変えて弾丸を切り払いながら逃れる彼女。

 そこに彼女の足運びを予測しただろうアタランテの矢が奔り、石畳を一部粉砕した。

 

 足場を崩され僅かに体勢を崩し、アナザーダブルの動きが一瞬止まる。

 その瞬間に霧の中を駆け抜けるブケファラスの巨体とともにアレキサンダーが襲来。

 すれ違いざまに雷を纏った剣撃を浴びせ、彼女を更に仰け反らせた。

 

「―――ふふ……多勢に無勢、かしら?」

 

 余裕を崩さない彼女に向かい、金時もまた大きく踏み込んだ。

 雷を纏う大マサカリを下から掬い上げるように全力でもって振り上げる。

 直撃に火花を散らし、アナザーダブルの体が大きく空へと吹き飛んだ。

 

 その舞い上げられた敵の姿を追い、モードレッドが視線を上に向ける。

 クラレントの放つ魔力が臨界に達し、赤雷を放ちながら展開した。

 

 明らかに宝具を解放するための動作に、エルメロイ二世が顔を顰めながら腕を振るう。

 発動された彼の魔術はモードレッドの立つ地面を盛り上げた。

 地面がそそり立ち、そこに立つ彼女の体を一段高いところまで押し上げる。

 その援護に鼻を鳴らしながら口の端を吊り上げるモードレッド。

 

「こうして上にぶっ飛ばしちまえば―――地上を灼き払う憂いもねぇわけだ!!」

 

 血色の光を迸らせながら、彼女は宝具たる王剣を振り上げる。

 眼下。地上から立ち昇る魔力の渦を目にしながら、式はくすりと小さな笑みをこぼす。

 

「―――ええ。けど残念、私からは……地上を巻き込まない方法がないのだもの」

 

〈サイクロン…!〉

〈ヒートォ…!〉

〈ルナァ…!〉

〈ジョーカァー…!〉

 

 刃に四つ。緑・赤・黄・黒、四色の光の球体が取り巻く。

 その爆発的なエネルギーを刀身に集約させながら、彼女はその刃を振り上げた。

 

 

 

 

「ソウゴ! 所長!」

 

 倒れ伏したジオウに治療のための魔術を行使するオルガマリーに向け、立香がフランを伴って走ってくる。

 

 フラン。そして加勢してくれている金時に玉藻。

 初見の彼女たちを見たオルガマリーが一瞬表情を厳しくし、しかしそれどころではないと小さく息を吐いて治療の方へと意識を集中させた。

 

 その近くに拘束されて寝かされているジキルの姿。

 彼をちらりと見た立香が、眉を顰めながら戦場へと視線を向ける。

 

 今までジキルがアナザーダブルであった時とは一線を画す戦闘力を発揮する怪物。

 

「あのアナザーダブル、式なんだよね? なんで……」

 

「……スウォルツよ。奴が出てきて、ジキルを使って完成させたあの力を両儀に……」

 

 そう言って倒れ伏すジオウを見て、唇を噛み締めるオルガマリー。

 立香が一度困ったように目を細めてから、背後から歩いてくるウォズに目を向けた。

 彼はアナザーダブルへと視線を向けながら、とても厳しい表情をしているように見える。

 

「……スウォルツ。そしてもう一人の私の仕業、か。

 まさかエクストリームの力にまで届くとは……

 いや。単純にダブルの力以上に、両儀式という存在との組み合わせが厄介だったようだ」

 

 ウォズがその手の中にある本、『逢魔降臨暦』を取り上げてその頁をめくる。

 そんな彼に対して、伏せていたジオウが顔を上げて視線を向けた。

 

「……黒ウォズ、どうすればいいか分かる?

 多分いま、ダブルの力をただ手に入れても……あの式は倒せない」

 

「黒ウォズ? ……もしかしてもう一人の私は白ウォズかい?

 私たちは山羊ではないんだがね、我が魔王」

 

 茶化すような態度を見せる黒ウォズ。

 だがジオウはその視線を黒ウォズから離さない。

 彼は小さく溜め息を一つ。

 

「―――ふう……正直に言おう。

 私はこれでも、もう一人の自分の登場に大分動揺していてね……

 まして、その自分がスウォルツと協力してアナザーライダーを強化するなんて」

 

 オルガマリーが立香に対して視線を送る。

 彼が動揺していたというのは本当に見える、と彼女は頭を縦に振った。

 じい、とそこまで静観していたフランがピクリと肩を揺らして戦場を見る。

 咽喉の奥から絞り出される唸り声。

 

「ゥウ……!」

 

 彼女の反応を追ってそちらに目を送れば、戦場に二つの巨大なエネルギーの渦が発生したところであった。立ち上る血色の魔力の氾濫と、天空から降り注ぐ極彩色の光の奔流。

 その状況を見て、オルガマリーが顔色を変える。

 

「あんなものがここでぶつかりあったら……!」

 

 モードレッドの宝具が天へと放たれるだけならまだいい。

 だが式が同等の攻撃を放ち、拮抗が発生してしまえばその威力は街を薙ぎ払う。

 ―――しかし、最早後には退けない。

 式が空であの攻撃を構えた以上、モードレッドが宝具を解放せずとも地上は焼き払われる。

 

 歯を食い縛りながら、モードレッドがその剣の銘を叫んだ。

 

「“我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)”――――ッ!!!」

 

 彼女が天へと向かって振り抜く剣閃。

 莫大な魔力が血色の光となって、地上から空に翔け上がる彗星と化す。

 魔力を光と熱量に変え、敵軍を消滅させる宝具の一撃。

 

 ―――その血色の光に迫られながら、アナザーダブルは剣を振るう。

 四色の光が入り混じり生まれた極彩色の輝き。

 それが無数の光線となって降り注いだ。

 光の雨がクラレントの放った光の“死”を正確に射抜き、殺戮していく。

 

「――――ッ!!」

 

 クラレントの放つ光は、いわば蛇口から流れ出す水のようなもの。

 式がその水の死を見極めて殺したところで、蛇口が壊れるわけでも、水道を巡る水が全て死ぬわけでもない。

 モードレッドがクラレントに魔力を注ぎ続ける限り、“我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)”は止まらない。

 だからこそ互いの攻撃の衝突になる、と判断した彼女の前で―――

 

 無数に放たれた極彩色の光刃は、クラレントの光を殺しながら衝突することもなく逆流してきていた。

 

 放ち続けた所で全て殺し尽くされるだけ。

 クラレントの一撃を遡り、殺してきた光が次々とモードレッドまで届き始める。

 

「クソ、ったれ……ッ!!」

 

 盛り上がった地面が消し飛ぶ。

 足場を失い、クラレントの魔力を打ち切りながら背後に跳ぶモードレッド。

 その彼女に追い縋るように軌道を変える光の刃。

 

 ―――光の刃がモードレッドに届く、前に。

 彼女の前の空間が歪み、白衣が翻った。

 

「テメェ……!」

 

 モードレッドの威嚇染みた声に振り返ることもなく、パラケルススは剣を構える。

 賢者の石で刀身を構成した彼が造り出した魔剣、“元素使いの魔剣(ソード・オブ・パラケルスス)”。

 無数の極彩色の光。それが全て、モードレッドの前に立ちはだかったパラケルススに殺到し―――賢者の石の演算により解析され、その刀身に吸収されていく。

 

「まあ……?」

 

 死した血色の光が消えて行く空で、風に舞うアナザーダブルが少し驚いた様子を見せる。

 相手の攻撃の“死”を通しはしたが、純粋に力押しでモードレッドを捻じ伏せられるエネルギーを載せたというのに。

 光の雨はパラケルススの魔剣が受け止めて、そのせいで徐々に刀身に罅が入っていく。

 受け止めきれない攻撃。宝具の崩壊の前兆を前に、彼はしかし微笑んでいた。

 

 抑えきれなくなった魔力が溢れ、宝具が爆発の前兆を見せる。

 

「――――“石兵八陣(かえらずのじん)”!!」

 

 孔明の宝具が行使され、パラケルススを隔離する。

 ―――抑えきれない魔力の破裂。

 そんな中で彼は微笑みながら瞑目し、魔力の暴発に呑み込まれて完全に消失した。

 同時に内側からの大爆発を受け切れずに砕け散る“石兵八陣(かえらずのじん)”。

 

 目前で己を庇い消滅したパラケルススに顔を大きく歪めるモードレッド。

 

「野郎、一体何の……!」

 

「さあさあ、では開幕と参りましょう! これより始まる演目、それは見てからのお楽しみ!

 “開演の刻は来たれり、此処に万雷の喝采を(ファースト・フォリオ)”――――!!」

 

 その声が轟いた瞬間、周囲にある全てが閉塞した。

 全てを閉じ込める劇場の一席に、誰もが押し込められる。

 

 彼らの前にある舞台上にはただ、アナザーダブルだけが配置されていた。

 それを見て、舞台袖に立つシェイクスピアが困ったように首を傾げる。

 

「……おや。彼女を宝具の対象にしても、何も物語がありませんな」

 

 その声にアナザーダブルが彼へと視線を送った。

 

「……ああ、貴方の宝具はそういうものなのね。

 けれど残念。生憎、私には掘り下げようにも現世と向き合った記憶なんて殆どないもの。

 私の眼が視てきたのは全てが俯瞰の風景。人形劇みたいなものだから」

 

 だから何も見えるはずがない。

 そう断言しようとした彼女の周囲に、風が吹いた。

 

「――――?」

 

 彼女自身も不思議そうに首を傾げ、しかし次の瞬間に足を止める。

 その風に乗って、無数の映像が劇場の中で流れ始めていた。

 

 ―――緑の右半身と、黒の左半身を持つ正義の味方の物語。

 

「―――両儀式を対象に発動されたウィリアム・シェイクスピアの宝具。

 それが彼女の記憶ではなく、今彼女の肉体に表面化している記憶……

 ダブルの歴史を再生しているのか……」

 

 劇場の中のどこかからウォズの声が聞こえる。

 風と共に流れては消えていく無数の戦いの記憶の中。

 それらに意識を向けながらアンデルセンが小さく目を眇めた。

 

 さくり、と。劇場の光景が両断されて滑り落ちる。

 シェイクスピアの劇場はあっさりと立ち消え、霧のロンドンの光景が帰ってきた。

 彼の宝具に巻き込まれていた全てのサーヴァントが気を取り直す。

 当たり前のように宝具を斬り捨てた彼女は、剣を構え直してシェイクスピアを見る。

 

 狙われた瞬間に自分が死ぬのは理解しているのか、シェイクスピアは肩を竦めるばかりだ。

 そんな中でアンデルセンが走り、黒ウォズのストールに掴みかかった。

 

「なに……?」

 

「おい、力を貸してやる。俺とあの劇作家、そしてそいつを――――

 そうだな、時計塔(ビッグベン)まで今すぐ連れていけ」

 

 そう言った彼はソウゴを指差しながら何度もストールを引く。

 鬱陶しそうにそれを振り払おうとする黒ウォズ。

 

「………あの式を止められる何かが、あるの?」

 

「知るか。お前次第だ」

 

 ゆっくりと身を起こしながらアンデルセンに問いかけるジオウ。

 返答にはにべもない。

 だがジオウを見返す彼の視線からは、冗談など何一つ言っていないという力があった。

 

「……ウォズ」

 

「……それが我が魔王の指示なら従うとも」

 

 彼がストールを振り抜いて、ジオウと自身。

 そしてアンデルセンとシェイクスピアを包み込んだ。

 その姿が消え失せる直前、アンデルセンがすぐそばにいた立香に声をかける。

 

「時計塔まで奴を誘き出せ。いいか、すぐにくるんじゃないぞ?

 なるべく限界まで時間を稼ぎつつ連れてこい。

 お前たちが全滅しても意味ないが、早すぎても意味が―――」

 

 そこまで言い残し、四人の姿がこの場から消え失せた。

 シェイクスピアが消えたのを見て、軽く周囲に視線を巡らせる。

 そして今の状況を見たアナザーダブルは首を僅かに傾げてみせた。

 

「あら、ソウゴも離れてしまうのね。私に対抗するのに彼無しでは難しいと思うけれど」

 

 立香がオルガマリーに視線を向け、小さく頷きかける。

 アンデルセンは簡単に言ってくれたが、あの怪物を誘導するのは至難の業だろう。

 彼女自身未だに遊びがあるが、それが無くなったらその時点で終わりと言っていい。

 

「ダビデ、ジキルをお願い。フランが一緒にいてくれれば、周りの霧は少し晴れるから……

 フランの事も守ってあげてね」

 

「了解だ」

 

 立香の指示を聞いたダビデがジキルを持ち上げる。

 フランも己の心臓部を握りしめながら小さく頷いていた。

 彼女が周囲の霧を電力に変えて吸収している限り、ある程度は周囲の霧が薄くなる。

 であればジキルも魔力の霧の毒性に中てられることはないだろう。

 

「アーチャー、前に出れる? 当たってはダメ、というなら貴女の足こそ頼りです」

 

「無論だ、マスター」

 

 オルガマリーの声を聞き、アタランテが体勢を低くする。

 次の瞬間には彼女は最高速度を発揮して、式の目前まで走っていた。

 アタランテの首目掛け閃く剣尖。

 それを潜り抜け、彼女の蹴撃がアナザーダブルの胴体に突き刺さる。

 

 蹈鞴を踏んだ彼女に対しドレイクの放つ無数の銃弾が着弾。

 全身から火花を飛び散らせた。

 

 マシュが。アレキサンダーが。金時が。モードレッドが。

 入れ替わり立ち代わり。彼女の一撃をけして受けぬように立ち回り続ける。

 そんなメンバーと交錯するたび、小声でアタランテが時計塔までの誘導という目的を周知。

 

 ゆっくりと、彼女たちは戦いながら時計塔を目指しての移動を開始した。

 

 

 

 

「俺の宝具はな、要するに伝記だ。

 誰かの人生を書き殴ってやることで、そいつの力を“最高のもの”に演出する」

 

「それって……」

 

 時計塔の屋根の上に腰かけて、アンデルセンは己の宝具たる原稿と向き合う。

 カリカリとペンを走らせながら、彼は忌々しそうに表情を歪めた。

 

「ああ、前代未聞のクソの役にも立たない宝具だ。

 本一冊を聖杯戦争という限られた期間の間に仕立て上げてようやくスタートライン。

 俺の気が乗ってなければ駄作になって効果が薄く、最高の効果が得られたとしても題材にした人間が大したことなければ何の意味もない。

 まあ元の題材が大したことなければそもそも俺の筆も乗らんがな」

 

「――――でも、俺は」

 

 彼の言う“最高の力”。

 自分のそれが何か思い浮かべ、ソウゴの脳裏に浮かぶものは最低最悪の王。

 黄金の姿を思い描き拳を握りしめる彼を見て、アンデルセンは鼻を鳴らす。

 

「……ふん。安心するんだな、俺とてお前を書き切るつもりなんぞない。

 俺が書くのは人生を代償に何かに挑み、そして命を使い潰して果てるものたちの悲劇。

 俺の所感で言うならば、お前の命が尽きるまでを書いていたら本一冊になぞ収まりきるものか。いちいち余計なものが多すぎる。

 ―――その余分が必要か不要か、そんなことは知ったことじゃないがな」

 

 そう言って彼は一瞬だけウォズを見てから、執筆に集中し始める。

 近くに立ち、『逢魔降臨暦』を開いているウォズはその言葉に小さく肩を竦めていた。

 

 

 

 

「っ……!」

 

 振るわれる剣を盾で殴り付けるように防ぎ、そのまま吹き飛ばされるままに距離を取る。

 石畳を削りながら地面を滑るマシュが、小さく後ろを振り向く。

 ―――目的地である時計塔。その建築物にようやく辿り着いていた。

 

 敵から視線を切ったマシュを目掛け、アナザーダブルが神速の刺突を放つ。

 

「―――ぁっ!?」

 

「気ぃ抜いてんな盾野郎!!」

 

 その少女の体をモードレッドが横から蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばした勢いでそのまま退くモードレッド。

 掠めた刃に鎧の一部が斬り飛ばされたが、それでも大した問題にはならない。

 軽く舌打ちし、着地と同時に相手を睨む。

 

 アナザーダブルを囲みながら、全てのサーヴァントが周囲を窺う。

 そんな様子を見た式は楽しそうに問いかけてきた。

 

「目的地はここだったのかしら? さあ、何を見せてくれるの?」

 

「知らねえな、準備してた奴に聞け……!?」

 

 瞬間、彼女たちの周囲の光景がロンドンとはまるで違う街並みに切り替わっていた。

 先程味わった感覚、シェイクスピアの宝具の感覚だろう。

 いつの間にか彼女たちの前に姿を現していた劇作家が、その場で開演を宣言する。

 

「さあ、では我が宝具の第二幕だ! 先程の拍子抜けのリベンジをさせて頂こうとも!

 さあさあ空を見よ! 高らかにその名を呼べ!  たまの英雄譚くらい劇的に演出しよう!

 世界は我が手、我が舞台!  開演を此処に―――万雷の喝采を!」

 

 ―――時計塔が消えている。その代わりに聳えるのは白い巨塔。

 いや、塔ではなく巨大な風車か。そしてその周囲で空を見上げる多くの人々。

 式以外は役者として認めず追い出したのか、他のサーヴァントの姿も消えている。

 

「また作家さん? 今度の見世物は何かしら?」

 

【仮面ライダー!】【仮面ライダー…】【仮面ライダー!】【頑張って、仮面ライダー!】

【仮面ライダー…!】【仮面ライダー!】【仮面ライダー!】

 

 その突然周囲の人間たちが上げた声を、きょとんとしながら見回した。

 周りは全員その風車の上を見上げながら声を上げているようだ。

 直後、ふわりと吹き始めた風が大きな突風となって昇っていく。

 

「これは……」

 

【負けないで…! 仮面ライダー…!】

 

 風を追い、式もまた視線を上に向けた。

 その風車の上には、彼女を見下ろしているジオウの姿がある。

 彼の手には黒一色のブランクウォッチが握られていて―――しかし、今にも色づいていく。

 緑と紫の二色。それが今、式の肉体を変質させている力と同じものであることに疑いはない。

 

 彼女はその光景に小さく笑い、するりと瞬時にシェイクスピアの体に刃を通した。

 前に出てきた以上、当然のように一瞬の内に死に果てる劇作家。

 精神に作用する彼の宝具発動中は肉体に損傷は与えられない―――というルールさえも無視して殺し尽くす“死”の刃。

 

「ああ、いや。せっかくならば最後まで見届けたかったのですが……

 ですがまあ、今回ばかりは致し方なし。世界の裏まで識り尽くした怪物に一泡吹かせる脚本を友達割引で仕上げると約束してしまっていましたからなぁ!

 では、吾輩とH・C・アンデルセン。初の合同脚本の舞台、存分にお楽しみあれ。

 まあ原作ありきの同人でしたがね!」

 

 そう言って一礼しながら消え去るウィリアム・シェイクスピア。

 彼の消滅と同時に、当然その宝具の効果も消え去る。

 巨大な風車は消え去って、元のロンドンの風景を取り戻していく世界。

 風車の上にいた筈のジオウは時計塔の上に立っていた。

 

「―――式、あんたを止めるよ」

 

「ええ。出来るのならどうぞ?」

 

 ジオウの指がダブルウォッチのウェイクベゼルを回す。

 2009。そしてWのライダーズクレストが刻まれた面から、ダブルのレジェンダリーフェイスを正面に展開させ、同時に上部のライドオンスターターを押し込んだ。

 

〈ダブル!〉

 

 起動音の後、即座にジクウドライバーのD'3スロットに装填させるライドウォッチ。

 拳でライドオンリューザーを叩き、ジクウドライバーを回転待機状態へ。

 流れるように回転させることで、ダブルウォッチの力がいまここに解放された。

 

〈仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム!〉

 

 ジオウの周囲に竜巻の如き風が巻き起こる。

 その中から緑色の手足のある巨大なUSBメモリ型のメカ。

 サイクロンメモリドロイドが出現する。

 

〈サイクロン!〉

 

 続いて現れるのは、同じ形状の黒いメカ。

 ジョーカーメモリドロイド。

 

〈ジョーカー!〉

 

 その二体のメモリドロイドがジオウを挟むように左右に分かれ、変形した。

 サイクロンは右半身を、ジョーカーは左半身。

 二体のメモリドロイドが変形合体して、ジオウを守るアーマーとして装備される。

 インジケーションアイが一度分離し、新たな文字となって戻ってくる。

 その名、即ち――――

 

〈ダブル!〉

 

 ジオウが新たな形態を得て、地上の式と視線を交わす。

 その横で、ウォズが大きく声を張り上げた。

 

「祝え! 魔王の旅路に相乗りするものたちよ!!

 全ライダーの力を受け継ぎ、時空を越え過去と未来をしろしめす時の王者!

 その名も仮面ライダージオウ・ダブルアーマー!!

 まさに二つで一つの力を継承した瞬間である!」

 

 その声を受け不思議そうにした式が、とりあえず剣を地面に突き刺して拍手をしてみせた。

 言われた通りに祝っているのだろう。

 ぱちぱちと気の抜けた音を数秒立ててから、彼女は疑問の声をあげる。

 

「けれどどうするのかしら? たとえ元が同じ力でも、今―――

 私と貴方では力の差が大きいでしょう?」

 

 剣を引き抜いて構え直すアナザーダブル。

 そんな彼女に対して、ソウゴは背後のアンデルセンを振り返ってみせた。

 彼が本を持ち上げて首をしゃくる。

 

 ジオウの指がジオウウォッチとダブルウォッチに伸びる。

 

〈フィニッシュタイム! ダブル!〉

 

「……不思議ね。私の視点からでは貴方に勝ち目はないように思えるのだけれど……」

 

 ジクウドライバーを必殺待機状態に持ち込むジオウを前に、式は剣を振り上げた。

 そこに緑と黒、そして極彩色の光が入り混じり刀身に渦巻く。

 

〈エクストリームゥ…!〉

 

 迸る光の刃を見ながら、ジオウがその左腕を彼女に向け突き出した。

 

「ねえ、式。―――あんたの罪を、教えて?」

 

「私の罪? ……そうね。こうして起きてしまったこと、かしら?」

 

 一瞬だけ首を僅かに動かしたジオウが、ジクウドライバーを回すと同時に跳んだ。

 風を纏いながら高所からアナザーダブルを目掛けて走る一撃。

 

〈マキシマム! タイムブレーク!!〉

 

「ハァアア――――オリャアアッ!!」

 

 その一撃に向け、式は剣を振り上げる。

 激突すれば一瞬でジオウの方が撃ち負けるだろう、というほどの圧倒的な差。

 それを覆す手段を持っているものは存在しない。

 ジオウだけでなく、他の誰も。

 

 ―――ただ、一つ。もしそんなことが起きるとするならば、()()()()()()()()()()

 

「―――では、この一度限りの奇跡に名を与えよう。

 タイトルはそう――――“貴方のための物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)”」

 

 彼の手がこの短期間で書き綴った数頁しか記述の無い原稿を取り上げた。

 

 アンデルセン自身の自伝を白紙にし、代わりに記した誰かに力を与える宝具。

 伝記として機能すれば、その誰かを最大最高の姿に変生させることさえ可能なもの。

 だがそれは完成した原稿であれば、の話だ。

 数頁しか埋まっていない原稿で起こせるのは―――()()()()()()()()()()()

 

 ―――風を纏ったキックと、極限の力を発揮する刃が激突した。

 彼女が予測する結果、一瞬の内にジオウが砕かれるという結末は訪れない。

 代わりに、拮抗しながら彼女は何かを感じていた。

 

「――――風?」

 

 まるで、シェイクスピアの宝具の中で感じたような―――

 ただの風のはずなのに、何か大きな力を孕んでいるかのような。

 どこかの誰かへ向かって吹き付ける、強い風。

 

 ―――その風を受けたジオウの力が、更に力を増していく。

 歯牙にもかけずに粉砕出来るはずが、いつの間にか拮抗していた。

 そして拮抗していたはずが、いつ間にか少しずつ押され始める。

 

「式の眼じゃ―――風は殺せても、その風に乗せられた人の想いは殺せない」

 

「想い……ただそれだけで、こうまで変われるものかしら?」

 

〈プリズムゥ…!〉

 

 式が剣を両手で握り、その刃が纏う光を更に大きくした。

 増大し続けているダブルアーマーの力を強制的に切り崩すプリズム光。

 逆転はあっさりと逆転し返され、ジオウが逆に押し込まれ始める。

 

「変わるよ。この力は一つの体の中にあっても、一人の力じゃない――――

 足りないものを補うだけじゃない。欠けてるものを埋めるだけじゃない。

 パズルみたいに綺麗な形に収まるわけじゃない―――

 もっと歪で、収まりが良いところも悪いところもあって……

 完璧なんか程遠くて――――だからこそ、どこまでだって大きく、広く、繋がれる……!」

 

 ぎしり、と式の手にした剣が軋んだ。

 ジオウの力は増し続ける。増した傍からプリズムの記憶で完全に散らしているはずなのに、散らす以上の速度で増大していくことが止まらない。

 緑と黒。二色の装甲が風の中で光を帯びて、金色に染まっていく。

 

「言ったよね。俺と式、今使ってる力は同じだけど、式の方が力が大きいって。

 それは何も変わってない。けど、それでも――――!」

 

 ダブルアーマーが放つ風が更に増す。今までを更に凌駕する速度での増大。

 式の放つプリズムの力が許容量を超過して、その力を受け止め切れずに停止する。

 軽減することが出来なくなった威力が全て剣に圧し掛かった。

 それを受け止めながら、限界を超え始めた体で式はソウゴに問いかける。

 

「それでも?」

 

「―――その力に乗せた、想い(メモリ)の数が違う……!」

 

 剣が砕け散る。その勢いのまま突き抜けたジオウが、アナザーダブルを粉砕した。

 粉々に砕け散ったアナザーダブルの体が消えて、その場にアナザーウォッチの破片が四散する。

 その場にふわり、と。白い着物の女性、両儀式が降り立っていた。

 だが、その体は既に魔力に還り始めている。

 

 そのまま地面をも圧砕しながら着地したダブルアーマーが、全身から煙を噴き出している。

 黄金の光は消え去って、全ての力を使い切った弱々しい姿。

 そんな状況で、彼はゆっくりと背後の式へと振り返った。

 

「―――全て識っているつもりではあったのだけれど。

 ふふふ、やっぱり……俯瞰しているだけと直視するのではまるで違うのね。

 ……ああ、そうだ。貴方が訊いた私の罪―――無知、というのはどうかしら?」

 

 彼女はただにこやかに笑みを浮かべてジオウを見返している。

 その顔を正面から見つめ返しながら、彼は謝罪を口にした。

 

「ごめん」

 

「いいのよ? 私も少しだけれどこうして現世を見れて嬉しかったもの。

 そのお礼ではないけれど……」

 

 怪物の姿から美女に戻った彼女。

 その容姿と雰囲気の通りにたおやかな所作で、困ったように頬に手を当てる。

 何かをどう口にするべきか悩んでいるのだろうか。

 やがて決まったのか、口を開き始める彼女。

 

「―――この世界は地獄ね。生きる人は誰もが苦しみ、その苦しみは永劫続く。

 3000年経てもそれは何一つ変わりなかった。

 人は苦しみ続けている。どこまで行っても改善は見られない」

 

「それは……?」

 

 まるで、それが人理を滅ぼす理由であるかのように。

 彼女は困ったような顔をしたままに、それを滔々と語ってみせた。

 そこで言葉を止めた彼女が、ソウゴに笑いかける。

 

「だから――――貴方たちの愛する、()()()()()()()()()()()

 この地獄を否定したくてたまらない誰かから、貴方たちがこの世界を守りたいと願うなら」

 

 最後にそう言い残し、両儀式という女性はこの時間から消え失せた。

 

 

 




 
貴方のための物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)
彼が書いた自伝「我が生涯の物語」の生原稿。この書の1ページ1ページが作家アンデルセンを愛する人々から供給される魔力によって“読者の見たがっているアンデルセン”の姿を取り、分身となって行動できる。
だがこの宝具の真価は、この本を白紙に戻し、自身の人間観察により観察した人物の理想の人生・在り方を一冊の本として書き上げることで発揮される。その本の出来が良ければ宝具として成立し、相手を本に書かれた通りの姿にまで成長させることができる。効果の度合いは原稿が進むほどに高まり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、脱稿すれば対象を“最高の姿”にまで成長させることが可能となる。

ロンドン書き始める時に色々確認しててこれ読んだ時、「たまたま風を起こせるやん!」ってなった。
 


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秘密のU/カウントダウン1888

 
星4は蘭陵王を貰ったので初芥ヒナコです。
 


 

 

 

「こりゃひでぇ」

 

 戦場になった結果、散々に踏み荒らされたジキル邸を見て金時がぼやく。

 魔力自体はマスターであるフランの特性もあってまったく問題ない。が、即死の視線に見入られ続けた精神は疲弊しきっている。休みたいところではあるが、まずはそこかしこに開いた大穴をどうにかせねばなるまい。

 

 フランがいてビーストウォッチがあるから多少霧があっても問題ない、と。

 そういう問題でもないだろうから。

 

「―――無理だな。そこらの傷も間違いなく“死”んでいる。

 魔術ではどうにもならん。そこらの板を打ち付けた方がよほどマシだ。

 というよりいつ崩れ落ちるとも分からん。建て替えをした方がいい」

 

 中を一通り見回したエルメロイ二世は渋い顔でそう言った。

 彼女がつけた傷はそう大きくないというのに、最早建物自体が死んでいる。

 曲がりなりにもジキルの魔術工房でなければ既に崩落していたかもしれない。

 

『んー、ダメだね。一度設置した召喚サークルも死んでる。

 通信状況が悪くなったと思ったら原因はこれかな。

 再設置は……無理そうだ。せめて死んでしまったジキル邸を撤去してからじゃないと』

 

 カルデアからダ・ヴィンチちゃんの声が届く。

 そんな彼女の声は確かに少し遠くなったかもしれない。

 原因はやはりこの家が死んだこと、らしい。

 

 そんな家の持ち主、未だ意識を喪失したジキルを抱えながらダビデは肩を竦めた。

 

「ではどうする? 人がいなくなったロンドン市警(スコットランドヤード)にでも間借りするかい?」

 

「………あまり歓迎できない話ね」

 

 警視庁内は恐らく酷い有様だろう。

 快楽殺人鬼と言っていいジャックの食糧とされたのだ。殺され方すら真っ当ではあるまい。

 ウォズに肩を借りているソウゴを横目に見ながら、オルガマリーは嘆息する。

 

 拠点を失った状況に頭を悩ませている中、立香はバベッジの最期の言葉を思い出す。

 彼は時計塔に行け、と言っていた。時計塔(ビッグベン)には今しがた行ってきたが、特別彼が隠していた何かはなかったように思う。

 つまり彼の言葉は魔術協会・時計塔(クロックタワー)を指していたのだろう。

 

「ねえ所長、魔術協会の時計塔ってどうやって行くの?」

 

「……いきなり何よ。時計塔本部、というなら大英博物館の地下からだけど……」

 

 オルガマリーが腰に手を当てながら立香を見る。

 そんなマスターの疑問の理由を理解しているマシュが説明のため言葉を継いだ。

 

「―――こちらではこの特異点における首謀者のひとり。

 チャールズ・バベッジ氏との戦闘が発生しました。

 彼は正気を奪われていたらしく、戦闘後に理性を取り戻した際に時計塔に行け、と」

 

『そうなのかい? あちらではそんなことが……』

 

 立香たちが分隊として行動していた時は通信状況が劣悪の状態。

 そしてその後状態が回復した頃には、アナザーダブルの問題が発生していた。

 立香たちとバベッジの戦闘の状況はロマニたちはほぼ把握していない。

 

「彼の語った首謀者はチャールズ・バベッジ、そしてヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス。

 ふたりの退去は確認できた以上、残るは“M”と称されていた者。

 彼らのマスターだった人間か、あるいは魔神なのか……といった所だね」

 

 アレキサンダーがパラケルススの名を出した瞬間、モードレッドが盛大に顔を顰めた。

 余程あれに庇われたというのが腹立たしいと感じている様子。

 オルガマリーは努めてモードレッドを意識にいれないように、顎に手を添えて俯いた。

 思い出すのは、パラケルススとダ・ヴィンチちゃん共通の知人として出された名前。

 

「M、ね。……マキリ、ゾォルケンだったかしら。少なくともイニシャルは合致するけれど」

 

「マキリ? ……その名は?」

 

 彼女が呟いた名前にエルメロイ二世が反応を示す。

 誰の名だ、と問いかける声ではない。何故ここでその名が出る、という確認の声。

 それを理解してオルガマリーが眉を顰める。

 

「知っているのかしら、ロード・エルメロイ二世」

 

「知っているも何も冬木の聖杯戦争の設立に関与した男の名だろう。

 己の名であるマキリを間桐という家名にし、日本の冬木に根付いた魔術師。

 土地の監理者である遠坂。聖杯の鋳造を行うアインツベルン。その二つの家と合わせ、御三家と呼ばれることになる一族の人間だ」

 

「―――――冬木の聖杯戦争、その設立者?」

 

『おやまあ、それはまた……』

 

 オルガマリーが愕然と目を見開いた。

 ダ・ヴィンチちゃんもそこで繋がるとは思っていなかったのか、少し驚いた風な声を出す。

 その話を聞いていた玉藻がふぅむと腕を組んでそれとなくドレイクを横目で見る。

 今の言葉に何か引っかかるようなものを感じつつ、特段気にはしていない様子。

 

「……マトウシンジの記憶なし、と」

 

 ぽつりと呟く玉藻。まあ彼女のことを知らない時点で大体分かっていたが。

 というかあのワカメは月じゃなくても聖杯戦争に関わってるのか、と。

 マトウという名前の一致なだけで関係ないかもしれないが、あまりそんな気はしない。

 何となく遠い目をする玉藻。

 

「どうでもいいが先に落ち着ける場所を探せ。

 仕事を終えたばかりの物書きに歩かせる距離じゃないぞ、さっさと休ませろ」

 

 宝具を用いて一仕事終えた、と言わんばかりのアンデルセンが愚痴る。

 

「……たった数ページでしょ」

 

「そのたった数ページに救われたのはどこのどいつらだ。

 本の厚みだけで価値を決めたいなら小説ではなく辞典でも読んでいろ」

 

 やれやれと呆れたように首を横に振る童話作家。

 こめかみを引くつかせながら、オルガマリーは深呼吸をして気分を落ち着ける。

 怒れる彼女の背中をマシュがどうどうと落ち着かせるように撫でていた。

 

「だが実際どうする? 拠点は必要だろう。

 あとはMとやらだけだからそのまま押し通る、というわけにもいかないぞ」

 

 マスターの様子に片目を瞑ったアタランテが溜め息混じりにそう言った。

 その視線が未だに意識を取り戻していないジキルに向かい、続いてウォズの肩でぐったりとしているソウゴにも向けられた。

 アナザーダブルとの戦い以後、流石に疲労がピークを越えたらしい彼。

 少なくともこの二人を休憩させる場は必要だ。

 

 アナザーライダーの打倒は終わったとはいえ、スウォルツや白ウォズがまた出ないとも限らない。もちろん、仮面ライダーディエンドのような相手が突発的に出てくる可能性だってある。

 この状態のまま探索を続行というわけにはいかないだろう。

 

「……ジキルには悪いけどいっそのこと家を破壊してタイムマジーンの転送を……」

 

 小さく呟くオルガマリー。

 どっちにしろ既に家が死んでいるというのなら、と彼女は本気で考え始めた。

 そんな彼女に対して困ったような顔でマシュが思考を止めさせる。

 

「あ、その……所長。バベッジ氏はもう一つ、この霧の発生源について伝えてくれました。

 魔霧発生装置“アングルボダ”は地下鉄(アンダーグラウンド)の先にあると……」

 

「…………それを先に。……いえ、そういった情報の擦り合わせのため、なおさら拠点とする場所が必要になるわけね」

 

 大きく溜め息を一つ。

 ついでに考えるならば、敵の本拠地が地下鉄の奥にあるというならタイムマジーンの運用は難しいだろう。タイムマジーンのサイズなら地下鉄に入れないことはないだろう。が、せいぜい前進か後退かだけでまともに動くことはまず無理だ。人型になればなおさら。

 そして外で使おうにも外部で活動していた首魁に通じる二人、パラケルススとバベッジは既に退去している。スウォルツや白ウォズ対策にあってもいいが……

 

「ねえ黒い方」

 

「……私かい? 君たちにまで黒ウォズ呼ばわりされる筋合いはないんだが」

 

「一応訊きたいのだけど、あの白い方のあんた。またこの特異点で仕掛けてくると思う?」

 

 黒ウォズは問われた事に対し、すこぶる嫌そうな表情を浮かべた。

 少し悩んでみせた彼は、一度大きく溜め息を吐き落としてから返答する。

 

「生憎、彼の言う救世主とやらを私は知らない。だが明らかに現時点ではスウォルツと組んでいる様子だ。なら恐らくはもう攻撃を仕掛ける理由はない。

 この特異点における我が魔王の継承の儀は済んだからね」

 

「あんた、そのスウォルツとやらの目的の方は知ってるの?」

 

 スウォルツの目的はソウゴ、ひいてはオーマジオウ。

 そう言われているだけではっきり言って何も分かっていない。

 

「…………さて。仮にそれを知っていても、悪いがそちらを話す気はない」

 

 そう言ってから視線を逸らす黒ウォズ。

 どこからどこまでを誤魔化されているのか、溜め息とともにオルガマリーが眉根を寄せる。

 

「……まあいいわ。目的に常磐が関わっていることには変わりないんでしょうし」

 

 オルガマリーと黒ウォズのやり取りを見ていた金時が頬を掻く。

 そして近くにいた苛立たしげなモードレッドに対し、小声で話しかける。

 

「よう、レッドサンダー。こいつはどういう話だ?

 さっき見たゴールデンなキック関連の話ってのは分かるけどよ」

 

「―――知るかよ、あっちに訊け」

 

 返答はにべもない。

 機嫌が悪いのは見て取れるが、どうにも怒っているように見える。

 そんな彼女が小さく視線を動かして、立香の傍にいるフランを見つめた。

 

「……お前たちのマスターなのか、アイツ」

 

「うん? おう、そいつがどうかしたか?」

 

「別に。少し気になっただけだよ」

 

 そう言い放って視線を逸らす彼女に、金時が何が訊きたかったのかと首を傾げる。

 

「……こうしていても仕方ないだろう、とりあえず大英博物館とやらに向かおうか。

 時計塔に踏み込むか否かは置いておいて、とりあえずそこの屋根を借りるとしようよ」

 

 アレキサンダーがオルガマリーに対してそう言った。

 だが彼女は微妙に渋っているように見える。

 エルメロイ二世の方もあまり気が進まない、という風に見えた。

 

「……問題は時計塔の状況よ。

 サーヴァントをぞろぞろ連れていって大丈夫か、っていう話ね」

 

「―――オレが召喚されてすぐ、そこで寝こけてるモヤシに言われて確認した。

 大英博物館は木っ端微塵。時計塔の入り口とやらは塞がってる。

 人の気配もまるでなかった。少なくとも付近には生き残りもいねえ」

 

「壊されている?」

 

 モードレッドの挟んだ言葉にエルメロイ二世が疑念の声をあげる。

 普通に考えれば巨大な建築物を破壊するのはバベッジ……そしてヘルタースケルターに与えられるだろう役目だ。彼が大英博物館の崩壊を把握していないはずがない。

 だが、ほぼ霧を拡大すること以外の活動をされていないロンドンにおいて、積極的に建造物の破壊を行っていたという事実。余程隠したいものがある、ということだろうか。

 

「まあ、元から本部にいる連中なんて外で何が起きようと出てこないでしょう。

 仮に逃げるとしても、外ではなく奥の迷宮にでも逃げ込めばいいと思っているでしょうし」

 

「…………いや、あれは多分中にも……」

 

 オルガマリーが時計塔に対し呆れるような様子を見せる。

 が、そんな彼女の言葉をモードレッドは小さく否定していた。

 まるで時計塔の中の魔術師が全滅しているかのような物言い。

 

「―――いくら何でも時計塔にこもってる連中を全滅させるのは無理よ。

 仮にパラケルススとバベッジ、それにメフィストフェレスが力を合わせてもね。

 多分、だから入り口を破壊して塞いだのでしょう」

 

 魔術師がサーヴァントに敵う道理はない。

 だが同時に、時計塔の総本山はサーヴァントが数騎で殴り込んで蹂躙できるほど軟ではない。

 彼女の反応を見たモードレッドは肩を竦めるだけだった。

 

「……だといいがな」

 

「―――とりあえず行ってみればいいだろう。

 少なくとも、ここで会話を続けるよりはそちらの方がマシだ」

 

 強引に会話を打ち切るアタランテの声。

 オルガマリーを話し込ませていてはここから進まないと判断したのだろう。

 む、と拗ねたような表情を浮かべる彼女に全員の視線が向かう。

 

「……そうね、とりあえず行きましょう。目的地は大英博物館、時計塔よ」

 

「やれやれ。ここが2000年代近くなら図書館だのついさっき死んだシェイクスピアの劇場の再現だの、見て回るものがあるものを」

 

 溜め息一つ、アンデルセンが肩を竦めてから歩き出す。

 観光気分で歩き出した彼を追い、彼女たちもまた歩き出した。

 

 

 

 

 辿り着いた大英博物館は、正しく瓦礫の山であった。

 地下に伸びる時計塔の存在はともかく、少なくとも屋根を借りるどころではない状態だ。

 

「そら、肉体派のサーヴァントども。ブルドーザーの如く働いて入口を掘り出せ。

 今この中に入れば普段は穴蔵に死蔵されてる資料が読み放題だぞ」

 

 到着した途端にアンデルセンはそう言ってモードレッドを見た。

 彼女に睨み返されるが、童話作家にはまるで堪える様子はない。

 軽く肩を回しながら金時が動きだし、アレキサンダーとドレイクが続く。慌ててマシュもそれに続いた。ジキルを抱えているダビデは動かず、当然のように玉藻も動かない。

 居残り組の面子を見てこっち組はごめんだと思ったのか、モードレッドも動き出した。

 アタランテがオルガマリーへ振り返り声をかける。

 

「マスター、入口のおおよその位置は分かるか?」

 

「………まさか本当に中も壊滅してるなんてこと……いえ、ありえないでしょう?

 ここは曲りなりにも魔術協会の総本山。サーヴァントといえど、落とせるわけが」

 

 ぶつぶつと呟きながら思考を回している彼女。

 仕方なしにアタランテはエルメロイ二世へと視線を向ける。

 

「私としても彼女の気持ちが分かるがね。恐らくあの辺りだろう」

 

 彼もまた渋い顔をしながら、瓦礫の一角を指差した。

 そこを目掛けてぞろぞろと移動を開始するサーヴァントたち。

 彼らの背中を見送りながら立香が首を傾げる。

 

「バベッジは時計塔で何を見つけて欲しかったんだろう。

 この特異点を解決するだけなら地下鉄の奥、だけでいいはずだよね?」

 

「探偵、シャーロック・ホームズがここにいるという話だったのでは?」

 

 バベッジの最期の言葉を思い起こしながら玉藻は言う。

 彼女の視線は、まずもってこの特異点にシャーロック・ホームズがいると断定してみせたアンデルセンに向いていた。

 

「ホームズがここにいるとバベッジが知っていたなら、奴のヘルタースケルターは全てここに雪崩れ込んでいただろうさ。つまり奴の遺言はホームズ本人ではなく、恐らくホームズに託したという何かの在り処を示していたんだろう。それが何かというのは分からんがな」

 

「それが一体何なのか、というのが一番重要なんでしょうに」

 

「それは―――」

 

 ドカンドカン、と瓦礫が次々と撤去されていくのを見る。

 大きな瓦礫の山でさえも、あのサーヴァント軍団にかかれば砂の城のようだ。

 次第に見えてくる時計塔に踏み込むための入口。

 その扉を見る目を細めて、アンデルセンは小さく呟いた。

 

「実際入ってみれば分かることだ」

 

 

 

 

 時計塔内部に踏み込める状況を整えたうえで、彼らは三手に分かれることとした。

 中の状況は分からないが、室内で群れるのが逆に危険なことが一つ。

 後は退路となる入口の扉の確保のため。

 

 外部には立香、マシュ、エルメロイ二世、ドレイクを残す。

 内部の入口付近の部屋を確保してアレキサンダー、ダビデ、ウォズを残す。

 そしてそこではソウゴとジキルを一時的に休ませる。

 オルガマリー、アタランテ、モードレッド、アンデルセン。更にフラン、金時、玉藻が奥まで様子を見に行くといったような編成だ。

 

 奥に踏み込んでいくオルガマリーたちを見送ったあと、外の様子を窺いながら立香は腕を組んだ。その顔には何か納得できない、という色がありありと浮かんでいた。

 

「うーん……」

 

「どうかなさいましたか、先輩」

 

「フォウ?」

 

 そんな彼女の様子に声をかけたマシュは、心配そうに首を傾げた。

 傾ぐ頭、その上に乗っていたフォウが落ちないように強くしがみ付く。

 

「この特異点の元凶……所長の話だと、マキリって人なのかな。

 その人がレフ・ライノールみたく魔神だったとして……何か、違和感があるような?」

 

 ここに到着してから、別れて探索を始める前に情報はおおよそ共有した。

 恐らくこの特異点における聖杯の所有者はマキリ・ゾォルケンなる人物だろうと。

 そして霧に鎖した街と、彼らが雷電と呼ぶ何か―――恐らく新たなサーヴァントの存在。

 

 レフ・ライノールは人間に対する憎悪が明確にあった。

 彼の同胞である人理焼却に加担した魔神ならば、似たような感情で動いているはず。だがこの霧の街から感じるのは憎悪、ではないのだと思う。メフィストフェレスやジャック・ザ・リッパーのような存在はいたが、どう見てもレフに比べれば積極性に欠ける動きしかしていない。霧で街を死都に変えると言う、真綿で首を絞めるかのような破滅への緩慢な舵取り。

 ここの元凶が抱く感情は憎悪ではなく、逆らえぬ滅びへの諦念であるかのように思えたのだ。

 

「……マキリという方は、魔神ではないということでしょうか……?」

 

 マシュが二世に視線を向ける。

 マキリ、という人物を知っているのはダ・ヴィンチちゃんと彼だけ。

 目を向けられた二世は困ったように片目を瞑る。

 

「逆に私はレフという男を知らないんだがね。

 ライダー……アレキサンダーはローマに召喚された際、顔を合わせていたらしいが」

 

「二世はアレキサンダーについていっただけの野良サーヴァントだったんだっけ」

 

「それはさておき。

 私もマキリという人間をよく知っているわけではない。殆ど名を知っているだけ、と言ってもいいだろう。知っているのは15、6世紀の人間であるダ・ヴィンチの知人であるという通り、現代においては500年を生き延びた魔術師ということ」

 

 マスターの指摘にすい、と視線を明後日の方向に飛ばすエルメロイ二世。

 ごまかしたー、と声をあげる立香の声を無視して続ける。

 

「そして―――少なくともロード・エルメロイ二世の知る冬木の聖杯戦争の創設者。

 その一人であったと……」

 

「私が知る彼はもはや無理な延命により魂が腐り果てた存在だったようだ。

 恐らくは生前の彼がどういった人間だったか、という目安にはならないだろう。

 まあ聖杯戦争の立上げに関わり、500年を生きるだけの実力がある魔術師であったのは間違いないのだろうがね」

 

「500年生きて、魂を腐らせて……そこまでして聖杯を求めてたの?

 人理焼却に似た目的をそっちのマキリも持ってたのかな……?」

 

 立香が浮かべた素直な疑問にエルメロイ二世は瞑目する。

 魔術師などいうものを彼女の常識で考えさせても仕方ない、とは思う。

 だがだからと言って打ち切らせることでもあるまい。

 エルメロイ二世自身もマキリの悲願を把握しているわけでもないのだから。

 

「さて……」

 

 まして彼の知るマキリ・ゾォルケン―――

 間桐臓硯は既に時間の流れで壊れていたと言っていい。何をもって彼が聖杯を求め、冬木の地に根付いたかなど外野から分かる筈もない。

 だが―――

 

「フォ―――ウ!!」

 

 二世が考え込んでいる中。

 マシュの頭の上で寝そべっていたフォウが突然、身を起こして大きく声を上げた。

 その声が上がった瞬間に周囲の空間が歪み、四門の大砲が空中に現れる。

 

「―――どこだい?」

 

 今いるのは広大な廃墟だ。

 流石に無差別には撃てないが、今までよりは余程彼女の火力を発揮できる。

 ドレイクはその両手に銃を構えながら周囲を見回していた。

 

 マシュと二世も立香を挟むように立ちながら周囲の様子を探っている。

 フォウが唸りながら睨んでいるのはただ一点。

 自然と彼女たちの視線はそちらに集約されていく。

 

「――――ク」

 

 その睨まれている一点の空間が歪み、染み出すように黒い炎が現れる。

 炎は人型に浮かび上がり、その顔らしき部分にある口と思しき部分を吊り上げた。

 

「流石は獣、オレの気配は嗅ぎ取るか。

 そうとも。我が恩讐こそは人の持つ理―――人間の競争の中に生じる妬み、嫉み……『比較』により引きずり降ろされ、蹴落とされた側の者たちが発する叫びに他ならないのだから」

 

 フー、とこれ以上なく毛を逆立てながら黒炎を睨むフォウ。

 そのような様子を見せるのは余りに珍しく、敵と相対しながらもマシュが困惑する

 

「フォウさん……? いえ。フォウさん、先輩の方へ行ってください……!」

 

「黒い炎のサーヴァント……アタランテの言ってたアヴェンジャー……!」

 

 ドレイクの全砲門がアヴェンジャーに照準される。その砲撃の火力は言うまでもない。

 四門全て放たれれば相手がどのようなサーヴァントであれ無事では済まないだろう。

 そんな状況にありながら、相手はまるで動じていない。

 

「………何をしにきたの? 貴方も魔霧計画に協力しているサーヴァント?」

 

 立香が一歩前に踏み出しながら問う。

 マシュが慌てて自分も踏み出して彼女の前に立った。

 

「―――否、だ。我はその魔霧計画とやらを実行している連中に聖杯を与えた者の手により召喚されたサーヴァント。計画に関わっているわけでもなければ、協力しているわけでもない」

 

「知ってる。じゃあ何故ここに?」

 

 人理焼却の主犯の手の者、という宣言に即座に言い返す。

 そもそもそこまではアタランテから聞いているから分かってる、とでも言いたげに。

 

「クク―――なに、揃いも揃って未だこんな場所にいる者たちを見物しにきた、とでも言えばいいか。動いていたキャスターどもを排除して猶予が出来たという考えなのだろうが……もうすぐこの時代が終末を迎える時間だ」

 

「それって―――」

 

 息を呑んだ立香たちの前で、黒い炎が徐々に消え始める。

 言いたいことだけ言って消えていくその姿を前に、立香が後ろを振り返った。

 

「地下鉄の奥に急がなきゃ―――!」

 

「そいつのこと信じるのかい?」

 

 既にほぼ完全に消えている炎を見ながらドレイクが問いかける。

 

「その人。誰に召喚されたかもこの計画に関わってるかどうかも、訊いたら答えてくれたし。

 信じさせたい嘘を吐きにきたなら人理焼却の黒幕に召喚されたなんて言わないでしょ。

 多分、何かを隠そうとはしてない人だと思うんだ。だから信じるよ。

 ―――行こう。わざわざ言いに来てくれたってことは、きっと本当にもう時間がないんだ」

 

「――――」

 

 彼女が走り出す前に、その炎はもう何も言う事はなく完全に消え失せていた。

 マスターが走り出すとすぐにマシュが続き、その後を肩を竦めたドレイクが続く。

 エルメロイ二世がこめかみに指を当てながら、小さく溜め息。

 

「……私はソウゴたちを呼んでくる、先に向かってくれ」

 

「お願い! ドクター! ドクター聞こえてる!? 所長にも伝えてね!」

 

 声を張り上げて通信機に声をかける。

 すると戸惑ったような彼の声が返ってきた。

 

『あ、ああ! 聞こえてる、聞こえてる!

 いきなりすぎて何が何やらだ! アヴェンジャーのサーヴァントがいたのかい!?

 こっちの画面では見えないから……』

 

「そっか……ソウゴにウォッチを借りておけばよかったかな!」

 

 霧が濃い場所ではあちらの観測は存在証明以上の仕事ができない。

 ある程度の観測をしてもらうためには、たとえばビーストウォッチなどで霧を薄めておかねばならなかったのだ。言われてから気付き、反省しつつ彼女は走る事に集中した。

 

 

 




 
 あとは本読んで、もっとよこせバルバトスして、アンチエレキひらめき発明王して、父上が増えて、立ちションする……4話? 5話?
 


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秘密のU/雷電降臨1943

 

 

 

「……本気?」

 

 地下へ伸び、どんどん奥に向かっていく回廊を歩きながらオルガマリーが呟いた。

 踏み込んだ時計塔の内部は静寂に包まれている。

 ここには明らかに魔術師の一人さえも、残っていない。

 

「だから言ったろ、全滅だぜこれ」

 

 モードレッドはそう言いながら気にもせず歩いていく。

 確かに彼女の言う通りに既に時計塔は機能していない。もしかしたら我先にと外に逃げ出した魔術師もいるかもしれないが、少なくともここには一人として魔術師は存在しなかった。

 

「時計塔の外、ロンドン郊外の学術棟(カレッジ)にはまだ魔術師も残っているだろうさ。

 ここが滅びた所でアニムスフィアにエルメロイ、お前たちのご先祖様も無事だろうよ」

 

「そう言う問題じゃ……!」

 

 アンデルセンの言葉にオルガマリーが声を荒げれば、無人の建物内に声が大きく響く。

 反響する自分の声を聞いてか、彼女は一度口を閉じて気を落ち着かせる。

 

「秘骸解剖局まで機能停止なんて、いくらサーヴァントであってもありえないでしょう……! 絶対におかしいわ。パラケルススやバベッジ、メフィストフェレスだけではこの状況は説明がつかない……!」

 

 それでも気分がざわつくのを抑えきれないのか、彼女の声から震えは消えない。

 そんなオルガマリーの様子を見ながらアンデルセンは肩を竦めた。

 通信先からはダ・ヴィンチちゃんの声が届く。

 

『ふむ。別の存在……“M”が魔神であったならそれも可能かもしれないね。

 ただそもそも何故時計塔を、という話だ。アンデルセンの言った通り有力者……君主(ロード)は自分の学部を持っていて、こちらに籠る事なんて殆どない。時計塔と言えば霊墓やその奥の秘儀裁示局、だけど……うーん、秘骸解剖局を落としておいてその奥に手を付けた様子もない』

 

 彼女もまたこの状況は分からない、と言う。

 相手が何をしたいのかが分からないのだ、この特異点は。消極的かと思えば、この時計塔のように積極的に破壊した場所はある。だがその破壊した理由はさっぱり見えてこない。

 

 どうなっているのかと考えている彼女たちを差し置いて歩き続けるアンデルセン。

 その彼が一つの扉を発見する。その扉の横のルームプレートを見て、彼は笑みを浮かべた。

 

「時計塔の書庫、恐らくはここだな」

 

「ちなみに書庫が目的なのは、自分が本を読みたいだけではなく?」

 

「俺が本を読みたいついでにバベッジの遺言も達成してやるんだ。ありがたく思え」

 

 胡乱げな玉藻の目に悪びれもせず言い返し、彼は意気揚々とその中へと踏み込んだ。

 彼はバベッジが時計塔に導いた理由は書庫にあると確信している様子。その後ろに顔色が悪くなり始めたオルガマリーもついていく。そんな彼女の様子を見た玉藻も仕方なさげに同道した。

 

 警戒も必要だろうと書庫の扉で待機することにした残るフランとサーヴァントたち。

 モードレッドは軽く周囲を見回し、別の部屋へと目を付けた。彼女は勝手にそこへと踏み込むと、やがて椅子を持って出てきてフランの前に置いた。

 

「ウ……?」

 

「お前も休めるときに休んどけよ。サーヴァントじゃなくて生身なんだからよ」

 

 きょとん、と首を傾げたフランが、しかし彼女に言われた通り椅子に座る。

 アタランテはその二人の様子を目の当たりにし、珍妙なものを見たというような表情を見せた。

 モードレッドがそのような事を進んで行う人間だと思っていなかったのだ。

 

 そんな光景を見ながら金時は彼女たちから少し距離を取りつつ、壁に寄り掛かる。

 そうしてふと思いついた疑念をアタランテにぶつけていた。

 

「なあアタランテ。人理焼却と、このロンドンのことは大体把握したけどよ。

 あっちのソウゴの力の方の事なんかはどういう話なんだ?」

 

「―――あれは人理焼却とは別口のようだ。ソウゴの力も。敵として現れたあの怪物も。

 人理と共に焼け落ちた仮面ライダーという戦士たちの記憶、ということらしい。私も詳しくはない……というよりソウゴ自身もよくは分かっていない、というのがカルデアの実情らしいな」

 

 腕を組みながらそういう彼女。

 力の由来よりも彼らの名が引っ掛かったらしい金時が軽く口笛を吹かした。

 

「へぇ、ライダーね。モードレッドとアンタが乗り回してたバイクもソウゴのってことか?

 いいねぇ、ライダー。オレっちもよくベアー号を乗り回したもんだがよ、あの風を切る感覚は最高にクールでゴールデンだ」

 

 生前を思い返すように回顧する金時。そんな彼を訝しむアタランテ。

 何故バイクの話がベアー号……熊? の話になるのか。

 アタランテは首を傾げながらも、バイクに同乗した時の感覚を思い起こした。

 

「熊……熊? 私も熊には縁が深いが……あれは、熊の背に乗るのとはまるで違ったと思うが」

 

「まあクマ公の中にも変形する奴としない奴がいるからな。

 オレの知ってるベアー号は、まあ実際バイクみたいなもんだったからよ」

 

 当然のようにそう言ってみせる金時。

 そんな言葉を聞いて彼女は、自分の知る熊との差異を感じて眉を顰める。

 

「変形……?」

 

 少なくとも彼女の知る熊は変形はしないが……まあ相手は国も違えば時代も違う英傑だ。

 彼の国にはそういう熊もいたのだろうと納得しておく。

 人智の及ばぬ怪物など彼女の生きた時代では珍しくもない。

 

「しかし、あの怪物はやばかったな。

 人理焼却だけじゃなくあんな奴らとまで戦ってるなんて、ちいとばかしハードじゃねえか」

 

 そう言い出した彼の言葉は、間違いなくアナザーダブルのことを言っているのだろう。

 アタランテが知るのはアナザーダブルとアナザーフォーゼだけだが、ソウゴたちの反応から言っても別格だったのだろう。カルデアで聞いた話ではジャンヌ・オルタとブーディカもアナザーライダーにされていたらしいとは聞いているが……

 

「あれに関しては流石に規格外だったのだろうがな。

 恐らくアナザーライダーとしたサーヴァントの能力によって戦闘力が左右されるのだろう。

 あのアナザーウォッチというのはサーヴァントの霊基に癒着するという話だからな」

 

 今回の場合はヘンリー・ジキルを素体にしたものと、両儀式を素体にしたもの。

 そこで明らかに差がついていた。もっとも、彼女が直死の魔眼を持っている人間だからというだけでは説明がつかないほどに強化されていたように感じるが。

 

「へぇ……」

 

「―――なんですって!?」

 

 二人が話していると室内からオルガマリーの声が轟いた。

 即座に二人揃って中を覗く。

 

 そこにはノイズ混じりの通信映像。ロマニ・アーキマンの姿が浮かんでいた。

 彼女は彼から聞かされた話に頭を抱えている。

 

「藤丸たちが先に地下鉄に向かったって……ああ、もう……!

 仕方ない! こっちもすぐに準備して現場に向かうわ! 全員準備を……!」

 

「馬鹿かお前は、そんなものあっちに任せておけ。

 ―――わざわざチャールズ・バベッジがホームズを動かしてまで調べさせた情報、お前がカルデアに持ち帰らずしてどうする。少しは考えろ」

 

 書庫から出ようとした彼女の背に、本を抱えながら読んでいるアンデルセンの声がかかる。

 その言葉にオルガマリーは足を止めて、彼に向かって振り返った。

 

「それは……ただ時間が……」

 

「時間が無いのはどっちも同じだ。外の脳筋どもを送り付けて、お前はさっさと本を読め。

 そこの駄狐も行っていいぞ、どうせこっちでは役に立たんからな」

 

「なんです、その物言い。いい加減にしておかないとそろそろ潰しますよ?」

 

 喧嘩を売るような物言いに対し、玉藻が足の素振りを始めた。

 どこか、まるで下半身を蹴り抜くような動き。

 恐らく子供な身長のアンデルセンを狙えば、胴体に直撃の軌道となるだろうが。

 

「じゃあ読んだらどうだ。日本語や中国語の本なぞここにはほとんどないがな」

 

「……読めないわけではないですけど! サーヴァントですので!

 ただ読み慣れてない言語の本はちょーっとつらいなーって思ってただけですから!!」

 

「いいからさっさと行け。読書の邪魔だ」

 

 プンプン、と口に出しながら大股で出ていく玉藻。

 そんな彼女の背を見送って、オルガマリーは表情を苦渋に歪めながらアンデルセンが積み重ねた本のうち一冊を手に取った。

 

 室外に出た玉藻がすぐ傍にいた金時とアタランテに声をかける。

 

「アタランテさんはこちらであの二人をお願いします。金時さん、行きましょうか」

 

「お、おう?」

 

 呆れた顔でそれを見ていたモードレッドが立ち上がる。

 真っ先に元凶に向かっていったと知り、彼女はオレも外で待つべきだったかと小さく呟いた。

 椅子に座っていたフランが立ち上がって唸り声をあげる。行ける、と言っているようだ。

 

「……オレの背中にくっついてな。全力で走るぜ」

 

「ゥ……」

 

 フランを背負うモードレッド、そして金時と玉藻。

 三人のサーヴァントが来た道を戻るために、全力疾走を開始した。

 

 

 

 

「霧がどんどん濃くなってく……! 近づいてる、ってことだよね……!」

 

「はい……! ―――もうすぐそこに、開けた空間が……!」

 

 地下鉄の奥へと走り抜ける立香、マシュ、ドレイクの三人。

 彼女たちは地下数百メートルの位置まで走り抜け、最奥の空間へと辿り着いた。

 

 目の前に鎮座するのは巨大な魔力炉心。

 間違いなく、バベッジの語った“アングルボダ”に相違ないだろう。

 

「こいつぁ……聖杯ってのと殆ど変わらないんじゃないかい?」

 

 聖杯を宿したこともあるドレイクさえもが、その威容に息を呑んだ。

 鼓動とともに霧を吐き出し続ける魔霧都市の心臓部。

 それを見たマシュは、冬木で見た聖杯を思い出していた。

 

「まるで冬木の大聖杯と同じような……超抜級の魔力炉心です……!」

 

「あそこ、誰かいる……!?」

 

 立香が霧の中に見えた人影を指差した。

 その周囲から徐々に霧が薄れていき、逆に彼の足元にある魔法陣が輝きを増していく。

 霧が薄れたおかげでその姿が確かに見えるようになる。

 そこにいたのは青髪の男性。彼は瞑っていた瞼を開くと、現れた一団を見渡した。

 

「―――奇しくも、パラケルススの言葉通りか。

 悪逆を為す者は、善を成す者によって阻まれなければならぬ、と。

 だが、遅かったな。聖杯を組み込んだアングルボダが発したこの霧により呼ばれたサーヴァント、その大部分は脱落し循環した。今ならば十分に星の開拓者に手が届く」

 

 彼は視線だけ立香たちに向けながらも、意識は全てその魔法陣に割いていた。

 立ち昇る青白い光が柱となり、魔法陣の上に聳え立つ。

 スパークする魔力の渦という光景を、彼女たちはよく知っていた。

 

「英霊召喚……! ドレイク、止めて……ッ!!」

 

「あいよ―――ッ!!」

 

 立香の声に応え、大砲が一門展開する。

 そこから魔力が収束して吐き出される直前、彼は光の中で呪文を呟いた。

 

「汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者―――

 汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 轟音とともに大砲が火を噴いた。

 それが着弾する寸前に、男の足元から光と雷が氾濫する。

 暴れ狂う雷は迫る砲撃さえも焼き払いながらその空間に溢れ、爆発した。

 

「っ……今のは、間に合わなかった……っ!?」

 

「ちィ……ッ! 悪いねマスター、今のは弾かれた。ただ……」

 

 ドレイクの視線が横に飛ぶ。

 彼女の視線の先には、雷光の爆発に吹き飛ばされ地面に転がる男の姿があった。

 自分が呼んだ暴走する雷電に巻き込まれたのだ。あの規模の魔力の雷だ。魔術師であってさえも助かるまい。いや、今原型を留めているだけでも十分に非常識とさえ言えるだろう。

 

 ―――召喚サークルが崩れ落ち、その周囲に迸る雷が落ち着いていく。

 同時に今まで霧を生み出し続けていたアングルボダも停止していた。

 動力源たる聖杯が消失し―――否、移譲されたのだ。今まさに召喚されたサーヴァントに。

 

 そのサーヴァントは、一人の男性だった。

 オールバックに決めた黒い長髪と肩にかけたコートを靡かせる男。

 彼はただ悠然と、立香たちの前に歩いて姿を現した。

 

「――――私を呼んだな。雷電そのものたるこの身を。天才たるこの頭脳を。

 旧き神話を焼き払い、人類に新たな神話を齎せし私を!

 インドラを超え、ゼウスを超え、人の世を革新せしめたこの二コラ・テスラを!!」

 

「ニコラ・テスラ……電気エネルギーで稼働する現代社会の礎を築いた天才発明家……!?」

 

 マシュが上げた声を聞いたテスラが小さく口の端を吊り上げる。

 そのまま右手を覆う機械のグローブを持ち上げ、掌を大きく開いてみせた。

 弾ける雷電。それに反応して周囲の魔霧が膨れ上がり破裂する。

 

 発生した爆発が周囲を舐める。即座に盾を構えたマシュが立香を守るために動いた。

 

「霧が……!」

 

 まるでガスか何かのように爆発した霧を見て、驚きが口をついて出る。

 

『魔霧が彼の雷電に反応して活性化したんだ……! つまり、マキリ・ゾォルケンの目的はこの現象を街全体という規模で発生させること……! そんなことになれば、ロンドンどころかブリテン島がまるごと消し飛ぶぞ……!?』

 

 そんなことになれば、もはや取り返しはつかない。

 人理修復を達成する手段はなくなるだろう。

 拳を握りしめた立香が彼を睨み据え、彼女は声を張り上げた。

 

「ここで止めなきゃ!」

 

「――――させ、んぞ……!」

 

 横合いからの声に驚いて振り向く。そこには、地面を這いずる男がいた。

 彼は半死半生の身でなお動く。

 

『マキリ・ゾォルケン、生きているとはね……』

 

 ダ・ヴィンチちゃんが立香の横にノイズ混じりの映像を浮かべる。

 その姿を見たマキリが顔を顰め、眉根を寄せた。

 

「モナ・リザ……いや、なるほど。レオナルド・ダ・ヴィンチか……

 道理でパラケルススの動きが鈍るわけだ……だが、私には関係のない話だ……!!」

 

『君が人類の破滅を望む。私としてはそれがまるで解せない。

 一体何を見たと言うんだい、君たちは』

 

「……抗おうと試みたとも。だが既に人類の生存圏はこの星の上に残されてなどいない。

 救済は成り立たない。救世は人の領分では許されない。

 過去も、現在も、未来も。彼の王は許しはしないという沙汰を既に下していた。

 ―――人類は3000年かけて、どこにも届かなかった。これ以上の無様を、これ以上の生存を見るのは飽きたのだと彼の王は賜われた。ならば最早……!」

 

 死人のような有様ながら、彼は立ち上がってみせた。

 苦痛を呑み込み立ち上がった彼の内側から、何かの光が漏れだしてくる。

 

「―――破滅の空より来たれ、我らが魔神が一柱……!

 我が悪逆のかたち成すもの……魔神バルバトス――――!!!」

 

 彼の体を突き破り、黒い肉の柱がその場所にそそり立った。

 巨大な腐肉の柱には無数の赤い目が開き、その中で黒い十字の瞳孔がぎょろりと蠢く。

 それは間違いなく、今まで確認してきた魔神たちと同じもの。

 

「魔神……バルバトス……!」

 

「我が王は私の悪を見出した。人々を救わんとする私の中に潜む悪逆の醜さを。

 我が醜悪の極みを以て、善を敷かんとする者たちを消し去らん―――!!」

 

「ッ―――! 宝具を使用します! “疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”!!」

 

 魔神の瞳から見開くと同時に放たれた閃光。

 それを正面からマシュが展開した光の盾が受け止める。

 身構えた彼女が、想定を下回る威力に対して僅かに表情を崩した。

 

「今までの魔神のような圧はない……?」

 

『聖杯だ! 今までの魔神と違い、彼は聖杯を使っていない―――! 周囲に残っていた霧だけを媒介に魔神を降臨させたせいで、出力は今までの二体を下回っているんだ!

 代わりに今、聖杯を彼が……!』

 

 通信機から届くロマニの声。

 彼が言い終わる前に、魔神の背後でニコラ・テスラが宙に浮いた。

 アングルボダにより彼に聖杯は移譲されている。無限の魔力、無限の雷電と化した彼は頭上を見上げて惜しむように呟く。

 

「フランシス・ドレイク。レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 この人類の神話たる私に劣らぬ天才。星の開拓者たちと語り明かしたいのは山々だが……

 しかし今我が体を動かすのは、この街を雷電にて照らせという狂気。

 残念なことこの上ないが……致し方なし、私は地上に出ることとしようか」

 

 そう言うと彼は立香たちに目を向けず、この空間から離脱するための移動を始めた。

 

「止めなきゃ……!」

 

 彼の背中を追うように視線を向けた立香。

 そんな彼女に対して魔神の中からマキリの声が放たれる。

 

「逃がさぬ……! 貴様たちは私が……! ―――否、魔神バルバトスが静止する」

 

 その言葉の途中でマキリの声が消え、フラウロスやフォルネウスと同じ声が響く。

 明確に何かが切り替わった。が、魔神の行動は変わらない。テスラの追跡は阻止する、と。例え出力が下がっていようとその脅威は全て彼女たちに向けられる。

 

「管制室バルバトス、点灯。無知なるものどもよ、その足掻きこそを我は嘆く。

 我らは全てを知るが故に、全てを嘆くのだ」

 

 ゴポリ、と。肉の柱が泡立った。

 全ての瞳が立香たちを見据えて、その中に大量の魔力を充填し始める。

 

「っ……! 不味いです、マスター!

 わたしの宝具で攻撃に耐えられても、あの攻撃でこの空洞が崩れ落ちれば……!」

 

「っ……!」

 

 魔力を高速で充填する魔神を前に、立香が歯噛みする。

 このままテスラを追う事も出来ない。そうして追い詰められた状況下で、この魔霧都市の首謀者との決戦は地底深く開始された。

 

 

 

 

 この霧の中にあってさえ分かる、魔力の奔流。

 それが天に向けて放たれたことを、走っていたモードレッドたちは感知した。

 

 ―――それは、彼女がよく知る魔力であると確信する。

 足を止めた彼女と一緒に金時たちも足を止めた。

 

「こいつぁ……地面の下でやべぇのが出たと思ったら、もう一つかよ……!」

 

「……バッキンガム宮殿の方ですね。

 その地下で出たやべーのに対するカウンター、という可能性も高いですが。

 どうなさいます?」

 

 まるで分かりきっているかのように玉藻はモードレッドに問いかけた。

 何故わざわざモードレッドに問いかけるのか、と金時が怪訝そうな表情を浮かべる。

 フランもまた彼女の顔を覗き、不思議そうに首を傾げた。

 

「……お前らは地下の方行けよ。どっちにしろ聖杯はそっちだ。

 あっちはオレが一人で行く」

 

「……おい、一人で大丈夫かよ。聖杯もねぇのに聖杯がある方と同じくらいの魔力が渦巻いてるなんざ、まともな相手じゃないのは間違いないぜ?」

 

「わーってるよ。あの槍の事は……死ぬほどな」

 

 背負っていたフランを下ろす。彼女の意志に従い鎧から兜が展開し、彼女の頭を包んだ。

 そのまま答えを聞かずに踵を返し、新たに現れた魔力の方へと駆け出すモードレッド。

 今の言葉である程度は察したのか金時が眉を顰める。

 

「で。こっちはどうなさいます、金時さん?」

 

「―――まずは聖杯の方に行くしかねぇだろ」

 

 一度だけ既に霧の中に消えたモードレッドの背中を見て、彼はフランへと手を伸ばした。

 彼女を腕の中に抱え、再び金時は走り出す。

 玉藻は一度肩を竦めてから、その後ろについていくのだった。

 

 

 

 

 辿り着いた地下鉄の入り口。

 彼らが到着すると同時に、そこから出てきた紳士然とした男と邂逅する。

 その瞬間にウォズがストールを渦巻かせ、周囲の霧を一時的に薙ぎ払った。

 一瞬の後、周囲の霧が急速に雷電を帯びて暴れ始める。

 

「我が魔王、この霧は生身では危険だ」

 

「―――分かった」

 

 体力はまるで戻っていないが、そう言うならどうにかするしかない。

 ソウゴは即座にジクウドライバーとジオウウォッチを取り出すと装着した。

 

「変身……!」

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

 

 即座にジオウと変わったソウゴが、敵であろう雷電の化身と対峙する。

 その隣でアレキサンダーが大きく顔を顰めた。

 

「霧に魔力が……吸われているのか?」

 

 霧が孕む敵の雷をゼウスの雷で弾きながら、彼は剣を引き抜いた。

 ジオウを興味深そうに見ていた男が、その雷を前にして笑みを浮かべる。

 

「ほう。その雷、ゼウスの子たる征服王イスカンダルと見た。

 では先に潰しておかねばな。その身は天の英雄でも地の英雄でもなく、間違いなく人の英雄であるが……それはそれとして。この人類神話たる私、ニコラ・テスラの前に立たれては避けて通ることなどできはしないだろう?」

 

「二コラ・テスラ……」

 

 ただ目的地に向かう事だけ考えていた筈のテスラが足を止める。

 彼が人の物として引きずり落とした雷霆を権能として持つ神の子。

 その少年を前にして、彼の方が避けて通るなどという足取りが許されるはずもなかった。

 

「霧は我が雷電により活性化し、周囲の魔力を貪欲に喰らい尽くす。

 真っ当なサーヴァントであれば、魔力に留まらず霊基さえも魔霧に喰われるだろう。

 そういう意味では助かったぞ、征服王イスカンダル。

 ゼウスの雷であれば、纏い続ける限り霧に喰われるようなことにはなるまい。

 つまりは………」

 

 テスラが右腕。機械のグローブをはめた腕を持ち上げた。

 その途端に彼の周囲に膨れ上がる雷電。

 膨大な雷光が周囲を照らし、その熱量が周囲を灼き払う。

 

「神の雷たる貴様を、人類の雷たる私が蹂躙する機会があるということだ!!」

 

 振り抜かれるテスラの腕。そこから放たれる雷撃。

 アレキサンダーが対抗するように放った雷とそれが衝突し、魔霧計画の成就を阻止できるか否か。それを問うための決戦が地上において開始された。

 

 

 




 
三面決戦。
バルバトスくんは聖杯がないせいで他のより弱くなってるなんて失望しました、バエルの下に集います。
 


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Lの輝く街/目を背けたもの1888

 

 

 

 ジカンギレードから放たれた弾丸がテスラを目掛けて殺到し、しかしその身に纏われた雷電によって消し飛ばされる。

 対峙するテスラは悠然と構え、ゆるりと腕を動かし雷光を放つだけ。

 だがその威力は圧倒的だ。軌道上の全てを灼き払い、それはジオウの横を過ぎ去っていく。

 

「くっ……!」

 

 直近を通っていった雷光に呻き、雷撃に対する耐性を持つフォーゼウォッチを取出す。

 だがそれを押し込んでも、ウォッチの起動音声の代わりにノイズが響くだけで起動しない。

 アナザーダブルによって致命的なダメージを受けたフォーゼアーマーは、未だに起動できる状態にはなっていなかった。

 

 フォーゼウォッチをしまい、代わりに取り出したドライブウォッチを起動する。

 

〈ドライブ!〉

 

 ジクウドライバーにそのウォッチを装填しながら走り出し、ドライブアーマーを纏う。

 真紅のアーマーが装着されると同時にその肩から車輪が飛ぶ。

 放たれたのは牢屋を思わせる造形の車輪。ジャスティスハンターが宙を舞い、柵となる鉄棒をテスラを目掛けて無数に吐き出した。

 

 だが彼はそれを一瞥すると、雷電のみを差し向け全てを吹き飛ばす。

 鉄柵のためのポールがバラバラと弾き返され地面を転がる。

 

「これじゃ近付けない……!」

 

 仮面の下で呟くソウゴ。

 

 雷撃の雨はアレキサンダーを重点的に狙っている。

 霊基すら呑み込む霧の渦は、本来サーヴァントですら耐えられない。

 彼が耐えられているのは神の雷をその身に宿しているからだ。

 だがそれはつまり、英霊馬たるブケファラスには耐えられぬということ。

 宝具すらも封じられた状況で彼は必死に回避へと専念していた。

 

「将来の僕なら、もう少し何とかなったのかもしれないけどね……!」

 

 神獣たる飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)の牽く“神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)”を思い浮かべながら呟くが、言ったところで状況が好転するはずもない。

 手にしたスパタの刀身に雷を纏い、降り注ぐ雷撃を力任せに打ち払う。

 

「ははははは―――! 人類の神話たるこの私が旧き神話の継承者に敗れる道理なし!

 もしこの身が敗れることがあるとするならば! 最新にして最大の雷の神たるこの身を打倒できる者がいるとするならば! それは正しく新たなる神話の始まりとなる偉業!」

 

 テスラの周囲に発生している雷電が更に出力を上げる。

 腕を天に掲げる彼の纏うそれは、最早本当に“雷の神”と言って差支えない規模のもの。

 

 ジオウが両腕を突き出し、その腕からタイプスピードスピードを射出する。

 更にその両肩からは無数の車輪が放たれ、彼に向かって殺到した。

 だがしかし、それらの攻撃は雷の壁に阻まれて通ることはない。

 

「くっ……!」

 

「我が頭脳が地上に降した神の雷霆を今、ここに御覧にいれよう!

 “人類神話(システム)――――!!」

 

 宝具であり、彼自身。

 神の怒りたる雷電を人類の物とし、文明のステージを上げた偉業の具現。

 その真名を唱えようとした彼の頭上で、黄金の光が炸裂した。

 

「“黄金衝撃(ゴールデンスパーク)”……! オォラァアアアア―――ッ!!」

 

「む……!?」

 

 黄金の雷撃が天空から霧を斬り裂き、雷の柱と化したテスラに直撃する。

 宝具の前兆たる大雷電の壁がその一撃と衝突し、引き裂かれて千切れ飛ぶ。

 すぐさま空を見上げたテスラの前に、金髪の偉丈夫が落ちてくる。

 

「―――ほう、今度もまた雷神の子でありながら人の英雄たる者か!

 だがそうまで接近しては如何に雷神の力とはいえ、ただでは済まんぞ?」

 

 マサカリより落雷の斬撃を放ち宝具は阻止してみせた。

 だがそのまま落ちてくれば、テスラの近くで最大限に活性化した霧に呑まれる。

 そうなれば雷神の子とはいえ霊基が保つまい。

 

 頭上から落ちてくる金時を見上げながら、テスラはそう言って楽しげに笑う。

 そして迎撃のための雷を再度迸らせ、天上に向け放とうとした―――その瞬間。

 

「ここは我が国、神の国。水は潤い、実り豊かな中津国。

 国がうつほに水注ぎ、高天巡り、黄泉巡り、巡り巡りて水天日光。

 我が照らす。豊葦原瑞穂の国、八尋の輪に輪をかけて、これぞ九重、天照―――!

 “水天日光天照八野鎮石(すいてんにっこうあまてらすやのしずいし)”―――」

 

 光が走ったかと思えば、辺りの霧が風に裂かれて割れていく。

 霧が晴れた光景の中に周囲を取り囲む鳥居の群れ。

 その光景に一瞬目を奪われたテスラ。そこに、金時の放つ裂帛の咆哮が叩き付けられる。

 

「オォオオオオ―――ッ!!」

 

「ぬぅ……っ!?」

 

 そのまま落下してきたマサカリの一撃を雷電を纏った右腕の機械グローブで迎撃する。

 一瞬の拮抗の後、大きく後ろへと吹き飛ばされるテスラ。

 着地した金時がマサカリを構え直し、口の端を大きく吊上げた。

 

「おう! そのまま頼むぜ、フォックス!」

 

「―――いえ、今のは不意打ちだから機能しただけですね。

 私の宝具は霧の影響を最小限に抑える程度だと思ってください、いやホント」

 

 常世の理を遮断する結界である宝具を起動しながら、玉藻は難しい顔で呟く。

 呪力を使い放題にする宝具を用いて彼女が行ったのは、気密を操作する呪術である。

 力尽くで霧を押し返した一瞬だけ彼の周りから霧が消えただけだ。

 このまま呪術を行使し続けても、結局霧は雪崩れ込んでくる。

 

「ほう! その気配は正しく旧き神話のもの。この私が不要と断ずる天の英雄のそれに違いない! だがしかし、ああしかし……なんと眩く、美しき女性か……っ!

 このニコラ・テスラ。世界を破滅に導く狂気に突き動かされてはいるが、貴婦人に対する礼節を忘れたわけではない。

 ここは戦地。オリエント薫る麗しき人よ、どうか巻き込まれぬように避難されるがいい」

 

「みこっ?」

 

 突然、紳士然とした振る舞いを見せるテスラ。

 その変調に面食らった玉藻が、巫女狐らしさをアピールする鳴き声を漏らした。

 

「避難しても世界が破滅したら変わらなくない?」

 

 呆れるようなジオウの声。それに対しておかしそうに笑うテスラ。

 彼の発言を聞いていたウォズが、小さく溜め息を吐いた。

 

「彼は狂気と口にした。どうやら黒いジャンヌがそうしたように、彼は他のクラスでありながら無理にバーサーカーとして召喚されたのだろう。恐らくは、バーサーク・アーチャー」

 

 その言葉を聞きながらジオウが金時たちの方を見て、その後テスラを……

 正確には彼の背後にある地下鉄の入り口の方へと目を向けた。

 彼がここにいて出てこない、ということは立香たちはまだ中なのだろう。

 恐らくMと呼ばれていたものに足止めされているのか。

 

「……ウォズ。頼みがあるんだけど、いいかな?」

 

「……我が魔王。私が断れないと知りながら、そういう言い方はするものではないよ」

 

「じゃあお願いね」

 

 ジオウが手を伸ばしウォズに押し付ける。

 その掌にあったものを見て、彼は眉を顰めた。

 が。もう言い返すような事はせずに受け取って、そのまま自分の周囲にストールを渦巻かせる。

 

 一瞬後には、そこからウォズの姿は完全に消失していた。

 

「……どうあれ」

 

 横でアレキサンダーが腕を振るう。

 その手にはいつの間にか手綱が握られて、魔力の渦とともに黒い巨体が出現する。

 跳び上がり、英霊馬たるブケファラスの巨躯に跨る少年王。

 

「玉藻の前が宝具を維持できている期間でなければ、まともに接近すらできない。

 速攻をしかけるしかないね―――行くよ、“始まりの蹂躙制覇(ブケファラス)”!!」

 

 彼がその言葉を言い切る前に、黒い馬身は走行を開始する。

 僅かに薄れた霧の中を強引に走破するブケファラスの巨体の上から、アレキサンダーはテスラを目掛けて剣を振るった。

 

 

 

 

 紫電とともに来臨せしめたサーヴァント。

 黒い馬に騎乗し、黒い全身鎧に包まれたその威容。

 竜を思わせる兜を纏った顔がゆっくりと、彼女が光来した地に現れた騎士に向かう。

 

「……アーサー王。己が国の危機に、貴方は何をなされている」

 

 全身を鎧に包んだのはその騎士、モードレッドも同じこと。

 彼女が知るアーサー王とはかけ離れた外見だが、あの王の威風を、己を貫いたあの槍の威光を、モードレッドが間違えるはずもなかった。

 黒い鎧は何も語らず、ただ馬の頭を彼女に対して向けさせる。

 王の愛馬、ラムレイがモードレッドに対して怒れるように一度嘶いた。

 

「はっ……オレとは、話す気もないってことかよ。

 乗せる相手を殺された馬の方がまだ反応が大きいぜ」

 

 モードレッドの手の中にアーサー王を貫いた剣、クラレントが現出する。

 言葉が不要だと言うのなら、彼女にはもう剣を振るう以外にはなかった。

 口を開くことを止め、王剣を手に駆け出すモードレッド。

 

 対し、黒き王はその場で手にした槍を横一閃に振り抜いていた。

 奔る疾風。嵐の王の纏う魔術、風王結界(インビジブル・エア)が破壊の風と化して周囲に荒れ狂う。

 赤雷を纏う弾丸と化したモードレッドが風の破城槌を力任せに突き抜けた。

 

「オォオオオ―――ッ!!」

 

「―――――」

 

 黒槍が引き戻され、迫りくるモードレッドに向けられる。

 赤雷と暴風が宙で激突し、周囲に破壊を振り撒いた。

 即座に王の腕が手綱を軽く引いた。王の指示に従い黒馬ラムレイが突進を開始。

 嵐の王と切り結んでいたモードレッドがそれに突き飛ばされ、大きく後ろに吹き飛ばされる。

 

「チィ――――!」

 

 宙に舞い上がった彼女を目掛け、黒槍が引き絞られる。

 その穂先に風の集約。風王結界が収束し、弾丸と化してモードレッドに向け放たれた。

 風王鉄槌(ストライク・エア)となり放出された一撃は、未だ空中にある叛逆の騎士を打ち砕くべく殺到し―――

 

「――――させん……!」

 

 周囲の風に干渉する魔術が僅かに風王鉄槌を逸らし、モードレッドを回避させた。

 掠めただけの風の弾丸に弾き飛ばされ地面に落ちた赤い騎士。

 彼女がすぐさま起き上がり、その下手人を睨みつける。

 

 ―――そこにいたのはロード・エルメロイ二世に他ならない。

 彼はモードレッドに睨み据えられていることも気に掛けず、嵐の王の方を見つめていた。

 黒い鎧の騎士の手の中にある黒い槍。

 色こそ彼の知るものとはかけ離れているが、間違いようもなくそれはロンゴミニアドだ。

 

「……やはりあの魔力、ロンゴミニアド……!」

 

「テメェ、あのモヤシの同類がオレの邪魔して何のつもりだ……!!」

 

 返答次第によってはまずお前から、という意志を隠さない声。

 その声に大きく顔を顰めた二世が額を押さえた。

 

「………私はあの魔力反応を追ってきただけだ。

 君が手を出すなというなら手は出すまい。ただし、君が勝ってくれるのならばだが」

 

「ふざけたこと抜かしてんじゃ―――ッ!」

 

「貴公は」

 

 激昂していたモードレッドが一瞬で押し黙る。

 そのまま彼女は目を見開いて嵐の王へと視線を向けた。

 対峙するアーサー王が身に着ける竜の兜。そこから微かに覗く、くすんだ金色の瞳。

 その金色が彼女の姿を無機質に見据えていた。

 

「貴公は何故、私の前に立った。

 かつて我らがロンディニウムと呼んだ街を、貴公はどうするためにここに来た」

 

「決、まってる……! オレは、オレ以外が王の国を蹂躙することを許さない……!

 人理焼却だか何だか知らないが、そんな事をアンタの国の上でやろうなんざ、他の誰が許してもこのオレが許さねぇ―――ただ、それだけだ……ッ!!」

 

「そうか」

 

 咄嗟に叫び返したモードレッドに、極めて平坦な答えが返る。

 黒き槍、“最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)”が蠢動して嵐を纏う。

 圧倒的な暴風が生む衝撃。それを彼女の下で受け止めるラムレイが、強く地面を踏み締めた。

 

「やはり貴公はその程度か」

 

 彼女が一度振り向いて、ロンドンの街の彼方。

 もう一つの巨大な魔力の渦。聖杯の所有者がいるだろう方向へと視線を向ける。

 数秒間そちらを見ていた彼女が顔を戻す。兜の下の無機質な金色の瞳は、僅かたりとも揺れることなくモードレッドの姿を捉えていた。

 

「この身は、魔霧と雷電を介し世界に響いたこの街の悲鳴を拾い上げしもの。

 その目的はこの街を襲う害悪の排除に他ならず―――故に」

 

 二世の顔が歪む。

 彼女は、未来の王である騎士王は、決着せぬ前に聖杯を宿した英霊に対するカウンターだったのだ。だからこそこのタイミングに召喚され、これほどに充足した魔力に満ちている。

 だがその騎士王でありながら嵐の王たる彼女は、モードレッドを見据えて槍を突き付けた。

 

「モードレッド卿、貴公はここで斃れろ。

 貴様を野放しにすることこそ、かつて我らが駆けた地上への害悪だ」

 

 そう言い放ち、彼女は手綱を引くとラムレイを走らせる。

 歯を食い縛りながら迎え撃つモードレッドとの間で、再び嵐と雷が激突した。

 

 

 

 

「―――いいさ、くれてやるよぉッ! “黄金鹿と嵐の夜(ゴールデン・ワイルドハント)”!!」

 

 ドレイクの叫びと同時、周囲の空間が軋みを上げてそこから無数の小舟が現れた。

 更に続く彼女の愛船、黄金の鹿号(ゴールデンハインド)

 フランシス・ドレイクの宝具たるワイルドハントの軍団は宙を舞い、一気にバルバトスの周囲を包むように展開してみせていた。

 

「ドレイク……っ!?」

 

「ハッ、簡単な勘定さね!」

 

 高まり続け、臨界に達したバルバトスの魔力が今にも解き放たれるという状況。

 その中で宝具を切った女海賊は、盛大に笑みを浮かべていた。

 

「――――焼却式 バルバトス」

 

 バルバトスが焼却を宣言し、その魔力を全て解き放った。

 全ての目の瞳孔が輝いて放たれる圧倒的な魔力の渦。

 それは魔神の周囲を取り囲む亡霊船と黄金の鹿号を吹き飛ばす。

 だが一英霊の宝具である船団を薙ぎ払ったからには、その威力は大きく減衰していた。

 

 洞窟を崩落させるほどの威力は、周囲の岸壁まで届かない。

 

「アタシの宝具(ふね)と引き換えに洞窟が崩れない、ってならこいつは儲けもんさ!

 さあ。二発目なんざ撃たせる余裕はないからねぇ、一気に行くよ!!」

 

 爆炎を上げながら墜落し、炎上する黄金の鹿号。

 それを横目に一瞥し、ドレイクはすぐさま魔神を見て銃を手にしていた。

 

 だがその有様を魔神柱バルバトスは嘲笑する。

 この場において唯一、彼を打倒し得る火力が彼女の船だったのだ。

 盾にされ炎上するその宝具では最早バルバトスは倒せない。

 

「愚かな、既に決着だ。その無知ゆえの愚かさが嘆かわしい。その愚かさゆえに、人類は我らが王に焼却されるのだと知るがいい―――」

 

 焼却式まで魔力を溜め込まずとも、彼の瞳の輝きは人間など十分に殺すに足る。

 無数の目が連続して光を放ち、マスターの前に立つ盾持ちに着弾。

 その場に光の柱が留まることなく立ち上る。

 彼の目や肉にドレイクの放った銃弾が当たり削られていくが、大したダメージにはならない。

 

「………全てを知るから、全てを嘆くって。そう、言ったよね」

 

 盾の後ろ、光の柱の陰。

 そこから、人類最後のマスターの片割れ。藤丸立香の声がする。

 バルバトスはその声に耳を傾けることもなく、いずれ限界を迎えるだろう盾持ちに対して攻撃を続けた。

 

「でも多分。全てを知っていたヒトが、自分にも知らないことがあったって言ってた」

 

 先の決戦。両儀式はアナザーダブルとしてジオウと戦い、そして消えていった。

 彼女が厳密に何であったのか、立香にそれはまったく分からない。

 けれど―――もしかしたら、あの魔神たちと同じような超常の存在だったのかもしれない、という想像には簡単に行きついた。

 

 そんな彼女は全てを知りながら無知を嘆き、新たに視た光景を喜んでいた。

 その光景が生じるこの世界を、地獄と称しながら楽しんでいた。

 だから、思う。

 

「貴方たちはただ、全てから目を逸らして嘆いてるだけじゃないの?」

 

「――――」

 

 ギチリ、と肉の柱が軋みをあげた。

 全ての眼球が強引に盾を睨み、その十字に割れた瞳孔の中に光を灯す。

 

 ―――焼却式 バルバトス。

 再び魔神の体内で爆発的に魔力が増大していく。今回は無秩序に破壊を振り撒くような使い方はしない。狙うは一点、藤丸立香とその前に立つマシュ・キリエライトだ。

 勝敗を決するならばこの洞穴を崩せばいい、と理解しつつもしかし。

 あの人間が吐いた言葉をそのままにしておく、という選択肢がそこに発生しなかった。

 

「―――マシュ!」

 

 連続使用になる上、明らかに先より威力を増しているだろう魔神の一撃。

 それを支えるために立香の手の甲から一画、令呪の赤い光が欠けていく。

 急速に魔力を充填されたマシュが、魔神を前に吼えた。

 

「はい……! 宝具、再度展開します―――!!」

 

 溢れかえる魔力の渦を前に、盾を構え直すマシュ。

 それに反応してか、キンキンと耳鳴りを起こすほどに荒れ狂うこの空間の大気。

 ぎょろり、と。魔神がいっそう目を剥いて立ちはだかる盾を睨んだ。

 

「焼却式 バルバトス――――!!」

 

「“疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”――――ッ!!」

 

 マシュの構えるラウンドシールドから光の盾が展開する。

 その光の盾に対し光芒が奔り、直後に爆炎がその場を完全に包み込んだ。

 

 炎の中で光の盾は消えない、凌がれたということだろう。だがそれだけ。仮に令呪を用いたとしても、防げるのはあと二回だけ。相手の矛たるフランシス・ドレイクの攻撃は意に介す必要もない。意識を向ける必要もない。

 彼はただ漫然と攻撃し続けるだけでさえ、勝利を得ることが叶う。

 

 そしてバルバトスは再度魔力の充填を開始する。

 再び焼却式を実行し、全ての意味なきものを灰燼に帰するために。

 

 先の焼却式が発生させた爆炎と粉塵が晴れていく。

 刻一刻と追い詰められ、反抗など無意味と理解せざるを得ない状況になっているだろう、その盾の向こう側にいるマスターをバルバトスの瞳は見据え―――

 

「なに……?」

 

 マシュの盾の後ろに、藤丸立香がいないことに気付いた。

 全ての目が盾に向かっていたが為。ドレイクなど気に掛ける必要などないと断じたため。

 彼は相手の動きを見逃していた。

 

「――――やれやれ。元は私のものなのだがね」

 

 代わりに盾の後ろにいたのは、本を抱えたコートの男。

 彼は何をするでもなくその場で肩を竦め、手にした本を軽く持ち上げる。

 

 宝具を解除したマシュがバルバトスへ向け走り出す。

 迫りくる少女の姿に魔神の目が光り、爆炎を彼女の周囲にばら撒いた。

 足を止めて盾でその攻撃を受け止めるマシュ。

 

 そちらに半分の視線を割きながら、残る瞳でこの空洞の中に視線を巡らせる。

 

「小癪な……」

 

 果たして彼女は、すぐに発見できた。

 無駄な銃撃を続けるドレイクの傍で、()()()()()()()()()()姿()

 サーヴァントの銃撃さえも効かぬ魔神の身。特殊能力を有する常磐ソウゴならいざ知らず、ただの人間である藤丸立香が持てる銃に一体何が出来ると言う。

 

 バルバトスの視線の半分が立香に向かい、魔力の充填もそこそこに攻撃を放とうとし―――

 

〈エクシードチャージ〉

 

「―――ここ!」

 

 せいぜいが拳銃程度のサイズの武器から、赤い銃弾がバルバトスに放たれた。

 防ぐ理由も見い出せず、その攻撃に対応することもしない。

 故にそれは魔神の巨体から外れる筈もなく、いとも簡単に直撃して―――

 

 魔神の体を赤い光で覆い、その動きを静止させた。

 

「な、んだと……!?」

 

 予想外の性能に言葉を詰まらせるバルバトス。

 だが止められるのは恐らくほんの数秒だろう。しかし、それで十分。

 マシュが攻撃が止んだ瞬間に疾走を開始し、孤立した立香の前まで走り抜ける。

 

 ドレイクは即座に後ろに跳び退り、炎上する船に飛び乗っていた。

 彼女の手が伸ばされるのは、黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の正面に設けられた大砲。

 それを力任せに引きずり出し、肩に担ぐように持ち上げてみせる。

 

「生身じゃこうはいかないだろうけどねぇ、サーヴァントならこういう使い方も出来るってわけさ!」

 

 キャプテン・ドレイクが担いだ大砲に魔力が集う。

 その僅かなチャージ時間を惜しむため、立香の手から二画目の令呪が消えていく。

 一瞬で充填を完了した魔力砲を放つべく、ドレイクが船首を踏み締めた。

 サーヴァントの力で強引に反動を相殺するパワープレイ。

 

「オ、オォオオオオオォ―――ッ!!」

 

 一体その咆哮に乗せられた感情は何なのか。

 バルバトスが封印されているにも関わらず、肉の柱である体を大きく揺すった。

 サーヴァントでさえもあと1秒は縛れただろう、と言えるだけの拘束力。

 それを力任せに、力尽くで粉砕する。

 

 相手の猶予だった筈のその1秒を使い、バルバトスはドレイクの足元に視線を向けた。

 魔力を高める時間はない。ドレイクを直接狙っても、撃ち合いになれば敗北するのはこちらだろう。ならば既に崩壊寸前である彼女の足場、黄金の鹿号を狙えばいい。

 あの砲から光線と化した魔力が放たれれば、大きくバルバトスは大きく肉体を削られるだろう。だが撃ち始めた瞬間だけ直撃することを覚悟して足場を狙えば、砲撃は継続出来ずドレイクではバルバトスを倒し切れない。

 

 想像より早い復帰に焦ったか、藤丸立香がその攻撃を防がせるべくマシュ・キリエライトに指示を飛ばそうとするが―――遅い。

 

「―――ッ!!!」

 

 ドレイクの抱えた大砲が爆炎とともに光線を吐いた。

 反動で潰されそうなほどの衝撃を受けながら、しかしドレイクは耐えてみせる。

 その光線がバルバトスに突き刺さる、その直前。

 

「お前たちには、無理だ――――!!」

 

 バルバトスの視線が光り、黄金の鹿号を破砕せんと迸り―――

 

 船とバルバトスの間に巨大な本が突如現れ、その視線を遮った。

 魔神の凝視が起こす魔力による破壊は本に塞き止められ、船まで届くことはない。

 

「――――ッ!?」

 

 突然の光景に混乱するバルバトスの体に、ドレイクが放つ砲撃が突き刺さった。

 表面の肉を、目を、蒸発させていく魔力砲の一撃。

 砲撃の反動だけでも船は崩壊を始めたが、それより先にバルバトスの体が限界を迎えるだろうことは疑いようがない。蒸発していく肉体を感じながら、潰れていない目が蠢いて周囲を見回す。

 

 その蠢動する目たちの前で巨大化させた本―――

 『逢魔降臨暦』を元に戻して手の中に収め、その表紙の汚れを払うように叩く。

 そうして、ウォズは魔神を見据えながら仕方なさそうに肩を竦めた。

 

「我が魔王から頼まれた以上は、負けてもらっては私の信用に関わるのでね」

 

「オ―――オォオオオォオオォォォォォ………ッ!?」

 

 崩れ落ちていく魔神の体。それは蒸発し、金色の光となって消えていく。

 砲撃に撃ち抜かれた肉の柱はその大部分を消失していた。

 

 ドレイクの行った砲撃の反動に耐え切れず、遂に黄金の鹿号(ゴールデンハインド)もまた崩壊。

 大砲を放り捨てたドレイクが、残骸と化して魔力に還っていく船を背に着地する。

 そんな彼女に対し、立香が声をかけた。

 

「ありがとう、ドレイク」

 

「―――ま、必要経費さ。とりあえずはこれで……」

 

 一部だけ残った肉の柱と、そこに開いた幾つかの目。

 黒ずんだ目は光を映しておらず、機能は停止しているように見えた。

 

「魔神バルバトス、撃破……でいいのでしょうか」

 

 身構えたまま少しのあいだ様子を窺うが、魔神が再び動き出すことはなかった。

 風に浚われるように残った部分も光となって消えていくバルバトス。

 消失を開始した魔神の姿を見て、立香は出口へと振り返る。

 

「……うん。急ごう、まだ終わってないだろうから」

 

 ―――管制室は消灯し、その機能を停止する。

 知るが故に嘆いた過去と未来をよく知る悪魔は霧の中に還るよう、その場で溶けて消え去った。

 

 

 




 
 管制室、消灯。じゃあ俺、次は羽狩りにフォルネウス行くから…

 残るはテスラとアルトリア。
 ライトニング(Lightning)とロンゴミニアド(Rhongomyniad)
 LとR、左と右が最後に立ちはだかる決戦です。
 ビーストかな? …ビーストもいるやん!
 


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Lの輝く街/神話を超えるのは1943

 

 

 

 活性魔霧による捕食を免れたとして、それでニコラ・テスラの出力が落ちるわけではない。

 そして今の彼の出力は、多数のサーヴァントを同時に相手取りながらなお、優勢を誇れるだけのものだった。

 

 疾走するブケファラスの周囲に分身した手裏剣型の車輪が舞う。

 テスラが放つ雷光に迎撃され消えていくのはミッドナイトシャドー。

 だがそれを盾にすることで、アレキサンダーたちの疾走は敵へと届いた。

 

「ハァアア―――ッ!」

 

「ははははは!」

 

 大地を裂くように迸る雷電の柱。

 それを見極め走り抜けるブケファラスの上から、スパタによる剣閃が放たれる。

 機械グローブを装着したテスラの右腕がその一撃を受けて弾かれた。

 

 馬の疾走の後に続き、金時がマサカリを振り上げながら跳んだ。

 作らせた隙に差し込まれる豪腕から繰り出される一撃。

 

「オォオオオオ―――ッ!」

 

「二度も三度も同じ攻撃を受ける私ではないぞ、Mr.ゴールデン。

 何故ならばこの私、ニコラ・テスラは―――天才であるがゆえにな!!」

 

 余裕を僅かばかりも崩すことなく、笑みを浮かべるテスラ。

 溢れだす雷電が更に勢いを増して、雷光纏うマサカリの一撃に対して電撃が叩き付けられた。

 金時は微かに苦悶を交えた声を漏らしつつ、しかし何とか踏み止まる。

 押し返される彼のその背中にジオウの声が飛んだ。

 

「金時、投げて!」

 

「あァン!?」

 

 金時が怒鳴るように聞き返すと同時、彼のすぐ横に車輪が一つ飛んでくる。

 その声を聞いたアレキサンダーが剣に雷を纏い、金時を襲う雷撃に無理矢理割り込んだ。

 庇われた金時が飛んできた車輪に目を向ければ、その輪の先に別の空間が見えた。

 それを見て何をする気か理解した彼が、マサカリを全力で投擲する姿勢に入る。

 

「だったらこいつはどうだ、Mr.ライトニング!」

 

 投げ放たれたマサカリが車輪―――ディメンションキャブに呑み込まれ、そこから消える。

 タイヤ一つ分のワームホールの開く先は、テスラの背後。

 投擲されたマサカリは回転しながらそこから出現し、そのまま彼を目掛けて殺到。

 

「ぬぅ……!?」

 

 マサカリが消えた瞬間にその手の攻撃だ、と理解したか。

 テスラの反応は迅速極まりなかった。

 

 即座にアレキサンダーが受け止めている攻撃を打ち切り、周囲に注意を巡らせる。

 背後から来る、とすぐさま察知した彼は横へと跳んでいた。

 その直後に、マサカリは直前までテスラが立っていた場所を通り過ぎていく。

 

 だが咄嗟の回避に体勢を崩したテスラの上に、別の車輪が飛んでいた。

 金と黒、二色の車輪はその場で回転すると重力場を発生させる。

 ローリングラビティの生み出す力場がテスラに膝を折らせ、腕を地面に着けさせた。

 

「今……っ!」

 

 続けてライトブルーの車輪を打ち上げ、地面を這わせるように凍気を噴き出した。

 ロードウィンターの放つ冷気が地面ごとテスラの四肢を凍らせ、動きを封じる。

 正面から飛び込んできたマサカリを掴み取った勢いのまま、金時はその得物を振り上げた。

 体を覆い始めた氷ごと彼を粉砕してみせる、という構え。

 

「マスター、ここで全力注ぎ込むぜ―――!!」

 

「ウウゥ……ッ!」

 

 やってやれ、と言っているのか。言葉にせず、唸るような声を上げるフラン。

 この状況で節電しろなどと言うはずもない。

 彼女は自身の能力で、薄れた霧を取り込んで発電と魔力変換を実行し続ける。

 

 黄金喰い(ゴールデンイーター)がその中にあるカートリッジを全て喰らい、吐き出した。

 薬莢が次々と排出され、石畳の上で甲高い金属音を響かせる。

 その金属音を掻き消す轟音と共に、マサカリが雷霆を纏う刃と化す。

 自身の目前に現れた雷神たる赤龍の子、坂田金時が振り上げし神鳴る一撃。

 それを前に、ニコラ・テスラは破顔する。

 

「ハ――――ハハハハハハッ!! 正しく! その雷電の輝きこそ!

 この私が地上に齎した文明の灯りに他ならず―――!」

 

「オォオオオオ――――ッ!!」

 

 地面に伏せたテスラが、迫りくる金時を前に目を細めた。

 

「そして私が神より簒奪した権能に他ならぬ。

 故に私こそがこう名乗ろう―――“人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)”と!!」

 

 瞬間、その場から雷電が溢れた。

 だが金時は止まらない。どちらにせよ、彼の体勢は最悪の状態。

 雷電の壁さえもう強引に打ち抜いて決着まで漕ぎ着けられると判断したからこうしている。

 時間が経てば経つほど不利になるのはこちらなのだ。

 

 だからこそ彼は振り上げたマサカリで斬り込もうと―――

 

「――――下がりなさい!」

 

 耳を叩く必死ささえも感じさせる玉藻の前の声。

 しかし金時は今の体勢から止まれるはずもない。

 

 斬り込む彼の目の前の雷の柱は周囲の光景を削り取っていく。

 自身を封じる氷も。重力場を生成する車輪も。地面も。

 そして玉藻の前が宝具によって形成した結界さえも。

 

 空間すら灼き払い、次元断層を発生させる雷霆。

 それが玉藻の結界を引き裂いていた。

 となれば当然、その出力に任せて掃っていた活性魔霧が全て雪崩れ込んでくる。

 

 その中で二つの雷撃が激突。

 雷の化身、ニコラ・テスラから放たれる雷にマサカリが叩き付けられる。

 例えその一撃で消し飛ばされようとこの刃だけは届かせてみせる―――

 そうと考えながら踏み込んだ金時が―――即座に霧に霊核を喰われ、膝を落としていた。

 

「ぐっ、あ……ッ!?」

 

「―――致し方なし。我が宝具の真名を開帳せねば倒せぬほどに輝かしきゴールデン。

 だが私の全力の雷が解放されれば、そちらに魔霧を押し留める手段はない。

 純粋な力比べで捻じ伏せられぬことは残念に思うが……だがそれは、宝具を解放せねば私が負けていたが故と断言しよう。雷神の子よ、私が人に齎した文明の雷に敗れ去ること。人の世を切り拓いた英雄として、誇りに思いながら呑まれるがいい」

 

 自分が攻撃を放つことにさえ耐え切れていない状態の金時に向かう雷撃。

 その威力が更に増し、体勢を崩す彼を呑み込まんと殺到し―――

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

 その雷撃を一時停止させ、方向を曲げて逸らす標識がそこに浮かび上がっていた。

 マッハウォッチによるエネルギーで放った銃撃。

 それがテスラの雷霆を逸らすが、絶え間なく吐き出され続ける攻撃は標識の与える影響では止めきれない。

 

 一瞬だけ途切れた雷。その隙に金時の前へと踏み出したジオウがその場でマッハウォッチを放り、ビーストウォッチをジュウモードのジカンギレードに装填。同時にドライバーへと手を伸ばした。

 

〈フィニッシュタイム!〉

〈ヒッサツ! タイムブレーク!!〉

 

 ドライバーの操作を完了し、ジカンギレードにエネルギーを集約する。

 莫大な負荷に軋むジカンギレードを握り締め、ジオウはトリガーを引いた。

 その銃口から放たれるのは黄金の野獣と真紅のマシン。

 二つの巨大なエネルギーの塊が、同時に雷の氾濫に向けて放出される。

 

「無駄だ!」

 

 停止も方向転換も力尽くで突破し、全ての雷撃が再び迫る。

 次元を灼き切るほどの神秘的熱量。

 そこに牙を立てたキマイラが破裂し、雷光の壁に激突したトライドロンは拉げて折れた。

 

「ぐっ……!?」

 

 雷撃はそのまま突き進みジオウへと直撃する。

 ジカンギレードを放り出し両腕を交差させ、防御のために整える姿勢。

 そんな小細工など関係ないとばかりに、ジオウとその背後にいる金時が雷の津波に呑み込まれた。

 

「マスター!」

 

 活性魔霧に耐えられないだろうブケファラスを送還したアレキサンダー。

 その雷がまたも割り込もうとするが、まるで攻撃は通らない。

 出力を最大にした彼を中心に広がる魔霧は、最早近づかなくても雷神の神性の上からさえ魔力を貪り尽くそうと牙を剥く。

 

「ゥウ……!」

 

 周囲の環境を魔力に変えるフランもまた、吐き出し切れない余剰魔力に呻き声を上げて膝を落とした。

 気密の操作ではどうにもならない次元に至り、玉藻が苦渋の表情でフランの前に立つ。

 

「ははは、これ以上抵抗しないと言うのであればレディたちには手は出さないとも。

 しかし―――無論、雷神の系譜を逃がす気はないがね」

 

「それは良かった。こちらだって、ここで退くなんてないよ―――!」

 

 テスラの纏う雷霆に比べれば、まるで何も無いのと同じだ。

 それでもアレキサンダーは大神の雷をその身に纏い、刃を取って前を向いてみせた。

 まだ主従の繋がりは生きている。なら、ここから逆転を信じればいい。

 何故ならばそれこそが――――

 

 

 

 

 黒馬ラムレイの機動力の上に更に風王結界を纏った疾風の如き動き。

 ラムレイの蹄は地面ばかりか風を踏み締め、モードレッドを攻め立てる。

 

 大嵐そのものとさえ言えるロンゴミニアド。

 繰り出される槍の連撃は赤雷を引き剥がしながら、彼女の鎧に次々と傷を刻んでいく。

 クラレントの刃が槍を弾けば、風を足場にしたラムレイの脚が鉄槌の如く彼女を殴打する。

 

「っ……くぁッ……!」

 

 大きく弾かれたモードレッドが石畳を踵で削り取りながら地面を滑った。

 地に突き立てたクラレントでブレーキをかけ、その勢いを何とか殺す。

 兜の中で呼吸を荒くしながら、彼女は馬上にある漆黒の鎧を見上げてみせる。

 

 その竜の兜の中から僅かに覗く金色の瞳にはまるで変化はない。

 ただただ淡々と、彼女は街にとって悪と判断した敵を屠るために活動していた。

 

「今更だぜ……! このオレが、アンタの国を焼いたオレがこの街にとっての悪なんてなぁ!!」

 

 赤雷を迸らせ、地面から引き抜いたクラレントを手に疾走する。

 アーサー王が周囲に展開する風の守りを雷で切り裂き、一気に距離を詰め切った。

 刺突の構えで突撃してくる彼女を、大上段から振り下ろされる聖槍が迎撃。

 それに反応して斬り上げたクラレントの刃が、ロンゴミニアドと激突した。

 

「ああ、そうさ……!

 オレがこの街のために剣を執ったのは、気に食わなかったからだ……! オレ以外がアンタの国を踏み躙るのがな! それは叛逆の騎士であるオレの専売特許だ!」

 

 その体勢から剣を操り、上から叩き付けられた槍を地面へと受け流す。

 長大な聖槍の穂先が地面を粉砕する間にモードレッドが跳ぶ。

 だが彼女が跳んだ瞬間にラムレイがその首を振るっていた。

 鎧の上から馬の頭が直撃し、押し返されるモードレッド。

 

「ちぃッ……!」

 

「―――――聖槍、抜錨」

 

 瞬間、着地して地面を滑っていたモードレッドが唖然と目を見開いた。

 槍を引き戻して構え直したアーサー王の手の槍に嵐が渦巻いている。

 それは街一つを蹂躙してなお余るだろう破壊の力。

 彼女が降りてきたのはバッキンガム宮殿の直近だが、あの槍の攻撃範囲では当然ロンドン市街まで突き抜ける。それは無論、モードレッドの手にする剣もまた同じだが。

 

「どういうつもりだ、アーサー王……!?」

 

「―――救うべきものを救うべく王となったものにとって。

 目の前にしたものを救うため立ち上がるというのは、()()()()()に他ならない」

 

 彼女はそこまで口にして言葉を止めた。

 槍はまるでドリルのように各部が回転を始め、周囲の嵐を巻き込んでいく。

 嵐を圧縮したものを槍に番え、アーサー王は体の横へと槍を地面と水平に構えた。

 

「義務であるが故、特別な理由など要らぬ」

 

 それを前にして兜の下で歯を食い縛るモードレッド。

 その兜が展開し、彼女の素顔を霧の中に晒させる。

 

「……オレに王は務まらない、って話か? ……今更そんな話、聞くまでもねぇ!!」

 

 素顔を晒すと同時に吼え、“燦然と輝く王剣(クラレント)”の能力を解放する。

 それを前に何も言い返す事はなく、王は嵐を纏う槍を突き出した。

 

「――――“最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)”!!!」

 

 槍が圧縮した暴風を吐き出す。

 ただでさえ破壊の渦だった嵐は黒い光の槍に押し出され、光線染みた一撃に変わっていた。

 

 モードレッドはそれに対抗するべく赤い剣を振り上げている。

 魔力を与えられ展開し、血色の刀身を形成した“燦然と輝く王剣(クラレント)”の姿。

 それを振り下ろすと同時に叫ぶ、その一撃の銘。

 

「――――“我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)”!!!」

 

 赤雷とともに血色の魔力光が迸った。

 それは迫りくる暴風と激突して、千切れ飛びながら四散し始める。

 飛散する真紅の光がまるで血飛沫ように周囲に散っていく。

 

 その光景にモードレッドの表情が歪む。

 押し込まれていくのは当然のようにモードレッドの側だ。

 拮抗などと言えるほどの規模の衝突もなく、暴風の槍は血色の剣を貫き通した。

 

「ぐ、ぅ……なっ……!?」

 

 クラレントの光を突き破ってきた一撃。

 それを前にしていたはずのモードレッドは突然、足場が割れて地中に落とされた。

 

 地中で頭上から押し寄せる衝撃波を浴びながら、これをやっただろうエルメロイ二世がいるだろう方向を睨み付ける。

 

「あの、魔術師野郎……ッ!!」

 

 槍が放った黒い光を伴う暴風が宮殿外へと出る前に。

 その軌道上にまた暴風の壁が吹き荒れ、ロンゴミニアドの威風が進む軌道を押し上げた。

 街ではなくそのまま上空へと、霧を削り落としながら過ぎ去っていく聖槍の一撃。

 

 槍の穂先を下げたアーサー王が、地面から出てくるモードレッドを睥睨する。

 

「王であるならばそれは義務であり、騎士であるならば民を守る為に駆け回るのは職務だろう。

 ―――王でなく、騎士ですらなく。では貴公は何故この街を駆ける」

 

「……ハッ、オレは騎士ですらねぇってか……!」

 

 クラレントを杖替わりに立ち上がるモードレッド。

 そんな彼女の手の中の剣に視線を送るアーサー王はしかし、それには答えず口を噤んだまま、槍を再び振り上げていた。

 再びその一撃をモードレッドに対し放つため、ロンゴミニアドが嵐を巻き込み取り込んでいく。

 

 

 

 

 嵐を伴う黒い閃光が空に翔ける。

 霧の空さえ引き裂いて地上から空に向かって落ちる、黒く輝く一条の流れ星。

 それを感じ見上げていたテスラが感嘆の溜め息を漏らす。

 

「ほう……あれこそは黒く染まってはいるが、この星の輝きか。私が受け入れぬ神秘の領域の存在だが、しかしこうまで美しいと言うならば讃えるより他にない。

 恐らくはこの私を止める為に遣わされたサーヴァントのものと見た」

 

 玉藻もそれを見て顔を顰める。

 あれが放たれているということは、モードレッドは絶望的かもしれない。

 もっとも、今彼女の増援があったところでこの人類神話を止められるかと言うと怪しいが。

 

 ―――そして、雷撃に呑まれ吹き飛ばされ地面に這いつくばる二人。

 彼らも巻き上げられた砂塵と黒煙の中、その空に落ちる流れ星を見ていた。

 

「モードレッド、だな……」

 

 サングラスごしにも届く黒い光を見上げながら、それがあちらの決戦なのだと金時が口にする。

 

 ドライブアーマーは機能を停止し、ジオウ本体も既に限界寸前だ。

 先のフォーゼアーマーで受けたダメージも、ダブルアーマーで発揮したパワーも、全て受け止めるのは本体であるジオウであったが故に。

 だがだからと言って止まってはいられない。ウィザードウォッチを握ったジオウが、何とか身を起こそうともがき出す。

 

「あっちも、ピンチなんだとは思うけど……!」

 

 ウィザードアーマーが停止するほど追い込まれれば、更にモードレッドたちに供給する魔力すらも足りなくなる可能性が高い。だがもう、戦闘に耐えるアーマーに出来るウォッチは、これしか残っていなかった。

 

「―――よぉ、ソウゴ。ちぃとばっかし、相談に乗っちゃくれねぇか」

 

「え?」

 

 満身創痍。いや、金時に至っては霊基が霧に喰われ、完全に致命傷だ。

 そんな状態ながら笑みを浮かべる彼から声をかけられて、ソウゴは小さく首を傾げる。

 ―――そう言う金時の手の中には、彼が先の攻防でしまっている時間も惜しいとばかりに放り投げたマッハのウォッチが握られていた。

 

 

 アレキサンダーに差し向ける雷撃を充電しながら、空を見上げるテスラ。

 少年王の放つ雷撃は相手に届くこともなく、そのエネルギー量の差にただただ無為に灼け落ちていく。ただ立っているだけでも削り落とされていく魔力に顔を歪めながら、それでも彼は攻撃を続行する。

 

「さて、私には次の相手が待っているようだ。そちらに向かう必要もある……

 そろそろ決着と行こうでは……」

 

 その彼の最後の抵抗を全力で捻じ伏せるため、テスラは右腕を天へと掲げてみせる。

 

 瞬間。雷撃で吹き飛ばした金時が、黒煙を突き破りながら現れていた。

 未だに赤熱するマサカリを片手にテスラに向かって疾走する巨躯。

 それを前にして、テスラが眉を顰める。

 

「なに……?」

 

「マスター! 回せるだけの魔力、全部オレっちに回しな!

 こいつが正真正銘、最後の“黄金衝撃(ゴールデンスパーク)”だ!!」

 

 反射的にフランが有り余る魔力を金時に回す。

 既にカートリッジは撃ち尽くし、直接魔力と雷を喰わせて起動するしかない。

 

 カートリッジを全て使い込んだ先程の一撃に届かない。

 が、それでも。振り上げた刃に限界まで高めた雷電を纏い、彼はアレキサンダーに向き直っていたテスラを強襲した。

 即座に人類の神話たる雷霆が金時の方へと差し向けられた。

 テスラの至近まで迫ることも出来ず、途中で迎撃される金時が最後と称したマサカリの一撃。

 

「既に霊基は半壊しているはず。何故未だに動き、宝具まで使えるのか。興味深いところではあるが、しかしだからこそ手加減して生かすような真似はすまい。

 “人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)”――――!!」

 

 雷霆の波に押し戻され、そして呑み込まれて流される金時の姿。

 その雷光の中にいて、金時は小さく口元を吊り上げて笑った。

 最後に雷の海の中で思い切り叩き付けられた“黄金衝撃(ゴールデンスパーク)”が炸裂し、テスラの放つ雷電が大きく分断され―――

 

 その中から2()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「変身、だぜ……!!」

 

「なんだと―――?」

 

 マサカリが割ったテスラの雷の中から姿を見せたのは、今までと明らかに服装が違う金時の姿。

 黒いジャケット姿に変わった彼はそのままバイクを全力で走らせていた。

 それが今の彼の宝具であるということに疑いはない。

 

 一瞬呆けたテスラがしかし、すぐさま雷を送り込む。

 “人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)”に陰りはない。例え相手が多少変わろうが、問題なく捻じ伏せるだけのパワーがそこにはあるのだから。

 一方、霊基の変換を成し遂げた金時がその状態で冷や汗を流す。スピード、というより助走距離が足りない。彼の宝具は疾走した距離に応じて電力が上がるゴールデンベアー号。

 今正面からテスラの雷撃と正面からぶつかれば―――

 

「だからっつって退けねぇよなぁ! 南無八幡―――ッ!!」

 

 そう叫んだ加速中の彼の背中に、何かが跳んできて捕まった感触。

 振り向く暇もないが、恐らくそれは―――

 

「マスター!? 何やってやがる、危ねぇぞ!!」

 

「ゥウ……!」

 

 バイクの後ろに飛び乗ったフランは片手で金時にしがみ付きながら、もう片手には彼女の心臓たる動力炉を抱えている。

 唸り声でしかない彼女の意思表示を確かに受け取り、頬を引き攣らせる金時。

 だが彼はすぐに腹をくくり、バイクの加速を全開にした。

 

「………っ! ああ……なら、相乗りしてもらうぜマスター!!」

 

「ウゥ―――ッ!」

 

 雷の津波に正面から駆け込んでいく二人を乗せたバイク。

 その後ろで自身の心臓を掲げ、フランは咽喉の奥から声を絞り出していた。

 

「“乙女の貞節(ブライダル・チェスト)”――――ッ!!」

 

 己の肉体、そして心臓を最大限に稼働させてテスラの雷霆を吸収する。

 だが如何に彼女が優れた人造人間であっても、これほどの雷を受け止めればすぐさま限界だ。

 それでも吸収した力を即座に金時に流し、なおも吸収を続ける。

 

「ウ、グゥ………ッ! ナァアアアアア――――アオゥ!!!」

 

 マスターから回され続ける魔力を全てベアー号に。

 テスラの攻撃すらも動力に変え、彼らは雷を纏いながら走り抜ける。

 

「チャージアップだ、オラァッ!!!」

 

 ゴールデンベアー号の能力の限界を超えた魔力処理。

 それは悲鳴が如きエグゾーストノイズを撒き散らしながら、黄金の龍を思わせる雷霆と化す。

 

 テスラの雷霆へと正面切って激突し、それを喰い破りながら彼へ向かって殺到する。

 

「ベアハウリング……! “夜狼死九(ゴールデンドライブ)―――――ッ!!!」

 

「ぬッ、おぉおおおッ―――!?」

 

 初めて、テスラの表情が意表をつかれたかのような驚愕に染まる。

 彼は右腕を前に出し全電力でもって黄金の龍を塞き止めた。

 この期に及んでなお、魔霧が龍の体を削り落としていく。

 だが周囲の霧を逆に喰らうフランによって魔力はまた金時に還り、削られた部分の補修のために消費される。

 

「魔霧さえも取り込むレディはまだしも、最活性状態の魔霧の中で戦えるかMr.ゴールデン!

 ―――いや、そうか。あの人類に残されたマスター……! 彼のデバイスを砕けた霊基に融合させたか! その影響でクラスが変わるほどに霊基が変化を……

 なるほど、純粋な霊体でなくなれば魔霧では喰らうことはできまい!!」

 

「ご明察だ、Mr.ライトニング……! あんな状況で大人しく死んでられないんでよォッ!!」

 

 テスラの雷撃に牙を剥く雷の龍と化したモンスターバイク。

 それを受け止めながらテスラの表情は愉快そうに笑みを浮かべた。

 

「では決着をつけようか! 神の雷と! 人の雷! この世界に轟くのはどちらか―――」

 

「生憎だが、んなもんどっちでもいい。オレを今動かしてんのは神鳴りでも何でもねぇ。

 オレの背を押す……子供の声援って奴だ―――ッ!!!」

 

 必死にしがみ付く少女の腕を感じながら、金時が吼えた。

 その声に応えるべくゴールデンベアー号が幾度超えたかも定かではない限界をまた超える。

 雷の龍がその牙でテスラの雷を喰い破るべく更に苛烈に攻め立てた。

 それを前に目を見開いたテスラが、その場で泰然と構え直す。

 

「―――そうか、では決着だ。勝者は常に……神話を踏み越えた、人の英雄であるべきだ。

 故に、人類神話を踏み越えた……!」

 

 雷電の渦を龍が粉砕した。

 そのまま龍の顎となるバイクの疾走がテスラを捉える。

 雷神の雷、少女の雷、その少女が取り込んだ人類神話の雷。

 全てがない交ぜになった雷の龍が、星の開拓者を呑み込んだ。

 

「君たちが勝者だ――――人の英雄!!!」

 

 雷光を引きずりながら疾走するベアー号。

 それに打ち砕かれしかし、テスラは勝者を讃えながら消滅していった。

 

 限界なぞ超え尽くして最早何が限界なのか分からないようなベアー号が動きを止める。

 その黒煙を噴き上げる車体を撫でながら、決着を感じた金時は呟いた。

 

「―――黄金疾走(グッドナイト)”……!」

 

「……宝具の真名、後で言うんです? というかそれが真名でいいんです?」

 

 そんな金太郎の破天荒さに呆れるように、玉藻は気が抜けたように大きく溜め息を吐いた。

 ぐったりとするフランを受け止めながら彼女はテスラが消えた場所に目を向ける

 ―――超級の魔力炉心である聖杯だけが、その場には残されていた。

 

 

 




 
後で言うんだ…
 


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真犯人G/嵐の王と叛逆の騎士1888

 

 

 

 アタランテに抱えられたオルガマリーとアンデルセン。

 霧の中で疾風の如く走るサーヴァントのスピードに身を竦めながら、彼女たちは地下鉄へ向かっていた。

 

「エルメロイのロードが知っていたのは幸運だったな。

 おかげでおおよそは繋がった、と見ていい」

 

 抱えられたアンデルセンが鼻を鳴らす。

 それを横目にしながら、アタランテがスピードを緩めぬまま問いかける。

 

「―――奴が知っていた、というとマキリという男の話か?」

 

「ああ。聖杯戦争というシステムに、英霊召喚という形式を選んだ男。

 つまり奴は聖杯戦争関係無しに、元から英霊召喚という大魔術に理解があったということだ」

 

 知っていたからこそ儀式の根幹を成すものとして、アインツベルンと遠坂。両家にそのシステムを提案することが出来たということだ。

 身を竦めていたオルガマリーがその事実に対し眉を顰める。

 

「儀式『聖杯戦争』と、儀式『英霊召喚』は本来は別物……いえ、聖杯戦争に元の英霊召喚を模したシステムが組み込まれていた、ということ……」

 

「『聖杯戦争』における英霊召喚は七騎のサーヴァントを競わせ、最終的に全てを退場させて根源への路を繋げるためのもの。まあ、根源に繋げようと思わなければ最後の一騎が願いを叶えるようなこともできるだろうが、始まりの発想はそこにある。マキリが根源を目指していたかどうかは……まあ、オレの口から語ることではあるまい」

 

 疾走の中で抱えられながら、器用に肩を竦めてみせるアンデルセン。

 

「そして『英霊召喚』は真逆。一つの脅威に対し七つの英霊をぶつける総力戦だ。

 人類史に刻まれた情報たる英霊の中から、最上たるものを選出し全てを乗せて現界させる。

 この世界における、人の歴史の代表選抜チームというわけだ」

 

「……そういう儀式がある、というのはいい。だがそれが何の……?」

 

 問いかけるアタランテに、これだからアホはと言わんばかりの表情を浮かべるアンデルセン。

 彼女の手が一瞬、この男を放り捨ててやろうか悩むように動いた。

 

「言っただろう、()()だと。いちいち細かいところを気にしなければ、聖杯戦争に呼ばれるサーヴァントの霊基というのは、英霊を特定のクラスに押し込めることで再現を可能にするものだ。

 だが儀式『英霊召喚』により召喚されるものは違う。そのクラスにおいて最高峰と認知された英霊を、脅威に対抗すべく人類の全てを懸けて抑止力として送り出すもの」

 

「抑止力……」

 

「恐らく―――だから、なのね」

 

 呟くオルガマリーの声。それを拾ったアタランテは彼女を見る。

 彼女は酷いくらいに渋い顔をして、前を見据えていた。

 

「マキリは、それを知っていた。儀式『聖杯戦争』に儀式『英霊召喚』を持ち込むほどには英霊というシステムのことを理解していた彼は、相手が抑止の守護者たる七騎のうちの一つだと、理解できてしまった。

 その抑止の守護者こそが人類史を焼却するものなのだと、人類を諦めざるを得なかった」

 

「なんだ、お前もそれを知って諦めるのか?」

 

「そんなわけないでしょ!」

 

 からかうようなアンデルセンの声。

 それをきつく睨み返しながら、オルガマリーは彼を怒鳴りつけた。

 

「とにかく! 恐らくバベッジがホームズを経由してまで私たちに残してくれた情報は回収できた! 後はこの特異点を作る聖杯を回収するだけよ!」

 

 マスターの叫びに対して首を傾げるアタランテ。

 結局のところ探偵と呼ばれる彼は何をしたのだろうか、と。

 

「―――まあ、先にあの書庫に入っていたのだろうよ。あの探偵は。

 あからさまにオレたちが求める情報が書かれた本が前に置かれていたからな。

 あの細工が無ければ情報の回収は間に合わなかったかもしれんぞ」

 

「………なるほどな」

 

 お前の疑問に思うところは分かり易い、とばかりに口にしていない疑問に解答を寄越すアンデルセン。彼を抱えた腕を思い切り上下に揺すり黙らせてから、彼女は小さく頷く。

 

 ―――その瞬間、空へ向かって嵐を伴う黒い光が突き抜けて行った。

 

 

 

 

「―――――“最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)”!!」

 

 容赦など微塵もなく、嵐の王は二度目の宝具解放を行っていた。

 もはや振り被っている暇もない、と。

 下から掬い上げるような軌道でクラレントを振り抜くモードレッド。

 

「“我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)”……ッ!!」

 

 ただでさえ出力で負けているというのに、貯蔵している魔力さえもこちらが負けている。

 クラレントの出力を上げきれず、歯噛みするモードレッド。

 ―――その、背後から。

 

「モードレッド!」

 

 令呪の魔力が彼女に届き、その魔力を一気に充足させていく。

 そんなことが出来るのは彼女のマスターだけ。

 聖槍の一撃を前に振り返る事などできはしないが、目を見張りながら彼女は叫んだ。

 

「お前っ……何しにきやがった―――!」

 

「次、俺と戦う時はぶっ殺すんでしょ。だったら負けてないでよねってこと!」

 

 あっけらかんとした声で、彼はそんな風にのたまう。

 一瞬呆けたモードレッドが舌打ちしながらクラレントに力を込めた。

 

 ロンゴミニアドの放つ黒い嵐と、クラレントの放つ赤い極光。

 二つの宝具が生み出す攻撃が僅かに拮抗する。

 

「――――ほう」

 

 その嵐の中で誰にも届かないくらいに小さく。少し、驚いたように王は声を漏らす。

 

 だがそれでも大勢は変わらない。

 赤雷を伴う光を切り裂き、黒い大嵐はまっすぐに突き進む。

 変わったのはその侵攻が数秒遅れた程度の話だ。

 互いの宝具が放つ光が激突する場所がじわじわと自分側に寄ってくる中、モードレッドがそれでも歯を食い縛り力を入れ続ける。

 

「―――じゃあ、頼んだよ。モードレッド!」

 

 そんな彼女の前で地面が割れ、目の前に石と土の壁が一気にせり上がってきた。

 

「なっ……!? てめ、」

 

 その瞬間にクラレントの光が打ち切られ、ロンゴミニアドの嵐が直進することを阻むものがなくなった。土の壁など、紙同然に貫いていく大嵐。

 

 砕けた壁の破片を四散する中、それに巻き込まれたジオウが地面に叩き付けられて転がった。

 彼が纏っていた赤い竜と宝石を象ったアーマー、ウィザードアーマーが力を失い消えていく。

 

 そのままぐったりと倒れ伏すジオウ。それを見たアーサー王が、竜の兜の中で目を細める。

 壁の向こうにいたのはジオウだけで、モードレッドがいない。そもそも彼はどうやって突然現れたのか。考えながらも突き抜けたロンゴミニアドの一撃を空へと向かうように逸らし、彼女は槍を構え直して―――

 

「オォオオオオオ――――ッ!!」

 

 頭上から強襲する、モードレッドの叫びを聞いた。

 槍を振り上げながら体を返すと、彼女が出現したのは空間の歪みからだ。

 つまり彼女のマスターが空間転移の魔術を行使した、ということ。

 彼自身がこの場に現れたのも、恐らく同じ手段だったのだろう。

 

 上から落雷の如く迫ってくるモードレッドに対し槍を突き上げる。

 例え転移で接近してきたところで、それだけで討ち取れるほど彼女は甘くは―――

 

「オォラァ――――ッ!!」

 

 瞬間、赤雷を纏った剣がアーサー王に放たれる。

 まだ距離はある。振り抜いたところで届くことないほどの距離が。

 だから、それはつまり。剣を投げた、ということだ。

 

 飛来する雷を纏うクラレントを咄嗟に槍で迎撃する。

 剣は弾かれ、そのまま彼女の背後に飛んでいく。だがそこで受けた衝撃で、僅かにロンゴミニアドが押し返された。

 その隙を突いて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――――」

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

 クラレントを放棄し、新たな剣を手にしているモードレッド。

 その姿に兜の下の王の目が、僅かに眇められた。

 青い光を纏う剣とともに、流星と化し天上から降る彼女に対し―――

 

 全力で体を捻り、クラレントに弾かれたロンゴミニアドの矛先を変えさせるラムレイ。

 彼女の手綱を引きながら騎士王は聖槍を握る腕に力を込める。

 嵐を纏う槍は再びモードレッドに向けられて、しかし。

 

〈ギリギリスラッシュ!〉

 

 その瞬間、モードレッドが青い光の球体に包まれ軌道を強引に捻じ曲げた。

 くの字の軌道を描き加速しながら落下する彼女が槍を潜り抜け騎士王の懐へ。

 

 ―――そのまま、突き出したジカンギレードがアーサー王の胸を貫いていた。

 即座に再び体を捻るラムレイに吹き飛ばされるモードレッド。

 だが彼女が放った剣は、黒い鎧を完全に貫いたままだ。

 怒りながら踏み込もうとしたラムレイを、手綱を握った王が止める。

 

「―――よい、落ち着け」

 

 心臓を貫かれながら、王の様子に乱れはない。

 地面に転がった叛逆の騎士を数秒眺めてから、弾かれ地面に突き刺さっているクラレントへと視線を向けた。

 起き上がる様子を見せたモードレッドに問いかける声。

 

「―――私を斬るのに、己の力で奪った剣ではなく、主から信じて託された剣を選んだことに理由はあるか?」

 

「………直感だよ、そうじゃなきゃ勝てないと思った」

 

 事実、メテオウォッチの力を帯びた剣でなければこの結末にはならなかっただろう。

 迎撃され、ロンゴミニアドがモードレッドを貫いていた筈だ。

 だが、と。兜の下で王は瞼を閉じる。

 

 もしクラレントを手に残していたとしても―――恐らくその刃は王に届いただろう。

 代わりにモードレッドも槍に貫かれることになっただろうが。

 そう、生前のあの最後の戦いの時のように。

 

 それを理解しているだろうモードレッドはしかし、王剣たるクラレントで斬ることには拘らずに勝利だけを見た。資格もなしに奪い去った剣でなく、主に恃まれた故に渡された剣を残した。

 であるならばそれは――――

 

「―――そうか。ならば、貴公はやはりその程度か」

 

 そう言って、黒き嵐の王は魔力に還っていく。

 彼女の体が消失すると同時、突き刺さっていたジカンギレードが地面に落ちる。

 

 ―――立ち上がったモードレッドが、その剣を拾い上げるために歩み寄った。

 

「……そうだよ。オレは、その程度で良かったんだ」

 

 欲しかったのは、王ではない。王である父上から賜りたかっただけ。

 規範である騎士王から、その王に最も近い騎士として―――

 

 小さく自嘲するように笑った彼女が、ギレードを拾い上げてジオウに投げる。

 彼もまた立ち上がっていて、その剣を確かに受け止めた。

 

「……いいの?」

 

「何がだよ」

 

 そのまま彼女は地面に突き刺さったクラレントに向き直り、一息に引き抜いた。

 動作するたびにいちいち満身創痍の鎧はギシギシと悲鳴を上げる。

 それに軽く溜め息を落としつつ、土を払うように剣を一振り。

 

「言っとくけどな。お前の剣を使ったのは、あの場はそうじゃなきゃ勝てなかったからだ。

 オレの剣はこいつだ。こいつこそが―――オレが父上を斬ったという、二度と拭えないオレの誇りだ」

 

「そっか」

 

 ソウゴがドライバーを外し、変身を解除する。

 そこで彼もいい加減体力が尽きたのか、地面に転がった。

 彼女は血塗られた王剣を手に、霧の晴れ始めた空を見上げながら小さく呟く。

 

「……オレは王じゃない。王になりたいわけでもない。

 ただ、王の騎士ではいたかった……そのくせ、王の騎士ですらなくなった叛逆の騎士。

 それでいいんだ」

 

「……感傷に浸るのはいいがね、霧が晴れ始めたということは人間が活動できるようになるということだ。いい加減ここから逃げないと、時代の修正が始まる前に逮捕されることになるぞ」

 

 寝転んだソウゴに回復させるため魔術を行使しながら、二世はモードレッドにそんなことを言い出す。

 その言葉を鼻で笑った彼女は、地下鉄の方に向かって歩き出した。

 

「スコットランドヤードが全滅してんだ、へーきだろーよ。それどころじゃないさ」

 

 溜め息一つ。

 それに続くためにソウゴに肩を貸しながら、彼らも歩みを開始するのであった。

 

 

 

 

 地下鉄の入口は雷電により溶解し、それはもう酷い状態であった。

 ちょうど入口すぐで戦闘を行った結果である。

 そこを走り抜けて外に出た立香たちが見たのは、雷撃で焼き払われた広場の様子。

 

「皆、大丈夫?」

 

 いつの間にか着替えて黒ジャケットになっている金時が片手を挙げてひらひらと振る。

 そんな彼を見たウォズが眉を顰め、上から下までじろじろと見回した。

 

「……何だよ?」

 

「ふぅ……我が魔王にも困ったものだ。ウォッチをそのように使うなんてね。

 きっちりと帰還する前に回収してもらわなければならないようだ」

 

 嫌味な言葉に溜め息を返し、金時は己の金髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。

 そして指で軽く胸を叩きながらウォズを見て言い返す。

 

「わーってるよ、きっちり返すって。だがそりゃ別れの挨拶くらい済ませてからだ。霊基とがっつりくっついちまったこれを引き抜けば、オレはすぐ消滅しちまうだろうからな」

 

「ならば私から言う事は何もないよ」

 

 ウォズのそんな態度に唇を尖らせる金時。

 霊基と融合しているウォッチを引き抜けば、その霊基は無事では済まない。

 ジキルを見るに肉体のあるものが使う分には命に別状はないが、確固たる肉を持たない霊体でしかないサーヴァントは影響を受けすぎてしまうのだろう。

 結果、一度くっついたからには切り離せば崩壊するというわけだ。

 

 そんな彼らを横目で見ながら、アレキサンダーが宙に浮く水晶体を眺めている。

 言われるまでもなくそれが聖杯だと理解したマシュが、盾を手に歩み寄っていく。

 

「アレキサンダーさん、盾に聖杯を回収します」

 

「ん。いいと言えばいいけど……いいのかい?

 これを君たちの手で回収すれば時代の修復が始まるだろう。

 そうなればもう挨拶回りをする余裕はないけれど」

 

 一歩踏み出そうとした彼女に対し、アレキサンダーは片目を瞑りながら問いかける。

 今金時が言っていた挨拶のこともあるし、出来ればジキルの容態を確認しておきたい。

 それにまだ所長たちの調べものが終わっていない可能性もある。

 

「……そう、ですね……ドクター、所長とソウゴさんは今……?」

 

『……ちょっと待ってくれ、霧も晴れ始めたしきっとすぐに―――あれ?

 何だろ、これ。計器の出す数字が……? 霧があった時よりもおかしくないか、これ。

 レオナルド、悪いけど……』

 

 瞬間、世界が啼いた。

 

「―――――ッ!!!」

 

 その場で起こる風切り音さえも世界が軋む悲鳴が如く。

 一秒前までの世界と、今の世界では何もかもが変わっていた。

 

 気を抜いていた全てのサーヴァントたちが、即座に戦闘態勢に入る。

 同時に肌が泡立つような感覚を覚えた立香が叫ぶ。

 

「マシュ! 聖杯を!! ドクター、レイシフトの準備を!!」

 

「――――はいっ!!」

 

『あ、ああ……! 何だい、どうか―――な、んだこの数値……! 何が……!?』

 

 すぐさま聖杯を盾に回収するマシュ。これで時代の修復が始まる筈だ。

 唖然としていたロマニもすぐさまレイシフトの準備に入る。

 更地となったロンドンの広場の一角に、一人の男が出現していた。

 

「―――魔元帥ジル・ド・レェ。帝国神祖ロムルス。英雄間者イアソン。

 そして神域碩学ニコラ・テスラ。まさか、揃いも揃って小間使いにさえならぬとは。

 興が醒めるとはこのことだ。―――やはり人間というものは、時代(とき)を重ねるごとに劣化していく存在。もはや何も見るべきものはないという判断に誤りは無かったか」

 

 灰色の髪に、褐色の灼けた肌。

 彼がそこで何をしているというわけでもない。

 だというのに理解できる。これは、まともな存在ではないという事実が。

 

 何にも意義を見出していないかのような瞳で周囲を見回すと、彼はマシュへと目を向けた。

 聖杯を盾に収容しながら身を竦ませる少女。

 

「――――無様な。既に人類史は滅びているというのに。

 滅びた時間からつま弾きにされたが故、取り残されたカルデアという小舟。

 何故そのように足掻く。その足掻きは無益であり、傍から見れば無惨なまでに滑稽だ」

 

「あな、たは……!?」

 

「それ以上直視するな嬢ちゃん、呑み込まれるぞ!!」

 

 叫び、金時がすぐさまバイクを呼び出していた。

 二コラ・テスラさえ撃破した車体がエンジン音を轟かせ、全力で加速して―――

 ふい、と。男が手を翳した瞬間に、金時がその場で消滅していた。

 

 カチャン、と彼の霊基と融合していたはずのウォッチが地面に落ちて乾いた音を立てる。

 

「―――――え?」

 

 その惚けたような声は、一体誰の口から出たものだったか。

 ついさっきまで戦闘を行い、神域の存在さえ撃破した坂田金時が―――

 一つの言葉も残せぬまま、ただ当たり前のように掻き消されていた。

 

「馬鹿か。おまえ程度では私に刃向かうことさえ出来ない。

 ()()()()()()()()()()という話だ。分を弁えろ、サーヴァント」

 

 即座にウォズのストールが伸び、落ちて転がったマッハのウォッチを回収する。

 その光景を見た男の視線がウォズに向かった。

 

「あらゆる未来を見通す我が千里眼。定められた時間上に存在するものは、全て我が視界の内……例外は時間軸上から外れたカルデアのような環境だけだ。だというのに、貴様の姿は我が千里眼の外か。元より通常の時間軸から外れた身か、或いは……」

 

 そこまで語った彼がふと黙り込み、瞑目した。

 回収したウォッチを手にしながらウォズはその男を静かに見据えている。

 やがて彼は小さく笑うと、その目を開く。

 

「些末なことか。どちらにせよ、な」

 

 その瞬間、玉藻が前に踏み出していた。

 彼女の周囲を浮遊していた宝具たる鏡を前に突き出して、男の振るう腕が放つ衝撃を防ぐ。

 だがそのままあっさりと霊基が打ち砕かれ、彼女は退去を開始する。

 

「……っ! やはり一尾ではあれには……届きません、ね……!」

 

「玉藻……っ!」

 

「ゥウ……!」

 

 膝を落とした彼女は、そのまま黄金の魔力に還って風に消える。

 消耗していたとはいえサーヴァント二騎をまるで何事もないように消滅させた男。

 彼はゆっくりと立香に目を向ける。その目に見入られた彼女の足が、思わず一歩退いた。

 

「―――脆弱な存在だ。そら、どうした。背を向けて逃げたらどうだ?

 特別に許そう。逃げると言うのなら追わぬと約束しようとも。

 無様に、惨めに、今まで聖杯を降ろした特異点を攻略してきたように、みっともなく生き足掻いてみせないのか?」

 

「っ、何を……!」

 

「既に決定した滅びを拒絶するために特異点を攻略してきたのだろう?

 それは、けして逆らえぬ絶対の存在に背を向けて逃げ出すことと何が違う。

 どちらも等しく―――ただの“滅亡からの逃避”に違いあるまい」

 

 アレキサンダーとドレイクが立香の前に出る。

 だがどうすればいいのかも分からない。あれは、サーヴァントがどうにか出来るものだと思えない。この感覚は一体何か。それを―――

 

「――――滅亡からの逃避だと? 人の世の王だったものが人間に対してそんな言葉を語るとは、アホらしすぎて筆も止まる」

 

 その言葉に反応し、男は空を見上げる。

 神速でもって落ちてくる緑の狩人。その脇に抱えられた少年は、男を正面から見据えていた。

 すぐさま放り出された彼は自分の足で立ち、外見にそぐわないニヒルな笑みを浮かべる。

 

「は―――既に達成された滅亡を前に、生き足掻くことを逃避でなく何と言う?」

 

「馬鹿め、言葉選びの話じゃない。そもそもオレからすれば滅亡もそれはそれで良しだ! 何せ世界が滅びたおかげでもう締め切りに追われる必要がない! なんだ、天国か?」

 

 サーヴァントであるならば、いやサーヴァントでなくとも。

 男の纏う力の渦が理解できないはずがあるまい。

 だというのにアンデルセンはそれを気にする様子もなく、普段通りに言葉を吐く。

 彼の背後ではそんな状況にオルガマリーが唖然と口を開けている。

 そしてその彼の様子に、男は首を傾いでいた。

 

「ではその有様で、何故貴様は生き足掻くものどもに肩入れする」

 

「決まっているだろう? 物書きが文章を綴るためには世界が続いてないと意味がない! ここで安易に世界は滅びろなんて言い出す奴が、締め切り滅びろと言い続けながら本を書き続けるわけがないだろ。常識で考えろ。

 オレが恐れるのはただ一つ。神でも悪魔でもなく、編集だけだ。貴様が神の如き霊基を得ていようが、オレが遠慮して口を噤むなどとは夢にも思うな。もう一回言うぞ、馬鹿め!!」

 

 アンデルセンの言葉を顎に手を添えながら聞いている男。

 彼はその言葉を聞き終えると、片目を瞑り―――小さく笑う。

 

「話が長いな、即興詩人。つまり貴様はこの私に対する何を得たという。

 人の世の王と呼んだからには、答えは持ってきたのだろう?

 さあ、掴んできたマテリアルを開示するがいい。答え合わせをしてやろう」

 

 言われ、一瞬アンデルセンがオルガマリーを振り返り―――

 しかしすぐに正面に向き直って笑った。

 

「いいだろう。そもそも貴様では筆が乗らんが、持ってきた情報だけは叩き付けてやる。

 とくと聞け、俗物。時計塔の記述にはこうあった。

 『英霊召喚』とは抑止力の召喚であり、抑止力とは人類を存続させるもの。彼らは七つの器をもって現界し、ただひとつの敵を討つ。

 その敵とは? それは我ら霊長を滅ぼす大災害。この星でなく人間を、築き上げられた文明のみを滅ぼす終末の化身! 文明より生まれ、文明を喰らう自業自得の死の要因(アポトーシス)

 そしてこれを倒すために喚ばれるものこそ、あらゆる英霊の頂点に立つもの―――」

 

「―――そうだ。七騎の英霊は、ある害悪を滅ぼすために遣わされる天の御使い。

 人理を護る、その時代最高峰の七騎。英霊の頂点たる始まりの七席」

 

 付け加えるように口を挟む男。

 その口振りに鼻を鳴らしながら、アンデルセンは続ける。

 

「それは、クラスというカタチで別けられたそれぞれの属性における頂点。

 即ち貴様は――――!」

 

 男は彼の言葉を待ち受けるように笑みを浮かべる。

 その様子を前に、アンデルセンは答えとなる名を口にした。

 

冠位(グランド)キャスター、魔術王ソロモン――――!!」

 

 ―――告げられた男は、何がそんなに楽しいのかくつくつと笑い声を漏らす。

 その男はゆっくりと両腕を掲げる。

 十の指全てに嵌められた指輪を晒しながら、彼は大仰なまでに声を張り上げた。

 

「そうだ。よくぞその真実に辿り着いた!

 我こそは王の中の王、キャスターの中のキャスター! 魔術王ソロモンなり!」

 

『――――馬鹿な。ソロモン、本人だなんて……!』

 

 通信機から呆然としたロマニの声。

 それを聞いたオルガマリーが、小声でそちらに呼びかける。

 

「何をしてるのロマニ……! レイシフトを準備してるんじゃないの……!」

 

『っ、ダメなんです……! その相手……ソロモンがいることで時空が歪んで、こちらからレイシフトのためのアンカーが打ち込めないんだ……!』

 

「な――――」

 

 人間たちの悲鳴を差し置いて、ソロモンはアンデルセンを睥睨する。

 

「―――さて。では語らせた分の支払いはせねばな。

 よくぞ語った、即興詩人。褒美にその五体を百に砕き、念入りに燃やし尽くしてやろう」

 

「ち、―――ぐ、ぅおおおおッ……!」

 

 ソロモンが軽く腕を振れば、当たり前のようにアンデルセンが砕け散る。

 風が吹き抜けるような静かさで、彼は処刑されていた。

 正しく処刑。それは最早、戦闘などという範囲で考えられるものではない。

 そもそもの器、権限により発生する明確な格の違い。

 

 砕けたアンデルセンを目の前に、立香が拳を握る。

 一歩退いていた彼女が、再び足を前に出した。

 

「その人理を護るための七騎の一騎が、何で人理を滅ぼすために!?」

 

「―――聞いていなかったのか? 人間に価値がない、そう結論付けただけだ。

 逆にこちらこそ訊きたい。何故おまえたちはまだ存続しようとする?

 人間(おまえ)たちは時代が神より離れて二千年、一体何をしていた。何を積み重ねていた。ただひたすら無駄に死に続け、ひたすら無為に存続していただけだ。

 おまえたちは何も克服できず、何も成長できず、何も向上させなかった。その生存、その生態、知性体と呼ぶのも烏滸がましい。死を克服できないのに、死への恐怖を捨てられない。死とは無惨なものだと恐怖に慄くのに、怯えるための知性を捨てられない。なんだ、この生き物は」

 

 ソロモンの足が地を離れ、ゆっくりと浮かび上がっていく。

 それを見上げるかたちになりながら、立香はソロモンを睨み続けた。

 彼の眉が吊り上がる。

 

「―――無様。あまりにも無様。

 カルデアのマスター、おまえたちはなぜ戦う。いずれ終わる命、もう終わった命と知って、なぜまだ生き続けようと縋る。おまえたちの未来には、何一つ救いがないと気付きながら。

 ……忠告しよう。あまりにも幼き人間、藤丸立香。おまえはここで全てを放棄する事が、おまえに残された最も楽な生き方だと知るがいい」

 

 ―――ふと。いつか聞いた、誰かの言葉が脳裏をよぎる。

 

 ―――未来とは不確かなもの。そして、過去とは曖昧なもの。

 ―――確固たる真実があるとするならば、それはただ一つ。今を生きる、己の世界だけだ。

 ―――その真実から目を逸らすものには、未来も過去も等しく意味がない。

 ―――今を認めて、初めて過去と未来は意味を持つ。

 

 救いのない世界に君臨する王者は、そう言った。

 それが一体、彼のどのような経験から出てきた言葉かは分からない。

 だがそれでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――私たちは、救われると決まってるから生きてるんじゃない!

 例えその先に何が待っていても、私たちが生きているのは……現在(いま)だッ!!」

 

 立香の言葉に、ソロモンが不快そうに顔を顰める。

 

「未来に救いが無いのなら、救いがある未来に今から変えてみせる!

 ―――貴方とは違う、きっと世界を良くしてくれる……王様だっている!」

 

 微かに、魔術王の腕が動く。

 サーヴァントでなければ権限の差などない。が、どちらにせよ純粋な性能が隔絶している。

 魔力を叩き付けるだけの単純な奔る死。

 

「マスター……ッ!」

 

 真っ先にマシュが盾を構えながら割り込み―――

 そして二人纏めてストールの渦巻きに呑み込まれ、離れた位置に飛ばされた。

 ソロモンの放った魔力が大地を砕き、瓦礫を巻き上げる。

 

「……ッ、ウォズ……?」

 

 転移させられた立香がウォズを見る。

 彼は肩を竦めながらも、空にいる魔術王から視線を逸らしていなかった。

 

「……言ったはずだがね。我が魔王に任されている、と」

 

 微かに目を細めたソロモンが再び腕を上げ―――

 

「“我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)”――――!!」

 

 迫る赤光に意識を向け、鼻を鳴らしながら対応した。

 地上から空に翔ける王剣の光を片手で弾き、丁度いいとばかりにそれを四散させる。

 空を覆う残されていた霧が赤い光に斬り裂かれ、消し飛ばされていく。

 

「ちッ……! 化け物が……!」

 

 空に撒き散らされる光を苦渋の顔で見上げるモードレッド。

 その後ろにいる二世に肩を借りたソウゴの手から、最後の令呪が消え失せていく。

 

 眼下を見下ろしながらソロモンは腕を振るい、引き裂いたクラレントの光で空を晴らした。

 ―――夕闇に包まれたロンドンの空。

 そこには、フランスに行った時から在り続ける光帯が天にかかっていた。

 その態度を見て、マシュが目を見開く。

 

「まさか、あの光帯は……」

 

「―――これこそは我が第三宝具。

 “誕生の時きたれり、(アルス・アルマデル)其は全てを修めるもの(・サロモニス)

 光帯の一条一条が聖剣程の熱量を持つ。貴様たちが先程まで遊んでいた……」

 

 そう語るソロモンの視線がモードレッドやソウゴに伸びる。

 それが嵐の王として降臨した槍を持つアーサー王のことだというのは疑いない。

 

「アーサー王の持つ聖剣を幾億も重ねた規模の光。

 それは貴様らの持つ宝具と同じ規模に収まるものではなく、即ち―――対人理宝具である」

 

「父上の聖剣の、幾億も……だと……!?」

 

 最強の聖剣、エクスカリバー。

 その力はモードレッドだけでなく、目の当たりにしたことのある立香やマシュ、オルガマリーだってよく知っている。あれを、幾億。

 それだけの熱量があるのであれば、それはもう太陽そのものみたいなものだ。

 

「それで歴史を全部灼き払うの?」

 

 見上げ、問いかけるソウゴ。

 ソロモンは彼に視線を固定し、つまらなそうに呟いた。

 

「それを知りたければ特異点を全て攻略してきたらどうだ?

 一つや六つではやっていないも同然。私の事業を見届けたい、というなら前提として七つの聖杯の回収程度成し遂げてみせればいい。そこで初めて、私の邪魔をする権利が与えられる。

 ―――さて、今回はこの辺りで引き上げるとしよう。思いの外、時間がかかったな」

 

 空中で踵を返したソロモンが、その体を薄れさせていく。

 既にソウゴや立香たちからは興味を失ったかのような、そんな態度。

 唖然としたモードレッドが叫ぶ。

 

「な……テメェ、一体何をしにきやがったんだ―――!」

 

「何をしにきたか? 何かをする必要がある場所か? ここが?

 ―――そうだな。これは私にとって……ひとつの読書を終えて、次の本にとりかかる前に用を足すために立った時のような、本当にそれだけのどうでもいい話だったというだけだ」

 

 吼えるモードレッドの声に、嘲笑うかのような表情を浮かべる魔術王。

 歯を食い縛りながら、彼女はそんな消え行くソロモンを睨みつける。

 

「つまりテメェはここに、ただ小便ぶっかけにきただけってことかよ!」

 

「――――――、は。ハハ、ハ、ギャハハハハハ……ッ!

 その通り! 実にその通り! 実際、貴様らは小便以下だがなァッ!

 ―――私にとって、貴様たちなどどうでもいい。ここで殺す気もなければ、生かす気もない。

 既に私の事業は完結している。後は結果が出るのを待つだけだ。今更おまえたちに視線を向ける必要性はどこにもない。言った通りだ、もし七つの特異点を解決できたというのなら―――

 その時こそ初めて、おまえたちを“私が解決すべき案件”として考えてやろう」

 

 モードレッドの言葉に狂笑を浮かべたかと思えば、すぐさま表情を戻す。

 まるでどういう感情の元語っているのか疑問が浮かぶような口振り。

 そんな態度でそこまで語りつくした魔術王の姿が、完全にこの時代から消失した。

 

 

 




 
やっぱソロモンって悪い奴だな!
 


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真犯人G/悪夢の牢獄2015

 

 

 

 全身を刺すあまりの怖気。

 まるで針の筵に突然投げ込まれたような感覚を覚え、一気に飛び起きる。

 寝かされていた体が跳ね上がり、起きたそばから首が左右に振り回された。

 周囲の状況を見渡すが見た事のない光景。

 

 ―――だが、恐らくは……

 

「おや、起きたかい?」

 

「ダビデ王……」

 

 周囲の環境からして、ここは時計塔の内部だろう。

 そんな中で色々触っていたダビデが彼に気付き、声をかけてくる。

 恐らくこの街全域に広がっているだろうこの怖気。彼も気付いているはずだ。

 だというのに彼は顔色一つ変えていなかった。

 

「これは……」

 

「黒幕登場、と言ったところだね。ある意味で、僕は着いていかなくて良かった。

 僕を視認したら相手は間違いなく消しにくるだろうからね」

 

 おどけるようにそう言う彼。

 本音かどうかは分からないが、少なくとも現場にいれば消されるとは確信している様子だった。

 

「それは―――」

 

 これがダビデ王の縁者、魔術王ソロモンの気配だということなのか。

 口にされなくともその問いを理解したのだろう。

 ダビデは軽く顎に手を当ててから、悩むように虚空に視線を投げた。

 

「まあ、多分あいつなんじゃないかな? これだけの魔力を放てる英霊はそうはいない。

 神より与えられた恩寵により完成された王の肉体。そうでなければこれは不可能だろう。

 つまりまともなサーヴァントではない。肉体が無ければ成し得ない以上、恐らく受肉をしている筈さ。僕たちのようなサーヴァントの霊基では、この規模の魔力には耐えられない」

 

 彼の口は軽く言葉を出す。だがそれはつまり、カルデアはいま恐らくサーヴァントすら超越した存在と相対しているということだろう。

 無理矢理にでも起き上がろうとして、しかしダビデに肩を押さえられ止められる。

 

「―――だったら、今ここにいない彼らは……!」

 

「んー、まあ大丈夫だろう。恐らくあいつは……ああ、ほら。消えたみたいだ」

 

 気の抜けるような声でダビデが言う通り、街を伝播していた圧迫感が引いていく。

 原因となっていた存在が消失した、ということがこの場にいてもよく分かった。

 そして彼の様子を見れば、少なくとも彼のマスターは無事だと思われる。

 

「……なぜ、そうだと?」

 

 だが何故彼はそこまで余裕を持っていたのか。

 疑問を感じて、ジキルはダビデに問いかけていた。

 

「―――そうだね……だってほら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だからこそあいつは今、人に直接手を出す事は嫌うはずさ。少なくとも今は、ね。

 さて。もうこの時代の修正も始まるだろう。最後に走って合流するかい?」

 

 ダビデは何と言う事もない、とその答えを口に出す。

 その上で微笑みながらジキルに問い返してくる。

 

 彼の手が机の上に小瓶―――彼が預かっていた、ジキルの精製した霊薬を置く。

 それを見ながら彼はゆっくりと目を瞑り、首を横へと振った。

 

「……謝罪して回りたいところだけど、止めておこう。

 アナザーライダーの力から解放されたところで、僕とハイドの線引きが崩れたことには変わらない。今はハイドの方が弱っているから僕が表にいるだけだ。いつまたハイドになるか、僕にだってもう分からない。そんな状況で彼らの前に出るのは気が引ける。

 申し訳ないが、貴方が戻ったら僕が感謝していたと伝えておいてくれ」

 

 胸を押さえながら彼はそう言ってゆっくりと立ち上がった。

 彼のその様子を見たダビデは微かに目を細め、しかし踵を返して歩き出す。

 

「分かった。伝えておくよ」

 

 そう言った彼が出ていくのを見届けてから、ジキルは顔を手で覆う。

 

 アナザーダブルとなってからの状況はあまり覚えていない。

 だが恐らく彼がジキルとハイドという存在でなければ、こうはならなかっただろう。

 もし彼が己の中の悪を否定し、(ジキル)(ハイド)を分けた存在でなかったら……

 あるいは、敵であるアナザーライダーを完成させてしまうというようなこともなかった、かもしれない。

 

「もしかしたら、僕が……いや、止そう」

 

 落ちていきそうになる意識を保ち、前を向く。

 今こちらが勝手に弱れば、ジキルはハイドへと変貌していくだけだ。

 胸の前で手を握り締め、彼は大きく息を吐いた。

 

 

 

 

「くそっ、終わったってのに後味わりぃ……!」

 

 引き裂かれた地面を蹴飛ばして、モードレッドが苛立ちを吐き出す。

 そんな中で、彼女の体が光となって解れ始めた。時代の修復が開始された証拠だろう。

 

「―――そんでこれか」

 

 不服そうに小さな声でぼやくモードレッド。

 僅かに悩んだ彼女が、頬を掻きながらフランへと視線を送る。

 

 ―――時代が修復されれば生前の彼女はこれから正しい人生を送る。

 それはつまり、これから人造の怪物としての末路を迎えるということだろう。

 彼女自身はそれを知らないのかもしれないが……

 

 ―――だからと言ってモードレッドがどうこう言う筋合いでもない。

 彼女は言葉を選ぶように短く呻き、そのまま無難な言葉をかける。

 

「まあ、これからお前は色々あるだろうが……その、なんだ。達者でな」

 

「―――ウゥ」

 

 不思議そうに首を傾げるフラン。

 その反応にパタパタと手を振ったモードレッドが、次いでソウゴに視線を向ける。

 

「……大した期間じゃなかったが悪くなかったぜ、マスター。

 一応、お前がいたからアーサー王に勝てた。……オレの前で父上を越える王になると言ったんだ。吐いた唾は飲むんじゃねぇぞ、世界くらいはついでで救ってこい」

 

「うん、俺は最高最善の王様になるよ。

 モードレッドが認めざるを得ないくらいにすっごい王様に」

 

「―――は」

 

 小さく笑い声を吐き捨てながら、彼女の姿が消えていく。

 立ち昇る金色の光はそのまま霧と混じって空に消えていった。

 

 ―――霧が晴れ、ロンドンの街並みも戻ってくる。

 もっとも、周辺には至る所に盛大な破壊痕が残されているが。

 

『―――なんとか、なったのか……』

 

 通信機の先から大きな溜め息とともにロマニの声。

 その声でやっと終わっていたことに気付いたのか、マシュが盾を地面に降ろす。

 ガチリ、と瓦礫に当たって音を鳴らす彼女の盾。

 

「まあ、完全に見逃されたって感じだったけどねぇ」

 

 手の中の銃を消しながらドレイクがぼやく。

 既に失われた船があったとしても、あれには何の効果も無かっただろう。ドレイクに限らずあらゆるサーヴァントがそうなるだけだ。

 あの存在はそれだけの権限を持って降臨しているのだから。

 

「あれが、人理焼却の主犯……魔術王、ソロ―――」

 

「マシュ、意識してその名を口にするな。呪われるぞ。

 あれだけの存在、こちらが名を口にするだけで影響を及ぼすに足りる」

 

 苦々しげにそう吐き捨てた二世が眉間を押さえる。

 可能性として魔術王ソロモンの主犯というのは考慮していた。

 だが本当にこうして前に出てこられたら、どうすればいいのかと頭を抱えるしかない。

 

 オルガマリーもまた、表情を崩しながら頭を抱えていた。

 

「………グランドキャスター……霊長の守護者、抑止力の化身。

 ―――敵は、本来人理を守るべきである存在のひとり……」

 

 冠位とは人理焼却どころか、本来は人理を護るべき存在に与えられる霊格だ。

 だというのに彼は間違いなく冠位を有し、その上でこちらを滅ぼそうとしてくる。

 そうやって頭を抱えている彼女に、ロマニからの声が届く。

 

『……ですがその存在が何であれ、今の魔術王は人理に仇なす者です』

 

「見れば分かるわ。それよりあなたこそいいの? ファンだったんじゃないの」

 

 ぐむっ、と通信先のロマニが言葉に詰まるような様子をみせた。

 

『……本人が顔を見せた、となればボクだって擁護のしようがない。

 ダビデ王のように嬉々として肯定する気はないけれど、敵は魔術王だと確定したことに違いはないんだから』

 

 そう言い切ってくるが、その声の調子から強がりなのは明白だ。

 彼の様子に小さく溜め息を落とすオルガマリー。

 

「……なんであれ、この特異点における目的は完全に終了した。

 あの戦闘音が聞こえていただろう住民が出てくるというのは考えにくいが、霧が晴れた今絶対に無いとは言い切れない。見つかって余計な騒ぎを起こす前にレイシフトで帰還しよう。

 魔術王への対策は帰還してからするべきだ。彼の発言を信じるなら、魔術王は特異点に手は出せてもカルデアには手を出せないそうだからね」

 

 アレキサンダーはそう言って肩を竦めながらウォズに視線を送る。

 当然のようにカルデアと特異点を行き来する彼もまた、それに肩を竦め返してみせた。

 彼の態度は今更だ。追及してもしょうがないだろう。

 

『そうだね。協議するにしても何にしてもまずは帰還だ』

 

 向こうでロマニの指示が飛び始める。

 魔術王の登場で呆けていた者たちも動き出し、喧しくなりだした。

 

 帰還の時が迫りつつある中で、その間に立香がフランに握手を求めるように手を差し出す。

 きょとんとした顔の彼女が立香の顔を覗き込んだ。

 

「ありがとう、フラン。私たちは次に行かなくちゃいけないけど……」

 

「ウ……」

 

 フランが不思議そうにその手を取り、しかし握り返す。

 そんな彼女の様子を見たマシュが小さく微笑んだ。

 

「……この戦いは無かったことになります。

 けれど、ネロさんやドレイクさんのように存命だった方と再び出会えたこともあります。

 ―――また出会えたら、今度はもっと……その、色々お話ししたいですね」

 

 途中で言い淀んだマシュの態度にまたフランが首を傾げ、しかし少ししてから頭を縦に振る。

 

「―――ウゥ」

 

 肯定だろう返しにマシュは顔を綻ばせ、同様に握手を交わす。

 

『―――ダビデ王は……こちらに向かっているようだね。

 こちらで把握した。よし、帰還のためのレイシフトを実行するよ』

 

 言って、ロマニがレイシフトを実行する。消えて行くカルデアの人員とサーヴァント。

 それを見送ったフランが何となしに空を見上げる。

 

 空にかかるのは光帯。世界を滅ぼす光を見上げながら、彼女もまた微睡みに落ちていく。

 時空を寸断して混ぜ合わせた有り得ないロンドンは、正しい歴史に戻り始めた。

 

 

 

 

「やあやあ、お帰りみんな。今回は無事だったとは言い難いけど、まあ生還したんだ。

 良かった良かった」

 

 レイシフトによる帰還の直後、ダ・ヴィンチちゃんの声が届く。

 彼女らしい気楽さで、死地であったと言っていい場所からの生還を労うもの。

 

 ―――そうして、気を抜いた立香が大きくよろめいた。

 くの字に折れてそのまま背中から倒れ込む彼女の姿。

 その原因はただ一つ。

 

「ああ……久方ぶりの触れ合い……

 これから食事にしますか? それともお風呂? それとも……」

 

 激突してきた人間砲弾、清姫が立香の腰に掴みかかっていたからだ。

 久しぶりで受け身の取り方を忘れていた、と立香が反省する。

 

 だがもう慣れたもので、旗という名の鈍器がいとも簡単に彼女を退けていた。

 殴打されてダウンした清姫が、ジャンヌに引きずられながら壁の方へ運ばれていく。

 管制室に来ているサーヴァントは清姫とダブルジャンヌなようだ。

 

「おっと。到着する前にレイシフトさせられてしまったね。

 向こうではジキルは目を覚ましていた。彼から君たちに感謝を伝えてくれ、と言われているよ」

 

 清姫が撤去されたのを見届けて、ダビデが早々に皆に対してそう告げる。

 

「そっか。ジキルに戻れてたんだ」

 

 どちらにせよすぐに歴史の修正が始まっただろうとはいえ、ハイドではなくジキルに戻れたと言うなら幸いだ。安堵の息を吐きつつ、胸を撫で下ろす。

 

「さて。帰還した君たちの最大の任務は休息だ。

 ほらほら、さっさと君たちは休みなさい。後は私たちの仕事だよ」

 

「それはいいけど、ドクター大丈夫なの?」

 

 言いながらソウゴはモニターを睨むロマニを指差す。

 彼はソロモンの登場により観測されたデータを睨んでいるようだ。

 かなりブレているが、その姿を映したものも撮れている。

 ダ・ヴィンチちゃんがあーあー、と呻きながら額に手を当てた。

 

「―――これは、本物……だ」

 

 画面をキツく睨んでいた彼が小さく呟き、手を組んだ。

 

「やっぱりこれが本物のソロ……魔術王なの?」

 

 彼の後ろに回り込んだ立香が問いかける。と―――

 

「……少なくともこの指、わぁッ!?」

 

「指?」

 

 本気で気付いていなかったらしく、ロマニが悲鳴を上げてひっくり返る。

 言われた彼女は映像の中のソロモンの指に視線を向けた。

 

「……神より与えられた十の指輪の話だね。

 魔術王の指輪は―――彼の指に十の指輪が揃っている限り、人間の魔術は全て彼に支配される。それは英霊召喚という術式であっても例外ではないだろう」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが補足するように説明してくれる。

 映像を見れば、確かに彼の十の指全てに指輪が―――

 

 ポン、とそのデスクにあるキーボードを叩く手。

 消える映像。それをやった手の方へ視線を送れば、そこにはダビデの姿。

 いつの間にかこちらに来ていた彼が、その映像を打ち切らせていた。

 

「ただの映像であってもあまりあいつの姿を見ない方がいい」

 

「そんなになんだ……」

 

 立香の視線が逸れたのを見たダ・ヴィンチちゃんが小さく溜め息。

 そして床に転がったままのロマニを足の爪先でつつく。

 

「ほらほら、医療部門のトップがいつまで寝ているんだい?

 任務から帰還した職員の検査の準備をしたまえよ」

 

「あ、ああ……分かってるとも―――うん。立香ちゃん、ソウゴくん、それにマシュ。

 今の所、何か自分で気になる不調はあるかい?

 何も無いならばまずは休んでもらって、明日の朝から検査をしよう」

 

 倒れていた彼は立ち上がると咳払いし、確認のための声をあげる。

 三人揃って問題ない、との返答。

 それを聞いたロマニは一度頷いて、オルガマリーへと視線を送った。

 

「ちなみに所長も大丈夫ですか?」

 

「大丈夫よ。そもそももし何かあっても、私の体はダ・ヴィンチの管轄でしょうに」

 

 はあ、と大きく溜め息一つ。

 そんな彼女がぐるりと周囲を一度見回して、管制室全てに響く声で告げる。

 

「現時点をもって、第四特異点修復作業を完了。

 経過の観察は継続して行いつつ、最低限のスタッフ以外は交代で休息を取らせます。

 第五特異点の特定に関しては、第四特異点の完全消滅確認後に取り掛かることになるでしょう」

 

 責任者たる彼女自身の言葉で終了を告げ、そのまま休息スケジュールをスタッフに周知させにかかるオルガマリー。その背中をちらりと見たダ・ヴィンチは、すぐに視線を逸らしてドレイクへと向き直った。

 

「ところでキャプテン・ドレイク。君、宝具が爆散しただろう?

 このままでは戦力大幅ダウンだ、というわけで霊基再臨をしてしまおうか」

 

「うん? なんだいそりゃ?」

 

 魔神バルバトスとの戦いで墜落、炎上した彼女の船。

 それを修復すべくダ・ヴィンチちゃんは霊基再臨を提案していた。

 彼女はドレイクに対してその内容を掻い摘んで説明する。

 

「へえ、そいつは助かるね。船を取り上げられたままじゃ海賊の名が泣くってもんだからねぇ。

 まあ今回顔を合わせたあの化け物に船で何が出来るかは分からないけどさ」

 

 けらけらと笑いながらそう言うドレイク。

 そんな彼女たちの話を聞いていて思い出したかのように、立香がぽんと手を打った。

 

「そういえばアヴェンジャーいたね!

 オルタだけじゃなくて普通にいるんだね、アヴェンジャー」

 

「まったく普通にではないと思うが……」

 

 アタランテが立香の物言いに眉を顰める。

 彼の発言からするならば、彼はあの特異点ではなく魔術王直々に呼んだサーヴァント。

 まるで普通の要素がないサーヴァントだ。

 

 ―――だがその言葉を聞いたオルタはピクリと肩を揺らした。

 

「へえ、そう。それで? どうなの?」

 

 そわそわと何やら体を揺すりながら、彼女はちらちらダ・ヴィンチちゃんの方を見始める。

 彼女の視線の意図に気付いた天才が苦笑した。

 

「アヴェンジャーは倒してないから君は再臨できないよ?」

 

「はぁ!? 何で倒してないのよ! アヴェンジャーよ、アヴェンジャー!!

 どうせロクな奴じゃないでしょ、何見逃してんのよ!?」

 

「汝がそれを言うのか……?」

 

 呆れるようなアタランテの声。オルタはそれを聞き流し立香に食って掛かろうとする。

 そんな彼女の前に咄嗟にマシュが割り込んだ。どうどう、と抑えるような仕草をみせるマシュ。

 ぐぬぬ、と。しょうがないので彼女が手近なソウゴに狙いを変更し掴みかかった。

 なされるがまま振り回されながら、ソウゴが適当に反論する。

 

「俺はアヴェンジャーっていうの見てもないから知らないしぃー……」

 

「……仮にアヴェンジャーの霊基が回収できても再臨はさせられないだろう?

 クー・フーリンやドレイクのように、緊急時のリカバリーが主な目的なんだから。

 まだまだ折り返し。長い戦いだからね」

 

 駄々っ子に対してアレキサンダーが苦笑しながらそう言った。

 周囲にあやされているという雰囲気を感じ取った彼女が再び唇を噛む。

 

「ぐぬぬ……!」

 

「アヴェンジャー、とりあえずそいつ振り回すのやめなさい」

 

 ぱたぱたと手を振るオルガマリー。

 言われたジャンヌオルタの手がソウゴを解放した。

 手放されたソウゴはふらふらしながら動き―――そして、彼女のおかしな様子を見る。

 

「……立香?」

 

「え?」

 

 自身の背後に向けられたソウゴの視線を見て、マシュもまたマスターへと振り返った。

 

「先輩……?」

 

 ―――そこにいたのは、ぼうっと虚空を眺めているだけの立香。

 直後、ジャンヌの拘束を振り解いてきた清姫の突撃が彼女に激突した。

 

「ま・す・た・あ―――! っ……?」

 

 その突撃の勢いのまま倒される立香の体。

 ぎょっとして抱き留めようとするマシュの前、ジャンヌが彼女をすぐに掴んでいた。

 事態の変化に対してすぐに清姫も抱き着くのを止め、彼女の様子を窺い始める。

 

「―――マスター? マスター、意識はありますか?」

 

 ジャンヌが声をかけ状態を確認する。

 息はしている、胸も動いている、しっかりと生命活動はしている。

 

 ―――だというのに彼女はここにいなかった。

 そんな急な事態―――ひとつだけ、いとも簡単に原因となれる存在が思いつく。

 

「ま、さか……」

 

「―――恐らく、呪詛です。多分、私の洗礼詠唱だけでは解除不能なほどの……」

 

 彼女を抱き留めていたジャンヌ・ダルクが断定する。

 立香を抱えたまま聖女の視線がダビデに飛ぶ。対処の可能性があるとすれば彼だけだから。

 ダビデは顎に手を当てながら思案していて―――

 数秒の後、自身の竪琴を手の中に出現させた。

 

「まあ僕とジャンヌが解呪を試みれば多少は進行を遅らせられるだろう。

 しかしうーん、本当にあいつが呪詛まで飛ばすとはね。

 なにか挑発でもしてしまったかな? ま、図星つかれて怒ったってことなんだろうけど」

 

「進行を遅らせる、ですか……? 解呪は……!」

 

「さて、それはやってみなければね。やあドクター、ベッド一丁大急ぎでだ」

 

 そんなダビデの言葉に、目を見開いていたロマニが大急ぎで再起動する。

 

「わ、わかった! すぐに準備する! レオナルド、こっちを頼むよ!」

 

 全力で駆けていくロマニ。

 そんな彼の背中を見ていたアレキサンダーが背後のエルメロイ二世に振り返る。

 

「先生は手伝えるかい?」

 

「―――馬鹿を言うな。ダビデ王と聖女ジャンヌの解呪だぞ。

 私ごときが混じって余計な事をすれば邪魔になって効果を落とすだけだ。

 ……それよりも」

 

 二世の視線が小さく動き、管制室を見渡した。

 人類最後のマスターの一人が、カルデアにいながら黒幕の呪詛に襲われる様。

 それを目の前にした職員たちに大きな動揺が広がっていく。

 

 もちろんそうなるだろうと理解していたダ・ヴィンチちゃんはすぐに動こうとして―――

 

「―――既に指示は出したでしょう。

 貴方たちは経過観察のために最低限の職員を残し、休息を取りなさいと。

 一体いつまで机にかじりついてるつもりなの、休みの人間はさっさと退出しなさい。

 ……まだまだこれから先もずっと、戦いは続くのよ?」

 

 職員に対して、オルガマリーの檄が飛ぶ。

 おや、と思わず声を漏らして停止するダ・ヴィンチちゃん。

 それを聞いていたソウゴがジャンヌに抱かれた立香を見て、軽く瞼を閉じた。

 

「……じゃあ俺は先に夜ご飯食べて寝るね」

 

 まさか言って数秒でそんな答え返すか、とオルガマリーが口元をひくつかせる。

 だが振り返った彼女が見たソウゴの顔。

 それはいつもみたいに戦いに向かう前の表情に相違なかった。

 

 彼は力を使い果たしているだろうウィザードウォッチを手に、自信満々に微笑む。

 

「一回休まなきゃ次の戦いも出来ないもんね。

 ―――大丈夫。ほら、眠って起きないお姫様を起こすのはさ、魔法使いの役目じゃない?」

 

 彼の様子を見ていた―――

 いつぞや入ったジャンヌと、入られたオルタ。彼女たちがそれぞれ表情を変える。

 そうね、と納得しそうになったオルガマリーが一時停止。

 

「…………………いや、王子様だと思うけど」

 

「そうだっけ? うーん、でも俺は王様だし……」

 

 とにかくそれでいい、と彼女はソウゴをそのまま追い出す。

 

「―――見ての通りよ、貴方たちもさっさと休みなさい。これは命令です。

 藤丸を復帰させた後に特異点のことは見てませんでした、なんて情けない報告を聞くつもりはないわ。さっさと休む。休んだ後はしっかりと、貴方たちの務めを果たしなさい」

 

 了解の意を返し、動き始める職員たち。

 それを見送りながら、自分の体を抱くように腕を組んだオルガマリーが大きく息を吐いた。

 そんな光景に頬に指を当てたダ・ヴィンチちゃんがにこにこしながら口を開く。

 

「ふむふむ。所長の更生、だいぶ順調じゃないかい? ねえ?」

 

「本人にわざわざ訊かないでくれるかしら」

 

「ははは、これは信頼の証という奴さ。

 さて、ジャンヌ。立香ちゃんを慎重に医務室に運んでくれるかい? マシュはジャンヌが転んだりしないように道の先に誰もいないかとか確認して先導してね、わたわたしてて邪魔だから」

 

 ダビデの竪琴とジャンヌの洗礼詠唱が実行される中、わたわたと動き続けているマシュ。

 そんな彼女を離れた位置に追いやる采配を下すダ・ヴィンチちゃん。

 

「はい! はい!! マシュ・キリエライト、先輩を抱えたジャンヌさんを先導します!!」

 

 言われた通りにわたわたしながら管制室から出ていくマシュ。

 その後からジャンヌとダビデが着いていく。

 

「……ロード・エルメロイ二世はこちらを手伝って。

 アレキサンダーとアタランテは他のサーヴァントたちに現状の通達を。

 ドレイクは……ダ・ヴィンチにこちらを手伝わせてる間、再臨は少し待っていて」

 

「はは、流石にアタシじゃこの機械は触れないから手伝うのは無理だねぇ」

 

「では船長は僕と一緒に報告に回ろうか。

 所長も疲れていることだろうし、ブーディカに言って飲み物でも用意してもらおうか」

 

 軽く微笑みながら歩き出すアレキサンダーにドレイクも追従した。

 

「食堂に行くのか? では私はシミュレーションルームに行こう。

 恐らくクー・フーリンはそちらだろうからな」

 

 言って別方向に歩き出していくアタランテ。

 一人余ったオルタがむっとしながらマスターを睨む。

 

「………それで?」

 

「オルタ。―――恐らく、藤丸への呪いは……アヴェンジャーが関わっていると思うの。

 言った通りに第四特異点にはアヴェンジャーがいた。

 けど、相手は特に何もせずこちらに情報を与えるだけ与えて消えてしまった。

 ただ彼自身の情報は何もないに等しい。もし何か感じられるものがあれば、ジャンヌたちに伝えてあげて」

 

「――――分かったわよ」

 

 ぷい、とそっぽを向いてそのまま医務室に向かって歩き出すオルタ。

 そんな彼女を見送ってから、事後処理のために彼女は管制室の中に視線を戻した。

 

 

 

 

「――――かくして、ロンドンの特異点は修正された。

 だがその地で彼らが相まみえたのは、我が魔王の覇道を阻む人理焼却の首謀者……グランドキャスター、魔術王ソロモンであった」

 

 ―――カルデア管制室の外。

 未だに騒がしさは残る管制室内部をバックに、ウォズは『逢魔降臨暦』を手にしていた。

 そんな彼の表情が大きく、強い困惑を浮かべている様子で歪む。

 

「更には、救世主と呼ばれる何者かに仕えるというもう一人の私……白ウォズ。

 仮面ライダーダブルの力こそ確かに手に入れることができたが、この状況は一体……」

 

 彼の手が幾度か本の頁を捲るが、その表情から困惑の色は消えない。

 何度か頁を行き来させて確認をするが、彼の求める答えはそこにはなかったようだ。

 だが流石に気を取り直したのか、本をぱたりと閉じて脇に抱えるウォズ。

 

「………だが、我が魔王の覇道はその程度の障害で塞がれはしない。

 第五の特異点は西暦1783年、アメリカ大陸。

 その地で立ちはだかるのは、我が魔王のよく知るサーヴァント。統治せず、戦い、奪い、殺し、力のみで支配する者。

 生き抜いて死ぬ―――その獣の欲望をもって、滅びの末路まで駆け抜ける刹那の王」

 

 ウォズが踵を返し、カルデアの何処かに向けて歩み始め―――

 

「もはや別物の存在とはいえ、自ら進んで覇道の肥やしになるとは我が魔王のサーヴァントとして善い心掛けの……?」

 

 そのまま歩き去ろうとした彼の手の中で、『逢魔降臨暦』が光を放った。

 本の表紙、その表面にある歯車が回転を始めている。

 ウォズは驚いた様子ですぐにそれを開き、書き換わっている内容を検め始めた。

 

「――――これは、一体なにが……?」

 

 新たに記されていく文字を追うウォズの表情が困惑に染まる。

 彼はそのままどこかへ歩き去ることもなく、その場で立ち尽くしていた。

 

 

 




 
四章完。
そのまま流れで監獄塔へ。
エンゲージで入ります(入れるとは言っていない)
五章はまあもう誰か分かるでしょう。
 


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interlude
2-1 白衣の戦士2015


 

 

 

「―――ここは」

 

 立香が気付いた場所は、石造りの部屋の中だった。

 いつの間にか自分がその部屋の中の粗末なベッドに腰掛けている。

 目の前には鉄柵があり、開きっぱなしの扉がきいきいと音を立てていた。

 

「気付いたようだな、カルデアのマスター」

 

「……誰?」

 

 鉄柵の向こう側から声がする。

 彼女の手が咄嗟に、ウォズから預かりっ放しのファイズフォンXを取り出した。

 それを銃形態に変形させながら、声の主を探るように視線を巡らせる立香。

 

「―――既に名乗ったはずだぞ、貴様には」

 

 奥に続く闇の中から牢獄の前に歩み出てきたのは、黒ずくめの男だった。

 その声には確かに聞き覚えがある。

 

「アヴェンジャー……?」

 

 ロンドンで彼女たちの前に現れた存在、アヴェンジャーのサーヴァント。

 特異点で見た姿は黒い炎そのものだったが、今ここに現れた彼は間違いなく人―――英霊だ。

 

「然り。我こそは哀しみより生まれ落ち、恨み、怒り、憎しみ続けるが故にエクストラクラスを以って現界せしもの。―――アヴェンジャーのサーヴァントだ」

 

 大仰にコートをはためかせ、そうして名乗り上げる黒い男。

 立香は彼を見て、ゆっくりと立ち上がる。

 前の特異点でも彼は取るべき行動を自分たちに示してくれて、それは実際に必要な事だった。

 信じるに足る相手だと思っていいだろう。

 

 彼女が立ち上がったのを見て、アヴェンジャーは踵を返して歩き始めた。

 着いてこい、と言っているのだと解釈して追従する。

 その道中で立香は彼の背中に問いかけていた。

 

「ここは一体どこなの?」

 

「―――此処なるは地獄。恩讐の彼方たるシャトー・ディフの名を有する監獄搭。

 最低限の事柄だけ教えておこう、手短にな。

 おまえの魂はこの搭に囚われた。脱出のためには七つの『裁きの間』を超えねばならん」

 

 状況からして何らかの攻撃のようなものだろうと感じてはいた。

 そして魔術王の呼び出したらしい彼がここにいる、ということは。

 

「それはつまり、魔術王の……」

 

「裁きの間で敗北し殺されれば、お前は死ぬ。何もせず無為に時間を浪費しても、お前は死ぬ。

 以上だ。それ以外に何の情報も要るまい」

 

 それ以上を話す気はないと、アヴェンジャーは僅かに足取りを速める。

 そんな彼の後に続きながら立香は手の中にある武器を握り締めた。

 

 

 

 

「さて、ここが第一の『裁きの間』……貴様の生死を分かつ、最初の劇場だ。

 おっと。ここが最初であり―――最期の劇場になる可能性もあったか」

 

「………」

 

 彼の先導に従い踏み込んだ広間の中。

 その部屋の中心で、舞いながら謳う一人のサーヴァントがいた。

 立香の知らないサーヴァントだ。どのような存在かは、彼女には分からない。

 

「裁きの間においては、それぞれの間にサーヴァントが待っている。

 貴様がこの搭から生きて抜け出したいというのなら、それらを悉く殺し尽くすがいい。

 そして第一の間の支配者、それは―――」

 

 アヴェンジャーもまた舞い謳う相手へと視線を向ける。

 そのサーヴァントは今が歌劇の最中であるかのように、ただ謳い続けていた。

 

「クリスティーヌ―――クリスティーヌ、クリスティーヌ、クリスティーヌ!

 微睡むきみへ私は唄う 親しさをこめて

 嗚呼 今宵も新たな歌姫が舞台に立つ 嗚呼 おまえは誰だ きみではない―――」

 

 瞬間、正しく突然に謳っていた男が両腕を広げる。

 その手は刃の如く鋭く尖った指。

 

 ―――それが自分を目掛けて突撃してくる、と感じたのはほとんど勘だった。

 出来なければここで死ぬ、と。それを理解して全力で思い切り横に跳ぶ。

 

「っ……!」

 

「嗚呼 クリスティーヌ!」

 

 石の床を転がる立香の前で、直前まで自分が立っていた場所が切り刻まれる。

 立香は連日連夜実行されてきた清姫のタックルに初めて感謝した。

 あれに慣れてなければ、この動きは多分できなかったと思う。

 

 すぐさまファイズフォンを相手に向けて発砲。

 赤い光弾が相手に何度か直撃する。

 が、多少怯ませることはできてもそもそも致命傷を与えられるほどの火力はない。

 

「―――ファントム・ジ・オペラ!

 美しき声を求め、醜きもののすべてを憎み、嫉妬の罪を以っておまえを殺す化け物だ!」

 

 アヴェンジャーが高らかにその名を告げる。

 オペラ座の怪人を前に、立香が何とか立ち上がって銃を構え直す。

 何度となく撃ち放たれる光弾を前に、ファントムは自分のマントを掴んで持ち上げた。

 防御のため、というよりまるで己の顔を隠すために。

 

「我が醜き顔を見るな 視るな 観るな!

 おまえが クリスティーヌではないのなら! いいや きみが誰であったとしても!

 私は 私は けして許さない!」

 

 マントを払う動作で光弾を弾き、再びファントムが動作を開始する。

 恐らくはサーヴァントの中でそれほど強くはないだろう。

 一級のサーヴァントの戦闘を見てきた立香にはそれくらいは分かる。

 彼にもしそれだけの力があるならば、まぐれでも攻撃を回避など出来なかっただろう。

 

 だが同時に、彼女がひとりでどうにかできる存在ではなかった。

 

 多分今度は避けれない、と確信する。本気の突撃を避けれるはずもないと息を呑む。

 だから彼女の選択肢は一つだった。

 

〈エクシードチャージ!〉

 

 素早く操作したファイズフォンXを向け、ファントムに対して放つ。

 理性が薄く、攻撃を回避も防御もせず無視して突っ込んでくる相手には通用する一撃。

 案の定ファントムはそのまま直撃し、赤い光の牢獄に囚われた。

 

 ―――だが、動きを止めて出来ることは立香にはない。

 拘束されながらもファントムは謳い続ける。

 

「―――おお クリスティーヌ我が愛 おお クリスティーヌ我が業

 きみにも等しい声に 爪を立てさせておくれ

 きみにも等しい喉を 引き裂いて赤い色を見せておくれ

 欲しい 欲しい 欲しい 今宵の私は どうしようもなく求めてしまう

 嗚呼 私でないものが妬ましい あまねく ひとびとが 妬ましい―――!」

 

「っ……!」

 

 とにかく距離を取ろうと立香が走る。

 数秒の後、拘束から解き放たれたファントムは再び動き出す。

 例え理性が飛んでいても、しかし彼は立香を見ていた。

 もう当てられない、と直感する。

 

 黒いマントを靡かせながら、オペラ座の怪人が彼女に向け殺到した。

 回避も迎撃も、もはや通用することはないだろう。

 銃口を彼に向けても、彼の視線は確実にその銃口を見ている。

 放てばすぐに回避できるだろう意識の向け方。

 

「くっ―――!」

 

 赤の銃弾が放たれ、そして当然のように回避される。

 もはやどこに逃げようとしても間に合うまい。

 怪人の腕、刃の如く指が彼女の前で振り上げられた。

 

「唄え 唄え 我が天使! 今宵ばかりは 最期の叫びこそが 歌声には相応しい!」

 

 振り下ろされる。立香の喉を目掛け、その刃が。

 咄嗟に腕で顔を覆うように守る。

 サーヴァントの攻撃であっても、カルデアの礼装ならば少しは―――と。

 

 だが待てども攻撃による衝撃は届かない。

 顔を隠した腕を下ろし、彼女はその先に広がる光景を目にした。

 

「―――ようく見るがいい、カルデアのマスター。

 これこそが人だ。おまえたちの世界に満ち溢れる人間たちのカリカチュアだ」

 

 横合いからファントムの腕を捕まえたアヴェンジャーが、彼を押し留めながら楽しそうにそう口にする。彼の視線は立香を正面から見据えていた。

 ―――立香が手の中にあるファイズフォンXを強く握る。

 

「力を持たない貴様に選択の余地はない。

 もし貴様が此処から出たいというのなら、手段はただひとつ」

 

「―――貴方と、契約を結ぶこと? 力を貸してくれるの?」

 

 立香の問いに対して、アヴェンジャーが口の端を吊り上げる。

 それを見て立香は一度瞑目し、すぐに目を見開いて叫んでいた。

 

「契約して、アヴェンジャー! 私は―――ここでは終われない!」

 

「ク―――よくぞ言った。よかろう、契約だ!

 此処から出る為にオレとおまえが結ぶ―――共犯者としてのな!!」

 

 黒い炎が噴き上がる。ファントムを容易に押し返す恩讐の炎の渦。

 謳う彼の喉を焼き払う勢いで逆襲する復讐者。

 立香ではまるで手も足も出ない相手を前に、しかしアヴェンジャーは更に格が違う。

 

 炎に喉が焼かれることに怯えるように、彼の唄が止まる。

 同時に敵を切り払うために振るわれる刃の如き指。

 その凶器を前に、しかしアヴェンジャーは怯みすらせず拳でもって対抗した。

 

 ―――激突。当然のように弾き飛ばされるのはファントム。

 大きく体勢を崩した彼が吹き飛ばされて、そこに炎を纏った姿が殺到する。

 

 体勢を立て直すような暇はない。

 黒い彗星と化した復讐者は瞬きの内に怪人との距離を詰めきって―――

 黒炎を纏った拳で、ファントムの胸を打ち貫いていた。

 

「ク、リス―――ティーヌ……」

 

 胸部を貫通する拳を受け、一瞬で絶命に至るファントム・ジ・オペラ。

 ―――その速度、その身のこなし、その破壊力。少なくとも立香には、彼が彼女の知る一級のサーヴァントと遜色のない力を持つ存在に見えた。

 

 拳を引き抜いたアヴェンジャーが戦闘態勢を解除する。

 今に一撃で、完全に決着はついていた。よろめく彼の最期の姿に、彼はただ言葉を送る。

 

「―――脆い。哀れな醜き殺人者よ、おまえの魂にシャトー・ディフは相応しくない。

 此処こそは地獄。地に伏せながら地上に蔓延る悍ましき人の業を睨むモノどもの集積場。

 眩き輝きを天に見上げて嘆くモノの立つ舞台ではない」

 

 心臓を失ったファントムが天を仰ぐ。

 今にも消えるという状況の中、彼はただただ謳い続ける。

 

「―――おお 我が心臓よ いずこ おお 我がこころ いずこ

 クリスティーヌ この心臓はきみに捧げよう クリスティーヌ この愛をきみへ」

 

「唄……」

 

「クリスティーヌ 我が愛 私はきみを愛するが クリスティーヌ 私は耐えられぬ

 尊きはクリスティーヌ きみと共に生きる人々を 愛しきクリスティーヌ きみと同じ世界に在るすべてを きみと過ごす人々を 朝日の当たる世界を 私は 私は―――」

 

 ファントムの動きが停止する。

 胸の穴から広がっていく崩壊が、彼の首にまで届いていた。

 そうして彼は、虚空を見つめながら最期の言葉を残して消え失せる。

 

「時に 妬ましく思うのだ 狂おしいほどに―――」

 

 唄が終わる。それと同時にファントム・ジ・オペラは残滓も残さず完全に消えた。

 一気に静寂に包まれる第一の間。

 その空間の中で、小さくアヴェンジャーの笑い声が響く。

 

「―――オペラ座の怪人よ、おまえの嫉妬を見届けたぞ。

 その醜さこそが人間の証。地獄で誇れ、おまえこそが人間だ」

 

 そうして、彼の姿が立香に向け振り返った。

 

「さあ、マスター。貴様が選んだ道だ、この地獄を這い出すために歩むがいい」

 

 立香はそんな彼を見返しながら問いかける。

 

「ねえ、アヴェンジャー。この地獄は誰が作った地獄なの?

 いや……()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「―――――」

 

 彼はただ無言で返す。

 それは隠しているのか、それとも言うまでもないという意思表示なのか。

 人の悪感情だけを強調したかのような、()()()()()()

 まるでそこ以外を見ていないかのように形成された光景。

 

「―――魔術王には、世界がこう見えてるってこと?

 だからアヴェンジャーは魔術王に従わない? 人の悪性だけで地獄を語る魔術王の考えは、善も悪も併せて人の全てこそが地獄だと思うアヴェンジャーとは相容れないから?」

 

「……だとしたらどうする?」

 

 ―――人の世の善も悪も併せて地獄、だというならまだいい。

 けれどこれは、悪の部分を取り上げているだけだ。

 あるいは。これを知っていたからこそ―――式はあんなことを言い残していったのだろうか。

 

「―――どうもしないよ。これが何であっても、私たちが負けられないことに変わりはないから」

 

「ク―――幾らでも虎のように吼えるがいいさ、おまえにはすべてが許されている。

 さあ、第二の間に向かうぞマスター。それがただの遠吠えではないと、成果を以って証明するがいい」

 

 再び歩み出すアヴェンジャー。

 彼の後ろに追従しながら、立香は強く前を見据えた。

 

 

 

 

「やあ、我が魔王。急ぎかい?」

 

「あ、黒ウォズもこっちに戻ってきてたんだ」

 

 廊下で出くわしたウォズの声に反応し、ソウゴが立ち止まる。

 ロンドンから帰ってきてからこっち、見かけていなかった彼。

 いつの間にやら戻ってきていたらしい。

 

「藤丸立香君のところへ行くのかい?」

 

「そうだけど。何かあるの?」

 

 医務室への足取りを止めないソウゴに従い、歩きながら会話を続けるウォズ。

 彼は脇に本を抱えながら難しい顔をしていた。

 

「……恐らくは君の運命に何か、大きな転換点が迫っている。

 その詳細は私にも分からないのだが……」

 

「ふぅん……それは立香を助けに行く時に、ってこと?」

 

「状況的に見てそうだろうね」

 

 そんな言葉を聞いてもソウゴはまるで気にした様子はなく、足も止めない。

 小さく肩を竦めたウォズが、続けて彼に対して呆れたような言葉をかけた。

 

「もう少し気にしたらどうだい? 発生するのは相当に大きい問題のはずだ」

 

 彼のその進言を受け入れてか、ソウゴが足を止めて顎に手を当てる。

 悩みこむような様子を見せ始めた彼に対してウォズが小さく息を吐いて―――

 

「うーん。黒ウォズはさ、俺がそんな事を気にして悩むような王様でいいの?」

 

「……なんだい?」

 

「俺はもう立香を助けに行くって決めたから。それを無視して、俺の運命が変わることに怯えてたってしょうがない。

 もう決めたんだ。運命が俺の未来を決定付けても、俺の意志で決めた未来で運命を越えてみせるって」

 

 言い切ったソウゴがそのままウォズを置いて、目的地に向け歩き出す。

 歩き去る王の背中を眺めていた家臣は大きく肩を竦めてから、その手の中で『逢魔降臨暦』を開いて中身に目を滑らせる。

 

「やれやれ……我が魔王にも困ったものだ。だがしかし、これは一体……」

 

 魔王の覇道は問題なく歩み続けている。

 しいて言うならばスウォルツと門矢士の動きは多少気になるが、大した問題ではない。

 白ウォズの問題はあるが、恐らくその救世主とやらも大したことはあるまい。

 いや、正確には。救世主がどれほどの相手であっても魔王の力の前では無力同然だろう。

 そして人理焼却はある意味でこちらにとっても隠れ蓑として有効な状況だ。

 

 そんな状況でなお、覇道にとって気を付けなければならない存在がいるのだろうか?

 

 

 

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム! プリーズ! ウィザード!〉

 

 赤い宝石の輝きを纏い、変身するソウゴ。

 仮面ライダージオウ・ウィザードアーマーと化した彼が、立香に歩み寄っていく。

 

 虚ろな目でぽけっとした状態の彼女は、医務室のベッドに寝かされていた。

 彼女の横ではジャンヌが手を取りながら祈り、部屋の端に腰かけたダビデ王は竪琴を奏で続けている。あるいは悪魔でさえ背を向けるような破魔の環境に置かれた立香。そんな彼女の健康状態をモニターしながら、ロマニは難しい顔をしていた。

 

「ほんの少しずつだけど、バイタルが徐々に低下している。

 二人のおかげで恐らくは影響は最小限に抑えられている、と思うんだけど……」

 

「……まあ、アヴェンジャーなんてそんなもんよ。

 存在自体がこの世界への呪いみたいなものだもの、人間に送り込む呪いとしては最上でしょう」

 

 マスターの推測通りにアヴェンジャーが使われているならの話だけど、と。

 壁に寄り掛かったオルタが立香を見ながらそう呟く。

 彼女のすぐそばにまで歩み寄ったジオウが、空中に赤い魔法陣を描いた。

 

「だから、俺が立香のアンダーワールドに入ってそれをどうにかしてくる」

 

 医務室に詰めた皆が、特にマシュが強くジオウを見つめる。

 

「―――ソウゴさん、先輩を……」

 

「うん。助けてくる」

 

 彼女の声に大きく頷いたジオウが、魔法陣の中に飛び込んだ。

 藤丸立香の精神の中に飛び込んだ彼は、魔力で作られた光のトンネルを落ちていく。

 そうして数秒の後、その光の中から吐き出されて―――

 

 立香の心の中とはかけ離れた石の造りの搭の中へと着地していた。

 

「……ここが立香のアンダーワールド、じゃないよね。

 これが呪いの世界ってことなのかな。とりあえず立香を探して……」

 

 何度か周囲を見回してから動き出そうとした、その瞬間。

 ソウゴの感覚が異様なものを感知して、本能が警鐘を鳴らしていることを理解した。

 それは一度感じた覚えのあるものだ。そして、ソウゴには絶対に見逃せないもの。

 

 理解した瞬間に彼は一気にそちらへ向け駆け出して―――しかし。

 次の瞬間には、ジオウはまったく別の空間に囚われていた。

 

「……? これは―――?」

 

 時間と空間が歪んだどことも言えないような場所。

 まるで宇宙のような闇の中に様々な風景が入り混じる異常空間。

 その中に立たされたジオウが周囲を探るために首を動かし―――人影を見つけた。

 

 プラチナブロンドの髪に白い装束。

 おおよそ人とは思えぬ超然とした力を纏う誰かが、そこに立っていた。

 

 彼は微笑むような顔でジオウを見ている。

 少なくとも、敵であるというような態度ではないだろう。

 

「あんたは……?」

 

「―――君は王様になりたいんだろう?」

 

 問いかけるソウゴに問いに答えないまま、白い男は問い返してくる。

 

「そうだけど……」

 

 ふわり、と彼の姿がジオウの目の前から消える。

 何処へ行ったのか、と探す必要はなかった。

 すぐにジオウの背後から彼の声が続けられる。

 

「確かにこの場所で君が動けば、仲間である彼女を簡単に助けられるかもしれない。

 けど、全部一人で解決するのが君の考える王様なのかい?」

 

「―――そうかもしんないけど。でも立香に戦う力はない。

 俺が助けに行かなきゃいけないでしょ?」

 

 振り返ったジオウが男に対して言い切る。

 彼はその言葉に笑みを深くし、再び姿を消す。

 

「戦うための力を持たないということは、戦う力がないという事じゃないだろう?」

 

 再び現れた彼が手を動かすと、周囲の空間が捩じれて白一色に変わっていく。

 白い地平線の中で対面することになる二人。

 

「誰だって思ってる。『変身したい。もっと別の、何かができる自分に』って。

 そんな変わりたいという願いを止めてしまう。そんな王様で君はいいのかい?」

 

「それは……」

 

「俺たちの力は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう?」

 

 そう言い切る彼の顔をジオウが見据えた。

 俺たち、と口にした男の言葉の意味を取り違えるような事などない。

 仮面の下で目を見開いたソウゴが、彼をまじまじと見つめた。

 

「アンタは……」

 

「願いは変わらない。始まりの想いは変わらない。やりたかった事は変わらない。

 ―――けど、やり方はひとつだけじゃない。だから君も変われる。

 今よりずっと、望んだ通りの王様に。―――信じてあげるといい、君の仲間を」

 

 ソウゴの頭の中で黄金の王の姿がよぎる。

 荒廃した未来に君臨する孤独な王。

 有り得てはいけない未来を思い描き、そして彼は男を見返した。

 

「―――それでも。俺は……」

 

「……なら」

 

 男の腰に短刀がついたバックルが出現する。

 同時に彼が持ち上げた腕には、オレンジのような造形の錠前が握られていた。

 彼の指がロックを外し、鍵を開く。

 

〈オレンジ!〉

 

 空間内、男の頭上に形成されていく巨大な果物のオレンジらしき物体。

 それを見上げる事もなく、彼は開いた錠前をバックルに取付けていた。

 続けて、開いていた錠前を閉める。

 

〈ロックオン!〉

 

「変身」

 

〈ソイヤッ!〉

 

 男の腕がバックルの短刀部分を跳ね上げ、錠前に刃を入れる。

 まさしくオレンジをカットするように錠前の前部分が開いて下りた。

 

 男を包んでいくネイビーブルーのスーツ。

 その上から空中に生成されたオレンジが落下してきて、彼の頭をすっぽりと包み込む。

 皮をむくように広がっていく巨大オレンジ。

 それが鎧の如く彼に装着されて、彼の()()は完了した。

 

〈オレンジアームズ! 花道オンステージ!〉

 

「助けに行きたいって全力で突っ走ればいい! それを俺が止めてやる!」

 

 くし型切りにしたオレンジの果肉のような刀身の刀、大橙丸。

 鍔に銃撃のための機構が仕込まれた刀、無双セイバー。

 二振りの刃を両手に構え、彼が―――仮面ライダー鎧武がジオウの前に立ちはだかった。

 

 そんな彼を前にして、ジオウが首を横に傾げる。

 

「……あれ? そういう問題じゃなくない?」

 

「えっ? ……いや、うーん。まあそうかもしんないけど、とりあえずほら……な?」

 

 オレンジの兜を刀を持った手でがしがし掻きながら、自分も首を傾げる鎧武。

 ふらふらと揺れる剣先は、どうやって説得したものかと考えているようだ。

 ジオウも手を組んで悩むように白い空間の空を仰ぐ。

 

「うーん……じゃあとりあえず。立香を助けに行くためには、アンタを倒さなきゃいけない……ってことでいいんだよね」

 

「おー……おう! そんな感じで!」

 

 瞬間。鎧武の足場、白一色だったはずの空間から土の壁が湧き上がった。

 彼を押し潰さんと発生した壁が一気にその体を呑み込み―――

 斬、と。土壁に全て剣閃が奔り、滑り落ちるように崩れていく。

 

 土の魔法を一息に切り捨てられたウィザードアーマーが、その手にジカンギレードを呼びだす。

 二刀に対抗するべく即座にコピーで増やされるジオウの剣。

 大橙丸と無双セイバーを構え直しながら、鎧武は腰を落として吼え猛った。

 

「さあ―――こっからは俺のステージだッ!!」

 

 

 

 

「………?」

 

「どうした、マスター」

 

 足を止め、後ろを振り返る。

 先導するアヴェンジャーが視線も向けぬままに、足を止めた立香に問いかけた。

 彼女自身も何故足が止まったのか分からないかのように、首を傾げる。

 

「いや、何か……誰かの声が聞こえたような?」

 

「―――肉体がカルデアにあるのだ、そういうこともあるだろうさ。

 此処に囚われているのはおまえの魂だけだが、当然本来は揃っているべきものだ。

 体が拾った音が魂に響くようなことがないとは言えない」

 

 アヴェンジャーの物言いに首を傾げる立香。

 ここの自分ではなく、外の自分が拾った音と言われるとそうであるような。

 しかし何かが違うような―――と。足を止めたままに耳を澄ませる立香。

 

「―――――」

 

「―――今、誰かの声がした」

 

 二度目に届いた誰かの声は、聞き逃さなかった。

 それが一度目の声と同じかどうかまでは分からないが、近くに誰かがいる。

 すぐさまそちらへと足を向ける立香。

 

「先にそっちに行こう、アヴェンジャー」

 

「は―――随分と余裕があるな、マスター。それは正義感という奴か?

 自分の生存さえ定かではないこの状況下で、荷物なんぞ抱えている暇があるのか?」

 

「……もともと私こそ皆に抱えてもらってる側だもん。

 多分アヴェンジャーが駄目だって言ったら、私だけじゃ救えないよ。

 こっちこそ訊きたいかな。私は助けに行きたい、協力してくれる? アヴェンジャー」

 

 アヴェンジャーが立香に向かって振り返る。

 正面から顔を合わせ、数秒。

 

「……既にオレとおまえの契約は交わされた。

 この搭より抜け出す事はオレとおまえによる共謀。それを達成するまでは、マスターとサーヴァントの関係だ。おまえがそうしたいと言うならそうするがいい。

 おまえにはそれを行うと決める権利がある」

 

 彼の言葉に頷いて、立香は走り出した。

 立香が最初に入れられていたような牢屋が幾つも並んでいる。

 どこからした声か、とそれらを覗き込みながら走り抜け―――

 

 その中で、一人の人間が倒れているのを発見する。

 

「いた!」

 

「ふん―――」

 

 アヴェンジャーは鼻を鳴らしながらその場で立ち止まった。

 立香が言うまでも無く、彼の腕により瞬く間に破壊される鉄格子。

 盛大な金属音を鳴らして倒れる鉄の扉を踏み越えて、立香はその人へと歩み寄る。

 

「大丈夫ですか?」

 

 立香の手が倒れ伏した人間を抱き起す。

 そこにいたのは、白い服を着た黒く長い髪の女性。

 彼女は立香に抱き起されるがまま身を起こし、ゆっくりと目を開いた。

 

「ここ、は……?」

 

「ここは……その、シャトー・ディフっていう場所らしいです」

 

 告げられた名前。しかしその場所に、彼女はまるで覚えがないという様子を見せる。

 己の掌を額に当てながら視線を彷徨わせる女性。

 

「分からない……分からないの……!」

 

「正直私もよく分かってないので、大丈夫だと思います」

 

 彼女を落ち着かせるためだろうか。立香が逆に落ち着かなくなる告白をする。

 後ろで聞いていたアヴェンジャーすら呆れた表情を浮かべていた。

 だが、女性はそうではない、と口にする。

 

「私には……()()()()()()()()()()……!」

 

「――――え?」

 

 頭を押さえながら成されたその告白。

 苦しげに呻く女性を抱き上げながら、立香は呆けたように声を漏らした。

 

 

 




 
ス「は???????????????????????????????????」

 


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2-2 復讐者1838

 

 

 

「記憶喪失……?」

 

 自分の記憶を必死に思い出そうとしているのだろうか、彼女は頭を抱えながら呻いている。

 ここが魔術王の作った場所だというのなら、彼女も同じように呪いをかけられたからここにいるのかもしれない。

 どこかの特異点で生きていた人がここに囚われてしまった。そういった可能性もあるだろう。

 

「アヴェンジャー、魔術王は私以外にも……?」

 

「―――さて。ここは時間や空間に囚われない、魂の牢獄。

 言ってしまえば、オレも虜囚である以上は収監されたものを全て把握しているわけではない」

 

「時間や空間が関係ないって……それは、カルデアみたいにってこと?」

 

 アヴェンジャーの言い方に、魔術王が残した言葉を思い出す。

 魔術王は自身の千里眼でさえカルデアは視えない、と言っていた。

 だとしたらここの事も彼には視ることはできないのだろうか。

 

 彼は返答することなく、ただ肩を竦めて返した。

 

「……どちらにせよ、その女は魔術の王が送った人間ではあるまい。

 恐らくは時空間の狭間を漂流していた人間がここに流れ着いただけだろうさ」

 

「漂流……」

 

 立香が周囲の状況を見回す。紛う事なき牢屋だ。

 どんな事情にしろ、このような環境で放置していくわけにはいくまい。

 彼女の背中に手を添えながら、立香は立ち上がろうとする。

 

「大丈夫? とりあえず、ここから動こう。立てる?」

 

「……ええ、ごめんなさい。立てるわ」

 

 軽くふらつきながらも、立香に従って彼女は立ち上がる。

 そんな彼女の様子を牢屋の外から見ていたアヴェンジャーが声をかけてきた。

 

「名前も覚えていないのか?」

 

「……そうね、何も覚えていないわ。自分の名前さえ思い出せないの」

 

 苦渋を滲ませながらそう口にする彼女。

 その返答を受け、僅かに視線を上げるアヴェンジャー。

 

「……ふん。名前と記憶を奪われた女か。

 名無しでは呼び名にも困るだろう、思い出すまではメルセデスとでも名乗るがいい」

 

 続けて開いた彼の口からは、彼女の仮の名前を告げるものだった。

 それは今までとは大きく違い、感傷のようなものを強く浮かべた声と感じる。

 

「メルセデス……?」

 

「―――かつてこのシャトー・ディフにおいて、名と存在の全てを奪われた男にまつわる女の名だ」

 

 彼はそう言い切るや、牢屋の前から歩き出してしまう。

 彼女―――メルセデスを伴い、それを追うように立香もまた歩き出した。

 

 

 

 

「―――劣情を抱いたコトはあるか?

 第二の間に踏み込む上でオレはおまえにそう訊ねよう、マスター」

 

 少しばかり歩き、第二の間らしき空間が見える場所まで辿り着いた。

 かと思えば、突然そんなことを語り出すアヴェンジャー。

 

「女の子ふたりがいる中で男である貴方が訊くことじゃないと思うよ、アヴェンジャー」

 

 サーヴァントからの問いかけに対し、ノータイムで返すマスター。

 

「一箇の人格として成立する他者に対して、その肉体に触れたいと思った経験は?

 理性と知性を敢えて己の外に置いて、獣の如き衝動に身を委ねて猛り狂った経験は?」

 

 言い返しても全力でセクハラ質疑を続けてくるアヴェンジャーに眉を顰める。

 だがアヴェンジャーからしたところで真面目な話をしているだけだ。

 それを傍から見ていたメルセデスが、アヴェンジャーに対して問いかけた。

 

「それが何か、重要な話なの?」

 

「重要だとも。それは誰しもが抱くが故に、誰ひとり逃れられないもの。

 他者を求め、震え、浅ましき涙を導くは―――色欲の罪」

 

 その瞬間、搭が揺れる。

 突然の地震に立香もメルセデスも驚き、そして震源へとすぐさま目を向けた。

 

 今にも踏み込もうとしていた第二の間。その中心で待ち受けるのは、一人の巨漢。

 彼は筋肉の鎧を惜しげもなく晒しながら、巨大な武装を床に叩き付けていた。

 

「なァにが浅ましきだッ!! その欲こそが世の理、世界を回す営みだろう!!

 天地天空大回転! 獣欲の一つも持たないものに、どうして世界を回せようか!!」

 

 唖然とする彼女たちの前で、巨漢は床を砕いたモノを持ち上げる。

 先端に向けて尖った巨大な柱の如きモノ。

 それはあるいは剣と呼べなくもないかもしれないが、それ以上にドリルとでも呼んだ方が正しい表現になるだろうと感じさせる。

 

「欲深くもないものが英雄など、勇士などと呼ばれるものか!

 応とも! 赤枝騎士団筆頭にして元アルスター王たるこの俺は―――!」

 

 そこで彼は一度大きく息を吸う。

 今から吐き出す言葉に全霊を乗せるようにして―――

 

「主に女が大好きだ――――!!!」

 

 叫ぶ。

 どこかで聞いたような騎士団や国の名前も叫んだ気がするが、それよりも意識を持って行くのは彼自身の雄叫びだ。

 

「主に……」

 

 メルセデスが困惑げに彼のセリフの頭を繰り返す。

 

「ははははは! 俺の領域に来たるは中々良い面構えの女がふたり!

 俺が戦士として戦い、叩き伏せて、組み敷くに相応しい相手と見た!!

 しみったれた監獄にひとり酒ひとり寝かと肝を冷やしたが、こいつは重畳。

 さて、そうなると問題はそちらのサーヴァントだが―――」

 

 いきなりそう宣言された立香とメルセデスが一歩退いた。

 

 続けて男に視線を向けられたアヴェンジャーが肩を竦める。

 品定めするような視線が彼の黒い姿を上から下まで舐め尽くし―――

 

「―――ふむ、悪くない。どうだ、おまえも俺と一晩……!」

 

「寝言は寝て言え、フェルグス・マック・ロイ」

 

 即答だった。言い切らせることすらしない。

 フェルグスと呼んだ男の発言を断ち切るように、アヴェンジャーが否定を返す。

 

「ええ! 私たちと戦いたければまずはアヴェンジャーを倒してみせることね!」

 

 そしてマスターは即座にそれに乗った。

 言われたフェルグスがふぅむとアヴェンジャーを注視する。

 無言の抗議が飛ばされていることを理解しつつ、立香はふんぞり返ってみせ―――

 

「ははは! いや、()()()()()()()()()()()()()()()

 つまり三人纏めて叩き伏せれば手間が省けるというものだ!!」

 

「えぇ……」

 

 それはどうかと思う、という言葉を吐く前に。

 アルスターの男はその巨体に見合わぬ速度でもってこちらに踏み込んでいた。

 不味い、と直感する。このサーヴァントはファントムと違い一流の戦闘者。

 

 立香の付け焼刃では時間稼ぎすら叶わない相手―――

 

「フン―――?」

 

「わっ……!」

 

 アヴェンジャーが動こうとして、しかし彼より先に動いているものがいた。

 思い切り横に突き飛ばされる立香。

 それを成したメルセデスが、自分もその反動で横に跳んでいた。

 フェルグスの一撃が大上段から振り下ろされ、二人が直前まで立っていた床を粉砕する。

 

 突き飛ばされた彼女が更に襟首を引っ張られ、後ろに持っていかれる。

 首を動かして後ろを見ると、彼女を掴んだアヴェンジャーが後ろへと跳んでいた。

 

「っ……アヴェンジャー、私だけじゃなくて……!」

 

「―――わざわざオレが後ろに引っ張る必要もあるまい。おまえと違ってな」

 

 地面に叩き付けられた状態の巨大な剣が、そのまま横に向かって振り上げられる。

 メルセデスが白い衣を翻しながら頭を下げ、勢いを活かしたまま体を倒す。

 頭上を通り過ぎていく剣のフルスイングを潜り抜け、彼女は姿勢を落とし切って地面を滑っていた。

 

「やああぁ――――!」

 

「ふぅむ―――!」

 

 地面を踏み締めたフェルグスの股下を潜るスライディング。

 巨重武器を前にこうまで踏み込んできた相手に頬を緩める戦士。

 そんな彼の背中を取ったメルセデスが立ち上がると同時、肩からフェルグスの背中に当たりに行った。

 

 ―――渾身の体当たりはしかし、彼に対して何の痛打にもならなかった。

 口惜しげに退こうとする彼女の耳に男の声が届く。

 

「―――その意気や由。カラドボルグを前に怖じぬ胆力は戦士と呼ぶに相応しい!

 だがそれだけでこの俺に勝てる筈もなし!!」

 

 振り返りざまに振り抜かれるフェルグスの鉄拳。

 それが躱し切れずに彼女の肩を掠め、その体を大きく吹き飛ばす。

 地面を転がっていくメルセデスに立香が叫ぶ。

 

「メルセデス―――!」

 

「く、ぁっ……!」

 

「まずはひとり、だ!」

 

 躊躇など何処にもなく、フェルグスは更に踏み込む。

 手加減をするような様子はない。

 抱くだの抱かないだのの話など関係なく、彼が戦場で手心など織り交ぜるはずもなかった。

 それらは全て、死合い終わってからの話だ。

 

 武装が突き出される。遠慮呵責なく、ドリルの如き刃が放たれる。

 それを前に―――

 

「行って、アヴェンジャー!」

 

「ふん……」

 

 それがメルセデスに届く前に、黒い炎が割り込んだ。

 白く巨大な剣を両腕でもって受け止めてみせるアヴェンジャー。

 彼と対面したフェルグスがニヤリと口元を吊り上げた。

 

「ほう、俺の剣を両の腕で受け止めるか! ますます貫き甲斐があるというものだ!

 この猛り、おまえのその体で受け止めさせて鎮めねばオチオチ寝る事もできんな!!」

 

「―――所詮は色欲に誘われ迷い出た煉獄の獣鬼。

 貴様の猛り如きでは、復讐に猛る虎の牙に喰い破られるだけと知るがいい―――!」

 

 黒炎と剣が弾け合う。

 その瞬間、アヴェンジャーの姿がブレて見えるほどの速度で動き出した。

 縦横無尽に翔ける影は、圧縮されて光線じみたものになった炎を叩き付ける。

 

「むぉ―――ッ!?」

 

 四方八方から放たれる熱量にフェルグスさえも蹈鞴を踏む。

 

 戦闘の隙に、立香がメルセデスへと向け走り出していた。

 そのまま倒れている彼女に寄って抱き起こす。

 

「大丈夫?」

 

「え、ええ……ごめんなさい、足を引っ張ったみたいで……」

 

 彼女はアヴェンジャーとフェルグスの行う戦闘行動に見入っている。

 そもそもサーヴァントという存在を彼女は認知していなかったのだ。あのような動きができる人間がいるとは思っていなかったのだろう。

 それにしては彼女がフェルグスに仕掛けた動きは洗練されていたとも思うが。

 

「ううん、こっちこそ助けてもらって……」

 

「このままでは削り殺されるか! ははは、俺が削られるなど笑い話にもならんな!

 ではこうするとしようか!」

 

 彼女たちの会話が終わる前にフェルグスが思い切り剣を振り回していた。

 放たれる光線を力任せに切り払い、乱雑なまでに周囲に弾き返す。

 

 弾かれたアヴェンジャーの炎。

 それが飛んでくるのを視認したメルセデスは、すぐさま立香を引きずり倒していた。

 付近に着弾して黒い炎の柱を立ち昇らせる熱線。

 マスターたちの危険を見て舌打ちしながら足を止めるアヴェンジャー。

 

「チッ……!」

 

「そら、足が止まったぞ黒いの! しかしおまえも此処も暗すぎて滅入るなぁ!

 ―――虹霓でもかけてやれば、少しはマシになるとは思わんか!!」

 

 フェルグスが剣を掲げ、その魔力を一気に剣に込め始めた。

 即座に再始動したアヴェンジャーが、形振り構わぬ直線軌道でもって彼までの距離を最短で駆け抜ける。

 放たれる黒い炎の拳。しかしそれに対してフェルグスは空いた片手で拳を返してきた。

 二人の拳が交差し、互いに後ろに弾き返される。

 拳を呪怨の炎で焼かれながら、しかし彼に怯むような様子はまるでない。

 

 魔力を喰わせ、大きく掲げた剣の切っ先。その向き先は床。

 全力をもって地面に突き立てるような動作で、彼はその剣を振り抜き―――

 

「“(カラ)――――!?」

 

 バシュン、と。その切っ先が地面に突き立つ前に赤い弾丸が剣に直撃していた。

 同時に剣の周囲を取り巻く赤いエネルギーの渦。

 動かすことを封じられた剣を手に、フェルグスが驚いたように静止した。

 

 瞬間。黒い炎ががら空きになったフェルグスに突撃する。

 一拍遅れながらも敵を払おうと振るわれる腕。

 それを潜り抜けたアヴェンジャーの炎を纏う手刀が、彼の胸を貫通した。

 

 心臓と霊基を粉砕する一撃を受け、フェルグスが即死に至る。

 己を撃ち抜く腕を見下ろしながら彼は楽しそうに笑う。

 

「―――してやられたか。が……!」

 

「―――!」

 

 既に死しているにも関わらず、彼の体が動き出した。

 赤い光の拘束を引き千切り、発動直前であった大剣宝具を地面に向け再び動かす。

 

 その動作に対して舌打ちしたアヴェンジャーもまた攻撃を開始する。

 彼の心臓に腕を突き立てたまま、空いた腕が狙うのはフェルグスの頭部。

 首から上を消し飛ばすべく振り抜かれる黒い炎。

 だがその途中で手首を掴まれ、頭を潰すことは叶わない。

 

「振り上げておいて振り下ろせぬまま死ぬでは戦士の名折れ!

 天地に我が剣在らば天空にこそ我が力は渦巻こう! 是即ち、天地天空大回転!!

 いざ味わっていけ、“虹霓剣(カラドボルグ)”――――!!!」

 

 至近距離にいるアヴェンジャーが放射する黒炎を全身に浴びながら笑う。

 大きく表情を歪めた復讐者の前で剣は石の床へと突き立てられ―――

 

 瞬間。虹の光が室内に溢れ返り、周囲の一切を蹂躙していく。

 床も、壁も、天井も、全てを虹霓が引き裂いて崩落させる。

 光の乱舞にこそ巻き込まれなかったが、足場が砕け散ったとなれば立香とメルセデスがどうなるかは明白だ。崩落に巻き込まれ、床の下に広がっている奈落に落ちていく二人。

 

 それを追うべく動こうとするアヴェンジャーはしかし、フェルグスに力尽くで拘束されている。

 その一撃を放った瞬間に退去が始まり、体の端から砕け散っていくフェルグス。だがアヴェンジャーを掴んでいる彼の体が残っている限り、彼は二人を追いかけられない。

 

「チィッ……! 紛い物でもケルトの勇士か……!」

 

「ははははは! 強者と戦い! 旨いものを食い! 良い女を抱く!

 命果てるまでそうだっただけだ! そんなものに紛い物も何もあるものか!

 さあ、此処で俺が果てるまで付き合え! 黒い炎のサーヴァント!!」

 

 砕け散りながらもまるで力は緩まない。

 瓦礫とともに下に消えていった二人を一瞬だけ振り返り、黒い炎が噴き上がる。

 アヴェンジャーの見開いた目が黄金色に輝き、更に出力を向上させた。

 向き合うフェルグスが愉しそうに笑みを深くする。

 

「はっはっはっは! 心地良い気迫だ、女は抱けなかったがこれはこれで悪くない!!

 むしろ良い! さあ、まだまだこれからだ―――!!」

 

「黙っていろ、これ以上おまえに付き合っている暇は―――ない!!!」

 

 黒い炎がアヴェンジャーを中心に破裂する。

 周囲の瓦礫ごと溶かす熱量が爆発し、その場を漆黒が包み込んだ。

 

 

 

 

「っ……!」

 

 フェルグスの宝具解放により崩れ落ちた床。

 そこから放り出された二人が、互いを掴みながら底の見えない奈落に落ちていく。

 底が見えないのも問題だが、仮に底があったとしてこの高さからの墜落は更に大問題だ。

 運よく落下の衝撃を殺してくれて、更に落ちてきたものを優しく受け止めてくれる床が広がっていない限り、即死が見えている。

 

「―――地面!」

 

 メルセデスが叫ぶ。立香もまた視認した。

 広がっているのは当然のように、今まで通りに石の床。

 そんなところに叩き付けられれば、どうなるかは想像に難くない。

 

 ―――メルセデスを見る。彼女が着ているのは普通の服だろう。だったら、普通の服ではないカルデアの制服を着ている自分の方が防御能力は高いはずだ。

 メルセデスを抱き寄せて、自分が下になるように引っ張る。

 

「……っ何を!」

 

「大丈夫……きっと……!」

 

 まったくもって大丈夫なはずがない。

 けどそれでも、()()()()()()()()()()()()()

 

「多分、いける気がする……!」

 

「そんなわけが……!」

 

 地面への着弾は三秒後。

 目を瞑り、歯を食い縛り、体を震えさせながら、それでもメルセデスを抱え込む。

 二秒前、一、

 

 零―――心の中でカウントダウンを終えてしかし、衝撃は襲ってこない。

 まだ落下を続けているのか? いや、先程まで切っていた風は止んでいるのが分かる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 恐る恐ると目を開き―――その瞬間、背中からバタリと床に落ちた。

 

「……え?」

 

 抱え込んでいたメルセデスを離し、ゆっくりと起き上がる。

 まるで地面に落ちる直前に急ブレーキをかけて勢いを完全に殺してから落ちたような―――

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう考えようとした立香。

 が、思い切りメルセデスに腕を引っ張られて無理矢理立たされ走らされた。

 

「え? え? え?」

 

「馬鹿! 止まらない! 早くこっちに!!」

 

 瞬間。彼女たちの後を追ってきていた、床だった無数の瓦礫が雨の如く降り注いだ。

 広間を抜け出して通路の方まで逃げ込んだ彼女たちの前、轟音を立てながら瓦礫の滝が降り積もり山へと変わっていく。

 

 少しの間様子を見てから、恐る恐る上の方を覗きつつ広間に入る二人。

 もう降ってこないと見たメルセデスが小さく溜め息。

 そして立香に向き直って微笑んだ。

 

「助かったわ……落ちてくる時、貴女が何かしてくれたのね?」

 

「……え? いや、私は―――」

 

 何もしていない、何も出来ていない、そう言い返そうとした彼女の前。

 降り積もった瓦礫の山。

 

 ―――そこが内側から弾け飛んだ。

 

「なん、たることかァアアアアッ!!」

 

 瓦礫を弾き飛ばして内側から溢れ出すのは無数の黒い触腕。

 更にそこから這い出してくる男の姿。

 今度こそ、立香はその男に見覚えがあった。

 

「なにっ……!?」

 

「ジル・ド・レェ……!」

 

「おお、おお、主よ! 涜神を極めたる私に、遂に裁きを下すか! 輝かしきモノを冒涜し! 聖なるモノを嘲りし信仰への叛逆者たる私に!

 石の雨を降らし、我が罪への裁きを下さんとするか! だがまだ私はこの舞台に立っている! 何故か! まだ足りないと言うか! まだ主への冒涜を積み重ねろと言うか! よろしい、ではまだ続けましょう! 勇者の魂を地に堕とし、聖者の祈りを辱め、主の前で讃えられるべき全てを、我が憎悪によって穢さん!!!」

 

 触腕の中で宝具たる本を片手に叫ぶジル・ド・レェ。

 眼窩から半分飛び出た眼球がぎょろりと蠢き、二人の少女をその視界に捉える。

 

「何なの、あいつ……」

 

 ズルリ、と。彼の口が笑うように弧を描く。

 そのまま彼は大仰に手を広げ、謳うように声を張り上げた。

 そして―――

 

「おぉおお……何たる輝かしき、勇敢なる少女たち……!

 ええ、ええ……その身を、魂を、命を、我が冒涜によって穢し――――ごげぇッ!?」

 

 直後に、後ろから頭部を殴打されて瓦礫の中に沈んだ。

 目を白黒させてその成り行きを見ていた立香が、彼の後ろから現れた者の名を呼ぶ。

 

「……ジャンヌ?」

 

「―――はい。このような場であれですが……なんだかジルがすみません、マスター」

 

 ジルの頭部を殴打した旗を手に、白い聖女が困ったように微笑む。

 その様子を見ていたメルセデスが立香に問いかける。

 

「……知り合いなの?」

 

「うん。ありがとう、助かったよジャンヌ。こっちに来れたんだ」

 

 立香のその言葉に困ったように表情を崩すジャンヌ。

 そのような反応を示すということは、よくない状況なのだろうか。

 自然と緊張しながら立香は彼女からの返答を待つ。

 

「……いえ。残念ながら、ダビデ王の協力を得てもこれが限界。

 この()()()()()()()()()()()()に干渉し、あなたに声を届けるのが精一杯です。

 ―――ソウゴくんもこちらに向かっています。合流できるまで何とか耐えてください」

 

「そっか。うん、でも何とか頑張ってみるよ。

 こっちにも協力してくれるサーヴァントはいるし……」

 

 ソウゴが向かっている、と聞いて首を傾げつつも頷く立香。

 その横でメルセデスが額に手を当て、小さく呟く。

 

「ソウ、ゴ……?」

 

 ジャンヌが僅かに目を細め、多くない時間の中で語るべきことを語らんとする。

 そう時間の猶予がないのか、或いは伝えるべき言葉が多いのか。

 微かに声からは焦りが感じられた。

 

「マスター、私はただ事実を……あなたに伝えます。

 ―――かつてひとりの男がいました。航海士として成功し、美しい恋人との将来の約束も交わした幸せな人。けれど彼は非道にも無実の罪を着せられ全てを奪われた。

 誰一人、味方はなかった。謂われの無い罪の密告、長い時間を共にした友の裏切り……法を司る者さえ、浅ましき私欲から彼を陥れる側に回りました。

 そして男は……絶望の島、けして生きて出ることは叶わないと語られる監獄塔、シャトー・ディフに送られたのです」

 

 それが、誰のことを語っているのか。わざわざ明言されなくても分かる。

 彼女がこれを伝えるべきだと感じたなら、それを聞いて何を思うのかが大事なのだろう。

 ただ静かに、立香はその言葉を聞き続ける。

 

「―――この世の地獄に閉じ込められ、餓死による自死を望むほどの絶望……しかしその時、ささやかな導きがあったのです。ファリア神父という、独房に繋がれた老賢者。

 彼は()()を男へと与えました。暗黒の底、地獄の中にあってさえ輝く小さな光。

 神父から多くの知識を学んだ男はやがて、彼の死と引き換えに監獄塔を脱出しました。生者が抜け出せぬなら、と。神父の遺体と入れ代わり死人として脱獄したのです。

 託された救世主の山(モンテ・クリスト)の財宝を得て、男は復讐を始めました。すべてを忘れ去っていた人々へ。裏切りと悪逆を見過ごした、残酷なる世界へ。

 そうして、彼は自分を地獄へ落とした者たちを次々と……」

 

 そこでジャンヌは言葉を打ち切った。

 男について伝えるべきことはここまでだ、というように。

 そして再び口を開いた彼女は、別人を語るように復讐者の事を口にし始めた。

 

「あなたと共にあるのは、世界とヒトを憎悪し続けるように定められた者。

 哀しくも荒ぶる魂、復讐者(アヴェンジャー)

 

 言葉を切る。

 彼女は誰かを思い浮かべるように視線を微かに彷徨わせ、再び立香へと視線を向けた。

 

「彼はもうひとりの私とは決定的に違う。

 彼女はジルの望みであり、ジルの思い描いた“私の復讐”こそが根底にある。

 けれど彼は―――」

 

 ジャンヌの言葉を遮るように、黒い炎が天上から落下してきた。

 瓦礫の山に激突した黒い炎が弾け、その中からアヴェンジャーが姿を現す。

 彼は怒りに歪む凶暴なまでの表情でもって、彼女を睨み据える。

 

「―――既に“個人の復讐”から分離した、復讐者という概念そのものです」

 

「そうとも! このオレこそが恩讐の彼方より来たれり復讐の化身!!

 そう在れかしと願われ! 乞われ! 誰もがオレに憎悪による殺戮を期待する! そして正統なる復讐が果たされた暁にはオレこそが正しい、胸がすく思いだと喝采する!!

 ああ、応えてやろうとも! オレこそが永遠に救われぬ魂を憎悪によって燃やし続け、やがて世界さえも灼き尽くす人間(オマエタチ)が望んだ復讐者だ!!」

 

 彼の着弾の衝撃で吹き飛んだ瓦礫を掻き分け、再びジルもまた頭を出す。

 二人のサーヴァントを前にして、アヴェンジャーの顔が更に凶悪に歪んだ。

 

「信仰も何もかも捨て去り怠惰に耽る男、ジル・ド・レェ!

 憤怒すべき境遇にありながら赦しだの救いだの綺麗事を並べる女、ジャンヌ・ダルク!!

 貴様たちは、纏めてオレの恩讐の炎で消えるがいい――――!!!」

 

 

 




 
私ラースフレイムだけダントンに当たらないの好き!(バーン
 


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2-3 嚇怒の炎1838

 

 

 

「おお、おぉおおッ! ジャンヌ!

 主よ、尊き我らが聖女すらもこの舞台に上げるか! 何たる非道! 何たる悪逆!

 赦されぬ! けして赦されぬ! 例え神が赦そうとも、この私が赦さぬ!!」

 

 絶叫を上げながら瓦礫から再び現れたジルはアヴェンジャーを睨む。

 地面となった瓦礫を崩しつつ、その中から無数の海魔が溢れだしてくる。

 ヒトデを幾重にも重ねたかのような蠢く怪物たちを前に、しかし彼は凶悪な笑みを浮かべた。

 

「―――赦さぬ、だと? 赦しを乞うのはオレではない……! 貴様たちだ!

 復讐者たる我の前に立つ滅ぼされる者たちこそが、頭を垂れて赦しを乞う!!

 『俺が悪かった』、『命だけは』、『助けてくれ』、と!

 それらを踏み躙り、断末魔を哄笑で塗り潰し、全てを奪い尽くす悪鬼! それこそが我!」

 

 黒い炎が放たれる。それは容易に海魔たちを焼き切り、瓦礫の山ごと粉砕する。

 無数に湧き続ける怪物はしかし、湧くより速く焼き殺されていく。

 

 戦場と化した新たな広間の中、立香とメルセデスが巻き込まれないように後退る。

 

「アヴェンジャー! ジャンヌは……!」

 

 立香が張り上げる声は、聖女を焼き尽くそうとする彼の攻撃を止めようとするもの。

 だが彼はそれを鼻で笑い、むしろその黒炎を更に滾らせた。

 

「その女がなんであれ、此処においては裁きの間の支配者に他ならない!

 おまえがこの監獄搭を脱したいと言うのなら、奴を殺す以外に道はないと知れ!」

 

 海魔を焼き払いながら、アヴェンジャーがジャンヌに向け疾駆する。

 そのまま彼が放つ黒炎を纏う拳は、聖女の振るう白い旗と激突した。

 

「―――ええ。あなたの言う通りです、アヴェンジャー。

 この場において私は、どうあれマスターの旅路を阻むためのもの。

 ならば、マスターのために討ち取られることに否やはありません」

 

「だと言うなら! 貴様には裁きの間の番人たる資格もない!

 早々に死ぬがいい―――女ァッ!!」

 

 足場となる瓦礫が焼け落ちて、次々と崩れていく。

 そんな中で強引に旗を振り抜いてアヴェンジャーを押し返すジャンヌ。

 力任せに押し返された彼がしかし、瓦礫を踏み砕きながら耐え抜いた。

 即座に再度の踏み込み。

 

「私の中に憤怒はない。どちらにせよ、私にそんなものは務まらない。

 ―――そして、だからこそ私はあなたの前に立ちはだかりましょう、アヴェンジャー。

 憤怒などではなく、あなたに救いと赦しをもたらすために」

 

 再びの激突で撒き散らされる黒い炎。

 それに照らされたアヴェンジャーの金色の瞳が煌々と憎悪に輝く。

 

「ハ、ハハハハハ――――! 人間を信じ、主を信じ、全てに裏切られ炎に消えた聖女!

 おまえはオレを赦す、と。救うなどとほざくか―――!

 ―――だがオレは赦さない。誰がオレを赦そうと、オレは全てを赦さない!!

 それが復讐者であると、その身に刻んで滅ぶがいい―――ッ!!」

 

 そこから更にアヴェンジャーが踏み込み、ジャンヌに向かって拳を振るう。

 旗を繰り、両腕による拳打の嵐を受け流す彼女。

 が、その一気呵成の連撃全ては受け流しきれない。

 

 ―――彼女は手甲で無理矢理受け止めながら、旗を振り抜きアヴェンジャーを押し返す。

 彼は押し返されるがままに後ろに跳び、しかしすぐさま踏込み殺到する。

 二人が衝突した直後、その衝撃で周囲の瓦礫と海魔だったものが舞い上がった。

 ぐちゃぐちゃと地面に落ちてくる無数の物体。

 

 それらを避けるためにメルセデスが立香の腕を引き、走り出した。

 

「何してるの! ぼうっとしない!」

 

「―――そっか。だからアヴェンジャーは……」

 

 メルセデスに怒鳴られながらも、立香はジャンヌと無数に交錯する黒い影を見上げる。

 彼女を引っ張りながらも、訝しげにそんな彼女の様子を眺めるメルセデス。

 そのように彼女たちが黒と白の戦いから距離を置いている状況で。

 

「こぉの匹夫めがァアアアアアアッ――――!!!」

 

 ジル・ド・レェの絶叫とともに、残る海魔たちが黒衣を目掛け雪崩れ込む。

 その勢い余って崩れる足場に巻き込まれ、海魔が幾つか立香たちの方に転がり落ちてきた。

 それらは近くの獲物と認識したのか、彼女たちを目掛けて動き始める。

 はっとした立香がすぐさまファイズフォンXを構え、射撃を開始した。

 

 直撃した赤い光が弾け、ヒトデのような体が一部千切れ飛ぶ。

 通用はする。だがこの流れ込んでくる量では、あまりにも処理能力を超えていた。

 

「相手が多すぎる……!」

 

 処理しきれない、ということは通路には逃げ込めない。

 弾幕を張って寄せ付けないようにできるならともかく、この状況でそちらに逃げ込めばそのまま物量に押し流される結果しか見えない。

 部屋の中で走れそうなところを走り彷徨いつつ、射撃を続ける。

 このままではいずれ追い込まれることになるだろう。

 

 それを理解してメルセデスが足を止める。

 彼女に引っ張られていた立香が蹈鞴を踏んで、驚いたような表情を浮かべた。

 そんな彼女の手から、ファイズフォンが取り上げられる。

 

「メルセデス……!?」

 

「そのまま逃げてて! 今度は私が助ける番―――あっちは私が引き付ける!」

 

 そう言って、彼女は銃撃しながら蠢く海魔たちの中へと駆け込んでいく。

 大口を開いて溶解液を噴き出す海魔たち。

 それらを回避しながら、メルセデスがその場で大立ち回りを開始した。

 

「待っ……! っ――――! ッ、アヴェンジャー!!」

 

 ジャンヌの旗と拳を交差させていた黒い炎が鼻を鳴らす。

 

「そら、貴様のマスターから貴様を早々に殺せとの催促だ!」

 

「―――既に私がすべきことは果たしました。

 あなたにどうかマスターからの救いが与えられますよう……

 アヴェンジャー、エドモ―――」

 

 その瞬間。彼の表情が更に凶悪に歪み、黒い炎が更に燃え盛った。

 

「黙れ、黙れ黙れ黙れェッ!! 貴様はどこまでも―――!

 我が恩讐に救いなど要らぬ! 我が怨念は赦しを与えぬ――――!!

 オレは巌窟王(モンテ・クリスト)! 人類史に刻まれし復讐の悪鬼が陰影、永劫たる呪い!

 憤怒が無いというのなら今すぐにここで燃え尽きろ、ジャンヌ・ダルク!!」

 

 組み合っていたジャンヌから炎の塊となったアヴェンジャーが離れる。

 その動きは今までの比ではなく、尋常ならざる速度で奔る炎の流星と化していた。

 

「“虎よ、煌々と燃え盛れ(アンフェル・シャトー・ディフ)!!!」

 

 炎が奔り、周囲に散らばった海魔たちをついでにように焼き払う。

 分身して見えるほどの高速で彼が移動するごとに、辺りの瓦礫と怪物が焼け落ちていく。

 それらが自分に向かってくるのを見据え、ジャンヌは表情を変えもせず待ち受けた。

 

 ―――炸裂する黒い炎の渦。

 黒い火柱がジャンヌ・ダルクを包み込み、抜けた天井まで届くほどに立ち昇った。

 その光景を見て、それを受けたジャンヌが無事だと思うものはいないだろう。

 

 だからこそ、彼は溶けた瓦礫の上で膝を落とした。

 

「おお……! おぉ……!? ジャンヌ、ジャンヌ―――!

 何故私はここに……私は、もし次があるならばと……?

 もし、もし、再びあなたが十字架にかけられるようなことがあれば何としてもと……」

 

 自分が何をしているか分からない、と言うように。

 ジルは呆けてその黒い炎を眺めている。

 いや、炎ではなく―――()()()()()()()()()()()()

 そんな彼の背後に音もなく、黒い炎そのものと化したアヴェンジャーが現れた。

 

「怠惰の象徴、ジル・ド・レェ。

 主への信仰も、国に捧げた使命も、聖女を仰いだ精神も、全てを亡くした男。

 貴様の怠慢こそが、今再び貴様の目の前で聖女が火刑に処されることを見過ごした。

 その哀れな末期にオレが介錯をくれてやる。せめて聖女と同じ炎で燃え尽きろ」

 

 言い放ち、ジルの背中を殴り飛ばすアヴェンジャー。

 茫然自失のまま彼は黒い火柱に呑み込まれ、そのままあっさりと燃え尽きた。

 契約者を失った海魔たちが送還され、消えていく。

 

 次々と海魔が消えていく中で、アヴェンジャーがマスターたちに視線を送る。

 メルセデスは大事なく海魔の軍団を捌いてみせていたようだ。

 時間がかかればどうなるか分からなかっただろうが。

 

 少々手間が狂ったが、三つ目四つ目の裁きの間は終わった。残る裁きの間は三つ。

 そう思い耽りながら瓦礫の上に立つ彼が、ふと立香に視線を送る。

 

 ―――彼女は、アヴェンジャーのことを見据えていた。

 今までよりも確かに、彼がどんなモノなのかが分かったのだとでも言うように。

 

 

 

 

「うぉおらぁあああッ!!」

 

 ジカンギレードと大橙丸が衝突して火花を散らした。

 互いに一振りが弾け合ったところでもう一振りの刃を振り上げ、刃を交わす。

 ジカンギレードと無双セイバーが打ち合い、鍔迫り合いの姿勢に入る。

 

 直後。鎧武の手が大橙丸を捨て、無双セイバーの鍔にかけられていた。

 引き絞られるバレットスライド。その行為により銃撃のためのエネルギーが充填される。

 即座に柄にある引き金―――ブライトリガーが引かれ、銃としての機能を併せ持つ無双セイバーの鍔、ムソウマズルから連続して弾丸が吐き出された。

 

 宝石のアーマーにそれらが直撃し、ウィザードアーマーが大きく後退る。

 

「そっちが銃なら……!」

 

 ジオウが剣を片方鎧武に向かって投げつける。それは無双セイバーによって簡単に弾かれるが、その隙にもう片方のギレードがジュウモードに変形させられていた。

 連続して銃撃を放ちつつ、同時にコネクトで一度投げた剣を呼び戻す。二丁の銃による一斉射が鎧武へと着弾し、盛大に火花を撒き散らした。

 

「……だったらこっちはこうだ!」

 

 銃撃の嵐に押し込まれ、蹈鞴を踏みながら鎧武がドライバーの操作部―――

 カッティングブレードに手をかけて、オレンジを更に三度切るように動かした。

 

〈ソイヤッ! オレンジスパーキング!〉

 

 オレンジロックシード内のエネルギーが最大限発揮される。

 鎧武が被っていたオレンジの鎧が変形し、再び巨大な果物形態に戻った。

 巨大オレンジを頭に乗せている状態になる鎧武の上で、そのまま高速スピンを始めるオレンジアームズ。

 

「おらぁッ!!」

 

 その状態で彼は、まるで頭突きをするように全身を使って頭を振るった。

 結果、回転しているオレンジがまるで砲弾のように、鎧武の頭部から分離してジオウを目掛けて飛んでくる。

 

「ミカンが飛んだ!?」

 

 回転しながら突っ込んでくるオレンジアームズは、銃撃を容易に弾き返しながら迫りくる。

 撃墜が難しいと判断して身を翻し、一時銃撃を打ち切り横へと回避に移った。

 砲弾となったオレンジが、回避したジオウの横をそのまま通り過ぎて行く。

 

 きっちり避け、そしてオレンジアームズを失い戦力を落とした鎧武に再度の攻撃を開始しようとしたジオウの前で―――

 

〈イチゴ!〉

 

 鎧武が腰のホルダーから新たな錠前、イチゴロックシードを取り出していた。

 慣れた手つきで戦極ドライバーに装填されたオレンジとイチゴを入れ替えると、先程のように固定してそのイチゴに刃を入れる。

 

〈ロックオン! ソイヤッ!〉

 

 彼の頭上に形成されたのは赤い果物。巨大なイチゴだった。

 それは即座に空から降りてきて、鎧武の頭に被さり変形して鎧となる。

 

〈イチゴアームズ! シュシュッとスパーク!〉

 

「ミカンの次はイチゴになった……!」

 

「ミカンじゃねぇ、オレンジだ!」

 

 ソウゴの呟きにそう言い返しながら、赤い鎧武が無双セイバーを腰のホルダーに収める。

 直後、空いたその両手にイチゴが描かれたクナイが出現した。

 短刀二本で新たに構え直す鎧武。

 

 ―――そんな彼を見ながら、首を傾げつつ再びソウゴが一言。

 

「それって何が違うの?」

 

「えっ……いやほら、大きさとか……? 品種、とか………?」

 

 揃って首を傾げ、一秒、二秒。

 三秒立ったところで鎧武が仕切り直すように叫んだ。

 

「えーっと―――よ、よっしゃあ行くぜぇッ!!」

 

 気を取り直し、イチゴクナイが彼の手から乱舞する。

 乱雑に投げているように見えながら、相当な精度でもってそれはジオウに飛来した。

 ジオウは腕を前に突き出し赤い魔法陣を正面に浮かべ、炎の盾を呼び起こす。

 

 無数の苦無は盾に飛び込み、着弾すると同時に爆発する。

 投げた傍から鎧武の手の中に新たに出現する無限の飛び道具。

 止まる事なく投擲され続けるそれは、炎の盾を吹き散らしてジオウへと着弾した。

 

「ぐっ……!」

 

 爆炎に包まれたジオウが弾き飛ばされ、地面に転がる。

 その隙に鎧武の手がドライバーに装填されていたイチゴを外し、更に腰に納めていた無双セイバーを引き抜いた。

 

 イチゴロックシードの行先は無双セイバーにあるロックシード装填口だ。

 そこへと嵌め込み、鎧武は錠前をロックする。

 

〈ロックオン! イチ! ジュウ! ヒャク!〉

 

「はぁああ……セイハァ―――ッ!!」

 

〈イチゴチャージ!〉

 

 天を目掛けて剣を振り上げる鎧武。それにより無双セイバーに充填されたエネルギーが赤い光となり放たれて、空中に巨大なイチゴ型エネルギー体を作り出した。

 そのエネルギーは空高く舞い上がり静止すると破裂して、数え切れないほどのイチゴクナイを撒き散らした。空中より雨の如く降り注ぐイチゴクナイ。

 

 触れれば爆発する凶器の雨。天上から襲い来るそれに対し、ジオウは緑の風を渦巻かせた。

 降り注ぐ赤い雨を雷電を伴う緑の風で吹き散らす。雨が狙いを逸れ、周囲に撒き散らされる。

 周囲に落ちたイチゴクナイは爆発し、炎を撒き散らす。

 その炎に炙られながらも、その直撃は完全に避けてみせたジオウ。

 

〈ストライク! タイムブレーク!!〉

 

「はぁああ―――ッ!!」

 

 そのままジオウはジクウドライバーを操作して、ウィザードウォッチの力を解放する。

 白い地面に手を置くと、そこを走り抜けていく氷の柱。

 それがイチゴの起こす爆炎の中を駆け、鎧武の足元まで伸びていった。

 

「うぉっ!」

 

 足元が凍り付いた鎧武が足を滑らせ、一瞬ふらつく。

 すぐさまジオウは復帰して立ち上がり、ジュウモードのギレードを構え直した。

 開始される放火。それの直撃を受けた鎧武が、足場の悪さもあってひっくり返る。

 

 ―――絶え間ない銃撃に曝され火花を噴きながら、彼の手は腰のホルダーへ伸ばされた。

 

「なら次はこいつだ―――!」

 

〈パイン!〉

〈ロックオン! ソイヤッ!〉

 

 外していたイチゴの代わり、鎧武が新たなロックシードをドライバーに装填する。

 ロックシードがカットされると同時、彼の頭上に生成されていく巨大なパイン。

 それは空から落ちてきて、凍り付いた地面に叩き付けられた。

 そのまま何度かバウンドを繰り返し、地面に張った氷を力尽くで片っ端から砕いていく。

 

 ―――呼び出されてから一仕事を終えたそのすぐ後、パインアームズはイチゴアームズと入れ替わるように鎧武の頭部を包み込む。

 

〈パインアームズ! 粉砕デストロイ!〉

 

 金色の輝く装甲、新たな鎧を纏い直した鎧武が銃撃を受けながらも立ち上がる。

 

「うぉらぁあああ―――ッ!!」

 

 アームズを変更した彼の手にはパイン型の鉄球、パインアイアンが出現していた。

 鎖で持ち手と繋がっているそれを鎧武はすぐさま自分の目の前で豪快に回転させ始める。

 回転する鉄球と鎖が盾となり、ジオウの銃撃を弾き返す。

 

 そのままの勢いで投げ込まれるパインアイアン。

 ジオウが足元に黄色の魔法陣を展開し、そこから土の壁を生やしてそれを防ごうとして―――

 盛大に破砕音を轟かせ、鉄球の一撃で土壁が吹き飛んだ。

 

「――――!」

 

 だが土壁の向こうにいるはずだったジオウの姿はそこに無く、鎧武が仮面の下で息を呑む。

 直後に、そんな彼の頭上から降り注ぐライドウォッチの音。

 

〈サイクロン! ジョーカー! ダブル!〉

〈フィニッシュタイム! ダブル!〉

 

 回転を繰り返すジクウドライバーが放つ必殺の宣言。

 その声を追った鎧武が頭上に見るのは、緑と黒のアーマーを纏ったジオウの姿。

 風を纏い宙に浮く相手。

 それを見た鎧武は即座にパインアイアンの持ち手を振り上げ、鉄球の軌道を上へと跳ね上げた。

 

〈マキシマム! タイムブレーク!!〉

 

 下から迫るパイン型の鉄球。

 そんな状況下で二色のアーマーがジオウから分離し、人型に変形する。

 サイクロンメモリドロイドとジョーカーメモリドロイド。

 

 空中でジオウがジカンギレードを手にパインアイアンを受け止める。

 その瞬間に二つのメモリドロイドは鎧武に向かって殺到した。

 

「おぉ!?」

 

 まるで先にオレンジを飛ばした鎧武に対抗するように、鎧だけを飛ばしてくるという逆撃。

 迫りくるサイクロンメモリドロイドの色が変じ、赤く染まっていく。

 火の記憶を宿した両メモリドロイドの手には炎が燃え盛り、拳を振り上げていた。

 

 咄嗟に無双セイバーを振り上げて赤い方の拳を受け止める。

 が、しかし。パインアイアンと無双セイバーを抑えられては、続けてくる黒い方が振り被る炎の拳を防ぐことができるはずもなく。

 

 ―――燃える拳(ジョーカーグレネイド)がパインの鎧に突き刺さり、その熱量を解放した。

 爆炎とともに吹き飛ばされ、地面を転がる鎧武。

 

 地面に降りたジオウが二つに分かれた鎧を消し、新たなウォッチを構える。

 

「一気に決める!」

 

〈ドライブ!〉

 

 ウォッチを起動しドライバーに装填。即座に回転させ、レジェンドアーマーを形成。

 現れる真紅のボディが自分に合体していくのを感じながら、ジオウは鎧武に向け走り出した。

 

〈アーマータイム! ドライブ!〉

 

 速攻。起き上がるのを待たず、ドライブアーマーが鎧武へと肉薄する。

 立ち上がろうとしていた鎧武を阻むようにジカンギレードの剣尖が閃く。

 すれ違いざまの斬撃が直撃して、再び彼は地を転がった。

 

「ドライブの力か……!」

 

 ()()を思い起こしながら、視界を高速で過ぎていく真紅のボディを見る鎧武。

 その間にも地面を滑るように走行し、何度となく突撃してくるジオウ。

 それを受けながら鎧武は、疾走する相手へと強引にパインアイアンを投げ込んだ。

 

 ―――飛来する果実を急速ターンを決めて回避しながら、ジオウは再び鎧武に迫る。

 だがそこで生まれた一瞬の間隙に鎧武は身を翻し、横へと跳んでいた。

 横っ飛びに避けた鎧武に対し振るわれるジカンギレード。それは切っ先だけが掠めていく。

 その切っ先を受けた鎧武の一部が、カラカラと乾いた音を立てて地面に転がる。

 

「―――なんか外れた……?」

 

 今の攻撃が掠めたのはベルトであった。そこから何かが外れたように見える。

 ドライバーから何かが外れたのであれば、そのまま変身解除する可能性もあるだろう。

 すぐさま急ブレーキをかけて反転し、鎧武へと視線を送り―――

 

 彼の手がロックシードとは別のものを持っている事を視認した。

 鎧武はそれをベルト、戦極ドライバーの横。

 先程まで鎧武の横顔が描かれていたはずの部分に取り付ける。

 

「外れたのはあれ……?」

 

 その鎧武の横顔が描かれたプレートは地面を転がっていた。

 今の攻撃で外れたのはあの部分だったのだろう。

 そしてそれは継戦に支障を与えるものではなく―――それどころか、それは鎧武のパワーアップの前兆であるという様相を呈している。

 

「足の速さならこいつだ!」

 

〈オレンジ!〉〈チェリーエナジー!〉

 

 続けて鎧武が起動する二つのロックシード。

 頭上に再び巨大なオレンジ、そして巨大なチェリーが出現する。

 ドライバー本体と、プレートに変わるように取り付けられたユニット。

 彼はそれら二か所に同時にロックシードを取り付けた。

 

〈ロックオン! ソイヤッ!〉

 

 カッティングブレードが下ろされ、オレンジに刃が入る。と、同時。

 ゲネシスコアが連動し、チェリーエナジーロックシードもまた起動させられていた。

 

〈ミックス!〉

〈オレンジアームズ! 花道オンステージ!〉

〈ジンバーチェリー! ハハーッ!〉

 

 頭上に浮いていた二つのアームズが融合し、一つの鎧と化す。

 展開するのは鎧の上の羽織に見える部分にチェリーの描かれた黒い装甲。

 ―――そして手の中に出現するのは新たな武装。

 握り以外が刃となった赤い弓、創生弓ソニックアロー。

 

 走行を再開するドライブアーマー。

 その高速移動に対し、鎧武が続くように疾走を開始した。

 周囲を囲うように走ろうとしたジオウが鎧武に追い付かれ、互いに刃を振るう。

 ジカンギレードとソニックアローの刃が激突し、火花を散らした。

 

「悪いが決めさせねぇ! まだこっちに付き合ってもらうぜ!」

 

「―――つまり、あんたには立香たちの状態が見えてるってこと?」

 

 先程まで翻弄された速度に追い縋るジンバーチェリーアームズ。

 それと鍔迫り合いしながら、ジオウは問いかける。

 答えはなく、鎧武がその状態で足を振り上げて蹴りを見舞ってくる。

 こちらも膝を上げてそれをカットし、そのまま互いに後ろへと跳ぶ。

 

 ソニックアローが弓としての性能を発揮し、光の矢を放つ。

 ドライブアーマーが腕を突き出し、その腕からタイプスピードスピードを射出する。

 二つの飛び道具が空中で交錯し、衝撃が破裂した。

 

 

 




 



 
アヴェンジャー=絶対許さないマン
神様=絶対許さないマン
 


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2-4 巌窟王2015

 

 

 

 意識を取り戻し、大きく息を吐く。

 干渉は既に完全に断ち切られ、彼女の意識は全てこちらに戻されていた。

 椅子に腰かけながらゆるりと竪琴を奏でていたダビデ王がちらりと彼女を見る。

 

 ただ楽器を奏でるその手は止まず、ただ演奏を続けていた。

 呪詛どうこうよりも奏でることを楽しんでいるようなので、そのせいだろうか。

 

「……マスターに必要なことは伝えられたでしょう。

 あちらではまだソウゴくんと合流出来ていない様子でしたが……」

 

「なに、アイツまだ着いてないの?」

 

 その声に振り向く。

 するとそこでは、壁に背中を預けたオルタが呆れるように息を吐いていた。

 

「それで先輩の様子は……! どこかお怪我をされていたりするようなことは……!」

 

 ジャンヌに今も詰め寄らんという勢いのマシュの頭上。

 彼女を落ち着かせるように、フォウが前足でマシュの額をてしてしと叩いてみせる。

 その動作に落ち着かされて深呼吸する彼女。

 

「大丈夫ですよ―――恐らく、アヴェンジャーこそが彼女を護り通すでしょう」

 

 そんなジャンヌの言葉に首を傾げるマシュ。

 アヴェンジャーこそが立香を狙った魔術王の呪い、という話だったのではないか。

 

「その……アヴェンジャーのサーヴァントは、先輩への呪いだったのでは?」

 

「はい、呪いとして彼が送り込まれたのは事実でしょう。

 ですが―――彼はそれこそ、アヴェンジャーだからこそマスターを護る」

 

 疑問をそのまま問いかけ、返ってくるのはその答え。

 しかしその宣言には、ジャンヌ・ダルクが得ている確信がある。

 

 ―――彼女がそこまで言うのならば、事実としてそうなのかもしれない。

 眠っているような様子の立香の顔を見つめながら、マシュは彼女の手を握った。

 

 彼女の背後で医務室の扉が開く音。

 だがそちらを確認もせず、ただ立香を見ているマシュ。

 そんな彼女が脇に手をかけられて、無理矢理立たされた。

 

「ひゃっ!?」

 

「ほら、マシュ。ずっとマスターについてばかりで休憩しないのは流石に駄目だよ?」

 

 すぐさま振り向いた彼女の前にはブーディカの顔があり、彼女は小さく笑っていた。

 優しいけれど強固な意志を感じる表情。それが何を求めているかは明白で……

 彼女に対し何か言い募ろうとマシュが口を開こうとする。

 

「え、ええと……ですが……」

 

「はいはい、自分から休憩しにこない子は問答無用で連行だ」

 

 しかしそのまま運搬され始めた。

 強制退場するマシュを見て、ずっとモニターを睨んでいたロマニが苦笑する。

 

「確かに。まだ長くなるかもしれない、マシュは少し休んできなさい」

 

「はっはっは、いつからマシュだけの話になったんだい?

 君もだよロマニ。力尽くで連行されたくなければ、君もさっさと退出するように」

 

 が、その後から入ってきたダ・ヴィンチちゃんに睨まれる。

 彼女の後ろではオルガマリーもまた肩を竦めていた。

 何かを言い返そうとロマニは口を開こうとする。

 が、しかしここで何を言おうがどうなるか、その結果が見えたのだろう。

 

「……はい。大人しく休ませて頂きます」

 

 そう言って彼は手元で必要なデータを引き継ぐために纏め始めた。

 

 そんな彼を見張っているダ・ヴィンチちゃんの横をすり抜け、踏み込むオルガマリー。

 彼女は立香を覗き込みながら、その傍にいるジャンヌへと声をかける。

 

「それで、あのロンドンに現れたアヴェンジャーが藤丸を護る、っていうのは?」

 

「―――そうですね。何故そうするのか、と問われれば恐らく……」

 

 彼女はマスターの心中で顔を合わせた復讐者を思い浮かべた。

 立香が囚われたのは人の悪性により煮詰まったこの世の地獄にして、復讐者の始まりの地。

 そして同道する復讐者は憎悪、嚇怒が止まることを知らぬ全てを焼き尽くす地獄の業火。

 

 ―――けれども、あそこには一つだけ間違っていることがある。

 だからこそ、アヴェンジャーは何よりをそれを許せないはずだ。

 その事をオルガマリーに伝えるために、ジャンヌは言葉を選びながら口にする。

 

 

 

 

「オォオオオオオオオオオッ!!!」

 

 赤きマントと金の鎧に包まれた男が奔る。

 その無双の強力から繰り出される拳打を捌きながら、漆黒の炎が逆に男を焼いていく。

 自らが焼かれることにさえ頓着せず、狂気に身を任せたもの―――狂王カリギュラはアヴェンジャーに対しての攻撃を繰り返し続けた。

 

「足りぬ……足りぬ……! 満ち、足りぬ……!

 飢えている、渇いている、どれほど喰らい、貪っても……!

 余が満ちるにはまだ足りぬ―――ッ!!」

 

 彼の繰り出す一撃とアヴェンジャーの拳が激突。

 お互いに弾け飛びあい、床を滑りながら黒衣の男は二人の少女の前に戻ってくる。

 打ち合せた拳を軽く振りながら、アヴェンジャーは鼻を鳴らす。

 

「これがこの裁きの間における番人にして暴食の具現、カリギュラだ。

 この世のあらゆる快楽を貪り、溢れども飽き足らず喰らい続けた悪逆」

 

「カリギュラ……」

 

 ローマでソウゴたちが戦闘したネロと関係深い英雄だ。

 バーサーカーである彼は瞳を狂気に染め、ただ目の前の全てを破壊すべく活動する。

 彼女たちの目の前で、床を砕くほどの踏み込みが成される。

 

「―――させない!」

 

 メルセデスが手にしたファイズフォンを向け、カリギュラに対し発砲。

 赤い光が弾丸となって彼に対し殺到する。

 黄金の鎧に直撃した光弾が弾け飛び、しかし怯むことすらせず疾走を続けるカリギュラ。

 

 軽やかにその目の前に躍り出たアヴェンジャーが炎に包まれた両腕を突き出した。

 炎の塊が弾丸となり、続けざまにカリギュラへと着弾する。

 溶解する鎧、炎上するマント。呪詛の炎に炙られながら彼が、狂気に染まった目を剥いた。

 

「ネロォオオオオオオオオオオオオオオ―――――ッ!!!」

 

 唸りを上げながら放たれる拳。

 アヴェンジャーがそれに対して応じ、互いの拳が衝突する。

 破裂した黒炎が周囲に飛散する中で幾度となく拳を交わす両者。

 

 カリギュラが両手を組みながら大きく振り上げ、スレッジハンマーの如く振り下ろす。

 微かに口元を吊り上げるアヴェンジャー。

 彼がカリギュラの懐に滑り込み、振り落とされる腕に手を絡ませてそのまま背負い投げの要領で相手を背中から床に叩き付けた。

 

「ガァッ……!」

 

 床を粉砕する勢いの衝撃に、カリギュラの動きが一瞬鈍り―――

 直後、彼の心臓にアヴェンジャーの手刀が突き刺さっていた。

 霊核を打ち砕かれ、金色の光と変わり消滅していく姿。

 

 それを見送りながら、立香が小さく呟く。

 

「ファントム・ジ・オペラ、フェルグス、ジル・ド・レェ、ジャンヌ、カリギュラ……」

 

 並べるのはこれまで対面してきたサーヴァントたちの名前。

 それらを思い返しながら、次の戦いへと歩き出すアヴェンジャーの背中を追う。

 メルセデスも彼の背中に注意しながら小声で立香に話しかけてきた。

 

「……ねぇ、このまま彼に着いていって大丈夫なの?

 あの人、前に戦ってた女の人の時は凄い怒ってたし……

 多分、私たち二人じゃ彼は止められないわよ?」

 

「大丈夫だよ、多分……最後までちゃんと見て、私が答えを返さなきゃいけないことだから」

 

 立香の言葉にメルセデスが首を傾げる。

 意味こそ伝わっていないがしかし、彼女の表情から覚悟と確信があることは伝わったのだろう。

 何か言いたそうに一度口を開き、だが何も言わずに立香に追従することにした。

 

 裁きの間を踏み越えて、更に奥に続いていく通路を進む。

 一体どう繋がっているのか、ひたすらに並ぶ牢屋を横目に見ながら歩み続ける。

 石畳を踏む足音だけが響く中で、唐突にアヴェンジャーが口を開いた。

 

「―――次の間こそは強欲を掻いた男の支配する裁きの間。

 彼が証明するのは、おおよそ人の欲に限りなどないという事実だ。

 嘆きと涙を見て、苦悶と苦悩を重ね、やがて彼はこれ以上ないほどの強欲な大望を抱くに至る」

 

 不機嫌さを隠そうともしていなかった今までから一変。

 その事を口にする彼からは軽快ささえ感じるような気がする。

 

「成し遂げられこそはしなかったが、それは確かに世界で最も高潔な復讐劇だったろう」

 

「……何か、楽しそう」

 

 彼の背中を眺めていたメルセデスが、ぽつりとそう呟く。

 そんな彼女の言葉が届いたのか、アヴェンジャーは足を止める。

 

「楽しそう? オレが?

 ―――なるほど、なるほど。惜しくも達成されなかった高潔なる復讐を前に楽しそう、などと。

 このオレが、まるで人の凋落を楽しむ悪魔であるかのような話だ」

 

 そう言って笑う姿こそ、正しく今までとは違い楽しそうな様子だ。

 

「だが否定はすまい。人の善性を削ぎ落とせし悪辣の復讐者。それこそがこのオレ。

 ……どうあれ、オレは彼に一種の敬意のようなものを持っているのだ。

 無謀にして夢想、強欲にして高潔。その願いに命を使い果たした彼の生涯は、喝采に値する

 そう。彼こそは強欲の具現たる裁定者(ルーラー)――――」

 

 その場でバサリと黒衣を翻し、彼は周囲の空間を指し示す。

 ―――いつの間にか次の間まで辿り着いていたのか。

 大広間の中の中心にいるのは、白い髪に灼けた肌でカソックを身に纏った男。

 

「―――天草四郎時貞」

 

「……はじめまして、アヴェンジャー」

 

 神父服の青年はいっそ朗らかにさえ見える様子で、復讐者に微笑んだ。

 そんな彼を前にして、立香の口からその名前がついてでる。

 

「天草、四郎……」

 

 立香とて当然聞き及んだことはある。

 そんな故郷の偉人の一人を前に、彼女は軽くを目を瞑った。

 

 もう、確信していいのだろう。この場こそが―――

 

 思考している立香の目の前で、天草が動き出す。

 

「さて。私はあなたたちの障害としてこのイフ城に配置された。

 で、あるのならば。剣を執りあなた方に斬りかかるのが道理というものでしょうか」

 

 さほど気も乗っていない、という風に彼は刀に手をかける。

 対するように、楽しそうに拳に火を灯すアヴェンジャー。

 数秒後にはあっさりとぶつかり合い、決戦を繰り広げていそうな状況。

 

 ―――そんな状況で、立香が天草に声を上げていた。

 

「天草四郎、貴方の願いは何?」

 

 小さく顰められるアヴェンジャーの眉。

 天草は少し驚いたような様子を見せながら、彼女へと視線を送る。

 彼は少し悩むようにすると、しかし一切虚偽はないとばかりに告白してみせた。

 

「無論。全人類の救済です」

 

 アヴェンジャーの語っていた、もっとも強欲なる願い。

 彼がそう語っていた時点で、立香の中でその答えはおおよそ検討がついていた。

 だからこそ―――

 

「そっか。じゃあきっと、()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女は笑いながら、天草にそう言い放つ。

 いきなり何を、と彼女の後ろでメルセデスが顔を顰める。

 きょとん、と。一瞬呆けた彼はしかし、すぐに楽しそうに微笑んだ。

 

「と、言うと?」

 

「私たちの夢は、全ての人の夢が叶えられる、皆が笑顔になれる世界。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だったら、全ての人の願いが叶って欲しいって願いの方が、ずっと強欲なんじゃない?」

 

 彼女の言葉を大真面目な顔をして聞いていた天草が、小さく笑い声をこぼした。

 

「―――なるほど、そう言う。ええ、もちろん。私の願いはどこまで行っても我欲だ。

 ですが、あなたの言う願いもまた我欲。もっとも、その口振りではその願いはあなたの夢でも無いのでしょうね。けれど……」

 

 正面から立香と視線を交わす天草。

 彼女と視線を交わしていても、その言葉が全身全霊の本音であるとしか伝わってこない。

 

「―――人の善性だけを取り上げ、それ以外を放棄させることで救済する私の願いより……全員纏めて笑い合える世界を作る、という自分たちの願いの方がよっぽど大きい……

 ということですか。口にすると随分な内容に思えますが、なるほど……」

 

 彼女の強い眼差しと視線を交わしながら、天草は手を顎に添えて困ったように笑う。

 

「―――そう言われると、困った。それはただの理想。

 逆に私の願いは全てを救えぬのならばと一度折れたが故に、達成し得る目標として再設定した現実味を持たせたもの―――そう言うのは簡単でしょう。

 ですが、そんな言葉を言わされる時点で強欲の番人として既に負けている」

 

 彼が刀に手をかけていた手を放し、どうしたものかと首を傾げた。

 

「確かに、私は願いを叶えるためなら何でもしましょう。人を救うためなら、何でも。

 ですが……おまえより上手く世界と人類を救って見せるから黙って見ていろ、と言われたのは初めての経験だ。いやはや、なるほど。

 ―――その大言、人類に残されたマスターに相応しいと称賛するより他にない。その覚悟があるのであれば、私などがわざわざ立ちはだかる必要はないでしょう」

 

 眉を顰めるアヴェンジャーの前。

 天草が役目を終えたとばかりにひとりでに退去を開始した。崩れ落ちていく天草四郎の体。

 そんな彼が僅かに俯いて、誰に向けるわけでもなく小さく呟きだす。

 

「……だから最後の門番は締め出された、というわけですか。

 ならば疑うまい。()()()()()()()()()()()()()()()()()、と」

 

 天草四郎は俯いていた顔を上げる。

 裁定者の視線は復讐者に向き、そして笑いかけた。

 

「良いマスターに出会ったようですね、アヴェンジャー。

 であるならば、私が言う事は何もないでしょう。

 ではいつか、地獄ではないどこかでまた――――()()()()()()()()()

 

 彼の返す言葉も聞かず、天草四郎は金色の光となって消え失せた。

 

 ―――先程までの機嫌の良さはすっかりと消え、彼は全身に炎を漲らせる。

 彼の足場が炎上し、その口が開くと共に炎が噴き出した。

 

「オレがエドモンだと……! 否! 否! 聖女といいオレを奴と同じにするな!

 エドモン・ダンテスだと―――? それは無辜の罪で投獄された哀れな男の名!

 そして恩讐の彼方にて、奇跡とも呼ぶべき愛によって救われた者!

 決してこのオレではない。我こそはアヴェンジャー、永劫の復讐鬼なり!!」

 

 まるでそれは黒い火山のように。

 彼を中心として炎が噴き上がり、足場を溶かして暴れ狂う。

 咄嗟に立香を引いて距離を取ろうとするメルセデスを、立香は止める。

 

「変わらないよ」

 

 黒い溶岩から逃げることもせず、彼女はアヴェンジャーを見据えてそう言い放つ。

 声をかけられた黒い悪鬼は、ゆっくりとそちらへと振り返る。

 

「何だと……?」

 

「変わらないよ、アヴェンジャー。

 だって終わりが救われて人間に返ることでも、永劫の復讐鬼になることでも―――

 貴方の始まりは、この地獄の中でファリア神父に救われたことなんでしょう?」

 

 ジュウジュウと石が音を立てながら赤熱する。

 溶けていく足場の中で、アヴェンジャーは確かにマスターを睨み据えた。

 すぐに彼女の横に並び、ファイズフォンXを構えるメルセデス。

 

「だから私を助けたんだよね。だって、貴方にとってのシャトー・ディフは地獄であっても……同時に、誰より輝かしい善人が救ってくれた希望の地でもあったから。

 だから、魔術王の人の悪性だけ詰めればシャトー・ディフになるなんて考えも許せなかった。

 今まで会ってきたサーヴァントだって、罪だけの存在じゃないのに、罪だけを取り上げて裁きの間の支配者にされてた。

 他ならない貴方だからこそ、()()()()()って言いたかったんだよね」

 

 炎を挟んで対峙するアヴェンジャーが、彼女の言葉に小さく口の端を歪めた。

 その咽喉の奥からは堪え切れぬとばかりに声が漏れてくる。

 

「ク、クハハッ……! ハハハハハハ――――!!

 ……よかろう。それでいい、それでおまえはどうする?

 シャトー・ディフは善悪を問わず朽ちるまで収監する呪いの監獄搭。それは変わらない。

 ファリア神父の起こした奇跡のみが、ただ一人の人間を救った。

 だからこそ、出られるのは一人だ。オレか、おまえか。はたまた迷い込んだ女、メルセデスか」

 

 彼の言葉に嘘はないだろう。誰かの死と引き換えに、誰か一人だけ助かる呪いの搭。

 現実のシャトー・ディフを基に築かれた呪詛の監獄。

 ここがそういう場所であることには、何の代わりもない。

 

 ―――隣に立つメルセデスが銃を構えながら立香の様子を窺う。

 彼女が見たのは、アヴェンジャーの言葉に強く笑い返した彼女の姿で―――

 

 

 

 

 地面に撒き散らされるコンクリート弾。

 射出したタイヤが放つそれを振り切り、躱し、鎧武が疾走する。

 何度となくすれ違い、そのたびにギレードとソニックアローをぶつけ合う膠着状態。

 

 それを打ち破るために地面に張ったコンクリートを、ドライブアーマーの足が踏み砕いた。

 走行するための足の車輪がコンクリートの粉塵を巻き上げ、周囲に散らす。

 瞬く間に周囲はコンクリートの霧に包まれた。

 

「目晦ましか!」

 

 鎧武が足を止め、周囲を窺う。次の瞬間、彼の後ろからジオウが突撃してきた。

 即座に反応して振り返り、ソニックアローを切り上げる。

 が、その刃がジオウの体をすり抜けて空振った。

 

「ああ!?」

 

「こっちだ!」

 

 武装を振り抜いた鎧武の横合いからジカンギレードが奔った。

 無防備な胴体に直撃し、大きく吹き飛ばされる。

 コンクリートの粉塵は更に濃くなり、周囲の状況を隠すように広がっていく。

 

 それを突き破り、正面からくるジオウ。

 対応しようとした鎧武が今度は背後から斬り付けられて火花を散らした。

 

「―――幻覚ってことか……! だったら!」

 

〈ピーチエナジー!〉

 

 地面を転がりながら鎧武は、ドライバーに装填されたチェリーエナジーロックシードを外す。

 新たに取付けるのはピーチエナジー。

 即座に操作を完了させると彼のアームズが一度外れ空へ行き、オレンジとチェリーに分離。

 チェリーの代わりに新たに現れたピーチとオレンジが合体し、再び装備される。

 

〈ミックス!〉〈ジンバーピーチ! ハハーッ!〉

 

 桃の描かれた陣羽織を身に纏い、鎧武が意識を集中する。

 

 ジンバーピーチにより圧倒的聴覚を得た彼の前に、ジオウが現れた。

 ジオウが腕を振るう、地面を踏み切る。しかしそこに音がない。

 一切反応を示さない鎧武に対して振るわれた攻撃は当たらず、そのまますり抜け消えて行く。

 

 ―――次のジオウが背後から現れた。

 両腕を前に出して、腕のシフトカー型射撃武器を使用する構え。

 二つのタイプスピードスピードが射出され―――しかしそこに音はない。

 攻撃はすり抜けて消えて行き、

 

 ガリ、と。その向こうで足が地面を削る音を聞き取った。

 ソニックアローをそちらに向けて、即座に引き絞り解き放つ。

 桃色のエネルギーで形成された矢が弓から放たれ、音源を目掛けて飛んでいく。

 

 それは粉塵の目晦ましを突き破り、その奥に潜むドライブアーマーに直撃する。

 残光を散らしながら大きく吹き飛ばされるジオウ。

 

「ぐっ……!」

 

「もう一丁ォ!」

 

 即座にソニックアローを返し、背後から聴こえる風を切る音目掛けて更に一射。

 矢が空中を舞うタイヤを一つ撃ち落とし、弾けさせた。

 カラフルコマーシャルが消え、ジオウが映し出していた立体映像が全て消え失せる。

 

「今度はこいつだ!」

 

〈レモンエナジー!〉

〈ミックス!〉〈ジンバーレモン! ハハーッ!〉

 

 鎧武の手が再び新たなロックシードを手にし、開錠。

 再びドライバーを操作して、今度はオレンジとレモンを融合した鎧を形成する。

 装着する鎧にレモンの描かれた陣羽織を纏い、彼は創生弓を構え直した。

 

〈ロックオン!〉

〈ソイヤッ! オレンジスカッシュ!〉

 

 ドライバーから即、ソニックアローに移し替えられるレモンエナジー。

 続けざまに倒されるドライバーのカッティングブレード。

 弓を構える彼の前に、スライスしたオレンジとレモンを思わせるエネルギー体が出現する。

 レモンエナジーロックシードのエネルギーはソニックアローの先端に集束し、弓引く鎧武の指が離れる瞬間を待ちわびるように唸りを上げた。

 

 鎧武からジオウまで。

 放つべき矢の軌道上に浮かぶその果実を前に、ジオウが起き上がりながらタイヤを肩から射出せんとし―――

 

「くっ……!」

 

〈レモンエナジー!〉

 

 そのタイヤごと吹き飛ばし殺到するレモンの矢が、ジオウの胸に直撃した。

 

「ッ……!」

 

 先程までとは比較にならない一矢。

 それが直撃した瞬間、果実型のエネルギーがジオウを覆い爆発する。

 ドライブアーマーの機能が停止し、そのまま投げ出されるジオウ。

 彼の姿が爆風でまたも舞い上がった粉塵の中に放り込まれる。

 

 恐らくこの粉塵を突き抜けまだ立ち上がってくるだろう彼を待ち受け、鎧武が新たにロックシードを握り込んだ。

 

「さあ、まだまだ―――! おっ……?」

 

 一瞬、そんな彼の顔が他所を向いた。

 ちょうどその瞬間に、粉塵を巻き込み突き破る一撃が鎧武に対し殺到する。

 

 ―――白いボディ。両腕のブースターモジュールと一体化して、ロケットの如く変形したジオウの持つ更なる別の姿。

 それは高速で回転しながらブースターによる加速を全開にし、鎧武へと一直線に飛来する。

 

〈リミット! タイムブレーク!!〉

 

「宇宙ロケットきりもみキィ―――ック!!」

 

「……!」

 

〈カチドキ!〉

〈ロックオン! ソイヤッ!〉

 

 鎧武が戦極ドライバーのロックシードを切替えると同時、今までのものより巨大化したオレンジが落下してくる。彼がそれを被った瞬間、直撃するフォーゼアーマーの必殺の一撃。

 回転と速度を増しながら激突し続けるそれを受けながら、力尽くでアームズが展開していく。

 

 全身を覆っていくオレンジの甲冑。

 髭を思わせる造形のマスク、その兜に取り付けられた黄金の角はより絢爛に。

 重厚なるその姿は背に二本の旗を立て、勝ち鬨の声を上げた。

 

〈カチドキアームズ! いざ出陣! エイエイオー!〉

 

 フォーゼアーマーの足を掴み、強引にその攻撃を止めようとするカチドキアームズ。

 回転を止められたジオウは、腕のブースターの向きを変えて更に加速する。

 更には脚部のブースターが火を噴いて、鎧武の体を炎で炙っていく。

 

「うぉおおおおお―――ッ!!」

 

「はぁあああああ―――ッ!!」

 

 押し切ろうとするジオウ。

 鎧武はその攻撃を受け流すように身を逸らし―――やがて、互いに弾けあった。

 進行方向を逸らされ、そのままの勢いで突き抜けていくジオウ。

 そして逸らしたと同時に衝撃で薙ぎ倒され、転がっていく鎧武。

 

 ジオウはそのまま地面に直撃し、盛大に破砕音を轟かせながら滑っていく。

 足が止まり、白煙を噴き上げるアーマーの調子を確かめながら振り向いたジオウ、その目前。

 周囲に広がっていた白い空間が砕け、まるで牢屋のような場所に投げ出される。

 

 その場で軽く首を振り、周辺の状況を確かめるソウゴ。

 

「……時間稼ぎは終わり?」

 

 オレンジを纏っていた彼は、再び白い衣装の超然とした存在に戻っていた。

 その彼の体が風景とともに崩れるように消えていく。

 

「―――ああ。悪かったな、だが俺は必要だと思ってやったことだ」

 

 彼がゆるりと手を挙げて、その手の中に何かを生み出し―――

 ほい、と。それをジオウの傍に投げ込んだ。

 ころころと彼の足元まで転がってくるのは、緑色の―――

 

「ウォッチ……?」

 

〈スイカアームズ! コダマ!〉

 

 ソウゴの呟きに応えるように、地面を転がりながらそのウォッチが展開する。

 手足を生やした小さな人型に変形するライドウォッチ。

 そんなコダマスイカがぴょんぴょんと跳び回りながら駆け出した。

 

「そいつに着いて行くといい。君の友達のところまで連れて行ってくれるだろう」

 

 言われ、走り出したコダマを視線で追うジオウ。

 彼が視線を戻した時にはもう、鎧武の姿は完全に消え失せていた。

 

「……変わった人だったなぁ」

 

 言いながら走り出すジオウ、が。

 フォーゼアーマーの肩を壁にぶつけて大きくふらついた。

 ふらついた先で今度は手にしたブースターを衝突させて引っ繰り返る。

 

「狭い……」

 

 起き上がりながら、ぽつりと一言。

 牢獄の狭隘な通路に文句をつけながら、ジオウは装着していたアーマーを解除した。

 フォーゼに変わっていたインジケーションアイが、再びライダーと刻印される。

 そうしてから、彼はコダマの後を追いかけるように走り出した。

 

 

 

 

「今、言ったばかりだよアヴェンジャー。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――この地獄が一つの命を生かすために一つの犠牲を要求してくるなら、私たちは……」

 

 直後、裁きの間の壁が弾け飛ぶ。

 穴の開いた壁からは、外側から力尽くで壁を粉砕した下手人の腕が突き出されていた。

 三人の視線が向いたそこからは、緑色の小さい何かがひょいと飛び出て跳ね回る。

 

 あとから続いてくるはずの相手を手招きするように跳ねるコダマスイカ。

 

「やっと着いた……! あ、立香。大丈夫?」

 

 その小さいのに続いて、瓦礫を踏み越えてくるのはジオウ。

 彼は目的の人物である立香を見つけ、何のことはなさそうに声をかけた。

 彼女は小さく頷いて、再びアヴェンジャーを見る。

 

「―――そんな呪い、払わずに踏み倒す。命なんて捧げずに、皆揃って力尽くで脱獄する。

 貴方がここまで連れてきてくれた私は、こんな場所のルールなんて蹴倒して救われてみせる。

 だってそのくらい出来なきゃ……世界を救った上で、更に皆が幸せになれる世界にすることなんて出来ないでしょう?」

 

「―――――」

 

 視線を交差させる立香とアヴェンジャー。

 そんな彼女たちの様子を眺めながら、ジオウは首を傾げていた。

 

 ふと、その立香の横に立っている白い服の人間へと視線を送るジオウ。

 彼女もまたジオウを見て、そして頭を抑えて顔を歪めていた。

 

「………?」

 

 豪胆な宣言に対して小さく笑いを漏らし、アヴェンジャーは肩を揺らす。

 

「ハ、―――であるならば、オレの導きはここからは不要か。

 己らの力でこのシャトー・ディフと突破すると言うのなら、それはそれで……」

 

「その、私たちが力尽くで救われるための己らの力っていうのには……

 もう貴方の力も入ってるんだよ、アヴェンジャー」

 

 立香の言葉が彼の言葉を遮り、そして彼女はより強くアヴェンジャーを見据えた。

 そのまま立香は腕を軽く振り上げて、アヴェンジャーに向ける。

 

「貴方がいたから私が歩けて、メルセデスに出会えた。貴方が私たちを守ってくれた。

 貴方の導きでこの監獄搭を巡ったからこそ、()()()()()()()()()()()()

 ありがとう―――そして、魔術王相手に……()()()()()()()()()()()()

 

 言われ、アヴェンジャーが微かに目を見開いた。

 そのまま手を振り上げたまま止めている立香を前に、彼は堪え切れぬと声を漏らす。

 

「クク、クハハ! ハハハハハハハ――――ッ!!

 ―――ああ。寝言は寝て言え、マスター。

 魔術王に勝っただと? 此度の呪詛程度は、奴のただの気紛れにすぎん。これを攻略した程度で勝利宣言などとは片腹痛い。

 ……オレに勝利を報告したいと言うのなら、おまえの言うやり方で人理焼却を蹴倒して、完膚なきまでの勝利を刻んでからにするんだな」

 

 立香がハイタッチのために出していた腕を無視し、黒衣を翻して背を向ける。

 むむ、と顔を顰めるが彼は彼女の顔を見てもいない。

 

「―――エドモン・ダンテスという男の生涯は、恩讐の彼方に復讐を捨てる事で完結した。

 岩窟王(モンテ・クリスト)の存在は、永劫の復讐者として刻まれることで確立した。

 オレという存在の正体は、復讐者でありながら復讐を完遂できぬ者だ」

 

 語りながら、彼の体が徐々に黒い炎に包まれていく。

 その姿を隠匿するように人型の炎にその姿を変えていくアヴェンジャー。

 

「だからこそ―――勝利を知らぬ。戦いを放棄するか、永劫に続けるかしかない故に。

 だが……オレが気紛れにファリア神父の真似事をして救った共犯者が。この地獄に送られながらも脱し、己を地獄に送った者を打倒するという目的を果たすと言うならば。

 なるほど。オレが初めて得る、勝利と呼べるやもしれぬわけだ」

 

 完全に炎と変わった彼が、その状態で振り返る。

 目と思しき炎の洞が立香と視線を交わした。

 

「―――行くがいい、共犯者(マスター)。ここまで来て、オレの敗北になることは許さん。

 おまえたちで、あの恩讐を知らぬ者に正しく見せてくるがいい。人間の姿を」

 

 徐々に薄れながら消えていくアヴェンジャーの姿。

 少し悩んでいた立香が、最後の言葉をかけるために彼へと疑問を飛ばす。

 

「ねえ、アヴェンジャー。貴方のことは何て呼べばいい?

 エドモン・ダンテス? 岩窟王(モンテ・クリスト)?」

 

「ク、――――貴様の中でその二つに違いがないと言うのなら、好きにするがいい。

 どうあれ、我は復讐者。永劫に恩讐を語り続ける、地獄からの使者なれば」

 

「そっか。じゃあ……またね、エドモン。ここまでありがとう」

 

 その場所から消えて行く黒い炎。

 徐々に薄れていく彼が、そんな別れの言葉に小さく笑う。

 

「また、か。―――フン、望むのなら最初からオレのような存在が必要になる事態にならないことを望むんだな。……それでも、このオレとの邂逅を望むのであれば。

 オレがおまえに残すべき言葉は一つ―――“待て、しかして希望せよ”だ」

 

 やがてそれは完全に消え失せて、その場から黒い炎は一切無くなった。

 しん、と静まり返る裁きの間。そこで立香が小さく息を吐く。

 

 それを眺めていたジオウが、話が終わったと見て声をかける。

 

「で、あの人だれ?」

 

「エドモン・ダンテスだって。ここで死にそうになってた私を助けてくれたんだよ」

 

 凄い黒くて燃えるんだよ、と言うよく分からない説明を受けながらうんうんと頷くジオウ。

 脱出のためのウィザードウォッチを取出しながら、次いで目を向けるのはメルセデス。

 

「それで、そっちの人は?」

 

「この人はメルセデス……なんだけど、記憶喪失で本当の名前が分からないの。

 あ、メルセデスって名前をつけてくれたのはエドモンね」

 

「え、ええ。そう、私は……今は、メルセデス……貴方は……?

 それにその、鎧……? は……」

 

〈アーマータイム! プリーズ! ウィザード!〉

 

 ジクウドライバーを動作させ、魔法陣を展開。

 アーマーを纏いながらジオウは、メルセデスからの問いかけに答える。

 

「俺は常磐ソウゴ、この力は仮面ライダーって言うんだけど……

 とりあえず脱出しよっか。皆心配してるだろうし」

 

「そだね。メルセデスも一緒に」

 

 そう言ってメルセデスと手を繋ぐ立香。

 ジオウが彼女たちの手を取り、エンゲージの魔法を始動する。

 立香の意識の中から解放されていく感覚。

 

 まるで浮上するように持ち上がっていく意識に引きずられ、()()()()()()()

 

 

 

 

 帰還は突然のことだった。寝かせている立香の上に浮かぶ、赤い魔法陣。

 そこから出てくるのは、入っていったときと同じようにジオウ・ウィザードアーマー。

 そしてもう一人。白い服の女性。

 

 まさか一人増やして帰ってくるとは思っておらず、おや? と首を傾げる皆。

 そんな中で床に降り立つ二人と、目を覚ます立香。

 

 ―――その次の瞬間。

 白い服の女性が手にしていたファイズフォンXを、ジオウの背に向ける。

 振り返ったジオウが、その状況に面食らって顔を仰け反らせた。

 

「え?」

 

 冗談ではない、と言うのは彼女の目を見れば分かった。

 カルデア側とて、突然の事態に動くべきなのかどうかさえ判別できない。

 メルセデスは突きつけた銃を握り締めながら、ジオウに向かって叫んでいた。

 

「……思い出した。私の目的を……! それは、貴方を止める事!!

 例え刺し違えてでも貴方を止めてみせる。常磐ソウゴ……いえ、オーマジオウ!!!」

 

 

 




 
コダマでしょうか? いいえ、大玉ビッグバン。

キリシュタリア様が強すぎる。
ゴッドマキシマムとかギンガファイナリーみたいなことしてんなお前な。
 


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第五特異点:北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム1783
魔王とレジスタンスと未来を救う旅2015


 
俺が変身する!!!
 


 

 

 

 カルデアの廊下をゆったりと歩くウォズ。

 彼は歩きながらもその手にある『逢魔降臨暦』を開いていた。

 誰一人姿の見えないその場において、果たして誰に向けて話かけているのか。

 彼は口を開き始めた。

 

「この本によれば普通の高校生、常磐ソウゴ。

 彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた……

 だが、その未来に辿り着く前に。人の未来は何者かの手によって焼け落ちる」

 

 絶望的な状況を語るというのに足取りは軽く。

 その顔には余裕さえ漂わせながら、彼は目的地に向けてゆるりと足を動かし続ける。

 

「七つの特異点の内、四つ目。

 ロンドンを攻略した彼らの前に遂に姿を現したのは、魔術王ソロモン。その圧倒的な力の前に成す術もなく見逃され、命からがら生き延びた彼ら。

 彼らはしかし、それでも戦いを続けることを選ぶ。全ては己らが生きる世界を守るために」

 

 ふと、彼の歩みが止まる。辿り着いた場所、そこは医務室の前。

 魔術王に呪われた立香が寝かされている部屋だ。

 

 そこで足を止めたウォズは、その扉を眺めながらゆっくりと逢魔降臨暦の頁を一枚捲る。

 その内容を検め、彼は大仰なまでに手を振り上げて言葉を続けた。

 

「再び立ち上がる彼らが次に目指すのは1783年、北アメリカ大陸。

 ―――さて。命を救うために伸ばす手、それは一人で届く範囲はたかが知れている。

 ではどうする? 届くまで誰かと繋いで伸ばす? 規則を変え、社会に働きかけ、人の意識を改革し、医療という概念さえも変革させてみせる?」

 

 誰かに問いかけるように語り続けていた彼が、小さく笑い―――パン、と。

 手の中にある本を勢いよく閉じた。

 

「―――我が魔王の手に届かぬ範囲はなく、その眼に行き届かぬ場所はない。

 世界とはすべからく我が魔王の伸ばした手に覆われるべきもの。

 では、獣の如き理屈で生きる王を相手に。魔術王ソロモンの前哨戦となって頂きましょう」

 

 そう言って彼は振り向き、扉に向き合った。

 まるで一瞬前まで時間が止まっていたかのように。

 医務室の扉が、急に反応して開きだした。

 

 

 

 

 直後。誰もが混乱しているような医務室の中に、布が奔る。

 それはメルセデスの腕に巻き付いて、銃を握る彼女を腕を拘束してみせた。

 掴まった彼女は振り向くと同時に、その相手を睨む。

 

「ウォズ……!」

 

「―――なるほど、そういうことか。まさか君とここで会う事になるとはね……

 やあ、ツクヨミくん? 久しぶりじゃないか」

 

 医務室の入口に立ち、そのストールをメルセデスに向け伸ばしているのはウォズ。

 彼は旧知の間柄であるように彼女をツクヨミと呼び、ストールを軽く引いた。

 

「―――やっぱり、貴方が裏切り者だったのね……!」

 

 メルセデスの返答もまた、彼の事をよく知っているというようなものだ。

 彼がジオウを庇っている状況を見て、更に顔つきを険しく変えていく。

 

 彼女は引きずられそうになる体を押し留めながら、拘束を振りほどこう動く。

 が、ウォズは更に拘束を強めてその腕を封じてみせた。

 

「……なに? どういう状況?」

 

 ジオウが首を傾げながら二人の顔の間で視線を行き来させる。

 そんな彼の様子を窺いながら、ダ・ヴィンチちゃんが軽く顎に手を当てた。

 彼女が言葉を向ける相手は事情を理解しているだろう唯一の人間、ウォズに他ならない。

 

「君の知り合いかい? どういった関係なんだい、ソウゴくんとの関係も含めて」

 

 その問いに対して一度口を開こうとした彼が、しかし口を閉じて一瞬だけ眉を顰める。

 そのまま数秒黙りこくった後、仕方なさそうに口を開く。

 

「……いや。まったく知らない相手だ」

 

 そう言った瞬間、立香が寝かされていたベッドの下から少女が瞬時に這い出てくる。

 まるで蛇のように地を這い、唸り声を上げながらウォズを目指して動き出す。

 

「と、言うのは冗談として。もちろん、知り合いだとも」

 

 だろうね、とでも言いたそうな顔をして彼女から離れるように動くウォズを見て、床を這い回る清姫を上から押さえつけるジャンヌ。

 ふしゅーふしゅーと火の粉の混じる吐息を漏らす清姫を押さえ込みつつも、彼女は肩を竦めているウォズの方から視線を逸らさない。

 

「―――私の知る限り、彼女の名はツクヨミ……

 2068年、オーマジオウに対抗するレジスタンスに所属していた人間だ。

 我が魔王との関係と言うのなら、それこそが我が魔王と彼女の関係さ」

 

「その彼女があなたを裏切り者、と呼ぶのは?」

 

 オルガマリーの詰問する声。

 彼は一瞬、地面に押し付けられている清姫に視線を送る。

 トカゲのように地面で潰れている彼女の目は、見開かれたまま彼を睨んでいた。

 

「……まあ、言われた通りとしか言いようがないね。

 私はレジスタンスに所属し、レジスタンスの反抗作戦を意図的に破綻させて追い込んだ。いわゆるスパイと言えるような存在だった、というわけだね。

 私にとっては作戦通りだが、彼女たちにとっては裏切りだった。それだけの話だ。もっとも。彼女たちが何をしたところで我が魔王に何かが出来たとも思わないがね」

 

 ―――清姫からの反応は無い。

 嘘発見器のように扱われているが、しかしそれはつまり彼女の感知精度の高さの証明だ。

 その彼女が感知しないということは、彼の言葉に嘘がないということ。

 

 盛大に溜め息を吐きながら、オルガマリーがメルセデス―――ツクヨミの前に出る。

 

「正直、あなたたちの状況はよく分かっていないわ。

 けれど。少なくとも常磐ソウゴは今、世界を救う為に欠かせない存在なの。

 一度状況を整理させてくれないかしら。お互いのためにも」

 

「常磐ソウゴが、世界を救う……?」

 

 ツクヨミが周囲を見回して、そして起き上がってきた立香にも視線を向けた。

 ―――少しの間悩んでいた彼女がファイズフォンを下ろす。

 ウォズが巻き付けていたストールが引き戻され、拘束から解放される。

 

「……分かったわ。騒がせてごめんなさい、私はどうすればいいかしら」

 

 彼女が手にしていたファイズフォンを畳み、立香に渡そうとする。

 が、立香はそのままツクヨミにそれを押し付けた。

 怪訝そうな顔をする彼女に対して、立香は微笑み返す。

 

「メルセデス……じゃなくて、ツクヨミ? が持ってていいよ」

 

「……私はこれを今、常磐ソウゴに突き付けたばかりだけれど……」

 

「うん。大丈夫、多分。ねっ!」

 

 何が一体大丈夫なのか、立香はそう言って彼女に渡したままにする。

 それどころか今銃を突き付けられた当人であるジオウに同意まで求めだした。

 ―――困ったように周囲を見回す彼女だが、狙われているジオウ本人もいいんじゃないか、と言わんばかりに頷いていた。

 

「……じゃあそうだね、私の工房に行こうか。私と所長とツクヨミちゃんで」

 

「そうね……まずはそうしましょう」

 

 オルガマリーは同意しつつウォズを見やる。が、彼は肩を竦めるばかり。

 眉間に指を当てながら溜め息一つ。

 彼女はツクヨミに向かって着いてこいと示すと、先導して歩き出した。

 

 

 

 

 三人が出て行ったのを見送ってから、ソウゴに視線を向けるオルタ。

 彼女が彼を上から下まで眺めて、ぼんやりとした情報を思い返す。

 

「……で、オーマジオウってアンタのことだっけ?」

 

「そうとも。時空を超え、過去と未来をしろしめす究極の時の王者。

 その名もオーマジオウ―――我が魔王が歴史の最終章に辿り着いた証明である」

 

 答えるのは訊かれた本人でなく、彼の後ろに侍るウォズ。

 彼はその手に『逢魔降臨暦』を抱えながら、大仰に語り上げてみせた。

 が―――

 

「違うよ。俺はオーマジオウにならないし」

 

 ジクウドライバーを外し、変身を解除しながら答えるソウゴ。

 当然のように否定する彼を前に、どっちよ、と。

 オルタが呆れるように表情を崩した。

 

 何度となくその名前、魔王と言う称号は聞いている。

 が、直接にオーマジオウを知るのはウォズとソウゴと立香。

 

 ―――そしてウォズ以外は知っているということを知らないが、ダ・ヴィンチちゃんだけだ。

 

 ジャンヌがちらりと己のマスターを見る。

 彼女は第三特異点の最中、一度2068年だという場所に呼ばれて対面したと言う。

 そんな立香は困ったような表情でソウゴの方を見ていた。

 

 彼女がマスターたちを眺めているのを理解してだろう。

 それなりの期間の演奏を続けていたダビデが、指を止めて竪琴を消す。

 

「とりあえず立香が起きた、ということを周知するべきじゃないかい?

 まずは食堂に行けばまあ大体のサーヴァントは揃ってるだろう」

 

「……Dr.ロマニに体調を確認して頂いてからの方がいいのでは?」

 

 もういいかと清姫を解放しつつ、ジャンヌはダビデ王に視線を向ける。

 そんな彼女たちを背後に、清姫は幾分か普段よりも手加減しつつ、すぐに立香へと抱き着きにかかった。

 

「……あ、そうだ。清姫が普段攻撃してくれてる経験のおかげで結構助かったよ」

 

 久し振りな気がするそんな感覚に、監獄搭で逃げ回っていた状況を思い出す。

 結局のところ一級サーヴァントの戦闘速度についていけるはずもないが、しかしその経験は決して無駄で終わるものではなかったようだ。

 その分の感謝をとりあえずしておく。事実は事実なので。

 

「? マスターに攻撃をしたことはございませんが……?」

 

 腕を捕まえながら抱き着いて、不思議そうに首を傾げる清姫。

 立香はそんな彼女に笑顔を返す。

 角が生えている頭からの激突は割と普通に攻撃だと思う、などと思いつつ。

 

「……んで。どうするのよ、主治医を待つの? それとも食堂?」

 

 オルタが急かすように立香に問う。

 そんな彼女に対して首を傾げつつ、彼女は自身の腹部に手を当てた。

 

「うーん、お腹空いたし食堂に行こっか」

 

 そう言って歩き出す立香。

 帰還直後に倒れ、そのままだった彼女にとって食事は久しぶりだ。

 そんな彼女の背中にジャンヌが声をかける。

 

「……そのうち所長たちからの連絡で、ドクターも戻ってくるでしょう。

 私たちがここで待機して、その旨を伝えておきます」

 

 そういう彼女の視線はダビデに向いている。

 二人でここに残っておく、という意味だろう。

 彼も肩を竦めているが、文句はなさそうだ。

 

「俺が残っててもいいけど。朝ごはんもう食べたし」

 

「もうお昼ですよ?」

 

 ずっと立香についていたジャンヌたちを慮ってか。

 ソウゴはジャンヌたちに提案するが、彼女の返答にきょとんと首を傾げた。

 

 あれ、と時計を見上げるソウゴ。確かに時間的にはもう昼食の時間帯だ。

 思ったよりも時間が経過していた。

 普段はきっちりお腹が空くところなのだが……何となく原因も思い当たる。

 

「うーん……不思議とお腹が空いてない。フルーツいっぱい食べてきた気分」

 

「なんで?」

 

 珍しい、と。立香こそそんなソウゴに首を傾げる。

 

「……果汁をいっぱい浴びたから?」

 

 オレンジパインイチゴにチェリー、ピーチレモンにまたまたオレンジ。

 飛び散る果汁を思い出してうーむと唸るソウゴ。

 

「フルーツ地獄なんてあったの? ちょっと羨ましいかも」

 

 立香は自分の地獄めぐりを思い出し、次いでソウゴの行ってきた地獄を思い描く。

 彼女が頭の中で描くのはバイキングみたいな地獄だ。

 出されたものを全部食べなきゃいけない地獄だろうか、などと。

 

「でもデカいミカンとか頭の上に落ちてくるよ」

 

 羨ましがられたソウゴは自分の手ででかい丸を描き、それを自分の頭に被せるようなジェスチャーをする。その絵面を見た立香が腕を組みながらそのサイズのミカンを思い描く。

 そしてそれが人の頭に被さっている状況を思い浮かべ―――

 

「鏡餅みたいでおめでたい?」

 

「……あ、鏡餅って言うと割ともうすぐ2016年なんじゃない?

 カルデアにお餅ってあるのかな。正月はやっぱお餅食べたいな」

 

 そのまま餅をどうやって食べるかの議論に入るマスター二人。

 それを傍から眺めていたオルタの眉が引き攣って揺れる。

 

「おめでたいのはあんたらの会話でしょ……」

 

「……そう? あ、オルタはお餅どうやって食べたい?」

 

「マスターのおしるこは私にお任せください。

 ……? もしや、私にあんこを塗せばマスターに美味しく召し上がっていただけるのでは?」

 

 清姫が名案を思い付いてしまった、と顔を嬉しげに綻ばせる。

 そんな提案を聞いていた立香が困ったように頭を傾けた。

 

「あんこを付けたまま歩かれたら掃除が大変だから止めてね。

 そのまま抱き着かれたら服も汚れちゃうし。清姫はお餅じゃないよ」

 

「まあ……では別方向で検討いたします」

 

 ならば、と。今度はお汁粉か雑煮かと飛び立つ話題の転換。

 更に眉を引き攣らせたオルタが溜め息を吐きながら、バタバタと手を振って彼女たちの会話を強制的に打ち切った。

 

「もう何でもいいからさっさと食堂なら食堂行きなさいよ。

 そっちで餅があるかどうかでも確認してから話せばいいでしょ」

 

 言われてなるほど、と頷く立香。

 そんな彼女が、再びソウゴに声をかけた。

 

「で、ソウゴはお昼食べないの?」

 

「いや、食べる。お餅の話してたら何かお腹空いてきた気がする。黒ウォズはどうする?」

 

 自分の腹に手を当てながら意見を引っ繰り返すソウゴ。

 そんな彼が医務室の入口近くで背中を壁に預けているウォズへと問いかけた。

 問われた彼はダビデとジャンヌに一瞬視線を向け、しかしすぐに逸らす。

 

「……では君に着いていくとしようか。私が残っていてもやることはないからね」

 

「そう? じゃあ行こっか」

 

 彼らが医務室から出て行く。

 その背中を見送ってから、オルタは待機しているジャンヌとダビデを見た。

 ジャンヌもまたダビデの方を注視している。

 

「どうかしたのかい? ああ、もしや……アビシャグだったことを思い出したのかい?

 それは喜ばしいことだ。さあ、僕の胸に飛び込んで僕を暖めておくれ」

 

「ダビデ王。あなたには何が見えているのでしょうか」

 

 両腕を横に大きく広げた彼の軽口をスルーし、彼女は詰問する口調。

 問いかけられたダビデは片目を瞑り、首を傾げた。

 

「うーん。千里眼持ちのあいつじゃあるまいし、僕に大したことは見えてないよ。

 ただ、まあ……そうだね。おおよその推測は出来ている、と思ってる。

 本来だったら推測すらする気はなかったけど、後々笑い話に出来そうだしね」

 

 彼はまるで苦笑するようにそう語る。

 その言葉に対して、二人のジャンヌは顔を顰めた。

 

「……笑い話、ですか?」

 

 魔術王、己の息子が相手だと確定したというのに。

 彼は気の抜けた微笑み顔を浮かべながらそう言った。

 

「まあ気にしなくていいさ。実際、僕の思い至ったことは大した話じゃない。

 ―――どちらにせよ、きっと最後に決めるのは……今を生きる人間だ」

 

 そう言い残し、彼もまた医務室から出て行こうとする。

 直後、彼の目の前で扉が開いた。

 

「すまない。立香ちゃんが目を覚ましたって……うわ、ダビデ王!?」

 

 扉が開いたすぐ傍にいた相手に仰け反るロマニ。

 おや、とダビデはロマニの登場に足を止めた。

 ダビデは軽く微笑むと、彼の目的である人物が向かった食堂の方を指し示す。

 

「マスターたちなら食堂に行ったよ」

 

「あ、ああ。そうか、食事する元気があるのなら後からでもいいか。

 何にせよ立香ちゃんが目を覚ましたならよかった」

 

 そのまま医務室に入ってくるロマニとすれ違いながらダビデが退出する。

 ほっとしたような、困ったような、そんな不思議な顔を浮かべるロマニ。

 そんな彼の顔と去っていくダビデの背中を見ながら、ジャンヌは微かに目を細めた。

 

 

 

 

「そう。私たちは2068年、常磐ソウゴ……オーマジオウに支配された世界で戦っていた。

 レジスタンスは大規模な反攻作戦を立てて、満を持してオーマジオウに挑んだのだけれど……」

 

「ウォズの裏切りでその作戦がオーマジオウに露見。

 待ち構えられていたレジスタンスたちは彼一人に迎撃され壊滅した、と」

 

 ツクヨミの話を聞いていたオルガマリーが俯く。

 彼女を疑うわけではないが、常磐ソウゴという人間の印象と一致しない。

 とはいえ、その常磐ソウゴ自身が第三特異点攻略時にオーマジオウと顔を合わせ、そして決裂したという話も受けている。

 オーマジオウという人物は、ソウゴ本人にさえ受け入れられない存在なのは間違いない。

 

「……過去への干渉、改変は禁忌。タイムパラドックスによって世界が崩壊する可能性もある。

 けれど、それが分かっていても……私たちにはもう、常磐ソウゴがオーマジオウになる前の時代で彼を止める以外の手が残っていなかった。

 私たちは残っていたタイムマジーンを使い、彼がオーマジオウになる2018年にタイムトラベルを強行したわ。その結果……」

 

「……恐らく、2018年が焼却されているがために、2018年には辿り着けなかった」

 

 オルガマリーが額を手で覆う。

 タイムマジーン、というマシンがある時点である程度分かっていたが、未来の人類は魔術にさえ頼らず時間に干渉するらしい。

 時間移動ができる=時間の改変ができる、ではない。それこそが人理定礎という概念だ。だから彼女たちが実際に過去を変えられるかどうかは分からないが、少なくとも時間移動は一般的なものとなって未来世界に根付いているものであるようだ。

 

「……私はいつの間にか記憶を失い、どことも分からない牢獄に閉じ込められていた。それを助けてくれたのが、立香だったわ。

 ……そして、その彼女を助けにきたのが……」

 

「ソウゴくん、というわけだね」

 

 うんうん、と首を縦に振るうダ・ヴィンチちゃん。

 そんな彼女に対してオルガマリーが視線を向ける。

 

「ダ・ヴィンチ。今更ではあるけれど2068年が残っている、というのはどういうわけだと思う?」

 

「どうもこうも。単純に時代は焼却出来ても彼個人を焼却できなかった、と解釈すべきだろう。

 オーマジオウが単独で特異点として成立するが故、時空の変動に左右されない。

 “2068年”が残っているのではなく、“オーマジオウのいる時代”が残っただけさ。

 つまりその時代はもう西暦2068年ではなく、“オーマジオウの特異点”と呼ぶべき存在になっていると言えるだろうね」

 

「常磐ソウゴ個人が聖杯の役割を果たして、時代を特異点化している?

 ……ただその理屈から言うと、オーマジオウが生まれるという2018年も消えない気がするのだけれど……」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの言葉にどこか引っ掛かりを感じつつ、天井を仰ぐオルガマリー。

 恐らくこの答えを出せる者がいるとしたら、ここではウォズくらいだろう。

 訊いたところで白状するとは思えないのでわざわざ訊かないが。

 微笑んだままのダ・ヴィンチちゃんが、彼女の疑問に対する答えを投げる。

 

「……残っていてももう繋がりはない、と言える。

 前提である2015年までが消失しているんだ。そこから未来が単独で成立したところで、それはもう人類史ではないよ」

 

「……2018年が残ってようが残ってまいが、それはただの特異点でしかないということ、か。

 魔術王が時代が残っていることに目を向けないのもそういうこと……?」

 

「だろうね。2015年までをリセットするのなら、2018年だろうが2068年だろうがifの時代は隔離できる。一度特異点として隔離されてしまえば、もう人理の証明にはならないだろう」

 

 本当に隔離されてるなら私やソウゴくんたちがあの時代に行けるはずもないけど。

 いや、隔離されているのは事実だろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 なんてセリフを飲み込んで、彼女はこの場に清姫がいないことに感謝する。

 

 あと恐らくはあの仮面ライダーディケイド。あと、ディエンドもそういう存在か。

 

「あの……」

 

 笑顔で誤魔化しているダ・ヴィンチちゃんと、溜め息交じりに考えていたオルガマリー。

 そんな二人に対してツクヨミが声をかける。

 

「その、人理焼却ということについて詳しく教えてください。

 ―――それと。その中で常磐ソウゴがどんな風に戦ってきたのか……

 貴女たちの目に、そんな彼の姿がどう映っていたかを」

 

 今まで世界を救うために戦ってきたという常磐ソウゴ。

 そして荒廃した世界に君臨し、己らを薙ぎ払ったオーマジオウ。

 その二つの姿が重ならず、彼女は二人に問いかけていた。

 

 ―――オルガマリーが微妙そうな顔を浮かべる。

 これは彼を褒め称え、彼女からの印象をよくしないといけない場面だ。

 もちろん、実際に救われてきたから。幾らでも助けられた場面は浮かんでくる。

 だからと言って、手放しで他人を賞賛するという状況にオルガマリーは慣れていない。

 ちらり、とダ・ヴィンチちゃんを見る。

 

 彼女の顔には―――

 『私は天才だから賞賛するより賞賛される方が慣れてるんだよね☆』と書いてあった。

 

 ああ、そうかい。どうせ私は誰にも賞賛されたことないわよ。

 などと、眉を顰めるオルガマリー。

 救われたのは事実だし、その感謝だって忘れていない。

 だけど、それを口に出して褒め称えれるかと言えばそれは……

 

 ―――だからといって、ツクヨミの問いを無視していいわけがない。

 

 大きく深呼吸して、ダ・ヴィンチ製のボディの頭部を赤く染めながら。

 彼女は出来る限りソウゴのイメージがよくなるように彼女に対して語ってみせる。

 レフに消されかけたところを助けられたところから、今に至るまでの旅路の全てを。

 真面目に聞いているツクヨミと、にやにやと自分を見ているダ・ヴィンチちゃんに挟まれながら。

 

 

 




 
(オーズのキャッチコピーこれだったのか…)
超全集買いました。高岩さんの写真集いいゾ~これ。
 


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未来と仲間と次の戦い2015

 

 

 

「お、嬢ちゃん。起きたのか」

 

 食堂に入るや、ランサーがそう言って声をかけてくる。

 声をかけられた立香が反応する前に、即座に厨房の中から反応があった。

 

「先輩!? お目覚めになられたんですか、よかった。どこかお怪我があったりは―――」

 

 身を乗り出したマシュはすぐさま厨房から出て、立香の方に向かってくる。

 彼女を上から下まで触り出すマシュの手。

 それに晒されながら立香は困ったように、苦笑気味に言葉を返した。

 

「寝てただけだから怪我は出来ないよ」

 

 そんな彼女たちを横目に、ソウゴは食堂の中に入っていき―――ふと。席に着いているアタランテの方へと視線が引かれた。

 彼女のテーブルの上には、焼き立てだろうパイが置かれている。その匂いにつられてふらふらとそちらに流れていくソウゴ。

 

「ねね、アタランテ。それなに?」

 

「……戻ってきて真っ先に言う事がそれか? まあいいが……林檎のパイだよ」

 

「リンゴ……リンゴはなかったなー」

 

 腕を組んでそう言いだすソウゴに、アタランテは怪訝そうな顔をする。

 そのまま軽く片目を瞑った彼女はパイを一切れ取り上げると、大皿を彼の方へと押した。

 

「食べたいのなら食べるといい。私はこれだけあればいい。

 味は保証するぞ、ブーディカが焼いたものだからな」

 

「いいの? アタランテが食べたくて頼んだんでしょ?」

 

「構わないさ」

 

 じゃあ遠慮なく、とソウゴがアタランテの前に座ってパイを手に取った。

 苦笑する彼女の前で齧り付き始めるソウゴ。

 

「うまっ……ほら、黒ウォズも食べなよ。っていうか黒ウォズっていつご飯食べてるの?」

 

 口に物を入れながら自分の隣にウォズを招くソウゴ。

 胡乱げな視線で見返しながら、しかし彼は招かれるがままに腰掛けた。

 そんな彼の前にソウゴはパイの乗った皿を寄せる。

 何とも言い難い、というような表情でそれを一切れ取り上げて、口を開く。

 

「我が魔王、ここは私に食事を出すほど余裕があるのかい?」

 

「んー。黒ウォズもロンドンで仕事はしたんだしいいんじゃない?

 あ、そうだ……ねえ、ブーディカ。ここってお餅ある?」

 

 軽く声を張り上げ、厨房の方へと確認を取るソウゴ。

 マシュとともにそちらに向かっていた立香からその質問を既に受けていたのだろう。

 彼女は苦笑しながら首を横に振ってみせた。

 餅がないという現実に触れたソウゴは、難しい表情でウォズへと視線を向ける。

 

「……そういえば黒ウォズって別の場所に行けるんだよね。どっかで買い物とかしてこれる?」

 

「……君は私に餅を買ってこい、と?」

 

「お、何か買いに行かせられるのか? じゃあ酒も頼むわ」

 

 呆れたような顔でアップルパイを齧るウォズ。

 そんな会話をしている彼らの中にランサーが混じり、彼の肩を叩いてみせた。

 ウォズは面倒そうな視線をランサーに向けるが、気にかける様子はない。

 軽く片目を瞑り溜め息を一つ。彼はそのままさっさとパイを口の中に放り込んだ。

 

「お酒って言えばドレイクは?」

 

 酒が話題に出たので普段からここで酒浸りしているドレイクの姿を探すが見当たらない。

 アレキサンダーとエルメロイ二世はいつも通り読書だろうが、彼女はどこだろうか。

 

「ドレイクは再臨を済ませた体の調子を確認すると言っていた。

 今はネロ・クラウディウスとシミュレーション室にいるのではないか?」

 

 パイを食べ終えたアタランテが、そんなソウゴの疑問に答えをくれた。

 へえ、と納得しながら食事を続ける彼。

 

「じゃあ他の人にも黒ウォズに買ってきてもらうもの聞いて回ろうか」

 

 もぐもぐと口を動かしながら天井を見上げ、そんなことをぼやくソウゴ。

 彼に対して全力の呆れ顔を浮かべ、ウォズは眉間を指で押さえる。

 

「待ちたまえ、我が魔王。私は……」

 

「俺の召し使いじゃないの?」

 

「……それは否定しないが。……だが、次の特異点は18世紀のアメリカだ。

 アルコールの類は自分たちで補充したまえ」

 

 無論、カルデアはまだ次の特異点の特定作業など始めていない。

 仮に今この時点でそれを知っている者がいるとするならば、それこそ下手人である魔術王側の存在くらいだろう。

 だと言うのに当然のようにそう言いだす彼に、アタランテが目を細くした。

 

 気にすることでもない、とでも言うように。

 大した反応を示さず、折角なのでパイを食べようと手を伸ばすランサー。

 

「18世紀のアメリカってお餅売ってるの?」

 

「売ってねえんじゃねえか?」

 

 知らねえけど、とランサーが適当に答える。

 どうにも完全に餅に気持ちが向いているようで、その答えに対してむむむと表情を険しくするソウゴ。

 

「じゃあ駄目じゃん。

 あ、アメリカに行ってから18世紀の日本にタイムマジーンで飛んでけば買えるんじゃない?」

 

「……特異点化はそこまで広範囲にはならないだろう」

 

 次いでアタランテ。次々と否定されていくお餅の輸入ルート。

 やはりもう最後の手段しかない、と。ソウゴの視線がウォズに向かう。

 見られている彼は嫌そうな表情を浮かべ、立ち上がった。

 

「生憎だが、私が行く場所はショッピングを楽しむために行くような所ではないのでね」

 

 恨みがましいソウゴの視線を背中に受けながらも、そのままさっさと食堂の出口へと歩き出すウォズ。

 そんな彼が厨房の前で一度足を止め、ブーディカへと視線を送る。

 

「悪くはなかったが甘すぎる。もう少し、砂糖は控えるべきだね」

 

「―――はは、そっか。うん、次からは気を付けるよ」

 

 微笑みながら返すブーディカ。

 それだけ彼女に言い残すと、ウォズはそのまま退出していく。

 

 ちぇー、と残念そうにしながらテーブルに突っ伏すソウゴ。

 それを半眼で見ながら、アタランテが腕を組んだ。

 思考を飛ばすのは、当然のように彼が言い残していった次の特異点のこと。

 

「……アメリカの特異点、か」

 

「ブーディカ、パイだけじゃ足りないや。他に何かある?」

 

 考え込む彼女の前で気を取り直したソウゴが立ち上がり、厨房へと向かっていく。

 そんな彼の背中を視線で追いながら、アタランテは小さく息を吐いた。

 

 

 

 

「……それで、ここが食堂よ。一応今はブーディカ……彼女が常駐してくれているから、何かあれば彼女に声をかけてちょうだい」

 

 そんな話をしながら入ってくるのは、ツクヨミを伴った所長の姿だった。

 厨房にいるブーディカを示しながらそう説明されたツクヨミがその場で軽く頭を下げる。

 

「ああ、その人がマスターが言ってたツクヨミって子?」

 

 洗い物をしながらそちらに視線を向けたブーディカから出た言葉。

 それを聞いたツクヨミが困惑するような様子を見せた。

 

「マスター……?」

 

「私のことだよ」

 

 テーブル席についていた立香が言いながら手を振ってみせる。

 そちらをちらりと見て、なるほどと。彼女は納得した様子で小さく頷いた。

 

 そんな立香の隣に座っていたマシュが首を傾げ、彼女に問いかける。

 

「先輩、この方は……」

 

「……うーん。そう訊かれるとなんと説明すればいいのか。

 ウォズの知り合い? とかそんな感じでいいのかな」

 

「……まあ、知り合いは知り合いだけど……」

 

 マシュの疑問をそのままスルーパスされたツクヨミが顔を曇らせる。

 そんな様子を見ていたオルガマリー。彼女が軽く手を叩いて周囲の注目を引いた。

 食堂内の視線を集めた彼女は、咳払いしてから口を開く。

 

「これからは彼女にも特異点攻略に参戦してもらいます。

 あなたたちはそれに備え、きっちりと連携できるようにしておくように」

 

「ツクヨミも?」

 

 首を傾げる立香とソウゴ。

 そんな二人を見たオルガマリーが指を立てて説明を開始した。

 

「―――第四特異点ロンドンにおいて、わたしたちは人理焼却の主犯……

 魔術王・グランドキャスターと邂逅し、その力を見せつけられました。

 はっきり言ってどれほどの戦力を揃えればいいのかさえ皆目見当もつかない状況です」

 

 言いながら周囲を見回す彼女。

 アタランテは直接あれを視認しているが、ランサーやブーディカは見ていない。

 ―――が。どういうものかを説明されて理解できないような者たちでもない。

 

「魔術王の言葉を信じるならば、という前提はあるけれど―――自分が動くのは最低限七つの特異点が攻略されてから。そう言った以上、特異点攻略において彼が直接わたしたちに手を下すようなことはないと思われるわ。

 よって、わたしたちは七つの特異点攻略を進めつつ、魔術王に対抗するだけの戦力を確保しなければならない。そして―――」

 

 そこまで語ったオルガマリーが後ろを振り返ってツクヨミを見る。

 彼女もおおよそ説明を受けていたのか、小さく頷いた。

 

「ダ・ヴィンチに確認してもらったところ、彼女にもマスター適性及びレイシフト適性が確認されました。ロンドン攻略で確保された資源は一先ず貴方たちではなく、彼女がマスターとなるために消費する、ということを理解してください」

 

 その言葉を聞いた立香とソウゴが目を見開いて、同時に声を上げた。

 

「所長には適性無いのに!」

 

「黙らっしゃい!!」

 

「フォッ……」

 

 マスター適性とレイシフト適性が実はそれほど珍しくないのでは、という疑念。

 二人が同時に上げた声を一喝して、オルガマリーがぐるると唸る。

 ついでにマシュの頭の上でまるで笑うように声を上げた珍獣を睨む。

 自分の頭の上からそんなフォウを持ち上げ、困ったようにたしなめるマシュ。

 

 オルガマリーはそんな自分を落ち着かせるように胸に手を当て、深呼吸してみせた。

 今のやり取りを見て何となく三人の関係を見て取ったのか、ツクヨミが所長を落ち着かせるべく彼女の背中をさすり始めた。

 

「……大丈夫よ。ええ、ホント……」

 

「そうは見えませんけど……」

 

「とにかく。戦力の拡充が急務、ということを認識してくれればいいわ。

 ……世界を取り戻すためには、ね」

 

 自分の背をさするツクヨミに視線を向けるオルガマリー。

 それがどういうことなのか、言うまでもない。

 

 ―――視線を送られたツクヨミは己の意志を伝えるべく、彼女の背から手を離してソウゴが座っているテーブルに歩み寄っていく。

 向かってくる彼女を見上げながら、ソウゴは微笑みさえも浮かべている。

 やがて彼女はそんな彼の前で立ち止まり、視線を交差させた。

 

「……私はオーマジオウから未来を救うため、過去に来た。

 この時代で未来が脅かされているって言うのなら、貴方と一緒にでもそれと戦うわ。

 ただ、私は貴方を完全に信じたわけじゃない。

 貴方がこの先、世界を脅かす最低最悪の魔王になると判断したら……私は、貴方とも戦う」

 

「うん、それでいいと思う。

 ツクヨミが見て、俺が最低最悪の魔王になると思ったなら……俺を止めてくれていい。

 オーマジオウから世界を救うために戦ってたっていうツクヨミがそう思ったって言うなら……

 ―――俺は、それを信じるよ」

 

 他の皆が見ている中で、二人がそう言葉を交わす。

 ツクヨミの言葉の中には嘘などどこにもない。彼が脅威だと感じたならば、たとえ刺し違えてでも成し遂げようとするだろう。

 そしてソウゴはその覚悟を笑って受け止め、その理念は正しく喜ばしいと受け入れる。

 

 そんな二人を見つめる立香は、どう反応するべきかと小さく眉を顰めていた。

 

 

 

 

 食事を終え、食堂から退出していったマスターたち。

 そんな彼らの背中を見送ったアタランテが小さく溜め息を吐く。

 

「……そのソウゴの未来、というのはそれほどのものなのか?

 私が見る限りではソウゴは善性。その上、自分というものをけして曲げない手合いだ。

 一体何があればそんな最低最悪の魔王、などと呼ばれるモノになるという」

 

「さてな。だが……いや」

 

 同席したままのランサーが口を開き、途中で噤んだ。

 中途半端に口にされた言葉にアタランテが眉を顰める。

 

「なんだ? 言葉にするなら中途半端にしてくれるな」

 

「別に大したことじゃないさ」

 

 そう言ってさっさと立ち上がってしまうランサー。

 退出する彼の背中を視線で追いながら、彼女は小さく息を吐く。

 そんなアタランテに対し、厨房からブーディカの声がかかった。

 

「どうする? 食べたりないならもう一枚焼く?」

 

「…………もらおう」

 

「はいはい―――アタシたちがそんなに心配しなくてもきっと大丈夫だよ。

 もし何かあったとしても、ソウゴたちならきっと間違えないさ。

 ほら、ここにいい反面教師だっていることだしね」

 

 次に焼くパイの準備を始めながら、軽く笑ってみせるブーディカ。

 過ちを犯した王である、と。己のことを彼女は笑った。

 

 王とはアタランテからすれば大した関わりのない、人の世の統治者だ。

 が、彼女に限らずカルデアでは王であった者、王と関わりのあった者は多い。

 ソウゴに王たる資質というものがあるのだとすれば、それは王たる者が見出して必要なら導けばいい。それはそうかもしれない。

 

 王の資質などアタランテには判別できないし、しようとも思わない。

 ただ常磐ソウゴという人間と肩を並べて戦うことに否やはない。

 それだけで十分、といえばそうなのだが。

 

「……人の世の統治、という話で収まることならそれでいいのかもしれないがな」

 

 少なくとも一国の統治の話が、人理焼却という事態と並ぶはずがない。

 オーマジオウという存在がどれほどのものなのか―――

 

 軽く考えこもうとした彼女が、首を横に振って思考を止めた。

 どうあれ、彼女はその目で見たソウゴを信じるに足る者と判断したのだ。

 どのような話であれ、聞いた話ばかりで彼の評価を改める必要はない。

 

「うむ、良い香りだ! ブーディカよ、何を焼いているのだ?」

 

「うん? アタランテに頼まれたパイだよ」

 

 悩ましい表情を浮かべているアタランテとは対照的な、すっきりとした表情のネロが入室してくる。彼女の後ろには衣装の変わったドレイクの姿もある。

 豪奢なコートを肩にかけ、海賊帽を頭に被り、しかし特に変わった様子もなく彼女はブーディカに酒を要求し始める。

 

「いやぁ、不思議と皇帝陛下とやり合うのは懐かしい気がするねぇ!

 ブーディカ、酒の残りはどんなもんだい?」

 

「んー、今のペースで飲み続けられると一週間保たないんじゃないかな?」

 

「―――そいつは緊急事態だ。カルデア崩壊の危機って言っても過言じゃない」

 

 一転、中々見せないような顔つきで危機を告げるドレイク。

 ブーディカはその貯蓄に底が見えてきた酒を取り出してくると、彼女へと差し出した。

 

「次は18世紀のアメリカだって言ってたから、そこで買って送ってもらえばいいんじゃないかな?

 食材も不足はしてないけど偏ってはいるから補充はしたいねぇ」

 

「む? もう次の特異点を見つけたのか?

 まだ前の特異点の推移を見守る、などと言っていたような気がするが」

 

「ウォズがついさっきそう言っていたという話だ。確証はない」

 

 首を傾げているネロにそう補足するアタランテの声。

 そうしてふと、ツクヨミのことを思いだした彼女が二人に話を振る。

 

「そういえばそのウォズとソウゴに関係しているという新しいマスターが増えた。

 汝らも挨拶しておいたらどうだ」

 

「む? マスターが増えるのか? ……マスターとは増えるものだったのか?」

 

「ま、こっちが漂流してるんだ。他の漂流者と会う事もあるだろうさ。

 そんなことより次の特異点に早く行かせてもらいたいねぇ……」

 

 ドレイクが彼女にしては珍しく遠慮した量の酒を嗜みながらそう言う。

 ただアルコールの補充に想いを馳せる彼女の期待は届くことなく、残念なことに次のレイシフトより先にカルデアの酒類は尽きることになった。

 

 

 

 

 閃光が渦巻き、刃と成す。

 全てを蹂躙するかの如く暴れ回る悪鬼を前に、彼はその手にある剣の力を開放する。

 渦巻く刃が竜巻の如く風を荒らす。

 その中心で赤い髪をはためかせる少年が、全力でもって一歩を踏み込んでいた。

 

「全開放……! “羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)”――――!!」

 

 宙に浮き回転する剣はまるで光輪の如く。

 振り抜かれる少年の腕に追従し、その光の刃は解き放たれた。

 それこそが彼の有する宝具、破魔の一投。

 目掛ける先は当然、槍を振るい次々と兵を討ち取る黒い悪鬼。

 

 あらゆる魔を滅する矢と化した剣。

 その一撃が放たれたからには間違いなく、立ちはだかる相手を両断するだろう。

 それは相手が悪鬼に堕ちた大英雄であったとしても変わりない。

 

 黒ずんだ朱色の槍を手に、彼は自身を目掛けて飛んでくる一撃に視線を送る。

 ()()()()()()()とはいえ、相手が神話に名を馳せた大英雄に変わりはない。

 彼がどれほどに優れた戦士であったとしても、容易に勝てるような相手ではないだろう。

 

 ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 槍の英雄は飛来する光輪、ブラフマーストラに向け正面から踏み込んだ。

 その一撃の向こうで、少年は困惑すら滲ませた表情を浮かべる。

 なるほど。確かにその一撃を正面から受ければ、死に至る傷は避けられまい。

 だがそれは―――()()()()()()()()、の話だ。

 

〈オーズゥ…!〉

 

 変貌する。黒い外殻で覆われていた男の体を、怪物の姿が塗り替えていく。

 鷹を思わせる赤い頭部。虎を思わせる黄色い胴と腕。飛蝗を思わせる緑の脚。

 瞬時に異形へと姿を変えた彼に―――

 

 “羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)”が直撃した。

 弾け飛ぶ閃光。魔を滅する刃の輝きがその異形に余すことなく注がれる。

 異形は全身から盛大に火花を噴き上げ、圧倒的な威力に呑み込まれていく。

 だというのに。彼は当然のように切り裂かれながら、次の一歩を踏み出した。

 

「な……っ!?」

 

 少年が放った一撃は正しく相手を滅するに足る威力があった。

 だから、()()()()()()()()()()()()

 怪物と化した男の体は衝撃で打ちのめされ、しかし彼はその事実を気にもかけない。

 

 ―――ブラフマーストラの一撃はその異形を打ち倒してみせた。

 その威力の大半を費やし、アナザーライダーの体をそのまま突き抜けていく光の戦輪。

 男の体内にあったアナザーウォッチは限度を超えたダメージに一時的に機能を停止。

 彼の姿が異形から、再び黒い鎧に覆われた人のものへと変貌していく。

 

 そのフィードバックで襲い来る死に匹敵する激痛はさして気にもしない。

 つまり彼は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 壊れない。その上、痛みさえ気にしなければ大した傷も通さない異形の鎧。

 彼にとってその力は、ただそれだけのものでしかない。

 

 踏み込む足は更に加速し、手にした槍には呪力が渦巻いた。

 ―――投げ槍のために一際大きく踏み込む男。

 その体は大きく反り、死の槍を振り被ってみせていた。

 

「―――“抉り穿つ(ゲイ)

 

「……ッ!」

 

 男に一撃を浴びせ、そのまま飛んだブラフマーストラを呼び戻すことは間に合わない。

 少年は無手のままその呪いの槍の前にさらされ―――

 

鏖殺の槍(ボルク)”―――!!」

 

 そのまま、音を追い越す速度で放たれた朱色の閃光に胸を粉砕された。

 弾け飛んで散る血肉。致命傷などという生易しい傷ではない。

 それは間違いなく、確実な“死”でしかありえない。

 

「ガ……ァアアア………ッ!!」

 

 だというのに。彼はその死を受けながらなお立ち続け、男を睨んでいた。

 放たれていたブラフマーストラ、彼の剣が飛んで戻ってくる。

 それを掴み取り、しかしその衝撃さえ受け止めきれなかった彼がふらりと大きく揺れた。

 

「死、ねぬ……! まだ、余は死ねぬ……!

 シータと巡り逢うまで………! 余は、負けられぬ………ッ!!」

 

「……あ? 今ので死なねえのか。

 心臓が八割砕けてまだ動くかよ、面倒くせえ奴だな」

 

 相手の主武装である槍は投げ放ったまま。

 因果逆転を起こす朱色の魔槍は、今ばかりは彼の手の中にない。

 少年がふらつきながらも剣を構え直し、しかし力を入れること叶わず片膝を落とした。

 

「ガ、ハァ……ッ!」

 

〈オーズゥ…!〉

 

 槍の無い彼が軽く首を回し、そのまま再び異形へと変貌する。

 一度打ち破られたばかりで性能は落ちているだろうが、それを言うなら目の前の少年の方がよほどいかれている。心臓を貫いてまだ生きているというなら、次は首を落とすだけだ。

 

 腕に生えた虎の爪を立て、彼は――――

 

「サーヴァント反応を確認。対処を開始します」

 

 複数の銃口から一斉に放たれる銃弾の嵐に呑み込まれた。

 そのほぼ全ての直撃を貰いながら、彼は周囲を見渡すように首を巡らせる。

 彼の視界に映るのは機関銃を腕に装備した兵器。機械化歩兵の軍勢だった。

 

「……西部のガラクタどもか。ってことは……」

 

 軽く舌打ちしながら、彼は空を見上げた。

 ――――真昼に近い時分、太陽は確かに上にある。

 だが太陽がある筈の無い地平線の先、()()()()()()()()()()()()()()

 

「あ、れは……!?」

 

 剣を支えに何とか立ち上がろうとする少年。

 彼もまたその彼方に輝くもう一つの太陽を見て―――

 突然、体が何者かに抱えられた。

 

「なっ、……!」

 

「悪いが質問は後で受け付ける。

 今は奴らが戦っている間に、君を安全なところまで運ばせてもらう―――!」

 

 この荒野のどこかで身を隠していたのだろうか。

 突然現れた男は彼にそう言うと、怪物から全速力で逃げることに注力した。

 

 ―――それを追う、という選択肢もないではない。

 必殺を期して半死半生まで追い詰めた獲物に逃げられるなど、余りにも無様。

 が、残念なことに。

 次の相手を無視してそんなことをすれば、命を落とすのはこちらだった。

 

「――――“梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)”」

 

 逃げ去ろうとする連中を無視し、地面に突き立った己の槍へと走る。

 その彼の体を、太陽から放たれた光線が蹂躙した。

 圧倒的な熱量で地面を溶かしながら奔る閃光。

 滂沱と溢れる熱を浴びながらしかし彼は槍を掴み取り、そのまま一気に跳ぶ。

 

 光線の効果範囲から飛び出した彼の体から、異形が剥がれ落ちていく。

 流石に短時間での二度の超過ダメージに、更にもう一度の起動は難しいらしい。

 軽く鼻を鳴らし、彼が太陽の中に浮かぶサーヴァントに視線を向けた。

 

「……同郷だったか、こちらで確保できればよかったが」

 

 太陽を背負いながら白髪のサーヴァントはそう呟く。

 

「だが、その同郷とやらのおかげで俺の鎧は剥がせたってわけだ。

 もっとも、それも少し寝れば直る程度の傷だがな」

 

 ガチリ、と。自身を覆う黒い鎧を軋ませながら、彼は槍を構えた。

 無敵の鎧に、即死の槍。彼が備えた武装、その内の鎧を一時的に取り上げられたというのに。

 しかし狂気の王は凄絶に嗤う。

 

 同じく鎧と槍を備えた太陽の子が微かに目を細め、彼の槍に視線を送る。

 

「―――生憎、王から現時点での戦闘は避けろと言われている。特にお前とはな」

 

「ハ―――令呪で縛られるまでもなく飼い主の使い走りか。

 いいぜ、好きにしろよ。どうせ、最終的にはこの大陸全て殺し尽くすんだ」

 

 構えを解かないままにそう言って嗤う彼。

 そんな彼に対して、炎の中から問いかけるサーヴァント。

 

「―――狂気の王。いや、正気でありながら狂える王よ。お前はそうしてどこまで走り抜ける。

 あるいは、証明するつもりだとでも言うのか。

 全ての命を奪う事で、お前が王であり、その手は全ての命に届くものである、と」

 

「……ハ、証明? そんなことをして何になる。

 王とは、王であるがために全てを不毛に浪費するもの。

 あらゆる“王”にとって、その価値観の最上は“己が王であること”に他ならない。

 だったら話は簡単だ。己の領分以外の全てを滅ぼせば、“王であること”は唯一無二の価値になる。そこに辿り着けば上等だ。後は世界が滅びるなり何なりするまで俺だけが王であればいい」

 

 何のことはない、と吐き捨てる男。

 そんな彼に対して表情一つ変えず、太陽のサーヴァントは軽く腕を上げた。

 

「……そうか、では先の言葉をそのまま返そう。

 また会おう。生きる為だけの疾走を、飼い主の使い走りに消費する狂える“王”よ」

 

 太陽が炸裂し、周囲に膨大な炎が飛散した。

 それを槍で薙ぎ払い、周囲へと視線を巡らせる。

 

 彼が引き付けている間に機械化兵士たちも撤退済。

 周囲に残っているのは、太陽の如き彼の攻撃の熱量に呑み込まれた灼けた大地だけだった。

 

 

 




 
でかい攻撃でもまず一回は耐える鎧(再利用可)を着て絶対心臓に当たる槍を振り回すマン…一体何者なんだ…
 


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騎士と記録と大陸横断1783

 

 

 

 ツクヨミは考える。

 Dr.ロマニに頼み見せてもらっているのは、これまでの特異点攻略時に撮影されてきた映像だ。全てが残されていたわけではないが、それでもそこそこの量になる。

 

 それらを見た上で彼女が出した現時点での結論は―――

 常磐ソウゴという人間は、変人の類であるが確かに善人である、ということだ。

 

「……本当に彼が、オーマジオウに……?」

 

 顎に手を当てながら悩む彼女に、操作をしていたロマニが苦笑した。

 

「うーん。ボクにはそのオーマジオウ、という人物のことは分からないけれど……

 ―――もしかしたら、実はオーマジオウの正体は別人だったり?」

 

「別人……?」

 

 ふと思いついたかのように、そう口にするロマニ。

 言ってから彼は何か焦るように顔を引き攣らせて、やっぱり今の言葉は無しだと手を横にパタパタと振ってみせた。

 

「いや、ごめん。適当なことを言ってしまった。

 うん。情報も持っていないボクが簡単に口を出すべきではなかった」

 

「いえ。そんなこと……もしかして、ロマニさんは魔術王という敵のことを別人だと?」

 

 ツクヨミにそう問いかけられて、彼の顔は更に引き攣った。

 

「参ったな……所長が言ってたのかい?

 流石にボクだってもう敵が魔術王である、という点に納得はしてるっていうのに」

 

「はい、所長さんからのお話で」

 

 彼の反応を見て申し訳なさそうにするツクヨミ。

 それに気にしなくていい、と苦笑しながらロマニは端末を操作する。

 

「ボクが勝手にそんなことはしない王だ、と決めつけて見ていただけさ。

 魔術王と戦えない、なんて気持ちはさらさらないからそこは安心してくれていいよ」

 

 彼女が閲覧していた戦いが、直近のロンドンのものまで辿り着く。

 その地で彼らは魔術王ソロモンと邂逅したのだ。

 だが直近の特異点だというのに、そこでの映像はほんの僅かしかなかった。

 

「敵の首魁である魔術王の情報を君に閲覧させてあげられないのは申し訳ないけれど……姿を見ただけで呪われる、とあっては映像を残しておくわけにもいかない。

 どんな呪いがあるかも分からない以上、ロンドンの映像はほぼ凍結してしまったんだ」

 

「そうですか……いえ、貴重なお時間をありがとうございました」

 

 そう言って頭を下げるツクヨミ。

 

「はは、本来無関係だった君にさえ戦うように頼んでいるんだ。ボクの時間なんか幾らでも使うとも。仕事ばかりしてる、と言われるがこれでも結構趣味に使う時間はあるしね」

 

「そうなんですか?」

 

 ツクヨミがここカルデアに来てから日は浅いが、それでも彼はいつも仕事をしている印象があった。そう見られている、ということは理解していたのか。彼は困った風に頬を掻いた。

 

「うん、マギ☆マリっていうネットアイドルなんだけどね……ほら。休憩中でもデスクに向かってネットしてるから、仕事をしていると思われちゃう感じなんだ」

 

「なるほど……? ネットが……出来るんですか?」

 

 人理焼却されているのにネットが繋がるのか、と首を傾げるツクヨミ。

 この外に連絡が取れない、というならネットもできないのではないだろうか。

 

「ううーん。多分、AIによる運営だからなのかな?

 あ、いや。今のは無しだ。マギ☆マリは電脳の海に生きるアイドル。中の人なんていない!

 人理焼却だってネットの海ならなんのそのだからに違いない!」

 

 一瞬だけ真面目に考えていたロマニは、即座になかったことにしてアイドル論を展開した。

 その態度を見ていたツクヨミがなんとなしに問いかける。

 

「はぁ……そんなに面白いんですか?」

 

「もちろん! 今となってはこの状況におけるボクの最大の癒しだよ!」

 

 訊かれるや、嬉々としてその趣味を語り始めるロマニ。

 きょとんとしながら、ツクヨミはとりあえず彼の趣味の話に付き合う事にした。

 

 

 

 

「それで長々と話に付き合わされたってわけかい?

 ロマニに仕事をさせたのだとして、対価としては払い過ぎだよそれは」

 

 やれやれと肩を竦めるダ・ヴィンチちゃん。

 

「はぁ……」

 

 ロマニの語りは尽きることなくひたすら続き、結果的には途中で現れたダ・ヴィンチちゃんによって中断された。

 軽く疲労を表情に浮かべるツクヨミに対し、申し訳なさそうに謝罪するロマニ。

 申し訳なさそうでありながら、しかし趣味を語り尽くした充足感すら感じる表情だった。

 

「いや、ボクとしても面目ない。ちょっと話をしようと思っただけであそこまで語れてしまうとは、自分としてもまさかだったよ……」

 

 思ってもみなかった自分の姿に自分で驚くロマニ。そんな彼らの姿は召喚室にあった。

 第四特異点が落ち着くのは確認され、そこから聖晶石の回収も完了。

 使用された令呪の補填を終え―――召喚できるサーヴァントは一騎、といったところだ。

 

「今回はひとりだけなんだね」

 

 今までは複数人召喚していたというのに、と。召喚時における念のためのガードに入っているソウゴが呟いた。

 その彼の前に立っているクー・フーリンが肩を竦める。

 

「ま、聞いた話じゃ前回は魔術王とやらのせいで相当に場が荒れたんだろう?

 資源として引っ張ってこれる魔力が減っても仕方ねえさ」

 

「そうなの?」

 

「コップに水を掬うのに川からと滝から、どっちが簡単かって話だ」

 

 分かるような分からないような、と。首をしきりに傾げるソウゴ。

 彼らがそんな話をしている間にツクヨミがマスターになるための準備は進んでいく。

 

 もう見慣れた召喚サークルの展開。

 その中から虹色の光を伴い現れた姿に、ソウゴが小さく声を漏らす。

 

 ―――全身を覆う鎧、その姿はまさにロンドンでともに戦った赤き叛逆の雷。

 円卓の騎士、モードレッド卿に他ならなかった。

 彼女は小さく視線を巡らせながら周囲の状況を確認し、不思議そうに声を上げる。

 

「―――召喚に応じ参上した。なんだ、今度はまた別の奴がマスターか?

 っていうか、マスター増えたのかお前ら」

 

 どういう状況だよ、と呆れながら兜を展開して顔を晒す彼女。

 そんな彼女の前にツクヨミが踏み出して、その手を差し出した。

 

「私はツクヨミ、私があなたのマスターになるわ。

 ええと……モードレッド、でいいのかしら?」

 

 少ないロンドンにおける戦闘の映像にも、彼女の情報は残されていた。

 その名を告げながら握手を求める彼女に片目を瞑るモードレッド。

 

「……ああ。セイバーのサーヴァント、モードレッドだ。

 ま、お前がマスターとして認めるに足るかはおいおい確かめさせてもらうさ」

 

 言いながらツクヨミの手を取り、軽く握手を交わす。

 そんな彼女の視線は握手をしながら後ろのソウゴたちに向いている。

 睨むようなその視線を見返しながら、彼は何度かうんうんと首を縦に振っていた。

 

 

 

 

「アメリカ合衆国が次の特異点? ウォズが言ってた通りに?」

 

 特異点の場所が特定された、と聞いた立香。

 彼女が管制室を訪れると、年代の特定までが完了していた。

 マシュが小さく頷き、現時点で判明している情報を説明する。

 

「正確には、アメリカはまだ国家として成立はしていません。

 特異点の時代は1783年……アメリカはこの時代におけるイギリスとの独立戦争を経て、国家として成立するのが正しい人類史です」

 

 彼女の言葉を聞いてふむ、と首を傾げる立香。

 国家間の戦争の時代、といえばフランスもそうだったのだけれど。

 

「イギリス軍が聖杯を手に入れて暴れてる、とか」

 

「可能性としては無視できないかと。ただ正直、これまでの特異点を鑑みるにそれだけで済むようなものではない、と考えておいた方がいいと思われます」

 

 立香はマシュの言葉にだよねぇ、と返す。

 第三特異点のような状況がありえるならば、レイシフトしたらアメリカ大陸自体が変なことになっていてもおかしくない。結局は、行ってみなければ分からない。

 

 そんなことを話していると、管制室にオルガマリーが入室してきた。

 彼女は小さく首を動かして周囲を見回すと、ロマニとダ・ヴィンチちゃんがいないことを確認して、まだかと軽く息を吐く。

 

「あ、所長。今回は……」

 

「あなたのサーヴァントはマシュ、ジャンヌ、ブーディカを選出しました」

 

 言われて、立香が首を傾げる。

 ブーディカが離脱してカルデアは大丈夫なのだろうか、と。

 顔に言いたいことが全部出ていたのか、オルガマリーは小さく肩を竦めた。

 

「正直、ブーディカにはカルデアを任せたいわ。

 ただ範囲が北アメリカ大陸なんて広範囲になると、彼女の戦車が欲しいのよ」

 

 向こうに行った後に召喚サークルの敷設さえできれば、いつでもタイムマジーンを呼べるだろう。だがまず、召喚サークル自体がいつ確保できるとも分からないものだ。

 ―――それにそれ以上に、タイムマジーンを単純な移動マシーンにするのが憚れる。

 足にするというならサーヴァントは全員霊体化した上で乗りこみ、更にマスター四人とも同乗することになるだろう。

 

 だがそれは流石に避けたい。白ウォズと白ウォズマジーンが確認された以上、タイムマジーンの中にすし詰め状態はまずい。もちろん、それ以外の敵戦力のこともある。

 タイムマジーンが咄嗟に戦えない状況はできる限り避けるべきだ。

 

「うーん。ブーディカを連れて行って大丈夫なのかな、カルデアが」

 

「……今まさに彼女に日持ちしそうな料理を手当たり次第作って冷蔵してもらってるわ。

 ただの保存食よりはマシでしょう、精神的に」

 

 たかが特異点ひとつ攻略にかかる時間くらいは我慢だ、と彼女は言う。

 今のところはずっとブーディカが厨房の面倒を見てくれているおかげで大分余裕があった。そのおかげでカルデア職員内の空気は明らかにいい意味で緩くなったと言えるだろう。魔術王の呪いで緊張は一時張り詰めたが、それも立香が生還を果たした今は解けたと言っていいだろう。

 

「前回はヘンリー・ジキルという拠点を提供してくれる提供者がいたおかげで助かったけれど、レイシフトを実行するあなたたちの方がよほど環境は悪いのだもの。

 この程度のことくらい我慢させるわよ」

 

 そう言って彼女は軽く手を振り、話を終わらせた。

 そうこうしている内に、ツクヨミの英霊召喚を終えた皆が管制室にやってくる。

 ツクヨミの後ろについているのは立香たちにも見覚えのある顔。

 円卓の騎士、モードレッドであった。

 

「あ、モードレッドさん。

 ツクヨミさんの召喚に応じてくれたのは、モードレッドさんだったのですね」

 

「おう、盾野郎……じゃねえな。マシュだな、マシュ」

 

 盾野郎、と呼ばれたマシュが首を傾げる。

 そんな彼女に何でもないと言い切り、モードレッドは管制室を見回した。

 

「なんだ、よく分からん部屋だな。

 ……いや、魔術師の部屋なんてみんなそんなもんか」

 

「ここを魔術師の部屋、で片付けられても困るのだけれど―――まあ、いいわ」

 

 オルガマリーの視線を受けて、ロマニが端末の方へと歩いていく。

 彼の操作に従ってカルデアスの中、特異点の一か所がクローズアップされる。

 それを確認した彼女が立香、ソウゴ、ツクヨミと順に視線を巡らせた。

 

 どうやらウォズはまたどこかに消えたらしく、今はカルデアにはいないようだ。

 一応今回の特異点特定がスムーズだったのは、食堂でアタランテがウォズから聞いたという彼の18世紀アメリカ発言のおかげだったのだが……

 

 もしかしたら、早まったのかもしれない。

 わざわざ情報を残し特異点攻略を早めるということが、彼の思い通りの可能性も考慮すべきだったか。もっとも、そんなことをしてなんになるかが分からないが。

 

「……今度の特異点は1783年、北米大陸。

 まずはひとつ。今回の特異点における事実として、規模がとにかく広大です。

 歴史の影響云々以前に、土地として」

 

「フランスやローマでも広すぎるくらいだったのになぁ」

 

「言うまでもなく交通の便など確立されておらず、移動手段が求められます」

 

「うーん、タイムマジーン?」

 

 オルガマリーの言葉にそう問うソウゴ。

 それを聞いた彼女は小さく首を横に振り、同じくそれを聞いていたツクヨミが眉を顰めた。

 すす、と静かにマシュの傍によって小さな声で問いかける。

 

「……タイムマジーンがここにあるの?」

 

「え、あ、はい。ご存じなのですか」

 

「……うん。まあ、ね」

 

 少し困惑するような様子を見せる彼女に、マシュは首を傾げる。

 そんなことをしている間にも話は進み、オルガマリーはタイムマジーンを移動手段として利用することを却下していた。

 

「つまり、今回のレイシフトメンバーは機動力を優先した構成ということです。

 ―――藤丸立香。サーヴァントはマシュ、ジャンヌ、ブーディカ。

 常磐ソウゴ。クー・フーリン、ネロ。ツクヨミは当然、モードレッド。

 わたしが連れて行くのはアタランテ。以上のメンバーで第五特異点の攻略にかかります」

 

「機動力なのにアレキサンダーじゃなくてネロなの?」

 

 ジャンヌは分かる。移動手段となる戦車全体の防御担当だろう。

 だがソウゴが連れて行くのはアレキサンダーではなくネロだという。

 一瞬言葉に詰まったオルガマリーだが、観念したように溜め息ひとつ。正直に話し始めた。

 

「……ブーディカを連れて行くと、こっちでサーヴァントを纏められるサーヴァントがいなくなるという判断です。

 ダビデは隙を見つけては女性職員を口説く上、カルデアの魔力資産を増やしてみせるなんて言ってダ・ヴィンチと資産運用しようとする。清姫の暴走は止められない。ネロは職員を集めて食堂で慰問ライブを開こうとする。ドレイクは禁酒状態でだらけてる。ロード・エルメロイは口ばかり。

 ……オルタでは止められないでしょう?」

 

 素直に疲れた風な彼女がそんな風にいろいろと並べる。

 ふーむ、なんて腕を組みながら聞いていた立香とソウゴはその光景を思い浮かべ―――

 

「楽しそう」

 

「楽しくねーわよ」

 

 即座にオルガマリーから却下をくらう。

 まだ全てのサーヴァントと顔を合わせたわけではないツクヨミが、それらってどのような状況だろうと首を傾げてみせた。

 クスクスと笑いをこぼしているのは、一番後ろで見ていたダ・ヴィンチちゃん。

 それを軽く睨んだ後、彼女は咳払いして話を続行する。

 

「第五特異点へのレイシフトは明日を予定しています。

 レイシフトする者は本日は早めに就寝し、きっちりと体を休めておくように」

 

「ん? なんだ、今からじゃねーのか」

 

 黙って聞いていたモードレッドがそこで口を挟む。

 そんな彼女に後ろからダ・ヴィンチの声がかかった。

 

「ツクヨミちゃんはいま君を召喚したばかりだろう?

 念のために体調が変化しないかの確認をしておかないとね」

 

「はーん……へいへい、そういうことね。んじゃオレには飯でも食わせろよ。

 サーヴァントでもなんか食っていいんだろ?」

 

「じゃあ食堂の方に案内しようか。あ、でもブーディカは保存しておく食事作ってるんだっけ?」

 

 その名を聞いて何とも言えない、というような表情を浮かべるモードレッド。

 

「なあ、さっきからその名前聞くけどもしかしてブーディカって……」

 

「あ、そっか。モードレッドと同じ国の王様なんだよね、ブーディカ」

 

「いや同じ国っていうか……まあ、そういう認識でもいいけどよ。

 ……まあいいや。別にオレの方に思うところはねーし」

 

 多分モードレッドさんの方に何もなくてもブーディカさんは凄く喜びますよ、と。

 一瞬思ったが、マシュはそれを口にせず黙ることにする。

 そんなマシュの頭の上で、フォウがぽこぽこと彼女の頭を叩いていた。

 

 

 

 

 翌日、朝から始まるレイシフトの準備。

 ロマニやダ・ヴィンチちゃんたちがコフィンの最終調整をしているのを背に、レイシフトメンバーが集まった。今からまさに戦いに出向くぞ、という覚悟の場面。

 で、二人の人間がうつらうつらとしながら船を漕いでいた。

 

 当たり前のように眠そうな二人に、オルガマリーが指をこめかみに当て顔を引き攣らせていた。

 

「……すっとぼけた連中だと思ってたがあれだ、鳥野郎みたいなことしてんな。

 まああいつに比べりゃ寝てると分かるだけマシか」

 

 呆れるように言うモードレッド。

 そんな眠そうなマスター二人をフォローするように、マシュが声を上げた。

 

「いえ。その、お二人は次がアメリカだということで……

 夜遅くまで現地の文明資料の確認を……」

 

「どーにかして餅食う手段がねえか探してたな」

 

 けらけら笑うランサー。うむうむと頷くネロ。

 

「食堂のメニューが増えるなら喜ばしいことだ。余も食べたい」

 

「……まあ、あれだ。余裕があるのは悪いことではないだろう、マスター」

 

 アタランテが目を逸らしながらフォローを入れた。

 が、当然そんなものフォローになどなっていない。

 ぴくぴくと口元を引き攣らせながら彼女が、一発怒鳴り飛ばそうと口を開こうとして―――

 

「しゃきっとしなさい!!」

 

 ばん、と。二人の背中を張ると同時、ツクヨミの怒声が二人の鼓膜を揺らした。

 ぐらぐらと揺れた二人がそのまま崩れ落ちようとして、しかしその襟を彼女に掴まれて、無理矢理に引っ張り起された。

 

「ふぁい……」

 

「二人揃っていつまで寝てるつもり!? さっさと起きなさい!」

 

 そのまま掴んだ襟を上下に振り回すツクヨミ。

 何度か上下運動したあと放されると、ぐえーと悲鳴を上げながら倒れこむ立香とソウゴ。

 ツクヨミはそこから先に倒れた立香に近づき、装備を点検し始める。

 

「そんな寝ぼけててちゃんと必要な物は持ってるの? 簡単に行ったり来たりできない場所なんでしょう? しつこいくらい確認した?」

 

「ふぁーい……」

 

「は、はい! 先輩の装備はマシュ・キリエライトが何度も確認しました!」

 

「そう?」

 

 転倒している彼女の背を軽く叩き、今度はソウゴの方へと向かうツクヨミ。

 

「ほら、次はソウゴ。ちゃんと装備は揃ってる?」

 

「揃ってる気がするぅ……」

 

「気がするだけじゃ駄目でしょ! ほら、ちゃんと確認して!」

 

 ソウゴを引っ張り起こし、そのまま装備の確認をさせる。

 そんな彼の確認作業が終わったのを確かめると、ソウゴの背中を軽く叩く。

 彼女はそのまま取って返し、オルガマリーの前へと立った。

 

「オルガマリー所長」

 

「え? え、えぇ、何?」

 

「藤丸立香。常磐ソウゴ。ツクヨミ。三名ともに準備完了しました」

 

「あ、はい。いえ、ええ、その、了解したわ。うん」

 

 そんな光景を眺めながら、ブーディカがくすくすと小さく笑う。

 

「なんだかお姉ちゃんができたみたいだね、皆に」

 

 ブーディカの呟き。それを聞いていたジャンヌがぴくりと肩を震わせた。

 悩むように顎に手を添え、考え込む彼女。

 

「姉にはやはり時に強引さが必要、ということでしょうか」

 

「……ジャンヌは既に結構強引だからエスカレートしすぎないようにね」

 

 微笑みを苦笑に変え、ブーディカはそんな言葉をジャンヌの背中にかけていた。

 

 そんな、日常の光景の延長の中。

 彼らは新たな戦いの舞台へとレイシフトを開始した。

 

 

 

 

 荒廃した大地、二十の像を前に黄金の王が空を見上げている。

 まるで、空の向こうにある何かを測るように。

 空の先に向けられた“ライダー”の文字で描かれた目が、少し揺れた。

 

「……また、近づいたか」

 

「近づいた? それはいったい……」

 

 彼に傅いているウォズが、その王の呟きを拾って頭を上げた。

 一瞬、彼に視線を向けるオーマジオウ。

 だが彼は何かを言うこともなく並ぶライダーたちの像に視線を向けた。

 

「若き日の私が行っているウォッチ集めは順調なようだな」

 

「は……万事滞りなく。2019年、オーマの日に向けて全て順調に進んでいます。

 本来、我が魔王がジオウの力を手にするのは2018年の予定でした……

 ですが、少々の前倒しが発生したところで何ら問題はありません」

 

 そこまで口にしたウォズが、微かに視線を逸らして眉を顰める。

 

「もっとも、現時点ではなぜこのような事態に発展したのかが不明なのですが……

 タイムジャッカー……スウォルツもまた、この事態は予想外のようで……」

 

「さて、それはどうだろうな」

 

 ウォズの言葉にそう重ねて、黄金の背中が再び空を見上げた。

 しきりに空を見上げる王に対し、ウォズは怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「スウォルツが関わっている、と?」

 

「関わっているか否かならば、奴自身は関わってはいない。

 そして、同じ問いを私に投げかけられたならば―――私は関わっていると答えよう。

 だが私は最後の最後に一助を担ったにすぎん。()()()()()()()()()()()()

 

 ほんの僅か。楽しげに声を弾ませて、オーマジオウはそう語る。

 

「我が魔王……それはどういう……?」

 

 顔色を変えて、オーマジオウに問いかけるウォズ。

 そんな彼の態度に小さく、小さく黄金の王が笑った。

 

「ウォズよ、時の王を導く語り部が物語を聞かされるか?

 お前はお前で探るといい。そうでなくては、若き日の私を導くことなどできまい。

 実際のところ2015年の若き日の私は、スウォルツではない他の者に利用されているのだから」

 

 黄金の王は像たちから踵を返し、そのまま歩き去っていく。

 それを聞き届けたウォズが顔を顰め、オーマジオウが見上げていた空に視線を送る。

 彼の目にそれがいったい何なのか、映ることはない。

 

「我々の知らないところで、いったい何が……」

 

 呟いて、目を眇める。

 そんな彼は数秒後にはストールを翻し、この時代から消え失せていた。

 

 

 




 
マギ☆マリなんかより心火を燃やしてみーたんを見ろ。

スウォルツ:直接関与していない。まったく関係ないわけではない。
オーマジオウ:流れも含めほぼ全部知ってる。最後にちょっとだけ手伝った。
オーマジオウが手伝った誰か:世界を救った。TVシリーズのソウゴとかそういう話ではない。
ウォズ(クォーツァー):わからん。なにが起こってる?

2015年のソウゴを利用しようとしている誰か:誰? オーマジオウの言う「近づいた」は半分こいつのせい。何が…?

この答えが先に知りたい方はみーたんの配信をチャンネル登録してください。
多分このSS内で答えが明かされるのは相当先でしょう。
「近づいた」何かは最速でキャメロットで出てくるでしょうけど。
 


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槍と王と良き終末を1783

 
あけましておめでとうございます。
平成32年。今年もFate/GRAND Zi-Orderをよろしくお願いします。
 


 

 

 

「オラァッ―――!」

 

 モードレッドが剣を引き、槍を持って兵士を斬り捨てる。

 それは崩れ落ちると同時に光に還り、その場から消え失せた。

 剣を軽く担ぎ直し、彼女は舌打ちする。

 

「来て早々これかよ。悪くねえが、何と戦ってるか分からねぇのは気分が悪いぜ」

 

「モードレッド、また来てる!」

 

「ハ―――! 言われなくても分かってらぁ!」

 

 マスターであるツクヨミの声に応え、押し寄せる兵士たちを斬り払い続けるモードレッド。

 

 そんな彼女たちから離れた位置で敵の心臓を穿ちながら、クー・フーリンが顔を顰めた。

 雄叫びを上げながら迫りくる兵士たち。あれらに見覚えがありすぎるほどにある。

 

「ただの同郷ってだけじゃねぇな……メイヴか……!」

 

 朱槍が躍る。自身の周囲を取り巻く戦士たちの首を、心臓を、容易に貫いてみせる。

 召喚されたケルトの兵士というわけではない。恐らくは女王メイヴが発生させた勇士たち。それらを散らしながら視線を巡らせるが、周囲にサーヴァントの気配はない。

 彼女が彼らを襲うために発生させたものではないとするならば、つまりこれらの兵士たちはこのアメリカ大陸で場所を問わず蔓延っているような状況だということだ。

 

「む、心当たりがあるのか!」

 

 炎とともに奔る剣閃が兵士を斬り倒す。地に伏せた相手が金色の光となって消えていく。

 そんな中で、ネロはクー・フーリンへと問いかけた。

 問われた彼が片目を瞑り、槍を振るいながら思考を回す。

 

「……つまりメイヴが頭か……?

 アイツが自分より上に他の人間を置くわけもねぇ……」

 

 彼らの間を縫いながら緑の影が走り、無数の兵士たちが矢で針鼠にされ倒れていく。

 ある程度空間が開けたのを見て、ブーディカが背後のオルガマリーに視線を送った。

 

「どうする、宝具を出すべきかい?」

 

 迫りくる兵士をバックラーで殴り、剣で斬り払いながら彼女は司令官からの指示を待つ。

 オルガマリーが悩みながら周囲の状況を確認する。レイシフト直後、彼女たちが投げ出されたのは荒野の真ん中。そこで即座に進軍する兵士たちと会敵し、戦闘に発展した。

 ここから逃げようとしても、どこに逃げればいいのかが分からないのだ。

 

「……まず動くための取っ掛かりを得たいわ……

 そのためには、現状を把握している相手と接触したい―――なら」

 

 彼女の視線がクー・フーリンに向けられる。

 それに反応して立香たちの周囲で護衛していたジャンヌが前に出ていく。

 クー・フーリンが受け持っていた敵をそのまま彼女の旗が打ち払う。

 即座にマスターたちのもとへと下がる彼。

 

「―――こいつらはメイヴの兵隊だ、多分な。

 恐らくはこの時代で聖杯を持ってる異物は、メイヴの奴ってこった」

 

「アルスター伝説のコノートの女王……ランサーさんが亡くなった戦いの発端……!」

 

 説明しながらも周囲を探っている様子の彼の背。

 盾を構えていたマシュが、その名を聞いて声を上げた。

 

「これはケルトの戦士ということ……?」

 

「でもそのメイヴが聖杯を持ってるって決まってるわけではなくない?」

 

 ソウゴはその背に言葉をかける。

 あー、と困ったように唸るクー・フーリン。

 

「……あいつは聖杯を持ってる誰かの下につく、なんて殊勝な態度をとれる奴じゃない。

 そんでこれだけメイヴの兵士が蔓延ってる、ってなら間違いなくあいつは中心だ」

 

 彼の言葉を聞いてオルガマリーが考え込む。

 そのメイヴと縁深い彼がそう言うのであれば、それを疑う気はない。

 この特異点における聖杯の所有者は女王メイヴ。

 

「……仮に。女王メイヴが聖杯を得て、この時代の特異点を形成しているとしましょう。

 もしもそうなった場合、彼女はいったい何をすると思う?」

 

「そりゃあれだ、()()()()()()()()()()()()()。あれにとって国家っていうのは要するに、自分を讃えるためのステージだ。あいつが国民に求めることはただひとつ。

 己の姿を見上げ、口を開け、女王メイヴは美しいと唱え続けることだけだ」

 

「……あ、ランサーが言ってたろくでもない王様ってそのこと?」

 

「そっちの話はあいつに限らず、だ」

 

 彼の即答に立香が腕を組み考え込む。

 

「全部を自分の物にする……独占欲? とか、えーっと虚栄心、的な?」

 

「聞いた限りでは、単純な自信かも。自分の美しさへの」

 

 彼女に隣り合うツクヨミもまた考え込む姿勢を見せ、ランサーの言葉を解釈する。

 言われて立香は手を打った。

 

「美しすぎる自分に対して全てが傅かないはずがない、みたいな?」

 

「そういう人が何を考えるか……か。ソウゴは分かる?

 ううん、もしソウゴだったらどうする?」

 

 ツクヨミに強く見据えられながら、そう問われた。

 別にそんな風な自信を持っているわけではないのだが、と腕を組む。

 

「えー? 俺、俺なら……うーん。

 ……俺ならじゃないけど、そういう奴なら相手のことは見てないんじゃない?

 そいつにとって人も物も国も、ただの自分のためのステージでしかないんでしょ?

 だったら多分、そいつが一番自分が綺麗に見えると思ってる場所が目的になると思うよ」

 

「自分が綺麗に……つまり、一番輝かしい舞台……一番目立つ場所……?」

 

 ふーむ、と顎に手を添える立香。

 そんな彼女が何かに気づいたようにはっと表情を変えた。

 

「ハリウッドとか!」

 

「あ、それっぽい。ハリウッド映画とか撮ってるのかも」

 

「そんなわけないでしょ。そもそもこの時代に撮ってないし」

 

 立香の言い出したことに同調したソウゴ。そんな二人に溜め息を吐くツクヨミ。

 彼女は振り返り、悩みこむオルガマリーへと視線を送る。

 

「けど、自分が目立つ舞台はそれらしいと思います。

 きっとこのアメリカの中で一番目立つ場所が……」

 

「……ワシントン、かしらね。ワシントンD.C.……

 もちろん、まだあそこはワシントンD.C.ではないわ。けど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これからスポットライトが当たり続けることが約束された未来の都市。女王メイヴが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう考えるに足る場所ではないかと思うわ」

 

 彼女の推察を聞いたランサーが軽く唸る。

 

「まあ、それらしいと言えばそれらしいな。

 んでどうする。相手の本拠地と思しき場所にいきなり乗り込むのか?」

 

 オルガマリーが通信機に意識を向ける。

 レイシフト直後の乱れか、まだ通信は回復していない。

 今この場所が地図上におけるどこなのかすらこちらでは把握できていないので動き辛い。

 が、だからと言って兵士に囲まれっぱなしは問題だ。

 

「………いえ、とにかく周囲に兵士たちがいる状況を何とかしましょう。

 ブーディカ。とりあえず、わたしたちを戦車に乗せて離脱して。

 カルデアとの通信が回復次第、位置関係を確認して方針を決めるわ」

 

 言われ頷いた彼女が“約束されざる守護の車輪(チャリオット・オブ・ブディカ)”を呼び出す。

 白馬に牽かれた戦車に乗り込むマスターたち。

 ブーディカが御者として乗り込むと、白馬の手綱を握りながら振り返った。

 

「飛ばすかい? それとも地上を走らせる?」

 

「―――そうか、空にも行けるのね。じゃあ一度飛ばして周囲の地形の確認をしましょう。

 この兵士たちがどこから来てるかも分かるかもしれないし……!」

 

 その判断を聞いたランサーが再び槍を構え、ジャンヌが凌いでいる場所へと走り出した。

 戦車を飛ばすならマシュとジャンヌも必ず同乗するべきだ、という判断。

 即座に引き返してきたジャンヌもまた、戦車の中に乗り込んだ。

 

 相手の本拠地らしき場所が分かるというなら動くべきだろうか。

 実際問題、後手に回り続けたロンドンでは、魔術王関係なしに状況的に追い詰められていたと言えるだろう。魔術王が相手では分からないが、現状におけるカルデアは戦力は破格。

 本拠地にサーヴァントが5、6人詰めていたとしても恐らく余裕を持って―――

 

「――――ブーディカ! 下げて!!」

 

 戦車が空に飛び立ち、高度を上げ始めた瞬間。ジャンヌが叫んでいた。

 劣化したルーラーの権限が、接近するサーヴァントの気配を感じ取っていたからだ。

 開けた視界の中。彼女の知覚範囲に侵入してきた何かが、炎の華を空に咲かせた。

 

「………ッ!!」

 

 ブーディカが手綱を翻す。

 大きく揺れる戦車の上で、マシュが、ジャンヌが、防御に入ろうとして絶句する。

 空の彼方に迸る炎の奔流は恐らく防ぎきれない。

 止めることはできても、足場である戦車を庇い切れないほどの熱量。

 

 その空の彼方に構えたサーヴァントの口が、小さくその弓の銘を告げる。

 

「―――――“炎神の咆哮(アグニ・ガーンディーヴァ)”」

 

 瞬間、炎の矢が戦車に向かって放たれた。

 ミサイルが如く迫りくる一撃を前に防御宝具が展開されようとして―――

 

〈アーマータイム! ウィザード!〉

 

 戦車より前に出たジオウが、魔法陣を盾にその一撃を受け止めた。

 足場に戦車を使えば余波を防ぎきれない、というなら最早空を飛んで前に出るしかない。

 が、しかし。ジオウの用意できる盾では余波以前にそれを防ぎ切ることができなかった。

 

「う、ぐぅ……ッ!」

 

 ―――魔法陣を撃ち抜き、ジオウに直撃する炎の矢。

 爆炎を上げて、その姿が地上へと墜落していく。

 

「ソウゴ!?」

 

「あっ……ッ、ブーディカ! 高度を下げて地上に―――!」

 

「下げるな!!」

 

 爆風に煽られ暴れる白馬。

 その手綱を必死に制するブーディカにオルガマリーが下降を指示しようとして―――

 それを地上からクー・フーリンに静止させられる。

 

「……ッ、ランサー!!」

 

 爆炎の中、ウィザードアーマーを失ったジオウが地上に叫ぶ。

 同時にその装甲の下で、彼の手から令呪が一角欠けていく。

 魔力の充填と同時、青い影が大地を蹴って空を舞い、戦車に飛び乗っていた。

 

「揺れんぞ、掴まっとけ―――!」

 

「もう掴まってる……!」

 

 立香から返ってくる軽口に微かに頬を緩め、次の瞬間戦車を足場に敵に向かって再度の跳躍。

 ゲイボルクの呪力を最高にまで高めたクー・フーリンが、その槍を投擲するべく一気に……

 

 炎の矢を放った下手人が一気に距離を取るべく後退を開始する。

 空を舞う敵の弓兵を見て、槍兵は内心で小さく舌打ちした。

 ()()()()()()()()()()()()()()。ゲイボルクは放ったからには確実に相手を穿つが、大前提として距離があったらそもそも放てない。

 このままでは僅かに射程内まで追い切れずに逃げられるだろう。

 

 黒い肌に白衣の男であった青年はそのまま距離を開け続けようと動こうとして―――

 直下から放たれた一矢―――否。二矢を躱す。

 

 下に視線を向ければ、そこにいるのは狩人アタランテ。

 彼女はその俊足で弓兵の下まで辿り着き、直上に向けて矢を放っていたのだ。

 微かに目を眇めるが、この程度なら誤差だ。まだ詰め切れないだろう。

 

「我が矢と弓を以て願い奉らん―――“訴状の矢文(ポイポス・カタストロフェ)”!!」

 

 ―――その矢を以て天から矢が雨と降り注ぐようなことにならなかったのならば、だが。

 

 無数に降り注ぐ矢の雨が、弓兵の退路を一気に狭める。

 顔を大きく顰めながらもしかし、その矢を全て躱してみせる彼は驚嘆に値するだろう。

 だがそうしながら距離を稼ぐことは流石に不可能だった。

 

「その心臓、貰い受ける――――ッ!!」

 

 クー・フーリンの跳躍が、弓兵の姿を投げ槍の射程に入れた。

 そしてそれはつまり―――

 

「心臓を置いてくのはテメェだ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 くすんだ朱色の槍が地上から奔り、空を跳ねるクー・フーリンを撃ち抜いていた。

 胸部を突き破られ、空中で盛大に血の華を咲かせる。

 そのまま右半身を千切り飛ばす勢いで突き抜けていく魔槍と、失墜を開始するクー・フーリン。

 

「ラン、サー……?」

 

 アーマーを解除され、先に墜落していたジオウが呟くように彼を呼ぶ。

 そのまま半身を失いながら落下してくる彼を見て、咄嗟にジオウはライドウォッチを放り込んでいた。

 

「くっ……!」

 

〈スイカボーリング!〉

 

 スイカのような球体エネルギーを展開したコダマスイカが、勢いよく転がっていく。

 ランサーの着地点まで転がっていったそれは落下する彼に直撃された。

 クッション替わりにされたスイカが砕け散り、赤い果肉のようなエネルギー体を撒き散らす。

 

 それを見届けたジオウの視界の端、黒い悪鬼の姿を視認した。

 

「クー・フーリン……!」

 

 よく見た顔。しかしその肌は黒く染まり、半身を甲殻のような鎧で覆っている。

 知っているけれど、知らないサーヴァント。

 言葉に応えはない。黒いクー・フーリンが踏み込み、ジオウに向け殺到した。

 

 その背後、上空で炎を弓に番える白衣の弓兵。

 彼に対しては地上からアタランテの射撃が止まることなく放たれる。

 弓兵は微かに眉を寄せ、回避行動に移った。

 

〈ダブル!〉〈アーマータイム!〉

 

 即座に新たなライドウォッチを装填し、ジオウはダブルアーマーを展開する。

 サイクロンとジョーカー、二機のメモリドロイドが出現。

 その二機は突っ込んでくるクー・フーリンを挟み込むように左右から躍りかかった。

 投げ放ったゲイボルクは彼の手になく、これらを捌き切るのは難しいはずだ。

 

「ハ――――」

 

〈オーズゥ…!〉

 

 が、挟まれた彼は即座に異形へと変じ、その両腕に備わった虎の爪でメモリドロイドを薙ぎ払っていた。

 

「アナザーライダー……!?」

 

〈サイクロン! ジョーカー! ダブル!〉

 

 弾き返されたメモリドロイドがジオウのもとまで吹き飛んでくる。

 そのままメモリドロイドが両肩を覆うアーマー、ガイアメモリショルダーに変形。

 ジオウが装着し、ダブルアーマーへと変身する。

 

 突撃してきたアナザーオーズ、そして迎え撃つダブルアーマーの拳が交差した。

 

 

 

 

「ッ、着陸するよ……!」

 

 ブーディカが戦車の車輪を地面に下ろす。

 同時、倒し続けているはずなのに増え続けるケルトの兵士たちにツクヨミがファイズフォンを発砲する。

 直撃しても隙を作る程度だが、戦場を突き抜けてきたネロが怯んだ相手を斬り捨てていく。

 

「不味いぞ、オルガマリーよ! クー・フーリンが……クー・フーリンの槍でやられた!」

 

「見てた……! 見てたわ……! っ……!」

 

 ゲイボルク。放てば必ず心臓を貫く死棘の魔槍。

 ―――大英雄クー・フーリンの愛槍にして、()()()()()

 彼の最大の武器にして、同時に最大の弱点。

 それに貫かれた彼が保つはずがない。どう見ても致命傷の……

 

「―――ジャンヌ、その呪いとかジャンヌなら……!」

 

 立香の声に、しかしジャンヌは表情ひとつ変えずに首を横に振った。

 今は、思わせぶりな態度やもしかしたらという希望を出していい状況ではない、と。

 彼の生命力ならば心臓を撃ち抜かれただけなら、延命は叶うかもしれない。

 だが彼が英霊クー・フーリンである以上、()()()()()()()()()()()()()()

 

 まして―――

 地上に雷光が奔り、ケルト兵士が纏めて吹き飛ばされる。

 雪崩れ込んでくる兵士たちを、今モードレッドがひとりで止めていた。

 ネロがすぐさま戻ったところで、それにしたって人手が足りていない。

 そちらのカバーも考えれば、消去法でジャンヌが本来即座に向かわなければならない。

 

 相手に弓兵がいる以上、マスターを乗せた戦車を維持するブーディカと盾であるマシュは動かせない。敵のアーチャーはアタランテが抑え、黒いクー・フーリンはジオウが抑え―――

 まだ、ギリギリ互角だ。

 

「……ッ! マシュとジャンヌの宝具を使いつつクー・フーリンのところまで進軍……

 彼を回収してから、即座に撤退戦に……!」

 

 その瞬間。モードレッドが雷で割った敵兵を掻き分け、紅と黄の閃光が奔った。

 咄嗟の回避は彼女が直感を持っていたが故に行えたことだろう。

 彼女の本能は黄色の閃光にこそ、最大の警鐘を鳴らしていた。

 

「くそっ……!」

 

 クラレントが黄の短槍を弾き、紅の一閃は鎧で弾き―――

 しかしその紅の刃は鎧に当たる瞬間、魔力で編まれた鎧を掻き消し彼女を切り裂いた。

 

「んだとッ……!?」

 

 深すぎるほどではないが、それでもモードレッドは盛大に血飛沫を上げる。

 強く歯を食い縛った彼女は本能に従う。

 連続して放たれる二槍の乱舞は、この体勢からではそれ以外に躱せないという確信故に。

 そのまま地面を転がりながら距離を取り、彼女は双槍の使い手を睨み付ける。

 

「テメェ……! その槍―――!」

 

「……我こそはフィオナ騎士団が一番槍、ディルムッド・オディナ。

 どうあれ、今戴く女王の命である。その首、私が頂こう」

 

 紅と黄、二槍を構えた美男子。ディルムッド・オディナが、モードレッドと対峙する。

 その後ろから優雅ささえ感じる所作で、またも美男子な金髪の男が歩いてきた。

 

「ははは! ディルムッド、不服が顔に出すぎだ。どんな状況でも冗談を口にできるような余裕は持っておくべきだよ。そう、たとえば……

 おや、こうして見てみれば敵軍には美女も多いではないか。どうだろう、ディルムッド。見初めた女性がいれば戦場であっても口説いて駆け落ちしてみるというのは。

 グラニアとそうしたように! グラニアとそうしたように!」

 

「は。……いえ、その……」

 

 ディルムッドが彼の言葉にバツが悪そうに黙り込む。

 そんな彼に並び立ち、槍を構える金髪の男。

 

「もちろん冗談だとも。生真面目すぎるのも考え物だ。

 こういう時は冗談はよしこさん! と返すべきだよ、ディルムッド。

 おっと、私も名乗りを上げなくてはね。我が名はフィン・マックール。

 さて、栄光たるフィオナ騎士団の名の元に―――その首級を貰い受けよう」

 

「―――やれるもんならやってみやがれ!!」

 

 そうして、二人のランサーがモードレッドとの戦闘を開始する。

 

 それを見たネロは即座に切り替えし、そちらに向け兵士を斬りながら走り出した。

 二人がサーヴァント戦に入るならば兵士を止めるのはジャンヌだ。

 彼女が戦車を飛び降り、戦闘に入ろうとした瞬間。

 

 地震が如く大地が鳴動する。直後、ネロが必死に後ろに跳んでいた。

 直前まで彼女が立っていた地面が裂け、ガラガラと崩れていく。

 そこに叩きつけられていたのは巨大な柱の如き長剣。

 

 そんな超重武器を片手で振りぬいた男が、ゆっくりと剣を引き戻し肩に乗せる。

 

「いやはや、効率的な戦だ。つまらん、つまらんが……まあ、そういうものなのだろう。

 戦場がつまらんなら、せめて戦闘は楽しみたいものだ」

 

「おのれ、何奴……!」

 

 体勢を立て直しながら、ネロが剣を担いだ大男に視線を飛ばす。

 問われた彼は微かに口の端を上げ、小さく笑った。

 

「うん? 俺の名を訊いたか。ならば答えよう。我が名はフェルグス。

 さて。せっかくなら貴様の名を訊いておきたいが」

 

「―――クー・フーリンと肩を並べる豪傑か……! だがたとえ誰であったとして、ローマ皇帝ネロ・クラウディウスたる余の歩みを止められぬと知るがいい!!」

 

「ほう、暴君ネロ。これは稀有な英雄とまみえたな。

 こういうのはやはり聖杯戦争とやらの醍醐味。これは滾る、滾ること瀑布の如しよ」

 

 剣の柄を握り締めてギシリと鳴らし、フェルグスはその巨大な剣を振り上げた。

 炎を纏う己の剣を構え直し、ネロはその圧倒的な質量に対して立ち向かう。

 

 

 

 

 一言で済ませよう―――詰んだ。

 誰の責任かと言うのなら、指揮官であるオルガマリーの責任に他ならない。

 何が要因であったとしても、指揮官であるとはそういうことだ。

 オルガマリーが肩を震わせながら、必死に視線を巡らせる。

 

 ジオウがクー・フーリンと激突し、弓兵はアタランテが牽制し続けている。

 飛行している弓兵を完全に阻むのは難しく、場合によっては彼の攻撃はブーディカの戦車に向けられるだろう。だからこそマシュは戦車を離れられない。

 モードレッドはディルムッドとフィンを相手に二対一。ネロはフェルグス。雪崩のように押し寄せる兵士たちは、ジャンヌひとりでどうにかしなくてはいけない状況。

 いや、無理だ。攻撃に長けていないジャンヌではどうあっても不可能だ。

 

 もっと早く撤退を……

 いや、そもそもカルデアとの通信が回復してもいないのに不用意に動くべきではなかったのだ。

 ……そんなことは今はどうでもいい。何か手を、手を―――

 

 そう悩みこむ彼女の横で、立香がフェルグスに視線を送っていた。

 

「―――多分、シャトー・ディフのは偽物で本物はもっと強くて……

 でも、一瞬だけなら……!」

 

 立香がツクヨミを振り返ると、彼女はファイズフォンを既に構えていた。

 現状の打破のために狙うべきはフェルグスだろう。

 戦車からもっとも近い戦場であり、同時に一騎打ちであるためネロが勝てばそのままモードレッドの支援に回れる。

 

 そうなれば後は最悪、ネロとモードレッドがディルムッドとフィンに勝つまで令呪を使い尽くすことになっても戦車を閉まってジャンヌの宝具に閉じこもればいい。

 現状、それが一番打開の可能性が高そうな―――

 

「あら! 相手にも戦車があるだなんて、知っていたらもっと早く私も前に出ていたのに!」

 

 そうして、更に敵軍のサーヴァントがひとり到着する。

 白いドレスに、ピンク色の長髪を靡かせる女性。

 彼女は二頭の牛が牽く戦車に乗りながら、いっそ朗らかに見えるほど邪悪に笑う。

 

「新手……!」

 

「多分、クー・フーリンが言っていた女王メイヴ……」

 

 ツクヨミの呟きを拾ったメイヴが、微かに眉を動かした。

 手に持った鞭を軽く叩きながら、彼女は笑みを浮かべたまま立香たちに問いかける。

 

「へえ、クーちゃんから私のことを? ねえ、クーは私のこと何て言ってた?

 美しい? 素晴らしい? 愛してる? そうね、教えてくれたら見逃してあげてもいいわ。

 ただし嘘だったらこのまま牽き潰してあげる。ね、簡単でしょう?」

 

 それがただの遊びである、と。言われずとも理解する。

 ブーディカが手綱を握る手に力を籠め、どう動くべきか思案して―――

 

 

 

 

 野獣の如きアナザーオーズの攻撃を受けながら、ソウゴはそれを確認した。

 彼の視界の端では、コダマスイカが手を振り上げて……逃げろ、とジェスチャーしているように見えた。初手から誤っていたのだ。それを清算しようと、仕切りなおそうというのなら、それしかないのは確かだろう。

 一瞬俯いたジオウの胴体に虎の爪が叩き込まれる。

 

 衝撃で火花を散らしながら吹き飛ばされたジオウが地面を転がった。

 追撃を仕掛けんと迫りくるアナザーオーズ。

 それに対してダブルアーマーが自分を覆う竜巻を呼び起こした。

 風圧で押し戻されるアナザーオーズの体。

 

 次の瞬間―――

 

「撤退―――――!!!」

 

 ソウゴの叫び声。同時に、ダブルアーマーの両肩が分離。

 二体のメモリドロイドと化して、別の戦場に飛んでいく。

 サイクロンがモードレッドの元に、ジョーカーはネロの元に。

 

「あ?」

 

 対面していた黒いクー・フーリンが声を漏らし―――直後。

 周囲の全てを飲み込む爆炎がその場で噴き上がっていた。

 視界を覆うほどに燃え盛る炎を浴びながら、彼は小さく舌打ちする。

 

「ルーンか。太陽神の血と肉を燃やせば、まあこんくらいにはなるだろうさ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 彼は呆れるように地獄の業火を失笑した。

 

「おう、こちとら最期の花火だ。盛大に浴びていけ」

 

 声に反応して振り向けば、右半身がまるまる削ぎ落された死体がそこにいた。

 左手には未だ槍を握り、その顔はまだ好戦的な色を浮かべている。

 

「時間稼ぎのためのルーン魔術か、惨めだな。そんなもんに血と魔力を割かなきゃ、サーヴァントの一人か二人は槍で道連れにできただろうに」

 

「はっ……んなことしてどうするよ。オレは生憎、今はただの戦士じゃねぇ。

 未来を生きてる連中のための、ひとりのサーヴァントなんだよ。

 残念ながら……勝手に生きて、勝手に死んでなんてやってられねえのさ」

 

 笑いながらそう言い返し、彼は左腕だけで槍を構えた。

 

「ま、せっかくだからテメェの言う通り一騎くらい道連れに潰しとくか。

 ……しかしまあ、メイヴの操り人形たぁ、趣味の悪いオレだぜ」

 

 力など最早入っていないだろう。だが、それでも。

 朱槍を構え、彼は一息でアナザーオーズ……クー・フーリンの懐に潜り込んだ。

 振り上げられる朱色の閃光。それを前に―――

 

「“噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)”」

 

 その異形は、更なる怪物に変貌していた。

 太陽神の血を燃やした炎の照り返しの中で、黒とも紫と見える鎧がアナザーオーズを包み込む。

 

 ―――生きて、生きて、獣のように生き抜いて。

 そして最期は何も残さず“無”に死に果てる。“無”に還る。

 あらゆる余分は削ぎ落し、ただ―――最期が良き終末であるように。

 

 それは、生き残るためではなく死に果てるため、終焉に至るべく疾走するための獣の鎧。

 魔槍ゲイボルクの素材となった紅の海獣クリードの骨で形成する甲冑。

 “噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)”。

 

 そうして、アナザーオーズとクリードコインヘン。

 それら二つが同時に展開し、融合し、クー・フーリンは新たな姿に変わっていた。

 

〈プテラァ…!〉

 

 アナザーオーズの頭部から翼が展開し、一度はばたく。

 瞬時に、全てを“無”に還す紫の輝きが吹雪となって、周囲に大きく吹き荒れた。

 最期のルーン魔術によって展開された炎の渦も、氷に包まれ砕け散っていく。

 

 炎に巻かれていた他のサーヴァントたちがその光景を見て、クー・フーリンたちの方へと視線を向けた。

 真っ先にフェルグスが声を上げる。

 

「ははは、あの一瞬でよくもこれほど上手く離脱したものだ。

 甘く見ていたつもりはないんだがな。流石はお前のマスターたちということか、セタンタ」

 

 消火される前に、カルデアの者たちはクー・フーリン以外は彼を残し離脱していた。

 アタランテは己の足で。ジオウはバイクを展開し。ネロとモードレッドはメモリドロイドの介入直後に戦車に走り、その戦車は盾の宝具を展開しながら兵士どもを轢いて走り去った。

 もっとも、兵士は先ほどの大火で大半が吹き飛ばされていたが。

 

「……チッ、あの炎でもひとりも殺せなかったか」

 

 炎と一緒に吹雪を受け、凍り付いたクー・フーリン。

 微かに動く首だけを巡らせ、彼はそう毒づいた。

 

「おや、心にもないことを。

 如何に彼のクー・フーリンのルーン魔術とはいえ、あの程度でケルトの勇士は討ち取れまい」

 

 肩を竦めるフィン。彼の後ろに控えたディルムッドは、無言で目を瞑っていた。

 

「勿体ないわね。せっかくクーちゃんが二人に増えたのに、ひとりは殺さなきゃならないなんて。

 普通のクーちゃんと、私のクーちゃん。二人揃ってればもっと……」

 

 メイヴの放つ声には、本気で口惜しいという感情が滲み出る。

 どうでもよさそうに聞いていた黒いクー・フーリンが、氷漬けの敵に向かって手を伸ばす。

 伸ばされる手を見返して、彼は最期に小さく、しかし凄絶に笑う。

 

「自分のことだ、大まかには検討がつく。だからひとつ、言い残しておいてやる。

 オレはそこそこ仕えていて楽しい王様を見つけたんでな。

 ―――テメェのそのやり方は論外だ。うちの王様にゃ勝てねえよ」

 

〈トリケラァ…!〉

 

 無数の棘がアナザーオーズから突き出し、クー・フーリンに突き刺さる。

 一瞬のうちに完全な氷像へと変わる彼。

 

〈ティラノォ…!〉

 

 それを、彼の腰から生えている巨大な尾があっさりと粉砕した。

 砕け散った氷片を踏み躙りながら、彼は歩き出す。

 アナザーライダー化と宝具、双方を解除して向かう方向はカルデアが逃亡した方向―――

 ではない。

 

 目と鼻の先にある彼らの本拠地、ワシントンの居城だ。

 

「―――追わなくてよろしいのですか。

 アメリカ軍やレジスタンスと合流される恐れがありますが」

 

 白衣のアーチャーが地上に降り立ち、黒いクー・フーリンに問いかける。

 彼はどうでもよさそうな表情で振り返り、メイヴに視線を向けた。

 

「だとよ。どうする」

 

「うーん、クーちゃんはどうしたいの?」

 

「戦場で会ったら殺す。誰が相手でもそれだけだ」

 

「戦場以外で会ったら?」

 

 何を馬鹿な事を、とメイヴの問いかけを鼻で笑うクー・フーリン。

 彼は当たり前のように、ただ事実だけを告げる。

 

「ハ―――戦うだけの王が俺だ。なら、俺がいる場所は全部戦場だろ」

 

 

 




 
福袋はキアラでした。
ゼパって行くぜ! 理性の鎖を解き放て!

型月的には恐らく幻想種担当だろう紫のメダルさん。
 


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逃避と弱さと選んだ道先1783

 
Over Quartzerのソフト発売が迫り平成が帰ってくるので初投稿です。
 


 

 

 

「うーん、多分逃げ切れたのかな?」

 

 空を飛び、炎の矢を放つ弓兵がいるとなれば戦車を空に走らせることもできない。

 地上を疾走し続けある程度距離を離した時点で彼らは停止していた。

 木々の生い茂る場所に身を隠しながら、ジオウはジャンヌの方を見る。

 

「……少なくとも、現時点でサーヴァントの気配はありません」

 

 感覚を常より張り詰めて、周囲を感知を巡らせる彼女の姿。

 そんなジャンヌの後ろで戦車を引っ込めたブーディカがオルガマリーの背を撫でていた。

 

「……失敗したわ。わたしの、失敗よ」

 

 相当な精神的な負荷だったのだろう。指揮を執る立場だ、という自覚はあるのに動けない。

 そしてその動けないという事実が猶更に彼女を追い詰める。

 

「気にするべきじゃないよ。

 サーヴァントは、そうやってマスターを守るために戦って死ぬものさ。むしろ宝具を使いながら危険に晒したあたしの問題だよ、今回は」

 

 そんな彼女たちの様子を窺いながら、ツクヨミがソウゴに顔を向ける。

 

「……もっと距離を取るべきじゃない?」

 

「うーん、そうなんだけど。もうちょっと待ってて」

 

 そう言ってジオウは木々の間から荒野を眺めている。

 怪訝そうな顔でその背中を見つめるツクヨミ。

 

 その状況を変えるべく、立香が何かを口にしようとして―――

 血に塗れたモードレッドの姿を見た。

 そしてふと、いつかの戦いで見た彼女の魔術を思い起こした。

 

「モードレッド、その傷は大丈夫?」

 

「あ? まあ、な。戦闘に支障が出るほどじゃねえよ」

 

 乾いた血を払いながら軽く言い返すモードレッド。

 そんな彼女に対して、大声で立香は言い放った。

 

「駄目だよ! 少しでもダメージがあったら支障が出るのが当たり前だって!」

 

「……まあ、否定はしねえけどよ。だから何だって……」

 

 その言葉を聞いて、はっとした様子で目を見開くマシュ。

 そんな彼女は頭を抱えているオルガマリーに対して声をかけていた。

 

「申し訳ありません、所長。モードレッドさんの治療をお願いできないでしょうか?

 マスターやソウゴさん、ツクヨミさんでは治療魔術は使えませんので……」

 

 そういうことかよ、と呆れた顔を見せるモードレッド。

 しかし何を言うこともせず、ただ彼女はオルガマリーの対応を見守る。

 

 立香とマシュ、その二人から声を向けられた彼女は顔を顰め、頭を抱えながらも立ち上がった。

 

「―――分かってるわよ。こんな、ところで、蹲っている暇なんかないわ」

 

 そう言いながらモードレッドの治療に入るオルガマリー。

 

 そんな彼女たちを背にしながら、ソウゴはまだ荒野の方を眺めている。

 狩人としての目で周囲を窺っていたアタランテが、そうしているソウゴに声をかけた。

 

「……汝は何を待っているのだ。何か来るのか?」

 

「うん。もう少しだと思うんだけど……あ、来た」

 

 そう言った彼の顔が向いている先から、何か球体らしきものが転がってくる。

 それは勢いよく木々の中に突っ込んできて、木に激突して弾き返された。

 

〈スイカアームズ! コダマ!〉

 

 同時に転がるためのエネルギー球を消し、それは手足を生やしたウォッチに変形する。

 ぴょんぴょんと跳ねるコダマが、彼らの中心へと飛び込んでいく。

 

「―――ソウゴさんのウォッチ、ですか。これを待っていたんですね」

 

 得心がいったというようにマシュが頷き、コダマの手前でしゃがみ込む。

 彼女が差し出した手のひらに乗り込むコダマスイカが頭を上げ、マシュの頭の上に乗っているフォウと顔を合わせた。じい、と互いに眺め合う小動物とウォッチ。

 

「ふむ。それで、わざわざ引き上げるのを遅らせてきたということは……」

 

「どう?」

 

 つまりはそうしたい理由があったのだろうと、ネロが片目を瞑る。

 コダマに何ができるかなどネロは知らないが、少なくともある程度の予想は立つ。

 

 それが果たせたかどうかを訊くために、ソウゴはマシュの手の中に納まったコダマへと視線を送っていた。振り向いて全身を使って頭を縦に振るコダマ。

 その頭部。赤いバイザーのような目が輝いて、空中に映像を映し出す。

 

 そこに映し出されていたのは、クー・フーリンが黒いクー・フーリン……アナザーオーズに殺害されるまさにその瞬間の映像だ。

 アナザーオーズは黒か紫か、新たな姿に変貌して彼にトドメを刺していた。

 

 殺される瞬間を見て、息を呑む立香やマシュ、そしてオルガマリー。

 ―――そんな彼女たちを背に、ジオウの仮面で顔を隠しながらソウゴは呟いた。

 

「―――うーん。今の俺たちじゃ多分、勝てない。

 オーズの力もそうだけど、やっぱ戦力が足りないよね。どうしよっか」

 

「どうしよっか、って。アンタ……」

 

「どうもしない、なんてできないでしょ。ランサーが繋いでくれたんだから。

 俺たちもきっちりこの特異点に勝って、未来に繋げないと」

 

 いつもと変わらない調子の声で、彼はそう言った。

 ドライバーを取り外し、変身を解除してから再びコダマの持ち帰った映像を眺めるソウゴ。

 

 そこに映っているのは黒いクー・フーリン、女王メイヴ、フェルグス、フィン、ディルムッド。

 そして白衣に身を包んだ黒い肌のアーチャー。

 

 誰もが一線級のサーヴァントであり、同時にクー・フーリンはアナザーオーズ。

 つまり彼の相手は間違いなくソウゴ、ジオウになるだろう。

 残るサーヴァントたちは誰がどうやって相手をするか、だが……

 

 小さく息を吐いたブーディカが、その映像を見上げながら口を開く。

 

「こっちも戦力を増やすか、あるいは各個撃破で削っていくか……

 多分、この時代にも今までみたいにカウンターとして呼ばれたサーヴァントはいるだろう?

 探す方法がジャンヌの感知頼りであたしの戦車を走らせるくらいしかないけど」

 

「……まあ、よほど特級のサーヴァントが並ばない限り、正面突破は難しいであろう。

 それ以外の英霊を侮るわけではないが、他はまだしも黒いクー・フーリンめとアーチャー。あの二人ばかりは明らかに隔絶しているように見えた。

 こちらの現戦力では、あの二人だけでも少し手に余ると思うぞ」

 

 正直な所感を語るネロに、治療を終えたモードレッドが盛大に舌打ちする。

 ガラの悪い反応を見せる彼女を横目に、木にもたれかかったアタランテも頷いてみせた。

 

「アーチャーは手加減をしていた、というわけではなかろうが……

 明らかに気は入っていなかった。恐らく全力はあの程度ではあるまい。

 性質から言っても奴だけはケルトの勇士ではないだろうが、神話よりの英雄には違いない。

 恐らくは……インドだろうな」

 

 誰かを思い浮かべているのか、そうやって国の名まで口にするアタランテ。

 

「インド神話に近いサーヴァント、ですか」

 

「ああ。確信があるわけではないが、そう間違ってもないと思う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アタランテの口からインド神話に関する相手、と語られるのが不思議で首を傾げたマシュ。

 そんな彼女に苦笑しつつ、理由を口にするアタランテ。

 

「……ま、そいつはいいとして。どうする気だよ、方針は」

 

 アタランテを見て、ジャンヌを見て、軽く肩を竦めたモードレッドが問いかける。

 不思議そうに軽く小首を傾げるジャンヌと、ついでにネロ。

 問われたソウゴがそのまま視線をオルガマリーに向けた。

 

「だって、所長」

 

「……あんた、今わたしはこんな失敗を……」

 

 唖然としながら口を軽くぱくぱくと開け閉めして、オルガマリーが掠れた声を出す。

 そんな様子を見ながらも、ソウゴに気にした様子はない。

 

「所長だけの失敗ってわけじゃないと思うけど……でもどっちにしろそれ、ランサーが何とかしてくれたじゃん。

 所長は俺たちを信じてやり方を決めて、俺たちは所長を信じて決めたことをやり遂げる。俺たちの戦いって、そういうことでしょ?」

 

 言われながらぎゅう、と拳を握り締めるオルガマリー。

 どう口を挟むべきかとジャンヌが渋い顔をしてソウゴを見据え―――

 その前に、ソウゴとオルガマリーの間にツクヨミが割り込んだ。

 

「そんな話じゃないでしょう?

 ソウゴ、あなたはランサーさんが死んだことをどう思ってるの?」

 

「―――ランサーが命を懸けて繋げてくれた。だったら、俺がやるべきことはひとつでしょ?」

 

「そんな話をしてるんじゃないって言ってるでしょ!!」

 

「ストップ! ストップ!」

 

 ソウゴに掴みかかろうとするツクヨミ。そんな彼女を後ろから止める立香。

 呆れながらそのやり取りを見ていたモードレッドが溜め息ひとつ。

 肩を回しながら立ち上がる。

 

「あーあー面倒くせぇ、マスターも落ち着けよ」

 

 そのまま歩み寄り、ツクヨミの肩に手をかける。

 モードレッドのその態度にツクヨミも足を止めた。

 

「モードレッド……」

 

 モードレッドが首を捻り、彼女の肩を抑え込みながらソウゴに視線を向ける。

 

「ソウゴ、テメェもだぜ。野郎が命を懸けて守ってくれたから、絶対に未来を救わなきゃ? バーカ、オレたちがそんな殊勝な存在かよ。

 あいつがさっさとお前のために命を懸けたのはな、世界を救うためでも、お前がマスターだからでもねぇ。お前のことをそれなりに気に入ってたからだろ」

 

 ぴくり、と。彼女の言葉にソウゴが肩を揺らす。

 

「あいつに気に入られた理由が分からんお前じゃねえだろ。

 さっさと反省会を済ませて、次に何をするか決めろ。あのケルトどもにやられっぱなしじゃ、オレが気に入らねえんだよ」

 

 ツクヨミの肩を放し、再び離れた位置に戻っていく。

 そんな彼女が木に背を預け―――そのすぐそばに、ニコニコ顔のブーディカが寄ってきた。

 むすっとしながらブーディカへ視線を向けるモードレッド。

 

「なんだよ」

 

「ううん? うんうん、何でもない何でもない」

 

 何でもないと言いつつ彼女の頭を撫でるブーディカ。

 彼女は振り払うこともできず、口元を引き攣らせながら受け入れるしかない。

 

「……うむ、モードレッドの言うことはもっとも。ランサーの奴めも、今のこの光景を見たら呆れて溜め息を吐くであろう。

 悲しむなと言わぬ。だが、囚われすぎるな……と、言いたいがもし余が果てることとなったらもっと悲しんで欲しい。死んだというのに悲しまれぬのでは余は寂しい」

 

「どっちだ……」

 

 軽く笑い話に変えよう、という配慮だろうか。それとも本音か。

 ネロの言葉を聞いて、アタランテが呆れたように肩を竦め―――

 即座に、跳ね上がって体勢を変えた。

 

 一気に緊張する場。

 そこに響いてくるのは、ぱちぱちと手を叩く音。

 木の陰からゆっくりと歩み出てくるのは、白いコートの男。

 

「白ウォズ……」

 

「やあ、魔王。面白い青春劇だったよ。

 これ以上見ていられないから、さっさと顔を出させてもらったけれどね」

 

 拍手を止めた彼が脇に挟んでいたノートを手に取る。

 衣装こそ違えど間違いなくウォズであるその彼の登場に、ツクヨミが驚愕の表情を浮かべた。

 

「ウォズ……!?」

 

「やあ、ツクヨミくん。残念ながら我が救世主は一緒じゃないようだが……

 ま、いいさ。どちらにせよ、私の使命を果たすのに今は彼の力は必要ない」

 

「救、世主……?」

 

 モードレッドが兜を装備し、その手にクラレントを呼び出す。炎とともに剣を手に現したネロも彼女に並び立ち、雷と炎がその場に小さく渦巻いた。同時に盾を構えたマシュとブーディカが前に出て、ジャンヌが旗を手に立香とオルガマリーの傍につく。

 その対応を見て普段のウォズと違い敵だと理解したのだろう。ツクヨミもファイズフォンXをその手に握る。

 

「それで。何しに来たの、白ウォズは」

 

「別段何かをしにきた、というわけではないのだがね。

 そうだね。あえて理由をつけるというのなら、そちらにツクヨミくんが合流したらしいから挨拶をしにきた……ということでどうだい?」

 

 とぼけるような態度でそう言い返してくる白ウォズ。

 それを見て目を細めるソウゴ。

 

「ふーん。じゃあ、もしかしていま暇なんだ?

 実は俺たち、丁度手が空いてる戦力を探してたんだけど……」

 

「ソウゴさん!?」

 

 彼が白ウォズに向けた言葉に悲鳴に近い声を上げるマシュ。

 ジャンヌの後ろで立香がそんな彼の背を見た。

 

「私を仲間に引き込もうと? いいのかい、そんな―――」

 

「今カルデアと通信できないのも。いきなり相手の本拠地に投げ出されたのも。

 実は白ウォズの仕業なんでしょ?」

 

 ギシリ、と空気が歪むほどの緊張感。

 

 表情を消した白ウォズが未来ノートを広げ、彼らの前に見せつける。

 書かれた文面は【カルデアからレイシフトした面々。彼らはカルデアと通信もできぬままにワシントン付近に投げ出され、アナザーオーズ一派と会敵する】

 

 そんなものを見せつけられ、一気にそれが爆発する―――

 

「ランサーなら戦場ならそういうこともあるだろうさって気にしないと思うんだよね」

 

 前に。ソウゴは笑みさえ浮かべながらそう口にした。

 

「だから俺も気にしない。それで、答えは? 白ウォズ、俺たちに協力してみない?」

 

 ソウゴの言葉を向けられた白ウォズがぱたり、とノートをたたむ。

 そして肩を竦めながら嘲笑混じりに口にする。

 

「ふっ―――やれやれ、君のために命を懸けたサーヴァントも報われない」

 

「そう? でも、こんな俺をマスターに選んでくれたってことはそういうことでしょ?

 だから俺はこんな俺のまま……最高最善の魔王になるから」

 

 白ウォズの言葉にいっそう笑みを深くしながら言い返すソウゴ。

 少しだけ無表情を崩した彼は、そのまま視線をツクヨミに向けた。

 

「…………ツクヨミくん、どうだい? これが彼の本性だ。

 君さえ良ければ、我が救世主とともに未来のため、私の方についてみるというのは」

 

 軽く笑いながらそう問いかける白ウォズ。

 睨むようにソウゴを見ていたツクヨミが、そちらに視線を向ける。

 

「……今まさに私たちを襲わせたって白状したあなたにつく理由なんてない。

 私は私の目で、ソウゴが選ぶ道を見極める」

 

「それは残念――――ッ!?」

 

 さほど残念そうでもなさそうに言った彼を襲う炎。

 咄嗟に回避した彼が、襲い掛かってきた炎の塊に目を向ける。

 それは展開してタカを模した形状に変形しているウォッチ―――

 

〈ファイアーホーク! 燃えタカ! タカ!〉

 

「タカウォッチロイドか……!」

 

 それへの対応をしようというのだろう。彼が未来ノートを持ち上げた、その瞬間。

 コダマがひょいと飛び出して、彼の足元まで迫っていた。

 

〈コダマシンガン!〉

 

 コダマのボディからスイカの種のようなエネルギー弾が無数に吐き出される。

 当たったところで大した威力ではないが、咄嗟に腕で顔を庇う白ウォズ。

 そんな彼の前に、炎と雷の二振りの剣が踏み込んでいた。

 

「ちっ……!」

 

 即座に彼と迫る二人のセイバーの間にレーザー砲が照射される。

 舌打ちしながら止まるモードレッド。その彼女の腕を掴み、ネロが大きく後ろに跳んだ。

 直後に上空から落下するように着地してくる白いタイムマジーン。

 

〈タイムマジーン!〉

 

 すぐそばに降りてきたその機体に手をかけ乗り込む白ウォズ。

 彼の姿がその中に消えると同時、タイムマジーンは飛行を開始し空に舞った。

 

「やれやれ、まあいいさ。ああそうだ、慰謝料代わりに教えておいてあげよう。

 彼らケルトの戦士に抵抗しているアメリカ軍の本拠地はデンバー。

 信じるか信じないかは、君たちに任せるよ」

 

 白ウォズの言葉を発しながらタイムマジーンが飛んでいく。

 そのまま機体は上空へと舞い上がり、空に開いた時空のトンネルの中へ消えていった。

 

 同時にタカウォッチロイドもまた、何処かへと飛び去って行く。

 何ら迷いのない撤退。そこで残していった言葉に、オルガマリーが困惑する。

 

「何なのよあいつ……!」

 

「今飛んで行ったの多分ケルトの人にも見えてただろうし、とりあえずここから離れよっか」

 

 ソウゴがライドストライカーのウォッチを取り出し、放り投げる。

 展開したバイクが地上に落ち、そのタイヤを弾ませた。

 それにまたがろうとしたソウゴの襟首を掴み、引き戻すモードレッド。

 

「なに?」

 

「それはオレに貸せ。お前は戦車の方乗っとけ」

 

 ぺいっ、とモードレッドに放り投げられるソウゴ。

 その後ろではブーディカが再び宝具を展開し、皆を乗り込ませていた。

 ので、彼もそちらに同乗する。

 

 戦車の発進と同時に、ライドストライカーに乗ったモードレッドとアタランテはすぐさま追走を開始する。そして一塊になって進みだした彼らが目指すのは―――

 

「それで所長、どうする? デンバーっていうとこ行く?」

 

 当たり前のようにそう問いかけてくるソウゴに、オルガマリーが頭を抱える。

 

「常磐アンタ……白い方のウォズに何でわざわざあんなこと言ったのよ?」

 

「だって実際、戦力は足りないでしょ。

 多分、白ウォズは特異点とかどうでもいいと思ってるだろうから、協力できないわけではないだろうなって思って」

 

「どうでもいいって……どっちにしろ、あいつは敵なんじゃないの?」

 

 オルガマリーの問いかけを継ぐように。

 ツクヨミがソウゴに対してそう問い詰めてくる。

 少しだけ不思議そうに、ソウゴはツクヨミへと答えを返した。

 

「うん。でもツクヨミだって、オーマジオウになるかもしれない俺を倒すことと、人理焼却を防ぐために戦うことは別に考えてるでしょ?

 白ウォズにとって一番大切なことと人理焼却が関係ないなら、ここでは一緒に戦えるんじゃない?」

 

「……それはそうかも、しれないけど」

 

 むすっとした表情を見せながらも、ツクヨミはそこで退く。

 

「ですが彼の言ったことが本当ならば……

 この特異点到着直後に襲われて、その、ランサーさんが……犠牲になったのも……

 彼の策略だった、ということなのでは……」

 

 マシュが遠慮がちに訊いてくるその言葉にも、ソウゴは態度を崩すことはない。

 

「うん、でも―――俺が目指してるのはこういう王様だってランサーは知ってたし。

 じゃあ、俺がランサーの仇だって白ウォズと戦うのも違うかなって。

 あ、でも所長には謝らなきゃいけないかも。相談せずに勝手に白ウォズと手を組もうとしたこと。それで所長、どうする? デンバー行く? 俺は行ってもいいと思うけど」

 

 ―――問いかけられ、疲れたように額を押さえるオルガマリー。

 くらくらしている彼女を隣でジャンヌが支え、困ったようにしている。

 更にその隣で聞いていたネロが、ううむと首を傾げた。

 

「あの白い奴の言うことを信用できるのか? これも罠、ということが無いとは言えまい。

 ……まあ、奴らに抵抗している者たちがいるのは事実であろう。そうでもなければあの兵士たちに全てが蹂躙され、時代が燃え尽きているだろうからな。

 だが……それだけではあやつの言葉を信じるには少し足りぬ」

 

「……でも、信じられなくても何か動かなきゃいけない状況だね。

 私はどこかに身を潜めて、とりあえず通信が回復するまで待ってもいいと思う。

 白いウォズがいなくなったなら、通信も回復するかもしれないし」

 

 一瞬だけ視線をソウゴに向けた立香が、そのままオルガマリーに向き直る。

 その様子を見て、ツクヨミも同意するように頷いた。

 

「…………そう、ね。とりあえずはどこか、西側に向かいながら身を潜められるところを探しましょう。

 通信が回復しだい、召喚サークルを設置できそうな霊脈を探しつつデンバーなり、大陸西側を探るような形で行くわ」

 

 彼女が方針を示すと、全員が同意した。

 追手には見つからなかったのか、あるいは追手が差し向けられてすらいなかったのか。

 戦車による進軍は邪魔されることもなく順調に行われた。

 

 

 

 

『……まさか、そんなことになっているとは。確かに不自然なほどに通信状態は悪かった、レイシフト直後で状態が安定していなかったことを考慮しても。

 ―――クー・フーリンの離脱は痛い。けれど、特異点の修復さえ叶えば君たちの帰還後、再召喚することもできるだろう。現在のカルデアにおいて、再召喚されたサーヴァントの記憶の連続性は証明されている。

 マリー。君に何か悔やむことがあるのなら、それが叶った時でも遅くないだろう?』

 

 夜まで走り抜け、そしてやはり木々の中に身を潜めての休息。

 そんな中でようやく回復した通信でロマニと会話しながら、オルガマリーは溜め息を落とした。

 そのまま木々の合間から覗く夜空を見上げ、ぼんやりと呟く。

 

「……悔やむ、なのかしらね。どちらかというと……恐れているだけじゃない。

 わたしのせいで失敗することを」

 

『マリー』

 

「悔いて次のための反省をするならまだしも、失敗しないために決断しないんじゃ話にならないでしょう?」

 

 吐き捨てるように。

 苛立ちを堪え切れない、と彼女の口調は荒くなっていく。

 

『マリー、そこは……』

 

「ええ、分かってます。分かってますから……」

 

 止めようとするロマニの声を遮り、オルガマリーは木に背を預けながらそのまま座り込んだ。

 

『……マリー、君はこの旅を始めてから、魔術師としての精神、性能を低下したように思う。

 レフへの依存を脱却して、自分の足だけで立ち上がって。

 そこだけ見れば、むしろ自立した魔術師として完成に近づいたと言える。けれど……』

 

「黙りなさい、ロマニ。わたしはカウンセリングを受けているわけでは―――」

 

『魔術師ではない友人を得て、かな。

 あるいはアニムスフィアの名が通じない無礼者と関わって、とか?』

 

 虚空に浮かんだロマニの姿をギロリと睨みつけるオルガマリー。

 ただそんな風に睨まれてなお、彼の口は止まらない。

 

『魔術師としては欠陥だろう。けれど―――きっとそれは、人として喜ばしいことだ。

 人非人がごく普通の人間を友に得て、やがて普通になっていく。

 それを成ると称すか、堕すと称すかは人によるだろうけれど……ロマンのある話だと思うよ』

 

「……何がロマンよ」

 

『ははは、伊達にDr.ロマンと呼ばれてない。実はボク、結構そういう話が好きなんだ』

 

「あなたの好みなんて知らないわよ」

 

 俯ききってしまった彼女の前で、しかしロマニは語り続ける。

 

『君は元から人が善い。けれど、それはそれとして魔術師として常識もあった。

 切り捨てるところは切り捨てられる人間だった―――けど、今の立場だと切り捨てる相手が相手だ。本来なら切り捨てる判断の外にいる相手でしかない。

 場合によっては立香ちゃんやソウゴくん、マシュに死ねと言わなければいけない立場。彼女らは言うだろう、所長の判断に命を懸ける、と。怖い、以上に嫌だと思う。ボクやレオナルドのせいにして君の心が軽くなるなら、それでもいい。

 ―――けれど、君はそれができないんだろう?』

 

「……カウンセリングは求めてない、って言ってるでしょう」

 

『ランサーの死を次の戦いへの意欲にさえ変えているソウゴくんに君の心は追いつけない。

 でも、君はそれでいいんだと思う。そこで怖がる君だからこそ、ソウゴくんも世界を救う旅路のリーダーとして信じられるんだと思う』

 

「……なによ、それ」

 

 言うべきか言わざるべきか、と。小さく悩むように苦笑するロマニ。

 

『―――ほら。ソウゴくんはもちろん、立香ちゃんもマシュも結構強いから。

 人間的に一番弱いのは所長というか……』

 

「……帰ったら覚えてなさいよ」

 

『……でも。そんな皆に、最初に戦う決意を固めさせたのは君の声なんだ、オルガマリー。

 他の誰でもない、救いを求める君の声。世界を救ってくれという慟哭こそが、彼と彼女たちに戦い抜く覚悟を決めさせた。それは何ら恥じるものじゃない。

 人理が焼け落ち、誰の声も届かなくなった世界で―――()()()()()()。その声を与えてくれた君こそが……そうだね、()()()()()()()()彼らにとって、何よりも救いになったに違いないと思う。いま戦ってくれている彼らにとって……マリー、君の弱さは誇るべきものなんだ。人として、きっとね』

 

 苦笑しているような声のまま、ロマニはそこまで言い切った。

 彼はそこで話題をあっさりと打ち切る。

 

 手元のコンソールを叩き始めると、オルガマリーの前には周辺の位置情報が浮かび上がった。

 

『霊脈の情報はまだ流石に分からない。大陸を走っていれば察知できるとは思うけれど、霊脈が補給線としてケルトに押さえられているケースもありえる。見つけても現場に向かって簡単に召喚サークルを設置、とは行かないかもしれない。

 デンバーは割と近くだ。明日の朝出発すれば、昼を待たず到着できるだろう。ボクとしては……デンバーに行くべきだと思う。霊脈が確保できないなら、こちらから転送するはずだったマスター組の食糧や水なんかの確保も問題になってくる。

 それがどういう組織であれ、人間の集まる場所には行かなければならない』

 

「………そうね」

 

 俯いていた顔を上げ、その地図情報へと視線を送るオルガマリー。

 そんな彼女の前で、苦笑しながら問いかけるDr.ロマン。

 

『―――少しは楽になった、と思ってくれれば嬉しい。

 どうかな、オルガマリー所長?』

 

「……そうね、これ以上ないくらい最悪な気分だったわ。

 二度とこんな目にあわされないようにやる気を出さなきゃ、と思うくらいには」

 

『はは、手厳しい―――うん、その調子ならきっと大丈夫さ。

 休むのに邪魔だろう、通信は待機状態にしておくよ。朝まではゆっくり休むといい』

 

 ロマニの姿が消え、同時に地図の映像もまた消えた。

 再び顔を上げて木々の合間から空を見上げる。

 

 彼の言葉は否定も肯定もすまい。認めてしまった上で判断を鈍らせない、と言えるほど彼女は自分を信じていないし、何より―――

 

「厳しい顔をしているな、マスター」

 

「アーチャー……どうしたの、何かあったかしら?」

 

「何かあったらマスターだけでなく全員叩き起こしているよ」

 

 ひょい、と。オルガマリーのすぐ傍の木の上に立つアタランテ。

 そんな彼女が周囲に視線を巡らせながら、声をかけてくる。

 

「―――そう難しく考えなくていい。汝の悩みは正当なものだ。

 上に立つ人間として、下に続く者たちの命の責任を取り切れないと感じるのはな。

 個人としてそれができてしまうのは、ジャンヌ・ダルクのような破綻者だけだ」

 

「言うわね、アーチャー……」

 

 呆れたように枝の上に座るアタランテを見上げる。

 彼女は諭すように、声だけをオルガマリーに向けてきた。

 

「だからいいんだ。英雄でなくていい。

 汝らはもう、英雄など要らない時代に生きている者たちなのだから。

 英雄でなければ救えないなら、それはそうなった世界が間違っていることになってしまう」

 

「……そうね。わたしや、藤丸はそうなんでしょうね。

 英雄なんかじゃなくてもいいんでしょう。けれど……」

 

 じゃあ、英雄と呼ばれるだろう道をひとり選んでいる彼を。

 あるいはそれに同道してみせると意気込んでいるだろう彼女を。

 自分はひとり後ろから見ているだけ、というのは自分で自分が許せるのかという話で。

 けれど、自分に何ができるかという話でもあって―――

 

「……ごめんなさい、情けないマスターね」

 

「そう卑下してくれるな。前の特異点ではむしろこちらが情けないところを見せた。

 ただ、その身で言わせてもらうのならば―――あれでいいんだ、マスター。

 やってみせると言った誰かを信じることへの恐怖も、疑念も、逡巡も、消せなくていい。

 ただ信じると口にした自分を貫きたいと葛藤し続けていた汝は、誰よりもマスターとして、彼らの主導者として、相応しかったと私は思う」

 

 小さく笑みの混じった声で、優しくそう語るアタランテ。

 

「……そう、かしら」

 

 小さく呟くオルガマリーに、彼女は悪戯な響きを混ぜた声で返す。

 

「疑問に思うなら直接立香やソウゴに訊くか?」

 

「絶対に嫌よ」

 

 くすくすと笑い声を漏らすアタランテを一度睨み、その後に彼女は頭を抱え込んだ。強引にでも休んでやるというその姿勢に軽く微笑んで、アタランテは周囲の警戒に注力することとした。

 

 

 



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ライオンと電気と大統王1847

 

 

 

「ワシントンで戦闘があった? ―――レジスタンスが、ってこと?」

 

「戦闘と思しき魔力波形を感知しましたが、詳細は不明です」

 

 敬礼体勢の機械化歩兵からそう告げられ、彼女は小さく首を傾げた。

 流石に現状、ワシントンに対する攻勢や偵察を行う余裕がない。

 彼女は単体でケルトのサーヴァントに敵うべくもなく、大統王もまた似たようなものだ。

 

 当然、最高戦力である彼を本拠地であるデンバーから離しすぎるわけにもいかない。

 主戦力である機械化歩兵は増産の見込みを立てているが、しかしまだケルト兵士の増殖に追いついてはいない。

 つまりは防衛で手一杯、ということだ。

 

 一応もうひとり、所在を把握しているサーヴァントはいるが……

 恐らくそのバーサーカーは誰に何を言われたところで従うまい。

 下手にいう事を聞かせようと強要すれば、敵となる可能性すらあるだろう。

 

「レジスタンスもそれは変わらないはず……となれば。

 ついにこの時が来た、ということなのかしらね?」

 

 労働力の行使によってデンバーに築かれた、仮の城塞(ホワイトハウス)

 そんな中で窓から外を眺めながら、彼女は小さく溜め息を吐いた。

 

「人理継続保障機関、人類史における最後の砦。

 ………まあ、現状だと敵対するということになるんでしょうけど。

 そうね、もしそれと思しきサーヴァント反応が付近に来たら真っ先にあたしに連絡を。

 ケルトの連中と間違えて先制攻撃したりしないように注意してね」

 

「了解しました」

 

 敬礼を解除して振り返り、そのまま歩き去っていく歩兵。

 そんな歩兵とすれ違うように、黄金の鎧を纏った白い男が歩いてくる。

 

「? どうしたの、カルナ。同郷だっていうサーヴァントは見つかった?」

 

「いや、今お前が話していた件もある。捜索は一時中断だ。

 ―――カルデアという組織の協力が得られるならば、新たなサーヴァントの確保にこだわる必要はなくなるとも言える」

 

 それは恐らく彼を呼び戻しただろう大統王の言葉か。

 カルナという男。戦士である彼は、これまで戦い抜いてきたカルデアがこちらにつくなどと思っていないだろう。

 だから彼女もカルデアはこちらに協力すると思うか、とは問わなかった。

 

「……生きていると思う? ワシントンなんてケルトの本拠地ど真ん中に送られて、逃げ果せたとしても戦力としては壊滅していてもおかしくないと思うけれど」

 

「さて。神ならぬオレには分からぬことだが……オレ個人の考えでよければ開示しよう。

 カルデアは生きている。多少の損害はあれ無事逃げ果せている、とオレは考える」

 

「それはなぜ?」

 

 彼女に問いかけられて暫し考え込むカルナ。

 言葉を選んでいたのか、やがて彼は口を開き始める。

 

「彼らはこれまで四つの特異点を攻略してきた戦士だ。如何にケルトの軍勢とはいえ、損害なしに全滅させられる相手ではないだろう。

 だというのに観測された戦闘時間が短すぎる。恐らくカルデアは早々に撤退戦に移行したはずだ。であれば、まず目前の敵こそを殺すというクー・フーリンの性質上、逃げることが不可能ということはないだろう」

 

「敵は逃げ回る彼らをいちいち追い回したりはしないってことね」

 

 彼らはただ国を支配するために駆け巡り、会敵すればそれらを蹂躙する。

 その彼らの進行方向から外れればいちいち追ってくるような真似はしない。

 どちらにせよ国を丸ごと呑み込めば同じこと、という方針だからだろう。

 

 ―――逆に言えば、ここは支配するとケルトが決め込んだ土地を守るのは至難だ。

 どれだけの犠牲が出ようがケルトは止まらないし、何がいても退くことはない。

 

「―――こちらももはや時間の問題だ。東側が完全に支配された、となれば次は西側だ。

 兵士は奴が編成したアメリカ軍でどうにかなるだろうが、サーヴァントの数は如何ともしがたい。そしてこちらのトップの思想上、レジスタンスと歩み寄りの余地はない。

 カルデアとの協力が取り付けられなければ―――」

 

 そこまで言葉にして、カルナは口を開くのを止めた。

 言うまでもない上にわざわざ口にすることでもない。

 どちらにせよ、彼は助力を求められた際に最後まで戦い抜くと約束している。

 

 口を閉じた彼から目を逸らし、彼女は外を見る。

 遅くても数日、早ければ今日中にでも状況は大きく動くだろう。

 

「……せめて、あたしたちが潰し合う事でケルトが漁夫の利、ってのは避けたいものね」

 

 彼女はぼんやりとそう呟くと、小さく溜め息を吐き落とした。

 

 

 

 

「お城? デンバーってあんなとこなんだ」

 

「……本来はあんなもん無いわよ」

 

 ある程度近づいたあとは、戦車を降りて歩きながら近づくことになった。

 まだ距離はあるがそれでも目に映るのは、白い城塞だ。恐らくはあれがアメリカ側……反ケルトの勢力の本拠地なのだろう。

 どうしてあんな城塞が屹立しているのかは分からないが―――

 

「ということは、人理側として召喚されているサーヴァントによる仕業なのでしょうか」

 

 あのような城塞を建築するなど、現地人の行動としてはおかしい。

 色から言っても明らかにホワイトハウスを意識したもの、というのもそうだが。

 何よりこの時点であるはずもないアメリカ合衆国の国旗がそこかしこに設置されている。

 

「白一色か……ふーむ。余といえば情熱の赤であるが、無垢なる白もそれはそれで」

 

「なんの話だ」

 

 自身の赤いドレスのスカートを摘まみながら唸るネロと、呆れたような反応を示すアタランテ。

 そんな彼女をちらりと見たオルガマリーが視線を城塞に戻し、顎に手を添える。

 

「アメリカ合衆国としての主張が強すぎるというか……

 よほど近代の……アメリカ合衆国への思い入れが強いサーヴァント、なのかしらね。

 近代の英霊では戦闘力として考えるには少し難しいかもしれないわ」

 

 神話よりの軍勢であるケルト軍に対抗するには、同じく神話よりのサーヴァントの方が望ましかった。そう口にするオルガマリーに対し、ソウゴは首を傾げる。

 

「でもニコラ・テスラとか凄かったよ? 黒いクー・フーリンは分かんないけど、あっちのアーチャー相手なら戦えるんじゃないかな」

 

 言われて、言い返そうにも言葉が出ないオルガマリー。

 聞く限りの話だが、ニコラ・テスラは人類神話という名に負けぬ戦闘力……まさしく人の世に舞い降りた雷神のそれだったという。

 なので、とりあえず彼女は小さな声で言葉を返す。

 

「―――ここにいるのも、そういう例外ならいいのだけれどね」

 

『うーん、こちらではサーヴァントがいるということは分かるけれど……

 詳細に何騎なのかまでは分からないな……』

 

 ロマニの声、通信先でデンバーの状況をスキャンしているだろうカルデアからの言葉。

 もう少し近づけば判明するだろうが、同時に相手から発見されるリスクも高まる。

 ある程度の目星をつけたいところだが―――

 

 と、そんな彼女らの背を目で追いながら立香はツクヨミの隣に立ち声をかけた。

 

「……ところでツクヨミ、白い方のウォズが言ってた救世主ってなんのことかわかる?」

 

「いえ、何でウォズが二人いるのかも含めて私にはさっぱり……

 ただ……私と同じように、オーマジオウの支配する未来を変えるために2018年に向かった、ゲイツっていうレジスタンスの仲間がいたの。彼は私より先に過去に向かったはずなのだけれど……

 もし私と一緒に行動してる人間のことを言ったのなら、それは多分ゲイツのことだと思う」

 

「ゲイツ……」

 

 その名を反芻するように呟く立香。

 彼女たちの後ろを歩いていたモードレッドが、どうでもよさそうに口を開く。

 

「救世主だか何だか知らないが、あの白いのが臣下だってならきっとロクでもない奴だろうさ」

 

「でもソウゴもウォズが部下だし?」

 

「はっ、ロクでもないのはソウゴも変わんねえだろ」

 

 そんなことを言う彼女に対し、ブーディカの腕がモードレッドに伸びる。

 人差し指を彼女の眼前に突きつけ、叱るような口調の言葉が飛ぶ。

 

「モードレッド、そういうことは言わないの」

 

「……めんどくせぇ」

 

 ブーディカに前に立たれたモードレッドが溜め息を落とす。

 それを見ながらくすくすと笑っていたジャンヌが、一瞬目を細めた。

 

「―――サーヴァントの気配です。こちらに向かってきます」

 

「ジャンヌさんの感知の外から先に見つけられた、ということですか?」

 

 マシュが頭の上に乗せていたフォウを立香に差し出した。

 受け取ってもらったのを確認して、盾を構えなおす。

 

『ん、こちらでも確認した。こちらに向かってくるのとデンバーに残っているのに分かれたね』

 

「こちらに向かってくるのは……恐らく二騎、だと思います。

 アサシンのクラスのサーヴァントが混じっていなければ、ですけれど」

 

 その情報に身構えているうちに、城塞の方からどんどん何かが向かってくる。

 整列してこちらに迫ってくるのは、ネイビーブルーに塗装された機械のボディ。

 見た覚えのあるその姿に、マシュが首を傾げた。

 

「―――ヘルタースケルター、でしょうか。

 もしや近代の英霊とは、チャールズ・バベッジ氏なのでは……」

 

「だとしたらあんなアメリカンにはなってないと思うけど……」

 

 向かってくるヘルタースケルターは、ロンドンのものとは細部が違う。

 カラーリングはもちろん、ロンドンの物は手に剣を持っていたが、今回の物は片腕が肘から先は銃となっている。

 あの数に一斉射撃されようものなら、サーヴァントはともかく人間ではどうにもなるまい。

 自然と立香の前へと陣取り、盾を構えるマシュ。

 

 ソウゴの前にはネロが、ツクヨミの前にはモードレッドが。

 そして自身の前に出ようとしたアタランテを制し、オルガマリーは前に出る。

 これが生身なら生死に関わるが、体が人形な自分は気楽なものだ、と。

 彼女は恐怖を投げ捨てて陣頭に立つ。

 

 そんな彼女の前に出てくるのは、パールパープルの髪の女性。

 彼女は大量に並ぶヘルタースケルターらしきものの間を潜り抜け、オルガマリーたちの前に顔を出す。

 

「思った以上の数のサーヴァントね、喜ばしい限りだわ」

 

「……あなたは?」

 

 少し驚いた様子で喜ぶ女性。

 その魔力。彼女がサーヴァントである、ということに疑いはないだろう。

 念のために小さく視線を送れば、感知できるジャンヌも首を縦に振ってくれていた。

 

「あら、ごめんなさい。あたしはエレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー。

 アメリカ西部合衆国のサーヴァントよ。

 一応、確認させて欲しいのだけれど……あなたたちは人理焼却を阻止せんとする、カルデアという組織の人間とサーヴァント、ということでいいのかしら?」

 

『エレナ・ブラヴァツキー……19世紀に名を遺した女性だね。

 魔術協会とはあまり関与せず、独力で神秘学の編纂を行った才女だとか』

 

「―――? 不思議な魔力波ね、今の軽率そうなろくでなしっぽい男の声は?」

 

 どこからともなく聞こえる声に首を傾げるエレナ。

 そんな突然の口撃に対して、通信先でロマニは声を荒げた。

 

『対面すらしていないのにそれは酷くないかい!?』

 

「彼はDr.ロマニ。わたしたちのレイシフトをカルデア側から立証してくれている人員です。

 ……わたしはオルガマリー・アニムスフィア。人理を継続させるため、特異点を攻略しているカルデアの代表です」

 

 オルガマリーの自己紹介を聞いて、彼女は少し驚いたように目を瞠る。

 

「アニムスフィア……時計塔のロードね、関わりは薄いけどその名くらいは把握しているわ。

 ようこそ、1783年のアメリカへ」

 

「ええ、よろしく。

 ―――それで……もう一騎が姿を見せないのは、こちらとは敵対しているという姿勢と受け取っていいのでしょうか」

 

 続くオルガマリーの固い言葉。立香もソウゴも、彼女の背へと視線を送る。

 一瞬、きょとんとした表情を浮かべたエレナが、困ったように手を横に振った。

 背後に並んでいた機械の兵士たちが左右にずれて道を開ける。

 

「いえ、警戒をしていたのは事実だけれど―――ごめんなさいね」

 

「非礼を詫びよう。こちらにはケルトほどの戦力がなく、同時に指揮官であるエレナは戦闘に秀でているわけではない。

 故にこちらとしては、オレが彼女の護衛として動くしかなかった。オレに交渉ができるほどの話術があれば別だったが……そういうことには向いていないとお墨付きでな」

 

 そして、開けた道から霊体化を解除しながらひとりのサーヴァントが歩み出てくる。

 髪と肌の白い、黄金の鎧を纏った戦士。

 

 その姿を見たアタランテが少し驚いたかのように目を微かに見開いた。

 

「我が真名はカルナ―――今はこうして、アメリカ西軍のサーヴァントとして戦っている」

 

『カルナ……! インドにおける二大叙事詩のひとつ、『マハーバーラタ』において“施しの英雄”と称される太陽神スーリアの血を引く大英雄……!』

 

 闘志を見せずともその超級サーヴァントとしての風格は感じる。

 その彼もアタランテやモードレッド、ジャンヌにネロと。

 カルデア側のサーヴァントに視線を巡らせて少しだけ表情を崩してみせた。

 

「奇縁とはあるものだ。人類史をめぐる戦いに挑むものが、英雄に相応しき気質の知れた英傑たちというのは些か以上に安心を覚える。

 が、陣営が異なるというならば主の判断こそがオレの槍の標的を決める。この槍がお前たちに向くようなことがないことを祈るのみだ」

 

 む、と。ジャンヌとネロが何とも言えない不思議そうな顔で唸る。

 その前で、オルガマリーが彼の言葉に眉根を寄せた。

 

「―――それは、このアメリカ軍の指導者は人理側ではない、ということかしら?」

 

()()()()()()()()()()。それを計るのもまたお前たちだ、ということだ。

 ……これ以上はオレが語ることでもあるまい」

 

 そう言ってエレナの後ろにつくカルナ。

 そんな彼をちらりと見てから、彼女はオルガマリーに向き直る。

 

「彼の言う通り、あたしたちの行動方針はひとりのサーヴァント……大統王が決定しているわ。

 あたしたちはあなたたちを彼の元に案内するつもりでここに来た」

 

「大統領?」

 

 彼女の言葉の中に出てきたフレーズに首を傾げる立香。

 ただ聞き間違えたか、と思ったがすぐにエレナから修正が入る。

 

「大統王。ええ、言いたいことは大体分かるから言わなくてもいいわ。

 ちょっと並外れた方針とはいえ、少なくとも彼はケルトに蹂躙されたこのアメリカを再編し、逆襲しようというこの国のトップ。

 ―――あなたたちがまず対話を、と言うのならこの国の王に取り次ぎましょう」

 

 そう言うと代表であるオルガマリーへと視線を向けるエレナ。

 確かに会話に向かわねば話にならないが、だがそれは相手の本拠地ど真ん中に引き込まれることを意味する。

 逃げなくてはならない、となった場合は完全な悪手となるだろう。

 

 ―――どうにかして、その大統王とやらとの会談を外で行う方法はないだろうか。

 

「アメリカに王様なんていたっけ?」

 

「聞いたことはないわ……私はあまり詳しくないけど」

 

 顔に出さないように悩んでいる彼女の背後で、呑気に交わされる会話。

 ソウゴの疑問に自信がなさそうに答えるツクヨミ。

 うぅん、と首を傾げているソウゴが、そのままモードレッドへと目を向けた。

 

「どんな王様かなぁ、モードレッドはどう思う?」

 

「なんでオレに訊くんだよ。んなこと知るかよ」

 

「だってアメリカ合衆国で王様って名乗ってるんでしょ?

 きっと凄い王様じゃん」

 

 その威容を想像するように空を見上げるソウゴ。

 そんな反応に溜め息混じりに、適当に思い浮かんだものを返答するモードレッド。

 

「じゃあ竜だ、もしくは獅子。偉大な王ってったらそういうもんだ」

 

「ドラゴンとライオン?」

 

 言われて何となくウィザードとビーストのウォッチを持ち上げるソウゴ。

 

「そして偉大なる者の纏う色と言えば赤! となれば赤竜か赤獅子と言ったところだな!

 ―――と言いたいが、この国では白き城が国防の象徴なのだろう?

 であれば白竜か白獅子と見た!」

 

 続くように並べるように色を語るネロ。

 赤き竜、白き獅子と言われモードレッドが小さく口の端を引くつかせる。

 それはまさしく彼女の思い描く王のイメージそのものだ。

 

 適当に言い合っている彼女たちに苦笑しているカルデアの者たちの前。

 エレナが微かに肩を揺らし、その視線を横に逸らす。

 そんな彼女の様子を視界の端に見て、立香は小さく首を傾げた。

 

「―――それで、どうかしら。大統王に会う準備はよくって?」

 

「ちょっと待って、もう少し考えるから」

 

 エレナの問いかけに対してオルガマリーを差し置いて返答するソウゴ。

 考える内容とは当然のように入る、入らないではなく―――

 

「あれだけアメリカ合衆国の国旗をアピールしてるってことは、やっぱりアメリカが凄い好きなんじゃない?」

 

「金時もアメリカ凄い好きそうじゃなかった?」

 

「でも金時だったらお城も金色にしてそう。マシュはどう思う?」

 

「え? あ、はい。

 その、アメリカといえばハクトウワシ、かもしれないのではないでしょうか?」

 

 喧々囂々、と。そんな感じに話し始めるソウゴや立香。

 竜に獅子に鷲、大統王が彼らの中でとんだキメラとして構成されていく。

 

「……流石にもう少し、普通のサーヴァントが出てくるのでは?

 竜にしろ、獅子にしろ、鷲にしろ。それらの動物と特に結び付けられる英霊、といいますか」

 

 苦笑しながら大統王の話題を戻そうとするジャンヌ。

 そんな彼女の意見に、少し残念そうな反応を示すソウゴたち。

 

 うーん、とその様子を眺めていたエレナが咳払いをひとつ。

 背後のやり取りに小さく息を吐いていたオルガマリーに問いかけた。

 

「―――――それで、もういいかしら。ほら、どうするの?」

 

「……………ええ、そうね。行きましょうか。その大統王とやらに会わせて」

 

 こうまで執拗に()()()()()()()()()()()、とアピールされてはという話だ。

 踏み越え切れていない判断ミスの恐怖を勘定に入れなければ、悩む余地などどこにもない。

 大きく深呼吸をしてから回答を返すオルガマリー。

 

 そうして彼女たちはアメリカ西部城、ホワイトハウスの中へと踏み込んだ。

 

 

 

 

「王さまー、招きには応じてもらえたわよー」

 

 何やら電灯が大量に配置された城。

 各所を機械兵士が守る場所を通り抜けながら、その城の中枢である玉座の間に辿り着く。

 玉座、だと思われる場所の前にあるのは、乱雑にものが積み上げられたデスクだ。

 更に昼夜問わず働きづめられるように計算され配置された電球がそこかしこで光っている。

 

 とりあえずは相手の声を待とうと足を止めるオルガマリー。

 その目の前で、デスクが爆発した。いや、正確には爆音の衝撃でデスクに積み上げられていたものが爆破されたように四散した。

 

「おお! 大義である! よくぞ我らの招待に応じてくれた! はじめまして、おめでとう!」

 

 がたがたと崩れ落ちていく書類らしきもの、ガラクタのようなもの。

 その中からこちらの視界に現れる巨体。

 

 青いタイツに包まれた筋肉の鎧を纏った肉体。両肩に取り付けられたランプらしきユニット。

 そして――――

 

「ライオンだけかぁ」

 

「うーん。鷲の羽とかそういうのはなさそう?」

 

「ふふ、流石は余。白獅子はピタリと的中であったな!」

 

 彼の頭部はホワイトライオンであった。

 アメリカンコミックのヒーローの如き首から下に、頭として白獅子がついているような姿。

 残念ながら竜や鷲の意匠は見当たらない、と落胆する連中。

 

「……いや、どういうことだよ。

 歴史の浅い国だって理解だったが、この国は為政者の代わりに魔獣でも飼ってんのか?」

 

 竜や獅子と最初に言い出したモードレッドが溜め息混じりにそう言い出す。

 無論、気配でそれがサーヴァントだということは分かる。だが近代の人間らしきアメリカ合衆国のサーヴァントの頭がライオンとはどういう話か、と。

 神話のそれではあるまいし、半人半獣などの英雄がいるはずが……

 

「……外見が獅子のそれである、というだけで獣というわけではあるまい。

 いや、なおさら何故頭が獅子なのか分からなくなる話だが……」

 

 半眼でそれを見たアタランテがそう呟いた。

 獣()()()は彼からは感じない。

 つまりは中身は獣に程遠く、あくまで外見だけのものということだ。

 

 その反応を見たカルナが、彼の方こそ驚いたと言わんばかりに微かに笑う。

 

「……ふむ、あの男を見て外見が大人しすぎると落胆を見せる人間は初めてだな。

 なるほど。これまで四つの特異点を攻略してきたのは伊達ではない、ということか」

 

 それはそれでどうなのよ、と溜め息を吐くオルガマリー。

 彼女の後ろからソウゴが声を上げる。

 

「ねえ、あんたがこのアメリカの王様でいいの?」

 

「いかにもその通り。我こそは野蛮なるケルトどもを排除すべく、全米をこの両肩に託されし者……まさしく大統王、トーマス・アルバ・エジソンである!」

 

 ガオン、と一鳴き。肩の巨大ランプが明滅しながら彼の挨拶を演出する。

 ビリビリと腹に響く音波を浴びながら、立香がライオンを眺めた。

 

「エジソン……ってあのエジソン? 発明王の?」

 

「ははは、今の私は発明王ではなく大統王であるが!

 ふ、この外見に惑わされないのは流石だ。これまで世界を救ってきただけはある」

 

 ガオガオと笑う彼から目を逸らし、ツクヨミがカルナを見る。

 

「あの……なんで皆さんは私たちのことを知っているんですか?

 カルデアのこととか、これまでの特異点のこととか、ご存じなんですよね?」

 

「ああ、それは―――」

 

 問いかけられたカルナが返答するために彼女へ向き直り―――

 しかし、ライオンが声を荒げながら彼の言葉を遮った。

 

「そう、奴めが知らせてきたのだ! この世で最低最悪のろくでなし!

 憎っくきあのすっとんきょうめが……!

 “私はこんな戦いに身を投じてきたぞ。いやぁ、雷神の子を圧倒してしまった上に、はー、我が人類神話にすら打ち克つ人の輝きを見てきてしまったわー……おっと、別に星を開拓したりしてない君には私のこの気持ちは分からんだろうなぁ。分かる奴なら訴訟王なんて呼ばれることしないからな! いやぁ、失敬失敬”などと!!」

 

「……ニコラ・テスラでしょうか……?」

 

「その名を出してくれるな腹立たしい!!」

 

 彼が吠えている後ろでエレナが小さく肩を竦める。

 どうやってそんな連絡を取り合ったのか、と立香がブーディカに寄って問いかける。

 

「そういうことできるの?」

 

「うーん……神性よりの英霊なら神託に近い形でそういうこともできるかもしれないけど……」

 

 その声が届いていたのか、ブーディカの言葉に割り込みエジソンの大音量が轟く。

 

「うむ! 通常であれば不可能であるがそこはそれ!

 発明王とまで呼ばれたこの私にかかれば、霊界との通信くらいはちょちょいのちょいだ!」

 

「―――恐らくは、だが。雷神の域に踏み込んだニコラ・テスラの次元に干渉する雷と、エジソンの霊界通信機が奇跡的に噛み合い、二人の間で交信が通じたのだろう。

 つまりはエジソンとテスラ、二人のサーヴァントで成し得た奇跡というやつだ」

 

「私の! 霊界通信機が! 成し得た奇跡! いや、全然奇跡ではない!

 これこそが私の想定していた霊界通信機の機能だ!」

 

 カルナが補足するように語る言葉を訂正するエジソン。

 そのまま彼は大きく咳払いをひとつ。

 

「―――いや、すっとんきょうの話はいい。とにかく今はケルトの話だ。

 資本と合理によって生み出されたアメリカ合衆国は、知性によって運営されるべき場所。

 あの蛮人どもはどういったわけかプラナリアの如く増え、その物量差によって押されたアメリカ軍は敗北した―――が。ここにはこうして、英霊たる私が降臨した!

 私が発案し実行した新国家体制、新軍事体制によって戦線は回復。戦況は五分にまで引き戻された。大量生産は私の専売特許、そこで競い合おうとは正しく蛮人の所業、愚の骨頂!

 いずれは兵の数で上回り、やがてこの大陸の至るところには我らが合衆国の旗が立つことになるだろう! が、それでも懸念すべき案件がひとつある。将、つまりはサーヴァントの数が足りていないのだ、我々には」

 

「―――カルナは?」

 

 ちらりと、カルナに視線を向けながらソウゴが問うた。

 微かに口惜しそうに、ホワイトライオンは少しだけ音量を落としながら答える。

 

「無論、カルナ君は優秀な将である。

 だが現状では大きく広がった各地の戦線、彼ひとりで巡らざるを得ない状況。

 ―――残念なことに。私やブラヴァツキー女史では、ケルトどものサーヴァントと相対したときは撤退するのがせいぜい。撃破するような真似はできないのだ。だが―――」

 

「わたしたちが協力すればその状況を覆して有利に立てる、と」

 

「うむ」

 

 鷹揚に頷いてみせるエジソン。

 彼、大統王エジソンの言葉を聞いて微かに、しかし確かに安心に似た息を吐くオルガマリー。

 

「……こちらとしても、世界を救うために協力しあうことは望むところです。

 恐らく、ケルト軍における聖杯所有者は女王メイヴ。

 彼女を撃破し聖杯を奪取できれば、この特異点の修復が―――」

 

「いいや、時代を修正する必要はない」

 

 カルナが目を瞑り、僅かに体を動かす。

 まるでここから先に決裂が待っているのだと理解しているかのように。

 それを理解したのだろう、カルデアのサーヴァントたちも張り詰める。

 エジソンとカルナの後ろで、エレナが小さく息を吐いた。

 

「―――は? その……それは、一体どういう?」

 

「時代の修正は必要ない、と言ったのだよ。聖杯は我らが回収する。

 我が身に備わった概念の改造能力によって聖杯を改良し、時代の焼却は防ぐことが可能だ。

 既に聖杯改造のための設計も終わらせている。

 それが叶えばアメリカを人類史とは違う時間軸に独立させ、救い出すことができるだろう」

 

「違う時間軸に、独立……!?

 この状況でそんなことをすれば、人類史の焼却が決定的になるじゃない!?

 アメリカだけが独立して残っても、世界は滅びることになる―――!」

 

「そうとも。世界は滅びるが、アメリカだけは残る。

 今の我々―――私にとってはこの国こそが全て。王たるもの、まず何より自国を守護する責務があるだろう?」

 

 見当違いの方向に転がり始めた会談。

 そこでの彼の発言にぱくぱくと口を開閉するオルガマリー。

 ほとんど反射のように彼女は背後を振り返っていた。

 

 王、と。彼が語っていたからだろうか。彼女の視線は自然とソウゴに向かい―――

 しかし彼は特別何かを思っている様子もなく、普段通りの様子で彼女を見ていた。

 いきなり振り返った彼女に対し少し首を傾げて、しかし口を開くわけではない。

 立香が、ツクヨミが、ソウゴを見ても様子は変わらない。

 

 その様子で考えていることを察したのか、立香の顔がとても渋くなった。

 続けて理解したオルガマリーがきつく眉を寄せ、エジソンに向き直る。

 

「……その、責務のために世界を滅ぼしてもいいと?」

 

「いいことだと思っているわけではない。それはもちろんだ。だが純粋にそうせざるを得ない、という判断だ。私はアメリカ的に、合理的に、既に人理焼却は防ぎ切れないと算出した。

 ならば被害を最小限に抑えるのが為政者というものだろう? だからこそ、そのためにキミたちにも協力してもらいたい」

 

 エジソンがその筋骨隆々の腕を持ち上げ、オルガマリーに手を差し出す。

 

 ―――取ればいい。最終的にはどうなるにしろ、ここで拒否を選ぶ理由はない。

 彼の提案を受け入れ、共同でケルトを倒し、最終的にアメリカ軍も撃破する。

 それで問題ないとさえ言える。

 

 けれど―――

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もしかしたら何のことはないかもしれない。

 きっと、彼女がそう決めたなら彼も彼女もそう言って、その道を受け入れるだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()、と言って憚らない彼らの無上の信頼に対して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 答えは既にあるようなものだ。ノーと突きつければいい。

 わたしたちはアメリカだけでなく、世界を救うために戦っているのだと。

 そのためならば、藤丸立香も常磐ソウゴも、恐らくツクヨミも。

 アメリカの西軍、ケルトの東軍、その両方と戦うことをきっと厭わない

 

 けれどその無茶の代価を、戦う彼らの命で支払うことになったなら?

 自分が彼らの誇りを汚すだけで安全が買えるなら?

 ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……

 

 彼女は強く拳を握り、エジソンの差し出した手を見つめていた。

 

 

 




 
U.S.A.って美しくないか?
 


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牢屋と太陽とわたしのカルデア1847

 

 

 

 ―――ホワイトハウスに設けられた地下の牢獄。

 その中に閉じ込められながら、オルガマリーは膝を抱え俯いていた。

 部屋の隅に陣取り座り込み、顔を隠している。

 

「なんか最近牢屋に入ってばっかな気がする。ね?」

 

 そんな中で勤めて明るく振る舞う立香。

 同意を求められたツクヨミは、はぁ…と大きく溜め息。

 彼女の溜め息に同意するように、粗末なベッドに寝転がったモードレッドが顔を上げる。

 

「で? こっからどうすんだよ。大人しく捕まって牢屋に入れられてみりゃ、対サーヴァント用の特製の檻ときた。この中じゃ魔力供給も絶たれてまともに動けやしねえ」

 

 エレナ・ブラヴァツキー特製のサーヴァント封印のための結界。

 それがこの牢獄の正体だった。

 そのことを言い出した彼女の視線はオルガマリーに向かっている。

 

 現状はサーヴァントが戦闘を行えない。だが、別段持ち物を没収されたわけではない。

 つまりはこの檻自体はいつでも壊せるのだ。仮面ライダーの力ならば。

 

 ただソウゴは、今回はオルガマリーの指示を優先するつもりのようだ。

 彼女がそうすると決めなければ、彼も変身するようなことはしないだろう。

 

 ツクヨミは小さく頭を動かして、オルガマリーを見る。

 彼女の目の前ではあるが、それでもこの状況だ。

 仕方なしに、ツクヨミは座っているソウゴに向けて問いかけていた。

 

「―――ねえ、ソウゴ。そこまで、所長さんに委ねる必要があるの?

 もっと……私たちで決められることは、私たちで選んでしまった方が……」

 

「でも、それじゃ所長が嫌でしょ?」

 

「それは……」

 

 ちらりと視線を向けるが、彼女は未だに俯いていた。

 彼女の心を軽くするならば、結局のところ決断はこちらで受け持ってしまえばいい。

 エジソンの言葉に身を竦めたオルガマリーの後ろから、嫌だと声を上げればよかっただけ。

 だけどそれをしなかったのは―――

 

「今の所長は多分、そうしなきゃいけない立場が辛くて怖いのかもしれないけど―――

 嫌ではないんじゃないかなって思ってるから」

 

 決断するのが怖いとは思っているだろう。

 だがそれは、決断すること自体を嫌がっているという話ではない。

 だったらカルデアのトップとして、可能な限り彼女の指示で動くべきだ。

 ソウゴはそう語る。

 

「……ソウゴはそれで、所長さんにどっちを選んでほしいと思ってるんだい?」

 

 ブーディカの問いかけ。

 それに対して少し悩むように彼は首を傾げ、困った風に笑った。

 

「どっちでもいいかな。だってあれだけ悩み込むくらいに考えてから出した答えなら、それってきっと所長にとって正しい答えになるだろうから」

 

 その言葉に対して再び別のことを訊き返すためにも口を動かそうとして、しかしブーディカは口を閉じた。

 選ばなければならないのは確かなのだ。選びきれないならば彼女はこれからはカルデアに残ればいい。それも重要な仕事であることに疑いはないのだから。

 

「……だからといってさっさと選べてしまうのは問題でもある。

 それこそ、ジャンヌ・ダルクなどのようにな」

 

「―――そうなのですけど。なぜ私をいちいち引き合いにだすのです?」

 

 壁に背を預けたアタランテの言葉に首を傾げるジャンヌ。

 飾りげのない牢屋に辟易しているネロが格子に触れながら、外を見る。

 監視も巡回も見当たらないのは、この牢屋の性能への信頼からか。

 

「どれを選ぶにしろ、それを英断だったと肯定できるのは全て終わってからだ。

 結局のところ、ソウゴの言うようにどれでもよいのだ。オルガマリーめの意思だけは既に確認できるのだからな。あとは本人の納得だけだ」

 

 そんな他の連中のやり取りも耳に入っていただろう。

 微かにオルガマリーが頭を上げ、隣に座っているマシュへと声をかけていた。

 

「……マシュ。あんたは、藤丸がこうして特異点で戦うことをどう思う?」

 

「え? 先輩が、ですか……?」

 

 問われた彼女は驚いたように表情を変え、言い返そうとして―――

 しかし、すぐに言い返すことはせず一拍置く。

 マシュは向かいに座っている己のマスターへと視線を送り顔を見て、静かに口を開いた。

 

「―――それは。いえその……怖い、という気持ちもあります。

 守り切れなかったら、そう考えると。けれど―――この、人類史を守るための戦い。

 多くの時代、多くの人、多くの空……とても多くのものに一緒に触れられることを、わたしは嬉しいと思っているのだと思います」

 

 そう語りながら今まで出会ってきたもの、見てきたものを全て回顧しているのか。

 彼女は手を胸に抱き、オルガマリーに視線を向けた。

 

「この旅の終わり……きっと、カルデアの外を……人を知らなかったわたしが、初めてわたしの命に向き合える。わたしはどういう人間なのか、という疑問に答えを出せる。

 だからこそ―――はい、わたしは先輩たちと一緒に旅を出来て、嬉しいのだと思います。

 わたしにとって、戦う理由にするには人類史は大きすぎるけれど。

 それが先輩たちの生きる“明日”のためであると、先輩と一緒に戦うことでわたしは実感できる、と言いますか……その、分かりづらいですよね、すみません」

 

「いえ……ありがとう。もう、いいわ」

 

 髪に隠された俯いた彼女の顔、そこにどんな感情を浮かべているのか。

 マシュからの答えを聞いて、再び黙り込むオルガマリー。

 

 自分が言った言葉に縮こまるマシュ。

 そんな彼女の頭の上で、フォウが軽くぱたぱたと尻尾を振り回していた。

 

 数分、そのまま静止していた彼女が再び声をあげる。

 

「常磐」

 

 俯いたままの彼女の言葉に、ソウゴが向き直った。

 

「なに? 所長」

 

「―――エジソンに答えを返しに行くわ、お願い」

 

 答えると同時に彼女は顔を上げ、立ち上がった。

 別に涙など流した跡などあるはずもないのに、まるで盛大に泣き腫らした後のような、感情を爆発させきった後のような、そんな表情。

 その声を受けて、ソウゴはジクウドライバーを取り出していた。

 

〈ジクウドライバー!〉

 

「うん。じゃあ、みんなは先行ってて」

 

〈ジオウ!〉〈フォーゼ!〉

 

 腰に取り付けたドライバーに対し、二つのウォッチを起動し装填する。

 ソウゴの背後に展開されるライダーという文字の入った時計。

 拳でドライバー上部のリューズを叩き、回転待機状態へと移行させた。

 

 左腕を右肩近くまで持ち上げ、止める。

 

「―――――変身!」

 

〈ライダータイム!〉

 

 振り下ろす腕に合わせ、ジクウドライバーを回転させる。

 ライドウォッチ内のエネルギーがジクウマトリクスの影響により物質化し、ソウゴの体を覆いつくしていく。時計を思わせる形状の装甲、仮面ライダージオウ。

 

〈仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム!〉

 

 瞬間。天井をぶち抜いて、白いロケットが地下牢の中に侵入してきた。

 そのロケットは目の前の格子をついでのように吹き飛ばすと、分割されてジオウの各所に装着されていく。同時に“フォーゼ”という文字がジオウの頭部にはめ込まれる。

 

〈3! 2! 1! フォーゼ!〉

 

 天井に大穴が開き、そして格子が薙ぎ倒された牢屋。

 そこから全員が走り出した―――瞬間。

 

「―――やはり、そうなるだろうな。その選択を尊重しよう。

 そしてオレの前でその答えを選んだ以上、オレがやるべきことはただひとつ」

 

 地下通路に炎が溢れ、走り出したオルガマリーたちの前に殺到した。

 ブースターモジュールを吹かし、即座にその前へと出るフォーゼアーマー。

 彼の体に衝突した炎が吸収されてブースターのエネルギーに変えられていく。

 

 炎に揺れる白い髪。黄金の鎧の戦士が、そこには立ちはだかっていた。

 

「そう? 奇遇じゃない? 俺もちょうどやるべきことはただひとつだったんだけど。

 じゃあせっかくだし、俺とタイマン―――張ってくれない?」

 

 炎を飲み込み、腕のブースターを構え―――フォーゼアーマーが爆進した。

 カルナの手に槍が現れ、その一撃を迎え撃つ。

 

「宇宙ロケットパァ―――ンチッ!」

 

 叩きつけられるブースター。

 黄金の槍はそれを正面から受け止め、フォーゼアーマーの加速を押し留める。

 カルナが放出する炎をその身で受け吸収しながら、ジオウはドライバーを操作していた。

 ライドウォッチのリューズを押し、そのままドライバーを回転させる動作。

 

〈フィニッシュタイム! フォーゼ!〉

 

 高まるエネルギー。コズミックエナジーの奔流に、組み合ったカルナが僅かに目を見開いた。

 

「宇宙ロケットきりもみクラッシャ――――ッ!!」

 

〈リミット! タイムブレーク!!〉

 

 カルナと組み合ったままに回転を始め、竜巻となりながら天井へと突っ込んでいくジオウ。

 それは地下の天井を破り、そのままもう一枚ホワイトハウス城塞の天井も破り、天空へと舞い上がっていった。

 

 大穴を開けた天井を見て、モードレッドが軽く舌打ちする。

 

「マスター、オレたちはあっちに行くぞ」

 

「……そうね。所長さん、私たちはソウゴの援護に」

 

「ふむ、そうだな。あやつはかなりの強敵だと余の本能も言っている気がするところ。

 余もマスターの援護に回ろう。よかろう?」

 

 モードレッドの意見を聞くツクヨミと、それに追随するネロ。

 彼女たちの顔を見回して、オルガマリーは首を縦に振った。

 

「―――ええ、お願い」

 

 オルガマリーに許可を取るや、モードレッドがツクヨミを抱える。

 そのまま三人は天井の穴を通じて上へと跳び上がっていった。

 それを見送って、一度大きく息を吐く。そうして―――

 

「わたしたちはエジソンのところへ行くわ。いいわね?」

 

「了解!」

 

 これだけの轟音を出せば、誰だって気付くだろう。

 既に目の前にはどんどんと機械兵士の青いボディが迫ってきていた。

 盛大な駆動音を立てながら並ぶ機体は、腕の銃口を持ち上げながら彼女たちに向けてくる。

 

「カルデアのマスター、及びサーヴァントの脱獄を確認。捕獲を優先せよ。

 ―――投降せよ。これは大統王閣下の慈悲である」

 

「要らぬ世話だ」

 

 小さく、アタランテが笑う。

 そんな彼女の背中にオルガマリーが声をかけていた。

 

「―――あの機械兵士たちは多分、もともとこの国の兵士……人間よ。

 壊し切らずに、動きを封じる程度に済ませて」

 

「うむ、了解した。汝らは気にせず前に進め。()()()()()()()()()()()

 

 その手に“天穹の弓(タウロポロス)”を呼び出した彼女が構える。

 攻撃態勢に入った敵を視認し、全ての機械化歩兵が同時に銃撃を行おうとし―――

 同時に、並んでいた機械化歩兵の腕の銃が爆発した。

 肘から先が吹き飛ばされた兵士たちが状況のエラーに警告音を喚き散らす。

 

 動きの停止した機械兵士たちの中に飛び込み、弓と足で殴打して吹き飛ばし壁に叩きつけていくアタランテ。十を超える兵士を数秒で全て無力化し、彼女は軽く肩を竦めてみせた。

 

「侮るな。貴様たち如きの速度ならば、銃口を向けられてから射貫くこと程度は容易だ。

 まして―――」

 

 彼女の持つ獣の耳が微かに動き、同時に一矢を通路の先に放っていた。

 直後、通路の先から飛び出してきた機械兵士の銃を射貫く矢。

 ギギギ、と。悲鳴を上げて床に転がる機械。

 

「全身からそれだけ音を出していればな。聞き逃せ、というのが無理な話だ」

 

 微かに笑い、そのままアタランテは疾走を開始した。

 

 その後から遅れてついていくオルガマリー、立香、マシュ、ジャンヌ、ブーディカ。

 彼女たちが地下からの階段を駆け上がれば、既に周囲の機械化歩兵は腕の銃を破壊され壁に叩きつけられて転がっている。

 アタランテは足を止めることなく縦横無尽に駆け巡り、機械化歩兵から戦闘力を削ぎ取っていくつもりのようだ。

 

「流石は麗しのアタランテ、ですね。

 ―――行きましょう、サーヴァントの気配はあちらにあります……!」

 

 その速度、狩人の腕前を称賛しつつ、ジャンヌが先導して走り出した。

 彼女の気配は既にエジソンとエレナ。その二つが固まっている場所を感じ取っている。

 と言っても、先に通された大統王の執務室だが。

 

『―――おや。捕まった、と聞いていたけど今まさに脱出しているところかい?

 無理はして―――るんだろうね。まあ、君らしいといえば……

 ああ、いや。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 やけに楽しそうに通信機からダ・ヴィンチちゃんの声がする。

 それだけ言って、彼女は黙り込んだ。

 

 エジソンの玉座に辿り着く前に、引き返してきたアタランテとすれ違う。

 もはや彼の周囲の機械化歩兵は全て無力化したということだろう。

 あとは騒ぎを知りホワイトハウスに集まってくる兵士たちを全て対応するだけ、ということだ。

 もう憂いはなく、オルガマリーは相手の前に立てる。

 

 ――――バン、と。盛大に扉を破り、玉座の間に雪崩れ込む。

 エジソンはその後ろにエレナを控えさせ、椅子に座って待っていた。

 

「……意外と言えば、意外だ。特にキミ……アニムスフィア女史。

 キミは最終的に私との協力体制に応じる、と考えていた。最終的にどうなるにしろね」

 

 白獅子頭の大統王は椅子の背もたれに体重を預けながら、大きく溜め息をひとつ。

 そんな彼の言葉に対して、オルガマリーは一度深呼吸して返す。

 

「そうね、それがきっと利口だったと思う。敵の強大さは理解しているつもりよ。

 カルナという強力なサーヴァントの助力が得られるなら……そうも考えた」

 

「ははは、私たちアメリカ軍ではなくカルナ君か。正直だ、好感が持てる。

 さて、ではなぜこのような道を選んだのか?」

 

「……ねえ、トーマス・アルバ・エジソン。逆になぜ、あなたはアメリカだけを選んだの?

 霊界通信とやらで言葉を交わした二コラ・テスラは……世界を救うことをわたしたちに託したと言っていたはずでしょう? あなたは、テスラ以下の成果でいいの?」

 

 小さく、くっと笑いを堪える声。

 それがエジソンの背後のエレナのものであることは疑いようがない。

 軽く表情を崩し、背後を睨むエジソン。

 そんな彼が正面を向き直り、オルガマリーに視線を戻した。

 

「あのすっとんきょうと違い、私は現実を見ている。そういう話だ」

 

「そうよね。自分は彼に比べて劣る、その現実を見て諦めたのよね」

 

 ピクリ、とエジソンがその瞼を吊り上げた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……

 この特異点でケルト相手に敗走して、わたしはずっと思ってたわ。それこそ、もしわたしじゃなくてキリシュタリアだったら、なんてそんな益体もないことを本当にずっと、ただ考えてたわ」

 

 彼女の言葉に盾を構えたマシュがその体勢のまま視線を向ける。

 エジソンの後ろからエレナの声が飛ぶ。

 

「それで、あなたの中でその答えは出たの?」

 

「ええ、そうね。きっと―――上手くやったんでしょうね。多分わたしよりずっと。

 もしかしたら、藤丸や常磐の助力すら要らないかもしれない。ひとりで、世界を救う戦いを走り抜けることができたのかも」

 

「―――それほどの魔術師に憧れたかしら?」

 

 ひとりで世界を救うに足る、という言葉も疑ってはいないだろう。

 エレナはその言葉を信じたうえで、彼女にその魔術師に憧れるかと問うた。

 疑問の余地すらなく、オルガマリーは静かに首を横に振るう。

 

「―――いいえ、わたしは魔術師だもの。世界は誰かが救ってくれればいい。

 救ってほしいと願っても、救いたいとは思わない。だから、別に憧れる必要もなかったわ」

 

「あら? じゃああなたは世界を救うのを諦めるの?」

 

 エレナが傍に浮かぶ謎の飛行物体を呼び出し、そしてその手に本を取る。

 それが彼女にとっての戦闘態勢であると理解できる。

 戦闘は不可避。だがそれは、彼女が出した答えを伝えてからの話だ。

 

「……そもそもわたしは挑戦さえしてなかったのよ。だから、簡単に膝を折れた。

 今だって世界を救うための戦いなんて無理よ、わたしはそんなに強くはなれない」

 

 規模が大きすぎる。彼女の器に納まりきらない問題だ。

 無茶してどうにかなるレベルじゃない。

 人理焼却という案件は、オルガマリー・アニムスフィアの処理能力を超えている。

 それを恥とも思わないし、当たり前の話だろうとさえ開き直れるつもりだ。

 

「ではなぜ、あなたはここにきたの?」

 

 自問自答で出した答えを、その問いかけに対してオルガマリーは返す。

 

「―――わたしは人理継続保障機関カルデア、その最高責任者。

 わたしのカルデアに所属する者が、世界を救うために命を懸けると言っている。

 だったら……わたしの立場なら、そいつがその目的を果たすまでは、わたしが責任をもって見届けなきゃいけないでしょう? わたしが願った。あいつらが応えた。だから……わたしはせめて、見届けることからはもう逃げない……最後まで」

 

 一瞬、オルガマリーの視線がマシュへと飛んだ。

 それを理解しつつ、少しだけ困ったように彼女が微笑みを浮かべる。

 

 その様子を見て、エジソンが椅子から立ち上がった。

 

「―――なるほど。その覚悟は称賛するべきか。

 あるいは先の挑発と合わせて宣戦布告と受け取り言い返すべきか」

 

「宣戦布告? 冗談言わないで、してきたのはそっちでしょう?

 トーマス・エジソン。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 エジソンを睨み付け、彼女は大きく手を振るい自身の後ろにいる者たちを示す。

 その視線の強さを見て、白いライオンは微かに唸る。

 

「む……」

 

「エジソン。どうするの、あなたはどう言い返す?

 あなたが選んだアメリカだけを生かす道で、どうやって彼女のわがままをねじ伏せる?」

 

 開いた魔術書をふわりと浮かべながら、エレナはエジソンに問いかける。

 二人の女性から視線をもらっているエジソンは、背後の味方に視線を向けた。

 

「ブラヴァツキー、キミはどっちの味方だね」

 

「もちろんあなたの味方よ、大統王。けれどねエジソン。

 彼女がこの場で見せた感情は、本来はあたしたちが英霊として背を押してあげなきゃいけない意思だった。それをねじ伏せる以上、あなたはそれに足る扇動をするべきでしょう?

 世界までは救えないからアメリカだけ逃がす以上、元からこちらが敗走者だもの。敗走を前進だと誤認させないまま彼女たちに挑めというのは、あまりにも酷というものよ」

 

「それは……」

 

 エジソンが背後からかけられる言葉に歯軋りした。

 その肩の電灯がちかちかと明滅し、彼の精神状態らしきものを表現する。

 追い打ちをかけるようにエレナの言葉は続く。

 

「この際だから言ってしまうけれど、あなたはいつだって挑戦者だったじゃない。

 何度失敗しても次に挑戦する。成功するまで挑戦する。それがあなたが世界を変えられた理由なのに―――今、あなたのその精神が正面から負けているのよ。

 この国を代表しながら、フロンティアスピリットっていう面で完敗してる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「本……格的に、どちらの味方だブラヴァツキー! 私を責めているようにしか聞こえないぞ!

 言いたいことは分かる! だがそれは……!」

 

「失敗したので再挑戦、とはいかない。分かってるわよ、だからあたしだってあなたに従う。

 だからせめて、彼女のように宣言して。アメリカ軍の王として。

 あたしたちは唯一助かる可能性のある道を選んで、そのために戦っているのだと」

 

 それができないのであれば、そもそも現時点で負けているということだ。

 

 いや、()()()()()()

 人理焼却が達成された時点で人類は敗北している。

 だったら必要なのは負けない強さでも、勝利できる強さでもない。

 敗北から立ち上がり、それを跳ね除けて前に進める強さだ。

 

 少なくとも人理を救う旅をしている者たちの長である彼女はそれを示した。

 

「だが……いや、よかろう! ならば、そこまで言うならまずは見せてもらおう!

 キミたちが世界を救える、などと思い上がるだけの力を!」

 

 エジソンが叫ぶと同時、ホワイトハウスが震撼した。

 同時に戦闘の余波で天空から降り注ぐ熱波が激突して、その場の窓ガラスが一気に砕け散る。

 

「カルナ君を倒せる、というのであればそれがただの戯言ではないと認識しよう!

 だがそれすらできないのであれば、世界など救えるはずもないのだから!」

 

 窓の外。二つの人影が大地に墜落して炎の柱を立てる。

 太陽の熱量をもって立ちはだかる大英雄カルナ。

 それとジオウらの激突を前にして、オルガマリーは引き攣り気味に笑みを浮かべる。

 

「勝つわ、絶対に」

 

 強がるように。祈るように。信じるように。

 そして同時に、確信をもって。

 断言する彼女の姿を見て、エジソンが小さく息を呑んだ。

 

 

 




 
ぶっとばすぞぉ…(牢屋の中の幻聴)
 


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本音と恐怖と施しの英雄1931

 
久しぶりにRXを見てたら霞のジョーにセイラさんって恋人がいたので初マンホールです。セーラさん!
でもその回がRXのシャドームーン初登場回なのでそれどころじゃないです。
 


 

 

 

 両腕のブースターを噴射し、ロケットの如く空を翔けるジオウ。

 それを追撃するのは、炎の翼を噴射しロケットの如く翔けるカルナ。

 二基のロケットは空中で幾度も交差し、遂には正面から激突した。

 

「―――ねえ! 何でエジソンに何も言わないの?」

 

 槍とブースターをぶつけ合い、空中で鍔迫り合いをしながらそう問いかける。

 

「無論、トーマス・エジソンという男は世界を照らした英雄だからだ。

 どのような屈折した道を辿ろうと、最終的にはそこへ辿り着くと信じるだけだ」

 

 返答と同時にブースターを押し込む勢いで振り抜かれる槍。それがそのままフォーゼアーマーの胴体へと直撃する。

 盛大に飛び散る火花とともに吹き飛ばされるジオウ。彼は即座に各部のブースターを噴射して体勢を整え復帰し、しかし直後に来襲するカルナの一撃に更に吹き飛ばされた。

 

「オレは彼に助力を請われ、そしてそれに応じた。ならば、それを果たすまでだ。

 お前が彼女にそうしたように、その願いの是非はオレからはあえて問うまい。

 進むと選んだ道の正否は、エジソン本人こそが決めることなのだから」

 

 炎とともに更にカルナが襲撃する。

 吹き飛ばされた勢いのまま回転を始めたジオウは、その回転の勢いのままブースターモジュールから手を放す。回転の勢いのまま投げ放たれた一撃が噴射でさらに加速。カルナを目掛けて、一直線に飛んでいく。

 

 迫りくるブースターを槍の一閃が迎え撃つ。

 弾いた衝撃に前進が止まるカルナ。

 押し留められた彼が微かに目を細めた先には、その彼に向けられる銃口があった。

 ジオウの手に呼び出されたジカンギレード。

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

「―――そっか。なら……勝つのは俺たちじゃない?」

 

〈フォーゼ! スレスレシューティング!〉

 

 ジカンギレードの銃口、そして片方残したブースターモジュールを反転させた噴射ノズル。

 その両方から攻撃が撃ち放たれた。ブースターからは今まで吸収した炎が噴き出し、ギレードからは無数のミサイルが不規則な軌道を描きながらカルナに迫る。

 

 体を翻し、自身に向かって伸びてくる火炎を回避。

 更に周囲から囲い込むように飛来するミサイルを槍でもって切り捨てていく。

 両断されて宙を舞い、そのまま爆散していくミサイル群。

 

「―――――」

 

「エジソンが世界はどうでもいいと思ってアメリカだけ救おうとしてるならいいけどさ。

 世界は救いきれないから仕方なくアメリカだけを選んだなら―――選んだ自分が一番、自分の正しさを信じられないでしょ?」

 

 帰ってきたブースターモジュールを掴み取りながら、ジオウはそう告げる。

 

「そうかもしれんな。だが、お前はどうだ仮面の戦士。

 結論が変わらぬと知りながら、進む道の決定を彼女に委ねたのは―――果たして、彼女たちへの信頼を理由とするものか? その言葉は何より、お前がお前に向けたものだろう」

 

 そう言い返し、カルナが再び空を翔ける。

 言われたジオウの動きが微かに鈍り、その瞬間に炎の流星と化した槍が彼を激突した。

 空中で大きく揺らぎ、体勢を崩されるジオウ。

 すぐさま体勢を立て直した彼がブースターを武器にカルナに対し逆襲する。

 

「誰よりも自分を信じようとしながら、お前の心には自分への疑念が常に渦巻いている。

 お前は信頼や友との絆という綺麗事を蓋にして、その疑念を心中に閉じ込める。だがそれは本来、閉じ込めて抱えておくべき感情ではなく、少しずつ解きほぐしていくべきモノだ。

 お前の方こそ誰より自分で理解できているのだろう。自分は高みに立つことはできても、前に進めてはいないのだと」

 

 ブースターと槍が弾け合い、その勢いのままジオウはきりもみ回転を開始した。

 ドリルの如く突撃を開始したそのロケットに一撃見舞われ、弾き返されるカルナの体。

 炎の翼で体勢を立て直し、彼は即座に切り返す。

 

 即反転して突き出された槍がフォーゼアーマーに捉え、火花を散らす。

 

「そう、かな……! 確かに俺だけじゃ前には進めなかったかもしれないけどね!」

 

 衝撃で背後に反った体を振り戻し、同時に腕のブースターを振り抜く。

 引き戻した槍でそれを受け、カルナは僅かに後退した。

 少しだけ離れた距離。その状況で、ジオウは腕を前に突き出して宣言する。

 

「―――でも俺は、みんなと一緒に俺の夢を叶える。俺は、世界の全てを救える最高最善の王様になる!」

 

 彼の言葉に、どこか納得したかのようにカルナは目を細めた。

 

「―――なるほど。お前の疑念は恐怖からか。

 世界を変革するという夢への憧憬と、世界の命運を左右できる力への恐怖。強すぎるほどの力が求められる願いを持ちながら、その強すぎる力に対し怯えてさえいる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 日輪を背負い、槍を構え直したカルナは表情を変えずに彼の心を見抜く。

 ただ平坦に語る彼を前に、ジオウはブースターを握る拳を握り直した。

 

「オレが見た限り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 オレの持っているお前たちに対する情報は多くはない。が、それでも幾つか耳に届いたお前たちの会話から、ある程度の推測はできる。お前はクー・フーリンをサーヴァントとしていて、その彼は黒いクー・フーリンに討ち取られたのだろう?」

 

 微かに体を震わせるソウゴを前にし、しかしカルナの口は止まらない。

 

「お前がまず怯えたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()ことだろう。

 自身の二面性にこそ怯えるお前に、それは何よりも衝撃だったろう。そしてまず真っ先に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それこそがお前の二面性の証明たりえるからだ」

 

 フォーゼアーマーが変形し、ロケット形態へと変形する。

 そのままブースターを吹かし、高速でカルナへと向かい突進した。

 日輪の炎を推力に、それを正面から受け止め拮抗するカルナ。

 

「そんな、ことは……ない!」

 

「嘘だな」

 

 たったの一言で両断される。ジオウの仮面の下、ソウゴの顔が苦渋に歪む。

 

 ―――ライダーの力を継承するたびに、自身の力が膨れ上がっていくのを感じる。

 その力は最高最善の魔王になるためのものだと確信している。そのつもりだ。

 けれども、もしいつかそれに呑まれてしまったら?

 最低最悪の魔王になるのかもしれない。自身の目で一度見た、あのツクヨミたちが生きていただろう時代を滅茶苦茶にしたオーマジオウのように。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その考えが消えない。けれど、それは―――

 

「お前がそう苦悩していること自体が、お前を信じる者への裏切り……か。

 その不安を口にして吐き出すことすら、信じてくれる者への裏切りと感じるのだろう。確かにお前に信頼を預けていた者が、お前からそう白状されれば失望する者もいるかもしれん」

 

 槍を捻り、ロケットを受け流す。

 そのまま流れるように槍を叩き付けられたフォーゼアーマーが機首を地上に向けて落ちていく。

 即座にその後ろから追い縋るカルナが、更に槍の一撃を突き出した。

 槍にやられた脚部のブースターから火を噴き、墜落していくジオウ。

 

「ぐ、ぅっ……!」

 

 手に火球が浮かべ、それを無数の炎弾と変えて撃ち放つカルナ。

 炎は落下中のジオウに追いつき、その全身に直撃していく。

 吸収しきれなくなった炎をブースターから噴き上げ、地面へと着弾。

 地面から炎の柱を立ち昇らせながら、ジオウは大地に伏した

 

「ぐ、あ……ッ!」

 

 地面に半身を埋めたジオウの体を包むフォーゼアーマーが消えていく。

 素体に戻ったジオウのすぐそばにカルナが着地する。

 

「だがそれが当たり前だ。

 己の在り方を他の誰かに期待されたところで、本人にとって何が変わるわけでもない。

 お前の思い描く未来の姿が何であれ、それを期待できるのはお前だけだ。

 だからこそ、お前のその感情は詰んでいる。分かっているはずだ」

 

 黄金の槍を軽く振るい、残火を散らす。

 地面から起き上がろうとするジオウを見据え、カルナは言葉を続ける。

 

「お前はいま、仲間の存在で恐怖を誤魔化しているだけだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 お前の言う世界を救う王とは果たして、臣下を動かすだけで何かを成す王のことなのか?」

 

 そのまま歩み続けていたカルナがジオウの元まで辿り着く。

 ゆるりと引き絞られる黄金の槍。

 それが彼の胸を目掛け、放たれて―――

 

 炎の剣と、雷の剣が同時に彼を来襲した。

 槍で受け止めるもその勢いのままに大きく後ろに吹き飛ばされるカルナ。

 彼は地面を滑る体を押し留め、乱入してきたネロとモードレッドに視線を送る。

 

「ふむ」

 

 槍を構え直しながら、彼の視線は二人のセイバーに向かう。

 

「ソウゴ!」

 

 体を起こそうとしているジオウに寄り添い、ツクヨミが彼を起こそうとする。

 アーマーから土を落としながらゆっくりと起き上がるジオウ。

 震えているその肩を見て、ツクヨミは顔を渋くした。

 

「あなたの言う最高最善の魔王っていうのは、所長さんからの期待を裏切るような王様なの!?

 本当に、あなたが私たちの知っているオーマジオウにならないっていうのなら……! そんな考えは跳ね除けて、守るべきものを守れる王様になってみせなさい!!」

 

 ツクヨミの発破を聞き、微かにカルナが眉を上げる。

 しかしすぐさまその表情を元に戻し、ネロとモードレッドとの対峙に意識を戻した。

 そんな彼の目の前でジオウが立ち上がる。

 そして、彼の手の中には新たなライドウォッチが握られていた。

 

〈ダブル!〉

 

 フォーゼからダブルにライドウォッチを変更する。

 そのウォッチを装填したドライバーを回転待機状態にし、彼は叫ぶ。

 

「俺は……! 未来をあんな世界には絶対させない……! 俺たちは世界を救う―――!

 俺が王様になりたいのは……世界の全部を良くしたいからなんだから!!」

 

〈アーマータイム! ダブル!〉

 

 ジクウドライバーの回転と同時、二機のメモリドロイドが出現。

 それがアーマーへと変形し、ジオウの上半身へと装着される。

 インジケーションアイが“ダブル”と変わり、ジオウはダブルアーマーへと換装した。

 

「俺は、オーマジオウになるなんて罪は絶対に犯さない……!

 ライダーの力は、誰かを助けるためのものなんだ……! カルナ……ごめん、タイマンっていうのは無しにしたい。俺はひとりじゃあんたに勝てない、みんなの力を……借りたい!」

 

 風の鎧を渦巻かせながら、ジオウはカルナを見つめる。

 問われた彼は何のことはないというように、その問いに対して答えを返した。

 

「元より、オレひとりでお前の相手をしていたのはこちらの都合だ。

 お前がお前の仲間の力を借りることに何を謝る必要がある」

 

「……ありがとう。ツクヨミ、ネロ、モードレッド……力を貸して!」

 

 体の調子を確かめるように左腕を持ち上げ、軽く捻った。

 そうしながら声をかけた二人の戦士の声が返ってくる。

 

「うむ、任せておけ。まったく、そなたは色々抱え込みすぎではないか?

 もう少し気楽に生きればよいものを」

 

「はっ、アーサー王を超えるなんて息巻いておいて情けないこった。

 ま、ロンドンでの借りを返す意味で今回ばっかりは手伝ってやるよ―――!」

 

 雷とともにクラレントが奔る。

 それをカルナが受けると同時、炎の剣が横へと回り込み彼を襲撃した。

 モードレッドの押し込みを堪えていた体から力を抜き、素直に吹き飛ばされることでネロの剣閃から距離を取る。

 

 その瞬間、カルナを目掛けて赤い光弾が放たれていた。

 そちらに一瞬だけ目をやり、光弾に向け軽く指を向ける。迎撃のために形成される炎の弾丸。それが放たれ、ツクヨミからの銃撃を全て撃ち落とす。

 

「はぁああああ―――ッ!」

 

 炎と赤い光が相殺しあう中を、風を伴いジオウが走る。

 放たれる太陽の熱を風で逸らし、彼は黒い光を帯びた拳を叩きこんだ。

 防ぎ切れず、その胸に渾身の一撃を受けるカルナ。

 だがそれは黄金の鎧による守りを突破するには足りず、彼の表情を変えるには至らない。

 

 そのまま飛び立とうとするカルナ―――

 

「いざ開け、“招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)”―――!」

 

 が、その場に天井を設けられて微かに眉を顰めた。

 薔薇の皇帝の有する黄金劇場が、その戦場を塗り替えていく。

 

 そして豪華絢爛な景観を背負いながら薔薇を散らす皇帝の隣で、雷が立ち上る。

 展開するクラレントから解放される血色の光。

 鮮烈なまでに輝く真紅と、邪悪なまでに暗い深紅が混じり合って弾け飛ぶ。

 

「この場所ごと行くぞ―――!」

 

「致し方なし! 余は許す!」

 

 愛剣“原初の火(アエストゥス エストゥス)”を床に突き立てながら、ネロはその光の解放を許可する。

 それに僅かに口の端を吊り上げたモードレッドが、雷を伴う血の刃を形成しながら邪剣と化した王剣を振り被った。全力を乗せた一歩を踏み切ると同時、彼女の咆哮が轟く。

 

「“我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)”―――――!!」

 

 瞬間、その場に溢れる血色の極光。

 そのまま劇場ごとぶち抜かんと迸るそれを前に、カルナは槍を構え直すと同時―――

 投擲の姿勢へと移行していた。

 

 日輪の炎を纏い、黄金の槍は圧倒的な熱量の塊と化していく。

 

「王剣か。それほどの剣との撃ち合いとなれば、こちらも相応をもって対抗せねばな。

 我が身を呪え、“梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)”――――!!」

 

 カルナの宝具が解き放たれる。目の前に迫る雷と赤光の奔流の中に。

 その瞬間に、それは地上の太陽と化していた。

 クラレントが放ち続ける暴虐を逆に呑み込み、投げ放たれた炎の槍は一直線にモードレッドを目掛け逆流してくる。

 

「ッ……!!」

 

「っ、これほどか……ッ!」

 

 ここがネロの絶対皇帝権内である以上、弱体化はしているはずだ。

 だというのにカルナの一撃は容易なまでに、クラレントの一撃を凌駕した。

 迫りくる太陽を押し留めるために死力を振り絞るモードレッド。

 徐々に押しやられる勝負の中で、彼女は強く歯を食い縛る。

 

 槍を手放したままに着地するカルナを目掛け、ジオウが殺到する。

 風とともに迫る彼に視線を向けると同時、日輪を思わせる形状の鎧の一部が動作しカルナの前に展開した。その鎧に叩きつけられたジオウの拳は、彼まで届かない。

 

「っ……!」

 

「武具など前座。真の英雄は眼で殺す―――!」

 

 鎧で受け止めたジオウを前に、カルナが白い髪を掻き上げるように手を持ち上げた。

 その体勢のまま彼は鎧を動かすことでジオウの拳を弾き、同時に眼を見開く。

 溢れる熱量が収束し、光線と化して目前に立つジオウを打ち砕かんと迸る。

 

 ドッ、と空気が爆ぜ、風を灼き払う熱線が殺到した。

 カルナの眼から放たれる光線は直撃。ダブルアーマーを焼却せんとその熱量を昇華する。

 

 その一撃を前に、即座にジオウはアーマーの色を変えていた。

 緑は黄に染まり、黒は鉄に変わり、その光線を鉄と化した鎧でもって受け止める。

 今にも溶断されるのでは、というほどに一瞬のうちに赤熱する鋼鉄の鎧。

 

 それを―――

 

〈マキシマム! タイムブレーク!!〉

 

 限界を引き延ばすために行われるドライバー操作。

 ダブルウォッチがエネルギーを発散し、アーマーのパワーを限界まで発揮させる。

 ジオウは体を捻りながらショルダーアーマーを分離。

 その反動で攻撃から弾き飛ばされ、カルナの放つ“梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)”の内側へと体を捻じ込むように突進してみせた。

 

 同時にジオウから離れた鉄のメモリドロイドは光線を浴びせられた勢いのまま吹き飛び―――しかしそれを、幻影の魔力を帯びた黄色のメモリドロイドが腕を伸ばし、掴み取っていた。

 ぐいん、と思い切り光線の軌道から引っ張り出される鉄のメモリドロイド。

 

 それが、引っ張り出された勢いのままに思い切りカルナに投げつけられた。

 飛来するのは灼熱する鋼鉄の鎧。自分を目掛けて飛んでくるメモリドロイドを黄金の鎧で打ち払いながら、目から放つ光線を撃ち切ると同時―――再びジオウへと視線を向ける。

 

 ―――カルナの宝具に焼き尽くされた黄金劇場が崩れ落ちていく。

 クラレントを容易に押し切る太陽の槍はその距離を詰め切り、そのままモードレッドを滅ぼさんと炎を上げる。

 その一撃が彼女に届く、ほんの寸前に。

 

「“童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)”―――――!!」

 

 劇場が完全に崩壊する直前、真紅の刃が太陽の槍に横から突き立てられた。

 お世辞にも拮抗しているとは言えぬまでも、しかしクラレントの光がその一撃を押し留めているのであれば。横合いから衝撃を叩きこみ、逸らす程度はしてみせるという判断。

 

 横から全力で叩かれ、その一撃によって微かに軌道の逸れた槍が、モードレッドを狙う軌道を逸れて突き進む。そうして、背後の大地に激突した。

 その着弾の結果、黄金劇場を消し飛ばしなお留まらぬ爆炎がアメリカ大陸を震撼させる。

 

 クラレントで削ってなお余りある爆炎の乱舞。

 その発生を理解し、大きく舌打ちするモードレッド。

 

「チィッ……!」

 

 槍を逸らした直後から即座にモードレッドは動いていた。

 その爆発はツクヨミが巻き込まれる範囲の大爆発だと理解していたから。

 オーバーロードして白煙を上げるクラレントを手に、彼女は兜を被り直しつつ即座に彼女の前に飛び出して―――

 

「“疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”―――!!」

 

「“我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)”―――!!」

 

 爆炎の拡大、その前に二つの守護の光が立ちはだかったことで守られた。

 下手をすればホワイトハウスごと呑み込むのでは、というほどに爆炎は広がっていく。

 それを防ぎ、炎を逸らしてみせるのは、光の盾と神の御業の再現。

 

「二人とも、どうしてこっちに……!?」

 

 守られたツクヨミがその二人の登場に疑問の声を上げる。

 

「所長が伝えるべき言葉は伝えてきました……!

 なのでこれからは、それがわたしたちの意思だと示すための決戦です……!」

 

 盾を振り抜き、寄せくる熱量を振り払いながらマシュがそう口にする。

 

 ―――同時。

 ジオウに視線を戻したカルナの背後で、二頭の白馬が嘶いていた。

 戦車に乗ったブーディカによる突進。

 彼女の手の中で剣が光を帯び、その光を収束して弾丸と成す。

 

「―――ソウゴ!」

 

 声を上げるのは戦車に同乗する立香。

 ジオウを見据えながら微かに目の端を上げたカルナが、軽く腕を振るう。

 彼の頭上に光の槍が出撃し、その矛先はブーディカの戦車へと向く。

 

「っ、“約束されざる勝利の剣(ソード・オブ・ブディカ)”!!」

 

 小さく舌打ちしたブーディカが振るう剣。

 その刀身から無数の光弾が放たれ、同じく無数の光の槍と衝突して炸裂した。

 

 右肩だけにアーマーを装着したジオウがジカンギレードを取り出し、更にウォッチを出す。

 取り出すのはドライブウォッチ。それを装填し、思い切り振り被る。

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

 戦車とジオウに挟まれたカルナが視線を巡らせ、背負った日輪の火力を増す。

 横に伸ばした手。そこを目掛け、投げ放っていた黄金の槍が飛んで戻ってくる。

 たとえ挟み撃ちが成立したところで、それを正面から凌駕する。

 それだけのことができると、確信がある。

 

「―――それでも俺は! 力と未来を捨てる道じゃなくて、力と一緒に未来を変える道を選んだんだ! 今の俺に未来を変えられる確信はないけれど、だからこそ!!」

 

 ドライブウォッチを装填したギレードを、ジオウが思い切り振り抜いた。

 カルナの表情が僅かに驚愕を浮かべ、その瞬間。

 彼が引き戻そうとしていた槍と、ジオウが投げ放った剣が激突して弾け合う。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 青いメモリドロイドは腕を器用に使い、掴んだギレードをジュウモードに変形する。

 

「――――ッ!」

 

 カルナもまた即座に弾き返された槍に手を伸ばそうとし―――

 その槍を、ホワイトハウスから放たれた一筋の矢が更に大きく弾き飛ばした。

 そちらに視線を向けずとも、その下手人が誰かなど理解できるに決まっている。

 この期に及んでこの一手。森の狩人を称賛しつつ、カルナは小さく笑った。

 

 もはや戦車がこちらに来るまでに届かない、と目を細めながら彼は周囲に光の槍を形成する。

 

「ブーディカ!!」

 

〈ドライブ! スレスレシューティング!〉

 

 ソウゴが吼えると同時、青のメモリドロイドがトリガーを引く。

 ギレードのマズルから放たれるのは、エネルギーで形成された真紅のマシン。

 少しだけ困ったような表情をした彼女はしかし、すぐさま手綱を強く握りしめて叫んだ。

 

「“約束されざる守護の車輪(チャリオット・オブ・ブディカ)”―――――!!!」

 

 戦車と真紅のマシンが重なって、ひとつとなってカルナを目掛けて疾走する。

 解き放たれるカルナの射出する光の槍はしかし、その真紅の車体に弾かれ通らない。

 カルナは黄金の鎧を稼働させ、前方に突き出した。

 

 ―――鎧と戦車が激突する。その一撃に、ついに彼は表情を大きく変えた。

 ガリガリと地面を削りながら押し込まれていくカルナの姿。

 

「―――俺は、俺の未来を信じる!!!」

 

 右肩のみのアーマーが緑に染まり、その腕に風の刃を作り出す。

 その風纏う手刀を振り上げて、ジオウは押し込まれてくるカルナに向け突撃した。

 

 トライドロンに包まれた戦車を受けながら、背後から迫りくる暴風へ意識を向ける。

 その体勢でありながら背後に炎を迸らせ、迎撃せんと火力を上げるカルナ。

 だがジオウはその炎の渦の中に踏み込むまではいかず、その腕を思い切り下からすくい上げるように振り上げた。

 

 風が暴れる。ジオウの腕から凄まじい勢いで奔った竜巻はカルナの炎を一瞬剥がし、その体を大きく空へと吹き飛ばしていた。

 直接叩き込むつもりと判断していた彼が、僅かに困惑し―――理解する。

 

 空へと吹き飛ばされた彼の眼下で、戦車が急ブレーキをかけ、ジオウの左肩にアーマーが合体し、そして―――叛逆の騎士が破滅の王剣を振り上げていた。

 

「“我が麗しの(クラレント)―――――!!」

 

 先の死力で尽くした力をマスターからの令呪で強引に埋め、そして彼女は顔を晒して燦然と輝く王剣の刃を血色に染めて極光を解き放つ。

 

父への叛逆(ブラッドアーサー)”―――――!!!」

 

 振り下ろされる。天を衝くほどに迸る血色の光が成す刃。

 黄金の鎧により守られたカルナに、その一撃が確実に直撃する。

 その瞬間に解き放つ炎と変じる魔力の放出。

 アメリカの空で太陽の如き炎と王剣の極光が衝突して、天空を覆うほどの爆炎を咲かせた。

 

 

 

 

「な……」

 

 その光景をホワイトハウスの中で見上げ、エジソンは息を呑んだ。

 彼がこの陣容を維持するために発電している魔力。それによってカルナはほぼ万全。

 けして、魔力不足で力が発揮できないような状態にはならないはずだ。

 だというのに彼らは、カルナと渡り合っている。

 

 一対多だから、と言ってしまえばそうだろう。

 だがエジソンの試算からすれば、それですら不可能という判断があった。

 

「いや、いや! 確かに彼らはカルナ君と戦えている……!

 だがそこまでだ! カルナ君でさえ届かない、正真正銘の怪物が相手だぞ!? 誰にも気付かせず地球の歴史を焼却し、これだけのことを既に達成した者たちが相手だ!

 ここで勝てたとして、次の特異点は勝てるのか!? その勝利を保障できるのか!?」

 

 ホワイトライオンの声が轟く。

 その声を向けられながら、オルガマリーは小さく息を吐いた。

 そしてそのままエジソンと視線を合わせ、断言する。

 

「―――出来ます」

 

「―――――」

 

「……わたしたちは人理継続保障機関カルデア。

 100年後の未来まで、人類が文明を灯していることを保障することこそが使命。

 だからこそ……わたしは言います。わたしのカルデアは、わたしたちの生きていた時代から100年先まで、人類を存続させるものなのだと……!」

 

 言い切った彼女を前に、エジソンは頭痛を抑えるように頭を抱える。

 そのままふらふらとよろめき、近くの椅子にどかりと座った。

 そんな彼の様子に対し、エレナがちらりと視線を向ける。

 

「どうするの、エジソン。

 全員カルナの方に行ってしまったことだし、彼女を人質にでもしてみる?」

 

 オルガマリーを人質にカルデアはアメリカに従え、などと。

 そう言われたオルガマリーがぎょっと体を竦めた。

 くすくすと小さく笑いながら、エレナはその冗談をすぐに撤回する。

 

「冗談よ。そんなことしようとしたら、怖いアーチャーに頭を撃ち抜かれてしまいそう」

 

「……そのようなことをする気はない。そのような方法では意味もない。

 だが、根拠のない自信に未来を賭けることこそを恐れて……!」

 

「なぜ根拠が必要だと思うのですか?」

 

 問いかけられ、エジソンが言葉を詰まらせる。

 

「未来に根拠がないのはいつの時代に生きた人間だって同じだったはずです。

 2015年で行き詰まる、と告げられた人間たちにはその壁を壊す挑戦の機会すら与えられない、と?」

 

「いや、それは……」

 

「―――あなたたちにとっては遠い未来の世界でも……

 わたしたちにとっては生きている今の、明日を守る戦いなのです」

 

 大きな手でライオンの顔を覆い、彼は肩を震わせる。

 彼の精神状態を表すかのように肩部のランプがちかちかと明滅した。

 

「―――ブラヴァツキー、()()は間違っているのか?」

 

「間違っているか間違っていないか。そんなもの、最初から正しい答えがあるものじゃないと分かっていたでしょう? 正しいといえば正しいし、間違っているといえば間違ってる。

 ただの合理性の問題だもの。全てを救えないなら一部、アメリカだけでも。あたしたちの行動はそれだけだった。だから結局のところ……トーマス・アルバ・エジソン。今を生き、明日のために戦う彼女たちの言葉を受けて、あなたが何を思うかだけなのよ。あたしもカルナも、あなたが選ぶ道に従うと言っているでしょう? それはどうあれ、あなたがどの道を選ぶにしろ、そこに人間を救うためという真摯な意志があると知っているから。

 ……別に責任を押し付けたいつもりじゃない。あなたの選択に罪があるというのなら、あなたの判断に従うあたしたちにも同じだけの罪がある。だから、あなたはあなたの思うように、正しいと思える答えを選べばいい。エジソン、今までずっとあなたはそうしてきた。だからあなたは、世界を照らした英雄……()()()と呼ばれたのでしょう?」

 

 エレナに視線を向けるエジソン。

 彼女の言葉は、大統王に対してではなく発明王に対してのもの。

 それがどういう意味なのか分からない彼ではなく……

 大きな手が、白いたてがみをぐしゃぐしゃとかき乱した。

 

「ぬぅ……ぐぉおおおお……ッ!」

 

 そうして苦悩する彼の前で―――地上に真実、太陽が出現した。

 

 

 

 

 炎熱の壁を突き抜けたクラレントの一撃に直撃し、なおカルナは空にいた。

 光そのものである黄金の鎧には損傷すら見られない。

 だがそれでも徹ったダメージはあるのか、彼は僅かに表情を渋くしている。

 

「直撃であれか……! 正真正銘の怪物、いや神話の英雄であるな!」

 

 剣を構え直しながら、ネロが上空のカルナを見上げる。

 全力で王剣を解放していたモードレッドが盛大に舌打ちした。

 

「こっちの宝具受けといて平気な面しやがって……!」

 

 憎悪極まる視線をモードレッドから受けながら、カルナは状況を確認する。

 

 相手の守りはジャンヌ・ダルクとシールダー。

 その守護の堅牢さに疑いはなく、宝具以外での突破は難しいと言わざるを得ない。

 攻め寄せるネロとモードレッドの剣の鋭さもまた脅威だ。

 正面から撃ち合いで負けることもなく、彼の鎧は相手の最大火力すら防ぐ。

 とはいえ、ブーディカとアタランテのかく乱とともに振るわれる彼女たちの剣。それは自身の首を絶対に落とせない、などという自惚れを抱くつもりはない。

 そしてその弓の援護こそが、彼が一度投げ放った槍を拾いあげることすら阻む障害。

 

 地力で負けているつもりはないが、同時に彼らの戦いはカルナという英雄を攻略していると言える。アメリカの魔力発電規模にも限界はあるのだ、カルナが長々と戦い続ければいつかは盛大に崩壊する。

 カルデアの破綻が先か、アメリカの破産が先か、それはどう転ぶか分からない。だが、もしそこまで……行きつくところまで行ってしまえば、それはケルトと戦う前に国が破産して首が回らなくなっている、という結末で終わることになるだろう。

 

 ならばこれ以上は長引かせるべきではない。

 これからどうなるにしろ、早急なる決着をつける。

 アーマーを纏いなおしたジオウに向け、彼は視線を送った。

 

「現状でオレたちの勝機は限りなく薄くなったと言える。

 お前たちの気迫は、オレの攻めを凌駕するのかもしれん。だがオレもここで負けるわけにはいかない。エジソンが陣営としての勝敗をオレの双肩に懸けた以上、オレに敗北は許されない。

 ―――故に、オレは全身全霊をもってお前たちに必勝のための一撃を捧げよう」

 

 瞬間、カルナ自身が炎に包まれて炎上した。

 いや、正確には彼自身ではなく彼が纏う黄金の鎧が炎上している。

 

「なっ……!?」

 

 咄嗟にブーディカが戦車の手綱を引き、白馬を走らせた。

 後ろに掴まっていた立香をマシュへと投げ込みつつ走る戦車。

 守護の力を持つ二頭の白馬が、宝具解放の前兆でしかないだろう熱波を受け止めた。

 空が燃え、大地が融け、あらゆる全てが焼け落ちていく。

 

「これ、は」

 

「―――これぞ、世界を灼き尽くす神々の王の慈悲と知れ」

 

 体を覆う鎧が焼失し、その代わりに彼の手に出現する雷の槍。

 同時に彼の背後に、炎の眼が見開かれた。

 その手が雷の槍を握ると同時に、周囲に迸るプロミネンス。

 

 熱波の氾濫。炎の津波を前に、緑の風がその壁となりそれを逸らした。

 

「……勝手に未来に失望して、世界を壊すそれが慈悲だって言うのなら!

 俺は何度だって王様としてその慈悲の前に立つ! たとえそれが世界を壊すだけのものであっても、仮面ライダーの……俺たちの力は負けない!!」

 

 渦巻く風を纏いながら、太陽に臨むジオウ。

 その周囲の風が徐々に強くなっていく。

 光を放つダブルアーマーの姿を見据えながら、カルナは微かに眉を上げた。

 

 

 

 

「ん、な……! その宝具まで解放するなど、どういうつもりだカルナ君!?

 あれではカルデアは全滅は避けられない……!」

 

 そう叫び、砕けた窓に飛びつくエジソン。

 太陽の輝きに軽く目を伏せながら、エレナは背後のオルガマリーを振り返る。

 彼女は襟に手を当て、通信機を今まさに起動していた。

 

「……常磐。聞こえる?」

 

『……うん』

 

「おお、通信機! ああ、とりあえずは休戦だ。まずは双方、頭を冷やすべき状況だ。

 熱狂は理性を削り、正常な判断を阻害する。とにかくもう一度会談のテーブルに……」

 

 思い切り振り返ったエジソンの声を無視し、オルガマリーは続ける。

 

「―――あなたは、どうしたい?」

 

『……うん。俺は―――――』

 

 窓から見える太陽の中心に、一際強い日輪が現れる。

 その日輪を背負うカルナの左肩から赤い翼がゆっくりと開いていく。

 

 大きく息を吸い込んだソウゴの声が、彼女の耳に届く。

 

『……最高最善の王様になりたい―――!』

 

「なら、勝ちなさい―――!」

 

 返答は即座に。そんな答えは分かり切っていた、とばかりに。

 一瞬たりとも迷うことなく、カルデアの司令官は彼の戦いの背中を押した。

 

「んなァッ!?」

 

 間の抜けたエジソンの声。

 その直後、太陽の姿が大きく歪んだ。

 

 

 

 

「インドラよ、刮目しろ。絶滅とは是、この一刺―――――!」

 

 カルナが雷光の槍を手にした腕を振るう。

 穂先を向けられるのは、地上に立つジオウに他ならない。

 そこに立ち並ぶ全てのサーヴァントが宝具の最大出力を発揮するため、身構える。

 

「灼き尽くせ、“日輪よ(ヴァサヴィ)―――――!!」

 

 雷光の槍が臨界に達し、絶対破壊の一撃を解放せんと突き出される―――寸前。

 カルナが何かに気付いたかのように、その身の動きを止めた。

 インドラの槍が力の解放しどころを失い、刀身から稲妻を迸らせる。

 

 そうして彼が、小さく一言。

 

「―――オレたちの負けか」

 

「ストォ――――――――――――ップ!!!」

 

 雷光が奔ると思われた戦場に雷音が轟いた。

 遠く離れたホワイトハウスからでも届く、凄まじい轟音の雄叫び。

 それは、カルナたちの敗戦を示していた。

 

 

 




 
こんなことをしている間にもボドボドで死にかけてるラーマくんがいるんだなって。
だが私は謝らない。
 


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分散と合流と錬金術2010

 

 

 

「歴代大統領を併せた召喚?」

 

「……ああ、本来この地に召喚されるはずだったのはアメリカの象徴。

 歴代の大統領となった人物たちだったのだ。だが彼らはケルトとの戦争に関して考察した結果、大統領そのものが呼ばれても戦況は覆せないと結論した」

 

 うなだれているエジソンはそう言いながら、自分の胸に手を当てる。

 

「そこで選ばれたのが私だ。神話の存在でなく、世界の文明を繁栄させたアメリカの誇る英霊……その私に大統領たちの力を集約し、ケルトを打倒するためのアメリカの指導者とする。

 それこそが……」

 

「だから、発明王じゃなくて大統王?」

 

 立香がなるほど、と言いながら何となく頷いてみせる。

 そんな彼女が話を遮らない! とオルガマリーに軽く手を振るわれた。

 

「……うむ、そうだ。世界を照らした発明王ではなく、アメリカの国益を最優先する大統王……それこそが私だったのだろう。

 ……勝ち目がない、と思っているのは嘘ではない。今もその考えは拭えない。

 ―――だが、今に敢然と立ち向かう人間たちに対して諦めろと告げるのは……違う、恐らく違うのだ。そうだろう、ブラヴァツキー?」

 

「まあ、そうね」

 

 彼の後ろで背中をさすっているエレナが、問いに対して答える。

 それを聞いたエジソンがライオンの顔を大きく持ち上げた。

 

「そうだとも……! 既に時代が……道が途切れている、というのなら新しく作ればいい。

 一度掛けた橋が流されたならば、また新しく掛けなおせばいい……!

 その挑戦、その飽くなきチャレンジ・スピリッツこそが人の文明を強固にしてきたのだ! そうだろう、カルナ君!」

 

「そうだな」

 

 エジソンの背後に控えたカルナが、彼の言葉に頷いた。

 椅子でうなだれていた彼がいきなり立ち上がり、大音量を発声する。

 

「私たちこそが人理の、人の文明の礎だったのだと!

 それを私たちより未来の時代に生きる偉大なる若者たちが証明せんと戦うのであれば!

 偉大なる先達として我々は、その背中をきっちりと見せねばならなかった!

 ならば、今から私はそうしよう! これまでの道のりに失敗があった。ならばそれを修正し、新たな戦いへと挑むのがこの私だ!

 このトーマス・エジソン、誰よりも失敗した男であるが故に誰よりも成功した男であるのだから! なあ、ブラヴァツキー! カルナ君!」

 

「そうね」

 

「ああ」

 

 気炎を上げるエジソンから離れ、エレナがオルガマリーの方に近づいてくる。

 

「とりあえず、今日は休んでちょうだい。カルナと戦って疲れてるでしょ?

 こちらも修理や何やらやらなきゃいけないことがいっぱいできたし。

 案内するわ、ついてきて」

 

 そう言って答えも聞かずに歩き出すエレナ。

 少々戸惑いつつも、とりあえずついていくことにする一行。

 玉座の間から廊下に出ると、すぐさま彼女は謝罪の言葉を口にした。

 

「ごめんなさいね、急がせて。

 エジソンは多分今から自己嫌悪で頭を抱えて転がり始めるから……」

 

「転がり……?」

 

 まあ気持ちは分からないでもない、と。オルガマリーは追及することを止めた。

 

「―――とりあえず。我らも今後のことをきっちり決めるべきだろう。

 マスターたちには休んでもらってもいいが……

 この大陸の詳しい状況だけは、先に説明しておいてもらいたい」

 

 アタランテがそう言ってエレナを見る。

 

「それはいいけれど……あなたたちも休まなくて大丈夫?」

 

 そう言うエレナがサーヴァントたちを見回す。

 主に見るのはモードレッドだ。あからさまに機嫌が悪い、と伝わってくる。

 

 そんな彼女に対して、後から玉座の間から出てきたカルナの声が向けられた。

 

「必要とあらば、オレが直接話を聞こう。オレ個人との決着をつけたい、というならばもちろん喜んで応じよう。

 ただ、それはエジソンの願いである世界の救済を果たしてからになるが」

 

 ギロリ、と目を鋭く尖らせてカルナを睨むモードレッド。

 鎧と魔力放出だけでクラレントを凌いだ彼は、その戦闘後だというのに涼しい顔をしている。

 それが更に気に食わない。

 

「だがその目的の後に必ず戦える状態である、と確約するのは難しい。

 黒いクー・フーリンに関して言えば、仮にオレが一騎打ちに持ち込めたとして勝率は一割もないだろう。無論、他のケルトの戦士の介入があれば更に難しくなる」

 

「……あなたでも?」

 

 愕然とした様子で口を開くツクヨミ。

 地上に顕れた太陽そのものであった彼をして、一割すら勝率を確保できない相手。

 それがあの黒いクー・フーリンだという。

 

「ああ、故にオレたちは……」

 

「カルナ、ストップ」

 

 エレナに言われ、口を噤むカルナ。

 軽く溜め息を吐きながら、エレナは周囲を見回した。

 全員休む気は無さそうだと判断し、彼女は向かう先に全員座れるだろう大部屋を選択する。

 

「……まったく。とりあえず着いてきて、ちゃんと座れる場所で話しましょう?」

 

 

 

 

「黒いクー・フーリンには変身能力が備わっている」

 

 全員が座るや、早速とそう切り出すカルナ。

 それを聞いて頷くカルデアの面々の中、ソウゴはコダマスイカをテーブルの上に転がした。

 

〈スイカアームズ! コダマ!〉

 

「あら、かわいい」

 

 それを見たエレナにそう言われ、照れるように腕を振るコダマスイカ。

 彼はひとしきり照れると、頭から光を放ち映像を空中に投影した。

 それはクー・フーリンが黒いクー・フーリンに討ち取られる光景だ。

 

 そこには黒いクー・フーリンだけでなく、ケルト軍のサーヴァントが多く映っていた。

 その中にアーチャーの姿を見つけ、カルナが目を眇める。

 そもそも確認できる人数自体に驚いたのか、エレナが声を漏らした。

 

「……多いわね、ケルト軍」

 

「こちらが確認したのは、聖杯所有者である女王メイヴ。黒いクー・フーリン。

 そしてフィン・マックール、ディルムッド・オディナ、フェルグス・マック・ロイ。

 ―――それとあと、真名不明のアーチャー……」

 

「アルジュナだ」

 

 オルガマリーの声に割り込み、そのアーチャーの正体を明かすカルナ。

 その名を聞いたマシュが目を見開いた。

 

「アルジュナ……!? カルナさんと同じ、マハーバーラタの大英雄……!

 カルナさんの異父弟で……その……!」

 

「オレを殺した男だ。……そうか、奴があちら側か」

 

 彼にしては相当に難しい表情を浮かべ、カルナは呟くように言った。

 正体が判明したそのアーチャー……アルジュナの姿を見ながら、ネロもまた難しいという表情。

 

「……貴様と同格以上となれば、相当難しい相手だろう。その上、それらの頂点に立っているのは黒いクー・フーリン。

 うむ、どこから突き崩せばいいのかまるで分からぬ」

 

「まあ。順当に考えるなら狙うべきは女王メイヴ、なんだけど」

 

 肘をテーブルに突き、頬に手を当てるブーディカ。

 

 聖杯の所有者を負かし、聖杯を奪取できれば時代の修正は叶うはずだ。

 もっとも敵の陣容から考えるに、そんな簡単に行く話ではないだろう。

 

 片目を瞑りながら映像を見ていたエレナがふむ、と顎に手を当てる。

 

「……少なくとも金髪と黒髪の槍使い……フィン、ディルムッドね。彼らは前線に出てくることがあるわ。あとはクー・フーリン自身が動くこともある。その都度、カルナに迎撃してもらっているのだけど。

 まあ前者はともかく、クー・フーリンは止められないけれどね」

 

 彼女の説明に首を傾げるジャンヌ。

 

「ケルトのサーヴァントは余り動いていない、ということですか?」

 

「少なくとも現状、西側ではね。恐らく東側の地盤固めをしているのかも。

 ケルト兵士は無数にいるけど、戦うこと以外をする存在じゃない。

 だから多分、ワシントンの整備をサーヴァントにやらせているのじゃないかしら?」

 

「なるほど……女王メイヴがトップならば、戦争がケルト軍の第一目標になっていなくても不思議ではない、ということでしょうか」

 

 納得したように頷くジャンヌ。

 女王メイヴの人となりを完全に把握しているわけではないが、少なくとも戦いだけの人間ではないだろう。戦いだけが目的ならば、ワシントンという拠点を奪うことすら必要ない。

 それを聞いていたツクヨミが顔を上げ、オルガマリーを見る。

 

「だとしたら、まずはそこから切り崩していくべきじゃないですか?

 ワシントンから離れた相手を倒して、戦力を削いでいけばいずれ……」

 

「そう、ね。ただフィンとディルムッドはともかく、黒いクー・フーリンまで前線に出てくることがあるっていうのが気にかかるわね……

 戦力を分散するわけにはいかないけれど、戦場が広いせいで会敵自体が難しい」

 

 黒いクー・フーリンは敵の最大戦力。

 それを動いているということは、こちらも下手な戦力の運用はできない。

 できれば纏めて動きたい、というのが本音だ。

 

「でも時間をかけすぎたら……準備の終わったケルトに全軍で攻め込まれるかもしれない?」

 

 そう言って頬杖をつく立香。

 そんな彼女の隣でソウゴがエレナの方に視線を向け、口を開く。

 

「ここには戦えるサーヴァントはカルナしかいないんだよね?」

 

「ん……まあ、あたしやエジソンもあまり戦闘力は高くないから。

 一応、こっちの陣営にサーヴァントがあとひとりはいるんだけど……彼女は戦わない、というか必要なら戦うのかもしれないけれど……それでも、戦闘力は期待に沿えないかしらね」

 

「あとひとり、ですか?」

 

 映し出される映像を見上げながら、エレナが腕を組む。

 

「ええ、前線基地で傷病兵の手当てを行っているわ。

 真名はフローレンス・ナイチンゲール……バーサーカーよ」

 

「バーサーカーなのに怪我人の手当てをしてて、ナイチンゲールなのにバーサーカーなの?」

 

「それはまあ……会えば分かるわよ。明日にでもそちらに行けばいいし」

 

 なんと説明したものか、と虚空に視線を彷徨わせるエレナ。

 しかし彼女は口で説明してみせることを放棄して、そうやって話を投げた。

 その話題を変えるように、カルナが口を開く。

 

「……ナイチンゲールの件もだが、彼らとこちらが共闘をするのであればレジスタンスをこちらに引き込むことも考えるべきだな。エジソンの下にはつけないだろうが、カルデアを中心とした共闘ならば、彼らもまた手を取るだろう」

 

「レジスタンス?」

 

「ああ。アメリカとケルト、その両軍と敵対している人理側のサーヴァントたちを中心とした組織だ。恐らく彼らの中には、オレと同格のサーヴァントがひとりいる。

 ただ彼は、今はゲイボルクの呪詛を受けてまともに戦える状況ではないはずだが……」

 

 そこまで言ったカルナがジャンヌへと視線を向けた。

 聖女の力があれば、完全な解呪に至らずとも十分に戦力として数えられる。

 ジャンヌはそのような視線だと受け取った。

 

「―――最善を尽くします」

 

「ふむ。……流れから言うと、そやつもインド神話の英雄か?

 それほどの戦力があれば、十分正面から勝てる可能性もあるな……」

 

「とはいえ、正面突破する必要もない。

 こちらの陣営を盤石にし、かつ敵軍の力を削げるならそれに越したことはない」

 

 戦力の勘定を始めたネロのぼやきを、アタランテは切って捨てる。

 そのまま彼女に視線を向けられたオルガマリーは肩を竦めた。

 

「……レジスタンスとの合流。敵軍から離れ孤立したサーヴァントの各個撃破。基本的な流れはそれでいいわね。

 レジスタンスはわたしたちが顔を見せ、声をかけた方がいいでしょう。

 問題は全員で動くか、少数で動いてレジスタンスを集めるかなんだけど……」

 

「レジスタンスの方にカルナくらい強い人がいるなら、それと合流して戦力を強化できる前提で動いてもいいかもしれないんじゃない?」

 

「でも、レジスタンスだからって必ず私たちに協力してくれるとは限らないでしょう?

 もし戦闘になるようなことになったら、それだけ強い敵を相手にすることになるんだから」

 

 立香の言葉をツクヨミが諫める。

 ふぅむ、と悩むように首を傾げてから彼女はカルナに目を向けた。

 

「でもカルナは大丈夫だと思うんだよね?」

 

「ああ。彼らがオレたちと反目していたのは、エジソンの目的と相容れないからだ。

 お前たちが協力を要請するならば、間違いなく力になってくれるだろう」

 

 それを聞いて改めてツクヨミに視線を向ける立香。

 

「だって」

 

「だって、って……はぁ、ソウゴはどう思う?」

 

「カルナがそういうなら大丈夫じゃない? なんか、そんな感じするし」

 

 あっさりと同意を示したソウゴに対して、ツクヨミの方こそ目を細めた。

 

「ソウゴ。あんた、あれだけ言われてそれでいいの?」

 

「……言われる俺が問題だったんだと思うよ。

 うん、次からはもうカルナに何を言われても正面から跳ね除けるから。大丈夫」

 

 そう言って少し考えながら笑うソウゴに、カルナは謝罪の意を伝える。

 

「―――オレは一言多い性質だと理解はしている。

 普段は注意しているつもりだが、お前にはその遠慮こそが何よりも礼を失すると考えた。それを不快に思ったなら謝罪しよう。

 ただひとつ、付け加えるならば――――いや、何でもない。これは一言どころではないな」

 

「そうやって途中で黙られるのは余計に気になる……」

 

 気になる、という表情を向けられてもカルナはそこで黙り込んだ。

 これ以上は一切口に出すつもりはないという意思表示だろう。

 それを横目で見ていたオルガマリーが声を張る。

 

「……なら、チームを二つに分けましょう。レジスタンスとの合流と、前線基地での防衛。

 レジスタンス班が前線に合流した時点で、攻め込んでくるサーヴァントを討ち取りつつ前線をワシントンまで押し上げる。最終的にメイヴを撃破し、聖杯を奪取……

 黒いクー・フーリンへの対応はその都度やっていくしかないでしょう」

 

「考えた割には雑な作戦だな」

 

「モードレッド」

 

 オルガマリーの方針決定に口を挟むモードレッド。

 その彼女をブーディカが窘める。

 言われたオルガマリーは鼻を鳴らし、正面からモードレッドに言い返した。

 

「しょうがないでしょ。どうせ狙った通りにはいかないでしょうし。

 自信がないなら拒否しなさい。考え直してあげるから」

 

 そう言ってふんぞり返る彼女に対し、半眼で視線を送るモードレッド。

 

「……はっ、いいんじゃねえの? そんくらいで構えてた方がどうにかなるだろ」

 

「だったら口挟まない。

 ―――大前提として、レジスタンス組の中心は藤丸。ブーディカの移動力を活かしてレジスタンスを捜索しつつ、霊脈の探索もしてマシュの盾で召喚サークルの設置をする。レジスタンスとの合流ができれば、ジャンヌにその呪詛を受けたサーヴァントの治療をしてもらう。

 これらを果たすことを優先。もし万が一レジスタンスのサーヴァントと戦闘になったら、離脱して即こちらに合流するように。

 ケルトのサーヴァントと戦闘になったらできれば倒してほしいけれど……そこの判断は任せるわ。少なくとも黒いクー・フーリンとアルジュナとはまともに当たらないように」

 

「……その二人が確認されたならば、オレがここから出向こう。倒しきれずとも時間稼ぎくらいはできるはずだ。こちらに残る者たちとの連絡はできるのだろう?」

 

 オルガマリーの方針を聞いていたカルナが言う。

 確かに黒いクー・フーリン、そしてアルジュナに対する遊撃を任せられるのは彼しかない。

 だからと言って彼にレジスタンス巡りに同行してもらえば、今度は基地の方が手薄になる。

 ならばどちらかにしか置けないが、レジスタンスの合流が叶えばカルナ級のサーヴァントがいるというなら、彼はこちらに残しておいていいだろう。

 レジスタンスと最悪敵対してしまったにしても、カルナの口ぶりから呪詛が解けなければそのサーヴァントは戦力外なのだろうし。

 

 かなり危険だが、ここで亀になっているわけにはいかない。

 ただこちらのクー・フーリンが残っていればもっと手が―――

 と、そんな考えを軽く頭を横に振って追い出すオルガマリー。

 

「ええ、お願い。それで、そうね……常磐、モードレッドにバイクを貸してあげて。

 ツクヨミ、モードレッドもそちらに同行させ、モードレッドはバイクで先行。

 その後にブーディカが戦車を走らせる形で行動するように」

 

「だとよ。ほれ」

 

「はい」

 

 オルガマリーの指示に従い、手を差し出すモードレッド。

 その上にライドストライカーのウォッチを乗せるソウゴ。

 受け取った彼女はそれを軽く放り投げ、キャッチしなおした。

 

「わたしと常磐はこちらで状況を見ながら、防衛戦ね。

 サーヴァントが来ても来なくてもケルト兵が大量に湧いてることには変わりないもの」

 

「じゃあ明日から俺と所長たちが前線基地に向かって、立香とツクヨミたちが……

 適当に走りながらジャンヌの感知で捜索?」

 

「……まあ、それしかないわね。召喚サークルの設置が成功すればタイムマジーンも呼べるし、かなり状況はよくなると思うけど……」

 

 言われて周囲を見回すマシュ。立香も一応乗ったことがあるはずだが……レジスタンス班に、マジーンをまともに長時間動かしたことのある人間がいない。

 ブーディカの騎乗スキルが適用されるだろうか……と、困ったように首を倒す。

 

「……タイムマジーンの騎乗訓練を行っておくべきだったでしょうか……」

 

「どっちにしろデカすぎてカルデアでは乗り回せないわよ。

 それに、ツクヨミが操縦できるから問題ないわ」

 

「え? あ、はい」

 

「あ、そうだったのですね。

 では、もし召喚サークルを設置して呼べた場合はツクヨミさんに……」

 

 そんな彼女たちの言葉を聞いていたエレナが、そろそろというように声を上げた。

 

「さあ、とりあえずの方針は決まったようだし……まずは休んでちょうだい。

 こちらもそのうちに準備をさせてもらうから」

 

 そう言って立ち上がるエレナ。

 そのまま部屋に案内してくれるつもりだろう。

 テーブルの上でまだ映像を映していたコダマが引っ込み、ソウゴの方に戻っていく。

 

 ―――消えた映像があった場所をちらりと見て、エレナが感心したような声をあげた。

 

「それにしても……聞いてはいたけど、クー・フーリンの力は凄いものなのね。

 本人もそうなのでしょうけど……カルナが言うには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 エレナの言葉に、オルガマリーが目を見開いて彼女とカルナを見た。

 腕を組んだカルナは、エレナの方へと視線を向ける。

 

「オレが語ったのは、クー・フーリンと奴の持つ鎧の特異性だけだが」

 

「ええ。でも今の映像でオーズという名が出ていたでしょう?

 確か……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 カルナは知らないでしょうけど、時計塔の魔術師なら……知らないの?」

 

 そっちの方が不思議だ、という様子でエレナが首を傾げた。

 オルガマリーがソウゴを振り返り、当たり前のように知らないと首を横に振られる。

 ウォズを呼べ、とつい言いそうになりつつも落ち着いて―――

 

「……いえ、すみません。聞いたことが……

 よろしければ、どこで知ったか教えてくれませんか?」

 

「どこで、と言われると困るのだけど……うーん、何の本だったかしらね?

 ごめんなさい、何かの本で読んだことだと思うのだけれど。協会じゃなくてアトラス院の方だったら知っていたのかしら?」

 

 不思議そうに首を傾ぐエレナ。そんな彼女を前に、オルガマリーは頭を下げる。

 

「そうですか……いえ、ありがとうございました。

 ――――とりあえずは休息を。

 明日からは更に忙しくなるわ、あなたたちもしっかり休みなさい」

 

 険しくした表情を崩し、オルガマリーはカルデアの面々に声をかける。

 そしてエレナたちに部屋に案内され、彼女たちは本日は休息することとなった。

 

 

 

 

『オーズ……オーメダル……うーん、申し訳ない。ボクにはまるで聞き覚えがない。

 けど、エレナ・ブラヴァツキーの言うそれと仮面ライダーオーズがまったく違うもの、という可能性もあるんじゃないかい?』

 

 自身に与えられた部屋にある椅子に腰かけながら、オルガマリーは通信機を前にしていた。

 近くの窓枠の前では、アタランテが壁に寄りかかりながら待機している。

 

 先程までは通信はほぼとれていないかった。

 恐らくはカルナという太陽の顕現により乱れていた魔力波が、日が沈むまで待ってやっと安定したのだろう。ロマニの返答を聞いて、しかし彼女はまだ言葉を待つ。

 

『……私にも覚えがないね。時期が曖昧だから私より後の存在の可能性もあるけれど』

 

 続くダ・ヴィンチちゃんの声。

 そこまで聞いて彼女は大きく溜め息を吐き出した。

 

「……そう。一応、映像でもアナザーオーズの体に入った年代は確認できなかった……多分、背中の方に入っているのかしらね。

 ということは、現状では分からない。そう結論することにしましょう。ウォズがいれば確認できるのだけれど、今回はまだ白くない方のウォズの姿は見ていないし……」

 

『そうだね。まあ、多分ウォズは答えを持っているのだろうし焦る必要はない。

 今は大人しく休みたまえ』

 

「……ええ、そうするわ。流石に―――今日は疲れたもの」

 

 言いながら額に手を添え、俯くオルガマリー。

 そのまますぐに、通信は切られることになった。

 

 ―――そうして切れた通信の先、カルデアで。

 

「さて。では私はちょっと外すよ、ここはお願いね」

 

「え? それはいいけど……何かあるのかい、レオナルド」

 

「いや、ちょっとした興味さ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんはひらりと管制室から身を翻し、外へと出て行った。

 不思議そうにその背を見送るロマニ。

 

 そんな彼女の足取りは明確に決まっていた。

 行先は図書室。そこへと踏み込み、目的の人物を探すために視線を巡らせる。

 果たしてその目的の人物はすぐに見つかった。

 というか、彼は大抵の場合ここにいるのでわかりやすい。

 

「少しいいかい、ロード・エルメロイ二世」

 

「……無論だが。何かね、私が君に教授できることなど何もないだろうに」

 

 手にしていた本を置き、彼はダ・ヴィンチちゃんと顔を合わせた。

 そんな彼の様子に苦笑して、彼女は何のことはないと軽く手を振るう。

 

「なに、大した質問じゃないんだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 問われた二世は何を訊くのか、と神妙な顔をして―――

 

()()()8()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 詳しくはないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……だったか?」

 

 知っているのがどうかしたか、というように彼はそう語った。

 

「ああ……なるほど。ちなみにどこでその情報を得たか分かるかい?

 私も調べてみたいのだけれども」

 

「それは……いや、私がどこでこれを知り得たか……?」

 

 そして、ダ・ヴィンチちゃんからの追加の質問に対して彼は不思議そうに首を傾げた。

 当たり前のように知っていた事実を、どこで知ったのか首を傾げる。

 そんな事態に対して更に首を傾げたくなって余計にだ。

 

 ダ・ヴィンチちゃんはそれを見ると微笑み、ぱたぱたと手を振るう。

 

「いや、分からないのならいいんだ。ちょっと私の方で探してみるから」

 

「あ、ああ……」

 

 返答を待たずにダ・ヴィンチちゃんは書庫を出る。

 そのまま彼女の工房に向かって歩き出す彼女。

 

 ―――その途中に、通路の壁に寄りかかっているウォズがいた。

 彼の前まで歩いていき、そこで足を止める。

 

「……私が影響されていないのは、私が()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「―――流石はレオナルド・ダ・ヴィンチ。理解が早くて助かるよ。

 今、違和感が出るのは申し訳ないが我慢してほしい。

 ……最終的には、一切矛盾のない結末が用意されているからね」

 

 そう言って壁から背を放し、ダ・ヴィンチちゃんとすれ違うように歩いていくウォズ。

 彼女がその姿を追うように振り向けば、もう彼の姿はどこにも存在しない。

 

「……魔術の歴史に、オーズ誕生の歴史が組み込まれた―――

 そういうことでいい、ということかな?」

 

 小さく呟く彼女に答えるものは、当然のようにいなかった。

 

 

 




 
頭にチーズが挟まってるバガモンが頭突きすればメイヴを瞬殺できる説。
 


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精霊使いと少年悪漢王と顔のない王1909

 

 

 

「………いない? フローレンスが?」

 

 唖然とした様子で声を上げるエレナ。

 彼女にフローレンス・ナイチンゲールの居場所を聞かれた医師は、問われたことに対して困ったように首を縦に振った。

 

「ええ、はい。その……昨日、重症患者がいると駆け込んできた兵士に着いて行ってですね。

 そのまま……もしかしたら、別の戦場の方へ行ったのかと……」

 

「―――なる、ほど」

 

 彼女は頷き、手を頬に当てて考え込む。

 その後ろで一緒に話を聞いていたソウゴたちも目を見合わせる。

 

「……どゆこと?」

 

「―――バーサーカーだもの。まともに考えてもしょうがない可能性もあるわ」

 

 軽く息を吐きながらオルガマリーはそう言う。

 医師に礼を言って、エレナは彼を怪我人が詰めている天幕に返した。

 ある程度考えが纏まっていたのか、彼女はそのままオルガマリーたちに状況を伝える。

 

「多分、レジスタンスね。カルナが言っていた呪詛を受けたサーヴァントを延命したかったのでしょう。彼女は怪我人がいる、と聞けばそれが何であれ治療しに行ってしまうから。

 ……まあ、最終的に合流を目指している現状、そのサーヴァントの回復の可能性が高まったのだと前向きに考えることにしましょう」

 

「なるほど」

 

 溜め息混じりにそう言う彼女に対し、気の抜けた返事のソウゴ。

 そうした彼は、今朝から訪れている前線基地の様子を軽く一望した。

 機械化兵士たちが哨戒のために立ち並び、その後ろで兵士たちが忙しなく動き回る。

 

 ―――そんな中に、何かが見えた気がする。

 

「……?」

 

「どうかしたのか、マスター」

 

 ネロからかけられた声にはっとし、改めて周囲を見回す。

 何かが変わった、というわけではないはずだ。そういうわけではないはずなのだが……

 

「戦場の医師。彼らの覚悟に対して、何か思うところがあるのかい?」

 

「うーん……」

 

 当たり前のように出現するウォズの言葉に唸り声だけで返答する。

 登場方法を選ばない彼に対し、ネロの呆れたような視線が飛ぶ。

 そんな視線などまるで気にせずに彼は『逢魔降臨暦』を持ち上げ、高らかに言葉を続けた。

 

「その感覚もまた、オーズの歴史において重要な一要素だ。

 努々忘れないようにしておくと、ここぞという時に役立つかもしれないね」

 

「……そのオーズの歴史、というのは彼女が言っていたような錬金術師が作り出したものなの?」

 

 もはやどこから出てきたか、とか。今まで何をしていたのか、なんて。

 そんな訊いてもどうしようもないことは訊かない。

 だからこそ即座にオルガマリーは本題を彼に問いかけて―――

 

「ああ。オーズとは君たちの時代から約800年ほど前、当時の小国の王が錬金術師に作らせたメダルにより生まれた仮面ライダーだ。

 もっとも……我が魔王が継承すべき仮面ライダーオーズは、2010年の存在だが」

 

 彼はあっさりと肯定を示した。訂正すべき部分さえも添えて。

 

「2010年、オーズであった当時の王の末裔がメダルの封印を破った。

 その結果として復活したメダルの集合体である怪人、グリード。

 人々の欲望を利用する存在であったそれらを倒すため、仮面ライダーオーズとなった火野映司は、グリードのひとり……鳥類種のグリードであるアンクを協力者とし、戦い抜いた―――

 オーズの物語とは、おおよそこのようなものだ」

 

 言いながらそのまま歩いていくウォズ。その背を見ながら、カルナが目を細めた。

 一瞬だけ口を開こうとして、しかし黙り込む彼。

 ストールを流し、当たり前のように消えていくウォズを見送る。

 その後で彼は小さく、口の中で呟いた。

 

「……太陽に由来するものか……? 不思議な感覚だ、掴み切れんな」

 

 ウォズが消えたのを見届けたオルガマリーが、盛大に息を吐く。

 本当にちょっと出てきて一言告げて立ち去るのが好きな男だ。

 

「―――ということはわたしたちが知らないだけ……? 資料を漁れば見つかるのかしらね……まあ、とにかく。

 2010年が主体になるなら、800年前だかの話はとりあえずさておきましょう。メダルだかの力、どうやって手に入れればいいのかあなたには予想がつく?」

 

「ううん、全然?」

 

 あっさりと首を横に振るソウゴ。それを聞いて、もう一つ溜め息。

 だが彼はそのまま自身の手へと視線を落とし、呟くように口を開く。

 

「ただ……分からないけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――そう。なら、そこは任せるわ。どちらにしろ、あなたの感覚次第なのだし」

 

 そう言って彼女は、陣の外に立ち並ぶ機械兵士たちに視線をやった。

 

 

 

 

「……恐らくひとり、サーヴァントの気配があります。

 徐々にこちらから離れていきますが、それでも西側から出る様子ではないですね。

 恐らくレジスタンス……この速度は馬車、でしょうか……?」

 

 デンバーより出立し、西側を巡るつもりで移動を開始してそう時間も経っていない。

 そんな状況で、ジャンヌがサーヴァントらしき気配を察知していた。

 難しい顔をして感知している彼女の顔を見て、マシュが首を傾げる。

 

「レジスタンスの護衛、などでしょうか。

 状況だけ見ますと、その馬車らしきものを追いかければレジスタンスと出会えそうですね」

 

「ケルトのサーヴァントって可能性もあるけれど……

 もし仮にケルト軍だったとしても、ひとりで行動してるなら狙い目であることに変わりはないわね。とりあえず、可能な限りバレないように着いていくべきかしら」

 

 そういうツクヨミが立香に視線を送った。

 

「そうだね。こんなすぐに見つかるとは思ってなかったけど……

 向こうの方からアメリカ軍に近づいてた、ってことだもんね?」

 

「はい。恐らくはカルナさんの戦闘が切っ掛けだったのではないでしょうか。

 あの方の宝具解放は、よほど距離を取っていても分かるほどでしたから。

 それを確認した結果として偵察にサーヴァントを送り、そして今撤退しているところなのではないかと」

 

 マシュの推測に対してふぅむと顎に手を添える立香。

 相手が偵察の結果エジソンは方針転換したと理解してくれていれば、話が早く済みそうなのだが。最悪、カルナに負けた自分たちがエジソンについた、と。そう思われてる可能性も考えなければいけないのかもしれない。

 

「うーん、どうやって説得しようか」

 

「―――私見でしかないですが、わたしはいつも通りの先輩でいれば協力は得られると思います」

 

「……そっか。マシュがそういうなら、普通に行って普通に話せばいいか」

 

 うむ、と頷きつつそう決める立香。

 そんな彼女たちに軽く溜め息を落としながら、ツクヨミは走る戦車から流れていく風景に目を馳せた。

 

 

 

 

 のしのしと巨躯を進め、玉座の間へと辿り着く。

 そこにはひとつ豪奢な玉座と、天蓋付きの大きなベッドが並んでいた。

 玉座には黒い鎧の男、クー・フーリンが腰かけ目を瞑っている。

 必要のないときは彼は大体睡眠をとっているようだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――呼ばれて参上したが……この様子では、メイヴの方か?」

 

 声をかければ、ベッドに身を横たえていたメイヴが軽く体を起こす。

 

「ええ、フェルグス。あなたを呼んだのは私」

 

 ベッドの上で揺れる肉体美の黄金律。

 それをきっちりと眺めながら、フェルグスはうんうんと首を振る。

 その視線に対して微笑みつつ、彼女はより煽情的に見える体勢を取った。

 

「旧アメリカ軍の方でだいぶ大きな戦闘があったみたいじゃない?

 多分、ここから逃げたあの子たちとアメリカの連中の戦いだったでしょう、あれ」

 

「まあ、そうだろうなぁ」

 

 この部屋の隅で壁に背を預けているアルジュナ。

 そちらに対して一瞬だけ目を向けたフェルグスは、すぐにメイヴに視線を戻してから気の抜けたような軽い声で返事をした。

 

「別に放置したところで何の問題もないわけだけど、でもやっぱり……せっかく私たちがこの国を蹂躙してあげているというのに、関係ないところで争ってるなんて! 何か軽んじられてる気がするじゃない?

 ほら。私たちの侵略の前に痩せ細られちゃったら、踏み付け甲斐がなくなっちゃうでしょう? どうせなら一から十まで私たちできっちり潰してあげたいのに」

 

「ふむ、お前はそうなのかもしれんがな。そこのところはどうなんだ、王様」

 

 ベッドのシーツに指を這わせながら、語るメイヴ。

 それを苦笑交じりに見ていたフェルグスは、機能を停止しているクー・フーリンに目をやった。

 問われた彼はゆっくりと目を開き、どうでもよいとばかりに鼻を鳴らす。

 

「好きにすりゃいい。殺す相手の状態なんざ、オレには関係ない話だ。

 殺戮なんざオレにとっちゃ国を平らにするためのただの作業。

 作業に効率以外の何かを求めてどうする」

 

「ほほう。お前のやり方じゃないが、女王が求めるなら好きにしろ、と。

 そういうことならそれでいいが。いいだろう、承った」

 

 適当に笑いながら、彼は軽く肩を回す。

 

「フィンとディルムッドが先だってアメリカ軍に攻め立てているのだろう?

 なら俺は別口から切り込んでみるかな」

 

「そ、じゃあ先にまだ生き延びてるって話のコサラの王様を殺しにいってあげれば?

 あとはちまちま鬱陶しいレジスタンスたちもね」

 

「手負いの獅子か。それもまた一興ではあるな!」

 

 呵々と笑い、フェルグスは踵を返して歩き出した。

 どしどしと足音を鳴らしながら城の外を目指して歩いていく彼の背を見ながら、アルジュナは壁から背を離す。

 

「………よろしいのですか? フィン、ディルムッドもそうですが。

 これでは各個撃破してくれ、と言っているようなものです。

 勝利したいのであれば、サーヴァントを集中して動かすべきだと思いますが」

 

 彼の言葉を聞いて、女王は思わず笑い声を上げた。

 その声を受け、彼女へと視線を送るアルジュナ。

 

「逆よ。勝利したいだけなら、クーちゃん以外の戦力なんていらないもの。

 だから勝敗なんて考える必要はないの。

 どうかしら、アルジュナ。もし望むのであれば、あなたもその身の衝動に身を任せてみる?」

 

 ベッドの上で転がった彼女の視線が、アルジュナを捉える。

 蕩ける蜜のような、黄金の瞳。自身を見つめるその瞳を見返して、しかしアルジュナは微かに肩を揺らして視線を逸らす。そして彼もまた、城の外へと歩き出していった。

 

 それを見送ったクー・フーリンが再び目を閉じながら、小さく呟く。

 

「―――余計なことを。自分から手間を増やしてどうする」

 

 面倒、とさえ思っていないだろう口振り。

 真実どうでもいいと思っているだろう彼に視線を向け、メイヴは楽しげに声を上げた。

 

「そう? そのままカルナに勝っておしまい、ってこともあるかも」

 

「勝敗に納得できずに執着してる奴が、今更決着なんざ得られるかよ。

 まして、死んだ後まで引きずるような手合いにはな」

 

 そのまま玉座に体を沈める彼を見て、ベッドから起き上がったメイヴ。

 彼女が彼に寄り添うように歩み寄り、その体にしなだれかかる。

 まるで気にしていないように眠るクー・フーリンの頬に、メイヴが手を這わせた。

 

「―――ええ、ええ、そうね。分かるわ、クーちゃんの言っていること。

 クー・フーリン、私が望みながらも生前手に入れられなかった愛しいあなた。でもね、だからこそなのよクー。死ぬまで引きずり続けたからこそ―――

 この想いは……もう何より他の何にも代えられない、私自身の一部なのだもの」

 

 淫靡に微笑む彼女を前にしながら目を開くこともせず、無視してクー・フーリンは眠り続ける。

 次に起きた時に、再び目的のために疾走するために。

 そんな愛しい彼の疾走の前兆を眺めながら、彼女は小さく口角を上げた。

 

 

 

 

「……村、ですね。どうやら既に放棄されているようですが……」

 

 戦車を牽く馬がゆっくりと速度を緩め、やがて停止する。

 そこに乗っていたマシュは周囲をひとしきり見回すと、そう口にした。

 

 ジャンヌの感知で馬車を追跡した先、あったのは既に放棄された村。

 先にその前まで来て、バイクをウォッチに戻したモードレッドは肩を回している。

 彼女は同時にその手にクラレントを出現させ、その刀身を肩に乗せた。

 

「んで、この村の中にいるんだよな?」

 

 モードレッドの問いかけは当然、ジャンヌへのものだ。

 ここにサーヴァントの気配があるのか、と訊いている。

 

「はい。三騎……いえ、四騎でしょうか。かなり微弱な気配なのがひとり。

 恐らくこれがカルナの言っていた呪詛を受けたサーヴァントかと。

 そのひとりは奥の家屋の中、そこにもうひとり。あとは……」

 

「―――待て。お前たちは、どういった用件でこの地を訪れた」

 

 村の前に、霊体化を解除しながら一騎のサーヴァントが出現する。

 インディアンらしき民族衣装を身に纏う男。

 そのように出現したからには彼がサーヴァントであるということに疑いはなく、ジャンヌが感知していたひとりに他ならないだろう。

 

 彼は戦闘を持ち掛ける様子はないが、同時にこちらを歓迎する様子もない。

 場合によってはどちらもありえるという雰囲気だけ出しつつ、こちらの前に立ちはだかる。

 

 その彼と話し合うというのなら、一応この場では立香が―――

 と、彼女の様子を伺おうとしたツクヨミが立香と顔を合わせる。

 そして当たり前のように問いかけてくる彼女。

 

「どっちが話す?」

 

「え!? あなたが話すんじゃないの!?」

 

 この戦いをより知るのは彼女だ。ツクヨミは特異点攻略参加は初めてであり、現地のサーヴァントとの交流だってまともにしたことはない。

 当然、エジソンたちとの交流において一番前に立ったのはオルガマリーなのだから。

 

「うーん、ほら。私だと相手によってはもしかしたら所長みたいに怒らせちゃうかな、みたいな。そういう部分はツクヨミの方がしっかりしてない?」

 

「そうなるのはこの場でいきなりそういうこと言い出すところのせいだと思うけど!?」

 

 そうかしまった! という顔をする立香。

 彼女がはっとした様子で男を見ると、彼は瞑目して彼女たちの会話が終わるのを待っていた。

 少なくとも怒っている風には見えない。

 

「所長よりは怒らない人だった」

 

「……所長さんに怒られるわよ。いいわ、私が話すわよ」

 

 小さく息を吐きつつ、前に出るツクヨミ。

 そうしながら、地面にクラレントを突き刺してそれに体重をかけるように力を抜いているモードレッドを見る。彼女はぱたぱたと手を振って、もう気なんか抜けきってんだろ、とどうでもよさそうにしている。

 

「……君が代表で、ということでいいのだろうか」

 

 彼は問いかけながら、小さく横に向かって首を振る。

 その合図で民家の横に隠れていたもうひとりのサーヴァントが姿を現す。

 

 それは拳銃を手にした少年。

 彼はにこやかに微笑みながら肩を竦め、男の横まで歩み寄ってくる。

 

「―――はい。私たちは人理継続保障機関カルデア。

 今回の人理焼却を防ぐべく、こうして特異点を巡っている者たちです。

 こうして私たちがあなた方を追ってきたのは、力を貸して欲しいから―――

 エジソンさんとは既に話をつけてあります。どうかケルト軍を倒して聖杯を手に入れ、この時代を修正するために力を貸して下さい」

 

「―――――」

 

 言われ、微かに目を細める男。

 彼の隣で少年のサーヴァントが口を押さえ、笑いを堪えようとしていた。

 少しだけ漏れる笑い声を交えながら、彼は男に声をかける。

 

「話早いね、割と見習うべきかも?」

 

「―――そうかもしれないな」

 

 笑い混じりの少年の声に同意しつつ、小さく溜め息を吐き落とす。

 彼はすぐさま表情を引き締め、ツクヨミに返答した。

 

「私は……“ジェロニモ”、ジェロニモと呼んでくれ。

 真名というわけではないが、今の私が他者に呼ばれる名としてはこれが適当だろう。

 私の真名はそうおいそれと明かすようなものではないのでね。

 君たちがその目的を掲げているのならば、我が身とその戦いは君たちの助けになろう」

 

「ジェロニモ、とは……アパッチ族の英雄、精霊使い(シャーマン)の?」

 

 その名に驚いたように声を上げるマシュ。

 何に驚かれたのか、ということを理解している彼は言葉を続ける。

 

「私は厳密には精霊使い(シャーマン)から程遠い戦士だよ。クラスはキャスターだがね。

 だからこそ、私は奪いにくるものと戦うのだ。無論、だからと言って私たちが何かを奪ったことがないわけではないがね。今回は人理とアメリカを奪うものが敵となったというだけ。必要であれば、それと戦うためにかつて争ったアメリカとの共闘だったとしても受け入れるとも」

 

 彼の言葉を聞いていたマシュが、ふとブーディカの方へと視線を送る。

 その視線を感じた彼女が、僅かに困ったような顔を浮かべた。

 慌てて顔をジェロニモの方に戻すマシュ。

 

「まあ、どこでどんな風に生きてようと奪われることはあるものさ。

 奪ったり奪われたり、その辺りは柔軟にいかないとね?

 ただ今こうして僕たちはここにいて、目の前には助力を請う善良な命がある。ならまあ、僕たちがやることをわざわざ悩む必要はないってことじゃない?」

 

 彼女たちの間に視線を巡らせ、小さく笑う少年。

 彼は手の中の銃を軽く回してから腰のホルスターに戻しつつ、頭の上の帽子を押さえた。

 

「―――ああ、だろうな。そういうことだ」

 

「はいはい、分かってるよ」

 

 少年に同意を示したジェロニモが、立香たちの後ろに視線を送る。

 唐突に発生した声と、サーヴァントの気配。

 突然と気配が追加出現したことに、ジャンヌが目を見開きながら振り返った。

 

 彼女たちの背後。そこでバサリと深緑の外套を翻し、ジャンヌが一切感知していなかったサーヴァントが姿を現す。

 

「はい、“顔のない王(ノーフェイス・メイキング)”解除っと。

 悪いね、お嬢さん方。姿消して不意打ちできるように構えさせてもらってましたよ。

 オレ、アンタらみたいなのに正面から勝てるようなサーヴァントじゃないもんで」

 

 緑の外套を纏う、右腕に弓を備えた青年。

 彼の視線は特にモードレッドに向かっている様子で。

 しかしギロリと返ってくる睨みに大して肩を竦め、彼はすぐに視線を外した。

 

「アーチャーのサーヴァント。真名、ロビンフッド。

 ま、オレにとっての真名はジェロニモと同じようなもんですけどね」

 

「あ、なんか僕だけ仲間外れ? と言ってもまあ、僕も通り名といえば通り名か。

 ビリー・ザ・キッド、よろしくね。僕も一応アーチャー……

 ま、見ての通り本来はガンナーなんて呼ばれるべきサーヴァントなんだけどね」

 

 ぱたぱたと手を振りながら彼女たちの間をすり抜け、ジェロニモの方へと歩いていくロビンフッド。彼の背中を見送りながら、立香はふむと顎に手を当てた。

 

「アーチャーが二人……ジェロニモはキャスター。それに……」

 

 ちらりと彼女が村の奥の方へと視線を送る。

 その様子に頷いて見せたジェロニモが口を開く。

 

「……アメリカ軍に従軍していたナイチンゲールを連れてきたのは私たちだ。

 彼女に治療してもらっているサーヴァントは……セイバー。

 古代インドの叙事詩『ラーマーヤナ』におけるコサラの王、ラーマだ」

 

「ナイチンゲール?」

 

 エレナから聞いていた名前に首を傾げるツクヨミ。

 そちらの名に反応されたことにジェロニモこそが首を傾げた。

 

「彼女を追ってきたのではないのか?」

 

「彼女のサーヴァントとしての気配を追ってきたのは確かですが、その気配の正体を理解していたわけではなかったので……」

 

 ジャンヌの言葉を聞き、神妙に頷くジェロニモ。

 

「―――なるほどな。ああ、我らは召喚直後にケルトに襲われていたラーマを何とか連れ出し……これはカルナがケルトのクー・フーリンを抑えてくれていたから可能だったことだが。

 この我らの拠点へと連れ帰り、心臓を抉られていた彼の延命を試みていた。もっとも、我らの治療の甲斐、というより彼自身の生命力故に今までの延命が叶っていたのだが」

 

 そう言いながら彼は残る二騎の反応を感じられる家屋に視線を向ける。

 

「―――ただそれももう限界が見え始めた。心臓を砕いた槍の呪いの解呪は叶わず、体力も魔力も限界まで擦り減った状態。しかし、それでも彼には消えられない目的があるらしい。

 そこで我らは医療という概念に大きく貢献したという彼女に協力を仰いだ。

 ……本来ならカルナの巡回があるアメリカ軍に接近するのは難しいが、先日彼に長時間デンバーから動かないタイミングがあったのでね」

 

「なるほど」

 

 ジェロニモの説明にうんうんと頷く立香。

 そんな彼女を見ながらロビンが肩を竦める。

 

「とまあ、聞いての通りウチの内情も中々にボロボロなもんさ。

 はっきり言って、戦力としての期待はされても困るぜ。

 オレなんか好きに使ってくれていいが、ケルトにしろアメリカにしろ集まっている戦力はトップサーヴァント。唯一そっちの戦力になってやれそうなセイバーは脱落寸前。

 ゲリラ戦くらいしか取り柄のない小粒のサーヴァントにはちと荷が重い戦場なもんでね」

 

 彼のそんな軽口を受けて、立香はぽんと手のひらを打つ。

 その様子を怪訝そうな視線でロビンは見つめ、彼女の言葉を待つ。

 

「そう? じゃあさ、早速訊きたいんだけどこの辺りに大きな霊脈の心当たりない?」

 

「霊脈?」

 

 首を傾げながら訊き返すロビン。

 彼の前であ、と声を漏らしてから口を一度閉じてジャンヌの方へと向く。

 

「あっと、そっちはあとか。先に、ジャンヌ」

 

「―――はい。呪詛の解呪であれば、少しですが心得があります。

 私にそのセイバー、ラーマの治療の手伝いをさせてください」

 

「……聖女ジャンヌ・ダルク、か。なるほど、是非とも」

 

 マスターの視線を受け、前に立つジャンヌ。

 彼女の様子と、それ以上に立香の呼んだ名か。彼女の正体を理解したジェロニモは、ありがたいと表情を崩した。

 

「―――んじゃ、そっちには僕がついていこうか。

 あの看護師さん、外から消毒せずに入ろうとすると撃ってくるしね」

 

「撃って……? ナイチンゲールだよね?」

 

 先導して歩き出すビリー。その後からついていく立香。

 残り二騎のサーヴァントと顔を合わせておこう、という考えだろう。

 彼女はマシュとツクヨミに視線を送り、こっちはお願いという表情で行ってしまった。

 

「……頭が向いてんのか向いてねえのか、相変わらず分かんねえ奴」

 

 モードレッドがそう言って軽く笑い飛ばす。

 地面に突き刺していたクラレントを引き抜いて、肩に乗せる。

 そのままブーディカに視線を向けると、彼女は小さく頷いて立香の方へと走っていく。

 

 ―――マシュも同行したいのは山々だろう。

 が、こっちの話にこそ彼女が必要だ。

 

「―――わたしたちはカルデアとの連絡や物資の補給のために、各特異点において召喚陣を設置しているのです。それに使えそうな霊脈に心当たりがあれば、教えて頂ければ……」

 

 マシュの前で顔を合わせるジェロニモとロビン。

 ―――それは、大分険しい表情をしているように見えた。

 

「あるかないかと言えばある。が、ここに比べればだいぶ東よりだ。

 ケルトの勢力圏内と言っていい」

 

「別に探した方がいい、と言いたいところだがどうだろうな。

 西は西で確保できる霊脈はエジソンが工場に使ってるんじゃないか?

 リソースは多分残ってねえだろう……ぶっちゃけ、お前さんたちが戦ったカルナの補給のために全力稼働中だと思うぜ」

 

「え」

 

 聖杯の無尽蔵さに抵抗するアメリカ側に、資源を選んでいる余裕はない。霊脈まで資源として活用し、使い潰すまで搾り取る方針。ただそれも当然だ。

 そうでなくては、カルナという英雄は運用できないのだ。エレナ・ブラヴァツキーが発見したものを、トーマス・エジソンが資源として運用し、太陽の英雄カルナを動かす。それこそがアメリカが現時点で戦っていられる理由なのだから。

 それを聞いて、マシュがどうしたものかと眉を顰めた。

 

「どうしましょうか、ツクヨミさん……」

 

「……それは……私は攻め込んででも確保すべきだと思う。タイムマジーンがあれば多少の無茶が利くようになるっていうのもあるけど、やっぱり相手の戦力は積極的に削りたい。

 敵の勢力圏にこっちから入れば、相手から動いてくるかもしれないし……

 ジャンヌの警戒とブーディカさんの戦車、あとタイムマジーンがあれば何とか……」

 

 そこで気付いたかのように、彼女はロビンへと視線を向ける。

 

「さっきの宝具、誰にも見つからなくなって偵察を出来るんですか?」

 

「うん? ああ、まあな。誰にも絶対に見つからないとまでは言わないが、相手がケルトの兵士なら見つかるようなことは絶対にないだろうな」

 

 緑の外套を軽く叩き、彼はそう答えてくれた。

 その答えを考慮に入れて、ツクヨミは状況を考え出す。

 

「じゃあそこに予め偵察に行ってもらって、敵しかいないことを確認してもらってからモードレッドの宝具を撃ち込むとして……」

 

「おい、雑魚相手に宝具なんか使わねえぞ」

 

 当たり前のように聞こえた言葉に、即座に言葉を挟むモードレッド。

 だがその抗議に対してぴしゃりと言い切るツクヨミ。

 

「ワガママ言わないで。敵陣の確保から召喚サークルの設置は時間との勝負よ。

 ギリギリまで接近してからロビンさんに偵察をしてもらう。そこでモードレッドの宝具を撃ち、すぐにブーディカさんの戦車で接近。マシュに召喚サークルを設置してもらって、タイムマジーンと物資を出来るだけ確保……モードレッドの宝具に反応して集まってくるサーヴァントがいれば、対処する。クー・フーリンとアルジュナ以外の一騎、二騎ならそこで戦って減らしたい。

 だとするとラーマさんっていうセイバーが復帰できるとなおさら心強いのだけど……」

 

 ぶつぶつと今後の行動を立てていくツクヨミ。

 モードレッドはその姿に口元を引き攣らせ、マシュは困ったように首を傾ぐ。

 そして彼女の前に立っていた男二人が再び顔を見合わせた。

 

 

 




 
超人閻魔さえも発動前に止めなきゃたまったものではないアパッチのおたけびがあればもはや勝ったも同然。
 


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看護師と勇者と気にしてはいけない歌1614

 

 

 

「おーい、入っていいかい」

 

 ビリーがゴンゴンと家屋の扉を叩き、訪問を知らせる。

 返答はすぐに返ってきた。

 

「患者でないならば入る必要はありません。

 治療の邪魔になりますので、入室は許可しません」

 

 にべもない。

 余りにもあんまりな態度に、声をかけながら扉を叩いていたビリーは苦笑する。

 協力者の存在を告げるためにそのまま言葉を続け、

 

「その治療の助けになれるってサーヴァントが……」

 

「―――治療の助けに? 医療従事者のサーヴァントでしょうか」

 

 扉の向こうで女性の声の調子が変わる。

 確実な治療のために手が足りないのは間違いないのだ、彼女としても経験者が確保できるならばそれに越したことはない。

 

「いや、そのサーヴァントの呪いを解呪できるかもしれない、っていう聖女様なんだけど……」

 

 ビリーがそこまで語ると、瞬時にぴしゃりと彼女は言い切った。

 

「必要ありません。心臓は半分以上失われていますが、まだ鼓動は止まっていません。両手両足を切除すれば血液を巡らせるだけの能力は確保できます。

 早くしなければ彼の生存がより不確かなものになる。今からすぐに切除手術を開始しますので、邪魔をするようなことはしないように」

 

「うわお」

 

 その反応にお手上げ、という風に扉の前で両手を上げるビリー。

 

 すると同じ家の中でばたばたと誰かが暴れるような音がしてきた。

 恐らくはそれが確保されているというラーマのものだろう。

 

「待て待て待て!? それは困る、余はまだ戦う術を失うわけにはいかんのだ!

 心臓の呪詛が解呪できるというのならそちらをだな―――!」

 

「―――――」

 

 その恐らくラーマのものだろう声の後に、数秒の沈黙。

 何かを心の天秤にかけているのか黙っていた彼女、ナイチンゲールが再び口を開く。

 

「その解呪とやらができるものだけ入りなさい。入ったらすぐに扉を閉め、消毒を行います」

 

 ジャンヌが立香の方へと視線を送り、小さく頷く。

 そのまま彼女は急ぎ家屋の扉を開き中に入り――――

 バシャーン、と。

 

「うひゃあ!?」

 

 消毒用アルコールだろうか。

 扉を開けた瞬間にぶっ掛けられた彼女は中へと消えていき、すぐさま閉まる扉。

 消毒液が滴る扉を眺めながら、困ったように立香が口を開く。

 

「まだ顔を合わせてないのに凄い人な感じが凄いね」

 

「ははは、まあね。ここに連れてきてから数時間だけど僕たちも思い知ってるよ。

 ―――で、実際の所どうなんだい? あの呪いって解除とかできるの?」

 

 問われ、少し悩む立香。できるかどうかで言えば、きっとできないだろう。

 恐らく症状の進行を防ぐ、程度の効果しかないはずだ。

 それでもそうやって先伸ばすしかないだろう。

 

「多分、完全には無理かな。

 というか、ラーマっていう人が生きてられるのが凄い……んだよね?」

 

 背後についてきていたブーディカを振り返り、そう問いかける。

 話を向けられた彼女は神妙に頷いて肯定を示した。

 

「うん。あの槍に心臓を貫かれて生きている、なんて普通はありえない。

 ……まあそれこそあのカルナとか、彼くらいになるとどうにかしそうにも見えるけど。

 それにしたって普通はまともに戦闘はできないと思う。ジャンヌの解呪にしたって多少マシにはなっても、戦闘に堪えるほどに回復するかと言えば……そんなことはないと思うけど」

 

「そっか、やっぱそうだよねぇ。カルナは復帰できそうな話で言ってたけど……」

 

「―――うーん……もし同じ状況に陥ったら、カルナならどうにかして戦ってみせる、ってことじゃないかなぁとあたしは思うんだけど。

 まあカルナ級だっていうならラーマもできる、のかな?」

 

 そういうことだって、と。ビリーの方へと視線を向ける立香。

 彼はそれを聞いて肩を竦めてみせた。

 

「まあ僕から言ったら心臓が貫かれた時点で何で生きてるんだ、って話だけどさ。

 戦力として復帰できるならそれに越したことはない」

 

 そう言いながら彼はちょいちょいと隣の家を指差した。

 そちらで待機しよう、という話だろう。

 治療がどうなるにしろ、すぐに終わるということはないだろうから。

 

 

 

 

「……死ぬかと思ったぞ。いや、今も死にそうなことには変わりないのだが」

 

 一時間もすれば、そう言って赤髪の少年はふらふらとその家から出てきた。

 彼の手は強く胸を押さえている。外見上は修復しているが、呪いが完全に消えたわけではない。

 彼女の後ろにいるジャンヌも、口惜しげに表情を歪めていた。

 更にそんな彼女の後ろにいる赤い服の女性。彼女はより一層口惜しそうに顔を歪めている。

 

「へえ、ほんとに胸の穴が塞がってる。

 凄いもんだね、ジェロニモがいくら治癒させてもすぐに傷を受けた状態に戻っちゃってたのに」

 

 隣の家のバルコニーで椅子に腰かけていたビリーが驚いたように声を上げる。

 その声に反応して視線を向けたラーマは、重々しく口を開く。

 

「うむ……ギリギリのバランスだ。これ以上酷くはならないが、良くもならない。

 何とかその状態には戻してくれた。あとは余が気合で我慢すれば何とかなる」

 

 溜め息混じりでそんなことを宣言する少年。

 一瞬。軽く馬鹿を見る目を浮かべたビリーが、すぐさま顔を横に振ってそんな表情を消す。

 だが律儀に彼は、今思い浮かべたことをきっちりと口に出した。

 

「一応白状しておこうかな……僕は今、君のことを凄い馬鹿だと思ってる。

 普通、心臓を失くしたら気合で動けるもんじゃないよ」

 

 自分が口にした理論の無茶苦茶さは自分で分かっているのか、ラーマ自身も微妙な顔だ。

 

「その辺りは……まあ、これでも余はヴィシュヌ神の化身(アヴァターラ)

 心臓のひとつやふたつくらいなら、気合でどうにかするさ」

 

「はは、神様ってすごいや」

 

 同時にまともに考えるもんじゃないや、と笑い飛ばす。

 ラーマはそれに小さく咳払いし、立香の方へと視線を向けた。

 

「話はおおよそジャンヌ・ダルクより聞いた。

 この身、微力にしかならないがそなたらの戦いに全霊を尽くそう。

 代わりと言ってはなんなのだが……」

 

「―――あなたの治療に携わるものとして、その戦闘は許可しません。

 治療による回復と呪いとやらの傷害の吊り合いがとれている以上、戦闘行為によるこれ以上の傷は治療できないことを意味します。死にかけの人間にそのような行為は許可できるはずもない」

 

 立香へと握手のために手を伸ばそうとしたのだろう。

 腕を持ち上げていた彼の服の襟をナイチンゲールが掴み取る。

 思い切り引き戻されたラーマがぐえーと悲鳴を上げた。

 

 引き戻された彼は手を振り払いながら、余計に痛む胸を押さえつつ振り返る。

 

「……ぐ、ぬ……いや、ならば治療が叶えばよいのだろう?

 手はあるのだ。むしろその過程が余の目的ですらある」

 

「なんですって? その状況を改善する方法を理解していたというのですか?

 早く言いなさい。死にたいのですか?」

 

 今度は肩を掴まれて引き寄せられるラーマ。

 みしりと軋む肩の衝撃が胸に響き、少年はまたも悲鳴を上げる。

 

「いだだだだだ!? 手加減しろ! 余は死にかけの患者なのだろう!?」

 

「死にかけの患者だからこそ、死なないように早急な治療の必要があるのです。

 死にたくなければただちにその治療法を白状しなさい」

 

 そんなやり取りを眺めていたブーディカが、こそっとジャンヌの方へ訊きに行く。

 

「できるのかい? 解呪」

 

「どう、でしょうか。心臓を貫き、治療を阻害する呪いですので……

 現状これだけ回復できているのが驚嘆に値する状況でしょう。

 ……仮にこれを修復するならば、恐らく心臓と霊基を()()()()ような行為になると思います」

 

 ジャンヌの上げた方法。それを聞き、ふむと考え込む立香。

 思い当たったのはひとつの方法、カルデアも幾度か見た光景。

 

「霊基再臨?」

 

「そうですね、それに等しいものならば可能性は。ただ……」

 

『カルデアのサーヴァントは召喚時点で霊基がカルデアに記録される。

 要するに、それは健常な状態のサーヴァントの設計図。霊基再臨はそれをベースにして、一段階の底上げを行うものだ。つまり現状ラーマの設計図を持ち合わせていないボクらに、彼を再臨する方法はない……そういうことだね』

 

 唐突に声を挟んできたロマニ。彼の言葉を肯定するように頷くジャンヌ。

 ナイチンゲールを振り払ったラーマがそこで、彼女たちの方を向いた。

 

「ああ、その霊基再臨というのは分からんが

 ……とにかく、余の正常な霊基を知る者がこの特異点に呼ばれているのは確かだ。

 その者に協力を仰げば、余の霊基の補強は叶うはずだ。

 ―――なので悪いが、余の目的であるその者の捜索を手伝ってほしい」

 

 申し訳なさそうに顔を伏せるラーマ。

 その様子を流し、ジャンヌの方へと視線を向けるナイチンゲール。

 

「彼の言うことは信じてもよいのですか?

 その霊基の修復とやらが、半壊した心臓を修復する手助けになると?」

 

「あれ、看護師さん。確認とるなんて大分話を聞くようになった?」

 

「事実として彼女は心臓が壊死する速度を弱め、彼の体調の回復に貢献しました。

 私の知らない病魔の治療法を理解している、というなら協力を求めます」

 

 茶化すビリーを軽く睨み、すぐに彼女はジャンヌへと視線を戻した。

 事実として治療の助けになった彼女の言葉を待つ。

 ジャンヌは少し悩みながらも、しかし確かに首を縦に振る。

 

「霊基再臨が可能かどうかはわかりませんが、その方の協力があれば呪詛の解除ももう少し進められるかもしれません。可能性はあると思います」

 

 ジャンヌの返答に大きく一度頷いてみせるナイチンゲール。

 彼女はそのままラーマの方へと視線を向けた。

 その視線は言い淀んでいる言葉があるように思われるラーマを睨んでいる。

 

「そうですか、では早急にその相手を捜索しましょう。

 誰を探せばよいのですか? 早く教えなさい。時間の浪費はあなたの寿命を削ります」

 

「待て!? にじり寄るな!」

 

 再び、今度は情報を求めてラーマに迫るナイチンゲール。

 

 それを見ながらううむ、と悩む立香。

 そんな彼女に対してブーディカが問いかける。

 

「どうしたんだい?」

 

「―――東側はほぼケルトのもの、ってことはその人は西側にいるのかな。

 だとすると……エジソンかエレナ、カルナが知らないはずはなくて……うーん?」

 

「どこかに隠れてる、か。それこそジャンヌに感知してもらうしかないかもね……

 あたしの戦車よりは、タイムマジーンにジャンヌを乗せて空中から探す方がいいかな。

 それも危険だからできれば避けたい方法だけど……」

 

「そう、だね。とりあえず他の物資やなんかのためにも召喚サークルの設置を優先して、そこからラーマの尋ね人探しをするのがいいかな?

 あ、エジソンたちに分けてもらえれば食糧なんかもこっちからカルデアの方に送りたいね」

 

 あとお酒、と。分かりやすくひとりを思い浮かべながら口にする立香。

 

「―――っ、その者の名はシータ。余の妻、シータだ。

 ……恐らく見れば、そうと分かる容姿をしているだろう」

 

 ナイチンゲールに詰め寄られたラーマは遂にその名を白状する。

 見れば分かる容姿、とか。妻を探すのになぜ言い淀んでいたのか、とか。

 いくつか疑問を浮かべながらジャンヌは首をひねる。

 

『―――英雄ラーマの妻、シータ。確か彼女は……』

 

「ああ! 余の半身とさえいえる彼女と出会うことができれば、間違いなく余の正常な霊基は観測できる! そうすれば何の問題もない。余の快復が叶った暁には、どのような敵であれ余の刃で討ち取ってみせよう!」

 

 そう言い切った彼の首根っこをガシリと掴む腕。無論、ナイチンゲールのものだ。

 

「いいでしょう。それが治療に必須、というなら議論の余地はありません。

 すぐに捜索にかかるべきです。ですが、私では件の彼の妻を見つけてもその治療行為に知識が足りません。ジャンヌ・ダルク、あなたの同行を要請します」

 

 言われたジャンヌはすぐに立香へ視線を向け、

 

「私だけではなく、マスターたちとともに。こちらも時間が多くあるわけではありません。

 出来る限り効率的に問題の解決を図りたいと思っています」

 

 返された彼女の言葉に立香たちをちらりと見るナイチンゲール。

 

「もちろんこちらも、効率的かつ迅速に対応できるのであればそれに越したことはない。

 彼女たちがその助けになるならば、是非とも協力を。では行きましょう。必要であればアメリカ全土を巡る必要があるのです。一秒とて無駄にはできません」

 

「ちょ、まっ……!」

 

 そのままラーマを引きずりながら歩き出そうとする。

 彼が上げようとした悲鳴を無視して、彼女は進軍を開始して―――

 

「待って。まず……うん、どう回るかを決めよう。手分けして探せるならそれでもいいし。

 まだ私たちの仲間がいるから、最初にきっちりと決めちゃおう」

 

 手を挙げて、彼女のそう告げる立香。

 言われた彼女は一瞬止まり、立香の方へと顔を向ける。

 交錯する視線。目を合わせたナイチンゲールは一瞬だけ目を細め、しかし同意を示した。

 

「いいでしょう。では、まずその仲間という方たちとの合流を」

 

 じゃあ着いてきて、と立香は先導しながら歩き出す。

 と言っても向かう先は結局のところこの村の入り口なのだが。

 

 

 

 

「そうね……じゃあこのルートを通って、この位置まではブーディカの戦車で。

 そこで一度待機して、ロビンさんに偵察を任せて……」

 

 戻ってみると、入り口にどこかの家から引っ張ってきたのかテーブルがある。

 その上に広げた地図を指差しながら、ツクヨミは指示を飛ばしていた。

 一時間以上経っているはずだが、彼女たちがここで討ち入りの予定を立てていたのだろうか。

 

「あ、先輩。ラーマさんの呪詛は……」

 

「うん、完全には解除できなかった。それで、現時点からの目的にラーマの奥さんのシータっていうサーヴァントの捜索を含めたいんだけど……」

 

 彼女に気付いたマシュの声に応え、そのまま状況を説明する。

 ラーマの復調は完全でなく、それを可能な限り良い状態に持っていくために必要なことだと。

 聞きながら悩んでいたツクヨミが地図を睨んでいた視線を外し、ロビンを見上げる。

 

「偵察中にそういう話を聞いたこと、ありますか?」

 

「いや? ケルトに反抗しながらアメリカに属さないサーヴァントがいるなら、こちとらレジスタンス。引き込むためにさっさと声かけて―――」

 

 そこまで口にしたロビンが黙り込む。

 その反応を見て、ツクヨミたちは首を傾げた。

 

「ああ、いや。絶対に違うがひとり放置してるサーヴァントがいるな、と思い出しただけですよ。

 真名も分かってるからスルーしてくれ」

 

「? 協力を要請できるサーヴァントなら教えてください。

 今はどれだけ戦力があっても足りませんから」

 

「私たちもその話は聞いていないが?」

 

 ジェロニモにまでつつかれ、ロビンは嫌そうに天を仰いだ。

 

「あー……場所はそれこそこっからなら霊地までの通り道だ。

 言うまでもなくケルトの勢力圏なんだが……やってることと言えば、あー……アイドル、だ」

 

「アイドル……?」

 

 首を傾げる単語の登場を受けつつ、マシュはひとりのサーヴァントを思い出す。

 真紅の少女。ドラゴンボイスでサーヴァント界の頂点(オリコンチャート)を目指す、幾つかの特異点で出会ったり、彼女自身が特異点まで作り上げたという存在。

 少しこわごわと、彼女はその名を呟くように口に出した。

 

「エリザベートさん系サーヴァントでしょうか……」

 

「うわ、なんだオタクら。あれ知ってんのか。そうだよ、エリザベートだよ。

 破滅的な音で物理的に飛ぶ鳥を落とす勢いで歌ってるアイドル気取りがいるんですよ、ここ。

 まあ放置してるって言ってもあいつ、実際のところ音波兵器としてケルトの進軍を止めてるって言っても過言じゃないんで放ってるところもあるんですがね」

 

「フォ……」

 

 その名前の登場にマシュの頭の上でフォウが耳を畳む。

 尻尾もだいぶへたっているように見える。

 流石のフォウも彼女の歌の直撃はかなり嬉しくないようだ。

 

 なぜエリザベートがこうして特異点にまたもいるのか。

 その疑問に至った立香が考えて、ある考えに辿り着いて小さく呟いた。

 

「アメリカはハロウィンだった……?」

 

「……? いやまあ、ハロウィンの時期といえばハロウィンの時期だが。

 それが一体何か……ああいや、やっぱ言わなくていい。絶対ろくなことじゃない」

 

 直感というより経験則で耳を塞ぐロビン。絶対に聞かない、という姿勢だ。

 そのスタンス、かしこい。立香は素直にそう思った。

 

 その会話を聞いていたジェロニモが訝しげな表情で、ロビンと立香たちに視線を行き来させる。

 

「―――共通の知り合いであるサーヴァント、ということか? どちらも信頼に値する存在であることは間違いないと考えているように見えるが、どうだろうか」

 

「エリザベートはいい子だと思うよ」

 

「いや完全に悪い子ですわ。相当な反英霊ですよ、あいつ。

 まあ、一応今は邪悪ってわけじゃないだろうが……」

 

 溜め息混じりに頭を掻くロビン。

 そんな話をしている彼らの横をすり抜けて、ツクヨミがマシュの方にくる。

 マシュに耳打ちするように小声で問いかけるのは、エリザベートのことについて。

 

「……エリザベートって、あのフランスとローマで協力していた子のことよね?」

 

 彼女が映像記録として確認したものの中に、その少女の姿もあったはずだ。

 角と尾、竜の属性を持つ少女。

 

「はい。ロビンさんの口振りからして、間違いないかと。

 フランスでは清姫さんと一緒に自身と同一存在であるカーミラを倒し、ローマではネロさんとアルテラさんの決戦を、その……歌で、こう……

 お、応援してくださって? 逆転の一手を導くほどに貢献してくれた方です」

 

 その紹介を聞いていたジャンヌもだいぶ渋い顔をしている。

 実際彼女の貢献がなければ、ローマにおけるアルテラの戦いは負けていたかもしれない。

 もちろん、フランスにおけるアナザーウィザードの決戦とて同様だ。

 歌のアレささえ気にしなければ。そう、歌を気にしなければ。

 彼女はカルデアにとてつもなく貢献してくれたサーヴァントのひとりなのだ。

 

「……そのエリザベートが誰か知らんが、こっからどうすんだよ。

 マスターが言うように霊脈の方にカチ込むのか?」

 

 椅子に座り、頬杖をつきながら。機嫌の悪そうなモードレッドはそう立香にそう問う。

 その様子にふむ? と小首を傾げつつツクヨミを見る立香。

 なにか? という視線を返されて、放置しておこうと即座に決める。

 

「そうだね。霊脈がケルトの方にしかないなら……そうなるかなぁ。

 タイムマジーンやラーマに使えそうな治療薬なんかを含む物資を呼んだら、シータの捜索を……いや、そこまで行ったら一回デンバーに戻ってアメリカ軍も動かしてもらった方がいいかな。ケルトのサーヴァントと戦う機会があるなら、知らないか訊きたいところだけど……

 とりあえずは足であるタイムマジーンの確保のため、ケルトの領地にこの戦力で攻め込む。ナイチンゲールは何か問題があると思う?」

 

「―――いえ。その足になる乗り物、というのは移動力を改善するのでしょう? 物資を増やしつつそうする、というなら文句はありません。方針が定まったのならば、早急な行動を」

 

「うん。その道中でエリザベートに声をかけて、合流できるようならしてもらおう」

 

 マジかよ、というロビンの視線を流しつつ立香はブーディカを見た。

 移動は迅速に、というのなら彼女の宝具以外にない。

 この特異点にきてから彼女の宝具の使用時間が途轍もないことになっているが……

 場合によっては令呪を切ってでも使ってもらわなければならないだろう。

 今の状況、移動時間の短縮はそれだけの価値がある。

 

 あくまで移動だけで戦闘にはあまり使っていないから大丈夫だとは思うが。

 

 

 

 

「ありがとー! ありがとー! みんなー! アタシの歌のためにこんなにー!」

 

 死屍累々。

 女王メイヴが増殖させた兵士たちは、東側から西側に流れ込む途中。ルート上にあるからと通りかかった町に入るたび、そこで轟く怪音波に脳をやられて倒れ伏していた。

 彼らにまっとうな思考能力はなく、ただ蹂躙すべく戦うだけの怪物同然の存在。

 だからこそ目の前に立ちはだかるドラゴンの咆哮を前に集い、当然のように全滅することを繰り返していた。倒れた兵士たちはそのまま消えていくが、すぐに後続の兵士たちは流れ込んでくる。

 

 ―――実質的に満員御礼。リピーターも上々。

 もはやエリザベートは世界を取ったとさえ言えた。

 彼女の歌の歌詞が流行語として一世を風靡する日は近いとさえ思われる。

 いつ彼女のファッションが流行ってもいいように、今回の彼女は普段以上にキメキメだ。

 フリルたっぷりドレスのスカートを揺らしながらドラゴンブレスを町中に轟かせる。

 

「―――いや、うん。これが竜種か、なるほどな。

 驚くほどの肺活量、いや声帯? うーむ、どちらかというとあれだな、神言の類だ。

 言葉の持つ音自体に破壊力が満載だ」

 

 などと。一周回ってワンチャンスカウトの可能性もある言葉が彼女に届く。

 はて、と。エリザが自分が歌い始めると同時に倒壊した家――恐らく丁度たまたま偶然寿命がきたのだろう――の上から、声のする方へと視線を向ける。。

 そこには巨大な棍棒かと思うような剣を肩に乗せた、半裸の偉丈夫が立っていた。

 他に人はいない。自分が気持ちよく歌っているうちに、あーんなにいたオーディエンスはいったいどこへ行ってしまったのか。

 

 むすっとしながら彼女は男の方へと声をかける。

 

「なによ、アンタ。アタシのステージを邪魔しようっての?」

 

「いやいや、そういうわけではない。まあ、サーヴァントを見かけたからには一応訊かねばならんという話だ。

 ―――ランサー? と見受けた。どうだ、俺たちの側につかんか? まあ生憎なことに、こちらは人理を滅ぼす側なんだがな」

 

 いっそにこやかにさえ見える様子で彼―――フェルグスはそう告げる。

 その言葉にぴくりと肩を揺らし、エリザはくるりとスタンドマイクを回す。

 スタンドマイク―――即ち、槍と化した監獄城チェイテ。

 

「へえ! アタシをスカウトってわけね! アイドルを見る目だけは褒めてあげる!

 でもお生憎様、アタシ地下営業って向いてないの! っていうかアタシ、狭いハコはトラウマ的にノーサンキュー! 人理焼却だのなんだの、暗いところのある事務所に所属なんてナシ!

 アタシをスカウトしたいなら、大手のプロデューサーになって出直してきなさい!」

 

 くるりくるりとステップを踏みつつ決めポーズ。

 同時に向けられる槍の穂先を見ながら、困ったような顔を浮かべるフェルグス。

 彼は手で軽く顎を撫でながら、今向けられた言葉を反芻する、が。

 

「うむ……うむ、言ってることが半分も分からんが……

 まあ、拒否されたということは分かるのでよし。では殺すか」

 

 さっさと思考を切り上げて、彼は勢いよく剣を振り下ろした。

 剣圧で砕け散った地面が砂塵を巻き上げる。

 一太刀でその力を見せつける彼を前に、エリザベートは眉を吊り上げながら槍を構え直した。

 

 

 




 
歌は気にするな!
ドラゴンのソニックブレスとアパッチのおたけびが合わさり最強に見える。
 


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オペとドリルと輝く王剣1820

 

 

 

 柱か棍棒か、あるいはドリルか。というような形状の巨大な剣、カラドボルグ。

 それが振り抜かれると同時に吹き飛ぶ彼女が立つ家の残骸。

 竜の翼を広げ、空を舞うエリザベート。彼女の眼下で廃材のアスレチックは微塵に粉砕され、撒き上げられた。

 

「おお? 角に尾に翼に……そして超音波。

 まさしく竜だな、うん。いやはや、もうちょっと成熟してれば楽しめたかもしれん。

 どっちの意味でもな」

 

 じろじろと少女の角の先から爪先まで見回して、そう口にするフェルグス。

 

「何よそれ、馬鹿にしてくれちゃって!」

 

 それに反応してエリザは槍を返し、投擲の姿勢に入る。

 槍であり居城であるチェイテ。その形状はともかく、本来の質量は城のそれ。

 彼女が空中で振り抜きながら手を離すと同時、その槍は巨大に膨れ上がった。

 

「む」

 

 城そのままとはいかずとも、槍にはありえない超質量。

 上から迫りくるそれを、彼はカラドボルクを両腕で構えて受け止めた。

 

 みしり、と咆哮するフェルグスの筋肉。

 同時に彼は口の端を吊り上げて、巨大な槍を受け止める巨大な剣を思い切り振り抜いていた。

 弾き返される監獄城チェイテ。それは大きく回転しながら無事だった家屋を消し飛ばしつつ、大地に墓標の如く突き立って止まる。

 

「ウソ、デジマ!?」

 

 槍が解放されていた城塞を収め、再び槍のサイズに戻っていく。

 家屋の中に沈んでいく己の槍を見ながら、エリザが眉を吊り上げる。

 剣を構え直すフェルグスを睨み、竜の鱗を立てた尾を振るうべく撓らせて―――

 

「ぬぅん―――ッ!」

 

 その前に、相手の巨躯が大地を砕き空へと舞い上がっていた。

 

 咄嗟に体を揺らし、竜の尾を振り抜くエリザベート。

 自身に向けられたその竜鱗の一撃を前に、フェルグスは悠々と剣を振り返した。

 尾と剣が激突し、一瞬のうちに弾き飛ばされる少女の肢体。

 

 それは家屋の残骸を薙ぎ払いながら地面に叩き落とされ、盛大に転がった。

 

「く、ぁ……!」

 

 どかん、と。巨躯を支える足が地面を踏み砕く。

 着地の衝撃で埋まった足を引き抜きながら、フェルグスは歩き出した。

 

 必死に起き上がり、槍が放り込まれた残骸の方へと視線を向けるエリザ。

 カラドボルグを肩に乗せ、彼女に対して歩み寄りながら口を開く。

 

「闘志が尽きていないならば槍を探り当てるまで待ってやるのも一興だが……

 まあ、童女を甚振るような真似は―――」

 

 そう口にしつつ、彼は足を止めて視線をずらした。

 フェルグスが振り向いた先には、轟音を立てて疾走する鋼鉄の馬。

 二輪の脚で砂塵を巻き上げ向かい来るその姿を見て、彼は楽しげに顎に手を当てた。

 

「おお、クー・フーリンの奴が逃がした連中か。ははは、命拾いしたな。

 お前が立てた城を見て、どうやら助けに全力疾走―――」

 

 瞬間、雷光が奔る。

 赤い稲妻を纏ったクラレントが投げ放たれ、フェルグスに向かって殺到していた。

 それを思い切り上から叩き落とす彼の振るうカラドボルグ。

 

 だが次の瞬間には剣を振り抜いた彼の顔面に、モードレッドの蹴りが叩き込まれていた。

 

「――――く、フッ!」

 

「かっ飛んどけ―――ッ!」

 

 そのまま魔力が雷光となって炸裂する。

 顔面にその雷撃が直撃したフェルグスが大きく吹き飛び、瓦礫の山へと激突した。爆発したように上空に撒き散らされた残骸が雨のように落ちてきて、彼の姿を中へと埋める。それに続くように乗り捨てられたライドストライカーが瓦礫に突っ込み、転倒して滑っていった。

 

 弾かれ地面に叩きつけられていたクラレントを拾い上げ、軽く振るうモードレッド。

 払った刀身をそのまま肩に乗せ、鎧をガチンと叩いて鳴らす。

 

「……ちょうどいいぜ。テメェらにだけじゃなく色々としてやられたストレス解消にはな。

 おら、立つまでは待ってやる。そっから先は、テメェの首を飛ばすまではノンストップだ」

 

 ドガン、と。フェルグスの足が瓦礫を一部吹き飛ばし、その巨躯をのっそりと起こす。

 モードレッドの全開の殺気を心地良さそうに浴びながら、彼は表情を崩した。

 

「それは楽しみだな。折角の戦場だというのに戦闘に恵まれないと思っていたが……

 いやはや、流石はクー・フーリン。あっちの奴は随分と楽しんでいたと見える。

 こっちの奴とは大違いだ」

 

 彼はそう言って呵々と笑い、

 次の瞬間突き出したカラドボルグがクラレントと激突して爆ぜた。

 盛大に火花と雷を散らし、周囲に残った家屋の残骸を焼き尽くしていく。

 

「オォオオオオオ――――ッ!!」

 

「ハハハハハ―――ッ! ようやく滾ってきたな――――!!」

 

 技巧はあえて尽くさず、正面から刃を叩きつけ合う決戦。

 押し込まれるモードレッドは魔力を爆発させて強引に体を押し出し、逆にフェルグスの方を押し込まんと力任せに剣を振り抜いていく。

 

 文字通りの一進一退。

 その決戦へと視線を送りながら―――

 

 置いてけぼりになったエリザベートが、瓦礫の後ろに隠れながら身を縮こめていた。

 螺旋剣に引き裂かれた雷撃が周囲に散り、バチバチと空気が爆ぜる中。彼女は軽く涙目になりながら、その状況への疑問を思い切り吐き出す。

 

「もう! いったい何なのよぉ! アタシが何したっていうの!?

 ただ歌ってただけじゃない!」

 

「―――いや、オタク。結構なことやってますよ?」

 

 そんな彼女の背後から声がして、エリザはすぐさま振り返った。

 が、当然のように誰もいない。

 ―――と思いきや、緑衣が軽くはためいてそこにひとりの男が姿を現してみせる。

 気怠げな表情を浮かべながら、彼は手にしたエリザの槍を地面に突いた。

 

「アンタ……グリーン! グリーンな森ネズミじゃない!」

 

「人を色で判別しないでくれますかねぇ!」

 

 グリーン呼びされたロビンを声を荒げ、彼女の槍を突っ返す。

 それを受け取りながらエリザは自信満々そうに胸を張った。

 

「安心しなさい、ただ衣装が緑だからグリーンなんじゃないわ。

 アンタの立ち位置の地味さがまさにグリーン! っていう感じだからグリーンなのよ」

 

「全世界の緑色に謝れドラ娘!」

 

「で、なんでアンタがここにいるのよ森ネズミ」

 

 けろりと話を変える彼女に眉をひくつかせ、しかし話を続けてる状況じゃないと思いなおす。

 

「……さっきのモードレッドのバイクに同乗させてもらったんですよ、“顔のない王”で姿隠しながら。最悪、何かあっても二人程度なら十分姿隠してやり過ごせるからな」

 

 言いながら彼は腕に装備した弓に矢を番える。向ける先はフェルグス―――ではなく、空。

 その様子を見ながら目を細めるエリザベート。

 

「ちょっと、どこ狙ってるのよ。敵はあっち、あっちのマッチョでしょ?」

 

「んなこた分かってるっての。これはただの合図だよ」

 

 一射。放った瞬間から煙の尾を牽きながら、彼の放った矢は曲線を描いて飛んでいく。

 遠くから見ても分かるような、明確な合図。それが高度を得て、見える場所まで届いた瞬間。総員を乗せた戦車が砂塵を巻き上げながら疾走を開始していた。

 町からはまだ離れているが、一気に遠くで砂が舞うのを見てロビンは戦場へと視線を戻した。

 

 横薙ぎに振るわれるカラドボルグを体を倒し躱す。

 そのまま前に踏み込み、足を斬り飛ばさん勢いでクラレントを振るう。

 だがフェルグスには切っ先が届く前に大きく後ろに跳ばれてしまった。

 

 届かなかった刃が空を切り、しかしその直後に体勢を戻しつつ返す刃で再び斬り付ける。

 同時に返ってきたカラドボルグ。

 両者の刃が空中で衝突し、またも大きく火花を撒き散らした。

 

 空に上がった煙を出す矢を見たフェルグスが小さく唸る。

 

「ふむ、他の連中もくるか。ならば早々に……まずお前は討ち取らんとな」

 

 モードレッドが啖呵を返す間もなく、クラレントとぶつけ合うカラドボルグが唸りを上げる。

 大気を蹂躙する魔力の渦。それが彼の手にあるドリルの如き刀身の剣に渦巻いていた。

 それを理解したモードレッドが魔力を迸らせ、赤雷と変えて吼え立てる。

 

「やってみやがれ――――ッ!」

 

 互いに大きく踏み込んで相手を大きく弾き飛ばす。

 お互い押し込まれ地面を滑りながら開いた距離で、奥義を繰り出すべく振り上げ合う得物。

 振り上げたままに剣に魔力を注ぐモードレッドの前で、フェルグスはカラドボルグの刀身を思い切り大地に振り下ろしていた。

 

「真の虹霓をお見せしよう、いざ“虹霓剣(カラドボルグ)”―――――!!」

 

「“我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)”―――――!!」

 

 赤雷を纏う血色の極光が奔ると同時、大地を割りながら虹が地上に立ち上る。

 竜が天へ上るが如く空にかかる虹霓がモードレッドへ向け迸った。

 虹色の輝きと血色の極光が激突し、拮抗。

 

 その状況を迎えたフェルグスが楽しげに口元を上げた。

 

「はは! 俺のカラドボルグと撃ち合うか! 流石は円卓に名を連ねたる騎士といったところだが……機会があれば、その名轟く聖剣とも撃ち合ってみたいものだ!」

 

「余裕こいてんじゃ……!」

 

「では一気に押し込むぞ!」

 

 彼の握る螺旋剣の刀身が、ドリルの如く回転を開始する。

 噴き出す虹の光は更に増して、クラレントの光を押し流し始めた。

 

「ぐっ……! 舐めるな―――ッ!」

 

 魔力が爆発し、雷と極光が迫る虹の津波を押し返す。

 が、押し返したそばからすぐさま更に氾濫する虹に呑み込まれていく赤の極光。

 

 それがモードレッドまで届くかという、その直前。

 

 白馬の牽く戦車が彼女の後ろにつけ、そこからひとり飛び出していた。

 持ち主の身の丈ほどにもなる巨大なラウンドシールド。

 それを突き出し、虹霓の只中に飛び込む彼女はその銘を叫ぶ。

 

「“疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”―――――!!」

 

 光の盾が二人の前に顕現し、迫りくる虹の津波を受け流す。

 マシュが展開した盾の後ろで、魔力を振り絞っていたモードレッドが片膝をついた。

 

「くそっ……!」

 

「モードレッド、こちらへ!」

 

 魔力切れの近い彼女を引き戻すジャンヌの腕。

 それを見送りつつ、カラドボルグの一撃を受け流し切った相手を見据えてフェルグスは笑った。

 

「間に合わなかったか。まあ、よし。全員纏めて叩き潰せばいい……

 うん? なんだ、ベオウルフの奴。姫君を取り戻され―――」

 

 彼の視線は戦車に同乗していたラーマへ向かって、しかしすぐさま口を噤んだ。

 それに反応して身を乗り出すラーマ。

 

「―――貴様、シータの居場所を知っているのか!?」

 

 問い詰められてやはり、と表情を渋くするフェルグス。

 彼は軽く頭を掻き、仕方なさげに口を開く。

 

「……口が滑ったな、片割れの王子の方だったか。

 似ている上に雰囲気が弱々しいから姫君だと思い込んだ。死にかけているだけか……

 まあ、ここまで口を滑らせたらあとは同じようなものか。うむ、お前の女の場所は知っている。あれだ。教えて欲しければ俺を倒せ、的な感じでいこう」

 

 そこまで語ってさっさと話題を打ち切るフェルグス。

 彼はカラドボルグを担ぎ直し、軽く首を回す。

 

「―――よくぞ言った。ならば余が直々に……! ぐぇっ!?

 おい、待て、なぜ縛る! おい!!」

 

 戦車から飛び出そうとしたラーマの首根っこを捕まえ、縛り出すナイチンゲール。

 物理的なドクターストップをかけられているラーマを横目に、立香が立った。

 そのままフェルグスに対して、声を張り上げ問いかける。

 

「ねえ! 主に女が好きな人は、なんでこの世界を滅ぼす側についてるの!」

 

 その呼び方に他のサーヴァントたちは目を丸くし、ツクヨミは呆れたように彼女を見る。声を向けられたフェルグスはそれが自分のことだと疑いもせず、気にした風もなさそうに笑い飛ばした。

 

「さてなぁ……無理矢理協力させられてるのかもしれんし、友誼かもしれん。

 もしかしたらただ戦いたいだけ、ということもあるかもしれんな。

 俺たちが人理より自分の享楽を優先するようなもの、と言われても否定はできんしなぁ」

 

「―――つまりあなたたちは異物であり、病巣である。それを認めるということですか?

 そもそも大勢の怪我人・病人を生むこの戦いの首謀者であり、この世界の患部であると」

 

 ラーマを完全に固定したナイチンゲールが戦車を降りる。

 白い手袋をはめ直しながら地上に降り立つ彼女は、敵か否かを彼に問うていた。

 無論、と。フェルグスはその問いに答えを返す。

 

「応とも。俺たちが異物でなくてなんだという。首謀者かというと怪しいが。

 だがまあ、異物は異物なりに呼ばれたからには楽しくやる、その程度の話だ。お前たちには迷惑だろうが、残念ながらケルトの人間はそういう連中の集まりだったんでな。

 まあ、今のうちの王様がどう考えているのかは……俺からは言うまい。親しき仲にもなんとやら、という奴だ」

 

 彼はどうせなら楽しんで、という理由でそちらにつく選択を是としたと言う。

 それを聞いたナイチンゲールは一切の迷いなく、動作を開始した。

 

「では、切除を開始します。あなたたちが王と呼ぶ病巣もすべて」

 

「適切な処置だと言えるだろうな。まあ、出来るならの話だが」

 

 フェルグスの言葉が終わる前に、ナイチンゲールは銃を抜いていた。

 即座の発砲。連続して轟く銃声を聞き、それを剣で弾こうとして―――

 しかし彼は、大きく横に飛ぶことで回避することを選択していた。

 

 着地しつつナイチンゲールと別の方へと視線を送る。

 そこに立っているのは、残念そうな表情を浮かべたビリーの姿。

 その手の中には今まさに発砲したことを示す、硝煙を上げる銃口。

 

 ナイチンゲールの発砲に完全に合わせて銃声を被せる、発砲した事実を隠した銃撃。それがフェルグスが迎撃を選んでいたら弾けなかっただろう位置に着弾し、地面を抉っていた。

 

「ふむ……速い。が、銃弾の方はどうとでもなろう。

 ―――ああ、それとカルデアのマスター。お前にひとつ訂正がある」

 

 事も無げにビリーから意識を外し、立香へと視線を送るフェルグス。

 

「俺は主に女が好きなのではない」

 

 ピンが飛ぶ。その直後、即座にフェルグスを向けて舞う黒い球体。

 ナイチンゲールの投擲した手榴弾だ。

 

 安全装置は解除され、数秒後の爆発が見えているそれ。

 そんな爆発物を前にフェルグスは悠々と手を伸ばす。

 巨体に相応しい大きな手が、宙を舞う手榴弾を掴み取り、握りしめた。

 

 当然のように手の中で爆発する爆弾。

 何でもないように手を開き、その破片を手の中から放り捨てつつ彼は笑う。

 

「主に女が―――大! 好きなのだ! そしてそれと同等以上に、血の滾る戦いがな!」

 

 迫る鉄拳。当たり前のように殴りかかってくるナイチンゲールを、彼は腕を振るって薙ぎ払った。同時に視界外から飛び込んでくる矢。ロビンフッドの援護射撃を受け、彼は離れた位置に陣取るロビンとエリザを見た。

 

 まず彼の体がそちらへと向かって大きく踏み込む。

 

「ちょ! 何してんのよネズミ! こっち来ちゃうじゃない!?」

 

「予想外……! あ、悪いけど槍でどうにかしてくれない?」

 

 まさかまずこちらを向くとは、と。

 ロビンが射撃を継続しながら、エリザに対して迎撃を要請する。

 どちらにせよそうするしかない現状、咄嗟に彼女は槍を持ち上げて構えた。

 

 が、彼女たちに届く前のその間に白い旗が翻る。

 振り抜かれるカラドボルグを受け止める、フランスを示す旗。

 螺旋剣が旗と激突し、ジャンヌが踏み堪えた地面が激震する。

 

「っ……!」

 

 そのまま旗を操り、受け流すための姿勢に入る彼女。

 ギャリギャリと音を立てながら削りくるカラドボルグが逸らされ、地面へと叩きつけられた。

 

 粉砕される大地が破片を巻き上げ、それに紛れるようにナイフが一閃した。

 身を躱しながら振り抜く足が、ジェロニモの体を吹き飛ばす。

 

「くっ……!」

 

 押し戻されてくる彼の体を避けながら、再びナイチンゲールが迫る。

 突き出される拳を胸で受け止めたフェルグスが、一歩分押し込まれた。

 そのままロビンの矢とビリーの銃撃から逃れるため大きく後ろに跳ぶ。

 

 同時に螺旋剣に魔力が渦巻き、その破壊力を引き出すための前兆を見せる。

 

「ふむ、流石にそちらの手が多すぎてどうにもならんな。

 その上、先に見た盾といい旗持ちといい守りには事欠かないと見える」

 

 後ろで待機している戦車も守護のためのそれ。

 あそこにいて戦場に加護を与え続ける以上、更なる守りと合わせればカラドボルグですら突破は困難と言わざるを得ない。

 さてどこから崩すか、と。楽しげに笑みを浮かべるフェルグス。

 

 そんなフェルグスを見ながら、歯軋りしながら魔力の回復に努めるモードレッドにツクヨミが小声で声をかけた。

 

「……宝具のために令呪を使うわ。行ける?」

 

「―――ったりめーだ。このまま引っ込んでられるか」

 

 言って走り出すモードレッド。

 攻撃力という点でフェルグスに追従できるのは、この場で彼女の剣だけだ。

 彼女を送り出したツクヨミが立香と顔を会わせて頷き合う。

 

 すぐさま戦車を降り走り出す彼女の背を見送って、ブーディカへと声をかける。

 

「ブーディカ!」

 

「ああ!」

 

 手綱を引き、白馬を嘶かせ、彼女はその剣を振り上げる。

 自然と引き寄せられるフェルグスの視線の前で、その剣は光を帯びた。

 

「“約束されざる勝利の剣(ソード・オブ・ブディカ)”――――!」

 

 放たれる無数の光弾。

 真名解放の攻撃とはいえ、威力はそこそこ。彼の力と魔剣カラドボルグをもってすれば、容易に凌ぎ切れる程度の攻撃だ。

 だがそれはフェルグスを狙うのみならず、地面へと無数に着弾して砂塵を巻き上げていた。

 

 微かに眉を顰める彼に対し、その攻撃に合わせたナイチンゲールとビリーによる射撃も続く。剛力でもってカラドボルグを振り回し、それら全てを迎撃するフェルグス。

 ある程度視界が晴れると同時に、彼は周囲に視線を巡らせた。

 

 銃弾は来るのに矢が来ない。

 エリザベートは槍を地面に突き刺しているが、先程まで一緒にいた緑衣のアーチャーは消えている。戦車から走り出した白衣のマスターの姿も消えた。

 

 ―――そのマスターだけをアーチャーが逃がした、ということはあるまい。

 恐らくはアーチャーの力で身を隠しているのだろう、ということに予想はつく。

 だがさて、こちらのカラドボルグの範囲を前に人間が前に出るなど自殺行為でしかないが……

 

 砂塵を突き抜け、モードレッドが来襲する。

 魔力はまだ戻っていないだろう。少なくとも宝具を解放できるほどには。

 

 薙ぎ払うカラドボルグを正面から受け止めて、彼女は魔力を放出する。

 無論、今の状態でこの方法による攻防を数度行えばそれだけで彼女の魔力は尽きるだろう。

 

「となれば―――逆転のための一手まで、二手も三手もかからんものと見た」

 

 モードレッドと切り結ぶ内にも射撃は容赦なく彼を狙う。

 カラドボルグの巻き起こす魔力の渦で弾き切れないものは、最早必要経費。

 急所だけは避けつつ体で銃弾を受け止めながら、彼は凄絶に笑う。

 

「エリザベート!」

 

「ええ、よく分からないけど歌えばいいのね!?」

 

 立香の声に応え、エリザベートはチェイテ城を現界させる。

 大地に突き刺した槍の背後に聳え立つ監獄城。アンプでありスピーカーであるその居城を背負い、彼女は翼を広げて地面に突き刺した槍の上に飛び乗った。

 

「どんな状況だろうとオーディエンスに求められれば応えてみせるのが一流のアイドル!

 さあ、リクエストナンバーよ! 盛大に魅せてあげる!」

 

 そう言い歌う彼女の喉から轟くソニックブレス。

 放たれる瞬間にモードレッドが飛び退り、同時に破滅の超音波がフェルグスを襲い来る。

 周囲のサーヴァントたちまで耳を押さえながら顔を顰める地獄の中、フェルグスは堪えながらやはり周囲を見回してみせた。

 

 この範囲攻撃の中、しかし姿を消した二人が見当たらない。

 音圧は明らかにフェルグス周辺が最も強い。アーチャーはともかく、マスターの方は耐えられまい。忍び寄っているということは恐らく、ない。

 

「となれば……!」

 

「エリザベート、ストップ!!」

 

「ふぇ、もう!?」

 

 ドラゴンブレスを引き裂く立香の声。

 突然の静止に声を止め、バランスを崩したエリザベートが転がり落ちる。

 彼女の背後で監獄城が沈んでいく。

 

 突然の打ち切りに怪訝な表情を浮かべるフェルグス―――

 

 その瞬間、彼の目の前でモードレッドの魔力が増大した。

 増えた魔力は全てクラレントに。

 膨れ上がる魔力はすぐさま刀身から溢れ出し、血色の光と赤い稲妻を纏う光の刃を形成する。

 

「令呪か―――!」

 

 王剣を手にモードレッドが踏み出した。明らかに極光を放つための動作ではない。それは極光を纏った刃で直接フェルグスを斬り捨てるための踏み込み。

 だがフェルグスのカラドボルグは常に臨界させたまま戦っていた。この程度の隙の作り方では、彼の宝具の発動の方がよほど速い。

 

 天地天空大回転。極限まで加速したカラドボルグの刀身が虹を帯びた。

 あとはそれを大地に突き立てれば、この町だった場所を丸ごと消し飛ばすほどの一撃の準備ができている。

 

「さて、戦車に盾に祈り。それほどの守りを備えたところで、この一撃を防ぎ切れるかな?」

 

 持ち上げた剣の切っ先を大地に向け、正面から向かってくるモードレッドに対し笑う。

 彼女はクラレントを構えたまま小さく舌打ちし―――

 

「“(カレドヴールフ)―――――!!」

 

「チッ……ああそうだよ、オレの一撃じゃ騎士王の聖剣にさえ匹敵するそれは止められねぇ。

 だから……その前にオレの刃で斬り捨ててやるよ―――!」

 

 モードレッドが咆哮する。同時、フェルグスの頭上で緑衣が翻った。

 

〈エクシードチャージ!〉

 

 天上から放たれる赤い光。

 それはカラドボルグを構えたフェルグスの腕に直撃し、彼の動きを封じてみせた。

 あと振り下ろせばいいだけの腕が動かなくなったことに。そして頭上に現れた二人の姿に。

 フェルグスがその眉を吊り上げた。

 

「な、に……!?」

 

 彼に光弾を放った白い少女と、それを抱えたアーチャー。

 彼女たちは勢い余って彼を飛び越えてそのままフェルグスの後ろに落下し、何とかアーチャーの方が受け身を取るように転がっていく。

 

 その勢いこそ腑に落ちた。エリザベートの歌はただの目、あるい耳晦ましでしかないと。

 本当に必要だったのは、この一瞬のための跳躍。

 フェルグスとモードレッドが宝具を構え合い激突する寸前、その一瞬前にフェルグスに気付かれないよう辿り着くための――――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 エリザベートの超音波を浴びせ、フェルグスの周囲の警戒を一段下げてから高所から落下する勢いも合わせてフェルグスに急速で接近。こうして動きを一秒の満たない間しか止められない一撃を当てて――――

 

「“我が麗しき(クラレント)―――――!!」

 

 最後の一歩を踏み切って、下から上に振り上げる軌道で振り抜かれる王の威光。

 ミシリミシリと悲鳴を上げる腕を強引に突き動かし、フェルグスもまた最後の一撃を放つべくカラドボルグを振り抜かんとし、

 

虹霓(カラド)……ッ!!」

 

父への叛逆(ブラッドアーサー)”―――――ッ!!!」

 

 全ての魔力の乗せた刃が、彼の腰から入り肩まで切り裂いていった。

 極光の熱量と赤雷に身を焼かれ、霊基を砕かれ、心臓を破裂させられる。

 カラドボルグを掴んでいた腕から力が抜け、掴んでさえいられなくなり―――しかし、それだけは死力を尽くして握り締めた。

 

 フェルグスの背中から突き抜け、天上へと昇っていく血色の光。

 それが収まる頃に、彼はゆっくりとすっかりと停止したカラドボルグの刀身を肩に乗せた。

 今に全身が砕け、魔力に還りそうになりながら彼はしかと二本の足で地面を踏みしめる。

 

「う、む……はは、やってくれる。負けたら聞かれたことを白状する、などと言ってなければ今のでそのまま消滅していたところだ」

 

「そうだ! シータのことを知っているのだな!? 貴様たち、シータに何をした!」

 

 ぐるぐる巻きにされていたラーマが戦車から身を乗り出し、彼に対して叫んでいた。

 口から溢れる血を飲み下し、フェルグスは微笑みさえしながら答えを返す。

 

「何も。と言いたいが、どうしているかなど俺は知らん。

 ただ……その姫君は、西側の孤島、アルカトラズだったか……そこの牢獄に、捕えているという話だ。言った通り、そこは女王がベオウルフに任せている。くは、流石に辛いな。

 訊きたいことがあるならなるべく早く聞け。敗者の義務分くらいは、答えてやるぞ」

 

「勝敗がつくまえに約束した分はそこだけだろ。それ以上は取り立てねぇよ。

 ―――敗者の義務なんてもんがあるなら、テメェはさっさとそれを果たしな」

 

 未だに白煙を上げるクラレントを肩に乗せ、彼を切り裂いたモードレッドはそう告げる。

 

「ふ―――はは、そうか。では、敗者の義務として、そろそろ……死ぬか」

 

 ぶわり、とその瞬間に彼の体が砕け散り、黄金の光となって散らばっていく。

 完全に退去した彼の残骸を見つめ、モードレッドは小さく舌打ちした。

 

 地面にとんでもない勢いで激突することになったロビンとツクヨミが起き上がり、こちらに向かってきていた。庇われたツクヨミはそうでもないが、ロビンは随分とダメージが大きく……

 

「あぁ、死ぬかと思った。正気かよ、このマスター……つーか痛ぇ……」

 

「ごめんなさい……大丈夫ですか? ナイチンゲールさん、治療ってできるでしょうか?」

 

「ちょ」

 

 ラーマを縛り直していたナイチンゲールがツクヨミの声に反応し、ロビンの方を向く。

 彼女がすぐさま脳内でトリアージし、ロビンに対しての治療のために動き出す。

 当然のように銃を抜いた彼女を前に彼は声を張り上げる。

 

「いやいやいや! 全然大丈夫なんで! めっちゃ元気!?」

 

「それを判断するのは医師の仕事です、死にたくなければ大人しく診察されなさい」

 

 そんな光景を見ながら、エリザは何が何やらと言いたげな表情を浮かべた。

 

「それで……これ、結局どういう状況なのよ?」

 

 

 




 
とりあえず敵は強いアピールのためにモードレッドとクラレントが大体犠牲になってる
はっきりわかんだね


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空と薔薇と白い流星1864

 
オーマジオウガチャに勝ったので初祝福の時です。
ソウゴの新録ボイスいいゾ~これ。
ライダーゲーの新作も出して。
 


 

 

 

「へー、どうせならアタシももっと都会的なところで出たかったのに」

 

 ロビンの案内を受け、霊脈として確保できる場所に向かいつつ説明を受けたエリザベートはそんなことを言った。雑談混じりのロンドンの話のせいだろうが、残念なことにあそこで文明的な体験はあまりしなかったような気がする。

 マシュは苦笑しながら言葉を濁し、周囲を見渡した。

 

 フェルグスの打倒を果たした彼女たちは、そのままの勢いで霊脈があるという近くの森へと向かった。当初の予定は、付近でフェルグスとの戦闘を行った以上、偵察や奇襲をしようと足を止めることの方がデメリットに繋がるだろうという判断だ。

 大々的な戦闘を行った以上、相手が集まってきて囲まれる可能性が大きくなった。ならば速攻で召喚サークルの確保をして、一度撤退するべきだ、と。

 

 一気に乗り込んだ霊脈の位置にケルト兵士は大した数はおらず、電撃的な突撃はあっさりと成功した。状況を見るに、こちら方面に流れていた兵たちは、エリザベートのライブでおおよそ昇天していたのだろう。

 

 そうして確保した土地に盾を設置しながら、今まさに召喚サークルを設置中。 

 

「アルカトラズ、ってなんか最近監獄に縁があるね」

 

 立香はそう言ってツクヨミに話を振る。

 そんな話を振られてどうすればいいのか、と彼女は眉を顰めた。

 

「縁がないにこしたことはないものでしょう」

 

「では……レディ・立香、レディ・ツクヨミ。

 今後の予定を煮詰めましょう。この場で移動手段を確保し、アルカトラズ島に向かう件についてです」

 

 そう言ってナイチンゲールは地図を広げた。

 フェルグスが残した情報、アルカトラズ島にラーマの探す人が囚われているという話。東側、西側どちらでもない大陸外の小島。船が必要になるところだったが、タイムマジーンさえあれば空から侵入できるだろう。

 

 とはいえ、行けば終わりで済む話ではない。

 周囲の警戒をしていたジェロニモが目を眇めながらひとつ名前を思い起こす。

 

「……だが、フェルグスはベオウルフという名を残していった」

 

「ベオウルフ……グレンデルという魔物や、竜を討ったという逸話を持つ英雄ですね」

 

「戦闘になる……のはしょうがないとして、飛んでる間に撃ち落とされる可能性があるのもあんまり嬉しくないっていうか。うーん」

 

 竜殺しの英雄、となれば飛んでる相手くらいどうにかできるだろう。

 そんな何となくのイメージで首を傾げる立香。

 

「そうなったらソウゴにタイムマジーンを動かしてもらうしかないんじゃないかい?」

 

 ブーディカはタイムマジーンの能力……

 ライドウォッチ変更による能力向上を考え、そう口にした。フォーゼなりビーストなり、飛行能力を上昇させる方法はあるのだ。それを活かさない手はないだろう。

 だがそうするには方法がひとつしかない。

 

「……一度アメリカ軍の方に合流し、チームを分け直す?」

 

「―――しかし、ここでエリザベート=バートリーが実質的に行っていた、ケルト兵の()()()を完全に無くすのもあまり上手くはない……即座に決戦に移行しないのならば、だが」

 

「アタシのライブを間引き呼ばわりしないでくれない!?」

 

 ジェロニモに対し吼えるエリザ。

 

 敵のサーヴァントは少なくともまだクー・フーリン、メイヴ、フィン、ディルムッド、アルジュナ。そしてベオウルフ。

 他はまだしも、クー・フーリンやアルジュナが前に来た場合を考えると、ケルト兵を間引くためだけの小さい戦力を孤立させておくのは少し難しい。

 そしてその二人に対抗するためには、ラーマの復帰は必須と言っていい。

 

「……うん。所長にも相談しなきゃだけど、でも三ヵ所に分散するべきじゃないよね。

 ラーマの回復を優先して、とにかく先にアルカトラズを落とすべきかな」

 

「―――あ、先輩。召喚サークル、設置完了です。

 こちらからカルデアへの通信を繋いで、諸々の物資を転送してもらい……」

 

『……いぞ!? 早く撤退するんだ! このままじゃ全滅する!』

 

 マシュがカルデアへの通信を実行した、その瞬間だ。

 ロマニの叫ぶような悲鳴が、この場に響く。その声を聞いた皆がぎょっとした様子で表情を変えて、ツクヨミはすぐさまその相手に問いかけていた。

 

「ロマニさん! 一体何が……!?」

 

『……っ! そちらは……ああ、いや。すまない、そちらの物資は後回しだ!

 所長たちの方で戦闘中で……今、ネロが心臓を貫かれた……!』

 

「……え?」

 

 切羽詰まったロマニの声に、エリザベートが小さく声を漏らす。

 その後ろで、話を聞いていたナイチンゲールが僅かに目を細めていた。

 

 

 

 

 基地から見える地平線に砂塵が立ち、ケルトの兵士たちが攻めてきたことを理解する。

 すぐさま基地内の動きは忙しくなって、迎撃するための機械化歩兵たちはいつでも銃弾を放てるように腕を構えだした。

 

 その光景を遠くに見ながら、正面へと視線を戻す。

 彼の目前に現れ、弓を携えている白衣の男―――アルジュナ。

 相対するカルナは槍を握りしめ、アルジュナを見据えた。

 だがその相手が弓を構えることはない。

 

「―――どういうつもりだ、アルジュナ。多くのことについて、そう問いかけたいところだが……今回は、その弓を構えない理由を問いたい」

 

「決まっている、おまえは先日のカルデアとの戦いで魔力を消耗し回復に至っていない。インドラの槍を解放したからには、貴様の纏う鎧はもはや外見だけのもの。挙句、その槍による一撃を放つだけの魔力も残っていないとなれば、勝負以前の問題だ。ならば、戦うべきは今ではない。

 私はおまえがあちらの戦闘に回らないようにするため、()()になるべくこの場にいるにすぎない。私がおまえを抑え、おまえは私を抑える。両軍にとって、理想的な状況になっているはずだが?」

 

 再び黄金の鎧を纏うカルナを見据える彼は淡々とそう語った。

 何ということはない、という風に。

 

「……そうか。オレに、お前との戦いに死力を尽くせと言うか。抗い難い魅力のある言葉だが……生憎、既にこの国を救わんとする人間の槍となる、と誓った後だ。

 オレのやりたいことばかり考えてはいられん」

 

 槍を握る手に力を籠め、カルナはアルジュナを睨む。

 それを正面から睨み返しながら、アルジュナもまた言葉を返した。

 

「……だからこうしたのだ。おまえがアメリカとカルデアのために動けば、俺もまたアメリカとカルデアという存在の抹消のために動こう。

 ―――おまえは動くな、互いのためにもな」

 

 静かな、しかし激情を孕んだ彼の言葉。そのためならばシヴァの怒りの解放さえ辞さぬ、と。彼の燃える瞳はそう語っている。

 微かに槍の穂先を下ろし、眉を顰めるカルナ。

 彼は横目でアメリカ軍の戦場へと視線を送り、小さく息を吐いた。

 

 

 

 

 剣林弾雨を潜り抜け、炎を纏った剣が閃く。

 そのたびにケルトの兵士がひとり、またひとりと切り伏せられて消えていく。

 背後から機械化歩兵たちがばら撒く弾丸もまた、兵士たちを蹂躙していた。

 

「一度退け、距離を詰められる前に一度私の宝具を使う」

 

 背後からアタランテの声。

 戦闘中のネロの背中を簡単に取ってみせた彼女は、ネロが振り向くと既に彼方の距離にいた。

 

「うむ、味方といえどこうも速さの違いを見せつけられるとムムッ、となるな!」

 

 言いながら周囲の兵士を纏めて斬り捨て、彼女は基地の方へと疾走する。

 

 それを見届けたアタランテが二矢を番えた弓を空へと向けた。

 銃弾の雨を強引に突き抜けようとしてくる彼らを一気に蹴散らすための宝具。

 

「―――“訴状の矢文(ポイポス・カタストロフェ)”!!」

 

 彼女の手より離れ天へと昇っていく矢。

 それは空の中に溶けて消え、次の瞬間には空から矢の雨が降り注いでいた。

 雲霞の如く押し寄せるケルトの兵士たちの数さえ凌駕する、天から放たれた矢が大軍を貫き蹂躙する。

 

 そうして薙ぎ払われる兵士たちの間をすり抜け、前進を止めない影が二つ。

 頭上から来る矢を槍で払いながら、二人の勇士が颯爽と躍り出た。

 

「フィン・マックールに、ディルムッド・オディナ……!」

 

 兵士たちをかき分け疾走する二騎のサーヴァント。

 矢を改めて番えながら、アタランテがその二人を睨む。

 

 既にエレナはデンバーまで下がっていった。カルナは先に戦場に出て、恐らくアルジュナだろう気配に対して行動を起こしている。

 現状、こちらのサーヴァントはネロとアタランテのみ。大きく削ったケルト兵士たちは、もう機械化歩兵だけでも止めきれるだろう。

 ならば、ネロとアタランテだけでそれぞれ一騎打ちに持ち込んでもいいが―――

 

 ちらりと彼女が後ろに視線を向ければ、オルガマリーはソウゴに指令を出しているところだった。彼は頷くと、ドライバーを持ち出している。

 もしもの備えとしての温存するのではなく、速攻でどちらかを撃破する方針を取るということだろう。

 

 再び戦場に駆け出すネロとも視線を交わす。

 あの二人のどちらを優先して仕留めるか。決まっている、司令塔でもあるだろうフィン・マックールだ。ではどうやって仕留めるか。こちらも決まっている、ジオウが合流した時点でその相手のみをネロの宝具に取り込み強制的に2対1に持ち込むのだ。

 

 ―――ならばアタランテが相手をするべきは、当然。

 

 番えた矢を放ち、放たれた矢は二槍の前に弾かれる。

 ディルムッドの視線が向けられると同時、アタランテの精神に微弱な干渉が走った。

 それに対して不快げに舌打ちをひとつ。

 その感覚を振り払って、矢を番えながらの疾走を開始する。

 

「貴様の相手は私がしよう」

 

 ギシリと軋む弦。そこから放たれた砲撃にも等しい射撃。

 それを魔槍でもって凌ぎながら、彼は小さく眉を顰めた。

 

「……いざ、我が魔槍でもって」

 

 槍の冴えに陰りはなく、その妙技でもって怒涛の矢衾を対応する。

 だが明らかに彼の表情が曇っていることにアタランテは目を眇めた。

 

 その様子を横目にしていたフィンが困ったように微笑み、そして向かってくるネロに対して向き直る。

 

「やれやれ、私の戦場に供をする機会が久しいからといって、そう拗ねるものでもあるまいに。少し会わぬうちによほど神経質になったようだ。

 槍を二本、というのが駄目かな。二槍では拘りすぎ、二刀では恐らく豪放にすぎる。やはりディルムッドには一槍一刀がよく似合うと、このようなところで再認することになろうとは」

 

 斬り込んでくる炎の刃。それを水流を伴う槍で迎え撃つ。

 炎と水は相殺し、残された剣と槍が激突して火花を散らした。

 擦れる鋼の音を響かせながらの鍔迫り合い。その中で二人が言葉を交わす。

 

「部下への愚痴か? そのようなことを戦場で語るとは!」

 

「ははは、むしろ上司への愚痴という奴だが……まあ、私がディルムッドに愚痴られる上司でもあるのは否定しようがないが。

 せっかくの殺し合いなら、どうあれ胸がすく終わりであれと思うのは私もそうだ。が、王が殺すことを優先しろというのならそうするだけさ。

 一応、謝っておこう。不意打ちをしてすまない、とね」

 

「何が不意打ちかは知らぬが、だったらこちらも謝罪しておこう―――!」

 

 剣と槍が弾け合い、互いに距離を開ける。

 その間に駆け込みながら、ソウゴは腰に装着したジクウドライバーの操作を完了していた。

 

「変身!」

 

 時計盤を背負いながら走る彼の体が、ジオウのスーツに包まれていく。

 “ライダー”の文字が背後の時計から射出されその頭部に収まると同時、ジオウは剣を取り出しフィンに斬りかかっていた。

 

〈仮面ライダージオウ!〉

 

「これよりは二対一、そしてその戦場こそ我が“招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)”!!

 早急に貴様を討ち取るべく整えた―――」

 

 周囲の空間を真紅と黄金に染め上げる彼女の宝具。

 兵士を吹き飛ばし、ディルムッドも引き離した今、彼に援護は望めない。

 孤立させたフィンを取り込み、ネロとジオウの二人で一気に撃破に持ち込む戦運び。

 

 ローマの栄華を象徴するネロ・クラウディウスの劇場が展開するのを見て、その場でジオウと切り結ぶフィンは僅かに目を細めた。

 

 ―――直後に、バヂリと何かが壊れる音がした。

 

 その音の音源は、ネロの背後。

 何が? と疑問を口にしながら振り返る前に、彼女の耳に声が届く。

 

「―――呵々。なるほど、世界を己に塗り替える術なれば、その世界では儂の圏境が破れるのは道理であるか」

 

「―――――な」

 

 何者だ、そう口にしようとしたネロの胸が弾ける。

 それは、彼女の背から突き抜ける槍の一撃が成したこと。

 

 展開した直後だった黄金劇場はあっさりと崩れ、何もなかったように消え失せる。

 槍を引き抜いた男はその姿を見て、微かに眉を上げた。

 

「いつぞやとは逆になった、と言いたいが。さて?」

 

「あっ……ぐ、!」

 

 心臓と霊核を砕かれながら、彼女は何とか動き出す。

 そのまま消えていなければおかしいような致命傷を、しかし彼女は凌駕する。

 死することは避けられずとも、それまでの時間を力尽くで引き延ばす。

 

 彼女の逸話のみならず、皇帝として得ることのできる致命傷からの延命効果を総動員し、ネロは思い切り回転するように背後に剣を振り抜いた。

 

 苦し紛れに振るわれた剣を躱し―――

 更に追撃に放たれた銃弾を躱すため、彼は大きく飛び退いた。

 ネロの援護のために銃撃をそちらに向けたジオウの背に、フィンの振るう槍が直撃する。

 

「ッ……ネロ!!」

 

〈スイカアームズ! コダマ!〉

 

 ジオウがフィンに吹き飛ばされながらも投げるコダマスイカ。

 それは空中で四肢を展開し、ネロの元へと飛んでいく。

 

〈コダマシンガン!〉

 

 スイカの種のような弾丸が男に向け無数に放たれる。

 少しだけ顔を顰めた彼はそれを躱すように更に下がり、その隙にコダマは片膝をついたネロのすぐそばに着地した。

 

 だが同時に、男の姿と気配は再び完全に消え失せた。

 

「何度見ても見事なものだ、残念なことに。

 これほど暗殺に長けた将が動かせるのでは、私たちは本当に時間を稼ぐだけでいいことになってしまう。まあ、王の目的を果たすためならそれでいいのだがね。

 戦士としては、残念至極という他ない」

 

 本当に残念そうに。しかし、それを止める気など毛頭無いと言うように。

 フィンはそうして槍をジオウに向ける。

 それを無視して彼は、ジュウモードのジカンギレードにフォーゼウォッチを装填していた。

 

〈フィニッシュタイム! フォーゼ!〉

 

 ジュウを構えに入るジオウに対して突き出されるフィンの槍。

 その寸前、彼の目前にルーンの輝きを灯す石が投げ込まれた。

 

「む」

 

 破裂し、衝撃を撒き散らすルーンストーン。出所へと視線を送れば、戦場を後ろで見ていたマスターのひとりの仕業とすぐに分かる。

 

 オルガマリーが作ってくれた一瞬。

 そこでジカンギレードはレーダー効果を発揮し、気を周囲と合一し消えている存在を科学的な見地による捜索により発見。その銃口を過たず男の方へと向けていた。

 

〈スレスレシューティング!〉

 

 消えたところで銃口を向けられれば発見されていると分かる。男は当然のように次にくるだろう攻撃に備え―――銃口から凄まじい勢いで噴き出した墨の水流に呑み込まれた。

 

「なんと……! そう来たか!」

 

 姿を消しているはずの彼が、墨の塊として黒い人影で浮かび上がる。

 

 ただの墨ではないだろう。その程度なら共に消えられるはずだ。

 が、彼の全身を浸した墨は、ペンで使うためにコズミックエナジーにより生成されたもの。そしてコズミックエナジーは宇宙に漂う未知のエネルギー。

 それを全身に浴びた彼は、彼自身の気をこの大地と合一させて姿を消しても、別のエネルギーである墨だけはきっちりと世界に異物として残ってしまう。

 

 圏境を打ち切り、彼は顔をも覆った墨を拭う。

 

「どうしたものか、これでは暗殺どころではない。どうする、フィンよ」

 

「ふむ? 私の水で洗い流してみる、というのはどうかな?」

 

「呵々。これを洗い流すために戦神由来の水を浴びては元も子もない。

 儂が消えたところで、神気が強くて浮いて見えるわ!」

 

 彼らが言葉を交わしているうちにコダマは必死にネロの体を引きずり、そして駆け寄ってきたオルガマリーが彼女の肩を担ぎ上げ、離れるために走り出す。

 

「す、まぬ……よもや、余が暗殺される側に回ろうとは……」

 

「喋らなくていいわ……! 自分の維持のために全力を尽くしなさい……!」

 

 肩を貸しているネロが、殊勝にも謝ろうとするのを止める。

 

 だが、心臓と霊核の完全破壊。もはや修復できる段階を超えている。致命傷を負ってなお存在できる戦闘続行系のスキルを有するネロだからまだ残っていられるだけだ。

 その上で今は逆にジオウが二対一を強要されている戦場。

 こちらがアタランテにディルムッドを足止めさせようとしたように、あちらも元からディルムッドはアタランテの足止めとしての運用だったのだろう。

 

「では、暗殺は取りやめようか。こちらの暗殺作戦を彼らは正面から打ち破り、仕方なく決戦にもつれ込んだ……これならば王にも面目は立つだろう。で、あるならば……」

 

 フィンはそう言って、軽く槍を振るう。

 その穂先から水が溢れ、男の被った墨を洗い流していく。ずぶ濡れになった体と槍を軽く振り回し、彼は滴る水を払った。

 

「墨よりは神気に濡れた方がサマになるだろう。

 では行こうか、李書文。作戦変更、正面突破だ。そういうわけだディルムッド! 今回ばかりは王と女王のためではなく、私のために存分にその槍を振るうがいい!」

 

 フィンが声を放つと同時、防戦に徹していたディルムッドが踏み込む。

 無数の矢を弾きながら前進する彼に、アタランテがその弓を武器として振り抜いた。弓と槍が激突し、もう片方の槍で追撃しようとしたディルムッドをアタランテの蹴撃が襲う。

 

 嬉々として動き始めたその槍兵を見て笑った書文が、己も槍を構え直す。

 

「呵々! そちらの方がよほど楽しめる。では、儂は仕留め損ないを始末しよう。

 一戦一殺、此度の闘争における儂の獲物は既に明確よ」

 

「させ、るか……ッ!」

 

 ジカンギレードが書文と呼ばれた男に振るわれる。

 彼が手にした槍がギレードの刀身を突き、いとも容易く受け流された。

 

 即座に切り返される穂先をギレードで受け止めたジオウの胴体を、フィンの槍が直撃。

 盛大に火花を散らして彼の姿が宙を舞う。

 

 その姿の直後、オルガマリーに今までよりだいぶ明確になった声が届く。

 明らかに通信状態が改善された声。

 もしや召喚サークルの設置に成功したのかもしれない。が、今はそれどころではない。

 

『っ……! サーヴァント二騎とソウゴくんが戦闘開始……!

 不味いぞ!? 早く撤退するんだ! このままじゃ全滅する!』

 

「分かってるわよ……! ただ仮にデンバーまで退くとして、こっちには……!」

 

 ロマニの声に必死に頭を回すオルガマリー。

 そのうちにロマニは立香たちからの方からも声をかけられているのか、受け答えをしている様子で―――

 

「―――ロマニ! 召喚サークルの設置は済んだのね!? 物資は!?」

 

『え? あ、いやまだ……!』

 

「だったらすぐに送りなさい! タイムマジーンだけでいいから! 早く!!」

 

 余裕もなく怒鳴り、彼女はすぐに振り返った。

 超絶技巧により攻撃すら許さぬほどの怒涛の槍捌き、李書文。

 それを装甲の堅牢さに任せて強引に打ち破ろうとするジオウを制し、押し返すフィン・マックール。

 

 通信先をカルデアからソウゴに切り替え、彼女はすぐに指示を出した。

 

 

 

 

『すまない! 所長の指示だ! すぐにそっちにタイムマジーンを送るから待っててくれ!』

 

 場合によっては速攻での霊脈攻略を考えていたため、タイムマジーンの転送準備自体は万全だ。

 数分とかからずそれはこっちに送られてくるだろう。

 だが、マジーンをここから全力で飛ばしても、現場に辿り着くためにかかる時間は恐らくは2時間弱。それほどの距離が、物理的に開いている。

 

 だからこちらにそれを送ったところで、向こうの状況は改善しない。

 今の状況を変えられる方法があるとするならば―――

 

「……タイムマジーンに乗るのは私とマシュ!

 他のみんなは先にジェロニモたちの拠点に戻ってて、お願い!

 ブーディカ、令呪を使う。多分それなら私が離れてても戦車の魔力に足りるよね!」

 

「立香?」

 

「心臓を損傷した患者がいると聞きました。あなたにそれがどうにかできる、と?」

 

 その状況を聞いて同道する気だったのだろう。

 ナイチンゲールは立香に問いかける。

 タイムマジーンの転送が始まる中、彼女はその問いかけに強く頷いて答えを示した。

 

「だから今から、どうにかしに行くんだよ」

 

「―――分かりました。私にはこの状況でそれを覆す手段がなく、しかしあなたには救う手段があるというならば、私もそれに従いましょう」

 

「ア、アタシもついてっちゃダメ!? ネロが死にかけてるって……! ちょっ!?」

 

 立香に詰め寄ろうとしたエリザの角をガシリ、と掴むナイチンゲールの手。

 彼女に最後まで喋らせることなく、そのまま引っ張っていく。

 

「―――状況ちょっとよく分かってないけど、スピード勝負って感じ?

 ならしょうがないね。そういうシチュエーションだと、頭数よりメンバーが重要だ。

 実際、君とカルデアの司令塔は通じ合ってるみたいだし」

 

 頑張ってね、と言ってビリーも踵を返していく。

 立香はツクヨミに視線を送り、一度首を縦に振る。

 その直後に転送されてきたマジーン目掛け走り出し、マシュに抱えられて飛び乗った。

 

 即座に出発するタイムマジーン。

 高速で飛翔するその飛行物体が目指すのは―――空。

 完全に上昇だけを考えた軌道。

 

「上空に……?」

 

 見送ったツクヨミが微かに首を傾げ、しかしそこで彼女たちが何をしようとしているのか理解した。だとするなら、後は向こうのソウゴ次第だ。

 

「ツクヨミ、こっちも下がるよ。いつまでもここにいて、他の兵士たちに襲われてもいけない」

 

 ブーディカの声に頷き、彼女も戦車の方へ行く。

 今ここであちらが失敗した時のことを考えるだけ無駄だ。

 成功させてきた彼女たちと一緒に、次のアルカトラズ攻略を行うことを考えていればいい。

 

「頼んだわよ。立香、マシュ……ソウゴ」

 

 

 

 

 オルガマリーからの指示を受けたソウゴは、ライドウォッチを手にしていた。

 

〈フォーゼ!〉

 

 ジカンギレードから脱着したウォッチを、そのままジクウドライバーへ。

 瞬時にそれを回転させると、彼はそのまま即座にドライバーのウォッチをリューズを押し込んだ。更に連続で回転させるジクウドライバー。

 

〈アーマータイム! フォーゼ!〉

〈フィニッシュタイム! フォーゼ!〉

 

 空中より飛来した白いロケットがジオウの鎧となると同時、両腕に装着されたブースターを前方へと向けるジオウ。

 それは盛大に炎を噴いて、ミサイルの如くそれぞれフィンと書文に向かって飛んだ。

 

〈リミット! タイムブレーク!!〉

 

 真正面からの突破に対して、容易にその攻撃を避ける二人。

 そのブースターは二人の脇をすり抜けて、そのまま軌道を変えて上空へと飛び去って行く。

 

「……? 飛ばしたら飛ばしたままか……?」

 

 反転して戻ってくることに備えていたフィンが眉根を寄せる。

 ブースターはその加速のまま天空へと翔け上がり、瞬く間に空の彼方へ消えていった。

 

 その攻撃を潜り抜けた書文の刺突がフォーゼアーマーを叩く。

 表面に切っ先が接触するや、破裂音と火花を散らすアーマーとスーツ。

 

 ブースターを手放し空いた手にジカンギレードを握りしめ、可能な限り書文の攻撃を逸らしながら、ジオウは意識を集中させる。

 フォーゼアーマーを解除される致命的な一撃だけは受けてはいけない。だが、それ以外の攻撃はギリギリ逸らすだけでも十分だ。

 

「―――――」

 

 コズミックエナジーを集中し射出したブースターモジュール。

 それら単体だけで空へと放ち、やりたかったこと。

 ここからの状況の逆転を叶えられる一手。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――――見つ、けたッ!」

 

 地上から空高く、数十キロまで飛べば最早動体は存在しない。

 同等に飛べるタイムマジーンさえいなければ、だが。

 1000キロ近い距離があろうとも、レーダーは大きな物体がそこにあるという事実だけは察知する。詳細は判別できなくても、答えはひとつしかないのだ。ならば、何の問題もない。

 

 ジオウの頭部アンテナユニット、クロックブレードAが情報を受信。

 情報集約ユニット、オウシグナルがその情報を瞬時に整理し、統括ユニットであるコアリューズに記録する。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 脚部のブースターを思い切り噴かし、炎を撒きながら大きくジャンプ。

 その場で銃撃を乱射する。

 

 乱雑に撒き散らされた銃撃を嫌ってか、書文が一歩退き―――そのままネロの方へと跳び込んでいった。

 しかしフィンはその場に残り、水流を伴う槍でジオウを制する。

 

 水流の直撃を受け撃墜されながら、ジオウは新たにウォッチを取りつつ視線で書文を追う。

 

「くっ……!」

 

「アーチャー!!」

 

 だが、ネロを抱えたオルガマリーはそれを制するように叫んでいた。

 

 槍と弓、その得物差でありながら至近距離で戦闘を受けていたアタランテが取って返す。

 一瞬の間に放たれるのは連続して三射。いずれも山なりの軌道を描く曲射であり、それは書文の前進を妨げるように彼の前へと突き立った。

 

「逃がさん―――ッ!」

 

 その隙を見せたアタランテをディルムッドの槍が襲う。

 咄嗟に掲げられた彼女の弓を朱槍で弾き、左手に構えた黄槍を突き出す。

 

「“必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)”――――!!」

 

「ッ……!?」

 

 そうして突き出された刃が、弓を握る彼女の腕の肩を引き裂いた。

 鮮血を散らしながら、一瞬だけ目を細めるアタランテ。

 正確な刺突は彼女の腕から力を奪い、片腕の動作が不能となった。

 

「チィ……!」

 

 吐き捨てつつ、ぶらりと右腕を垂らしながら即座に弓を左に持ち変える。

 片腕がこれではもはや矢は放てず、放てたとしてろくに狙いもつけれず威力も出せまい。

 

 だがそれでも、書文に一歩ブレーキを踏ませた時点で間に合った。

 

〈アーマータイム! ウィザード!〉

 

 撃墜されたジオウが地に落ちながら、その宝石の鎧を身に纏う。

 ジオウの処理ユニットが導き、認識される()()()()()()()()()()()

 

 彼が何とか着地すると同時。

 その背後に魔法の門が生じ、エアバイク型のマシンが中から凄まじい勢いで出現した。

 地面を削りながら力任せのブレーキで勢いを殺しつつ、オルガマリーたちの方へと向かっていく巨大な機械。

 

「なるほど」

 

 それを呼べたことに一瞬安堵したジオウの前で、フィンが小さく笑った。

 彼の手には穂先を向けるように突き出された槍。

 先端に水流が収束していくのを理解し、ジオウは即座にディフェンドの守りを展開する。

 

「―――っ!」

 

「それがこれまでの立ち回りを制限してでも呼び込みたかったものかな?

 では、それが逆転のための切り札という認識でいいのだろう……が。ならば流石に、みすみす見逃すわけにもいくまい―――――“無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)”!!」

 

 放たれるは水で造られる神をも殺す魔の槍。

 噴き出す水そのままに放たれるその刺突は、ジオウの広げた土の壁を容易に貫いて、ウィザードアーマーを纏うジオウも掠めただけで吹き飛ばし、そしてタイムマジーンに直撃した。

 

 後部。人型に変形すれば足になる部分を貫かれ、爆炎を上げるタイムマジーン。

 その勢いで滑るだけでなく、転倒して回転しながらオルガマリーたちに向かっていく。

 

「オ、オルガマリー……!」

 

「逃げてる暇はないの……!」

 

 酷い状態になって転がってくるそれを前に、直撃しようものならひとたまりもない。

 ならばオルガマリーでも逃がすべき、と。

 そう行動しようとしたネロを押さえつけ、彼女はその場に留まり準備を進める。

 

 中は一体どうなっているか。

 しかし回転するタイムマジーンがその場で変形を開始し、腕を地面に叩きつけ力任せのブレーキ。その勢いでスピードは落ちたが、思い切りきりもみ回転しながら吹き飛ぶ巨体。

 

「小っちゃいの!」

 

〈コダマビッグバン!〉

 

 オルガマリーの叫びと同時、コダマスイカが巨大なスイカ状のエネルギーの塊と変わった。

 落ちてくるタイムマジーンの巨体を受け止め、スイカが割れるように赤い果肉らしきものを撒き散らしながら砕け散るエネルギー体。

 

 直後。立香を抱えながら、マシュがその中から飛び出していた。

 彼女はオルガマリーの近くに着地すると同時、立香と盾を放り出す。

 

「所長、マスターをお願いします!」

 

「すぐにやるわ! 藤丸!!」

 

 その声のすぐ後に、タイムマジーンの墜落が巻き上げた砂塵を突き破る書文の姿―――と、同時。同じように砂塵を突き破り、ジオウが投げ放っただろうジカンギレードがマシュの足元に突き刺さった。

 

 書文の槍が届く前にそれを引き抜き、構えるマシュ。

 だがその構えを見て、書文は呆れたように声を上げた。

 

「呵々、剣を扱い慣れたような構えだけはしている。

 が、刃を振るうことにまるで経験はないと見た。それなら、無手の方がまだマシよ―――!」

 

 彼女の中の英霊が剣に長けていたとして、マシュ本人は剣を構えることにすら向いていない。自身でさえもそれを理解している。だが、今回ばかりはあの盾を構えられない事情がある。

 唇を噛み締めて剣を構えるマシュの前で、慣れぬ剣を構えるその少女を薙ぎ払うつもりで槍を構えた。その進攻が己に届く前に、マシュは思い切り剣を振り抜いた。

 

「やぁあああ――――ッ!」

 

〈ウィザード! ギリギリスラッシュ!〉

 

「ぬッ……!?」

 

 迸る炎の渦。彼女の前に、渦巻く炎が盾となって顕現する。

 大きく広がる熱量の壁を前に、微か書文の踏み込む速度が弱まった。

 目の前に迫った相手は、武器の打ち合いこそが本領の英雄。

 この盾で時間さえ稼げれば―――

 

「―――その剣の魔力がこの盾を支えるものと見た。

 ならば我が槍、“破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)”に破れぬ道理なし」

 

「え――――!?」

 

 炎の壁ごしに届く、静かな声。

 直後にそこを突き破り、紅槍がマシュを目掛けて突き出してきていた。

 咄嗟に剣でそれを受け止めると同時、ウィザードウォッチからの魔力供給が失せる。

 

 一気にかき消えていく炎の盾の向こうには、多少の炎を浴びてもものともしない、ディルムッド・オディナの姿があった。彼の体には矢襖、幾つもの矢が突き刺さっている。

 だが今のアタランテの放てる矢で彼に致命傷を与えることは困難だった。故に、その身に矢を浴びることになろうと、彼女が隙を作ることになっても稼ごうとした時間を詰めにきた。

 彼が槍を振るった勢いで、マシュの手からジカンギレードが弾かれる。

 

「あ……ッ!?」

 

 砕け散り、舞って、消える。炎の盾の残滓。

 

 周囲に広がって泡沫のように消える、真紅の灯り。

 ―――その中に、白の光が混ざった。

 

 条件が整ったのは、ギリギリの話だった。

 この特異点とカルデアの繋がりを強くし、場合によってはこの時代でも召喚行為を行えるようにする召喚サークルの設置。

 海、第三特異点以降に縁のなかったセイバークラスの敵騎、フェルグスの撃破。

 ラーマという存在のために行っていた―――()()()()()()()

 

「ダ・ヴィンチ!!」

 

「ダ・ヴィンチちゃん!!」

 

 設置したマシュの盾に身を沈めたネロを前に、二人が全霊の叫びをあげる。

 盾から迸る魔力が柱となって天を衝き、赤に塗れた薔薇の皇帝を呑み込んだ。

 

『―――行ける……!? ってこれ……いやそうか、霊基を一度完全に破壊されたから……!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?』

 

 舞い散る炎に白薔薇の乱舞が混じり、吹き荒れる。

 直後、赤き薔薇の皇帝が純白の流星となって光の柱より放たれた。

 

 突然立ち昇った光の柱、そちらに視線を送った書文の前に姿は現すそれこそが―――

 

「―――開け、“招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)”マリッジバージョン!

 即ち―――ヌプティアエ・ドムス・アウレアなり!!」

 

 真紅を白銀に染めた劇場が彼女の言葉で屹立する。

 そこに強引に取り込まれた書文に迫る彼女の姿は一変していた。

 ドレス、というより拘束具染みた純白の衣装。

 

 それに身を包んだネロ・クラウディウスは、同じく真紅から純白に色を変えた剣を手に流星の如く降り注ぎ、その剣を奔らせた。

 先に味わった彼女の劇場に取り込まれた場合の負荷を加味してなお動けると判断した書文がしかし、その身にかかる重圧で足取りを一歩遅らせた。

 

「なんと……!」

 

「―――“星馳せる終幕の薔薇(ファクス・カエレスティス)”!!!」

 

 星さえも撃ち落さんと振り上げられる槍に先んじ、純白の流星は相手を斬り裂いていた。

 致命傷を受けたことに対して、見誤ったと笑う李書文。

 その一撃が終わると同時にすぐさま崩れていく純白の劇場。

 

 相手を斬り抜いた姿勢のまま息を荒げ、膝を落とすネロ。

 

「書文殿……!」

 

 二人の決着を見て声を漏らすディルムッド。

 そんな彼の目前で、

 

「マシュ!!」

 

 重量軽減の魔術か、盾をマシュに向かって投擲するオルガマリー。

 それをガシリと強く掴み取り、彼女はディルムッドに向かって突き出していた。

 

 マシュがその盾の目標とするのは、彼の背中に無数に突き立つ矢の一本。

 膂力が足りずに彼の筋肉を貫き切れなかった、アタランテの矢だ。

 そんな状況で放った矢であったのに、狙いばかりは正確無比であった。

 その矢を思い切り叩き込めば、そのまま心臓を破るだろうというほどに。

 

 狙いは即座にディルムッドに看破される。

 だが彼とてこの場で背中の矢を抜いている余裕はない。迅速にマシュを突破しようとした彼の前、構えられた盾の裏から―――投げられる前から引っ付いていたコダマスイカが飛び出した。

 

「な―――?」

 

〈スイカボーリング!〉

 

 その小さな機械が高速で回転し、エネルギーを纏った球体となり、ディルムッドの足へと突撃していた。

 咄嗟に振るわれる彼の槍―――を、彼方からの矢が直撃した。弾かれる、というほどの威力ではない。ただ本当に逸らすだけの、力の入っていない矢の一撃。

 だが小さな機械の体当たりを達成させるには、それだけで十分だった。

 

 足を打ち据えられ、一瞬だけ崩れるバランス。

 その隙を逃すような真似をしないほどには―――彼女が潜り抜けてきた戦いだって、かつての英雄が経てきた戦いにだって負けていなかった。

 

「はあぁあああああ―――――ッ!!!」

 

 全力でスイングされる盾の一撃が、彼の背にある矢を心臓まで叩き込む。

 その一撃を受け、称賛するようにディルムッド・オディナは小さく息を吐いた。

 

 一瞬の攻防で変化する戦場。

 己の放った水の槍で砕かれた土の壁が土砂となって降り注ぐ中、フィンが軽く目を眇めた。

 

 その直後。水煙と砂塵が入り混じる風景の中から、真紅のボディが飛び出してくる。

 

〈ヒッサツ! タイムブレーク!!〉

 

 直線に伸びてくる真正面からの一撃。それは確かに迎撃の難しい威力かもしれない。

 だが、このタイミングでの使用では幾らでも避けることが―――と。

 

 フィンが驚いたように自身の足を見る。

 彼の宝具で破壊された土壁。それが爆散して散らばるのは気にしていなかった。

 が、それに紛れた相手の仕掛けがあったらしい。

 

 ()()()()()()()()()()()()()。それを引き剥がそうとすれば、一秒とかかるまい。

 が、その一瞬だけ動きを止められれば良かったのだ。

 

「おぉおおおお――――ッ!!」

 

 ドライブアーマーの一撃がフィンを打ち砕く。

 彼を突き抜けた真紅のボディが地を滑り、急停車して白煙を上げる。

 

 ―――間違いなく致命傷。その傷を受けながら、彼は朗らかにさえ見える様子で微笑んだ。

 

「―――いや、中々良い戦いだった。だがこの勝敗自体には、どこか安堵さえ覚えてしまうのは私だけだろうかな」

 

「いえ、フィン・マックール。我が王……それは私も同じこと。

 生きるために、明日のために、命を懸ける。それの輝かしさの前に打ち伏せられると言うならば、それもまた我らの命の使い道として正しいものだったかと」

 

 膝を落とし、消滅の時を待つディルムッド。

 彼の言葉を聞いて、フィンは声を上げて笑ってみせる。

 

「ははは、だろうな。今生の王は生の喜びとは無縁だったからな。

 ―――だがその力ばかりは圧倒的だ。如何なる生への願望をもってしても、彼の前では死ぬしかない。さて、君たちのその意思が彼のクー・フーリンに届くかどうか……」

 

「届くよ」

 

 声をかけられ、フィンはジオウと視線を交わす。

 その兜の中に秘められたソウゴと直接目を合わせるかのように。

 

「―――そうか。では、我らはここで退場することとしよう。

 さて、死への壮途だ。ディルムッド、供にきてくれるかな?」

 

「は―――喜んで」

 

 光となって崩れ落ちる二人のランサー。

 同じく致命傷を受けている書文は、ちらりと未だ膝を落とすネロを見た。

 

「……逆転劇まで同じとは。だがまあ、これはこれで是とするか。

 我が身の恥を晒すつもりで残していくが……クー・フーリンは倒せん。少なくとも、今のお前たちでさえもな。そうと確信し、せめて世界が滅びるまでに槍の極致を、と彷徨っていた次第。

 そこでフィンと会い、ここでこうして死ぬわけだ」

 

「……それほどの」

 

「まあ儂とて世界に滅びてほしいわけでもない。お前たちが倒してくれるならばそれに越したことはないのだがな。だが努々忘れるな、あれは別格だ。

 今のままの戦力や、この世界にいるサーヴァントを全て集めればどうにかなる、などという思い上がりは捨てておけ……呵々、その戦力を削ろうとした儂のセリフではなかったか」

 

 そう言って、腕を組んだ彼はそのまま目を瞑る。

 はらりと崩れ落ちる李書文の体。彼はその言葉を最後に、この世界から退去した。

 

 

 




 
霊衣に卵を要求するのを止めろ。
繰り返す霊衣に卵を要求するのを止めろ。
 


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師弟と女王と器の行方2015

 

 

 

 ―――ワシントン。

 そこに聳えるのはケルトの軍勢に手により建築された、女王の居城。

 

 その城塞を見上げながら彼は手の中の本を開く。

 

 ジオウの辿る道筋が記された歴史書―――『逢魔降臨暦』

 そう表題された本を手の中で広げながら、彼―――ウォズが喋りだした。

 

「この本によれば、前回までの三つの出来事は―――」

 

 彼はそう言いながら広げた本に視線を走らせる。

 すいと持ち上げた手の指を立て、数えるように事柄を説明する姿勢に入るウォズ。

 

「一つ、普通の高校生・常磐ソウゴには魔王にして時の王者、最低最悪の魔王・オーマジオウとなる未来が待っていた。

 二つ、その未来を阻むように現れたのは、人類の歴史を葬り去らんとする魔術王・ソロモン。彼は七つの特異点、七つの聖杯による人類の歴史の焼却を実行していた。

 三つ、ここに至るまでに、そのうち四つの特異点までを常磐ソウゴが所属することとなった人理継続保障機関・カルデアは攻略……彼らは五つ目の特異点・アメリカにまで辿り着き、この地を滅ぼさんとする死棘の王・クー・フーリンと敵対した」

 

 そこまで語った彼が首にかけたストールを翻し、大きく払う。

 大きく伸長して渦を巻くその布に包まれた彼の姿は、ケルトの城から大きく離れた家屋の上に移動してみせていた。

 

 彼がそうして移動すると同時、町の一角が騒がしくなる。

 恐らくは戦闘だろう。ケルトの兵士たちはこぞってその場に突っ込んでいき、そしてすぐさま絶命して消えていくことになる。

 

 その喧噪を背にしながら、ウォズは歩き去っていく。

 

「そしてこれからの戦い。この地で聖杯を手にするのはケルトの女王、メイヴ。

 彼女と陣営を同じくするのは、アナザーオーズとしての力を得たクー・フーリン。

 オーズの力も含め、圧倒的な力を有する彼らに対抗するには我が魔王はオーズの歴史に触れ、その力を取り込む必要がある……」

 

 手の中で広げた本をパタリと閉じて、彼は小さく微笑んだ。

 

「カウント・ザ・ウォッチズ。現在、我が魔王の継承した歴史は―――」

 

 ウォズが歩いていく先に、仮面ライダーの影が浮かび上がる。

 ウィザード、ドライブ、フォーゼ、ダブル―――

 そしてタカを思わせる頭部、トラの爪を持つ腕、バッタの如き脚力を有する足。

 胴体に大きなメダルを張り付けたような新たな存在、仮面ライダーオーズ。

 

 未だジオウの継承していない姿が浮かんで、消える。

 その瞬間には、既にウォズの姿もワシントンから何処かへと消え失せていた。

 

 

 

 

 玉座で眠るクー・フーリンがゆっくりと目を覚ます。

 彼の横にベッドを並べたメイヴは、それに気付くとすぐさま声をかける。

 

「あら、クーちゃんおはよう。さっき聖杯に魔力が還ってきたみたいよ?

 多分、アルジュナとベオウルフ以外は全員やられちゃったのね」

 

「どうでもいい。んなことよりすっこんでろ」

 

 首を回しながら面倒そうに立ち上がる黒い姿。

 それを見上げて首を傾げるメイヴの前で、玉座の間の扉が吹き飛んだ。

 

 扉ごと吹き飛ばされてくる彼女が生み出した兵士たち。

 それらは既に事切れていたのか、床に転がりながら消え失せていった。

 兵士を叩きつけて扉を開けた者は、悠然とこの場へと踏み込んでくる。

 

 その姿を認め、メイヴはベッドから降りながら微笑んだ。

 

「―――あら、スカサハじゃない。いらっしゃい、私の城へ」

 

 黒と紫の戦装束に身を包んだ女性。

 両手にクー・フーリンのそれと同じ魔槍を携える、スカサハと呼ばれた彼女。

 彼女はちらりとメイヴを一瞥すると、しかしすぐさまクー・フーリンに視線を戻した。

 

「久しいな、馬鹿弟子め」

 

「アンタは生き続けてるからそう思うだけだろうよ。生憎、こっちは死後の存在だ。

 その顔を再び見るのに、アンタほどの期間が空いたわけじゃない」

 

 何ともないと応えながら彼もまた朱槍を手の中に出現させる。

 まるで感情の起伏すらないその様子を見て、スカサハは小さく目を細めた。

 

「随分、醜くなったものだ……生きることと戦うこと。それらに正しく向き合い、輝いていたクー・フーリンの面影などもはやどこにもない―――それはメイヴの仕業か?」

 

「―――阿呆か、それとも時間を経過ぎてボケたか。オレがオレの生き方を他の誰かに委ねると思っていたなら、それはアンタの不明だろうよ。

 生前のそれだろうが、今のこれだろうが、変わりない。今回はただ目的が、最短距離で王となり、最短距離で全てを支配することだというだけだ」

 

 かつての師を前にしてなお、彼の心には漣さえも立たない。

 その様子に隠すことなく溜め息を落とすスカサハ。

 

「……王、王か。お前には似合わぬ場所だな。挙句がこの世界か。確かに、無人の荒野にただ独り立つだけのものは、誰にも異を唱えられることのない無双の王であろうよ」

 

 きしり、と槍を握り締める音。

 双つの槍を構え直したスカサハは、その血色の瞳でクー・フーリンを睨んだ。

 だが彼女の視線を受けながら、彼はそこで初めて小さく笑った。

 

「ああ、そうだ。その結論こそが気持ちいい。何より、惰性や理性では破滅に向かって突き進めない。我欲だからこそその舵が取れる。

 ―――『王』とは、欲望だけで愚かな選択をし己の国をも滅ぼすもの。だったら、王としてオレが君臨する以上、この選択こそが必然だ」

 

 『王として』と求められた以上、彼は己の知る王に倣う。

 彼の後ろに立つ女王のような、己の欲望に忠実なる王たちに。

 その言葉を聞いたスカサハが唖然として口を開いた。

 

「―――貴様、まさか……なんと、そこまで律儀な阿呆だったか……」

 

「だからアンタもさっさと消えろ。そろそろオレが動く時間だ。このままアメリカ全土を平らげて、そんで終いだ。オレの国とやらは完成し、最期の時まで生き延びる。

 そこで国も、世界も、オレも死ぬだけ。最終的には何一つ残さず、美しくも醜くもない完全な無とやらに還るんだろうよ」

 

 それがどうした、と彼は嗤う。果たすべきは己の目的のために滅亡さえも招く王道。彼はその進路を取りながら、最終目的地は『建国』まででしかない。

 その後のことなど考えないし、考える必要性すら持っていない。

 

 王としての立ち位置が用意されていたからその位置に納まり、そこを定位置としたからには王となるための方針を示す。即ち蹂躙による支配の結果の建国。

 王になったから、王が持っておくべきものを後から手に入れるために行動する。

 そして王として成立した後のことなど考慮しない。そこに辿り着いた時点で既に定めた目的が完了しているのだから、先のことなど考える必要がない。

 

 息を吐き、彼女はその破滅するだけの獣に対して憐れみさえ混ぜた視線を送った。

 

「……そうか。かつてお前に殺されることを夢見たこともあったが……今の拗らせた阿呆相手に殺されるのは少し面白くない。ここで、私がお前を殺して止めてやる」

 

「―――仮にも師匠。アンタの力のほどはよく知ってる。

 だから言うが、時間の無駄だ。アンタじゃ今のオレの足元にも及ばない。

 大人しくさっさと首を落とされておけ」

 

 それが当然であるというように、クー・フーリンは宣告する。

 

 ―――スカサハからの返答は、朱色の槍が奔る軌跡。

 無数に放たれたのは、その全てがゲイボルクとまるで同じく見える魔槍。

 それがクー・フーリンの体を串刺しにせんと迫り、

 

「“噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)”」

 

〈オーズゥ…!〉

 

 体を瞬時に覆う黒と紫の鎧。それが殺到する槍の連弾の直撃を弾き返した。

 金属音を散らしながら弾かれる無数の槍。

 それが床に転がり、消えていくのを見ながらスカサハが異形の鎧に目を眇める。

 

「……クリードの鎧、だけではないが。よくもまあそれほどの絶技を……それだけでも危うかったもしれんが、何故そうしてわざわざ明かすように乱雑に見せた。

 隙をつけば、それでならば私を殺せたかもしれぬものを」

 

 ハッ、と鼻で笑うような声。

 異形の怪物と化したクー・フーリン―――アナザーオーズが、何でもないように吐き捨てた。

 

「必要ねえからだよ。アンタが相手であってもな」

 

〈トリケラァ…!〉

 

 ミシリと蠢き、肩から生えている二本の角が大きく伸びる。

 

 直線軌道で伸び迫りくるそれに対して、横に跳ぶスカサハ。

 だがその二つの角は回避運動を取った敵を追跡するように、不規則な軌道を描きつつ曲がりながらスカサハを追ってみせた。

 

「……ッ! これもゲイボルクか―――!?」

 

 よく知る呪力の波動を理解し、彼女は迫りくる二本角を睨み据える。

 そうして、もはや原型はないがあれは海獣クリードとそれ以外の恐獣、そしてクー・フーリンの合体魔獣とでも言うべき神獣に匹敵する存在になっていると理解した。

 

 一瞬だけ顔を顰め、彼女は両手にそれぞれ構えた槍を即座に投擲する構えに入る。

 狙いを向けるはただ立っているだけのクー・フーリン。

 

「“貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)”――――!!」

 

 瞬きの内に放たれる双つの呪いの槍。

 それは大きくうねりながら複雑な軌道を描きつつ敵の心臓を目掛けて奔り―――

 

 空中でアナザーオーズが伸ばした二つ角と、それぞれ激突して弾け合った。

 そのまま跳ね返ってきた槍を掴み取ったスカサハが大きく後ろに跳ぶ。

 

 そんな光景を見ていた観客から感心の声が上がる。

 

「へえ、ゲイボルク同士を撃ち合うとそうなるのね。

 互いの心臓を目掛けて飛ぶ槍が同じ軌道を描いてぶつかる、ってことかしら。

 因果逆転の槍の意外な弱点発見ね」

 

 再びベッドに腰かけて観戦を始めたメイヴが手を叩いた。

 その声に表情を顰めながら、スカサハは槍を構え直す。

 彼女の瞳は油断なくアナザーオーズの姿を見つめ、その属性を検めていた。

 

「肩……だけではないな、尾もゲイボルクとして使えると見える。

 ―――なるほど、馬鹿弟子が私を前に自信を持つのも分からなくはない。だが……」

 

 ガン、と彼女は城の床を槍の石突で強く叩いてみせた。

 それが合図であったように、その瞬間に周囲の空気が完全に変わる。

 轟音を立てながらぶち破られる城の天井。

 そこを突き破りながら現出したのは、地獄の門さながらの宙に浮かぶ扉。

 

 現れ出でた門を見上げるアナザーオーズ。

 彼の様子はそれでもなお、まるで変わらず、ただ無言でその閉鎖されている扉を見やる。

 

「…………」

 

「槍を交わせば確かに今のお前は私を凌駕するやもしれん。

 だがその奥義がどれほどのものであろうと、影の国に落ちればそこで終わりだ。

 開け、異境の帳――――“死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)”!!」

 

 ―――彼女の宣言と共に、空に浮かんだ門が開く。

 

 その瞬間に始まるのは、影の国への強制的な招待。

 招待しながらも、門はその扉を跨ぐものの生存を一切認めず、そのまま門の先に広がる影の国を死地として命だったものを際限なく放り込んでいく。

 

 命あるものを彼女の支配領域である影の国に落とし、絶命させる死出の門。

 ワシントンに残っていたケルトの兵士たちも、そこにどんどん吸い込まれていく。

 

「わっ、ちょっと! クーちゃん!?」

 

 当然のように吸い込まれるメイヴが、すぐさまアナザーオーズの尾を掴んで耐えようとする。同時に彼は巨大な棘を持つ両腕を床に突き刺し、その吸引に対抗する姿勢を見せた。

 

 体を固定したように見える相手を見て、スカサハは即座にその対応を否定した。

 

「無駄だ。物理的な手段で門の誘いを耐えようとしても―――」

 

「誰がそんな事をするか。()()も含めて、アンタはオレの敵じゃねえと言っただろ」

 

 次の瞬間、力尽くで固定されているアナザーオーズの胸が爆発した。

 いや、そう見えただけで実際は何かが溢れ出しているのだ。彼の胸から噴き出すそれは、大量の銀色のメダル。それは噴水のように空中へと舞い散り―――ひとつの物体を生成する。

 

「な、――――」

 

 スカサハがそれを見て絶句する。

 大量に噴き出したメダルが融合し出来たものは、彼女のゲート・オブ・スカイの前に陣取るように誕生していた。

 

 ―――赤、黄、緑、青、灰、紫。六色の輝きを持つメダルが九枚ずつ配置された、魔法陣のようなものを伴う巨大な八面体。

 その威容が周囲に示されると同時、終わりの予兆が始まった。

 

 浮遊するその物体はメイヴが造らせた城や家屋、見境なく周囲のあらゆる物体を銀色のメダルに変えていく。止まることなく加速し続ける欲望の渦はやがて、暴走して全てを終わらせる終末装置としての性能を発揮する。

 

 崩落が加速する。欲望の残骸―――セルメダルへと変わりながら崩れ行く城を見上げ、メイヴが叫ぶ。

 

「クーちゃん! 私の城まで壊してるんだけど!?」

 

 全てがセルメダルへと変わり、崩れ落ちていく地獄の光景。

 その根源である八面体は、同じく空中にあるスカサハの召喚した門に吸引されていき―――当然のように激突した。

 

 砕け散るのはアナザーオーズが形成した物体の方だった。

 砕け、弾けて、破片はそのままセルメダルへと変わり、乱舞する六つの輝きが増し、更に周囲のセルメダルを全て巻き込み―――ブラックホールの如き、全てを無に帰す黒い球体をその場に生成してみせた。

 

 虚無の訪れは死出の門をも巻き込んで、空中の全てを消し去っていく。

 一瞬のうちに拡大し、すぐさま収縮して消滅するブラックホール。

 

 それが消えた後には、影の国の門もまた塵ひとつ残さず消失していた。

 

「―――よもや、ここまで……」

 

 愕然とそれを見上げていた彼女の前で、アナザーオーズは地面に突き刺していた腕を抜く。

 

 ―――先程まで巨大な爪を持つ腕だったはずのそれが、地面から引き抜いた際に明らかに形状を変えていた。まるで巨大な()()の如き姿のそれを持ち上げ、向ける先は当然のようにスカサハで―――

 

「ッ……!?」

 

〈プットッティラーノヒッサーツ…!〉

 

 腕が吼える。恐獣の雄叫びは、物理的な破壊力をもって周囲に破壊を振り撒いた。

 

 次の瞬間に極光とともに撃ち出される朱色の閃光。

 ごう、と周囲の空気すら打ち砕きながら奔る一撃。その光もまたゲイボルクに相違なく、それが放たれたからには、既に因果は決まっていた。

 

 回避も防御も不能。既に命中している一撃は、瞬時にスカサハにまで届いた。

 極光は身を焼き、撃ち出された槍は心臓諸共に彼女の半身を消し飛ばす。

 

「か、くぁ……ッ!」

 

 血煙を上げるその体が、破壊光線の威力に呑み込まれていく。

 その一撃は城の壁だったものの残骸を消し飛ばし、それに留まらずワシントンの一角をもそのまま消し飛ばした。直撃を受けていた、スカサハと共に。

 

 ―――この場から見えるワシントンの街並みを大きく焼き払う光線を撃ち終え、煙を上げる腕を軽く振るって砲身から爪に戻す。

 そのまま彼は振り返り、再び玉座の方へと足を進めた。

 

 吹き飛ばした師を気にもせず、彼は尻尾に掴まるメイヴを振り解いて体を戻す。アナザーオーズへの変身を解いた彼はどかりと椅子に座り、頬杖をついた。

 再び眠るための姿勢を見せる彼に、同じくベッドに腰を下ろしたメイヴが笑ってみせる。

 

「あーあ、せっかくカルナとの小競り合いで削られた力を、たっぷりと眠って回復してたのにね。今のでまた大分使っちゃったんじゃない?

 ―――ねえ、クーちゃん。なんでスカサハを殺さなかったの? 今のあなたなら、スカサハさえ殺すでなく、無に還すことができたでしょうに」

 

 一連の流れを見ていた彼女は、そう問いかける。

 ゲイボルクによって致命傷は与えたが、それでも彼女は死ぬことはない。

 恐らく、この特異点からの退去すらしていないだろう。

 あの破壊光線を浴びながら、彼女は魔術による離脱を成し遂げていたはずだ。

 

 もっとも、現状では二度と戦える体ではなくなっただろうが。

 その言葉に、既に目を瞑っていたクー・フーリンが平坦な声でメイヴに問い返す。

 

「―――お前は消せば良かったと思うか?」

 

「いいえ? 私にとってスカサハなんてどうでもいいもの。

 ……あなたがしたくない、というならそうすればいいんじゃない?」

 

 軽く鼻を鳴らして眠りにつく彼。

 その横顔を見ながら、メイヴはベッドに体を横たえる。

 ベッドの上に散乱している城の残骸から変わったセルメダルを一枚広い、彼女は微笑む。

 

「ふふ……()()を使えば少しは楽に召喚できるかしらね。

 ―――王様だもの。だったら、最後はやっぱり城の中で迎え撃たないと、でしょう?

 ねえ、クーちゃん。お願いがあるのだけれど……」

 

 ぽい、と投げ捨てられるセルメダル。剥がれ落ちた床に落ちたそれが立てる甲高い金属音を聞きながら、メイヴは強く笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 そのワシントンから距離を取った場所で、木に寄りかかりながらスウォルツは目を眇めていた。消し飛んだ町の一角は炎上し、今も黒煙を上げ続けている。

 そんな彼の後ろから姿を現した白ウォズが声をかけた。

 

「……随分と強力なアナザーライダーに育ったようだね?」

 

「―――そのようだな、少々予定外なほどの成長を見せている」

 

 大人しく認めたスウォルツに肩を竦める。

 英霊との相性が良かっただけではなく、環境も合ってしまったが故だろう。

 圧倒的なパワーはオーズの歴史の再現として申し分ない。が、それ以上に強くなりすぎた。

 

「二人のクー・フーリン……厳密には、魔王の仲間のクー・フーリンと、敵として現れたクー・フーリン。その組み合わせならば、()()()()()()を再現できる。

 仲間のクー・フーリンを失った魔王の奮起がオーズの歴史を呼び起こすことに期待していたわけだが……現時点の魔王の相手として、あれは強すぎる」

 

 そのためにわざわざ動いていたのに、とでも言いたげな白ウォズ。

 彼の言葉を受け、スウォルツは木に寄りかかっていた体を持ち上げた。

 

「だがその程度で終わるのならば、常磐ソウゴは魔王になどなってはいまい。

 ―――強いアナザーライダーを用意できたというのなら、その分だけ俺の計画が一足飛びに進むということだ。大した問題ではないだろう」

 

 鼻を鳴らしながらそう言って踵を返し、どこかへと歩き消えていくスウォルツの姿。彼の背を見送った後に再び大きく肩を竦め、白ウォズはやれやれといった風に両手を上げる。

 

「やれやれ、こうなってはもうひとりの私の方に期待するしかないのかな?

 ―――我が救世主の元にミライの力が届くまで、魔王に倒れられては困るからね……」

 

 そう言いながら同じく歩き出し、白ウォズもまた同じく姿を消した。

 

 

 

 

「すまない。アルジュナに抑えられていた」

 

 開口一番そう言って、カルナは申し訳なさそうに目を伏せる。

 

「逆に言えばカルナがアルジュナを抑えててくれたんでしょ?

 じゃあ別に謝る必要なくない?」

 

 変身を解除せず、ドライブアーマーのままタイムマジーンに取り付いているジオウがそう言って首を傾げた。

 後部を破壊されたマジーンをシフトカーの力で修理しながら、やるべきことは次の戦いの準備だ。確かに苦戦だったが、ここで別個で三騎を撃破できたのは素直に喜ばしい。まして、完全な不意打ちを決められるアサシンの如きランサーまでいたのだ。間違いなく、ケルト攻略は進んでいると言える。

 

「あとはさっきのアサシン? ランサー? みたいに隠れてる相手がいなければ、相手のサーヴァントは黒いクー・フーリン、女王メイヴ、アルジュナ、ベオウルフ……だね」

 

「―――藤丸の話を聞いた限り、そのうちのベオウルフは監獄島アルカトラズ……

 そこにラーマの霊基を記録しているだろう、王妃シータもいる。

 乗り込んで、そのまますぐに帰ってくるためにはタイムマジーン一択ね。常磐、修理にどれくらいかかるか分かるかしら?」

 

 アタランテの肩を穿った傷を治療しながら、オルガマリーはソウゴに問う。

 彼女の受けた傷は治癒を阻害する呪いの槍の痕だったようだが、ディルムッドが退去した今では通常通りに治療が叶うようだ。

 

「うーん……多分、動けるようになるまでには、そんなにはかからなそうかな。30分くらいじゃない?」

 

 人型で転がっているタイムマジーンの頭部もまたドライブウォッチに変わり、その力で修復に励んでいる。ピットクルーが忙しなく動き回る中、メンテナンスは着々と進んでいた。

 

「じゃあツクヨミの方に30分後くらいにこっちを出るって通信いれとこっか」

 

 立香が通信機を起動し、その状態で向こうのツクヨミと会話を始める。

 そんな彼女たちを見ながら、マシュはぐったりとしているネロを介抱していた。

 当たり前だろうが、余程に李書文の一撃が堪えたのだろう。

 

「大丈夫ですか、ネロさん?」

 

「うむ……正直、あれはもう完全に死んだかと思ったな……

 というか、まだつらい。心臓も霊基も新品になったというのに、まだつらい。

 胸の中身が空になった時の感覚がまだ残っているのだ」

 

 そう言ってマシュを抱きしめ、枕にしようとする花嫁衣裳。

 それを振り払うこともできず、とりあえず膝枕で彼女を寝かせる。

 実際にネロの顔はまだ青く、死にかけからの再臨、直後に戦闘でコンディションはズタズタだ。

 

「……ネロさんがソウゴさんとアルカトラズに向かうのは無理ですね。

 所長、戦力の割り振りはどうしましょうか?」

 

「……ベオウルフを速攻で倒したいのはそうだけど、クー・フーリンとアルジュナがいる以上はこっちの方に大きく割くべきね。カルナはどちらかしか抑えられない。なら、両方攻めてきたらどちらかはわたしたちの役目だもの。

 常磐に、ツクヨミに、モードレッドに……」

 

「その楽観視は少し不味いね」

 

 突然の声。その声は既に聞き慣れたもの。

 ウォズのそれに違いなかった。

 

 もはやいつものことなので、溜め息混じりにオルガマリーはそちらを向く。

 そうして転移してきたのだろう、ストールを揺らしている彼の姿が目に入る。

 

「何がよ。というか、手伝うなら手伝うでもっと頻繁に来なさいよ。

 あんたの転移があればずっと楽になるのだけれど?」

 

「人を輸送機か何かのように言わないで欲しいね。そもそも私だって忙しいんだ、今だって色々な調整で目まぐるしい―――おっと。そんなことよりもだ、ワシントンからクー・フーリンが動き出すようだ。クー・フーリン、メイヴ、アルジュナ……更に、()()

 それらを相手にすることになるだろう君たちの戦力の中から、円卓の騎士モードレッドを送り込めば、時間稼ぎすら儘ならないまま全滅することになるんじゃないかい?」

 

「……じゃあ、あんたがここと向こうの連中連れてアルカトラズ行ってすぐ帰ってくればいいでしょ。そうすればよほど早く終わるのよ」

 

 言いながら、オルガマリーは眉を顰める。

 確かに聖杯を有するメイヴまでもが動くなら、魔神の降臨がある可能性も高い。

 それでも脅威度はクー・フーリンやアルジュナほどではないだろうが……

 

 もっともな話に肩を竦め、しかし彼は首を横に振った。

 

「残念だが私にはまだやることがあるのでね。今だって、その合間を縫って何としても伝えておくべき事実を持ってきただけだ。聞いておくべき情報だったろう?」

 

 その物言いにむっと表情を固めるが、しかしそれは事実。

 本当にケルトが全軍で攻めてくるなら、もはや一刻の猶予も存在してはいない。

 

「じゃあ帰る前に俺とタイムマジーンだけでもツクヨミの方に連れてってよ。

 そっちで修理して、後は飛んでいくから」

 

 タイムマジーンから飛び降り、着地するドライブアーマー。

 そんな彼に対して、立香がツクヨミに繋いでいる通信機から声がする。

 

『なら、いま私たちがいるところじゃなくて、ジェロニモたちのアジトに。

 まだ私たちがそっちに着くまで時間がかかるから』

 

「だってさ、黒ウォズ」

 

「……やれやれ。まあ、そのくらいなら構わないが」

 

 首にかかったストールを掴み、振るおうとする彼。

 それに巻かれ、ジオウとタイムマジーン。そしてウォズの姿が消えていく。

 

 二人と一機の消失を見送った後、オルガマリーがツクヨミに声をかけた。

 

「常磐と合流したら、ブーディカに悪いけどそのまま戦車を走らせてもらうことになるわ。

 アルカトラズに向かうのは常磐とラーマ……あとはレジスタンスの面々にお願いしたいの。

 あなたたちは一度こっちに帰還して」

 

『分かりました。出来る限り早く……』

 

 そうして通信を終えようとした彼女が、大きな声に割り込まれる。

 

『アタシはそっち行くわよ!? ネロ! 永遠のライバルであるアタシに黙って勝手に死んだら許さないからね! 聞いてる!?』

 

 エリザベートによる乱入。

 ドラゴンの咆哮に耳鳴りを覚えつつ、一応心配の声なのでそれを向けられているネロを見る。

 彼女は別に声質がどうこう以前に、早く休みたいという表情をしていた。

 

「……うむ、うむ、聞いているから少し休ませてくれ。余は眠い……」

 

『寝たらダメよ! 寝たら死ぬわ! ネロ! ネロー!?』

 

 オルガマリーがさっさと通信切れ、と立香にジェスチャーを示す。

 アイマムといった具合に無慈悲に切断される通信。

 騒いでいる彼女の声を至近距離で聞いているだろうツクヨミを慮りつつも、彼女たちはそこでひとつ息を吐いた。

 

 立香の頭の上では、墜落したタイムマジーンの中で受けたシェイクから回復していないフォウが、小さくふぉーうと悲鳴を上げる。

 ただでさえ頭が痛いのに、彼女の咆哮を追加で受けたらダメージ倍増だ。

 

 そんなやり取りを眺めていたカルナが、状況を鑑みて自分は動けないことに微かに目を細める。

 

「……では、オレもここから動くべきではないか。エジソンたちへの伝令は……」

 

『そこは安心。彼の霊界通信機にカルデアの通信が声だけでも届くようにしてあったのさ。

 流石の天才、ダ・ヴィンチちゃんは仕事が早いと褒めてくれたまえ。こちらからの一方通行だけど、とりあえずその事を何度も繰り返して伝えておくから安心していい』

 

「ふむ。流石の天才だな、レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 オレにはそれを特別褒めるための言葉は思い当たらないが……」

 

『はっはっはー、褒めるか貶すかどっちかにしたまえよ君』

 

 ダ・ヴィンチちゃんの声にはっとした様子で目を見開くカルナ。

 直後、彼はすぐさま訂正のための言葉を口にする。

 

「―――すまない、気が抜けていた。その偉業、オレ如きでは到底言葉で言い表せぬほどのものであると確信しているだけだ」

 

『気を抜いたら言葉が足りなくなるなら、最初から相手を褒めようとするの止めたらどうだい? 君はそうやってアドバイスや賞賛を求めていない人間にも送るのだろう?』

 

 呆れながらもそう言ってみるダ・ヴィンチちゃん。

 

 カルナという男はそもそもが一言多い。

 相手が求めていないものさえ暴き、それもまた是とした上で口にする。

 だというのに、その言葉を途中で止めるから結果的に一言足りなくなる。

 

 もっとも、一言付け足したところで人によっては大きなお世話に変わりない。

 溜め息混じりに言われたダ・ヴィンチちゃんの言葉に、是非も無しと瞑目するカルナ。

 

「そもそもオレの言葉が相手にとって助言になるなどとは思って口にしているわけではない。自分では素直な所感を口にしているだけのつもりなのだが―――どちらにせよ、オレの性分は今更変わらん。ならば、足りない一言を補えるように努力した方が余程いい。

 もっとも、この考え自体オレが死後に送られたある金言から辿り着いたものだ。

 ―――生前からの悩みを吹き飛ばすような適確な助言。そのような言葉を誰かに送れる身分、というのに憧れがないと言ったら嘘になるだろうが」

 

『ははあ……』

 

「……それはそれでいいから、ダ・ヴィンチ。攻めてくる、というなら早急に備えをする必要があるわ。あと、出来ればここから物資を今のうちにカルデアに送りたいのだけど……」

 

「……そうだね。お酒とかいっぱい送っとかないとね」

 

 オルガマリーの言葉に立香も同意を示す。

 彼女たちの戦いはここで終わるわけではない。否、絶対に終わらせない。

 マシュもまた彼女たちの言葉に頷き、口を開く。

 

「―――ブーディカさんも他にも色々食材があれば、と仰ってました。

 エジソンさんと交渉して、準備してもらいたいところですね」

 

 迎撃の準備を行いながら、これから先の戦いに向けた準備も行う。

 最後まで戦い抜き、未来を取り戻すそのために。

 

 その光景を見ながらカルナは微かに目を開き、彼方を見据えた。

 本来ならば、こちらの側に立つべき授かりの英雄が去っていった空の彼方を。

 

 

 




 
ウヴァを召喚。というよりネクサス、ウヴァを配置。
(ウヴァの怯える声)
 


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診察と悔恨と伸ばした手2010

 

 

 

「では、治療を開始しましょう」

 

 ツクヨミたちと一度合流し、修理を終えたタイムマジーンでアルカトラズに向け飛び立ったと殆ど同時。ナイチンゲールはそう言って、マジーンの操縦桿を握るソウゴを見た。彼女の視線はそこで固定され、動くことはない。

 

 同じようにマジーンに乗り合わせているジェロニモ、ビリー、ロビン、ラーマ。彼らを見回すように視線を彷徨わせてから、ソウゴは驚いたように声を上げた。

 

「え、俺? 俺は元気だけど……」

 

「問診に対しての虚偽は許しません」

 

 がしり、と彼女の腕は横からソウゴの頭を掴み取った。

 そのまま思い切り彼を引き寄せるバーサーカーらしく怪力の所業。

 当然のようにタイムマジーンは揺れに揺れ、空中で思い切りロデオの如く暴れ狂う。

 

「うわっ、ちょ……! 危ない、危ないって!」

 

「お、おいナイチンゲール!? よせ、落ちたらどうする!?」

 

 マジーンコックピット内の壁にある取っ手に縛り付けられたラーマが叫ぶ。

 その危険性を認知したのだろうか、彼女は一瞬止まって―――

 

 しかし、そのまま強引にソウゴを引き寄せた。

 

「―――では、そちらの運転はジェロニモ。あなたによろしくお願いします」

 

「……よろしくされても困る。私はこんなもの動かせないぞ」

 

「あ、じゃあ僕がやろっかな。楽しそうじゃない、これ?」

 

 呆れるジェロニモにそう言って、ソウゴが放した操縦桿を握るビリー。彼は調子を確かめるようにそれを何度か動かして、何となくコツを掴んだのか適当に動かし始める。

 そんな様子を横目に、ロビンは最悪いつ落ちてもいいように身構えながら溜め息を吐いた。

 

「楽しそう、で適当に動かされて落とされたら堪ったもんじゃねえですよ。

 何がやりたいか知らないが、さっさと元の持ち主を解放して欲しいもんですがね」

 

「ええ。迅速に()()しましょう。精神的な疾患であるならば必ず癒します」

 

「漫才やってんじゃねえんですよ」

 

 下手に邪魔をすればこの密室で銃を抜く手合いだ。ある程度は好きにさせた方がいい、という判断でもって彼は溜め息と文句だけで彼女の行動をスルーした。

 そんなことを気にもとめず、彼女は引っ張り出したソウゴと目を合わせる。

 

「では率直に。あなたは病に罹患している。私からすれば、なぜ他の者があなたを放置しているかも分からないほどに重篤です」

 

「病気って……俺が?」

 

 怪訝な表情を浮かべるソウゴに対し、ナイチンゲールの顔は真摯に向き合う。

 冗談などではなく、彼女は心の底からそう思ってここで口を開いている。

 ソウゴは少なくともナイチンゲールの言葉から嘘は感じず、そのまま聞く姿勢を取った。

 

「ごく当たり前の話です。()()()()()()()()()()()()()()()()

 人は自分で作り出したストレスで、勝手に病にかかることのできる生き物なのです」

 

「…………」

 

 彼女はそう断言して、ソウゴの瞳を見つめる。

 ナイチンゲールとの視線のぶつけ合いに、僅かに彼は目を細めた。

 

「問診を進める前に、私の現時点での見立てを口にしましょう。

 あなたは正気ではありません。いえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは狂人の生き方。狂っていなければ耐えられない、狂気の沙汰です」

 

 マジーンに同乗しているサーヴァントたちも口は挟まない。

 バーサーカーとしての属性を得てなお、命を救うことに専心する彼女。その救わねばならぬものを見抜く眼力は、けして間違うことはないだろうと理解しているが故に。

 

「―――さりとて、あなたが狂人かと言うならばそれは否です。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。正しい人としての感覚を、狂人の所業で成し遂げようとしているだけ」

 

「……それは、ナイチンゲールも同じじゃない?」

 

「いいえ、まるで違います。恐らく始まりの感情も、取った手段も、何から何まで。

 私の生き方に感じるべき重責などなく、私はただ人を救うことだけに専心したが故に」

 

 彼女は瞬きすらせず、ただただソウゴを見据えていた。

 

「―――俺だってそうだよ。俺はただ、世界を救う。

 それで、みんなが幸せに暮らせるような世界を作る、最高最善の王様に……!」

 

 瞬間、肩を掴まれたソウゴが思い切り引き寄せられた。

 そのままナイチンゲールと至近距離で見つめ合うことになる。

 

「そこです。よりよい世界、人々の幸福、善良な願いこの上ない―――けれど、それを実行に移そうとしたその瞬間から、それはただの狂人のものとなる。

 ……あなたはその願いを果たさねばと、何か責任らしきものを感じているのかもしれない。ですが、私からすればそんな感情は人を救う上で邪魔にしかならない」

 

 かっ、とソウゴの腕が自分の肩を掴むナイチンゲールの手首を掴んだ。

 病であると言われた困惑を置いて、しかし彼は夢の否定に反発した。

 ナイチンゲールの瞳と交差する、ソウゴの瞳。

 

 彼女もまた視線の交差の中でソウゴの感情を読み解き―――

 小さく、小さく、溜め息を落とした。

 

「……狂気でしかない願いは、責任感や理性などで向き合ってはいけない。理屈で折り合ってしまったら、それがおかしいと思うべきことだと納得してしまうから。

 だからもし、あなたがその狂気に身を置き続けるのであれば―――何より、己の欲望を果たすためだけに努力なさい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。それだけはけして、忘れてはいけない」

 

「分かってる。これは、最初から俺が望んだ夢なんだから」

 

「―――そうだと言うならば、それを重荷として背負うのは止めなさい。あなたがその望みの中で何に怯えているのか、それは私には分かりません。

 けれど、その道を歩くと決めたあなたの心に間違いがないと信じるならば、怯えて竦むことはただの遅延にしかならない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 力が足りないならば手を伸ばしなさい。手が足りないなら声を上げなさい。それすら出来ず縮こまって目を背けるくらいなら、最初からそんな道を選ぶべきではなかったのです」

 

 彼女がソウゴを見る目には明らかに心配の色が混じっていた。夢を見るのを止めるのだって、そんなことは本人の自由だ。思い一つでいつだって途中で降りられる。ナイチンゲールはそう言っている。夢から醒めて世界を救うために戦い、そうすることだけを考えていれば、きっともっと真っ当な道を歩けるに違いないと薦めてくるように。

 

 けれど、彼の返答は決まっている。

 

「それでもこれは、俺が選んだ道だ。目を逸らしても、直視しても、俺の不安と恐怖は消えない。けどそれでも、俺はこの力は最高最善の未来を創るためのものだって信じてる。

 ―――未来の自分を受け入れられなくて、未来の自分を怖がってて、それでも―――自分の未来を信じ抜く。不安がない未来なんてない。見えない明日が怖くないはずない。

 けど、それでも俺は最高最善の未来に向かって進むんだ」

 

 痛ましげに細められるナイチンゲールの目。

 だが、彼女はそれ以上口を開かずにただただ彼を見つめる。

 

 彼は、彼女が病と呼ぶものを理解していないわけではない。

 ただ、治すのではなく一生付き合っていく道を既に選んでいた。それを無くしては、自分が自分でなくなるという確信をもって。

 治せないではなく、治さない。彼が彼として生きるために。

 

「……ナイチンゲール、そこまでしておけ。お前が病と呼ぶものでも、しかしそれは彼の矜持でもあるのだろう。ならばそれ以上は治療などではなく、愚弄だろう」

 

 取っ手に縛り付けられたラーマが口を開き、そう語る。

 揺れるタイムマジーンの中でぷらぷら揺れている彼にそう言われ、息を吐くナイチンゲール。

 

「―――ソウゴよ。余には、何を想いお前がその道を選んでいるかは分からん。

 だが、先達の王としてひとつ言わせてもらうならば……何より、大切なものだけは手放すな。自分の中では、王としての覚悟こそが一番大事なものと今は映っているかもしれん。

 けれど……きっと、その覚悟を支えてくれているのは、お前が心の底で何より大切に想っている何かなのだ。それが何なのか自分では分からぬかもしれぬ。だが、最後の最後で、それだけは絶対に手放してはいけない。他の誰でもない、お前自身のために」

 

 そうして、ナイチンゲールに代わって激励を送るラーマ。

 彼の瞳に浮かぶのは、あるいは後悔らしき感情にも見えた。

 

「……うん」

 

「へえ、そういうこと言うってことはラーマは何かやらかしたんだ」

 

 空気を変えるためのビリーの声。

 彼はぐりぐりとマジーンの操縦桿を動かしながら、笑みを浮かべつつそんなことを言う。

 それを受け、ぐむ、と言葉に詰まるラーマ。

 

「……そりゃやらかしてない英霊なんざいないでしょ。

 誰だって大なり小なりやらかしてるから名前なんか残しちまったっつー話だ」

 

「そういうんじゃなくてさー。ほら、シータって言うんだっけ。ラーマが探してる人。

 一応聞いておきたいじゃない。これから助けに行く相手なんだからなおさら。

 話を聞いた限り、君に似てるんだって?」

 

 ロビンの呆れ混じりの声を流し、彼の視線はラーマに向く。

 フェルグスがその相手が奪還されたと勘違いした、ということは余程似ているのだろう。

 そう考えながら問いかけると、ラーマは表情を沈鬱なものに変えた。

 

 今から会いに行くつもりの相手のことを問われ、そこまで思いつめると思っていなかった。

 そんな感覚で困惑しながら首を傾げるビリー。

 神話の英雄を常識で考えるからそうなる、とロビンは軽く頭を掻いた。

 

「そう、だな。うむ。救出を手助けしてもらうというのに、語らないでは道理が通らん。

 ―――シータは余の妻。余が、コサラを治める賢王たらんとして……犠牲にした、最愛の人だ」

 

「犠牲に……?」

 

「余は王として民の声に応え、彼女を国より追放した。余はその追放が正しいことなどとは、まったく思っていなかった。だが王としてそれまでに積み上げた全てが、余の動きの邪魔をした。

 ―――サーヴァントは全盛期で呼ばれるというが、余が小僧の姿で呼ばれる理由は自明の理だ。ラーマという人間の全盛期は、英雄としての力でも、王としての実績でも何でもない。ただ何をおいても彼女への愛だけで動けた、この頃の意思なのだ」

 

 そこまで語った彼は再び顔を上げ、ソウゴへと視線を送る。

 

「―――だからこそ、王としての責務を終えた今。既に死した身でありながら余は彼女との邂逅を望む。いつか手放してしまった一番大切だったはずの人の手を、もう一度握り締めるために。

 ……王として名を馳せようとそんなものなのだ。そして、お前もまたきっと同じはずだ。

 今は分からなくてもいい。けれど、それは心に留めておいておくといい」

 

 彼の言葉を受けたソウゴが自分の掌へと視線を向けた。

 何かを掴むための腕。何に向かって伸ばしていいのか分からない手。

 それでもきっと、彼の言葉に何か感じ入るものは確かにあって―――

 

 しかしその感情をどう発露すればいいのか分からないまま、タイムマジーンはアルカトラズへと向かって進んでいく。

 そうして悩み込む彼のことを、ナイチンゲールは無念そうに見つめていた。

 

 

 

 

 アルカトラズ島に接近した際に向かってきたのはワイバーン。

 どこから出てきたのか、という集団を薙ぎ払うタイムマジーンのレーザー砲。

 それらを撃ち落しながら島に接近する機体に対し、ワイバーン以上の迎撃行動はなかった。

 

 監獄の前には、金髪の偉丈夫が座りながら待ち構えていた。

 座っているとは言っても、その手には既に二振りの剣が握られている。彼を無視してアルカトラズにタイムマジーンで突っ込もうものなら、撃ち落されることは想像に難くない。

 

 彼から離れた位置にマジーンを下ろし、総員降りて戦闘態勢に入る。

 

「おう。アルカトラズ刑務所にようこそ。入監か? 襲撃か? それとも脱獄の手伝いか?

 悪いが手続きの方法までは考えてねぇんだ。とりあえず希望は出しておきな、殺した後で適当に受理しといてやるからよ」

 

 鎖で繋がれた二振りの剣を持ち上げながら立ち上がる男。

 フェルグスの出した名が間違っていないなら、それこそがベオウルフ。

 楽しげに殺意を溢れさせる彼に相対し、しかし彼女はすぐさま前に出た。

 

「こちらの患者の奥方がここに監禁されていると聞きました。

 治療に必要なので、速やかな引き渡しを要求します」

 

「面会? いや、脱獄幇助でいいか。なら問答無用で殺して終わりでもいいが……」

 

 言って、ベオウルフの視線がラーマに向く。

 彼の姿を頭の上から爪先までしげしげと眺めて―――

 

「なるほど、一目瞭然だな。間違いなくここに押し込んでる女の片割れなんだろうよ。

 夫が妻を迎えに来た、となりゃそれを問答無用は流石に看守としては気が引ける」

 

 剣を下ろさないまでも軽く首を傾げ、溜め息混じりにそう口にするベオウルフ。

 

「やはりここにシータがいるのだな……ならば通してもらおう!」

 

 その言葉に確信を持ち、そう言って痛む体を走らせるラーマ。

 だが彼の疾走はすぐさま停止することになる。

 

 盛大な破裂音。それは二つの鋼が打ち合った際の音で、打ち合った鋼とはベオウルフとラーマが構えた刃の存在に他ならない。剣を構えながら思い切り押し返され地面を滑ってくるラーマ。彼が強く胸を押さえ、片膝を落とした。

 

「くっ……!」

 

「んじゃ仕方ねえ。看守じゃなくてチンピラのやり方で行くか。

 そっちの方が余程今の俺には似合っているだろうさ」

 

 ラーマと違い剣を振り抜いた姿勢で微動だにしない彼。

 その彼に矢と銃弾の一斉射撃が襲い掛かり―――しかし、その全てを赤い剣が切り払った。

 全ての遠距離攻撃を払っておきながら、嫌そうに顔を顰めるベオウルフ。

 彼が視線を向ける先にはビリーの姿。

 

「弾は見えるが弾を撃つ銃を抜く手が見えねぇ。アーチャーの癖にお前は近づけたら駄目なタイプだな、遠ざけておけば弾を払うだけで済む。お前は後回しだ」

 

「ハハハ、褒められたって思っていいのかな?」

 

 微笑みながらもその腕の動作が止まることはなく、彼の放つ弾丸はベオウルフを常に襲い続ける。同じく放たれるナイチンゲールの銃弾。その合間に差し込まれるロビンの矢。

 それらを全て切り払いながら、ベオウルフは目を眇めた。

 

 斉射するサーヴァントたちの背後。

 ソウゴがジクウドライバーと共にライドウォッチを起動する。

 

「変身!」

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

 

 変身すると同時、構えられるジカンギレード。

 ジュウモードの銃口をベオウルフに向け、押し込まれるギレードリューズ。

 エネルギーを充填するためのカウントが始まり、それがベオウルフの耳にも届く。

 

〈タイムチャージ! 5! 4! 3!〉

 

 あからさまな高威力の攻撃のための前兆。

 それを目にした彼が、軽く鼻を鳴らす。

 

「如何にも潰しに来い、って言わんばかりの遠距離攻撃。

 だがまあ、俺が踏み込もうが踏み込むまいが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

〈2! 1!〉

 

 ベオウルフはその銃口に視線を合わせたまま、()()()()()()()()()()()()()()()()

 虚空への斬撃はしかし正確に獲物を捉え、守りに入った短刀を粉砕しながら鮮血を撒き散らした。

 

 ―――引き裂かれた緑の外套、“顔のない王(ノーフェイス・メイキング)”が宙に舞う。

 それと同時、手にした短刀を砕かれたジェロニモが大きく後ろへと転がった。

 

「ぐっ……! が、」

 

「ジェロニモ!」

 

〈ゼロタイム! スレスレ撃ち!〉

 

 弾かれたジェロニモにトドメの一撃を加えんとする相手に、砲撃が飛ぶ。

 それを棍棒の如き大剣で受け止め、そのまま地面に叩きつけるように振り抜いた。

 衝撃で巻き上げられた砂塵の中、ベオウルフは軽く笑う。

 

「姿を隠し、銃撃で足跡と足音を隠し……なるほど気付かねえ。

 だが生憎だったな。俺が剣を捨てた後なら気付かなかったくらいにはいい隠れ蓑だったが……俺の“赤原猟犬(フルンディング)”は獲物の臭いを逃がさねえ性質でな」

 

「ッ、ああくそ、狙いつけなくても追うのかよそれ……!」

 

 彼がフルンディングと呼ぶ赤い剣を険しい表情で見据えつつ、ジェロニモの救助に走り出す―――前に。ナイチンゲールがジェロニモに向け、即座に疾走を開始していた。

 

 だが彼女が届くより遥かに先に、ベオウルフの手の中の赤き猟犬はジェロニモの血を追い立てる。ジオウの砲撃を叩き伏せた直後、再び彼に向かって放たれるトドメの刃。

 

 ―――その間に、ラーマの刃が立ち塞がった。

 

 再度の激突は当然のように押し込まれる。

 だがラーマは歯を食い縛りながらも耐え切って、ベオウルフの進行を押し留めた。代償のように胸の傷が開き、そこからすぐさま滴り落ちるほどに血の染みが広がっていく。

 

「ぐ、ぬぅ……!」

 

「―――ああ、うちの王様の槍を喰らってんのか。よく生きてるもんだぜ」

 

 鍔迫り合いの中、ベオウルフは堪えるラーマに対して足を振り上げ蹴り飛ばす。

 そしてすぐそこまで迫っていたジオウに対し剣を向け、刃を交錯させた。

 火花を散らす刃を幾度かぶつけ合い、ベオウルフは後ろに跳んだ。

 

 直後に彼が立っていた場所を過ぎ去っていく一矢。

 それを撃ち放ったロビンをちらりと見やり、彼は笑う。

 

「……毒か。ただ、普通の毒以上にやべぇ感じがすると俺の勘は言ってる。

 毒の後になんかあんのか? お前の矢にも当たれねぇな」

 

「―――罠にしろ毒にしろ、何もバレてねぇはずなのにやべぇ気がするなんつって直感で避けられちゃ、森の狩人は商売あがったりだっつうの……!」

 

 それでも撃つ以外にない。腕に取り付けた弓に再び矢を番え、彼は射撃を再開する。毒矢を放てば彼は対応せざるを得ないのだ、ならばとことん撃ち続けるだけでも意味がある。

 

 倒れ伏したジェロニモに近づき、ナイチンゲールが処置を開始する。

 フルンディングの一撃で容易に砕かれたとはいえ、短刀で守りに入ったが故か。彼の傷は致命傷と言うほどでもなく、十分に治療可能な状態だった。

 

「ぐっ……ナイチンゲール、この程度ならば私は自分で治療できる。

 それよりも彼らの援護を……!」

 

「黙りなさい。私は命を救うためにここにいるのです。

 私の治療行為を止めたいのであれば、完治してからその口を開きなさい。まだまだ患者はいるのです、無駄な体力を消耗している暇があったら、その力を全て快復のために使いなさい」

 

 鉄の意志でもって、ナイチンゲールは医療行為に専念する。

 彼女が微かに意識を向けるのは、傷が開いた要治療患者であるラーマ。

 そちらの治療も進めるために、彼女は大きく顔を顰めさせた。

 

 ジカンギレードが奔る。

 その刃をフルンディングが受け止めながら、もう一振りの剣“鉄槌蛇潰(ネイリング)”がジオウを向かう。鉄槌の一撃を腕で強引に受け止め、そのままジオウが地面を踏み締めた。

 

「ラーマ!!」

 

「オォオオオオッ―――!!」

 

 両の剣を押え込まれた相手に向かい、ラーマが剣を振り上げた。

 それと同時に毒矢と銃弾もまた撃ち込まれる。

 自身に向かい来る攻撃を前に口の端を上げてみせるベオウルフが半身を引いて、ギレードとかち合っているフルンディングから手を放した。

 

「……!」

 

 急に力を抜かれ、揺れるジオウ。ギレードは体を逸らしたベオウルフを掠めるに終わる。

 そうして体勢を崩していたジオウの脇腹に、ベオウルフの蹴撃が刺さった。

 

 力尽くで距離を開けられた直後、次いで対応するのは遠距離攻撃。

 毒矢ばかりは絶対に回避する、という意思を感じる動き。銃弾の方は多少当たったところで、彼ならば致命傷には届かない。

 

 そしてジオウに対応するために唐突に放されたフルンディングは吹き飛ばされ―――

 そのままラーマを目掛けて切っ先を向けながら勝手に飛んでいく。

 

「ッ―――!」

 

 振り上げた刃はベオウルフに向けられることはなく、そのままフルンディングから身の守りのために振り抜かれる。

 互いの剣が衝突し、勢いを相殺し、しかしフルンディングが繋がった鎖を引き戻しながら踏み込んできたベオウルフの追撃がラーマを襲撃した。

 

「ぐうッ……!?」

 

 鉄槌の如き剣、ネイリングによる打撃。

 それを何とか剣で受け止めた彼の体が、堪え切れずに大きく後ろへと吹き飛ばされていく。

 

 地面を転がった彼の胸から、血溜まりがゆっくりと広がっていった。

 

「ラーマ……!」

 

 下がれ、と叫ぶためだろうか。咄嗟に呼んだ彼の名前。

 だがそうして叫ぶ前に、既に彼は再び立ち上がっていた。

 剣を地面に突き立てて、胸を押さえながら、しかしその瞳は死んでなどいない。

 

「よく、生きているだと……ああ、死ぬものか。死んでたまるものか……!

 そこにシータがいるのだ……! シータがすぐそこにいるのだ……!!

 余がこうしてここにいるのは、彼女に再び巡り合うためだ……!! そのために余は手を伸ばし続けたのだ……! 届くかもしれない、やっと……届くかもしれない……!!

 そこを退けッ……下郎ッ――――!!!」

 

 彼は起き上がると同時、地面に突き立てた剣を天へと掲げた。

 剣は宙に浮きあがり回転を始める。形成されるのは円盤状の光刃。

 

「“羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)”ッ――――!!」

 

 魔性を屠る必殺の一撃が、最短動作でベオウルフに向け放たれた。

 

 一直線に向かってくる対魔宝具の一撃に表情を引き締め、ベオウルフは双剣でそれに対応した。フルンディングとネイリングの両方で受け止める“羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)”。

 受けた瞬間に引き攣るベオウルフの全身。衝撃に軋む体にしかし、彼は笑って全霊を尽くす。

 

「はは、いいもん持ってんじゃねえか……!

 応とも、今の俺は正しく下郎! だが立ちはだかる下郎のひとり退治できないようじゃ、お姫様の救出なんざ夢のまた夢だろうぜ!」

 

 地面を粉砕する強烈な踏み込み。

 破魔の光刃を彼の双剣が力尽くで弾き、そのまま地面に叩き付ける。

 激突した剣が深々と地面に突き立ち、灼熱していた。

 

「ぐ、う……ッ!」

 

 ラーマの膝が落ちる。その隙だらけの彼へと疾走するベオウルフ。

 ―――その両者の間に、ジオウが立つ。

 

 振り抜かれるベオウルフの双剣。フルンディングとネイリングの一撃を両腕で受け止め、盛大に火花を散らしながら軋むジオウのスーツ。

 

「っ……! ソウゴ……!」

 

 背後からラーマの声。

 それを背中に受けながら、呟くようにソウゴが口を開く。

 

「―――俺は……まだ、何に、どこまで、手を伸ばせばいいか分かんないけど……

 ひとつ、思ったことがあったんだ」

 

 ギリギリと悲鳴を挙げ続けるジオウの鎧。その状態でジオウがベオウルフと視線を交差させる。

 

「誰かが伸ばした腕が、何も掴めないで終わってしまうのは嫌だ……!

 俺にもし、どこまでも届く腕があるのなら! 俺はそれを全部掴んで、引き上げる!

 ……みんなの手が、望んだところまで届いて欲しいと思うから!」

 

「ヌッ、ぐぅ……!」

 

 ベオウルフに対しジオウの頭突きが飛ぶ。

 激突した勢いで一歩退くベオウルフ。

 

 魔剣に打たれ、白煙を上げる腕を持ち上げる。その手の中には、黒いウォッチ。

 何も描かれていないブランクウォッチが、ソウゴの意思に呼応して色付いていく。

 染めていく光は緑と黄。

 

 ウェイクベゼルを回し、レジェンダリーフェイスを展開する。

 そこに浮かび上がる顔は、タカを象った赤い顔。

 ―――ジオウの指が、そのウォッチのスターターを押し込んだ。

 

「俺は、絶対に最高最善の魔王になる」

 

〈オーズ!〉

 

 ジクウドライバーに装填されるオーズウォッチ。

 そのまますぐに回転待機状態にされ、流れるように回転させられるドライバー。

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム!〉

 

 読み込まれたライドウォッチのデータをジクウマテリアルが実体化させていく。

 実体化すると同時、空を舞う赤い物体。

 その外見こそはまさしく―――

 

〈タカ!〉

 

 次いで現れるのは大地を疾走する黄色い四足の獣らしき物体。

 その巨大な爪と体表の模様が現しているのは―――

 

〈トラ!〉

 

 そして地面を跳ねる緑の物体。

 後ろ足らしき部分で地面を叩き、体を跳ねさせるその動作こそ―――

 

〈バッタ!〉

 

 それら三つの存在が宙を舞い、ジオウを取り巻き、そして装着されていく。

 タカは頭部に。トラは胴体に。バッタは足に。

 胴体に三色に分割された一つの円、スキャニングブレスターが形成され、それぞれタカ、トラ、バッタの文字を浮かび上がらせた。

 

 ジオウの頭部から一度排出されていたインジケーションアイ。

 それが“ライダー”から形を変え、再び今のジオウの頭部に戻ってくる。

 即ちその新たな文字の形こそ―――

 

〈オーズ!〉

 

 赤、黄、緑。タカ、トラ、バッタ。

 三色三種の力を鎧と纏い、ジオウがゆるりと腰を落とす。

 右腕に装着されたトラの爪。トラクローZを構えて、ジオウはベオウルフに向き直った。

 

「楽して誰かを助けられないなんて、ずっと前から分かってる―――! だから俺は、王様になって世界を変えることを選んだんだ―――!

 これからどれだけ苦しもうが、打ちのめされようが、俺の夢は変わらない……! みんなが幸せに生きられる世界のためになら、命を懸けたって惜しくない! 俺は、俺が正しいと信じた道を進み続けるってずっと前から決めていたんだから―――!!」

 

 

 




 
メモリアルライドウォッチに「未来の自分を信じろよ!」入ってないやん!!
 


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オーズとコンボといつかの明日2010

 

 

 

「ハッピーバースデー!」

 

 その降誕を前にして、いつの間にか停車しているタイムマジーンの上に立っていた者が声を張り上げた。覇気に満ちた敵を前にしかし、ベオウルフが微かにそちらに意識を向ける。

 そこに立つのは片手に本を広げたロングコートの男、ウォズに他ならない。

 

「祝え! 全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え過去と未来をしろしめす時の王者!

 その名も仮面ライダージオウ・オーズアーマー!

 素晴らしい! またひとつ、王たるライダーの力を継承した瞬間である!」

 

 彼の声を背に受けて、頭だけ振り返るジオウ。

 

「黒ウォズ、忙しいんじゃなかったの?」

 

「もちろん。だが、君の継承の儀もまた私の使命だからね。

 では我が魔王よ! その力を存分に振るわれるがいい!」

 

 ウォズはそう言ってベオウルフを示し、ジオウもまた彼へと顔を向けた。

 

 跳び出すために落とした腰に連動し、バッタの脚力を発揮するバッタスプリンガーが駆動する。増大した跳躍力は踏切りと同時に如何なく発揮され、彼我の距離を一瞬で詰め切った。

 トラクローZがフルンディングと衝突し、火花を散らして競り合う。

 

「ははは、王様ねえ! しがらみしか増えねぇもんだが、奇特な奴もいるもんだ!

 ならば、俺も受けて立とう―――この霊基(からだ)こそは政を知る王であり、しかし俺は殴ることしか考えねえ戦士である。然るに……この俺を前に王たらんとするならば、俺を倒してみるがいい!」

 

 クローとフルンディングが弾け合い、同時に彼はネイリングを振るっていた。

 爪を有するのはジオウの右腕のみ。左腕はアーマーに覆われていようと、剣と競り合える武装は持っていない。

 故に彼は体を庇うことしかできないはずであり―――しかし。

 

 鉄槌の如きネイリングに突き出されたジオウの左腕が、ゴリラの如き剛力でもってネイリングと激突した。

 ベオウルフがこの戦い、初めて感じるパワーの拮抗。

 象の如く大地を踏みしめるジオウはネイリングとの衝突に揺ぎ無く、再びその灰色のエネルギーを纏った腕をゴリラの剛力でもって突き出していた。

 

「オォオオオオッ――――!」

 

「んだとォ―――ッ!?」

 

 よもや鉄槌の一撃を拳で弾くとは思っておらず、そのまま胴体に拳を叩きこまれるベオウルフ。その体が思い切り吹き飛んで、盛大に砂埃を巻き上げながら地面に落下した。

 

 剛力を自身で把握したジオウが、ふと胸のスキャニングブレスターを撫でる。

 いつの間にかその文字が変わり、トラはゴリラに、バッタはゾウになっていた。

 そこにゆっくりと指を這わせ―――ジオウは一気に顔を上げる。

 

「これなら……いける気がする!」

 

 巻き上げた砂塵をぶち破り、ベオウルフが疾走する。

 灼熱するように赤く染まる肌を晒し、彼は鮮烈な笑みを浮かべながら姿を現した。

 それを迎え撃つために構え直すジオウに放たれるフルンディングの一撃。

 

 敵を追尾する赤き猟犬。その一撃は、確実に相手を仕留める軌道を剣自身が選んで走る。

 相対するジオウは赤い剣に対し足を振り上げ、剣を横合いから蹴り付けた。

 

 赤剣を弾かれたなら、そのまま今度は鉄槌が―――と。

 

 続けてネイリングを振るおうとしたベオウルフが体勢を崩す。

 

「ぬおッ……!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 ジオウの蹴りと空中で交差させた赤い剣は、そのままぴたりと彼の足に張り付いていた。蹴りを引き戻す動作にベオウルフの体が引っ張られ、しかしそれを理解し踏み止まろうとした瞬間。

 

「ぐ、がッ……!」

 

 雷撃が轟く。

 クワガタ、ウナギ、タコ。ブレスターの文字を組み替えたジオウは、足に張り付けた剣を通じて二重の雷をベオウルフに見舞っていた。しかしその稲妻を浴びながらも、ベオウルフは微かに笑った。

 

 フルンディングを手放す。それでもなお、ネイリングと繋がった鎖を通じて彼に電撃は流れ込む。その状態で彼は思い切り腕を振り上げ、ジオウへと殴り掛かった。

 両腕で受け止めたオーズアーマーを仰け反らせるほどの重い打撃。大地を揺らすような打撃音を響かせながら、連続して繰り出される拳撃の嵐。

 剣を足に吸いつけているジオウもまたベオウルフから離れることはできず、何度となくその拳を受けることになる。

 

「だ、ったら……! これだ……!」

 

 振り抜かれる拳を受け止めるジオウ。直撃してなお、ベオウルフの拳を受け止めてみせているその両の腕。

 ブレスターの文字がウナギからカメに変わった文字に連動し、彼の腕には亀甲の如き盾が浮かび上がっていた。

 

 放たれる拳。受け止める盾。数度の攻防を経て、舌打ちしつつベオウルフは足を振り上げた。

 盾に対して、思い切り振り抜かれる足。

 それは守りを打ち破るためではなく、捕まえられた剣を吸引から引き剥がすためのもの。

 

 ベオウルフの全力がかけられた結果、踏み止まり切れずにタコの吸引からフルンディングが引き剥がされる。地面を滑りながら後ろにジオウが押し出されると同時―――矢と弾丸がベオウルフに殺到した。

 

 その目が攻撃を捉えた瞬間、全ては弾き切れないと理解する。

 彼の直感が訴える絶対に当たってはいけない攻撃―――毒矢だけは見逃さず、ネイリングで撃墜。避けきれない弾丸が、彼の体を撃ち抜いていく。

 

「チィッ……!」

 

 引き剥がしたフルンディングを鎖を引いて手元に戻す。

 双剣を取り戻した彼の迎撃は、ビリーの射撃も完全に防ぎ始めた。

 

 その迎撃の最中に、太陽の光が届く。

 僅かに顔を顰めたベオウルフの視線が一瞬、ジェロニモとナイチンゲールの方を向いた。

 既にナイチンゲールはそこから離脱し、ラーマの方に向かっていていない。

 つまりそれは、彼女がその場を離れても問題ないほどに彼が回復した証左。

 

「―――精霊よ、太陽よ。今ひととき、我に力を貸し与えたまえ。

 その大いなる悪戯を……“大地を創りし者(ツァゴ・デジ・ナレヤ)”―――!!」

 

 大地に呼びかける男の声に応え、彼の背後に巨大な獣―――コヨーテが出現した。

 瞬間、疾走を開始する大いなる存在。それは太陽光を引きずりながら走り抜け、ロビンとビリーの攻撃を捌き続けるベオウルフを飛び越えていく。

 

 コヨーテを追い回す陽光。降り注ぐ熱線に灼かれ、彼の肌が黒煙を上げる。

 それを見ていたジオウが胸に手を添えて―――手の中にひとつ、ウォッチを取り出した。

 投げ放たれたそれは空中で展開してバイクに変わり、着地する。

 

「……こう!」

 

 チーターの脚力が大地を蹴る。跳び上がったジオウがそのままライドストライカーに乗り込み、同時にブレスターの一番上がライオンに。その瞬間ライドストライカーが光を放ち、トラを模しているのだろうエネルギー光に包まれた。

 

「変わった―――!」

 

 トラそのままに暴れ狂うエネルギーを押さえ込みつつ、ハンドルを握りしめる。

 エンジンを噴かすと、共に咆哮を上げるトラの力。

 その車体を大きく振り回し、ジオウは頭部から陽光を放散しつつ疾走を開始した。

 

 コヨーテが走り、それをオーズアーマーが駆るトライドストライカーが追う。

 二つの陽光は灼熱となってベオウルフに降り注ぎ、彼の体力を確実に削り取っていく。

 肉を灼かれながらも舌打ちひとつ。

 

「しゃらくせえ―――ッ!」

 

 跳び回るコヨーテに双剣が向けられた。

 が、そこに突撃したトライドストライカーが、トラの両前足らしき部分で双剣を受け止める。ミシミシと軋むベオウルフの筋肉。だがそれでもなお、トラの突撃を彼は大きく打ち払う。

 

 押し返され、後輪を地面に滑らせながら大きく吹き飛ばされる車体。

 それを体重をかけて押さえ込みながら、ジオウが背後に声を飛ばした。

 

「ビリー、手伝って! ロビンも!」

 

 すぐ傍まで下がってくるトラの光を纏うバイクの上でそう言われ、彼は微かに目を見開く。

 ビリーとロビンは一瞬だけ視線を交わし、すぐさまその話に乗った。

 

「OK! んじゃグリーン、後詰は任せたよ」

 

「……あいよ、ガンマン。盛大にどうぞ」

 

 ビリーがジオウの後ろに飛び乗り、愛銃をホルスターの中に収めた。

 即座にトラの咆哮を響かせて加速するトライドストライカー。

 バイクの後部、トラの背に立ちながらビリーは少し困ったように小さく笑う。

 

「生憎だけど盛大にはならないかな」

 

 向かってくるマシンにビリーが同乗しているのを見て、ベオウルフが顔を顰める。

 高速で詰められていく彼我の距離。交差する瞬間に迎撃するため、振り被られた二振りの魔剣。それを前に、ビリーはゆるりと銃へと手をかけた。

 

「“壊音の霹靂(サンダラー)”」

 

 ベオウルフが腕を振り抜かんとする中、彼の呼ぶ銘が耳朶を叩く。

 

 果たして、剣を振り抜くはずだったベオウルフの両腕。そこに握られていたはずの剣が、両方とも消えていた。

 宙に舞う鎖で繋がれた双剣。その鎖をすれ違いざまにトラの腕が引っかけて、そのまま走り去っていく。刃を向けようとするフルンディングを押し留めつつ、そのままベオウルフから離れていくマシン。

 

 その上で、銃口から硝煙を散らしているビリーが静かに微笑んだ。

 

「僕が決める瞬間は、誰にも見えないんでね」

 

 剣を取り落としたベオウルフの両腕の指は、銃弾に砕かれていた。故に剣を握りしめてはいられず、彼の剣は宙へと投げ出されることになったのだ。

 指を幾つか失った彼が盛大に舌打ちし、そのまま力の入らない拳を握りしめる。

 

「だからてめぇは近づけたくなかったんだよ―――!

 ……だが、それでもまだ―――!」

 

「いや、ここで詰め切らせてもらおう!」

 

 彼の動きが完全に止まったのを見計らい、コヨーテがベオウルフに躍りかかった。

 上から押さえつけると同時に、天を仰ぐ咆哮。

 その場に太陽の熱量が一気に降り注ぎ、その場を灼熱で覆いつくす。

 

「オ、オォオオオオッ―――!!」

 

 灼熱の地獄の中にあってさえ、彼はその剛力で自身を押さえ込むコヨーテを押し上げ、そのまま捻じ伏せた。地面に叩きつけられ、消えていくアパッチの守護者の再現。

 降り注ぐ陽光もまた同時に消えて、ベオウルフはその熱量の中から脱し―――すとん、と。

 彼の肩に矢がひとつ突き立っていた。

 

「づ、流石に捌き切れなかったかよ……!」

 

 毒矢の一撃を受けつつ、微かに口の端を吊り上げるベオウルフ。

 そんな彼の様子に更なる一矢を番えながら、下手人は呆れたような声を上げた。

 

「こんだけやって捌き切られたらどうしようもねえっての。

 こいつでオタクの血に毒は入った。そんで、アンタが感じてたっつー不安をやっと現実のものにできるってわけだ―――!」

 

 構えられるロビンフッドの弓。

 ベオウルフの直感が発生させる警鐘はあれに対し、当たるどころか打ち払ってもならないと最大級の警告を告げている。避ける以外にない、という確信を元に足を踏み出そうとする彼が、直後に覚えた悪寒に足元へと視線を送る。

 

 そこには熱に灼かれた地面が上げる黒煙に隠れ、ベオウルフに迫る大蛇がいた。

 それはぐるりと彼の足へと一気に巻き付き、その牙を足へと突き立てる。

 

「あんだと……ッ!」

 

 二重の毒に更に重くなる体。

 大蛇の尾を視線で追えば、そこにはバイクから既に降りているジオウの姿。

 ブレスターの文字はライオンからコブラに変わっていた。

 

 大蛇はその頭部から伸びているエネルギー体に他ならなかった。

 即座に咬み付いていた蛇を引き千切るが、しかしそれだけの手間をかけていたらもう遅い。

 とっくの昔に、相対する弓兵は矢を番えていた。

 

「弔いの木よ、牙を研げ―――“祈りの弓(イー・バウ)”!!」

 

 放たれた矢は過つことなく、ベオウルフの体に届く。

 瞬間、彼の足元からイチイの木が生い茂る。

 それはベオウルフの体内の毒に反応し、彼を締め付けるように急速に育っていく。

 同時に彼の皮膚が弾け、体内の毒がそのまま爆弾にでもなったかのように炸裂する。

 

「グッ、ガ、ァッ……!」

 

 鮮血を散らす彼をそのまま磨り潰すように呑み込んでいくイチイの木。

 

 ―――数秒後。彼が立っていた場所には、複数の木の幹が複雑に絡み合い、ひとつの大木のようになったひとつの塊だけが残されていた。

 

「……ふぅ、やれやれ。竜と殴りあうような怪物の相手なんてホント勘弁してくれって話……」

 

 その結果を眺め、小さく息を落としながら弓を下ろすロビン。

 

 そんな彼の目の前で、木の幹がミシリと大きく軋んだ。

 

 息を呑む間もなく、力任せに引き千切られた木が宙に舞う。

 弾けた鮮血を体に燻る熱で蒸発させながら、血だけではない赤さに身を染めたベオウルフが再びその姿を彼の前に晒す。

 

「ハ―――気分の悪くなる毒がさっさと爆ぜたおかげで、血肉は失ったが動き易くなったぜ。

 もうここまで来たらそのうち死ぬだろうが、それでもまだ殴り足りねえ……!

 まだまだ、こっちに付き合ってもらおうかぁッ!!」

 

「ウッソだろ、デタラメも大概にしておけって……!」

 

 引き千切ったイチイの残骸を彼の腕が全力で投擲する。

 バイクを切り返してそちらに向かおうとしていたビリーが回避し切れずに当たり、ライドストライカーごと転倒した。

 

「づぁ……っ!?」

 

「ビリー!」

 

 そちらに駆け寄ろうとしたジェロニモにもそれが飛び、守りに入った彼ごと吹き飛ばす。

 指を失った分、力はかけられていないはず。それでも彼の剛力は凶器たる。

 続けてロビンにも木片を投げつけようとした彼に、声が飛ぶ。

 

「まだ付き合え、だと……! 何度言えばわかる、そんな暇はない……!

 余はここに、愛する女を迎えにきたのだ……! さっさと……退けぇッ――――!!」

 

 ナイチンゲールの治療を受けても、もはや彼の胸の血は止まらない。

 既に開き切った傷は、完全に治癒より呪詛による崩壊の方が勝っていた。

 それでもなお、剣を掲げて魔性たる存在を滅するための刃を生む。

 

「応とも! 退かしてみせろよ、王子様――――!!」

 

 狙いを切り替え、木片はラーマに向けて飛ばす。

 即座に割り込んだナイチンゲールの拳が、要治療患者への攻撃を打ち払う。

 殴り飛ばされた木片が砕け、木屑となって周囲に散った。

 

 そんな彼女を見たベオウルフが、殴り合うに足ると判断する。

 欠けた指で拳を握り、走り出す灼熱の肉体。

 

 彼がこちらに辿り着く前に“羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)”を放たんとし―――

 既に限界を超え、軋む体にラーマが歯を食い縛った。

 撃てる。その気になれば、いつだって撃てる。だが今のこの一撃は宝具などと呼ぶには烏滸がましい、まるで威力を持たない一撃になるのが見えている。

 

 それでも彼はなけなしの魔力を振り絞り、剣に載せる。

 放つ前に砕け散りそうな体を必死で維持しながら、力を籠め続ける。

 

「ここまで、きて……! シータを前に、死ねるかぁあああ―――――ッ!!!」

 

「ラーマ!! 撃て―――――ッ!!」

 

 叫ぶラーマに届く、ソウゴの声。

 咄嗟に彼の方へと視線を送れば、ジオウは炎に包まれていた。

 ブレスターに刻まれた文字は、タカにクジャク、そしてコンドル。

 

 炎と燃ゆる彼が二つの掌を動かし、その炎を集束させていく。

 形成するのは円盤状に固まった炎が高速回転しているような、そんな一撃で―――

 

「ッ! 前を開けろ、ナイチンゲール!!」

 

〈フィニッシュタイム! オーズ!〉

 

 ラーマの前で身構えていたナイチンゲールが一瞬迷い、しかしすぐさま横に跳んだ。

 ベオウルフと直線に並んだラーマが、全身全霊を載せた最後の一撃を振り被り、解き放つ。

 

「“羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)”―――――!!!」

 

〈スキャニング! タイムブレーク!!〉

 

「セイヤァアアアア―――――ッ!!」

 

 同時に放たれるジオウの火炎輪。

 それはベオウルフを目掛けるのではなく、ブラフマーストラの刃を追う。

 敵に届く前にその炎は空中でラーマの刃に衝突し―――

 

 合わさり、巨大な鳥の如き形状の燃え盛る一撃に昇華された。

 目の前に立ち塞がる炎の鳥獣を前に盛大に笑うベオウルフ。

 

「いいぜ……! テメェも最後の一撃、こっちも最後の一撃、これで決めようじゃねぇか!

 要するに闘いってのは、最後まで立っていた方が勝ちって単純なもんなんだからよ!」

 

 ―――大地を砕くほどの踏み込み。振り上げられるのは血に濡れ、灼熱する赤い拳。

 先程まで扱っていた剣を凌駕するだろう力の奔流。

 

「“源流(グレンデル)……!!」

 

 迫る炎は魔を殺す不滅の刃。

 超常的なエネルギーを纏うそれに対し、ただの拳が振り抜かれる―――

 

闘争(バスター)”―――――ッ!!!」

 

 結果は衝突。腕が裂け、既に負った致命傷は更に悪化していく。

 だがそれでもなお、彼は振り抜く拳で炎の鳥を殴り抜いた。

 一瞬緩む、不滅の刃の進行速度。

 

 それを支えるラーマが腕を掲げ、目を見開きながら投げ放った己の剣へ更に魔力を込めた。

 

「勝手に余の一撃を最後と決めるな! 例えそれが敗れようと、ならばまた放つまで!

 限界など、致命傷など知ったことか!! 余はシータに届くまで……!

 例え死のうが、倒れるものかぁあああ――――ッ!!」

 

 腕を振り抜いたベオウルフに、炎の鳥が再び突撃する。更に速度を、火力を、鋭さを増す再度の一撃。対するベオウルフもまた拳を振り上げ、殴り抜く。

 ―――だが今度は勢いひとつ緩まない。突き抜けてくる炎の鳥はそのまま加速し、ベオウルフの腕を消し飛ばしていく。

 

「ハ、ハハハ! そうかい、んじゃ俺の負けか」

 

 そのまま貫き通し、ベオウルフの胸へと直撃する。

 突き立った瞬間に爆発する、その一撃に注ぎ込んだ全ての魔力と炎。

 

 体の半分以上が消し炭になったベオウルフが崩れ落ちる。そんな状態になりながらしかし、彼は即座に消えるようなこともなく、地面に転がって笑っていた。

 

 彼の傍へと歩みより、その頭上からジオウが声をかける。

 

「……あんたは何で黒いクー・フーリンに従ってたの?」

 

「あん? はは、理由なんざねえよ。別にあっちに喧嘩売って死んでも良かったが……

 ま、あの王様の在り方にちと思うところがあったってのもあんのかもな」

 

 少しだけ困ったように表情を曇らせるベオウルフ。

 その顔を見て、微かにジオウは首を傾げた。

 

「黒いクー・フーリンの、在り方?」

 

「……別に己で望んで王をやってたわけじゃねえって話さ、やるからには正しく果たしたがな。まあ、俺が勝手に感じてる親近感と思っとけ。お前はお前で、奴をどう思うか決めるんだな。

 ただ、俺ひとりに苦戦しているようでどうにかなる相手じゃねえってのは知っとけ」

 

「……それでも、俺たちは勝つよ。

 ―――明日を望む人がいる限り、世界を続けるために戦うのがいい王様だからね」

 

「ははっ! 馬鹿言えよ。王がそんなことまでやってたら、過労で死ぬっての……」

 

 言い残し、彼の姿は金色の光となって解れていく。

 空に昇っていくその光を見送って、ジオウは強く拳を握り締めた。

 そうして立ち尽くす彼の背後からウォズが声をかけてくる。

 

「おめでとう、我が魔王。オーズの力を使いこなしているようだね。

 ―――君のおかげで、彼にも役得があるようだしね?」

 

「彼……?」

 

 振り返った先、ウォズはナイチンゲールに肩を借りているラーマを見ていた。

 彼は監獄の方へと歩いて向かっている。そこでシータという女性と合流できれば彼の傷の完治も見えてくるし、それ以上に彼の心の救いになるだろう。

 

 ―――戦闘の余波で既に監獄の入り口は吹き飛んでいた。

 そこを目指し歩むラーマの息は、次第に浅くなっていく。

 体力もそうだが、それ以上に……彼にとってこの歩みは、目の前にあるがけして届かない希望に向かって歩む絶望の足取りで―――

 

「ラーマ、様……?」

 

 ―――懐かしい声が、彼の耳に届く。

 どれだけ期待しても、二度と聞くことのできないと思っていた声。

 顔を上げる。崩れ落ちた監獄の扉の先、そこに……彼は、最愛の人の姿を見つけた。

 

「シー……タ?」

 

 間違うはずがない。けして両立しないように、ラーマと同じ霊基で召喚されたのだろう彼女の姿は、ラーマと瓜二つになったものだけれど。

 ―――その少女だけは、彼が間違うはずがない。

 

 ナイチンゲールに引っ張られていた肩を振り解き、走り出す。

 もつれる足を必死に動かし、彼女の元へと走り出す。

 

「シータ! シータ!!」

 

 ―――最愛の人を求め走り出したラーマの背を見ながら、ロビンフッドが首を傾げる。

 離れているとはいえ、サーヴァントがこれだけの近さにいて……

 斥候としての技能を持つ彼でさえ、何の気配も感じない。

 

 ラーマが彼女を抱き寄せるために手を伸ばす。

 シータが彼を受け止めるために手を伸ばす。

 そうして、

 

 監獄の入り口、遂に巡り合えた二人の影が()()()()()

 

「え?」

 

「あ……」

 

 何かの間違いだ、と。

 ラーマがすぐさま再びシータに手を伸ばし、しかしやはりすり抜ける。

 姿は見えている、声だって届いている、なのに手が届かない。

 

「なぜ、なぜだ!? やっと、やっと君に会えたのに!

 僕はこれまで……ただそれだけのために……それだけの、ために……ッ!」

 

「ラーマ……」

 

 彼女の前で、触れられない手を震わせるラーマ。

 その震える手を握ってあげることも出来ず、シータもまた悲痛な顔を浮かべていた。

 

 彼らの姿を見たジオウがウォズを振り返る。

 

「黒ウォズ、あれってどういうこと? 何でラーマは……」

 

「さて。本人たちに聞いた方が早いんじゃないかい?」

 

 膝を落とし、拳を握り締めるラーマ。

 その彼の背に、手を添えるような姿勢を取るシータ。

 当然、その背に触れることも彼女にはできない。

 

 ラーマたちの後に続き監獄の前に集まってくるジオウたちを見て、シータは軽く頭を下げた。

 それはそれとして、ナイチンゲールがジオウに視線を向ける。

 

「カルデアの方に連絡を入れてください。シータという方を確保したので、これからラーマの治療を開始する、と」

 

「いや、そういう流れじゃねえでしょこれ……」

 

 当然のように治療を最優先するナイチンゲールに呆れるロビン。

 軽く息を吐き、ジェロニモが膝を落としたラーマに視線を向けた。

 

「……まあ、それも優先すべきだ。ラーマはとっくに致命傷だというのに生きているのは、その精神力からだ。その心が折れかけているのは、些か以上にまずいだろう」

 

 シータが彼の胸に空いた穴、滴る血液の量を見て痛ましげな表情を浮かべる。

 即座に連絡を入れたソウゴに、ロマニからの返答はすぐだった。

 

『……ボクの知識が正しければ、ラーマとシータは生前に呪詛を受けていたはずだ。

 バーリという猿を背中から騙し討ちし殺した結果、その猿の妻から受けた……』

 

「はい。その呪いは英霊になってなお、私たちを引き裂いています。

 ……本来、()()()()()()()()()。それが如何なる状況であれ……私の体がラーマ様の霊基なのも、表裏一体の同一存在となることで、けして会えないようにするためのもの」

 

 彼女の説明を聞いて、ビリーは難しそうな顔でラーマとシータを見る。

 

「でも今、出会えてはいるよね? 触れ合えてはいないみたいだけど」

 

「それは……」

 

 その疑問に対する答えは彼女も持っていないのか、黙り込むシータ。

 ジオウが横にいるウォズを見る。彼は本を手に、肩を竦めるばかり。

 そこで通信機の先、カルデアからロマニの声が届く。

 

『……いや、()()()()()()()()()。だからこそ、出会えたとも言える』

 

「うん?」

 

 何が言いたいのか分からない、と首を傾げるビリー。

 

『……そちらで現場に居合わせるとそうは思えないのかもしれないね。

 カルデアで観測してると今、そこは尋常じゃなく不思議な状態だ。

 いや、そんなことはいいか、結論を言おう。いま君たちがいるのは1783年のアメリカだ。

 けれど―――()()()()()()()()()2()0()1()0()()()

 

「2010、年……?」

 

 一体それが何なのか、というかどういう状態なのかと首を横に倒す一行。

 そしてふと、ドライバーに装着されたオーズウォッチに指を這わせるジオウ。

 

『厳密には2010年ではないんだろう。既に2010年はないからね。2010年相当の時流、ということだけど……要するに、シータだけいる時間が違うんだ。

 おかしいのは触れないことではなく、姿を見たり言葉を交わしたりできることの方だ。

 呪いが働かないのも当然だ。現場にいる君たちの五感以外で、君たちが共存してるなんて分からないんだから。ルールに抵触してると認識できていないのならば、呪いだって何もできない』

 

「何もおかしくはないさ。オーズとは時空さえも操る錬金術師ガラを始めとする者たちの作り出した欲望の粋であり―――オーズを継承した我が魔王は当然、時空など超越した存在。

 オーズの継承を終えたことにより、多少の時空変動が起きたところで不思議でも何でもない」

 

『……まあ、原因となるのはソウゴくんしかいないだろうね。今までは彼女だって1783年にいたはずだ。それを……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それほどのことができたのは、そのオーズの力の継承とやらを成し遂げた直後だったから……そう考えるのが、もっともらしいとボクも思う』

 

 ロマニとウォズの言葉を受けて、ジオウが再びオーズウォッチを撫でた。

 そのままラーマの元まで歩いていく。

 

「……ごめん。ラーマの伸ばした手を、俺……届けて、あげられなかった」

 

「―――なぜ、お前が謝る。むしろお前がいなければ余は、シータと顔を合わせることすら出来なかった。そういう、ことだろう?」

 

 顔を大きく腕で拭い、彼は再び立ち上がる。

 それに合わせて立ち上がったシータと視線を合わせて、彼は手を差し伸べた。

 小さく笑って、シータがその手に自身の手を載せた。

 

 触れ合ってはいない。温もりは伝わらない。それでも、同じ場所にいたからできること。

 

「―――シータ。余が起こしたものではないけれど、奇跡があった。

 再び君に、こうして巡り合えた。だから……」

 

「―――はい。ラーマ様、まだあなたは戦うのですね。この世界を守るために」

 

 震える彼の手を両手で包むように隠すシータ。

 彼が何を選ぶかなど、彼女には言われずと分かる。

 真摯な眼差しを見返して、潤み始めた瞳で彼と強く視線を交わす。

 

「……ああ。今日は、君に手が届かなかったけれど……いつか、いつかの明日に。

 きっとまた、奇跡が起きて、君の手を握れる日がくると信じてるから……

 僕は戦うよ。この世界の明日のために、その明日に巡り合えると信じてる、君のために」

 

「ラー、マ……ラーマ……はい、またいつか……きっと……あなたと一緒に」

 

 二人が抱き合うように身を寄せあう。

 体の震えも、温もりも、何も伝わるはずがない。

 そのはずなのに、相手の温かさを感じられる気がして、ただひたすらに。

 

 その二人の後ろにいるナイチンゲールが、通信機に向け口を開いた。

 

「……それで治療の方法は」

 

『……シータの存在が2010年のものでも、カルデアからは捉えられている。彼女の霊基を退去と引き換えに譲ってもらえば、霊基再臨に等しい治療をラーマに施せるだろう。

 シータはアーチャーのようだけど、霊基は彼とほぼ同一……というか、完全にラーマと同じ。なら、セイバーのラーマであっても問題なく修復できるはずだ。ただ……』

 

 完全に二人の世界に入っちゃった二人に声をかけづらい、と。

 ロマニはどうしたものかと唸るのであった。

 

 

 




 
あとは最終決戦だけや。
ラーマは回復して敵はメイヴとクー・フーリンとアルジュナのたった三騎。
勝ったぞ綺礼。この戦い、我々の勝利だ。
 


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自分と誰かと手の繋ぎ方1783

 

 

 

「サーヴァントの気配?」

 

「はい。どうやら付近に来ている様子なのですが……」

 

 物資の確認をしていた立香はジャンヌからのそのような報告を受け、腕を組んで悩み込んだ。

 その件に関して付け加えるべき事柄を、彼女は続けて述べる。

 

「気配はとても小さい。

 気配遮断が不得手なアサシンか……或いは、既に致命傷を受けているか。

 少なくとも通常の戦闘が可能なサーヴァントではないと思います」

 

「って言っても、流石に私たちだけで見に行くわけにはいかないよね」

 

 そう言って隣にいるマシュを見る。

 

「はい。所長は現在、こちらに来たエジソンさんたちと決戦のための調整を行っています。

 ですが周囲にサーヴァントの気配がある、となればすぐに指示を仰ぐべきかと。最初は気配を隠していたというネロさんの霊基を砕いたランサーのようなケースもありますし、油断は禁物です」

 

 だよね、と頷いて軽く空を仰ぐ立香。

 そのまま直に伝えに行くよりこちらの方が早いか、と通信機を手にする。

 会議中に通信はどうかな、とも思うが緊急の案件と言えるだろうしセーフだろう。

 

「所長。聞こえますか、所長」

 

『―――藤丸? 何かあったの?』

 

 数秒を置いてからの返事。

 そんな彼女に対して、ジャンヌの察知した気配のことを伝える。

 通信機越しにも伝わってくる彼女の悩む雰囲気。

 

『偵察……場合によっては、そのまま戦闘。

 あなたたちと……ネロはまだ動かせないでしょうね。ならツクヨミとモードレッド……』

 

『ふむ、ならばカルナ君を連れていくといい。

 最終決戦になるということで、大陸に私たちが建造した発電所からの電力はこの基地に集めている最中だ。ミス・アニムスフィアには電力を魔力に変換する装置の設置の方を手伝ってほしい。

 更に言うなら天然の発電機であるモードレッド卿にもそちらをね』

 

 通信機に割り込んでくる―――いや、オルガマリーから離れていても声がでかくて通信機が声を拾ってしまうだけか。

 そんなエジソンの声が聞こえると、難しく唸る様子のオルガマリー。

 

『そんな装置、わたしには仕組みが分からないのだけれど』

 

『いや! 珍しく私の直感がそう言っている!

 君にこちらを手伝ってもらえば、確実に決戦までに間に合わせられると!』

 

『はあ……?』

 

 がおがおと響く声。

 その後幾つか言葉を交わした彼女たちの間で、不明なサーヴァントに対しての偵察は、立香とそのサーヴァントたち、そしてカルナによって行うということが決定した。

 

 

 

 

「……この距離まで近づけばオレでも分かる。

 確かにかなり弱っているサーヴァントのようだ、気配遮断の類ではないだろう」

 

 ジャンヌの導きに従い、基地近くの森に踏み入った一行。

 そんな中でカルナが微かに目を細め、木々の奥に視線を送る。

 彼が手に槍を現したことに合わせ、マシュが立香の前へと出た。

 

「うーん、あたしには弱ってるかどうかまではまだ分からないね。

 戦闘は出来そうにないくらいなのかな?」

 

 戦車を引っ込めて剣と盾を備えるブーディカ。

 彼女に言葉を向けられたカルナは一瞬口を開き、しかしそのままジャンヌへと目を向けた。

 

「……オレのものよりルーラーの感覚の方が信用できる。

 どうだ、ジャンヌ・ダルク。相手の出方は感知できるだろうか」

 

「―――まず間違いなく、霊基に致命傷を負っているでしょう。

 恐らく動くことすらできない、と思いますが」

 

 先導するようにジャンヌが歩き出し、その後ろに皆で続く。

 

 木々を掻き分け、抜けた先。

 そこには一人の女性が木に寄り掛かり、目を瞑っている姿があった。

 彼女の近くには二振りの朱い槍が突き立ててあり―――

 

 それを見た立香の口から、槍の銘が小さく零れ落ちる。

 

「ゲイボルク……?」

 

 その槍こそは、彼女たちがよく見知ったものだった。

 呟いた声で気付いたのか、或いは接近した時点で気付いていたのか。

 木に寄り掛かっていた女性がゆっくりと目を開く。

 

 既に焦点の定まっていない瞳が小さく動き、この場に来た者たちをひとりひとり見回してから、彼女は自嘲気味な声色で呟いた。

 

「……さて。この死に損ないに何の用があるのか」

 

「えーっと……私たちは人理焼却を防ぐため、この特異点を解消するために戦っている―――」

 

「……把握している。カルデア、だろう?

 悪いが見ての通りだ。ああ、いや、見た目ばかりは取り繕っているから分からぬか。

 よもや私が、ゲイボルクでこうまでしてやられるとはな」

 

 ふぅ、と深い息。それだけの言葉を発するのに体力を使い果たした様子を見せて、彼女は軽く体を揺らす。末期的な衰弱状態にあると一見で分かるほどに彼女の所作は緩慢としている。

 

「ジャンヌ、彼女を治療できるかな」

 

「―――はい。試して……」

 

「よい、そのようなことをする必要はない。どうせ治らん、魔力を無駄にするな。

 ―――お前たちはこれから、あの男と戦うのだろう?」

 

 ジャンヌに呼びかけた立香の指示を即座に否定する。

 代わりに問い返される言葉。

 それがクー・フーリンとの戦闘のことを言っているのは明白で―――

 

 マシュが地面に突き立った槍を見やり、その後に視線を女性へ。

 二振りのゲイボルク。そんなものを引っ提げるサーヴァントなど、候補は多くない。

 おおよそ、彼女の正体に見当をつけながら問いかける。

 

「あの……あなたはもしや、クー・フーリンさんにゲイボルクを授けた……」

 

「……ああ、我が名はスカサハ。それが……こうしてこの地に降り立ち、弟子の不始末とあの男に挑み……こうして無様に死にかけている女の名だ」

 

 軽い自嘲を交えた笑み。そのまま槍へと手を伸ばそうとして―――

 しかし彼女は、槍を再び握ることもできずに腕を落とした。

 それを見たカルナが微かに目を細める。

 

「一応訊いておきたい。お前ほどの手練れがそこまでして、どれだけ奴に対抗できたのか」

 

「は……分かり切っていることを訊くものじゃないぞ、施しの英雄。

 一騎打ちをしておきながら私は、奴に傷ひとつ負わせることが叶わなかった。

 まったくもって失態だ。あれほどだと分かっていれば、本来私はお前たちに合流して奴のゲイボルクを止める役割に終始せねばならなかった。この世界の全戦力を可能な限り集め、全て奴に対抗するために消費しろと告げねばならなかった」

 

 果たして、彼女が口にしたのは後悔にさえ聞こえる言葉。

 焦点の定まらぬ瞳を瞼の奥へしまい、僅かに苦渋を滲ませる声。

 言い切ったスカサハが大きく息を吐くのを待ち、マシュが口を開こうとして―――

 しかし、そこで止まった。

 

 口を揃えて誰もが黒いクー・フーリンの脅威を語る。

 一度戦場で出会ったのはマシュも同じだ。その戦いでこちらのクー・フーリンの犠牲がなければ、カルデアは全滅していてもおかしくないほどの状況だった。

 それを考慮してこの特異点における行動を決めてきた。そして、多くを達成できている。

 仲間を増やした。敵サーヴァントの数を削った。一級のサーヴァントであるラーマの確保もほぼ達成されたという連絡も受けている。

 

 だと言うのに。黒いクー・フーリンを語る誰もが、それでは足りないとばかりにこうして敵の強大さを語り聞かせてくれる。

 盾を握る手に力を込めて、その事実を噛み締めて―――彼女の肩にマスターの手が添えられた。

 

 ふとそちらを振り返れば、立香はマシュを見ながら小さく首肯してみせる。

 そうしてからスカサハに向き直った彼女が、単刀直入に話に入った。

 

「だったら尚更、あなたにも手伝ってほしい。私たちにはどれだけ戦力があっても足りないんだから、あなたにもいて欲しい。とにかく、とりあえずあなたの傷を治療させて?」

 

「…………」

 

 薄く瞼を上げて、立香を見て、更にひとつ溜め息を落とすスカサハ。

 

「……この状態の私が役立てるとも思えんが―――やれやれ……

 自然と泣き言まで吐くとは、私も余程弱っているな……」

 

 自身が吐いた弱気な発言に対してぼやき、ゆっくりと目を見開く。

 今まで微かに揺れる程度だった体が動き出すと同時、スカサハの全身から血が滲みだす。

 慌てて彼女を支えに行き、そのまま傷を癒そうとするジャンヌ。

 が、ラーマの受けたそれと比較してさえ強大な呪力にその表情が歪む。

 

「……言った通りだ、真っ当に治る傷ではない。私に割くだけ魔力の無駄だ。

 自分の維持くらい自分でする、お前たちの魔力は戦いに回せ。

 特にお前の魔力はあれからの護りになるのだ。無駄遣いなどしている余裕はないぞ」

 

 ジャンヌに支えられながらもそう言うと、彼女はくらりとよろめいた。

 すぐさまブーディカが戦車を展開し、彼女を座らせられるスペースを確保する。

 力なく戦車に寄り掛かったスカサハが、ただそれだけの動作に深く息を吐く。

 

「―――そう大した距離じゃないし、ゆっくりと進めようか」

 

 ただの振動さえも今の彼女には脅威になる、と。

 戦車を牽く馬を撫でながら、ブーディカが前進を始めようとする。

 だがそんな彼女に対し、ジャンヌが上空を見上げながら首を横に振った。

 

「……その余裕はなさそうです」

 

 木々の合間から覗く空の彼方、そこに燃え盛る炎が見えた。

 凄まじい勢いで迫りくるそれを前にカルナが目を細める。

 

「アルジュナか。どうやら、こちらの動きを察知されていたようだ。

 ―――オレに任せてもらおう。悪いが最速で離脱してくれ。

 ……今回の奴は、時間稼ぎを目的としているわけではないらしい」

 

 炎の翼を広げ、カルナが上空へと飛び立った。

 それを見送る暇もなく、立香はマシュに抱えられてブーディカの戦車に引っ張り込まれる。

 ジャンヌは疾走に備えてスカサハを押さえながら、カルナに声をかけた。

 

「カルナ、あなたに神のご加護があらんことを」

 

「おまえの神とは違うが、既にこの身には過分なほどに神よりの加護を授かっている」

 

 黄金の鎧が剥がれ落ち、彼の手の中に神の極槍が顕現する。

 雷光を纏う神槍を手にしたカルナは赤い翼を広げ、高く大きく舞い上がった。

 

 眼下で疾走を始めた戦車を見送り―――そして、アルジュナに対して向き直る。

 炎を纏い、弓を手に下げた彼と視線を交わす。

 

「お前の中で決戦の場は整った、ということか。アルジュナ」

 

「―――貴様の魔力は未だ満ちず、そのための仕掛けはまだ整っていない。

 だがこれ以上待っていられなくなった。それだけのこと」

 

 アルジュナが空いている手を軽く掲げ、後方を指し示した。

 そちらに視線を向ければ―――彼方に見えるのは、異形。

 

 ワシントンの方角からこの距離でも視認できるほどの巨大な物体が、空を飛びながらこちらに向かってきているのが見えた。

 それだけならいい。だが、その巨大な何かが通り過ぎるだけで、森も山も大地も、周囲の物体が全て崩れ落ちていく。崩れ落ちた残骸は細かな何かになって、巨大飛行物体にそのまま取り込まれていく。

 

「あれは―――」

 

「クー・フーリン……いや、女王メイヴの城だ。

 見れば分かるだろう、この世界の終末は間際まで来ている。その前に―――」

 

 アルジュナに視線を戻した瞬間、いつの間にか彼の手に山のように積み上げられていた銀色のメダルが、カルナに向かって投げつけられる。

 純粋なエネルギー源としてカルナの体内に取り込まれていくそのメダル。

 恐らく、あの飛行物体が全てを崩して形成しているのがこのメダルなのだろう、と。目を眇めながら、カルナはその力を受け入れる。

 

「お前と決着をつける」

 

 メダルを投げ放った手に浮かぶ矢。弓と矢を手に、彼はカルナに全霊を賭して対峙する。

 それを受けて―――カルナは、小さく笑った。

 

「受けて立つにはひとつ、条件がある」

 

「なんだと?」

 

 充足した魔力を炎に変えて、翼と成す。

 自身を睨むアルジュナに対して戦意を漲らせながらも、しかしやらねばならないことはある。

 

「オレはエジソンに世界を救う助力となる、と誓いを立てた。であるというのにお前と一騎討ちでは道理が通らない。お前を倒すのであれば他の者に助力を請うべきであり、オレという戦力の有効活用をすることを考えれば、オレというサーヴァントに与えられた神槍は真っ先にあの空を行く要害に向けるべき力だ。

 故に―――オレに、世界を救うためにお前と命を懸けて戦うだけの理由が欲しい」

 

 稲光を伴う槍の穂先をアルジュナに向け、カルナもまた彼を睨み返す。

 

「―――例えオレが果てようとも……お前をこちら側に立たせることができれば、命を懸ける価値がある。それが世界を救うための戦いになると確信できる。

 だからこそ誓え、アルジュナ。オレとお前どちらが勝とうとも、その勝敗がついた時からお前はこちら側……人理を守る側に立つと」

 

「……いいだろう。元より、お前との決着……ただそれだけを望み、世界を滅ぼす外道に堕とした我が身。それが果たされた後ならば―――!」

 

 番えられた矢が神速で放たれ、白い光を尾に曳きながら殺到する。

 雷槍でそれらを薙ぎ払いながら空を翔けるカルナ。

 そんな彼に対してアルジュナは矢を放つではなく、弓で槍との鍔迫り合いするために激突しにかかった。

 

「この穢れた英雄など、如何様にでも使い潰されようとも―――!!

 だが貴様が手を抜けばその約定は果たされぬものと知れ!

 死力を尽くして俺と戦え――――カルナァアアアアアアッ!!!」

 

「―――お前を相手に手を抜く余裕など持ち合わせてはいない。

 そして、好敵手と再び戦いたいと願っていたのはお前だけではないと知れ。

 此度こそは、先に貴様が懐に収めた勝利をオレが奪うぞ、アルジュナ――――!!!」

 

 炎神の弓と雷神の槍が弾け合い、その威力が周囲に散る。

 眼下の森が瞬く間に焼け落ち黒く染まり、地面が融けて崩れていく。

 その破壊を周辺に齎しながら、二人の戦士は幾度も交差した。

 

 

 

 

 飛行物体―――力が暴走したメダルの器。

 全てを欲望のままに取り込む悪食の進路は、デンバーを目的地としたもの。

 

 巨大な八面体の上には玉座が無理矢理にそのまま置かれており、そこにはクー・フーリンが腰掛けている。同乗しているメイヴが崩れていく世界を見ながら、彼に寄り掛かった。

 

「どう? 空飛ぶ城、これなら便利じゃない?

 こうして空を行くだけでぜーんぶ壊してしまえるし、後は抵抗する連中をクーちゃんが殺すだけね」

 

 彼女の言葉に返事もせず、彼は眠り続けている。メイヴはそれに拗ねたように、その肩をバシバシと叩く。舌打ちしながら顔を上げたクー・フーリンが彼女を見やった。

 

「城に利便性なんてもん求めてどうする。

 そんなもん求めるくらいなら最初から城なんざ建てるんじゃねえ」

 

「えー、クーちゃんだって場所が場所なら城が宝具になるくせにー」

 

 言い返すのも面倒だと彼は地平線を眺める。

 まだデンバーまでは遠いが、目が届くようになってきた相手の前線基地。

 恐らく相手の全戦力があそこに集結しているのだろう。

 ならば、そこを陥落させて終わりだ。

 

 見渡す彼の視界の端で、炎の柱が立ち上る。

 雷と炎が破裂して吹き飛ぶ地獄絵図。

 彼はそちらを小さくちらりと見てから、軽く鼻を鳴らしてみせた。

 

「言わんこっちゃねえ。テメェが煽った結果があれだ」

 

「あら、別にいいじゃない。どうでも。

 丁度私とあなた以外のサーヴァントは私の国から消えたことだし、もうアルジュナも要らないでしょう?

 ―――いえ、最初から要らなかったもの。あなた以外は」

 

 そう言って彼女はクー・フーリンの鎧を撫でた。

 無数の棘が蔓延るそれを撫でた指先に傷がつき、血が滴る。そうして腕を振るうと血は地面に向かって落ちていき、大地に染みると同時に兵士を生み出す。

 メイヴの血から生まれた兵士が覚醒し、アメリカ軍基地を目標として認識する。

 

「さあ、私の可愛い兵士たち!

 私のために進軍し! 私のために蹂躙し! 私のために死になさい!」

 

 応、と答える声。雄叫びを上げながら突撃を慣行する兵士たち。

 

 槍を手に野太い声で叫びながら走る兵士。

 彼らが見ているのは目前に広がる敵が集っている場所だけ。

 そんな彼らの目前に―――地面から城壁がせりあがってくる。

 

「あー、あー、マイクテス、マイクテス」

 

 風を裂いて広がる竜の翼。

 翼の持ち主は地面に突き立てた槍の上に立ち、軽く咳払い。

 そうして、次の瞬間。

 

「LAAAAA―――――!!」

 

 音の津波。不可避のソニックブレスが、彼らを一気に薙ぎ払った。

 

 ―――“鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)

 エリザベート=バートリーの物理的破壊を伴う歌唱力によって放たれる超音波。

 特設ステージ、監獄城チェイテが増幅する音色は戦場に余すことなく轟き尽くし、あらゆるものを粉砕する暴風と化していた。

 

 クラッシュした頭を抱えながら断末魔を上げて倒れていくケルト兵。

 更にその中に、敢然と斬り込んでいく白い装束の剣士の姿。

 

 赤から白に大胆イメージチェンジを果たしたネロが、ふらついている残りの兵士たちを手近な者から次々と斬り捨てていく。

 

「流石にもう寝てはいられまい……!」

 

 エリザベートの先制攻撃のおかげで壊滅的打撃を受けた兵士たち。

 そのような相手にてこずる筈もなく、快調したわけでもない彼女でさえ易々と処理していく。

 彼女の衣装とともに赤から白に変わった剣を手に、数十の兵士を斬り伏せるネロ。

 

 そんな彼女が、地面に転がった敵の死骸に眉を顰めた。

 

「消えぬ……? 今まさにメイヴが造った存在なのにか……?」

 

 積み重なる死体。今までの兵士は斬った傍から魔力に還り、消えていったはずなのに。

 

 手を止めたネロの周囲の兵士たちが次々と矢で射貫かれ、更に絶命していく。

 アタランテの速射で射殺された者たちも地面に転がり、やはり消えない。

 

 続けて突撃してきた雷光。赤雷が一太刀で五人纏めて斬断して吹き飛ばした。

 鼻を刺す雷撃に焼かれた肉の臭いを覚え、モードレッドも訝しげに顔を顰めている。

 

「どういう……」

 

 モードレッドが疑問の声を上げると同時、それらの死体が一斉に崩れ出した。

 魔力の残滓にではない。()()()()()()()()()()、だ。

 討ち取った敵が全て砕け、メダルに変わり、敵の飛行物体目掛けて飛んでいく。

 

「なんだ……!?」

 

 飛行物体―――メダルの器の上の玉座。

 そこに座るクー・フーリンに侍るメイヴが小さく笑った。周囲には今まで地上をあらゆるものを崩壊させて生み出してきた数えきれないほどのメダル。

 それらが全て彼女たちの直下に集まり―――メイヴが垂らす血を受け、蠢動する。

 

「―――さあ、私の最高傑作。“二十八人の戦士(クラン・カラティン)”!

 彼らに教えてあげなさい? あなたたちは、私たちをこの玉座から引き下ろすことすらできないのだと!」

 

 巨大な塊になったメダルが渦を巻きながら、大きな魔力を発し始める。

 メイヴの言葉が正しいならば、それは彼女がクー・フーリンを討ち取るために二十八人の勇士を一つに融合させた怪物の名―――つまりは、彼女が生前縁深かった存在を新たなるサーヴァントとして召喚することに他ならず……

 

「仮に召喚するのだとしても、召喚された瞬間に叩けるわ!

 エジソン! ブラヴァツキー! ネロとモードレッドが斬り込めるように援護を!」

 

「うむ! まだ完全には程遠いが電力と魔力の変換は実行されている!

 この基地から離れすぎない限り、何度宝具を撃とうが支え切ってみせようとも!」

 

 言いつつ、離れた場所で戦闘中のカルナの方へと視線を送るエジソン。

 アメリカ北部全土での発電。ここまで送っての変電。

 そこまでは何とかなったが、送電の問題だ。サーヴァント本人に魔力を送り続ける施設はこの基地に設けたが、その送電範囲でカルナに戦闘を行われたら間違いなく余波で吹き飛ぶ。

 

 一瞬だけ獅子の顔を難しく歪め、しかし彼はすぐに動き出した。

 

「ええ、よくって……? 待って、何かおかしいわ!」

 

 鼓動のようなものを始めるメダルの塊。

 それを見て続けて動こうとしていたエレナが動きを止めた。

 彼女の勘が鋭いことなど分かり切っているエジソンもまた、足を止めて彼女に問う。

 

「何がだ、ブラヴァツキー。とにかく私たちは彼女たちが前線を張れるように後方支援を……」

 

『所長! 魔神の反応だ! メイヴのあれは、魔神を召喚するための儀式で―――』

 

 エジソンの言葉を遮るロマニの声。

 それに反応してオルガマリーが顔を顰める。

 

「サーヴァントではなく魔神……?

 どちらにせよ、降臨した瞬間に狙い撃つことに変わりは―――!」

 

『ただ魔神を呼んでるんじゃない……! あれは――――!』

 

「……所長さん。あれは、まさか……」

 

 ツクヨミの呆然とした声。

 それを聞いたオルガマリーたちも正面のメダルの塊を見て、目を見開いた。

 そんな彼女たちの前で、巨大な塊はひとつ、またひとつと分裂していく。

 数秒と待たずに大量に分割されるセルメダルの塊。

 

『二十八体の魔神の召喚反応が出ている……!』

 

「二十、八……!?」

 

 メダルの塊は二十八分割され、それぞれが鼓動を始めていた。

 

 ―――そうして、それらが腐肉の柱と変わり、魔神の姿を形成していく。

 二十八体、全てが同時に。

 ぎょろぎょろと、数えきれない眼が肉の柱の中で見開かれる。

 瞳の中に充満する津波のような魔力の渦。

 

 咄嗟にツクヨミがファイズフォンXを構え、とにかく眼に向けて銃口を引く。

 更にアタランテが続くように二矢を同時に弓に番え、天に向けて引き絞る。

 

 数が多すぎる。そして範囲が広すぎる。

 クラレントではどんな射角を持ってしても、全ては巻き込めない。仮に二体三体を一撃で消し飛ばせても、二十八体が同時に起こす魔力の爆発を止められない。

 盾になれるサーヴァントは今、ここにはいない。いや、仮にいたとして二十八なんて数の攻撃を同時に防げるはずがない。

 

 広範囲に渡って眼を潰せるだろうアタランテの宝具も、矢の雨は間に合うまい。

 舌打ちしつつ、モードレッドは手の中でクラレントの魔力を爆発的に高めた。

 彼女を支えるツクヨミの令呪の残りひとつ。

 ただそれだけで二十八の攻撃を塞き止められるだけの一撃が要求される。

 

 全力で歯を食い縛りながら王剣を振り上げるモードレッド。

 そんな彼女の上向いた視線の中に、空間の歪みが映った。

 

「―――! アーチャー!!」

 

「――――っ!」

 

 とにかく宝具を打ち上げようとしていた彼女を静止するモードレッドの声。

 その理由を察し、彼女もまたモードレッドの視線を追った。

 

 ―――空間を打ち破り、ウィザードウォッチを装填したタイムマジーンが飛び出してくる。

 瞬間、機体の肩に乗っていた赤い影が空中に躍り出た。

 赤い影が空を舞いながら腕を大きく振り上げる―――と、空を黄金色に染め上げるほどの輝きを纏う、無数の武装が瞬時に展開されていく。

 

「“偉大なる者の腕(ヴィシュヌ・バージュー)”―――――!!!」

 

 振り上げた腕を一息に振り下ろすと同時、戦輪が、棍棒が、槍が―――

 彼に与えられたありとあらゆる武具が雨となり、二十八の魔神に対して降り注いだ。

 眼を潰し、肉を裂き、そのまま大地を抉って突き立つ無数の神具。

 

 打ち砕かれた魔神柱たちが悲鳴を挙げるように大きく振動する。

 だがそれでも活動停止には程遠い。

 高まった魔力は焼却式として放たれる寸前で―――

 

「誰が、何が相手だろうが関係ない! 余は必ず、彼女の待つ明日に辿り着く!

 その道を阻むと言うならば、打ち砕いて進むのみ―――!!」

 

 叫ぶ彼が手を地面に突き立った無数の武具の方へと向ける。

 それらの武具は神魔に対抗するべく授かったものであり、同時に神魔を滅する刃とは彼自身の存在のことである。

 

「―――余こそコサラの王、ラーマ!! 神魔を穿つ不滅の刃なり!!

 受けるがいい……! これぞ我そのものにして我が奥義、“羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)”!!」

 

 大地に突き立った無数の武具がその状態で全て回転を始める。

 地上に巻き起こる数え切れぬ黄金の螺旋。

 それらは全て魔性を砕く刃となって、魔神たちを根元から刈り取っていく。

 

 弾け、引き千切られ、砕けた肉が再びメダルとなって乱舞する。

 その光景を眺めながら、クー・フーリンが鼻を鳴らした。

 

「あれを逃がしたオレの失態。あれの片割れを無駄に捕らえていたお前の失敗。

 さて、どっちにつける気だ? メイヴ」

 

「……いいえ。あれが復帰してきたからなに?

 いま、ここで、今度こそ殺せばいいだけでしょう?」

 

 メイヴの言葉に軽く肩を竦め、彼は彼女を離すように軽く払った。

 ラーマの放ったブラフマーストラが幾つか、魔神を刻んだ勢いのままに飛んでくる。

 

 迫りくる無数の黄金の刃。

 それを前にして表情ひとつ変えることもなく、彼は力を解放した。

 

〈オーズゥ…!〉

 

「“噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)”」

 

 玉座の上でクー・フーリンが変貌する。

 より強靭になった腕を振るい、生え揃った爪で迫る不滅の刃を迎撃。

 ―――している中で、彼が立つメダルの器に着地する新たな影。

 

 更なる来客に軽く視線を送るクー・フーリン。

 それはタイムマジーンから飛び上がり、メダルの器に着地したジオウに他ならない。八面体の表面にトラクローZを突き立て無理矢理乗り込んだ彼が、アナザーオーズと視線を交わす。

 

「……あんたを止めるよ、クー・フーリン」

 

「ハ―――オレが止まる時があるとすりゃ、そりゃ死ぬ時だけだろうよ」

 

 ブラフマーストラの一振りを殴ることで叩き落とし、彼は爪を構え直した。

 同じくトラの爪を構えたジオウが走り出し―――

 メダルの器という舞台上で、二人のオーズが交差した。

 

 

 




 
あと2話? 3話?
来週は多分あんま書けないので目標は今月中に5章完で
 


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授かりと施しとやりたかったこと2010

 

 

 

 激突した勢いで弾け合うジオウとアナザーオーズ。

 二人は玉座から離れ、揃って地上へと落ちていく。

 その場に取り残されたメイヴが眼下へと顔を向け、クラン・カラティンを見た。

 

 薙ぎ払われ、崩れ落ちていく魔神。

 それらが散らしていくメダルを見て、メイヴは小さく肩を竦めた。

 

「頑張るのね。ええ、でも残念」

 

 ―――彼女が何という事はない、とその様子に対して微笑みを浮かべる。

 すると、メダルが全て渦巻いて再び魔神の肉体を形成していく。

 すぐさま聳え、並び立つ二十八の腐肉の柱。

 

「なんと……!」

 

「そいつらはただのメダルの集合体。核がある限り、何度だって修復する。

 多少メダルが欠けたところで、地上を切り崩して消費すれば無限に再生可能なの」

 

 言いながら。メダルの器は周囲の大地や木々、山を切り崩して消費する。

 欲望は留まることを知らず、あらゆるものを己のために浪費していく。

 例え―――いつか、この星の全てを喰らい尽くすのだとしても。

 

「“訴状の矢文(ポイポス・カタストロフェ)”――――!!」

 

 再生したものどもを撃ち抜くべく、アタランテが弓を掲げて矢を放つ。

 天に消えていく二神に向けた矢。それは地上に降り注ぐ矢の雨となり、魔神の蔓延る地上へと一息に降り注いだ。

 

 その効果範囲には当然のようにメイヴも含まれて―――

 全ての魔神の眼球が彼女の頭上に迫る矢を捉え、空中で爆発を巻き起こした。

 魔神の眼に、肉に、突き立ち潰す矢の雨。

 己らが矢を受ける事にはまるで構わず、魔神は全てメイヴを守るために動いていた。

 

「つまり……!」

 

 モードレッドが地を蹴り、空中へと舞い上がる。

 その彼女の背後から銀色の巨大な円盤型飛行物体が飛来した。モードレッドの頭上を取ったその飛行物体はトラクタービームを照射し、彼女の体を吸い上げていく。

 円盤の上にはエレナ・ブラヴァツキー。彼女は吸い上げたモードレッドを自身の隣に召喚しながら、円盤を操作して敵の飛行物体へと加速させた。

 

「行くわよ、“金星神・火炎天主(サナト・クマラ)”! 上を取るわ!」

 

 二大神の降らせた矢こそメイヴには届かなかったが、それでも魔神の眼の大半が潰れた。

 今ならば迎撃を考慮せずに、彼女の元へと突っ込める。

 

 同時に、そのUFOと追従するように飛ぶエアバイク形態のタイムマジーン。

 そこに乗り込んでいるツクヨミが思い切りレバーを引き、人型に変形させた。

 現れる巨大オーズウォッチが頭部に合体し、機体はオーズの力を得る。

 

 腕からトラの爪を展開、更にバッタの脚力を発揮して跳躍ひとつ。

 マジーンはメイヴを目掛けて躍りかかった。

 

「魔神たちの核になっているのは、召喚したあなた!」

 

「ええ、その通り。聖杯の所有者である私がメダルを糧に召喚した魔神だもの。

 当然、私が消えれば維持できなくなるでしょう」

 

 何体かの魔神が地上で崩れ、メダルの山に変わる。

 ジャラジャラと音を立てながらそれらはメイヴの立つ器に回収されていき―――

 彼女の立つその表面を、肉と眼の壁で塗り潰した。

 

 迫りくるマジーン、そしてUFOに対して眼が輝き、熱線を発する。

 その熱量を受け止め押し返されるタイムマジーンと、咄嗟に回避行動に移るUFO。

 

「……っ、近づけないわね……!」

 

 エレナが小さく呟きながら、UFOから光線を発しメイヴに対して攻撃を仕掛ける。

 だが魔神の放つ光芒に相殺され、目標である彼女にまで到達することはない。

 

 トラの爪で熱線を切り払いながら、マジーンの中でツクヨミが顔を苦渋を浮かべた。

 

「先に魔神をどうにかしなくちゃ届かない……!

 でも、魔神は何度でも再生する……どうすれば……!」

 

 

 

 

 振り抜かれる強大な爪。

 それをトラクローZが迎え撃ち、刃が噛み合って押し合うような姿勢に入る。

 数秒の拮抗の後、弾き飛ばされるのはジオウの方だった。

 

 クローを地面に突き立てて減速しながら体勢を立て直す彼に対し、アナザーオーズは肩を張る。

 

〈トリケラァ…!〉

 

 撃ち出される肩の角。

 それは因果逆転の効果を有して、ジオウの心臓を目掛けて殺到した。

 

〈フィニッシュタイム! スレスレシューティング!〉

 

 迫る二本の角に対し、即座にギレードを取り出したジオウが銃撃を撃ち放つ。

 そこに装填されたマッハのウォッチが力を発し、角の動きにストップをかける。

 停止の標識を浮かべながら止まった攻撃に対してジオウは即座にジュウをケンに変え、装填しているウォッチも入れ替えた。

 

〈フィニッシュタイム! ドライブ! ギリギリスラッシュ!〉

 

 黄金の光を纏った剣が停止した角を二つ纏めて斬り付ける。

 ―――が、それは角に傷ひとつ付けることはない。

 そのまま剣を構え直したジオウの前で一時停止が終わり、再び角が動き出し……

 

 角の上にルーレットが現れ、回り出してすぐに止まった。

 まったくバラバラな絵柄を完成させたルーレットの運命に従い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 外された角を引き戻しながら、アナザーオーズが腰を落とした。

 遠距離攻撃ではなく飛び掛かるための姿勢。

 

「ハ―――オレの槍は見慣れてる、ってか」

 

「うん、まあね。だからこそ……こんなところで負けられない」

 

 ギレードを握る手に力を籠めるジオウの前で、クー・フーリンは更に腰を落とした。

 直後の突進に備えて剣を振るうために構え直す。

 そんな彼の前で、アナザーオーズはその腕をジオウではなく地面に向けて叩き付けていた。

 

「―――っ!」

 

 割れた大地から引き抜いた爪は、明らかに形状が変化している。

 ただでさえ巨大だった爪は更に肥大化し、最早爪というより斧のようなものだ。

 それが更に変形し、彼の腕を砲身のような姿に変えていく。

 

 息を呑むソウゴの後ろから、周囲に散らばっていた銀色のメダルがアナザーオーズを目掛けて飛んできて―――その腕の中に呑み込まれていった。

 

〈ゴックン…! プットティラーノヒッサーツ…!〉

 

「槍が通じねえなら別の方法で殺せばいいだけだ。やりようなんざ幾らでもある」

 

 言うや否や、彼の掲げた腕が恐獣の咆哮とともに極光を撃ち放つ。

 即座にドライバーに手をかけるジオウの前に、二つの影が割り込んでくる。

 白い旗が翻り、その前には巨大なラウンドシールドが突き出された。

 その影とは言うまでもなく―――

 

「“我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)”――――!!」

 

「“疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”――――!!」

 

 神の御業の再現と、光の盾が聳え立つ。

 砲撃に伴い射出された因果逆転の魔槍であれ、けして攻撃を通さぬという守護の概念が立ちはだかったのならば、後は純粋な威力勝負。熱線と槍が同時に押し寄せる一撃は、相乗する守りの輝きに塞き止められていた。

 

 撃ち終えたクー・フーリンが目の前で増えた敵に軽く肩を竦め―――

 そうしてまた、セルメダルを自身の方へと引き寄せた。

 

「また……!」

 

「―――こうして、死ぬまで続けりゃいいだけだ」

 

 光の壁に対して再び紫紺の砲撃が迸る。

 その直撃に見舞われながら、マシュとジャンヌは自身の宝具に力を込めた。

 

 

 

 

 メイヴがその足場にある程度引き寄せたとはいえ、その場の魔神は二十を超える。

 一体、二体の話であれば死力を尽くして打ち破るという話になろう。

 だが戦えば戦うほどに再生のためのメダルを生み出し、無限に再生し続ける魔神など、まともに相手ができるはずもなかった。

 

「だがそれでも、我らは諦めるわけにはいかん……!

 我が偉業よ―――万人の明日を取り戻すために戦う英雄たちの道行を照らせ!

 “W・F・D(ワールド・フェイス・ドミネーション)”――――!!」

 

 彼の足元からせり上がってくる『EDISON』のロゴマーク。

 それは光を発して世界を照らし出し、大地を覆う神秘を剥奪する。

 魔神さえもその光の中では動きを緩慢にし、再生速度が目に見えて落ちた。

 

 そんな動きの鈍った魔神のひとつに、巨大なコヨーテが体当たりして薙ぎ倒す。

 足跡を追ってくる太陽光で無数の眼を焼きつつ、その獣は雄叫びを挙げた。

 コヨーテを支えつつ、短刀を投擲して眼をひとつでも多くと潰していたジェロニモが、EDISONロゴを見上げて声を漏らした。

 

「神秘の減衰、か?」

 

「否! 世界に隠秘されていたモノを白日の下に晒し、その上で私が接収するものである!

 私は発明王エジソン! ならば例えそれが神秘などというものであろうが、オープンにした上で―――改良して普及させるまで!」

 

 魔神のみが動きを鈍くし、サーヴァントたちはむしろ能力を向上させる。

 そのロゴの上で胸を張りながら、更に彼は叫んだ。

 

「ついでにこれらの神秘などという概念について誰も特許を取っていなかったので私が取る! そこに神秘としてある以上、きっちりロイヤリティーを収めてもらう! 神秘としてこの世界に存在したいなら、私に場所代を払うがいい!」

 

 目前の敵たちから更に魔力を奪いさえしようとするライオン。

 ―――だが、流石にそこまでは通らない。

 生きている魔神の眼が一斉にエジソンを向き、そこから光を放射した。

 

 その間に割り込む、守護の車輪。

 剣から放つ光と合わせ、ブーディカが魔神の攻撃を何とか凌いだ。

 

「ぬぅ……流石にそこは審査が通らないか……!」

 

「それでもあいつらは確かに弱ってる……! そのまま維持して!」

 

 手綱を引いて空を翔ける戦車を操り、彼女はEDISONロゴの前に陣取った。

 ただ相手が多少弱っただけならここを守り切れるはずもない、が―――

 

 魔神柱が三柱纏めて吹き飛び、メダルを撒き散らした。

 黄金の輝きに包まれた槍の投擲が成した戦果。

 エジソンの宝具を受けながらもしかし、遅々としながら再生を開始する魔神。

 

 その間に弓を構えた彼は、そこに手にした剣を番えて別の魔神たちに向ける。

 放される手。放たれた剣は黄金の矢となって、そのまま再び三つの柱を灰燼に帰した。

 

「満ち足りた今の余は―――誰が相手だろうと、負ける気がせぬ!!」

 

 再生は始まる。だがその間に魔神は何度でも打ち砕かれる。

 聖人ヴィシュヴァーミトラより授かった、神魔にさえも対抗する武装の数々。それを手にした荒ぶるラーマは、魔神であっても凌駕する戦神となって戦場を席捲していた。

 

 ラーマの狙いから外れ、稼働する残りの魔神。

 それらが攻撃を放つために眼を光らせる度、銃弾と矢がその眼を片端から潰していく。

 

「休む暇なしだ。まあ、楽な方の仕事回してもらってていう事じゃないけど!」

 

 クイックドロウ、腕の動きが見えぬほどの早撃ちは、彼が視界に捉えた魔神の眼へと正確に叩き込まれていく。一撃で潰すにたる威力がない以上、ひとつの眼に対して三発の銃弾を。

 ぐしゃぐしゃに潰れた眼が攻撃として放つつもりだった魔力を暴走させ、自爆するような形で炎を噴き上げる。

 

 彼の手が回らない他の魔神に対しては、天穹の弓から放たれる無数の矢。

 これもまた正確な狙いで、一撃ごとに確実にひとつ魔神の眼を吹き飛ばしていく。

 

「―――ここで押し留めるのが精々か……!」

 

 間断なく放たれ続ける矢。

 そうしながら視線を向ける先は、再び黒と紫の極光が爆発する戦場。

 

 そちらに戦力を回したいが、だからと言って魔神たちを野放しにするわけにはいかない。ここで攻めを遅らせれば、再生速度と撃退速度が釣り合わなくなる。

 

 剣と槍を重ねて魔神を斬り裂くネロとエリザベート。

 二人は呼吸を揃えて手近な魔神を斬り付け、返り血の代わりにメダルを浴びながら戦い続ける。

 

「ああっ、もう! このメダル!

 さっきからびったんびったん当たってきて鬱陶しいったら!」

 

「気にしている場合か! ひたすら斬り続けよ! 後は―――」

 

 白い剣閃が魔神に深々と突き刺さり、そのまま振り抜かれる。

 ジャラジャラと流れ落ちてくるメダルの波。

 それを蹴散らしながら、彼女は砲撃の爆心地となった方向へと視線を向けた。

 

「……マスターたちが成し遂げるとも!」

 

 剣を握り直し、更に一閃。

 メダルの雨を浴びながらネロは更なる再生を終えた次の魔神の元へと駆け出した。

 

 

 

 

 丘陵地が溶解し、流れ落ちていく。

 互いの放つ熱量は留まることを知らずに高まり続け、交錯し続ける。

 

 アルジュナが微かに指に力を籠め、一際魔力を注いだ矢を番えた。溢れ出す炎は矢羽から噴き出す推進力と変わり、カルナを目掛けて奔る必殺の一撃となる。

 その一撃の予兆を見て取ったカルナが、槍を一度回して投擲の構えを見せた。

 

「“炎神の咆哮(アグニ・ガーンディーヴァ)”―――――!!」

 

「“梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)”―――――!!」

 

 互いに放つ必殺の一撃。

 ミサイルの如く推進力を得た矢は通常のそれを遥かに凌駕する速度で進み、カルナの投げ放った雷神の槍と激突した。

 拮抗は一瞬。如何なアルジュナの矢とはいえ、放たれた槍の威力には届かない。炎の矢を打ち砕き、炎熱を纏った雷の槍は突き抜けていく。

 

 だが次の瞬間、槍に更なる炎の矢が追突していた。アルジュナが放ったアグニの矢は十を超え、それら全てがカルナの投げ放った槍に直撃する。

 ―――度重なる着弾に勢いを削がれた槍を、遂には撃ち落とす彼の弓。

 

 槍を止めた直後、次いで槍を手放し無手になった彼を目掛けて炎の矢は殺到する。

 カルナを追尾しているかの如き、完全に彼を捉えた軌道を描く攻撃。

 

 周囲に炎で槍を形成してそれらを迎撃しつつ、槍へと手を伸ばし呼び戻した。

 アルジュナの弾幕を炎槍は止め切れず、突き抜けてきた矢は回避で凌ぐ。

 掠めていく炎の矢に炙られながら、彼は魔力を見開いた眼に収斂させていき―――

 

 次の瞬間、炸裂させた。

 奔る光芒。薙ぎ払われる光線は迫りくる矢を纏めて撃ち払い、その勢いのままアルジュナにまで逆撃を飛ばす。

 迫る閃光を見た彼が微かに眉を上げ、ふらりと体を揺らし、カルナに向かって加速した。

 

 彼を光線が捉える、その刹那。アルジュナの体がぶれ、光線の軌道上から逸れる。

 視線でアルジュナを追うカルナに連動し、ブラフマーストラは彼を追う。

 だがその熱線を避けつつ、しかし彼我の距離を詰めるように躱しながら前進するアルジュナ。

 

 カルナの視線を避けながら弓に矢を再び力強く番える手。

 そこに炎神の加護が湧き、番えた矢は燃え盛る。

 ギシリと軋む弓に力を込めて、解き放つ一撃はその弓の真骨頂。

 

「征け、我がガーンディーヴァ!!」

 

 叫び、放たれる一矢。

 放たれた直後に雷槍を掴み取ったカルナが、それを思い切り振り上げる。

 

「オォオオオッ――――!!」

 

 炎波を迸らせながら振り抜かれる穂先が、ガーンディーヴァの矢と激突した。

 砕け散る矢、対して押し込まれて吹き飛ばされるカルナ。

 

 彼の足が大地を捉え、そのまま地面を盛大に削り取る強引なブレーキをかける。

 そうして堪えた彼の目の前。

 アルジュナの手からは弓が消え、その両腕を胸の前に掲げていた。

 

 ―――両の掌で囲うようにしたその間、膨大な光が溢れ出す。

 

 その一撃の発生を見た以上は、カルナにも選択肢は存在していなかった。

 雷光の槍に魔力を注ぎ込み、インドラの神威を呼び覚ます。

 互いの宝具の前兆が周囲を巻き込み、全てを灰燼に帰していく。

 

「此処に我が宿業を果たさん……!

 シヴァの怒りよ、我が嚇怒と共に崩壊を導く光輝となって押し寄せよ―――!!」

 

「―――もはや戦場に呵責なし。

 我が父よ、許し給え。そしてインドラよ、刮目しろ―――!

 空前にして絶後、我が槍の前に死に随わぬもの無し――――!!」

 

 大地に二つ、同時に太陽が顕現した。

 それは互いに神威をもって、眼前の敵に絶滅を与えんと必殺の一撃を構えてみせる。

 雷と光が氾濫し、暴れ狂うそんな中で―――

 

 

 

 

 ぎしぎしと軋みを上げる白い旗。

 エジソンからの送電を受けてなお、魔力など幾らあっても足りない。

 それだけではなく旗だって無制限に使い続けられるわけではないのだ。

 限界はいずれやってくる。

 

「令呪を……!」

 

 連続の砲撃を受け止めたジャンヌとマシュ。

 彼女たちが膝を落とすと同時に、ジオウが即座に前へと飛び出していた。

 その後から駆け寄ってくる立香。

 

「いえ……まだ。それは温存してください、回復の時間はあります……!」

 

 肩を揺らしながら立香にそう伝えるマシュ。

 ジャンヌもそれにひとつ頷いて、旗を握り直しつつジオウへと視線を送った。

 

 砲撃を終えた直後のアナザーオーズに突撃するジオウ。

 その右腕の爪、トラクローZは砲身を切り裂くように振り抜かれ―――

 

 しかし砲身から斧の如き形状に変わった腕がそれと激突し、火花を散らす。

 そんな体勢のままに、次いで左手に持つジカンギレードを奔らせる。

 が、剣閃はアナザーオーズが伸ばした尾に絡め取られ、そこで止められた。

 

 アナザーオーズの頭部で広がるプテラの翼。

 その羽ばたきが周囲を凍結させる絶対零度の風を起こし、

 

「だぁああああ―――ッ!」

 

 ブレスターの上がサイに変わる。

 その体勢のままに強引に頭突きに行くジオウ。彼が凍り付きながらも、アナザーオーズの頭部を同じく頭で殴り飛ばした。吹き飛ばした相手にチーターの脚力で追い縋りつつ、ジカンギレードを構え、装填するダブルウォッチ。

 

〈ダブル! スレスレシューティング!〉

 

 一度に多数吐き出される不規則な軌道を描く黄金の光弾。

 それらはアナザーオーズを囲い込むように迫り、そしてジオウ自身は正面から突撃する。

 撃ち放った弾丸を追い越して、先に辿り着いた彼がトラクローを振るう。

 

 対抗するべく斧と化した腕を振るおうとしたクー・フーリンが、しかしその一撃を静止させた。

 胴体を切り付け、火花を散らすトラの爪。

 その衝撃に揺れた彼に、後から追ってきた光弾が全て直撃して爆炎を巻き上げる。

 

「―――ここだな」

 

「……っ!」

 

 爆炎を突き破りながら向けられる砲身に変わった腕。

 その砲口が向いているのは、ジオウの方ではない。

 今しがた二つの太陽が降臨したこちらの戦場から外れた一角。

 

 ―――カルナとアルジュナが決戦をしている、もうひとつの戦場だった。

 

「カルナ――――ッ!!」

 

 必殺の一撃が放たれる直前、ソウゴがカルナの名を叫んだ。

 だがこれこそは放つと同時に因果を決定づける魔槍。

 仮にその声が届き、彼が回避をしようとしたとして―――既に遅い。

 

〈プットッティラーノヒッサーツ…!〉

 

 直後の咆哮。

 黒と紫の入り混じる極光は、真紅の魔槍と同時に放たれた。

 

 

 

 

 アルジュナだけを見ていた彼に声が届いた瞬間、カルナの視線の先で紫紺の爆発が発生した。

 敵を殺すためにクー・フーリンが放つ必殺の一撃。

 その軌道、この立ち位置が狙われていたものであるということに疑いはない。

 

 ―――それはクー・フーリンとカルナを直線で結ぶ上で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 こうしてカルナがクー・フーリンを正面に見れる以上、当然アルジュナはあの一撃に背を向けている。そしてこれは、その反応の遅れが許される一撃ではない。

 カルナがアルジュナと対面している以上、アルジュナは必然的に巻き込まれる。

 

 ……魔力を注ぎ、臨界一歩手前まで到達したインドラの槍。

 迷いはない。が、惜しくはある。そう感じながら、カルナは即座に槍を手放して残った魔力を自身の推進力となる炎の翼に残った魔力を注ぎ込んだ。

 

「―――何を!」

 

 同じくシヴァの裁断を下さんとしていたアルジュナが当惑する。

 カルナだけを見ていた彼が、その一瞬後に背後で炸裂した破壊の渦を察知した。

 

「……ッ、クー・フーリン……!?」

 

 一秒と待たずに到達するだろう極光、そして魔槍。

 それらが到達するより先に、カルナの腕はアルジュナに届いていた。

 腕が彼を押し退けるのと同時、光は二人の姿を呑み込んだ。

 

 

 

 

 着弾と同時にその場所に火柱が立ち昇る。

 ギシリ、と。拳を握り締めながらジオウの顔がアナザーオーズに向かう。

 

「―――仲間だったんじゃないの?」

 

「ああ、仲間だったな。裏切りが許せねえ、ってならまずアルジュナの方に言え。

 戦場にありながら大声で裏切りの算段を立てたのはあっちだ。敵に負けてもいい。敵から逃げ帰ってもいい。だが裏切られたら処分する。当たり前の話だ」

 

 砲身を下ろし、再び斧に形状を変化させる。

 ジオウはドライバーに手を添え、そこからオーズウォッチを取り外す。

 そのウォッチに向かう先は、ジカンギレード。

 

「……それは、あんたが王様だから?」

 

「ああ」

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

 ウォッチが装填されたジカンギレードが必殺待機状態に入る。

 対して、アナザーオーズは周囲に散らばるセルメダルを手に集め、腕の斧を振り被った。

 

「―――そっか。じゃあやっぱり負けられない。

 クー・フーリンに……そんなんじゃない王様の姿を見せるまでは!!」

 

 斧はあらゆるものを粉砕するほどの威力を帯び、対するジカンギレードには明らかに威力が足りない。撃ち合えばどうなるかは自明。

 そんな中で、ジオウは大きく剣を振り上げた。

 

 

 

 

 これ以上の戦闘は不能。直撃を免れてなお、アルジュナはそう判断する。

 霊核こそ無事だが、左半身が吹き飛ばされていた。

 この状況では弓をまともに放つことも叶わない。いや、やろうとすれば何とでもなるかもしれない。だが―――何より、そこまでする理由がどこにもない。

 

 彼のすぐ傍には、既に魔力に還り始めているカルナの姿があった。

 そちらの方は完全に致命傷だ。霊核をゲイボルクに撃ち抜かれ、極光に呑み込まれた。それでもなお、未だ消滅していないのが驚異的だ。

 

「カル、ナ……!」

 

 だったら、もう彼が戦いを続ける理由がない。横槍のせいで決着はつけられない。この場で彼の額を撃ち砕き、勝利を宣言することに意味などない。

 だからこそ彼は残っている右腕で、血溜まりを作りながら地面を叩いた。

 

「―――アルジュナ。悪いが決着は、()()()()()()だ……」

 

「なに……?」

 

 いつ全身がばらけて消えてもおかしくないカルナが、それでも気合で現世に留まった。

 強く歯を食い縛り、解れていく体を何としてもと固めてみせる。

 次いで、掠れてきた視界の中にアルジュナを捉え、彼は至極申し訳なさそうな顔をした。

 

「……すまない、アルジュナ。オレはオレの恥をお前に晒そう。この時代で、お前と最初に会った時……オレはお前を一瞬疑った。

 お前がそちらについたのは、もしやお前の中の“(クリシュナ)”という存在の痕跡を残さぬために、人が残した歴史ごと全てを葬らんと考えたのでは、と」

 

「―――――」

 

「オレの不明……いや、嫉妬か。本来、こちら側に立つのがオレなどよりよほど上手いお前がそうしているのが、オレの中で相当に腹に据えかねたらしい。

 だがお前は、ただオレとの戦いによる決着だけを望んでくれた。だからこそ、悪いが後はお前に任せた……お前が救うこの世界の明日で、再び相見え……」

 

 カルナが薄れていく手を伸ばす。それがアルジュナに向けられたものであると疑いなく―――アルジュナは、震える手で彼の手を取った。

 

「……いつか、今回の戦いに決着をつけられることを、願っている―――」

 

 手を重ねて数秒、そう言ってカルナの姿が崩れ落ちていく。

 金色の霧、魔力の残滓が手の中から擦り抜け、零れ落ちて、何も無かったように消え失せた。

 呆然とその光景を見送り、それでも動けないアルジュナ。

 

 そんな彼に、人の影がかかる。

 

「アルジュナ。治療を受ける気はありますか?」

 

「……治療?」

 

 彼が見上げた先、軍服の女―――ナイチンゲールの姿が見える。

 吹き飛ばされた半身は極光によるもの。けして治癒不能の呪いがあるわけではない。

 治療しようと思えば、できるだろう。だが―――

 

「必要ありません。最早、私がこの地の戦いに参加する理由など……」

 

 その返答に当然そうするだろう、とナイチンゲールは息を吐く。

 

「そうでしょうね。あなたは生前の戦いの続きに終始し―――そして、カルナは生前の敗戦の雪辱に挑んでいた。あなたたちは最初から見ているものが違った。

 踏み止まっていたあなたと、踏み出していたカルナ。だからあなたたちはそんなことになる」

 

 ガチリ、と金属音。

 ナイチンゲールが抜いた銃が火を噴いて、アルジュナの目前に着弾する。

 

「早急に目を覚ましなさい。あなたがあなたを生き抜いた時点で、その妄執はもう終わっている」

 

「妄、執……? この、私の―――この想いが、妄執だと?」

 

「妄執を抱いて動いた者こそが人類史に名を遺すのです。それはサーヴァントとして呼ばれる者は大なり小なり同じであり、あなただけがそうというわけではない。

 ……カルナが応えるというなら、その感情に私は敢えて何も言いません。ですが、あなたの後悔などで救える命が死ぬのを私は見逃さない。自分の先、妄執を抜けた先にあなたが辿り着きたいというなら今すぐに立ちなさい」

 

 揺れるアルジュナの瞳を正面から見据え、ナイチンゲールは鉄の瞳で断言する。

 彼に任せることのできる、最大の使命。

 

「―――そして、世界を救いなさい。生前そういう役割だったから、などという言い訳などいりません。あなたは、あなたのために、この世界の続きを望めるのでしょう?

 治療であれ、戦闘であれ、命を救うための力を持つ者を私は遊ばせておく気はありません。

 ごちゃごちゃ言ってる暇があったら動くのです。あなたが悩むのに使う時間を有効に活用するだけで、救える命が増えるのですから」

 

 そう言ってアルジュナに向けられる銃口。

 脅迫染みた状況になったその場で、小さくアルジュナが息を漏らした。

 

「…………そう、ですか。分かりました、

 どうあれ……私には今、やらねばならないこと……つけなければいけない決着が増えた。そういうことですね……それが生前のものであれ、今の戦いであれ―――それは、奴との対峙がなければ、けして始まりも終わりもしないもの……!

 だというなら……私は私の望み通り、奴との決着のために世界の存続を望む……ッ!」

 

 軋む体を無理矢理立たせ、彼は戦場のクー・フーリン、そしてメイヴを睨む。

 そのまま片腕を掲げ、掌に顕すシヴァの後光。

 

「……では、あなたにはクー・フーリンに隙を作ってもらいます。やれますか?」

 

「無論―――クー・フーリンと対峙する彼の突破口を開けばいいのでしょう。

 我が霊基に懸け、成し遂げましょう」

 

 血を止める暇もなく宝具の解放動作に入るアルジュナ。

 けして軽くない傷。放てば無事では済まないだろう。

 ただ一撃放ち、そのまま消滅するのでは次に繋がらない。

 

 だからこそ―――

 

「すべての毒あるもの、害あるものを絶ち、我が力の限り、人々の幸福を導かん―――!

 “我はすべて毒あるもの、害あるものを絶つ(ナイチンゲール・プレッジ)”!!」

 

 彼女はその体から光を放ち、白衣の天使のヴィジョンを背後に浮かべる。

 それは両腕で構えた剣を思い切り振り落とす。

 伸びる刀身は目の前の戦場、ジオウとアナザーオーズの元まで届き、青い光で覆い尽くした。

 

 

 

 

「―――――」

 

 振り下ろされた青い光に包まれて、クー・フーリンは微かに視線を光の元へ送った。

 斧を振り上げ、そして対するジオウが剣を振り上げているこの状況。

 その攻撃のためのエネルギーが急速に萎んでいった。

 

 ―――小さく舌打ちひとつ。減衰を凌駕する力を籠め、その戒めを力任せに振り切る。

 彼らがナイチンゲールの光に包まれている内に、アルジュナの手の中から光球が飛んだ。

 

「―――シヴァの後光を背負いし我が怒りを以て、今此処に解放する。

 これぞ“破壊神の手翳(パーシュパタ)”―――弾けて、潰えよ!!」

 

 上空へと舞い上がった光球が巨大に膨れ上がり、無数に分かれて雨のように降り注ぐ。

 その行先は―――空にある、メイヴの立つ魔神が取り付いたメダルの器。

 

「……ッ! 半分、いえ全部こっちに回りなさい!!」

 

 彼女の号令と同時、戦闘を行っていた魔神が全て器を目掛けて殺到した。

 腐肉の柱は全て彼女を守る布陣で配置し直され、降り注ぐパーシュパタからの盾となる。

 着弾すると同時に滅びをもたらすシヴァの鏃。拡大していく滅亡に対して無限の再生をもって対抗し、魔神はその一撃で死と再生を繰り返す。

 

「ここだ!!」

 

 モードレッドの叫び。

 同時にぎゅいんとUFOが切り返し、そのボディを強く発光させた。

 

「ええ――――我が手にドジアンの書。

 光よ、此処に。天にハイアラキ、海にレムリア。そして、地にはこのあたし!

 古きこと新しきこと、すべてをつまびらかに!」

 

 UFOから無数の光が放たれて、全てがメイヴに向かっていく。

 その後ろから赤雷が迸り、血色の極光が放たれる。

 

「“我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)”――――ッ!!」

 

「……守りなさいッ! 両方よ! 三……ッ! 六柱を回しなさい!!」

 

 消し飛んでいる最中の魔神がメダルを集め、光と雷が迫りくる方向に回す。

 その場で再生を開始する魔神たち。

 復活する肉の柱は攻撃に対する壁となり、宝具の威力を押し留める。

 モードレッドとエレナだけならば六柱まで割く必要はない―――が。

 

「“羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)”―――――ァッ!!」

 

 次いで、こちらに全部回収した結果手の空いたラーマの一撃が飛ぶ。

 その一撃は先の二人の宝具と同時に来れば、今度は六柱では防げない。

 だが防ぐ必要はない。ラーマの宝具が魔神に届いた瞬間に―――

 

「今よ! 自爆なさい!!」

 

 その刃が肉に食い込んだ瞬間、魔神が全て爆裂した。

 防ぐのは無理であっても、ただメイヴに届かなければいい。

 爆発の威力で微かに軌道を逸れた螺旋刃がメイヴの腕を掠め、そのまま背後に飛び去っていく。

 

 パーシュパタの雨の威力も徐々に収まってくる。

 彼が万全で放ったのであればいざ知らず、クー・フーリンの一撃を受けた上での宝具などこの程度が限界に―――

 

「―――ちょっとヒヤッとしたわ。でもこれで終わり……すぐに魔神は再生―――!」

 

「けど、今なら!」

 

 彼女の目の前でタイムマジーンが両腕をゴリラの如く振り下ろす。

 その動きに連動するように、メイヴの周囲で重力が増大した。

 メイヴの体はメダルの器に押し付けられ、その飛行物体も急激に落下していく。

 

 ばら撒かれたメダルは未だ上空を舞っており、再生はそこで始まっている。

 それが追い付いてくるまでの間、肉壁は用意できない。

 

「っ……! よくも私を這いつくばらせるなんてこと……!」

 

「メイヴ!!!」

 

「え?」

 

 この現界で初めて聞く、クー・フーリンの張り詰めた声。

 その直後、彼方で雷光が炸裂した。

 雷光の爆心地はパーシュパタを放ち、恐らく限界だろうはずのアルジュナ。

 

 ―――その彼の手の中には、()()()()()()()()()()()

 

「―――我が父インドラよ、あなたがカルナに与えし槍。

 いまこの瞬間、ただ一度。奴から託された――――この俺が借り受ける!!」

 

 その雷光の力を十全に発揮できるのは、唯一施しの英雄のみ。

 彼にその真の姿は解放できず、またするつもりもない。これは彼の好敵手がその高潔さ故に与えられたもの。故にできるのはただひとつ。

 

 直後に残る体が砕けるのを是として、残した力の全てを注ぎ込む。

 炎と雷が噴き上がり、メイヴへと狙いをつけて行うのは―――全力の投擲。

 

「征け、“梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)”――――!!!」

 

 魔神の壁は追いつかない。いや、追いついたところで柱が十はなければ止まるまい。

 放つと同時に限界を超えたアルジュナもまた砕け散り、消滅を始める。

 だがその槍が届くまでは彼は消えるまい。ほんの数秒とかからないことだ。

 

 メイヴは眼前に迫る神の怒りを前に呆然とし―――

 

「オォオオオオオ――――ッ!!!」

 

 飛来する槍を上から斬り付ける莫大なエネルギーを注いだ黒と紫の光の斧を見た。

 雷光の槍に上から下へと叩き付けられる超常の一撃。

 それは本来ジオウに向けられていたもの。また、ナイチンゲールの宝具の能力により威力まで大きく減衰された代物。だというのに、彼はその槍さえも押し切った。

 

 完全に弾くには至らず、狙いを下にずらせただけ。だが確実にそれはメイヴを救った。

 雷光の槍が突き立つのは、彼女が足場としていたメダルの器。

 

 ―――瞬時に解放される雷の神威。

 それは内側からメダルの器を爆砕し、それがブラックホールの如く爆縮することすら許さない破壊の限りを尽くした。

 砕け、拉げ、微塵となって吹き飛んだその残骸がセルメダルと変わって降り注ぐ。

 

「きゃ……!?」

 

 上にいたメイヴが凄まじい勢いで吹き飛ばされ、放り出される。

 それを見届けたアルジュナは目を瞑り、消え失せていった。

 同時にその横で宝具を維持していたナイチンゲールが光を解除し、走り出す。

 

 攻撃をメイヴに消費したが、どうとでもなる。

 ジオウの攻撃の威力であれば十分に耐えると理解しているし、それ以外に彼に有効打を与えられるものはこの場に存在しない。カルナ、アルジュナの両名ならば或いは……だったが。

 

 だがそこで、状況は変わる。

 魔神。メダルの器。それらを構成していたメダルが空中にぶち撒けられている現状で。

 

「――――チッ!」

 

「―――魔神の再生も、メダルがなくちゃできないんだよね。

 それで、あのメダルの塊がなきゃ新しく大量のメダルは作れない……だったら!」

 

 ジオウが振り上げた剣―――否、その剣に取り付けられたオーズウォッチに、宙を舞うセルメダルが全て吸い込まれていく。

 

「この力が世界に満ちた欲望の力なら! 俺にその世界を背負う資格があるのなら!

 俺にこれを全部使って、あんたを倒し切れる力が出せるはずだ!!」

 

 ジカンギレードの刀身が光を帯び、空間を斬り裂きながら伸びていく。

 圧倒的なエネルギーの奔流。それが自身を殺し得る、という確信などいちいち見るまでもなく抱けている。

 

 メイヴを追っている場合ではなく、クー・フーリンは振り返り―――

 

「詰みだ、馬鹿弟子め」

 

 緑衣がその場に翻り、血塗れの女がその場に突如出現する。

 彼女を抱えてきただろうロビンが肩で息をしながら彼女を放り投げていた。

 その場で瞬時に噴き上がる、ゲイボルクの呪力。

 

「スカサハ――――!」

 

「今の私では己のルーンで姿隠しもできぬ。ああしてナイチンゲールの宝具に少しでも巻き込まれて癒されなければ、槍もまともに振るえぬ。だが―――取ったぞ、クー・フーリン」

 

 至近距離で既に待機状態の槍が相手では、先んじることは不可能。

 肩も、尾も流石に間に合わない。

 そもそもスカサハに対抗していてはジオウを見過ごす。そっちの方が致命傷だ。

 

「刺し穿ち、突き穿つ―――“貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)”!!」

 

 スカサハの手の中の双つ槍が解放され、アナザーオーズに叩き付けられる。

 それを片腕で受け止めながら、しかし押し込まれる力の強さに彼は舌打ちした。

 

「死に損ないの槍なんぞに――――!」

 

「―――ああ。だが、それでもお前とは相性が良かった。

 貴様の鎧―――属性は幻獣・神獣の類に属するものと見た。

 故に……私の槍は()()()()()()

 

 スカサハの放つ神殺しの槍は、アナザーオーズが主体とする紫の属性に対してより強い効力を発揮する。ダメージを与えられるか、といえば否だ。

 だがその槍から伝わる神殺しの威力は、数秒クー・フーリンを押し留めた。

 それで十分。その時間さえあれば―――

 

「オォオオオオオッ!!!」

 

 決定的な一撃を構えているジオウが、彼を確実に仕留めることができる。

 数え切れない、星の数ほどのセルメダルを取り込んだウォッチがスパークした。

 同時にジオウの頭部、”オーズ”という文字を形成するインジケーションアイが赤熱し、赤みがかったピンクだった色が真紅の炎に染まっていく。

 

〈オーズ! ギリギリスラッシュ!〉

 

 槍を放ちそのまま転がったスカサハをロビンが拾い、そのまま横へと跳ぶ。

 直後に振り下ろされる必殺の刃。

 それはスカサハの槍に縫い留められたクー・フーリンに回避し切れるものではなく―――

 

「……っ、走りなさい“愛しき私の鉄戦車(チャリオット・マイ・ラブ)”―――

 ええ、当たり前でしょう? 私が据えた、私の王様のためだもの」

 

 横からクー・フーリンに激突する、ガタガタに歪んだ戦車。

 彼が受け止めている槍ごと振り下ろされる剣の範囲外に吹き飛ばす体当たり。

 器の爆発で吹っ飛んだ彼女はその戦車の重量で無理矢理地面に着陸し、そのままこの修羅場に突っ込んできていた。

 

「ッ―――――!」

 

 剣の軌道は変えられない。そんな自由が利く一撃ではない。

 激突すると同時にクー・フーリンに抱き付き、跳躍するメイヴ。

 彼女たちの背後で、振り下ろされた空間さえ斬り裂く刃が戦車を瞬く間に蒸発させる。

 斬り裂かれた空間がずれ、それが戻る勢いでその場に盛大な爆炎が巻き起こった。

 

 

 

 

 ―――爆炎に炙られて目を覚ます。

 飛び込んだ瞬間に意識が飛んでいたようだ。

 彼女が開けるのもだるい瞼を上げると、顔の前にはクー・フーリンの顔があった。

 

「……あ、クー、ちゃん……」

 

 直撃は回避し、受けたのは余波だけだ。

 それでもなお、彼は怪物への変貌を解除して全身の黒い鎧は粉砕されていた。

 絶対堅固の鎧を着ていた彼でさえそれなのだ。

 自分が今生きているのは奇跡か―――あるいは、彼が守ってくれたからだろう。

 

「……今のは受けたら死んでただろうな。

 よくやった、テメェはテメェが立てた王を守ったわけだ」

 

「―――――うん。守るわよ、だってそれが私の……」

 

 体が解けていく。光に変わっていく指先で、彼の頬をなぞる。

 

「―――お前は自分のことしか考えない女だ。それは何があっても変わらねえ。変わったらそりゃメイヴじゃねえ何かだ。だから聖杯なんてもんを使うなら、テメェの美貌のためだのテメェを称える何かのためだの、そんなもんに使うのが道理だろうよ」

 

「ふふふ、そうね。私は、私のために、私のものを使う女よ。けど、魔が差したのかしら……

 私のものにならないあなた……そんなあなたのために、自分のもので尽くすなんて……

 あなたを私のものにするためではなく、ただあなたの隣にいるためだけに……」

 

 ほろほろと崩れ落ちていくメイヴに対し、クー・フーリンは静かな視線を向けた。

 

「お前が道理を通してオレに願った以上、お前に対して義理は果たす。

 世界の王とやらはオレが獲る。その後が破滅であろうともな。

 生きてた頃と変わりゃしねえ。いい女だと思った相手のために動いてやるってのはな」

 

 いい女、と呼ばれたメイヴの頬が緩む。

 最後の最後に彼女は満足したように微笑んで、彼女は最期の言葉を遺していく。

 

「―――ふふ、それ。私、それが欲しかったの……私の、クー……」

 

 メイヴが果てる。天に昇っていく金色の光。

 

 それを気にもせずジオウに向き直り、クー・フーリンは胸を押さえた。

 恐らく霊核が半壊しているのだろう。それと融合しているウォッチとやらもだ。

 だが別にそれで次の行動が変わるわけでもない。

 

 全てを懸けた一撃を放ち、ジオウは膝を落としている。

 

「あんた……」

 

「メイヴは自分がやりたいこと、自分のためのことしかしねえ女だ。

 だってのに、あいつは今回オレのために全てを使い果たした。

 ―――だからまあ、今回ばかりは、オレのために全て尽くすってのが……

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ビシリ、と彼の体の中で罅割れたウォッチが悲鳴をあげる。

 だがそれを気にせず、彼は再びアナザーオーズへと変貌した。

 出現するのは黒と紫の恐獣。

 

 ―――その背に三対六枚の赤い翼が広がった。

 恐竜と鳥獣の二種混合。冷気と炎熱、相反する二つの波動を纏う怪物。

 その腕が振るわれると同時、今までとは更に比較にならない力が解放される。

 

「どうあれ、懸けられたからには応えるだけだ。そこを違える気はねえ。

 ――――オレが砕けて死ぬ前に、この世界を平らげる」

 

 進化したアナザーオーズは右腕を斧に、そして左腕を盾らしき物体に変化させる。

 火炎と吹雪を噴き上げて、その怪物は全てを壊すために産声となる咆哮を上げた。

 

 

 




 
お前がパワーアップするのか…
 


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ジオウと王’sとずっと未来に続く明日2015

 

 

 

「モードレッド!!」

 

 真っ先に動いていたのは、タイムマジーンの巨体だった。

 その両腕に取り付けられたトラの爪を立てながら、ツクヨミは全力でレバーを押し込む。

 彼女はエレナとともに宙を舞うモードレッドへと声をかけながら突撃していた。

 

 アナザーオーズが相手ならばオーズの力を有する今のタイムマジーンこそ、彼の天敵であることに変わりはない。大抵の相手に対し必殺となる攻撃を有するクー・フーリンを相手取る以上は、彼に一切時間を与えてはいけない。

 

 とにかく息も吐かせぬ波状攻撃で削り、そのままアナザーウォッチを破壊できる攻撃を―――

 

 アナザーオーズが振り上げた右腕が奔る。

 向けられた爪に対して振り抜かれたそれが、タイムマジーンの装備したトラクローとともに片腕を吹き飛ばした。拉げて潰れ、引き千切れて舞うマジーンの腕。

 

「きゃあっ……!?」

 

「マスター!!」

 

 巨体が一撃で吹き飛ばされ、タイムマジーンは地面に落ちてあっさりと沈黙した。

 そちらを視線で追ったモードレッドがしかし、自身に充足する魔力を感じて首を止める。

 ツクヨミが令呪を切り、彼女に宝具を使えと指令を出した。

 

 すぐさま彼女は視線を戻し、アナザーオーズを睨み付ける。

 展開する王剣、“燦然と輝く王剣(クラレント)”。

 そこから血色の刃を伸ばし、彼女はUFOを強く踏み締めた。

 

「野郎に寄せろ! 叩き込んでやる――――!!」

 

「っ……! ええ、エジソン――――!」

 

「心得ているとも!」

 

 エレナはその機体の軌道を操りながら、己の名のロゴの上に立つエジソンに対して叫ぶ。

 彼はその声が要求していることを正確に読み取り、彼の支配下にある電力を全てモードレッドに回した。彼女自身の赤雷とエジソンの送電がぶつかり、血色の刃は極彩色の雷を纏う。

 

 頭上から迫る極光を見上げ、クー・フーリンが自分の右腕を掲げ―――小さく舌打ちした。

 セルメダルは全てジオウが喰らい尽くし、1枚たりとも残っていなかった。

 仕方なさげにそのまま対抗しようと彼の前に、淡い光が灯る。

 

『―――っ、聖杯の反応だ! クー・フーリンのすぐ傍……メイヴが持っていたものだ!』

 

 光はゆるりと彼の前を漂い、そのまま彼の胸へと入り込んでいく。

 そんなものに願うことなどない。が、それは前の持ち主の願いを叶え続けているらしい。

 クー・フーリンが必要と考えていたセルメダルが数枚、彼の前に出現する。

 

 もうひとつ、舌打ち。

 そうしている間にもメダルは彼の右腕に食われ、エネルギーを充填する。流石にこの一撃の方にゲイボルクを仕込む暇はなく、ただ迎撃のためだけに極光のみを吐き出す攻撃。

 

〈プットッティラーノヒッサーツ…!〉

 

「“我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)”――――!!」

 

 振り下ろされるモードレッドの剣に対し、恐獣の咆哮が迎え撃つ。

 雷を纏う血色の極光。炎熱を纏う紫紺の極光。

 二つの光は丁度互いの中間で激突し、その威力を余すことなく発揮して周囲に破壊を齎した。

 

 光の激突を避けながらアナザーオーズに向かいラーマが走る。

 その腕の中には剣と槍。ヴィシュヌの神具を携えて、砲撃の体勢のままの敵に対しての強襲。そんな行動の中、迫るラーマに対してアナザーオーズが僅かに視線を向け、軽く鼻を鳴らした。

 

「ぬっ……!?」

 

 アナザーオーズが翼を広げる。赤い鳥の翼ではなく、炎でできた孔雀の如き美しい羽。

 ばさりと大きく広げたそれは羽の一枚一枚が分離して宙に浮き―――

 それを見たラーマを戦慄させた。

 

「まずい……!」

 

 足を止めたラーマの後ろ。それが攻撃だと即座に理解したビリーが銃を抜いていた。

 

「“壊音の霹靂(サンダラー)”――――!!」

 

 音より早く、彼の銃撃は孔雀の羽を無数に撃ち抜いていた。

 恐らく炎弾となって襲い掛かってくるだろうそれ。

 一瞬のうちに半数近い羽を撃ち崩したビリーは微かに口の端を上げて―――

 

「駄目だ止まらん! あれは全て……ゲイボルクだ!!」

 

 ラーマの叫びと同時、孔雀の羽は撃ち落したと思ったものも含め全て、戦場に残る者たちの心臓を目掛けて奔る凶器と化した。

 

「うっそ……!?」

 

 発動した無数の棘を前に、半死半生のままロビンに抱えられていたスカサハが身を捩る。

 その動きにバランスを崩して焦るロビン。

 

「ちょ、オタク何を……!」

 

「私の、槍だ……! 私の槍を―――!」

 

「そんなもん……!」

 

 先にクー・フーリンを吹き飛ばした時に投げ放った以上、彼の足元に転がっている。

 新しい槍を呼び出す余裕、体力も魔力もスカサハには残っていない。

 これから槍を投げ放つというならば、なおさら無駄遣いはできないのだ。

 あの槍を取り戻さねば、防ぎ切れない―――

 

 だがそのゲイボルクを防ぐために既に無数のゲイボルクが舞う死の空間と化したそこに槍を取りに行く、などと。本末転倒のような話だ。

 しかしそうしなければこのゲイボルクの羽を防ぎ切れず、多くのサーヴァントが心臓を奪われるだろう。正面からの一撃ならいざ知らず、この範囲攻撃と化したゲイボルクが相手ではマシュとジャンヌでは守り切れない。

 

 ―――だったら、拾いに行けばいい。

 あの羽を掻い潜り生存し、槍を手にして生還し、スカサハに届ければいい。

 そんなことができるのならば、それが最善手なのだから。

 

 つまり。

 

 緑の風が吹き、弓を手にした獣が疾走する。

 炎熱と呪力を纏い飛ぶ孔雀の羽の範囲の中に、無謀な突撃を慣行する。

 反応した羽槍が全て彼女の心臓を目掛け加速。

 矢が放たれ、槍を逸らし、逸らし、逸らし、アタランテが走り抜けた。

 

 アタランテがその状況で加速を緩められるはずもなく、通りがけに槍を蹴り飛ばし、それを空中で握ると同時―――スカサハの槍を弓に番え、彼女に対して放つ。

 

 自身に迫る羽槍を掻い潜りながらの一矢。

 狙いなどつけている時間などあるはずもなく、乱雑に放たれるスカサハの槍。

 

「これで、いいのだろうッ――――!!」

 

 放つと同時に再び回避に専念し、しかし数秒の後には串刺しにされるだろう状況に追い詰められる。それでも奇跡的なくらいに保ったという話だ。

 

 放たれた槍を睨み、小さく唇を歪めるスカサハ。

 

「これ以上ないくらいにな……! 緑の! 私を投げろ!!」

 

 苦痛に顔を歪め、蒼白な体が更に血を滴らせ、しかしスカサハが不敵に笑う。

 そうなるだろう、と理解していながらもロビンが微かに眉を顰める。

 

「またかよ……! 半死人を投げ捨てさせられる身にもなれっつーの……!」

 

 だがそれ以外にないと、ロビンフッドが彼女を抱えたまま上半身を捻った。

 歯を食い縛りながら思い切り投げつけるのは、言われた通りにスカサハの体躯。アタランテが放った彼女の槍の方へ向け、思い切り、力の限り。

 

 そうして投げつけられた彼女は体を捻り、空中で体勢を変えた。

 撓らせた足は鞭の如く、空中でアタランテが送った槍と衝突。

 ―――彼女の振り抜く足に合わせ、再び戦場へと返される。

 

「“蹴り穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)”―――――!!」

 

 死力を尽くし振り抜く四肢。

 撃ち出された槍を蹴り返す彼女の技量でもって、それは呪いの槍として成就した。

 蹴り返された途端に一振りの槍は無数の鏃に姿を変え、戦場に散っていく。

 

 空中に舞う死棘の羽に対して次々と激突し、相殺していく死棘の槍。

 それを見送り、小さく笑いそのまま地面に転がるスカサハ。

 

 モードレッドの一撃と自身の砲撃とで相殺したアナザーオーズがそちらを見る。

 変わらない怪物の表情に小さな呆れさえ浮かべながら、彼はスカサハを向け踏み切った。

 

「らしくねえ。生にしがみつくタマか、あんたが」

 

「―――まったくだ。まるで逆になったようだよ、お前と私が……!」

 

 斧へと変じた腕を振り上げ、彼女を両断するべく振り下ろす。

 その一撃が届く前に、スカサハを捕まえるべく走ったアタランテが辿り着く。

 彼女の襟首を掴み、距離を離していく緑の獣。

 

「―――ランサーのお前に比べれば、足は遅くなっているな。

 瞬発力だけなら増しているかもしれんが、随分と要らない重さを背負ったようだ」

 

 挑発的なアタランテの言葉に鼻を鳴らし、再び斧を大砲へ―――

 

「させるかぁあああ――――ッ!!」

 

 その横合いから、両腕に構えた武装をチャクラムの如く回転させながらラーマが飛来する。

 ブラフマーストラを放つ構えのまま叩き付けられる両手の武装。

 それを左腕の盾で受け止めて、小さく唸る。

 

「チッ……」

 

「クー・フーリン―――貴様の疾走は、ここで止める……!」

 

「―――そうかい。

 オレが走るのは生きてるからだ。それを止めたいなら、オレの息の根ごと止めるんだな」

 

 武装を衝突させるラーマの前で、アナザーオーズの胸が光る。

 そこから赤い三つの光が放たれて、彼の左腕に吸い込まれていく。

 

〈タカ…! クジャク…! コンドル…!〉

 

 その瞬間に彼の左腕の盾が高速で回転を開始し、炎の円環を描いていく。

 膨大な熱量を纏った盾を前に、ラーマの方が息を呑んだ。

 

「ッ……! “羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)”――――!!」

 

〈ギガスキャン…!!〉

 

 至近距離で互いに解放する必殺の一撃。

 それが弾け合い、その場で全ての威力を解放した。

 

「ッ、精霊よ……!」

 

「いけない……!」

 

 爆心地となる二人の交差。それを前にジェロニモがコヨーテを差し向けた。

 遅れて、そのあとに続くブーディカの戦車。気付いたマシュもまたその戦車に飛び込み、彼女の進撃に合わせて盾を構え直す。

 

 互いの必殺の攻撃が衝突し、解き放たれた熱量。

 それに呑み込まれながらもアナザーオーズはアナザーライダーの装甲で耐え切る。

 そんな防御策は持っていないラーマだけが肌を灼かれ、苦痛に喘ぐ。

 

 ブラフマーストラを支えながら、限界の見えてきた体力と魔力を振り絞り耐えて―――

 もう片腕の斧が振り上げられるのを見た。

 

「くっ……!?」

 

 二つの力が衝突する炎の渦に飛び込み、そのままアナザーオーズの腕に飛び掛かるコヨーテ。それを一瞥したアナザーオーズが容易に斬り捨て、消滅させる。

 それを斬り捨てるための動作に時間を費やした隙に、突っ込んできたブーディカの戦車がラーマのすぐ後ろにまでつけていた。

 

「わたしが前に! “疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”――――!!」

 

〈プットッティラーノヒッサーツ…!〉

 

 片腕で炎の円環を維持しつつ、彼は再びセルメダルを喰わせた斧を振り下ろす。

 叩き付けられる斧を光の盾が塞き止めて、そのプレッシャーにマシュが膝を落としかける。

 チャリオット・オブ・ブディカがその守護の力を最大限に発揮し、マシュとラーマに更に守りの加護を与えて力を奮わせる。

 

「今だ! とにかく大きな一撃を叩き込んで―――!」

 

「ちと足りなかったか」

 

 両腕を封じている状況でラーマが叫ぶ。

 ゲイボルクをどの状況でも放てる以上、最早とにかく力を削る以外にない。

 逃げる、隙を窺うのは最悪手にしかならないだろう。

 最早なりふり構わずとにかく相手の力を削るしかない。それが例え聖杯というバッテリーを背負った相手であっても、それ以外に道がない。一時的にでもアナザーオーズへの変身が解ければ、そこで致命傷を与えることができるかもしれない。

 

 だからこそ攻め立てた彼の前で、アナザーオーズは盾の炎を掻き消した。

 ブラフマーストラが対抗相手を失い突き抜け、彼へと直撃する。

 その上で軋む体を無理矢理維持して、クー・フーリンは体内から更に光を解き放つ。

 

 紫の光が三つ。更に左腕に入っていき、再び回転を始める盾。

 

〈タカ…! クジャク…! コンドル…! プテラ…! トリケラ…! ティラノ…!〉

 

「ぬっ……!?」

 

 セイバーとして剣と仕立ててきた武装を引き戻す暇もなく、彼はヴィシュヌの武装をその手に呼び出した。限界まで振り絞る魔力を載せ、再び必殺の投擲の構え。

 限界など幾度超えたか分からぬままに、しかし気合で持ち直して宝具を解放する。

 

「“羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)”―――――!!!」

 

〈ギガスキャン…!!〉

 

 先の一撃に倍する威力の赤と紫の炎が混じり、その場で炸裂した。

 ラーマの渾身の一撃を凌駕して氾濫する炎の渦。

 拮抗は一瞬で崩れ去り、まずは耐えきれなくなったブーディカの戦車が崩壊した。

 

「しまっ……!?」

 

「っ、ぁ……!」

 

 その守護により援護も得ていたマシュの力が減じ、斧もまた止めきれなくなる。

 魔力も底をつき、彼女の盾が崩れ始めた。

 

「令呪をもって命ずる、マシュ! 耐えて!」

 

 立香の声とともに彼女の手に残された令呪二画のうちの一画が消える。

 それと引き換えに補充されるマシュの魔力。

 光の盾を再構築しながら、歯を食い縛って無理矢理彼女は体を持ち直した。

 

 歯軋りしながら支え切れぬと知ったラーマが、己の前に無数の武装を呼び出す。

 様々な神具をただ盾として、せめても威力を削らんと死力を尽くす。

 だがそれを突き抜けてくる熱量を前に表情を歪め―――

 

 そんな彼らの背後に、白い旗がはためいた。

 

「“我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)”―――――!!!」

 

 拡大する聖女の領域。

 それらが仲間を傷つける暴威から、彼らを守護する結界を構築し―――

 彼女の手の中にある旗が、ビシリという致命的な悲鳴を上げた。

 

 それに対して驚いた様子で視線を向けるマシュ。

 彼女が両腕で掲げた旗には火がつき、白い旗は瞬く間に焼け落ちていく。

 

「ジャン、ヌさん……!」

 

「―――――」

 

 それは主の御業の再現であり、限度がある。今まで重ねてきた守りはそれを受け止める彼女の旗に負担をかけ続け、遂にはその時がやってきたというだけだ。

 ビシリビシリと砕けていく持ち手が、彼女の手から欠片となって零れ落ちていく。

 焼け落ちた白い旗が灰となり、風に乗って消えていった。

 

 結界はやがて消えていく。だがそれでも、アナザーオーズの攻撃は止まらない。

 赤と紫の炎は回転しながらその勢いを更に強めていく。

 

「エリザベートよ!!」

 

「分かってるわよ!!」

 

 叫ぶとともにネロの剣が地面に突き立つ。

 同時に顕現する彼女の黄金劇場、その中で声に応えたエリザが槍を地面に突き立てた。

 劇場の中で更に顕現する監獄城チェイテの威容。

 

 チェイテはアナザーオーズとラーマたちの間に強引に生えてくる。

 物理的な壁となって立ち塞がり、あっという間に粉砕されていくチェイテ。

 

「アタシの城ぉ―――!」

 

 分かってはいても悲鳴を上げるエリザべート。

 ネロの意識がそのチェイテこそ己の宝具たる黄金劇場の装飾の一部と捉え、強引に修復する。直すと同時に焼け落ち、木端微塵に砕かれていくエリザの城。

 

「ぐっ……! 限度が、あるか……!!」

 

 黄金劇場そのものも余波だけで吹き飛ばされそうな状況。

 その状況でなお耐えつつ、彼女はマスターの方を意識する。

 魔力経路はずたずた。正確に言えばパスの先にあるソウゴ自身の状態が、だが。

 

「すまぬ、マスター……! 立ち直る時間すら稼げなかった……!」

 

 直後。円環が爆発し、周囲のサーヴァントを全て吹き飛ばした。

 

 

 

 

「やれやれ、どうするんだい? またあれだけ成長するのは更に予想外じゃないか」

 

 遠く離れた丘の上、白ウォズがスウォルツに視線を送る。

 彼は随分と渋い顔をして戦場を見やり、小さく舌打ちした。

 

「今の常磐ソウゴには過ぎた相手だったか。

 オーマジオウの片鱗こそは見えたが……俺の見込み違い、といったところだな」

 

「―――勝手に我が魔王を見限ってくれては困る」

 

 溜め息混じりのスウォルツの声に対し、背後から声がかかる。

 おや、と驚いた様子で振り返る白ウォズ。

 『逢魔降臨暦』を手にした黒ウォズがゆっくりと、彼らの方へと歩み寄ってきていた。

 

「やあ、もうひとりの私。魔王のおもりはいいのかい?」

 

「さて。白ウォズ、君こそ救世主とやらのおもりはしなくていいのかい?」

 

 言い返されて肩を竦める白ウォズ。

 彼はその手の中にビヨンドライバーを呼び出し、己のウォッチを取り出した。

 

「今この時、おもりが必要なのは君の魔王の方だと思うがね。

 手伝ってあげようか?」

 

 ライダーウォズのウォッチをひらひらと振り、協力を匂わせる。

 その態度に対して小さく鼻で笑う黒ウォズ。彼の反応にぴくりと眉を吊り上げた白ウォズがビヨンドライバーを手の中から消し、再び大きく肩を竦めてみせた。

 

「必要ない、と言いたげだな。見ての通り、今にも瀕死な様子だが」

 

 二人のウォズのやり取りを眺めていたスウォルツが戦場に視線をやり、地面に這いつくばり体を震わせているジオウを見た。アナザーオーズの攻撃の余波から守るため、ナイチンゲールが彼を地面に叩き付けて、何とかやり過ごした様子だ。

 その言葉を否定せず、微かに眉を顰める黒ウォズ。

 だがその表情をすぐに消し、彼は戦場で起き上がろうとしているジオウを見る。

 

「……既にオーズの力は極限まで高まっている。

 我が魔王ならば恐らく、ここから十分に逆転が可能だろう」

 

「恐らく! 恐らくときたか!

 なるほど。オーマジオウならばこの程度の苦境、何の障害でもないだろう。

 だがさて、今の常磐ソウゴにそれほどの力があるものか……」

 

 そのまま笑い飛ばすような様子を見せたスウォルツがそこでぴたりと止まる。

 表情を渋くして空を見上げる彼の様子に、二人のウォズが怪訝そうな表情で彼を見た。

 

「……そうきたか。なるほど、オーズの力の極限―――か」

 

 

 

 

 アタランテにスカサハと共に押し倒されたオルガマリーが起き上がる。

 周囲一帯は全て吹き飛び、背後にあったアメリカ軍基地も完全に崩落していた。

 死屍累々、といえばいいのか。

 

 咄嗟に立香の姿を探した彼女は、ロビンたちに地面に押しつけられている立香に気付く。

 彼女の目の前には墜落したエレナのUFOもあり、あれを盾に凌いだ様子だった。

 エジソンが足場にしていたロゴも崩れ落ち、その下にはエジソンが転がっている。

 

「……ッ! これだけの攻撃をしたのよ、少しでも体力や魔力は削れてるはず……!

 今が、好機のはずよ……!」

 

 泣き言を零そうとして唇を噛み、すぐさま声を張り上げる。

 アナザーオーズのすぐ傍で爆発を受けたマシュも、ジャンヌも、ブーディカも、ネロも、エリザベートも、ラーマも。彼女たちは地面に伏せ、身動ぎすらしない。

 消滅していないということは無事だ。が、戦闘できるかどうかは別だろう。

 

『っ……魔力反応は全て微弱……! 無事だが、これは、もう……!』

 

 ロマニの声を聞き流し、せめて戦力を探す。

 アタランテは戦える。ロビンも、ビリーも、ジェロニモも。

 それだけだ。この状況で、ただ彼らだけまだ立って戦うことが……

 

 その状況をぐるりと一通り見回してみせるクー・フーリン。手近な奴から始末していこうと動きだす彼に対し、マジーンの傍にいたモードレッドが走った。

 クラレントの刃が彼に対し叩き付けられる。

 直撃し、火花を散らし、しかし動じずに視線だけを向けるアナザーオーズ。

 

「後は力も要らねぇな、死に損ないを潰していくだけの作業だ」

 

「―――やってみろ、テメェ!!」

 

 クラレントが奔る、奔る。斬撃は全て彼に直撃し、火花を散らす。

 だがそれに対し何の痛痒も見せずに、斧を振り上げた彼が振り抜いた。

 剣で受け止めたモードレッドの体が大きく吹き飛び、タイムマジーンに叩き付けられる。

 

 半壊のマジーンは爆心地の近くに墜落しているにも関わらず、損傷は少ない。

 恐らくモードレッドが雷の魔力放出を使い果たし、守り抜いたのだろう。

 最早彼女には戦闘をこなせるだけの体力も魔力もない。

 

 クラレントを地面に突き刺し、必死で堪えるモードレッド。

 彼女含めて全て一掃するために翼を広げようとしたアナザーオーズ。

 

 ―――その頭上で、突然雷雲が蠢いた。

 面倒そうにそちらに視線を向けたアナザーオーズに、雷霆が叩き付けられる。

 

 黒い雲間を突き破り、現れたるは現人神。アルジュナが投擲したインドラの槍の残り香を辿り、ここまで突き抜けてきた次元を揺るがす大雷霆。

 

「―――はて。この人の文明息づく時代に何故、雷神(インドラ)の力が―――などと。

 本来ならばそう言った疑問を出すことから始める私であるが。

 ここはしかし、名乗り上げから入ろうとも。この度、どこぞのライオンが繋いだ通信経路にインドラの神威が影響した結果、こうして貴様の前に現れし人の世における大・天・才―――」

 

「す、すっとんきょう―――! その声、よもやMr.すっとんきょうか――――!!」

 

 ロゴが崩れ落ち、地面に叩き落とされていたエジソンが叫ぶ。

 

「二コラ・テスラである――――!!」

 

 名乗りを邪魔された雷霆が猛る。

 それらは全てアナザーオーズに降り注ぎ、雷の熱量で全てを灼き切る威力を見せた。

 

 ―――“人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)

 ロンドンにおいてはカルデアに向けられた、神から雷を奪い去った人類の神話。

 その暴威を全てアナザーオーズに対して発散した。

 

 雷電を浴びたアナザーオーズが舌打ちし、その場から飛び退く。

 

 流石にこれだけの熱量を浴び続けては、変身の限界が縮まるという判断。

 相手は雲を割って登場するほどの上空。何も考えずに撃ち落すには、距離があり過ぎた。

 もっとも―――

 

 頭部の紫の翼と背中の赤い翼を同時に広げてみせる。

 今の彼は飛行できる。空を行くテスラに追いつくなど、造作もない。

 彼が何をしたところで稼げる時間など数分に満たないだろう。

 

「テスラ……!」

 

 即座に空へと駆け上がるアナザーオーズ。

 それに声を上げるエレナを見止め、テスラが微かに笑う。

 

「一度滅ぼす側に回った贖罪のつもりなど微塵もないが……

 こうして地を這うライオンを見下ろしながら目的を果たせるというのであれば、まあよし!

 さて、人の世を切り拓く英雄たちよ――――今一度、私の屍を越えて行け!!」

 

 空中で雷が轟き、それを炎熱と冷気の怪物が斬り裂いていく。

 おおよそ結果の決まった空中決戦。

 

 それを頭上に、モードレッドがナイチンゲールに肩を借りて立っているジオウを見た。

 彼女の視線を見返しながら、立ち上がったジオウは言う。

 

「……後は俺がやる。モードレッドはツクヨミをお願い」

 

「―――ああ」

 

 モードレッドが転倒したタイムマジーンに取り付き、中に入ろうとする。

 恐らくは中でツクヨミが気絶しているのだろう。

 

 ナイチンゲールから離れ、ジオウがよろめきながらひとりで立つ。

 彼は振り向き、ナイチンゲールにも声をかける。

 

「ナイチンゲールはみんなをお願い。まだ、治療すればみんな助かるでしょ?」

 

 そのまま歩き出そうとした彼の頭を、ナイチンゲールのアイアンクローが捕まえる。

 ミシリと軋むジオウの頭部。

 思い切り引き戻された彼が困惑しながら彼女の方を見る。

 

「ええ……」

 

「―――あなたが。あなたがより多くの人を救いたいと願うなら、ここでやらなければならないことは理解していますね?」

 

 顔のオーズの文字と視線を合わせ、彼女はじっと彼を睨む。

 それに対してジオウは少し悩み、しかし自分を掴んだ彼女の手に自分の手を添える。

 

「ちょっと違うかな。

 俺はより多くの人を救いたいんじゃなくて、全部の人と、世界を救いたいんだから」

 

 その返答に微かに眉を上げたナイチンゲール。

 彼女は小さく息を吐きつつ、更に言葉を続けてみせた。

 

「―――――ならばなおの事。あなたがやらねばならないことは……生還です。

 あなたが命など懸けたところで、結果的に救う人数を減らすだけでしょう。

 懸けるならば人生全てを懸けなさい。途中での脱落は、即ち失敗だと心得なさい。

 命を救うものならば、誰より自身の命を最優先にしなければなりません」

 

「……そうかもしれない。

 けど……俺は王様だから。悪い魔王を倒すのは、良い魔王の仕事でしょ?

 ……人を救いたい、って願いはきっと多くの人が持ってる。ナイチンゲールみたいに。俺が作りたいのは、そんな誰かたちの願いが叶う世界だ。それを壊そうとする悪い魔王は、俺が命を懸けてでも倒さなきゃいけないじゃない?」

 

 彼に対して再び口を開こうとして、しかし彼女は額に手を当てて口を噤んだ。

 

「……そうですか。では、敵を倒して速やかに帰還しなさい。

 死んででも生還しなさい。拒否は許しません。

 あなたが生還さえすれば、死んでいても私が治療してみせましょう」

 

「―――うん。人の怪我とか、病気とか。そういうのは全部ナイチンゲールに任せた。

 俺はそういうものを誰かに与える、あんたを止めるよ―――クー・フーリン」

 

 ジオウの顔がクー・フーリンに向かう。

 ズガン、と地面を踏み砕くながら着陸するアナザーオーズの巨体。

 

 数十秒の交錯の果て。

 人類神話二コラ・テスラですら、彼にそれだけの戦闘で葬られていた。

 空では彼だった魔力が黄金の霧に還り、黒雲と共に散っていく。

 

 自分の頭を掴むナイチンゲールの腕を放させる。

 その動作の中で、バチリとスパークしたオーズウォッチから別のウォッチが剥離した。

 新たに生まれたウォッチを手にしながら自身を睨み付ける彼に対し、アナザーオーズが腕の斧を振り上げその力を解放しようとする。

 

「……クー・フーリン。あんたに見せてやる、俺がどんな王様になりたいのかを!!」

 

 なおもスパークし、明滅するオーズウォッチ。

 その振り上げられる紫の刃。それを前に力を漲らせるジオウ。

 

 ―――たとえ力が漲ろうと両断できるという確信。

 振り下ろされるアナザーオーズの斧はジオウの頭上へと殺到し、

 

 盛大な音を立てながら激突してきた巨大なトラの爪に弾かれ、逸れて地面に叩き付けられた。

 

 微かに困惑した様子でアナザーオーズがその爪の持ち主を見る。

 それはオーズウォッチを装填したタイムマジーン。

 当然のように両腕を持ち、新品同様に傷のないボディの。

 

「うそ、タイムマジーン……?」

 

「フォウ……」

 

 立香が呆然としながら、モードレッドが守っていたマジーンを見る。

 片腕がもげ、ズタズタにされたツクヨミの乗っているタイムマジーンだ。

 目の前でこうなったのだから、そうなっているのが当たり前だろう。

 彼女の頭の上にいたフォウも二体のマジーンの間で視線を行き来させた。

 

 新しく登場したタイムマジーンのハッチが開き、そこから転がり落ちてくる影。

 それは見間違いようもなく、仮面ライダージオウの姿だった。

 

「ジオウが、二人……!?」

 

 唖然としたオルガマリーが目の前のオーズアーマー。

 つまり彼女の知る常磐ソウゴと、新しく登場したジオウに視線を交互に送る。

 

 地面に落ちたジオウがゆっくりと起き上がり、周囲を見回した。

 

「いったぁ……あ、いた! 昨日の俺!」

 

 彼が起き上がり、そのままオーズアーマーに走り寄る。

 本人ながらも困惑しつつ、それに応対する。

 

「えっと……昨日の俺?」

 

「いやいや。俺からすると、昨日の俺。つまり昨日の俺からすると、俺は明日の俺ね」

 

 明日のジオウがぽんぽんと今日のジオウの肩を叩く。その説明に納得いったのかいっていないのか、首を傾げつつ明日のジオウを指差す今日のジオウ。

 

「明日の俺?」

 

「そう!」

 

「なんってことしてんのよあんたはぁッ!!

 っていうか何で!? 何でそういうことができるのよ!

 ……ああ!? 嘘、タイムマジーンの時空転移システムが動いてる!?」

 

 倒れている方のタイムマジーンからツクヨミの怒声が響く。

 恐らく気絶していた彼女をモードレッドが乗り込んで起こしたのだろう。

 起きた直後にこの光景を見て、そして叫んでいるのだ。

 

 今日のジオウが明日のジオウを見て問いかける。

 

「すっごい怒ってるけど……」

 

「うーん。何かまずいらしいけど、特異点だから大丈夫だって最終的にそういう話になるから大丈夫なんじゃない?」

 

 適当に腕を組みながら返してくる明日のジオウ。

 その反応を見て同じく適当に腕を組み、何度か頷く今日のジオウ。

 

「ふーん……じゃあいっか。手伝いに来てくれたんだよね、よっし! 行こう、明日の俺!」

 

「あ、ストップ! 今日の俺!」

 

 アナザーオーズに向け構え直す今日のジオウ。そんな彼を引き留める明日のジオウ。

 静止した彼が首だけ明日の自分に向け、傾げる。

 

「なに?」

 

「ほら、まだいるから」

 

 そう言ってちょいちょいとオーズマジーンを指差す明日のジオウ。

 それを合図にしていたかのように、そこから―――()()()()()()()()()()

 着地する六人の影。

 

 ―――無論、それが六人のジオウであることは言うまでもなく。

 

「おぉおおお! 俺がいっぱい!」

 

 ガン! と頭をレバーに叩き付けたような音がタイムマジーンのスピーカーから響く。

 ふらりと揺れたオルガマリーがアタランテに支えられ、呆れた様子のロビンの横で立香が彼らしいと苦笑した。

 

「手伝いにきたよ、この前の俺!」

 

「え、どのくらい未来からきたの?」

 

「ちょうど一週間後だけど?」

 

「三日後の俺が一番未来の俺なんだよね?」

 

「え? 一週間後がいるのに三日後が一番未来?」

 

「あ、俺からしたら三日後だけどここにいた俺からしたら一週間後ってことで……」

 

 ばーん! と再びマジーンから大音響。

 更にその直後にツクヨミの大音声。

 

「分かりづらい!! 今日のソウゴ!!」

 

「あ、はーい。俺」

 

「ソウゴ①! 明日のソウゴ!!」

 

「俺俺」

 

「ソウゴ②! 二日後のソウゴ!!」

 

「はーい」

 

「ソウゴ③! 三日後!!」

 

「俺だっけ?」

 

「いや俺。俺の明日の俺だからそっちは四日後」

 

「自分の時間くらい覚えときなさい!!

 ソウゴ④! 四日後はソウゴ⑤! 五日後!!」

 

「俺だよ」

 

「ソウゴ⑥! 六日後!!」

 

「はーい」

 

「ソウゴ⑦! 最後の一週間後のソウゴはソウゴ⑧!!」

 

 ソウゴ①から⑧までがツクヨミによって番号を振られる。

 やっぱツクヨミがいたらこうなるよね、と全ジオウが話に花を咲かせ始めた。

 この状況で、とオルガマリーが頭を抱え込む。

 

 それを笑いながら見ていた今日のジオウ、ソウゴ①がアナザーオーズに向き直った。

 

「あんたは今日で終わるために生きるけど、俺たちには明日からずっと先が待ってるんだ。

 俺たちはこんなところじゃ終われない。終わることを気にしないあんたには負けられない」

 

 その言葉に応えるかのように、①以外の全てのジオウがオーズウォッチを取り出す。

 スターターを押し込み、七つのオーズウォッチが同時に起動する。

 

〈オーズ!〉

 

 七人のジオウがそれを装填し、ジクウドライバーを回転させた。

 現出するタカとトラとバッタのアーマー。

 それを装着しながら、全てのジオウがアナザーオーズに対峙する。

 

〈タカ! トラ! バッタ! オーズ!〉

 

 ジオウ②が装着したアーマーのブレスターが、クワガタ、カマキリ、バッタに変わった。

 オーズアーマーの更に上から緑色のオーラを纏った彼が、カマキリを思わせる構えを取る。

 

〈タカ! トラ! バッタ! オーズ!〉

 

 ジオウ③が装着したアーマーのブレスターは、ライオン、トラ、チーター。

 黄金のオーラを身に纏った彼が野獣の如く身構える。

 

〈タカ! トラ! バッタ! オーズ!〉

 

 ジオウ④がアーマーを装着すると同時、ブレスターはサイ、ゴリラ、ゾウに変わる。

 灰色の光を伴いながら両腕を打ち合わせた彼は、腰を落として重々しく構えた。

 

〈タカ! トラ! バッタ! オーズ!〉

 

 ジオウ⑤の装着したアーマーのブレスターは、シャチ、ウナギ、タコ。

 水の中を泳ぐような動作を見せた彼が、青い光を帯びながらゆるりと構える。

 

〈タカ! トラ! バッタ! オーズ!〉

 

 ジオウ⑥がアーマーを装備すると同時に炎上する。

 そのブレスターに刻まれる文字は、タカ、クジャク、コンドル。

 羽ばたくように腕を広げた彼の背中に、赤い光が燃え上がった。

 

〈タカ! トラ! バッタ! オーズ!〉

 

 ジオウ⑦が装着したアーマーが紫色に輝く凍気を身に纏う。

 変化したブレスターの文字は、プテラ、トリケラ、ティラノ。

 彼は暴れ狂う恐竜の意思のようなものを窺わせる、獲物を狙う捕食者の構えを見せた。

 

〈タカ! トラ! バッタ! オーズ!〉

 

 ジオウ⑧はアーマーを装着するとともに、黄土色のオーラに包まれる。

 ブレスターには、コブラ、カメ、ワニ。取るのは地に這うかの如く低い構え。

 

 己のブレスターにはタカ、トラ、バッタ。

 ジオウ①は自分の横に並ぶ七人の自分を見回すと、大きく一度頷いて正面に向き直った。

 

 ―――その瞬間。

 

「祝え!」

 

「あ、黒ウォズ」

 

 八人のジオウの背後から、黒ウォズが『逢魔降臨暦』を持ちながら歩み出した。

 ジオウを讃えるように片腕を大きく振り上げた彼の前に、ジオウ③と④が割り込む。

 

「やっぱりこれでもやるんだ」

 

「―――大魔王たる常磐ソウゴがひとつの時間、ひとつの時代においてこうして……」

 

「でも黒ウォズも何か怒ってた気がするんだけど」

 

「確かにそんな話をしたような……」

 

 黒ウォズの前を遮りながら話し始めるソウゴ達。

 わいわいがやがやと話し始めた彼らの前で、眉を吊り上げる黒ウォズ。

 一向に収まらないソウゴの自分トークに業を煮やし、彼は思い切り本をバッタンと閉じた。

 

 ソウゴたちが全員、その勢いにつられて黒ウォズを向く。

 

「我が魔王たち、少し静かにしていてくれないか!」

 

 言われて顔を見合わせるジオウたち。

 そんな彼らの後ろで再び本を開き、黒ウォズは腕を掲げる。

 

「祝え!! 大魔王たる常磐ソウゴがひとつの時間、ひとつの時代において、こうして八人揃い肩を並べ、王たちの力が持つ威容を敵対者に示す瞬間である!!」

 

 彼の語りが終わるのを待っていたジオウたちが再び構えを取る。

 アナザーオーズが炎と冷気を纏い、更にその力を増していく。

 その圧倒的なエネルギーの発露を前に、先頭に立つ今日のソウゴが仮面の下で微笑んだ。

 

「なんか……行ける気がする!!」

 

 

 




 
増えることに定評のある魔王。
 


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勝者と敗者と繋いだ手2010

 
二話同時投稿
 


 

 

 

 アナザーオーズが翼を広げる。

 赤い翼から放たれた孔雀の羽が分離し、その光が呪槍となって舞い踊った。

 

 真っ先に駆け出すのはジオウ②。

 その身に纏う緑のオーラを大きく広げ、自身の写し身を無数に展開しながらの疾走。

 

「ハァアアア―――ッ!」

 

 数十にまで増えたジオウの姿を象る緑の光。

 それらが全て、羽槍に向けて飛び掛かっていく。

 空中で交差する赤い羽と緑の人型。

 ぶつかりあったそれらは相殺し、同時に共に砕け散っていった。

 

 分身は消え失せてなお、ジオウ②本人は腕に刃状の光を纏いアナザーオーズに斬りかかる。

 斧と化した彼の腕と緑の刃を幾度か交わった、その直後。

 

「だぁああああッ!」

 

 陽光を伴って、ジオウ③がアナザーオーズに向かって押し寄せる。

 チーターの脚力で加速する彼は、トラの爪に帯びた黄金の光と共に殺到した。

 狙いは当然アナザーオーズ。振り抜かれる爪の一撃。

 

 それを迎撃するのは死棘の尾。

 ジオウ③が自身に到達する直前、太く強靭な恐獣の尾は横合いからジオウの体に激突して、その姿を大きく吹き飛ばしていた。

 

「わっ……!」

 

 弾かれたジオウ③がジオウ②を巻き込み地面に倒れ込む。

 と、同時にアナザーオーズが翼を広げて飛び立った。

 腕の斧は即座に砲身へと変貌し、数枚散らせたセルメダルをその中へと取り込んでいく。

 

 空中から地上の一切を薙ぎ払うために放たれる一撃の充填。

 頭上で瞬く紫光。その臨界を前にして、ジオウ④が両腕を振り上げ―――振り下ろす。

 

「ふん―――ッ!」

 

「……チッ!」

 

 空舞うアナザーオーズに超重力が圧し掛かる。

 灰色の光が滝のように彼の体に落ちてきて、天空を自在に舞う翼から軽さを奪いとる。

 巨体が空から徐々に引きずりおろされていく中、砲口で狙う位置を即座に変えた。

 無論、次に向ける先はその重力を発生させているジオウ④。

 

「やらせないよ!」

 

 そんな砲口に絡み付く青い光。ジオウ⑤の持つ水棲属性の力。

 ジオウ⑤が下から、腰に生やした水の触腕でアナザーオーズの腕を絡め取っていた。ギリギリと締め上げられる腕はジオウ④から向きを逸らされ、狙いを定めることを許されない。

 

「しゃらくせぇ――――ッ!!」

 

〈タカ…! クジャク…! コンドル…! ギン…! ギン…! ギン…!〉

 

 それらを纏めて吹き飛ばすべく、もう片腕の赤い盾が駆動を開始した。

 回転する盾が彼の胴体から吐き出された赤い光とセルメダルを取り込み、その熱量を増していく。燃え盛るアナザーオーズ自身の熱で水の触腕を蒸発させ、重力の結界をも吹き飛ばす。

 

〈ギガスキャン…!!〉

 

「くっ……!」

 

 爆炎に巻かれ、大きく弾き返されていくジオウたち。

 そんな相手を見据えながら、アナザーオーズは炎の翼で飛翔を開始する。

 紫の光を湛える砲口と火炎の渦巻く盾を構えつつ舞い上がる巨体。

 

「オォオオオオッ―――!」

 

 ―――その頭上から、赤い翼を広げたジオウ⑥が殺到する。

 手にしたジュウから炎弾を射出しながらの強襲、全身全霊の突撃。

 それが全速力のまま相手の頭部から叩き付けられ、アナザーオーズの体が揺らぐ。

 

 ぐらりとよろめいた彼が突撃した勢いで跳ね返ったジオウ⑥を追い、しかし。

 直後に背後で膨れ上がった光にすぐさま振り返った。

 

〈フィニッシュタイム! オーズ! スレスレシューティング!〉

〈フィニッシュタイム! オーズ! ギリギリスラッシュ!〉

 

 ジオウ⑦がジュウを構え、そこに装填したオーズウォッチの力を解き放つ。

 ジオウ①がケンを構え、そこに装填したオーズウォッチの力を解き放つ。

 あらゆるものを粉砕する恐竜の咆哮・砲撃と、空間すら斬り裂く人の欲望が作り出した剣撃。

 

 ―――二人のジオウが同時に大地を踏み締めて、踏み込むと同時にそれを放った。

 

「だぁああああ――――ッ!!」

 

「―――――ッ!!」

 

〈プットッティラーノヒッサーツ…!〉

 

 ジオウ⑥を追う余裕はない。

 放たれる必殺に反応したアナザーオーズが、両腕に纏っていた力を解放する。

 恐獣の咆哮と炎の円環。

 

 互いが放つ必殺を二つ重ねた攻撃が空中で激突し、周囲に威力を撒き散らしていく。

 衝突する威力は互角―――だが、極光の衝突の中からジオウたちに向かう閃光が一筋。

 

 虚空を斬り裂くゲイボルクの穂先が、更なる必殺を期してジオウ①に向かって迸る。

 

 ―――その前にするりと割り込む動き。

 割り込んだ影は両腕を掲げ、カメの甲羅の如き盾を前方に浮かび上がらせた。

 

 直撃する呪槍。それを正面から受け止めたカメの甲羅に罅が走り―――そのまま、衝突の勢いで押し込まれるように後ろに仰け反るジオウ⑧。盾を突き破ろうとする槍の直進に反って、そのままの勢いで地面から離した両足が振り上げられる。

 次の瞬間、その両足を覆うワニの如きオーラが横合いからゲイボルクを挟み込んでいた。

 

「オォオオオッ!」

 

 暴れ狂う槍を力尽くで抑え込む足で象るワニの顎。

 喰らい付いた足でそのまま地面に叩き付けられるゲイボルク。

 標的に飛翔し続けようと暴れる呪槍に噛み付きながら、更にカメの甲羅で挟み込む。

 動きの封じられた槍が推力を削られ、力を落としていく。

 

 ―――矛盾している、というならそもそも放った時点で矛盾している。

 ゲイボルクとは即ち不可避にして心臓を穿つ必殺の呪詛を宿す槍。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 必殺を成立させるはずの今この場における因果の逆転を、生還を確約されたずっと先の未来が捻じ伏せる。

 

 ジオウ⑧が地面に叩き伏せた槍にカマキリの刃が、トラの爪が、ゴリラの剛腕が、ウナギの如き鞭が、同時に直撃して折り砕いた。

 向けられた槍が砕け散るのを見届けて、ジオウ①は轟音とともに着地したクー・フーリンを見る。彼が広げる炎の翼、彼が放つ力の奔流をその身で味わいながら―――

 

「……ちょっとだけ安心した」

 

 ソウゴは、そう言って仮面の下で微笑んだ。

 他のジオウたちが彼を見て、クー・フーリンは異形の貌の下で顔を顰める。

 

「形は違ってもあんたは俺が知ってるランサーだった、ちょっと走り方が変わっただけの。

 ―――でも、だからこそ。余計にあんたを止めなきゃって思う」

 

 ただ破壊するだけの存在にあの翼は得られない。

 それを持てるということは、彼だってクー・フーリンであることに変わりがないということ。

 ソウゴが信じ、これまで助けてくれた英雄と同じだということだ。

 

「ハ―――人の走り方に文句をつけるってか?」

 

「―――勿論。ランサーと違ってあんたは自分じゃない誰かのために全部巻き込んで、そのまま走り抜こうとしてる。だから俺は俺の民を守るために、あんたのことだって止める。

 ―――それが、良い王様の務めでしょ? あんたが良い王様を知らないって言うのなら、ここで教えてあげないとね!」

 

 ナイチンゲールとの会話の中分離したウォッチを手にし、そう言ってソウゴは笑う。

 そのまま振り返った彼は、手にしたウォッチを思い切り投げ放った。

 

「ツクヨミ! これで手伝って!」

 

 投げ放たれたウォッチはそのまま巨大化し、横転したボロボロのマジーンに装着された。

 機内で推移を見守っていたツクヨミが焦りながら操縦桿を握る。

 

「ちょっと、いきなり何……!?」

 

〈バース!〉

 

 既に大破している機体にどこからともなく追加装甲が合着していく。

 エビ反りに曲がるタイムマジーンの揃えた脚がクレーンのようなアームに覆われて、更にその先端にドリルが装備。

 胴体にキャタピラが装着され、無理矢理動けるように自走機能が追加された。

 もげた腕には翼のようなユニットが接続され、ハサミの如く何度か動作してみせる。

 残っていた腕にはショベルが現れ、遂にはマジーンの全身が覆われた。

 

 目まぐるしくモニターに流れていく情報。

 突然の事態にツクヨミが慌てながらそれらを操作し、目を通していく。

 

「一気に装備が……そうだ、時空転移システムが動作してるなら弾薬も補充できるかも……!」

 

 大量のモニターを前に両腕を忙しなく動かし続ける彼女の後ろ。

 その背中を眺めていたモードレッドが目を眇める。

 そうして、そのまま彼女の横から操縦桿に手を伸ばした。

 

「……ちょっ、モードレッド!?」

 

「うだうだやってんなよ、こいつはまた動くようになったんだろ?

 だったら……マニュアルなんざ読んでる暇もなく、やることはひとつだろうが!!」

 

 止めようとするツクヨミの言葉を無視しつつ、彼女が思い切りレバーを突き出した。

 その瞬間、高速で回転を始めるバースマジーンのキャタピラ。

 巨体が一気に動き出し、アナザーオーズを目掛けて疾走を開始する。

 

「ああ、もう!」

 

 揺れる機内の中、モードレッドの肩にしがみつきながら残りの情報に目を通す。

 だが彼女の作業が終わる前に、マジーンはアナザーオーズに激突していた。

 叩き付けられるのは、思い切り振り抜かれる腕のショベルアームとカッターウイング

 

 迫る巨体に対し舌打ち。

 彼はすぐさま翼を広げ飛び立うとして、己を吸い寄せる引力に蹈鞴を踏んだ。

 向かう視線の先には、一際膨れ上がった灰色の光を纏うジオウ④。

 

「……チィッ!」

 

〈スキャニング! タイムブレーク!!〉

 

「セイヤァアアアアア――――ッ!!」

 

 アナザーオーズと自身を引き合うように重力操作しているのか。

 彼は己をひとつの弾丸と化して突っ込んでくる。

 サイの如く頭から行うその突進は、同じく相手の頭を目掛けた渾身の頭突き。

 迎え撃つプテラの嘴とサイの角が激突し、アナザーオーズがその上半身を仰け反らせた。

 

 重力に捕まりかつ、ふらついたアナザーオーズ。

 彼が動きを鈍らせた隙に、加速した勢いのまま叩き込まれるマジーンの腕。

 ショベル、カッター、続けてドリル。その巨体が繰り出す武装が連続で彼を襲う。

 

「調子に乗んな――――ッ!」

 

 肩からトリケラの角が伸びる。

 串刺しにされるマジーンの両腕であるショベルとハサミ。

 そのまま尾を振り上げて胴体も粉砕しようとした彼に届く、二つ目の必殺の声。

 

〈スキャニング! タイムブレーク!!〉

 

「セイヤァアアアアア――――ッ!!」

 

 ジオウ⑦が頭部から紫色の翼を広げ、それを羽ばたかせていた。

 大地を走り来る氷の柱がアナザーオーズの下半身を呑み込み、完全に凍結させる。

 攻撃の軌跡、その氷上を滑るように走るジオウ⑧。

 

〈スキャニング! タイムブレーク!!〉

 

「セイヤァアアアアア――――ッ!!」

 

 それがアナザーオーズに迫ると同時、脚で象るワニの口が彼の右腕を捕らえた。

 ミシリ、と。悲鳴を上げる右腕の斧。

 それを理解していながら、クー・フーリンは即断する。

 

 舞い散るセルメダル。それが右腕に強引に呑み込まれ、光が迸る。

 ワニの牙を粉砕しながら口の中から溢れ出す紫の刃。

 噛み付かれた状態のままに力を解放することにリスクがないはずもなく、その威力は両者を吹き飛ばすほどに膨れ上がった。

 

〈スキャニング! タイムブレーク!!〉

 

「セイヤァアアアアア――――ッ!!」

 

 その刃に向け、神速の踏み込みをもってジオウ③が迫る。

 太陽の光を帯びたトラの爪が、ワニの口の中に秘められた刃に対して突っ込んでいく。

 黄金と黄土の光が混じり合い、紫の光と拮抗し―――直後に爆発した。

 

 ③と⑧。二人のジオウが弾き返され、盛大に吹き飛ばされていった。

 ―――その代償に、アナザーオーズの右腕から斧が砕け、零れ落ちていく。

 

 彼らを跳ね返してみせたアナザーオーズが足を動かし、凍った下半身を引きずり出す。

 瞬間、彼と同じ色の光が再び目の前に過る。

 振り上げられるアナザーオーズの尾と、ジオウ⑦の振るう光の尾が衝突した。

 絡み合う互いの尾が伸び切り、唸る―――その直後。

 

 頭突き合いで弾かれていたジオウ④が、上空からアナザーオーズの尾を目掛けて落ちてくる。

 超重力で加速しながら落下してきたその体が、彼の尾を半ばから叩き折った。

 

「―――――!」

 

〈プテラ…! トリケラ…! ティラノ…! プテラ…! トリケラ…! ティラノ…!〉

〈ギガスキャン…!!〉

 

 左腕の盾が回転する。

 彼の胴体から飛び出した紫の光を喰らい、そのエネルギーを余すことなく発揮する。

 ④と⑦のジオウ、そして彼が折られた尾。

 それらが盾の回転エネルギーに巻き込まれ、大きく吹き飛ばされていく。

 

 解放された炎の円環はそのままジオウたちに向かって放たれた。

 迫りくるのは、全てを破壊する喪失の力。

 

〈スキャニング! タイムブレーク!!〉

 

「セイヤァアアアアア――――ッ!!」

 

 ジオウ②が跳び上がる。その身に纏う緑のオーラ、その全てを振り絞って行う最大数の分身。

 一瞬のうちに五十まで膨れ上がったジオウ②の分身が、アナザーオーズを爆心地とする火炎の円環に対して突撃を慣行していた。

 五十の蹴撃の中、雷光が弾け飛ぶ。だがアナザーオーズの一撃は僅かに減速されるだけ。

 数秒の後、ジオウ②の分身が徐々に掻き消されつつ、薙ぎ払われていく。

 

 目の前の衝突を画面越しに見て、マジーンの中で操縦桿を握るモードレッドが舌を打った。

 

「―――さっきのよりデケェ……! 止められなきゃ全滅だぞ!」

 

「……キャタピラ、ドリル、ショベル、クレーン、カッター……!

 ――――あった! これ!」

 

 そのモードレッドの言葉に耳を向けず、ツクヨミは必死に画面を睨みつけていた。

 そして声を張り上げると同時、その画面に向けてモードレッドの顔を無理矢理向かせる。

 同時に彼女が握っていた操縦桿を自分も掴む。

 

「使う気があるならマニュアルくらいあなたも読みなさい!」

 

「―――ハ、そういうのはマスターに任せるさ!」

 

 掴まれ無理矢理引き寄せられた首を軽く鳴らす。

 次の瞬間、ツクヨミとモードレッドが同時にマジーンの操縦桿を引いていた。

 

 巨大サソリといった風貌だったマジーンが装甲を外し、人型に変形する。

 改めて装着されていくバースマジーン用のアーマー。脚部にキャタピラ、右腕にクレーンとドリル、左腕にショベル。背中にはカッター状のウイング。

 そうして―――胴体に巨大な大砲が接続された。

 

 本来腕にしっかりと固定されるだろうクレーンとドリルをぶらりと下げながら、胸部大砲にマジーンの全エネルギーを集約させる。

 二人の搭乗員が同時にレバーを押し込む動作。

 

 ―――それとともに、彼女たちがマニュアルに書いてあった装備の名前を叫んだ。

 

「ブレストキャノン、シュート――――ッ!!」

 

 マジーンが軋みを上げながら胸部大砲を解き放つ。

 極光の向かう先には当然、アナザーオーズの放った炎の円環。

 回転する円環の中心に叩き込まれた砲撃がジオウ②に助力して、押し返す勢いを強めた。

 

 だが大出力の砲撃はマジーンに耐え切れるものではなく、照射は数秒に満たないもの。

 すぐに勢いはひっくり返されるだろう。

 けれどそれで十分。その砲撃が直撃し、勢いが緩んだ今。

 今ならば、突き抜けられる。

 

〈スキャニング! タイムブレーク!!〉

 

「セイヤァアアアアア――――ッ!!」

 

 舞い上がったジオウ⑤は、腰から生やした水の触腕―――タコの脚を捩じり、自身の下半身をドリルのように覆っていた。

 そのまま勢いが僅かにでも弱まった炎を掘り進めるように、水のドリルが叩き込まれる。

 炎の円環をぶち破り、アナザーオーズの元まで突き抜けるために。

 

 果たして、その掘削は成功した。

 結果は円環を突き抜けた直後に力尽き、アナザーオーズの直近に転がり落ちるジオウ⑤。

 だがアナザーオーズにそんなことに気を向ける余裕は与えない。

 

 掘り進めるジオウ⑤の後ろから追従したジオウ⑥が、アナザーオーズまで届く。

 

〈スキャニング! タイムブレーク!!〉

 

「セイヤァアアアアア――――ッ!!」

 

 下半身の赤いオーラが形状を変え、猛禽の足を象った。

 獲物を捕らえる爪と翼を広げ、彼はアナザーオーズの左腕に激突する。

 メキメキと圧壊していく彼の左腕に装着された盾。

 

 砕けていく盾を気にかけず、アナザーオーズはそのままジオウ⑥の足を掴んだ。

 そのまま地面に叩き付け、振り上げ、叩き付け、そうして投げ捨てる。

 地面をバウンドして転がっていくジオウ⑥。

 振り下ろした彼の腕から、盾の残骸が崩れ落ちていく。

 

 貫かれて弱まりながらも、しかし彼の放った円環が爆炎の柱を巻き起こす。

 ―――何とか残っていた分身体となっていた緑の光が消えていく。

 その場に残されているのは、力を使い果たして地面に倒れ伏すジオウ②だけ。

 

 そうして。

 

〈フィニッシュタイム! オーズ!〉

 

 ドライバーを操作し、必殺待機状態に入ったジオウ①がアナザーオーズの前に立ちはだかる。

 武装を悉く砕かれ、既に限界など超えているアナザーオーズはそれに向き直った。

 

 ―――もっとも。ジオウとて先のセルメダルの過剰摂取に反動で限界などとっくに超えている。

 今にも砕けそうな体に無理を押して立っているのどちらも同じだ。

 

 半壊している足で一歩踏み込み、クー・フーリンが口を開く。

 

「―――後はテメェで終わりだ」

 

「終わらないよ、俺たちは終わらない。

 この力で伸ばす手は、誰かに、どこかに、届いて欲しいと願う手だ。

 何かを壊したり、終わらせたりするための手なんかじゃない。

 あんたにこの力の使い方を間違えさせたまま、俺は絶対に終われない――――!!」

 

〈スキャニング! タイムブレーク!!〉

 

「セイヤァアアアアアアアアアアァ―――――ッ!!!」

 

 ジオウの腕がドライバーを回す。

 バッタの脚力によって跳び上がるジオウの前に、解き放たれるオーズの力が三枚の巨大なメダルを形成した。タカ、トラ、バッタ。赤、黄、緑。三色三種のメダルがジオウとアナザーオーズの間に浮かび上がった。蹴りの姿勢のままメダルに激突したジオウが、そのメダルを押し込みながらアナザーオーズに向かって殺到する。

 

 残された力を全て爪に注ぐ。

 トラと、そして彼の鎧たるクリードの爪牙に全ての力を集中する。

 

 蹴撃で押し込まれていくメダルは空中で三枚が合体し、そのままアナザーオーズを目掛けて叩き付けられる。対するのは彼が全霊を乗せた爪の一撃。

 

 激突し、メダルに突き立てられる爪。それが―――先端から砕けていく。

 蹴りつけたメダルを押し込みながら留まらず、アナザーオーズに迫るジオウ。

 爪と腕を粉砕しながら迫るメダルとともに、その蹴撃は彼の体に最後の一線を越えさせた。

 

 ―――突き抜けた勢いで地面を滑るジオウ。

 三つが混じった巨大なメダルが散り、“OOO”と横並びに揃ってみせる。

 

 ボロボロに崩れ落ちる異形の体。

 彼の背後で、霊核とアナザーウォッチが砕かれたクー・フーリンが姿を元に戻していた。

 

「……チッ、オレも焼きが回ったか」

 

 変身を解除した彼の体から、黄金の杯が落下した。

 からりと乾いた音を立てて地面を転がる聖杯。

 それは汲めども尽きぬ魔力を湛えた願望器。

 

 だが、人の欲を結晶化したセルメダル。

 どれだけ果たされても満ちない、欲望の具現を溢れるほどに生み出し続けたそれは、一時的に力を使い切ったように渇いていた。

 

 無尽の泉を枯らす人の欲望。

 その力を使い果たしたクー・フーリンが、小さく鼻を鳴らす。

 

「魔神柱とやらを呼ぶのに足る力も残ってねえときた。

 ここで打ち止め。ここがオレの幕切れってわけだ」

 

「―――そうとは限らないんじゃない?」

 

 ジオウ①が重そうに体を立たせ、彼に対して向き直る。

 

「俺たちと一緒に戦ってくれた皆も、俺たちと戦ったあんたたちも。全部繋がってる。

 手の繋ぎ方は人それぞれ。あんたと俺たちは、戦うことで手を繋げた。

 そう考えたって、いいんじゃない?」

 

 ちらりと一瞬だけクー・フーリンがジオウ①を見る。

 そのまま彼は目を瞑り、消滅に抗うこともなく魔力に還り始めた。

 

「テメェがどう考えるかなんざ、テメェで勝手に決めておけ。

 オレの中にあるもんは敵か味方かだけだ。テメェは敵で、オレが負けた。

 結果、それだけだろうさ」

 

「そう? じゃあ……あんたに勝った分も、明日を生きる。あんたと手を繋いだままで、俺はずっと先の未来まで歩いていく。だからあんたも、今日で終わりになんてならない。

 ―――そのために世界を救ってくる。なんてったって俺は、そういう生き方の王様になるから。この世界にはそういう王様もいるって、これはあんたもちゃんと覚えておいてよ?」

 

 舌打ち。

 それだけを残し、黒いクー・フーリンの姿が消滅した。

 

 ―――それを見届けて、ジオウ①がばたんと地面に倒れる

 

「つっかれたぁ……」

 

 疲労と、安心と、色々な感情を乗せて吐き出す言葉。

 ほぼ全員が地面に倒れることになった戦場で、彼は寝転がりながら思い切り体を伸ばした。

 

 

 




 
一話で終わらせるつもりが長くなったので
 


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昨日と今日とまた明日2015

 
二話同時投稿


 

 

 

「ふぅ……」

 

「お疲れ様ー」

 

 倒れ込んだソウゴ①の耳に届くそこかしこで上がる声。それは全てソウゴのもの。

 アナザーオーズを撃破した彼らが、気の抜けるような声をあげた。

 がやがやと騒ぎ出す八人の同一人物。そんな光景を目の当たりにして、壊れた槍を杖代わりに上半身を起こしたエリザが唸る。

 

「アタシも分身してライブしたらファン爆増じゃない……?」

 

「爆殺の間違いだろ……」

 

 襤褸布のようになった顔のない王を叩きながら、げっそりと。

 ロビンはエリザを半眼で見つつ、そう言った。

 自分が分身していることを想像したのか、ネロは地面に横たわりながら難しい顔をする。

 

「うーむ、確かに至高の美である余が増えれば……む?

 まったく同じ美が複数存在する場合、それを至高の美と呼ぶのであろうか?」

 

「オンリーワンの美と、普遍的に認知された美。

 まったく同じ美しさであっても、それは前者の方がより美しいと感じられるのだろう。そういうところある。つまり孤高の天才気取りが、天才性を世界に広く知らしめた天才よりも優れている、と誤認されてしまう、というようなことがね」

 

 同じく地面に転がっているエジソンの言。

 それを聞いて、立香の横で墜落したUFOを見ていたエレナが苦笑した。

 

「けれど、今回はその孤高の天才に助けられたわね。

 まさか、カルナの槍でアルジュナが残した雷神の神威を辿って助けに来てくれるなんて」

 

「あれは私の霊界通信機やカルナ君の槍、そして槍を扱ったアルジュナの功績と言える。

 すっとんきょうの功績は微々たるものだ」

 

 鬣を揺すりながらがおがおと首を振るエジソン。

 そんな彼が貧乏ゆすりを止め、空を見上げる。

 

「……まあ、あれだ。少しは助かったが」

 

 強情なエジソンを見ながら立香が立ち上がり、小走りにマシュの元へと急ぐ。

 彼女は肩で息をしながら、寄り添いにきたマスターを見上げた。

 

「先輩……」

 

「マシュ、大丈夫?」

 

 立香の手で抱き起された彼女が、息を整えつつ自分で体を起こす。

 体力も魔力も消耗が激しい。体を起こすのがやっと、というほどに。

 フォウが立香の肩から飛び降りて、マシュに寄り添うように身を寄せた。

 

「フォウフォウ……」

 

 彼の頭を撫でつつ、彼女は近くに倒れたジャンヌを見る。

 

「はい、わたしは……ですが、ジャンヌさんが」

 

「―――私も、大丈夫です……

 ですが申し訳ありません、マスター。旗が……」

 

 そのジャンヌもゆっくりと身を起こし、砕けた旗の破片を見やる。

 

 彼女の主武装・宝具であった白き旗。

 それが、主の御業の再現の行使に耐え切れず損壊した。

 つまり、彼女は戦闘と守護を行う手段を喪失した、ということだ。

 

 そんな言葉を立香は軽く笑い飛ばす。

 

「大丈夫だよ、何とかなるって。ダ・ヴィンチちゃんは天才だから」

 

『おや、言ってくれるね。武装を仕立て直す、というならそれこそ霊基再臨の領分だけれど……

 さて、そのためにはルーラーの霊基の確保が難しい。まあ、言われたからには何とか考えてみようじゃないか。私は天才だからね!』

 

「ほら、大丈夫だって」

 

 言質をとって微笑む立香。それに苦笑を返し、立ち上がるジャンヌ。

 彼女のすぐそばに倒れていたブーディカも体を起こし、一息ついた。

 その視線がちらりと既に魔力に還った、自身の戦車があった場所に向けられる。

 

『ブーディカも再臨が必要だろう。戦車は破壊されてしまったからね。けれどライダーならば問題ない。それこそ直近のメイヴもライダーだったようだし、十分資源は足りているよ』

 

「それは良かったけど……はは、凄いねあれ」

 

 自身の宝具は修復可能と聞き、胸を撫で下ろすブーディカ。

 そんな彼女が地面に転がる八体のジオウを見る。

 向けられた視線に気づいたジオウ②が、何かを思い出したかのように体を起こした。

 

「そうだ。俺たちも早く帰らなきゃ。ほら、未来の俺! 早く早く!」

 

 言って、未来のジオウたちを集め始めるジオウ②。

 彼らの姿が一週間後のタイムマジーンの元まで集められていく。

 

「ちょっと、常磐……常磐たち!」

 

「今日の所長の言うことを聞くのは今日の俺の仕事だから! 頑張ってね!」

 

 声をかけるオルガマリー。それをそのままジオウ①にスルーパスし、ジオウ②はどんどんと他のジオウをマジーンに押し込む。

 

「えー、なんでそんなに急いでるの?」

 

「すぐに分かるよ!」

 

「これから頑張って、一週間前の俺!」

 

 押し込まれながら最後にジオウ⑧が声をあげる。

 マジーンのハッチはすぐに閉まり、タイムマジーンは時空転移システムを起動。

 そのまま時空のトンネル、ジェネレーションズウェイに入り、消えていった。

 消えていく彼らを見送って空を見上げていたジオウが、首を傾げる。

 

「すぐに分かるって……何が?」

 

「………もう正直、何となく想像はつくけれど……いえ、もういいわ」

 

 溜め息混じりにそう言って、そのまま地面に転がった聖杯に向け歩き出すオルガマリー。

 彼女がただの金杯にしか見えないそれを拾い上げ、目を眇める。

 

 特異点が維持されている以上は絞り尽くした、というわけではないはずだが……

 それでも、それに近い状態になっているのだろう。

 

「―――聖杯の力が不足させるほどに絞り出すなんてね。

 マシュ、盾にこの聖杯も収納してちょうだい」

 

「はい、いま行きます!」

 

 所長の声に応え、何とか立ち上がって走り出そうとしたマシュ。

 そんな彼女が一歩を踏み出して―――よろめき、転んだ。

 

「あっ……!」

 

「わわ、大丈夫? マシュ」

 

 すぐさま支えに入る立香。

 マシュの手から盾が滑り落ち、がらんがらんと盛大な音を立てて転がった。

 ふらつく彼女に対して、オルガマリーの目を薄く細める。

 

「マシュ……?」

 

「患者ですね」

 

 揺れるオルガマリーの声。

 しかしそれを引き裂く、獲物を見つけた鉄の看護師の声。

 

 いつの間にかマシュの前に、ナイチンゲールが立ちはだかっていた。

 彼女は手袋をしっかりと嵌め直して、マシュの体に手を伸ばす。

 そうして開始される触診。診察をすること数秒。

 

「あ、あの……少し疲れただけですので……

 わたしは大丈夫です、ナイチンゲールさん……」

 

 マシュの強がりに無言で返し、そのまま診察を続行する。

 重ねて数秒、一瞬だけ顔を顰めた彼女がマシュから手を放し―――

 彼女が理解した結果を口にした。

 

「―――そのようですね、()()()()()()()()()()。疲労はあっても極めて健康的です。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――――はい。いえ、その……はい。ですから、大丈夫ですので」

 

 そう言って歩みを進めようとするマシュに、連続して銃声。

 彼女の足元に撃ち込まれた弾丸が、その足を止めさせる。

 

「黙りなさい。体力の減少は免疫力を低下させます。

 著しく体力が下がった状態で、普段通りに活動しようなどということが許されるとでも?

 あなたはここで一時休息しなさい」

 

「い、いえ。わたしはデミ・サーヴァントですので……免疫力も人並み以上で」

 

 銃声。銃声。銃声。終わらないリボルバーの動作。

 マシュの言葉を強引に中断させる銃撃音。

 その後、ナイチンゲールがマシュの肩を力尽くで拘束して歩き出す。

 

「あっ、ちょ、ちょっと待ってください……!」

 

「黙れと言っているのです。Mr.エジソン、さっさと動き出してください。

 半壊したとはいえ、この基地の司令官はあなたです。早急に指示を出しなさい。

 この地に衛生的な環境の施設を整備し、病院とするのです」

 

「あ、はい……」

 

 エジソンを無理矢理伴い、ナイチンゲールはどかどかと進んでいく。

 それを見送りつつ、アタランテは肩を竦めた。

 マシュを連れていかれては、聖杯の完全な回収ができない。

 特異点の修正が始まるまで、今しばらくの猶予が生まれてしまったということだろう。

 

「まあ、マシュも疲労していて当たり前か。

 私たちも休息をとるべきかな、マスター……マスター?」

 

 アタランテが訝しげにオルガマリーを見やる。

 凄まじく苦い顔をして、どこに目を向ければいいのか分からないと彷徨わせる視線。

 そんな様子にアタランテが眉を顰めた。

 

 半壊していたマジーンから降りてきたツクヨミもその様子を見て、首を傾げる。

 その様子を問いかけようとする彼女の肩を、モードレッドが掴む。

 

「え?」

 

「―――止めとけ、マスター。今訊くことじゃねえよ。

 マシュにしろ、オルガマリーにしろ、問い詰めるのは腰を落ち着けてからにしとけ」

 

 そんな言葉を言うだけ言って、彼女は壊れたマジーンに寝転がるように寄りかかった。

 ―――まるで、マシュの休息は長くなると分かっているかのように。

 

 困惑しているツクヨミの後ろで、微かにジェロニモが目を細めた。

 

「……ふむ。では、せっかくだ。戦勝を祝う宴でも開こうか。

 私たちはここで終わりだが、君たちはまだまだ戦い続けるのだろう。

 ならば、戦友を送り出すに相応しい祈りを……」

 

「はい! はいはい! 宴会なら1番! エリザベート、歌います!」

 

「待て! 1番と言えば余だろう!? まず歌うのは余だろうに!」

 

 どこにそんな体力があるのか、すぐさま復帰してくる二人。

 ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てるエリザとネロを見ながら、ビリーは大きく背を伸ばした。

 

「うーん! 終わった、って言いたいけど……まあ僕たちはともかく、君たちの戦いはまだまだ続くわけだから、そんなこと言ったら怒られちゃうか。とはいえ……何はともあれ、ここではこうして勝ったんだ。少しくらい気を抜いたってバチは当たらないかな」

 

「いや、今まさに目の前で魔神レベルの修羅場が幕を開けようとしてるんですがね」

 

『―――うん、特異点の修正は始まっているけれど、緩やかなものだ。

 聖杯を完全に回収していないからだろうね。マシュが復帰するまで、少しゆっくりする暇はあるだろう。流石に日を跨ぐほどではないだろうけれど』

 

 騒ぎ立てる二人の歌姫を見ながらげっそりとした表情を浮かべるロビン。

 やり取りを聞いて苦笑したロマニが、現状を現場に通達する。

 彼は数時間であろうが、ここである程度自由にできるという。

 

『というわけだ。お疲れ様、皆。ここで少し休息をとってくれていい。

 ところでオルガマリー、打合せは必要かい?』

 

「……要らないわよ。帰ってから、わたしがやるわ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんからの声。

 オルガマリーに対する問いかけに対し、彼女は難しい顔のまま返す。

 その様子に目を見合わせる立香とツクヨミ。

 彼女たちは事情を理解していそうな様子を見せたモードレッドを見て、首を傾げた。

 

 そんな中で、つい先程まで死にかけていたスカサハはゆっくりと立ち上がる。

 自身の体を確認しながら、血塗れの姿のままで。

 

 彼女の視線が横を向き、未だに転がっているラーマを見る。

 宝具の乱用、と言って差し支えないほどに力を絞り尽くした彼。

 どうやらラーマはまだ、意識を失っているようだ。

 

 ゲイボルクに穿たれた心臓を無理矢理維持し、その状態のまま戦闘まで行った。

 それが治療できるや否や、此度の戦闘。

 流石に無理が祟った、ということなのだろう。

 

「スカサハは大丈夫なの? マシュと一緒にナイチンゲールに診てもらう?」

 

「―――よい。あやつが消えたことで、治癒を妨げていた呪詛は消えた。

 今ならば私自身の魔術だけで十分に足りる」

 

 立香の言葉に応えつつ、クー・フーリンが消えた場所に視線を送る。

 一瞬だけ瞑目した彼女は、そのまま踵を返した。

 

「あれ、どこ行くの?」

 

「……さて、どこに行くかな」

 

「あ、じゃあ悪いけれどあたしの手伝い、頼めるかな」

 

 立ち去ろうとするスカサハにかかる声。

 足を止める彼女に対して、ブーディカは言葉を続ける。

 

「基地の方も凄いことになってるし、何かを食べるにしても料理のために手間がかかっちゃいそうだし……」

 

「……なんだ、私のルーンを調理器具扱いか?

 ―――まあ、よかろう。

 あれを倒した勇者に振舞われる料理だ、薪扱いも今回ばかりは我慢しよう」

 

 大きく息を吐き、再び戻ってくるスカサハ。

 彼女の足がその途中で寝転がっているラーマを通りがかりに蹴り起こす。

 

「ぬ、ぬ……? ああ、意識が飛んでいたか……?

 終わった……勝った、のだな……ぬ、ぐ……! 流石に、疲れた……」

 

 一度顔を起こし、しかしまたがくりと落ちるラーマ。

 皆が疲れ切った体を何とか動かし、戦い抜いた健闘を讃え合う。

 そして、次の戦場に向かうものたちへ幸運を祈る。

 

 ―――ほんの数時間、この特異点で戦ってきたものたちで行う宴会。

 

 ようやっとナイチンゲールから解放されたマシュも合流した、その少し後。

 彼女が聖杯を盾に回収すると同時にサーヴァントたちは退去を始め、皆もカルデアへと戻ることになった。

 

 

 

 

 ―――カルデアに帰還して、そのままその日は解散。

 休息に休息を重ねるようで渋ったマシュも強制的に休まされた、その次の日。

 

 朝ごはんを食べに食堂を訪れたソウゴが見たのは、配膳を手伝うジャンヌの姿。

 彼女は普段の鎧姿ではなく、武装を解いた服装だ。

 

「なんでジャンヌが?」

 

「宝具を失っているうちは戦闘にも参加できないから、せめてこちらの手伝いを……っていうことで手伝ってくれてるんだよ」

 

 戻ってくるや否や、すぐに食堂業務に復帰したブーディカが教えてくれる。

 彼女もまた今回の戦いの中で宝具を失った。

 だが彼女の場合は、修復した第五特異点の推移を観察しているダ・ヴィンチちゃんの手が空き次第、霊基再臨を行うことで復帰することができるだろう。

 

「ふーん、そっか。じゃあ俺も朝ごはん……」

 

『常磐ソウゴ、早急に管制室に出頭するように。今すぐによ』

 

 前置きもなしに、カルデア内のスピーカーが彼の名を呼ぶ。

 それは当然のように所長の声。

 聞いたソウゴは首を傾げつつ、ブーディカと顔を合わせてみた。

 

「呼ばれちゃった。ブーディカ、俺のごはんも作って置いといて」

 

「はいはい、いってらっしゃい」

 

 食堂から小走りに去っていくソウゴ。

 その背中を見送りながら少し考え込むブーディカ。

 彼女は何かに気づいたように目を開き、困ったように微笑んだ。

 

「あー……そっか。明日からお弁当、作ってあげようかな……」

 

 

 

 

 管制室に辿り着いたソウゴの前には、異物があった。

 無論、それはタイムマジーン以外にありえない。

 当然のように、中にソウゴが6人すし詰めになっているタイムマジーンだ。

 

 持って帰ってきたマジーンは当然、ボロボロ。

 大破したままなので、こんな風に乗ってこられるはずもない。

 

「あ、やっと来た。二日目の俺」

 

「ほら、早く早く。今日から、昨日に行くよ」

 

 到着するや否や、そうやってソウゴたちに声をかけられるソウゴ。

 

「えー……もしかして、今日から一週間毎日ってこと……?」

 

「そういうこと」

 

 管制室にいるオルガマリーは頭痛を堪えるように頭を抱えている。

 そんな彼女の横で、ダ・ヴィンチちゃんが楽しげにソウゴ軍団に問いかけた。

 

「ところでそのタイムマジーンは誰のだい?」

 

「最後の日……一週間後の俺のだよ」

 

「ほうほう、つまりこれから一週間以内にタイムマジーンも修理して、一週間後には今日のソウゴくんが前の日のソウゴくんたちを迎えにいかなきゃいけないわけだね」

 

 なるほどなるほど、と首を縦に動かすダ・ヴィンチちゃん。

 つまりソウゴはこれから一週間、マジーンの修理も行わなくてはならないわけだ。

 これから、アナザーオーズと戦いに行った後に。

 

「まだ俺、朝ごはん食べてないんだけど……」

 

「あ、やっぱり? 俺もそうだった」

 

 元ソウゴ②、つまりこれからツクヨミにソウゴ③を振られることになるだろうソウゴが大きく頷いた。彼はブーディカに朝ごはんの依頼をしたまま過去に飛び立ち、急いで戻って朝ごはんを食べた過去を持つ。

 彼にとっては過去でも、これからソウゴ②になる予定の元ソウゴ①にとっては未来の話だが。

 

「だったら教えといてくれればいいのに……」

 

「えー。でも未来の出来事は教えるべきじゃないって黒ウォズが……」

 

 そう言って何番かも分からないソウゴがソウゴの後ろを見る。

 そこには本を携えたウォズが、いつの間にか立っていた。

 肩を怒らせてウォズに対して声をかけるソウゴ。

 

「黒ウォズ、俺が朝ごはん食べるかどうかくらい変えてもよくない?」

 

「―――我が魔王、残念ながら君の食事の有無程度であっても、本来の歴史からずらすべきではないよ。君は魔王にして時の王者。もしかしたら君が食事をしてしまったことにより、世界が滅びるかもしれないのだから」

 

「そんなわけないじゃん……っていうか、過去って簡単に変わらないんでしょ?」

 

 溜め息混じりにそう言うソウゴ。

 そんな彼に対して、大仰に腕を広げた彼が『逢魔降臨暦』を掲げる。

 

「大筋は、ね。彼らの言葉を借りるなら人理定礎、あるいは量子記録固定帯(クォンタム・タイムロック)。時代の流れの特定の位置で固定されるそれらの隙間……前回それが固定された時間から、次の固定が訪れる瞬間までの間ならば、変動は未来の方向、時間の本筋さえ変え得るかもしれない。ごく最近への時間渡航はそれだけの影響を与え得る。

 だから本来、我が魔王と言えどそのような危険な行為は避けるべきなんだが……まあ時代から隔離された特異点ならば、それを気にする必要は余りないだろう」

 

「うーん……つまり特異点でのことなんだから、やっぱ俺のごはんにそれ関係ないじゃん! ちょっと、ウォーズー!」

 

 他のソウゴにマジーンの中へと引っ張り込まれていくソウゴ。

 彼が押し込まれると同時にハッチが閉じ、タイムマジーンが強引に渡航を開始する。

 時空の彼方に消えていくそれを見送って、ウォズが踵を返した。

 

 すぐさま管制室を出ていこうとする彼の背中にかかるロマニの声。

 

「―――聞いていいかな、ウォズ」

 

「……何かな、ロマニ・アーキマン。私の説明に何かおかしなところでも?」

 

「おかしい、というよりは何故そのような説明を、という気持ちはないではないね。

 その時間干渉の方向性は、第二魔法のそれだ。確定していない未来が変わり、分岐していく世界。そこへの干渉は並行世界の運営に当たる」

 

 第二、そして第五。結果的に時間を渡る二つの魔法。

 時間という縦軸への干渉のうちはそれは第五魔法の領分だが、横軸の並行世界への干渉となればまた話が違う。時間旅行によって並行世界が発生するという話は、第二魔法の領分。

 

「それがどうかしたかい? 残念ながら私にとっては魔法の区分など重要じゃない。

 我が魔王の力の前では、どちらも同じようなものであって―――」

 

「ちなみに。私には君が並行世界への干渉を嫌っているように見える。

 だからソウゴくんに釘を刺したと感じたのだが、どうだろう?」

 

 ウォズの言葉を遮るダ・ヴィンチちゃんの言葉。

 言われても大した反応も見せず、彼は小さく肩を竦めた。

 

「そうかもしれないね。

 何せ、恐らく並行存在であろう白い私なんてものが出てきたばかりだ。

 我が魔王の力は大きすぎるが故に、時空に歪を生み出す。

 少しは気を付けてもらわないと、君たちだって困るだろう?

 私はいつだって臣下として、我が魔王に忠言を行っているつもりだからね」

 

 そう言って彼は大きくストールを翻し、再び歩き始めた。

 離れていく背中を見て、目を細めるオルガマリー。

 そのまま彼に質問を飛ばしていたロマニとダ・ヴィンチちゃんへ視線を送る。

 

「……何か分かったの?」

 

「いや、そういうわけではないんだけれどね……少し違和感があるんだ。

 もう第二や第五魔法の領分に足を入れていることに突っ込む気はないけれど……

 だからこそ、レオナルドの言った通りの感覚を覚える」

 

 軽く頭を掻いて、椅子の背凭れに体を預けるロマニ。

 その答えを聞き、オルガマリーが目を眇めて顎に手を当て思考に入る。

 

「並行世界の干渉に成り得る事態を控えている?」

 

「うーん、まあでも彼の言い分にもおかしいことはない。

 ボクたちからすればウォズ……黒ウォズも正体不明だけど、黒ウォズからすれば白ウォズが正体不明だ。その上、彼の目的は明確にソウゴくんの打倒らしい。不確定要素を増やしたくない、というのは十分に理解できる理由だろう」

 

 まあ白ウォズが並行世界に由来する存在かさえ不明だけど、と。

 ロマニは目頭を押さえるように手を当て、溜め息を吐いた。

 

 いつぞや彼の口にした言葉を思い出しながら、ダ・ヴィンチちゃんもまた目を細める。

 

「……矛盾、ね。可能性の統合? 並行世界の編纂?

 ―――まあ、今考えてもしょうがないだろうけど……」

 

 そう言って彼女はぱん、と両手を打ち合わせながら思考を打ち切った。

 

「さて! じゃあとりあえず私たちは特異点の推移を観測。

 それと所長には心を決めてもらわないとね!」

 

「……まあ、所長がどうしても難しいというなら主治医であるボクからでも」

 

 ぐ、と表情を固めたオルガマリーがすぐさまロマニに鋭い視線を飛ばす。

 

「―――馬鹿にしているの、ロマニ。

 あなたはいつわたしの仕事を代行できるほど偉くなったのかしら?」

 

「所長がレイシフトしている間は割とボクが代行してると……

 あ、いえ。なんでもありません……」

 

「途中でやめるなら最初から言わないで。

 常磐が落ち着くのが一週間後と言うのなら、そこでわたし自身の口から話します。

 アニムスフィアが行った試みだもの。よその魔術師に語らせるなんてありえないわ」

 

 言いながらどかりと椅子に腰を下ろすオルガマリー。

 そんな彼女の様子に肩を竦めたダ・ヴィンチちゃんも座りつつ、ぱたぱたと手を振った。

 

「ふむ。時間干渉は恐らく、オーズという仮面ライダーの力が極端に引き出されたもの。

 多分、この目的を果たす一週間後にはここまでの力は失われているんだろうね。再現度といえばいいのかな、それが高いとより力……()()を引き出せる。

 私たちにその再現度の高低を判断する術はないけれど……ジオウが手にしたライダーの力は基本的に手にした直後、その特異点で最も発揮されていると思われる。今回も恐らくそういうケースであり、これからもそういうことになるだろうね」

 

 

 

 

 オルガマリーたちがそんなことを話している管制室を後にして、ウォズはカルデアの通路をゆったりと歩んでいく。

 彼は片手に『逢魔降臨暦』を広げ、その頁に記述を検めていた。

 

「かくして、我が魔王は仮面ライダーオーズの力を手に入れた。

 我が魔王の力はどんどん増大している。この私にさえも推し量れぬほどに……その力をもって第五の特異点を攻略した彼らが次に向かう地は、西暦1273年のエルサレム王国。

 彼の地で待ち受ける次なるレジェンド……その名は……?」

 

 そこまで言葉を発したウォズが止まる。

 彼は片手に開いた『逢魔降臨暦』に何度か目を通し、困惑の表情を浮かべた。

 その手が頁を捲り、前後の内容を幾度も確認する。

 書かれた文面は変わることなく、彼の抱く困惑の感情を強めていく。

 

「まさか、私の知らない歴史が……? まさか、また葛葉紘汰が……?」

 

 目を細め、本の記述を睨むウォズ。

 そんな彼の手の中で、『逢魔降臨暦』の表紙に描かれた歯車が回り出す。

 

 

 




 
閏年先輩のおかげで2月中に五章が終わりました。
閏年先輩ありがとナス!来年もまたよろしくお願いします!
 


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第六特異点:神星融合侵略 キャメロット1273
変身!ソラからオレンジ!?2013


 
キミはこの力、どう使う?
 


 

 

 

「私は円卓の騎士、べディヴィエール!

 善なる者として、悪である貴方を討つ者だ!」

 

 星の楔、地上を縫い留める最果ての塔の中。

 その玉座に君臨する王。彼が君臨させ続けてしまった王。

 己の罪であるその痛ましい姿と対峙しながら、騎士は右腕に秘められた光を解放する。

 

「“剣を摂れ、銀色の腕(スイッチオン・アガートラム)”――――!!」

 

 伸ばした腕の先、星の光を束ねた刀身が顕れる。

 それは彼自身の魂さえも灼き尽くす力の奔流。

 

 反動だけで体の端から土塊となって崩れ始めるべディヴィエール。

 彼の瞳に浮かぶ熱はそれでも止まらず、正面に聳える女神を見据えた。

 

「ただの人間が……それほどの……?

 貴卿は……何者だ……? なぜ……そこまで……?」

 

 女神はただ、何故浮かんでくるかも知れぬ苦渋を顔に浮かべて彼を見る。

 

 最期の最後。

 彼がやり残した、やり残してしまった最後の使命。

 それを遂に果たすため、辿り着いたこの瞬間。

 その胸の中にいつか見た尊き王の笑顔を思い起こし、彼もまた笑みを浮かべた。

 

「それは―――」

 

 ―――そうして。

 彼が今この時まで生き永らえてきた理由。

 遂に訪れた瞬間を砕くように、世界の全てに変化が顕れた。

 

「―――!?」

 

 女神が頭上を見上げる。

 最果ての塔―――聖槍の中が、どうやってか別物に染め上げられていく。

 夢幻の空間が一点の染みから、銀色の何かに置き換わっていくように。

 

 彼女に対し向かおうとしたべディヴィエールもまた、その異常事態に足を止めた。

 

『なっ……何だこの反応!? その空間だけじゃない! 特異点全体が……!』

 

「――――来る!!」

 

 ロマニの声を聞いたジオウが天井を見上げる。

 彼の叫びを聞いた者たちの視線が、揃ってその場に引き付けられた。

 染まっていく銀色の中から染み出すのは、ひとつの影。

 

 それは銀色のボディに蒼い光を湛えた人型だった。

 最果ての玉座の間。染み出したそれは舞い降りて、ガチャリと金属の足音を立てる。

 銀色の兜のような頭部の中で、一際輝く蒼い瞳。

 

「―――太陽系第三惑星、地球の状態を確認。異常な磁場に惑星全体が覆われている。

 ……個の存在により運営される惑星の不完全さを再確認。

 やはりすべての生命体は、大いなる存在である完全なシステム。

 我らメガヘクスの元に統一されるべきである」

 

「メガへクス……!? 何でお前までここに……!」

 

 白銀の鎧、仮面ライダー鎧武がその存在に驚愕する。

 己の名を呼ぶ声に対し、そちらへと視線を送るメガヘクス。

 その瞬間―――

 

 ガチリ、と。その場における全ての時間が静止した。

 鎧武も、ジオウも、べディヴィエールも、女神も、メガヘクスも。

 例外なく全てが停止した中、唯一動く人間の姿が歩み出す。

 

 今この場に突然に現れた、紫の装束に身を包んだ男。

 

「スウォ、ルツ……!」

 

 絞り出すジオウの声。

 しかしソウゴの声を無視して、視線も逸らさず歩き続けるスウォルツ。

 彼は手の中でブランクウォッチを転がしながら、メガヘクスに向けて歩いていく。

 停止した時間の中、乱入者の元に辿り着いた彼がウォッチをメガヘクスに添える。

 

 ―――力が目覚める、何も描かれていなかったアナザーウォッチ。

 

 アナザーウォッチが色付いていくことに口の端を吊り上げるスウォルツ。

 彼は停止したメガヘクスを眺めながら、アナザーウォッチを起動する。

 

〈鎧武…!〉

 

「方法は違えど、同じくヘルヘイムの侵略を退けた者……

 お前こそ、今この瞬間から仮面ライダー鎧武だ」

 

 彼の腕が、そのままウォッチをメガヘクスの胴体にある蒼い球体に差し込んだ。

 胴体部から植物が蔓延り、銀色のボディを覆っていく。

 だがメガヘクスは完全には呑み込まれず、力を纏いながら己の姿も維持し続ける。

 

〈鎧武…!〉

 

 メガヘクスの一部が変異していく。

 白銀と蒼と、そして腐食したようなオレンジ色を纏う姿へと。

 武者然とした姿に変貌しながらも、しかしメガヘクスとしての姿を一部残す何か。

 

 アナザー鎧武であり、メガヘクスである。

 それはヘルヘイムの踏破者。侵略を凌駕し、世界を変革した者。

 

 鎧武であり鎧武でないものであるその姿を降臨させると同時。

 口を歪めて笑みを浮かべ、スウォルツは姿を消した。

 

 動き出す時間。

 ―――その直後に起きたのは、本来の鎧武が膝を落とすことだった。

 

「ぐっ、う、ぐ……ッ!? まずい、俺も……!」

 

「神様!!」

 

 白銀の鎧が砕け、オレンジの鎧が砕け、濃紺のスーツだけに変わる鎧武。

 そのスーツも徐々に崩れ落ち、彼は人としての姿に戻っていく。

 

 ―――鎧武の歴史はメガヘクスが継承した。

 彼の手元にそれは残らず、維持できずに消えていく。

 

 自身にウォッチを投入した人間の消失を見て、僅かに視線を巡らせるメガヘクス。

 だが途中でそれを止め、彼は母星が待機する空の彼方を見上げた。

 

「不完全な生命体の蔓延る星、地球。

 これより我らメガヘクスの手で、完全なる調和を開始する。

 ―――これからは、この星も我らの一部(ステージ)だ」

 

 宣言する地球の調和。それが文字通りの調和ではなく、融合による侵略であるというのは今この場を見れば分かることだった。

 

 螺旋が渦を巻く。集束する魔力は神域のそれ。

 担い手の意思により星の楔が引き抜かれ、敵を蹂躙するために解き放たれる。

 その銘は聖槍ロンゴミニアド。

 女神の権能が一瞬のうちにメガヘクスに向け放たれ―――

 

 彼女とアナザー鎧武の間に、百を超えるメガヘクスが同時に出現した。

 

「――――!?」

 

 聖槍の光は全てを蹂躙する。メガヘクスでさえも。

 

 だがそれでも届かない。

 百体のメガヘクスの喪失は、母星メガヘクスにとって消耗ではない。

 星の女神の権能は、星そのものを滅ぼすには至らない。

 

 瞬時に百体のメガヘクスを蹂躙した一撃を見て、微かにアナザー鎧武が首を傾げる。

 

「……敵性体の威力を上方修正。

 その上での再計算の結果、我らメガヘクスに対しての脅威度は軽微。

 ただしメガヘクス端末単独による打倒は難しいと判断。

 端末の増産をメガヘクス本星に要請―――訂正。

 仮面ライダー鎧武の力、というものの実践を提案」

 

 脅威度を観点から計算し、彼の視線は女神に向かう。

 通信を母星に行いつつ歩み出した彼の足が、一度止まる。

 自身に取り込まれた力を彼はその身で検証し、引き出して―――

 そこで盛大な思考のノイズを得た。

 

「仮面ライダー鎧武……オーバーロード、葛葉紘汰の存在は看過できず。

 だが力を失い人間になった存在にメガヘクスが意識を向ける理由はない。

 調和、否。我らの調和の中に葛葉紘汰が含まれることは認められない。

 メガヘクスによる地球との調和を一時停止。

 ―――葛葉紘汰の処分は、メガヘクスにとって最大の優先事項である。

 理由は不明、なんだこのノイズは、不明、不明」

 

 数秒の葛藤―――否、再計算。

 ぐるり、と。再計算を終えたアナザー鎧武の顔が、女神から変身が解けた鎧武に向かう。

 脅威を認められる女神を差し置いてでも、力を失い地面に倒れる彼を処理する。

 それがメガヘクスという存在が出した結論だった。

 

 メガヘクスが紘汰に腕を向け、その先端に光を集約していく。

 

「―――オーバーロード、葛葉紘汰の記憶を再生。

 敵対者を検索。なお、候補より駆紋戒斗は除外する」

 

 そう口にしつつ、メガヘクスが光を放つ。

 彼の天敵を確実に抹殺するために放たれる一撃。

 

 殺到する光弾。その前にジオウの姿が割り込み、攻撃を受け止めた。

 

「ぐ、ぁ……ッ!?」

 

 ヘルヘイムを凌駕した者たちの力が重なる、強烈な一撃。

 光弾を受け止めたギレードは弾き飛ばされ、ジオウの姿も宙を舞う。

 すぐさまカバーに入ろうとしたマシュがしかし。

 膝を落としたべディヴィエールを見て、その足を止めた。

 

「べディヴィエールさん……!」

 

「―――――ぁ」

 

 踏み込めない。

 この状況で、彼女に剣を届けるべきかすら分からない。

 その浮かんだ迷いのうちに、彼は立っていられるほどの体力すら失った。

 

 彼に対して駆け寄る立香を、べディヴィエールは片手を挙げて止める。

 

「……いけない。今の私に近寄れば、貴方も星の光に灼かれます……!」

 

「そんな、でも……!」

 

 そちらには意識すら向けないメガヘクス。

 彼が驚異として認識したのは女神だけで、そして固執するのは葛葉紘汰だけだった。

 

 メガヘクスの前方に光が奔り、人型を形成していく。

 母星への連絡により、その場で増産される新たな戦力。

 数秒で構築を完了する、新たな存在。

 

 現れたのは、白衣を着て機械マスクを装着した男性。

 その姿を見上げながら、倒れ伏した紘汰は彼の名を口にした。

 

「戦極、凌馬……!」

 

「やあ。久しぶりだね、葛葉紘汰くん。

 元気にしてたかい? どうやら、今は元気ではないらしいけど」

 

 名を呼ばれて、茶化しながらせせら笑う男。

 彼は状況に見合わぬ声で笑いながら、懐に手を入れた。

 きつく歯を食い縛りながら彼を見上げる紘汰の前で、彼が取り出してみせるのはロックシード。

 

 取り出されたのは、レモンが造形されたクリアブルーの錠前。

 

「メガヘクスの大いなる意思に、私も従うとしよう」

 

〈レモンエナジー!〉

 

 錠前を開くと同時に鳴る起動音。

 彼はメガヘクスによる生産の時点で装着されていた腰部の変身ベルト―――ゲネシスドライバーに、開いたロックシードを装填する。

 

〈ロックオン!〉

 

「変身!」

 

〈ソーダ! レモンエナジーアームズ!〉

 

 装填したロックシードを潰し、その力を搾り取るように。

 ゲネシスドライバーは異界の果実から力を引き出した。

 水色のスーツが戦極凌馬の体を覆い、頭上に巨大なレモンが形成される。

 落ちてくるレモンは彼の頭部を包み込み、鎧とマントへと変形した。

 

〈ファイトパワー! ファイトパワー!

 ファイファイファイファイファファファファファイッ!〉

 

 戦極凌馬、仮面(アーマード)ライダーとしての名をデューク。

 彼の手の中に現れるは創生弓ソニックアロー。

 戦極自身の手により開発されたその弓を引き絞る、デュークの腕。

 

「さようなら、葛葉紘汰」

 

 大した感慨もなさそうに、彼は弓を引いていた手を放す。

 収束するエネルギーはレモン色の矢を作り、紘汰に向かって放たれた。

 放たれた光の矢は戻ることはない。

 その光は生身でしかない彼に向け一直線に飛び―――

 

「神様!!」

 

 追い縋ろうとしたジオウの前―――

 しかしその一撃は紘汰に当たることはなく、直前で炸裂した。

 

「え?」

 

 ジオウが困惑して足を止める。

 神様の前に割り込み、その矢を背中で受け止めた者がいたから。

 

「うん……?」

 

 デュークが不思議そうにその光景を眺める。

 ソニックアローの直撃をその背で受けたというにも関わらず、割り込んだ人間らしきものはまだ生きて活動していたから。

 

「お前……」

 

 鎧武だった彼は、驚愕しながら自身を庇った者を見上げる。

 その彼が、自身のよく知る顔だったから。

 

 思わず彼の口から出てくる、よく見知った相手の名前。

 

「ジロー……!?」

 

「ジロー? 俺はそんな名前じゃない」

 

 紘汰が口にした名前を、彼は即座に否定する。

 ソニックアローを受け止めた結果、服に穴が開き僅かによろめくだけ。

 そんな強靭な体を持つ彼は立ち上がり、デュークに向かって振り向いた。

 

 その顔を見てデュークもまた、見知った顔に驚愕する。

 彼が口にする名前は、紘汰が呼んだ名を持つ存在が持つ、もうひとつの名前。

 

「―――キカイダー……!」

 

「―――そうだ。俺は……」

 

 彼がベルトに引っ提げていた、金色のスパナとマイナスドライバーを取り出す。

 そのままの勢いで放り投げられるスパナ、スパナーダー。

 もう片方の手には、マイナスドライバーのスクリューダー。

 腰に出現するのは、ジクウドライバーによく似た黒いユニット。

 落下してくるスパナーダーを掴み直した彼は、それを顔の横に構える。

 

「変身!」

 

 スクリューダーと組み合わせられる、スパナーダー。

 スパナーダーとスクリューダー、二つの合体パーツが腰のユニットに装着される。

 その瞬間、黒いユニット―――キカイドライバーは完全に動作を開始する。

 

 黄金の装甲に包まれていく彼の体。

 装甲の継ぎ目はボルトで止められ締め付けられる。

 その内部から減圧するように、各部から噴き出してくる白煙。

 そうして黄金の戦士は、赤い目を輝かせながら誕生した。

 

〈デカイ! ハカイ! ゴーカイ! 仮面ライダーキカイ!〉

 

「俺は機械……仮面ライダー、キカイだー!」

 

 

 

 

 がっちゃーん、と食堂の椅子が倒れてソウゴが転がる。

 驚いた様子でそれを見ている皆の前で、頭を振りながら彼は体を起こす。

 

「うー、変な夢見た……」

 

「大丈夫、ソウゴ?」

 

 隣の椅子にいた立香が立ち上がり、彼を引っ張り起こした。

 立香の背中にくっついていた清姫が倒れた椅子を戻し、再び彼女の背中にくっつこうとする。

 それをインターセプトしつつ、ソウゴが座っていた場所に昼食を置くジャンヌ。

 

「ソウゴくんは今日まで大変でしたからね」

 

 苦笑しつつ、今日までのことを考える。

 ようやく今日、一週間のアナザーオーズとの戦いが完結した。

 そこから帰ってきた彼が、こうして眠ってしまうのも仕方ない。

 

 カルデアから観測している特異点も落ち着き始め、そろそろ資源のサルベージも始まる頃だ。

 彼もようやっと次の戦いに向けての準備期間に入れたというわけだ。

 

「はは、毎日毎日クー・フーリンの奴と戦いに行ってたんだろう?

 そりゃ疲れるってもんさ!」

 

 補充されたアルコールを再び浪費しながら楽しげな声を上げるドレイク。

 幾ら彼女が酒飲みとはいえ、アメリカではかなりの量が確保できた。

 今度は早々になくなるという事はないだろう。恐らくは。

 立香が椅子に座り直し、昼食を再開しながらソウゴを見る。

 

「そんな転がるほど変な夢見たんだ」

 

「んー……変、っていうか……新しい仮面ライダーが出てきた。

 レモンを被ってる奴と、機械の奴」

 

 思い起こしながら先程見た夢のライダーを口にする。

 微かに肩を揺らしたジャンヌが、表情を引き締めてみせた。

 夢という形での発現は、それこそ彼女のよく知るウィザードの力で見たパターンだ。

 

「―――清姫さん」

 

「とりあえずわたくしをウォズという方への専用対抗策かなにかだと思うのやめません?」

 

 言いながらも一応視線を走らせる清姫。

 嘘発見器としていつでも仕事のできる体勢だ。

 ソウゴに何か用があればどこからでも現れるのが黒ウォズ。

 備えはしておくに越したことはない。

 

「へー……果汁で機械が錆びちゃいそう。

 あ、前もフルーツの話してなかったっけ?」

 

「うん。前に見たフルーツの人もいた……

 俺なんで夢の中であの人の事、神様なんて呼んでたんだろ?」

 

 でも神様っぽかったといえば、確かに神様っぽかったかもしれない。

 前に会った時も神様感はあった。夢の始まりで彼は銀色の鎧とフルーツの描かれた胴を纏い、前に会った時とは別の姿をしていたが……

 

「恐らく君の言う相手は仮面ライダー鎧武、葛葉紘汰だ」

 

「お、出てきたね」

 

 考えていた通りにどこからともなく出てくる黒ウォズ。

 彼はソウゴの対面の椅子に座り、テーブルの上に本を置いた。

 茶化すような物言いのドレイクに顔を渋くしつつ、彼はソウゴを見る。

 

「君たちがツクヨミくんと会った監獄塔だったか……

 立香くんを助けに行ったとき、出会った相手がいるんだろう?」

 

 言われて、ソウゴはコダマスイカウォッチを取り出した。

 机の上に転がすとそれは手足を出して、立ち上がる。

 

「これくれた人でしょ?」

 

「そう、コダマスイカウォッチ。それを持っているのは葛葉紘汰に違いない。

 まあ彼は一度門矢士とともにロンドンにも来ていたからね。

 いずれ干渉するだろうとは思っていたし、さほど気にしてはいなかったが」

 

「あ、その……これをどうぞ」

 

 ブーディカの手伝いでジャンヌと一緒に働いていたマシュが、黒ウォズの前にオレンジジュースを置く。ソウゴの前にも同じものが置かれたのを見るに、ソウゴと同じものをということだろう。それを見た彼は軽く肩を竦め、ストローでコップの中の氷を動かしながら話を続けようとする。

 

「ロンドン? なんで?」

 

「さて。スウォルツを追ってきたんじゃないかい?

 あるいは他の目的があったかもしれないが、私には分からないことだ。私に言えるのは、どちらにせよ彼らはアナザーダブルが作られる前に特異点を離れ、別の時代に飛んだということだけ。

 鎧武は恐らくその時に、君の事情を門矢士から聞き及んでいるだろう。わざわざあちらから干渉してきたのはそれが理由だろうね」

 

 黒ウォズが喋るたびに清姫の様子を窺うジャンヌ。

 彼女に特段の反応はなく、ただじいと黒ウォズを見つめている。

 それが嘘ではないと考えるべきだろうか。

 

「それで。ソウゴは何でその人のこと、神様って呼んでたらしいの?」

 

 立香からの問いに対して、どう説明したものかと黒ウォズが眉を顰めた。

 

「……我が魔王が誰をどう呼ぶか、その答えを私に求められても困るが……

 一言で言うには難しいが、恐らくは彼がいま地球の存在ではないからではないかな。

 黄金の果実と呼ばれる超常の力を得た彼は、地球外の別の惑星をテラフォーミングして移住し、地球とはまったく別の環境で生命の管理者という立場になっている」

 

「神様じゃん!」

 

 思ったよりも神様っぽい所業が出てきて、ソウゴは箸を振り回した。

 行儀が悪い、と彼の腕を押さえ込む立香。

 

「異星の生命の管理者……ですか。それは……」

 

「ははは、宇宙の外と来たかい。

 アタシの時も星の外に飛び出してたが、仮面ライダーってのは何でもありだね!」

 

 困惑しているマシュの隣で、笑いながら酒を呷るドレイク。

 

「それで? 今度はその神様の力を貰いに行くってわけかい?」

 

「……そうなるね。だからこそ、我が魔王がその夢を見たのだろう」

 

 カラカラと硝子のコップの中で音を立てる氷。

 彼はコップを持ち上げ、喋った後の喉を濡らすようにジュースをストローから吸い上げる。

 そこまで聞いたソウゴが頬杖をついて、夢の内容を思い返した。

 

「……うーん。でも俺が見た夢の中では、メガヘクスって奴がアナザー鎧武になったせいで、神様の力は消えちゃってたかな。その後、キカイ……」

 

「――――メガヘクス? どういうことだい、我が魔王。

 何故その名前がそこで出てくる」

 

「何故って、だからそいつが出てきてスウォルツがアナザー鎧武に……」

 

 がたり、と。椅子を大きく鳴らして立ち上がる黒ウォズ。

 彼の表情はだいぶ余裕をなくしているように見えた。

 

「……あの時の言葉はこれを指し示していた……?

 いや、まさか……! すまないね、我が魔王。緊急の用事が出来てしまった」

 

 いつかの王の言葉を思い起こし、彼はここに原因があるかと眉を顰める。

 メガヘクスから今のソウゴを利用している者という話には繋がるまい。

 だが何かをしている人間がいなければ、メガヘクスの出現などという事態は起き得ない。

 

「スウォルツ……いや、違うか。

 恐らく、その時代にメガヘクスが実在すること自体はおかしくはない……だとすれば13世紀の当時の宇宙で、メガヘクスを地球まで導くことができれば……?」

 

「黒ウォズってさ、最近来るたびに緊急の用事が出来て帰ってない?」

 

「常に私の想定を上回る事態を起こす君のせいなんだがね……!」

 

 一気にオレンジジュースを飲み干した彼が、足早に食堂から退室していく。

 それを見送った後、ソウゴは立香と顔を合わせて昼食に戻ったのであった。

 そうしてから、ソウゴは思い出したかのように呟く。

 

「そういえば、メガヘクスっていうの。

 宇宙人……宇宙ロボっぽいのに最初から日本語話してたような?

 うーん、俺の夢だからかな」

 

 

 

 

 白い光に包まれた空間。

 その中でゆったりと歩く白ウォズ。

 彼は未来ノートを手にしながら、軽く腕を振るってみせた。

 

 そこに浮かぶ、黄金の王―――オーマジオウの姿。

 

「私の知るところによると―――

 普通の高校生、常磐ソウゴには魔王にして時の王者。オーマジオウとなる未来が待っていた。

 彼は仮面ライダーの力を集め、最強の力を手にした魔王となる」

 

 彼がそう言うと、オーマジオウの周囲の空間が白から黒に染まっていく。

 ただ、幾つかの白い染みを残して。

 

「だが2019年、オーマの日。

 未来より来れり戦士の元に、その時代には存在しないはずの三つのウォッチが集う時―――

 悪なる魔王を打ち倒し、新たな時代を切り拓く救世主が現れる」

 

 白い染みから三つ、人影が浮かび上がった。

 恐らくは仮面ライダーの姿だろう。

 そのうちのひとつは、黄金の装甲を纏った機械の戦士のもの。

 

 三つの影が繋ぐトライアングルの中心。

 その中にオレンジカラーの鎧を纏ったライダーの姿が微かに浮かび上がった。

 

「―――その名もゲイツリバイブ。

 これこそが魔王オーマジオウを打ち倒し、世界を救う真の救世主の御名である!」

 

 黒い空間が、ゲイツリバイブと呼ばれた影を中心に再び白く塗り替えられていく。

 消えていくオーマジオウ。

 ゲイツリバイブとキカイ、そして二つの影だけが残った白い空間。

 その中で白ウォズは小さく微笑み、再び手を振るう。

 

 次の瞬間には、その空間から彼の姿も含めて全てが消えていた。

 

 

 




 
善か? 悪か? この「機械(ココロ)」が壊れても、君を守る――

なんだただの夢か…
 


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暗躍!無垢なる少女を狙う執念!2015

 

 

 

「相当な無理をしていたようですね」

 

 そう言って彼女は呆れた様子で治療を続ける。

 とはいえ、治療という方法でこの体は解決しない。

 というより、いまこの状態こそが正常な動作をしているという証明。

 

 穏やかに生活する前提で永くない寿命とされる肉体で、無理をする。

 そんなことをすれば、限度が下ぶれるのは当たり前の話。

 

 融合した英霊に支えられている。

 けれどその肉体は、無垢な少女のものに変わりはないのだから。

 

「はい、その……」

 

「あなたの体については、まあいいでしょう。

 それを生み出した思想には思うところもありますが、あなた本人に言う事ではありません」

 

 機械化歩兵たちが動かされ、整えられていく環境。

 そんな中でじっと見ながら彼女はそう口にする。

 

「あなたはいま、その体で最後の最後まで生き抜こうとしている。

 でしたら、私の使命はあなたにそれを最後まで果たさせること、ということです」

 

 ベッドに縛り付けられることも予想していたけれど。

 しかし彼女の治療は穏やかなものであった。

 寝かされ、点滴を受けながら大人しく治療を受けるなかで連想する。

 

 医者にこうして診療されることは日常茶飯事だった。

 けれど、それは専用の無菌室での話だ。

 このような野戦病院染みた場所で、こうやって診療されるのは初めての体験。

 

「―――随分と嬉しそうですね」

 

 自然と表情を崩してしまったところに、彼女がちらりと視線をくれる。

 焦りながら、言い訳をするように口を開く。

 

「え、あ、いえ……すみません。こうした経験も初めてだったので」

 

「いいえ、責めているわけではありません。治療に協力的な患者はこちらとしても喜ばしい」

 

 そう言って彼女は立ち上がり―――少し、困ったような表情をした。

 彼女がいきなりそんな表情をすることが不思議で、首を傾げる。

 

「あなたも、彼も―――本当は……いえ、何でもありません」

 

「……彼、とは。もしかしてソウゴさんのこと、でしょうか?」

 

「…………」

 

 彼女は答えず、無言で器具を纏め始める。

 自身への対応を一段落させた以上、次の患者への対応を始めるのは当然の話だろう。

 問い詰めることもできずに彼女を見ていると、彼女は微かな声で言葉を吐く。

 

「あなたも、彼も―――あなたたちの中の誰も、ごく普通の人間です。

 世界の命運を背負うなどという狂気の沙汰と言える行為に身を捧げるには、あまりにも。

 特に、その先も背負うつもりらしい彼は」

 

「……ソウゴさんの、夢の?」

 

「英雄にはなれるのでしょうね。英雄から見れば、己らの領域に踏み込む者に見えるのでしょう。

 けれど根本的な部分で彼という人間は、願いが綺麗なだけのただの人間です。

 それを、ただそうであるということで終わらせず、その先に進ませてしまったのは―――」

 

 彼女の言葉の中でひとりの人間の姿を思い出す。

 彼の道行きを示し、歩くように導いている者。

 

「―――けれど。ソウゴさんには確かに、きっとそれを成し遂げるだけの力が……」

 

「力の有無ではありません。抱いた心情の話ですらない。

 ただ、その地獄に踏み込む狂気を持っているかどうかの話なのです。

 きっと、もっと小さな幸福で踏み止まることができると知っていながら、踏み込まない方がいいに決まっている一歩を踏み出してしまえる覚悟。

 彼の場合、その一歩を踏み越えた理由は狂気ですらなく別の誰かに……」

 

 そこまで語り、口を結ぶ。

 立ち上がった彼女は医療器具を収めたカバンを持ち上げ、次の患者の元に行こうとする。

 

「……それでも、きっと。ソウゴさんは、自分の意思で選んでいると思います。

 わたしが見てきたソウゴさんは、一番大事なことは自分で決める方だったから」

 

 その声に足を止めた彼女が、天井を仰ぎ見た。

 

「―――そうですか。

 本当に、彼自身にとって一番大事なことを彼自身が覚えているのならば……

 そうであったのならば、きっと心配はないのでしょうね」

 

 どれだけのことを考えていたのか。

 彼女が珍しく十秒近く静止してから、そうやって答えてくれる。

 背を向けて歩き出した彼女が、最後に注意を残していく。

 

「あなたにまず一番必要なものは体力です。眠れるなら眠った方がいい」

 

 そう言って別の患者―――

 基地の崩壊に巻き込まれて怪我を負った基地スタッフたちの元へと歩いて行く。

 重篤な患者は見当たらないが、数は相当数に上るようで効率的な作業が求められる環境だ。

 

 ひとりになって、静かになった―――と思いきや銃声がする。

 思わず頭を上げて、その銃声の方へと顔を向けた。

 どうやら彼女は早速非協力的な患者に対して発砲したらしい。

 少し困った気分になりながら、頭を下ろしてゆっくりと目を瞑る。

 

 そうして―――

 

 

 

 

「マシュ……マシュ?」

 

「あっ……」

 

 主治医の声で、目が覚める。

 

「フォウフォー、フォーウ?」

 

 頭の上にはてしてしと額を叩くフォウ。

 どうやら診察中、医務室の椅子でそのまま寝てしまっていたようだ。

 目の前で座る主治医は苦笑しながら、椅子から立ち上がった。

 

「やっぱり疲れてるね、当たり前の話ではあるけれど。

 長いこと君の主治医をやってきたけど、診察中に船を漕ぐマシュなんて初めて見たかもだ」

 

 医務室の主である彼は戸棚を開け、隠していたのだろう箱をその中から取り出してきた。

 机の上に置かれた箱が開かれると、中に詰まっているのは和菓子の数々。

 出されたものにむむむ、と眉を顰めて彼を見上げる。

 

「……Dr.ロマン。医務室にお菓子を隠しておくのはどうかと」

 

 彼は悪びれた様子もなく座り直し、どうぞと菓子を勧めてくれる。

 

「いやいや。必要経費だよ、これは。というか私物だし。

 和菓子を作れるサーヴァントがいれば、補充も出来るんだけどね」

 

 フォウが頭の上から飛び降りて、早速と机の和菓子を襲撃しに行く。

 ロマンの手を掻い潜った彼は、その中から大福を奪い去ってしまう。

 やってしまった、と渋い顔をみせるロマン。

 

「……あぁ、しまった。マシュはともかくフォウに見せるべきではなかったか。

 ほら、食べるなら机の上は止めてくれ」

 

「フォー、フォフォーウ」

 

 戦果である大福と格闘し、机を汚す獣。

 座って早々にまた立つはめになったロマニが、大福を抱えたフォウを摘まみ上げた。

 そのまま下にナプキンを敷いて、大福を抱えたままのフォウをちょこんと下ろす。

 そうしてから、今度こそ座り直した彼がマシュに向き合った。

 

「君の状態は良好と言えば良好だ。ただの過労、だからね。

 少し休めばすぐにでもいつも通りに戻るだろう。けれど……」

 

「―――はい。今回は動けなくなったのが戦闘終了後でしたから、問題はありませんでした。

 ですが、今後は戦闘中に同じような状態になる可能性もあります」

 

 デミ・サーヴァントの不安定さは実験を受けていた自分が一番分かっている。

 冬木での覚醒からこっち、今までは安定したように見えていた。

 が、問題がいつ再発してもおかしくない状態なのは重々承知している。

 

「……確かに状況の把握という観点からも、伝えるべきだとボクも思う。

 実情を把握しているのが所長だけというのは余りにも危険だ」

 

 そこまで話をしてから、Dr.ロマニは背凭れに体を預けた。

 小さく息を吐き、姿勢を整えて、その続きを口にする。

 

「所長にも覚悟を決めてもらった。

 後は本人である君の承諾を得たら、君のことを立香ちゃんたちに伝えるつもりだ」

 

「―――問題、ありません。

 先輩を守る盾として、それを誤魔化したくありませんから……」

 

 拳をきつく握り、声が震えないようにして。

 そうして頷く彼女の様子を見て、ロマニは一度首を縦に振った。

 内線電話を取り上げて彼はマシュから許可が下りたことをその電話先に伝える。

 恐らくは、オルガマリーに。

 

 

 

 

「―――限度は18年。

 西暦2000年に生み出されたマシュの稼働期間は、そこで期限が切れる。

 この明確な時間は、マシュ自身にさえ伝えていないわ」

 

 声を震わせず、瞳を揺らさず、オルガマリーは淡々とその事実を告げる。

 彼女の視線は前に座って話を聞いている立香、ソウゴ、ツクヨミと巡って―――

 ゆっくりと瞑目してみせた。

 

「……もっとも。

 デミ・サーヴァント計画の概要を知っている以上、マシュも大方の予想はしているでしょう。

 もちろん、正確な期間は分かっていないでしょうけど……」

 

「その、それは……おおよその期間が分かっているなら、なぜ……?」

 

 ツクヨミの問いかけに天井を見上げるオルガマリー。

 彼女はそのままの姿勢で少し悩み、口を開く。

 

「―――おおよその期間が分かっている、というよりは最初からそういう……

 特定の運用期間を定めたデザインベビーとして設計した、が正しいのでしょうけど……

 いえ、そういう話じゃないわね」

 

 はぁ、と大きく溜め息。

 そうしてから彼女は見上げていた顔を戻し、目の前に座る三人を改めて見る。

 

「少し迷ったわ。彼女自身にも伝えるべきかどうか……けれど、止めた。

 何となくは気付いているだろうマシュにも、教えるべきではないと思ったから。

 だって―――人間なんて皆、基本的にいつ死ぬかなんてわからないものでしょう?」

 

 多分、彼女自身そう永くないと分かっているけれど―――

 それでも彼女は、分かったうえで今を生きている。

 教えて彼女が何か変わるとも思えない。

 けどしかし、あなたはあと数年待たず終わるなんて告げることが正しいとは思わなかった。

 

 告げることから逃げている、と言われればそうかもしれない。

 いや、実際そういう気持ちはあるのだろう。

 けれどそれ以上に――――

 

「所長ももう半分くらいは死んでる感じだしね」

 

「あんた、はっ倒すわよ」

 

 反射的に言い返して、また溜め息。

 半眼で睨み据えてみせても、ソウゴはうんうんと何度も頷いている。

 

「……あなたたちに教えたのは、それが意図された……わたしたちが意図して、設定した終わりだからよ。彼女が終わるまでの短い猶予をせめて……いえ、これは言い訳ね。

 わたしのせいで、たった20年に満たない年月で寿命が尽きる彼女への罪滅ぼしのつもり。

 ホント、マシュ本人に告げられもしないくせにこんな……」

 

 拳に力がこもるオルガマリー。

 そんな彼女を見て、立香が困ったように苦笑した。

 

「所長はよく色んなものを怖がる人だから」

 

「さっきからあんたら何なの?」

 

 苦笑している立香をギロリと睨みつける。

 そんな彼女を前にしながら、ソウゴが思い切り立ち上がった。

 

「大丈夫だって。なんか俺、行ける気がするから」

 

 思い切り身を乗り出しながら指を立てる。

 そんな状態でうんうんと首を縦に振りつつ、ソウゴは強く微笑みを浮かべた。。

 彼を訝しげに見ていたオルガマリーの表情が、むっつりと顰められる。

 

「何がよ……」

 

「ほら、立香たちがフランスで約束してたじゃん?」

 

 急に彼の視線は立香の方を向く。

 話を向けられた立香が一瞬目を開き―――

 何かを思い出したように、そのまま小さく微笑んだ。

 

「そうだね。マシュと……一緒にあの光帯が消えた空を見よう、って」

 

「光帯……過去の時代にも現れてる、空のあれ?」

 

 アメリカで見たその光景を思い浮かべるツクヨミ。

 空に架かる人類史を焼き尽くす光。

 それは魔術王の偉業そのものであり、これまでの人類史を焼却する星の墓標。

 特異点においても架かり続ける空を覆う天蓋。

 

「そう。人理焼却を防いで、魔術王が空にかけたあれを消して―――

 私たちの時代で、一緒に空を見ようって。

 ツクヨミも、全部終わったら一緒に見に行こうよ。この時代の空を」

 

 フランス。

 彼らがこの戦いを始めて、初めてちゃんとしたレイシフトで向かった土地。

 その時オルガマリーは眼魂になって転がっていたけれど。

 そこでした約束を思い出して、彼女は同じようにツクヨミに対して微笑みかけた。

 

 言われた彼女は、ソウゴを横目に見る。

 一瞬だけ迷ったツクヨミは、軽く息を吐くとそれに承諾の意を返した。

 

「……そうね。私もまだ、2018年も2015年も見ていないもの」

 

 思い出すのは、砂塵に覆われた絶望の空。

 その未来を止めるために時代を超えてきた彼女は、小さく首を縦に振る。

 軽く額に手を当てたオルガマリーは、そんな三人を見て微かに眉を上げた。

 

「……それが、マシュが大丈夫な理由にはなってないと思うけれど」

 

「そうだけど、きっと大丈夫。

 俺たちは魔術王が勝手に決めた人類の運命をひっくり返しに行くんだから。

 所長たちが勝手に決めたマシュの運命くらい、そっちも簡単に変えられる。

 マシュには生まれる前から、決められてたことがあるのかもしれないけどさ。

 実際のこれから先は、まだ未来の出来事なんだから」

 

 ふふん、と自信ありげにそう断言してみせるソウゴ。

 そんな彼に言い返そうと口を開き、しかしそのまま閉じるオルガマリー。

 

「…………」

 

 彼らを見ていたオルガマリーが、ついと視線を逸らした。

 少し離れた場所でその光景を眺めていたダ・ヴィンチちゃんがくすりと笑う。

 

「流石にマシュの話をするとなれば嫌われるかも、なんて戦々恐々してたのに」

 

「黙って」

 

「世界の一つや二つくらい救おうっていう人間たちだ。

 じゃあちょっと寿命が縛られた少女の命くらい一緒に救ってしまおう、なんて……

 まあそうなるだろうとは思っていたよ。君たちはそういう性格だ。実際……」

 

 そう言って彼女が視線を送るのは、オルガマリー。

 オルガマリーゴースト眼魂。

 彼女自身の手で作り出したオルガマリーボディを見ながら、小さく息を吐く。

 

「救う手段なんてなかったところから、ひとりの命を引き上げた。

 楽観視していい問題ではない。けれど君たちの旅路で君たちが前に進み続ける限り、きっとそこには馬鹿らしくなるくらいの奇跡だってあるかもしれないと思えてしまう。

 なら、やることはひとつってわけだよね」

 

「世界を救って、一緒に空を見に行く頃には多分……

 問題なんて何も残ってない! きっとね!」

 

 ぱん、と手を打ち合わせて笑う立香。

 その言葉に少し考え込んだツクヨミが、否定するように首を横に振った。

 

「―――ソウゴが問題を起こしてる、って状況はありそうだけど」

 

「そう?」

 

 張り詰めさせたはずなのに、あっさりと弛緩した空気。

 その中でオルガマリーは額に手を当てて瞑目する。

 

 ―――いつか、謝らなければいけないと思っていた。

 けれど何を謝ればいいのかすら分かっていなかった。

 

 だって彼女はアニムスフィアの魔術師だ。

 非道で残酷な計画ではあるし、魔術師としての彼女すら嫌悪感すらも感じるものだった。

 でもそれを成したのは彼女が誇りとするアニムスフィアで、この状況になっては彼女を造ったことは良かったことですらあって。

 

 彼女のみならず、デミ・サーヴァント計画に関与した者たちには償いきれない。

 けれど―――

 

「もしかしたら、わたしがアニムスフィアとしての立場を失えば―――」

 

 言いかけて、すぐに止める。

 きっとこの世界を救ったあと、彼女に待っているのはろくでもない未来だ。

 どう足掻いたところで、カルデアの接収は避けられない。

 アニムスフィアの粋であるここを失う失態は、彼女の足場も崩すだろう。

 

 彼女は魔術師として一流だ。

 けれど性能だけでそれを跳ね除けられるほど、彼女は逸脱した存在ではない。

 Aチームのサルベージが成功することを前提に考えれば―――

 天体科(アニムスフィア)はキリシュタリアが……

 

「マリー、少し楽しそうだね?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんのからかうような声にはっとする。

 誇りを取り上げられ、恐らく身の振り方さえも自分でさえ決められなくなる将来。

 そんな未来のことを考えながら、しかし。

 

 ―――マシュに何の衒いもなく謝れるのであれば、それも悪くないなどと。

 そんな馬鹿みたいなことを考えていたと思い知る。

 

「…………どこがよ。全然面白くないわ」

 

「そう? なら、それでいいさ」

 

 くすくすと忍び笑いを漏らしながら視線を逸らす天才。

 彼女を睨むが、堪える様子は当然ない。

 そんな二人の間にソウゴの問いかけが飛んでくる。

 

「なに? 所長が何か考えてたの?」

 

「所長は魔術王を叩きのめして、世界を救った後のことを考えていたのさ。

 大問題が起きたことには変わりないからね、カルデアは大忙しになるだろうって」

 

 勝手に答えるダ・ヴィンチちゃん。

 それに対して睨みをきかせようとしてもどこ吹く風。

 答えを聞いたソウゴははて、と腕を組みながら首を傾げる。

 

「へえ、じゃあ空を見に行くのは世界を救ったすぐ後は駄目?」

 

「……そのくらい許可するわよ。ヘリが来るまでは動けないでしょうけど……」

 

「そうじゃなくて。所長も一緒じゃなきゃ意味ないじゃん」

 

 一瞬だけ、絶句する。

 すぐさま意識を取り戻して咳払いをひとつ。

 

「―――勝手に参加を決めないでくれるかしら」

 

「えー、マシュだって所長と一緒がいいと思うなー。

 マシュが可哀想だよー?」

 

「そうね。マシュも所長さんが一緒じゃないと悲しむと思います」

 

 飛んでくる追撃。

 ダ・ヴィンチちゃんが顔を逸らした。完全に笑っている。

 ぐぬぬ、と引き攣らせた表情を浮かべるオルガマリーに、立香が微笑みかけた。

 

「所長にやらなきゃいけないことがあるなら、皆で終わらせてから皆で空を見に行こう?

 あ、ダ・ヴィンチちゃんとかドクターも……

 ねえ所長、カルデアに職員全員で行く社員旅行ってないの?」

 

「あるわけないでしょ……」

 

 深々と溜め息を落とす。

 いつも通りに頭が痛くなってきた彼女の前で、ソウゴは手を叩いて話を纏める。

 

「世界を救って、マシュも助ける。最高最善の未来を作って、皆で空を見に行く!

 俺たちがやるべきことはただそれだけ!」

 

 それだけ、と。彼は笑ってそう言う。

 その様子を見たオルガマリーは、呆れて小さく笑ってしまった。

 

 

 

 

 ロマニ秘蔵の菓子を幾つか食べながら、雑談という形の問診。

 それは当たり前のように、彼女が初めて見た多くの光景の感想だった。

 自分の中で自分の命の在り方を整理しながらの会話。

 

 話に花を咲かせていたマシュが、ふと時計を見上げる。

 休息中のマシュはともかく、ロマニはそろそろ解放しなければという時間。

 デジタル時計に表示された時間を見て、少し驚く。

 だいぶ話に熱中していたようだ。

 

「―――すみません、ドクター。こんなに長々と……」

 

「いやいや、君の話を聞くのもボクの仕事だ。

 と言っても、ボクだって仕事をしている気分じゃないけれどね。

 友人と会話することに、申し訳ないなんて思うものじゃない。

 ボクだって実は楽しんでいるんだから」

 

「……はい」

 

 ロマニに言われて、改めて時計を見上げるマシュ。

 その液晶画面が、何か波打つように歪んで……

 

 ―――あたらしい、いのち……

 

「―――? ドクター、いま何か……?」

 

 誰かの声が聞こえた気がして、ロマニに対して問いかける。

 彼女の視線は、腹を満たして満足そうに机の上で寝るフォウにも向かう。

 

「え? いや何も言っていないけど」

 

「フォウ?」

 

 ロマニもフォウも、何も聞いていないという顔をしている。

 一人と一匹は顔を見合わせて、マシュの言葉に首を傾げた。

 つまり当然、彼らの声だったというはずもないだろう。

 

 不思議に思い周囲を見回す。

 別に部屋の中で何かが倒れたとか、そんな音を立てた様子も―――

 

 ―――キィン、と。一瞬だけ耳鳴り。

 それも一瞬のうちに止み、何もなかったように消え去った。

 マシュは耳を押さえて、きょろきょろと周囲を見回す。

 

「いま……あれ? まだ、疲れているのでしょうか……?」

 

 何かが音を立てたのではなく、彼女の耳の方のエラーだったか。

 マシュは良好だと思っていた自身の体調の方に疑問を抱く。

 

「診察中に眠ってしまうほどだ。まだ休んでいた方がいいってことだね。

 長話は流石に止めるべきだったかな、すまない。

 続きはまた今度にしよう。また色々とマシュが感じたことを聞かせて欲しい」

 

 そう言って医務室の片づけに入るロマニ。

 手伝おうと思ったものの、今まさに不調を確認したばかりだ。

 手伝おうとする方が迷惑をかけてしまうだろう。

 

「……はい。では、今日はもう休みます。ありがとうございました、ドクター」

 

 首を傾げながら医務室を退室するマシュ。

 そんな彼女の後ろに着いていくために机から飛び降りるフォウ。

 ふと、何かを感じたのかフォウが顔を後ろに向けた。

 

 きょとんとするロマニの後ろ。

 薬品棚の扉の硝子が、水面のように波紋を立てていた―――気がした。

 瞬きひとつのうちに何もなかったように消え去るそれ。

 己の目に映った光景に対して、フォウは小さく首を傾げた。

 

「フォウ……?」

 

「フォウさん? どうかしましたか?」

 

「フォー!」

 

 医務室の扉の外で足を止めていたマシュが振り返り、声をかける。

 足を止めていたフォウはすぐさま動き出し、彼女の肩まで駆け上がる。

 自室に向け歩き出すマシュ。

 

 たった20年に満たない命と、そんな彼女に寄り添う獣。

 たった20年に満たないはずだった命に、続きを与える可能性があるもの。

 

 それを前にして、硝子の中に再び波紋が発生した。

 誰にも届かない声で、かつて戦いの果てに求めたものをまだ求め続ける何か。

 

 ―――あたらしい、いのち……

 

 純粋で、切実な願い。

 歴史が焼け落ちてなお、世界の裏側にこびり付いた祈り。

 それは鏡の外の光景の中に、大切なものを救うための手段を遂に見つけ出した。

 

 

 




 
鏡に「中の世界」なんてありませんよ…
ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから。

歴史が消えても目的を成し遂げようとする運営の屑にして兄の鏡。
時間神殿まで出てこないです。
 


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時間の先で潜む者!2015

 

 

 

「今回、召喚のために確保できた魔力資源は多くなかった。

 と言っても、二度は召喚できるけれどね」

 

 そう切り出し、掌に乗せた聖晶石を転がすダ・ヴィンチちゃん。

 第五特異点の修正は完了し、そこから魔力資源をサルベージした結果だ。

 彼女は片目を瞑り、顎に指を当て、可愛らしく首を傾げる。

 

「まずサーヴァントが一騎しかいないツクヨミちゃんは当確。

 後はまあ、クー・フーリンの再召喚に臨みたいところだろう?」

 

 実質的に一度分の自由枠。それをソウゴの召喚に使う、と。

 その確認の意もこめて周囲を見回しても、反対の意見は出てこない。

 ジャンヌの実質離脱がある以上、立香の召喚も選択肢ではあるのだけれど。

 ただクー・フーリンの再召喚が陣営全体として望むところなのは確かだ。

 

 カルデアの召喚システムでは狙い撃ちは出来ないが―――

 ソウゴなら何となく引き寄せそうな気はする、という……行ける気がする、という奴だ。

 

「では、まずツクヨミちゃんの召喚からやっていこうか」

 

「はい」

 

 ダ・ヴィンチちゃんから石を受け取り、召喚システムの前に立つツクヨミ。

 いい加減見慣れてきたシステムの動作。

 石が砕けて、魔力光を放つサークルが展開されていく。

 回転する光のリングはその勢いを増し、黄金の光を迸らせた。

 

「あ、色変わった」

 

「時々あるけどどういう基準なんだろうね、これ」

 

 後ろでそれを眺めていた立香とソウゴが小声を交わす。

 

 そんな中で召喚サークルの中から現れたのは、金髪の美丈夫。

 彼は金色の長髪をかき上げて払い流すと、にこやかに微笑んだ。

 

「サーヴァント、ランサー。

 我こそはエリンの守護者。栄光のフィオナ騎士団の長にして、ヌアザに勝利せし者……」

 

 槍を携えた戦士はそう言って、ツクヨミに向き合う。

 先日敵対したばかりの顔に、彼女は少し困惑した様子を見せた。

 

「あ、この前の黒いランサーの部下の人」

 

「おや、そういう君はあの仮面の戦士かな?」

 

 はっはっは、なんて笑いながらソウゴと言葉を交わすフィン。

 すぐに視線をマスターであるツクヨミに戻した彼が、礼をする。

 

「フィン・マックール。召喚に応じ、今ここに現界した。

 よろしく頼むよ、美しき我がマスター」

 

「はぁ……」

 

 敵だったのにこんな感じなのか、と。

 ツクヨミの目が細くなり、彼の様子をじぃと見つめる。

 その有様に何を考えたのか、フィンは辛そうな顔をした。

 

 そんな反応に自分が失礼をしたと、ツクヨミが焦って謝罪しようとし―――

 

「あ……ごめんなさい、別に疑ってるわけじゃ……!」

 

「ああ、私は何と罪深い男だ……! 余りにも、美男子過ぎる……!

 こうして顔を合わせたマスターの視線と心までも早々に奪ってしまうとは……!」

 

「は?」

 

 申し訳なさそうにしていたツクヨミの顔が一瞬で崩れる。

 フィンは天井を仰ぎながら、悲痛な表情を浮かべてみせていた。

 彼女は微かに眉を引き攣らせながら、その場で踵を返す。

 そのまま彼を放置し、召喚サークルから出ていくツクヨミ。

 

「ダ・ヴィンチさん、終わりました」

 

「はいはい、辛辣だねぇ」

 

 さっさと報告を済ませて次の召喚を促す彼女。

 天井を仰いでいたフィンが、苦笑気味にその姿勢を止める。

 そのまま彼はツクヨミに顔を向けて、ゆっくりと跪いた。

 

「おっと、私のケルトジョークはウケなかったかな? 失敬失敬。

 私が絶世の美男子であるということは疑いようもないが、今のは流石に冗談だ。

 召喚早々に失態を重ねてしまうとは……これは戦働きにて返すしかないかな。

 是非、私に槍を預けさせてほしい」

 

「はあ……その、よろしく?」

 

 彼女たちの様子を見ていた立香が、ふむと小さく頷いた。

 

「ケルトのランサー、流れが来てる感じがする」

 

「流れがあるの?」

 

「あまり関係ないと思います……」

 

 狙い目はケルトのランサー、クー・フーリン。

 類似のひとりを引き当てたのを目の当たりにしたそんな言葉。

 それに対してソウゴは首を傾げ、マシュは苦笑した。

 

 召喚に際した護衛としてついているモードレッドが壁に背を預けながら鼻を鳴らす。

 

「―――おい、ランサー。ちっとばかし後で付き合え」

 

「おや、レディからの……失礼。

 円卓の騎士からの誘いとあれば、乗る以外にはないというもの」

 

 レディ、などと呼んだ瞬間にひり付く空気。

 雷鳴が轟く様を幻視して、素直に彼は謝罪してみせた。

 それはそれとして誘いには応じる。

 

 アメリカでは最終的に決着をつけられなかった。

 だがカルデアにきたというなら話は別だ。

 あそこでの決着をつけない限り、同じマスターの元で肩を並べるなんて出来っこない。

 

「ちょっと。ほどほどにしておいてよ?」

 

 血気に逸る二人を前に腰に手を当て、諫める姿勢を見せるツクヨミ。

 そんな彼女にこそこそと近づいたソウゴが、小さな声で囁いた。

 

「ナイチンゲールみたいに銃で威嚇してみるとか?」

 

「私がナイチンゲールの真似をした場合、一番撃たれるのはソウゴだけど。

 それでいいなら、そうしてみようかしら」

 

 カチャリ、と。手の中でファイズフォンを鳴らすツクヨミ。

 それを見たソウゴがススス、とモードレッドの方に寄って行く。

 

「ツクヨミ、怖いから怒らせない方がいいかも?」

 

「わざわざ怒らせに行くお前の問題だろ……ま、ウチのマスターは容赦ねえからな。

 やりすぎねぇよ、お前と違って怒られねぇようにな」

 

 ピリピリし始めた空気が弛緩する。

 一応雰囲気は変わったが、今の流れに微妙に納得できていないようなソウゴ。

 そんな彼の手に、ダ・ヴィンチちゃんが石を握らせた。

 

「はいはい。仲が良いのはいいことだけど、やるべきことはちゃちゃっと終わらせちゃおう!」

 

 そんな空気の中で、いつも通りにさっさと召喚システムを起動してしまう。

 手慣れるほどの工程もない作業だ。

 召喚サークルはあっさりと起動し、白い光を溢れさせる。

 白い光はそのまま柱となり、その中にサーヴァントを現出させた。

 

「……あん? 随分と辛気臭ぇな、何やってんだお前ら」

 

 顕れるのは、朱槍を軽く振るう青い槍兵。

 彼は軽く周りを見回してから呆れたようにそう声を上げた。

 

「おかえりー」

 

 そんな彼に向かって手を振るソウゴ。

 久しぶりでもない、退場して即帰ってきたような気分の彼が軽く笑った。

 

「はっ、召喚されて早々にそんな声をかけられたのは初めてだぜ。

 ―――おう。そんでお前はあっちのオレときっちり決着つけてきたわけか」

 

「うん。ランサーはランサーだったな、って思う」

 

 彼と戦い、そして結果的に勝利した。

 そんな経験を元にソウゴは思ったことをそのまま口にする。

 それを聞いてけらけらと笑うクー・フーリン。

 

「そりゃそうだ。根っこなんざそう簡単に変わるもんじゃねえよ」

 

「だが根は変わらずとも咲かせる花が変わることはある。

 より美しくなることもあれば、醜くなってしまうことも」

 

 モードレッドから視線を逸らしたフィンが言う。

 カルデアに新たに参加した彼を見たランサーが楽しげに笑った。

 

「お、フィンか。よくあんな面倒そうなオレとメイヴに従ってたな。

 面白いもんでもなかったろうに」

 

「いやいや、中々の戦場だったとも。

 久方ぶりに戦士として我が槍と共に戦場を駆け、それなりに満足いく結末だったさ」

 

 その我が槍、という言葉が一体何を指すのか。

 いちいち言及することでもないと、彼の返答に肩を竦めたランサー。

 彼はサークルの中から歩き出し、外へと出る。

 

「そうかい。そんじゃまあ……

 まずは飯でも食いながら、あっちのオレがどうなったかでも聞きますかね」

 

 

 

 

 召喚を終えた皆を見送ってから、ダ・ヴィンチちゃんは自室に帰還した。そこで待っていた、というか彼女の机に山積みになっている書面を見ていたのはエルメロイ二世だ。

 

「どうだい、ロード・エルメロイ二世。まあ私の発明が失敗するわけないんだけど」

 

「……まあ、カルデアからすればそれほど難しい装備ではないだろう。

 問題は最初から作るための素材だけだ。

 今回のマナプリズムとやらを合わせてもまだ足りないのではないか?」

 

 ちらりと彼がダ・ヴィンチちゃんを見る。

 彼女が抱えた今回の召喚で発生したマナプリズム。

 それを合わせたところで、彼女が作ろうとしている装備には足りない。

 まったくもってその通りな指摘に、大きな溜め息を返す。

 

「そうなんだよねぇ、令呪の回復を削るわけにもいかないし。

 まあそれでもこの特異点の後には流石にカタチにできるくらいにはなってるかな?

 それなら多分、ギリギリ間に合うか……」

 

「確かにあった方がいい装備だろうが……実質、出番は最後の特異点だけか」

 

「―――さて。そうだといいんだけどね」

 

 ダ・ヴィンチちゃんのぼかした物言いにエルメロイ二世が片目を瞑る。

 今から捜索し、特定次第攻略するのは第六特異点。

 であれば、残るは第七特異点と魔術王だけだ。

 魔術王との戦いがどうなるかは分からないが、その戦いは最終決戦になるだろう。

 そこで使えるタイプの装備ではないと思うが。

 

「ま、序盤に作ったところで資源を無駄にしただけだろうしね。

 そこはしょうがない部分もあるだろう。

 とにかく最後の特異点だけでも役に立つなら、作る価値は十分にあるさ」

 

「そこはまあ、そうだが」

 

「さてさて! 君にもまだ手伝ってもらうからね?」

 

「―――議論ならまだしも、私に作業を手伝わせるのは止めておけ。

 道具の精度を低下させるだけだ」

 

 レオナルド・ダ・ヴィンチに混ざって魔術具の製作などできるものか。

 凄まじく苦い顔をしながらそう断言する彼。

 だがダ・ヴィンチちゃんはそんな彼を簡単に笑い飛ばした。

 

「もちろん。そこはパシリとして使うだけだからご安心を」

 

「……いや、別にいいがね」

 

 溜め息混じりに受け入れたエルメロイ二世。

 そんな彼の様子に何度か頷き、心中で加速していく焦燥感を誤魔化しつつ―――

 それをどうにかするための作業に取り掛かった。

 

 

 

 

「ふむ、オルタは気合が入っているな。

 いつもはこの時間、書庫にこもっている頃だろうに」

 

 オルタとアタランテの勝負を見ながらぼんやりと呟くネロ。

 先程まではこちらにいたモードレッドたちも出ていき、手持無沙汰なようだ。

 

 絡まれて面倒そうにしているアタランテに、オルタは攻め入っていく。

 宝具こそ使っていないが全力だ。

 彼女の炎は呪力のそれなので、模擬戦では使用自体を避けるべきものなのだが。

 

「次の特異点には連れて行ってもらいたい、って感じじゃないかな?」

 

 シミュレーションルームでブケファラスを走らせていたアレキサンダー。

 彼が愛馬に足を止めさせて、地に足を下ろす。

 

「まだどこでの戦いになるかも分からぬと言うのにな」

 

 オルタに負けず、不機嫌そうなネロに肩を竦めるアレキサンダー。

 つい先程、この場所で一度模擬戦をして負けたせいで機嫌が悪いようだ。

 まあ中々いい勝負になっていたとは思うのだが。

 

 いちいちそこに言及することもなく、会話を続ける。

 

「まあ、いい事じゃないかい? 僕だってそういう想いはある。

 もちろんレイシフトに同行せず、こちらのスタッフの手伝いでもいいけれどね」

 

 既に状況は安定し、問題なくカルデアは運用されている。

 だがレイシフト中に余裕があるわけではない。

 レイシフトに同行しなかったサーヴァントは、手伝える範囲で手を出している。

 

 まあ、最新鋭の機器揃いのカルデアでできることは雑用くらいなのだが。

 時間の空いたタイミングである程度教わっているが、そう簡単にその道のエキスパートとして集められたカルデアスタッフの負担を軽減できるまでには成長しない。

 

 とはいえ広いカルデア。

 常人よりは力仕事に向いているサーヴァントがいるだけでも役に立つ。

 最近は一週間連続で管制室にタイムマジーンが突っ込んできたので、その後片づけで大活躍していたりもする。

 

 そんなことを話していると、シミュレーションルームの扉が開いた。

 入ってくるのは、姿を変えたブーディカ。

 マントを羽織り、王冠を被り、そして一番目を引くのは纏めていた赤く長い髪を解き、腰まで下ろしているところだろうか。

 

「む、珍しいなブーディカ。こちらに来るとは」

 

「ああ、霊基が新しくなったから最低限は動いて試しておかないとね。

 今はジャンヌが手伝ってくれてるおかげで、手が空いた時間も作れるし」

 

 霊基再臨を済ませた彼女の姿を上から下まで眺めるネロ。

 ブーディカはその視線に苦笑を返す。

 

「そんな見つめられてもあんたほどは変わってないよ」

 

 鮮烈な真紅のドレスから、清純にして純白なウェイディングドレスに着替えたネロ。

 それほどに変化した相手から見られても、反応に困るだけだ。

 

「うむ、まあ余ともなればお色直しでさえ常識では計れぬものだ。

 もっと褒めて良いぞ、むしろ褒めよ。余は喜ぶぞ、凄く喜ぶ」

 

「別に褒めてはいないよ」

 

 むむ、と肩を落とすネロ。

 そんな彼女の横から、アレキサンダーが声をかけた。

 

「戦車の調子も確かめるんだろう? なら僕が相手をしようか?」

 

 ブケファラスを撫でながらの問いかけ。

 騎馬戦となれば、模擬戦であっても対応できる相手は限られてくる。

 今まさに縦横無尽に駆け回っているアタランテのように、馬より速いものもいるが。

 

「じゃあちょっとだけお願いしようかな。

 少し動いたらまた戻るよ、もうすぐ夕食の準備も始めなきゃだしね」

 

「戦車の調子を見るというなら、戦車に乗る兵も必要だろう!

 ならばそこは余に任せておくがよい!」

 

 宝具を起動し、愛馬と戦車を呼び出すブーディカ。

 その戦車が出現すると同時、ネロはその中に飛び込んだ。

 それに困ったようにしているブーディカの前。

 アレキサンダーは苦笑しながら、ブケファラスの手綱を捕まえつつ飛び乗った。

 

「じゃあ、この状態で……」

 

「ちょっと! その戦車に私も乗せなさい! そんであの緑追いかけて!」

 

 返答も待たず、黒いのはブーディカの戦車に飛び込んでくる。

 そして手にした剣の切っ先を呆れた顔をしているアタランテに向けてみせた。

 

「はぁ……子供ではあるまいし、汝もいい加減にしたらどうだ。

 子供ならばそう拗ねている様子も可愛らしいやもしれないが……」

 

「うっさいわね倒錯者!」

 

 言い合いを始めた黒と緑を見て、ブーディカはアレキサンダーに目を向ける。

 どうする? と言いたげな彼女の視線を受けて、彼は小さく肩を竦めた。

 

「じゃあ、僕とアタランテが組んで君たち戦車組に仕掛けるとしようか。

 アタランテ、よろしくね」

 

「この状況で続けるんだ……」

 

 溜め息混じりのブーディカの声。

 戦車から身を乗り出す勢いで構える黒いのと、赤いの改め白いの。

 アレキサンダーの言葉にぱたぱたと手を振って返したアタランテが、速度を出すために軽く身を沈めてみせた。

 

「さあ、行こうかブケファラス!」

 

 彼がそう叫ぶと同時に嘶く巨躯の馬。

 その英霊馬の突進を皮切りに全てのサーヴァントが動き出した。

 

 

 

 

「おや、ダビデ王だね?」

 

「ん? やあ、キミがフィン・マックール。

 今回召喚されたサーヴァントか」

 

 管制室でカルデアスを見上げていたダビデの後ろからかかる声。

 それは此度の召喚でカルデアに招かれた新たなランサーの姿だった。

 彼はダビデの隣まで歩いてくると、朗らかな笑みを浮かべる。

 

「これからよろしく頼む、と。皆に頭を下げて回っているのさ。

 何せ、一応は敵だった新参者なものでね」

 

「それはそれは。モードレッドとネロには難儀するだろうね」

 

 モードレッドもそうだが、ネロが一度霊核を撃ち抜かれた戦いは彼の指示だ。

 別に遺恨はないがそれはそれとして、剣を突き付ける理由にはなる。

 実際に顔を合わせたら戦わない、という選択肢はないだろう。

 特にモードレッドの方は。

 

「ああ、したとも。だが麗しき戦士たちとの戦いなら望むところ。

 あれはあれで楽しませてもらったよ」

 

 二大赤セイバー……片方はもう白くなったが。

 そんな彼女たちと切り結んだうえで、彼は涼やかに笑いつつここにいるようだ。

 勝ったかどうかまでは分からないが、少なくとも叩き伏せられた様子はない。

 

 多分セイバー組の様子を確認すれば分かるだろうが……

 彼女たちが負けていた場合、絶対に面倒くさいのでスルーが上策か。

 

「ところでダビデ王。

 カルデアス、だったか。この装置を見ていたのは何故だい?」

 

「……ふむ」

 

 問いかけられて、視線を宙に彷徨わせる。

 理由があると言えばあるし、ないと言えばない。

 ただ何となく、でしかないタイプの感覚だ。

 

 どう言おうか少しだけ悩んでいた彼は、しかしさっさと思考を打ち切った。

 どれだけ考えたところで、正しい理由は出てこないだろう。

 

「予感がしたのさ。何か、今まで以上の波乱がありそうだなってね」

 

 神託でもあれば理由は明確なのだけれど。

 しかしそれがない以上はもう勘としか言いようがない。

 

「―――なるほど、同感だ」

 

 今までの波乱のこともよくは知らないだろうに、訳知り顔で同意するフィン。

 カルデアスの表面。第五特異点修復の影響が落ち着き、次なる特異点の捜索を開始しているその星の縮図を見上げ、二人のサーヴァントは共に目を細めた。

 

 

 

 

 無人の荒野、そこに屹立するのは歴史の証明。

 19の仮面ライダーと、己のものを合わせて20の像。

 黄金の王はその場で悠然と佇んでいた。

 

 ただ像を見上げていた王が小さく反応を示し、振り向く。

 

「―――ウォズか」

 

「は……」

 

 振り向いた王の目には自身に頭を垂れる者の姿。

 彼は本を手にしたままオーマジオウへと跪き、顔を上げていた。

 

「―――我が魔王。

 若き日のあなたの前に、メガヘクスが立ちはだかる……

 そのような夢を見た、とお聞きしました」

 

「メガヘクス? ほう……」

 

 オーマジオウは頭を上げ、像のうちの二つを見上げる。

 仮面ライダー鎧武。そして、仮面ライダードライブ。

 まるでそうなることを知らなかった、という反応。

 そんな王の様子に対して、黒ウォズは訝しげに眉を顰めた。

 

「ご存じではないのですか?」

 

「お前がいま目の当たりにしているのは、私の知らぬ歴史の話だ。

 若き日の私がその時代に変身して戦っていること自体がそうなのだ。

 ならば、その時代で起こることを私が知る由もない」

 

「では、メガヘクスは若き日の我が魔王を利用する者とも関係ないと……?」

 

 問われ、微かに顎を上げるオーマジオウ。

 少しだけ悩む風な様子を見せた彼は、何かに気づいたように顔を上げた。

 呆れたかのような雰囲気さえ漂わせる王の姿に、黒ウォズも目を細める。

 

「……我が魔王?」

 

「ふむ……奴の方がそう動くか。

 ウォズよ、どうやらお前が画策している仮面ライダーゴーストの継承。

 これも一筋縄で行く状況ではなくなってきたようだぞ?」

 

「は? それは一体どのような……」

 

 困惑する彼の前で黄金の腕がすい、と。

 虚空を切り取るように動き、その場に無数の時計の針が蠢いた。

 

 カチカチと音を立てながら高速で回転する時計。

 その時計の中の時空間が歪み、こことは別の時代が映し出される。

 

 そこに映った光景に、思わず黒ウォズが顔を顰めた。

 ビルなどの近代的な建造物の並ぶ光景。それは正しく日本のものだ。

 

 彼がいる場所は消失したはずの時空、2015年。

 ウォズがゴーストの歴史を表面化させるために計画していた特異点化。

 そのために出向く場所として準備していた時代に間違いない。

 

 準備の段階で止まっていたそれに、彼は勝手に干渉を始めていた。

 確かに彼ならば不可能ではない、が。

 焼け落ち、不明瞭になっていたはずの時代に踏み込むその男の名こそ―――

 

「海東大樹……!」

 

 思わず黒ウォズが上げた声。

 それに反応して、時空の彼方でビルの屋上に着地した彼が振り返る。

 

『やあ、年老いた方の魔王―――と、その腰巾着。覗き見とは趣味が悪いね』

 

 彼は手にしたシアンカラーの銃、ディエンドライバーをくるりと回す。

 2015年に辿り着いたその姿を見ながら、黄金の王は微かに笑った。

 

「……その世界の宝を奪いに行くか」

 

『さあ? この世界に僕が手にするに足るお宝があればそうするけどね。

 そうじゃなければ次の世界に旅立つだけさ』

 

 オーマジオウたちに背を向けて、海東は歩き去っていく。

 その姿を追うこともせず、王は腕を軽く振るった。

 

 特異点化している2015年と繋がる時空間を途絶させる。

 再び2068年の空に視線を戻したオーマジオウ。

 咄嗟に立ち上がっていた黒ウォズが、強張った表情で思考を始めた。

 

「あの世界で彼が狙う希少価値の高いもの……

 究極の眼魂、天空寺タケルの肉体か……? まったく振り回してくれる……!

 だが丁度いい、海東大樹に奪われたディケイドの力を取り戻す好機だ。

 こうなれば私がカルデアに情報を与え、エルサレム王国の前にゴーストの歴史を……」

 

「止めておけ」

 

 踵を返そうとした彼を止める、オーマジオウの声。

 足を止めて困惑した様子を見せる黒ウォズ。

 それに対して、魔王は顔も向けずに回答を示した。

 

「単純な話だ。そちらを先にこなしては、状況は更に悪くなる。

 早いか遅いかだけの話ではあるがな」

 

「状況が悪く……?」

 

 空を見上げ続けるオーマジオウ。

 彼は空のずっと彼方、星の外に臨みながら状況の推移を見る。

 

「―――ふ、しかしまさか……ここまで同時に訪れるとはな。

 流石に、私も予想外だった」

 

「我が魔王ですら、予想外?」

 

 黒ウォズは顔を渋く染め、オーマジオウの視線を追う。

 空の彼方に彼は何が見えているのか。

 それと同じものを見ることは出来なかった。

 

 視線を下げたオーマジオウの顔が、19の戦士たちではない像に向かう。

 常磐ソウゴ初変身の像。

 そう銘打たれた己の像に視線を送った彼が、小さく笑う。

 

「……若き日の私が私に辿り着くのも、早いか遅いかだけの話でしかないだろうが。

 さて、若き日の私よ……お前は私に何を見せてくれるのか」

 

 振り返り、黒ウォズに顔を向ける。

 

 メガヘクスは始まりだ。

 ディエンドがゴーストの歴史に干渉しだしたのも、無意識に引き寄せられているからだろう。本来ならば門矢士も干渉してきてもおかしくないが、恐らくディケイドの力を半分持っているのが海東大樹なせいだろう。むしろディケイドの力の片割れを海東大樹が持っているせいで、彼はより強く引き付けられたと思われる。

 

「ウォズ。お前が導くまでもなく、あの特異点は若き日の私を導くだろう。

 既にあの世界はそこまで膨れ上がっている。お前はいつも通り、若き日の私とともにカルデアが見つけるだろう、次なる特異点に着いていけばいい」

 

「は―――我が魔王がそう仰られるのであれば……」

 

 黒ウォズがストールを翻すと、延長した布が彼を呑み込む竜巻になる。

 一瞬後、その姿は2068年のどこからも存在を消していた。

 

「……干渉しようとする者がいるという事を置いても、まさかこれほどとはな。

 だがこの歴史の始まりを考えれば、それも当然か―――」

 

 赤茶けた大地の上、独りで立つ黄金の王はいっそ感心したかのように呟く。

 そうしてから、彼は像と向き合いながら思考に耽っていった。

 

 

 




 
ゴースト編にはディケイドウォッチを持ったディエンド襲来。
ディケイドは来ない。
ディエンドを起点に多分メガヘクス襲来に比べて三倍くらい酷いことになるでしょう。
 


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特異点攻略開始!砂漠に住まう者!1273

 

 

 

「第六特異点の割り出しが完了した。時代は十三世紀―――

 場所は『聖地』として知られるエルサレムだ」

 

 管制室に集ったメンバーを前に、ロマニはそう言って話を切り出した。

 その場所を聞いて、自然とダビデが視線を集める。

 とはいえ、当人は大して気にしてもいないようではあったが。

 

「正確に言うと、西暦1273年……

 第九回十字軍が終了し、エルサレム王国が地上から姿を消した直後。

 いわゆる『中世』の終わりの始まり、といえるタイミングだ。

 人類史の変遷において、特異点に選ばれるのに相応しい時代のひとつと言えるだろう」

 

「が、特異点に相応しいながらもおかしな状態になっていることが確認された」

 

 途中で割り込んでくるダ・ヴィンチちゃん。

 皆の視線を集めた彼女が、続きの内容を語り出す。

 

「シバの観測結果が一致しないんだ。時代証明ができない。

 つまり、1273年を見ているのに、1273年を見れていない状態だね」

 

「うーん、つまりどういう?」

 

「そうだね。これまでで一番近い事態は……うん、あれだ。

 エリザベートの特異点、チェイテの怪事件。

 時代から切り離され、もはや独立した泡沫世界。方向性としてはあれが一番近い」

 

 これを例えに使うのは自分でもどうかと思う、という顔をするロマニ。

 

「そんな顔をするくらいなら、最初から例えに使わなければいいでしょうに……」

 

 立香にくっついている清姫が呆れたような声を出す。

 例えが例えだったせいで発生する微妙な空気。

 彼はそんな状況で咳払いをして、話をそのまま続行した。

 

「ただし、規模が桁違いだ。チェイテのあれは放置しても消え去る泡沫だった。

 けれど今回のものは、放置すれば人理焼却を防げたとしてもこの特異点だけが人類の歴史から独立し、そのせいで生まれる()()()()が原因で人類史が崩れ落ちる、それほどのものだと理解してほしい」

 

 人類の歴史という積み上げてきたもの。

 その半ばを強引に引き抜いた上で維持するという力業。

 それが達成されれば、そこから先まで積み上げていた歴史は崩れ落ちるだろう。

 

「後は、方向性としてはエジソンが画策していたアメリカだけを救う方法と同じだ。

 ただエジソンの計画が成功したとしても、これほどの規模にはなってないはずだけどね」

 

「つまり……次の特異点でもエジソンみたいにその時代だけ救おうとしてるサーヴァントが聖杯を持ってる、ってことなのかな」

 

 特異点の状況がそうとなっていることは、聖杯の持ち主の望みは滅びではないだろう。

 恐らくは人理焼却の回避の方法がカルデアが望む方法と違う、というだけだ。

 そういう相手が聖杯の持ち主なら、もしかしたら説得が可能かもしれない。

 

「じゃあまずは、聖杯の持ち主を探して話しに行く感じかな?」

 

「敵対するよりもそっちの方がいいものね」

 

 ちらりと立香とツクヨミの視線がまたダビデに向かう。

 彼の選出理由はエルサレムだからでもあるだろうが、もしや話術も理由だろうかなどと。

 

 彼女たちの前でオルガマリーが肩を竦め、ロマニの説明を引き継ぐ。

 

「第六特異点の状況は今まで以上に不明瞭よ。

 まあ元から、きっちりと把握できていた状態だったことなんてないのだけれどね。

 けれど、その一際特異と言えるこの状況。気は抜かないように」

 

「はーい」

 

「遠足の引率も慣れてきたこと」

 

 元気な返事にオルタが軽く鼻で笑う。

 いちいち言い返すのも面倒、とオルガマリーは軽く手を振って返すだけだった。

 流石に慣れ切っている、ということだろう。

 

「レイシフトメンバーはわたしとアヴェンジャー。

 藤丸立香のサーヴァントは、マシュ、清姫、ブーディカ。

 常磐ソウゴのサーヴァントは、アレキサンダー、ダビデ。

 ツクヨミのサーヴァントは……そもそも選択肢もないけれど、モードレッド、フィン。

 今回は以上のメンバーで、特異点攻略を行います」

 

「ランサー、せっかく復活したのに入らなかったね」

 

 聞かされた時のランサーの様子も思い出しつつ、ソウゴがぼんやり呟いた。

 それを聞いたオルガマリーが片目を瞑り、ダ・ヴィンチを見る。

 しかしすぐに視線を戻し、それに対する答えを返した。

 

「理由はまあ色々あるけれど……大きいのは、ダ・ヴィンチとダビデからの要望かしらね」

 

「要望?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんはまだしも、ダビデまで。

 そう聞いて首を傾げるソウゴ。彼の視線がダビデの方へと向く。

 と、ダビデの隣にいたアレキサンダーの方が口を開いた。

 

「ダビデ王の方は勘、だそうだけどね。

 まあ、フィン・マックールもその方がいいと思う、と言ったんだろう?」

 

 アレキサンダーに視線を向けられるフィン。

 彼は鷹揚に頷くと、説明を始めた。

 

「さて……私の分に関しては、ダビデ王からの要望により我が叡智を披露した結果だ。

 恐らくそれが最善なのだろう、とね」

 

「フィン・マックールの叡智を与える鮭の逸話だね。

 何でも彼は、その鮭の脂が付着した親指を舐めることで、あらゆる謎への最善の答えを得ることができるとか」

 

 フィンの口振りに彼の有名な逸話を口にするロマニ。

 それに対して彼は困ったように苦笑した。

 

「ははは、そこまで万能なものではないがね。

 とはいえ、私が知り得る情報の中で最善を示してくれる宝具には違いない」

 

「ランサー……クー・フーリンが外れたというより、アレキサンダーが必要だった。

 そういう理解でいいのよね?」

 

 ダビデが感じ、フィンにある程度裏打ちしてもらったという意見。

 そこまでされては信じざるを得ないだろう。

 アレキサンダーの力を必要になる事態がある。そう考えておくべきだ。

 

「まあ、そうだね。ただの勘ではあるけれど。

 僕の勘は中々のものだよ? 美女の存在ならばかなりの精度で察知する」

 

「今回は美女関係あるの?」

 

「全然ないね」

 

 そっかー、とそんな調子で話を流すソウゴ。

 だがまあフィンも同意しているのならば、ある程度は信じられるだろう。

 溜め息を交えつつ、話を戻すオルガマリー。

 

「レイシフト完了後はいつも通りまずは霊脈の捜索。

 物資や、足になるタイムマジーンの召喚を優先します」

 

「そういえばソウゴは毎日第五特異点に通ってたけど、第六特異点にはそのまま行けたりしないのかな?」

 

 連日過去にタイムマジーンで通勤していたソウゴ。

 その様子を思い出して、ブーディカがそう口に出した。

 対して、ツクヨミが首を横に振る。

 

「時空転移システムはまた機能を停止してるわ。

 多分、一時的に復旧しただけだったのね」

 

「状況から見るに、恐らくはソウゴくん……()()()()()()()()()()()()()

 その『歴史を再現』するために、特定の期間だけ力が増していたんだろう。

 タイムマジーンがというよりオーズウォッチが、だろうけど。

 まあ何の状況を再現していたのかは、ボクたちには分からないことだけれどね」

 

「そりゃ残念だ。

 あれでいければ食料なんかの物資も最初から積み込んでいけるのに」

 

 最低限の装備以外は、現地調達か霊脈確保後の補給。

 その状況を変えられるのであれば、召喚直後がとても楽になったろうに。

 残念そうにするブーディカに対し、オルガマリーが肩を竦める。

 

「つまり霊脈を探さなければ、タイムマジーンも呼べない。

 それだけのことよ。いつも通りでしょう?」

 

「最近所長って考え方が大雑把になってきてない?」

 

「大体あんたたちのせいよ」

 

 失礼なことをのたまうソウゴをぎろりと睨み、きっぱりと言い返す。

 そうしないと日常生活の中ですらストレス過多になるのだ。

 

「……ま、つまりは行ってみなけりゃわかんねぇってだけだろ。

 なら行ってから決めりゃいいさ」

 

 面倒そうに頭を傾けるモードレッド。

 そう言われて何となく表情を渋くするオルガマリー。

 視線を向けられたモードレッドが訝しげに彼女を見返した。

 

「なんだよ?」

 

「……別に。それしかないと自分で言っておいてなんだけど、他人から言われるとそれでいいのかって気分になると思っただけよ」

 

「なんだそりゃ」

 

 オルガマリーが何とも言えない表情で天井を見上げる。

 そんな彼女を見て、立香とソウゴが目を見合わせた。

 

「やっぱ所長はそっちの方が似合ってる感じするよね」

 

「それでこそ所長、みたいな?」

 

「所長さんに失礼でしょ、二人とも」

 

 二人の頭をツクヨミが小突く。苦笑しながらその二人の背中を見ていたマシュが、凄い形相のオルガマリーに少しだけ口元を引き攣らせた。

 

「ええと、はい。所長は所長らしくいてくれると、その……わたしたちも安心というか」

 

「……はあ。ホント、いつものことね。

 ロマニ、ダ・ヴィンチ、他に何かあるかしら?」

 

 呆れ混じりに首を振るオルガマリーが、背後の二人に話を振る。

 ダ・ヴィンチがお先にどうぞ、とばかりにロマニを手で示していた。

 それに頷いて、口を開く彼。

 

「ボクからは特に。ああ、いや……

 ―――魔術王は七つの特異点を攻略して初めて相手をする、と言った。

 途中で邪魔をするような真似はしないと思うけど、細心の注意を」

 

「ああ……もしかしたら僕を狙い撃ちする、くらいはあるかもね?」

 

 しみじみとそう呟くダビデ。

 それに小さく口元を引き攣らせて、ロマニは苦笑してみせる。

 そんな彼の後に、今度はダ・ヴィンチちゃんが口を開く。

 

「さて、私からはひとつ。

 ぶっちゃけ、今回は私もレイシフトに着いて行ってやれと思っていたんだ」

 

「―――いや、レオナルドにカルデアを抜けられるのは流石に困るんだけど……」

 

「だが残念なことに、私が今取り掛かっている発明が佳境でね。

 なるべく形を整えておきたいんで今回はスルーさせてもらうことになった」

 

 ロマニをスルーしてそんなことを語るダ・ヴィンチちゃん。

 至極残念そうな顔を浮かべる彼女を、ロマニは何か言いたげに見つめている。

 この天才が本気でやろうとしたら止めようもないので、結局残ってくれるというなら素直に喜んでおくべきだろうか。

 

「と、いうわけで。

 この特異点の攻略を無事に終えた暁には、新装備をプレゼントしよう。

 各員、頑張ってくれたまえ」

 

「おー」

 

 ビシ、と。指を立てて自慢げに主張するダ・ヴィンチちゃん。

 そこに何となく拍手など送ってみて、所長に呆れられる。

 

「……以上ね?

 ではこれより第六特異点、1273年のエルサレム王国へのレイシフト実証を開始します」

 

 慣れた手順で進められていく準備。

 各員がクラインコフィンへと搭乗し、レイシフトに向け待機をし―――

 

『アンサモンプログラム スタート。

 霊子変換を開始 します。

 レイシフト開始まで あと3,2,1……』

 

 恙無く進んでいく工程。

 

『全工程 完了(クリア)

 グランドオーダー 実証を 開始 します』

 

 全てをクリアして発生する、時空を遡っていく感覚。

 その流れに意識を委ねて、彼らは新たな戦いの場に身を投じ―――

 

 

 

 

「砂漠じゃないの!!」

 

 想像とは違う着地点に、砂塵の中で悲鳴が上がる。

 すぐに砂嵐の中に呑み込まれて消える声。

 もっと文明を感じる土地にレイシフトする予定だったのに、早速躓いていた。

 

〈アーマータイム! プリーズ! ウィザード!〉

 

「よっと」

 

 吹き付ける砂混じりの風の中、さっさとジオウに変身したソウゴが地面に手を置いた。

 砂の中から土の壁がせり上がり、周囲を囲いこんでいく。

 とりあえずそこを壁にして、全員が突風から身を隠す。

 

「ひゃー、凄い風と砂……エルサレム王国ってこんななの?」

 

「いやぁ? そんなことはないと思うけどね。

 見たところ、この砂塵は明らかに自然のそれではないんじゃないかな?」

 

 服から砂を払い落としながら、立香がダビデに尋ねる。

 その疑問に対し、彼は周囲の風の流れを見ながらそんなことを言う。

 ツクヨミもまた砂を払いながら、土の壁を打ち据える突風へと意識を向けた。

 

「つまり特異点の首謀者が作った砂漠、ということなのかしら」

 

 こんなものをわざわざ作るとなれば、それは砂嵐の中に隠したいものがあるからだろう。

 それが聖杯であり、自身の維持する特異点ということは十分あり得る。

 

「恐らくこの砂漠を襲う突風は魔術的な守り、砂漠の奥に踏み込ませないための風だ。

 これを逆行することで本拠地に辿り着けるのだろうね」

 

「つってもどうすんだ、これ。オレたちはまだしもソウゴ以外のマスターだぜ。

 オルガマリーも別に問題ねえか……まあどっちにしろ、ウチのマスターと立香はどうしようもねぇ。そりゃ死にはしねえだろうけど、まともに歩ける状況じゃねえ。

 オレたちで運ぶにしろ、馬も戦車も走らねえだろこれ」

 

 フィンの言葉にモードレッドはそう言い、アレキサンダーとブーディカを見た。

 砂漠では馬の機動力は活きないだろう。

 飛ぶことのできるブーディカの戦車も、この砂塵の中では危険だ。

 空高く飛んでみれば晴れている可能性はあるが……

 

「不用意に誰かを飛ばしたくはないわね……」

 

 先の特異点でゲイボルクによる迎撃を受けたことを思い出し、顔を顰めるオルガマリー。

 何が出てくるか分からない現状、概念的に強固な守りを有するマシュが対応できる状態は保っておきたい。つまり集団を分けるのはよろしくない。

 

「別に俺だけで飛んでみてもいいけど。

 すぐ戻ってこれる……あれ? これなそう?」

 

 ジオウがテレポートを使おうとして、首を傾げる。

 テレポートが使えない、というよりは転移できる場所が見つからない。

 どうやら侵入者を阻む砂嵐はジオウのセンサー類も阻害するらしい。

 

 通信機に手を当て通信を試みていたマシュも首を横に振る。

 

「カルデアとの通信も繋がりません。

 この砂嵐が原因かどうかまでは分かりませんが……」

 

「通信できないのも割といつものこと、って感じするよね」

 

 ソウゴの言葉に確かに、と同意を返しそうになるマシュ。

 しかし目を細めて彼を見ているオルガマリーを見て、その同意を呑み込んだ。

 マシュの何とも言えない表情を見つつ、オルタが風を塞き止めている土壁に背中を預ける。

 

「とにかく別行動はなし、ってわけね。

 で、とりあえず大きな判断としてどっちにするの?

 砂漠の奥に進むか、砂漠の外を目指すか」

 

 指を左右に振りながらマスターに問いかけるオルタ。

 問われたオルガマリーが顎に手を当て悩み込む。

 

「……問題は位置関係すら分からないことね。この砂漠に入ってすぐかもしれないし、あるいはゴールがすぐそばにあるかもしれない。

 基本的には一度外を目指すべきだと思うけど……何日も歩かなきゃいけない距離があるなら、レイシフト時に持っている最低限の物資じゃとても足りない」

 

「現状がそういう状況だとしたら、もう飛んでの脱出に切り替えるしかないだろう。

 となれば、どのタイミングでその判断を下すかだが……」

 

 数日歩きまわってから結局飛ぶなら、危険を承知で今飛んだ方がいい。

 どのタイミングで損切りをするかはある程度考えておくべきだ。

 そう言って肩を竦めたアレキサンダーの背に、清姫の声がかかる。

 

「しかし最終的に空を飛ぶ判断を下すにしろ、流石にブーディカの戦車に全員を乗せて飛ぶ……というのは難しいのでは? わたくしはマスターとぴったりとくっつくとしても」

 

 今も立香にくっついている彼女に苦笑しながら、ブーディカが困った顔をした。

 

「まあ、ねえ……

 この砂嵐だし定員オーバーまでしたら……ちょっとまともに動かせそうにないかな。

 少なくとも、あたしの口からやれるとは言えないよ」

 

 勿論、緊急時にその判断が下るなら全力を尽くす、と。

 けれどそれを作戦の中に組み込まれても危ういとブーディカは断言した。

 

「……進むにしろ、戻るにしろ、空からの確認はやっぱり必須……

 けど偵察から戦闘に発展した場合の逃げ道が確保できてないのが……だからと言って、現状でそもそも相手がこちらを補足していないという、希望的観測をしているわけにもいかない」

 

 相手の正体、規模すら把握できていない状況で偵察はさせたくない。

 そういう感情がもたげて、オルガマリーの眉が顰められた。

 だがそもそも、この砂嵐が相手の布陣だとするなら既にこちらを把握されてる可能性もある。

 物資のこともそうだが、のんびりしている暇はまったくない。

 

 悩み込む彼女に対し、フィンが笑みを浮かべながら推測を口にする。

 

「外敵を排斥するには優しく、旅人を迎え入れるには厳しい天候。

 これを相手が意図して発生させているのだとすれば、個人的にだがこの砂嵐を発生させているものとは、交渉の余地があるのではないかと思う。

 少なくともいきなり攻撃はしてこないのではないかな?」

 

 フィンは逆巻く風で長髪を揺らしながら、砂埃に鎖された空を見上げる。

 アレキサンダーもまた空を見上げながら溜め息をひとつ。

 

「ただ、こちらが砂漠を飛行して抜けようとした場合だ……その場合にも攻撃してこないかどうかには疑問が残る。普通に考えたらこの奥にある本拠地を守るための防壁だろうからね。

 害される可能性を認識した瞬間、この土地が牙を剥かないとは限らない」

 

 確かにその可能性もある、と。フィンは同意するように頷いた。

 

「あー……メンドくせぇ、もう適当に進んでぶっ飛ばせばいいんじゃねえか?」

 

 砂漠の中での作戦会議に飽きたのか。

 手にしたクラレントでガチガチと己の鎧を叩くモードレッド。

 そんな彼女を窘めようとしたツクヨミの前で、

 

「あ!」

 

 ソウゴが声を上げて、腕のホルダーからウォッチをひとつ取り上げた。

 スターターを押し込むと同時に放り投げれば、展開されていくウォッチ。

 

〈サーチホーク! 探しタカ! タカ!〉

 

「それって……」

 

 ウォッチは展開すると小さなタカになり、空を舞う。

 いつぞや見たそれにオルガマリーが目を見開いた。

 

「忘れてた。これに空から見てきてもらったらどうかな?」

 

「あんた……それ、いつの間に持ってたの?」

 

 多分、元はウォズの持ち物だったのだろうタカライドウォッチ。

 本当にウォズのものだったかすら判然としないが、恐らくは。

 それをいつの間にか持っていたソウゴを半眼で見つめる。

 

「うーん、いつの間にか?」

 

 その返答に額を押さえるオルガマリー。

 新たな飛行可能な偵察手段を見て、立香が唸る。

 

「うーん。それを飛ばして、空から周りの状況を見てもらって……

 でもそうしたら攻撃を受ける可能性もあるんだよね?」

 

「偵察をしつつ、万が一に備えてこの場で防戦の構えでしょうか。

 進むべき方向と距離さえある程度見えれば、動きようもあるでしょうし……」

 

 マシュの上でへたれていたフォウが飛び降り、身を震わせて砂埃を体から払う。

 ひとしきり砂を払った彼が、ふと黙って何事か考えているダビデを見上げた。

 

「フォウ?」

 

「……なるほどね。神託、ではなくてご先祖様からの導きだったのかな?

 奇妙な感覚だと思ってはいたけれど……ふむ、だとすると……」

 

 彼の視線がちらりとアレキサンダーを見た。

 今のダビデの呟きを拾っていたらしく、彼が少し納得したように片目を瞑る。

 

「ああ、そういうことか。妙だとは思っていたけど……

 ダビデ王がそういうものを受け取った、というならこの人選も納得か。

 つまりここは――――」

 

『――――不敬な。聖都の円卓の騎士が、こんな場所まで来ていようとは。

 ですがこの太陽王の治める神域に踏み込んだ以上、生きては帰れぬと知りなさい』

 

 天から届く冷たい声。その台詞にピクリと肩を揺らすモードレッド。

 

「思わぬ答え合わせを得たね。太陽王、あとは聖都の円卓の騎士、ときた」

 

 何がおかしいのか明らかに友好的でない声に微笑むダビデ。

 

「エジプト、だけではなく円卓……? やれやれ、混迷してきたね。

 …………? これは……」

 

 早速の情報量に溜め息をひとつ、苦笑したアレキサンダーが剣を執り―――

 砂の大地から伝わってくる気がする振動に、表情を変えた。

 

 ツクヨミがモードレッドを見て、しかし何かに気付いたように立香を見る。

 彼女の腰にくっついていた清姫も流石に戦闘態勢だ。

 その状態で耳を押さえることもできないだろう。嘘で誘導して情報収集はちょっと難しい。

 

「そうとも! 今ここに立つ雄姿を見るがいい!

 花のキャメロットにその名を馳せた円卓の騎士のひとり―――モードレッド卿!

 この勇名を聞いて思うことがあるというのなら、何か言ってみると良い!

 この際何でもいいぞ! 君にそれを口にする勇気があるのならな!」

 

「お前……」

 

 勝手に叫ぶフィンを呆れたように見るモードレッド。

 しかし天の声は、あっさりとフィンの挑発に乗ってきていた。

 

『何を! エルサレムを滅ぼし、聖都などというものを興し―――

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!』

 

「―――――あ?」

 

 モードレッドが静止する。

 聖槍を持つ獅子王、などという存在がいきなり出てくればそうなる。

 

『来たれ、王の御使いよ!

 聖都の者が我らの神都に攻め込もうなどと、その思い上がりをここで糾しましょう!』

 

 その宣言と同時、砂塵の中にひとりの少女の姿が浮かび上がってくる。

 更に砂嵐を突き破り現れる人の顔を持つ巨大な獅子。

 それは現れると同時、ウィザードアーマーが出現させた土壁を粉砕した。

 

 武装を展開してその神獣に対して向き直るサーヴァントたち。

 その威容を前にマシュが盾を構えながら、神獣の名を口にした。

 

「―――人頭の獅子、スフィンクス……!」

 

「まだ来るよ――――もうひとり、サーヴァントがね」

 

 そう言って剣を握るアレキサンダー。

 そんな彼の言葉に眉根を寄せる、スフィンクスを従える少女。

 

「なにを……! っ、まさかファラオ……!」

 

 アレキサンダーの言葉を反芻し、少女は何かに気付いたように目を見開く。

 はっとした様子で振り返る少女の背後で、同時に砂漠が爆発した。

 

 ―――大量の砂を掻き分け、進軍してくるのは巨体。

 黄金の象牙を持つ、漆黒の巨躯。

 不死の軍勢の象徴たる、死の戦象。そしてそれを従えるのは―――

 

Iskandar(イスカンダルゥ)ッ……!」

 

 死の戦象の上に立つ、3メートルを優に超すその男の威容。

 彼の顔がアレキサンダーを捉え、理性の残っていない眼が大きく見開かれた。

 

「Iskandarrrrrrrrrrr――――――ッッ!!!」

 

 戦象が加速する。

 砂地を踏み締め、鼻を振り回し、緑の炎を噴き上げて―――

 ただ一点、アレキサンダーだけを見て直進を開始した。

 

「ファ、ファラオ・ダレイオス……!?」

 

「ははは、だから僕か!

 僕がアレキサンダーであることが少々残念だろうが……いいよ、受けて立とうダレイオス!

 我が名は征服王イスカンダル! 君をかつて征服したものだ!!」

 

 ゼウスの雷霆が唸りを上げる。

 砂地であるなどと言っていられず、ブケファラスが顔を出す。

 

 巨大な馬と言え、巨象と比較すれば小さく見える体躯の差。

 しかしそれを正面に見据えて鼻を鳴らし、主を背に乗せた英霊馬が疾走を開始した。

 

 

 




 
二章では忘れててごめんなさい問題。
鎧武と組み合わせることによって「だれ?」要素と化すの巻。
私だ、コウガネだ!
 


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砂漠の太陽-2181

 

 

 

 翼を広げる。

 羽ばたき風を荒らす、獅子の体から生えた鷲の翼。

 砂塵の中で大きく羽ばたいたそれが、突風の勢いを加速させた。

 熱砂が風と共に荒れ狂い、嵐となって襲ってくる。

 その砂嵐を纏いながら共に、スフィンクスの巨体が突撃してきた。

 

 迫る巨体を前にして、立香が叫ぶ。

 

「マシュ、宝具を! 清姫も準備を!」

 

 目前に現れた怪物に、出し惜しみは悪手だと本能的に理解する。

 各々が回避を選択して集団が散らされれば、状況が一気に悪くなると想定する。

 ならばこの初撃は確実な防御だ。過剰であっても構わない。

 絶対にここで戦線を崩してはいけないのだから。

 

「了解しました、マスター!」

 

「お任せください、引きずり倒します!」

 

 清姫がごうと火を帯びながら、マシュの後ろで待機する。

 殺到する人頭の獅子を見据えて、シールダーはその盾を振りかざした。

 

「“疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”――――!!」

 

 光の盾が屹立する。

 砂嵐とともに殺到したスフィンクスがそこに激突し、盾を揺らす。

 崩れる砂の足場に倒れそうになりながら、しかしマシュは耐え切った。

 

 マシュの顔が苦渋に歪む。

 足場がもろい、力が入れられない、盾を支え切れない。

 宝具を使っていなければ、踏み締めた地面ごと砂の中に沈められていたかもしれない。

 

 そのマシュの思考を感じ、押し込めば潰せると考えたか。

 スフィンクスは退くことなく盾を押し込む。

 前脚を叩きつけて、光の盾に爪を突き立てる神獣。

 

 だが突撃を止められて動きが停止したその身に対し―――

 

「いざ、“転身火生三昧”――――!」

 

 その宝具を解放し、清姫が青い炎の竜と化す。

 炎の竜は砂地を滑り、スフィンクスの後ろ脚へと絡みついた。

 炎熱の塊となった体で獅子の体を焼きながら、巨体を転がすために蛇の如く締め付ける。

 

 鬱陶しげに顔を歪めるスフィンクス。

 それを前にオルガマリーが己のサーヴァントへと声を飛ばした。

 

「アヴェンジャー!」

 

「分かってるわよ!」

 

 砂混じりの熱風の中、黒い竜の描かれた旗が暴れるようにはためいた。

 清姫の青い炎が更に増し、周囲に黒い炎の剣が浮かび上がる。

 続けてスフィンクスの足元から突き出す数え切れない漆黒の槍。

 

 足場から突き出してくる槍。空から降り注ぐ剣。締め付けながら焼く竜。

 焼かれ、裂かれ、串刺しにされ―――

 

「“吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュヘイン)”――――ッ!!」

 

 ―――その場で、スフィンクスが漆黒に炎上した。

 

 悲鳴染みた咆哮を上げ、体を揺する人頭の獅子。

 体勢を崩した巨体を、青い大蛇がここぞとばかりに引き倒す。

 転倒の衝撃で砂の柱を立てながら、地面に埋まるスフィンクス。

 

 スフィンクスの巨体を倒した清姫がすぐさま宝具を解除し、離脱にかかる。

 それを見届けたオルタは火力を全開に。

 一気に黒い炎が噴出し、獅子の体を一気に呑み込んでいく。

 

 空中で戦場を見渡していた少女が視線をあっちへこっちへ。

 挙動不審な様子を見せながら、何度も顔を動かした。

 

「ファラオから預かりしスフィンクスを……!

 ああ、いえ、ええ……? ファラオ・イスカンダル……?

 なぜファラオが聖都の者と共に……?」

 

 彼女の眼下でイスカンダル―――

 アレキサンダーがブケファラスの手綱を引く。

 

 砂漠を踏破する英霊馬が主とともに雷光を纏い、嵐より荒れ狂う戦象と交差した。

 雷光の刃が象に掠め、その身に傷を刻み込む。

 象の動きに鈍りはなく、しかしその傷が広がりボロボロと崩れ落ちていく。

 

 ―――戦象から剥離した一部が骸骨の腕と変わり、アレキサンダーへと伸ばされる。

 

 “不死の一万騎兵(アタナトイ・テン・サウザンド)

 戦象を構成するのは、ダレイオス三世の従える不死隊(アタナトイ)

 一万からなる不死の兵隊の集結した群体こそが、彼が操る戦象の正体に他ならない。

 

 不死なる軍隊にして、群体。

 その身にとって傷は傷でなく、損傷も損耗もしない不死身の存在だ。

 

 アレキサンダーを目掛けて伸びる不死兵の腕。

 だがそれは彼の背後から押し寄せた水に飲まれ、崩れ落ちた。

 

「さて。輝いてしまいたいのは山々なのだが……」

 

 くるりと槍を回し、構え直したフィンの目前。

 

 振るわれる戦斧に纏う緑の炎が軌跡を描く。

 対する剣には稲妻が奔り、炎とぶつかり火花を散らした。

 その衝撃で崩れ飛ぶ骸骨たちが、再び象の中に戻り群体の一部と還っていく。

 

 幾度か衝突を繰り返し、しかし攻めあぐねる。

 距離を取り直してもダレイオスの猛追はアレキサンダーを逃がさない。

 

「Iskandarrrrrrrr―――――ッ!!」

 

 アレキサンダーがブケファラスを下がらせて、それを追うダレイオスが戦象を走らせる。

 そうして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 スフィンクスが黒炎を振り払い、立ち上がる。

 熱砂の獅身獣はその身を呪いの炎に焼かれながらも、しかし致命傷には程遠い。

 復帰したそれを前にして、清姫が扇を広げ、オルタが剣を構え直した。

 

「火の通りが悪いったらないわ……!」

 

「効いていないわけではないでしょうが―――」

 

 太陽の化身たるファラオの神殿を守護する者。

 再始動した神獣スフィンクスが二人を目掛けて突撃してくる。

 同じく前に出たマシュが踏み込みと同時、盾を振り上げ迎撃にかかる。

 

 ―――激突。

 拮抗はなく、流れる流砂の足場でマシュの体勢が崩れた。

 そのまま潰そうと圧し掛かろうとする巨躯を、二色の炎が押し流す。

 

 一瞬怯んだものの、即座に切り替えして踏み込んでくるスフィンクス。

 砂に掴まった足を引き上げながら、マシュは何とか盾を構え直す。

 

「くッ……!」

 

 ぐらつきながらもギリギリ体勢を立て直したマシュ。

 だがそんな彼女にスフィンクスの突撃が届く前に、フィンが躍り出て槍を長槍を振るった。

 

 しなやかにうねる槍の穂先。

 それは獅身獣の突撃を受け流し、獅子の腕をそのまま砂地に叩きつけさせる。

 巻き上げられた砂に埋もれ、姿が見えなくなるスフィンクス。

 姿の隠れた敵を見据えながら、フィンが背中に庇うマシュに声をかけた。

 

「こちらの前衛は交代だ。マシュはマスターたちの守りを」

 

「す、すみません……! お願いします―――!」

 

 マシュが注意を払いながらも後退を始め―――

 その瞬間、砂塵のカーテンを突き破る獅子の爪が振るわれた。

 

 しかしそれに対して奔る槍が、腕を叩いて向きを変える。

 狙いを逸らされた攻撃は地面を打ち据え、砂の柱を立てるだけ。

 スフィンクスはすぐさま腕を引き戻し、再度突撃を慣行する。

 だがそれにも、フィン・マックールは涼しい顔を崩さない。

 

 槍の一振りで容易に受け流し、スフィンクスと正面から組み合わず処理。

 フィンは攻め手に回らず、流水の如く捉えきれない動きで防衛に終始する。

 だが当たらない攻撃の際に出来た隙に、彼の後ろから二つの炎が何度となく押し寄せる。

 

 直撃したところで大きな傷を受けるような攻撃ではない。

 だがスフィンクスは、確実に消耗を強いられる戦いに持ち込まれていた。

 

 

 

 

「――――まずあいつを引きずりおろすぞ」

 

 言って、クラレントの刀身を翻す。

 鎧の兜を閉じたモードレッドは、完全に空の少女へと狙いを定めていた。

 飛び込むために砂の足場を強く踏み締めるグリーブ。

 

 今にも獲物に飛び掛からんとしている肉食獣が如き様子のモードレッド。

 そんな彼女に対してダビデが嘆息する。

 

「力任せに引きずりおろしたら話は訊けないだろう?

 ここは自分から降りてきてもらうとしようじゃないか」

 

「何か手があるの?」

 

 飛ばすには不安だが砂嵐からの盾にはなる、と。

 マスターたちの前に戦車を出していたブーディカがダビデを見る。

 聞かれたダビデは肩を竦めて、宙を舞う少女を微笑みながら見上げた。

 

「何も考える必要なさそうだろう?

 素直に状況を説明したら、それで終わりそうじゃないか。

 詐欺とかには気を付けて欲しいタイプだね」

 

 騙し晦ます必要すらないと彼は言う。

 見上げた先には、空中でおろおろと困惑している様子の少女。

 確かに、彼女に何か特別な対応が必要そうだとは思えない。

 

「……ならモードレッドのマスターである私が説明しに行くわ。

 ソウゴ、私をあそこまで運んでちょうだい。

 モードレッドは……アレキサンダーの援護をお願い」

 

 真っ先に名乗りを上げたのはツクヨミだった。

 彼女は自身がそうするとともに、モードレッドには別件を指示していた。

 兜ごしに交差するモードレッドとツクヨミの視線。

 

「………チッ、仕方ねぇな―――!」

 

 ツクヨミの言葉に兜を開き、金色の髪をガシガシと思い切り掻き回す。

 聖槍の獅子王にしろ何にしろ、とにかく話を聞かなければ何もできない。

 頭のクールタイムを設けるために、彼女はダレイオス三世に向けて駆け出した。

 

「じゃあ行くよ、ツクヨミ!」

 

 ウィザードアーマーがツクヨミを抱え、空に飛び立とうとする。

 流石にそれには気付いたか、天空の少女はようやく正気を取り戻した。

 そうしてすぐ、ジオウに向けて杖を振るう。

 

「っ……出ませい!」

 

 ジオウの足元の砂場から包帯に巻かれた腕が無数に飛び出した。

 それは彼らを拘束するために掴みかかろうとし―――

 

 ポロン、と。

 いつの間にかダビデの手にしていた竪琴の音色を聞いて、静止した。

 死霊を従える少女の呪力と破魔の竪琴の音色が相殺。

 ジオウに掴みかかろうと現れたマミーの腕が、砂になって消えていく。

 

「な、――――くっ!」

 

 驚愕している内に、ウィザードアーマーが飛び立った。

 少女は即座に魔術を切り替え、扱う使い魔をマミーから黄金のスカラベに変えた。

 周囲を舞う金色の甲虫が弾丸となり、ジオウたちに向け飛来する。

 

「やらせない……!」

 

 ジオウに抱えられながら、ツクヨミがファイズフォンXを抜いた。

 赤と金の弾丸が空中で激突し、スカラベは地面に落ちていく。

 ここからどうやって会話に持ち込むんだろうと思いつつ、ジオウが風の中で加速する。

 

「小癪な真似を……!」

 

 再び周囲に黄金スカラベを展開する少女。

 その光景を見た彼女は思い切り体を振り上げ、ジオウの肩に立つ。

 足場にされた状態で飛行を続けるソウゴが、何となく困ったような声を出した。

 

「ねえ、ツクヨミ? もしかしてさ……」

 

〈エクシードチャージ〉

 

「跳ぶわ! 私とあの子のキャッチ、お願いね!」

 

 言うや否や、思い切りジオウを蹴って跳ぶツクヨミ。

 踏み台にされて反動でぐらつくジオウ。「これって力ずくで下ろしてることになるんじゃ?」などと思いつつ、落下し始めた彼は即座に別のウォッチを手にしていた。

 

「そうなるよね……」

 

〈フォーゼ!〉

 

 ウィザードアーマーが魔法陣に還り、赤い光となって消えていく。

 追加装甲を失ったジオウは、ドライバーに装填したウォッチを交換して回転させた。

 ジクウマトリクスがウォッチのデータをジオウのアーマーとして形成。

 彼方の空に、コズミックエナジーの使者が生み出される。

 

 そんなジオウを背中に、ファイズフォンXを手にツクヨミは少女に向けて飛び掛かる。

 少女は向けられた銃口を睨み、自身の前方に盾とするべく魔力障壁を展開した。

 

 更に迎撃行動も止まらない。

 同時に黄金のスカラベを召喚、を弾丸として射出して迫りくる敵を撃ち落とさんとして―――

 

「ここ!」

 

 放たれる赤い弾丸が、彼女の至近距離まで迫ったスカラベの一体に直撃。

 甲虫は赤い光に包まれて、空中で完全に静止した。

 ツクヨミがその静止したスカラベに足をかけ、踏み場とする。

 

 続けて再びの跳躍。

 飛んでくる他の黄金スカラベより更に高く跳んだ彼女が、少女の頭上に舞い上がった。

 

「なっ……!? くっ―――!」

 

 一瞬驚き、しかしすぐに表情を引き締めて彼女が腕を空に翳す。

 頭上からの銃撃に備えて展開する魔力の盾。

 それがしかし―――

 

〈アーマータイム!〉

 

「なんと!?」

 

 天空から砂の天蓋をぶち抜いて突っ込んでくる、白いロケットに見舞われた。

 展開したばかりの彼女の盾に激突し、弾き返されるロケット。

 だが代わりに、少女が展開した魔力の盾は大きく罅割れて砕け始める。

 

 その盾に向けられ、再び銃口に赤い光が瞬いた。

 

〈バーストモード〉

 

「しまった……!」

 

 放たれる赤い連弾。

 それが大破していた魔力の盾を硝子のように割って崩し、守りを壊す。

 そうして一瞬怯んだ彼女に対して、落下してくるツクヨミが掴みかかった。

 

 思い切り組み付いた状態で、全力で目を合わせて会話しに行くツクヨミ。

 

「聞いて! 私たちはあなたたちの言う、聖都というのとは関係ないの!

 モードレッドは私のサーヴァント、私たちと一緒にこの時代に来たばかりなんだから!」

 

「くっ……! そのような言い逃れを、この不敬者……!

 ってそれどころではありません! このままだと落ちます!

 放して、放しなさい、この……! 天空の神が落下死なんて洒落になっていませんから!」

 

 掴み合う二人の少女が、砂漠に向けて落ちていく。

 あわや大惨事、というそんな二人の落下。

 それは地面に到達する前に、ギシリと思い切り網を揺らしながら空中で止まった。

 

「え?」

 

 少女が網目の紐か何かに受け止められたことを背中に感じ、ツクヨミから視線を外して頭上を見上げる。そこには、飛行する白い鎧の姿があった。

 

〈3! 2! 1! フォーゼ!〉

 

 右足から巨大な虫取り網のようなものを展開するジオウ。

 両腕のブースターモジュールを噴かし滞空する彼が、二人の少女を空中で拾っていた。

 

 

 

 

 白雷と赤雷が揃って奔る。

 両腕の戦斧が炎を纏い迎撃に振るわれ、衝突して弾け合う。

 

 邪魔者を弾き飛ばそうと、鞭の如く振るわれる戦象の鼻。

 迫りくるそれに対しクラレントの白刃が閃き、斬り飛ばしてみせた。

 宙を舞い、地に落ち、転がってから崩れていく象の鼻。

 だが崩れたそれはそのまま亡者の兵士と変わり、武器を持って立ち上がり出す。

 

「鬱陶しい死霊どもだぜ……!」

 

 立ち上がるとともに走り出し、迫ってくる不死者たち。

 迫ると同時に両断されてバラバラになり、吹き飛ばされる雑兵。

 だがその死骸は再び不死の兵士を形作り、即座に復帰してくる。

 容易な相手とは言え、湧き続ける敵にモードレッドは舌打ちした。

 

「けれど……」

 

 ブケファラスの手綱を握り直しつつ、視線を後ろに向ける。

 アレキサンダーの見る先にいるのは竪琴を弾くダビデの姿だ。

 彼の奏でる破魔の音色が持つ効力は折り紙付き。

 ダレイオスの従える不死者にまで及び、その性能を大きく低下させていた。

 

「不死の兵隊たちの性能は、だいぶ落ちているようだ。

 弱くても不死の兵であれば使いようで幾らでも脅威になる、とは言えるだろうけど……残念ながら今の狂気に落ちた彼には、効果的な用兵はできない」

 

 戦斧を揺らし、ただ戦意と狂気だけでアレキサンダーを見据えるバーサーカー。

 それこそが今のダレイオス三世だ。

 その彼自身の身体能力ひとつだけで十分以上に脅威だが、この状況ならば間違いなく勝てる相手と断言してもいいだろう。

 

 このまま戦闘が続くのであれば、だが。

 

『―――もうよい、ホルスの眼とスフィンクスの問いかけに応えたのだ。

 余に拝謁する栄誉くらいは与えてやろう』

 

 空に声が響く。どこから届く声なのか、億劫そうで尊大な声。

 その声を聞いた途端、網の中で少女が凄くもがきだした。

 

「ファ、ファラオ! 申し訳ございません、このような無様を!」

 

 ぐにゃぐにゃと動くネット。

 同じ網の中、ツクヨミはそれを止めさせようと声をかけた。

 

「ちょっと、暴れないで……! 狭いんだから」

 

「誰のせいでその狭いところに捕まっていると!」

 

 スフィンクスもまた戦闘態勢を解除し、翼を畳んだ。

 その獣は槍を下ろしたフィンの前を悠然と歩いていく。

 主人に止めろと言われた以上、彼らは従うということか。

 

 スフィンクスが目指す先は、体を震わせているダレイオス三世の元。

 

 声に反応して必死に停止している彼を、無理矢理に背中へ乗せる。

 そのままスフィンクスは砂漠の奥に向かって行ってしまった。

 

「……へえ、ダレイオス三世がね」

 

 アレキサンダーは微かにそう呟き、連れ戻されていくダレイオスを見送る。

 彼は相手が自分以上の王だからと言って、そう簡単には従わない男なのだが。

 

 声がする空を見上げながら、ダビデがその声の主に対して話しかける。

 

「やあ、空からする声の君。君が太陽王、と呼ばれるこの土地の支配者でいいのかな?」

 

『さて。少なくともこの地を己の領土とし、エジプトに染め上げた王であることには違いない。何か言いたい事でもあるか? 元の国の王だった者として』

 

 エジプトに染め上げた、などという発言。

 国を国で塗り潰すという事象を何でもないように語り、天の声は鼻を鳴らした。

 その物言いに肩を竦めて、ダビデは逆に空へと問いを返す。

 

「逆に君の方に思うところがありそうだけれど?」

 

『何のことはない。懐かしい顔を思い出させる男、と感じただけのことだ。

 ―――まあよい、ニトクリス』

 

「は、はっ!」

 

 声に反応して蠢くネット。

 跪こうとして暴れ、しかし網の中でもごもごと動いて終わる。

 それをさほど気にした様子もなさそうに、天の声は彼女に告げた。

 

『その者たちを余の神殿まで導くことを許す。

 玉座まで連れてくるがいい』

 

「承知致しまし……この者たちを玉座まで、ですか?」

 

 ぶらぶらと揺れていたネットから、ぴょこりと頭だけが出てくる。

 そんな体勢のままで疑問の声を上げる、ニトクリスと呼ばれた少女。

 彼女に対する返答は、天から下る冷ややかな声。

 

『―――二度は言わぬ。

 問い返すことは、余が下した沙汰に異議を唱えるに等しいことと理解せよ』

 

「……っ! はっ―――!」

 

 ジオウがゆっくりと高度を下げて、右足からネットを切り離す。

 砂の上に落ちた網の中から飛び出したニトクリスは、天に向かって跪いた。

 

『では、任せたぞ』

 

 最後まで何か億劫そうに、天からの声が消え失せた。

 数秒置いてから少女、ニトクリスは頭を上げて納得してなさそうな顔で振り返った。

 

「……ファラオのご意思です。

 あなたたちが神殿まで同行することを許しましょう」

 

 一目で分かる不機嫌さにオルタの口端が吊り上がる。

 

「不満そうね。王サマの指示が不服なの?」

 

「そんなはずがありましょうか!

 ええ、ファラオが沙汰を下した以上、これも我が勤め!

 あなた方を完璧にご案内してみせましょう!」

 

 立ち上がった彼女は手にした杖で砂地を叩く。

 むん、とふんぞり返るような姿勢を見せる彼女。

 その姿に対して、ダビデが微笑みながら声をかけた。

 

「それはよかった、流石はファラオ。

 ところで道中の話になるが、どうせなら砂嵐ではなくファラオの威光たる太陽の輝く空の元で歩きたいのだけど」

 

「……むむむ、確かに。

 山の民や聖都の騎士避けにこうして砂嵐を起こしていますが……これよりファラオの元に参じるものたちに、太陽の元を歩かせないのはファラオの名折れ……

 いえ! 折れるのはオジマンディアス様の名ではなく、この私の名なのですが!」

 

 言われた彼女は、頭から生えた獣の耳のようなものを動かしながら考え込む。

 そんな様子を見ていた清姫が、扇で口元を隠しながら小さく呟いた。

 

「様々な国にエリザベート枠の方がいらっしゃるのですね……」

 

 世界の広さを再確認している清姫。

 そのエリザベート枠とやらの日本担当はお前だろ、という顔をするオルタ。

 

 ブーディカの戦車の陰で砂嵐を防ぎながら、立香が呟いた。

 

「新しく出てきたね。オジマンディアス様と、山の民?

 さっきの声がオジマンディアス様?」

 

「恐らくは。オジマンディアスと言えば、建築王と呼ばれた古代エジプトのファラオ……」

 

「ラムセス二世だよね」

 

 砂嵐からツクヨミの盾になりながら歩いてくるジオウ。

 フォーゼアーマーの幅は、こういう時にも便利に働くらしい。

 楽しそうにそのファラオの名を上げるソウゴに、ツクヨミが首を傾げる。

 

「嬉しそうだけど、好きなの?」

 

「好きっていうか、最近色んな王様を見れて楽しいって思ってるけど」

 

 ブーディカの戦車の背後にツクヨミが移る。

 盾になる必要がなくなった彼が、フォーゼアーマーを解除した。

 

「確かに王様は多いよね。

 そのオジマンディアスに、アレキサンダーと戦ってたダレイオス三世。

 ニトクリスって子もファラオだよね?」

 

「はい。ラムセス二世よりも更に旧い時代の女王ですね」

 

 首を傾げる立香に答えるマシュの声。

 ちらりとそちらを見ると、ニトクリスは頭を抱えて悩んでいた。

 砂嵐を解除するべきか悩んでいるのだろう。

 出来れば解除してくれるとありがたいのは事実なのだが。

 

「ブーディカもそうだし、女王様も多いよね」

 

 戦車を維持していたブーディカを見て、軽く首を縦に振る立香。

 そんな風に話を振られた彼女はしかし、難しい顔でニトクリスたちを見ていた。

 

「ブーディカさん……?」

 

「え? ああ、ごめん。ちょっと獅子王っていうのが気になってね」

 

 そう言ってモードレッドに視線を送るブーディカ。

 彼女は兜を閉じて、ダビデたちとニトクリスの話の行方を眺めている。

 

 ―――聖都、獅子王……そして、円卓の騎士。

 ニトクリスの口から出てきた、どう考えてもブリテンとの繋がりがあるものたち。

 

「もしかしたら、この特異点は……」

 

 一瞬だけ、彼女の視線がマシュに向けられた。

 が、すぐに逸らされるブーディカの顔。

 マシュはそれに首を傾げながら、どうかしたのかと問いかけようとして―――

 

「し、仕方ありません! いいでしょう、砂嵐は止めましょう!

 ファラオの慈悲に感謝なさい! そして降り注ぐ太陽の威光に頭を垂れなさい!

 いいですね? 今回ばかりは特別ですよ? 分かっていますね!?」

 

 半ば叫ぶようにそう言い放ったニトクリスが、杖を掲げる。

 止まる風。晴れていく砂。砂塵のカーテンに隠されていた太陽が姿を現す。

 ―――同時に、空に奔る光の帯もまた。

 

 光帯が横断する空を見上げ、自然とマシュは己の盾を握り締めていた。

 

 

 




 
メジェド様が登場してないんだが?
 


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太陽の王!オジマンディアス!-1214

 

 

 

 様々な意匠の凝らされた大神殿。

 太陽王オジマンディアスの居城、“光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)

 

 その場に案内されたカルデアの面々は、直行で玉座の間まで通された。

 そうして目の前にするのは、褐色の男が怠そうに腰かけた玉座。

 そんな玉座の傍に控え、ニトクリスは杖で床を叩く。

 

「私とスフィンクスの試練を越えた勇者たちよ!

 あなたたちは畏れ多くも王への謁見を許されました。さあ、その栄光に平伏なさい。

 さすればあなたたちには、王から言の葉を賜る栄誉が与えられることになるでしょう!」

 

「さっき空から声してたけど」

 

「違います! あれは……そう! 私とそちらの男性のみに送られた神託が如きもの!

 砂漠を踏破せし勇者として、王からのお言葉を欲するならば早く跪きなさい! さあ!」

 

 わざわざニトクリスの話に口を挟み、言い返されるソウゴ。

 ダビデを指差しながらのそんな彼女の発言。

 それを聞いた彼は今度は言い返さず、大人しくははーと平伏した。

 

 何かもういつも通りなので慣れたもの。

 もう溜め息もなしにオルガマリーも跪き、それに倣ってモードレッド以外全員が頭を下げる。

 

「……ちょっと、モードレッド」

 

「あんな奴に下げる頭はねえよ」

 

 そう吐き捨て、クラレントを肩に乗せる。

 困ったように玉座の方を見るツクヨミだが、玉座に座す王は大した反応を見せない。

 だがオジマンディアスの代わりにニトクリスが激昂した。

 

「なんたる不敬! やはり円卓の騎士は聖都の回し者なのでは―――!」

 

「ニトクリス」

 

 声を荒げた彼女に対し、初めてオジマンディアスが口を開く。

 すぐさまニトクリスはモードレッドから彼に向き直る。

 

「は! なんでしょう、ファラオ!」

 

「おまえには説明していなかった、が。

 これらは間違いなくこの時代の外より来た者どもよ。聖都の者どもとは別だ」

 

 面倒そうに、何なら眠気さえ感じさせる口調。

 言われ、すぐさまに頭を垂れるニトクリス。

 

「は……申し訳ございません……」

 

「よい、そればかりは必要ないと貴様に伝えていなかった余の落ち度よ」

 

 胡乱な目でオジマンディアスを見上げるモードレッド。

 彼女はすぐさま剣を構えられる姿勢を保ちながら、彼に吐き捨てる。

 

「それで? 聖都だの円卓だの、獅子王だの。

 聞かせてもらおうか。オレたちはそのために、この成金趣味な城に来てやったんだからよ」

 

 すぐさま沸騰するニトクリス。

 彼女を軽く手を振って黙らせながら、オジマンディアスは椅子の上で足を組みなおした。

 

「―――生憎だが、余は眠い。よってこの場における話は、最小限に納めることとする」

 

 そう前置きし、彼は口を開く。

 

「おまえたちがカルデアからの使者である事。

 これまでに五つ、特異点を修復してきた者である事。

 そしてついにこの砂の聖地、どこぞの者が打ち込んだ第六の楔を破棄しにきた者である事。

 遍く世界を威光にて照らす王たる余は、そのすべてを把握している」

 

「―――全て、ですか?」

 

 状況の把握、というものは特異点の内側からできるものなのか。

 野良サーヴァントであれば、ほぼ状況の把握はできていなかった筈だ。エジソンたちはおおよそ事態を理解していたが、それはテスラとの通信が齎した恩恵だったはず。

 それ以外にこの状況を理解していた者たちとは―――

 

 オルガマリーの視線が微かに動き、己のサーヴァントを見る。

 

「……それってつまり、あんたがこの特異点の首謀者だってこと?」

 

 かつての聖杯の所有者、ジャンヌ・オルタが問いかける。

 そんな彼女の物言いに再びニトクリスが眦を吊り上げた。

 

「不敬な! オジマンディアス様に何という口の……!」

 

「―――ニトクリス。天空の女王よ、おまえが大鳥であるのは理解している。

 だがそれはおまえが鳥頭だという話だったか?

 余は、話を最小限に納めると最初に口にしたぞ?」

 

 だが声を荒げた彼女に対し、視線も向けずにファラオはそう告げた。

 すぐさましょんぼりと縮こまるニトクリス。

 

「も、申し訳ございません……」

 

「よい、罰は下すが後回しだ。

 だが余がこの特異点の首謀者か、などと。直截な問いを許しているとはいえ、どこからそんな質問が出てくるか分からん阿呆も黙っていろ」

 

「はぁ!? 何が阿―――!」

 

 ファラオがそう沙汰を下した途端、むんと表情に力を入れたニトクリスが杖で床を叩いた。

 途端にオルタが言い返していた言葉が止まり、彼女が声を上げても音にならなくなる。

 自分の声が止められたと理解し、苦渋の表情で黙り込むオルタ。

 

「……オジマンディアス王。

 この土地はあなたがエジプトに染めた、という話だったけれど……それは、あなたが君臨していた時代のエジプトに染めた、という理解で構わないのかな?

 この地の大気のそれは明らかに13世紀のものじゃない。現代に再現されたせいで薄れてはいるが、神代のそれに近い」

 

「無論。余が君臨する世界ならば、世界が余に合わせるが道理。

 ここは余の支配せしエジプトである」

 

「―――如何に君とはいえ、そんな無茶は通常は通らない。

 つまり少なくとも、今の聖杯の所有者は君と見るが……どうだろう?」

 

 アレキサンダーの問いに肯定を返すオジマンディアス。

 そのまま続けて放たれた問いに対し、彼は軽く腕を上げるとそこに光を降臨させた。

 極彩色の水晶体は光を集束し、黄金の聖杯を形作っていく。

 

「聖杯……!」

 

「十字軍の奴らめから没収したものだ。

 余を召喚した十字軍どもから、な」

 

 言いながら、黄金の杯を手の中で遊ばせる。

 

 オジマンディアスは自分を十字軍が召喚した、と口にした。

 それは聖杯を使って、ということになるだろう。

 だとしたら、魔術王がこの時代に降臨させた聖杯の持ち主として選ばれたのは十字軍の誰か。

 彼はその相手から聖杯を奪い取り、この地をエジプトに染めたということで―――

 

「その、聖杯の持ち主であった十字軍は……」

 

 オルガマリーはそこまで口にしてから思い出す。

 ニトクリスの口から既に語られた彼らの敵は、聖都の円卓の騎士と山の民。

 本来いるべき、十字軍の名前は出てきていない。

 内心そこまで至った彼女の姿を見ていたオジマンディアスが、小さく鼻を鳴らす。

 

「……既に答えをニトクリスが口にしていたつまらん質問であったが、己で思い至った事に免じて答え合わせはしてやろう。

 十字軍は壊滅した。奴らが目指していた聖地に現れた“聖都”の円卓の騎士によって、な」

 

 その名が出され、モードレッドが微かに身動ぎする。

 彼女に視線を向けることもなく、ファラオは話を続けた。

 

「今の聖都の中心は聖城キャメロット。

 その地に君臨するのは獅子王……聖剣ではなく聖槍を手にした、騎士王よ」

 

 

 

 

「ま、そういうわけだから。そろそろあたしはお暇するわ。

 出るだけなら何とかなるでしょうし!」

 

 そう言ってその女性は、いつもの如く太陽のような華やかさで微笑んだ。

 無言で返すのは五人の騎士。

 冷えていく空気の中、率先して紫の鎧の騎士が発言した。

 

「そうですか。あなたのような美しい女性が聖都を出る、というのは寂しくなる。

 ええ、とても寂しくなる。本当に」

 

 割と切実な響きで送られる言葉。

 それに対して鎧の少女―――カルデアにいるセイバーと全く同一の姿。

 モードレッドが速攻で彼の言葉を斬り捨てた。

 

「目の保養が出来なくなるからか? ランスロット」

 

「それは私もありますね」

 

 太陽の如き金髪の騎士。彼が彼女の言葉に乗る。

 それを見てゴミを見る視線で男どもを見回すモードレッド。

 

「ガウェインもってか……だろうな、納得しかしねえよ。

 トリ野郎と纏めてお前ら全員死んだらどうだ?」

 

「私は悲しい……何も言っていないのにこの二人と一緒くたに纏められてしまうとは……」

 

 ポロン、と。手にした琴のような弓を鳴らす赤い長髪の騎士。

 そんなやり取りをしている四人、彼らを冷たい目で見ていた黒い鎧の男が重々しく口を開く。

 

「ガウェイン。ランスロット。トリスタン。モードレッド……卿らは、しばし黙っていろ」

 

 彼にそう言われた四人が黙り込む。

 そうして、ここから出ていくと言った女性に向き直る。

 

「では、玄奘三蔵。貴殿は我らと袂を分かつ、ということでよろしいか」

 

「うん? なんでそこまで飛躍するのよ、別にあなたたちと敵対する気はないわ。

 もともと旅の途中の寄り道だもの。ここから旅立って、また故郷を目指すわ」

 

 困ったように首を傾げる女性。

 彼女の返答に対し、黒騎士はただ冷淡に言葉を続ける。

 

「その動機に信が置けない、と言っているのです。

 貴殿は既にサーヴァントであり、生前の行いを繰り返す必要はない。

 ましてこの地は特異点。ここに貴殿の故郷は存在しない」

 

「うーん。必要はない、というならあなたたちだって同じでしょう? 生前が王様の騎士だったからといって、サーヴァントになってからも王様の騎士である必要はない」

 

 微かに揺れる黒い騎士の肩。

 それを見ながら三蔵法師は言葉を続ける。

 

「あたしはそういうものなのよ。

 あなたたちが王に忠節を捧げた騎士であるように、旅をして徳を積む高僧なの。だから何故旅立つか、なんて問いかけにはあたしがあたしであるから、としか答えようがないわ」

 

「……なるほど。今のは私の不明だったようだ、謝罪しましょう」

 

 小さく頭を下げる男。しかしそんな彼の姿を三蔵は笑い飛ばす。

 

「別に謝られることじゃないわ、こうして説教するのもあたしの仕事だもの。

 あ、弟子であるトータも連れていくので、そこんところはよろしくね!

 それじゃあ、今までお世話になりました! バイバーイ! チャオ、再見(ツァイチェン)~!」

 

 そう言って足取りも軽く、彼女は城の外へと歩き出す。

 彼女の姿が見えなくなるまで待ち、モードレッドが口を開いた。

 

「で? どうするんだよ、アグラヴェイン。

 父上の赦しなくして城を去る事はできない……それが今の円卓の決まりだろ。

 つーか関係なしにあの女、邪魔だろ。殺さなくていいのか?」

 

「―――玄奘三蔵、そして俵藤太が危険という意見には同意だ。

 だが、彼女はこの城を去る赦しを王から得ている。我々に彼女を裁く権限はない」

 

「マジかよ。チッ、城の外で偶然ぶっ殺すっても今の状況じゃな……」

 

 そう言って頭を掻きながらランスロットに視線を向けるモードレッド。

 城の実務を仕切るのはアグラヴェインだ。

 本来であれば彼は、彼女とランスロットを城内に置いておくなどありえない。

 王の傍に置くのに不適格な騎士だと判断しているだろうからだ。

 

 ランスロットにしろ、モードレッドにしろ。それに反論はない。

 アグラヴェインが一番上手く仕切れるのは誰にだって分かっている。

 アグラヴェインが一番上手く王に貢献できる者だと誰もが知っている。

 だから彼女としても、遊撃として延々外に置かれていても文句はない―――

 

 だというのに。二人が揃って城内に配置されているのは理由がある。

 

「……聖抜の儀は遅々として進まぬ。それも、聖都を覆う壁のせいだ」

 

 アグラヴェインが忌々しげに口にする壁。

 それは聖都キャメロットを包み込むように展開された光の被膜だ。

 

「―――申し訳ない、それは私の落ち度でもある」

 

 ガウェインが瞑目する。

 異星の神性に足止めされている内に、聖罰される難民を逃がしたのは彼の失敗だ。

 以後はどうやら難民は山の民に誘導されているのだろう。

 聖都に接近せずに、ほぼ全て山の民が安全を確保しているようだ。

 物資が足りるはずもないが―――恐らくあの神性が異星から供給しているのだろう。

 そのような裏技で攻略されては、流石に一言で失敗と断じるわけにはいかない。

 

「……既にその失敗の沙汰は王より下されている。今更取り上げるものではない。」

 

 聖罰を防ぐために張られているだろうそれは、けして破れない壁ではない。

 サーヴァントであれば十分破壊できる。

 だが、薄壁一枚とはいえ隔離されている以上、円卓が王から離れるわけにはいかない。

 

「王によれば異星の神性は日に日に力が低下しているそうだ。

 現時点でも最早聖槍を防ぐだけの力はないだろう、とも」

 

「あんだけド派手にやってりゃな。

 初めて出てきてから、父上のロンゴミニアドを受け止め、ガウェインとやりあって、トリスタンから難民を逃がし切って、聖都を隔離するための結界を張って……

 そんで難民どもに住処の星から食料配達か? そりゃそうもなるだろうさ」

 

 肩を竦めるモードレッド。

 

「―――王がそう仰ったと言うなら、再び動き出す時が近い、と。

 そういう話と受け取ってもいいのだろうか?」

 

 ランスロットからアグラヴェインに向けられる視線。

 彼は微かに頷いて、その問いに対する答えを返した。

 

「たとえ食料などが足りていようと、山の民たちは既に管理できる以上の難民を抱えている。どう頑張ったところで、奴らが誘導しきれず取りこぼした難民はいずれ聖都に集まってくる。

 何せ、異星の神性のおかげである意味本来の聖都より目立ってさえいるからな」

 

「遠目で見たらキャメロットがでけーオレンジの果実だからな!

 初めて見た時思わず笑っちまったぜ!」

 

 外から見た聖都を思い浮かべ、けらけらと笑う。

 そんな彼女に対して溜め息混じりに注意するガウェイン。

 

「モードレッド、我らの城がフルーツにされているのですよ。

 もう少し真剣になりなさい」

 

「もう城がフルーツにされてるって字面で笑えるっつーの。

 んで、次の聖抜の儀の時に動くんだろ? オレはそっから外か?

 ランスロットもだろ? オレが外なのは文句ねえが、こいつが中なら文句あるぞ」

 

「―――次の聖抜の儀、まずは我が王により聖槍の解放を行う」

 

「……それはこの果実の天蓋を破り、異星の神性を撃ち落すためということでいいのだな?」

 

 神妙な顔をしてそう告げるアグラヴェイン。

 まるで王自ら動いて貰わなければならない状況を恥じるように。

 そんな彼に対して、確認を取るランスロット。

 

「無論だ。そこで異星の神性を撃ち落し、聖槍に収められるべき清き魂を選別する。

 その後は……ガウェイン、モードレッド、ランスロット。おまえたちが聖罰を実行せよ」

 

 ―――聖抜の儀。

 それこそ彼らの王の都市、聖都に迎えるべき善き魂のものを選別する儀式。

 ―――聖罰の儀。

 それこそ彼らの王に選ばれなかった悲しき魂たちに、慈悲を与える儀式。

 

 選ばれなかった、ただそれだけの無辜の民に聖罰を与える使命を帯びた三人の騎士。

 彼らは無言で頭を垂れた。

 

「………アグラヴェイン、私はどうすればいいのでしょう。

 念のために異星の神性に備え、王の護衛ということでしょうか」

 

「起きていたのか、トリスタン。その通りだ、おまえは王の盾となれ」

 

 少し驚いた様子のアグラヴェインの言葉。

 それを受け取ったトリスタンが悲しげにポロンと弓を鳴らした。

 

 

 

 

「まったくもって―――遅い! 遅すぎるわ!」

 

 急に声を荒げ、気を入れるオジマンディアス。

 

「カルデアども! 貴様らが訪れる前に、この時代の人理はとっくに崩壊したわ!

 この時代、本来であれば“聖地”を巡る攻防があったのだ。聖杯によって歪められ、魔神などという連中の温床になっただろう戦いがな」

 

「けれどその戦いは途中で、まったく違うものに変わった。

 聖地を守るものでもなく、聖地を奪い取らんとするものでもなく―――

 聖地を聖都と変え、この時代を支配した第三勢力の登場によって」

 

「ふん。正確には、十字軍は聖地を奪い取るところまでは行った。

 が、獅子王に壊滅させられ一晩であの地は聖都と変わった、なのだがな」

 

 忌々しいとばかりに声を荒げるオジマンディアス。

 さっきまでとは打って変わって猛々しい彼に、モードレッドが視線を向ける。

 

「それでおまえは、十字軍から聖杯を奪って逃げたってわけか」

 

「戯けが! 余は奴らの苦し紛れから召喚されたものだ! あの状況で聖杯を奴らに渡せば真実、世界は終幕だ! 円卓どもに背を向けることは業腹ではあったが、聖杯を確保しあの女に対抗するべく、こうしてエジプト領を顕現させたのだ!

 まったく……! 聖剣に選ばれるような者はどいつもこいつも!」

 

 何故そこまで聖剣を憎むのか、凄まじく嫌そうな顔をするオジマンディアス。

 そんな彼に対して舌打ちしながら、こちらも声を荒げようとするモードレッド。

 しかし背中に手が置かれて、振り返った彼女の目に映るのはブーディカの顔。

 ブーディカが首を横に振るのを見て、歯軋りしてモードレッドは静止する。

 

「チッ……!」

 

「……それで、オジマンディアス王。

 そこから先……聖都、そしてエジプト領。後は山の民だったか。

 そうして勢力が分かれた後の現状を教えてもらっていいだろうか?」

 

「思い上がりも程々にしておけ! 何故余がそこまで懇切丁寧に説明してやらねばならん!

 これまでの来歴はまだしも、現状などおまえたちが自身の足で見て回らねばならんものだ!」

 

 急にひたすら声を荒げるようになったオジマンディアス。

 彼はそこまで口にして、顔を顰める。

 そうしてから鬱陶しそうに、手にしていた聖杯を消した。

 そのまま玉座に背中を預けてしまう。

 

「……そういうわけだ、どうしてこの地がこうなったかは分かっただろう。

 後は貴様ら自身で見て回り、勝手にするがいい」

 

「勝手にって……オジマンディアス王、あなたはどうするんですか?」

 

「言ったはずだ、余は眠い。貴様らを追い返した後は、まずはゆるりと眠るだけだ」

 

 ツクヨミからの質問に、まずは眠ると堂々と言い返すオジマンディアス。

 そんな話をしているわけじゃないと、彼女が眉を顰めた。

 

「寝るって……」

 

「貴様らとの話に付き合ったのは、労いの言葉くらいはくれてやろうと思っていただけだ。

 我らは砂の民、長旅の苦しさを知るが故に遠方からの客人は無下には扱わぬ。

 ―――この地にくるのは完全に遅きに失したが。

 貴様らのこれまでの旅路に関しては、ファラオたる余も認めるところである。

 この地でも同じように見て回り、選び、そして再び余の前に立つがいい」

 

 そう言って完全に体を椅子に沈める。

 

「―――では帰れ、貴様らは今をもって我が領土を追放する。

 砂嵐は当分解除しておいてやる。聖都なり山なり、好きな場所に行くがいい」

 

 沙汰は下った、と。ニトクリスが杖を鳴らす。

 玉座の間からの退出を促すものだと、当然のように伝わってくる。

 

 確かに見て回らなければ何も分からない。

 けれど―――と。

 

 そんなことを考えていたソウゴと、ダビデの視線が交錯する。

 彼は「いいんじゃない? 君の思うようにで」と。

 視線だけでそう語る。

 

 ふと顔を上げると、立香も彼を見ていた。

 マシュも、オルガマリーも。

 ソウゴが今から問題を起こすんだろうな、と思って彼を見ていた。

 

 ―――じゃあいっか、と。

 彼は退出を促すニトクリスに逆らって、玉座に向けて一歩踏み出した。

 

「ねえ、王様! 俺もひとつ訊いていい?」

 

「―――――」

 

 無言。

 ニトクリスが厳しい顔をしてソウゴを見つめる。

 だがオジマンディアスの億劫そうな視線は、確かに彼を向いていた。

 

「ラムセス二世っていえばエジプト最強の王様で、あんたは自分こそ地上で最高の王様だって思ってるんだよね?」

 

「―――当然です。オジマンディアス様こそが至高のファラオ。

 それを分かっているのは悪いことではありませんよ」

 

 無言で返すオジマンディアスの代わりに答えるニトクリス。

 うんうんと満足気に頷いている彼女の顔はしかし、ソウゴの次の言葉で簡単に変わった。

 

「だから訊きたいんだけど……なんで獅子王と戦おうとしないの?」

 

 またも無言。

 ニトクリスはハラハラとしながら、二人の間で視線を行き来させる。

 すぐさま叱ればいいのか、それとも……と。

 

「……ほう? 余が獅子王との戦いを避けている、と?」

 

 ニトクリスが戦々恐々している間にオジマンディアスが口を開く。

 先程までから出していた面倒そうな声色ではない。

 ただただ楽しげな声。

 

「避けてるかどうか、じゃなくて。避けてるのは分かってるし。

 なんであんたは戦いを避けてるのか、って理由を訊いてるんだけど。

 もっと言うと……どっちの理由で避けてるの? ってこと」

 

 そう言いながら両腕を上げる。

 まずは右手を肩より高く上げ、ひとつ。

 

「あんたは最高の王様としてこの世界を救うつもりがあるけれど、相手が勝てないくらい強いから戦うことを選べない情けない王様?」

 

 次いで右手を下げ、左手を先程と同じ高さまで上げて、ふたつ。

 

「それとも、あんたは最高の王様だけど世界まで救う義理はないと思ってるから、自分の国だけ救って世界を見捨てるつもりの頑固な王様?」

 

 両方の例を挙げた後、ソウゴは微笑みながら玉座の王を見上げる。

 軽く問いかけるような、ごくごく平坦な声。

 問いかけられたオジマンディアスの笑みが、ゆっくりと深くなっていく。

 

「ねえ、どっち?」

 

「はわ、はわわ……何たる不敬! 不敬です! ファラオ、即刻裁きを……!」

 

「―――仮に、余がどちらかの王だったとしたら貴様はどうする?」

 

 ニトクリスを無視して、ソウゴに問い返すオジマンディアス。

 質問を返された彼は、あっけらかんとしながら言い放つ。

 

「変わんないよ? 俺は世界を救う最高最善の王様になるから……あんたが情けない王様でも、頑固な王様でも、力になって欲しいと思ってる」

 

 瞬間、ファラオの口から哄笑が溢れ出した。

 

「く、はははははははは――――ッ!!!

 余を愚弄しておいて、世界を救うために余に力を貸せときたか――――!!」

 

「愚弄? あんたも俺も、世界を救うのに力が足りないのは事実じゃん。

 それともあんたは、本当はそれだけの力があるけどやらないの?」

 

 だとしたら俺の勘違いだったかも、と。

 そこまで口にするソウゴを前に、オジマンディアスの笑い声が止まる。

 

「―――偽りはせぬ。認めよう、余では獅子王相手に相打ちが精々。

 だがそうしたところで、魔術王を止めることはできぬ。

 故に最悪の場合として、余は余の民のみをこの神殿に収めて人理焼却を回避する。

 そのような手段をもってこの地にエジプト領を召喚した」

 

「じゃあ俺たちとあんたが協力して世界を救えばいいじゃん。

 あんたと俺たちで獅子王を止める。次の特異点も俺たちが止める。

 それで魔術王のところまで行って、俺たちが止める。それで全部解決じゃない?」

 

 何でもないことのようにそう語るソウゴ。

 彼を前にして、オジマンディアスはその言葉を笑い飛ばした。

 

「は―――余が守るのは人の世ではなく、神々の法!

 その結果として、余の世界に生きる臣民の庇護をしているだけだと言うのにか!

 貴様は余に、浅ましき人の世全てを守れと言うのか!」

 

「え? そっか、あんたの守る世界ってそんな小っちゃいものだったんだ。

 うーん……でもあんたの言う神々の法ってのも多分、俺が守る世界全部の中に入ってるし……

 きっと問題ないよね?」

 

「無いと思ったか阿呆めが! 大有りだ!!

 よくぞ余を前にそれだけの大言を吐けたものだ!

 怒りを通り越して、外周を大きく回って感心にまで辿り着いたわ!!」

 

 玉座から立ち上がるオジマンディアス。

 怠惰をどこに置いてきたのか、先程まで眠ると言っていた男の熱量ではない。

 そんな彼を見上げながら、ソウゴは困ったように頭を掻いた。

 

「あんたにとって世界を救うって大言なんだ。

 俺にとっては―――最高最善の王様にとっては、当たり前のことだと思ってた」

 

「ふ、――――ふ、ふはは、はははははははははははははッ―――――!!!

 くははははははははははははははははははははははははははは―――――!!!

 余にとっては些事だが、貴様にとっては大言だという意味だ馬鹿者めが!!」

 

 立ち上がった彼の玉座の後ろに、宇宙が滲みだしてくる。

 砂漠で見たものとは比較にならないほどの神気。

 それがスフィンクスの王であると、一目で分かるほどの圧倒的な力。

 無貌の神獣の顔から光の渦が解き放たれる。

 

「ファ、ファラオ……っ!?」

 

 ソウゴの足元に炸裂し、立ち昇る光の渦。

 爆風に煽られ、カルデアの面々が後ろに追いやられ―――

 しかし、誰もソウゴの無事を疑わない。

 

〈ライダータイム!〉

 

 その圧倒的な熱量の中、“ライダー”の文字が宙を舞う。

 オジマンディアスへと殺到したそれが、スフィンクス・ウェヘムメスウトの腕の一振りで思いきり弾かれて、爆炎の中へと跳ね返っていく。

 

〈仮面ライダージオウ!〉

 

 返ってきた文字を顔面で受け止める。

 握り締めた時換銃剣ジカンギレードを振り抜いて、その身を包む熱波を斬り捨てる。

 

 払われた立ち昇る熱量。

 その中から歩み出し、オジマンディアスの前に姿を現すジオウ。

 彼が仮面の下で小さく笑い、完全に戦闘態勢に入った黄金のファラオを見上げた。

 

「やっと調子、出てきたんじゃない? そっちの方がラムセス二世、って感じする!」

 

 オジマンディアスはその言葉を受け、鼻を鳴らしながら髪を掻き上げた。

 

「―――無礼千万、だが此度ばかりは特に赦そう。

 神君たる余の世界と、醜く歪んだ人の世。それらを纏めて救わんとする気骨には見るものあり、としておいてやる。

 ―――故に。此度の闘争の理由はただひとつ! これなる戦いは、貴様が余の力を貸し与えるに足る者であるかどうか、それを見定める試練と心得よ!!」

 

 

 




 
チャオ!というただの挨拶に対する風評被害。
悪いのは一体誰だと思う?
―――万丈だ。
 


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大神、アモン・ラー光臨!-1304

 

 

 

 そうして。

 ずるり、と。目の前でオジマンディアスの首がずれた。

 首を断たれたかのように、滑り落ちそうなほどにずれる頭。

 

 だが彼はそれで絶命するどころか、忌々しいとばかりに顔を歪めた。

 

「……チッ、少し力を入れるとこれか。致し方ない」

 

 オジマンディアスが腕を掲げ、その手の中に再び聖杯を顕す。

 彼は胸元まで聖杯を運ぶと同時―――ずれた首の切断面から血を流し始めた。

 

 滂沱と流れ落ちる血が、黄金の杯の中に注がれていく。

 そんな光景を見て、マシュは状況をそのまま口にしていた。

 

「オ、オジマンディアス王……自分の血を聖杯に注いでいます……!」

 

 己の血で杯を満たした彼が、自分の手で首を元の位置へ戻す。

 そして彼の後ろから、スフィンクスが大きく身を乗り出した。

 

「―――うむ、今の余の肉体では強度が足りぬと見たか。

 よい。貴様の肉を余へ捧げることを許す」

 

 そう言った王が聖杯を掲げ―――その中から、彼が注いでいた血が溢れ出してきた。氾濫する血液の渦はオジマンディアス、そしてスフィンクスを呑み込むと更に膨れ上がっていく。

 

「―――――! この神気……!」

 

 アレキサンダーが、柱のような形状で固まり始めた血の塊に目を見開く。

 ギチギチと蠢動して、やがて固形化して聳え立つ血の柱。

 その表面が黄金に染まっていき、鼓動を開始する。

 

「―――貴様には喜ぶ権利と、哀しむ権利を与えよう。

 今から貴様を試すのは、余であって余ではない。

 余と立ち会う栄誉を逃した悲哀に咽び、命を長らえる可能性を得た歓喜に打ち震えよ」

 

 血色は引いて、黄金一色に変わった柱から声がする。

 その姿は魔神のそれであって、しかし魔神とはかけ離れた神性のそれ。

 煌々と輝く御柱は一際大きく光を放ち、己が名を宣言した。

 

「我が大神殿にて祀られし其の名、大神アモン・ラー!!」

 

「アモン・ラー……!? 古代エジプトの最高位神格……!?」

 

「ああ、流石に本物ではないけれど……身に覚えのある威光だね」

 

 そんなものが降臨するなどありえない、と。

 そう続けようとしたオルガマリーの言葉を、アレキサンダーが遮った。

 

 太陽神アモン・ラー、即ちギリシャにおける大神ゼウス。

 そしてアモンの子であると神託を得ている者こそ、アレキサンダー。

 そんな彼が目の前に降臨した神性を前に、小さく笑った。

 

「ほう、子が親の気質を間違うことはあるまい。

 ではあれこそは、間違いなく太陽神の疑似的な降臨というわけかな?」

 

「だとしたら僕はとても相性が悪いだろうねぇ」

 

 フィンが神々の王の似姿を見上げ、槍をその手に現した。

 そんな彼の後ろでしみじみと他人事のように呟くダビデ。

 直後に、黄金の柱の表面に光が奔る。

 

「ッ、マシュ!」

 

「―――はいッ!」

 

 光の斬撃が迸った。

 太陽神の輝きがそのまま刃と変わり、玉座の間全てに放たれる。

 熱線を伴う斬撃の渦。切断して焼き払う王の裁き。

 

 だがそれが彼女のマスターたちを襲うものであるのならば。

 それを防ぐために彼女は必ず立ちはだかる。

 掲げられるのはマシュの手にしたラウンドシールド。

 

 何度となく激突してくる刃。

 神殿の床を踏み締めて、マシュはそれを耐え抜いてみせる。

 

「ひゃ!? ファ、ファラオ・オジマンディアス!?

 わ、私も加勢……するべきでしょうか!? していいのですか!?

 ファラオ・ダレイオスも呼ぶべきか……ひゃあっ!?」

 

「メェエエリィイイイ―――アメンッ!!」

 

 大神の直近にいたニトクリスが攻撃に巻き込まれる。

 彼女は己の前に鏡を浮かべ、何とか自衛を開始していた。

 

 王の承諾を得ずに、王が手ずから開始した試練に割り込むことはできない。

 だが大神と化したオジマンディアスから意味のある返答はなし。

 どう行動すればいいか分からず、彼女は目を回し始めた。

 

〈タイムチャージ!〉

 

 光の斬撃を潜り抜けながら、ジオウがギレードのリューズを押す。

 そのカウントダウンを待ちながら、無作為に放たれる切断を確実に躱していく。

 

〈ゼロタイム! ギリギリ斬り!〉

 

「おりゃあああッ――――!」

 

 刀身にピンクの光を刃と纏い、ジカンギレードが振るわれる。

 斬撃の合間を抜けた彼の手により、黄金の柱に叩き付けられるジオウの刃。

 それは確かに直撃し―――

 

 ガギン、と。まるで刃が立たない音を出して弾かれた。

 

「かった……!」

 

 剣を叩き付けた腕に返ってくる衝撃。

 そこで足を止めたジオウに対し、黄金の柱が意識を向ける。

 無作為に放たれていた斬撃が明確に標的を定め、ジオウを狙いだす。

 

 痺れた腕で攻撃を防ぎ、その結果手の中から弾かれていくジカンギレード。

 

「っと……!」

 

 続けて迫る、無数に放たれた光の斬撃。

 その攻撃に対し横合いから、光と炎、白と黒、二色の剣弾が押し寄せる。

 それらと激突して、光の斬撃はジオウに届く前に消失した。

 

「―――あれだけ硬いと、破れる攻撃は多くないだろうね。どうする?」

 

 “約束されざる勝利の剣(ソード・オブ・ブディカ)”を振るいながら、ジオウに並んだブーディカが問いかける。

 

 彼女は戦車を出すことなく、剣と盾のみを構えて戦場に立つ。

 玉座の間は狭くはないが、同時に戦車を縦横無尽に乗り回せるほど広くもない。

 相手のあの攻撃範囲を考えれば、戦車を出す方が不利になるだろうという判断だ。

 

「―――スフィンクスもそうだったし、多分ぜんっぜん火が通らないわよあいつ」

 

 難しい顔で旗と剣を手にしたオルタはそう語り、炎の剣弾を再び射出した。

 同じくブーディカも剣を振るい、光弾で迎撃に移る。

 

「とりあえず……」

 

 彼女たちの声を受けたジオウが、後ろを見る。

 戦闘態勢に入っている他のメンバーを一通り見回し、手に取るのはウォッチ。

 それを起動しながら、彼は声を弾ませた。

 

「水と雷を試してみる!」

 

〈オーズ!〉

 

 即座にドライバーに装填し、回転させる。

 具現化されるタカとトラとバッタが鎧となってジオウのボディに合体する。

 そうして、彼はオーズアーマーへと変わっていた。

 

 ブレスターの文字に描かれるのはシャチ、ウナギ、タコ。

 青いオーラに身を包んだオーズが、体を揺らめかせた。

 そのアーマーの登場を見た立香が目を細め、ツクヨミに視線を向ける。

 

「―――ツクヨミ!」

 

「……ええ! フィン、お願い!」

 

「了解した、マスター」

 

 返ってくる返答を聞き、手の空いたマシュが立香を抱えた。

 今、アモン・ラーの攻撃はジオウの方へと集中している。

 この状況ならば、守りが少し緩んでもどうにかなるだろう。

 

 同時にダビデがオルガマリーとツクヨミを。

 背後に退く彼女たちが行動を起こしたことを見届けるのはフィン・マックール。

 そうして動ける状況になったのを見計らい、彼は槍の穂先を軽く揺らした。

 

「さて。太陽を落とすための戦い、神をも屠りし魔の槍がまずは一撃―――!」

 

 流石にその魔力の高まりは感じたか、アモン・ラーの意識がフィンに向かう。

 黄金の柱が煌めいて、光の斬撃がそちらに向けられた。

 だが押し寄せる光はフィンには届かず、正面から打ち砕かれる。

 光の斬撃は、彼の前に立ったアレキサンダーとモードレッドが通さない。

 

 フィンの周囲に水が取り巻き、渦巻く水流は槍の穂先に収束する。

 そして銘を告げるとともに撃ち放つ一撃こそ―――

 

「“無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)”――――!!」

 

 圧縮された水流が槍となって黄金の柱に激突する。

 表面が削られ、少しずつ失われていく肉体。

 

 邪悪に堕ちた神霊を穿ったフィン・マックールの神殺しの槍。

 それは太陽神を再現した魔神に確かに効果を発揮した。

 弾け飛ぶ太陽柱の破片と、それと衝突することによって撒き散らされる水。

 

 槍としての威力を発散して飛散する水は、しかしそこで終わらない。

 そのまま意思があるかのように、空中で繋がって黄金の柱に張り付きだす。

 水が繋がる先はオーズアーマーの腕部。

 青いオーラを鞭のように伸ばす彼の腕に繋がっていく。

 

「アレキサンダー! モードレッド!」

 

「了解―――ッ!」

 

「どこまで行っても悪趣味な金ピカだぜ、さっさと斬り倒す―――!」

 

 そうしながら叫ぶソウゴの声が、剣を構えた二人に届く。

 同時、締め付ける水の鞭に雷電が奔る。

 それに合わせるように、二人の放つ白雷と赤雷が黄金柱に叩き付けられた。

 

 水を伝い雷電が黄金柱の全身に伝播する。

 その雷に焼かれ、表面を破裂させていく太陽神の現身。

 砕けていく神の姿を見ながら、オルガマリーが様子を探る。

 

「やった……?」

 

「メェエリィイイアメン……! 再生の時、来たれり――――!!」

 

 瞬間、水の鞭と雷に蹂躙されていた黄金の柱が完治した。

 圧倒的な速度による超速再生。

 崩れ始めていた柱が瞬時に再生したのを目撃し、オルガマリーが顎を落とす。

 

「なんてインチキな再生速度……! しかも今の魔力の流れ……!」

 

「どうやらこの、彼の宝具である複合神殿で再生力を維持してるようだね。

 恐らく即死すらしない。この神殿が存在している限り、あれに死は存在しないんだ」

 

 オルガマリーを横に抱えたダビデがその様子を見て唸る。

 

 ファラオ・オジマンディアスの宝具、“光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)”。

 玉座において、彼は無敵にして不死身。

 その能力は当然、招来した魔神と重ねて自身をアモン・ラーと変えた今も継続している。

 太陽神アモン・ラーは不死。少なくともこの場においては。

 

「……神殿の破壊はいくら何でも現実的じゃない。

 だったら狙うべきはひとつしかないわ」

 

 何でもなかったように、再び光の斬撃を四方に撒き散らし始めた黄金の柱。

 その事実を目の当たりにして、同じくダビデに抱えられたツクヨミが口を開く。

 そんな彼女の言葉を継ぐのは、マシュに下ろされた立香。

 

「オジマンディアスをあの柱の姿に維持してるのは、多分聖杯―――!

 それを奪い取ればきっと、あの神様ではいられなくなる!」

 

「ですが、それをどうやって……!」

 

 マシュが盾を構え直して、殺到する光を塞き止める。

 その直後に身を隠した清姫が時折顔を出して、火炎を放って斬撃に少しでもと対抗した。

 

 アレキサンダーがブケファラスを呼び出し、その背に跨る。

 そうしてマスターへと問いかけた。

 

「だそうだけど、どうやって攻略するつもりだい? マスター」

 

「決まってるじゃん。相手は戦いの王様、ならその試練は正面から力尽くで!」

 

 あっけらかんとそう言い放ち、黄金のオーラを纏うオーズアーマー。

 ライオン、トラ、チーターへと変わるブレスターの文字。

 彼はトラクローZを走らせ、撒き散らされる斬撃を斬り払いながら少し下がる。

 

「ブーディカ! ひとっ走り、付き合ってよ!」

 

 視線を向けられたブーディカは、太陽神の斬撃を防ぎながら眉を顰める。

 

「―――ここで戦車を? でもこの状況じゃ回避は……」

 

「言ったでしょ? 正面からって!」

 

 ソウゴの宣言に冗談はない。

 彼は本気で、あの無限に再生する太陽の柱を正面から上回るつもりで言っている。

 確認する意味でブーディカの視線が立香に向かう。

 力強く頷き返されたことに苦笑して、彼女はマントを大きく跳ね上げた。

 

「しょうがない。付き合うよ、ソウゴ!

 “約束されざる守護の車輪(チャリオット・オブ・ブディカ)”―――――!!」

 

 彼女の背後から二頭の白馬が牽く戦車が出現する。

 即座に乗り込むブーディカとジオウの二人。

 その走行が開始される前に、フィンが軽く槍を回して構えてみせた。

 

「ならば()()()()()となる一部を穿つのは私の役目と見た。

 悪いがマスター、令呪一画を私に譲ってくれないかな?」

 

「―――ええ! 宝具を使って、フィン!」

 

 瞬間、宝具を放ったばかりのフィンの中に魔力が充填される。

 ツクヨミの手に浮かぶ令呪の一画と引き換えに、彼は再び宝具を放つだけの魔力を得た。

 

「今再び、神霊殺しの牙を剥こう。

 その身でとくと味わえ、“無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)”――――!!」

 

 流水が槍となり、太陽の柱に放たれた。

 令呪によって与えられた魔力全てを注がれて、水流の槍は先程以上の威力を発揮する。

 神の外殻を削り落としていく圧縮された瀑布。

 

 崩れていく体を揺すり、黄金が煌めいた。

 無作為に散っていた斬撃がフィンに目標を定めて殺到する。

 

「ダビデ!」

 

「おや?」

 

 名を叫ぶと同時に、ダビデに向かって突き出される天然石。

 それを見てダビデが、石を懐から取り出して突き付けてきたオルガマリーを手放した。

 同時にツクヨミも放して、オルガマリーに放られた石の数々を握り込む。

 

「ちょうどよかった。この辺り、拾う石がなくてね」

 

 惚けながらも腕から投石器を垂らし、そんなことを口にする。

 

()()()()()()! いい場所に投げなさいよ!」

 

 返答に代わり、行動によって返される回答。

 ダビデはオルガマリーに渡されたルーンストーンを投石機に乗せて回す。

 

 数秒と待たずに放たれた石はフィンの前、殺到する無数の光に直撃する軌道を描く。

 光の斬撃の前に立ちはだかる、ルーンより放射される星光の壁。

 壁に激突する神威の攻撃は一瞬止まり―――

 

 しかし、すぐさまそれを硝子の如く砕きフィンへ迫る。

 着弾する光の斬撃。

 それは神殿まで損壊させて、瓦礫と水を撒き散らして弾け飛ぶ。

 

 取り巻く水だけでは防ぎ切れず、しかし盾によって減衰した威力では仕留めきれず、ただ吹き飛ばされるに留まるフィン。

 彼は吹き飛んだ勢いで床を転がりながら、再生の姿勢を見せる柱を見上げた。

 

「―――だがこれで十分。

 太陽であっても、私の輝きには目が眩むということかな?」

 

 フィンの呟きを掻き消す轟音。

 白馬の蹄鉄が床を蹴り、戦車の車輪が回る。

 

〈スキャニング! タイムブレーク!〉

 

 白馬に牽かれた戦車に金色の光が噴き出す。

 日光の如きそれは明確にカタチを持ち、トラの如き頭と爪を現出させた。

 それは上に乗るジオウの意思に従い咆哮する。

 

「ブーディカ! 戦車だけ叩き付けて、そのままぐるっとお願い!」

 

 言われ、ガチャガチャと床を擦るトラの爪を見る。

 その刃をフィンが開けた穴に叩き込ませ、そのままぐるっと円を描き、柱を根本からこそぎ取ろうという話。

 だがそれが可能だとして、切り離した傍から再生されては意味がない。

 

「―――流石にそこまで再生は待ってくれないんじゃないかい?」

 

「大丈夫!」

 

 手綱で馬首を導きながら上がるブーディカの疑問に即答。

 次の瞬間、床を這う黒い炎が黄金の柱に届いていた。

 フィンが削って開けた柱の穴に飛び込んでいくその炎。

 

「オルタの……!」

 

「焼けなかろうが、少しくらいなら再生の邪魔になるでしょ……!」

 

 水気を蒸発させながら、体内で破裂する黒い炎。

 怨念の炎は神威による再生を僅かに阻害する。

 ほんの僅か、誤差のような数秒のロス。

 その数秒のうちに成し遂げるべく、白馬の疾走が加速した。

 

「いっけぇえええ―――ッ!」

 

 ジオウの意思に反応し、戦車に生えたトラの爪が黄金の柱に突き刺さる。

 そのままに戦車は速度を落とすことなく、柱の周囲を回るような軌道に入った。

 

 その状況に至ってアモン・ラーの狙いはただひとつに固定される。

 御柱の持つ全ての攻撃力が戦車に対して行使される前兆。

 輝く表面から魔力と神気が放たれる。

 

 それらは全て斬撃となって降り注ぎ、戦車を粉微塵に斬り裂かんと威力を発揮した。

 白馬の手綱を握るブーディカが同時に剣を振り、トラと化した戦車に乗るジオウが爪を振る。

 それでも防ぎ切れない攻撃が戦車を削っていく。

 

 柱の根元を刈り取る前に、こちらが先に崩れるのは明白。

 だがそれは当然、彼らだけだったならばの話で―――

 

「“疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”―――――ッ!!」

 

 ジオウとブーディカに完全に意識を向けていたアモン・ラー。

 その意識の外、フィンの槍で大穴が開いた正面。

 そちらから地面に奔る黒い炎を一跳びで越えて、黒い巨体が神体に対し突撃を慣行していた。

 

「このまま叩き付ける、いけるかい――――!?」

 

「行けます――――ッ!!」

 

 ブケファラスに同乗したマシュが光の盾を正面に構え、黄金の柱に迫る。

 全身から光を放ち、その神威を攻撃に使用しているアモン・ラーへ。

 柱の表面に接触すると同時、光の盾の表面が破裂した。

 

「――――ッ!」

 

 迸る神気。

 それに押し返されそうになりながらしかし、盾を押し込む力は緩めない。

 一瞬の接触の後に激しくスパークし、黄金の柱の表面と光の盾が双方弾け飛ぶ。

 

 その勢いで後方へと大きく吹き飛ばされていくマシュ。だがその代わりに、アモン・ラーの体表が自身のエネルギーの破壊力をそのまま受け、大きく罅割れ焼け爛れていた。

 

 体表の1/4が砕けた柱。

 それはそのまま斬撃の弾幕の密度の低下を意味し、戦車は止められない。

 それでも磨り潰すまでの時間が僅かに伸びるだけだ、と。

 神威の斬撃は全て戦車の方へと向けられて―――

 

「―――さて。紛い物とはいえ父神が相手だけど……

 悪いね、それはそれで……征服し甲斐があると思う性質なんだ。

 ―――――“始まりの蹂躙制覇(ブケファラス)”ッ!!!」

 

 英霊馬が嘶いて、その巨体が柱に全速力で突撃した。

 叩き付けられるブケファラスの両前脚。

 根元から大きく裂かれている柱がミシリと音を立て、大きく揺らいだ。

 

 同時に、雷光が弾けて柱の巨体を思い切り押し込む。

 揺らぐと同時にメキメキと悲鳴を上げ、傾いていく御神体。

 

「―――ブーディカはこのまま走り抜けて!」

 

「ああ!」

 

 柱が倒れてくる方向、その位置でジオウが戦車から跳ぶ。

 戦車を覆っていたトラのオーラも限界に至り消えていく。

 地に足をつくと同時、彼は胸のブレスターをサイ、ゴリラ、ゾウに変えた。

 

「モードレッドッ!!」

 

 灰色の光を纏うとともに発生する重力場が、倒れてくるアモン・ラーを捕まえる。

 それと連動させるように、両腕に集束していた拳状の光弾を撃ち放った。

 

 ―――放たれたゴリラの両腕が着弾し、遂に柱を床から千切り飛ばす。

 全身が罅割れ、損壊した柱。

 だがしかし、それは宙を舞いながら再生の前兆を既に見せている。

 このまま床に落ちれば、その場で再び根付き完全に再生するだろう。

 

 そんな柱に向けて、血色の極光を放つ王剣が解き放たれた。

 

「“我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)”―――――ッ!!」

 

 溢れ出す光。赤雷を伴う血色の極光が、未だ宙にある黄金の柱を呑み込んだ。

 亀裂の入った体が更に損壊し、バラバラに砕けていく。

 クラレントの光が過ぎた先、空中で舞い散るのは分割されたブロック片。

 だがそれでも、その柱の生命力に陰りはない。

 

 破片同士が元通りに繋がらんとして、空中にあるままに引き合っていく。

 その状況を見上げていたダビデが小さく笑った。

 聖杯。その由来との強い繋がりを持つ彼は、再び投石器を振るった。

 

 ガチャン、と。音を立てて砕け散る、ルーンの刻まれた天然石。

 ただの目印にするためだけの小さな魔術。

 それだけが込められた石が、ダビデ王が見定めた肉片に当たって砕けたのだ。

 

 石を当てられた肉片のひとつが、極彩色の光を放ちだす。

 疑う余地なしに確信を得ていたが、それでも目に見えた答え合わせにダビデが微笑む。

 

「当たりはそれだね。さて、最後の仕上げだマスター」

 

「了解!」

 

 その肉片を中心にするように、他の欠片が引き寄せられていく。

 だがそれに対し、緑色のオーラでできた人影が割り込んでそれらを抱き止めた。

 肉片の集合を肉片の数にまで分身して捕まえ、合流を防ぐ力業。

 

 ブレスターの文字は、クワガタ、カマキリ、バッタ。

 分身体たちが次々と抱えていた破片を投げ捨てる。

 中心となるあの聖杯に戻れないように。

 

 そうして、再び変わるブレスター。

 ―――タカ、トラ、バッタ。

 

 ブレスターの文字を変え、ジオウがバッタの脚力で跳躍した。

 瞬時に詰まる距離の中、タカの眼力が輝く聖杯の光の最も強い部分を見極める。

 距離を詰め切るまでの僅かな瞬間、見抜いてみせる聖杯を秘めた場所。

 その部分に対し、ジオウの腕が伸びた。突き立てられるはトラの爪。

 

「オォオオオオオ――――ッ!!」

 

 肉片に突き刺した爪が、その中で何かを引っ掛ける。

 それを引きずり出すように、ジオウは思い切り爪を引き抜いた。

 

「ウセルマァアアアトラァアアア……ッ!!」

 

 爪が引っ掛けていたのは極彩色の水晶体。

 それがジオウの手に渡った瞬間に黄金の杯と変わり―――

 

 宙を舞っていた全ての黄金の肉片が爆散した。

 

「ファ、ファラオ・オジマンディアス――――っ!?」

 

 空中で爆発四散して黄金の霧と変わっていく御神体。

 それを見上げていたニトクリスの悲鳴が神殿内に響き渡った。

 

「なんだ、騒々しい。静謐を旨とする神殿の中でいちいち騒ぐな」

 

 そしてオジマンディアスの呆れたような声がそれを叱責する。

 

「え、あ、はい! 申し訳ありません!」

 

 目を白黒させて跪くニトクリス。

 オジマンディアスはアモン・ラーが爆死した瞬間、当たり前のように玉座に座り直していた。

 彼の後ろにはスフィンクスが鎮座しており、やはり当たり前のように無事だ。

 

 唖然とするのはニトクリスだけではない。

 

「今のは死んだでしょ……!」

 

「何を馬鹿な事を……太陽王たるこの余が神殿内で死ぬわけあるまい。常識で考えろ。

 この場で余を殺せる者など―――まあ、どこぞにいるやもしれんが」

 

 頬を引き攣らせるオルタの言葉に、常識を説くオジマンディアス。

 彼はそんなことを言いながら、何度か首を傾けていた。

 何かを確かめるようにそうしていた彼が首を止め、ジオウを見る。

 

「で? どう、試練は合格?

 それともあんたの調子が悪かったから、みたいな感じで無効試合とか?」

 

「戯け、神王たる余の言葉は法。いちど法として認めたからには翻しはせん。

 よかろう、今回ばかりの同盟を結んでやろう。

 感涙に咽び泣くことを許す。余の耳障りにならない範囲であればな」

 

 そう言って尊大に玉座に座り直すオジマンディアス。

 そんな彼からあっさりと視線を外し、変身を解きながらソウゴが振り返った。

 

「じゃあ次行こっか。ねえ所長、次は山と聖都のどっち先に行く?」

 

「え? ええ、そうね……?」

 

「聖都は敵になる獅子王の本拠地なんだよね?

 だったら山の方に行って、味方を増やした方がいいんじゃない?」

 

 現時点で得ている情報を考え、山の民とは協力できる可能性があると言う立香。

 だがそう考えるには山の民の情報もないのが実情。

 

 無視されたオジマンディアスの眉が上がる。

 それを横で見ていたニトクリスが震えあがった。

 

「ふ、不敬な―――! ファラオの言葉を無視するなど……!」

 

「ねえねえニトクリス、山の民っていうのはどんな感じの人達なの?」

 

「山の民ですか? 彼らは山の翁と呼ばれる頭領を中心に、聖都の騎士から逃れた難民たちの世話をしている集団で―――違います! ファラオの言葉を何だと思っているのです!」

 

 怒鳴ったはずが質問されたことに律儀に答えようとして、しかし正気に返る。

 そのまま怒る方に舵を切るニトクリス。

 だが彼女に対して、ソウゴは不思議そうに首を傾げた。

 

「それはこれから決めることじゃない?

 俺たちと同盟を組んだってことは、俺たちが何かを言うまでもなく、ここぞと言う時に最高の援護をしてくれるんだよね? 何せ最大最強の王様なんだから。

 どれだけ期待しても期待以上に応えてくれるでしょ? あんたの言葉の大きさは、実際助けてもらってから考えても間に合うかなって」

 

 は、と。ニトクリスの横から息を吐く音。

 びくりと震えた彼女の隣で、オジマンディアスは軽く笑ってソウゴを見返す。

 また処刑が始まるのでは、と戦々恐々とするニトクリス。

 だが彼は玉座から立ち上がることもなく、悠然と微笑みながら言葉だけを返した。

 

「足りぬわ。首の調子も戻ってきたが故に、貴様から向けられる期待が軽すぎて肩が凝る。

 この余を動かしておいてその軽視。万死に値するぞ?」

 

「そう? 今まで引きこもってたんだから順当じゃない?」

 

 玉座に頬杖をつき、そのまま細めた目でソウゴを見るオジマンディアス。

 

 焦ればいいのか怒ればいいのか、あるいは怖がればいいのか。

 混乱してきたニトクリスが目を回して視線をうろつかせる。

 

「―――よい、今ばかりは見逃そう。

 だが獅子王めを討ち取り、魔術王を屠り、そうして世界を救った暁には―――

 余が貴様を捻じ伏せてみるのも一興かと思い始めたわ」

 

「じゃあその時には俺があんたより王様として上になってるよ。

 そうした方が、あんたも王様として捻じ伏せ甲斐があるんじゃない?

 もちろん、俺は負けないけど」

 

 徐々に細くなっていくオジマンディアスの眼。

 それをにこやかに見返して、ソウゴは焦りもなく彼に言葉を返していく。

 

「……ねえ、ニトクリスさん。倒れそうだけど」

 

 そんな彼らを見ていたツクヨミが、ふらふらしているニトクリスを指差した。

 何か最近慣れてきたな、と思い始めたオルガマリーが憐れむようにそちらを見る。

 彼女は目をぐるぐる回しながら、獣の耳のような頭の装飾も萎れさせていた。

 

「えー、ちゃんと家臣は休ませてあげなきゃ駄目だよ?」

 

「ほう? 余の与える仕事は過剰だったか、ニトクリス」

 

「いえ! いえ!? そのようなことはあろうはずもなく!

 王の中の王たるファラオ! オジマンディアス様の助けになれるのであれば、我が本懐!」

 

「……ぱわはらですね、ぱわはら」

 

 揺れるニトクリスの獣耳を眺めていた清姫がそう呟く。

 エリザベート枠だと思っていた失礼な感想を引っ込める。

 彼女はちょっとアホの子なところはあるが、振り回す側ではなく振り回される側だ。

 

 エリザベート枠は取り下げる。ニトクリスはカーミラ枠だった。

 

 

 




 
相手の体内から何かを引きずり出すことに定評のあるトラクロー
 


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広がる焼け落ちた大地1273

 

 

 

『それでオジマンディアス王と同盟を結んだ、と』

 

 太陽王の支配下である砂漠から外に出た上で、ようやく回復した通信。

 今までの情報を共有し終わったところで、ロマニは大きくを息を吐いた。

 

『聞くところによるとオジマンディアス王は本調子じゃなかったのかな?』

 

「―――そうね。

 わたしたちと合流しない……できないのは、彼自身が回復していないから。

 恐らく、そういう理由もあるのだと思うわ。

 何が原因で彼ほどの存在がそれほど不調になったのかは分からないけど……」

 

 大神柱と化す前に首がずれた、というのも恐らく不調の証明。

 彼の状態は意図したものではないはずだ。その不調さえなければ、彼は多分アモン・ラーになどならず、自ら手に剣を執りソウゴを試したことだろう。

 

 それだけ分かっているにも関わらず、詳細を把握していないオルガマリー。

 そんな彼女の様子に、ロマニはふぅむと唸った。

 

『理由は訊かなかったのかい?』

 

「当たり前でしょ、絶対ロクなことにならないもの。

 誓っていいわ。訊いても機嫌を悪くされるだけで、絶対に答えは教えてくれないわよ」

 

 間違いなく面倒な反応をされる上に、結局原因は教えてくれないに違いない。

 あの手合いが相手では、訊くまでもなく訊いたところで答えてくれないのが分かる。

 

 それどころか面倒な勝負を吹っ掛けられるまである。

 ただでさえあの戦闘でツクヨミが令呪をひとつ切らされたのだ。

 これ以上あの規模のサーヴァントとの戦闘は避けたい。

 

『……まあ、オジマンディアス王ほどのファラオならそうかもしれないね』

 

「最近、王様にも見慣れてきたわ。

 見てると何となくどういう方針の王様か分かってくるのよ。別に嬉しくないけど」

 

 彼女は溜め息混じりにそんなことをこぼす。

 それにどう返したものか、と苦笑いだけを浮かべるロマニ。

 確かに短期間に王様を山のように見てきた。

 しかも歴史に名を馳せた王ばかりだ。

 

『まあ……これからも別の王様を見る機会もあるだろうし、良かったんじゃないかい?』

 

「さあ? 王様なんて出てきたらさっさと同類に任せた方がいいし、わたしが分かっても大して役には立たないけどね。ただ、目下のところ会う予定の王様は……」

 

 慰めるようなロマニの声に肩を竦め、オルガマリーは周囲に視線を巡らせる。

 

 ―――ただの荒野、というわけではない。

 あるのは焼失して焼け落ちた黒々と染まった大地。

 目の前に広がるのは、死の大地と呼ぶべき命を拒絶する地平線。

 

『……気温は48度、相対湿度0%。大気中の魔力密度0.3mg……

 はっきり言って、人の生きる環境じゃない』

 

 水にも、魔力にも、乾いて餓えた大地。

 ロマニの計測を聞いていたオルガマリーが目を細める。

 オルガマリー・アニムスフィアのボディはダ・ヴィンチちゃん謹製故に、この程度の環境は空調の効いたオフィスと変わらない。

 

 純粋に過酷な環境程度だからこそ、それを想定されたカルデアの礼装を纏っているマスターたちも、普段よりは少し辛い程度で済むだろう。

 だが本来この土地に住んでいた住民はどうだろう。あるいは動植物は。

 こんな状況で生存できるのだろうか。

 

「……魔術王がこの特異点に降ろした聖杯の所有者はオジマンディアス王。

 そして彼は完全に聖杯を制御し、特異点に古代エジプトを召喚していた。

 つまりこの荒廃は……」

 

『聖杯とは別。いや、聖杯の存在すら必要なく、荒廃したということ……

 熱量の上昇はきっと、完全に世界が炎上していた特異点Fと同じだ。

 “まだ間に合う特異点”から、“焼け落ちた時代”への移行が始まっているということ』

 

 乾いた大地の上で、何故か消えない火がちらついている。

 この炎はきっと特異点Fのものと同質だ。

 今はまだ小さいものばかりだが、この特異点の深度が進行すれば、いずれ冬木のような光景になるだろう―――そして、最終的に完全に焼却される。

 

「……特異点F、ね。あの特異点であった王様に、また会うことになるわけか……」

 

『……ただ、記録上ではロンドンでも邂逅してる。ソウゴくんやモードレッドたちだけ。

 まあもう破棄してしまった記録だけど』

 

「聖剣ではなく、聖槍のアーサー王……オジマンディアス王もそれは把握していた。

 聖地を奪った十字軍から更にその地を奪い取り、一夜で聖都を建立……

 けれど教えてくれたのはそこまで。この地の現状を教えるというのは、協力するか否かとはまったく別の話、だそうだから」

 

 オジマンディアスは世界を救う戦いへの協力を確約した。

 だがそれはそれ、これはこれ。などと、彼は現状の説明を完全に拒否。

 協力してやるからさっさと砂漠を出ていき世界を巡れ、とだけ言って眠りについた。

 彼自身の回復のためなのだろう。

 

 ニトクリスならば世間話のフリをして聞き出せそうな気もしたが……

 残念ながら彼女自身も何となく自覚があるらしく、お口にチャックだった。

 口を一文字に引き結び、情報漏洩を注意した彼女に訊けることなどない。

 訊こうと思えば何となく訊けてしまいそうではあったが、そうするわけにもいかないだろう。

 

 こちらに協力すると言ったオジマンディアスが自分で見てこい、と言ったのだ。

 それは彼の協力を取り付けるに必要な条件でもある、と言っていい。

 

『実際に自分の足で回り、目で見てこい、と。

 確かにそれが必要なことだというのは分かるけどね』

 

 ロマニの苦い声。

 確かに必要なことだとは分かるが、この焼却寸前の大地を見るに残った時間は長くない。

 ―――とはいえ、いつまでも愚痴っていても仕方ないだろう。

 

 こうなった以上は、素直に状況から推測して行動していくべきだ。

 

「現状で確認されている勢力はエジプト、聖都、山の民。

 オジマンディアスの反応から言って、彼が不調になった原因は聖都ではないと思われる……

 つまり、それに関しての答えはひとつ」

 

『―――山の民、か。この時代、そして聖杯戦争……どちらにも縁が深い、“山の翁”が治めるアサシン教団を思わせるけれど』

 

「まあ、アサシンのサーヴァント程度があのファラオの神殿に何かできるか……という疑問は残るけれどね」

 

 暗殺者(アサシン)の語源。山の翁、ハサン・サッバーハ。

 ハサン・サッバーハと言う名は、代々襲名される暗殺教団の頭領の名。

 山の民を治める頭領、というのは恐らく彼らなのではないだろうか。

 そうなればファラオに対して何らかの不調を与えたのも、彼らということになる。

 

 可能かどうかは果てしなく疑問だが。

 

『うーん。それはまあ……場合によっては可能、なのかな?

 19人の山の翁はそれぞれ己の暗殺手段を昇華した宝具を持つと聞く。

 その中にオジマンディアス王にすら通じる何かが……あるのかも?』

 

「神殿において不死身のファラオに通じる暗殺手段、ねぇ……」

 

 ―――やはり、ファラオの不調の原因は円卓の騎士と当たったケースも考慮すべきか。

 そんなことを考え始めたオルガマリーに、ロマニが手を打つ音が届く。

 

『ああ、可能性の話ならアナザーライダーの可能性もあるんじゃないかい?

 新しい仮面ライダーの名前は鎧武、だったかな?』

 

「―――ウォズに言わせると、異星における生命の管理者だったかしら?

 常磐の話だとその仮面ライダーは本人が残っているらしいけれど……」

 

 星の外にまで話が広がった仮面ライダーの歴史。

 溜め息混じりに肩を竦めて、彼女はその場から少し小高い丘を見上げた。

 

 丁度彼女が視線を向けたタイミングで、そこから他のメンバーが駆け下りてくる。

 

「所長、所長! でかいミカンあった!」

 

「ミカン……?」

 

 この不毛の地でミカン……に限らず、果物が生っているはずもないだろうに。

 だが丘から降りてきた全員、ソウゴの言葉に頷いている。

 

「でかいミカンだったね、あれ」

 

「―――そう、ですね。ここからでは相当な距離があるはずですが……

 それでもここから見えるほど、大きなミカンとしか言いようがないですね……」

 

 感心するような物言いの立香。

 それに凄い微妙な顔で同意するマシュ。

 

「多分、あれがあるのが聖地だった場所だね。

 あそこへ向かうとするなら、あれ以上の目印はないんじゃないかな?」

 

 ダビデがそう言う。

 であれば、地理的にそのミカンが聖地―――聖都なのは間違いないだろう。

 時代が違っても彼の土地勘は信じるに値する、と思われる。

 

「その……つまり聖都の話なのよね? なんでミカン?」

 

「見た方がいいわよ、あれ。口で説明するもんじゃないわ」

 

「―――もしあれが本当にアーサー王の城に生えてるもんなら流石に笑うぜ、あれ。

 いや、笑えねえのか? 分かんなくなってきた」

 

 ぱたぱたと手を振ってそう言うオルタ。

 そんな彼女の後ろで、モードレッドが珍しく自信がなさそうに呟く。

 モードレッドすらもそんな渋い顔をするくらいのものがあるのか。

 

 最後に歩いてきたアレキサンダーとフィンも、説明しづらそうに表情を困らせた。

 

「絵面自体は愉快だけど、相当切羽詰まったものな気もするね。

 要するにあれはカタチはフルーツであっても、強力な結界……聖都と外界を分断するための存在であるはずだ」

 

「―――で、あろうな。そうなれば問題は、あれが張られた理由だ。

 あの結界の下手人がソウゴの同類となる存在なのは目に見えている」

 

 フィンがそう言ってソウゴの方に視線を向ける。

 それが仮面ライダーという属性のことを語っているのは言うまでもない。

 

「では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 仮にアーサー王……獅子王がエジソンのように、この特異点の人間だけを保護して人理焼却から逃れるつもりだったとしよう。その場合、あれは人間を聖都に保護できなくしてしまう」

 

「周囲の状況を見るに基本的に聖都とエジプト以外、この時代の環境は劣悪だ。

 山の民が生活しているらしい山の方だって、あまりよくはないだろう。

 この現状だけで、生活が出来ずに土地を離れ難民となる人間は多いんじゃないかな?」

 

 ダビデが周囲の渇いた大地、地獄絵図を見回してそう口にした。

 ロマニはここは人間が生活する環境ではない、と断じた。

 まったくその通りな話で、ならばここに取り残された人間たちはどうするか、だ。

 

 大地と運命を供にしよう、という敬虔なものもいるだろう。

 だがそれが全てではない筈だ。

 生活できる環境を探し―――それこそ聖地であった聖都を目指すものもいる筈だ。

 

「だとすると……助けを求めて聖都に行った難民も聖都には入れない。

 神様が保護の邪魔をしてることになっちゃう?」

 

 首を傾げる立香。

 この時代のものは命を長らえるために聖都を目指し……

 しかしそこにあのミカンが立ち塞がる。

 もし聖都が人を保護する場所であるならば、あのミカンは邪魔だ。

 

「流れてきた民を聖都に近づけさせない、これが目的の結界なのは間違いない。

 何故なのか、そこはさて……聖都に保護させないためか、聖都から保護するためか」

 

 そう言ってダビデが肩を竦めた。

 

「……聖都なんてもんが築かれている以上、分かり切ってるだろ。

 全部この世界の人間ごと囲って守りたい、ってならそもそも聖都なんて築かねえよ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんで父―――アーサー王なら、切り捨てるものを放置なんてしない」

 

 顎に手を添えて首を捻るダビデの後ろ。

 モードレッドが顔に苦渋を浮かべ、小さく息を吐きながら口にした。

 

「彼の王なら、全部きっちり自分で処分する。

 時間切れなんて理由で零れ落ちるのを待つ方じゃない」

 

「それはつまり……アーサー王は難民を処分している、ってこと?

 だからそれを防ぐためにあの壁が……」

 

 “聖都”を築いたのは確かな救いを齎すため。

 同時に、救うのは世界ではなく選別して自分の庇護下に入れた者だけ。

 それを示すためのものこそ聖都なのだと、モードレッドは言う。

 そして、庇護しないと決めた者を野放しにするような存在ではないとも。

 

「っていうと、あのミカンは難民を守ってアーサー王を閉じ込める壁でいいわけ?

 獅子王って奴はこの魔術王に対抗するのを諦めて、一部だけを助けて逃げようとしてる。

 その上、残していく連中は念入りに殺していく……だから閉じ込められた?」

 

「……聖都内部の環境がどうなのか、それはあたしたちには分からない。

 物資に限りがあるなら、救える者だけを救う。それが行動方針、というならそれは……」

 

 ミカンの中にいる騎士王を思い浮かべて鼻を鳴らすオルタ。

 彼女の言葉に難しい顔をしたブーディカが、視線を彷徨わせた。

 

「―――別にその行為の良し悪し関係なしに、その方針が気に食わないうちのマスターたちはカチコミかけるんでしょう? 私たちが全部救うから引っ込んでろ、って」

 

 そんなブーディカの様子に肩を竦め、オルタがマスターたちを見回す。

 彼女の物言いに目を細め、オルガマリーは眉間を指で押さえた。

 

「……もうちょっと言い方があると思うけど」

 

「ついさっきそう言って王様に喧嘩売った奴がいるじゃない」

 

 ぴ、とオルタの白い指が指差す人など確認するまでもなく、ひとりしか候補がいない。

 じぃと見つめる視線を集めるのは、当然のようにソウゴ。

 彼は特に気にした素振りも見せずに、軽く微笑んだ。

 

「誤魔化すような言い方しても伝わらないかなって」

 

「いい方針だと思いますよ。嘘はいけません、正直が一番です」

 

 ソウゴに同意してうんうんと頷く清姫。

 それを横目で見たアレキサンダーが肩を竦め、正面に向き直る。

 そうして彼が口にする疑問。

 

「……まあそれはそれとして、どうするんだいマスター。

 次の目的地としては、山か聖都の二択だったわけだけど。

 聖都が最終目的地なのはほぼ間違いない。その上で、次はどちらに行く?」

 

「俺は聖都を見に行くべきだと思う。何か神様もいるみたいだし」

 

『あっ、と……その件だが、仮面ライダーの干渉があるならスウォルツやアナザーライダーに注意した方がいいんじゃないかな?

 例えばそのミカン? は、アナザー鎧武の仕業だったりするかもしれないだろう?』

 

 ソウゴの夢、その内容を聞いた黒ウォズによって鎧武の存在は特定された。

 彼の言う夢の内容では、メガヘクスという存在が目の前でアナザー鎧武になったという。

 だがこれが予知夢だとして、どこまで考慮すればいいのかは分からない。既にこの時代でスウォルツがアナザー鎧武を作り出している可能性だって、けしてあり得ない話ではない。

 

 それを聞いた立香が腕を組んで首を傾げた。

 彼女の横にいたマシュも、それを真似するように一緒に首を傾げてみせる。

 

「でも、アナザー鎧武って出てくるの?」

 

「と、言いますと……?」

 

「だって本物の鎧武って人が多分いるんだよね? なら、出てこない場合もあるんじゃない?

 前に会ったディケイドとディエンド。あの二人のアナザーライダーも出てきてないし」

 

 むむむ、と唸りながら考え込むマシュ。

 確かに第三特異点で顔を合わせた仮面ライダーディケイドとディエンド。

 あの二人のアナザーライダーが出てくる様子はない。

 オリジナルがいれば出てこない、という話であれば、アナザー鎧武も出てこないはずだ。

 

「そういえば夢の中でもアナザー鎧武が出たら神様が鎧武じゃなくなっちゃったような?」

 

「同じ種類の仮面ライダーとアナザーライダーは共存しない、ということでしょうか」

 

 いつぞや見た夢を思い出しながら首を捻るソウゴ。

 アナザーライダーが発生した途端、鎧武が消失したように見えたはず。

 だとすれば、鎧武がいるならばアナザー鎧武はおらず、アナザー鎧武がいるならば鎧武はいない。

 そう考えられるだろう。

 

 鎧武に会うというソウゴの夢が予知夢の類だった場合、まだアナザー鎧武はいないはずだ。

 

『基本的に人理焼却によって人類の歴史は焼け落ちている、仮面ライダーもだ。

 それを拾い上げられるのがソウゴくんであり……』

 

「それを利用しているのがスウォルツと思われる、と」

 

 周囲を確認しながらそう口にするオルガマリー。

 この話題になっても、ウォズが姿を見せることはない。

 今回はウォズがいきなり生えてくるパターンではないようだ。

 

 ツクヨミは彼女がウォズを気にしているのに気付き、同じように周囲に視線を巡らせる。

 

「ウォズが出てこない。なら、こっちの動きはあまり気にしてない、ってこと?

 現状ならどう動いても大差ないってことかもしれないけど……」

 

 ウォズがソウゴの行動を把握しているのは間違いない、はずだ。

 だとすれば、忌避する行動は邪魔をしようとすると思われる。

 だが動かない以上、向こうとしては何も思うところはないのだろうか。

 

 今回、彼はソウゴの夢の話を聞いて明らかに動揺していた。

 何か動きがあってもよさそうなものなのだが。

 

「ここから山に行くか聖都に行くかはかなり大きな違いだと思うけど……」

 

 うーん、と立香が腕を組んで空を見上げる。

 彼女に寄り添っている清姫が扇で口を覆いながら、軽く首を傾けた。

 

「―――聖都の方は入れないのではないですか? わたくしたちも、その結界のせいで。

 でしたら、近づいても近づかなくても大きく変わらないでしょう」

 

「なるほど。山と聖都の二択、その上で聖都が侵入不可であれば実質一択だ」

 

 獅子王の動きを封じる結界。

 それがある限り聖都と外界が隔離されるのであれば、行っても入れない。

 だとすればどちらにせよ、彼らの次の行先は山の民の元ということになる。

 

「じゃあ次は山に向かった方が話が早い、ってこと?」

 

「そうだね。でも僕はマスターに賛成、聖都行きに一票かな」

 

 そう言ってソウゴを見るアレキサンダー。

 うん? と。ブーディカは、聖都行きを提案した彼に首を傾げる。

 

「聖都から外に侵略できず、聖都に入れない状況。

 これがその通りだったとすると、今は聖都周辺を安全に調査できるってことだからね。

 山の民と聖都についての話をする時、あるいは最終的にオジマンディアス王と聖都に攻め込む時。見ておいた方がいい場所であることには変わりない」

 

「それは確かに……」

 

 頷いて己のマスターの方を見るブーディカ。

 視線を向けられた立香はそのままそれをオルガマリーにスルーパスした。

 即座に軽く睨み返される。

 

「ただ、あまり油断はしない方がいいと思うね。

 聖都軍が外に出れないというのは推測だし、何より―――」

 

 ダビデがそう言いながら、ちらりとソウゴの方を見た。

 他はともかく、鎧武のことに関して状況を動かすのは間違いなく彼だろうと。

 

「異教の神がマスターの接近に気付いて、状況が変わることが十分にありえる。

 場合によっては、そこで決戦に発展する可能性すらある。

 先に山の民に接触するのも十分にありだと思うよ?」

 

 そんなことを言って。

 ソウゴやアレキサンダーに反する意見を出し、ダビデはにこりと微笑んだ。

 それを胡乱げに見たオルガマリーが気を取り直し、他のメンバーに視線をやる。

 

「……藤丸。あなたはどう思う?」

 

「え? ぇと、うーん……そう言われると難しいかも。

 ……でも山の民の方はニトクリスに聞いた情報しかないんだよね。

 聖都に向かったら挟み撃ちされない、とは言い切れないのかも。

 聖都の位置は分かり易いけど、山の民がどこにいるのかも分かってないし……」

 

 聖都の情報も多いわけではないが、それ以上に少ないのが山の民の情報だ。

 あるのはニトクリスが漏らした情報だけ、と言っても過言ではない。

 だから現時点で、山の民と協力して聖都と戦うことができる―――そうと断じてしまうのは、ちょっと難しい。立香はそう考えた、ということを口にした。

 

 そして聖都と山の民の両方を敵にする可能性。

 それを考えるのであれば、動き方には注意する必要もあるだろう。

 

「だとすると、常に砂漠側を背後にしていなければいけませんが……」

 

 マシュが背後を見ながらそう口にする。

 一応共闘関係にあるオジマンディアス王のエジプト領。

 こちらからいきなり山の民が現れる、などということはまずないだろう。

 そして今のカルデア陣営が撤退する先は、ここくらいしかない。

 

 基本的に聖都と山の民に挟まれないような場所を取る。

 そのうえで極力、咄嗟に砂漠に向かえる位置取りを心掛ける必要があるだろう。

 それを前提として、彼女が出す結論。

 

「……山の民を探しつつ、霊脈も探してタイムマジーンを確保する。聖都はその後。

 うん、私はこうするべきだと思うかな?」

 

「―――マシュはどう?」

 

 次に話を振られたマシュが、悩むように目を伏せた。

 そんな彼女の肩の上でフォウが小さく体を揺らす。

 

「そう、ですね。はい、わたしもマスターの案に同意します。

 どう動くにしても、全体的な機動力の底上げは必要になるかと」

 

「ツクヨミ」

 

「……私は聖都、だと思います。現地の様子見もあります。けど……」

 

 どう言ったものか、と言葉を詰まらせるツクヨミ。

 そんな彼女に、オルガマリーは続きを促した。

 

「けど?」

 

「……一番不味いのは、私たちが知らない間に聖都の状況が動くことだと思うんです。

 その前にソウゴとこの時代にいるっていう仮面ライダーが接触できるなら……それは多少のリスクを負ってでも、やっておかなきゃいけないことなような……」

 

「なるほど、ね。ええ、分かったわ」

 

 ツクヨミの答えを受け取り、オルガマリーも眉を顰める

 彼女はそうして大きく深々と溜め息を落とし、頭を上げた。

 

「―――とりあえず、今後の方針を示します。

 まず……わたしたちが次に向かうのは――――」

 

 カルデアの面々が彼女の言葉を聞いて、始動する。

 選ばれるのがどちらの方針であっても、やることは変わらない。

 やり遂げる、ただそれだけなのだから。

 

 

 




 
ピクト人はエラス様が作った蛮族だったりしませんか。
安心せえ、ブリテンの王は俺が継いだる!
 


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聖都開門 はじまる聖罰1273

 

 

 

「あなた方も聖都へ? そうですか、もしやこの国の外もこのような状況に……?」

 

「……そうですね。わたしたちが見てきた限りではおおよそ。

 近くに現れた砂漠はまだ大丈夫だったようですが……」

 

「砂漠に行かれたのですか? あの砂漠には踏み込んだ者を食い殺す魔物が出ると聞いていましたが……大丈夫だったのですか?」

 

「……人を食べるかどうかまでは分かりませんが……確かにその、魔物はいました、ね」

 

「ああ……やはり。だからあなた方も砂漠からは出て、聖都に向かっているのですね。

 聖都に辿り着ければ、民族や信仰に関わらずどのような人間でも受け入れられ、何の心配もしなくてよくなると聞いてはいたのです。

 半信半疑でしたが、村が焼けてしまった以上はどうしようもなくて……色々な場所を回っている旅の方でも同じ話を聞いているなら、聖都の噂は本当だと信じられそうです。

 ありがとうございます、この先の不安が晴れました」

 

「それは……その、何よりでした」

 

 聖都に向けて移動し始め、顔を合わせる事になったこの時代の人間。

 現地人の女性と顔を合わせながら、オルガマリーは視線を小さく後ろに送る。

 はいはい、と。心得たもので清姫をくっつけた立香が距離を離していく。

 清姫がいると世間話に誤魔化しをいれることも出来ない。

 

 砂漠越えのためにニトクリスから提供された全身を覆うマント。明らかに時代にそぐわない衣服をその布で隠しながら、彼女は可能な限り情報を引き出すために世間話を始めた。

 

「……ニトクリスさんの話によると、難民の保護は山の民が行っているはず。

 聖都に向かっているこの方たちにも、彼らからの接触があるのでしょうか……?」

 

 そう呟くマシュの頭の上で、鬱陶しそうに身を捩るフォウ。

 結果、彼女の頭を覆っていたフードが外れて顔が露わになる。

 慌ててフードを戻そうとするが、フォウが邪魔して被り戻せない。

 

 立香が清姫の頭を抱えて耳を塞ぎつつ、離れる前に少しだけ聞けた難民の言葉に首を傾げる。

 

「聖都に保護してもらえる、って噂があるみたいだね。

 どこから流れた噂なんだろう」

 

「聖地を奪って聖都を建てた時じゃないかしら。

 そこで大々的に示して、人を集めようとした……けど、あのミカンのせいで出来なくなった」

 

 所長が情報収集してくれている中、少し離れた位置で言葉を交わす。

 聖都ミカンの遠景を見上げながらそう言うツクヨミに、通信機からの声も届く。

 

『噂の域を出ていない、ということは聖都から帰ったものはいないんだろうね。

 だがそうなると……』

 

「多分、難民は相当数いるはずだ。周囲の環境がこうだからね。というか全ての民が難民、という規模だと言っていい。―――聖都による受け入れも排除も実行されていないなら、山の民が受け入れているという事なのだろうけど……」

 

 どこまで行っても不毛の荒野。

 地面には消えない炎がちらつく、生命が息づくはずのない環境。

 そんな光景を見渡したダビデが視線を逸らし、顎に手を添える。

 

「それほどの人数を、山で生活する集落が抱えきれるわけがない。

 となると、どこかそれを覆すための現象が必要なわけだ……まあ、大体予想はつくけど」

 

「まあ、仮面ライダー鎧武という存在の手引きだろうな。聞けば星をひとつ生物の住める環境に変えたが故の神なのだろう?

 山の環境を変えたのか、或いは自身の星に人を導いたのか、はたまた己の星から一国を支えられるほどの物資を持ち込んだのか。

 この状況でさえもちゃぶ台返しを成し得る反則技も考えられる以上、考察してもあまり意味はないことだろう」

 

 苦笑しながらそう語るフィン。

 相手が神に属するものであるのなら、その行動を測ろうをしても意味はないと。

 そんなことを口にした彼も、遠くに見えるミカンを眺めた。

 

「……どうせ情報は足りてねぇんだ、いま考えたって無駄だ無駄」

 

 鎧をすっぽりと覆うマントで身を隠したモードレッドが投げ槍にそう言った。

 彼女自身も何を思えばいいか図り兼ねているかのような、そんな調子で。

 

「……そうね。どちらにせよ、もうあそこに向かうと決めたんだもの。

 何があってもやり遂げる。今はそれだけ考えましょう」

 

 思考するよりも、今は周囲の状況に注意するべき。

 ツクヨミがそう割り切って、モードレッドの言葉に同意する。

 ダビデによれば、このまま行けば夜には聖都周辺に辿り着けるという。

 

 聖都に着き次第、周辺を調査。

 状況如何によっては夜闇に乗じて撤退することを選択する。

 その後は山に入り、山の民を保護しているものを捜索。

 

 そう方針は示されているのだから。

 

 

 

 

「このような夜更けにご足労願い、まことに申し訳ございません。

 これも我ら円卓の騎士の力不足が招いた事態。

 事が成された暁には、我らはどのような処罰でも……」

 

「よい、そのような話を聞きに来たのではない」

 

 玉座の前で傅く五人の騎士。

 アグラヴェイン、ガウェイン、ランスロット、トリスタン、モードレッド。

 

 彼らが前にするその玉座に腰掛けるのは、白の王。

 獅子を思わせるたてがみの兜。白銀の鎧に、白いマント。

 穢れなき純白の獅子王、アーサー王。

 

 彼女に促されたアグラヴェインは、即座に話を進める。

 

「は―――獅子王陛下。

 行き場を求めた民らが、聖都の門の前に集まってきております。

 どうやら既に山の翁どもの手は足りていないようで。

 今宵、この聖都に収める民の聖抜の儀を執り行いたいと思っております」 

 

「そうか。では―――あれを撃ち落とすか」

 

 獅子王が立ち上がる。

 彼女は自身の騎士にそれぞれ視線を送ると、腕を掲げた。

 その手の中に現れる聖槍、ロンゴミニアド。

 

 神威を宿したその槍を引っ提げて、彼女は天井を見上げる。

 

「本来ならば姿を見せ、民に聞かせるべきであろうが―――

 致し方ない、私は外に声のみを届けるものとする。

 我が騎士たちよ。それが終わり次第、この被膜を打ち破り聖罰を開始せよ」

 

「は!」

 

 太陽の騎士、湖の騎士、叛逆の騎士。

 三人の騎士が立ち上がり、進軍を開始した。

 目指すのは聖都正門。

 合図があり次第、王の意思を執行するための剣になるために。

 

「……王よ。異星の神性が民の方ではなく、こちらに降りる可能性もあります。

 私とトリスタンはこちらに」

 

「よかろう。供をせよ」

 

 傅いたままにそう進言するアグラヴェイン。

 王は天井を見上げたままに、彼に対して許可を出す。

 

「ありがたき幸せ。御身の無事は我が身命を賭して守り抜きましょう」

 

 アグラヴェインが立ち上がり、トリスタンに視線を送る。

 トリスタンもまた立ち上がり、愛弓をその手に顕す。

 今宵、神を撃ち落とすため。円卓の騎士が動き出した。

 

 

 

 

「……何で、こんなに?」

 

 夜の闇の中にあっても、その人の群れの数が尋常でないことに気づく。

 千に届くだろうか、という人々。

 それだけの人間がミカンと化した聖都の前に群れを成している。

 正門らしき場所、地上からすっぽりとミカンに包まれた聖都。

 

 この暗闇で表情は見えないが、様子から言って皆一様に疲れ切っているのだろう。

 いつ聖都に入ることができるのかと救いを求めている。

 

「……まあ、山の民も誘導しきれないということだろうね。

 仮に物資が足りても、面倒を見る人手と土地は用意できてない。

 難民が別の惑星に移民してる説は消していいかな?」

 

 フードの中で困った顔をしながら、ダビデがそう呟く。

 山の民がこれ以上の民の誘導を諦めていた場合、接触が困難になる。聖都への偵察と、そこに山の民が接触してくる可能性。その両方を考えてのこの選択だったのだ。山の民の方からこちらを見つけてくれない限り、最終的には山の中で目印もなく探し回る羽目になるだろう。ある程度近づけばカルデアの生命反応探知で見つけられる以上、絶望的に困難というわけでもないだろうが。

 

「それでどうする? このまま放置する、わけにもいかないんじゃないかな?」

 

 これだけの人数、はっきり言って何かが出来るわけでもない。

 だが、だからと言って放置もできないとブーディカは言う。

 今はまだしも、聖都付近はこの先どうあっても戦場となる場所だ。

 その周辺に彼らを置いておけば、どうなるかは目に見えている。

 

「はい……ですが難民の方々も、持ち合わせている物資が多いわけがありません。

 ここからどこか別の場所に避難してくれ、と言っても……」

 

 口惜しげに唇を噛み締めるマシュ。

 彼らを支えているのは僅かな水と僅かな食糧。

 あとは焼け落ちた自然の中で、僅かに残された動植物を狩っているのだろう。

 

 それでこの人数を延々と支え切れるはずもない。

 難民たちはこの状況を打開してくれる救いを求め、鎖された聖都を見上げている。

 

「―――こうなったら皆、砂漠の方に連れてくとか?

 山の民の方に足りないのが土地だとしたら、オジマンディアスに頼んで……」

 

 オジマンディアスは世界を救う戦いに協力すると明言した。

 つまりソウゴたちが戦いに必要だと感じたことは、幾らでも押し付けていいはずだ。

 難民たちを放置すれば決戦に支障をきたす以上、完全にセーフのはず。

 それ以外にないと判断し、ソウゴは彼らを砂漠に誘導するための話をしようとして―――

 

『―――人の根とは腐るもの。故に、最果てに導かれる者は選別する。

 限られた席に座ることを許されるのは、決して穢れず、あらゆる悪に打ち克つ魂のみ。

 不変にして、永劫。純真無垢な人間だけに、聖都の門は開かれる』

 

 空から、その潔白を疑いようがないほどに清廉な声が響き渡る。

 

「――――父上……!」

 

 空を見上げたそのモードレッドの反応。

 そこだけでこの声の主がアーサー王であることに疑いはない。

 

 オルガマリーも、立香も、ソウゴも、マシュも。

 少し調子は違うが、確かに聞いた覚えのある声だった。

 特異点F、冬木の地で確かに。

 

 その瞬間、夜闇を引き裂く強い光が難民たちの中から立ち昇る。

 数は三つ。難民の中で、三人だけ。

 

「なんだ、何の光だ!?」

 

「不思議……こんなに光っているのに眩しくない」

 

 不可思議な現象を前にして、難民たちが声を上げる中。

 ソウゴはジクウドライバーを装着して、聖都の方を見た。

 

「アレキサンダー、ダビデ、ブーディカ。

 この人たちを砂漠まで逃がすのに先導してくれる?」

 

「了解したいところだけど……無理だろうね。

 僕たちが誘導するために戦線を離れたら、間違いなく止めきれずに潰れる」

 

 アレキサンダーがマントを脱ぎ捨て、抜剣する。

 彼らの目の前で、聖都を覆うオレンジ色の球体が揺らめいた。

 内側から膨れ上がり、球体が歪んでいく。

 

 その光景を見て、モードレッドも同じくマントを脱ぎ捨てた。

 聖都を覆うミカンの罅、そこから溢れ出してくるのは()()()()()

 あれほどに邪悪な刃を振るうのは、円卓の騎士にはひとりしかいない。

 

「……まあ、そうなるわな」

 

 ミカンの皮が剥がれ落ちる。

 血色の刃の残光と、噴水のようにオレンジ果汁のような光が空に噴き出す。

 そうしてその瞬間、()()()()()()()()()

 

「――――空が……!?」

 

「太、陽……!?」

 

 日が暮れてまだ3時間も経っていない。

 夜明けどころか日が変わるのでさえもまだ先だったはずだ。

 だというのに、あの果実が破られた瞬間、()()()()()()()()()()

 

「……どーいうイカサマか知らねえが、ひとりしかいねえだろうよ……!」

 

 クラレントを抜き、聖都を見据えるモードレッド。

 そんな彼女の前で聖都から真っ先に踏み出す、金色の髪の騎士。

 太陽の輝きの下でより輝く白銀の鎧。

 彼は陣頭に立ち、難民に向き合いながらにこりともせずに口を開いた。

 

「皆さん。自らこの聖都に集まっていただいた事、感謝します。

 人の時代は焼け落ち、この小さな世界もまた同じように燃え尽きようとしている。

 主の審判は下りました。もはや地上に人の住まう余地はありません。

 ――――この、聖都キャメロットを除いて」

 

 踏み出してきた先頭の騎士に続き、紫の鎧の騎士、そして―――モードレッドが姿を見せる。

 更に後ろに続くのは、全身を鎧で覆った整然と列を成す騎士たち。

 

「我らが聖都は完全にして完璧なる純白、獅子王陛下による千年王国。

 この門を抜けた先には、万民にとって理想の世界が待っています。

 我が王は民族も宗教も問わず、あらゆる民を受け入れます。

 ―――赦しを得られた人間は、一切の例外なく」

 

 ガチャリ、と。

 構えた武器を鳴らして、整列していた騎士たちが歩みを開始する。

 聖都の治安を維持し、獅子王の意思を実行するための騎士。

 彼らが全て、選ばれなかった民を罰するため、粛清の騎士となって動き出した。

 

 それを前にした難民たちが、動揺して悲鳴を上げ始める。

 

「え、なに……!? 何で剣を私たちに向けるの!?

 聖都は私たちを受け入れてくれるのではなかったの!?」

 

「選ばれた……何人だ? 三人か? そいつらだけはな」

 

 円卓側のモードレッドもまた、そう言って歩みを開始し―――

 次の瞬間、全力で地面を踏み締めて突撃した。

 進行を開始した粛清騎士たちを追い越し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 盛大に激突音を響かせて、二振りのクラレントが絡み合う。

 撒き散らされる火花越しに、全く同一の顔が付き合わされた。

 

「ハ―――サーヴァント、ってのはこんなこともあんのか。

 まあ、殺す相手の事なんざどうでもいいけどよ」

 

「……ッ! は、“燦然と輝く王剣(クラレント)”を持ってアーサー王の騎士ごっこか?

 忠節の騎士ごっこがしてえなら、得物くらいは選べよ叛逆の騎士!」

 

 轟音を上げ、刃が弾け合う。

 切り返す剣が二度、三度と打ち合って互いの体を後方へと吹き飛ばした。

 体勢を立て直しつつ、円卓のモードレッドが鼻を鳴らす。

 

「まあ言われりゃそうだな。オレがこいつを手にしたのは、王に反旗を翻す時……

 こいつを手にして王の騎士、ってのは少し無理があるわな」

 

 同じく体勢を立て直し、クラレントを構え直すカルデアのモードレッド。

 その彼女の前で、赤雷が轟いた。

 

「チッ……!」

 

「ま、細かいことはいいから死んでおけ。

 これは慈悲だ。父上……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 “我が麗しき(クラレント)―――――!!」

 

「“我が麗しき(クラレント)――――ォッ!!」

 

 全力を注ぎ込む。もし押し込まれれば、難民ごと消し飛ばされる位置だ。

 魔力を総動員して、赤い稲妻と血色の光を刀身に帯びさせる。

 二人の叛逆の騎士は全力で剣を振り上げて、それに倍する速度で振り下ろしていた。

 

「――――父への叛逆(ブラッドアーサー)”ッ!!」

 

 

 

 

 戦車の上で剣と盾を打ち合わせる。

 そうして銅鑼の如き音を立て、難民たちの視線を自分に引き付ける。

 

「聖都は危険だ、皆ここから逃げるんだ!

 あたしたちが頼れる場所を知ってる! こっちに着いてきて!」

 

 ある程度注目は集められる。だが対抗馬は血色の極光の衝突だ。

 多くの難民たちはその光景に呆然とし、腰を抜かしている。

 これでは半分も逃がせない。

 その事実に歯噛みするブーディカの前、難民たちに粛清騎士が雪崩れ込んでくる。

 

「くっ……!」

 

 戦車を走らせては難民を轢くことになる。

 すぐさま宝具を跳び降りた彼女が、盾を構えて粛清騎士たちに立ちはだかった。

 振るわれる刃を盾で打ち返し、光を纏った剣で騎士たちを薙ぎ払う。

 

 直後、その騎士たちに吹き付けられる炎の渦。

 が、粛清騎士たちはそれを意にも介さず、すぐさま体勢を立て直した。

 炎を浴びせた清姫とオルタが苦い顔でその様子を見つめる。

 

「どっかで似たようなことあったわね……!」

 

「―――ですが、それにしても反応がありません。

 肌と肺を焼かれても気合で迫ってきたスパルタ兵士たちとは、明確に違います」

 

 粛清騎士たちは兜の炎を浴びても何の反応も示さない。

 恐らく、呼吸をしていないのだ。

 炎に炙られて熱された鎧に対して、何の苦痛も感じているように見えない。

 恐らく、温度を感じてさえいないのだ。

 

「中身空っぽってわけ? つまり―――叩き壊すしかないわけね!」

 

 復帰し、迫ってくる伽藍洞の鎧。

 それに対してオルタは剣を納め、竜の描かれた旗を振るって殴打することで対抗した。

 殴り飛ばされて地面を転がる粛清騎士。

 だが痛痒を感じてさえいないのだろう、それは即座に復帰しようと立ち上がり―――

 

 瞬間。空を翔ける白馬の牽く戦車が、その騎士の頭上から思い切り叩き付けられた。

 難民たちの頭上を飛んできた戦車。それは鈍器となって、騎士を完全に粉砕する。

 

 騎士たちは即座に対応を開始した。

 剣と盾の騎士、槍の騎士は足を止める。

 その後ろ、弓を手にした騎士が戦車を牽く白馬に向けて狙いを定めた。

 

 一瞬置いて放たれ、飛来する矢の群れ。

 だがそれは戦車の前に張られた青い炎のカーテンで焼き払われる。

 

 白馬の守りになるため、戦車に乗り込む清姫。

 ブーディカとオルタが殴り倒し、戦車が後から踏み潰す。

 これならば少し時間はかかるが、粛清騎士たちを殲滅することは可能だ。

 

「―――その戦車、勝利の女王とお見受けする。本来であれば礼節に則りたいところだが……既にこの地に集まりし者たちに、聖抜は行われた。

 選ばれなかった者はひとつの例外もなく、聖罰によって処断されるものである」

 

 ―――そこに、円卓最強の騎士が存在しなければ。

 紫の鎧を纏った騎士は、無手のままに粛清騎士たちの前に出てきていた。

 腰に剣を下げてはいるが、彼は戦場においてもまだ抜いていない。

 

「湖の騎士……!」

 

「ランス、ロット……!」

 

 オルタとブーディカが同時にその名を出す。

 狂戦士として召喚された彼を見知ってはいた。が、セイバーとしての彼を見るのは初めてだ。

 当然だがバーサーカーとはまるで違い、理性的に行動するランスロット。

 彼は軽く手を振るいながら粛清騎士たちに指示を出す。

 

「ランスロット隊は五名を私の後ろに配置し、聖罰の執行に戻れ。

 まずは選ばれし聖都の民を無事に確保せよ。

 一切の傷をつける事のないようにな、選ばれた者は既に獅子王陛下の臣民である」

 

「――――は!」

 

 粛清騎士たちが動き出す。

 彼の言った通り五人を残し、残りの騎士たちは彼女たちが背中に庇う難民たちへ向かうため。

 

「―――行かせると!」

 

 清姫が熱量を最大まで上げた炎を噴き出す。

 それを見て表情ひとつ変えず、ランスロットは腕を後ろに伸ばした。

 突き出される粛清騎士の槍。それを掴み取り、彼は己の宝具を起動する。

 

 粛清騎士の持っていたただの槍が、彼が手にした瞬間宝具と化す。

 ―――“騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)

 彼の逸話から発生した、手にした物を全て自身の疑似宝具と化す宝具。

 

 宝具と化した槍を半ばで掴みながらプロペラの如く回転させる。

 大火力の炎を当たり前のように受け流し、彼は残火を軽く振り払った。

 更に後ろから剣を受け取り、剣と槍。

 二つの宝具を備えて、ランスロットがブーディカたちを見据える。

 

「ご存じのようだが改めて名乗らせて頂こう。

 獅子王が円卓の騎士にして、聖都の遊撃騎士―――ランスロット。

 愛剣アロンダイトを抜かぬ不作法、どうかご容赦を願いたい」

 

 彼が踏み込んだ瞬間、地面が爆ぜた。

 紫の弾丸と化して大地を疾走するランスロット。

 盾を構えてその前に立ちはだかるブーディカ。

 宝具と化した槍の一撃が、彼女の盾を打ち据えた。

 

 

 

 

「変身―――!」

 

 この場において、最も危険で最も止めなければならないもの。

 直感的にそれを理解したソウゴは、変身しながらそこへ駆け込んでいた。

 

〈仮面ライダージオウ!〉〈アーマータイム! フォーゼ!〉

 

 空より飛来する白いロケットが合身。

 ジオウ・フォーゼアーマーとなった彼が、ブースターで加速しながら突進する。

 全力で加速した彼を前に、太陽の騎士はその場でただ剣を構えた。

 

 その反応を見て、悪い予感は更に加速する。

 ソウゴは即座にただの突進を別の攻撃方法に切り替えた。

 

〈フィニッシュタイム! フォーゼ!〉

 

 加速しながらのドライバー操作。フォーゼアーマーは変形し、ロケットモードへ。

 きりもみ回転を加えた突撃はフォーゼアーマーの誇る必殺の一撃となり、立ち誇る太陽の騎士に向けて解き放たれた。

 

〈リミット! タイムブレーク!!〉

 

「宇宙ロケットきりもみキィ――――ック!!」

 

 迫るジオウを前に、太陽の騎士が瞑目する。

 

「―――なるほど、星見(カルデア)の……見事です。万難を排し、こうして聖都まで辿り着いたあなた方のこれまでの戦いに称賛を。ですが……」

 

 目を見開き、目前まで迫っていたジオウの一撃に剣を振り下ろす。

 炸裂する熱波。剣撃の衝撃が大地を割れる。回転と加速で尋常ではない破壊力を有していたはずのジオウが、その一撃で地面に叩き付けられた。

 

「ぐ、ぁ……ッ!」

 

「―――獅子王が円卓の騎士。聖都の守護騎士、ガウェイン。

 聖都の門を乱し、聖罰の執行を妨害した罪。あなた方は私が処断します」

 

 全身各部のブースターを吹かし、強引に復帰した。

 ガウェインの振るう剣が振り下ろされる直前、両腕のブースターモジュールを交差し盾とする。

 直撃に盛大な火花を散らし、吹き飛ばされるフォーゼアーマー。

 地面を転がる中でアーマーが解除され、ジオウは通常形態に戻っていた。

 

 小細工のない純粋に圧倒的なパワー。

 それを体で味わい、歯を食い縛りながら何とか立ち上がる。

 

「っ、この……!」

 

〈ダブル!〉〈アーマータイム! ダブル!〉

 

 立ち上がりつつウォッチの装填。

 ドライバーが回転すると同時に二体のメモリドロイドが出現し、変形してジオウに合体。

 ダブルアーマーを装着し、ガウェインと向き合う。

 

 取り出すジュウ形態のジカンギレード。

 すると緑のアーマーは黄色に染まり、黒のアーマーは青に染まった。

 

「……俺たちがあの人たちを守ったことが罪だって言うなら、あんたたちに罪は無いの?

 ねえ、あんたの罪を……教えてよ」

 

「―――無論、あるとも。生前犯したものも、この地において犯したものも。

 数え切れぬ我が罪、それが贖い切れぬものだとしても―――この選択もまた罪だとしても。

 せめて今生は、我が王のために全てを――――!!」

 

 ジオウの放つ不規則な軌道を描く黄金の弾丸。

 それを正面から全て粉砕しながら、ガウェインが殺到する。

 そうして、ジオウとガウェインが再び交差した。

 

 

 

 

「……モードレッドが開けた穴は既に修復されたようです」

 

 円卓の騎士の出陣を見届け、戻ってきた粛清騎士。

 彼の報告を受けたアグラヴェインが王にそう伝える。

 あの壁は宝具で打ち破ることは叶うが、すぐに直るのだ。

 つまり、現状だと出陣した円卓に退路はないことになる。

 

 帰還するときはどうせまたモードレッドが宝具を撃ち込む気だろう。

 それを察して、弓の弦を鳴らしながらトリスタンが呟いた。

 

「帰還する時は私が穴を穿つのでも構いませんが……」

 

「不要だ。私の騎士たちの帰還する頃にはあの壁は消えているだろう。

 ――――()()()()()()()

 

 王が告げた言葉に、二人の騎士が眉を上げた。

 何が来るかなど聞くまでもない。

 

 数秒後、聖城キャメロットの天井が砕け散った。

 そこから黄金の林檎のような形状をしたエネルギー体が落ちてくる。

 張られたオレンジの結界を擦り抜けてきたそれは、着陸すると同時に解けていく。

 中から姿を現すのは、白銀の鎧。

 

〈極アームズ! 大・大・大・大・大将軍!!〉

 

 兜に輝く極彩色の複眼が槍を持つ王に向けられた。

 獅子王もまた兜の奥から覗く視線。

 互いの兜ごしに、両者の眼光が交差する。

 

「―――異星の神性よ、なぜ貴様はこの星の行く末に関わらんとする。

 貴様の出自がどうあれ、もはや貴様はこの星にとっては来訪者。

 当事者の決定に異論を挿む資格はあるまい」

 

「―――ろくでもない計画ばかり立てといてふざけんなッ!!

 勝手に救う奴を決めて! それ以外の奴を焼き払って!

 ……俺はそんな世界を変えるために、この力を使うって……そう誓ったんだ!!」

 

 鎧武の手が極ロックシードに伸びる。

 彼がそれを揺らすと同時、鎧武の手の中には武装が出現した。

 

〈ソニックアロー!〉

 

 創世弓ソニックアロー。それを引き絞り、獅子王へと解き放つ。

 だが放たれた光の矢は彼女にまで届かない。

 空中で音の刃が光の矢を斬り捨てる。

 

「―――ッ!」

 

「では、同じです。私たちもまた、あなたと。

 方法が相反し、敵対してしまう事は悲しい。ですが、私たちは退けません。

 世界を救うためにこうすると―――そう、誓ったのですから」

 

 アグラヴェインは無言で獅子王の前に立つ。

 その上で、トリスタンのみが鎧武に立ちはだかるように前に出てきた。

 

「……救いを求めている人たちを切り捨てて、一体何を救うって言うんだ!

 誰かの救いを求めて戦えるなら! 俺たちが本当に戦わなきゃいけないのは、犠牲を払わなきゃ守れない世界のルールだろ!!」

 

 ソニックアローを構え直して叫ぶ鎧武。

 それを聞いたトリスタンが、小さく口に手を当てて笑みを零した。

 

「―――ふふ、持つ力の割りに青臭いことを言いますね」

 

「あんたが笑う、その青臭いことを貫き通すために―――俺はその力を手に入れたんだ!

 例え何があろうと、俺は俺の信じた道を進み続ける!!」

 

「いえ、失敬。馬鹿にしたわけではありません。

 ああ……意図しない言葉で誰かを傷つけてしまうのは、私の性格のせいでしょうか」

 

 弓を手にしたトリスタンが悲しげにそれを鳴らす。

 突然、悲痛な表情と声を浮かべる彼。

 その態度の変化に対して鎧武が鼻白んだ。

 

「私は不思議でならないのです、人の心が分からない“嘆きのトリスタン”。

 人の心が分からず、王を傷つけた不忠者。

 人の心が分からない者が“反転”したならば、人の心を理解できるはずなのでは?

 だというのに、私に改善は見られない―――でしたら、ええ。やはり最初から、“嘆きのトリスタン”は人の嘆きなど理解してはいなかったのではないのでしょうか。

 最初から人の心を持っていないのであれば、“反転”した所で心を得られるはずもない。

 非道にして冷酷、情など持たぬ獣。貴様が人型であることさえ、何と烏滸がましい……」

 

「お、おい……!」

 

 ―――妖弦“痛哭の幻奏(フェイルノート)”。

 騎士トリスタンの宝具が哭く。音に添って空気の刃が迸る。

 ソニックアローの迎撃を抜け、刃が鎧武の体に幾つか直撃した。

 火花を散らしながら一歩下がる鎧武。

 

「ぐっ……!」

 

「―――獅子王が円卓の騎士が一。聖都の守護騎士、嘆きのトリスタン。

 民の嘆きも、騎士の嘆きも―――王の嘆きさえも。

 醜き獣であるこの私の心には、小波ひとつ起こせない。

 ああ、なんと……だからこそ――――私は、とても悲しい」

 

 トリスタンが閉じていた瞼を開く。

 光の消えた、何も映さない眼が鎧武を正面に見据える。

 音の刃が乱れ狂う地獄に呑まれながら、鎧武は息を呑んだ。

 

 

 




 
私は、とても悲しい(アイアンメイデン・ジャンヌ感)
その内出て来るかなと思ってましたが称号:シャーマンキング取得RTAとか走る兄貴中々出てこないっすね。
巫力125万!?うせやろ?ぼったくりやろこれ!
 


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祝福されし騎士539

 

 

 

「―――ダビデ! モードレッドの方へ!

 ……アレキサンダーは騎士たちを抑えて!」

 

「……そうだね、それしかない」

 

 立香からの指示が飛ぶ。

 それを受け、アレキサンダーがブケファラスと共に疾走を開始する。

 途中まで同行するため、ダビデもブケファラスへと腰をかけた。

 

「っ、フィンはソウゴを!」

 

「ああ、心得た」

 

 オルガマリーと立香、ツクヨミ。

 彼女たちを守るマシュを残し、そうして全員が送りだされる。

 故に手が足りない。

 

 この状況に怯え、逃げ惑い、神に祈る。そんな千人近い難民。

 彼らを誘導できるだけの指揮能力を持つサーヴァントは残らない。

 

 ブケファラスの疾走能力は全ての戦場を追い越し、粛清騎士軍団の中へと即座に突っ込んでいった。一気に乱される整列した騎士の群れ。英霊にまで至る巨大馬に踏みつけられた鎧は拉げ、粉砕される。アレキサンダーがあの騎士たちに遅れを取るようなことはないだろう。

 だがそれでも彼ひとりで抑えきれる数ではない。

 

 抜けてきた騎士、ランスロットが通した騎士たちが難民へと向かっていく。

 

「前に出よう!」

 

「出るにしてもあんたは後ろよ……!」

 

 走り出す立香を他の面々が追い抜き、そのまま戦場に突入する。

 動き出す彼女らの前で、騎士が難民の直前まで達した。

 振り上げられる粛清の剣。それを―――

 

「はぁッ―――!」

 

 剣を振り上げた粛清騎士の足を、ツクヨミがスライディングで刈り取った。

 腕を振り上げる勢いのまま後ろにひっくり変える騎士。

 同時に赤い光弾がその鎧を打ち据えた。

 その威力で、騎士の巨体は倒れながら背後へと吹き飛ばされていく。

 

「逃げて! 早く逃げて!!」

 

 先頭の騎士を崩したツクヨミが背後の難民たちに叫ぶ。

 彼らは目の前の惨状に着いていけず、反応は鈍い。

 しかし、自身らに振り上げられる凶器に怯え何とか逃げ始めた。

 

 難民たちに声をかけていたツクヨミに迫る後続の騎士たち。

 それらの前に立ち塞がるマシュの盾。

 

 振り下ろされる剣、突き出される槍、放たれる矢。

 あらゆる武装を前に、マシュは強く歯を食い縛った。

 

 奔る剣閃を正面から盾で殴りつける。軋むのは直剣。

 力押しで押し返された騎士が足を止めた。

 打ち破る事を即座に諦め、彼女の盾を制するための押し合いに移行する。

 

「―――――!」

 

 そうして力比べの体勢に変わった状況。

 その隙を突く為に、槍持ちの騎士が横合いに回り込もうと動き出す。

 

「下から行くわよ、マシュ!」

 

「―――了解!」

 

 背中に届くオルガマリーからの声。

 地面を跳ねるルーンストーンが彼女の股下を潜り騎士の足元まで転がり―――炸裂。

 直撃したところで騎士の鎧を壊すことは叶わない。

 だが踏みしめていた地面が突然崩れたことで、その騎士は体勢を僅かに崩した。

 

 盾を振り上げながら足を振るう。

 片足を置く地面を失い、体勢を崩した騎士に残されたもう片方の足を蹴り抜くため。

 互いのグリーブが激突して、ぐらりと。

 蹴り飛ばされた剣騎士の体が地面から離れ、大きく浮いた。

 

「たぁあああああ―――ッ!!」

 

 浮いた騎士の体を盾の縁が殴る。

 鎧を歪めながら吹き飛ばされた粛清騎士が、そのまま槍の騎士に激突した。

 絡み合い、纏めて転倒する二人の騎士。

 

「正面!」

 

 マスターからの警告に、視線を向ける。

 既に弓の騎士から放たれた矢は目前まで迫り、盾を振り上げなおす猶予はない。

 全力で振り抜き、地面に突き刺さった盾から手を離した。

 

 拳を握り、腕を翳す。

 集中するのは一直線に飛来する鏃の先端。

 それがガントレットの曲線に乗るように、確かな位置で受け止める。

 

 それはガントレットに中りながら、しかしそのまま軌道を逸らされていく。

 彼女の後ろにはけして届かない、届かせない。

 マシュの手が再び盾に伸び、確りとその武装を掴み取った。

 

 確認するのは、転倒している二人の騎士。

 痛みも何も感じていない様子のそれらはすぐさま復帰しようとしている。

 完全に鎧を破壊しなければ、あれらは止まらない。

 

「――――跳びます!」

 

 大地を蹴り付けるマシュの踏み込み。

 即座に、ツクヨミがファイズフォンXを弓騎士に向けて連続して発砲した。

 直撃したところでダメージは薄い。が、それでも空に舞うマシュへ矢を放てなければ十分。

 

 マシュは空中で盾を振り上げ、回転しながら落下を開始した。

 目掛ける先は当然、立ち上がらんする二体の粛清騎士の下。

 彼女は盾の縁を刃に変えて、流星の如く墜落する。

 

「ハァアア――――ッ!!」

 

 迎撃に振り上げられる剣、槍。

 マシュの盾はそれらも巻き込みながら、二つの鎧へ全力で叩き付けられた。

 二つ揃って胴体の半ばから爆砕され、千切れ飛ぶ白銀の鎧。。

 そのまま鎧は破片が撒き散らしつつ、魔力へと還っていく。

 

 着地の直後に体勢を立て直し、更に続いてこちらに向かってくる騎士に向き直る。

 

「マスター! ここで食い止めます、その間に―――!?」

 

 そう叫ぶマシュ。

 その直後、モードレッドが向かった戦場で雷が盛大に爆裂した。

 

 

 

 

「ははは――――! そりゃそうなるだろうさ!」

 

 撃ち合いを互角で終わらせ、どちらにも被害を齎さず血色の光は消え去った。

 その光景を見て、円卓のモードレッドがからからと笑う。

 そうしながらも彼女の手の中にあるクラレントには再び雷と光が噴き出す。

 

 霊基を軋ませながら、全力の魔力放出を呼吸の如く当然のように。

 カルデアのモードレッドが顔を歪め、その様子を睨み付けた。

 

「テメェ……!」

 

「同じ宝具を、同じ奴が使ってるんだ。だったら、先に撃ち損なった奴が死ぬだろうよ―――!」

 

 先の宝具衝突の残光が消える事さえ待たず、彼女は再び宝具を振り上げた。

 迸る血色の極光。王への叛逆を示す、憎悪の刃。

 

 同じく振り上げ剣を構えたところで、カルデアのモードレッドには魔力が足りない。

 それでもなけなしの魔力を注ぎ、王剣の輝きを呼び起こす。

 

「ガウェインのためのカラクリと同じ……! 何か授かってるってわけかよ……!」

 

 カルデアのモードレッドの視線が僅かに揺れ、空を見る。

 夜にも関わらず太陽を空に上げた異常。

 彼女の様子に円卓のモードレッドが口の端を吊り上げ、凶悪に笑う。

 

「ああ、オレが獅子王から授かった祝福(ギフト)は“暴走”。

 暴れて、暴れて、暴れ尽くしてそしておっ死ぬ。テメェらしいだろ?」

 

「―――かもなぁ……ッ!!」

 

 死力を絞り、注ぎ込んだ魔力。

 放出する雷ともそれを剣に纏わせて、二人のモードレッドは再び宝具を振るった。

 

「“我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)”―――――ッ!!」

 

 二度目の極光。二度目の衝突。

 だが拮抗からの相殺に至った一度目とはまるで違い、一瞬で形勢が傾く。

 カルデア側が一気に押し込まれ、そちらのモードレッドは歯を食い縛った。

 

「く、そっ……! ―――?」

 

 そうして口惜しげに顔を歪めた彼女の中に、魔力が雪崩れ込んでくる。

 原因など一つしかありえない。こんなことが可能な方法は限られているのだから。

 小さく笑い、強く強く地面を踏み締め、彼女は咆哮を上げた。

 

「オォオオオオオオッ―――――!!!」

 

「――――ッ!」

 

 形勢不利から一気に互角まで引き戻す。

 令呪の後押しを得たモードレッドの宝具は、祝福を得たモードレッドに匹敵する、

 弾ける光と雷の渦が、再びの衝突の中で同じように吹き飛んだ。

 

「……ああ、令呪か。まあマスターがいりゃそういうこともあるわな。

 で、今のと同じことが出来るのはあと二回か? なら、後三発で終わりだな」

 

 宝具激突の余波の爆風を浴びながら、円卓の騎士はそう言って再度剣を振り上げた。

 霊核の軋みなど何ともないように、彼女は凄絶に笑う。

 

 カルデアの騎士は小さく舌打ちする。

 残念ながら彼女のマスターの令呪はあと一画だ。

 仮に撃ち合いを続行した場合、二発でこちらが押し負ける。

 

「―――もう撃たねえよ、必要ねえ」

 

 だから彼女は走り出した。クラレントを構え、敵を斬り捨てるべく。

 呆れるように鼻を鳴らした円卓の騎士が光と雷を噴き上げる。

 迸る熱量は敵が接近する前に薙ぎ払うに十分な威力を持っていて―――

 

「“我が麗しき父への(クラレント・ブラッド)……ッ!」

 

 振り下ろせば終わりだ、という状況への確信。

 それを遥かに上回る死の予感に、彼女の直感が全力で警鐘を鳴らしていた。

 勘だ。だがそれは、このまま行けば確実に死ぬという確信。

 その予感に全力で従って、モードレッドは体を捻っていた。

 

 ガン、と。頭部を襲う衝撃。

 十分の一秒反応が遅れていれば、そのまま意識昏倒まで持っていかれただろう攻撃。

 それは、カルデアのモードレッドの背後から行われた投石の結果だった。

 

「“五つの石(ハメシュ・アヴァニム)”。

 ……うーん、直感と幸運による回避じゃどうにも詰め切れないね?」

 

 揺れる投石器は石を投げたという証左。

 モードレッドの援護に訪れたダビデは、少し困ったようにそう呟いた。

 

「十分!!」

 

 雷が爆ぜる。

 ぐらりと揺れた円卓の騎士に向け、クラレントの刃が奔る。

 こめかみから滂沱と血を流しながら、しかし円卓の騎士も復帰した。

 

「―――ッ、舐めんじゃねえッ!!」

 

 雷光が瀑布となって炸裂した。

 体勢の無理を、魔力放出による力押しで拮抗まで持ち直す。

 その瞬間、彼女の足元で警告のための石弾が弾け飛んだ。

 

 再び直感の警告。死の予感。

 円卓のモードレッドが強く歯を食い縛り、決断する。

 

 ダビデの放つ投石が殺到し、それをモードレッドは角によって迎撃した。

 急所への必中と昏倒の確定を、運と勘だけで頭への必中までに落とし込む。

 頭への必中までその影響を抑え込めるならば……

 

「くそったれ……!」

 

 “不貞隠しの兜(シークレット・オブ・ペディグリー)”。

 宝具でもある鎧の兜を展開し、顔を隠したモードレッドが毒づく。

 その兜に生えている角で、彼女はダビデの投石を迎撃していた。

 本来意識を刈り取る一撃を、頭で受け止める事で凌駕する。

 

「ッ、巨人狩りの宝具なんぞがオレに効くか―――!

 巨人なんぞアーサー王も狩ったもんだ、そんなもんでオレが狩れると思うなッ!!」

 

 雷鳴が奔り、投石を続けるダビデに差し向けられる。

 困ったような顔をしながら回避に映る彼。

 

「そこまで考えて石を投げてるわけじゃないんだけどね」

 

 意識を他所に割かざるを得なくなかった円卓の騎士。

 そんな彼女に対して、カルデアの騎士は更に踏み込んだ。

 互いのクラレントが火花を散らし、睨み合う視線が交差する。

 

「頭守りたきゃそうするしかねえよな……!

 んで、それ被ってりゃクラレントは使えねえ……んじゃあ、続けるとしようぜ!

 どっちかが死ぬまでよ―――!!」

 

「……上等ッ――――!!」

 

 カルデアのモードレッドもまた兜を展開する。

 兜に覆われた頭部を叩きつけ合って、彼女たちは剣閃を加速させた。

 

 

 

 

「―――なるほど」

 

 立ち上る赤雷が小さくなったのを見て、ガウェインが片目を瞑る。

 敵にもモードレッドがいる以上、抑えられるのはおかしくない。

 だが形勢不利に傾けられるほどにやるのは驚きだ。

 

 彼らもここに至るまで、幾度も死線を超えてきたのだと。

 その立ち回りから感じる、彼らの確かな経験を理解する。

 

 他の戦場に意識を割きながら、しかし手が緩むことはない。

 確実にジオウを粉砕せんと、太陽の剣閃は迸る。

 

〈フィニッシュタイム! ダブル! ギリギリスラッシュ!〉

 

 アーマーを赤色と鋼に変えて、ジオウは剣を構え直した。

 鉄壁の硬度を得たジカンギレードがガウェインの剣と鍔競り合う。

 撒き散らされる陽光に身を焼かれながら、しかし何とか踏ん張ってみせる。

 

「こ、んのッ……!」

 

 全力で踏み止まるジオウに対し、ガウェインにはまだ一歩余裕が残る。

 そのまま押し込むだけで潰せそうな力の差。

 

 ―――太陽の騎士、ガウェイン。

 日中、日輪の下において彼は能力を三倍に引き上げる。

 ただでさえ特級の英霊である彼が、更に三倍の能力を得ているのだ。

 既に時刻は夜中。日中の筈がないというのに。

 

 回り込んでくる水流に意識を向け、ガウェインが回避に移った。

 ジオウを力任せに吹き飛ばし、背後から襲う水を蒸発させる。

 

「日中限定で三倍。なら戦場を常に日中にすればいい、という考えか。

 中々どうして分かりやすい。故に対処のしようがないね、これは」

 

 苦笑しながらぼやきつつ、フィンは常にガウェインの後ろを取りに行く。

 正面から突っ込むジオウに踏み込み切れないよう、常にその首を狙い続ける。

 

「―――私が獅子王より授かりし祝福(ギフト)は“不夜”。

 我が戦場において太陽が沈む事はなく、故に私が敗北することはない」

 

 つかず離れず、意識を逸らし踏み込ませないことに終始するフィン。

 そちらに向かい斬り捨てようとすれば、体勢を立て直したジオウが鋼の刃を振るう。

 太陽の剣でそれと何度となく剣を交わしつつ、ガウェインが眉を顰めた。

 

 時間稼ぎの動き。

 難民を逃がしたいカルデアにとっては、そうおかしい動きではないだろう。

 ただフィンに多少時間を与えても、彼は宝具を解放する様子を見せない。

 痛打を与えられる可能性すら無視し、純粋に時間稼ぎに終始しているように見える。

 もっとも、仮に宝具を解放されたところで纏めて斬り捨ててみせるが。

 

「……と、なると」

 

 彼はモードレッドとランスロットの戦場を意識する。

 未だ聖都に収められるべき民は迎え入れられていない。

 よって、聖剣の発動は論外。

 モードレッドはギフトによる恩恵を潰され、泥仕合の様相。

 ランスロットは勝利の女王の守りに対抗している。

 

 ―――ランスロットが動くタイミングでないとする以上、現状のまま続行だ。

 一切の油断も躊躇もしない。確実に、崩すべき時に崩し切る。

 そのタイミングを待つように、ガウェインが大きく踏み込んだ。

 

 太陽の熱と共に振るわれる聖剣。

 鉄の頑強さをもって盾となる剣と、水を撒き散らす槍。

 二つに凌がれ、攻めあぐねるようにガウェインは眉間に皺を作り出した。

 

 

 

 

 モードレッドとの戦場が最も勝算がある、と判断した。

 ガウェインはジオウとフィン、二人がかりで足止めにしかならない。

 ランスロットはブーディカ、清姫、オルタ、三人がかりでさえ押されている。

 だからこそ。円卓のモードレッドを早期撃破することで、こちらのモードレッドとダビデをどちらかに回すことを当然のように考える。

 

 アレキサンダーが掻き乱し、それでも抜けてきた粛清騎士はマシュが止める。

 それだって長く保つ話ではないのだ、状況の改善は早急に求められた。

 

 モードレッド同士の一騎打ちなら互角。

 ダビデの援護が入れば、カルデアのモードレッド有利。

 その不利を、溢れる魔力で互角まで引き戻すのが、円卓のモードレッド。

 

 ならばもう一つその戦場のバランスを崩す援護を行えるならば、そこに勝機がある。

 だが同時に、問題はそこだ。

 この戦場で最も不意打ちが通用しない相手……それがモードレッド。

 ダビデの援護すらも何とか突破し、そのまま自身の同一存在と戦闘しているほどの相手だ。

 

 だから何か、それほどの行動を可能とする彼女の直感を上回る何かを―――

 

「―――! フォウ!」

 

「フォウ? ―――フォ、キャーゥ!」

 

 立香が自分の肩にいたフォウを投げ放つ。

 そうして投げられた彼が()()()()()()()()()を把握し、自分の仕事を理解した。

 着地して、そのまま地面を走り出すフォウ。

 

 その直後、彼女は叫んだ。

 

「ダビデ、モードレッド! これで決めて!!」

 

 振り被り、続けて投げる更なる物体。

 それは空中で開くように変形し、鳥の姿を模したかたちへと変わっていた。

 

〈ブリザードホーク! 凍っタカ! タカ!〉

 

 冷気を纏い飛来する飛行物体。

 それを差し向けられた円卓のモードレッドが兜の下で目を細める。

 直感は変わらず警鐘を鳴らし続けていた。

 が、それはダビデがこちらに構い続けている以上、消しようがないもののはず。

 

「チィッ……!」

 

 ダビデに脅威を感じても、あの小さい鳥のようなものには脅威は感じない。

 敵のマスターの一人がそう宣言したからと言って、必要以上に意識を割く理由はない。

 そうして気を散らすことが目的の可能性もあるのだから。

 

 カルデアのモードレッドが踏み込み、剣を振るう。

 割り振る意識はそれに6、ダビデに3、新しい飛んでくるのに1。

 

 クラレント同士を打ち合わせ、僅かに押し込まれる分は魔力放出の勢いで押し返す。

 視界の端でダビデが再び投擲の姿勢に入った。

 警告代わりに確定で外れる投石が彼女の足元に幾つか刺さり―――

 

 ―――視界の端でちょろちょろ飛ぶだけの鳥が鬱陶しい。

 だが切り払うだけの余裕はない。

 苛立ちながらもう一人の自分と切り結び、直後に来るだろうダビデの攻撃に意識を向ける。

 

「モードレッド!」

 

 その名を呼び、ダビデが必中の一撃を投げ放つ。

 過たず中るだろう軌道を描き、魔弾はモードレッドの頭部へと殺到した。

 しかし彼女はそれを、斬撃を交わしながら首の動きだけで迎撃する。

 直感、幸運。その相乗効果により、兜の角で投石を打ち払う。

 

「――――あ?」

 

 ガシ、と。兜の上で音がする。

 ダビデが投げ放ったものを、彼女は確かに兜の角で迎撃した。

 そうして……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

〈スイカアームズ! コダマ!〉

 

 円卓のモードレッドの兜の上、角にしがみついたコダマスイカが動き出す。

 心底から溢れてくる直感による警鐘が最大限に膨れ上がった。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 フォウが背に乗せ運んだコダマスイカ。

 それを受け取ったダビデが、ウォッチを石の代わりに投げた。その結果。

 ダビデの投擲それそのものが致命傷になりえるものであったが故、見過ごした可能性。

 

「ッ……!?」

 

 投げられるものに細工があるからこその直感の警告だったという事実。

 

〈スイカボーリング!〉

 

 コダマスイカが球体になり、兜の上を転がった。

 速度も威力も大したことのない顔面への体当たり。

 しかし赤いスイカの果汁を撒き散らしながらのそれは、目晦ましには十分だ。

 

 風を焼く雷電を纏わせて、カルデアのモードレッドがクラレントを投げ放った。

 片腕で剣を乱雑にスイング、飛来するクラレントに叩き付けて打ち払う。

 更に全力で魔力を放出。コダマスイカごと周囲のものを赤雷で薙ぎ払ってみせる。

 

「こんな小細工で――――!」

 

 そう叫ぶ彼女の顔の先。

 吹き飛ばされたコダマスイカに、空中でタカウォッチロイドが激突した。

 衝突の勢いで吹き飛ばされ、再びモードレッドに向かってくる球体。

 

〈コダマビックバン!〉

 

 それが空中で実際のスイカサイズのエネルギーボールと化し、兜の顔面に激突した。

 直撃すると同時に砕け散り、果肉と果汁を撒き散らすエネルギー体。

 

「ガッ……!?」

 

 兜の上からとはいえ、それなり以上の衝撃。()()()()()()()()()()

 それはつまり、

 

「オォオオオオオオッ――――!!」

 

 雷光一閃。カルデアのモードレッドが、彼女の殺す瞬間に他ならない。

 魔力を赤雷に変え、大気を焼き切りながら王剣が振り抜かれる。

 狙うは当然、円卓のモードレッドの頸。

 次の瞬間には、致命的な隙を晒した者が息絶えるというその刹那。

 

 勝者となるはずだったカルデアのモードレッドが兜の下で目を見開いた。

 自然と視線が横に向かう。その遥か先……

 

 ブーディカたちに粛清騎士をけしかけて、代わりに弓を持ちこちらを見る―――

 湖の騎士、ランスロットがいた。

 

 

 

 

 後ろに残していた騎士四人を同時に動かし、ブーディカたちに差し向ける。

 残していた一人の武装、弓を受け取ったランスロットが見るのはただ一人。

 離れた戦場で戦闘をしているモードレッド。

 

 モードレッドの戦場がカルデア側の突破口ならば、こちらもそれに注視するのは当然だ。

 ガウェイン、ランスロットとの戦場では彼らは無理をしない。戦闘を長引かせるように守勢に徹する。先にモードレッドを攻略し、その上での逆転を狙うからだ。

 

 ―――逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そうしなければ突破口を開くことができないからだ。

 なら話は簡単だ。ガウェインとランスロットは守勢に付き合い、モードレッドの戦場で無理に決めようとしたところを横から崩せばいい。

 

 己の腕で掴み、疑似宝具とした弓を放つ。

 その危機感を察知し、カルデアのモードレッドがランスロットの方を見る。

 だが既に遅い。宝具化した矢は既に放たれ、彼女の肘へと突き立っていた。

 

 ―――疑似宝具如きでモードレッドの鎧を貫通させるのは不可能だ。

 故に鎧に守られていない関節の撃ち抜く程度が限度。

 こちらのモードレッドとの勝負の中で兜を展開していなければ、頭を撃ち抜けたのだが。

 

「こん、のォッ――――!!」

 

 オルタが騎士を旗で殴り飛ばすと同時、剣を地面に突き刺した。

 粛清騎士の間を抜いて、地面から黒い槍が無数に突き立ち向かってくる。

 

 ランスロットは弓を背後に投げ捨て、粛清騎士に返す。

 そのまま無手になった彼は、地面から突き出してくる呪いの炎の槍を掴み取ってみせた。

 

「なっ……!」

 

 驚愕するオルタの前、彼はそれさえも己の宝具として染め上げた。

 

「―――私が獅子王陛下より授かった祝福(ギフト)……属性を“凄烈”。

 如何なる呪詛も、我が身を侵すことは叶わない」

 

 ランスロットという肉体への負の干渉、その全てを破却する守護―――“凄烈”。

 ジャンヌ・オルタの放つ呪詛の炎の一切を無効とし、彼は炎の槍を我が物とする。

 けして汚せない湖は掴み取った呪いの槍を構え直す。

 そうして、即座にオルタへと向けて投げ放った。

 

「オルタ!」

 

 剣から放つ光弾と盾でそれを撃墜するブーディカ。

 彼女がそれで体勢を崩したのを見て殺到する粛清騎士たち。

 白馬が嘶き、その鎧に対して自分が牽く戦車を鈍器の如く叩き付ける。

 

 一緒に振り回された清姫が戦車にしがみつきながら口惜しげに表情を歪めた。

 

「不味いですね……あちらも……!」

 

「―――今までの非礼を詫びよう。

 この戦場以外に意識を向け、弓を扱うために本来の得物を封印していたことを」

 

 ランスロットが腰に下げていた剣の柄に手をかける。

 すらりと何の抵抗もなく引き抜かれる彼の鎧と同じ色の剣。

 その剣は別の戦場でガウェインが振るっているそれに何ら劣るものでなく―――

 

「その銘を“無毀なる湖光(アロンダイト)”。いざ、改めてお相手を願おう」

 

「―――こちらも……!」

 

 先程までとは桁違いの気迫でもって、ランスロットが始動する。

 既に彼らの戦場に憂いはない。

 彼らは、ただ聖都を乱した獅子王の治世への叛逆者を処断する騎士なのだから。

 

 

 

 

 腕に矢を受け、もんどりうってモードレッドが地面に落ちる。

 致命傷には程遠い傷。だが、全く性能が同じ相手にこの傷は致命傷だった。

 舌打ちしながら起き上がろうとする彼女に、円卓の騎士は剣を振るう。

 

「ガラじゃないんだけどねッ……!」

 

 その前にダビデが立ち塞がり、杖でクラレントを受け止める。

 乱雑に振り抜かれた刃は彼の杖を断ち切ることはなかった。上手く受け流したダビデは背中でモードレッドを巻き込んで、後ろに吹き飛ばされて距離を取る。

 

 それ以外に斬り捨てられない方法がなかった。

 だが距離を開けるという行為は結局の所、致命的な失策だ。

 

 円卓のモードレッドが兜を開く。

 露わになった表情は、今の状況への大きな不満で強く歪んでいた。

 霊核を軋ませながら、彼女は魔力を解放する。

 

「くそっ……!」

 

「チッ……! よりにもよってランスロットに助けられたかよ……!

 この不快感、テメェらで晴らさせてもらうぜ――――!!」

 

 “暴走”のギフトが彼女の魔力を臨界させる。

 注がれた魔力でクラレントが展開、血色の刃が形成され極光となって立ち昇った。

 ダビデが頭を狙うのも、モードレッドが相殺を狙うのも、間に合わない。

 

「“我が麗しき(クラレント)……!?」

 

 だからこそ彼女が宝具の解放を中断したのは、突然の事態に対応したからに他ならない。

 今まで何かがあると思ってもいなかった難民の中から、突然飛び出した何者か。

 マントを羽織り、フードを目深に被った誰かが、彼女に向かって一直線に疾走していた。

 

「まだ仲間が居やがっ……! は―――?」

 

 疾走するその者の被っていたフードが風で外れる。

 フードに隠れていた白い髪を靡かせて走るその姿を見間違うはずがない。

 モードレッドの表情が歪む。“暴走”で軋む霊核が更に強く軋む。

 

「なんッ、で……! テメェが今更出てくるんだ……ッ!

 今更、ノコノコと……ッ! 獅子王(ちちうえ)の許に!! ベディヴィエェエエエルッ!!!」

 

 鎧のような右腕―――義手で握った剣が奔る。

 宝具を解放することも忘れ、モードレッドがクラレントを振り下ろす。

 王剣と直剣が激突する。

 

「オレたちの中で唯一! お前ひとりだけが得られた瞬間を!! 踏み躙ったお前がッ!!!」

 

 形勢は一瞬でモードレッドに傾いた。

 べディヴィエールと呼ばれた騎士はいとも簡単に押し込まれながら、それでもきつく表情を引き締めてモードレッドを睨み返す。

 

「―――そう、思われるのが当然でしょう。ですが……!

 それでも……! 私は、その使命を……今度こそ果たすためにここへ来たのです―――!」

 

「させねえよ、させるわけねえだろ―――!?

 どの面下げてぬかしてんだ、テメェはァ―――――ッ!!!」

 

 赤雷が爆発する。

 怒りの全てを乗せたモードレッドの咆哮が戦場に轟く。

 

 ―――そうして混迷していく戦場の中。

 聖都の中心、キャメロットから光の柱が立ち昇った―――

 

 

 




 
タカウォッチロイドくんってこの性能、もしや体当たり以外に能が無いのでは…?
 


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キャメロットの秘密539

 

 

 

 放たれるのは音の刃。

 妖弦フェイルノートを爪弾くトリスタンの動作に合わせ、目には映らない刃が周囲を刻む。

 鎧武は再びドライバーに手をかけ、極ロックシードを鍵のように回していた。

 

〈メロンディフェンダー!〉

 

 三日月型に切られたメロンを組み合わせたような形状の盾が空に舞う。

 手をかざした彼の許へと導かれるメロンの盾。

 それを構え、備えるのは見えない刃による殺戮の檻。

 軌道を読ませずに不規則に奔る刃を、手にした刃を持つ弓と盾で凌ぎ切る。

 

 間断なく放たれ続ける不可視の斬撃。

 その中にあって、鎧武は盾を大きく振り被った。

 

「オォオオ、ラァ―――ッ!」

 

 投擲されるメロンディフェンダー。

 それは回転する刃となって、トリスタンを目掛けて直進した。

 フェイルノートが描く斬撃による殺傷空間を突き抜けて、盾は真っ直ぐ飛来する。

 

 ―――王を背にする以上、トリスタンに回避の選択はない。

 

 放たれる無数の斬撃は、弦を爪弾く彼の細心なる指捌きを以て流水の如く自由自在。

 奔る刃が辿る軌跡を思い描き、音色を変えれば軌道が変わる。

 盾を撃墜するべく最適な軌道を選び、消費される音の斬撃。

 

 トリスタンの奏でる斬撃はメロンディフェンダーを床へと墜落させ―――

 そのまま、更に放たれていたソニックアローの矢を切断する。

 

「どうしてこんなやり方を選んだ! 何でそんなやり方に従った!

 あんたたちは一体、何が守りたいんだ!」

 

「―――我らが戦いは無論、()()()()()()()()

 

 既に真っ当に言葉を交わすつもりなど毛頭なく。

 トリスタンの演奏は加速し続ける。

 

〈ドリノコ!〉

 

 ソニックアローを放棄した鎧武が新たな武装を呼んだ。

 現れるのは無数の棘を持つ双剣。

 ドリアンの果実の皮が如き様相の武器を振るい、彼は音の斬撃を粉砕する。

 

「こんな方法を取る事が、世界を守る事だって言えんのか―――!」

 

〈ソイヤッ! 極スカッシュ!〉

 

 叫び、ドライバーのカッティングブレードを弾く。

 光を放つ装着されている極ロックシード。

 解放されるエネルギーが形成するのは、ドリアン型の巨大エネルギー球。

 

 前に浮かび上がったそれをドリノコで殴り飛ばす鎧武。

 撃ち出された果実は爆発して、無数の棘を射出する。

 トリスタンの斬撃の嵐を僅かに超え、幾つか擦り抜けていく弾幕。

 

 だが僅かに顔を顰めたトリスタンはそれもまた撃ち落とす。

 速さ、鋭さ、正確さ―――何一つ瑕疵のない、絶対的な刃の結界。

 彼の指がフェイルノートに届く限り、万が一にも偶然はない。

 

 逆撃の刃にドリノコを投げつけて、再び極ロックシードに手をかける。

 

〈火縄大橙DJ銃!〉

 

 新たに呼び出すのは大砲。

 スイッチを切り替え、ピッチを変える。選ばれるのはマシンガンモード。

 そして砲の中心にあるDJテーブルをスクラッチ。

 法螺貝の音色でビートを刻みながら、彼はその砲身を突き出した。

 

 放たれるのはオレンジ色の弾丸。

 一息のうちに吐き出される、数え切れぬ光弾。

 それは当然、トリスタンに向かって乱射される。

 

「――――!」

 

 奔る、奔る、奔る。

 “痛哭の幻奏(フェイルノート)”が奏でる戦律のメロディーに連動し、無数の斬撃が迸る。

 それと正面から激突するのは、ハイテンポなビートを刻みつつ弾丸を放出するDJ銃。

 互いに歩みを止めて、数え切れない攻撃を音と共に放ち続ける。

 

 ―――それを背後から見つめていた、王が歩みを始めた。

 

「……王よ」

 

 アグラヴェインが静止する。

 騎士が前に出ている以上、王が動くにはまだ早い。

 

 敵は異星の神性。脅威である以上、安全を最優先にするのは当然だ。

 王が動くのは、トリスタンが命と引き換えに腕一本落とした後でもいい。

 円卓の騎士とは、そのための存在なのだから。

 

「―――どちらにせよ私が槍を抜くことに変わりはない。

 ……まして、不調にまで追い詰めた相手をこれ以上弱らせて弄ぶつもりもない」

 

「は―――」

 

 彼女の手にする槍に嵐が渦巻き、光を放つ。

 その解放の予兆を前にして、鉄の騎士が首を垂れた。

 

「――――っ……!」

 

 感じる圧力。その威風にトリスタンが指を止め、王へと振り返った。

 DJ銃の銃弾が幾つか掠めるが、それにも構わず。

 同時に鎧武もまた発砲を中断して、発動された聖槍を見据える。

 

「―――なんであんたは、その力を世界を閉じるために使うんだ。

 それは、この世界の終わりを変えられる力の筈だろ!」

 

 鎧武がDJ銃の砲口を下ろし、そのままベルトに手をかけた。

 カッティングブレードに添えられる指先。

 そこにゆっくりと力を込めながら、彼はそうして問いかける。

 

「……この選択の理由か。言うまでもあるまい、人間を残すためだ」

 

 口惜しげに眉間に皺を寄せ、トリスタンが横にずれて傅いた。

 獅子王の歩みを邪魔することがないように。

 

「お前の眼であっても最早私と同じ光景は視えまい、異星の神性。

 お前の視点は既に“内”にあり、私は未だに“外”にある。その違いだ」

 

「何を……?」

 

 白亜のグリーブが聖城の床を踏みしめ、同時に槍の光が加速した。

 世界の果てが、いま此処に顕現する。

 

「例えあの者の偉業を阻止したところで何も止まらん。

 人理は砕かれ、この惑星の歴史は終了する。

 ―――故に、私は選択した。愛する人間を存続させるために、永遠を与えると」

 

 臨界を迎えた聖槍はもはや光の柱だ。

 それを前にしながら、鎧武はドライバーのブレードを強く握った。

 

「後世に残すに相応しい魂……悪を成さず、悪に触れても悪を知らず、善に飽きる事なく、善である自覚を得ないものたち。それらの清き魂を集め、固定し、我が槍に収める。この先どれほどの時間が積まれようと、永遠に貴き人の輝きの体現として。その価値が永久に喪われることのないように。お前は―――それを間違いだと言うのか?」

 

 彼女は本当に不思議そうに、彼にそう問いかけた。

 きっとこれが最適解だと信じるように。

 その問いを聞き、鎧武は怒りとともに声を吐き出していく。

 

「当たり前だ! 何が後世に残すに相応しい魂だ……! 残さなくていい魂なんてどこにも、一つだってある筈がない! お前はただ、変わっていくものから目を逸らしてるだけじゃないか! 悪を成しても、悪を知っても、善から逸れても、善に浮かされても―――どんな正しさも、どんな間違いも、全部未来に繋がってる! そうして積み重ねた想いが自分の中に、変わりたい新しい自分って願いを作ってくれる! 人は自分の意思で、なりたい自分に変わっていける! お前のそれは、人が人として生きていくことの価値を、否定してるだけだ!!」

 

 声を吐き出し切った鎧武の手がブレードを二度弾き、その力を解放する。

 彼を中心として弾け飛ぶ果実のエネルギー。

 

〈ソイヤッ! 極オーレ!〉

 

 極ロックシードが強く輝き、DJ銃にエネルギーが流入した。

 圧倒的な力を湛えた大砲を両腕で抱え、鎧武はそれを獅子王へと突きつける。

 

 その砲口を向けられてなお、獅子王は何一つ揺るがない。

 

「―――どのような生き様であれ、生きるという事は瑕を負うということだ。

 変化とは命が生まれ持った輝きが欠けていく様に他ならない。故に、永遠の停止を与える事こそが人間を守護する事なのだと、変わらぬものを残すことこそ私が人に与えられる慈悲なのだと。私はそう、結論付けた」

 

 掲げられる聖なる槍、光の柱。渦を巻く光の波濤。

 ――――形を成した、世界の果て。

 

 それを前にして、鎧武がDJ銃を更に強く握りしめた。

 

「聖槍、抜錨。其は空を裂き地を繋ぐ嵐の錨―――

 その輝きを以て果てを語れ……“最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)”――――!!」

 

「セイハァアアア――――ッ!!」

 

 構えられた砲口から極光が放たれる。

 振り下ろされた聖槍から極光が迸る。

 

 ―――互いの放つ必殺の一撃が激突し、聖城キャメロットを震撼させた。

 

 

 

 

「――――っ!」

 

 キャメロットから光が昇る。

 それが聖槍の解放と、それに準ずる何かの衝突なのは容易に理解できた。

 こちらにこないと言う事は異星の神性はあちらに行ったのだろう。

 ならば、そこに関してはおかしくない。

 

 だがそこで獅子王陛下の事が頭に浮かび、余計に心が揺れる。

 

「べディ、ヴィエール……! 今更、何故……!」

 

 ジオウやフィンの攻めへの対応にも集中できない。

 モードレッドの戦場に姿を現した騎士は間違いなく知己のもの。

 円卓の騎士べディヴィエール―――()()()()()()()()()()

 

 それほど心を乱されてなお、しかし彼はジオウたちの攻めを通さない。

 ジカンギレードを受け流しつつ、そのまま腕に剣を振るう。

 火花を盛大に散らすジオウの手の中から、吹き飛ばされていくジカンギレード。

 

〈マキシマム! タイムブレーク!!〉

 

「はぁああああ―――ッ!」

 

 その状況で、彼は空いた腕でドライバーを回していた。

 剣撃を受けた勢いのまま吹き飛ばされそうになる。

 だがそれを力尽くで何とか堪え、拳を振り抜く姿勢を見せる。

 ウォッチの力を宿した拳に炎が宿り、剣を振り抜いた姿勢のガウェインを狙い撃つ。

 

 振り抜くのは炎に燃える拳。

 胸へと直撃する拳撃に僅か、彼は体勢を崩して蹈鞴を踏んだ。

 

「くっ……!」

 

 それでも、彼のダメージはそこまで。

 堅牢なる太陽の騎士は体勢を崩しながらも、そこから刃を返してみせた。

 拳を振り抜いた姿勢のままのジオウに浴びせられる、太陽の剣撃。

 直撃を受けた肩のメモリドロイドは剥がれ落ち、大きく弾き飛ばされていく。

 

「ぐぅ……ッ!」

 

 消えていくダブルアーマー。

 吹き飛ばされたジオウがアーマーを失いながら、彼は地面を転がった。

 

 が、無理な体勢のまま剣を振り抜いたガウェインが僅かに揺れる。

 一秒と待たず消えるだろう小さな隙。

 

「“無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)”――――!!」

 

 そこに。水の槍からの強襲が行われた。

 剣をギリギリで引き戻し、その腹で水流を受け止める。

 彼は満足に地面を踏み締める事も出来ず、大きく押し込まれていく。

 

「不覚……っ!」

 

 だとしても、と。ガウェインが水流を受け止める剣を握り直す。

 隙を晒して必殺の直撃を受けてなお、それでもガウェインには余裕がある。

 確かに押し込まれたが、それも数秒稼がれる程度の話だ。

 

 ―――すぐさま復帰してあの二人を抑える事に何の問題も……!

 

 そうして余裕があるとする事で心を持ち直そうとするガウェイン。

 だが既に乱れ切った心中を完全に落ち着ける事は叶わない。

 それでもこの状況を乗り切るため、彼は強く剣を握りしめた。

 

 

 

 

 その刃の鋭さは今までの比ではなかった。

 アロンダイトを抜いたランスロットは、正しく別格の存在。

 粛清騎士の存在など考えなくても、数十秒もあれば壊滅が見えるほどに。

 

 だが、その鋭利な剣閃は数十秒さえ振るわれることなく停止した。

 

「べディヴィエール卿、だと……!?」

 

 目を見開き、まじまじと。

 モードレッドとの戦闘を開始した新たな参戦者だけを彼は見る。

 

「べディヴィエール……?」

 

 肩で息をしながら、ブーディカが一瞬だけそちらを見る。

 見えるのは白い髪の騎士がモードレッドと剣を交わしている光景。

 

 この態度。あれが円卓の騎士、べディヴィエールであることに疑いはあるまい。

 円卓のモードレッドは今まで以上に殺気を振り撒き、乱入者を斬り捨てんとしている。

 その掛かり方は明らかに正気の沙汰ではない。

 円卓の騎士が敵対する、というならそれこそモードレッドは己とも敵対しているというのに。

 

 ガウェインも、モードレッドも、ランスロットも。

 この現状に放心するほどの衝撃を受けて、行動が乱れている。

 彼は瞳を揺らしながら何とか構え直し、しかし明らかに動きから精彩を欠いていた。

 

「何故、卿が今更……! せめて……っ、いや、考えるな……!

 私は既に獅子王が騎士―――私たちの目的は一つ、この世界を……!」

 

「ッ……!?」

 

 ランスロットが再び踏み出した。

 

 ―――が、その瞬間。聖都を覆っていたオレンジの結界が砕けて消し飛ぶ。

 その光景を背後に見て、湖の騎士は目を見開いていた。

 

 一瞬のうちに消え失せる天蓋。更に絶対不可侵である聖都の壁の一部が吹き飛ぶ。

 壁の奥から貫通してくるのは極光、聖槍の光。

 直進する光の柱が、そのまま地上に落ちて盛大な爆炎を巻き上げた。

 

 聖槍の先端に貫かれた鎧武が、傷口から極彩色の光を漏らす。

 光と炎の中で砕けていく白銀の鎧。彼の体はそのまま光と消えていく。

 その場に黄金の錠前―――極ロックシードだけを残して。

 

「仮面ライダーが……!?」

 

「―――異星の神性の遺物を回収しろ、トリスタン!!」

 

 叫ぶランスロット。

 他の何を気にもかけず、ブーディカたちに背すら向けて、彼は全力で叫んでいた。

 聖都の、しかも聖城にいるトリスタンに届くかは怪しい。

 だがそれでも彼の耳ならば拾ってくれると信じた、死力を尽くした叫び声。

 

 余りにも大きな隙。

 攻めるか、退くか―――いや、退けない。

 聖都から迸った今の光の槍を前にして、難民たちは動きを完全に止めていた。

 超常の戦場で麻痺した感覚でさえ、心が砕けるほどの恐怖。

 今の神罰は、彼らの足を凍らせるには十分だった。

 

 十数秒の後に聖都の外壁に姿を現すトリスタン。

 その彼は到着すると同時に、愕然として視力を失った目を見開いた。

 

「べディヴィエール卿……!? 何故――――ッ!?」

 

 そこまで口にしてハッとする。

 異星の神性の遺物などどうでもいい。駄目なのは、()()()()()()()()()()()

 そして砕いた神性を確かめるため、獅子王にこの戦場へと足を運ばれてしまうことだ。

 

 回収して即座に王の許に届けなければならない。

 此度の戦において、王の役目は果たされたと、玉座に腰を下ろして頂かねばならない。

 トリスタンが妖弦を鳴らし、空気を揺らして空を舞う。

 一切の猶予なく、彼は即座に異星の神性が遺したものへと飛行した。

 

 

 

 

 そのトリスタンの行動に意識を向けつつ、モードレッドは剣を振り上げる。

 クラレントの全力解放の構え。聖都の壁に穴が開いた以上、一刻の猶予もない。

 彼の姿を王が目にすることはあってはならないと、彼女は霊基を軋ませた。

 

「今すぐに欠片も残さず消し飛べ、べディヴィエール!!」

 

「っ……!」

 

 弾け飛ぶ赤雷、迸る魔力の渦。

 そもそも宝具など関係なく、べディヴィエールではモードレッドの猛攻は防げない。仮に彼女が宝具を使わなかったとして、あと数秒切り結べば両断されかねない。

 けれどこの状況になって、モードレッドが一つだけ捨てたものがある。彼女の行動は今、全てべディヴィエールを確実に殺すために行われている。他の何も差し置いても。

 彼女は今、警鐘を鳴らす自身の本能にすら、一切の注意を払っていなかった。

 

 流れる空気に不穏なものが混じっていると、モードレッドの肉体は注意を喚起する。

 だがそれさえも無視して踏み込もうとした彼女は―――

 

 すぅ、と。背後から頬を撫でる手に見舞われた。

 ―――その瞬間に重くなる体。

 僅かに動きが鈍る程度のものだが、しかし確実にサーヴァントの体さえ蝕む毒を仕込まれた。

 

「ッ……邪魔だぁああッ!!」

 

 意思に反して遅れて動く腕。

 裏拳気味に放った一撃を擦り抜け、髑髏面の女がゆるりと離れた場所に着地した。

 青い髪に黒い肌、髑髏面で顔を隠すその女性は、ゆっくりと短刀を構え直す。

 

「くそったれ……! 山の翁ッ……! 毒か……!」

 

 毒ではあるが、サーヴァントまで死に至るようなものではない。

 だが確実に動きを阻害するだけのものではある。

 そっちに気を取られた瞬間、片腕をぶら下げたカルデアのモードレッドが復帰してくる。

 片腕を撃ち抜かれていても、剣は片腕で振れると言わんばかりに。

 

「おらぁあああ―――ッ!」

 

 あっちが片腕になった分、こちらも毒で力が落ちている。

 モードレッドは突破できない。ダビデの援護も防ぎ切れないだろう。山の翁はこちらを確実に、着実に削っていくことを選ぶだろう。

 確信する―――この場は、クラレントでべディヴィエールを消し飛ばすのは無理だ。

 

 だからこそ、彼女は即座に再び兜を被り直した。

 宝具の解放を封印する。それと引き換えに、戦闘を継続するために。

 ダビデの投石は今までのように兜で防ぐ。

 直接肌に触れられなければ、山の翁の毒もこれ以上は通らない。

 この兜を装着した以上、呼吸からこの程度の毒を通すこともあり得ない。

 

 即断する。やらなければいけないことを、やるために。

 

「ガウェイン!! オレ諸共こっちを消し飛ばせぇッ!!」

 

 叫びながら同じ顔の相手と鍔競り合う。

 そうしながら、吹き飛ばされ大きく後退していたガウェインへと叫ぶ。

 その言葉に、対するモードレッドが兜の下で息を呑む気配が伝わってきた。

 

 分かるわけないだろう。騎士王の騎士に。

 べディヴィエールという騎士が、獅子王にとってどれほどの毒かなど。

 あれを消すためならば、此処に出ている円卓四人全員が死んでも構わない。

 それは、獅子王を除くいま残された円卓全員の共通意識だ。

 

 だからこそ、迷いはない。

 オレごと殺せと叫んだモードレッドも。

 

「――――この剣は太陽の映し身。そして、貴公の目指す湖を枯らすもの……!」

 

 水流の槍を太陽の熱で蒸発させ、剣を振り上げたガウェインも。

 今まで彼が宝具を封印していたのは、獅子王の民の回収が終わっていないからだ。

 太陽の聖剣はこの場で振るうのに効果範囲が広すぎる。

 振るう以上は、民を巻き込まないという結果はまずあり得ない。

 

 今もなお、回収は終わっていない。

 だから本来は、一切解放するべきではない。

 例え自分が死ぬことになっても、王の民を傷つける事があってはならない。

 だがそれでも、獅子王の民を傷つけた罪で王に頸を落とされることになっても。

 

 今ここで、宝具を全力で解放せねばならないと。

 その点に一切、何の迷いもなく、ガウェインは決断を下した。

 

「“転輪する(エクスカリバー)……!」

 

「ここでそれは困るね。こちらにも予定があるのだから」

 

 太陽の剣を構えた彼の背後から、突然の声。

 いつの間に現れたのか、銀色の装甲に身を包む戦士の姿がそこにあった。

 それにようやく気付くほどに、ガウェインもまた正気でなかったのだ。

 

「っ……! 新手……!?」

 

 自分の防御力に任せて剣を振り抜き、べディヴィエールを狙うか。

 あるいは先にこちらに対応して斬り捨てるべきか。

 宝具の発動体勢に入ったガウェインに一瞬の迷いが生じる。

 

 それだけで十分。小さな迷いがあれば、()()()()()()()()()()

 槍を手にしたのとは反対の手にある、未来ノート。

 そのページに浮かぶ文字は【どちらに対応するべきか迷ったガウェインだが、その隙に仮面ライダーウォズの必殺攻撃によって吹き飛ばされた】

 

〈フィニッシュタイム! 爆裂DEランス!!〉

 

 彼の背後から激突した緑の槍がエネルギーを発散し、ガウェインの体勢を更に崩す。

 だがそれでも彼は倒れない。吹き飛ばされはしたが、けして倒れることはない。

 太陽の騎士が日中に有する防御力は、この程度では突破することは敵わない。

 

「白ウォズ!!」

 

 ガウェインに槍を突き出した白ウォズが、魔王の声を受けて肩を竦める。

 協力しろ、ということだろう。

 まあ、現状単騎で抑えられる相手ではないので仕方ないだろう。

 

 ライダーウォズが手にしていたジカンデスピアを放り捨てる。

 と、同時。ビヨンドライバーのハンドルを握り、一度引き戻し―――

 

「仕方ない、今回だけになることを祈っているよ」

 

〈ビヨンドザタイム!〉

〈フィニッシュタイム!〉

 

「さあ? これからどうなるかなんて分かんないけど!」

 

 ジオウが己のウォッチのスターターを押し込んだ。

 即座にジクウドライバーの回転ロックを解除し、必殺待機状態へ。

 

 時計の針が回るように、円を描くジオウの腕がドライバーの回転を導く。

 一回転して元の位置に戻るジクウドライバーが、ウォッチの力を解放する。

 

 同時、ライダーウォズがウォッチを再度ドライバーへと叩き付けた。

 ライダーウォズの顔が投影されたミライドスコープが、一際大きく輝きを放つ。

 

〈タイムブレーク!!〉

〈タイムエクスプロージョン!!〉

 

 ビヨンドライバーから射出されるキューブ状のエネルギー体。

 それがガウェインに激突して更に体勢を崩させつつ、彼の背後に設置される。

 更に彼を取り巻くのは、時計の文字盤如く配置された十二のピンクの“キック”文字。

 

「これは……ッ!」

 

 ライダーウォズが走り出す。

 自身の周囲に回るライトグリーンの“キック”の文字と共に。

 

 ジオウが跳び上がると同時、カウントダウンが進むように1時の位置から“キック”の文字が一つずつ消えていく。12時だけ残して消えるまで進んだカウントの後、最後の文字がガウェインの背後から突撃した。彼の背中を打ち据える文字の一撃。それが、遂に彼の体勢を崩し切った。

 

「はぁあああああ――――ッ!!」

 

 空舞う“キック”がジオウに向かって飛来し、足裏に掘られた溝に嵌まり込む。

 頭部の“ライダー”と合わせた、“ライダーキック”の構え。

 上空から突撃するジオウと、大地を駆け体を捻るライダーウォズ。

 二人の放つ蹴撃が、ガウェインの胴体へと同時に直撃した。

 

「ッ―――――!」

 

 吹き飛ばされるガウェイン。

 その体がビヨンドライバーの放ったキューブの中に突っ込んだ。

 彼を取り込んだそれは、表面に時計の針を浮かべ回し始める。

 

 その針が0時を刺した瞬間、キューブは中のものを粉砕するべく圧縮爆発していた。

 立ち上る炎の柱。その中にありながらしかし、太陽の騎士は止まらない。

 

「……この程度―――!」

 

 爆炎に薙ぎ倒されながらも、すぐに体勢を立て直すべく動き出す。

 ジオウとウォズ。二人が必殺の一撃を重ねても、彼に届かない。

 解放された彼の選択は当然、宝具の発動。

 

 狙うのはジオウと白ウォズですらなく、やはりべディヴィエールのいる戦場。

 それに固執するが故に彼には隙が生まれる。

 しかしその隙を突いてさえも、日中の太陽の騎士は崩せない。

 

 崩れた体勢を立て直し、地面を強く踏み締める。

 これからあの二人が何をしようと、フィンの加勢があったとしても。

 正面から何が来ようと、弾き返しながら太陽の聖剣を放つために。

 

 そのガウェインを目前に、ジオウが大きく腕を振るった。

 

「アレキサンダー!!」

 

 聖剣を構え直す騎士―――その背後から、神の雷が降り注ぐ。

 ジオウの装甲の下で、光を放ちながら消え失せていく令呪の一角。

 注がれる魔力を全て神威の雷に変え、愛馬と共に少年王が殺到した。

 

「行け、“始まりの蹂躙制覇(ブケファラス)”――――ッ!!」

 

「ッ、まだ……!」

 

 背中から叩き付けられる神雷を纏った蹄鉄。

 前のめりに構えていたガウェインが、地面へと叩き伏せられた。

 太陽の騎士を薙ぎ倒したアレキサンダーは、そのまま離脱にかかる。

 確かに押し倒すことには成功した。

 

 それでも、有効打は一度たりとも未だに入っていない。

 ガウェインはすぐさま身を起こし、そして戦場の変化に瞠目した。

 

「……山の翁か……ッ!」

 

 戦場に取り残された千人近い難民。

 それを誘導するのは、けして簡単な事ではない。

 だが同時に不可能ではない。単純な話、()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 千人近い人間とはいえ、百人近い人員で整理するなら何とかなる。

 突然現れたおよそ百の黒い影は一人につき約十人。

 難民たちの面倒を見ながら、離脱を手助けするために動いていた。

 

「―――ッ、べディヴィエールを……

 いや、お前たちは聖抜対象者の確保を最優先に行動せよ!」

 

 ランスロットが粛清騎士に指示を下す。

 ガウェインもモードレッドも制されているなら、彼も動かねばならない。

 トリスタンは獅子王の許への早急な帰還が求められる。

 戦力としては動かせない。

 

 彼がアロンダイトを振り上げ、ブーディカたちを見据える。

 最早一秒とて無駄にできる時間はない。

 早々に切り伏せ、次の戦場に向かわねばならない―――と。

 

「――――!?」

 

 そう思考していたランスロットに、矢が放たれていた。

 並みの宝具の真名解放すら凌ぐのでは、というほどの圧力を持った一矢。

 それを斬撃で切り払いつつ、視線をその矢の出所に向ける。

 

 褐色の肌を持つ、黒髪のアーチャー。

 彼がカルデアのマスターたちに並び、深紅の弓をこちらに向けていた。

 そのタイミングで更に一矢、ランスロットに向け放たれる。

 

 アロンダイトで迎撃すれば、凄絶な爆音を轟かせるほどの一撃。

 僅かに後ろに押し込まれる自分の体。

 その矢の重さに対して、ランスロットは眉間に皺を寄せた。

 

「アーラシュ・カマンガー……!」

 

「よう、円卓の騎士。弓兵だが、ちと前に出てきた。

 勿論お前たちを舐めてるわけじゃない。その意味、分かるだろ?」

 

 軽く微笑みながら弓を引く大英雄。

 再度の射撃をランスロットは僅かに押されながら、しかし危うげなく迎撃した。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この広範囲、多量のサーヴァント。それらを一挙に葬るにはガウェインの聖剣の解放は必須だ。多少の時間を稼いだところで、“不夜”のガウェインの宝具発動を邪魔し続けることなど不可能。一分後か、十分後か。必ず破綻し、纏めて消し飛ばすタイミングがやってくるはずだった。

 だがそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アーラシュ・カマンガーの宝具は大きすぎる制約を有している。

 しかし彼は、ガウェインが宝具を撃てば自分も撃つだろう。

 例えその五体が砕かれることになろうとも。

 

 それはそれでいい。

 ガウェインが死ぬ事と引き換えに、アーラシュという脅威を獅子王の前から消せる。

 だが今は駄目だ。今だけは、円卓を減らすという選択は取れない。

 引き換えにべディヴィエールを確実に仕留められる、という確信がなければ。

 万が一にでも、獅子王と彼を合わせるわけにはいかないのだ。

 

 絶対に彼を聖都の中に通せない以上、聖都に穴を開け得る彼の宝具も使わせられない。

 アーラシュの一撃を剣で粉砕しながら、ランスロットは苦渋を顔に出した。

 一瞬だけ逸らした視線の中でトリスタンの位置へと視線を送る。

 

 彼は既に異星の神性の遺物を回収して、聖都へ帰還。

 獅子王の槍で開いた外壁の穴も、少しずつ再生が始まっていた。

 

「―――山の翁の手により民は連れられ、聖抜は果たされず……か」

 

 アーラシュは手にした弓でランスロットを抑え込む。

 それと同時、弓に番える事もなく宙に出現させた無数の矢を射出していた。

 ただの矢とは思えぬ破壊力で、粛清騎士を粉砕していく凶器の雨。

 

 アーラシュ・カマンガー。東方の大英雄。

 彼を確実に仕留めたいのならば、最低円卓二人がかりだ。

 現状ではどうしようもない。

 

 ―――どうする。他はいい、だがべディヴィエールだけは見逃せない。

 ここで見過ごせば山の民はカルデアとの協力関係を築くだろう。

 べディヴィエールも含めて。

 更に次に攻め込んでくる時は、太陽王と共同で動く可能性もある。

 

 そうなった場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()リスクが高まる。

 

「……いいだろう、退くのであれば追撃はしない。

 こちらにもそんな余裕はない、つい先程なくなった」

 

 それを理解して、しかしランスロットはそう口にした。

 

「ランスロットォッ――――!!」

 

 戦闘を続けながらモードレッドが叫ぶ。

 他の何を差し置いても、べディヴィエールだけは逃がせない。

 逃がしてはいけないのだ、と。

 

 既に難民たちは百人近い山の翁に連れられ、撤退を始めている。

 追いかけようとすれば簡単に追いつけるだろう。

 だからアーラシュが、今ここに残っている。

 

〈アーマータイム! ウィザード!〉

 

 離脱に舵を切るアレキサンダーの駆る馬上、ジオウがアーマーを装着した。

 空間を歪め、モードレッドの戦場にいるサーヴァントたちに道を作る。

 と、同時に放り込まれるライドストライカーのウォッチ。

 

 飛び込むダビデ。こちらのモードレッドに蹴り込まれる、べディヴィエールと山の翁。

 そして彼女は即座にライドストライカーに乗り込み、その車体で円卓のモードレッドへと突撃を仕掛けていた。

 

「オラァアアッ!!」

 

「づッ……!?」

 

 ランスロットに意識を向けていたモードレッドの兜を、振り抜く車輪で殴りつける。

 そうしてそのまま、車体を反転させて離脱にかかるカルデアのモードレッド。

 背中を向けられたモードレッドは兜を開こうとし―――

 

「チィッ……!」

 

 しかしアーラシュの視線に歯軋りした。

 宝具を解放すれば、彼の大英雄はまず間違いなく命を消費する。

 ガウェインとモードレッド、二人合わせてなお劣勢。

 あれがこの戦場の頭を押さえている限り、軽々しく宝具を解放するわけにはいかない。

 

 後詰に、最後に動き出すブーディカの戦車。

 その後ろに飛び乗ったアーラシュ。

 彼の眼が円卓を捉えている以上は動けず、ただ敵の離脱を見送るしかなかった。

 

 

 




 
もし円卓が真実を知ってたら、的な。
多分ランスロットもずっと円卓側で動くかなと。
 


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聖都に送り込まれた男1273

 

 

 

「よーし、まあこんだけ離せば大丈夫だろ!」

 

 難民たちの最後方につけているブーディカの戦車の上。

 アーラシュと呼ばれた男は、からからと笑いながら手の中から弓を消した。

 そのままひょいとそこから飛び降りる。

 

「悪いな、もう戦車もしまってくれていいぞ」

 

「そうかい? なら、そうさせてもらおうかな」

 

 一息吐きながらブーディカが白馬を撫でる。

 数秒そうしてから、彼女は戦車を維持する魔力を打ち切った。

 維持していた動力を失った彼女の宝具が光となって消えていく。

 

「お疲れ様、ブーディカ」

 

 そう言って声をかける立香の背に、アーラシュが問いかける。

 

「それでどうする? 移動はまだまだ時間がかかる。

 俺たちとの情報交換でもいいが……最初にそっちが必要か?」

 

 そう口にしたアーラシュがちらりと後方を見た。

 視線の先にいるのは難しい顔をした騎士、円卓の騎士べディヴィエール。

 立香もまた彼を見て、次いでオルガマリーに目を向ける。

 小さく頷き、肯定の意思を見せる彼女。

 

「……はい、よろしければ私も。お話をさせて頂きたいと思います」

 

 べディヴィエールが難しい顔を崩さぬまま同意を示した。

 彼の返答を受け、ツクヨミが視線を前に飛ばす。

 

「だったらモードレッドも呼び戻すべきかしら」

 

 彼の出自は円卓の騎士の一員。だとすれば、モードレッドと同僚。

 いま彼女はライドストライカーで難民の先頭を護衛している。

 縦に伸びた難民の行列を護衛するには、サーヴァントを分割して配置するべきとの判断だ。

 

 更にアレキサンダー、ダビデ、オルタ、フィン。

 そしてモードレッドたちに加勢した女性の山の翁。

 彼らはある程度の間隔で行列の中間に配置されている。

 

「ブーディカ、ごめん。モードレッドの代わりに先頭をお願いできる?」

 

「もちろん。任せてくれていいよ」

 

 立香の指示を受けたブーディカが走り出す。

 縦に伸びたと言えど千人ほど、サーヴァントの能力なら追い越すのはすぐだろう。

 

 そうしてモードレッドがこちらに戻ってくるまでの時間。

 ソウゴが難しい顔をしているのを見て、マシュが声をかけた。

 

「どうかしましたか、ソウゴさん。……あれ、そういえば白い方の……」

 

 状況が混沌としていたが故に気にかける暇がなかった。

 が、ふと思い出すのは先の戦場でジオウと共闘した白ウォズの姿。

 前回、前々回の特異点ではむしろ敵対していた相手だ。

 なのに突然味方のような動きをしていたのは、一体どういうことだろうか。

 

「白ウォズはまたどっか行っちゃった。

 そんなことより決めなきゃいけない事があるんだけど……」

 

 珍しく眉間に皺を寄せているソウゴを見て、マシュはパチクリと目を瞬かせた。

 一切行動指針の読めない白ウォズよりも重要なこと。

 それが一体何なのか思いつかず、マシュは小さく首を傾げた。

 

 ―――そんな彼の態度に特に何の反応も示さず、オルガマリーが難民の列の先頭を指差す。

 

「赤」

 

 それを聞いた立香が聖都の方を指差した。

 

「白かな?」

 

 突然、別々の方向を指差しながら色を口にする二人。

 何の話かと、マシュは視線を所長とマスターの間で行き来させる。

 

「決定ね。こっちのは赤モードレッド、あっちは白モードレッドよ」

 

 溜め息混じり。どうせこんな話だろう? という視線が送られる。

 ソウゴはむむむ、と悩みを一発で当てられた事に何とも言えない表情を浮かべる。

 なるほど、と。それを聞いたマシュも、また何とも言えない顔をした。

 

「ははは、なるほど。確かに二人いれば呼び分けも必要か。

 いちいちどっちの勢力のか、なんて言ってられないのは確かだもんな」

 

「もう少し凝ってもいいと思いますけれど……」

 

 笑うアーラシュに扇で口元を覆いながらそう呟く清姫。

 そうしながら彼女は、べディヴィエールの方に微かに視線を向けた。

 聖都の円卓の陣容が瓦解するほどの衝撃。

 あれは真実、彼らがあの時感じていたことのように思う。

 

 ―――だとしたら、たった一騎のサーヴァントに何が……?

 

 そんな事に思考を回していた清姫の前。

 同じように色分けで分別された人間の話になる。

 

「それで? 白い方のウォズは何か言ってたの?」

 

「何も? いつの間にか消えてたけど」

 

「黒い方も出てこないし、何なのかしらねあいつら……」

 

 考えたところで大した答えなど出てこないだろう事。

 まあそのうちどっかから黒い方も生えてくるだろう、という諦観。

 それに溜め息を吐きながら、もう一つの事実に思考を向ける。

 

 聖槍―――恐らく獅子王の宝具。

 その解放の結果、聖都から吹き飛ばされてきて消滅した存在。

 あの存在こそが恐らく仮面ライダー鎧武だろう。

 

「仮面ライダー鎧武は消滅……けど何かを残して、円卓の騎士に回収されていたようね。

 聖都内でどういう状況だったのかは分からないけど」

 

 ちらりとソウゴに視線を向ける。

 仮面ライダーの力の回収、継承のために動くはずの黒ウォズも一切反応がない。

 ということは、仮面ライダー鎧武の消失は問題にはならないということか。

 

 ―――いや、今までの仮面ライダーも消滅していたところを常磐ソウゴがサルベージしていたのだ。本人が消滅していても、彼が力を手にすることには関係ないだけかもしれない。

 

「ああ……紘汰は今回、真っ先に獅子王を抑えに出ていった。

 奴らが聖罰と呼ぶものを阻止するためにな」

 

 オルガマリーの疑問に答えを返したのは、アーラシュだった。

 紘汰、という名前を口にした彼に対し、立香が問いかける。

 

「知り合いなの?」

 

「ん? ああ、集落にがっつり食料を届けてもらってたからな。

 あいつは獅子王相手にこの状況になるのも半分わかってたみたいだが……」

 

 頭を掻きながら軽く空を見上げる彼。

 その言い方に対して、ソウゴが重ねて問いかけた。

 

「半分わかってた、って。自分が負けることを?」

 

「あー、いや。うーん……何と言ったらいいかな。わかってたけど、わかってなかった……か?

 誰かに何がどうなる、って前もって教えてもらってた感じか。

 教えてもらった通りにはなってるけど、何でそうなるかは分かってなかった、みたいな」

 

 アーラシュからしても言葉にし辛いのか。

 彼の煮え切らない鎧武の話をしている最中、ちょうどモードレッドがやってきた。

 

 彼女は到着するや否や、とりあえずべディヴィエールに蹴りかかる。

 何となくそうくると分かっていたのだろう、回避する彼。

 

「……さっさと話せ、べディヴィエール。どういう状況だ、これはよ……!」

 

 蹴りを回避されていっそう表情を渋くするモードレッド。

 自分との殺し合いなら何とも思わない。円卓の連中との殺し合いだって別に気にしない。騎士王との殺し合いだって自分はそういうものだと分かってる。

 

 だが、獅子王だなんてものに対しては疑念しか湧いてこない。

 名前が違うだけじゃない、あの円卓の様子を見れば知らずとも分かる。

 奴らは、もっと根本的な何かがズレているのだ。

 

 今にも噛み付きそうなモードレッドの態度。

 それを前にしながら、べディヴィエールは微かに視線を伏せた。

 

「……そのつもりです。もっとも、私の知る限りの話になりますが。

 私はマーリン殿に導かれ、この地に召喚されたのです。

 ―――獅子王による聖都建立が終わった後に、でしたが」

 

『マーリン……キャメロットの宮廷魔術師、マーリンだね。アーサー王を導いた希代のキングメイカー。伝説通りなら彼本人は楽園(アヴァロン)の端に幽閉されているが、確かに彼ほどの魔術師ならば特異点にサーヴァントを送りこむことも可能かもしれない』

 

 通信先から聞こえるのはロマニの声。

 マシュの頭の上に乗っているフォウが、それを聞いてケッと舌を鳴らす。

 砂嵐か何かでフォウが喉を不調にしたか、と驚いて見上げる彼女。

 

「どうかしましたか、フォウさん。どこか怪我を……?」

 

「フォッ」

 

 何でもないと言うようにマシュの額に触れる肉球。

 特に不調というわけではなさそうだったので、意識をべディヴィエールに戻す。

 彼は悩むように、言葉を選ぶように、少し表情を歪めて考えこむ。

 

「……マーリンが語るには、獅子王とは騎士王アーサーのifの存在とのことなのです。

 聖槍を手にした嵐の王(ワイルドハント)。人の理から外れ、現象……神にまで昇華された騎士王。

 それが獅子王アーサー。彼の王は人ならざる精神性のまま世界を救わんとし、立ち上がった……立ち上がってしまった。その結果がこの世界なのだと……故に私は、そうなってしまった王を止めるべく、マーリンの手によってこうして此処に送られたのです」

 

「なるほど……他に何か知っているのかしら?

 アーサー王のifが出現してしまった理由だとか……特に欲しい情報と言えば、あなたを見た聖都の騎士の反応に関してとか。分かれば教えて欲しいのだけど」

 

 彼の参戦から、明らかに聖都の円卓の騎士は乱れていた。

 あの防衛体制、べディヴィエールひとりで何が変わるとは思えないのだが。

 彼はその質問に対し、少し困惑の表情を浮かべる。

 

「すみません。獅子王に関しての話はこの程度のことしか……」

 

 話を聞いていたオルガマリーが、小さく視線を横に振る。

 清姫はいつも通り立香にくっつきながら、何の反応も示していなかった。

 

 ―――妙に悩んでいたから何か隠しているかと思ったけれど……

 

 拍子抜けの結果を目撃して、オルガマリーは肩を竦めた。

 ただ単に彼の心情として、この事変に騎士王が関与していると認めたくないだけだろうか。

 まあ、もしそうだったとしても理解できなくはないか。

 

 同じようにモードレッドも清姫を眺めていた。

 彼女に反応は一切ない。間違いなく嘘ではない、と判断している状況。

 反応がないのを確かめ、彼女は次いでマシュに視線を向け―――すぐに顔を伏せた。

 

 そうして伏せたモードレッドの視線が、今更ながら見たことのないものを見る。

 円卓の騎士べディヴィエールは隻腕の騎士。右腕がない騎士だ。

 だというのに、彼はいま右腕が繋がっていた。

 

「……おい、テメェのその腕は?」

 

「―――これはマーリンから送られたものです。獅子王を止めるために彼が作った人工宝具。

 ケルトの戦神、ヌァザが持つ銀の腕(アガートラム)を模したもの。

 元から私の騎士としての技量は他の円卓に大きく劣ります。それを何とか埋めるため、彼の花の魔術師が一計を案じてくれたのです」

 

 モードレッドの突き刺すような視線を受けながら、その腕を撫でるべディヴィエール。

 

『人工の疑似神器……! マーリンのやつ、そんなことまでしていたのかい!?』

 

 感心する様子を見せるロマニ。

 そんな腕を見つめていたモードレッドが、ふと視線を逸らす。

 

「……馬鹿かお前。

 そんなもん持ったところで、テメェ如きが他の円卓を相手できるわけねえだろ」

 

 盛大に溜め息を吐いて、モードレッドが踵を返した。

 それ以上訊くべきことはない、とでも言うかのように。

 ―――最後に一度だけ清姫に小さく視線を送り、確認を取るような動作を見せて。

 

 そうして確認されていることに目を細めつつ、清姫が首を傾げる。

 彼女は今、嘘吐きを見ると感じるこう―――焼かねば…! 的な精神を一切感じていない。

 少なくとも一切嘘の言葉は聞いていないはずだ。

 

「……どうしたのかしら、モードレッド。やっぱりアーサー王が相手だから……?」

 

「うーん……そっかぁ」

 

 何かが分かったかのように首を傾げるソウゴ。そんな彼に対してツクヨミが顔を向けた。

 彼は一体何が分かったのだろうか。この状況にはあまり関係ないかもしれないが、モードレッドの心情を考えるために聞いておきたい。そんなことを考えている中でふと、モードレッドの心情を考える上で重要なケースを思い出す。

 

「そういえば……ねえ、ソウゴ。あなた、ロンドンでは確か―――」

 

「どうだろ。多分、あの時とは結構違う気持ちなんじゃないかな?」

 

 ツクヨミが言い切る前に遮る、誤魔化すような物言い。

 その態度にますます首を傾げるツクヨミ。

 彼らのやり取りを横目にしつつ、オルガマリーがべディヴィエールに向き合う。

 

「とにかく、あなたの目的は獅子王を止める事。

 わたしたちと協力できる、と考えていいのかしら?」

 

「それは……はい」

 

 返ってくるのは歯切れの悪い返答。

 何を迷ったのか、と。オルガマリーが小さく首を横に倒す。

 少しバツが悪そうに視線を逸らした彼は、右腕の義手に手を添えながら口を開く。

 

「……この銀の腕(アガートラム)は対獅子王を想定したもの。

 お恥ずかしい話ですが、私にこれを何度も解放するほどの力はありません。

 通常の戦力としては、あまり役に立つことはできないかもしれません」

 

 申し訳なさそうにそう告白するべディヴィエール。

 そんな彼に対し、銀色の腕に視線を向けながら悩み込む立香。

 

「でもそれは獅子王を止めるための切り札、なんだよね。

 なら私たちがべディヴィエールを獅子王の元まで送り届けられれば……通用する?」

 

「……はい、それに関しては間違いなく。マーリンのお墨付きです。

 彼は人格に関しては一切信用するべきではないですが、能力に関しては信頼できる。

 彼の王をよく知るマーリンが通じる、と言った以上間違いなく王へと届くものです」

 

 立香の問いに間違いない、と首を縦に振るべディヴィエール。

 彼女に引っ付いたままの清姫に反応はない。彼の言葉に一切虚偽はない。

 彼がマーリンの嘘を信じていた場合は見抜けないだろうが。

 

「―――だとすると、円卓の騎士が焦っていたのはその腕を見たから……?

 その腕を授けたのがマーリンで、持ってきたのがべディヴィエール。そうなる可能性があると理解していたのであれば、獅子王のために絶対通せないと考えるのもおかしくないかしら……?」

 

「……そうですね。今考えれば、そうかもしれません。獅子王を打倒し得る可能性があるものを私が有していれば、彼らは当然マーリンの犯行を疑うでしょう。

 そうなれば私……マーリンの作戦を阻止するために動くことは不思議じゃない」

 

 そう言って、オルガマリーの言葉に追従するように頷く彼。

 彼女はその言葉を聞いて、顎に手を当て悩み込みだした。

 ―――それにしては、円卓の騎士も焦りすぎているような気がしたのだが……と。

 

 その横で、ソウゴがアーラシュに問いかける。

 

「ねえ、神様は結局この状況をどう見てたの?」

 

「神様? ―――ああ、紘汰か。んー……正直分からん。ぶっちゃけ、難しいことは考えてなかったんじゃないか? 難民が襲われれば助けに行き、食料がなくなれば持ってきてくれる。だが状況を根底からひっくり返すための手段は多分、持ってなかったんだろう」

 

 アーラシュは後頭部を掻きながら、彼とのやり取りを幾つか思い出す。

 その場その場での対応はインチキ染みた結果を齎した。

 だが、彼には状況を逆転させることだけはできなかった。

 彼自身それを分かって活動していたように見える。今回の結果も想定済みだったろう。

 

 ―――難民を逃がすだけではなく、停滞を止めて状況を動かすに踏み切った理由。

 それはきっと……と、彼はちらりとソウゴを見る。

 

「食料……それではやはり、その神様の力で食料を得ていたんですか?

 これから山の民の住処に向かう彼らの分は……」

 

 マシュからの問いに、アーラシュは更に難しい顔を浮かべる。

 

「―――ま、無理だわな。これ以上の供給はない。

 難民を受け入れれば、そう遠くないうちにどこの村も破綻する。

 今までのペースで消費すれば、崩壊まで一週間くらいか?」

 

 溜め息混じりそう白状する彼。

 つまりそれは、一週間でこの地に残された民の破滅も始まるということだ。

 

「食事をもうちょっと切り詰めればまだ伸びるんだろうが……それはちょっと不味い。

 村側には馬鹿みたいな人数の難民のために場所を提供してもらってる。難民には当然家屋もなく、寝泊まりしてる環境はよくはない。それを食事を渋らないことで何とか調子を取ってたんだ。そこが崩れたら、ってのはあんま考えたくないな」

 

 救った難民の暴動で村が焼ける、などという結末は見逃せない。

 彼はそう言いながら、誤魔化すように苦笑した。

 

「ちなみに村までの移動は難民の歩調に合わせて、ここから二日ってところだ。

 そっから十数に集団を分割して、あの百人に増えてるハサンがそれぞれの村に連れていく。

 お前たちはとりあえず、ハサンたちの統率をしてるハサンがいる村でいいよな?」

 

「……ハサン。ハサン・サッバーハね」

 

 思考から帰ってきたオルガマリーがその名を呟く。

 その山の翁の中には、オジマンディアス王に不調を与えた存在がいる可能性もある。

 それほどのサーヴァントの助力が得られるならば、聖都攻略は捗ることだろう。

 

 アーラシュは一週間で破滅というが、ならば一週間で聖都を攻略すればいいのだ。

 難民の歩調に合わせて二日の道程なら、自分たちが村から聖都に進軍するのは半日かかるまい。

 

「……アーラシュ・カマンガー。

 あなたも聖都の攻略を手伝ってくれる、と考えていいのかしら?」

 

「うん? 今更だな、もちろん手伝うさ。ハサンたちだって首を横には振らんだろ。

 まあ膨大な数の民の監督のために大抵のハサンは離れられんだろうが。

 人理の話もそうだが、難民を助けてくれた紘汰への借りもある」

 

 それはどちらかと言えばハサンの立場の話だろうか。

 あの状況を支えてくれた鎧武への借りを返す。

 そのためにハサン・サッバーハは動いてくれるだろうと言う。

 

「大抵のハサン……ハサンって人があの毒の人と増える人以外もいるってことだよね」

 

「おう。俺も全員は会ってないが、十人以上いるみたいだな。そいつら全員、抱えた難民でパンクしそうな村の世話のために山の中ずっと駆け回ってるよ。

 静謐は人口密度が高い場所でうろつくと事故が怖いからってそっちに近づかないが」

 

 円卓さえも警戒するアーラシュ・ザ・アーチャー。

 獅子王に匹敵する太陽王オジマンディアス。

 そのオジマンディアスに対し何らかの攻撃を成立させただろう山の翁たち。

 そして獅子王に対抗するためにマーリンから切り札を授けられたべディヴィエール。

 

「―――確かに円卓の騎士たちは強力だったわ。

 獅子王だってそれ以上の怪物なのでしょう。けど、これならきっと―――!」

 

 話を聞いていたオルガマリーがそう言って拳を握り締める。

 一週間というタイムリミット。それを破ることもなく、きっと勝利することができるはず。

 そう強く信じ、とにかくまず一度山の民の村に向かうために地平線を睨んだ。

 

 

 

 

 極彩色の輝きを宿す鍵。

 それをトリスタンから手渡された獅子王が、兜の下で目を細めた。

 

「―――なるほど。こうして力を蓄え、また戦場に出ようというか」

 

 休眠状態に入り、力を回復させることに集中しているそれ。

 だが彼女はすぐさまそれを放り投げ、光の膜で覆い隠してしまう。

 ふわりと浮いた極ロックシードは何重もの光に包まれ、見えなくなっていく。

 

「我が聖槍の内で眠りにつくがいい。

 この惑星が残っている内に、お前が目覚めることは二度とない」

 

 玉座の間にそのまま封印されたロックシード。

 それを見上げている獅子王の前で、トリスタンがアグラヴェインに意識を向ける。

 

 トリスタンのその様子。

 一切の報告を受けていないが、彼は余程の緊急事態に遭遇したと見える。

 アグラヴェインが跪いたままに視線を上げた。

 

「……聖槍の一振りで終わらせたものとはいえ、王を戦場に駆り出したことは事実。

 我らの無能、どのような罰でも」

 

 アグラヴェインの隣で同じく跪くトリスタン。

 王は視線をロックシードから下ろし、眼下の騎士たちを見やった。

 

「―――よい。元より我が騎士たちの使命はこの地の平定。

 空の彼方からやってくるものに関しては、そもそも卿らの管轄外だ。

 私が処理すべきものを処理しただけと知るがいい」

 

「はっ……では、王よ。

 せめてこの地の平定が上手く進んでいるか、私も確認をしてきたいと思うのですが」

 

 深々と、アグラヴェインは頭を垂れてそう願う。

 ガウェイン、ランスロット、モードレッド。

 三騎を差し向けた戦場がどうなったか、自分の目で確かめるためにと。

 

「許す」

 

 獅子王が玉座に腰かける。

 そのまま光を見上げて静止する彼女に礼を取り、二人の騎士が退室した。

 しばらくそのまま歩き、大概玉座の間から離れた後―――ぽつりと。

 

「―――湖に剣を返しにきたものが」

 

「なんだと……!?」

 

 歩きながらもトリスタンの言葉に絶句する。

 そんなことをする人間は一人しかいない。

 

 聞いた瞬間、思いつく言葉は()()()()()()()()

 そう考えた自身に小さく舌打ちし、首を何度か横に振る。

 

 眉間に皺を寄せながら、彼らは足早に聖都の正門を目指し歩いていく。

 

 ―――到着したそこに回収するべき民はいなかった。

 そこにあったのは、口論している円卓の騎士たちの姿だけ。

 

「おい、クソ野郎。どういう判断だ、えぇ?」

 

 モードレッドがランスロットの鎧を掴み、引き寄せる。

 今にも噛み付きそうな態度の彼女。

 ランスロットは目を逸らし、ガウェインはただ神妙な顔で待機していた。

 それを軽く見回して、彼は静かに声をかける。

 

「―――状況を説明しろ、サー・ガウェイン。サー・ランスロット」

 

「……敵軍は星見の者(カルデア)たち、山の翁……そして、彼だった。

 奴らの最優先目標は難民の救助。あの状況では見逃す方が安全だと判断し、そうした。

 今後は我ら四人を常に外壁に配置すべきだと進言する」

 

「……ええ、敵軍にはアーラシュ・カマンガーもいました。

 あの場で宝具決戦にまで発展させるのは不利と判断したのです」

 

 アグラヴェインの眉間に更に皺が寄る。

 アーラシュ・カマンガー、アーチャーを体現する大英雄。

 彼の放つ大地を割った一矢ならば、確かに王の聖槍にさえ匹敵するだろう。

 

「……それで、どうするつもりだ?」

 

「―――我らの失態、その罪を王に裁いて頂きたい。

 次の戦場の中で、敵ごと我らを全員……聖槍の一撃を以て」

 

 ランスロットがアグラヴェインと視線を交差させる。

 彼が本気で言っているということは明白。

 その言葉を聞いてガウェインとモードレッド、トリスタンが考え込む。

 

 べディヴィエールの確実な抹殺を優先しつつ、他を削れるのなら悪くない。

 継戦を必要としないならば、ガウェインも聖剣を一切温存する必要がない。

 ランスロットが前に出て、ガウェインとモードレッドが蹂躙。

 トリスタンが遊撃に回れば、恐らくあの軍勢に太陽王が入っても十分時間は稼げる。

 

 だが―――

 

「王の手によって裁かれることを自ら望むか。

 思い上がりが過ぎるぞ、ランスロット」

 

「……分かっているとも、恥知らずにも程があると。だが、それ以外にないのだ。

 王にその存在を伝えず、べディヴィエールを確実に防ぐための選択肢は」

 

 円卓の騎士が打って出る事は不可能。

 一度交戦した今、敵について分かっていることがある。

 彼らはギフトを得た円卓の騎士さえ、撃破し得る集団ということ。

 

 ならばこちらから戦力を分散することはできない。

 いや、もしべディヴィエールがいなければそれでも良かっただろう。

 

 円卓の騎士の存在は獅子王にとって余分。

 獅子王アーサーにとって、円卓の騎士は戦力としての必要性が既に薄い。

 だが彼が出現したことによって、状況は完全に変わった。

 会わせてはならない。獅子王とべディヴィエールを。

 

 恐らくべディヴィエールは彼らと協力し、何としてでも玉座に辿り着こうとする。

 それを完全に防ぐためには、サーヴァント四人だけでは流石に難しい。

 

 それは分かっている、と顔を顰めるアグラヴェイン。

 

「……異星の神性は封印した。難民の救助はこれ以上できまい。

 そして犠牲を出さぬ戦いを敢行するならば、次の敵軍の攻めは数日中にあるはず。

 遅くとも一週間程度で決着をつけねば奴らの方が崩壊するだろう」

 

「防衛に徹して敵の自壊を待つべき、と?

 そのような戦運びでは、獅子王陛下が玉座から腰を上げることもあるでしょう」

 

 アグラヴェインの意見に対し、トリスタンはそちらにも危険はあると訴える。

 時間はこちらの味方になるが、だからと言って過信はできない。

 

 戦闘が開始されたとして、獅子王に辿りつくのが目的のべディヴィエールは、基本的に前に出ないだろう。だとすると、戦線を維持しつつ確実な撃破は難しい。

 そしてそうなった場合、動かない戦場を動かすために王が出陣する可能性もある。

 つまりは、べディヴィエールが王の御前に至る可能性を得る。

 

「……別にランスロットのそれで成立するならそれでもいい。どうせ父上なら、オレたちが死んでも目的はやり遂げるだろうしな。パシリにアグラヴェインが残れば問題もねえ。

 だが上手く行くか? オレたちが消し飛んでべディヴィエールは助かりました、なんてことになったら笑い話にもならねえぞ。べディヴィエールが聖槍の範囲に含まれてねえからちょっと待ってくれ、なんて言い訳で途中で止めることは出来ねえんだぜ?」

 

 モードレッドは一応は賛成。だがあまりに杜撰な話だ、と口にした。

 

「ですが、恐らく次の戦闘は相手にとっても決戦。そして全てを振り絞り目指すのは獅子王の打倒。その戦場において、獅子王に向ける刃であるべディヴィエール……彼を前線から遠ざけると言っても限度がある」

 

 ガウェインはそれでも彼は前に出てこないといけない立場だ、と。

 賛成の立場を示した。

 

「仮に離れていたとしても追い込めばいいだけでしょう。

 ―――その手段を取った場合、それは遊撃という立場に当てられる私の仕事かと」

 

 続けてトリスタンもまた反対せず。

 微かに目を細めたアグラヴェインが一通り彼らを見回して、小さく息を吐く。

 

「……いいだろう。だがその罰が与えられるとして、それは聖罰における失態。

 聖抜によって選ばれた民を聖都に迎えられなかった事に関する裁きは別だ。

 ―――まずは獅子王陛下に許しを乞え」

 

 彼の言葉に騎士たちが目を伏せる。

 引き返し、玉座の間に向かっていく円卓の騎士たち。

 

 彼らの背後で聖都の正門が完全に鎖される。

 ここより先、誰も通すことのないように。

 

 

 




 
赤モーさん、白モーさん。

円卓は聖都から動けないので聖都外での円卓戦はカット。
当然静謐も捕まってないので牢獄もカット。勿論トリスタンの村襲撃もカット。
ズェピアのようなカットの嵐。まるでRTAやってるみたいだぁ…
 


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贈られた秘密宝具2015

 

 

 

「それ見たことか。拙者は言ったぞ、無駄使いするなと」

 

 呆れ顔で正座する女性を見下ろすのは、米俵を担いだ偉丈夫。

 そんな彼に見られているのは、水着かと思うような袈裟を着た女性。

 彼女はしゅんとして正座しながら、背後の水場を見た。

 

 この灼熱の大地に残された数少ない地上の水場。

 この環境においては、枯れるのも時間の問題だったろう。

 だがそれはそれとして、今回水を無駄遣いしたのは誰あろう彼女に他ならなかった。

 

「野生の獣が困らない程度に水場を独占したのは認めるけども……

 それは、ほら……ねえ? はい、ごめんなさい……

 でもこんなことになるなんて予想外だったんだもの……ぎゃてぇ……」

 

 泣きそうな彼女―――

 三蔵法師は千人ずらりと並んだ難民の列を見て、より泣きそうになった。

 

「……どうあれ、今日はここで休息だ。

 思ったよりは確保できなかったが、完全に水が枯れているというわけでもない」

 

 まだまだ続く三蔵への説教。本来説教する側だろう彼女が、完全にされる側に。

 そんな様子に溜め息を吐きつつ、髑髏面の女性がそう口にする。

 その言葉と同時に、百人近い人影が難民たちの間を縫って動き出した。

 

 この地の水場ならばギリギリ、という判断で夜営の場所に選んでおいたのだ。

 が、生憎と予定外の先客が水場を占拠していた。

 

 別に彼女たちに場所を譲ることを渋られたわけではない。

 むしろ快く譲り渡してくれるという。

 だが……人ひとりが普通に使ってしまうだけで後に響くほど、水の量が少なかっただけだ。

 

 溜め息混じりに動き出す分身能力を持つハサン―――百貌。

 毒に秀でたハサン―――静謐は既に周囲の警戒に当たっている。別に百貌は彼女がそこまでのミスを犯すとも思っていないが、この状況で彼女は難民にも水場にも一切近づかない。彼女は全身が毒性を持っており、接触するだけで人を殺すのだ。

 

 当然のことながら、彼女が万が一にも水に触れてしまった場合、その水は生物が飲める水ではなくなる。それを恐れた結果、難民の世話は百貌ひとりの仕事になってしまうわけだ。

 もっとも、一人であっても百人なのが百貌のハサンなのだが。

 

「水が欲しいんだよね? 少しは出せると思うけど、あの池に出せばいい?」

 

 流石に千人分にはならないだろうが、と。

 百貌の背後から、ウィザードアーマーが周囲に水流を展開しながら問いかける。

 この程度でも、少しの足しにはなるだろうと。

 

「……ああ、民への配給はこちらでやる。水はその池に貯めておいてくれ。

 ……ちゃんと飲み水として使えるんだろうな?」

 

 問い返されたジオウが一瞬静止して、自分が出している水の塊を見上げる。

 悩むこと数秒、百貌に向き直った彼が何となく言い切った。

 

「多分、大丈夫!」

 

 微かに口元を引き攣らせつつ、空中に浮いている水の塊に指で触れ一度舐める。

 まあ普通に水だ。どうやって出しているかは知らないが、池の水よりも澄んでいる。

 問題はないと判断してから、水場の中にそれを放り込ませた。

 

「あと水出せるのは……えーと、オーズとフォーゼも行けそうな気がする……」

 

「フォーゼ? 水出せるの?」

 

 ライドウォッチを色々持ち出しながら悩むソウゴ。

 そんな彼を後ろから覗き込みながら立香が問いかけて、その直後に思い出す。

 そういえばイアソンは船から水を出してたような、と。

 だとすると、ちゃんと水を出せるのだろう。

 

「あ、ドライブも消火できそう」

 

 十割ほど勘でライドウォッチを適当に選択しにいくソウゴ。

 消火という言葉に、ちょっと待ったをかけるツクヨミ。

 

「それ、水じゃなくて消火液じゃない? 大丈夫?」

 

「放水、って感じするから多分水じゃないかな」

 

 ファイヤーブレイバーによる放水なら恐らく飲み水にも耐えるだろう。

 一切根拠はないが、多分。

 そんなことを考えながらドライバーのウォッチを交換しようとするジオウ。

 

「とりあえず全部、別の場所に一回出して確かめた方がいいね」

 

「水筒ひとつ空けた方がいいかしら」

 

 ツクヨミがそう言ってひとつ水筒を取り出した。

 水を確かめるのならば、一応どこかに貯めて確認したい。

 ならば水筒に入れて、と。そう考えるツクヨミ。

 

 ただ万が一飲み水に使えない水だった場合が問題だ。

 流石にないと思うが……人体に有害な水だったら、それを入れた水筒は洗っても使いづらい。

 水筒くらいならダ・ヴィンチちゃんが幾らでも作ってくれる。

 が、カルデアとの召喚サークルが無い今、水筒だって減らしたくはない。

 

 そう考えた立香が、ソウゴに向き直った。

 

「ねえねえソウゴ。

 そのままウィザードで穴掘って、ドライブのコンクリートで固めた貯水池作ってよ」

 

「それなら穴開けるのもドライブでいい気がする」

 

〈ドライブ!〉

 

 そうして始まる土木工事。

 ランブルダンプがドリルで穴を掘り、スピンミキサーがコンクリートを撃ち出して固めて、造成された貯水池にファイヤーブレイバーが放水する。新たに作り出される小さな水場。

 それが大丈夫な水か立香が確認しようとして―――

 

「立香って毒? 酸? の霧も大丈夫なんじゃないっけ。判断できるの?」

 

「言われてみれば確かに」

 

「そのこと忘れてたのに飲めないかもしれない水飲もうとしたの?

 もうちょっと気をつけなさい」

 

 多分毒でも分かんない、と。彼女はぽん、と掌を拳で叩く。

 そんな彼女に呆れながら、ツクヨミが百貌の判断を仰ぐべく彼女に声をかけに動き出す。

 

「……ふむ。即席で泉を作れるとなると、私の宝具も使いどころがあるやもしれないな」

 

 地面を掘り返し、コンクリートで固めた人工の池。

 その土木工事の結果を眺めながら、フィンは軽く顎を撫でる。

 

『ああ、君の手で掬った水は癒しの力を得る、という逸話の宝具かい?

 なるほど。確かに水を手で掬える状況が任意で作れるなら……』

 

「別に泉からではなくてもいいのだがね、落ち着いて水を掬える泉からの方がいいのは確かだ。まあ泉から掬っていたにも関わらず盛大に零し、ディルムッドを死なせているわけだが!」

 

 果たしてそれは笑い飛ばしていいものなのか。

 ケルトジョークを飛ばす彼に、通信先で微妙に口元を引き攣らせるロマニ。

 

 百貌の主体、女性のハサンがツクヨミに連れられ戻ってくる中。

 そんな彼らの様子を目にした彼女が、仮面の下で眉を顰めた。

 一度軽く首を横に振った彼女が、新たに出来た泉の水を検める。

 

「……問題ないな。使わせてもらうぞ」

 

 自由に動かせば水場に殺到するに決まっている。

 人手はある(百貌ひとり)のだから、きっちりと締めるべきだろう。

 彼女の意思に従い、規律を定めて難民を誘導し始める百貌たち。

 

 そうして百貌たちが水を難民たちに分けている中で―――

 

「ふむ。千人か……こちらも流石に足らんだろうが、やらぬより余程マシか。

 ほれ、三蔵。炊き出しの準備だ、手伝え」

 

「え、あ、はい」

 

 水場への誘導を見ていた男が、担いでいた俵をどかりと下ろす。

 そうして他の連中の手も借りるために、彼はカルデアの人間たちに向き直った。

 

「拙者、アーチャーのサーヴァント。真名を俵藤太と申す者。

 縁あってそこの坊主、玄奘三蔵のお守りをしながらこの世界を巡っていたのだが……こやつ自堕落な生活に慣れきって、水場を占拠するような真似をしおってな」

 

「しーてーまーせーん! 占拠まではしていません!

 ちゃんと野生の獣と分け合える程度には分別がありました!」

 

 藤太からの雑な紹介に反論を唱える三蔵。

 

「そもサーヴァントなのだから、この状況では生きているものに譲れという話だ」

 

 そんな意見に取り合わずに溜め息ひとつを返す藤太。

 彼女はぐぬぬ、と唸る。が、百貌が配る水を心待ちにしている難民たちを見て消沈した。

 そして彼らの自己紹介を聞いたロマニが、通信先で声を弾ませる。

 

『俵藤太と言えば東方の“竜殺し(ドラゴンスレイヤー)”!

 ここで合流できたのは心強いんじゃないかい!?

 アーサー王は言うまでもなく、竜の属性も持つブリテンの赤き竜だからね!』

 

 竜殺しという話を耳にして、というよりもその名を聞いてか。

 清姫がすすす、と立香に更に強く寄り添うように移動した。

 何となく楽しくなってきたのか、二ヵ所目の追加水場の工事に入っていた面々。

 その中で立香が、清姫の態度に小さく首を傾げた。

 

 もはやそこに理由はない。

 恐らくは化生変化にとって、本能的な行動だったのだろう。

 そうなるほどの英傑が、俵藤太という男だ。

 

「……俵藤太。あなたたちは聖都の者ではなく、野良のサーヴァントということでいいのかしら」

 

 だからと言って考え無しに喜んでいられない、と。

 オルガマリーは彼に対して問いかける。

 

「野良……うむ、まあ野良という奴だな。

 二ヵ月ほど聖都の中で世話になっていたという事実があるが」

 

 言いながら腕を組み、地面に置いた米俵の前にどかりと腰を下ろす彼。

 そんな行動を前にしてから、何かを探すように周囲を見回す三蔵。

 だが当然のように目当てのものなど見当たるはずもない。

 

「トータ、あたしのお椀はあるけどでかいお鍋なんかはないわよ?」

 

「む? そうか、しまったな。他に―――」

 

「―――聖都の中に入られていたんですか?」

 

 悩む藤太に、驚愕に目を見開くマシュが問いかけて。

 そうして、彼の目が彼女の持つ盾に向かう。

 

「おお、いい盾だ。何よりタイミングがいい。

 すまんがその盾、少しばかり貸してはくれないだろうか」

 

「え? あ、はい。どうぞ……?」

 

 言われて咄嗟に盾を渡すマシュ。

 状況が判然としていなくても、彼に一切の邪悪さを感じないせいか。

 己の武装さえもあっさりと渡せてしまえた。

 

 彼はそれを受け取ると、持ち手を上にして地面の上に大皿の如く設置する。

 その動きを理解して、通信先でロマニがあっ、と声を漏らす。

 

『あ、ちょっと待って。俵藤太の米俵と言ったら多分……!』

 

「悪虫退治に工夫を凝らし、三上山を往来すれば。

 汲めども汲めども尽きぬ幸―――お山を七巻き、まだ足りぬ。お山を鉢巻、なんのその。

 どうせ食うならお山を渦巻き、龍神さまの太っ腹、釜を開ければ大漁満席!

 さぁ、行くぞぅ! 対宴宝具、“無尽俵”!

 そぉれ―――美味いお米が、どーん! どーん!」

 

 ロマニの声は遅かった。

 その静止の声が届くことはなく、藤太は米俵の宝具を起動する。

 

 瞬間、彼が目の前に置いた俵から白米が噴水のように飛び出していた。

 噴き出す米は自然とマシュの盾に積もって、白い山を作っていく。

 

「―――え?」

 

「は?」

 

「あぁ……! えぇ……!?」

 

 気の抜けた声を出すマシュやオルガマリーの背後。

 べディヴィエールがその光景を見て、悲鳴染みた声を上げた。

 まるで聖杯を飯の釜にするような所業を見たかの如く。

 

「あ、骸骨のお面の人! 順番を守らせて、取りに越させてあげてね!」

 

 そう言って三蔵が百貌の一人に声をかける。

 彼女の手が凄い勢いで米を取り、そのままどんどん握りに変えていく。

 あまりの速さに腕が分裂したように見える様は、まるで千手観音のそれ。

 

 米の山がどんどんとおにぎりに変わっていく様。

 それを見た百貌のひとりはどう反応すればいいのか、と。

 少し間抜けに答えを返した。

 

「あ、ああ……?」

 

 分身と意思疎通し、十人一組にして順番に取りに行かせ始める百貌。

 その光景を呆然と眺めながら立香は、はっと目を見開いた。

 

「ねえねえ、それって……もち米も出る?」

 

「うん? そりゃあ出る。だが、無尽であっても無制限ではないのでな。

 流石に今回はこやつらに配る握り飯分で限界一杯だ」

 

 そろそろ年明け。おもちの時期。いつぞやそんな事を話していたな、と。

 できればおもちを確保したいと思いつつ、空を舞う白米の噴火を見上げる。

 とはいえ、最優先は難民の食糧だ。

 

 三蔵も心なしかおにぎりを小さめに握っている。

 それくらいに、流石に一度に賄う人数が多すぎるのだ。

 

「……その、レディ。あれは、大丈夫でしょうか……?」

 

 マシュの背後でぽつりと呟くべディヴィエール。

 それが彼女の盾の話だろうということは、その視線で分かる。

 ―――確かに盾を大皿扱いされることには驚いたが、彼女を支える英霊の霊基は拒否感を示していない、と思う。

 

「はい、多分大丈夫です。ちょっと驚きましたが、きっとこうして人を救うためならばわたしの中の英霊も……あ、すみません。

 わたしはわたし自身が英霊というわけではなく、デミ・サーヴァントと言って……」

 

 その説明はしていなかった、と。

 マシュが慌てて補足しようとするのを、彼は微笑みながら制する。

 

「―――ああ、大丈夫です。それもマーリンから聞いています。

 ただ、そうですか。レディがそう仰るのでしたら、きっと大丈夫なのでしょう。

 あなたの中の英霊も、そう思っているに違いないのです……食事をして、今日を存えて。ずっと、民にそう在り続けてもらうための―――円卓だったのですから」

 

「べディヴィエール卿……?」

 

 何かを追想するように目を細めるべディヴィエール。

 だが彼はすぐに表情を戻し、歩き出す。

 既に目の前では配給の行列が大分伸びていた。

 

「我らも手伝いましょう。

 女王ブーディカも手伝っているというのに、見ているだけというのは問題です」

 

「あ、はい! それは確かにその通りでした!」

 

 いつの間にかおにぎりの製造に携わっているブーディカ。

 更にその手に引っ張られ、強制参戦させられる清姫。

 手慣れた様子の千手観音や彼女たちに混ざって調理係は難しい。

 だが難民の整列は幾ら手があっても足りないはずだ。

 

 少しでも助けになるため、彼女もまた歩き出した。

 

 

 

 

「…………何か、御用でしょうか?」

 

「いやいや、そういわけではないのだが。ただ私は、喧噪から離れて独り佇んでいる少女を、見逃さない程度の甲斐性は持っているだけのこと」

 

 そう言ってフィンが夜の中でキラリと輝いた。

 何を言ってるのか、と首を傾げる静謐のハサン。

 

 恐らく円卓の追撃はないが、それでも警戒は必要だ。

 聖都やエジプトの存在。土地自体が神代に回帰しているせいで、魔獣や幻獣、精霊の域に入った野生動物が出てくることもあるのが今のこの土地だ。

 

 そんなものたちが出現した場合、難民に近づける前に処理する必要がある。

 サーヴァントにとって大した脅威でなくとも、難民がパニックを起こせば惨事が起きかねない。

 

「―――あちらは盛り上がっているようですので、向こうに参加した方が……」

 

 なのでそういう処理は自分に任せてくれていい、と彼女は言う。

 彼女の暗殺手段は毒殺。

 魔獣程度ならば、毒に侵されたと気付く間も与えず殺せる程度の。

 断末魔さえ上げさせず処理するつもりなので、難民に気づかれる恐れもない。

 

「ははは、ではもし魔猪でも出てくれれば、それを狩って大手を振って参加しにいくとしよう。千人ともなると、それなりの大きさのを二十、三十は狩らねばな!」

 

「はぁ……」

 

 本気なのかジョークなのかもよく分からないフィンの発言。

 首を傾げていた静謐が、他者の接近を察知して顔を別の方向へ向ける。

 

 ―――そちらから現れたのは、モードレッドだった。

 彼女はちらりと静謐を見て、しかしすぐにフィンに向き直る。

 

「おい、一応聞いとくが……どうなんだよ、あれ」

 

 開口一番、単刀直入にフィンに聞き込むモードレッド。

 何が訊きたいか分かってるだろ、と言わんばかりの直球。

 揶揄う場面でもないと肩を竦めて、フィンもそれに返答した。

 

「確かに戦神ヌァザは私と縁が深い……が、流石にヌァザの“銀の腕(アガートラム)”を模した武器の真贋までは分からないさ。もしオリジナルだったら、見れば感じるものもあるだろうが」

 

 べディヴィエールが告白した自身の右腕、“銀の腕(アガートラム)”。

 彼はそれをマーリンの手による人工宝具とした。

 人工と言っても、彼の魔術師も純粋な人間ではない存在だが。

 

 祖神ヌァザの腕そのものであれば、フィンに感じる所もあるだろう。

 が、それを模しただけの別物では流石に分からない。

 

「そうじゃねえよ」

 

 その前提を語るフィンを急かすモードレッド。

 彼は小さく肩を竦めて、続きを語る。

 

「では、あの腕から感じる妖精の寵愛のことかな?

 確かにあれほどの加護が人工の宝具に宿るのは不自然だ。が、彼の花の魔術師の手によるものだから……と言われれば、ある程度は納得せざるをえまい?」

 

 それを聞いて、モードレッドは顔を小さく伏せた。

 今の言葉で、もう欲しかった答えは得たようなものだから。

 

 態度を変えた彼女の前で、フィンは軽く髪を掻き上げた。

 彼は逆にモードレッドを見返して、問いかけてみせる。

 

「別に今回、私は智慧を借りたわけではないが……というか基本、借りなくても私自身の知恵で大抵のことは解決するのだが。

 それはそれとして、君があそこに疑念を感じるのは何故だい? はっきり言って、あの花の魔術師の幻術に綻びはない。感知はできないだろう?」

 

 清姫の耳にも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()は届いていないはずだ。恐らく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が喋っている声に差し替えられているのだろう。彼女の本能的な察知能力さえも誤魔化すものだ。

 当然、モードレッドの直感もまた誤魔化しているはず。彼女たちのような本能で事実を見極めるタイプは、その本能に信を置けば置くほど騙され易くなる、という手段になっている。

 

 フィンからの質問。彼女はそれに対して鼻を鳴らす。

 そんな当たり前のことを訊くんじゃねえ、と言わんばかりに。

 

「―――馬鹿かお前? 父上はな、オレが殺して、あいつが看取ったんだ。

 そこに違いが生まれたなら……オレが分からないわけねえんだよ」

 

 彼女はそう吐き捨てる。

 妖精の寵愛を得たフィン・マックールが、べディヴィエールの持ってきた義手は妖精に愛されたものだと言った。ならもう、全部繋がったようなものだ。

 

 モードレッドが踵を返す。これ以上、話すべきことはないと言うように。

 そうして離れていく彼女の背中に、フィンは再度問いかけた。

 

「ちなみに、どうする気だい?」

 

「決まってんだろ。あいつが看取り損ねたのなら、つまりオレが殺し損ねたってことだ。

 オレはオレのやるべき事をする。あいつはあいつがやるべきことをする。それだけだ。

 後はその内、あのクソ野郎のマーリンをぶん殴る」

 

 一切の迷いなく言い放つ。そのまま歩き去っていくモードレッド。

 いつの間にか何やら始まって、いつの間にか終わっていた二人の会話。

 それに小さく首を傾げて、静謐はフィンに視線を向けた。

 

「……どういう事ですか?」

 

「どうもこうも、彼女もカルデアに召喚された者とはいえ円卓の騎士。

 獅子王は必ず自分が討ち取る、という決意表明だろうさ」

 

 にこやかにそう語るフィン・マックール。

 確かに獅子王の撃破を目的とした話にも聞こえはしたが、と。

 静謐は彼の物言いに対して、仮面の下で小さく眉を顰めた。

 

 そこでモードレッドと入れ替わり、別のサーヴァントの接近を感知する。

 やってきたのはアレキサンダーとジャンヌ・オルタ。

 

「やあ、話はついたかい?」

 

「まあおおよそはね。

 私とて結局のところ、幻術越しでは推理は出来ても確実なことは何も言えない。

 流石は花の魔術師の魔術の冴え、と言ったところだろう。

 おっと、そうして推測に至っている君のことも流石は征服王、と褒めておくべきかな?」

 

「ははは。生憎だけど、僕はマスターから聞いた話を膨らませただけだよ」

 

 べディヴィエールは、獅子王を“嵐の王(ワイルドハント)”と口にした。

 別に間違っているわけではないだろう。そういう性質に昇華された存在なのは間違いない。

 けれど、ソウゴは根本的に行動方針が違うワイルドハントを既に見ていた。

 ―――第四特異点、ロンドンの地で。

 

 黒い槍を携えた騎士王は、嵐の王でありながら騎士王だった。

 細かい違いは幾らでもあったのだろう。

 だが、ただ“嵐の王(ワイルドハント)”として地上に降臨した騎士王は()()()()()

 けして獅子王を名乗り、聖槍による選別を行うような“現象”ではない。

 

「……何よ、何の話?」

 

 アレキサンダーに着いてきていたオルタが二人を睨んだ。

 彼女の威嚇に二人揃って肩を竦める。

 

 マーリンがべディヴィエールに虚偽を教えた、という可能性もなくはない。

 だがそうだとすれば、幻術で彼を保護する必要もない。

 とすれば、これが異常だという事実はぼんやりとではあるが見えてくる。

 

「大した話ではないよ。結局のところ作戦は変わらない。円卓の騎士を打ち破り、聖都へと突入してべディヴィエール卿の秘密兵器を獅子王へ突き付ける。この方針には何ら影響しない、その程度の話だ」

 

「……?」

 

 勝手に納得している男二人を見て、眉を顰めるオルタ。

 そんな三人の様子を傍から眺めながら、静謐は小さく首を傾げた。

 

 

 

 

「攻め込んでない?」

 

「……ああ。お前たちが何を勘違いしているかは分からんが、我らにそんな余裕はなかった。我らは常に難民の救助、整理に追われてエジプト領に踏み込んだことなど一度もない」

 

 食事を終えた民たちは、疲労と命を拾ったという安堵から例外なく眠りに落ちた。そうして、ようやく気を抜いた百貌は、オルガマリーからの問いにそう返した。

 オジマンディアス王の不調。それは恐らく獅子王や円卓が原因のそれではないだろう、と予測していたというのに、もう一つの勢力である山の翁から否定されてしまい、難しい表情を浮かべる彼女。そんな彼女に対して、髑髏面の下で百貌は小さく眉根を寄せる。

 

 山の翁の協力があればまず万全、と思っていたが―――しかし、戦力としてはこの状況にオジマンディアス軍が加わるだけでも、十分に円卓に対して優位を取れるのではないか。

 オジマンディアス、ニトクリス、ダレイオス三世。更に玄奘三蔵に俵藤太。

 彼らの戦力を加える代わりに、相手にトリスタンが追加される形だろう。

 その背後には獅子王と、藤太の話に出たアグラヴェイン……

 

「……三騎を相手に今回の状況で、実際の敵戦力は六騎……

 流石にもう少し余裕を持ちたかったけれど……」

 

 事実として、円卓の騎士がこちらを逃がしたのはアーラシュの存在が一番大きい。

 ガウェインもランスロットも足止めすらギリギリだったのだ。

 唯一、優勢を取れたのはモードレッドとの戦場だったが―――

 

「うーん……実際問題、次回の戦いではガウェインはともかく、モードレッドが前に出るかは怪しいね。彼女に完全に砲台に徹されたら流石に守り切れないよ?」

 

 白モードレッドを制するにあたり、宝具を封じたダビデがそう言う。

 前回白モードレッドを制圧し動きを封じられたのは、赤モードレッドと衝突したからだ。

 次回の戦闘で前に出ず、宝具解放に徹する動きをされたら被害は甚大になる。

 

 ガウェインも当然、隙あらば聖剣の解放を狙うだろう。

 もちろん、ランスロットやトリスタンはそれをサポートするはずだ。

 粛清騎士とて数が揃えばサーヴァントにとっても脅威になる。

 聖都外に展開するだろう円卓四人の軍だけでも、エジプト勢の協力込みで五分。

 だとすると、獅子王まで相手にする余裕が……

 

「……それにオジマンディアスを害したのが山の翁でないとすると、そいつも敵として新たに出てくる可能性が……」

 

「…………」

 

 口を手で覆いながら思考するオルガマリー。

 そんな彼女の横顔を見ていた百貌が、きつく眉間に皺を寄せているような様子を見せる。

 もっとも、髑髏面でよくは見えないが。

 だがそれに気付いたダビデが、彼女に対して話を振ってみせた。

 

「どうかしたかい?」

 

「―――いや、私の言うべきことではない。

 その件については、村についてから当世のハサン……呪腕のに訊くがいい。今のハサンたちに役目を振っているのは奴だ。奴ならば、私の知らぬ情報を持っているかもしれんからな」

 

「へえ」

 

 探るようなダビデの視線から目を背け、百貌が歩き出す。

 彼女の影から一人、また一人と増えていく姿。

 それは夜の闇に溶けるように消えていき、難民の様子を見回るために動き出した。

 

 

 




 
べディヴィエールは嘘つき。ホモも嘘つき。マーリンも嘘つき。
この符合は一体何を示すものなのか…真実は一体どこにあるのか。
その答えを探しに、私はオリュンポスへと旅立つのであった。

オリュンポス閉まって…おっ、開いてんじゃーん!

獅子王に湖の騎士に征服王の少年期にディルムッドの縁者に何か変なのが粘着してた聖女(黒)。あの金ぴかもどっかから生えてこないだろうな…!
とか思ってる百貌さん。
 


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砂漠の中の真実!1273

 

 

 

「この本によれば、普通の高校生常磐ソウゴ―――

 彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた」

 

 時間を刻み続ける大時計。

 暗闇に閉ざされた空間の中には、その大時計だけが浮かび上がっている。

 

 足音と共に闇の中、時計の横から姿を現す黒ウォズ。

 彼は大時計の前でそのゆったりとした歩みを止めた。

 そうしてその手の中にある一冊の本、『逢魔降臨暦』へと視線を送る。

 

「魔術王の策略により焼失した人類の歴史……

 だがそれは我が魔王らの活躍により、第五までの特異点が攻略された。

 修正するべき人理の礎は残り二つ。

 そして彼らがいま取り掛かるのは、西暦1273年のエルサレム……」

 

 そこまで語った彼の前、一部で闇が晴れて幾つかの人影が姿を現す。

 それは、これまでに継承を終えた仮面ライダーたちのもの。

 ウィザード、ドライブ、フォーゼ、ダブル、オーズ―――

 

 そうして、更にもう一人。

 果実を鎧とした仮面ライダー、鎧武の姿が浮かび上がった。

 

 合わせて六人。

 それらのライダーたちの後ろ姿を一通り眺めた後、ぱたりと。

 彼は手にしていた『逢魔降臨暦』を閉じる。

 

「……それはそれとして。

 人理が燃え尽きていなければ、もう少しで2016年の年明け。

 例え世界が窮地であっても、それがおめでたい行事であることには変わりません」

 

 そのまま閉じた本を横に抱え、彼は大きく片手を掲げた。

 軽く微笑みながら、黒ウォズは声を大にする。

 

「ちょうどこの特異点の修正が終わる頃に、2016年はやってくるでしょう。

 ―――祝え! 新年の到来を!」

 

 闇の中、祝福の言葉を叫んだ彼。

 それを終えると彼は腕を下ろし、踵を返して闇の中へと消えていく。

 

 ―――ゆっくりと、ゆっくりと。

 彼が先程まで背にしていた時計の針が回り続ける。

 

 黒ウォズが姿を消せば、六人のライダーたちの姿もまた消え去って―――しかし。

 その暗闇の中に、オレンジ色の光がぼんやりと浮かび上がった。

 

 まるで人魂のように暗闇の中で燃えるその顔。

 それこそが、仮面ライダーゴーストの姿。

 暗闇に浮かぶオレンジ色が、やがて熱を増したかのように赤く染まる。

 

 燃え上がる炎のように、全身が赤く染まったゴースト。

 彼の腕が動き出し、その手がゆるりと印を結んでみせた。

 

 先程まで六人のライダーが立っていた場所。

 そこに同じ数の、まったく別の人影が炎のように浮かび上がり―――

 すぐに、何事もなかったかのように消え去った。

 

 

 

 

「……なるほど、なるほど」

 

 右腕を呪布で完全に覆った髑髏面、呪腕のハサン。

 現状動いているハサンを統率しているらしい立場の彼は、村の中央で盾を設置しているマシュを見ながら、低い声で状況を確認するように何度もそう呟いていた。

 

 そんな彼の様子に対して、オルガマリーが目を細める。

 彼女は現状の確認をし、一週間待たずに聖都を攻略するという方針を話した。

 その上で、一応オジマンディアス王に干渉した存在に心当たりはあるか、と問いかけている。

 

 なければ即座に否定できる類の質問だと思う。

 それだけあのファラオは強靭な存在だ。

 やったかどうか以前に、やれる技量を持つ存在がいるかどうかという篩があるのだから。

 

「……確かに聖都正門での決戦は拮抗するでしょう。

 ですが、それでは何ともならないのはご存じかな?」

 

 考え込んでいた呪腕が髑髏面越しに彼女と視線を交わした。

 彼が口にする言葉の意図が分からず、問い返す。

 

「何ともならない? それはどういう……」

 

 視界の端で、マシュたちが地脈に召喚サークルの設置を完了していた。

 そのままの流れで、タイムマジーンその他を送り込む準備が開始される。

 マジーンがあれば移動、戦闘。どちらにも貢献するだろう。

 呼び出した後のマジーンの初仕事は、エジプト領への連絡になる予定だが。

 

 それを横目にしながら、呪腕は言葉を続ける。

 

「……異教の神の助力により、聖都を覆っていた光の壁。

 あれは円卓の騎士の出陣だけでなく、聖槍を防ぐためのものでもありました」

 

 口を開いた呪腕が語るのは、聖都を覆っていたオレンジの話。

 既にそれは鎧武の撃破と共に破られ、消え失せてしまった。

 今の聖都―――獅子王に聖槍を放つ事への枷はない、と。

 

「それが消失した以上、獅子王の槍はこの大地の全てが射程距離。

 もちろん、獅子王がアーラシュ殿のような“眼”を持たぬからには、どこにいる相手でも狙い撃てるというような状況にはならないでしょうが……少なくとも聖都直近の荒野ならば、いとも簡単に吹き飛ばせることでしょう」

 

「それは、つまり……」

 

 今後の聖都正門前の戦場は、玉座にありながら獅子王の射程距離。

 その一撃は聖都の外壁が吹き飛ばされた時に見ている。恐らく鎧武からの反撃との激突で減衰したにも関わらず、鎧武を撃破してその上で聖都の壁に孔を穿つほどの破壊力。

 それが常に戦場を狙っているという状況で、決戦しなければならないということ。

 

「仮に止められる者がいるとするならば、それこそアーラシュ殿くらいなもの。

 それもたった一撃だ。勿論、獅子王側には弾数制限などありますまい」

 

「でも、それって自分の仲間も巻き込むことになるんじゃ?」

 

 つまりは円卓を足止めに使い、獅子王が敵諸共に吹き飛ばすという話だ。

 そんなことをするだろうか、と。ツクヨミが疑問の声を上げる。

 

「……恐らくはやるでしょう。むしろ、円卓の方からそれを望むかもしれません。

 前回の彼らの様子を見るに、彼らも私を絶対の脅威と見ているようですので」

 

 だが、その意見に対してべディヴィエールは肯定を示した。

 円卓は獅子王のためならば、全てを擲つ。

 各騎士たちの反応を思い出しても、そこに疑いの余地はないだろう。

 

「つまり……正門前で時間を稼がれたら、そこで全滅しかねない?」

 

 先の戦いでそれがなかったのは、難民の中から聖抜に選ばれた民を確保するため。

 そして仮面ライダー鎧武の乱入があったためだろう。

 次にあの場で決戦を行う機会は、聖槍を防ぐ防波堤は何もなくなる。

 

「ですな。それを考慮して……ひとつ、提案がございます」

 

「提案?」

 

 呪腕は小さく息を吐き、数秒。

 それ以上を言葉にすることを躊躇うように、黙りこくった。

 

「―――もしや……アズライールの廟、という?」

 

 はたして、その名を挙げたのはべディヴィエールが先だった。

 少し驚いた様子で肩を揺らす呪腕。

 

「……ご存じでしたか」

 

 彼の反応は、気が抜けたような苦笑交じりの声。

 皆で揃ってその名に首を傾げる。

 

「アズライールの、廟?」

 

「ええ。我ら山の翁の始まりにして終わり。初代山の翁の御座す霊廟です。

 ……恐らく、オルガマリー殿の言うエジプト領のファラオに傷を負わせたのもあの方かと」

 

 彼はそう、微かに硬くした声で語る。

 出てきた情報に目を見開いて反応するオルガマリー。

 

 本当にそれが出来るだけのサーヴァントであったなら、状況も変わる。正門の短時間での攻略ははっきり言って無理だろう。円卓の騎士の個々の戦闘力もそうだが、それ以上に彼らはただ時間を稼ぎさえすればいい。それだけで、獅子王による裁きがこちらを全滅させるシチュエーションだからだ。円卓に聖都を背に防衛戦の構えに徹されては、崩しようがない。

 

 こちらは無理にでも攻めなければならず、相手はただ守るだけでいい。

 この状況である時点で、こちらの圧倒的な不利は否めない。

 だとするならば、一番現実的な手段として、同時攻略を行うしかないだろう。

 

 正門の戦力を抑える部隊。聖都内で獅子王を撃破する部隊。

 その二つに戦力を分け、同時に仕掛けるしかない。

 こちらが聖都内に侵入していれば、獅子王も外を狙う余裕はないはず。

 いや、余裕が出来ないほどに攻め立てなくてはならない。

 

 その方法を取るためにはべディヴィエール含む戦力を聖都内に送りつつ、正門の騎士を押し留められるだけの戦力を用意しなくてはならないのだ。

 

「アズライールの廟までは私の案内でもって往復二日といったところ。

 できれば早い内に、彼の地に向かいたいのですが……」

 

「……この村に来るまでに二日。ここから更に二日……流石に休みなしじゃ決戦もできないわ。

 帰ってきてから村で一日休み、この村から再び聖都まで半日……」

 

「ギリギリかな?」

 

 決着までの猶予期間は約一週間。

 ―――とはいえ、一週間経った瞬間に世界が滅びるわけではない。

 だがどちらにせよ、それが最初で最後の反撃の機会になる。

 

「そうね。だとしたらもう、二手に分かれて片方はエジプトに行かせましょう。

 余裕を取って六日後の……そういえば、ギフトが消失するケースってあるのかしら……?」

 

 今の時間から見て、六日後の正午から戦闘を始めようとしたオルガマリー。

 が、彼女は考え込むように途中で違う話を始めた。

 

 円卓の中でも最大の壁、太陽の騎士ガウェイン。

 彼のギフト、“不夜”は何時如何なる時間帯でも空に太陽を昇らせる。

 だがそのギフトが消失する場合があるとしたら、実際の時間は昼からずらすべきか。

 

「獅子王が与えたもの……だったら獅子王を倒さなきゃ消えないんじゃ?」

 

 現実的に考えて、と。

 ツクヨミはそのケースの想定は無駄だろうと語る。

 

「うーん。でも折角だし、もしもの時を考えて日暮れに始める?」

 

 対してソウゴは、どっちでも変わらないなら、別に夜を待ってもいいのでは、と。

 その意見に対してツクヨミが少し悩むように俯く。

 

 どっちでも変わらないなら、人間はパフォーマンスが低下する夜を待つのはマイナスだ。

 夜にきっちり休み、昼に戦闘をした方がいいに決まっている。

 相手も能力が落ちるならともかく、サーヴァントに昼夜は関係ない。

 無理をすることになるのは人間のマスターだけだ。

 

 だが万が一ギフトの効力が消えるようなことがあれば、という話だ。

 あまり意味のない想定だろう。が、もしもの時に得られるリターンが大きすぎる。

 ツクヨミは小さく息を吐き、そのままオルガマリーに視線を送った。

 どっちにも選ぶ理由がある。なら、後の判断は指揮官である彼女に一任するべきだろう。

 

「……まあ正午でも夕方でもどちらにせよ強制的に昼になるのだろうけど。

 でもそうね。決戦の開始は六日後。日暮れを待ってからよ」

 

 決定を下したオルガマリーに対し、ソウゴとツクヨミが首を縦に振る。

 丁度そうと決めた時、向こうで召喚が終わっていた。

 

 地上に降臨するタイムマジーン。

 今の流れから行くと、あれにはエジプトまで飛んでもらうことになるだろう。

 それを見て、オルガマリーは呪腕に声をかけた。

 

「悪いわね、少し時間を頂戴。

 どんな風にメンバーを分けるか、こちらで決めてしまうから」

 

「ええ、構いません。こちらも引継ぎをして準備をしておりますので」

 

 こちらにいたカルデアの人員が、マシュたちの方へ向かっていく。

 一緒に送られてきた物資は全部マジーンのコックピットの中だ。

 突然現れたエアバイク型の機械に、周囲で子供たちが騒ぎ出した。

 

 その喧噪に取り残された呪腕の背後から、静謐がぽつりと小さく呟く。

 

「……その、よろしかったのでしょうか。呪腕の翁」

 

「―――よろしいも何も。この状況、覆すにはこれしかあるまい?

 何、この世界を守るためだ……」

 

 小さく、小さく、小さく。

 静謐にさえ悟られぬ静けさで、呪腕がその視線を巡らせる。

 彼の視線が捉えるのは、百貌がこの村の預かりとして置いていった百の難民。

 その中に混ざった、一組の母子。

 

 少年は多くの子供たちに混じり、突然現れた機械にすごいすごいと騒ぎ立てている。

 その少年を落ち着かせようと、少年の母が苦心していた。

 

 ―――この地で、一応の安寧を得られたこと。

 彼女たちはそれに酷く安心しているように見えた。

 

「―――今更この首ひとつ程度、彼の御方の持つ天秤に乗せるには軽いものだ」

 

 静謐からの問いへの返答に似合わない、酷く優しげな声が出た。

 それにハッとして、小さく咳払いする。

 

「………?」

 

「アーラシュ殿に留守を頼んでくる。何かあったら呼んでくれ」

 

 そう言って風景に溶けていく呪腕の姿。

 それを見送って、静謐はカルデアの面々に視線を向ける。

 毒の身でひっそりと彼らに近づくのも失礼だろう。

 難しい話だと、彼女は仮面の下で困り顔を浮かべた。

 

 

 

 

「オジマンディアス王は常磐に任せるわ。なんか相性よさそうだし」

 

 状況の説明をおおよそ終えて、開幕一言。

 オルガマリーはそう言って大体決定、と言わんばかりの態度を示した。

 

「それはいいけど。

 エジプト行きは俺とアレキサンダーとダビデ、ってこと?」

 

 マスターとサーヴァントを分ける意味はあるまい。

 が、あくまで同盟地への伝令だと考えるなら戦力も必要ない。

 

「―――あとツクヨミ、モードレッド、フィンもそっちにね。

 こちらはわたしと藤丸、そのサーヴァントと道案内のハサンね。

 あなたたちはどうする? 村で待機してくれていてもいいと思うけど」

 

 だが彼女はそちらにも戦力を割いた。

 

 そこまで口にしたオルガマリーが、三蔵法師と俵藤太を見る。

 今回はどちらも一応は戦闘を前提とした活動ではない。

 仮に戦闘を行うことになるとしても、道中にでてくる魔獣相手の話だろう。

 

 何なら彼らは食料班として残ってくれてもいいのだが―――

 藤太は最初に会って以降、“無尽俵”を使っていない。

 最初の時に出しすぎて、ほとんど充填がされていないらしい。

 彼の存在で食糧事情を改善するのは、流石に無理だったようだ。

 

「うむ。そうさなぁ……」

 

「よく分からないけど、エジプトまではその大きな機械でひとっ飛びってことよね?

 ―――ええ、それすっごく楽しそう。楽しそうだけど……あたしたちは、御山に登る方に同行させてもらいます。多分、そっちの方にあたしたちが必要とされていると思うの!」

 

 悩もうとする藤太を遮って、にこやかに断言する三蔵。

 そうした彼女を見て、確認するように藤太に視線を送る。

 彼はその態度を見て溜め息ひとつ、軽く片目を瞑った。

 彼女の言葉に一切迷いはなく、そういう時の彼女の頑固さを彼は知っている。

 

「―――だそうだ。こうなったこやつは泣き喚いてでも意見を通す。

 拙者も着いていく他ないだろう」

 

「何よ、嫌なの? トータってば、ちゃんと弟子の自覚はある?」

 

「どうだろうなぁ」

 

 ぷんぷん、と。腰に手を当てながら怒りを示すジェスチャー。

 藤太はそれに対して首を傾げてみせた。

 

「……では玄奘三蔵と俵藤太はこちらに参加、ということで。

 呪腕のハサンが戻り次第、アズライールの廟という場所に向かいましょう」

 

「じゃあ俺たちも行こっか。オジマンディアスに準備してもらって……

 一回こっちに戻ってくるべき?」

 

 通信機もあることだし、ソウゴたちは開戦までエジプト側で待機―――

 という選択肢もなしではないだろう。

 こっちに所長と立香、向こうにソウゴとツクヨミ。

 その状況で通信を取り合い、動くタイミングを合わせられる。

 

 相手には砲台のような聖剣使いが二人もいる。

 正面から突撃よりは、囲うような陣形の方がいいだろう。

 もっとも、それを撃たせないために今から動くのだが……

 

「そうね……とりあえず目的を果たしたら通信で連絡を。その時点の状況で決めましょう。

 不測の事態で通信が取れなかった場合は、村での合流を最優先して」

 

「分かりました」

 

 通信が取れないだけならば、村に集合を決めておけば解決する。

 村にも帰ってこれない状況だったなら大問題だが。

 だが今の段階からそれを考えていてもしょうがない。

 

 ツクヨミが了解の意を示し、動き出す。

 タイムマジーンに乗り込んでいくエジプト行きのメンバー。

 

 ―――そうして飛び立つ飛行機械が、空の彼方へ飛んでいく。

 それを見送った立香が、三蔵へと向き直った。

 

「ところで、三蔵が山の方を選ぶ理由って?」

 

「理由? んー……別に理由というか……何と言うか、ね。

 正直に言うと、あたしとしてはどちらにも味方をする気はなかったんだけど……あ、このどちらにもっていうのは、聖都にも御山の民にも。もちろんエジプト領にも、ってことね」

 

 この時代に残る勢力、その全てに対し協力する気がない、と。

 不思議な話だがそれはそれとして、だ。

 その話が山とエジプトの行先選びに何の関係があるのか。

 

 そう言いながら、彼女は少しだけバツが悪そうな表情を浮かべた。

 そしてどう言うべきか、と。

 口の中で言葉を選びながら、何とか外に出してみせる。

 

「―――ええ、彼らがただ民を救うための為政者であったなら。

 あたしは彼らの取捨選択という悪に、口を出そうとは思わなかったでしょう。

 けれど彼らが世界の為でなく、己の心の救いを求める者であったならば……

 きっと御仏の掌は、彼らにこそ差し伸べられるべきものでしょう?」

 

 三蔵の言葉を聞いて、微かに目を伏せるべディヴィエール。

 

「うーん……それは円卓の騎士に、ってこと?」

 

「そ! その上できっと、()()()()()その為の道だと御仏が言っている気がするの!

 というわけで、御仏の掌の上に乗った気分でどーん! と構えていなさい!」

 

 そう言って大きい胸を叩き、逸らす玄奘三蔵。

 彼女の宣誓に対してそう上手くいけばいいがな、と藤太は胡乱げな表情を浮かべた。

 

 

 

 

「タイムマジーンなら多分、往復で半日かからないわね。

 オジマンディアス王との話がすぐに終わればだけど」

 

 ツクヨミがモニターに映る周囲の状況を見回しながら、マップを確認する。

 

 到達するのは砂漠、オジマンディアス王の直轄するエジプト領。

 その場にはもう既に、ニトクリスによる攪乱の砂塵が復活していた。

 魔術的な砂塵の中に突っ込むよりは、と選んだ機動は雲の上からの接近。

 直上から大体の位置を決め、ゆっくりと降下していくつもりだ。

 

「つーかせめぇよ。こんなに乗る必要あったか?」

 

 搭乗したのは六人。

 すし詰め状態のマジーンの中で、モードレッドが文句を出した。

 フルアーマー姿の彼女が、恐らく一番場所を取っているのだが。

 確かに狭いとは思っているのか、フィンも肩を竦める。

 

「まあ致し方あるまい。恐らく円卓が出陣することなどありえないが、絶対ではない。

 各個撃破されるリスクは極力排するべきだろうさ」

 

「全員載せてたら撃墜された時、逆に危ねーと思うけどな」

 

 そう言って軽く鼻を鳴らすモードレッド。

 他の連中ならまだしも、獅子王の聖槍やガウェインの聖剣は特にその恐れがある。

 あの両者の攻撃は、ウォッチで防御行動をとっても致命傷になりかねない威力だろう。

 

「まあ魔力の消費もないマスターのバイクで一人は下を走って追いかけてくる、でもいいかもしれないけど……結局砂漠は越えられない。

 戦闘の気配を感じたらすぐに飛び降りて戦線を展開、対応するしかないね」

 

 結局のところ、最大の敵は時間だ。

 この手段以外ではあまりに時間が掛かり過ぎるからこうしている。

 その上で、もしも戦闘になった場合を想定してしょうがなくこの人員の詰め込みだ。

 

「展開もクソも今のこの高度じゃ飛び降りも出来ねえ……?」

 

 そう口にしたモードレッドが言葉を切り、静止する。

 未知の感覚に静止したのは、彼女の直感故だろうか。

 その様子を目にした瞬間、ダビデが声を上げた。

 

「マスター、下だ! ()()()()()()()()()()!」

 

「――――白ウォズッ!」

 

 彼の言葉を聞いた瞬間、ソウゴがマジーンの操縦桿を引いた。

 そうして機首を上げようとしたマジーンの下。

 雲を下から突き破り、白いタイムマジーンの腕が彼らの機体を掴んでいた。

 

「やあ、魔王。この前は協力したけれど、今度は敵対させてもらうよ。

 ()()()()()()退()()()()()()()()()()()()()。まったく、感謝して欲しいものだ」

 

 頭部にウォズのウォッチを装備したマジーン。

 その馬力はソウゴのマジーンの推力を凌駕し、思い切り引きずり込んでいく。

 雲を裂き、砂嵐の中にまで引っ張り込まれる。

 途中でツクヨミがソウゴから操縦桿を奪い、彼に向かって叫んだ。

 

「ソウゴ、変身して! このままのタイムマジーンじゃパワーが足りない!」

 

「分かってる―――!」

 

 ソウゴが即座にジクウドライバーを装着する。

 その間にもツクヨミの手により、タイムマジーンは人型に変形。

 頭部にブランクウォッチが装着された。

 

「流石ツクヨミくん。手慣れているね」

 

 白ウォズが引っ張り込んでいる相手が変形したのを理解し、掴んでいた手を放す。

 そのままの勢いで足を振り抜かせ、地面に向かって蹴り飛ばした。

 

 砂漠の大地に着弾し、盛大に砂の柱を立てるタイムマジーン。

 

「くぅうう……ッ!」

 

「チッ、だが地面に降りた! まずオレたちを下ろせ、地上からでも撃墜して―――」

 

 外へと出ようと身を乗り出すモードレッド。

 吹き飛ばされそうになっていたソウゴを支えていたダビデが彼女を止めようとする。

 ハッチを開いて無防備を晒すのは、せめてライドウォッチが使えるようになってからだと。

 

「残念。私の目的は既に達したよ」

 

 だがその前に。

 タイムマジーンが着地した砂漠が割れていく。

 その大地に立つもの全てを呑み込むように。

 

「流砂……!?」

 

「いや……なんだ、落とし穴……!? こんな砂漠の真ん中に―――?」

 

 推力を発揮する間もなく埋もれていく機械の巨人。

 その巨体が砂まみれになって、奈落の底へと落下を始めていた。

 ツクヨミがすぐに体勢を立て直さんと操縦桿を握り締め―――

 

 連続する爆音、絶え間なく押し寄せる振動。

 ウォズのマジーンから発射された無数のミサイル。

 その爆炎が彼らのマジーンを一息に包み込んでいた。

 

 ―――体勢を立て直すこと叶わず、落下していくタイムマジーン。

 それを見送って、白ウォズは自身のマジーンを着陸させる。

 ハッチを開けてそこから姿を現す銀色の影、仮面ライダーウォズ。

 

 彼は地面に残った大穴を覗き込み、魔王たちが戻ってこないことを確認。

 そうしてから肩を竦め、マジーンへと戻っていく。

 

「さて、まあこれで時間稼ぎにはなるだろう……話が長そうだからね、彼は」

 

「時間稼ぎをしてどうするつもりだい?」

 

 その途中、自分と同じ声が耳に届いた。

 もはや確認するまでもなく誰なのか分かる相手―――

 

 白ウォズが向き直った先には、黒ウォズがいた。

 彼はストールを翻して砂塵を弾きながら、砂漠の上に立っている。

 

「どうもしないさ。いま時間が必要なのは、君たちの方だったと思うけどね?

 待っているんだろう? 年明けを」

 

「―――仮に私がそうだったとして、君がそうする理由はあるのかい?」

 

「ははは、だから私の行動は全て我が救世主のためだと言っているだろう?

 魔王にも最低限、我が救世主に対抗できる程度の力はつけさせるさ。

 そうでなくては私の目的も果たせないからね……」

 

 そう言うと白ウォズはそのままタイムマジーンに乗り込んだ。

 すぐさま飛行し、この場所から離れていく彼。

 

「ではね、もう一人の私。君たちは君たちで頑張るといい」

 

 飛び立ち、砂漠を突き破り消えていく機体。

 それを苦い顔で見送った後、黒ウォズもまたストールを渦巻かせてその場から消え去った。

 

 

 




 
デメテルが一番全能の神みたいな強さだったんですがそれは。
全能より全農、はっきり分かんだね。
ファーマーズフェスティバル、デメテルパーフェクト。

U-所長のUは恐らくウラタロス憑依ということでしょう。
その正体は異星の神ではなく異星の亀だったというわけだ……謎は全て解けた。


このSSにおいてゴースト以降のライダーは基本「まだ始まっていないもの。始まっているけど終わっていないもの」として扱われます。

つまり今後書くつもりである、
・特異点G:生命破却侵略(インベーダー・オブ・デストラクション)
 ■■■■■■■・■■・■■■2016「命の叫び」(改名)
・亜種特異点LEVEL.XX:命運裁決運営
 クロノス・クロニクル2017「EX-AID消失」(セイレムの前)
・Lostbelt another Phase:創造表裏破壊
 エボルテック・アナザーワールド2018「匣の中の真相」(アトランティスの前)

とかいういつ読めるかも分からん話の中では、物語の中心に置かれる主人公はソウゴ以外のライダーになるでしょう。たとえば特異点Gでは物語の中心は天空寺タケルになり、ソウゴの目的は特異点Gを戦い抜いた彼から最終的にライドウォッチを受け継ぐことになるということです。
 


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真名を知る時539

 

 

 

「あわわわわ……! 待って、ちょっと待って!

 落ちる、これ落ちるやつ! あたしこういうのダメなの―――!」

 

 アズライールの廟へ向け出発した集団。

 その中で真っ先に、三蔵はそうして悲鳴を上げた。

 

「随分と頼りない御仏の掌だな……

 お主、そんな有様で天竺までの魔境をどうやって巡ったのだ」

 

 呪腕が先導する道行を辿る旅路。

 それを踏みしめながら、藤太は呆れた顔で震える三蔵に振り返った。

 

 道は全て霧がかって底の見えない断崖絶壁。

 恐らくサーヴァントであるならば落下自体はどうとでもなるだろう。

 が、それはそれとして怖いものは怖いのだ。

 

「あの時はすごい頑張ったわ、あたし! 功徳全開だったのよ!

 でもだからって怖いものがなくなるかといえばそんなことはないの!

 それはそれ、これはこれ! 高いし風はすごいしすごい怖いし!」

 

「確かにこれは怖い……」

 

 後ろにブーディカについて貰いながら進む立香。

 最悪は彼女の宝具、空を行く戦車があるので落下死はまずないだろう。

 とはいえ、安心できるはずもない。

 再臨で増えた装備のマントをばたばたとはためかせながら、困り顔を浮かべるブーディカ。

 

「ホントはせめて、マスターとマシュくらいはあたしの戦車で運びたいけど」

 

 呪腕曰く、これは全ての翁の上に立つハサンへの()()だという。

 だとするならば、この道程すらもその一環だ。

 緊急事態ならばともかく、出来れば自分の足で道を辿るべきだろう。

 こちらは頼み事をしにいく立場だ。

 

「い、いえ! 大丈夫です、ブーディカさん。わたしは何とか……!」

 

 盾という質量が強風の影響を彼女にもろに伝える。

 どう踏み止まればいいか、どこまで力を込めて踏んでいいのか。

 状態の悪い足場で四苦八苦しながらマシュは声を張り上げた。

 

 この状況ではぴったりくっつくのは危険。

 それを流石に理解して、残念そうに清姫も立香の様子を見ながら歩いていた。

 意外にもその足取りにブレはなく、まるで蛇が岩場を這っているような安定感がある。

 

「ちなみにこの足取り含めて二日、ということでいいのですか?」

 

「はい。初めてここを通る方たちと動く事を想定して二日です。

 道中に巡礼者用の小屋がありますので、夜はそこで明かします」

 

 一番後ろにつけた静謐のハサンに問いかける清姫。

 彼女からの返答を聞いて、小さく頷く。だったら問題ないだろう。

 ただ一つ。帰りは飛んで帰っちゃダメだろうか、と思いつつ。

 

「あなた方にとっては初めて目にする土地です。

 最初は余計に体力を使うでしょうが、帰りは少しマシに感じるでしょうな」

 

 先導しながら小さく笑う呪腕。

 当然の事ながら彼の歩みに一切の乱れはなかった。

 

「ならいいけどね……」

 

 この山を登り始めて、そう長い時間は経っていない。

 が、既に辟易としている様子のオルタ。

 そして彼女の背後からついていくオルガマリー。

 

 彼女のボディの性能からすれば、どちらかというとサーヴァントより。

 この山道もそう脅威ではないだろう。

 基本的には、藤丸立香の状態を注意しておけば問題ないはずだ。

 そう考えながら、周囲の状況を確認し―――

 

「……?」

 

 べディヴィエールが、何やら遠い目で山を見上げている事に気付く。

 

「どうかしたの、べディヴィエール卿。

 何か気付いたことでもあったのかしら」

 

「え? ああ、いえ。そういうわけでは……

 ただ、巡礼の旅路というこの道程に思うところがありまして」

 

 少し誤魔化すように、ただにこやかに。

 彼はそうして言葉を返してきた。

 

「巡礼に、ですか……」

 

「ええ。これが獅子王を、彼の王を止めるための最後の旅路になる。

 そう考えると……まあ、これまで大した事も出来ていませんでしたが」

 

 自嘲するようにそう呟き、右腕を抱えるべディヴィエール。

 そんな彼に対して、立香が声をかけた。

 

「べディヴィエールが助けてくれなかったら、白モードレッドが止められなかったよ。

 私たちは凄い助けられてる」

 

「はい。その通りです、先輩! あの時は悪辣なランスロット卿の立ち回りで崩されかけた戦線でしたが、べディヴィエールさんの乱入のおかげで助かりました! わたしたちは湖の騎士の手癖の悪さを侮っていたのです!」

 

 彼にそう言葉を向ける立香。

 追従するマシュだが、彼女のそんな話の乗り方に立香は少し首を傾げた。実際にランスロットにしてやられたオルタたちが僅かに眉を顰める中で、ブーディカだけが少し困ったように何とも言えない顔をする。

 

 べディヴィエールはそんな二人に対して、苦笑を浮かべた。

 

「あれはそれこそ静謐のハサン殿やアーラシュ殿のおかげと思いますが……」

 

「でもべディヴィエールがいなかったら、こうはならなかったんじゃない?

 それこそ多分、円卓の騎士が追撃だってしてきただろうし」

 

 聖都での戦いで円卓が大きく乱れたのは、彼が姿を現したからだ。

 彼をけして獅子王に近づけられない、という円卓の方針がそうさせた。

 

 そして今、彼らが聖都を空けられないのは、べディヴィエールという刃が確認できたから。

 更に彼の存在を認識していなければ、撤退するカルデアに追撃を仕向けていたはずだ。べディヴィエールがあそこで援軍に来てくれなければ、状況は今より数段悪いモノになっていただろう。

 

「……そう言っていただけると」

 

 小さく目を伏せ、呟くように言う。

 そのやり取りの中、彼は少しだけ安心を得たように微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 山道を歩き詰めて、巡礼者用という小屋に辿り着く。

 そこで夜を明かし、明日の早朝には霊廟を訪ねて、夜には村に帰る。

 そういう予定だという。

 

 慣れない上に断崖絶壁。

 それを歩んできた立香はすぐにぐっすりと休んでしまった。

 

 ―――マシュも体の疲れは覚えている。

 なのに不思議と寝付けず、星を見上げるために小屋を出た。

 

「フォウ」

 

 先輩を起こさないようにゆっくりと移動するマシュ。

 彼女の肩まで駆け上がってくるフォウが、声を潜めて一鳴き。

 恐らく目を瞑っている他のサーヴァントたちは彼女の動きに気付いているだろうが、何を言われることもなかった。

 

 外に出れば目に映るのは夜空。

 魔術王の偉業、超熱量の光帯がかかった空。

 その中でも輝く星々を見上げ―――ふと、気付く。

 

「三蔵さん?」

 

「ん。あれ、マシュ? どうしたの、ちゃんと休んだ方がいいわよ?」

 

 声をかけられて、地面に座っていた三蔵が振り向く。

 そのまま彼女は立ち上がり、マシュへと向き直った。

 

「えっと……なかなか寝付けなくて。

 三蔵さんこそ、どうされたのですか?」

 

「あたしは眠る前に今日の出来事を書き留めてただけよ。

 それでもう眠るつもりだったけれど……

 せっかくだもの、マシュが眠くなるまでお話することにしましょう!」

 

 日記帳だろう書をしまい、彼女はそう言って笑顔を浮かべた。

 

「い、いえ、そんな、三蔵さんがお休みするのを邪魔するわけには……」

 

「邪魔ではないわ!

 むしろあたしがマシュが休む邪魔になる、というならもちろん退きますけれど!」

 

「あ、いや、その……すみません、では是非お願いします」

 

 マシュがそう言って頭を下げる。

 すると三蔵を座り直し、自身の横の地面をぽんぽんと叩いた。

 彼女がそうしている場所に、マシュもまた腰を下ろす。

 

 次いで、彼女は背後の方にも声をかけた。

 

「ほら、あなたも一緒にどうぞ! マシュに用があるんでしょう?」

 

「え?」

 

 彼女の物言いに驚いて振り返る。

 そこには、申し訳なさそうな顔をしたべディヴィエールがいた。

 

「すみません、レディ。夜分に女性を追い回すような真似を……」

 

「いえ、大丈夫ですべディヴィエール卿! それで、わたしに何か御用が……?」

 

「それは……」

 

 彼の視線が三蔵を見る。

 聖都の中を知る人。今の円卓の騎士と対面してきた者。

 彼女を前に一瞬考えた彼が、一度目を瞑った。

 

「よろしければ、玄奘三蔵殿にも聞いていただきたいのですが……」

 

「もちろん。あたしなんかで良ければ」

 

 三蔵が先程と同じように地面をぽんぽんと叩く。

 その場に歩み寄り、腰を下ろすべディヴィエール。

 彼はその場に座ると、マシュに向かって問いかけた。

 

「―――まずは一応、確認をさせて頂いたいのですが。

 あなたはあなたの持つ盾の持ち主……そのサーヴァントについて、ご存じでしょうか」

 

「―――――」

 

 べディヴィエールからの問いかけに目を見開くマシュ。

 そんな彼女の隣で、三蔵が首を傾げた。

 

「あれ、マシュの盾じゃないの?」

 

「もちろん、今はレディ・マシュの盾です。そこに疑いの余地はない。

 ただ、元は恐らくあなたの中の英霊から託されたものでしょう?」

 

「それは、はい……その、それはマーリンさんから……」

 

 彼の問いは確信。それが別の人物のものだった、と知っている声。

 その声色に対して、マシュが眼を白黒させる。

 

「―――いいえ。デミ・サーヴァントというものがどういうものかは、彼から。

 ですがその盾の事でしたら、あなたと初めて会った時に分かりました。

 恐らく、モードレッドも含めて円卓の騎士ならば全員が」

 

「え―――」

 

「あなたの盾の持ち主、彼もまた円卓の騎士の一人でしたので」

 

 何となく、そうではないかという考えはあった。

 円卓の騎士に所縁のあるサーヴァントたちからの反応。

 この旅路の中の諸々。

 だが改めて円卓の騎士の一人からその答えを聞かされて―――

 

「ねえねえ、ところでデミ・サーヴァントって何?」

 

 途中で、三蔵の声がそこに挟まった。

 

「え、あ、はい。その……

 英霊と人間の融合生命。人間の中にサーヴァントを召喚し、憑依融合させた存在。

 それがデミ・サーヴァントという存在なんです」

 

 マシュ・キリエライトはそのために調整された人間だ。

 だからこそ、そんな無理が通った。

 同時に、それだけでは通らない無理でもあった。

 

「ですが、わたしの中のサーヴァントが力を託してくれたのは……わたしがデミ・サーヴァントとして成立したのは、つい最近です。それまでは、わたしの中に召喚はされてはいても、彼がわたしや外の状況に反応することは一切ありませんでした」

 

 煌々と燃える炎。崩れ落ちるカルデアの管制室。

 瓦礫が体を圧し潰し、そのまま生命が尽きていく感覚。

 今でもはっきりと思い出せる。

 抜けていく生命力の代わりに、少しずつ体を支配していく恐怖と諦念。

 

「わたしは一度、死にました。この人理焼却の始まり。魔術王の手の者による、カルデアへの攻撃で。マスターとして調整されただけの、ただの人間でしかなかったわたしに、それをどうにかする方法はありませんでした。炎の中にいるのに冷たくなっていく感覚を、今でも覚えています」

 

 今思い出しても、恐怖は体を登ってくる。

 少し震えた声の彼女の告白を、二人は静かに聞いてくれていた。

 

「―――けれど。その中で、手を握ってくれる人がいた。

 あの炎の中で温かさを失っていくわたしの体に、温もりをくれた人がいた。

 そんな寄り道をすることは、わたしと一緒に死ぬことだと分かっていたのに」

 

 自分で自分の手を握りしめる。

 手の中に残る、その温もり。

 この温もりを守るためならば、きっとわたしは戦えると。

 いつか彼女にそう決意させてくれた、何より大事な思い出。

 

「……もう死ぬしかないわたしを看取るために、逃げられたはずのその人も道連れにしてしまう。そんな負い目を、最期のわたしが抱かないようにと微笑んで。

 その時、初めてわたしはデミ・サーヴァントになった。わたしの中の英霊が、その行動を選んだ人間の善性を信じてくれたが故に。

 そういうものの為に生きなさい。この力を、この盾を、そういうものを護る為にこそ活かしなさい、と。そうして、わたしは委ねられたのです」

 

「―――そうでしたか。

 失礼、そのような話をさせてしまって申し訳ありません」

 

 語り終えたマシュに対し、どこか安心したように息を落とす。

 まるで自分を卑下しているかのような物言い。

 それを不思議に思いつつ、マシュが慌てたように手を振ってみせた。

 

「いえ! それでその、わたしの中の英霊が円卓の騎士、というのは……」

 

「…………それは」

 

 訊かれ、悩み込むべディヴィエール。

 彼が考えるのはその名を自分が口にしていいのか、ということだ。

 マシュは自身に力を託した存在の意思を、その都度おぼろげながら察している。だったら彼女は、彼女が知るに最も相応しい時に、己の中からその名を拾い上げるのではないか。

 そう考えている彼の横から、三蔵の声が届く。

 

「いいじゃない、教えてあげれば。

 マシュは良い子だもの。きっと、それが原因で何かおかしくなったりはしないわ。

 というか、うん。マシュには答え合わせをさせてあげるべきなのよ」

 

「答え合わせ、ですか?」

 

「そ! あなたが今まで、何の先入観もなく向き合ってきたもの。それが誰とは知らないまま、あなたが拾い上げてきた、自分の中の何者かが抱いた想い。きっとあなたも考えてるんじゃないかしら、この英霊は何故この時こんな感情を? って」

 

「―――――」

 

 道中、彼女の見た光景で裡から生ずる感情は幾らもあった。

 多くはそのまま彼女が同意できるようなごく普通の感情。

 

 けれど、この特異点。特に円卓の騎士を前にしてからだ。

 時折、今までとは違う不思議な感覚に見舞われることがあった。

 不思議な感覚。ただただ何故、という想い。

 

「そこに疑問を持てているのなら、極論もうどっちでもいいのよ。あなたの心にとってその名前は、意味は大きくとも、もう情報の一つでしかない。その英雄がどういう存在であったかという真実は、もうあなたの選択を狭めたりしない。あなたはもうとっくに、他の何にも左右されずに、あなたが美しいと思ったもののために立ち上がれる」

 

 託してくれた英霊に対して、マシュが自分で感じたこと。

 人の善性を見せた彼女たちだからこそ、意識を残さずその力だけを遺した。

 その英霊は、そもそも彼自身の真相さえも不要だと感じて自分を残さなかった。

 人のために人として戦える彼女に、英雄の情報なんて要らなかった。

 

 ―――そして彼が遺した盾は、人の営みを護るための聖なる場所だ。盾の持ち主が人の尊さを信じ、明日へと続く営みを愛する限り、その盾は絶対堅固の城塞となる。

 だからこそ、それを遺す必要すらないと断じていた。

 

「多分、あなたなら最初からそうだったんじゃないかなーとは思うけれど……ううん、でもそうね。何も知らぬが故の無垢なあなたと、旅を経てなお清浄なあなた。それぞれが抱いていた想いを言葉にしたとしたら、同じような言葉に聞こえるでしょうけど……きっとそれは全然違うもの。

 多分、いつかそうなるだろうあなたを、その人は邪魔したくなかったんでしょう。あなたがあなたになるために、自分が不純物になってしまうことをその人は嫌ったのよ」

 

 胸に手を当てる。そこに遺された力に想いを馳せる。

 これまで、この力にとても助けられた。

 守りたいと思っていたものを、守らせてくれた。

 

「マシュがその英雄の名前を知りたいのは何故?

 もっと英霊の力を引き出したいから? それとも……」

 

 胸に手を当て蹲るマシュに、三蔵は問いかける。

 

 ―――いつか、彼女は確かにその英霊の名前を求めていた。

 宝具を起動するために、英霊の真名と盾の真名を。

 けれど、()()()()はもう名前を与えられた。

 

 焼け落ちた人理定礎を取り戻すための一歩、即ち“人理の礎(ロード・カルデアス)”。

 オルガマリー・アニムスフィアから与えられた名前。

 大切な、彼女の盾。

 

 この盾の真名は別に正しいものがあるのだろう。

 本来の英霊が使っていた、本当の名前が。

 それでもマシュにとって、最初に手にした盾の名前は―――

 所長が送ってくれた、その名前だ。

 

 きっと、マシュ・キリエライトはこの盾に全てを懸けられる。

 例えそれが偽りの名前だったとしても、彼女にとっては真名だから。

 

 だからこそ、その名を知るべき理由はない。

 ただあるのは、その名を知りたい理由―――

 

「―――お礼を、言いたいからです。

 わたしを、先輩を、人を信じてくれた事に。わたしに、委ねてくれた事に。

 そのために、彼の名前を知っておきたいんです」

 

「……そっか。うん、やっぱり大丈夫。ね?」

 

 そう言ってべディヴィエールに視線を送る三蔵。

 彼はマシュを見る目を僅かに細め、小さく頷いた。

 

 ―――勝手に彼の名を力と見做していたのはべディヴィエールの方だった。

 彼女と彼の間に精神のずれがなくなれば、より力を発揮できる。だからこそ、偉大な騎士に呑み込まれないように無垢なる少女を慮らなくてはならない。

 そんな、勝手な感情を抱いていたのかもしれない。

 

 マシュ・キリエライトという少女の中に。

 彼の騎士が彼女に遺したかったものは、ちゃんと受け継がれている。

 いや、きっと何を受け継ぐまでもなく、彼女がそういう人間だと分かったから、彼は何も言わずに力だけ託して消え去ったのだろう。

 

「―――そうですね。最初から、何を恐れることもなかった。レディ・マシュは、他の誰でもない彼に選ばれた、正しい騎士としての在りようを示せる方だったのだから」

 

 彼女の顔を正面から見据える。

 それを知っても、彼女はきっと彼女として戦える。

 ただ正しいと思ったことのために。

 ―――自分たちとは、違って。

 

 

 

 

「……と、いうわけさ。

 あの特異点に現れたアルトリアは、それはもう大変なことになっている。

 いわゆるワイルドハント、嵐の王。伝承に言う、亡霊の王様だ」

 

 妖精郷の中で、魔術師はそう語った。

 生きているだけで、最早動けもしなかった彼を呼び覚まして。

 

「ワイルドハントの属性を得たアーサー王、じゃない。

 アーサー王を基盤としてワイルドハントに昇華されたもの、だ。

 本来ならそんなものが出現するはずがない。

 何故って、彼女は死後ここに至り眠りにつくから。

 亡霊の王になる余地はないんだ。少なくとも、私が知る彼女にはね」

 

 だが、べディヴィエールが知る王ならば別だ。

 白い魔術師はただ微笑んで彼を見ている。

 誰よりも答えを知っているのは、彼自身だからこそ。

 

「……つまり、妖精郷に至らなかった……

 至れなかったアーサー王。それが……」

 

「そう、それが獅子王アーサー。

 彼女は特異点に迷い出て、神性の感覚による救済を目指した。

 生かすべきものを生かし、切り捨てるべきものは切り捨てて。

 それはもしかしたら、アーサー王の論理と重なる部分があるかもだけど……」

 

「―――違います。

 生かすべきものを生かし、切り捨てるべきものを切り捨てること。

 生かせるものを生かし、そうでないものを切り捨てること。

 それは、決して違うことだ」

 

 魔術師の言葉を遮る。

 既に燃え尽きたと思っていた精神をまた燃やす。

 心も、体も、全てを燃やして動き出す。

 やっと、見つけられた。やっと、最期の罪を贖う時が。

 

「あの方は。我らの王は。

 生かすべきと信じたものさえ、生かせるもののために切り捨ててきただけ。

 ―――円卓の騎士の中にさえも、それを弾劾するものがいた。

 挙句、最期の最期まで信じた騎士に裏切られ、そこに至ってしまった」

 

「―――――」

 

 石のようになっていた体を動かす。

 例えその結果、砕けて塵になるのだとしても。

 その使命を果たせるまで保てばいいのだから。

 

「だから、私は行かなければならない。

 裏切りを犯した罪を、贖いに行かなければならないのです」

 

 今にも崩れ落ちそうな足で立ち上がる。

 あの日から一度たりとも手放していない剣を手に。

 眩しそうに彼を見る魔術師が、彼に問う。

 

「そうかい。でもまあ、一応の確認はしておこう。

 その贖罪を成し遂げた暁には、キミはきっと死に絶えることだろう。

 魂を燃やし尽くしたキミの辿り着く先は虚無だ。

 永い永い旅路の果て、キミに与えられる報いはなく、ただ全てが無に還る」

 

 悲しそうに、しかし何も感じていないように。

 花の魔術師はそれは無益な徒労だと彼に語った。

 

「それを成し遂げたとして、今まで負ってきた責め苦が晴れることはない。苦しみたくないのなら、ここでただ永遠に眠っていればいい。だってそもそもキミは間違ったことはしていない。たった一度きりの話だ。大切な人を喪いたくないと、その心に魔が差してしまっただけ。それを間違ったことだなんて、他の誰にも言えやしない。

 ―――それでもキミは、その旅を終わらせに行くのかい?」

 

「……はい。ようやく見えた、私の旅路の終わりなのです。

 ……私が彷徨わせてしまった王を今度こそ、私の手で終わらせる」

 

 言い切った彼に肩を竦めた魔術師が、彼の手にした剣を見る。

 彼がずっと抱え続けてきた、彼女に喪わせてあげられなかったもの。

 けして色褪せぬ黄金の輝きを前に、彼は一度瞑目した。

 

「では、それはそれとして。デミ・サーヴァントというものを知っているかい?

 私自身、そんなものを知ったのは最近のことなのだけれど。

 人間の体に英霊の霊核を憑依させて、()()()()()に仕立て上げることだ」

 

 花の魔術師が最近知るような魔術の事情。

 それを彼が知っているはずもない。

 訝しげな表情で、唐突に話を変えた魔術師の顔を見る。

 

「……それが一体なんの……?」

 

「つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()さ。

 キミは円卓の騎士だけれど、だからと言って他の連中に対抗する手段は持っていない。

 そうなると、似たような手段を講じる必要があるだろう?

 幸いにして英霊の核の代わりになってくれるだろう剣は―――キミの手の中にある」

 

「…………それは、つまり」

 

 手にしていた剣を強く握る。

 この剣を、彼に使えるようにすると言っているのだ。この魔術師は。

 そんな簡単に出来るはずがない。

 が、彼ならばそれだけのことができるということか。

 

「―――もちろん代償はある。

 使う度、魂が全焼するほどの苦痛がキミを苛むだろう。そうでなくても、それを繋げたキミの魂は常に圧し潰され続けるようなものだ。きっと、感じる苦しみは今の比ではないだろう。それでも、キミが彼女に辿り着く事を望むのであれば、これは必要になることだと思う。

 だから―――私にとっていつかのように。べディヴィエール、キミに問おう」

 

 花の魔術師はそう言って、彼に手を差し出した。

 

「私の手を取る前に、もう一度よく考えるといい。

 ここで手を取ったが最後、キミという存在の無意味な終わりは約束される。

 それでもキミはまだ―――その剣を執り、辛いだけの道を歩むのかい?」

 

 決まっている。迷いなどもう残してはいない。

 

 ―――いや、嘘だ。

 迷いはある、恐怖もある、足を止める理由は湧いて出る。

 それでも、それを置き去りにするほどにまだ歩くだけの理由があった。

 崩れそうな腕を上げ、花の魔術師が差し出した手を掴む。

 最期に、彼の王が下した命令を果たすために。

 

「―――はい。

 私の精神(こころ)は、常に彼の王の光の為にあるのですから」

 

 

 

 

「申し訳ありません、レディ。

 彼の名を告げることは、あなたにとって重石になるだろうと。

 私は勝手な思い込みであなたを貶めていた」

 

 べディヴィエールが頭を下げる。

 それに焦ったように、彼に頭を上げさせようとするマシュ。

 

「いえ、そんな。実際にわたしだけでは……」

 

「……レディ・マシュ。最後にこの地を訪れた円卓が、あなたで良かった。

 ―――ええ、今更ながら勝手に帯びた使命感ばかりに目が眩んでいました」

 

「え?」

 

 彼がゆっくりと立ち上がり、微かに右腕に触れた。

 その中から溢れてくる熱を確かめるように。

 そうした彼は、彼女に向き直って確かにその名前を告げる。

 

「彼の名はギャラハッド、聖杯探索の任を遂げた聖なる騎士。

 マシュ、それがあなたに力を託した騎士の名前です」

 

「―――――!」

 

 聞いた瞬間に体を硬直させるマシュ。

 ただ名を聞いただけのこと。

 しかし彼女の体は、その名前に明確な反応を示していた。

 彼女は胸を押さえて、告げられた名前を繰り返す。

 

「ギャラハッド、さん。それが、わたしの……」

 

「―――後は全部、マシュ次第。その名前を活かすかどうかも、あなたに委ねられたことでしかないのだから。さって、そろそろ寝ましょう?

 マシュも一回寝て、少し気分を落ち着けたほうがいいわ」

 

「え、あ、はい。そう、ですね……」

 

 熱に浮かされたようになるマシュを、三蔵の声が引き戻す。

 彼女はマシュを後ろから引っ張り上げて立たせ、そのまま小屋の方へと押していく。

 突然襲い掛かってきた揺れに、フォウも声を上げた。

 

「そ、そんなに押さなくても……!?」

 

「フォフォーウ」

 

「いいからいいから!」

 

 小屋の中に突っ込まれるマシュ。

 その状態で三蔵の手が小屋の扉を一度閉めた。

 彼女は流れるように振り向いて、騎士に向けて言葉をかける。

 

「ほら、べディヴィエールも早く休む。最期まで保たないわよ」

 

「―――ありがとうございました、三蔵殿。

 あなたに同席していただけてよかった。バレて、しまいましたか?」

 

 堪えるように右腕を握りしめるべディヴィエール。

 そんな彼の様子に彼女は一瞬黙り、しかしすぐににこやかに微笑んだ。

 

「生憎だけど、これでもあたしは玄奘三蔵……旅をする者。

 あなたにサーヴァントの身には残り得ない、苛烈な旅路の痕跡があること。

 実は最初からお見通しなのでした」

 

 胸を張る玄奘三蔵。

 それに対してゆっくりと腕を放し、彼は小さく笑った。

 

「ふふ―――マーリンも頼りになるやら、ならないやら。

 ……見過ごしていただくことにも、重ねてお礼を」

 

「見過ごす、というわけじゃないわ。

 ―――だって、踏み止まれる人が相手なら、ちゃんとあたしは説教をするもの。でもこれは、あなたにとって譲れない旅。あたしだって他の誰に何を言われても、あたしの旅は止めなかった。それと同じなのだから、止めようがない。

 だからあたしはあたしなりに、あなたたちの旅路の道を拓いてみせましょう―――」

 

 そこまで口にして、三蔵が小屋の扉を開く。

 中に飛び込み、放り込まれてきょとんとしていたマシュを捕まえる。

 困惑している彼女を捕まえたまま、寝床に向かっていく三蔵。

 それを見送って、べディヴィエールは空の星を見上げた。

 

「―――私も、伝えなくては。王に……

 民のための国を営み、円卓のための席を設け―――それでも。

 自分の居場所だけは、作られなかった王へ―――」

 

 そう呟きながら星を臨んでいた彼が、ふと気づく。

 

「……あなただけは、ずっとそう考えていた……

 ということ、なのでしょうね……アグラヴェイン」

 

 誰にも届くことない、この時代の円卓の騎士を想った言葉。

 だから、きっと円卓は絶対に退かない。

 べディヴィエールとはまったく逆の行動。

 だけど、その意思の一点だけは完全に一致しているはずだ。

 

 だからこそ、彼は負けられない。

 この右腕を獅子王に届け、騎士王に言葉を届けるために。

 

 

 




 
ぱぱぱっ、とホームズと翁の話を終わらせようとしたらどっちの話も始まりすらしなかった。
 


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アトラスの記録2017

 

 

 

 バシュッ、と空気が抜ける音。

 砂と瓦礫に埋もれたコックピットのハッチを開き、周囲を探るように顔を出す。

 真っ先にモードレッドが飛び出し、その後に他のサーヴァントが続く。

 砂に埋もれた通路に下りるが、周囲は完全な闇。

 タイムマジーンも一時的に機能停止している今、周囲への灯りはなかった。

 

「どこだろ、ここ」

 

 最後に出たジオウ・ドライブアーマー。

 彼が肩から車輪を飛ばして展開するのはピットクルー。

 それらがタイムマジーンの修理にかかる。

 

 更に暗闇に沈んだこの場の灯りとするべく、バーニングソーラー。

 それが彼らが落ちた場所を照らし出し―――

 

 すぐそばに、インバネスコートを着た青年を見つけ出した。

 

「おや、灯りはあるようだね。こんにちは、諸君。

 そしてようこそ、神秘遥かなりしアトラス院へ」

 

 サーヴァントたちが臨戦態勢に入る。

 手には煙管と杖、インバネスの下からはアームに繋がったレンズ。

 おおよそ戦士には見えない奇怪な風体。

 まず間違いなく、サーヴァントであろう突然あらわれた存在。

 

 即座に彼らは最大級の警戒をもって相手に対峙した。

 

 そんな相手の様子を気にした風もなく。

 彼は呑気ささえ漂わせながら、自己紹介を続けた。

 

「私はシャーロック・ホームズ、世界最高の探偵にして唯一の顧問探偵。

 今はチャールズ・バベッジの依頼を受け、こうして真実を求めている者」

 

 彼は何ら衒いなく、自身が最高の存在であると語る。

 

 ―――シャーロック・ホームズ。

 世界的に最高クラスの知名度を誇る探偵小説、『シャーロック・ホームズ』。

 まさしくその主人公の名を己の名として明かし、彼は小さく微笑んだ。

 

「チャールズ・バベッジ……確か、ロンドンで会ったっていう?」

 

 ツクヨミが確認を取るようにソウゴを見る。

 ジオウは送られた視線をそのままアレキサンダーにパスした。

 この中で会っているのは彼だけだ。

 

「―――そうだね。アンデルセンの推論は正解だった、ということかな」

 

「ミスター・アンデルセンの場合、状況ではなく人を見て謎を明かすのだろうが……まあ、彼がしただろう推測は大体あっているのではないかな」

 

 アレキサンダーが口にするアンデルセンの推論。

 彼がしたその内容を聞きもせず、ホームズはそれを肯定した。

 そのままここに落ちてきたメンバーを見回して、眉根を寄せる。

 

「しかし、ふむ……流れによっては、『私がロンドンで助力したのだよ』などとアピールするつもりだったのだが、君たちは私が見せた陰に触れたメンバーではないようだ。

 では、私の自己紹介に信用性を得る効力はあまり期待できないかな?」

 

「まあ、さりげない助力が光っていたとは聞いているし、いいんじゃないかい?」

 

 肩を竦めるホームズに、同じようにしてみせるダビデ。

 ツクヨミは一応オルガマリーに通信をしようとするが、繋がらない。

 そもそもエジプト領はニトクリスの砂嵐の影響で通信が繋がらないのだ。

 カルデア側も通信不良が異常事態とは考えないだろう。

 

「とりあえずここで私たちを迎えたことに関して訊いてみればいい。

 信じるか信じないかなど、考えるのはその後からでも遅くはないさ」

 

 警戒態勢は崩さないまま、フィンがマスターにそうアドバイスする。

 ホームズはその言葉に少し困った様子を見せる。

 

「ここでキミたちの乗り物の修理を待ちつつ、立ち話ならそれでもいいが……

 私としては目的地があるのでね。目的地に向かって歩きながらの話でもいい、という程度には信用が欲しい。どうだろう?」

 

 そう言って、彼らに背を向けるホームズ。

 奥に向かって歩いていこうとしているのは明白だ。

 彼が敵であったならば何らの罠がある可能性もある。

 

 フィンは軽く片目を瞑ると、指示を仰ぐようにツクヨミを見た。

 決めるのはマスターである彼女たちだ。

 

「いいんじゃない? 着いてってみようよ」

 

「ソウゴ……」

 

 ジオウが動き出す。

 マジーンの修理をそのままピットクルーに一任し、着いて行く姿勢を示す。

 そうして彼に近づいたジオウは、ホームズに後ろから問いかけた。

 

「ホームズはそれが俺たちに必要なことだと思ってるんだよね?」

 

「さて。必要になるかどうかはキミたち次第、だとは思っているが。

 そうだね。世界を救いたいなら、知っておいて損はないだろう」

 

 彼が態度を示したことで、シャーロック・ホームズは歩き出す。

 そこに追従するジオウと、更に後についていく他の面々。

 

「まあ、そうだよね。仮にここでホームズが俺たちを罠に嵌めようとしたら、ホームズが敵だっていう新しい情報は得られるもんね」

 

「―――その考え方は悪くない。推理を展開するにしろ、得ている情報が多いに越したことはないからね。私が敵だと確信できたなら、私の誘導がかかっていたロンドンで得た情報は疑うべきだ、という見地を得られる。情報の出先の信用度、これは重要な情報だ。しかし、ふむ……?」

 

 ソウゴの物言いに感心したようにそう口にするホームズ。

 そうしてから何かを気にするように、歩いていた彼は首だけ捻りジオウを見る。

 

「なに?」

 

「……いや、止めておこう。確信を得られたわけではないのでね。

 混乱を招くような発言は控えておくとしよう」

 

「ふーん……」

 

 ぼかすホームズに、それを何も気にせずスルーするソウゴ。

 彼は気を取り直したかのように前を向き、再び言葉を並べだした。

 

「ではまず、キミたちが辿り着いたこの場所の事を語ろうか。先程言った通り、ここはアトラス院。それはエジプトにあるもう一つのアトラス山に根付いた、錬金術師たちの学院。

 ―――別名を“巨人の穴倉”。魔術協会三大部門の一つにして、蓄積と計測の怪物」

 

 仮面の下でさっぱり分からない、と。

 そんな顔をしながら着いていくソウゴ。

 それを知ってか知らずか、ホームズの口は止まる事を知らないように動き続ける。

 

「中世から主流になった現代錬金術。それとは異なる、魔術の祖・世界の理を解明せんとする錬金術師の集団。彼らは魔術師でありながら、魔術回路に乏しかったそうだ。足りないものは他所から持ってくる。彼らは当然の帰結として、足りない魔力を道具に頼ることで補った。魔術というより、科学の発展に近い方向性。魂さえも観測可能なエネルギーとして扱い、魔術回路を持つ人造生命。ホムンクルスなどさえも生み出した」

 

「……そもそも、オレたちは辿り着いたも何もねえっての。

 撃ち落とされてここに落ちてきたんだよ」

 

 長々とした語り、それを遮ったのはモードレッドだった。

 おっと、と。ホームズが失敗を反省するように声をあげる。

 ホムンクルス云々は少し余計な話だったろう。

 彼は一度咳払いすると、何事もなかったかのように続きを語り出す。

 

「……つまりキミたちは、第三者からここで情報を得るように誘導されているわけだ。

 ではなおさら、知っておいた方がいい。

 “自らが最強である必要はない。我々は最強であるものを創り出すのだ”

 それがアトラス院の錬金術師たちの格言だ。彼らはその信条の元、多くの兵器を生み出した。魔術世界でいう、七つの禁忌。彼らは世界を滅ぼせるほどの兵器を七つまで創り上げ、そこで自分たちの限界を認め、これを封印したという」

 

 世界を滅ぼせるほどの兵器。

 まさに今、世界は滅びているので驚くべきかそうではないのか。

 少し反応に困りつつ、ツクヨミがその言葉を反芻する。

 

「錬金術師が創った世界を滅ぼせる兵器……そういえば」

 

「……ああ。そういや何だか、前に見た奴は錬金術師がどうこう……って話をしてたっけな。あのマハトマ円盤女が」

 

 彼女の反応を見て、後ろについていたモードレッドが前の特異点の話を思い出す。

 エレナ・ブラヴァツキーの出した話題だ。

 仮面ライダーオーズの力は、800年前の錬金術師が作ったものだと。

 

 アナザーオーズが出現させた空中の城塞。

 あれも全てを欲望のままに喰らう、世界を滅ぼせる兵器、と呼べるのではないか。

 あらゆるものをメダルに変えて呑み込んでいく姿を思い出し、そう考える。

 

 ―――ホームズが微かに眉を顰める。彼は知らない話だ。

 彼女が生前に知ることができた情報、ということは、それがエレナ・ブラヴァツキーの語るマハトマ由来の知識でない限り、ホームズにもそれを知る事のできる環境があった、ということになるのだが……彼は、知らない。

 

「ふむ? ―――いや、とりあえず私の興味は置いておこう。

 アトラス院の院長には、代々アトラシアという称号が与えられる。ここに来る前に院長室の前にかかっているプレートを見てきた。記されていた名前は、ズェピア・エルトナム・アトラシア。彼がこうなる前の、最後の院長だったのだろうね。

 歴代の院長は必ず発狂し、その結果として先に語った禁忌(へいき)を創った。あるいは、歴代の院長たちは未来の観測に挑み、負けたが故に発狂してそんなものを創り出した―――とも。

 さて。計算の権化たちが何に負け、発狂してそんなものを創り並べたのか。それは情報が足りないが故に、私にも解き明かせない真実だが……つまり、アトラス院とはそういう場所だ」

 

「……つまりって?」

 

 急に話を纏めた彼にツクヨミが問い返す。

 その問いに対する返答は、実に簡潔だった。

 

「アトラス院とは錬金術師たちの巣窟にして、おぞましい兵器の廃棄場。

 私が語ったことを纏めると、そういうことさ」

 

 今まで長々と口上を並べていた説明を、自分で一言に纏めた。

 あまりにもあっさりとした語りに、ツクヨミは彼に胡乱げな視線を送る。

 

「じゃあ最初からそういえば良かったんじゃ……」

 

「ははは。さて、では続きを語るとしよう」

 

 彼女の言葉に笑い返し、すぐさま彼はまた違う話に持っていく。

 そんな態度に思わず、と言った風にツクヨミは叫ぶ。

 

「まだあるの!?」

 

「もちろん、あるとも。そもそも今までのは前提の確認だよ。キミたちにアトラス院の概要を理解してもらったところで、本題はここからだ。

 ―――ところでダビデ王。あなたがこの人理焼却という偉業について、どう思われているか。お聞きしても?」

 

「うん? まあ答えられることなら答えるけどね」

 

 気負いもなく、ホームズに返答するダビデ。

 その返答を得た彼は小さく頷き、続けて質問に入る。

 

「人理焼却―――全人類を対象にした、未曽有の殺人事件。

 この大事件の主犯は魔術王と目されているが、あなたはどう思われているでしょう」

 

「うーん、マスターたちにはいつか話した気もするけれど。やる時はやるよ、あいつは。

 マスターたちはロンドンであいつを見たそうだけど、残念ながら僕は直接見てないからね。

 絶対とは言えないけど……まあ、あれはソロモンなんじゃないかい?」

 

 ダビデの答えにブレるものはない。

 彼は本気でそう思って、そう発言している。

 そんな彼の様子を見て何かに納得したように、ホームズは一つ頷いた。

 

「……なるほど、あなたのスタンスはそういう。

 つまりおおよそ視えていなければ取れない態度とも思うが……

 いや、事実を知らない以上問い詰めても答えは出ないか」

 

 会話の中で彼は勝手に一人で納得する。

 次いで彼はダビデから視線を逸らし、改めて向ける先にはモードレッド。

 

「では、モードレッド卿は?

 私の考えた所、キミも魔術王の前に立ったに違いないと思っているのだが。

 何か彼に対する所感があれば、聞かせて欲しい」

 

「―――所感も何も。偉ぶったクソ野郎以外に何かあんのか?」

 

 舌打ちしながら言葉を返すモードレッド。

 その答えに少し目を細め、考え込むホームズ。

 彼の視線は続いてジオウの方へと向かっていた。

 

「では常磐ソウゴ。キミはどう思っただろうか。

 キミもまた魔術王の前に立って、対面したのではないかな?」

 

「うーん……」

 

「もちろん、王としての格の違いだろう? 我が魔王」

 

 ソウゴの悩む声を遮り、ここにはいない人物の声がする。

 迷宮のように入り組んだアトラス院の通路、その一本の中から届いた声。

 そんな彼の登場にも、もはや慣れたもの。

 ホームズだけが微かに目端を上げて、その人物の登場に視線を送る。

 

 特に険しい表情を浮かべたツクヨミが、彼を睨みつけた。

 

「黒ウォズ……あなた、ここにいるってことは白ウォズがこうするって知ってたんじゃないの?」

 

「残念ながら。君たちが奴に撃ち落とされたのを見て、私も慌てて追いかけてきたのさ」

 

 そう言ってストールを軽くはたく黒ウォズ。

 その度にそこからぱらぱらと砂が舞う。

 彼を一通り眺めたホームズが視線をジオウに戻し、再度問いかける。

 

「それで、彼が言う通りでいいのかな?」

 

「いや、別に……だって多分、あいつ王様じゃないでしょ」

 

 ソウゴはそう、黒ウォズの言葉を否定した。

 片手に本を抱えたままの彼が小さく肩を竦める。

 ホームズは片目を細め、ソウゴの返答に興味を示す。

 

「―――――ほう」

 

「俺とは違うやり方の王様なのかも、って思ってたけど。

 やっぱり色んな王様を見てきた感じ、なんか違って……

 どっちかと言うと―――あれ、神様のやり方なんじゃない?」

 

 ()()()()()()()()()

 今まではどのような王であれ、その視点を共有できた。共感できるかは別として。

 彼や彼女は王としてそういう在り方なのだ、と。そう納得できた。

 だが、ロンドンで見た魔術王ソロモンはまるで違う。

 そもそもあれは人に愛想を尽かす以前に、人の王として機能していない。

 

 彼が有していると感じる魔術王の視点の高さは―――

 多分、神様のようなものだ。

 

「……なるほど、面白い視点だ。人の王だったという前提から魔術王の精神性に疑問を投げかける、か。彼は人の王であり神ではない。神と人の架け橋であり、神に寄ってはいても視点は人のもの。人として人を憎悪し滅ぼす、というならおかしくはないが、神の視点から人を見放す、というのは道理に合わない。まあこの特異点の騎士王アーサーのように、外的要因がその精神性を神にした、という可能性は消えないだろうが」

 

 ホームズの視線が再びダビデを捉える。

 彼はそれに特別な反応を示すことなく、ただただ肩を竦めていた。

 

 引き合いに獅子王を出されたことで、モードレッドが舌打ちする。

 そんな彼女の様子を見て、ホームズが思考を切り上げた。

 

「―――そんな魔術王だが、彼は既に勝利している。人類史ごと人類種を抹殺するという、完全犯罪を成し遂げるというかたちでね。だからこそ、ロンドンでもキミたちの前に姿を現したのだろう。我らの反抗は彼にとって取るに足らないものだから。

 ……そうだね。例えば、何らかの調査依頼を受けた探偵がいたとしよう。彼は依頼された相手の調査を全て終え、裏取りも済ませた。残るは依頼人に結果を報告するだけ。そのための書類も書き上げた。あとは仕上げた報告書のインクが乾くのを待つ。それだけ。

 ―――彼にとっての人理焼却は、既にそういう段階だ。だが、本来存在しなかったはずの猶予が得られた。インクが乾くまでというほんの少しの時間の空白だけ、抵抗することを許された。

 その幸運こそがカルデア。人理の外に浮かぶ浮島と化したキミたちだ」

 

 歩み続けて、そろそろ彼が目的とする場所が見えてくる頃。

 一定の歩調を保ちながら、ホームズは軽く瞑目した。

 

「……問題は“次”。確かに既に終わっていることだから手を付けない。そういう話でもあるだろう。が、恐らくは彼にとっては続けて起こした事業こそが本命。だからこそ、人理焼却という大事業ですら、魔術王の中では意識を割くに値しない案件になっている。私はそう考えている。

 人理焼却さえもそう扱う彼が行う、“次の仕事”。これこそがもっとも恐ろしい事ではないのだろうか、とね。

 ―――さて。そろそろ本命に到着だ」

 

 目を開き、後ろを見る。

 考えているツクヨミとアレキサンダーとフィン。

 そろそろ長い話に飽きているソウゴ、苛立っているモードレッド。

 肩を竦めている黒ウォズに、()()()()()()()ダビデ。

 

 ―――さて。ダビデ王の反応……視たくない?

 いや、自分はそれを視るべきではない、という反応かな。

 

 得た情報に一度頷いて、本命のエリアに足を踏み入れる。

 

 洞窟のような地下通路を抜けた先。

 そこには、一面の青空が広がっていた。

 

「地下なのに空がある。どうなってるのかしら」

 

「ここ広くない?」

 

 街一つ入る広大な空間を見渡すソウゴ。

 通路もだが、よくこれだけのものが砂漠の下に入るものだ、と。

 そんな彼らを背に、目当ての場所に向かい歩き出すホームズ。

 

「ここがアトラスの錬金術師たちにとっての学術都市だからね。

 相応の設備は整っているさ。

 ―――そして、この都市の中心こそが目の前にあるあのオベリスク。

 アトラス院における最大の記録媒体、疑似霊子演算器トライヘルメスだ」

 

 彼が目的地としているのは、空に向かって伸びる青い柱。

 この広大な空間においてなお、もっとも目立つもの。

 

「どっかで聞いた名前のような……」

 

「ああ、カルデアにもあるだろうね。カルデアのものはトライヘルメスをオリジナルとした霊子演算器、トリスメギストス。キミたちが行うレイシフトなどに欠かせない装置だ。

 それだけの性能を持つのは構成する材質故。それこそが賢者の石と呼ばれるフォトニック結晶、今の地球上の科学では生成できないオーパーツだ」

 

「そっか……だからここ、どこかカルデアの管制室に似てたのね。

 あっちはここまで広くはないけれど」

 

 周囲の空間を見回しながら歩く。

 目指す先はホームズがトライヘルメスと呼称した柱。

 

「―――トライヘルメスには全ての事象が記録されている。

 アトラスの錬金術師ではない我々にその全てを知ることはできないが……

 単純な事実、結果だけなら見る事ができるはずだ。

 まあ、数学問題で公式を理解できないままに解答だけ見るようなものだね」

 

 公式をよくわからない数式、という認識のままに答えだけを見る。

 問いと答えだけを見て得られる情報で十分なわけはない。

 が、それでもそれに大きな情報としての価値があるのは確かだろう。

 

「……それって、フィンの宝具みたいな感じに?」

 

「うん? ああ、いや。私の“親指かむかむ智慧もりもり(フィンタン・フィネガス)”は残念ながら何でも答えを得られるわけではないよ。あくまで私の知識の上で出せる範囲の答えを、DHCフルパワーで導き出してしまうだけさ」

 

 マスターからの問いに笑ってそう返すフィン。

 

「フィン・マックールの叡智を与える鮭の逸話か。

 私としては与えられる叡智よりも、それほどに脳を活性化させる時、どれほどハイになるのか興味が……いや、失礼。少年少女の前でする話ではなかったね、忘れてくれていい」

 

 肩を竦めてホームズが辿り着いたトライヘルメスの端末に触れる。

 既にアクセス権を回収していた彼に呼応し、それが起動した。

 

「それで何を調べるの? 魔術王の正体?」

 

「そんな風に謎を解いてもつまらない……失敬。それが出来るなら楽なのだけどね。その情報はトライヘルメスも記録していない。恐らく魔術王が活動しているのが、今のカルデアやこの特異点と同じ。世界から隔離された時空の狭間であるが故に、トライヘルメスさえも実態を観測していないからだろう。なので、ここでは素直に謎を解くのに必要な情報を集めよう。例えば、あらゆる記録、記述から抹消されている事件。2004年の日本で起きた聖杯戦争のこと、などをね」

 

 言いながら彼はトライヘルメスを走らせる。

 霊子演算器に記録された、必要な情報を出力するために。

 

「2004年の聖杯戦争……って。冬木でランサーが参加してた?」

 

「そう。キミたちが真っ先にレイシフトした特異点。人理焼却によって特異点と化し、途中で別のものにすり替わった。しかし最初から“2004年に聖杯戦争があった”という事実は変わらない。

 確かに私が調べた限り、聖杯戦争開始時のデータは見つかった。聖杯を求めて冬木に集った七人の魔術師の名簿だ。その中にはキミたちの知る人物の名前もある。正確には、その人物の娘を、キミたちはよく知っているということだが」

 

「魔術師の親、ってことは……」

 

 そも、彼らがよく知る人間の魔術師など数え切れる。

 そしてその中でも彼らが最も懇意にしているのは―――

 

「オルガマリー・アニムスフィアの父にして、亡くなったカルデア前所長。

 時計塔のロードという立場でありながら、秘密裏に日本の地方都市まで出向き、その命を賭ける血生臭い魔術儀式に参加した人物。その名は―――」

 

 そこまで口にしてから、ふとホームズが視線をトライヘルメスに送った。

 

「おっと、丁度トライヘルメスからの答えも返ってきた。

 ……ふむ、無音のままただ回答を出すだけ、とはいまいちノリに欠ける。まあ、それはいいとして。では、改めて言い直そう。2004年に発生した聖杯戦争の参加者にして、その勝利者。そしてキミたちのよく知る名前。

 ―――即ち、マリスビリー・アニムスフィア。彼こそが競争相手である六人の魔術師を殺し、万能の願望器たる聖杯を手に入れた、とヘルメスは記録している」

 

 ホームズの言葉を吟味する。

 それが一体何を示すことなのかを考えて―――

 

「それで……それ、何か問題なの?」

 

「いや、今までのは前提条件。あくまで確認事項さ」

 

 さっきからそういう話ばかりだな、とジオウが仮面の下で辟易した。

 

「そういうの多くない?」

 

「ははは。

 ―――さて。マリスビリーが聖杯戦争の勝者だった、わけだが。ヘルメスはもう一つ、事実を記録している。彼には協力者がいた。その人間と共に聖杯戦争に参加していた、とね。

 その人物は聖杯戦争の翌年、特例としてカルデアのスタッフに招かれている。各分野における一流のスタッフを招集したカルデアにおいて、彼は何と22歳で医療機関のトップになった。異例の抜擢と言えるだろう。まあ、傍から見て何らかの裏取引があったのでは? と普通の人間なら誰でも思うだろうね。何せ、その医療機関トップに選ばれた人間は経歴が一切不明。当然のことながら、抜擢にたる大した功績もなかった」

 

 ホームズの語り。

 それがカルデアの中の誰かを指している、というのは自明。

 そしてそれが誰の事を言っているのかも。

 

「ロマニ? ふーん……じゃあそれも調べればいいんじゃないの?」

 

 名前は出さないが、ホームズが誰の話をしているかは明らかだ。

 ならば、目の前にあるのは霊子演算器トライヘルメス。

 それを使用すれば回答は得られるのではないか、とソウゴは言う。

 

「残念ながら、一個人の経歴レベルのデータとなるとね。アトラス院の者ならいざ知らず、私が操作することで読み解くには、余りにも小さい情報なのだよ。こうして彼がマリスビリーと何らかの関与がある、と分かったのも『2004年に冬木で行われた聖杯戦争』という大枠に紐付いた情報だったからこそ、こうも簡単に得られたものなんだ。

 ―――だからこそ常磐ソウゴ、キミに問いたい。2004年の冬木の地。キミがレイシフトした先で、彼は元参加者として聖杯戦争というものに、何らかの反応を示したかな? 現状、それなりに情報を出し渋っている私が言うのも何だが、キミたちの窮地に彼が情報を出し渋る理由はない。マリスビリーとの関係、聖杯戦争との関係、2004年の聖杯戦争における正しい経験。普通に考えれば、それがキミたちの助けになることは想像に難くない。自分の知る聖杯戦争と違っていたとしても、()()()()()()()()()()()()()という話でさえ大きな情報になると、彼は知っているはずだ」

 

「うーん……多分、何も言ってなかったと思うけど」

 

「……なるほど。ちなみにそういうこともあって、私は彼を信用していない。私が考えるに、ロマニ・アーキマンは何かを隠している。それもとびきり、真相に近い何かをね。

 キミたちとの接触をアトラス院に選んだのも、カルデアとの通信が途絶する場所だからだ。もちろん、トライヘルメスのこともあったけれどね。なのでキミたちがここから帰還した後も、カルデアには私の情報は秘匿しておいて欲しい」

 

 そう言いながら再びトライヘルメスの端末に触れるホームズ。

 そんな彼の後ろで、ツクヨミが表情を硬くした。

 

「ロマニさんが……? ソウゴはどう思う」

 

「どう思うっていうか。俺はロマニを信じてるし……

 もし何か俺たちに隠し事しててもそれならそれで、その時じゃない?

 それこそロマニより黒ウォズとかの方がもっと怪しいことしてるし」

 

 ね? と黒ウォズに向かって振り返るジオウ。

 彼は自分が怪しいと断言されながらも、惚けるように瞑目した。

 

「私は常に君のために動いてるのだがね……酷いんじゃないかい、我が魔王?」

 

「もちろん黒ウォズも信じてるよ。何かあったら、その時はその時だし。

 あ、実は黒ウォズもロマニの隠し事知ってたりして?」

 

「さて。それはどうかな……」

 

 そんなやり取りを背に、ヘルメスからの回答を閲覧するホームズ。

 膨大なデータからの索引はそれだけで骨が折れる。

 が、このケースにおいてそれほど時間はかからなかった。

 

 ―――さて。これは一体どういうことか。

 

 このアトラス院、トライヘルメスは2015年から漂流してきたもの。言うまでもなく、これは2015年まで実在した存在。だからこそ記録されている2016年以降の情報は、実測値ではなく予測値でなければならない。それも人理焼却を切っ掛けに2017年以降は焼け落ちているはずだが……

 

 ―――だというのに何故。

 2()0()1()7()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 当然、2015年から2017年を予測することは出来ても、実測することなどできない。

 だというのに、トライヘルメスの中には間違いなくその事実が残っている。

 

 索引が簡単なのも当たり前だ。このトライヘルメスの中において、予測としてではなく事実として記録されている2017年の情報。それはこの仮面ライダービルドの情報だけなのだから。

 

「……ふむ。謎が謎を呼ぶ、といったところかな」

 

「その謎をお前たちが知る必要はないんだよ」

 

 瞬間、今できる最大限の力で離脱を慣行する。

 突然横合いからホームズに向けて放たれた誰かの言葉。

 それが味方に類する相手からのものではないのは、推理するまでもなく明白だ。

 

 全力の退避、その行動だけで霊基が軋む。

 安定していないシャーロック・ホームズの霊基は戦闘に耐えられない。

 そんな彼に対して追撃が放たれる。

 

 声をかけてきた男ではない。その背後から踏み出した黄金の鎧騎士。

 彼を追うように放たれるのは黄金の三叉槍。

 見過ごせば必ず致命傷に至るだろう一撃を前に―――

 

「―――さて。獅子王の勢力ではなさそうだが?」

 

「ぬ――――」

 

 フィンの槍がその一撃を打ち払う。

 トライデントを引き戻し、低い声を漏らす黄金の騎士。

 その次の瞬間、槍の持ち主に対してモードレッドの剣が炸裂した。

 火花を散らしながら、一歩だけ後退る黄金の機兵。

 

「カッシーン……」

 

 体勢を立て直す黄金の機兵を見て、その名を呟く黒ウォズ。

 そんな彼の声に対し、一瞬だけ彼に意識を向けてみせる男。

 が、すぐに視線を外して他の連中を見回し始めた。

 

 一通り見回した男の視線が次に向かう先は、黄金の鎧とサーヴァントの戦闘。

 

 彼の服装はあまりにも普通だった。21世紀において、だ。

 現代において歩いていても、誰も不自然に思わないだろう。

 明らかに、この時代から外れたものの衣装。

 

 アレキサンダーの雷霆が彼に向け放たれる。

 それを防ぐため、フィンとモードレッドの攻撃に構わず兵士が動く。

 カッシーンと呼ばれたそれは、男に向け放たれた雷撃を槍で弾き飛ばしてみせた。

 

「ジョウゲン様―――我が魔王の求めた情報を手早く」

 

 視線を送られているカッシーンが男に上申する。

 直後に奔る水の槍が彼の槍を絡め捕り、赤雷の剣がその胴体を薙ぎ払った。

 弾き飛ばされた黄金の体が即座に体勢を立て直す。

 再び足止めに動き出す部下を見て、ジョウゲンと呼ばれた男が肩を竦める。

 

「我が魔王、だぁ……?」

 

 どこぞで聞いたような呼び方。黒ウォズに意識を向けようとしたモードレッドがしかし、カッシーンの反撃に舌打ちして集中する。

 

 その戦いから視線を逸らしたジョウゲン。

 彼は何も言わずにトライヘルメスの端末への接触を開始する。

 

「まさか、オーマジオウの……!」

 

 ツクヨミが一瞬黒ウォズを見て、すぐにファイズフォンXを抜いた。

 放たれる赤い弾丸。それに混じり、ダビデの投石も飛ぶ。

 彼の意識を絶つための一撃。

 その遠距離攻撃を追うように、ドライブアーマーが疾走を開始する。

 同時に腕から放つ、タイプスピードスピード。

 

 ジョウゲンに迫る多数の攻撃。

 カッシーンが動こうとするも、しかし他のサーヴァントが逃がさない。

 モードレッドとフィンを弾くその隙に、彼を撃つのはゼウスの雷霆。

 雷に怯んだその身をアレキサンダーの剣が叩き伏せる。

 

「まったく、やかましいな。それとも、流石は常磐ソウゴっていうべきかな……?」

 

「――――!?」

 

 ヘルメスから手を放す。

 彼の手にはいつの間にかライドウォッチが握られており―――

 そして、腰にはいつの間にかベルトが巻かれていた。

 ジクウドライバー。ソウゴの持つものと、全く同一のものが。

 

〈ザモナス!〉

 

 起動したウォッチが装填される。ジクウドライバーが回る。

 仮面ライダージオウと同じシーケンスを以て、ジョウゲンの姿が変わっていく。

 

〈ライダータイム!〉

 

「――――変身」

 

 細胞が活性化する。その熱量が周囲に発散する。

 爆発の如き熱波が彼に向かっていた攻撃を全て薙ぎ払う。

 左半身が返り血を浴びたかのように赤く染まる。右半身が毒のように紫に腐り落ちていく。

 右半身のみに羽ばたく、地獄の底から見上げた天使の翼のような、白く染まった烏の羽。

 

〈仮面ライダーザモナス!〉

 

「仮面、ライダー……!?」

 

 ドライブアーマーの疾走が彼まで届く。

 その瞬間、赤と紫の狂獣が活動を開始していた。

 

 地面を踏み切ると同時、烏の翼が羽ばたいた。

 空を舞う羽より軽やかに飛ぶ獣。

 そのザモナスの腕がジオウに組み付き、一瞬のうちに押し倒していた。

 

「ジオウ……今のお前に用はないんだよね……」

 

「ぐっ……! あんた、オーマジオウと関係が……!?」

 

「さぁね?」

 

 ザモナスがジオウを放し、立ち上がる。

 腕を上げ、フィンに吹き飛ばされてきたカッシーンを受け止め―――

 そのままトライヘルメスの方へカッシーンを投げつけた。

 端末の前に放り投げられ、転がる黄金の体。

 

「ぬぅ……!?」

 

「そっちは任せたよ……俺がこっちやるからさ?」

 

 白と赤の雷光が迸る。

 アレキサンダーとモードレッドによる二重の斬撃。

 それを彼は両腕の前腕部で受け止めてみせた。

 

「君たちは何者だい? ウォズの知り合い、みたいだけど―――!」

 

「お前たちには関係ないよ。でもまあ、俺を変身させたご褒美はあげようかな。

 何か好きなものでも買ってあげようか?

 あ、この世界の商人が売ってるのなんて、食べ物と水くらいだったかな……?」

 

 モードレッドの脚が振り上げられる。

 彼女のグリーブはザモナスの胴体に突き刺さり、彼を後ろに押し込んだ。

 クラレントの刃を翻し、赤雷を纏わせ、叛逆の騎士は吼え立てる。

 

「んなもん要らねえよ―――代わりにテメェの命でも置いていきな!!」

 

「はは。なんだ、俺の命が欲しいんだ。じゃあつまり……」

 

 魔力放出のブーストを以て、モードレッドが加速する。

 赤い稲妻そのものとなった彼女の殺到。

 それを前に、ザモナスは腕のホルダーからウォッチを外していた。

 

〈アマゾンアルファ!〉

 

 そのウォッチのスターターを押し込むと同時。

 左腕。赤い腕にピラニアのヒレを思わせる鋸の如き刃が出現した。

 雷光とともに振るわれる剣。

 荒々しいその一撃をそれ以上に荒々しく、ザモナスは腕の刃で絡め捕る。

 

「――――んだとっ……!?」

 

 剣ごと引きずり倒されるモードレッド。

 倒した彼女を踏みつける赤い脚。

 

「―――やっぱり、欲しいのは食べ物じゃん」

 

 紫の腕に毒が滴り翻った。

 その爪がモードレッドへと突き立てられる―――

 

〈サイクロン! ジョーカー!〉

 

 その寸前。ザモナスを左右から、二色のメモリドロイドが挟撃。

 灼熱に燃え上がるメモリドロイド。鉄鋼の如き硬さのメモリドロイド。

 二つ同時の激突により、彼がモードレッドの上から吹き飛ばされた。

 

「…………!」

 

「はぁあああ――――ッ!」

 

 雷鳴とともにアレキサンダーの追撃が奔る。

 直撃を受けたザモナスの体が、更に押し込まれて地面を転がった。

 

〈ダブル!〉

 

 ジオウがそのままメモリドロイドを装着。

 ダブルアーマーへと換装し、構え直すうちに彼の背後で水流が立ち昇る。

 神をも殺すフィン・マックールの槍。

 その名、即ち―――

 

 ザモナスが起き上がりながら、再びウォッチをホルダーから取り外す。

 右手でそれを持ち、まるで突き出すようにフィンに向け構え―――

 

「“無敗の(マク・ア)……!」

 

 フィンの宝具解放が迫る。ザモナスがウォッチのスターターに指をかける。

 その状況に、

 

「駄目だフィン!!」

 

 叫ぶ。それは致命的な事態だと、本能に従って叫んでいた。

 その切迫が伝わったのだろう、フィンが暴れる魔力と水流を必死に抑え込んだ。

 歯を食い縛りながら表情を歪め、自身の槍と戦う彼。

 

 起動させずじまいで手持無沙汰になった手。

 ウォッチを軽く指で叩きながら、ザモナスが鼻を鳴らした。

 

「ふーん……なるほど。流石は幼くても常磐ソウゴ……ってこと」

 

「ジョウゲン様」

 

 ヘルメスの許からカッシーンの声。それに反応してザモナスが羽ばたいた。

 彼は瞬時にそちらへ帰還して、カッシーンの仕事の成果を検める。

 そうして、仮面の下にある顔を明らかに歪ませた。

 

「……そういうことなら仕方ない。俺たち自身で確認するしかないかな……」

 

 やれやれ、と。

 何かを知ったのだろう彼は面倒そうに呟き―――

 ヘルメスの端末を適当に操作し始めた。

 

「なにを―――!?」

 

 ―――警告音を発し、トライヘルメスが強制終了する。

 それは元から人理焼却により管理するものがいなくなった超高度霊子演算器。

 そもそもメンテナンス無しで稼働し続けられるものではない。

 酷使され続けてとっくの昔に不安定だったマシンが、ついに無数のエラーを吐きだした。

 誰も手を付けられないその精密装置にとって、それは破壊と同義。

 

「ッ!」

 

 ジオウが疾駆した。

 状況は不明でも、彼らが何かを探っていたことは分かる。

 それがとても重要な情報だということも。

 彼らはこちらにその情報を流したくないと思っているだろうことも。

 

 風の導きを得て、ダブルアーマーが加速する。

 だがジオウの突撃を知る彼の右手には、更にもうひとつ。

 既にライドウォッチが握られていた。

 

〈アマゾンオメガ!〉

 

 ザモナスの指が緑のウォッチのスターターを押し込む。

 その瞬間、獣の全身が粟立った。

 ―――全身のアマゾン細胞の活性化。

 細胞の活性化は膨大な熱量を生み出し、それとともにカタチを変えていく。

 

 ―――次の瞬間。

 ザモナスの全身から数え切れない棘が、周辺一帯を串刺しにするべく突き出した。

 まるでハリネズミの如く、全身を針山に変える赤紫の獣。

 

「―――まずッ……!」

 

 範囲が広すぎる。上に、射程距離も長い。

 回避はできない。できるとしても、背後に通せばツクヨミたちが危険だ。

 左半身を鉄色に染める。完全防御の姿勢で、その針山を迎え撃つ。

 

 全身を打ち据えられ、ダブルアーマーが撃墜される。

 ジオウという壁だけでは当然止めきれず、サーヴァントは即座に迎撃にかかった。

 ジオウ一つ分の隙間に駆け込むツクヨミとホームズ。

 

 そんな修羅場を眺めながら、ザモナスが棘を体から切り離した。

 軽く息を吐き、彼はカッシーンに声をかける。

 

「ほら、さっさと帰るよ。

 ―――俺たちの王様……常磐ソウゴのところにさ」

 

「ハッ―――!」

 

 カッシーンが彼の言葉に跪く。

 続けて、ザモナスは右腕を大きく振り上げた。

 羽を撒き散らすマントの羽ばたき。

 烏の翼は大きく広がり、ザモナスとカッシーンの姿を一瞬のうちに消し去っていた。

 

 

 




 
ホームズが喋るだけの話に。
ホームズが調べた聖杯戦争の参加名簿に門矢士の名前があったら笑えるジオ~。
などとと思ったが断念。仕方ないね。

どんな幻霊もフータロスにかかれば実体化できるのでは?(ハードボイルド並みの名推理)
 


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アズライールの霊廟1273

 

 

 

『ここがアズライールの廟か……特に変わった反応はないようだけど……』

 

「―――おじゃましまーす!」

 

 霊廟に足を踏み入れたとほぼ同時、声を張り上げる。

 ロマニは通信先でこの場に何も感知していない、という。

 だが()()()()()

 

 何も無いのではない。

 気配も何も感じない。だが、確かに。そこは“死”が鎮座している。

 立っているだけで魂が圧し潰されるかのような、圧倒的なプレッシャー。

 

 だからこそ、立香は声を張り上げた。

 その地に、外からの者として踏み込むと宣言するために。

 

 ―――それに応えるように、閃光が奔る。

 

「マスター!?」

 

 視えない刃が集団を潜り抜ける。

 咄嗟にマスターの前に立ち、防御姿勢に入ったマシュ。

 だが彼女が攻撃を受けたという実感を抱くことはなかった。

 

「え?」

 

 受け止めたはずの刃は擦り抜け―――

 いや、本当に受け止められたのかさえ分からなくなり、気の抜けた声が出る。

 

「なに? これは……! 今のって―――!」

 

「……黙っていろ三蔵。

 何ともこれは……武の極みというものは、果て無きものと思っていたが……

 これが、武という名の山の頂か……!」

 

 その刃に三蔵が狼狽え、彼女を藤太の驚嘆が押し留める。

 同時、二人の山の翁が頭を垂れてひれ伏していた。

 彼らの頭が向かう先には何もない。

 

「―――う」

 

 声が詰まる。理解が足りなかった、と後悔が押し寄せる。

 そんな弱気になろうとする自分をねじ伏せ、目を見開く。

 何もいない。何処にもいない。

 だが確かに、そこには己らに絶対の死を与える何かの姿があった。

 

 仮にもあのオジマンディアス王を不調にした相手。

 それが真っ当なサーヴァントの枠に収まるわけがなかったのだ。

 それにしたって、これは、円卓どころか獅子王にさえ―――

 

「―――魔術の徒よ。そして、人ならざるモノたちよ。

 汝らの声は届いていた。時代を救わんとする意義を、我が剣は認めている。

 だが―――我が廟に踏み入る者は、悉く死なねばならない。

 死者として戦い、生をもぎ取るべし。その儀を以て、我が姿を晒す魔を赦す」

 

 姿は見えずとも声がする。

 それがどこから放たれているかさえ分からない。

 だがそれがまるで、自分の背後のすぐ傍から放たれたように―――

 

 静謐の翁がそう、感じた瞬間。

 

「ぅ、ぁ―――あああ、ひぃ、やああ……っ!?」

 

 彼女の体に霧が纏う。それが何なのかは分からない。

 だが、それは確実に彼女を支配するものだった。

 

「―――静謐の翁よ。汝に祭祀を命ず。見事、果たしてみせるがいい」

 

 跪いていた静謐が一瞬震え、次の瞬間には別物に切り替わっていた。

 顔を隠す髑髏面の上からでも分かるほど、感情が全て抜け落ちたと見えるほどに。

 隣にいた呪腕が、その所業に対して声を上げる。

 

「初代様! お使いになられるのでしたら私を……! この代の翁は―――!」

 

 圧力が一段増した。

 出所さえも分からぬ声が、呪腕の声を圧し潰す。

 

「故にこそだ、戯け。貴様の首を落とすのは我が剣。

 儀式に使えるものではないと痴れ。

 ―――静謐の翁の首、貴様たちの供物とせん。

 我が廟に踏み込んだ以上、命を乗せた天秤は一方のみを召し上げる」

 

 ゆっくりと、静謐の翁が体を起こす。

 その動作一つで分かるほど、今までの彼女とは明らかに身のこなしが違っていた。

 

「……ロマニ、静謐の翁の状態を……ロマニ?」

 

 オルガマリーが通信機に触れても、通信は繋がらない。ノイズすら聞こえない。

 この廟に踏み込んだ時に浴びた最初の太刀。

 それが目に見えない、実体として存在しない通信の糸を斬り捨てていた。

 

「……どうすんのよ、マスター。そろそろ動くわよ、あいつ」

 

 ジャンヌ・オルタが剣の柄に手をかける。

 静謐の翁は未だに動かない。光を失った眼で虚空を見上げていた。

 だがこちらが動けば、すぐにそれは動作を開始するだろう。

 

 横にいる立香と視線を交わす。

 彼女は自信満々にオルガマリーの指示を待っていた。

 きっと所長が望んだとおりの指令を出してくれる、と信じるように。

 

「……っ! ああ、もう! 決まってるでしょう!

 あいつは天秤に命を乗せて、どちらかだけ生を得ると言いました!

 なら、天秤をぶっ壊して両方の生を奪い取りなさい――――!!」

 

「はいはい、ったく。ワガママなマスターね、誰に似たのやら!」

 

 オルタが不敵に笑い、掌で剣の柄を弾く。

 剣を抜くことなく両手で旗を持つ構え。

 黒竜の描かれたそれを大きく翻し、彼女は静謐と対峙した。

 

「―――過程は問わぬ。結果のみを見定める。

 死の舞踏を始めよ、静謐の翁」

 

 霊廟に低く轟く、深淵より放たれる声。

 瞬間、静謐の翁が動き出した。

 

「くっ……!」

 

 彼女のすぐ傍で呪腕の腕がぶれる。

 磨き上げられた投擲の技量、そこから放たれるのは黒い短剣。

 距離は至近。対応するための時間は多くない。

 それらを全て撃ち落とすことは、本来の静謐には不可能。

 

 だがしかし、静謐はそれらに対応してみせた。

 苦無のような短剣を手にした静謐は、全てを切り払う。

 そのまま黒い短剣(ダーク)が床に落ちる前に、彼女の体が跳んだ。

 

 直前まで彼女が立っていた場所に着弾する光弾。

 それを撃ち放ったブーディカが剣と盾を構え直し、背後に問う。

 

「ちなみに、どうやって止めるか考えはある?」

 

「…………ないわよ」

 

 オルガマリーの返答に苦笑を返すブーディカ。

 この場に座す超常の存在。それにより静謐へ齎された力。

 そんなもの、どうすればいいかなど分かるわけもない。

 

 壁を蹴り、静謐の体が返ってくる。

 迎撃のために扇を翻し、清姫がそちらに顔を向け―――

 

「待たれよ、清姫殿!

 静謐の体は全て毒、焼けばその煙が皆の肺を融かしましょう!」

 

「む――――!」

 

 呪腕の声に清姫が止まる。

 静謐の持つそれはサーヴァントを即死させるほどの毒ではないだろう。

 だが、幾らなんでも無視できるものでもない。特に清姫本人などは。

 

 ましてここは密閉空間。

 少量の毒でさえ、ばら撒かれれば脅威となる。

 火炎を噴くことを中断し、回避行動に専念。

 しかし―――彼女の足では、今の静謐からは逃れられない。

 

「火を吐けないわたくしではこれは流石に……!」

 

「――――」

 

 殺到する短刀を構えた静謐の姿。

 それが清姫に届き―――

 金属がぶつかり合う音響とともに、静謐の方が弾き返される。

 

「下がって!」

 

 清姫の前に割り込むのはベディヴィエール。

 彼の振るう白銀の剣が静謐の突撃を阻み、押し返していた。

 

 弾かれると同時に空中で体勢を立て直す。

 同時、彼女の手から投擲される苦無のような短剣。

 それをべディヴィエールの剣が撃ち落とす。

 

「……ッ!」

 

 その間隙をついて、再び静謐の体が躍る。

 動きに合わせるように振り抜かれる黒い旗。

 しかし、彼女はまるでそれが分かっていたかのように動いてみせた。

 

「この……!」

 

 オルタが放つ全力のスイングを、あっさりと潜り抜ける静謐のハサン。

 彼女が再び手の中に苦無を握り、投げ放とうとした―――

 

 瞬間、静謐は投擲を切り上げて退避を選択する。

 直後に彼女の目前を掌底の破壊力が突き抜けていく。

 

「とにかく、まずは彼女から体の自由を奪いましょう!

 いざとなったら説教とかするわ、あたし!」

 

「―――異教の説教にどれほど効果があるかは疑問だが……」

 

 掠めた指先が毒でチリチリと痛む。

 が、それを努めて無視しながら三蔵が声を上げる。

 そんな彼女に溜め息ひとつ。

 藤太が米俵を下ろし、背負っていた弓をその手に取った。

 

「どうやら静謐殿を操っているのは、彼女を覆っている霧と見た。

 魔的なものならば、撃ち抜くのは(オレ)に任せろ」

 

 真っ当な相手なら俵藤太の矢が外れることなど有り得ない。

 だが、今回ばかりは背後にいるモノがモノだ。

 絶対に中るなどと、藤太でさえ言えるはずもない。

 

 藤太が弓を構えた瞬間に、静謐の意識が明らかに彼に向かう。

 彼女の手首が跳ね、無数の短剣が投げ放たれる。

 対抗して放たれる呪腕のダーク。

 

「ぬぅ……ッ!」

 

 投擲の技量であれば、彼のそれは静謐に負けるものではない。

 その意識を凌駕する、数も速度も呪腕を上回る短剣の弾幕。

 初代の翁に後押しされた彼女の動きは、明らかに呪腕を上回っていた。

 

「カバーします!」

 

 射の体勢に入った藤太の前を取るマシュ。

 彼女の盾が投擲された刃を悉く防ぎ、弾き返す。

 

 投擲を終えた静謐の硬直。

 その一瞬を縫い上げるように、藤太の手の中で弓が大きく撓った。

 

 空気を揺らす大弓の嘶き。

 放たれた矢は過たず静謐を目掛けて飛び―――

 しかし、尋常ならざる動作で彼女はそれを回避してみせる。

 

「む―――!」

 

 藤太は驚きに声を詰まらせる。

 避けられるのはまだいい。それを可能とするのが、彼女の背後にいる武の極みだ。

 如何に対面しているのは代行者とはいえ、一手で届くなどとは思うまい。

 だが、不味いのはそうして回避させたことだ。

 

「―――――ぁ、」

 

 静謐が体勢を立て直し、一度離脱する。

 悲鳴を漏らし、霊基を軋ませながら。

 

 彼女という戦士は背後に立つ者の代行を出来るほど、完成されたものではない。

 このまま本来以上の力を出し続ければ、勝手に壊れて潰れるだろう。

 その事実に対し、藤太が顔を顰めてみせた。

 

「これはいかんな……!

 拙者の矢を回避させていては、先に静謐殿が壊れるぞ」

 

「普通の足止めじゃ足りないってこと……?

 だからと言って無理な回避をさせすぎれば、彼女が保たないって―――」

 

 頭を回す。ならば足止めできる方法はどこにある。

 清姫とオルタの炎で檻を作る?

 幸い、人間である立香は毒への体勢を持つ。

 多少の毒ならばこの空間に充満しても、何とか耐えきれるはず。

 

 だが静謐の行動範囲を炎で狭めたところで、回避されないとは言えない。

 もっと確実な手段が必要になるはずだ。

 だが彼女の行動を拘束しようとしても、拘束行為に対して無理な回避をするだけ。

 

 ならば、一体どうやって―――

 

「マシュ、来て! お願い!」

 

「マスター!?」

 

「フー、フォー!」

 

「藤丸殿、何を……!」

 

 そうして頭を抱えたオルガマリーの隣を、立香が走っていく。

 彼女の頭の上で、フォウもまた驚いたように声を上げた。

 すぐさまその後ろに着いて行くマシュの姿。

 

 馬鹿、と怒鳴る声も出てこない。

 当たり前のように、最も可能性が高くて、最も危険な方法を取ってくれる。

 こめかみに指を当てながら、彼女は思い切り叫んだ。

 

「―――ブーディカ! アヴェンジャー! 撃ちなさい!」

 

「……ッ、“約束されざる勝利の剣(ソード・オブ・ブディカ)”!」

 

 彼女の指示を受け、ブーディカが剣を振るう。

 放たれるのは無数の光弾。

 

 それに僅かに目を細めた静謐は、全てを潜り抜けてみせる。

 同時にサーヴァントから離れるように走る立香に狙いが変わった。

 

 光弾の雨を躱し、床を踏み切る直前。

 彼女に対して更に黒い炎の槍が殺到する。

 しかしそれも脅威ではない。全てを容易なまでに見切り、躱し切る体捌き。

 

 そのまま静謐の腕が撓る。立香を目掛けた苦無の投擲。

 呪腕のダークによる迎撃では足りない。

 彼の尽力で大半が撃ち落とせても、全てを撃ち落とすにはまだ足りない。

 

「マスター!」

 

 盾が唸る。巨大なラウンドシールドのフルスイング。

 それが残る短剣を全て薙ぎ払い、吹き飛ばした。

 

「―――――」

 

 彼女たちの前進を見て、藤太が小さく目を細める。

 静謐のハサンは今や操り人形だ。

 だが同時に、背後にいる武の窮極が直接操っているわけではない。

 あくまで彼の祭祀として行動を身代わりしているだけ。

 

 だから、けして隙が見えないわけではない。

 その隙を強引に消すような無理が発生するだけ。

 もし仮にその無理を発生させない方法があるとするのなら。

 それは、恐らく彼女の思考に()()()()()()()()()()()()()()、と意識させないこと。

 

 あくまで動いているのも、動きを意識しているのも静謐の思考。

 つまり藤太に要求されるのは、気付かれずに静謐の翁を射貫くことだ。

 彼女の意識の七割は向けられている現状で。

 

 だからこそ立香は走った。彼女の意識を削るために。

 静謐の翁が藤太へ向ける意識の割合が落ちるごとに成功率は上がるから。

 

 静謐の行動はおおよそ、回避と牽制に終始する。

 彼女が行動し続けることで自然と毒が散布され、相手の体力を確実に削れるからだ。

 戦闘が長引くことは毒の暗殺者にとって戦果であり、そのやり方に無理な攻めは混じらない。

 けれど、そんな彼女でさえ確実に刈り取れる命である立香が前に出れば。

 

 微かに静謐の目が細くなり、彼女の両手に苦無が現れる。

 舞うように腕を振るい、放たれる無数の刃。

 前に出たマシュの盾がほぼ迎撃し、しかしそれでも走りながらでは撃ち漏らしが出てきた。

 

〈サンダーホーク! 痺れタカ! タカ!〉

 

 雷電を纏ったタカウォッチロイドの翼が、通ってきた刃を何とか撃ち落す。

 それでも一つ二つがやっと。

 このまま攻撃が継続すれば、いずれ立香は走りながら針鼠になるだろう。

 

 だというのに前に出てくる立香を見て、静謐が虚ろな目で首を傾げる。

 そんな中でも手は休まない。繰り返すように放たれる苦無。

 呪腕のダーク、ブーディカの光剣、オルタの黒炎剣。迎撃に当たるは数多。

 それでも、静謐を捉えることは出来ずに空振りを続ける。

 

 藤太は矢を番えながらも動かない。

 彼女を止められる一撃は、常に彼女を照準しながらも動かない。

 

 静謐はやはり藤太への警戒を最大にしつつ、向かってくる立香に意識を向ける。

 距離はもう彼女にとっては一足で届く間合い。

 立香が懐から緑色のウォッチを取り出し、それを起動している。

 

 ―――見ている。それは、聖都の戦場で。

 何らかの力で編まれた果物の球体を出現させる自立絡繰。

 それを不意打ちに使う可能性を考慮して、しかし彼女の意識に変化はない。

 

「――――清姫!」

 

「フォッ!」

 

〈コダマビックバン!〉

 

 叫ぶ。そして投げる。

 彼女の手を離れたコダマスイカがエネルギーのボールになる。

 そのスイカ玉を思い切り叩き、弾き飛ばすフォウの尾。

 

「――――はぁッ!」

 

 そうしてその球体に向け、彼女たちの背後。

 清姫が放った、火炎の息吹を固めた全力の弾丸が飛来した。

 

 直撃した炎弾がスイカを木端微塵に吹き飛ばす。

 

「―――――」

 

 砕け散る果肉。弾け飛ぶ果汁。蒸発したエネルギーが煙幕に変わる。

 直後に、藤太が静謐の翁から矢の狙いを外した。

 微かに送った視線の先で、藤太は静謐ではなくその後方に狙いを定めている。

 

 その理由が分からずに一瞬の困惑。

 しかし、煙幕を突き破ってきた盾に納得を示す。

 狙いは静謐の体が突撃してきたマシュに追いやられて、後方に退いた瞬間。

 そこを見定めて、確実に撃ち抜く算段なのだと。

 

「はぁあああ――――っ!」

 

 振り抜かれる盾の一撃。

 回避した瞬間を狙われているならば、回避などしなければいい。

 勢いよく迫ってくる盾の縁に手をかけ、そのまま盾と一緒に振り抜かれる。

 息を呑むマシュの背中を押し込むように、蹴り付ける静謐の脚。

 

 藤太の弓は未だに狙いを静謐に戻されない。

 ずっと彼女の後方に向け構えられたまま―――なのに。

 

 しゅん、と。

 静謐の顔の横を、魔を砕く矢が一つ通り過ぎていった。

 

 彼女の背中に添えられていた手が砕ける。

 霊基を握り締めていた圧迫感が欠け落ちる。

 

「――――え?」

 

 呆然と、そんな声を漏らして倒れ込む静謐。

 そうして、彼女が床に倒れ伏すのを少女の手が受け止めた。

 

「……うん。所長の命令達成、だね」

 

「………………あんた。いや、もういいわ、もう……」

 

 静謐を抱き止めた立香を呆れるように見るオルガマリー。

 そんな彼女の横で、べディヴィエールが藤太に視線を送る。

 

 彼は弓を出したままその構えを解かない。

 ―――が、既に矢は放たれていた。

 

 静謐が照準を外され、マシュの対応に意識を向けた瞬間。

 それが藤太が矢を撃ち放った瞬間だ。

 彼は静謐もマシュも狙うことなく、彼女たちが交錯する前に矢を解き放っていた。

 

 だというのに放たれた矢は、静謐に蹴り飛ばされたマシュの持つ盾に掠めた。

 そうして、彼女の盾の表面を滑った矢は進行方向を変えたのだ。

 静謐の翁の撃ち抜くべき場所を正確に射貫ける軌道に。

 

「……俵殿。あなたのそれで……」

 

 狙うものを狙わず、中てるべき場所を射抜く。

 それは絶技というより他になく、彼はただただ驚嘆するしかない。

 

「うむ。静謐殿の背後にいた御仁にただの一撃が届くまでさえ……

 今の拙者では四、五十年かけてどうか、というところだろうよ」

 

 だというのに、その絶技を見せた彼はまだ足元に及ばないという。

 静謐の翁の背後にいた、武の極には。

 

「―――それほどの」

 

 力の抜けた様子の静謐を抱き起こす立香。

 彼女はその為されるがままになりながら、小さく首を振った。

 

「―――いけません。いくら毒への耐性があっても、人間が私にそんな……」

 

「え? 私は大丈夫そうだけど……」

 

 彼女を支えながら、自分の様子を確認する立香。

 当然のように何の影響もない彼女は、困ったように首を傾げた。

 

「すっごい丈夫ね、あたしはサーヴァントなのにちょっと効いたけど」

 

 そう言って軽く手を振るう三蔵。

 致命的なものには程遠いが、確かに彼女の毒性には多少影響を受けた。

 彼女の場合はやろうと思えば、その多少の影響さえも完全に遮断できるだろうが―――

 特に気にもせず、笑っている。

 

「うそ、そんな……」

 

 耐性がある、とは聞いていた。

 だがまさか、彼女を抱えてなお無事で済むほどのものなどと。

 静謐は唖然としながら立香を見上げ―――

 

「―――結果だけを見定める、と口にしたのはこちらだ。

 その過程に見せた業を良しとする。

 おまえたちが解を示したからには、我が廟への到来を歓迎しよう」

 

 ――――“死”。

 試練を乗り越えたものたちの前に、その姿が滲み出てきた。

 角の生えた髑髏面、全身黒衣に包んだ何者かの姿。

 彼は大剣を床に突き立てながら、カルデアの面々に対して向き直る。

 髑髏の眼、その洞の奥に青白い光を灯して。

 

「山の翁、ハサン・サッバーハである」

 

 立香に縋り付いていた静謐が必死に体勢を立て直し、跪く。

 翁は微かにそちらに目を向け、しかしすぐに視線を外した。

 

「…………っ」

 

 改めて目の前にして、あまりに異次元だと知る。

 アサシンクラスのサーヴァントに大層な能力がある、などと考えていなかった事実。

 今ならそれがどれだけ思い上がった考えだったか分かる。

 ―――今まで見てきた何より上。

 それこそ、これに匹敵するような怪物など魔術王以外にいないというほどに。

 

「……初代様。恥を承知でこの廟を訪れた事、お許しいただきたい。

 この者たちは獅子王と戦う者。されど、あの聖都に突き立てる牙が足りませぬ。

 どうか―――どうか、山の民の未来のために、お力をお貸しいただきたいのです」

 

「………………」

 

 呪腕の言葉。ギシリ、と霊廟の中の空気が軋む。

 いつ誰の首が落ちてもおかしくない、というほどに張り詰めた死の気配。

 それを破ったのは、その気配の元である山の翁だった。

 

「―――魔術の徒に問う。この呪腕めが発した言葉。

 これこそが汝らが願いにきた事に相違ないか?

 神に堕ちた獅子王の首を求め、我の助力を求めている。その言に間違いはないか?」

 

「―――それ、は」

 

 息が詰まる。

 獅子王との戦いに戦力を必要としているのは確かだ。

 だが、それは……

 

「ちょっと違うと思う。私たちの戦いは世界を全部救うための戦いだから。

 私たちが求めてるのは誰かの首じゃない。

 私たちがあなたに貸してほしいのは、誰かの首を落とすための剣じゃない。

 未来を切り拓いて、明日に行くための剣だから」

 

「―――――」

 

「藤丸殿……!」

 

 焦ったように声を上げる呪腕。

 跪いている彼の横で、訳知り顔で三蔵が何度か頷いた。

 

「うんうん、そこはちゃんと言っておかないとね。

 戦う理由なんて誤魔化したっていいことないもの!」

 

 彼女たちの言葉を聞き、暫しの間黙り込む翁。

 

「―――よかろう。では我が剣は此度、首を落とすために振るう事を捨てよう」

 

「初代様!?」

 

 彼が再び口を開けば、呪腕が悲鳴のような声を上げる。

 それほどまでに驚愕した彼の前で、山の翁は言葉を続けた。

 

「だが同時に、この剣が獅子王の軍勢に振るわれる事もないと知れ。

 汝らは獅子王に対し抱いた目的を、己らの力で完遂するがいい」

 

「なっ……! 協力は、して頂けないと……!?」

 

「……うん、分かった。

 あなたはそれが私たちにとって一番いい道だと思ってるんだよね?

 だったら、うん。やり遂げてみせるよ、私たちは」

 

 ここまできた目的を棒に振る。

 そんなやり取りにオルガマリーが天井を見上げた。

 

 唖然としながら立香の顔を確認する呪腕。

 山の翁は無言を貫き、その洞の中の青い炎のような灯りで彼女を見つめる。

 暫し彼女を見ていた翁が黒衣を翻し、霊廟の奥へと歩き出した。

 

「しょ、初代様……! この霊廟に踏み入りし我が咎は―――!」

 

「言った筈だ。貴様が乞うた獅子王との戦いへの協力という願いは聞かぬ、と。

 だがその者たちは未だ、獅子王へ挑む事を止める気はないという。

 ―――首を落とされる前に恥を雪げ、呪腕の翁。

 貴様がこの者たちと共に責務を果たした時こそが、この剣が貴様の首を落とす時だ」

 

 歩み出した山の翁の体が、理解できぬうちに消えていく。

 周囲に溶け込むように消え去った彼は、どうやってどこへ消えたかも理解の埒外。

 それでも確実に、そこにいるという寒気だけが伝わってくる。

 

「―――あんた。いい加減、そういうとこ常磐に似てきたわよ」

 

 呆れるようなオルガマリーの声。

 勝手に方向性の舵取りまでし始めるとこまで含めて。

 聖都侵攻に彼の力を借りられないなら、ここまできた意味がない。

 

「そう? 私はソウゴみたいに喧嘩売ったりはしないけど……」

 

 いや、それは割とどうだろう、とマシュさえも微妙な顔をする。

 

「……いつかブレーキの壊れた車みたいにどっかに衝突しそうね、あんた」

 

 叛逆の徒であるアヴェンジャーからさえもそう言われる立香。

 ―――恐らく、彼女の共犯者さえもそう思っているだろう。

 

 とはいえ彼女も相手を選ばずそういうことを口にしているわけではない。

 山の翁は、正しく道標として剣を掲げている人だと理解しただけだ。

 彼が聖都の戦いに手は貸せない、と言ったならそれが事実なのだろう。

 

 山の翁は助力をしてくれる、という意を示した。

 その上で聖都との戦いには協力できないと言ったのだ。

 ならば、彼女たちがやるべきことはいつも通り。

 

 ―――未来を取り戻すために、全力で戦うことだけだ。

 

 そんな中で三蔵が呪腕に向き直り、彼に問う。

 

「でも、呪腕の人があの偉いガイコツさんに言われてた首を落とすって?」

 

「――――い、いや、それは……ガイコ……!?

 その、いや、それはおいおい話をさせて頂きますので……」

 

 呪腕が声を詰まらせた。

 彼と静謐の首が、恐れながら廟の中を忙しなく見回している。

 

「三蔵、流石にそれはないだろう。初代“山の翁”殿はだな……」

 

 余りにもあんまりな呼び方に藤太が眉を顰める。

 あれこそは武の窮極。

 藤太でさえ目の前に出てきてからは、息を呑むことしかできなかったものだ。

 

 三蔵や立香がこうした様子を見せるのは、恐らく彼女らほどに“人を見る目”に長けたものが、気を許すほどの大人物ということなのだろう。とはいえ、だからと言って気を抜きすぎれば首が落ちる様さえ幻視するほどの存在だ。気楽すぎるのはあまりにも―――

 

「でも確かに凄い偉そうだったよね。

 獅子王と太陽王に負けないくらいの王様、って感じだった」

 

 そんな事を言い出した立香が悩むように、首を傾げる。

 

「山翁王? 山民王? ……とかだと何か違うか。

 うーん……キングハサン、って感じ」

 

「いや、その、その辺りで……まだここは初代様の霊廟の中で……」

 

 意味がないと知りながら声を潜める呪腕。

 そんな彼の背後から、再び深淵からの声が低く響く。

 

「良い、好きに呼ぶがよい」

 

「しょだッ!? ぃ様……!?」

 

 振り向くと同時に跪く。

 そこには間違いなく再び黒衣の死神が姿を現していた。

 静謐もまた同じように彼の姿に頭を垂れる。

 

「我が名はもとより無名。この身に拘りもなければ、取り決めもない」

 

「ええ、それは分かり易いと思うわ!」

 

「じゃあキングハサンって呼ばせてもらうね。

 ね、所長? マシュも!」

 

 話を振るな、と思いつつ引き攣った顔で頷くオルガマリー。

 マシュもまた困惑しながら、しかしキングハサンは分かり易いと頷いた。

 もしかしたら、この方はとてもお茶目な方なのかもしれないと思いながら。

 

 

 




 
あと4話か5話くらいだろうか。
 


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決死の聖都突入作戦!1273

 

 

 

 聖都に迫りくる機動大神殿。

 それに続くように、サーヴァントの群れ。

 

「―――――初撃は私が」

 

 その到来を聖都正門で迎えた騎士が、聖剣を掲げる。

 ――――太陽が昇る。

 “不夜”を約束された彼の戦場に落陽はなく、常に日差しが降り注ぐ。

 

 聖剣が空を舞う。

 放られた聖剣が、彼の頭上で円を描いて太陽を象った。

 内包する疑似太陽から溢れ出す熱量が戦場を照らす。

 

「我が剣は太陽の具現。王のため、地上の一切を灼き払うもの―――!」

 

 熱が地上を焼き払うほどに高まっていく。

 剣はやがて騎士の手元に戻る。その熱を帯びたままに。

 振り上げられる、圧倒的熱量を乗せた刃。

 

 まさしく太陽の具現。

 その聖剣を振るうと同時に、彼は高らかにその銘を叫んだ。

 

「“転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)”――――!!」

 

 ―――聖都正門。

 そこを王より任された太陽の騎士は、輝き続ける陽の光の許。

 誰よりも先に、全てを焼き尽くす熱量を解放した。

 

 

 

 

「フ、ハハ――――ッ! この余を前に太陽の具現を名乗るか!

 やはり聖剣使いにろくな奴はおらぬな―――

 よかろう、真の太陽の輝きというものを余自ら見せてくれるわ!」

 

 空舞う神殿“光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)”。

 エジプト領から飛び立ち、そのまま飛来したファラオの城。

 その玉座に腰掛けながら、ファラオ・オジマンディアスは盛大に笑った。

 

 ひとしきり笑ったあと、彼の表情が凶悪に歪む。

 

「―――大神殿開眼! デンデラ大電球、起動!

 これより、不遜にも余の前で太陽の騎士を嘯くものに裁きを下す!

 聖槍による反撃に対する対粛清防御は維持しつつ、主砲装填!

 この大灼熱こそが我が怒りにして神威である!」

 

「は―――! 大電球、魔力圧縮加速儀式、開始します!」

 

 ニトクリスが彼の指示に応え、大神殿の舵を切った。

 彼女の復唱とともにデンデラ大電球への魔力充填が執り行われ―――

 空中神殿外部、ピラミッドの目が開く。

 

 開かれた目から溢れる神罰の雷。

 確保しておかなければならない魔力を残し、残る全てがその神威に込められる。

 この戦場における大神殿のもっとも大きな役割。

 獅子王の聖槍による神威を阻むという、大偉業のための力だ。

 

 聖剣を前にそのハンデを負っていること。

 そんな事実を鼻で笑い、太陽王が玉座に腰かけたまま叫ぶ。

 

「円卓の騎士ガウェイン。余の光輝の許、片手間に始末してくれるわ―――!!」

 

 ―――聖都近郊、上空。

 

 空中に浮かぶ黄金の神殿の目から、神罰が下される。

 太陽の似姿から降り注ぐ灼熱の大熱波。

 それは一直線に聖都に向かって放出され―――

 

 

 

 

 二つの太陽の輝きの激突と共に。

 この特異点における、最後の戦いの幕は切って落とされた。

 

 

 

 

「――――」

 

 ブーディカの戦車の上で、目前に迫ってくる聖都の門を見る。

 戦場は二つの太陽の激突により、地獄のような熱量が撒き散らされていた。

 人の身でこの場に同行している立香も、相当辛いだろう。

 

 けれど、べディヴィエールにとっては大した熱と感じなかった。

 右腕から伝わってくる熱が、彼の目を覚ましてくれている。

 聖都を前にして、万感の想いが自然を口を衝く。

 

「やっと……あなたに……」

 

 そんな彼に対し、雷鳴の如き怒声が叩き付けられる。

 

「見つけたぜ、べディヴィエール!!

 テメェだけは、行かせねえんだよ―――!!」

 

 戦場に奔る雷光。

 地獄の熱量の中、赤雷が熱波のカーテンを食い破りながら躍り出る。

 戦車目掛けて飛んでくる白モードレッド。

 

「白モードレッド、来ます―――!」

 

 戦車の上でマシュが盾を構え、彼女に対して備えた。

 この戦車に同乗するサーヴァント。

 清姫、オルタ。そして当然、ブーディカが身構える。

 

 だが彼女たちがここで戦闘を行うことにはならなかった。

 遥か後方から、全力で加速してくるもの。

 その上に掴まった騎士が、彼女たちに迫るモードレッドに対し吼え立てる。

 

「テメェこそ引っ込んでろ、オレが相手してやるからよ―――!」

 

 戦車に迫る白モードレッドに対し、殺到するタイムマジーン。

 その上に乗っている赤モードレッドが、もう一人の自分に叫んでいた。

 

「揺れるよ―――ッ!」

 

 ブーディカの注意が飛び、彼女が手綱を引いてみせる。

 白馬の嘶きとともに戦車が思い切り揺すられた。

 戦車がその衝突に巻き込まれないように軌道を変え、その次の瞬間―――

 

 空中で激突する、二人のモードレッド。

 それが放つ赤い稲光が戦場一帯へ盛大に轟いた。

 

 彼女たちの衝突を見ながらも、人型に変形して着地するタイムマジーン。

 そこからツクヨミの声が立香たちに届く。

 

「ここは私とモードレッドが!」

 

「お願い!」

 

 そのままスピードを落とさずに走行を続ける戦車。

 聖都正門を目掛けて、脇目も振らずに。

 手綱を握り直したブーディカの指示に従い、白馬は全力疾走を継続した。

 

 舌打ちする白モードレッド。

 彼女が即座に、べディヴィエールたちの追撃にかかろうとする。

 が、それを赤モードレッドは逃がさない。

 

 ギリギリと刃金が削り合う音を立てながら言葉を交わす二人。

 

「テメェ……!」

 

「すっこんでろよ、叛逆の騎士―――!」

 

「ッ、うるせぇ―――ッ!!」

 

 雷光が弾ける。赤雷が衝突し、爆散する。

 タイムマジーンが放つレーザーの援護射撃を受けながら、二つの雷が交差した。

 

 

 

 

「チィ……!」

 

 アーラシュの展開する弾幕が、全て一人の騎士を目掛けて放たれる。

 その中に更に混じるのは、アーラシュのそれに負けぬ強弓、俵藤太の矢。

 それを疑似宝具と化した剣二振りで弾きながら、ランスロットは集中する。

 

 ―――放たれた。

 ダビデ王から放たれる必殺必倒の投石。

 それは回避も許さず、確実に相手を仕留めるための一撃。

 

 だからこそ、ランスロットは回避は選ばなかった。

 一瞬剣から手を放し、()()()()()()()()()()

 その瞬間、それはダビデ王の宝具からランスロットの宝具へと切り替わる。

 

 とはいえそれはダビデ王が投げたからこそ宝具となったもの。

 支配権を奪ったところで、投げ返す頃には既にただの石だ。

 それでも宝具化された石の投擲。

 当たればただでは済まないだろう一撃を、フィン・マックールが受け流す。

 

 即座に手放した剣を再び掴み、矢を切り払い続ける。

 

 射手への踏み込みは水の槍が阻む。

 槍の勇士の打倒は矢の雨が阻む。

 

「おのれ、これでは――――!」

 

 時間を稼がれている。

 大英雄三人に古代イスラエルの王。

 それをランスロットが一人で止めている、とも言える。

 だが時間は今、円卓の騎士に味方しない。

 

 苦渋の顔で頭上を見上げる。

 ファラオの神殿がゆっくりとこちらに近づいてくる。

 ガウェインの聖剣と撃ち合い、相殺した上での侵攻。

 

 聖槍の一撃でさえ一度だけなら耐えられるだろう、王墓という名の天蓋。

 それが戦場の上に陣取れば、上から来る聖罰はあれが受け止めることになる。

 いや、そのつもりでファラオはこの軌道を選んでいるのだ。

 

 だから、動かなければならない。

 べディヴィエールを目掛けて、何としても。

 

 だというのに、この制圧射撃。

 下手に動けば死ぬのはランスロットの方だ。

 死ぬのはいい。だが、今度こそ無意味に死ぬわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

「聖都に接近! 聖城において魔力反応増大―――!

 これは、聖槍のものです!」

 

 ニトクリスが叫ぶ。

 聖都から溢れ出す膨大な魔力は、太陽の聖剣とさえ比較にならない。

 これが戦場に降り注げば、一帯が消滅することに何ら疑いもない。

 

 移動に使える出力さえ惜しまなければならない中。

 しかし大神殿は聖都の戦場の上に陣取った。

 ここならば、聖槍の一撃をこの大神殿が受け止めることが出来る故に。

 

「は、見れば分かるわ! 対粛清防御を全開!

 ふん、下も手が足らんと見える! ダレイオス及びスフィンクスを投下!

 ガウェインの奴めに自由を与えるな!!」

 

「は! ファラオ・ダレイオスを投下……!

 ということなので、その、よろしいでしょうか。ファラオ・ダレイオス……?」

 

「…………」

 

 同じく玉座の間にいるダレイオスに確認をとるニトクリス。

 無言で鎮座する彼に困ったような表情を浮かべる彼女。

 そんな二人に対して、黄金の王は早々に怒声を浴びせた。

 

「さっさとしろ莫迦者! いつまで遊んでいるつもりだ!」

 

「は、はい! 申し訳ございません!

 では失礼して、ファラオ・ダレイオス。並びにスフィンクス―――投下!」

 

 ニトクリスの手により転移する複数の巨体。

 複数のスフィンクスと、ダレイオス三世。

 

 彼は大神殿外の空中に投げ出され、その眼下を見た。

 ガウェインを制圧するために戦場を駆けるアレキサンダー。

 その風に靡く赤い髪を空から見て、全身に力を漲らせる。

 

「I、s、kandarrrrrrrr―――――ッ!!!」

 

 大地が啼く。そこから漆黒の波が立ち、無数の死者が湧いて出る。

 地面に着弾したダレイオスの巨体を弾き返す、死者の群れ。

 不死の兵士は絡み合って戦象となり、ダレイオスを乗せ進軍を始めた。

 

 彼の進軍に続き、スフィンクスたちが戦場に舞う。

 薙ぎ倒されていく粛清騎士たち。

 

 ―――その頭上で、黄金の神殿に聖槍の裁きが突き刺さった。

 

 

 

 

 壮絶な爆音が周囲に轟き、天蓋となっていた大神殿から炎と煙が上がる。

 聖都、玉座より王が展開した聖槍の力だ。

 

 その槍の一撃は天に昇り、降り注ぐことで大神殿を震撼させた。

 だが、それだけだ。

 

「――――ッ!」

 

 ガウェインが顔を歪める。

 王より下された裁きは、オジマンディアスが受け止めてみせた。

 如何な大神殿とはいえ対粛清防御は貫通。

 その被害は恐らく甚大。既に戦闘に割く力は残っていないだろう。

 

 もはやガラティーンの相殺も不可能なはず。

 もう一度放つことができれば、相手の全滅は必至。

 

 そもそも、あのエジプト領の大神殿がそのまま攻め込んでくる。

 その時点で想定外だった。

 確かにあの大神殿ならば聖槍に一時的にでも対抗できる。

 だが、その行為を行った時点でエジプト領は人理焼却を逃れる術を失う。

 もはや博打のような一手を、あの太陽王が望むとは―――

 

 いや、もはやそんなことはどうでもいい。

 ブーディカの戦車は目前まで迫ってきていた。

 そこにはべディヴィエールも同乗しているのだ。

 確実に、ここで斬り捨てる。

 

 ガラティーンに魔力を込める。

 一切の加減はない。

 その命、真名解放による威力でもって、確実に灰燼と帰す。

 

 そうして意識を完全に戦車に向けていたガウェインの後ろ。

 空間が歪み、そこからウィザードアーマーが出現した。

 

 転移を察し、しかしそれでもガウェインは動かない。

 

「――――」

 

 同時に、戦車上で清姫とオルタが身を乗り出した。

 宝具を解放し、青い竜と化す清姫。

 その炎を後押しする黒い炎。

 

 ―――それを見た上で、一切対抗する必要なしと判断する。

 

 更に背後からジオウの攻撃による挟み撃ち。

 前回の戦いを思い出し、その攻撃力を推測する。

 それに対応せず鎧で受け止めながら、ガラティーンを振るう事。

 

 ―――可能だ。それを成し遂げれば、そこでこちらの勝利と……

 

〈フィニッシュタイム!〉

〈アーマータイム! オーズ!〉

 

 背後でジオウが装備を変え、手にした剣に力を纏わせる。

 感じるプレッシャーを考慮してなお、彼の確信は動かない。

 一秒先。確実に聖剣を放つために力を籠め続ける。

 

 青い竜が口腔の中に炎を溜め、一息に吐き出す。

 それに乗せられる竜を援護する黒い炎。

 炎の津波は一気にガウェインの許へと雪崩れ込み―――

 

 ―――そこから更に、白と黄土の炎を纏ってそれが加速した。

 

「――――なに!?」

 

 想定を遥かに上回る爆炎。

 彼のガラティーンには届かずとも、並の宝具を凌駕する圧倒的な爆熱。

 身構えていたガウェインさえも押し込むほどの熱量の氾濫。

 その炎の渦に押し込まれながら、横に逸れていたジオウとすれ違う。

 

 彼の纏うオーラは黄土に輝き、その頭部から蛇のような形状の光が揺れていた。

 同時に手に持つ剣が白い光に包まれ、形状を変えてみせている。

 まるで、笛と槍を組み合わせたかのようなフォルム。

 

 あるいは、仮面ライダービーストが逆境を跳ね除けた時の一瞬の記憶。

 名を、ハーメルケインとも。

 

「―――――ッ!?」

 

 ビーストウォッチを装着したジカンギレードが、笛として音を奏でる中。

 コブラ、カメ、ワニと変わったブレスターが黄土に輝く。

 笛の音に合わせて蛇を操るコブラ。音色に乗せて力を発散する笛。

 それらが全て、炎の大蛇と化した清姫に上乗せされていた。

 

 挟み撃ちではない。最初から全て彼女の一撃に乗せるつもり。

 清姫の力を竜の魔女が増す。

 その上にライドウォッチ二つ分、オーズとビーストを加勢させた。

 そうして放たれた極彩色の炎の渦は、一瞬とはいえガウェインを凌駕する。

 

 ―――結果としてその一撃は、ガウェインを炎の氾濫で押し流した。

 

「ぐ、ぅうう……ッ!」

 

 最初から対応するつもりであればまだ違っただろう。

 が、聖剣に全て込めていた彼の対応では遅すぎた。

 炎に吹き飛ばされ、太陽の騎士が隙を晒す。

 

 力を使い果たしたオーズアーマーが消えていく。

 が、ジオウはすぐさま次のウォッチを装着していた。

 天上より飛来する白いロケット。

 それが、彼を包み込む新たなアーマーとして装着される。

 

〈アーマータイム! フォーゼ!〉

 

 手に握ると同時、即座に噴出するブースター。

 フォーゼアーマーが空を舞い、ブーディカの戦車まで飛んでいく。

 

「こっちの後は任せて。行ってらっしゃい」

 

 彼女が戦車を僅かな間停止させる。

 そのまま剣と盾を構えた彼女に一度頷き、立香たちは立ち上がった。

 

「うん! 行こう、マシュ、べディヴィエール! ソウゴ、お願いね!」

 

「べディヴィエールさん、ソウゴさんに掴まってください!」

 

「―――はい」

 

「じゃあ、行くよ――――!」

 

 ジオウの右足からロボットハンドが出現し立香を捕まえた。

 マシュとべディヴィエールはそれぞれ彼の足に掴まり―――

 二基のブースターモジュールが全力で炎を噴いた。

 

 聖都正門の無敵の守り。

 太陽の騎士ガウェインは今はそこにいない。

 だがそれでも、まだもう一人―――

 

 妖弦の音色が空気の刃となって彼らを撃墜せんと奔る。

 

「―――私は悲しい。

 べディヴィエール卿、あなたという友人をこの手で誅殺せねばならないこと。

 ですが、その悲しみですらまやかし。私に悲しみなど……」

 

「トリスタン卿……!」

 

 空気を振動させて宙を舞い、空を翔けるトリスタン。

 それがフォーゼアーマーに追い縋ろうと弦を弾き―――

 

 直後に、ドカンと。

 圧壊する空気の壁が、虚空に走る音の刃を薙ぎ払った。

 

「――――!」

 

 空気という翼を砕かれ、トリスタンが地に落ちる。

 そんな彼の前に、見知った顔が姿を現す。

 

「玄奘三蔵……」

 

「ええ! あなたの悲しみならあたしが聞きましょう!

 彼の旅路の邪魔はさせてあげられないわ!」

 

 聞く耳など持たぬ、と。妖弦は彼女目掛けて刃を放つ。

 しかし彼が放った刃は、空気を圧し潰すかのような掌底に全て砕かれた。

 合間を縫って飛行するフォーゼアーマーが、聖都へと翔け抜けていく。

 その間に、彼女に対して礼の言葉が飛んだ。

 

「三蔵、ありがとう!」

 

「べディヴィエールだけでなく、あなたたちの旅路にも御仏の加護がありますように!

 ここはあたしたちに任せて、頑張っていってらっしゃい!」

 

 トリスタンの反応は即座のもの。

 彼は玄奘三蔵になど取り合わず、すぐさま取って返してジオウの追撃にかかる。

 

 そんな彼に放たれる、無数の短剣。

 総じて黒い刃は雨の如く、トリスタンの前に降り注ぐ。

 彼が一歩を踏み出し損ねた隙に、ロケットは正門へと接触していた。

 

 本来彼らに入れるはずのない場所。

 ―――だというのに、マシュが手を添えて門を押せば。

 その重厚な扉を開かれて、彼女たちをあっさりと迎え入れてしまっていた。

 

 それも当然だ。彼女には、彼女だけにはその資格がある。

 ギシリ、と。歯を食い縛り、トリスタンはその下手人を見た。

 

「―――山の翁」

 

 声は低く。呪腕、百貌、静謐。

 三つ並んだ髑髏面を光無き眼で睨む。

 

 もはや。もはや、円卓の騎士の無能は拭えない。

 拭う必要などないし、どうでもいい。

 通った人数は四人。それもどうでもいい。

 たった一人、べディヴィエールさえ道中で処分できれば。

 

 最後まで無能を晒したが―――

 あそこから先は、アグラヴェインに恃むより他にない。

 

「もはや何も言葉にすまい。早々に葬るだけ―――」

 

 そう言って、トリスタンは敵対者に音を奏でる。

 全てを切り裂く孤独の音を。

 

 

 

 

 聖都侵攻の切り札として得たのは、まさしくエジプト領の要。

 オジマンディアス王の大神殿だった。

 聖杯を動力とし全力駆動する“光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)”。

 それは結果として、ガウェインの聖剣を防ぎ、獅子王の聖罰をも防いだ。

 

 太陽王の力もまた、オルガマリーは小さく見積もっていたということになる。

 そうして始まったこの戦場の中、彼女は―――

 

「っ―――! アレキサンダー!」

 

 正門を突破してなお、立ちはだかるこの怪物。

 太陽の騎士ガウェインに圧倒されていた。

 

 構えた剣にその一撃が掠めただけで、アレキサンダーの矮躯が宙を舞う。

 即座にそれを拾いに行くブケファラスの巨躯。

 

 スフィンクスがガウェインを取り囲み、彼を引き裂こうとする。

 サーヴァントさえも容易に切り裂く爪の嵐。

 それをしかし、彼は剣の一振りで突破してみせた。

 腕を飛ばされて転がり、吼えるスフィンクス。

 

 その合間を抜け、再度ブケファラスが疾走する。

 ゼウスの雷霆。それをまるで小雨でも受けているかのように無視。

 踏み込むと同時に走る剣閃が、咄嗟に剣を構えた彼をまたも吹き飛ばした。

 

 直後ガウェインの下から無数の骸骨が蔓延する。

 掴みかかる死者の群れ。足のみならず腰まで。

 下半身が一気に拘束されて、微かに眉を顰めるガウェイン。

 

 そうして拘束した彼を轢き潰さんと、ダレイオスの戦象が殺到する。

 

「■■■■■■■―――――ッ!!」

 

 戦象がガウェインに激突すると同時に跳ぶ巨体。

 跳び上がりながら振り上げて、頭上から叩き付けにいく二振りの戦斧。

 

 ―――それを太陽の騎士は、一撃で打破してみせる。

 

 象の形を得ていた不死隊が砕け散る。

 ついでとばかりに戦斧ごとダレイオスが吹き飛ばされる。

 

 彼が剣を振り抜いた瞬間、殺到するのは黒い炎。

 地を這う呪怨の炎が太陽に届き、しかし彼の放つ陽光に引き裂かれた。

 

「っ……! 何なのよ、あれ! ホントに三倍止まりなわけ!?」

 

 こちらにはブーディカの戦車から得た加護がある。

 その守護の加護があってなお、彼と切り結べるサーヴァントはいない。

 だというのに、下手に離れるわけにはいかない。

 太陽の騎士には接近戦のみならず、太陽の聖剣があるからだ。

 

 彼女が援護しようにも、オルタ単体の火力ではまるで足りない。

 清姫は先程の初撃で限界まで酷使され、ほぼリタイヤ。

 それも当然だ。あんな化け物を吹き飛ばせるほどの攻撃をしたのだから。

 

 戦場の全てを圧倒しながら、ガウェインが一瞬だけ聖都に視線を送る。

 

「―――今度こそ、私は……!」

 

 ―――太陽の輝きは陰りを知らず、燦々と戦場に降り注いでいた。

 

 

 

 

「円卓の最高とも謳われた騎士、ランスロット卿。

 貴卿は何故このような戦いをするのだ」

 

 アーラシュと藤太、ダビデの射撃の嵐。

 それを凌ぎながらフィンと打ち合うランスロット。

 並の英雄であれば、すぐに撃ち抜かれていただろうその戦場。

 彼の湖の騎士の圧倒的な技量にのみ許された戦闘。

 

 そんな戦いの中、フィンが槍を構え直しながら問いかける。

 フィンには構え直す余裕があるが、ランスロットにそんなものはない。

 終始放たれ続ける矢の雨。

 それに対応し続けている彼に、余裕を気取る暇などなかった。

 

 だが―――

 

「―――そんなことは、決まっている。全て、我が王の為である……!」

 

 ランスロットが地面を踏み締め、加速した。

 フィンに接近して振り抜くのは、粛清騎士の持っていた剣。

 それを受け流し、付かず離れず、フィンは弓兵の攻撃の邪魔をせず、弓兵への攻撃の邪魔になる位置を保ち続ける。

 

 彼が抜いているのがアロンダイトだったならば、こうも簡単ではないだろう。

 だがこの場に限り、アロンダイトでは彼は対応しきれない。

 

 ―――ダビデの投石がランスロットを襲う。

 それを掴み、絶えず放たれる矢に投げ返しながら、他の矢を切り払う。

 

「そうとも……! 我らは全て裏切り者……!

 最期の供であったべディヴィエールでさえ、王を裏切った……!

 その結果が獅子王、()()()()()()()()()()―――!」

 

「…………ッ!?」

 

 ランスロットが両手に持った剣を投擲する。狙いはダビデ王。

 二振りの剣の飛来を、アーラシュの放つ矢が両方とも撃墜する。

 一瞬、ほんの僅か。緩んだ弾幕の中でランスロットが愛剣を引き抜く。

 他の宝具を全て破棄し、彼は聖剣であり魔剣たるアロンダイトを解放した。

 

「どのような戦いだろうと、してみせるとも―――!

 その果てに我らが地獄に落ち、円卓の騎士の名が悪魔のものとなろうとも!

 この魂を地獄にくべれば、我らが望みが叶うというのならば―――!」

 

 フィンが一気に身構え直し、その突撃を迎え撃つ。

 彼はもはや矢の迎撃すら考えない。

 祝福(ギフト)たる“凄烈”によって彼の性能が劣化することはない。

 性能が落ちなければ、彼の発揮する力は“無窮の武錬”によって保障される。

 

 腕を喪おうと、足を喪おうと、何を喪おうと。

 彼は動き続ける限り、王のための無毀なる湖光となる。

 

 

 

 

「どっちみち、オレたち円卓は全員この戦いの果てに死ぬ―――!

 父上の理想都市に戦いを知るものなんぞ要らねぇからな!」

 

 クラレントの激突。

 互いに兜を開けた二人のモードレッドが、何度となく刃を交差させる。

 至近距離で切り結ぶ彼女たちに、タイムマジーンの大味な援護が働かない。

 

「……お前らは……!」

 

「―――オレたちはこの世界なんぞとっくに切り捨てた! オレたちが救うことを考えている世界とは、これからも永遠を彷徨う父上の魂の安息所に他ならない!!」

 

 弾き飛ばされる赤のモードレッド。

 即座に宝具解放の様子を見せる白のモードレッドに、レーザー光線が見舞われる。

 舌打ちしながらそれを切り払い、彼女はタイムマジーンを睨む。

 

「あの方がただ安らかに、眠りにつける場所。

 それすら奪ったオレたちに出来ることは、それだけだろうが!

 今更おせえんだよ、べディヴィエールの野郎は!!」

 

 剣の一振り、赤雷が刃となってタイムマジーンを襲う。

 マジーンの表面装甲の上で弾ける雷光。

 

「きゃあ―――っ!?」

 

 雷に撃たれたその巨体が転倒し、地面に沈む。

 

「その点において。初めてオレやランスロット、アグラヴェインの意見すら一致した。オレたちに既に円卓の騎士の誇りはなく、騎士王の誇りを踏み躙った国賊として力を合わせる事ができると理解した」

 

 血色の極光が迸る。

 展開された“燦然と輝く王剣(クラレント)”が邪悪なまでに輝きを増す。

 その刃を振り被り彼女は。

 同じ存在でありながら決定的に立場が違う、もう一人の自分に対し―――

 

「…………!」

 

「“我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)”――――ッ!!」

 

 ―――振り下ろした。

 

 

 




 
ブラカワニと清姫でコンボを思いつくものの笛のネタが思いつかずにハーメルケインに逃げるの巻。
ビーストも一回使ったしままえやろ。
 


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嘆きの叛逆645

 

 

 

「――――しぶてぇな。まあ、オレじゃあしょうがねぇ」

 

 父を殺した邪剣ならばこそ、父を超えるべき自分なら耐えられなければならない。

 そう嘯いた白モードレッドが、クラレントを構え直す。

 

 赤雷の氾濫は赤モードレッドを呑み込んだ。

 が、その寸前に彼女もまた宝具を解放していた。

 だがしかし、宝具の押し合いになれば“暴走”を持つ白モードレッドが負ける道理はない。

 

 鎧の上から全身を焼かれ、それでも何とか生き延びた彼女が吹き飛んでいく。

 そのまま転倒したマジーンに激突し、地面に倒れ込む体。

 

 全身から白煙を上げながら、赤モードレッドが敵を見る。

 相手は既に宝具の次弾を装填しにかかっていた。

 再び魔力を注がれて血色の刃を立ち上らせる王剣。

 

 残り魔力はそう多くない。

 今さっき放った相手の宝具を相殺するための一撃は、全力では撃ち切れなかった。

 その分多少魔力は余ったが、代わりに防ぎ切れず死にかけだ。

 

「モードレッド! 無事!?」

 

「見りゃ分かんだろ……」

 

 焼けて歪んだ鎧のまま、クラレントを杖代わりにして立ち上がる。

 タイムマジーンも身を起こし、モードレッドを庇うように動く。

 再度の宝具解放に耐えられないなら、タイムマジーンを盾にするしかない。

 

 ―――彼女の持つ令呪はあと一角。

 体力なんて幾ら貰っても今の状況では意味がないだろう。

 選択肢は魔力一択。クラレントの完全開放に懸ける以外にない。

 

 だがそんなことをしても、普通にやっては相殺して終わりだ。

 なら、方法は一つしかない。

 

「マスター。あんたそれ、オレが突っ込むための盾にできるか?」

 

「分かった! 時間がない、すぐに行くわよ!」

 

 打てば響くツクヨミからの返答。

 彼女は一切思考の余地なく、タイムマジーンを走らせようとした。

 勝つにはそれしかない。それをやっても勝てるとは限らないのにこれ。

 ―――悪くないと思って、小さく笑う。

 

 残っていた魔力を総動員して赤雷を纏う。

 最後の一撃は令呪によるものだ。

 ならば今持ってる魔力は、限界ギリギリまで突っ込むために使う。

 

「オレがあいつを()()()()()! 頼むぜ、マスター!!」

 

「ええ、頼んだわよ!」

 

 タイムマジーンの疾走。

 それを前にして、白モードレッドが剣を振り下ろす。

 一切ブレーキのかかっていない魔力の解放。

 己の霊核を軋ませながらの、常に全てを懸け続ける彼女の一撃。

 

「“我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)”―――――ッ!!!」

 

 疾走するタイムマジーンに、極光が直撃する。

 コックピット内で一斉に大量のエラーが吐き出された。

 外部カメラから入ってくる血色の映像に、内側からはエラーメッセージ。

 視界全てを赤く染められながら、ツクヨミは操縦桿を突き出してみせる。

 

「行って! モードレッド――――!!」

 

 彼女の道を切り開くために。

 その極光から身を守るための巨大な障害物を、一歩でも前に。

 光を掻き分けるマジーンの腕が動かなくなってぶら下がる。

 そうなりながらも機械の巨体は、一歩でも前にと死力を尽くし―――

 

 耐え切れずに転倒した。

 

「―――ああ、十分だ。あとは寝てな、マスター!」

 

 巨体の陰から、兜を被った全身鎧の赤モードレッドが飛び出していく。

 壁で減衰されてなお、簡単にサーヴァントさえ融かせる威力。

 その光の中に踏み出して、彼女は更に疾走を開始した。

 

 妖女モルガンより与えられた彼女の鎧。

 周囲から正体を隠す事を目的としたものだが、それでもその防御力は折り紙付きだ。

 そんな鎧さえも融解を始める、邪剣の威力。

 

 だがそれがどうした。

 この鎧が融け切る前に、こちらの刃があれに届けばいい。

 距離は稼いだ。マスターが稼いでみせた。

 だったら後は、サーヴァントである自分が踏み込むだけだ。

 

「―――――ッ!」

 

 白のモードレッドが息を呑む。

 彼女の踏み込みが自分に届くか、それを計るように。

 

 ―――結果、届く。

 クラレントの光が彼女を融かす前に、叛逆の騎士は刃を振るえる。

 モードレッドというサーヴァントの性能を見誤る余地はない。

 彼女自身のことなのだから、この試算に間違いはけしてありえない。

 

 その事実に、微かに白モードレッドが眉を顰めた。

 

 血色の極光を逆走する。

 魔力放出で放つ赤雷と端から欠けていく鎧を守りとして。

 融けていく兜の奥、赤モードレッドは叫ぶ。

 

「―――何が父上の安息の場所だ。

 テメェはそういうもんじゃねぇだろ、叛逆の騎士―――!」

 

「…………ッ、なにを!」

 

 叛逆の騎士モードレッド。

 その生まれから、父の築いたものを壊すためだけに与えられた命。

 存在価値に示された通り、彼女は父の国を蹂躙した。

 最初から決められていた通り―――しかし、彼女自身の意思で。

 

 何故白モードレッドがそうしたかなど、痛いほどよく分かる。

 

 叛逆の騎士として作られた彼女は、どうあれ叛逆せざるを得ない存在。

 王に尽くす騎士として終わることは、けして許されない。

 ただ、この彼女にとって奇跡みたいな世界では違う。

 

 王が安寧を得るための国創り。

 それは国が成った瞬間に、円卓の騎士という軍隊は不要となる。

 円卓は全てその時点で王の手により破棄されるのだろう。

 

 ―――ああ、それはなんて。夢みたいな最期だろう。

 モードレッドは王が得た国を乱す時間も与えられない内に処分される。

 最期の瞬間まで、王のための騎士として働き―――そして死ねる。

 最期の最期まで、アーサー王の騎士でいられる。

 

 わかる。わかってしまう。

 その選択をしたいという想いを。

 けれど選べない。選んでいいわけがない。

 

 ―――騎士王の国を乱し、崩壊させた自分に。その結末は許されない。

 彼の王が安寧を得るとして、それは自分の剣が創る世界でではない。

 

「テメェが選んでんのは……自分の安らぎだろうが―――!!」

 

「―――――ッ!」

 

 届く。

 クラレントの刃が届く距離まで、赤モードレッドは辿り着く。

 血色の極光を遡り、届かせるだろうという考え通りに。

 吐き出し続けていた光を撃ち切り、白モードレッドが舌打ちする。

 

 鎧はほぼ全て消し飛び、灼熱に焼かれた肉体を晒しながら。

 赤のモードレッドはクラレントの刃を振り上げた。

 一瞬のうちに充足する魔力。令呪は切られた、後はただ一撃。

 その剣を叩き込めばいいだけだ。

 

 だが同時に―――

 白モードレッドもまた叛逆の騎士モードレッド。

 その力は目の前の敵に劣るものではない。

 

 剣を全力で振り切れなければ、宝具の真名解放とはいえ威力は半減。

 それこそ鎧を纏っている白のモードレッドに耐え切れないものではない。

 

 先に斬り付ければ、相手の剣の威力は発揮されない。

 そうすれば致命傷には至らない。

 ここから先んじた方が勝利する。それだけの、簡単な話だ。

 

 ―――そして。

 既に半死半生の赤に、白が剣速で負けるはずがなかった。

 王剣の刃が翻り、死にかけの相手に振るわれて。

 

 しかし、止まる。

 

「…………あ?」

 

「チッ、寝てろって言っただろうによ……!」

 

 タイムマジーンを壁に踏み込んだ赤モードレッド。

 そうやって叛逆の騎士が極光の直撃を受けながらも、前進していった後。

 前に疾走していくサーヴァントを壁に、彼女も地面に降り立っていた。

 

 体を焼く雷の熱に息を切らしながら、赤い光を放った銃口を下ろす。

 白モードレッドの魔力がその拘束を破るまで、一秒とかからない。

 だがこの状況でその一秒足らずの時間は、命に届く刹那の隙だ。

 

「モードレッド!!」

 

 剣を振り上げたまま静止する白のモードレッド。

 彼女の周囲には赤い光が渦を巻き、その動きを止めるための結界となっている。

 そうなった相手に対して、赤のモードレッドが最後の踏み込みを慣行した。

 

「我は騎士王の騎士にして、叛逆の徒! そして、これこそ我が父を滅ぼす邪剣!

 けして赦されぬ咎を背負いし我が剣が、彼の王に与えし破滅の果てに……どうか、その身に安らぎあれと願いて振るわん――――ッ!」

 

 その胴体に、赤雷と血色の光を帯びた邪剣が振るわれる。

 鎧を切り裂き、霊核を砕き、その命脈を断ち切る光。

 それが、白モードレッドの全身を焼き払う。

 

「――――“我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)”ッ!!!」

 

「―――――」

 

 鎧の内側から炸裂した極光に、一瞬のうちに命を奪われる。

 それでも彼女は膝を落とさずに、剣も手放さない。

 霊核は砕けて体の端から光に還りながらも、けっして。

 

「くそったれ……」

 

 動こうとしても動かない体に悪態を吐く。

 その体勢で見据えた自分と同じ顔に、彼女は表情を歪めた。

 

「……ああ、そうだろうよ。オレは、この世界に夢を……見てたんだろうよ。

 ほんと、馬鹿げてるって話だ。父上が生きてるってことは……

 仕留め損ねた、オレの無能でもあるだろうに……」

 

「…………」

 

 赤のモードレッドが膝を落とす。

 死力を使い尽くした彼女も、既に限界だった。

 

「―――ああ、結果がどうなるしろ。

 せめてオレは獅子王を殺す側に回らなきゃいけなかった。オレがあの人の騎士でありたい、って思ってたならな。は……あの時、あの場で、獅子王についた時点で……

 叛逆の騎士っつー看板は、とっくの昔に、地に堕ちてた、って……」

 

 獅子王に仕えたモードレッドが、砕けて消えていく。

 

 ―――叛逆の刃に、王の安息の地など創れるはずもない。

 彼女が騎士王に突き立てた刃が王に死をもたらし、結果妖精郷に導いた。

 モードレッドに出来ることは、それだけだ。

 

 未だに王が生きて苦しんでいるというのなら、真っ先に。

 モードレッドは、王に刃を向けなくてはならなかったはずなのに。

 自嘲するように笑い、白のモードレッドは完全に消え失せた。

 

「……大丈夫、モードレッド?」

 

 よろめきながら近づいてくるツクヨミ。

 クラレントの残照の中に身を躍らせたのだ、それも当然。

 一歩間違えばそれで死んでいただろうに。

 

「当たり前だろ、この程度。けどワリぃなマスター。

 まだ、オレがやらなきゃならねえことがある」

 

 そう言ってモードレッドが見据えるのは、マシュが開いた聖都正門。

 そのまま止まっていられないと、そちらに這うように歩き出す。

 他の戦場とタイムマジーンに一度視線を向けて、一瞬迷うツクヨミ。

 だが、彼女はモードレッドに肩を貸して歩き出した。

 

「急ぐんでしょ? 行ける?」

 

「―――たりめーだ」

 

 

 

 

 音が刃となり襲来する。

 それを空気ごと掌底で圧し潰す、という力業で防ぐ三蔵。

 

 空気が突然そこかしこで爆砕するという光景。

 そんな中を縫って走る百貌のハサン。

 彼女がまったく違う容姿を持つ、しかし百貌のハサンである存在を増やす。

 

 ―――“妄想幻像(ザバーニーヤ)

 百貌という名の由来、一人の人物の中に内包された多重の人格。

 それぞれの人格がそれぞれ得意分野を持ち合わせるという技能の宝庫。

 彼女がハサン・サッバーハの名を継承した理由。

 その力はサーヴァントと化した今、生前よりなお百貌と呼ぶに相応しい能力となっていた。人格の切替のみならず、人格ごとに肉体の分割。数十の人格それぞれに、数十の肉体を与えられる。

 サーヴァント一人でありながら、彼女は圧倒的な手の多さでトリスタンを囲んでいた。

 

 ―――だがそれが、嘆きのトリスタンの脅威になるかと言えば。

 

「―――私は悲しい。例えあなたが百人、頭数を揃えたとしても何ら恐れる事はない。分割するごとに霊核の強度は分散し、百人揃えればその能力はもはや只人と変わらない。

 ですが、素晴らしい。肉体の強度が落ちてもなお、身のこなしは全員が優秀です。それはあなたの持つ人格が全て例外なく、暗殺の業を確かに修めていたという証明」

 

「チ―――言葉が多いな、最早何も口にしないと言ったのはどこへ行った……!」

 

 全周囲から降り注ぐ短剣の雨。

 彼はそれをフェイルノートを一度鳴らし、全てを切り払った。

 トリスタンの放つ刃の軌道は変幻自在。

 奏でる音に沿って奔る刃は、何であろうとも絡め取って切り捨てる。

 

「……おや。私に黙られて困るのはそちらでは?

 黙り込むよりはこうして無駄に口を回した方が、まだ毒の回りも早いでしょうに」

 

「なに―――!?」

 

「――――ッ!」

 

 瞬間、トリスタンが指が二度動く。

 奏でた音色が空気そのものを刃と変えて襲来する。

 三蔵の相殺する分では止めきれず、その刃が百貌の数人から首を飛ばす。

 

「ぐぁッ―――!」

 

「ぎ、……ッ!?」

 

「チィ……ッ!」

 

 断末魔を残し、消えていく百貌たち。

 その喪失に舌打ちしながら、百貌を統率している女人格がトリスタンを睨む。

 百貌の中に混じりながら、短剣の投擲を行っていた呪腕と静謐もまた。

 

 そんな静謐のハサンへと視線を送り、彼は小さく口元を緩める。

 

「―――私は毒により死んだもの。

 であれば、毒のハサンがつくということはそういうことでしょう。

 もっとも……私が獅子王より与えられた祝福(ギフト)は“反転”。

 毒という本来致命的な弱点だからこそ、今の私には通らない」

 

 動きを止めたハサンたちに再び刃が放たれる。

 反応の遅れた百貌数人の首が舞う。

 

「……っ、馬鹿な。だとしたら何故それを口にする!

 毒を怯えたが故のでまかせにすぎん―――!」

 

「かもしれません。

 もしくは、こうして隙を見せたあなた方の首を飛ばすための舌戦やも」

 

 再び幾人かの首が落ちる。

 音よりなお疾く飛来する鋭利な刃。それはハサンたちには回避するより他に術がなく、反応の遅れには即死という結果が返ってくる。

 

 毒を振り撒いていた静謐もまた、微かに初動が遅れた。

 

「静謐!」

 

「――――ッ!?」

 

 呪腕の忠告。

 回避行動は一歩遅く、妖弦の刃が静謐の片腕を切り飛ばした。

 

 空を舞う静謐の腕。

 それをゆるりと見上げながら、トリスタンは一度手を止める。

 自分の頭上から落ちてくる、か細い少女の腕。

 それを彼は、手で払い落とした。毒の塊である静謐の腕を、当然のように。

 

「ッ……馬鹿な……!」

 

「さて、では試してみるといい。私にその毒が通用するかどうか」

 

 トリスタンは静謐の腕を払い落とし、その血煙を多少なりとも浴びた。

 つまり、その毒でトリスタンに致命的な事態を引き起こすのは不可能。

 そう判断するより他になかった。

 

「くっ……!」

 

「そう揺れるな、百貌。何故こやつがここまで饒舌になるか考えろ。どちらにせよ勝機は常にあちらの手の中。だというのにわざわざこちらを揺さぶるのは、こちらを動かしたいからだ。奴は我らになど関わっていないで、早々にべディヴィエール殿たちを追撃したいのだ」

 

 呪腕がそう言って、ダークを構え直す。

 彼らの目的は円卓の打倒ではない。

 聖都侵入が果たされた今、獅子王が打倒されるまでの時間稼ぎだ。

 勝てるに越したことはないが、死んでもここに足止めできれば目的は果たされる。

 

 その言葉を受けて、百貌が軽く鼻を鳴らした。

 

「……そうだったな。少々、頭に血が上っていた」

 

「はい……藤丸様たちの旅のために、私たちの命―――ここで使い切る所存です」

 

 落とされた腕の血を止めながら、静謐のハサンがそう口にする。

 同じく肩を並べる玄奘三蔵に対して、呪腕が問いかけた。

 

「そういうわけです、三蔵殿。

 申し訳ないが、彼奴めの足止めにもう暫くお付き合い願いたい」

 

「―――ええ、そうね。今の話で大体わかったわ!」

 

 自信満々にそう返答する三蔵。

 何がわかったのかは分からないが、呪腕がトリスタンに向き直る。

 彼は明らかに表情を変えて、状況を変える手段を探していた。

 

 聖都にべディヴィエールたちを通した時点で大目標を達成したこちら。

 聖都に彼を通されてしまった時点で大目標に失敗したあちら。

 精神的な優位は、現状では完全にこちらが押さえている。

 焦って攻め込まなければならないのは、トリスタンの方なのだ。

 

 毒の耐性をバラしたのも、こちらの動きを限定するためのもの。

 毒を浸透させるような時間稼ぎに似た動きを、こちらにされたくないのだ。

 勝ち目を失った焦りで足並みを乱す必要はない。

 こちらは今、勝っているのだ。

 

 だからこそ円卓の騎士トリスタンは、自分から無理な攻めをするしかない。

 

「来るぞ――――ッ!」

 

 疾風の如く押し寄せて、トリスタンが刃を放つ。

 回避し損ねた百貌が三人、その命を絶たれた。

 解体されて四散する体が魔力光となって解れ、消えていく。

 

 三蔵の踏み込みが大地を揺らす。

 放たれる掌底が空気の刃を粉砕しながら殺到。

 トリスタンの進撃を迎撃する。

 

「ねえ、トリスタン卿! あなたが“反転”を得たのは何故?」

 

「―――――」

 

 掌底を躱し、潜り抜けるトリスタン。

 その彼の耳に、三蔵からの声が届いた。

 彼はその言葉に一切反応を示さず、敵の首を落とすために妖弦を奏でる。

 

 迫りくる短剣の嵐を容易に撃ち落としつつ、更に動きが鈍い百貌を処分。

 一人ずつ、確実に削り落としていく。

 

「聖都にいた頃から何となく思っていたけれど。

 そうね。きっと、あなたって誰より繊細な心の持ち主で、情が深いのね」

 

 瞬間、思考が沸騰した。

 確実に削れるところから、という最も早い処理手段を捨てる。

 百貌のことが頭から抜け落ちて、全ての刃が三蔵に集中した。

 

 体勢を低く。両の掌には力が宿り、音の刃さえも迎撃する。

 処理しきれなかった攻撃が、三蔵の肌を切り裂いていく。

 血に塗れる肢体。だがその傷の中に、命に届くようなものは一つとしてない。

 確実に感じ取り、落とす必要がある攻撃は完璧に捌ききっていた。

 

 三蔵から距離をとって着地したトリスタンが、彼女を睨む。

 

「三蔵法師ともあろう女性が、おかしな事を。

 見ての通り、私に人の心などありません」

 

「―――だとすれば、他愛なし」

 

 そんな彼のすぐ背後で、別の人物の声がした。

 これほどに距離を詰められること自体、どうしようもない失態。

 息を呑みながら、しかし体は即座に反応を示していた。

 

 反射的に指で弦を鳴らし、音の刃でそれを撃墜する。

 ―――撃墜した、はずなのに。

 三射。放たれた刃が、その男の片腕と両足を切り飛ばす。

 首を落とし、手足を全て切り離すつもりで放った刃だというのに。

 

 目では見切れぬ軌道を描くトリスタンの刃。

 真っ当に回避などできないその刃を、男は確かに潜り抜けていた。

 驚愕する間もなく、彼は残された腕でトリスタンの腕を掴む。

 “痛哭の幻奏(フェイルノート)”を握る腕を。

 

「――――っ!」

 

「そのような騎士……私でさえこうして手足の三本を捨てれば肉薄できる。

 殺ったぞ、円卓の騎士トリスタン―――!」

 

 弓を握る腕を百貌に取られ、微かにトリスタンの動きが止まる。

 その瞬間を刺すように、ほぼ全てのハサンが短剣を放っていた。

 周囲一帯が押し寄せる刃の群れ。

 そんな光景を前にして、しかし。彼は悲しげに息を吐いた。

 

「私は悲しい。あなたたちの放つ刃程度で私を討ち取れる、などという考えも。腕を掴んだ程度で我が妖弦を止められる、などという考えも。浅はかな思い上がり以外の、何ものでもない」

 

 指が動く。その次の瞬間には、彼を掴んでいた百貌は血煙と化す。

 周辺一帯に音の刃が張られ、全てを切り裂く空間がそこに展開される。

 短剣は一本たりとも通らない。何をしたところで、ハサンたちの攻撃は―――

 

「無論、知っているとも。我らの剣ではあまりに貧弱。だが礼を言う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ッ!?」

 

 一つの例外を除いて、円卓の騎士トリスタンには届かない。

 

 呪布が解かれて宙を舞い、呪腕の翁がその名の由来を解放する。

 ただ一人、短剣の投擲に参加しなかった男が。

 布に縛られ二つに折られていたその右腕を大きく伸ばしていた。

 

 赤熱する、彼の身長に匹敵する長さの腕。

 それを大きく伸ばしながら、呪腕の翁が疾走した。

 トリスタンを目掛けて走る黒い影。

 

 既に撃ち放った音の刃。

 その微かな隙間を縫い、伸ばされる悪魔の腕。

 

「―――その程度で」

 

 例え微かな隙間を縫おうとも、そこに重ねて刃を放てば終わる話。

 そうして追加の演奏を行おうとした彼の前で。

 

「致し方なし、この命もくれてやる」

 

 既に放たれた刃に身を投じ、数人の百貌が自分から惨殺された。

 飛散する血、肉片。

 それらが一気に周囲に撒き散らされて地面に落ち―――

 

「―――――」

 

 眼を潰したが故に、耳で全てを視ていた彼。

 彼の見ていた景色が、血の水音に塗り潰された。

 いや、そう簡単に彼の耳を欺けるはずがない。

 ハサン・サッバーハというアサシンの持つ、気配遮断能力がなければ。

 

 無差別に斬撃をばら撒くだけではいけない。

 このタイミングでは、迎撃するには間に合わない。

 だが狙いをつけることは叶わない。

 狙いがどこにいるか、判断できない。

 

「なんと――――」

 

 驚愕する―――彼の胸に、悪魔の指先が触れる。

 生成されるトリスタンの心臓の鏡面存在。

 

 そのタイミングで彼は呪腕の位置を知り、フェイルノートを鳴らす。

 だがその前に、

 

「――――“妄想心音(ザバーニーヤ)”」

 

 悪魔の手が握っていた、トリスタンの心臓が握り潰された。

 

 それは悪魔シャイターンの腕。

 彼が山の翁の称号を得るために手にした異形。

 相手の心臓の二重存在を形成しそれを潰すことで、本物の心臓を潰す呪いの腕。

 

 その呪いはこの戦場において確かに効果を発揮した。

 破裂するトリスタンの胸。

 彼は思いがけない攻撃に驚きながら、喀血する。

 

 だが彼の反撃は同時に呪腕を切り刻み、その右腕を微塵に斬り砕く。

 腕を失い、全身を裂かれ、地面を転げていく呪腕の翁。

 

「……ッ、貴様の霊核。確かに貰い受けた―――!」

 

「ええ。確かに霊核は奪われました」

 

「―――呪腕!」

 

 彼を拾おうとした百貌の何人かが切り捨てられる。

 まだ終わっていない、と知り呪腕もまた跳んだ。

 それでも片足があっさりと切り落とされた。

 

「なんだと……!?」

 

 転がりながらトリスタンを見上げる呪腕。

 だがトリスタンは何ともない様子で、そのまま立っていた。

 胸は弾け、確かにそこで心臓が潰れている。

 

 だというのに彼は何ともないように振舞い続けていた。

 

「―――わざわざ教えて差し上げたはずですが。私の祝福(ギフト)は“反転”だと。

 心臓を失えば、真っ当な生物ならば死ぬでしょう。だから死なない。

 霊核を失えば、サーヴァントは消えるでしょう。だから消えない。

 私は二度と止まらない。獅子王の国を創り上げるまでは」

 

 嘆きのトリスタンは止まらない。

 獅子王にその祝福を返上するその瞬間まで、けっして。

 

 手足を失った呪腕。最早半分も残っていない百貌。腕のない静謐。

 まずはそれらを完全に処分しようと歩みを進め―――

 

「―――そう。本当は悲しくて悲しくて動けない。

 だから、そんなギフトを得たのよね。あなたは」

 

 その声にトリスタンが足を止める。

 振り返り、構えを取る玄奘三蔵の姿を正面に。

 

 三蔵の声には何の色もない。

 怒りも悲しみも哀れみも。

 ただ事実だけを指摘するように、彼女は淡々とそう口にしていた。

 

「玄奘、三蔵―――」

 

「本当は悲しくて指一本動かせないから。

 だから動けない自分を動かすために、自分を“反転”させた。

 あなたが絶対に動けないから、反転したあなたは絶対に止まらない。

 ―――貴方が止まれないことこそ、貴方の悲しみの深さの証明」

 

 “痛哭の幻奏(フェイルノート)”が掻き鳴らされる。

 周囲一帯の全てが刃となって、三蔵ひとりを目掛けて降り注ぐ。

 それを正面から受け止め、弾き、止め切れずに切り裂かれる。

 自分の血を浴びながら、彼女は言葉を止める事はしない。

 

「―――貴方を動かすギフトは、とても今のあたしには止められない。けれど、その悲しみを放っておくこともしません。あたしに貴方への救いは与えてあげられないけれど、きっと貴方の王様を救ってくれる人の旅路を支える事を、その代わりといたしましょう!」

 

「…………ッ! 王への、救いなどと――――!!」

 

 再び刃が降り注ぐ。

 なおも苛烈に、留まる事を知らないように加速し続ける刃。

 その下で、三蔵がにこりと微笑み、黄金に輝いた。

 

 トリスタンが息を呑む。

 真っ当なサーヴァントにあり得ない、圧倒的なプレッシャー。

 まるで神性に至った王と変わらないような、そんな桁違いの―――

 

「あなたの悲しみを救うことは出来ずとも―――この掌でその涙を掬いましょう!

 神様の祝福で泣けないあなたの心に、慈悲なる一撃で大穴開けて仕る!

 いざや往かん! “釈迦如来掌”ォ―――――ッ!!!」

 

 その瞬間。

 微笑みさえ浮かべながら掌底を放つ三蔵に、黄金の仏の姿が重なった。

 放たれる妖弦の刃など瞬く間に木っ端微塵。

 あらゆる全てが粉砕される慈悲の一撃。

 

 それは回避など許さぬ圧倒的な速度でトリスタンを打ち据えて―――

 

「な、にを……ッ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 吹き飛ばされたトリスタンが、聖都の外壁まで届いてそこに突き刺さる。

 

「ぐっ……!」

 

 壁に突き刺さった彼が、苦悶の声を上げながら動こうとして―――

 しかし、彼はもう指一本動かすことが出来なくなっていた。

 その事実に打ちのめされて、トリスタンが唖然とする。

 

「―――いけない、何故……! 動け、動け、動け……ッ!

 私はまだ動かなければいけない……!

 我が王のために、我が罪の贖いの為に、私はまだ……ッ!」

 

 それを悲しいと思う心があるのならば、何故そんな罪を犯したのか。

 罪を犯したということは、それを悲しいと思う心を持たないからだろう。

 王を傷付けて、国を後にし、何も出来ずに死んだ男。

 そんなことになったのは、嘆きを知らぬ怪物だったからに他ならない。

 

 フェイルノートは指先さえ動けば敵を殺せる。

 だから指一本でいい、動かさねば。

 王の敵を排除する。排除し続ける。心の無い怪物である自分が。

 せめて王が静かに眠れる、その地を創るまでは。

 

 ―――嘆きの騎士はもう動けない。

 悲しみがある限り動き続けるためのギフトは尽きた。

 心臓も、霊核も、彼をこの地に維持するためものは何もない。

 

「――――ああ、なんという。

 またも、私は、彼の王に、何も……わた、しは……!」

 

 彼は微動だにせず、光となって消え始めた。

 目から流す血液はそのまますぐに光と変わって、天へと昇り消えていく。

 

 ―――構成していた魔力を全て黄金の霧に還し、円卓の騎士トリスタンは消滅した。

 

「……まさか、獅子王のギフトを……!?」

 

 驚愕する百貌の前で、玄奘三蔵が崩れ落ちる。

 咄嗟に痛む体で走り出した彼女が、それを受け止めた。

 

 ―――外傷は大したことはない。

 だが、既に彼女の退去は始まっていた。

 どう考えても、サーヴァントの身で出してはいけない力を出した代償。

 

「……おい、おい。よくやったぞ、助かった」

 

「……ん。あ、うん……あたしがやった、というか……

 流石に神様の祝福が相手じゃ、御仏に助けを求めるしかなかったというか……

 というか、ふふ。あなたの分身の方がよっぽど命を懸けてたというか……」

 

「―――まあ、な。だが私の場合それが役割だ」

 

 文字通り、全てを使い果たしたのだろう。命も含め。

 獅子王の祝福を打ち壊すために、命を懸けて釈迦の領域に一歩踏み出した。

 

「ええ、あたしもそんなとこ……そういうんじゃないけれど……

 でも、ああまで悲しみに沈んだ人が相手じゃ、説教のひとつもしないと、ってね……」

 

 ―――そうして彼女は実際に祝福を粉砕してみせた。

 神域の一手。あるいは、彼女たちの知る初代“山の翁”の領域の前借。

 それが、通常のサーヴァントの霊基で保つはずもなかった。

 彼女は虚ろな目で百貌を見上げながら、少し恥ずかしそうに言う。

 

「―――ごめんなさい、百貌さん。

 藤太に、あんまりお師匠っぽいことできなかった……ごめん、って。

 謝ってたって、伝えて――――」

 

 それを最期に。

 高僧の少女は、自身を維持する事も出来なくなって。

 光となって、完全に消え失せた。

 

 

 




 
大切なのは慈悲の心なのです(虐殺王並の感想)
あとダンス。
 


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彼の王が目指した未来は2015

 

 

 

 押し寄せる粛清騎士。

 ほぼ全軍外部に配置されていたのだろうが、それでも。

 聖都内に残っている騎士たちも少なくない。

 

「宇宙ロケットきりもみキィ――――ック!!」

 

 その中にロケットモードに変形したジオウが突っ込んでいく。

 集結して進撃を阻まんとした騎士たちが薙ぎ払われる。

 防衛線に大穴を開けながら、ジオウは敵軍の中心に着陸した。

 

 彼の後方、マシュが走りながら別の粛清騎士を殴り倒す。

 

「マスター! わたしの後ろに!」

 

「いえ、レディ・マシュ、前方には私が立ちます。

 あなたこそレディ・立香の背後への守りを――――」

 

 べディヴィエールが奔らせる銀色の閃光。

 それが粛清騎士を切り伏せ、床に叩き付けた。

 

 まだまだ湧いて出る敵の騎士たち。

 その最中を、ジオウを先頭に聖城を目指して走り続ける。

 

〈アーマータイム! ウィザード!〉

 

 赤い魔法陣が輝いて、ジオウに宝石の鎧を纏わせる

 その周囲に更に展開される三色の魔法陣。

 

 緑色の風が吹いて、その中に生じる雷。

 雷撃は竜となり、周囲の騎士に喰らい付きながら薙ぎ払う。

 続けて、その衝撃で体勢を崩したものたちの足ごと床が凍り付く。

 動きが止まった鎧たちが超重力に潰された。

 

 潰れた騎士の残骸を足場に、氷の床を踏み越えてくる後続。

 粛清騎士は無感動に、ただ敵を排除するために動作する。

 

〈アーマータイム! ダブル!〉

 

 宝石の鎧を脱ぎ捨て、緑と黒のメモリドロイドと合体。

 その身にダブルアーマーを纏うと同時、右半身を黄色に染める。

 

 くるりと翻す掌の動きに合わせ、うねる右腕。

 それはまるで、ゴムか何かのように伸びながら撓る。

 鞭の如く振るわれる腕が、駆け寄る粛清騎士たちを薙ぎ倒していく。

 

〈フィニッシュタイム! ダブル!〉

〈マキシマム! タイムブレーク!!〉

 

 左半身を青に染め、ジカンギレードを取り出しながら。

 ジクウドライバーに装着されたウォッチにそのエネルギーを解放させる。

 ギレードの銃口から迸る黄金の弾丸。

 それは不規則に、無軌道に、縦横無尽に駆け巡りながら粛清騎士を粉砕していった。

 

 大量の粛清騎士を一息に撃破して、再び走り出す。

 

 全力を尽くして道を拓くジオウ。

 それに走って追い縋りながら、立香は彼へと声をかけた。

 

「ねえ! そんなに力出して大丈夫!?」

 

 道中、ガウェインへの牽制のためにオーズとビーストの力も使い果たしているはずだ。

 その上、ここから先で恐らく最強の敵である獅子王が待っている。

 べディヴィエール……マーリンの秘策である、彼の右腕があるとはいえだ。

 

「―――俺がこの特異点に来る前の夢さ、多分ここの景色だったんだよね」

 

「……うん。その夢の中で見た事に、何か思うところがあったの?」

 

「多分……神様の力が必要になるんだ、きっと。だから出し惜しみはしない。それに……」

 

 そこまで口にして、ソウゴは押し黙った。

 彼が黙り込んだのを見て、立香もまた口を閉じる。

 

 ―――黒ウォズはこの戦いを終えてカルデアに帰還したら話す、と。

 そう言ってアトラス院から姿を消した。

 ホームズもまた、まだ調べなければならないことがあると。

 それは別にいい。だが、何だろうかこの感覚は―――

 

『―――ストップ! 近くにサーヴァントの反応がある!』

 

 そう悩んでいたソウゴの耳に、通信越しにロマニの声が届く。

 それを聞きとった瞬間、ジオウは足を止めた。

 すぐさま立香の前を遮るように腕を広げ、彼女にも足を止めさせる。

 

「―――――」

 

 聖城の前。最後の門。

 そこから歩み出してきたのは、漆黒の鎧を纏った騎士だった。

 彼を視認したべディヴィエールが、その名を口にする。

 

「アグラヴェイン卿……」

 

「久しいな、べディヴィエール卿。真っ先に死んだ私と、最後まで生き延びた貴様と。

 こうして獅子王の玉座の前で顔を合わせることになろうとは」

 

 アグラヴェインが最後の門の前に立ち塞がり、剣を執る。

 それに応えるように、べディヴィエールも剣を手に。

 何を言われるまでもなく、ジオウの前に踏み出した。

 

 アグラヴェインの巌の如く堅い表情が、僅かに歪む。

 

「まさか、当たり前のように私を前に剣を執るとはな。ガウェインやランスロットのように誇る武勇はないとはいえ、これは貴様如きが落とせる首ではないぞ」

 

「―――でしょうね。私の剣が貴卿に届くとは思っていません」

 

 そう口にしながらも、べディヴィエールは銀の剣を構える。

 そちらに注意を払いながらも、黒騎士は残るものたちに視線を向けて―――

 マシュに目を留め、微かに眉を顰めた。

 

「――――っ」

 

 マシュが息を呑む。

 自分の中のギャラハッドが覚えた感覚に戸惑うように。

 そんな彼女から、アグラヴェインはすぐに視線を外した。

 

「なるほど……して、お前たちはどうする?

 既に獅子王陛下は聖罰の第二射、その準備に取り掛かられている。

 もはや太陽王の大神殿に防衛能力はなく、放たれれば勝敗は決するだろう」

 

 彼はそう、涼やかにさえ感じられる声で状況を口にした。

 立香に、ソウゴに、マシュに。緊張が走る。

 初撃はオジマンディアスが大神殿を盾に防ぎ切ってみせた。

 だが言われるまでもなく、次はありえない。

 

『―――聖都の外では、当然まだ戦闘中だ。

 何とかあちらのモードレッドとトリスタンは撃破できたけれど……

 ガウェインが一切止まらない。外の皆を退避させることは、できないだろう』

 

 彼らだけに届く声で、そういうロマニ。

 アグラヴェインに外の状況を観察する術があるかどうかは分からない。

 こちらの状況を伝えないに越したことはない。

 

「―――私以外は通す、と?」

 

 そんな言葉を送ってくる理由は一つしかない。

 ここでべディヴィエールの謁見を阻止したいアグラヴェインの思考。

 それは、絶対に通せない彼以外を通すこと。

 

「苦肉だがな。日中のガウェインと打ち合える者を止めつつ、お前を確実に処断できると考えるほどに思い上がってはいない……その盾の娘も通したくはないが、貴様に比べれば些末事だ」

 

 アグラヴェインの敵意はべディヴィエールに集中している。

 彼は意識を絶対にべディヴィエールから外さないだろう。

 

「……先に行っていてください、皆さん。

 アグラヴェインの防御は堅牢。守りに入らせては、我ら全員でかかっても簡単には崩せない。

 それでは獅子王は止められない。ここは、私ひとりで相手をします。

 必ず――――後から追いついてみせますので」

 

 そう言って彼はアグラヴェインと睨み合う。

 獅子王を止める切り札は彼の右腕。

 その彼をおいて前に進むことに、不安も生じる。

 

「分かった。じゃあ先に行って、足止めしてるから」

 

 だが、それでも。ジオウはそう言って立香とマシュを振り返った。

 彼女たちも一瞬だけ逡巡して―――しかし、頷く。

 

「べディヴィエール卿、ご武運を」

 

「ええ、あなたたちこそ。キリエライト卿」

 

 不意をつくようなそんな呼び方に、少し困惑して。

 しかしもう一度強く頷いて彼女たちは走り出す。

 自身を避けて聖城に踏み込んでいく連中に、アグラヴェインは目も向けない。

 

「―――通していただきます、アグラヴェイン」

 

 銀閃。

 白いマントを翻し、べディヴィエールの剣が奔る。

 それを不動の姿勢で受け、片腕で凌いでみせるアグラヴェイン。

 

「……実のところ私は、貴様にそう恨みはない。

 ランスロットやモードレッドに比べれば、貴様に怨念など抱くはずもない」

 

 駆ける白銀。不動の漆黒。

 攻める側は全霊を尽くしてその攻めに当たっている。

 だが、守る側には余裕さえあって。

 

「貴様の裏切りにも一定の理解は示そう。

 その選択に思うところはあれど、けして理解できない話ではない」

 

「…………ッ!」

 

 静かに語りながら、黒い剣閃がべディヴィエールを押し返す。

 彼は表情ひとつ変えずに攻めを受け切って。

 そして、反撃にかかると同時に顔に怒りを浮かべた。

 

「だが死ね。一度でも王を裏切った者に、ただの一つも例外はない」

 

 鉄の騎士は粛清する。裏切りを働いた騎士は悉く。

 それが円卓であろうとも、その裏切りが王を案じてのものであったとしても。

 一切、赦さずにその首で贖わせる。

 

 

 

 

 ―――辿り着く。

 聖なる玉座。聖都の中心。聖城の中心。この特異点の中心。

 その玉座の下には、ラウンドテーブルが置かれていた。

 

 騎士王と共に円卓を囲う騎士、ではなく。

 獅子王の下に集う円卓の騎士、なのだと主張するように。

 

「獅子王……アルトリア・ペンドラゴン……!」

 

 玉座にある女性を見て、震えるように。

 マシュが自然とその名を口に出していた。

 その声に応えて、彼女は閉じていた瞼をゆっくりと開く。

 

「―――答えよ。おまえたちは何者か」

 

 口を開き、その声を鳴らす。

 それだけで神威が放たれ、周囲に圧迫感がのしかかる。

 すぐさまマシュは立香の前に出て、それから彼女を守ってみせた。

 

 彼女のすぐ傍には、床に突き立てた聖槍の姿。

 それは徐々に力を増して、解放されるのを待ち侘びている。

 

「何をもって我が城に。何をもって我が前に。その身を晒す理由は何か。

 此処は聖城、人の価値を保存する最後の城。我は獅子王、嵐の王にして最果ての主。

 聖槍ロンゴミニアドの力をもって、人類史を救うものである」

 

「俺は人類史も人類も、全部ひっくるめて救ってみせる……

 あんたより凄い王様、ってのはどう?」

 

 ジオウが獅子王を前に身構え、そう口にした。

 彼女はその場で小さく瞑目して、玉座からようやく立ち上がる。

 

「その展望は叶わない。おまえこそ私の同類だ。

 既に敗北した歴史の中で、価値あるものだけを遺す神―――

 だからこそ、おまえに私を止めるだけの価値は示せない」

 

「…………!」

 

 ゆるりと獅子王が腕を上げる。

 直後、彼女の指先が瞬いた。

 

 咄嗟に左半身を銀色に染め上げていく。

 鉄の鈍い輝きがその光を阻むための壁となる。

 ―――が。その光の槍にとって、それは何ら障害になりもしない。

 

 獅子王の指から放たれた光の槍が、ジオウの胸を撃った。

 

「ぐ、ぁッ……!?」

 

「ソウゴ!」

 

『―――っ、一工程で宝具レベルのエネルギーを観測……!

 聖槍ロンゴミニアド……あれでか!?』

 

 ダブルアーマーが炸裂した。

 砕け散った鎧の中から何とか無事で済んだジオウが飛び出し、床を転がっていく。

 そのまま壁に衝突し、回転を止めて停止する。

 

 吹き飛ばされ、白煙を上げる彼に駆け寄っていく立香。

 彼女たちと獅子王の射線を切るように立つマシュ。

 

 マシュの姿を見て、獅子王は微かに目を細めた。

 ―――その数秒に満たない静止の後、彼女は再び動き出す。

 

「―――円卓を解放する。最果てを見るがいい。

 これこそが世界の表面を剥いだ、この惑星(ほし)の真実だ」

 

「なっ……!?」

 

 王の手が槍を取り、その場から引き抜いた。

 同時に、玉座の間が剥がれ落ちていく。

 彼女を中心に聖なる広間が砕け散っていく。

 

 ―――その下から現れたのは、世界の果てだった。

 虚無の波が押し寄せる、無間の水平線。

 

「……これは、この星の……!」

 

「人が居座るために惑星(ほし)に覆わせた外殻。

 それを縫い留めていた槍を緩め、その真体を僅かに露出させた。

 見よ、惑星(ほし)の真実を。この真実の前に、ヒトというか弱い命に何が出来る」

 

 槍を手にした獅子王が残っていた玉座を後にする。

 円卓は消え、しかし玉座だけは消えない。

 騎士がいなくなっても、王だけはここに遺るのだ、というように。

 

「何も出来はしない。だが、それはヒトの価値を貶めるものではない。

 力を持たぬ貴さを守護するために、私がそれを庇護するのだ。

 盾の騎士よ。おまえは、それの何が間違っているという」

 

 彼女は一歩、また一歩とマシュに向かって歩んでいく。

 聖罰のために充填された神威が臨界する。

 獅子王はこの瞬間、三人を一撃で消し飛ばすだけの力を蓄えた。

 

 それを前にマシュは一度小さく俯いて―――

 大きく目を見開き、思い切り顔を上げた。

 

「何も出来なくても。何を成せなくても。その力が今はなくとも……! それでも、何ともならないと感じながらも、けれど何かしたいと―――何かをしようと! 人が前に進むための、その気持ちの貴ささえも、今のあなたは否定している!

 ―――アーサー王……! 貴方が見失ったその想いは、貴方の中にあったもののはずだ!」

 

 奮い立つ。マシュ・キリエライトの中で、霊基が吼える。

 だって、彼らが信じた王は。

 今なお地獄に落ちると知りながら、彼女のために剣を捧げた騎士たちが信じる王は。

 

 その国の先に、滅びしかないと知りながら。

 ―――それでも、と。

 選定の剣を執った、誇り高き王なのだから。

 

 獅子王が瞑目した。

 彼女はそれをただ、決裂の言葉と受け取った。

 マシュの叫びは、ギャラハッドの想いは、今の彼女に届かない。

 

 槍が振るわれる。神に達した王の権能が発露する。

 聖なる槍が全てを引き裂く嵐を引き起こし、マシュの盾に激突した。

 

 

 

 

 アロンダイトを抜いた彼は全ての能力を向上させる。

 その恩恵により彼がもっとも期待したのは、耐久力だった。

 雨の如く降り注ぐ矢を、死力をもって耐え切ってみせる。

 死にさえしなければ、“凄烈”は彼を維持し続けてくれるのだから。

 

 一撃一撃がサーヴァントの霊核を砕くに足るアーラシュ、藤太両名の矢。

 それを全身に浴び、矢を体に生やしながらそれでも彼は止まらない。

 

 フィンでさえも援護を受けながら、数秒の足止めが限度。

 一合交わした時点で、今の彼と斬り合えば十秒保たずに斬り伏せられると直感した。

 

「これは……! 不味いな―――!?」

 

「何という気迫―――止まらんぞ!」

 

 射の体勢を崩し、フィンの援護に入るべきか。

 そんな思考が藤太の意識を掠める。

 弾幕を幾ら浴びても一切足は止まらず、また剣速も緩まない。矢を浴び続ければいずれ命に届くだろうとはいえ、このままではこちらが全員斬り伏せられるのが先になる。

 

 アーラシュの矢がランスロットの腕を穿つ。

 大砲染みたその一撃は、並みのサーヴァントであれば弾け飛ぶ。

 だというのにそれは筋肉で止まり、貫通すらしなかった。

 

「―――おいおい、これは……!」

 

「行くよ、“五つの石(ハメシュ・アヴァニム)”―――」

 

 その逆境を打開すべく、必中必倒の巨人殺しが放たれる。

 如何にその気迫がどれほどのものであれ、意識を奪えば終わりだ。

 宝具の性質を強引に凌駕する“騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)”は彼自ら封印した。

 アロンダイトを抜いた以上、その能力は使えない。

 

 モードレッドと違い、兜もない彼にそれを止める手段はなく―――

 

「がッ――――!?」

 

 ダビデの投石が直撃した。

 強制的に意識をシャットダウンさせる彼の宝具。

 その結果として、爆ぜるようなその気迫が確かに薄れていく。

 

 実際に意識を飛ばせたことに、不安を覚えるほどあっさりと。

 だが気を緩めている暇などあるはずもない。

 その隙をついて確実に仕留めるべく、彼が意識を失った瞬間。

 ランスロットの心臓を目掛け、フィンの槍が放たれて―――

 

 ―――次の瞬間、フィンが切り裂かれていた。

 

「ッ……!」

 

 今の動きがまるで、攻撃を誘うことで隙を作る事が目的だったかのように。

 彼は当然のように反撃に動き、フィンに逆撃をくれていた。

 

 反撃の瞬間に察知し、一歩退いたフィンは致命傷を避けはした。

 だが、一文字に切り裂かれた彼の腹から血が噴き出す。

 

「下がれ、フィン殿!」

 

 ランスロットが追撃に動く。()()()()()()()

 間違いなく、一瞬とはいえ気絶している。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 “凄烈”はランスロットにの戦いに異常を許さない。

 頭部に投石を受け、意識不明。

 宝具の効果である以前に、頭部への衝撃による当然の帰結。

 その意識の喪失であっても、ランスロットが戦場を離れることを許さない。

 

 その上で、彼の刃は鈍らない。

 狂化しようと、気絶しようと、その技量を間違いなく発揮する。

 無窮の武錬に一切の淀みなく。

 彼はもう二度と、何があろうと、その武勇と命を王のために使い潰す。

 

 藤太が射を止め、疾走を開始した。

 携えていた刀を抜きながらのポジションチェンジ。

 

 援護射撃が減ったとしても、フィンのカバー以外に手段がない。

 アロンダイトを槍で受け止め、しかしそのまま薙ぎ倒される。

 地面を転がるったフィンが、そんな藤太に対して叫んでいた。

 

「来るな! こちらじゃない―――!」

 

 彼の言葉に藤太が足を止める前に、意識のない湖の騎士は取って返す。

 藤太が前に踏み出したことで、後衛の人数が減った。

 まして離れたのは、接近戦にも長けた俵藤太。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ランスロットが跳ねる。

 フィンを置き去りに、蹈鞴を踏む藤太を抜き去り、アーラシュを目掛け。

 ダビデでさえ壁になれはしない。

 

「しまっ……!」

 

 意識を失っている彼に、投石が与える意味は大きくない。

 湖の騎士がアーラシュへと肉薄する。

 だがその侵略を前にして、弓兵は矢を番えたままに迎え撃つ。

 

「感服するぜ、湖の騎士。だが、お前の願いは本当にそれか?

 それとも円卓の騎士が席を並べる円卓、ってのはただの飾りか?

 お前たちはただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 整然とした刃を振るう獣が迫る。

 如何にその技量が保証されたところで、意識不明に負けるつもりはない。

 ランスロットの動きを正確に視て、足を吹き飛ばすために放つ矢。

 この速度の交錯では、彼の技量をもってさえ躱し切れない一撃。

 

「―――最早そこに意味はない。

 ただ、()()()()()()()()()という事実だけがある」

 

「―――――!」

 

 だからこそ、彼はその瞬間に意識を取り戻した。気迫を取り戻した。

 技量だけでは足らない現実を、気迫を以て覆す。不可能であってもなお凌駕する。

 全て王の剣である自分が果たすべき使命のために。

 

 交錯の直前、アーラシュの手から放たれる矢。

 矢はランスロットの脚を抉っていく。だがそれは足を完全に奪うには至らず。

 それどころかすれ違いざま、彼はアーラシュを斬り付けてみせた。

 

「くっ……!」

 

 ほんの浅い傷。軽傷としかいいようのないダメージ。

 たったそれだけの一撃に、しかし彼は表情を顰めた。

 傷を覆う、アロンダイトの発した青白い光。それが傷口に纏わりついていて―――

 

「…………こいつ、はっ!」

 

「――――“縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)”」

 

 炸裂する。アーラシュ・カマンガーの肉体が。

 軽傷でしかなかったはずの傷口が、一瞬のうちに広がった。

 

 それは本来、放出するべき光の斬撃を“無毀なる湖光(アロンダイト)”の刀身へと押し込めたもの。限界を超えた負荷をかけられた剣は、斬撃を圧縮した湖面の輝きにも似た光を纏う。その光こそが、アーラシュの体に纏わりつき、そして斬撃の後に続く斬撃を見舞ったものの正体。

 

「が、っぁあああッ――――!?」

 

 自身の体の上で、直接解放される対軍宝具の衝撃。

 裂傷がアーラシュの体を割る。

 盛大に噴き出す血液が、地面を赤く染めていく。

 

 それでも。アーラシュ・カマンガーは踏み止まった。

 頑強なる体が倒れぬように、ギリギリのところで踏み止まり。

 そうして弓を構え直す。

 

 当然のようにランスロットも切り返す。

 今の一撃で仕留めきれていないのは分かっている。

 確実に首を落とし、王の憂いを一つでも減らす。

 そのために―――

 

「“無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)”―――――ッ!!」

 

「“八幡祈願(なむはちまんだいぼさつ)―――――大妖射貫(このやにかごを)”!!」

 

 放たれる神殺しの水の槍。それと合わせるように、一矢。

 その威力を受け止めなお突き抜ける覚悟でもって、ランスロットは疾走し―――

 

「フィン殿! 失礼!」

 

 藤太の放つ矢に込められた水を司る龍神の加護。

 それは水の槍と絡み合い、巨大な水龍を象ってみせる。

 龍神と戦神ヌアザの加護を重ねた二重の水流。

 二つの神性を束ねた一撃は、大きく顎を開けながらランスロットに殺到した。

 

「―――――!」

 

 食い千切られる、と判断する。

 だが彼は一切速度を緩めぬままに疾走した。

 アロンダイトを手放して、両腕を上げ、放した剣の柄は口で掴む。

 

 津波のように押し寄せた水龍の牙に正面から激突する。

 守りに使った両腕が砕かれ、そのまま食い千切られて呑み込まれていく。

 ―――だがそれと引き換えに、彼は水龍を潜り抜けてみせた。

 

 そのまま斬り込む。速度は一切落ちない。

 剣は銜えた口と首で振るう事になりながら、それでも彼の技量に支障はない。

 アーラシュの反撃の矢を頭ごと振るった剣で撃ち落とす。

 衝撃で頭が裂ける。二度も三度もやれば、致命傷までそう遠くないうちに辿り着く。

 

 それでも、まだ終われない。

 大英雄アーラシュとはいえ、アロンダイトの傷は致命傷のそれ。

 本来既に全身砕けていなければならない負傷のはず。

 だというのに一射反撃を放ったことを心中だけで賞賛する。

 

 しかしその直後。

 彼が顔を歪め、次の矢を番える指が一瞬鈍ったことに勝機を得る。

 踏み込む速度が限界をもう一枚超えて加速。

 銜えたアロンダイトの刃で、アーラシュの首を落とすために―――

 

「こういうのは、僕のがらじゃないけど……! 最近そういうの多いね!」

 

 ダビデ王の割り込みがかかる。

 杖でアロンダイトの一刀を受け止めた彼。

 しかし杖を両断されて、そのまま胸を一文字に斬り裂かれた。

 

 ―――だが、命にまでは届かない。

 直後に米俵が飛来する。その背後について疾走するフィンもまた。

 剣の柄を噛み締めて、背後に跳ぶ。

 

 地面に叩き付けられる俵。

 その着弾を見届けて、湖の騎士は再度の疾走を開始する。

 そうして、そんな状況でなおフィンと強引に切り結ぶ。

 

 ただ。ただ。この命を今度こそ、王のために。

 

 

 

 

 べディヴィエールの体が舞う。

 柱に叩き付けられた彼が、吐血しながら地面に転がった。

 アグラヴェインに彼は届かない。

 何をしたところで、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「がっ、はぁッ……!」

 

「最早、貴様の役割に果たすべき目標などない。

 既に獅子王は独立した存在と成り果てた。

 その腕を今更王に返上したところで、彼の王の変質は巻き戻るようなことはない」

 

 既に嵐の王と化した彼女は、妖精郷に辿り着くことはない。

 だから―――ただ安らかな眠りを、と。

 円卓が揃って誰ひとり、王に与える事の出来なかった、その心地をと。

 彼はそう言う。この場に残った円卓は皆そう言う。

 

 ―――もしかしたら。

 今の王のことを思うなら、それが最も……と。

 そんな諦観がいつだって湧いてくる。

 

 けれど。

 そんな逃避のように湧いて出る夢を、右腕の熱が否定する。

 右肩を左手で掴み、その熱を確かめるように。

 そうして歯を食い縛って、彼はまた立ち上がる。

 

「―――それでも。私は騎士王の騎士だ……!

 こんな閉じた世界を騎士王は望まない―――

 その確信だけは、一度たりとも失ったことはない……!」

 

「―――――」

 

 鉄の騎士が微かに眉尻を上げる。

 

「あなたならば知っているはずだ、アグラヴェイン―――!

 騎士王は―――あの方は、己の安らぎではなく、誰かの幸福に笑う方なのだと……!」

 

 べディヴィエールの眼光がアグラヴェインに突き刺さり。

 しかし彼は不動のままに彼の言葉を受け流す。

 歯を食い縛り、彼は叫び続けた。

 

「貴様は……! 私たちは―――!

 あの方を、己以外に誰もいない、そんな安寧という孤独に追いやるというのか!?

 誰かの笑顔のために全てを擲った彼の王は、孤独の中でいつ笑うことができるのだ―――!

 二度と笑えない……! そんなこと、貴卿とてわかっているはずだ……!」

 

 崩れ落ちそうな膝を支える。

 いつか見た、王の微笑みが脳裏をよぎる。

 永い永い時間をかけて、幾つも欠けてしまった心の中で、それでも。

 いつまでも忘れずに、脳裏に刻まれた光景が。

 

「……今度こそ、私が殺すのだ。あの方を―――!

 王が私のせいで得た永遠の彷徨を、今度こそ私が終わらせる……!

 1500年の旅路に、今度こそ終止符を討ち果たす――――!」

 

 べディヴィエールがその腕の熱を解放する。

 その瞬間、熱は腕のみならず全身に巡っていく。

 全身が灰になっていく苦痛を浴びながら、彼はアグラヴェインを見据えた。

 

「1500年……?」

 

 時代が合わない。アグラヴェインが眉を顰める。

 彼ら円卓が現世を去ったのは、この特異点から見て約700年前。

 その時から彷徨える王が迷っていたのは、当然―――

 

 アグラヴェインが一瞬視線を外し、自分が斬り付けた彼の傷の血を見た。

 自分の足元に散らばった彼が撒き散らした血痕を、黒いグリーブで踏み躙る。

 ―――血が魔力に還らない。そんなことに、今更思い当たる。

 

「―――マーリンの仕業か……べディヴィエール、貴様。その体―――」

 

「我が身、我が魂を喰らいて奔れ―――銀の流星!

 “剣を摂れ、銀色の腕(スイッチオン・アガートラム)”――――!!」

 

 肉体が銀色の光を纏う。魂が黄金に炎上する。

 とっくに燃え尽きていた魂の灰を、また燃やす。

 右腕に星の光の刃を纏い、べディヴィエールが鉄の騎士に対峙した。

 

「―――円卓の中で最も重い罪を犯した私が、今また最も重い罪を犯しに行く……!

 貴卿からの処罰を待つまでもなく、その果てに我が魂は永劫の虚無へと還るだろう―――!

 この旅路、邪魔をするなサー・アグラヴェイン―――!!」

 

 

 




 
アグラヴェインの宝具が分かれば戦闘考えられるんだけどなー俺もなー
 


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いまは遙か理想の城2015

 
2.5周年アンケートフェスでは割と勝利したので初投稿です。
あとはオーマハンマーパンチが欲しい。
 


 

 

 

「う、ぐッ……!」

 

『大丈夫かい、ソウゴくん!? あれも多分、ロンゴミニアドだ……!

 もはや獅子王と聖槍は一体……完全に融合した存在になっている―――!』

 

 ロマニの声を聞きながら、何とかかんとか立ち上がる。

 直撃を受けたが、アーマーの上からならば何とか耐えられる威力だった。

 こちらに近づいてきた立香が、彼の状況を確認する声をかけてきた。

 

「―――まだいける?」

 

 壁は崩れ落ち、空間は歪み、此処は最果ての地となり果てた。

 そんな中で襲い来る神威を前に、立ちはだかるマシュ。

 彼女の背を見ながらの立香からの問いに、ソウゴは軽く笑ってウォッチを取り上げる。

 

〈ウィザード!〉

 

「当たり前じゃん……!」

 

 ―――夢で見た風景そのまま、だと思う。だとしたら、きっと。

 ここで、仮面ライダー鎧武―――神様が出てくるはずだ。

 そしてきっと、べディヴィエールだって絶対に追いついてくるだろう。

 多分、それだけでは終わらない何かが待っているけれど。

 

 その希望を胸に秘め、宝石の鎧を身に纏う。

 赤い魔法陣と炎を発し、ジオウがウィザードを鎧とする。

 

〈アーマータイム! ウィザード!〉

 

 ジオウの復帰を前にして、獅子王の様子は揺るがない。

 どれだけ力を合わせたところで、彼らに聖罰を防ぐ術はない。

 

 漏れ出る神威を纏う槍の一閃。

 それだけで大きく弾かれたマシュが後方に飛ぶ。

 倒れそうになる体を盾で支えながら、彼女は目の前の王を睨む。

 

「無駄だ、諦めろ。それがおまえたちにとって、最も優しい終わりになる。

 立ち上がるために振り絞っている力を抜け、ただ真実に身を委ねればいい」

 

「―――例え、どんな終わりが待っていたとしても……!

 わたしは、歩みを止めて終わりを待つ事だけはしたくない……

 だっていま、わたしたちはここで生きている―――!」

 

 ロンゴミニアドが翻り、その穂先をマシュに向ける。

 ただそれだけで起こる嵐。

 彼女の前には複数の魔法陣が展開され、障壁となり―――

 しかしそれは次の瞬間、全て砕けて散っていた。

 

 盾を構え、そのまま嵐に吹き飛ばされるマシュ。

 

「くぁ……ッ!?」

 

 床を転がるマシュとすれ違い、ウィザードアーマーが飛翔する。

 彼の手に握られたジカンギレード、その銃口から銃弾が舞う。

 しかし対応するためのアクションは何もなく。

 獅子王は身に纏う神威だけで、それら全てを掻き消した。

 

「人の世における生存とは、即ち劣化。

 純粋だったものを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 見るがいい、この世界の果てを。

 思い出すがいい、ここに張られていた外面(テクスチャ)を」

 

 無駄の混じる余地のない、世界の果て。

 全ての始まりにして終わり。

 その光景を前に、獅子の兜の下で王は僅かに悲しげに声を揺らす。

 

「人の魂も元来は、この果ての如く純粋にして無垢なもの。

 だがそれも外においては、そこに順応するために色を帯びていかざるを得ない。

 生存する中で環境に感化され、やがてその貴さは失われていく。

 ―――だからこそ、未だにそうなっていない清き魂こそを蒐集する。

 それこそが、人の魂という価値あるものを、正しく守る行為だと知っているから」

 

 灼熱、吹雪、暴風、土砂。

 全ての魔力が押し寄せて、しかし獅子王には一歩たりとも届かない。

 そうして悲しげに語る王に向け、ソウゴは言葉だけは向けてみせる。

 

「……あんたが、勝手に人の価値を決めるな!

 人は、魂だけで生きてるわけじゃない―――全部ひっくるめて人なんだ!

 世界も、国も、街も、家も、自分も、家族も、他の人も!

 全部合わせて俺たちは人間なんだ!

 それを簡単に壊そうとするあんたは、人を守ってることになんてならない!!」

 

 彼女という意識には、しかし誰の言葉も届かない。

 攻撃を続けるジオウを見上げ、その口から悲しみさえも消し去る。

 ただ淡々と、障害を排除するために再始動する聖槍の女神。

 

「……そうか、私を否定するか。ならばいい、私もおまえたちを否定するだけだ」

 

 嵐がくる。天災が降り注ぐ。

 回避する余地など微塵もない、世界の果てから押し寄せる真実。

 解放の予兆だけで吹き飛ばされ、床に落ちて転がるジオウ。

 

「ぐっ……!」

 

 その前で、獅子王が僅かに半身を引くよう槍を構えた。

 初めて見るまともな構え。それは、破滅を感じるのに十分な所作。

 だが―――ここだ、と。ジオウがその顔を前に向ける。

 彼らが逆転を狙えるのは、ここしかないと直感した。

 

 けれどそのためには―――

 と、後ろに視線を送り、マシュを見る。

 彼女は一瞬だけ目を瞑り、すぐにその嵐を前に瞼を開いた。

 

「―――マスター!」

 

 マシュがその瞳に熱を灯し、盾を握って王を睨む。

 だからこそ立香は、ただ一言。

 

「……うん。マシュ、()()()!」

 

「はい!」

 

 いつか、彼女の背中を押した言葉で応えた。

 私たちは、何があっても前に進み続けるのだ、と。

 

 世界に感化され、色付いていく魂。それを獅子王は価値の喪失だとした。

 無色透明、無垢なる魂こそが最も美しいものなのだと。

 獅子王からすれば、もしかしたらそう映るのかもしれない。

 

 けど違う。絶対に違う。

 少なくとも、マシュ・キリエライトはそう叫ばなければならない。

 いや、そう叫ぶ声を彼女に叩き付けたい。

 

 世界の中に、多くのものがあると知っている。

 世界を見て、色付いていく嬉しさを知っている。

 世界を巡り、変わっていく困惑を知っている。

 ―――だから。もっと世界と向き合いたいと思っている。

 

 染めることは出来ても、色を抜くことは出来ないだろう不可逆の変化。

 それはもしかしたら、他の誰かから見たら劣化なのかもしれない。

 けれど、彼女にとっては―――なりたい、なりたかった自分への、()()だ。

 

 大切な人と共に経てきた、彼女だけの―――

 

 それを、思い出させてあげて欲しいと。

 彼女の中で誰かが言う。

 

 あの王は、その何より大切な人の営みを愛したから王になったのに。

 だから自分を王に変えて、地獄の時代に挑んだというのに。

 人を大切に想う気持ちだけを残して、人を大切に想った理由を忘れてしまった。

 

 だからこそ、止めてあげて欲しい。

 彼女は、人を愛した王であったが故に円卓に騎士を並べた。

 色んな騎士がいた。強いだけの騎士に席を与えたのではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 王は人の考えというものは千差万別だと思っていた。

 人を愛したということは、その多様性も愛したということだ。

 人の数だけある幸福を守ろうとして、人の数だけある不幸を打ち破ろうとして。

 彼女は、孤高の王になった。

 

 ―――結果として、それは円卓が割れる理由になったのかもしれない。

 でもそれは、彼らが人だったからだ。

 人として生き、人として争い―――そして、人として死んだ。

 

 アーサー王には、国を守れなかった後悔はあったかもしれない。

 けれど彼女は、たぶん。いや、決して。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それが、国を割る大きな原因となることだったのだとしても。

 

 だって、彼女は―――

 

「――――! 届けます、サー・ギャラハッド……!

 あなたの盾で、わたしの旅路で、あの方に……! ここは、人の果てではないのだと!!」

 

 立香が腕を掲げ、その手の甲から赤い光を放つ。

 それは見紛うことのない、令呪の輝き。

 あの槍を止めるには、全てを懸けなければならない。

 全てを懸けて―――未来に、踏み出すために。

 

 此処は果てじゃない。

 まだ先があるのだと、証明するために。

 

「―――世界の皮を剥がし、その下に隠されし真実を此処に示そう。

 我が聖槍の呼ぶ嵐こそ、惑星(ほし)の果てを語るもの――――!」

 

「霊基・円卓の騎士ギャラハッド―――真名、開帳!

 それは全ての瑕、全ての怨恨を癒やす我らが故郷――――!」

 

 聖槍が振り抜かれる。世界の果てから、嵐が迫る。

 今の世を全て押し流すかのような光の濁流。

 全てを呑み込む聖なるものを放ちながら、獅子王がその銘を叫ぶ。

 

「“最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)”―――――ッ!!!」

 

 ―――正面から迫る光の大嵐。

 背後にはマスターがいる。

 だからこそ彼女はいつだってその一歩を踏み出せる。

 令呪が一角、彼女に限界以上に魔力をくれた。

 

 “人理の礎(ロード・カルデアス)”。それが彼女の盾に与えられた名前。

 それとは違う、彼女の手にするそれの本来の名前が伝わってくる。

 

 ギャラハッドの霊基が言う。

 王を止めてくれ、と。

 

 彼が彼女を庇護するためではない。

 彼女を守るものとして見て、力を授けるのではない。

 守るためではなく―――同じ円卓の騎士として、彼女にその盾を託してくれる。

 

 応えよう。

 今の世界を、かつての円卓を、そして王の本心を。

 全て破壊するように迫りくる嵐を止めてみせる。

 聖なる騎士の盾で以て――――

 

「顕現せよ、“いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”―――――ッ!!!」

 

 ―――白亜の城が立ち上がる。

 ギャラハッドの盾。かつて円卓が席を並べた円卓。

 円卓の騎士が集う席がそこに―――彼女の手にあるということは。

 その場所こそが、キャメロットなのだと証明するように。

 

 聖都正門に似た、しかしそれはまったくの別物。

 かつてのキャメロットを具現化する、究極の護り。

 それこそが、マシュに力を託した英霊。ギャラハッドの真の宝具。

 ――――“いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”。

 

 ―――激突の末、拮抗。

 地上を焼き払うに余りある聖罰の槍が、そこを突破できずに停止する。

 

 その白亜の城はけして崩壊することのない無敵の城塞。

 支えるものの心が穢れなく、迷いなく、折れない限り立ちはだかる壁。

 それは精神の在り方こそを誇った、聖なる騎士にこそと預けられたもの。

 キャメロットにおける、最後の砦。

 

 いま、()()()()()()()()()()()

 彼女の旅路が、彼女を人として育てた。それは、誇るべきことなのだと。

 その旅路で得た彼女の色は、獅子王の語る劣化などではない。

 マシュ・キリエライトの今の輝きこそが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――

 

「あぁあああああ――――――ッ!!!」

 

 白亜の城塞はけして崩れない。

 それを支える少女の細腕は、絶対に諦めない。

 その背中に手を添える少女の手は、絶対に離れない。

 

 令呪二画目が消え失せる。

 全てを使い、残る魔力を全てマシュへと注ぎ込む。

 無敵の城塞を支えながら、顔を前に向けて一歩を踏み出す。

 

 聖槍に耐えるのみならず足を踏み出してみせる騎士。

 その姿に、獅子王が目を見開いた。

 

「なに――――?」

 

「たとえ、それが世界の果て、終わりなのだとしても……!

 わたしたちは、自分たちの足で一歩を踏み出す……!

 そして、その先の未来は―――!」

 

「自分たちの手で、選び取る――――!!」

 

 三画目の令呪が立香の手から消えていく。

 その声と力が届いたマシュが、更に腕に力を込めた。

 

 ―――全力でもって振り抜かれる盾。

 ロンゴミニアドの光が裂け、暴れ狂って弾け飛ぶ。

 死力を尽くした、全てを賭した反撃。

 その結果。果ての嵐は砕かれて、四散しながら弾き返された。

 

「―――――」

 

 逆流する聖罰の嵐。

 その直中に呑み込まれ、しかし獅子王の反応は微かに目を細めるだけ。

 まさかロンゴミニアドの解放を耐えるとは、と。

 その上でただ、彼女の意識は驚嘆を感じながら、脅威などは感じていない。

 

 聖罰を防いだのは見事と言える。

 だがその程度、太陽王もやってのけた。

 続けて放てば二度目を防げないのも、彼と同じだ。

 令呪を含めた全力の対応は、二度と同じことができない。

 

「―――希望(ユメ)を抱いて、果てに踏み出したその一歩。

 その代償を知るがいい。この果ては、おまえたちにとっては絶望の光景なのだと。

 我が庇護の許、その貴さだけを永遠に。ヒトはただ、微睡めばいい―――」

 

 再び槍に神威を満たしていく。

 女神は何の感慨もなく、その二撃目を撃ち放つことを決定し―――

 

「じゃあ俺が、()()()()()()()()()()()()()()()()()。最高、最善の王様としてさ!」

 

「―――――!」

 

 槍に触れる手。

 引き裂かれ四散した聖槍の衝撃波を突き抜けて、彼は槍まで届いていた。

 灼熱の嵐に焼かれながら、それでも槍を掴むジオウ。

 

 だがそれで何が変わるという。彼では槍を制することなどできない。

 この距離。ジオウは何も出来ず、一秒後に行われる聖槍の次弾装填に伴う衝撃に引き裂かれる。

 ただそれだけの……

 

 ―――“エンゲージ”。

 掴んだ槍から、その中に干渉する。

 槍の中に封印され、収納されていた大きな力。

 ジオウの感覚が、そこにある極ロックシードに触れていた。

 

「っ、貴様……異星の神性を――――!」

 

「悪いけど、起きて手伝ってくれないと困るんだよね……!

 頼むよ、神様――――!」

 

 次弾装填、ロンゴミニアドの光が加速する。

 それを掴んでいたジオウにかかる極大の負荷。

 全身から火花を噴き散らし、ウィザードアーマーが砕け散った。

 

「――――ッ!」

 

 そのまま、ジオウごと蹂躙するために回る破壊の渦。

 回転に巻き込まれ、削られていくジオウの装甲。

 変身解除にまで至る、十分の一秒の狭間。それを―――

 

「ああ! 悪い、待たせたな―――王様!」

 

 ―――光が噴き出す。

 槍が放つ破壊の衝撃ではない。

 果実に似た形状の、人ほどの大きさを持つ黄金の光の塊。

 

 黄金の果実がその場に現れ、聖なる光を力任せに振り払う。

 聖槍の予兆に放たれる圧力を、黄金の果汁が相殺する。

 そうして弾け合う衝撃に流され、ジオウは後ろへと転がっていった。

 

 黄金の果実を象るエネルギー体が砕け、解けていく。

 その中から姿を現すのは銀色の甲冑。

 ―――仮面ライダー鎧武・極アームズ。

 

「―――――」

 

 槍に収納していたものが外に出たことに、獅子王は押し黙る。

 力を蓄えていたのは知っていた。

 それでも内側からは破れない聖槍の結界で閉じ込めていたが―――

 

〈無双セイバー!〉

 

 白銀の鎧がロックシードを鳴らし、剣を抜く。

 日本刀に似た、片刃の剣。

 

 揺れる切っ先が獅子王に向けられる。

 それに相対しながら、槍に再び力をかけていく。

 至近距離で暴れ狂う嵐の中、二人の神は対峙して―――

 

 

 

 

 星の光が鎧を焼く。

 漆黒の鎧から煙を上げながら、アグラヴェインの剣が振るわれる。

 光を放つべディヴィエールの右腕と撃ち合う剣。

 軋み、悲鳴をあげるのは彼の剣の方だ。

 

「チッ―――!」

 

「ぅ、お、オ、ォオオオオ―――ッ!!」

 

 断末魔にも似た雄叫び。

 べディヴィエールが正気を保つために叫びながら、アグラヴェインに殺到する。

 鍔迫り合いなどすれば、そのまま彼の剣が溶断されるだろう光の刃。

 だが当然のようにそれは、長時間など保つはずがない。

 

 彼の攻めをいなすことに終始するアグラヴェイン。

 彼の腕、その剣。それを相手に正面からの激突では、余りにも分が悪いだろう。

 

 べディヴィエールの言葉に思うところがないわけではない。

 彼の旅路には、人を嫌う彼であっても敬服しよう。

 だがそれでも通さない。ここで殺す。

 

 前言通りだ。

 王を裏切った者は、ただ一つの例外もなくその命を殺し尽くす。

 その果てに、獅子王に安らぎの国を捧げる。

 

 ―――700余年。

 聖槍と経た彷徨の果てにその結論を得た王。

 そうと王が決めたというのなら、鉄の騎士に否やがあるはずもない。

 この身命の全てを賭して、せめてもの安息を差し上げる。

 彼の王の歩みに、せめてもの慰撫を。

 

 知っているとも。

 王が人を愛し、その営みを守るために全てを擲ったなど。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 人を守り、国を守り、円卓を守り。

 それであの方が一体いつ、笑顔を得られた。

 奪ったものは数え切れないくらいあるくせに。

 人も国も円卓も、彼の王に対して一体何を与えられた。

 

 二度と笑えない、などと。

 そんなこと、どちらの道も同じことだ。

 だったらせめて、その御心が望んだ安息を―――

 

 剣の激突。黒騎士の剣が寿命を迎えた。

 星の光に耐え切れず、その手の中で砕け散る。

 

「――――アグラヴェインッ!!」

 

「―――――」

 

 べディヴィエールが勝機と見て、右腕を突き出しながら突撃を選ぶ。

 星の光を刃と成して、彼の胸に突き立てるべく。

 剣を失ったアグラヴェインにそれを防ぐ手立てはない。

 

「―――――“一閃せよ(デッドエンド)”!!」

 

 白銀の腕が漆黒の鎧を突き破り、彼の胸を食い破る。

 胸から背まで突き抜ける光の刃。

 討ち取った、べディヴィエールがそう確信し―――

 

 アグラヴェインは、その体勢のまま彼の背に手を回し締め付ける。

 自身から離れられぬように、己の胸を更に食い破らせながら。

 

「なっ……! まさか、祝福(ギフト)――――!?」

 

「侮るな、べディヴィエール。貴様が耐えていた程度の熱だろう?

 担い手でもない貴様が振るうその剣など、私の命を奪うには足りぬと知れ」

 

 拘束する、などという生易しい締め方ではない。

 その胴体を圧し潰して体を真っ二つにするような、万力の如き締め付け。

 ギチリギチリと軋むべディヴィエールの肉体。

 喉の奥から溢れる血を吐き散らしながら、彼は逃れようともがく。

 

「ぐ、ぁッ……! ガッ……!?」

 

「貴様の旅路には称賛をくれてやる。だが、その終着点はここ止まりだ。

 ―――真実など、どれほど王の癒しになる。

 世界も、人も、円卓も、最早どうでもいい。私にとっては全て憎しみの対象でしかない。

 ただ、あの方が安らげる理想の国を――――」

 

「んな理想知ったことじゃねえんだよ―――ッ!!」

 

 赤い雷光と共に、噴出する魔力で加速した足が襲来する。

 咄嗟にべディヴィエールの拘束を解き、守りに入った彼の腕。

 そこに叩き付けられるのは、モードレッドの全力の蹴り。

 

「グッ……!?」

 

 激突されたアグラヴェインの体が思い切り吹き飛ぶ。

 その衝撃で腕を引き抜いたべディヴィエールが地面に落ちて転がった。

 ガシャリ、と。融けて壊れたグリーブが着地と同時に音を鳴らす。

 

「モー、ドレッ……!」

 

「―――言っただろ、馬鹿が。

 テメェがそんなもん持っても、円卓の相手が務まるわけねえってよ」

 

 半死半生、鎧までも失った彼女がクラレントをぶらりと下げる。

 そのままアグラヴェインの方を睨み、凄絶に笑った。

 

「さっさと行けよ、役立たず! テメェはどこにいても役に立たねえんだ。

 だったら―――せめて。父上を看取るくらいはしてこいよ!」

 

 言われ、べディヴィエールが立ち上がる。

 腕の解放の反動が体を見舞う。

 全身が砕け散っているかのような感覚の中で、しかし彼は走り出した。

 アグラヴェインが守っていた、彼が辿り着くべき最後の場所へ。

 

 黒騎士が転倒した姿勢のまま、自分が激突して砕けた柱の瓦礫を弾き飛ばす。

 その質量の塊は、走り去ろうとしたべディヴィエールの背中を襲う。

 

「危ない!」

 

 その瓦礫片を、ファイズフォンXの弾丸が撃ち砕いた。

 アグラヴェインが阻もうとした歩みは、ここに達成される。

 

 ―――そうして。

 彼は、最期の場所へと進んでいった。

 その背中を見送りながら、モードレッドが微かに目を伏せる。

 

「――――モォオオドレッドォオオオオッ!!!」

 

 先程までの冷徹さは欠片もなく。

 悪鬼の如き表情で、鉄の騎士が立ち上がる。

 その手には、べディヴィエールが彼との斬り合いで落とした銀の剣が握られていた。

 

 胸に大穴を開けながら、しかし彼には退去の気配すらない。

 鉄の騎士は、祝福(ギフト)でも何でもなく。

 ただその使命を果たすために、死んでいる暇さえないと全てを凌駕する。

 

「貴様……ッ! 貴様はまたも―――!」

 

「―――ああ、父上を殺すぜ。来いよ、アグラヴェイン。

 キャメロットを潰した叛逆の騎士、モードレッドが相手をしてやるぜ―――!」

 

 半死人はどちらも同じ。

 アーサー王を失脚させるために、その席につかされた二人の円卓。

 王に抱く敬愛の程は、きっとそう変わらない。

 けれど、決定的にそれを示す方法を違えた二人。

 その二人が、互いにその方法を果たすべく、いま此処に対峙した。

 

 

 

 

「っ、ブーディカ!」

 

「悪い、喋らないでその子抱えてて!」

 

 戦車に同乗したオルガマリーが、その指示に従い清姫を掴む。

 憔悴しきった彼女はもはや人間の少女と変わらない。

 しがみつくことさえできない彼女を支えながら、オルガマリーは戦車に縋り付いた。

 直後に襲ってくる盛大な震動。大地が揺れるほどの衝撃。

 

 それを起こしたのはただ一振りの剣。

 その一撃を直接浴びた戦象が木端微塵に消し飛んでいた。

 

「■■■■■■■―――――ッ!!!」

 

 不死隊は終わらない。

 “不死の一万騎兵(アタナトイ・テン・サウザンド)”は再び蘇り、動き出す。

 万の不死者が即座に全て太陽の騎士に向けられる。

 

 ――――だが、一兵たりとも届かない。

 敵が万軍であろうと、太陽の騎士は揺るがない。

 全てを蹂躙するはずの不死の軍隊は、太陽を前に焼け落ちる。

 

「“吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)”――――!!」

 

 呪いの炎が噴き出し、太陽の騎士を覆い尽くす。

 ―――その内側から噴き出して、太陽の光が呪いの炎を焼き尽くす。

 黒い炎の残り火を払うように振るわれる剣が、大地を砕く。

 

「……どんだけ、だってのよ……ッ!」

 

 太陽の光の許、太陽の騎士ガウェインは正しく無敵。

 太陽が沈まない以上、完全無敵だ。

 

 これは、太陽を落としたドレイク船長の方が相性が良かったな? なんて。

 アレキサンダーが小さく笑った。

 彼の乗るブケファラスさえも、限界を感じているかのように息を荒げている。

 

 極端な話、この戦場は勝たなくてもいい。負けなければ。

 聖都に進んだマスターたちが勝てば、ここでの戦況は関係ないのだから。

 ガウェインが聖都での決戦に参戦することがないように、足止めさえし続けられればいい。

 

 時間を稼ぎ、絶え間ない攻めで宝具さえ解放させなければどうにかなる。

 本命は最初から獅子王のみとの決戦だから。

 もちろん倒せるに越したことはないが―――

 

 それくらい、軽く考えてみてもなお。

 太陽の騎士ガウェインの強さは絶望的であった。

 保たない。そう感じる。

 

 ダレイオス三世の不死隊があるから何とかなっている。

 だが、彼もそう長くは保たない。

 吹き飛ばされても当然のように復帰する不死隊には、魔力という名の寿命がある。

 間を置かず消し飛ばされる軍隊の維持で、ダレイオスの残存魔力は目減りしていく。

 彼が戦っていられるのは、あとせいぜい数分のことでしかない。

 

 そして、少しでも攻めを緩めれば聖剣が輝く。

 ダレイオス抜きで彼らはガウェインを攻め続けることはできない。単純に手が足りない。

 ―――数分後、彼らは全滅するだろう。

 

「だったら……! ブケファラス――――ッ!!」

 

 引かれた手綱に応えるように、巨大な馬身が同意を示す。

 疲労など忘れたように、その英霊馬は疾走の体勢へと変わっていく。

 その身に跨りながら、アレキサンダーが雷光を手にした剣の切っ先に集中させる。

 限界まで振り絞るゼウスの祝福。それを、ただの一撃に。

 

「“神の祝福(ゼウス・ファンダー)”よ、僕を灼け―――!

 これより我が身が征服せんとするは、聖槍の神に祝福を受けた太陽の騎士―――!

 どちらが受けた神の祝福が上か、いざ競おうぞ!」

 

 嘶き、疾走を開始するブケファラス。

 その身は風を超え、雷霆と化し、太陽の騎士に向かう。

 

「―――――!」

 

 反応は即座に。ガウェインに隙など微塵たりともない。

 アレキサンダーの全霊、ゼウスの全加護を載せた一撃とは言え、捌いてみせるだろう。

 彼と、陽の光と、ガラティーン。

 それらが揃っている限り、この無敵の事実は微動だにしない。

 

「ああ、不可能だとも! ()()()()()()()()()()()()()()!!

 ダレイオス王! ――――()と共に走れ!!」

 

「…………ッ!」

 

 吶喊する黒馬の上で、雷光を纏う少年は笑う。

 目の前に広がる不可能を平らげる時だ、余の後に続け。そう言って。

 

 万軍の不死兵が波立つ。

 迷いが浮かんだのは一瞬で、彼は即座に双つの戦斧を振り上げていた。

 

「Iskandarrrrrrrrrrrrrr―――――ッッ!!!」

 

 戦象が姿を顕す。最後の魔力を全てつぎ込んだ宝具。

 その鼻が鉄槌を振り上げる如く、思い切り振り被られた。

 狙いはダレイオス自身の体。

 

 轟音を上げ、振り抜かれる戦象の鼻。

 それはダレイオスを全力で殴り飛ばし、ガウェインの方へと砲弾として()()()()()

 真っ先に太陽まで到達し、振り抜かれる二振りの戦斧。

 

「■■■■■ッッッ!!!」

 

「―――無駄です」

 

 その突撃を。二振りの戦斧による連撃を。

 太陽の騎士は一刀の元に斬り裂いた。

 ダレイオスの両腕、その肘から先が飛ぶ。

 のみならず、腰から下までもが落ちる。

 

「―――――!!!」

 

 その直後、失った体を補うように不死兵が彼の体を代替した。

 彼が率いる不死隊たちが、骨の腕と下半身を形成する。

 四肢を失った傍から、彼は戦うための四肢を取り戻してみせた。

 

「―――っ!?」

 

「Is……kandar―――――ッ!!!」

 

 宙を舞った戦斧を骨の腕が握り、そのまま振り下ろす。

 圧倒的な反応速度で受け止めてみせたガウェイン。

 が、僅かに揺れた。

 

 その瞬間。アレキサンダーが跳んだ。

 同時に体を捻ったブケファラスが、己の脚を振り上げた。

 あらゆるものを粉砕する馬力を持つ脚が、主を()()するために全力で。

 

「オォオオオオオオオ―――――ッ!!!」

 

 征服王が飛ぶ。

 突き出した切っ先に彼の持ち得る全ての雷を載せて。

 ブケファラスが撃ち出す雷光の矢となって。

 

 戦斧を粉砕する。ダレイオスを両断する。

 だが両断されてなお、不死隊を体に変えて動くダレイオス。

 それを再びの一撃で微塵に砕く。

 粉々に砕かれて、遂には消えていくダレイオス三世。

 

 ――――だが。

 彼にそれだけの時間を稼がれて、()()を阻む時間が残るはずもなかった。

 

 雷鳴が轟いて、無防備な彼の胸に雷霆が突き立つ。

 踏み止まろうとする彼を、それ以上の力で押し込んでいくアレキサンダー。

 だが、その刃が鎧に阻まれ突き刺さらない。

 

「ぐ、ぅうう、ゥ、グ、ォオオオオオオッ――――!!!」

 

 霊基を更に軋ませて、雷撃を振り絞る。

 刃と変えたそれで、彼の無敵を打ち破るために。

 ―――それでも。

 

「私は――――! 今度こそ、王の―――――!!!」

 

 命を守る、無敵の騎士に。

 そう、ただそうあらんとした太陽の騎士。

 彼はなおも踏み止まり―――

 

 ―――その彼に、陰りが訪れた。

 

「―――――!?」

 

 アレキサンダーの刃がガウェインを撃ち抜く。

 その直前までの抵抗は何だったのか、というほどに容易に。

 何故、と問いかけるまでもないその理由。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その瞬間に彼の無敵は消失し、アレキサンダーの一撃は彼に届いたのだ。

 左半身を雷撃で半ばまで消し飛ばされ、ガウェインが蹈鞴を踏む。

 

「あ、ぐ……! なに、が――――!?」

 

 ガウェインが。アレキサンダーが。

 その戦場にいた全てのものが、空を見上げる。

 確かに時刻は既に夜半前だろう。だが“不夜”がある限り、日没は来ないはず。

 だというのに、太陽が沈んだ。

 

 ―――否。沈んだのではない。

 この地球と太陽の間を遮るように現れた、(ソラ)に開いたゲート。

 それが、太陽から放たれているはずの陽光を遮っていた。

 

 代わりに空に見えるのは、ゲートの向こう側に見える宇宙。

 そして、そこに浮かぶ一つの惑星。

 

 その惑星から放たれたものが、この星の地上に降り注ぐ。

 まるで巨大な杭のようなそれは、神威を放つ聖城へと深々と突き立った。

 

「っ、王よ……! これは、何が……!」

 

 聖城に突き立った金属の杭から、聖都に、そしてこの戦場に。

 加速度的に金属の波が一気に広がっていく。

 何が起こっているか理解できぬうちに、地上を覆うその金属の中から人影が立ち上がった。

 

 ―――それは銀色のボディの中から蒼い光を放つ人型。

 聖都正門前の戦場。浮かび上がってきたそれは、ガチャリと金属の足音を立てる。

 銀色の兜のような形状の頭部。そこで一際強く、蒼い眼光が輝いた。

 

 そうして出現する人型は一体や二体ではない。

 一、十、百、千と。

 戦場の中に、全く同じ存在を数え切れないほどに複数出現させる。

 

「―――メガヘクスによる地球との調和を開―――調和を一時停止。

 葛葉紘汰の処分を最優先。葛葉紘汰に連なる者もまた、処分対象である」

 

 一斉に。無数の機兵がその腕を持ち上げる。

 その先に光が集い、周囲の存在全てを目掛けて発砲する姿勢を見せた。

 全てのサーヴァントが回避に入る。

 

 ―――が、今致命傷を受けたばかりのガウェインの脚が動かない。

 

「わた、しは……まだ――――!」

 

 発砲。青白い光の光線は周囲を無差別に蹂躙する。

 全てを処分し、その上で残ったものを融合して取り込むために。

 その攻撃から逃れられないガウェインは―――

 

「―――ああ。ならば、此度は、こうしよう」

 

 ―――ガウェインの元まで光線は届かない。

 それらは全て、紫の鎧が受け止めた。

 焼かれ、砕け、貫かれ。それでも彼は、光をガウェインにまで通さなかった。

 がらん、と。地面に落ちたアロンダイトが音を立てて―――主に先立ち、消えていく。

 

 目を見開き、その光景を見送るガウェインの前。

 

「ラン、スロット……」

 

 両腕を失い、無数の矢と光線で撃ち抜かれ、既に見る影もなくなった男の背中。

 彼の姿が光へと還っていく光景を見た。

 

「前は、私が……貴公の足を止めさせた。ならば、致し方ない。

 ああ、今度こそ、王の――――」

 

 限界を何度越えたか知れない。

 彼はとっくに限界などという言葉を無くしていた。

 

 けれど、それでも。

 彼は世界の最期まで王の剣としての任を全うする、という願いを果たせぬままに。

 ガウェインの前で、消え去っていった。

 

 それを最後まで見届けることなく、ガウェインは走り出した。

 異常事態が起きている。ならば、是より騎士は全て王の盾にならねばならない。

 その使命を果たす役を、ランスロットはガウェインに譲って逝った。

 ならば、ならば、一秒でも早く王の許へ―――

 

「これより、メガヘクスによる地球調和のための準備を開始する。

 不要な知性体は全て処分――――」

 

 無数の目が、メガヘクスの眼光が、ガウェインに向かう。

 半死人がメガヘクスのユニットと同化した聖都に走っていく姿。

 そんな見過ごしたところで何ら脅威ではないだろう事態。

 それにも、彼らは即座に反応して射殺しようとして―――

 

「―――協力者との約定により、此度の戦場では我が剣が首を落とすことはない」

 

 ―――晩鐘の音色が響く。

 メガヘクスの腕が飛ぶ、脚が舞う、胴が離れる―――首が落ちる。

 数百の機兵が同時に、一瞬のうちに機能停止する。

 

「……なに?」

 

「だが。既に己が手で己が首を落とすことで人を捨て、首だけのままに(ソラ)を彷徨う無法者がこの地に降りてきたというのであれば、是非もない」

 

 残ったメガヘクスたちが状況に困惑する。

 彼らのセンサーはそこに何も感知していない。

 だというのに、そこには確かに何かが存在している。

 

「晩鐘は汝の名を指し示した―――貴様の首だけの彷徨に、旅の終わりを告げに参った」

 

 髑髏の面を被った黒衣の暗殺者。

 “山の翁(ハサン・サッバーハ)”―――幽谷の淵から、“死”を齎すものが姿を見せた。

 

 

 




 
おまえの父ちゃん宇宙戦艦なんだってな。
この出番でもって二章でダレイオスくんを忘れてたこと許してください。
センセンシャル!

こいついつも終わると言った話数で終わってないな。
キャメロットはあと4話か5話で詰む。しまった…言うのが一手早かった(シグマ先輩)
村長は腹ぶち抜いただけじゃ死なないからシグマ先輩はピタリ賞だったんだよなぁ…
 


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金と黒のキカイだー!2014

 

 

 

「――――!?」

 

 その光景は、突然現れた。

 聖城に突き立つ巨大な金属。そこから広がっていく空間。

 聖都を呑み込み外にまで広がっていく波。

 

「―――陛下!」

 

 同じ光景に気を取られたモードレッドたちの隙をつく。

 アグラヴェインは即座に剣をツクヨミに向け投げ放った。

 ツクヨミもまた空を見上げ、その光景に呆然としている。

 彼女自身が撃ち落すには、間に合わない。

 

 魔力も体力も底のモードレッドとて、真っ当には弾けない。

 

「マスター!!」

 

「きゃ―――!?」

 

 だから彼女は、主を突き飛ばすという手段を取るしかなかった。

 彼が投げた剣はモードレッドの腹を突き破る。

 彼女はそのまま倒れ、血の海を広げていく。

 

「―――モードレッド!」

 

「く、そったれ……!」

 

 そんなものどもにこれ以上構っている時間はない。

 アグラヴェインはそれに最早振り返ることすらなく、玉座を目指す。

 

「治療の魔術……! 所長さんのところに―――!

 そうだ! 確かフィンには癒しの力があるって……」

 

「いらねえよ、この程度……! そんな場合かっての……!

 そんな、ことより……!」

 

 彼女は強引に突き刺さった剣を抜く。

 自分の血に染まったその剣を投げ捨てて、彼女は近くの柱に背を預けた。

 元から全部、こっちのモードレッドとの決戦で使い切っていた。

 今更この程度、大して変わりはしない。

 

「……分からねえが、状況が変わった。オレたちもアーサー王のところへ……」

 

 荒い呼吸を繰り返しながら、彼女はそう言いながら聖城を見上げた。

 ―――直後、何かに気付いたように振り返る。

 更に何があってもすぐ立ち上がれるように、身構えようとした。

 

「ちょっと、モードレッド! 少しは休んで……」

 

「…………」

 

 モードレッドが視線を送る方向。

 そちらから、姿を現す人影。

 

 外で響く轟音を背にしながら雪崩れ込んでくる、半身を失った男。

 それは太陽の如き容貌を血と灰で汚した、ガウェインだった。

 彼はふらつきながらも、剣を握ったまま聖城を目指している。

 

「ガウェイン……!?」

 

 ツクヨミの驚愕の声に反応し、彼の意識が初めて彼女たちを向く。

 彼はモードレッドたちの顔を見ると、すぐさま戦闘態勢へと入った。

 

「―――モー、ド……レッド。あなたが、私を、ここで、阻むか……!」

 

 無敵の壁として立ちはだかった彼の面影はもう感じない。

 これから戦闘に臨むとは思えないほどに、緩慢な動作。

 半身を吹き飛ばされ、体内までも神雷で焼かれ、無事なところなどどこにもない。

 

 それでも、此度こそは王の許に馳せ参じるべく。

 彼はこうして、ここまでやってきていたのだ。

 

 そんな彼の様子を見て、モードレッドは微かに目を細める。

 クラレントの切っ先を彼に向けることは、しなかった。

 少しだけ考え込んで、そのまま柱に背を預けるモードレッド。

 

「―――なあ、マスター。オレ、今からすげえおかしな事、言っていいか?」

 

「おかしな事……?」

 

 モードレッドは、もうまともに動ける状態じゃない。

 仮にアーサー王の許に向かうとして、彼女はツクヨミに肩を借りなければ届かないだろう。

 それは恐らく、ガウェインも同じだ。だから―――

 

 

 

 

 ―――二人の神が対峙するその空間に、彼は遂に辿り着いた。

 惑星の表層を剥がし、世界の果てを露出させたその空間に。

 

「―――ああ、やっと。貴方の、許へ」

 

「べディヴィエールさん!」

 

 右腕を押さえ、顔色を土気色に変えながら。

 彼はそれでもここに辿り着けた。

 彼自身が、その旅の終と定めた約束の場所へ。

 

「―――――」

 

 新たなる侵入者を自覚し、獅子王の首が横に振れる。

 その騎士の姿を認めた瞬間、女神はその動きを止めた。

 自分でも理解できない理由で、槍を携えたその腕が凍る。

 

「……ッ、貴様。何者だ……? 何故、私の城に私の預かり知らぬ騎士がいる―――」

 

「知ら、ない……? そんなはずはありません―――!

 円卓の騎士、べディヴィエール卿……彼は、あなたの騎士なのですから―――!」

 

 マシュが告げたその名を聞いて、兜の奥で揺れる獅子王の瞳。

 彼女は兜を押さえながら、小さく一歩後退った。

 その様子を見て鎧武は、少し困惑を浮かべながら、しかし構えた剣を下ろして一歩下がる。

 

 代わりに、べディヴィエールはゆっくりと、一歩ずつ前へ進んでいく。

 

「……ええ、そうでしょうとも。私のことなど、貴方の中に残るはずがない。

 ですが。これを見て頂ければ、その記憶も晴れましょう。

 ―――この、不忠の騎士の名とともに」

 

 そう言って彼は、熱を帯びた右腕を差し出した。

 先程まで解放していたそれは、黄金の輝きの残滓を纏っている。

 その輝きに見覚えがある。覚えがないはずもない。

 

 星の内海で精製された神造兵装にして、最強の幻想(ラスト・ファンタズム)

 常勝の王の手の中にありし、最強の聖剣―――

 

「―――エクス、カリバー……

 べディヴィエール……その、名は……まさか―――貴卿、は」

 

 ―――その声。獅子の兜ごしでも、彼女の大きな動揺が伝わってくるようで。

 何故、獅子王がその名を忘れているのか。

 それが分からず、マシュが困惑しながら彼を振り返る。

 

『……嘘だろ。どうなってるんだ、どうして今までこんな誤作動を……!?

 ―――まさか、()()()()()()()()()()()()……!?

 べディヴィエール卿から霊基反応がない! 彼はサーヴァントじゃない、ただの人間だ!』

 

「――――え?」

 

 ロマニの声が、その事実を告げる。

 カルデアが観測していたサーヴァント・べディヴィエールなどどこにもいない。

 そこにいるのは、ただの人間でしかないのだと。

 

 けれどそれはおかしい。ここがブリテンの時代ならそうもなろう。

 ここは円卓との縁は薄い。生前の彼が迷い込む余地はない。

 だというのに。彼はその言葉を聞いて、申し訳なさそうに、困った風に微笑んだ。

 

「すみません、私は皆さんに嘘を吐いていました。

 マーリンの魔術で誤魔化していたのです。彼から送られたこの腕も同じ。

 彼の魔術で聖剣を、こうして私の腕に変えていたものなのです」

 

 一歩、彼が再び獅子王に向けて踏み出した。

 それに反応して、獅子王もまた一歩後ろへと足を下げる。

 

「―――私は罪を犯しました。

 王を失いたくないという思いで、あまりにも愚かな罪を。

 あの森で私は貴方の命に躊躇ったのです。聖剣を湖に返せば、貴方は死んでしまう。

 それを怖れて―――()()()ですら、聖剣を返還できなかった」

 

 ―――アーサー王の末期。

 カムランの丘での戦いで王はモードレッドと相討ちし、致命傷を負った。

 それを何とか永らえさせようと力を尽くそうとしたべディヴィエールに、王は言う。

 自分の代わりに湖の妖精に聖剣を返還せよ、と。

 

 一度目、彼は聖剣を返還しないまま王の許に戻り、聖剣は返還したと嘘を吐く。

 王は彼に今一度、聖剣を返還せよと命じた。

 二度目、やはり彼は聖剣を返還しないまま王の許に戻り、聖剣は返還したと嘘を吐く。

 王は彼に今一度、聖剣を返還せよと命じた。

 そして三度目――――

 

『―――伝説では、三度目にべディヴィエールは聖剣を本当に返還した。

 そして、アーサー王は妖精郷での眠りに……

 三度目も返還しなかったって、それは―――!』

 

「三度。王命を破るという禁忌を犯した私に、二度と王命が下る事はなかった。

 私が森に戻った時、王の姿は既に消えていた……その後に、知ったのです。

 聖剣を返還しなかった事で、王は死ぬ事さえできなくなった。

 王は手元に残った聖槍を携え、さまよえる亡霊の王になってしまった、と」

 

 彼がまた一歩。そうして、彼女もまた一歩。

 距離は近づくことも離れることもなく。

 

「……私は残された聖剣を手に、貴方を探し続けた。

 円卓の中で、他の誰より貴方に背いてしまった、その罪を償うために」

 

 三度。彼は赦されぬ罪を犯した。

 その果てに、彼は王から死さえも奪ってしまった。

 だから、彼は自分の死も返上して、王を探し続ける事を選び―――

 

『そんな馬鹿な!? それが本当だとしたら、1500年間だぞ!?

 それほどの間、ただアーサー王を探して彷徨っていたってことじゃないか!

 人間の魂がそんなに保つ筈がない! 人はそんな精神構造はしていない!

 確かにエクスカリバーは所有者の成長を止める! ただそれは肉体の話だ!

 今までそんな旅をしてきたっていうのか、キミは!?』

 

「はい。辛くなかった、といえば嘘になる―――

 けれど、ああ……良かった。最期に、貴方の前に立てて―――」

 

 一歩、再び彼が踏み出して。

 下がろうとした獅子王の足が、己の玉座にぶつかって止まった。

 

「っ、思い出せない……!

 べディヴィエール、確かにその名は円卓にあったのやもしれん。

 だが、その騎士がどのような騎士だったかなど―――何一つ、私の記憶には……!」

 

 押さえていた頭から手を放す。

 一歩ずつ歩み寄ってくる彼に対し、獅子王は確かにその騎士を見た。

 人間。間違いなく人間だ。だというのに、何故ここまで、と。

 罪を犯し、悪を成し、それでも歩みを止めなかった何者か。

 熱に焼け、爛れ切った魂が、それでもと前に進み続けた結果。

 

「―――いいだろう、貴卿が私の騎士というのなら、その剣は捨てよ。

 それは私には不要なものだ。我が騎士だというのなら、我が声に従え―――!」

 

「いいえ、それは叶いません。獅子王、聖槍の化身よ。

 貴方にとって、私は討つべき敵だ。貴方は私に、復讐する理由がある」

 

 彼は罪人だ。

 王命に背き、王の道を歪めるという背信を示した悪行。

 聖なるものである獅子王には、彼を裁かなくてはならない理由がある。

 

「そして―――そして、私には貴方を止める義務がある!

 騎士王の円卓、最後までその席から離れられなかった私が―――

 その一員として、貴方に告げる!」

 

 腕の輝きが増していく。

 黄金の光、星の輝き、聖剣は彼の体を焼きながら、その熱量を解放した。

 

「私は円卓の騎士、べディヴィエール!

 善なる者として、悪である貴方を討つ者だ!」

 

 

 

 

 ―――そうして、いつか夢で見た光景が再現される。

 

 この場に辿り着いたべディヴィエールが、獅子王と対峙する。

 その腕を解放すると同時に訪れる機械の侵略、メガヘクス。

 発生するアナザー鎧武。失われる鎧武の歴史。

 

 そうしていずこからか現れる、金色の戦士。

 

「アーマードライダー……いや、キカイダー?

 まあ、どちらでもいいだろう」

 

〈レモンエナジースカッシュ!〉

 

 デュークがゲネシスドライバーを動かし、ロックシードの力を解放する。

 ソニックアローに集中するエネルギー。

 構えた弓が形状を変化させ、大弓へと変わっていく。

 

 膨大なエネルギーを迸らせる矢。

 それを向けるのは、やはりまた葛葉紘汰を目掛けてだ。

 キカイはそれから彼を守るために動けない。

 多少防御力が高かろうと、このまま続けていればいずれ壊れるだろう。

 

「―――まずは一人。これを待っていたよ」

 

〈フィニッシュタイム! 一撃カマーン!〉

 

「――――!?」

 

 構えた大弓を引っ掛ける鎌の一撃。

 それが突然横合いから放たれ、デュークのソニックアローをもぎ取っていく。

 放り捨てられたそれが、床に叩き付けられて滑っていった。

 

 動きを止めたデュークの胴に叩き込まれるシルバーの足。

 レモンのライダーを蹴り飛ばした仮面ライダーウォズ。

 彼が、ジオウたちを振り返った。

 

「やあ、魔王。お疲れ様だね。

 ああ、安心するといい。今回は、協力する方向だからね」

 

「白ウォズ……!」

 

 ジオウの言葉を待たず、白ウォズはそのままデュークに追撃をかける。

 武装を失ったライダーに対し、振るわれるジカンデスピア。

 無防備に受けて何度となく火花を散らすデューク。

 

「やってくれるね!」

 

 デュークの腕がデスピアを掴み取る。

 彼はそのままライダーウォズとの力比べに移行して―――

 駆動音と共に振るわれる金色の剛腕が、デュークの頭部に突き刺さっていた。

 

「ガッ……!?」

 

 弾き飛ばされるライトブルーの体。

 デュークがキカイのパワーに直撃し、盛大に床に転がった。

 獅子王と対峙しながら、メガヘクスがそちらに視線を送る。

 

 彼は立ち上がって体勢を立て直す。

 そして視線を向けるのは、ウォズとキカイ。

 こちらに向かってくる二人の敵を見ながら、彼は小さく舌打ちした。

 

 手の中に新たなロックシードを取り出す。

 それは赤い果実を模したエナジーロックシード。

 一目見た白ウォズはそれをすぐさま看破する。

 

「ドラゴンフルーツエナジーロックシードか……

 まあ、その程度で私に通用すると思わない方がいいがね?」

 

「どうかな? 私の―――」

 

 デュークの指がドラゴンフルーツエナジーを開錠―――

 せず、その手の中からロックシードを取り落とす。

 その行動に怪訝そうに、白ウォズは顎を引く。

 

「な、にを……! メガヘクス―――!!」

 

「……戦極凌馬の戦闘レベルの低さを懸念。

 個体・戦極凌馬にとって、もっとも戦闘力の高い状況を検索―――完了。

 躯体の換装を実行――――」

 

 メガヘクスが呟くように告げる言葉。

 その直後、デュークの姿がブレて全く違うものに切り替わっていく。

 己の変調に対して、戦極が振り絞るように怒りの声を発した。

 

「馬鹿な……! 私の価値は、この頭脳だ―――!

 これでは、私である意味が、ないだろう……! メガヘクス―――ッ!!」

 

「形態名、ハカイダー。

 これが戦極凌馬にとって最も戦闘に長けた形態だと判断する」

 

 ―――ライトブルーのボディは、いつしか漆黒に染まっていた。

 共通している形状などどこにもない。

 漆黒のボディに走る、稲妻のような黄色いライン。

 透明のカバーに覆われた頭部には、人の脳がそのまま覗いている。

 それはゆっくりと動き出し、赤い瞳をぼんやりと輝かせた。

 

「破壊―――破壊、破壊だ――――ァッ!!」

 

 ハカイダーが太腿のホルスターから銃を抜く。

 ハカイダーショット。その銃口が瞬くと同時、白ウォズが吹き飛ぶ。

 同じくその攻撃を浴びながら、キカイは走り出した。

 

「ふん―――ッ!」

 

 黄金の拳が振り抜かれる。

 純粋に圧倒的なパワーを発揮するそれが、ハカイダーを襲う。

 その拳を、彼は上から撃ち落すように打ち払った。

 直後にハカイダーショットを相手の腹に押し付ける。

 

「破壊だ!」

 

 火を噴く銃口。

 至近距離で破裂した弾丸に、キカイの体が宙を舞う。

 

 倒れ伏す神様を一度確認して、ジオウが走り出した。

 床に落ちて転がった彼に対し、駆け寄って声をかける。

 

「あんた、大丈夫!?」

 

「ああ、大丈夫だ。任せておけ、ソウゴ」

 

「え?」

 

 彼はそんな状況でなお、すぐに立ち上がった。

 

 白ウォズがハカイダーと交錯する。

 ジカンデスピアによる攻撃を、ハカイダーショットは正確無比に迎撃していく。

 槍を掴み取り引き寄せ、そのまま白ウォズの胸に連射される火炎弾。

 

 すぐさま駆け出さなければいけない状況。

 けれどキカイは、両手をジオウの両肩に乗せる。

 そのままこの状況、周囲を見回した。

 

 膝を落とすべディヴィエールに寄れず、しかし離れることもできない立香。

 彼女たちを背に庇い、踏み出すことのできないマシュ。

 倒れ伏す神様―――葛葉紘汰。

 

「えっと。俺、あんたと知り合い……?」

 

「みんな、命を懸けても守りたい友達なんだろう?」

 

 そう問いかけられて、ジオウが動きを止める。

 いきなりそんな事を訊かれるとは思っていなくて。

 キカイはその様子に一度、大きく頷いてみせた。

 

「だよな。友達は、命を懸けてでも守らないと。

 だからここは俺に任せておけ。たとえ機械(ココロ)が壊れても、俺が守ってみせるから」

 

「えっ、ちょっ……!」

 

 ジオウを突き飛ばしながら立ち上がるキカイ。

 既にハカイダーはこちらを向き、ハカイダーショットを構えている。

 放たれる火炎弾。連続して吐き出される破壊の嵐。

 それを前に、彼の両腕が腰のドライバーの両端を叩いてみせた。

 

〈キカイデハカイダー!〉

 

 キカイの右足に雷光が集う。

 超エネルギーによって覆われた機械の脚部が、床を蹴る。

 回し蹴りの要領で放たれる蹴撃。

 それは殺到する火炎弾を一気に打ち返してみせた。

 

 跳ね返された弾丸と続く弾丸が相殺し、空中で爆炎を撒き散らす。

 その爆炎のカーテンの中に突っ込むように、彼は走り出した。

 

 メガヘクスがそちらに向けていた意識を外す。

 改めて注目するのは、獅子王。

 

「―――――」

 

 消し飛ぶ、消し飛ぶ、消し飛ぶ。

 獅子王の抑えに消耗されるメガヘクスの端末たち。

 それはメガヘクスにとって何の意味もないが、アナザー鎧武が微かに首を揺らした。

 

 葛葉紘汰たちの処分は戦極凌馬にやらせている。

 そして、彼はここで獅子王とやらとの戦闘を観察していた。

 

 ―――聖槍ロンゴミニアド。

 他はともかく、あのエネルギー体は興味深い。

 メガヘクスと調和し、その一部として取り込むべき存在だ。

 

 この空間を満たすほどのメガヘクスを出し、早々に磨り潰したいところ。

 だというのに、メガヘクス本星からその承認がでない。

 共有される情報の中では、この場の外の空間での戦闘を優先しているという。

 メガヘクスがたかが惑星ひとつを相手に、何を優先する必要があるというのか。

 

 葛葉紘汰などという存在でさえ、メガヘクスが構う必要はない。

 既にあれはただの人間。下等な知的生命体同士の争いで死ぬまで待てばいい。

 神にも等しいメガヘクスが直接手を下すことは、その名を汚すに等しい行為だ。

 

「そうとも……我らはメガヘクス。この世界における絶対の知性。

 その存在、大いなるシステムに一つの瑕疵も許されない」

 

 本能に似た感覚が訴えかけてくる、葛葉紘汰を最優先で殺せという意識。

 それをたかが人間への対応を優先する必要がないという理屈で捻じ伏せる。

 理由がないならば、それを可決するわけがない。

 

 何故ならばメガヘクスは完璧なるシステムだから。

 計算上で脅威なし、と判断した以上は絶対に脅威とならないのだ。

 その計算を否定することは、ひいてはメガヘクスの完璧性を否定すること。

 

 だから、彼は絶対に葛葉紘汰を優先しない。

 ただあれの記憶の中から彼と敵対する存在を製造し、任せるだけでいい。

 あれはただ、この場に居合わせただけの非力な人間でしかないのだから―――

 

 

 

 

 一体落ちる。

 それを察知したメガヘクスが数十、脚を止めて腕を構え―――

 その次の瞬間、それら全ての上半身と下半身が泣き別れる。

 

「―――神託は下った。

 貴様が出した貴様だけの結論で、他者の歩みを踏み躙ってきた旅路。

 その行いに報いを受ける時だ―――」

 

 幾万と―――

 どれほどか数え切れぬ機械の体が絶命していく。

 積み上がっていくガラクタ。

 その一体一体が化け物であると、まともな戦闘を見るまでもなく分かると言うのに。

 

「―――なによ、これ。ガウェインよりもよっぽど……!」

 

 あまりにもな光景に絶句していたオルガマリーが、そう呟く。

 ブーディカが戦車の手綱を握りながら、息を呑んだ。

 

「これが、“山の翁”……」

 

 数千、数万からなる怪物の軍団さえ歯牙にかけぬ死の刃。

 それこそが初代“山の翁”、ハサン・サッバーハ。

 

 ―――そんな光景を死に体で見ていた、三人の翁たち。

 彼らの前で地面に突き立てられる、初代翁の剣。

 大きく割れた地面。それに対し、盛大に身を竦ませる翁たち。

 

「しょ、初代様……!?」

 

「―――働け。貴様ら、一体いつまで寝転がっているつもりだ」

 

 一言。そう告げると、再びその体が消え去った。

 同時に斬り伏せられる無数のメガヘクスたち。

 初代翁が斬り裂くたびに、それ以上の数のメガヘクスが現れる。

 無限に製造され続ける兵士と、それを殺し続ける暗殺者。

 

 けして余裕があるわけではないのだ、と。

 三人のハサンたちはすぐに動き出した。

 呪腕は腕と足を一本ずつ失い、静謐は片腕を失い、百貌はその人格の半数を失っている。

 それでも、少しでもこの戦場を維持するために。

 

 それを見て。

 アレキサンダーが。オルタが。ブーディカが。ダビデが。フィンが。藤太が。アーラシュが。

 既に限界を迎えている身でありながら、全員がメガヘクスにかかる。

 一体でも多く撃破し、現状を打破する鍵とするために。

 

 

 

 

「―――――」

 

 焦燥感。あるいは、苛立ち。

 メガヘクスという完全なる知性にそんな感情はないが。

 アナザー鎧武の感じている感覚をどんなものかと言葉にすれば、それだ。

 

 メガヘクスへの増援要請は、外を優先し続ける。

 こちらに送られるのは少数。

 ロンゴミニアドの女神を止めるには、あまりにも少ない戦力ばかり。

 

 ―――だが、まあいい。

 この戦場が仮に十年続こうが、百年続こうが。

 メガヘクスには何ら影響などないのだから。

 

〈アルティメタルフィニッシュ!〉

 

 爆炎を突き抜けてきたキカイが腕を振り上げる。

 それを迎え撃つハカイダー。

 彼はキカイの動きを読んでいたかのように、正確にハカイダーショットを向けている。

 

〈爆裂DEランス!〉

 

 だがその銃口に、投げ放たれたジカンデスピアが激突した。

 ハカイダーの手から離れたハカイダーショット。

 それがデスピアと共に、背後へと吹き飛んでいく。

 

「破壊――――ッ!!」

 

「ハァ――――ッ!!」

 

 キカイとハカイダーが拳を交わす。

 圧し負けるのは、無理な体勢のまま拳を放っていたハカイダー。

 彼の上半身が思い切り仰け反り、蹈鞴を踏んだ。

 

「グゥ……! ォ……ッ!?」

 

「ソウゴ!」

 

 そうして隙を晒したハカイダーに、キカイが両腕で組み付いた。

 そんな状態のままに、背後のソウゴへ声をかけるキカイ。

 

「え?」

 

「ソウゴ―――WILL BE THE BFFだ。それを忘れるなよ?」

 

〈フルメタル・ジ・エンド!〉

 

 ソウゴがその言葉の意味を問い返す前に、キカイが光に包まれた。

 圧倒的な冷気。それが彼と、彼が掴むハカイダーを凍結させていく。

 互いに限界まで力を籠め合う掴み合い。

 

 その決着がつくまえに、キカイとハカイダーは共に凍結して沈黙した。

 

「…………WILL BE THE BFF……?」

 

 ジオウが彼が遺した言葉を呟きながら、凍り付いたキカイに歩み寄る。

 が、その肩を掴まれて、思い切り引き戻された。

 引っ張られた彼が、その相手へと顔を向ける。

 

「白ウォズ……!」

 

「安心したまえ、敵対はしないさ。まだ、ね。

 だが目的は果たさせてもらうよ」

 

 そう言いながら、白ウォズはブランクウォッチを取り出した。

 それを凍結したキカイに翳して、スターターを押す。

 するとそれは金色の光を帯びて、ミライドウォッチへと変貌を遂げてみせた。

 

「ウォッチ……!?」

 

「手に入れたぞ、まずは一つ。仮面ライダーキカイのウォッチを……!」

 

 そのままキカイの姿が消失する。

 互いの体を支え合っていた氷像の片割れを失ったハカイダー。

 凍結した黒いボディが倒れ、ガシャンと盛大な音を立てる。

 

 それに反応し、アナザー鎧武の視線が獅子王から外れた。

 彼の視線は無様に転がるハカイダーに向かい、そして白ウォズとジオウに向かう。

 

「―――やはりメガヘクス以外の存在に期待するだけ無駄か。

 所詮、下等な生命体の知性……メガヘクスには順応するはずもない!」

 

「やれやれ、知性を自分で奪っておいて酷い言い様だね。

 まあ、私には関係のないことだが」

 

 獅子王に差し向けられていた中から二体。

 メガヘクスの端末が、二人に向けて差し向けられた。

 身構えるジオウの横。

 

 ―――白ウォズは、今し方手に入れたウォッチを持ち上げる。

 

〈キカイ!〉

 

 彼の手がビヨンドライバーに装着されていたウォッチを入れ替えた。

 キカイのウォッチを装着し、展開。

 そのままウォッチを装着したハンドルを、ドライバーの中央へと叩き付ける。

 

〈アクション! 投影! フューチャータイム!〉

 

 ウォッチ内のエネルギーが実体化。

 そうして展開されるのは、キカイのそれに似た黄金のアーマー。

 それがライダーウォズの上から、覆い被さるように装着されていく。

 頭部の“ライダー”の文字が、“キカイ”へ変わった。

 

〈デカイ! ハカイ! ゴーカイ! フューチャリングキカイ! キカイ!〉

 

「祝え! 巨悪を駆逐し、平和を取り戻す真の救世主―――

 その降誕への第一歩が、今此処に踏み出された瞬間である!」

 

「―――来るよ!」

 

 片腕を掲げて祝いだす白ウォズを無視し、メガヘクスに対峙する。

 その二機は高速で二人に迫り来て―――

 

「残念。私のフューチャリングキカイには通じない」

 

 彼が祝うために掲げていた手を、ふいと返す。

 その瞬間、二機のメガヘクスは完全に停止。

 白ウォズがもう一度手を振ると同時、その二体は即座に取って返した。

 

「おお!?」

 

「――――なに?」

 

 アナザー鎧武への攻撃に入る二体のメガヘクス。

 彼は刃と化した両腕で即座にその二機を破棄してみせた。

 両断されて転がる機体。それを見下ろしてから、顔を上げた時。

 初めて、アナザー鎧武は白ウォズたちを脅威とみなした。

 

「―――メガヘクス本星に通達。

 メガヘクス端末にハッキングを確認。対策の適応を要請する」

 

 その直後に再びアナザー鎧武の許に、メガヘクスの増援が送られる。

 間髪入れずにジオウと白ウォズに向かってくるメガヘクス軍団。

 

「白ウォズ! もう一回!」

 

「やれやれ。――――おや?」

 

 彼がふい、と動かした掌。

 先程はそれと連動するようにコントロールを奪ってみせていたのだが。

 突撃を仕掛けてくるメガヘクスの一体さえ、それでは止まらない。

 

「どうやら対策されてしまったようだ」

 

「ちょっと、なにそれ!?」

 

 そのまま押し寄せる機兵たちに、ジオウと白ウォズの姿が呑み込まれる。

 そんな光景を見て、呆れるような所作をみせるアナザー鎧武。

 

 二人揃って多少の抵抗はしているが、そもそもの数が違う。

 数分もあれば容易に磨り潰せるだろう。

 

「所詮は猿知恵。大いなるメガヘクスに、そんな小細工は通じない」

 

「―――いや、それで十分だったとも」

 

 声は下から。

 視線を向ければ、凍って這いつくばっていたハカイダーからのものだ。

 どうやらまだ稼働していたらしい。

 

「戦極凌馬。まだ動けるのであれば、他の連中をさっさと始末せよ。

 これは大いなるシステムの―――」

 

「私はね、大いなるシステム……メガヘクスの有用性は認めている。

 素晴らしい機能だ。これ以上ないくらいに、ね」

 

 ギシギシと軋みながら、ハカイダーが動き出す。

 そんな当然の言葉を口にして、何の意味があるのか。

 そう醒めた視線を送るアナザー鎧武の前で、ハカイダーが小さく笑い声を発した。

 

「だが、一点。どうしようもない欠陥があるんだよ、メガヘクスにはね」

 

「なに?」

 

 発声が上振れる。まるで苛立っているかのように。

 ハカイダーの顔がアナザー鎧武を向く。彼を嗤うように。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 世界の、宇宙の王となれるほどの性能を持ちながら、その性格は下品極まりない」

 

「―――――」

 

 アナザー鎧武が無言で腕を振り上げる。

 その先に集約する光。

 ハカイダーを容易に消し飛ばせる威力の光弾だ。

 それを早々に撃ち放とうとして―――

 

「ガ、ガガガ、ガガッ、ガガガガガガガ――――ッ!?

 ハ、カイ! ハカイ―――破壊、破壊、破壊ッ!?!?」

 

「なに……ガッ、ギィ――――!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 まるで、先程までの戦極凌馬―――ハカイダーのように。

 咄嗟にそのハカイダーの方へと視線を送るアナザー鎧武。

 

 仕掛けが実ったことを見た彼は、盛大に笑い声を放っていた。

 

「ハハ―――! これが貴様が甘く見た、私の知性だ―――!

 メガヘクスから私に強制する機能はあっても、私からメガヘクスに干渉する機能はない。本来なら、ね。だが先程のハッキング、あれの情報は助かった。それを見たお前がすぐに本星に通信を入れてくれたおかげで、その通信に乗せることで、こうして……ほんの一部だが、私はメガヘクス本星に逆襲できた……!」

 

「な、にを……! 何をした、戦極凌馬ァ――――ッ!!」

 

 アナザー鎧武が踏み込み、地面に這いつくばるハカイダーを蹴り飛ばす。

 そうされたところで、彼の笑い声は止まらない。

 

「ははははは! 送っただけさ! たった一つ! 君たちの中枢に!

 私の、ハカイダーの情報を―――! さあ、耐えられるかなぁ?

 私に影響を与えた悪魔回路によって、その知性が戦闘回路に書き換えられることを!!

 ふは、ははははははははははは―――――ッ!!!」

 

「き、さぁ―――――ッ!?」

 

 アナザー鎧武以外のメガヘクスが停止する。

 ただ破壊という言葉を繰り返しながら。

 その中で。メガヘクス本星が決定した事実をその発声機能が繰り返し、告げる。

 

「地球の調和を中止。全て、全て、破壊する。

 破壊、破壊、破壊、破壊、破壊。

 これよりメガヘクスは全戦力をもって、地球を破壊、破壊破壊破壊破壊破壊―――!」

 

 一体を除き、全てのメガヘクスが上を向く。

 その方向にあるのは、当然本星だ。

 同時に全てのメガヘクスが飛び立ち、聖城の天蓋を吹き飛ばしながら空へと飛び立った。

 

 惑星の最果てと化した玉座の間に、星の明かりが降り注ぐ。

 撃ち抜かれた天井の先に広がっているのは、ゲートを挟んだ向こうにある機械化惑星。

 ――――メガヘクス本星だ。

 

「ぐぅ……ギ、ガッ―――!」

 

 悪魔回路の思考侵略を受けなお、彼だけは耐える。

 アナザー鎧武と化し、明確な別物としてメガヘクスと連絡が弱くなっていたその個体だけは。

 そうして取り残された彼が、転がっている戦極凌馬を睨み付ける。

 

「戦極凌馬ァアアアッ!!!」

 

 刃と化した腕を振り上げ、殺到するアナザー鎧武。

 そんな彼に対し、ハカイダーは即座に笑い声を引っ込めた。

 

「おっと。悪いね、嘘を吐いていた。

 私が君の通信に混ぜていたバグはそれだけじゃないんだ……

 あと二つ、メガヘクスの物質創造能力に干渉していた」

 

「―――――!?」

 

 ハカイダーの腕が、ソニックアローを持ち上げる。

 デュークだった時に白ウォズに叩き落とされたものを拾い上げたのだ。

 そうして、そこに装填するのはエナジーロックシード。

 

「―――君には品性が欠けている、と言ったね。だが恥じることじゃない。

 私が世界の王に相応しい、と認めた品格を持つ人間は……

 後にも、先にも、ただ一人だ―――!」

 

〈メロンエナジー!〉

 

 至近距離まで迫っていたアナザー鎧武の腹に放たれる。

 オレンジ色のエナジーアロー。

 それが彼の腹に突き刺さり、火花を散らした。

 

「だまれぇえええ――――ッ!!」

 

 振り下ろされる腕。

 それに両断されたハカイダーが、今度こそ完全に停止する。

 沸騰し、発狂する思考の中。

 戦極凌馬の言葉を何とか考えようと意識を向ける。

 

 二つ、メガヘクスに何かを作らせたと言っていた。

 一つはメロンエナジーロックシード。ではあと一つは。

 メガヘクスに確認しようとしても、本星の思考回路が破壊の濁流と化している。

 

「ぐっ、う、ぐぅ……! おのれ、下等な……! 生命体どもが……ッ!」

 

「その下等な生命体どもに、貴様は敗北する」

 

 その声に心底憎しみが湧いてくる。

 破壊衝動とはまた別の、メガヘクスが持つはずのない感情。

 

 こちらに歩み寄ってくるのは、赤い鬼だ。

 造形だけならば騎士然としていて、しかしてそれは人を捨て怪物と化した赤い鬼。

 思考のノイズが最大限まで膨れ上がる。

 

「駆紋、戒斗ォ……ッ!! 敗北するのは貴様たちだ―――ッ!!」

 

 アナザー鎧武の腕が唸る。

 刃となったそれが駆紋戒斗―――ロード・バロンに放たれた。

 床を踏み締め、その一撃を片腕で受け止める。

 発生する衝撃波が周囲を揺らし、しかし彼は踏み止まった。

 

「ああ、そうだ。俺は運命を懸けて戦い、そして敗北した。

 そうして、俺は敗者として勝者が創る歴史の礎となった。だが―――!」

 

 バロンが拳を握る。そこに集う赤黒い炎の渦。

 反応しようとするアナザー鎧武を置き去りにして、その一撃は放たれる。

 ―――アナザー鎧武の頭部に突き刺さり、その顔面を砕く拳。

 衝撃で吹き飛ばされ、床に転げる怪物の体。

 

「ガッ……!」

 

「俺が敗北したのは貴様にではない!

 俺が運命を賭して戦った相手は、貴様のような弱者などではない!

 そうじゃなかったのか――――葛葉ァッ!!!」

 

 メガヘクスと対峙しながら、彼が背後に檄を飛ばす。

 倒れ伏していた勝者の耳には確かに。

 彼が放った言葉が届いていた。

 

「ぅ、ぐぅ……! あ、あ……!

 そうだ……俺には、信じて託してくれた奴らがたくさんいる……!

 だから、俺が願った世界を! 望んだ未来を! 守り抜かなきゃならない理由がある……!」

 

 葛葉紘汰が立ち上がる。

 力は全て失われた。歴史は全て編纂された。

 けれども―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ふん――――!」

 

 立ち上がる。戦うための力を手に掴む。

 この力の使い道は、ずっと昔に選んだまま変わらない。

 腰に現れる戦極ドライバー。手に現れるオレンジのロックシード。

 それを構え、ロックを解除する。

 

「――――変身!!」

 

〈オレンジ!〉

 

 ロックシードを握った腕を大きく振り回し、その動きの中でドライバーを装着する。

 拳で叩き、ロックをかけ、ブレードを下ろし、果実を切り落とす―――

 

「オラァッ!!」

 

〈ロックオン! ソイヤッ!〉

 

 彼の姿が濃紺のスーツに包まれて、その頭上にオレンジの果実が形成される。

 それが頭の上に落ちてきて、鎧として広がっていく。

 オレンジの鎧を纏う、仮面ライダーの姿。

 

〈オレンジアームズ! 花道オンステージ!〉

 

「ここからは……! 俺たちのステージだッ!!」

 

 仮面ライダー鎧武が、今再び立ち上がる。

 

 その状況を前にして、アナザー鎧武が全身を怒りで軋ませた。

 葛葉紘汰が小さな脅威として復帰した。駆紋戒斗までもが現れた。

 それだけの事実が、抑え込んでいた破壊衝動を爆発的に増加させる。

 

 その意思を汲むかのように、星の果て。

 頭上に輝くメガヘクス本星が動きを見せた。

 

「――――ッ、本星! 何をしている!?

 地球との調和を停止。地球との融合を破棄。地球との調和を拒絶。

 これより地球という存在を、塵一つ残さず破壊する。

 破壊、破壊、破壊、破壊、ハカ―――ぐ、ぅうう、ガァッ!!」

 

 ―――彼方に見える機械の星。

 そこが大きく展開して、中心から砲台らしきものが伸び始めた。

 数千キロ離れたここからでも視認できるほどの、巨大なもの。

 その砲台が、少しずつ輝きだす。

 

「―――あいつ、地球ごと木端微塵に吹っ飛ばすつもりか!」

 

 この距離からすら感じるエネルギー。

 それは恐らく、惑星一つ消し飛ばして余りあるものだ。

 一切の理性を失ったメガヘクスによる、後先考えない超砲撃。

 

「だったら止めないと―――!」

 

 メガヘクスが一体を残し離脱したことで解放されたジオウたち。

 地球を粉々にされるなど御免被ると。

 ジオウが宇宙に上がるために、フォーゼウォッチをその手に出した。

 どうやって止めればいいかはまだ分からないが―――と。

 

「……いや、チャンスだ!

 あそこに地球をぶっ飛ばせるほどのエネルギーがあるなら……

 直接行ってあそこをぶっ壊せば、逆にメガヘクス自身が粉々にぶっ飛ぶはずだ!!」

 

 鎧武が間違いない、と言わんばかりにそう断言する。

 

 理屈は分かる。理屈は分かるが、と。

 囲まれていたジオウたちの援護に入ろうと、こちらにきていたマシュ。

 彼女が困ったような顔で、鎧武の横顔を窺う。

 

「…………えっと、それは、その……考え方としては、分かるのですが……」

 

「えっ……俺、何か変なこと言った?」

 

「んー、でも何か―――行ける気がしてきたかも!!」

 

〈アーマータイム! フォーゼ!〉

 

 飛来するロケットと合身し、フォーゼアーマーに換装する。

 その直後、アナザー鎧武が彼らに向かって殺到した。

 

「葛葉、紘汰ァアアアア――――ッ!!」

 

「―――貴様の相手は俺だ!!」

 

 直剣、グロンバリャムがその突撃を遮った。

 そのままアナザー鎧武と鍔迫り合いに持ち込むロード・バロン。

 

「私も、やられっぱなしで帰る気はないのでね」

 

 横合いからアナザー鎧武の足を刈り取るジカンデスピア。

 バランスを崩した機械と果実の怪物。

 その胴体に、バロンと白ウォズの蹴りが同時に叩き込まれる。

 そうしてから、彼は背後を怒鳴りつけた。

 

「行くならさっさと行け!!

 ―――俺が眠りについた未来は、お前が創った未来だ。さっさと取り戻してこい!」

 

「――――おう!!」

 

「行くよ、神様! マシュ、所長にこれから宇宙行くって連絡しといて!!」

 

「は、はい!」

 

 そう言って、ジオウとそれに掴まった鎧武が空へと飛び立った。

 ブースターモジュールを全開に。

 宇宙の果てを目指して一直線に突き進んでいく。

 

 その加速を見て、アナザー鎧武が蒼い眼光を明滅させた。

 

「ぐ、ぅうううう……ッ! メガヘクス本星……!

 地球の直接破壊を延期……! 一度主砲を格納し、全隔壁を閉鎖ァッ!!」

 

 ノイズの嵐。破壊衝動と、防衛意識が衝突する。

 遅々と進まず、しかし少しずつ防衛のための動作が始まった。

 そうしている彼を、バロンの振るう剣が斬り裂く。

 

 火花を散らしながら蹈鞴を踏み、一歩後ろに下がるアナザー鎧武。

 

「ッ、駆紋、戒斗ォオオオ……!」

 

「フン。頭の悪い話だったが、貴様の反応を見る限り効果はありそうだ……」

 

「黙れ……! 黙れ、黙れ黙れェッ―――!!

 所詮、貴様は戦極凌馬が干渉できた僅かなリソースから再現されたデッドコピー……!

 我らメガヘクスにとって、何の脅威でもない――――!!」

 

 全身から蔦が触手となって放出する。

 それ自体が凶器と化して、バロンたちの許へと殺到した。

 

 今にも倒れそうなマシュを盾の上から蹴り飛ばす。

 そのまま無数の触手を斬り捨て、赤黒い炎をもって焼き払い。

 しかしそれでは処理が間に合わず、彼は串刺しにされる。

 それでも耐え、自分を穿つ蔦を引き千切りながら動き続けていく。

 

 白ウォズの槍もまたそれらを払う。

 が、対応が間に合わず、全身を打ち据えられる。

 キカイの装甲によって耐えてみせているが、そう長くないのは明白だ。

 

「チィッ……!」

 

「これが現実だ! 本星の隔壁ももう閉鎖する―――!

 貴様たちは、我らメガヘクスにとっての脅威などではなかったのだ―――!!」

 

 

 

 

 彼女を抑えていた機兵は全て退いた。

 そのことに槍を微かに下げた獅子王が、周囲を見渡す。

 異形となった怪物の一体は向こうにかかり切りで、こちらに意識さえ向けない。

 もっとも、今更あれ一体をどうにかしたところで、状況は変わらないのだろうが。

 それでもあれをまず砕くために、槍を構え―――

 

 ―――土に還りながら、彼女に歩み寄る一人の騎士に動きを止める。

 

 彼は今なお、星の光に灼かれ続けている。

 触れられない。触れれば死ぬ。

 だから、ただ後ろにつくことしかできない人間の少女。

 彼女はただどうしようもないことに歯を食い縛っている。

 

 けれど、それでも、前に歩き続ける彼を応援するように。

 何の意味もない、はずの旅路を。ただ、遂げられるようにと励ますように。

 その顔がそう言っているように見えた。

 

 その目は虚ろ。今は、もう何も見えてはいないのだろう。

 騎士とは思えぬほどに優しげで、哀しげで、今にも泣きそうなその瞳を―――見て。

 

「―――ああ」

 

 いつか。そんな瞳で、自分を見ていた騎士を思い出す。

 木に寄りかかった彼女をそんな目で、誰かが見ていたことを思い出す。

 

 やっと、彼の顔と名前が繋がって、思い出せた。

 その名前を、いつかのように口に出す

 

「―――べディヴィエール」

 

「―――――あ」

 

 少しだけ、彼の瞳に色が戻る。

 彼は動かない体で、僅かに頭を下げた。

 

「―――申し訳、ありません。少し、夢を、見て……」

 

「夢……?」

 

「はい……いつかの、キャメロットで――――

 私は、夕暮れを、前に……物見の、塔で、黄昏れていて……そこに、王が。

 あの時、貴方が、どれほどの絶望を、抱いていた、かも知らず……

 私はただ、不和はあれど、それでも、キャメロットも、円卓も……いつも、そこに……

 貴方とともに、ずっと……ずっと……」

 

 回らない口で、涙の枯れた瞳で、騎士はただ啼く。

 1500年。巡ってきて、燃え尽きた魂の残滓。

 獅子王の感覚で言えば、きっとこれは不要になった魂だ。

 だというのに、彼女はそれを不思議と切り捨てる気にならなかった。

 

 ―――獅子の兜を外す。

 放り捨てたその兜が、床を転がっていった。

 

 膝を落とした彼に合わせるように、屈むことで視線の高さを合わせる。

 彼女の碧の瞳が小さく微笑んで。

 そうして、彼が果たしにきた使命に手を添えた。

 

 星の熱は彼女を灼かない。

 本来の持ち主である彼女に、その熱は届かない。

 けれど人が抱えられるはずのない熱を、彼はここまで運んでみせた。

 

「―――まったく、貴卿はいつまでも貴卿らしい。

 その純朴さは、なにものにも代え難い貴卿の美点だ」

 

「―――――」

 

 黄金に輝く銀の腕と手を合わせ、彼女は騎士の帰還を歓ぶ。

 

「ええ、あの時の円卓がそのまま続いていたら、と。

 そんな夢を見る円卓の騎士が、一人くらいはいてもいいでしょう。

 ―――サー・べディヴィエール。あなたは今度こそ、王命を果たした。

 もう休みなさい。卿には、少し考え込みすぎるきらいがある」

 

「―――――」

 

 もう、彼には声もない。

 腕を本来の持ち主に届けた以上、彼に延命の加護はない。

 既に風前の灯火だった命は、更に消えていく速度を加速する。

 閉じていく瞼、薄れていく意識。

 そんな彼に対して、王は最期の言葉を送る。

 

「よく、眠りなさい。あなたの王命を果たすための旅路は果たされた。

 どうか。あなたが望んだ夢の続きが、見れますように―――」

 

 

 




メガヘクスくんwwww全部私のせいだwwww

見ているのですか、べディヴィエール。
夢の、続きを―――

これが今回の二大要素です。普通だな!
流石にあと二話で終わるやろ


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花道オンパレード!2013

 

 

 

「は? いまなんて?」

 

『―――ソウゴさんたちが、あの空の星を破壊しに行くと言って宇宙に向かいました!』

 

 空から雲霞の如く降り注ぐメガヘクスの大群。

 そんな世界の終わり染みた光景の中で、オルガマリーは間の抜けた声を出す。

 

 マシュからの繰り返し声が届くと同時、聖城から飛び立つ影が見えた。

 フォーゼアーマーとそれに掴まる鎧武。

 それは一直線に、空に向かって翔け上がっていく。

 叫びたい気持ちをぐっとこらえ、彼女は状況を検めようとする。

 

「あれを壊すってそんな、どうやって……!」

 

 確かにどうにかしなければならないものだ。

 間違いなく敵で、歴史どころか惑星単位を滅ぼそうとしている敵。

 だが、星一つまるまるなんてどうやって―――

 

『敵性……惑星の主砲を破壊して、自壊させると』

 

「主砲―――」

 

 一応、目的はあるらしい。

 確かに一度、そうとしか見えないものが顔を出した。

 だがすぐに星の外殻を閉じるように、奥にしまわれている。

 

 敵の惑星に取り付き、壁に穴を開けながらそこまで?

 どう考えたって不可能だろう。そこは敵の本拠地。

 この地上へ差し向けられている以上の戦力による、拠点防衛があるはずだ。

 

 ただ、逆転の手段と見定めたそれ。

 それが正解しているのだとしたら。それが逆境を覆す一手になるのなら。

 こちらがやらなけれなならないのは、支援だ。何か出来るかを考えなければ―――

 いや、ここで一体でも敵を引き付けることこそ最大の支援か。

 

 ―――そんな彼女たちの会話を聞きながら。

 アーラシュが放つ一射が、メガヘクスを一機撃墜する。

 彼が飛び立っていく鎧武を見てから、その後にメガヘクス本星を見上げた。

 そうして小さく笑い、彼は軽く肩を回す。

 

「―――さて、恩返しの機会だな。死にかけじゃなきゃまず外さんだろうが……」

 

 目算で2200―――いや、もうちょっとあるか。

 だが、2300までは届くまい。一応は、()()()()

 

 地球に接近して真っ先に、聖城に突き刺した金属ユニット。

 あれを叩き込むためだろうか、随分と近づいていたらしい。

 わざわざゲートを開き続けていることから考えると、もしかしたら星から離れたメガヘクスたちとの通信には距離限界があるのかもしれない。実際は分からないが、とにかく好都合だ。

 

「もう少し距離を稼ぎたいな……悪い! 俺はここ離れるぞ!

 紘汰やソウゴたちの援護は任せとけ! その代わり、こっちは任せた!」

 

「え?」

 

 そう言って、驚くオルガマリーたちの反応を待たずに走り出す。

 だが一気に駆け抜けようとした彼の横に、少年王が並ぶ。

 

「―――ブケファラス」

 

 自分の霊核を削り尽くすほどに雷を出し切ったアレキサンダー。

 そんな状態でなお、メガヘクスとの戦闘に参加している彼。

 その彼の声を受けて、英霊馬が身を翻した。同時に飛び降りる少年王。

 ブケファラスがアーラシュと並走するように走る。

 

「お、乗せてくれるのか?」

 

「高度が下がっているとはいえ、あの神殿に飛び乗るのは骨だろう?」

 

 そう言って肩を竦め、アレキサンダーは単身で戦場に戻る。

 アーラシュが戦線を外れる穴埋めは簡単ではない。

 他のものたちの消耗は更に加速する。

 だがそれでも、現状を逆転するためには必要な負荷に違いない。

 

「アーラシュ殿の穴を埋められる、とは口が裂けても言えぬが……うむ。

 ―――死力を尽くし、一秒でも長く時間は稼ぐとも。

 このまま負けて帰ったら、さぞ長い説教を食らうことになりそうだしな!」

 

 藤太の矢がメガヘクスを一機墜落させる。

 その墜落した機体を圧し潰すように、ブーディカの戦車が落ちてきた。

 盛大に潰され、そのまま機能停止するメガヘクス。

 

「あたしの戦車で送れればいいんだけど……ね!」

 

 恐らく、それではメガヘクスに撃墜される。

 一切速度を緩めず、最初から最後まで最高速で送り届けられるのは―――

 ブケファラスの、その脚だけだ。

 

「はは、悪いな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言って彼が英霊馬に乗り込むと、ブケファラスは全力での疾走を開始した。

 視界を埋め尽くすメガヘクスの合間を擦り抜けて。

 向かう先は―――大神殿・“光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)”。

 

 走る、走る、走る、走る――――跳ぶ。

 

 全力疾走からの跳躍。

 それは無数の敵を追い抜いて、アーラシュを上空まで一気に運んだ。

 

「悪い!」

 

 その上で、ブケファラスを足場に跳び上がる。

 踏み台にされた彼は鼻を鳴らしながら、地上に向かって落ちていく。

 代わりに彼は、沈黙し続ける空中神殿に手をかけられた。

 

 すぐさま上り、聖罰が開けた大穴を覗き込む。

 恐らくこれが玉座の間にまで繋がっているはずだ。

 一秒と待たず、即座に体をそこへと投げ入れて落下する。

 

 ―――そうして、それなりの距離を落ちた先。

 ズタズタに引き裂かれた玉座の間を見た。

 

「王様! 生きて、るよな。宝具が残ってるんだもんな!」

 

 到着すると同時に即座に声を上げる。

 数秒置いて、広間の端から声がした。

 

「…………騒がしいな、アーチャー。

 神殿で眠りについていたファラオを起こした罪は重いぞ」

 

 玉座から離れた位置で、立ったまま気絶していたのだろう。

 オジマンディアスが目を覚まし、ゆっくりと動き出す。

 彼の足元にはニトクリスが倒れていた。

 

 この神殿の対粛清防御を撃ち抜く一撃だ。

 その攻撃を受けた瞬間は、さぞや修羅場だったことだろう。

 だがそれを労っている時間もない。

 

「おう、悪い。今から行くから裁きは後にしてくれ」

 

「―――――」

 

 オジマンディアスがちらりと彼を見て。

 しかし何も言葉にせず、玉座の方へと歩き出した。

 辿り着いた彼は、そのままどかりと腰掛ける。

 

「ちょっと外を見てもらえればわかるが、とんでもないことになってる。

 で、ちょっと星を落としに行くのを手伝ってくれ」

 

「なに……?」

 

 彼の意識に呼応し、神殿周囲の探査が始まる。

 外の状況はまるで分からない。

 どんな状況か分かっても、どうしてそうなったのかが分からない。

 

 だが敵が増えたこと、そして星を落としに行くという言葉。

 その意味は、確かに理解できた。

 そこで開かれるアーラシュの口、その言葉。

 

「ちと距離が足りない。足場、貸してくれ」

 

「――――ふ、ふはは! ふははははははははははははッ!!

 ははははははははは! ふはっ、ふははははははははははははは―――ッ!!!」

 

 目の前にたつ東方の大英雄。

 それを前に、太陽王は凄まじい勢いで笑い声を噴き出した。

 まるで噴水のように噴き出すそれに、アーラシュは苦笑を返す。

 

「貴様、アーチャー! 事もあろうに貴様!

 余の墓標たるこの大神殿を足蹴にし、星を割るというか!

 無礼千万も甚だしい! その無礼、この特異点一笑ったわ! 故に許す! 特に許す!

 光輝たる余を笑わせた報酬である、その光栄に泣き咽ぶがいい!!」

 

 玉座の上でファラオが力を発する。

 彼が所有している聖杯の力が全て、大神殿に注がれていく。

 一度はカルデアとの戦闘で奪われたが、エジプト領の維持のため彼の手に戻したものだ。

 

「ニトクリス! 貴様、いつまで寝ているつもりだ!!

 全魔力を“光輝の大複合神殿(ラムセウス・テンティリス)”の推力に回せ! これより、どこぞのものとも知れん惑星に、太陽たる余が裁きを下す!!」

 

「ふぁ、ふぁい!? ぜんまりょく……全魔力を……?」

 

 気を失っていたニトクリスがファラオの言葉に飛び起きて―――

 そしてふらりと頭を揺らした。

 

「じゃあ俺は外で待機してるからな。任せたぜ、王様」

 

 そう言って、アーラシュが入るのに使った大穴から外を目指す。

 アーチャーが姿を消したのを見届け、オジマンディアスが再び叫んだ。

 

「―――全魔力を推力に回せ! 三度目はないぞ!」

 

「……! ―――!?!? は、はい! ファラオ・オジマンディアス!

 全魔力を推力に集中! 機動大神殿、目標は……?」

 

 ようやく正気を取り戻したニトクリスが跳び上がる。

 即座に大神殿のオペレートを再開する女王。

 全推力をもってどこへ行くのか、その目標をオジマンディアスが高らかに叫んだ。

 

「太陽たる余の輝きを遮る天蓋―――!

 目標は敵の惑星、あのガラクタの塊だ―――!!」

 

 復旧し、全魔力が空に舞い上がるための推力に変わる。

 それは今まで張っていた全防御の解除も意味するものだ。

 だが守りを展開していては、推力が足りない。

 元々の推力と、聖杯によるバックアップ。両方足して、それでギリギリだ。

 

 この巨大建造物が出しているとは思えない速度。

 音速を優に超えるほどの爆発的な超加速。

 それが一気に、大神殿を宇宙に迫らせる。

 

 メガヘクスの反応がある前に、そうして舞い上がる大神殿の外。

 そこに足をかけて、弓を構えるのはアーラシュ・カマンガー。

 

 きっと彼だけがこの時代に来ていても、これだけの民は救えなかったろう。

 彼は敵は討ち果たせるし、狩りをすれば少しくらいの食料はどうにでもなる。

 けど、数千の民の食料となったら無理がある。

 

 そんな逆境を、当たり前みたいな顔をして覆してくれた。

 無辜の民を救うために力を尽くしてくれた。

 それだけで、彼が矢に命を乗せて放つには十分な恩だ。

 

 彼らが救ってくれた命に報いることは、その弓で守る事。

 その弓で無辜なる命を守るため、彼は生まれてきたのだから。

 

「うっし! じゃあ―――俺は俺のやれることを、だな!」

 

 矢を番える。

 アーラシュ・カマンガー、その生涯最期の一矢を此処に。

 

「―――陽のいと聖なる主よ。あらゆる叡智、尊厳、力をあたえたもう輝きの主よ。

 我が心を、我が考えを、我が成しうることをご照覧あれ」

 

 ぐんぐんと機械の惑星(ホシ)が迫ってくる。

 距離は十分なほど詰められる。

 

 彼はもはや半死人。最大射程を撃ち抜けるほどの体力がない。

 けれどこうして少し距離を詰めてくれれば―――どうにかしてみせよう。

 彼は頑強なるもの、勇者アーラシュ・カマンガー。

 

「さあ、月と星を創りしものよ。

 我が行い、我が最後、我が成しうる聖なる献身(スプンタ・アールマティ)を見よ」

 

 矢を引き絞る。彼の最大射程は約2500Km。

 国の争いを終わらせるために、「国境」を定めた一射。

 それ即ち―――()()()()()()()()()()()()()

 

「この渾身の一射を放ちし後に―――

 我が強靭の五体、即座に()()()()であろう!」

 

 人の身に余る大偉業と引き換えに、彼はこの一撃で絶命する。

 だがその事実に微笑みさえして、その腕は矢を引き絞った。

 立ち上る圧倒的な魔力の奔流。

 

 その弓から放たれた矢は、もはや戻ることは二度となく―――

 その弓を握っている者さえも、弓に新たな矢を番えることはない。

 

 ―――光を曳く一射は、まるで流星の如く。

 

「――――“流星一条(ステラ)”!!」

 

 

 

 

 嵐の槍が背後を襲う。無数の触手が巻き込まれ、千切れ飛ぶ。

 兜を捨てた獅子王が、その槍の暴威を全てアナザー鎧武に向ける。

 致命傷には届かない。届くはずもない。

 だがその抵抗に意識が沸騰する。

 

「邪魔だ―――!」

 

 バロンと纏めて、獅子王を弾き返す。

 再び展開する無数の蔦。

 それで邪魔者どもを串刺しにしようとするアナザー鎧武。

 

〈ビヨンドザタイム! フルメタルブレーク!!〉

 

 その彼の腕に、フューチャリングキカイが撃ち出した巨大フックが絡みついた。

 捕まえたと見るや、キカイショルダーがフックと繋がる鎖を巻き戻す。

 強制的に白ウォズに引き寄せられていくアナザー鎧武の体。

 

「グッ……!」

 

「ハァッ――――!!」

 

 振り抜かれるライダーウォズの拳。

 胴体に突き刺さる一撃。

 その直撃に、引き寄せられた時以上の速度で吹き飛ばされ―――

 

「セイィイイ―――ッ!!」

 

「―――――!」

 

 グロンバリャムとロンゴミニアドが、同時に叩き付けられる。

 全身の蔦をばらばらにされながら更に吹き飛ばされるアナザー鎧武。

 彼は床に落ち、思い切り転がって、やがて止まった。

 

「おのれ、おのれ―――! グッ、ギ、ガ……!

 破壊、ハ、ギィイイ……!!」

 

 破壊衝動を制御しながら、何とか立ち上がる。

 その彼の頭上、本星に繋がるゲートの中で―――流星が、輝いた。

 

「な、に……っ!? 馬鹿な……!?」

 

 その光を感じ、咄嗟に見上げた先。

 こちらから引き揚げさせ、本星付近に展開していたメガヘクスたち。

 そのほぼ全てが消し飛んでいた。

 

 それだけではない。

 機械惑星メガヘクスの外殻。最も硬い星の防壁。

 真っ先に閉じたはずのそれが、完全に破壊されていた。

 

「何が……! メガヘクス本星! 外殻の修復を最優先!

 他の何をおいても、まず先に外殻を塞げ―――!!」

 

「―――所詮、貴様は敗北者。

 自身の敗北を省みることなく、己の力が絶対と固執した憐れな亡者だ。

 お前からは、敗北の未来を覆す強さなど感じない!」

 

 言葉と共に、ロード・バロンが一歩を踏み出した。

 メガヘクスの思考回路が、その敵の言葉に反応を示す。

 

 アナザー鎧武の力が全てその相手に向けられる。

 無数の触手、腕の刃、放たれる光弾。

 それが全て、彼を灰に変えるために行使された。

 

「それは貴様だァアアアアア――――ッ!!」

 

 その攻撃を全て受け、体を穿たれ、片腕がもがれ。

 バロンは致命的な損傷を負って、機能を低下させていく。

 彼の手にしていた直剣、グロンバリャムも。

 握っていた彼の腕とともに、遥か後方へと吹き飛ばされた。

 

 そんな状況で、残った片腕で拳を握り。

 彼は、全力でもってそれを相手の顔面へと振り抜いてみせる。

 

「―――だから、貴様は負ける。俺と同じように。

 奴らの目指した未来に――――!!」

 

 蒼い光を帯びた顔面が砕ける。

 即座に修復が開始されるアナザー鎧武、メガヘクスの頭部。

 そうして受けた損傷。仇敵からの嘲笑。

 

 ―――それがまた、メガヘクスの思考にノイズを走らせる。

 

 ―――破壊、破壊、破壊、破壊。

 メガヘクスに仇なす存在の破壊を最優先。

 星の修復など後からで事足りる。全エネルギーを主砲に集中。

 

 止められない。

 砲撃のためのエネルギーラインは、完全に確立した。

 既にメガヘクスの全性能は主砲発射へと集中しきっている。

 チャージが完了するまであと十数分。中断はできない。

 もうできるのは、いつ撃つかを決めることだけだ。

 

「……ギ、ガ、隔壁開く必要なし―――!

 隔壁を閉じたまま、メガヘクスの隔壁ごと砲撃せよ……!!

 我らに近づくものは、全て消し飛ばせェッ―――!!」

 

 

 

 

 アーラシュ・カマンガーが砕け散る。星の外壁が崩れ落ちる。

 彼のアーチャーは見事、星の外側を割ってみせた。

 その光景を前にして、彼を運ぶという役割を果たした大神殿は―――

 

 敵惑星に向かうジオウたちを追い抜いて、宇宙を翔けた。

 彼らを完全に脅威と見做したメガヘクス軍団が殺到。

 大神殿を破壊するために、取り付こうとしてくる。

 

 全エネルギーを推力に回していることに変わりはない。

 取り付かれれば、やがて破壊されるだろう。

 

 そんな中、玉座に座る王が小さく息を吐く。

 

「―――は。その矢、中々だったが……足らんな、まるで足らん。

 致し方ない。星を砕くとはどういうことか、余が自ら教示するしかあるまい。

 我が大神殿の後ろで見ている、()()()()()()()

 

「――――は!」

 

 大神殿は宇宙(ソラ)を繋ぐゲートの奥にある、敵星を目掛けて飛ぶ。

 

 目指すはアーラシュが切り拓いた場所。

 修復されるような様子もなく、大穴が開いたままの星の外殻。

 その奥にはまだシェルターが幾層にも展開されていた。

 

 ―――とはいえ、外殻に比べれば随分と柔らかいことだろう。

 叩き付ける。この大神殿をそのまま。

 そうして、貫いた先に―――まあ、誰かが勝手に辿り着くことだろう。

 

「―――ファラオ・オジマンディアス。どうかお暇を頂きたく……」

 

「許す、やれ」

 

 太陽の王に暇を頂き、天空の女神が杖を振るう。

 

 ―――“冥鏡宝典(アンプゥ・ネブ・タ・ジェセル)”。

 ニトクリスの鏡が、高速飛行を続ける大神殿の前に展開される。暗黒のみを映す冥界の鏡は壁となり、自身をミサイルの如く変えて突撃してくるメガヘクスたちへの防壁となった。

 

 絶え間なく訪れる激突。

 千や万ではきかない、機械の砲弾の嵐、破壊の雨。

 それに対し、杖を握りながらニトクリスが耐え凌ぐ。

 

 ―――大神殿が敵に届くまでの数分、彼女は無言でただ耐えた。

 

 ファラオの前で悲鳴を上げる無様を堪えたのではない。

 そうして悲鳴を上げるための体力すら、彼女は惜しんだのだ。

 役目を果たすために、彼女は死力を尽くしてみせた。

 

 ―――神殿が届くまで、残り十秒。

 

 宇宙を翔け抜けた先。

 その距離まで近づいた時、玉座にかけたファラオが口を開いた。

 

「―――ここに呼んでから、それなりに余に対する不敬を重ねた貴様だったが。

 この一件を遂げたことにより、それらは不問とする。

 よくぞ余の道を拓いた、古き天空の女王―――ファラオ・ニトクリス」

 

「―――――」

 

 鏡が罅割れる。

 それは彼女の霊核が罅割れたということ。

 彼女は力を尽くして耐え忍び、大神殿が敵に届く一秒前までそこにあり。

 

「もったいなき、御言葉……!」

 

 ―――最後の最後まで、彼女らしい様子だった。

 

 隔壁に突き刺さるピラミッドの先端。

 それは次々とメガヘクスの隔壁を粉砕し、奥へ向かって突き進んでいく。

 一人残された玉座の間で、太陽王が静かに笑う。

 

「……さて。このまま貫ける、などと」

 

 ―――全推力をもってしても、隔壁を全て撃ち抜くこと敵わず。

 大神殿は、半数近くの防壁を粉砕したところで、その侵攻を止めた。

 後方から数え切れないメガヘクスが雪崩れ込んでくる。

 敵である大神殿、オジマンディアスを破壊するために。

 

「―――そんなつまらん幕切れではなく、助かった。

 貴様らに見せるのは、余の墓標の偉大さだけではない。

 その光輝を浴びる栄誉もくれてやるつもりだったのだからな―――」

 

 オジマンディアスが玉座を立つ。

 その手に浮かび上がるのは、聖杯。

 

 推進力に回していた全ての魔力。

 それをまったく別のものへと注ぎ込んでいく。

 新たな魔力の消費先。それはすぐさま臨界に達し、暴走にも似た状態へと陥った。

 

「全魔力をデンデラ大電球に送電!!

 これより全方位に向け、我が威光の投射を開始する!!

 異星からの来訪者よ、我が業を見よ―――!

 これぞ我が無限の光輝、太陽たる余の前に平服するがいい――――!!」

 

 ―――大神殿が光輝を放つ。

 その内部にあるデンデラ大電球。

 それが太陽そのものとなり、大神殿ごと灼熱に呑み込んでいく。

 

「たかが惑星たる貴様の腹の内に、恒星たる余を招いた不遜を嘆くがいい!

 いざ輝け、“光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)”―――――!!!」

 

 ―――地獄が生まれる。

 メガヘクスの只中に、太陽という名の地獄が。

 如何に神王オジマンディアスの宝具とはいえ、それは支えきれない。

 顕現させた太陽の威力に、大神殿自体が焼け落ちる。

 太陽が顕れたるのは、ほんの数秒のことでしかなかった。

 

 だが、たったそれだけで十分。

 惑星メガヘクスに太陽が開けた穴は、確かに。

 ―――彼らが目指す、深奥へと続いていた。

 

 太陽に巻き込まれ数万か、数億か。メガヘクスの大軍は消滅した。

 すぐさま増産が再開される。主砲装填業務で余ったリソースで。

 当然、(ソラ)を満たすほどの数が一瞬で出てくるわけではない。

 

 復旧が成される前に、その中に。

 鎧武が掴まったフォーゼアーマーが飛び込んでいく。

 どこからもサイレンが轟き、彼らを優先して排除するための兵器が顔を出す。

 だがその数は明らかに少ない。

 

 速攻で突破するために加速する。

 その中で、虚空で揺らめいている水晶体が目に入った。

 

「あれは―――! ごめん、神様! あれ拾って!」

 

 ジオウの両手はブースターモジュール。

 途中であれを拾う事は叶わない。

 言いながら、軌道を修正してそれと重なるように飛行する。

 

「おおっ、これぇ―――っ!?」

 

 その中で、宙に浮いていた水晶体を鎧武がキャッチする。

 オジマンディアスが自身の中に取り込み、太陽に巻き込まれても砕けぬようにと。

 そうして残していってくれた聖杯だ。

 

「ありがと、神様!」

 

「おうよ!」

 

 そうして最短距離を外れた代償に、残った兵器が前を阻む。

 蔓延る機械兵器の壁を前にして―――

 

「―――回るよ、神様!」

 

「回る? 回るって?」

 

〈フィニッシュタイム! フォーゼ!〉

〈リミット! タイムブレーク!!〉

 

 フォーゼアーマーが回転を開始した。

 竜巻となって、立ちはだかる防衛システム・メガヘクスたちを貫通する。

 目指すべき場所は一点。臨界直前の、主砲のみ―――

 

「宇宙ロケットきりもみクラッシャ―――――ッ!!」

 

「う、ぉおおおお―――っ、よっしゃ俺もぉおおおお―――――っ!!」

 

〈オレンジスカッシュ!〉

 

 片手でフォーゼアーマーの足に掴まりながら、もう片手が剣を伸ばす。

 スライスしたオレンジのような刀、大橙丸。

 竜巻にオレンジの果汁が混ざり、更に勢いと威力が加速する。

 フルーツジュースを作るミキサーが如く回転し続ける彼ら。

 

 それが敵の防衛網に正面から穴を開け―――突破。

 正面に、青白く、強く発光し続ける砲台を見た。

 

「王様!」

 

「神様!」

 

 回転しながら足を振り抜くジオウ。

 彼から離れた鎧武が、そのまま砲台へと突っ込んでいく。

 それを追う前に、全身を覆うフォーゼアーマーを分離。

 背後に向かって打ち上げる。

 

 後ろから追ってきていた無数のメガヘクスたちの中に突っ込んでいく白いロケット。それに直撃したメガヘクスの一体が押し返され、連鎖するように後続のメガヘクスたちもバランスを崩して押し返されていく。

 

〈アーマータイム! ドライブ!〉

 

 そうして新たなアーマーを纏う。

 真紅のボディを身に纏い、一度だけ壁を蹴った。

 壁を擦るタイヤの音、そこで―――フルスロットルで加速する。

 

〈オレンジスパーキング!!〉

〈ヒッサツ! タイムブレーク!!〉

 

 鎧武が。ドライブアーマーを纏ったジオウが。

 足に纏った全力をこめた一撃を、主砲でもっとも光の強い場所。

 明らかにエネルギーが蓄積されている致命的な部分へ。

 その一撃を、同時に叩き込む。

 

「ハァアアアアアアッ―――――!!!」

 

「セイハァアアアアッ―――――!!!」

 

 直撃。直後に、爆発。

 ―――星を砕くだけのエネルギーがその場で暴発する。

 それに呑み込まれた二人が、白光の中に呑み込まれ―――

 

 

 

 

「―――――」

 

 いつか見たような、白い変な空間に立っていた。

 ソウゴはその周囲を見回して、神様の姿を見つける。

 金色の髪をした、白衣の男。

 彼の全身には時々ノイズが走り、今にも消滅しそうなほど弱々しい。

 

「神様」

 

「俺たちは選んだ。俺たちの運命を。色んなことがあって、それぞれみんな選んだ道も違って。やり方を違えた奴らから、俺は俺が望んだ未来を勝ち取って……こうして、ここに辿り着いた」

 

 神様がソウゴの許に歩み寄ってくる。

 彼がゆっくりと掲げた掌に紺とオレンジのウォッチが生まれた。

 

「俺が勝ち取った未来に後ろから続いてくれる奴らが、また新しい未来を創る。

 だから俺は今、こうしてまた運命を選ぶ―――」

 

 差し出されるウォッチ。

 少し逡巡して、しかしソウゴはそれを手に取った。

 ノイズは加速する。鎧武の歴史が消えていく。

 

「―――きっと、目指してる方向は俺もお前も同じだ。

 さって! 後は任せたぜ、王様!」

 

 ウォッチを受け取ったソウゴの手を、その上から握るように。

 強く手を握りしめて、彼はにっかりと盛大な笑い顔を浮かべた。

 それと同時に彼と、この空間。両方が消失していき―――

 

 

 

 

「――――ば、かな……メガヘクスが……!」

 

 アナザー鎧武の目の前で、星が崩れ落ちていく。

 中枢である本星を失った影響で、全てのメガヘクスが停止する。

 アナザーライダーと化し、半ば独立した個体を一体だけを残し。

 

 ―――同じく、ロード・バロンが停止する。

 それもまたメガヘクスの被造物であったものであるが故に。

 彼はメガヘクスの消失とともに、動力を失った。

 

 宇宙の彼方で崩れる機械惑星。

 内側からの爆発的なエネルギーにより、自壊する鉄の星。

 その残骸が飛散するのを見ながら―――しかし。

 

「だ、が……! 空間を繋ぐゲートは未だ閉じていない……!

 メガヘクスは沈黙したが、その破片までもが全て塵となったわけではない!

 惑星の中心部により起こった爆発は、星の外殻を外側へと()()()()()!!」

 

 惑星メガヘクスという大質量。確かにそれは破壊された。

 超エネルギーを集約していた主砲の爆発に連動した、星の動力の破壊。

 ―――惑星の中心部で発生した、大爆発によってだ。

 

 だがその爆発が起きたことは、メガヘクスの消滅には繋がらない。

 中心部で発生した爆発は、メガヘクスを砕いた。

 砕けた星の外殻は、砕けながらもばら撒かれたのだ。爆破の勢いで。

 微塵に砕けたものもある、だが巨大な質量を維持したまま剥がれたものもある。

 

 惑星の一部、その破片。

 吹き飛ばされてくるそれが、一つでもこの星に落ちれば―――

 

「惑星メガヘクスは沈黙した! だが、まだ私がいる!

 大いなるシステム・メガヘクスの一部である私が!

 メガヘクスであった我らの一部で地球を滅ぼし、そこから我らメガヘクスを再生する!

 私が、この惑星を新たなメガヘクスに造り替える!!」

 

 そのために、まずは破壊のために降り注げと。

 アナザー鎧武が天を仰ぎ、流星の如く迫りくるメガヘクスの破片を見上げた。空にかかる光帯のせいで多少焼き切られるだろうが、それでもこのサイズが燃え尽きるはずはない。

 その上破片は一つや二つではない。防ぐ方法など、ありはしない―――

 

 ―――そんな彼の横で、光の柱が立ち昇る。

 

「――――なに? これ、は」

 

 聖槍を凌駕するエネルギー反応。

 驚愕を示しながら、そちらに振り向く。

 

 そこにいたのは、やはり獅子王だ。

 それも当然だろう。

 彼女以外に、この場であれだけのエネルギーを発揮できる存在はいない。

 おかしなことは、それが獅子王であることではない。

 

 彼女の手の中にあるのは、聖槍ではなく聖剣。

 獅子王は両手でその剣を握りしめ、瞑目し、静かに構えていた。

 観測されるエネルギーは留まることを知らず上がり続ける。聖槍のもの以上に。

 この位置からでも、地球に落ちてくるメガヘクスの外殻を消し飛ばせるほどに。

 

「―――是は、世界を救う戦いである」

 

 放たれれば、メガヘクスの再生に遅延が生じる。

 この惑星をメガヘクスに造り替えるための前提が頓挫する。

 それを理解したアナザー鎧武が、瞬時にそちらへ走り出した。

 

 狙いが逸れるだけで充分。

 如何に獅子王とはいえ、アナザー鎧武の突撃を完全に無視する事など不可能。

 そうしてあれらがこの星に落ちるまで時間稼ぎをするだけでいい―――

 

 だから、彼らも勝利条件は同じ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 漆黒の鎧が、アナザー鎧武の前に出る。

 ぽかりと大穴を開けた胸。

 とっくに致命傷のそんな身で、彼はその行動をやり遂げた。

 

「――――邪魔だ……ッ!」

 

「ぐッ、ぬぅ……ッ!」

 

 アグラヴェインがその怪物に組み付く。

 無数の触手が彼に穴を開け、だが彼はその王の敵を離すことはない。

 

 是は。人が生きるために、真実に挑んだ戦いであった。

 是は。人道を示し、邪悪を打ち倒すための戦いであった。

 

「こ、の……ッ!」

 

「やれ――――サー・ガウェインッ!!!」

 

 地上に太陽が咲く。

 彼は半身を失い、力はまるで残っていない。

 だがそれでも、それでも、今まで無様を晒して生き延びたのは何のためか。

 

 この状況でありながら、ここまで肩を貸して導いてくれた少女。

 最後の最後の場面に居合わせることを譲ってくれた、モードレッド。

 そして。今まさに、彼と背中を合わせながら盾をアンカー替わりにすることで、彼が聖剣の衝撃を支え切れるように助力してくれる―――盾の騎士。

 

「―――どうぞ、サー・ガウェイン!」

 

 この一時のみ。彼らは円卓として。

 この惑星を終わらせようとする、悪しき心のものと。

 世界を救う勇者たちと共に、誇り高き戦場に身を投じる。

 

 ―――彼は。さぞ、歯を食い縛ったことだろう。

 そのまま舌を噛み切らんほどに。

 

 だがアグラヴェインはそれを選んだ。

 私情を語れば、世界など知ったことではないはずだ。

 けれど、王がそれを選んだ―――選んでしまったのなら。

 彼は、ただ頭を垂れて従うだけだ。

 

 王に迷惑をかける、とあんな顔で言われては彼は逆らえない。

 思うところは全部飲み干して、彼はその命を使い果たしてでも成し遂げる。

 敬愛する王より下された、最後の王命を。

 

「―――この剣は太陽の映し身。

 我らが王に背負わせた負債を、僅かでも軽くするための円卓の灯火―――!

 “転輪する(エクスカリバー)――――勝利の剣(ガラティーン)”!!!」

 

 それは太陽と呼ぶには余りに小さな灯り。

 灼熱の業火とはいかない、日向の光。

 それでも放たれた光は狙い過たずアグラヴェインとアナザー鎧武を呑み込んだ。

 反動を抑えるために、ガウェインが背中を預けたマシュが盾を地面に突き立てる。

 

 漆黒の騎士は消滅する。

 全力には程遠いとはいえ、太陽の聖剣。

 致命傷を負った体で、耐え切るような真似は叶わなかった。

 

 その一撃を撃ち放った太陽の騎士もまた、消滅する。

 全てを振り絞った一撃。その結末は分かり切っていた。

 

 だが、アナザー鎧武には多少のダメージだけ。

 メガヘクスが失われた以上、彼という躯体を再生産はできない。

 しかし再生するまでもなく、その体には大した傷さえもなかった。

 アナザー鎧武という鎧を纏ったメガヘクスはそれ単体でほぼ不死身。

 

 彼らの命を捨てた一撃は当たれど、しかし届きはせず―――

 けれど、それで十分だった。

 

 星の女神である彼女でさえ、敵が星そのものとなれば格上だ。

 だからこそ、彼女はその言葉を謳い上げる。

 

「是は、己より強大な者との戦いである―――!」

 

 そうして、獅子王が聖剣を振り被った。

 星により生み出されたその聖剣は、星の外敵にとって最も力を発揮するもの。

 地上全てを蹂躙する機械惑星に対し―――星の聖剣は、絶対的な力を行使する。

 

「“約束された(エクス)―――――勝利の剣(カリバー)”!!!」

 

 ―――振り抜かれる聖なる剣。

 アナザー鎧武が止めようとするのは、間に合わない。

 

 天へと翔け上がる極光。加速した魔力が形成する光の斬撃。

 それは戦場全てから臨める、地上で輝く星の光。

 誰もがその光の柱が立ったことを知り、誰もがその光の柱を仰ぎ―――

 誰もが、勝利を直感した。

 

 光に呑まれ、崩れていくメガヘクスの残骸。

 メガヘクス本星の宙域と繋いでいたゲートも、同じく崩れていく。

 空にかかる光帯に匹敵する一閃は、メガヘクスの足掻きを粉砕した。

 

 空から消えるメガヘクスの残滓。

 太陽を空に上げていた“不夜”の持ち主も最早いない。

 この地に、地球から見える星のかかる夜空が帰ってくる。

 

「―――ありえん。ありえん、ありえんありえん……!

 我らはメガヘクス……この宇宙でもっとも優れた、完全なる知性!

 同じ星のもの同士で争うような下等な知性が、我らを超えるなど―――!」

 

「じゃあ、あんたの完全さが足りなかったんじゃない?」

 

 白い光とともに、ジオウがその地上へと帰還する。

 彼はすぐさま歩き出し、最後のメガヘクスに歩み寄っていく。

 その手には新たなウォッチが握られていた。

 

「何だと……! 貴様、我らメガヘクスを―――!」

 

「あんたは完全じゃないし、俺たちだって誰も完全じゃない。

 俺たちはそれを分かって、足りない部分を補うために手を取り合うんだ」

 

 キン、と。光を放ち終えた聖剣の切っ先が床に立つ。

 それを所持する王は、ただ無言のまま瞑目する。

 

「けど、あんたの言う調和はただの支配だ。それじゃ何にも補えない。

 あんたは、あんたのまま広がり続けただけ。もし本当に、今まであんたが色々な人たちと調和してきてたんだったら……あんたは本当に、もっと完全な存在になってたかもね」

 

「不完全ン……!? 我らメガヘクスは、完全なる存在――――!!

 貴様ら下等な知性体と同じレベルで語るなァッ――――!!!」

 

 メガヘクス、アナザー鎧武の全身から蔦が伸びる。

 それは槍の如き鋭さでジオウへと殺到し―――

 

「―――こっからは、任されたよ。神様!」

 

〈鎧武!〉

 

 ライドウォッチが起動する。

 それと同時、ジオウの上に展開される巨大な鎧武の頭。

 そんな巨大な塊が落ちてきて、蔦を全部圧し潰す。

 

 地面に落ちて跳ね返ったそれが、再び舞い上がる。

 ジクウドライバーを回転させ、それを纏うために身構えるジオウ。

 今度はその鎧武の頭が、彼の頭上に落ちてきた。

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム!〉

 

 頭に被さり、果実の皮が剥けるように展開していく鎧武。

 オレンジの果実の切り身のような鎧が、各所に装備されていく。

 

〈ソイヤッ!〉

 

 肩にはロックシードを思わせるショルダー。

 その肩の横から垂れる、オレンジの皮が垂れているように見える刀の鞘。

 更に背中から伸びる二本のサブアーム。

 それぞれに取り付けられた剣、計四本もの大橙丸Z。

 

〈鎧武!〉

 

 両肩から垂れる刀の鞘。

 ダイダイスリーブから、左右の手が大橙丸Zを抜き放つ。

 双刀を構えながら、腰を落とすジオウ。

 

 そうして変わった彼に対し、更なる追撃が殺到した。

 蔦の触手、光線、あらゆる火力がジオウへと集中する。

 

 それらを二刀の大橙丸Zで悉く切り払い、足を床に思い切り叩き付けるジオウ。

 刀捌きに乗って舞う、雨の如く降りしきるオレンジの果汁。

 周囲に舞い散る橙色で風景を飾り立て、ソウゴは大見得を切ってみせた。

 

「花道でぇ―――! オンパレェドだぁ――――ッ!!」

 

 

 




 
ステラ!デンデラ!カリバー!
あとなんか足んねえよなあ…? ままええわ。

ゾンビ姉に対してはミッチを出すと特効が取れるでしょう。
ビーストなんてファブリーズでちょちょいのちょいよ。
 


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決着!運命の行き先2016

 

 

 

 ばさりと翻る長大なストール。

 それを手で払いながら、ジオウの傍に姿を現す黒ウォズ。

 

「祝え―――! ぜ」

 

 どこからともなく現れた彼は、腕を掲げて声を上げ―――

 

「おっと、どうやら仮面ライダー鎧武の力を手に入れたようだね」

 

 それを後ろから突き飛ばして、前に出てくるライダーウォズ。

 彼がジオウの新たな力を検めるように、鎧武アーマーを見回した。

 上から下までその装甲を眺め、彼は小さく肩を竦める。

 

「我が救世主と張り合うためにも、その調子で頑張ってもらいたいものだね」

 

「祝え――――ッ!!!」

 

 肩を怒らせ、黒ウォズが白ウォズを押し返しながら復帰してくる。

 突き飛ばされたライダーウォズが、やれやれと言った風に首を振った。

 それを無視しつつ、黒ウォズは腕を掲げながらジオウの隣へ控える。

 

「全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来をしろしめす時の王者!!

 その名も仮面ライダージオウ・鎧武アーマー!!

 また一つ、ライダーの力を継承した瞬間である!!」

 

 横で凄い怒鳴っている黒ウォズを見て、ジオウが少し体を竦めた。

 至近距離で怒鳴られるとうるさい。

 そんな声を聞きながら、彼は小さく周囲の光景を見回す。

 

 ジオウの目に留まった立香。

 彼女が努めて表情を崩さないように、小さく頷いた。

 

 ソウゴは彼が嘘を吐いてそうなことは気付いていたし、アレキサンダーに確認もした。

 彼に何かを言うような事しなかったし、何を言えるとも思わなかった。

 きっと彼が歩んだその道は、ソウゴにとって王様を目指すくらい大事なことだろうから。

 何も言えなくても、そのゴールまでの手伝いを出来ればいいと思っていた。

 

「……うん。そっか」

 

 だから、その別れに満足して納得する。

 やり遂げた彼に敬意を抱いて、自分もそうやって王様に辿り着くと決意を新たにする。

 

「それが一体、何だと言う――――ッ!!」

 

 メガヘクスの怒声。それと共に、蔦が槍となって飛来する。

 ジオウの両腕が跳ねるように動き出す。

 腕に振るわれるは二刀。背中から伸びるサブアームが動くことで、更に二刀。

 四本の大橙丸Zが、それらを悉く斬り捨てる。

 

 オレンジの切り身が如き剣。

 それが振るわれる度に飛び散る果汁。

 

 オレンジの果汁が途中でイチゴの如く赤くなる。

 飛散する果汁が無数の礫となって、アナザー鎧武を逆撃する。

 

「グッ……!?」

 

 赤い果汁の礫に打たれ、その足が止まった。

 更に振るえば剣の果汁が黄色く染まる。

 パインのような黄色の果汁が固まって、鉄槌となって飛んでいく。

 

 突っ込んでくる黄色い砲弾。

 咄嗟に両腕を交差させ、守りに入るメガヘクス。

 その姿を防御の上から殴り飛ばす。

 弾き飛ばされて、勢いよく転がっていくアナザー鎧武の姿。

 

 二刀二対、四の刃を構えた武士となり、ジオウが歩みを開始した。

 

 ―――その歩みを、獅子王はただ後ろから見ているだけ。

 これはもう人の選んだ歩み。彼女が手を出す段階は通り過ぎた。

 聖槍を置き、聖剣を地に立てた彼女は、ただ見守る。

 

「たかが……! 一個の知的生命体如きがァッ……!

 この、メガヘクスを――――!」

 

 体を震わせながら立ち上がるメガヘクス。

 その物言いに対して、ジオウは平静な声で言葉を返した。

 

「―――あんたの星は無くなって、あんただって今は一個の機械生命体なんじゃない?

 今のあんたはもう、大いなるシステムなんかじゃない」

 

「―――――」

 

 その一言でビシリ、と。

 メガヘクスの中で今まで抑えていた何かが決壊する。

 

 大いなるシステム・メガヘクスは既にない。

 もはや独立してしまった別物が、メガヘクスたらんとしていた何かが。

 機械の体が、更に腐った果実に呑まれていく。

 

 復帰し、駆け出し、そうして振り抜く腕の刃。

 それが鎧武アーマーを削り、爆発したかのような火花を散らす。

 斬られながら、すぐさま切り返される大橙丸Z。

 同じく火花を散らして、アナザー鎧武が僅かに揺らいだ。

 

「黙れ……ッ! 貴様たちのような宇宙に蔓延るエラーどもがァッ!!

 我らメガヘクスに甚大なバグを引き起こしたのだッ!!

 貴様たちさえ、いなければァアアア―――――ッ!!」

 

 連続で振るわれるメガヘクスの腕。

 それを二本のサブアームで受け、手の剣ではアナザー鎧武へ攻撃を見舞う。

 火花を散らし、蔦を千切り飛ばし、しかしその落ち武者は止まらない。

 

 苛烈な連撃を受け止めていたサブアームの片方から、大橙丸Zが脱落する。

 守りの剣が一振り減って、捌き切れなくなる攻撃。

 甘くなった守り。それを突破したメガヘクスの腕が、鎧武アーマーに大上段から直撃した。

 

 盛大に舞い散る火花。それを受けながらジオウは両手の剣を捨て―――

 自分の胸に立てられた刃を、両腕で掴み取った。

 ギリギリと音を立てさせながら、アナザー鎧武の腕を制してみせる。

 

「エラーなんかじゃない、バグなんかでもない! ただあんたとやり方が違っただけだ! あんたは自分と違うやり方を全部、間違ったことだって否定してるだけだ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()と! ()()()()()()()()()()()は違うことだろ!」

 

 その腕を掴んだまま引き寄せ、薙ぎ倒す。

 床へと叩き付けられるアナザー鎧武のボディ。

 そこから噴き出したヘルヘイムの蔦が槍となり、鎧武アーマーを連打する。

 ソウゴは押し返されながら、サブアームに残された大橙丸を手に取った。

 

「あんたたちは何も考えなかっただけだ! 自分たち以外の価値を!」

 

「考えなかった? 違う……! そんなものは、存在しないだけだ――――!」

 

 アナザー鎧武が腕を突き出す。それを切り払う鎧武アーマー。

 一刀になった彼の手では、メガヘクスの猛攻は止められない。

 両腕が、蔦が、全てジオウを砕くために差し向けられる。

 

 捌き切れず、ジオウに浴びせかけられるその連撃。

 それでも足は下げず、その一刀で切り込んでいく。

 

 床を揺らす踏み込みと共に放たれる薙ぎ。

 アナザー鎧武の胴へと届き、その鎧に傷跡を残す斬撃。

 そうして斬られながらも、反撃を見舞うメガヘクス。

 鎧武アーマーのショルダーが斬られ、そこから果汁のようなエネルギーが噴き出した。

 

「メガヘクスは至高のシステム! メガヘクスこそが完全なる存在!

 その他の存在は、メガヘクスと融合することによって、初めて価値を得る―――!!」

 

「誰にとって何が正しくて、誰にとって何が間違いか―――

 そんなの誰にも分からないからこそ、俺たち人間は完全でなくていいんだ!」

 

 ジオウが振り上げた足でメガヘクスの腕を迎撃し、そのまま彼の頭部を蹴り抜く。

 頭から床に叩き付けられ、そのまま滑っていくアナザー鎧武。

 

「完璧じゃないから間違う! 間違えてからやり直す! 今度は間違えないように! 俺たちはきっと何度だって間違える! 間違って! 苦しんで! これからずっと続く未来の中で、ずっとそうやって繰り返す! 次に挑む時はもっとよくするために! 誰かの手を取って、自分も変わって! そうしていつか、辿り着きたかった未来に辿り着くために―――!」

 

 ―――いつか犯した、たった一つの過ち。

 それが原因で彷徨い続けた、一人の騎士の孤独な旅路。

 魂を燃やし尽くし、磨り潰し、残った残滓だけで進み続けた彼。

 その人間の所業を想い、獅子王が瞑目する。

 

 円卓の騎士たちは誰もが、過ちを犯した悪を清算するために魂を捧げた。

 悪を清算するために、悪を成した。

 それはきっと、人間だからこその行いだ。

 今度こそ、と。今度こそ、求めた結果に辿り着く―――と。

 

「俺たちは……みんな間違えるからこそ、間違えてしまった誰かの事を赦せるんだ!!」

 

 跳ね起きるアナザー鎧武。

 その体が疾走し、ジオウまでの距離を詰め切る。

 放たれる刃、炸裂する装甲。

 ジオウが大きく吹き飛ばされ、床の上を転がった。

 

「理解不能! 理解不能――――!!

 統一された意識、メガヘクスは常に正しい! あらゆる計算の元、正解のみを導き出す!

 貴様たちのように、過ちを犯すことを許容する知性体の一体どこに価値がある――――!!」

 

 倒れ伏すジオウに向け、メガヘクスが追撃をかける。

 起き上がりながら振り上げられる大橙丸Z。

 それを片腕で制し、もう片腕を振り上げる。

 もはや一刀しか持たない彼に、それを止めることはできない。

 

 ―――だが、先に。

 ジオウが振り上げたもう一振りの刃が先に届く。

 アナザー鎧武の片腕が絶たれ、宙を舞った。

 

「―――な、に……!?」

 

「自分の過ちに向き合って、そこから目を背けない強さ! それがきっと、俺たちを少しずつでも前に進ませてくれる! そうして進めた足が、いつか! 何も認めず、全てを否定して、その場で止まってるだけのあんたさえも追い越していく!」

 

 千切れた腕とともに転がっていた剣、グロンバリャムを振り上げて。

 再び二刀を手にした鎧武アーマーが立ち上がる。

 腕を片方失ったメガヘクスが、火花を散らしながら蹈鞴を踏んだ。

 

「この力は―――そうやって、皆がやりたいこと! なりたいもの!

 完全じゃないままに、誰もがそれぞれの未来を目指して変わっていける……そんな世界であり続けて欲しいっていう願い。不完全だからこそ、変わっていける可能性を信じる想いだ! 相手を踏み躙るだけで、自分の不完全ささえ省みなかったあんたに、その力は使いこなせない!」

 

「―――メガヘクスの完全さを理解しない知性……それこそが不完全な存在!!

 我らメガヘクスに、省みるべき欠陥など存在しない!!」

 

 隻腕になりながら、メガヘクスが再び動く。

 その刃を大橙丸Zとグロンバリャム。

 二刀で打ち払い、アナザー鎧武の鎧へと傷を刻んでいく。

 

 削ぎ落されていく腐った果実の鎧。

 徐々に迫ってくる終わりを前にして、メガヘクスの眼光が明滅する。

 

「理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能!

 何故メガヘクスが惑星内の総意すら統一できない存在の一個に押し負ける!?

 これは致命的なバグである! このバグは早急に修正するべきものである!!

 理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能!」

 

 ―――アナザー鎧武の胴に、グロンバリャムが突き刺さる。

 突き刺したそれを手放すと同時、ジオウの手の中にそれが浮かび上がった。

 

 現れたものを認識すると同時、即座にジカンギレードを抜剣する。

 掴み取ったものは、新たなウォッチ。

 それをスロットに装填しながら、ジカンギレードを掴み取った。

 

〈フィニッシュタイム! ギリギリスラッシュ!〉

 

「セイィイイイッ――――!!」

 

 手に取るや、床に突き立てられるジカンギレード。

 するとメガヘクスの周囲の床から、バナナ状のエネルギーが立ち上がる。

 バナナの槍は彼を囲い込み、絡み合ってその体を拘束した。

 全身にかかる負荷に、火花を噴き散らすアナザー鎧武。

 

「グッ……! ガァアアア――――ッ!?」

 

 バナナの檻に潰され、動きを止めたそれを前に。

 ジオウの手が、ジクウドライバーへと伸びる。

 

「総意じゃない! でも一個でもない!

 俺たちはそうやって意思を合わせることもあるし、違えることもある!

 そんなやり方の中で、いつか皆の意思で、最高最善の未来を創ってみせる!!」

 

〈フィニッシュタイム! 鎧武!〉

 

 ウォッチの発動し、ドライバーを回転させる。

 解放された力が、ジオウを取り巻く果汁の渦となった。

 動きを止めたメガヘクスの前で跳び上がるジオウ。

 その前方に、輪切りのオレンジのようなエネルギー体が展開される。

 

〈スカッシュ! タイムブレーク!!〉

 

「セイハァアアアア―――――ッ!!!」

 

 放たれる蹴撃。

 目の前に広がるオレンジの果肉を突き抜けながら進む。

 貫くごとにエネルギーが足へと纏わり、破壊力を増していく一撃。

 一直線に突き進み、やがてオレンジの果汁と共にジオウはアナザー鎧武へと到達した。

 

 ―――直撃の瞬間、弾け飛ぶ。

 

「ガァッ、ガガガ、ガガッ! ギィ、ガ――――!?」

 

 弾けるオレンジ。迸る果汁。

 キックの衝撃が全身に走り、体内にあったアナザーウォッチが砕け散る。

 彼を変貌させていたウォッチが砕け、端末としての姿を取り戻す。

 その銀色のボディに染み込んでいく、オレンジ色の果汁の渦。

 

 全身に染み渡るそれが、最後のメガヘクスを終了させていく。

 

 蹴り抜いた鎧武アーマーの姿が着地して床を滑る。

 その背後でノイズを撒き散らしながら、痙攣する銀色のボディ。

 

「理解不能、理解不能! 理解不能! 理解不能―――!

 メガヘクスの敗北! 全てが調和した世界の否定! 何もかもが理解不能――――!!

 ガァッ―――――!?!?!?」

 

 地に倒れ伏すと同時、その銀色の体が爆炎を上げた。

 二度、三度と連続して巻き起こる爆発。

 それが盛大な火柱となり、夜空に立ち上っていった。

 

 

 

 

 吹き抜けになっているだろう聖城から火の手が上がる。

 全てのメガヘクスは停止した。

 その後に落ちてこようとした巨大な星の破片も、聖剣の光が焼き払った。

 

「―――ロマニ、ロマニ聞こえてる?」

 

『聞こえてるよ! 内部で決着だ、何とかしてくれた!』

 

 ―――途中から宇宙戦争になってて、よほど頭が沸騰したのだろう。

 ロマニが助かった、などと盛大に息を吐いていた。

 そんな彼の後ろからは、ダ・ヴィンチちゃんがけらけら笑う声も聞こえる。

 

「……ふぅ、もう、なんて言っていいか分からないわ……」

 

 メガヘクスの残骸の山。

 もう正しく山としか言えない積み重なった残骸たち。

 それを胡乱げな目で見ながら、彼女は大きく息を吐き捨てた。

 

 全サーヴァントが満身創痍だ。だがあれから全員が何とか生き延びた。

 アーラシュの一撃を見たメガヘクスは、残存戦力の大半を宇宙に上げてくれた。

 それを理由に、負担が一気に激減したおかげでもあるだろう。

 

「…………状況は、ロマニ」

 

『ああ、機械惑星? メガヘクスは撃破された。

 アナザーライダーだったのもそれだ。仮面ライダー鎧武の力を得たソウゴくんが撃破した。

 ―――あー、その内容については色々あるけど、多分戻ってから映像記録を見たほうがいい。

 ボクも言葉だけじゃ上手く説明できる気がしない』

 

「そうね、わたしも言葉だけで理解できる気しないわ。

 そういう話は後にしましょう。特異点修正の方はどうなのかしら」

 

『ああ、ちょっと待って。えーと……あ、あれ?

 ―――そういえば、いま聖杯の持ち主は……あ、よかった近くにある。

 宇宙に放置されてるわけじゃないみたいだ……』

 

 小さい声で呟きながら状況確認に努めるロマニ。

 それを待つオルガマリーの視界の端。

 

 ―――そこで倒れるハサンたちの前。

 黒い大剣の切っ先が、音を鳴らして地面を割った。

 すぐさま呪腕が片手片足で跪く。

 遅れるように、百貌と静謐もまた同じように。

 

「…………この場で跪く無礼、申し訳ありませぬ。

 本来ならば、この首をアズライールの廟に運ぶべき、なのですが」

 

 責を果たした時こそ、己の首が落ちる時。

 そういう約定を交わしている。

 ハサンの首は霊廟で最期に初代翁に落とされるべきもの。

 だというのに戻れないのでは、約定を違えることになる。

 

「―――――」

 

 首を差し出す呪腕に、無言で返すキングハサン。

 彼は僅かばかり首を捻って、聖都の方を暫し見上げた。

 

「初代様……?」

 

「―――言ったはずだ、呪腕の翁よ。

 貴様が責務を果たし恥を雪いだ時こそが、我が剣がその首を落とす時だと」

 

 髑髏面の中に浮かぶ青白い炎の目。

 それが赤く染まり、怒りを示すかのように立ち昇る。

 翁たちが一斉に身を竦め、頭を垂れた。

 

「は―――!」

 

 だからこそこうして頭を垂れているつもりの呪腕。

 その頭上から、怒りを混ぜたキングハサンの声。

 

「山の中には余程、民を抱えさせたと見える。

 そのまま全てを捨て置くのが、貴様の責任の果たし方か?」

 

「は―――いえ、そのような……!」

 

 山の民には逃げ込んできた多量の民を抱えさせたまま。

 この特異点の状況がいつまで続くか分からないが―――

 確かに今、消えるわけにはいかない。

 

 この時代がやがて修正されるものだとしても。

 それまでの彼らの営みは見届けなくてはならない。

 

 村人を見るためにそちらに残っている翁たちはいる。

 だが物資は決して足りるはずがない。

 供給源が絶たれた以上、他に当てを探すしかないのだ。

 

「聖都は失われる。この地は、元の時代の民の許に還るであろう。

 ならば導け。そこまで終えて初めて、これを行ったお前の責任は果たされる」

 

「―――は!」

 

 応答を聞き届け、キングハサンの姿が消える。

 そこに今まで何もなかったかのように。

 

「……それで、どうするつもりだ」

 

 百貌が彼を支えて立たせながら、同時に問いかける。

 肩を借りながら立ち上がる呪腕が、そこから聖都を仰ぐ。

 機械化は既に消え失せ、聖城から黒煙が上がっている以外はそのままだ。

 

「……食料か。あそこにしかあるまい……」

 

「うむ、聖都内は食料が自給自足で完結している。それらを使えば支え切れるであろう。あの中には消費する者も他にはいない……腐らせるよりは、食ってやるべきだな」

 

 俵を背負い直しながら、藤太が立ち上がる。

 ハサンたちの手伝いをするつもりで。

 腹を空かして待っている民が多くいる。それだけで、彼が動く理由には十分だ。

 

「―――では、私は他の翁たちに応援を」

 

 食料に触れることのできない静謐。

 彼女は即座に連絡係に回る事を決め、体を動かそうとして―――

 その前に、と。オルガマリーの方へと歩み寄った。

 

「……? ああ、わたしたちは……」

 

「いえ、分かっています。あなた方はまだ続く戦いの最中―――

 ここで足止めするような真似は、けして……ですが、その。

 藤丸立香様に、静謐のハサンが……いえ、その……共に戦ったあなた方へ。

 山の翁一同から感謝の言葉を。静謐の翁が代弁することをお許しください」

 

 そう言って軽く礼をして、彼女は即座に行動に移った。

 ふわりと舞い、山へと駆けていく。

 彼女とて死闘を経て死にかけたばかりだろうに。

 百貌が髑髏面の下で、眉を顰める。

 

「……まあ、こっちに残ったら会いに行きたくてしょうがなくなる……ということだろうな」

 

「―――どちらにせよ適任だ、毒のことは置いてもな。

 足がなく走れぬ私と、手が多いお前が残るのは順当だろう」

 

 難儀なことだ、と。暗殺者たちが動き出す。

 ただまあ、愛するものがいるのはいいことだろうさ、などと。

 呪腕は遠く離れた御山を見上げて、失われた右腕を撫でた。

 

 

 

 

 ―――炎の照り返しで赤く燃ゆる鎧武アーマー。

 それを纏うソウゴは軽く息を吐いてから、改めて皆に振り返る。

 そこでふと、思い出したかのように。

 

「あ、そうだ。これ聖杯」

 

 神様に拾ってもらった聖杯をマシュへと渡す。

 ガラティーンの反動で腰を落としていた彼女が、はっと顔を上げた。

 

 彼女は何とか立ち上がり、その盾の中に聖杯をしまう。

 聖杯探索を成し遂げた唯一の騎士、ギャラハッド。

 この盾こそが聖杯を収容するものなのは、そういうことだったのだろう。

 

「―――はい。聖杯の回収、完了しました」

 

『いま所長にも確認した。外の状況も完全に終わっている。

 あのメガヘクス、という奴は全部機能停止しているようだね』

 

『えー、対機械ということで技術班として引っ張り出された、私の立場はどうなるんだい?

 あ、そのメガヘクスというの。是非一体くらい回収してきてほしいな!』

 

 ロマニに続いて聞こえてくるダ・ヴィンチちゃんの声。

 その声も随分と久しぶりな気がする。

 などと思っていたら、ロマニはそれを口に出した。

 

『というかキミ、今回ほんとずっと自分の工房にこもってたね……』

 

『天才は忙しいのさ。色々とね』

 

 戦いが終わったのだ、と意識させるような軽口の言い合い。

 それを聞きながら、立香が獅子王の姿を見た。

 彼女は沈黙したまま、ただ星空を見上げている。

 

「…………あの……」

 

「―――私から貴公らに言うべきことは何もない。勝利はそちらのものだ。

 ……人の歩みは否定すまい。我が騎士が生涯を懸けた諫言である」

 

 そう言って彼女は自身の玉座に歩み寄っていき、そこに腰掛けた。

 全身から力を抜くように体重を預ける獅子王。

 彼女はそのまま瞑目し、完全に黙り込んでしまった。

 

『……聖杯は確保した。聖槍の機能は停止している。

 今までより大きな特異点だったここは、修復速度も速いだろう。

 もうすぐ、時代の修正が開始されるはずだ。レイシフトによる帰還を実行していいかな?』

 

 そう訊かれ、声を上げるのはツクヨミ。

 

「あっ、モードレッドがまだ城の前に!」

 

 ツクヨミが慌ててモードレッドを拾いに行こうとする。

 それを笑いながら制するロマニの声。

 ちゃんとカルデアはそこも含めて観測しているのだから。

 

『大丈夫だよ。もちろん回収する』

 

 大丈夫ならば、と。ツクヨミも足を止めた。

 ロマニの後ろで、ダ・ヴィンチちゃんも作業を開始したようだ。

 そんな中、マシュが玉座に座る王へと声をかけた。

 

「―――アーサー王。その……ありがとう、ございました。

 わたしたちの歩みを、歩くための道のりを、その剣で照らしてくれて」

 

「……まったく。わざわざこちらが黙っているというのに。

 いちいちそのような事を言う辺り、よほど()()()人物を選んだようだ」

 

 微かに目を開いた獅子王が、マシュが手にした盾を見る。

 彼女は僅かに細めた碧眼でぐるりと皆を見回して―――

 ジオウに、その背後の黒ウォズに目を留める。

 

 が、彼女はそこで口を開くことはしなかった。

 

「ん……俺になにかある?」

 

「―――いや、いい。間違っても何度でもやり直して前に進む、と。

 そう口にしたからには、自分の目で確かめるがいい。

 私の選択が否定された以上、ここから先は私が口に出すことではない」

 

「そっか」

 

 女神然としていた今までとは違い、妙に尖った口調だと感じた。

 まるで、少し拗ねているかのように。

 彼女はそこまで言って、また目を閉じる。

 

『じゃあ、そろそろレイシフトを開始するよ?』

 

 そう言って、レイシフトのオペレーションを開始するロマニ。

 彼はいつも通りの操作をこなし、カルデアへの帰還を導く。

 外のオルガマリーやサーヴァントたち。

 それらの退去はすぐに始まった。

 

 ―――けれど。

 

『あ、あれ? なんで立香ちゃんやソウゴくんたちだけ……

 獅子王の傍だと聖槍の影響が……? ごめん、一回聖城を出て―――』

 

「なんかトラブル?」

 

 聖城の玉座の間にいる四人。

 即ち、立香。ソウゴ。マシュ。ツクヨミ。

 その四人だけ、レイシフトによる帰還が受け付けられなかった。

 

「いや、そちらのミスではないよ。ロマニ・アーキマン」

 

「…………黒ウォズ?」

 

 焦っているロマニにそう声をかける黒ウォズ。

 彼は手の中で『逢魔降臨暦』を開き、ゆっくりと歩みを始めた。

 それを後ろで眺めていた白ウォズは肩を竦めてみせる。

 黒ウォズはゆったりとした歩みで彼らの前に出ると、大きく腕を掲げた。

 

「ハッピーニューイヤー! 我が魔王!

 午前0時。今この瞬間、2016年を迎えたことを祝福させてもらおう!」

 

「え? いま2016年になったの? 大晦日だったんだ、今日」

 

「あ、お餅……」

 

 空を見上げれば月は高く。

 なるほど、今この瞬間に午前0時になったのだろう。

 多分日本とは時差がある気がするが。

 まあ新年はめでたいし、そのくらい誤差と言ってもいいのかもしれない。

 

 時間と食料に追われた旅路だったせいで、藤太にお餅が貰えなかったショック。

 そんな事実に少し悲しみを覚えつつ、だから何? と。

 

「えっと。ウォズ……黒ウォズさん。

 それがこの場でわたしたちだけ、レイシフトできないことと何の関係が……?」

 

 マシュが行った問いかけ。

 その疑問に対し、彼は怪しく微笑んだままにゆっくりと身を翻す。

 ―――その瞬間。

 

「え?」

 

 ―――虚空に眼が開き、彼女たちを捉えていた。

 彼女たちの姿を捉えた光の眼が、同時に強大な引力を発生させる。

 反応する暇もなく、四人は一気にそこへ吸い寄せられていく。

 

「一つの戦いを終えたところ申し訳ないが、君たちには次の戦いが待っている。

 時代は西暦2016年、日本。まあ、君たちにとっては久しぶりの故郷の地だ。

 里帰り気分で楽しんでくるといい」

 

「―――――!?」

 

 有無を言わさず四人の姿を呑み込む光の眼。

 それらを見送った黒ウォズが、開いたままの本に目を走らせる。

 

「かく―――」

 

「かくして!

 最低最悪の魔王たる常磐ソウゴとカルデアは、第六の特異点を戦い抜いた。

 魔王がその果てに奪い取ったのは鎧武の歴史……だが、同時に。

 救世主の降誕に必要な一歩、仮面ライダーキカイの力をもう一人のウォズは手にしていた。

 そして彼らが次に向かう戦場こそ―――!」

 

 ライダーウォズを押し退け、再び黒ウォズが前に出る。

 押し退けられた白ウォズが小さく笑いながら、その場から姿を消していく。

 

「ンンッ! ―――次なるレジェンド。

 いえ、レジェンドに至るために、今という時代で戦っている仮面ライダー……

 仮面ライダーゴーストの時代なのです」

 

 そこまで語った彼は本を閉じ、振り返りながら玉座に一礼する。

 

「お騒がせしました、女神」

 

 渦を巻くストール。

 獅子王に頭を下げながらそうして姿を消してみせた黒ウォズ。

 騒がしいものどもがいなくなった地で、彼女は小さく嘆息する。

 

 そのまま玉座に背を預け、彼女は広間の端へと視線を送った。

 

「―――して、貴公は何を求める。私の首か?」

 

「―――疾うに貴様の首は絶たれている。

 既に隻腕の騎士の腕によって離れた首、我が剣にいまさら何を絶てという」

 

 そう言葉を返されて、獅子王は目を瞑った。

 聖杯を失った特異点は修正される。聖槍が切り取ろうとした区画は崩れ去る。

 それにもはや言う事はない。いや、あるが……黙るべきことだ。

 

 獅子王とは、聖剣が返還されずに聖槍と共に彷徨う事で成立した女神だ。

 この場で聖剣が返還されたことで、歴史の修正と共に彼女は消える。

 聖剣が返還されるということは、アーサー王の死と同義だからだ。

 彼女は、聖剣の返還と共に死んでいたことになる。

 

 “死”に首を落とされるまでもない。

 

「だが、貴様は既に聖槍の女神であり―――

 聖槍を納めたところで、貴様の執着だけで世界を縫い留めるに足る」

 

 聖槍を止めても、彼女の意思一つでこの特異点は特異点たるのだと。

 髑髏の面はそう語り、静かに獅子王を見据えていた。

 

「執着? 私が?」

 

 首を傾げる。敗北は口惜しい、と思っているかもしれない。

 けれど、一体何に執着するというのか。

 人が己の足で歩く価値は認めたつもりだ。送り出したつもりだ。

 執着するに足る何かを彼女は――――

 

「ああ―――そうか」

 

 彼女は人を捨てたから。女神でしかないから。

 その尊さを認めても、共感することはできなくて。

 

 彼らは―――べディヴィエールに限らず。

 消えていった全ての騎士たちは、一体何を考えて消えていったのかと。

 女神である彼女はきっと、答えだけ聞いても理解できないから。

 ただ、最期にそれだけ自分で考えてみたかったな、と。

 

「そうか。そうだな、私はきっとこの生に執着しているのだろう。

 では、その無様を絶ちに来たか“山の翁(ハサン・サッバーハ)”」

 

「―――笑止。貴様の騎士は自分への終止符は自分で打った。

 既に絶たれた首。その落としどころくらいは、貴様が己の意思で決めるがいい」

 

 気配も姿も消え失せる。

 黒い影は一瞬の後、何も残さずその場からいなくなっていた。

 時間をくれてやる、ということだろうか。

 

 ―――星を見上げる。

 せっかくの満点の星空を遮る、魔術王の大偉業。

 その光景にほんのちょっと眉を顰めて、それでも星空に臨む。

 

 なら、少しだけ。

 少しだけ、考えさせてもらおう。

 あの騎士たちが何を考えて、何のために歩んでいたのかを―――

 

 

 




 
はえー、やっと六章まで終わったゾ。
これでゴーストより前の平成二期は舗装完了です…
思えばなかなか遠くにきたものである。
どこに辿り着くのかこれもうわかんねぇな。

所長はそのうち後から行くじゃろ。

一章ウィザードはドラゴン繋がり。
六章鎧武は聖槍ってユグドラシルタワー感あるな。
四章ダブルはロンドンと言えば探偵では?
三章フォーゼはまあ星座だし。
五章オーズは戦場の医者的な。
二章ドライブはここまでの結果消去法。
そんなノリで割り振った六章までの道のりでした
 


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特異点G:生命破却侵略 ■■■■■■■・■■・■■■2016
漂流!ゴーストの世界!2016


 
ヒーローは、一度死んで蘇る。
 


 

 

 

 俺は天空寺タケル。

 18歳の誕生日に襲ってきた眼魔に倒され、生き返るために仮面ライダーゴーストとなって英雄の眼魂を集めている。

 残された時間が無くなって、消えてしまうかと思ったけど、俺の前に父さんが現れて奇跡が起こった! 生き返ったわけじゃないけど、もう一度15個の眼魂を集める時間ができた。

 残された時間は、あと98日……

 

 

 

 

 ガタガタガタ、そんな何もかもひっくり返すような音。

 それを背後に聞きながら、一人の坊主が庭を掃いていた。

 ここは大天空寺。坊主はこの寺の住職(代理)。

 名を山ノ内御成といった。

 

「タケル殿、落ち着かない気持ちも分かります。

 ですがこういう時こそ、泰然自若と構え目の前の問題に落ち着いて取り組むことが―――」

 

「そうじゃなくて!」

 

 ばん、と床を鳴らしてこの寺の跡取り。

 天空寺タケルが外に飛び出してきた。

 そんな彼の落ち着かない様子に、御成はやれやれと首を振る。

 

「何がそうじゃないのですかな。まずは落ち着きなさい、拙僧のように。

 どのような問題があっても、常に拙僧のような余裕をですな……」

 

「英雄の眼魂が全部なくなってるんだ! 8個! 全部!」

 

 ふむ、と。タケルの言葉を頭の中で吟味する御成。

 彼はゆっくりと一度頷き、問い返す。

 

「眼魂が無くなった?」

 

「そう!」

 

「8個?」

 

「そう!」

 

「全部?」

 

「そう!」

 

 確認事項を終えて、御成の手から箒が落ちる。

 

「ぬわぁあんですとぉおおおお!?!?

 ムサシ殿にエジソン殿にロビンフッド殿にニュートン殿にビリー・ザ・キッド殿にベートーベン殿にベンケイ殿にゴエモン殿の英雄眼魂が! 全部!?」

 

 御成の叫びに指折り数え、その数が間違っていないと確認。

 そうしてから、タケルは一度頷き肯定する。

 

「そう!」

 

「そう! じゃありませんぞタケル殿! 眼魂を15個揃える事こそ、タケル殿が生き返るために必要なこと! そんなのんびり構えている場合じゃありませぬ!」

 

 指折り数えていたタケルの手を叩き落とす御成。

 その焦りっぷりに自然とタケルの方がクールダウンしていく。

 叩き落とされた腕を抑えながら恨みがましい目で御成を見つめるタケル。

 

「さっきは落ち着けって言ってたのに……」

 

「時と場合を考えなさい!」

 

「どうしたんですか、御成さん」

 

 その騒ぎを聞きつけて、大天空寺の修行僧。

 シブヤとナリタという二人の青年が外に出てくる。

 丁度いい! と御成がその二人を指差した。

 

「シブヤ! ナリタ! 留守を任せましたぞ!

 タケル殿! すぐに眼魂を探しに行きますぞぉ―――っ!」

 

「ちょ、まっ……ああ、もう……! ごめん、二人とも!

 ちょっとお願い!」

 

 返事も聞かずに走り出す御成。

 留守を任せる二人に謝り、それを追うタケル。

 そんな二人を見送って、二人は顔を見合わせるのであった。

 

 更にそんな二人の後ろで、寺の後ろの壁によりかかった青年。

 彼は、今し方タケルたちが消えたと言っていたもの―――

 八つの眼魂を、その手の中で遊ばせていた。

 

 

 

 

「そんな闇雲に探し回って見つかるわけ……」

 

「いいえ! いつの間にか無くなっていたということは……

 恐らく眼魂が勝手に飛び出したということ!」

 

「それは、まあ……そうかもしれないけど」

 

 御成の推論を聞きながら、手元に残っている赤い眼魂を握る。

 タケルが消滅する寸前、タケルの父親……天空寺龍から託された力。

 これは残っていた、ということはあくまで無くなったのは英雄眼魂。

 

 その時、龍はタケルに英雄たちの心を繋げと言い残していった。

 言われた途端にこれは、まるで自分には英雄の心は繋げないと言われているような―――

 

「つまり! まずはこうして近場の森の中!

 この辺りにきっと森の中の英雄であるロビンフッド殿などがっ、あたぁー!?」

 

「御成!?」

 

 ぼうっとしていたタケルの前で、御成が頭を抱えて蹲る。

 どうやら石が転がり落ちてきて頭に当たったらしい。

 大声で叫んだが言うほど痛くもなかったらしく、彼はすぐに立ち上がった。

 落ちてきた石も拾い上げて。

 

「むむむっ……

 ロビンフッド殿を探す拙僧の声に応え、出てきてくれたわけではないようですな……」

 

「そりゃあね」

 

 御成が拾い上げた石、それは眼魂のような球状どころか正反対。

 サイコロのようなキューブ状だった。

 しかし綺麗にキューブになっている石だな、とそれを眺めていると―――

 

「す、すいません! それ落としたの俺です! 大丈夫ですか!?

 った、った、った、っとわぁっ!?」

 

「おおおおぉおぉおおおっ!?」

 

 石が転がり落ちてきた斜面を、赤いジャケットを着た青年が駆け下りてきた。

 が、途中で転んでそのまま倒れ込んでくる。

 御成を巻き込んで転倒する彼。

 

 あちゃー、なんて。

 そんな声を出しながら、タケルが倒れてきた彼を引き起こす。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、はい。すみません。そちらの方は……」

 

「ええ、いや。これでも拙僧は鍛えてますからな! なんのこれしき!」

 

 引き起こされた彼がどいた後に立ち上がる御成。

 法衣を軽く叩いた彼は、何でもないと微笑んでみせた。

 

「良かった……あ、と。それで、重ね重ねすみません。

 さっき落とした石なんですけど……」

 

「ああ、これですかな」

 

 サイコロのような石。

 ただの石ではなく、何か透明感を感じる綺麗なものだ。

 御成が差し出したそれを受け取り、青年はほっとした様子で息を吐いた。

 

「すみません、ありがとうございます。これ、大切なもので……」

 

「それは良かった……拙僧たちもいま、大切な……

 そーうでしたタケル殿! 早く探しに行きましょうぞ!

 ロビンフッド殿ー! 一体この森の何処にぃー!」

 

「ちょ、御成……! もう、ここにあるって決まったわけじゃ……!」

 

 思い出して慌てふためき、そして走り出す御成。

 どたどたと走り出した彼は、そのまま木々を縫ってどこかへ消えていく。

 それを追おうとしたタケルが一度振り返り、赤ジャケットの青年に頭を下げた。

 

「すいません、俺たちはこれで! 森の中、気を付けてください!」

 

「あっ……ありがとう! そっちこそ気を付けて!」

 

 走り去る二人の背中を見送りながら、青年はキューブを握る。

 それが手に戻ったことに安堵の溜め息を吐いて―――

 

 

 

 

「大変なことになりました」

 

 真っ先に口を開いたのは、立香だった。

 ソウゴ、ツクヨミも沈痛な面持ちでそれを聞く。

 マシュがどこか居心地が悪そうに、視線を彷徨わせている。

 

 彼女たちは第六特異点の後、謎の眼に吸い込まれた。

 その後放り出されたのは、黒ウォズが言い残したように日本。

 2016年の日本に違いなかった。

 今までと比べ、とても整備された生活環境の街。

 何の準備もないまま放り出されても、すぐに死ぬような極限の地ではない。

 

 ―――だが、だからこそ。

 

「お金がありません」

 

 この環境で生活するための手段を、彼女たちは所持していなかった。

 通信も途絶していて、カルデアとは繋がらない。

 理屈で考えれば、カルデアが存在を証明してくれるから特異点にいられるのだ。

 捕捉はされていると思うが、実際のところは分からない。

 考えてもしょうがない、ということもある。

 

 立香の実家や、ソウゴの住んでいたクジゴジ堂。

 そこに行けば打開できるかもしれないが……それは。

 いや、それは今考えるべきことではないだろう。

 

 とにかく。今、一番重要の問題はただ一つ。

 食料? 宿? 通信? いいや、違う。

 

 ―――レイシフトしている以上、彼らは霊子体。

 それが事実上肉体と変わらないと言ってもだ。

 カルデアから出力されている霊子なことには、変わらないのだ。

 

 だから何、というと。

 

「さっきから街を歩いていますが。

 マシュがコスプレしている外国人の女の子として、とても目立っています」

 

「…………」

 

 シールダーのデミ・サーヴァント。

 そうとしてレイシフトしている以上、彼女は常にシールダーだ。

 カルデアであれば武装解除し、シールダーから簡単に人に戻れるだろう。

 だが残念なことに、いま彼女が変更可能なのは鎧の有無程度。

 盾やシールダーのスーツなどは変えられない。

 

 街を歩けば百人が百人、「え…? えっ!?」という視線で彼女を見る。

 巨大な盾にこの服装では、無理もないだろう。

 『変わった外人さん』止まりで通報はされていないようで何より、と言ってもいい。

 

「せめてコートか何か……体を隠せる服が欲しいわね」

 

 ふぅ、と息を吐きながら周囲を見回すツクヨミ。

 軽く見て回った感じ、彼女が知識として知っている2010年代と変わらない。

 もちろんそれはオーマジオウが君臨する2019年オーマの日までの話だが。

 ただ、住んでいた当事者である立香とソウゴの反応が妙な気はする。

 二人揃って違和感を感じつつ、その違和感の正体が分かっていないような。

 

「それもそうだけど。流石にお腹空いてきた……あと眠い」

 

 何となく服くらいならウィザードウォッチでどうにかできそうだ。

 などと思いながら、そう言って目を擦るソウゴ。

 どっちにしろウィザードウォッチは今使えない。力を使い切っている。

 

 黒ウォズは、あの瞬間こそ元旦だと言っていた。

 なのに、到着したこの時代はどうやら10日ほど進んでいるようだ。

 それはともかく、ソウゴたちにとっては決戦直後。

 その前に休息があったとはいえ、夜通し戦っていたのだ。

 お腹は減るし、眠いし。

 

 ソウゴが口に出したことで、立香も空を仰いだ。

 今はまさに時間はお昼時。

 周囲の食事処からしてくる匂いで、余計にお腹が空いてくるような気がした。

 

「周りからはいい匂いがしてくるね……あれ?」

 

「……どうかしましたか、先輩?」

 

 空を見上げながらその違和感に首を傾げる立香。

 そんな様子に問いかけてるマシュ。

 いまいちその感覚の正体が分からなくて、立香は考え込み―――

 

「?」

 

 俄かに騒ぎ出した周囲の状況に、思考から引き戻された。

 

「なんか騒がしくなってきたね」

 

「わたしのせい、でしょうか?」

 

 盾を抱えながら縮こまるマシュ。

 だがそういうわけでもなさそうに見える。

 何やら、うどん処と書いてある店の前で騒ぎが起こっているようだ。

 

「……この特異点に関わる事、ではないでしょうけど。

 ソウゴ、一応見てきてよ」

 

「え、俺? いいけど……」

 

 確かに、人混みの中に今のマシュを連れていくわけにはいかないだろう。

 三人を残して、ソウゴはそちらの方へと歩み寄っていく。

 

 ―――そこでは何やら、青い着物の女性が土下座をしていた。

 

 

 

 

「まったく見つかりませんでしたな……もしかしたら、眼魔に盗まれたのやも!?」

 

 一通りめぼしい場所を巡り、戦果なしという状況。

 実際に眼魂を手に入れた場所も巡ってこの結果。

 何一つ見つからなかったということは、眼魂が消えたというだけではないのかもしれない。

 

「それは……いや、ありえるかも……

 そうだ! だったら早くマコト兄ちゃんにも教えておかないと!」

 

「確かにそうですな! マコト殿も眼魂を持っているのですから!

 今、マコト殿は……」

 

「病院! カノンちゃんにずっとついてるはず!」

 

「でしたらすぐに……なんですかな? 辺りが騒がしいようですが……」

 

 大天空寺への帰路。

 そんな会話をしながら歩いていた彼らが、街の喧噪に意識を向ける。

 もしかしたら、眼魔が何らかの騒ぎを起こしている可能性もあるからだ。

 だがその喧噪の元は、どうやらうどん屋の前での騒ぎだったようだ。

 

「眼魔が原因、じゃなさそうかな?」

 

「そのようですな。

 ですがあのうどん屋さん、前に行ったことがありますがとても美味でしたぞ」

 

「それは訊いてないから」

 

 何やら店の前で着物の女性が、店員らしき人物に土下座しているようだ。

 土下座されている方も困り顔で、どうしたものかと首を傾げている。

 

「参ったなぁ、そんな旧いお金しか持ってないんじゃ……

 ウチは骨董品屋じゃないんだよ」

 

「はい、まったくその通り……

 ここが日の本の国と聞いて、手持ちの銭が使えるだろうと思い込んだ私の不明。

 美味しそうなうどんの香りに、ふらふらと誘いこまれてしまった私の失敗。

 それはそうとここのおうどん、とても美味しかったわ!」

 

 つらつらと反省してるのかどうなのか、という言葉を並べる女性。

 とりあえず称賛は受け取り、店員―――店長だろう彼は溜め息をついた。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけどねぇ。とりあえず頭上げてくれないか?」

 

 言われると、女性は素直に頭を上げて立ち上がる。

 ミニスカート染みた丈の青い着物。

 腰には刀を提げている、まるでサムライの様相だ。

 もちろんコスプレか何かだろうが。

 

「骨董品屋に私の持ち金が買い取ってもらえそうなら、それで払わせてくれないかしら。

 美味しいおうどん相手に食い逃げなんてする気もなし。

 これは言い訳にしかならないけど、ちょっと勘違いしていただけなの。ホント」

 

「勘違いねぇ」

 

 今を一体いつだと勘違いしていたのか、という古銭。

 そうやって何とかならないか、と会話している中。

 その騒ぎを遠巻きに見ている人混みの中から――――

 

「おぁあぁあああああああ―――――ッ!?!?」

 

 突如として奇声が上がり、法衣の坊主が二人の前に駆け込んできた。

 いきなり現れた坊主に、二人揃ってきょとんとする。

 彼は完全に着物の女性を見ている。正確には、その刀を。

 

「何をしておられるのですか、ムサシ殿!?」

 

「へ?」

 

「ちょ、いきなり何するんだよ御成!

 いきなり女の人にムサシなんて……! すみません! すぐ連れ帰るんで……!」

 

 後から追ってきたタケルが、今にもその女性に掴みかからんばかりの御成を止める。

 彼を後ろから羽交い絞めにして、引っ張っていこうとするタケル。

 拘束を何のそのと、御成の腕が女性が腰から提げた刀を指す。

 

「そうではありませんぞ! よく見なさい、タケル殿!

 その女性が持っている刀!」

 

「え?」

 

 言われ、御成を押さえ付けながら彼の視線が刀を見る。

 本物っぽいが、流石にコスプレ用か何かの―――

 

「あ、あぁあああああ――――っ!?」

 

「のわぁあああっ!?」

 

 抑え込まれていた御成が手放されて、そのまま女性に突っ込んでいく。

 ひょいと躱した女性の横を抜け、彼は地面に転がった。

 

 それに構わずタケルが自分の首にかかった紐。

 紐に通してペンダントのようにしてある、父の遺品。

 ―――宮本武蔵の刀の鍔を取り出した。

 

「宮本武蔵の刀の鍔! 同じだ!」

 

「―――――」

 

 微かに目を見開く女性。

 その肩に後ろから、すぐさま立ち直ってきた御成が手をかけた。

 

「すみませぬ、店主殿! こちらの方、大天空寺に来る予定だった客人でして!

 ええ、ほら! 先代の住職は顔が広かったもので!

 あ、お幾らですかな。拙僧たちがちゃんと払いますのでどうか!」

 

「大天空寺の? まあ、そういうならいいが……うどん六杯食べたよ、この人」

 

「ほうほう六杯。ろっぱ……六杯!?」

 

 財布を出しながら驚愕する御成。

 彼はすぐさま気を取り直して、会計のために店の中に入っていく。

 集まっていた人だかりも散り始める。

 

 龍さんは結構変わった人と知り合いだったからなぁ、なんて。

 彼を知っている人がそんな事を口にしながら、日常へと帰っていく。

 その中で一人、女性から視線を外さない少年がいた。

 

 視線は向けず、意識だけ向けてから。

 カチン、と。彼女の手が刀の鍔を鳴らす。

 

 ―――反応なし。

 理解していながら、気にも留めず。

 少年は他の人間たちと同じように、どこかへと歩き去っていく。

 

 去っていく少年から意識を外す。

 そして、彼女はうどん屋に頭を下げに行った方の少年に意識を戻した。

 

「……うーん。今度は命のやり取りから掛け離れた平和な世界。

 ―――かと思っていたけど、これはなかなか。いつの世も兵とはいるものなのね」

 

 ひとしきり頭を下げていた彼ら。

 それが彼女の元に戻ってくる。

 何やらいつの間にかおかしなことになっているが、自分のために頭を下げさせてしまった。

 

 ただ、

 

「―――ムサシさん! なんでそんな、そんなことに!?」

 

「ムサシ殿! いいですかな! 幾らうどんが食べたかったとは言え、女性に憑りつきうどんを食べるなど! しかも六杯! その方が体形を気にされていたら……いや、その女性の体形はその、とてもあれですが。それはそれとして!」

 

「あー、その。ごめんなさい」

 

 何やらムサシに縁のあるらしい二人の言葉を押し留める。

 ぱたぱたと手を振る彼女に、二人は何を言うのかとそこで黙った。

 そうしてから、彼女は改めて名乗りをあげる。

 

「ええ、あなたたちの言う通り。私こそ二天一流、新免武蔵守藤原玄信(しんめんむさしのかみふじわらのはるのぶ)

 ―――それで、その。あなたたちはどちらさま?」

 

「どちらさまって……俺です! 天空寺タケル!

 今までムサシさんの眼魂と一緒に戦ってきた……」

 

 詰め寄ってくるタケルを制しながら、武蔵が片目を瞑る。

 彼が口にした、ムサシと戦ってきたという言葉の真贋を探るように。

 数秒黙り込んだ彼女は、一度頷くと口を開く。

 

「ええと。あなたが武蔵と知り合い、というのは事実でしょう。

 その刀の鍔も、たぶん武蔵本人のものに違いないのでしょう。

 でも、悪いけど私はあなたと初対面……というか、この世界にはさっき来たばかりなの」

 

「この世界……ですか?」

 

 ここじゃない世界。彼らはそれを知っている。

 彼らが戦う眼魔たちが住まう、眼魔世界。

 大体怪物として現れる彼らだが、彼らの中にも人間と同じ姿を持つものがいた。

 もしや彼女も、と身構える彼らの前で―――

 

 彼女は、にっこりと微笑みながらそれを告げた。

 

「ええ、そうね。あなたたちに分かり易く言えば……

 私は、異世界から迷い込んだ女に生まれた宮本武蔵だったりするのです!」

 

「……えぇえええええ――――ッ!?!?」

 

 

 

 

 ―――宇宙(ソラ)

 

 人理焼却によって燃え尽きた地球。

 それは外から見れば異常な磁場に覆われた地獄の光景。

 そこにあえて接近してくる、一つの船があった。

 黄金の弓矢を思わせる造形。

 

 その名を、サジタリアーク。

 

「見えました、地球です」

 

 船の中からその姿を見止めた、女性らしきシルエット。

 緑色のスライムを纏ったような人型。

 彼女が、自分の主に告げるようにそう口にした。

 

「おいおい。なんだよ、ありゃあ! 豊かな星、って話はどこ行ったんだよ。

 本当に下等生物どもがちゃんと住んでんのかぁ?」

 

 同じ光景を見たのは、青いキューブが無数に連結して人型になった怪物。

 彼は地球の惨状を眺め、呆れるようにそう言った。

 

 そんな存在の隣に立つ金色のマントのようなパーツを纏った人型機械。

 それがこの空間の主であるものに振り返り、問いかける。

 

「記念すべき百個目に滅ぼす星……ここでよろしいのですか?」

 

「おいクバル! やっと辿り着いた星なんだぜ?

 暴れずに帰るなんて言わせねえぞ!」

 

「ジャグド。それを決めるのはあなたではありません」

 

 船のメインモニターに映った燃える星。

 そこに歩み寄りながら跳ねる黒い悪魔の如きもの。

 彼の肩を掴み、引き戻すのは緑の女性型。

 そんな彼女を笑うのは、青いキューブの塊。

 

「まあまあ、いいじゃねえかナリア。

 俺たちゃ暴れたりなくて体が鈍ってんだよ!」

 

「アザルド、あなたもです。決定は全て―――」

 

 その場の主、この船の玉座につく魔人が身を捩る。

 透き通ったイエローのボディ。それを覆う白いフレーム。

 下半身は人型のそれではなく、玉座と一体となっているような台座。

 それは黄金の瞳をちらりと光らせ、モニターに映る星を観た。

 

「ナリア。あの星にかかっている光帯は何だい?」

 

「は! ―――光帯、ですか?」

 

 言われて。ナリア、アザルド、クバル、ジャグド。

 皆が改めてその星を見る。

 

「……ふむ。確かに何か……うっすらと光の帯が見えますね」

 

「虹か何かじゃねえのか?」

 

「宇宙に虹がかかるかよ!」

 

「解析します」

 

 王は配下の動きをゆったりと見送り、腕をアームレストに乗せた。

 頬杖をつきながら地球を観る彼の眼の中に、様々な感情が浮かび―――消える。

 すぐさま仕事を終えたナリアの報告が上がってきた。

 

「申し訳ありません。あんなものを見逃していただなんて……

 あれは凄まじいエネルギーベルトです。

 そのエネルギー総量は、あの星を消し飛ばして余りあるかと」

 

「星を吹っ飛ばして余りあるたぁ、随分景気がいいじゃねえか!

 なんだ、俺たち以外にもあの星で遊んでる奴が既にいるってことか?」

 

 自分の拳同士を打ち付け、ばんばんと音を立てるアザルド。

 彼がそのまま振り返り、王に対して頼み込む。

 

「だったら、今あの星にはそんなことを出来る奴がいるかもしれねえってことだろ?

 やろうぜオーナー! 百個目の星に相応しいド派手なブラッドゲームを!」

 

「アザルド……それ以上の無礼な真似は―――!」

 

「ナリア」

 

 彼に詰め寄るアザルド。

 それを静止しようとするナリアが、彼の声で動きを止める。

 ―――王の指が虚空を撫でた。

 伸ばした手、広げた掌が、モニターに映る地球を光帯ごと包み込むように伸ばされる。

 

「是非、楽しもうじゃないか。最高のブラッドゲームを……」

 

 下された決定。

 それに、すぐさまナリアは跪いていた。

 

「は! 全てはジニス様の御心のままに―――」

 

 

 




 
本能覚醒!!

グレートアイザー、メーバ様、これでメガヘクスの二倍達成。
ジュウオウには海賊も出てくるのでディエンドと並べば役満ですな。
ジャグドくんは画面外で勝手に死ぬのでもう忘れていいです。

多分その刀の鍔全然デザイン違うと思うんですけど(名推理)
まあ影山とネイティブ影山レベルの間違いなら誤差だよ誤差。

切嗣の知り合いだと言い張れば誰でも衛宮邸に泊まれる説。
項羽! 雷帝! 呂布(馬)!
藤ねえにジェットストリーム外国から来た切嗣の知り合いアタックをしかけるぞ!
 


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推測!世界の真実!2016

 

 

 

 自身の工房に入り、扉を閉める。

 決戦が始まる前に立てていた予定では、もう皆が休息に入れている予定だったが……

 カルデアでは、まだ第一級の警戒態勢だ。

 

 なされなかったマスター三名、及びデミ・サーヴァント一名の帰還。

 それを捜索するために、スタッフ総出で今も管制室に缶詰めだ。

 彼女も先程までそれに参加していたが、別方向からアプローチすると言って席を外してきた。

 

 工房に帰ってきた彼女が真っ先にしたこと。

 それは、部屋の隅にあったホワイトボードを引っ張り出すことだ。

 そうしてから、彼女は振り返りもせずに声を出す。

 

「それで。君は何をしてくれたんだい?」

 

「今更そんなことを訊くのかい?

 そもそも、君には既に説明してあったと思ったがね。レオナルド・ダ・ヴィンチ」

 

 返ってくるのは黒ウォズの声。

 まあ声だけでは黒と白に違いはないが、黒ウォズだろう。

 もしかしたら白ウォズもここに自由に出入りできるのかもしれないが……

 現時点では気にしても仕方ないだろう。対策の取りようもない。

 

「ゴーストの特異点、ね。まあ、やってくるだろうとは思っていたけれど。

 私を通じて作る、と君は口にしていたように記憶しているけど、それは?」

 

「そのつもりだったが、海東大樹の干渉で事情が変わってね。

 私としてもこのような形になったのは、不本意ではあるんだよ。

 ま、君たちが彼らの捕捉に成功するまでは、私が支援に回るから安心するといい」

 

「ははは、それって笑い話かい?」

 

 海東大樹、仮面ライダーディエンド。

 第三特異点で顔を合わせた仮面ライダーの一人。

 本当に彼のせいかどうかは分からない。が、少なくともこちらで捕捉できず、彼にレイシフトメンバーの安否確認を頼らねばならない状況で、安心などできるはずもない。

 

「……消えた皆は、実在の証明だけはできている。

 けれど、実際どこの時代にいるのかまではシバでは発見できていない。

 まあそもそも、本来シバで現代の観測はできないからね。

 いまオルガマリーが必死に調整しているけれど」

 

 シバのレンズは現在を観測するものではない。

 だから、もし彼らが2016年にいるならば見つけるのは至難の業。

 そんな状況でありながら実在保障はできている、という異常な状況だが。

 

 ホワイトボードに何かを書きながら溜め息ひとつ。

 彼女の腕の動きは淀みなく、書くべき情報をそこへと纏めていく。

 数十秒、必要な分を書き切ってから彼女は振り返った。

 

「どうだい? 私の推測、聞いていく?」

 

 一度キャップを閉じたペンで、ボードを叩きながら問う。

 

「おや? 説明は求めないんだね」

 

「訊いて欲しいのかい?」

 

 質問で返してくるウォズに笑顔でそう返す。

 その返しに肩を竦めて、黒ウォズは壁に背中を預けた。

 ダ・ヴィンチちゃんの言葉を聞く体勢。

 

「―――さて。実はこれ、モードレッドから聞いたんだけどね」

 

 改めてキャップを外したペン。

 それでボードの端にザモナス、カッシーンと名前を書き入れる。

 黒ウォズは少し呆れたようにやれやれと首を振ってみせた。

 特段焦ったりするような様子は、彼にはない。

 

「その件については、別に私が口止めしたわけではないがね。ただ、何故そうなったかという説明をする中で、どうしても口止めを要求したシャーロック・ホームズの話題も出てしまうから言い辛い、というだけで。モードレッドが既に漏らしている、というなら別に訊いて貰って構わないよ。もちろん、向こうに行ってから我が魔王に訊かれれば同じことを教えるからね」

 

 アレキサンダー、ダビデ、フィン。

 ダ・ヴィンチちゃんが確認しようとした際、彼らはその話について消極的だった。どうあれ、色んな部分で情報が足りなすぎる。もっとも、アレキサンダーとダビデは彼らのマスターの方針的に、いちいち問い詰める必要性を感じていないだけかもしれないが。

 

「へえ、じゃあ私の推測の前にこの連中について訊くことにしようかな」

 

「清姫くんに同席を頼まなくていいのかい?

 きっと、私の嘘を見抜いてくれるだろう。私が嘘を吐けばね」

 

 そう言って片手に持った本。

 『逢魔降臨暦』を軽く持ち上げてみせる黒ウォズ。

 

 確かにいてもいいが、現状だと清姫は半分暴走状態だ。

 立香の安否が確認できない内は、真っ当な状態には戻らないだろう。

 この辺りは流石にバーサーカー、というところか。

 

「それは今更だね、真偽は自分で判断するからもういいのさ。

 さて。では、聞かせてもらおうかな?」

 

「では、ジョウゲン……仮面ライダーザモナスのことだが。

 彼は私と同じく常磐ソウゴに仕えるもの。そしてカッシーンは我らが使う兵隊さ。

 一応言っておくともちろん、他にも我が魔王には家臣がいる。

 彼らが何故アトラス院に来ていたのかは、私も知らないね。今までの我が魔王の継承の儀の状況は彼らも把握しているが、彼らも動くという連絡は一切なかった」

 

「その割にはそいつらはソウゴくんも襲ったようだけど?」

 

「それは恐らく、我が魔王の命に従ったということだろう。

 私は未来に君臨する我が魔王の命により、若き日の常磐ソウゴを導いている。

 つまり。ジョウゲンには、我が魔王から若き日の常磐ソウゴと敵対してでも、果たすべき役割が下された……彼の行動に関しては、そう考えるのが自然だろう」

 

 そこに関しては自分も推測しかできない、と彼は語る。

 同僚の行動について、何故だったのかと訊いたわけでもないと。

 

「ほうほう、それが君に連絡されない理由は?」

 

「さて。ジョウゲン……そしてもう一人、カゲンという男は我が魔王の側近。

 立場としては私の上、と言っていいからね。

 残念ながら、彼が必要ないと判断したなら、私にその情報は回ってこないだろう」

 

「なるほど、なるほど。―――では、バールクスというのは?」

 

「我が魔王の持つライダーのウォッチの一つだね。

 私もよく知るライダーさ。凄まじい力を持っている」

 

 不意をつくように。

 いつか白ウォズが口にした名前を問いかける。

 だが彼は普段通りの様子で、そう言葉を返してきた。

 

「凄まじい力ね、ちなみにオーマジオウとそのバールクスはどっちが強いんだい?

 そして白ウォズがあえて口に出した、ということ。

 それはバールクスが君の精神において重要な存在、ということの証明じゃないかな?」

 

 白ウォズが出てきた時。

 つまり、ナーサリー・ライムに黒ウォズが干渉された時。

 あの“物語”は契約者の思い描く“主人公”の姿をとる。

 実際はその性質をどうやってか利用し、白ウォズが出現したのだが。

 だが、その場面で口に出されたと言う事。

 それはつまり、バールクスが黒ウォズにとっての“物語の主人公”ということだ。

 

「その両者が戦ったことがないから、何とも明言しづらいが……

 ただ2068年に君臨しているのは我が魔王、オーマジオウだというのが答えかもしれないね?

 あと。その時白ウォズは、『魔王でもバールクスでもなかったことに驚いたのかい?』と、言った筈だろう? もっとも、私は我が魔王とバールクスを天秤にかけたことなどないがね。私は常に我が魔王の配下、他の誰かに仕えるような事などないよ」

 

「ふむ……」

 

 別に彼女に嘘発見器としての能力はないが。

 彼の反応は揺れない。一切、その言葉からは測らせない。

 まあ、現状でもし彼を追い詰めて離脱されたら、ゴーストの特異点に送られた人間が危ない。

 なので最初から、別に追い詰めるようなつもりもなかったのだが。

 

 軽く髪を掻き上げて、ダ・ヴィンチちゃんがペンを振った。

 ぽん、と。そんな彼女の手の中のペンが、ホワイトボードを叩く。

 その先にある文字は『ゴーストの特異点』。

 

「では君の同僚についての話はここまで。本題へ入ろうか。

 君は2016年の戦いを『ゴーストの特異点』と、そう言った。

 けど、これって本当に特異点なのかな?」

 

「でなかったら、何だと?」

 

「元から別の世界とかどうだい?」

 

 彼女の言葉に黒ウォズは何も反応しない。

 まあ、反応するとも思っていなかったのでいいのだが。

 

 ホワイトボードから『ゴーストの特異点』を消す。

 改めて書き加えるのは、『ゴーストの世界』。

 そこから矢印を伸ばして繋ぐのは『私たちの世界』。

 

「いわゆる並行世界、という話だね。この世界の前提。過去に積み重ねた歴史(スクロール)に浮かんだ染み、それが特異点。それとは全く別の、もっと根本的な部分でずれた別の歴史。隣り合いながら、けして干渉しないものが並行世界。特異点は我々が書いている歴史書の前の頁が勝手に書き換えられ、矛盾してしまう現象。前後が矛盾した記述は、その本から歴史書としての価値を消失させ無意味化してしまう。これが人理焼却。だが並行世界は、そもそも別人が書いている別の本と言える。だから何の関係もない、本来はね」

 

 彼女は『ゴーストの世界』と同じように『私たちの世界』を取り巻く、『ウィザードの歴史』、『ドライブの歴史』、『フォーゼの歴史』、『ダブルの歴史』、『オーズの歴史』、『鎧武の歴史』を、それぞれの『世界』に書き換えていく。

 それらの『世界』から伸ばした矢印は、全て『私たちの世界』に。

 

 彼女はそうしてから、こんこん、と。

 ペンの後ろで、それらの『世界』をつついた。

 

「人理焼却で『仮面ライダーの歴史』が消えた、じゃなくて。

 人理焼却で綻んだ世界の歴史に、『仮面ライダーの世界』を歴史として組み込んだ。

 とか、そんな方向性の考え方はどうだい?」

 

「面白い考え方じゃないかな?」

 

 黒ウォズはダ・ヴィンチちゃんの講義に微笑みながらそう返す。

 多分、少しずれている考え方なのだろう。

 まあこの方向性が完全に合っているとは、ダ・ヴィンチちゃんも思っていなかった。

 そうだとしたら、おかしい部分も出てくることだし。

 

 ペンが動いて、『オーズの世界』の部分を叩く。

 

「例えばオーズの歴史……あれは、私たちの人類史に統合されたろう?」

 

「統合されて発生したのではなく、最初から存在した歴史という可能性は?」

 

「ははは、だったら天才の私が知らないはずないので論外だね!」

 

 エレナ・ブラヴァツキーによる発言。

 オーズの来歴を彼女は知っていた。

 彼女が確認した結果、現代魔術師であるロード・エルメロイ二世も。

 

「けれどホームズは知らない様子を見せてた気がする、と。ブラヴァツキー女史とロード・エルメロイ二世は知っていたのに。まあ……そこはモードレッドの勘だけが根拠だけどね。彼女の勘は根拠にするに足る、という判断だ」

 

 それぞれの『世界』の上。ダ・ヴィンチちゃんがそこに地名を書き足していく。『フランス』、『ローマ』、『海洋(オケアノス)』、『ロンドン』、『アメリカ』、『エルサレム』。

 最後に、『私たちの世界』の上に『カルデア』。

 

「私の考えはだね。今まで回収してきた仮面ライダーの歴史は、それぞれの特異点ひとつひとつと紐付けられていた……いや。癒着していた、と言った方がいいかな? つまり、特異点を修正して我々の歴史として取り戻すこと。それが、私たちの歴史と他のライダーの世界を融合させるためのプロセスとして使われているのではないか、と考えている」

 

 『フランス』と『ウィザードの世界』。

 それを大きな丸で一つに囲む。続けて、他のものも同じように。

 

 ―――特異点修正とは、歴史を本来のものに戻す業務。

 歴史上に発生した異物を排除するための行為だ。

 

 歴史上で異物と化し、()()()()()である特異点にライダーの歴史を混入。その上で特異点として判定されていた部分を修正し、その時代を本来の歴史の流れの中に戻す。元々の歴史ではなく、ライダーと混ざった歴史として時代の本流へ。

 結果として、本来の歴史の流れにライダーの世界の歴史が挿み込まれることとなる。先程ダ・ヴィンチちゃんが出した歴史を本に見立てた例で言うならば栞だ。

 『ライダーの世界』という本を、『私たちの世界』という本の栞として強引に挿み込んで、その栞まで含めて『私たちの世界』という本だと判定させているような。

 だがそんな力業、そんな無茶が普通に通せるなら、レイシフトは正しく歴史を左右する神の力になる。本来なら通るはずもないだろう。本来なら。

 

「なるほどね。つまりホームズはその時点で、『オーズの世界』の歴史を『私たちの世界』の歴史に組み込むためのプロセス、『アメリカ』の特異点と関わりを持たなかったせいで、それを知る事ができなかった、と?

 確かに彼はロンドンの地で特異点修正前に召喚されたサーヴァントであり、アメリカに関わることなくエルサレムに移動した。だがその理屈でいうと、特異点の修正前にエルメロイ二世が『オーズの歴史』を知ることができる理由もないのではないかな?」

 

「そこは恐らくフェイトだね」

 

 きゅい、と。マジックペンの音とともに『私たちの世界』と『カルデア』の間に書き加えられる文字。『フェイト』―――それはもちろん、カルデアの英霊召喚システムの名だ。

 

「フェイトによって召喚された英霊は、恐らくそこに対応する。

 厳密に言うのであれば、『ジオウ』が起こす変化に対応するのだろう。

 彼が観測した時点で、仮面ライダーの歴史は保障される。

 だから、その時点でカルデアのサーヴァント……英霊召喚システム『フェイト』によって召喚されたサーヴァントたちは、影響を受けるんだ」

 

 同じように『私たちの世界』の下に書き込まれる『ジオウ』。

 

「さっき言った理屈なんて、結局普通は通らない。

 それを通すインチキがどこかにないと、成立するはずがない。

 そんなものは決まってる。常磐ソウゴ……仮面ライダージオウだ」

 

「ほう、流石は我が魔王……見る目があるね、レオナルド・ダ・ヴィンチ」

 

「つまりは、だ。召喚形態ではなく、呼び出す場所からもう違うのさ。

 フェイトによる召喚は、仮面ライダーの歴史が組み込まれ刻々と変化する人類史に対応している。私たちは常に『いま現在における私たちの人理』に呼ばれたサーヴァントになる。人理の影法師たるサーヴァントは、常に霊基にその影響を受けるだろう。歴史が変化するたびに自動アップデートされてる。というか、最初からそうだったことになる、ってことだね。ああ、私と……多分、マシュの中のギャラハッドは例外になるのかな。呼ばれた時期が違うからか、もしくは『ゴーストの世界』に近い私だけで、ギャラハッドはそうではないのか。そこは要検証だね」

 

 そう言いながら、彼女はペンを動かす。

 そうして、『私たちの世界』を他の文字と一緒に大きな丸で囲んだ。

 

「だが現地召喚の場合は、その特異点における人理……フランスなら『人理焼却発生時点の私たちの世界の人理+ウィザードの歴史』、ローマなら『人理焼却発生時点の私たちの世界の人理+ドライブの歴史』というそれだけの歴史のみ。だから、ホームズがロンドンで召喚されたなら、彼が知り得るのはダブルの事だけだったんだろう。ダブルにどんな歴史があるのか私は知らないけど」

 

「……なるほど。君がどういう考えかは分かった。

 そうだね、採点するのだとすれば……」

 

「おっと、まだまだあるよ。つまりこの考えを前提にするとだね。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、これが」

 

 これは参った、と。

 そんなジェスチャーをするダ・ヴィンチちゃん。

 黒ウォズには反応がない。

 

「だってそうだろう?

 全並行世界で人理焼却が行われているわけじゃない。

 いや、その可能性がないとは言わないけど。

 ただ基本的に、人理焼却とはこの世界だけを襲った凶事だ」

 

 仮面ライダーの歴史の編纂。

 それは人理焼却とは完全な別件。まあそれは分かり切っていたことだ。

 ジオウ―――常磐ソウゴを取り巻く一件と、この世界の危機は別物。

 それは今更の話だから、いいとして。

 

「消えてしまった仮面ライダーの歴史を回収する、なら大義名分だ。けれど、人理焼却で破滅しそうな世界に他の世界を巻き込む、になると話が違ってくる。そこんところ、どうだい?」

 

「―――――」

 

「ついでに言うと、ゴーストの世界だって別に今は人理焼却の影響を受けていないだろう。いや、ソウゴくんたちがその世界に行った時点で、受け始めるのかな?

 ソウゴくんを楔にして、『ゴーストの世界』は『私たちの世界』に近づいてくる。最終的には、今までの仮面ライダーの世界のように、この世界と一体化するんだろう」

 

 そう言いながら、彼女はペン先を再びボードに乗せた。

 その体勢のまま黒ウォズへと問いかける声。

 

「あえてそこには何も言わない。だって、まだ大前提の大きな話が残ってるからね。

 ―――世界にはルールがある。

 誰が何を言わずとも、世界全体が進む方向性というものは存在する。

 例えば仮面ライダーの存在もそうだし、魔術という存在だってそうだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 きゅ、と。ペンが鳴ってホワイトボードを横に一線した。

 真っ二つに線引きされる今まで書かれてきたもの。

 

 大きな丸で囲まれた、『私たちの世界』も二つに分けられた。

 『私たちの世界』を囲む丸は半円に分割される。

 その上下の半円の中にそれぞれ残っているのは、『フェイト』と『ジオウ』。

 

「だから道理が合わない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 やあ、黒ウォズ。『私たちの世界』は、本当に人理焼却を切っ掛けに他の世界と融合を開始しただけなのかな?」

 

 大元は。『私たちの世界』と認識しているものは。

 『フェイトの世界』と『ジオウの世界』という、別のものだったのではないか。

 

 振り返ったダ・ヴィンチちゃんが見た黒ウォズの表情が一瞬崩れた。

 その表情の変化を見取り、彼女の方こそ少しだけ眉を顰める。

 そんな彼女の視線を受けながら、黒ウォズが立ち上がった。

 彼はホワイトボードまで歩み寄ると、赤いマジックを取り上げる。

 

「―――――」

 

「よくできました、だね」

 

 黒ウォズはそのペンで、ホワイトボードに『3/10点!』と書き込んだ。

 一気に顔を顰めるダ・ヴィンチちゃん。

 何せ赤点である。天才としては看過できない評価だ。

 

「なに? 3点? 10点満点で?」

 

「ああ、私も驚きだよ。

 現時点での情報でそこまで見通されるとは……()()()()()()()()

 

 そう言ってペンを置くと、彼は踵を返した。

 そのまま部屋の外へと出ていく黒ウォズ。

 どうせ追おうと思ったところで、この部屋から出た瞬間に消える事だろう。

 

 だから別に追うことはせず、彼女はその場に椅子を曳いて腰掛けた。

 

 多分、黒ウォズも正確なところは知らないだろう。

 そうじゃなきゃ黒ウォズの同僚がアトラス院に出てくる必要もない。

 恐らくホームズはそこで何らかの情報を得たのだろうが……何とも。

 そこで何の情報を得たのかは、言い残していかなかったらしい。

 役に立たない名探偵である。

 

「―――さて。これらの推論が正しいとすると……

 そもそも、私たちが『ゴーストの世界』に干渉するためにはだ。

 ()()()がもっと近づいてくれる必要がある、ということになるわけだが……」

 

 それはこっちにはどうにもならない仕事だ。

 ただ恐らく徐々に近づいているのだろう。

 そうするのが、彼らの目的なのだから。

 

「……まあ、私ならそのタイミングは見逃さないともさ。

 何せ、そっちの()の声がなんとなーく聞こえてくるからね」

 

 人類史に輝く天才。

 レオナルド・ダ・ヴィンチがそう言って片目を瞑る。

 聞こえてくる内容がろくでもないのは仕方ない。

 何せ彼女は天才だからこそ人非人。

 

「ただ、問題は―――だ。この理屈で言うと……」

 

 どうしたものかな、と。彼女はそれから数分悩み。

 しかしとりあえずなるようになるさ、と。

 席を立って再び管制室へと向かって部屋を出ていったのであった。

 

 

 

 

「宮本武蔵?」

 

「そんなこと言ってたかな」

 

 再び合流したソウゴが、うどん屋の前で起きた一件を報告。

 そうしながら、公園のベンチに腰掛けた。

 先に座っていた三人が、その名前を聞いてうーんと首を傾げた。

 

「宮本武蔵って言ったら、あの宮本武蔵だよね。

 佐々木小次郎と戦って勝った人」

 

 詳細は分からずとも、その名くらいは聞いた事はある。

 日本でもトップクラスに有名な偉人ではなかろうか。

 

「16、17世紀を生きた人物ですね。そんな人がここにいる、ということは……」

 

 江戸時代初期に名を馳せた剣術家にして戦術家。

 流派・二天一流の開祖であり、二刀流の達人。

 それこそが宮本武蔵という人間だ。

 

 正しく歴史上の人物。

 その名前の人物が、2016年の日本で闊歩している。

 しかも着物で腰に刀を差して、だ。

 

「サーヴァント、ってこと?」

 

「フォー、フォフォーウ?」

 

「あれ? フォウいたんだ」

 

 ツクヨミの肩の上で鳴くフォウ。

 ここに来た時はいなかった気がしたが、やっぱりいたらしい。

 その発言が気に入らなかったのか、フォウはソウゴに突撃してくる。

 

「フォウ! フォー!」

 

 ソウゴの頭の上で暴れる白い獣。

 慌てて、マシュはそれを回収しに動き出した。

 彼の頭の上で起きている戦争は気にかけないまま、悩み込む他の面々。

 

「それでその宮本武蔵はどこへ行ったの?」

 

「大天空寺、ってところに行くって。お坊さんと一緒に」

 

「お坊さん……大天空、寺……って、お寺?」

 

 ふーむ、と腕を組んで考え込む立香。

 彼女が思い描くのは、お坊さんが『サーヴァント召喚! 破ァッ!』としてる想像だ。

 かなりお坊さん感があるので、多分間違いないだろう。

 

 うんうんと大きく首を縦に振ってみせる立香。

 そんな様子を見て、マシュが何とも言えないという表情を浮かべる。

 彼女はサーヴァントらしく、マスターが変な事を考えているのだなと何となしに察していた。

 

「たぶん、先輩が思うような感じではないと思います……」

 

「おー、おー! 若い連中が雁首並べて、昼間っから暗い顔!

 こんまい事に気を取られていては、でっかい夢は見られんぞ!」

 

 そう言ったマシュの隣。突然ながら、どかり、と。

 いきなり同じベンチに、スーツ姿の男が割り込んできた。

 公共のベンチなのだから何の問題もないが、いきなりの乱入。

 

 一人を除いて、その行動にきょとんとする一同。

 そんな状況でソウゴは、すぐにふふんと鼻を鳴らしてその男に向き直った。

 

「でっかい夢? 俺にはあるよぉ~、最高最善の王様になるっていうでっかい夢!」

 

「王様ぁ? 何じゃそりゃあ、まぁた珍妙な夢を持ってるもんだ!

 だがすぐに言い返してくる性根が気に入った! おんし、名は何という!」

 

 何やら一瞬のうちにソウゴとスーツの男は意気投合。

 状況に目を見合わせる他のメンバー。

 そんな彼女たちの横で、話は進んでいく。

 

「俺は常磐ソウゴ。あんたは?」

 

「ワシか? ワシの名前は……坂本龍馬ぜよ!」

 

 その名前を聞いた三人が、またも目を見合わせた。

 ソウゴもまたきょとんと目を瞬かせ、その名前に反応を示す。

 そうしてオウム返しに、彼の名を問い返していた。

 

「坂本龍馬って、あの坂本龍馬?」

 

「他にどの坂本龍馬がいるかは知らんが……ワシは正真正銘、坂本龍馬。

 それがどうかしたか?」

 

「あ、あの……坂本さんは……この特異点に呼ばれたサーヴァント、なのでしょうか?」

 

 坂本龍馬と言えば、やはり日本の知らぬものはいない偉人。

 江戸末期、倒幕運動に貢献した志士の一人。

 なるほど。であれば、確かに彼が英霊となっていてもおかしくない。

 

 だが。

 聞いておいて、そんなはずがないと思う。だって明らかに目の前の存在は人間だ。

 しかも彼の格好はもはやサラリーマンそのもの。

 それ以外の何にも見えないスーツ姿だ。

 

 べディヴィエール卿のように偽装の可能性はあるが、いくら何でもこれは間違えない。

 問われた龍馬も、訝しげにマシュの方を見た。

 

「サーヴァントぉ? なんだそりゃあ?」

 

「ええ、と……ですね」

 

 問い返されたマシュがどう答えるか、と。

 視線をふらふらさせながら言葉を選ぼうとする中で。

 龍馬は訊き返したことも忘れたかのように、ソウゴをビシリと指差した。

 

「おお、そがなこたぁどうでもいい!

 おんしら! 大天空寺に用があるのか!」

 

 どうやら先程までの会話が聞かれていたらしい。

 だから彼はこちらに声をかけにきたのだろう。

 つまりそれは、彼もまた大天空寺というお寺に用があるということで―――

 

「え?」

 

「丁度ええ! ワシもあっこに用があったところぜよ!

 ―――世話になった男の夢を、繋いでやらんといけんからな!」

 

 そう言って笑い、腕を組む龍馬。

 突然の事態に翻弄されていた三人は、また顔を見合わせるのであった。

 

 

 




 
答えは黒ウォズも知りません。全部知ってるのはオーマジオウと、おじさんにカルデアの事を教えた謎の人だけです。謎の人はなんなら蚊帳の外だったのに突然その話に巻き込まれた被害者とも言えるでしょう。巻き込まれただの被害者なりに何とかしようと頑張っているのです。
あとは多分。キリ様はクリプターとして活動を開始したら、数日もあれば何が起こったのか理解するでしょう。というより、キリ様以外は正解に辿り着くための情報を持ち得ないです。異星の神やデイビットが何を思うかは知りません。六章以降が配信されたら考えます。
 


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怪盗!盗まれた眼魂!2009

 
玉藻を貰いました。
絆と骨を稼いできます。
 


 

 

 

「タケル、どこいってたのよ」

 

「アカリ? 来てたんだ」

 

 帰宅し、居間に戻ると顔を出してくる月村アカリ。

 彼女はタケルの幼馴染で、物理学を専攻している大学生だ。

 顔を合わせながら中へと入り―――御成と武蔵がその後に続く。

 

 突然現れた初見の女性。しかも刀を引っ提げた着物姿ときた。

 その姿を見てすぐ、彼女は思わずぎょっと目を見開いた。

 武蔵に軽く会釈してから、小声でタケルに問いかけるアカリ。

 

「あっ……タケル、この方は?」

 

「えーと。説明すると長くなるんだけど……」

 

 正直、タケル自身も分かっていない状況。

 ついでに武蔵にだって細かいことは分かっていない。

 要するに、この状況については誰も何も分かってなかった。

 

 そんな説明を受けながら、アカリが難しい顔を浮かべた。

 彼女が一人俯き、ぶつぶつと自分の思考内容を呟き始める。

 

「それってつまり……“もし宮本武蔵が女だったら”っていうパラレルワールドってこと? でも仮にそんな世界が実在したとして、その世界の住人が別世界を認識すること……まして行き来するなんてことありえないはず……いえ、そもそも時代までずれているんだもの。単なる並行世界で済ませられる状況じゃないわ。

 もしかしたら、眼魔の世界とも何か関係があるのかしら……そうだ、この前の一件で世界の境界が不安定に? だったらこの世界にはまだ、きっと他にも何らかの影響が……」

 

「アカリ殿、アカリ殿!

 とりあえず考えるのは後にして、武蔵殿からも詳しいお話を聞きましょうぞ」

 

 居間の入口を塞いでいたアカリを押し込み、中へ運んでいく御成。

 そこで正気を取り戻したのか、彼女は同意して中へと入っていく。

 

「面白いお友達ね」

 

 何やら満足そうに笑う武蔵。

 先に歩いていく彼女に後ろから、曖昧に微笑んだタケルが続く。

 

「ええ、まあ……はは」

 

 彼らが居間へと入ると、シブヤとナリタが昼食をテーブルに並べているところだった。

 一見して分かるほどに豪勢で、しかも大量の料理。

 そんな光景を前にしておぉ、と驚く武蔵。そして、ぽかんと口を開くタケル。

 

 ―――ゴーストであるタケルは、食事をとることが出来ない。

 なのでどんな料理があったところで、見ているだけになるのだが……

 こんな料理を皆が食べてるのを見ているだけになるのか……と。

 お腹は空かないのに、腹の虫が鳴った気がして手を自分の腹に当てる。

 

 先に入っていた御成も、そんな状況に目をぱちくりと瞬き。

 豪勢な料理が並ぶ食卓と、それを並べている二人の間で、視線を交互に行き来させた。

 

「これは……昼食ですかな?

 その、今日はぁ……誰かのお誕生日、だったり……しましたかな?」

 

「全然違うわよ。

 そう、タケル。あんたにお客さんが来てるのよ?」

 

 御成の疑問を一言でばっさり切り捨てるアカリ。

 そんな彼女は後ろにいるタケルにそう言って、台所の方を指差した。

 

「今呼んできます!」

 

 自分を押し込んできた御成をぱっぱと振り払い、アカリは椅子に座る。

 料理を並べ終えたシブヤが踵を返した。そのまま台所の方へと小走りに駆けていく。

 

 ―――お客さんが台所に。そしてこの豪勢な料理。

 

「お客人が作った料理、なのですかな?」

 

 恐る恐る、と言った風に問いかける御成。

 

「ええ。なんか、タケルにお礼がしたいって人が来て……

 自分で食材を持ってきたので、それでお昼ごはんを作らせて欲しい、って」

 

 そう説明しながら溜め息を吐くアカリ。

 彼女の言葉を聞きながら、自分の腹を何となく撫でるタケル。

 よく分からないが、せっかくお礼に作ってもらっても食べられない。

 作ってくれたのに食べられないじゃ、こっちの方が失礼になるだろう。

 非難がましくアカリを見つめ、彼はそれを口にする。

 

「……俺、ごはん食べられないんだけど」

 

「ちゃんと言ったわよ。今のタケルはちょっと普通のごはんを食べられない状況なんで、って。だったら私たちだけにでも食べてもらって、タケルと直接話すだけでも、だって」

 

 どういう理屈はよく分からない、と。アカリの方こそ肩を竦めた。

 料理自体はとても美味しそうだが、何とも微妙な状況だと。

 そんな雰囲気を吹き飛ばすように、御成が腕をまくって自分の椅子を引く。

 

「そういうことでしたら、食べないのも失礼ですな!

 ああ、そうでした。武蔵殿にはお茶をお出しせねば……」

 

 テーブルに置かれた料理を指差し確認していた御成。

 彼はそう言って、もうひとりの客人へと茶を出そうとし―――

 

「あ、じゃあせっかくだし私も食べていい? いっぱいあるし」

 

「うどん六杯食べてきたのにですかな!?」

 

 タケルに送られた料理なら、タケルに訊くべきだろう。

 そんな視線を武蔵から向けられた彼が、顔を少し引き攣らせながら椅子を示した。

 

「どうぞ……」

 

「ごちそうになります! いやぁ、ほら。こちとら寄る辺を持たない無頼者でして。食べられる時に食べておくのは基本、っていうか。あ、もちろんうどん代は返すのでそこはご心配なく。なんか古銭買い取ってくれる場所とか知ってる?」

 

 鼻歌を歌い出しそうなくらいに機嫌よく、彼女は食卓に席を並べた。

 人数分のお茶を入れながら、本日の料理人を待つ一同。

 さっぱり状況は分からないが、とにかく料理への礼からだろう。

 

「タケルさん、この方です」

 

 やがて、シブヤが連れてきたのは一人の青年だった。

 白い上着を着た彼は、エプロンを外しながら台所から出てきて微笑んだ。

 その彼と顔を見合わせて、曖昧に微笑み返すタケル。

 

 タケルに世話になった、というからにはタケルの知り合いであるはずなのだけど。

 彼の思考が真っ先に考えたことは、一つ。

 『まずい。誰だかさっぱり分からない……!』であった。

 

「えっと! あの……この度は、こんな豪華な料理を……」

 

 とりあえず、最初に料理の事への感謝を。

 あとは流れでどうにかするしかない。

 頭を下げたタケルの肩を、その青年の手が叩いた。

 

「よしてくれ、このくらい大したことじゃないさ。君に食べてもらえないのは残念だが、ちょっとした感謝の印として受け取ってくれればいい。さて。じゃあ僕は目的も果たしたことだし、ここで失礼するよ。君たちも僕の心尽くし、存分に堪能してくれたまえ」

 

 感謝をされる理由が思い当たらず、必死に頭を回転させる。

 そうしているうちに、彼は大した話もしないうちに居間から出ていこうとした。

 会話が終わった途端に開始される彼らの昼食。

 

「え!? そんな、こっちも何かお礼を……!?」

 

「いただきます!」

 

 大きな声でいただきます。

 ちょっとそっちを睨みつつ、去ろうとする青年の背中を追う。

 と、

 

「おっと」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは一気に空を翔けぬけて、食事をしている武蔵の許へ飛んでいく。

 飛んできた赤い眼魂を武蔵の箸がキャッチ。

 箸使いだけでばっちりと捕獲して、彼女は軽く首を傾げてみせた。

 

「なにこれ?」

 

「おお、それはムサシ殿の眼魂! 盗まれたのでは、と心配していましたが―――」

 

 御成がそう叫び、自分の箸でムサシ眼魂を指し示す。

 そうして、そこで言葉を止めた。

 

 タケルと御成が揃って視線を青年へと飛ばす。

 彼はばれてしまった事に苦笑しつつ、肩を竦めてみせていた。

 それを盗もうとしたことに対する後ろ暗い感情など、どこにもないかのように。

 

「これがこの世界の私ねー、不思議な感覚。

 けど私なら分かるでしょ? 私的に、食事の邪魔は完全に()()

 どんな事情があれ、何であれ、私は私の食事を邪魔するものは許さないのです」

 

 ぽい、と。箸からそのまま投げ捨てられるムサシの眼魂。

 あ、と。声を漏らしたタケルがそこに手を伸ばそうとして。

 しかし届かずに眼魂は青年の許まで飛んでいく。

 

 だから青年はそれを掴むために手を伸ばし。

 ―――そこに、白刃が煌めいた。

 

 盛大な激突音。

 武蔵が抜いた刀の峰と、ディエンドライバーが交差する。

 火花を散らす衝突に、武蔵が微かに目を細めた。

 

「峰打ちとは随分と優しいね」

 

「ええ。だってここ、殺す殺さないの時代じゃないでしょう?

 だったら、そこに合わせます。ついでに言うなら、後であなたが作ったご馳走を頂けると思えば、手加減する労力くらいなら御釣りがくるもの」

 

 刃が奔り、青年―――海東大樹が押し込まれる。

 彼はそのままの勢いで、自分から外へと吹き飛ばされた。

 それに追撃を仕掛けるべく、疾走する二刀を抜き放った武蔵。

 

「―――どどど、どーいう状況ですかな、これは!?」

 

 状況の変化の連続。それが原因で襲い来る、情報の津波。

 御成がえらいこっちゃ、と部屋を右往左往し始めた。

 茶碗と箸を持ったままの彼の動きと、呆然とそれを見ているシブヤとナリタ。

 同じく茶碗を持っていたアカリがそれを置き、テーブルを叩いた。

 

「もしかして……眼魂盗まれてたの!?」

 

 そんなこと聞いてない、と。アカリが激昂する。

 絶対に説教が長くなる奴だと、タケルが視線を彷徨わせた。

 

「えっと、ああー……多分、そう? すぐ取り返してくる!」

 

 言うや否や、返事を待たずに二人を追うように走り出すタケル。

 状況を整理しきれぬまま走り出し、とりあえずムサシの眼魂を拾う。

 盗人が拾いそびれた眼魂。

 

 とりあえずは一つ、手に戻ってきたこと少し安堵して。

 そうしてから、彼はすぐに全力で走り出した。

 

 

 

 

「変身!」

 

〈カメンライド! ディエンド!〉

 

 シアン&ブラック。

 彼はディエンドライバーによる変身シーケンスを即座に完了。

 仮面ライダーディエンドとなり、その銃口を武蔵に向けた。

 

「一飯の礼はとりあえず果たしましょう!

 よくわからないけど、あなたが持ってるものは返してもらうってことで!」

 

「一飯の礼というなら、君には僕にも礼をする理由があると思うけどね?」

 

 大天空寺の庭に飛び出すと同時、その銃口から光弾を連射する。

 不規則な軌道を描きながら暴れる青い光。

 ―――それをなぞるように、二つの剣閃は撃ち落としていく。

 

「それはそれ。これはこれ。

 それはそうと、結構な腕前です! とは言っておきましょう!

 まだちょっとしか食べてないけれど。あなたの料理、好い味してたわ!」

 

「それは何より。会心の出来だったからね!」

 

 弾ける銃口。跳ねる切っ先。

 放たれる光弾を正確無比に斬り捨てる鋼の刃。

 それは銃撃を斬り捨てるに留まらず、ディエンドをも打ち据えていく。

 彼は全身から火花を散らしながら、少しずつ後退る。

 

「かったい! 何で出来てるの、その鎧!

 変な立て方したら、刃の方が簡単に駄目になりそう―――!」

 

 そんな口を叩きながら、刃の奔りに乱れなく。

 幾度も斬り付けられたディエンドが、吹き飛ばされるように後ろに跳ぶ。

 距離をとった彼が、そこで白煙を上げる自身の装甲を軽く叩く。

 

「さて、なんだろうね。少なくとも……君には斬れないものさ」

 

「―――へえ。ええ、私はまだそういう位階に至ってはいないけれど。

 そういう物言いはかちんとくるわ」

 

 バックステップを踏むディエンドに追撃する剣。

 全身から火花を散らし、それでも彼には余裕さえ見える。

 ディエンドの指でカードが滑る。

 それがディエンドライバーに差し込まれ、読み込まれた。

 

〈アタックライド! イリュージョン!〉

 

 ディエンドと全く同じ姿を持つ分身が二体出現。

 三つの銃口が同時に、彼女に向いた。

 

「―――――!」

 

 目を細めて、その銃撃の軌道を天眼にて見定める。

 ディエンドの銃撃は縦横無尽、軌道予測は意味をなさない。

 が、彼女の眼であれば話は別―――

 新免武蔵がその眼で捉えて斬って捨てる、と決めたのであれば。

 

〈ゴーストドライバー!〉

 

 だが銃口が火を噴く前に。

 その声に、武蔵とディエンドが共に視線をそちらに送る。

 視線の先にいるのは天空寺タケルに相違なく。

 

 彼は腰に手を添えて、一つ目のお化けのような形状のベルトを出現させていた。

 

 左手を平手で掲げ、右手に取り出すのは一つの眼魂。

 右の手に持つ眼魂を、左の掌に叩き付け。

 押し込まれるのは起動スイッチ、ゴーストリベレイター。

 眼球の如き形状の眼魂、その瞳。クアッドアイリスが示すのは変身の瞳孔。

 

 開いたゴーストドライバーのスロットに眼魂が装填される。

 ドライバーの眼、グリントアイ。

 それはタケルがドライバーを閉じると同時、眼魂を眼球としてその瞼を見開いた。

 

〈アーイ! バッチリミナー! バッチリミナー!〉

 

 ゴーストドライバーの瞳から、一着のパーカーが浮かび上がる。

 オレンジの線で紋様が描かれた黒いパーカー。

 それはフードの中に顔を持っており、布一枚の姿のまま飛び出した。

 

 突如飛来するパーカーの体当たり。

 その直撃を受け、ディエンドの分身のうち一人が弾き飛ばされた。

 ノイズがかって消えていく分身の姿。

 

 そのままパーカーはタケルの元へと舞い戻り、腕を振り上げ踊り出した。

 右腕を振り上げその指先で空を切り、胸の前で印を結ぶ。

 左手で掴んだドライバーのハンドル、デトネイトリガーを引いて押す。

 その瞬間、彼の変身ルーティンは完成した。

 

「変身!」

 

〈カイガン! オレ!〉

 

 タケルの体が黒い人型。トランジェント体に変わっていく。

 全身にオレンジのラインを浮かべた、黒いのっぺらぼう。

 

 その上から空舞うパーカー、パーカーゴーストが覆い被さった。

 フードとともに被せるように、トランジェントに顔が張り付いていく。

 オレンジの顔面。黒い双眸。そして額から生えた大きな角。

 

〈レッツゴー! 覚悟! ゴ・ゴ・ゴ! ゴースト!〉

 

 オレンジのラインを、炎が揺らめくように輝かせる。

 その腕がゆるりと動き、頭部を覆うフードを外しながら歩みだす。

 彼はディエンドを見据え、咆哮と共に駆け出した。

 

「―――命、燃やすぜ!」

 

 ―――仮面ライダーゴースト。

 そう呼ばれる戦士が、いま此処に現れた。

 

 ディエンドが軽く手の中で銃を回す。

 残った分身体の方がすぐさま動き、彼の前へと飛び出して―――

 

「よっと!」

 

 逸れた意識の合間に差し込むように、二刀が刺さる。

 あっさりとノイズを立てて崩れ落ちていく分身。

 彼を討ち取った武蔵が、刀の峰を肩にかけて申し訳なさそうに笑った。

 

「ごめんなさいね。いけそうだったから、つい」

 

「あ、いえ、そんな。どうも……?」

 

 今にも衝突しそうな相手を横合いから掻っ攫った彼女。

 良し悪しは置いといて、今からぶつかり合う感じだったのに。

 

 見守ってられなくてごめんね、と。

 雰囲気を壊してしまったことを彼女は謝罪した。

 何とも言い返すことが見当たらず、ゴーストもとりあえず頭を下げる。

 

 そうしてから、彼はディエンドの本体へと向き直った。

 

「―――あんたは一体、何者なんだ!

 英雄の眼魂を盗むってことは、あんたも眼魔の仲間なのか!?」

 

「僕に仲間なんてものはいない。

 英雄の眼魂を盗んだのは、これがこの世界のお宝に通じているからさ」

 

 返答とともに銃撃。

 反射的にそれを切り捨てる武蔵の刃。

 

「この世界のお宝……? まさか、あんたも眼魂を15個集めて願いを!?」

 

「教えてあげる理由はないよ!」

 

〈アタックライド! ブラスト!〉

 

 ディエンドが手首を撓らせ、更なる銃撃を見舞う。

 無数の光弾は蛇のようにうねり、縦横無尽に殺到してくる。

 それを迎撃するため、ゴーストはドライバーへと手を翳した。

 

〈ガンガンセイバー!〉

 

「武蔵さん!」

 

「―――なるほどなるほど。ええ、了解。

 二天一流、新免武蔵。我が第五勢にて泥棒退治に加勢つかまつる!」

 

 ドライバーの眼、グリントアイが召喚する大剣。

 その剣を握り締め、ゴーストが宙を舞った。

 同時に走る二刀の剣閃。雨の如く降り注ぐ光弾を通さぬ、剣の結界。

 助成を受けたゴーストが距離を詰め、ディエンドに一撃叩き込む。

 

 装甲が爆裂するような衝撃。

 それに吹き飛ばされ、飛んだ先は大天空寺の庭。

 寺の敷地から降りるための、石段近くにまで吹き飛ばされる。

 地面に転がったシアンの鎧を前に、ゴーストは別の眼魂を手にだした。

 

 赤と白の眼魂。彼が盗り逃したムサシの眼魂だ。

 それを起動しながら、タケルがその名を呼ぶ。

 

「ムサシ!」

 

「なに!?」

 

 地面に転がりながらも絶えない銃撃。

 それを切り払い続ける武蔵が、ゴーストの呼びかけに反応する。

 そうだった、とゴーストが手にしたムサシの眼魂を持ち上げた。

 

「あ、そっちじゃなくて! この……眼魂のムサシさんのことで!

 えっと、ああ、もう。ややこしいなあ……!」

 

〈カイガン! ムサシ!〉

 

 オレゴースト眼魂から入れ替えるのは、ムサシゴースト眼魂。

 オレンジのパーカーゴーストが離れていく。

 トランジェント体に戻ったゴーストが、再びドライバーのトリガーを操作。

 今度は赤いパーカーゴーストが、先程と同じように現れる。

 

〈決闘! ズバッと! 超剣豪!〉

 

 赤い羽織を身に纏い、ゴーストが剣豪の姿に変わる。

 大剣だったガンガンセイバーが、二つに分割されて双剣に。

 二刀を構え直したゴーストは、すぐさまディエンドに向け疾駆した。

 

 起き上がりながら攻撃を継続するディエンド。

 だが武蔵がその攻撃を捌き続ける。

 ムサシ魂と化したゴーストの疾走は、容易に彼にまで届いた。

 

「やれやれ、そろそろかな……?」

 

「他の英雄たちの眼魂も返してもらう!」

 

 起き上がるディエンドを、双つの刃が打ち据える。

 刃が叩き付けられた部分から盛大に火花を散らし、ディエンドの足が蹈鞴を踏む。

 そうして彼の銃撃が中断された、その瞬間―――

 

「叩き伏せるわ! 合わせて――――!」

 

「わかった! 行くぞ、ムサシ――――!」

 

〈ダイカイガン! ガンガンミナー! ガンガンミナー!〉

 

 武蔵が加速し、二刀を振り被る。

 同時、ゴーストがグリントアイにガンガンセイバーを翳す。

 光を帯びる二刀流。

 

 ―――合わせて、四閃。

 全く同時に振るわれる二刀一対、二人で四振りの刃。

 

「いざ!」

 

〈オメガスラッシュ!〉

 

 四つの軌跡が重なる一点。そここそ、二人の剣豪の狙う場所。

 ディエンドの姿を寸分の狂いなしに重なる刃が打ち据える。

 超鉱石ディヴァインオレ製のアーマーさえ揺るがし、大きく吹き飛ぶ彼の姿。

 

 石段を飛び越えて寺の下へと落ちていくディエンド。

 そんな彼が空中で、七つの英雄眼魂をばら撒いた。

 

「眼魂……!」

 

 降ってくる眼魂をキャッチする姿勢に入るゴースト。

 

 彼をその場に残して、武蔵が石段の縁を滑りながら降りていく。

 ディエンドは地面に落ちて転がって、拘束するにはいい状態だ。

 だからこそすぐさま彼女はそれを追撃し―――

 

「やるね、流石は()()の宮本武蔵」

 

「―――――!」

 

〈アタックライド! バリア!〉

 

 彼の言葉に一歩出遅れ、光の壁にその刃を阻まれた。

 弾かれ、石段に足を下ろす武蔵。

 追撃を凌いでから地面を叩き、起き上がってみせるディエンド。

 彼の手にはまた、一枚のカードが握られている。

 

 武蔵は刃を翻して構え直し、目を細めながら相手を見た。

 

「……ふぅん。そういう言い方するってことは、何か知ってる系の人?

 まあ私自身、自分のことなんてよく分かってないのだけれど」

 

「さあね? 僕は君に興味なんてないから」

 

 彼の手は淀みなくドライバーにカードを滑らせる。

 その状態で銃身のグリップに手をかけ、腕を止めた。

 

 先程までの攻撃を見れば、カードが特別な攻撃の予兆だとは分かる。

 何がくるかは分からないが、彼女は構えたまま腰を落とし―――

 

「そう、私もあんまりあなたに興味は湧かないからお相子ね。

 私もあなたも性根は下衆で、けれど善人が示す輝きはそれなりに好きで―――

 しかし、その輝きに対する向き合い方が違うものと心得た」

 

「やめてくれないか、僕のことを分かったような言葉で語るのは。

 僕が好きなのはお宝だけさ」

 

「ええ。あなたはその輝きの価値を、盗むだけの価値があるもの、と解釈するのでしょう。

 けれど私はどちらかというと、そういうのは本人に抱えていてほしいかなって。

 だってそっちの方が尊くて、価値ある感じがするでしょう?」

 

「そういうものには盗む価値なんてないだろう?

 お宝は誰が持ってもお宝さ。だからこそ、それはお宝と呼ばれるんだから」

 

 軽口を叩き、言葉を交わし、苦笑して。

 ディエンドが呆れるように肩を竦め―――

 その瞬間、隙ありとでも言うかように、武蔵の刃が彼へと向け迸った。

 

〈アタックライド! インビジブル!〉

 

 そうしてその瞬間、ディエンドはその場から完全に消失した。

 空ぶる刃。何も斬らずに虚空を走る剣閃。

 剣が素通りした空間をちらりと見て、彼女は溜め息を吐く。

 

「あらら、そりゃそうよねー……私も逆の立場なら逃げるもの。

 譲れないものが懸かってるわけでもないのなら、戦う必要ないものね。

 さって、そんなことよりごはんごはん。迷惑料としてきっちり食べておかないと!」

 

 何が目的だったのかは知らないが、少なくとも盗みが目的じゃなかったのだろう。

 あの手の人間のやり口はよくわかる。わかっちゃう。

 多分、あっちもこちらのやり方は何となく察していただろう。

 自分の興味のあること以外どうでもいい流れ者の破落戸。それが彼で、それが自分。

 いるとこにはいるもんだなぁ、と。武蔵は軽く首を回しながら納刀した。

 

 そこに、変身を解除したタケルが階段を下りてくる。

 

「武蔵さん!」

 

「あ、ごめんね。逃がしちゃったわ」

 

「いや、ありがとうございました。おかげで他の眼魂を取り戻せました」

 

「いえいえ」

 

 チン、と。納刀で鍔を鳴らす。

 そうしてから、柄に手を乗せて()に備える。

 そんな彼女の前で、タケルはあまりにも分からない相手の行動に首を傾げていた。

 

「でもあの人、結局何がしたかったんだろう……

 眼魂を盗んでおきながら、わざわざここでご飯なんか作ってて……

 逃げようと思ってれば、そんなことする必要なかったのに」

 

「おんしが天空寺タケルか!」

 

「え?」

 

 タケルがそちらを見ると同時に。

 おや、と。武蔵も同じようにそちらを振り返った。

 

 そこにはのしのしと歩いてくる、スーツ姿の男が立っている。

 その後ろには、一人の少年と三人の少女。

 後ろにいる四人はいまいち状況が分かっていないような顔をしていた。

 

 ディエンドの時間を稼ぐような動きは、誰かを待っているようだと思っていたが―――

 彼らだろうか。いや、彼らの方からはそんな感じはしない。

 

「え、っと……?」

 

「しっかしおんし! そんなことも分からんのか?

 男が何かをやろうと企んで動いている……ということは、それ即ち―――

 そいつの夢のためのことに決まってるじゃろう!」

 

 スーツの男はずかずかとタケルに向け歩み寄っていく。

 いきなり詰め寄られ、そんなことを言われ、タケルは少しずつ後退する。

 それより早く距離を詰め切る男。

 彼は指先をびしりと伸ばしタケルの鼻先に突き付けて、思い切り凄んでみせた。

 

「ええっと、その……?」

 

「天空寺タケル――――おんしの夢は何だ!」

 

「…………はい?」

 

 いきなり現れたサラリーマン風の男にそう言われ、タケルは全力で首を傾げた。

 

 

 




 
あホ。
食べられないと分かっててタケル殿に飯を作る男。
一点狙いしてるお宝以外はそこまで気にかけないジオ~。

無限の剣、無空の剣。
ムゲンの可能性、極限の昇華。
 


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邂逅!地球の王者!2016

 

 

 

「それでその……人理焼却、でしたかな。実際、どうなのでしょうな……?」

 

 食後のお茶を啜りながら、御成はそうして言葉を切り出した。

 大天空寺を訪れた五人の客人。

 藤丸立香、常磐ソウゴ、マシュ・キリエライト、ツクヨミ―――そして、坂本龍馬。

 タケルは彼らも招き、余るほどに作られていた昼食の席を一緒にした。

 

 その席で語られたのは、世界は既に滅亡しているという状況。

 彼らは昼食の席でそれぞれの情報を一通り交換。

 そうして、今カルデアから来たと言う彼らは大天空寺の離れで休んでもらっている。

 全員が疲労困憊。とりあえず寝かせてあげよう、と。

 

「いっくら何でも嘘でしょ。話を盛り過ぎですって!」

 

 同じように茶を啜りながら、ナリタはそう否定する。

 自分たちは普通に生きていて、普通にいつも通り生活しているのだ。

 そんなことを信じろなどと、土台無理な話と言っていい。

 

 そんな風に言うナリタの言葉。

 だがそれに、湯飲みを両手で覆っていたシブヤが反論する。

 

「でも、嘘を吐いているようには見えませんでしたよ」

 

「そりゃあ……いや、そう簡単に信じちゃいけないんだって!

 今まさに何か変な奴に眼魂盗まれそうになったばっかじゃん!」

 

 それも確かに、とシブヤが考え込む。

 

「アカリ殿、アカリ殿はどう思われますかな?」

 

「…………」

 

 完全に無言で考え込んで、御成の言葉に反応を示さないアカリ。

 駄目な奴だこれ、と彼はすぐに彼女から視線を外す。

 次に視線を向ける相手は、タケル。

 

「タケル殿はどう思われますか?」

 

「どうって……いきなりそんな話されたって分かんないよ。

 全然頭がついていかない、っていうか……

 ただ、みんな嘘はついてないってのは俺もそう思うし……」

 

 ばん、と。そこで部屋の隅からテーブルを叩く音がする。

 揃って目を向ければ、小テーブルで食事していた龍馬が箸を置いた音だったようだ。

 彼は食事を終えて手を合わせると、突然立ち上がってみせた。

 

 彼の対面に座っていた武蔵は、頬杖をつきながらそんな様子を見上げていた。

 

「本当にこんまい事ばっか気にする奴だ!

 ほいで? おんしの夢は? おんしは一体どんな夢のために戦っとる」

 

「いや……いきなり夢とか言われても。

 俺は生き返るための眼魂集めに精一杯だし、眼魔からこの世界を守らないといけないし。

 夢とか言ってる場合じゃなくて……」

 

「かーっ! つまらんのう!

 こんな有様で本当に英雄たちの心を繋げることなんかできるかぁ?

 これじゃあ龍の奴も報われんだろうに!」

 

 そう言いながら頭をがしがしとかき回す龍馬。

 そんな彼の言葉に、今度はタケルの方が思い切り立ち上がった。

 すぐさま龍馬に詰め寄りにかかるタケル。

 

「龍馬さん、どうして父さんのことを!?

 もしかして知り合いなんですか、父さんと!」

 

 自身に詰め寄ってくるタケル。

 それを、彼は両手を振り上げて肩を押さえ付けた。

 

「そんなら、まずは薩長同盟を成してみろ!」

 

「―――はい? わ、わわっ!?」

 

 突然切り替わる話題。

 全くよく分からない内容をいきなり話され、タケルが困惑を浮かべた。

 

 その瞬間、龍馬の体ががくりと崩れ落ちる。

 突然意識を失って倒れ込んでくる成人男性。

 それに巻き込まれて、一緒に押し倒されてしまうタケル。

 

「あら?」

 

「龍馬殿!?」

 

 それをそのまま見守る武蔵と、はわわと立ち上がって動き出す御成。

 

 特に合わせたわけでもなく、同じタイミングでアカリもまた席を立ちあがる。

 そのまま周囲の状況を気にもせず、彼女は自分の鞄を手に取った。

 そうして、外に出ていこうとすぐに動き出す。

 

「アカリさん? どこに……?」

 

「一回帰るわ。どういう仕組みか分からないけど、マシュちゃんが着れる服も必要でしょ?

 マシュちゃんだけじゃなくて、他の人も替えの服はないだろうし……

 ソウゴくんはタケルの服を貸してあげるとして、私の古着で悪いけど準備してあげないと」

 

 そう言い放ち、彼女はすぐさま行動を開始した。

 止める暇もなく出ていった彼女の背中は、すぐに見えなくなった。

 突然の行動に目を見合わせるシブヤとナリタ。

 

 そんな彼女を見送ってから。

 龍馬に押し倒されていたタケルが、一度姿を消失させた。

 彼をクッションにしていた龍馬が床に落下する。

 そうしてから、別の場所に再出現するゴーストであるタケル。

 

「いきなりなに……? 龍馬さん、龍馬さん?」

 

 倒れている龍馬の肩を揺するタケル。

 数秒後、気絶していた彼がゆっくりと目を覚ました。

 

「龍馬さん? 大丈夫ですか?」

 

「りょう、りょうま……? ええ、と。ここは……一体、どこでしょうか……?」

 

「え?」

 

 今まで頭の上に引っかけていた眼鏡をかけなおし。

 目を覚ました男は、何が何だか分からないと疑問符を山ほど浮かべた。

 

 

 

 

「私の中に、坂本龍馬が……?」

 

「はい、信じられないとは思うんですけど」

 

 彼は坂本龍馬本人ではなかった。

 普通の人間、名を田村長正。

 彼はリョウマゴースト眼魂に憑依され、一時的に龍馬の人格になっていただけだったのだ。

 

 そんな彼と一緒に歩きながら、タケルは少し表情を曇らせる。

 薩長同盟を成せ、と言い放ち意識を消した坂本龍馬。

 彼の真意がさっぱりと分からないから。

 

「確かに意識が無くなったままに動いていたみたいですが……

 でも私、坂本龍馬好きなんですよ! 子供の頃から! 本当だとしたら、なんか光栄です!」

 

「はは……」

 

 仕事中に意識を失い、いつの間にか坂本龍馬になっていた彼。

 そんな彼は行かなければならないところがある、ということで。

 いつまた龍馬が顔を出すとも分からない以上、タケルが着いて行くことなったのだ。

 

 タケルはゴースト。

 場合によっては幽霊のように姿を消すこともできるので、何らかのフォローには向いている。

 

「彼みたいに世界を変えてやるって夢を見て!

 でっかいことをやりたい、ってずっと……」

 

「夢……?」

 

 そこまで語った長正。

 彼はそこで何かを思い出したかのように急に、口を重くして黙り込んだ。

 そうして、そこで立ち止まって空を見上げる彼。

 

「……私の夢は、宇宙なんです。

 宇宙開発っていう、私たちが知ることのできる世界を広げる、人類全体のでっかい夢。

 そして、その夢をくれたのは私の父……田村薩之進。

 人工衛星開発という分野では、結構知られた名前なんですよ」

 

「田村、さつのしん、さん……」

 

 薩之進、そして長正。二人の名前を合わせて、薩長。

 まさか、と思いつつ彼の言葉に耳を傾けるタケル。

 

「今、私も人工衛星開発のプロジェクトに関わってまして……

 どうしても、父の協力を得たいと思っているんですけど。

 今の父は絶対に宇宙開発には関わらない、って意固地になっちゃってて!」

 

 笑っているのか、泣いているのか。

 彼は空を見上げながら、そう言った。

 

「どうして。長正さんにその夢をくれたのは、お父さん……なんですよね?」

 

「……はい。私と、兄。

 二人してずっと、子供の頃から宇宙開発に携わるあの人の背中に憧れてきましたので」

 

「お兄さんも……その、お兄さんもそのプロジェクトに?」

 

 長正がゆっくり、足取りを再開した。

 その後ろに歩幅を合わせてついていくタケル。

 

「―――いえ、兄は亡くなりました。

 昔は私たち三人で、父の会社で、人工衛星のプロジェクトに関わっていたんです。

 ただ兄の死を切っ掛けに父は二度と宇宙の話をしなくなって……

 私は一人でも夢を追い続けるために、今の会社に転職しました。

 でもこうしてやってみて……やっぱり父は偉大だったな、と」

 

 零れる笑い声。

 それは父を誇るようでもあり、今の父を悲しむようでもあり。

 

「その……そのプロジェクトで、何か、事故が……?」

 

「いえ、そんなこと! ……ただ、すれ違ってしまっただけなんです。あの頃の私たちは全員、全力で宇宙という夢に立ち向かっていて。だから、違うと思ったことは認めず、いっつも自分が正しいと思う意見をぶつけあってました、ほとんど喧嘩です。

 その日も真夜中まで意見をぶつけあっていて……激しくなった論争で頭に血が昇った兄は、会社を飛び出しました。同じように頭に血が昇った父に追い出されて。正直、いつも通りの光景だったと思います。けれど、兄は二度と帰ってこなかった。頭に血が昇った兄は周囲の状況が見えていなくて、車に轢かれて帰らぬ人になりました」

 

「それは……」

 

「自業自得といえばその通りです。誰が悪いかといえば、注意を怠った兄が一番悪い。

 けど、だからこそ父は二度と夢に向き合おうとはしなくなりました。大きすぎる夢に向き合えば向き合うほど、普段は目に入るはずの見落としてはならない何かを見落としてしまう。周囲の確認を怠るほどに頭に血を昇らせる夢なんかなければ、兄は死ななかった」

 

 大きく溜め息を吐いて、空を見上げていた彼が顔を伏せる。

 

「夢ばかり見ていたせいで、本来は失うはずがなかったものを失った時……父は、夢を見ることを止めた。私だって兄を失って、思うところはいっぱいあった。父の変化だって分からないわけじゃない。でも私も、兄だって、ずっと夢を追ってるあの人を追いかけて同じ夢を見てきたんです。今の父を見ても、絶対に兄は喜ばない。そのくらい、父に憧れていたんです。

 あの日飛び出していった兄が、もし帰ってきていたら。絶対にまた怒鳴り合いながら、夢に向かって私たちは進んでいたはずだ……そう信じているから、私はこの夢を諦めない……」

 

 そこまで続けた長正が、ふと気づいたように顔を上げる。

 そうしてタケルに向き直り、髪を掻き乱しながら頭を下げた。

 

「―――はは、すいません。なに語ってるんだろ。

 変なこと言っちゃったな……忘れてください」

 

「……俺に長正さんみたいな夢はないけど、一つだけ分かることがあります」

 

「え?」

 

 驚いたように頭を上げる長正。

 彼と視線を合わせながら、タケルは自分の胸に手を当てた。

 首から下げたペンダント、宮本武蔵の刀の鍔。

 父の遺品を握り締め、浮かんでくる感情と共に彼と目を合わせる。

 

「―――俺も、死んでしまった父さんを尊敬しています。俺にとって父さんは英雄で……いつか、その背中に追いつきたいと思ってるんです。父さんが懸けてくれた期待に応えたいし、父さんがやり残したことは、いつか俺が果たしたい……だから俺、応援します!

 長正さんが挑み続けてる……長正さんとお兄さんの夢! お兄さんは亡くなられてしまったかもしれないけど、その夢はきっと長正さんが受け継いでると思うんです。お父さんと一緒に、三人で宇宙開発に挑みたいっていうでっかい夢!」

 

「私と兄の夢……父と、一緒に……」

 

 少し、彼がぼんやりとその言葉を呟いて。

 はっとした様子で首を軽く振った。

 

「そう、ですね……父とはもう少し話してみます。

 私と兄の夢は、ただの人工衛星じゃなくて……父と一緒だからこその、って」

 

「はい! それがいいと思います!」

 

 長正の歩調が元に戻る。

 その後ろから着いて行くタケルも同じ速度で歩き出し―――

 

 ふと、今度は長正が街頭でニュースを映しているテレビを見上げた。

 何かの速報か、画面の中は随分と騒がしいように見える。

 その画面の中に、一つの物体が映し出された。

 

「あ、あれ……」

 

「どうかしたんですか?」

 

「ああ。丁度あれが、兄が亡くなる前に父が設計に参加してた人工衛星なんですよ。

 私も兄も、あれが打ち上げに成功した時は大はしゃぎして……父がやった仕事の中でも一番大きいもので、父にとっても、私や兄にとっても一番の誇りで……」

 

「へえ……」

 

 そう言って長正はそのテレビを指差す。

 タケルが見上げると、ニュースではその人工衛星に関する事を話していた。

 何かのトラブルが起きたのだろうか、と心配げに見上げる長正。

 そんな彼らの前で、ニュースキャスターは口早に内容を繰り返す。

 

『つい先程、人工衛星が何らかの手段によりハッキングを受け―――

 こ、この地球への何者かからのメッセージを受信しました! それは……!』

 

 ―――街頭モニターにノイズが走る。

 そのモニターだけではなく、全てのモニターに映る映像。

 あらゆる電波を塗りつぶし、たった一つの光景が映し出された。

 

 玉座にある何者か。その前で控える三つの人影。

 ノイズが落ち着き、映像が安定したころ。

 恐らく一番立場が上だろう玉座の何者かが、ゆっくりと口を開き始めた。

 

『はじめまして、地球の下等生物諸君。

 私たちは君たちからすると、異星人というべき存在。デスガリアン、と呼んでくれればいい。

 そして私の名はジニス、そのデスガリアンの主人(オーナー)だ』

 

 彼は手にワインのような液体の入ったグラスを持ち、軽く回しながらそう告げる。

 

 ―――異星人。

 そんな突拍子のない発言を信じざるを得ないほど、画面に映る生命体は異形だった。

 ジニスと名乗ったもの。

 彼の傍に控える、スライムを纏った女性型。

 キューブ状の何かが組み上がって作られた青い化け物。

 機械でできた黄金のマントを纏う人型ロボット。

 

『今日は君たちにゲームの開始を告げるため、こうして連絡をさせてもらったんだ。

 ―――ブラッドゲーム、私たちの遊びさ。君たち下等生物をどれだけ面白おかしく殺せるか、それを競う遊びだと思ってくれればいい。さて。説明されても分からないだろう? 安心してくれていい。実際見てもらえればすぐに分かるさ。アザルド、チュートリアルを始めようか』

 

『了解だ、オーナー。

 まず最初のプレイヤーは……ハルバゴイ、お前だ!』

 

 ジニスの呼びかけに応え、青い怪物が両腕を打ち合わせる。

 それと同時、今までテレビに映っていた映像が一気に乱れた。

 

 ―――宇宙(ソラ)から無数の槍が降り注ぐ。

 昼間の空の上で、ぽつぽつと小さな光が瞬いた。

 その瞬間に完全に途絶える映像。

 まるで、その映像を発信していた衛星が完全に消滅したかのような唐突さで。

 

「――――あ」

 

 空に瞬いた人工衛星の断末魔。

 それに、長正が呆然とした直後。

 

「長正さん!」

 

 宇宙(ソラ)から雨のように降り注ぐ槍が、地上を蹂躙した。

 

 槍の雨で粉砕されていく建造物。

 そこかしこから上がる火の手。

 ほんの数秒で地獄絵図と化す街。

 

 降ってきた槍を躱すため、長正を押し倒したタケル。

 彼がすぐさま周囲を見ると、全てが悲鳴と助けを呼ぶ声で塗り潰されていた。

 

「長正さん、逃げてください! 長正さん!?」

 

「え、あ、は、はい……」

 

 彼の動作は遅い。

 怪我をしたわけではない。歩けないわけでも、走れないわけでもない。

 彼が気を取られているのは、星の外で消滅したただの人工衛星にだ。

 

 ふらふらと立ち上がる彼。それを支えるタケル。

 そんな彼らの傍に、槍に遅れて着地してきたものが姿を現した。

 

「―――お、下等生物二匹発見っス!

 ほらほら、逃げないんスかぁ? 逃げなきゃすぐに死ぬっスよぉ?

 ま、逃げてもすぐに死ぬんスけど!」

 

 けらけら笑いながら、槍を携えた怪物はそう言った。

 槍をふらふら振り回し、脅迫するようにその切っ先を向けてくる。

 けれど、長正は逃げようとしながらそれでも。

 

「父さんの、人工衛星が……」

 

「あれぇ? ホントに逃げないんスかぁ? やれやれ、たまにいるんスよねぇ。逃げもせず、抵抗もせず、ただ死ぬ面白くもない馬鹿なだけな奴! 頭の中身が下等すぎて何やってるのかさっぱり分からんっス! ま、所詮は下等生物ってことっスね! はははははははは!」

 

 腹を抱えて笑い始める槍の怪物。

 恐らく、ハルバゴイと呼ばれた存在。

 長正を支えながらタケルはそれに向き直り、睨みつけた。

 

「―――なに、笑ってるんだよ」

 

「あぁ?」

 

 ハルバゴイが笑みを消し、タケルを睨む。

 下等生物と断ずる生命体に反論されたことさえ許せない、というように。

 そんな相手を睨み返し、タケルは声を振り絞り叫んだ。

 

「大切な人が作った夢の結晶を……こんな形で奪われて。

 そうやって傷ついた人の心を、どうしてそうやって笑えるんだよ!!」

 

「……下等生物の言うことはさぁーっぱり、分からんスー!」

 

 タケルの声を一言で切り捨て、嗤い。

 ハルバゴイが自身の上空に黒い雲を発生させた。

 照準を合わせるように、手の中の槍でタケルを指し示し―――そうして。

 

 轟くエンジン音。

 タケルを睨みつけていたハルバゴイの横から、青い車体が飛んできた。

 激突する青いマシンとハルバゴイ。

 その衝撃で吹き飛ばされた怪物が、地面の上を転がった。

 

「ぐえっ―――!?」

 

「マコト兄ちゃん!」

 

 化け物を轢いた後に着地し、ブレーキ音。

 愛車マシンフーディーを停止させた男が、ヘルメットを外しながら飛び降りる。

 マコトと呼ばれた青年は、一度ちらりとタケルの方を見るとすぐ正面に向き直った。

 

 彼の腰にはタケルのものと同じゴーストドライバー。

 そして右手には眼魂。

 

 眼魂を起動し、その手から落とす。

 落とされた眼魂は、確かにドライバーの中に滑り込んで収まった。

 右手を大きく横に振り上げながら、左手はドライバーを閉じつつ右肩の位置まで上げる。

 

〈アーイ! バッチリミロー! バッチリミロー!〉

 

 グリントアイから放たれるパーカーゴースト。

 飛行するその力を纏うために、そうやって求める強ささえも握り潰すように。

 拳を握る。どこまでも強く、強く、強く―――

 そうして力を込めた腕が、ゴーストドライバーのトリガーへと伸びた。

 

「変身」

 

〈カイガン! スペクター!〉

 

 トリガーを引けば、彼の体はトランジェント体へと換装されていく。

 ゴーストのそれとは違い、全身に走るラインは濃青色。

 スペクターパーカーゴーストが彼に憑依し、のっぺらぼうに顔を与える。

 青い紋様の顔に、二本の角。

 

〈レディゴー! 覚悟! ド・キ・ド・キ! ゴースト!〉

 

 仮面ライダースペクターが、己の頭を覆うフードを外す。

 彼はそのまま拳を握り、ハルバゴイへ向け駆けだしていた。

 

「珍しい! こうして歯向かってくる下等生物は久しぶりっス!」

 

「貴様に歯向かう存在は俺で最後だ……!

 お前が二度と何も壊せないように、ここで俺が消し去ってやる!」

 

 ハルバゴイが振り抜く槍。

 それを掴み取り、スペクターの拳が相手の顔面を撃ち抜く。

 彼は槍を制したままに、拳の連打を見舞い続ける。

 何度となく殴られたハルバゴイが、苛立つように足を振り上げた。

 それはスペクターの横っ腹へと激突し、彼の姿を蹴り飛ばす。

 

「はははは! これからも下等生物を狩り続けるっスよぉ?

 お前のような奴を、さっさと始末してからね!」

 

 振り上げられる長大な槍。

 それは振り上げられた状態で巨大化して、スペクターを頭上から襲う。

 巨大質量と化した槍。それを見上げながら、スペクターの手が動く。

 

〈カイガン! ツタンカーメン!〉

 

 取り出した眼魂をドライバーの中で交換。

 再びトリガーを引き絞り、彼はパーカーゴーストをチェンジする。

 飛び出すのは水色のパーカー。

 古代エジプトの少年王、ツタンカーメンの魂が彼へと憑依する。

 

〈ピラミッドは三角! 王家の資格!〉

 

 同時に出現するのは、長大な銃身の先に拳を持つ武装。

 グーパー拳銃・ガンガンハンド。

 それは彼が持つ携帯電話型ガジェット、コブラケータイと合体した。

 現れる武装はガンガンハンド・鎌モード。

 

〈ガンガンハンド!〉

 

 握り締めたその武装で、スペクターは槍の穂先を絡め捕った。

 槍を押さえ付け、地面へと叩き付けてみせる。

 そのまま踏みつけられる槍。

 そうされたハルバゴイが、槍を引き戻そうと力をかける。

 

「放すっス―――!」

 

〈ダイカイガン! ガンガンミロー! ガンガンミロー!〉

 

「ああ、すぐに放してやる―――!」

 

 スペクターがガンガンハンドをドライバーに近づけ、その力を解放する。

 ツタンカーメンの力を帯びた鎌を、彼は全力で振り抜いていた。

 鎌から発生するのは、黄金のピラミッド。

 それは高速で飛んでいき、しかしハルバゴイの背後に辿り着いた瞬間に停止した。

 ピラミッドの表面に浮かぶ、スペクターのクレストである瞳。

 

〈オメガファング!〉

 

「ひょっ!?」

 

 そのピラミッドが展開した瞬間、スペクターが槍を解放する。

 引き抜こうと後ろに力をかけていたハルバゴイ。

 彼はいきなり放されて、同時にピラミッドからの吸引を受けて―――

 一気にそのピラミッドの中へと吸い込まれていった。

 

 ツタンカーメンの魂による王墓の呪い。

 それは取り込んだものを切り刻む斬殺空間。

 ピラミッドが幾度も明滅する。中での呪詛が、ハルバゴイを蹂躙する。

 

 数十秒ののち、ピラミッドが爆発する。

 その爆発に吹き飛ばされ、地面に転がるハルバゴイ。

 ファラオの呪いから生還した彼は、怒りの眼差しでスペクターを見上げた。

 

「ぐ、が、が、―――下等生物如きに……!

 もういいっス! 下等生物どもは、さっさと絶滅するっス!!」

 

 ハルバゴイが槍を掲げる。

 頭上に開く暗黒の雲。それは先程も行おうとした槍の雨。

 真っ先に街に降り注いだ、彼の持つ圧倒的な破壊力。

 

 槍の雨はすぐ降り注いだ。

 数十、数百、数千。

 それだけの数が休まずに降り注ぎ続ければ、街と人はすぐさま滅び去る。

 

 ―――それが、彼の思い通りに街に降り注げば、だが。

 

〈カイガン! ニュートン!〉

 

 ツタンカーメンのパーカーによく似た、水色のパーカーゴースト。

 それを天空寺タケルのトランジェントが身に纏う。

 

〈リンゴが落下! 引き寄せまっか!〉

 

 ゴーストが左腕を上げる。

 その腕を纏うアトラクショングローブが引力を制御する。

 街に向かって射出された槍、その全て。

 それが彼の左手に向かって強制的に集められていく。

 

「なんス――――!?」

 

 ゴーストが右腕を上げる。

 その腕を纏うリパルショングローブが斥力を制御する。

 ゴーストの元に集まってきた槍、その全て。

 それがハルバゴイに向かって強制的に射出された。

 

「グゲ、ゲ、ゲ、ゲゲ――――!?」

 

 己の槍で串刺しにされていくハルバゴイ。

 ゴーストが左腕を上げる。

 当たらずに彼を過ぎ去った槍が、またもゴーストに引き寄せられハルバゴイの背中を襲う。

 ゴーストが右腕を上げる。

 まだ残っている槍が再び射出されハルバゴイを槍の塊、剣山に変えていく。

 

「な、に……が―――! 下等生物如き、に……!」

 

「マコト兄ちゃん」

 

「ああ」

 

 槍の塊となった相手を前に、二人が同時にドライバーを操作する。

 ドライバーのトリガーが引かれ、押し込まれ。

 二人の足に、必殺の一撃のためのエネルギーが集まっていった。

 

〈ダイカイガン!〉

〈ニュートン! オメガドライブ!!〉

〈ツタンカーメン! オメガドライブ!!〉

 

 スペクターがガンガンハンドを投げ捨てる。

 そして背後に浮かぶ、目を思わせる二人の紋章。

 

 ニュートン魂の生み出す引力が、今度は槍ごとハルバゴイを引き寄せる。

 串刺しの体が一気に二人の元まで引き寄せられ―――

 同時に。ゴーストとスペクターがその足を振り上げ、蹴り抜いた。

 

「グァアアア――――ッ!?!?」

 

 炸裂するエネルギー。

 無数に刺さっていた槍を吹き飛ばし、二人の蹴撃はその怪人にトドメを刺す。

 爆発しながら吹き飛ばされたその体が、完全に動きを止めて地面に転がった。

 

 

 

 

 ―――サジタリアーク。

 その玉座の間にあるモニターが映す、地球の状況。

 ファーストプレイヤーであるハルバゴイが、今まさに息絶える様。

 

「おや。ジュウオウジャー以外にも面白そうな連中がいたようだ……

 しかし……随分と早く、ゲームオーバーになってしまったね。アザルド」

 

 玉座の上で軽く笑いながら、ジニスはそう言ってアザルドを見た。

 大して破壊も殺戮も行えないうちに原住民に撃破。

 せっかくのブラッドゲームの開幕がこれでは、面白くないにもほどがある。

 

「フフッ……」

 

 チーム・アザルドが行ったのはつまらないゲーム。

 そう言われたのに等しい状況に、チーム・クバルのトップが軽く笑いを零す。

 

「チッ!」

 

 ジニスの言葉。クバルの態度。

 それを前にしたアザルドが、テーブルをキューブの拳で思い切り叩いた。

 続けて叫ぶ言葉はひとつ。

 

「ナリア、コンティニューだ!」

 

 そんなアザルドの声に応えるのは、ジニス。

 彼は玉座の横に積み上がっている無数のメダルの中から、一枚を拾い上げた。

 

 ジニスの力を注ぎ込まれるメダル。

 注がれた力によって表面が割れたそれを、彼はナリアに投げ渡す。

 丁寧にキャッチしてみせたナリア。

 彼女はジニスに一礼すると、自分の体を光のコインに変えて消えていく。

 

 サジタリアークから消失するナリア。

 

 そうしてから彼女が即座に出現した場所は、地球。

 ―――事切れたハルバゴイのすぐ傍だ。

 

 ジャラジャラと音を立てて積み上がっていく光のコイン。

 コインの山は再びナリアへと姿を変えた。

 到着するや否や、すぐさま彼の死体に向け歩み寄る彼女。

 

「ジニス様の細胞から抽出したエネルギーです。無駄遣いせぬように励みなさい」

 

 ナリアが歩みが目指すのは一点。

 槍に串刺しにされなお残っている、ハルバゴイの体のコイン投入口。

 彼女はジニスに託されたコインに一度口付けし、それを投入した。

 

 ―――その瞬間、溢れ出すエネルギーがハルバゴイを変質させていく。

 

 その役目を果たすと同時。

 ナリアは来た時と同じように光のコインとなって消えていく。

 残されたハルバゴイは、数秒後には新たな姿で復活を遂げていた。

 

「サンキュー、ナリアっス!」

 

 ―――全長40メートル近い身長の巨人として。

 

 

 

 

 巨大化しての復活。

 それを見上げる二人が、その光景に息を呑む。

 

「巨大化しただと……!?」

 

「そんな……! こうなったらキャプテンゴーストで……!

 ユルセン! ユルセーン!? ―――なんでこういう時すぐ出てこないんだよ!!」

 

 眼下で騒いでいるゴーストたちを睨むハルバゴイ。

 自身を倒した連中を彼は真っ先に踏み潰そうとして―――

 

 ―――殺到する五つの巨大キューブに激突され、薙ぎ倒された。

 

「っス――――!?」

 

〈3! 2! 1!〉

 

 赤、青、黄、緑、白。

 ハルバゴイの巨体に激突し、吹き飛ばした五つの巨大キューブ。

 

 その内の赤、青、黄の三つ。

 それが倒れるハルバゴイの前で縦に積み重なった。

 縦に重ねて三つ、それだけで相手と同じ40メートル近い全長。

 更に上から、積み上げたキューブを貫き通すように棒が刺さりに来る。

 

「え?」

 

 ゴーストたちが見上げる前で。

 

 キューブを貫いた棒の頂点が顔に変わる。

 赤いキューブが開き、腕を出す。

 青いキューブが半分割れて腰になる。

 黄色いキューブは完全に割れて足になる。

 そうして、赤の胴体から鷲の頭部が顔を出し。

 

 積み上げたキューブが、瞬時に人型巨大ロボへと変形していた。

 

『完成! ジュウオウキング!』

 

〈ジュウオウキング!〉

 

「ロボットになった……」

 

 呆然とその光景を見上げるゴースト。

 巨大キューブ三つで、巨大人型ロボットに変形。

 一体何がどうなっているのか、誰が答えられるのかも分からない疑問が湧いて出る。

 

 巨大になったハルバゴイと同サイズ。

 見上げるタケルたちの前で、キューブの巨人はハルバゴイへと駆け寄った。

 自分を倒したゴーストたちに気を取られていた彼が、そのまま掴みかかられる。

 

「こいつら、ジュウオウジャー……! ええい、邪魔するなっス―――!!」

 

『何が邪魔だ! 俺たちがこの星で生きてることを、お前たちこそ邪魔すんな―――!』

 

 獅子の咆哮とともに、更に力を籠めるジュウオウキング。

 体を掴んでいる腕を振り解くために、必死に身を捩るハルバゴイ。

 

 だがキューブの巨人が持つ剛力が、彼の腕から槍を奪い取り地面へと投げ捨てた。

 落下して、轟音と土砂の柱を巻き起こす巨大な槍。

 そのまま無手となった怪物に対して、幾度も振り上げられる脚部。

 何度も蹴り付けられたハルバゴイの体が、火花を噴き上げ後退した。

 

「こんの……!」

 

『キングソード!』

 

 体勢を立て直そうとする侵略者の前。

 ジュウオウキングの手の中に、剣が握られた。

 光と炎を噴き上げる直剣が、円を描きながら振りかざされる。

 

『ジュウオウ斬り!』

 

 息も吐かせぬ内に振り抜かれ、放たれる斬撃。

 刃とともに奔る光のキューブ。

 三つの光を伴う一閃が、ハルバゴイの体を両断した。

 

「グ、ガァ―――! ゲームオーバーっスぅううう――――ッ!?!?」

 

 斬り裂かれた場所から火花を噴き上げて、槍の魔人がくずおれていく。

 膝を落とし、倒れ込もうとするその巨体。

 だが地面に崩れ落ちたその体は、地面に倒れ切る前に爆炎と共に、粉々に消し飛んだ。

 

 ―――撃破したデスガリアンが上げる爆炎を背に、ジュウオウキングが剣を下ろす。

 その巨神の眼が、眼下にいるゴーストたちに向けられた。

 ハルバゴイが叫んでいた名前、ジュウオウジャーという名を思い返す。

 

「……デスガリアンに、ジュウオウジャー……あの人たちは、一体……」

 

「やれやれ、どうやらちくと状況が変わったらしい」

 

 その声に振り向く。

 長正がかけていた眼鏡を頭の上に押し上げ、彼は軽く首を回した。

 憑依していた龍馬が顔を出した長正が、ゴーストの方へと歩いてくる。

 

「……龍馬さん……」

 

「ワシはこいつの夢にも興味があったが……仕方ない。

 だが、おんしの言葉は確りと聞いた。

 ワシが聞きたいでっかい夢は出てこなかったが……それでも」

 

 長正からの体から、眼魂が分離する。

 それがゴーストの方へと向き飛んでいき、力を失った長正の体が倒れ始めた。

 すぐにその隣に近づき、倒れそうな体を受け止めるスペクター。

 

『おんしは、誰かの夢のために本気になれる男だと見込んだ。

 だからこそ言っておくぞ、タケル。ワシら英雄の心を繋ぐということは、ワシら英雄眼魂として集められた全員が、おんしの夢のために本気になれるかどうか……っていうことぜよ―――』

 

 青い眼魂がふわりと、タケルの手元に滑り込んでくる。

 それを握り締め、彼は周囲の破壊痕を見渡す。

 長正の体をゆっくりと近くの壁に寄りかからせ、スペクターがタケルを見た。

 

「それは……リョウマ眼魂か?」

 

「うん……」

 

 目の前の巨神が分解する。

 三つのキューブに戻ったそれが、瞬時に姿を消していく。

 そのロボットがいたところに残っているのは、五人の戦士の姿。

 

 ―――今までとは比較にならないだろう戦いの予感。

 それを全身で感じながら、ゴーストは彼らに向けて一歩踏み出した。

 

 

 




 
ジャグドくんはもう死にました。
 


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同盟!未来を守る戦士!2016

 

 

 

「え、ええと。そのー、ではまず自己紹介からですかな!?」

 

 御成がそう言うと、黄色い服のドレッドヘアの男がむん、と腕を組んだ。

 タケルたちの目の前にいる人物たちは一人……いや二人。

 二人だけを除いて、どこかの民族衣装風の服装を着ている。

 その上で、赤い服の青年以外には動物の尻尾までもが生えている。

 

「俺はレオ! よろしくな、人間!」

 

 真っ先に応えた獅子の尾を持つ男。

 黄色を主体とする服装の彼は、大音量で挨拶の声を発し―――

 横にいた、青い服の女性に叩かれた。

 

「レオ、うっさい! ……私はセラ、よろしくね」

 

 彼女の持つ尾は鮫の尾びれ。

 そんな青い女性の隣。

 動物の尾を持っている者の中でも、妙に現代風の白い服装をした女性。

 白虎の尾を持つ人物がそれに続いて名乗り上げる。

 

「アムです、よろしくね?」

 

 名乗ったアムは隣にいる緑の服の青年の背中を、ぽんぽんと背中を突っついた。

 催促された青年は、仕方なさげに口を開く。

 

「タスクだ」

 

 彼がすぐにそっぽを向いたことに顔を少し引き攣らせて。

 赤いジャケットの青年が最後に、申し訳なさそうにその名前を名乗る。

 

「風切大和です。なんか、すみません……」

 

「なるほどなるほど!

 レオ殿にセラ殿にアム殿、それにタスク殿と風切大和殿……と。

 ではこちらも順に自己紹介をしましょう! まず拙僧は御成と申す者でして―――」

 

 大天空寺の広さで一カ所に集まった総員。

 御成からタケル、シブヤ、ナリタ。続いて、武蔵。

 起きていた立香、ソウゴ、マシュ、ツクヨミも挨拶を済ませてしまう。

 

 街はあの大破壊で未だ混乱の最中だ。当然と言えば当然の話だが。

 長正もリョウマ眼魂が抜け、意識を失うような事はもうないだろう。

 だからこそ安全な場所まで送って別れ、タケルはここへ戻ってきた。

 

 彼が夢に見ていた人工衛星の開発計画は―――研究はともかく。

 少なくとも地球の外から異星人が襲ってくる間は、打ち上げなど出来ないだろう。

 彼らの夢を果たすためには、地球を守り、デスガリアンを追い払わなければならない。

 

 リョウマ眼魂を握りながら、タケルは彼が言っていたことを思い出す。

 英雄たちの心を繋ぐ、英雄たちの心を一つにするということは―――

 タケルの夢に力を貸してもいい、と。英雄たちが認めるのと同義なのだと。

 

「自己紹介はそれくらいでいいだろう。今は少しでも早く、現状の確認を行うべきだ」

 

 全員が名前を告げ終わるや否や、タスクがそう言った。

 

「確かにそうですな。ではまず、我々から。

 我らはこの大天空寺の坊主にして、不可思議現象研究所の所員!

 今まで我らは眼魔と呼ばれる怪物と戦い、眼魂を集めておりました……」

 

 突然現れた眼魔と呼ばれる怪物。

 18歳の誕生日に奴らに殺されてしまったタケルは、仮面ライダーゴーストとなった。

 その力を授けに彼の前に現れた仙人と名乗る男は、こう言った。

 15個の眼魂を集めれば生き返ることできる、と。

 

 そうして彼は一度、15個の眼魂を集めて願いを叶えることに成功する。

 ―――幼少のころ眼魔の世界に送られ、肉体の失い眼魂になっていた女の子。

 マコトの妹、深海カノンの肉体を生き返らせるという願いを。

 

 その戦いの中で再び飛び散った眼魂を探し出し。

 そして、同じように眼魂を集めている眼魔たちを倒すこと。

 これがタケルたちの戦いだ。

 

「そう言えば、マコト殿はどちらへ?」

 

「病院にカノンちゃんを迎えに行ってる。

 こんな状況だし、うちにいてもらった方がきっと安全だって」

 

「確かに……先程の爆撃で、怪我人も……大勢いるでしょう。

 病院もきっと手が足りないでしょうし、大丈夫そうなら退院した方がいいかもしれせんな」

 

 うんうん、と御成がそんな風に言って頷く。

 そうしてから、彼は大和たちの方を見て問いかける。

 

「拙僧たちの事情はこのようなところ。今度はそちらの……

 どうかされましたかな、大和殿?」

 

「―――えっ!? あ、いや。特に何かあるわけ、じゃ」

 

 御成の前で挙動不審気味に視線を彷徨わせる大和。

 突然そうなる理由が分からず、揃って皆で首を傾げる。

 

「フォウ?」

 

 マシュの頭の上で、フォウも同じように頭をこてんと横に倒す。

 彷徨っていた大和の視線が、丁度その小動物に合わさった。

 彼はいきなり立ち上がり、マシュへと―――彼女の頭の上のフォウへと駆け寄った。

 

「う、うわぁあ! 凄い、初めて見る動物だぁ!

 リス? ネコ? キツネ? いや、まったく違う! 一体どんな動物なんだろう!」

 

「フォッ!?」

 

 大和の手が彼女の頭の上からフォウを抱き上げる。

 突然抱き上げられたフォウが、びくりと体を揺らす。

 そのまま小動物の手が振り抜かれ、大和の手を思い切り引っ掻いた。

 

「あいった!?」

 

「あっ、大丈夫ですか!?」

 

 ひょい、と彼の拘束を擦り抜けて抜け出すフォウ。

 彼が着地したところに伸ばされる腕。

 アムの腕が、ゆっくりとフォウの頭に触れて撫でる。

 

「フォフォウ」

 

「そうだよねぇ。いきなりあんな風に触られたらびっくりするよねぇ?」

 

 何度か彼の頭を撫で、そうしてから抱え上げるアムの腕。

 彼女の腕の中に納まったフォウが、当たり前だと言わんばかりに鼻を鳴らす。

 

「いきなり抱き着かれたら当たり前の反応だ」

 

「大和、あんた常識ってもんがないの?」

 

 タスク、セラから続けてそう言われる大和。

 そんな彼らを見回したレオが立ち上がり、大和の後ろに回る。

 そうしてぽんぽん、と肩を軽く叩き。

 

「だってよ!」

 

 そう言って、快活に笑った。

 

「あ、はい。ごめんなさい……」

 

 フォウに向かって頭を下げて、正座で座り直す大和。

 そんな彼のすぐ横に座り、思い切り肩に手を回して密着するレオ。

 慰めるように肩を叩きながら、レオはぎゅうと大和を抱き寄せる。

 

「なるほどなるほど、やさしーく触ってあげればいいのね?

 フォウくん? 撫でさせてもらうわよー?」

 

 アムの腕の中のフォウに嬉々として、しかしゆっくりと手を伸ばす武蔵。

 そんな優しげな手つきに対して、フォウは。

 

「フォーウ! フー!!」

 

「あれ?」

 

 全力の威嚇でもって対応した。

 抱えていたアムも困惑するような、完全な攻撃態勢。

 

「なんで!?」

 

 そんな外野を放っておいて、タスクが語り出す。

 大和を除き彼らは人間ではなく、ジューランドと呼ばれる異世界の住人、ジューマン。

 リンクキューブと呼ばれる巨大なオブジェに、王者の資格と呼ばれる六つのキューブを嵌め込むことで、人間界とジューランドは行き来が可能になるという。

 それはタスクたちが偶然ジューランドに迷い込んだ大和とともに、一度人間界に出てきた時だった。丁度そのタイミングでデスガリアンが地球に降り立ち、攻撃を開始した。リンクキューブは爆撃され、王者の資格が一つ行方不明になってしまったのだ。

 王者の資格が足りなければ、彼らはジューランドに帰ることができない。

 

「僕たちはジューランドに帰るため、失われた王者の資格を探している。

 もちろん、この星の生き物全ての敵であるデスガリアンとも戦うつもりだ」

 

 そう言って言葉を締め括るタスク。

 次は、ということでメンバーを一通り見回した結果。

 ツクヨミが真っ先に口を開いた。

 既に大天空寺の者たちには話したが、同じことを。

 

 そうして皆が情報を語り終えた頃には、もう日が暮れていた。

 

 

 

 

 大天空寺から電話を借りて、同居している叔父に連絡を取る。

 日も暮れてしまった事もあって、彼らは大天空寺に寝床を借りることになった。

 他にも色々話したいことがあったし、流石にとんでもないことが多すぎた。

 説明しあうには、いくら時間があっても足りなかったのだ。

 

 人理焼却という世界の終わりと言われていても漠然としている。

 だが、デスガリアンのような分かり易く星を滅ぼそうとしている化け物は別だ。

 そういうものが出てきたからには、人理焼却だってありえてもおかしくない。

 

「病院、忙しいんだろうな」

 

 叔父、森真理夫への電話連絡を終えて。

 自然と。そんな言葉が自分でも驚くほど低い、と感じる声が沸き上がってきた。

 そんな自分を否定するように、首を大きく横に振る。

 

 たったあれだけのことで、だいぶ頭が茹っているのだろう。

 少し頭を冷やそうと夜風に当たるため、ちょっと庭に出させてもらう。

 

 ―――庭に出ると、そこには大きな石に腰かけたタケルがいた。

 彼は眼魂を眉間に当てて、何か瞑想でもしているようだ。

 邪魔しちゃ悪いかな、と踵を返そうとして。

 

「何してるの?」

 

「わっ……!? あ、ソウゴくん……」

 

 いつの間にか背後にいた、常磐ソウゴに驚く。

 彼も夜風に当たりに来たのだろうか。

 何をしているのだろう、という疑問が伝わったのか。

 ソウゴは自分が何故いるのか、という答えを返してくれた。

 

「あ、俺? 俺はなんか皆が色々着替えてみるから、って追い出されただけ」

 

「ああ……」

 

 あの後帰還した月村アカリが持ち込んだ大量の古着。

 それをとりあえずの服にするため、女性陣は色々話をしていて―――

 なぜかそれにアムと……彼女に巻き込まれたセラも混じっていたが。

 更にその後に来た深海マコト、カノン兄妹。

 カノンもその騒ぎには巻き込まれていたと思う。

 

 昼間の騒動の規模の割に気が抜けている。

 が、色々あったからこそ。多分こういう空気の方が救いになる。

 

「大和さん? ソウゴ?」

 

「あ」

 

 そうやって話していると、タケルに気付かれてしまった。

 仕方ないので、二人揃って彼の元へと近づいていく。

 

「ごめん、邪魔しちゃったかな?」

 

「いえ、特に何かをしてたわけじゃないので……あの。

 二人とも……夢、って。何か特別な夢を持ってたりしますか?」

 

「夢?」

 

 取り出していた眼魂をしまい、そう問いかけてくるタケル。

 彼の隣にさっさと腰かけ、同じように大和を見上げてくるソウゴ。

 とりあえず自分から、ということなのだろう。

 ソウゴの反対、タケルを挟むように座って少し悩む。

 

「俺は……色んな生き物に出会うっていうのが、夢……だったのかな。

 地球で生きている動物はみんな、どこかで繋がってる。

 だからこそ、俺たちと繋がってくれてる色んな生き物の事を知りたい。

 そう思ってこうして、今は動物学者になったんだ、と思う」

 

「大和さんって学者さんだったんですか?」

 

「へぇー、じゃあ大和先生? 大和博士?」

 

 ソウゴから向けられるそんな呼び方に苦笑して、今度は彼に話を振る。

 すると彼はすぐに答えを返してくれた。

 

「俺の夢は王様! 最高最善の王様になって、世界を全部良くすること!」

 

「王様……王様って、あの王様?」

 

 自信満々に、己の夢をそうやって誇る彼。

 ある意味では子供っぽく。

 しかし、彼らから聞いた話によれば、何度も世界を救うための戦いに身を投じてきて―――

 それでも何の衒いもなく、彼は己の抱いた夢だけを誇った。

 

「世界の全部を良くしたい……でっかい夢、か」

 

 ソウゴの言葉を聞いて、タケルが空を見上げる。

 そうやって空を見上げた彼に、何か思うところがあるのか。

 ソウゴが彼を見て口を開いた。

 

「そんな気にする必要ないんじゃない?

 世界は俺が良くするし、タケルはタケルがやりたい事やった方いいと思うけど」

 

「俺の、やりたいこと……」

 

 自分のやりたいことで、英雄の心を繋ぐ。

 そんなでかい夢なんて全く思いつかず、タケルは再び空を眺めた。

 

「その通り。我が魔王のような事は誰にでも出来る事じゃないからね」

 

「―――誰!?」

 

 唐突に背後から聞こえてくる、初めて聞く声。

 すぐさま振り返ると、そこに豪奢な装丁の本を抱えたロングコートの男が立っていた。

 ソウゴだけはそれに大した反応も見せず、呆れた顔を見せる。

 

「黒ウォズ、いきなり現れる前に俺たちに言わなきゃいけないことない?」

 

「知り合い……?」

 

「はは、悪かったね我が魔王。あちらには説明してきたから、安心してくれていい」

 

 さほど悪びれた様子もなく、そう返す黒ウォズ。

 そんな説明を受けて。彼はどうかなぁというような表情を受かべた。

 

「ホントにぃ? 

 ダ・ヴィンチちゃんだけに説明して、他の人とは話してないとかやってない?」

 

「流石は我が魔王。私の行動はお見通しのようだ」

 

 やはりまるで悪びれることもなく、彼はにこやかにそう返す。

 やっぱりねー、と納得するソウゴ。

 そんなやり取りに、大和が首を傾げて問いかける。

 

「えっと、知り合い?」

 

「うん」

 

「私はウォズ。我が魔王の家臣にして、その覇道を導くもの。

 どうぞお見知りおきを。天空寺タケル、そして風切大和」

 

 怪しいことこの上ないが、ソウゴがこの反応ならたぶん問題ないのだろう。

 自分たちのことまで知っているのは何故か、という疑問はあるが。

 彼を眺めていたタケルが、そんな掴みどころのない彼を見てぽつりと呟いた。

 

「……なんか、おっちゃんみたいな」

 

 小さい声だったが、それでも聴こえたようで。

 黒ウォズはそんな台詞に、何故か小さく眉を上げる。

 だがすぐに、ソウゴから声をかけられて表情を取り繕った。

 

「ところで黒ウォズ、あのデスガリアンっていうのさ。

 あいつらって宇宙にいるんでしょ? 宇宙に行けば直接追い払えるのかな」

 

「―――まあ、方法としてはそういう考え方もあるだろうけどね。ただその方法、私としてはオススメはしないな。

 デスガリアンのブラッドゲームには、一応はルールがある。細かい決まりはないも同然だが、プレイヤーとなったものだけが地球に来て暴れる、というルールがね。こちらから仕掛けて、ルール無用の戦闘になった場合、一番損をするのは戦場にされる地球だ。複数のデスガリアンに各地で暴れられたら、君たちでは手が足りないだろう?」

 

「じゃあ少しずつ相手の戦力を削るしかない―――ってこと?」

 

「地球に被害を出したくない、というならそれが無難だと私は思うけどね。最終的に攻め込むにしろ、出来る限り戦力を削ってからにした方がいいとは進言しておこう」

 

 何故かデスガリアンのことまで知っているらしい彼。

 流石に怪しさが爆発だ、と。大和がそんな彼の姿を訝しげに見つめる。

 それがどうしたのか、とばかりに肩を竦めるだけの黒ウォズ。

 

 ―――懐のリョウマ眼魂を握り締めながら、タケルは天を仰ぐ。

 彼らが夢を叶えるためには、惑星(ほし)の外を取り戻さなければならない。

 そうすればきっといつか、墜とされた衛星に代わる―――

 彼ら親子の夢が、この惑星(ほし)を巡る人工衛星(ほし)になる。

 

 英雄の心を繋ぐほどの夢は、今の自分には思いつかない。

 けど、そういう風に夢を取り戻すためになら―――自分は、きっと戦える。

 

 

 

 

 先程までの話を聞いて、思った。

 もし、その15個の眼魂を集めて得られる力があれば―――聞いた限り、深海カノンと同じような状態になっているオルガマリー・アニムスフィアは、と。

 

「ねえねえ、マシュちゃん。今度はこれ着てみない?」

 

「は、はぁ……」

 

 そんな思考を遮るアムの声。もうかれこれ一時間以上はこれだ。

 あくまで鎧のアンダーウェアの上に着る服。

 しかも緊急武装する場合は、その服は吹き飛んでしまうだろう。

 なのでもし頂けるのだとしても、本当に不要な古着だけで、と言ったのだが。

 

「やっぱ古着だけじゃ足りないわよね。明日買いに行きましょうか」

 

 これらの服の所有者である月村アカリが、そんな風に溜め息を吐く。

 

「お店、やってるんですか? こんな状況で……」

 

「それは明日になってみないと分からないけど、きっと大丈夫よ。確かに凄いことになったけど、どうしようもないくらいの被害が出る前に何とかしてくれたもの」

 

 ツクヨミの疑問をさっさと切り捨てるアカリ。

 確かにデスガリアンの破壊は凄まじかった。

 が、眼魔とて被害を出していないわけではないのだ。

 それでも今まで通りに生きていた皆は、ちょっとやそっとじゃへこたれないだろう。

 

「あ、そうだ。明日、カノンちゃんの快気祝いするって御成が言ってたわよ。

 あなたたちも一緒にどう? 食べに行くのはたこ焼きだけど」

 

「え? もしかしてフミ婆の?」

 

 いきなり自身の退院祝いがある、と言われてカノンが目を瞬かせる。

 そんな彼女は内容を聞いて、良く知るたこ焼き屋の名前を出した。

 アカリがそんな彼女言葉に肯首で返す。

 

「そうそう」

 

「参加しまーす!」

 

 ノータイムで手を挙げるアム。

 現状で言うなら、彼女たちの目的はデスガリアンと眼魔に対応しながら、王者の資格と眼魂を集めることだ。マシュたちの目的は不明だが―――恐らく仮面ライダーゴーストの物語。

 眼魂や眼魔と連動しているだろうことは想像に難くない。つまり能動的にとるべき行動は、まずは捜索活動ということになる。

 

 だというのにいきなり話を逸らしたアムの姿。

 部屋の隅のテーブルで頬杖をつきながら、そんな同郷の者の姿をセラが眺めている。

 随分と渋い顔をしているのを見て、彼女の対面に座っていた立香が話しかけた。

 

「セラは帰りたいんだよね、今すぐにでも」

 

「……まあね。でも現実的に考えて、そんなの無理だもの。

 どこにあるかも分からない王者の資格を、数日中に探し出すなんて。

 デスガリアンや……その、眼魔? っていうのがいつ出てくるかも分からないし」

 

「うん……そうだね。

 でもいつか帰れるよ。帰るために、戦うチャンスがあるんだから」

 

 立香の声に、セラが視線だけで彼女を見る。

 それは、帰る場所がある人間の顔じゃなくて。

 不思議に思ったセラが問いかける。

 

「あんたは人間だからこっちの世界に家があるんじゃないの?

 それともそのカルデア、っていう帰れなくなったところがあんたの家?」

 

「うーん……ちょっと私もよく分かってないんだけど……」

 

 立香が窓から空を見上げる。

 いつか空を仰いで感じた違和感。

 それは、空にかかっているはずの光帯から感じているものだった。

 光帯が無いわけではない。だが、光帯が()()のだ。

 

 まるで曇り硝子の壁を一枚隔てたかのように見えるその光景。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それを見て、直感してしまえた。

 

 恐らくはソウゴも分かっているだろう。

 だから彼女も、彼も、自分の実家なんかに連絡を取ろうとも思わなかった。

 きっとそこに、彼女たちの居場所は存在しないから。

 

「……うん。でも、たぶん戦わなきゃ帰れないと思う」

 

「……そう」

 

 嘘だとは思わない

 彼女自身も分かっていない理屈かもしれないが、そうなのだと。

 立香を見ていたセラも納得して、部屋を見回した。

 

 ―――家族と会えないのは寂しいが。家族と会えないのが申し訳ないが。

 それでも。迷子がこれだけいるのに、自分だけへこたれていられない。

 まして自分よりも子供なヒューマンがそうしているのだ。

 むしろ、自分は彼女たちを安心させるような―――

 

 瞬間、立香が思い切り伏せた。

 いきなり何を、と思った途端にセラは凄い勢いで抱き着かれる。

 

「んもー! 二人だけそんな難しい顔して!

 ほら、こっちきてみ、きてみ? 色々と着せ替えてしんぜよー!

 せっかくなんだから楽しまなきゃ損でしょー!」

 

「はい!?」

 

 有無を言わさぬ武蔵の突撃。

 振り解こうとしても、力のかけ具合が見事すぎて外せない。

 しかも突撃の前兆すら感じ取れなかった一撃だ。

 ヒューマンなのにこんな力で拘束してくるなんて、と。

 

「なんであんたこれ避けられたの!?」

 

 衝撃的すぎて何故か立香に怒鳴るセラ。

 どう考えても今のは二人纏めて捕まえる攻撃だった。

 なのに自分は気付けなくて、立香は見事避けてみせた。

 

「慣れ、かな?」

 

 自己分析するように悩みながら、そんな答えを口にする。

 こんな攻撃に慣れるような激戦が、彼女を育てたというのか。

 

 自身の力量に自信を持っていたセラが愕然とした。

 立香と手合わせをすれば、数合とせずに打ち倒せるだろうという確信がある。

 事実として、戦えばそうなるのは紛れもない事実だ。

 だが、彼女はこれだけの不意打ちを避けるスキルを持ち合わせていた。

 けっして、ただの弱い人間などではなかったのだ。

 

「ちょ、振り解くの手伝いなさいよ……!」

 

 立香が二人から距離を離していく。

 そんな彼女の目の前で、本気で抵抗しても全然振り解けないセラ。

 彼女がもがきながら、武蔵にどんどん引きずられていく。

 

「よいではないか、よいではないか」

 

「くっ、そんな……! ただの人間がこんなに強いだなんて……!」

 

「ふふふ、人間というものはね。目的のためならどこまでだって強くなれるものなのよ!」

 

 多分一番盛り上がっている武蔵。

 その様子を見守りながら、立香は―――

 そろそろ寝支度をしようと、みんなの布団を敷き始めるのだった。

 

 昼間に積み重なった疲労で気絶するように随分と寝こけた。

 それはそれとして、やはり夜は寝るものである。

 

 

 

 

「タスク殿は勉強熱心ですなぁ。タケル殿もこのくらい勉強してくだされば……」

 

「別に勉強に熱心というわけじゃない。こうなってしまったものはしょうがない、だったらせめてその機会を活かそうするのは当然のことだ」

 

 御成の案内で大天空寺にある蔵書を眺めていたタスクはそう言う。

 彼は本棚の中の物品を確認しながら、何冊か手に取って中を検める。

 

「人間の世界の本を読む機会なんて、ジューランドではほとんどないからな」

 

「ほとんど、ということは。時々は人間の本を読む機会もあったのですかな?」

 

「ああ、何冊かは見た事がある」

 

 彼は人間の歴史、あるいは人間社会についての本を選び出しているようだ。

 

「ははぁ……では、我らの知らないところで、ジューランドに人間が行ったり、ジューマンが人間の世界に来たりと言う事があったのでしょうなぁ」

 

 本がある、ということはある程度の関わりはあったのだろう。

 自然とそう思い、呟いた御成の言葉。

 それを聞いたタスクの指が、本にかけられたまま止まる。

 

「……大昔にはそういうこともあった、と聞いているが」

 

「ほー、何で交流を止めてしまったのでしょうな」

 

「いやぁ、まったくだぜ!」

 

 御成の言葉に悩み込もうとしたタスクの耳を、レオの大音声が叩く。

 眉を顰めながらそちらを見ると、レオがマコトと共に入ってきたところだった。

 後ろにいるマコトは、連れ回されてか微妙な顔をしている。

 

「まさか人間がこんなに強い生き物だったなんてな!

 いやー、こんな強ぇ奴ジューランドにもなかなかいないぜ!」

 

 どうやら連れ回されただけでなく、戦っていたらしい。

 流石に互いに変身はしていないだろうが。

 ジューマンに比べて人間の体は弱いだろうに、よくジューマンの中でも戦闘力に長けた獅子のジューマンであるレオと戦えたものだ、とタスクは内心で感嘆した。

 

「なあなあ、もしジューランドが人間界と交流してりゃあ、両方の世界での最強を決める武術大会とか開けるんじゃねえか? うぉおお! やってみてえ!」

 

「……やってみたいなら好きにすればいい。俺は出ない」

 

「え? 何で? お前超強いじゃん」

 

 溜め息混じりにそう返すマコトに、どうしてどうしてと纏わりつくレオ。

 鬱陶しそうにそれを押し返しながら、マコトは御成に向き直る。

 

「御成、明日はすまないがカノンを頼む。

 俺は……フミ婆に挨拶だけしたら、別の用事を果たさせてもらう」

 

「……マコト殿は参加されないのですか? カノン殿もきっと……」

 

「ああ。悪いが、俺にはやらなきゃいけないことがある」

 

 そう言い切って、彼はレオをタスクの方へと押し付けた。

 迷惑だと言いたげなタスクの表情を無視して、さっさと出ていくマコト。

 押し付けられたレオは、本を抱えているタスクの肩を軽く叩く。

 

「一匹狼、って感じだな!」

 

「……まあいい。レオ、本を運ぶのを手伝ってくれ」

 

「仕方ねえなぁ!」

 

「どれ、では拙僧もお手伝いしましょうかな」

 

 これだけの本があるのだ。時間がどれだけあっても足りない。

 確かに不測の事態に巻き込まれた。これからどうなるかも分からない。

 だからこそ、自分に出来る努力を緩める気は、タスクには一切なかった。

 

 

 

 

 ―――大天空寺の地下。

 そこに秘された、巨大な目の紋章が描かれた石柱。

 “モノリス”と呼ばれるその石柱の前に、一人の壮年らしき男が立っている。

 

「まさか、このような事になろうとはな……」

 

「なあなあ、どうすんだよ? あんな変なのまで出てきちゃってさぁ」

 

 男の横に、小動物くらいの大きさの一つ目お化けが湧いて出る。

 それはまさしく幽霊の如くふわふわと浮き上がり、男の周りを回っていた。

 そんな怪しいものに話かけられた男は、特に驚くでもなく平然と答えを返す。

 

「……いや、見ようによってはチャンスかもしれん。

 あのデスガリアンと名乗った連中の目的は、地球人類の抹殺だ。つまりアデルやイゴールは、デスガリアンを見逃すわけにはいかない。

 連中はあやつらが集めようとしている、人間の魂のエネルギーを消してしまうのだからな」

 

「大切なエネルギーを消されちゃたまらない、ってことか?

 なるほどなー、そう言われりゃそうかもな」

 

 ひらひらと舞う一つ目。

 

 デスガリアンと眼魔は目的が根本的に違う。

 それぞれの目的。デスガリアンは殺戮であり、眼魔は言うなれば搾取だ。

 殺害自体を目的とするデスガリアンに対して、眼魔は結果的に殺害することになっているだけ。

 デスガリアンは恐らく嗜好であり、眼魔は一応は必要だからやっている。

 

 だからこそ、眼魔もまたデスガリアンと敵対するしかない。

 眼魔にとっての資源である人類を守るため、デスガリアンと戦う必要がある。

 

「恐らくアデルはアドニスに……

 共生する地球を守るためにと、デスガリアンとの戦闘を提案するはずじゃ。

 遂にネクロムが投入されることにもなるだろう……」

 

「遂にも何も、お前が創ったんだろー」

 

 ぶわっ、と着物の袖を翻しながら男が腕を振り上げる。

 思い切り叩かれて吹き飛ばされる一つ目。

 

「なにすんだよ!」

 

「うるさい! お前が余計なことを言うからだ!

 わしがこうして仙人をしていることを悟られぬためには、そういう駆け引きも重要なんじゃ!

 ユルセン、お前はそういう機微が分かってない!」

 

「おれに人間の機微なんて分かるわけないだろー! このバカ仙人!」

 

「なんだとこの野郎! こんにゃろ、こんにゃろ!」

 

 ユルセンと呼んだものに掴みかかる、バカ仙人と呼ばれた男。

 彼らはそんな感じでひとしきりすったもんだする。

 

 そうしてから、咳払いしつつ再びモノリスに向き合う仙人。

 

「んんッ! ―――ここから先、眼魔のとる方針が重要になってくる。

 アドニスは地球を守るための戦いならば、許可を出すはずだ。

 眼魔世界におけるアデルの力は、より強固なものになっていくじゃろう……」

 

「実際は太ってる羊を狼から守るためなのになー」

 

「じゃが、逆境を覆すだけの時間は出来た……あとは、全てタケル次第じゃ―――」

 

 そう言って仙人はモノリスを見上げる。

 

 積年の計画であっても、多くの逆境がそれを妨げてきた。

 だが、もしかしたら。

 計画外の逆風が彼らを阻んできたように、計画外の神風が彼らを助けてくれるかもしれない。

 

 もはや全ては神のみぞ知る次元に至ったのだと。

 男は、モノリスに描かれた瞳を睨み付けた。

 

 

 




 
忙しい病院がブロックワードな男。
手捌きがインクレディブルな妹。

あとはタケル次第じゃ…!(責任転嫁)
たぶん仙人は基本諦めモード。
眼魔だけでも手一杯なのに変なのまで増えたら、
すぐに「あ ほ く さ 止めたらこの計画ぅ?」ってなるのがこの男。
タケルがユルセンを呼んでもこなかったのは、仙人がデスガリアンの登場で完全に諦めてたから。
ジュウオウジャーが出てきたので、ちょっと気を持ち直している。
まだアルゴスの方でワンチャンあるかも? いやーでもなー? くらいな感じ。
アルゴスあんたのせいでキレてますよ。

お願い、諦めないで仙人!
あんたが今ここで諦めたら、大帝や龍さんとの約束はどうなっちゃうの?
ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、ガンマイザーに勝てるんだから!
次回「城之内死す」ネバーギーブアーップ!

街は滅茶苦茶破壊されましたが皆元気です。
ジュウオウジャー世界は街中をデスガリアンの砲撃で火の海にされた日の夜に、花火大会して盛り上がるくらいには絶対的勝者の街なんでな…この星を、なめるなよ!
 


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覚醒!動き出す影!2016

 

 

 

「美味しいー!」

 

 公園の中に屋台で店を出すたこ焼き屋『フーミン』。

 そこで商売をしているのは、タケルたちが幼少の頃から世話になっている老婆。

 フミ婆こと、福嶋フミである。

 

 彼女のたこ焼き屋の前にテーブルと椅子を並べ、一同は深海カノンの快気祝いをしていた。

 焼けども焼けどもどんどんと食べ、すぐに無くなっていくたこ焼きの山。

 そんな若い衆を見て、フミ婆は笑顔で追加のたこ焼きを積み上げていく。

 

「流石、若いだけあっていい食べっぷりだねぇ」

 

「婆さんのたこ焼きが美味いんだって! なあ!」

 

 次々と食べながら、一際大声を出すレオ。

 そんな様子を見てアカリがさも当然のように頷いた。

 

「当然、フミ婆のたこ焼きは世界一なんだから!」

 

「……確かに。世界一かどうかは分からないが、これはとても美味しい」

 

 たこ焼きを検めながらゆっくりと口の中に放り込み堪能するタスク。

 御成は彼らの前で、フミ婆が焼き上げたたこ焼きをテーブルに運び続ける。

 そうしながら、彼は他の面々へと声を張り上げた。

 

「カノン殿の快気祝い!

 それに加えてカルデアの皆様と、ジューマンの方々。

 皆様との親睦を深めるために、此度の食事は大天空寺で持ちますので……!

 どうぞ皆さん、フミ婆殿のたこ焼きを存分に味わってください!」

 

「いや、そんな! 俺たちの分は俺がちゃんと払いますんで……!」

 

 そんな御成を手伝うため、大和が立ち上がって配膳に参加する。

 彼らがそうしているのを見たフミ婆がからからと笑う。

 

「今日は久しぶりにカノンちゃんとマコトくんに会えたからねぇ!

 流石に全部とは言えないけど、一人一皿分! 今日はフミ婆が奢ってやろうじゃないか!」

 

「いや! いやいやいや! そんな、悪いですって!

 この人数ですから!」

 

 豪快なことを言いだしたフミ婆に、大和が待ったをかける。

 主賓のカノンに、タケル、御成、アカリ、シブヤ、ナリタの大天空寺組。

 立香、ソウゴ、マシュ、ツクヨミのカルデア組。

 そして大和、セラ、レオ、タスク、アムのジューマン+1。

 更に追加で武蔵という大所帯なのだ。

 一人一皿とはいえ、奢ってもらうようなことはできない。

 

 そんな大和の尻を叩き、フミ婆が押し返す。

 

「いいんだよ! 昨日の今日でお客さんが全然いないからねえ。

 元気に食べに来てくれるお客さん。

 それが十年来のお得意様ってなら、そんくらいするってもんさ!

 その代わり、これからも時々食べに来ておくれよ?」

 

 たこ焼きを回しながら、そう語る彼女。

 デスガリアンの破壊は拡大こそしなかったが、昨日の今日だ。

 流石に今日の街は普段に比べれば大分静けさが目立つ。

 

 それでも言い募ろうとする大和に、背中からレオが飛び掛かる。

 

「いいじゃねえか大和! 婆さんもこう言ってくれてるんだからよ!」

 

「そうそう。ここは御馳走になろ?」

 

「よくない、全然よくないって……」

 

 同調するアムと合わせて、そのまま二人に引きずられていく大和の姿。

 それを笑いながら見送って、フミ婆はカノンに声をかける。

 

「マコトくんもえらいイケメンになってたけど、カッコいい男の子とカワイイ女の子の知り合いがいっぱいいるねえ」

 

「うん。昨日は大天空寺で皆で色々お話したんだけど……」

 

 今が楽しくて仕方ない、と。

 そんな顔でつい最近取り戻した体で得た経験を語るカノン。

 彼女のそんな言葉を聞きながらフミ婆は、たこ焼きを焼く手を緩めることなく頬を緩めた。

 

 その一連の流れを見ながら、ツクヨミとマシュが顔を見合わせる。

 

「やっぱり私たちもこの時代で使えるお金、確保したいわよね……」

 

「そう、ですね……」

 

 この場に来る前に寄ってきた店での戦利品。

 無数の服が入った袋に囲まれながら、マシュは特に深刻な声を漏らした。

 彼女が今着ている服も、アカリたちに買ってもらったものだ。

 

 この服も、食事も、全てを大天空寺の皆に賄ってもらっていることになる。

 長期戦になるのならば、それこそ金銭を稼ぐ手段が欲しい。

 

 だがマシュとツクヨミ。それに恐らく立香とソウゴ。

 誰もこの世界で働く方法がない。

 身分証もそうだが、何より年齢が問題だ。

 

 何とか身分を必要としない職業を発見したとしてだ。

 中、高校生程度の年齢の彼らでは、補導される可能性がとても高い。

 補導されたら身分が証明できないので、やはり問題が大きくなる。

 

「どうしたものかしらね……」

 

「なんかこう、魔術師的な闇の仕事とか?

 マシュ、所長がどんな闇の仕事してたとか知ってる?」

 

「いえ、たぶん所長は当主になってからカルデアのことに掛かり切りだったかと……」

 

 たこ焼きを頬張りながらの立香の問い。

 だがその人物の仕事は、恐らく一切参考にならないだろうと彼女は返す。

 

「この時代もこの時代で大変なのねぇ。

 でもその分食事は美味しいし、私的にはいい思いが出来て万々歳だけど。

 ()に送られる感じも全然しないし」

 

 たこ焼きをパクつきながら、のんびりとそう呟く武蔵。

 そんな彼女の視線が向かうのは、ぼんやりとたこ焼きを食べているソウゴ。

 

「ねね、ソウゴはどうしたの? たこ焼き、口に合わない感じ?

 私がソウゴの分も食べていい感じ?」

 

「うーん。俺の分は俺が食うけど……なんか、変な感じ。

 なんだろ、この感覚……うーん、これと同じ感じが最近あったようが気がするんだけど」

 

 そう言いながらソウゴは空を仰ぐ。

 薄い光帯、その果てに坐するサジタリアーク。

 この感覚はそれらが原因なのだろうか。

 

 いや、何か違う気がするのだ。

 もっと―――何か、自分と直接的に関係しそうなもの。

 それとの邂逅が迫っている、ような。

 

 

 

 

「では、作戦の第一目標が変わる―――と?」

 

「兄上からはそう通達があった。

 眼魂の収集を継続しつつ、デスガリアンとかいう連中の排除を優先せよ、とな」

 

 黒髪に金色のメッシュが入った青年。

 彼は軍服を着こなし、直立する男に背を向けながらそう口にする。

 言われた男の方が、ふむ、と唸って眉を顰めた。

 

「―――だがジャベル。貴様には別の指令を与える、私が」

 

「……アデル様ではなく、アラン様の? と、言いますと」

 

 アラン様、と呼ばれた青年。

 彼が手の中で眼魂を転がしながら、ジャベルと呼んだ男に視線もくれずに正面を睨む。

 

「……デスガリアンとやらには、私がネクロムで対応する。

 そのために兄上が正式に私に受領させたものだ。

 だがジャベル。お前たちという戦力の運用について、兄上からは何も言われていない」

 

 ジャベルの背後には更に二体。

 右腕そのものが巨大な刀となっている、陣羽織を纏った怪人。

 宇宙服を思わせるヘルメットとアーマーを装着した怪人。

 

 本来、彼らには人間の魂の収集を行わせるつもりだった。

 が、その時点とは状況が変わった。

 魂の収集も継続して行う必要はあるが、最優先が別の事柄になったのだから。

 

「なるほど。つまり私たちは……」

 

「天空寺タケルを狙え。奴を消し、奴が持っている英雄の眼魂を全て奪い取れ」

 

 ジャベルはその内容を聞き、深々と彼に頭を下げた。

 

 一度消滅したかに見えた天空寺タケル。

 彼が復活するとともに手にした、新しい力。

 それと真っ先に戦闘を行った彼は、正面から打ち破られた。

 その雪辱を果たす機会を、アランは彼に与えてくれるという。

 方針を変えたアデルの命に従うだけでは、中々得られない機会だろう。

 

「必ずや。今度こそ天空寺タケルから眼魂を奪い取ってみせましょう」

 

「……任せたぞ」

 

 ジャベルと二体の眼魔が礼を取り、踵を返して歩いていく。

 途中で彼らを包み込む黒い竜巻。

 それに呑み込まれた三つの人影が、その姿を消し去った。

 

 彼らを見送ってから、アランもまた歩き出した。

 ゆっくりと、ゆっくりとした歩み。

 

「―――スペクターは変わってしまった、天空寺タケルと関わったことで」

 

「俺は変わったんじゃない。取り戻したんだ、俺という人間を」

 

 その背後から向けられる、聞き馴染んだ声。

 ゆったりとした動きで振り返るアランの前には、間違いなくマコトの姿がある。

 彼の言葉に対し、アランは失笑した。

 

「取り戻した? 失った、の間違いだろう。

 スペクター。どうして君は完璧な世界を拒絶してまで、人間の中に戻ろうとする。

 不完全で、不合理で、何ら価値のない人間の中に」

 

「元から俺たちは、失いたくて失っていたわけじゃない。

 奪われていただけだ―――お前たち眼魔の世界に。

 これ以上、俺は俺の大切なものを、お前たちには奪わせない……!」

 

 マコトの腰にドライバーが出現する。

 彼がスペクター眼魂を握り締め、その起動スイッチに手をかけた。

 

 それを見て目を細めるアラン。彼が懐に手を入れる。

 そこから取り出すのは、ブレスレットらしきユニット。

 初見のマコトが、その存在に微かに眉を上げた。

 

「ならば改めて教えてあげよう、スペクター」

 

 アランがブレスレットを左手首に装着する。

 自動でベルトが巻かれ、その装置は起動した。

 それを確認しながら彼は、ブラックとクリアグリーンの眼魂を持ち出していた。

 

「眼魂……?」

 

 アランの指が手にした眼魂のゴーストリベレイターを押し込む。

 起動する彼の眼魂―――ネクロムゴースト眼魂。

 

〈スタンバイ!〉

 

 そのまま流れるように、彼はブレスレット―――

 メガウルオウダーのアイコンスローンへと眼魂をセット。

 スローンを回転させるように、垂直に跳ね上げた。

 

〈イエッサー!〉

 

 スローンの横に備え付けられたスイッチ、デストローディングスターター。

 それが押し込まれたその瞬間に、眼魂から解き放たれるパーカー。

 ブラックとライトグリーンに光る、ネクロムパーカーゴーストの姿。

 

〈ローディング〉

 

 舞い上がるネクロムのパーカー。

 彼は自在に宙を舞いながら、マコトに向け突撃してくる。

 

「―――――!」

 

 マコトの手がスペクター眼魂を落とす。

 それがゴーストドライバーに滑り込むと同時、彼は腕を跳ね上げた。

 

〈アーイ! バッチリミロー! バッチリミロー!〉

 

 放たれるスペクターパーカーゴースト。

 青と緑の残光を曳く二つのパーカーが空中で衝突。

 それらは幾度も空中で交錯する。

 

 そんな激突の光景を前に。

 アランはメガウルオウダーの上部ユニット、リキッドロッパーへと手を伸ばす。

 

「変身」

 

 リキッドロッパーの起動。

 それにより、特殊反応液ウルオーデューがネクロム眼魂へと滴下される。

 眼魂、そしてメガウルオウダーに染み渡るウルオーデュー。

 それによってアランの体が、白いトランジェントへと換装されていく。

 

〈テンガン! ネクロム! メガウルオウド!〉

 

 そして舞い戻るネクロムパーカー。

 纏うと同時に、クリアグリーンのゴーグル状のモノアイと一本角が装着。

 ―――仮面ライダーネクロムへの変身を完了した。

 

「変身!」

 

〈カイガン! スペクター!〉

〈レディゴー! 覚悟! ド・キ・ド・キ! ゴースト!〉

 

 マコトもまた体をトランジェントに変換。

 スペクターパーカーを身に纏い、仮面ライダースペクターになる。

 

「我らの完全なる世界に逆らう意味などないのだと」

 

 ネクロムと対峙し、フードを払ってから拳を握り締めるスペクター。

 青い戦士を正面に見据えながら、白の戦士もまた頭を覆うフードを外す。

 彼はパーカーを掴んで襟を正し、ゆっくりと歩みを開始した。

 

 

 

 

「そういえばタケルは食べてなかったけどいいの?」

 

「いや、俺ゴーストだからさ。食べられないんだ」

 

 たこ焼きパーティーの帰り道。

 河川敷を眺めつつ土手を歩きながら、食べていなかった彼にソウゴは声をかける。

 だが彼は食べないのではなく、食べられないのだという。

 サーヴァントは食べられるのに、タケルは食べられないらしい。

 

「そうなんだ?」

 

 もしかすると、ダ・ヴィンチちゃんならどうにかできるかもしれないが……

 現状ではどうしようもないことには変わらない。

 うーん、と腕を組んで悩むソウゴ。

 そんな彼に気にしないでいい、と苦笑してみせるタケル。

 

 そうして会話している二人の前。

 四人のジューマンたちが一斉に足を止めた。

 反応して同じように足を止めた大和が、彼らを振り返る。

 

「? みんな?」

 

「デスガリアン……じゃないのか?」

 

 彼らが持つ動物の尾。

 それが何かを感じているように、ピンと張っていた。

 感じている気配の正体を探っても、妙に判然としない何か。

 デスガリアンが発する生物を狩るための殺気とは、何かが違う感覚。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()―――

 

「――――上!」

 

 気配でなく、風を切る音。

 聴力に優れたセラが何らかの異常を察して、声を張り上げた。

 直後。武蔵が突き出した鞘を被ったままの刀が、タケルの背中を殴り飛ばす。

 

「う、わっ――――!?」

 

 その瞬間、直前までタケルが立っていた場所を刃が掠めていく。

 上空から一気に飛び込んできた存在による、すれ違いざまの斬撃。

 

 ―――それを見舞った陣羽織の怪物が、彼らから離れた場所に着地した。

 

「ほう。我が秘剣・燕返しを躱したか……」

 

 右腕の肘から先が刃になっている存在。

 刀眼魔が振り向きながら、地面に倒れたタケルを見る。

 その怪物と相対し、タケルが表情を強張らせた。

 

「俺を殺した眼魔……!」

 

「タケル、大丈夫!?」

 

 倒れた彼にかけよるアカリ。

 同時に御成がすぐさま懐に手を突っ込んだ。

 

 すぐさま彼らを庇うように、ジュウオウジャーの面々が前に出る。

 

「こいつが眼魔って奴か!」

 

「デスガリアンとは別の、異世界から現れた敵……!」

 

 彼らの言葉を聞いて、きょとんとする御成。

 すぐに彼は振り向いて、上下左右に視線を巡らせて―――

 不思議そうに、大和たちへと問いかけた。

 

「あの、皆さまには眼魔が見えるのですかな……?」

 

「なに言ってんだ、当たり前だろ! そこにいるじゃねえか!」

 

 レオががなりつつ正面を指差す。

 だが見えない。少なくとも御成には。

 彼が視線で背後のシブヤとナリタに確認すると、二人揃って首を横に振った。

 次に見るのはアカリだが、彼女も首を横に振る。

 

 彼の手が懐からクモランタンを取り出して、特殊な光を放ってもらう。

 そうしてようやく見えるようになった眼魔は、確かにレオの言う通りの場所にいた。

 そんな状況に一瞬悩み、別に困らないからいいやと御成は思考を放棄する。

 

「とにかく! 眼魔ですので、皆さまどうかよろしくお願いします!」

 

「じゃあ、俺はあっちの奴とやればいいのかな?」

 

 言いながら、ソウゴがジクウドライバーを取り出した。

 そのまま腰につける前のドライバーに、ジオウウォッチを装填する。

 彼が見ている先には、反対側から彼らを挟むように現れたもう一体の眼魔がいる。

 宇宙服を模したかのようなデザインの怪人、プラネット眼魔が。

 

「眼魔が二体!」

 

「もう一人いるわね」

 

 かちりと鍔を鳴らし、武蔵が河川敷の方へと視線を向けた。

 そちらにいるのは、怪人とは違う黒い軍服の男。

 彼は気付かれたと知るや、すぐに笑みを浮かべながらタケルへと声をかけてくる。

 

「天空寺タケル! 貴様の持つ英雄の眼魂……全て渡してもらうぞ」

 

「お前は……あの時の」

 

「あの時は貴様に無様な敗北を喫したが……その雪辱を果たさせてもらおう!」

 

 軍服の男―――ジャベルが取り出した眼魂を起動する。

 青と銀、ゴーストのトランジェントにも似た何かへと変貌していくジャベル。

 怪人、眼魔スペリオルへと変わった彼が、声を張り上げた。

 

「天空寺タケル! 貴様の相手は私だ!」

 

「―――俺があいつを何とかする。こっちはお願い!」

 

〈アーイ!〉

 

 タケルがゴーストドライバーを現出しながら、土手を滑り降りていった。

 そのまま駆け出し、オレパーカーゴーストとともにジャベルへと突っ込んでいく。

 

「変身!」

 

〈カイガン! オレ!〉

 

 走りながらのトランジェントへの換装。

 そしてオレパーカーを纏い、そのフードを取り払い。

 仮面ライダーゴーストは、眼魔スペリオルと交錯した。

 

 戦端を開く眼下での戦い、それにちらりと視線を送り―――

 ソウゴは腰に、ドライバーを押し当てた。

 

「―――マスター、緊急武装します!」

 

 貰ったばかりで申し訳ない、と思いながらも。

 マシュが戦場の中で、武装するために力を発揮しようとした。

 そうなれば鎧のせいで服は駄目になってしまうが―――

 

「いいよ、マシュとツクヨミは念のためにみんなについてて。

 多分、俺たちだけで十分だしさ」

 

「……うん。マシュはいつでも武装できるような状態で待機してて。

 もしもの時はマシュが守れるように、私たちは集まるよ」

 

 立香の腕がカノンを引き寄せ、マシュの背後に押しやる。

 その指令に一応の納得をしたのか、気を張ったままマシュが身構えた。

 御成やシブヤやナリタを背中で押しながら、ツクヨミが念のためにファイズフォンXを抜く。

 

「そうそう! せっかくのオシャレだもん。

 ここは私たちに任せておいて!」

 

 ドライバーのロックを解除し、構えながらのソウゴの言葉。

 それに同調するアムが、その手の中に王者の資格を取り出した。

 倣うように、他の面々もまた王者の資格を手に持つ。

 

「みんな……行くぞ!」

 

 大和の号令。

 それに従い、五人が同時に王者の資格―――ジュウオウチェンジャーを開く。

 人の世で言えば、携帯電話を思わせる造形。

 

 まず押すのは本能覚醒のキー。

 そしてそれぞれが、己のジューマンパワーを発揮するための数字を押す。

 そうして、変身のための準備を開始した。

 

〈イーグル!〉

〈シャーク!〉

〈ライオン!〉

〈エレファント!〉

〈タイガー!〉

 

 ジュウオウチェンジャーがジューマンの力を叫ぶ。

 待機状態のチェンジャーを閉じ、キューブ上部を回転させる。

 五体の獣が描かれた面をキューブ状で完成させることで、彼らはその本能を解き放つ。

 

「本能覚醒!!」

 

〈アーァアァアーッ!!〉

 

 五人揃ってジュウオウチェンジャーを前に掲げる。

 途端にそれぞれの体を囲う光のキューブ。

 そうなった直後、彼らは王者の資格を思い切り天へと突き上げた。

 

 ―――解放される本能。

 それが人とジューマンの混じった五人の姿を、地球を守る戦士に変えていく。

 

「変身!」

 

 彼らが五色の戦士に変わっていく横で、同時に。

 ソウゴがジオウの鎧を纏い、時の王者へと変わっていく。

 その頭部に“ライダー”の文字が嵌り、変身を完了。

 

 仮面ライダーに変わった彼の横で、まずは赤い鷲が羽搏いた。

 

 赤いスーツに、胸には怒れる鷲の顔。

 鷲の嘴を思わせるマスクを被った戦士が、羽搏きと共に吼える。

 

「大空の王者! ジュウオウイーグル!」

 

 その腕を牙に見立て、荒ぶる波飛沫を噛み砕く。

 青いスーツの胸に大口を開いた鮫が描かれた戦士が、海鳴りの如く吼える。

 

「荒海の王者! ジュウオウシャーク!」

 

 砂塵が吹き荒れる。黄色いスーツに描かれるのは獅子。

 雷鳴の如き咆哮を轟かせ、たてがみを持つマスクの戦士は吼えた。

 

「サバンナの王者! ジュウオウライオン!」

 

 吹き荒ぶ凩。その人と変わらぬ大きさの体が、ただ一歩の足踏みで大地を揺らす。

 緑のスーツの戦士は、腕を象の鼻の如く振り上げながら吼えた。

 

「森林の王者! ジュウオウエレファント!」

 

 荒々しく吹雪く冷気の中、白いスーツの戦士が躍った。

 白虎の姿を隠す雪景色。それを己が爪で切り裂き、吼える。

 

「雪原の王者! ジュウオウタイガー!」

 

 赤い戦士、ジュウオウイーグル。

 彼の手の中に、鳥獣剣イーグライザーが現れた。

 イーグライザーの刃が節ごとに分割し、そのまま鞭のように唸りを上げる。

 蛇腹剣の唸る様はまさしく、猛獣使いのそれのように。

 

 ジュウオウジャーを統率するレッド。

 彼が、己らの名前を謳い上げ―――

 

「動物戦た……!」

 

「そして祝え!!」

 

 いきなり彼らの前に現れた、黒ウォズに気勢を削がれた。

 彼は『逢魔降臨暦』を手にし、彼らと眼魔の間に割り込んでいる。

 突然の存在に、眼魔さえも面食らっているようだった。

 

「え、っと……」

 

「誰だ……?」

 

「全ライダーの力を受け継ぎ――――

 時空を超え! 過去と未来をしろしめし! 全ての王者を超える、時の王者!

 その名も仮面ライダージオウ! まさに降臨の瞬間である……」

 

 満足そうにそう語り、ジオウに対し頭を垂れる黒ウォズ。

 肝心のジオウはここでもやるんだ、と感心するように彼を眺めているだけ。

 

 そんな彼の首にかかっているストールを思い切り掴むツクヨミ。

 彼女はすぐさま犬のリードのようにそれを引っ張り、彼を退場させる。

 

「やれやれ、変な引っ張り方はしないでくれるかな……伸びてしまうだろう?」

 

「最初から伸びるでしょ! あんたはこっち来なさい! ごめんなさい、続けて!」

 

 ツクヨミが黒ウォズを強制退場させるのを見送るジュウオウジャー。

 

 それを待ってから、どうしたものかと。

 とりあえず、気を取り直して大和がイーグライザーを振り上げた。

 鞭の如く撓り、大地を削って火花を散らす刃。

 

「―――動物戦隊!」

 

 イーグルが、シャークが、ライオンが、エレファントが、タイガーが。

 自分たちという一つの動物の群れを指し示す名を叫ぶ。

 その名こそが―――

 

「ジュウオウジャー!!」

 

 その群れを見て、黒ウォズの方を見て。

 よく分からない連中だと思いながらも刀眼魔が声を上げた。

 

「貴様たちがジュウオウジャーか。

 我らの目的は天空寺タケルのみ、貴様たちに用はない。

 死にたくなければ、そこで黙って見ているがいい!」

 

 イーグライザーの刃を引き戻し、直剣へ戻す。

 腕の刃を構え直す刀眼魔。

 それを睨むようにジュウオウイーグルの掌が、己のマスクを撫で上げる。

 

 異世界からの来訪者、眼魔。

 どのような目的があるか、詳細は分からない。

 だがそれでも、ひとつ分かっていることがある。

 

「この惑星(ほし)を、舐めるなよ!」

 

 ―――この世界は、彼らの好き放題にしていい場所じゃない。

 その怒りと、この星に住まう一つの生き物としての誇り。

 それをただの一言に込めて、ジュウオウイーグルは吼えた。

 

「ふん、小癪ぅ―――!?」

 

 相対する刀眼魔が、火花を噴き上げ蹈鞴を踏む。

 当たり前のように、会話をしていた彼らに割り込む双剣。

 幾度か剣撃を受けた眼魔が陣羽織を光らせ、空に舞った。

 

 空に舞う彼が真っ先にしたことは、自分を斬り付けた女を睨むこと。

 

「なんと卑怯な! いま話をしていただろう!?」

 

「えー、尋常な立ち合いでもないし……隙を見せた方が問題じゃない?」

 

 怒られても困った顔。

 女武蔵はその叱責を気にもせず、改めて刃を構え直す。

 そんな彼女の背中を見ながら、シャークとライオンが微妙そうに首を傾げた。

 

「確かに今のはちょっと……」

 

「どうせなら正面からぶっ飛ばしてえよな?」

 

「……え!? 私、鮫と獅子に狩りの方法を注意された!?」

 

 狩りってそういうものでは、と。

 武蔵が愕然としながら振り返ると、エレファントが腕を組んだ。

 

「別に僕たちは野生の動物というわけではないんだが。

 自然界ではそういうものだと理解はしているが……」

 

「ちょっと卑怯だったよねえ、今のは」

 

 当然のようにタイガーもそちらに加勢する。

 そんな四面楚歌に出会い、がくりと肩を落とす武蔵。

 ―――その背中を見て、上空の刀眼魔が陣羽織を翻した。

 

「今度はこちらの番だ! 隙あり、秘剣・燕返し!」

 

 上空から高速で迫りくる一閃。

 それは武蔵を切り捨てるために、燕の如く風を潜り―――

 

「イーグライザー!」

 

 横合いから、燕の狩りに割り込む鷲の嘴が撃墜した。

 振るわれる直剣、イーグライザー。

 イーグルの放つ剣撃が、刀眼魔の腕を撃ち落とす。

 

「ぬおっ……!?」

 

 弾き返され、地面に転がる陣羽織。

 眼魔を迎撃して着地したイーグルが、刃を返して構え直す。

 そんな彼の後ろで、武蔵が振り返って自分も構え直した。

 

「よーし、これでお相子ね。あなたはもう私を卑怯とは言えなくなったわ。

 ではこれから、いざ! いざ! 尋常に勝負!」

 

「そうかな……?」

 

 ぼんやりとした大和の声を無視して、武蔵が駆ける。

 如何ともし難い感覚に襲われつつ、しかし刀眼魔が先んじて飛び立った。

 

「おっと」

 

「ええい、卑怯者どもめ!

 だが我が秘剣・燕返しは破れぬものと知れ!」

 

 燕の如く空を舞い、その中で振るわれる剣。

 重点的に武蔵を狙い続ける強襲の連続。

 

 速いし、鋭い。そもそも飛んでいるというのが、まず前提としてとても面倒。

 だが、武蔵を狙い続けてる限り軌道はまだ分かり易い。

 縦横無尽に無差別に狙われるより、こっちの方がかなり楽だ。

 彼女がまず翼を切り裂けば、後はどうとでも―――

 

「野性解放―――!」

 

「お」

 

 だがその前に、大空の王者が空に羽搏いた。

 大鷲の野性が解き放たれ、彼に空を翔ける力を現出させる。

 腕に現れるのは赤い翼。

 

 ―――燕の狩りを、鷲の翼が覆す。

 

「ぬっ……!?」

 

「はぁああああッ―――!!」

 

 鷲が空で燕に追いつき、その嘴―――イーグライザーを奔らせる。

 その蛇腹剣は鞭の如く撓り、伸びる刀身は十数メートルに及ぶ。

 刀眼魔の剣を捌きながら彼の陣羽織を切り刻む鷲の嘴。

 

「なんと……!」

 

 翼である陣羽織を刻まれて、刀眼魔が落下する。

 地に落ちた燕の前に現れるのは、残る四頭の狩人に他ならない。

 

「野性解放―――!」

 

 野生動物の性を取り戻す。

 それらを前にした眼魔は何とか剣を構え直して、

 

「―――――!」

 

 右腕の肘から先が飛ぶ。

 後から聞こえてくる、抜刀の鍔鳴り。

 それが新免武蔵の刃であったことに疑いはなく。

 

 燕の翼、そして剣。

 両方を失った眼魔の前に、獣の行進が見舞われた。

 

 鮫の背ビレを生やし、回転することで刃となるシャーク。

 獅子の爪を突き立てて、力任せに捻じ伏せるライオン。

 象の脚を踏みならし、衝撃で大地を揺らすエレファント。

 白虎の爪を研ぎ澄ませ、鋭く引き裂くタイガー。

 

 それらの野性が、全て刀眼魔に叩き付けられた。

 

「ぬ、ぉおおおおお!?」

 

 眼魔のボディが爆発し、それを形成していた眼魔眼魂も砕け散る。

 その撃破を見届けて、空舞うイーグルが着陸した。

 

 

 

 

「ハァッ―――!!」

 

 プラネット眼魔が太陽系の惑星を模したエネルギー弾を生成した。

 それが無数の星となり、ジオウへ目掛けて迫りくる。

 着弾と共に、爆炎の中へと呑み込まれるジオウ。

 ―――その炎の上に形成されていく、巨大な顔。

 

「むっ!?」

 

 いきなり現れたその顔に、プラネット眼魔は困惑を示す。

 顔がそのまま炎の中へと落下していき、周囲の炎を吹き飛ばした。

 中から姿を見せるのは、巨大な顔を頭に乗せたジオウの姿。

 

〈アーマータイム! ソイヤッ!〉

 

 巨大な顔が展開して鎧と変わっていく。

 肩から垂れる鞘から大橙丸Zを二振り引き抜くジオウ。

 彼の顔にあった“ライダー”の文字が“ガイム”へと変わる。

 

〈鎧武!〉

 

「あんたが惑星なら、こっちはフルーツでオンパレードだ!」

 

「何をわけのわからんことを!」

 

 プラネット眼魔が再び惑星のエネルギー弾を生成。

 八つの惑星を十字に並べ、彼は弾丸として撃ち放った。

 

〈フィニッシュタイム! 鎧武!〉

〈スカッシュ! タイムブレーク!!〉

 

 ジオウの腕がジクウドライバーを回す。

 同時に彼の周囲、空中に無数の巨大フルーツが出現した。

 オレンジ、パイン、イチゴ、バナナ、レモン、チェリー、ピーチ。

 更にそれらとは明らかに大きさの違う、巨大なスイカ。

 

「でかい!?」

 

「行っけぇえええ――――ッ!!」

 

 ジオウの号令に従い、フルーツたちが惑星に突っ込んでいく。

 衝突し、激突し、追突し、そして巨大スイカの侵攻に諸共巻き込まれ―――

 惑星の弾丸は、フルーツの群れに呑み込まれて圧し潰された。

 

 そして、フルーツもまた全部割れる。

 噴き出した果汁が雨となり、近くにいたプラネット眼魔を包んでいく。

 

 球体で固定されるフルーツジュースの檻。

 そこから逃れようともがくが、体は一切動かない。

 七色の果汁に閉じ込められた彼は、完全に動きを封じられていた。

 

「なんという……!」

 

「セイハァアアア――――ッ!!」

 

 そこに振るわれる二刀の刃。

 大橙丸Zがその球体フルーツジュースを果実のように切り分ける。

 中にいたプラネット眼魔も諸共に。

 

「ぐぉおおおおお――――ッ!?」

 

 果汁と共に、プラネット眼魔のボディと眼魂が爆散する。

 降りしきる果汁の雨の中。

 大橙丸Zを肩に乗せたジオウは、軽く腕を回してみせた。

 

 

 

 

〈カイガン! ベンケイ!〉

〈アニキ! ムキムキ! 仁王立ち!〉

 

 御成の手元から跳んできたクモランタン。

 それがガンガンセイバーと合体し、ハンマーモードとなる。

 

 鉄槌と化した武器を振り上げる、白いパーカーを羽織ったゴースト。

 ベンケイ魂を憑依させた彼が、ジャベルに向かって殺到した。

 眼魔スペリオルのボディを打ち据える、鉄槌の一撃。

 

 火花を散らしてよろめくスペリオル。

 彼はそうなりながらも、楽しげに声を震わせた。

 

「いい一撃だ……! だが私が味わいたいのは、この力ではない!」

 

 スペリオルが復帰するや、その拳でゴーストを襲う。

 ハンマーを振り切れない距離まで詰め寄り、拳を見舞うジャベル。

 ゴーストが即座にハンマーを手放し、掌底で彼を打ち払おうとして―――

 

 その手首を掴まれて、薙ぎ倒される。

 

「こいつ……!」

 

「あの時の力だ! あの時の力を出してみろ、天空寺タケル!」

 

 地面に転がったゴーストを踏みつけるスペリオル。

 踏みにじられながら、タケルはその足を掴み取り放り投げる。

 されるがままに投げ捨てられたジャベル。

 彼が着地しながら、ゴーストへと視線を向ける。

 

 立ち上がるゴーストの手の中には、赤と黒の眼魂が握られていた。

 それを見て、ジャベルが喜色の唸り声を上げる。

 赤と黒の眼魂は起動すると同時に、眼魂自体が炎に燃えた。

 

 ドライバーの中に燃える眼魂を投入し、カバーを閉じる。 

 

〈一発闘魂!〉

 

 解き放たれる炎に燃えるかのような真紅のパーカー。

 赤いパーカーゴーストがスペリオルへと突撃し、彼を更に吹き飛ばす。

 その間にタケルは、ゴーストドライバーのトリガーを引いていた。

 

〈闘魂カイガン! ブースト!〉

 

 舞い戻る闘魂ブーストパーカーゴースト。

 ベンケイが離脱しトランジェントに戻ったゴースト。

 その上から覆い被さる、赤いパーカー。

 

〈俺がブースト! 奮い立つゴースト!〉

〈ゴー! ファイ! ゴー! ファイ! ゴー! ファイ!〉

 

 そのパーカーを纏った瞬間、トランジェントもまた炎上した。

 黒だったタケルのトランジェントが、燃える炎の如く真っ赤に染まる。

 赤の体に赤のパーカーを纏い、ゴーストが頭部を覆うフードを外す。

 

 敵が見せたその姿を前にして、ジャベルが歓喜に身を震わせる。

 

「そうだ! それと戦いたかった!」

 

 叫ぶジャベル。

 スペリオルが四肢に力を漲らせ、拳を握って走り出す。

 一直線の疾走から放たれる拳撃。大気を唸らせ、穿つ一撃。

 

 ―――それを。ゴーストは、掌ひとつで受け止める。

 

「ぬぅ……ッ!」

 

 そのまま腕を捻り上げると、ジャベルが体勢を崩してよろめいた。

 ふらつく眼魔スペリオル。その胸に、ゴーストが拳を叩き込む。

 燃える拳が連続して炸裂し、青いボディが揺らぐ。

 

「はぁああああッ!」

 

「ぬぉおおおおッ!」

 

 更に力を込めた闘魂の一撃。

 それに対し、スペリオルも同じように拳で応じる。

 互いの拳が激突して、数秒の拮抗。

 

 だがその後に吹き飛ばされたのは、眼魔スペリオルだけだった。

 炎上しながら、河川敷で転げるジャベル。

 

「この戦いの感覚……! これこそだ!」

 

 すぐさま立ち上がった彼はゴーストに向き直り―――

 彼の背後から、他の戦士たちが集っているのを目にした。

 

 刀眼魔に、プラネット眼魔。

 彼らはジャベルがタケルと交戦している間に、既に眼魂を破壊されたようだ。

 思ったよりも早い戦力の退場に、彼は軽く鼻を鳴らす。

 

「お前たちの負けだ!」

 

「フン……どうかな」

 

 ジャベルが空を見上げる。

 それにつられて空を見上げれば、空には瞳の形をした紋様が浮かび上がっていた。

 

「あれは……!」

 

「グンダリ!!」

 

 ジャベルの声に応え、その紋様から巨大な怪物が姿を現す。

 複数の赤い目を持つ、全身を甲殻に覆われた蛇の怪物。

 彼が叫んだ言葉がそれの名だというのなら。

 ―――怪物の名はグンダリ。

 

 現れた三体のグンダリが空を舞い、目的地を探し首を振る。

 それらが顔を向けた先にあるのは住宅地だ。

 まさしく、といった行為に対してセラが声を張り上げた。

 

「人質のつもり!?」

 

「勘違いするな。貴様らに動くな、などと言うつもりはない。だが」

 

 ジャベルが腕を軽く払う。

 その動きに合わせて、グンダリは街へと飛び出していく。

 

「私の戦いの邪魔はさせん」

 

「みんな!」

 

 ジュウオウイーグルが王者の資格を取り出した。

 倣うように取り出すジュウオウジャーたちの手が、王者の資格を取り出す。

 

 開いたジュウオウチェンジャーで押し込むキーは、召喚。

 召喚キーを押し、それぞれ自身に対応する数字を押す。

 そうしてからチェンジャーを閉じて、キューブを回して絵柄を完成させる。

 ―――キューブアニマル召喚の紋章を。

 

〈ジュウオウキューブ!〉

 

 数字が描かれた五つの巨大キューブが出現する。

 赤には1、青には2、黄色に3、緑に4、白に5。

 それぞれ対応する戦士たちが、ジュウオウキューブの中に飛び込んでいく。

 

 鷲、鮫、獅子、象、白虎。

 キューブ状から獣の形へと変形していく巨大マシン。

 それがグンダリを追い、街へと向かって飛翔、あるいは疾走する。

 

『こっちは私たちに任せて!』

 

『逆にそっちは任せたぜ!』

 

『キューブイーグル、GO!』

 

〈キューブイーグル!〉

 

 先行するキューブイーグル。

 グンダリに先んじて前に出たその赤い翼が、彼らの侵攻を妨げる。

 追い抜かれたことで、躊躇するように速度を緩めるそれらの巨体。

 

『キューブライオン、GO!』

 

〈キューブライオン!〉

 

『キューブタイガー、GO!』

 

〈キューブタイガー!〉

 

 その後ろから、獅子と白虎が二匹の蛇に飛び掛かった。

 爪を立て、グンダリの甲殻を引き裂きながら地面に叩き落とす獣が二体。

 落ちたグンダリに対し、後続の鮫と象が突撃してくる。

 

『キューブシャーク、GO!』

 

〈キューブシャーク!〉

 

『キューブエレファント、GO!』

 

〈キューブエレファント!〉

 

 鮫と象に激突された二体が重なり、絡まりながら地面を転げる。

 

 捕まっていない一匹は正面からでは敵わぬと見てか。

 一気に高度を上げて距離を離しながら、その口の中に炎を蓄えだした。

 熱線で一斉に薙ぎ払う、という姿勢を見せるグンダリにしかし。

 

『させるか!』

 

 ―――鷲の翼が追撃する。すれ違いさまに腹を裂く赤い翼。

 吐く間もなく、蓄えた火炎が口の中で爆発。

 そのグンダリもまた、他の二体のように地面へと落ちていく。

 

 三体目が先の二体と同じ位置を目掛け落ち、盛大に土の柱を立てた。

 絡まり合って唸りを上げる三頭のグンダリ。

 そこを見ながら叫ぶタスクの声が、大和へと届く。

 

『大和! 今の内だ!』

 

『よし、行くぞ!』

 

 キューブイーグルの中で、彼らは王者の資格を持ち出す。

 その途端に空中に浮かび上がる、三つの光の正方形。

 

 並んだそれに飛び込んでいくのは、イーグル、エレファント、タイガー。

 先を越されたセラとレオが声を上げた。

 

『あー!?』

 

『先着三名滑り込みー!』

 

『動物合体!』

 

 光の正方形を潜った三体。

 それに乗る三人が動物合体のために、ジュウオウチェンジャーの始動キーを押し込んだ。

 続けて押していくのは、1、4、5。彼らのキューブアニマルが持つナンバー。

 押すや否やチェンジャーを閉じて、キューブを回転させて機神が描かれた面を作る。

 

〈イーグル! エレファント! タイガー!〉

〈アーァアァアーッ!!〉

 

 三体がアニマル形態からキューブ形態へ。

 回転しながら縦に重なっていく三つのキューブ。

 その順番は―――

 

〈4! 5! 1!〉

 

 上からイーグル、タイガー、エレファント。

 重なった三つのキューブの上から、それを貫く剣―――キングソードが降ってくる。

 それに貫かれながら、イーグルが上半身に。タイガーが腰に。エレファントが足に。

 合体を終えた機神が立ち上がり、その威容を見せつけた。

 

『完成! ジュウオウキング!』

 

〈ジュウオウキング!〉

 

 流れるように飛び立つ巨神。

 上空へと舞い上がったジュウオウキングの中で、三人が王者の資格を揃える。

 回転させて作る面は本能覚醒。

 

『一気に終わらせる!』

 

 ジュウオウキングの周囲に浮かび上がる、三つの光のキューブ。

 1、4、5。それぞれの光のキューブが、巨神に先んじて地面のグンダリへと飛んでいく。

 それが直撃した蛇たちはそこに拘束され、完全に動きを封じられた。

 

『ジュウオウメガトンキック!! ハァ―――ッ!』

 

 迫りくる超重の巨体。

 それから逃げる術は、既に奪われているグンダリ。

 彼らの頭上から降り注ぐ一撃が、そこに固定された三体を粉砕した。

 

 

 

 

「ふん、ジャベルめ……まあいい。

 ガンマホールの試験だと思えば安いものか」

 

 彼方で起こった爆発と、そこに佇む巨神。

 それを見上げながら、ネクロムはそう呟く。

 

 そんな彼の隙をつくように、スペクターがガンガンハンドを振るう。

 

〈ダイカイガン!〉

〈オメガスパーク!〉

 

 銃となったガンガンハンドを手に、スペクターがネクロムに狙いをつける。

 紫のパーカー、ノブナガ魂を憑依させた彼。

 その周囲に、エネルギーで形勢された無数のガンガンハンドが出現していく。

 全ての銃口はネクロムただ一人を狙い―――

 

「ハァ――――ッ!!」

 

 放たれた。

 数え切れない弾丸は全て、ネクロムの白いボディへと直撃する。

 一撃一撃が必殺。その上で、途切れることなくネクロムを撃つ弾幕。

 どれだけ防御力があろうと、それに耐え切れるはずもなく―――しかし。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なにっ……!?」

 

「無駄だよ、スペクター。今の君では私には勝てない。

 天空寺タケル……人間などという不完全なものに執着している今の君ではね」

 

 まるで水を撃つかの如く、手応え無しで擦り抜ける攻撃。

 その状態でネクロムがスペクターに迫る。

 瞬時に距離を詰め、彼の腕からガンガンハンドを奪い取って放り捨てるアラン。

 

「くっ……!」

 

「これが我らの……?」

 

 距離を取ろうとするスペクター。

 それを追撃しようとしたネクロムが、不思議そうに足を止める。

 

 ―――ネクロムのボディ、白のトランジェントの色が褪せていく。

 彼の姿は、すぐに全身が灰色に染まってしまった。

 

「……なるほど、これが限界か。仕方ない」

 

 そのままボロボロと崩れ落ちていくネクロムの体。

 

 彼はその状態で印を結び、虚空に眼の紋様。

 小規模なガンマホールを形成する。

 すぐに腕のメガウルオウダーを外すと、彼はそれを躊躇なく中へと投げ込んだ。

 

 ネクロムの崩壊は止まらない。

 アランはそのままスペクターに視線を向け、小さく笑う。

 

「―――今回はここまでだ。

 よく考えておくといい、スペクター。君たち兄妹の身の振り方を。

 マコト……君は眼魔から逃げる事などできないのだから」

 

 全身が黒ずんだネクロムが完全に崩れた。

 その中から出てきた一つの眼魔眼魂が、限界を迎えたように弾けて割れる。

 

 ―――ひとり、その場に残されたスペクター。

 ダン、と。彼が地面に叩き付けた拳で地面が罅割れる。

 

「俺は……! だが、けじめはつけさせてもらうぞ……アラン!」

 

 

 

 

「オォオオオオッ!!」

 

「ヌゥウウウンッ!!」

 

 互いの拳が互いの胸に。

 炸裂する威力でお互いの足が蹈鞴を踏み、しかし。

 先に体勢を立て直して再び拳を振り抜いたのはゴーストだった。

 

 燃える炎の拳が、眼魔スペリオルの顔面に突き刺さる。

 思い切り仰け反ったジャベルが頭から地面に叩き付けられ、盛大に転がった。

 

「なんであんたたちは人間を襲う! なんで英雄の眼魂を狙う!」

 

 叫ぶタケルの声。

 それに対し、ギシギシと全身を軋ませながらスぺリオルは立ち上がった。

 

「全ては我らが眼魔世界のため―――

 だが、私にとっての目的はただひとつ! 貴様らとの戦いだ!」

 

「戦いが、目的……?」

 

「この戦闘で覚える昂揚と、戦場に渦巻く憎悪!

 それだけが私に生の実感を与えてくれる……! さあ、続けるぞ天空寺タケル!!」

 

 再び走り出す眼魔スペリオル。

 彼の振り上げる拳を見ながら、タケルは強く拳を握り締めた。

 静観する彼の顔面に、ジャベルの拳が突き刺さる。

 

「どうした! こんなものではないはずだ!

 もっとだ! もっと! 私と戦え――――!?」

 

 自分の頬に突き刺さる拳。

 その手首を、赤い腕が握り潰さんばかりに捕まえる。

 振り払おうともう片方の手を振り上げるスペリオル。

 そちらの手首もまた、ゴーストの腕が捕まえた。

 

「ぬぅ……!」

 

「そんなことのために戦うお前たちに、英雄の眼魂を揃えさせちゃいけない……! そうでなくても、自分の目的のために街を襲わせようとするお前なんかに! 俺は負けられない!」

 

 ゴーストがその状態で頭突きを見舞う。

 スペリオルの顔面を切り裂く額から伸びる角、ウィスプホーン。

 顔面に縦に裂かれた彼が、顔を押さえながらよろめいた。

 

 その胴体に蹴りを叩き込み、距離を開かせて。

 タケルはドライバーのトリガーを一気に引き絞った。

 

〈闘魂ダイカイガン!〉

 

 両手で印を結び、赤い瞳の紋様を現出させる闘魂ブースト。

 その瞳を形成するエネルギーを右足に集中させ、ゴーストが舞った。

 

〈ブースト! オメガドライブ!!〉

 

「はぁああああ―――――ッ!!」

 

「小癪な……っ!」

 

 炎の矢となって蹴撃するゴースト。

 それに対応しようと、両腕を眼前で交差させて守りに入るスペリオル。

 衝突からの拮抗は一瞬。

 そのまま炎の一撃は、眼魔スペリオルの体とジャベルの眼魂を粉砕した。

 

「ヌァアアア――――ッ!?!?」

 

 炎の中、完全に消滅していくジャベルの姿。

 だが既に同じように一度、彼は撃破したことがある。

 先程顔を見せた刀眼魔も同じだ。

 

 恐らく、これで終わりではないのだろう。

 眼魔がどのような連中かは分からない。

 それでも、一筋縄でいかない相手だというのはよく分かっているのだから。

 

 

 




 
グンダリ(全長17.4m)「ファッ!?」
ジュウオウキング(全長45.5m)「行くぞ!」
かわいそう(小並感)
ぐんだりーがんばえー

ヤンホモ感あったころのアラン様。
ここまでがプロローグ的な感じで、次回からはなるべくさくさく行きたい感じです。
次でさくさくゴリラまで行って、ネクロム対アザルドとか始めたいですね。
どっちも死なねえ泥仕合だな?
 


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襲来!宇宙の破壊神!2016

 

 

 

『キューブキリン!』

 

 ジュウオウキングの額。

 コックピットに通じるそこから、ジュウオウキューブが飛び出した。

 大和が持っていたそのキューブは外に出るや、巨大なキューブアニマルへと変形する。

 

 その名の通り、キリンの姿に。

 更にそのキリンはまるで大砲のような形状に変わり、ジュウオウキングの手に飛び込んだ。

 

『キリンバズーカ!』

 

『これで終わりだ!』

 

 レオが叫びを向けるのは、ジュウオウキングの前に立つ無数の敵。

 デスガリアンが送り付けた、戦闘機による編隊だった。

 キリンの砲口を向けられた敵は、それでもこちらに進軍を続ける。

 

『キリンバズーカ! ジュウオウファイヤー!!』

 

 噴き出す炎。吐き出された弾丸が、過たず戦闘機を撃墜していく。

 空中で爆散し、空の一画を炎で染め上げるデスガリアンの部隊。

 ―――その中から、ひとつの影が地表に向かって落ちていく。

 

「このガブリオ様がこんなところでやられるかー!」

 

 戦闘機から身一つで飛び降りた影。

 爆炎に紛れてすぐに見えなくなったその姿に、アムがキューブタイガーの中で立ち上がった。

 

『ああ、逃げられた!?』

 

 巻き上がる爆炎を前に、ジュウオウキングは砲口を下ろす。

 その中を落ちていく影は、どこに行ったか判別できない。

 だがちょうど森の上だ。恐らくあの辺りに落ちたのだろう。

 

『すぐに探そう!』

 

 ジュウオウキングの合体を解除する。

 飛び降りたジュウオウジャーたちは、逃したデスガリアンの追跡を開始した。

 

 

 

 

「ガブリオの野郎、なにやってやがんだ!」

 

「フフフ、ゲームを始める前にジュウオウジャーに見つかるとは……

 流石は能無し揃いのチーム・アザルドですね」

 

 モニターを見上げていたアザルドが怒る。

 そのまま彼は、テーブルの上に乗っていたものを薙ぎ払った。

 吹き飛ばされたコインの山が、床に盛大に散乱する。

 

 そんな彼に対してかけられる、クバルの言葉。

 

「うるせぇ! ゲームはまだ終わってねえ!」

 

「どちらへ?」

 

「地球だ!!」

 

 怒声で返したアザルドは踵を返し、玉座の間から出ていこうとする。

 彼の背に視線だけ向け、問いかけるナリア。

 それに更なる強い調子で言葉を返した彼は、振り返りもせずに出ていった。

 

 見送ったクバルが、呆れたように肩を竦める。

 

「ゲームはまだ始まってすらいないでしょうに。

 無能なプレイヤーのおもりも大変ですねえ」

 

「……いや。案外、面白いことになるかもしれないよ?」

 

 クバルの嘲笑を、玉座から放たれた声が否定する。

 胡乱げな様子でオーナーを見上げるクバルの前。

 彼はナリアからグラスを受け取り、その中の赤い液体を回しながら小さく笑った。

 

 

 

 

「……今のでデスガリアンは倒せたのでしょうか?」

 

 土手の上を歩いていたマシュが、そう言ってジュウオウキングが消えた戦場を見上げる。

 

 彼らの目的は大きくは変わらない。

 眼魂を集める事。王者の資格を探す事。

 それらの中で、更なる発見があったことは一つ。

 

 王者の資格ではないが、この世界にはジュウオウキューブというものがある。

 先程のキューブキリンのような存在がそうだ。

 それもまた捜索するべきものとして考えるようになったことが、新たなる発見だ。

 

「でも今のは戦闘機だけだったね。デスガリアンはいなかったのかな」

 

「乗ってたけど降りる前に墜としちゃった、とかじゃない?」

 

 立香の言葉に、たこ焼きを食べながら答える武蔵。

 どうやら彼女は結構気にいったらしく、足繁くフミ婆の屋台に通っているようだ。

 立香も自分で稼ぐ方法があるなら通いたいくらいなのだが。

 彼女は古銭の換金でそこそこの軍資金を得ているらしいので、立香には真似できない。

 

「それならまだそいつが巨大化する可能性はあるのかしら。

 だとしたら、一度捜索を打ち切って帰るべき?」

 

 あの後も二度、デスガリアンのブラッドゲームは行われた。

 その途中で手に入れたものが、あのキューブキリンでもある。

 奴らとの戦いは人間サイズの怪人を撃破すると、巨大化しての再戦。

 そのパターンが今のところ崩れたことはない。

 

 ツクヨミは一瞬だけ一緒にいるカノンを見て、確認を取る。

 

「……英雄眼魂を所持しているのは、タケルさんが9個、マコトさんが3個、眼魔が2個。

 行方も分からないのは、1個になります。

 眼魔より早く発見したいのはそうですが、無理は禁物かと」

 

 現状の最優先は眼魔も狙っている眼魂。その残り1個。

 王者の資格もそうだが、デスガリアンはあれの入手を狙っているわけではない。

 だとすれば、優先するべきは争奪戦になる眼魂だろう。

 何せ、あちらにはついでに海東大樹の影もあるのだから。

 

 もっとも、現状何のヒントもないので結局は虱潰しの捜索になるのだが。

 

 どうあれ、これから戦場が広がる可能性を考える。

 そうなるとカノンは大天空寺に返した方がいいかもしれない。

 

「ごめんなさい、私は戦うことができなくて……」

 

「いーのいーの、戦うなんてやりたい奴にやらせておけば!

 カノンちゃんには他に色々やってもらえることがあるから!」

 

 そう言って声を上げる武蔵。

 彼女とカノンの間に、自然と割り込む立香。

 

「カノンちゃん襲ったら駄目だよ?」

 

「襲いませんー。せっかく美男子に囲まれてるのに、イマイチ誰にも悪戯できない感じで溜まった鬱憤を、ただちょーっと色々と……」

 

 武蔵の手が自然と下がり、刀の柄にかけられる。

 言葉を打ち切って細めた視線が向かう先は、河川敷。

 そこに眼の紋様が浮かび上がり、人影が出現してくるのを彼女は見た。

 

 その様子に気付き、残りの人間もそちらを向く。

 現れたのは、黒い軍服を着た青年。

 前に見た男ではないが、軍服の意匠は明らかに同じもの。

 ―――眼魔だ。

 

「下がってて。マシュは悪いけど、念のために武装を―――」

 

「アラン様!」

 

「あ、ちょっ……!」

 

 カノンがその青年の名らしきものを呼びながら、彼に向かって駆け出した。

 彼もすぐにそれに気付き、視線をこちらに向けてくる。

 

「カノン……?」

 

 自分に近づいてくる少女を訝しげに見る彼。

 彼女はアランの近くにまで歩み寄ると、小さく頭を下げた。

 

「アラン様、今までありがとうございました。

 私、お兄ちゃんやタケルくんのおかげで、こうして体を取り戻すことができました」

 

「…………世話をしていたのは姉上だ。私が礼を言われる筋合いはない」

 

 アランの視線が後ろから続いてくる立香、マシュ、武蔵に向かう。

 立香やマシュに対しては特に感情を見せず、武蔵を見た時だけ僅かに目を細め―――

 しかし、気にするでもなく。アランはカノンに意識を戻す。

 

「それで、それだけか。だったら……」

 

「はい! 私、こっちの世界をアラン様に見てもらいたかったんです!

 どうでしょうか、私たちの世界。

 眼魔の空は赤かったけれど、こっちの青い空は綺麗だと思ってもらえるかなって!」

 

 彼女の言葉を聞いて、アランの視線が空に向かう。

 釣られて、マシュも一緒にその空に視線を見上げていた。

 薄れていても、未だに光帯で両断された空だが―――

 やはり、その景色には圧倒されるものがある。

 

「―――わたしも、この空は綺麗だと思います」

 

 ふと呟いた声に、振り返るカノン。

 あ、と。漏れてしまった声に恥ずかしがるように、慌てて言葉を付け足す。

 

「えっと、わたしは最近まである施設の屋内だけで生活していたので……

 実は、ちゃんとした空を見たのは半年前が最初だったりして……」

 

「そうなんですか? 私も、やっぱり10年ぶりに見たこの空はすっごい綺麗だなって! 子供のころは全然気にしたこともなかったのに。私たち、同じ風に感じてるのかもしれませんね!」

 

 カノンがマシュの手を取って微笑む。

 手を取られたマシュが目を白黒させて、しかし同意するように小さく微笑む。

 そんな彼女たちを見たアランが、微かに目を伏せる。

 

「空の……色……」

 

 その反応に片目を瞑り、武蔵が刀の柄から手を下ろす。

 どういう人物かはまだ分からないが、何か戦意が薄れている様子は感じたから。

 

 そんな様子を後ろで見ていたツクヨミ。

 彼女の懐の中で、ファイズフォンXが揺れた。

 訝しげにそれを取ったツクヨミが、それを耳に当てる。

 

「もしもし?」

 

『俺! タケル! あの飛行機が飛んでた下にある森の中に、デスガリアンが逃げちゃったみたいなんだ! 皆で探すから、こっちに来て!』

 

 通話はタケルから。恐らく、コンドルデンワーでの通信だろう。

 

「デスガリアンが森の中に!? 分かった、すぐに行く!」

 

 ツクヨミがその場の全員に伝えるため、声を大にして。

 そうして周囲を見回して、カノンのところで視線を止めた。

 彼女自身も、眼魂や王者の資格ならともかく、自身が怪人の捜索では足手まといになると理解しているのだろう。小さく頷いて、口を開く。

 

「私は一人で帰ります。タケルくんたちを手伝ってあげてください」

 

「ごめんね。はいこれ、残りは食べていいから!」

 

 武蔵が持っていたたこ焼きのパックをカノンに押し付ける。

 そうして走り去っていく連中を見送ってから、アランが眉を微かにあげた。

 ちょうどいい、と。

 

 彼もまた森の方へと歩き出そうとして―――

 カノンに一度視線を送り、彼女が串に刺した丸いものを口に運ぼうとしているのを見た。

 食事というもの自体が理解不能な彼が、ぎょっと声を上げる。

 

「なんだそれは、眼魂? 眼魂を口に入れるのか?」

 

「これですか? これはたこ焼きです。フミ婆のたこ焼きは美味しいんですよ?」

 

 そう言ってカノンはたこ焼きを頬張り、笑顔を浮かべた。

 まるで理解不能な行動に、アランが顔を引き攣らせる。

 

「……理解不能だ」

 

 そう言いながら踵を返して、アランもまた森へ向かいだし―――

 ふと思い立って、空を見上げるために彼は足を止めた。

 青くて澄んだ空。赤く濁った眼魔の空とは正反対の、美しい空。

 

「…………馬鹿馬鹿しい。空の色が世界の出来不出来と何の関係がある」

 

 そう吐き捨てて、アランは足早に動き出す。

 彼の価値観において、人間の世界にはまるで価値がない。

 善き世界とは、眼魔世界のことをいうのだから。

 

 

 

 

 ―――彼らがデスガリアンを探し、入り込んだ森の中。

 その森の中で出会ったのは、デスガリアンでもなければ、ましてや人間でもなかった。

 

「新しいジューマンに出会った、ですか?」

 

「……うん。ゴリラのジューマンで、ラリーさんって言うんだけど……」

 

 合流しにきてくれたタケルと御成、そしてソウゴ。

 彼らに対して、大和だけがそのラリーさんから離れて話をしにくる。

 

 ジューマンである他のメンバーがラリーに聞き出してくれたこと。

 それを大和が聞いて、改めてタケル達に説明してくれる。

 

 ラリーはジューランドで人間学者をしていたジューマン。彼は人間の生態を調べるために人間の世界にフィールドワークに訪れていた。そうして人間界を一通り回った彼が帰ろうとした時、二つの世界を繋ぐリンクキューブから王者の資格が失われていたのだ。

 

「王者の資格が失われていた、って今回のじゃない……んだよね?」

 

 リンクキューブが爆撃され、王者の資格が失われた。

 それはごく最近の話だ。

 

「……その時に失われていた王者の資格は、俺が子供の頃から持ってたものなんだ。

 俺はその王者の資格をリンクキューブに嵌めて、ジューランドに行って……

 みんなに出会って、一度人間界に帰ってきた時にデスガリアンに襲撃された」

 

「つまり、大和殿が子供の頃からずっと……ラリー殿は帰れなかった、と。

 ちなみに、その。大和殿は何故子供の頃から王者の資格を持っていたのですかな?」

 

 大和がそれを持っていたせいでラリーは帰れなかった、と。

 そういうつもりでなくても、そういう意味になってしまう言葉。

 出来る限りそこに配慮する姿勢を見せながら、御成は大和に問いかけた。

 

「―――貰ったんだ、俺が子供の頃。山で怪我して、死にそうになってた時に。

 その人から『もう大丈夫だ。きっとこいつが、お前を守ってくれる』……そう言われて」

 

「つまりその人が、リンクキューブから王者の資格を盗……いやいや。

 何か目的があって、リンクキューブから王者の資格を外した、と?」

 

「そう、なのかな」

 

 視線を下げて、声を落とす大和。

 そんな彼を見てタケルと御成が目を見合わせた。

 だがソウゴは、話の続きを促してみせる。

 

「それで、そのラリーさんがどうしたの?」

 

「あ、うん……」

 

 御成の肘に突かれつつ、ソウゴは調子を崩さない。

 

 少し気を取り直した大和が、話を続ける。

 ラリーは人間界に取り残された以上、人間と共存しようとした。

 だが彼は人から見れば、ゴリラそのものでしかない。

 交友をしようとしても、顔を見せただけで悲鳴を上げられ、逃げられ―――

 そして、発砲さえもされた。

 

 それ以来、彼はずっとこの森で一人で誰とも関わらず生活しているという。

 人間が怖い。もう関わりたくはない、と。

 

「……タスクは、人間の気持ちも分かるって言ってくれたけどね。

 俺もジューランドに迷い込んだ時、みんなに警戒されたし。

 それと同じだ、自分たちと違うものを怖れないはずがない……って」

 

「それは……確かに、何とも言い難く……」

 

「それで、大和先生はどうしたいの?」

 

 さらっと。ソウゴは彼に対して問いかける。

 

「俺が、どうしたいか?」

 

「ジューランドに帰らせてあげたいなら、ここで待っててもらえばいいし。

 時々ジューマンのみんなに様子を見てもらえばいいでしょ。

 わざわざ怖がらせたくないなら、それでいい感じじゃない?」

 

「それはまあ、確かにそうですな。

 トラウマを無理に刺激するような真似は、あまりしたくないところ」

 

「怖がらせる……か」

 

 大和が手を合わせながら、木に背中を預けた。

 言われれば、きっとその通りだろう。

 これ以上傷つけたくないなら、これ以上彼に関わらなければいい。

 それが双方にとって、これ以上傷つかないやり方には違いない。

 

「俺は……動物が好きだから、動物学者になれたと思うんだ。

 だから、向こうで人間学者をしてたラリーさんだって……きっと。

 元は人間のことが、好きだったんじゃないかなって」

 

 彼が自分の王者の資格を取り出す。

 それを自分に託してくれた誰かを思い出し、大和が目を細めた。

 

「人間がラリーさんを傷つけた事実は変わらないけれど。

 それでも、俺は伝えたいのかもしれない。この世界に生きている人間の中には、あなたを傷つけない……あなたを助けたいと思っている人間だっているんですよ、って。

 ただの自己満足で、ラリーさんにとっても迷惑なだけかもしれないけど」

 

「じゃあそう言いに行こうよ。どうなるかは、やった後に考えればいいでしょ?」

 

「えっ」

 

 ソウゴが大和の手を取り、そのままずんずんと歩き出す。

 そんな彼の後ろに、タケルと御成が慌てて追従する。

 

「そんな簡単に済む話じゃないと思うけど……!」

 

「ですが言わねば伝わらないは真理……!

 それはそれとして、空気を読むことは別問題で必須事項だと思いますぞ!」

 

 

 

 

「なあ、あいつらは良い奴だって。あんたを傷つけたりはしねえって!」

 

「……別にユーたちの言葉を疑っているわけじゃないさ」

 

 纏わりついてくるレオから視線を外しながら。

 ゴリラのジューマン、ラリー。彼は川を眺めていた。

 

 人間が全て自分を傷つけた者と同じだなんて思っていない。

 彼を排斥するだけの理由が人間側にもあったとも理解している。

 だから、彼が思う言葉はたった一つ。

 

「もういい。もう、いいんだ」

 

「よくねえって!

 俺たちを受け入れてくれたダチが勘違いされたままじゃ、俺たちがよくねえ!」

 

「レオ!」

 

 纏わりつく彼を、セラが強引に引き剥がす。

 彼を思い切り投げ飛ばした彼女が、ラリーに頭を下げる。

 

「すみません、ラリーさん」

 

「……ユーたちも、もうミーには会わない方がいいかもな。

 もし、リンクキューブが直ったら一報をくれたら嬉しいよ」

 

 そう言いながら川辺に腰かけ、彼は完全にセラたちから意識を外した。

 まだ言い募ろうとするレオをタスクが捕まえる。

 獅子の眼光を受け止めながら、彼はレオの動きを完全に拘束した。

 

「タスク……!」

 

「僕たちが口を出すべき問題じゃない―――それより、デスガリアンを探そう。

 ラリーさん。ここに落ちたと思われるデスガリアンを探すため、この森には大和以外に今から奴らと戦う人間たちが入ってきます。それだけは許してください」

 

 ラリーから返答はなく、しかしそれを了解と受け取る。

 

 デスガリアンを引き合いに出されて、レオはたてがみをぐしゃぐしゃと掻き乱す。

 処理しきれない感情をしかし押し潰し、彼はラリーから視線を外した。

 とりあえずデスガリアンへの対処。それには了解せざるを得ない。

 だが、彼らが敵を探し始める前に――――

 

「なんだ? 誰か集まってるか思えば、ジュウオウジャーどもじゃねえか。

 チッ、ガブリオの野郎はどこ行きやがった……!」

 

 ―――ジューマンたちの尾が総毛立つ。

 今まで一切感知していなかった殺気が、体を震わせる。

 ラリーが転び、他の四人が一斉に戦闘態勢に入った。

 

 彼らの前に現れたのは、青いキューブの塊。

 それが人型になった怪物だ。

 ―――デスガリアンの宣戦布告の映像にいた化け物の一人。

 

「デスガリアン!」

 

「あん? 見りゃ分かんだろ……ああ、眼魔とかいう奴らもいるんだったか。

 しっかしあいつ、どこに落ちたってんだ」

 

 めんどくさそうな様子を見せ、戦闘態勢のジュウオウジャーに背中を向けるアザルド。

 ジューマンたちが感じていた殺気が消える。

 

 そこで理解する。

 今までのデスガリアンと比較にならない今の殺気は、目の前の怪物にとってはただの苛立ちだ。

 探し物が見つからない不満を、少し外に出しただけの。

 

「―――逃がすと思ってんのか! 本能覚醒!」

 

「っ、本能覚醒!」

 

 背を向けたアザルド。

 それに対して、光とともに姿を変えたジュウオウライオンが飛び掛かる。

 彼に続いて後の三人もまた、ジュウオウジャーへと変身した。

 連続して飛び掛かってくる戦士たちに対し、アザルドが足を止める。

 

 足を止めども振り返ることすらせず、彼は襲い来る獣に対して無防備を晒す。

 連撃は留まることなく、無防備なアザルドを打ち据える。

 全身から火花を散らしながら、彼は大きく溜め息を吐いた。

 

「はぁ……まだブラッドゲームは始まってねえんだ。

 ゲームが始まるまでテメェらは……すっこんでろ――――ッ!!」

 

 怒号とともに一閃。

 振るわれる腕の剛力が、四人の戦士を一撃でもって薙ぎ払った。

 衝撃に見舞われ、岩壁まで吹き飛ばされて衝突するジュウオウジャーたち。

 ただの一撃で彼らの変身が解除され、生身で地面に転がった。

 

「ぐ、ぁ……!?」

 

「馬鹿な、なんだ……! こいつ……!」

 

「ユーたち!? だ、大丈夫か……!」

 

 地面に伏せた彼らに走り寄るラリー。

 たった一度の攻撃で体を動かせなくなるほどのダメージ。

 それをもたらしたアザルドが、その場で苛立ちとともに地団駄を踏んだ

 

「ったく……俺は今、機嫌が悪いんだ。

 そんなに死にたいなら、先に始末しておいてやるよ!」

 

 アザルドが彼らに向かって歩き出す。

 

「逃げてください、ラリーさん……!」

 

「ば、馬鹿言うな! ユーたちを見捨てられるわけ……!」

 

 狼狽えながらも、彼らを背に庇うラリー。

 そんな事を気にもせず、アザルドはその手の中に剣を出現させた。

 

 大刀、アザルドナッター。

 切断以上に粉砕することに重点を置いているのだろう。

 鈍く輝く刃に鋭さはないが、それによる一撃はどう考えたところで必殺。

 振るわれれば簡単に殺されるだろうと理解しながら、しかし。

 

 アザルドが剣を振り上げる。

 同族たちを背中に庇いながら、ラリーが目を瞑って腕で顔を庇う。

 何の慰めにもならないその防御に、アザルドの必殺が放たれる―――

 

 ことは、なかった。

 

「ぬぉっ……!?」

 

 アザルドの驚愕する声。

 その後にも、いつまで待っても来ない攻撃。

 

 ゆっくりと腕を退かして目を開いたラリーが見たのは、赤い翼を持つ背中。

 その背に、既視感を覚える。

 彼の口がふと漏らすのは、彼がこちらの世界に来てから会っていない男の名前。

 

「……バド?」

 

「―――大空の王者! ジュウオウイーグル!」

 

 出した名前を否定する、その声。

 その声は先程までジューマンの彼らと一緒にいた人間の声だった。

 思わず目を擦って、王者の資格の力を使う人間の背中を二度見する。

 

 不意を突かれ激突されたアザルドはよろめいて。

 しかし体勢を立て直そうとした瞬間、

 

〈スキャニング! タイムブレーク!!〉

 

「セイヤァアアアアッ!!」

 

 その頭上から来る、灰色の光に包まれたジオウの落下に巻き込まれた。

 彼のブレスターに浮かぶのは、サイ、ゴリラ、ゾウ。

 脳天から直撃したそのスタンプに、アザルドの体が押し潰される。

 

「ヌ、グゥ……!」

 

 アザルドを踏みつけた直後に離脱するジオウ。

 そうして地面に叩き付けられているアザルドに、

 

〈ダイカイガン!〉〈オメガインパクト!〉

 

 ライフルモードとなったガンガンセイバー。

 それを構え、ビリー・ザ・キッドを憑依させたゴーストが放つ一撃。

 オメガインパクトがアザルドの顔面へと直撃した。

 

 盛大に吹き飛ばされて、背後の岩壁に突き刺さるアザルドの体。

 がらがらと崩れ始めた壁を見てから、イーグルが振り向いた。

 

「みんな! ラリーさん! 大丈夫ですか!?」

 

「人間がイーグルのジューマンパワーを……?」

 

「――――大和! 前!」

 

 唖然としているラリー。

 それに何と言おうか、と戸惑っている大和。

 そんな気を抜いていた彼の耳を叩くセラの叫び。

 

 彼が構え直して振り向いた瞬間には、衝撃波が放たれていた。

 

「しまっ……!?」

 

 回避などできるはずもない。彼の後ろにはみんながいる。

 イーグライザーを構え、その場で耐える姿勢を見せるジュウオウイーグル。

 だが受け止めた瞬間、彼の体が一気に吹き飛ばされた。

 

「大和先生!」

 

「次はテメェだ!」

 

 足を止め、振り向いたジオウ。

 そのすぐそこには、即座に復帰して迫っているアザルド。

 

 振り抜かれるアザルドナッター。

 ジオウはブレスターをコブラ、カメ、ワニに変えると同時に両腕を掲げる。

 光の亀甲はアザルドの大刀を受け止めて、しかし。

 

 ―――盾ごと。

 彼は轟音と共に地面に叩き付けられ、岩と土砂に埋もれた。

 

「ソウゴ!」

 

「そんでテメェだ!」

 

 ライフルを分解し、二丁拳銃に変えての迎撃。

 それを意にも介さず、アザルドがその剣を振り抜いた。

 

 迸る衝撃波。

 その直撃を貰い、凄まじい勢いで水平に吹き飛ばされていくゴースト。

 彼が水面に着弾し、水が柱になるように爆発させた。

 

「はっ! 下等生物どもが調子に乗りやがって!

 身の程って奴を弁えるんだな?」

 

「……何が下等生物だ……俺たちは今此処で生きてる……!

 それを好き放題に踏み躙ろうとするお前たちを、俺は絶対に許せない!!」

 

 イーグライザーを地面に突き立て、イーグルが立ち上がる。

 その有様に視線を向けて、アザルドが鼻を鳴らしながら歩き出した。

 目指す場所は、当然のようにジュウオウイーグル。

 

「そーかい。で、許せないからなんだってんだ?

 下等生物は下等生物らしく、ぎゃーぎゃー喚きながら死ねばいいんだよ!!」

 

 大上段から振るわれるアザルドナッター。

 それを受け止めるイーグライザーが、悲鳴のような軋みを上げる。

 必死に足を支えながら、その場で踏み止まろうとする大和。

 

「この惑星(ほし)の生き物は、みんなどこかで繋がってる……! 支え合って生きている! 何が下等で、何が上等かなんてどこにもないんだ!」

 

「だから言ってやってるだろ? この星の連中は、全部が下等生物だってよ!

 テメェらにあるのは下等か上等かの二択じゃねえ。

 俺たちを楽しませて死ぬ生き物か、楽しませずに死ぬ生き物か。その二択だけだ!!」

 

 より強い力が籠められ、刃が振り抜かれる。

 弾き飛ばされるイーグライザー。

 当然、その刃は剣を吹き飛ばすに留まらず、ジュウオウイーグルの体を切り裂いた。

 

「ぁ……!」

 

 盛大に、まるで噴水のように火花を撒き散らす赤い体。

 

 ガクン、と落ちる膝。

 その一撃に、明らかに大和の中で何かがぷつりと切れる。

 衝撃に吹き飛ばされる彼の体からは、全ての力が抜けていた。

 

「大和――――ッ!!」

 

 吹き飛ばされた体が舞い、水中に落ちる。

 水の中で赤く光り、彼の体が人間のものに戻っていく。

 変身が解除された彼は、力無く水面を漂い始めた。

 

 ―――くれてやった一撃は完全に致命傷。

 それを見舞ったアザルドが、軽く肩を竦めて次の奴らを始末するために歩き出す。

 そんな彼の背後から、淡々とした声がかかる。

 

「なるほど。これがデスガリアンというものか」

 

「あん?」

 

 振り向いたアザルドの目前には、今までいなかった白の戦士。

 ネクロムが立ちはだかっていた。

 さっきまでの連中によく似た姿、と。そいつも排除対象として認識する。

 

「ったく、ゲーム外だってのにどいつもこいつもよぉ!」

 

 振るわれるアザルドナッター。

 それは間違いなくネクロムの体を直撃し―――しかし、液体の如く崩れるネクロム。

 何を破壊することもなく、アザルドの一撃は完全に受け流された。

 意表を突かれた彼の胴体に、ネクロムの拳が突き刺さる。

 

「あん?」

 

「ふん……まずは手始めに貴様を、この世界から排除してやろう」

 

 力を抜いているネクロムに再びナッターが直撃。

 が、水を斬るように擦り抜けて、逆に反撃を貰う羽目になる。

 顔面に一撃受け、一歩分押し返されるアザルド。

 

 拳を受けた頬を手の甲で撫で、舌打ちしながら小さく笑う。

 

「はん、少しはまともなのもいるみてぇだな? だが!」

 

 アザルドナッターを両手で握り、大上段に振り上げる。

 集約する超常のエネルギーに、ネクロムが見せる態度は一つの眼魂を取り出すこと。

 彼はそれを押し込むと、乱雑に放って地面に転がした。

 

「ウォラァアアア―――ッ!」

 

 振り下ろされる刃。

 ネクロムはそれを前に反応を示さず、直撃を受け止めた。

 擦り抜けるような真似もさせず、一帯ごと丸々圧壊させるアザルドの一撃。

 それに呑み込まれ、ネクロムが爆散し―――

 

 そこから飛び出した液体が、先程投げた眼魔眼魂へと向かっていく。

 ネクロムだったものから飛び出した液体は、投げた眼魂を中へと取り込む。

 そうして、すぐさま新しい眼魂をベースに再構成されるネクロム。

 

 それはアザルドの丁度背後に現れて、

 

〈デストロイ!〉

 

 メガウルオウダーのローディングスターターが押し込まれる。

 必殺待機状態となり、背後に眼のクレストが浮かび上がらせるネクロム。

 

「なにっ!?」

 

 背後からの音に、アザルドが反応を示す。

 だが既に遅い。

 

 リキッドロッパーからウルオーデューを滴下。

 ネクロム眼魂が反応を示し、その力を完全に発揮する。

 背後に展開していた眼のクレスト。

 その全てのエネルギーが、ネクロムの右足へと纏わされていく。

 

〈ダイテンガン! ネクロム! オメガウルオウド!!〉

 

「ハァ―――ッ!!」

 

 剣を振り抜いていたアザルドの背中に、ネクロムの蹴撃が直撃する。

 ネクロム眼魂の保有する神秘エネルギーを攻撃に注いだ、必殺の一撃。

 叩き付けられ、大地を削りながら滑っていくアザルドの巨躯。

 

「ボディの換装に問題なし。

 どうやらイーディス長官の言う通り、仕上がりは完璧なようだ」

 

 地面を抉り半ば体を埋めたアザルドに向かって、ネクロムが歩みを開始する。

 

 その彼の背中を見送りながら、ラリーは水に浮く大和へと駆け寄った。

 川の水を掻き分けながら侵入し、彼を引っ張り上げるために抱き寄せる。

 

 一目で分かる重傷。

 ジューマンより体の弱い人間にとっては、致命傷同然の―――

 

「ユー! ユー! おい、目を覚ませ! 大丈夫か!?」

 

「…………ぁ」

 

 彼を抱えながら陸地に向かいつつ、その頬を叩く。

 目を開けた大和は彼を見上げながら、虚ろな目で真っ先に―――

 彼に向かって、謝罪した。

 

「……すみません、ラリーさん。人間に近づきたくない、って言ってたのに」

 

「そんな場合か! 意識をしっかり持て! 目を閉じるな!」

 

 ザバザバと水を掻き分けながら陸に向かう道中。

 か細い声で、大和の声は続く。

 

「この惑星(ほし)の生き物は、きっと、どこかで繋がってる。

 俺たちと、ラリーさんだって、繋がってる。でも、最初に繋がり方を間違えてしまって……でもきっと、望めば、繋がり方を変えられるはずなんです。望んだ繋がりに変えられると、俺は信じたいんです……だって、俺たちは、この惑星(ほし)で一緒に生きる……」

 

 声が小さくなっていく。まだ陸じゃない。

 いや、陸に届いたところで、この状況を変えられるものなどない。

 大和の状況を確認するように、ラリーが彼に視線を向けて―――

 未だに彼が、王者の資格を握っているのを見つけた。

 

「……! 人間が持つ、イーグルのジューマンパワー……

 つまり……そういうことなんだな、バド?」

 

 足を止める。連れ帰ろうとしたところで、間に合わない。

 だがこの状況を変える手段、その可能性はある。

 ラリーは腕を伸ばして、王者の資格を握る彼の手を掴む。

 

「確かにミーは諦めてしまった。だが、ユーがその望みを信じ続けるというなら。

 ミーも……もう一度だけ、変われるかどうかをユーに懸けてみよう……!」

 

 ―――ラリーと大和。

 二人が互いに握った王者の資格を経由して、力が流れていく。

 ラリーから、大和へ。生命の力、ジューマンパワーが。

 

 

 

 

「おやおや。結局自分が戦っていて、これではブラッドゲームどころではありませんね」

 

 呆れるようにモニターを見上げるクバル。

 彼の後ろの玉座にあるジニスもまた、その言葉に小さく笑った。

 

「確かにこれはこれで楽しめるが……ゲーム外の戦いを採点するわけにはいかないな」

 

「このままでは、折角ゲームを盛り上げてくれる地球の連中を、アザルドが全滅させてしまいそうですが……どうなさいますか、ジニス様」

 

「この程度で全滅するようなら、どちらにせよ大して楽しめないさ」

 

 ジニスはそう言いながら、グラスを呷る。

 その意見に頭を垂れたナリアが、モニターを操作しようと計器に触れ―――

 異常事態を認め、すぐさま声を張り上げた。

 

「高エネルギー体接近! 地球外から……地球を目掛けて、高速で……!

 サジタリアークを横切ります!」

 

 ナリアの声に、ジニスが視線をモニターに向ける。

 地球の戦場でなく、サジタリアークの周辺を観測するためのカメラ。

 そちらの映像に切り替わった瞬間、目の前を青い球体が過ぎ去っていった。

 

「今のは……?」

 

 速すぎて確認できなかった。

 その異物に対して、クバルが困惑の声を漏らす中で。

 

 ジニスの手がゆっくりとグラスを置く。

 そうして彼は、楽しみで仕方ないとでも言わんばかりに、口の中で笑い声を転がした。

 

 

 

 

 地面に叩き付けられたジオウが、土砂を掻き分けて立ち上がり―――

 その瞬間全身を覆う感覚に、顔を空へと向けた。

 

「―――――来る!!」

 

 彼が叫ぶと同時、青い星が地上に落ちる。

 場所は戦場のすぐ近く。視認できる距離だ。

 森を焼き払いながら地面に激突したそれは、青色に輝く球体。

 それの着弾の衝撃に、アザルドとネクロムも動きを止める。

 

「空から……? あれもデスガリアンの戦力か」

 

「ああん? あんなもん知らねえよ! ったく、次から次へと!」

 

 苛立たしげに剣を振るうアザルド。その衝撃波が青い球体に向かって襲い掛かる。

 恐らくその青い星を、容易に圧壊させるだろう一撃。

 だがそれは着弾する前に、星が開いて出てきた影に阻まれた。

 

 ―――煌めく紫紺。星々の輝く光景を身に宿す肢体。

 マントを翻しながらふわりと浮かび上がるそれは。

 圧倒的な衝撃を片手でいなしながら、ゆるりと地面の上に着地した。

 

「なんだと?」

 

「―――放浪せし宇宙の破壊神。そして、この星。

 全宇宙を支配する不変の法に背く存在どもよ。滅ぶがいい」

 

 顔を上げる。その月の如き黄金の眼が輝く。

 彼が突き出した手から迸るピュアパワーが、戦場に破壊光線として降り注ぐ。

 アザルドを付近にいたネクロムごと、纏めて吹き飛ばす熱量の渦。

 

 その直撃を浴びながら、アザルドが叫んだ。

 

「いきなり出てきてなんだってんだ、テメェは!」

 

「―――我が名はギンガ。宇宙最強、仮面ライダーギンガ!!」

 

 瞬間、彼の放つピュアパワーが増大する。

 力を向けられたアザルドが耐えきれぬほどの、圧倒的な破壊力。

 

「ぬ、ぐぉおおおお……!?」

 

 アザルドの全身が決壊を始める。

 キューブ型の体が弾け飛び始めて、全身がどんどんと崩れていく。

 その次の瞬間、アザルドの体が限界を迎え大爆発を巻き起こした。

 

 

 




 
ギンガの光が我を呼ぶ!

この作品における仮面ライダーギンガは、
『全宇宙を支配する不変の法は、ただ一つ。全てのものは滅びゆく』
という台詞から考えた結果。滅ぶべきなのに滅びを拒絶するもの、変化を止めたにも関わらず無意味に継続しようとするもの。そういうものに対し、宇宙から送り込まれる破滅の使者的存在と解釈しています。ライダーの形をした物理的な剪定事象みたいな存在かもしれない。
つまりマンホールは宇宙より硬い。いや、マンホールこそが宇宙…? 宇宙の心はマンホールだったんですね…

目的は平成が滅ばない元凶であるオーマジオウの排除。
なのでゲーティアの思想も排除対象でしょう、多分。
眼魔も割とグレーですが、ちゃんと滅びに向かっているので放置でいいと思ってると思います。おっちゃんのファインプレーやな。やっぱ人間は欠点あってこそなんやなって。

アザルド狙いはどちらかというと同業他社とのシェアの奪い合いかもですね。
 


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剛力!ジャングルの王者!2019

 

 

 

「―――ほう?」

 

 ―――洞窟の中、空の見えない岩の天井を仰ぐ。

 そこからでは当然、星など見えるはずもなく。

 しかし透かして空を見ているかのように、彼は微かに目を眇めた。

 

「……随分と面白いものを呼び寄せたようだ」

 

 宇宙(ソラ)の果てから来る何か。

 その正体は判然としないが、凄まじい力を有した存在には違いない。

 こんなものが降りてきた、というなら計画に少し修正も必要か。

 

 視線を下ろし、先程までより少し足早に歩みを再開する。

 彼の手の中にあるのは、ブランクのままのアナザーウォッチ。

 

 男―――スウォルツは、手の中でそれを転がしながら口の端を歪めた。

 

「では俺も急ぐとするか。アナザーゴーストの契約者の許へ……」

 

 そう言って彼は、目的地へと向かっていく。

 大した距離ではない。すぐに辿り着くだろう。

 彼が目論んだアナザーゴーストの許へ。

 

 

 

 

「本来、オーマジオウの歴史には存在しない仮面ライダーの力。

 その力を三つ集めることで、ゲイツリバイブは生誕する。

 オーマジオウを打ち倒す、真の救世主がね」

 

 爆炎を上げる森の一角。

 それを高台から見下ろしながら、白ウォズはその顔に笑みを浮かべた。

 彼が懐から取り出すのは、キカイのミライドウォッチ。

 

 一人目は仮面ライダーキカイ。

 第六特異点に出現した、正体不明の仮面ライダー。

 ジオウ本人の自覚もなく、ジオウと知己のような様子を見せた存在。

 これは恐らく、魔王の時空干渉能力が高まってきた証明だ。

 

 そして今、目前で繰り広げられる光景。

 宇宙からの使者である新たな仮面ライダー、ギンガ。

 それこそが次なる有り得なかった仮面ライダー……ミライダーだ。

 

 それを回収すれば、残り一つ。

 ゲイツリバイブの降臨に、また一歩近づくことになるのだ。

 

 

 

 

「今の爆発! あっちね!」

 

 ツクヨミを抱え、疾走する武蔵。

 彼女の後ろに続くのは、既に武装を済ませて立香を抱えるマシュ。

 

 隕石が落ちてきたと思ったら、その直後に大爆発。

 明らかにあそこが戦場で、何かとんでもない事が起こっている。

 すぐに向かうべく、全力の疾走を行う彼女たち。

 

 ―――だがそんな彼女たちの前に、人間サイズの何かが転がり出てきた。

 

「やっと抜けた!」

 

 即座に足を止める武蔵とマシュ。

 彼女たちの前に現れたのは、恐竜の頭から手と下半身を生やした怪物。

 

 彼こそが探し求められていた、逃げたデスガリアン。

 戦闘機から飛び降りた結果、頭から地面に激突。

 今の爆発の衝撃ですっぽ抜けるまで、ずっと地面に埋まっていた存在だった。

 

 その容貌から明らかに人とは別個の生命体。

 真っ当に考えて、マシュもすぐその正体に気づく。

 

「―――デスガリアンと思われる敵性を確認! 戦闘に入ります、マスター!」

 

 マシュが立香を手放し、盾を両手で構える。

 同時に、ツクヨミを手放した武蔵が抜刀した。

 

「あっちが本命、さっさと片付けるわ―――!」

 

 先程の爆発こそが明らかにこの戦いの中心。

 こっちも無視はできないが、長々とは構っていられない。

 

 刃を向けられたデスガリアン。

 顔がでかすぎて二頭身になっている怪物。

 ―――その名をガブリオ。

 

 彼は明らかに戦闘の意欲を示している目の前の存在。

 武蔵たちを敵と見定めて指差してくる。

 

「むむ! 俺様に向かってくるとは、貴様たちがジュウオウジャーか!」

 

「残念、外れ―――!」

 

 二刀を構えたままの疾走。

 閃く刃がガブリオに届き、彼の爬虫類のそれに似た皮膚を斬る。

 多少の剣撃を受けながらも首を……上半身を捻るガブリオ。

 

「じゃあ一体何者だ!?

 ええい、どっちにしろ俺のブラッドゲームを邪魔するな!」

 

 武蔵の追撃を前にし、ガブリオが大きく口を開く。

 体の半分が顔の彼の巨大な顎。

 全てを噛み砕かんとするそれが、凄まじい勢いで上下した。

 

「―――――!」

 

 追撃を取りやめ、撤退する武蔵。

 斬り込めば彼女の武装など簡単に噛み砕くだろう動作。

 それを行いながら、ガブリオの脚が全力の疾走を開始した。

 

「あぶなっ!?」

 

 周囲の木々を、岩を、土を。

 全て噛み砕いて呑み込んでいく悪食のガブリオ。

 食事を阻むことができない敵に対して、彼は木々を噛み砕きながら笑った。

 

「俺のブラッドゲームは下等生物を住処ごとぜーんぶ食べちゃうゲーム!

 お前たちもこの星諸共、いただきまーす!!」

 

 ガブリオが加速して、足の遅い人間二人を真っ先に狙う。

 あらゆる建造物を喰い散らかす彼の顎を力尽くで止める手段はなく―――

 だからこそ、立香は彼女に向かって叫んでいた。

 

「マシュ!」

 

「―――はい!」

 

 盾を構え、マシュの姿がマスターとガブリオの間に割り込む。

 両手で掴み、突き出される一枚のラウンドシールド。

 そんなもの纏めて喰らってやる、と。ガブリオが更に加速する。

 

「―――全ての災厄の前に立ち、全ての瑕を阻む我らが城!

 顕現せよ、“いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”!!」

 

 白亜の城門が聳え立つ。

 マシュの掲げた円卓を中心に、その地は花のキャメロットへ変わっていく。

 あらゆる悪意を跳ね除ける、守護の祈りが結実したその聖門。

 

 突如目の前に現れた立派な門を見て、ガブリオは奇声をあげた。

 

「おお! 喰いでがありそうな立派な家! それもいっただっきまーす!」

 

 ガブリオの突進はマシュの護りを前に、怯むどころか加速する。

 そうして叩きつけられる牙、閉じられる顎。

 ガッチン、と。牙と城壁が打ち合う音が盛大に鳴り響き―――

 

 飛び掛かっていたガブリオが、よろりと後ろにふらついた。

 彼が確かめるように口に手をやると、顎は開き切ったまま。

 下顎がぶらりと下に垂れてしまっていた。

 

「あ、がが……顎が、外れ……」

 

「やぁあああ―――ッ!」

 

 キャメロットの聖なる門。

 そこに喰い付いたガブリオが、噛み砕けずに衝撃で顎を外していた。

 

 主力の攻撃手段を失った相手に、マシュが宝具を解除する。

 そのまま、バタバタと手を動かしてもがく相手に叩き付けられる盾。

 それに吹き飛ばされて、地面を転がるガブリオ。

 

 そこに―――

 

「南無―――天満大、自在天神」

 

 二刀を提げて、新免武蔵が目を瞑る。

 彼女の背後に浮かぶは、四本腕を持つ仁王。

 それは現か幻か。

 武蔵の背後に像を結び、それぞれの手に剣を執る。

 

「仁王倶利伽羅、衝天象―――!」

 

 仁王の腕が振るう倶利伽羅剣。

 それと同時に、ガブリオを襲い来る四色の剣気。

 四振りが描くその斬撃に、実像があるか否かは最早関係ない。

 その剣が生む気勢は間違いなくそこにある。

 

「ぬぉわぁあああ―――っ!?」

 

 更に転げるガブリオの前。

 武蔵の手が、いつの間にか一刀に持ち変えていた。

 瞑目したままに、眼に依らず斬るべきものを捉えてみせようとし―――

 

 しかし彼女は途中で目を見開き、その眼で斬るべきものを見定めた。

 

「剣轟抜刀―――! 伊舎那、大天象!」

 

 振り下ろされる一刀一閃。

 それは過たずガブリオを両断する。

 断末魔さえも残さずに、切り捨てられる恐竜を思わせる顔。

 

 彼の手足が動かなくなるのを見届けて、武蔵は剣を鞘へと納めた。

 

「……よし! ささっと行きましょう!」

 

「待って、こいつがでかくなる可能性も……」

 

「その時はその時!

 私たちがあっちを受け持って、大和たちに任せましょう!」

 

 そう言い切り、再び疾走のかたちに入る武蔵。

 確かにここで時間を無駄にするより、そちらの方がいいか、と。

 ツクヨミもまた同意して走り出す姿勢を見せる。

 

「行きましょう、マスター!」

 

「……うん!」

 

 四人が再び移動を再開する。

 未だに爆発の続く、森の中心へと向かって。

 

 

 

 

 ネクロムが再び再生する。

 入れ替えたボディの調子を確かめるように、彼は軽く拳を握った。

 

「……デスガリアンとは別物……?」

 

 歩みを開始するギンガの姿。それを見て、呟く言葉。

 アザルドは奴の攻撃に直撃し、完全に粉砕された。

 明らかに敵対者として見ていいだろう。

 もしかしたら人間世界に与する者、という可能性はあるが……

 

 ギンガが腕を横へと上げる。

 その平手が向けられた先は、立ち上がったばかりのジオウ。

 身構える彼に対して、光弾が放射された。

 

「ぐぅ……!?」

 

 ジオウがその攻撃を受け止め、しかしそのまま岩壁まで吹き飛ばされる。

 激突して砕いた瓦礫を吹き飛ばしながら、彼の姿が砂塵に沈んだ。

 

 その光景を見送りながら、ネクロムがパーカーの襟を直す。

 

「……人間どもの味方、というわけでもないようだ」

 

 彼は標的をギンガへと変更しようとし―――

 足元で蠢くものに気づき、その動きを止めた。

 

 ギンガの攻撃で砕け散り、散乱した青いキューブ。

 それがひとりでに動き出し、一ヵ所に集まり始めたのだ。

 数秒と待たず、それは全部集まって完全に元の姿を取り戻す。

 

 蘇るのは、当然のことながらアザルドの姿。

 その異名を不死身のアザルド。

 デスガリアンの中で最も強靭な体を持つ彼は、すぐに完全再生を果たしていた。

 

「ふん、中々やるじゃねえか。

 だが、俺にとっちゃこの程度かすり傷にもならねえよ!」

 

 復帰するや、すぐさま大刀を手にギンガへと走り出す。

 ただ両手を開き、その突進を待ち受けるギンガ。

 振るわれるアザルドナッターの一撃を、彼は片手のみで受け流す。

 

 掌を覆う惑星状特殊エネルギー、エナジープラネット。

 ギンガが太陽の光から生成したピュアパワーにより纏う超常の力。

 それには何人たりとも触れられず、向けた力を無理矢理に逸らされてしまう。

 

 アザルドの攻撃の連続は彼の守りを一度たりとも突破しない。

 全てを逸らされ、反撃とばかりに押し付けられる掌によって弾き返される。

 その攻防に盛大に舌打ちをかますアザルド。

 

 強引に背後に退かせたアザルドを前に。

 ギンガが胸の前で手を合わせ、そこに小規模な太陽を生み出す。

 

「忘却の破壊神よ。この星と共に、永遠の滅びを迎えるがいい」

 

「―――――」

 

 ネクロムがそのエネルギーの規模に瞠目した様子を見せる。

 あれが放たれれば、辺り一帯は焼け野原だろう。

 川に沈んだままの天空寺タケルの方を見て、しかしすぐに視線を逸らす。

 

 この一撃で恐らく、この周辺の生命は全て消えるだろう。

 ネクロムだけでなく、所持している眼魔眼魂ごとだ。

 そこまで消し飛ばされては、ネクロムの憑依復活も出来ない。

 

 眼魂は幾らでも壊されたところで問題ないが、メガウルオウダーは別だ。

 アデル指揮下の許、イーディス長官によって量産体制を進めているとは聞く。

 が、この場で無駄に破壊するわけにはいかない。

 

「チッ……!」

 

 故に彼は、印を切りガンマホールを生成。

 撤退することを選択した。

 

 恐らく天空寺タケルもこれに巻き込まれ、滅びることだろう。

 手間が省けるだけだ、と。

 アランは一瞬だけ青い空を見上げて、すぐに眼魔世界へと退却した。

 

「フン―――!」

 

 退くことを選んだネクロムとは対照的に、アザルドの選択は不動だった。

 目の前に生じる太陽、それを正面から受け止めてやるという態度。

 仮に砕かれようが、彼は不死身のアザルド。

 すぐに再生し、大技を放った直後を粉砕してやるという構え。

 

 ギンガはそんなアザルドに対し、軽く顎を上げる。

 そうして腕を突き出し――――

 

〈プリーズ! ウィザード!〉

 

 両の手足に絡みつく炎の鎖に、その動きを止められた。

 

「なに?」

 

 彼は超エネルギーを集約した熱量を支えている。

 鎖を薙ぎ払うために、エナジープラネットを生成するのは不可能。

 だがこの程度、ピュアパワー無しでも数秒あれば粉砕も可能―――

 

「タケル!!」

 

〈ストライク! タイムブレーク!!〉

 

 鎖を出現させる赤い魔法陣を制御しつつ、ジオウが地面を殴りつける。

 ギンガの足元に現れる、巨大な黄色い魔法陣。

 それは一気に地面を隆起させ、ギンガを覆い尽くす土壁を作っていき―――

 

「――――ヌッ!?」

 

 そこで初めて、何故かギンガの声に焦りが混じった。

 

「―――?」

 

〈カイガン! ロビン・フッド!〉

〈ハロー! アロー! 森で会おう!〉

 

 水流を切り裂き、上空まで浮かび上がるゴースト。

 彼はロビン・フッドの魂、緑色のパーカーを纏い憑依させていた。

 手にするのはアローモードのガンガンセイバー。

 

 その照準が向けられるのは、今まさに土壁に呑まれていくギンガの姿。

 

〈ダイカイガン! オメガストライク!!〉

 

「命、燃やすぜ!!」

 

 ―――咆哮とともに、放たれる一撃。

 それはせり上がってくる土壁の合間を縫い、ギンガに届く。

 彼が胸の前で抱えたままになっている、小さな太陽に。

 

「―――――!?」

 

 その瞬間、土壁が完全にギンガを覆い尽くした。

 土壁のドーム。更にその上からドーム、と。

 継続してギンガの体を覆い続ける、ウィザードアーマーの展開する魔法。

 

 そうした直後。

 何層も重なったドームを内側から消し飛ばす、小さな太陽のビッグバンが発生した。

 燃え広がろうとする炎を、土壁が強引に埋め立てていく。

 

 溢れ出す熱量に対し、それの対応にかかり切りになるジオウ。

 その姿を見て、身構えていたアザルドが首を揺らす。

 

「上手い事やるじゃねえか! じゃあこいつはどうだ!」

 

 振るわれるアザルドナッター。

 そこから放たれた衝撃波が、地面に手をついているジオウに向かって飛ぶ。

 

 割り込むのは、赤いパーカーを纏い直すゴースト。

 彼がそのパーカーを憑依させると同時、彼の体は炎のように燃え上がった。

 

〈俺がブースト! 奮い立つゴースト!〉

〈サングラスラッシャー!〉

 

 赤いゴーストが交差させて構えるのは、大剣ガンガンセイバー。

 そして新たに現した赤い片刃の剣、サングラスラッシャー。

 二振りの剣で防御に回り、衝撃波を受け止める。

 

 押し込まれながら、しかしその場で踏み止まるゴースト。

 

「さ、せ、るか……ッ!」

 

「ははっ! 耐えるじゃねえか! なら、もう一発――――!」

 

「野性解放――――ッ!!」

 

 その声に僅か、視線を向けるアザルド。

 追い詰めた四人のジュウオウジャーが、その場で復帰していた。

 今の声はジュウオウエレファント、タスクのもの。

 彼の脚は象のものとなり、膝から下が重厚になっていた。

 

 だがそれで、アザルドに何ができるわけでも―――

 

「セラ! レオ! アム!」

 

「ええ!」

 

「おう!」

 

「うん!」

 

 思い切り足を振り上げるジュウオウエレファント。

 彼の声に三人が反応して、一人ずつ跳躍した。

 ―――そうして跳び上がった彼らを、エレファントの脚が()()()()()

 

「野性解放―――ッ!!」

 

「なにぃ……ッ!?」

 

 鮫の背ビレを得たシャークの回転。

 回転刃となった彼女は、エレファントに撃ち出された勢いのまま激突。

 アザルドの背中に当たり、削り落としながら彼の体を揺るがした。

 

 続くライオンとタイガー。

 その腕をそれぞれの獣の前脚に変えた彼らが、揺らいだアザルドに直撃。

 彼を薙ぎ倒すべく、両腕を叩き付ける。

 

「オォオオオオッ!!」

 

「ハァアアアアッ!!」

 

「チィッ……! 下等生物どもが、たのしませてくれるじゃねえか!!」

 

 背中から突き抜けてくる衝撃。

 それを思い切り前に踏み込むことで体を止め、力任せに振り払おうとする。

 彼が上半身を捻り、二匹の獣を叩き落とさんとし―――

 

 獅子と白虎はアザルドの裏拳に合わせて飛び退る。

 躱されたことで勢い余ってつんのめるアザルド。

 

「アァン――――!?」

 

「野生解放ッ!!」

 

 ―――その頭上から、赤い翼が舞い戻る。

 イーグライザーの刃がアザルドを一部砕き、彼に蹈鞴を踏ませた。

 

 間違いなく致命傷を与えた相手の帰還。

 その事実に、アザルドの声に困惑が入り混じる。

 

「テメェ、まだ生きてやがったか! 下等生物がどういうこった!?」

 

「―――ラリーさんが俺に力を分けてくれた……

 この惑星(ほし)で一緒に生きるための、命の力を―――!」

 

 イーグルが胸に手を当てて、微かに視線を後ろに向ける。

 そこには、地上に戻ってきたラリーの姿。

 王者の資格を介して彼の生命力を注がれた大和は、瀕死の重傷からさえ立ち直っていた。

 

 下等生物同士の命のやり取りなどどうでもいい、と。

 アザルドが改めてアザルドナッターを振り上げる。

 

「だったら死に直すんだな!

 何度蘇ろうが、テメェらの結末は変わらねえんだからよ!」

 

 その命を狩るための動きを目の前にして。

 イーグルはイーグライザーを放り、己の顔に手をかけた。

 彼は自分の顔を覆うマスク、その鷲の嘴の部分を掴むと思い切り引き上げる。

 

「本能、覚醒――――ッ!!」

 

 次の瞬間、アザルドがその剣ごと殴り抜かれていた。

 

 丸太の如く太い腕。握られた巨大な拳。

 それが剣を振るうアザルドの腕を容易に払い退け、そのまま顔面を強打。

 青いキューブの体を、地面へと叩き付ける。

 

「なっ、にぃ……!?」

 

 溢れんばかりの命の力を放ち、赤の巨躯が己の胸を掌で叩く。

 

 ―――ジュウオウイーグルは変わっていた。

 上半身を肥大化させて、全身に力を漲らせた野獣として。

 

「―――ジャングルの王者! ジュウオウゴリラ!!」

 

「くっ……!」

 

 アザルドが立ち上がりつつ、剣を振り上げた。

 迫りくるその剣を裏拳で力任せに払い飛ばすと、アザルドの手を離れて飛んでいく。

 無手になった相手に対し、ジュウオウゴリラが両腕で掴みかかる。

 対するアザルドも両手で応え、互いの手を組み合わせた。

 

 ロックアップの体勢で力比べに入る二人。

 その勝負は、じりじりとアザルドの方が押し込まれていく。

 

「馬鹿な……! 俺が下等生物に力負けだと……!?」

 

「これがッ……! ラリーさんのジューマンパワーだぁあああッ!!」

 

 組み合ったまま、ゴリラはアザルドの掌を極める。

 その状態で体を逸らして、アザルドの全身を引っこ抜く。

 手だけ合わせた状態でのスープレックス。

 

 アザルドの体が宙に浮き、そのまま脳天から大地へと叩き付けられた。

 

「みんな! 行くぞ!!」

 

「よっしゃあ!」

 

 四人が二つのキューブが繋がった武装、ジュウオウバスタ―を装備する。

 ガンモードのバスターの銃口に集うエネルギー。

 

 更に攻撃を凌いでいたゴーストが、ガンガンセイバーを放る。

 その空いた手に取り出すのは、リョウマの眼魂。

 彼はすぐさまドライバーの眼魂を入れ替え、トリガーを引く。

 

「リョウマ!」

 

〈カイガン! リョウマ!〉

〈目覚めよ日本! 夜明けぜよ!〉

 

 纏うのは龍を思わせる青いパーカーゴースト。

 リョウマゴーストを憑依させ、ゴーストがサングラスラッシャーを変形させる。

 銃としての能力を持つ、ブラスターモード。

 更にその名の通りサングラスを思わせる剣の鍔に、オレ眼魂と闘魂ブースト眼魂を嵌め込む。

 

〈メガマブシー! メガマブシー!〉

 

 一斉攻撃の準備が整っていく中で、立ち上がろうとするアザルド。

 その胴体を下から掬い上げるように、ゴリラのアッパーが襲う。

 盛大な破裂音とともに、空中に打ち上げられる青い体。

 

「ぬっ、ぐぁ……!」

 

 打ち上げたアザルドがそのまま落ちてくるのを見ながら、再び拳を強く握るゴリラ。

 彼の耳に、地面に手を着いたままのジオウの声が届く。

 

「大和先生、こっち!」

 

「―――わかった! ォオオオオオオッ!!」

 

 落ちてくるアザルドに合わせた、渾身の右ストレート。

 それによって、彼の体が砲弾の如く射出される。

 未だにジオウが抑え込んでいる、土壁に閉じ込められたビッグバンへ。

 

「いま!!」

 

 ジオウがアザルド土壁に激突する瞬間、そこだけ意図的に壁を崩す。

 逃げ場のない太陽の炎が、出口を見つけてそこから一斉に噴き出した。

 地上のプロミネンスに背中を襲われ、アザルドが赤熱しながら弾き返され―――

 

「はぁあああ――――ッ!!」

 

〈ジュウオウシュート!!〉

〈闘魂ダイカンガン! メガ! オメガフラッシュ!!〉

 

 正面から彼を押し込む五つの砲撃。

 それにより、弾き返されることもできずに二つのエネルギーに挟まれる。

 この場に存在する全ての力を注がれて、アザルドの姿が砕けていく。

 

「まさかこの俺が……! 下等生物にまで一度殺されるってのか……!

 ぐぉおおおおおお――――ッ!?!?」

 

 ジオウが魔力を動かし、土壁を再構成する。

 今度は上だけは開けてアザルドとギンガのいる位置だけを囲む。

 全ての爆発が、土壁という砲身を使って上へと逃がされるように。

 

 一瞬後、その砲身から盛大な爆炎が撃ち上がる。

 

 ―――崩れていく土の壁。

 魔力を使い果たし、消えていくウィザードアーマー。

 

 その壁の先の光景には、砕け散ったアザルド。

 そして、石化したギンガの姿があった。

 

 壁が消えると同時に周囲の石が崩れ落ちていき、ギンガがその姿を取り戻す。

 彼はそのまま胸を手で押さえ、よろめいた。

 自身が生み出した太陽の爆発を受けてのものか、彼は明らかな不調を見せる。

 

「―――今のうちに!」

 

 ジカンギレードを取り出すジオウ。

 ジュウオウジャーの四人とゴースト、そしてジオウ。

 六つの銃口が彼を狙い、一斉に放たれる。

 

 だがそれをギンガは二本の手。

 そこに出現させたエナジープラネットで完璧に防ぎながら、宙に浮く。

 彼の移動する先は、最初に彼が乗っていた青い星。

 

「―――まさか。この私が、一度退かねばならないとは」

 

 完全に撤退を選んだ行動。

 あの宇宙船らしきもの。それを壊してでも撤退を防ごうとして―――

 しかし、青いキューブが再生の動作を見せたことで、そちらに構う余裕がなくなった。

 

 アザルドは瞬く間に体の修復を完了し、元通りに。

 彼らがそちらに意識を割かざるを得なくなったせいで、ギンガは離脱を達成した。

 

 ギンガが乗り込むと同時。

 青い星は凄まじい勢いで飛行を開始して、空の彼方へと消えていく。

 

「…………!」

 

 アザルドもまた体を修復し、消えていくギンガの星を見上げる。

 そうしてから軽く首を回して、小さく笑った。

 

「やるじゃねえか、下等生物のくせに。面白くなってきたぜ。

 ここでお前たちが死ぬまで続けてもいいが……止めだ。

 テメェらはきっちり、ブラッドゲームで潰す」

 

「命を……ゲーム感覚で奪うことなんて、俺たちが許さない!!」

 

 楽しくなってきた、と陽気な様子さえ見せるアザルド。

 それに対し、大和は拳を握って言い返す。

 

「おーおー、勝手にしな。もし万が一、俺たちデスガリアンのプレイヤーが全部テメェらに倒されたら……その時は、チームリーダーである俺がお前たちと遊んでやるよ。今度は最期までな」

 

 逃がすべきではない。それは分かっている。

 だが彼の不死身のカラクリを破らない限り、こちらに勝ち目はない。

 最終的に勝利するためには、ここで彼が撤退するのを見送るしかないのだ。

 更に拳を強く握り、大和はマスクの下で歯を食い縛る。

 

「さって。手始めにまずガブリオの野郎を……」

 

「ガブリオは既に倒されました。奴らの仲間に」

 

 戦闘態勢を解いたアザルドの背後、突然現れたナリアが彼に声をかける。

 その言葉に、彼はあり得ない言葉を聞いた、と言うかのように声を荒げた。

 

「おい嘘だろ!? あの野郎、ゲームを始める前に死にやがったのか!?」

 

「はい。プレイヤーにすらなれなかったので、コンティニューは不許可。

 ジニス様の命です。アザルド、あなたも帰還しなさい」

 

 信じられねえ、と顔面を手で覆って空を仰ぐアザルド。

 彼の横に来たナリアが指を鳴らすと、彼女たちは光のコインになっていく。

 ほんの数秒で、彼らの姿は地球上から消えていた。

 

 ―――戦いは終わった。

 謎の敵は増え、相手の強大さを見せつけられ、厳しい道のりだと再確認させられるばかりで。

 それでも。この星に住むものたちの力を合わせれば、奇跡が起こせると。

 

「ありがとうございました、ラリーさん!」

 

 そう言って振り向く大和。

 ……だけど、そこには誰もいなくて。

 あれ、と。首を傾げながら周囲を見回す。

 

 戦い終えたみんな全員で見回すが、どこには彼はおらず―――

 

「―――あ、遅かった?」

 

 森を飛び出してくる武蔵とマシュ。

 彼女たちが着地して、そのまま彼らに歩み寄ってくる。

 ナリアの口振りからして、恐らく彼女たちがデスガリアンを倒してくれたのだろう。

 なら、彼女たちは彼女たちの仕事をしてくれたということだ。

 

「何とかなったから大丈夫。でもあれ、どうやったら倒せるのかなぁ」

 

 不死身のアザルド。そして宇宙から来たギンガ。

 せめてギンガだけでも倒せれば良かったのだが……

 先程の戦いでは、両者が戦っている不意をついたかたちだ。

 次に奴が来ることがあれば、こうも簡単には追い詰められないだろう。

 

「……あの爆発の規模からして、途轍もない戦いだったのですね。

 あ、そうです。大和さん……大和さん?

 えっと、ここに来るまででジューマンの方に会いまして……」

 

 明らかにジュウオウイーグルではない戦士の姿。

 それを見て、だが恐らくは大和なのだろうと。

 マシュは困惑しながらも続けた。

 

「それって、ゴリラの? ラリーさんがそっちに?」

 

 ここから何も言わずに離れた彼、その無事をとりあえず喜ぶ。

 ほっとした様子でマシュに問いかけた大和。

 彼の様子に少し不思議そうに、マシュは首を傾げながら答えた。

 

「え、あ、はい。命に別状はなさそうですが、とても衰弱している様子でしたので……

 今は先輩とツクヨミさんが見ていてくれていますが、大和さんに見てもらえたらと」

 

「衰弱……! ラリーさんが!? どこで!?」

 

 詰め寄ってくる赤いゴリラ。

 声を荒げる彼を前に、マシュは目を白黒させた。

 

 

 

 

「おかえり、アザルド。下等生物に随分としてやられたみたいじゃないか」

 

「へっ、あんなもんやられた内に入らねえよ。

 だがちったぁ楽しくなってきたぜ……この星は玩具にするには上出来だ」

 

 帰還したアザルドとナリア。

 そちらに顔を向けることもなく、声をかけたジニス。

 それに対する機嫌の良さそうな返答に、彼は手にしたグラスを僅かに揺らす。

 

「……今回の君の戦い、ブラッドゲームの範囲内としては扱わないが。

 見ていてなかなか楽しめたよ。お疲れ様」

 

「そうかい。そりゃ何よりだぜ、オーナー」

 

 腕をぶんぶんと振り回しながら、玉座の間を出ていくアザルド。

 恐らく次のブラッドゲームのプレイヤーを決めに行くのだろう。

 随分とこの星の下等生物が気に入ったようだ、と。

 ジニスはまたもグラスを小さく揺らす。

 

「……ふふ、アザルドはどうやら随分と乗り気なようだ。

 クバル、君も負けてられないんじゃないかな?」

 

「―――そのようですね。放っておいて、こちらの手番を飛ばされるのも癪です。

 次はきっちり、私のゲームをジニス様に楽しんでいただきましょう」

 

 クバルもまた頭を下げ、玉座の間を退出する。

 残ったのはナリアひとり。

 

 ―――その彼女に、彼は手にしていたグラスを差し出した。

 

「新しいものを」

 

「はい」

 

 ナリアがすぐさまグラスを受け取り、彼の命を果たすために退室する。

 ただ一人残されたジニスが頬杖をついて、モニターに映る地球を観ながら微笑んだ。

 

「―――さあ、アザルド。

 君はいつまで……私の遊び相手でいてくれるかな?」

 

 彼の視線が地球を脱した青い星の軌道を見る。

 どうやらあれは回復のために戦場を離れつつ、地球の軌道に乗ったようだ。

 そう遠くないうちに、再びあれは地球……そしてアザルドを狙うだろう。

 楽しげに青い星を眺めながら、ジニスは小さく笑い続けた。

 

 

 




 
次は眼魔世界だろうか。
 


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開眼!俺!2005

 

 

 

 ―――再び顔を合わせたラリーの姿は、一変していた。

 ゴリラのジューマンである彼は全身を黒い体毛に覆われている。

 そのはずなのに、今の彼は真っ白に色が抜けていた。

 

「ラリーさん、それ……!」

 

「ん、ああ……いや、水の中に入ったら白髪染めが落ちてしまったんだ。

 この姿をアミーゴたちに見せるのは、少し恥ずかしくてね……」

 

 森の中の小屋、ラリーが今まで生活に使っていた場所。

 そこで寝かされている彼は、力の抜けた動作で肩を竦めた。

 そんな言葉が嘘だなんて、確認するまでもなく分かり切っていて。

 

 タスクは彼の様子を検めながら、大和の持つ王者の資格を見た。

 

「……ジューマンパワーはジューマンの生命力そのもの。

 それを渡したということは……」

 

「俺の……俺を助けるために、ラリーさんが命を削ったってことですか?

 そんな――――」

 

 王者の資格を握り、顔に苦渋を滲ませる大和。

 だがそんな彼を見て、ラリーは嬉しそうに笑い返した。

 

「別に今すぐ死ぬわけじゃない。少し、寿命とかが削れたかもしれないが……

 その代わりになるものは、ユーがミーにくれたじゃないか」

 

「え?」

 

「人間とジューマン、二つの種族が力を合わせる姿さ。

 そんな光景を見る事があるなんて、昨日までのミーが聞いても信じなかったろう。

 おかげで、弱り切っていた心に喝を入れられた気分だよ。

 体は弱ったかもしれないが、代わりに今は心の方がすこぶる調子がよくなった」

 

 ラリーは体を起こし、王者の資格を持つ大和の手を上から握った。

 泣きそうな彼を正面から見つめて、逆に何の憂いも無しに微笑む。

 

「最高にハッピーなプレゼント交換だった。

 ありがとう、大和」

 

「ラリーさん……」

 

 そのまま大和をハグし、彼の背中を叩くラリー。

 

「ミーは少し休んだらこの森を出ようと思ってる。

 人間の世界から逃げるのはもう止めだ。

 王者の資格含め、ユーたちが探しているものがあるんだろう?

 ミーもその探し物だけでも手伝いたいんだ」

 

 背中を撫でて、ラリーが大和を慰めている。

 

 そんな光景を見ながら、マシュが気付く。

 同じ光景を見ていたタケルが、ゆっくりとその場を離れ始めたことを。

 不思議に思い、彼女はその背中を追う。

 

 彼は少し離れたところで足を止め、空を見上げ始めた。

 

「……どうかされたんですか、タケルさん」

 

「え? あ、うん……大和、先生とラリーさんを見ててさ。

 命を繋ぐ、って。こういうことなのかなって」

 

 彼がその懐から赤い眼魂、闘魂ブーストを取り出す。

 タケルが父、龍から託された力。

 これを手にした瞬間、タケルは父の想いを受け継いだ。

 

「命は……魂は全部繋がっていて、その先に続いてる。

 俺たちが多くの人から受け継いだものを、次の誰かに受け継ぐ……

 そのために俺たちは、今を生きているのかなって」

 

 眼魂を手の中で転がしながら、タケルはそう呟く。

 静かな森、その言葉を確かに聞きとったマシュ。

 彼女もまた、空を見上げながら口を開いた。

 

「―――はい。そうして、命を繋ぐためであるのなら。

 もしかしたら、死すらもただ悲しいだけのことではなくて……えっと。

 きっと、もっとずっと、多くのことがあるのかも、しれません」

 

 曖昧なマシュの物言い。タケルはそれに苦笑する。

 そんな簡単に死んだときの事は分からない。

 ただ生きている限り、死んだあとのことは分からなくてもいい。

 

 ―――今を必死に生き抜いて、その想いを誰かに託した時。

 その瞬間にこそ、分かるはずのことだから。

 

「―――今はまだ理解しきれていませんが、いつかきっと……

 いえ。それを理解するための、わたしたちのこの旅路なのです」

 

 そう言った彼女が綺麗に微笑んだ。

 そんな顔を見て、照れて焦るような様子を見せるタケル。

 彼が視線をマシュから逸らしつつ、改めて強く眼魂を握る。

 

「……俺も負けてられないな。父さんに託された想いを、未来に繋ぐ。

 そのためには、まずは15人の英雄たちの心を繋がないと」

 

 居場所の分からない眼魂は残り一つ。

 そして、二つの眼魂を持っている眼魔……アラン。

 それらの事を想いながら、タケルは気を引き締めた。

 

 

 

 

「と、言うわけで。昨日お会いしたそのラリー殿なのですが。

 人間の世界を巡りつつ、拙僧たちでは目の届かない場所を見て回り、王者の資格や眼魂を探してくれるとのことです」

 

「確かに、近くのそれっぽいところは結構探し尽くした感あるからなぁ」

 

 ナリタがそう言って天井を仰ぐ。

 あれからずっと捜索に終始してきたが、まるで見つからない。

 ある種の自由意思を持つ眼魂は隠れてる、という可能性もある。

 リョウマ眼魂のように誰かに憑りついている、とも。

 

 だが吹き飛ばされただけの王者の資格まで見つからないのはどうだろう。

 何か見落としている可能性があるのかもしれない。

 

「誰かが拾って持って行っちゃってる、とか?」

 

 そこに同席している立香が、カルデア組の中で会話に唯一参加する。

 

 昨日の戦いに続き、今朝もまたデスガリアンが出たのだ。

 強力な催眠効果のある香りを撒き散らす、ハナヤイダーと名乗ったデスガリアンが。

 

 それと戦闘になったことで、ジオウにジュウオウジャー。

 更にツクヨミもマシュも武蔵も、ころっと眠ってしまったのだ。

 

 だが彼女とゴーストであるタケル。そしてスペクター。

 彼女たちに嗅覚から作用するその毒と言える効能は発揮されなかった。

 起こしてから全員でかかれば、ものの数分でそのデスガリアンを撃破。

 

 コンティニューによる巨大化もあった。

 が、新しく戦力に加わったキューブゴリラとキューブモグラ。そのキューブゴリラがジュウオウキングのように、他のキューブと合体した新たな合体形態。ジュウオウワイルドという新たな巨神が、キューブモグラが変形したモグラドリルを装備して、一息に粉砕してしまった。

 

 とはいえ、その香りの影響を受けた皆はまだふらつくようで。

 全員休んでいる間に、こうして無事な面々は顔を突き合わせているのだ。

 

「可能性はありますな。どこまで捜索範囲を広げるかは難しい問題ですが……」

 

「マコトはすぐにまた出て行っちゃうし……カノンちゃんはマコト追いかけて行っちゃうし」

 

 そう言いながら頬杖をついて、溜め息を吐くアカリ。

 

「……やっぱり、俺は最後の眼魂。

 卑弥呼は、誰かに憑りついてるんじゃないかって思うんだ」

 

「けど、それじゃ探しようもないわよねぇ」

 

 リョウマの時からくる経験で、タケルはそう口にする。

 だがもしそうだとすると、変わった人間を探す以外に方法がなくなってしまう。

 またも溜め息を落とすアカリに、しかしタケルはゆっくり首を横に振った。

 

「龍馬の時と同じなら、きっと卑弥呼も今の状況に思うところがあるはずだ。

 たぶん、あっちから俺たちに接触してくる―――はず」

 

「最後は自信なさげになりましたな……」

 

 茶々を入れてくる御成を小さく睨む。

 彼は両手で口を押さえて、視線を逸らして誤魔化した。

 

 

 

 

 ―――思い当たるところをひたすらに巡る。

 だが目的の相手を見つけることなく、彼の捜索は無駄に終わった。

 最後に辿り着いた公園で足を止め、マコトは小さく息を吐く。

 

「……デスガリアンに比べて、眼魔の動きは鈍い。

 何を企んでいる、アラン……」

 

「もし」

 

 いきなり声をかけられて、思い切り振り返る。

 すぐさま戦闘に移れるように、構えながらの反応。

 

 だがそこにいたのは、一人の人間の少女でしかなかった。

 服装は随分と古めかしいが、眼魔のそれではない。

 警戒を解きながら、声をかけてきた相手に視線を向ける。

 

「……なにか?」

 

「私にはお前の未来が見える……お前には、運命の出会いが待ち受けている」

 

「なに?」

 

 浮世離れした雰囲気を見せる少女に、マコトが目を細めた。

 明らかに普通の人間ではない様子だが、眼魔というわけではない。

 もしかしたら―――と。

 

「お前、まさか卑弥呼か?」

 

「然り、我こそは女王・卑弥呼。

 我が眼が視通したこの世界の未来を憂い、彷徨っていたが……

 一際波乱の運命を背負いし者を見つけ、つい声をかけてしまったのだ」

 

 名を問いかけられた少女は、あっさりと肯定を返した。

 そんな彼女の物言いに対して、重ねて質問をかけるマコト

 

「……この世界の未来を憂う、か。確かに、眼魔にデスガリアン。

 世界の命運が懸かっている戦いだろう。

 だったら、だからこそお前たちの力をタケルは必要としている。何故彷徨う必要がある」

 

「…………」

 

 無言で振り向いて、マコトに背を向ける卑弥呼。

 何の答えも返さない彼女に対し、彼は小さく眉を上げた。

 

「……視えるからこそ、思うところが生まれる。そういうこともあるということだ。

 私の力はお前たちに託そう。私の視た未来を超えられるかどうかは……」

 

 少女の背中から眼魂が出現し、飛ぶ。

 それを捕まえたマコトは、眼魂が抜けて意識を失った少女を支えた。

 彼女を傍にあったベンチに横たえつつ、眉を顰める。

 

 ピンクの眼魂が言い残していったその言葉。

 未来を視て、告げるもの。邪馬台国の女王、卑弥呼。

 一体、彼女がどのような未来を視たのか。

 それを言い残すこともなく、彼女は眼魂となり彼の手の中に納まっている。

 

「どういうことだ……?」

 

「おやおや、丁度いい。ここに四つ、揃ったようですね」

 

 すぐに立ち上がり、ベンチから離れるように歩き出す。

 彼の耳に届いた声は、明らかにマコトへと向けられたもの。

 その上で四つ、などと口にするということは。

 

 ―――そいつが英雄眼魂を狙う眼魔だということに他ならない。

 

 距離を開けたまま視線を向けて、相対する。

 そこにいたのは灰色の軍服を着た男。

 

「貴様……眼魔か」

 

「ええ、その通りです。私はイゴール。

 スぺクター、あなたの持つ英雄の眼魂を頂きにきました。

 ――――ナイフ眼魔」

 

 嫌味たらしい仕草で挨拶を行う彼。

 そんなイゴールの声に応え、彼の背後から一人の怪人が現れる。

 

 シルクハットに赤い仮面、両腕の肘から先が鋭利な刃になったもの。

 イゴールが呼ぶところによると、ナイフ眼魔。

 その怪人はマコトの前に躍り出ると、両腕を打ち合わせて軽く鳴らした。

 

「イゴール様の命により、あなたを排除します」

 

「やれるものならやってみろ!」

 

〈カイガン! ノブナガ!〉

〈俺の生き様! 桶狭間!〉

 

 マコトが手を振るい、出現させるゴーストドライバー。

 そこにノブナガの眼魂を落とし込み、トリガーを引く。

 紫のパーカーゴーストをトランジェントの上に纏い、彼は武装を完了した。

 

 突き出されるガンガンハンド。

 銃モードのそれがナイフ眼魔を照準し、放たれて―――

 

「ハァッ!」

 

 ナイフ眼魔がその両肩から、ピンク色の霧を噴き出した。

 一瞬の内に周囲がその霧に包まれて、敵の姿を完全に見失う。

 つい先程まで敵がいたはずの場所を撃つ。が、命中したという手応えは得られない。

 

「なんだと……!?」

 

「ハハッ!」

 

 直後、スペクターが背後から斬られる。

 火花を散らしながらよろめいた彼が、ガンガンハンドを後ろに振り抜く。

 だがそれは掠りもせずに空を切った。

 

 今度は正面から二つの刃による斬撃。

 防御することもできず、彼はその連撃に斬り伏せられた。

 

「ぐっ……!」

 

 膝を落とし、ガンガンハンドを杖替わりに体を支える。

 そうして敵の動きを何とか捉えようとして―――しかし。

 ナイフ眼魔は霧に姿を隠しながら、確実にスペクターにダメージを蓄積させていく。

 

「アラン様に気に入られていたとはいえ、所詮は人間……

 あなたに構っているのも時間の無駄ですし、さっさと―――」

 

「お兄ちゃん! どこにいるの、大丈夫!?」

 

「おや?」

 

 霧の外から声がする。

 それは間違いなく、彼を追ってきたカノンの声。

 マコトが一瞬息を呑み、すぐさまそちらへと叫び声を上げた。

 

「カノン、逃げろ!!」

 

「おやおやおや。これは幸運、すぐに終わりそうだ。

 ナイフ眼魔! その娘を捕らえなさい!

 さあスペクター、人質と英雄の眼魂を交換することにしましょう!」

 

 嬉々としたイゴールの声が響く。

 周囲一帯は完全に霧の中。

 スペクターに周囲の状況を知る術はなく―――

 

「きゃあ!?」

 

「カノン!!」

 

 その状況を、カノンの悲鳴で理解する。

 拳を握り締め、どう動くべきかを思考。

 頭痛さえ覚えるような無様な自分に、彼の意識が沸騰して―――

 しかし、それでも妹を助けるために何とか動き……

 

「スペクター、私の声のする方へとあなたの持つ眼魂を投げなさい。

 そうすればあなたの大切な妹を放して差し上げましょう!」

 

「くっ……!」

 

 カノンを助けるためならば、何だって捧げよう。

 彼はずっとそうしてきたし、これからだってそうしていく。

 けれど、自分の無様さのせいで眼魂を失うなど―――

 カノンを救ってくれたタケル、彼を救うための手段を失うなど。

 

 カノンを拘束しているのだろう、ナイフ眼魔による追撃はない。

 霧の中に一人残されたスペクターが、懐から眼魂を取り出す。

 いま彼に扱えるのはドライバーの中のノブナガと、ツタンカーメン。

 

 今さっき彼が委ねられたヒミコ、そしてフーディーニは扱えない。

 フーディーニは何度か使おうと試したが、使えなかったのだ。

 ヒミコはもしかしたら使えるかもしれないが、この土壇場では試せない。

 

「―――俺は……!」

 

 眼魂を握り締め、歯を食い縛りながら葛藤する。

 何よりこれを渡したところで、奴がカノンを無事に解放する光景が見えない。

 眼魂も奪われ、カノンも守れず―――そんな当たり前の未来がそこにある。

 

 だから彼は眼魂を渡すことに逡巡して、

 

「だめ、お兄ちゃん!」

 

「―――では仕方ない。ナイフ眼魔、その娘の魂を切り取りなさい」

 

「ハッ!」

 

 イゴールの声が低く、冷淡に変わる。

 即応するナイフ眼魔にも戸惑いなど微塵もない。

 だからこそ彼は、もう答えるしかなかった。

 

「分かった! いま投げる……! カノンを傷つけるな……!」

 

 妹を救えない自分。友の命さえも見捨てる自分。

 ―――そんなことになった原因である、自分の弱さ。

 自分に対する溢れんばかりの怒りが、己の中でぐつぐつと煮立つ。

 

 それでも彼は、歯を食い縛りながら眼魂を投げようとして―――気付く。

 

 問いかけられている。

 この状況でお前は、俺を信じられるか? と。

 力で捻じ伏せてきたものたちが、今の彼に問いかけている。

 

「―――俺に、その資格があるのなら……!」

 

 そう、振り絞るように出した声。

 彼の声に呼応して、一つの眼魂が淡く輝きだした。

 

 ―――霧の外。

 

 ナイフ眼魔にまだ垂れ流させているピンクの霧。

 この霧の中では特殊な磁場が発生し、中にいるものの感覚を狂わせる。

 致命的なほどの影響があるわけではないが、真っ当にナイフ眼魔と戦えなくなるほどには。

 

 そんな霧の塊を外から眺めながら、イゴールは飛んできた眼魂を見る。

 放物線を描きながら霧の外に飛び出してくるのは四つ。

 スペクターが所有している英雄眼魂と同じ数だ。

 

 イゴールはにんまりと口の端を上げて、それらの眼魂を拾い上げていく。

 

「結構。確かに受け取りました、スペクター。

 では……ナイフ眼魔、その娘の魂を回収しなさい」

 

「ハッ―――!」

 

 抱えていたカノンを放し、すぐさまナイフ眼魔は腕を振り上げる。

 彼の腕のナイフは人間の肉体と魂を切り分けるもの。

 そうして切り離した魂は回収し、眼魔世界において資源として活用されるのだ。

 

 呆然としている少女に振り下ろされる刃。

 それは一秒と掛からずに、目的となる少女に届く―――前に。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぬおッ……!?」

 

「ナイフ眼魔!? なにを……!」

 

 突然の事態、そこにイゴールの意識と視線が奪われて。

 その隙に彼がいきなり手首を掴まれて、一息に捻り上げられる。

 

 そのせいで彼が握っていたノブナガ、ツタンカーメン、ヒミコ。

 そして、スペクター。四つの眼魂が転がり落ちた。

 イゴールが必死に顔を動かし、その腕―――スペクターのトランジェント体を見る。

 

「ぬぎぎぎぎぎ!? スペ、クター……! なぜ!?」

 

「―――霧、人質……お前は確かに俺を動きを縛ってみせた。

 だが俺の動きを封じることはできても、奴を縛ることはできなかった」

 

「奴ぅ……!?」

 

 腕を一際大きく捻り上げ、そのままイゴールの体を突き飛ばす。

 同時に鎖でぐるぐる巻きにされたナイフ眼魔も、鎖が跳ねて投げ捨てられた。

 

 ―――鎖を空から下ろしているのは、彼の愛機マシンフーディー。

 バイクであったはずのそれが、半ばから真っ二つに割れたもの。

 分かれて計四つになった車輪をプロペラの如く回し、宙に浮くそれこそが。

 

「脱出王――――フーディーニだ!」

 

〈カイガン! フーディーニ!〉

〈マジイイジャン! すげぇマジシャン!〉

 

 マシンフーディーが真っ二つのバイクを背負ったパーカーゴーストとなる。

 そしてスペクターの叫びとともに舞い降り、彼へと憑依を完了した。

 仮面ライダースぺクター・フーディーニ魂。

 彼は掴んでいたイゴールの体を、ナイフ眼魔の方へと投げ飛ばす。

 

 すぐさま復帰してきて、飛んでくるイゴールを受け止める眼魔。

 

「イゴール様!」

 

「痛い!? お前が受け止めるな!」

 

 ナイフの腕で受け止められて悲鳴を上げるイゴール。

 そんな彼らをしり目に、スペクターの方へと走り寄るカノン。

 

「カノン、下がっていろ」

 

「うん。気を付けて、お兄ちゃん!」

 

 彼女に声をかけて歩み出すスペクター。

 その後ろで転がっている眼魂を拾い集めるカノン。

 そんな彼らを前にして、ナイフ眼魔から落とされたイゴールは顔を歪める。

 

「ナイフ眼魔! もう一度スペクターに教えてあげなさい!

 私の創り出したその力を!」

 

「お任せください!」

 

 ナイフ眼魔が両肩から霧を噴き出す。

 一瞬のうちに周囲をピンク色に包んでいくその勢い。

 イゴールが作ったその特殊な霧は、スペクターも眼魔も纏めて呑み込み―――

 

「あら? あら? あらら!?」

 

 次の瞬間には、ナイフ眼魔は鎖によってまたも縛られていた。

 すぐさま巻き戻しが始まるその鎖。

 フーディーニパーカーから伸びた鎖は、当然スペクターの元へ。

 

「言ったはずだ。そんなものでは、こいつを縛ることはできない!」

 

〈ダイカイガン! フーディーニ! オメガドライブ!!〉

 

 パーカーの背負った車輪、シュトゥルムローターが回転する。

 浮力を生み、空へと舞い上がっていくスペクター。

 当然のように、鎖で捕まったナイフ眼魔も一緒にだ。

 

 如何なる悪環境を作り出し閉じ込めても、生還するが故に脱出王。

 そしてナイフ眼魔は、霧の中をテリトリーとし狩りを行う者。

 だからこそ、その結果は明白だ。

 

 霧を突き破って空高く舞い上がるスペクター。

 彼が背中のバイクだったユニットを切り離し、拘束された眼魔へと突撃する。

 

「俺の生き様、見せてやる! ハァアア―――ッ!!」

 

 己のテリトリーから引きずり出された狩人に、スペクターの蹴撃が炸裂。

 その威力でナイフ眼魔のボディが罅走っていく。

 内部の眼魔眼魂までも粉砕されて、彼は断末魔と共に爆発した。

 

「イゴール様ぁああああ――――っ!?」

 

 爆発を抜け、そのまま着地するスペクター。

 彼の視線が守るもののいなくなったイゴールへと向けられる。

 

「ぬ、ぬぬぬ、ぬぬ……! まさか私の創り出した霧をこうも簡単に……!」

 

 表情を歪めながらも、イゴールの手が虚空に印を切る。

 そこに現れるガンマホール。

 彼はすぐさまそこへと逃げ込もうとして―――上空からの鎖に縛り付けられた。

 

 空にあるマシンフーディーに目を向け、驚愕するイゴール。

 

「なんと……!?」

 

「逃がさん。アランやお前たちの本当の目的。

 いまここで話してもらうぞ」

 

 歩み寄りながら、敵を捕まえるべく腕を伸ばすスペクター。

 だが彼の手はイゴールに届くことなく、途中で別のものに止められた。

 

 そこに現れてマコトの腕を掴み取ったのは、黒い軍服の青年。

 アランに他ならなかった。

 

「アラン……!」

 

「アラン様……?」

 

「…………イゴール。貴様がこちらにくる、などと私は聞いていないが。

 こちらの世界の指揮官である私を差し置き、貴様は何をしている」

 

 スペクターを捕えながら、イゴールに視線を送る彼。

 

「これはこれはアラン様。

 私がこちらの世界に来たのは、あなたの兄……アデル様のご命令ですので」

 

「兄上が?」

 

「はい、もちろん。

 アラン様が最優先されるべきは、人間を減らす外来生物の排除。

 人間の魂を我らのような完璧なる存在に変える……その業務が疎かにならぬよう、引き継いで行うのが私に与えられた役目なのです!」

 

 鎖に縛られながらのそんな物言い。

 彼に対して、アランが向けるのは胡乱げな視線。

 だがアランは、その不信を一先ず置いておく。

 

 スペクターを掴んだ手を振るい、彼の体を押し返す。

 そのままアランはメガウルオウダーを、左の手首へと装着した。

 起動したネクロム眼魂をアイコンスローンへと滑り込ませる。

 

〈イエッサー! ローディング…〉

 

「……まあいい、後で確りと話を聞かせてもらおう」

 

「もちろんですとも」

 

 メガウルオウダーを跳ね上げて、リキッドロッパーを発動。

 眼魂にウルオーデューを滴下して、彼はネクロムへ変わっていく。

 

「変身」

 

〈テンガン! ネクロム! メガウルオウド!〉

〈クラッシュ・ザ・インベーダー!〉

 

 憑依したネクロムパーカーを摘まみ、襟を正すように軽く引く。

 その白い戦士を前にして、スペクターは身構えなおした。

 

 余計なものに構っていては相手取れない、という判断。

 スペクターは致し方なく、拘束していたイゴールを解放する。

 戻ってきたマシンフーディーは彼の背へと装着された。

 

 自由を得るとすぐさまガンマホールを開き、消えていくイゴール。

 それを見送ったネクロムが、改めてスペクターに向き直る。

 

「スペクター、あれから答えは出ただろうか。

 私とて、君が理解を示してくれるのであれば無理強いはしたくない」

 

「言ったはずだ! 俺は人間として、大切なものを守るために戦う。

 戦う相手がアラン、お前であってもだ!」

 

「……では仕方ない。君には無理矢理にでも思い知らせるしかないようだ。

 我らという完璧なる存在が、如何に優れているのかを」

 

 ネクロムが始動。

 身構えているスぺクターに向け、白いボディが歩み寄っていく。

 泰然としたその動きに対し、フーディーニが鎖を放った。

 その全てが液体へと変わったネクロムの体を擦り抜けて、空を切る。

 

 無敵のネクロムが大地を蹴った。

 一気に詰め寄られる距離。

 至近距離まで接近し合った二人が、互いに拳を交わし合う。

 

「お兄ちゃん! アラン様! どうして!?」

 

 外野から聞こえてくるカノンの声。

 それに小さく鼻を鳴らすアランが、更に一歩踏み込んだ。

 

 スペクターの腕を絡め取るネクロムの腕。

 そうして腕を引かれて体勢を崩した彼の胸に、叩き込まれる拳。

 火花を散らして押し飛ばされるスペクター。

 

「カノン! 下がっていろ!」

 

「安心するといい、カノン。君もまた姉上の元へと連れ帰ってあげよう。

 こんな世界よりも、我らの完璧なる世界にいた方が君たち兄妹も幸せだろう?」

 

「え……?」

 

 体勢を立て直すスペクター。

 その腹に、更に一撃ネクロムの拳が突き刺さる。

 押し返された彼が、地面を滑って片膝を落とす。

 

「くっ……!」

 

 ゆったりとさえした動作で、距離を詰めていくネクロム。

 だがその足が、止まった。

 

「違います……」

 

「……なに?」

 

「アラン様、私たちは人間として生きていきたいんです!

 アラン様にも、アリア様にもお世話になりました……

 けど、私たちは眼魔の世界じゃなくてこっちの人間の世界で……!」

 

 ―――そうして言い返されたこと。

 それが余程不服だったのか、ネクロムが足取りの向きを変えた。

 一直線に、彼はカノンへと向けた歩き出す。

 

「カノン!!」

 

「―――君たち兄妹は、一体どれほど私を苛立たせるのか……!

 何が人間の世界だ。こんな世界に一体どんな価値があるという―――!」

 

 カノンが怯えるように体を竦め、その場で足を固まらせる。

 伸ばされたネクロムの腕が、そんな彼女を捕まえようとして、

 

 ―――横合いから、その腕を化け物の腕に掴まれた。

 

「――――なに?」

 

 アランの驚愕は、それが化け物だったことにではない。

 ただの化け物ならば、デスガリアンという可能性がある。

 だとすれば排除すればいいだけだ。

 

 だがその化け物の姿は、細部はまったく違えどよく見知ったものだった。

 

 ―――黒い体に黒いパーカーを羽織り、胸には眼を浮かべ。

 顔面に張り付けられたオレンジの顔面と一本角。

 

 それは明らかに、天空寺タケルの変身した姿。

 ―――仮面ライダーゴーストに酷似していた。

 

「なんだ、貴様。天空寺タケ……!?」

 

 ネクロムの体が飛ぶ。

 その化け物が手を放し、軽く手を振るっただけで。

 何らかの衝撃波が彼を襲い、いとも簡単に吹き飛ばしていた。

 

「タケル……じゃない! 貴様、一体何者だ!」

 

 スペクターが疾走する。

 彼とカノンの間に強引に割り込むように。

 

 だが怪物はそれさえも寄せ付けない。

 軽く腕を振るってみせただけで、スペクターの体が宙を舞う。

 地面に叩き付けられた彼から、フーディーニパーカーが飛んだ。

 

「っ、フーディーニ!?」

 

 ダメージ自体はそれほどでもないはず。

 だというのに、突然戦闘を拒否するかのように外れたフーディーニ。

 その意図がまるで理解できず、マコトは困惑の声をあげる。

 

 怪物がカノンに向き直り、彼女の顔を見据えた。

 すぐさま例えトランジェントであろうと走り出そうとする彼。

 だがスペクターが走り出す前に、怪物に剣撃が降り注ぐ。

 

 頭上に走る二刀の剣閃。

 それを察知してか、怪物はひらりと背後へと舞って躱した。

 

「よっ、と! はいはい、カノンちゃん。下がっててね、危ないから!

 どうも、また新しい勢力な感じ? 寝起きに一手、お願いするわ!」

 

 流れるように着地して、武蔵の剣が怪物を囲う。

 斬撃の結界とも言うべき、無数の剣閃。

 だが、無言の怪物はいとも容易く潜り抜ける。

 

「――――?」

 

 躱されたのは天晴。その技量に素直に感服しよう。

 だが今の動きの奇妙さは何か。

 まるで―――

 

「アナザーライダー!」

 

「あれって……ゴースト!?」

 

 後から続いてきたソウゴが叫ぶ。

 そのアナザーライダー、というのがこの怪物のことなのだろう。

 一緒にいるタケルが怪物の外見を認識して、己の姿と類似していることに驚いた。

 そんな声を上げながら彼らは、二人揃ってドライバーを出し変身プロセスを開始する。

 

「ってことは、アナザーゴースト! ……タケルなら倒せる?」

 

「それってどういうこと?」

 

「アナザーライダーは対応する仮面ライダーの力でしか完全に倒せないのです!

 つまりあれがアナザーゴーストだとするなら―――

 仮面ライダーゴーストであるタケルさんしか、倒すことができません!」

 

 武装を完了しているマシュが、カノンを抱えながら戻ってくる。

 彼女を下ろして立香に任せると、盾を構え直す。

 なぜそうなるかは分からないがとにかく一応は分かった。

 つまり、自分があの怪物……アナザーゴーストを倒せばいいのだ。

 

「分かった! 行くよ、ムサシ!」

 

〈アーイ!〉

 

 ゴーストドライバーに眼魂をセットし、印を切りながら構えて―――

 そうして、グリントアイから飛び出す赤いパーカーゴースト。

 ムサシの魂の具現である彼は、飛び出して舞い上がると同時。

 

『――――ッ、何故お主が!?』

 

「え?」

 

 その体を空中で静止させ、困惑の声を上げた。

 そんなムサシゴーストの様子を見て、驚いて動きを止めるタケル。

 瞬間、アナザーゴーストが武蔵を振り切って動く。

 

「ごめん、抜かれた――――!」

 

「タケル! 変身!」

 

〈ライダータイム!〉

〈仮面ライダージオウ!〉

 

 射出されたジオウのインジケーションアイ。

 その文字の弾丸さえも掻い潜り、アナザーゴーストはタケルの元へ。

 

「しまっ……!?」

 

 伸ばされる腕。

 それはタケルの首を狙ったもので、しかし彼はゴースト。

 死ぬほど痛くても、時間経過以外でもう死ぬ事はない身だ。

 ならばそれを耐えてでも変身をしようとして―――

 

 ぶちり、と。彼の首にかかっていた紐が切れる。

 アナザーゴーストの手の中に握られる、宮本武蔵の剣の鍔。

 ―――彼が父から受け継いだ宝物。

 

「お前、返……ッ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 その武蔵の鍔を触媒に、宮本武蔵の魂を呼び出すかのように。

 

「え?」

 

『ぬ、うぉおおおお……ッ!?』

 

 ムサシパーカーが、アナザーゴーストの描いた印に吸われていく。

 赤く燃え上がる黒いパーカー。手の中に現れる二刀の刃。

 変わっていくアナザーゴーストを前にして、タケルが呆然とその顔を見る。

 

「タケル、いったん下がって――――!?」

 

 一閃――――いつの間にかその腕が跳ねて、ジオウが火花を噴き出した。

 

 すぐに踵を返して突撃していた武蔵が、驚愕に眼を見開く。

 理解した。このまま次の一歩を踏み出せば、自分は死ぬ。

 

 至極単純な話だ。相手が格上とかそういう話ですらない。

 だって自分は()()()()()()()()()()()、あれは()()辿()()()()()()()()()()

 登っている山は同じ。ただ純粋に、あれはこの武蔵の遥か先にある到達点。

 中腹でまごついている自分を見下ろす、頂きに立つものの“空”の眼。

 

 ―――宮本武蔵だ。

 

 取って返す。全力のブレーキ。

 完全な無駄死にを前に、新免武蔵の本能が全力で体を停止させる。

 間に合わない、100分の1秒後に自分の頸が飛ぶ光景を幻視する。

 

 奔る剣閃。何も出来ず彼女の頸は―――

 ガギン、と。盛大な金属音。

 そんな状況に至り、圧倒的な戦闘速度を発揮したマシュが前に立つ。

 

「ハッ……! ハァッ、ハ―――ッ! 武蔵さん、ご無事で……!」

 

 “死”。

 あるいは、いつか“死”を視る眼に見定められた時を思い出す。

 それと同じだ、と。そんな人を超えてきたのだ、と。

 心を持ち直し、息を整え、剣閃を遮ったマシュが口を開く。

 

 そんな彼女に庇われながら、武蔵が二刀を提げる。

 

「仁王倶梨伽羅――――!!」

 

 新免武蔵の気勢に応じ、四本腕の仁王が彼女の背後に顕現する。

 それが実像か、あるいは虚像か。

 どちらであっても、それは間違いなく目の前のものを斬り伏せるためのものに違いなく。

 

「―――――」

 

 一睨みで、その仁王の腕が四本飛んだ。

 それが、武蔵と武蔵の今の差であると証明するように。

 崩れていく仁王のヴィジョン。

 そんな光景を背にしながら、武蔵は小さく顔を引き攣らせた。

 

 アナザーゴーストの剣が走る。

 それを受け止めようとしたマシュの前に、ジオウが舞い戻る。

 

〈サイクロン! ジョーカー! ダブル!〉

 

 メモリドロイドに幻想と闘士の記憶を帯びて、彼が前に立ちはだかった。

 メタルの防御力を容易に抜く刃の一撃。

 それを浴びながらも、強引に耐えきってみせる。

 

 一撃は耐えても、ならば続く一撃は。

 更なる一撃がジオウを斬り、その体を押しやった。

 

「ぐっ……! これ、まず……!!」

 

「ソウゴ!」

 

 続く更なる一撃でジオウが地面に伏した。

 その間にカノンを抱えた立香の元に飛び込んでくるトランジェントのスペクター。

 彼はそこまでくるとドライバーからフーディーニを取り出し、カノンの手の中からスペクター眼魂を取った。

 

「お、おにいちゃ……! あの人……!」

 

「お前たちは下がってろ!」

 

〈カイガン! スペクター!〉

〈ダイカイガン! スペクター! オメガドライブ!!〉

 

 呼び出したスペクターパーカーを憑依させる。

 そのまま眼魂の力を紋章に変えて外に放ち、その全エネルギーを足一本に集約。

 スペクターが跳び上がり、流星となってアナザーゴーストに蹴りかかった。

 

「ハァアアアア――――ッ!!」

 

 微かに顎を引くアナザーゴーストが、そのまま剣一閃。

 スペクターの一撃は届くことなく、彼は地面に叩き付けられた。

 地面に叩き付けられ、そのまま変身が解除されるマコト。

 

「ぐぁ……っ!」

 

「お兄ちゃん!」

 

「―――カノンちゃん!」

 

「マ、マスター! カノンさん、動かれたら……!」

 

 マコトに駆け寄るカノン、それを追う立香。

 そしてそれを盾を持って追いかけるマシュ。

 彼女たちを追いかけるような視線を飛ばすアナザーゴーストが、

 

「父さん……?」

 

 タケルのその一言で、一瞬だけ静止した。

 その言葉を聞いて、誰もが目を見開いて体を強張らせる。

 

「龍さん……!? タケル、お前何を……!」

 

 カノンが抱き起すマコトがおかしなことを口にした彼を見て。

 そこで、カノンが持ったままだった眼魂たちが震えだす。

 それはまるで、天空寺龍を知る眼魂たちが同じことを訴えるかのように。

 

「まさか……本当に……?」

 

 叩き伏せられた状態のまま、ジオウの視線がタケルに向かう。

 

「父、さん……? ぐぁ……ッ!?」

 

「その通りだ、天空寺タケル」

 

 顔を上げていたジオウの背を踏みつける足。

 突如そこに現れたのは、紫の衣装を身に纏った男。

 

「スウォルツ……!」

 

「いま貴様の目の前にいる者こそ、仮面ライダーゴーストの力を持つ者……

 アナザーゴースト、天空寺龍だ」

 

 アナザーゴーストの両腕が下がる。

 まるでスウォルツが話している間にすることはない、というかのように。

 

「なにを、言ってるんだ! なんで! だって、父さんは十年前に……!」

 

 『父さん……! 起きてよ、死なないで! 父さん!!』

 頭の中に、十年前の出来事がフラッシュバックする。

 倒れ伏した父親に縋り付く、子供だった頃の自分。

 詳しいことは覚えていない。何故か詳細は思い出せない。

 子供だったからかもしれない。ショックが大きかったからかもしれない。

 その現場に自分と父以外に、誰かがいた気がするけど思い出せない。

 

 そんなことさえどうでもよくて。

 目の前で目にした光景は、武蔵の力を使う父親の姿そのもので。

 

「ああ。2005年12月20日、天空寺龍は死んだ。そうだろう?

 だから俺がその時間から連れてきてやったのだ。

 死の淵にあった父親の体に縋り付く貴様の目の前で、アナザーゴーストに変えてな」

 

「―――スウォルツ!!」

 

 踏みつけられたまま、思い切り体を捻り上げる。

 射出される肩のメモリドロイド。

 それが人型となってスウォルツに襲い掛かり―――ガチリ、と。

 空間ごと停止させられて完全に動きを止めた。

 

「先程聞いた通りだ。アナザーゴーストは、今はお前にしか倒せん。

 だが同時に。致命傷の貴様の父親が永らえているのは、アナザーゴーストになったからだ。

 さて。ここまで言えば状況はわかるだろう?」

 

 アナザーゴーストが腕を上げる。

 刃を握った腕が周囲の人間たちを確認するようにゆっくりと動き出した。

 まるで次の獲物を探すかのような動作。

 

「まさか、俺が……!?」

 

「ははは……さあ、天空寺タケル。

 お前が天空寺龍にトドメを刺せねば、これからもっと面白いことになるかもしれんぞ?」

 

 至極楽しそうに、スウォルツは笑みを浮かべてそう言い放つ。

 咄嗟にタケルの手が胸に伸びる。

 ―――そこにはもう、父親が遺してくれた武蔵の刀の鍔はなくて。

 

「俺が……父さんを……殺す?」

 

 呆然と。彼はいま、自分がやらなければならない事を口に出して。

 その内容がまったく呑み込めずに自失した。

 

 

 




 
アナザーゴースト・ムサシ魂。
一般的な寺生まれのゴーストハンター相応の強さを持つ存在。
本能的に、相性のいいムサシ以外を使おうとはしない。
ムサシだけで何でも斬れるので他のが要らないともいう。
ムサシがいない時は寺生まれ特有の「破ァッ!」をしてくる。相手は死ぬ。

全然眼魔世界行けてないんですがそれは。
 


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天才!万能の人!1519

 

 

 

「―――――」

 

 ―――きた。その瞬間に直感する。

 そう長くは続かないだろうが、それでも逃すはずもない。

 彼女はすぐさま部屋の扉に近くに置いたトランクを持ち、退室する。

 

「わっ」

 

「おっと」

 

 扉を出たところにはロマニ。危うくぶつかりそうになる。

 反省、こう見えてとても焦っていたようだ。

 如何な天才であろうとも、そういう時もあるだろう。

 

「丁度良かった、レオナルド。悪いけど頼みが……」

 

「残念ながらタイミングが悪いね、ロマニ。今から私はレイシフトだ。

 君はすぐに準備を。オルガマリーは私が呼びに行くから」

 

「―――――分かった、すぐに準備する」

 

 何の説明もないダ・ヴィンチちゃんの言葉。

 それに対して、ロマニはすぐに神妙な態度で頷いた。

 体の向きを変えて、管制室へと走り出す彼。

 その背を見送り、ダ・ヴィンチちゃんも目的地に向かい動き出した。

 

 目指す先は食堂で―――その途中で、通路に屯っている連中を見つける。

 

「お、どうしたよ。何かあんのか?」

 

 クー・フーリン、フィン、ダビデ。あとアレキサンダー。

 女性カルデア職員に声をかけることに定評のある三人+一人だ。

 管制室に詰めた職員の精神状態が深刻になりすぎないように、適度に崩してくれる者たち。

 

「ああ、いい感じに煮詰まったからね。そろそろ助けにいける」

 

「ほう。流石は彼のレオナルド・ダ・ヴィンチ、ということなのだろうな」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの能力というより『ダ・ヴィンチ』だから、だ。

 なのでそんな誉め言葉を貰っても微妙、と。

 彼女はフィンの顔を何とも言えない表情で見つめる。

 

「君、私の名前聞いたこととかあったのかい?」

 

「もちろんサーヴァントとして召喚され、初めて聞いたがね。

 それはそれとして、私とて芸術くらい解するとも。境遇は理解できないが。

 何せ、私自身が芸術美そのものと言ってもいいのだ。

 わざわざ自分の理想に姿形を変えるなど、私では一切出てこない考えだよ」

 

 はっはっは、と。そんなことを言うフィン。

 イラッ、と。モナ・リザの眉が上がる。

 そんなやりとりをスルーして、ダビデが彼女に声をかけた。

 

「だとしたらマスターによろしく。多分、何だかんだ大丈夫だろうけど」

 

「サーヴァントとしては同行できていない事が問題だけど……

 まあ、マスターのことだからさほど心配していないね。

 無いなら無いで、その場で使えるものを使うのは得意な性格だから」

 

 さほど心配している様子もないダビデにアレキサンダー。

 まあダ・ヴィンチちゃんもある程度同意だ。

 彼女も彼女という戦力が必要だと見てレイシフトするわけではない。

 

「君たちこそこっちをよろしく。オルガマリーも連れていくからね。

 他の職員たちのメンタルケアとか、定期的にロマニを縛ってベッドに転がすのとか」

 

「その辺りは協力はするけど……

 僕の軍師がどうにかするから任せておくといいさ」

 

 笑いながら仕事をここにいないものへ投げるアレキサンダー。

 彼女の言葉に軽く顎を引いて考え込みだすダビデ。

 

「仕方ねえけどな。どうせなら戦場の方が気が楽だぜ」

 

 苦笑しながら肩を竦めるクー・フーリン。

 そんな彼らに背を向けて、ダ・ヴィンチちゃんは颯爽と歩き出した。

 

 食堂について、まずは積み上げられた杯に目が行く。

 ドレイクとモードレッドが積み上げたものだ。

 処置無し、と呆れながら給仕しているブーディカがダ・ヴィンチちゃんを見る。

 

「ダ・ヴィンチ? 珍しいね、ここにくるなんて」

 

「やあ、オルガマリーに用があってね。借りてくよ」

 

 椅子に座り、資料とずっとにらめっこ。

 そんな様子のオルガマリーに向けて歩き出す。

 彼女は一瞬だけダ・ヴィンチちゃんに目を向けて、すぐに資料に戻した。

 

 オルガマリーの背後。

 そこでは、難しい顔をしたネロが彼女の髪の毛を弄っている。

 髪型を弄られているにも関わらず、彼女は一切無反応。

 

 気を抜け、と行動で示すネロ。

 しかし常に張りつめた態度で返すオルガマリー。

 それは一種の決戦であった。

 そんな対決の中に割り込みを仕掛けるダ・ヴィンチちゃん。

 

「なにかしら」

 

「シバをどういじったって皆を観測できないよ。

 そもそもシバはそういうものじゃない。君が一番よく知ってるだろう?」

 

 所長の対面に座り、テーブルの上に持ってきたトランクを置く。

 じろりと睨み付けられながら、しかし彼女は気にした風でもない。

 その視線を浴びながら、トランクを開けて中から取り出すのは一冊の本。

 

「……あんた、それ」

 

「私は元々マスターなし。自分で契約を偽装してカルデアに留まっているサーヴァント。

 なので、こうして疑似契約のための“偽臣の書”でマスターを持つのは難しくない。

 なにせ天才だからね」

 

 目を見開くオルガマリー。

 そんな彼女の前に差し出される、サーヴァントの契約代行を果たす書物。

 

 レオナルド・ダ・ヴィンチはカルデアの協力者。

 だが同時に、カルデアのこれまでの所業を受け入れないものだった。

 故に彼女は自身がやりたいようにやる、という姿勢を崩さない存在。

 

 助力するところは彼女の意思次第。

 マシュのような人間を創る計画には、絶対に関わる気はないという意思表示のため。

 誰かをマスターに持つことなど、そんなつもりは今まで一切なかった彼女が―――

 

「……どういうつもり?」

 

「これから君と私でレイシフトだ。向こうに行くので、準備したまえ」

 

「は?」

 

 ぽん、と。彼女の前に本を置いて立ち上がる。

 そうしてすぐに踵を返したダ・ヴィンチちゃんに声がかかった。

 

「なんと! マスターたちの元へレイシフトが可能となったのか!?

 うむ、では余も連れていくがいい!」

 

「ええ、マスターあるところに清姫あり。

 この皇帝は連れていかなくていいですが、わたくしは同行しましょう」

 

 すぐさま立ち上がって腕を振り回す白い薔薇の皇帝。

 更に彼女たちが向かい合うテーブルの下から生えてくる清姫。

 すり寄ってくる清姫の頭を押し返す、ダ・ヴィンチちゃんの手。

 

「残念ながら不可能だ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「む?」

 

「……むむ」

 

 それが嘘ではないと理解したのだろう。

 清姫が眉を顰めながらも扇で口元を覆う。

 そんな彼女の様子を見て、ネロもまた動きを止める。

 

「うーん、つまり?」

 

()()()()()()()()()、繋がりがあるのは私たちだけ。

 つまり向こうに行けるのは、私たちだけということになってしまうのさ。

 とはいえ、だ。私たちのレイシフトが成功すれば、それを辿ることで通信ラインの確保くらいはできるだろう。まあ、それが限度だろうけど」

 

 自分の顔に手を当てながら彼女の言葉を聞くオルガマリー。

 その視線をダ・ヴィンチちゃんが再び手にしたトランクへと向ける。

 

「それは?」

 

「これは立香ちゃん用の礼装だよ、作りかけだけどね」

 

 ぽんぽんとトランクを叩きながらそう言って、彼女は小さく微笑んだ。

 第六特異点の間ずっと、掛かり切りになっていたものだろうか。

 ―――まあそれを使わせるための当人が今、このカルデアにはいないのだが。

 

「資源に余裕があればツクヨミちゃん用に欲しいところだったんだがね。

 生憎、それだけのものは用意できなかった」

 

「……まだ完成していないんでしょう。持っていく意味あるの?」

 

「あっちで完成させるさ。あって困るものじゃないからね」

 

 そこまで聞いて、溜め息一つ。

 オルガマリーは立ち上がり、ダ・ヴィンチに追従していく。

 

「―――そういうわけらしいわ。

 わたしはレイシフトの準備をするので、あなたたちはいつも通りにお願いね」

 

「はいはい、大丈夫だよ。こっちの皆がお腹を空かせることがないように、だね」

 

 苦笑しつつ、そんなことを言うブーディカ。

 

「ネロ。たぶん今日は皆は忙しくして、管制室から出てこなくなりそうだ。

 料理はするから、ジャンヌたちと一緒に運んでもらうよ」

 

 そうやってネロに対して声をかけて、ふと気付く。

 彼女が何やら難しい顔をして、頭に手を当てていること。

 そんな様子に首を傾げて、再び声をかける。

 

「ネロ?」

 

「ん、む? ああ、うむ。任せておくがよい。

 その程度ならば余が盛大に飾りつけつつ、配膳してみせようではないか」

 

 頭痛を振り払うように軽く頭を動かし、彼女は清姫を拘束した。

 無理矢理にでも着いていく気満々の蛇娘。

 彼女は抱きしめられている状態から蛇のようにすり抜けようとして―――しかし。

 がっしりと完全に捕まえられ、可愛がられてしまう。

 

「……?」

 

 そんな彼女を見ながら、ブーディカはオルガマリーたちを見送った。

 

 

 

 

 子供じゃあるまいし、と彼女は思った。

 子供ならまだ可愛げがあるものを、と彼女は思った。

 口に出さずにお馴染みのやり取りが繰り広げられたと、誰でも分かった。

 

「……そういうわけだから、頼むわよ」

 

「はいはい、勝手にしなさいな」

 

 マスターが今度はダ・ヴィンチとレイシフトする。

 そんな事態を知り、また妙に拗ねたオルタ。

 それを呆れた視線で眺めているのはアタランテ。

 

 何かオルタとアタランテこそ姉妹染みてきたな、と。

 ちらっとそんなことを考えつつ、作業を続行するロマニ。

 

「ちなみに、タイムマジーンはどうなっている」

 

 前回の決戦で大破したマジーン。

 それは格納庫で放置されている状態で、修理されていない。

 基本的に今まではジオウによる修理だったのもある。

 

「放置中。残念ながらそっちまで手が回らなかったからね。

 今回はお休み、ということになるだろう」

 

 ダ・ヴィンチちゃんでもある程度手は付けられる。

 が、今回は純粋に手が足りていなかった。

 もっとも、向こうから呼び出せるとも限らないのだ。

 修理が完了していても出番がなかった、という可能性もあるだろう。

 

 エルメロイ二世が準備を手伝うコフィンの中に滑り込むダ・ヴィンチちゃん。

 ただのコフィンというだけではなく、更なる機材が増設されたもの。

 突貫工事で作った特別製のものの中で、彼女はさくさくと準備を完了させた。

 

「レイシフト先の観測は、私がコフィンの中でやる。

 こちらでは存在証明に重点を置いて作業をお願いするよ。

 あんまり時間を置きすぎると見失いそうだ、すぐ始めよう」

 

「……ということよ。これより、わたしとダ・ヴィンチ。

 両名による、未観測特異点へのレイシフトを強行します。

 迅速な行動が求められるため、各員はすぐに作業に取り掛かるように」

 

 そう言ってからオルガマリーもまたコフィンへ。

 彼女の方のコフィンを調整した職員。

 その手元作業を手伝っていたジャンヌが、微笑んで彼女に声をかける。

 

「主のご加護があるよう、私も祈っています」

 

 苦笑するように頷いて、コフィンへ乗り込むオルガマリー。

 そうして、俄かに騒がしくなりだしたカルデア管制室。

 全ての人員が一つの目的のために動き―――そうして。

 

『アンサモンプログラム スタート。

 霊子変換を開始 します。

 レイシフト開始まで あと3、2、1……全工程 完了(クリア)

 実証を 開始 します』

 

 彼女たちは、新たな戦場へと送り込まれた。

 

 

 

 

 どうやら美術館―――いや、特定個人の展覧会か。

 レイシフトによって到着した場所、ではないと看破する。

 恐らくは精神世界的なあれだろう。

 サーヴァントなのだし、そういうこともあると適当に納得。

 

「さて。それで……」

 

「ほう、美しい……なるほど、そういうセンスか」

 

 自分の作品が並ぶ光景を見回したダ・ヴィンチちゃんにかかる声。

 彼女がそちらに視線を向けると、そこには怪物がいた。

 

「おや、そういう君は別に美しくないね」

 

 まるでウィトルウィウス的人体図を模型にしたような。

 そんな四本の腕に、四本の脚。

 その腕とは別に腹にはモナ・リザらしき造形の顔と腕。

 頭には空気ねじを帽子のように被った、髭を蓄えた怪物。

 

「ふむ。外見は素晴らしいが内面は別に美しくないな。当たり前だが。

 せっかくのモナ・リザが台無しだ」

 

「は? お前の腹のモナ・リザの方がよっぽど台無しだから。

 なにそれ、私の作品を馬鹿にしてるの?

 節操のない取り合わせでそんな外見作って、私の美が台無しだぜ」

 

「自分をモナ・リザにする、という発想が既にモナ・リザの美を損ねている。

 駄目だなお前は、本当に駄目だ。

 お前という不純物がモナ・リザを貶めていることに何故気付かないのか……

 完璧な美に余計なものを足したら蛇足になる。当たり前のことだ」

 

「なんだとこの野郎」

 

 はあやれやれ、と溜め息を落とす怪物ダ・ヴィンチ。

 

 一瞬で分かった。もう殺し合いしかない。

 たぶんソウゴもオーマジオウにこんな感情を持っているのだろう。

 超納得してダ・ヴィンチが戦闘態勢に入る。

 だがダ・ヴィンチの怪物はそれに反応を見せず、黙り込んだ。

 

「……いきなり黙り込むね。自分の間違いを認める気になったのかな?」

 

「―――私はダ・ヴィンチ。そしてお前もダ・ヴィンチ。

 故に問う。レオナルド・ダ・ヴィンチ、なぜお前はそんなことをしている」

 

「…………それは、どういう意図の質問だい?」

 

 分かっているだろう、とダ・ヴィンチは鼻を鳴らす。

 そりゃ分かってるさ、とダ・ヴィンチちゃんは肩を竦める。

 

「んー、まあ。私はサーヴァントだからね。サーヴァントは人類史の守護者。

 根底には世界を守護するべきである、という精神がある。ダ・ヴィンチ本人にそういう精神がないとは言わないが、私はきっと本人よりそういう想いが強い……というより、際立つようにクローズアップはされているだろうね」

 

 サーヴァント、レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 それに限らず、サーヴァントとして召喚されるということはそういうことだ。

 そういう意識は当然のように持たされるのがサーヴァント。

 場合によってはそれを無視して動けるのも意志ある英霊、サーヴァントだが。

 

「つまり、ダ・ヴィンチ本人というわけでもない。

 天才性は間違いなく発揮されているが、精神性の比重の部分でね」

 

「だからこそ、貴様は世界を救おうとしているのだと?」

 

「―――冗談」

 

 そりゃ気になるだろう。だって色々気になることがある。

 レオナルド・ダ・ヴィンチは美を追求するもの。

 モナ・リザの肉体だってそれによる結果だ。

 そして造形美だけではなく、機能美の追求だって彼女の領分。

 

 カルデア、人理焼却、仮面ライダー。

 この旅路で色々な未知を彼女は見てきた。

 魔術王の成果さえ含め、みんな輝かしいものばかり。

 それを探求し、己が知恵として昇華して更なるステップを。

 そんな思考が生まれないはずがない。

 

 世界が滅びるとしても、自分の矜持を崩すことなど有り得ない。

 彼女の心は、世界の命運程度じゃ左右されない。

 その天秤を傾けることができるのは、彼女の価値観ただ一つなのだから。

 

 だが、彼女は己の探求心を後回しにする。

 ダ・ヴィンチちゃんは他の何を置いても、カルデアの協力者でいる。

 

「―――私は私だよ。サーヴァント化程度じゃ、何一つ変わりはない。

 私はどんな時だろうと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()

 

 美しいものを美しいと感じたから、彼女はそれに尽くす。

 

 彼女は世界を救いたいからこの道を選んだわけではない。

 世界を救うために歩き続ける人間。

 その意思こそが美しく尊いものだと思い、こうしているのだ。

 

 美しいと信じたものの絵画を描くように、美しいと信じた誰かの歩みを支える。

 いつか絵が描き上がるように、いつか誰かが旅の終わりに辿り着くまで。

 彼女にとってそこに差はない。

 これがレオナルド・ダ・ヴィンチだから。

 

「ふむ」

 

 顎髭を撫でる怪物の腕。

 彼女が彼を理解できるように、彼に彼女が理解できないはずもない。

 幾度か手で髭を梳いたダ・ヴィンチが再び口を開く。

 

「ではあの娘はどうだ。()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 あの娘ね、と。苦笑する。

 まあダ・ヴィンチが入れ込んでる娘には幾らか人数がいるが。

 これが問いかけてくるのは、恐らく一人だけ。

 

「さて、その答えは私が出すべきものじゃないよ。

 私はサーヴァント、きっと皆が出してくれる答えを見届けるだけさ」

 

「―――――」

 

 ダ・ヴィンチが微かに顎を引き、そして通路を奥に向かって歩き出す。

 去ろうとする怪物。その背に向けて、声をかける。

 

「どこに行くんだい?」

 

「さて……今の私にはどこにも行先などないが」

 

「だったら丁度いい。私に君の情報を寄こしたまえ。

 君の求めた答えも、もしかしたら特等席で見れるかもしれないよ?」

 

 足を止めて、数秒。髭を撫でながらダ・ヴィンチが思考する。

 静かにその背を見ている彼女に振り返る彼。

 

「……いいだろう、好きにするといい。

 私の気が変わらないうちは、好きに使ってみせるがいい」

 

 そう言って、怪物の体が消えていく。

 その胸から眼魂が一つ吐き出され、ダ・ヴィンチちゃんを目掛けて飛んでくる。

 彼女はそれを掴み取り、肩を竦めて微笑んで―――

 

 

 

 

 ―――そこで、バッチリ目を覚ました。

 

 目を開けた先は、地上が遠く見える空の上。

 これはまた、なかなかの状況だ。

 このままでは速度を維持しつつ落下して、粉々の四肢散開である。

 

「おやおや、これはまた」

 

「これはまた、じゃないわよ!? どうするのよ!」

 

 同じく空中にいるオルガマリーが怒鳴る。

 まあいきなりこの高さに放り出されたらそうもなろう。

 別に、二人ともこの程度なら魔術でどうにかできる技量はあるけれど。

 

 そんな怒声を聞きつつ、ダ・ヴィンチちゃんは右手を握る。

 彼女の右腕を覆う礼装である万能籠手。

 その中には眼魂が握られていて、それは自動で籠手の中へと収納されていく。

 

「……ふむ、流石私。いい情報だ」

 

「は!? なに!?」

 

「やあ、オルガマリー! 丁度、この真下で皆が戦闘中だ!

 かなりピンチみたいだね、どうする!?」

 

「――――援護できるならさっさとしなさい!

 一応あんた、わたしのサーヴァントになったんでしょう!!」

 

 天才に振り回されている自覚をしつつ、また怒鳴る。

 その答えを聞いて、ダ・ヴィンチちゃんはからからと笑った。

 

「―――よろしい。そのオーダーに応えましょう!」

 

 快活に笑い、そして懐から眼鏡を出す。

 二つ出した眼鏡の片方を、そのままオルガマリーへ。

 

「ほら、早くかけたまえ。閃光防御だ」

 

「ああ、もう……!」

 

 二人揃って空中で眼鏡をかけて。

 そうして、ダ・ヴィンチちゃんは右腕を真下へと突き出した。

 展開されていく万能籠手、レオナルド・ダ・ヴィンチの万能性を現出するもの。

 

「―――パーカーゴーストの特性はダ・ヴィンチ眼魔(わたし)によって解析済み。

 自分で計算したものではないのが癪だけど、ここは仕方ないので我慢しましょう!

 ご覧あれ、マスター! 我が叡智が生み出す万能は、他のあらゆる奇跡を凌駕することを!」

 

 掌へと光弾が生成されていく。

 万能なる者の観点から測定された、対象に絶大な効果を約束された現象。

 圧縮された光弾は、彼女が己の銘を叫ぶとともに放たれた。

 

「―――――“万能の人(ウォモ・ウニヴェルサーレ)”!!」

 

 

 

 

 アナザーゴーストが刃を構え直し―――

 

 そしてその直後、天から光が降り注いだ。

 驚く皆の頭上で拡大していく光の波動。

 

「なに……!?」

 

「ガ、グ……ッ!?」

 

 ただの光は地上を照らすだけで他に影響を与えず―――しかし。

 その光を浴びた瞬間、アナザーゴーストがよろめいた。

 同時に、ネクロムが纏っていたネクロムパーカーが何故か彼から外れる。

 

「これは……」

 

 トランジェント体に戻ったネクロムが、宙に浮く自身のパーカーを見上げた。

 何かを嫌がるようにパーカーの体を揺するそれ。

 続くように、アナザーゴーストが纏っていたムサシのパーカーが離れる。

 そちらも見て、アランは仮面の下で眉を顰めた。

 

「眼魂の力だけを強制的に排除しているのか……?」

 

「――――いま!」

 

 ―――疾走。

 ふらついている相手に対し、武蔵の二刀が奔る。

 相手の領域に入れば死、という確信があった先程とは違う。

 上着と武装を失った怪物に対し、双剣の連続が叩き込まれた。

 

 弾かれ、地面を転げるアナザーゴースト。

 彼は軽く唸りながら、ゆっくりと立ち上がろうとする。

 

 その様子を見て、この現象をもたらした光源。

 頭上を見上げたスウォルツが、小さく肩を竦めてジオウから足を放す。

 同じく時間が停止していたメモリドロイドからも力を抜いて解放。

 メモリドロイド同士で激突させて、吹き飛ばす。

 

「ダ・ヴィンチ眼魔か……ドライブの歴史が消えた以上、奴が()()のも必然か。

 まあいい、今日はここまでにしておくとしよう。

 どうやらアナザーゴーストが天空寺龍に馴染むまで、まだ時間がかかりそうなことだしな」

 

 彼の姿が一瞬ブレ、次の瞬間にはアナザーゴーストの背後に。

 すぐさま二人の体が光に包まれ、空へと舞い上がっていく。

 消えていくその姿を追って、タケルが一歩踏み出して叫ぶ。

 

「父さん!」

 

 光の中のアナザーゴーストは何も答えず、ただ消えていった。

 

 その光景を目にしながら、ネクロムが軽く顎を上げる。

 ネクロムパーカーゴーストは未だに調子を取り戻さない。

 これ以上戦闘するならば、手持ちのグリムかサンゾウを使うことになるが……

 

 そこに光の元凶、二人の人間が空から降りてくる様子を見つける。

 新たなる闖入者に溜め息一つ。

 

「また新しい連中か……まあいい。

 先に、兄上にイゴールのことを尋ねることとしよう」

 

「っ、アラン!」

 

 ネクロムが変身を解除し、パーカーも消滅させる。

 そのままアランの指が印を描き、ガンマホールを生成。

 彼はすぐにその体を眼の紋様の中に吸い込ませていった。

 

 あっさりと撤退を選択したネクロム。

 それを対して拳で地面を叩き、マコトが何とか体を起こす。

 

「……カノン、英雄の眼魂を頼む」

 

「え? お兄ちゃん?」

 

「状況は分からないが、もうのんびりとアランの動きを待っていられる状態じゃなくなった。

 俺は、あちらでやらなければならない事をしてくる」

 

 状況はさっぱりだ。

 新しく出てきた謎の敵。それに従えられる、天空寺龍らしき怪物。

 眼魔とデスガリアンに収まらず、状況は混迷していく。

 

 ―――だが、眼魔の世界で過ごしていたマコトたちには分かっていることがある。

 眼魔の行動は、大帝アドニスの理想を実現するためのものだということ。

 実際に動いているのは、あの世界の軍を統率するアデルであるということ。

 つまりアデルさえ止めれば、眼魔側の動きは一旦は停滞するということだ。

 

 そしていま、眼魔の世界に自分の意思で行けるのはマコトだけ。

 この混迷から眼魔の動きだけでも止められるなら、やるだけの価値はある。

 

 加速していく状況は最早一刻の猶予もない。

 アデルの腹心が動いているということは、眼魔たちの動きはこれから更に苛烈になるはず。

 他の勢力に対しての干渉はできないが、眼魔だけでも動きが止められるなら。

 この世界を守るために、マコトに尽くせる最善はそこにあるはずだ。

 

 立ち上がり、印を切り、アランのようにガンマホールを生成するマコト。

 

「俺は眼魔の世界に行ってくる」

 

「そ、そんな……! 待ってお兄ちゃん!?」

 

「心配するな、俺は必ず帰ってくる。必ずな」

 

 静止するカノンを振り切り、マコトの姿が消えていく。

 開いた眼の紋章の中に、眼魂になって吸い込まれていったのだ。

 

 突然の十年前死んだ父親だという怪物。

 カノンの声に振り向けば、消えていくマコトの姿。

 襲い掛かってくる状況の連続に対し、タケルは堪え切れずに叫んだ。

 

「何なんだ……! 一体、何がどうなってるんだよ――――!?!?」

 

 

 




 
特に相談せずに自分が今必要だと思っていることを強硬するマコト兄ちゃん。
何が何だか分からないままに何か知らないが精神を追い詰められるタケル殿。

眼魔世界行って、ギフト動かして、ワイルドジュウオウキングして、グレイトフルして。
というかクバルのゲーム書けてないし一回やらせてジュウオウワイルドも出しときたい。
書かなきゃいけないことが多すぎるってそれ一番言われてるから。
なんかまあ、なるようになるでしょう(思考放棄)
 


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侵入!眼魔の世界!2016

 

 

 

 赤い空の元に帰還する。

 見慣れたその空を見上げて、僅かに目を細める。

 何故か頭に過る、向こうの青い空の事。

 

 すぐさま頭を横に振り、馬鹿馬鹿しいとその感覚を追い出す。

 そうしてアランは、住処に帰還するために歩み出した。

 

 眼魔の居住区の中心は、大帝の祈りの間だ。

 大帝の祈りこそが眼魔にとって最も重要なもの。

 大帝アドニスが争いのない世界を望み、その親友イーディスが実現した。

 そうしてこの完璧なる世界が生まれたのだ。

 

 帰還して真っ先にアデルの元へ向かおうとするアラン。

 だがわざわざ足を向けるまでもなく、アデルは彼を入口で待っていた。

 彼の顔を見つけると、すぐさま礼を取る。

 

「―――ただいま戻りました、兄上」

 

「ああ、ご苦労」

 

 祈りを欠かさず、実務からは離れた大帝アドニス。

 今この世界で大帝自らが何らかの指令を下す、ということはまずない。

 大帝は眼魔世界で最も偉大な者としての象徴となっているのだ。

 

 その代行者であり、実質的に眼魔世界の行動を決定するもの。

 それがアランの兄である、アデルだった。

 

「兄上、お聞きしたいことが……」

 

「イゴールのことか。もちろん分かっている。

 だが、大帝がお前が戻ってきたら祈りの間に呼ぶよう仰せになられた」

 

「父上……大帝陛下が?」

 

 自然と怪訝に思う声が出る。

 祈りの間は大帝のみが入室を許された、特別な場所だ。

 そこへの不用意な侵入は、アランのみならずアデルさえ許されない。

 

「私との話は後だ。お前はまず、祈りの間へ向かえ」

 

 アデルの言葉に対して、アランが頭を下げる。

 確かにアデルに訊きたいことはあるが、優先するべきは大帝の言葉だ。

 何故呼ばれるのか、それは全く分からないが。

 とにかく、彼はすぐさま大帝の御座す祈りの間へ足を向けた。

 

 足早に去っていくアランの背を見つめ、眉を上げたアデルに気づかぬまま。

 

 

 

 

「タケルのお父さんが怪物に……?」

 

 何とか終了した戦闘。そうして帰還した彼ら。

 その中でタケルは、真っ先に大天空寺の地下にあるモノリスに向かった。

 明らかに変調を起こしている彼を見て、首を傾げるアカリたち。

 

「うん、アナザーライダーっていう奴らなんだけど」

 

 アナザーライダーであるだけなら、ただ倒せばいい。

 サーヴァントであれば、ウォッチと霊基が癒着してしまう。

 その結果、撃破がサーヴァントの消滅に繋がる。

 

 が、ジキルはアナザーライダーとして何度か撃破され、ウォッチも抜かれた。

 人間であればアナザーウォッチの破壊や摘出が直接死に繋がるわけではない、ということだ。

 だからそれそのものだけなら、問題はない。

 はず、なのだが。

 

「……先代は十年前に亡くなっておられます。

 今になって、何故そのような……」

 

 現代では死んでいる人間を、十年前の死の間際から連れてきた。

 しかもその命を維持できているのは、怪物化しているからだという。

 倒して怪物化を解除させれば、待っているのは死。

 そしてその怪物を倒すことができるのは―――タケルだけ。

 

「それじゃまるで、タケルにお父さんを殺させたいみたいじゃん」

 

 ナリタが苛立たしげにテーブルを叩く。

 

「その怪物を作った奴の狙いって、何か分からないんですか?」

 

「うーん……」

 

「アナザーゴーストを成長させ、我が魔王を倒すつもりかもしれないね」

 

 シブヤからの問いに答えたのは、壁に背を預けている黒ウォズだった。

 いたの? という視線を向けられて肩を竦める彼。

 

「天空寺龍はとても強力な力を持ったゴーストハンター。

 ゴーストに成り代わらせるには、最適の人材だと言えるだろう。

 それが成長しきった暁には、間違いなく最強のアナザーゴーストになる」

 

「……つまり、タケルには絶対倒せない相手を用意したってこと?」

 

「そうだね。絶対に倒されない人選をした、とも言えるだろう」

 

 ―――それならば一応、目的としては理解できる。

 強くするためには時間が必要で、その時間を稼ぐには倒されない必要がある。

 だから唯一倒せるタケルに、絶対倒せない相手を選んだ。

 そこまで言って、黒ウォズが軽く両手を上げた。

 

「だが単純に、最強のアナザーゴーストを生み出す契約者を選んだ結果でもあるだろう。

 結局のところ、天空寺龍が敵にとって最善の人選だったという事でしかない。

 強い人間を選んだら、オマケとして倒しづらい状況でもあったというだけさ」

 

「そんな言い方……!」

 

「はいはい、声を荒げない。その手の人間に突っかかっても疲れるだけだよ」

 

 立ち上がろうとしたアカリに、居間に入ってくる人影が声をかける。

 立香とマシュ、そしてオルガマリーを伴うダ・ヴィンチちゃんだ。

 彼女は入ってくるや、微笑みながら言葉を続ける。

 

「天空寺に召喚サークルは設置完了。流石はお寺、いい霊脈をお持ちだ。

 ただまあ、物資の転送はできないね。けど通信はこれで何とか繋がるだろう」

 

 にこやかに話を続ける彼女を見て、アカリが珍妙な表情を見せる。

 帰って来るやタケルが変だったから置いといたが……

 彼女の顔には、あまりにも見覚えがある。

 そんな人物の登場に対し、アカリはだいぶ気を乱されているようだった。

 

「…………その、それでこのモナ・リザの人は?」

 

「ご覧の通り、レオナルド・ダ・ヴィンチさ。

 英霊召喚に関する話は立香ちゃんたちから聞いてるかい?

 ダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれればいいよ」

 

 アカリからの問いかけ。

 それに対し、スカートを摘まみながらくるりと回るダ・ヴィンチちゃん。

 そんな様子を見て、目を見合わせるシブヤとナリタ。

 モナ・リザってレオナルド・ダ・ヴィンチの自画像なんだっけ、と。

 

「これはこれは。ではダ・ヴィンチ殿はこういう……」

 

「ぅえぇええええ――――ッ!?」

 

 御成を突き飛ばすアカリの腕。

 椅子ごと転倒する坊主が床を盛大に転がった。

 地面に横倒しになった御成が、アカリに対して怒鳴る。

 

「何をするのですかな!?」

 

「だってダ・ヴィンチよ!? レオナルド・ダ・ヴィンチ!!

 人類史上最高の天才!! っていうかなんで? なんでモナ・リザなの!?」

 

「今更幽霊の一人や二人が増えたからなんだというのです!

 異世界から幽霊や動物人間が来て! 並行世界の女武蔵殿が現れ! 侵略宇宙人が空に居て! 過去から先代が怪物になってきてる今! そんな小さなことで騒ぐ理由がありますかな!?」

 

 バンバンとテーブルを叩く御成の手。

 それを横合いから張り飛ばし、アカリがダ・ヴィンチちゃんを指し示す。

 

「大ありですー! レオナルド・ダ・ヴィンチといえば、万能の天才。

 今起きてるこの現象さえ、全て科学で解明できるほどの大天才なんだから!

 私たちの味方になるなら、もう全部解決したも同然よ! そうですよね!?」

 

「おっと。これは初めてのパターンじゃないかい?

 天才として、こんな風に話振られたらどうするべきだろうね」

 

 讃えられるのはいい気分だ。

 が、これで出来ないと言ったら自分が万能の天才じゃないみたいだ。

 そんな状況で困った表情を浮かべて、ダ・ヴィンチちゃんが首を傾げる。

 

 彼女は右腕に装着された万能籠手。

 そこに収納されたダ・ヴィンチ眼魂を見て―――小さく息を吐いた。

 

「―――私は確かに万能の天才だ。ただ、全てを科学で解き明かすからではない。

 科学以外のあらゆる分野においても天才だから、万能の天才なのさ」

 

「ほぅれ見たことですか! アカリくんの勘違い!

 ダ・ヴィンチ殿だって科学が全てではない事を認めておられますー!」

 

「いいえ! つまり既存の科学の中に含まれない物理現象が実在する、ってことよ!

 私たちはそれを解き明かすための法則を知らないだけ!

 観測して、追求すれば、全てはちゃーんと科学で証明できるのよ!」

 

「仲いいね、君たち」

 

 二人の言い合いに挟まれているダ・ヴィンチちゃん。

 そんな彼女を見つつ、武蔵は息を吐いた。

 

「それで、どうするのあいつ。

 正直、タケルが倒そうと決めただけで倒せる相手でもないと思うわよ」

 

 刃を交わした―――否、それは大嘘だ。

 彼女は勝ち負けを競い、刃を交わすという舞台にさえ立てなかった。

 

「でも、眼魂の力を奪われなければ……」

 

 アナザーゴーストが圧倒的な力を発揮したのは、ムサシを取り込んだからだ。

 そうでない状態の戦闘力は分からない。

 が、少なくともムサシを取り込んだ時よりは弱くなるだろう。

 

「んー、でもタケルが倒さなきゃいけないんでしょ?

 それってつまり、タケルも眼魂の力を使わず倒さなきゃいけないって事になるでしょ。

 使ったら、まあ間違いなく奪われるわよ」

 

 マシュの言葉に言い返す武蔵。

 アナザーゴーストはタケルでなければ倒せない。

 だが、ゴーストの力を凌駕するアナザーゴーストにタケルが対抗できるか。

 そこはまた全く別の話になるのだ。

 

「あらかじめ変身しておけば、大丈夫だったりは……」

 

「無理無理。絶対引っ張っられて取られるわよ。

 私もムサシ(わたし)と向き合ってよく分かったけど……

 力が全く同質で、完全な格上が相手ってなると本気で踏み込みようがないと思うわ。

 同じもの同士の戦いって、多分そういう風になるってこと」

 

 言いながらぐいーと体を伸ばし、困った風な表情を見せる。

 

 タケルでなければ倒せない。そしてタケルが倒すためには眼魂の力は必須。

 だが眼魂の力を得たアナザーゴーストは、単体とは比較にならない強さ。

 実際にムサシを宿したアナザーゴーストの力は目の当たりにした。

 確かに、そもそもどんな攻撃をされたのかすら分からないくらいに強かった。

 

「うーん……どうする、所長」

 

「何でわたしに振るのよ……

 言っておくけど、わたしはここがどうなってるかすら全く分かってないのよ」

 

「―――あ、そっか。

 後で私たちと所長とダ・ヴィンチちゃんで、大和さんたちのとこに挨拶行かなきゃ」

 

 ぽん、と手を打つ立香。

 ジュウオウジャーの皆は先のデスガリアンとの戦いの後、自宅―――

 大和の叔父の家に、全員で帰宅している。

 

 まだ人員がいるのか……と、オルガマリーが眉を引き上げた。

 先程、御成という人間が並べた現状だけでもう嫌になっているのだが。

 

「えーっと、所長に説明すると。今やらなきゃいけないことは……」

 

「いいわ、マシュとツクヨミから聞くから。

 あんたたちの説明聞いてたら、突っ込まなきゃいけないことが山ほど出てきそうだもの」

 

 そう言ってしっしっ、と手を振るオルガマリー。

 立香とソウゴが目を合わせ、首を傾げた。

 

 

 

 

 どかり、と。モノリスの前に腰を落とす。

 そのまま大きく溜め息を吐いた彼は、ぼんやりとその石板を見上げた。

 

「俺が父さんを、殺す……」

 

「なんだなんだ、いきなり物騒なこと言い出したなー?」

 

 一つ目お化け、ユルセン。

 その小さな幽霊が、タケルの周囲をくるくると回る。

 視界の中でふらふらと飛ぶそれを見て、彼は疑問の声を上げた。

 

「ユルセン、おっちゃんは?」

 

「さあ? あいつ、最近忙しいみたいだからなー」

 

 忙しい、らしい。

 タケルにゴーストの力と、15の眼魂を集めるという目的を与えた仙人。

 彼は時折このモノリスの前に出現する。

 神出鬼没な存在であり、こちらから接触するような事ができないのだ。

 

 彼に対して訊きたいことがあっても、こちらから尋ねる方法はない。

 膝を抱えて座り込みながら、タケルが再び口を開く。

 

「……なあ、ユルセン。お前、十年前のことって覚えてる?」

 

「十年前ぇ? さぁなぁ……なーにしてたっけなー?

 お前は親父が死んだころだっけ?」

 

「―――そうなんだけど。俺、言われてみて思い出したんだ。

 いや、思い出したっていうか……思い出せないことを、思い出したんだ」

 

 どう説明すればいいのか、と。自分が感じている未知の感覚に悩む。

 その部分の言語化があまりにも上手く行かない。

 そんなタケルの様子に、ユルセンは呆れた様子をみせた。

 

「なぁーに言ってんだお前」

 

「……凄い記憶がボヤけてる、っていうか。

 だけど、十年前のことなのに、父さんが死んだのは少し前だったような気もして……」

 

「アレだな。ストレス性の記憶障害とかだぜ、それ」

 

 処置無し、と。ぴょーい、と跳ねて頭を横に振るユルセン。

 そんな態度を前に、タケルも声を荒げる。

 

「俺は真面目な話をしてるんだよ!」

 

「じゃあ真面目に話するけど、病院行ったらどうだ? 頭のだぞ」

 

「病院……ゴーストなのに病院なんて行けるわけないだろ!」

 

 もういいと言わんばかりに両腕を振り回すタケル。

 それをひらりと縫うように躱し、ユルセンが姿を消す。

 一人残されたタケルが、溜め息を落としつつ座り直した。

 

「何なんだよ、もう。一体俺は……」

 

「大変そうだね。ヒントが欲しいかい?」

 

 突然の声。

 それに対して跳ねて、一気に立ち上がるタケル。

 彼は声の出所に対して振り向くと同時、いきなり胸倉を掴まれた。

 

 胸倉を掴まれ、引き寄せられる。

 その腕は常人のものではなく、アーマーを纏った腕。

 タケルも先日見たことのあるものであった。

 

「ッ、あんた……! 眼魂泥棒!」

 

「そういう認識は嬉しくないな。

 僕が狙うのは眼魂だけじゃなくて、僕にとって価値のあるお宝の全てだからね」

 

 シアンとブラック、二色のアーマー。

 頭部に無数のプレートが突き刺さった戦士。

 仮面ライダーディエンドが、そこにはいた。

 

 ぐい、と。掴まれた胸倉を思い切り引き寄せられるタケル。

 自分を掴む腕を掴み返しながら、その顔を睨む。

 

「一体何のつもりで……!」

 

「言っただろう? 君のその感覚にヒントを上げに来たのさ。

 いわゆる先行投資、という奴だね。僕が狙ったお宝を得るための」

 

「ヒント……!?」

 

 顔をゼロ距離で突き合わせるほどに引き寄せられて―――

 その直後。ディエンドの腕がタケルを放し、放り出した。

 

「ぐっ……!?」

 

 押し飛ばされて尻餅をついたタケルの前。

 ディエンドは腰のホルダーを開き、その中からカードを一枚抜く。

 くるりとディエンドライバーを一回転させつつ、滑り込ませるそのカード。

 

〈カメンライド!〉

 

 トリガーを引くと共に放たれる三つの光。

 それが縦横無尽に奔り、周囲を巡ったあと一つに重なる。

 実像を結ぶのは、白い戦士。

 

 バイザーを下ろしたヘルメットのような頭部に、はためくマフラー。

 肩にはタイヤのような形状のものが張り付いている。

 

〈マッハ!〉

 

 ―――現れたその姿を見て、タケルの意識が飛ぶ。

 いや、意識が飛ぶくらいに何故かそれだけのことで驚いた。

 ()()()()()()()()()()()

 知ってなきゃおかしいのに、知らない何かがそこにいると理解する。

 

「なん、だ……これ……!?」

 

「さぁね? 上げるのはヒントだけさ」

 

 頭痛を堪えるように頭を抱え、膝を落とすタケル。

 現れた仮面ライダーマッハがタケルの肩を掴み、無理矢理に立たせる。

 

 その姿に絶対見覚えがあるのに、何故か一切記憶がない。

 思い出せないけれど、とても大事なことなはず。

 それこそ、父の死に関係するほどに重要なことなはずなのに。

 

 マッハに抱えられたタケルを見ながら、ディエンドが軽く手を一振りする。

 すると彼の背後には波打つ銀幕が出現した。

 それはゆっくりと前進を始め、ディエンドを呑み込んでいく。

 ―――それどころか。ディエンドのみならず、マッハとタケルまで。

 

「他の連中ならいざ知らず、スウォルツの妨害だ。僕も手を出させてもらう。

 今回の僕が狙うお宝は、あの時のリベンジみたいなものだし……邪魔はさせないよ?」

 

「―――――!?」

 

 何を言っているかさっぱり分からない。

 が、自分がここではないどこかに連れていかれるのは理解できる。

 マッハの拘束をゴーストとして振り解こうとしても、もう遅い。

 

 ―――既に銀幕に取り込まれた彼は悲鳴も上げられぬまま、この世界から消え去った。

 

「―――タケルくん?」

 

 その数秒後、地下室に降りてくる少女。

 深海カノンが、不思議そうに首を傾げながら入室した。

 ついさっきまで声が聞こえていたのに、何故かいない。

 

「タケルくん? タケルくん、いないの?」

 

 もしかしたらゴーストになって消えているかもしれない、と。

 きょろきょろと辺りを見回しながら問いかける。

 それでも一切返事はなく―――

 

「どうしよう、眼魔世界に行っちゃったお兄ちゃんのこと……相談しようと思ってたのに」

 

 彼女は困ったように、その場で座り込んだ。

 しかしそうして数秒。彼女は首を横に振りながら立ち上がる。

 

「ううん、タケルくんもおじさんのことでいっぱいいっぱいなんだもの。

 私も何か、私にも出来る何かを探さなきゃ……」

 

 気を取り直して、彼女は地下室から上がっていく。

 ―――その後、誰もいなくなった地下室の中。

 モノリスに刻まれた眼の紋様が、微かに光を帯びた。

 

 

 

 

「マシーデ イーソナ オブナー ウィートン イリーデ イビーエ イーグモ ナリュウム アイヘイム コターナ カームン ウベーガ ウェーディン イグナー マーゾ」

 

 ―――祈りの間。

 その場で大いなる存在に祈っていた大帝アドニス。

 彼が途中で祈りの言葉を止めて、振り返る。

 そこにいたのは、自分に頭を垂れる息子―――アランの姿だった。

 

「アラン、何故祈りの邪魔をした。

 祈りの間には私以外、何人たりとも入ることは許してはいない」

 

「は? い、いえ。申し訳ありません、父上。

 兄上が父上から、私に祈りの間まで来るように、という言葉を預かったと……」

 

「アデルが?」

 

 その言葉に対し、訝しげに表情を顰めるアドニス。

 恐縮して頭を更に下げるアラン。

 そんな彼の背後から、祈りの間への新たなる闖入者。

 

 軍靴を鳴らして許可なく入室してくるのは、アデルだった。

 彼はアランのすぐ後ろで足を止めると、同じように頭を下げる。

 

「申し訳ありません、父上。どうしても、この三人で内密な話がありまして」

 

「―――アデル。その必要があるならば、そのための席を設ければいい。

 祈りの間をそのような……」

 

「それは出来ません。なぜなら、これはアランの重大な失態の話だからです」

 

「な……!?」

 

 突然話を振られ、アランが頭を上げて後ろを振り向く。

 アデルは頭を下げたままに、ただ淡々と言葉を続けていた。

 

「我らの一族がそのような失態を犯したと民にバレれば、大帝の名が穢れましょう。

 一切この話を漏洩させないためには、祈りの間を使うしかなかったのです」

 

「兄上、お待ちください! 私は失態など……!」

 

「アランは今回、人間世界を我ら眼魔によって完璧な世界にするという計画の実行隊長。

 途中、状況が変わりデスガリアンという敵性の排除を役目に変えましたが……

 ―――既に裏切ったスペクターに執着し、他の業務を疎かにしているのです」

 

「―――――ッ!?」

 

 弁明をしようとしたアランが、息を呑んで静止する。

 メガウルオウダーは、対デスガリアンという名目で彼に与えられたものだ。

 だが彼はそれをスペクターに対し、必要以上に運用している。

 それを否定しきれずに、歯を食い縛りながら俯くアラン。

 

「この世界を創りし大帝の一族。それこそが我々です。

 あらゆる感情から解放され、完璧なる世界を管理するべきもの。

 だというのに、アランは己の感情に支配され己が使命を忘れ果てた。これは―――」

 

「もういい」

 

 アドニスの声に、不動のままアデルが言葉を止める。

 その態度に対して、大帝は微かに目を細めた。

 

「お前の言いたいことは分かった。

 後は私がアランから直接聞き、その上で決めることだ」

 

「―――は」

 

「アランを残し、アデルは退室せよ。これ以上祈りの間を騒がすな」

 

 アドニスの言葉に更に深く頭を下げ、素直に踵を返すアデル。

 その背中を見送りながら、アランは強く眉を顰めた。

 

 アデルが退室するのを見送ってから、彼は父の前に跪く。

 

「申し訳ございません、父上。兄上の言う通り、私は……」

 

「―――友に執着したか。それは何故だ、アラン」

 

 静かな問い。

 詰問するような様子もなく、アドニスはアランを見据える。

 それに対して頭を垂れながら、何故? と。

 返答するために、自身の中で自問を繰り返す。

 

「それは……スペクターが我らの完璧な世界を否定し、人間の世界で……いや。

 なぜ私は……スペクターを一体……どうしようと?」

 

 大帝にこれは叛意ではない、と伝えねばならない。

 だが自分自身、自分を動かしていたものの正体が分からない。

 焦燥感を覚えながら、彼は思考し続ける。

 

「…………アラン、人間の世界はどうだった?」

 

 黙り込んだアランに対し、まったく関係ない話題を出すアドニス。

 その質問に対して、彼は意図が分からずに困惑した。

 

「え?」

 

「お前の友は人間の世界を選んだのだろう?

 その友がなぜ、人間の世界にあることを選んだか……人間の世界について考えてみて、分かりはしないか?」

 

 問いかけられ、思い出す。彼が見てきた人間の世界を。

 肉体に縛られた、不合理な存在が生きる世界だ。

 争いもなく、永遠の平和が約束された静謐なる眼魔の世界とは正反対。

 

「分かるはずもありません。

 我らの完璧なる世界に比べて、あちらの世界は何一つ―――」

 

「どうした」

 

 そうして言葉にしようとして、一つ引っかかった。

 それを理解しただろうアドニス。

 彼は、いまアランの心に引っかかったものを口にせよ、という。

 

 このような事を口にするのか、という微かな逡巡。

 小さく視線を惑わせたアランは、仕方なく口を開いて続けた。

 

「―――あちらの世界は……空が青く、美しかったと」

 

「―――――そうか」

 

 アドニスがその言葉を聞き、踵を返した。

 数秒の沈黙。その後に、何かを納得したかのような言葉。

 彼はアランから意識を外し、祈りの間の中心に視線を送る。

 そこにあるのは、浮遊する15枚のプレート。

 

「もう行っていい。これ以上訊くべきことはない」

 

「は? ……はっ」

 

 自分に背を向けた父に、深く頭を下げる。

 場合によっては、計画から外されるかもしれない。

 事実として失態があった以上、それに何かを言う権利は自分にはない。

 後釜はイゴールか……あるいは、ジャイロか。

 

 イゴールならばどうとでもなるだろう。

 だがジャイロが選ばれれば、まずスペクターたちの命はない。

 そのことに微かに表情を歪め、退室するために父へと背を向ける。

 

 そうした直後、再びアドニスが声を出した。

 

「―――アラン。迷った時は、自分の心に従え」

 

「え?」

 

 咄嗟に振り向く。

 祈りの間に向かい、背を向けたままの父からの言葉。

 眼魔世界とは心を消した、争いもなく、命の失われない完璧なる管理世界。

 その大望を成就させた大帝のものとは思えぬ言葉にアランは驚愕し―――

 

 ―――それを。アデルは祈りの間に忍ばせた盗聴用の眼魂で聞いていた。

 

 彼は祈りの間のすぐ外で、その会話を聞いていた。

 いや、この言葉を聞いて確信を得るために、アランを祈りの間に入れさせたのだ。

 アデルが何かを諦めるように目を瞑り、そうしてから再び目を見開く。

 

〈ウルティマ!〉

 

 アドニスとアラン、二人が同時に祈りの間の入口に視線を向ける。

 今の起動音は特別な者にしか与えられない眼魂のもの。

 それを所有しているうちの一人は、

 

「アデルか!? 何をするつもりだ!」

 

 侵入してくるのは、全身白い鎧で身を包んだもの。

 眼魔ウルティマへと変貌した、アデルに違いなかった。

 

「残念です、父上。あなたの理想を、あなたは裏切った。

 我らの完璧なる世界に、心などというもので揺れる指導者は害悪だ」

 

「お待ちください、兄上! まさか……!」

 

 ウルティマが腕を上げる。

 アランの体は、父の言葉、そして兄の凶行に頭がついていかない。

 咄嗟にメガウルオウダーを取り出そうとするも、まるで間に合わない。

 

 ―――光が奔る。

 放たれた黒い光線がアラン、そしてアドニスの胸を食い破った。

 

「アデル……!」

 

 砕け散る二人の五体。

 そしてその中から吐き出される、二人の眼魂。

 二つの眼魂は地面に落ちて転がり、粉々に砕け散った。

 

 アランが持っていたメガウルオウダーと英雄眼魂が地面に転がる。

 それに見向きもせず、アデルは祈りの間を一度出た。

 

 外で待っているのは、彼の腹心であるイゴール。

 彼はウルティマを解除すると、その男に声をかける。

 

「父上とアランの眼魂は破壊した。二人の体を捕え、拘束せよ」

 

「お任せ下さい―――大帝アデル様。

 もし、反抗された場合はいかがいたしましょう?」

 

「父上は丁重にもてなせ。

 ―――アランは、抵抗するようなら……」

 

 その後を言葉にする必要はなかった。

 イゴールは恭しく頭を一度下げて、すぐに行動を始める。

 

 彼は腕に装着された試作型メガウルオウダーに眼魂を装填した。

 瞬間。その体は青い怪物体、眼魔スペリオルへと変貌。

 青いボディの上に更に纏うのは、赤い仮面とシルクハットと一体化した衣装。

 両腕に巨大な刃物を装備したナイフ眼魔のものだ。

 

 眼魔スペリオル・ナイフと化したイゴールは、悠然と歩みを開始した。

 

 

 

 

「ここは、一体……?」

 

 いつの間にか白い戦士も眼魂泥棒もいなくなり。

 タケルは一人、見たこともない空間に投げ出されていた。

 赤い空、誰かが住んでいるとも思えない廃墟。

 

「……とにかく、ここがどこなのか調べないと」

 

 考え込んでいても仕方ない。

 とにかく動いてみて、考え込むのはその後でも遅くない、はず。

 タケルは近くにある廃墟に歩み寄り、そして足を止めた。

 

 目に映るのは黒い体の人型。

 それらが幽鬼のようにゆらめきながら、廃墟を巡っていたのだ。

 その存在には、よく見覚えがある。

 

「眼魔……!? ってことはまさか、ここって……!」

 

 眼魔世界―――

 人間の世界を侵略する異世界に、彼はいつの間にか侵入していた。

 

 

 




 
遂に真骨彫が届いた今回のお宝は昔のリベンジマン。
実際は狙ってるお宝と昔の負けは何の関係もない。
ドラグランザーとウィザードラゴンくらい関係ない
 


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敗走!白い眼魔!2005

 

 

 

 空気が抜ける音。

 機能を停止したカプセルが、自動で開いていく。

 その中に収められているのは生身の肉体。

 

 アランが、数十年―――あるいは百数十年ぶりに。

 生の肉体を動かして、ゆっくりとその場で起き上がった。

 

「一体、兄上は何を……!」

 

 眼魔は常に眼魂で活動する。

 肉体は常時カプセルに入れられ、完璧な状態に保存されているのだ。

 眼魂が幾ら破壊されても、新たな眼魂で活動体は再生できる。

 こうして死せず、争わず、心を持たず、永遠の時を生きるのが眼魔の民。

 そのはずだったというのに。

 

 再びカプセルを起動して、眼魂さえあれば元に戻る。

 多少ふらつくが、彼は何とか立ち上がって―――

 

 隣で開く、父の入ったカプセルを見た。

 

「父上……!」

 

「―――アラン、か」

 

 アドニスもまたふらつきながら、体を起こす。

 その背中に手を貸しつつ、何とか立ち上がらせる。

 

「大丈夫ですか、父上……! くっ、なぜ兄上はこんなことを……!」

 

「―――アデル……」

 

 何かを察しているかのように、アドニスの声は重い。

 父のそんな様子に、問いかけようとしたアランが、しかし。

 

「それはアデル様の言い分なのではないでしょうか?

 元、大帝陛下。そしてアラン様」

 

 肉体の安置場、大帝一族のカプセルルーム。

 そこにあっさりと踏み込んでくるのは、スペリオル・ナイフ。

 その声に聞き覚えのあるアランが、相手を睨みながら父を背に庇う。

 

「イゴールか……!」

 

「はい。お二方とも、心などという不純物に感化されたご様子。

 他ならぬあなた方が完璧なる世界の調和を乱すこと……

 その事実にアデル様は大層心を痛めていらっしゃいます。

 ですので、お二方ともにその考えを変えられるまで、幽閉させていただこうかと」

 

 スペリオル・ナイフが両腕のナイフを擦り合わせる。

 不快に響く金属の摩擦音。

 それを聞きながらアランは懐に腕を入れようとして―――

 

 生身の自分がメガウルオウダーを持っているはずがない、と舌打ちした。

 

「ご安心ください。抵抗されなければ、傷付けはいたしません。

 アデル様の寛大な処置に感謝されるがいい」

 

「……如何に兄上とはいえ、大帝を襲うなど許されるはずがない!

 世界の調和を乱し暴走しているのは、兄上の方ではないのか!?」

 

「スペクターに拘り、使命も果たせない愚かものがよく言う。

 そしてそんな出来の悪い息子の方を重用し、この世界の調和に貢献しているアデル様を蔑ろにしている大帝……まったく度し難い」

 

 軽く鼻を鳴らしたイゴール。

 彼が腕のナイフを擦り合わせながら、歩みを開始する。

 

 相手の腕は巨大な二振りの凶器。

 そして、アランもアドニスも生身だ。

 もしその刃を受ければ、簡単に死に至ることになるだろう。

 どうするべきか、と思考を回すアラン。

 

 ―――そんな彼の背後から、アドニスがスペリオルに向けて駆け出していた。

 

「父上!?」

 

「む?」

 

 一気に走り寄り、スペリオル・ナイフに組み付くアドニス。

 両腕が凶器のイゴールは、あっさりと大帝を殺しかねないため手を出さなかった。

 彼がアデルから受けた使命は、大帝の確保だ。

 アランを殺すことは許されているが、アドニスを殺す許可は出ていない。

 

「人間の世界に逃げろ、アラン! 友の許へ行くのだ!!」

 

「なにを……何を言っているのです、父上!?」

 

「まったくです。何を言うかと思えば、この世界の大帝とは思えぬ戯言を」

 

 生身の人間、アドニス。

 それはナイフ関係なしに、スペリオルの能力で殴打しただけで死にかねない。

 イゴールは武装を間違えた、と思いつつ軽く体に力を入れる。

 振り解こうとする動きに逆らい、アドニスは必死にしがみついて離れない。

 

 ―――どう動くべきか、と。

 生身の人間を壊さないために、面倒な計算を開始するイゴール。

 

「―――アラン! お前は、お前の心に従え……!」

 

「―――――!」

 

 ―――父の言葉を聞き、走り出す。

 

 父に抱き着かれ、振り解けないスペリオルの横を通り抜け。

 イゴールがアドニスを強引に振り解かないのは、殺してはいけないから。

 まず間違いなくそうだろうと判断した彼は、ここから一度離脱することを選ぶ。

 

 人間の世界に逃げるなんてことは考えない。当たり前だ。

 まずはイーディス長官の研究室に向かう。

 大帝アドニスの親友であり、この世界を創った天才だ。

 彼ならば間違いなく、アドニスを救うために動いてくれるはず。

 

「イーディス長官は間違いなくこちら側のはず……!

 姉上もきっとそうだ……! どう動けばいい……!?」

 

 アデルの行動はクーデターそのもの。

 一体どうすればいいのか、誰が仲間なのかも分からない。

 それでも何かをしなければいけない、と。

 アランは目的地に向け走り出した。

 

 

 

 

「マコト?」

 

「お久しぶりです、アリア様」

 

 眼魔世界に潜入したマコトは、警戒網を潜り抜けてみせた。

 そうして辿り着いたのは、女性がひとり佇む部屋。

 

 ―――アリア。

 彼とカノンがこの世界に飛ばされてからの十年間。

 ずっと面倒を見てくれていた、二人の恩人だ。

 

 彼女は久しぶりに見た顔に、表情を綻ばせる。

 

「久しぶりですね、元気にしていましたか? カノンは……」

 

「カノンはあちらの世界に置いてきました。

 体を取り戻し、生き返れたんです」

 

 その言葉に驚いた様子を見せるアリア。

 だがすぐに表情を驚きから喜びに変えて、微笑みかける。

 

「良かった、あなたたちがどうなるかと心配していたのです。

 アランはあなたたちのことを、全然教えてくれませんでしたから。

 顔を合わせられないのが残念ですが……」

 

 そう言って、彼女は少しだけ視線を伏せる。

 

「……アリア様。あなただけでも」

 

 人間の世界に来てくれないか、そう続けようとして。

 しかしゆっくりと首を横に振る彼女を見て、口を噤んだ。

 

「我らの一族には、この世界を創り出した責任があります。

 例えどうなろうとも、私がこの世界を離れることはありません。

 ……そんなことよりもマコト。あなたはもしや―――」

 

 アリアの様子に、それがマコトの目的を問うものだと理解する。

 彼は一切、彼女から目を逸らすことなく断言した。

 

「あちらの世界への攻めは、アデルの指揮によるもの。

 今、これ以上の侵略を許すわけにはいかない。

 時間稼ぎにしかならなくとも、ここで一度アデルの動きを止める。

 俺はそのために、ここまでやってきました」

 

 マコトの言葉は、彼女の弟であるアデルを害そうというものだった。

 

 確かにアリアは、眼魔の中でも感性は人間に近いままだ。

 アデルの行動に思うところはある。

 マコトとカノンが助かったことは純粋に喜んでいる。

 だが眼魔世界に仇なすようなことはする気はない。

 本来ならば彼女がマコトを止めなければならない状況。

 

 そんな状況でもアリアは一つ息を吐いて―――

 

「―――そうですか。私は……」

 

 そこでハッとして、マコトの方を見上げた。

 彼も気づいたように、すぐさま足音を殺し動き出す。

 自分の体を部屋の隅に押し込むマコト。

 

 その直後に扉が開き、眼魔コマンドと呼ばれる兵隊を従える者。

 眼魔スペリオルの一人が、アリアの前に立った。

 

「アリア様、失礼します」

 

「何事ですか、騒々しい」

 

「申し訳ございません。それほど火急の要件でして……

 ―――アラン様が謀叛を起こしたのです。

 大帝陛下を殺害後、彼は自らの肉体を持ち出して逃亡しました」

 

 数秒、頭の中にまったく入ってこない内容。

 隠れているマコトの呆然とした様子も感じ取れる。

 

 問い返す言葉の内容すら思いつかない。

 そんな状況のまま、ただただ彼女は問い返した。

 

「――――なんですって?」

 

「現在、アデル様の指揮の下にアラン様の追撃が始まっています。

 この場に逃げ込んでくる可能性がありますので、我らが護衛に」

 

 そこまで口にされ、アリアはすぐさま立ち上がった。

 怪訝そうな様子を見せる眼魔スペリオルたち。

 

 このままここに居座られては、マコトが動けない。

 

「いえ、私もアデルの元へと状況の確認へ行きます。

 そこまでの護衛をあなたたちに任せます。ついてきなさい」

 

「了解しました」

 

 指令に納得したのか頭を垂れる眼魔たち。

 先導するスペリオル、その背中に続くアリア。

 更にアリアの背後を固めるように、後ろについていくコマンドたち。

 

 退室した彼女たちが離れるのを待ち、マコトがゆっくりと立ち上がる。

 

「なんだ……一体、眼魔の世界で何が起き始めた……?」

 

 ―――とにかく、アリアから貰ったタイミングだ。

 ここで呆然としている時間もなく、彼は走り出す。

 アデルの事、アランの事、そしてもう一つの懸案事項。

 それらのことを思い描きながら、マコトは気を引き締め直してその部屋を飛び出した。

 

 

 

 

「ここが眼魔の世界なら、この世界のどこかに今マコト兄ちゃんが……?」

 

 眼魔の兵隊に見つからないように身を隠しつつ、動き出す。

 ここには、先にこの世界に来ただろうマコトがいるはずだ。

 どうやれば帰れるかも分からない状況。

 眼魂泥棒を探す、という行動指針もありかもしれないが……

 

 タケルはまず、マコトを探すことに決めた。

 

 一切の生活感を感じない、風化している建造物。

 この辺りに何かがあるような感じはしないが―――

 眼魔の兵士がいるということは、まったく何もないわけではないはずだ。

 きっと何かがあるのだろう。

 

「……? 何かを探してる、のかな」

 

 眼魔の兵士たちの動きは、まるで何かを探しているかのようだ。

 もしかしたら自分や眼魂泥棒がここに来てるのがバレているのか。

 そう考えて、出来るだけ息を顰めて身を縮める。

 

「っていうか、なーんでおまえがここにいるかなぁ」

 

「――――ッ!?」

 

 耳元で囁かれる言葉。

 すぐさま振り向くと、そこにはユルセンがふわふわと浮いていた。

 

「ユルセン……!? なんでここに……!」

 

「それ、完全にこっちのセリフなんだよなー。

 ったく、どうすんだよおまえー。帰る方法あんのかぁ?」

 

「……ないけど。とりあえずマコト兄ちゃんを探す」

 

「ま、それしかないだろうけどさぁ。

 多分マコトじゃお前が帰れるほどのゲート開けられないぞ。

 もちろん、おれさまでも開けないけどなー」

 

 言うだけ言って、ユルセンが動き出す。

 眉を顰めたタケルは、その後ろに着いていく。

 周囲の眼魔に見つからないように、慎重な行進。

 

 道選びに一切迷いのないユルセンを見て、タケルが表情を硬くした。

 

「なあユルセン。何で眼魔の世界の道を知ってるんだよ」

 

「そりゃ何度も来てるからに決まってるだろ」

 

 入り組んだ道を越え、何度か広間を通り。

 次の広間には、無数のカプセルが並んでいるのを見る。

 カプセルと言っても、まるで棺桶のようだ。

 

 ―――周囲に眼魔らしきものはいない。

 気になって、そのカプセルの中を覗いてみるタケル。

 中にいたのは、眠った人間だった。

 二つ三つ覗いても、中にいるのは全部人間。

 

「このカプセルの中の人たち……まさか!」

 

「ざーんねん、こいつらは眼魔の連中の体だよ。こいつらはこのカプセルの中でずーっと眠ってるだけ。一部の連中……お前の知ってるアランみたいなのは、同じように体をカプセルの中に置いといて、眼魂で活動したりしてるけどな」

 

 もしや、人間世界から連れ去った人々か。

 そう声を上げようとしたタケルに、講釈をくれるユルセン。

 確かにアランやジャベルと言った、人間と変わらない眼魔はいた。

 だがそれでも体は眼魂が本体で、眼魔とはそういうものだと思っていた。

 

 なのにここを見れば、眼魔は人間と変わらない体を持っているという。

 

「ここにいるのが……眼魔? 人間と何も変わらないのに……

 眼魔の眼魂は、眼魔世界の人間が動かしてるってこと……?」

 

 その中の一つ、男性が寝ているカプセル。

 ―――それを眺めていたタケルの前で。

 ビー、ビー、と。カプセルが何かブザー音を発生させ始めた。

 

「え、なに? なんの音?」

 

「あ、やっべ」

 

 ユルセンが口を滑らせた、と。両手らしき部分で口を塞ぐ。

 直後、タケルたちが見ていたカプセルの中。

 心地良さそうに眠っていた男性の体が、突然灰になって崩れ落ちた。

 

「…………え?」

 

「あー……」

 

 ―――数秒前まで、幸せそうに眠っていた人間。

 それが一瞬のうちに、ただの積もった灰に変わったのだ。

 誰に何をされたわけでもない。

 ただ眠っていただけの彼は、何故か消え去ってしまった。

 

 呆然としながら、彼の入っていたカプセルに触れる。

 

 すると頭の中に流れ込んでくる、誰かの夢。

 何もない。何もない、ただ幸福なだけの日常がタケルの頭を過っていった。

 永遠に継続するただの幸福が頭の中で明滅して―――

 何もなかったように、全てが消えていく。

 

 意識が戻る。

 分からない、今の光景が何だったのか。

 ただまるで―――今消えた人が見ていた、夢の残滓に触れたようで。

 

「―――なんだよ、これ。

 おいユルセン! なんなんだよ、これは!」

 

 そんな体験に頭の中が沸騰し、タケルは状況を忘れて叫んだ。

 ここが敵地であることも、何もかもが抜け落ちた。

 

「なんでおれに訊くんだよー」

 

「お前いまやばいって言っただろ!? 知ってるんだろ、何とか言えよ!!」

 

 ひらひらと舞い逃げようとするユルセンを捕まえる。

 抵抗するのも面倒だと思ったのか。

 ユルセンは意外なほどあっさりと白状を始めた。

 

「あー、もー……分かったよ、分かった分かった。

 そいつ、生命力が無くなって死んだんだよ。

 眼魔の連中はみんなこうやってカプセルに入って肉体を維持してる。

 ただちょーっとずつ生命力は無くなっていくんだ。

 そんで、そうなると当然の話だけど皆いずれは死ぬってわけ」

 

「そんな……それで、死んだ人間はこのままにして!?」

 

 生きていればいずれ死ぬ、と。

 ユルセンはこれを、ただそれだけのことだという。

 だがカプセルの中で眠り、いつの間にか灰になる。

 それを生きているなどと呼べるものなのか。

 

「だから死なないように工夫してるんだろ?

 カプセルが肉体の維持のために消費してんのは、ほんの少しの生命力だけだ。

 それを消費させなきゃ、誰も死なないからな」

 

「消費させない……? どういう意味だよ、それ」

 

「消費させないっていうか別の奴に肩代わりさせるんだよ、生命力を。

 ま、つまり人間世界から奪ってきた魂を消費してるってことなんだけど」

 

 何でもないように、そんなことを言い出すユルセン。

 その意味を呑み込むまで、タケルが一瞬呆けた。

 

「まさか……眼魔の目的って!?」

 

「そ。このシステムを維持するために、人間の魂を集める事。

 おまえの親父も、そのために人間世界に来てた眼魔を退治してたのさ」

 

 ―――意識が飛ぶ。

 眼魔の目的。その実際の内容が出てきたのもそうだが。

 それ以上に、ユルセンから父親の話が出てきたことに。

 

「……ッ、何なんだよ、この感覚……!」

 

「侵入者発見、直ちに排除します」

 

 ハッとして声の方向を見る。

 青い戦士、眼魔スペリオル。それに付き従う黒い兵隊、眼魔コマンド。

 タケルが声を上げたせいで、敵に完全に発見されていた。

 

 即座にゴーストドライバーを出現させ、懐から眼魂を取り出す。

 すぐさま体が覚えている変身動作を成し遂げて―――

 

 そもそも。今自分が持っているのが、眼魂ですらないと気付いた。

 

「なんだこれ……!?」

 

 マゼンタカラーの横に長い何か。

 誰かの顔がそこには描いてあり、その頭の上にはスイッチがある。

 こんなものを持っていた覚えはない。

 

 ―――と、眼魂泥棒に思い切り胸倉を掴まれたことを思い出す。

 誰かに入れられたとしたら、その時しかないだろう。

 もしかして代わりに眼魂を盗まれたか、と懐に手を突っ込む。

 

 オレと闘魂、そして8個の英雄眼魂。

 それらが盗まれてはいないことを確認。

 じゃあこれは一体何なんだ、と。余計に分からなくなった。

 

「ユルセ……! いない……!」

 

 タケルが意識を逸らしている間に、ユルセンは離脱していた。

 あるいはそもそも、自分が離脱するためにタケルを囮にしたのか。

 

「排除開始」

 

 スペリオルが腕を振るう。

 眼魔コマンドたちがそれに応じ、タケルに向け走り出す。

 

「ッ、変身!」

 

〈闘魂カイガン! ブースト!〉

 

 改めて眼魂を取り出し、ゴーストへと変身。

 燃える炎の如き体へと変貌し、タケルは戦闘を開始した。

 

 無数の並ぶカプセルの一つの後ろに隠れるお化け。

 こっそりと忍びつつ、ユルセンはその一つ目の頭をゆらゆらと揺らす。

 

「悪く思うなよタケル、悪いのは全部無茶させるあのおっさんだからなー。

 はぁ……んじゃ、アランの落とし物を拾いに行きますか。

 ったく、なんでおれさまにこんなことやらせるかなぁ。自分で行けよなー、自分でさー」

 

 そんな愚痴を吐きつつ、ユルセンは祈りの間を目指し動き出す。

 戦闘の騒動が広まり、どんどん集まってくる眼魔たち。

 周囲で警戒していた眼魔たちは全部ここに集まるだろう。

 おかげで、潜入もとても楽になった。

 

 

 

 

「……侵入者か、随分と都合のいいタイミングだ」

 

 報告に来たスペリオルの言葉を聞いて、アデルが息を吐く。

 どうやら民のカプセルルームで戦闘が始まったらしい。

 状況から見れば、アランを逃がすための協力者か何かに見える。

 

「誰かが仕組んだとでも? あなたの行動さえも」

 

 このタイミングでクーデターを起こしたのはアデルだ。

 重なって何かが起きたというなら、原因はアデルと考えるのが自然。

 そう口にするアリアに対し、アデルは小さく鼻を鳴らした。

 

「都合がいいのはアランにとってですよ、姉上。

 恐らくは人間世界から協力者をこちらの世界に導いたのでしょう。

 その上で大帝を殺め、この混乱に乗じて逃げ出す……計画的な犯行だ」

 

 だが彼は、クーデターはアランのものだと断言する。

 どれほど嫌疑をかけたところで、それを突き崩す証拠はない。

 

「大帝を殺めたのが本当にアランだったなら、そうかもしれませんね」

 

 アリアのそんな態度に対し、アデルは小さく肩を竦めた。

 仮にそこに確信があったところで意味はない。

 眼魔世界の実権は、最初からアデルのものなのだから。

 大帝以外に彼に意見できるものは、この世界に存在しない。

 

 ―――大帝の一族。

 アドニス、アリア、アデル、アラン。

 本来はその四人が集まる際に用いられる、質素な空間。

 今そこに座っているのは、アリアとアデルの二人だけ。

 

 アデルはこれ以上動く様子はない。

 マコトはアデルを目的としてこの世界に来たが―――

 今回、彼に接触するのは不可能だろう。

 

 正直に言えばアリアは、それを狙ってアデルと共にいる。

 彼女が部屋を出たのはマコトを隠すためでもある。

 が、同時にアデルと同じ場所で彼女が待機する事をマコトに知らせるためだ。

 マコトは彼女に大きな恩義を感じてくれている。アデルとの戦いにアリアを巻き込む可能性がある限り、ここには積極的に攻めてくることはないはずだ。

 

 この状況を見て、きっと彼は一度撤退を選んでくれるはず。

 ―――友であるアランを連れて。

 

 彼女がアランを守るためにいま出来る事。

 それはこうしてマコトを利用する事だけだった。

 

「姉上はアランが犯人ではないと?」

 

 俯いていた顔、その唇を僅かに自嘲に歪める。

 そのまま彼女は、アデルの問いかけに答えを返した。

 

「―――見ていない私にその判断は下せません。

 ですが、いずれ真実は分かるでしょう」

 

「確かに。アランを捕えれば分かる話だ」

 

 そう言って黙り込むアデル。

 彼から目を逸らして、アリアは目を瞑る。

 弟のために無事を願って捧げる祈り。

 今この場でできることは、ただそれだけしかなかった。

 

 

 

 

〈カイガン! ゴエモン!〉

〈歌舞伎ウキウキ! 乱れ咲き!〉

 

 黄色いパーカーゴースト、ゴエモン。

 それを身に纏った、赤いゴーストが空を翔ける。

 逆手に持ったサングラスラッシャーの閃き。

 その攻撃が次々と眼魔を切り伏せていく。

 

 だがここは敵の本拠地なのだ。

 余りにも敵が多すぎて、対応しきれない。

 

「数が多い……! どんどん増えてく!」

 

 すれ違い様に眼魔コマンドを二体処理。

 その隙に迫るスペリオルの脚を払い、転がしてから切り裂く。

 

 ゴエモン魂の身軽な動きで、極力被弾を減らして体力は温存している。

 だがこの有様ではすぐに限界を迎えることになるだろう。

 一気に薙ぎ払いたくとも、この数の差では大技を使うのも難しい。

 

 戦闘の中で、戦場はいつの間にか障害物のない大広間へ。

 射線を切るものも存在しない状況。

 そこでは、囲まれているゴーストが攻撃を凌ぐ方法がない。

 

「ぐっ……!」

 

 眼魔コマンドに群がられ、その隙に眼魔スペリオルたちが光線を放つ。

 部下ごと薙ぎ払う、火線の集中砲火。

 それに呑み込まれて、ゴーストが吹き飛ばされて地面に転がった。

 

「アラン様の居所を吐かせる。拘束するぞ」

 

「了解」

 

「――――っ、く……!」

 

 にじり寄ってくる眼魔スペリオルの軍団。

 それに対して、ふらつきながら身を起こそうとするゴースト。

 体を起こし切ることなく拘束されるだろう状況。

 そんな状態の最中――――

 

「ハァ――――ッ!!」

 

〈ダイカイガン! スペクター! オメガドライブ!!〉

 

「なに―――っ!?」

 

 青い光を纏うスペクターの蹴撃が、スペリオルに激突した。

 一体目の胴体に蹴りを直撃させ、更にそいつを吹き飛ばしてもう一体巻き込む。

 纏めて二体、スペリオルの青いボディが爆発して粉々に消し飛んだ。

 

 突然の乱入に対し、残っているスペリオルたちが困惑する。

 

「スペクター……! こいつもアラン様の協力者か!」

 

「マコト兄ちゃん……!?」

 

「タケル、何故こちらの世界に……!

 どうやってこちらにきた!?」

 

「ご、ごめん……ちょっとよく分かんない!」

 

 マコトが目指したのは、アランがいそうな場所。

 つまり眼魔たちが騒ぎを起こしている中心。

 だがそこにいたのは捕えられようとしているアランではなかった。

 

 タケルがこの場にいるのもおかしい。

 が、悠長に考え込んでいられる状況ではない。

 タケルがここにいる以上、アランの確保がなおさら必須となった。

 

 マコトの開くガンマホールでは、眼魂サイズの物体以外通過できない。

 つまり眼魂化できる自分以外、人間世界へと移動できないのだ。

 だがアランの開くガンマホールであれば別。

 肉体を取り戻したアランも、眼魂になれないタケルも通れるはず。

 

 ここにいない、まだ見つかっていない。

 そう考えた場合、アランが他のどこにいるか。

 どこを目指して動いているか。

 

「―――長官の研究室……!

 タケル! こいつらを一気に吹き飛ばすぞ!!」

 

「―――分かった!」

 

 ゴーストがスペクターに眼魂を投げる。

 同時に自分が眼魂を入替、ドライバーから新たなパーカーを召喚。

 白と灰色のパーカーゴーストが飛び出し、眼魔たちの中へ突っ込んでいく。

 それに陣形が乱された眼魔コマンドたち。

 

 その隙にスペクターもまた眼魂を変える。

 黄色い眼魂を入れられ、トリガーを引かれたゴーストドライバー

 そこから舞い上がるのは、黄色と銀のパーカー。

 

〈カイガン! ベートーベン!〉

〈曲名! 運命! ジャジャジャジャーン!〉

 

〈カイガン! エジソン!〉

〈エレキ! ヒラメキ! 発明王!〉

 

 エジソン魂を憑依させたスペクターが、ガンガンハンドを取り出す。

 銃形態のそれから放たれる雷撃。

 それが周囲に広がった無数の眼魔たちの足を止めさせ、焼いていく。

 

 彼の後ろでゴーストが纏うのは、ベートーベンパーカー。

 闘魂ベートーベン魂はその場で腕を振り上げ、指揮を開始した。

 拡大していく音の領域。そこに飛び交う無数の音符。

 

 雷光、音波。

 その二つが周囲の敵を全て射程距離に収める。

 

〈ダイカイガン! ベートーベン! オメガドライブ!!〉

〈ダイカイガン! オメガスパーク!!〉

 

 ゴーストの腕がドライバーのトリガーを引く。

 そうしてから、中空で弧を描いてより強く音を奏でる指先。

 

 スペクターがドライバーにガンガンハンドを連動させる。

 銃口に収束していく稲光の渦。

 

 音の波動が物体を破壊するほどの衝撃を見舞い。

 砕かれたものを雷撃の嵐が纏めて消し飛ばす。

 二人の必殺攻撃が放たれた瞬間、周囲の眼魔たちは全て破壊された。

 

 敵が一応片付いたことを確かめ、銃を下ろすスペクター。

 そこにゴーストが駆け寄ってくる。

 

「マコト兄ちゃん!」

 

「タケル、何故お前が眼魔の世界に……いや。

 とにかく今は、向こうの世界に戻る事だけを考えよう。

 俺に考えがある、ついてきてくれ」

 

 変身を解除しながら、そう言って歩き出すマコト。

 その腕を、同じく変身を解いたタケルの腕が掴んだ。

 それに驚いたようにマコトが振り返る。

 

「待ってよマコト兄ちゃん!

 マコト兄ちゃんの体もこの世界にあるんじゃないの!?

 あのカプセルの中に!」

 

「……見たのか。ああ、そうだ。俺の肉体はこの世界にある。

 大丈夫だ、いずれ取り戻す。だが、今は状況が悪い。

 眼魔世界に何か、大きな動きが起こっている。

 一度退いて、それから考えなおせばいいさ」

 

「それじゃあ遅いんだ! 俺見たんだ……!

 あのカプセルの中で人が……!」

 

 時間はない、と。

 すぐにも動き出そうとするマコトを必死に止めるタケル。

 ついさっきの光景だ。何の前触れもなく、人が一人死んだ。

 

 ユルセンが言っていた。

 眼魔世界ではカプセルで肉体を保存し、眼魂で活動するのだと。

 マコトが眼魂であるならば、同じように彼は体を保存してるはず。

 つまり―――今この瞬間、その命が尽きてもおかしくないのだ。

 

 まずマコトの肉体を取り戻す。

 そうしなければ、マコトが死ぬかもしれない。

 だからこそ何としてでも彼はマコトを止めようとして、

 

「―――アラン坊ちゃまが起こした騒ぎではなかったか」

 

「―――――!?」

 

 思い切りマコトに引っ張られる。

 体勢を崩したタケルを背に庇いつつ、身構えるマコト。

 何とか立て直して振り向けば、そこには軍服の男がいた。

 

 バンダナを巻いたその男は、周囲をゆっくりと見回す。

 このタイミングでここにいるならば、先程の戦いは見たはずだ。

 眼魔の軍団を一息に撃破したタケルとマコトの戦い。

 それを見た上で、何の脅威とも思っていないのだ。

 

「眼魔……!」

 

「まずは目の前の敵を排除しましょう」

 

〈ウルティマ!〉

 

 眼魂を起動し、体を怪人に変貌させる男。

 スペリオルよりも研ぎ澄まされた白い鎧が顕現する。

 明らかに簡単に行く相手ではない。

 勝敗以前に時間を浪費すれば、それだけでこちらは致命的だ。

 

 それを理解して、マコトは撤退を選択しようとした。

 

「―――退くぞ、タケル。タケル……?」

 

 反応を示さないタケルに対し、マコトが困惑して振り返る。

 そこにいたのは、目を見開いて呆然としている彼の姿。

 彼は完全に自失して、その場に立ち尽くしていた。

 

 その様子に、対峙しているウルティマさえも僅かに困惑する。

 

「タケル、どうしたタケル!?」

 

「……まあいい。

 何もしないならば、ただ排除するだけ―――ッ!?」

 

 動き出そうとする白い鎧。

 その足元に無数の青い弾丸が着弾し、火花を散らした。

 新手による攻撃と判断し、すぐさま気を入れなおすウルティマ。

 

「何者だ!」

 

「―――生憎だが今回僕は裏方気分なんでね。名乗る気はないよ」

 

 声の直後、光弾が雨のように降り注ぐ。

 姿をこの場に見せず、弾丸のみを送り込む何者か。

 ウルティマが腕を振るえばその攻撃は容易に散らされる。

 

 ―――が、その弾幕が止まることはない。

 

「っ、タケル! 退くぞ、タケル!!」

 

 それが自分たちへの援護である、と理解する。

 例え違ったとしても、これに乗じて逃げるより他にない。

 何故いきなりタケルがこうなったのかも分からない。

 とにかく彼は呆然自失のタケルを引きずり、全力で走り出した。

 

 目指す先は、恐らくこの状況でアランが目指すだろう場所。

 イーディス長官の研究室だ。

 

 全力で走るマコトと、それに引っ張られるタケル。

 彼らは一気にその道を通り抜けていく。

 眼魔の本拠地でありながら、その道中で敵に会うような事はなかった。

 まるでその道が故意に開けられているかのように。

 

「長官が手を回してくれているのか……?」

 

 タケルの様子を伺いながら、僅かにスピードを落とす。

 だが止まる余裕があるわけもなく、彼らの疾走は続く。

 

 ―――やがて辿り着くのは、そう大きくない部屋だった。

 何に使うかも分からないようなものが、そこかしこに置かれた部屋。

 

 マコトたちがそこに入室すると同時、部屋の奥で誰かが身構えた。

 それはよく見覚えのある顔、アランの姿に相違なかった。

 

「アラン!」

 

「ッ、スペクター……!?」

 

 マコトの顔を見てアランが驚き、力を抜く。

 未だに違和感の付き纏う生身の肉体。

 その意識と実態の差に舌打ちしつつ、彼はマコトを睨み付けた。

 

「……何故、貴様がここにいる」

 

「―――元々はアデルを止めに来た。だが、状況が変わった。

 お前こそ、何故こんなことになっているんだ」

 

「ッ、私が知るものか……! 兄上は何故こんな……!」

 

 苛立ち、壁を殴るアラン。

 返ってくる衝撃で拳が痛み、彼は盛大に表情を歪めた。

 肉体があるから、こんな大したことのないものでさえ痛みを感じる。

 

 そんなアランの様子を見てから、隣で俯いているタケルを見るマコト。

 原因はまるで分からないが、覇気の欠け落ちたその姿。

 それを見て、現状での戦闘は完全に無理だと判断する。

 

 明確すぎるほどに不調な彼らから視線を外し、周囲の状況の確認に当たる。

 

「……長官はいないようだな。現状、最悪の事態と言ってもいいだろう。

 今はまだここにきていないが、バンダナの男がお前を探していた。

 奴からは凄まじい強さを感じる」

 

「バンダナ……ジャイロか。奴もやはり兄上に従っているか。

 拘束されれば、逃げる事は二度とできまい」

 

「アラン。このまま眼魔の世界にいても何の解決にもならない。

 一度人間の世界に退くべきだ」

 

「―――はっ、退く? あちらは私が攻め落とすべき世界だ。

 敵地に逃げ込んでどうする。スペクター、今更私の仲間面するのはよせ」

 

 皮肉げに笑うアラン。

 そんな彼に対して、マコトは大股で距離を詰めていく。

 その勢いのまま彼の胸倉を掴み上げ、壁に寄りかかっていた彼を引き寄せる。

 

「お前はさっき兄上が何故、と言ったな。この一件、アデルがやったんだろう?

 父親を殺され、こうして追放され、お前はそのままでいいのか!?

 このままではアリア様も危険なはずだ!

 どうにかするために、何かをしなくちゃいけないんじゃないのか!?」

 

 至近距離まで引き寄せられ、浴びせられる声。

 その言葉に対して、アランは酷く表情を歪めて歯を食い縛る。

 

 同時に、その言葉を聞いていたタケルが顔を僅かに上げた。

 

 確かに捕らえたからには、アデルはアドニスは早々に殺すことはないはず。

 助けるためには、自分がここから一度生還しなければならない。

 ここには既に眼魔世界において最強格の戦士、ジャイロも送り込まれているという。

 時間はない。手もない。ならば、人間の世界にでも逃げるしかない。

 

 だが、と。

 自分を掴むマコトの腕を掴み、苦渋の声を漏らすアラン。

 

「無理だ……私は生身の肉体。私が開けるガンマホールでは、あちらへは行けない。

 ネクロムになれればともかく、今の私では……」

 

「おっとっとー、こんなところにメガウルオウダーがー」

 

 そんな場にそぐわない気の抜けた声。

 それとともに、アランに向かってメガウルオウダーと眼魂が投げつけられた。

 ガチャガチャと音を立てて床に落ちるアランの持っていたもの。

 

 呆然としながら投げた相手を見て、そしてより呆然とするアラン。

 そこには、ユルセンが胸を張るように自慢げに浮いていた。

 

「何だ、この気持ちの悪い生き物は……」

 

「なんだとおまえー! 返せ、おれさまが必死に拾ってきてやったそれ返せ!!」

 

 ハッとして落ちたメガウルオウダーと眼魂を拾うアラン。

 ネクロムとグリム、サンゾウ。

 祈りの間で落としたものが、全て揃っていた。

 

「……すまない、礼を言う」

 

「へっ! このユルセンさまに感謝するんだな!」

 

 メガウルオウダーを装着して、数秒俯くアラン。

 彼はゆっくりと顔を上げ、マコトと視線を突き合わせる。

 互いに頷き合い、次いでマコトはタケルの方へと顔を向けた。

 

「タケル、一度向こうに戻る。変身しろ」

 

「…………うん」

 

〈カイガン! スペクター!〉

〈テンガン! ネクロム!〉

〈カイガン! オレ!〉

 

 三人が体をトランジェント体に変え、パーカーゴーストを身に纏う。

 ネクロムが一瞬だけ部屋の出口に目を向けて、印を切る。

 そうして展開される、人間界へと通じるガンマホール。

 

 彼らを眺めていたユルセンが何か忘れてるような、と首を傾げた。

 三人が飛び込む寸前まで部屋を見回して―――思い出す。

 

 部屋の中心にある台座に置かれた、通常より巨大な眼魂状の物体。

 そもそもここにタケルがきてるのがまず想定外。

 だがこのタイミングならいける、というかアデルが動いた以上は今じゃなきゃ不味い。

 

 ようやく思い出したユルセン。

 ガンマホールに飛び込もうとしているタケルの背中に、全力で叫びかけた。

 

「あ! でっかい眼魂! おいタケル、馬鹿待ておまえ!

 あれ! あのでっかい眼魂! おれさまが超欲しいからついでに持って帰れ!!

 っていうか、おまえもっと周りに興味持てよこのやろー!」

 

 この部屋に入った時タケルの方から興味を持ってればこんなことせずに済んだ。

 そんな恨み節も交え、ユルセンはひたすらに叫ぶのだった。

 

 

 




 
ミスター平成ライダージャイロ。
そろそろ天空の王者・草加の出番がくるはず。
 


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想起!十年前の記憶!2005

 

 

 

「父さん! 死なないで! 父さん!!」

 

 ―――洞窟の中にいる。

 冷たい石の地面に横たわった父からは、どんどん熱が引いていく。

 握らされた武蔵の刀の鍔からは、もう父の温かさは抜けきっていた。

 

 何かしなきゃいけない。

 ついさっきまで二人、ここに誰かがいた気がするけれど。

 もうここには、死にかけの父と自分しか残っていない。

 

「誰かぁ! 誰か助けてよ! 父さんが死んじゃうよ!!」

 

 父に縋り付き、声の限りに叫ぶ。

 

 自分には何の力もない。

 死にかけの父を治療することも、治療できるどこかへ運ぶことも。

 何一つできない。

 

 ―――叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。

 誰かに届いて、誰が拾って、そう思いながら叫ぶしか―――

 

『馬鹿野郎! ―――お前は、いつもそうやって人に頼むのか?』

 

 父を揺すっていた腕が止まる。

 一体誰に言われた言葉だったか、何故か思い出せない。

 ついさっきまで一緒にいた、誰かに言われた言葉のはずなのに。

 

『自分で何もやろうとしないで―――いつも誰かを頼るのか』

 

 大切なものを守ることを、父に任せきりにしようとした彼。

 それを叱り、改めさせようとした誰か。

 誰に言われたかも覚えていない言葉が、何故かこんなにも自分の中から溢れてくる。

 

『だったら! どうして自分で助けようとしないんだ!』

 

 涙で潤んだ瞳が見るのは、既に意識を失った父の姿。

 いつ息が止まるとも知れない、誰より大切な自分の憧れ。

 

『泣くな! 男だったら、自分を信じて立て! ―――タケル!!』

 

 ―――涙を拭う。頭を振って、立ち上がる。

 タケルに父を救うことができなくても、父を救うために戦うことはできる。

 誰かをここに呼んでくることも、まだ間に合うかもしれない。

 最後まで諦めず、自分を信じて、できることだけでも――――!

 

 父を置いて、走り出す。

 どこへ行けばいいかも分からない。

 けど、とにかく街へ出て誰でもいいから声をかけるんだ。

 大切な父を助けるために、ひたすらに足掻き続ける。

 

 走る、走る、走る、走る走る走る――――

 

 息を切らし、嘔吐しそうなほどに苦しみながら。

 それでも洞窟の抜けた森の途中で、彼は奇跡を見た。

 

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 叫ぶこともできない、擦り切れた喉。

 タケルは全力を尽くして、見つけた人間に向け走り込んだ。

 

 助けて、助かる、きっと助かる、父さんは助かる。

 

 そう信じながら彼は、見つけた大人の足に倒れ込むようにしがみついた。

 黒いズボンに掴みかかり、掠れた声を限界まで張り上げる。

 

「助けて……! お願い、父さんを、助けて……!!」

 

 そう時間だって経っていない。

 ここでこの大人の人が助けてくれれば、きっと。

 そう信じて、自分を信じて動いたから掴めた奇跡に―――

 

「―――何だこいつは。何故、人間の子供に私の姿が見える」

 

 苛立たしげな声。

 それが聞こえた直後、タケルを痛みを通り越した熱と浮遊感が襲った。

 

 蹴られたのだ、という事実をタケルが知ることはなかった。

 浮き上がるほどの力で蹴られ、地面に落ちてからも転がる小さな体。

 

 奇跡は、奇跡じゃなかった。

 体の熱よりその事実に打ちのめされたタケルが、薄くなる意識の中で見上げる。

 

〈ウルティマ!〉

 

 目の前に現れる白い化け物。

 地面を転がるタケルに向けて手を向ける怪物。

 その手の中に暗い光が灯り―――

 

 タケルは、その瞬間に意識を失った。

 

 

 

 

「うわぁああああああ―――――ッ!?!?!?」

 

 跳ね起きる。

 息荒く数秒、周囲の状況を見失って辺りを見回す。

 そこから時間をかけて、ここが自室で、今がいつなのかを思い出した。

 

 ―――眼魔の世界で見た、白い眼魔。

 自分はきっと、あれを一度見ている。

 

 落ち着かない呼吸のまま、タケルは膝を抱えて座り込んだ。

 覚えてる。覚えてるのに覚えてない。覚えてないのに覚えてる。

 前後の流れはあやふやなのに、それでもあの場面は確かにあったと覚えていた。

 

「なななななな、何事ですかなタケル殿!?」

 

 部屋がすぐ近くの御成が寝間着のまま飛んでくる。

 それに続けて、他の皆も。

 整えきれてない呼吸のまま、引き攣った表情のまま。

 しかし彼は、すぐに何でもないと首を振る。

 

「ごめん……すっごい悪い夢見ちゃって……」

 

「夢、ですかな?」

 

 それどころじゃない絶叫だったが―――

 そういう夢を見たのだ、と言われるとまあどうしようもない。

 

 もう日は昇ってきている。

 少し早いが、活動を初めてもいい頃合いだろう。

 曖昧に笑いながら、タケルは立ち上がって動き出した。

 

「ごめんごめん! 俺、ちょっと顔洗ってくるよ!」

 

「はぁ……」

 

 寝間着の皆の横をすり抜け、洗面所に向かっていくタケル。

 その背中を見送りながら、武蔵はふぅむと首を傾げ―――

 ふと、タケルの部屋に置かれている眼魂に目を止めた。

 

「……やはり、お父さんの件でとてもショックを受けているのではないでしょうか。

 通信が安定次第、Dr.ロマンにメンタルケアを依頼してみるのはどうでしょう。

 状況の解決方法としては、その、思いつきませんが……」

 

 彼の背中が見えなくなった後、マシュが呟くように言う。

 

 いつの間にか眼魔の世界に行っていたタケル。

 アランを連れ、彼と一緒に帰還したマコトの話はまだ少ししか聞けていない。

 だが、タケルは眼魔世界でも絶不調だったようだ。

 戦闘を行えるメンタルを保てないならば、アナザーゴーストとは戦えない。

 

「カルデアってとこには、お医者さんもいるんですか?」

 

「……まあ、一応はね」

 

 シブヤからロマニの事を訊かれ、微妙な表情をするオルガマリー。

 医療部門はあったが、残っているのはロマニだけ。

 一人で一部門を回し切れるはずもなく、だ。

 ダ・ヴィンチちゃんがいるのでどうにかなってはいるが。

 

「まあこちらからいきなり言及するのは止めておいた方がいい。

 何せ昨日の今日の出来事だから。

 様子を見つつ、ある程度自分だけで心の整理をつけさせてあげないとね」

 

 そう言いながら、ダ・ヴィンチちゃんが手を叩く。

 

「今日はあのアランっていう眼魔から話を聞くんだろう?

 その前に色々と済ませておこう。皆はまず着替えからだね」

 

 小さく笑って、ダ・ヴィンチちゃんがその場を離れていく。

 恐らく彼女が足を向ける先は、地下のモノリスだろう。

 言う通りなのでとりあえず、皆揃って自室へと戻っていった。

 

 ―――ひとりだけ、武蔵のみをその場に残し。

 

「……何か言いたげ? その状態で喋れるのかしら」

 

 彼女が見据えるのは赤い眼魂、ムサシのものだ。

 武蔵の言葉に対しふわり、とそれが宙に浮く。

 

 ―――次の瞬間に。

 ムサシパーカーを纏った黒い人型がそこに立っていた。

 

 納得する。

 アナザーゴーストに纏われていなくても、これはそういうものだ。

 自分の到達点―――いや、結論とでも言うべきだろうか。

 

「宮本武蔵よ、どこを目指す」

 

「あら、なに? 私の心配? それともタケルの心配?

 というか、聞かずとも他ならぬあなたに分からないとも思えないけど」

 

 黒い顔。その表面に唯一あるのは、赤い目だ。

 それに見据えられて、武蔵は肩を竦めた。

 既に空位に達し、零に至った者に対し、今からそこを目指すなどと。

 いちいちそんな口を叩きたい、とはまったく思わない。

 

 溜め息混じりの返答。

 それに対して、ムサシは微かに頭を揺らして窓から外を見る。

 

「では、辿り着いた先に何を斬る」

 

「新免武蔵の口から出る質問とも思えないけど……だって私、何かを斬りたいという信念で刃を研いできたわけじゃないもの。

 何を斬れるかは目安でしかなくて、刃の鋭さだけを求めたからの私でしょう?」

 

 だって斬りたいものを持ったら、切っ先が不純になる。

 斬りたいものにしか最大の鋭さを発揮できないなんて、剣として失敗だ。

 だから斬れるか斬れないかに拘ることはあっても、斬ることに執着はしない。

 そんなだから、宮本武蔵は人としては下衆なのだ。

 

 それを反省することはないし、恥じることもない。

 新免武蔵守藤原玄信はそれに全てを懸ける。

 空位の座に至るため、彼女はそうやって生きていく。

 

「―――そうか、そうだろうな。

 宮本武蔵はやがて、その境地へ達した時に天命を終える」

 

 パーカーのムサシは微かに首を横に振る。

 一体何を想っているのか。武蔵なれどムサシではない彼女には分からない。

 

「…………んーと。

 それは真面目にやれば死ぬ前には行けるから頑張れ、って応援?」

 

 腕を組んで遠い目をし、空を見上げるムサシ。

 そんな浸っている彼に対して、何となく言葉を返す。

 

「違うわ、莫迦者。

 無二を越え、唯一を削ぎ落とし、零へと切り込みしその刃。

 だが、その零は無を意味しない」

 

 何故か呆れられて、やれやれと言った風に首を横に振られる。

 

「うっわ、同じ武蔵に馬鹿って言われた。

 私が馬鹿ならあんたも馬鹿ですー」

 

「莫迦に莫迦と言って何が悪い。そしてこっちは莫迦じゃない」

 

 武蔵を指差しながらそう言い放つムサシ。

 彼女がその手を叩き落として、そのままパーカー男を押し飛ばす。

 押し返されたムサシがいきり立ち、逆に武蔵を押し飛ばした。

 

「なんという奴だ……! 貴様、それでも武蔵か!」

 

「あんたこそ武蔵としてどうかと思うわ!

 あのタケルの父親の怪物が出てきた時も、簡単に乗っ取られてるし!

 どんだけいいようにされてんのよ! それでも空位かっての!」

 

 そう言われたムサシが言葉を詰まらせ、動きを止める。

 ついでとばかりに、武蔵は他の眼魂たちを指差した。

 

「あの時ダ・ヴィンチに邪魔されるまでもなく、どいつもこいつも戦うの止めてたでしょ!

 タケルはともかく、マコトの方に憑いてた奴だって!」

 

 ―――その声に対して、微かに揺れる英雄眼魂たち。

 だがムサシだけはゆっくりと天井を仰ぎ、自嘲気味に息を吐いた。

 そんな彼の様子に、目を細める武蔵。

 

「……?」

 

「……確かに、それには言い返せまい。だが、これだけはお前に言っておこう。

 既に天命を終えた我が刃が、ここでこうして少しでも誰かの助けになるように。

 空位に至り、零を得ること。それは、そこでの終着を意味しない」

 

 宮本武蔵の天命がそこであった、というだけだ。

 到達した境地に辿り着いたから終わったわけではない。

 天空寺龍の呼びかけに応え、ここにいるムサシ。

 彼の意思は、彼の手にした境地は、誰かによって誰かのために使われる。

 

「―――――」

 

「そこは宮本武蔵の終わりであっても、誰かのための始まりに成り得るのだ。

 ……己が望んだ一つを残し、全ての可能性を断つ我らが零の境地。

 それは想い一つで、無限の可能性を秘めた若人を守るための無限になる」

 

 己が歩む剣の道の彼方にあるのは、“零の境地”。

 その技量、その心情、その偉業。それは全て、何にでも成り得るという。

 零であれ、無限であれ、至った者の意思一つ。

 

「剣の道には果てあれど、剣士の道に果ては無し。

 己が辿る道を突き詰めた先、お前が辿り着くべき境地。

 その先に拡がっていて欲しい景色の一つくらい、思い描くがいい。

 努々、忘れるなよ宮本武蔵」

 

「先達としての心得? ありがたいけど迷惑です。

 私にとっての道は、例え先に行く私からであっても―――」

 

 ―――剣閃が奔る。

 いや、気付いた時には既にその剣閃は終えていた。

 今、自分の目の前を過ぎ去っていったものに、喉を引き攣らせて息を呑む。

 それを描いたのが宮本武蔵であるということに疑いはなく。

 

 何を斬るでもなく振るわれた刃が、彼女の心を引き寄せた。

 彼女が求めている極みではない。

 だがそれが絶技であることに疑いようなどなく。

 

 むしろ自分が目指す対極に一歩引き返したかのような。

 そんな矛盾した刃の煌めきに、何故か惹かれた。

 アナザーゴーストの時に見た剣閃に比べれば、雑ですらあるだろう。

 だがそこには、ムサシの全霊があった。魂を賭した願いがあった。

 何故そんな心境に至ったのかは定かではないが。

 

「…………ッ!」

 

 どんな顔でそれを視ればいいのか、と表情を歪める武蔵。

 一閃描いたムサシはそのまま剣を下ろし、武蔵を見つめる。

 

「―――我が剣を見せるのは、お前のためなどではなく。

 ただ、ひとつ。頼みたいのだ、武蔵守よ。

 未だ零に至らず、唯一を決めず、無二に絞れぬその剣で

 この身が残したあり得ぬ宿業を。友との約束を、その剣で果たさせてほしい」

 

 ふ、と。

 言いたいだけ言って、ムサシの姿は消えた。

 いつの間にかそれは眼魂に戻り、床に転がっている。

 

 彼女は渦巻く感情を押し殺し、それを床から摘まみ上げた。

 そのまま他の眼魂が並んでいるところに投げつける。

 

「―――言ってくれる……!」

 

 そのまま部屋の外に出ようとした彼女。

 そこで何か一つ思いついたように足を止めた。

 だがしかし、首を横に振りながら渋い顔のまま部屋を出ていった。

 

 

 

 

「よっしゃ行けぇー! そこだ、そこ! うぉおおおお!!」

 

「レオうるさい! 音が聞こえないでしょ!?」

 

 テレビを見て大声で叫ぶレオ。

 その後ろで同じように見ているセラは、近距離からの大音量に顔を顰める。

 しかし今、音が聞こえないのは困るので塞げない。

 

 二人揃ってテレビの前を占領。

 そんな仲間の姿を見てタスクは知らん顔。勿論アムも。

 

「……ごめんなさい。うち、テレビなくて」

 

 なので、そんな二人を見ながらとりあえず大和が謝罪する。

 どうやら二人揃って、格闘技の番組を見ている様子。

 人間の世界の文明の産物を、よほど気に入ってくれたようだ。

 

 まあ状況の共有さえできればいいのだ。

 全員でなくても、参加してくれれば問題ない。

 

「―――で、説明は君がしてくれるのかい?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが目を向けるのはマコト。

 眼魔の状況を説明できるだろうアランは、ここに同席しなかった。

 事前に彼から話を聞いたマコトからの説明になる。

 

「ああ。眼魔の現状は、俺から説明する。

 何か気になることがあれば、途中でも訊いてくれていい」

 

 そう言って眼魔の現状。

 アランの置かれた状況を説明するマコト。

 彼が認識している眼魔側の人物も、粗方説明してしまう。

 

 そもそもの眼魔の成り立ち、その思想。

 争いの根絶を願う大帝に意思によって創られた不死の世界。

 それこそが眼魔世界なのだと。

 

「争いのない、死なない世界……」

 

「……思想自体は獅子王のそれと通じる所もあります。

 その世界を生きる眼魔ではないわたしたちに、その実態を否定する権利はありません。

 けれど、やはりその生き方は―――」

 

 生物のものからは、かけ離れているのではないか。

 少なくとも自分ではそう感じ、マシュは口を噤んだ。

 

「まあ、そうね。眼魔という異世界の人間がそうやって継続してること。

 それ自体に思うところはあれど、何か言うべきところはない。

 ただ相手がその思想を、こちらの世界にまで強制する侵略者だっていうなら話は別」

 

 獅子王やメガヘクス。多少の差異はあれど、純粋に己だけの思想によって世界の在り方を強制しようとしたもの。眼魔のやり方は、それと同質のものだろう。

 わたしはそう思うけど、と。周囲を見回すオルガマリー。

 少なくとも眼魔側に賛同するような意見は、そこにはなかった。

 

「じゃあやっぱ眼魔……えーっと、アデル? だっけ。その眼魔のトップを止めなきゃいけなくなるんだよな? で、そいつを倒してから、マコトの言うアリアっていう人に眼魔を止めてもらえばいいんじゃないか。その人も眼魔の世界で偉いんだろ?」

 

 頭の中に入ってきた状況を整理しつつ、口にするナリタ。

 現状で最大の問題は、アデルという人物一人に集約されているように思う。

 

「けどどうやって? アデルって人は眼魔のトップなんでしょう?

 だったら前に出てくることなんて、ほとんどないと思う」

 

「それはこう……皆で一気に攻め込んで~とか」

 

 ツクヨミの問いに対し、答えが出ずに適当な言葉を返すしかない。

 自分で言っておきながら、ナリタは駄目だこりゃ、とテーブルに突っ伏した。

 

「デスガリアンやギンガもいるもんね。戦力をどこかに集中させるのは、他のどこかを片付けてからじゃないと無理かな」

 

 状況を整理するため、何となくノートを取っていた立香。

 彼女が混沌としている相関図の外に、別勢力を書き足した。

 

 警戒が必要、という意味で特にコンティニューするデスガリアンは顕著だろう。

 巨大な戦力が必要とされる以上、ジュウオウジャーは動けない。

 仮面ライダーとサーヴァントだけで、眼魔に攻め込むのも不可能ではないが……

 

「……眼魔は眼魂がある限り不死の軍団。

 既に警戒されている今、本拠地に攻め込むというのは無理がある」

 

「聞いた限りでは、その人が入ってるカプセルごと壊せばその限りではないんだろう?」

 

 眼魔世界への侵攻。

 その消極的なマコトの言葉に対する、タスクの言葉。

 言った途端、彼は足をアムに蹴り飛ばされた。

 

「そういうのはなし!」

 

「僕だってやる気はない。だが、意見として出さない方が不健全だ」

 

 蹴られた足は微動だにせず、タスクは小さく目を細める。

 小さく頷き、その上でマコトは彼の意見を否定した。

 

「……そうだな。そうなれば、一応は眼魔への対抗手段になる。

 だがそうなると今度は、アランの協力が得られない。

 今、俺以外が眼魔世界に渡るには、アランにゲートを開いてもらう必要がある。

 アランを眼魔の民を害する戦いに協力させるのは不可能だ」

 

「そもそも行けなくちゃ話にならない、か」

 

「そのアランさんは、どうするつもりなのでしょうか」

 

 ペンでノートを叩きつつ、首を傾げる立香。

 彼女の様子を横目にしながら、マシュがマコトへ問う。

 

「大帝……あいつの父親を何とか助け出す、と言っている。

 俺たちの協力は必要ない、とも」

 

「そうはいかないから、わざわざこっちに逃げてきたんでしょ?

 簡単にそんなこと出来るわけないじゃない。っていうかあいつ、今どこに行ってるのよ」

 

 マコトの代弁に対して、呆れるようにテーブルを軽く叩くアカリ。

 

「……カノンに任せてある。

 あいつはこっちに来てから……肉体に戻ってから何も食べてない。

 そろそろ限界だろうから、多分カノンならフミ婆のところに連れていくだろう」

 

 こちらに戻ってから、他の飲食店に行ったこともない。

 それにカノンがあの店を好いている以上、他の選択肢を取ろうともしないだろう。

 

「念の為に武蔵殿に同行して頂きましたので、カノン殿も安全でしょう」

 

「たぶん武蔵はたこ焼きが目当てなんじゃ―――」

 

 何となくそう口を開くソウゴ。

 そんな彼に対して、立香が口の前で指を一本立てる。

 分かってるからいちいち言わなくていい、というジェスチャーだ。

 

「……俺はアランに協力したい」

 

 ―――そこで、今まで黙っていたタケルが口を開いた。

 皆が一斉にタケルに向かって振り返る。

 

「……ちょっと待って、タケル。あんた、今あいつに協力したいって言った?

 あいつは眼魔よ。今もこの世界に攻め込んできてる、私たちの―――」

 

「でも、アランのお父さんは生きてる。まだ助けられるんだ」

 

 彼に反論しようとするアカリ。

 彼女の言葉を遮って、静かな声でタケルはそう言い切った。

 その言葉に、アカリも黙り込むしかない。

 タケルがこれから戦わなければならない敵は、もう救えないのだから。

 

「―――ほら! 大和さんも言ってたでしょ。この星の生き物はどこかで繋がってる、助け合って生きてるって! 眼魔の世界とこの世界は違う世界だけど、繋がったってことは助け合って生きることができるってことだと思うんだ!」

 

「え? あ……うん。そう、かも、しれない……けど」

 

 話を振られ、しどろもどろになりながら大和は返す。

 様子の変わったこの場を見回して、困った顔を浮かべるタケル。

 彼は急に立ち上がって動き出す。

 

「俺、協力したいってアランに伝えてくるよ。

 分かってもらえるかは分からないけど、とりあえずそういう意思はあるって」

 

 返答も聞かず、外へと向かっていく彼。

 それを何と言って引き留めればいいのかも分からない。

 ただただそうして見送るしかなくて―――

 

「じゃあ俺も一緒に行ってくる。こっちお願いね、所長」

 

「――――ええ」

 

 一人だけその後ろに、ソウゴが着いて行った。

 

 ―――誰の吐いたものか、長い溜め息。

 完全に停止した話し合いの場。

 そこに、テレビを見るために離脱していたレオとセラが戻ってくる。

 

「いいんじゃね? 考えるより前にとにかく動く、って感じでさ」

 

「お前はもっと考えて動いた方がいい。テレビなんか見てる場合か」

 

「セラもねー」

 

 タスクとアムに言われて身を縮めるセラ。

 が、しかし。アムにまで言われる筋合いはないと眉を上げる。

 そしてまるで堪えていなそうなレオが、指でテレビを指差した。

 

「やっぱあれ、おもしれえな! あれジューランドにも持って帰りてえ!」

 

「あれだけ持って帰っても意味ないだろ」

 

 ジューランドではテレビ番組なんて放送されていない。

 人間世界のものが受信できる、というようなこともないだろう。

 

「そうそう! あのバトルが終わった後の何か変な奴でよ、さっきタケルも言ってた大和の話みたいなことも言ってたぜ!」

 

 呆れた様子を見せられても、まるで意にも介さない。

 そんなレオにますます呆れて、タスクは肩を大きく竦めてみせた。

 

「俺みたいなことって?」

 

「皆が繋がってめっちゃすげえことなる! みたいな? な!」

 

 同意を求めてセラを見るレオ。

 まるで要領を得ない彼の物言いに、セラが溜め息混じりに補足した。

 

「何だかインターネット? とかやってる会社が今までより凄いことをやる、みたいな発表をするニュースがあったのよ。ディープ……なんとか、って会社?」

 

「ああ……インターネットの話ね……」

 

 自分が言ってるのはインターネットとかは全然関係ないんだが、と苦笑する大和。

 そうしている間にレオがシブヤとナリタの背中に迫り、肩に手を回した。

 

「知ってるか? インターネット。めっちゃ繋がるらしいぞ?」

 

「そりゃまあ……」

 

「やってみますか?」

 

 不可思議現象研究所としての活動はノートPCでの作業が主だ。

 当然、ネット環境がないはずもない。

 シブヤがPCを持ってくるために立ち上がり、ナリタはレオにばんばん肩を叩かれる。

 

「あんのか!? ここやべえな! めっちゃ繋がってる!」

 

「いてえって!」

 

「ははは、わりーわりー!」

 

 じゃれ合う彼らを見ながらふと、立香がダ・ヴィンチちゃんを見る。

 

「そういえばダ・ヴィンチちゃん。

 私たちこっちのお金とかまるでないんだけど、どうにかする方法ないかな。

 眼魔もデスガリアンも多分、長期戦になりそうだし」

 

「うーん、私が私の絵の贋作を転がしてみるとか? なんて、それは冗談だけど。

 ……そういえばさっき話に出たけれど、屋台のたこ焼き屋があるんだってね。

 屋台、屋台ねえ。身分の偽造は必要……いや、そうでもないかな?」

 

 そんな風に言いながら、悪い顔をしてオルガマリーに視線を送る。

 顔を向けられた彼女はとても嫌そうに眉をひくつかせる。

 

「…………それは、まさか私に身分証代わりになれとでも言ってるの?」

 

 ―――つまりは暗示だ。

 身分証を確認しようとする相手を片っ端から暗示にかければバレない。

 オルガマリーが一緒にいればそう出来るだろう?

 ダ・ヴィンチちゃんは完全にそう言っていた。

 

「所長が店長に……?」

 

「何となく役職が下になった感じがしますね……」

 

 勝手なイメージながら、所長から店長は何か規模が落ちた感じだ。

 そんな事を言ったマシュがオルガマリーに睨まれる。

 

「でも売るものはどうするの? そもそも元手すらないのに」

 

「たこ焼き屋さんの隣に置くなら飲み物でも売ればいいんじゃないかい?

 ついでに売れるでしょ」

 

 ツクヨミからの真っ当な質問。

 対してダ・ヴィンチちゃんは、あっけらかんとそんな適当に言い放つ。

 

「フミさんのお店を全力で利用する選択です……

 合理的ですが、流石にどうかと思わざるを得ません……」

 

「打倒、自動販売機だね」

 

 公園にはちゃんと自販機もあったのを覚えている。

 もちろん、公園の近くにはコンビニだってあるのだ。

 下手をすれば眼魔やデスガリアン以上の強敵と言ってもいいだろう。

 

「ははは、実際にいいものを提供すればそんな罪悪感は帳消しさ。

 資格や認可はオルガマリーが踏み倒すとして、屋台や商品は任せたまえ。

 ダ・ヴィンチちゃん印の素晴らしいものを提供してあげよう。

 ところで、屋台の飛行機能にはどのくらいの速度が欲しい?」

 

 それを凌駕するために眼鏡を取り出し、かけて見せるダ・ヴィンチちゃん。

 ドリンクショップ・カルデア、商品開発部レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 彼女は何故か、自信ありげに胸を張った。

 

「それ面白そう! ねえねえ、私も参加していい?」

 

 話に入ってくるアム。

 一応訊いてはいるが、既に参加を確定させているような勢いだ。

 尻尾を振りながらそんな様子を見せる彼女に、セラが溜め息を一つ。

 

「王者の資格を探すのはどうするのよ……」

 

「分かってないなぁ、セラは。そうやって街の人との交流を深めれば、それっぽいのを見かけたって話をいち早く手に入れられちゃうんだから」

 

「またそれっぽいことを……」

 

 眉間に手を当てて目を瞑るセラ。

 

「けど歩くだけじゃなくて、情報を集めるための拠点があるのはいいと思う。

 ただ、アムは参加するにしてもちゃんと担当の家事をしてからね」

 

「それに、そこで皆様の生活費が稼げるなら一石二鳥ですな」

 

 飲食店でありながら、許可や何やらを踏み倒す前提がそもそもあれだが。

 実際問題としてそれを取れる立場がない。

 大天空寺や大和ならば不可能ではないかもしれないが、後々の問題にもなる。

 

 状況的にも致し方なし、と。

 細心の注意を払って行動することで、そこには目を瞑る。

 

「じゃあ私は屋台と商品作ろうかな。悪いけど地下室で作業させてもらうよ。

 三日、いや二日で完璧に準備を整えてあげよう」

 

 そう言って退室していくダ・ヴィンチちゃん。

 その背中を眺めつつ、御成はちらりと横を見た。

 物憂げに何か考え込んでいるアカリ。そんな彼女を肘で突っつく。

 

「アカリ殿、折角の機会ですぞ。

 ダ・ヴィンチ殿を手伝ったりしなくていいのですかな?」

 

「え? ああ、ええ……そうね。うん、手伝うわ」

 

 ぼんやりとしたまま立ち上がり、地下へと向かうアカリ。

 彼女を見送ってから、マコトもまた立ち上がる。

 

「……俺はタケルとアランの様子を見てこよう」

 

「じゃあ私たちは王者の資格と眼魂を……あれ?

 もしかして、もう眼魂は揃ってる?」

 

 タケルが持っているムサシ、エジソン、ロビン、ニュートン、ビリー、ベートーベン、ベンケイ、ゴエモン、リョウマ。

 マコトが持っているヒミコ、ツタンカーメン、ノブナガ、フーディーニ。

 アランが持っているグリム、サンゾウ。

 

 指折り数える立香。ノートに書き込む名前はこれで15個。

 全ての英雄眼魂がちゃんと揃っている。

 

「そういえば、そうですね。でしたら、タケルさんはもう生き返ることが……?」

 

 そんなマシュの言葉を聞いて、御成が僅かに視線を揺らす。

 タケルを生き返らせる事ができるということは、もしかしたら。

 選択肢として、今死にかけている者を生き返らせることが出来るかもしれない。

 そう考えて、しかし首を横に振る。

 

「そうですな。タケル殿が戻ってきたら、その話もしなくては」

 

 僅かに頭を揺らし、オルガマリーに視線を送るマシュ。

 彼女は努めてその視線を無視しつつ、軽く息を吐いた。

 

「……とにかく、その辺りは天空寺タケルの復帰待ちね」

 

 そんな風に言って視線を上げるオルガマリー。

 彼女の姿を、マシュの頭の上でフォウがじいと見つめていた。

 

 

 

 

「タケルさ。やりたくないことはやらなくていいんじゃない?」

 

 恐らくアランとカノンはフミ婆のたこ焼きにいるだろう。

 ならば、と。そこを目指して歩く道中。

 ソウゴは真っ先にそんな言葉を切り出した。

 

「……やりたくないこと、って?」

 

「お父さんと戦うこととか」

 

 自分を見上げるソウゴを見返して、タケルは大きく息を吐いた。

 考えないようにしている、という自覚はある。今朝の夢見のこともある。

 あんまり話したいことではないけれど。

 

「でも、俺がやらなくちゃいけないことだから」

 

 それでも、そうだという自覚は持っていた。

 

「そうかもしれないけどさ。

 でもタケルがどうしてもやりたくないなら、俺がどうにかするよ」

 

 だけどソウゴはそう言って真摯な目でタケルを見上げる。

 けして茶化しているわけではない。

 そんなことは分かっているが、どうしても声は乱暴になってしまう。

 

「どうにかって……ソウゴに何が出来るのさ」

 

「もちろん、王様として民を守ること。

 タケルだって俺の民なんだから、どうにかして欲しいならどうにかする」

 

 具体的な内容が出てくるわけではない。

 それでも確固たる意志の元、彼はそう断言した。

 理由のないその言葉に、吐き捨てるように言い返すタケル。

 

「全然どうにかできる理由になってないじゃん」

 

「でも、それが俺のやりたいことだから。

 そのためだったら、俺は何だってやってみせるって決めてる」

 

 タケルが目を背けたいなら、代わりにそこに立ち向かう。

 どうにかする方法は思いつかないが、何とかやってみせる。

 だって、自分はそういう王様でありたいから。

 そう断言したソウゴ。彼から目を逸らして、タケルは空を見た。

 

 ―――大きな夢。ソウゴを動かすのは、それなのだろう。

 自分には、英雄たちの心を繋げるほどの夢はない。

 それどころか、その言葉を遺してくれた父親を殺す羽目になって。

 

「だからこそ。タケルが決めたんなら、俺は全力で手伝うよ」

 

「え?」

 

「今のタケルにとってさ、やりたいことって何?」

 

 アランの父を助けたい、と思ったのは嘘じゃない。

 自分の父のことから逃げてるつもりもない。

 助けられるのであれば、そんなこと関係なしに助けてあげたい。

 眼魔に思うところはあっても、そこは絶対に変わらない。

 

 ―――じゃあ、自分の父に対しては?

 ソウゴの言う通りに逃げたいと思っているのか。

 タケルは父に、英雄の心を繋ぎその魂を未来に繋げと言われた。

 その約束を破るような―――

 

「俺、は……」

 

 一体これからどうすればいいのか。

 それに悩み、タケルはただ空を見上げた。

 

 

 




 
叔父さんの家にインターネット環境を整えるためにド〇モ光で契約する大和。
そこに現れる黄金の最強ゲーマー。そば、光る。
 


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破壊!そして未来に繋ぐ者!2009

 

 

 

「おやまあ、カノンちゃん。

 また新しいイケメン連れて、今度こそ彼氏かい?」

 

 たこ焼きを焼いていたフミ婆が、カノンたちが近づいてくるのに気づく。

 そうして見た中に新たな男の顔を見つけ、彼女は顔を綻ばせた。

 

「フミ婆! アラン様は彼氏とかそういうのじゃなくて!」

 

「あ、必死に否定するとこが怪しいわね」

 

 フミ婆と武蔵に挟まれ、攻勢を受けるカノン。

 おろおろと手を振りながら否定する彼女を見て、アランが眉を顰めた。

 

「何の話をしている。カレシとはなんだ?」

 

「カノンちゃんとあんたがとっても仲が良い、ってことよ」

 

 適当な内容で説明する武蔵。

 それを聞いて、アランは珍妙な顔をする。

 

「……カノンと最も交友が深かったのは姉上だ」

 

「何だい、家族公認かい? めでたいねえ」

 

「だからそういうのじゃ!」

 

 アランの言葉に乗っかるフミ婆。

 それに反応するカノンの様子を笑いながら、武蔵がフミ婆に声をかけた。

 

「お婆ちゃん、たこ焼き四つお願いね」

 

「はいよ」

 

「フミ婆! 武蔵さん!」

 

 笑いながらたこ焼きの注文をする武蔵と、受けるフミ婆。

 そこで揶揄われている、と気づくカノン。

 彼女は怒りを露わに、フミ婆と武蔵を可愛らしく睨みつけた。

 

 目の前で仕上がっていくたこ焼き四パック。

 それを見たアランが、表情を渋く染める。

 

「まさか、この眼魂のようなものを食べにきたのか?

 このようなものを食べねば維持できないとは、肉体とはなんと脆弱な……」

 

「なんだい? そっちの彼氏さんはたこ焼き知らないのかい?」

 

「―――知る必要がなかった」

 

 人間にとっては当たり前かもしれない。

 だが、眼魔にとって食事など行う必要があることではないのだ。

 眼魔も眼魂システムが完成する前に限れば―――

 もしかしたら、そんな行為を取っていたということもあるのかもしれない。

 

 だが、そんな記憶はアランには残ってない。

 食事などという行為に対し、価値を感じたことがないのだろう。

 所詮、人間のエネルギー補給などその程度の行為だ。

 

「必要なくたって知ってて損はない、ってね。

 ほら、たこ焼きを初めて食べる記念だ。彼氏の分は奢りでいいよ」

 

 そう言って1パック押し付けられる。

 手にしたパックに入った丸い食べ物。

 隣を見れば、カノンも武蔵をそれを串に刺して口に運んでいた。

 

 ……体調は悪い。

 食事という行為をしなければ、肉体の性能は下がる一方。

 それを今まさに痛感しながら、仕方なく彼はたこ焼きを口に運んだ。

 

「―――――これは」

 

 口に入れて、噛み締めて、初めての感覚に唖然とする。

 

「どうだい、美味しいだろ?

 はは、顔見りゃ分かる。そりゃ良かった」

 

 未知の感覚、食事。

 初めて味わう感覚に対して、串を動かす手が止まらない。

 どうしてか、勝手に動く手がたこ焼きを全て口の中に放り込む。

 ―――そうして、

 

「あふっ、熱っ! あっつ!」

 

「あ、アラン様!? お水! フミ婆、お水ちょうだい!」

 

「あっはっは! 馬鹿だねぇ、彼氏。

 そんな一気に食べたらそうなるに決まってるじゃないか」

 

 咳き込むアランと、けらけらと笑うフミ婆。

 カノンから水を受け取り、一気に飲み干してまた咳き込む。

 そんな生態機能に襲われたアランが、恨みがましくフミ婆を見つめる。

 

「……そんなことは知らなかった」

 

「知らないことばっかじゃないか。

 変わった人だねえ、カノンちゃんの彼氏」

 

 半ば呆れるような声。

 それを向けられたアランが、目を逸らして恨み言を呟いた。

 

「熱いものを口に入れれば痛みを感じる。

 その上、息苦しいと思えば自由に体が動かなくなる。なんて不便な……」

 

「でも、美味しかっただろう?」

 

「―――――それは」

 

 己の肩を叩くフミ婆の手。

 それを払うことも出来ず、アランは視線を彷徨わせた。

 

「ま、たこ焼き食べるだけでこんなになる奴は長い人生で初めて見たけどね!」

 

「…………っ!」

 

 そんなことを言われ、アランが表情を歪めた。

 これではまるで人間如きに負けたようで気分がよくない。

 彼はすぐさま振り返り、大人しくたこ焼きを食べている武蔵を見る。

 

 頼んだのは四パック。

 アランとカノンと武蔵、それぞれに一つと後もう一つ。

 

「おい、そのもう一つを寄越せ。今度は完璧に食してみせる」

 

「はい? ……ッ、ぷはっ! ふふ、了解了解!

 私の分の予定だったけど、そう言われちゃしょうがない。ええ、この残った舟はあなたへの挑戦としましょう! どうぞ完璧に食べてみなさいな! あ、お婆ちゃん。私の分は追加注文で」

 

 言われた言葉に噴き出しつつ、武蔵が1パックを彼に譲る。

 結局は追加したが。

 

 渡されたたこ焼きを両手で抱えたアラン。

 彼が顔を引き締めて、舟の上で並ぶたこ焼きたちを睨み据えた。

 

「ふん……言われるまでもない。

 どういうものか分かっていればこの程度の相手、私にとって造作も……」

 

 ―――そこまで口にして。

 彼は手にしていたたこ焼きをカノンの方へと受け渡した。

 不思議そうな顔をする彼女の前で、アランの厳しい視線が木々の奥へ向かう。

 

 そこにいるのは、軍服の男。

 アランのよく知る男だった。

 

「お前たちはここにいろ」

 

 そう言い残し、すぐさま走り出すアラン。

 走りながら、既に腕にはメガウルオウダーを装着している。

 

 それは眼魔―――眼魂による運用を前提にした装備だ。

 生身では、その力を十全には発揮できない。

 が、それでも。ネクロムでスペリオル程度に遅れを取るつもりはない。

 

 アランが動いたのを理解し、相手も移動を開始した。

 邪魔の入らない場所を選ぶという思考は、あちらも同じらしい。

 フミ婆たちの店から大きく離れ、見知った相手と顔を突き合わせる。

 

「ジャベル……兄上に言われ、私を捕えにきたか」

 

「アラン様。新大帝アデル様の命により、あなたを連れ帰りに参りました。もっとも、大帝陛下より生死は問わぬというお言葉も頂いておりますので、一切の手加減は致しません。

 ―――あなたほどの戦士とこうして戦う機会を得た事。このジャベル、望外の喜びを得ております故……!」

 

 言いながら眼魔眼魂を取り出すジャベル。

 その眼魂を見て、アランは驚愕に目を見開いた。

 

「ウルティマだと……!?」

 

「はい。この力、大帝陛下より授かりました」

 

〈ウルティマ!〉

 

 ジャベルの姿が白い戦士に変貌する。

 スぺリオルとはまったく異なる、眼魔世界における最大戦力。

 その赤い目を爛々と輝かせながら、彼は歩みを開始した。

 

 アランもまた、即座にネクロム眼魂を起動する。

 スローンに眼魂をセットし、ユニットを立ち上げ、特殊溶液を滴下。

 自らの肉体に、ネクロムの鎧を身に纏っていく。

 

〈テンガン! ネクロム! メガウルオウド!〉

 

 身に纏うネクロムパーカー。

 白と黒のボディにライトグリーンのラインが輝く。

 全身に満ちたエネルギーを力に変え、ネクロムが奔った。

 

「ネクロム……眼魂の能力を最大に引き出すために創られた装備。

 ですがその能力は、肉体に縛られぬ眼魂故のもの。

 今のあなたが使うネクロムで、ウルティマを越えられますかな?」

 

「随分と言うようになったじゃないか、ジャベル!!」

 

 ネクロムの拳が奔る。

 対するウルティマが片手でそれをいなし、逆にネクロムの胸を打つ。

 衝撃と痛みに押し返されて、小さく舌打ちするアラン。

 眼魂のまま動かしていた時より反応が鈍い。

 

 その事実を再認し、動きが鈍ったネクロム。

 彼の隙を、ウルティマの拳が狙い撃つ。

 頭部へと直撃する一撃に、ネクロムが地面に叩き付けられた。

 

「ぐ、あ……!」

 

「素晴らしい……これがウルティマのパワー……!

 アラン様。この力、もっとあなたで確かめさせて頂きます」

 

 倒れたネクロムの胴体を目掛け、振り抜かれるウルティマの足。

 叩き込まれた蹴撃で転がされる白いボディ。

 

「調子に、乗るな……ッ!」

 

〈デストロイ!〉

 

 吹き飛びながら地面を握り、減速させて止まる。

 痛みを堪えながらネクロムが復帰し、すぐさま彼は反撃を開始した。

 体を起こすと同時に、メガウルオウダーを発動。

 ネクロム眼魂にウルオーデューを滴下し、エネルギーを爆発させる。

 

〈ダイテンガン! ネクロム! オメガウルオウド!!〉

 

「ハァアアアアア――――ッ!!」

 

 印を切り、液体を周囲に迸らせる。

 その液体で構成されていくのは、ネクロムの眼の紋様。

 紋様は解れ、攻撃のためのエネルギーとなりネクロムの足へと纏わりつく。

 

 そうしてエネルギーを帯びたネクロムが飛んだ。

 放つ蹴撃は緑の光に包まれた流星の如く。

 立ち尽くしながら待っているウルティマに対し、その一撃が殺到する。

 

 ―――それを。

 

「この程度ですか」

 

「なに……!?」

 

 真正面から、ウルティマは受け止めてみせた。

 がしりと掴み取られた足は、力を込めても動かない。

 

 ―――ネクロムデストロイ。

 流体エネルギーを纏い、それを敵性体に浸透させて粉砕する一撃。

 それを成し遂げるための足の装甲、デバステイターブーツ。

 そこを完全に掴み取り、ウルティマは平然と耐えていた。

 

「くっ……!」

 

「少々がっかりですな。あなたほどの戦士が、この程度で終わりだとは」

 

 ネクロムのブーツを掴むウルティマの掌が光を帯びる。

 その瞬間、ネクロムのエネルギーが()()()()()

 全身に満たされていた神秘エネルギーが、瞬く間に消えていく。

 

 ライトグリーンの輝きは消え、灰色に染まるネクロムのボディ。

 ジャベルがその足を放し、投げ捨てると同時。

 ネクロムは崩れ落ちて、アランは生身で地面に転がり落ちた。

 

「ッ、……たったこれしきのことで……!」

 

 ネクロムゴースト眼魂が完全に停止した。

 眼魔眼魂によってエネルギーは補充できない今、限界はある。

 だがまさか、たったこの程度で尽きるほどに薄弱だとは。

 

 地面に這いつくばりながら、ジャベルを見上げるアラン。

 まるで勝負にならずにこの有様だ。

 ウルティマの能力以上に、彼自身の戦力があまりにも低下していた。

 

「正しい運用でなければ、ネクロムであってもこの程度」

 

 対するジャベルさえも、その結果にどこか不満そうな様子をみせる。

 だが彼は地に伏せたアランへと歩み寄ろうとして―――

 

 その戦場に新たに現れた顔を見て、動きを止めた。

 

「アラン!?」

 

 アランを追いかけて、辿り着いた公園。

 そこでカノンと武蔵から教えてもらった現状。

 

 眼魔の追手を見つけて、アランはそちらに行ってしまったと。

 タケルとソウゴは、カノンを武蔵に任せてここに来た。

 

「天空寺タケル……ちょうど良い!

 新たに手にしたこの力で、貴様への雪辱の機会を求めていた!」

 

 ジャベルが声を荒げて歓喜を示す。

 あまりにも不甲斐ない戦いの後に、本命が来たことに対して。

 

「あの時の眼魔かな。行こう、タケル!」

 

 青い戦士、スペリオルではない。

 だが物言いからして、あの白い眼魔は前に会った奴だ。

 黒い軍服の男、ジャベル。

 アランを襲っているということは、アデルという奴の味方だろう。

 

 即座にドライバーを装着し、戦闘態勢に入るソウゴ。

 そうしてウォッチを起動した彼が、反応のないタケルの方を見る。

 

「タケル?」

 

「―――白い、眼魔……!?」

 

 ジャベル―――ウルティマの姿を見て、タケルが停止する。

 その姿から感じる何かに、彼の意識がぐらつく。

 尋常じゃない彼の様子に対し、ソウゴは眉を顰めた。

 

「どうした、何故変身しない! 私を倒した姿になるがいい!」

 

 折角得た機会。

 だというのに立ち尽くすタケルに、ジャベルは声を荒げた。

 

「―――変身!!」

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

〈ジカンギレード! ケン!〉

 

 ジクウドライバーを回転させ、ソウゴがジオウへと変わる。

 背後に浮かんだ時計から射出された“ライダー”の文字。

 それを頭部に合体させた瞬間、駆け出すジオウ。

 

 タケルが動かない事に苛立ちを見せるジャベル。

 が、そんな態度を取りながらもジオウへの迎撃のために彼は動いた。

 

 放たれるギレードの剣閃。

 対し、ウルティマは無手のまま拳で剣撃を打ち払う。

 二手、三手。武器を交錯させて、ジオウが微かに足を退く。

 

「どうした? 踏み込みが浅い、怯えているのか?」

 

 純粋にパワーが強大なのもある――――が。

 その立ち回りに、違和感を覚える。技量以前に、動き方にだ。

 どこかで感じた覚えのあるこの感覚……

 

「ランスロットかな……!」

 

 ()()()()()―――()()()()()()()()()()()()()

 武器の強奪、あるいは武器の破壊を可能とする能力があると判断。

 理解して放つ剣。それが腕に弾かれた瞬間、後ろに跳ぶ。

 

〈ジュウ!〉

〈フィニッシュタイム! スレスレシューティング!〉

 

 その瞬間にギレードを変形させ、バースウォッチを装填。

 距離を開けながらの銃撃を叩き込む。

 

「む……!」

 

 コイン状のエネルギー弾が無数に銃口から放たれる。

 怒涛の如く押し寄せるメダルの津波。

 それに呑み込まれ、押し流されて―――しかし。

 

「小癪!」

 

 青い燐光を纏いながら腕を一閃。

 自身を打ち据える弾丸を纏めて一気に吹き飛ばした。

 

〈スレスレシューティング!〉

 

 ―――その瞬間、ウルティマの胴体に直撃する一発の弾丸。

 彼の背後に“STOP”と描かれた標識が浮かぶ。

 標識の通りに動きを封じられるジャベル。

 動かない体を彼が強張らせた直後。

 

「ぬぅ……!」

 

〈スレスレシューティング!〉

 

 更に直撃する、マンゴーらしき果実状のエネルギー体。

 それに呑み込まれた体は更に重くなる。

 マンゴーに溺れながら、ジャベルはウルティマの装甲を軋ませた。

 

 そうして動きを止めた相手を前に、ジオウが飛ぶ。

 ギレードを投げ捨て、ウォッチに手をかけ。

 力を解放して叩き込む、必殺の一撃―――

 

〈フィニッシュタイム! タイムブレーク!!〉

 

「はぁあああああ――――ッ!!」

 

 ウルティマの周囲に12の“キック”という文字が現れる。

 それは彼を中心に時計の文字盤のように配置され、一つずつ消えていく。

 合わせるように跳び上がりながら、飛び蹴りの姿勢に入るジオウ。

 

 自分の周囲のカウントダウン。

 それを目撃して、ウルティマの中のジャベルが鼻を鳴らした。

 

「無駄だ」

 

 ウルティマが手を広げる。

 その瞬間、彼を拘束していたものが崩れていく。

 標識が崩れ、マンゴーが腐り落ち、そして“キック”の文字が一周した。

 

「!?」

 

 カウントダウンが勝手に早まり、最後の“キック”文字が飛んだ。

 本来それは、ジオウリープシューズの足裏の刻印に合わさるもの。

 そうして完全にタイミングを合わせたキックにより、敵を粉砕するものだ。

 

 だというのにタイミングが勝手にずれた。

 まだ姿勢に入っていなかったジオウの腹に、“キック”が激突する。

 迎撃の攻撃を受けたも同然に、地面へと叩き落とされるジオウ。

 

「今のは……!」

 

「ふん……」

 

 時流を操り、触れていたものを―――自身の体を拘束していたものを、急速に風化させた。

 本来の時間より加速した結果、“キック”が先んじてジオウに飛んできたのだ。

 

 腐り落ちたマンゴーの残骸を踏みしめ、ウルティマが再始動する。

 

「―――手に触ったら駄目ってことね!」

 

〈ドライブ!〉

 

 先程の感覚に納得しつつ、新たにウォッチを取り出す。

 手慣れた動作でドライバーに装着し、回転。

 ジクウマトリクスが反応し、ウォッチに刻まれた力を現界させる。

 

〈アーマータイム! ドライブ!〉

 

 赤い鎧を身に纏い、ジオウが地面を滑るように走行を開始。

 止まらずに、疾走し続ける戦闘の構え。

 

 スピードでのかく乱に主眼を置いた選択。

 ドライブアーマーが、肩のタイヤから射出する無数のホイール。

 彼は迫りくるウルティマへとそれらを全て差し向けた。

 

 ―――その赤い車体が走るのを見て、ハッとする。

 長らく意識が混濁していたタケル。

 彼はすぐさま腰に手を当てて、ゴーストドライバーを出現させた。

 

〈一発闘魂!〉

 

「……ッ、変身!」

 

 燃える闘魂眼魂をドライバーに押し込み、トリガーを引く。

 炎上する体がトランジェント体に置き換わる。

 その体の上からパーカーを身に纏い、彼は走り出した。

 

〈闘魂カイガン! ブースト!〉

 

「タケル!?」

 

 タイヤの乱舞が攪乱する敵に対し、真っ直ぐに突っ込んでいく闘志の戦士。

 それが振り抜く拳が、隙を見せたウルティマの胴体に突き刺さる。

 ―――が、ジャベルはその一撃に微動だにせず。

 彼がゴーストの手首を握り、捻り上げる。

 

「なんだ、この気の抜けた一撃は。私が戦いたいのはこんな貴様ではない!」

 

「がぁ……ッ!?」

 

 そのままゴーストの胸に叩き込まれるウルティマの拳。

 表面が弾け、火花を散らすゴーストのボディ。

 

 しかしそこで歯を食い縛って踏み止まり、サングラスラッシャーを呼び出した。

 召喚した勢いのまま叩き付けられる赤い刃。

 

 ―――まるでそれを気にした様子もなく。

 ウルティマはつまらなそうに、腹に押し当てられた刃を掴む。

 瞬時に風化し、崩れていくサングラスラッシャー。

 

「…………ッ、」

 

「つまらん……! アラン様も貴様も、揃いも揃って腑抜けたか!!」

 

 サングラスラッシャーを消滅させた腕を、そのままゴーストの腹に突き立てる。

 その瞬間、彼の掌から溢れる青い光。

 ゼロ距離で放たれる青い光弾が放たれた直後に爆発し、ゴーストの姿を呑み込んだ。

 

「タケル―――!!」

 

 吹き飛ばされて地面に落ち、変身が解除されたまま転がるタケル。

 ―――その懐から、眼魂ではない何かが零れ落ちた。

 マゼンタ色をした、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――! あれって……まさか!」

 

 残る唯一の戦力であるジオウに、ウルティマが向き直る。

 その瞬間ドライブアーマーは両腕のシフトカー型攻撃ユニット・タイプスピードスピード、そして放てる全てのタイヤを相手に向かって射出した。

 

 それに対応している間に、ドライブアーマーの速力でタケルの側まで撤退する。

 着くと同時に倒れる彼の肩に手を置き、声をかけた。

 

「タケル、大丈夫?」

 

「……俺、何でだ。何で大切なこと、思い出せないんだ。

 大切なことだったはずなのに……! 父さんの最期が、俺の中に残ってない……!

 父さんが何で死んだのかも、確かな記憶が俺の中に残ってないんだ……!」

 

 拳を握り、地面を叩き、涙を滲ませるタケル。

 その肩に手を置きながら、微かに頭を揺らすジオウ。

 彼らの背後で迎撃を終えたウルティマが、こちらに向かってくる。

 

 それを察したソウゴが、どこを見るでもなくその場で声を張り上げた。

 

「―――黒ウォズ! 俺がこれ使うの待ってるんでしょ!?

 時間くらい稼いでよね!!」

 

 ジオウに対して光を湛えた掌を向けるウルティマ。

 光弾を飛ばそうとしたその瞬間、手首に伸びてきた布が巻き付いた。

 思い切り引っ張られ、狙いを逸らされる。

 見当違いの方向に放たれる光弾が、地面に激突して爆炎を上げた。

 

 すぐさまそちらを振りむくジャベル。

 そこには首から垂らしたストールをこちらまで伸ばした男がいた。

 彼は指でそのストールを弄り回し、肩を竦めて苦笑している。

 

「やれやれ。臣下の扱いが荒いんじゃないかい、我が魔王」

 

「新手……? 人間か?」

 

 ウルティマの手が、自分の腕に絡むストールを握る。

 武装を風化させる時間操作能力が発動し―――

 しかし、彼の腕はいつまで経っても解放されない。

 

「ヌ……!?」

 

「さあ? 一つ言えることは、君ごときが私の時間を操れるとは思わないことだ」

 

 能力で振り解くことができず、舌打ちするジャベル。

 

 どちらにせよ綱引きになれば膂力の問題でウルティマが勝つ。

 まあ流石に1分程度稼げば命令に反しないだろう、と。

 黒ウォズは微かに目を細めながら、ストールにかける力を調整する。

 敵を封じることに終始するための力のかけ方で。

 

「英雄たちの心を未来に繋げなんてって言われたって!

 俺の中に、父さんが繋いでくれたはずものが残ってなくて!

 なんでそんなことになってるかも全然分からなくて! 俺、何で……!」

 

「―――何だ、タケルの中にやりたいことあるじゃん」

 

 地面を叩いていた彼の腕をジオウが握る。

 その手を感じて止まった、タケルの背に対して言葉をかける。

 

「やっぱお父さんに言われた通り、心を未来を繋ぎたいんでしょ?

 でも、過去からお父さんが繋いできてくれた心を見失っちゃったんだ。

 だから、やりたいことだったはずなのに、そんな気になれなかった」

 

 それはきっと、アナザーライダーとの戦いが発端で。

 だからこそ、その戦いのためにソウゴが真っ先に立つ理由になる。

 

「自分の中のやりたいことが、やりたいことになった理由を忘れちゃっただけなんだ。

 ―――だったら取り戻そう。現在(いま)と、過去を。

 本当の意味でタケルが未来に繋ぎたいものを、いつか未来に繋げるように」

 

「……俺は……!」

 

 土を掴み、拳を握り締めるタケル。

 ―――そんな彼の懐から、ムサシの眼魂が零れ落ちた。

 それはそのまま飛行を開始して、彼方へと飛び去っていく。

 

 そのことにさえ気付かず、タケルは俯いたまま歯を食い縛る。

 

 彼の肩から手を放し、落ちていたウォッチを拾う。

 立ちあがったジオウがタケルから目を外し、振り向いた。

 丁度ストールを振り解かれた黒ウォズが、舌打ちしながら下がったところだ。

 

 拾い上げたウォッチを左手に握り、前に突き出す。

 ライドオンスターターを押し込むことで、起動するライドウォッチ。

 

〈ディ・ディ・ディ・ディケイド!〉

 

 起動したウォッチをドライバーのD'3スロットに装填。

 拳でライドオンリューザーを叩き、ジクウドライバーのロックを解除する。

 回転待機状態になったジクウサーキュラーを、そのまま左手で回す。

 

 ―――回転。

 世界を回すようにドライバーが回り、ジクウマトリクスがライドウォッチを認証。

 その中に刻まれた歴史を、世界に実体化させていく。

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム!〉

 

 ジオウの周囲を取り囲むように広がる光のカード。

 表面に“カメン”というジオウのクレストが描かれたそれは全部で十枚。

 

〈カメンライド! ワーオ!〉

 

 十枚のカードが、これから誕生する魔王の新たな姿のシルエットを創る。

 十の影はそれぞれ、一部分だけ実体と化している場所がある。

 頭部、胴体、右肩、左肩、右腕、左腕、右腿、左腿、右足、左足。

 それらのパーツを有する影が、ジオウを中心に重なっていく。

 

〈ディケイド! ディケイド!〉

 

 全ての影がジオウの上で重なって、彼の姿を完全に新たなるものへと変化させる。

 胸部デバイス、コードインディケーターに表示されるバーコード。

 右肩にはディケイドの名が浮かび上がり、頭部のディメンションフェイスに顔が表示。

 その顔はまさしく、“ディケイド”の名前を浮かべた、ジオウのものだった。

 

〈ディケイド!!〉

 

 マゼンタの鎧を纏い、立ち誇るジオウ。

 黒ウォズを追い払ったウルティマが、それを見て小さく唸った。

 

「ほう、貴様も新たな姿か。

 アラン様や天空寺タケルのように、すぐに無様を晒すことのないように祈るがな!」

 

 ウルティマが駆ける。

 それを前にし、彼に対して歩き出すディケイドアーマー。

 振り抜かれる拳を腕で打ち払い、そのまま頭部を殴り抜く。

 

 ジャベルは殴られた直後に体を返し、脚を振り上げてみせる。

 鞭のように撓る、ウルティマの白い脚。

 迫りくるそれを両腕で掴んで抱え、そのまま地面へと叩き伏せる。

 

「ぬぐぁ……!」

 

「こうしてやられたら、無様なのはあんたの方じゃない?

 自分を満たすためだけに戦って、誰かを傷つけて」

 

 ウルティマの腕が振り上げられ、ディケイドアーマーの肩を殴り飛ばす。

 蹈鞴を踏んで、三歩下がって止まるジオウ。

 彼がゆっくりと拳を握り直し、よろめきながら立ち上がるウルティマに向き直った。

 

「タケルはどれだけ自分が傷ついても、誰かのために立ち上がれる。

 何かを守るためでも、誰かを傷つけることに苦しめる。苦しみながらも、守るために戦える。

 だから何度倒れたって、俺はそれが無様だなんて思わない」

 

「馬鹿な……! 大帝直属のウルティマがパワーでこうも負けるだと……!?

 貴様……一体何者だ!!」

 

 叫ぶジャベル。

 それに答えようとしたジオウの視界を遮る『逢魔降臨暦』。

 即座に彼の前へと陣取った黒ウォズが、盛大に声を張り上げた。

 

「―――祝え! 全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え過去と未来をしろしめす時の王者!

 その名も仮面ライダージオウ・ディケイドアーマー!!

 この世界に通りすがりし仮面ライダーの王者が、また一つ力を継承した瞬間である!」

 

 彼の宣言に対し、わけが分からないと頭を振るジャベル。

 それに対して肩を竦め、黒ウォズが魔王に対して頭を垂れた。

 

「では、我が魔王。存分にその力を振るわれるがよろしい」

 

 言いながら体を引き、彼の前を空ける黒ウォズ。

 

 ディケイドアーマーが腕を突き出す。

 ジクウドライバーが光り、そこから出現する新たなる刃。

 新たに出現した片刃の直剣を掴み取り、構える。

 

〈ライドヘイセイバー!〉

 

「これなら……大体、いける気がする!」

 

 ―――マゼンタの軌跡を曳いて、その戦士が加速する。

 ディケイドアーマーがその重装ぶりとは思えぬ速度でウルティマに迫った。

 正面突破を考えた直線的な攻撃。

 これならば、と。ジャベルは即座に選択する行動は武器破壊。

 

 ウルティマの手が振り抜かれたヘイセイバーを掴み取る。

 同時に、ジオウの手がヘイセイバーの鍔にある時計の針、ハンドセレクターを一度回した。

 触れたものを風化させる時間操作能力。

 その発動を前にして、ヘイセイバーのスクランブルトリガーが引き絞られる。

 

〈ヘイ! ビルド!〉

〈ビルド! デュアルタイムブレーク!〉

 

 ヘイセイバーの刀身が唸る。

 まるで刀身がドリルに変わったかのような、螺旋の衝撃が刃を掴むウルティマを襲う。

 掌がズタズタに切り裂かれ、そのままジャベルが弾き飛ばされた。

 

「なん、だと……!?」

 

 蹈鞴を踏んで下がるウルティマの前で、ジオウの指がセレクターを更に回す。

 

〈ヘイ! エグゼイド! ヘイ! ゴースト!〉

〈ゴースト! デュアルタイムブレーク!〉

 

 弾かれてよろめく彼に、剣豪の剣閃が放たれる。

 赤き軌跡を描いて奔る閃光。

 それを視認する間もなく、装甲を削り落とされていくウルティマ。

 

「先程までとは、まったく別物――――!?」

 

〈ヘイ! ドライブ! ヘイ! 鎧武!〉

〈鎧武! デュアルタイムブレーク!〉

 

 果汁が波濤となって押し寄せる。

 視界を埋め尽くすオレンジ色の津波。その波ごと一閃する剣撃。

 どこに反撃するべきかも判別できず、ジャベルは身を固めるしかない。

 

〈ヘイ! ウィザード! ヘイ! フォーゼ!〉

〈フォーゼ! デュアルタイムブレーク!〉

 

 オレンジ果汁が雷撃で弾けた。

 波を蒸発させて迸る稲妻がウルティマの装甲を焼き、火花を撒き散らす。

 雷電により麻痺し、一瞬固まる彼の体。

 その胴体に回し蹴りが突き刺さり、大きく吹き飛ばされる。

 

〈ヘイ! オーズ! ヘイ! ダブル!〉

〈ダブル! デュアルタイムブレーク!〉

 

 牙の記憶を読み取った刃が白く発光。

 振るわれると同時に、三日月状の飛刃を放出した。

 

 飛来するのは荒々しい斬撃。

 その直撃を受けたウルティマが膝を落として、息を荒くし動きを止める。

 ウルティマの装甲は全身から白煙を噴き、限界を知らせていた。

 

「馬鹿な……! ウルティマが圧倒される……!?」

 

 震える体を支えながら、何とか立ち上がろうとするジャベル。

 彼の態度を見て、ジオウが微かに動きを遅らせる。

 

「…………あんたはどう思う? あんた自身が今、無様かどうか」

 

「……舐めるなァッ!!」

 

 力を振り絞り、ウルティマが立つ。

 即座に疾走に移った彼の前で、ジオウは再びセレクターを弾いた。

 

〈ヘイ! ディケイド!〉

〈ディケイド! デュアルタイムブレーク!〉

 

 引かれるスクランブルトリガー。

 そうして振り被った剣に対し、ウルティマは両腕を交差させた。

 走り込んでくる彼は、ジオウの攻撃が何であろうと正面から突破する構え。

 そんなウルティマに対して、ヘイセイバーが奔る。

 

 斬撃は刀身だけのものに非ず、無数に分裂したものに。

 守りに入った腕どころか、剣撃一つで全身を切り刻まれる。

 二度、三度と繰り返す攻撃がウルティマを力尽くで押し返した。

 

 地面を滑りながら、それでも膝を落とすことなく必死に耐えるジャベル。

 

「これ、しきィ……! 私の戦いは、まだァ……!!」

 

 よろめきながらも、彼は倒れない。

 そんな相手を前にして、ジオウはドライバーからディケイドウォッチを外した。

 流れるように、ウォッチを構えた剣のライドウォッチベースへと装着。

 ライドヘイセイバーをオーバーロード状態へと移行する。

 

〈フィニッシュタイム!〉

〈ヘイ! キバ!〉

 

 セレクターを一度回し、ヘイセイバーを手の中でくるりと回転させる。

 ジオウはその剣をまるで矢を持つように柄尻だけで持つ。

 同時に()()()()()()()、仮面ライダーの必殺技の光景。

 

 黄金のエネルギーが生じ、ジオウの手の中で大きな塊となる。

 そのエネルギーが形成するのは巨大な蝙蝠。

 ジオウが蝙蝠の胴体を握りしめ、上下に大きく翼を広げさせる。

 まるでその姿は蝙蝠を弓に見立てているが如き光景で。

 

 ―――蝙蝠を弓にして、ヘイセイバーを矢として構え。

 溢れるエネルギーでその刀身を覆い、銀の矢と成していく。

 そしてウルティマへと向け引き絞られる弓矢。

 

〈キバ! スクランブルタイムブレーク!!〉

 

 ヘイセイバーの刀身、セイバーリアライザーがキバの力を実体化する。

 形作られた銀の矢の鏃を縛っていた(カテナ)が砕け、その正体を現した。

 蝙蝠の翼を思わせる、銀と赤の鏃を持つ必殺の矢。

 

「ハァアアア――――ッ!!」

 

 ―――解き放たれる。

 放たれた銀と赤の矢は、過たずにウルティマへと直撃した。

 直撃の勢いのまま、背後の岩壁まで吹き飛ばされるジャベル。

 

「ぬぅうう、ぐぅぉおおお―――――ッ!?!?」

 

 必殺の矢と共にウルティマの姿が背後の岩壁に激突。

 その瞬間、轟音と共に罅割れながら陥没していく岩壁。

 陥没によってその場に描かれるのは、蝙蝠を思わせるキバの紋章。

 

 矢の威力によって壁にへばり付いたウルティマ。

 彼の体が壁から剥がれ落ち、地面に倒れ伏す。

 そうして消えていくウルティマのボディ。

 変身を解除されたジャベルが、呻きながら体を震わせた。

 

 ―――眼魂ではなく、生身のようだ。

 それを見て、ジオウは彼に向かって歩き出し―――すぐに足を止めた。

 

 空間に染み出すように浮かび上がってくる黒とオレンジの影。

 その姿を、確かに認識して。

 

「アナザーゴースト……」

 

 幽鬼の如くゆらりと。

 ゴーストを超えるゴーストが現世に蠢く。

 最強のゴーストが身を震わせて、地に伏せるタケルを見た。

 

 

 




 
公園付近にいたはずなのにいつの間にか岩壁がある場所で戦ってる。
犯人はキバアローのためには壁が欲しかったなどと供述しており。
 


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入魂!目覚める英雄!2016

 

 

 

「―――――」

 

 空を飛んでいくムサシ眼魂を見る。

 随分と勝手な事を言ってくれたが、今がその時だとわざわざ知らせに来たようだ。

 彼はちらりと姿を見せた後、そのまま大天空寺を目掛けて飛んでいく。

 

 表情が酷く歪みそうになるが、カノンの手前何とか耐える。

 そこにやってくるマコトの姿。

 

「カノン、アランたちは……」

 

「お兄ちゃん! アラン様が眼魔の人と……それにタケルくんたちも……」

 

 カノンの言葉に眉を顰めるマコト。

 タケルとソウゴが向かったならそう心配もないかもしれない。

 が、彼はすぐに走り出そうと身構えた。

 

「なんだと?

 ―――すまない、武蔵。カノンを頼む。俺もそちらに……!」

 

 すぐさまカノンの視線の向きから方向を理解し、走り出そうとするマコト。

 だが武蔵が足を運び、そんな彼の襟首を掴んで止めた。

 いきなり掴まれた彼がバランスを崩し、体を揺らす。

 

「っ、何をする!」

 

「ごめんごめん、でも残るのはあなたの方。

 あっちは私が行くわ。ムサシ(わたし)の約束を果たすためにね」

 

 声の調子が大分落ちる。

 その声を聞いたマコトが即座に身を引き、身構えるほどに。

 咄嗟にそんな反応を示した自分自身に驚くマコト。

 

「お前……」

 

「別に私が交わしたものではないけれど、けどあの剣を見せられたらそうも言ってられない。真っ当な願いとは無縁の私ですが、残念ながらそんな願いで剣を振ったムサシ(わたし)に対して唾を吐けるほど、性根は腐ってなかったりするのです」

 

 彼女が何を言いたいのか、それはマコトには分からない。

 だがそれで、ようやく彼女が宮本武蔵なのだと得心がいった。

 目の前にいる女性はただの剣腕に優れた者などではない。

 後に英雄と呼ばれる大人物と、同一人物なのだと。

 

「……何か理由があるのか?」

 

「ん。まあ、私は手伝うだけだから。けど、タケルが何とかしてくれるでしょう!」

 

 にこやかに微笑み、そう言ってから武蔵が駆け出した。

 それを追う事はせずに、彼は微かに眉を顰めて―――直後。

 騒ぎ立てる英雄たちの眼魂が、彼の懐から一気に飛び出していった。

 

「なんだ……!? ッ、まさか……龍さん……!?」

 

 武蔵が向かったのと同じ方向へ飛んでいく眼魂。

 ノブナガ、ツタンカーメン、フーディーニ、ヒミコの四つ。

 

 眼魂が自らの意思で反応したのだとすれば、恐らくタケルたちの戦場に向かったのだ。

 タケルの元になのか、アナザーゴーストの元になのか。

 それは分からないが―――

 

 

 

 

「ふむ……」

 

 サジタリアーク・玉座の間。

 そこに座すジニスが、モニターに映している映像を見て小さく唸る。

 

「なんだなんだ? 何を見てんだ、オーナー」

 

 そこに入室してくるアザルド。

 彼は入ってくると同時に映像を見上げ、小さく鼻を鳴らした。

 映されているのは先日の戦闘映像。

 ジュウオウゴリラに吹き飛ばされるアザルドのものだ。

 

「おいおい、俺がいないとこで俺が負けてる映像を見るたぁ趣味が悪いぜ」

 

「そう思うならジニス様を楽しませるゲームを開催すればいいのです」

 

 ジニスの背後に控えるナリア。

 彼女は王の観賞を邪魔するアザルドに棘のある言葉を飛ばす。

 言われた彼は大きく体を逸らし、面白くなさそうに首を振った。

 

「分かってるよ。だが奴ら、下手なやり方じゃゲームが始まる前に潰しにきやがる。

 ちったぁ考えてから始めなきゃ、面白くならねえんだ」

 

「おや、アザルドがまさか下等生物からそのようなことを学ぶとは……

 これはこの星に来た最大の収穫ではないでしょうか?」

 

 後から入室してきたクバル。

 彼は頭を使っているアザルドに対し、そんな風に小さく笑う。

 

「はっ、言ってろ!」

 

「―――この星にきた収穫、ね」

 

 クバルの言葉を拾い、ジニスが笑いながら青い巨体に視線を向ける。

 その様子に首を傾げるアザルドたち。

 

「あん? おいオーナー!

 あんたまでクバルみてえな、そんな馬鹿みたいなことを言うんじゃねえだろうな!?」

 

「ふふふ、どうかな?

 だが、この星にはまだまだ面白い玩具になりそうなものはあるようだ」

 

 アザルドから視線を外し、ナリアに向けるジニス。

 すぐさま自分への指令だと理解し、彼女は頭を垂れた。

 

「ナリア、頼みがあるんだが」

 

「ジニス様の御心のままに」

 

 “贈り物(ギフト)”を上げよう。

 彼を楽しませてくれる、多くのものをくれるこの星に。

 けれど代わりに、彼が欲しいものは当然だが全て貰っていく。

 まず手始めに……

 

 ゴリラのジューマンが、人間のジュウオウイーグルに力を与える場面を見る。

 ジューマンパワーというのはキューブを通じて他人に割譲できるらしい。

 調べてみれば、これもきっと地球からジニスへの素敵な贈り物になるだろう。

 

 ―――だから。

 

「ギフトを地球に送ろうと思ってね。

 そしてナリア、あれが騒がしている間に地球から探してきて欲しいものがあるんだ」

 

「ギフトを……? はっ、了解しました。では、一体何を探してくれば」

 

 人間がジューマンパワーを手にして覚醒した戦士、ジュウオウイーグル。

 脆弱な下等生物である人間が、人間よりは上等な能力を持つジューマンから力を得たもの。

 

 ―――面白い。ジニスはそう思う。

 玩具として、実験動物として。

 なにより。惨めな下等生物が力に縋り、生き延びようとするその様が。

 

 ナリアに伝えるために小さく微笑みながら口にする言葉。

 

「―――ジューマンさ」

 

 困惑しながらしかし、確かに頷いて動き出すナリア。

 ギフトを取り出しに武器庫に向かう彼女を見送る。

 手元に残されたグラスの中、赤い液体を揺らしながらジニスは口の端を歪めた。

 

 

 

 

「父、さん……!」

 

 タケルが顔を上げて、アナザーゴーストを見る。

 空間から染み出してきたかのような彼は、ゆっくりと彼に向かって歩んでくる。

 

「黒ウォズ。タケルとアラン、あとあのジャベルって奴もお願いね」

 

 その前にディケイドアーマーが立ちはだかる。

 

「眼魔もかい? まあ我が魔王がそう言うならそうするがね」

 

 黒ウォズがストールを翻し、アランとジャベルを回収する。

 どうせジャベルも動ける状態ではない。

 その二人をタケルの側へと転がして、彼は一歩後退った。

 

 更に黒ウォズがジャベルの近くに落ちていたヘイセイバーを回収する。

 彼から投げ渡されるその剣を掴み、構え直すジオウ。

 対峙するアナザーゴーストと睨み合い、ディケイドアーマーは腰を落とした。

 

 ディケイドウォッチが装填されたままのヘイセイバー。

 そのセレクターを一つ弾き、ゆっくりと振り被る。

 

〈ヘイ! 電王!〉

〈電王! スクランブルタイムブレーク!!〉

 

 赤い燐光を纏う剣を振り抜く。

 その瞬間、ジオウの前方にエネルギーが迸った。

 

 人型を形成していくそのエネルギー。

 全身真っ赤で頭からは鬼のような二本角。

 ヘイセイバーの攻撃に合わせてその人型は右腕を振り上げて―――

 

 その親指で自分を指し示し。

 両腕を大きく横に広げて。

 足を開いて腰を落とし。

 ―――まるで名乗りを挙げるかのように存分に歌舞いて。

 

 それで満足したように消えてしまった。

 

「……うーん」

 

 時々こういうのあるな、と。

 そんな事を思いつつ、ヘイセイバーからウォッチを外す。

 それをドライバーに戻し、その瞬間に加速したアナザーゴーストに対応する。

 

 ムサシを宿した時ほどではない。

 が、その体捌きは並みの英霊―――サーヴァントにすら劣らない。

 アナザーゴーストの性能など関係ない。

 明らかに、この相手は尋常ではない強さだ。

 

 ―――だが。

 サーヴァントで言うなら、バーサーカーですらないのがあれだ。

 意識が喪失し、ただただ動いているだけの幽鬼。

 本来であればこれ以上に強いのだろう。だが、意思なく徘徊する幽霊では。

 

 腕を伸ばしてきたアナザーゴースト。

 その懐に潜り込み、胴体を肘で殴りつける。

 揺れる相手に対して、即座にセレクターを回すジオウ。

 

〈ヘイ! カブト! ヘイ! 響鬼!〉

〈響鬼! デュアルタイムブレーク!〉

〈ジカンギレード! ケン!〉

 

「ハァア――――ッ!!」

 

 ジオウが両腕に剣を執り、二刀を同時に炎上させた。

 剣で斬るというより、鈍器で殴るような―――

 太鼓を撥で叩くようにスナップし、手首が跳ねる。

 燃える刀身が激突すると同時、轟音とともにアナザーゴーストが吹き飛んだ。

 

 ―――だが一切ダメージはない。

 そう言わんばかりに、その体が浮かび上がる。

 

〈ヘイ! ブレイド! ヘイ! ファイズ!〉

〈ファイズ! デュアルタイムブレーク!〉

 

 ジカンギレードを放り投げ、ヘイセイバーを下から上へと切り上げる。

 地面に走っていく光の斬撃がアナザーゴーストに届く。

 途端に周囲を囲む赤い光の壁が、彼の動きを縛り付けた。

 ファイズフォンXによる銃撃と似た、しかしそれを凌駕する効果の一撃。

 

 動きを封じた相手に更なる攻撃を撃ち込むため、走り出すジオウ。

 ―――そんな彼の前で、アナザーゴーストが首を僅かに動かした。

 

「…………ッ!」

 

 アナザーゴーストの首から下げている武蔵の刀の鍔。

 それが強く発光して、空からムサシゴーストが引き寄せられてきた。

 瞬時にそれを取り込んで、ムサシ魂を憑依させるアナザーゴースト。

 

 その直後、タケルの元にムサシの眼魂。

 そして彼が運んできたと思われる眼魔世界から持ち帰ったでかい眼魂が落ちてくる。

 

「またムサシを……!」

 

 ―――剣閃が奔る。

 フォトンブラッドの結界を解体し、剣神がその場に降臨した。

 斬りかかる体勢だったディケイドアーマーにも向けられる刃。

 

「……くっ!?」

 

〈ヘイ! 龍騎! ヘイ! アギト!〉

〈アギト! デュアルタイムブレーク!〉

 

 炎を纏う剣、二刀による連撃をその一刀で以て受け止める。

 容易に弾き返され、地面に転がることになるジオウ。

 剣を握って向上させた超越感覚ですら、その人の極みを捉えきれない。

 

 それでも、と。

 剣を握り直してジオウはアナザーゴーストに対峙した。

 

 

 

 

「ねえ、タケル。まだ立てない?」

 

 別に咎めるような声でもなく。

 落ちてきたムサシ眼魂を握り締めた彼は、後ろからの武蔵の声を聞いた。

 言われなくても、立たなきゃいけないのは分かってる。

 

「―――分かってる、俺がやらなきゃいけないことなんだ。

 ソウゴに押し付けちゃいけない、俺の役目なんだ……!」

 

 何であれ、あの父を打ち倒すのは自分の役目だ。

 心境に関係なく、それは絶対だ。

 

「……そんなに思いつめなくても大丈夫よ。

 それに。もう一人、馬鹿みたいに思いつめて付き合う気の奴もいたし。

 ―――正直。タケルが感じてるのが苦しみだけなら、私も止めていいと思うの」

 

「何を……」

 

「何かを目指して苦しいだけなら頑張って、って背中を押してあげる。

 でも何があるわけでもないのに、ただ苦しいだけの道なら逃げちゃった方がいいもの」

 

 未だに地面に転ぶタケルの背中。

 顔を合わせる事もなく、武蔵はそんなことを言い続ける。

 

「要は、お父さんを倒すっていう苦しい苦しい道の先に何があるか、ってこと。

 ―――ねえ、タケル。あの敵、どう思う?」

 

「…………」

 

「あいつ、カノンちゃんは襲わなかったでしょ?

 カノンちゃんも何となくあいつに対して何か感じて、マコトを止めようとした。

 ―――なのに、タケルに剣を向けるってことは。そういうことじゃないかな」

 

 タケルの背中が震える。握り締めたムサシの眼魂に涙が落ちる。

 ずっと、ずっと、優しいけど厳しい父だった。

 何故死んだか判然としないけど、それでもタケルを守るために死んだことは覚えてる。

 もっと教えて欲しいことがあった。もっと導いてほしかった。

 ―――あんな人になりたかった。

 

「父さん……! 父さん、俺……!

 父さんが死んだのは、俺のせいで……! なのに、俺が父さんを殺すなんて……!!」

 

「きっと違うわ、タケル。って、うーん。これ私が言って説得力あるかしら。ま、あんまり父と仲良くなかった私の言葉の軽さは御目溢ししてもらうとして!

 あなたの父親が身を呈してあなたを守ったのは、あなたを守りたかったから。そして、あなたが父を愛してやまないのは、あなたにその父からの愛が届いていたから」

 

 自分の背中に、武蔵の手が添えられるのを感じる。

 彼女はそこを優しく撫でながら、言葉を続けた。

 

「―――だから言いましょう。

 父が死んだのがあなたのせいなのではなく、父はあなたのために命を懸けただけ。

 あなたは父を殺すのではなく。己を超えて欲しい、という父の願いを叶えるだけなのだと」

 

 強くなっていくタケルの震え。

 そんな彼の背中を彼女はぽんぽんと軽く叩き、その場でまた立ち上がった。

 

「泣き切るまで泣きなさい、タケル。

 その間に―――あなたの戦いのために、阿呆一人を切り離しといてあげましょう」

 

 タケルを置いて、武蔵の体が疾走する。

 途中で抜き去った黒ウォズが呆れているが、知ったことではない。

 

 無数の斬撃を捌き切れず、削られていくディケイドアーマー。

 その背後につけて、迎撃に参加する。

 ジオウを盾にしなければ武蔵自身もあっさり死ぬだろう剣の結界。

 

 どうにかして突破する必要がある。

 

「ねえ、ソウゴ! 私を正面から切り込ませたりできる!?」

 

「切り込ませたら何とかできる?」

 

 全身から火花を噴き上げながら、息を切らせたソウゴが手短に問い返す。

 このままでは長くは保たないだろう。

 むしろ、尋常じゃないほど保っているというべきか。

 

 例え何があっても、タケルが立ち上がるまで黙って耐えるつもりだろうソウゴ。

 この戦場に真摯な少年二人を前に、武蔵が腹を括って凄絶に笑った。

 

「もちろん、お姉さんに任せなさい!」

 

「―――じゃあ、真正面から突破する!」

 

〈フィニッシュタイム! ディケイド!〉

〈ヘイ! クウガ!〉

 

 必殺待機状態にしたウォッチ。そのまま回転させるドライバー。

 更にヘイセイバーのセレクターを一つ進める。

 そうしてから、ジオウはアナザーゴーストに向かって歩き出した。

 

〈アタック! タイムブレーク!!〉

 

 ウォッチの全エネルギーを防御に回す。

 周囲に奔る剣閃。全てが致命的な威力の剣の結界。

 その只中に、ただ剣を片手に提げたまま踏み込んでいく。

 

 斬られる、火花が散る。

 斬られる、アーマーが削れる。

 斬られる、体が僅かによろめく。

 

 ―――しかしそれでも一切歩調を緩めず、彼はアナザーゴーストに歩んでいく。

 剣の技量ではどうあっても勝てない。

 こちらの一撃が当たる前に、百回斬り捨てられるだけの差がそこにはある。

 

 距離が詰まれば剣の結界は密度を増す。

 何度必殺の一撃を浴びたのか、最早数え切れるようなものではない。

 だとしても。その全てを堪え、剣を放つその姿にまで距離を詰められたならば―――

 

〈クウガ! デュアルタイムブレーク!〉

 

「おりゃぁああああ――――ッ!!」

 

 切っ先が届く間合い。

 そこに踏み込んだ瞬間、ヘイセイバーのトリガーを引く。

 紫の光を帯びたこちらの必殺が、アナザーゴーストに突き付けられる。

 他の何も考えない、ただ全力を懸けた一突き。

 

 剣の腕は何一つ追いつかぬまま、しかし。

 それを撃ち払うためには、アナザーゴーストですら二刀を必要とした。

 勝負になどなっていない。全霊を賭した一撃を、当たり前のように弾かれただけ。

 けれど、そんな当たり前のことであっても。

 対応するために双剣をそちらに向けた十分の一秒だけ、武蔵が切り込める間隙が生じる。

 

 既に駆けた武蔵の手には一刀のみ。

 ―――その宿業を別つため。

 

 天空寺龍の死に際に居合わせたのは、天空寺タケルだけではない。

 彼とともに戦う宮本武蔵もまた、同じように居合わせた。

 だから、アナザーゴーストを前にしてようやく思い出したのだ。

 

 ―――()()()()()()()()()()

 

 一度はタケルを庇い、ダ・ヴィンチ眼魔の攻撃を受けて。

 一度はタケルを庇い、白い眼魔の攻撃を受けて。

 どこか似た、しかし決定的に違う結末を見届けた。

 

 そして、同じように彼はタケルに最期に遺した。

 宮本武蔵の刀の鍔を。

 いつか彼と共にムサシが戦う未来へと繋げるために。

 

 ただの矛盾だ。だが宮本武蔵の眼は、零に至りし天眼。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何故そうなったかは分からない。だが同時に、何故そうなったかに意味はない。

 そうである、という事実だけがそこにはあった。

 

 だから。アナザーゴーストになった龍の元には今、ダ・ヴィンチ眼魔に彼が殺されてから、ずっとタケルが持ち歩いていた刀の鍔が共にある。

 だから。タケルの元には今、白い眼魔に父が殺されてからずっと持ち歩き、その鍔が元となり生成されたムサシ眼魂が共にある。

 

 一度アナザーゴーストに取り込まれたムサシには分かる。

 僅かに残っている天空寺龍の意識が。

 残ってはいても行動を左右するには弱い、弱り切った彼の意識。

 

 ―――それを知って、宮本武蔵はどうするか。

 タケルと共に戦い、アナザーゴースト打倒を目指す。

 そうだ。タケルを支え、信じ、龍の忘れ形見を見届けるならそうするべきだ。

 

 けれど。また友の死をまた傍から眺めているだけの終わりを許すのか。

 既に二度、同じことを繰り返した。三度、またただ何もせずに友の死を見送るのか。

 ……それは、己で己を許せないだろう。

 

 ―――だから、要る。可能性はある。

 龍がダ・ヴィンチ眼魔に殺された可能性と、白い眼魔に殺された可能性。

 今この世界にはその時流の揺らぎが、確かにある。

 真っ当には見極めることなど不可能だ。だが武蔵なら。その天眼なら。

 

 それを見極め、()()()()()()()()()()()()()

 

 本来の太刀筋とは真逆の一刀。

 可能性を削ぎ落し、最善手たる零へと至るその剣に。

 可能性を拡げ、その繋がりを斬り別けろと。

 

 ―――零ではなく、対する無限の領域の所業を成せ。

 と、あのパーカー男は言い残した。その剣閃を魅せた上でだ。

 

 それは無限の領域の頂どころか、麓に差し掛かった程度の剣でしかなかった。

 だがそれで十分なのだ。

 時空が歪んだこの世界ならば、その程度でも目的は果たせるのだろう。

 

 ―――ああ、ホント。

 そこでやってのけられたら、そういうのは専門外と突っぱねられない。

 宮本武蔵はろくな人間ではないが、それでも。

 友と一緒に戦わせてくれ、という存在を懸けた懇願を無視できるほど屑でもない。

 

 だから、少しだけ嫉妬を以て剣を握る。

 それだけ全てを懸けられる、無二の友を得た宮本武蔵を斬るために。

 

「――――いざ、新免武蔵守!

 我が第五勢の外にある領域に、今一歩踏み込まん!!」

 

 天眼を見開きて、斬り別けるべき場所をアナザーゴーストの体に視る。

 ヘイセイバーを制した二刀は、すぐさま返す刃で二人を斬るだろう。

 その前に成し遂げるために奔らせる剣閃。

 

 ―――それが、届き。

 

 次の瞬間、ディケイドアーマーごと武蔵が吹き飛ばされた。

 というより、ジオウの背中に巻き込まれてなければ、斬り捨てられていただろう。

 押し返されて、何とか踏み止まったジオウから離れてアナザーゴーストを見る。

 

 未だにムサシ魂が憑依したアナザーゴースト。

 ―――そして。

 そこから抜け出したムサシパーカーゴーストが空にはある。

 

「上手く、いったのかしらね……」

 

 疲労感と共に吐き出す言葉。

 それと同時にムサシがタケルの元へと飛んでいく。

 そちらを見れば、既に彼は立ち上がっていた。

 

 泣き腫らした目元を拭い、大きな眼魂を握り締め。

 

『―――父を超えろ、タケル! それが龍の、そして私の願いだ!』

 

 石のような大きな眼魂が罅割れていく。

 彼方から飛んできたマコトの持っていた英雄眼魂。

 すぐ傍で浮き上がるアランの持っていた英雄眼魂。

 その場で15個の英雄眼魂が揃い、巨大眼魂の中へと吸い込まれていく。

 

 砕け散る巨大眼魂の表面。

 石のような部分が全て剥がれ落ち、その真の姿を現した。

 ―――現れるのは、黄金の巨大眼魂。

 

〈アイコンドライバーG!〉

 

 それを握り締め、タケルが目の前に立つアナザーゴーストを睨む。

 

「―――俺は……俺を信じる! 俺が、俺を信じる限り!!

 俺を信じてくれた父さんの魂は―――永遠に不滅だ!!」

 

 叫び、アイコンドライバーGを腰に当てる。

 ベルトが展開して、タケルの腰に固定される巨大眼魂。

 彼の闘志に反応するように、その眼魂の瞳孔が発光を開始した。

 

〈グレイトフル!〉

〈ガッチリミナー! コッチニキナー! ガッチリミナー! コッチニキナー!〉

 

 瞳孔型モニター・グレイトフルスフィアの発光。

 それと同時にタケルは上半身を大きく左に捻り、印を結びながら右へと腕を振る。

 そのまま印を結んだ右手で天を切り、左手でドライバーのレゾネイトリガーを動作させた。

 

「―――変身!!」

 

〈ゼンカイガン!〉

 

 タケルの体が漆黒のボディ、サブライムスーツに覆われていく。

 その体表に黄金のエネルギーライン、ヘイローベッセルが浮かび上がる。

 漆黒の黄金の鎧に身を包んだ彼の周囲には、解き放たれた15のパーカーゴーストが舞う。

 

〈ケンゴウ ハッケン キョショウニ オウサマ サムライ ボウズニ スナイパー!〉

 

 ロビンが右脛に入り、ロビングリーブに。

 サンゾウが右下腿に入り、サンゾレッガーに。

 ゴエモンが右膝に入り、ゴエモンテクターに。

 フーディーニが右腰に入り、フーディプレートに。

 ツタンカーメン、ノブナガが右腕に入り、ツタンブレイサー、ノブナガードに。

 エジソンが右肩に入り、エジソニックショルダーに。

 

 ニュートンが左肩に入り、ニュートニックショルダーに。

 ビリー、ベートーベンが左腕に入り、ビリーガード、ベートブレイサーに。

 ベンケイが左腰に入り、ベンケプレートに。

 ヒミコが左膝に入り、ヒミコテクターに。

 グリムが左下腿に入り、グリムレッガーに。

 リョウマが左脛に入り、リョウマグリーブに。

 

 ―――そしてムサシが胸に宿り、ムサシェルブレストを構成すると同時。

 全ての力がゴーストのマスクを覆っていく。

 兜を被ったような新たな頭部、ペルソナグランドール。

 そこに黄金の眼光を輝かせ、仮面ライダーゴースト・グレイトフル魂が立ち誇った。

 

〈大変化!!〉

 

 アナザーゴーストがその威容を見て、刃金を鳴らす。

 彼の中にも宮本武蔵の力は残っている。

 そして、グレイトフル魂の中にも武蔵の力は宿っている。

 

 友と共に戦う者として。

 そして、友が息子に託した意思の見届け人として。

 

〈ガンガンセイバー!〉

〈サングラスラッシャー!〉

 

 グレイトフル魂の手の中に二刀が発生する。

 先の戦いで崩れ落ちた赤い剣もまた、無事な姿でそこに現れた。

 同時に胸のムサシェルブレストが発光。

 ムサシの持つ力がゴーストを満たしていく。

 

「――――行くぞ!!」

 

 金色の光を曳きながら、ゴーストが走る。

 振り上げられる双剣の描く軌跡は、不動の構えで迎え撃つアナザーゴーストと同等。

 

 ―――衝突を始め、数秒。

 双方が二刀流で放つ刃は拮抗し、互いの攻めがぶつかり合う。

 

 が、しかし。

 すぐに、僅かばかりアナザーゴーストの攻撃が先んじ始めた。

 武蔵の技量を引き出す人間の能力の差が、如実に現れてきたのだろう。

 ほんの少しの差で、ゴーストが一息に防戦一方まで追いつめられる。

 

 ムサシの眼が視る光景に、タケルの意識が追い付かない。

 逆にゴーストとの衝突を切っ掛けとしてか、覚醒を始めたアナザーゴースト。

 そちらの剣は冴え渡り、更に加速していく。

 

「ッ、追いつけない……! それでも!!」

 

『タケルよ。今のお前が、お前の力だけで龍の力に追いつくことは叶いません。

 私の力を使うのだ―――ムサシの眼だけで足りねば、我が力で未来を視よ!』

 

「――――ああ! ヒミコ!!」

 

 頭に響く声に導かれ、ヒミコテクターに力を注ぐ。

 ムサシの視点とは別に、ヒミコの視点がタケルの視界に雪崩れ込む。

 同じ視点を見続けてもアナザーゴーストには置いて行かれる。

 だが更にもう一つ違う視点を持ち、それを使いこなせるのならば。

 

 オーバーロードする頭の中、スパークして焼け付く視界で父だけを視る。

 その剣閃に追いつく―――否、追い越す。

 劣勢を正面から押し返し、膠着に持ち直し――――優勢に切り返す。

 

「オォオオオオオ―――ッ!!」

 

 互いの刃が激突し、アナザーゴーストが押し返される。

 ―――すぐさま反撃を放つその刃。

 その二刀による連撃をサングラスラッシャーによる一閃を以て撃墜。

 空いた胴体に、ガンガンセイバーによる斬撃を叩き込む。

 

 斬られ火花を噴き散らしたアナザーゴースト。

 その体が吹き飛ばされ、地面に落ちて転がった。

 

「ゥウ…………ッ!」

 

「はぁ……ッ、はぁッ!」

 

 転がり、呻きを上げるアナザーゴーストの姿。

 それを前に双剣を構え直して、グレイトフル魂は追撃に走り―――その瞬間。

 

「ぬぅ、ぐぁあああああ―――っ!?」

 

 ジャベルが上げた悲鳴に足を止め、そちらを見た。

 そちらを見れば、彼の頭上に一枚の石板が浮いている。

 そのプレートから放たれる波動が彼の手にした眼魔眼魂に注がれているようだ。

 燃え上がりながら崩れていき、やがてはプレートだったものは全て眼魔眼魂の中へ。

 突然の事態に、タケルが困惑しながらジャベルを見る。

 

「なんだ……!?」

 

 その事態を前にして、黒ウォズはアランを巻き込みストールによる移動で避難した。

 地面に転がされたアランが、そんなジャベルを見て表情を歪める。

 

「何が起こった……!」

 

 炎の波動に呑み込まれたジャベル。

 その手の中でウルティマ眼魂が起動し、彼の姿を別物に変えていく。

 通常のウルティマではなく、その上から赤い衣を纏った新たな姿。

 

 大きな眼球がついた装甲に頭を覆われたウルティマが、ゴーストに視線を向けた。

 

『―――標的を確認、排除します』

 

「!?」

 

 明らかにジャベルではない、別物の声

 そう口にすると同時に突き出される掌から、火炎弾がゴーストを目掛け飛ぶ。

 飛来する火炎弾を腕で殴りつけ、地面に叩き落とすグレイトフル。

 瞬間、タケルは意識に流れ込んでくるものを感じた。

 

「っ……! あの男の命を使ってるのか!?」

 

 今の攻撃は、取り込まれたジャベルの命をエネルギー源としたもの。

 ウルティマの眼魂を通じて、彼は何かの意識に()()されようとしている。

 攻撃を通じ、微かに聞こえてくる命の声。

 

「まずっ、逃げるわよ―――!?」

 

 それに覆い被さる武蔵の声。

 ゴーストが僅かに視線を横に向ければ、アナザーゴーストが指で印を切っていた。

 現れるガンマホールに似た時空の歪み。

 それが、アナザーゴーストが撤退することを示していることに疑いはない。

 

 ―――確かに、止めるべきだ。

 彷徨う父を止めることに対して、その背中を追い越すこと。

 その行為に対して、タケルは覚悟を決めた。それでも―――

 

 ゴーストは迷いなく、ウルティマに対し向き直る。

 

「放っておいたら、あそこで命が失われる!

 だから先に、あの眼魔の眼魂を壊してあいつを止める!」

 

 今、父を解放できないことを心の中で詫びる。

 けれどあの命。父であったなら、絶対に見捨てない。

 父を超えるということは、ただ父を倒すということではない筈だ。

 

 ウルティマ・ファイヤーが炎を放つ。

 それを腕で制して、耐える。

 そうして攻撃させるだけで、中にある命の息吹が弱くなっていく。

 

 何を置いても、先にあちらの動きを止めなくてはいけない。

 中途半端に反撃させてはむしろ危険だ。

 ウルティマの頑丈さは先程の戦いでよく分かっている。

 パワーアップしているだろうその姿は、より頑丈になっていると考えるべき。

 それですら耐えきれない一撃で、ウルティマ眼魂ごと吹き飛ばさねばならない。

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

 ジオウがディケイドウォッチをヘイセイバーに装填しながら、彼に並んだ。

 

「―――ソウゴ」

 

「タケルのやりたいこと、手伝うって言ったからね」

 

「……うん。俺は、俺にできる事をする。

 だから目の前で失われようとしてる命を助ける、その魂を未来に繋げるために!」

 

 ウルティマの放つ火炎弾。

 ガンガンセイバーとヘイセイバーが同時にそれを切り返す。

 真正面から叩き返された一撃が、ウルティマ自身を吹き飛ばした。

 

「一気に決める!」

 

 放つべきはこれ以上の抵抗を一切許さず、相手を粉砕する必殺の一撃。

 ジオウの指がヘイセイバーのセレクターを三周分一気に回す。

 最大可動状態になったそのマゼンタの刀身が、強く光を帯び始めた。

 

〈ヘーイ! 仮面ライダーズ!〉

 

 両手に持った双剣を投げ捨てるグレイトフル魂。

 そのままドライバーのリボルトリガーを引き、直後にレゾネイトリガーを押す。

 すると、アイコンドライバーG内部に秘められていたムサシパーカーが解き放たれる。

 

〈ムサシ! ラッシャイ!〉

〈デルデルデルゾー!〉

 

 そのまま同じように、リボルトリガーを引き、レゾネイトリガーを押す。

 それを連続して14回繰り返す。

 次々とムサシのように解放されていく、英雄たちのパーカーゴースト。

 

〈エジソン! ラッシャイ! ロビンフッド! ラッシャイ! ニュートン! ラッシャイ! ビリー・ザ・キッド! ラッシャイ! ベートーベン! ラッシャイ! ベンケイ! ラッシャイ! ゴエモン! ラッシャイ! リョウマ! ラッシャイ! ヒミコ! ラッシャイ! ツタンカーメン! ラッシャイ! ノブナガ! ラッシャイ! フーディーニ! ラッシャイ! グリム! ラッシャイ! サンゾウ! ラッシャイ!〉

 

〈ヘイ! セイ! ヘイ! セイ! ヘイ! セイ! ヘイ! セイ! へへヘイ! セイ! ヘイ セイ! ヘイ! セイ! ヘイ! セイ! へへヘイ! セイ! ヘイ セイ! ヘイ! セイ! ヘイ! セイ!〉

 

 オーバーロード状態になったヘイセイバーが極彩色に輝く。

 剣を構えるジオウの上空に集まっていく15の英雄パーカー。

 彼らが魂を合わせ、形作る曼荼羅。

 その光の曼荼羅の中にゴーストが飛び込みながら、再びレゾネイトリガーを押し込んだ。

 

〈ゾクゾクイクゾー! レッツゴー!〉

 

〈ディ・ディ・ディ・ディケイド!〉

 

 体勢を立て直したウルティマを巻き込む、二十のカードが展開。

 ヘイセイの文字と共に、二十のライダーそれぞれのクレストが描かれたもの。

 それがジオウとウルティマの間に並び立ち、一際大きく輝いた。

 

「ハァアアア――――ッ!!」

 

〈平成ライダーズ! アルティメットタイムブレーク!!〉

 

 振るわれるヘイセイバー。

 その衝撃がライダーズクレストの描かれたカードを通り、圧倒的なまでに増幅する。

 極彩色の光の斬撃。それが全てを粉砕する極光と化し、ウルティマを呑み込んだ。

 

〈全員集合! メガオメガフォーメーション!!〉

 

 ―――その中に。

 15の英雄より力を授かり、黄金の光を纏ったグレイトフル魂が飛び込んでくる。

 極光の中で足掻くウルティマ・ファイヤー。

 抵抗すら儘ならないその体に叩き付けられる、黄金の蹴撃。

 

「はぁああ―――ッ! だぁああああ――――ッ!!」

 

 堅牢なる装甲の、更にその上に装着された炎のアーマー。

 それを一息に粉砕する、絶対破壊の連撃。

 まともにそれを受けたウルティマが、次の瞬間―――完全に崩壊した。

 

 光が収まった場所で倒れ込むジャベル。

 彼の体から転がり出て砕け散る、ウルティマの眼魂。

 朦朧とした意識の中で、彼が呻き声をあげた。

 

「いま、の……力は……」

 

 爆発の残り火が周囲で燻る中、倒れ伏すジャベル。

 

〈カイサーン!〉

 

 その彼の前でアイコンドライバーGを外し、ゴーストが変身を解除する。

 タケルは一度だけアナザーゴーストが既に消えた場所を振り返り―――すぐに視線を外した。

 

 そうして倒れるジャベルに歩み寄り、その肩を抱えて引き起こす。

 

「何の、つもりだ……! 私は……!」

 

「……例え敵だったとしても、俺は助けられる命を助けたい。

 あんたも。アランも……それに、アランのお父さんも」

 

 ジャベルを抱き起しながら、タケルがアランを見る。

 何故か手元に帰ってきたグリムとサンゾウの眼魂を拾いながら、彼は僅かに目を見開いた。

 

「父上を……お前が……? 何故お前がそんなことを望む……私とお前は敵だ。

 父上の事だってお前は何も知らない……そんな事を言う理由がどこにある……!」

 

「俺はアランを知らない。眼魔のことだってよく分かってない。

 でも、それでも俺は、アランのお父さんを助けたいって想いは信じられる。

 だから、俺は――――!」

 

「私の想い……? はっ、そんなもの……!」

 

 自分自身分からないというのに、お前に何が分かる。

 口に出さずともそう態度に出して、アランはよろめきながらも歩き出した。

 タケルの肩にかかる重さが増える。

 どうやら遂にジャベルが意識を失ったらしい。

 

 離れていくアランの背を見送りながら、タケルは静かに顔を伏せた。

 

 

 




 
ガンマイザー「うるさい!!!!!!」
アデル(なんか祈りの間がキレだした…)
 


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行進!王者の群れ!2016

 

 

 

「なあなあ、やっぱテレビお前んちに置こうぜ大和」

 

「それは別にいいけど……そればっかり見てるようにならないならさ」

 

 王者の資格をでかでかと描き、『探しています』と書いたビラ。

 その束の中からある程度纏めて、ひっついてくるレオに渡す。

 同じだけのビラを持ったアムが、その束を見ながら溜め息を吐く。

 

「王者の資格も眼魂みたいに自分で動いてくれればいいのにねー」

 

「自分の意思で動けたら、今度は勝手にリンクキューブから出ていくかもしれないな」

 

 肩を竦めて自分の分のビラを取るタスク。

 同じく自分の分を取ったセラが、枚数を数えるように軽く束を叩く。

 

「リンクキューブに嵌ってるだけじゃ暇そうだしね」

 

「それは困るから無しかぁ」

 

 そんな様子を眺めて目を細めながら、オルガマリーもビラを一掴み。

 何だかんだ、余裕がありそうな連中である。

 マシュが自分と立香、ツクヨミの分を取り、三等分してそれぞれ渡す。

 

 どこ回ろうか、とこれからの予定を立て始める彼ら。

 

「……ねえ、一応訊きたいのだけど」

 

「? なんですか?」

 

「その、リンクキューブ? っていうのは何かしら」

 

 オルガマリーがジューマンたちの事情として理解していること。

 それは故郷に帰るために、王者の資格という物体を集めている集団ということだ。

 そのリンクキューブ、という物体の話は恐らく初めて聞く。

 

「リンクキューブに王者の資格を嵌めると、この世界とジューランドが繋がんだよ。

 言ってなかったっけか?」

 

「オルガマリーさんには言ってなかったかも?」

 

「……そうね。分かったわ、後でそれどこにあるか教えてくれる?」

 

 王者の資格が嵌っていたというそのリンクキューブ。

 それも後々ダ・ヴィンチちゃんに調べさせた方がいいだろう。

 例えば王者の資格なしでもそれを起動する方法。

 あるいは王者の資格というアイテムを新造する方法。

 彼女ならば、そういった方向性での解決策が示せるかもしれない。

 

 まあ結局のところ、この地球の危機は解決しなければ自分たちも帰れない。

 元の時代とこの地球の関係性は、把握しきれているわけではない。

 正直、時空規模の変化が自分たちの世界とどう繋がるかはさっぱり分からない。

 

 だがおおよそ状況を把握できるダ・ヴィンチちゃんも、方針はこの世界の問題の解決だ。

 つまりとりあえず現状として眼魔、デスガリアン、ギンガの打倒。

 これを大目標として考えている、ということだ。

 ある意味では分かり易い方針ではあるのだが―――

 

『場所さえ聞ければ、こっちでマップに場所をマーキングできると思うけど?』

 

「別にそこまで急がないわ。足りない情報なんて山ほどあるもの。

 あと現代の街中で喋らないで。不審者だと思われるから」

 

『酷くないかな!?』

 

「フォッフ……」

 

 声をかけてきたロマニを黙らせ、溜め息を吐く。

 黙らされるロマニを見て、何となく呆れた様子を見せるフォウ。

 

 まあ敵の規模自体は慣れが先行し始めている。

 前回の戦いで爆砕され、宇宙に撒き散らされた惑星一個分の機械の塊。

 あの流星群にも似た光景は、それはもう壮観だった。

 あんな光景、一生に一度さえ見るとは思ってなかった。

 彼女だって天体科(アニムスフィア)だ。星辰を操る事こそ、その神髄と言える魔術師。

 だがあんな天体規模など馬鹿馬鹿しくて考えたこともない。

 

 今回の敵は宇宙船らしいので、まだマシだろう。恐らくは。

 それでも巨大化の能力があるらしいせいで、また嫌になってくるが。

 まあ実際に戦う彼らの後ろで弱音を吐く気もない。

 

「じゃあわたしたちは―――」

 

 とりあえず考えるのを止め、ビラ配りの場所の選定にかかろうとして。

 

 ―――突然の爆音。

 続けて、何かが崩れる轟音が耳に届いた。

 

 皆で驚いて、その音がしてくる方向を見る。

 黒煙が立ち昇り、ビルが崩落し、悲鳴と怒号がここまで―――

 

「街を壊してる……! デスガリアン!?」

 

 眼魔であるならば、直接的な破壊より人を狙うだろう。

 こんな無差別の破壊を齎すのは、デスガリアンに違いない。

 

「おいおい、俺たちは何も感じてねえぞ!?」

 

 レオが己の尾に手を伸ばす。

 ジューマンは特有の殺気感知能力を有している。

 ゲームと称し生物を虐殺するデスガリアン。その接近があれば感知できるのだ。

 だが今、その察知能力は一切働いていなかった。

 

「言ってる場合じゃないわ! 行くわよ!」

 

「―――了解! マシュ・キリエライト、緊急武装します!」

 

 セラに一喝され、全員が頷いて走り出す。

 同時にマシュは服装と引き換えに武装形態へと移行し、先行するように駆け出した。

 堅牢な盾を持つ彼女が前を走れば、迎撃があっても真っ先に防げるとの判断。

 

「俺たちも行こう!」

 

 大和が真っ先に王者の資格、ジュウオウチェンジャーを出す。

 走りながら同じようにそれを取り出すジューマンたち。

 胸の高さで構えた王者の資格を回し、ジューマンパワーを引き出す一面を揃える。

 

「本能覚醒!」

 

〈アーァアァアーッ!!〉

 

 一人の人間と四人のジューマンが、五色の戦士へ姿を変えた。

 爆心地へと一気に飛び込んでいく戦士たち。

 その前に広がるのは、破壊兵器が作り出した惨状。

 

 焼け落ちた街の一角の中心で、まるで彼らを待っていたような。

 そんな様子さえ見せる、一機のマシン。

 横に広い胴体に、二本爪のアーム。

 体に各所には砲身を備えたそれが、頭部らしき部分をこちらに向ける。

 

「なんだ……機械か!?」

 

「そっか、だから私たちには殺気が感じられなかったんだ!」

 

「―――とにかく、奴を止める!」

 

 イーグルがその手の中に武装を顕す。

 ジュウオウジャーたちは同じく、二つのキューブを連ねた武装を取り出した。

 赤と青のキューブを連ね、剣と銃を使い分ける武器。動物銃剣ジュウオウバスター。

 それを剣に変えた彼らが、一斉に敵へと躍りかかった。

 

「―――私たちは避難の誘導を……!? マシュ!」

 

 その瞬間、マシンの全砲口が同時に輝きだした。

 それを見て叫ぶ立香の指示に応え、盾を構えたマシュが前に出る。

 地面へと盾を叩き付けながら、高めた魔力そこへと注ぐ。

 

「はい! ―――“いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”ッ!!」

 

 周囲一帯に吐き出される光線の雨。

 それを真正面から、白亜の城壁が塞き止めた。

 押し込まれそうになる体に力を籠め、踏み止まる。

 

 やがてその砲火が収まるまでの数秒。

 火線の集中を堪え切って、マシュは大きく盾を振り払った。

 確かに敵の攻撃を防ぎ切り、消えていく城壁。

 

 その直後に彼女の背後から五人が飛び出した。

 

〈ジュウオウスラッシュ!〉

 

「はぁああああ――――ッ!!」

 

 煌めくジュウオウバスターの刃。

 五人の同時攻撃は、巨大な獣の五指の如く。

 敵として立ちはだかる者に対して、その鋭い爪を突き立てた。

 五色の閃き、光の爪。

 攻撃を撃ち終わった直後の破壊兵器を薙ぎ払う。

 

 ―――だがそれでも、そのマシンは二歩、三歩と僅かに下がるだけ。

 

「こいつ、とんでもなく硬ぇっ!」

 

 直撃だというのに、あまりにも手応えがない。

 その事実に声を荒げるレオ。

 

「だが隙がないわけじゃない! 確実に削っていけば!」

 

「マシュ、まだ防げる!?」

 

「大丈夫です、防御はわたしに任せてください! 皆さんはその隙に!」

 

 セラからの問いに、そう言ってすぐさま前に出るマシュ。

 広範囲攻撃の射角を広げられる前に、近距離まで攻めていく。

 

 敵の砲塔はおおよそ正面を向いたものばかりだ。

 距離を詰めておけば、射撃が拡散する前に全部受け止められる。

 

 宝具を連続使用では魔力が保たない。

 純粋な盾捌きで攻撃を防いでみせる、という姿勢を見せるマシュ。

 彼女はつかず離れずの距離を維持するべく大地を駆けた。

 

 

 

 

「―――――」

 

 その戦いを、ビルの上から一人の男が眺めていた。

 どこかの民族衣装のような、現代の日本には似つかわしくない服。

 頭にはバンダナを巻き、その上からゴーグルをつけた白髪の男。

 

 そんな彼は、眼下で繰り広げられる戦いを確かに見つめる。

 この距離ではまるで人影は豆粒のようだが。

 それでも彼の目には、確かにその戦闘がよく見えていた。

 

 あるいはそちらに集中しすぎたからか。

 今まで一切気付けなかった背後の気配に、いきなり振り返る。

 

 彼が振り向いた先にいるもの。

 それは、緑色のスライムを全身に帯びた女性型の異形。

 デスガリアンのオーナー、ジニスの側近―――ナリア。

 

 彼女の背後には更にもう一人。

 上半身まるごと牛の顔のような形状の怪人が共にいた。

 それは左腕の赤いマントをバサリと大きく翻す。

 

「では、ナリア。僕は別の連中をサジタリアークに届けてくるよ。

 待っていてくれ、愛しのナリア!」

 

「私は自力で帰還しますので、あなたはあなたでジニス様の命を果たしなさい」

 

「ああ、つれない……だがそんなところもまた愛おしい……」

 

 マントを翻し、怪人の片方は消えていく。

 あのマントに連動し、瞬間移動に似た能力を発揮しているのだと判断。

 口振りからして、自分以外のものさえも運べるようだ。

 

 その場に残されたナリアが、値踏みするように男を見つめる。

 

「デスガリアンか……」

 

「人間のように見えますが、人間ではありませんね。

 確かにあなたから、人間のものではない力を検知しています」

 

 彼女は何かの機械らしきものを持っていた。

 その画面と男を見比べて、少し困惑しつつも目的の相手だと判断する。

 

 まるでジューマンパワーを察知しているかのような発言。

 それに対して、男は大きく眉を顰めた。

 何故そんなことができるのかは分からない。

 だがもし確実な捜索ができるなら、他のジューマンも探せることになる。

 

 いや、先程のもう一人のデスガリアンが正にそうしているのだろう。

 

「―――喜びなさい、下等生物。

 あなたにはジニス様の実験動物としての栄誉が与えられます」

 

 自身に話しかけてくるナリアの様子を見て、男は微かに目を細めた。

 つまりデスガリアンはジューマンの捕獲を試みている、ということだ。

 その事に関する情報を得るために、陶酔した様子のナリアにあえて問いかける。

 

「……実験動物だと?

 お前が手にしたそれで探したジューマンに、何かをするつもりなのか?

 何故それはジューマンのことを探すことができる。

 そのジニス様とかいう、デスガリアンのオーナーの力か?」

 

「なぜ私が下等生物の質問に答える必要が?

 ―――ですがいいでしょう。これこそジニス様がお創りになられた、この星で生まれた特別なパワーを捜索するための装置。つまりあなた方のような下等生物の力など、ジニス様にかかれば容易に解析できてしまうということなのです。

 ふふ……あなた方がどれだけその力を身につけようと、ジニス様にとっては簡単に解明できる玩具程度の存在でしかありません。この星に住む下等生物がこれからやるべきことは、実験動物としてジニス様の好奇心を満たすこと。そして足掻きながらも無様に死に、ジニス様を楽しませる娯楽になること。それだけなのですから」

 

 そこまで語った彼女が手の中にメダルを出す。

 ナリアがそれをばら撒くと、地面に落ちて甲高い音を立てると同時。

 メダルが一度アメーバのように溶けて、人型に変わった。

 

「行きなさい、メーバ。あれを捕えるのです」

 

「プルプルプルプル」

 

 四本の触手を垂らす異形の顔。

 その怪物は震えるような声を出しながら、両刃の剣を振り回した。

 一気に十数体現れたそれを前に、男が腰を落とし身構える。

 

 殺到するメーバたち。振るわれる剣撃の雨。

 軽やかに舞い、それを躱しながら男は小さく舌打ちした。

 

 

 

 

「――――!?」

 

 セラの圧倒的な聴覚がここから離れた場所での戦闘音を聞き取る。

 剣か何か、金属が壁や床を何度も打ち据えているような音だ。

 振り返ってみれば、音源は恐らく少し離れたビルの屋上辺りと思われた。

 逃げ遅れた誰かがデスガリアンに襲われている可能性がある。

 

「あのビルの上! 誰かが襲われてる!」

 

 反撃するような音は聞こえない。

 必死に逃げ回っているのか、狙われている方はただ走って跳ぶ音だけだ。

 

「ビルの上……!」

 

 立香が振り返り確認すれば、屋上までは見えもしない。

 ここからではどうなってるかはさっぱり分からない。

 ビルの中を駆け上がったり、エレベーター待ちしていては間に合わない。

 

 この場からすぐに助けに行けるのは、一人しかいない

 

「大和さん、行って!」

 

 周囲の人間の誘導を終えたツクヨミが発砲する。

 赤い光はマシンに何度か直撃するが、相手は意に介さない。

 その反応を見てから、彼女はファイズフォンXのモードを切り替えた。

 

〈エクシードチャージ!〉

 

 直撃する追撃。

 それを受け、そのマシンは赤い光に包まれ一度動きを止めた。

 

「こっちは俺たちに任せとけ! 野性解放!」

 

「だから大和くんは助けに行って! 野性解放!」

 

 動きが一瞬止まる敵に対し、獅子と白虎が躍りかかる。

 相手の主砲となっている両腕をそれぞれの爪で押さえにかかったのだ。

 

「―――分かった、こっちはお願い! 野性解放―――!」

 

 ジュウオウイーグルが翼を広げ飛び立った。

 数秒もあれば彼はビルの屋上へと辿り着くだろう。

 何故かそれに強く反応を示したマシンは、その頭部をイーグルへと向ける。

 

 その直後に、立香がタスクに思い切りコダマスイカを投げた。

 

「タスク、蹴って!」

 

〈コダマビックバン!〉

 

 放り投げられたコダマスイカウォッチ。

 それが途中で巨大な球体のエネルギーフィールドを発生させる。

 巨大スイカとなったそのボールを、

 

「―――野性、解放!」

 

 エレファントが解放した野性、象の脚が全力で蹴りつけた。

 スイカを蹴飛ばすシュートは一直線に伸び、敵にそのまま激突する。

 撒き散らされる果汁と果肉により、全身にスイカを浴びたマシン。

 周囲の情報を得るためのカメラが、一時的に周囲の状況を把握できなくなった。

 

 そのタイミングで真正面から、回転刃が激突しにくる。

 

「野性解放!」

 

 自分を刃にしたシャークの突撃。

 顔面に叩き付けられるその一撃に対し、軽微なダメージを感知。

 ライオンとタイガーは離れたのか、両腕も自由に動かせる。

 視界はまだ確保できないが、その思考は即座に次の行動を決定した。

 

 両腕を上げ、全砲口を正面に向け、斉射する。

 目的は正面にいることが確定しているジュウオウシャークを消し飛ばすこと。

 砲口に迸るエネルギー。一秒後、前方の全てを消し飛ばす一撃を前に―――

 

「いま! マシュ、お願い!」

 

「はい!」

 

 シャークが身を翻し、砲口の前から離脱する。

 代わりに至近距離まで別の相手、盾持ちの存在が迫っていた。

 止める間もなく、砲撃が解き放たれる。

 

 ―――同時に。

 

「“いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”―――ッ!!」

 

 あまり間を置かずの宝具解放。

 軋む体をおして、限界まで魔力を振り絞る。

 マシュが顕現させる城壁、砲口から零距離の間に立ち上がる無敵の壁。

 そうなれば当然、放った瞬間に砲撃は城壁へと激突し―――

 

 その破壊力が、壁の目の前にいるマシン自体を巻き込む爆発に。

 

 自身の砲撃を跳ね返され、呑み込まれる兵器。

 怯む程度で全ての攻撃を耐えていた相手が、遂に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

「はぁあああッ!」

 

 イーグライザーを手に斬り込む。

 舞い降りながら振るわれる剣に、切り捨てられるメーバたち。

 襲われていた男を背に庇いながら、イーグルはナリアに対峙した。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 大和の声に対して、庇われた男は何も言わず。

 邪魔に入った彼に対して口を開いたのは、ナリアの方だった。

 

「ジュウオウイーグル……ギフトから逃れてきましたか」

 

 ナリアが軽く手を返す。

 その場に残っているメーバたちが、それに合わせるように動き出す。

 

「ギフト……? あのロボットのことか!」

 

「ええ、ジニス様からあなたたちへの贈り物(ギフト)です。ジニス様自らブラッドゲームを盛り上げるために開発した惑星破壊兵器―――それこそが、ギフト。

 その戦闘力は一日で十の惑星から文明を滅ぼし尽くすほどのもの……あなたも仲間を置いて、そんなジューマンに構っていていいのですか?」

 

「―――ジューマン?」

 

 彼女の言葉に大和が振り返る。

 彼が庇っている男は、無言のまま僅かに視線を逸らした。

 その姿は、どこからどう見ても人間にしか見えない。

 だが確かに彼の着ている服はジューランドのそれによく似ていて、

 

「……まさか」

 

 ジューマンは動物と同じ顔を持つ。姿は人間とはまるで違う。

 だが彼らが人間と同一の姿を取る方法が、一つだけあった。

 それに思い至り、呆然とするジュウオウイーグル。

 

「メーバ!」

 

「しまっ……!?」

 

 そんな彼を、メーバたちが剣から放つ光線で狙った。

 十のメーバが同時に放ち、殺到する光の渦。

 遅れて反応した大和にそれを躱す術はなく―――

 

「大和!!」

 

 ―――その場で、赤い翼が翻った。

 

 庇われた大和の目に映るのは、赤い大鷲の翼。

 ジュウオウイーグルが持つ翼と瓜二つな。

 

 突撃してきたその姿に突き飛ばされて、ビルの屋上の床で転がる。

 メーバの攻撃で発生した爆炎を切り裂く赤い羽ばたき。

 そのまま空へと舞い上がったその姿を、大和は見た。

 

 赤い翼を持つ、鷲のジューマン。

 大きく羽ばたき、空を舞う彼の姿を。

 

「あの時の、鳥男……!?」

 

 幼少の頃、山で怪我をして遭難していた彼を救ったジューマン。

 彼が今持っている王者の資格を渡した者。

 

「やはりジューマンでしたか……?」

 

 ナリアがその姿を見上げて、その後にイーグルへ視線を向ける。

 赤い鷲の翼。まったく同一の力だと、見て感じる。

 

「まさか、人間であるジュウオウイーグルに力を渡したジューマン……?」

 

「ハァアア―――ッ!」

 

 鷲のジューマンが空を翔け、メーバに向けて突撃してくる。

 その翼に打たれ、殴られ、吹き飛ばされるメーバたち。

 瞬く間に残っていたメーバの全てが、アメーバになって崩れていった。

 

 そうしてから着地して、翼を畳む鷲のジューマン。

 立ち上がり、そんな彼を見つめて、大和は小さくよろめいた。

 

「あなたは、まさか……?」

 

「―――――」

 

 ジュウオウイーグルと縁が深いジューマン。

 つまり人間に鷲のジューマンパワーを渡したジューマン。

 そうであると確信して、ナリアは小さく舌打ちした。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ジニス様に捧げるものがこんな不良品だなどと。

 と、彼女はすぐさま手元の装置を操作した。

 やることは、別のジューマンを捜索。

 

 だが、周囲でそれなりの力を感知できる存在は多くない。

 この鳥のジューマンと、更にジュウオウジャーの四人。

 それ以外には、既にマントールに確保させた三人だけ。

 

 ジュウオウジャーは障害物として残しておかなければいけない。

 だとするならば、例え相手がゴミ同然だとしても―――

 

「……仕方ありません。私が直々に―――!」

 

 ナリアが己の武装、ヌンチャクラッシャーに手をかける。

 そうして戦闘に入ろうとした、直後。

 

『ナリア、そちらはもういいよ』

 

「ッ、ジニス様!」

 

 所有していた捜索用の装置に、王からの連絡が入った。

 すぐさま戦闘態勢を解除し、彼の言葉に耳を傾ける。

 

『マントールが運んだ連中で充分だ。それより、別の面白そうな素材を見つけてね。

 君には是非、そちらをサジタリアークまで運んできてほしい』

 

「了解しました」

 

 ジニスの声に即断するナリア。

 彼女は他の全てを置いて、即座にその指示に従う意思を見せる。

 それが何らかの企みである、というのは誰でもわかることで。

 

「―――ッ、逃がすか!」

 

「よろしいのですか、ジュウオウイーグル? そろそろ……」

 

 ナリアを追撃しようとイーグライザーを構える。

 が、彼女はそれに動じもしない。

 そのまま丁度、皆がギフトと戦闘しているだろう場所を指差した。

 

 ―――その直後。

 そこにいたのだろうギフトが、巨大化を開始した。

 瞬く間に50メートル級にまで膨れ上がっていく機体。

 

「あれは……!」

 

「―――ジニス様からの贈り物が、本格的に動き出しますが」

 

 眼下で皆がキューブアニマルを解放する。

 そうでなければ、巨大化したギフトに街が焼き払われることになるだろう。

 今までのサイズならばともかく、あのサイズではマシュでも防げない。

 すぐにジュウオウキングを呼び出す必要がある。

 

 その隙に、ナリアは撤退を開始していた。

 彼女を覆うようにコインが積み重ねることで姿を隠す。

 

 それを見送ることしかできず―――

 そしてまた、赤い鷲のジューマンが飛翔を開始した。

 

「あっ、待って! その王者の資格は……!

 くっ……! ―――キューブイーグル! キューブゴリラ!」

 

 鳥男を追おうとして、しかし途中で思い直す。

 この状況でそんなことをしている暇はない。

 

 手元から二つのキューブアニマルを解き放つ。

 直後にビルの屋上から飛び立ち、キューブイーグルの中へと飛び込む。

 搭乗したキューブイーグルの中、大和は王者の資格を起動した。

 

『動物合体!』

 

〈3! 2! 1! ジュウオウキング!〉

〈4! 5! 6! ジュウオウワイルド!〉

 

 ライオン、シャーク、イーグル。

 三段重なり完成するのは、大剣を構えた王者の巨神。

 ジュウオウキング。

 

 エレファント、タイガー、ゴリラ。

 その三体が積み上がり姿を現すのは、巨砲を携えた剛力の巨神。

 ジュウオウワイルド。

 

 二機の巨神が巨大化したギフトの前に立ちはだかり―――

 彼らのすぐそばを、赤い鳥のジューマンが飛び去って行った。

 

『あん? おい、大和。今のは……』

 

『鳥のジューマン、って。まさか大和が子供の頃に会った!?』

 

『―――それよりも、早くあいつを! タスク、アム、援護を頼む!』

 

 その話は後だ、として。大和はジュウオウキングの舵を取った。

 操縦桿代わりのキューブを回転させ、突撃させる。

 ジュウオウワイルドに搭乗したエレファントとタイガー。

 彼らがその様子を訝しみながら、しかしギフトに対して攻撃を仕掛ける。

 

『―――分かった、行くぞアム!』

 

『オッケー!』

 

 二人が揃って操縦桿の中のキューブの絵柄を揃える。

 高まっていくエネルギーが集う先は、大砲・ワイルドキャノン。

 その砲口をギフトへと向けるジュウオウワイルド。

 

『ワイルドキャノンビーム!!』

 

『キングソード! ジュウオウ斬り―――!!』

 

 巨砲から放たれる光弾の嵐。

 それが真っ先にギフトへと届き、そのボディに直撃すると爆炎を撒き散らす。

 更に、そこへ続けて振り抜かれるは王者の剣。

 火花を噴き出しながら振るわれる一刀が、確かにギフトへと届いた。

 

 ―――その上で。

 ギフトは大した損傷もないまま爆炎を突き破り、動き出した。

 アームを伸ばして剣を打ち払い、至近距離からジュウオウキングに砲撃。

 巨神の体を吹き飛ばし、地面へと沈めた。

 

『うわぁああああ―――ッ!?』

 

『大和!? レオ!?』

 

『セラちゃん! ―――タスクくん、こっちにも!?』

 

 砲撃を続けるジュウオウワイルド。

 その直撃を受けながらも距離を詰め、その腕を殴り飛ばす。

 叩き落とされたワイルドキャノンが地面に落ちて、衝撃で砂の柱を立てる。

 

 そのままゴリラの腕をアームで挟み込み、拘束してくるギフト。

 

 直後に胴体から展開されるのは、回転鋸とドリル。

 耳鳴りするような異音を立てながら回る二つの凶器。

 それがジュウオウワイルドの胴体へと連続で叩き付けられる。

 滝のように火花を噴き出し、ジュウオウワイルドの巨体が揺れた。

 

『きゃあああ―――っ!?』

 

『タスク! アム! っ、くそ!』

 

 何とかジュウオウキングを起き上がらせる大和。

 彼はキューブを一つ取り出し、放り投げる。

 キングの頭部から飛び出し、巨大化するキューブ。

 それが即座にキリン形態へと変形した。

 

 キューブキリンが更に形状を変え、大砲形態に。

 ジュウオウキングはそれを右肩へと担ぎ、ギフトへと向けた。

 

『キリンバズーカ! ジュウオウファイア!!』

 

 キリンの口、バズーカの砲口から奔る火炎弾の連続。

 それは過たずギフトの頭部付近に着弾し、僅かだがその体を揺らした。

 その隙を突いて、アームにクラッチされた腕を引き抜くジュウオウワイルド。

 

 拘束から何とか脱したワイルドが、その勢いで脚を振り上げる。

 キューブエレファントの脚部がギフトの腰を蹴り飛ばした。

 二歩分だけ押し返されたその機体。が、すぐに体勢を立て直してしまう。

 

『くっ、やはり凄まじいパワーと装甲だ! 強引に押し切るのは無理だぞ!』

 

 相手の大火力は絶対に撃たせてはいけない。

 だが闇雲に動けば、こちらが負けることになるだけだ。

 ギフトの動きを制限するためにも、慎重かつ休まず攻め続ける必要がある。

 

『でもこのままじゃ……!』

 

『おい、大和! お前なに焦って……!?』

 

 だが、時間がないとばかりにイーグルがキューブを回す。

 それと連動して、ジュウオウキングがキリンバズーカを発砲した。

 直撃して、爆炎と爆風に巻かれるギフトのボディ。

 

 炎と煙に包まれたギフト。

 しかしその中でギフトが傷ついた、などという事は一切ない。

 舞い上がったその黒煙の中で、膨大な光が溢れさせる。

 それが大威力の砲撃の予兆である、ということに疑いはなく―――

 

『……ッ、しまった―――!』

 

『くっ……!』

 

 その光の正面に、ジュウオウキングとワイルドが走り込む。

 瞬間、解放されるギフトの主砲。

 街の盾となった二機の巨神を、超熱量の光線が纏めて薙ぎ払う。

 

 轟音とともに転倒し、地面に倒れ伏す二体。

 倒れ込んだその二体を前にして、ギフトが再びエネルギーチャージを開始。

 その全身の砲口に光を蓄え始める。

 

『―――おい大和! お前!』

 

『っ、レオ! そんな場合!?』

 

『こいつどうにかしなきゃ、勝てるもんも勝てねえだろ!?』

 

 ジュウオウキングの中でレオが声を荒げ、セラが制する。

 不用意な攻撃で自分たちから隙を晒し、逆にやられた。

 そんな簡単にいく相手じゃない、と確認した直後の出来事だ。

 

 その二人に挟まれながら、大和が操縦のためのキューブを拳で叩いた。

 失態を犯したことは、自分がよく分かっている。

 その原因も自分が一番よく分かっている。

 吐き出せばいいのかもしれないけれど、それが出来なくて。

 

 大和はマスクの下で強く歯を食い縛った。

 

 

 

 

 その光景を外から見ていて、オルガマリーが頭を抱える。

 そこに乗っていたフォウが飛び降り、自分の足で地面に立った。

 

 小動物がどうするのだ、という表情で見上げてきている気がする。

 こっちが訊きたい。

 

 とにかくあの大戦力に対して、こちらから仕掛ける方法はない。

 あの広範囲では、マシュが宝具を使ったところで当然ながらカバーしきれない。

 ならば、どう――――

 

 ―――と。

 その答えをオルガマリーが発見する前に、立香が飛び出していた。

 マシュの手を引いて。

 

「藤丸、あんたまた、この……!」

 

 何が嫌って、大体やりたいことが分かることだ。

 あの二人は何時も揃って、やってみせたいことのために前に出る。

 即座に通信機を起動してダ・ヴィンチちゃんへと通信を繋ぐ。

 

『はいはい、こちら大天空寺のダ・ヴィンチちゃん。

 ピンチなのは百も承知で、どんな援護をご要望だい?』

 

「分かってんなら今よ! 飛ばしなさい!

 一秒でも長く時間を稼ぐのよ!」

 

『了解了解、フレームとジェットエンジンから造って正解だったね。

 まあこれなら、突っ込んで爆発するくらいはしてくれるでしょう!

 私が天才じゃなかったら間に合わなかったね!』

 

 どんな屋台にする気だったんだこいつ、と。

 ロクでもないが分かり切っている件について、僅かに目を細める。

 一秒でも、と言ったがガラクタをぶつけるだけじゃ一秒も稼げまい。

 

 だったらどうする、と。

 そう考えている彼女の背後で、今度はツクヨミが走り始めた。

 

「私も行ってきます!」

 

「ちょ……っ!」

 

 そう言って彼女が目指すのは、ジュウオウワイルド。

 もし何かをする気ならば―――と。彼女のやろうとしている事に納得する。

 そして結局いつもこんなんか、と髪を掻き乱した。

 

 疾走するマシュ。

 立香に引っ張られていた彼女の方が今は走っている。

 マスターである立香を抱えながら、仰向けに倒れたジュウオウキングへ。

 まるで山のようなそのボディの上に、彼女たちは思い切り飛び乗った。

 

「マシュ、いける? 令呪のない私にどれだけ魔力が出せるか分からないけど……」

 

「―――やります、マスター!」

 

 そう言って彼女は立香を手放して、盾を構えてギフトを見上げた。

 ジュウオウワイルドのスピーカーから声が聞こえる。

 

『ちょっと、マシュちゃん!? いくら何でもあの大きさは無理だって!』

 

『危険だ! ジュウオウワイルドを今立たせる! 下がれ!』

 

 その通りだ。

 2メートル程度のサイズだった先程までとは違う。今のギフトは約50メートル。

 当然その火力も攻撃範囲も、相応に跳ね上がっている。

 だからこそ、きっとタスクが言うように彼らが止めようとした方が確実だ。

 

 ―――でもそれでは。

 

「いいえ、それでは勝てません。()()()()()()()

 この敵と戦い、倒して、この星に生きる命を守るためには……皆さんと一緒に戦うことが不可欠なのです! わたしが何としても守ります! 絶対に防ぎます!

 皆さんが一緒に戦う準備が整うまで、何としてでもわたしが時間を稼ぎます! だから!」

 

 マシュの背に立香が手を添える。

 魔術への造詣が薄い彼女でも、カルデアの礼装にかかれば魔力を捻りだすくらい何とかなる。

 魔力だけで足りないなら、生命力でも何でも燃やして。

 立香は全力でマシュへと魔力を注ぎ込んでいく。

 

 ―――思い描くは白亜の城塞。

 清廉なりし騎士王率いる、誇り高き騎士の円卓。

 その城塞が守るのはキャメロットなれば。

 

 今、この戦いにおいては―――

 この星を滅ぼそうとする外敵から、キャメロットを守ることに他ならない。

 

 最大限拡大して、守護の城塞を現出させるべく。

 全てを懸けてその銘を呼ぶ。

 

「其は穢れ無き我らが故郷……! あらゆる瑕から我らを護る、無敗の城壁!!

 聳え立て―――! “いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”ォッ!!!」

 

 ―――白い壁がその場に立つ。

 同時に、ギフト放つ破壊光線が視界を染めた。

 壁に光線が激突し、そして―――

 

『受け止めた……!?』

 

 ギフトの光線を、白亜の城塞が受け止める。

 間違いなく拮抗させて、その攻撃を防いでみせていた。

 

 唖然とし、ジュウオウワイルドの中で腰を上げるエレファント。

 そんな彼の耳に別の人間の声が届く。

 

『ちょっと! モグラ貸して!』

 

『え、あ、ああ……?』

 

『ツクヨミちゃん、入ってきたの……!?』

 

 ジュウオウワイルドに乗り込んできたツクヨミが、エレファントににじり寄る。

 

 差し出される手と剣幕。

 その勢いについ、タスクがキューブモグラを彼女に渡してしまう。

 瞬間、取って返してジュウオウワイルドを飛び出していく彼女。

 

 ツクヨミを少し呆けながら見送った彼ら。

 その耳に、マシュの背に手を添えた立香の声が聞こえてくる。

 

「きっと、誰だって同じ……! いきなり戦わなきゃいけなくなって、すぐに全部上手く行くわけない。誰かと一緒に戦っても、力の合わせ方だって、きっとすぐには噛み合わない。皆バラバラで、絶対歩調なんて合わなくて、そのうち分解しちゃいそうだけど……皆と一緒に歩いてるって意識して歩き続けるだけでも、きっと少しずつ、近づいてる……! ―――()()()!」

 

 マシュの背に手を当て、彼女を後ろから押す立香。

 削られていく魔力、体力。

 落ちそうになる膝を必死に支え、彼女は叫ぶことで気合を振り絞って耐え抜く。

 

「私たちは信じる!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」

 

 ―――白亜の城塞が徐々に崩れ始める。

 それでもまだギフトによる攻勢は収まらない。

 力を入れ直し、マシュが盾を必死に掴む。

 

 その光景を前に。

 

『う、ぁああああああ――――ッ!!』

 

 イーグルが、その頭を思い切り目の前のキューブに叩き付けた。

 シャークとライオンが驚愕してそんな彼を見る。

 

『お、おい大和……!?』

 

 レオが声をかけようとすると同時、叩き付けた頭を上げる大和。

 

『皆ごめん! あの鳥男……あのジューマンは、人間の姿をしてたんだ!』

 

 叩き付けた頭を上げると同時、彼はそうやって切り出した。

 

『人間の姿って……じゃあ!?』

 

 ジュウオウジャーの皆が人間の姿を取っているように、ジューマンが人間の姿に変化するには王者の資格が必要となる。人間の姿のジューマンがいたということは、そいつが王者の資格を持っているということになる。

 

『多分、最後の王者の資格はあの人が持ってる。

 ……ごめん、言えなかった! むかし俺を救ってくれたあの人が、皆が帰るために必要な王者の資格を盗んだんだなんて、思いたくなかった。それを確かめたくて、早くあの人を追いかけて真実を知りたくて……俺、焦ってた!

 もう大丈夫……なんて今更言っても、信じられないかもしれないけど……!』

 

 大和が言葉を詰まらせて、しかし目の前のキューブを握り直す。

 ゆっくりと、ジュウオウキングに力が戻っていく。

 

 そうして、ジュウオウワイルドの中でアムもまたキューブを握った。

 

『じゃあ次、私。正直、どうせ見つからないだろうなぁ、なんて。

 そんな諦めてる感じが多分あったと思うんだよね、王者の資格探し。だからどうせならこっちの世界で生きてく方法、見つけといた方がいいかなって実は思ってた』

 

『……僕は正直、ジューランドと関係ない眼魔とかいう、こっちの世界の問題にも首を突っ込むのは今でもどうかと思ってる。王者の資格はそんなことのための力じゃないだろう』

 

『私はまだ出来るならすぐに帰りたいと思ってる。デスガリアンとの戦いを放棄するわけじゃないけど、一回だけでもあっちに帰って、弟を安心させてあげたい』

 

 タスクが、セラが。それぞれキューブを掴み直す。

 ジュウオウキングの中で、大和とセラの視線がレオへと向かう。

 それに気付いて、彼は驚いたように身を竦ませた。

 

『え、なんだ、俺か!? 俺、俺……えー……えぇ……!?』

 

 しどろもどろになるレオ。

 そうしている間にも、ロード・キャメロットはどんどん崩れていく。

 最早残り数秒、という状況まで至り―――

 

 彼方から、金属のフレームにエンジンだけ乗せた馬鹿みたいな乗り物が飛来する。

 そんなものはギフトにとって何の脅威でもない。

 認識しながらも、一切攻撃を向ける理由は存在しない。

 故に一切反応を示さず―――

 

 ―――まあそうだろうさ、と。

 それに無理矢理搭乗している万能の天才が小さく笑う。

 

「だって。万能の天才である私が、今から君にも有効なものを創るんだからね!」

 

 高速で流れていく景色の中、右腕を突き出して万能籠手を展開する。

 だからと言って痛打など期待しない。というか、質量の問題で限度がある。

 やはり質量は常に正義。だけど、必要以上のダメージなんぞ要らない。

 

「ま、引き立て役に徹するとも―――!

 ではご覧あれ、我が名である“万能の人(ウォモ・ウニヴェルサーレ)”をね!!」

 

 ―――彼女の籠手から放たれる光弾。

 それはその場で膨れ上がり、周囲を照らしていく。

 何も壊さない。ただ、その威光で周囲の全てを晦ましていくだけ。

 

 それを放つだけ放ったら、ダ・ヴィンチちゃんはギフトに掠めもせず離脱していく。

 既に完璧な仕事を終えた、と認識しているから。

 

 放たれたのは、ただの目晦まし。

 されど、それはギフトのセンサーさえもほんの一時的に停止させた。

 

 他の全員、その場にいる誰もが五感を失う。

 視覚も、聴覚も、人間だろうがジューマンだろうが機械だろうが。

 ただ数秒だけ感覚を曖昧にさせるだけの光。

 

 ただそれだけ。それだけで、十分なのだ。

 だって、()()()()()()()()()()()

 

「いまよ! お願い!」

 

 光が周囲に満ち、世界が塗り潰されたその瞬間。

 他の誰にも届かない瞬間に、叫ぶツクヨミ。

 

 地上にいる他の誰にも届かない。されど―――

 そこでツクヨミが持ち出して、先んじて地面に潜ませていたキューブアニマルが動く。

 紫色のキューブモグラが顔を出すのは、ギフトの足元。

 各種センサーが一時停止しているギフトにそれを察知する術はない。

 

〈キューブモグラ!〉

 

 唐突に崩落を始める足場。

 キューブモグラが地下を大きく削り、そして今地表まで割られた。

 ギフトの重量を支えられなくなった地面が、一気に陥没する。

 

 がくん、と。

 片足が地中に沈んだその勢いで、ギフトが思い切り仰向けに倒れ込む。

 その衝撃で光線の照射が停止した。

 

 同時に完全に崩落するロード・キャメロットの城壁。

 立香とマシュが一気に倒れ、ジュウオウキングの上で転がった。

 

『うぅうう……おぁああああッ! うっし!

 おい大和! 俺はなぁ! テレビとか、めっちゃ欲しい……! そんな感じ……!?』

 

『レオは何も考えてない、ってことね』

 

 言い切って、キューブを握るレオ。

 そんな彼に溜め息ひとつ。セラは肩を竦めて前を見た。

 

『そうだねぇ。でもなんか、皆の距離が一歩近づいた感?』

 

『あと共有しているのは僕たち全員、今まさに皆に迷惑をかけてる罪悪感だ』

 

『……うん。だからこそ―――掛けた迷惑と、懸けてもらった信頼の分』

 

 全員がキューブを握り、そのまま回転させる。

 同時に動き出すジュウオウキングとジュウオウワイルド。

 ジュウオウキングはその手に立香とマシュを乗せ、ゆっくりと地面に下ろす。

 即座に彼女たちを迎えに来たオルガマリーが、二人を連れて離れていく。

 

『俺たち全員で! あいつをぶっ倒すことで応える!!』

 

 立ち上がった二体の巨神が身構える。

 ―――その瞬間、五人全員の王者の資格が光を放った。

 

『これ……初めてジュウオウキングが合体した時と同じ?』

 

 イーグルが王者の資格を開き、その電話に似たキーを確認する。

 そこでは、1から6までのキー全てが明滅していた。

 何かが変わった。だから、その力がきっと解放された。

 自然とそう思い至り、大和は全員に向けて叫んだ。

 

『―――皆で行くぞ!』

 

『おう!』

 

 王者の資格に合体するキューブアニマルの番号を打ち込む。

 1から6、全ての番号をだ。

 

『動物大合体!!』

 

〈イーグル! シャーク! ライオン! エレファント! タイガー! ゴリラ!〉

〈キリン! モグラ!〉

〈アーァアァアーッ!!〉

 

 それに呼応するかのように、キューブキリンとキューブモグラもまた。

 今この場に居合わせた全てのキューブアニマル。

 その力が一つになる。

 

〈4! 3! 2! 5! 1! 6!〉

 

 エレファント、ライオン、シャーク、タイガーの順で縦に積み上がる。

 胸になるタイガーの右側にはゴリラ、左側にはイーグル。

 積み上がったキューブの上から、ビッグキングソードが突き刺さる。

 

 更にキューブゴリラが装備していたビッグワイルドキャノンが変形。

 折りたたまれ、胸部の装甲へと変わったそれが、タイガーの上から装着。

 それと同時に、イーグルとゴリラがそれぞれ両腕へと変形。

 シャークが腰になり、ライオンとエレファントが中央で分割され両足に。

 右足にはモグラ、左足にキリンが装着された。

 

 ―――頭部が展開する。

 現れるのはジュウオウキングのマスク。

 その上から、ワイルドキャノンが変形したオーバーマスクが合体。

 合体シーケンスを完全に終えて、その機体に余すことなくパワーが行き渡る。

 

『――――完成! ワイルドジュウオウキング!!』

 

〈ワイルドジュウオウキング!!〉

 

 新たに姿を現した巨神。立ち誇るその威容。

 

 その目の前で、転倒していたギフトが立ち上がる。

 同時に腰部パワーノズルの砲口が発光。

 目前に現れた敵新戦力に対して、破壊兵器は即座に攻撃を行使した。

 行使されるのは、街を焦土に変える破壊光線の照射。

 

 それを前に。ワイルドジュウオウキングは歩みを開始した。

 直撃する破壊光線。圧倒的熱量の雨。

 ―――それに一切怯まず、揺るがず、確かな足取りで、新たな王者は進み続ける。

 

『―――これなら行ける!!』

 

 腕を振るい、光線を薙ぎ払う。

 そのままの勢いでギフトへと叩き付けられる巨神の拳。

 堅牢なギフトの装甲が軋み、悲鳴を上げる。

 

『皆それぞれ色々思うところがあって……私たちジューマンの中でも、それぞれが色々と別のことを考えてたりして。人間の大和くんなら、それは尚更で。

 でもそういうのを今こうやって共有して、皆で揃って一歩前進?』

 

 蹈鞴を踏むギフトの胴体に、巨神の脚が振り上げられた。

 胸部から展開していたドリルと回転鋸が、微塵に砕けて弾け飛ぶ。

 そのままメインカメラに叩き付ける、更なる拳撃。

 

『これだけやってまだ一歩じゃ、随分と先は長いな!』

 

 ギフトが両腕を突き出して、そこから奔らせるのは雷撃の渦。

 直撃を浴び、ワイルドジュウオウキングの全身がスパークした。

 ―――しかし。それを身動ぎ一つで吹き飛ばし、もう一度拳を振り上げる。

 

『私たち、いきなりこんなことになったんだもの! でも、きっともう大丈夫。私たちはもう、こうして私たちが生きる星を守るための……一つの群れなんだから!』

 

 全力で振り抜かれる王者の拳。

 それがギフトの顔面を粉砕しつつ、その巨体を大きく吹き飛ばした。

 

 地面を滑っていく巨体はしかし、転倒だけは防いでみせる。

 何とか姿勢を立て直し、同時に両腕、胴体、腰部。

 全ての砲口に恐らく全てのエネルギーを集約させ始めた。

 

『んじゃあ―――俺たちが歩み寄った一歩がどんなもんか!

 さっきまでいいようにやられちまったあいつで、存分に確かめてやる!』

 

 五人の手が王者の資格を掴み、その面を揃えていく。

 野性の本能を覚醒させ、ジューマンパワーを解放させる。

 全てのキューブアニマルたちが秘めたる力を放出。

 

『―――デスガリアン!! この星を、俺たちを……舐めるなよ!!』

 

 ギフトが全てのエネルギーを破壊のために解き放つ。

 アブレーションレールガンから放たれる超熱線。

 惑星を十個滅ぼしてきたという、絶滅の炎。

 

 ―――それに対し。

 ジュウオウジャーが、王者の資格をキューブの中に嵌め込んだ。

 ワイルドジュウオウキングが高めた全ての力が解放される。

 

『ジュウオウダイナミックストライク!!』

 

 巨神の全身から放たれる、光の渦。

 その中に、八体のキューブアニマルの姿が浮かぶ。

 この一撃こそが、命あるものの雄叫び。

 

 ―――激突する二つの極光。

 滅ぼすことを目的とした機械の放つ光と熱が、正面から食い破られる。

 拮抗などなく、絶大なる一撃はギフトを瞬く間に消し飛ばした。

 崩れ落ちていくギフトだったものの残骸。

 

 そちらに背を向けて、ワイルドジュウオウキングが勝利を立ち誇る。

 

 ―――直後。

 残骸が盛大に爆発を起こし、巨神の背後に炎の華を咲かせた。

 

『ふう……』

 

 戦いが終わったことに、疲労感から肩を落とす。

 

『終わったか……終わったからには、やらなければならないことが山積みだ。

 まずは大和が見たという、人間の姿になっていたジューマンの話だが……』

 

 そんなことを言い出すエレファントの頭をタイガーがつつく。

 何をする、と憮然とした様子で振り向く彼。

 

『そんなことより。先にもっとやらなきゃいけないこと、あるでしょ?』

 

『大和の焦りは、私たち皆の失敗。私たちの足並みが揃ってなかったのもそう。

 だからまず、フォローしてくれた皆にお礼を言わなきゃね』

 

 シャークも一緒になってのその言葉。

 それに一理あると判断したのか、エレファントは黙って腕を組んだ。

 同じくライオンもまた腕を組み、イーグルの方を見て笑った。

 

『おう。今度から気をつけろよ、大和!』

 

『レオも暴走しすぎ。もうちょっと何か態度あったでしょ』

 

 言い合いを始めるセラとレオ。

 それを呆れて見ているタスクとアム。

 そんな彼らに挟まれながら、大和が小さく苦笑を漏らした。

 

『うん……皆、ごめん。それと、ありがとう』

 

 

 

 

「まさかギフトを倒しちまうとはなぁ!」

 

 笑いながらテーブルを叩くアザルド。

 愉快でたまらない、という彼の態度にその後ろでクバルが肩を竦める。

 ギフトほどの戦力を打ち破るのは、流石にもはや脅威と呼ぶに値するというのに。

 

「ジニス様。ナリアたちを動かして、実験動物を探させていたようですが……

 ギフトと引き換えにする価値があるものなど、あの星にあるのですか?」

 

「―――あんなもの幾らでも造れるからね。

 私の研究心に比べれば、ギフトくらい幾らでも使い捨てるだけさ」

 

 資源的にも、時間的にも、幾らでもとはいかないだろうに。

 そんな事を想いながら、クバルはしかし彼に同意を示す。

 どちらにせよ、ジニスがやると言ったならやる以外にないのがデスガリアンだ。

 

「私はこれから拾ってきた玩具で遊ばせてもらうつもりだ。

 二人とも、面白くなりそうなゲームの準備が出来たら声をかけてくれるかな?」

 

「おうよ! 任せときな、オーナー!」

 

「勿論。今回のブラッドゲームに勝利するのは、我らチームクバルですので……」

 

 拳を打ち合わせるアザルドと、一礼するクバル。

 そこで玉座の間の扉が開き、ナリアが帰還してきた。

 

「ジニス様。仰せの通り、実験動物を回収してきましたが……」

 

「ご苦労様、ナリア。では、私はそちらに行こうかな。

 私は私で遊びながら、次のゲームを楽しみにしているよ? ふふふ」

 

 ジニスがその巨体を動かし、玉座から動き出す。

 上半身は人型だが、下半身はそれこそ玉座と一体化して見える土台だ。

 ゆっくりと動き出した彼、そして追従するナリアを見送る。

 そうしてから、次のゲームの内容を考え始めるアザルド。

 

 対して、ゲームとは別のことに思考を巡らせるクバル。

 彼はモニターに映る地球の姿を見つめて、考え込むように顎に手を添えた。

 

 

 




 
早口ナリア。
巨大戦があると文字数が伸びる。
これってトリビアになりませんか?

次回アラン様回
 


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物語!心を動かすもの!1863

 

 

 

 ―――あれから数日。

 ギフトの大破壊で一時的に混乱に陥った街だが、ある程度調子を取り戻した。

 人間の世界は強いというか図太いというか、と。

 タスクはそんな事を考えつつ、風景を見ながら街を歩いていた。

 

 今日の彼の当番は買い出しだ。

 買い物袋を抱えたスーパーマーケット帰り。

 そんな道の最中、一人の人間を発見した。

 いや、人間というか、何というか。

 

「―――ふう。僕も大概だが、あいつはそれ以上だな」

 

 手すりにもたれ、ぼんやりと空を見上げている姿。

 その黒い軍服を着た姿が、眼魔のアランであることに疑いはない。

 仕方なく、タスクはそちらに向けて歩き出す。

 

 近づいてくる彼の姿に気づいたか、アランが視線をタスクに向ける。

 

「……ジュウオウジャーか。私に何の用だ」

 

「お前の友人から皆が言われてる。

 お前は放っておいたら餓死しかねないから、見かけたら気にかけてくれと」

 

 タスクが片手に持っていた袋を、一度近くのベンチに置いた。

 その中から適当に取り出すのはバナナ。

 そのまま押し付けるが、アランはまったく受け取ろうとしない。

 ぐぅ、と今も腹を鳴らしているというのに強情な。

 

「……貴様たちこちらの世界の連中から施しを受ける気はない」

 

「僕はこちらの世界の連中じゃないんだけどな。

 ―――まあ、施しは受け取れないというならそれでもいい」

 

 そう言って、タスクは両手に持ったビニール袋を彼に突き出す。

 いきなりの行為に目を細めて困惑するアラン。

 

「……なんだ?」

 

「荷物持ちだ、バナナで雇ってやる。報酬は大和の家での昼食でもいいが」

 

 言われて、嫌そうに顔を顰めるアラン。

 だが彼はついに腹部を押さえて、切なそうな表情を浮かべた。

 それを見たタスクが荷物をベンチに置いて、バナナを彼へと投げ渡す。

 渡されたアランが睨むようにタスクを見た。

 

「報酬の前払いだ。食べたらちゃんと働けよ」

 

「……まったく理解不能だ。

 何故誰も彼も、こんな不便な肉体を持つことに拘る」

 

 言いながら彼は顔を顰め、そのままバナナに噛り付いた。

 直後にとても渋い顔を浮かべるアラン。

 

「……なんだこれは」

 

「……それは基本、皮を剥いてから食べるものだ」

 

 少なくともスーパーで売っているようなものは。

 言われてアランはまたも顔を顰め、今度は皮を剥いてから食べだした。

 

 荷物持ちのエネルギー充電を見ながら、タスクはベンチに座った。

 溜め息一つ落としながら、時間を確認。昼食まではまだ少し時間がある。

 せっかく荷物持ちを得たことだ。

 どうせなら、少し本を見るために帰りに寄り道してもいいかもしれない。

 

 

 

 

「じゃあここ。ハンコかサイン、お願いね」

 

「はい」

 

 郵便物を受け取り、受取証にサイン。

 郵便屋さんにペンを返してから、タケルはその内容を見る。

 送られてきたのは、どうやら食品のようだ。

 多分、ダ・ヴィンチちゃんの店で使うものだろう。

 

「店出してすぐ結構繁盛してるみたいだし、やっぱ英雄の皆って凄いなぁ」

 

 店の詳しい内容は聞いていないが、成功しているとは聞いている。

 まだ数日だが、順調な滑り出しだそうだ。

 それがレオナルド・ダ・ヴィンチの凄さかというと疑問だが。

 それでも、結果を出しているのは事実である。

 

 とりあえずこれは台所にでも置いておこう、と。

 タケルが母屋の方へと歩き出してすぐ、その背中にかかる郵便屋さんの声。

 

「そういやタケルくん。

 あの……最近ここに住みだしたマコトくん? とカノンちゃん? だっけ。

 あの子たちとよく一緒にいる黒い服の人……えーっと」

 

「アランですか?」

 

「あー、そのアランくん。ここに来る途中で、面倒な人に絡まれてたよ」

 

 嫌になるよね、と眉を顰めながらそういう郵便屋さん。

 

 アランが誰かに絡まれてる、と聞いてタケルを表情を曇らせる。

 いや、郵便屋さんが知らない知り合いと会っているだけかもしれない。

 例えばレオのスキンシップなど、傍目には面倒かもしれないし。

 

「その、面倒な人って?」

 

「ひねくれ堂っていう古本屋さんなんだけどさぁ。そこのご主人がメンドくさいのなんの……本屋なのに本を売らずに客を追い返すような人でさ!」

 

 関わったことがあるのか、彼はそれを実体験のように語る。

 まあ、郵便をやってればそういう人に関わることもあるのだろう。

 よほど嫌な目にあったのだろうか。

 

 しかし本屋。アランは古本屋などに行くのだろうか。

 そういうことに興味を示したことは、一切無かったように思うが。

 

「……本屋? あのアランが?」

 

「あ、なんか変わった服の友達も一緒だったな。

 緑色で、あとなんだろ……象の尻尾? みたいなアクセサリーをつけた。

 ま、あそこのご主人はとにかく変わった人だから。

 犬に噛まれたと思って忘れちゃえって言っといてあげてよ」

 

 と、なると。

 タスクに同行してそこに行ったということだろうか。

 

「はあ……」

 

 彼はそう言いながらバイクに乗り直し、手を振って出発する。

 その姿を見送ってから、タケルは不思議そうに首を傾げた。

 

 そんな郵便屋と入れ替わりに寺に上がってくる人影。

 大きなバスケットを二つも抱えたマシュの姿だ。

 その肩では、フォウが尻尾を振り乱している。

 

「ああ、マシュ。丁度よかった、これって……」

 

「あ、はい。すみません、ダ・ヴィンチちゃんがここに届くよう注文したものです!

 受け取っていただいてありがとうございます!」

 

 タケルが抱えている荷物を見て、ぱたぱた走ってくるマシュ。

 クール便ではないので問題はなさそうだが、一応は訊いておく。

 

「冷蔵庫に入れとかなきゃいけないものとかはなさそう?」

 

「はい、それに関しては大丈夫です。

 皆さんはこちらにいらっしゃいますか?」

 

 手元でバスケットを持ち上げながらの確認。

 

「マコト兄ちゃんは出かけてる。カノンちゃんはそっち行ってるんだよね?

 後は御成もアカリにシブヤにナリタ。あと武蔵さんもいるはずだけど」

 

 今、マコトと武蔵は示し合わせて必ずどちらかがここにいるようにしている。

 保護……と言っていいか。とにかく、ここで確保しているジャベルを見張るためだ。

 ウルティマの眼魂は砕けたが、彼はまだスペリオルの眼魂を持っていた。

 一応没収してあるが、生身でも戦闘技術は有している。

 なのでその二人、ということだ。

 

「はい、カノンさんにはわたしたちやフミさんのお店を手伝って頂いています。

 まだ初めて数日ですが、お店が軌道に乗りましたのでお裾分けです」

 

 ということは食べ物なので、タケルには関係ない話。

 別にお腹が空くわけではないが、何とも悲しい話であった。

 小さく苦笑して、そのバスケットを見る。

 

「そういえば結局、飲み物の店になったの?」

 

「はい。一応主な販売品は飲み物に。あとはせっかくなら食べられるものも、ということでドーナツの販売も行っています。たこ焼きとは競合しないように、デザート色が強いものを取り揃えました。ダ・ヴィンチちゃんが販売品より販売場所である屋台に凝った結果、最終的にキッチンカーになってしまいましたが……一応、そのスペースを有効活用できているかと思われます」

 

 そうして販売している商品がこの中に、とバスケットを示すマシュ。

 まだお昼頃だが、まあ置いとけば皆でおやつにでもするだろう。

 

 ―――そこでふと、気になって尋ねる。

 

「ところでキッチンカーって……空を飛ぶ?」

 

「―――飛びます」

 

 何とも言えない表情で断言される。

 まあ、誰に迷惑をかけるわけでもないなら、飛んでも問題ないが。

 ダ・ヴィンチちゃんの奇行の内容を考えていても仕方ない。

 

 とりあえず荷物を母屋の方へ引っ込める。

 ついでに通ったナリタにバスケットを一つ渡してしまう。

 二個の内、片方は大天空寺宛て。

 ならもう一個は、当然……

 

「もう一つは大和さんたちに?」

 

「はい。わたしたちも何とかこの世界に一拠点を設けることが出来ました。

 ということで、引っ越し蕎麦ならぬ引っ越しドーナツを送ろうという事になりまして!」

 

 何故か自信ありげにそう宣言するマシュ。

 彼女の肩では、フォウがそれはどうよという表情を浮かべていた。

 

「引っ越しドーナツ……」

 

 そのタケルの反応が想定外だったのか。

 マシュがどことなくあたふたしつつ、内容を補足してくれる。

 

「い、いえ……引っ越してきた際、蕎麦に色々な意味を込めてご近所さんに配るのが、引っ越し蕎麦と聞きまして……ですから、わたしたちも越してきたからにはドーナツのように皆で輪を作り、危機に立ち向かいましょうという……その、はい」

 

 段々と自信が抜け落ちていく様子のマシュ。

 それを聞いて一応意図は理解できたので、苦笑して納得しておく。

 

「ははは……うん。いいと思う、うん。多分……

 あ、そうだ。大和さんたちのところ行くなら、俺も付いて行っていいかな?

 あと行く前にちょっと覗いておきたいお店もあるんだけど……」

 

「? はい、大丈夫ですが……」

 

 先程聞いたアランの話。

 聞く限り、一緒にいたのは間違いなくタスクだろう。

 何がどんな状況になってそうなったかはまるで分からない。

 が、彼に何かあったなら一応確認しておいた方がいいはずだ。

 

 

 

 

 そう言った目的から、ちょっと検索して場所を確認。

 そうして辿り着いた先。その古書店の名を、ひねくれ堂。

 

 訪れた二人が真っ先に見たもの。

 それは店の中で本を整理するアランとタスクの姿であった。

 

「アラン……?」

 

「タスクさん……?」

 

「君たち……!」

 

 何をやっているのか分からず、思わず声をかける。

 声をかけられてから、はっとしたようにこちらを向くタスク。

 

 アランは視線を一瞬だけこちらに向けて、すぐに逸らした。

 

「まったく……何故私がこんなことを……」

 

 並べられた本の上。

 はたきを動かし埃を払い、嫌そうに顔を顰めるアラン。

 そんな彼に対して向き直り、眉を顰めて声を僅かに荒げるタスク。

 

「元はと言えば君のせいじゃないか」

 

「私が? あんな人間がいるこの店に入った貴様の責任だろう」

 

 そして何故か本屋の中で睨み合いを開始する二人。

 一体何が起きたらこうなるのか、と。

 タケルとマシュが目を見合わせて、その状況に困惑した。

 

 直後に睨み合う二人の頭をはたきが叩く。

 叩かれた二人が頭を押さえつつ、即座にそちらを向く。

 そこには、厳つく顔を顰めた壮年の男性がいた。

 

「喧嘩してないで働け!

 これ以上本を駄目にするような事があったら分かってるだろうな!」

 

「貴様……! いいだろう、ただの人間風情が私に何が出来るか見せてもらおう……!」

 

「だから止めろ!」

 

 挑発に乗って喧嘩を買おうとするアラン。

 仕方なくそれを後ろから羽交い絞めにするタスク。

 

 そこまで見て何となく、何が起こったのか掴めてきた。

 

「つまり……本屋の中で喧嘩して、本を駄目にしちゃった……ってこと?」

 

「まぁ、そうなる……そういうわけで、僕たちは少しここでバイトしていく。

 悪いんだが、僕の買い物を大和たちのところに持って行ってくれないか。

 昼食の材料の買い物だったんだ」

 

 溜め息混じりにそう告げるタスク。

 今がまさに昼時。材料を今から届けても、大和たちは随分と遅い昼食になるだろう。

 

 しかし、買い取りではなくバイトでの返済。

 そんな判断に至ったタスクに対して、マシュは不思議そうに問いかける。

 

「その、買い取れないほど何十冊もダメに……?」

 

「いや、一冊だけだ。けど……」

 

「私もそいつも、人間の世界の金銭など持っていない」

 

 あるのは、タスクの買い出し用の財布だけだ。

 それを用途以外で使わず、自身で返済しようとするのは性格だろう。

 ぶつくさ言いながらも一応は働くアランも同じだろうか。

 

 文句を言い出せば、そもそも手を出してきたのは店主の方だ。

 入店して本を眺めていたら、それだけで突然追い出されそうになったのだ。

 

 それに対して、アランは反撃しようとした。

 正直、タスクも突然の攻撃への対応として気持ちは同じ。

 だがどう考えても、やり過ぎた反撃になるのが目に見えていた。

 

 なのでタスクはそれを止め、結果として三人がその場でもみくちゃになった。

 そこで棚から落としてしまった本の頁が折れてしまったのだ。

 

 幾らでも言いたいことはあるが、それはそれ。

 本を駄目にしたのは事実だ。

 本の値段分は自分たちで働いて返す。

 

 タスクは買い物袋をタケルとマシュに渡して仕事に戻る。

 そんな様子を横目に見て、アランはつまらなそうに息を吐いた。

 

「こんな本などというものに、一体どれほどの価値があるというのか……」

 

「―――それは聞き捨てならないな。君に本の何が分かる。

 本は先人たちが積み上げてきた知識と経験の結晶。

 あらゆる文明において、もっとも重要なものと言っても過言ではない存在だ」

 

 アランの言葉にタスクが動きを止めて、彼を睨み出した。

 突然険悪になりだす二人。

 絡んできたタスクの方を見て、またも深い溜め息を吐くアラン。

 

「我らに死はない。大帝の許、完璧に積み上げられた文明こそが眼魔だ。

 本などという、眼魂よりも脆い物体に記録を残すことに何の意味がある?

 先人の知識と経験とやらが永遠に失われない我らに、そんなものは必要ない」

 

 言い合いを始める二人に、マシュがおろおろと視線を彷徨わせた。

 

 ―――死のない世界、と言われてタケルがあの世界を思い出す。

 生命力が尽きて、灰となって消滅した人がいた。

 あの話は状況が落ち着いてから、マコトにしかしていない。

 

『それが事実なら、確かに俺の肉体も危険かもしれない。

 だが今、俺の肉体を取りに行くわけにはいかない。

 肉体を得た俺を、眼魔世界からこちらに転送する道が開けるのはアランだけだ。

 今のアランを眼魔世界に連れていくわけにはいかないからな。

 アデルは今、大帝を失って多少揺らいだ眼魔世界の掌握を最優先しているはず。

 つまり奴の意識は完全に自分たちの世界に向いている。

 そんな状況では少数で潜り込んでも、簡単に見つかって捕まることになる』

 

 彼はそう言ってタケルの肩を叩き、その内どうにかすると笑ってみせた。

 そのことを思い出し、沈痛な顔をして顔を伏せるタケル。

 

 周囲の三人の雰囲気全部が悪くなり、マシュは余計に慌てふためいた。

 そんな時、タケルが受け取った買い物袋に本を見る。

 恐らくこれが頁を折って買い取りになってしまった本だろう。

 

「こ、これがさっき言っていた本ですか!?」

 

 強引に抜き出し、それを掲げるマシュ。

 

 ―――それはどこにでもありそうな子供向けの絵本だった。

 表紙に描かれているのは象。それはただの象ではなく……

 

「『はなのみじかいゾウ』……?」

 

 象の代名詞と言っても過言ではない、長い鼻。

 それを持っていない象がその表紙には描かれていた。

 とりあえずこのまま喧嘩させるよりは、と。

 そのまま頁を開いて口に出してその内容を読み上げ始める。

 

「【ふかい ふかい もりのなか はなの みじかい ゾウ がいました】」

 

 ―――鼻の短いゾウは、毎日群れのゾウたちからいじめられていました。

 

『なんでおまえだけ、鼻が短いんだ!』

 

 鼻の短いゾウは、頑張って鼻を伸ばそうとしました。

 前脚で鼻を引っ張ったり、重たい石を持ち上げたり。

 でも、鼻は伸びませんでした。

 

『なんでぼくの鼻は短いんだろう?』

 

 海の畔で泣いていると、友達の動物がやってきました。

 

『ゾウさん、ゾウさん、わたしたちがなんとかしましょう!』

 

 友達の動物は力を合わせ、鼻の短いゾウさんのために、鼻を引っ張りました!

 

『いっくぞー! えい! えい!』

 

 すると、動物たちが引っ張るのに合わせ、ゾウさんの鼻がふぁんふぁんと伸び始めたのです!

 

『パオーン!』

 

 こうして鼻の短いゾウは、みんなの力で、立派な鼻を持つゾウになれました。

 めでたし、めでたし。

 

 三人揃って音読を聞いている気配を察して、マシュは小さくほっとする。

 読み終えて本を閉じた彼女の前で、とりあえずタスクとアランは口論を止めていた。

 ―――が。

 

「―――ふん。生まれ持った肉体の欠陥を笑いものにし、爪弾きにする。人間らしい物語だ」

 

「聞いていなかったのか? その欠陥を補うために努力し、仲間の支えで最終的にそれを克服する物語だっただろう。そうだろう、マシュ」

 

「え、あ、はい……」

 

 言い合いの内容が変わっただけだった。

 マシュの同意を得たタスクがアランを睨む。

 二体一になった(ということにされた)ことに、アランが眉を僅かに上げる。

 

 彼はタケルの方を見て、少し嫌そうに顔を顰めた。

 が、それでも背に腹は代えられないのか。

 タケルに対して、声をかける。

 

「……天空寺タケル。ならば貴様はどうだ。

 この鼻の短いゾウとやらは、鼻が短く生まれたというだけで集団から排斥された。

 後半で助けにきたのはゾウではない別の動物だ。

 ということは、親兄弟すらこいつを見捨てた、と考えていいはずだ。どう思う」

 

「えっ! 俺!? えっと……よくないと、思います」

 

 これで二対二だ、と言わんばかりにタスクを睨み返すアラン。

 今度はタスクの方が眉尻を吊り上げる番だった。

 

「……確かにこのゾウを助けにきたのは、トリ、サメ、ライオン、トラ。

 つまり種族の垣根を越え、手を取り合ったからこその結果だ」

 

「種族の垣根? ゾウ同士でさえ手を取り合えていないのに何を……たった四匹が引っ張っただけで鼻が伸びたのだ。そのゾウをいじめていた連中が最初から鼻を伸ばそうと協力してやれば、他の種族に頼る必要すらなかっただろうに」

 

「―――その通りだ。だがゾウたちは、鼻の短いゾウが鼻を伸ばせたことで気付くだろう。

 力を合わせる事の大切さ、誰かを助ける事の尊さを。

 この絵本を通じて、読んだ人間がそう感じるように、ゾウたちも学び成長する」

 

「そんな事実はこの本には書かれていない」

 

「先に親兄弟だの書かれてないことを言いだしたのはお前だ!」

 

「どっちでもいいから仕事しろお前ら!」

 

 論争する二人に店長からのはたきが振るわれる。

 タスクとアラン。その両方が、振るわれるはたきを途中で掴んで止めてみせた。

 あっさりと止められ、身を引く店長。

 

「丁度いい。いま意見は二対二……あと一人いれば決着がつく」

 

「店長、あなたは客が本に相応しくないと言って追い出すほどの人間。

 ここに揃えた本に、相応の思い入れや感じ入るものを持っているはず。

 『はなのみじかいゾウ』に対するあなたの考えを聞かせてもらおう!」

 

「い、いや……ど、どっちでもいいだろそんなの!」

 

「よくないからこうしている!」

 

「本を取らせる客を選んでおいて、本の内容に向き合うことから逃げるつもりですか!?」

 

 叩き落とされるはたき。

 迫りくる二人を前に、店長が怯えて後退った。

 流石に不味いとタケルがアランを、マシュがタスクを抑えにかかる。

 

「ちょ、ストップ……! アラン、何でそんなに!」

 

「―――馬鹿馬鹿しい……! 何が鼻が伸びただ……! このゾウが集団から排斥され、身内からさえ同胞扱いされなかった事実は変わらない。挙句その原因となる不自由な体を与えた親さえも、こいつを見捨てた!

 肉体など、その不自由さの象徴だ! 肉体から解き放たれればそんなことはありえない! 肉体に縛られなければ、こいつが家族に捨てられる理由も存在し得なかった! その軛を解き放った永遠の幸福が眼魔にはあったはず! なのに何故、どいつもこいつもそんなものを……!」

 

 ―――自分の心に従え、と。父は確かにそういった。

 心など必要ないと、眼魔世界という理想郷を創ったのは他ならぬ父なのに。

 だというのに何故、今更。今更そんなことを言う。

 止めようとしたタケルを突き飛ばし、苛立たしげにアランが店を飛び出した。

 

 止めようと思っていたのに、追う事ができずにタケルは足を止める。

 ただの絵本だと思って、そんなことにまで頭が回っていなかった。

 マシュが持ったままの絵本を見て、小さく眉を落とす。

 

「……っ、そっか。アランにとって、このゾウって……」

 

 自分がいるべき集団から追い出されて、自分とは別の種族に助けてもらって永らえて。

 何故自分がいまここにいるかさえ、判然としない。

 

 謀反を起こした兄を止め、父を救うため。

 そうは言うが、まずもって何でそんなことになったのか彼にはさっぱり分からない。

 そんなことにならない完璧な世界だと、今まで信じてきたはずなのに。

 

 ―――タスクもまたおおよそ状況を掴む。

 そうして額に手を当てて、彼は天井を仰いでみせた。

 

「……僕も頭に血を昇らせ過ぎた。店長、悪いが後は僕一人で―――」

 

 一人でやる、と言おうとしたタスク。

 彼が振り向いてみれば、そこにいたのは先程とは少し様子の変わった店長。

 バツが悪そうな顔を浮かべた彼は、アランの走り去った先を見ていた。

 

「……要らん。よく分からんが、その話があいつにとって重要だったんだろ。

 ―――ただ、一応言っとけ。俺がどっちでもいいって言ったのは、別に答えを出すことから逃げたわけじゃなくてだな……本を読んで思ったことがあるなら、それがそいつにとっての一番の答えであって、勝敗をつけるもんじゃないってそういう話でだな……」

 

 そこまで言って頭を掻いて、タスクから店のエプロンを無理矢理奪う店長。

 そうしてから背を向け、彼は奥へと引っ込んでいってしまう。

 

「……さっさと追いかけてやれ。まったくよく分からんが、だがまあ……

 絵本を読んで、あんだけ本気になれるガキなんだ。迷子になったら面倒だろ」

 

「―――すみませ……」

 

 謝ってみようとして、やっぱり途中で止める。

 そもそも謝って欲しいのはこっちだというくらい、好き放題されていたのだった。

 謝罪の言葉を投げ捨てて、本音をさっさと叩き付ける。

 

「……いや、やっぱり言わせてもらう。

 気に食わない客に掴みかかるようなあんたの方がよっぽどガキだ。

 あんただけじゃなくて、あんたが好きな本まで誤解される。止めた方がいい」

 

「うるさい」

 

 小さく言い返して、そのまま店の奥に引っ込んでしまう彼。

 

「―――それだけ拘った品揃えなんだ。また見に来させてもらう」

 

 言っても返事すら返ってこない事に、小さく肩を竦めるタスク。

 

 そうして、三人は揃って店を飛び出した。

 アランが黄昏れる時の場所は大体分かっている。

 この場からもっとも近い場所から回っていけば、そう遠くない内に見つかるはず。

 

 と、その瞬間。

 タスクの肌が粟立ち、象の尻尾がピンと張った。

 この感覚が示す現象は、たったひとつ。

 

「ッ、デスガリアン!? こんな時に……!」

 

「―――! ごめん、マシュ。アランのこと頼んでいい?

 俺たちはデスガリアンの方に行くから、アランを追いかけてあげてほしいんだ」

 

「それは……いえ、はい! 分かりました!」

 

 タスクが感知したということは、他のジューマンの皆も感知したということだ。

 

 屋台の方にはアムがいる。

 彼女が感知したならば、ソウゴたちにも伝わるだろう。

 そうなれば、恐らく戦力的には十分。

 ならばきっと彼女はアランを追った方がいいはずだ。

 

 そこで二手に分かれ、彼らはそれぞれ目的のために走りだした。

 

 

 

 

「ハッテナー!」

 

 奇声を上げるアカデミックドレスを思わせる風貌の怪物。

 ハッテナー、と掛け声のように叫ぶその異形こそ、チームクバルのプレイヤー。

 まさしくその名を、ハッテナーである。

 

 彼は万年筆状の武器、クエスチョッパーを片手に街を練り歩く。

 何かを確かめるように街のそこかしこに視線を送りつつ。

 

「さあさあ、まずはどこから始めようカナ~?」

 

「ハァッ!!」

 

 きょろきょろと周囲を見回しているハッテナーに襲来する青い影。

 それはもたもたしている彼に反応すらさせず、思い切り殴り飛ばしてみせた。

 拳を受け、吹き飛ばされて地面を転がるハッテナー。

 

「ハ~テナ~!?」

 

 転がった彼の目が見上げる青い影は、二本角の仮面の戦士。

 頭に被ったフードを下ろしながら、彼はハッテナーを見下ろした。

 

「デスガリアン! 貴様たちの好きなようにはさせん!」

 

 現れたのは仮面ライダースペクター。

 その腕が、ドライバーから放たれるガンガンハンドを掴み取る。

 即座に照準を合わせて、トリガーを引くスペクター。

 

 ハッテナーが立ち上がるその前に、瞬く間に行われる発砲。

 それが地面を転がっているハッテナーを、いとも簡単に穴だらけにしていく。

 

「はーてなー……!」

 

「――――?」

 

 穴だらけになり、もがいていた手足がばたりと落ちる。

 そのまま動かなくなった相手に、スペクターが戸惑いながら銃を下ろした。

 

「終わりか……?」

 

「もう倒しちゃったの!?」

 

 デスガリアンの出現に合わせ、すぐに行動を起こしたのだろう。

 その後ろから駆け込んでくる大和たち。

 更にダ・ヴィンチちゃんの屋台の方に回っていたアムは、ソウゴを伴っている。

 ジュウオウジャーの四人とソウゴの五人が、現場の状況に目を瞬かせた。

 

「マジか……空きっ腹で全力疾走してきてすげー響いたってのに」

 

「? まだ2時前だよ、レオくんもうお腹空いたの?」

 

「昼ごはんの買い出しに行ったタスクがまだ帰ってないのよ」

 

 機嫌悪そうにそう言うセラ。

 ドーナツとたこ焼きで満たされているアムとソウゴはへえ、と流す。

 と、ちょうどそこにタスクとタケルの二人もやってきた。

 

「デスガリアンは!?」

 

「買い出しは?」

 

 倒れたデスガリアンを指差し、逆に訊き返されるタスク。

 あっと声を漏らして、その視線がタケルに持ってもらっている買い物袋へ。

 とりあえずそれを指差して、苦々しく表情を浮かべる。

 

「いや……ちょっと色々あって……」

 

「色々じゃなくてちゃんと説明してくれる?

 あんた、真理夫さんも昼ご飯抜きになってるのよ?」

 

〈オヤスミー〉

 

 何やら言い合いが始まったの背に、マコトが変身を解除する。

 

 普段ならここでナリアが出てくるのだが、今のところその様子が感じられない。

 様子を見る必要があるだろうが、一応は―――

 

「そろそろ十分カナー! ワードハンティングー!」

 

 その瞬間、倒れていたデスガリアンが動き出す。

 帽子らしき部分だけ浮かび上がり、そこについた目が発光。

 周囲一帯を一気に照らし出した。

 

 光に包まれるのは、その場に集った全員。

 言い合っていた者も含めて全員が、一気に身構えて戦闘態勢に入る。

 

〈   !〉〈       !〉

〈    !〉〈   !〉

〈    !    !    !     !    !〉

 

「  ?     !?」

 

 何だこれ、と。放った言葉は言葉にならない。

 同時に、彼らの起動した力の結晶もまた同じく言葉を発しない。

 ウォッチも、眼魂も、王者の資格も。

 起動音が発声せず、起動自体が一切できなくなっていた。

 

 それを見て愉快そうに笑うハッテナー。

 彼は穴だらけの体をあっさりと復元し、何事もなかったように立ち上がる。

 

「うっふふ~! 下等生物が文明を築くこと自体、生意気なのカナ~! 文字を奪われたお前たちはもう喋れないし、書けないし、読めない! 意思疎通が出来なくなった下等生物はやがて文明を失い、生きるために奪い合うだけの()()()()()()()生き方を取り戻す! その無様な姿をジニス様に楽しんでいただくのが、僕のブラッドゲームなのカナー!」

 

 近くにいたマコトが万年筆型の武器で吹き飛ばされる。

 彼は殴り飛ばされ、しかし何とか受け身を取って地面を転がった。

 そうして、懐から出した眼魂を出しドライバーに入れる―――が。

 ゴーストドライバーが一切反応しない。

 

「……   !」

 

「下等生物は下等生物らしく、惨めに生きて僕たちを笑わせる玩具でいればいいカナー!

 そうれ、ワードハンティング乱れ打ちぃー!!」

 

 帽子が空中に浮かび上がり、回転しながら周囲に光を飛ばした。

 それは街のいたるところに飛んでいき、この地上から文字を消していく。

 

 

 

 

「アランさん!」

 

 てすりに寄り掛かり、ぼうと海を眺めている彼を見つける。

 アランは声をかけてきたマシュを一度だけ見た。

 が。彼女が絵本を持っていることを見ると、すぐに目を逸らした。

 

「えっと……」

 

 追ってきたはいいが、何と声をかければいいのか。

 拒絶の意思が浮かんでいるその背中を見て、困惑する。

 けれど自分が抱えている絵本を見て、思い直して彼に隣に並んだ。

 

「その……わたしはこのゾウは、きっと家族とも仲直りができると思います」

 

「―――何を。

 一方的に排斥されたゾウに、何故そんなことをする必要がある」

 

 既に捨てられたゾウだ。

 鼻を伸ばした後どんな生涯を過ごすにしても、家族は余分だ。

 一度捨てた家族に対し拘る理由など、あのゾウは持っていないはず。

 

「必要はないかもしれません。

 でも、このゾウはきっとそうしたいと思ってる気がするんです」

 

 アランの隣で頁を捲り、絵本を読みなおすマシュ。

 

「鼻が短いから、と仲間外れにされて。でも一生懸命に頑張って、鼻を伸ばそうとして。

 悲しむことはしても、彼は誰にも恨み言は吐かなかった。

 ―――だからきっと、心の底からとても優しいゾウさんなんです。

 例え自分を虐めた相手でも、仲良くできることを望むだろうと感じるほどに」

 

「……そんなことは、どこにも」

 

「はい。この絵本にはそこまで詳しく何かが書いてあるわけではありません。

 ―――けれど。この本を読んで、どこまで考えるかも読み手の自由だと思います。

 このゾウがどれほど辛い思いをしたか、考えてしまうアランさんのように」

 

 マシュの言葉にアランが強く反応を示す。

 そのようなことを言われるのは不快だ、と。

 絶対に自分はそれを不快に感じるはずだと、自分に言い聞かせるように。

 

「私が? 何を馬鹿な……! 何故そんな動物に私が共感すると思う?

 私はただ、そんなものは所詮は人間が作ったものだと……」

 

「アランさんの知る眼魔の世界なら。

 このゾウだってきっと、最初から幸福だったはずだと思ったんですよね」

 

 そう言われ、それ以上聞きたくないというようにアランがマシュに背を向けた。

 

「この絵本の物語を通じて幸福になった、これからより幸福に生きていくはず……そう感じたタスクさん。最初から幸福であれば、こんな物語は初めから不要だったと感じたアランさん。きっとお二人とも、彼が幸福であればいいという考え方は同じなのに、言い争いになってしまって」

 

 何度か頁を捲り、最後の頁に辿り着く。

 そこに書かれた鼻の伸びたゾウ。友達の動物たち。

 めでたしめでたし、という締めの言葉。

 そこにゆっくりと指を這わせて、マシュは彼の背中を見つめる。

 

「……互いに同じ本を読み、抱いたのはきっと同じ想いで。

 なのに論争になるほど熱が入ってしまって……でも、きっと。

 こういう形の争いは、悪い事ではないと思うのです。わたしも、嫌いではありません。

 戦闘とか、そういった争いは好きにはなれませんが……」

 

「……何が言いたい……」

 

「その、争いが起きない事は幸福だと思います。

 けれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 わたしたちはたった一冊の本にすら、感じる事が違う生き物だから。

 だから、ええと……その。アランさんも思うことを、伝えたい人に伝えるべきだと思います」

 

 アランの正面から回り込んだマシュが、彼に絵本を差し出す。

 表紙に描かれている鼻の短い惨めなゾウが目に入り、僅かに目を逸らす。

 

「何故こんなことになってしまったのか。何故そんな行動を取ったのか。

 分からないなら、分からないと伝えるべきです。

 ……それを確かめなければ、何よりきっとあなた自身が答えを出せないから。

 例え、その結果として意思を伝えた相手と争うことになるのだとしても」

 

「私の、意思……?」

 

 ずい、と更に本をアランに向けて突き出してくるマシュ。

 鬱陶しいと振り払おうとして、しかし。

 

「……アランさん、この本はゾウの鼻が伸びたところでめでたしめでたし。

 そうやって終わっています。ですが―――

 この先があるとしたら、ゾウにはこれからどうなって欲しいですか?」

 

「どうなって欲しいか、だと?」

 

 ―――ゾウたちの集団は彼を見捨てた。

 助けにきた動物たちも、所詮は異種族。

 めでたしめでたしで締めようが、ゾウはどこまでいっても孤独だ。

 

 問われ、ついその本をマシュから受け取って。

 最後の頁を開いてその内容を検める。

 幸福そうに鼻を振り上げる鼻を伸ばせたゾウの姿が、大きく描かれていた。

 

 ―――こんなもの、正しく現状の把握ができていないだけだ。

 後々気付き、きっとゾウはその状況に絶望するに違いない。

 そう。そうなるに違いないと、そう、考えて―――

 

「……分からない。どうなって欲しいか、とは何だ? こいつはこれから、今までと大差ない苦境に陥るはずだ。考えれば考えるほど、そうとしか思えない」

 

「―――でも。そうはなって欲しくない、と思っている?」

 

「っ、黙れ……! これ以上、こんなものに関することを話す必要など……!」

 

 マシュの言葉に反応し、彼の手が絵本を放り捨てた。

 地面に落ちた本が開いたまま、風で頁をはためかせる。

 慌ててそれを拾いに行こうとしたマシュ。

 

 ―――その耳に届く声。

 

『マシュ、緊急事態だ! デスガリアン相手にみんなが押されてる―――!

 君がいないと、恐らく戦闘にすらならない―――!』

 

「え?」

 

 あんまりな内容のドクターの声。

 それに足を止めた彼女の前で、光の渦が乱舞した。

 街の一帯を舐め尽くしていく光線。

 突然過ぎ去っていく光。マシュもアランもそれを浴びて、直後。

 

「    ?   !?」

 

『ああ、不味い! マシュたちまで……! マップを出しつつ、手短に話すよ! 敵は“文字を奪う”という能力を持つ怪人だ! それに当たったみんなは変身能力も使えず、今は生身でデスガリアンを足止めしてる! 肉体自体がデミ・サーヴァントである君でなければ、戦闘すらままならない! すぐに急行してくれ!」

 

 ロマニの説明を受け、マシュが驚いたように目を見開き―――

 次の瞬間、武装を終えて疾走を開始した。

 恐らく宝具の真名解放はできないだろう。が、それでもまともに戦えるのは彼女だけ。

 何としても間に合わせるべく、彼女は全力を尽くす。

 

 ―――そうして独り残されたアラン。

 彼が自分が放り捨てた絵本を取り上げ、その中を見る。

 全ての文字が消えて、絵だけが残った絵本。

 

「―――   ……!       !」

 

 消えたのは、ただの悪趣味な物語だ。

 持たずに生まれた者が、当たり前のように備えた者に排斥される物語。

 けれど、けれど、最後には笑顔で幕を下ろした物語。

 

 その先にはロクな未来が待っていない、と確信している。

 なのに、そんなものが目の前で消えたことに何故かこうも思考が掻き乱される。

 何もかも理屈が合わない。

 けれど、理屈で語れないことがありすぎることを、今の自分は知っていて。

 

 ―――歯を食い縛り、彼は先程ロマニが空中に投影した地図。

 戦場だろうその場所を目掛けて、走り出した。

 

 

 

 

「――――      !!」

 

 マシュが跳ね、その盾を鈍器代わりに襲来する。

 変身できず、戦闘力が上げられない皆。

 その中でジューマンたちは獣の姿に戻り、僅かでも戦闘力を上げて挑んでいた。

 そんな彼らを凌駕する速度での吶喊。その一撃は、ハッテナーを強打する。

 

「ハッテナ~!?」

 

 気の抜ける悲鳴を上げて転がっていくハッテナー。

 からかうような様子で、ダメージが通っているような様子がない。

 僅かに目を細め、相手の様子を窺う。

 

「    !      !    !?」

 

「   !       !?」

 

 誰も彼も何を言っているか分からない。

 情報が共有できていれば、言葉を交わせずともまだどうにかなるかもしれないが―――

 現状ではまったく、さっぱり分からないとしか言いようがない。

 ロマニの声は聞こえるが、そのロマニにも彼らが得た情報を伝達する方法がない。

 

「ぬふふふ……! 期待してた通りの下等生物らしい抵抗!」

 

 倒れた体から帽子が離れ、その目らしき部分が発光。

 熱量を伴った光線がマシュへと殺到した。

 咄嗟に盾を掲げてそれを防ぐ。

 

 その間に転んでいたハッテナーの体も起き上がり、帽子がその上に着陸する。

 

「これまで僕たちを撃退できていたのにねえ、文字を奪われたらこの結果!

 どうしようカナ、どうしようカナ。

 こいつらを生かしたままこの星を滅ぼそうカナ? それとも先に殺そうカナ?

 どっちにしたらジニス様が喜んでくださるカナ?

 ねえねえ、お前たちはどっちだと思う? あ、僕が文字を奪ったせいで喋れなかったカナー!」

 

 万年筆型の武装、クエスチョッパーが振るわれる。

 光線を防いだマシュを、その盾ごと後ろに追いやる一撃。

 押しやられた彼女はすぐさま片足を軸に、回転するように盾をスイングした。

 

 一回転しながら振り抜かれる盾の縁。

 それは鈍器となってハッテナーを殴り返し―――

 ()()()()()()()()()()()()

 

「   !?」

 

「うふふ!」

 

 体から離れた帽子はその場に留まり、そこに描かれた顔を歪めた。

 その目に黄金の光を灯し、次の瞬間放たれる光線。

 盾を即座に引き戻すも守り切れず、マシュが大きく吹き飛ばされた。

 地面を滑ってくる彼女に駆け寄る皆。

 

 それらを前に、ハッテナーの帽子が地面に転がった体を回収しにいく。

 帽子が体に触手を伸ばし、引き寄せるように合体する。

 

「     ……!?」

 

 ハッテナーにとって体は張りぼて。帽子こそが本体である。

 ダミーバイオボディには一切の攻撃が通じない。

 

 たとえ気付くものがいても、文字を、言葉を奪い、情報を共有させなければいい。

 仮に情報を得ても喋れず、無様に果てていく下等生物の奮闘。

 それさえもジニスを楽しませるための、チームクバルの計算されたブラッドゲーム。

 

「さあて、じゃあそろそろ……?」

 

 クエスチョッパーをくるりと回し、群がる下等生物に向け。

 そこで新たな手合いがこちらに歩んでくるのを見つける。

 

「まだいたのカナー?」

 

「   ……!」

 

 マコトがその新たな人物、アランを見て声にならない声を上げる。

 彼は胸に手を当て、絵本を片手に提げて、ハッテナーを強く睨み据えた。

 だがその口からは言葉が出ない。

 彼も当然、ワードハンティングの影響を受けているからだ。

 

「なーに言いたいのカナー? 下等生物の考えはさっぱりハッテナー!」

 

 言われて、鼻を鳴らす。自分の考えなど、自分自身が一番分かっていない。

 だが、確かに自分はいま、この場に言いたい事を抱えてきた。

 

 ―――それに反応してなのか、彼の懐の中で眼魂が一つ輝く。

 

 勝手に眼魂の中から飛び出るパーカー。

 その白いパーカーゴーストは、肩部にある万年筆のペン先のような部分―――

 ニブショルダーを展開して、思い切り伸ばした。

 

 ―――そうして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「【私の考えなど、私自身が一番分からん……!

 だが……! 返してもらおう、貴様が奪ったこの本の“物語”を――――!】」

 

 装着したメガウルオウダーに、グリムの眼魂を投入した。

 そのままメインユニットを跳ね上げる。

 

〈【イエッサー!】〉

 

 デストローディングスターターを押し、ウルオーデューを生成。

 上部のリキッドロッパーに、生成された特殊溶液が溜まっていく。

 眼魂と反応させてネクロムの鎧を形成するため、アランの指が動いた。

 

「【変身……!】」

 

〈【テンガン! グリム! メガウルオウド!】〉

 

 アランの体が白いトランジェントに覆われていく。

 そして、今まで文字を書き加えていた白いパーカーゴースト。

 グリムパーカーが、彼の上から覆いかぶさった。

 

〈【ファイティングペン!】〉

 

 白い腕が、頭に被さったフードをゆっくりと外す。

 露わになる単眼のゴーグルの眼。

 その部分が緑色に光り、目の前に立つ文字を略奪者に対して向けられた。

 

「なんで!? なんで喋れるのカナ!?」

 

「【どうでもいい……! そんなこと私が知るか……!】」

 

「ぬぅうう……! ワードハンティング!!」

 

 襟を正すように引きながら、歩き出すネクロム・グリム魂。

 ゆっくりと迫ってくるその白い姿に対し、ハッテナーが怪光線を放つ。

 直撃を受けて、またも言葉の文字が剥がれて消えていく。

 

 ―――だがその上から、グリムのペン先がまたも文字を書き加えていく。

 

「どうしてなのカナ!? 

 ワードハンティングで文字を奪われたら喋れないし、書けないし、読めない筈……!」

 

『【文字とは、言葉とは、時代・地域・人種……あらゆる文化に根付いたもの。

 失われたことは数知れず、されど生まれたことも数知れず。

 人が己の想いを文字というカタチに起こし、言葉として伝えたいと願う限り―――何度でも我らは言葉という、剣にも盾にも、そして心を繋ぐ手にもなる力を手に入れる】』

 

 ネクロムを覆うグリムの声か。

 ニブショルダーによって文字を綴り続ける、グリム兄弟が合一した魂。

 その声を一番近くで受けながら、アランはトランジェントの下で顔を歪めた。

 

「そんなバッカナー!?」

 

 慌てふためき、二歩三歩と下がるハッテナー。

 そんな相手に対してグリム魂が、両肩のニブショルダーのうち片方を向かわせた。

 

「【私には言葉として伝えたいものなどない。だが……!

 貴様の力は使わせてもらおう、グリム――――!!】」

 

 それはまるでロープのようにハッテナーの体を縛り付け、ネクロムまで引き寄せる。

 

「緊急離脱ぅっ!」

 

 体から離れるハッテナーの本体である帽子。

 その目がネクロムを見下ろし、輝いた。

 

 放たれる光線に対して、引き寄せたハッテナーの体をそのまま盾にする。

 直撃する光線に焼かれて弾け飛び、蒸発していくダミーバイオボディ。

 

「ああっ、僕の体!? ―――下等生物ごときが生意気カナ……!

 お前たちは文明なんか知らず、ただ何も考えずに暴れまわって無様に死に絶える、僕たちを笑わせるための玩具であればいいのカナ!」

 

 ハッテナーの目が光る。放たれる無数の光芒。

 ペン先が跳ねて、インクが壁のようにネクロムの前に引かれる。

 光線とインクの壁が相殺し、蒸発して消えていく。

 そんな光景を前にして、ネクロムが微かに拳を震わせた。

 

「【……そうか。貴様も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!

 人間の語る心だけではなく、お前たちの考えも私には理解できない―――!】」

 

 人間の心。それに悩む時、一言では語り尽くせぬ感覚がアランを襲う。

 良いものなのか、悪いものなのか。もうそれすら分からない。

 自分でも何が正解か分からないもの。

 暗闇の中で迷路に迷い込むような、そんな不明の感覚。

 理解できないが、決して―――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 同じ理解できないものであっても。

 しかしこいつを前にして湧くものは、たったひとつ。

 ―――純粋に煮え滾る怒りだけだ。

 

「【貴様の語る仮想の“物語”に続きは要らない―――私が与えない】」

 

 ニブショルダーのペン先から放たれるインクの弾丸。

 それが二方向から一斉にハッテナーを襲う。

 回避し切れず被弾し、彼はその顔をインクで塗り潰される。

 前が見えずにふらつきだす、帽子状の飛行物体。

 

「ぬぁっ……!?」

 

〈【ダイテンガン! グリム! オメガウルオウド!!】〉

 

 ウルオーデューが追加で滴下される。

 グリム眼魂が大きく輝き、その力を最大限に発揮し始めた。

 

 ペン先が走り、空中に眼の紋様を描いていく。

 更に己の背後に、ネクロムのクレストである眼の紋様も浮かび上がる。

 後ろに浮かべた紋様はエネルギーと変わり、ネクロムの足を覆っていく。

 

「【ハァアアアア――――ッ!!】」

 

 ―――跳び上がり、ふらつくハッテナーに向かって殺到するネクロム。

 

 緑色の流星となった彼は、空中でその帽子を確かに撃墜した。

 圧倒的な衝撃に叩き落とされ、地面に落ちたその帽子。

 ハッテナーの本体が爆発を巻き起こす。

 

「ハッ~テナァ~っ!?!?」

 

 焼け落ち、地面に転がったハッテナー。

 その中から今まで奪われた文字が溢れ出してくる。

 奪われた場所に帰っていく文字の群れ。

 

 それを受け止めて、言葉を取り戻した大和が叫んだ。

 

「気を付けて! コンティニューがくる!」

 

「―――言った筈だ。続きはない、と」

 

 その忠告を聞いて、ネクロムが僅かに顔を上げる。

 グリムのペンが空に描いた巨大な眼の紋様。

 それが文字の返還を合図にしたかのように、機能を開始してガンマホールを生成。

 地面に転がっていたハッテナーの残骸だけを吸い込んでいく。

 

「文字も言葉も持たないものが暴れる様が好きなのだろう?

 なら、いい場所を紹介してやる。そこで自分がグンダリの玩具にでもなるがいい」

 

 吸引され、この世界から消え失せるハッテナー。

 パーカーの襟を引いて正しながら、ネクロムはそれに背を向けた。

 

 

 

 

「『はなのみじかいゾウ』? それってどんな話?」

 

「えっと、確かゾウの中に一匹だけ鼻の短いゾウがいて……」

 

 戦闘を終えたアランを待っていたのは、手にしていた絵本への追及だった。

 内容を訊いてくる連中に対して、タケルがそう長くない本の内容を説明し始める。

 一瞬で顔を顰めた彼は、それをタスクの方へと突きつける。

 

「貴様のものだろう」

 

「僕はいい。君が持っていればいいじゃないか」

 

 しれっとそう言い返され、本を押し返される。

 ならば、と。今度はマシュの方へと押し付けようとするアラン。

 そうされた彼女は少し迷って、しかしアランに本を押し返した。

 

「これはアランさんが持っていた方がいいと思います」

 

「なにを……」

 

「へー、アランはそのゾウが可哀想で、それが心配で怒ってたの?」

 

 タケルの説明を受けて、ソウゴが笑いながらアランに問う。

 ギロリと目を鋭くして彼を睨み付ける。

 だがそれを気にすることもなく、ソウゴはアランの後ろに回って肩に手を懸けた。

 

「そういう時どうすればいいか、教えてあげよっか」

 

「なに……?」

 

 ソウゴの口振りに反応を示すアラン。

 そんな彼に対して、にこにこしながらソウゴは言葉を続ける。

 

「ゾウの中の王様になればいいんだよ。王様になって、ゾウの世界をみんなが手を取り合って仲良くできる世界にすれば全部解決じゃない?」

 

「……その解答、割と予想できていました」

 

 小さく頷きつつ、目を伏せるマシュ。

 怒るだろうか、と彼女が恐々としつつアランの様子を窺う。

 と、それを聞いた彼は不思議な顔で絵本を見つめた。

 

 王が世界を変えたのは、眼魔世界もそうなのだ。

 ―――大帝アドニス。

 眼魔世界は彼の理想世界だというのに。

 だというのに、まるで彼はその理想を裏切るような言動を繰り返した。

 

 王になり、世界を変える。

 アドニスは眼魔世界の王となり、心を必要としない完璧な世界を作った。

 その道を選んだはずだ。世界の舵はそちらに切った筈だ。

 最初にそちらの道を選び取ったにも関わらず、何故いまさら心などと。

 

 共にゾウの幸福を願いながら論争した、と。

 先程そんな風に言われたことを思い出す。

 

 ……心のない理想世界も、心に従えという言葉も、もしかしたら。

 意味を相反しながらも、同じ目的―――

 幸福のために吐き出された言葉なのかもしれない、と。

 そこまで考えて、アランは首を横に振った。

 

 自分で分からないならば、問わねばならない。

 父と、兄に。表面的な理由だけではない。その真意を。

 

 そんな彼を見ながらマコトが小さく笑い、ゆっくりと腕を組む。

 

「んでよぉ、タスク。飯、どうすんだよ」

 

「あ……今から帰って、作るか?」

 

 タケルが近くに置いておいた買い物袋を回収して、逆に確認するタスク。

 レオがその場で引っ繰り返り、空きっ腹を押さえる。

 

「マジかよ……! もう夕飯になんだろそれ……!」

 

「叔父さんも待たせちゃってるし、早く帰らないとね」

 

 そう言って乾いた声で笑う大和。

 家で待っててもらっているのに、自分たちだけ外で食べるわけにもいかない。

 だよなぁ、と溜め息交じりの仕方なしに納得するレオとセラ。

 そんな中でアムがきょとんとしながら、マシュを見た。

 

「ねえねえ、マシュちゃん。あれは……」

 

「あっ……!」

 

 バスケットどこにやったっけ、と。

 決まってる。緊急武装したところで放り投げてきてしまったのだ。

 あそこになら一応全員分のドーナツが入っていたのに。

 申し訳ない気持ちになりつつ、自分が来た方向へとつい視線を送る。

 

 ―――そうして、そこに発見するバスケットの姿。

 

「あ、先輩!」

 

「マシュ、お疲れ様。大丈夫? ドクターは心配ないって言ってたけど。

 あとこれ、ベンチの上に置きっぱなしでフォウが番犬? 番フォウ? してたよ」

 

「フォウフォウ」

 

 仕方のない奴だ、と溜め息混じりに首を振るフォウ。

 そんな彼を頭の上に乗せ、立香がバスケットを持ってそこに現れた。

 小走りに走り寄って、そのバスケットを受け取るアム。

 

「はいはい、みんなー? ドーナツとジュースを受け取りました。

 このおやつを食べて、晩御飯まで耐えましょう!」

 

「マジか、食う!」

 

「真理夫さんの分もあるので、帰ってからねー」

 

 言いながらマシュたちに手を振って、バスケットを抱えて帰路につく。

 すぐさまその後に続いていくレオ。

 疲労と空腹からくる重い足取りで苦笑しながら追従する大和とセラ。

 そして買い物袋を提げたタスクもそれに続こうとして、

 

 ふと思いついたように、アランに振り返る。

 

「君の中で、本に何かの価値を感じられたか?」

 

「……そんなこと、私には分からん」

 

 手にした本を何とも言えない顔で見るアラン。

 奪われた文字が戻ってきて、元通りだ。

 ロクでもない話は、このゾウの元へと確かに戻ってきた。

 

 こんな物語など無くていいと思っていたのに、何故か安心さえもあって。

 この感覚は何だ、と眉を強く顰めつつも―――

 

「ただ、嫌いでは……ない」

 

「―――なら、良かった」

 

 その言葉を聞いて、タスクもまた皆に続いていく。

 それを見送りながら、彼は再び絵本の最後の頁を捲って見た。

 

 このめでたしめでたしの先に一体何があるのか。

 分からないが、それでも―――

 

 

 




 
グンダリ(いらない…)

すぐファンファンって何だよ(哲学)
単発回的なのにしようとしたら妙に長くなるという。
ゾウの鼻だけじゃなくて話も伸びたんやなって。

次回はマコト兄ちゃん回。
お前は兄ちゃん失格や。安心せえ、仮面ライダースペクターは俺が継いだる。
あとリュウソウレッドも俺が継いだる。
 


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幸福!今の生き方!2016

 
2話同時投降 1/2
 


 

 

 

〈ファイナルフォームタイム! ド・ド・ド・ドライブ!〉

 

 ディケイドアーマーの肩と胴体―――

 ディケイドの名とバーコードが描かれた部分、コードインディケーター。

 

 その右肩に書かれた文字が、ドライブに変わる。

 同時に、胴体から左肩にかけて書かれている文字がフォーミュラに。

 

 液晶のようなヘッドギアに浮かぶ顔もまた変化した。

 表示されるのは黒いバイザーを下ろした、ヘルメットのような頭部。

 腕と足を覆っていくのは、青いアーマー。

 腕には更にその上からそれぞれタイヤが装着された。

 

「おおぉ~! 何か変わったぁ!」

 

 自分の平たい顔面を撫でながら、ジオウが自分の状態を検める。

 ディケイドウォッチには、更にウォッチを装着する機能があったのだ。

 それを使ってみれば、こうして新たな姿に変わるジオウ。

 

 彼の背後にいつの間にか立っていた黒ウォズが、すぐさま大きく手を挙げた。

 

「祝え! 全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え過去と未来をしろしめす時の王者!」

 

「もしかしてそれ、これ全部にやるの?」

 

 自分の後ろで、またも祝い始めた黒ウォズ。

 そんな彼に、ジオウはドライバーのディケイドウォッチを指で叩きつつ問いかけた。

 

「もちろん」

 

 何の躊躇いもなく、そう言い切る黒ウォズ。

 

 そんな把握作業に対して、彼方から容赦なく弾丸は放たれた。

 当たった者を問答無用でぬいぐるみにするという、1キロ先から放たれる凶弾。

 それは妙に騒ぎ立てているジオウを照準していて―――

 

 ―――その一撃を。

 神速の戦士は察知してから反応して、なお追い越してみせた。

 青い車体が潜り抜けた凶弾が背後にあったテーブルに着弾。

 テーブルが一瞬のうちにぬいぐるみになり、地面に落ちた。

 

「んんっ―――その名も仮面ライダージオウ・ディケイドアーマードライブフォーム!

 我が魔王の手にした力が、更なる力を呼び起こした瞬間である!」

 

 黒ウォズが祝福の言葉を言い切る。

 その横から飛び出してきた黄色い影が、一つのビルの屋上を指差した。

 

「今の一瞬で確かに感じたぜ―――! 奴はあっちだ!」

 

 デスガリアンの狩人、スナイパー・ハンタジイ。

 ジューマンの気配察知すら掻い潜るベテランのハンター。

 だが銃弾を放つ一瞬だけ零れた気配を、獅子の感覚が確実に掴み取った。

 

 ジュウオウライオンが指差した先、そちらに向けジオウが即座に疾走を開始した。

 発揮されるのは加速が乗らずとも1キロを二秒で走破する速度。

 ディケイドアーマーがビルの壁をも駆け上がって、その場を目指す。

 

「ち、速い……!?」

 

 ハンタジイの射撃は約三秒に一度。

 疾走するジオウに追撃を仕掛けることもできず、彼は小さく舌打ちした。

 狩人の極意は引き際、とばかりに彼は即座に撤退を選択する。

 

 相手の速度を見た以上、無理な反撃が自分を滅ぼすと一瞬で理解していた。

 たとえ相手が下等生物であっても、だ。

 狩人とは獲物を侮ったものから死んでいくのだと、彼の経験は知っている。

 

 すぐさま取って返し、ビルから飛び降りるハンタジイ。

 気配を消すのはお手の物。

 彼はほくそ笑みながら、すぐに見つからないだろうルートを構築して距離を開けていく。

 

 一人ずつだ。あの青いのは速いから、誰かを庇わせるのがいいだろう。

 だがどちらにせよ、まずはこちらを正確に察知できるジュウオウジャーから確実に―――

 

 そう考えながら、身を潜めての確実な撤退。

 焦ってただ距離を取ろうとすればいいわけではない。

 彼の実力をもってすれば、敵の付近に潜むことさえも不可能ではなく……

 

 ―――そう思考していたハンタジイの足が、何かに捕らわれる。

 

「なに!? なんだ、トラップだと―――!?」

 

「貴様の逃亡はどうやら完璧なものらしいな。

 だが貴様の位置が一度でも割れた以上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 ハンタジイの足に絡んだ鎖が一気に引き戻された。

 その先にいるのは、青いパーカーを纏ったスペクターの姿。

 

 あの場所。そして正面から迫るジオウ。後ろから追ってくる後続たち。

 その位置関係において、相手の意識を掻い潜ることで絶対にバレないルート。

 それを瞬時に構築したハンタジイの経験則こそが驚異であり。

 

 ―――それにまったく同じレベルで追随するのは脱出王。

 完璧すぎる脱出ルートの選択は、脱出王フーディーニにも見えていた。

 完全なる予測に基づいて張り巡らせた、逃亡者を捕らえる鎖。

 

「小癪な……!」

 

 鎖に引き寄せられながら、ハンタジイが銃口をそちらに向けた。

 自身を拘束する相手を撃つことでぬいぐるみに変え、再び逃れるために。

 

 そんな彼の下から、刃の如きヒレが飛び出した。

 コンクリートの地面を泳ぐ鮫が、ハンタジイの真下から飛び出したのだ。

 刃の如きヒレが彼の顔面に叩き付けられる。

 

「ぬぐぉ……っ!?」

 

「やらせるわけないでしょ! 大和―――!」

 

 彼を下からかちあげ、そのまま離脱するジュウオウシャーク。

 彼女が着地しながら空に向かって叫んだ。

 

「イーグライザー!」

 

 ―――そうして。

 彼女の声に応えるように、蛇のようにうねる刀身が空から放たれた。

 

 それはハンタジイの持つライフル銃に絡み付く。

 即座に引き戻されるイーグライザーの刀身。

 強引にライフルを奪い取ったその剣が、大きく振り回される。

 

「タスク!」

 

 全力のスイングで振るわれるガリアンソード。

 そこに絡んでいたライフル銃は投げ放たれて、ジュウオウエレファントに向かっていく。

 

「分かっている!」

 

 思い切り振り上げられた象の足が、それをすぐさま踏み潰す。

 ぐしゃりと潰れて原型を失う愛銃を前に、ハンタジイが声を漏らした。

 

「なんと……!?」

 

 武装を失い、更にスペクターに向け引きずられていくハンタジイ。

 その姿を前にしながら、ジュウオウイーグルが着地する。

 

 イーグライザーを放って取り出すのは、ジュウオウバスター。

 ジュウオウジャー五人による刃を見舞うためにそれを構えて―――

 

「一気に決める!」

 

「ねえねえ、大和くん。それよりも」

 

 そんな彼を止め、自分の手で強制的に振り向かせるジュウオウタイガー。

 突然のことに困惑する彼に、アムは王者の資格を見せつけた。

 

「一気に決めちゃお?」

 

「え?」

 

 引き込んだ相手を必殺の射程距離に収め、スペクターがドライバーを操作する。

 同時にそこに滑り込んでくるジオウ・ディケイドアーマー。

 彼もまたドライバーに装着したディケイドウォッチのスターターを押し込む。

 

「行くぞ、ソウゴ!」

 

「うん! これで決める!」

 

〈ダイカイガン! フーディーニ! オメガドライブ!!〉

〈ド・ド・ド・ドライブ! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

 縛られたままの相手に、二つの青い影が一気に加速した。

 全てのエネルギーを足に乗せた必殺の蹴撃が、まったく同時にハンタジイを襲う。

 その破壊力を浴びて彼を拘束していた鎖も千切れ飛んだ。

 

「ご、わぁあああ―――ッ!?」

 

 致命傷を受け、吹き飛ばされて地面を転がっていく怪人。

 転がり終えた彼の体が、地面の上で力なく手足を落とした。

 

 ―――その敗北したプレイヤーに、追加のコインが投入される。

 ハンタジイのコイン投入口に正確に、ナリアの指がそれを投げ込んだのだ。

 

「―――ジニス様の細胞から抽出したエネルギーです。無駄遣いせぬように……?」

 

 コインを入れられた怪人の骸が再起動し、巨大化していく。

 むくむくとほんの数秒で40メートルまで膨れ上がっていくハンタジイ。

 彼はゆっくりと眼下のナリアを見下ろし―――

 

「ありがとうよ、ナリ―――!」

 

『クマアックス! ジュウオウインパクト!!』

 

 その背中を、ワイルドジュウオウキングの振るう斧に粉砕された。

 先日発見した、山の中で岩と化していたキューブクマ。

 それが武装へと変形した、超重の刃・クマアックス。

 

 復活した瞬間に、ワイルドジュウオウキングの剛力で叩き付けられる一撃。

 それを受けたハンタジイが地面に叩き付けられ、爆炎を噴き上げた。

 

 コンティニュー前の敵をスペクターとジオウに任せた五人。

 彼らはコンティニューに先んじて、既にキューブアニマルの合体を済ませていたのだ。

 叩き付けられたハンタジイが、小さく震えながら呟く。

 

「出待ちとは……卑劣な……ッ!」

 

『スナイパーに言われたくありませーん!』

 

 操縦席に座ったアムが、両手で×を描く。

 待ちに徹して獲物の動きを探る狩人に言われる筋合いはない、と。

 それに反論も思いつかぬうちに、老兵が最後に断末魔を上げて大爆発を起こした。

 

「この戦場、年寄りの冷や水だったかぁ―――ッ!?」

 

「…………」

 

 正しくジニスの細胞の無駄遣いを見て、ナリアが小さく舌打ちする。

 そのまま彼女は姿を積み上がっていく巨大コインの中に消した。

 

 

 

 

「うん。こっちでも見えてたし、みんな元に戻ったみたい。良かった」

 

 コンドルデンワーにかかってきた連絡を受け、タケルが笑う。

 ハンタジイに撃たれたものはぬいぐるみになる。

 そのぬいぐるみになった無差別に撃たれた人たちは、大天空寺に集めていた。

 

 ハンタジイが倒された瞬間、ぬいぐるみから元に戻った人たちで寺は大混雑。

 それを総出で整列させ、順番に帰ってもらう。

 ついでに『この人探しています。不可思議現象研究所』と書かれたビラを配るのも忘れない。

 描かれた人物は、大和が先日の戦いで見かけた鳥のジューマンの人間態だ。

 

 電話を切り、小さく息を吐きながらそんな境内の様子を見る。

 

「なんだなんだ? 解決したってのに元気ないな、おまえ」

 

「ユルセン―――!?」

 

 声がしてみたので振り返ると、そこにいたのはユルセン―――だったが。

 その両手には串に刺したたこ焼きとドーナツをそれぞれ持っていた。

 

「ちょ、ユルセン! お前がそんな風に食べ物持ってたら……」

 

「あ、たこ焼きとドーナツが空に浮いてるー!」

 

 子供の声がして、境内の中の人達が少しずつ騒ぎ出す。

 誘導をしていたアカリが顔を引き攣らせ、さっさと引っ込めとジェスチャーを送ってきた。

 

「ハ、ハンドパワー! ハンドパワーですから、これ!」

 

「馬鹿おまえ! どこ掴む気だよ!」

 

「うっさい!」

 

 すぐさま空中のユルセンを捕まえ、地下室の方へと走り込んでいく。

 

 そこに駆け込んだ瞬間、拘束を振り解いたユルセンが飛び出した。

 即座にタケルの頭にタックルをかまし、反撃してくる。

 激突されて地面に転がったタケルは、天井を見上げながら溜め息を吐く。

 

「はぁ……」

 

 寝転がりながらそのまま視線を横に向け、屹立するモノリスに向ける。

 

「なあ、ユルセン。眼魔の世界って、どんなところなんだ?」

 

「はぁー? おまえ、この前自分で見ただろ」

 

 たこ焼きとドーナツ。

 丸い食べ物を抱えながら浮遊する、ご満悦のユルセン。

 そんな姿を見上げつつ、重ねて問いかける。

 

「アランには心がある。お父さんを助けたい、って気持ち。

 状況に戸惑う気持ちも、お兄さんに何を思えばいいか分からないって迷いも……なのに何で。

 眼魔の世界は、体を眠らせて眼魂だけで活動して、心がない事が完璧だなんて……」

 

「そりゃおまえ。まずはそこが別の話だって。

 肉体を眠らせてるのと、心を無くしちまえってのはまったく別の話なんだよ。

 何ならあいつら、昔は全員普通にこっちの世界みたいに暮らしてたわけだし」

 

「―――え?」

 

 人間みたいに暮らしていた、と聞いて。

 タケルが上半身を起こして、それを口にしたユルセンを見る。

 

「それってどういう……!?」

 

「心がどうこうって話は、眼魂のおかげで一応みんな死ななくなった後にダントンが―――」

 

「くぉらぁ―――ッ!」

 

 続きを口にしようとしたユルセンが、杖で殴り飛ばされる。

 そこに現れたのは、壮年の男性。タケルにゴーストの力を与えた者。

 今まで中々姿を見せなかった、眼魂仙人の姿であった。

 

「ったいなー! なにすんだよおまえー!」

 

「お前が余計なことまで言うからじゃ!」

 

「なぁにが余計なことだ! おまえが何も教えなさすぎなだけなんだよ!

 いーつまで経ってもガンマイザーのことすら説明しねえし!」

 

「全てを説明すれば、情報がいつどこから流出するかも分からん!

 眼魔に対抗する策はあまりにもか細い道筋……アリの一穴すら許されんのじゃ!」

 

「どーせ状況が混沌としすぎて、何を説明すればいいかも分かんなくなってるだけだろ!」

 

 この野郎! とまたも杖を振り上げる仙人。

 が、それを察知したユルセンはあっさり潜り抜けてみせた。

 そのままたこ焼きとドーナツを彼の顔にぶつけ、姿を消す。

 

「ぬお……っ!?」

 

「おっちゃん! 今の話は一体なに!?」

 

 顔面に当たった食べ物、まだ熱の残るたこ焼きをわたわたと叩き落とす。

 その内に、タケルが立ち上がってその肩を掴んでいた。

 

 逃がす気が一切なく、完全に掴まれた仙人。

 彼は凄まじく渋い顔を浮かべ、何かを考えるかのように天井を仰いだ。

 

「むぅ……仕方あるまい。

 いいだろう、まずはユルセンの奴が口にした男の話をしておこう。

 ダントンとは、眼魔の生き方に反旗を翻した男だ」

 

「眼魔の生き方……?」

 

「うむ。眼魔は死ぬことのない体を求め、肉体を眠らせて眼魂に意識を宿し活動することを選んだ存在じゃった。だがダントンは眼魂ではなく、肉体を不死身に改造することで人が死なない世界を作りだそうとした。結果、眼魔世界においてその両派閥は戦争になったのじゃ」

 

「戦争!? でも……!」

 

 眼魔の世界は争いのない世界。アランは今までそれを信じていた。

 今は確かにクーデターに近い状況で、追われてはいるが―――

 それでも今までは、争いのない世界だったのではないのだろうか。

 

「だからじゃ。その戦争では多くの者が死んだ。

 故にそうした戦争を経験した眼魔は、争いが生まれない世界を求めた。

 主張が割れたのは心があるから。ならば心を封印すれば、戦争は起きない。

 勝利した眼魂側のトップはそれを認め、一部の人間を除き全て夢の中で生かす事を選んだ。

 それがお前がユルセンと向こうの世界で見た、“眠りの間”じゃ」

 

 ユルセンは一部の人間を除き、眼魔の民は眠っていると言った。

 彼らはあのカプセルの中で幸福な夢に浸り続け―――

 そして眠っているうちに生命力が尽きて、死んでいくのだと。

 

「……戦争が起きないように、今を生きることを止めた?」

 

 タケルの言葉に対して仙人は何も言わず。

 ただモノリスへと向き合い、ゆっくりとそこに描かれた眼を見つめた。

 

「わしはあえて何も言うまい。この事実に何を思うのかは、タケル……お前次第じゃ。

 だが一つ言うならば、ダントンという男の選択は余りに非人道的な研究であった」

 

「……おっちゃん、もしかしてダントンって人のこと嫌いなの?」

 

「……わしは何せ、眼魂仙人じゃからな。眼魂を否定する奴は嫌いなのじゃーい」

 

 そう言って何故かその場で貧乏揺すりを始める仙人。

 彼は己のことを眼魂仙人、と語る。

 だがそもそもの話として、この超常の力の源―――眼魂とは何なのか。

 

「じゃあ眼魂って何なの? 眼魂の仙人なおっちゃんなら知って……」

 

「む! この気配!」

 

「え?」

 

 がばっ、と大きく振り向いた仙人がタケルの背後を指差す。

 釣られて振り返り、そこに何もいないことを確認。

 ブラフであったことを理解して、すぐさま振り返る。

 

 ―――数秒足らずにうちに、そこから仙人の姿は消えていた。

 

「ああ、もう! 何なんだよ、何で逃げるんだよ!」

 

 そう言って、仙人の消えた地下でタケルは地団駄を踏んだ。

 

 

 

 

「ケーキかぁ……どう思う?」

 

「美味しそうだと思うよ?」

 

「買わないわよ」

 

 ―――色々あった後の夕刻、買い出しの帰り。

 ケーキショップを眺めながら、指を銜える二人。

 アムと立香を細目で見つつ、オルガマリーが即切り捨てる。

 

「たまにはドーナツ以外のスイーツ、いいよねぇ」

 

「所長……店長は食べたくないの? ケーキ」

 

「わたしたちは一応自分たちの店の商品の材料の買い出しに来たのよ?

 他所の店のスイーツ買って帰ってどうするのよ。あと店長言うな」

 

 そう言って、両腕に下げた買い物袋を上げる彼女。

 言いつつもしかし、オルガマリーは買い出し用の財布の中身を検める。

 

 そもそも商売が軌道に乗り始めたからと言って、余裕があるわけじゃない。

 何を買うにしても人数が多い集団だ。

 ちょっとしたものでも全員分買えば出費はかさむ。

 商売のための材料費だってただじゃないのだし。

 

「ツクヨミも食べたくない?」

 

「私? いや、私は……どちらかというと、甘いものより辛いものの方が」

 

 そんなやり取りを傍から見ていたツクヨミ。

 味方に巻き込もうとしたが、しかし取り込みに失敗する立香。

 そうなって、彼女はちぇー、と作戦失敗に口を尖らせる。

 

 溜め息を吐くオルガマリーに、苦笑するツクヨミ。

 

「ただ、ちょっと意外かも。そうやって家計の管理みたいなことしてる所長さん」

 

「……馬鹿言いなさい。

 金額の桁は違えど、こんなんよりよっぽどシビアな経営管理をしてたのよ、わたしは。

 カルデアの責任者が誰だと思ってるのよ」

 

「凄い! じゃあケーキ代くらい簡単に捻出できちゃったり!?」

 

 言いながら背中に取り付くアム。

 めんどくさい、と表情に浮かび上がるが彼女はものともしない。

 獲物を定めた白虎に取り付かれ、オルガマリーは盛大に溜め息を落とした。

 

「……今日だけよ」

 

 諦めたように肩を落とすオルガマリー。

 そんな彼女の背中を見ながら、立香が首を傾げる。

 この財布の緩さでホントに彼女は施設の経営が出来ていたのだろうか、と。

 

「いらっしゃいませー」

 

 そうして店内に入った彼女たちの目の前。

 なんと、残っているケーキはホールで一つだけだった。

 よほど人気なのか、むしろ喜んでレジに向かうアム。

 

 ―――その直後、一人の男性が店に駆け込んできた。

 今まさに売り切れようとしているケーキを見ると、やってしまった、と。

 大きく顔を歪めて、額に手を当てた。

 

 そのあまりの様子に目をぱちくりとさせるツクヨミ。

 一体何が、と。そうしてその彼の後ろ。

 店外で車いすに乗って待っている、一人の少女を見つけた。

 

 小走りでアムの背後に近寄り、店員に話かけてる彼女をつつく。

 

「ツクヨミちゃん?」

 

「ねえ」

 

 そうして後ろの彼らを指し示し、彼女の動きを止めさせた。

 

 

 

 

「いや、本当にありがとうございます。遅かったのは俺らの方なのに……」

 

「お兄ちゃん、凄い顔してたもんね」

 

 ケーキの箱を抱えながら車いすに座る少女と、それを押す男性。

 彼らと一緒に歩きながら、アムはいえいえと手を横に振る。

 流石に病人の少女にケーキを譲る程度の良識は持ち合わせていた。

 

「こっちこそ感謝ね。余計な出費をせずに済んで」

 

 オルガマリーはそう言って肩を竦める。

 それに苦笑した男性―――不破数宏。

 

「もしよかったら、今度は私たちが出してるドーナツなんかも食べに来てね」

 

「皆さんがお店を出してるんですか?

 わあ、行きたい! ねえねえお兄ちゃん、今度連れてって!」

 

「ああ、次の休みにな」

 

 談笑しつつ、自分たちが出店してる場所を教える。

 そんなことをしつつ、目指すのは少女―――不破まりんが入院してる病院だ。

 

 辿り着いたそこで、ツクヨミが声を上げる。

 病院の駐車場でバイクを止め、寄り掛かっている人。

 それは彼女たちもよく見知った顔だった。

 

「あれ、マコトさん?」

 

 声をかけられて、気付いた彼が振り向く。

 

「ああ、お前たちか。どうしたんだ、病院なんかに来て」

 

「マコトくんこそどうしたの?」

 

「俺はカノンの送り迎えだ。

 体を取り戻し……体が治ってから、一応定期的に検査をしてもらってるからな」

 

 一般人が一緒にいることに途中で気付き、言い直す彼。

 なるほど、と。それに納得して頷くツクヨミ。

 

 そこに丁度、病院から出てきたカノンがこちらに走り寄ってくる。

 

「お兄ちゃん。迎えに来てくれて、ありがとう」

 

「このくらい何でもない。俺たちは先に帰るが……

 大天空寺でいいなら、荷物は載せていってもいいぞ。どうする?

 その量だと……流石に全部は無理だが」

 

 カノンの分のヘルメットを取り出しながら、彼が皆の荷物を見る。

 四人で分けて抱えている屋台で使うような材料だ。

 マシンフーディーには、流石に全部は入らないだろう。

 

 とはいえ少しでも運んでもらえるなら儲けものだ。

 一部だけ彼に渡して、残りを三人で分ける。

 

 アムの帰宅先は大天空寺ではないので、ここからは四人から三人だ。

 そういう意味でも一部だけでも持って行ってくれるのは助かる。

 

「私たちも帰ろうか。じゃあ不破さん、まりんちゃん、またね」

 

「お店、遊びにきてね。特別サービスしちゃうから! 店長が」

 

「あんたたちでやれ」

 

 そう言って、不破兄妹に手を振って歩き出す皆。

 にこやかにその手を振り返して別れるまりん。

 

 ―――その背後で、不破が声を上げた。

 

「あ、あの! もし良かったら明日、時間があればまりんに会いに来てくれませんか?」

 

「お兄ちゃん?」

 

 兄の突然の発言に困惑する妹。

 いきなりそんなことを言われて、皆で顔を見合わせる。

 

「俺、警備員の仕事してるんですが……明日からの世界五大文明宝石展、っていうイベントの会場警備がありまして。こっちに来る時間が取れないんで、もしよければまりんの相手になってもらえれば、なんて」

 

 きょとんとしながら彼の突然の言葉を聞く皆。

 それを見て、焦って頭を揺らす不破。

 

「ああ、いきなりこんなこと言われても困りますよね。

 すみません。あー、えっと……」

 

 そんな彼の様子を見て、カノンがマコトの袖を引いた。

 少し驚いて、しかし小さく笑う彼。

 

「言っただろう。病院までの送り迎えくらい、大したことじゃない」

 

「うん、ありがとお兄ちゃん。あの……私、来ていいですか?」

 

「所……店長、私たちは?」

 

「自由時間の使い道なんて好きにすればいいでしょ。店長言うな」

 

「じゃあ、とりあえずまた明日!」

 

 それを聞いて顔を綻ばせた不破が、大きく頭を下げた。

 その場でまりんの病室等、必要な情報を教えてもらう。

 

 そうしてから別れて、彼らが病院の中へと入っていくのを見送る。

 

「一体どうやって知り合った人だったんだ? あの人は」

 

 車いすを押して病院に入っていった兄妹を見送り、マコトが問う。

 特にどういう知り合いでもなくケーキ屋で顔を合わせただけ。

 そんなことを聞いて、珍妙な顔をするマコト。

 

「どうしたの、お兄ちゃん?」

 

「いや……」

 

 妹が心配なのはよく分かるし、だから頼みに特に思うところはない。

 入院中の妹に年の近い同性の友人がいればいいと考えたのだろう。

 

 兄妹で暮らしていて、妹が病院暮らしというなら負担も相当なはずだ。

 だから兄が仕事を疎かに出来ないのはよく分かる。

 

 マコトたちは今住居を大天空寺に頼っている。

 その上でマコト自身は眼魂であるために、生きるのに一切金銭はかからない。

 

 こうしているカノンの通院費は小さくないが―――

 それでも、天空寺龍が保管してくれていた深海の家の貯金を崩せばどうにでもなる。

 いずれはマコトも職につく必要があるが、全ては眼魔などをどうにかしてからだ。

 

「不破さんがどうかしたの?」

 

「妹を持つ兄として、シンパシーを感じたとか?」

 

 少し茶化すようなツクヨミの言葉に、曖昧に頷くマコト。

 それは決して間違いじゃない。

 いや、むしろマコトの感じたことに、一番近い分析かもしれない。

 

 けれど、そんなことは絶対にありえないだろう。

 ああして平和に過ごしている兄妹だ。

 まるで以前の自分のようだ、なんて。そんなことあるはずもない。

 そんな感覚を呑み込んで、彼は家路についた。

 

 

 

 

「ハンタジイは随分とあっさりとやられたようだが……さて。

 君はどうだい、ドロボーズ?」

 

 ―――チームジャグド。

 この星に来て一番に出陣したチームリーダー、ジャグド。

 彼はジュウオウイーグルに討ち取られ、敗死した。

 結果として、今までチームが丸々一つ浮いてしまっていたのだ。

 

 とは言っても、だ。

 それらのプレイヤーは、ほぼアザルドとクバルのチームにそれぞれ振り分けられた。

 自分のプレイスタイルにあったチームに、自ら所属しにいったのだ。

 

 だがその中から二人、どちらにも所属せずに声を上げたものがいた。

 それがハンタジイ、そしてドロボーズ。

 

 彼らは自身のゲーム内容次第ではチームリーダーに取り上げて欲しい、と。

 そうジニスに対して意見を上げ、ジニスはそれを了承した。

 

 玉座のジニスに問いかけられ、唐草模様の丸い二頭身が腕を振り上げる。

 

「お任せ下さい、ジニス様! このドロボーズ! ジニス様に楽しんでいただけるよう、最高に素晴らしいブラッドゲームをご覧にいれてみせます! そう、ジャグド様の名に懸けて! いってきまーす!」

 

 そのまま返事も聞かずに飛び出していく丸いの。

 そんな姿を見送って、同席していたアザルドがテーブルに寄り掛かった。

 

「んで? あいつはどんなゲームをするって?」

 

「さあ? 金銭を盗んで回って地球の経済を混乱させるなどと言っていましたが」

 

 クバルの退屈そうにモニターを中の地球を眺めながらの返答。

 テーブルを揺らしながら、アザルドがそのゲームの内容を想像する。

 が、どうにもしっくりこない。

 

「それ、あいつ一人でどんだけかかるんだ?」

 

「あなたでさえ疑問に思う程度には、無理があるでしょうねぇ」

 

 肩を竦めてそう言うクバル。

 ()()の息抜きにそれを見に来ているジニスも肩を竦める。

 彼でさえも珍しく溜め息を吐いて、頬杖をついた。

 

「やれやれ……期待せずに待っているよ」

 

 

 

 

「わ、来てくれたんですね!」

 

 病室の中で、まりんが喜色の声を上げる。

 ドアを閉めながら入室して、用意してもらっていた椅子に腰かける三人。

 昨日会った中では、オルガマリーとアムは不参加だ。

 

「もちろん!」

 

「でもごめんなさい。私たちだけで」

 

 見舞いに来てくれた立香とツクヨミとカノンを見て、まりんはテレビを消す。

 そのテレビでやっていたのは、怪物による銀行強盗のニュース。

 それに意識を向けた立香とツクヨミが、一瞬だけ目を見合わせた。

 ―――少なくともそれが、アムが不参加になった理由だ。

 

「いえ、とっても嬉しいです。―――でもごめんなさい。

 なんか、お兄ちゃんが無理に頼んだみたいになっちゃって」

 

「ううん、そんなことないよ?」

 

 少し目線を伏せたまりんに、カノンが微笑みかける。

 

「二人揃ってお兄さんが心配性だものね」

 

 小さく笑いながら、ツクヨミがカノンとまりんの二人を交互に見る。

 言われて、困ったように苦笑を浮かべるカノン。

 

「やっぱりそうなんですか? 昨日少しお会いしただけですけど……

 カノンさんのお兄ちゃん、うちのお兄ちゃんに似てるなって思って。

 ただカノンさんのお兄さんの方が、ずっと頼り甲斐がありそうだったけど!」

 

 そう言って、少女はころころと笑う。

 兄を褒められて悪い気はしないカノンも、照れたように微笑んだ。

 

「そんな……でも、うん。私の自慢のお兄ちゃん。

 まりんさんだって、そうなんでしょ?」

 

「うん、もちろん。でも……」

 

 一切の迷いなく断言するまりん。

 しかしそこでふと、少女の顔が陰りを帯びた。

 今までに見たことのないその顔色に、立香とツクヨミは顔を見合わせる。

 

「……どうかしたの?」

 

 カノンからの問いかけに、何かを迷うまりん。

 だが恐らく言わない方が礼を失する、と。

 彼女が内心で意思を固めて、彼女たちの前で口を開いた。

 

「……その。お兄ちゃん、私のためにずっと無理してるんです。私の手術代を稼ぐために、って。昼も夜も働いて、それどころか私の面倒も見て。昨日だって久しぶりの休みだったのに私を外に連れ出してくれて……

 だから、その……ありがとうございます、お兄ちゃんの誘いを受けてくれて。私が一人にならないって思って、お兄ちゃん凄く安心したと思うんです」

 

 そう言って深く頭を下げる少女。

 

「……そんなに重い病気なの?」

 

 ちょっと、と。ツクヨミが問いかけた立香の袖を引く。

 聞かれたまりんは少し迷い、しかし出来るだけ深刻さが消えるようにと。

 口調を軽くして、自分のことについて語った。

 

「今この国で出来る治療法じゃどうにもならない病気なんだって。

 手術をしたいなら外国に行くしかなくて、そのためには凄い大金が必要で……

 でもそんなお金はないから、どうしたって間に合わないって。

 なのにお兄ちゃん、無理しすぎなくらいに頑張ってくれてて……」

 

「まりんさん……」

 

 助からない、と。既に覚悟を決めている少女が語る。

 それを理解しながらも、必死に資金を溜めようとしている兄。

 兄が必死に戦ってくれているのに、自分が弱くはなれない。

 そんな風に強がる少女の姿に、カノンは覚えがある。

 

 ―――だから似ている、と感じたのかもしれない。

 マコトと、彼女のお兄さんが。

 

「でも私はいいの。それより、残されるお兄ちゃんが心配で。

 いつも私が結婚して出ていく時は泣かないー、なんて冗談ばっかり言うんですよ?

 それより自分の結婚の心配してほしいくらいです。

 どうせなら、早くいいお嫁さんを貰って私の方を安心させて欲しいですよ!」

 

 潤む目を拭いながら、少女が兄を心配する言葉を矢継ぎ早に吐き出す。

 徐々に涙声になっていく彼女の言葉。

 

 ―――そんな彼女の後ろに回り、立香は彼女の背をゆっくりと擦り始めた。

 

 

 



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兄妹!戦うべきもの!-1324

 
2話同時投降 2/2
 


 

 

 

「お金お金、今度はどこで盗もうかなー! ぬふふ、色んなとこでお金を盗めば経済が混乱して、なんか色々起きて下等生物はひとたまりもないはず! ジャグド様、ジニス様! 見ててくださいねー!」

 

 ―――ステルス能力で忍びこみ、銀行を荒らしてきた直後。

 適当に金を吸い込んで暴れ回ったら即トンズラ。

 

 すたこらさっさと逃げてきた二頭身が、気になるものを見つけて足を止める。

 壁の張り紙。『世界五大文明宝石展』と描かれた宣伝のためのチラシ。

 それを目に止めて、ドロボーズが頭を捻る。

 

「宝石……宝石? 盗んで下等生物の経済を混乱させるだけでなく、ジニス様にプレゼントできる綺麗なもの……! チームジャグドは優秀なだけでなく、気の利く連中の集まりだったと証明するチャンスですよね、ジャグド様!」

 

 ドロボーズがそのチラシを食い入るように見つめ、会場の場所を暗記。

 そうして今は亡きジャグドの顔を思い浮かべ、空を見上げた。

 彼の脳内で、ジャグドがサムズアップしてみせる。

 

 このゲームを完了した暁には、手に入れた様々な宝石でジニス様をキラキラに飾り立てる。

 そして彼の側近として、ドロボーズがジャグドに次ぐ新たなるチームリーダーに就任。

 そんな素晴らしき世界の到来を予感して、彼は笑い声を漏らしながら動き出した。

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 不破は疲労の残る体を軽く動かしてほぐしつつ、息を吐いた。

 まりんの手術にかかる費用は数千万円。

 気の遠くなるような金額。心が折れそうになるのはいつものことだ。

 けれど、それでも。たった一人の家族、妹だ。

 

 ―――いつか、いつかきっと自分は。

 花嫁姿の彼女が、誰かに娶られていくのを見送るのだ。

 

 まりんは自分の花嫁姿なんて見たら、絶対に泣くなんて言うけれど。

 どう考えたって泣く筈がない。だっていつか来ると分かっていることだ。

 絶対にあいつはとんでもなくいい男を捕まえて、幸せになる。

 そんな未来がいつか絶対にくると、彼は確信しているのだ。

 

 そんな今から覚悟を決めていることが、実際に起こったところで泣くはずない。

 自分はそうなると分かってたことが実際に起きて、泣くような人間じゃないのだ。

 

「……いかんいかん、仕事中だぞ」

 

 微かに震えた膝を一度叩いて、頭を振って、気を入れなおす。

 

 宝石展とはいえ、いくら何でも白昼堂々と強盗に入る奴はいまいが。

 それでも何があるか分からないからこその警備だ。

 そう考えて彼は立ち直して、

 

 ―――突然目の前に怪物が現れたことに、顎を大きく落とした。

 

「う、うわぁああっ!?」

 

「あらら? 俺が見えてる? ……あ、そーか。

 地球じゃステルスは三分しか保たないんだった!」

 

 あちゃー、とクラッカーを複数束ねたような腕で口を覆うドロボーズ。

 透明になってそのまま全部盗み出すつもりだったが、いきなり躓いてしまった。

 彼は仕方なしに、驚愕に尻餅をついた目の前の人間に掴みかかる。

 

 太い腕に挟まれ、そのまま吊り上げられる不破。

 

「ひ……っ!」

 

「丁度いいか。ステルス出来ないとジュウオウジャーどもが来ちゃうし。

 こいつを盾にしよーっと」

 

 ミシミシと人間の体を殺さない程度に締め付けて、彼は再び歩き出す。

 ガラス戸をバリバリと砕きながら、気にもせずに前に進み―――

 

 その背後で、青い車体のバイクがブレーキングの音を轟かせた。

 

「ありゃ? もう来ちゃった?」

 

「―――その人を放せ!」

 

 ドロボーズに掴まれている人間を見て、微かに眉を上げる。

 しかしそこで退かず、マコトは眼魂を構えながら敵に対峙した。

 彼の腰には浮かび上がってくるゴーストドライバー。

 

「仕方ないなー、あれでもなーいこれでもなーい」

 

 それを前に面倒そうに左手を振り上げるドロボーズ。

 ハキダシハンドと呼ばれる彼の左腕。

 右腕のイタダキハンドで吸い込み、頭の中に蓄えた物品。

 それが次々と左手から吐き出されてくる。

 

 吐き出される物品は、その辺の道で見かけそうなラインナップ。

 標識、カラーコーン、工事看板―――

 その中に紛れて、ジュラルミンケースも飛ぶ。

 

 適当に閉めてあった銀色のケースが、地面に落ちた衝撃でガチャリと開く。

 ばらばらと舞い上がる紙幣。

 彼が銀行から奪ってきた、適当に数えて5000万円くらい。

 

 それが見えた瞬間、彼の手の中で人間が強く動いた。

 今まで恐怖に震えていただけの人間が、強い強い欲望で。

 

「おぉ?」

 

 そんな下等生物の情動に対して、ドロボーズが楽しげな声を上げた。

 

「―――――」

 

 大金から目を逸らすように、腕の中の人間が頭を揺らす。

 その様子を見て、ドロボーズは彼の耳に頭を寄せた。

 不破に対して小さな声で囁きかける、悪魔の声。

 

()()()()? 5()0()0()0()()()()()()()()()?」

 

 揺れる。揺れる。揺れる。

 徐々に呼吸が荒くなっていく人間の無様な姿。

 

 それが面白くなってきて、ドロボーズが頭を小刻みに震わせる。

 彼はマコトに見えないよう、ハキダシハンドからクラッカーを一つ取り出した。

 そうして、彼の後ろ手へと軽く押し付ける。

 

「ぬふふ、いいぞぉ? あれ、全部お前にくれてやっても。

 あんな紙切れじゃどーせジニス様には喜んで頂けないだろうし。

 俺が持ってても、下等生物の前で燃やして遊ぶくらいしかできないゴミだ。

 お前が欲しいなら、俺が宝石を盗んだ後はぜーんぶお前にくれてやってもいい」

 

「―――放す気がないなら、力尽くで捻じ伏せる!」

 

 不破に囁き続けるドロボーズの前で、マコトが眼魂を落とした。

 ゴーストドライバーに投入され、パーカーゴーストが解き放たれる。

 

「……代わりにお前は、()()()()()()これのスイッチを押すんだ。

 大丈夫だって。これはただ周りの奴を縛って捕まえるだけの玩具なんだ。

 俺は転がった連中を無視して、宝石を盗んでトンズラするだけ。

 お前は殺されそうになったから、仕方なーく俺の言う事を聞いただけ」

 

 そこまで語り、ドロボーズの腕が不破を思い切り締め上げる―――振りをした。

 

「おぉっと、そこまでだジュウオウジャー!

 こいつを殺されたくなきゃ、そこでストップだ!」

 

 直球でそこまで言われ、ジュウオウジャーではないがマコトが止まる。

 歯を食い縛り、ドライバーを操作する腕も止め。

 そうして、

 

 その直後に。

 ドロボーズの横合いからドロップキックが炸裂した。

 

「うぉらぁああッ!」

 

「ぎょえ―――ッ!?」

 

 真横からレオの蹴りを受け、人質を手放して転がっていくドロボーズ。

 すぐさま解放された不破の許に駆け付ける残る四人の戦士。

 

「―――不破さん! 大丈夫ですか!?」

 

「知り合いか?」

 

「昨日話した人!」

 

 王者の資格を携えた五人の戦士。

 そのメンバーの到着を見て、ドロボーズが転がりながら悲鳴を上げた。

 

「ぎゃあああ! ジュウオウジャーだ!

 このままじゃ俺が負けて、取り返されちまう! 俺が奪った金が全部!

 そうなったらぁ、そうなったらぁ、どうなるのかなぁ?」

 

 ―――反射的に、握らされていたクラッカーのボタンを押し込んだ。

 何かを考えての行動ではなく、今も目の前でちらつく紙幣の山。

 それさえあれば夢が夢でなくなる、という事実を前にして出た咄嗟の行動。

 

 その瞬間、クラッカーの先端が破裂。

 筒の先から無数の帯が飛び出した。

 蛇のように蠢くそれは、ジュウオウジャーの五人を一瞬のうちに縛り付ける。

 

 ―――唐突に捕縛され、地面に転がる五人。

 

「ちょ、なにこれ!?」

 

「一体なんだ!?」

 

「不破さん!? 何を……!」

 

 すぐさまドロボーズがその場に戻ってきて、転がった五人を足で更に転がした。

 

「にひひはははははッ! よーしよしよくやった!

 これで5000万円くらいはお前のもんだ! 良かったなぁ!」

 

「5000万円って……不破さん!?」

 

 そこで自分を気にかけていたのが、先日会ったアムだとやっと気づいたのか。

 不破が呆然としていた顔を逸らして、喋ることもなく口をぱくぱくと開閉する。

 そんな彼に声をかけるアムを蹴り飛ばし、ドロボーズは不破の肩に手を置いた。

 

「うんうん、良かったなぁ。で、5000万円くらいは何に使うんだ?

 なんか5000万円くらいを使ってもいい面白いことがこの星にあるのか?」

 

 どうなのそこんとこ、と。

 何か面白いことがあるのか追求し出すドロボーズ。

 彼は視線を逸らしたまま、小さな声で呟きだした。

 

「―――妹の……そうだ、俺はまりんの手術代を用意しなきゃいけないんだ……

 たとえどんなことをしても……普通に、普通に稼いでたって絶対に間に合わない……!

 だから俺は、どんなことをしたって……!」

 

「……つまんね。どうでもいいや。ほい」

 

 ドロボーズがイタダキハンドをケースに向ける。

 舞い散った現金と共に、5000万円が納められたケースは一気に吸い込まれていく。

 それを視線で追う不破の前で、ドロボーズは彼の肩を軽く叩く。

 

「大丈夫大丈夫! 宝石をちゃーんと盗めるまで預かっとくだけだって!」

 

「あなたは騙されてる! デスガリアンが約束を守るわけない!」

 

 叫ぶ大和をドロボーズの足が転がした。

 そうして彼が体をマコトの方へと向ける。

 

「人質増えちゃった! で、どうする?」

 

 ―――問われたマコト。

 彼は細めた目で、クラッカーを握って顔を伏せている不破を見た。

 そのまま強く拳を握り、ドロボーズへと向き直る。

 

「―――いいだろう、俺もお前に協力する。

 この後に来る連中にお前の邪魔をさせないように、足止めしてやる。

 宝石を盗んで逃げたいならば、逃げればいい」

 

「はぁっ!?」

 

 声を上げたレオがドロボーズに蹴られる。

 

「なになに? お前も5000万円くらいが欲しいのか?

 一個しかないぞ? 山分けにするのか?」

 

「……俺は要らん。その男に全部くれてやる」

 

 そう言ってマコトが背を向ける。

 じゃあ何で協力するの? と、頭を捻って考え込むドロボーズ。

 

 ―――既に現場の連絡を受けていたタケルとソウゴ。

 彼らは一分も経たないうちにその場に訪れた。

 

「マコト兄ちゃん! ―――デスガリアン、は……?」

 

 到着すると同時に、その場の異様な状態に息を呑む。

 大和たちを足元に転がすデスガリアンを背に、こちらを向くマコト。

 彼はゆっくりとタケルたちの方へ向け、歩いてくる。

 

「―――タケル。済まない、お前を俺のけじめに巻き込むことになった」

 

 顰めた顔でそう言い切ったマコト。

 

 彼の懐からノブナガ、ツタンカーメン、フーディーニが飛び出した。

 一瞬だけ空中で静止したその三つの眼魂。

 しかしそのままそれらは、タケルの元へと飛んでいく。

 

 ―――それだけでなく、アランが持っていたはずのグリムとサンゾウもここへ。

 15の眼魂がタケルの元へ集い、その懐に入っていく。

 まるでそれを使えと言わんばかりに熱を帯びる、アイコンドライバーG。

 

 その光景を見て、目を細めてドライバーに手をかけるマコト。

 

「俺は今回、デスガリアンについた。だから……全力で俺と戦え、タケル!!」

 

〈カイガン! スペクター!〉

 

 体をトランジェントへと換装し、スペクターのパーカーを身に纏う。

 そうして二本の角を生やした青と黒の戦士が、頭を覆うフードを取り払った。

 そのままタケルに向かって疾走を開始するその姿。

 

〈レディゴー! 覚悟! ド・キ・ド・キ! ゴースト!〉

 

 愕然としてその光景を見るタケル。

 その前にノブナガ、ツタンカーメン、フーディーニのパーカーが立ちはだかる。

 スペクターの激突を、三人のパーカーゴーストが何とか押し留めた。

 

 その状態で背後に庇うタケルへと声をかけるノブナガ。

 

『タケルよ! 今のマコト相手に言葉は不要! ただ叩き伏せよ!』

 

「そんな、ノブナガさん……!? どういうことなんだよ、マコト兄ちゃん!」

 

 組み合った状態から何とか一度スペクターを弾くパーカーたち。

 手が空いた一瞬に、ツタンカーメンがソウゴの方を向く。

 

『ソウゴ、手出しは無用だよ』

 

「……うん」

 

 そう言われ、ソウゴが一歩退く。彼らの背後に広がる光景。

 ジュウオウジャーの皆が拘束されて、デスガリアンに足蹴にされている。

 この状況で下手に動くわけにはいかないだろう。

 

 ―――だがそれ以上に。

 多分、これは止めてはいけないものなのだと直感する。

 

「っ……!」

 

〈グレイトフル!〉

 

 アイコンドライバーGを取り出し、腰に装着。

 即座にレゾネイトリガーを押し込み、タケルは全ての英雄パーカーを解放する。

 

「変身!」

 

〈ゼンカイガン!〉

〈ケンゴウ ハッケン キョショウニ オウサマ サムライ ボウズニ スナイパー!〉

〈大変化!!〉

 

 黒く輝く鎧に身を包み、15の英雄を宿した姿に変わるタケル。

 ゴースト・グレイトフル魂。

 

 姿を見せたその威容が、スペクターの振るうガンガンハンドを左腕でそのまま受け止めた。

 押し切るどころか容易に弾かれ、そのまま右の拳で胸を殴り飛ばされる。

 圧倒的なパワーの差を突き付けられ、地面に転がるスペクター。

 

「マコト兄ちゃん! どうしてこんなことを!」

 

「そうだ……! こんなことだ!

 だが俺は、ずっとそうしてきた! カノンを救うために、俺は何だってしてきた!!

 お前はそれを知っているはずだ、タケル!!」

 

 何とか体を起こし、膝立ちに。

 そのままガンガンハンドを銃として、グレイトフルへと向ける。

 放たれる放火は全てゴーストを捉え、しかし傷一つ与えられず散っていく。

 

「カノンちゃんのこと……!?」

 

 銃弾を全て真正面から耐えられ、すぐさまスペクターは走り出した。

 再びガンガンハンドをロッドモードへ。

 ドライバーのグリントアイとガンガンハンドをアイコンタクトさせ、力を解き放つ。

 

〈ダイカイガン! オメガスマッシュ!〉

 

「ハァアアア――――ッ!!」

 

 全力を込めたスペクターのその一撃。

 だがそれすら、グレイトフル魂が手を掲げるだけで動かなくなる。

 引力と斥力を支配されたスペクターは進むことも退くこともできず、その場で固まった。

 

「ぐぅ、うう……!」

 

「それって……」

 

 スペクターを停止させながら、ゴーストが視線を彼の奥に向ける。

 

「いいぞー! もっとやれー! 殺し合えー!

 宝石なんかよりジニス様に喜んでもらえそうな見世物が始まったぞー!

 見ていてくださいますか、ジニス様ー! ジュウオウジャーの同士討ちでーす!」

 

 飛び跳ねるデスガリアン。

 彼らをジュウオウジャーに含めているのはともかく。

 その足元に転がっている大和たちと、もう一人の警備員らしき服の人。

 

 その警備員らしき人。

 彼は呆然としながらもマコトの背を眺めていて―――

 

「言った筈だ……! 全力で俺と戦えと!!」

 

〈ダイカイガン! スペクター! オメガドライブ!!〉

 

 その状態で彼はドライバーのトリガーを引く。

 増大するパワーが力場を捻じ伏せ、ガンガンハンドの一撃をゴーストへ届けた。

 

 ―――それを。

 ゴーストは真正面から殴り返して弾き飛ばす。

 

「……分かった」

 

 状況が完全に分かったとは言えない。

 けど、マコトが全身全霊でそれを望んでいるのは確かに伝わってくる。

 

 ゴーストの手に現れる、ガンガンセイバーとサングラスラッシャー。

 それを両方共に銃へと変え、一斉射でスペクターを弾幕で押し潰しにかかる。

 豪雨の如く押し寄せる銃撃。青い体が衝撃に翻弄されて大きく揺れる。

 

「ォ――――ォオオオオッ!!」

 

 その最中を、強引に突き抜けてくるスペクター。

 彼はグレイトフルの持つガンガンセイバーを掴み、力任せにもぎ取った。

 それを自らの武装として構えて、振り上げて―――

 

 振り抜く前に、ゴーストの膝蹴りでくの字に折れて地面に転がる。

 倒れ伏し、体を小刻みに揺らすスペクター。

 そんな有様を見て、ゴーストが僅かに視線を逸らして、声を漏らす。

 

「……マコト兄ちゃん」

 

「まだ……まだだ……! 俺は終われない……!」

 

 地面に落した武器を掴み、再びスペクターは立ち上がってくる。

 

「マコト兄ちゃん!!」

 

「終われるわけがない……!

 妹を救う、俺たちはそのためだけに生きてきたからだ―――!!」

 

 振り上げられるガンガンハンドとセイバー。

 それを両腕でそれぞれ受け止め、グレイトフルは両方とも叩き落とした。

 

「ぬふふふふ! もっと殺し合えー!」

 

 ―――騒ぐドロボーズの後ろ。

 未だにぺたりと地面に腰を落としたままの不破が、目の前の光景から顔を背ける。

 そんな彼にかけられる、アムの言葉。

 

「―――不破さん。本当にこれでいいんですか?」

 

「……まともにやってても、まりんは助けられない。

 本当はもっと早く気づいてた。なのに目を背けてただけなんだ……これであいつの命を救えるなら、それでいい。その後俺がどんな罰を受ける事になっても」

 

 彼が放った言葉に、地面を転がりながらセラが怒気を露わにした。

 

「アンタ……それ、本当にその子のこと大切な家族だと思ってそんなこと言ってんの……!? アンタたちが大切な家族として思い合ってるなら、アンタが罰を受けるってことは、自分の存在を原因にされるその子は、アンタ以上に苦しむことになるんだよ……!」

 

「例えそうでも! 仕方ないだろ……! それでも……! 生きていて欲しいんだ……!

 あいつを死なせたくないんだ……! 俺は、そのためだけに生きてきたんだ……!!」

 

 ドロボーズに渡されたクラッカーを抱えたまま、不破が声を震わせる。

 そんな彼に対して、アムからの言葉が飛んだ。

 

「―――それは。あなたの手で、まりんちゃんの幸せを奪ってでも?」

 

 

 

 

「……私たちにもそういう友達が他にいるんだ。

 できる限り、どうにかしてあげたいと思ってるんだけどね」

 

「立香」

 

 ツクヨミから小さく制する声。

 それに苦笑を返して彼女はそのまま、まりんの背中を優しく擦る。

 

「……私みたいに、そういう病気の人?」

 

「そんな感じ。それをどうにかすることは、私にはできない。

 だからね、私はせめてその子と一緒にいようと思った。何ができるわけじゃないけど、そのくらいはできる筈だって……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、って」

 

 いつか、旅の始まりを迎えた炎の海の中。

 最初に手を伸ばした時から、ずっと変わらない。

 何ができるわけでもないけれど、側にいることだけはできる。

 そう思って、彼女はその手を取った。

 

「……きっと、立香さんの友達も幸せだと思うよ。だって私がそうだもん。

 お兄ちゃんが一緒にいてくれるだけで、今の生活だって私は幸せ」

 

「そうかな? そうだったらいいな」

 

 彼女たちの話を聞いて、カノンが小さく視線を巡らせる。

 それが向かう先はツクヨミ。

 そうやって視線を向けられて、ツクヨミは小さく顔を背けた。

 

 今の言葉が嘘ではないとするならば、候補は多くない。

 この世界にいない誰か、という可能性だってあるけれど―――と。

 

「もしかしたら、どうにかする方法がどこかにあるかもしれない。でも、もしかしたら本当にどうしようもないかもしれない。ただ……気にしないのは難しいけれど、出来るだけ皆で普通に、一緒に過ごしてあげたい―――そう思ってるんだ。どうかな?」

 

 少し、声を落ち着かせて。

 まりんは自分の背中に添えられた手に対して、答えを返す。

 

「……私だったら、それが一番嬉しい。

 その人ともいつか話してみたいな、きっと話が合いそうだから」

 

「連れてくるのはいつでもできるけど……ここでの話は内緒にね?

 今の話は保護者権限でまだ本人には内緒だから。多分、少し気付かれちゃってるけど」

 

 言いながら指を一本立てて口の前に持ってきて、小さく笑う立香。

 そんな状態を隠せるものなのか、と。

 まりんは僅かに首を傾げつつも微笑み返した。

 

「ふふ、その内緒にしてる人も同じ考えなんですよね?

 その人、同じように大切に想ってくれる人がいっぱいいるんだ」

 

「そうかも。保護者みたいな人が、いっぱいいる子だから」

 

「そんなに近しい人がいっぱいいるのはちょっと羨ましいけど……

 ううん、やっぱり羨ましくはないかな」

 

 二人だけの家族からしたら、それは少し羨ましいと。

 一瞬だけ頭を掠めた思考をすぐに放棄する。

 分かってる、と言わんばかりに立香はそんな彼女に笑いかけた。

 

「まりんちゃんには、それに負けないくらい大切な人が一人いるもんね?」

 

「うん。無理はしすぎないで欲しいけど……

 それでも、私のことを考えてくれてるって分かるから。

 だから私も―――お兄ちゃんには、いつかきっとちゃんと幸せになって欲しいなって」

 

 

 

 

「あなたがまりんちゃんに生きて欲しいと思うのと同じくらい、きっとまりんちゃんはあなたに幸せになって欲しいって思ってるはずなのに。ずっと一生懸命、自分を支えながら戦ってきたお兄ちゃんが道を踏み外すのを見て―――本当に、まりんちゃんは幸せになれるんですか!?」

 

 不破とまりん、彼ら兄妹と言葉を交わしたのはたった少しの間。

 ケーキ屋から病院までの間で会話しただけだ。

 けれど、そんな僅かな間でも伝わってくるものは確かにある。

 命を脅かされている彼女にとって、その時間が確かに幸福だったのだと。

 

「綺麗事を言わないでくれ……!

 それが例えどんな悪事でも、何もかも命が助かってからの話でいい……!」

 

 それでも、死んでしまったら終わりだと。

 命を永らえた後ならば、どんな責め苦だって清算する。

 頼むからそうさせてくれと、彼が喉から声を絞り出した。

 

「命を言い訳にして逃げないで! やることが悪事かどうかだってどうでもいい!!

 あなたは! まりんちゃんを不幸にしてでも、自分の願いを押し通したいんですか!?」

 

 ―――不破が揺れる。

 叩き付けられた彼女の言葉に、その体が激しく揺れた。

 

「マコトくんだって脅迫されてああしてるんじゃない!

 あなたの願いに同意して、共犯してもいいと思ってあそこに立ってる!

 まりんちゃんを助けるためなら、その間違いを一緒に背負ってもいいって!」

 

 最早スペクターの動きには精彩など欠片もなく。

 ゴーストの攻撃にただ翻弄されている。

 それで必死に食らいつき、迎撃されて地面に叩き伏せられた。

 

 ―――それでもなお、彼は死に物狂いで立ち上がる。

 

「本当にそれでいいんですか!?

 これが……この願いが、あなたたちの未来で、本当にいいんですか!?」

 

 彼の手が持つクラッカーが、ゆっくりと震えて―――

 そこでドロボーズが後ろでうるさい連中に向け、振り返った。

 

 ジュウオウジャーを拘束しているクラッカーを持つ手。

 それが震えているのを見て、ドロボーズがヒョイと不破に体を寄せる。

 

「うん? なんだなんだ? 要らないのか、5000万円くらい。

 なんだぁ? 要らないのかぁー? 妹のい・の・ち?」

 

「……要る、要るんだ……まりんの命と、それを救うためのお金が……」

 

 その答えを聞いて満足げに頷くドロボーズ。

 彼がでかい腕で、何度か彼の肩を叩いた。

 

「うんうん。良かったなぁ、おまえ。ここでこうしてるだけで、両方簡単に手に入る―――」

 

「でも―――」

 

 不破の手がクラッカーを手放して、地面に落とした。

 そのまま彼は両の拳をそこに思い切り叩き付け、クラッカーを砕く。

 勢い余って地面に叩き付けられた彼の手が裂けて、赤く染まった。

 

「あ! お前!?」

 

「……でも……俺は……! まりんの幸せが、一番欲しかったんだ……!」

 

 ジュウオウジャーの拘束が解ける。

 彼らに絡んでいた帯が光となって消え、その動きが解放された。

 

 そうなることを理解して、ドロボーズはすぐさま不破を捕まえようとし―――

 

〈ファイナルフォームタイム! ウィ・ウィ・ウィ・ウィザード!〉

 

 ドロボーズの立つ地面をぶち抜き、竜の爪がその身を襲う。

 黄金の爪にかち上げられ、仰け反った緑の体。

 それを更に鞭の如く撓った竜尾が打ち据え、吹き飛ばす。

 

「ぬあー!? なんだお前!」

 

「別に気にしなくていいよ。あんたの相手は、俺じゃないから」

 

 転がりながらジオウに問うドロボーズ。

 それに対して、ソウゴは一言告げると黙って翼を動かした。

 羽ばたく翼から突風を放ち、更にその体を地面に転がす。

 

 丸くてよく転がるドロボーズの体。

 ゴロゴロと回ったそれは、そのまま誰かの足にぶつかって止まった。

 

「ありゃ?」

 

 地面から見上げた視界に入るのは、今にも倒れそうな黒い体。

 二本角の青い顔面から鬼神の如き怒りを発する、一人の戦士。

 彼はゴーストに肩を支えられながら、それでも。

 

「―――そうだ。俺たちが重ねたのは、悪事だ……!

 大切なものを守るために、本来やってはいけないことに手を染めた……!」

 

「あら? あらあら? 同士討ちは? もう終わり?」

 

 いつの間にか見世物が終了していたことに、彼は周囲を見回す。

 ゴーストから離れ、スペクターがドロボーズを引き起こした。

 

「想いに囚われ、やるべきことを間違えた―――!

 他の誰のせいでもない。その道を選んでしまった、己の弱さが悪かっただけだ!」

 

「あっ! つまり俺、悪くない?」

 

 引き立てられたまま、頭を傾げるドロボーズ。

 その腕を強く握り潰さんほどに力を籠め、スペクターが引き寄せた。

 

「ああ―――! 貴様が原因の全てじゃない……! だが……!

 人の心に土足で踏み入り、大切な人への想いを弄んだ貴様を―――俺は絶対に許さん!!」

 

 そのまま顔面に拳を叩き込み、弾き飛ばす。

 地面をバウンドしながら跳ねたドロボーズが、くらくらと頭を揺らす。

 

「悪くないって言ったのに何で殴るかな!」

 

 腕をぶんぶんと振り回し、マコトに対して怒るドロボーズ。

 それに対して両の拳を握り締め、スペクターが歩き出す。

 

「タケル―――!」

 

「ああ!」

 

 マコトの声に応え、タケルがドライバーを操作する。

 それに応え、輝きを放つアイコンドライバーGの虹彩。

 

〈デルデルデルゾー!〉〈ツタンカーメン! ラッシャイ! ノブナガ! ラッシャイ! フーディーニ! ラッシャイ!〉

〈大王! 武将! 脱走! オメガフォーメーション!!〉

 

 放たれる三色の光がパーカーとなり、黒い人型と共に現れた。

 

 ノブナガがその手に携えたガンガンハンドを肩に乗せる。

 コブラケータイがガンガンハンドに合体し、ツタンカーメンが武装の形状を鎌に変えた。

 フーディーニがパーカーにある四つのホイールから鎖を垂らす。

 

 四人の姿が、ドロボーズの姿を一斉に見据えた。

 彼は咄嗟にハキダシハンドを持ち上げ、そこから無数の物品を吐き出す。

 車や岩。とにかく大質量を持つ、迎撃になりそうなものを。

 

 その瞬間、ツタンカーメンが手にした鎌を振り抜いた。

 鎌から放たれて、彼らの頭上に出現する青いピラミッド。

 それがドロボーズが吐き出した車などの大質量をそのまま呑み込んでいく。

 

「ありゃりゃりゃ!?」

 

 自分と同等の吸引力を見せられ、ドロボーズが蹈鞴を踏んだ。

 

『人が成長せぬままに生を終えるのは悲しいことだ。

 ―――その悲しみを利用し、挙句に笑いものにするものにこそ我が罰は下る』

 

 青いピラミッドが吸い込んだものをそのまま吐き返す。

 ならばとそちらにイタダキハンドを向けようとするドロボーズ。

 

 ―――が。いつの間にかその腕が鎖で雁字搦めにされていた。

 

「腕に鎖! 逮捕!? 逮捕されてる! 冤罪! 冤罪を主張しまーす!」

 

 その説得力が欠片もない主張に対し、フーディーニが鼻を鳴らす。

 より強くその腕を締め付けて、ドロボーズの動きが封じられる。

 

 腕が満足に動かせず、車や岩に激突されて薙ぎ倒される。

 大質量に埋まったドロボーズの前で、ノブナガがガンガンハンドを振り上げた。

 周囲に展開されていく、エネルギーで形成された無数の銃。

 

『下天からすれば夢幻の如く。

 されど人間五十年のうち、生まれる輝きに尊き価値あり。

 その輝きを汚さんとする者に知らしめるがいい、マコトよ!』

 

「ああ―――俺の生き様、見せてやる!!」

 

〈ダイカイガン! スペクター! オメガドライブ!!〉

 

 ノブナガが砲撃を解き放ち、放たれる火線。

 その中を縫うように跳んだスペクターが、青い砲弾と化した。

 

 無数の弾丸はドロボーズを蜂の巣と変える。

 続けて胴体へと突き刺さる、スペクターの必殺の一撃。

 炸裂したエネルギーが、その体内に叩き込まれて暴れ狂う。

 

「これが俺の生き様なのでしたー!?」

 

 断末魔を張り上げて。

 緑の体がボールのように跳ね回り、墜落して大爆発。

 炎の柱をその場に立てて、ドロボーズが最期を迎えた。

 

 そこから少し離れた、宝石展会場の屋上。

 その場に無数のコインが積み上がっていき、そこからナリアが姿を現した。

 

「―――ジニス様の細胞から抽出したエネルギーです。

 今度こそ。あなたは無駄遣いせぬように励みなさい?」

 

 爆炎の中で崩れていくドロボーズ。

 炎の柱を眺めながら、彼女はジニスの細胞が注がれたメダルに口付けする。

 そうして、軽く腕を一振りして投擲した。

 

 それはドロボーズの頭部にある投入口に確かに投入される。

 すぐさま反応を起こして、40メートル級まで膨れ上がっていくドロボーズ。

 

「サンキュー、ナリア!」

 

 その姿を見て、不破の背に手を当てていたアムが立ち上がる。

 彼女の手の中には、既にジュウオウチェンジャーが握られていた。

 

「怒ってるのはマコトくんだけじゃないって、見せてあげる!

 ―――みんな、行こう!」

 

「ああ!」

 

 五人が並び、王者の資格の面を揃える。

 

「本能覚醒―――!!」

 

 五人の姿が五色の戦士に代わり、同時にキューブアニマルたちが姿を現した。

 それぞれの戦士が乗り込む五体と、続く四体のキューブアニマル。

 それらが即座に、合体の体勢へと変わる。

 

『動物大合体!!』

 

〈アーァアァアーッ!!〉

〈ワイルドジュウオウキング!!〉

 

 イーグル、シャーク、ライオン、エレファント、タイガー、ゴリラ。

 更にキリンとモグラが合体し、巨神の姿を作っていく。

 その巨神の剛腕が握るのは、キューブクマが変形した大戦斧。

 

 目の前に降臨した巨神を前に、ドロボーズが声を張り上げた。

 

「大泥棒になった俺にかかれば何だって盗み放題!

 そこらのビルから下等生物をちょちょいと吸い込めば……あれ?」

 

 彼我の実力差は分かっているのだろう。

 速攻で人質を取ろうと周辺のビルを吸い込もうとするドロボーズ。

 だが持ち上げたイタダキハンドには何の反応もなく。

 

 不思議そうに自分の手を見た彼が、腕の先端が丸々凍っているのを理解する。

 

「ありゃ? 何で?」

 

 困惑するドロボーズの横。

 冷気を纏った竜尾を奮う、ディケイドアーマーが空を舞う。

 

 そして、それを近場のビルで見上げながら叫ぶ男。

 

「祝え! 全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え過去と未来をしろしめす時の王者!

 その名も仮面ライダージオウ・ディケイドアーマーウィザードフォーム!

 我が魔王の掌中において、その力が更に増大した瞬間である―――!」

 

 どこからともなく出現した黒ウォズが、天空を翔ける竜を見上げて述べる祝詞。

 胸のインディケーターにウィザード、オールドラゴンと描かれた形態。

 

 新たな形態で飛行するジオウを、ドロボーズの視線が一瞬追った。

 

 その隙に、盗みを封じられたドロボーズを戦斧が襲う。

 叩き付けられた刃が、彼の体から滝のような火花を撒き散らす。

 

「ぐえー!?」

 

『―――大泥棒!? 自分が盗もうとしたものの価値すら分からないくせに!』

 

 脚部から一時的にキリンとモグラが離れる。

 キリンがその頭部から砲撃を見舞い、モグラが跳躍して突撃した。

 二体の攻撃に挟まれ、左右に揺れるドロボーズ。

 

『あなたが盗もうとしたのは、正しく生きようとする命の尊厳!

 でも盗めてなんかいなかった! ただあなたは、その足で踏み躙っただけ!

 人の心に不法侵入して土足で荒らし回ったコソ泥のくせに、何が大泥棒よ!』

 

 再びキリンとモグラが脚部に合体する。

 歩みを再開したワイルドジュウオウキングが、その戦斧で追撃をかけた。

 脳天から叩き込まれた一撃に、ドロボーズは仰向けに転倒する。

 

「ぬわぁーっ!?」

 

『これで終わらせる!』

 

 王者の資格を操縦桿であるキューブから取り出し、その面を揃える。

 改めてそこへと納めることで、キューブアニマルたちの力が解放された。

 炎を噴き上げるクマアックス。

 

 巨体の踏み込みと共に振るわれる、超重の刃。

 

『クマアックス! ジュウオウインパクト!!』

 

 振り下ろされる刃に、ドロボーズの唐草模様が両断された。

 光と炎を振り撒きながら、崩れ落ちていく緑の体。

 そんな存在が、最後の最期に断末魔を上げる。

 

「今度から盗みに入る時はちゃんと靴を脱ぎまぁ~す!?

 あ、俺って靴履いてなかった!」

 

 爆発し、炎に包まれて今度こそ消滅するドロボーズ。

 その炎の柱にワイルドジュウオウキングが背を向ける。

 

 ―――その巨神の中で、未だに膝を落としている不破をアムは見た。

 

 

 

 

「そっかぁ……海外の病院でねえ……」

 

 大和の叔父―――森真理夫。

 彼はどことなく元気のない同居人たちの様子に、話を聞いてから小さく呟いた。

 聞けば彼らが知り合った少女がとても難しい病気なのだという。

 それを何とかするために、兄が無茶をして―――と。

 

「……不破さんは今まで通りに。

 どうにかできるように、ちゃんと働いてお金をため続けるって」

 

「ふぅむ……」

 

 兄はどうにかして妹を助けるために、悪事に手を染めかけたという。

 何とか思い直してくれたようだが、それでもと。

 きっと彼らの苦しい生活はまだ続いていくのだろう。

 

「まあ、でもあれだ。良かったじゃない、友達としてその子たちに会えて。

 そんで、悪い事するのを止めることができて」

 

「友達として?」

 

 アムが真理夫の言葉に顔を上げ、彼を見た。

 小さく頷き返しながら、彼は手にした料理の皿をテーブルに置いていく。

 

「だってほら、そうじゃなかったら……

 ただこの人は悪い事をした人だ~って。新聞で見たりするだけで終わりじゃない?」

 

 家の隅に積み上げた古新聞を顎で示しながら、そう言って。

 残りの皿を取りに台所に向かいながら続きを口にする。

 

「けど一回友達になって事情を知ったんなら、何を考えるにも正しい情報を知った上で考えられるわけ。何かしてあげられるかどうかとは別にさ。

 本当のことを知ってても知らなくても、自分の真実は自分の中にしかないけど。どうせなら、全部知った上で自分の中の真実を決めたいな、僕は」

 

 テーブルに残りの料理を並べつつ、真理夫はそんなことを言う。

 聞いていたレオが、頭を振り乱した。

 

「……そう簡単に決められりゃ苦労しねえけどなー」

 

「だねえ。で、大和は?」

 

 溜め息混じりに突っ伏すレオに、苦笑しつつ同意を返す。

 そしてこの場にいない大和の事を問いかける。

 

「大和なら外にいますが……」

 

「何か凄い怖い顔してたけど」

 

 タスクとセラが窓へと視線を向ける。

 その先にいるだろう大和の事を考えて、真理夫は苦笑した。

 

「あいつもお年頃だからなぁ。

 呼んでくるから、みんなは先に食べてていいよ」

 

「うっし! まずは食って、その後に考える!

 それが動物ってもんだろ! いただきます!」

 

 言われてすぐさま食事に入るレオ。呆れながら彼を見る他の三人。

 それを横目に見つつ、真理夫は家の外へと出ていった。

 

 ―――家の外に出てすぐのところだ。

 大和はすぐそこで、メモを片手に俯いていた。

 何も言わずに彼に並び、手を差し出す。

 

 彼に気付いた大和が、驚いたように顔を上げる。

 

「……叔父さん?」

 

「その兄妹の連絡先、預かってきたんだろ?

 伝えといてやるから、ほれ」

 

 そう言いながらもう一度手を突き出す。

 大和が手にしていたメモに視線を落とし、声を震わせた。

 

「―――なんで」

 

「そりゃな。少しでもその子たちにとって選択肢が多い方がいいもんな。

 あの人、間違いなくその界隈に顔が利くだろうし。

 何も変わらんかもしれんが、やった方がいいのは間違いない」

 

 病気のことは医者に訊くのは一番だ。

 この街で特に名の知れた医者が近くにいるなら、訊いてみるに越したことはない。

 何らかのコネや伝手で状況をいい方に転がす方法だってあるかもしれない。

 そんな奇跡みたいな幸運があるとは思えないが、やった方がいい事に違いはないだろう。

 

 ―――そんなのよく分かってる、と。

 大和がそのメモを握る手に力を込めた。

 

 医者としてのコミュニティを持つ人間ならば、と。

 もしかしたら、何か少しでも状況を明るくできるかもしれない。

 そう思って、手を出そうとしたけれど―――

 

「……なのに俺は、こうして連絡も取れずにいる。自分の都合で。

 もしかしたら人が一人、助けられるかもしれないっていうのに……

 ―――っ、自分で自分が情けなくなる……」

 

「だーから、連絡してやるって言ってるだろ?

 ったく。お前の情けないとこなんて、今までどんだけ見てきたと思ってんだ」

 

 そんな彼の手の中から、真理夫が連絡先を引っ手繰る。

 

「……ごめん」

 

「いいんだよ。そんな情けない部分を支え合うために、生き物は繋がってるんだろ?

 ま、お姉ちゃんの受け売りだけどさ」

 

 肩を叩き、大和を家の中へと押し込んでいく真理夫。

 彼の背中を押しながら、小さな声で真理夫は続けた。

 

「少しずつでいい。例え理由が何であれ、だ。

 向き合おうとしたお前は、ちゃーんと前に進んでるよ」

 

「……ありがとう、叔父さん」

 

 かけられた言葉より小さい声で、大和は礼を返した。

 頭をわしわしと掻き乱されながら、押し込まれる家の中。

 少しだけ引き攣った笑みを浮かべながら、彼は食卓についた。

 

 

 




 
妹など王位継承の邪魔なので記憶を奪って異世界に追放すればいい。

一話で纏めるつもりが長くなりすぎたので分割。
続けてみっちゃん、ディープスペクター、たこ焼きセーターマン、バングレイとさくさく行きたいですな。(さくさく行けるとは言っていない)
 


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飛翔!空舞う翼!1903

 

 

 

「お?」

 

 炬燵の中に入っていた武蔵が、小さく頭を持ち上げた。

 隣の部屋に気配あり、だ。

 どうやら遂にジャベルという男が起きたらしい。

 

「どうかされましたかな、武蔵殿」

 

「あいつが起きたみたいね」

 

 言われて何のことか、と首を傾げた御成。

 が、すぐに隣にいるジャベルのことだと理解した。

 

 懐に収めてある眼魔スペリオルの眼魂を確かめ、安心したように息を吐く。

 そんな彼の様子を見て、苦笑する武蔵。

 

「別に変身されたって大したことないわよ。

 あいつ、今まで何も食べてないんでしょう?」

 

「おっと、そうでしたな。では、すぐにお粥でも拵えましょうか」

 

 そう言って立ち上がり、ばたばたと台所に向かっていく。

 それでいいのかと思うが、まあ坊主ならそれでいいのかと見送る。

 仕方ないので状況は自分が説明しておくか、と。

 

 炬燵の誘惑を切り伏せて、本当に仕方なしに立ち上がる。

 

「うーん。快適すぎてこの世界から追い出された後のこと、考えたくないなー」

 

 本当に本当に、仕方なく炬燵から出て。

 かなり堕落している自分を自覚しつつ、からりと笑った。

 

 壁にかけておいた刀を引っ掴み―――まあ無手でも負ける気はしないが。

 さっさと襖を開けて、その奥で寝ている顔を見る。

 

「ご機嫌いかが?」

 

「……貴様、は……私は、どこに……」

 

 返ってくる掠れた声。

 長い事眠っていたのだ、そうもなろう。

 

「タケルの家よ、ここ。

 あんたはあの後ずっと気絶してたから、こうして寝床を提供してくれたのよ」

 

 意識が朦朧としているジャベルに対し、そう声をかける。

 すると彼はゆっくりと額に手を当ててみせた。

 

「気絶……? ぐっ……!?

 そうか、私は……あの力に……! あれは、一体……?」

 

 ウルティマに対し干渉し、ジャベルを乗っ取った力。

 凄まじい力が湧き上がる代わりに、意識も何もかも奪われた。

 そんな事象に強く顔を顰める彼に対し、武蔵が片目を瞑る。

 

「ま、とりあえず寝てなさいな。

 あんたがこれからどうするにしろ、傷が癒えるまでは面倒みてくれるそうよ?」

 

「馬鹿な……私は眼魔の戦士、そんな施しは……!」

 

 力を籠め、起き上がろうとするジャベル。

 その額に突きつけられ、彼を布団に押し返す鞘に納めたままの武蔵の刀。

 ぼふり、と枕の上に頭を落として、彼が震えながら動きを止めた

 

「そろそろ本当に死ぬから大人しくしときなさい。

 武士は食わねど何とやら、ってのにも限度があるでしょうに」

 

「……っ、何故敵である私を助ける……!」

 

「別に私が助けたわけじゃないけど……でもまあ。

 あなたを助けた人たちは、すこぶる善人だったということでしょう」

 

 そう言ってからからと笑う武蔵。

 彼女は別に彼を殺そうとも思わないが、救おうと思わない。

 全てはこの寺の住まう人間の意思なのだ。

 

 丁度そこに、御成がお粥を乗せた膳を持ってきた。

 つい直前に武蔵が倒したジャベルの上半身を起こす彼。

 

「ささ、まずは食事を摂られるがよろしい。

 食事は活力の源。腹が減っては戦はできぬとも申します」

 

「……貴様もだ。何故、敵である私を……」

 

 さっぱり分からぬ、と顔を歪めるジャベル。

 そんな彼に対して御成もまた、微妙に表情を沈ませた。

 

「―――正直、思うところは色々ありますが。ですが、救える命は救うのが坊主の心意気。

 先代の御遺志を継いだ未来の住職の支えとなるのが、住職代理の務めなれば。

 ささ、どうぞどうぞ」

 

 言いながら匙で掬った粥をジャベルに渡す。

 

 ……食欲という生態を満たさなければ、力がでないのは分かってる。

 ここから何をするにしろ、それは達成しなければいけない。

 

 大帝アデルから下された命はアランの捕縛、もしくは抹殺。そのためにはアランのみならず、今こうして彼に食事を提供している連中とも、戦闘する必要があるということだ。

 

 ―――ならばなおさら。

 食事を摂らないという選択肢は、ない。

 

「……後悔することになるぞ」

 

 ここで自分を救うということは、敵を救うことなのだと。

 そう示すために言葉を吐く。

 

「見殺しにしても、拙僧たちは後悔することになります。

 ならばそこはもう、仕方ありませんな」

 

 仕方なさそうに首を軽く横に振る御成。

 

 ―――その彼から力ない手で匙を奪い、食事を開始する。

 ジャベルとて太古の昔には食事をしていた。

 眼魔世界で生まれたアランとは違い、間違いなくそれは生活の一部だったのだ。

 が、既にそんなものの記憶は既に残っていない。

 記憶に残しておくほどのものではなかった。

 

 ―――なのに。

 

「……なんだ、これは」

 

 それを口に入れて、呆然とする。

 初めて感じたのか、或いはようやく思い出したのか。

 判然としないままのその感覚で、頭がくらくらする。

 

「お口に会いませんでしたかな?

 もしやアラン殿のようにたこ焼きの方が……?」

 

 声を無視して、そのまま重い腕で粥を掻き込む。

 それを見て安心したのか、御成もそれ以上特に何をいう事もなかった。

 

 

 

 

「しっかし、彼氏はいつもその服だねぇ」

 

 呆れ返るような声。

 それを聞き、たこ焼きを頬張りながらそちらへ振り返るアラン。

 彼が見たのは、自分を見ながら呆れ顔を浮かべるフミ婆の姿だった。

 

 その声が指摘しているのは、アランの服装のことに違いあるまい。

 

「……これが私の正装だ。何の問題がある」

 

「軍人さんみたいなカッコしたいのはいいけどね。

 ボロボロになったままの服じゃあ、むしろカッコ悪いと思うけどねぇ」

 

 ―――戦いの中で地面に這いつくばり、切られた場所もある服だ。

 確かにこれでは威厳も何もあるまいとは思う。

 が、新たな服を手に入れる手段もない彼には、これが一張羅だ。

 

 微かに眉を上げたアランは、僅かに視線を逸らす。

 

「おや、じゃあ私に預けて見るかい? ちゃーんときっちり直してあげるけど?」

 

 そんな話を聞いていて。

 ダ・ヴィンチちゃんが反対側に備えた屋台で声を上げる。

 

 このような立場に身をやつしても、アランには何と無しに分かる。

 彼女の狙いは自身の服だろう。

 眼魔世界で縫製された服の情報を得たいと思っているだけだ。

 その情報が使える使えないはさておき、情報があるに越したことないという考え。

 

「断る。貴様に私の服を預ける理由がない」

 

「そりゃ残念」

 

 さほど残念でもなさそうに、ダ・ヴィンチちゃんは肩を竦めた。

 

「しかし眼魔世界の支配者の息子がその格好では、大帝の品格まで疑われると思うけどね」

 

「そういう言い方はどうかと……」

 

 購入したドリンクを受け取りながら、そう言って笑う黒ウォズ。

 彼にそれを渡したマシュが、その物言いに微妙な顔をする。

 

 案の定、言われたアランは黒ウォズを睨みつけた。

 

「貴様に我ら眼魔の何が分かる?」

 

「さあ? ただ、私が口にしたのは一般論さ。世界の王の側近としてのね」

 

 そう言って彼はストローを口にする。

 その態度にアランが腰を上げようとして―――

 

「ほらほら、あんたも喧嘩しない」

 

 フミ婆が黒ウォズの空いた手に、たこ焼きを1パック乗せた。

 一瞬だけきょとんとした彼が肩を竦め、代金を屋台の方へと置く。

 

「うん? あんたは彼氏と違ってちゃんと金持ってるんだね」

 

「彼と一緒にしないでもらいたいな」

 

 少し驚いたような顔を見せるフミ婆。

 心外だと言わんばかりの黒ウォズが、軽く手を振った。

 

「彼氏はヒモだかんねぇ」

 

 そんな彼の背中をぽんぽん叩き、そう言って笑うフミ婆。

 彼女が焼きに戻るのを見届けてから、黒ウォズもまた動き出す。

 

 そのまま隣のベンチへと腰掛けると、たこ焼きの箱を開封して食べ始めたのだ。

 彼の様子を見て、珍しいものを見たと目を見開くダ・ヴィンチちゃんとマシュ。

 

「おや珍しい。そうやって食べてくなんて」

 

「……君たちが飲食店を開いたせいで、ずっとそういう匂いが側にあってね。

 私だってたまにはそういう気分にもなるさ」

 

 たこ焼きを食べ始めた黒ウォズを見て目を細め。

 その後、アランが視線を隣にいたカノンへと向けた。

 

「カノン、私がヒモとはどういうことだ?」

 

「えっ!? えっと……」

 

 困ったように視線を彷徨わせるカノン。

 中空をふらふらと迷った彼女の視線が、マシュに向く。

 自分に目を向けられて、言葉を選び始めるマシュ。

 

「ええと、経済的に女性に依存している男性、ということなので。

 アランさんがカノンさんに養われている、という意味になるかと」

 

「……そうか」

 

 何となく居心地の悪さを感じつつ、彼はたこ焼きを口に放る。

 

 ―――たこ焼きの味は何一つ変化していない筈。

 だというのに、この居心地の悪さのせいで不味くなったようにさえ思う。

 どういう仕組みなのか、アランにはさっぱり分からなかった。

 

「なんだい、そんなつまんなそうな顔して。

 美味しいと思ったら笑うもんだよ、彼氏」

 

「……お前たちの会話を聞いていたら美味しいと思わなくなってきた」

 

 それでも食べる手は止めない。

 そんな彼に、フミ婆はおかしそうに膝を叩く。

 

「ははは、そりゃ悪かったね」

 

 拗ねるように眉を顰めるアランと、笑うフミ婆。

 彼らを見て苦笑していたマシュ。

 

 ―――そんな彼女をぼんやりと眺めるカノン。

 先日聞いた話、当て嵌まるような人間がそんなに多くいるとは思えなくて。

 見られていることに気づいた彼女が、カノンに振り返る。

 つい顔を背けてしまって、マシュは不思議そうに首を傾げた。

 

「―――――」

 

 カノンのその様子を見たダ・ヴィンチちゃんが僅かに目を細め―――

 しかし何事もなかったかのように、ドリンクの補充作業に戻った。

 

「しかし。君はいつまでそうしているんだい?

 眼魔世界に父を助けに行く気がある、と聞いていたんだがね」

 

 食べ終えたたこ焼きのパッケージをすぐ近くのゴミ箱に捨て。

 フミ婆の屋台の前に積まれた新たなパックを手に取り。

 釣銭無しの代金をきっちりその隣に置き、彼はまた椅子に座ってそう言った。

 

「まいど」

 

「食べるねぇ」

 

「そういう気分の時もあるさ」

 

 再びたこ焼きを食べ始めた黒ウォズ。

 たこ焼きを口に運んでいる彼を睨みながら、アランも食べ続ける。

 

「無論、そのつもりだ。だが失敗はできない。

 兄上の動向を掴むために、あちらの動きを待ってからこちらも動く。

 恐らく兄上は、こちらの世界ではイゴールを動かすはず。

 それが確認できしだい、私があちらに向かうつもりだ」

 

 空になった箱の上で串を彷徨わせるアラン。

 はっとした様子のカノンが、フミ婆の屋台から新しいたこ焼きを取った。

 もちろんちゃんと代金は置いておく。

 

「まいど」

 

「どうぞ、アラン様」

 

「…………ああ」

 

 黒ウォズに対抗するようにまた食べ始めるアラン。

 なぜか対抗されている方は、小さく肩を竦めた。

 

「なるほど。それならそれでいいのだがね」

 

 空になったたこ焼きのパックを捨て、再度新しいのを購入。

 

「まいど」

 

 特に何があるというわけではないのに、アランが対抗するように食べ進める。

 よく分からないが、まだ食べる気満々の彼。

 その姿を見て、カノンもまたアランに追加のたこ焼きを供給した。

 

「まいど」

 

「あの……」

 

 どういう流れか、そんな状況。

 それを傍から見ていたマシュが、申し訳なさそうに声を上げた。

 

 何ということももないと食べ続ける黒ウォズ。

 そしてそろそろ顔色が変わり始めたアラン。

 彼らを見て首を横に倒しているカノン。

 

「アランさんはそれでもう15皿目になると思うのですが……大丈夫、なのでしょうか」

 

 アランがうぐ、と声を詰まらせた。

 そこでいい加減食べる手を止めて、体を震わせる。

 

 ぱちくりと一度瞬きしたカノン。

 彼女が積み上げられた空の容器とアランで視線を行き来させて。

 高く積まれたそれにやっと気づいたように、慌てて立ち上がった。

 

「の、飲み物ください!」

 

「まいどありー」

 

 ソフトドリンクをお買い上げ。

 ささっと準備したダ・ヴィンチちゃんがそれを手際よく提供してみせる。

 受け取ったカノンが、すぐさまそれをアランに渡した。

 

「大丈夫ですか、アラン様?」

 

「……腹が空けば力が出ない。食べ過ぎれば腹が痛くなる……なんて面倒な……!」

 

 口の中を流し込み、その後は腹を押さえて座り込む彼。

 そうなった彼の姿を見て、フミ婆が声を上げてまた笑う。

 

「あっはっは! 生きてりゃそんなもんさ。

 彼氏はまだ若いけど、私みたいに年を食えばもっと面倒になっていくよ?」

 

 自分の腰を叩いて見せながら、そう口にするフミ婆。

 そんな彼女の物言いが気に障ったのか。

 アランはドリンクを一気に飲み干してから立ち上がった。

 

「私が若い……? ふん、肉体はともかく私の活動時間はお前などより遥かに……」

 

「彼氏がいくら若作りしてたって75歳は越えないだろう?」

 

 彼はどこからどう見ても20歳前後の青年でしかない。

 だが彼女の物言いに対して、彼は鼻を鳴らして反論した。

 

「はっ……その程度か。私は優に倍以上は生きている」

 

「ふふふ、相変わらず面白いこと言うねえ」

 

 そんな反論をあっさりと受け流し、フミ婆はベンチに座る。

 

「でもまあ、どこかにそんな人もいるのかもねぇ。

 この年になって、まさか宇宙人なんか見ることになるとは思ってなかったよ。

 ま、そんなもん見たところで、私の生活はなぁんも変わりゃしないんだけどさ」

 

 けらけらと笑いながら、そう言って空を見上げる彼女。

 また一つたこ焼きを空にして、黒ウォズが軽く笑う。

 

「そうなってくるともしかしたら。

 今までもどこかで、地球に忍び込んだ宇宙人に会っているのかもしれないね?」

 

「ははは、そりゃ夢のある話だ。

 襲ってくる奴がいるなら、この星に溶け込んでる奴もいるのかもねぇ」

 

 そうして空を見上げていた彼女が、何かに気づいたようにふと首を傾げる。

 

「どうしたの、フミ婆」

 

「……ありゃおかしいねえ、また何かあるのかもしれない。

 今日はもう店じまいかな?」

 

 そう言って空を指差すフミ婆。

 彼女が差したその先で、空が少しずつ赤く染まり始めていた。

 まだ昼間だというのに少しずつ、空を染めていく赤い霧。

 

 その赤さを見て、カノンが呆然と呟いた。

 

「眼魔の空……?」

 

「―――イゴールか……!」

 

 恐らくデスガリアンの計画ではない。

 眼魔側の何らかの作戦だろう。

 だとするならば、実行部隊としてこちらにはイゴールがいるはず。

 

 まだ痛む腹を押さえつつ立ち上がるアラン。

 

 ―――そんな彼の背後。

 黒ウォズが突然、座っていた椅子を倒すくらい勢いよく立ち上がる。

 彼は今までにないほど焦りながら、苦渋に歯を食い縛っていた。

 

 

 

 

「デミアプロジェクトは順調に進行中。

 デスガリアンとかいう連中はいい隠れ蓑になりますね」

 

 ―――眼魔がこちらの世界で前線基地に選択した場所。

 それが新進のIT企業、『ディープ・コネクト』。

 この企業の社員全てに眼魔眼魂を憑依させ、既にこの場は完全に眼魔のものだ。

 

 ディープ・コネクトはネットワークの革新を謳う企業。

 それを利用するためにこうして支配している眼魔。

 

 本来ならそのズレで、この会社の活動の変化に粗が出る所だろう。

 当然出てくる、この会社少し変わった? という疑問。

 それにデスガリアンの破壊活動のせい、という言い訳が立つのだ。

 

 奴らが起こした災害時の情報共有を更に円滑にするためのネットワーク。

 そうやって主張するだけで、デミアプロジェクトは表向き人道支援になる。

 

 ―――もっとも。

 より進化した存在である眼魔が人類を支援する、という意味では。

 元からデミアプロジェクトは人道支援と言ってもいいだろうが。

 

 悠々と支配した会社の通路を歩きながら、イゴールは窓から空を見上げる。

 

「とはいえ、一切動かないでは逆に疑われるでしょう。

 私の実験も兼ねて、しっかりと務めを果たすのですよ。飛行機眼魔」

 

 

 

 

「―――妙なものを散布している?」

 

「はい。どうやら下等生物の神経系に作用し、衰弱死させる毒のようですが」

 

 玉座にあるジニスに対し、ナリアはそう言った。

 確かにモニターに映った地球の空では、何かが赤い霧を散布していた。

 その光景を見ていたクバルが小さく手を叩く。

 

「まるで殺虫剤のようだ。

 このまま見ていれば、のたうち回る下等生物が見れるかもしれませんね」

 

「はっ、まるでブラッドゲームだな。俺は自分の手で潰してこそだと思うが。

 見たところ、あの目玉を浮かべてる連中の仕業か?」

 

 アザルドの問いを受け、ナリアが画面を操作した。

 モニターに映る光景が切り替わり、赤い霧を散布している下手人が映る。

 

 プロペラ機のような形状の、赤茶けた胴体。

 そんな怪人が二人、空を縦横無尽に舞いながら霧を放出していた。

 

「そのようですね。

 このまま二、三日も撒いていれば、周辺の生物はまず助からないでしょう」

 

 解析した赤い霧のデータを浮かべながら、ナリアはジニスを見る。

 この場の王は己の顎に指を添え、何か悩むように小さく唸っていた。

 

 そのデータを眺めていたクバルが、憐れむような声色で呟く。

 

「しかし……この程度の大気の変質で息絶えるとは。

 なんと脆弱な生命体でしょうか」

 

「―――けれど、その脆弱な命たちの中から我々のゲームをクリアする戦士が生まれた」

 

 彼の声に反応を示したのは、ジニス。

 少し驚いたように振り返るクバルと、胡乱げな様子でオーナーを見上げるアザルド。

 クバルはどう返せばいいか思いつかず、とりあえず頷いた。

 

「……それは、確かに」

 

 反応に困っているクバルを見て、ジニスが楽しそうに微笑む。

 

「ふふふ……きっと、二日も三日も散布などされないだろう?

 我らのブラッドゲームをああも阻む、素敵な玩具たちがあの星にはいるのだから」

 

「ハッ―――それどころか、もう数分で終わるんじゃねえか?」

 

 テーブルにのしかかりながら、アザルドが頬杖をつく。

 彼が見上げているモニターの中で、状況が一気に変わり始めていた。

 

 ―――空を切り裂く赤い翼。

 その双翼が二機のプロペラ機に向かって迫っていく。

 

 モニターの中に広がる光景を見たジニスが、黄金の瞳を微かに細めた。

 

「……さて。私たちも負けていられないな。ナリア、あれを」

 

「は―――ザワールドを出撃させます」

 

「ザワールド……?」

 

 ジニスの命を受け、退室していくナリア。

 そのザワールドとやらの準備をしにいったのは分かる。

 だがそんな名前のデスガリアンや兵器など、クバルには聞き覚えがなかった。

 わざわざジニスが出すということは、ギフト以上の兵器なのだろうが―――

 

「―――私の研究成果。新しい玩具さ」

 

 困惑しているクバルの前。

 モニターを眺めながら、ジニスは手にしたグラスを小さく揺らした。

 

 

 

 

「ブルンブルルン! 兄貴! 二人来たぞ! 俺はあっちの赤いのをやる!」

 

「バルルン! ブラザー! どっちも赤いぞ!」

 

 飛行機眼魔―――その兄弟が並んで飛行しながら、追従してくる者を見る。

 彼らがイゴールより与えられた使命。

 それはこの世界の大気を、眼魔世界のものと同じく改造する粒子を散布すること。

 

 未だにその計画は始まったばかり。

 こんなところで躓くわけにはいかないのだ。

 

「バルン! ブラザー! 私があの翼のある奴を倒す!」

 

「ブルン! 兄貴! どっちも翼があるぞ!」

 

 どっちがどっちを相手にするか。

 飛行しながらでは、その意思疎通がイマイチ上手く行かずに迷走する。

 そうしている間にも、彼らの背後から二つの赤い翼が来襲した。

 

〈ファイナルフォームタイム! オ・オ・オ・オーズ!〉

〈アーァアァアーッ!!〉

 

 インディケーターには『オーズ・タジャドル』と。

 ディケイドアーマーの胴体以外は赤い鎧に身を包み、飛行するジオウ。

 彼がその手にジカンギレードを現し、ライドウォッチを装填。

 目の前で飛ぶ飛行機眼魔たちへと照準した。

 

〈スレスレシューティング!〉

 

 飛行機眼魔たちが僅かに機首を横へ。

 放たれた弾丸は僅かに離れた二機の間を通り、命中せずに過ぎ去っていく。

 

「ブルブル! そんな適当な攻撃が当たるわけが!」

 

「バルバル! このまま二人纏めて空中戦で―――」

 

 背後からの攻撃を躱した二機が再び合流。

 そのまま集団戦で敵の撃墜にかかろうとする飛行機の兄。

 だがその意思に反して、彼の軌道が急カーブを描いた。

 

「ブルン!? 兄貴、どこへ!?」

 

「なんだ、コントロールが……バルバルン!?」

 

 ―――空中に浮かぶ“曲がれ”の標識。

 彼の意思を無視して、兄の飛行ルートだけがそれに歪められる。

 

 それを追うために一度減速する弟。

 だがその瞬間に、得物を狙う鷲の嘴が彼を切り裂いた。

 

「イーグライザー!」

 

「ぬがっ……!? ぐぉおおおッ!」

 

 空中で交錯し、火花を散らす。

 そのまま落下しそうになる体を何とか立て直す飛行機弟。

 一撃を与えて過ぎ去っていき、すぐさまUターンするジュウオウイーグル。

 彼に対して手を銃のように構え、機関銃の如く光弾を斉射する。

 

 翼を広げ、畳み、縦横無尽に軌道を変えながらの飛行。

 光の弾幕の中を、一つとして掠めることすらせず潜り抜けてくる狩人。

 そうして至近距離まで詰められた瞬間、再びイーグライザーが唸る。

 

 鞭の如く伸長する刀身が、飛行機弟を縛り付けた。

 腕ごと巻き付けられ、反撃のために銃撃する事すら出来なくなる。

 抜け出そうと足掻いても、むしろ刃が体を削っていくだけ。

 

「ブルン! ええい、よくも……!?」

 

 自身を捕らえた赤い鷲が更に高く舞いながら、思い切り剣を引く。

 飛行機弟を回転させつつ、削っていくイーグライザー。

 欠けていくボディを感じつつ、しかし飛行機弟は解放される瞬間を待つ。

 刃から腕が解放された瞬間、即座に銃撃を行うために。

 

 だがそんな回転させられながら反撃の機会を待つ彼の頭上で。

 ジュウオウイーグルが己のマスクに手をかけた。

 

「本能……覚醒ッ!!」

 

 口元から引き剥がすように、思い切り振り上げる腕。

 マスクがイーグルからゴリラに変わると同時、膨れ上がる筋肉。

 振り上げるのは、剛力を宿した丸太の如き両腕。

 

 回転し切ったイーグライザーが飛行機弟から離れて、そのまま落ちていく。

 ジュウオウゴリラに向けられる銃口。飛行機弟に振るわれる剛腕。

 連射された銃弾ごと殴り抜く、ゴリラの圧倒的なパワー。

 上から殴り飛ばされた飛行機が、勢いよく地面に向けて射出された。

 

「ブルルン!? ブルン、ブルル……!?」

 

「みんな! 任せた!!」

 

 刻まれ、殴り飛ばされた飛行機弟が目掛けて飛ぶ地上。

 正にその場所に、四色の獣が待ち構えていた。

 その場で振り上げられている、四本爪の獣の手。

 

「任せて!」

 

〈ジュウオウスラッシュ!〉

 

 剣形態のジュウオウバスターが放つ、獣の爪撃。

 四人のそれが一つとなって、吹き飛ばされてくる飛行機眼魔を迎撃する。

 地面に激突する前に引き裂かれ、千切れ飛ぶプロペラ機。

 

 砕かれながら、飛行機弟が断末魔を上げた。

 

「ブルルン!? 申し訳ありませんイゴール様ぁッ!!」

 

 眼下で爆散する弟の眼魔眼魂。

 それを見下ろしながら、飛行機兄が唸り声を上げた。

 

「ぬぅッ! まさかこれほどとは!」

 

 ようやくコントロールを取り戻し、体勢を立て直す飛行機兄。

 その彼の元へと、赤い翼が殺到する。

 

 ギレードを放り投げ、空けた手に現れるのはライドヘイセイバー。

 その切っ先が飛行機兄を向き、煌めいた。

 迫りくるジオウの姿を認め、彼は体を揺らしながら両腕を前に突き出す。

 同時に機体後部から放たれるミサイルの群れ。

 

「やらせはせん! バルン! バルルン!」

 

 無数の誘導弾がジオウを追い、追撃を仕掛けてくる。

 微かに首を傾いだ彼は飛行機兄へ迫ることを中断。

 ミサイルを振り切るように上空へと舞い上がり―――

 

「バルン! 逃がさん!」

 

 更にミサイルが追加された。

 周囲を囲いこむように、大量の攻撃がジオウを目掛けてくる。

 そうしてミサイルの檻に囚われた彼は、

 

〈フィニッシュタイム! ヘイ! 龍騎!〉

 

 ヘイセイバーへとディケイドウォッチを装填。

 そのままセレクターを回し、その刀身に炎を纏わせる。

 

〈龍騎! スクランブルタイムブレーク!!〉

 

 虚空に振り抜いた刃が炎を放つ。

 その炎は大きく伸び、全長6メートル程度の炎の龍を模った。

 放たれた無双龍はジオウの周囲で渦を巻き、炎の壁を作り出す。

 

「バルン!?」

 

 ミサイルが炎の壁に激突し、ジオウに届く前に爆散した。

 弾幕の全てが連鎖するように一気に爆発していく。

 広がっていく爆炎。視界を完全に遮るほどに撒き散らされる煙。

 

 煙に覆われて見えなくなったジオウ。

 飛行機兄はすぐさま次弾を装填して、その煙が晴れるのを待つ。

 今の風ならば、視界が確保できる程度に煙幕が薄くなるまで二秒とかからない。

 そうなった瞬間、再度斉射するべく構える彼。

 

「バルン! そこだ!」

 

 ―――薄くなり始める煙。

 すぐにジオウの影を発見して、全弾を一斉に発射する。

 

 そこに見えるジオウの姿。

 それは煙の中でくるくると回転しながら、体勢を変えている様子の影。

 やがて煙が完全に晴れて、彼の姿がよく見えた。

 

 身を捻る回転の果てに足を飛行機兄へと向け。

 背中から展開した三対六枚の赤い翼を大きく広げ。

 膝から下をまるで鳥の足のような鉤爪に変化させ。

 

 ―――そして、その背後に。

 口内に炎を渦巻かせる無双龍を背負って。

 

〈オ・オ・オ・オーズ! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

「セイ……ッ!」

 

 ドライバーに戻したディケイドウォッチのスターターを起動。

 共にセットされたオーズウォッチのエネルギーが最大に解放される。

 ジオウが燃え上がると同時に、無双龍が炎を吐き出した。

 

 ―――背中に激突した炎が、炎上する鳥獣を砲弾の如く撃ち出す。

 

 正面のミサイルが炎の衝撃で粉砕される。

 弧を描きながら側面から迫っていたミサイルは、まるでその速度を追いきれない。

 

「――――速、」

 

「ヤァアアアア――――ッ!!」

 

 コンドルの鉤爪が正面から飛行機兄に組み付いた。

 メキメキと圧壊していく眼魔の体。

 この高度から地上までを一秒とかけず落下し切る超速の蹴撃。

 

 鳥獣の足に絞められ、砕かれる眼魔のボディ。

 眼魂もまた粉砕されて散っていく。

 

「バルルン……! 大帝閣下に栄光あれぇ―――!」

 

 爆発炎上する飛行機兄を蹴り抜いて、ディケイドアーマーが着地する。

 地面を削りながらの強引な着陸。

 彼はそのまま未だに炎に燃える翼を振るって、折り畳むように消失させた。

 

 

 

 

「祝え! 全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え過去と未来をしろしめす時の王者!

 その名も仮面ライダージオウ・ディケイドアーマーオーズフォーム!!

 また一つ、我が魔王の手にした力が更なる増大を見せた瞬間である―――!」

 

「なんだい、急に。どうかしたかい?」

 

 『逢魔降臨暦』を開きつつ、たこ焼きを持った手で黒ウォズが空を示す。

 そんな彼を不思議そうに見上げるフミ婆。

 既に焼き上がったものは出しつつも、とりあえず今日は店じまいの準備をしている。

 

 マシュはそちらの手伝いをしつつ、困ったように首を傾げた。

 

「えっと。よくある事なので気にしないでいただければ」

 

「変わった子たちが多いねぇ」

 

 アランと黒ウォズを交互に見ながら、そうやって鷹揚に頷くフミ婆。

 一括りにされたアランが眉を上げ、そちらから顔を逸らした。

 

「……さて、私たちも今日は店じまいかな。マシュ、悪いけどいいかな?

 こっちはいいから、あの赤い空気を採取してきてくれと向こうに伝えてきて欲しい。

 ソウゴくんと大和くんがいれば簡単だろうしね」

 

 言いながら、店の中から何かの容器を取り出すダ・ヴィンチちゃん。

 マシュは片付けを切り上げ、それを受け取った。

 

「了解しました。

 マシュ・キリエライト、採取用容器を現場へと届けます」

 

 すぐさま行動に移り、走っていくマシュ。

 

「ほら、アランくんはフミさんの屋台の片づけを手伝いたまえ。

 あの赤い空気が風に流されてどうなるか分からないし手早くね」

 

 言いつつ、車に備えてある通信機を起動。

 カルデアの方へと繋ぐ。

 

「というわけだ、ロマニ。

 気象条件を考慮して、あの赤い空気がどう伸びるか計算できるかい?」

 

『出来なくはないけれど。どうする気だい、というか。

 どういった影響が出るものなのか分かるのかい?』

 

「何となくはね。まあ、あの少量では大した影響はなさそうだけど」

 

 僅かに首を傾げつつ、向こうで指示を飛ばし始めるロマニ。

 まあ採取さえ済ませてしまえば、ダ・ヴィンチちゃん本人がやることもないだろう。

 恐らく月村アカリに任せれば解決できるはずだ。

 

 自分ほどではないが、科学の分野では彼女もまた天才の領域にいる者。

 もちろん、自分ほどではないが。

 

「……なぜ貴様が眼魔の大気が与える影響を理解している」

 

「そりゃ少しは情報持ってるからね」

 

 アランの追求を適当に躱し、彼女は小さく肩を竦めた。

 

 

 

 

『というわけで、今からそっちにマシュが行く。

 悪いけど少し待機していてもらえるかな?』

 

「分かった。ここで待ってればいいんだね」

 

 ロマニからの通信を受けたソウゴが、頭上の赤い空を見上げる。

 変身は解かない方がいいという事で、その姿はジオウのままだ。

 彼の後ろで同じくジュウオウジャーのままの皆が声を上げる。

 

「デスガリアンでもねえのにデスガリアンみたいな事しやがって。

 その眼魔って連中もデスガリアンみてえなもんじゃねえか!」

 

「まだあの赤い空がどんな影響を出すかは分かっていないだろう」

 

「でもただ赤くしたいだけ、なんてことあるわけないでしょ」

 

 苛立たしげに拳を打ち合わせるレオ。

 タスクがそんな彼を窘めようとしても、セラはすぐに反論した。

 あの赤い空は何か生物に悪いものだ、と。

 

 動物としての彼らの本能が、完全にあれを危険なものだと理解している。

 

「でも、マシュちゃんはこっちに来て大丈夫なのかな?」

 

「いや、あいつは生身に見えてもとんでもねえパワーだからな。

 大丈夫、ってことだろ。な?」

 

 こっちに来るというマシュを心配するアム。

 そんな彼女の言葉にそう言って、レオはジオウの肩を叩いた。

 

「うん。マシュと……立香にも効かないんじゃないかな、こういうの」

 

「そうなんだ。立香ちゃんも何か特別な力あるのかな?」

 

「どういう理屈かはよく分かんないみたいだけどね」

 

 ほー、と分かったのか分からないのかよく分からない声を上げるレオ。

 そんなことを話していた彼ら。

 

 ―――その中のジューマンたちが、一斉に振り向いた。

 釣られてその視線を追いかけるジュウオウイーグルとジオウ。

 

「―――ご歓談のところ失礼いたします」

 

「ナリア!」

 

 姿を見せたのは、緑色のスライムを纏った女性型怪人。

 ジニスの意思の代行者たるナリアだった。

 

「どういうことだ? お前が出てくるような状況ではないが。

 それとも、眼魔をコンティニューでもさせにきたのか?」

 

「ふふふ……それもまた面白そうな趣向ではあります。

 ですが、此度の用件はそのようなことではありません。

 私は本日、あなた方に我々の新たなプレイヤーを紹介しに来たのです」

 

「プレイヤー……?」

 

 デスガリアンはその活動をゲームと称する。

 ブラッドゲームの管理側、いわばゲームマスターであるジニス、ナリア。

 参加者の中で陣営のトップであるチームリーダー、アザルドとクバル。

 その下の者として、あらゆる怪人たちをプレイヤーと呼ぶ。

 

 つまりプレイヤーと呼ばれる者は、本来アザルドとクバルの部下。

 それをわざわざナリアが連れてくる理由がない。

 

「疑問はごもっとも。彼は通常のプレイヤーではなく、特別な存在。

 いわばエクストラプレイヤーと呼ぶべき存在なのですから」

 

 ナリアの隣にジャラジャラとコインが降ってくる。

 それが人間サイズにまで積み上がって、その中から一つの人影を出現させた。

 

「なに……!?」

 

 ―――その体には、三色の色が並んでいた。

 右半身は金色。胸と下半身は黒。左半身は銀色。

 それだけではなく、胴体にはそれぞれ動物の顔が描かれている。

 金には鰐。黒には犀。銀には狼。

 

 ―――それはまるで、ジュウオウジャーのような。

 

「これこそがジニス様の研究成果……

 ジュウオウイーグルがそうしたように、ジューマンパワーを人間に宿らせた存在。

 違うのは、彼が一匹の人間に三匹のジューマンの力を集めたものだという事」

 

「ジューマンの力を、人間に……!?」

 

 ジューマンパワーとはつまり、生命力のことだ。

 それを注げば、ラリーがそうだったように命が削られる。

 そして、デスガリアンがジューマンの命に配慮するはずもなく―――

 

「つまり……ジューマンを三人殺したってことか!?」

 

「ええ、それが何か?」

 

 今更ながら何の悪びれもなく、そう言い切るナリア。

 歯を食い縛っていたライオンが、それに反応して一気に飛び出した。

 繰り出される獲物を狩る獅子の跳躍。

 

「レオ!」

 

「野性解放―――ッ!」

 

「――――では、紹介いたしましょう。

 ブラッドゲームのエクストラプレイヤー、その名も……」

 

 雷撃と共に獅子の爪が振るわれる。

 だがナリアを目掛けて迸った彼の前に、その戦士は立ちはだかった。

 獅子が放つ裂帛の咆哮、それをさして気にもせず。

 

 ジュウオウライオンが首を掴まれ、そのまま地面に叩き伏せられる。

 抵抗する間もなく、そのまま蹴り飛ばされて転がるレオ。

 

「ぐッ……! かは……っ!?」

 

「―――ザワールド。それが俺の名だ」

 

 釣り竿型の武装、ザガンロッドを肩に乗せ―――

 彼は犀の角の生えた黒いマスクを揺らす。

 

「確かめてやるよ、お前たちのレベルをな」

 

 叩き伏せたライオン。

 そして身構えるイーグル、シャーク、エレファント、タイガー。

 更にジオウという六人の敵を前に、彼は楽しげに声を弾ませた。

 

 

 




 
デミヤプロジェクト進行中。
やがて全てがボブになる。
 


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乱入!エクストラプレイヤーの力!2016

 

 

 

 彼はその手の中にある、キューブが中央に嵌められた灯具。

 ザライトのキューブを指で回す。揃える面は狼が描かれたもの。

 

 そうしたザワールドはライトの持ち手の下。

 底面に振り上げた膝を押し付けて、操作を完了する。

 

〈ウォーウォー! ウルフ!〉

 

「本能覚醒!」

 

 ザワールドの額にある黒い犀の角。

 その部分が後ろにずれて、銀色のマスクが露わになる。

 赤く灯るのは、餓狼の眼光。

 

 更に彼の手がザガンロッドを折り畳み、ライフルのような形状に変える。

 そうして、ザワールドの姿が疾風となった。

 

 即座にディケイドウォッチへとドライブウォッチを装填する。

 青く変わっていくジオウの姿。

 

〈ファイナルフォームタイム! ド・ド・ド・ドライブ!〉

 

「野性解放!!」

 

 シャークとタイガーが背ビレと爪を揃えた。

 先んじて突撃していく回転するシャーク。

 

 凶器と化して迫りくる鮫を前に、ザワールドが小さく横にステップ。

 瀑布とともに押し寄せる鮫の刃を躱し、横合いから蹴りつける。

 弾かれていくシャークと入れ替わるように、吹雪を曳く白虎の爪が奔る。

 鮫の突撃が招いた水流を凍らせ、周囲に氷の飛礫を撒き散らす一撃。

 

 凍っていく足場をちらりと見て、ザワールドは銃のリールを回転させた。

 ザガンロッドの銃口から迸る弾丸が、氷を打ち砕いていく。

 

「足止めのつもりか?」

 

「さあ―――!」

 

「どうかしら!」

 

 氷の飛礫の中を青い車体が疾走。

 凍っていく津波を打ち砕いているザワールドの背後に、一気に回り込む。

 

 ブレーキングをかけた足裏で地面を弾き飛ばしながら急停車。

 今から放つ攻撃のために強く大地を踏み締めて、ジオウが両腕を振り上げた。

 腕のタイヤがこれ以上ないほど回転し、そこにエネルギーが迸る。

 

〈ド・ド・ド・ドライブ! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

「はぁああああ―――ッ!!」

 

 拳を突き出せば、それと同時にタイヤから放出されるエネルギー。

 それは光線と化して、一直線にザワールド目掛けて殺到した。

 

 小さく鼻を鳴らしながら、彼は振り向いて銃口をジオウへと向ける。

 

〈ザバースト!〉

 

 先程以上の速度でリールを回すザワールド。

 その銃口で膨れ上がった光が、一気に溢れてジオウの一撃と衝突した。

 二つの砲撃が激突し、相殺する。

 

 その衝撃だけで消し飛んでいく水と氷の波。

 水蒸気に巻かれながら、ザワールドが楽しそうに笑った。

 

「ははは、なかなかやるじゃないか!」

 

「笑ってられんのも―――!」

 

「今の内だけだ!」

 

 霰の飛礫が周囲に散る中、レオとタスクが前に出た。

 

 エレファントが象の脚を持ち上げ、地面に叩き付ける。

 地下から溢れ出す自然のエネルギー。

 それがザワールドの立つ地面を割り、一気に地上まで溢れ出した。

 

 ザワールドがザガンロッドを下げながら、ザライトを腰から取り上げる。

 キューブを回して膝で叩けば、彼の様子が一変した。

 

「本能覚醒!」

 

〈ウォーウォー! クロコダイル!〉

 

 ザワールドのマスク。

 その口元を覆っていた金色の部分が一気にせり上がり、額まで上がった。

 まるで大口を開いた鰐が如く、彼の頭部の形状が変化。

 

 ザガンロッドもまたその手の中で真っ直ぐ伸びて、棒状の得物へと変わる。

 

 ロッドモードのザガンロッドが地面を叩く。

 大地から噴き出すエレファントの力。それを真っ向から地面へと叩き返す。

 噴き出す筈だったエネルギーが押し返され、行き場を失い暴れ出す。

 影響を受けて、そこかしこで弾け飛び始める地表。

 

 その直後に迫りくる雷撃の獅子。

 それもまたロッドが撓り、叩き落とさんと振り抜かれた。

 

「させるか、本能覚醒―――ッ!」

 

 ロッドの一撃の前に割り込む、ゴリラの剛腕。

 盛大な破裂音を轟かせながらも、ザワールドの一撃をジュウオウゴリラが止めた。

 しかし彼は一撃を受け止められながら、ロッドを跳ね上げライオンの腕を阻む。

 

 二人の攻撃をロッド一本で止めながら、ザワールドがロッドのトリガーを引いた。

 更に即座にリールを回転させ、その力を解放する。

 

〈ザフィニッシュ!〉

 

 己の身長よりなお長い棒を繰る、黄金の右腕。

 回転するロッドから放たれる、取り付いた二人を纏めて薙ぎ払う一撃。

 ザワールドの振るうそれに巻き込まれ、ゴリラとライオンが宙を舞った。

 

「ぐッ……!」

 

「こん、の……ッ! 大和!」

 

 空中でゴリラの足を掴まえるライオン。

 レオは吹き飛ばされた勢いのまま、大和ごと回転した。

 ジャイアントスイングの格好、それに巻き込まれて大和が察する。

 

「本能覚醒―――ッ!!」

 

 イーグルのフェイスを下ろし、ゴリラの顔を隠す。

 マスクが元に戻ると同時、萎んでいく彼の筋肉。

 

「おっしゃ行けぇッ!」

 

 そのままイーグルを投げっ放すライオン。

 放たれた大和はすぐさま両腕を広げ、羽ばたくように波打たせた。

 

「野性解放―――ッ!!」

 

 翼を得たジュウオウイーグルが弾丸となり、ザワールドに殺到。

 ツイスト回転しながらの突撃が、彼に正面から直撃した。

 

「オォオオオオ―――ッ!」

 

「―――ッ!」

 

 受け止めきれずに、体を逸らすザワールド。

 そのままイーグルの頭を押し退けるようにして、攻撃を受け流す。

 過ぎ去っていくジュウオウイーグルの突撃。

 

 そうして受け流した一撃の直後。

 彼の正面で四つの銃口が火を噴いた。

 

〈ジュウオウシュート!〉

 

 ジュウオウバスターがキューブ状のエネルギー弾を放つ。

 反応しきれずに呑み込まれていくザワールド。

 断続的に巻き起こる爆発の海に呑まれ、揺らぐ金、黒、銀のトリコロール。

 

〈フィニッシュタイム! 鎧武! スレスレシューティング!〉

 

 そこに重ねて、ジオウがジカンギレードを構えた。

 装着した鎧武ウォッチの力も合わせ、銃口から放たれるのは赤い車体。

 フルーツタイヤを履いた真紅のボディが、ザワールドを目掛け疾走する。

 

 度重なる銃撃の直撃。更に車両の突撃そのままの砲撃。

 その密度に、遂にザワールドの足が地面から離れた。

 大きく吹き飛ばされて、地面に転がる彼の体。

 

「ふん、思った以上じゃないか!」

 

〈ウォーウォー! ライノス!〉

 

 転がりながら起き上がりつつ、ザライトのキューブを回す。

 膝に押し付けたそれが発光し、ザワールドの頭部が変わる。

 金鰐の顎が口まで下り、銀狼の顔を黒犀の角が覆い隠した。

 

「へっ、負け惜しみか?」

 

「負け惜しみ? 俺が? ははは!」

 

 身構えるレオからの言葉に、ザワールドが笑う。

 彼はそのまま、一通り並んだ敵戦力を見回す。

 

「なら貴様たち自身で確かめてみろ、この俺のレベルをな!」

 

 ザワールドがザガンロッドを放り投げる。

 そのまま両腕を大きく広げた彼が、咆哮した。

 

「野性大解放――――ッ!!」

 

 瞬間、ザワールドが変わった。

 両肩から展開される、犀の角のような黒いスパイクアーマー。

 右腕に黄金の鰐の尾を鞭のように撓らせ、左手には銀狼の爪を研ぎ澄ます。

 

 溢れ出す殺気の渦に、ジューマンたちが微かに身を竦めた。

 

「三人のジューマンの力を、同時に……!?」

 

 ―――大地が爆ぜる。

 狼の脚力。先程以上の速度で、ザワールドが疾走した。

 

 即断して真っ先に前に出るジオウ。

 彼がギレードとヘイセイバーの二刀を構えて立ちはだかる。

 相手の突撃に対して、完璧に合わせたタイミング。

 

 直撃する剣撃。

 斬撃は二重に、確かにザワールドを捉えた。

 

 ―――だが、犀の外殻がその威力を通さない。

 火花を散らしながらも、一切減速することなく。

 彼は右腕から生やした金色の尾を思い切り振り抜いた。

 

「ぐ……っ!?」

 

 跳ね飛ばされるディケイドアーマー。

 鰐の圧倒的な力がそのボディを削り、盛大に火花を咲かせる。

 

 速い。硬い。そして強い。

 シンプル故に完成度が高く、付け入る隙が生じない戦闘。

 それを体感しながら、ジオウの腕がジカンギレードを放り捨てた。

 

 すぐさまヘイセイバーにウォッチを装填。

 セレクターを回して、その刀身に光を纏わせる。

 

「遅い―――ッ!」

 

「やらせない―――ッ!!」

 

 その間にも襲来するザワールド。

 彼とジオウの間に割り込んでくるのはレオとアム。

 獅子と白虎が雷光と吹雪を伴い、放つ爪撃。

 

 ―――真正面からの直撃。

 トリコロールの体に弾ける雷と氷。

 だがそれを物ともせずに、銀狼の爪が二人を切り払う。

 

「オォオオオ―――ッ!」

 

 タスクが象の足を地面に叩き付け、大地を割る。

 土の塊が無数に跳ねて、ザワールドの視界を埋め尽くした。

 

 そんな土砂降りの中をまるで水中のように泳ぐセラ。

 彼女が己を刃にして、土の中でザワールドを何度も切り裂かんとし―――

 

「無駄だ――――ッ!!」

 

 何度となく斬り付けたところで傷一つ与えられず。

 それどころか、土砂と纏めて鰐尾の一振りで纏めて吹き飛ばされる。

 

「く……っ!」

 

「ハァアアアッ―――!!」

 

 弾け飛ぶ土砂が散り、開ける視界。

 その中に飛び込んでくる赤い巨体。

 右腕を振り抜いた姿勢のザワールドに、大和が拳を突き出し飛び掛かった。

 

 ゴリラの剛力で叩き付けられる白い拳。

 それはザワールドの頭部に確かに直撃し、僅かに彼の体を揺らし―――

 しかし半歩後退りさせるだけ、という戦果に留まった。

 

 ジュウオウゴリラの腕力を首の力で耐えるザワールド。

 それほどの力の拮抗を感じ、大和が声を震わせる。

 

「なんてパワーなんだ……! けど―――!」

 

 拳を引いて、そのままゴリラが横にずれる。

 掠めていく狼の爪に弾かれつつも、体勢を保ったままに。

 

 退いたゴリラの背後にジオウの姿が見えた。

 ヘイセイバーが、纏うエネルギーで変わった姿は巨大な砲身。

 赤い光を帯びた巨大な砲が、ザワールドへと向けられている。

 

〈ファイズ! スクランブルタイムブレーク!!〉

 

 放たれる真紅の砲弾。

 その砲撃を見て、ザワールドが鼻を鳴らして胸を張る。

 それこそは、絶対的な自信からの対応。

 

 正面からその一撃を受け止めてやる、という意図の行動。

 彼は確かに赤い砲弾を真正面から受け止めて―――

 

 その砲弾が変形した赤い巨大な円錐に縫い留められた。

 

「む―――ッ!?」

 

「みんな、()()()!!」

 

 言いながら走り出すジオウ。

 それを見た大和がすぐさま拳を握り、姿勢を直した。

 

「分かった! 行くよ、みんな!」

 

「ああ!」

 

 ウォッチを外してヘイセイバーを放り捨て。

 ジオウが加速しながら地面を踏み切った。

 ドライバーに戻したウォッチが必殺の一撃のために励起され、全身を発光させる。

 

〈ド・ド・ド・ドライブ! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

 跳び上がり、飛び蹴りの姿勢に入るジオウ。

 

 ―――その瞬間、彼の背中をエレファントが蹴りつけた。

 蹴られた勢いで加速し、その瞬間にタイガーが、ライオンが、シャークが。

 瞬きの間もない連続の打撃で、ジオウの背中を殴って加速させる。

 

「行っけぇえええ――――ッ!!」

 

 赤い円錐に固定されたザワールドの前で、ゴリラが拳を振り被った。

 ジオウがザワールドに着弾する、その瞬間に。

 ゴリラの剛腕がジオウの背中を殴打して、最後の加速を叩き込んだ。

 

 ザワールドを縫い留める赤い光。

 フォトンブラッドの上から、青い車体が限界を超えた加速のまま激突する。

 炸裂した衝撃波が大地を割り、そのまま相手を押し込んでいく。

 

 流体光子エネルギーで対象の分子構造ごと破壊する必殺の一撃。

 ザワールドはそれを正面から、尋常ならざる速度で叩き付けられる。

 踵で地面を削りながら、押し込まれていく彼。

 

 ―――その腕が拘束を振り切り、黄金の鰐尾を大きく振り上げた。

 

「ハハハハハ――――ッ!! 悪くない、が。これじゃあ俺は止められない!

 ―――お前たちと俺とじゃあ、レベルが違うんだよォッ!!」

 

 黄金の尾が唸りを上げる。

 振るわれる右腕は、彼に突き立てられる赤い円錐ごとジオウを薙ぎ払う。

 砕け散った赤い光が粒子に還り、消えていく。

 纏めて吹き飛ばされたジオウが地面に突き刺さり、そのまま転がった。

 

「ぐ、ぁ……ッ!?」

 

「ソウゴくん!」

 

「お前たちもだ!!」

 

 力を溜めるように足で地面を叩き、その直後に疾走を開始。

 

 狼の速度でもって放たれる犀の突進。

 ゴリラ、シャーク、ライオン、エレファント、タイガー、と。

 正面に並んでいた五人を、彼は纏めて轢き飛ばす。

 

 盛大に吹き飛ばされた彼ら。

 その中でレオが体を起こしつつ、ザワールドを見上げた。

 

「化け物かよ……!」

 

 ザワールドが体勢を低くした。

 右足で地面を擦り、突撃の前に足場を均す所作。

 止めようがない圧倒的な暴力が、再び堰を切って向かい来る。

 

 そんな破壊の到来の前に、

 

「――――“いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”!!」

 

 白亜の城が聳え立つ。

 既に武装を済ませたマシュが前に出て、その盾に渾身の力を籠める。

 城壁に真正面から激突したザワールドの足が止まった。

 

「……ッ! なんだ、面白い奴が他にもいるじゃないか!」

 

 激突した瞬間に盾から返ってくる衝撃。

 その感覚に破れない、と理解する。

 跳ね返ってくる衝撃に身を任せ、素直に弾き返されるザワールド。

 

 地面を滑りながらゆっくりと停止した彼が、立ちはだかる白い城を見上げた。

 彼の背後、岩壁の上に避難しているナリアが声をかける。

 

「その盾はギフトの砲撃をも防いだ実績があります。

 生半可な攻撃では突破できないでしょう」

 

「面白い。だったら試してみようか、生半可じゃない攻撃を!」

 

 ザワールドが解放したジューマンパワーを鎮める。

 犀のショルダーアーマー、そして両腕の鰐の尾、狼の爪が消え失せた。

 

 フリーになった手が握るのは、腰から引き抜いたザライト。

 彼はそれを掌で二回連続で押し込んだ。

 

〈ジャンボ!〉

 

 ザライトのモードを切り替えた彼が、小さく笑い―――

 キューブを犀の目に合わせて、大きく掲げた。

 

「来い、キューブライノス!」

 

〈キューブライノス!〉

 

「なっ……!?」

 

 盾を構えながら、城壁ごしにマシュが見る。

 ザワールドがライトを掲げ、空へと向ける姿。

 その直後、彼の背後に全高20メートルを超える巨大トレーラーが降ってきた。

 

 大地を砕きながら力尽くで着陸する巨大な車両。

 漆黒の車体の先端には、9と描かれたジュウオウキューブ。

 それは正しく、キューブアニマルに相違なかった。

 

「なんだこのジュウオウキューブは!? これが本当に……」

 

 タスクが立ち上がりつつ、そのジュウオウキューブに驚愕を露わにした。

 

 キューブアニマルとは生物の形を模したキューブ。

 だというのに、あのキューブライノスは明らかにその法則を外れている。

 そもそもキューブは組み込まれているだけで、本体がまるで車のようだ。

 

「ふふふ、これこそがジニス様が回収し、改造したキューブアニマル。

 ザワールドのためのマシン、その名もキューブライノス」

 

 楽しげにそのキューブアニマルの正体、ジニスの御業を説明するナリア。

 

「……車と合わさっているのは、無理矢理改造されたからってこと……!?」

 

 キューブアニマルも生き物だ。

 ジューマンや人間やキューブアニマルたちを弄んで改造するジニス。

 そんな相手に怒りを発し、セラが拳を握り締める。

 

 だがそんな彼女たちを大人しく待つはずもなく。

 ザワールドがライトを振るい、マシュの方を示してみせた。

 

「行け、キューブライノス! あの壁を壊せるか試してみろ!」

 

「…………ッ!」

 

 低くクラクションを鳴らしながら、全長100メートルを超える車体が加速する。

 その巨体の激突に備えて、マシュが強く盾を握り締めた。

 

 

 

 

「ああ、もうどこ行っちゃったんだよ……!」

 

 赤い霧を散布する眼魔が現れ、しかしそれは倒された。

 だが更にデスガリアンの戦士が現れて更なる戦闘になったという。

 タケルもまた、すぐさま現場に向かおうと大天空寺の石段を駆け降りる。

 

 そうしながらコンドルデンワーで電話をかけるが、マコトは一向に出ない。

 カノンと一緒かとそちらに連絡を取っても、いないという。

 

「とにかく、俺だけでも……え?」

 

 そう言いながら、石段を降り切って。

 そうして自分のバイクのところまで辿り着いたタケル。

 

 ―――彼がその場に見つけたのは、自分のものと並んで駐車しているバイク。

 青い車体、マシンフーディー。

 言わずもがな、それこそマコトの愛車であり基本的な移動手段である。

 

「……なんでここにマコト兄ちゃんのバイクが」

 

 歩み寄り、そのバイクに手をかけて。

 かつん、と。彼の靴が地面に転がっていた何かを蹴飛ばした。

 それと同時に地面に転がっていた球体が、一気に浮かび上がる。

 

「わっ!? 英雄の眼魂……!?」

 

 浮かび上がったのは、ノブナガ、ツタンカーメン、フーディーニ。

 マコトが持っていたはずの眼魂たち。

 それが一気にタケルの懐へと潜り込んでいく。

 

「ちょ、なに、どういうこと!? 何でマコト兄ちゃんが持ってた眼魂が―――」

 

 そこで、地面に転がっているままの眼魂を見つける。

 英雄の眼魂ではない眼魂が、二つ。

 一つはスペクターのもの。そしてもう一つは、

 

「……マコト兄ちゃんの眼魂?」

 

 転がっていたその二つを拾い上げ、握って。

 そうして脳裏によぎる、いつかの光景。

 

 眼魔世界で、カプセルの中の人間が灰になって崩れていく様。

 マコトの体は向こうにあり、こちらでは眼魂で行動していた。

 つまり、もしかしたら―――

 

「まさ、か……!?」

 

 彼の体が灰となり、死んでしまったのだとしたら。

 その結果、こうして眼魂だけが転がったのだとするならば。

 ありえない想像ではないと、こちらでは彼とユルセンたちだけが知っている。

 

 ―――その思考を遮る轟音。

 

 ハッとして音の方向を見れば、巨大トレーラーが街中に出現していた。

 とにかく今の思考を頭の外に弾き出す。

 すぐさま周囲に首を回しながら、声を張り上げる。

 

「ユルセン、ユルセン! キャプテンゴースト呼んで! ユルセン!!

 ―――ああもう、ユルセンもおっちゃんも肝心な時いつもいない!!」

 

 思い切り髪を掻き乱し、吐き捨てる。

 だからと言って腐っている場合じゃない。

 すぐさまバイクに跨ろうとして―――マシンフーディーを見る。

 

「――――ッ! フーディーニ、力を貸して!」

 

 即座にゴーストドライバーを出現させ、今拾ったフーディーニの眼魂を入れる。

 トリガーを引き絞り、自身をトランジェントへ換装。

 マシンフーディーが変形したフーディーニパーカーを装備した。

 

〈カイガン! フーディーニ!〉

〈マジイイジャン! すげぇマジシャン!〉

 

 青い飛行ユニットを身に纏い、飛翔するゴースト。

 彼が大きく舞い上がり、そのままサイのトレーラーを目掛けて加速した。

 

 

 

 

 白亜の城壁にキューブライノスが激突する。

 衝撃に弾け飛ぶ大気が渦を巻き、周囲を削り落としていく。

 その中でマシュの足が地面を抉りながら、どんどん後方へと押しやられる。

 

 きつく歯を食い縛った彼女。

 そんな彼女の後ろで、ジュウオウジャーの五人が並んだ。

 

「……っ! こっちもジュウオウキューブを!」

 

「ああ……!」

 

〈キューブイーグル!〉〈シャーク!〉〈ライオン!〉

〈エレファント!〉〈タイガー!〉〈ゴリラ!〉

 

 大和たちの手から放たれるキューブアニマルたち。

 それらが巨大化すると同時に、ジュウオウジャーはそれぞれのキューブに搭乗した。

 そのまま即座に合体シーケンスに移るキューブたち。

 

『動物大合体!!』

 

〈アーァアァアーッ!!〉

〈4! 3! 2! 5! 1! 6!〉

 

 積み重なって、巨神の姿へと変わっていくジュウオウキューブ。

 一つになったコックピットの中に集合し、五人が操縦桿になるキューブに手を添えた。

 

『完成! ワイルドジュウオウキング!!』

 

〈ワイルドジュウオウキング!!〉

 

 姿を現した巨神が、城壁に阻まれているキューブライノスに向け歩き出す。

 それを地上から見上げながら、ザワールドが楽しげに笑った。

 

「ほーう? 中々面白くなりそうじゃないか」

 

 言いながらザライトを回し、鰐の面、狼の面に揃えてそれぞれ底を叩く。

 

「キューブクロコダイル! キューブウルフ!」

 

 その瞬間、キューブライノスというトレーラーの後部。

 積載ユニットに積まれていた二つのキューブが射出された。

 刻印された数字は、7と8。

 

 7が鰐、8が狼の姿へと変形。

 すぐさま、ワイルドジュウオウキングに差し向けられる。

 

『こんなんで止められるわけねえだろ!』

 

『キューブアニマルと戦うのは……気が進まないが。

 だがまずは一度、ここで止める!』

 

 キューブ一つ分の、巨神に比べれば小さな体。

 それが周囲を飛び回りながら、ワイルドジュウオウキングに攻撃を加えていく。

 だがそれを一切ものともせず、拳一つで二体の獣を殴り飛ばす。

 

 そのままキューブライノスへと組み付きにかかるワイルドジュウオウキング。

 横合いから掴まれたライノスが、盛大なクラクションを響かせた。

 

 それを見ていたザワールドが、ふとジオウの方を見た。

 彼は立ち上がり、ドライバーにセットしたウォッチを交換している。

 

〈ファイナルフォームタイム! ウィ・ウィ・ウィ・ウィザ-ド!〉

 

 翼を得て、爪を伸ばして、尾を生やし。

 ディケイドアーマーが飛翔する。

 それを見て軽く喉を鳴らしたザワールドが、両腕を大きく広げた。

 

「ジニス様から聞いていた以上だ! お前たちは、楽しめる!!

 野生――――大解放ッ!!」

 

「ハァアアアアア――――ッ!!」

 

 ジオウが怒涛となって押し寄せる。

 竜の速度で、竜の鱗を纏い、竜の威力を体現する必殺の形態で。

 ザワールドが大嵐の如く迎え撃つ。

 狼の速度で、犀の装甲を纏い、鰐の膂力を行使する必殺の形態で。

 

 空中で交錯する。

 金鰐の尾と魔竜の尾。

 互いに叩きつけ合うその破壊力で、大気が大きく爆ぜた。

 

「―――あんた、無理矢理に改造された人間じゃないの?

 なのに、そのジニスって奴に従ってるのはなんで?」

 

 彼は戦いの中で、楽しみを求めている。

 決して理性のない怪物ではない。

 なのに、彼はデスガリアンに組している。

 その理由を求めて、ソウゴが空中からザワールドに問いかけた。

 

「決まっている―――ジニス様こそが、俺の唯一の理解者だからだ!

 俺はただジニス様に従っているんじゃない! 捧げているんだ、あの方が望むものを!

 それを俺が捧げ続けられると、こうして証明してみせている!」

 

 弾け合い、再び同時に尾を振って衝突させる。

 

 彼の物言いに何か、違和感を覚える。

 理解者だから下について、捧げ続けられることを証明している?

 まるで彼の家臣であることが、ザワールドの一番の望みのようだ。

 黒ウォズのように仕えることが一番の望み、という人間であることは否定できない。

 だが、何かおかしい。何かずれてる気がする。

 

「へえ、ジニスはあんたの何を理解してくれたの?」

 

「お前たちのような奴には、理解できないことだ!!」

 

 問答はそれ以上許さない、と。

 ザワールドの攻勢が加速する。

 

 吹雪の混じる突風を物ともせず、銀狼の爪が奔った。

 竜の爪がそれに応じ、鋭さを比べ合う。

 

 両腕の爪で強く弾く、ザワールドの左腕にある狼の爪。

 同時に彼の左腕の鰐尾を竜尾で弾き飛ばす。

 

 ―――そうして両腕を力尽くでこじ開けた相手。

 燃え上がる足を振り上げて、全力でぶつかりに行く。

 

「だぁああああッ!!」

 

 胸に叩き込まれる燃える蹴撃。

 それを受け止めて、押し込まれながらもしかし。

 ザワールドが、右腕を振り上げた。

 

 撓る黄金の鰐の尾。

 それが大上段からジオウに向けて振り下ろされ―――

 

 次の瞬間、彼の右腕がまるごと鎖に巻き付かれていた。

 

「なに……!?」

 

「ソウゴ!」

 

 上空から降りてくる声。

 それがタケルのものであることに疑いはなく、ソウゴはそのままザワールドを蹴り抜いた。

 同時に鎖を解いて、勢いに任せて吹き飛ばそうとするゴースト。

 

 しかし吹き飛ばされるザワールド。

 彼はそのまま鰐の尾の先端を、逆に鎖へと絡ませた。

 

「――――!」

 

「新手か! だが、どれだけ集まっても同じ結果だ!」

 

 鎖を引いて、ゴーストを引き寄せる。

 抵抗しようとしても、まるで力が足りない。

 フーディーニ魂の出力がどう、などというそんな問題じゃない。

 

「なんて力だ……!?」

 

「はははははは!!」

 

 そのまま大きく一度回して、一気に地面へと叩き付ける。

 ゴーストが着弾した地面が砂塵を巻き上げて、周囲に広げていく。

 

「タケル!」

 

 彼の方へと体を向けようとしたソウゴ。

 その頭上を飛び越えて、二つの光が砂塵の中へと突っ込んでいった。

 それを見て何事か察し、ジオウは再びザワールドへと向き直る。

 

 降り注いだ二つの光とは、二つの眼魂。

 15の英雄の魂をその場に揃え、ゴーストが砂塵の中で変わっていく。

 

〈グレイトフル!〉〈ゼンカイガン!〉

 

 変わった衝撃を舞い上がった砂埃を全て吹き飛ばし、黒と金の戦士が姿を現す。

 そうしてすぐさま、何かに焦るように彼は走り出した。

 その様子に微かに頭を揺らし、しかしすぐにソウゴも飛び立った。

 

「タケル! 一気に攻めるよ!!」

 

「―――分かった!!」

 

〈ゼンダイカイガン! グレイトフル! オメガドライブ!!〉

〈ウィ・ウィ・ウィ・ウィザ-ド! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

 グレイトフルが背後に、黄金のエネルギーで描かれた曼荼羅を浮かべる。

 

 続くように飛び立ったディケイドアーマー。

 彼が赤、青、緑、黄と。四色の魔法陣を背負いながら加速。

 

 二人が背負った曼荼羅と魔法陣が解け、エネルギーとなり。

 それぞれの足へと纏わっていく。

 

 人と竜と。

 その力の粋を尽くした極限の一撃が放たれる。

 エネルギーを結集した足を突き出して、二人の戦士は敵へと向かう。

 

 ゴーストとジオウ。

 彼らが同時に放つ必殺撃が、ザワールドへと確かに届く。

 

 ―――その上で。

 

「言った筈だ……お前たちと俺では、レベルが違うんだよォ――――ッ!!!」

 

 狂獣はそれに反応し、突撃し返した。

 黒犀の角が並ぶショルダーアーマーを突き出したザワールド。

 二つの必殺キックに真っ向から立ち向かう彼。

 

 ―――衝突して。衝撃で大地が爆ぜて、拮抗する。

 二人分重ねた必殺になお、彼は正面から対抗してみせた。

 激突し、鬩ぎ合うこと数秒。

 

「ぐっ、ぁ……!」

 

 激突地点が盛大に爆発して、三人全員が弾き飛ばされた。

 地面を転がるゴーストと、ウィザードフォームが解除されて落ちるジオウ。

 それでもザワールドは膝すら落とさず、僅かによろめいて蹈鞴を踏むに留まった。

 

「ふっ……ふははっ! ふははははは――――ッ!!

 さあ、続きをしようじゃないか!」

 

 そうして、構え直すザワールド。

 彼が今度は自分からと突撃の姿勢を見せ、

 

 その瞬間に、ワイルドジュウオウキングがキューブライノスを薙ぎ倒した。

 巨体が轟音を立てながら引っ繰り返り、車輪を空転させ始める。

 

「―――ザワールド」

 

「おっと、あっちの連中とも遊んでやらないとな」

 

 ナリアの声に肩を竦めて、彼が野性大解放を鎮めた。

 腰からザライトを引き抜いて―――

 

「させません――――っ!」

 

 キューブアニマルから解放されていたマシュが、そこに盾ごと降ってくる。

 恐らくはザワールドも、あれらのジュウオウキューブで合体ができるはずだ。

 それを防ぐため、ジュウオウジャーがせめてキューブライノスの車体側を破壊するまでは。

 そう考えて時間を稼ぐために突撃しにきた彼女。

 

 声の方へと視線を向け、ザワールドは鼻を鳴らす。

 しかし彼は回避に移ることもなく、大人しく盾での殴打を受け入れた。

 殴られた瞬間に、吹き飛ばされたい方向へと踏み切りながら。

 

「――――ッ!?」

 

 ザワールドが回転しながら吹き飛んで。

 しかし吹き飛ばされながら、彼の手が地面に落ちたザガンロッドを掴み取る。

 それを拾うために甘んじて殴られたのだと理解して、マシュが歯を食い縛った。

 

 拾った瞬間に撓る竿。

 その先端から糸が伸びて、盾を構え直そうとした姿勢のマシュの足に絡む。

 糸の伸長が止まり、ピンと張る釣り糸。

 それが思い切り引かれ、彼女は一気にザワールドまで引き寄せられた。

 

「しま……っ!?」

 

 釣り上げられたマシュが、その勢いで岩壁へと叩き付けられる。

 盾を間に挟み込ませる余裕もなく、激突して鎧で岩を砕く。

 そこで釣り糸が足から外れ、解放されたマシュは壁から転げ落ちた。

 

 そんな彼女の様子を見届けることもなく。

 ザワールドはすぐにキューブライノスに跳んでいた。

 

『ジュウオウダイナミックストライク!!』

 

 ワイルドジュウオウキングの全身から放たれる、キューブのエネルギー。

 それは横転したキューブライノスの車体へと向けて放たれた。

 キューブアニマル状の超エネルギーの奔流。

 

 その攻撃が届く前に乗り込んだザワールドが、ザライトのスイッチを掌で三連打する。

 

『動物合体!!』

 

〈ライノス! クロコダイル! ウルフ!〉

〈ウォーウォーウォウオォー!〉

 

 横転していたキューブライノス。

 それがキューブのあるトラックと、後の二つのキューブを乗せていた荷台に分割した。

 真ん中で分割され、左右に開いていくキューブライノス。

 

 ど真ん中を狙い放っていたダイナミックストライクが狙いを失い、地上を抉り取る。

 

『ッ、しまった!』

 

〈9!〉

 

 キューブライノスのトラック部分。

 それが犀の角だけ分離させ、正面を下にするように自立する。

 その上に横向きに乗り上げていく荷台部分。

 

〈7!〉

 

 荷台が左右に下ろしたアーム。

 右腕側に鰐に変形したままのキューブクロコダイルが合体。

 犀の角は左腕側に合体し、両腕を構成する。

 

〈8!〉

 

 キューブウルフが荷台の中央部。

 丁度キューブ一つ分のスペースに接続されて、その正面部分を展開した。

 銀色のキューブの中から現れる、巨神の顔。

 そして胸に浮かび上がるのは、三獣のエンブレム。

 

『―――完成』

 

 三体のジュウオウキューブが合体した、新たなる―――そして敵対する巨神の姿。

 黒、金、銀のトリコロールが、鰐と角の腕を振り上げて立ち誇る。

 

 コックピットの中で、ザライトを接続。

 車のハンドルのようになっている操縦桿にザワールドが手をかけた。

 

『―――トウサイジュウオー!!』

 

〈トウサイジュウオー!!〉

 

 ワイルドジュウオウキング。そしてトウサイジュウオー。

 二機の、キューブアニマルの合体した姿。

 それらを対峙させながら、ザワールドが楽しそうに声を上げた。

 

『次の遊びで、お前たちは俺をどのくらい楽しませてくれるかな?』

 

 

 

 

 ―――意識を取り戻して、ゆっくりと体を起こす。

 直前までの記憶が曖昧で、今自分がどこにいるかも判然としない。

 額に手を当てようと持ち上げた手が痺れる。

 まるで、肉体を取り戻したかのように。

 

「…………っ、体……!? 俺の……!」

 

「ようやく目が覚めたか。マコトよ」

 

 かけられた声に振り返る。

 それはよく聞き覚えのある声だった。

 同時にこの声がするということに、この場がどこかという確信を強める。

 

「イーディス長官……!」

 

 休眠カプセルの中で上半身だけ起こしている自分。

 それを見下ろしているのが、銀髪の男性。

 彼に戦う力を与えてくれた、イーディスであると理解する。

 

 大帝の友にして、この世界の礎を創り上げた大賢人。

 そんな彼がマコトを見下ろしながら、ゆっくりと手を差し伸べてきた。

 訝しみながらも、しかしとりあえずその手を取って起き上がる。

 

「長官……これは一体どういう?」

 

「お前を無理矢理に起こしたのは私だ。これから眼魔世界は激動の時期を迎えることになる。その時、お前の肉体がここにあっては、守り切るのは不可能なのだ」

 

「それは……」

 

 タケルは肉体の消失、死亡を理由にマコトの肉体を取り戻そうとした。

 だがそれ以前に、眼魔と敵対する場合ここに肉体を残しておくのはあまりに不都合だ。

 この眠りの間で本体を保存している限り、アデルに命を握られているに等しい。

 そんなことは分かっていても、不用意に攻め込むことはできなかった。

 

「だが、俺が肉体を持ったまま向こうに戻ることは……!」

 

 そう言い募ろうとする彼に、イーディスが再び手を差し出した。

 彼の掌には、一つの眼魂が乗せられている。

 青く燃え上がるような、瞼を半眼だけ開いたような眼魂。

 それを見た瞬間に、皮膚が粟立つような戦慄がマコトの体を襲う。

 

「凄まじいパワーを感じる……! その眼魂は―――」

 

「その凄まじいパワーと引き換えに、恐ろしい危険性を孕んでいるがな。

 名をディープスペクター眼魂……これを使えば、お前一人でもあちらに戻れる。

 これをマコト、お前に託そう。危険は承知の上で、そうしなければお前を助けられなかった」

 

 言いながら彼の手にディープスペクター眼魂を握らせる。

 受け取ったマコトは、難しい顔をしながらその眼魂と睨み合う。

 そんな彼へ背中を向けて、イーディスが眠りの間を去っていく。

 

「いいか、すぐに帰るのだ。私もすぐに動かねばならん……」

 

 そう言い残して姿を消すイーディス。

 彼の背中を見送ってから、マコトは一度目を瞑る。

 そうして数秒。やがて決意を固めたように、強く目を開いた。

 

〈ゴーストドライバー!〉

 

 彼の意思に呼応して、ドライバーが彼の腰に現れる。

 

「すみません、イーディス長官。ですが今、この力があれば……!

 アデルを止めることができるはず!」

 

 すぐに戻れ。イーディスはそう言った。

 だが、今ならばアデルを止めに行けるはず。

 この力があれば、きっとアデルや他の連中を相手にしてもけして引けは取らない。

 

 だからこそ彼は走り出した。

 外ではなく、恐らくアデルがいるだろう祈りの間に。

 

 イーディスは今からこの世界が激動する、と言った。

 そうなるのは、アデルの暴走が原因のはず。

 彼を今ここで止める事ができれば、その事態は最小限に留められる、と。

 

 ―――そんな彼の姿を見送って、柱から顔を出すユルセン。

 

「あーあー、行っちゃった。こうなるよなぁ、だっておっちゃん何も説明しねえんだもん」

 

 ホント、どうするんだよこれ。

 そう言いたげなユルセンが、仕方なしに移動を始める。

 もっとも、自分が何をやってどうにかなる問題じゃないとよく知っているのだが。

 

 

 

 

 ―――ウルティマの姿が吹き飛ぶ。

 圧倒的な力を持つ大帝の守護者、眼魔ウルティマの姿がだ。

 それを成した黒い怪物の姿が掻き消え、吹き飛ばされてくるウルティマに先回りする。

 

 顔面を掴み取り、そのまま地面へと叩き付ける黒い怪物。

 ウルティマとなったジャイロが、自分を掴む腕を両腕を掴んで引き剥がそうと力を込めた。

 だがそれでは、びくともしない。

 

「なんだ……! バカな、貴様は生身のはずだ!

 だというのに、ウルティマでさえ――――!?」

 

「ふふふ、それが……私とイーディスの力の差だ。

 見るがいい、ジャイロ。これが、私の信じた人間の真の可能性なのだから!」

 

 顔が巨きな一つの眼。

 巨大な単眼の怪物が、掴んだウルティマの頭に少しずつ力をかけていく。

 バキバキと、まるで砂糖菓子のように割れていくウルティマの装甲。

 

「き、さま……! 一体、何の目的で再びこの世界に……ッ!」

 

「―――聞いたよ。アドニスが死んだ、と。事実かどうかは知らないが。

 だったら、その墓の前で悼むくらいはさせてくれてもいいだろう?

 ジャイロ……お前が怯える必要なんてないんだ。

 もし私が未だにこの世界に否定されるなら、きっとグレートアイが何とかしてくれるさ。

 以前そうだったように……!」

 

 ぐしゃり、とウルティマの頭部が握り潰された。

 地面に転がるウルティマ眼魂と、ジャイロの眼魂。

 そうして転がった二つを、彼はその足で踏み砕いた。

 

 ―――同時に、怪物の姿が人のものに変わっていく。

 頭を丸めた、にこやかな壮年の男性。

 彼は久しぶりに見た故郷の空を見上げ、楽しそうに歩き始めた。

 

 赤い空の下、楽しげに歌いながら。

 憎き怨敵と繋がるために設けられた、祈りの間を目指して。

 

 

 




 
イーディス「こっちの世界(で眠ってるお前をダントンに見られたら)やばいから早く帰って」
マコト「アデルを倒せば止められる!この力で俺が成し遂げる!」
ユルセン「ちゃんと説明しないからこうなる」

速い硬い強い。
そんな相手どうすればいいんです?
物理学者「物理的に考えて周囲の空間ごと防御無視の爆発魔法で吹き飛ばせばいい」
やはり物理学は全てを解決する。
 


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現界!深淵から来る者!2016

 

 

 

「あーららー」

 

 ―――眼球型の巨大な宇宙船らしきもの。

 それが落下して上げる爆炎を見下ろしながら、毒々しい青さの怪物が天井を仰ぐ。

 その格好は、まるでサーカスの猛獣使いのようで。

 

 彼は紛れもなくサーカスを愛する者であり、今もまたそれらしいことをしていたのだ。

 小惑星によるお手玉をしながら、宇宙を飛び回っていた。

 

 だが偶然にも、ちょっとコントロールを失った小惑星があの宇宙船らしきものに激突。

 眼球型のそれは、近くにあった星にそのまま墜落してしまった。

 

 叩き落としたのは、明らかに何らかの力により造られた人造のもの。

 それは一体なんぞや、と。

 疑問に思った彼が、愛船であるサーカスのテントのような形状の宇宙船。

 フライングテント号から星の地表を確認してみれば。

 

「まさか、生きてらっしゃるとは。

 まあそんなことよりもこの星、ちゃーんと下等生物が住んでるんですねぇ……」

 

 軽く見た感じ、空飛ぶ巨大な蟲のようなものはいるのは知っていた。

 が、一応知的生命体と分類されるだろう下等生物の存在は知らなかった。

 いると知っていれば、せっかくだから自分のサーカスに―――

 

「でぇもなー、少ないし、弱ってるし、面白みもないし……

 私のサーカス団員として加えるのはちょっとなぁ……」

 

 団員は消耗品とは言え、彼にだって選ぶ権利がある。

 どう見ても、この星の下等生物は質が悪い。

 彼はフライングテント号の椅子に背中を預け、足を振り回しながら溜め息を吐く。

 

「どぉーしよっかなぁ、大したエネルギーにもなりそうにないしぃー……

 ……よし、決めた。こんな星は無視して、他んとこ行こう!

 私の宇宙最大の大大大大大空中ブランコに相応しい場所はどこにあるかなぁ!」

 

 こんな劣悪な星のことはさっぱり忘れ、彼は宇宙船の操舵を再開する。

 目指すのは、宇宙間を揺れる史上最大の空中ブランコを設置するに相応しい場所だ。

 

 

 

 

 二体の巨神がぶつかりあう、ある意味では神話の光景。

 そんなものを見上げつつ、ダ・ヴィンチちゃんは大天空寺の下に駐車した車を降りた。

 

『マシュは現着済み……! だが、今回の敵はあまりにも強力だ! 増援は―――』

 

「……だそうだけど、君はどうする?」

 

 後ろに乗せていたアランとカノンが降りてくる。

 移動中にアランの持っていた英雄眼魂も飛んでいった。

 つまり、あちらにはタケルも既に向かっているということだろう。

 

「……貴様は?」

 

 そうして訊き返してくるアラン。

 ダ・ヴィンチちゃんは何を当たり前なことを、と。

 わざと大仰に肩を竦めて、彼に返答を寄こした。

 

「君たちの世界の大気の解析のための準備にかかるよ。

 マシュが持って帰ってこないと始まらないが、あっちだって必要だもの」

 

『って、君は救援にいかないつもりかい!?』

 

「そりゃね。不意の目晦まし程度はどうにかなっても、それ以上はどうしようもない。

 私は私にできることをやるだけさ」

 

 赤い霧自体はアカリに任せておけばいいという考えだが、手伝う気もある。

 少なくとも、研究のための環境を事前に整えるくらいは。

 

 言いながら歩き出し、大天空寺の方へと向かっていく彼女。

 難しい顔をしながらその後に続くアランとカノン。

 そんな徒歩の最中、すぐ傍に駐車された天空寺タケルのバイクを見つける。

 バイク以外の方法で移動したならば、何もおかしいことはないが。

 

「―――おや」

 

 そう呟いて、ダ・ヴィンチちゃんが足を止める。

 何事かとアランがその先を見れば、タケルのバイクの傍に落ちている物体。

 

 ―――マコトが持っていたはずの、コブラケータイだ。

 それがコブラモードに変形し、動き出した。

 

「あれ、お兄ちゃんの……?」

 

 コブラが動き出し、そのままカノンの元へと移動する。

 しゃがんで差し出した彼女の掌に乗り上げるコブラ。

 

「なぜスペクターのものがここに……

 おい、スペクターもあちらの戦場に向かっているのか?」

 

『……あ、ボクだよね。ええと、こちらでは確認できていない。

 マコトくんは戦闘には参加していない。

 けど、彼が持っていた眼魂は全て、予めタケルくんが持っていたようだ。

 脱出王フーディーニの眼魂を最初から使っていたからね』

 

 映像ログを確認しつつのロマニの返答。

 それを聞いて、アランが眉を大きく上げた。

 

「フーディーニ……スペクターの足でもあるはずだ。なのに、なぜ……?」

 

 そうして、脳裏によぎる一つの可能性。

 スペクターは眼魂。肉体を眼魔世界に置いたままだ。

 つまり、今眼魔世界を牛耳っているアデルの思いのままだということ。

 

 眠りの間に安置されている彼の体。

 それをアデルが無理矢理に覚醒させた可能性は存在する。

 

「まさか、兄上……?」

 

 口を手で覆いながら、最悪の状況に思考を馳せる。

 

 そんなアランを見てダ・ヴィンチちゃんも僅かに目を細めた。

 状況がかなり切迫してきたように感じる。

 もう少し猶予があると思っていたが、時間はないのかもしれない。

 

「アラン様、もしかしてお兄ちゃんの身に何か……?」

 

 不安そうに彼を見上げるカノン。

 彼女から目を逸らすように、彼は巨神の戦場に視線を送った。

 

「……まずは天空寺タケルに状況を確認する。貴様が私を案内しろ」

 

 そう言ってダ・ヴィンチちゃんの方を見るアラン。

 しん、と数秒静まってから、彼女が口を開く。

 

「言われてるけど、ロマニ?」

 

『あ、ボク!? ボクの方かい!?

 えっと、通信越しじゃ判断できないから名前呼んでもらっていいかい!?

 ロマニ・アーキマンでもDr.ロマンでも何でも!』

 

「……ロマニ・アーキマン。

 天空寺タケルたちがいる場所へと私を誘導しろ」

 

 彼らの会話にころころと笑いながら、ダ・ヴィンチちゃんがバイクを見る。

 タケルのバイクはキーが差したまま放置だ。

 どうやら乗ろうとはして、そのまま別の手段での移動に切り替えたらしい。

 そこに手持ちの通信機を無理矢理つけて、彼へと示す。

 

「タケルくんには悪いが、これを借りるといい」

 

「…………いいだろう」

 

 彼は即座に腕にメガウルオウダーを装着した。

 起動したネクロム眼魂を装填し、すぐにユニットを立ち上げる。

 

〈ローディング…〉

 

 放たれるネクロムパーカー。

 彼はそれを背後に引き連れつつ、バイクへと跨った。

 その状態でカノンへと視線を向けて、声をかける。

 

「お前は心配せずに待っていろ。スペクターは私が必ず連れ戻す」

 

〈テンガン! ネクロム! メガウルオウド!〉

〈クラッシュ・ザ・インベーダー!〉

 

 答えも待たず、ネクロムに変わったアランがバイクを発進させる。

 連動するように、タケルのバイクが馬のような姿―――

 ゴーストストライカーへと変貌する。

 

 それに一瞬だけ戸惑いながら、しかし彼は一気に加速し戦場に向かった。

 

「アラン様……」

 

 パーカーを纏った白い姿を見送り、立ち尽くすカノン。

 

 そんな彼女を見つつ、ダ・ヴィンチちゃんが顔を上げる。

 石段から誰かが駆け降りてくる音。

 

「あれ、ダ・ヴィンチちゃん?」

 

「おや、立香ちゃん。どうしたんだい?」

 

「どうしたも何も、マシュあっちに行ったんでしょ?

 だったら私もって……」

 

 そんな彼女の答えを聞いて、片目を瞑って悩み込むダ・ヴィンチちゃん。

 

「……悪いけど、それより先にやって欲しいことがあるんだ。

 多分、時間がないからね。いいかい?」

 

「―――必要なんでしょう? 何すればいい?」

 

 一瞬だけマシュがいるだろう戦場に視線を送り。

 しかし彼女は、ダ・ヴィンチちゃんに向き直った。

 

 

 

 

『くそっ、なんてパワーだよ……!』

 

 ワイルドジュウオウキングが手にした、クマアックス。

 それに対するトウサイジュウオーの右腕、ビッグクロコダイルジョーズ。

 鰐の顎が叩き付けられる斧を銜え込み、そこで動きを封じる。

 

 押せも引けもしない力の差。

 その状態で、トウサイジュウオーは左腕を振り上げた。

 

『こんなものか―――!』

 

 巨神の胴体へと突き出される犀の角。

 ホーンによる打撃に、ワイルドジュウオウキングの胸が爆ぜた。

 衝撃でクマアックスを手放しながら、仰向けに転倒する巨神。

 

『ぐっ……! まだまだ……!』

 

 キューブの接合部を軋ませながら、巨神が再び立ち上がる。

 それを見逃して待ち受けながら、ザワールドがハンドルを軽く指で叩いた。

 鰐の口で捕まえていたクマを、適当に投げ捨てるトウサイジュウオー。

 

『そうだ、まだまだ足掻いてみせろ。

 ―――そうじゃなきゃつまらないからなぁ!』

 

『―――っ、そんな事言ってられるのも今の内よ! みんな!』

 

 セラが王者の資格を取り上げ、その面を揃える。

 同じように皆がジュウオウキューブを回し、キューブアニマルの力を解放した。

 

『ジュウオウダイナミックストライク!!』

 

 イーグル、シャーク、ライオン、エレファント、タイガー、ゴリラ。

 そしてキリンとモグラ。

 

 ワイルドジュウオウキングを構成するキューブ。

 その場に集った全ての力が、一つの光となって押し寄せる。

 虹色の光の奔流を前にして、ザワールドは機内に接続したザライトに手をかけた。

 

『無駄だ。その程度じゃなぁッ!』

 

 トウサイジュウオーが鰐の顎を開いて上げる。

 その集い、黒、金、銀の三色の光。

 

『トウサイトリプルザビースト!!』

 

 九の動物が集まった光に歯向かう三頭の獣。

 激突して飛び散る威力。

 四散する光が、周囲の建造物をあっさりと溶解させ―――る、その前に。

 

 その威力が周囲を破壊せぬように、白亜の城塞が立ち塞がった。

 更には周囲を覆うように、無数の音符状のエネルギー体が展開。

 超威力の攻撃同士の衝突が周囲に被害を与えぬように囲い込む。

 

 ―――やがて。

 虹を引き裂くのは、黒金銀という三色の閃光。

 突き抜けてくる三獣の光が、ワイルドジュウオウキングを直撃した。

 

『うわぁああああ―――ッ!』

 

 転倒して、全身からまるで血のように火花を噴き出す巨神。

 

 その結果に対し、満足そうに鼻を鳴らすザワールド。

 彼がトウサイジュウオーをゆっくりと既に倒れた相手に迫らせていく。

 

『どうした。俺はまだまだ言えるぞ?

 この程度じゃ、つまらねえってなぁッ!』

 

 トウサイジュウオーが足を振り上げる。

 振り下ろす先には、倒れたワイルドジュウオウキング。

 ズガン、と。轟音を立てて叩き付けられた足。

 その衝撃がコックピットシートを大きく震動させる。

 

『……ッ、ここまで手も足も出ないなんて……!』

 

『それが俺とお前たちの、レベルの差だ!』

 

 更に体重を載せて、ワイルドジュウオウキングを軋ませる。

 今にも崩れ落ちそうな、彼らと共に戦う巨神。

 その操縦桿であるキューブを握りながら、大和が声を震わせた。

 

『例えそうだとしても……! 手も足も、何一つお前に通用しないのだとしても!

 俺たちは諦めない―――! この惑星(ほし)を、守るために!!』

 

 トウサイジュウオーの足を掴む腕。

 そこに込められた力が、僅かに黒い巨体を押し返し始めた。

 僅かに苛立ちを見せ、ザワールドが足に更なる体重を載せる。

 

『へっ、俺たちばっか諦めてちゃカッコつかねえもんな……!』

 

『命で遊ぶお前たちには理解できないだろうな―――

 例えどれだけ追い詰められようと、最後の最後まで生きようとする命の力が!』

 

 かけた重量を上回る剛力が、少しずつトウサイジュウオーを押し返す。

 増した苛立ちが、そのまま足にかける力を増大させていく。

 

『下等生物がどれだけ力を重ねようが、ジニス様の御力には遠く及ばない!

 それを証明するのが、この俺の存在理由だ!』

 

『可哀想な理由……! でもそうだよね、あなただってデスガリアンの被害者!

 あなたを止めるためにも、私たちはこんなところで負けられない!』

 

『―――そしてあなたのような人たちを二度と出さないように。

 私たちはデスガリアンを、ジニスを、倒してみせる!!』

 

 ワイルドジュウオウキングの力が更に増し―――

 そして対するように、トウサイジュウオーから僅かに力が抜けた。

 その間隙を突くように、彼らは一気に黒の巨体を押し返す。

 

『オォオオオオオ――――ッ!!』

 

 押し返されて、蹈鞴を踏んで下がっていくトウサイジュウオー。

 全身がダメージで加熱した王者の巨神が立ち上がる。

 既に限界を突破して、しかしそれでも戦士たちと共に戦うために。

 

『―――俺の、ため……? グッ……!?』

 

 ―――対して、何故かザワールドの体から力が抜ける。

 彼はコックピットの中で、両腕で頭を抱え込むように包む。

 脳に走る痛みを堪えるように、必死に。

 

 その様子を見上げていたナリアが、小さく呻いた。

 

 

 

 

「あん? おいおい、あいつはどうしたんだ? オーナー」

 

 ザワールドの戦いを眺めていたアザルド。

 画面の中で引き起こされた不調を見て、彼はジニスに振り返る。

 頬杖をついて同じく画面を眺めていた彼は、溜め息混じりに肩を竦めた。

 

「どうやら、洗脳が甘かったようだね」

 

「はは! オーナーは連中を甘く見すぎなんだよ!」

 

 珍しいジニスの失態を前に、アザルドが笑う。

 それを横目で見ていたクバルが同時に背筋を凍らせた。

 一言もなく、態度にも示さず、ジニスの雰囲気が一気に冷えたから。

 

 頭の中まで岩が詰まっている不死身のアザルドは気にしないだろう。

 だがクバルからすれば、これは自殺行為以外の何物でもなかった。

 

 すぐさま話を変えるべく、クバルはアザルドに話を振る。

 

「そういうあなたは、やけに下等生物の肩を持ちますね。

 まあ、ジュウオウジャーどもに一度負けたからなのでしょうが……」

 

「まあな。下等生物の中にも見所がある奴は時々出る、ってことだろーよ。

 オーナーだって、そういう奴をザワールドにする人間に選んだんだろ。

 だったら、洗脳もきっちりかけとかねえとな?」

 

 ザワールドに選んだ人間。それもまたジュウオウジャーと同じ。

 脆弱な種でありながら、強靭な何かを秘めた者であるが故に選んだのだろう。

 ただでさえ弱い人間の中から、わざわざ弱い人間を選ぶ理由はない。

 こうして戦士に改造する以上、強い心を持った――――

 

 そこで、クバルの悪寒が最高潮に達した。

 声に出さず、全力で慄然とする。

 

 今のアザルドの言葉の、一体何が気に障ったというのか。

 原因も分からず、これ以上発言するのは不味い。

 そう確信して、彼はすぐに顔を伏せた。

 

 洗脳の話か?

 ジニスは確実な洗脳を施したのに、下等生物に解かれたのが気に食わない?

 いや、その程度の話で気分を害するような存在ではないのだ。

 下等生物が足掻く姿を見る分には、彼は寛容ですらある。

 

 だというのに、何故。アザルドの発言のどこが?

 ジニスは恐らく強い人間とジューマンを捕獲し、ザワールドに改造した。

 強い人間の中には、ジュウオウジャーのような連中もいる

 だとすれば甘く見れば、洗脳が解かれるという事態も起き得る。

 その程度は、娯楽として割り切るのがジニスのはず―――

 

「…………ふふ、そうだね。少々、甘く見すぎていた。

 ―――ナリア。ザワールドを連れて帰っておいで。

 今日はここまでにしよう」

 

 彼は地球にいるナリアに、そう言葉を送った。

 すぐさま了解の返事を返し、ザワールドとトウサイジュウオーを回収する彼女。

 だがその感情の深淵から漏れ出している怒りは、未だ収まらない。

 

 それに触れないように、部屋の端によって待機すること。

 クバルに出来るのはそれだけだった。

 

 

 

 

「―――ただの祈りの間ではないのか、ここは」

 

 アデルは父を追放した祈りの間で一人、天蓋を見上げていた。

 そこに浮かぶ15枚のプレート。

 先日はそれが反応を示し、1枚どこかへと消えたこともあった。

 いつの間にかそれは元の場所へと戻っていたが。

 

 父が大いなる力の根源と繋がるために祈りを捧げる場。

 そこで首を上に向けていた彼が、何かに気づいたようにゆっくり振り返る。

 

「……スペクターか」

 

「――――アデル。あなたは、この世界に投げ出された俺を戦士として取り立ててくれた。その事には感謝している。

 だが、今のあんたの行動は一体何なんだ! 今のあんたからは、かつて感じた戦士としての誇りはどこにも感じない!」

 

 問い詰めるマコト。

 彼に対して失笑したアデルが、懐から眼魂を取り出した。

 

「私は何も変わっていない。私の目的が理解できないというならそれは……

 スペクター、貴様の目が曇っただけだ」

 

〈ウルティマ!〉

 

 アデルの姿が白い戦士に変わる。

 言葉を交わして何かが変わるとは思っていなかった。

 だからこそ、マコトはすぐさま託された眼魂を持ち出す。

 

 ―――深淵のようなディープブルーの眼魂。

 その起動スイッチ、ゴーストリベレイターを彼が押し込む。

 途端にマコトの全身に走る稲妻。

 

「ぐ、ぁ……ッ!?」

 

 圧倒的な力の奔流。肉体を砕き、精神を磨り潰すような。

 まるで深海に無理矢理引き込まれていくような、地獄の感覚。

 

 ―――その感覚を、歯を食い縛って乗りこなす。

 この力が己を深淵に引きずり込むものだというのなら。

 その深淵の中で戦い抜いてみせる。

 己のために。守らねばならぬ妹のために。共に戦う友のために。

 

「―――――ッ!!」

 

〈ダイブ・トゥ・ディープ…〉

〈アーイ! ギロットミロー! ギロットミロー!〉

 

 眼魂を押し込み、ドライバーを閉じる。

 その瞬間にグリントアイから放たれるパーカーゴースト。

 メタリックに輝く、ディープバイオレットのパーカー。

 

「―――なんだ、その力は?」

 

 アデルが困惑しながら、現れたパーカーを見る。

 初めて見る眼魂。英雄の眼魂ではない、ましてスペクターでもない。

 微かに思考するのは、新たに眼魂を作ることのできる者。

 イーディスの事を考えて一瞬だけ逡巡し、しかしすぐさま彼は腕を突き出した。

 

 放たれる黒い光。

 それが変わっていくマコトに向け殺到し、しかし。

 

〈ゲンカイガン! ディープスペクター!〉

 

 既にドライバーのトリガーを引き絞った彼が。

 今までとは違う、銀色のトランジェントに姿を変えていた。

 パーカーがその上に纏わって、

 

 ウルティマの放った一撃が、そこでマコトに着弾する。

 祈りの間を騒がす、大爆音。

 

 爆発と共に巻き上げられる炎の渦。

 それに呑み込まれたスペクターに対し、アデルはゆるりと腕を下げ―――

 

〈ゲットゴー! 覚悟! ギ・ザ・ギ・ザ! ゴースト!〉

 

 巻き上がる赤い炎を、深海色の炎が塗り潰す。

 その中から踏み出してくる、銀色のスペクター。

 彼が被ったフードをゆっくりと外しながら、顔を上げる。

 

 大きく肥大化し、凶悪なまでに研ぎ澄まされた二本の角。

 ―――ケイオスウィスプホーン。

 それを始めとして、手足から伸びる鋭利な刃であるクァンタムレイザー。

 触れたもの全てを傷付けるような、全身が凶器の深淵の使者。

 

 そう変わったマコトが、ウルティマを正面に見据えた。

 

「あんたを止めて、アランの家族とこの世界を取り戻す―――

 そのためならば、俺はどんな力でも乗りこなしてみせる!」

 

「…………ふん。

 大帝となったこの私に逆らうならば、お前も処分するだけだ。

 父上や、アランのようにな―――!」

 

 ウルティマが腕を掲げる。迸る光。

 眼魔世界最強格の存在たるウルティマ。

 その力が遺憾なく発揮され――――

 

 ただそれを突き破り飛び込んできたスペクターに、彼は顔面を殴打された。

 殴り抜ける銀色の拳。

 ウルティマの白いボディが宙を舞い、祈りの間の壁に突き刺さる。

 

「ガッ……!? な、に……馬鹿な……!?」

 

 追撃に走る銀色の光。

 稲妻のように暴力的に迫るそれに対し、アデルは両の掌で攻撃を受けた。

 掌で受けた結果、肩口まで突き抜けていく衝撃。

 ただの拳の一撃で、ウルティマの腕の機能がほぼ完全に停止する。

 

 持ち上げるだけの事すら出来なくなる両腕。

 受け止めるために全力を振り絞った足腰までもが、まともではなくなる。

 直立することすら敵わず、がくがくと震えだす脚部。

 

「なんだ……! なにが……!?」

 

 全身を突き抜けていく未知の感覚。

 ウルティマが完全に出力負け。しかも、比較するのが馬鹿らしいほどの差。

 たった二度の交錯でこんなことになるなど、ありえるはずが―――

 

「アデル―――! 貴様は生身の大帝をどこかに幽閉しているはずだ!

 まずはその、大帝の居場所を教えてもらう――――!!」

 

 握った拳に青く燃える炎。不味い、と直感を超えた確信を得る。

 ただ殴られただけで、ウルティマが一瞬で機能不全。

 だとするならば、()()()()()()()()

 まず間違いなく、一撃で彼の眼魂ごとウルティマが粉砕され―――

 

 ―――その瞬間。15枚のプレートが輝きを放った。

 放たれた光は指向性を持ち、アデルに向けて放たれる。

 

 瞬く間の出来事で、更にその次の瞬間。

 赤く発光する1枚のプレートが、ディープスペクターの前に落下してきた。

 

 状況が分からず、咄嗟に足を止めるマコト。

 彼の前で、炎上を始めるそのプレート。

 それがゆっくりとカタチを変えて、人型を成していく。

 

「なに……っ!?」

 

 その人型は、アデルと全く同じ顔の人間に変わった。

 アデル本人はウルティマに変わったまま、確かにその人型の後ろにいる。

 当のアデルさえもその現象を見て、明らかに狼狽する様子を見せた。

 

 無表情でスペクターを見つめる彼の口が動く。

 

『脅威対象を確認―――排除します』

 

 アデルのものではない、明らかな女性らしき声。

 その声と同時に、アデルの姿が変わる。

 

 変化していく新たな姿は、怪物染みた外見。

 ―――頭部、胴体、両肩。

 巨大な赤い球体をそれぞれに有した、燃え上がる炎を模った意匠の怪人。

 

『排除開始』

 

 炎の魔人が腕を上げ、そこから炎弾を放出する。

 すぐさまマコトはそれを新たな敵と断じた。

 故に拳でその炎を粉砕し、更に大きく踏み込んだ。

 

 銀色の稲妻となり、深淵の炎を纏う拳が魔人の胸に突き刺さる。

 

「オォオオオオオ――――ッ!!」

 

 拳を叩き込んだ瞬間、更にもう一歩踏み込む。

 怪人の胸は、炎のような紋章が描かれた赤い球体の胴体。

 ―――そのスフィアを、全力で殴り抜いて粉砕する。

 

 怪人は反応する間もなく、五体が砕けてバラバラに散っていく。

 

「な……!」

 

 明らかにウルティマさえも超えた、炎の魔人。

 それさえも物ともせず、拳一つで粉砕したスペクター。

 その威力を前にして、アデルが言葉を詰まらせた。

 こんな怪物を止める手段は今の眼魔世界にはない、と。

 

 ―――だがここに、アデルさえ知らぬその現象は存在する。

 

 砕け散った魔人が掻き消え、頭上に再び赤く発光するプレートが出現する。

 出現すると同時、それが再び床まで降りてくる。

 次の瞬間にはプレートは炎の魔人に変わり、ディープスペクターに立ちはだかっていた。

 

「なんだ―――!? こいつ、復活するのか―――!」

 

 驚きながらも、マコトの体は止まらない。

 すぐさま拳撃の体勢に入り、魔人に向けてそれを振り抜いている。

 改めて狙うのはつい数秒前、何も出来ずに殴り砕かれた存在。

 

 ―――確実に粉砕できるはずだった相手が、反応をみせる。

 スペクターの拳撃に合わせるように、彼もまた拳を握って振り抜いていた。

 

 空中で激突する互いの腕。

 一瞬の拮抗、その直後に魔人の腕が砕け散り、大きく吹き飛ばされる。

 

「これは……!?」

 

 反応速度だけではなく、躯体の強度も。

 たった数秒前の個体からすると、明らかに向上している。

 

「アデル! こいつらは一体……!?」

 

 地に膝を落としたウルティマの前に、14枚のプレートが降りてくる。

 それが先程の赤いプレートと同じように、アデルの顔を持つ人型に一斉に変わった。

 

『祈りの間に脅威対象の存在を確認。眼魔世界存続の危機と判断。

 緊急事態により、ガンマイザーへの接触権限をアドニスからアデルへと委譲』

 

「ガン、マイザー……!?」

 

 足を止めたスペクターに、炎の魔人が再び向かってくる。

 反射的にその足を刈り取り転倒させ、地面に打ち付けられた頭部を拳で粉砕する。

 

 ―――完全に破壊すると同時に消え、再び宙に現れるプレート。

 それは次の瞬間には炎の魔人に変わり、床に降りていた。

 

『排除』

 

「――――ッ、!?」

 

 明らかに動きが変わり、マコトに迫りくる炎の魔人。

 破壊するための動きを止め、どう動くか思考を巡らせ―――

 14体のアデルの顔をした人型が、強く発光を始めた。

 

「まさか、こいつら全部……!?」

 

 もはやどうしようもない戦場になりつつあるこの場。

 撤退するしかない、と。

 歯を食い縛り、それを選ぼうとするマコト。

 

 彼を逃がすまいと15基全部がマコトを狙うガンマイザー。

 ―――そうして、次の瞬間。

 

 並んでいた14体のアデルが全て弾け飛んだ。

 

「ッ、なにが――――!?」

 

 直後、ウルティマの後頭部が黒い腕に掴み取られる。

 そのまま床へと叩き付けられ、遂に限界を超えたウルティマの変身が解除された。

 素顔のまま床に押し付けられたアデルが、下手人を必死に見上げる。

 

「久しぶりじゃないか、アデル……!」

 

 彼を地面に押し付けたまま、黒い怪物が人に戻る。

 かつてに知己の顔を見上げて、アデルが顔を歪めた。

 

「馬鹿な……! ダントン……!? なぜ、貴様がここに……!」

 

「私を閉じ込めていたグレートアイと繋がっていたアドニスを殺したんだろう?

 だったらこういうこともあるかもしれない。違う理由かもしれない。

 けれど。こうしている今、理由が重要かな?」

 

「何をしに来た……! 既にこの世界に貴様の居場所は―――!」

 

「もちろん――――グレートアイを滅ぼしにきたのさ。

 結果は出た! アドニスとイーディスが結託して創ったこの世界は失敗だと!

 こうして私がここにいることが、何よりの証明だ!!」

 

 アデルを掴みながらそう叫ぶダントンと呼ばれた男。

 炎の魔人が即座に狙いを変え、そちらに向かって突撃した。

 アデルを掴むダントンの腕を横から掴み、それを引き剥がそうとし―――

 

 ただの人間にしか見えないその腕が、ガンマイザーにすら動かせなかった。

 

『脅威対象の順位を修正。脅威度を最大に設定。対象はダント――――』

 

 ダントンの腕が黒く変わり、炎の魔人の首が飛ぶ。

 

 その直後に桃色に光るプレートが降りてくる。

 土の柱が隆起するように変化し、姿を現す新たなる怪人。

 彼の隣に白いプレートが降り、巨大な戦槌へと変形。

 ハンマーを手にした大地の魔人がすぐさま構え―――

 

 次の瞬間。ハンマーを叩き折られ、その首を捩じり切られていた。

 

 すぐさま更に降りてくる、色の深さが違う二枚の緑のプレート。

 荒れた雲のような造形の怪人と、赤い弓が形成されて―――

 魔人が弓を掴む暇もなく、両者ともに握り潰された。

 

「イーディスの創ったものが、私を倒せるか? 倒せないだろう!

 私を倒せるなら、私は今まで奴に閉じ込められてなどいなかった!!

 そうだろう、イーディス!

 お前では私を倒せないから、アドニスがグレートアイに願ったのだ!!」

 

 ぐるり、と黒い怪人の単眼が廻る。

 ガンマイザーを薙ぎ払い、その怪人はスペクターへと視線を向けた。

 

「―――アドニスを裏切ったアデルと敵対する、特別な眼魂を持つ男……

 お前がイーディスの遣いか? ならばお前も私の敵か?」

 

「ッ……!」

 

 意識を向けられたマコトの肌が粟立つ。

 ガンマイザーとすら比較にならないほどの戦闘力を持った怪物。

 先程から見せている移動速度も尋常なものではない。

 恐らく速いだけではなく、ワープしているのだろう。

 

 そんな相手から逃げられるとは思い難い。

 だがガンマイザーは既にマコトのことを忘れたように、完全にダントンに向かっている。

 奴らを争わせておけば、もしかしたら――――

 

 そう思い描いた瞬間、黒い怪物がディープスペクターの目の前に出現した。

 反射的にドライバーを操作し、エネルギーを解放する。

 

〈ゲンカイダイカイガン! ディープスペクター! ギガオメガドライブ!!〉

 

「ハァアアアアア――――ッ!!」

 

 紋章を出現させ、そのエネルギーを拳に纏い。

 深淵の炎に燃える一撃をダントンの顔面へと見舞う。

 

 その至近距離からの拳撃。

 それにダントンは、自らの拳を合わせるように腕を振るった。

 激突する互いの一撃。その決着は、一秒と待たずに簡単についた。

 

 吹き飛ばされるスペクター。

 丁度祈りの間の入り口の方へと吹き飛ばされて、廊下へと転がり出た。

 地面に着弾して、転がって、壁にぶつかり。

 変身が解除されるマコト。

 

「あッ……! ぐっ……!」

 

 それでもよろめきながら、立ち上がる。

 祈りの間から脱出できたのならば上出来だ。

 

 ガンマイザー、ダントン。

 イーディス長官が言ったように、眼魔世界に激動がある。

 これをタケルたちに伝える前に死ぬわけにはいかない。

 

 砕けそうになる体を支え、再び変身しようと眼魂に手をかける。

 が、ディープスペクター眼魂に触れた瞬間、体に激痛が走る。

 

「ッ、こいつになるには……今の俺の体力では無理か……!

 一度どこかに、身を隠して……!」

 

 アデルもダントンも今、互いに対して掛かり切りのはず。

 マコトはただ一撃でズタボロになった体をおして、すぐに何とか走り始めた。

 

 ―――呆然と。

 周囲をガンマイザーに囲まれながら、ダントンが動きを止める。

 拳を交わした瞬間、彼と繋がって流れ込んできた感覚。

 

 培養液の中の胎児。誰かの歌声。それを取り上げる男。

 妹。彼らを連れ出した男。

 

 ―――それらがぐちゃぐちゃになって、ダントンの中へと流れ込んできた。

 だが分かる。そんな記憶を持っているのは、たった一人しかいない。

 

「リヨン? リヨンなのか?」

 

 よろめきながら、ダントンがマコトの後を追おうとする。

 だが既に彼は見えない。周囲には展開した15体のガンマイザー。

 だがもう彼には、消えたマコトの背中しか見えていなかった。

 

「リヨン! 待ってくれ、リヨン!!

 貴様ら、そこを退けェエエエエエ――――ッ!!!」

 

『排除』

 

 ダントンが変わった怪物―――エヴォリュードが咆哮する。

 しかし無限に再生するガンマイザーが彼を逃がさない。

 何度砕かれようと、15枚のプレートは再生する。

 

 同時にガンマイザーが進化し、ダントンに攻撃を加えられるようになっても。

 エヴォリュードの肉体は砕かれても、すぐさま再生する。

 

 それらの戦いを後目に、アデルは何とか祈りの間を脱出した。

 拳で壁を強く叩き、憎々しげに表情を歪める。

 

「なんだというのだ……! 祈りの間も、ガンマイザーに、グレートアイ……!

 それにダントンまでもが―――!」

 

 大きく舌打ちした彼は、祈りの間の更に奥に位置する地下通路を目指し始める。

 眼魔世界で既に使用しなくなって久しい、地下居住区。

 そこに幽閉している父に、これらの現象を問い詰めに行くために。

 

 

 




 
キレるジニス様。
言うのがアザルドじゃなければもうちょっとは我慢できた。

親子で育成するガンマイザー。
いっぱい倒したのでいっぱい強い。
 


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周到!次への備え!664

 

 

 

「撤退した……?」

 

 様子がおかしくなり、立ち尽くしたトウサイジュウオー。

 その巨体は、そのままナリアによって回収された。

 コインの山の中に消えていく黒い巨神。

 

 それを前にして、タケルはドライバーを外した。

 

〈カイサーン!〉

 

 グリムとサンゾウは恐らくアランに向け飛んでいく。

 

 ―――だがマコトの所持していた眼魂はそのまま。

 タケルの元に留まり、その懐に戻っていった。

 それを見て、ソウゴも怪訝そうな顔をする。

 

 だがとりあえずそれは置いといて、彼も変身を解除。

 膝を落としたマシュに駆け寄った。

 

「マシュ、大丈夫?」

 

「はい……何とか。あ、そうだ―――」

 

 彼女は思い出したように、腰に装備していた何かの容器を取り出す。

 が、恐らくはザワールドに振り回されて、岩壁に叩き付けられた時か。

 その衝撃で完全に破損してしまっていた。

 

「あ……」

 

「あの赤い空気入れるための奴? 一回戻らなきゃ駄目かな」

 

 大天空寺の場所は把握している。

 ウィザードウォッチで転移できれば、と思ったが。

 しかし魔力を使い果たしたせいで、今すぐには起動できない。

 走って行った方が早いだろう。

 

 そこにキィ、と。地面を擦るタイヤの音が聞こえる。

 目を向ければ、ネクロムがバイクに乗ってきていた。

 彼はすぐさま降りて、変身を解除。タケルに詰め寄ってくる。

 

「天空寺タケル、スペクターはどうした?」

 

 そのアランの言葉に目を細めて、懐から眼魂を取り出すタケル。

 彼の手に乗っているのは、特別な眼魂ではない。

 眼魔の民がアバターを作るために使用する、通常の眼魂だ。

 

「……これが、マコト兄ちゃんのバイクの傍に落ちてた」

 

「―――やはりか」

 

「やはりって、お前も知ってたのか?

 眼魔世界の人が入ってるカプセルでは、人が死ぬこともあるって!」

 

 アランの反応に、今度はタケルの方が詰め寄った。

 彼の肩を掴み、一気に引き寄せて睨むように。

 言われたアランの方が、胡乱げな視線でタケルを見返した。

 

「何を言っている? 人が死ぬ? お前は何の話をしているんだ」

 

「とぼけるなよ! 俺は聞いたんだ!

 眼魔はそうしないためにこっちの人間を攫ってるって! 眼魔の世界が心を無くそうとしたのは、ダントンって奴との間で起きた戦争のせいだってことも!」

 

「―――何故お前がその名を」

 

 アランが目を見開いて、肩にかけられた手を掴み返す。

 だがタケルは怯むこともなく、より強くアランの肩を掴んだ。

 

「あのカプセルでは少しずつ生命力が減っていって、いつか死ぬ。

 だから眼魔はその生命力を補うために、こっちの人間を攫ってるって!」

 

「何を馬鹿なことを……そんなはずが」

 

「この目で見た! あのカプセルの中で、人が灰になって死ぬところを!

 もしかしたら、マコト兄ちゃんだってあんな風に……!」

 

 彼らの会話の中、駆け寄ってくるソウゴとマシュ。

 二人が顔を見合わせながら、その内容に表情を硬くした。

 

 アランはそんな話は聞いたことがない。

 ―――だが、同時に。

 この天空寺タケルが虚偽で怒る理由があるとも思わない。

 

 ダントンが引き金となり、引き起こされた眼魔百年戦争。

 それを知っているのは、ごく一部―――

 …………いや、大天空寺にはジャベルがいる。

 彼から情報を引き出す手段があれば、ダントンを知ることも不可能ではない。

 

 ―――そして。

 大帝となったアデルの部下となった彼が、アランの知らない情報を持っていれば。

 もしかしたら、タケルがアランよりも事情を深く知っている可能性があるのだ。

 

「だが……そんな、馬鹿な……?」

 

 視線を彷徨わせるアラン。

 その様子に彼も知らないことだったのだ、と。

 タケルがはっとして彼から手を放す。

 

「……ごめん。でもとにかく、今の話は本当なんだ!

 眼魔の世界では、カプセルの中で生命力の無くなった人が死んでいってる。

 だからマコト兄ちゃんも、もしかしたら……!」

 

「―――仮に、それが本当だったとして。スペクターの肉体は保管されてまだ数年だ。我ら眼魔に比べれば時間など経過していないも同然。生命力が尽きる、というような事はないだろう。

 それよりも恐らく、スペクターの休眠カプセルを兄上が解放した可能性が高い」

 

「それってマコトを殺すために?」

 

 目を細めて、その会話の中に口を挟むソウゴ。

 

「……その可能性が絶対にないとは言わない。

 だが恐らくは違うだろう。まだあちらには姉上もいる。

 スペクターを排除するためとはいえ、兄上はまだ姉上と敵対を明確にはしないはず」

 

 大帝アドニスを排除し、アランにその責任を擦り付け。

 それでも、眼魔世界を全て牛耳れているわけではないはずだ。

 実務はほぼ全てアデルが担っていた。

 が、アドニスの持っていた眼魔の象徴としての存在としては、アリアの方が濃い。

 

 彼女が声を上げれば、眼魔世界は()()二分できる。

 それを理解しているからこそ、少なくとも完全支配するまではアデルは動かないはず。

 アリアはそこにいるだけで、アデルの抑止力として機能しているのだ。

 もちろん彼女もそんな事は望んでいないだろうが―――それでも。

 やる時にはやる女性(ひと)だと、アデルもアランもそう理解している。

 

 いや、アランよりもアデルの方が余程アリアを評価しているはずだ。

 

 だからこそ、不思議だ。

 マコトを引き戻すようなタイミングでは、絶対にないはずなのに。

 

「つまり……まだマコト兄ちゃんを助けにいける?」

 

「―――ああ。恐らくは、囚われてはいても殺されてはいないはず」

 

 そう言った瞬間、アランの肩にタケルの手がかかる。

 

「アラン! 俺を向こうの世界に連れて行ってくれ!

 マコト兄ちゃんを助けに行かなきゃ!」

 

「…………いいだろう」

 

 微かに目を伏せた彼が、タケルを振り払った。

 そのままメガウルオウダーを構えるアラン。

 

「あの、少し待ってください。

 タケルさんは今戦闘を行ったばかりで、少し回復を待ってからの方がいいのでは?」

 

 マシュがそれを慌てて引き留める。

 

「それは……」

 

 ほんの短い交戦ではあった。が、異常なまでの強さのザワールド。

 彼との激突でダメージがなかったとは言えない。

 自分の胸に手を当てて、微かに顔を顰めるタケル。

 

「それに作戦、考えてった方がいいんじゃない?

 アランに道聞くとかして、あらかじめどうやって回るかとか」

 

「確かに。ルート構築はしておいた方がいいかもしれませんね」

 

 言われて、眼魔世界の複雑な石造りの建造物を思い浮かべる。

 確かにそうした方がいいし、場合によっては二手に分かれられるようにした方がいい。

 あちらに突入したら、もう止まってはいられない。

 眼魔世界への侵入自体が、人質や処分というマコトの身を脅かす結果に繋がりかねない。

 

 アランの考えであれば、すぐにどうこうされるわけではない。

 ならば入念な準備を整えてからの突撃の方がいいに決まっている。

 

「…………分かった。アラン、家に来てくれ。作戦を立てよう」

 

「―――よかろう」

 

 そうやって言葉を交わす二人。

 そんな姿を見ながら、ソウゴとマシュは顔を見合わせた。

 

 

 

 

 慌ただしく動く大天空寺。

 その中で密やかに立ち上がり、動き出す。

 

 宮本武蔵はオレンジ髪の女に連れられ、出ていった。

 本来ならばその状況で見張りに入るスペクターもいないという。

 彼の戦力把握が正しければ、今この寺は無防備だ。

 

 ジャベルは音もなく立ち上がり、襖を開けて状況を把握する。

 眼魔スペリオルの眼魂を持っているのは、あの坊主。

 彼を叩き伏せて、その懐から眼魂を奪い取る。

 そうすれば、最早この場の誰にも彼は止められない。

 

 居間に集まっている連中を補足。

 その視線が全てよそを見ている瞬間を縫い、彼は踏み出し―――

 

 即座に反応した女に足を引っかけられ、体勢を崩し。

 次の瞬間、胸に赤い光弾を撃ち込まれて吹き飛んだ。

 壁にぶつかり、そのまま気絶して崩れ落ちるジャベル。

 

「……ねえ、やっぱり縛っておいた方がいいんじゃない?」

 

 溜め息混じりにそう言って、ファイズフォンXを下ろすツクヨミ。

 目にも止まらぬ早業に、坊主三人が思わず拍手を送った。

 

 立香がダ・ヴィンチちゃんに頼まれたのは、赤い霧の回収。

 ザワールドの乱入で、マシュに任せた回収が上手く行かないと考えたのだろう。

 毒を受け付けない彼女ならば、大きな問題はないはずと。

 その念のための護衛としてつけられたのが、宮本武蔵。

 

 そして代わりにもしもの時にジャベルの制圧を任されたのが彼女、ツクヨミだ。

 任された通りに仕事をやり遂げた彼女は、床に崩れ落ちたジャベルを見る。

 

「何度もこうやって襲われちゃたまんないしなぁ……」

 

「どうなんですか、御成さん?」

 

 彼女の意見に同意を示したシブヤとナリタ。

 二人が微妙な顔をしている御成を見ると、彼は更に表情を渋くした。

 

「確かに。ですが、拙僧は彼の様子に何か……

 その、分かり合えそうな何かを感じたのです」

 

「今まさに俺たちを襲おうとしてたような気がするけど……」

 

 気絶した彼を仕方なくシブヤが布団の方へと引っ張っていく。

 そんな姿を見ながら、ナリタが首を傾げる。

 

「なんだかんだ、アラン殿とも上手くやっているのです。

 他の眼魔と上手くやれない、などということはけして……」

 

 信じるようにそう口にする御成。

 どうかなぁ、なんて首を傾げながらナリタがシブヤを手伝いに動く。

 シブヤが腕を持ち、ナリタが足を持ち、よいしょと持ち上げて。

 

「うわっ……!?」

 

「貴様ら――――ッ!」

 

 ―――その瞬間、意識を取り戻したジャベルが体を動かした。

 二人を振り払おうと、一気に手足を動かし始める彼。

 彼がすぐさま御成に飛び掛からんとそちらに目を向けて―――

 

 そして銃声と共にまたも意識を失う。

 ガクリ、と力を失って落ちる頭。

 何のこともなく、即座に銃口を向けたツクヨミが彼を撃っていた。

 

「慣れてますね……」

 

「まあ、それなりに」

 

 パタリとファイズフォンを畳み、懐にしまい込む。

 そんな状況に晒されて、御成はスペリオルの眼魂を取り出した。

 もしかしたらこれ、ツクヨミに預けた方が安全なのでは?

 

「い、いえいえ。曲りなりにも、客人からの預かり物。

 住職代理である拙僧が預からず、誰が預かるというのですか!」

 

 だが彼はすぐさまそれを懐に収め、顔を横に大きく振った。

 

 

 

 

〈サーチホーク! 探しタカ! タカ!〉

 

 風のせいで既に戦場から大きく流されていた赤い霧。

 その大体真下の位置まで移動して、タカウォッチロイドを打ち上げる。

 彼の体に吊り下げた容器で空気を回収してきてもらうためだ。

 

 恐らく立香は大丈夫だろうが、生身の武蔵には危険がある。

 彼女には、少し離れた場所に待機してもらっていた。

 そんな武蔵が、足元にいる白い獣の方を見る。

 

「ねえねえ、フォウくん。空が赤いわねぇ」

 

 特に内容が浮かばなかったので、適当にそう切り出す。

 だが白い獣は話しかけるなとばかりに三歩分、武蔵から距離を取る。

 

「……えー、なんで私には懐かないかなぁ」

 

 フォウは大体カルデアの人間と一緒にいる。

 ダ・ヴィンチちゃんと一緒にいるのは、あまり見たことないが。

 まあ大抵はマシュと立香だ。時々ツクヨミ、稀にソウゴ、くらいのバランス。

 

 だがツクヨミと一緒にいるくらいの確立で、アムと一緒にいる事はある。

 なんだろう、白い毛並み繋がりとかそういう?

 答えの出ない問題に頭を悩ませていると、立香が上げたタカウォッチが返ってくる。

 

 彼に吊るした容器を受け取って、立香はタカウォッチも回収した。

 

「お待たせー」

 

「フォウ」

 

 戻ってくる立香の体を駆け上がり、その肩に上がるフォウ。

 むむむとそれを見送った武蔵が、ふと視線をずらす。

 赤い空気が流れた分、少し離れた位置になった戦場。

 

 そこからは既に巨神の姿は消えていた。

 だが寺を出発した時には、未だに戦っていたことには変わりない。

 そんな場所まで訪れて、こうして空気の回収。

 

「―――立香って意外と肝が据わってるわよね。

 そうじゃなきゃここまで戦ってこれなかった、ってことでもあるのでしょうけど」

 

「んー……そういうわけじゃない、とは自分では思うけど」

 

 急いで、と言われているので小走りで。

 しかし会話できる程度の速さで脚を動かし続ける二人。

 

「ここにだって、武蔵がいなくちゃ危なくてこれなかったと思うよ?」

 

「そりゃね。いざって時に生き延びる手段なしで動く方が問題よ。

 ただ、マシュはまだしも私にも簡単に命を預けられるんだなって思っただけ」

 

「嫌だった?」

 

「嫌ではないけど。うーん……ただ、命を預ける相手は選んだ方がいいとは思うわ。

 私はマシュほどに、真摯な姿勢で人を守れる人間じゃないもの」

 

 命は懸けるし、心身も賭すだろう。

 戦いに際して守ると決めたものは、全力で守ろう。

 ――――けれどやっぱり。

 彼女は最後の最後で、自分の全てを“守るため”に使える人間ではないのだ。

 

 別にそんな自分を恥じているわけではない。

 自分はそういう人間なのだと、そうやって生きていく事に不満もない。

 不満でないんだから改心も改善もありえない。

 ただそういう人間なのに、誰かに信じられすぎてしまうと、ただ申し訳ない。

 

 そう思って口にした言葉に、立香は首を傾げた。

 

「ちゃんと選んでるつもりだけどな。

 まあでも、嫌じゃないならそのまま信じるよ。武蔵のこと」

 

「……うーん。あー、そっかー……んー、ううーん。あー……」

 

 ―――久しく忘れていた感覚を思い出し、困ったなぁと武蔵が百面相する。

 立香はそんな彼女を、変なものを見る顔で見つめた。

 仕方なしに彼女は手をぱたぱたと振り、その会話を打ち切ってしまう。

 

「よし、今の話は置いときましょう。ほら、急ぐ急ぐ!」

 

「わっ」

 

 武蔵の腕が立香の腰を捕まえ、そのまま担いだ。

 剣豪の速度が遺憾なく発揮され、彼女たちは大天空寺を目掛けて走っていく。

 抱えられた立香の頭の上で、フォウは面倒そうに一鳴きした。

 

 

 

 

 ザワールドが撤退し、同じく引き上げてきたジュウオウジャー。

 彼らは大天空寺の庭に立ち尽くし、空を見上げていた。

 地下室では今、マコトの救出計画が進んでいる。

 

 だが彼らが参加することはできない。

 デスガリアン、特にザワールドがいつまた攻めてくるとも分からない。

 それを考慮した結果、彼らもソウゴもこちらで待機だ。

 

 五人とソウゴ、彼らはそこに集まって全員が無言。

 

 そんな中で、大和が口を開いた。

 

「ザワールド……あいつ、最後。俺たちの声が届いてたんじゃないかな」

 

 何の言葉に反応したのかは分からない。

 けれど、あのタイミングで明らかにトウサイジュウオーの動きが変わった。

 その直後に逃がすようにナリアが彼を回収。

 それがまるで、あちら側にとって触れられたくない部分に触れてしまったようで。

 

「つまり……改造された人間の意識がまだ、残ってる?」

 

「その改造というのがどんなものかは分からないが……可能性はある。

 取り返しのつかない改造ではなく、洗脳のようなものなのかもしれない」

 

 縁側に座りながらアムが息を吐き、タスクは壁に寄りかかった。

 

「ならもしかして、ザワールドを解放することも……?」

 

「ってもどうやってだよ。分かってんだろ、あいつはマジでやべぇ。

 俺たち全員でも敵わねえくらいによ」

 

 セラが口にした可能性がないとは言わない。

 けれど、そんな余裕がある相手か? という問題だ。

 必死に抵抗して、何度だって立ち上がるつもりはある。

 けれど、ザワールド本人にもトウサイジュウオーにも痛打一つ与えることが出来なかった。

 

 認めたくないが、実際にそれが今のレベルの差、という奴だ。

 必死に食らい付かなければならない立場で、そんな余裕があるとは思えない。

 その事実に、大和が目を伏せる。

 

 そんな彼を見てソウゴが口を挟もうとして―――

 

「あんたら、暇ならこっちの手伝いしなさい。運び込むものが多いのよ」

 

 地下室から一度出てきたオルガマリーに遮られた。

 そうやって声をかけてきた彼女が、集団の様子を見て目を眇める。

 何よ、という視線をソウゴに向ける彼女。

 

「ザワールドがもしかしたら解放できるかもしれないけど、相手が強すぎて危ないっていう話」

 

 単刀直入すぎる物言いに、オルガマリーの眉が軽く震えた。

 眉間に指を当て、瞑目しながら溜め息を吐く彼女。

 再び目を開いた彼女は、俯いている大和へと視線を向ける。

 

「…………別に、私がどうこう言う筋合いはないけれどね。

 あんた、自分の中だけで気負いすぎなんじゃない?」

 

「え?」

 

 突然彼女に声をかけられて、大和が困惑したような声を上げる。

 

「あんたが何を言いだそうが、決めるのはやる奴よ。あんたが口にした瞬間、何もかも決まるわけでもないでしょう? だったら、まず口を開きなさい。

 っていうか。自分の失敗は即謝れるのに、自分のやりたい事は黙り込むわけ? そういうとこ、どうにかした方がいいんじゃないの? 私には関係ないけど」

 

 ―――そこまで言って、言い終えると同時に凄まじく渋い顔になっていく。

 

 当たり前だ。アドバイスでも何でもなく、ただの嫉妬なんだから。

 そんなことを言いだす自分が馬鹿らしくて、自爆しているも同然だ。

 

 彼はリーダーで、自分もリーダーで。

 彼は仲間たちの先頭で戦うことができて、彼女には後ろで見てることしかできない。

 サーヴァントではない、当たり前の人間と多く関わったせいだろうか。

 こんな風に、余計なことを言いだすのは。

 

「……………………………仲間なんでしょ」

 

 凄まじく盛大に言うかどうかを迷って。

 言った挙句に彼女は表情をきつくして、こんな台詞言うんじゃなかったという顔をする。

 

 彼女はそのまますぐ振り向いて、大天空寺の自分の部屋に向かって行った。

 そんなオルガマリーの背中を見送って、ソウゴが大和に顔を向ける。

 

「だって?」

 

「……そう、だね」

 

 彼を直視するソウゴの目。大和が目を瞑って黙り込んだ。

 それから数秒待って、その目が開く。

 何かを決意したように表情を引き締める大和。

 彼が仲間たちに向き直って、静かに言葉を紡ぎ出す。

 

「ごめん、みんな……俺、ザワールドを助けたい。

 どれだけ危険なのかは分かってる。ただでさえ強いザワールドとの戦いに、余計な枷まで持ち込むのが命取りになるかもしれないって。分かってて、それでも」

 

 ばん! と、膝を叩く音。

 自分の膝を思い切り叩いたレオが、ゆっくりと立ち上がって大和に詰め寄ってくる。

 額を突き合わせるような至近距離。

 そこで視線を合わせて、獅子は口を開いて唸るような低い声を出す。

 

「大和。お前それ、本気で言ってんのか」

 

「―――うん、本気だ。みんなに危険を強いることになる。

 それは分かってて、それでも。みんなと一緒に、彼を解放するために戦いたい。

 俺ひとりじゃ、ザワールドは止められないから」

 

 真っ直ぐに見返す、大和の瞳。

 それと睨み合っていたレオが、その場で大きく深呼吸した。

 直後、大和の背中を叩く獅子の腕。

 

「い……ッたぁ……! ちょ、ちょっと強すぎ……!」

 

「っしゃあ! しょうがねえ、俺は乗ってやる! お前たちはどうだ!?」

 

 ばんばんと大和の背中を叩きながら、レオが振り向いた。

 

「別にわざわざそんな風に訊かなくても十分だ」

 

 わざわざ詰め寄ったレオに対し、呆れた様子を見せるタスク。

 ぱん、と。手を叩いて合わせ、アムが再び立ち上がる。

 

「この星の生き物はみんなどこかで繋がってる、だもんね!」

 

「あ、いや……それは」

 

 自分の―――母の言葉を引用され、大和が顔を引き攣らせる。

 何とも言えない表情になった彼の前。

 

「その繋がりを無理矢理切り離して、好き放題されてるんだもの。

 私たちが手を伸ばして、繋ぎ直せるなら……やる価値はあるかもね」

 

 軽く手を叩いて、そう言って笑うセラ。

 

「うっし、じゃあどうする? 俺たち、戦いながら何ができんだ?」

 

 無理矢理に大和と肩を組んで、レオが声を上げる。

 そうやって自分に絡んだ腕に苦笑しながら。

 大和は前を全員に視線を巡らせて、強く顔を引き締めた。

 

「―――伝えよう。俺たちの想いを言葉にして。

 あなたを助けたいんだ、って。まずはそうしなきゃ、何も伝わらない」

 

 皆を見据える大和の目。その瞳に、四人全員が大きく頷く。

 作戦なんて言えるものじゃない。

 けれど、それもせずに何かを決めることなんて、もう出来ない。

 

 そんな彼らに背を向けて、ソウゴが小走りに室内に入っていく。

 すぐにオルガマリーへと追いついて、その後ろにつける。

 歩いている所長の後ろで同じ速度で歩くソウゴ。

 

「…………なによ」

 

「何が?」

 

 ソウゴは何やら、カルガモみたいにくっついてくる。

 小さく振り向いて、そんな彼を睨みつけた。

 

「何でついてくるのよ」

 

「ついてきちゃダメだった?

 自分で暇なら荷物運ぶの手伝えって言ったのに」

 

 言い返されて、ぐぬぬと顔を顰めるオルガマリー。

 仕方なしに彼女は思い切り手を振って、目の前の部屋の荷物を指差した。

 それは積み重なったバッグの山。

 

「それ、運びなさい」

 

「うん。俺の仕事は、所長の言う事を聞くことだもんね。

 所長がやりたいことを口に出してくれれば、絶対にどうにかするよ?」

 

 にやにやとしながらそう言い切るソウゴ。

 そんな彼をギロリと睨み、彼女はさっさと荷物を運び始めた。

 

 

 

 

「――――凄い。これが、レオナルド・ダ・ヴィンチ……!」

 

 立香たちが持ち帰ってきた赤い大気。

 それを万能籠手に繋いだ解析装置にかけながら、アカリが瞠目した。

 凄まじい勢いで行われる成分の分析を、彼女は一瞬たりとも見逃さないようにしている。

 

「さて、アカリちゃん。この分析結果を元に、さっさと中和剤を作ろうじゃないか」

 

「はい!」

 

 同席する天才の技量全てを盗んでみせる、と気炎を上げるアカリ。

 そんな彼女の様子にうんうん、と首を何度か縦に振るダ・ヴィンチちゃん。

 今の私、天才感出してるなぁ、と。

 常に天才だということには、変わりはないのだけど。

 

「―――ああ、そうだ。

 アランくん、君の眼魂とデバイスを貸してくれるかい?」

 

 ふと思い出したように。

 モノリスの間に集まっている彼ら、その中のアランへと声をかける。

 彼は胡乱げな視線を彼女に向け、用途を確認する。

 

「……何故だ」

 

「君の変身態、ネクロムに集積された情報から向こうのマップを作ろうと思ってね。

 口で説明するだけより、そっちの方がいいだろう?」

 

 そう言われれば、確かにその方がいい。

 ―――できるのならば、だが。

 

「できるのか?」

 

「多分ね。ネクロムというか、ゲート……ガンマホール発生装置と言った方がいいかな。

 移動装置である以上は、地形情報は最低限きっと入っているだろう」

 

 言いながら手を差し出してくるダ・ヴィンチちゃん。

 微かに目を細めた彼が、自分の腕を掴んでいるカノンに目を向ける。

 不安そうに彼を見上げる少女に溜め息一つ。

 

 ―――マコトの救出の可能性を高めるためだ。

 やれることはやるべきだろう。

 

「……分かった」

 

 それでも仕方なさそうに、メガウルオウダーを差し出す彼。

 受け取ったダ・ヴィンチちゃんはそのままそれを己の籠手の隣に置く。

 

「さてさて、こっちも重要だ。最低限使えるマップの構築。

 どんどん進めていこうじゃないか」

 

 言いながら自らの宝具とメガウルオウダーを接続。

 更にネクロム眼魂を籠手の中へと放り込む。

 アカリがにらめっこしているPCのモニターに、一気に情報が流れ込んでくる。

 

「眼魂の情報を読み込む籠手……私もこういうの作るべきかしら。

 いえ、不知火を改造して……あれ?」

 

 呟きつつキーボードを叩く指。

 止め処なく変化し続ける画面に視線を走らせていたアカリ。

 彼女が不思議そうに首を傾げて、動きを止めた。

 

「ねえ、あんた」

 

「……なんだ? メガウルオウダーを壊すような真似はするなよ」

 

「しないわよ。そうじゃなくて、ネクロムっていうのにも武器あるじゃない。

 マコトが持ってた武器に似てる、眼魂が使える奴」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが後ろから覗き込む。

 画面に映し出されているのは、ガンガンキャッチャーという表示。

 当然のことながら、ネクロムでの使用を想定している装備だ。

 

 どうやら本体の眼魂を変更せず、眼魂の力を使用するためのものらしいが。

 

「…………」

 

「ふむ、使用制限があるのかな?

 解除しようと思えば、どうにかなるかもしれないけど……」

 

 出来るかどうか、という話に時間を使っている暇はないだろう。

 まして、今回はタケルとアランによる少数潜入。

 戦闘は極力避けて忍び込み、目的を達成しての撤退が想定の内容だ。

 武装はあって困るものではないが、絶対に必要なものではない。

 

「必要ない」

 

 アラン本人にそう断言され、アカリは目を眇めた。

 そうしてから一度大きく肩を竦め、すぐさま作業に戻る。

 

 そんな彼女を眺めつつ、御成がタケルの背中に声をかけた。

 

「タケル殿。今が火急の事態とは分かっておりますが、よろしいですかな」

 

「なに?」

 

「マコト殿も体を取り戻された、というなら。

 タケル殿も今の内に早々に、生き返ってしまった方がよろしいのではないでしょうか?

 今まで先延ばしにしてきましたが、英雄の眼魂は15個揃っているのですし」

 

「―――いや、でも俺は……」

 

 時間切れまではあと60日以上ある。

 だからそのままでいい、ということではないが―――

 それでも、決着をつけてからでいいのではないかと。

 

 その二人の会話に対し、マシュが小さな声で。

 

「その、よろしいでしょうか?」

 

「マシュ?」

 

 背後から声をかけてきたマシュに、振り返る二人。

 彼女を見て立香が僅かに視線を彷徨わせた、が。

 すぐに気を入れなおして、マシュを見つめる。

 

 マシュがちらちらと視線を向けるのは、入口の階段。

 先程外に出るためにオルガマリーが上がっていった場所だ。

 

「ええと、実は、といいますか、その……所長のこと、なのですが」

 

「オルガマリー殿の?」

 

 ふむ、と首を傾げる御成。

 そんな彼を前にして、彼女は意を決して喋り出した。

 

「所長もその……肉体を失い、眼魂で活動している人なのです」

 

「……え!?」

 

「なぜ眼魂になったか、経緯はわたしたちもよく分かっていないのですが……

 とにかくそうなって。今はダ・ヴィンチちゃんが造った人形に、眼魂を入れています。

 ……もし叶うならば、タケルさんと同じように……」

 

 声がどんどんと落ちていくマシュ。

 本人の確認も取らずにこれを要請していいのか、ということもある。

 尻すぼみの言葉を受けて、しかしタケルは大きく頷いた。

 

「―――分かった」

 

「ちょ、タケル殿……! そんな簡単に……!

 確かに、オルガマリー殿のことは驚きですが……まずはタケル殿がですな!」

 

 御成がタケルを押し留めようとする。

 と、そこでカノンが申し訳なさそうに顔を伏せて。

 それに気付いて、おろおろと右往左往し始める御成。

 

 そこでアカリが椅子から立ち上がり、机を思い切り叩いた。

 

「私に考えがあるわ。

 その15個の眼魂を揃えて叶えられる願い―――増やせばいいのよ!」

 

 立ち上がった彼女を全員で見て、全員で首を傾げる。

 いや、言葉の意図は分かる。分かる、のだが。

 

「……というと?」

 

「一つだけ願いを叶えてくれる、でしょ?

 だったらその願いを二つ、いえ三つ……いっそ十個くらいまで増やして下さいって願うの」

 

 【一つだけ願いを叶えよう】に対して、【では叶えてくれる願いの数を増やしてくれ】と。

 いっそ誰でも考えそうな、そんな答えを打ち出すアカリ。

 

「…………それはどうだろうね。

 願いを叶えてくれる存在のリソースの問題で、一つなのかもしれないし」

 

「確かにそうかもしれません。けど、やってみる価値はあると思います。

 そうでなくても、カノンちゃんが生き返ってから一か月ちょい。

 ここでタケルが普通に生き返ることが出来たら、遅くともまた一か月後には……」

 

 片目を瞑って首を傾げるダ・ヴィンチちゃん。

 そんな彼女にそう言ってみせるアカリ。

 アカリはそのままタケルを振り返って、びしりと指を突き付けた。

 

「だからタケル、願いの数を増やせるかどうかはともかくとして。

 どうなったとしても、今の内にあんたが生き返っていた方がいいのよ!

 もし次に使うまでにパワーの充電期間が存在するってなったら困るでしょ?」

 

「それに、アカリ殿の願い増量作戦が上手く行けば、無理に侵入せずともマコト殿を眼魔世界から連れ戻すことも叶うのでは!? もしかしたら、デスガリアンも追っ払ってもらえたりして!」

 

 盛り上がっていく彼らの言葉を聞いて、タケルが視線を彷徨わせる。

 

 ―――そんな彼の袖をくいくい、と。

 引っ張られて気付いたタケルがそちらを見ると、カノンがやったことだった。

 その表情は深刻で、何か大きな話をしようとしているように見えた。

 

「……分かった、とりあえずやってみよう。

 もし願いを増やせた場合に叶えなきゃいけない事があるか、大和さんたちにも訊いてくる。

 カノンちゃん、悪いけど手伝ってもらっていい?」

 

「―――あ、はい」

 

 そう言い合って、二人で地下室を出ていく。

 庭には大和たちがいるので、そちらに行かないように裏手に回った。

 

 そうしてから、タケルはカノンに尋ねる。

 

「どうしたの? もしかして、マコト兄ちゃんのことで何か……」

 

「そうじゃなくて……みんなの前で言っていいのか、分からないことで。

 多分……なんですけど、立香さんたちも本人にも隠してるらしくて……

 でも、本人もある程度は気付いているんじゃないか、って……」

 

「……?」

 

 カノンはあまり積極的な人間ではない。が、けして気弱という事ではない。

 言いたい事も、訊きたい事もハッキリという人間だ。

 だというのにこれほど言葉を詰まらせる彼女を、タケルが怪訝そうに見つめる。

 

 歯切れの悪い口振りで、しかし言わなければと彼女は小さな声を絞り出す。

 

「―――多分、マシュちゃんが。

 どうすればいいかも分からないような病気で……永くない、みたいな、そんな話を……

 立香さんと、ツクヨミさんが……」

 

「…………え?」

 

 その言葉を聞いて、咄嗟に地下室の方を見る。

 当たり前のようにそこにいた彼女が、まさかそんな、と。

 

「……だからもし、眼魂に願いを叶えてもらえるならマシュちゃんも……」

 

「―――分かった、何とかしてみる」

 

 だがそれが事実であっても、カノンを生き返らせてくれたあの力ならば。

 きっと自分も、マコトも、オルガマリーも、マシュも。

 何の憂いもなく、未来に向かえるに違いないはずだ。

 

 そうして一度大和たちの許に行き、事情を説明。

 もし願いが増やせるなら、と。

 現状で必要な事を確認してタケルは15個の眼魂と共にモノリスへ向かい合った。

 

 15個の眼魂が集合し、それら空中に浮いて。

 眼の紋章を描くような配置で停止する。

 かつてカノンを救った時のように、大いなる力の降臨の予兆を感じ―――

 

 その、次の瞬間。

 

 

 

 

 ―――ガンマイザーが一斉に天井を見上げる。

 一斉に、と言っても人型の形態を持つ五体だけだったが。

 

『グレートアイへの外部からの干渉を感知』

 

 五体の魔人、五本の武装、五基のエレメンタル。

 十五のガンマイザーが全てプレートに戻り、天井へと浮かび上がった。

 その瞬間、そいつらの相手をしていたエヴォリュードが離脱する。

 要警戒対象を逃がすことにも構わず、ガンマイザーが本来の使命に立ち返った。

 

『排除』

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一度は彼らを飛び越して接触されてしまったが、二度はない。

 15枚のプレートが同時に発光し、祈りの間を光で包む。

 全てのガンマイザーが、不法にグレートアイに接触しようとする何かを弾き返した。

 

 ―――使命を果たして、数秒の待機。

 更なる反応がないことを確認して、ガンマイザーが動き出す。

 本来の使命のためにも、祈りの間を空けることはできない。

 

 だがダントンは―――

 そして脅威度は格段に下がるが、スペクターも放置することは許されない。

 両者に接触、排除されることを考えると、アデルの確保も必須。

 

 故に決断を下す。

 アデルの許へとプラネット、オシレーションを向かわせ確保。

 ダントンの追撃にはファイヤー、リキッド、アロー、ブレード、グラビティ、エレクトリック。

 残りは全て祈りの間において待機とする。

 

 ―――全ては、眼魔世界のために。

 

 

 




 
グレートアイ(運命力不足で死ぬ奴を助けるのは無理やぞ)
 


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脅威!ガンマイザーの目覚め!2016

 

 

 

 ―――結局、眼魂を集合させて願いを叶えることはできなかった。

 何故駄目なのか、その原因が分からない限り再挑戦もするのは危険だ。

 今回は願いを叶えられなかっただけで済んだ。

 が、極端な話いきなり眼魂が爆発する可能性だってあるわけだ。

 詳細を理解せずに使っている以上、あり得ない話だとは言えない。

 

 恐らく仙人ならば何か分かるのだろうが、彼どころかユルセンも出てこない。

 とにかくそれならそれで原因を探りつつ、今はやらねばならない事がある。

 

 アランの開いたゲートで眼魔世界に再度踏み入り、タケルは空を見上げた。

 赤く染まった空を見ながら、アランが変身を解除する。

 

 そうした彼が腕に、微かに戸惑いながら持ち込んだシールを貼った。

 

「本当にこんなもので中和できるのか……?」

 

「きっと大丈夫、アカリたちを信じてくれ」

 

 生身の人間ではこの大気で神経にダメージを負う。

 それを中和するために彼女たちが作った、体に貼る中和剤。

 

 自分の腕に貼りつつも、懐疑的な視線でそれを見る。

 だが、しかし。

 細かいことを気にしている場合ではないと、アランは軽く頭を振った。

 

「行くぞ。まずは一番怪しい地下居住区だ」

 

「うん、分かってる」

 

 ゴーストがフードを被り直す。

 ロビン魂を宿した彼の姿が、風景に溶け込むように消えていく。

 緑色のパーカー、フォレストコートの力だ。

 

 彼はアランより先に動き出し、眼魔の拠点へと歩き出した。

 姿を隠したゴーストが先行して、周囲を確認したら姿を現しアランを招く。

 そのような方法で、彼らは真っ直ぐ地下居住区を目指すのだ。

 

 

 

 

「リヨン! どこだ、リヨン!

 すまなかった、お前を傷付けるつもりはなかったんだ!」

 

 悲痛な叫び声を上げながら彷徨うダントン。

 自分の存在を示しながら動く彼に、防衛のための他の眼魔たちも集まってくる。

 

 巡回しているのは、眼魔コマンドと眼魔スペリオル。

 だがダントンは、眼魔ウルティマさえも歯牙にもかけないエヴォリュードだ。

 それら全てを一撃で眼魂ごと粉砕しつつ、彼は叫び続ける。

 

 ―――隠れながら逃げているマコトには困惑しかない。

 行動から言って自分を追っているのだろうが、意味が分からないのだ。

 特に奴がリヨン、という名を叫んでいること。

 誰かと勘違いした上で、この凶行に及んでいるのか。

 

「だが、どうする……奴を振り切らないことには……!」

 

「リヨン!!」

 

 大声が届く。

 同時に、吹き飛ばされてきたスペリオルがマコトの近くの壁に突き刺さる。

 見つかった、と。マコトはすぐにそこから走り出した。

 

 次の瞬間、自分の目の前に黒い怪物が出現する。

 転移してきたエヴォリュードの姿。

 差し向けられる黒い両腕は、まるで抱きしめるために差し出されたようで―――

 

「――――ッ!?」

 

 走り出した足を切り返すこともできず、マコトはそのまま……

 

 サクリ、と。

 目の前で両肘から先を飛ばされた黒い怪物の姿を見た。

 

「なに……!?」

 

 エヴォリュードが振り返る。

 交戦した以上、それがガンマイザーの横やりでないことは分かる。

 奴らの攻撃はこのような鋭いものではなかった。

 

 振り返ったダントンの前にいるのは、二刀を手に提げた幽鬼。

 よろめいて尻餅をついたマコトが、思わず名前を出す。

 

「龍さん……!?」

 

 マコトと、それを捕まえようとするダントン。

 それらの光景を前にして、アナザーゴーストが始動する。

 黒い眼の中にぼんやりと光が揺らめき、剣を構え直す。

 

 ―――即座に両腕を修復し、エヴォリュードが敵に向き直った。

 

「なんだ、貴様は――――!」

 

 自分を守っているようだ、という考えが果たして正解なのか。

 マコトは突然出現したアナザーゴーストを前に、何とか立ち上がる。

 

 もしその考えが正しいのなら、と。

 彼はすぐにアナザーゴーストに向け走り出した。

 

「リヨ――――ッ!?」

 

 マコトには反応せず、しかしそれを追おうとしたダントンに刃が振るわれる。

 死力を振り絞り走っていく彼を、エヴォリュードは追えない。

 そいつを飛び越え、すぐさま空間を転移すれば、と。

 相手を飛び越えるための姿勢を見せて―――

 

 その空間の歪みが切り落とされた。

 

「なんだと……!?」

 

 剣の結界がそのまま進撃してくる。

 そのエリアに巻き込まれた瞬間、端から刻まれていく体。

 

 如何に彼がエヴォリュード―――不死身に等しい超進化生命体であっても。

 肉体を修復するためのエネルギーは有限だ。

 補給もなしに、永遠に戦い続けられるわけではない。

 

 幾年を経た邂逅か。

 最愛の子に出会えた彼を阻む怨敵を前に、ダントンは必死に叫んだ。

 

「なぜだ、なぜ私の邪魔をする……!」

 

「……ダイ……ゴ……」

 

 ダントンから放たれる叫びに対し。

 アナザーゴーストの口から、小さな声が僅かに漏れた。

 それを聞いて、エヴォリュードが息を呑む。

 

「ダイ、ゴ? ダイゴ……ダイ……ゴーダイか!

 まさかゴーダイも生きているのか!? ではミオンは!?」

 

 剣閃が奔り、躱し切れなかったエヴォリュードの片腕が飛ぶ。

 再生速度がほんの僅かだが遅くなり始めた。

 このまま切り刻まれ続ければ、もしかしたら―――と。

 

 ただでさえグレートアイに永い間閉じ込められていたばかりだ。

 本来ならば一度研究所に戻り、調子を整える必要もあっただろう。

 だがリヨンを目前にして今退くようなことが……!

 

 そう考えていたダントンの背後から、複数の攻撃が殺到する。

 火炎、水流、矢、斬撃、重力波、雷撃。

 それは破壊の津波となって、彼を一息に呑み込んだ。

 

 一度破壊された肉体は瞬時に復元する。

 振り返れば六体のガンマイザー。

 自分に傷をつけられる相手に挟まれて、彼は大きく呻いた。

 

「―――いい。今は生きてくれていると知れただけで……!

 だが必ず取り戻す! 私の愛しい子供を……!」

 

 ゴーダイの使者、アナザーゴースト。

 イーディスの造りし番兵、ガンマイザー。

 かつて友と呼んだ者たちを、ダントンはその代行者越しに憎しみをもって睨みつける。

 

 そうした彼は、一度名残惜しげにアナザーゴーストの背後を見て―――

 ガンマイザーたちの方へと走り出した。

 彼らの攻撃であれば、まだ十分耐えきれる。

 

 下手に近づけばバラバラにされかねないアナザーゴースト。

 そちらに比べれば、こちらの攻撃はどうということもない。

 重力や電撃で縛り付けようとしても、エヴォリュードには通じない。

 

 並ぶ魔人たちを押し退けて、彼は強引に撤退を開始した。

 

『―――排除』

 

 殺到する火炎の渦に、怒涛の水流。

 それに一切反応することもなく、力任せに突き抜ける。

 

 そこに更に射掛けられる無数の矢。

 両腕を交差させながら前に掲げ、全ての矢を体表で防ぎ切る。

 続けて、回転しながら迫ってくる刃。

 矢の雨に続けて叩き付けられた刀身を、腕の一振りで弾き飛ばす。

 

 六体のガンマイザーは全てダントンに意識を向けている。

 アナザーゴーストの脅威のほどは、未だに観測していない。

 だからこそ、ガンマイザーたちは一切の注意を彼に払わず―――

 

 ゆらり、と。アナザーゴーストがその腕を揺らす。

 ダントンに弾き飛ばされ、そのまま背後へと流れていくブレードの軌跡。

 

 己の方へと舞い込む剣に対して、虚なる眼光がぼやりと光を灯す。

 

 ―――跳ねる切っ先が、空を舞う刀身をするりと通り抜けた。

 ぱっくりと綺麗に裂かれ、飛翔していた勢いで地面に転がる二つに分かれた刃金。

 

 そうしてブレードが完璧なまでに斬り捨てられた瞬間、全てのガンマイザーが動きを止めた。

 

 二つに分かれたそれは、一度躯体を破棄してプレートに戻り。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 残る14のプレートが、即座に状況の把握に努める。

 ガンマイザー・ブレードは完全に機能を停止。

 自己修復、自己進化は一切発動せず完全に破壊されていた。

 

 灰になって崩れていく1枚のプレート。

 その前でゆるりと剣を構え直す悪鬼。

 

 ガンマイザーは選択を迫られる。

 

 倒せるか? 現状では不明。

 だが敵はダントンが突破できなかった相手。

 ガンマイザーでも一体や二体でどうにかできるはずがない。

 

 何故ガンマイザーの機能が発揮されなかった? 現状では不明。

 更に不意打ちとは言え一撃でブレードを破壊した。

 他のガンマイザーも一撃で破壊される、と想定するべき状況。

 一撃受ければ破壊され、かつ再生できなくなる最悪を考慮するべき。

 

 ―――ここで戦うべきか? 否。

 現状では情報があまりにも少ない。撤退し、祈りの間に帰還するべきだ。

 仮に戦闘になるとしても、残り十四体のガンマイザーが結集してだ。

 

 この場に来ていた残り五体が、プレートへと変形。

 そのまま消え去り、即座に祈りの間へと帰還した。

 

 それを見送り、アナザーゴーストは切っ先を下ろす。

 彼は一瞬、マコトが駆けていった背後を見て―――

 空間に溶けるように、その姿を消失させた。

 

 

 

 

「……妙だな。確かに警備が薄い場所を選びはしたが……

 いくら何でも、巡回をしている眼魂すら一つも見当たらないのは異常だ」

 

 地下居住区への侵入を果たし、アランはそう呟く。

 

 ここから先は既に破棄された場所であり、一切使用されていない空間だ。

 なので普段からこのエリアは、一切の警戒はされていない。

 そこは予定通りなのだが、ここに至るまでに見張りがまったく見当たらなかった。

 まるで何か、別の場所に集められているかのように。

 

 祈りの間には近づかないようにここにきたが、様子を窺うべきだったか。

 いや、もしアデルに事前に気付かれたら危険か。

 

 タケルも変身を解除して、周囲を見回した。

 眼魔世界にあるのは、風化しているような石造りの建物ばかり。

 その中でもこの辺りは顕著だ。

 眼魂や眼魔たちは普段、ここまで入ってくることすらしていないということだろう。

 

「ここにマコト兄ちゃんと……アランのお父さんも?」

 

「―――――父上がいる、などと言った覚えはないが」

 

「アランのお兄さんが閉じ込めてるっていうのは二人とも同じでしょ?

 だったら、揃って同じところにいる可能性もあるんじゃないの?」

 

「…………確かに。その可能性は高いがな」

 

 タケルから目を逸らし、アランはずんずんと先に進んでいく。

 こうしてここに来た以上、どっちも助けるのが当然だ。

 わざわざそんな反応する必要ないのに、と。タケルが軽く溜め息を吐いた。

 

 どんどん奥に行ってしまうアランに小走りに着いて行く。

 そんな状態で数分歩いた頃、前を行く黒い軍服が動きを止めた。

 釣られてタケルも足を止めて、彼の背中を見る。

 

「アラン?」

 

「―――声だ。これは、兄上……?」

 

 呟き、小さく振り返った彼がタケルを見る。

 その後、アランは極力足音を殺しながら声の方へと歩き始めた。

 タケルはそれを真似るように、その後についていく。

 

 

 

 

「―――父上、答えて頂きたい! 祈りの間とは一体なんなのです!

 ガンマイザーとは、グレートアイとは!?」

 

「………………」

 

 眼魂システムが完成してから一切使用されていない地下居住区。

 そこに幽閉されていた生身のアドニスが、アデルに視線だけを向けた。

 だが彼は無言。その質問に対する答えは与えず、目を瞑って俯く。

 

「―――ッ……父上、一つあなたに伝えるべきことがある。

 ダントンが帰還しました。そして、グレートアイを滅ぼす、と」

 

「―――ダントンが!?」

 

 切り出した石の椅子に座っていたアドニスが反応を示す。

 彼はすぐさま立ち上がり、驚きにその表情を歪めた。

 ようやく歪んだ父の顔に対し、アデルが小さく口の端を吊り上げる。

 

「我らは父上が授かった大いなる力によって、奴が排除されたと思っておりました。

 だが奴はグレートアイという存在に囚われていたのだという。

 そしてガンマイザーとは? 何故あのようなものが、祈りの間にあるのです!」

 

「…………グレートアイとは、私が祈りを捧げていた大いなる存在。

 我らがこの地に訪れ、繁栄したのも全てあの方の導きによるもの……

 全てはガンマの民のための我が祈りに、グレートアイが応えて下さっていたのだ」

 

 硬く目を瞑ったアドニスが、再びゆっくりと椅子に座る。

 

「ガンマイザーとは、イーディスが創ったグレートアイへの干渉を防ぐ防壁。

 私以外の祈りが、グレートアイに届かないようにするためのもの。

 ……ダントンが一度グレートアイに負け、追放された後に創ったものだ。

 ダントンのような者が、二度とあの方に近づけないようにするためにな」

 

 硬く瞑った瞼をから少しずつ力を抜きながら、アドニスは語る。

 

「ガンマイザーがお前の前で動いたということは、お前が祈りの間に選ばれたということだ。

 これからはお前が大帝として、皆を導けばいい。

 ――――だから、私を解放してくれ。ダントンとは私が話をしよう。

 これまでのガンマを率いていた者として、奴との決着は私がつけよう」

 

「……そう言って、逃げるつもりではないのですか?

 アランを逃がしたように!!」

 

 アドニスを逃がさないように覆っていたバリア。

 アデルの手が、それを発生させていた眼魂を停止させる。

 そのまま座っている父に迫った彼が、その胸倉を掴んで引っ立てた。

 

「ダントンのやり方を否定しながら、あなたはなぜ今更になって心などと言いだした!

 挙句、心などというものに惑わされるアランに、心に従えなどと!

 完璧なる世界のために母上を見捨て! 兄上が死に! 貴様は一体何がしたいのだ!!」

 

「アデル……!」

 

「もはや貴様などこの完璧なる世界には必要ない……!

 そうだ! 父上の理想の世界は、私が完璧に成し遂げてみせる―――!

 貴様が示したのだ! 完璧なる世界の統治者に、家族などというものは必要ないのだと!!」

 

 アデルが思い切りアドニスを床に叩き付ける。

 生身で受けたその衝撃に、彼は大きく咳き込んだ。

 そんな父を前にして、アデルが眼魂を取り出した。

 

「兄上!!」

 

「ッ、アラン……!」

 

 その瞬間、この空間に入るための階段から飛び込んでくるアラン。

 彼に続いてタケルもまた飛び込んできた。

 それを見て、構えていた眼魂をすぐさま起動するアデル。

 

 ―――そのウルティマ眼魂がスパーク。

 起動することなく、沈黙した。

 

「―――ッ、スペクターめ……!」

 

 ダントン以上に、ディープスペクターとの戦闘が原因だろう。

 いや、戦闘とすら呼べない一方的なものだったが。

 使い物にならなくなった眼魂を、彼が思い切り放り捨てる。

 

 アデルがスペクターと口にしたということは、やはりこちらで生きている。

 そう確信したアランが、きつく目を細めて彼に詰問した。

 

「こうして父上を。そしてスペクターを捕え、何をするつもりなのです!」

 

「スペクターを捕える?

 ふん、何を馬鹿なことを……まして、父上を捕えたなどと。

 私は眼魔世界の掟に反したものたちを正当に処分しているだけだ。

 アラン、貴様の処刑も含めてな!」

 

 彼の言葉を聞いて、アランが眉根を寄せた。

 そうして取り出すネクロム眼魂。

 アランはそれを構えながら、アデルに向け歩み寄り出す。

 

「ならば私もこの世界のため、父上を助け出し貴方を捕える。

 全てはそれからだ、兄上!」

 

 既にアデルの変身用眼魂は失われている。

 そのままでも戦えない人ではないが、ネクロムで負けるほどではない。

 それを理解しているのだろう、アデルが口惜しげに半歩退いた。

 

 彼のやり取りに回り込み、床に叩き付けられていた男性にタケルが走り寄る。

 アデルも気付いているが、彼はアランから目を離せない。

 

「大丈夫ですか……!」

 

「――――すべては、私が招いたことか……」

 

「え?」

 

 アドニスが外見以上に年老いたように、しゃがれた声でそう呟く。

 

 だがとりあえずは彼をここで助け、アデルを捕まえれば。

 彼ら親子がまたちゃんと話す機会はあるだろう。

 アランの父親である彼の肩に手を回し、何とか立ち上がらせる。

 

「とにかく、今は……」

 

 後はマコトだ。アデルの物言いからして、無事だろう。

 こうしてアデルを確保した以上、ここからはある程度派手に探してもいいはずだ。

 

〈スタンバイ!〉

 

 ネクロム眼魂を起動するアラン。

 もはやこの状況からアデルに抗う術はなく―――

 

 その思考に、自分がガンマイザーに、祈りの間に選ばれたのだと。

 そう告げた父の言葉が思い浮かんだ。

 

「こいつらを排除しろ……! 我らの完璧なる世界を乱すものどもを……!

 ガンマイザー! こいつらを全て葬りされぇッ―――!!」

 

 ―――彼と繋がっているガンマイザーに、その祈りが届く。

 祈りの間に集合した14枚のプレートが反応する。

 

 アデルの確保もまた彼らの目的ではあった。

 が、アナザーゴーストとの邂逅でそれは崩れていた。

 

 ガンマイザーが完全破壊される可能性の考慮は、アデルの保護より重要。

 差し向けたプラネットとオシレーションは目的を果たす前にすぐさま撤退。

 今までアデルのことも放置して、祈りの間で待機していた。

 

 だが直接的にアデルから指令が出され、ようやくガンマイザーが動き出す。

 とはいえ、アナザーゴーストの脅威が消えたわけではない。

 多くをそちらに差し向けることはできないだろう。

 ならば、と。先程アデルの確保に差し向けられる予定だった二体だけ。

 

 プラネットのプレートと、オシレーションのプレートだけが動き出す。

 

 浮遊していたプレートが床に落ち、そのまま沈んで消えていく。

 数秒と待たず、アデルの存在を目印にプレートは目的地に到着していた。

 

 ―――アデルの目の前。

 急に叫び出した兄を胡乱げな目で見るアランの、その真後ろ。

 

 出現すると同時、桃色に光るプレートは魔人へと変わった。

 岩の塊のような、大地の魔人。

 灰色に光るプレートは一度エネルギーの球体になり、直後に魔人と融合した。

 二色に輝く融合魔人が、アランに向けて腕を向ける。

 

「アラン、後ろだ!!」

 

 タケルの叫びに、アランが反応する。

 彼は振り向きながら、すぐさまメガウルオウダーに眼魂を―――

 その瞬間、彼の足元の床が割れた。

 

「な……っ!?」

 

 大地の属性を持つガンマイザー・プラネット。

 その力がアランの足場を砕き、彼の足を取ってバランスを崩させた。

 続けて突き出した腕から放つのは、振動の属性たるオシレーションの力。

 人間など一息に粉砕する振動波。

 

 足を取られたアランにそれを躱す術はなく。

 

 ―――けれど。

 アデルがガンマイザーに対して叫んだ瞬間、動いている人間が一人だけいて。

 砕けた床を踏み締めて、アドニスが体当たりのようにアランにぶつかった。

 

「――――父、」

 

 ―――振動波がアドニスを吹き飛ばす。

 押し飛ばされたアランの目の前で。

 崩壊する肉体の様子は、それが致命傷であると明確に理解できた。

 

 すぐに体勢を立て直し、床に投げ出された父に駆け寄るアラン。

 

「父上、父上―――!?」

 

「――――ッ、変身!!」

 

〈グレイトフル!〉〈ゼンカイガン!〉

 

 父に走り寄るアランに、追撃をかけようとするガンマイザー。

 その間に走り込んだタケルの姿が、黒い鎧に包まれる。

 振動波と音波が激突し、周囲の壁を崩壊させていく。

 

『排除』

 

 続けて放たれる衝撃波の連続。

 それを音の壁で防ぎながら、グレイトフルが距離を詰める。

 彼は相手が突き出した腕を掴み取り、そのまま引き寄せて壁に叩き付けた。

 その状態で抑え込みながら、タケルはアデルへと顔を向ける。

 

「何で、何で自分のお父さんをそんな風に! アランのことだって!」

 

「―――それがこの世界の支配者だからだ。

 そうとも……私はそれを、父上の背中から学んだ。私こそが父上の理想の体現者……

 父上が死ぬのは他でもない、己の理想に自分から背を向けた結果なのだ!!」

 

 ガンマイザーを押さえ込んでいたグレイトフル。

 その足元の地面が粟立ち、岩の槍が無数に飛び出した。

 不意をつかれて全弾受けた彼が、火花を噴き散らして大きくよろめく。

 

『排除』

 

 更に壁からも一部がせり出し、岩の塊が弾丸となってゴーストを撃つ。

 

「ぐ―――ッ!?」

 

 すぐさまガンガンセイバーを取り出し、ハンマーモードへ。

 飛来する岩塊を力尽くで弾き返す。

 岩の弾丸を殴り返して跳ね返して、更に大きく鉄槌を振り被り。

 ゴーストは全力で踏み込んだ。

 

「ハァアアアア――――ッ!!」

 

 迫りくる剛撃。それに対し、ガンマイザーが片腕を上げる。

 ゆったりとさえしているその動作。

 それに正面から激突したハンマーの一撃が、

 

 敵の腕を揺らすこともできず、そこで止まった。

 

「――――!?」

 

『排除』

 

 至近距離で振動波が炸裂する。

 直撃したグレイトフルの体が、大きく吹き飛ばされた。

 白煙を上げながら地面を転がる黒い鎧。

 

「強い……! でも、なんだこれ……それだけじゃ……!?」

 

 単純にこちらより強いだけじゃない。

 よく分からない感覚を覚えて、タケルが再び立ち上がる。

 ガンマイザーが彼に再び腕を向け―――

 

「ガンマイザー、アランを先に始末しろ。先帝にも確実なトドメを刺せ」

 

『了解』

 

 ガンマイザー、ひいては眼魔世界。

 それらに対して、ゴーストは脅威ではないと認識する。

 故にガンマイザーは、彼を優先して倒す対象とさえ見ない。

 アデルの言葉にあっさりと振り向いて、アランに向けて手を突き出す。

 

「アラン!!」

 

 だが即座に、そこにグレイトフルは割り込んだ。

 連続して放たれる無数の衝撃波。

 それらを全て受け止めながら、黒い鎧を大きく軋ませる。

 

「逃げろ、アラン! お父さんを連れて! まだ……ッ!」

 

 まだ間に合う、なんて。それ以上は言葉に出来なかった。

 傍から見てもアドニスの傷は、助かるようなものではない。

 父を掻き抱き、その血に塗れながら、アランは呆けていた。

 

「父上……父上? なぜだ、兄上……なぜこんな――――」

 

 呆然自失の彼は何度もそう呟きながら、動けない。

 この状況で、自分が感じているものすら分からない。

 そんな彼の胸に、血塗れのアドニスの手が当てられた。

 

「父上……? 父上!?」

 

「……いいのだ、アラン。間違えたのは、アデルではない……

 ――――私だ。私、だったのだ。だから……」

 

 口を開けば開くほどに、最期までの時間は目減りする。

 けれど彼は息子に最期の言葉を遺すために、何とか言葉を紡いでいく。

 そんな中で、彼は弱々しく息子の胸を掴んだ。

 

 ―――そこにあるものを、大切にしろと。

 そう伝えんがために。

 

 最期の最後まで、彼は失敗続きだった。

 何より大切に想った家族は割れた。

 戻ってきたというダントンを止めることもできない。

 

 民を守るために、何にも侵されぬ平和な土地をと願った。

 グレートアイが叶えてくれた。リューライが送り出してくれた。

 民により良き生活を、と願った。

 イーディスとダントンが叶えてくれた。

 

 けれどそれと引き換えに、彼らには試練が訪れた。

 空が赤く染まり、その大気によって多くの同胞が息絶えた。

 彼の妻、アリシアも。

 

 アリシアの死を目の当たりにしながら、彼は顧みなかった。

 彼は全ての民の命を背負う大帝。

 家族とはいえ、一人に構っている暇はなかったから。

 

 ―――家族を顧みない父から、家族の心は離れていく。

 

 イーディスが作った眼魂システムで赤い空を克服した。

 グレートアイの力を借りたが、それでも何とか成し遂げたのだ。

 

 だがダントンは借り物の力で体を捨てた生を否定した。

 人間は人間らしく生きねばならないと、肉体をこの世界に適応させようとした。

 その眼魂のような形ではなく、改造人間を造るという方針。

 

 相反するやり方は衝突し、やがて戦争にまで至った。

 環境とは別のところで、多くの民が死んだ。

 彼の息子であり、長男であったアルゴスもその時に。

 

 アデルの言った通りだ。

 理想の世界のために、彼は妻を顧みず、息子を死に追いやった。

 

 どうすれば正解だったのかは分からない。

 どこから間違えてしまったのかも分からない。

 だがダントンの方向が合っていたとも思えない。

 

 ただ――――

 

 多分、心を殺すことは間違っていたのだろう。

 死に際して、彼は自分を抱く息子を見上げる。

 

 ―――勝手なことだ。

 民を導く大帝としてこうまで失敗しながら、彼には安心さえあった。

 自分には、息子がいる。自分の後に続く息子が。

 

 心を捨てたままでは、この安心すらも得られなかったのだろう。

 だから、きっと―――

 

「お前は、自分の心に従え……そして、願わくば……アデルを……」

 

 死に際し、息子に裏切られた父とは思えぬ様子で。

 彼はただ申し訳なさそうに、そう口にする。

 アランの胸を掴む腕から、急速に力が抜け落ちていく。

 

 眼魔の民の肉体は人間の生存限界を超えたもの。

 如何にカプセルで眠らせていたものであっても。

 ゆっくりと目を閉じて、力を抜くアドニス。

 

 ―――彼の体は、あっさりと灰になって崩れ落ちた。

 

 灰となった父を見送って、アランがその灰を握り締める。

 

「なぜ……父上を……!」

 

「お前は何度同じことを訊けば気が済むのだ。

 全ては――――父上の理想、完璧なる世界のためだ。

 その理想は私が継ぐ。私こそが、父上の理想の体現者なのだから」

 

 父の死を看取り、しかしアデルはそう断言した。

 

 ―――それこそが、大帝のあるべき姿なのだと。

 死したのがどんなものであろうとも、大帝は揺るぎない。

 心無き世界の覇者は、例え家族が死のうとも何の情動もないのだ。

 

 アランが握っていた灰を手放し、立ち上がる。

 そういう世界だったのだ、ここは。

 最初から最後まで、彼が今まで信じていた理想とはそういうものだった。

 それを理解して、父は常に迷いの中にいた。

 

 アリシアは死に。

 民も次々と死んでいき。

 長男アルゴスを喪い。 

 かつて友と呼んだダントンを追放し。

 その果てに築かれた理想世界。

 

 アドニスはずっとそれに悩んでいた。

 いや、自分がそれに悩んでしまうことにすら苦悩していた。

 心を持たぬと決めたからには、その苦悩すら裏切りなのだと。

 

「―――やっと分かった。ここは、理想の完璧な世界……そうであって欲しいと願った父上が、そう築いたというだけの話だったのだ……!」

 

 声を震わせ、そう吐き捨てるアラン。

 彼の言葉に深く頷き、アデルもその言葉を肯定する。

 

「そうとも。この世界こそ、父上が築いた完璧なる世界。

 案ずるな、アラン。お前を処分した後、私がこの完璧な世界を継続させる。

 ―――永遠に。それこそが……」

 

「違う―――ッ!」

 

 ネクロム眼魂を再び握り締め、彼は兄を睨んだ。

 目を細め、弟の叫びに耳を傾けるアデル。

 

「父上は苦しんでいた! 理想を、完璧を追い求め……! 常に迷いを感じていた!

 心を持つから迷うのだと、心を持つから争うのだと!

 心を捨てて生きることを選びながらも、それでも常に迷い苦しみ続けていた!」

 

「だから私が処分した。その感情は、完璧なる世界には不要なものだ」

 

 その迷いこそが心の生む余分なのだと、アデルは一言で切って捨てる。

 

 ―――それでも。

 その迷いを生む心に向き合う事が生きる事だったのだ、と。

 アランはより強くアデルに対して視線を鋭くした。

 

「父上の選んだやり方が間違いだったのなら、違う方法で父上の理想を成し遂げる。

 心を殺し、迷い続けた父上の代わりに……私は迷わない! 私は、私の心に従う!!」

 

「ならば私をどうする?」

 

 起動していた眼魂をスローンにセットし、ユニットを立ち上げる。

 生成された特殊溶液を眼魂に滴下し、彼はネクロムへと変身した。

 

「兄上……いや、アデル! 私は貴様を許さない!!」

 

〈テンガン! ネクロム! メガウルオウド!〉

 

 白きボディに衣を纏い、戦士がその場で眼を見開いた。

 被ったフードを取り払い、ネクロムはアデルと正面に向かい合う。

 

 一瞬の対峙、その直後に走り出す白い戦士。

 だがアランが一歩を踏み出したその瞬間、アデルもまた叫んでいた。

 

「ガンマイザー!!」

 

 プラネットオシレーションが動く。

 自身を必死に抑え込もうとしていたグレイトフルを殴打。

 壁に叩き付けて、腕をネクロムへと向ける。

 

 迸る波動。振動であらゆるものを粉砕する一撃。

 液体金属装甲、クァンタムリキッドがそれを耐えるために性能を発揮する。

 防御のために消費されるネクロムの有するエネルギー。

 

「ぐ、ぅ……ッ!」

 

 瞬く間にネクロムの色が落ちていく。

 ライトグリーンに輝いていたエネルギーが、一瞬の内に灰色に。

 数秒と待たずにそのままネクロムの機能は停止する。

 ガンマイザーという敵はそれほどのものなのだ。

 

 だが終わる? ここで? 何も出来ないまま?

 

「嫌だ……! それは、嫌だ……! 私は、私は……ッ!!

 このまま何も出来ずに、終わりたくはない……!

 父上の無念も果たせず、アデルを止めることもできず……!

 ただ、死ぬわけにはいかないんだ!! 止まるな、ネクロム―――――ッ!!」

 

 振動波に呑み込まれた白い躯体、その胸に刻まれた眼の紋様。

 そこが、アランの言葉に応えるように輝きだす。

 充填されていくエネルギー。緑の輝きを取り戻すネクロム。

 

 ―――その目前に、腕を模ったロッド状の武装が出現する。

 武装の名は、ガンガンキャッチャー。

 それを理解して、アランをその新たなる力を掴み取った。

 

 ネクロムに充填された神秘エネルギー。

 それを纏わせて、彼は白いロッドであるガンガンキャッチャーを振り抜いた。

 

 振動波を弾き返し、生還するネクロム。

 そこで相手を見たガンマイザーが何故か、微かに退いた。

 一歩にも満たない距離だが、何故か。

 

 壁から体を引き抜いたゴーストが、その様子を確かに見た。

 

「あいつ……もしかしたら……!?」

 

 相手の戦いを思い返す。

 振動波は確か……ベートーベンの力でほぼ完全に相殺できた。

 大地を操る力、そして大地の魔人の力には、全く手も足もでなかった。

 

「苦手な能力がある……? だとしたら!」

 

 大地の魔人を気圧し、半歩下がらせたのはネクロム。

 彼が今まさに放っている神秘のエネルギー。

 つまり奴に通用する力は――――

 

 アイコンドライバーGを外し、全眼魂を解放する。と、同時。

 ゴーストドライバーを出現させ、ベートーベンの眼魂を掴んだ。

 

〈カイガン! ベートーベン!〉

 

 黒のトランジェントに体を換装。

 その上から灰色のパーカーゴーストを纏い、タケルは叫んだ。

 

「ヒミコ! アランのところへ!!」

 

 その指示に応えて、桃色の眼魂がネクロムに向かう。

 彼もまた、すぐにガンガンキャッチャーをヒミコへ向けた。

 先端の掌を模った部分に装填されるヒミコ眼魂。

 

〈ダイカイガン!〉

 

 装填されたヒミコ眼魂が、ネクロムに満ちる神秘の力を導く。

 ネクロムの持つキャッチャーの銃口に集っていく光。

 そしてベートーベン魂を纏い、楽譜をエネルギー体のまま広げるゴースト。

 

「一気に押し込む!!」

 

〈オメガフィニッシュ!!〉

〈ベートーベン! オメガドライブ!!〉

 

 放たれる神秘の光線。そして押し寄せる音符の群れ。

 それを前にガンマイザーが振動波と大地の隆起で対応し―――

 まるでそうなるのが当然のように、ガンマイザーの方が打ち破られた。

 

 出力も威力もこちらの方が格上。

 何故そうなったのかまるで分からない、と。

 疑問とともに呑み込まれていくガンマイザー・プラネットオシレーション。

 

 二つの衝撃に呑まれ、崩れ落ちていくガンマイザー。

 それを見て二人が揃って息を吐き―――

 

 次の瞬間、再びその場に2枚のプレートが出現した。

 

「!?」

 

『脅威度軽微、だが理由が不明。この場において、確実な排除を』

 

 再度出現したプラネットオシレーション。

 彼が両腕を大きく広げ、地下居住区ごと崩壊させ始めた。

 崩落し始める壁に天井。

 

「アラン!」

 

「分かっている!」

 

 大地の属性に通用するヒミコに力を纏い、再び弾丸が放たれた。

 確かに弾丸はガンマイザーへと直撃し―――しかし。

 

 その一撃は、傷一つさえ与えられずに霧散した。

 

「なんだと……!?」

 

「効かなく、なった……!?」

 

『―――再測定、脅威度皆無。

 速やかに排除し、他の脅威に対して備えることを推奨』

 

 崩れ始めたこの場所を見て顔を顰め、アデルが外へと走り出す。

 ガンマイザーの横をすり抜け、上層へと去っていく。

 その背中を見ながら、ネクロムが叫んだ。

 

「待て、アデル――――!!」

 

「っ……! ニュートン!」

 

〈カイガン! ニュートン!〉

 

 タケルがゴーストチェンジし、青いパーカーを纏った。

 重力を操るその姿で彼は自分の方へとネクロムを引き寄せる。

 そのまま彼の腰を抱き、自身らを斥力で吹き飛ばす。

 

「天空寺タケル、何を……!」

 

「退くしかない……! あいつらを倒す方法も分からないんだ!

 いま無理にあそこで戦っても、何にもならないだろ!」

 

「―――分かっている……! 分かっている!!」

 

 プラネットが圧壊させていた石の天井をぶち抜いて、そのまま外を目指して加速。

 強引に突破していく敵の姿を、ガンマイザーは見送った。

 

 アデルは確保した。追撃はかけるべきか?

 現状は両方揃って脅威対象外。

 

 今はダントンやアナザーゴーストというような、重度の脅威が確認されている。

 わざわざ追い立てて処分するような必要があるか。

 残りのガンマイザーたちと協議し、プラネットオシレーションは顔を上げる。

 

 積極的に処分する必要なし。しかし故意に見逃す必要もない。

 プラネットの力で天井を割り、一度プレートに変わるガンマイザー。

 2枚のプレートが、斥力で飛んだ二人の姿を追撃した。

 

 

 

 

 地下から地表に飛び出して、そのまま地面を転がる。

 天井を力尽くで粉砕しながらの逃避行。

 その衝撃を抜けて、限界を超えたゴーストの姿がタケルに戻った。

 

「ぐっ……あとは、マコト兄ちゃんの場所が……!」

 

「――――来るぞ!」

 

 タケルを引っ張り自分の後ろに投げ、ネクロムが構え直す。

 彼らが破ってきたルートを辿り、2枚のプレートもまた地上に出てくる。

 再びその姿を現すプラネットオシレーション。

 

 それを見て、ネクロムが小さく肩を揺らした。

 退くためにも、マコトを見つけなければならない。

 アデルの口振りからここにいるのは間違いないのだ。

 

 だが、どこにいるかは分からない。

 そしてガンマイザーと戦いながら探せるはずもない。

 

「……天空寺タケル! ベートーベンを渡せ!!」

 

 故に彼はそう叫び、ヒミコを解放しながらガンガンキャッチャーを彼に向けた。

 そう言われて、すぐさま手にしていた灰色の眼魂を投げるタケル。

 キャッチャーの眼魂スローンでそのまま受けて装填。

 すぐさま彼は銃口を上空へと向け、トリガーを引いた。

 

 放たれる視覚化された楽譜と音波。

 それが空に響き渡り、この場に彼らがいるのだと知らしめる。

 マコトがどこにいても、ベートーベンの力を見るなり聴くなりすれば気付くはず。

 あとはこの場で――――

 

『排除』

 

 放たれる振動破。

 それに対し、ガンガンキャッチャーをガンモードからロッドモードに変形。

 迫る一撃を殴り返そうと、白い武器を思い切り振り抜く。

 オシレーションとベートーベンの力を激突させ、何とか逸らしてみせる。

 

 防ぎ切ることはできない。

 やはり明らかに、能力への耐性を得ていた。

 オシレーションはベートーベン、プラネットはヒミコ。

 有効だった力は今や、何とか抵抗できるかどうかというほどの効果しかない。

 

 その上で―――

 振動波と大地の震動を同時に放たれれば、もはや防ぐ術など一切なく。

 ネクロムがガンマイザーの放つ衝撃に呑み込まれる。

 

「―――ッ、アラン!」

 

「ガ……ッ!?」

 

 吹き飛ばされながら、変身を解除され地面に転がるアランの体。

 彼が手にしていたベートーベンとヒミコもまた。

 

 それを拾おうと手を伸ばすアランの前で、ガンマイザーがそれを拾い上げた。

 二つの眼魂を持ちながら、魔人は情報共有のために残るプレートと協議する。

 

『ガンマイザーに対応する能力を検知…………廃棄』

 

 数秒の沈黙。

 その間に交わした協議の果て、そう言って眼魂を握り潰しにかかる。

 ガンマイザーの手に力がかかり、眼魂が軋むその瞬間―――

 

「オォオオオオオオッ!!」

 

 青い炎が噴き上がり、崖上から銀色の影が飛び込んできた。

 昏く炎上する拳が頭上が叩き込まれ、プラネットオシレーションの頭部が罅割れる。

 

 彼はそのままよろめいた魔人の腕を取り、極めて。

 その手に握られた眼魂を強引に引き剥がす。

 

「マコト、兄ちゃん……!?」

 

 銀色のスペクターを前に、タケルが驚愕に声を漏らす。

 彼の持っていたはずの眼魂は、スペクターも含めて全てタケルが持っている。

 新たな姿に新生しているスペクターが、ガンマイザーを投げ捨てた。

 

 地面に叩き付けられて、バウンドしながら滑っていくその体。

 

「アラン! ゲートを開いてくれ、こいつは俺が止める!!」

 

「わ、かった……!」

 

 必死に立ち上がろうとするアランに、タケルも歩み寄って何とか抱え起こす。

 ほぼ同時に起き上がったガンマイザーが、全身から光を放つ。

 

 ―――隆起する大地。放出される振動波。

 それが周囲一帯を纏めて吹き飛ばすように、何の迷いもなく放たれる。

 背後にタケルたちを庇ったスペクターにそれを躱す方法はなく。

 

 彼はドライバーのトリガーに手をかけたまま、それを甘んじて受け入れた。

 

 全てを破壊するような衝撃に呑み込まれ―――

 そうして、彼はドライバーのトリガーを引き絞る。

 

〈ゲンカイダイカイガン! ゲキコウスペクター!!〉

 

 深淵よりの炎が更に盛る。

 彼の全身から噴き出した青い炎が、衝撃波を逆に焼き尽くしていく。

 ディープスペクターの背に展開される、銀色の翼。

 その翼の羽搏きが隆起し突き立つ岩の柱を粉砕し、視界を開いた。

 

〈デッドゴー! 激怒! ギ・リ・ギ・リ! ゴースト! 闘争! 暴走! 怒りのソウル!!〉

 

『――――排除』

 

 攻撃したはずが、逆流してくる熱量の渦。

 それに焼かれながらもしかし、ガンマイザーが体勢を立て直す。

 スペクターに向かって突き出した両腕。そこから連続して放たれる振動波。

 

 津波のように迫りくる破壊を前に、銀色の翼が大きく開いた。

 翼から放たれる破壊の光がガンマイザーの攻撃を押し流す。

 逆に粉砕されていくプラネットオシレーションの体。

 その事実に、ガンマイザーが困惑のような反応を示した。

 

 ほんの少し前に戦闘力測定した戦闘力はここまでではなかったはず。

 まして、それなりに傷を負っているはずだ。

 人間がその状態でまともなパフォーマンスを発揮できるはずがない―――

 だというのに、むしろより強くなっているのは、何故。

 

〈ディープスラッシャー!〉

 

 スペクターの手の中に青い剣が浮かび上がる。

 彼がその剣を掴み取り、その手で刀身を握って捻りあげた。

 剣が銃へと形状を変えて、ブラスターモードに変形する。

 

 ゴーストのサングラスラッシャーによく似たそれは、同じように眼魂が収められる。

 仮面状のカバー、ギガシェイドを開いたマコトがデュアルアイソケットに眼魂を装填。

 そこに収める眼魂は当然、先程拾ったベートーベンとヒミコのもの。

 

〈ハゲシー! ハゲシー!〉

 

 力を蓄えるディープスペクターの前で、ガンマイザーが出力を増す。

 翼から放たれる破壊の波を突き破る、振動する大地から突き出す無数の柱。

 寄せ来る圧倒的な質量に向き合いながら、スペクターがトリガーを引く。

 

〈ダイカイガン! オメガダマ!!〉

 

 ―――銃口から吐き出される光弾。

 それは桃色と灰色の光を纏い、岩塊を粉砕しながら突き進む。

 競り合うような事もなく、貫通してガンマイザーにまで届く必殺の一撃。

 その破壊力に備えて、身構えるプラネットオシレーション。

 

 耐え切れると見越した岩塊の魔人が、腕を顔の前で交差させて―――

 直撃したその瞬間に、上半身を欠片一つ残さず消し飛ばされた。

 

 バラバラに崩れ落ちていく残った下半身。

 それらはすぐさまプレートに戻り、その場で躯体の再構成を行う。

 耐性を得たはずの攻撃に、こうも簡単に打ち砕かれるとは、と。

 

 それでも不死のガンマイザーが敗北する理由にはならない。

 数秒足らずでプラネットオシレーションはその場に再度降臨。

 そうして、

 

 ―――既にその目の前に立つ、ディープスペクターが拳を握るのを見た。

 

〈キョクゲンダイカイガン!! ディープスペクター! ギガオメガドライブ!!〉

 

「ハァアアアアア――――ッ!!」

 

 半身を引き、拳を振り上げ、蒼銀の炎が溢れ出す。

 深淵から立ち昇る嚇怒の炎が、人のカタチを得てガンマイザーに立ちはだかる。

 

 ―――直前の撃破からの再生により、ガンマイザーは更に完成度を向上させた。

 大地の振動がすぐさま、ディープスペクターを圧砕するために行使される。

 

「ダァアアアアアア―――――ッ!!」

 

 震撼する大地、鳴動する大気。

 そんな最中に全力で踏み込んできた深淵の炎が、()()()()()()()()()()()

 踏み込んだ足で大地を砕き、振り抜く拳で大気を裂き。

 ガンマイザーの胴体の中心に、その正拳を真っ向から叩き込んでみせた。

 

 衝撃で四肢までも砕かれながら、プラネットオシレーションが飛ぶ。

 背中から岩壁に叩き付けられ、それを粉砕しながらも止まらない。

 

 数十メートルに及び、岩を砕きながら吹き飛ばされた彼。

 彼が岩壁の中に完全に埋もれながら、思考を疑問一色で塗り潰す。

 躯体は再び完全に破壊された。

 数秒後には砕け散り、再度プレートとして還り、すぐに再構成されるだろう。

 

 だが、何なのだこの戦況は。

 仮に現状でも負けていたとして、敗北を糧に自己進化できるのがガンマイザー。

 だというのに、全く性能差を詰められていない―――

 否、詰めた性能差以上に、敵が更に進化しているとでもいうような。

 

『―――敵戦力の正確な把握が求められている。

 この世界には、我らガンマイザーの計算を超える者が存在する』

 

 大地の魔人が岩の中で完全に潰れて、消え失せた。

 

 その外に再びプレートが2枚出現し、魔人の姿へと変わっていく。

 既に侵入者たちはこの場にいない。

 ネクロムで何とかガンマホールを開き、地球に帰還したのだろう。

 

 それらがいた場所に顔を向けながら、プラネットオシレーションは無機質な声で言葉を続けた。

 

『スペクター、深海マコト――――

 奴の存在もまた、特筆すべき異常事態である』

 

 

 




 
アナザーゴーストは武蔵が対応してるファイヤー以外は斬れないのでガンマイザーにとってもう大した脅威ではない。
 


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解放!囚われの戦士!2016

 

 

 

「ぬっふっふ……」

 

 地上のビルに降り立った怪人、トランパス。

 トランプに描かれたキングの絵のような形状の体のデスガリアン。

 

 彼は悠然と髭を撫でるように手を動かしながら、眼下の人の群れを見渡した。

 そうして視界に映る多くの人間。

 親子か、恋人か、友人か。特に目をつけるのは、二人で行動している連中―――

 

「では、ゲームを始めるのであーる!」

 

 宣言するとともに、その手に乗せた無数のトランプを一気にばら撒く。

 風に乗って舞い上がったカードは高く飛び、次の瞬間。

 

「え、なに!?」

 

「なんだこれ!」

 

 トランパスが目をつけていた人間たちの元へと飛んでいく。

 突然の事態に困惑混じりに悲鳴を上げる者たち。

 トランプは即座に、人ひとりが入るだけの巨大な箱へと変化。

 そして彼が対象として目をつけていた人間を、中へと取り込んでいってしまう。

 

「なんだ、おい! 大丈夫か!?」

 

「無事か!? くそ、どうすりゃいいんだ!」

 

 一瞬前まで自分と一緒にいた人間が、突然箱に閉じ込められるという状況。

 それに困惑しながらも、箱を叩いてみるなりでどうにかしようとする人間たち。

 

 そんな下等生物を眺めながら、トランパスが彼らの側に着地。

 にこやかにさえ聞こえる声で声をかけた。

 

「下等生物たちよ、これはゲームである!

 余のオ4()マイボックスに囚われた人間が助かる方法はたった一つ!」

 

「デ、デスガリアンだ……! デスガリアンが出たぞ!」

 

 怪物が目の前にいて、しかし彼らは逃げられない。

 知人が閉じ込められた箱が目の前にあるのだ。

 それを見捨てて逃げるわけには――――

 

 そんな動揺を前にして、トランパスは紳士的とさえ言える所作で彼らを宥める。

 

「安心するがいい、余が直接お前たちに手を下すことはないのである。

 これは余が開催する由緒正しきブラッドゲーム。もちろん、ルールがある。

 さあ、お前たちと共に居た者を救いたいなら、カードを捲るがいい」

 

 悠然と歩むキングの怪物。

 彼は人間たちの前で箱に張られたカードを指差してみせた。

 箱一つにつき四枚。裏向きに固定されたトランプ。

 

「もし当たりを引ければ、箱が開いてお前たちが助けようとしている者たちを解放できる。

 だが……時間制限がある。それを過ぎてしまうと……ドカン! である」

 

「なんだって……!?」

 

 言いながら広場の中心にある時計を見上げるトランパス。

 それを聞いて、すぐさま一人が動き出した。

 箱の中から聞こえてくる声は随分幼い。子供を捕らえられた父親だろう。

 

 彼は一瞬迷い、しかしカードを一枚選び取り捲る。

 その瞬間―――

 

 爆発に呑まれ、地面に転がった。

 彼の足元に落ちてくる、ジョーカーが描かれたトランプ。

 細かく痙攣しながら、呻き声をあげる男性。

 

 命に別状はない。動けなくなるほどの致命的な傷は受けない。

 もちろん、トランパスがそう仕組んでいるからだ。

 

「……あ、ぐ……」

 

 火傷と裂傷を負ったその男を見て、誰もが一歩退く。

 そんな下等生物の様子を見渡したトランパスが、口に手を当て笑みを零す。

 

「ぬふふふふ、ご安心を! 外れを引いても痛いだけ!

 四枚捲り切る覚悟があれば、絶対にお前たちの大切な人は助けられるのである!

 にしても、いいのであるか?

 時間がくれば、箱の方が人間など木端微塵になるほどドッカーン! と……」

 

 楽しそうにそう笑いながら、捕まえた人間たちを見回すトランパス。

 彼は時計にも目を向けて、秒針の動きに大仰に一喜一憂を示す。

 

 皆が青い顔をしながら、箱に飛びついていく。

 息を荒くし、しかし恐怖を乗り越えて踏み出していく人間たち。

 そして連続する爆音。

 十数人が一枚目を捲って、誰一人当たりを引けずに地面に転がった。

 

 ―――そんな中、真っ先に吹き飛ばされた者。

 子供を奪われた男が、よろめきながらも立ち上がる。

 ふらつきながら箱へと辿り着き、二枚目のカードに手をかけ――――

 

 

 

 

「―――ご存じの通り、トランパスは下等生物で遊ぶことにかけては中々のもの。

 生かさず殺さず、希望と絶望に踊り狂う下等生物たち。

 この見世物でしたら、ジニス様にも楽しんで頂けるかと……」

 

 そう言って深々と頭を下げるクバル。

 機嫌が余りにも悪いオーナーに対して、彼が出来るのはこれくらいだった。

 先程のザワールドとの戦闘から、そう時間も経っていない。

 ジュウオウジャーたちも対応に入るまで、少し時間がかかるだろう。

 

 とにかく下等生物の悲鳴でジニスの機嫌を回復できればいい。

 それ以外は求めていないならば、トランパスは悪くない人選のはずだ。

 戦闘にはそれほど向いていないが、ああして下等生物を甚振ることに関しては有能な奴だ。

 

「ははっ、あの人間また吹っ飛んだぜ!

 あんな程度の爆発で死にかけなきゃなんねぇなんて、下等生物は大変なこった!」

 

 モニター越しにその光景を見ているアザルドが、おかしそうにテーブルを叩く。

 

 人間どもは必死にトランプを剥がしている。

 全部外れのカードで、全て剥がしたら箱ごと中身も剥がした人間も大爆発するのだが。

 どうやら最初に爆死するのは、あの子供を助けようとしている親になるらしい。

 

 死にかけながらも、何とかトランプを剥がし続ける。

 その結果、助けようとした相手もろとも盛大に爆死するのだ。

 それを見た他の連中が絶望に暮れる顔が、ジニスを楽しませてくれるといいのだが。

 

 そんな光景を眺めていたジニスが、手にしていたグラスを軽く揺らす。

 反応して、すぐさま王の許に傅くナリア。

 

「どちらにせよ、ジュウオウジャーたちも来るだろう。

 さあ、ナリア。ザワールドにも出撃の準備をさせておくといい」

 

「はッ、―――は……? そ、そのジニス様……よろしいのでしょうか。

 まだザワールドには調整を行っておりませんが……」

 

 ジニスの言葉に珍しく口を挟むナリア。

 しかしそれを気にもせず、ジニスは小さく笑みを浮かべた。

 

「構わないさ。もしここで、ザワールドが潰れたとしてもね。

 既に研究データは十分に取れているから、何に困るわけでもない。

 こんなところで使い物にならなくなるなら、所詮は下等生物だったということさ。

 ―――けれど、一応私から声をかけておこう。まずはここに連れてきてくれるかい?」

 

「――――は!」

 

 わざわざ引き戻させたザワールドを、無意味に捨てるような真似。

 しかしそれがジニスの望みならば、否やはない。

 ナリアは即座に頭を垂れて、ザワールドの元へと向かった。

 

 そんな彼女の背中を眺め、クバルが微かに目を伏せる。

 

「いいのかよ、オーナー。せっかく作ったんだろ?」

 

「ああ、もちろん。ただ、所詮は遊ぶために作った玩具。

 いつどんな風に壊れたって構いやしないさ。

 ―――できれば、かけた労力程度には私を楽しませて欲しいけれどね」

 

 そう言って頬杖をつくジニス。

 アザルドがそれを聞き、そんなもんかと軽く肩を竦める。

 

 未だにジニスの機嫌は明確に悪い。

 その事実に体を震わせながら、クバルはモニターを見上げた。

 どうやらその怒りは、ザワールドにも向いているらしい。

 

 それどころかザワールドが主体とさえ言えるのやも。

 ならば、もしかしたら何とかなるかもしれない。

 

 ―――ここはジュウオウジャーどもに任せましょうか。

 ―――ザワールドなど、さっさと処分してくれた方がこちらのためです。

 

 

 

 

 満身創痍の男が、最期の一枚に手をかける。

 相当数の人間が1/4から上がり続ける確率のクジに挑んでいる。

 だというのに、誰一人助かった人間が出てこない。

 

 既におかしいなどとは判断できている。

 だが彼にそれ以外に出来ることはないのだ。

 デスガリアンという災害に巻き込まれた以上、一縷の望みをかけて―――

 彼は、最期の一枚になったトランプを捲った。

 

「大正解である!」

 

 ―――彼が捲ったカードには、『大当たり』と書かれていた。

 今までのジョーカーとは明確に違うカード。

 

 その事実に一瞬だけ彼はフリーズし、すぐさま箱に抱き着いた。

 子供を助けられたという事実に、傷だらけの彼の表情は喜びに染まる。

 

「それはそれとして、大爆発であーる!」

 

 それと同じくらい。楽しげに喜ぶトランパス。

 助けられた、と喜色に溢れた男の顔が、一気に絶望に染まる。

 

 感情の急落下。

 今から消し飛ぶ下等生物の無様な姿に、怪人は拍手を送った。

 

「はい! ドカー」

 

 言い切る前に迸る雷光。

 箱を横合いから殴りつける獅子の腕。

 それがトランパスのオ4マイボックスを、思い切り殴り飛ばしていた。

 

 吹き飛ばされた箱が、トランパスに向け飛んでくる。

 

「ン!?」

 

 言い切った瞬間、彼の目の前まで飛んできていた箱が大爆発。

 トランパス自身を吹っ飛ばした。

 直撃でこそなかったが、爆風に煽られて彼は地面を転がる。

 

「むむ、ジュウオウジャー!」

 

 転がされた彼が起き上がり、敵に向き直る。

 獅子の爪を有する黄色い戦士、ジュウオウライオン。

 

「好き放題しやがって……! これ以上はやらせねえぞ!!」

 

「いやいや。まだまだ余の好き放題である! よいか、ジュウオウジャー?

 オ4マイボックスの起爆は、余の意思一つで好きにできる。

 つまりお前たちが余に刃向かえば、辺り一帯の人間どもはドカンと……」

 

 握った拳を開くことで、爆発する様を示す。

 そんなトランパスが目を向けるのは今まさに子供が爆死した親で―――

 

「おや?」

 

 などということはなく。

 箱に入っていたはずの子供と、満身創痍の親が抱擁している。

 思わず自分の周囲に視線をやっても、箱の残骸だけで爆死した子供の死体はない。

 

 つまり爆発する前に箱から逃げられていた、ということ。

 彼の意思以外で箱を開閉するのは不可能だ。

 だというのに、

 

「なんで?」

 

「さあ? 有り得ない事が起きたんなら―――魔法使いの仕業かもね」

 

 困惑するトランパスの前に、地面を割りながら浮き上がってくるジオウ。

 彼は地上に出ると同時、魔法陣を二つに割ったようなローブを腕で大きく払った。

 

 同時に、ノイズがかかって彼のウィザードアーマーが消えていく。

 回復し切っていない魔力を再び使い果たし、宝石の鎧は光と消える。

 

 地下に潜り、箱の下に人が一人だけ入れる空間を作り。

 そして箱の下にフォールの魔法で穴を開ける。

 結果、箱の中に閉じ込められていた人は、全て地面の中に落ちていた。

 周辺一帯にばら撒かれた箱には、最早誰も入っていない。

 

「タスク!」

 

「ああ、飛ばすぞ! 野性解放―――ッ!!」

 

 それを確認して、大地を揺らす緑の象。

 彼が地面に足を叩き付けると、地表だけにエネルギーが奔っていく。

 衝撃で全ての箱だけを綺麗に吹っ飛ばす緑の波動。

 

〈カメンライド! ディケイド!〉

〈ファイナルフォームタイム! ガ・ガ・ガ・鎧武!〉

 

 その下に滑り込みながら、ジオウが新たなる姿に変身する。

 ドライバーにディケイドウォッチを装填。

 回転させた直後に、ディケイドウォッチへと更にウォッチを装着した。

 

 紺色のアンダースーツ、DCDカチドキライドウェア。

 腰から下を覆う橙色のアーマー、DCDカチドキブロック。

 胸のインディケーターの浮かぶ文字は、鎧武・カチドキへ。

 

 ディメンジョンフェイスに浮かぶのは、黄金の角を持つ鎧武者。

 変わった彼がその両腕に握るのは、橙色の布がはためく旗印。

 鎧武のクレストが描かれた二本のカチドキ旗を手に、ジオウが大きく一歩踏み込んだ。

 

「ハァアアア……ッ!」

 

 掲げたフラッグを横に一振り。

 その軌跡に火線が走り、周囲の重力が大きく歪む。

 歪んだ空間に落ちてきた箱が全て、空中で漂流し始めた。

 

「セイハァアアア――――ッ!!」

 

 直後、もう一本の旗が縦に振り抜かれる。

 放たれた衝撃は、箱を全てトランパスの方へと撃ち出した。

 

 十数個の箱、爆発物が一気に自分の方へと飛んでくる。

 その事実にトランパスが口に両手を当て悲鳴を上げた。

 

「あわわ……! 爆発禁止であるぅ―――っ!」

 

 即座に箱に対して爆発を禁じるトランパス。

 それでも箱自体には激突されて、どんどんその中に埋まっていく。

 箱に埋もれ、身動きが取れなくなる怪人。

 

 そんなトランパスの姿を前に、ジオウは手にしていた旗を両方放り投げた。

 代わりに現すのは、ジカンギレード。

 そうして構え直す彼の背後に出現するのは、ストールを爆風に流す青年。

 

「祝え! 全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え過去と未来をしろしめす時の王者。

 その名も仮面ライダージオウ・ディケイドアーマー鎧武フォーム!

 また一つ、魔王の力が新たなるステージへと歩を進めた瞬間である!」

 

 いつも通りの黒ウォズの更に背後から。

 地下に避難させていた被害者たちを引っ張り上げ、逃がしていた他のメンバー。

 彼らがそこで合流し、トドメを刺すために武器を構える。

 

「決めるよ!」

 

〈ジュウオウシュート!〉

〈ガ・ガ・ガ・鎧武! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

「ひぃ!」

 

 ジュウオウバスター、そしてジカンギレードによる六人の同時銃撃。

 トランパスは箱に埋もれながら、必殺のエネルギーが高まっていくのを見る。

 逃れようがない必殺の体勢に、彼は喉を引き攣らせた。

 

 

 

 

 その光景を見て、ジニスが指を軽く動かす。

 玉座の間に既に来ていたナリアとザワールド。

 二人の姿が、彼女の出したコインに包まれていく。

 

「―――今度こそ、失敗はしないね? ザワールド」

 

「はい。もちろんです、ジニス様」

 

 コインに呑まれていく三色の戦士。

 彼は声を揺らすこともなく、確かにジニスにそう返す。

 その態度に小さく笑ったジニスが、手にしたグラスを軽く掲げた。

 

「それは良かった。―――では、君に期待をさせて貰おうかな?

 しっかりと、応えてほしいものだ」

 

「お任せ下さい、ジニス様」

 

 積み上がったコインが割れ、消えていく。

 そうして彼らは瞬時に地球へと出現することになる。

 

 身を晒す場所はトランパスのすぐ前。

 今にも六つの砲撃が直撃しようという地獄の光景。

 それを前にして、ザワールドは咆哮を上げた。

 

「野性、大解放――――ッ!!」

 

 右腕に鰐の尾、左腕に狼の爪、そして肩には犀の角。

 全てのジューマンパワーを解放した彼が、砲撃に対して一歩踏み込む。

 激突して爆炎を上げるザワールド。

 

 その光景を見た全員が息を呑む。

 

「……来やがったぜ、ザワールド……!」

 

「まずは、私たちの気持ちを伝える……だね」

 

 鰐尾が薙ぎ払われ、爆炎を消し飛ばす。

 当然のように生還した黒、金、銀のトリコロール。

 彼は大きなダメージもなさそうに、軽く腕を回してみせる。

 

「ジニス様からの御命令だ。

 お前たちが俺たちに反抗する闘争心を適度に砕いてやれ、とな。

 玩具には玩具なりの、身の程があるってことを教えてやるよ―――!」

 

 疾走するザワールド。

 狼の速さで迫りくるそれに、鮫の背ビレが回転鋸の如く襲い掛かる。

 それを正面から鰐の尾で殴りつけ、地面に叩き落とす。

 

 だがジュウオウシャークは地面に激突することなく、地面に()()した。

 まるで水を泳ぐように、地面の中を泳ぎ始める鮫。

 

「ふん……!」

 

 ならば、と。地面ごと粉砕せんと彼が右腕を大きく振り上げた。

 振り上げた時に倍する速度で、一気に振り下ろす黄金の尾。

 だがそれが地面に届く前に、赤い巨体が立ちはだかっていた。

 

 自分が打ち据えられることにも構わず、割り込んでくるジュウオウゴリラ。

 彼が胴体でそれを受け止め、両腕で抱いて攻撃を止めた。

 

「止めてくれ、ザワールド! 俺たちは君と話がしたいんだ!」

 

「話? 勝手に好きなだけすればいい。

 どうせ途中からは、命乞いの悲鳴になるだろうがな!!」

 

 左腕の銀狼の爪が唸りを上げる。

 振り上げるその腕に、しかしライオンとタイガーがしがみ付く。

 

「許可は取ったぜ……!」

 

「じゃあ好き放題、話をさせてもらおっかな!」

 

 舌打ちして、その三人を纏めて振り払おうとする。

 

 ところに、地面から浮上したシャークが左足に抱き着いた。

 続けて、スライディングしてきたエレファントが象の脚を右足に絡める。

 四肢を拘束されて、動きを封じられるザワールド。

 

「言ったからには、こっちが諦めるまでお前には付き合ってもらう!」

 

「諦める気なんて、さらさら無いけどね!」

 

「こいつら……!」

 

 つまり洗脳解除が目的なのだ、と。

 ナリアが舌打ちして、自分の武装に手をかけた。

 ジニスはやられるならそれまでだ、と言いはした。

 だがジニスが作った玩具を奪われるとなれば、黙って見てはいられない。

 

「ジュウオウジャー……!」

 

「ここね」

 

 自分の得物であるヌンチャクラッシャーを抜こうとしたナリア。

 彼女がそうした瞬間に、その耳に静かな声が届いた。

 

 殺気を感じて飛び退いた瞬間、体が一部斬られて地面に落ちる。

 

「――――ッ!?」

 

 攻撃により欠けた体の一部。

 彼女はそこに手を触れながら、下手人を強く睨みつけた。

 睨まれながら、女剣士は刀の峰を軽く肩に乗せる。

 

「不意打ちごめんなさい。

 けどお生憎様、私ってば外道に対しての遠慮は持ち合わせてないの」

 

 冷たく言い切り、武蔵が踏み切って加速する。

 迫りくる下等生物を前にして、ナリアがヌンチャクラッシャーを引き抜いた。

 円を描く軌跡で躍る破砕棍が、武蔵に対して向けられる。

 

「下等生物如きが生意気な―――!」

 

「上等生物ぶるならせめて……

 この程度のことに、いちいち目くじら立てないくらいの余裕は欲しいわよ?」

 

 火花を立てて交差するヌンチャクと剣。

 確実に相手の攻撃を逸らし、再度疾走の体勢に入る武蔵。

 その彼女の前で、ナリアがヌンチャクを銃のように構え直す。

 

「―――っと!」

 

 吐き出される光弾の弾幕。

 即座に体勢を切り返し、バックステップで下がる。

 そんな武蔵を追い越して、巨大なラウンドシールドが前に出た。

 

「チィ……ッ!」

 

 マシュの盾の表面で弾ける光弾。

 ギフトやザワールドさえ凌いだあれを、ナリアが正面から破る術はない。

 近距離戦では強い女剣士。遠距離攻撃を防ぐ盾持ち。

 

 面倒な、と。

 口の中で吐き捨てて、ナリアはヌンチャクラッシャーを構え直した。

 

「―――マシュ、距離を詰めて。優先するのは、あいつが持ってる金貨よ」

 

「――――はい!」

 

 盾の後ろに跳び込んだ武蔵が、マシュの耳に顔を寄せて小声で呟く。

 ここにはデスガリアンのプレイヤーが居て。

 そして更にナリアまでもがここにいるということ。

 つまりコンティニューの環境は整っている、ということだ。

 

 相手もトランプ怪人がそのまま生き延びるとは思ってないはずだ。

 ならば予めコンティニューの準備をしていてもおかしくない。

 

「距離を詰めて、時間稼ぎ。あいつがあれを出した瞬間に私が踏み込むわ」

 

「了解しました……!」

 

 ナリアの銃撃を防ぎながら、マシュが足取りを調整。

 相手の戦闘力自体はそう高くないように感じる。

 プレイヤー、というわけではないだからだろうか。

 けして優勢に戦えない相手ではない、と。

 

 マシュは盾を握り締めて防戦に徹した。

 その後ろで武蔵が、逃げ始めたトランパスへちらりと視線を送る。

 

 

 

 

「ザワールドがジュウオウジャーどもを引き付けている間に、別の場所でゲーム再開である!

 戦いたい奴は勝手に戦っていればいいのである!」

 

 トランパスはトランプを使ったゲームの如く、複数種のゲームを展開できる多芸な存在。

 だが、直接戦闘ばかりはあまり向いていない。

 そんな彼がジュウオウジャーたちとの戦闘を積極的に行うはずもなく―――

 

「へえ。じゃあゲームしたいあんたも、ひとりで勝手に遊んでればいいんじゃない?」

 

 すぐに逃げを打った彼の足元から、無数のバナナが突き上げてくる。

 トランパスを囲うように生えてくるバナナの檻。

 それに掴まった彼が軋む体で、声がしてくる背後を何とか振り向いた。

 

「バナナ!? そんなバナナ!?」

 

 地面に突きたてられた、バロンウォッチを装填したジカンギレード。

 ディケイドアーマー鎧武フォームの手の中には直剣、ライドヘイセイバー。

 ジオウはそこにウォッチを差し込み、セレクターに指をかける。

 

〈フィニッシュタイム! ヘイ! ブレイド!〉

 

 ヘイセイバーを包み込む青と銀の光が、巨大な刀身を形成する。

 その大剣のナックルガード部分が大きく展開。

 そこから13枚のカードエフェクトが飛び出し、捕らわれたトランパスを囲む。

 

 周囲をカードに囲まれた彼が、それは何なのかと忙しなく首を振った。

 自分を拘束しているバナナの檻は壊れない。

 そのどうしようもない状況に、彼は焦りながら顔を右往左往。

 

「な、なんなのであるか、これは!? それにバナナ!?」

 

「―――けど、せっかくだし。あんたに合わせてゲームで勝負しよっか。

 あんたが正解だと思うカードをこの中から五枚選んで、それで勝負をつけるってどう?」

 

 ジオウの腕の動きに合わせ、トランパスの周囲のカードがシャッフルされる。

 ぐるぐると回るカードの動きを視線で追いつつ、困惑するトランパス。

 

「正解? 正解とは……?」

 

「制限時間はカードが止まるまでね」

 

 言うと、ゆっくりと動きを遅くし始めるカードの回転。

 そう口にしたジオウが、それに合わせるように青と銀の大剣を振り上げる。

 迸るエネルギーの渦を前に、トランパスが慌てながらとにかくカードを指差した。

 

「あ、あれだ! それにあれと、あれと、それと……これ!」

 

 彼が五枚を選んだ瞬間、カードが完全に動きを止めた。

 

 そうして、選ばれたカードが五枚、オープンされる。

 スートは全てスペード。

 選ばれたカードは―――A、10、J、Q、K。

 

「おお! ロイヤルストレートフラッシュである! これは当たりなのでは!?」

 

 バナナに抱かれながら、トランパスが必死に身を乗り出した。

 だが彼が目の当たりにしたのは、剣を振り上げ切ったジオウの姿。

 そして臨界まで高まった力を纏う、必殺の大剣。

 

「当たりなんか無いよ。()()()()()()()()()()()()()、って言ったでしょ?」

 

「ひ、卑劣な! 何という卑劣な奴であるか!」

 

 何のこともなく、冷淡にそう言い切るソウゴ。

 そんな相手に、手近なバナナを必死に抱きしめながらトランパスは声を上げる。

 

「じゃあこの勝負は別にあんたの勝ちでいいよ。ゲームはそれで終わり。

 こっからは遊びじゃないってことだね」

 

「あ、いや……ゲームの二回戦とかまだまだ色々……!

 余は色々な種類のゲームを知っていてだね……!」

 

「あんたに次はもう無いよ」

 

 選ばれた五枚のカードが舞い、ジオウとトランパスの間に突き立つ。

 臨界を更に超え、黄金色に光を放つ大剣。

 それを両腕で握り締め、ジオウが思い切り振り下ろした。

 

〈ブレイド! スクランブルタイムブレーク!!〉

 

「ドロップ! ドロップ! 余は棄権するのであーる!?」

 

 放たれる黄金の極光。

 それは前方に展開された、ロイヤルストレートフラッシュのカードを突き抜けて迸る。

 迫りくる光の波濤に、必死に体を動かすトランパス。

 しかし彼はバナナの拘束から逃れること叶わず、そのまま光に呑み込まれた。

 

 光の柱の中で爆炎が上がる。

 トランパスが上げた最期の炎が、戦場に立ち昇った。

 

 

 

 

「っ、トランパス……!」

 

 ナリアが真っ先にそれに反応し、懐からメダルを取り出した。

 当然両手での射撃から片手での射撃に変わり、必然弾幕は薄くなる。

 盾にかかる圧力の減衰から、マシュはそれを真っ先に察知した。

 

「武蔵さん!」

 

「了解! いざ、参る――――!!」

 

 盾から飛び出し、武蔵が速攻をかける。

 メダルを出すために彼女は片手を開け、向けられた銃口は一つ。

 それでも弾幕と呼ぶに相応しい光弾の雨霰。

 

 ―――しかし、それでは新免武蔵の足を止めるには足らない。

 ただの一つの弾丸さえ切り払うことなく、足取りだけで速やかに抜き去る侵攻。

 

「速い……!」

 

 ナリアが弾幕を維持しつつ、最優先でメダルを解き放つ。

 爆炎の中に沈んだトランパスのコイン投入口に向け。

 しなやかな緑の指先は確かにそれを投擲し―――

 

 キィン、と。

 甲高い音と共に、疾走する武蔵の刃に両断されて地面に落ちる。

 真っ二つに切り降ろされたメダルを見た瞬間。

 ナリアの声が、地獄の底から湧き上がってくるようなものに変わった。

 

「――――キ、サマ……ッ!

 よくも、ジニス様が私に与えて下さった使命の邪魔を――――ッ!!」

 

 ヌンチャクラッシャーを両手に、再び機関銃の如く光弾を吐き出す。

 下がる武蔵。上がるマシュ。

 二人の位置が交差して、再びナリアの猛攻を優に凌ぎ切る体勢に入った。

 

 それを見て、ナリアが憤怒の言葉を叫んだ。

 

「何をしているザワールド!! いい加減そんな連中は振り解け!!」

 

 

 

 

「何で君は、ジニスの言う事に従うんだ!

 あいつはデスガリアンを使って、この星の命を苦しめている奴だ!

 君たちだって、そうやって命を弄ばれた被害者のはずだ!」

 

 五人で組み付き、必死に抑え込むザワールド。

 それでもジリジリと少しずつ、ジュウオウジャーたちが押されていく。

 圧倒的な力を見せながら、ザワールドは鼻で笑った。

 

「俺が何故ジニス様に従うかだと?

 決まってる、ジニス様だけが本当の俺を分かってくれる!

 ジニス様だけが俺を認めてくれる! だから、俺は―――!」

 

「そんなの嘘だ……!」

 

「なんだと!?」

 

 否定の言葉を上げた大和に、強く鰐の尾が押し付けられた。

 ジュウオウゴリラであっても軋む体に、しかし彼は全力で耐えきってみせる。

 

「俺たちは君を知らない……! 本当の名前も、どんなことを考える人なのかも!

 でも!! あの時、君は俺たちにトドメを刺すことを戸惑った!!」

 

「―――――ッ!」

 

 あの時、トウサイジュウオーが力を抜かなければ。

 もしかしたら自分たちは、ここにはいないかもしれない。

 それだけの力が彼にはあったはずだ。

 

 けれど彼は大和たちの言葉に何故か怯み、力を抜いた。

 彼がジニスに賛同するような人間だったとすれば、そんなことはあり得ない。

 

「俺たちは本当の君を知らない!

 けど、君が俺たちを傷つけたいなんて思ってないってことは、信じられる!

 ジニスは君のことを分かってない! 君がそんな優しさを持った人だってことを!」

 

「だ、まれェ――――ッ!!」

 

 ザワールドが更に力を増す。

 それぞれが全身全霊で四肢一つずつ抑えているというのに、それを凌駕するようなパワー。

 五体をバラバラにされそうな過重な負担。

 それをかけられながらも、五人はより強くザワールドに対してしがみついた。

 

「嫌だね……!

 俺たちの言葉が命乞いになるまで好きに話していいって約束だろーが……!」

 

「まだ、まだ……! 僕たちに諦める気は、ない―――っ!」

 

 幾ら力を込めても、逆にジュウオウジャーも力を増すばかり。

 そんな状況に対して、ザワールドが頭痛に悶えるように首を振り始めた。

 

「俺は……ジニス様、の……!」

 

 ―――私は君の全てを分かっている。

 ―――君のことを分かってあげられるのは私だけだ。

 ―――君は私のことだけを信じればいい。

 ―――私だけが君を必要としてあげられるのだよ。

 

 頭に響く、甘い誘惑。

 無数のメーバメダルと共に彼に送られた言葉。

 溶かされていく命と意識に、頭の中から何もかもが消えていく。

 

「グァ、ギ、ァアアアッ……!? 俺は、ジニス、様の……ッ!?

 ジニス様の、た、め、にぃいいいいいッ!!」

 

 ザワールドがその状態で足掻く。

 自分の体ごと全て砕くような、後先考えない身の振り方。

 この期に及んで更に圧迫感は増し、五人の体が上げる悲鳴が限界に達する。

 

「―――それでも、放せないよ……ッ!」

 

「お願い、頑張って……! 私たちも一緒に戦うから……!」

 

 砕けそうなのは自分たちの体だけではなく。

 そうして捕まえている彼の心もまた。

 

 ならば、こうして自分の心と戦っている彼を放すことはできない。

 力の抜けていく四肢に活を入れ、限界以上に力でとにかくザワールドを繋ぎ止める。

 より強く相手を掴み、大和がザワールドに顔を突き付けた。

 

「君の優しさが俺たちの窮地を救ってくれたように……君のことを助けたいんだ!!

 ジニスに従うザワールドじゃない、心の奥底に閉じ込められた本当の君を!!

 俺たちは……君を信じてる――――!」

 

「ァ、ググギ、ガァ……!? お、れは……!

 ジニス、様―――! ジニス、の――――!?」

 

「―――何を惑わされている、ザワールド!!

 お前はジニス様の意思に従う存在でさえあればいいのです!!」

 

 マシュたちに向けていた銃口を片方外し、ザワールドたちの方へ向けるナリア。

 ヌンチャクラッシャーから放たれる光弾。

 その銃撃はザワールドごと、ジュウオウジャーを吹き飛ばした。

 

「がぁ……ッ!?」

 

 よろめくだけで済むザワールド。

 対して、既に限界だったジュウオウジャーたちは遂にザワールドから離された。

 

 自分を手放して転がっていく連中。

 そんな彼らの変身が解除されて、生身へと戻っていく。

 その様子を見ながら、ザワールドは両腕で頭を挟み込んだ。

 

 解除される野性大解放。

 空いた両手が頭痛を抑えるように、頭を強く抱え込む。

 

「……ッ、惑わしてるのはジニスだろ! 君を動かすのは、君の意思なんだ!

 ジニスの意思に従うだけの存在なんかじゃない!」

 

「黙りなさい、ジュウオウジャー!」

 

 力を使い果たして地面に転がる変身の解けたジュウオウジャー。

 それでもなお声を上げる風切大和。

 ナリアは即座に彼に対して、銃口を向けて引金を絞ってみせる。

 

 放たれる無数の光弾。

 それはけして、生身の大和に耐えきれる筈がないもの。

 すぐさまその間にジオウが滑り込み、橙色の鎧で銃撃を塞き止める。

 

「チィ……ッ! ジニス様の御意思に従いなさい、ザワールド!!」

 

「ジニスの意思なんか関係ない!

 君の意思と、君の望みは一体なに!? 君を知らない俺たちにそれは分からない!

 だから俺たちは知りたいんだ、教えて欲しいんだ! 本当の君を!」

 

「―――――ッ!?」

 

 ザワールドが頭を抱えたままにぐらついた。

 

 ―――望み、やりたいことはなんだ?

 決まっているだろう、ジニス様の言葉に従う事だ。

 

 ―――それは何故?

 ジニス様は、ジニス様だけは自分のことを分かってくれる。

 自分で抱えた自分だけの後ろ暗い気持ち。

 それを分かってくれるのは、ジニス様だけしかいないのだ。

 

 ―――そう。

 誰にもずっと分かってもらえなかった。

 誰にもずっと伝えられなかった。

 そんな自分が大嫌いだった。

 

 初めてだった。

 こんなに自分のことを分かってくれたのは。

 こんなに卑小で、弱い心に理解を示してくれたのは。

 だから手を取った。取ってしまった。

 

 他の全てから目を背けて、ただ初めて差し伸べられた手を取った。

 捕まって改造されて、朦朧する意識の中で。

 彼は最後の最後、良心よりジニスの提示した自分の望みを選んでしまった。

 真っ当な人間ならば抵抗しなければいけない場面で、受け入れてしまった。

 

「違う……! 違う、違う!! 俺は、俺はそんな……ッ!!

 俺はこんなことをしたいと思っていたわけじゃ……!」

 

 頭を振り乱し、ザワールドが震える。

 彼はそのまま膝を落として蹲った。

 

 大和が教えて欲しいと口にする、ザワールドの本当の姿。

 それこそが何より醜く、伝えたくないものなのだ。

 

 いつか誰かとそうやって関わっていきたい、と。

 ずっとそう思って生きてきた。

 だが既にザワールドに堕ちた自分には、そんな資格はない。

 もう彼はデスガリアンのエクストラプレイヤー、ザワールドなのだ。

 

 満身創痍ながら、彼の葛藤を見た大和が立ち上がる。

 ゆっくりと踏み出していく彼に対し、銃撃も激しくなった。

 それを一発残らず弾き返すジオウの装甲。

 

 それを見たナリアが、またも大きく舌打ち。

 

「こうなれば、回収して撤退を……ッ!?」

 

「このまま突撃します―――!」

 

 意識をそちらに振り過ぎて、盾の接近への反応が数瞬遅れる。

 いや、盾だけならばいい。

 その後ろに隠れているだろう、剣士さえ見逃すことをしなければ―――

 

 そう身構えたナリアに対し、盾から飛び出した武蔵の疾走が始まる。

 ザワールドの回収のためには下がれない。

 ジオウの足を止めるためには、生身のジュウオウジャーたちへの銃撃も止められない。

 

 故に。

 新免武蔵の疾走は、そんな状況に嵌った彼女に止められるものではなく―――

 走る銀閃が、ヌンチャクラッシャーを擦り抜ける。

 

 火花を散らして切り落とされる銃身。

 両断された武装の残骸が地面に落ち、ナリアは怒りに肩を揺らした。

 

「おのれ、下等生物――――!!」

 

 その間に、大和が跪くザワールドへと手を伸ばしていた。

 大和もまた膝を地面に落とし、ゆっくりと掌を差し出してみせる。

 そうしてから、彼は口を開く。

 

「―――だから、分かり合うために話し合おう。

 きっとそうすれば、俺たちは手を取り合えるって、そう思った。

 俺はそう信じてる。だから、君も信じて欲しい―――」

 

「――――っ、あ、ああ……ッ!」

 

 差し出された手を目前にしたザワールド。

 彼が一際大きく体を揺らし、次の瞬間には糸が切れたようにガクリと一気に力を抜く。

 限界を超えた負荷が、彼の意識を立ち切っていた。

 

 ザワールドの姿が、戦士から一人の青年へと戻っていく。

 倒れ込んでくるのは半裸の青年。

 それを抱き留める大和の姿を見たナリアが、完全に絶句した。

 

「―――っ、回収を……!」

 

『もういいよ、ナリア。帰ってくるといい』

 

 例えどれだけ不利になろうが、ジニスの意思は絶対。

 そう構えてザワールドを回収しようとしたナリア。

 彼女の足を止めさせたのは、当然のようにジニスの声であった。

 

「ですが……!」

 

『ナリア』

 

 これ以上何を言う気もない、と。

 そう断言するような語調で、再びナリアの名前が呼びかけられる。

 

「――――了解しました」

 

 ナリアが軽く周囲に視線を馳せた。

 ジュウオウジャー五人は戦闘不能。更にザワールドという荷物。

 他の連中は十分戦闘可能だが、巻き込む危険は避けたいだろう。

 

 囲まれながらも彼女は指を鳴らし、自身の周囲にコインの山を積み上げていく。

 そうして撤退の意思を見せた彼女に対して、攻撃はなかった。

 

 消えていく光のコインを見送り、武蔵は片目を瞑って荒々しく納刀した。

 

 

 




 
マーリンを引けたので初闘魂です。
王の話をしよう。
いつもしてると思うんですけど(ジオウクロスSS作者並の感想)

前話で間違えたガンマイザーはそのうちブレードが死んだ風に直しときます。
 


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混迷!秘められた声!2016

 

 

 

「ぬ、ぐっ……! なぜ、私が、こんなことを……!」

 

 寺の廊下を滑る雑巾。

 それを必死に押しているジャベルが、忌々しげに呟いた。

 

 彼に与えられた使命はアランの捕獲、あるいは抹殺。

 だが敵の本拠地に捕まった彼にそれを成し遂げるのは難しい。

 一度撤退するにしても、ガンマホールはスペリオルの眼魂がなければ開けない。

 

 まして肉体の維持には食事諸々が必要になる。

 が、こちらの世界でそれを補給する術を彼は持っていない。

 提供される衣食住を受けつつ、代わりにこうして働かされ始めていた。

 

 無償の施しなぞ受けるつもりはない。

 ならばもう、働いて対価を支払うしかなかったのだ。

 

「あ、玄関に置いてあるダンボールなんだけど。

 後で下に置いてある車に積んでおいてくれたまえ」

 

 そんな彼の横をひらりと擦り抜けていくダ・ヴィンチちゃん。

 

「なぜ! 私が! そんな! ことを!」

 

「鍵はダンボールの上に置いておくから」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの要請。

 働くには働くが、それはそれとして戦士である自分に雑用を押し付けることに文句は言う。

 ただ叫び返したところで、彼女は取り付く島もない。

 ひらひらと手を振って、居間の方へと行ってしまう。

 

 そうして彼女がゆったりとした足取りで部屋に踏み入れる。

 すると、何やら面白い光景が広がっていた。

 

 部屋の隅には半裸で体育座りする青年。

 それと距離を保ちつつ、何とか会話を試みようとする連中。

 虐待されていた動物と、その心を開こうとする保護スタッフのような。

 あまり笑えない話であるが。

 

「どうだい? 状況は進展したかな?」

 

「見た通りでしょ」

 

 面倒そうな顔をしながら、オルガマリーがテーブルで頬杖をつく。

 

 ―――ザワールドは確かに解放された。

 

 彼の名前は門藤操。

 デスガリアンに拉致され、犀、鰐、狼のジューマンパワーを注がれた人間だ。

 先日の戦いの後、彼は目を覚ましてからずっと部屋の隅で体育座りをしている。

 

「ええと、操くん? とりあえず服は着た方が」

 

「今は冬ですぞ、そのままでは余りにも……」

 

 服を持って彼に近づく大和。

 同じように声をかける御成。

 その二人に対して背を向け、操は壁に向き直った。

 

「……いいんだ。俺には君たちから服を借りる資格がない……!」

 

 寒さに肩を震わせながら、そう言い切る操。

 仕方ないので大和が服を持って彼の傍でしゃがみ、服を押し付ける。

 

「資格があるとかないとかじゃなくて、服は着た方がいいって! 風邪ひいちゃうから!」

 

「……いいんだ。俺が殺してしまったジューマンたちに比べれば風邪くらい……!」

 

「よくないから!」

 

 くしゃみしながらも、頑なに服を受け取らない彼。

 

 壁に寄り掛かりながらそれを見ていたレオが。

 珍しく呆れたような表情まで浮かべた彼が、溜め息混じりに言う。

 

「風邪もよ、こんだけ暗い奴は避けてくんじゃねえかな?」

 

 そんな事を言ったレオの足を軽く蹴るセラ。

 彼はぶすっとしながら、だってよ、と言わんばかりに操を指差した。

 その腕を掴んで下ろしながら、タスクが顔を上げる。

 

「ジューマンが犠牲になったのは、デスガリアンのせいだ。

 君だって被害者だろう? 君が気に病む必要はないじゃないか」

 

「………………」

 

 タスクにそう言われた操。

 しかし彼は耳を塞ぐように、頭を抱えて突っ伏した。

 そんな事をしている彼に服を押し付けようと、大和が体を近づける。

 

 ―――直後に、そこで急に立ち上がる。

 直立の勢いに巻き込まれ、近くでしゃがんでいた大和がひっくり返った。

 

 立ち上がった操は天井を見上げながら、何故だか部屋を回るように歩き出す。

 

「俺は……! 子供の頃から体が弱く、引っ込み思案で暗い性格だった……」

 

「お、おう……」

 

 突然の告白に対し、皆で口を濁した相槌。

 そんな状態で視線を集めながら、操が自身の来歴を続ける。

 

「渾名で呼び合うような友達も一人もいなかった……

 そんな自分を変えたくて体を鍛えたり、色々なセミナーにも通ったりもした。

 ―――けど、変われなかった……」

 

 彼が天井の照明に手を翳し、ゆっくりと拳を握っていく。

 まるで光を掴もうとするかのような様子だ。

 しかし、当然のように何も掴めずに下ろされる腕。

 

「そんな時だった、俺がデスガリアンに捕まったのは。

 ジニスは、俺の求めていたものをくれると言って手を差し伸べてきた……

 俺はその言葉に抵抗、できなかったんだ……!

 犀も、鰐も、狼も。俺が殺してしまったようなものだ……!」

 

 誘惑を跳ね除けられなかった、故に自分は許されない。

 彼はそう言う。

 

「いやいや、あなたのせいじゃないから! 悪いのは全部デスガリアン……!」

 

「俺にお前たちに許してもらう資格はないんだ!!」

 

 彼の主張を否定しようとするセラ。

 だが彼女の言葉を遮って、操が突然駆け出した。

 彼は半裸のままに出口へと向かって走っていく。

 

「おい……終わった、ぬおッ!?」

 

 そうして、丁度入ってこようとしたジャベルに激突。

 その衝撃で共にもんどり打って転がる二人の姿。

 だが操は薙ぎ倒したジャベルを置いてすぐに復帰してみせる。

 

 彼はそのまま、減速もせずに走り去ってしまった。

 

「ちょ、ちょっと! 出てくならせめて服着てからにして!!」

 

 それを追っていく大和。

 飛び出していった二人、そして転がるジャベル。

 そんな状況を見つめながら、オルガマリーがこめかみに指を当てた。

 

「なんか、とんでもない奴だったわね……」

 

 彼女の言葉を聞いて、ソウゴが口を開く。

 その瞬間、立香が彼の口の中にドーナツを突っ込んだ。

 所長も結構あんな感じだよ、とか言い出すに決まってるのだ。

 

 そんな途中で阻止された流れを想像して。

 マシュは苦笑を浮かべつつも、ゆっくりと視線を外した。

 

「どうしたの? 大和さんたちが凄い勢いで飛び出してったけど……」

 

 タケルとマコトが揃い、中へと入ってくる。

 入口で倒れていたジャベルを二人で担ぎながらだ。

 彼らは壁にその体を寄り掛からせつつ、この状況に首を傾げた。

 

 そんな彼らに、ザワールド―――門藤操の人柄を伝える。

 過剰に卑屈な彼の言動に対し、どう反応すればいいかと顔を曇らせる二人。

 

「……俺は見ていないが、そいつの強さは本物なんだろう?

 ならば、協力できる状態にはしておいた方がいいんじゃないか?」

 

「―――それなんだが……そこは、彼の意思に任せる」

 

 ザワールドの力は直接戦ったものがよく分かっている。

 圧倒的なパワー、スピード、タフネス。

 彼一人でジュウオウジャー、ゴースト、ジオウ、マシュ、と。

 全員を相手取り優勢を保っていたその戦闘力は、味方になれば心強い。

 

 ―――だが。

 タスクは腕を組みながら、マコトの言葉に首を横に振った

 

「操くんも被害者だもんね……

 ジューマンパワーを持ってるって言っても、デスガリアンに無理矢理渡されたものだし」

 

「しかも今まで操られて、やりたくもない事させられてた。

 怖くて戦えなくても……まあ、しょうがないと思う」

 

 アムとセラの、操を心配する言葉。

 それに対して微かに目を細めて、マコトは頷いた。

 

「……そうか。まあ、確かに本人の意思が……一番だな」

 

 眼魔世界から帰還した後、アランもまた受けたショックに悩んでいる。

 兄が父を殺したのだ。

 気丈に振る舞ってはいるが、それも当然のことだろう。

 

 タケルは目を伏せ、マコトの言葉に小さく頷く。

 マコトがあちらで会ったというダントン。その名は仙人の口から聞いていた。

 それだけではなく、ユルセンからガンマイザーという名前も。

 分かり切っていたが、仙人は深いところまで事情を把握しているはずなのだ。

 

 後は眼魂を15個集めているのに願いが叶えられないこと。

 それらの事情を訊くために、とにかくどこかで彼を捕まえなければならない。

 タケルたちは仙人探し。そして大和たちは鳥のジューマン探し。

 どうやら今度は、揃って謎に対するキーマンを探すことになりそうだった。

 

 

 

 

「なんだい、彼氏。こんな時間から公園でぼけっとして」

 

 屋台の開店準備を進めながら、フミ婆はベンチのアランに声をかける。

 声に反応して振り返るが、彼はすぐに視線を逸らしてしまった。

 ついでにフミ婆がちらりと視線を横に動かす。

 彼の隣のもう一つのベンチには、なんと半裸の男が体育座りしていた。

 

 恐らくその男に着せようとしているのだろう。

 憔悴した様子の服を抱えた青年が隣に座っている。

 

「お友達かい?」

 

「……俺に友達を作る資格は……ない」

 

 彼女の問いかけに答えたのは、今まさに体育座りしてみせている男だった。

 目の前に広がる池を遠い目で眺めながら、何らかの感情に浸る門藤操。

 

「あっはっはっは! また変な子が増えたねぇ」

 

 また増えたヘンテコな知り合いに、思わず彼女は笑ってしまった。

 アランから自分をこんな奴と一緒にするな、という視線が飛んでくる。

 が、当然のように彼女は無視した。

 

 笑いながらも、彼女は手際よく開店の準備を進めていく。

 準備を終えたら鉄板に火を入れ、生地を作成。

 

 そうしていると、公園の中にいつものように車が乗り込んできた。

 最近になって商売を始めたお隣さん。

 その車は彼女の店の隣につけると、てきぱきと開店準備を整えていく。

 

「おはようございます、フミ婆さん!」

 

「フォウフォウ」

 

「ああ、おはよう。今日も元気だね」

 

 マシュと肩の小動物の挨拶にいつも通り返しつつ、準備を進める。

 

 生地に、一口大に切ったたこ。

 鉄板には油を引き、慣れた手つきで調理を進めていく。

 

「どうも。今日はよろしくお願いします」

 

 今日の運転手は銀髪の女性の方。

 車を動かしているのは、ひょうきんな女性と今いる硬い態度の女性の二択だ。

 大体こちらの女性。時々もう片方の女性くらいのバランスで入れ替わる。

 

「今日もよろしくね」

 

 オルガマリーにマシュに、アム。

 彼女たちが車に積んでいたテーブルなんかを下ろして、並べだす。

 最近はそこで彼女の店のたこ焼きを食べていく客もいる。

 それ以前にお隣さんが増えたことで、最近は随分と賑やかになったものだ。

 

 そんな中からアムが外れて、半裸で体育座りしている男の方に行った。

 

「えっと、まだ服……」

 

「ああ、うん……」

 

 隣に座っていた大和が困ったように苦笑した。

 どれだけ押し付けても、受け取ってもらえないのだ。

 

 操は更に小さく縮こまり、頭を抱えて俯いた。

 

「俺は取り返しのつかないことをした……お前たちの仲間、ジューマンたちを……

 そんな俺に、お前たちから服を受け取る資格なんて……」

 

「だからそれはデスガリアンの……」

 

 そんな彼らの様子を横目に見ていたアランもまた、池を眺めて遠くを見る。

 

 操の犯した、取り返しのつかないこと。

 彼はむしろ被害者だし、取り返しのつかない事態に巻き込まれただけだ。

 その性格から自分が加害者のように振る舞っているが―――

 しかし、誰も彼に責任があるなどと思わないだろう。

 

「今のあんたたち、そっくりな顔してたよ?」

 

 生地を鉄板に流し込みながらのフミ婆の言葉。

 それがアランに対しての言葉であり、操と比べて言われたということに疑いはなく―――

 アランは操の方を見ると、嫌そうに眉を上げた。

 

 ただ……そんなつもりは全くないが、しかし。

 操の言葉に対して思ったことは、少しだけあるかもしれない。

 

 ふと、勝手に口をついて出てくる言葉があった。

 

「―――兄が、取り返しのつかない罪を犯した。

 私はその場にいて……奴をけして許してはいけないと、そう思った」

 

 皆が動きを止めて、アランの方を見る。

 準備を手伝っていたカノンも、驚いた風に彼の方へと歩み寄ってきた。

 

「へえ、そうかい」

 

 そんな雰囲気の中でも変わらず、フミ婆は作業を続けている。

 生地の中にたこが放り込まれた。

 完成まであと一歩、だ。

 

「その時は最早譲歩の余地などなく、奴と私は争うしかないと。

 そう断じて行動した……はずだった」

 

 父を殺めたアデルの罪。

 けして許せないその行為に対して、怒りはまだ燻っている。

 けれど、少しずつ語調が弱くなっていく。

 

「今は違うのかい?」

 

「……許せないことには変わりない。許していいはずもない。

 けれど……何故か、私の中にそれでいいのか、という疑念が生まれた」

 

 アランが自分の胸を掴み微か、苦しげに顔を歪める。

 自分で自分の考えの意図が理解できない。

 考えるまでもない筈のことなのに、何故か自分の中でそれに反論が生まれる。

 

「分からない……何なのだ、これは。

 何故、敵と断じたアデルにこんな感情が湧くのか……私には」

 

「許せない、って思う事と。許したい、って思う事。

 そりゃ同じ相手に両方思うことはあるだろうさ。しかも相手は家族なんだろう?」

 

「家族……家族だから。私がアデルを、許したい……?

 そんな馬鹿な……奴がやったことは、家族だったとして―――

 家族だったからこそ、到底許せることでは……!」

 

 アランは呆然としながら言葉を吐き捨て、目を細めた。

 その上で、胸に手を当て自分の中から怒りを振り絞ろうとする。

 今でも当然怒りは湧いてくる。

 けれど、その怒りと一緒に何か別の想いも湧き上がってくるのだ。

 

 その事実に対し、アランが表情を強く歪めた。

 

 そんな彼の前で、フミ婆がたこ焼きをパックに詰めていく。

 彼女はそれを二箱作り、屋台の表に出てきた。

 

「最終的に許せないのか、許すのか。そりゃ彼氏次第さ。

 でもそれは、頭で考えたって答えは出てこないよ」

 

 いつも通り。

 彼女はアランにたこ焼きを1パック差し出す。

 いつも通りについ彼がそれを受け取った。

 そうして空いた手で指を伸ばし、フミ婆はアランの胸を指差した。

 

「許したいくらい大事な家族で、なのに許せないくらい酷いことをしたんだろう?

 選びたくない、辛い、苦しいって。そういう気持ちがあんたの心に靄をかけてる。

 けどね。あんたの心は叫んでいるのさ」

 

 フミ婆の指が胸をとんとんと叩いた。

 そこにある心の事を示すように。

 

「私の心が……叫んでいる?」

 

「そうさ。心が辛い気持ちの中で迷子になってるんだ。

 そんなあんたの胸の中で、俺はこうしたい、って心が叫んでいるのさ。

 今は靄は深くて、あんたには心がどっちを叫んでるのか分からないんだねぇ」

 

 彼女はその足でアランから離れ、次は操の元へと向かった。

 

 体育座りの姿勢で頭を抱え込む彼に、たこ焼きを差し出す。

 見えなくとも焼き立てのたこ焼きだ。

 匂いで十分にそれが分かるだろう。

 

「……俺には、たこ焼きを恵んでもらう資格は……」

 

「おかしなこと言うねぇ、たこ焼きを食べるのに免許なんか要らないよ。

 ここでこうして焼いて売るには、免許が要るけどね」

 

 からからと笑うフミ婆。

 免許を持っていないオルガマリーたちが小さく目を逸らす。

 操は微かに顔を上げて―――しかしすぐ、視線を落とした。

 

「俺は……俺も、取り返しのつかないことをしてしまった。

 きっと、その相手は俺を許してくれない。それくらい酷いことを……!」

 

 奪ってしまった命を思い描く操。

 

 すると、体育座りの操の背後にぼんやりと影が浮かぶ。

 操本人以外にはけして気付くことのできない存在―――

 

 彼がデスガリアンに囚われた時に見た、三人のジューマン。

 犀男、鰐男、狼男のジューマンの姿だった。

 

 幻影か、怨霊か。

 彼は解放されてから常に、そのプレッシャーを感じていた。

 恨んでいるだろう。憎んでいるだろう。

 彼らは操に全てのジューマンパワーを奪われ、生命力が尽きて息絶えたのだ。

 

 ぼんやりとした犀男の影が言う。

 

『門藤操、うらめしやぁ……』

 

 それに続くように、狼男が言う。

 

『俺たちはお前のせいで死んだんだ』

 

 更に鰐男が続いた。

 

『たこ焼き美味しそう』

 

 鰐がふらふらとフミ婆の持つたこ焼きを覗き込む。

 出来立てほやほや、あつあつのたこ焼きだ。

 熱に躍る鰹節と、ソースの匂いで食欲を強く刺激する光景。

 

 そんな光景に見入っている彼を狼が引っ張って連れ戻す。

 そうして、三人は操の後ろに並んだ。

 

 犀のジューマンは操の隣に歩み寄って、彼にささやく。

 

『俺たちはお前を一生許さない……もう死んでるけど』

 

 言われて、操は体を強く震わせた。

 そんな彼の背中に手を置いて、狼が耳に顔を寄せてくる。

 

『お前さえいなければ俺たちは死ななかったんだ』

 

『あ、あっちにはドーナツとジュースもある』

 

 鰐が楽しげにオルガマリーたちの方へと走っていこうとする。

 それに掴みかかり、止めようとする狼。

 取っ組み合いになりつつあるその二人を放置し、犀が大和とは逆の操の隣に座った。

 

「俺は……一体どうすれば、あんたたちに許してもらえるんだ……!」

 

 フミ婆からも大和からも目を逸らし、再び俯く操。

 自分にしか見えないジューマンの姿。

 他の誰にも、彼が責められていることは伝わらない。

 

 溜め息混じりに操の言葉に唸る犀男。

 彼の手の中には、いつの間にかたこ焼きがあった。

 それを食べ始めつつ、彼は操の疑問に答え出す。

 

『そんなこと訊かれてもなぁ……俺たち、お前の被害妄想で出てきた幻だし……』

 

『死んだ奴が許すか許さないかなんて決められるわけないからな』

 

 何故かドリンクとドーナツを持って帰ってくる鰐と狼。

 呆れた風の狼の物言いに対し、操が呆けた。

 

「え……俺を憎むあまり怨霊になったんじゃ……」

 

『いやぁ、怨霊になったらデスガリアンに憑りついてるんじゃないかなぁ』

 

 ドーナツを口に放り込み、ストローでジュースを飲む鰐。

 鰐なのに長い口を器用に使い、上手い事飲んでいる。

 

『お前を責めてるのは最初っからお前の妄想の中の俺たちってわけだ。

 俺たちの姿をした怨霊に許してほしいだけなんだろ?

 その方が許してもらえた、って気分になるもんな』

 

 狼男がドーナツを食べながらそう言って操を指差す。

 ぎくりと身を震わせて、操がまた深く顔を俯かせる。

 

『俺たちはばあさんの言う心の靄さ。

 お前が何を考えるにも邪魔をして、心を覆い隠すカーテン』

 

『勝手にそんなもんにされる俺たちゃ溜まったもんじゃないぜ』

 

 犀男と狼男が顔を見合わせ、やれやれと肩を竦めた。

 鰐男もまた口の中にドーナツを放りながら、何故かしみじみとした様子で呟く。

 

『亀の甲より年の劫だねぇ』

 

『お前は亀じゃなくて鰐だろ』

 

 たこ焼きとドーナツとジュースでパーティを続ける三人。

 そんな光景を前にして、自分が何をすればいいのか分からなくなってくる。

 じゃあ一体自分は―――

 

 再び視線を落として、頭を抱えようとする操。

 彼の肩を叩くのは犀男の腕。

 向き直ってみれば、彼はストローを銜えながら真っ直ぐ操を見ていた。

 

『門藤操、お前はもう誰にも許しは請えないんだ。

 お前が自分を許せないなら、自分で自分を許すしかない。

 怨霊に許してもらおうなんて甘い甘い。このジュースより全然甘い』

 

「なんでジュース飲んでるんだ……?」

 

『俺たちゃお前の妄想なんだぜ。

 俺たちがもの食ってるってことはお前が腹空かせてるんだよ。あつっ!』

 

 たこ焼きを頬張り、狼男が熱さに体を震わせた。

 鰐もまたその横で大口を開けて、たこ焼きを放り込んでいく。

 

『美味い美味い』

 

 バクバクと食いながら鰐が嬉しそうにたこ焼きを味わう。

 

 愉快に交流しているように見える、三人のジューマンの亡霊。

 それらは全て、操自身の妄想が作り出した産物だという。

 つまり、本当の彼らの意思はもうどこにも残っていないのだ。

 

 ならばもう。

 彼は自分を怨む誰かに謝ることも、許しを得ることも―――

 二度と、できない。

 

「…………俺はもう、誰にも許しは……請えない……」

 

 ―――そんな風に。

 突然ぶつぶつと呟きながら、虚ろな目で空を見上げ始める操。

 

 彼に対して、フミ婆がたこ焼きの箱を握らせた。

 その熱で正気を取り戻し、操の意識が戻ってくる。

 そうやって箱を取った彼の手をぽんぽんと叩き、彼女は笑う。

 

「詳しいことは分かんないけどさ。

 頭を下げる相手がいないんじゃ、せめて真っ直ぐ前を向かなきゃ。

 まずは頭を上げて周りを見なきゃ、何にも始まらないからね。

 ほら、たこ焼きのいい匂いがするだろう?

 いま顔を上げなきゃ、せっかくのたこ焼きを食い逃しちまうよ?」

 

 たこ焼きを握らせると、彼女は笑いながら屋台に戻っていく。

 手にした箱から伝わってくる熱。香ってくるソースの匂い。

 それに対して鳴る腹の虫。

 

 自分の腹を手を押さえて、先程まで見ていた幻を思い描く。

 たこ焼きを頬張るジューマンたち。

 けれど本物の彼らは、二度とそんなことはできないのだ。

 

「俺に……このたこ焼きを食べる資格は……」

 

「たこ焼きを食べるのに、そんなもの要らないんだって!」

 

 操の横に座っていた大和が立ち上がった。

 彼は屋台の方に小走りに寄って、そのまま1パック買って戻ってくる。

 

 たこ焼きを手に、目の前に戻ってきた大和。

 彼が箱を開けた瞬間に立ち昇る湯気。

 大和はそのたこ焼きを一つ、口の中に放り込んだ。

 

「あっ、あっふ……!」

 

「出来立てだもんねぇ」

 

 猫舌じゃなくてもそりゃそうなる、と。

 気持ちがよく分かる白虎が、うんうんと首を縦に何度か振った。

 なんとかかんとか咀嚼してから嚥下する。

 そうしてから、大和は操に対して向き直った。

 

「俺たちはこうやって何かを食べて、誰かと繋がって、そうやって生きていくんだ。

 だから何かを食べる事に資格なんて要らない。

 命が生きるために持たなきゃいけない特別な資格なんて、どこにもないんだ!」

 

「……だが、俺は……」

 

 ジューマン三人から、その命を奪った。

 自分で自分を許すしかないのなら、もう自分は永遠に許されない。

 そんな自分を自分で許せるほど、門藤操は強くない。

 

 ―――強くないから、デスガリアンを跳ね除けられなかったのだから。

 

「好きなだけ悩めばいいのさ。

 それも、今あんたたちが必死に生きてるってことの証なんだからね」

 

 新たなたこ焼きを焼きながら、フミ婆はそう言って笑う。

 その言葉に、アランは手にしたたこ焼きを見る。

 彼の後ろで立っていたカノンが、ふと彼女に問いかけた。

 

「フミ婆は今までで何か、凄く悩んだことある?」

 

「そりゃあるさ」

 

 何を当たり前のことを、と。肩を竦めるフミ婆。

 

「……私はね、若いころは絵を描いてたんだよ。

 絵を描くのが好きで好きで、将来は絵描きになりたいと思ってた。

 でもね、色々あって止めちゃったのさ」

 

「止めてしまった、のですか? その……何かあったのですか?」

 

 くるくるとたこ焼きを回すフミ婆の手が一瞬止まる。

 だがすぐにまた動き始め、たこ焼きはどんどんパックに詰め込まれていく。

 マシュが出した疑問を、彼女は軽く笑い飛ばした。

 

「何でだったかねぇ……ただ一つ言えるのは、苦しかったってことさ。

 自分の心の中で一番大切なものだった絵を止めた時はね。

 まるで穴の開いた心が、ずっと押し潰され続けてるみたいだった」

 

 屋台の上にパックを並べて、彼女もまた空を見上げる。

 

「辛くて、苦しくて、治す方法なんかとんと思い当たらなくて。

 いっそこのまま心なんて無くなってしまえばいいって、苦しんでた」

 

「心が、無くなればいい……」

 

 その言葉に、驚いたように彼女の顔を見上げるアラン。

 だが次の瞬間、フミ婆はすぐに自分の言葉を笑い飛ばしていた。

 

「でもねぇ、ここまで生きてきて改めて思うよ。私の心が無くならなくて良かった、って。

 もし心が無くなってたら、こうやってたこ焼きを焼いて、食べてくれる人の笑顔を喜ぶことも出来なくなっちゃうからねぇ。だからほら、あんたたちもさ。

 私が作ったたこ焼きを食べて、笑顔になっておくれよ。私の幸せのためにもさ」

 

 そう言ってたこ焼きを抱えたまま止まっている二人を促すフミ婆。

 言われたアランが少し迷いながら、いつも通りに箱を開く。

 そのまま彼は、一気にたこ焼きを掻き込み始めた。

 

「……美味い」

 

「そうかいそうかい。ほら、そっちも」

 

 ぶすっとしながらも手は止めないアラン。

 それを見て笑ったフミ婆が今度は操の番だと視線を向ける。

 見られていた彼が手の中の箱を見て―――

 

『いいから早く食べちまえよぉ』

 

『冷めちまうだろ? ばあさんに失礼だと思わないのか』

 

『ドーナツとジュースも食べたいだろう?』

 

 後ろから声をかけてくる自分の妄想。

 それを聞きながら、箱を開ける。

 

 香ばしい匂いに盛大に腹を鳴らす。

 だが串を手にしたところで数秒止まる。

 

 怯えるように見上げたフミ婆は、優しく笑っている。

 食べて喜んでくれれば自分は幸せと言ってくれた彼女の笑顔。

 それを見上げ、歯を食い縛り―――操はたこ焼きを食べ始めた。

 

「――――美味い……!」

 

「そうかいそうかい……私はたこ焼きを焼いて、あんたが食べて。

 そんで私もあんたも笑顔になった。これ以上の幸せはないさ」

 

 空腹に染み渡るたこ焼きの味。

 それに思わず溢れ出す歓喜の声に、フミ婆が満足げに頷いた。

 すぐに箱を空にしたアランが、彼女に声をかける。

 

「もう一つだ」

 

「はいはい、っと。ああそうだ、裸のお友達見てたら思い出した。

 彼氏には渡そうと思ってたものがあったんだ。ほら、これ」

 

 たこ焼きと一緒に渡される紙袋。

 怪訝そうな表情を浮かべたアランが、その中身を覗く。

 中に見えるのは、浅緑色の何かだった。

 

「これは……?」

 

「服だよ、服。

 ほら彼氏、あんたの服。前よりまたボロボロになってるじゃないか。

 ちゃーんと、あんたに似合いそうな服を選んでおいたよ」

 

 黒の軍服を叩くフミ婆の手。

 眼魔世界での戦闘を経て、確かに服はよりボロボロになっている。

 いい加減に見るに見かねた、ということなのだろう。

 取り出してみれば、白のシャツとパンツ、そして浅緑色のショール。

 何を以て彼女は、これを着せようとしたのか―――

 

「……私には似合うまい」

 

「そうかい? ピッタリだと思うけどねぇ」

 

 そんな二人のやり取りをたこ焼きを食べながら見ていた操。

 彼は、何かに気づいてしまったように絶句した。

 隣でたこ焼きを食べている大和が、彼の変調に首を傾げて問いかける。

 

「操くん、どうかした? あ、服着てくれる気になった? じゃあ……」

 

「その……もしかして、なんだが。

 あの二人は、つ、付き合っているんだろうか……年の差カップル、なのか?」

 

「へ?」

 

 操が指差すのは、アランとフミ婆以外にない。

 フミ婆はアランのことを彼氏と呼んでいる。

 それはつまり、自分の彼氏に対する呼び方だったりするのだろうか。

 そんな言葉を聞いたフミ婆が、おかしそうにアランの肩を叩いた。

 

「あっはっはっは!

 やだねぇ、私はもう彼氏と同じくらいの孫もいる75歳のババアだよ!」

 

「つ、つまり! 孫くらいの年齢の恋人が……!?」

 

 という事はどんな形であれ、前の伴侶とは別れているということ。

 自分が言及していい話題ではないと、操は口を噤もうとする。

 

「―――何が言いたいか知らんが、私の方が年上だ」

 

「75歳より上なのか!? み、見えない……!

 つまりおばあさんには年上の孫が……!? 一体、どういう……!」

 

 しかしアランの言葉に対し、すぐに反応を示してしまった。

 アランはフミ婆の孫と同じくらいの年齢かつ、フミ婆より年上らしい。

 どういうことだ、となる。

 が、彼女の前の夫にフミ婆より年上の孫がいたとすれば……?

 

 余りにも理解を超えた彼女の系譜に目を回し、操は思考を打ち切った。

 亀の甲より年の劫と鰐が言っていた。

 それにしたって、これほどの劫を経てきた方だったとは。

 

「……俺の想像を遥かに超えた人生だ。

 ……その人生が、今のおばあさんの人生観を形作っていったんだな……

 俺なんかに、同じように生きることができるだろうか……」

 

 フミ婆の壮絶な人生を想像し、まったく想像し切れずに肩を落とす。

 今彼が食べているたこ焼きには、それらが全て詰まっていたのだ。

 きっと、一言で美味いと片付けていいようなものではない。

 

 そうして俯く操に対して、大和が軽く頬を引き攣らせた。

 

「絶対勘違いだと思う……」

 

「アラン様も勘違いされるようなこと言わないでください!」

 

「……私が何かおかしな事を言ったか……?」

 

 カノンに怒られ、理不尽だと眉を顰めるアラン。

 

 そんな中で、オルガマリーがふとフミ婆に視線を向ける。

 一頻り笑った彼女は、またたこ焼きを焼き始めていた。

 

「……すみません、うちの連中が。変なことまで訊いてしまって」

 

 オルガマリーに謝られ、彼女は愉快そうに首を横に振った。

 

 確かに少し踏み入りすぎた質問だった、と。

 マシュも申し訳なさそうに彼女を見る。

 

「いいのさ。私もきっと、誰かに話したかったんだろうねぇ。

 こんな機会はもう、ないだろうからさ」

 

 一瞬だけ陰った彼女の顔に、首を傾げるマシュ。

 

「フミ婆さん?」

 

「ふふふ、今日は特別サービスさ。がんがん焼くからどんどんお食べ。

 彼氏たちだけじゃなくさ、皆の笑顔で私を幸せにしておくれよ」

 

 そう言って、笑顔でたこ焼きを焼く作業に戻るフミ婆。

 マシュの肩からフォウが跳び、自分にも寄こせとアピールし始めた。

 慌てて止めようとするマシュ。

 が、彼女が止める前にアムがその首根っこを捕まえていた。

 

「はいはい、フォウくんの分もねー」

 

「フォッ」

 

「あんたたちの人生はまだまだ長いんだ。

 これからも迷うことはきっといっぱいあるさ。私はそうだった。

 焦らなくたっていい。迷った時、悩んで苦しんで……

 いつかは、心の声が素直に聞こえるようになるもんなのさ」

 

 いつも通りにまた同じ作業を繰り返し、たこ焼きを仕上げていく彼女。

 それが瞬く間に出来上がり、積み上げられていく。

 

「辛くて、苦しくて、心が死んじまったんじゃないかって思ってもね……

 心は死なないのさ。いつかきっと、また声を上げてくれる。

 どんなに曇った空だって、いつかは青空に戻ってくれるみたいにさ」

 

「―――――心が、空のように……」

 

 渡された服の入った紙袋を抱え、アランは空を見上げる。

 青く、綺麗な空。眼魔世界にはないもの。

 もしかしたら、いつか―――と。

 

 

 




 
ジューマン三人に仙人を混ぜてジェネシスみたいにしようと思ったが止めるの巻。

ここからのエピソードでドミドル、バングレイ、サンゾウ、ジュウオウザワールド、ワイルドトウサイキング
その次にはもうムゲン魂ですな。
 


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苦心!命の離別!2011

 

 

 

 ―――その日はいつも通りに始まった。

 

 肉体を得て、不便だと嘆きながら始めた生活。

 それにも幾分か慣れてきた。

 そんな、日常と呼ぶべきもの。

 

「―――レオナルド・ダ・ヴィンチ」

 

「おや、どうかしたかい?」

 

 地下のモノリスの前で、月村アカリと何かをしている彼女。

 彼女たちは何故か、普段かけてない眼鏡を二人揃ってかけていた。

 そんな彼女たちに声をかけ、少し口籠る。

 

 だが、何とか言葉を吐き出した。

 

「……絵を、描きたいと思った時には―――何を準備すればいい?

 貴様は絵を描くことに秀でているのだろう?」

 

 きょとんとして見返してくるアカリ。

 つい、それから目を逸らす。

 

 ダ・ヴィンチちゃんは眼鏡を外し、何か考えるように天井を見上げた。

 

「―――まあ、私以上に秀でているのは中々いないね。

 それで、何を描きたいんだい?」

 

「何を……?」

 

 何を描きたいか。何を描きたいのかも必要な情報なのか。

 少し悩んで、ふと思いついた言葉が口から出た。

 

「宝物……」

 

「宝物?」

 

「……いや、空だ。青い空の絵がいい」

 

 宝物、という抽象的な言葉。

 それに怪訝そうな顔をするアカリに、すぐ言い直す。

 その答えに理解を示したダ・ヴィンチちゃんが、軽く頷いた。

 

「んー、了解了解。私のものを貸してあげよう。少し待っているといい」

 

 ダ・ヴィンチちゃんがそう言って退室していく。

 彼女の背中を見送ったアカリが、眼鏡を外して彼を見る。

 

「急にどうしたのよ、あんた。絵が描きたいなんて」

 

「別に、どうかしたわけではない。ただ―――」

 

「ただ?」

 

「……何でもない」

 

 自分でも言葉に出来ない理由に、口を噤む。

 そんな態度を感じ取ったのか、アカリもそれ以上は追及してこなかった。

 

 

 

 

「―――今日はフミ婆さんがいらっしゃいませんね。

 どうかされたのでしょうか」

 

 客足が止まって、手が空いたタイミング。

 そこでマシュは不思議そうに首を傾げた。

 

「確かに珍しいわね。いつもだと休む時は前日に声をかけてくれていたし」

 

 流石に手慣れた動作で作業をしながら、オルガマリーが同意する。

 

「急な用事でもあったのかも」

 

 外に並べたテーブルを拭きながら、そう言うツクヨミ。

 

 彼女の横で、いっぱいになったゴミ箱から袋を引き出す立香。

 それを縛りながら、彼女は小さく呟いた。

 

「たこ焼き……」

 

 いつもこちらに参加する時は食べていたフミ婆のたこ焼き。

 だが出店されてない、となれば当然食べれない。

 

 そんな彼女の様子に苦笑しつつ。

 マシュは、新しくこちらに向かってくる人影に目を向けた。

 見慣れた顔、よくドーナツを買って行ってくれる女性だ。

 

 そこそこ世間話もしていく見知った顔。

 だから彼女はいつも通りに微笑んで―――

 

「いらっしゃいませ、今日はいつもの―――」

 

「そうじゃなくて、ねえ聞いた!? フミさんが今朝亡くなったって!」

 

「――――え?」

 

 彼女が告げた言葉に、マシュはその顔を凍らせた。

 声に出したのがマシュだっただけで、皆で揃って呆然とした反応だ。

 それを知っている彼女に何を訊けばいいか、それを考えて―――

 

 がらがらと聞こえてくる、何かを落とした音。

 ふとそちらを見れば、絵道具が地面に転がっている。

 

 視線を少し上に上げれば。

 そこには、呆然とした表情を浮かべたアランがいた。

 

 ―――日常。

 その日はそう呼んでいい、いつも通りの日だった。

 

 眼魔による侵略で乱されることもなく。

 デスガリアンによる暴虐が振るわれることもなく。

 

 ただの何でもない一日。

 その日、いるのが当たり前だった人が一人、いなくなった。

 

 

 

 

「…………」

 

 王は無言のまま、玉座の肘掛けを指で叩く。

 そんな様子を見て、クバルは戦々恐々としながら視線を逸らした。

 

 ザワールドを解放されて以降、ジニスの機嫌は低空飛行。

 あんな状態の彼は、最早爆弾同然だ。

 心配げな様子を見せるナリアや、何も気にしてないアザルド。

 

 あいつらはおかしいのではないか、とクバルは思う。

 

「さぁて、そろそろ俺のゲームと行くか。

 下手に小細工したところで連中はすぐ集まってきやがるからな。

 ゲーム開始と同時にでかい一発を当ててやるぜ」

 

 腕を回しながら、アザルドはブラッドゲームの再開を進言する。

 

 時間のかかるゲームを始めると、連中はすぐに察知して飛んでくる。

 しかも戦闘力は並みのデスガリアンではどうにもならないほど。

 まあ下等生物にやられて死ぬ方が悪いのだから、それはどうでもいいが。

 

 だがすぐにやられてはどうにも盛り上がりに欠ける。

 どうせやられるにしても、下等生物をそれなりに潰してからがいい。

 

「っつーわけで、チームアザルドの次のプレイヤーはクルーザに……」

 

「ジニス様」

 

 アザルドの声を遮り、ナリアがジニスに声をかける。

 同時に彼女の手が操作していたモニターが切り替わった。

 普段は地球を映している画面が、その外を映し出す。

 

「なんだぁ?」

 

 その光景に、途中まで話していたアザルドも困惑した。

 

 地球の周辺―――

 そこかしこに、小型の宇宙艇が散らばっているのだ。

 それも派手な発光を繰り返しながら、何かの文字を表示している。

 

 表示されている文字を見て、クバルが顎に手を添えた。

 

「宇宙大大大大大サーカス、と書いてありますね。

 はて、どこかで聞いたような……」

 

「―――宇宙大大大大大サーカス、団長ドミドル。

 宇宙を自分好みのステージに造り替えようとする男です。

 星を集めて玉乗り、お手玉。恒星を並び替えて火の輪を作って火の輪潜り。

 奴がステージにするために荒らされ、滅びた銀河は数知れません」

 

 ナリアの操作に応え、モニターがそのドミドルのプロフィールを映す。

 宇宙でも極悪と知られた存在の一人だ。

 その派手すぎる活動に、悪名は広く知れ渡っている。

 

 自分の頭を軽く叩き、記憶を呼び起こすように首を捻るアザルド。

 薄ぼんやりと思い出した名前に、彼は何となく頷いた。

 

「ああ……聞いたことあるかもな。どうすんだ、オーナー。

 この辺りで宣伝してるってこたぁ、奴もこの星に目を付けたんじゃねえか?」

 

「…………地球周辺に固まって、多くの宇宙船の反応があるようです。

 ドミドルの宣伝は明らかに地球を意識しているかと」

 

「―――構わないさ」

 

 ジニスが手を上げ、ナリアに示す。

 彼女はすぐさまモニターの操作を取り止め、彼の元へ戻った。

 手慣れた所作でグラスを準備し、王へと捧げる。

 

 渡されたグラスを軽く揺らしながら、ジニスは小さく笑みを浮かべた。

 

「私を一番楽しませてくれたものが、ブラッドゲームの勝者。

 ――――アザルド、クバル。

 君たちは、サーカスなんかより私を楽しませてくれるんだろう?」

 

「へっ! いいじゃねえか。

 だったらこのまま俺もゲームを始めさせてもらうぜ?」

 

「―――もちろん。ジニス様がお望みとあらば」

 

 ザワールドとは違って、と。

 言外にそのような意志が伝わってくる。

 何も考えていないアザルドと、それに対してすぐ頭を垂れるクバル。

 

 意気揚々と玉座の間を退出していくアザルド。

 先程名前を上げたクルーザを使うつもりだろう。

 

 クルーザとドミドル。

 連中が同時に暴れて、下等生物が愉快に死ねばいい。

 

 それでジニスの機嫌が上向けば儲けもの。

 そう考えながら、クバルは溜め息を噛み殺す。

 

 ―――そうして。

 ナリアがジニスに付き、コンソールを見ていない内の事だ。

 ドミドルが放ったと思われる宣伝用の小型艇の反応。

 その中に紛れた別の船らしきものが、地球へと降りていった。

 

 

 

 

「…………大往生でしたな」

 

 まさか自分が住職として送り出すとは、という気分だったのだろう。

 フミ婆の葬儀を終えた御成が、小さく息を吐く。

 

 あれほど元気だったのだ。

 まだまだ現役でたこ焼き屋として、彼らと一緒にいてくれると思っていた。

 まさか自分が住職をタケルに返上する前に、送り出すことになるとは。

 そういった感情は、どこかにあるのだろう。

 

 悲しくないわけではない。

 75歳。まだ早いのでは、という気持ちがないわけでもない。

 が、彼女は何か特別な理由ではなく、ただ天命を果たして逝った。

 ならば悲しみはしても、嘆く理由はあるまい。

 

 未だに涙ぐんでいるカノンの背中に手を添え、マコトは軽く息を吐いた。

 

「とても世話になった。

 俺も、カノンも。タケルもアカリも……そして、アランも」

 

「……そう言えば、そのアランは?」

 

 ここにアランの姿はない。戻っても来ていないようだ。

 通夜の方で一時顔を見せていたようではあったのだが―――

 もしかしたら、屋台があった場所にいるかもしれない。

 

 後からでも、顔を見に行くべきかもしれない。

 そう思いながら、タケルが小さく呟いた。

 

「……アランはお父さんも亡くしたばかりだから」

 

「辛いことが続きますが……アラン殿は大丈夫、でしょうか」

 

 彼の身上を考えれば、大きな不幸の連続だ。

 身の回りで、心中の大きな部分を占めていただろう人の死。

 それが連続したのだから。

 

 

 

 

 アランは定位置、とさえ言えるそのベンチに座ってた。

 その場で、ただ俯いて地面を見下ろしている。

 

 彼が顔を上げても、もう彼の視界にたこ焼きの屋台が入ることはない。

 その事実に対して、胸が―――心が痛む。

 

 父にも、フミ婆にも、もう二度と会うことはない。

 その事実に襲われて心が引き裂かれたように苦しかった。

 アデルへの恨みさえも忘れたように、何をする気も湧かない。

 まるで心が死んでしまったようだった。

 

 フミ婆は心は死なない、と口にしていた。

 それが本当ならば、いつかは元に戻るのだろうか。

 戻ったとしても、また苦しむだけではないのか。

 

 何も、分からなくなった。

 

「えぇーと、フライドチキン、いなり寿司、芋羊羹……たこ焼き、と。

 あれ、確かここに……すみません、ここにたこ焼き屋さんありませんでしたか?」

 

 顔を伏せているアランの頭の上から、スーツを着た男らしき相手の声が降りかかる。

 その足が自分の目の前で止まった、ということは自分に問うているのだろう。

 苛立ちながら、彼は吐き捨てた。

 

「……フミ婆は死んだ。もうここにたこ焼きはない」

 

「えっ!? あ、そうだったんですか……すみません、不躾な……」

 

 アランの落ち込みようから、関係者だと察したのだろう。

 申し訳なさそうに謝る男。

 別に彼に謝られる理由など、どこにもないのだが。

 

 そのままさっさと立ち去って欲しい。

 そう思っていたアランの隣のベンチに、彼が座る気配がする。

 

「いやぁ、仕事の都合でこの辺まで来たんですがね?

 息子に美味しいお土産を買ってきて欲しいと頼まれまして……ここのたこ焼き、凄い美味しいって評判を聞いてたんですよ。自分の妻もですね、昔たこ焼きの屋台をやっていたんですが、是非食べてみたいと!」

 

「……何なんだ、貴様は。なぜ私に話しかける」

 

 苛立ちを声に乗せて男に放つ。

 その拒絶の意思が伝わったのか、男は黙り込む。

 いいからさっさと離れて欲しい。

 

 すると男は、幾分か声の調子を落として再び口を開いた。

 

「…………今のあなたが、昔の俺と重なったんですよ。

 今のあなた。まるでゴミ捨て場に捨てられた、行き場所を全て失った野良犬だ」

 

「―――貴様に、何が分かる」

 

 ゴミだの野良犬だのより、行き場所を全て失ったという言葉の方が刺さった。

 その事実こそが不快で、アランはより声を低くする。

 ふっ、と。顔を上げない彼にも、男が鼻で笑う声が聞こえた。

 

「たこ焼きが温かくて、美味しいってことくらいは」

 

「―――――」

 

「あの日もこんな天気だった……

 粗大ゴミとして捨てられた俺は、回収もされないまま腹を空かしていた―――

 その時です。妻とたこ焼きに出会ったのは……最初は生ゴミ扱いされて、」

 

 男が隣で立ち上がり、滔々と話し始める。

 それを聞いていられず、アランはすぐに立ち上がった。

 彼に顔を向けることもなく、ひたすら喋っている相手を無視して歩き出す。

 

 行先があるわけでもなく、ただこいつから離れたかった。

 こんな相手の意見に同意してしまえた自分が嫌だった。

 それ以上に、その温かさが二度と感じられないものだと認めなくなかった。

 

 

 

 

「さーて! ではチームアザルド、クルーザ!

 これよりブラッドゲームを開始するであります!」

 

 右肩に三門の砲塔を持つ怪物。

 海兵と戦艦を組み合わせたその存在は、河川敷を歩きながら周囲を見回した。

 

 彼のゲームは砲撃によるゲーム。

 無差別に、適当に、高所から砲弾をばら撒いて下等生物を殺し回るつもりだったのだ。

 だが、チームリーダーからの要求は速攻。

 だとすれば無差別は少し効率が悪い。

 きっちり居住区に目をつけて、集中砲火でいい感じに殺した方がいいだろう。

 当然、下等生物どもが断末魔を上げるくらいの余裕は与えなくてはいけない。

 

 一次爆撃で半分くらい死に、残り半分には命乞いの悲鳴を上げさせる。

 二次爆撃で残った連中が絶望しながら死ぬ。

 そのくらいが理想だろうか。

 

「ではではー! まずは第一次爆撃、開―――!」

 

「よう!」

 

 そうして住宅地に右肩の砲塔を向けた彼。

 そんなクルーザの顔が、何者かに思い切り掴まれた。

 クルーザはすぐさまそれを振り解く。

 

「なん! なんでありますか!? ジュウオウジャー!?」

 

「…………なんでぇ、外れかよ」

 

 腕を振り解き、距離を離したクルーザ。

 

 彼の前にいたのは、青い体色の怪物だった。

 頭部には金色に輝く六つの瞳。フック状の左腕。

 クルーザを掴んだ右腕で、彼は地面に突き立てた錨型の剣を抜く。

 

 少なくともジュウオウジャーではない。

 が、当然のようにデスガリアンでもない。

 

「ブラッドゲームの邪魔をして、一体何なんでありますか!」

 

「ブラッドゲームゥ? ……ああ、そんな記憶も見えたな。

 あのこの星にくっついてる弓矢みてぇな宇宙船の……サジタリアーク?

 お前、あそこの連中なんだってな。

 お前が知らねえってことは、あっちの連中が知ってるって望みは薄いかねぇ」

 

 右手で剣を握り直して持ち上げ、肩に乗せる怪物。

 彼はどうでもよさそうにそれを確認し―――

 三つずつ縦に並んだ六つ目の最上段、その双眼をぼんやりと怪しく輝かせた。

 

「何をわけの分からないことを!

 ブラッドゲームを邪魔するなら、まずはお前から始末するのであります!」

 

 そう叫び、右肩の砲台を構えるクルーザ。

 火砲を向けられてなお、青の怪物は特段焦るような様子も見せなかった。

 だが相手が反応するかどうかなど関係ない。

 彼は一気に砲撃をしようと腰を落とし、強く肩を叩かれ動きを止めた。

 

「今度は誰……アザルド様!?」

 

 クルーザの肩に手を乗せたのは、青いキューブの集合体。

 彼の所属するチームのリーダー、不死身のアザルドに相違なかった。

 恐らくゲームに関係ない乱入者に対応するためだろう。

 

 アザルドがここを訪れ、クルーザの動きを止めた。

 それはつまりこの乱入者をアザルドに任せ、自分のゲームを始めろということだ。

 チームリーダー自ら援護のための出陣。

 その厚意に対して、クルーザが感激して震えあがった。

 

「ではここはアザルド様にお任せしまっす!

 見ていてください、アザルド様! 必ず下等生物どもを恐怖させる最高のゲームを―――!」

 

 言いながらアザルドに背を向け、走り出そうとするクルーザ。

 ここが使えないなら他のポイントから砲撃すればいい。

 人間なんてどこにでもいる。

 砲撃に使える場所など、探せば幾らでもあるのだ。

 

 ―――そう考えながら一歩踏み出した、クルーザの背中が砕ける。

 圧倒的な膂力から繰り出される、鈍器のようなものによる一撃。

 当事者であるクルーザが、状況が分からずに困惑する。

 

 だって錨型の剣を持った怪物は一歩も動いていない。

 彼の後ろには、デスガリアンの不死身のアザルドがいる。

 だったら、何故。

 

 完全な致命傷を受けたクルーザに対し、青いのがゆっくり歩み寄ってくる。

 アザルドはこの場にいるはずなのに、何の反応も示さない。

 

 怪物は死にかけのクルーザの頭を足で踏みつける。

 

「見てたぜ、見てた見てた。馬鹿が訳も分からず死ぬゲーム。

 クッ、フフフ、ハハハハハ……

 ま、中笑いくらいだったな。次に死ぬ時はもっと面白く死ねよ」

 

 そう言って、彼の足が動かなくなったクルーザを蹴飛ばす。

 河川敷から蹴り飛ばされたそれは、川に着水して見えなくなった。

 その瞬間にもうそれの存在を忘れる怪物。

 

「さーて、お目当ての巨獣ちゃんはどっこかねえ。

 サーカス野郎に捕まってるってこたぁないと思うが―――あん?」

 

〈クラッシュ・ザ・インベーダー!〉

 

 その場に現れるのは、白のボディに黒のパーカー。そして浅緑のライン。

 角の生えた単眼のゴーグルに光を灯した戦士の姿だった。

 

 彼はクルーザを始末した直後の、アザルドに向かって飛び掛かってくる。

 迎撃に振るわれる大剣、アザルドナッター。

 それを踏みつけ飛び越えて、ネクロムは敵の頭を掴んで引き倒す。

 掴み倒された青いキューブの体が、地面に転がった。

 

「―――――!?」

 

 その事実に対して、ネクロム自身が驚いた。

 アザルドの戦闘力は目の当たりにしている。

 この程度であっさり転ばされる敵ではない、と判断していたのだ。

 

 ―――だとすれば。

 

 ネクロムが即座にもう一体の怪人に向き直る。

 その瞬間、相手の右腕がネクロムの頭部に掴みかかってきていた。

 

 掴まれて引き寄せられるが、即座にガンガンキャッチャーを召喚。

 呼び出した武器をそのままぶつけ、相手を引き剥がす。

 

 怪物はひらひらとネクロムを掴んだ右手を振る。

 そしてつまらなそうに、視線を向けてきた。

 

「…………こっちも外れか。

 ったく、どうでもいい雑魚に構ってるほど暇じゃねえんだけど?」

 

「……貴様、デスガリアンではないのか?

 いや、そんなことはどうでもいい。今はただ、私に付き合ってもらおう……!」

 

 何もかも忘れたい。

 ほとんど自棄のような感情のままに、アランはそう吐き出した。

 ここで敵を見つけたのは完全に偶然の産物。

 ただもう、今を忘れられるのならば、何でも良かった。

 

「はぁ……暇じゃねえって言ってんだろ。まあ―――」

 

 どうでもよさそうに首を回す怪物。

 その相手に対し、ガンガンキャッチャーを掴んだネクロムが奔る。

 まるで反応はない。構えることも、避けようともしない。

 あのアザルドにカバーに入らせるかと思えば、そちらはまだ転がっている。

 

 つまりそいつはネクロムの一撃を無防備なままに受けることになり、

 

「―――アランよ。武器を下ろせ」

 

 ―――その直前。

 両者の間にアドニスが立ちはだかることで、ネクロムの動きが止まった。

 

 顔。声。纏う雰囲気。

 その全てが、アランの知るアドニスそのもの。

 アデルに殺された筈の父が、突然目の前に現れていた。

 

「父、上……?」

 

 そんなはずがない。父は死んだ。自分の腕の中で。

 だがもし、もし眼魂のような特別な方法で永らえていたのだとしたら?

 ありえない。ありえない、が。

 同じくらいここに父が存在していることがありえない。

 

「アランよ。そのまま武器を振るい、私を殺すのか?

 ―――――アデルのように」

 

「!?」

 

 父の言葉。

 それに対し、弾けるように武器を手放し、取り落とすアラン。

 石の上でガチャガチャと音を立て、キャッチャーが転がった。

 

 ―――瞬間。

 

「さっき殺したゴミよりは楽しめそうな下等生物でバリわくわくしてきたけどなぁッ!!」

 

 怪物の腕が錨を一閃し、アドニスごとネクロムを吹き飛ばす。

 咄嗟にアランが踏み込みその背中で父を庇う。

 

「ガァ……ッ!?」

 

 ネクロムが軋む。

 それでも、父を護るという意思が応えてくれたのか。

 胸の紋様を強く発光させて、何とか攻撃に耐えてみせる。

 

 アドニスを抱えたままに吹き飛ばされ、地面に転がるネクロム。

 思い切り息を吐き出しながら、彼はすぐに抱えた父に視線を向け―――

 

「父―――ッ!? 父上!?」

 

 抱いていた父が、光となって消えていくのを見た。

 それを引き留めようと必死に父を抱くアラン。

 だがその奮闘虚しく、アドニスの体は崩れて光となって消えていった。

 

「父上! 父上!!」

 

 その光を必死に掴もうとするネクロム。

 彼へと歩み寄り、怪物は再びその頭に手を置いた。

 

「ヒュー! あぁーあぁー、バリかわいそー!

 まーた役に立たねぇ息子のせいで死んじまったな! ヒャハハハハハッ!!」

 

「貴……ッ! 様ァアアアアッ!!」

 

 頭に置かれた手を振り払い、ネクロムが拳を振り上げる。

 その瞬間に、怪物の目が光を放った。

 拳を振るうネクロムと怪物、その間に再び何者かの姿が浮かび上がってくる。

 

「―――ほら、そんなことしてないで。たこ焼きでも食べて落ち着きなよ、彼氏」

 

「―――――あ」

 

 ネクロムが完全に停止する。

 いつも通りに、たこ焼きを差し出しながら微笑む老婆。

 彼女はアランの記憶の中そのままに、また彼の前に立っていた。

 

 ―――その背後で、錨の剣を振り上げる怪物。

 最早反射的にネクロムはそこに飛び込んでいた。

 

 次の瞬間に襲ってくる爆発的な衝撃。

 ネクロムが限界を超えた威力に悲鳴を上げる。

 だが駄目だ。ここで限界を迎えるわけにはいかない。

 

 フミ婆を抱き締めたネクロム。

 吹き飛ばされた彼は、自分の背中から地面に激突して衝撃を何とか殺した。

 ネクロムを廻るライトグリーンの光が、灰色になって消えていく。

 

「ぐ、ぁ……!」

 

「ブハッ! ヒッ、ヒッヒヒヒ! おい、嘘だろ!

 分かっててまだ庇うのかよ! ハハッ、ヒャハハハハ! バリ笑える!!

 たまにいるぜ、お前みたいなの! バリバリ甚振るのが楽しいタイプだ!」

 

 腹を抱えて堪え切れない笑いを零す怪物。

 

 彼の前で何とか体を起こしたネクロムが、抱えていたフミ婆を起こす。

 ―――だが彼女の体も、先程の父のように光に変わり始めていた。

 少しずつ消えていく彼女の姿に、アランがその体を抱き締める。

 

「死ぬな……死なないでくれ……ッ!

 頼む―――! 私を……置いていくな……ッ!」

 

「テメェ次第だよ――――ッ!!」

 

 怪物が力を注ぎながら、剣を振り上げる。

 青白く発光した刀身から放たれるのは、光の刃。

 圧倒的なエネルギーの塊であるそれが、二人に向けて殺到する。

 

 あんなものを浴びれば、フミ婆は一瞬で消し飛ぶだろう。

 だからこそ、すぐさまネクロムは身を起こした。

 

 フミ婆を抱き締めて、刃に対して背を向ける。

 既に消えかけた彼女を腕の中で必死に抱き、身を震わせるアラン。

 

 ―――そんな彼の頬。

 ネクロムのマスクに、光になって消えかけた老婆の手が添えられる。

 彼女はいつも通りに彼に対して微笑むと、

 

「―――それはあんた次第だよ、あんたの心が決める事さ」

 

 怪物と同じ言葉を、しかし全く違う意図で送る彼女。

 アランがその意味を訊き返す暇などない。

 青白い閃光がその場を吹き飛ばし、アラン達を一息に呑み込んだ。

 

 轟音と共に弾ける地面と水面。

 飛び散った水飛沫と石礫を鬱陶しそうに弾きつつ、怪物は溜め息を吐いた。

 

「っと、あんなどうでもいい奴に構ってる暇はなかったな。

 さぁて、まずはどっから探すかねぇ」

 

 すぐにネクロムの存在など忘れ、怪物は踵を返した。

 盛大にぶっ飛ばしたので、面倒な連中にも場所がバレただろう。

 別に襲い掛かってこようと返り討ちにするだけだが―――

 

 せっかくの記念すべき狩りだ。

 きっちり片付けたいものである。

 

 

 

 

「人が流れてきたぁ!?」

 

「そ。それも結構な怪我してる。さっきの爆発、やっぱバングレイね」

 

 だから話訊くためにもさっさと治療しておいて、と。

 言外に彼女はそう示す。

 金髪の男はそれに対してすぐに反応し、小型艇の中の医療キットを取りに行く。

 

 海まで流れてきたその男―――アラン。

 その体を抱え、引っ張り上げた青いジャケットの男。

 彼は濡れた髪を乾かすために、縛っていた髪を解いて頭を振る。

 

「ガレオンごと来てればもっと楽だったんだがな」

 

「あのサーカス野郎のせいね」

 

 荒げた声でそう断言する黄色いジャケットの女性。

 

 地球のみならず太陽系一帯に行き交うサーカスの宣伝。

 あれのせいで目立つガレオンでの接近を取りやめたのだ。

 自分たちがガレオンで接近した場合、連中が何をしてくるか。

 

 ―――ジニス、ドミドル、バングレイ。

 どいつもこいつも宇宙で悪名を轟かせてる連中だ。

 こっちの接近に反応されて宙間戦闘になり、地球を巻き込んだら話にならない。

 

「ですが、小型艇で降りてこられたのはそのサーカス野郎さんのおかげでは?」

 

 ドミドルが周囲に展開している無数の宇宙船の反応。

 それに紛れて、デスガリアンたちの感知を潜ってきたのだ。

 恐らくはバングレイもだろうが。

 

 とりあえず寝かせたアランの面倒を出来る限り見ている女性。

 彼女の言葉に対して、黄色いジャケットの女性も肩を竦めた。

 そこに医療キットを取ってきた男性が戻ってくる。

 

「持ってきた、けど……っていうかマーベラスは?」

 

 彼の疑問に対し、顔を見合わせる青い男と黄色い女。

 二人揃って呆れるような、そんな様子を見せる。

 そうしてから、二人で問いに対する答えを返した。

 

「カレー」

 

「食いに行った」

 

 

 

 

 そんな海岸の様子を遠方から眺めながら、彼はくるりと銃を一回転させる。

 これで大体彼が待っていた状況は揃ったと言えるだろう。

 もうすぐ彼が今回目をつけているお宝が手に入る。

 その事実に気分を良くしながら、彼は踵を返した。

 

「さて、久しぶりにジョーたちにも挨拶しておきたいところだけど……まだ少し早いかな。

 どうせなら最高のタイミングで会おうじゃないか」

 

 そのまま銀色のカーテンを出して、そこに呑まれていく。

 一瞬だけそこで振り返った彼は、指で作った銃を先程まで見ていた男たちに向ける。

 BAN、と。指先を跳ねさせて彼―――海東大樹は、完全に消え去った。

 

 

 




 
ジョーを巻き込むな。
 


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狩人!巨獣ハンター現る!2016

 

 

 

「この破壊痕……デスガリアンか?」

 

 爆発の起こった河川敷。

 現地へと駆け付けたマコトが、周囲を見渡しながら呟く。

 アランの場所も分からない。

 もしかしたら、と。一瞬頭を過った考えに首を横に振る。

 

「……デスガリアンならばもっと、市民を巻き込むような作戦を取る気がするが……」

 

 実際の所は分からないが、傾向としてはその筈だ。

 デスガリアンの計画を阻止する彼らより、人間を苦しめることを優先する。

 それがデスガリアンのやり方では、とタスクが考え込む。

 

「けど今んとこ、そういう被害は出てない……

 確かに爆発の直前、この辺りから殺気は感じたけど……すぐ消えちゃったし」

 

 尾ビレを微かに動かしながら、セラもまた周囲を見回す。

 デスガリアンが行動を開始すれば、その殺気は感じ取れるはずだ。

 ギフトのような機械的な存在でない限り、恐らく今は活動していない。

 

 だとすればここで誰か―――まずアランだろう。

 彼がデスガリアンと遭遇戦になった、と考えるのが自然だろうか。

 勝敗がどうなったかは分からない、が。

 

 河川敷に残された破壊の痕は、斬撃らしきものだ。

 ネクロムにはこのような攻撃能力はない。

 彼が持っているグリム、サンゾウの眼魂も同様だろう。

 

 だがその眼魂たちがアランと共にいる、という事実。

 それこそがアランが無事な証左になるとも言える。

 もし彼に何かあれば、眼魂は恐らくタケルの元に飛んでくるだろうから。

 

「……とにかく、俺たちも一度街を回ってみよう。

 デスガリアン、もしくは眼魔が何かしてるかもしれない」

 

「分かった」

 

「ええ」

 

 三人で頷き合い、彼らは行動を開始した。

 

 

 

 

「―――こちらには何もなさそう、ですね」

 

 いつでも武装できるように心構えを決めつつ、マシュは小さく息を吐いた。

 そんな彼女の背中を見て、立香が問いかける。

 

「マシュ、大丈夫?」

 

「はい……いえ、少し引きずっているかもしれません。

 ―――何があったわけではなく、自然死、ということなら。

 わたしたちが何か、気にするべきことはないと分かっているのですが」

 

 むしろ彼女を想うなら良かった、と胸を撫で下ろしていいことだ。

 こうして今、魑魅魍魎が蔓延る現世の事件に巻き込まれたわけではない。

 彼女は彼女の人生を正しく生き切った。何も悪いことはない。

 

 何かあるとすれば、マシュ自身の心の問題だ。

 

「―――良いことよ、きっと。あなたにとっても。

 失った事で素直に悲しみを覚えられる、善き人と知り合えたってことは」

 

 周囲に注意を張り巡らせていた武蔵が、そう言って微笑む。

 

「そりゃマシュくらい根が善人だと誰が亡くなっても悲しむんでしょう。

 けど。人が亡くなった事を悲しむ事と、その人が亡くなった事を悲しむことは別だもの」

 

「……それは?」

 

「故人の冥福を祈る事と、偲ぶ事は別ってこと。

 その人が亡くなったから悲しい。その人が自分の側から永遠にいなくなってしまって悲しい。

 それって、似ているようで結構違うことよ」

 

 自分はあまりそういう事態には巡り会わないけれど、と。

 そう言ってから、苦笑を交えて武蔵は話を続ける。

 

「その人が終わりまでをきっちりと生き切った事ってね。

 前者の悲しみは和らげてくれても、後者にはあまり関係ないでしょう?

 だからマシュ、あなたの悲哀はきっと正当なもの」

 

 言われたマシュが、何か考え込むように視線を下げる。

 

 フミ婆が大往生を迎えたことは、きっと喜ばしいことだ。

 けれど、彼女に会えなくなったことを悲しむべきではない、ということにはならない。

 言ってしまえば、それだけの話なのだろう。

 

「……武蔵がそういう事態に会わない、っていうのは?」

 

 そんな事を言った彼女に、立香は目を向けて尋ねてみる。

 問われた彼女は少し困った様子で、一瞬唸った。

 

「んー……私はそもそも他人の死に目に会わないもの。

 戦場で死ぬ人間は相応に見てきたけれどね。

 大往生に巡り会うほど長い付き合いをした相手って、ほとんどいないの。

 ―――ま、流れ者なんてそんなものでしょう!」

 

 だからここでは珍しく出会ったわ。

 そう言って、軽く顔を持ち上げる彼女。

 そんな彼女に対して、立香がふと問いかけた。

 

「―――ここでの出会いは、武蔵にとっても良いことだった?」

 

「そりゃあそうでしょう。

 きっと私が果てるまで忘れない、素敵な出会いの一つだったわ」

 

 少しも迷わず断言して、彼女は花が咲くように笑った。

 そこで、マシュも少し目線を上げる。

 

 亡くなってしまったことは、悲しい。

 いなくなってしまったことも、とても悲しい。

 けれど、その通りだ。

 出会えたことは、それ以上に嬉しい。

 

 悲しさと嬉しさが相殺し合うわけではないけれど。

 どちらの総量が上かと言うならば、それはきっと喜びの方だ。

 その分だけ悲しみが増しても、それでもきっと。

 

 そうして内心、少しだけ感情を決着に近づける。

 それから開いた口で、心配の種の名を告げた。

 

「……アランさんは大丈夫でしょうか。あと、門藤さんも」

 

「だいじょぶだいじょぶ。きっとね!」

 

 そう言って、彼女は特に理由もないままに断言してみせた。

 

 いや。理由ならあるのだ。

 だって彼らは根っこが善人。

 逝った彼女が託してくれたものを無下にできるような、非道な手合いじゃないのだから。

 

 

 

 

 適当な人間の頭を掴み、そのまま放り捨てる。

 そのタイミングで記憶を探るが、目当ての情報は見つからない。

 悲鳴を上げて逃げていく人間たちの動きに淀みはないように見える。

 デスガリアンという連中を知っているからだろうか。

 

「はぁー、巨獣ちゃんはどこにいるのかねぇ?」

 

 今さっき読んだ心の中に、変わった動物が見られるサーカスの存在があった。

 と言っても地球人の言う変わった動物、程度ではどうせ大したことあるまい。

 恐らく彼の目的とする巨獣とは何の関係もないだろう。

 

 だがサーカスと言えば、だ。

 周辺に船を散らしているドミドルが、サーカス用に巨獣を捕まえようしている可能性はある。

 だとしたら、まず奴を始末することも考えなければなるまい。

 

 面倒だが、仕方ない。

 彼が今狙っている地球の巨獣は、宇宙に名を轟かす破壊神を撃退したという伝説がある。

 巨獣狩り100体目記念にするには、このくらいの箔がついた奴は欲しい。

 多少の面倒は受け入れるしかないだろう。

 

 人間どもが逃げていった結果空いた椅子。そこに適当に座る。

 特に狙ったわけでもなく、つい今並べたばかりだろう料理がそこにはあった。

 

「おぉ? なんだ、バリ美味そうじゃねえか!」

 

 彼はスパイシーな香りがする料理が乗った皿を掴み取った。

 そのまま口の中に一気に流し込む。

 舌で躍る熱々の食べ物に対し、彼が肩を震わせる。

 

「―――何だよ、バリウマじゃん!

 この星にいる間、食うもんには困んなそうじゃん!」

 

 一皿で気に入った彼が、空になった皿を放り捨てる。

 そのままテラス席だけでなく、店内にも踏み入ろうと立ち上がった。

 

「何だ、無銭飲食してるチンピラがいるかと思えば……巨獣ハンターサマか」

 

「あん?」

 

 声に対し振り向けば、赤い服の男が逃げずに座っていた。

 それどころかまだ当然のように食事を続けている。

 最後の一口を食べ終えた男は、そのまま手にしていたスプーンを放り出す。

 

 カラーン、と。

 空になった皿の中に、スプーンが転がる音。

 

 食事を終えた男は立ち上がり、振り向きながら不敵に笑った。

 

「巨獣ハンターから空き巣に改名したらどうだ? バングレイ」

 

「……はっ、誰だか知らねえが言ってくれるじゃねえの!

 俺の名前を知ってるってことは、賞金稼ぎか何かかい―――!!」

 

 バングレイと呼ばれた青い怪物。

 その腹が発光して、光の砲弾が解き放たれる。

 発生するのは、周辺一帯を薙ぎ払う爆撃の雨。

 

 当然のように。

 バングレイの前にいた、赤い男はその爆発に呑み込まれた。

 

「フン……?」

 

 炎に巻かれて崩れていくテラス席。

 その中に浮かぶ人影は、既に只人の姿ではない。

 

 現れるのは、炎の中でなお赤く照り返す赤のマスク。

 

「―――ハズレだ」

 

 鍵と二本のカットラスが交わる海賊旗(ジョリー・ロジャー)

 それが描かれたスーツの上に羽織るのは、赤のジャケット。

 

 変わった彼はジャケットの襟を指で軽く弾き。

 そうして、両腕を組んで尊大に構えてみせた。

 

「巷で噂の、宇宙海賊さ」

 

 

 

 

「爆発!? あっちか!」

 

「こんなに派手にやるってことは、やっぱりデスガリアンか!」

 

 爆音が耳に届き、街が一気に騒がしくなる。

 一般人たちもそちらにデスガリアンが現れた、と感じただろう。

 そちらから逃げていく人の波に逆らって、音の方へと向かっていく。

 

「――――?」

 

 その道中、ソウゴが懐からディケイドウォッチを取り出した。

 騒いでいる、と感じたのだろうか。

 何かが始まる予感、と言ってもいいかもしれない。

 

 そういう感覚が頭を過ったのを、しかし今は気にせず前に進む。

 進むにつれ、戦闘音らしきものはどんどん近づいていく。

 

 やがて辿り着いた場所では、青い怪物と赤い戦士が戦闘を行っていた。

 

 赤い戦士はカットラス状の剣。

 青い怪物は錨のような形状をした大剣。

 それをぶつけ合い、鍔迫り合いしていた。

 

「青いのはデスガリアン? 赤いのは……」

 

「とにかく、両方止めよう!」

 

〈ジオウ!〉〈ディ・ディ・ディ・ディケイド!〉

 

 ジクウドライバーを装着し、すぐさまウォッチを二つ起動。

 ソウゴの言葉に頷き、タケルと大和もすぐさま変身の準備を整える。

 

〈一発闘魂!〉

〈イーグル!〉

 

 二つウォッチを左右のスロットに装填したジクウドライバー。

 そのロックを外し、回転待機状態へと移行。

 ライダーの時間を刻む時計を、背後に出現させる。

 

 燃え上がる赤と黒の眼魂。

 それを浮かび上がらせ、展開したゴーストドライバーに装填。

 カバーを閉じて炎上する闘魂パーカーゴーストを解き放つ。

 

 王者の資格、ジュウオウチェンジャー。

 開いて入力するのは、イーグルのジューマンパワー解放。

 閉じたキューブを回し、自身の周囲をキューブ状のエネルギーで覆う。

 

「―――変身!」

 

「―――本能覚醒!」

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム! カメンライド! ディケイド!〉

〈闘魂カイガン! ブースト!〉

〈アーァアァアーッ!!〉

 

 三人が揃い、その姿を変えていく。

 マゼンタの鎧を纏う、ディケイドという名を肩に刻んだ鎧のジオウ。

 真紅に燃えるトランジェントに、黒いパーカーを纏ったゴースト。

 鷲の顔を胸に浮かべた赤い翼の戦士、ジュウオウイーグル。

 

 そんな様子に気づいたバングレイ。

 彼が宇宙海賊を一度押し込み距離を開ける。

 そのままお互いに乱入者の方へと意識を向け、視線を送った。

 

「なんだ、そっちのお仲間か? いや……」

 

 先程適当に処理した白い奴の記憶で見た、と。

 バングレイは適当に納得する。

 巨獣に関係のない記憶は大して覗いていない。

 

 が、あれの仲間ということは恐らく、連中も巨獣の記憶は持っていないだろう。

 

「……あっちもか」

 

 そんなバングレイの前で、宇宙海賊は肩を竦める。

 黒いバイザーに隠された視線。

 それが向かう先は、マゼンタのアーマーを身に纏うジオウ。

 溜め息を噛み殺したような様子の彼が軽く首を揺らす。

 

「お前たちもデスガリアンなのか!?」

 

 ジュウオウイーグルから放たれる問い。

 それに対して、バングレイはどうでもよさそうに首を捻る。

 

「デスガリアンねぇ。まったく関係ねえな」

 

 左手のフックで胸を掻きながら、気の抜けた声での返答。

 

「だったら、お前たちは一体何なんだ!」

 

 焼け落ちた街の一角を見回し、ゴーストが問い詰める。

 そんな様子にも一切大した反応は見せず、バングレイは鼻で笑った。

 

「―――俺の名はバングレイ。

 この星にいる伝説の巨獣ちゃんを狩りにきた、巨獣ハンターさ!」

 

「伝説の、巨獣……?」

 

「そうよ。情報知ってたら教えてくれてもいいぜ?

 巨獣ちゃんさえ狩れれば、こんな星にはさっぱり興味はねえからな。

 目的さえ果たせりゃ大人しく帰ってやるよ。

 ―――言っとくが、街中で暴れるつもりだって無かったんだぜ?」

 

 そう言ったバングレイが視線を逸らし、宇宙海賊に目を向ける。

 視線を集めた赤い海賊は、カットラスの峰で肩を叩く。

 

「ほー、俺のせいだってか?」

 

「おいおい、人が飯食ってる時に邪魔したのは誰だよ!」

 

「そのセリフ、そっくりそのままテメェに返すぜ!」

 

 海賊が銃を抜く。

 連続して放たれる銃弾を、大剣バリブレイドで撃墜するバングレイ。

 銃撃を続けながら駆け出す海賊。

 距離が詰まっていく中で、双方共に剣を振り上げて交差させる。

 

 ―――その直前、二人の間に滑り込む影。

 それは両手に剣を構えたジオウ。

 ギレードとヘイセイバーでカットラスとバリブレイドを受け止め、彼は双方に問いかける。

 

「―――ところでさ。

 アランを襲ったのはどっち? さっき、川の方で起きた爆発」

 

「おっと、そいつは俺の仕業だ。

 名前なんざ覚えてねぇが、確かに雑魚を何匹か吹っ飛ばしたっけなぁッ!!」

 

 何も隠すことはないと、彼は愉快そうに声を震わせた。

 同時にバングレイの腹が青く光った。

 直後に放たれる、無数の砲撃。

 

 カットラスを止めていたギレードを手放す。

 空いた手で回すのは、ヘイセイバーのセレクター。

 

〈ヘイ! ダブル!〉

〈ダブル! デュエルタイムブレーク!〉

 

 ヘイセイバーを覆う鋼鉄棍のオーラ。

 それを回して、爆撃同然の集中砲火を強引に凌ぎ切る。

 

 横に飛んだ海賊の前、吹き飛ばされていくジオウの姿。

 入れ違うように、代わりに赤い翼が彼の前を翔け抜けていく。

 

「野性解放―――ッ!」

 

 イーグライザーを手に、イーグルは空を舞う。

 目掛ける先は当然、バングレイ。

 

 爆炎を切り裂きながら進軍してくる相手に、巨獣ハンターは剣を振り上げる。

 一直線に突き進む赤と、迎撃に入る青が激突。

 結果、膂力で上回るバングレイが飛来したイーグルを弾き返した。

 

「まだ、まだ――――ッ!」

 

 弾かれた瞬間、イーグライザーの刀身が鞭のように撓る。

 蛇腹剣はそのままバングレイの剣に巻き付いた。

 全力で羽ばたき、彼の腕ごと剣を引き寄せるジュウオウイーグル。

 

〈マブシー! マブシー!〉

〈ダイカイガン! オメガシャイン!!〉

 

 腕を引かれたバングレイが体勢を崩す。

 その瞬間、ゴーストがサングラスラッシャーを手に踏み込んだ。

 がら空きになった胴体に燃え上がる剣撃が炸裂する。

 

「チッ……!」

 

 バングレイが僅かに圧され、その足が蹈鞴を踏む。

 だがすぐさま足に力を入れなおし、拘束された剣を腕力でもって引き寄せた。

 片腕相手の綱引きだというのに、イーグルの方こそ動きを止める。

 

「くっ……! 本能覚醒!!」

 

 イーグルが己のマスクに手をかけ、持ち上げる。

 前面が丸ごと持ち上がり、中から現れるのはゴリラの表情。

 翼を失った赤い巨躯が地面に向かって落下を開始。

 しかしバングレイとの綱引きを、互角に持ち込んでみせた。

 

 地面を粉砕しながら着地するジュウオウゴリラ。

 その腕力にバングレイの腕が微かに震える。

 

「…………お手並み拝見、だな」

 

 戦う連中を前にして、赤い海賊が剣を下ろした。

 傍観者に変わった彼は、そのまま無言で戦況の変化を待つ。

 

 ゴリラに引き寄せられようとしたバングレイの足が地面を削る。

 追撃に振るわれるサングラスラッシャー。

 左腕のフックでそれを制しながら、彼は腹に力を籠める。

 

「しゃらくせぇ―――ッ!」

 

 腹部の砲口に青い光が収束し、一気に放たれ―――

 

〈フィニッシュタイム! スレスレシューティング!!〉

 

 バラ撒かれる光の砲弾。

 それに対してジオウが上げた銃口から、迎撃のための弾丸が飛ぶ。

 放たれたのは、メダル型の無数のエネルギー弾。

 

 機関銃のように連射されるそれが、バングレイの青い光弾を放たれると同時に撃墜する。

 

「ハ、やるじゃねえか―――!」

 

「ヒミコ!」

 

 スラッシャーを押さえられながら、ゴーストが眼魂を起動する。

 手慣れた動作に淀みなく、彼は即座にドライバーの中身を交換した。

 放たれるのはピンク色のパーカーゴースト、ヒミコ魂。

 

〈カイガン! ヒミコ! 未来を予告! 邪馬台国!〉

 

 赤いトランジェントのまま纏うパーカーを変える。

 彼はそのまま取り出した闘魂眼魂をサングラスラッシャーに押し込んだ。

 

〈メガマブシー! メガマブシー!〉

 

 鍔迫り合いをしている相手の剣。

 それが力を高めていると理解して、バングレイの左腕が動く。

 正面から潰すのではなく、受け流して逸らす方向へ。

 

 そして、そのバングレイの動きを予め知っていたかのように。

 ゴーストはそれに合わせて赤く燃える切っ先を導いた。

 

「――――!」

 

「はぁあああ―――ッ!」

 

〈闘魂ダイカイガン! メガオメガシャイン!!〉

 

 止め切れず、バングレイの腕を擦り抜けて胸に直撃する刀身。

 その衝撃によろめいた彼の足が、地面から離れた。

 

「オォオオオオ―――ッ!」

 

 瞬間、イーグライザーをジュウオウゴリラが引き寄せる。

 頭上で円を描くような全力のスイング。

 絡みつかれているバングレイは当然のように同じく振り回され―――

 

〈フィニッシュタイム! ギリギリスラッシュ!!〉

 

 ジオウがギレードを突き立てた瞬間、地面からバナナが剣山のように立ち並ぶ。

 それを視認したゴリラは、即座にイーグライザーへと更なる力を込めた。

 

 振り回されていたバングレイが全力で叩き落とされる。

 目掛ける場所は当然のようにバナナの中。

 大地から屹立した巨大バナナの森に、バングレイの青い体が突っ込んだ。

 

 ゴリラの剛力で叩き込まれたもので炸裂するバナナ。

 黄色い光が瞬き、爆発するように溢れかえった。

 バナナの果肉が弾けたような光の柱。

 

 その光景を見ながら、大和はイーグライザーの刀身を引き戻す。

 直剣を構え直すジュウオウゴリラに届く笑い声。

 

「―――はっ、赤! 赤! 赤! ピンク!

 そろそろ目が痛くなってきたぜ!」

 

 光の中から青い怪物は帰還する。

 砕けたバナナを確かな足取りで踏み締める様には、未だに余裕が感じられる。

 多少のダメージはあるようだが、それでも戦闘不能には程遠いだろう。

 

「ま、此処は退いとくぜ。

 生憎、巨獣ちゃん以外に興味ねえってのは嘘でもなんでもないんでな」

 

「―――させるか!」

 

 フックの腕をひらひらと振るバングレイ。

 彼はこちらの様子を伺いながら、後ろ歩きに距離を開け始めた。

 そんな彼に対して、ゴリラの足が大地を蹴りつける。

 跳ねる巨体、振り上げられる剛腕。

 

 ―――突き出される白い拳。

 その一撃に対し、バングレイが愉快そうに喉を鳴らす。

 自身が殴られる瞬間、ゴリラの手首を捕まえるフック。

 

「―――!?」

 

 腕を捻り上げ、後ろに回してその巨体を地面に落とす。

 すぐさま彼は剣を放り、右手でゴリラの頭を押さえつけた。

 

「……んだよ、結局外れかよ」

 

 ジュウオウゴリラを組み伏せたバングレイ。

 そうした彼が、何かに失望するような声を上げた。

 

 直後。無数の銃弾が連続して直撃し、その体を揺らす。

 サングラスラッシャーとジカンギレードによる銃撃。

 弾雨に身を晒され、バングレイは火花を散らして大きくよろけた。

 

「大和さん!」

 

 その瞬間、ゴリラのパワーが彼のフックから腕を引き抜いた。

 強引に体勢を引っ繰り返し、裏拳で青い頭部を殴り抜く。

 力任せの一撃を受け、地面を転がっていくバングレイ。

 

「―――っ、いま何か……!?」

 

 それでも何か未知の感覚に、大和が動きを止める。

 

「ハッ―――!」

 

 転がっていたバングレイは、すぐさま起き上がっていた。

 その勢いのままに離脱の姿勢に入る。

 

 感じた違和感を一時棚上げし、ゴリラが己の頭に手をかける。

 上げていた仮面を引き下ろせば、彼の顔は再びイーグルのものへ。

 

「逃がすか、本能覚醒―――ッ!」

 

 バングレイは近くの建物の壁を粉砕し、その中へと飛び込んだ。

 撒き散らされるコンクリートを翼で切り裂き、ジュウオウイーグルもそれを追う。

 

 そうなる、と分かっていたのだろう。

 バングレイは軽く鼻を鳴らし、壁に遮られ死角となった空間に手を伸ばした。

 直後に彼の六つの目の内、上段の二つがぼんやりと発光する。

 

 ―――すぐさま手を引いた彼が掴んでいたのは、一人の女性。

 

「そらぁッ!!」

 

「―――!?」

 

 バングレイがその女性を投げる。

 大和がすぐさま腕を畳んで彼女を受け止め、地に足を着けた。

 そんな彼の前でバリブレイドを振り上げる青の怪物。

 

「しま……ッ!?」

 

 意識を失っているのか女性に反応はない。

 両腕で抱えたままでは、庇うために肉体強度に優れるジュウオウゴリラにもなれない。

 とにかく彼女を抱えたままに相手に背中を向け―――

 

〈ファイナルフォームタイム! ダ・ダ・ダ・ダブル!〉

 

「黒ウォズ!!」

 

 ソウゴの声。

 即座の反応でイーグルと女性の周りの囲い込むストール。

 次の瞬間には、二人は揃って建物の外へと瞬間移動させられていた。

 

「祝え!! 全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え過去と未来をしろしめす時の王者!

 その名も仮面ライダージオウ・ディケイドアーマーダブルフォーム!!

 魔王たるジオウが、更なる力の記憶に目覚めた瞬間である――――!!」

 

 マスクで表情は見えない。

 だが、なんだこいつ、という態度を隠さない赤い海賊。

 

 そんな視線に晒されながら、特に気にもせず。

 黒ウォズは片手で掲げた逢魔降臨暦をぱたりと畳む。

 

「……私を呼ぶために使うのはどうかと思うけれどね」

 

 インディケーターが切り替わる。

 浮かぶ文字は、『ダブル・ファングジョーカー』

 顔面に表示されるのは、右が白く左が黒い野獣の如き顔。

 その顔と同じように、胸から下のジオウは白と黒に二分されていく。

 

 バングレイの元へと飛び込み、右の手首から発生させた刃で鍔迫り合いに持ち込むソウゴ。

 

「呼んだ時素直に来てくれるならね!」

 

 室内でそのまま二度、三度と刃をぶつけ合う。

 あの女性諸共に大和を吹き飛ばし、そのまま離脱するつもりだったのだろう。

 バングレイがその継戦状態に盛大に舌打ちを飛ばした。

 

「どうでもいい連中がどいつもこいつも……!

 バリイラついてきたぜ! なァッ!!」

 

 天井を掠めて崩しながら、大上段から振り下ろされるバリブレイド。

 左手に構えたヘイセイバーがそれを受け止める。

 双方の剣が激突し、その衝撃でジオウが足を置く床に罅が奔っていく。

 

「そう? じゃあお相子じゃない? 俺もあんたがイラついてようがどうでもいいし」

 

「言うじゃねえか! その余裕が崩れた時のテメェの面が見たくなってきたぜ!!」

 

「へえ、じゃあ先にあんたのその顔見せてもらおっかな?」

 

 ヘイセイバーが止めていた剣に、更に腕の刃(アームファング)を絡ませる。

 明らかに動きをここに止めるための動きにバングレイは身を引き―――

 

 壁を背にしていた彼の後ろから、幽霊(ゴースト)が擦り抜けてきた。

 気配を一切悟らせず、壁を壊すのでもなく透過して。

 あまりにも薄い気配に、戦闘中で気を張り詰めていたバングレイさえ気付くのが遅れる。

 

「――――チィ!?」

 

〈ダイカイガン! ゴエモン! オメガドライブ!!〉

 

「ハァァアアア――――ッ!!」

 

 黄色いパーカーをバサリと大きく翻し。

 忍び潜みし大盗賊が赤く燃える剣をその手に掲げ。

 ジオウに抑えられた相手を、背中からバッサリと一息に斬り抜ける。

 

 血飛沫の如く飛び散る火花。

 体勢を崩した瞬間、ジオウが右腕を拘束から外してセレクターを回した。

 

〈ヘイ! キバ!〉

〈キバ! デュアルタイムブレーク!!〉

〈ダ・ダ・ダ・ダブル! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

 更に続けてディケイドウォッチのスターターを押し込む指。

 白い右足のくるぶしに出現する牙。

 同時にヘイセイバーの刀身から夜闇が噴き出した。

 

 大穴が開いた建物の壁から差し込む月光を背に。

 青く輝くヘイセイバーと、肥大化した足の牙。

 それらの刃を立てて、ジオウが回転しながらバングレイに押し迫った。

 

 青い狼の白い牙が剥かれる。

 バングレイを磨り潰して砕かんとする、噛み合う牙(ガルルファング)

 双頭の獣の牙に身を晒されながら、バングレイが吼えた。

 

「調子に乗ってんじゃねぇッ!!」

 

 ゼロ距離から放たれる腹の砲口。

 無数の光弾が、発射直後に刃に接触して爆炎を巻き上げた。

 至近距離での爆発に、ジオウが吹き飛ばされる。

 

「ソウゴ!」

 

 吹き飛ばされる彼を受け止め、そのまま一緒に弾き出されるゴースト。

 

 爆発の威力が建物内部を満たし、壁も天井も全てを粉砕していく。

 柱が折れ、天井が落ち、埋まっていく室内。

 粉塵が風に乗って舞い上がり、空にかかっていた月光と夜闇も晴れていく。

 

「……逃げられた、かな」

 

「あとはもう一人―――」

 

 バングレイが消えた戦場で、海賊に向けて振り返る。

 が、そこには既に誰も残っていなかった。

 ゴーストとジオウは周囲を探るが、それらしき人はどこにもいない。

 

「……何だったんだろ? 黒ウォズ、知ってる?」

 

 と、問いかけてみるも。

 黒ウォズもまた同じように姿を消してしまっていた。

 いつものことではあるのだが。

 

 二人揃って変身を解除して、大和の元へと向かう。

 バングレイが投げつけてきた女性は、まだ目を覚ましていないようだ。

 周囲に人の気配は一切無かったのだが、どうやって隠れていたのか。

 とにかく、無事だったのなら何よりだ。

 

「大和先生から見て大丈夫そう?」

 

「―――――」

 

 女性を抱き留めた大和から返答はない。

 それを怪訝に思い、ソウゴが彼の顔を覗き見た。

 

 ―――まるでありえないものを見たかのように。

 彼はその目を大きく見開いて、女性の顔を凝視していた。

 

「大和さん……?」

 

 タケルの心配そうな声。

 それにも反応せず、彼は女性を見たままただ一言、小さく小さく呟いた。

 

「かあ、さん……?」

 

 

 

 

「ああ、バングレイは見つけた」

 

 携帯電話状の専用ツールを用い、船員に連絡を取る赤い海賊。

 その言葉を聞いて、電話先の相手は呆れたような溜め息を漏らした。

 

『……まさか、街の方のあの騒ぎはお前か?』

 

「まあな」

 

『俺たちは隠密行動して、奴より先にリンクキューブを見つける。

 お前はここに来る前、そう言ってたと思うんだがな』

 

 ガレオンとナビィを置いてきたのはそれも理由のはずだ。

 だが彼は悪びれもせず、簡潔に言い切る。

 

「仕方ねえだろ、奴が俺の飯を邪魔したんだ。

 んなことより鎧は」

 

『まだ戻ってない』

 

 まあどうせそうなるだろう、と思っていたのか。

 相手は追及もそこそこに、さっさと現状に意識を切り替える。

 

「……じゃあ仕方ねえ。

 今からは隠密行動だ、手分けしてリンクキューブを探すぞ」

 

『今更隠れるも何もないだろ。

 そういえば、サーカス野郎はどうするんだ。そろそろ動くみたいだぞ』

 

「ほっとけほっとけ。

 センパイらしく特等席で見せてもらおうじゃねえか、新しいスーパー戦隊の力をよ」

 

『だったらわざわざ俺たちがリンクキューブを探す必要もないと思うがな』

 

 マーベラスさんはそういう方ですから、と。

 電話越しに苦笑するような声が聞こえてくる。

 それに舌打ちを返し、彼は乱暴に通話を切った。

 

 

 



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誕生!世界の王者!2016

 

 

 

「うん、分かった……大丈夫? なんか様子が……そう?」

 

 王者の資格―――ジュウオウチェンジャー。

 通話機能を有するそれを開いて耳に当て、困惑しながら声を漏らす。

 それを横目に見ながら、オルガマリーは信号に従って車を発進させた。

 

 アムというレーダーを乗せて適当に回っていたのだ。

 その内街中で爆発が起き、感知するまでもなく場所は分かったが。

 通話を終えた彼女に問いかける。

 

「どうだったの?」

 

「……バングレイ、っていうデスガリアンとは違う宇宙人の仕業だって」

 

「また増えたの……」

 

 溜め息を噛み殺して、苦い顔を浮かべる。

 運転中でなければ天井を見上げていただろう。

 敵性がまた増えたと言うなら、情報の共有も密にしておかねば。

 

 とりあえず天を仰ぐのは後回し。

 浮かない顔をしているアムに、続けて質問を飛ばす。

 

「それで?」

 

「―――なんか大和くん、様子がおかしかったなって」

 

 どこか心配そうに、彼女はそう言って視線を伏せた。

 

 

 

 

 ジュウオウチェンジャーを折り畳む。

 バングレイが荒らした場所からは離れ、既に近場のベンチまで移動している。

 タケルとソウゴは対面に座っていて―――

 

 そうして横に視線を送れば、確かに母の顔がある。

 目を向けられ、彼女は困ったように微笑んだ。

 

「その人、大和先生のお母さんなの?」

 

 通話が終わるのを待っていたのか、ソウゴに問われる。

 

「そんなはず……」

 

 横にいる女性から視線を逸らして、小さな声で否定する。

 

 母は亡くなった。とっくの昔に。

 あんな場所から出てくる筈がないのだ。

 だというのに、彼女はやはり困ったように微笑んだ。

 

「大和のお友達?

 先生、ってことはもしかして……大和も医者に―――」

 

「そんなわけないだろ!!」

 

 ベンチから思い切り立ち上がり、母の言葉を否定する。

 目の前で二人が驚いたように目を見開いていた。

 けれど、それを気にする余裕もなくて。

 

 死んだ母が目の前にいることも。

 自分が医者になる、だなんて思われたことも。

 全部がありえなくて、声を振り絞っていた。

 

「っ、……母さんは死んだんだ。こんなとこにいるわけない……!

 俺はもう、二度と母さんには会えないんだ……!」

 

 タケルとソウゴが顔を見合わせてから、女性を見る。

 死人、と言われてもあまりにも普通の人間に見えた。

 

 声を震わせている彼に対し、大和の母―――風切和歌子が、大和の手を握る。

 

「―――――」

 

「そんなことはないのよ。言ったでしょう?

 この星の生き物は全部繋がってる……私と大和も、ずっと繋がってたのよ。

 二度と会えないだなんて―――そんなこと言わないで?」

 

 握られた手を振り払おうとして、しかしそれが出来ずに大和が歯を食い縛る。

 いつか失った母の温もりが、確かにそこにある気がして。

 

「……まさかあのバングレイって奴が、死んだ人間を生き返らせた……?」

 

 眼魂を揃えた時に願いを叶えてくれる、大いなる存在のように。

 そうして考え込むように、タケルが俯く。

 宇宙にはそんなことを可能にする未知の存在がいてもおかしくない。

 確かに彼らの目の前に、大和の母だという女性はいる。

 

 それを見ながら、ソウゴが僅かに目を細めた。

 

 

 

 

 PCとテレビでそれぞれ状況を確認しつつ、シブヤとナリタが首を傾げる。

 連絡を受け、バングレイとかいうのが次に出る場所を捜索しているのだ。

 それだけではなく、姿を消したアランの事も。

 

「手が足りないからさ、手伝ってくれない?」

 

 ナリタがそう言うも、部屋の隅で体育座りしている操は動かない。

 隣で待機しているジャベルもそうだろう。

 やれやれ、と。溜め息を吐きつつ彼は作業に戻った。

 

「こういう時にさ、あのディープ・コネクト社の何たら、って新ネットワークがあったら違うもんなのかなぁ」

 

 バングレイの出現位置をいち早く察知する手段。

 それは何ら特別なものではなく、それらしい情報をSNSから引っ張り出すこと。

 そんな作業もなく、すぐに情報の共有ができれば。

 

 そう愚痴るように呟いた彼に、シブヤが眼鏡のブリッジを押し上げた。

 

「ないものねだりしても仕方ないじゃないですか」

 

「そりゃその通りだけどさー」

 

 ぶつぶつ言いながら目を皿にしていた彼ら。

 ―――そんな中で、テレビの画面が緊急速報に切り替わった。

 

『番組の途中ですが、緊急速報です』

 

 お決まりの文句から始まったニュース。

 それに対して二人揃って顔を向ける。

 映し出される画面は、空中。

 

 ―――空中に浮かぶ、巨大なサーカスのテントのようなものであった。

 見た限り、そのテントの全高は20メートル近いのではないか。

 

 そんなものが空中に浮いている事に唖然とする。

 その光景を見て、デスガリアンか、いやバングレイか、と。

 皆に連絡を取ろうとして、それ以前に窓の外に気づく。

 

 今、正に、この街の上に。

 あの空中テントは存在していたのだ。

 

「多分、みんなもう気付いてるよな……」

 

「そりゃあれなら……」

 

 空中にある巨大テント。

 となれば恐らく最終的には巨大戦になるだろう。

 ジュウオウジャーたちによる、ワイルドジュウオウキングの決戦。

 

 二人揃って隅の操を見る。

 ちょっと立て直したかと思えば、また折れてしまった彼。

 彼もまた、ザワールドとして持っていたキューブアニマルを有している。

 可能ならば協力して欲しいのだが―――

 

 操はぼんやりとしたままテレビの速報を眺めている。

 共闘自体彼の意思に任せる、という方針だ。

 シブヤとナリタも戦ってくれとは言えない。

 

 そうして悩んでいるうちに、テレビにノイズが走った。

 途切れるように消えるニュースの画面。

 代わりにそこへ浮かぶのは、ドアップにされた青い怪物の顔。

 

『ごきげんよう、下等生物の皆様! 私の名前はドミドル!

 この宇宙大大大大大サーカスの団長をしています!!』

 

「え?」

 

 映像をジャックし、姿を現すのはドミドルと名乗った怪物。

 青い怪物というのは共通しているが、バングレイとは違うようだ。

 シブヤとナリタは顔を見合わせ、すぐに他のメンバーに連絡を取ろうとする。

 

『この度、私はこの宇宙に大大大大大空中ブランコを造るつもりでして!

 ブランコの軌道上にあるこの星に、立ち退きを要求しにきたのです!』

 

「何だ、こいつ……星の立ち退きって何する気だよ」

 

 余りのスケールに何の実感もなく、呆然と呟くナリタ。

 そんな彼の疑問に答えるように、画面の中のドミドルは指を立てた。

 ちょいちょいとその指先で示すのは、彼の足元。

 

『私の宇宙船、フライングテント号にはですね。

 星一つ丸ごと木端微塵に出来る兵器が搭載されているのです!

 おっと、ご安心ください。そうするにはまだまだエネルギーが足りません!

 その動力源はな・な・な・なんと!

 皆様方、下等生物の“悲しみ”の感情なのでぇーすッ!!』

 

 大仰な手ぶりでそう宣言し、くるりと回るドミドル。

 彼はそのまま自分を映しているカメラらしきものに手をかける。

 そうしてぐるりと。

 180°方向を変え、反対側を映し始めた。

 

「あ、れって……!」

 

 映し出されるのは檻だ。

 巨大な檻の中に、人が無数に閉じ込められている。

 パッと見て感じる違和感、その正体にはすぐ気づく。

 横並びの身長の低さからして、入れられているのは全て子供だ。

 

 それが見えた直後、回転しながらドミドルが画面内に再び入ってきた。

 

『つい先程、この星のご同業―――サーカス一座を発見致しました!

 なんと見事な公演! なんと素晴らしきサーカスの魅力!

 なのでその場から全ての子供をこうして集めさせて頂きました!

 何故か? それは子供こそ、より強い感情を抽出できる存在だからなのです!』

 

 ドミドルがそのまま檻に近づき、鉄格子を殴り飛ばす。

 多くの子供がそれに悲鳴を上げて、檻の中で泣き始めた。

 

『というわけで。

 先程までこの星のサーカスを楽しんでいた子供たちに、今からは私のサーカスを味わっていただきます! この辺り一面を焼け野原に変え、それを見た子供が生み出す悲しみのエネルギーを回収! それをもってこの星は大大大大大爆発! 子供たちは私のサーカスの入場料代わりに、死ぬまで雑用として使って差し上げますのでご安心あれ!』

 

 響く泣き声。

 それを聞いていた彼が、何度か頷くように首を縦に振る。

 数秒の間そのままにして、突然振るわれる鞭。

 盛大な破裂音を立てて床を弾く鞭に、恐怖で喉を引き攣らせる子供たち。

 

『開幕を祝する下等生物によるファンファーレはここまで!

 では、ここからは私のサーカスを始めるとしましょう!』

 

 テレビに映っていたドミドルが消える。

 戻ってくるのは、放送事故用の“しばらくお待ちください”なんて画面。

 

 ―――窓の外に見えるテント号が動き出す。

 各所が発光して、今にも光線でも放ちそうな―――

 

「ど、どうするんだよあれ……!」

 

「どうするって……まずは子供たちを助けないと……!」

 

 携帯電話を持ちながら、二人が顔を引き攣らせる。

 今にも破壊行為を働きそうな敵宇宙船。

 だというのに、あの中には捕まった子供たちが乗っているという。

 下手にこちらから攻撃することもできないのだ。

 

 二人揃って電話をかけつつ、後ろを振り向く。

 こうなっては気を使っている場合じゃない。

 どう考えたって、トウサイジュウオーは必要になるはずだ。

 

 そう思って振り向いた二人の視線の先、そこには既に操の姿はなかった。

 

 

 

 

『そんでどうするの?』

 

『どうするも何も、助けに行くべきだろ』

 

『お前なんかが役に立つのかぁ?』

 

 走る背中にかけられる、三人のジューマンの声。

 なぜ走り出したのか。

 それはきっとテレビに映った画面に子供がいたから。

 

 ―――より正確に言うならば、ジューマンの子供がいたから。

 鳥のジューマンだったように見えた、その子供。

 彼は―――彼女かもしれないが―――人間の子供と一緒に震えていた。

 

 その目的は、彼らを悲しませてエネルギーを得るためだという。

 自分と一緒に捕まって、力を奪われたジューマンと重ねているのだろうか。

 多分そうだろう。だから反射的に、操は走り出していたのだ。

 

「そうだ……俺なんかが役に立つかどうかなんて、分からない。

 もしかしたら、俺のせいで足を引っ張ってしまうかも……」

 

『引っ張るだろうなぁ』

 

『実際いまんとこ、かなり迷惑かけてるよな』

 

 走り出した足が、背中からの声で少しずつ減速していく。

 ここで止まるから自分は駄目なんだ、と分かっていても。

 

 足がとんでもなく重くなり。

 ゆるゆると足取りが遅くなっていく。

 

「やっぱり……俺に、戦う資格なんて……」

 

『資格がないから戦わないのか?』

 

 ついに止まった操の前に、犀男が歩み出してくる。

 彼は操の懐に手を入れると、ザライトを引っ張り出した。

 

 ―――ザライト。

 ジニスが作りだした、犀、狼、鰐のジューマンパワーを使うためのアイテム。

 ジュウオウジャーの王者の資格のデータから再現した、疑似王者の資格。

 それを彼の前に突きつけて、問いかける言葉。

 

 狼男が操の左肩に手を乗せて、呆れたように口にする。

 

『どうせ俺たちの力を使うためのこれも、偽王者の資格だし。

 お前に資格なんて、最初からなんにもないんだよ』

 

「…………俺は…………」

 

『けど、言ってたじゃん? 生きるのに資格なんて要らないって。

 じゃあ生きるために戦う事にも、誰かが生きることを守るために戦う事にも。

 資格なんて要らないんじゃない?』

 

 鰐男が右肩に手を乗せる。

 

 正面に立った犀男が、二人にそれぞれチラリと視線を送りつつ。

 ずい、と。手にしたザライトを操に向かって突き出した。

 

『俺たちはお前の妄想だから。

 お前がこんなこと言わせるってことは、もう答えなんて決まってるだろ。

 お前が感じている本当の心の声、そろそろちゃんと聞こえるんじゃないか?』

 

 ―――止まっていた操が手を伸ばす。

 伸ばした手が、犀男の手からザライトを受け取った。

 その瞬間、消えている三人の影。

 

 ザライトを握り締めながら、操が空を仰ぐ。

 空に座すフライングテント号。

 その中には、多くの子供とそれに混じったジューマンがいる。

 

 それを利用して、多くの人間を殺そうとしている怪物がいる。

 

「俺は……! 俺は――――ッ!!」

 

〈ザワールド!〉

 

 ザライトの底面を掌で叩き、キューブを回す。

 そのまま振り上げた左脚の膝に叩き付け、思い切り天に掲げた。

 

「本能覚醒―――ッ!!」

 

〈ウォーウォー! ライノス!〉

 

 操の体が変わっていく。

 纏うスーツは黒、金、銀のトリコロール。

 犀の角を生やした黒いマスクで顔を覆い、全身にジューマンパワーを漲らせる。

 

 そうして彼は、即座にザライトを再び二度叩いた。

 

〈ジャンボ!〉

〈キューブライノス!〉

〈キューブクロコダイル!〉

〈キューブウルフ!〉

 

「来い、キューブライノス! キューブクロコダイル! キューブウルフ!」

 

 掲げたザライトに反応し、大地を震撼させる巨体が姿を現す。

 黒い車体が障害を粉砕しつつザワールドの元へ駆けつけた。

 

 

 

 

〈9! 7! 8!〉

〈トウサイジュウオー!〉

 

『完成! トウサイジュウオー!!』

 

 空を行くテントに対し、巨体が立ちはだかる。

 ライノス、クロコダイル、ウルフ。

 三体のジュウオウキューブが合体した存在。

 ワイルドジュウオウキングをも凌駕する戦闘能力を有する、黒い巨神。

 

「あれは、ザワールドの……!」

 

 ―――仮に彼女が本当に生き返った母だったとして。

 そればかりに構って、あの侵略者を見過ごせるわけがない。

 

 キューブアニマルを解放しようとしていた大和が動きを止める。

 声からしても、あれは間違いなくザワールド―――操だ。

 

 だがそのまま戦闘を行うわけにはいかない。

 あの中にはまだ子供たちが捕まっているのだ。

 まずはどにかして、時間を稼がなければ―――

 

『おい、サーカス野郎! お前はサーカスをすると言ったな!』

 

 トウサイジュウオーが腕を上げる。

 クロコダイルの腕を向けられ、テント号からドミドルが反応を示した。

 

『ええ、それが何か?』

 

『だったら俺と勝負だ! お前のサーカスと、俺が―――いつか友達が出来た時用に、その友達を飽きさせないように密かに猛練習していた一発芸! どちらが面白いかをな!!』

 

「え」

 

 一体何を、と言いたくなるような勝負を自信満々に持ちかける操。

 それを地上から見ていた大和が、思わず声を漏らした。

 

 一瞬黙ったドミドルがしかし。

 見世物勝負と言われては黙ってられないのか、すぐに言い返してくる。

 

『いいでしょう! 私のサーカスに及ぶとはまぁったく思いませんが?

 挑戦されたからには、正面から粉砕してさしあげましょう!』

 

『よし、行くぞトウサイジュウオー! 俺たちが見せるのは―――ダンスだ!!』

 

 自信に満ち溢れた操の声。

 それに応えるように、構えに入るトウサイジュウオー。

 

 ―――だがそこで停止して、何故か動き出さない。

 そのままの姿勢で、一転して絶望的な声を吐き出す操。

 

『し、しまった……音源を用意していなかった……!

 やっぱり俺は何も出来ない……こんな俺に、戦う資格なんて……』

 

「ああ……」

 

 今の声で完全に体育座りに入ったと分かった。

 それどころか、トウサイジュウオーまでもが体育座りを始める。

 そんな様子を前にして、すぐにタケルが動き出した。

 

「ベートーベン……!」

 

 今のセリフからして、足りないのは音楽なのだろう。

 それを理解して、ゴーストが黒いトランジェントに白いパーカーを纏う。

 

 姿を現すのはゴースト・ベートーベン魂。

 彼が幽霊そのままにふわりと浮かび上がった。

 全力で飛んで、コックピットに滑り込むゴースト。

 

 彼が見つけるのは、操縦席で体育座りしているザワールド。

 

『俺はなんて駄目な奴なんだ……せっかく皆の助けになれると……』

 

『ねえ! ちょっと!? なんて曲!? 曲名!』

 

 肩に手をかけ引っ張って、強引にこちらを振り向かせる。

 そこまでされてやっと、ちらりとタケルを見た操。

 彼の口がぽつりと、練習していた楽曲の名前を呟いた。

 

『【レッツ!ジュウオウダンス】……』

 

 それを聞き出し、すぐさまスマホを取り出すタケル。

 

『ええと……あった!』

 

 検索して出てくる楽曲を見て、バサリと鍵盤のようなパーカーを翻す。

 演奏するべき譜面を理解し、指揮棒を揮うように指先を走らせた。

 

 ―――奏でられ始めるメロディー。

 当然、それは操が聞き慣れたものに相違なくて―――

 

『おお……おおお……! ありがとう! これで見せてやれる!

 これが! もし友達が出来た時のために、俺が磨き上げてきたダンスだ!

 行くぞ、トウサイジュウオー!!』

 

 演奏者を隣に置いたまま、ザワールドはステアリングを握る。

 立ち上がるトウサイジュウオー。

 その黒い巨体が、リズムに乗って動き出した。

 

 

 

 

 唖然としながらそれを見上げつつ―――

 しかし、操のお陰で逆転の手段が現れた。

 

 見世物勝負からはけして逃げる気はないのだろう。

 ドミドルは破壊を始めることなく、確かに船の動きを止めていた。

 忍び込み、子供を助けるのであれば今しかない。

 

「―――ソウゴくん、飛べる俺たちで忍び込もう!」

 

「分かった」

 

 ジュウオウキューブでの接近ではすぐに気づかれるだろう。

 ならば、騎乗せずに飛行できる彼らの出番だ。

 あとはフーディーニを持つマコトが―――

 

「おっと、その前にもっかいこっちと遊んでくれよ」

 

 剣が地面を抉る破砕音。

 すぐさま振り向けば、そこには青い怪物―――バングレイ。

 彼は楽しげに笑いながら、その場に立っていた。

 

「バングレイ……!?」

 

「逃げたんじゃないの?」

 

 和歌子を自分の背後に庇う大和。

 そうしながら変身準備を整える二人に、バングレイが微かに笑う。

 

「まぁな、さっさと目的に戻ろうかと思ったんだが……

 あのサーカス野郎が地球ごと壊すっていうじゃねえか。

 困るんだよなぁ、巨獣ちゃんを狩るまではこの星壊されちゃ」

 

「だったら、いま俺たちの足止めする理由なくない?」

 

「ああ、まったくねえな。

 ……けどまぁ、さっきやられた分はキッチリ返しとかなきゃな。

 さっきも話してたが、繋がりが大事なんだろ?」

 

 ソウゴの問いを肯定しつつ、しかし一切退く気は見せない。

 それどころか、先程までの大和と和歌子を見ていたかのように彼は語る。

 

「サーカス野郎の話、聞いてたか? ガキどもがいなきゃ、地球は壊せないんだとよ。

 つまり、あいつらを皆殺しにすりゃこの星は守れるってこった。

 地球が壊されそうになったら、俺の船でガキども吹っ飛ばしてやるぜ。

 ――――こんな風にな!!」

 

 ―――空に姿を現す青い船。バングレイの愛船、ヤバングレイト号。

 それに搭載された砲門が一斉に、テント号とトウサイジュウオーを向いた。

 走る火線が両機に直撃し、滝のような火花を散らした。

 

 ダンスをしていたトウサイジュウオーが転倒。

 テント号もまた大きく揺れ、傾いた。

 

「操くん!? ―――バングレイ、お前ッ!!」

 

「ヒャハハハハッ! 潜入しっぱぁーい!

 どうなるかねぇ、ガキどもが無事で済めばいいなぁ!!」

 

 おかしそうに腹を抱えて笑うバングレイ。

 けたけたと笑っていた彼が、不自然なほどいきなり停止。

 そのまま六つの目を大和が庇う、彼の母親に向けた。

 

「さぁーて。んじゃあ、次はその女をお前の目の前で消してやるよ。

 どうする? こうなったらガキもすぐに助けに行かなきゃ危ねぇよなぁ? けど俺みたいなバリ危険なヤツの前に、せっかく生き返った大事なママを放っていけるかねぇ?」

 

 嗤笑混じりの言葉。

 それに対して、母親を庇いながら大和が強く歯を食い縛る。

 

「ふざけるな……ッ!」

 

「生き物は全部繋がってる、ずっと繋がってる、だろ?

 ほらほら、頑張らねえとお前の言う繋がりが今にも切れちまうぞ!」

 

 両手を掲げて、空にあるテント号を示すバングレイ。

 

 揺すられたその巨体が体勢を立て直しつつある。

 そうなれば最早攻撃したバングレイの船だけではない。

 無差別に街が破壊され始めるだろう。

 

「―――上には俺が行く!」

 

「させねぇよ! そっちの赤い鳥野郎の次はテメェで遊ぶんだからなァ!」

 

 ウォッチを構えるソウゴに、バングレイが腹の砲口を向ける。

 青く輝いたそこから、光が砲弾となってソウゴに向け発射され―――

 

「させねぇってのはこっちのセリフだ!!」

 

〈ジュウオウスラッシュ!〉

 

 ―――る、その前に。

 四本爪の獣が、バングレイを強襲した。

 彼の背後から叩き付けらる四色の刃が、その足に蹈鞴を踏ませる。

 

「チィ……ッ!?」

 

〈アーマータイム! 3! 2! 1! フォーゼ!〉

 

 更にその横合いから突っ込んでくる白いロケット。

 バランスを崩した状態でそれに轢かれ、バングレイは吹き飛ばされる。

 

 白いロケットが分解し、ジオウの各部に合体。

 両腕で掴んだブースターモジュール。

 その噴射口から炎が噴いて、彼を一気に空へ運んでいく。

 

 起き上がりつつそれを見上げ、舌打ちするバングレイ。

 彼が下で戦う以上、細かい操舵が出来ないヤバングレイトは撤退だ。

 流石に不意打ちでもなければ戦えない。

 

 となれば、あっちを止める手段はないだろう。

 鼻を鳴らして、合流して五人になった連中の方を見る。

 

「大丈夫か、大和!」

 

「ああ……!」

 

「あんたね! バングレイって奴は!」

 

 仲間が集まり、大和もまた王者の資格を手にする。

 彼は一歩前に踏み出しながら、視線を後ろに庇った母に向けた。

 

「母さんは下がってて」

 

「大和……」

 

 心配そうに彼を見つめる女性。

 それを母さん、と呼んだ大和に驚愕を見せる四人。

 女性と大和の間を行き来する視線。

 

「え! 大和くんのお母さん!?」

 

「初めて見んぞ?」

 

「―――バングレイ……!

 お前にこれ以上好き勝手はさせない! 本能覚醒!!」

 

 だが大和はただバングレイを見据え、赤い翼を纏う。

 驚いていた四人も、今はそれどころではない、と。

 すぐにイーグルに並び、ジュウオウバスターを構え直した。

 

 左腕のフックで肩を掻きながら、バングレイが微かに笑う。

 和歌子に向けた視線を大和に戻し、彼もまた剣を構え直してみせる。

 

「これ以上好き勝手させない、ね。ま、精々足掻いてみるんだな」

 

 

 

 

「んん~ッ! 私のサーカスを邪魔しようとは、どこの誰ですか!

 ……まあ、いいでしょう。目的は果たせそうですし」

 

 大きく地団駄を踏み、しかしすぐに牢屋の方へ視線を向ける。

 その中で大きく揺れたテント号に恐怖し、泣き喚く子供たちがいた。

 

 大爆音、そして振動。

 そう続けざまにこの船が揺れれば、嫌でも死の恐怖は覚えるだろう。

 目の前で街を壊すのに比べれば溜まりが遅い。

 が、悲しみのパワー回収が始まっているので問題はない。

 

「あらら、残念。あなたたち、見捨てられてしまったのかも?

 私と一緒に殺されてしまうのかも!

 お父さんもお母さんも、もうあなたたちなんて要らないのかも!?」

 

 一際声が大きくなる。

 悲しみの力の回収は更に加速し、十分もあればこの星にはサヨナラできそうだ。

 

 機嫌を直して、攻撃してきた船の方を確認する。

 どうやら撃ってきた船は早々に撤退した様子であった。

 更にその船が現れた付近の地上では、何者かが戦闘を行っている。

 

「はて……どこかで見たような?」

 

 青い怪物の方には、どこか見覚えがある。

 確か―――巨獣ハンター・バングレイ。

 捕まえてサーカス用の猛獣にしようとした巨獣が、既に彼に狩られてた。

 というケースを何度か経験したことがあったはずだ。

 

 それを思い出して、微妙に顔を歪めるドミドル。

 

「ま、奴も地球ごと……いえ、奴がいるということはもしかして……

 サーカスの大大大大大目玉に出来そうな、巨獣がいるということなのでは……?」

 

 そうなってくると、少し迷う。

 大大大大大空中ブランコに邪魔なこの星は消去決定。

 だが巨獣を確保してからでもいいかもしれない。

 

 問題はバングレイと違い、ドミドルには巨獣の情報がないことだ。

 仮に捕まえるとするならば、まずはバングレイをどうにかせねばなるまい。

 いや。バングレイが巨獣を捕まえてから、それを奪うという方法も―――

 

 そうして悩んでいた彼の目前で、テント号の壁が弾け飛んだ。

 

「む……?」

 

〈デッドゴー! 激怒! ギ・リ・ギ・リ! ゴースト!〉

 

 燃える銀の翼を背に、深淵からの使者が怒りと共に訪れる。

 銀色の戦士は崩れていく外壁を更に微塵に砕きながら、中へと踏み込んできた。

 

 はぁ、と軽く溜め息を吐くドミドル。

 どうやら悩みすぎて、敵の存在から目を放しすぎたらしい。

 だがすぐさま彼は凶悪な笑顔を浮かべ、スペクターに向き直る。

 

「これはこれは! 宇宙大大大大大サーカスへようこそ!

 ですがお客様。我が一座の見世物は、これから外で上がる下等生物の悲鳴でございます!

 ここにいても面白いものは見れませんよ?」

 

「黙れ―――!」

 

 ディープスペクターが加速した。

 銀の炎を噴き上げ舞って、彼は深淵の炎を纏う拳を振り上げる。

 

 ドミドルが即座に愛鞭、シルクドウィップを振るう。

 電撃を纏って走る鞭は稲妻そのもの。

 それが空翔けるスペクターを打ち落とさんと唸りを上げ―――

 

 当然のように、手刀がそれを切り払う。

 

 視認などできるはずもなかろう鞭の撓りを、スペクターは完璧に迎撃した。

 その上で更に加速する銀色の戦士。

 

「なんと!?」

 

「オォオオオオ―――ッ!!」

 

 反応が遅れ、そのまま拳がドミドルに炸裂する。

 おおよそ拳での殴打によって発生するとは思えない重い轟音。

 余裕をもって下等生物を嘲弄するつもりでいた。

 が、突き抜けていく衝撃は体を尋常ではなく軋ませる。

 

「ぐ、え……ッ!?」

 

「ハァア―――ッ!!」

 

 足が浮いた相手に対し、更なる追撃の拳。

 頭を横から殴りつける拳に、命の危機すら予感する。

 まさかのまさかだ。こんな星に、これほどの存在がいるなどと。

 

 それを理解したことで、ドミドルは素直に考えを改めた。

 手首をスナップさせ、鞭を操る。

 蛇のようにのたうち跳ね回るそれを、スペクターは容易に潜り抜け―――

 

「!?」

 

 バァン、と。

 鉄格子を打ち付けた鞭が、雷電で弾けた。

 爆発したように撒き散らされる火花。

 同じくらい盛大に、中にいる子供たちの悲鳴が爆発する。

 

 スペクターが握っていた拳を開き、鞭を捕まえるために手を伸ばす。

 避けることは出来る。打ち払うことも出来る。

 だが自在に伸長し、周囲を叩き続ける鞭を制することはそう簡単には叶わない。

 

「せっかくここまでご来場されたお客様!

 もてなさねば宇宙大大大大大サーカスの名が廃るというもの!

 さささ、どうか存分に最高のショーをお楽しみあれ―――っ!」

 

「貴様……ッ!」

 

 スペクターの手を潜り抜け、鞭が何度となく牢屋を揺する。

 その腕前こそが、子供たちを直接狙う事だって出来るという宣言に等しい。

 だというのに狙わない意図は明白だ。

 

 ここで怒りのままに拳を振るえば、子供を殺すと言っている。

 

 引き戻されるシルクドウィップ。

 それがディープスペクターを大きく打ち据えた。

 銀色のトランジェントの上を弾ける雷電。

 全身を襲う連撃、炸裂する衝撃に、マコトが片膝を落として歯を食い縛る。

 

「ぐ……っ!?」

 

「捕まった子供たちを助けに、颯爽と現れたヒーロー!

 だが悲しいかな、彼はその子供たちを人質に取られてしまった!

 憐れなことに、子供たちの目の前で命を落とすことになるのです!」

 

 備え付けられたエネルギーゲージを見つつ、鞭を操る手に淀みはなく。

 

 わざわざ大仰に宣言してやれば、子供たちはある程度状況を理解する。

 目の前でやられているのが、自分たちを助けにきたものなのだと。

 

 だが、彼は膝を落として成すがまま鞭に打たれている。

 絶望の分だけ、悲しみの感情の蒐集は加速していく。

 もう2、3分もこうして鞭を振っていればエネルギーは臨界だろう。

 

 あとは折角の巨獣をどうするか、だが―――

 

 ディープスペクターが遂に膝だけでなく手まで床に落とす。

 それでも倒れ切ることはせず、四つん這いになった彼。

 だからと言って、ドミドルの鞭捌きは緩まない。

 

「―――例え……!」

 

「ん?」

 

 そうして俯いている彼が、全身から火花を散らしながら口を開く。

 

「例えここで俺が命を落とすことになったとしても……

 その子供たちの命は、俺が必ず未来に繋いでみせる……!」

 

「―――――」

 

 少しイラっと。

 ドミドルの振るう鞭が加速し、ディープスペクターへの攻撃が激化する。

 雷電を受けて痺れる四肢からは、少しずつ力が抜けていく。

 これならエネルギーがちょうど溜まる頃に、始末できるのではないだろうか。

 

 だが、

 

「―――少し気が変わりました!

 あなたより先に、2、3人くらいは子供を始末してあげましょう!

 せっかく自分から私の船に乗り込んできてくれたお客様!

 冥土の土産に、守れなかった子供の断末魔を聞かせてから逝かせてあげますよ!!」

 

 ぐるり、と。鞭の先端が弧を描いて牢屋の中に向かう。

 誰でもいい、と考えながらしかし。

 明らかに目立つ奴が一人だけいたので、そいつを選んで鞭を向かわせる。

 

「ひ……っ!」

 

 その子供は人間ではなかった。

 コンドルの頭を持った、人間とは別種の生物。

 彼はその種族特有の圧倒的な認識能力で、自分に鞭が向かってくることを理解した。

 

 回避できるわけがない。

 視えるからと言って、反応できるというわけではない。

 

 咄嗟に彼を庇おうと、懐から飛び立つ彼の友―――キューブコンドル。

 だが明らかにその動きは遅い。

 本来のそれとはかけ離れたノロマさ。

 

 サーカス団長であり猛獣使いであるドミドルの鞭。

 それは動物種に対して、強烈な行動強制能力を有している。

 

 あるいは、持ち主が王者の資格に選ばれた戦士だったならば、キューブコンドルもその強制力を完全に跳ねのけることもできたかもしれない。

 だが、現実としてそうではなく。しかし友人を守るために、必死に動かない体で飛び出したその紫色の翼。

 

 その有様をドミドルは嘲笑し―――

 

「―――言い直してやる。この子達の命は、俺たちが、絶対に未来に繋ぐ―――!」

 

「―――――!?」

 

 マコトが震える体で確かに、強くそう宣告する。

 

 ―――次の瞬間。

 ディープスペクターが開いた大穴から、高速で釣り糸が飛び込んでくる。

 ドミドルの操る鞭に伍するしなやかなうねり。

 変幻自在の鞭にぴたりと合わせ、強引に絡み付いていくその釣り糸。

 鞭を捕まえた瞬間、それは一気に巻き取られ始めた。

 

「チィ……重っ!?」

 

 鞭と、恐らく釣り竿での綱引き。

 その姿勢に入った瞬間、有り得ない荷重にドミドルが鞭を両腕で抱えた。

 そんな状態でなお、釣り糸はギリギリと音を立て、しかしどんどん巻き取られていく。

 

 圧倒的なパワー。

 ドミドルを凌駕する純粋な膂力。

 それは鞭を封じるに留まらず、彼を壁面の方まで一気に引き寄せていく。

 

「待ってろ、いま助ける……ッ!」

 

 相手が動けなくなった瞬間、スペクターが震えながら立ち上がる。

 無防備にどれだけ殴打されたか。

 軋む体をおして、死に物狂いで牢屋に向かって進みだす。

 

 ドミドルが未だに溜まっていないエネルギーゲージを見て一つ舌打ち。

 だがもうすぐチャージ完了。あと一押しさえすれば―――

 

「仕方ありません、こうなれば!」

 

 明らかに負けている力比べ。その起点である鞭を放り捨てる。

 思い切り引っ張られ、外に消えていく鞭と釣り糸。

 次の瞬間には、ドミドルの手の中には無数の短剣が握られていた。

 

 鉄格子の隙間を通して子供を串刺しにするなどわけもない。

 半分も殺せば、残りの半分の子供の悲しみでエネルギーが追加され満タンだ。

 巨獣は惜しいが、この状況で拘っても仕方ない。

 エネルギーチャージが完了した瞬間、地球にはなくなってもらおう。

 

「ッ……!」

 

 何十、何百と打ち据えられたばかりのスペクターは動きが遅い。

 多少は防げても、全部防ぐなど不可能。

 下手に広範囲の攻撃をしようとすれば、子供を巻き込む可能性もある。

 そう考えながら放つ短剣の雨。

 

 最早結果は決まった、と。

 主砲起動のため、エネルギーゲージを眺める。

 

 子供たちを守るために走り出すディープスペクター。

 そうして、これからどうなるかも分かっていない子供たち。

 一人その攻撃を視認できても何もできないコンドルのジューマン。

 多少調子を取り戻そうが、まだまだ動きが鈍いジュウオウキューブ。

 

「イッツ―――ショータイム!!」

 

 一秒先、子供たちが死ぬことで地球を消す兵器が起動する。

 その事実に吊り上がるドミドルの凶悪な口端。

 彼はとても喜ばしい、と両腕を大きく広げて目の前の光景に哄笑し―――

 

 ―――その結末を迎える十分の一秒前。

 爆音と共に突っ込んでくる白いロケットから切り離されたかのように。

 牢屋の前に黒・金・銀のトリコロールが着弾した。

 

 短剣の雨は銀狼の感覚を抜けることなどできず。

 振るわれる金鰐の尾の暴風の前には力を失い。

 そして僅かに撃ち漏らした数本も、黒犀の皮膚に傷をつけることは不可能で。

 

「なんと――――っ!?」

 

 ―――そこに。

 トウサイジュウオーから飛び出し、ジオウに掴まりここまで来た。

 門藤操―――ザワールドが立ちはだかった。

 

 その犀のマスクの下で息をこれでもかと荒げ。

 体を震わせながらも、彼は確かにそこに立つ。

 

「俺は、俺の罪を背負って戦う……! もう屈したりしない……!

 俺が奪ってしまったものを、もう二度と理不尽に奪わせないために……!」

 

 子供たちが閉じ込められた牢屋の前。

 現れたのは、全身から満ち溢れるジューマンパワーの戦士。

 そこには確かに、彼らを救ったヒーローの背中があった。

 

 コンドルのジューマンの子供が、その光景に思わず呟く。

 話には聞いていた、ジューマンの中に現れたという伝説の戦士の名を。

 

「ジュウオウジャー……?」

 

「―――――」

 

 背中にかけられた声に、ザワールドが肩を揺らす。

 

 迸るジューマンパワーは、きっとその証明に違いない。

 だからこそ少年はそのまま、彼に対して歓声を上げる。

 

「ジュウオウジャーだ……ジュウオウジャーが助けてくれた!」

 

 少年の声を皮切りに、牢屋の中の子供たちがその背を見上げる。

 その多くの目が見上げるのは、黒と金と銀の背中。

 子供たちが、今までニュースの中でしか知らなかった存在。

 デスガリアンという異形の侵略者から、今まで彼らを守ってくれていたヒーロー。

 

「ジュウオウジャー……?」

 

「ジュウオウジャー!」

 

 絶望から掬い上げられた、子供たちの希望の声が背中にぶつかる。

 そのまま背中を打たれた衝撃で、前のめりに倒れて転がってしまいたい。

 ザワールドとはそんな存在ではなく、むしろデスガリアンと同一の―――

 

 ―――背中を。

 声だけでなく、手で叩かれる感触が伝わってくる。

 幻で、妄想だ。

 彼がそうあって欲しいと願い、創り出した虚像に過ぎない。

 ごつごつとした三つの手に叩かれ、押し出される。

 

 ―――そうだとも。

 彼らは妄想で、幻想で、門藤操が勝手に生み出した存在だ。

 門藤操がこうであって欲しい、と思った心の声がカタチになったものだ。

 

 だから、その三つの手が押し出してくれると言うのなら。

 

「もう……あんな想いは誰にもさせたくない! 玩具みたいに弄ばれて死ぬ命を、絶対に見逃したくない! 犀のジューマン……! 鰐のジューマン……! 狼のジューマン……! お前たちを犠牲にして生き延びてしまった俺だけど……! もう二度と、お前たちのような犠牲者を出さないため、お前たちの力と一緒に、俺を戦わせてくれ!!」

 

 ザワールドの中から力が吹き荒れた。

 彼の中に宿った三つのジューマンパワーが嵐を起こす。

 力を込めて顔を上げ、正面に立つドミドルを睨み付ける。

 

「――――今日から、俺は……!!」

 

 トリコロールの体を覆うほど吹き荒れる砂塵。

 その中で金の腕と銀の腕が、大きくぐるりと円を描く。

 手で示したその円こそがこの星を示し、それを掌中で包み込むように拳を握る。

 この罪を贖うために。もう二度とこんな悲劇が繰り返されないように。

 

 ―――世界を丸ごと守り抜くために。

 

「世界の王者! ジュウオウザワールド――――ッ!!」

 

 六人目の地球の戦士が、そこで初めて咆哮した。

 

 

 




 
コンドルワイルドは流石に出番なし。
 


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親子!心に遺してくれたもの!2016

 

 

 

「っ、ぁ……!」

 

「あっ、目を覚まされたようです」

 

 意識を取り戻したアランの耳を叩く、女性の声。

 現状も分からずに必死に頭を上げる彼。

 その頭の上から、更に声がかけられる。

 

「まだ寝てた方がいいって。酷い怪我だよ?」

 

 緑ジャケットの男性はそう言って優しく肩に手をかけ、彼を寝かせようとする。

 だがそれを振り解き、アランは上半身を思い切り起こした。

 

 が、そうとはならず。

 思い切り起こそうとして、力が足らずに背中を地面に落とす。

 

「大人しく寝てた方が身のためじゃない?」

 

 溜め息混じりの声。

 それを睨みつけようとして、自分が四人の男女に囲まれていることを知った。

 

「貴様、たちは……?」

 

「お前が川の方から流れてきたのを引っ張り上げた……一般人だ」

 

「そーそー、一般人一般人。宇宙の大海原を行く普通の一般人」

 

 パタパタと手を振りながら、おかしそうに口にする黄色いジャケットの女性。

 ピンク色の上着の女性は、そんな彼女に困った風な表情を向ける。

 

「ルカさん、それでは一般人とは呼べないのではないでしょうか?」

 

「なんでよ。一般人にだって宇宙を股に掛ける権利くらいあるでしょ」

 

 川から流れてきた、と。

 そう言われて思い出す、自分の手の中でフミ婆が消えていく感覚。

 湧き上がる激情を止める方法も知らず、彼は再び立ち上がろうとする。

 

 限界以上まで痛んだ体が軋む。

 だがそんな全身から知らせられる危険信号は全て無視した。

 震える手足で、しかし少しずつ体を持ち上げていく。

 

「おい、止めとけ。本当に死ぬぞ」

 

「―――死なない、死ぬわけにはいかない……!

 私にはまだ、やらなければならないことがある……!」

 

 止めようとする青ジャケットの男を押し退ける。

 そこでようやく、自分が服を脱がされていることに気づいた。

 それを、どうしたものかという顔をしている青い男に問いかける。

 

「私の、服をどうした……」

 

「あぁー……いま乾かしてるよ、あっちで」

 

 答えを返してくるのは、緑の男。

 彼が指差した先にあるのは、たき火の上にかけられたアランの服。

 既にずたぼろで穴だらけになった、眼魔の軍服。

 

 それを取りに行くために、アランは一歩踏み出した。

 すぐに膝から力が抜け、体が落ちる。

 そんな彼を横から抱えて倒れるのを防ぐ青い男。

 

「いいから、お前はここで大人しくしとくんだな。

 今のお前は何か出来るような状態じゃない。

 自分の体がそんな状態だってことくらい、自分で分かるだろ」

 

「だからどうした! それでも……私の心が叫んでいる!

 奴は許さないと! 奴を野放しになど出来ないと!」

 

 体の悲鳴よりも、心の慟哭の方がより強く。

 アランは青い男を振り払い、自分の服の方へと歩み出す。

 言われた男は溜め息混じりに、瞑目しつつ頭を掻く。

 

「奴って……」

 

「……バングレイでしょうか」

 

 一歩ずつ、よろけて転がりそうになりながらも。

 しかし確かに進み続ける彼。

 その背中に、よく聞き慣れた声が飛んできた。

 

「アラン様!」

 

「―――――」

 

 痛む体をおして振り返る。

 そこにいたのは、袋を抱えたカノンの姿だった。

 その後ろには、オルガマリーが乗る車の姿もある。

 

 オルガマリーは停車させた車を降りて、四人の方をちらりと見た。

 

「―――すみません。彼はわたしたちの知り合いなのですが」

 

「ああ、良かった! 彼、川の方から流れてきて!

 一応は応急措置はさせてもらったんですけど、すぐ病院に連れて行った方が!」

 

 緑ジャケットの男が走り出し、干していた服を回収する。

 まだ乾いてはいないが、彼をずっと抱えているわけにもいかない。

 既に船長は行動方針を示しているのだし。

 仲間がきてくれたなら、彼は止めてもらえるだろう。

 

 ぱぱっと纏めた服。

 それが受け取りに行ったツクヨミに手渡される。

 

 青い男がアランに肩を貸し、車の方に誘導し始めた。

 そうして連れられながら、アランの視線はカノンが抱えている袋に向く。

 

「……ありがとうございます。

 状況が落ち着いたらお礼を差し上げたいのですが、よければ連絡先を―――」

 

「要らないさ。それに、その内また会うだろ」

 

 車の中にアランを押し込みながら、青い男が肩を竦める。

 そんな彼に目を細めるオルガマリーと、先程ルカと呼ばれていた女性。

 

「ちょっと、ジョー。隠密行動どこ行ったのよ」

 

「さあな、船長に訊いたらどうだ」

 

 ぱたぱたと手を振って、ジョーと呼ばれた男は踵を返す。

 そのままここを離れるために荷物を纏めだす彼。

 やれやれ、と。そんな態度に肩を竦めたルカが声を上げた。

 

「ほら、アイムもハカセもずらかる準備。

 隠密行動始めるよ。マーベラスを見習ってさ」

 

「火の始末火の始末……」

 

「では皆さん、ごきげんよう。またどこかでお会いしましょう」

 

 ルカの号令に従い、たき火の処理に入るハカセと呼ばれた緑の男。

 アイムと呼ばれたピンクの女性もちょこんと頭を下げ、片付けを始める。

 

 さっさと荷物を纏めて引き上げていく四人。

 そんな彼らを見送りながら、オルガマリーは眉を顰めた。

 

「所長さん、あの人たち……」

 

「―――まあ、何にせよ。今は追ってる暇がないでしょ」

 

 ツクヨミの声に溜め息を一つ吐き捨てて。

 車に乗るように、ぱたぱたと手振りだけで彼女に指示をする。

 少し苦い表情で車に乗るツクヨミを見て、後からオルガマリーも動かすために乗り直す。

 

 と、後ろからアランの声が聞こえてきた。

 

「バングレイはどこだ……! 奴は、どこにいる……!」

 

「ちょっと……その傷、少し大人しくしてた方がいいわ。

 カノンちゃん、そっち持って」

 

「あ、はい……」

 

 満身創痍のまま行動しようとするアラン。

 そんな彼をとりあえず縛るためなのか、ロープを取り出すツクヨミ。

 困惑しながらその指示に従うカノン。

 

 オルガマリーがそんな光景をどっかで見たな、と眉を顰めた。

 ―――アメリカか。

 

「―――ほら、これ」

 

 バックミラーでその光景を見つつ、手の中でルーンストーンを弾く。

 これだけでも最低限の治療にはなるはずだ。

 もっとも傷は治せても体力はそう簡単には戻らないだろうが。

 

 はぁ、と。

 大きく溜め息を落としつつ、通信機に声をかける。

 

『どうだい? 大丈夫だったかい?』

 

「そうね。そっちの計算通り、流された場所は合ってたわ」

 

 あの戦闘現場から川に落ちたものがどこに流れるか。

 マップと共に状況をカルデアに送り、算出してもらった結果。

 彼女たちがここに早々に来れたのはそれが理由だ。

 

「ロマニ・アーキマン……! バングレイの居場所はどこだ……!」

 

 流石に怪我人をはっ倒して縛るほどのアクティブさはないか。

 ツクヨミが苦い顔をしながら、運転席の方に詰め寄るアランを引き戻そうとする。

 

『ええと……確かにいま、バングレイとの戦闘中だけど……』

 

「オルガマリー・アニムスフィア……! 私もそちらに連れていけ……!」

 

 そっと息を吐いてエンジンを動かす。

 

「ロマニ、位置情報をちょうだい。そっちに向かうわ」

 

『―――いや、医者としての視点から言わせておいてもらおう。

 今のアランくんのバイタルを観測した限り、戦場に向かうのは反対だ。

 その車がレオナルドの造ったものだとしても、危険が大きい』

 

 通信機に手を伸ばそうとするアラン。

 そんな彼の手を、オルガマリーが止めた。

 彼女の力でさえ至極簡単に止められるほどの、弱々しい腕力。

 

 それほどに弱っているからこそ、ツクヨミも下手に力尽くで引っ張れないのだろう。

 

 魔術による治療は、外傷をほぼほぼ治すことだろう。

 だがそれによって失われた体力は、簡単には戻るまい。

 

 ジュウオウジャーが戦闘を行っていたバングレイ。

 既にそこに立香たちも合流している。

 だからこそ、ロマニの方にもきっちりと観測できている。

 その戦闘力は、満身創痍のまま戦えるような簡単な相手ではない。

 

「……あんたは何でそこまでその相手に拘るの?

 わたしはともかく、ドクターストップを跳ね除ける何かがあるの?」

 

 問われた事、その疑問に。

 アランは考えるまでもなく、すぐに答えを返していた。

 

「―――心だ。私の心が、そう叫んでいる」

 

「……アラン様」

 

 カノンの声に彼が振り返り、その腕が抱えている袋を見た。

 それを渡してくれ、と手を伸ばしたアラン。

 少しだけ逡巡してから、カノンは確かにそれを彼に受け渡した。

 

 袋を開ければ、そこには彼の服が入っている。

 フミ婆が選んでくれた―――似合いそうだと笑ってくれた。

 アランに、フミ婆が遺してくれたもの。

 

「―――私は心を教えられた。心の意味を、心の価値を。

 それを教えてくれた者も、その言葉も……私は、守りたい……!

 だからこそ、奴は止めなくてはならない……! 頼む、私を……!」

 

「……ロマニ?」

 

『……分かっているよ。そもそもボクにそれを止める権利なんてない。

 ただ言っておきたかっただけさ』

 

 彼だって無茶をする人を見送るのは慣れたのだ、と溜め息一つ。

 無茶をさせている側の人間、という自覚があるからこそ口は挿めない。

 

『―――誘導しよう。頼んだよ、所長』

 

 

 

 

〈カイガン! ノブナガ!〉

 

 銀のトランジェントに紫のパーカーを纏う。

 手に顕すのはガンガンハンド、そしてディープスラッシャー。

 負傷した体をおして、彼は死力を尽くしてザワールドの隣に並ぶ。

 

 腰からザライト―――ジュウオウザライトを引き抜く。

 そのキューブを回して、合わせる面は狼の顔。

 

「行くぞ――――ッ!」

 

「ああ、本能覚醒!」

 

〈ウォーウォー! ウルフ!〉

 

 ジュウオウザライトの底面を振り上げた膝に叩き付ける。

 ライトの放つ光に呑まれて変化する、ジュウオウザワールドのマスク。

 額にあった犀の角がスライドし、その中から銀色が顔を見せた。

 

 狼の眼光で敵を睨み、ザガンロッド―――ジュウオウザガンロッドを握り込む。

 

 釣り竿から銃へと変形したそのリールを回す。

 充填されていくジューマンパワーが、一際大きく輝いた。

 

〈ジュウオウザバースト!!〉

〈ダイカイガン! ノブナガ! オメガドライブ!!〉

 

 宙を覆う無数の青い炎。

 それがガンガンハンドと同じ形状となり、全ての銃口をドミドルに向ける。

 

「こ、これは不味いですねぇ!」

 

 シルクドウィップを放棄した結果、彼の武装はナイフくらいだ。

 そしてこの銃の数、幾らなんでも投げナイフでどうにかなる規模を超えて―――

 

 瞬間、全ての銃口が火を噴いた。

 空中に浮かぶ無数の銃。ガンガンハンド。ディープスラッシャー。

 そしてジュウオウザガンロッド。

 機関銃の如く吐き出される銃撃の雨が、瀑布の如くドミドルに押し寄せる。

 

 両腕を交差させて顔を守りながら、これは無理だろ、という判断を下す。

 今退かなければ、死ぬのはこちらだろうという断定。

 ただ逃げるのでは間に合わない。逃げきれない。

 そのためにも、完璧にチャージ出来ていなくても破壊兵器の解放を―――

 

「あらららら―――ッ!?!?」

 

 そうして視線を向けたエネルギーゲージ。

 その数値がみるみる内に低下していく。

 

 なぜ? いや、決まっている。

 エネルギー源が悲しみとは反対の感情を抱いているのだ。

 

 本来蒐集するべき感情とは別のものが、あそこで発生している。

 そんな感情から生み出されたマイナスエネルギー。

 それがせっかく溜めたエネルギーを相殺しているのだ。

 

「頑張れ、ジュウオウジャー!」

 

「ジュウオウジャー!」

 

 声援が上がる。

 それに応じてガリガリと削れていくエネルギーゲージ。

 

 悩む、いや最早悩んでいる暇などない。

 銃撃で削られていく体で踏み止まりつつ、彼は大きく腕を振り上げ―――

 

「ええい、こうなったらとりあえず一発―――!?」

 

 バクリ、と。

 その瞬間に彼の上半身に咬み付く鰐の牙。

 両腕と頭に丸ごと喰い付く顎に、ドミドルが動きを封じられる。

 

〈タカ! トラ! バッタ! オーズ!〉

〈スキャニング! タイムブレーク!!〉

 

「やらせないよ」

 

 ブレスターにコブラ、カメ、ワニと浮かべ。

 下半身を鰐のオーラで覆ってジオウが床を滑ってきていた。

 ミシミシと軋むドミドルを、彼は何とかその場で拘束してみせる。

 

 その隙にジュウオウザワールドがキューブを回す。

 振り上げた膝に押し付けるライト。

 

「本能覚醒!」

 

〈ウォーウォー! クロコダイル!〉

 

 彼のマスクの口許から、金色の部分が持ち上がる。

 それは顎を大きく開いた鰐のように、額まで持ち上がっていく。

 そうしてジュウオウザガンロッドを大きく一振り。

 長大な棍へと変形させた彼が、再びリールを一気に回転させた。

 

〈ジュウオウザフィニッシュ!!〉

 

 黄金に輝くロッド。

 それを前にして、ドミドルを抑え込んでいたジオウが腰を捻る。

 

「セイ……ッ! ヤァアアアアッ!!」

 

「ギョエ―――ッ!?」

 

 喰らいついていた鰐の首が振られ、そのまま思い切り投げ捨てられる。

 そうして放り出されたドミドルを待ち受けていたのは、また鰐だった。

 

「ハァアアアア―――ッ!!」

 

 ジュウオウザガンロッドを叩き付けた床が砕ける。

 そこから噴き上がるジューマンパワー。

 それは黄金の鰐の姿を成して、飛んできたドミドルへと喰らい付く。

 彼は突撃する鰐に喰われ、口の中に収まったままに共に壁へと激突した。

 

 テント号の壁を粉砕して止まった攻撃。

 ドミドルはそれから生還しつつ、しかし大きくよろめいた。

 

 エネルギーゲージに目をやれば、もうエネルギーはすっからかんだ。

 破壊兵器はもう、うんともすんとも言わないだろう。

 

「だ、大大大大大ピンチ……! この状況、どうしてくれましょう……!」

 

「どうもこうもない!

 お前の世界は―――此処で終わりだ!!」

 

〈ウォーウォー! ライノス!〉

 

 回して叩く、ジュウオウザライト。

 その光の中で鰐の頭が下がって、口許に戻る。

 再び黒い犀のマスクに戻った彼が、手にしていた武器を放り投げた。

 

「野性、大解放――――ッ!!」

 

〈ゲットゴー! 覚悟! ギ・ザ・ギ・ザ! ゴースト!〉

〈カメンライド! ワーオ! ディケイド!〉

 

 右腕で振るう黄金の鰐の尾。左腕で立てる白銀の狼の爪。

 両肩を覆うプロテクターに漆黒の犀の角。

 全てのジューマンパワーを解放したジュウオウザワールドが立ち誇る。

 

 纏っていた紫のパーカーを解き放ち。

 似た色の、しかしメタリックに煌めくパーカーを纏い直す。

 深淵の炎を猛らせて、ディープスペクターはドライバーに手をかけた。

 

 自身を囲むアーマーの部位を持った十のヴィジョン。

 それが中央にいるジオウに一つずつ重なっていく。

 やがて十に分かれていた鎧は一つとなり、ジオウの装甲に。

 マゼンタの鎧に覆われた彼が、ウォッチを押し込みドライバーに手をかける。

 

「ひぇ……ッ!」

 

 もうこれはどうしようもない。

 逃げる、何処へ。壊れた壁から外へ飛び降りる?

 その後にどうする。いや、もう考えている暇はない。

 命さえあればまた再起だって叶う。

 

 死力を尽くしてドミドルは壁に向かって走り出す。

 間に合う。いける。これで助かる―――と。

 

 そんな思考をした瞬間、ドミドルが壁に激突して転がった。

 確かにそこには穴が開いている。穴から外だって見えている。

 なのに彼はその外の光景にぶつかって、弾き返された。

 

「―――壁!? 何で、ここ穴開いて……!」

 

 ―――コンドルの声が響く。

 ドミドルの目の前を飛び去っていく、キューブコンドルの姿。

 

 キューブコンドルの翼は幻影を生む。

 周囲の環境をまったく違う光景に見せることが出来るジュウオウキューブ。

 彼は人間界に取り残されたジューマンを人に見せることもできる。

 故に彼の友たちは何ら心配なくサーカスをしてこれた。

 

 ドミドルが鞭を放棄したことで、力を取り戻した彼にとって。

 追い詰められたドミドルを更に混乱させることなど、至極容易なことだった。

 

〈アタック! タイムブレーク!!〉

〈ゲンカイダイカイガン! ディープスペクター! ギガオメガドライブ!!〉

 

 スペクターとジオウが跳ぶ。

 彼らの周囲に展開される、眼の紋章と立ち並ぶカード。

 その無数のエフェクトたちが、ドミドルの視界を覆い尽くす。

 

 ジュウオウザワールドの足が床を擦る。

 突撃に踏み切る前兆として、地面を均すように。

 そうしながら腰を落とした彼が、一息で床を粉砕する勢いで踏み込んだ。

 

「ワールドザ……! クラァアアアッシュ―――ッ!!」

 

 上から降り注ぐスペクターとジオウの蹴撃。

 そして地面を走るジュウオウザワールドの突撃。

 目に映るものは疑わねばならない。

 実際の攻撃がどこから来るか。どこに避ければいいのか。

 

 その答えも得られないまま、ドミドルは動くことすらできずに必殺の攻撃に晒された。

 

「わ、私の夢……がぁああああッ!?!?」

 

 三つの衝撃が同時に彼に着弾する。

 どの衝撃が誰のものなのかすら判然としない。

 ただ一つ一つが致命的なほどの威力の攻撃全てが、ドミドルを圧し潰した。

 

 

 

 

「そぉらァッ!!」

 

 バングレイの腹から迸る無数の砲弾。

 だが既にその予備動作を見極めていたマシュが前に出る。

 翳された盾に連続して直撃する光弾の嵐。

 

 しかし彼女は完全に耐え切って、砲撃の隙間に盾を跳ね上げた。

 そこから飛び出すジュウオウシャーク。

 セラは鮫の背ビレを刃に、回転鋸の如く回りながら激突しにいく。

 

 直撃を受けて、怯んだように一歩下がるバングレイ。

 彼が視線をつい、と。空に浮かぶテント号へと向けた。

 わざわざヤバングレイトまで持ち出して導火線に火を点けてこれだ。

 

「……んだよ、街が吹っ飛ばなきゃ盛り上がらねえじゃん。

 役に立たないサーカス野郎だぜ。バリ使えねぇ」

 

「ふざけたこと抜かしてんじゃねえ! 野性解放!」

 

 雷鳴と共に獅子の爪が振るわれる。

 それに対応しようとして―――背後に武蔵が付けた事に舌打ち。

 

 バングレイが斬り捨てられるなんて、まあまずないだろう。

 だが、時々そういう事を可能にする手合いがいるのはよく知っている。

 それでもって、あの人間はそっち側だ。

 

 彼のフックになった左腕、そして機械化した右足。

 それこそが教訓だ。

 

「仕方ねえ。街もこっちで焼き払うか」

 

 バングレイが剣を放り、駆け出す。

 向かってくるジュウオウライオンに自分から激突するように。

 雷撃の爪をその身に浴びながら、しかし彼は右腕を伸ばす。

 ジュウオウライオンの頭に掴みかかるように。

 

 両腕の爪に裂かれ、火花を散らすバングレイ。

 だが彼の手は確かにライオンの頭にまで届いていた。

 掴まれたレオがその腕を打ち払おうと爪を立てる。

 

「こんの、何しやがる―――!」

 

「レオ!」

 

 カバーに回るジュウオウイーグル。

 飛んでくるその相手に、バングレイがライオンを放り投げた。

 受け止めた彼が地に足を下ろして踏み止まる。

 

「何しやがる? そりゃ見てのお楽しみさ!」

 

 身構えなおす連中を前に、バングレイが楽しげに声を上げた。

 彼の目がぼんやりと光を放ち、その前方に影を生み出す。

 

 ―――現れるのは銀色のマシン。

 ワイルドジュウオウキングが粉砕した、デスガリアンの破壊兵器。

 

「ギフト!?」

 

「どうして奴がギフトを……!」

 

「っ、わたしが抑えます!」

 

 標的を探すように、ギフトの頭部が動く。

 バングレイの前言。そしてギフトの持つ攻撃能力。

 それを理解して、すぐにマシュが前に出た。

 

 目の前の存在が敵なのだと認識し、開始される砲撃。

 怒涛の火線を最前線まで出て防ぎながら、マシュが苦渋の表情を浮かべる。

 ギフトを相手に周囲に被害を出さない。

 そのためには、彼女がギフトを完全にマークする必要があるだろう。

 バングレイからの攻撃を防いでる暇は、恐らくない。

 

「―――いま、レオの頭を掴んだの……! じゃあまさか……あの時……!

 いや、でもギフトは機械で、生き返らせるなんて……!」

 

 いま見た光景を元に行きついた答え。

 それを理解して、大和が木陰に隠れている母へと視線を向けた。

 大和の心が明らかに乱れた様子に、バングレイが嗤う。

 

「お、気付いちゃった? そうよ、生き返らせたってのは大嘘。

 俺は相手の頭ン中覗いて、その記憶を再現してるだけ。

 お前が必死に守ってるママは、ただのお前の妄想の産物ってわけ。

 滑稽だったぜぇ? ただの妄想と、助けを呼ぶガキを天秤にかけて必死だったお前の顔!」

 

 放った剣を再び拾い上げ、顎をしゃくって空のテント号を示すバングレイ。

 

「俺が出したただの幻影を優先して見捨てられたガキども!

 バリかわいそー! ヒャハハハハ!」

 

 ―――空を断つ斬撃。

 すぐさまバリブレイドを翳し、それを受け止めていなす。

 人間とは思えぬ鋭さに、勘が当たっていたと彼は鼻を鳴らした。

 

「―――お生憎様。

 ちゃーんと、子供たちだって私たちの仲間が助けに行ってるので」

 

「バァーカ! 実際に助かる助からねぇなんてどーでもいいんだよ!

 ()()()()()()()()()っていう事実だけであの鳥野郎がマスクの中でどんな面してるか!

 想像しただけでバリ笑えるぜ!!」

 

 一秒に満たない鍔迫り合い。

 滑らせるように受け流される二刀による連撃。

 バリブレイドとフックによる巧みな防御に攻めきれず―――

 

 バングレイの腹が再び強く発光する。

 

「――――!?」

 

 防御を崩せない、ということはゼロ距離砲撃を見舞われるということだ。

 その攻撃、武蔵であれば直撃でなくても簡単に息絶えるだろう。

 故に彼女は単体では、彼をどう足掻いても攻めきれない。

 

 後ろに下がろうとしても追い縋り、そのまま砲撃体勢に入るバングレイ。

 

「くそ……っ!」

 

 その間に、強引にエレファントが割り込んだ。

 振り上げた象の脚で、彼の胴体目掛けてミドルキックを繰り出す。

 

 砲撃と激突する蹴撃。

 割り込んだエレファントのその体勢では、相殺するにも限度がある。

 砲撃の出力を上げて、強引に押し切るバングレイ。

 

 爆撃に吹き飛ばされるエレファント。

 その爆発から庇われながらも、共に吹き飛ばされる武蔵。

 

「生き返らせた、って大和くん―――」

 

 タイガーが振り向き、イーグルを見る。

 だが彼は肩を震わせながら俯いて、拳を握り締めていた。

 

「そんな話、あるわけないって分かってたのに……! なのに、俺……!」

 

「やま……!」

 

「アム!!」

 

 レオの声に振り向くアム。その眼前で閃くバリブレイドの刃。

 タイガーがその一撃に切り伏せられ、地面に転がる。

 

「こんの野郎―――ッ!」

 

「ハッ!」

 

 飛び掛かってくるライオン。

 バングレイはすぐさまタイガーの足をフックで捕まえ振り上げた。

 彼はそのまま、タイガーの体を武器にするかのように振り回す。

 

「うぁ……ッ!?」

 

「く、んの野郎……ッ!?」

 

 叩き付けられたタイガーを受け止め、ライオンの動きが止まる。

 その瞬間、バングレイの腹の砲口が火を噴いた。

 纏めて吹き飛ばされるライオンとタイガー。

 

「バン、グレイ……!」

 

「そうだよなぁ? んで、何だっけ。生き物は全部繋がってる?

 助けを呼ぶ声は無視しておいて、綺麗事並べるのは得意じゃねえか!」

 

 イーグライザーを取り出す動きは遅く。

 バングレイの振るう刃がジュウオウイーグルを切り裂いた。

 血飛沫のように舞い散る火花。

 

「繋がってるのに見捨てたガキどもにも教えてやれよ!

 生き物ってのはなぁ、そいつ自身がどれだけ優れてるかで価値が決まるのさ!

 繋がりだのなんだの言ってる奴は、玩具にしかなれねぇ下等生物ってわけだ!」

 

 バリブレイドが翻るたび、イーグルが火花を噴く。

 両膝を落とし、震えるジュウオウイーグル。

 

「俺、は……!」

 

 至近距離からバングレイが光弾を発射する。

 動くことすらできず、イーグルがその爆発に呑み込まれた。

 爆炎の中で限界を迎え、彼の姿が人のものへと戻っていく。

 

 倒れ伏した彼の前に、ゆっくりと歩み寄るバングレイ。

 

「ここで終わりだ、テメェの繋がりとやらはな!」

 

「―――――」

 

 大和に頭上で剣を振り上げる。

 大した感慨もなく、いつも通り相手を刈り取るために振り下ろされる刃。

 人間一匹を殺すために振るわれた乱雑な刃は、確かに人を一人分だけ斬り捨てた。

 

 ―――ゆっくりとくずれる人間一人。

 

 バングレイが記憶から再現した人形は、ある程度のダメージを負うと光と消える。

 

 だから彼女は。

 バングレイに斬られて、全身を光に変え始めた。

 

「ああ、そう。母子揃ってそういうタイプ?

 繋がってんねぇ! ま、今その繋がりは切れたんだけどよ!」

 

「母、さん……!」

 

 大和を庇うように駆け込んだ和歌子が、彼の上に倒れ込む。

 徐々に光と消えていく母の姿に、大和の声に涙が混じる。

 消えかけた手で息子の手を握り、母は口を開く。

 

「ごめんね、大和……お母さん、偽物だって……

 でも……嬉しかった、大きくなった、大和に会えて……」

 

「母さん……! 母さん―――!」

 

「もうちょっと……お話したかったな……」

 

 そこで限界を迎えたのか、彼女の体が崩れていく。

 ただの光の粒子に還り、何一つ残さず消える母。

 彼女の手があった場所を、大和の手が握った。

 

 何の感触も返ってこない場所を、ただ強く握りしめる。

 それを見て、我慢ならないとばかりにバングレイは腹を抱えた。

 

「―――ヒ、ヒヒ……ッ! ヒャハハハハハッ! 揃いも揃って、ただの記憶に振り回されすぎだろ!! 見ろよ、この有様を! なぁにがずっと繋がってるだ! テメェらの言う繋がりなんてもんは、こいつをちょっとこうしてやれば、簡単に切れちまうもんなんだよ!!」

 

 言いながら剣を振り上げ、再び大和に振り下ろすバングレイ。

 

 ―――その前に、真紅に燃えるボディが現れた。

 交錯するバリブレイドとサングラスラッシャー。

 鍔迫り合いの姿勢に持ち込みながら、割り込んだゴーストが声を上げる。

 

「何がおかしいんだ……!」

 

「あ?」

 

「大切な人を失った悲しむ気持ちの……!

 その人が戻ってきてくれた……もしかしたら、って信じる気持ちの……!

 一体何がおかしいんだ――――ッ!!」

 

〈闘魂ダイカイガン! ブースト! オメガドライブ!!〉

 

 スラッシャーが炎上し、そのままバングレイを押し込む。

 それに力押しで対抗しようとして、直後に復帰し始めた他の連中に気付く。

 小さく舌打ちし、大人しく押し飛ばされて距離を開ける。

 

 飛ばされた勢いを乗せ跳躍し、全員を視界に入れられる位置を取るバングレイ。

 マシュと立香は二人でギフトを制している。

 ほぼ完全に抑えている代わりに、こちらにちょっかいは出せないだろう。

 その二人からは意識を外し、残りの連中に視線を巡らせる。

 

「その大切な人とやらの偽物に踊らされてちゃ世話ねぇ―――」

 

「偽物なんかじゃない……!」

 

 倒れていた大和が体を震わせながら立ち上がる。

 バングレイの言葉を遮って、怒りに燃えた瞳で彼を睨みつけながら。

 

「あァん?」

 

「お前が言ったんだ。あの母さんは、俺の記憶を読んで作ったって。

 それはただの記憶じゃない……!

 俺はずっと憶えてたんだ……母さんと一緒にいた間、ずっと重ねてきた思い出を!」

 

 彼の手が王者の資格を拾い上げる。

 これは誓いだった。

 

「俺が憶えている限り、ずっと繋がってる……!

 母さんとの思い出も、母さんが俺に教えてくれたことも、無くなったりしない!

 だからまた逢えた……! 今まで俺の心の中で、俺を支えてくれていた母さんと!」

 

 母を失って。そしてあの日、鳥男に救われてから。

 この星の生き物はみんな、どこかで必ず繋がっている。

 繋がって、助け合っていくのが動物なんだと。

 

 自分を救ってくれた鳥男のように、いつか誰かを助けられたらと。

 その想いが今の大和を形作った。

 自分に根付いたその想いがある限り、この繋がりは消えない。

 今までの繋がりは、決してなかったことになんかならない。

 

「バングレイ……! お前が証明したんだよ……!

 憶えている限り、ずっと繋がってる―――その繋がりは、お前には絶対壊せないって!!」

 

「―――言ってくれるじゃねえか!」

 

 苛立ちとともに剣を振り上げ、腹に力を込めて砲口を輝かせる。

 そうして頭に血を昇らせた彼。

 その死角から、銃撃がバングレイへと降り注いだ。

 

「……どいつもこいつも、人が楽しんでるのに水差しやがってよォッ!!」

 

 銃撃の方へとバングレイが振り返る。

 振り向きざまに薙ぎ払われるバリブレイド。

 放たれる剣撃の衝撃波。

 

 ―――それを、三つの影が迎撃する。

 赤衣の猿、緑衣の河童、黄衣の豚。

 

 三頭の供の間を擦り抜けて舞う、白いパーカー。

 そのパーカーが、ふわりと浮いて男の隣で止まる。

 

 白いシャツ、白いパンツ、そして浅緑のショール。

 フミ婆が彼に似合うと言って選んでくれた、遺してくれたもの。

 それを身に着けたアランが、手にしていたガンガンキャッチャーを放り捨てる。

 

『―――誰かが遺したありがたき言葉、尊き教え、目覚めへの導。

 私たちの旅はそれを広く伝えるためのものでした』

 

「……私には、何がありがたい言葉なのかなど分からない。

 ただ一つ、私にも分かることがあるとすれば―――

 私の中の心は、彼女が教えてくれたことで、目を覚ましたということだけだ……!」

 

 自身の横に舞うサンゾウパーカーゴースト。

 そちらに視線を向けることもなく、アランは眼魂を持ち上げた。

 

『それでよいのです。

 あなたの人としての旅路は、まだ始まったばかりなのですから。

 あなたを救い、あなたに教え、あなたを導いた師の言葉を忘れずいきなさい。

 きっとそれがあなたに正しい道を歩ませるものとなる』

 

 アランがサンゾウの眼魂を起動し、メガウルオウダーに装填する。

 

〈イエッサー!〉

 

 苛立ちのままに、バングレイが砲撃を放つ。

 それは無秩序に放たれて不規則な軌道を描き、周囲に着弾して炎の柱を立てる。

 炎に炙られながら、アランは満身創痍の体をおして、その姿を変えた。

 

「変身――――ッ!!」

 

〈テンガン! サンゾウ! メガウルオウド!〉

 

 彼に追従していたサンゾウパーカーが舞う。

 白いトランジェントに白いパーカーが覆い被さり、顔をゴーグル状の単眼に変えた。

 後光の如き黄金のリングを背負ったネクロムが、その襟を正して前を向く。

 

〈サイユウロード!〉

 

「私の中に父上の願いも、フミ婆の言葉も生きている……!

 ―――私の心は、大切な者たちと共に生きている! だから私は、貴様を許さない!

 私の大切な者たちが愛したこの世界の宝物は、私の手で守ってみせる!!」

 

「死にかけの雑魚がのこのこと……! 大人しく死んでりゃ良かったのによォッ!!」

 

 バングレイの振るう剣から放たれる衝撃。

 それがネクロムへと迸り、

 

 三頭のお供が動く前に、彼の前に赤い翼が割り込んだ。

 鞭のように撓るイーグライザーの刀身が、衝撃波を打ち流して四散させる。

 再び羽搏いた赤い鷲が、そのマスクを大きく撫で上げた。

 

「みんな同じだ……! 大切なものを守るために、お前の前に立ちはだかってる!

 その繋がりは、お前になんか負けたりしない―――! 俺たちを……舐めるなよ!!」

 

 舌打ちして再び剣を振り上げるバングレイ。

 その彼の目前に、赤い顔をした猿が飛び込んできた。

 打ち払うべく振り抜くのは左腕のフック。

 

「野性解放――――ッ!!」

 

 瞬間、足元が大きく揺れる。象が一歩が大地を揺るがす。

 バングレイの足元の地面が隆起し、無数の石柱が迫り出してくる。

 その柱を蹴り、猿が彼の周りを不規則に跳ね回りだした。

 振るわれる左腕を足場を得て潜り抜け、跳ねる猿がバングレイを蹴り付けていく。

 

「バリウゼェ……ッ!」

 

 大地の柱ごと吹き飛ばすための砲撃。

 腹から溢れる極大の発光。

 発砲の衝撃を堪えるために強く地面を踏み締めるバングレイ。

 

 ―――そんな彼の真正面から、土壁を粉砕しながら黄色い豚が激突しにきた。

 

「ごぁ……ッ!?」

 

 腹に組み付くような高速タックル。

 そのまま抱き上げられ、空に放り上げられる。

 そしてそこには、既に空中に飛んでいた二頭の獣が待ち受けていた。

 

「野性―――ッ!」

 

「解放―――ッ!!」

 

 雷撃の爪と冷撃の爪。

 獅子と白虎の爪撃が、刃の嵐となってバングレイの背に無数に降り注いだ。

 滂沱と噴き散らされる滝のような火花。

 その衝撃に耐えながら、バングレイが上半身を捩ってみせる。

 

「調子に、乗ってんじゃねぇ――――ッ!!」

 

「それは、こっちの台詞よ――――ッ!!」

 

 振り上げた剣に、鮫の背ビレが激突する。

 互いに弾け合う剣とヒレ。

 双方が再び、相手に向けてその刃を突き立てんと加速させ―――

 

 バングレイの腕に、河童の腕が絡む。

 空中で急に取られた腕に、振り払うのが間に合わない。

 

「テッ、メェ……!」

 

 バングレイの剣が止まり、シャークの回転刃のみが加速を果たす。

 河童は即座にバングレイを足蹴に、距離を取るよう離脱した。

 隙を晒した青い体に、真正面から激突するジュウオウシャーク。

 

 そのまま吹き飛ばされ、彼は残っていた土の柱を粉砕しながら地面まで落ちる。

 怒りに身を震わせながらも衝撃を逃がすように転がり、すぐさま復帰し―――

 

〈ダイテンガン! サンゾウ! オメガウルオウド!!〉

 

 ネクロムが背負っていたリング、ゴコウリンが放たれる。

 体勢を立て直すことは間に合わず、無理な体勢のまま振り上げる剣。

 光輪となって押し寄せるそれを逸らす代わりに、腕の中から弾き飛ばされるバリブレイド。

 

「チィ――――ッ!」

 

「――――南無天満大自在天神。仁王倶利伽羅、衝天象」

 

 ―――背に感じる、全てを絶断する静かな気配。

 静かなれどもそのうちに嚇怒があり、気勢によって成されるのは四腕の明王。

 バングレイの背を圧迫してくる、虚実入り混じる剣圧。

 

 剣を弾かれ、背を向けている。

 その状況で剣撃を阻む方法は存在せず―――

 

「剣轟、抜刀――――! 伊舎那、大天象ッ!!」

 

 必殺の一刀が振り抜かれる。

 

 ―――バングレイが死力を尽くし、体を捻る。

 左向きに体を回すと同時、腹の砲台を速射。

 地面を爆撃し、その爆風で自分の体を吹き飛ばす。

 

 向かって右に吹き飛ばされる、衝撃に舞うバングレイ。

 その横を掠めていく、大上段から斬り降ろす剣。

 ―――逃し切れなかったバングレイの左腕。その肘から先が宙に舞う。

 

 吹き飛んだ衝撃のまま体を向け直し、武蔵へと腹の砲口を向ける。

 威力よりも速度を重視し即座に連射。

 人間から大きく外れない強度なら、それでも簡単に始末できる、と。

 

 そう考えていたバングレイの前に、巨大なラウンドシールドが飛び込んでくる。

 ギフトを止めていたマシュの盾が何故かそこに。

 どうせ止めるので精一杯だ、と。意識を外していたせいで気付かなかったか。

 だがこいつをこっちに回すなら、今は好都合だと。

 

「ギフトォ――――ッ!!」

 

「アラン――――ッ!!」

 

 バングレイが自らが再現したギフトに指令を下し。

 マシュをフリーにするためにそちらに回っていたタケルが叫ぶ。

 

 ギフトが砲塔全門を開放し、無差別砲撃体勢に入る。

 あれを一度に止められるのは正面からぶつかれるマシュだけ。

 だからこそ彼女はマンツーマンで足止めしていたのであり―――

 

「今!!」

 

〈エクシードチャージ!〉

 

 ギフトが砲撃の()()に入った瞬間、アランと共に到着していたツクヨミが銃を抜く。

 赤い光の弾丸は彼をほんの少し檻に閉じ込め―――

 ギフトを破壊を封じるに足る、数の力を揃えるための時間を稼ぐ。

 

「―――行け!」

 

 メガウルオウダーのサンゾウ、そしてグリム。

 二つの眼魂だけでなく、空のテント号からも眼魂が降り注ぐ。

 ゴーストドライバーが消え、アイコンドライバーGへ。

 流れ込んでくる眼魂とパーカーゴーストと融合し、ゴーストが黒と金に変わっていく。

 

〈グレイトフル!〉〈ゼンカイガン!〉

 

 変わったゴーストが、そのままドライバーのトリガーを連続で弾いた。

 

〈ムサシ! エジソン! ロビンフッド! ニュートン! ビリー・ザ・キッド! ベートーベン! ベンケイ! ゴエモン! リョウマ! ヒミコ! グリム! サンゾウ! ラッシャイ!〉

 

 ―――拘束から解き放たれたギフトが砲撃を放つ。

 方向も定めず無作為に、ただただ破壊して目晦ましにしてやる程度の思考で下された命令。

 

 だがその砲撃を前にして、パーカーゴーストたちが立ち向かう。

 己の持つ能力を十全に発揮して、周囲に散った光線を迎撃する。

 

 噴水の如く空に撃ち出された光線は、一筋たりとも地上に降ってこない。

 

「ぞろぞろ群れやがって……ッ!」

 

「そうだ―――俺たちは群れて、繋がって!

 過去から現在に繋がれた想いを受け取って、それをまた未来に繋ぐ!

 そうやって魂を繋いできたのが、俺たち人間だ!

 ――――その魂は、永遠に不滅だ!!」

 

〈剣豪! 電動! アロー! リンゴ! カウボーイ! 巨匠! 無双! 怪盗! ダゼヨ! 女王! 読書! 僧侶! オメガフォーメーション!!〉

 

 グレイトフルがドライバーのトリガーを押し込む。

 同時に飛び上がるグレイトフルに、10人の英雄が続く。

 

 全砲門斉射直後のクールタイム。

 その合間に、ムサシが、エジソンが、ロビンが、ニュートンが、ビリーが、ベートーベンが、ベンケイが、ゴエモンが、リョウマが、ヒミコが。

 黄金の曼荼羅を背負ったグレイトフルとともに、ギフトへ蹴撃を同時に見舞った。

 

 迫りくる黄金の光を纏った11のキック。

 それが直撃した瞬間、ギフトの装甲が拉げて割れ始めた。

 限界を超えたダメージを受け、光となって消えていくギフト。

 

「チィ……ッ!」

 

〈デストロイ!〉

 

 退くための目晦ましにする戦力が失われ、バングレイが舌を打つ。

 その彼の前で、メガウルオウダーに眼魂を戻したネクロムが紋章を浮かべた。

 横に並ぶグリムとサンゾウもまた、彼に合わせるように腰を落とす。

 

「貴様は言ったな……! 死んだ者が私を置いていくかどうか、私次第だと……!

 答えを見せてやる……私の中に息づく理想が、夢が、あの言葉がある限り―――!

 私の心と、それに寄り添ってくれた者の想いは死なない!!

 私の……ッ! 心の叫びを聞けぇえええ―――――ッ!!」

 

〈ダイテンガン! ネクロム! オメガウルオウド!!〉

 

 三人が跳ぶ。飛来する蹴撃の矢。

 それを前にして、敢えてバングレイは直撃を受ける事を選んだ。

 

 剣は弾かれ、左腕が落とされ、しかも周囲は敵に囲まれている。

 遊び過ぎたということを認めなければなるまい。

 右腕の記憶読み取り能力はあるが、この人数で囲まれていては簡単ではない。

 

 だからこそ、もう一切の遊びなく、これからの方針の舵を切る。

 

 ネクロムの一撃は自分を殺すには足りない。

 ならば躱すより、これの直撃と共に大きく飛び退り距離を取る方がいい。

 その後、即座にヤバングレイトで自分を回収する。

 

 そこの切り替えを致命的に間違えるほど、バングレイは甘くない。

 インパクトの瞬間、後ろに大きく吹き飛ばされるためのタイミングを計る。

 

 そう。彼はそこは絶対に間違えない。

 そうだろうと思っていたから、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「マシュ!!」

 

「了、解―――! “いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”!!」

 

 マスターの声に応え、マシュが盾を解放する。

 屹立する高き白亜の城壁。

 ―――それが展開されるのは、バングレイのほぼ真後ろで。

 

 視線を向けず、その気配に唖然とした。

 真後ろに壁が張られ、正面からはネクロムが迫っている。

 ()()()()()()()()()()()

 

「テ、メェら……ッ!!」

 

「オォオオオオオオ――――ッ!!」

 

 三人が必殺の一撃を重ね、バングレイへと直撃する。

 その威力で押し込まれた体が、キャメロットの城壁へと激突。

 

「ぐ、が、ァアアアアア――――ッ!?」

 

 なお突き進もうとするネクロム、グリム、サンゾウが重ねたキックの威力。

 そしてけして先へ通さない無敵の城壁との挟み撃ち。

 完全に間で潰されようとしているバングレイが、ネクロムの足を掴む。

 頭を掴める距離ではない。だからこそもう、彼に逆転の一手はなく―――

 

「ハ、ハハハ……! けどなぁ、テメェも死にかけだ!!

 だったらァ――――!!」

 

 バングレイの腹で光が膨れる。

 自爆同然の圧倒的な破壊の奔流の前兆。

 頑丈さならば、どう考えたってバングレイに軍配が上がる。

 自爆であってもその勝負で勝つのはバングレイだ。

 

 ここで攻撃を続ければ、お前は死ぬ。

 そう断言されたアランが、即座に吼えた。

 

「やれるものならやってみればいい―――! やれるものならば、な!!」

 

「ほざくじゃねぇか――――、ッ!?」

 

 一切迷いなく、自身を巻き込む破壊力をバングレイは解き放った。

 それは真正面にいるネクロムに直撃して二人纏めて―――

 

 ―――ということにはならなかった。

 バングレイが放ったその大砲撃の向かう先は虚空。

 何にも当たらず、ただ地上から空へと堕ちていく彗星のように。

 

「んだとッ!?」

 

 砲撃だけが逸らされたのではない。

 突然何かに引っ張り上げられ、バングレイが空中に引きずり出されていたのだ。

 

 ―――城壁と必殺に挟まれていた彼を引きだしたのは、彼に巻き付いた蛇腹剣。

 双方が激突するその間へ。

 城壁より高くから降り注いだ、ジュウオウイーグルの嘴に他ならない。

 

「―――俺がやらせない!

 お前と戦ってるのは誰か一人じゃない―――俺たち全員だ!」

 

 バングレイに巻き付いた刃が蠢動する。

 徐々に食い込んでくるその剣に、バングレイが息を呑んだ。

 ジリジリと巻き取られる擦過音が響く。

 それに合わせて強く、イーグライザーを引き戻すジュウオウイーグル。

 

「ライザースピニングスラッシュッ!!」

 

「ガァアアアアア――――ッ!?!?」

 

 蛇腹剣で独楽のように回され、引き裂かれる青い体。

 彼はそのまま、受け身も取れないまま地面に叩き付けられた。

 白煙を上げながら転がるバングレイ。

 

 そんな彼の前に降り立つ、翼を畳んだジュウオウイーグル。

 この場に集った戦力全員が、バングレイを囲う。

 

「これで終わりだ……! バングレイ!!」

 

 

 

 

「ありがとう、君たちのおかげで勝てた」

 

 キューブコンドルをジューマンの少年、ペルルの手に返すザワールド。

 それを受け取りながら、少年はキラキラとした目で見上げてくる。

 何となく居た堪れなくなり、操はスペクターの後ろの方へ隠れようとした。

 困惑しながら遮蔽物にされるマコト。

 

 ウィザードアーマーが開いた転移の魔法陣。

 それを通され、子供たちは攫われたジューマンサーカスのテントまで戻されていく。

 一息吐いてその光景を見守りつつ、マコトが口を開いた。

 

「……だが少し困ったな。この宇宙船はどうするべきか……」

 

「星を壊せる兵器らしいし、壊した方がいいんじゃない?」

 

「それはそうなんだが」

 

 子供たちの姿が全部見えなくなった頃、ザワールドがスペクターの陰から頭を出す。

 拳を強く握り掲げた彼が、二人を前に宣言する。

 

「なら俺のトウサイジュウオーに任せてくれ! 間違いなく壊してみせる!」

 

「そうか。なら早速……」

 

 壊した壁からトウサイジュウオーに乗り移るべく。

 三人が牢屋から踵を返し、歩き出した。

 その前に――――

 

「―――ジニス様の細胞から抽出したエネルギーです。

 精々ジニス様を楽しませる公演をしてみせるのですね」

 

「ナリア―――ッ!?」

 

 デスガリアンとは関係ないだろうこの場に、何故かジニスの側近の姿があった。

 彼女はいつも通りメダルを手に、絶命したドミドルの傍に立っている。

 

 だが彼の体にコインの投入口などない。

 一瞬だけ逡巡し、しかしその宇宙人の口の中に強引に押し込んでしまう。

 ドミドルの死骸だったものが、瞳に再び光を取り戻す。

 それだけではなく、フライングテント号までもが揺れ始めた。

 

 オーナーの指示を達成したナリアは、すぐさま帰還する。

 

「なんかこの宇宙船ごと動いてる―――!」

 

「すぐに脱出だ!」

 

 即座に判断し、真っ先に走り出すスペクター。

 その後ろに続くように、ジオウとジュウオウザワールドも続く。

 彼が飛び出し、トウサイジュウオーに飛び乗ると同時―――

 

 フライングテント号の中央に、ドミドルの顔が生えてくる。

 それだけでなく、船の下にはドミドルの肩から下がまるまると。

 フライングテント号がそのまま頭になったような形状の巨大な怪物。

 70メートル近い身長の化け物になったサーカス団長が、その口を開いた。

 

「ではアンコールにお応えして。

 宇宙大大大大大サーカス団長ドミドル! 大大大大大復活でございまぁーす!!」

 

 今度の彼は、両腕の手首から先が完全に鞭になっている。

 それを大きく振り回して、地面を打ち付け震撼させた。

 

 

 

 

 大地が揺れる。

 攻撃の余波で、トウサイジュウオーまでもがよろめいた。

 意識を逸らしてはいけないと思っても、誰もがそこで意識を巨大な怪物に向ける。

 

 ―――だからこそ、彼はここで命を拾えた。

 

「ヤバングレイトォ―――ッ!!」

 

「しまっ……!」

 

 彼の愛船・ヤバングレイト号が放つ、乗組員を回収するためのトラクタービーム。

 トウサイジュウオーならば船の方を攻撃して邪魔できるだろう。

 だがあちらはあちらで、ドミドルの相手がある。

 

 故に彼の回収は邪魔されることなく成功し、確かに離脱することができた。

 

「ク、フフ……! ハハハ―――! ああ、本命は後回しだ……!

 まずはテメェらの繋がりを、完膚なきまでにぶっ壊してやるよ―――!」

 

 バングレイを乗せた船が、即座に撤退する。

 煮え滾る怒りを抱えたまま、彼は一切迷わず退いてみせた。

 

 その船の逃走を見ながら、大和が拳を握り。

 しかしすぐにトウサイジュウオーに加勢するため、キューブを取り出した。

 

「―――行こう、みんな!!」

 

「ああ!」

 

 解き放たれるジュウオウキューブ。

 彼らの許から解き放たれたキューブたちが、巨神へと合体する。

 

 

 

 

〈ワイルドジュウオウキング!!〉

 

『完成! ワイルドジュウオウキング!!』

 

『みんな!』

 

 聳え立つワイルドジュウオウキングに、トウサイジュウオーが歩み寄る。

 その様子に、コックピットでレオが腕を組んだ。

 

『操、お前……どうかしたのか?』

 

『―――ああ、俺は覚悟を決めた……!

 ジュウオウジャーとして、世界の王者ジュウオウザワールドとして、戦う覚悟を!』

 

『世界の王者って、随分大きく出たわね……』

 

 呆れるようなセラの声に、操が肩を震わせる。

 

『そ、そうだろうか……? やっぱり、もう少し狭い範囲にしておくべきか?

 日本の王者、くらいにしておいた方がいいだろうか……?』

 

『操くんって意外と尊大なのか謙虚なのか分かんないよね……』

 

 彼の態度に首を傾げるアム。

 それはそれで勝手に名乗るにはでかい名前だろうに。

 

『……そんな話は後だ! まずはあいつを倒す!』

 

 タスクがキューブを回し、ワイルドジュウオウキングをドミドルに向ける。

 大和もその言葉に大きく頷いて、キューブに手をかけた。

 

『よし、一気に決めるぞ!』

 

 そんな彼の号令に、操がすぐさま口を挟む。

 

『そ、その! その、だな。こうして俺もジュウオウジャーになって、それでその……

 だから、その、こっちに一人だけなのは、なんか、あれだし……

 もし、良かったら仲間になったんだから、みんなで合体、とか』

 

『……合体? ワイルドジュウオウキングとトウサイジュウオーでか?』

 

 操の言葉に自分の搭乗している機体を見回すレオ。

 そういうことが出来そうな時は、王者の資格が伝えてくれる。

 これまではそうだったので、出来るならそう感じる筈だが―――

 

『……出来るの?』

 

『で、出来ないのか……?』

 

『多分……』

 

 提案が否定され、彼がトウサイジュウオーの中で肩を落とす。

 

「いつまでやっているのですかぁー!?」

 

 ―――そんなやり取りをしていた連中に、ドミドルの鞭が飛んだ。

 それが両腕を振り回し、二機の巨神を殴打する。

 まともに直撃を受けて、轟音と共に転倒する二大巨神。

 

『ああ、くそ! とりあえずその話は後だ!』

 

 すぐさま起き上がろうとするワイルドジュウオウキング。

 だがそれを邪魔するように、ドミドルの追撃が襲い掛かってくる。

 

 同じように転がったトウサイジュウオーからは、微妙に力が抜けていた。

 

『もしかして操……あいつ、あんまり変わってないのか……!?』

 

『そりゃすぐには変われないでしょうけど……もう!』

 

「このままバラバラにして、私のサーカスの目玉にしてさしあげますよ!!」

 

 盛大な破裂音、二機を打ち据える鞭の連続。

 その衝撃に揺れるトウサイジュウオーの中で、操が体を震わせた。

 

『そうだ……例え合体出来なくても一緒に戦ってることに変わりないのに……

 仲間なのに……なのに、ショックを受けてる俺はなんて情けないんだ……!』

 

 鞭が鳴らし続ける破裂音を聞きながら、自然と体が体育座りの姿勢に丸まっていく。

 そのままいつものように―――

 

『ッ、待って……何か聞こえる……!?』

 

 真っ先に気付いたのは、聴覚に優れたセラ。

 その言葉を聞いて、操が下げていた頭をふと上げる。

 トウサイジュウオーの頭が横を向き、声の方向へと視線を向けた。

 

 ―――彼らが逃がした子供たち。

 そんな子供たちが、声を張り上げている。

 子供を救われた親と一緒に、喉が張り裂けんばかりに声援を送っている。

 

 頑張れ。立ち上がって。勝って。

 ―――ジュウオウジャー。

 

 その光景を目の当たりにした操が、トウサイジュウオーのステアリングを握る。

 

『―――そうだ……! 例え合体出来なくても、例え俺はこっちに一人でも!

 俺は世界の王者、ジュウオウザワールド!

 あの子供たちの生きる世界を守るために戦う事を選んだんだ……!

 こんなところで、負けられるかぁああああ――――ッ!!』

 

 ジュウオーが右腕を振り上げる。

 開かれたクロコダイルの口が、ドミドルの鞭を両方銜え込んだ。

 

「なんと!?」

 

『トウサイジュウオー!!』

 

 そのまま一気に立ち上がり、鞭を封じたまま激突しにいく。

 全力のタックルに対し、今度はドミドルの方が仰向けに転がった。

 

 後から立ち上がることになるワイルドジュウオウキング。

 その中で、タスクが困惑の声を上げる。

 

『勝手に落ち込んで勝手に立ち直った……』

 

『もしかして、これから操くんってずっとこんな感じ……?』

 

『う、うー……ん。いや、うん! 今度こそ、一気に決めよう!』

 

 とりあえずこの話を置いといて、まずは決着を望む大和。

 再び立ち姿を並べた二体の巨神。

 

 ―――だがその前に、紫色の翼が舞い込んでくる。

 

『え、キューブアニマル……?』

 

『キューブコンドルだ……!』

 

 二体の巨神の周囲を回る、巨大化したキューブコンドル。

 それだけではない。

 コンドルに追従するように飛ぶ、もう一体のジュウオウキューブがやってきていた。

 

 色はコンドルによく似た、しかし種別がまるで違う翼持つキューブ。

 

『コウモリ……キューブコウモリ?』

 

 二体のジュウオウキューブが場に増えて。

 その瞬間、彼らの王者の資格とジュウオウザライトが熱を帯びた。

 まるでそれで揃った、と言わんばかりに。

 

『この感覚って……』

 

『―――よかったじゃねえか。操のわがまま、叶えてくれるってよ!』

 

 彼らの前に広がっていく、四角形のリング。

 潜れと言わんばかりに配置されたそれは、キューブアニマルが通るべきもの。

 

『え? じゃあこれは……!』

 

『ああ、行けるよ! 操くん!』

 

 大和たちがワイルドジュウオウキングから王者の資格を抜く。

 操がライトをトウサイジュウオーのコックピットから引き抜く。

 そうして入力するのは、新たなる巨神に至るためのもの。

 

『動物大合体!!』

 

〈キューブイーグル! シャーク! ライオン! エレファント! タイガー! ゴリラ! クロコダイル! ウルフ! ライノス! キリン! モグラ! クマ! コウモリ!〉

 

 一度、二体の巨神が分解してリングを潜る。

 キューブに戻ったジュウオウキューブたちが、新たな繋がりを成していく。

 

〈3! 4! 9!〉

 

 キューブライノスが後部の荷台を切り離し、立ち上がる。

 ライノスの足に履かせるように、下から接続される二体のキューブ。

 右足の下にキューブライオン、左足の下にはキューブエレファント。

 

 切り離された荷台はトウサイジュウオーと同じように、横向きでライノスの上に乗る。

 

〈5! 2! 7! 8!〉

 

 右肩にキューブタイガー、左肩にはキューブシャークを積載。

 荷台から展開された腕部接続用のアームが降りてくる。

 右腕にはキューブクロコダイル、左腕にはキューブウルフが接続された。

 

〈6! 1!〉

 

 荷台の中央部分に、キューブゴリラとキューブイーグルが降りてくる。

 隙間を埋めるように合体した二つの赤いキューブ。

 

 後から飛び込んできたキリン、モグラ、クマ、コウモリ。

 四体のキューブアニマルたちが、ライノスである脚部へと装備される。

 更に右腕に装備されるビッグキングソード、左腕にはビッグワイルドキャノン。

 最後にキューブライノスの角が、頭部となって赤いキューブの上に合体した。

 

〈ワイルドトウサイキング!!〉

 

『完成! ワイルドトウサイキング!!』

 

『おお、おお! 合体出来た!』

 

 横並びになった操縦席で、首を左右に振る操。

 席を並べられたことに嬉しそうにはしゃぐ彼の前で、更にキューブコンドルが変形した。

 そのままワイルドトウサイキングの手の中に納まるコンドルセイバー。

 

 宇宙船が丸ごと頭になり、バランスの悪いドミドルが起き上がる。

 邪魔なことこの上ないキューブコンドルを見て、彼の顔が大きく歪んだ。

 

「ぬ、ぐ……ッ! またそいつですか!」

 

『―――もう一度言ってやる。

 お前の世界も、お前のサーカスも―――此処が最終公演だ!!』

 

 新たなる巨神が一歩踏み出す。

 キューブコンドルが運んできた声援が、その刃に集っていく。

 振り上げた剣が虹色に輝き―――

 

『コンドル! ジュウオウインフィニティ――――ッ!!』

 

 その刃が放つ光が斬撃となって、ドミドルを切り裂いた。

 振るわれた鞭も纏めて、その極光は吹き飛ばす。

 両断された体を押さえながら、彼が口惜しげに―――今度こそ、断末魔を上げた。

 

「私の最期の公演―――大大大大……! 大、失敗……!

 夢の……空中、ブランコォオオオオ――――ッ!?!?」

 

 ずるり、と。両断された体が滑り落ちる。

 崩れ落ちていく体は、そのままそこで爆発した。

 弾けるように盛大に空中に打ち上がっていく、無数の花火が空に咲く。

 

 振り返るワイルドトウサイキング。

 巨神は爆発を背に、ゆっくりとコンドルセイバーの切っ先を下ろした。

 

 

 




 
がんばえー
 


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激震!不死身の侵略者!2016

 

 

 

「お待ちください、アデル様……!

 ダントンが再び襲撃に来る可能性も―――!」

 

「仮に奴が攻めてきたとして……お前に何が出来る?」

 

 呼び止められ、足を止めたアデル。

 彼はゆっくりと振り返ると、冷めた目でジャイロを見据えた。

 事実として、ジャイロはダントンに手も足もでなかったのだから。

 

 現時点で眼魔の持つ戦力―――

 その中でダントンに抗し得るのは、ガンマイザーのみ。

 ならばジャイロなどこちらに置いておく必要はない。

 人間世界に送り、イゴールの補佐にするくらいしか使い道はない。

 

 肩を震わせながら、ジャイロは跪く。

 そんな彼を見下ろして、視線を外したアデルは再び歩み始めた。

 

 入るのは当然、大帝のみが入ることを許される祈りの間。

 ガンマイザーの本拠地。

 

 空中に浮かぶ14枚のプレート。

 それを見上げながら、アデルは腕を掲げた。

 

「ガンマイザーよ。

 大いなる力の根源……グレートアイに祈りを届けるにはどうすればいい。

 その力を我が物とし、この世界を真に完璧なものとするために」

 

 アデルの問いを聞き、プレートが1枚降りてくる。

 それは鏡のように姿を写し取り、アデルの顔を持つ人型に変わった。

 無表情かつ無感動の表情で、自分に向き合う自分。

 そんなものに僅かに眉を顰めつつもアデルは返答を待つ。

 

『―――我らは大帝以外による力の根源へのアクセスを遮断するもの。

 自らアクセスする方法は持っていません』

 

「……ならば父上はどうやって接触していたのだ」

 

『―――大いなる力の根源は、人の意思に反応し願いを叶える。

 ですが我らガンマイザーが創造されて以降、前大帝アドニスは一度も力の根源との干渉は行っていませんでした。故にどのような方法でアクセスが成されるか、情報もありません』

 

「なんだと?」

 

 ―――ガンマイザーの創造は、ダントンの追放後。

 眼魔百年戦争以降、一度もグレートアイと干渉していない。

 

 やらなかった……いや、出来なかった?

 人間世界も含め、この不合理な世界を再編する。

 グレートアイの力は、その目的のために必要な力だ。

 何としても接触しなければならない。

 

『ですが、一度だけ。眼魂を揃えた天空寺タケルという人間が、我らガンマイザーを擦り抜けアクセスに成功した事があるようです。

 その方法による力の根源への干渉には、既に対応を完了しています』

 

「眼魂……英雄の眼魂か。なるほど、グレートアイへのアクセス権……それがあの眼魂が持つ、本当の存在理由だったというわけか」

 

 だとすれば、やはりイーディス長官は何らかの暗躍をしているということだろう。

 眼魂技術の発端は彼だ。未知の眼魂など、彼以外から出てくるはずがなかったのだ。

 ガンマイザーを飛び越え、グレートアイに接触するための裏口。

 それが英雄の眼魂だったに違いあるまい。

 

「その眼魂を揃え、私がグレートアイに接触しようとする分にはガンマイザーの邪魔は入らない。そう考えていいのだろうな?」

 

『―――はい』

 

 だとすれば話は簡単だ。

 まずは人間世界の英雄眼魂を全て手に入れる。

 その後にグレートアイに接触し、大いなる力を手に入れ世界を変える。

 

 イーディスが何か企んでいたことなど分かり切っている。

 恐らくは彼も、何らかの目的でグレートアイを利用しようとしていたのだろう。

 だがイーディスを重用していたアドニスは死んだ。

 

 グレートアイへの防壁であるガンマイザーへのアクセス権も継いだのはアデル。

 ならば、もう何も出来はしない。

 

「よかろう。ならば狙うべきは英雄の眼魂を持つ連中……

 アランの始末も共につけてやろう」

 

 その場で小さく笑い、アデルが踵を返した。

 

 イゴールとジャイロ。彼らに英雄の眼魂の入手をさせるためだ。

 最大の問題は強大な戦闘力を手に入れたスペクターだろうが―――

 それでも生身の肉体。間断なく攻め立て続ければ、いずれ限界を迎える。

 

 休まずに攻め続けることが、眼魂である自分たちなら出来るのだから。

 

『―――眼魂の回収及び天空寺タケル、深海マコトの処分。

 その件につき、我らガンマイザーより提案があります』

 

「なに?」

 

 背後からかけられた声に足を止め、アデルが振り向く。

 その目の前に降りてくる、全てのプレート。

 全プレートが先程のプレートと同じように、アデルの顔を持つ人型に変わった。

 

 ―――ガンマイザー最大の脅威。

 それは不死身のガンマイザーを破壊した、この世界に現れた幽鬼だ。

 あの幽鬼が出現したのは、ガンマイザーの認知する限り二度。

 

 一度目はガンマイザーの再起動時。

 15の眼魂を集めるという方法でのグレートアイへの干渉。

 一度は見逃してしまったが、二度同じ方法で接触などさせるはずもない。

 だからこそ、15の眼魂が集まり力が高まった瞬間、ガンマイザーは起動した。

 

 天空寺タケルの許に15の眼魂が集い現れたグレイトフル魂。

 ガンマイザー・ファイアーは、そこにいた眼魔スペリオルをボディにして降臨した。

 

 ―――その場にいたのが、あのアナザーゴースト。

 

 二度目はこの眼魔世界でだ。

 ガンマイザーがダントンを脅威と捉え、戦闘行為をしている最中。

 それは恐らく深海マコトを逃がすために、ダントンに立ちはだかるように現れた。

 

 つまりはあの二人だ。

 あの二人に何らかの干渉をすれば、姿を現す可能性が高い。

 ガンマイザーを―――ひいては眼魔世界を脅かす存在。

 それを排除するのは、ガンマイザーにとって急務。

 

 だからこそ、ガンマイザーたちはアデルと同じ顔を14並べ。

 無表情のままに彼へとその作戦を提案した。

 

 

 

 

「巨獣ハンター・バングレイ……狩った巨獣の数は、確認されているだけで九十九。

 百体目の獲物を求め地球に来た、宇宙の荒くれ者のようです」

 

 ナリアが調べた情報を聞きながら、ジニスは手の中でグラスを揺らす。

 

 己の顎に手を添えて、クバルがモニターに映ったバングレイの情報を見上げる。

 そこには、今まで彼が狩ってきた巨獣のリストもあった。

 宇宙にその名を轟かせていたような野生の獣の名前も混じっている。

 事実であれば、それこそがバングレイの能力の証明だろう。

 

「巨獣ハンターですか……つまり、この星に巨獣と呼べる存在がいる、と?」

 

「ええ。詳細は不明ですが……伝説の巨獣と呼ばれる存在が噂されているようです。

 何でも、宇宙の破壊神と呼ばれた怪物を退けるほどの存在だとか」

 

「宇宙の破壊神だぁ? 随分と大仰な名前の怪物だぜ」

 

 つまらなさげにテーブルを叩くアザルド。

 そんな彼に肩を竦め、ナリアは画面を操作して情報を次々と映していく。

 

 地球の巨獣がそれほどに名高くなった理由。

 それを眺めたアザルドは、叩いていたテーブルに頬杖をついて鼻を鳴らす。

 そこで微かに笑ったジニスが、ゆっくりとグラスを傾けた。

 

「面白いじゃないか、宇宙の破壊神を封印するほどのパワー。

 その巨獣、是非とも見てみたいね」

 

「――――……?」

 

 クバルがゆっくりと、ジニスの視界から出るように一歩退く。

 そうしてから、悟られないように横目で王を見上げる。

 

 ―――クバルの目には。

 酷く機嫌の悪かった彼が、唐突なほどに機嫌を直したように見えた。

 

 彼の言葉を聞いたナリアが深く頭を下げる。

 ジニスが意思を示した以上、デスガリアンの行動方針は決定だ。

 と言っても、バングレイが探しているならそう無理な行動もない。

 

 これからの方針にクバルが口を出す。

 

「バングレイが探しているのです。

 でしたら、奴が見つけたのを横取りすればいいのでは?」

 

「じゃあ俺たちは今まで通りだな。さぁて、次のゲームは……」

 

 細かいことはどうでもいい、と。

 次のゲームの内容を考え出すアザルド。

 せっかく投入したクルーザが何も出来なかった苛立ちもあるのだろう。

 彼は次のプレイヤーを選別するため、退室していった。

 

 そのまま少しジニスの様子を窺っていたクバル。

 彼はやはり機嫌が良さそうに、グラスの中の液体を見つめていた。

 

 ―――アザルドに続くように、クバルもまた頭を下げてから退室する。

 玉座の間から少し離れたところまで歩いて離れ、そこで彼は一度足を止めた。

 

「―――巨獣に何かある……?

 いえ……藪をつついて竜の逆鱗に触れる必要もないでしょう―――」

 

 理由が分からずとも、確かにジニスの機嫌は持ち直した。

 ならば今はそれでいいのだ。

 わざわざ自分から命を危機に晒しに行くなど、馬鹿のすることなのだから。

 

 

 

 

「これ、何か変わったの?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんから受け取った服を着直しながら、立香が問いかける。

 少なくとも、見た目何かが変わったようには見えない。

 確かめるようにところどころをぽんぽんと叩いてみるが、実感は何もない。

 

「機能の追加だよ。もちろん整備と調整もしたけれど」

 

 散らばった道具を片しながら、そう言って微笑むダ・ヴィンチちゃん。

 着終わった体をちょいちょい動かしてみるが、やっぱり何か変わった気はしない。

 

「まあ、現状だとあまり意味のない機能だけれどね。

 あくまで次の特異点のための装備さ」

 

「ふぅん……」

 

 この特異点には随分と長く滞在しているが、ここで終わりというわけではない。

 次にして、最後。七つ目の特異点が待っている。

 その戦いの準備だって、カルデアでは同時に進行しているのだ。

 

『―――と、言ってもだ。まあ、そんなに急く必要はないよ。

 何せこちら側でまだ第七特異点は観測できていないからね……』

 

 そう言って苦笑するロマニ。

 こちらの存在証明をしつつ、彼らの業務は次の特異点の特定に移っている。

 しかしそれなりの期間探索しているというのに、その状況は芳しくない。

 

『ここまでそれらしいものが見つからない、となるとだ。

 まず間違いなく西暦以前……下手をすれば、神代に近い年代になる。

 そうなってくると、それほど遡った時代の観測ではシバの精度が安定しない。

 範囲を余程絞らなければ、最後の特異点は発見できないだろう』

 

「……範囲を絞るための情報が必要、ってこと?」

 

 首を傾げる立香に対し、苦い表情を浮かべるロマニ。

 

『……まあ、正直なところそこは心配していないんだ。

 多分、君たちが帰還すると同時に見つける方法があると思ってる』

 

「ウォズ―――もちろん黒ウォズの方だ。

 彼は恐らく答えを知っている、と思われるからだね」

 

 言葉を濁したロマニ。

 それに対し、ダ・ヴィンチちゃんはさっさと答えを口にした。

 まあ彼なら知っているだろうし、必要なら伝えてくるだろう。

 

 そういえば、と。いつぞや見た顔を思い出す。

 見た顔、と言っても彼は複数の顔を見せていたが。

 

 恐らく名前は、仮面ライダーディケイド。

 黒ウォズは門矢士、と呼んでいただろうか。

 

 『俺の待つ最後の特異点には、俺のウォッチを手に入れてから来い』

 確か、そんな感じの雰囲気の事を言っていた気がする。

 つまり彼は最後の特異点の場所を知っている、どころか今もいるのだろう。

 

「つまり黒ウォズに話を聞けばいい、と」

 

「そうそう。だからこそ、今は焦らずこっちの問題に取り組もうじゃないか。

 さて……こっちの作業も区切りがついたことだし、私もそろそろリンクキューブとやらを見に行こうかな?」

 

 軽く体を伸ばしながら、そう呟くダ・ヴィンチちゃん。

 

 ―――リンクキューブ。

 機能を停止している人間界とジューランドを繋ぐもの。

 停止の原因は、鳥のジューマンが王者の資格を一つ盗んだこと。

 

「新しい王者の資格を作ってみる、とか?」

 

 ならば代わりになれるものがあれば一応は解決を見る、と。

 そう言いながら視線を振ってみると、彼女は小首を傾げてみせた。

 

「ふむ。操くんの例を見るに、作るだけなら私でも出来るかもね。

 まあ、そのためにはジューマンを犠牲にする必要があるかもしれないけれど」

 

 ジュウオウザライト―――ジニスが作りだした、疑似的な王者の資格。

 それを思い描き、軽く指を回しながらダ・ヴィンチちゃんは片目を瞑る。

 その上で仮に作れたとして、必ずしも王者の資格と同じ働きをしてくれるかは不明だが。

 

「ま、とりあえずは現場を見てから判断しようか。

 ロマニ、話を聞いて地図上にマーキングはしてあるんだろう?」

 

『まあね。けど、直接案内してもらった方がいいんじゃないかい?

 特にタスクくんなんかは、キミの話に乗ってくれそうじゃないか』

 

「大和さんたちは今日、サーカス行ってるよ」

 

 ジューマンたちに案内してもらえばいい。

 そう口にしたロマニに、×を示す。

 

 最近の騒ぎの中でよく聞いていた単語、サーカス。

 それを改めて聞いて、ロマニが眉を顰めた。

 

『サーカスって、あの宇宙サーカス? に襲われたジューマンのサーカスかい?』

 

「うん。今日が最終公演でもうすぐ次の街に行っちゃうから、是非見に来て欲しいって誘われた、って言ってたよ」

 

 コンドルのジューマンの少年、ペルル。

 彼からの誘いで、大和たちはサーカスを見に行ったのだ。

 これから仲間として戦っていくことを決めた操。

 彼と友好を深める意味も込めて。

 

 友達と遊びに行く、ということで操はスーツを着ていたのが記憶に新しい。

 果たして彼以外にサーカスをスーツで見に行く人間はいるのだろうか。

 ついでに。操の先日の発言から、渾名をつけて呼ぶ事にした大和に対して狂喜して、大和の手を握り顔を輝かせていたのも特に印象的だった。

 

『なるほど。じゃあ、キミたちと……マシュも休みだったろう。三人で行くのかい?』

 

「そうなる?」

 

「いや、アカリちゃんも誘うとしよう。優秀な助手だからね」

 

「そっか。じゃあ折角だし他のみんなも誘おうか?」

 

 言いながら、そのままリンクキューブを調べるための準備に入るダ・ヴィンチちゃん。

 じゃあ私は声をかけてくる、とそのまま部屋を退室。

 ピクニック気分で、これからの予定を消化するために彼女たちは動き出した。

 

 

 

 

「……美味い。フミ婆のたこ焼きそのままだ」

 

「そうですか? お祖母ちゃんのたこ焼きをいっぱい食べてたアランさんにそう言ってもらえると、なんだか自信がつく気がします」

 

 そう言いながら手慣れた様子でたこ焼きを作り続ける女性。

 名を福嶋ハルミ、フミ婆こと福嶋フミの孫娘だ。

 そんな彼女の焼いたたこ焼きを食べながら、アランは小さく笑った。

 

 別に何かがおかしかったわけではない。

 ただ当たり前のことだ。

 

 幼い頃からフミ婆と一緒にたこ焼きを焼いていた彼女は、フミ婆のやり方を知っている。

 だから彼女の作るたこ焼きは、フミ婆のたこ焼きと同じ味がする。

 本当にただそれだけの事が―――とても尊いことなのだと、彼は知った。

 

 もしかしたらハルミもまた子へ、孫へ。

 このたこ焼きの味を伝えていくのかもしれない。

 

 ―――その繋がりは、命を懸けて守るに足る。

 自然とそう思えた。

 

「……変わったな、アラン」

 

「―――ああ」

 

 一緒にたこ焼きを食べていたマコトが、彼の横顔を見て微笑む。

 そんな言葉に、思うところがあって空を見上げる。

 

「私はこうして変わった。だが、父上やアデルだって民の事を考えていたのは、変わらないはずなのだ。その意思が、私とは反対の方向に変わってしまっただけなのだ、きっと。

 ……父上を止められなかったことは変わらない。だが、まだ兄上は止められるかもしれない。兄上の罪は、それを止められなかった私たち大帝の一族全て罪だ。だからこそ……私は、兄上を止めたい。共にその罪を背負い、眼魔の民を導くために」

 

 見上げていた顔を下ろし、彼はそのままマコトに向き直った。

 

「頼む、スペクター。そのために、協力してほしい」

 

「マコトだ。前のように、友としてそう呼んでくれ」

 

 マコトから差し出される手。

 出された手を握って、アランは大きく頷いた。

 

「ねえ二人とも、食べてばっかじゃなくて手伝ってよ」

 

「む?」

 

 ゴミを集めて纏めつつ、ソウゴが二人に声をかけた。

 “フミ婆の味”が蘇ると知った人たちが、今日ばかりは押し寄せたのだ。

 そうなれば便乗している彼らの店も自然と繁盛し、手が足りない。

 

 せっかく久しぶりの味に浸っていたというのに。

 小さく息を吐きつつ、仕方ないと立ち上がるアラン。

 

 そんな彼に苦笑しつつ、マコトもそれに続く。

 そのままソウゴの手伝いに回ろうとした彼が、ふと足を止めた。

 何かを感じたかのように、懐から取り出すのは眼魂。

 

 ―――ディープスペクターのものだ。

 

「どうした?」

 

「―――この……眼魂から伝わってくる、この感覚。まさか……?」

 

 取り出した深淵の瞳からは、強い力が伝わってくる。

 まるで何かに共鳴しているかのように。

 これに似たような感覚を、一度覚えた事がある。

 

 ―――ガンマイザーだ。ガンマイザーと対峙した時に。

 

「ガンマイザー……!?」

 

「―――なんだと?」

 

 アランが驚愕すると同時に、彼ら二人の持つ英雄眼魂が飛び出した。

 恐らくはタケルが、アイコンドライバーGによる集合をかけたのだ。

 つまり、彼が今ガンマイザーとの戦闘に入ったということ。

 

「タケル……!」

 

 その感覚に導かれるままに、マコトがすぐさま走り出した。

 一瞬だけ遅れて、アランもまたその背中に着いていく。

 

 二人を見送り、ソウゴは店の方へと振り向いた。

 きつく目を細めたオルガマリーは、彼に対して小さく一度頷く。

 ゴミ袋をその場に落とし、そのまま走りだすソウゴ。

 

 ―――そんな彼の前に、

 

「やあ、魔王。久しぶりじゃないか。

 君たちがお店を出したと聞いてね、つい足を運んでしまったよ」

 

 ふらり、と。

 白衣の男がどこからともなく割り込んだ。

 思い出すまでもなくよく見た顔に、ソウゴが眉尻を上げる。

 

「この特異点にもいたんだ、白ウォズ」

 

「必要なら私はどこにでも行くさ。我が救世主のためにね。

 もちろん。今回だって必要だから顔を出したまで、だ」

 

 言いながらドライバーを取り出す白ウォズ。

 

 敵対の意思は明らかだ。

 前回共闘したからといって、いつでも味方である存在ではない。

 ソウゴにとってはむしろ、敵としての活動の方が多い相手なのだから。

 

「……今回の戦い、俺がその場に行くのを邪魔したいんだ?」

 

「さて、どうかな。

 ただ今日は何となく……君の邪魔をしたい気分なだけかもしれないね?」

 

〈ビヨンドライバー!〉

 

 白ウォズはドライバーを腰にあて、ベルトを装着する。

 

 ―――その光景を見ていたツクヨミが、懐からファイズフォンXを抜く。

 車の陰に隠れつつ、引き抜いた銃を即座に発砲。

 赤い光弾が周囲へと飛んでいく。

 

「うん?」

 

 発砲しておいて、自身は狙っていない弾丸。

 その状況に白ウォズが僅かに眉を顰めた。

 

 ツクヨミの放った銃弾は公園の地面の適当な場所に着弾。

 その場で大きく火花を散らした。

 瞬間、彼女は大声で周囲の人間に叫びたてた。

 

「爆発よ! また怪物が出たのかもしれない! みんな逃げて!!」

 

 彼女が声を張り上げた瞬間、俄かに騒がしくなる行列。

 確かに突然爆発音のようなものが聞こえた。

 怪物の襲撃が日常的に訪れる今ならば、それはありえる話なのだ。

 少し間を置いて、パニックに発展する集団。

 

「落ち着いて! まだ爆発の音は遠かったわ! 今逃げればきっと大丈夫!」

 

 それに対して声を張り上げ、無理矢理落ち着かせて誘導を始めるツクヨミ。

 

 そんな光景を目の当たりにし、白ウォズは肩を竦めた。

 少し残念そうにしつつ、彼はその手の中にミライドウォッチを取り出す。

 

「少し残念だね。せっかく()()に使えると思ったんだが」

 

〈キカイ!〉

 

 起動するウォッチは、仮面ライダーキカイ。

 クランクインハンドルのスロットにキカイウォッチをセット。

 その後即座に、彼はハンドルを押し込んだ。

 

〈投影! フューチャータイム!〉

 

 背後に展開されるスクリーン。

 周囲に展開されるのは、銀色のライダーウォズ本体の装甲。

 その上から更に展開される、黄金のキカイの装甲。

 

 それが白ウォズの体を覆い、彼の姿を変えていく。

 

〈デカイ! ハカイ! ゴーカイ! フューチャリングキカイ! キカイ!〉

 

 ゆるりと構える仮面ライダーウォズ・フューチャリングキカイ。

 それを前に、顔を顰めながらソウゴはジクウドライバーを装着した。

 

 

 

 

「しかし……どうかされたのですかな、タケル殿。突然、こんな……」

 

 言い淀む御成の声。

 タケルの背にかけていた言葉が、そこで途切れた。

 御成が見つめている先で、タケルはぼんやりと野原を見ている。

 

 大天空寺の裏山。

 その中でタケルは、ただ立ち尽くしていた。

 

 ここは父が死んだ場所だ。

 彼はここで、天空寺龍から武蔵の刀の鍔を受け取った。

 それを知っているからこそ、御成の言葉も続かないのだろう。

 

「……分からない。けど、何だか呼ばれた気がしたんだ。父さんに」

 

「先代に、ということはもしや……!?」

 

 慌てて御成が周囲を見回す。

 アナザーゴーストがここにいるやも、という焦り。

 が、実際にあの幽鬼がここにいるということはなかった。

 胸を撫で下ろし、大きく息を吐く御成。

 

 何が原因なのか、本当に呼ばれたのか。

 そんなことさえも分からない。

 けれど、ここに来なくてはならない気がした。

 

 その場で立ち尽くし、目を瞑るタケル。

 そんな彼の様子を見て、倣うように御成も黙祷を始めた。

 

 ―――懐の中で、眼魂が騒ぐ。

 同時にタケルの中の何かが、確かに異常を感知した。

 眼を見開いて、タケルが声を上げる。

 

「……何か、来る!」

 

「な、なにがくるのですかな!? やはり、先代が……!」

 

 身構えるタケル。彼の声に慌てふためく御成。

 周囲を見回す彼らの前で、空に眼の紋様が浮かび上がった。

 

 それが眼魔がこちらに来るための次元の歪み。

 眼魔ホールであるということに、一切の疑いはない。

 タケルはすぐさまアイコンドライバーGを取り出していた。

 

 ―――ふと、目の前で開いた眼魔ホールに既視感を覚える。

 確か一度、此処で、正にあの眼魔ホールが開くのを、見たような。

 

 呆けているタケルの前で眼魔ホールが巨大化していく。

 

 ―――現れるのはプレートだ。

 それぞれ14の違う色を持つプレート。

 眼魔ホールの中からそれらは現れ、ゆっくりと地面に降りてくる。

 

「―――ガンマイザー!」

 

『優先目標、天空寺タケルを確認。最優先目標の出現を考慮しつつ、排除開始』

 

 14のプレートが全て魔人、あるいは武器、あるいはエレメントに変わる。

 その破壊力は、たった二体を相手にしただけのタケルにもよく分かっていた。

 

 集結する15の英雄眼魂。

 それがアイコンドライバーGに力を宿らせ、タケルをグレイトフル魂に変身させる。

 

「逃げろ御成! ―――変身!!」

 

〈グレイトフル!〉

〈ケンゴウ ハッケン キョショウニ オウサマ サムライ ボウズニ スナイパー!〉

〈大変化!!〉

 

 黒と金のゴーストが両手に剣を取り出す。

 ガンガンセイバーとサングラスラッシャー。

 

 十四対一などという状況で、下手に踏み込めるはずがない。

 グレイトフルの能力を駆使し、とにかく時間稼ぎを―――

 

『―――ガンマイザーへの影響を確認。対応を開始』

 

 炎の魔人がそう口にして、ゆっくりと手を振るう。

 その瞬間―――ギシリ、と。タケルの体が大きく軋んだ。

 

 何かの障害物に思い切り激突したような、そんな衝撃が体を走る。

 グレイトフルで向上した全身に漲る力。

 まるでそれが全て重しに反転したかのように、体へ負荷としてかかってくる。

 

「……ッ、なん、だ、これ――――!?」

 

 立っていることすら出来ず、両膝が落ちる。

 それを支えようとした腕にも力が入らない。

 

 ―――そこでふと。

 ガンマイザーが、英雄眼魂の力を一種類だけ弱点としていた事を思い出す。

 だとすれば、同じことが英雄眼魂にも起こり得るのではないか。

 ガンマイザーの存在は、対応した英雄の力を相殺するのではないか。

 そんな考えに思い至った。

 

 だとするなら、グレイトフルではそもそも戦えすらしない。

 そのままうつ伏せに倒れたグレイトフルに対し、御成が駆け寄る。

 

「タ、タケル殿!? タケル殿、お気を確かに!」

 

「御成……早く、逃げろ……ッ!」

 

 ガンマイザーが進行を開始する。

 だがゴーストは動けない。

 倒れたまま、僅かに震えることしか行う事ができない。

 

「タケル殿を置いて逃げられますか! ど、どうすれば……!」

 

 瞬間、グレイトフルが跳ねた。

 地面にうつ伏せで倒れていた体が、地面が爆発したように持ち上がる。

 

 ―――アイコンドライバーGから、ムサシのパーカーゴーストが飛び出したのだ。

 その勢いで、うつ伏せ状態から仰向けに引っ繰り返るゴースト。

 

 ムサシはそのまま単騎でガンマイザーに斬り込んでいく。

 だが数秒保てばいい方だろう。

 ガンマイザーがそれほどの脅威だというのは、分かり切ったことだった。

 

「御、成……! 俺の、ドライバー、外して……!」

 

「こ、こうですかな!?」

 

〈カイサーン!〉

 

 御成の手によって外される、アイコンドライバーG。

 そのまま足元に転がるムサシ以外の眼魂たち。

 転がり落ちたそれらを、慌てた御成が掻き集め始めた。

 

 そんな彼の様子を横目に。

 グレイトフルの鎧を消したタケルが、未だに痺れる体を立ち上がらせる。

 

 出現させるのはゴーストドライバー。

 手に取り出すのは、闘魂ブーストゴースト眼魂。

 タケルはすぐさまそれを操作し、己を真紅のトランジェントに変えた。

 

〈闘魂カイガン! ブースト!〉

 

 そのまま放たれた黒のパーカーを纏わず。

 彼はすぐに眼魂を差し替えてドライバーのトリガーを引いていた。

 

「……ムサシ!」

 

〈カイガン! ムサシ!〉

〈決闘! ズバッと! 超剣豪!〉

 

 ガンマイザーに容易に弾かれ、吹き飛ばされてきたムサシパーカー。

 だがその勢いのまま、赤いパーカーはゴーストの上に被さった。

 赤いトランジェントの上から、赤いパーカー。

 それを纏ったゴーストが、一気にフードを取り払う。

 

 拾い上げるのは先程落とした武装、ガンガンセイバーとサングラスラッシャー。

 

 二刀を構えながら、赤のゴーストは十四体の怪物に向き直った。

 背に庇った御成を一度だけ振り返り、彼は痺れる体に熱意を込めなおす。

 

「―――命、燃やすぜ……ッ!」

 

『―――消去、実行』

 

 

 




 
やめて!ガンマイザーの特殊能力で英雄の眼魂を無効化されたら、グレイトフル魂で英雄と繋がってるタケルの精神まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないでタケル!あんたが今ここで倒れたら、龍さんや御成との約束はどうなっちゃうの?
オレゴースト眼魂はまだ残ってる。ここを耐えれば、ガンマイザーに勝てるんだから!
次回「タケル殿死す」デュエルスタンバイ!
 


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粉砕!戦士の魂!2016

 

 

 

 ギュルリ、と。

 重力のエレメントが渦を巻き、炎の魔人と融合する。

 直後。迸る炎の渦が重量を伴い、ゴーストに振りかかってきた。

 

 圧しかかってくる炎の天蓋。

 潰されそうになる体を、双剣を杖代わりに堪えようとして―――

 その膝が地面に落ちる。

 

「が、ぁ……!」

 

 手から零れ落ちた双剣が、そのまま地面を潰して埋まっていく。

 

「タケル!!」

 

 即応しようとするディープスペクター。

 その前に水の魔人が立ちはだかる。

 更に魔人の中に溶け込む、雷のエレメンタル。

 

 深淵の炎を纏った拳が、水の魔人―――リキッドを粉砕する。

 が、それはそのまま液体となってスペクターに纏わりついた。

 同時にスペクターの全身を襲う雷撃。

 ガンマイザー・エレクトリックリキッドは、スペクターを確実に押し留める。

 

「邪、魔だァアアア―――ッ!!」

 

〈ゲンカイダイカイガン! ゲキコウスペクター!!〉

 

 雷に痺れる肉体を無理矢理動かし、銀の炎が溢れさせる。

 リキッドを蒸発させ、エレクトリックを消し飛ばし。

 スペクターは銀色の翼を得て、即座にゴーストの許へ向かい―――

 

 その前に、竜巻の如き形状の魔人が立ち塞がる。

 減速などするはずもない。

 飛翔の勢いでそのままそれを粉砕せんと、スペクターは拳を振り上げた。

 

 だが目の前で竜巻の魔人―――ウィンドに、時計のような光球が融合する。

 

『脅威対象を確認。直接戦闘を回避』

 

 融合するガンマイザー・タイムウィンド。

 合一した二基のガンマイザーが、スペクターの目の前で発光を開始する。

 

 結果、ガチリと。

 何かが巻き戻ったような感覚とともに、スペクターが翼を失った。

 飛び出した勢いのまま、彼は地面へと叩き付けられる。

 

「ぐっ……なにッ……!?」

 

 ディープスペクターの強化変身形態、ゲキコウスペクター。

 その発動を無効にされた?

 いや、発動前に巻き戻されたのだ、と。

 

 一瞬遅れて理解して、マコトはすぐに再びドライバーに手をかける。

 

 だが構えたスペクターの背後、再びエレクトリックリキッドが出現していた。

 何ら損傷なく、消し飛ばしたはずの二基のガンマイザーはそこにある。

 再出現したその手には槍―――ガンマイザー・スピアー。

 

 同時に地面を隆起させ出現する大地と震動の魔人、プラネットオシレーション。

 プラネットオシレーションの手には、鉄槌たるガンマイザー・ハンマー。

 

 更にタイムウィンドが手を伸ばす。

 その手の中に飛び込んでくるのは、紅弓ガンマイザー・アロー。

 

 現状、この場における最大の脅威ディープスペクター。

 それを完全に封殺するべく、九体のガンマイザーによる同時攻撃が行われる。

 

 槌が唸り、弓が撓り、槍が振るわれ。

 水流に雷撃が奔り、大気が震え、大地が割れ、周囲の全てが砕けていく。

 

 ―――そんな修羅場の中。

 銀色の戦士が全身から火花と白煙を噴き、膝を落とした。

 

「マコト! タケル!」

 

 空中にあるのは叢雲の魔人―――クライメット。

 それをグリム魂のショルダーで迎撃していたネクロムが足を止める。

 その瞬間、ネクロムの横をガンマイザー・マグネティックが擦り抜けた。

 

「なに……!?」

 

 敵の接触に対し身構えたネクロムだが、何のダメージもない。

 困惑したアランの前で、クライメットは空中を舞う。

 その手に現れるのは青い銃身、ガンマイザー・ライフル。

 

 クライメットは狙いもつけず、ただその銃弾を適当に撒き散らした。

 避けるまでもないその攻撃はしかし。

 全て、ネクロムに向けて異常な軌道で迫ってくる。

 

「くっ……!?」

 

 ニブショルダーでの迎撃を加速させる。だが足らない。

 マグネティックの発した磁力が、ネクロムに纏わりついている。

 弾丸を引き付けているのは、ネクロム自身だ。

 

 回避に意味はない。弾丸が最後に到達する場所こそがネクロムだ。

 迎撃しても意味はない。弾かれてもすぐに再びネクロムに向け進み出す。

 永遠に続くかのような、終わることのない迎撃戦。

 

 ―――その中の、通してしまった一発が着弾。

 

 そこで体勢を崩し、迎撃が遅れて続々と着弾する。

 無数の弾丸に撃ち抜かれ、彼の白い体が灰色に染まり出す。

 

 クライメットが更なる発砲。

 最早迎撃のための体勢すら整えられず。

 全ての弾丸を浴びたネクロムが、全身から火花を噴いて地面に投げ出された。

 

 

 

 

 そんな光景が下に拡がっていると理解して。

 戦場の上を飛ぶキューブイーグルから、皆で一気に飛び降りる。

 御成から送られてきたSOSを受け取り、ジュウオウジャーは最速の移動手段を選んだ。

 大天空寺の裏山の中に飛び込んだ彼らが見たのは、地獄のような戦況。

 

「―――みんな、行くぞ!」

 

「ああ!」

 

 その戦場の中に、すぐさま飛び込もうとするジュウオウジャー。

 とにかく合流して、タケルたちを助けることが先決だ。

 だからこそ山の中に着地した彼らは、脇目も振らずに飛び出して―――

 

「おおっと、悪いがそうはいかねえんだ!」

 

「うわ……ッ!?」

 

 ―――死角を突き、木の陰から飛び出してくるバングレイ。

 彼の伸ばした右腕が、ザワールドの頭に触れていた。

 すぐさま掴んだ頭を押しやり、操を思い切り押し飛ばしつつ。

 彼はジュウオウジャーの前に立ちはだかった。

 

「バングレイ……!? なんであんたが―――!」

 

「まさか手を組んでやがるってのか!」

 

 押し返されてきた操を受け止めつつ、セラとレオが相手を睨む。

 

 攻めてきた眼魔と同調するような動き。

 これではまるで手を組んでいるようだ、と。

 それを聞いたバングレイが、くつくつと喉の奥を笑い声で揺らした。

 

「オイオイ、せっかく遊びに来た知り合いにその態度はないんじゃねぇか?

 バリ悲しいねぇ、まあいいけどよ」

 

 武蔵の剣に切り落とされ。

 しかし同じようにフックの義手を接続した左腕。

 それを動かしカチカチと鳴らしつつ、彼は大仰に声を上げた。

 

「残念ながら外れだ、俺も戦闘見つけて急いで駆けつけたのさ。

 なんせ、今あそこで死にかけてるのはお前らのお友達だろ?」

 

 首だけでくい、と。背後で行われている戦闘を示す。

 ガンマイザーはこちらに一切興味を示さない。

 あくまで目的は、今襲っている連中だけだとでも言うように。

 

「丁度いいと思ったのさ。

 ―――なあ、赤いの。記憶の繋がりを断ってもテメェらは壊れないんだろ? だから試させてもらおう、ってわけ。あの連中が目の前で殺されて、記憶の中でだけ生きる存在に変わったら―――その時、テメェらはどんな面を見せてくれるか、ってさぁ?」

 

「お前……!」

 

 新たに拵えたバリブレイドを構え直し、そう言って嗤うバングレイ。

 

 彼の前に出ようとする大和を、しかし銀色の腕が押し留めた。

 拳を握り締め、バングレイに対峙するザワールド。

 

「みっちゃん……!」

 

「大和たちはアランたちを助けに行ってくれ……! こいつは俺が―――!」

 

 そんな助け合いを前にし、鼻を鳴らすバングレイ。

 彼が六つ目の内の二つを輝かせ、その場に一つの影を顕した。

 先程触れた操の頭と、その記憶。

 そこから再現されるのは、操がよく知る存在に他ならない。

 

「残念、テメェの相手はこっちだ」

 

 現れる顔は、黒犀のマスク。

 金鰐の右腕と、銀狼の左腕で。拳を力強く握るトリコロールの戦士。

 バングレイの前に立ちはだかるジュウオウザワールド。

 彼と全く同じ姿かたちをした、同一の存在。

 

 ―――名を、ザワールド。

 門藤操の記憶から転写された、デスガリアンのエクストラプレイヤー。

 ただジニスを愉しませるためだけに戦うものが、その姿を現した。

 

「俺……っ!?」

 

「お前が俺の相手か?

 勝負にならないな……今のお前と俺とじゃ、レベルが違うからなァッ!!」

 

 三つの命を喰らい生まれた戦士、ザワールド。

 彼がジュウオウザワールドの前で笑い、一気に踏み込んできた。

 遺憾なく発揮される犀の突進力。

 

 隙を突かれた自分と同じ力を持った者からの激突。

 そんなものに晒されて、ジュウオウザワールドも咄嗟に身構えた。

 

「う、ぐぉおおお――――ッ!」

 

 ぶつかり合っても、純粋なパワーは互角。

 だが助走の分だけ上乗せされた衝撃に、操の方が体勢を崩した。

 そのまま押し込まれて、バングレイたちから離されていく二人の姿。

 

「操くん!」

 

「―――ッ! バングレイ!!」

 

 イーグライザーの切っ先が跳ねる。

 蛇の如くのたうちながら迫る刃を、バリブレイドが切り返す。

 直後に迫るのは、鮫と獅子。

 

 彼らが手にしたジュウオウバスターの刃が、バングレイに向けられる。

 剣を振り抜いた姿勢のバングレイはしかし腹の砲口から光を放ち―――同時に。

 象と白虎が銃モードのジュウオウバスターの引き金を引いた。

 

 バングレイの砲撃を撃ち落とすキューブ状の弾丸。

 互いの光弾が相殺し合い、発生する爆発。

 その炎の中を突き抜けた剣閃が、バングレイを確かに斬り付けた。

 

 火花を散らし。蹈鞴を踏んで。

 それでも退く足の距離はたった一歩分。

 

 絶対にあちらへ助けに割り込ませない。

 そう言うかのように、バングレイはそこで愉しそうに喉を鳴らした。

 

 即座に翼を広げ、激突しに行くジュウオウイーグル。

 だが同時に、バングレイもまた即座にそれに反応を示す。

 イーグライザーがバリブレイドと交差する。

 

 鍔迫り合いの姿勢。

 そのままバングレイが、突き合わせた鷲のマスクに問いかける。

 

「なあ赤いの。お前、名前は?」

 

「ッ、この……ッ!」

 

 火花を散らし、盛大な擦過音と共に唸る刃金。

 そのまま二度、三度と激突する互いの剣。

 剣が散らす火花越しに、バングレイが呆れるように大和を見る。

 

「あーらら、俺の名前は呼ぶくせに自分は名乗るの拒否るわけ?

 ま、いいけどな。今さっきあいつの記憶から一緒に貰ったからよ」

 

「飛べ、大和!!」

 

 レオの声に応え、赤い翼が飛翔した。

 競り合っていたバリブレイドが狙いを失い、イーグルの足を掠めるに留まる。

 空いたバングレイに対し、四人はバングレイを挟み銃撃を放つ。

 

〈ジュウオウシュート!〉

 

 キューブ状のエネルギー弾。

 それが四つ同時にバングレイへと着弾し、爆炎を上げる。

 その光景を眼下に見ながら、大和は己のマスクへと手をかけた。

 

 跳ね上げられる鷲の面。下から姿を現すゴリラの顔。

 上半身を筋肉で膨れ上がらせ、彼は炎の中のバングレイに躍りかかる。

 

「本能覚醒―――ッ!!」

 

 叩き付けられるゴリラの拳。

 立ち上る熱気ごと圧し潰さんとする、剛力の一撃。

 だがバングレイは剣を盾として構えることで、それを正面から受け止めた。

 

 拳がバリブレイドを叩く衝撃で弾け飛ぶ炎。

 千切れ飛んだ炎の残り火が舞う、晴れた視界の中。

 再び至近距離で視線を交錯させて、バングレイは高らかに叫んだ。

 

「なあ、風切大和ォ――――ッ!!」

 

 

 

 

「本能覚醒!」

 

〈ウォーウォー! ウルフ!〉

〈ウォーウォー! クロコダイル!〉

 

 互いに掲げるライトの光が、マスクの形状を変化させる。

 

 ザワールドの額に現れるのは銀狼の眼光。

 そのまま彼は腰を落とし、疾走体勢へと入った。

 

 黄金の鰐を額に現した操は、ジュウオウザガンロッドを構える。

 直線に伸ばし棍となったその武装。

 

 それを軽く首を回しながら見やったザワールドが、一息に踏み込んだ。

 狼の速度で彼が踏み込んだとほぼ同時、彼我の距離は瞬時にゼロまで詰まり。

 ―――瞬間、それに合わせて振るわれたロッドが空を切る。

 

「フンッ!」

 

 横薙ぎに振るわれたガンロッド。

 それを潜り抜けるザワールドが、膝で操を蹴り上げる。

 突きあげてくる衝撃に、足を地面から離して浮く操。

 

「くっ……! この―――!」

 

 掬い上げるように振るわれるジュウオウザガンロッド。

 下から上へと跳ねるそれが、半身を退いたザワールドの眼前を掠めていく。

 

「どうした? 俺の割に随分弱いじゃないか!

 それじゃあ、死んだ三匹のジューマンも浮かばれないなぁ!」

 

「黙、れぇッ!!」

 

〈ジュウオウザフィニッシュ!〉

 

 振り上げたロッドを、そのままの勢いで切り返して叩き付ける。

 溢れるジューマンパワーが、鰐のエネルギー体を作り出す。

 地面を割り、地上に突き出してくる鰐の顎。

 それの接近を目の前にして、ザワールドはザライトを回して膝で叩いた。

 

「本能覚醒!」

 

〈ウォーウォー! ライノス!〉

 

「野性大解放!!」

 

 頭部を再び黒い犀に変え、彼は両腕に金鰐の尾と銀狼の爪を発現させる。

 突き出した肩に装着するのは角の生えたショルダーアーマー。

 彼はその角でもって、殺到する鰐を正面を粉砕した。

 

 粉砕され、千切れ飛ぶ黄金のエネルギー片。

 それを振り払いながら、ザワールドの侵攻は続行される。

 

「……ッ! 野性、大解放ッ!」

 

〈ウォーウォー! ライノス!〉

 

 操もまた三つの力を呼び起こし、最大限の力を発揮。

 全力で突撃してくるもう一人の自分に対し、逆撃を試みた。

 激突した瞬間に炸裂する空気。

 

 互いに踏み砕いた地面が爆ぜ、土塊が撒き散らされる。

 

「どうした、お前を受け入れてくれた仲間を守るんじゃないのか?

 やっと出来た仲間の役に立つんじゃなかったのか?」

 

「―――言われるまでもない! お前を倒して、すぐに……!」

 

「すぐにどうする? どこまで守る? お前は本当に仲間を守れるのか?

 デスガリアンと戦い続ければ、やがてはジニス様とも戦わなければならないのに?」

 

 ザワールドの言葉に揺らぐ。

 その瞬間、金鰐の尾が操を殴り飛ばしていた。

 地面を踵で削りながら、後ろへ滑っていく彼の体。

 それを必死に押し留めて、操が体勢を立て直す。

 

「―――ッ、決まってる! 俺はみんなと戦うと決めたんだ!

 犠牲になった三人のような被害者をもう二度と出さないために……!

 相手が例え、あのジニスだとしても!!」

 

 操が地を蹴り、突撃(チャージ)を仕掛ける。

 それに対し、ザワールドは胸を張って立ち姿のまま待ち受けた。

 激突する一撃は、威力が足らずただザワールドを押し込むだけ。

 そんな攻撃を受け止めて、失笑する声。

 

「震えているな? 怖いんだろう、ジニス様が」

 

「うるさい、黙れェッ!!」

 

 我武者羅に振り上げられる狼の爪。

 足掻く操のそれを打ち払い、ザワールドが頭突きを行った。

 突き付けられる、お互いのマスク。

 

「お前は本当に誰かを助けるためにそこにいるのか?

 本当はジニス様の恐ろしさから、ただ逃げたいだけなんだろう?

 お前が仲間と呼ぶ連中はみんな、ジニス様から自分を守る盾なんじゃないのか?」

 

「そん、な……筈が……!」

 

 優しげにさえ聞こえた、彼の心の闇に染み込む声。

 そして命を消されていく、三人のジューマンたち。

 命をゴミのように消費するジニス。

 だが確かに、ジニスは門藤操の心の中を理解した。

 

 理解できない強大な力を持った化け物。

 そんな相手から、自分の事は心底まで理解されている。

 その事実が恐ろしい。

 

 踏み込みが緩んだ瞬間、操の体がぐるりと回る。

 足を刈り、その勢いで操を投げ飛ばしたザワールド。

 その腕の鰐尾が、ジュウオウザワールドを地面に叩き付けた。

 

 大地を砕き、地面に埋もれるトリコロールの体。

 

「ぐぁ……ッ!?」

 

 仰向けに埋まった彼の胸を、ザワールドの足が踏み付ける。

 砕かんばかりの勢いで下ろされた足に、操の体が軋んだ。

 

「俺はお前だ……お前の恐怖だ。お前は何も変われてなんかいない。

 仲間を助けるどころかジニス様に怯えて何も出来ない……

 あの三匹のジューマンを見捨てた時と同じ、ただの役立たずのままなんだよ!!」

 

 

 

 

〈ビルド! デュアルタイムブレーク!〉

〈ジカンデスピア! ヤリスギ!〉

 

 刀身を覆うドリル状のエネルギー。

 槍となったジカンデスピアと打ち合うそれが、大量に火花を散らす。

 そうして三度武器同士をぶつけ合い―――直後。

 

 ライダーウォズが一瞬武器に切り返しを遅らせた。

 直撃するヘイセイバーに黄金の装甲、キカイアーマライナーの表面が弾ける。

 ―――が、フューチャリングキカイは揺るがない。

 

 体で剣を受け止めた直後に、切り返すジカンデスピア。

 槍の穂先がジオウを捉え、押し返した。

 

 攻防のリズムがずれる。

 互いの攻撃が攻撃を相殺し合う事がなくなる。

 双方共に、行う攻撃は全て相手に直撃。

 全身から火花を噴き出しながら、削り合いになった。

 

 ディケイドアーマーが押し込まれる。

 だがフューチャリングキカイは平然と攻撃を続行する。

 

「っ……!」

 

「どうだい、魔王。このパワー、中々のものだと思うのだがね」

 

 叩き付けられるヘイセイバーの刀身を体で受け止めて。

 ライダーウォズは、ジカンデスピアのタッチパネルに指を添えた。

 連続スワイプすることで、必殺のエネルギーがその穂先に集う。

 

〈フィニッシュタイム!〉

〈エクシードチャージ!〉

 

「白ウォズ!」

 

 彼がデスピアを持ち直した瞬間、弾丸が奔る。

 赤光の弾丸は過たずフューチャリングキカイの胴体に着弾。

 その体を赤い光で拘束してみせた。

 

〈ヘイ! エグゼイド! デュアルタイムブレーク!〉

 

 動きを停止させるライダーウォズ。

 その前でジオウの指がセレクターを弾き、ヘイセイバーのトリガーを引いた。

 振るわれる刀身が黄金の装甲に激突すると同時、浮かぶ“HIT!”のエフェクト。

 攻撃の数だけそのエフェクトが舞い―――しかし。

 

「残念。その程度の攻撃は、フューチャリングキカイには通用しない―――!」

 

 ファイズフォンXによる拘束が、打ち破られるまでもなく消えていく。

 エネルギーの散華を大人しく待ち、加えられる攻撃を耐え切った後―――

 その腕が、エネルギーを滾らせるジカンデスピアを突き出した。

 

〈爆裂DEランス!!〉

 

 切り替えす剣を盾に、その刺突撃を受け止める。

 

 受け止めた瞬間、切っ先から溢れる歯車状のエネルギー塊。

 それがジオウを圧し潰すように回転を始め、アーマーが削られていく。

 回る歯車は車輪のように、巻き込んだディケイドアーマーを轢き潰す。

 

「ソウゴ!」

 

 撥ねられ、吹き飛ぶマゼンタのボディ。

 彼は地面にぶつかり、衝撃で跳ねて、そのまま転がっていく。

 そんな姿を前に、ライダーウォズがドライバーに手をかけた。

 

〈ビヨンドザタイム!〉

 

「少しの間眠っているといい。

 安心したまえ、君が起きる頃には事態は収束しているはずだからね」

 

〈フルメタルブレーク!!〉

 

 一度引いたハンドルを再びドライバーに叩き付ける。

 ミライドウォッチの力が解放され、フューチャリングキカイに漲っていく。

 展開される両肩のショルダーアーマー。

 そこから現れたフックのついたアンカーが、ジオウを目掛けて射出された。

 

「―――悪いね、白ウォズ。それ待ってたんだ」

 

〈ファイナルフォームタイム! フォ・フォ・フォ・フォーゼ!〉

 

「―――――!」

 

 ジオウの姿形が変わる。

 インディケーターに表示されるのは、フォーゼ・マグネット。

 ヘッドギアに浮かぶ表情は、胴体と頭部を一体化させた宇宙服のようなマスク。

 右半身には赤いライン、左半身には青いライン。

 

 ディケイドアーマー・フォーゼフォーム。

 変わった彼の前方に生成される、U字磁石を二つに割ったような砲台。

 突然前に現れたそれが、放たれたアンカーへの身代わりとなる。

 

 ジオウを捕まえるために放たれたフックは、両方が砲台へと接触。

 その結果―――()()()()()

 強力な磁力を帯びた砲台は、キカイのフックを完全に固定してみせた。

 

「チィ……ッ!」

 

〈フォ・フォ・フォ・フォーゼ! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

 砲台が動き、アンカーの動きを阻害する。

 強引に引き戻しにかかるライダーウォズの前で、ジオウはディケイドウォッチを押し込んだ。

 更に続けてそのウォッチを抜き、ヘイセイバーへと装填。

 

〈フィニッシュタイム! カブト! スクランブルタイムブレーク!!〉

 

 解放され、ヘイセイバーに纏わる赤いエネルギー。

 それが巨大なカブトムシ状の光に変貌。

 ヘイセイバーが丸ごと巨大カブトムシとなり、空中へと飛び立った。

 

 砲台とライダーウォズによる綱引きになっているアンカー。

 そこに飛び込んだカブトムシは、角にワイヤーを絡め捕るような動きを取る。

 

「なに……ッ!?」

 

 砲台がカブトムシの足に見える部分に引っかけて、そのまま空への飛翔を開始する。

 角に絡んだワイヤーごと引きずられるライダーウォズ。

 空中へと投げ出されたライダーウォズを振り回すように、カブトは不規則な軌道を描く。

 

 それを頭上に見上げながら、腰を落として構えるジオウ。

 既に解放していたフォーゼウォッチの力。

 その力が赤と青の磁力エネルギーになり、フォーゼフォームを包み込んでいく。

 

 ―――準備が出来た。

 その途端に空舞うカブトが機首を下げ、落下するように地上まで降りてくる。

 引きずられる白ウォズが、丁度ジオウに激突するような軌道を描き―――

 

「超電磁宇宙―――! ロケット頭突きィ――――ッ!!」

 

 ―――その軌道に重なるように。

 赤と青の光に包まれたジオウが、上半身を全力で振り抜いた。

 激突した瞬間、磁力と化していたコズミックエナジーが爆発する。

 

 全てのエネルギーを破壊力に転化して、ライダーウォズを打ち据える一撃。

 何であっても圧し潰すような磁力の渦に、軋むフューチャリングキカイ。

 彼の体は大地を割る勢いで叩き落とされ、埋もれながら滑っていく。

 

 役目を果たして地面に落ちるヘイセイバー。

 それを拾い上げながら、ジオウは大地に沈む白ウォズに視線を向けた。

 

「っ……」

 

 黄金の装甲から白煙が噴き上がる。

 流石のフューチャリングキカイにも、今の一撃は堪えたようだ。

 それでも立ち上がる彼の背からかかる、張り上げた声。

 

「―――祝うがいい!

 全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え過去と未来をしろしめす時の王者―――

 その名も仮面ライダージオウ・ディケイドアーマーフォーゼフォーム。

 その力の前に、もう一人の私がこうして地に這い蹲った瞬間である!!」

 

 現れた黒ウォズは手に広げた『逢魔降臨暦』を掲げつつ。

 幾分か普段よりも機嫌が良さそうに、そう叫んでいた。

 

「……それってソウゴを祝ってるの?

 それとも白ウォズが酷い目にあったことを祝ってるの?」

 

「両方さ」

 

 ツクヨミからの質問には肩を竦めつつそう返して。

 彼は手の中の本をパタリと畳んだ。

 黒い自分のそんな反応に失笑し、ライダーウォズが体を起こす。

 

「―――やれやれ、まだもう少し簡単に足止めできると思ったが……

 流石に、魔王の力は伊達ではないようだ。

 まあ、この程度でも十分な時間を稼いだという事にしておこう」

 

 言って一歩退き、白ウォズは退却の姿勢を見せる。

 

 ―――追撃をしている場合ではない。

 彼がこのまま退くというなら、ソウゴ達はタケルたちの許へ行くだけだ。

 ただ、その前に。

 

「……それは一体、何のために?」

 

「自分の目で、確かめるといいさ」

 

 タケルたちが窮地に陥り、一体何が変わるというのか。

 出した疑問に、白ウォズが答えを返す事はない。

 彼はあっさりと踵を返して、撤退していく。

 

 一瞬だけ悩み、すぐさま横に置いて振り向く。

 考えるまでもなく、彼に追い縋って浪費している時間はない。

 白ウォズの撤退を見たオルガマリーが、車で一気に乗りこんでくる。

 

 飛行するための準備も、その飛行機能に対する認知阻害も準備済み。

 彼らはその車で、現場まで飛翔するのだ。

 

「―――行こう」

 

 

 

 

 ピクニックのつもりなどとんでもない。

 出立した彼らを待っていたのは、敵襲撃による招集。

 すぐさま武装したマシュを先頭に、彼らは全力疾走で現場へ向かった。

 

 息を切らしながらの到着。

 そんな彼女たちの目の前で繰り広げられていたのは―――

 

 14体のガンマイザーによる、三人の仮面ライダーの蹂躙だった。

 

 ネクロムが膝を落とし、その変身が解けた。

 浅緑のショールと白い服を土と血で汚し、アランが地面に転がる。

 

「アラン様!?」

 

 カノンの悲鳴。

 同時にガンマイザーから放たれる、雲霞の如き衝撃波。

 生身で受ければ死体すら残さないだろう一撃。

 その前に割り込むのは銀色の体。

 

 ディープスペクターには更に、他のガンマイザーたちからの衝撃も見舞われる。

 アランの事は確かに守り抜き――――しかし。

 十を超える守護者からの攻撃を浴び、スペクターもまた遂に地へ伏せた。

 彼の変身も、地に転がった瞬間に解除される。

 

「マコト……!」

 

 アカリが彼の名を漏らし、すぐさまバッグを漁る。

 彼女が作り出したゴースト視認用の装置である不知火の改良型。

 武器としての威力も持たせたものを、引っ張り出そうとする。

 

 だが間に合うはずもない。

 間に合ったとして、十を超えるガンマイザーに何が出来る筈もない。

 だからこそ、その道理を覆すために―――

 

「マシュ!!」

 

「了解! マシュ・キリエライト、出ます―――!」

 

 何者に侵されぬ守りを持つ少女が、マスターの声に応えて疾走した。

 無敵の盾を有する彼女ならば、この逆境でさえも。

 今まさに追い詰められている仲間たちを守り抜けると―――

 

「そうなるよなァ――――ッ!!」

 

 ―――だからこそ。

 この状況ではそうするしかないと知っている巨獣ハンターが嗤う。

 ジュウオウジャーを相手取っていたバングレイが、一瞬の内に狙いを変えた。

 

 既に絶体絶命の危機の二人のために、彼女は全力で踏み込んでいた。

 

 こちらには非戦闘員がいる。

 下がっていた御成。アカリにカノンに立香。

 それにリンクキューブ解析の雑用に連れてきていたナリタとシブヤ。

 バングレイの無差別砲撃を防ぐには、広範囲を守れる盾は必須―――

 

「そらよォ――――ッ!!」

 

 バングレイがジュウオウジャーの攻撃に晒されながらも、砲撃を放つ。

 迸る青い光弾の雨が、無数に降ってくる。

 それは生身の人間が耐えられるような爆撃ではなく―――

 

「―――まあ、有効的な攻撃だと言えるだろう。

 私がいなかったらの話だけれど」

 

 杖がこん、と軽く地面を叩く。

 途端に、その杖の先端に飾られた星から溢れ出す無数の光線。

 その杖の持ち主であるダ・ヴィンチちゃんが、一つ笑みを浮かべた。

 

 散らばった光線がバングレイの砲撃を相殺しにかかる。

 空中で激突して爆発していく砲弾と光線。

 

 武蔵を前に置き。

 バックアップをダ・ヴィンチちゃん。

 

 この布陣であればバングレイでさえ容易には踏み込めない。

 前回の戦いで、バングレイの戦闘データは十分集まっているのだ。

 

 武蔵の刃は彼に届き得る。砲撃はダ・ヴィンチちゃんが防げる。

 更にジュウオウジャーと共に戦うのであれば。

 ここから勝利に持ち込むのは、けして不可能な話ではない。

 

 剣を抜いた武蔵が踏み込む。

 その刃に注意を払いながらでは、ジュウオウジャーの相手も一気に難易度が上がる。

 バングレイにとって、ここが死地となりえるだけの状況には持ち込んだ。

 

 ガンマイザーの相手は、マシュの防御で時間を稼ぐ。

 その状態でまずはバングレイを撃破あるいは撤退まで持ち込む。

 とにかく今の敵の数では、何をするにも余裕がない。

 

 だからこそ彼女たちは急いて―――

 

 その心情を。それを解消するための彼女たちの行動を。

 ―――そうなるだろうと、バングレイはよく分かっていた。

 

「―――盾女が前に出る。

 その時よぉ、他の戦えねえ人間の中で……()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「――――っ、立香ちゃん下がって!」

 

 バングレイの呟きに反応したアムが叫ぶ。

 一人だけマシュとの距離を最低限保つために、他の人間より一歩踏み込まざるを得ない彼女に。

 

「行かせる、かァッ!」

 

 イーグライザーが唸り、バングレイに巻き付かんと伸びる。

 それを容易に潜り抜けて、彼は蛇腹剣を左腕のフックに引っ掛けた。

 ジュウオウイーグルをそのまま振り回し、残りの連中に投げ飛ばす。

 

「ぐぁ……ッ!?」

 

「二度も三度も同じ攻撃食らうかよ!」

 

 走り出すバングレイが目指すのは、マシュに続いた立香。

 しかしすぐさまその間に武蔵が割り込んでみせる。

 

「通すわけないでしょ―――!」

 

「テメェは適当に撃ちゃ終わりだよ、バリ簡単だぜ! なあ!」

 

 バングレイの腹が光る。砲撃の予兆に武蔵が身構える。

 確かに彼女にあの砲撃は耐え切れない。

 だがそれを覆すために、ダ・ヴィンチちゃんが後ろにいるのだ。

 

 砲撃を放った瞬間に相殺するべく、既に杖の星には光が満ちている。

 

「させると思うのかい!」

 

「させねえよなぁ? 撃つのが俺ならな!」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが砲撃を無効化すると確信し。

 武蔵は剣を振るうことに集中し、その刃に全霊を注ぐ―――寸前。

 

「!?」

 

 本能のまま、彼女は苦渋の顔で横に跳ばざるを得なかった。

 彼女が跳んだ次の瞬間、その場所に機関銃の斉射のような弾丸の雨が降り注ぐ。

 

 回るリールに反応して弾丸を放つのは、銃へと変形したザガンロッド。

 操を踏み付けながら、ザワールドはその銃身を武蔵へと向けていた。

 

「やめ、ろぉ……ッ!」

 

 ジュウオウザワールドがザワールドの足を掴み、引き倒す。

 だが既に武蔵でバングレイの足は止められない。

 

 足を止めないままに、バングレイがチャージしていた砲撃を放つ。

 立香に向けて放たれる光弾の嵐。

 

「そらよ―――ッ!」

 

「―――――ッ!」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが解き放つ光線。

 砲撃は確かに相殺される、だが立香に向け走っている彼の足を止める術はなく。

 

 アカリが取り出した不知火改から放たれる光弾。

 それもまたバングレイが疾走を緩める理由にならず。

 

「っ!」

 

〈ブリザードホーク! 凍っタカ! タカ!〉

〈コダマビックバン!〉

 

 立香が懐からウォッチをばら撒く。

 冷気を纏ったタカの飛翔、スイカ状のエネルギーボールとなるコダマスイカ。

 だが、それらを前に当然のようにバングレイは怯まない。

 バリブレイドが軽く一閃し、ライドガジェットは薙ぎ払われる。

 

「―――、マスターッ!」

 

 マシュが足を止める。全力疾走を止める急ブレーキ。

 彼女の体が、一気に速度を失う。

 そのブレーキは、タケルたちの方への援軍として致命的なミスだ。

 一秒すら遅れてはいけない状況で、やっていいことではなかった。

 

 だがマシュは足を止め、その事実にバングレイが喉を鳴らした。

 もちろん彼女が今更足を止めても、こちらのカバーにだって間に合わない。

 バングレイの腕が立香を掴む。

 

 回避しようとする動きを見せようが、もとより地力が桁違い。

 何の抵抗もないのと同じだ。

 

「くぁ……っ!?」

 

 左腕を捕まえた彼女の首に回し、いつでも首を落とせる状態に持ち込む。

 そうしてみれば、他の連中の足は全て止まった。

 当然。ガンマイザーたちの戦場に、それは何の関係もなかったが。

 

 マシュがカバーに入れない以上、マコトとアランの盾は一つだけ。

 

 ガンガンセイバーが砕け散る。

 サングラスラッシャーが折れ崩れる。

 14のガンマイザー全てを前にして、ゴーストがぐらついた。

 

「ま、だだ……俺は、俺を……!」

 

 再度行使されるガンマイザーの攻撃。

 無数の衝撃を浴び、タケルもまた膝を落とした。

 ムサシのパーカーが消え、彼の姿もまた変身解除される。

 

 ―――そこでガンマイザーたちが周囲を窺うように頭を動かす。

 何かを待っているかのように。

 

「タケル!」

 

「タケル殿!?」

 

 その光景を横目に、バングレイがマシュへと拘束した立香の顔を向ける。

 

「あーあー、どうすんだよあっち。

 あいつが足止めなきゃ、あっちは助かったかもしれねえのになぁ?

 こっちはあいつが足止めようが止めまいがもう助からねえのにさ!」

 

 バングレイが立香の首にかけた腕に、少し力を籠める。

 ミシリ、と。彼らに比べれば脆弱な人間の体が、大きく軋んだ。

 締め上げられる首に、彼女が呻く。

 

「か、はッ……!」

 

「先輩!?」

 

「おっと、動くんじゃねえぞ?

 あっちの死にかけの連中を助けに行くのも当然ナシだ。

 ま、こいつを犠牲にして戦うならそれはそれで止めねえけど?」

 

 バングレイの腕に更に少し、力が籠る。

 震える立香の体。

 その生命力を維持するカルデアの礼装が全力で稼働する。

 が、この状況では焼け石に水でしかない。

 

「―――バングレイ……ッ!!」

 

「いい声になってきたぜ、風切大和。後は目の前で死んでいく仲間に、テメェがどれだけ絶望するかがバリ見物だぜ!

 どうする? こいつを見捨てて戦うか、誰も見捨てられねえと尻込みして全員死ぬか! 好きな方を選ばせてやるよ!」

 

 ―――そちらの様子に一切興味を示さず。

 ガンマイザーが再度動き始めた。

 アナザーゴーストが出現しないなら、この作戦自体に意味が薄い。

 ダントンの事もある。早々に片付けて、祈りの間に帰還するべきだ。

 

『―――最優先目標の実行を困難と判断。優先目標のみ達成し、帰還する』

 

 グラビティファイアーが腕を掲げて、重力場を形成する。

 それが取り込もうとするのは、周囲に転がっている眼魂だ。

 

 ガンマイザーの総意としては、本来なら破壊したいところである。

 が、管理者であるアデルの命だ。英雄の眼魂は全て回収する。

 

 三人の懐から転がり落ちた眼魂。

 その全てがグラビティが作り出した重力空間に取り込まれていく。

 闘魂ブーストも、ディープスペクターも、ネクロムも。

 選別する手間を省くため、ついでのように取り込まれていった。

 

『優先目標の達成を確認』

 

 残るガンマイザーへの指令は一つ。

 アデルから下された、アランとマコトの排除だけだ。

 眼魂は回収し、巻き込んで破壊するようなことはもうない。

 全てのガンマイザーが倒れ伏す二人を向き、その力を解放する。

 

 放たれる14の衝撃波。

 その全ては彼ら二人を滅ぼすためのものであり―――

 しかしその前に、満身創痍ながらも彼は飛び込んできた。

 

「俺は……俺を……信、じる……ッ!」

 

〈カイガン! オレ!〉

 

 タケルが再び体をトランジェントに換装する。

 黒いパーカーを身に纏い、顔面をぼんやりとオレンジに灯らせて。

 彼はその体を攻撃の前に身を投じ―――

 

 千切れ飛ぶパーカー。

 砕け散るトランジェント。

 まるで中に何も入っていないかのように、ゴーストが崩れていく。

 

 ―――文字通り。

 全身全霊で破壊の嵐を塞き止めたゴーストが消える。

 そこに人がいた、などと感じさせないくらい何もなく。

 ただそこに、砕けたオレゴースト眼魂の残骸だけを残して。

 

「―――タケ、ル……? タケル――――ッ!?!?」

 

 消え失せたタケルを前にして、アカリが叫ぶ。

 当然返ってくる言葉はなく―――

 

 その場に、愉快そうに笑うバングレイの声だけが響いた。

 

 

 



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奇跡!命の願い!2005

 

 

 

「―――――」

 

 受けた傷は間違いなく致命傷。

 自分がもはや助からないことは理解していた。

 

 だからこそ彼は、息子に戦友の遺品を託したのだ。

 いつの日か、息子が自分を超えて英雄たちの心を繋いでくれると信じて。

 

 自分を助けるため、息子は駆け出して行った。

 あの子が誰かを伴って戻ってきたとしても―――

 その頃には恐らく、自分は既に息絶えているだろう。

 

 けれど既に言うべきことは全て伝えてある。

 今生の別れの言葉は、既に送ってある。

 

 だからこそ、彼は薄れる意識の中でゆっくりと目を瞑り―――

 

「―――そんな貴様に良い報せと、悪い報せがある」

 

 紫衣を翻し、そんな言葉と共にその男は現れた。

 彼の手の中には、黒いストップウォッチのようなものがある。

 それを手の中で遊びつつ、見下ろす視線。

 

「まずは良い報せだ、天空寺龍よ。

 これを使い、アナザーゴーストになれば……お前は生き返ることができる」

 

「―――断る。貴様のような邪悪な者に従い、永らえる心算はない」

 

 断言する。

 この霞んだ眼であっても、目の前に立つ相手が邪悪な念の持ち主だと察したが故に。

 そんな態度を突き付けられて、しかし男は楽しげに笑ってみせた。

 

「ふ、ふははははははは!

 即答とはな。初対面で邪悪とは随分と言ってくれるものだが、まあいい。

 では貴様の心変わりを願い、悪い報せも見せてやろう」

 

 男―――スウォルツが腕を上げる。

 その瞬間、彼と龍が纏めて光の球体に包まれた。

 

 流星のように舞い上がる紫色の光の球体が移動し始める。

 

 それが高速で飛翔して、洞窟の外の高台まで彼らを運んだ。

 瀕死の体を地面に転がされ、龍が痛みに小さく呻いた。

 咳き込みながら彼は薄く目を開き、遠くに見える光景に息を呑む。

 

 白い眼魔が、タケルを蹴り飛ばす瞬間を見た。

 

 彼が送り出した息子は、倒れ伏して痙攣している。

 そんなタケルに対し、白い眼魔は無慈悲に腕を突き出す。

 掌に集う光に、人間の命を奪う威力があることなど言うまでもない。

 

「さて……俺も貴様ほどの相手となれば、その意見に耳を傾ける事も吝かではない。

 どうする? ここで自分も死に息子もまた見捨てるか。あるいはアナザーゴーストとなり、命を永らえ息子の運命を変えるか……もちろん貴様の存在は、俺の邪悪なる目的に使わせてもらう。

 拒否してもらっても一向に構わんぞ?」

 

 差し迫った息子への命の危機。

 それを笑いながら見ている男の、邪悪な誘い。

 死にかけた体で拳を握り、天空寺龍は声を震わせながら答えを返した。

 

 

 

 

「ッく、の……!」

 

「足掻くねぇ、だが逃がさねえ。

 連中がお前を見捨てて攻撃を始めるまでは、しっかり生きててもらわねえとな」

 

 より確実に拘束しつつ、バングレイは立香の顔を覗く。

 立香の視線の先には、倒れ伏すマコトとアラン。

 そして再び攻撃の予兆を見せるガンマイザー。

 このままではタケルだけではなく、あの二人までもが―――

 

「俺のせいだ……また俺のせいで……!」

 

 その戦場を両面見ながら、ふらつくジュウオウザワールド。

 それを後ろから押さえつけ、ザワールドが再び地面に叩き付ける。

 

「みっちゃん!」

 

 踏み付けられた操に大和は視線を向け―――

 その瞬間、バングレイが僅かに腕を動かした。

 動くな、ではない。

 お前が動いたことが切っ掛けで一人死ぬぞ、というメッセージだ。

 

「ッ……!」

 

「―――大和、キューブモグラがすぐ下まで届いた」

 

 そんな彼の後ろから、小声で。

 地面の掘削音を聞き分けていたセラが、そう呟く。

 

 後は彼に巨大化してもらい、バングレイに隙を作るだけ。

 隙を作った瞬間、イーグルと武蔵で立香を奪い返す。

 そうしてそのままイーグルは離脱し、ザワールドの方へと回る。

 

 操の調子が戻れば、本当はバングレイとでも正面からやりあえるはずなのだ。

 武蔵とダ・ヴィンチちゃんがバングレイの相手。

 マシュ含め他の皆にはガンマイザーへの抑えに回ってもらい、こっちを四人でひっくり返す。

 

 そのためのタイミングを計る。

 だがマコトたちの方にもう一切の猶予がない。

 待っていられる時間は数秒が精々だ。

 だからこそもうすぐに決行する覚悟で腰を沈め―――

 

「……絶体絶命の割に、何か逆転の作戦がありますって雰囲気出すじゃん?

 なんかバリ怖~! んじゃまあ、もう一人追加行っとく?」

 

 残りたった数秒の猶予。

 それをただ見過ごせば、更に二人三人と仲間が死ぬ。

 だというのに、現状への焦りが小さい。

 

 そう判断したバングレイが、すぐにその右腕を立香の頭に押し付けた。

 バングレイのその所作が何を示すかなど、分かり切っている。

 

「やべぇ! 今すぐだ!」

 

 レオが即座に走り出す。

 その声に従い、キューブモグラが巨大化して頭を出した。

 ドリルが地上を粉砕して出てくる、が。

 

 それから大きく跳び退り、バングレイは嘲笑する。

 

「テメェらと俺で、どっちが裏をかくのが上手いかなんて比べるべくもねえ!

 いい子ちゃんらしい素直な作戦で嫌いじゃねえぜ?

 そういう作戦を、俺のやり方で踏み躙るところまで含めてなァッ!!」

 

「そんなっ……! どうすれば―――!?」

 

 まず立香を奪い返せなければ、大前提すらクリアできない。

 その焦燥を楽しみながら、バングレイが流れてくる立香の記憶を読み解く。

 流れてくる立香の記憶の中から、面白そうなものを―――

 

「ああ?」

 

 大きなバックステップから着地をしつつ。

 彼は立香の頭に手を添えたまま、困惑の色を浮かべた。

 

 流れてこない。彼女の記憶が。

 本来ならば読み取った記憶が映像のようにバングレイの思考に流れてくるはず。

 そしてそこから何を再生するか選べるというのに。

 

 今回ばかりは何も読み取れず―――

 

「―――牢獄から抜けたと思えば人質か。

 余程囚われの身に縁があるのか」

 

「……あ?」

 

 ―――()()()()()()()()

 いつの間に? 何処から?

 バングレイがその疑問を口にする前に、彼の背後で黒き炎が膨れ上がった。

 

 向けられた疑問を察したかのように、返答と共に送られる哄笑。

 

「クハハハハ! 我こそは恩讐の彼方より来るもの。

 貴様が何処ぞの誰かの記憶から再現した、地獄の残り火!」

 

 瞬間、バングレイの目前に黒いコートの男が炎と共に現れる。

 その姿が目の前に現れて、彼自身も理解する。

 どうやってかこれは―――自身の能力を利用して立香の中から表に出てきた怪人だと。

 

「チィ……ッ! んなことが出来るとはな!」

 

 頭を潰さない程度の力で、立香にゆるりとかけられたバングレイの腕。

 頭を掴む右腕、首を絞める左腕。

 

 突然現れることで虚を突き、そこに力を籠めることを許さない。

 黒い炎が腕を伸ばし、一気呵成にバングレイの両腕を引き剥がす。

 

 拘束が解かれた瞬間、軽く蹴り飛ばされて立香は宙を舞った。

 すぐさま受け止めに滑り込む武蔵。

 

「立香!」

 

「エド、モン……!?」

 

 受け止められた彼女が咳き込みながら、目前のアヴェンジャーに視線を送る。

 その視線を背中で受け止めて、エドモンは恩讐の炎を更に滾らせた。

 

「その女が辿るのは、この身を焦がす復讐の勝敗も懸けた旅路だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 こうして―――亡霊が迷い出ることもあるだろうさ!」

 

「ハッ……! 迷い出たってなら道案内してやるよ、テメェの古巣……地獄まで直行でな!」

 

 バングレイの腹部が発光し、そこから砲弾を解き放った。

 掴んでいた腕を放し、彼は距離を開けつつ燃える拳で砲弾を迎撃する。

 目の前で繰り広げられる砲弾と拳の激突。

 激突の度に爆発し、青と黒の光を撒き散らす攻防。

 

 そこからすぐに視線を逸らし、立香はすぐに叫んでいた。

 

「ッ、マシュ……ッ!」

 

「――――っ、はい!」

 

 マシュが即座に反応し、走り出そうとする。

 向かう先は当然、ガンマイザーの前。

 

 ―――だがもはや遅い。

 

 既に攻撃態勢にあるガンマイザーの前に割り込む暇はない。

 それが分かっていても。だが何もせずなんて、と。

 そうして拳を握り締めた立香が、目を見開いた。

 

「エドモン、向こうへ!! 武蔵はこっちで!」

 

「了解……ッ!」

 

「――――フン。仕方あるまい、()()()()からの指示ではな」

 

 立香を手放し、体勢を立て直した武蔵の前でエドモンが消える。

 未だに吐き出され続ける弾幕。

 それを撃ち落とすのは、ダ・ヴィンチちゃんの放つ光線の雨。

 

「なるほどね、組み込んでおいて正解だったわけか……!」

 

 片目を瞑り、砲撃の迎撃に全力を傾けるダ・ヴィンチちゃん。

 光の雨と爆発を擦り抜けながら、武蔵が双剣と共に疾駆した。

 

「好きだねぇ、悪足掻き!」

 

「言ってろ、外道―――!」

 

 その次の瞬間。

 そこからは離れたもう一つの戦場。

 ガンマイザーを前に倒れ伏すマコトとアランの前に、黒い炎が噴き上がる。

 

 空間にさえ囚われぬ復讐者は、距離を無視して瞬時にその場に現れた。

 だが敵が増えた、などと考えるまでもない。

 ガンマイザー14基による攻撃は滞りなく放たれる。

 

 エドモン・ダンテスとはいえ、エドモン・ダンテスだからこそ。

 同じ方法で、誰かと一緒にその場から離脱するようなことはできない。

 故に彼はこの攻撃からマコトとアランを守る方法など持ち合わせておらず―――

 

 立香が魔力を回す。

 励起した礼装が、組み込まれた術式を実行する。

 立香と繋がったサーヴァントは此処に二騎。

 ならば、この機能を使うための条件は揃っている。

 

「――――オーダーチェンジ!!」

 

 エドモンが居た場所に、ラウンドシールドが突き立つ。

 マシュが駆けていた位置に、黒い炎が噴き上がる。

 

 二騎のサーヴァントの座標置換は正しく実行された。

 彼女は守るべき者たちの前。侵略者たちの前へと運ばれた。

 それを理解して立てられた盾が、満ちる魔力に激しくスパークする。

 

「顕現せよ―――! “いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”!!」

 

 白亜の城塞が聳え立ち、全てのガンマイザーが放つ衝撃を受け止める。

 雪崩れ込む力の渦を、その場で塞き止める無敵の壁。

 その強度に対して、ガンマイザーの思考が回る。

 

 動くのはタイムウィンド。

 強度を無視し、発動前に戻さんとタイムの力を発揮せんとし―――

 動きを止めたその瞬間、背後から黒炎を纏う拳が突き立てられた。

 

「チィ、硬いな―――」

 

 体を砕きつつも、拳のみでは完全に粉砕するには至らず。

 タイムウィンドに突き刺さったエドモンの拳が、途中で止まった。

 二基の融合ガンマイザーは先にそちらを処分するために力を行使しようとする。

 

 ―――だがその前に。恩讐の炎が内部から焼き尽くす。

 爆発するように内部から溢れ出す黒い炎。

 それに焼かれて、タイムウィンドが崩れ落ちた。

 

「本能覚醒―――ッ!!」

 

「野性解放―――ッ!!」

 

 ゴリラが拳を、エレファントが足を。

 それぞれ地面に叩き付けて、そこから溢れ出すエネルギーをバングレイに差し向ける。

 キューブモグラが穴を開けた地盤が、それが原因で一気に崩れ出す。

 

 退いた自分を追うように広がってくる地割れ。

 一つ舌打ちした彼が、その範囲から出るように更に大きく後ろに跳ぶ。

 

「まさかあそこから持ち直されるとはなぁ!

 ハハ、次からは記憶を読み取るにも気をつける事にするぜ!」

 

 剣を握り直したバングレイが首を捻り、立香へと視線を送る。

 まさかその能力に干渉されるなどとは、一切考えていなかった。

 なるほど、注意と警戒が足りなかったということだろう。

 

「ただ悲しい事にもうとっくに、ひとり犠牲になっちまってるんだけど。

 あぁーあぁ……そうなる前にこう出来りゃ良かったなぁ?」

 

 担いだ刃で肩を叩き、笑いながら視線を巡らせるバングレイ。

 自身に相対するのはゴリラ、エレファント、武蔵、ダ・ヴィンチちゃん。

 

 ザワールドの方にはシャーク、ライオン、タイガーが回った。

 ジュウオウザワールドの弱点は分かり易かった。

 自分の記憶をぶつけてやれば、いとも簡単に崩れてくれる。

 だが他の三人と共闘となれば流石に持ち直されるか。

 とはいえ、簡単には攻略できないだろう。

 

 もう少しでも時間を稼いでくれるなら、まあ問題ない。

 

 非戦闘員たちは全員がマシュの方へと駆けていった。

 戦闘不能に追い詰められたマコト、アラン。

 ガンマイザーを14体足止めした状態で彼らを助けるならそうなるだろう。

 

 戦闘が出来るものを浮かせる余裕はない。

 彼らを助けるだけなら、いるだけの非戦闘員が引っ張ってくるのが一番いい。

 

 まあ結果は変わらないだろう。

 どう見たってガンマイザー相手に磨り潰されるのは時間の問題だ。

 エドモンが粉砕したタイムウィンドもまた復活した。

 

 分身、瞬間移動とひたすらガンマイザーを翻弄するエドモン。

 だがもう彼一人では大した事はできまい。

 マシュの盾の突破を遅らせる時間稼ぎが精々だ。

 

「……まだよ」

 

 ガンマイザーの戦線に辿り着き、キャメロットの城壁に守られながら。

 アカリはマコトとアランの目の前に落ちた眼魂の欠片を拾う。

 砕け散ったオレゴースト眼魂、その破片。

 

「アカリ殿……?」

 

「マコトや、アランみたいに……タケルもどっかに体があるのかもしれない……!

 その端末であるこの眼魂が壊れて、ただ、ここから消えてしまっただけかも……!

 この眼魂を解析すれば、きっとタケルの本当の居場所が……わかる、かも……!」

 

 破片を握り締め、声を震わせる。

 タケルが助かる、生きている見込みはないかもしれない。

 けれど彼が最初に眼魔に殺された時、その体は消えてしまった。

 眼魂の仕様を知った今、もしかしたらそうかもしれないとは思える。

 

 エドモンが舞い、ガンマイザーの注意を引き付け。

 更にマシュの盾によって一応の身の安全が保障されているだけ。

 

 そんな場合でしかないのだから、すぐに二人を連れて下がるべき。

 そんなこと、分かり切っているのに。

 だがこれを放置して下がる事は、できなかった。

 

 アランが這いつくばりながら手を伸ばし、同じように眼魂の欠片を一つ手にした。

 

「―――可能性はある。だからこそ、私たちはこんなところで死ねない……!

 繋いでいくんだ、命を……心を! そのために……死ねない……!」

 

「アラン様……はい。

 ―――きっと、タケルくんだって同じ想いのはずです!」

 

 カノンもまた一つ、その眼魂の欠片を握る。

 マコトの肩に手をかけていたナリタとシブヤも、落ちている欠片に手を伸ばした。

 

「タケルはこんな事くらいじゃ負けない!

 俺がそう信じてる限り、タケルの負けなんかじゃないっての!」

 

「信じてます。僕は、僕たちはタケルさんを!」

 

 二人の間から伸ばしたマコトの手もまた。

 タケルの眼魂の欠片を手に取り、強く握りしめる。

 

「いま、此処にある想いを……未来に繋ぐ!

 そのために俺たちはタケルと共に戦ってきた……!

 それは、これからだって同じことだ―――!!」

 

 転がっていた最後の欠片を、御成が拾い上げる。

 それをぎゅうと握り締め、彼は涙ぐんだ目を袖で拭って声を上げた。

 

「そのためにこそ、我ら……命、燃やしますぞォ――――ッ!!」

 

 

 

 

 ふと気付いた瞬間、かつての記憶の中にいた。

 

『俺の、昔の記憶……?』

 

 白い眼魔が腕を上げ、今にも子供の頃の自分を殺そうとしている。

 それを見ていると、白い眼魔の傍の時空に歪みが現れた。

 

 ―――父だ。

 

 天空寺龍は、微笑みさえしながらこの場に現れた。

 時空の歪みを超えてきた彼は、ウルティマの放つ光の前に立ちはだかる。

 生身の人間に耐えられる筈のない力の奔流。

 その直中に飛び込みながら、彼は印を結んだ手を突き出した。

 

「破ァ―――ッ!!」

 

「なに……ッ、貴様、何故ここに……!?」

 

 霊力が壁となり、ウルティマの放つ暗い光を押し返す。

 自身の放った攻撃が逆流し、自らを傷つけていく。

 ウルティマ自身の攻撃を跳ね返され、白い体がダメージを負ったように焼け付いた。

 

 その状況に舌打ちして、眼魔が忌々しげに一歩だけ後退する。

 

 ―――子を守り、命を懸ける父親。

 説明されずともその二人の関係を理解したのであろう。

 眼魔が苛立たしげに、地面を踏み荒らす。

 

 が、すぐに思い直したように彼は鼻を鳴らした。

 割り込んできた親は、最早どう見ても致命傷なのだ。

 あと数分と保たず、屍を晒すことだろう。

 

 ガンマホールを開き、彼は踵を返す。

 

 割り込んできた父親。

 あの男は何度となく、眼魔による人間界への侵攻を邪魔してきた相手だ。

 奴をこの場で仕留められたのは、嬉しい誤算とさえ言える。

 

 超人的な戦闘力を持つ彼がいなくなった以上、もう眼魔の侵攻は止められない。

 いずれ奴が命を懸けて救った子供も、眼魔世界のための資源として活用されることだろう。

 その事実に暗く笑い、無駄死にする龍に背を向けて彼は眼魔世界に帰還した。

 

『父さん……』

 

 眼魔が消えるのを見届けた龍が、膝を落とす。

 彼はそのまま必死に倒れ伏したタケルに近づいていく。

 その腕でゆっくりと意識を失った子を、強く抱きしめた。

 

 倒れながらもタケルは、必死に自分が渡したムサシの刀の鍔を握っていた。

 その事実に小さく微笑み―――

 龍もまた、その手の中にムサシの刀の鍔を取り出した。

 

 タケルが手にしていた刀の鍔が光になって消えていく。

 代わりに龍はその手に持っていたものを握らせた。

 小さな手に握らせた鍔を、彼は手の上から強く握りしめる。

 

「タケル……私は信じている。

 お前の中にある―――無限の可能性を……」

 

 徐々にその力が抜けていく。

 ゆっくりと息子を横たえた男は、そのまま自分も倒れ込んだ。

 

 それに合わせて、光景が変わっていく。

 父の最期の場所が消えて、周囲の風景は白く染まった。

 立ち尽くすタケルが、ゆっくりと振り向く。

 

 ―――そこに立つのは、アナザーゴースト。

 

 いつか、同じように死の淵に立った時。

 父はタケルに力を与えに来てくれた。

 闘魂ブースト眼魂は、そうして手に入れた力だった。

 

 アナザーゴーストは静かにタケルを見ている。

 

『……父さん、俺……』

 

 何も言わずに佇むその姿に声をかけようとして、気付く。

 どこからのものか分からない。どうやって届いているのか―――

 しかし確かに、彼の耳に届くのは仲間の声。

 

『聞こえる……みんなの声。みんなが、俺を呼んでる』

 

 その声の方へと進もうとして、しかしもう一度足を止める。

 

 再び向き合うのは、アナザーゴースト。

 やはり微動だにせず静かにタケルを見つめるその幽鬼。

 それと向き合ったタケルが、小さく笑う。

 

『……ありがとう、父さん。やっぱり、父さんは俺の一番の英雄だ。

 いつだって父さんが、俺の命を繋いでくれた……』

 

 アナザーゴーストは答えない。

 ただ虚のような目で、ただ彼を見守っていた。

 

『俺も……誰かの命を繋ぎたい。今まで俺を支えてくれたたくさんの想いを、未来に届けたい。

 俺に無限の可能性があるとするなら、それはきっと……俺を信じてくれた多くの人の想いが、俺の中に創り出してくれたものだから』

 

 白い世界が薄れていく。

 アナザーゴーストの姿が薄れていき、変わりに聞こえてくる皆の声が近くなる。

 

『―――だから、行くよ。みんなのところに』

 

 やがて世界が全て薄れて消えて、彼の意識は現世に覚醒した。

 

 

 

 

 握っていた眼魂の欠片が熱を帯び、飛び立っていく。

 驚く皆の前で、集まっていくオレゴースト眼魂の破片。

 それが確かな姿を取り戻し―――光と共に、タケルが帰還した。

 

「タ、タケル殿……?」

 

「タケル――――!」

 

 かけられた皆からの声。

 それに振り向き、彼は少しだけ嬉しそうに。

 しかし困ったように、微笑んだ。

 

「―――みんなの声、俺に届いてた。心配かけちゃってごめん」

 

「……すみませんっ、先に撤退を……! もう……長くは……!」

 

 そんな彼らの前で、マシュが歯を食い縛りながら声を上げる。

 ガンマイザーの攻勢は緩まない。

 

 グラビティの影響に囚われず、マグネティックに捕まらず。

 黒炎を光線のように撃ち放ちながら巡るエドモン。

 しかしダメージなど受けたところで大したことはない、と。

 ガンマイザーの攻撃は更なる加速をしていく。

 

「チィ……ッ!」

 

 クライメットの放つ弾丸を潜り抜ける復讐者。

 その目の前に再びタイムウィンドが立ちはだかる。

 手にしたガンマイザー・アローにより張られる弾幕。

 それを黒い炎で相殺しながら、彼は少しずつ後退を余儀なくされていく。

 

 残るガンマイザーは全てマシュの盾に攻撃を加え続ける。

 プラネットオシレーションが揺るがす大地。

 それを城壁で無理矢理に押し留めながら、彼女は力を注ぎ続けた。

 

「ごめんっ……! すぐに下がるから!」

 

 アカリがそう言って、アランに手を貸す。

 そうして下がろうとする皆の前で、タケルがゆっくりと目を瞑った。

 彼の胸の中に灯る、一つの光。

 

 ―――それが飛び出して、カタチを成していく。

 

「タケル……?」

 

「大丈夫、俺も戦える。生きるために、守るために。

 俺が信じる俺の無限の可能性は、きっと―――そのためにあるものだから!」

 

 光に手を伸ばしたタケルがそれを掴み取る。

 ―――∞という形状の造形が、眼魂の上から伸びている新たな眼魂。

 彼はそれを掴み取ると同時、リベレイターを押し込み起動した。

 そのままゴーストドライバーへと装填し、カバーを閉じる。

 

〈ムゲンシンカ!! アーイ!〉

 

 ドライバーから放たれる純白のパーカーゴースト。

 それが周囲を飛び回る中で、タケルの手が印を切る。

 

〈バッチリミナァー! バッチリミナァーッ!〉

 

「変身―――ッ!!」

 

 そうして、彼の手がドライバーのトリガーを引く。

 瞬間、虹色の光に包まれたタケルの姿が変わっていく。

 身を包むトランジェントの色は白銀。

 煌めく全身の各所に“∞”の文字が刻まれた、ゴーストの新たな姿。

 

〈チョーカイガン! ムゲン!!〉

 

 その上に、純白のパーカーが舞い降りる。

 飛行する軌跡に光を羽と変えて散らしながら、ムゲンパーカーがゴーストを覆った。

 纏うは光のような純白の衣。

 

 膝まで覆うその長い裾を揺らしながら、トランジェントの頭部に顔が浮かぶ。

 頭部の上半分を覆う、半透明のフェイスシールド。虹色に染まった角。

 ―――そして黒くなった顔面に、オレンジに輝く瞳が強く輝いた。

 

〈キープ・オン・ゴーイング! ゴ・ゴ・ゴ! ゴ・ゴ・ゴ! ゴ・ゴ・ゴ! ゴッドゴースト!!〉

 

 ―――光が羽となり、周囲に撒き散らされる。

 彼は―――仮面ライダーゴースト・ムゲン魂は。

 全身を輝かせながら、頭に乗ったフードを取り払った。

 

「新しい、ゴースト……」

 

 それを前にして、ガンマイザーが一瞬止まる。

 羽として撒き散らされるエネルギーの数値を計測し、一気に警戒レベルを上昇。

 エドモンを見ていたガンマイザーたちさえ、意識をそちらの方に戻す。

 

『新たな脅威対象を確認、優先排除対象として設定―――』

 

 そう発音したのは、エレクトリックリキッド。

 彼はスピアーを持ち直して更に攻撃を加速させようとして―――

 

 その瞬間、弾け飛んだ。

 

 驚愕というより、観測できなかった異常事態への混乱。

 情報収集が開始される。

 ボディが弾け飛んだ直後に液体化した彼は、飛沫になりながら事態の正確な情報を求めた。

 

 その結果、自分の目の前に見つけるゴーストの姿。

 事態の把握さえできれば、何の事は無い。

 ワープしてきて、攻撃された。それにはガンマイザーを一撃で倒せる威力がある。

 それで終わるなら、ガンマイザーにとって何の脅威でもない。

 

 プラネットオシレーションがハンマーを振り上げる。

 大地を震動させる魔人による破壊の鉄槌。

 破壊力だけ見るのであれば、恐らくガンマイザー屈指の組み合わせ。

 ゴーストはそれを叩き付けられ―――

 

 ハンマーを掴み取り、そのまま柄をへし折っていた。

 動揺に似た動きの停滞は一瞬。

 折られたハンマーはその場でプレート形態に一度戻って更新され、再びハンマーへ。

 

〈イノチダイカイガン!! イサマシュート!!〉

 

 その瞬間には既に、ゴーストの両腕には武器が握られている。

 ガンモードのガンガンセイバー、そしてブラスターモードのサングラスラッシャー。

 ガンガンセイバーから放たれる極光弾。

 それが目の前にいたハンマー、そしてプラネットオシレーションを消し飛ばす。

 

「みんながここまで来てくれた。その勇気が俺に声を届けてくれた」

 

 出現するガンマイザーのプレート三枚。

 それは即座に再び戦闘形態に変貌しようとして―――

 サングラスラッシャーが解き放つ光線。

 螺旋を描きながら突き進む光の渦が、プレートまでをも粉砕してみせた。

 

 不死身のガンマイザー。

 その本体であるプレートが、完全に機能を止めて崩れていく。

 目の前にした現象に対し、ガンマイザーたちが一瞬止まった。

 

『―――プラネット、オシレーション、ハンマー。完全に機能を停止。

 対象の脅威度を即時変更。最優先排除対象と認定。

 全ガンマイザーによって、天空寺タケルを……!?』

 

 真っ先に動き出し、指令を出すクライメット。

 その目前にムゲン魂が、光の粒子と変わってワープすることで現れる。

 すぐさまタイムウィンドがゴーストを対象として行動した。

 変身した、という事実さえ巻き戻すために。

 

 アローを手放し、両腕を掲げたタイムウィンド。

 ―――その頭部に、投げ放たれたサングラスラッシャーが突き刺さる。

 頭部が砕け、ぐらりと空中でよろめくガンマイザー。

 

〈イノチダイカイガン!! シンネンインパクト!!〉

 

 タイムウィンドの行動を補助するため動こうとするクライメット。

 その胸を、剣を投げ放った流れで動かす拳でついでのように一撃で粉砕。

 大きくよろめき怯んだクライメットを、軽く蹴り飛ばす。

 そうした処理を行いつつ、手には既にライフルモードのガンガンセイバー。

 

 渦巻くエネルギーを銃身に溜め、頭部を修復しているタイムウィンドに向き直る。

 タイムウィンドが回避に移る暇もなく、トリガーは引き絞られた。

 

 爆発するようなマズルフラッシュ。

 そこから奔る光線は、過たずその胴体を撃ち貫き胴を丸々吹き飛ばした。

 ガンマイザーの残骸が空中で四肢散開し、バラバラに落ちてくる。

 その崩れていく体の代わりに現れるプレートは、しかし再生できずに崩壊を始めた。

 

「俺たちの信じる想いは、こんなところで終われないって―――」

 

 更に二基のガンマイザーを破壊したゴーストが銃身を下ろす。

 顔を向けられたクライメットが、砕かれた胸の修復を開始した。

 簡単に傷は直っていく。

 数秒待たず、クライメットの状態は最善の状態にまで回帰する。

 

『―――ウィンド、タイム……機能、停止』

 

 そうだというのに、クライメットは呟くように声を出す。

 何故わざわざ声を小さくするような真似をするのか。

 それさえガンマイザーの意識は理解できないまま、彼は怯えるように一歩後退った。

 

 

 




 
立香専用セコム。
33話でムゲン登場。
そのための話数。あとそのための拳?
 


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英雄!受け継がれていくもの!2016

 
1年くらい経ったらしいな
 


 

 

 

「うぉー! すっげー! ガンマイザーがどんどんぶっ壊されてるー!」

 

 ひょいひょいと周囲を飛び回るユルセン。

 それを手にした杖で殴り飛ばしつつ、仙人は戦場を見下ろした。

 

「儂の想像を遙かに超える奇跡……! タケルの奴め、やりおったわ!」

 

 ガンマイザーの防壁を擦り抜け、グレートアイに接触するための英雄眼魂。

 だがガンマイザーはそれにさえ対応して進化した。

 もはやここまでか、と正直なところ諦めていたのだ。

 だがまさか、このような奇跡を起こしてガンマイザーを破壊してみせるとは。

 

「ってーな、なにすんだよ!」

 

「龍よ……お前の信じた息子は、奇跡を起こしたぞ!」

 

「無視すんなよ!」

 

 殴り飛ばされたユルセンが戻ってくる。

 それに対してしっしっと手を振りながら彼は訳知り顔で戦場を見据えた。

 

「行けタケル! ガンマイザーを倒し、世界を救うために!」

 

「こいつぜーんぶ人任せ」

 

 現金な態度に呆れ、ユルセンは首を横に何度か振った。

 

 

 

 

「んだと……?」

 

 バングレイに降りかかる光の雨。

 ダ・ヴィンチちゃんの放つ魔弾を浴びながら、彼は鬱陶しそうに身を捩る。

 

 目の前で繰り広げられた復活劇。

 何がどうしてそうなったかは知らないが、復活された事には変わりない。

 しかも明らかにその戦闘力は常軌を逸している。

 

「奇跡の復活ってか? バリ面白くねえ。そろそろ退き時かねえ!」

 

 あちらの戦場を絶望的にしていたガンマイザーは崩れた。

 こうなっては最早、残って風切大和を責め倒すどころではない。

 癪ではあるが、撤退を考えて動くべきだろう。

 

 地を這うように疾走し、奔る白刃。

 それに対して退いた彼に、拳型に圧縮された熱量の塊が飛来する。

 胴体に激突したゴリラの拳弾。

 その熱が一気に炸裂し、バングレイは大きく吹き飛ばされた。

 

「逃がすと思うか―――!」

 

「―――調子に乗るなよ、遊ばれてるから生き伸びてる奴らがよ!!」

 

 弾き飛ばされ、着地して。

 その瞬間にバングレイが加速する。

 巨体に見合わぬ速度で、ジュウオウゴリラへと迫る青い体躯。

 

 間に滑り込んだジュウオウエレファントが剣を翳す。

 激突するジュウオウバスターとバリブレイド。

 一気に押し込まれそうな体。それを象の脚で地面に強く踏み止まらせるタスク。

 

「ぐ……ッ!」

 

「は―――ッ!」

 

 鍔迫り合いの姿勢から、エレファントの体勢を崩しにかかる。

 ある程度崩せれば、そのまま右手で頭を掴んで―――

 そう思考していたバングレイに横合いからエネルギー球が押し寄せた。

 

 飛来した球体に対し、バングレイが口笛を鳴らすように囃し立てる

 

「ヒュウ、味方ごとかよ! その気になってきたか?」

 

「お生憎様、君専用さ。今の私の“万能の人(ウォモ・ウニヴェルサーレ)”はね」

 

 右腕の籠手を突き出した姿勢で固まるダ・ヴィンチちゃん。

 彼女がバングレイに言い返すと同時、エネルギー球が炸裂した。

 

 周囲に拡がる光の爆発。

 それには物理的な破壊力はなく、ただ拡がっていく光だけ。

 光の中で一瞬訝しんだバングレイが、しかしそこで膝を揺らした。

 

「ッ―――!?」

 

 右足、そして左腕。

 その光に呑まれた次の瞬間、バングレイの義手義足から力が抜ける。

 だらりと垂れる左腕。がくりと落ちる右の膝。

 

 すぐに感覚は戻ってくる。力が抜けたのは一瞬ばかりのことだ。

 だが今の状況でそれは、十分に致命的な隙足り得た。

 

「大和!」

 

 バスターを手放し、弾き飛ばされながら。

 タスクは象の足でバングレイの左足を刈り取りに行く。

 力任せに薙ぎ払われる左足。

 大きくよろめき、彼は体勢を維持する事が出来なくなる。

 

「オォオオオオ―――ッ!」

 

 そこに飛び込むジュウオウゴリラ。

 その拳がバングレイの顔面へと突き刺さり、全力で殴り抜いた。

 吹き飛ばされる先で待ち受けるのは、一刀を両手に構えた宮本武蔵。

 

「その首、貰った――――ッ!」

 

 

 

 

「いつまでへこんでんだ! さっさと行くぞ!」

 

「だが……俺が奴に負けたせいでみんなが追い詰められた……

 やはり俺には、ジュウオウジャーとしての資格が……」

 

 言って蹲り、甲羅にこもる亀のように丸くなるジュウオウザワールド。

 

「ホントにもう! こいつはホントにもう!!」

 

「今はそれどころじゃないから!」

 

 タイガーの前にクロコダイルの力が押し寄せる。

 手にしたザガンロッドで繰り出される棒術がタイガーを打ち据えた。

 白虎が地面に叩き付けられ、バウンドして転がっていく。

 

「アム!」

 

「何を言ったところで無駄だ! 俺はそいつの記憶!

 俺が口にする言葉こそが、そいつの中に今なお息づく確かな恐怖さ!」

 

 回転鋸の如き鮫の背ビレが襲来。

 それをザガンロッドで横から叩いて逸らし、手にしたロッドを放る。

 すぐさま腰から引き抜くのはザライト。

 そのキューブを回し、彼は膝へと叩き付けた。

 

 直後に、入れ替わるように襲撃しにかかってくるジュウオウライオン。

 

「んの野郎―――ッ!」

 

「本能覚醒!」

 

〈ウォーウォー! ウルフ!〉

 

 マスクが変貌し、引き出す力が狼に変わる。

 放り投げていたロッドを掴みガンモードへと変形。

 次の瞬間に彼は加速し、飛び掛かってくるライオンの横に回り込んだ。

 

 回るリール。吐き出される機関砲。

 空中で撃墜されたレオが地面に転がり、のたうった。

 

「くそ……っ! やっぱこいつ、強ぇ……!」

 

「言ったはずだ。レベルが違う、ってな!」

 

〈ウォーウォー! ライノス!〉

 

 再びザワールドがマスクを変え、黒犀の角を額に立てる。

 大きく円を描きつつ戻ってくるセラの突撃。

 それに対して腰を落としたザワールドが、一気に踏み切り加速した。

 

 正面からぶつかりあうシャークとライノス。

 拮抗することすらなく、一瞬で勝負が決する。

 当たり負けたセラの体が、宙へと大きく投げ出された。

 

「くぁ……ッ!?」

 

「セラちゃん……!」

 

 地面に落ちて転がり、やがて止まるシャークの体。

 それを見ながらふらふらと立ち上がり、アムが操を見た。

 

「操くん!」

 

「俺は……少しでも変われたと思っていた。仲間のために戦えると……

 でも違った。俺はただ、本当の自分を忘れてただけなんだ……」

 

 ザワールドの言葉。

 ジニスと戦うという想定が頭を過っただけで、全身が凍った。

 自分が相手だからこそ、全力で戦わなければ勝てないと分かっているのに。

 その勝敗が戦況を左右すると理解していたのに。

 

「あいつの言う通りだ……いずれジニスと戦うと、それを意識しただけで体が一気に重くなった……! その結果足を引っ張ってタケルが……! あの時と同じだ。俺が何も出来ずに、犀と鰐と狼が犠牲になったあの時と……! 俺は、怖がって何も出来ずに……!」

 

「タケルくんは無事だよ! だから今度こそ……!」

 

「違う!! タケルが無事だったのは、タケルが凄かっただけだ!

 俺が足を引っ張ったことには変わりないんだ……!」

 

 アムの言葉を遮り叫び、握り締めた拳で地面を叩く。

 殴り砕かれ、飛び散る土塊。

 

 それを見ながら起き上がりつつあるレオもまた、地面を殴った。

 すぐさまジュウオウバスターを拾い上げ、ザワールドに向け走り出す。

 ザガンロッドによる迎撃はない。

 

 ザワールドはただ獅子の突撃を見過ごして。

 大上段から振り抜かれる剣を上半身を軽く反らして躱し、振り上げた足で蹴り返した。

 蹴り飛ばされたレオが押し返され、その膝を地面に落とす。

 

「―――っ、操! 怖ぇから何だってんだ!

 言っとくがなぁ……ッ! 俺だってテメェが怖かった!」

 

 レオに並び、バスターを構えたセラ。

 彼女は驚いたように、操を怒鳴り付けた彼を見た。

 

 俯いていた操もまた顔を上げ、震えながらレオを見やる。

 

「俺が……?」

 

「ああ、そうだ。こうして今、目の前にいやがるザワールド!

 つまり俺たちの前に姿を現した時のお前!

 正直に言うぞ! 俺は……とんでもなく強ぇお前に、滅茶苦茶ビビってた!」

 

 ザワールドの手元でザガンロッドが撓る。

 釣り竿状の形態から放たれる糸が、レオの腕へと強く絡み付いた。

 そのまま彼を引き上げ、セラも纏めて巻き込むように振り抜く。

 

 レオを受け止め、そのまま耐えようとするセラ。

 だが二体一でありながら、ザワールドの力はライオンとシャークを凌駕した。

 押し切られ、思い切り吹き飛ばされる二人。

 

 追撃をかけようとしたザワールド。

 その全身を撃ち叩くジュウオウタイガーからの銃撃。

 受けたところで大したダメージもない、というように。

 彼は軽く肩を竦め、竿を軽く振り抜いてみせる。

 

「くっ……!?」

 

 奔る釣り糸がアムの手の中から、ジュウオウバスターを奪い去った。

 その勢いで彼方へと投げ捨てられる武装。

 

 そんな中で操に顔を向けて、声を上げるレオ。

 

「お前を助けたい、って言われた時! マジでありえねぇと思った!

 確かにお前も被害者だって分かってた! けど、相手が悪すぎんだろって!

 全力で、命懸けて戦って、それでも勝てるかどうかわからねぇ相手だ!

 そんな余裕なんかあるわけねえ、ぜってー無理だって思ってた!」

 

「レオ、あんた……」

 

 バスターの刀身を杖替わりに、体を持ち上げる。

 そうして立ち上がった彼が、未だに倒れている操に目を向けた。

 

「―――けど、俺もそっち選んだ。仲間が命を懸けてでも、って選んだ答えだ。一緒に命懸けなきゃならねえって。そう思って、ビビりながらお前に立ち向かった!

 別にいいだろ、ビビりながらでも! 震えながらでも! ビビりすぎてお前の足が止まったら、ケツ蹴り飛ばして前に進ませてやる! 俺たちは、そのために一緒にいるんだ! それが群れって、仲間ってもんだろ!!」

 

 レオの言葉を聞き、ザワールドが鼻で笑う。

 

「そんな言葉で動けるようになる? 俺が? 有り得ないな!」

 

「言っただろ、言葉だけじゃ足りねえなら……蹴っ飛ばしてでも動かしてやるってよ!」

 

 疾走を開始するジュウオウライオン。

 そんな相手の様子を見て、ザワールドがザガンロッドを撓らせる。

 差し向けられる釣り糸。その前に滑り込むのは、ジュウオウシャーク。

 

「させるかっての!」

 

「ふん……!」

 

 ザワールドの手元がスナップし糸が跳ねる。

 縦横無尽の釣り糸が、彼女が構えたジュウオウバスターを絡め取った。

 直後、シャークの後ろで跳び上がるタイガー。

 

「野性解放―――!」

 

 白虎の腕を解放し、放たれる極寒の爪。

 それが剣ごと絡んだ糸を凍らせ、柔軟さを失わせる。

 手首の動きに反応せず、糸はそこから動かない。

 そんな有様になった主武装を見たザワールドが、小さく鼻を鳴らす。

 

「どれだけ時間を稼いだところで無駄だ。門藤操はジニス様には逆らえない。

 そうなった時の事を考えるだけで動けなくなる、情けない人間なんだよ!」

 

「―――こんなこと……言わせたままで、いいわけねーだろ!!」

 

 そうして、辿り着いたレオが足を振り抜いた。

 膝と手を落とし、地面に丸まっていたジュウオウザワールドを後ろから蹴りつける。

 ごろりと転がった操が、地面に引っ繰り返ってレオを見上げた。

 

「レオ……」

 

「俺はジニスがどんだけ怖ぇかなんて知らねえ。

 けど、お前と……ザワールドと戦ってると思うと、まだ少しブルっちまうとこがある。

 ちょっとだけな。ちょっとだけだが……だから俺とお前は同じだ。

 俺はビビってるお前を助ける。お前はビビってる俺を助ける。

 そうすりゃ……多分こう……今まで通りに、どうにかなる。きっとな!」

 

 寝転がった操に対して手を伸ばすレオ。

 少しだけ迷い、おずおずと腕をゆっくりと上げる操。

 すぐにその手を掴み取り、レオは強引に引き起こした。

 

「俺は……!」

 

「野郎に教えてやんぞ!

 ビビりながら戦ってる情けねえ俺たちでも、こうして一緒に戦えば―――

 お前なんかに負けるわけねえってことをよ!!」

 

 ザワールドの背中を叩き、更にもう一度尻を蹴飛ばし。

 そうしてから両の拳を打ち合わせて、ジュウオウライオンは前に出た。

 彼の背中を見ながら、ジュウオウザワールドが拳を握る。

 

「そうだ……俺だってビビりだ! 常にビビりながら生きてきた!

 常日頃からやっちゃいけないことをしてはいないかと、細心の注意を払ってる!

 ビビりで、小心者で、友達になろうと誰にも言い出せず……それが俺だ!!」

 

 立ち上がる、黒と金と銀のトリコロール。

 その姿に舌打ちしたザワールドが、釣り糸を強引に引き戻す。

 氷結した糸を殴り砕き、絡んだジュウオウバスターを放り捨てる。

 

「そんなお前に、一体何が出来る」

 

「何も出来ないかもしれない! そうだ、何も出来ないかもしれない!

 何も出来ないかもしれない、何も変わらないかもしれない!

 そうやってビビって何もしようとせず、ただ一人で蹲っていたのが俺だ!!

 けど俺は、そんな俺から変わるって決めたんだ!」

 

 ジュウオウザワールドの全身に力が漲る。

 ザワールドに負けぬ圧倒的な力の奔流。

 それを発しながら、彼が腰を落として身構えた。

 

「ジニスは怖い! ジニスだけじゃない、他にも怖いものは数え切れないくらいある!

 それでも俺は、ビビりながら前に進む! ―――仲間と一緒に!」

 

「お前はそうやって、自分が変われると思っているのか? お前如きが!」

 

「変われないかもしれない……それでも! 恐怖に怯えることにさえ恐怖して、ジニスに全てを委ねて変わろうとすることすら諦めるよりは―――ずっとマシだ!!」

 

「―――なら。もう一度、目にするがいいさ! お前の失敗をな!!」

 

 ザワールドの腕を上がる。

 撥ねる竿から放たれた糸が、こちらではない戦場へと放たれていく。

 その軌道を視線で追えば、糸の向かう先はバングレイに他ならない。

 

 吹き飛ばされたバングレイを、武蔵が放つ白刃が襲う。

 首を落とさんと振り抜かれる刃。

 バングレイが吹き飛んでいく速度と、武蔵が剣を振るう速度は完全に合致する。

 

 ―――だからこそ。

 糸がバングレイの足に絡みつき、彼が吹き飛ぶ方向を変えさせた瞬間。

 その刃はけしてバングレイに届くことはなくなる。

 

「オーライ!」

 

 引き戻されつつ、バングレイがその腹に光を溢れさせる。

 強引に軌道を切り返されながらの、無作為の乱射。

 降り注ぐ光のスコールを前にし、武蔵が歯を食い縛った。

 

 首を落とす心算での踏み込み。

 第三者の介入で強引に外された以上、修正は間に合わない。

 一息に爆撃範囲からの離脱、など出来るはずもない。

 無論、ダ・ヴィンチちゃんは宝具直後で弾幕を張る余裕はない。

 

 そして躱し切るには距離が近すぎる。

 それでも躱すために後方へと大きく体を逸らす。

 

「まずった、かもね……!」

 

 迫りくる光。狙いも付けずに放たれる破壊の雨。

 その着弾を前に決死の覚悟で彼女は剣を握り締め―――

 

 瞬間、彼女の前方に白銀の光が集結する。

 光が凝り固まり、出現するのは白銀の鎧。

 突き出した掌へと無数の弾丸が直撃し、爆風で純白の衣の裾を揺らす。

 

 衝撃で舞い散る白い羽。

 その直中に佇む進化したゴーストがゆるりと裾を翻し、武蔵に顔を向けた。

 小さく首を縦に振って、彼は再び正面へと向き直る。

 

「わお」

 

 その姿はすぐさま光と変わって、ガンマイザーとの戦場に舞い戻る。

 苦笑しつつ、握り直す双剣。

 体勢を立て直したダ・ヴィンチちゃんからの援護射撃が再開。

 後から迫りくる砲撃を、何とか撃ち落とし始めた。

 

「んだと……ッ!」

 

 釣り糸に引かれながら、バングレイが息を呑む。

 ―――そうして空中にある彼に対して、ジュウオウイーグルが飛来した。

 

「バングレイ――――ッ!!」

 

 発砲を続ける彼の胴体に、強引に叩き付けられるイーグライザー。

 至近距離で砲弾が刀身へと着弾し、爆発。

 その場で発生した爆炎の柱が、バングレイ自身も呑み込み膨れ上がる。

 

 同時に伸長したイーグライザーがザガンロッドの糸に絡む。

 刀身がギリギリと軋みながら、糸を出来るところまで引き寄せる。

 

 そこに滑り込むように振るわれる、武蔵の剣。

 糸が断たれ、引き寄せる相手を失ったバングレイが地面に落ちた。

 

「―――なに……っ!?」

 

「いつまでもそうそうやりたい放題させるかっての!

 俺たちを……舐めるなよ!!」

 

 糸が切れ、テンションが失われる。

 その反動でザワールドが大きく体勢を崩し、蹈鞴を踏んだ。

 瞬間、バランスを崩したザワールドの足場が崩壊する。

 

 大地が割れ、地割れの中から溢れ出す緑色のジューマンパワー。

 それによりザワールドが更に大きく体勢を崩す。

 レオと操がその出所に視線を向け、タスクと頷き合う。

 

「野性解放―――ッ!」

 

 シャークが波を引き連れ、刃となって押し寄せる。

 その波を凍らせながら流氷の上を駆けるのは、冷気を伴う白虎。

 氷混じりの津波に呑まれ、ザワールドの全身が氷結していく。

 

「チィ……ッ!」

 

「オォオオッ、ラァアア―――ッ!!」

 

 流氷を砕きながら奔る、弾け飛ぶ黄金の雷光。

 それが周囲諸共、ザワールドを吹き飛ばす。

 

 襲い来る天災の渦の中、彼は全身に力を漲らせて姿を変える。

 

「野性大解放――――ッ!」

 

 姿を現す三頭の力。犀、鰐、狼。

 それらの力を同時に解き放ち、彼は氷河を砕いて雷光を引き裂いた。

 

 降臨する真のザワールド。

 その姿を前にして、操もまた全身に力を漲らせる。

 

「俺が一人で閉じこもっていた俺だけの世界は―――此処で、終わりだ!!

 野性、大解放――――ッ!!」

 

 全身に解放される三頭の獣。

 左腕の狼爪を振るい斬撃を飛ばし、左腕の鰐尾を奮い打撃を飛ばし。

 ―――その足で全力で前に踏み出し、彼はザワールドへと突貫した。

 

「ワールドザクラァアア―――ッシュ!!」

 

「調子に、乗るな――――ッ!!」

 

 全く同じ動作で攻撃を起こし、ザワールドが突進に繋ぐ。

 互いに全力で踏み込んだ加速からの、正面突破以外に考えない激突。

 ぶつかりあった瞬間、力が拮抗して両者共に足を止める。

 力をかけられた地面が踏み砕かれ、大きく揺れた。

 

 ぶつけ合った肩のショルダーアーマーが、互いに同じように軋む。

 その威力を感じながら、ザワールドが舌打ちした。

 

「俺と貴様が……互角だと……!?」

 

 その言葉に、ジュウオウザワールドはすぐに反応を示した。

 

「互角……? お前と互角なのは……!」

 

 ジュウオウザワールドの背後に四人が飛び込んでくる。

 彼の背中を押すように、ジュウオウシャークが、ライオンが、エレファントが、タイガーが。

 彼らが一気に力を籠めて、操を力尽くで押し込み始めた。

 拮抗が崩れ、勝利は操たちの方へと傾いていく。

 

「互角だったのは―――! 俺が! 独りだった時の間だけだろう―――ッ!!」

 

「行け、操ォ――――ッ!!」

 

 犀の角が砕ける、鰐の尾が千切れる、狼の爪が折れる。

 ザワールドの持つ全ての力を凌駕して、ジュウオウザワールドが突き進む。

 

 ―――完全に粉砕されたザワールドは断末魔もなく。

 光の粒子となって、その場から消えていく。

 ダメージが限界を超えたバングレイの作り出した幻影は、そうして消える。

 

 それを見たバングレイが盛大に舌打ち。

 イーグルと剣を交わし、その隙を狙って背後に首を取りに来る武蔵を躱す。

 ダ・ヴィンチちゃんは弾幕を緩め、先程の義手を機能停止させる力を再装填している。

 それを横目で見て理解して、動きを決めた。

 

 イーグルと武蔵の剣が振るわれる。

 それに対して最低限、命を獲られない程度の回避だけで対応。

 深々と肉を抉っていく刀身。が、動けなくなるほどじゃない。

 すぐに帰還して治療すればいいだけだ。

 

 そう動いたのだ、と理解して。武蔵が強く顔を顰める。

 斬り裂かれた肉と血液を撒き散らしながら、バングレイが一直線に駆け抜けた。

 目指す先は、ザワールド撃破の瞬間に気を抜いた連中。

 

「っ、みんな!!」

 

 大和が叫ぶが遅い。

 高速で駆け抜けたバングレイの右手が、レオの頭部に伸ばされた。

 

 

 

 

「強い……!」

 

 ムゲン魂が白衣を揺らし、ガンマイザーに立ちはだかる。

 その圧倒的な戦闘力に、シブヤとナリタに肩を借りたマコトがそう口にした。

 

 彼と対峙するガンマイザーたち。

 特に直接正面にいるクライメットが、小さく後退りのような反応さえ示す。

 機械的に行動していただけのガンマイザーが、まるで人間のように。

 

 ゆっくりと一歩、ムゲン魂は前に踏み出して―――

 何かに気付いたように、微かに頭を揺らした。

 

 次の瞬間の彼の姿が光と消えて、その場から消失した。

 

「タ、タケル殿!?」

 

 御成が驚いているほんの一瞬の間に、再び同じ場所にゴーストが出現する。

 

 エドモンがちらりとバングレイに対応している方の戦場に視線を送った。

 何を見る事も、何を聞く事もなく。

 彼の感覚はこの戦場の全てを理解し、そちらに必要な助けを出しに行ったのだ。

 

 最早その感覚は、人間の範疇にはない。概念存在のそれだ。

 復讐者の概念と化している彼には、その力がよく伝わってくる。

 

 ゴーストがそのまま、グラビティファイヤーに視線を向けた。

 グラビティには全ての眼魂が回収されている。

 それを取り返すために彼はナギナタモードのガンガンセイバーを構え―――

 

「―――――!」

 

 タケルが動く前に、グラビティファイヤーが両断された。

 破壊され、プレートに戻る二基のガンマイザー。

 グラビティが形成していた重力場が一時消失し、全ての眼魂が地面に散らばる。

 

「ハァアア――――」

 

 それが、アナザーゴーストの胸へと取り込まれていく。

 彼の胸に納まるのは、15個の英雄眼魂。そして、闘魂ブーストゴースト眼魂。

 残され、転がるディープスペクターとネクロムの眼魂は無視し―――

 

〈グレイトフルゥ…!〉

 

 アナザーゴーストは新たな姿に変貌し、タケルの前に立ちはだかった。

 

「父さん……」

 

「何故、今ここで先代殿が……!」

 

 アナザーゴースト・グレイトフル魂が両腕を掲げた。

 瞬間、ファイヤーのプレートが銃弾に蜂の巣にされ砕け散る。

 同じく、グラビティのプレートが重力場に押し潰され砕け散る。

 

 ―――更に追加で二基。完全なる機能停止。

 そして今ここには、それを成したガンマイザーへの絶対的脅威が二つ。

 その事実に対し、ガンマイザーは即座に撤退を選択した。

 撤退して何が変えられるかも思考せず、ただこの場から離脱することだけを優先した。

 

 残された7基のガンマイザーがプレートに変わり、そのまま眼魔世界に帰還する。

 それを撃墜しようとゴーストは剣を振り上げ―――

 しかし突撃してきたアナザーゴーストと切り結んだ。

 

 至近距離で交錯し、意識が繋がる。

 

『父さん、これで――――最後かな?』

 

『ああ。これで、最後だ』

 

 互いに剣を振り抜き、二人の距離が開く。

 その瞬間、グレイトフルが背後に浮かべた光輪を回す。

 

 回転する光輪が差し向けられる。

 それを片腕を突き出して受け止め、振り抜いた腕で粉砕。

 

 直後に放たれるのは、グレイトフルが背後に無数に浮かべた銃口の一斉射撃。

 ナギナタを回し、その弾幕を力任せに突破するムゲン。

 

 アナザーゴーストが背後に浮かぶ銃を二挺、両手で掴み取る。

 すぐさま正面に構え、迫るゴーストに向け発砲。

 剣の迎撃を擦り抜けて着弾する銃弾。

 

 僅かに怯んだタケルに対し、龍が銃を一挺捨てた。

 手の中に残した一挺を両手で握り、その銃口にエネルギーを集中させる。

 引き金を絞り、すぐさま銃撃は果たされた。

 殺到する高密度のエネルギー光弾。

 

〈イノチダイカイガン!! イサマシュート!!〉

 

 ―――それを、サングラスラッシャーからの銃撃で相殺する。

 激突した互いの銃撃が炸裂し、撒き散らされた熱波が地上を舐めていく。

 その熱の中で、もう一面の戦場の事を察知した。

 

 すぐさま彼はその場から消え、そちらの戦場へとワープする。

 出現すると同時、目の前にいるバングレイ。

 彼の右手が、ムゲン魂の頭に接触する。

 一瞬驚いた彼が、しかし儲けものだと笑う気配。

 

 ―――そうして。

 

 記憶に接触したバングレイは、自分の意識に流れていく記憶の光景を見る。

 選び取るのは、ゴースト・ムゲン魂の光景。

 つい今さっきから始まった光景を選び、その記憶へ触れるように手を伸ばし―――

 

 伸ばしたその手を横合いから掴む、ムゲン魂のビジョンに襲われた。

 

『なに……ッ!?』

 

『俺に誰かの記憶が見えるようになったのは、きっとその心を正しく未来に繋ぐためだ。

 お前みたいに……誰かを苦しめて笑って、楽しむためなんかじゃない!』

 

 相手の記憶に接触する力は、バングレイだけのものではない。

 タケルはずっとそうやって、英雄の眼魂を集めてきた。

 その力は時間を経るごとに強くなっていて―――今、この瞬間こそが最高潮。

 自身の記憶に割り込んだバングレイを、記憶の中で迎え撃つことすら可能とする。

 

 バリブレイドをガンガンセイバーで叩き落とし、拳をそのまま胴体に叩き付けた。

 くの字に折れ、吹き飛ばされるバングレイ。

 

 記憶の中での接触が解除され、揃って現実へと引き戻される。

 全身へと伝播している拳撃の威力に、バングレイの膝が揺れた。

 

 もはややり返す余裕などない。

 対応が一瞬でも遅れれば、死ぬのだと理解している。

 ムゲンからの追撃にバリブレイドを盾として、母艦からのトラクタービームを即撃たせる。

 

「ガ……ッ、ギ! ヤバン、グレイトォ……ッ!!」

 

 剣一閃、ガンガンセイバーにバリブレイドを粉砕されながら。

 しかし彼は空中で待機させていた母艦に回収された。

 即座の撤退を選んだ本能の選択に逆らわず、彼は一気に舵を切り―――

 

〈平成ライダーズ! アルティメットタイムブレーク!!〉

 

 ―――同じく空を行く、空飛ぶ車の上に乗ったジオウから極光が放たれる。

 ヤバングレイトに向かって迸る光の剣撃。

 バングレイは即座に舵を蹴り飛ばし、一気にヤバングレイトの頭を横に振らせた。

 船の胴体を大きく削り取っていく光。

 

 操舵室が一瞬でアラートで赤に染まり、問題が山のように噴出してくる。

 だがそれを無視して、ひたすら逃げるためだけに彼は最善を尽くした。

 宇宙艦であるヤバングレイトがスピードを出せば、あんな車に追いつかれるはずもない。

 すぐに全力で加速して―――バングレイは、ダメージを負った体を床に投げ出した。

 

 

 

 

 音楽が響く。雷鳴が襲う。

 光と変わったムゲンが音も雷も超える速度で、それらを掻い潜る。

 

 光さえ、時間さえも歪めるピラミッドが聳え立つ。

 それを正面から両断する、ガンガンセイバーの斬撃。

 

 その斬撃ごと圧壊させんと振るわれる鉄槌。

 手の中から剣を放り投げ、握り締めた拳で鉄槌に対し鉄拳を見舞う。

 砕け散ったのは、鉄槌の方だった。

 

 舞い踊るペンが空想を描く。描かれ、現出する童話の森。

 鬱蒼を茂る森の中に幽鬼が溶け込む。

 姿を消したアナザーゴーストは狩人となり、四方から矢を雨のように降らせた。

 

 だがそんな矢の雨にさえ足を止めずムゲンは疾駆する。

 矢を掻い潜り、森に侵入し、そこで、

 ―――突然現れた四本の鎖に、四肢を拘束された。

 

 ムゲンの動きが止まった瞬間、剣を逆手に構えたアナザーゴーストが襲来する。

 身軽に森を飛び回り。一切動きを止めず。

 彼は幾度もムゲンに対して斬撃を叩き込み続けた。

 

「オォオオオ――――ッ!!」

 

 鎖を強引に引き千切る。

 同時に迫りくるアナザーゴーストに剣を振るい―――

 まるで、未来が見えているかのように完璧に掻い潜られる。

 

『どうしたのですか、タケル? あなたの力はこの程度ですか?』

 

『まだまだじゃ! そうじゃろう、タケル!』

 

 斬り合う度に聞こえてくる声。

 今までずっと一緒に戦ってきた英雄たち。その声。

 それに意識を取られた瞬間、首を刃が掠めていく。

 

 光と変わる余裕もなく、大きく体を捻り、そこから放たれる横薙ぎを躱す。

 

『隙だらけだ。我らが刃を前に随分と余裕だな―――!』

 

 アナザーゴーストが二刀を構え、そのまま疾走を開始した。

 サングラスラッシャーと合わせ己も二刀。

 構え直して、その疾走を迎え撃つ。

 

 剣を交わす。二合。三合。四、五、六合。

 そこまで刃を打ち合わせ、徐々に押され始める。

 交わした剣撃が二十に届く前に、ムゲンの方が後ろに押し飛ばされた。

 追うことなく足を止め、剣を構え直すアナザーゴースト。

 

「はぁ、はぁ……ははっ」

 

『まだ笑う余裕があるのですか』

 

 つい笑った声に、呆れたような声がかかる。

 後ろで待っている皆からも、その態度に訝しげな反応をされた。

 

 タケルはそのままサングラスラッシャーを放り、ガンガンセイバーを掲げる。

 ナギナタモードへ変形する刃を大上段に構え、彼は笑う。

 

「余裕なんかないけど、俺……嬉しいんだ。

 俺が今まで一緒に戦ってきたのは、本当に凄い英雄たちだったんだって」

 

 剣を構えたままに、彼はドライバーのトリガーに手をかけた。

 

「命を燃やして、この世界を生き抜いた英雄たち―――

 その魂は永遠に不滅で、遺してくれたものは今も世界の色んなところに根付いている」

 

 文化、学問、芸術、技術―――

 そうやって大層に語るほどでもない、ただ何でもないことでも。

 例えば―――親から子へ、ただ一言言って聞かせる教えでも。

 ずっと繋がってる。多くのものが残って、続いてる。

 

 誰かから影響を受けた誰かが、また誰かへ。

 特別取り立てて声にするほどでもないことだって、ずっと繋がっていくものだ。

 自分たちもそんな中で生きている。その輪の中に息づいてる。

 

「俺たちは今までの人達が遺してくれた想いを受け取って、未来に繋いでいく。

 過去を生きた人たちがいて、現在(いま)を生きる人たちがいて、未来を生きる人たちがいる。人がそうやって生き続ける限り、どんなことだって出来る。どんな未来だって創り出せる!

 人間の可能性は――――無限大だ!!」

 

〈イノチダイカイガン!! ヨロコビストリーム!!〉

 

 劇的なエネルギーを迸らせる刀身。

 それを振り上げたまま、ゴーストはアナザーゴーストに向き直った。

 対するアナザーゴーストもまた、二刀を構え直す。

 

「俺は―――そんな風に多くの人の想いを未来に繋げる人間として、みんなと一緒に生きたい!

 生きる事の喜びを、みんなと一緒に分かち合いたい!!」

 

 両者が踏み込んだ。

 踏み込む鋭さは、アナザーゴーストの方が余程上。

 

 放たれるのは、ムサシ魂の力を十全以上に発揮した絶断の刃。

 ―――それを正面から、喜びの感情を載せた刃が粉砕していく。

 人は繋がっているが故に無限の可能性を持つ。

 その人の無限の可能性が今此処にある以上、人の繋がりはけして断てない。

 

 二人のゴーストが交錯する。

 擦れ違った二人の静止は、数秒もなく。

 

 砕け散ったアナザーゴーストの二振りの刃が、地面に破片を撒き散らし―――

 英雄眼魂たちが同じように、地面にばら撒かれて転がる。

 それに混じり、アナザーゴーストウォッチの破片も散らばった。

 幽鬼の姿が、人の姿へと戻っていく。

 

 思わずと言った風に、御成が口元を手で覆った。

 最後に見たのは十年以上前になる、天空寺龍の姿に相違ない。

 彼はゆっくりと震えながら空を見上げ―――震えたままの手で、印を切った。

 

 龍の前に生成されるワームホール。

 霊力を用い、十年前に繋いだ時空の歪みだ。

 彼にはこれから、生涯最期の役目がある。

 

 それを理解して、変身を解いたタケルも空を見上げた。

 タケルと龍は戦闘を終え、背中を向け合ったままそこで立ち尽くす。

 

「俺……いっつも父さんに守ってもらってばっかりで……!

 俺にとって、父さんは、ずっと……! 一番の、英雄で……!」

 

「―――私にとっても、そうだった。父というのは、ずっと……一番の英雄だった」

 

 答えてくれた父に、タケルが言葉を詰まらせる。

 

「―――だが、それも今日までだ。今日から……私の一番の英雄は、父じゃなくなった」

 

 ワームホールが目的の時間に繋がり、龍はゆっくりと歩き始めた。

 2005年12月20日―――天空寺龍の命日。

 その先にはきっと、幼いタケルとあの白い眼魔がいる光景が待っている。

 このまま彼は踏み出し、その生涯を終えることになる。

 

 ―――その前に。一番の英雄が変わった事を、彼は誇らしそうに語った。

 

「今の私の一番の英雄は、私を超えた……息子だ。

 父に憧れそれを目指し―――やがて息子に憧れられ、追い越される。

 これ以上、私の人生に喜ばしいことはない。いつかお前にも、分かる日が来る。

 だから……それまで生きろ、人として。私の、一番の英雄―――!」

 

「父さん……!」

 

 振り向き、父の背を見るタケル。

 だが彼は言うべきことは言ったと、既に走り出していた。

 本来ならばあり得ない邂逅。遺すことはなかったはずの言葉。

 それをこれだけ遺しておいて、これ以上甘やかす気はないと言うように。

 

 ―――その父の()()()に泣き笑いを浮かべ。

 タケルは涙を零さないように必死に空を見上げた。

 

 

 




 
・ダヴィンチ眼魔から致命傷を受けた天空寺龍。
・龍がタケルにムサシの刀の鍔を渡し、タケルは助けを呼びに走る。
・アデルと遭遇したタケルが殺されそうになる。
・それを知らされた龍がスウォルツの誘いに乗り、アナザーゴーストとなる。
・アナザーゴーストとしてスウォルツに2016年に送られた龍がタケルたちの前に現れる。
・グレイトフル魂になったタケルと交戦し、龍自身の意識が少し戻る。
・大悟との約束を果たすため、薄れた意識の中でマコトを助けたりする。
・タケルの成長を感じ、ムゲン魂の前に立ちはだかり敗北する。
・彼はアナザーゴーストになっている間に体力と霊力が回復し、瀕死ながらも命を永らえるだけの力を取り戻していた。
・その自身の霊力を使い2005年にタイムワープした龍が、タケルを守るためアデルの攻撃への盾になる。
・この過程をもって龍のダヴィンチとアデルによる二度の死が編纂され、ダヴィンチに殺されかけたが生き永らえ、その後アデルに殺されたという一つの歴史として確立。二つあったムサシの刀の鍔も消えた。

終わり!閉廷!以上、皆カイサーン!
 


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豪快!ド派手な海賊!2011

 

 

 

 荒々しく床を踏み鳴らし立ち止まる。

 そのままアデルは、頭上に浮かぶ7枚にまで減少したプレートを見上げた。

 

「眼魂を手に入れ、脅威を排除する。

 そう言ってこの祈りの間から出ていき―――その結果がこれか!」

 

 苛立たしげに床を蹴りつけ、ガンマイザーを睨む。

 対し、彼らはプレートを床に下ろして人型へと姿を変えた。

 アデルと同じ顔が七つ、アデルの前に立ちはだかる。

 

『―――天空寺タケルの脅威度を誤認。彼は眼魔世界に対する、最大の脅威です。

 全ガンマイザーは、方法を問わず天空寺タケルの排除を提案します』

 

「排除? こうしておめおめと逃げ帰ってきた奴がどうやって?

 ……貴様たちの提案などに耳を傾けた私が馬鹿だった!

 もういい、貴様らはここで祈りの間の防衛に当たれ!」

 

 デミアプロジェクトは順調に進行している。

 人間界の会社の乗っ取りは完璧に行われ、計画も終盤だ。

 後は人間世界にデミアを普及させ、サーバーに繋ぐだけ。

 英雄の眼魂はその計画を成し遂げた後、ゆっくりと回収すればいい。

 

『その命令は危険です。天空寺タケルを放置するなど、危険すぎる。

 いつ彼が眼魔に攻め込み、この世界を滅ぼすか分からない。

 早急にこちらから行動し、天空寺タケルを排除するべきです』

 

 言い募るガンマイザーを無視し、アデルは踵を返す。

 そうして彼は祈りの間から退室しようとして―――

 

 目の前にいる、三人の男女に気付いた。男二人に、女一人。

 祈りの間の前にやってくる者など、今の眼魔世界にはいない。

 仮にいるとしても、精々がアリア程度だ。

 

「―――何者だ?」

 

 苛立ちながらも、しかし焦る理由はない。

 ここにはガンマイザーがいる。天空寺タケルには成す術なく蹴散らされたが―――

 それでも、ウルティマすら1基で圧倒する眼魔世界最強戦力だ。

 

「我らは使いです。貴方の……兄上様からの」

 

 男がまるで揶揄うように、必要以上に恭しく腕を差し出す。

 そこに装着されているのは、よく知るもの―――メガウルオウダーだ。

 いや、その試作品だろうか。

 

 男がメガウルオウダーから光を放ち、映像を投影する。

 映し出された相手のその顔に、アデルは大きく目を見開いた。

 

『―――久しぶりだな、アデル』

 

「兄、上……!?」

 

 ―――ダントンとの戦い。

 眼魔百年戦争の中で命を落とした大帝一族の長兄、アルゴス。

 映し出された映像の中に浮かぶ顔は、彼に違いなかった。

 アルゴスは椅子に座り、頬杖を突きながらアデルを見据えている。

 

「何故、兄上が……!?」

 

 アデルの疑問の声。

 それに対し画面の先にいるアルゴスは静かに笑い、言葉を続ける。

 

『……イーディス長官の計らいさ。

 私はあの戦いで死んだ。だが、眼魂に魂を保存され新たな使命を与えられたのだ』

 

 映像の中でアルゴスが立ち上がり、僅かに顔を上げた。

 彼は天井を見上げながら、ゆっくりと歩き出す。

 

「使命? ……父上はそれを知っていたのですか」

 

『いいや? 言っただろう。イーディス長官の計らいだ、と。

 あの男は父上の意思に従っていたわけではない。

 自らの目的のためにあらゆるものを利用する、油断のならない男だ』

 

 感情を隠すかのような微笑み。

 それを浮かべたアルゴスが、そのままアデルを見据える。

 

『もっとも。もはやそれを父上に注意する必要もないようだが』

 

「―――――」

 

 既に大帝アドニスはアデルによって殺害された。

 眼魔世界にはアランがやったものと周知している、が。

 アルゴスがそんなものに惑わされることもないだろう。

 

 アデルが目の前の三人を見る。

 プロトメガウルオウダーを装着した、三人。

 つまり全員がネクロム。

 

 ―――だがネクロム三人程度何のことはない。

 ガンマイザーを2基動かせば十分だ。

 

 そんな警戒態勢のアデルを、アルゴスは軽く笑い飛ばした。

 

『父上が喪われたのは残念だった。だがそれも仕方がなかったのだ、お前を責めはしない。

 私がもう少し早く動き出せさえすれば―――お前も、父上も、真の意味で完璧なる存在となりこんな顛末にはならなかったろうに』

 

「真に完璧なる存在……だと?」

 

 その言葉に微かに眉を顰めるアデル。

 言葉を繰り返した彼に、アルゴスは鷹揚に肯いてみせる。

 直後に神妙な表情を浮かべ、正面からアデルを見据えて問いかける言葉。

 

『アデル……眼魔は完璧な存在か? 肉体をカプセルに保存し、生命力を維持し―――

 そのシステムさえ、グレートアイの存在に頼っている眼魔が』

 

「……肉体もなく、眼魂だけで活動している兄上のような存在こそが完璧とでも?」

 

 彼からの問いかけに、まるで自嘲するようにアルゴスは苦笑した。

 

『私もまた完璧ではない。

 何故なら、肉体と完全に分離した魂は、そのままでは100日前後しか存在を保てない。

 外部からの生命力の供給があって初めて、ゴーストはゴーストとして永遠に活動できる』

 

 そう言って、彼が眼魂を一つ取り出す。

 それを手の中で遊びつつ、言葉を続けた。

 

『だが一つ、それを覆す手段がある。大いなる力の根源だ』

 

「―――では結局、グレートアイに頼ると?」

 

『間違ってはいない。だが正確でもない。

 グレートアイなど必要ないのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アデルが目を細め、唇を歪める。

 神に等しい存在。それがグレートアイだ。

 自由にできるそんなものがあれば、何も苦労はしない。

 

 アデルが振り返り、7枚のプレートを見上げる。

 大いなる力の根源への接続を阻むもの、ガンマイザー。

 その障壁の先に存在するはずの究極存在、グレートアイ。

 

 そこに辿り着くための15個の英雄眼魂であり、アデルもまたそれを求めている。

 グレートアイの同等存在があるのであれば、そんなことは最初からせずに済むだろう。

 

「……そんなものが一体どこに存在するというのです」

 

 問い返され、アルゴスが小さく笑う。

 怪訝そうな顔を浮かべたアデルに対し、彼は向き直った。

 

『……英雄の眼魂とは、グレートアイへの道を開く魂の鍵。

 選ばれた15個の魂が、その鍵となった。

 だが英雄の眼魂自体は15個で全てではない。全て合わせて―――100個ある』

 

「100個?」

 

『眼魂に宿る100の英雄の魂。それらを全て、神の眼となる器に容れるのだ。

 器の中で選ばれし100の強き魂が混じり合い、新たなる次元へと進化する時―――

 新しい“神”(グレートアイ)が、完成する』

 

 手にした眼魂を握り締め、アルゴスは断言した。

 

 グレートアイを新たに創る、と彼は言う。

 それが現実的な計画なのかどうかさえ、アデルには判断がつかない。

 仮にそれが実現可能なものだったとして、彼は何を望みここに顔を出したのか。

 

「……兄上はそれを私に伝え、何を望んでいるのです」

 

『強いて言うなら、準備が出来るまで動かないで欲しいということだ。

 言っただろう? 眼魂は全部で100個、うち15個は人間世界にある。

 私が準備を終え次第、それらを全部回収して計画に移る。

 心配することはない。当然、計画が成った暁には新たなる神が眼魔世界を救うのだから』

 

「―――――」

 

 呆れるような表情を殺し、小さく息を吐く。

 眼魂を持っているのは、ガンマイザー14基が手も足も出なかった相手だ。

 ネクロム三人など歯牙にもかけられないだろう。

 仮にアルゴスがウルティマを持っていたとしても焼石に水。

 

『その三人は計画実行までそちらの世界に置いておく。

 私に何か伝えたいことがあれば、そいつらに伝えるといい。

 もちろん、何かそちらで戦力が必要になる事態があれば、お前の指示で動かしても構わない』

 

 その言葉に応えるように、恭しく礼を取ってみせる三人。

 

 ―――ダントンの事も把握している、対応する時はこいつらも使っていい。

 恐らくはそう言いたいのだろう。

 真に彼のことを把握できていれば、ネクロムなど大した戦力にはならないと分かるだろうに。

 

「……わかりました。では、こちらは兄上が動くまで静観させて頂きましょう」

 

 そう言って小さく頭を下げる。

 アルゴスは一度大きく頷いて、通信を切断した。

 

 やることは何も変わらない。

 水面下でデミアプロジェクトを進行し、あちらの世界を支配する。

 天空寺タケルが幾ら強かろうと、それでも世界ごと呑み込まれれば成す術などないだろう。

 

 

 

 

「感謝しよう、アデル。

 お前が追い詰めた結果、私の許に意図せず神の器が転がり込んだ」

 

 彼が父を殺めた事実は確かに衝撃だった。

 だが、それも仕方ないことだったのだ。

 完璧ではない世界に問題が起きるのは当然のこと。

 

 母は逝った。父も逝った。

 ならばせめて、彼は長兄として遺された家族を守るために、全ての世界を救おう。

 

 ボウ、と。

 白い軍服に身を包んだ彼の腰に、ゴーストドライバーが出現する。

 イーディス長官から授けられた眼魂を生成するための力。

 彼はこの力を授けたアルゴスを利用し、グレートアイに繋がるつもりだったのだろう。

 

 だがそんなことはさせない。

 眼魂はグレートアイに繋がるために使うのではない。

 全てを救う、新たなる神を降臨させるために使うのだ。

 

 手にしていた眼魂を起動し、彼はドライバーへと投入する。

 そうしてトリガーを引き絞り、トランジェントへと体を換装した。

 

「変身」

 

〈カイガン! シェイクスピア! イッツ! ロミオとジュリエット!〉

 

 黄色いパーカーゴースト、シェイクスピア。

 シェイクスピア魂へと変わり、アルゴスはゆっくりとフードを取り払う。

 

 周囲に散乱する無数の紙、本の頁。

 そこに記されていく文字の羅列。

 世界を救うシナリオを組み立てながら、彼は強く拳を握り締めた。

 

「全ての悲劇は此処で終わる。ゴーストの世界の到来によって―――」

 

 

 

 

「どすこぉい! どすこぉい!!」

 

 まわしを締めた相撲取りのような怪人。

 チームアザルドのプレイヤー、スモートロン。

 彼が踏み込みと同時に張り手を突き出す。

 

 それを一歩も動かないまま、手の甲だけで逸らし続けるのはムゲン魂。

 スモートロンは躍起になって、攻勢を仕掛け続ける。

 が、一度たりとも有効打を通すことなく、ゴーストは相手の両腕を弾き落とす。

 

「ぬおっ!?」

 

「はぁ―――ッ!」

 

 突き出されるムゲンの掌底。

 その一撃はスモートロンの腹に直撃し、彼を土俵の外へと突き飛ばした。

 壁に激突し、そのまま地面に投げ出されるスモートロン。

 

『ただ今の取り組みはぁ、“突き出し”、“突き出し”でぇ、ゴーストの勝利ぃ!』

 

 行司による裁きが下される。

 彼の能力、そしてブラッドゲーム。それは戦闘における相撲の強制。

 更に相撲で負かした相手に相撲の特訓を強制させること。

 これではもはやゲーム失敗も同義だ。

 

「ぬ、あ……よもや自分が、相撲で手も足も出ないとは……!」

 

 少し怪しい判定くらいなら不正な判定でひっくり返せる。

 だが真正面から一撃で土俵の外へと吹き飛ばされては、物言いのしようがない。

 どうにかならないかと頭を回しても答えは出ない。

 

「こうなったら、手段は選ばないのデス!」

 

 土俵が消えたことで踏み出して、歩み寄ってくるゴースト。

 彼に対して、起き上がりざまにスモートロンは武器を突き出した。

 愛槍である八百長槍を。

 

 彼のゲームの中で、相撲中は一切武器が使えない。

 だが相撲が決着した以上は、武器を使うことは自由になる。

 相撲取りだから武器など使わない、という先入観もまた彼の武器であり―――

 

 しかし槍は振り抜いた瞬間、穂先が切り落とされて地面に落ちていた。

 ただの短い棒になってしまった自分の槍。

 それをきょとんとしながら見て、次いで相手の手を見る。

 その手に握られた武器を。

 

 ゴーストが手にしていたのは、槍に匹敵する長い刃。

 ガンガンセイバー、ナギナタモード。

 ナギナタを握った逆の腕で、彼はそのままドライバーのトリガーを引き絞る。

 

〈イノチダイカイガン!!〉

 

「あっ……その、武器はちょっと……自分、実は相撲取りなのデスが……

 なので、武器より素手での戦いの方がいいというか……」

 

 立ち昇る光の刃を見て、スモートロンが短い棒を速攻で投げ捨てる。

 何も無かったことにして、彼は即座にゴーストに懇願した。

 が、当然のように刃は彼へと振り下ろされる。

 

〈ヨロコビストリーム!!〉

 

「やっぱ駄目デースかぁッ!?」

 

 光の刃が放出され、スモートロンを呑み込んだ。

 波濤に押され、そのまま吹き飛んでいく彼。

 

 その落下地点を見極めて、近場の高台に出現したナリアはメダルを手にした。

 

「―――ジニス様の細胞から抽出したエネルギーです。精々無駄にせぬよう……」

 

 ちらりと視線を上げれば、空を舞うジュウオウキューブたち。

 その光景に舌打ちしつつも、彼女は思い切りメダルを放り投げた。

 

「励みなさい」

 

 投擲されたメダルはスモートロンの投入口へ。

 全身に駆け巡るエネルギーにより、相撲取りのような体が膨れていく。

 

「ナリア、ごっつぁんデース!」

 

 瞬時に40メートル級にまで巨大化する彼。

 だがその目前に君臨するのは、70メートル超の更なる巨人。

 

〈ワイルドトウサイキング!!〉

 

『完成! ワイルドトウサイキング!!』

 

 目の前に現れた壁に怯むスモートロン。

 しかしすぐ我に返った彼が相手を張り倒さんと手を挙げたところに―――

 ワイルドトウサイキングの左腕、ビッグワイルドキャノンが火を噴いた。

 

『ジュウオウダイレクトショット!!』

 

「あばばばばば!?」

 

 至近距離から浴びせられる光線の雨。

 光に焼かれたスモートロンの体が、いとも簡単に引っ繰り返った。

 轟音と共に倒れ込む巨体。

 

 全身から火花を散らし、白煙を噴き上げて。

 そうしてよろめきながらも、彼は何とか姿勢を立て直す。

 

「す、相撲で銃は禁止、デス……!」

 

『そもそも。相撲は相手を苦しめるためのものじゃありません!』

 

 そう断言し、アムが目の前のキューブを大きく回転させた。

 トウサイキングが左腕を下ろし、右腕を持ち上げる。

 そこに取り付けられているのは、ビッグキングソードに他ならない。

 

『お前がやってたのは相撲じゃなくて、相手を見てねぇただの一人相撲だったってわけだ!

 他人に無理矢理やらせる前に、テメェ自身がきっちり相撲をやりやがれ!!』

 

 レオが続けてキューブを回し、更に王者の資格の面を揃えた。

 その瞬間に充足する力。

 ワイルドトウサイキングの全身に溢れるジューマンパワーが、右腕の剣に集束していく。

 

『ジュウオウダイレクトストレート!!』

 

 巨神が大きく一歩踏み込むと同時、右腕の剣を杭打機の如く突き出した。

 スモートロンの腹に激突し、撃ち抜く一撃。

 そうして大穴を開けられた彼が力を失い大きく揺れて、地面へと倒れ込んでいく。

 

「決まり手は……! 相撲のルールを、上手投げ……! デース!?」

 

 倒れ伏し、爆炎を舞い上げて滅びるスモートロン。

 それを見て、ナリアは即座に帰還するのだった。

 

 

 

 

 帰還して、床を苛立たしげに揺らしながら歩むナリア。

 彼女は足早に玉座の間へと進んでいき―――

 

「おや、随分と苛立っているようですね。そのままジニス様に挨拶するのですか?」

 

「――――そのようなこと、あるはずが」

 

 途中でクバルに声をかけられ、彼女は歩幅を緩めた。

 確かに急ぎ報告をしなければならない。

 だが、ジニス様の前にあのような態度で出るなど、到底許されることではない。

 仕方なくクバルに向き直り、彼女は小さく頭を下げた。

 

「止めて頂いたことには感謝を。ではこれで」

 

「感謝してくれるというのであれば、苛立ちの理由を知りたいものですね。

 やはりあの新たな戦力のことですか?」

 

 不思議そうに問いかけてくるクバル。

 新たなる戦力、というのは間違いなく仮面ライダーゴースト・ムゲン魂のこと。

 あの戦力の出現により、ブラッドゲームは更に難易度を増した。

 今まで以上に何もアクションを起こせず、倒されることが増えたのだ。

 だがそのこと自体はどうでもいい。

 

「ご冗談を。敵の戦力など気にしてどうするのです。

 何も出来ず、早々にゲームオーバーになるプレイヤーの不甲斐なさの方が余程問題でしょう」

 

「これは痛いところを突かれましたね。

 ですが……あなたも見ての通り、敵の戦力はかなりのものです。

 あの力に対抗できるとすれば、ここにはアザルドくらいでしょう。

 もちろん、ジニス様には及ばないでしょうが……」

 

「当然です! ジニス様が下等生物如きに遅れを取るはずないでしょう!?」

 

 声を荒げるナリアに、降参というように両手を挙げるクバル。

 そうした自分にハッとして、彼女はすぐさま踵を返した。

 

 玉座の間へと向かっていく彼女の背中を見送り、クバルは顎に手を当てる。

 

「……確かにあの力、凄まじい戦闘力。ジニスとて簡単には行かない相手でしょう」

 

 あの後、数度開催されたブラッドゲーム。

 その全てでムゲン魂は圧倒的な戦闘力を見せつけた。

 クバル自身も、一騎討ちなどすればまず間違いなく敗北する。

 対抗できるのはアザルド。そしてオーナーであるジニス。

 

 ジニスに万が一があると考えれば、ナリアの焦りにも納得はいく。

 

 だがそこまで心配をすることか?

 アザルドを絶対に倒せるとも限らず、ましてジニス自身の力が絶対だ。

 クバルからすれば、現状ではまったく危機など有り得ない。

 

 デスガリアンなど。ブラッドゲームなど。

 ジニスからすればただの遊びだ。

 こんな戦場、彼にとっていつでも引っ繰り返せるチェス盤でしかない。

 

「それでも心配な乙女心か……あるいは。

 その安心感を転覆させる弱点が、ジニスに存在するか……」

 

 そこに焦燥が生まれる、ということはナリアはそれを知っているということだ。

 だが例え自分が殺されても彼女はそれを白状すまい。

 それこそ、記憶を直接探りでもしなければ―――

 

 ―――ひとつ思いついた案を、鼻で笑って頭から追い出す。

 

「馬鹿らしい話だ。ですが、これ以上奴らが力を付けるようなら……

 こちらを捨て、命乞いでもする準備はしておきませんとね」

 

 ジニスに従っているのは、最初から命惜しさでしかない。

 もし彼が負けるようなことがあれば、今度は地球の連中に頭を垂れるだけだ。

 

 ジニスは異常な強さを持つ怪物だ。

 そんな怪物を倒すそれ以上の怪物を前に、逆らう気などない。

 命を拾うためにプライドを捨てることに躊躇などない。

 そうでなければ、クバルはとうの昔にジニスに殺されている。

 

 恐怖により従わされていた。ジニスがいなくなった今金輪際悪事は働かない。

 そう叫びながら、頭を地面に擦り付ければいい。

 

 幸い、相手が強かったお陰で地球の被害はさほどでもない。

 選択肢を誤らなければ、命くらいは助かるだろう。

 機械の体だ。少しくらい壊されたところで、どうにかする手段はある。

 

「そのためにも……手土産代わりの情報は確保しておきたいところですが」

 

 先程頭から追い出した思いつき。

 それを改めて考えつつ、クバルはゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

「そういえば、あのエドモン・ダンテスさんの事ですが……」

 

「なんだか戦いが終わったらすぐに消えちゃったね。

 ツクヨミにも会っていけばよかったのに」

 

 いつも通りに仕事をこなしながら肩を竦める立香。

 ツクヨミと初めて出会ったのも、あの監獄塔の中だった。

 彼女の方はエドモンが出た、と聞いて微妙な顔をしていたが。

 

 とにかく。

 エドモン・ダンテスのお陰で立香は救われた。

 それに関しては感謝しかないのだが、一体どうしてそうなったのかという疑問はある。

 

「バングレイの持つ記憶の再生能力は理解していましたが……

 彼はどうやって、先輩の記憶の中から強引に出てきたのでしょう……?」

 

 バングレイの能力ではなく、別の方法で呼び出せれば。

 そう考えつつ、マシュは小さく首を傾げた。

 

「普段は出てこないとか、出てくる時はここぞという時とか。

 割とそういうところあると思う、エドモンは」

 

 が、当の立香はそんな感じで適当に納得してしまう。

 

 何で出てきたのか、何故出てこれたのかもよく分からない。

 けれどまあ、彼自身がそういうカタチに落ち着いたのだろうと。

 疑問を受け流して、そんな感じで収めてしまった。

 

 ―――ガンマイザー。更にバングレイ。

 押し寄せてくるような敵の到来は、一応何とか退けた。

 その後、散発的にデスガリアンの侵略はある。

 が、ほぼ何もさせずに相手を完封し続けているのが現状だ。

 

 ジューマンの察知能力以上の感覚で敵の存在を把握するタケル。

 彼が即座にムゲン魂によりデスガリアンを排除。

 コンティニューしてきても、ワイルドトウサイキングが粉砕する。

 この流れから逸脱できたデスガリアンは今のところ存在しない。

 

『……それにしても凄まじい力だね、あの新しいゴーストは。

 一人の人間が持っているとは思えないエネルギー量だ。まるで―――

 いや、味方であるなら心強いことこの上ない力だけど』

 

 確かに、と。

 彼が何を口籠ったか分からないが、マシュもロマニの言葉に小さく頷いてその姿を思い出す。

 神聖さすら感じる、強大な力を有する白いゴースト。

 それまではまるで対応しようがなかったガンマイザーたち。

 そんな相手を圧倒的な力で完全に捻じ伏せてしまった。

 

 次の戦いになれば、ガンマイザーでもバングレイでも確実に勝てる。

 そう確信するにたる、絶対的な存在であった。

 

「ま、頼り切りにならない程度には頑張るとしようじゃないか。

 彼でも勝てない存在がまだまだいるかもしれないしね」

 

『天空寺タケル君はもはや神性―――仮面ライダー鎧武や、獅子王。

 そう言った超常の存在に準じる存在に至っている。

 同等の存在がそういるとは思えないけれど……』

 

 ロマニが通信先で目を細める。

 例えに神性を出したが、きっと彼の本質は真逆。

 星側の存在である神らは、いわばガイアに属するもの。

 

 逆に、人の意識が集う器のように進化した彼は―――

 

 考え込んでいたロマニの思考を遮り、ダ・ヴィンチちゃんが声を出す。

 

「ほら、メガヘクスみたいなのとかが大量に押し寄せたりさ」

 

『それは勘弁してほしいな……人理の前に物理的に星が無くなるよ。

 あり得ない、って断言できないのがホントにもう、ね』

 

「慣れだよ、ドクター」

 

 溜め息混じりに宇宙の彼方へ愚痴を言うロマニ。

 彼に対し、立香は苦笑しながらそんな事をのたまった。

 

『慣れはしたさ。常に心臓に悪い思いをしているけれど』

 

 計測機器を見る。

 星を灼く光帯も空に大分濃くなってきた。

 融合が進んでいる、と解釈するべきなのだろう。

 終わりが見えてきた、と思っていいのかもしれない。

 

「おい……次はどうすればいい」

 

 テーブルの片付けをさせられていたジャベルが戻ってきた。

 最近はもう、彼も馴染んできたような感じがする。

 一応監視にあたる武蔵は、当たり前のようにたこ焼きを食べていた。

 

 マシュが苦笑しながら、手慣れた様子で次の指示を出す。

 

「では、次はゴミの方を……」

 

『―――――』

 

 そんな彼女を見て、黙り込むロマニ。

 その様子に気付いたのだろう、調理をしつつダ・ヴィンチちゃんが笑う。

 

「ギリギリまでこの世界にいさせてあげたい、って雰囲気が漂ってきた気がするぞぅ?」

 

『―――そこまでは言わないけれどね。特異点はまだ一つ残っているわけだし。

 けれど、まあ……ただ良かった、と。そう、思うよ。

 ……あー。それでほら、今日は所長はどうしているんだい?』

 

 感情を隠すようにすぐに話を変えようとする彼。

 へぇ、とニヤニヤしつつもしょうがなく、彼女はそれに乗ってあげた。

 

「うん? ああ、何だかタイミングが合わなくて結局私リンクキューブ見に行けてないから。

 とりあえず所長に見てきてもらう事にしたんだよ」

 

『? 今日こっち任せて行けばよかったじゃないか』

 

「……んー、それはそうなんだけど。何だろうね、この感覚」

 

 片目を瞑り、考え込む様子を見せるダ・ヴィンチちゃん。

 ロマニは不思議そうに彼女の様子を窺い、首を傾げた。

 

 

 

 

「で、これがリンクキューブってわけね」

 

「おー」

 

 巨大な石のキューブを見上げ、ソウゴは感嘆する。

 リンクキューブは半壊し、川の中に転がり込んでいた。

 デスガリアンの爆撃による被害の一つだ。

 

「これが……リンクキューブ」

 

「そういえば、みっちゃんも見るのは初めてだっけ」

 

 キューブを見上げる操の後ろから、カメラを持ち出した大和が声をかける。

 そのままとりあえず一回りしつつ撮影を始める大和。

 

「……あなたたちのキューブを六個嵌めるんでしょ?

 これ、まずこっちを修理しなきゃ無理じゃないかしら」

 

「まあそう言われると……確かに」

 

 セラも改めて見てみるが、リンクキューブの破損は中々酷いもの。

 大きく割れて、キューブの中心近くまで砕けている。

 仮にこの状態で王者の資格を六つ嵌めたとして、正しく動くかは甚だ疑問だ。

 

「あー、じゃあやっぱダ・ヴィンチに頼むか?

 あとは……ほら、ラリーさんとか? 学者だし」

 

「ラリーさんは人間学者でしょ。絶対専門外だよ」

 

 レオの言葉に呆れる様子を見せるアム。

 彼らの後ろでタスクは顎に手を添え、上から下までキューブを見渡す。

 

「……どっちにしろ、直せるかどうかも仕組みを理解するところからだ。

 そのためにどういった仕組みでリンクキューブが動いているかを……」

 

「やっと見つけた!

 あーもう、だから最初っからナビィ連れてくればよかったじゃん!」

 

 ―――そうして、声を上げながら草木を掻き分け姿を現す闖入者。

 その場にいた誰もが、その声の許に視線を向けた。

 真っ先に出てくるのは、緑のジャケットを着た金髪の男。

 

「じゃあハカセがナビィの代わりに一人でガレオンに留守番する?」

 

 続く黄色い服の女―――ルカが、ハカセの肩を叩きながら前に出る。

 それは嫌だ、と露骨に表情を歪める彼。

 

「どーせあのトリ連れて来たってロクなナビはしねえさ。

 んなことより、先客がいるらしいぜ」

 

「先客も何も、どう見てもジュウオウジャーだろ」

 

「まあ、あの方たちが? ごきげんよう、ジュウオウジャーの皆様」

 

 姿を現すや腕を組んで不敵に笑う赤い服の男、マーベラス。

 そんな彼に呆れた様子で溜め息を吐く青い服の男、ジョー。

 彼らに続き出てきたピンク色のドレスの女性、アイムはこちらに向かって一礼した。

 

「ジュウオウジャーじゃないのも混じってるけど?」

 

「だろうな。ま、仮面ライダーに用はねえ。引っ込んでな」

 

 不敵な笑みに不敵な笑みを返し、ソウゴが一歩前に出る。

 それに対してマーベラスは、引き抜いた銃口をあっさりと彼に向けた。

 

「ふぅん、つまりジュウオウジャーには用があるんだ。リンクキューブだけじゃなくて」

 

 またこいつは、というオルガマリーの視線を受けながら。

 微笑んでマーベラスにそう問いかけるソウゴ。

 軽く鼻を鳴らし、彼は銃口をソウゴから外して肩に乗せた。

 

「かもな。だが通りすがりにここから先は関係ない。

 引っ掻き回す前に追い出してやるよ、仮面ライダー」

 

 銃を頭上に放り投げる。

 直後。左手に握るのは携帯電話型のツール、モバイレーツ。

 更に彼は右手に握る、赤い戦士を模ったものを半ばから畳んで鍵にする。

 

 ソウゴがドライバーの両側にウォッチを装填。

 そのまま腰に装着し、即座にロックを外して回転させた。

 

「ゴーカイチェンジ!」

 

「変身!」

 

 鍵を差して捻れば開く、モバイレーツの上部。

 展開されるのはカットラスと鍵穴で描かれる、宇宙海賊の海賊旗(ジョリーロジャー)

 現れるのは、黒いアンダースーツに赤いジャケット。

 ジョリーロジャーを額につけた赤いマスクが、マーベラスの顔を覆い隠す。

 

 周囲に広がっていく無数のヴィジョン。

 九つの光となって一度散らばった姿が、ソウゴを中心に重なっていく。

 やがて一つになり、完成するのはマゼンタのアーマー。

 インディケーターにディケイドと文字を浮かべ、彼はその手に剣を握る。

 

 カットラス―――ゴーカイサーベルを手に、ゴーカイレッドが奔る。

 対して振り上げられる、ライドヘイセイバー。

 互いの刃げ激突し、火花を散らし、そうして突き合わされた二つのマスク。

 その中で、マーベラスが小さく笑う。

 

〈ゴーカイジャー!〉

〈カメンライド! ディケイド!!〉

 

 鍔迫り合いで剣を制しつつ、ゴーカイレッドが落ちてきたゴーカイガンを掴む。

 すぐさま体を捻ろうとしたジオウに対し、流れるように銃口を押し付け接射。

 火花を散らし、大きく押しやられたジオウ。

 

 それを見送り、マーベラスが剣を手にしたまま赤いジャケットの襟を弾く。

 ―――そんな彼の背後。

 四つの影が同じように、それぞれの色のジャケットを纏った戦士に変わっていた。

 

「さあ―――派手に行くぜっ!」

 

 四人の海賊の先頭に立ち、赤い戦士が声を挙げる。

 その船長の声に応じるように、海賊たちが一気に侵攻を開始した。

 

 

 




 
全ライダーVS全戦隊 ついに大激突!
 


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栄光!40ヒーローズスピリッツ!2016

 

 

 

 宝箱を両手で抱えながら、銀のジャケットを羽織った青年が山道を走る。

 借りて回るのに随分かかったが、何とか使命は果たした。

 後はスーパー戦隊の先輩として、後輩の戦隊に色々と教える。

 それで目的は達成され――――

 

 そんなことを考えていた彼の頭上を二つの赤い影が飛び越えていく。

 

「え?」

 

 思わず見上げれば、炎を思わせるマスクとマントの戦士。

 そして、六枚の翼を広げて空を行く赤い装甲の戦士。

 

 それはよく見知った姿で……

 彼はすぐさま抱えていた宝箱を開けて、中身を確認した。

 中身をかき回して探すのはマジレッドの―――

 

「……レンジャーキーがない。勝手に始めてるー!?

 っていうか、え、なんで? なんで戦ってるんですか?

 今回は全然そんな話じゃなかったはずですよね、マーベラスさーん!?」

 

 慟哭に近い声を上げる男。

 そんな彼の言葉に対し、戦闘する二人は一切意識を向けない。

 

 地上からの叫び声が届かぬ上空で、炎の翼が互いに加速した。

 

「マジ・マジ・マジカ! レッドファイヤーフェニックス!」

 

 燃え盛る魔法使い。

 マジレッドへと変わったゴーカイレッドが更に火力を増幅した。

 炎が形作った鳥が大きく羽搏き、ジオウへと殺到する。

 

〈オ・オ・オ・オーズ! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

「セイヤァアアア―――ッ!」

 

 オーズフォームへと変わったディケイドアーマーもまた炎に燃える。

 足を猛禽の鉤爪へと変形し、三対六枚の赤い翼が羽搏いた。

 

 空を舞う二体の火の鳥が正面から激突。

 その場に大規模な火柱を屹立する。

 

 跳ね返ってくる衝撃に弾き飛ばされ、吹き飛んでいく二人。

 互いに受けたそれぞれの攻撃の威力。

 それを浴びて、追加変身していた形態が揃って解除された。

 

「やるな! いつぞやを思い出すぜ」

 

「思い出すって、ディケイドのこと?」

 

 赤の魔法使いから再び海賊の姿に戻り、落下を始めるゴーカイレッド。

 同じく炎の鳥の翼を失ったジオウもまた、同じく落下していく。

 

「さぁな? ディケイドかオーズか、もしかしたらフォーゼやメテオかもな!」

 

「――――!」

 

 言い返し、彼はゴーカイバックルを押し込んだ。

 くるりと回り、バックル内部からレンジャーキーが現れる。

 新たに現れた赤いキーを引っ掴み、ゴーカイレッドはモバイレーツを構えた。

 

「ゴーカイチェンジ!」

 

〈アバレンジャー!〉

〈ファイナルフォームタイム! ダ・ダ・ダ・ダブル!〉

 

 それに続くようにディケイドウォッチにダブルウォッチを装填。

 

 赤い恐竜と化したゴーカイレッドが着地と同時に疾走。

 白と黒の牙獣と変わったジオウもそれに対抗する。

 

 ジオウが白い右腕を大きく振るう。

 その手首から伸びている牙のような刃。

 対し、赤い恐竜は腕のヒレを刃にしてみせた。

 

 互いが腕から生えたもので斬撃を繰りだし、衝突させる。

 二度、三度、四度、と。

 何度か刃を打ち合わせたところで、マーベラスが体勢を低くする。

 踏み出したのは、腰に組み付くような低いタックル。

 

 それを撃墜しようと膝を振り上げるジオウ。

 ―――迫りくる足を、しかしアバレッドは掴み取った。

 

「……っ!」

 

「そら、よ―――ッ!」

 

 まるで尾を振り回すように、掴んだジオウを思い切り振り上げる。

 そのままスイングしながら手放して、すっ飛んでいく彼を見送り―――

 

「本能、覚醒―――ッ!」

 

 飛んできたジオウの手元に、伸ばされたイーグライザーが飛び込んでくる。

 彼がそれを掴むと同時、全力で回転を始めるジュウオウゴリラ。

 掴まったジオウごと、イーグライザーをハンマー投げの如く振り回す。

 

「ソウゴ―――! 行っ、くぞォ――――!!」

 

 一際大きくゴリラの腕に力が籠る。

 更なる加速を得ながら、ジオウの姿が別物へと変わっていく。

 

〈ファイナルフォームタイム! フォ・フォ・フォ・フォーゼ!〉

 

 フォーゼフォームへと変わり、彼の体が磁力に覆われる。

 超常的なエネルギーに覆われた砲弾と化したジオウ。

 彼がそのままジュウオウゴリラに振り回されるまま、止め処なく加速していく。

 

「ゴリラパワー……! スイング、バァ――――イッ!!」

 

「―――ゴーカイチェンジ!」

 

 ジオウという砲丸を振り回すジュウオウゴリラ。

 それはもはや竜巻を起こし、触れただけで全てを粉砕する嵐だ。

 そんな壁を目の前にして、マーベラスが新たなレンジャーキーを解き放つ。

 

〈ボウケンジャー!〉

 

「ボウケンボー!」

 

 白と赤のスーツの戦士に変わったゴーカイレッド。

 彼は巨大なマジックハンドのような武装を手にし、腰を落とす。

 

 瞬間、マーベラスの目の前で大和が剣から手を放した。

 撃ち出される砲弾、ディケイドアーマーフォーゼフォーム。

 超磁力の塊に攻め込まれ、彼は即座にボウケンボーを突き出していた。

 

「超電磁宇宙―――! ロケットゴリラボンバ――――ッ!!」

 

 最高速で撃ち出されたジオウが、マジックハンドのアームに激突。

 衝撃を支え切れずに押し込まれ始めるマーベラス。

 舌打ちしつつ、何とかボウケンボーを抱えて踏み止まろうとする彼に―――

 

「オォオオオ―――ッ!!」

 

 ジオウの後ろから、更にショルダータックルで押し込みにかかるジュウオウゴリラ。

 追加で増した、圧倒的な過重。

 それを抑え込み切れず、そのままボウケンレッドの足が浮いた。

 

「く……っ!」

 

 吹き飛ばされていくマーベラス。

 その姿を見送りながら、ジュウオウゴリラが横に立つジオウを見た。

 

「その……いちいちゴリラって名前に付ける意味ある?」

 

「せっかくだし?」

 

 まあいいけど、と。

 

 そんなことより、何がどうして彼と戦闘することになっているのか。

 それを問い質すために、大和は吹き飛んだマーベラスの方へ歩き出す。

 

 ソウゴとマーベラスの戦闘を追い、リンクキューブからは大分離れてしまった。

 もしかしたらあちらでも残りのメンバーが戦闘を―――

 

 ちらりとそんな事を考えていた大和の前で、突如。

 炎と雷が暴れ出した。

 

「ッ!?」

 

 暗くなる空。

 その空から雷撃が降り注ぎ、地上からは炎が噴き上がる。

 

「天火星! 稲妻炎上破――――!!」

 

〈ダイレンジャー!〉

 

 吹き飛ばされた先で、龍を模したマスクに変わったゴーカイレッド。

 彼の動きに合わせて天地から噴き出す炎雷の渦。

 その熱に足を止めたイーグルの前で、リュウレンジャーの腕が円を描く。

 

 腰を落として突き出された赤い戦士の掌。

 そこから溢れ出した業火が、一気に雪崩れ込んできた。

 

〈ファイナルフォームタイム! ウィ・ウィ・ウィ・ウィザ-ド!〉

 

 大和の背後で同じように竜の怒りが巻き上がる。

 龍の気力が生み出す雷撃と炎波を塞き止めるのは、同じように暴れる竜の魔力。

 炎と雷を従えて、ウィザードフォームが飛び立った。

 

「本能覚醒! 野性、解放―――ッ!!」

 

 ジオウが相殺するゴーカイレッドの攻撃。

 それを潜り抜けて迫るため、ジュウオウイーグルもまた飛び立つ。

 互いに激突して引き裂かれる炎と雷が、雨のように周囲に飛散する。

 

 そんな嵐を突き抜けて迫りくる二人の姿を見て。

 マーベラスはマスクの下で、小さく唇を歪めた。

 

 

 

 

「ゴーカイチェンジ!」

 

〈ギンガマン!〉

 

 ゴーカイブルー、ジョーのマスクがゴリラを思わせる青いものに変わる。

 右腕に握るのは直剣、星獣剣。

 その状態で左腕は腰の後ろに回し、彼はシャークに対峙した。

 

「この……!」

 

 ジュウオウバスターを手に踏み込むジュウオウシャーク。

 待ち受け、捌き切るギンガブルー。

 鋼を打ち合わせる甲高い音と火花を散らし、セラが小さく舌打ちする。

 

 刃を三度だけ交差させて。

 彼女は苦渋の声を上げながら、背後へと大きく跳び退った。

 

 追わずにそれを見送り、ジョーは右手の剣を構え直す。

 

 交わして理解する、突出した剣の腕。

 そもそもがジューマンである彼女は、戦いは武器より己が身一つの格闘こそ得手だ。

 明らかに剣での戦いを研鑽してきたろう目の前の相手に、剣での戦いは早々に捨てる。

 

「剣では不利、か……!」

 

「剣だけか?」

 

 そこで挑発するように、星獣剣の切っ先を揺らすジョー。

 言われた彼女は即座にジュウオウバスターを放り捨て、背中に鮫のヒレを出現させる。

 その状態で鼻を鳴らし、大きく踏み切った。

 

「言ってくれるじゃない、野性解放―――!」

 

 鮫の背ビレを刃と変え、己の身を高速回転させるジュウオウシャーク。

 彼女は回転鋸染みたものになり、一気に相手へと突撃する。

 

 それを前にしながら、ジョーは両の掌を重ねて突き出してみせた。

 

「流水の鼓動!」

 

 その名と共に、重ねた掌から瀑布が迸る。

 溢れ出す水の壁はしかし、当然ジュウオウシャークを止めるには足りない。

 むしろ水を得て更に加速した彼女がゴーカイブルーを目掛け―――

 

 彼が直前までいたはずの場所を擦り抜けた。

 

「!?」

 

 水流で一瞬視界が塞がった。

 ほんの少しのその瞬間に彼は姿を消し―――

 イルカの如き動きをもって、自分の放った水流に乗って舞い上がっていた。

 

〈ライブマン!〉

 

「ドルフィンアロー!」

 

 イルカの顔らしきマスクに変わり、シャークの頭上を取るブルー。

 その手の中に握られているのは白い弓。

 放たれる光の矢は、彼女の頭上から雨のように降り注いだ。

 

「くぁ……っ!?」

 

 背ビレだけでは弾き切れず撃墜されるシャーク。

 地面に落ちて泥の中に沈む彼女を見送り、ブルードルフィンも着地した。

 

「セラ!」

 

 その様子に視線を向けたレオが走り出そうとして、

 

「ゴーカイチェンジ! レッツ、モーフィン!」

 

 黄色と銀色のバスタースーツを纏い、左手のブレスを起動。

 ゴーグルを装着したルカが、ジュウオウライオンの前に跳び込んだ。

 兎の跳躍で割り込んだ彼女はレオに向き直り、腰に手を当てる。

 

「あんたの相手はあ・た・し!」

 

「っだぁああッ! 女相手に本気出せっか!」

 

 手足四本を使い、四足獣らしい疾走形態に入るレオ。

 兎を狩る事を拒否する獅子。

 見せる対応は、彼女を相手せずに抜き去ることを目的とした疾走。

 

「なにそれ、今時そういうの流行らないでしょ。

 っていうか、本気出せれば勝てるって思われてるわけ?」

 

 そんな態度に対してルカは失笑。

 大きく踏切り、彼の頭上へと跳び込んでみせた。

 

「うぉ……ッ!?」

 

 獅子を踏み付ける兎の足。

 背中から押し込まれ、地面へと圧し潰されるジュウオウライオン。

 そのまま背後から連続で蹴りつけたイエローバスターが、更に大きく跳んだ。

 

 空中に舞い上がったイエローが、バックルから新たなキーを取り出す。

 

「女子供とは戦わない主義ならどうぞご勝手に!

 あたしがあんたを見逃す理由にはならないけど! ゴーカイチェンジ!」

 

〈トッキュウジャー!〉

 

 黄色いスーツの上に線路が引かれ、新たな姿へ変貌する。

 彼女の手の中には赤と青のランプがついた鉄槌。

 それを思い切り横に振り上げながら、トッキュウ3号はライオン目掛け殺到した。

 

「シンゴウハンマー!」

 

「ぬが……ッ!?」

 

 横合いから腑抜けの獅子をぶん殴る鉄槌の一撃。

 その直撃を受け、ジュウオウライオンが吹き飛ばされて転がる。

 近くまで転がってきた彼の頭を泥の中に押し付けながら、セラが体を起こした。

 

「バカ! 何やってるのよ、あんた!」

 

「いや……っ、ほら、だってよぉ……!」

 

 泥の中でじたばたと足掻く二人。

 

 そんな彼らを見ながら、タスクはマスクの下で頬を引き攣らせる。

 

「何をやっているんだ、あの二人は……!」

 

「ゴーカイチェンジ!」

 

〈オーレンジャー!〉

 

 目を逸らした瞬間、彼が相手をしていたゴーカイグリーンが変わる。

 頭部を覆うのは、形状が長方形になっているゴーグルのマスク。

 

「よっし、ドンと行くよ!」

 

 エレファントの前で両の拳を握り締め―――

 ボクシングのようなフォームから、彼はその場で軽くシャドーを決めた。

 足運びもまたボクシングのそれに違いなく、オーグリーンはタスクへ迫る。

 

「く……っ!」

 

 ジュウオウエレファントの腕がぐるりと。

 鼻を振り上げる象のように、迫りくるゴーカイグリーンを薙ぎ払う。

 だがそれをスウェーバックし躱し、軽快なフットワークが彼我の距離を詰め切った。

 

 躱し、躱し、躱し、躱し、ジャブを刺す。

 反撃をすぐさま躱し、躱し、躱し、踏み込み―――やっぱ止めて。

 躱し、躱し、ちょっと休んで、一気に踏み込みストレート。

 

 小刻みに削ってくる相手に、タスクが体を震わせる。

 

「う、鬱陶しい……! どこがドンと、だ……!」

 

 捉えきれない動きは脅威で。

 されど余りにも腰が引けていて、鬱陶しい止まりだ。

 

 確かに数度直撃を貰った。

 だがダメージは大きくない。これでは泥仕合だ。

 そんな悠長なことをしている気はないエレファントが、苛立ちながらそう呟く。

 

 タスクにそんなことを言われ、ハカセが足を止めた。

 

「そういうこと言う!? じゃあいいよ、デカいの一発ドーンと……!」

 

 ぐるぐると腕を大きく回しながら、グリーンがエレファントに向き直る。

 力を溜め込むようなその動作の直後。

 

 ―――踏み切るゴーカイグリーン。

 それに合わせるように、ジュウオウエレファントは足を振り上げた。

 

「野性解放――――ッ!」

 

「おわっ!?」

 

 振り下ろされるのは象の足。

 踏み付けられた地上が大きく震動し、相手のフットワークを崩壊させる。

 続けて、完全に体勢を崩したハカセの足元からエネルギーが噴き出した。

 

 彼はそのまま思い切り空へと打ち上げられる。

 

 空にあってハカセはゴーカイバックルを動かし、新たなレンジャーキーを呼び寄せた。

 それをモバイレーツへと突き刺し回せば、彼は次の姿へと変貌する。

 

「だったら、こっちもヘビー級! ゴーカイチェンジ!」

 

〈ジュウレンジャー!〉

 

 緑であったゴーカイグリーンが黒く変わった。

 マンモスを思わせる黒いマスクが、巨大な戦斧を手に落ちてくる。

 振り上げられる刃を前にタスクは小さく息を呑んだ。

 

「モスブレイカー!」

 

「っ、はぁああああ―――ッ!」

 

 振り下ろされる大戦斧と振り上げられる巨大な脚。

 マンモスレンジャーとジュウオウエレファント。

 二頭の巨象が力をぶつけ合い、その場で衝撃が弾けた。

 

 爆発でも巻き起こったかのような衝撃波。

 その威力に近くにいたアムが足を止め、踏み止まる。

 そんな彼女の対面で、ゴーカイピンクがキーを取り出す。

 

「ゴーカイチェンジ!」

 

〈ゴーグルファイブ!〉

 

 桃色の戦士が姿を変えた。

 白いマフラーを靡かせる、同じ色でも違う姿へと。

 彼女の手の中に現れるのは、新体操ででも使いそうな長いリボン。

 

「ピンクリボン! リボンシャワー!」

 

 掛け声と共に腕を振り抜き、奔る桃色のリボン。

 ひらりと風に乗って舞う桃色のヒモ。

 その外見には全く見合わず、それは相当な威力でもってアムを襲撃した。

 

「っ……!」

 

 ジュウオウバスターで対応し、しかし捉えきれず弾かれる。

 手の中から飛ばされる剣を追う暇もなく、彼女は両腕を振り上げた。

 

「野性解放―――ッ!」

 

 冷気を伴う白虎の爪。

 その威風に凍え、波打つ動作が硬くなる。

 しなやかさを失ったリボンを殴り飛ばし、ジュウオウタイガーが一気に跳んだ。

 踏み切った彼女は吹雪のようにゴーグルピンクに迫り―――

 

「ではこちらも爪には爪を。ゴーカイチェンジ!」

 

〈ガオレンジャー!〉

 

 ゴーカイピンクが白く変わる。

 被るマスクはジュウオウタイガーとよく似た形状―――白い虎のもの。

 ガオホワイトとジュウオウタイガーが同時に爪を振るい、激突させる。

 

 吹雪の中に火花が散り、至近距離で絡み合った。

 

 ―――水が飛沫き、雷が轟き、大地が揺れて、冷気が吹雪く。

 

 そんな戦場を後ろから見ながら、オルガマリーが顔を顰める。

 

 同時に、ジュウオウザワールドが木に寄りかかった。

 そのまま木肌をずるずると滑り、へたりこむ操。

 彼はいつものようにそのまま体育座りの姿勢に入ってしまう。

 

「……俺だけ色が、余ってる……」

 

「……さっきまで緑だった人が今は黒いけど」

 

 黒い犀のマスクを見ながら、ツクヨミが呟く。

 緑の戦士として登場した一人が、今は黒い戦士になって戦っている。

 黒と金と銀の戦士であるザワールドは、一応余ってはいない―――かもしれない。

 

 そもそも色が余っているから何なのか、という話なのだが。

 操だからこうなった、としか言えない。慣れである。

 

 そんなことは置いといて、ツクヨミはオルガマリーを見る。

 相手はアランを助けてくれた存在だ。

 何かあるとは思っていたが、こうまで突然攻撃されるとは思っていなかった。

 

 彼女は振り返り、リンクキューブを見る。

 先の会話ではジュウオウジャーとリンクキューブに用があるような様子だった。

 一体何を―――と。

 

「あれは……?」

 

 半壊した石造りのリンクキューブ。

 砕けて内部が覗いたその中心辺りに、何か光るものが見える。

 即座に意を決し、彼女は川の中へと踏み込み走った。

 

 後からついてくるツクヨミの目の前で、オルガマリーはリンクキューブに手を突っ込む。

 

「あ、ちょっと。先越されちゃうじゃん!」

 

 その様子を目にして、ルカが間抜けに声を上げる。

 彼女の隣で仕方なさそうにドルフィンアローを構えるジョー。

 だが直後。その二人の前で泥ごと渦潮が舞い上がった。

 

「オラァッ!!」

 

 水と共に迸る雷撃。

 雷を帯びた水流が周囲に飛散し、二人纏めて押し流す。

 

 痺れさせると同時に溺れさせる鉄砲水。

 それに呑まれる直前のルカの言葉を聞き、ツクヨミが眉を顰める。

 

「所長さん、それ……!」

 

「なんかあるわよ、これが……狙い!?」

 

 砕けた石を撒き散らしながら引っこ抜かれるリンクキューブの中心。

 

 ―――それを横目に見たタスクが絶句する。

 出てきたのは宝石のような輝きを持つキューブ状の物体。

 

「王者の資格……!? しかもデカい―――!」

 

 今の彼らが所持しているジュウオウジャーの力の源、ジュウオウチェンジャー。

 それが今の形状に変わる前の王者の資格。

 オルガマリーが引っこ抜いたものは、正しく王者の資格に相違なかった。

 

 ただしサイズ感がまったく違う。

 タスクらが知っている王者の資格は手の中に納まるサイズだ。

 だが今出てきたものは、脇に抱えなくてはならないような巨大さ。

 

 それを両手を抱えたオルガマリーが、どうしたものかと眉を上げる。

 

「これが狙いなら、とりあえずこれを持って撤退を―――」

 

 こちらにはまだマシュやゴーストたちという戦力がいる。

 もう気付いてこちらに向かっているかもしれないが。

 現状では互角程度でも、合流できれば一気にひっくり返せるだろう。

 

 とにかく相手を制圧して、話を聞きだすことが優先だ。

 そうして一度山から退こうとした彼女に―――

 

「悪ぃがそうはさせねぇよ!」

 

〈カーレンジャー!〉

 

 瞬間、赤い影がオルガマリーの前へと割り込む。

 車のフロントのようなマスクを被った戦士。

 彼は高速の疾走でその場に駆け付け、オルガマリーの持つ物体に手を伸ばし―――

 

〈ファイナルフォームタイム! ド・ド・ド・ドライブ!〉

 

 横合いから激突され、そのまま大きく吹き飛ばされた。

 ブレーキングで泥を跳ね飛ばしながら、ジオウが一気に減速する。

 地面に転がった相手を目で追い、彼は息を切らしながら問いかけた。

 

「今度はカーレンジャーっていうんだ……赤いからカーレッド?」

 

「はっ、さあな! バイブレード! フェンダーソード!」

 

 起き上がりつつ、レッドレーサーがその両手に直剣を呼び出す。

 機関を内蔵した剣に、持ち手が覆われた剣。

 その二刀を構えて激走する相手を前に、ジオウがギレードとヘイセイバーを抜く。

 

 互いに高速機動から繰り出す双剣の乱舞。

 足元から盛大なスリップ音を鳴らしながら、双方の剣が鍔迫り合いに持ち込まれる。

 

 ―――その隙に、空から差し向けられるイーグライザー。

 伸ばされた蛇腹剣はマーベラスに巻き付くような軌道を描く。

 拘束するための剣筋を見て、彼はすぐに剣を手放し大きくスウェーバックした。

 

 ジオウに弾かれ吹き飛んでいく双剣。

 その状況でゴーカイレッドはゴーカイバックルを押し、中からレンジャーキーを出す。

 

「ゴーカイチェンジ!」

 

 彼がモバイレーツにレンジャーキーを突き刺し回し。

 その次の瞬間、イーグライザーがレッドレーサーの姿を包み込んだ。

 刃金の鞭が絡み付き、マーベラスを締め付けて―――

 

「えっ……!?」

 

 大和がその手応えの無さに驚愕した。

 イーグライザーが締め付けていたいたのはゴーカイレッドではない。

 彼が残していったと思われる、一着の赤いスーツだけ。

 

〈ハリケンジャー!〉

 

「超忍法・空駆け!」

 

 消えたゴーカイレッドがハリケンレッドと変わり、ジュウオウイーグルの背後を取った。

 空を駆ける隼の如き赤い忍が、忍者刀シノビマルを背中から引き抜く。

 

 途端に、イーグルが飛ぶ空中の光景が障子戸に鎖される。

 色もなく、障子越しに映る影の中で忍が舞った。

 

「超忍法・影の舞!」

 

 影のみの世界の中で、マーベラスが大和をすれ違いざまに切り裂く。

 障子戸が引かれて消えて、イーグルが火花と共に失墜する。

 

「ぐ、あ……!」

 

 ゴーカイレッドは空中で体勢を立て直そうとする彼に追撃を仕掛け―――

 しかし途中で空を駆ける動きを止め、眼下のジオウを見下ろした。

 

〈フィニッシュタイム! ディケイド!〉

 

 剣を放り捨て、ベルトに手をかけて回転させるソウゴ。

 ライドウォッチ内部のエネルギーが解放され、最大の一撃を放つための輝きをを発する。

 

 ディケイドアーマーからハリケンレッドまでを繋ぐように、展開される無数のカード。

 エネルギーで形勢されたその巨大なカードは、必殺の一撃のための道標。

 回避されてもカードで軌道を操作すれば追えるだろう。

 

 足裏に力を集束し、ジオウが飛び込むために腰を低く落とす。

 

「面白れぇ! ゴーカイチェンジ!」

 

 その必殺の前兆を確かめて、マーベラスが大きく肩を回す。

 直後に空に足を置くことを止め、ゴーカイレッドはジオウに向け飛び込んだ。

 

 手にしたキーでモバイレーツを起動。

 マスクを炎上させて、“火”と文字が描かれた顔に変わる。

 

〈シンケンジャー!〉

 

「烈火大斬刀! 百火繚乱!!」

 

「だぁあああ――――ッ!!」

 

〈アタック! タイムブレーク!!〉

 

 体を大きく捻り上げ、振り上げるのは身の丈を超える赤い大刀。

 マーベラスはそのまま、カード越しに見える相手に炎上する刃を向けた。

 カードのヴィジョンを通りながら、加速するジオウ。

 

 蹴撃と斬撃が正面から激突し、放出された熱量が周囲を焼き払う。

 振り下ろすシンケンレッドと、蹴り上げるディケイドアーマー。

 その体勢から競り勝つのは、火の剣士。

 

 全力で振り抜いた刃が、ジオウを眼下へと叩き落とす。

 

「おっと……!」

 

 ―――そうして振り抜いた剣に絡みつく、イーグライザーの刃。

 ジオウを叩き落とした直後。

 大刀を制しつつ、横合いから回転突撃しにくるのはジュウオウイーグル。

 その直撃を受けて、ゴーカイレッドもまた地面に叩き落とされた。

 

 泥水を跳ね除け、青と黄の海賊が戻ってくる。

 何度か相手と交錯し、弾かれたように緑と桃の海賊が跳んでくる。

 そんな彼らの目の前に、撃墜された赤の船長が落ちてくる。

 

 変わっていた姿からは、既に元に戻っていた。

 全員揃って、ジョリー・ロジャーを示した海賊の衣装。

 ゴーカイジャーの姿に戻り、彼らは再び地上に集結した。

 

 首を回しながら、倒れた体をゆるりと起こす。

 汚れたジャケットを軽く叩き、マーベラスは不敵に鼻を鳴らした。

 

「やるじゃねえか。もう少し簡単に手に入ると思ってたがな」

 

「……何故、リンクキューブの王者の資格を狙う!

 君たちの目的は一体なんなんだ!」

 

 同じく揃ったジュウオウジャーの中で、タスクが真っ先に声を上げた。

 

「海賊がお宝を前に、わざわざ狙う理由なんて必要あるか?

 お宝を見過ごしてのこのこ帰る事があるとすれば、それは……

 狙わない理由があった時だけだぜ!」

 

 ゴーカイレッドが銃を上げる。

 すぐさま身構えるジュウオウジャーとジオウ。

 

 そしてそんな彼らの間に割り込む、宝箱を抱えた一人の男。

 

「待ってください! ちょっと待ってください!

 なんで皆さんが戦ってるんですか!? 同じスーパー戦隊じゃないですか!」

 

 彼は間に割り込むと同時、マーベラスにそう叫ぶ。

 割り込まれたゴーカイレッドが、仕方なさそうに銃口を上げる。

 そんな彼の後ろで、ゴーカイブルーが肩を竦めた。

 

「……ライダーも混じってるけどな」

 

「遅かったな、鎧」

 

 彼が持っていた宝箱を見て、腰のバックルを軽く叩くマーベラス。

 

「俺一人で滅茶苦茶頑張りましたよ!?

 トッキュウジャーさんとか探し出して! それで土下座してきました!」

 

 そう叫び、宝箱をバンバンと叩く鎧と呼ばれた彼。

 

「土下座してレンジャーキー貸して貰ったんだ……」

 

「海賊としてどーなの、それ」

 

「海賊らしくはないですが……鎧さんらしいです」

 

 褒められているのか貶されているのか。

 アイムの言葉に顔を引き攣らせる。

 そんな顔をしつつも、彼は両手で背後のジュウオウジャーを示した。

 

「ジュウオウジャーさんは栄えある40番目のスーパー戦隊!

 俺たちの後輩じゃないですか! 俺たちがそうして貰ったように!

 先達のスーパー戦隊として! 彼らに道を示すことこそが……!」

 

「別に俺たちは道なんざ示されるまでもなく、俺たちがやりたいようにやっただけだがな」

 

「ほらマーベラスさんそういうこと言う! そういうこと言う!」

 

 ぎゃーぎゃーと言い合いを始める六人。

 厳密には新たに登場した彼が喚いているだけではあるが。

 

「……で。そのスーパー戦隊だのなんだの、何なのよ」

 

 心底疲れたようなオルガマリーの言葉。

 それを耳に入れた瞬間、マーベラスたちと言い合ってた鎧がぐるりと振り向く。

 

「気になります? 気になっちゃいます?

 では35番目のスーパー戦隊であるゴーカイジャーのゴォオオオカイシルバァーッ!

 不肖この伊狩鎧が! スーパー戦隊とは何なのか、説明させて頂きます!!」

 

 大和たちもその光景に顔を見合わせて、オルガマリーは眉間に指を当てた。

 

 そんな中でジオウが小さく顔を他所へと向ける。

 彼の視線を追うようにツクヨミが顔を動かし―――その先に、人影を見た。

 彼は足場が泥だらけなのを厭いながら、真っ白い服でこの場に歩いてくる。

 手には大きく膨らんだビニール袋。

 

「白ウォズ……?」

 

「やあ。この前ぶりだね、ツクヨミくん。

 これから彼らの話を聞くんだろう? 長い話になるだろうから、差し入れだよ」

 

 こちらに向かって歩いてきながら、彼はくいくいとビニール袋を小さく揺らす。

 ついこの前も敵として立ちはだかっておきながらこの様子。

 顔を顰めるツクヨミだが、ソウゴはそれには何も言わない。

 

 ふと気付いたように、ゴーカイレッドがその袋へ視線を送る。

 

「この匂い……」

 

「ご明察。これはカレーだよ、君たちの分もあるけれど?」

 

 目の前で揺らされるビニール袋。

 確かにそこからかなり良い匂いが香ってはくる。

 そちらに顔を向けている船長に対し、まさかだろ? という視線を向けるゴーカイブルー。

 

 だが彼はさっさと変身を解除し、そちらに向け歩き出した。

 楽しげな様子で口を開くマーベラス。

 

「どうやら……そのお宝を今、狙わない理由は出来ちまったみたいだな」

 

 嬉々として白ウォズに向かって行くマーベラス。

 ジョーは溜め息を吐きながら、顔を手で覆う。

 

「前食いに行ってただろ……」

 

「バングレイのせいで食い足りなかったんだよ」

 

 結局何なんだこいつら、という視線を浴びるゴーカイジャー。

 

 そんな視線を浴びせられる彼らもまた呆れながら顔を見合わせる。

 そうして四人揃って肩を竦めながら、仕方なく船長に従った。

 

 

 




 
天空寺龍をジョーが見てたらどういう反応したんでしょうね。

ゴーカイチェンジとかいうジオウやディケイドの200倍くらい戦闘内容考えるのが難しい能力。
この能力を5(6)人は無理ですわ。
ゴーカイ以外へのゴーカイチェンジは多分あと二回くらいしかやらんな。
鎧はまだなんもゴーカイチェンジしてないが……ままええわ。
 


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浮上!ドデカい王者!2016

 

 

 

「つまり! スーパー戦隊とは今まで何度も地球の危機を救ってきたヒーローなんです!!」

 

 鎧がそう言って話を締め括る。

 彼が長々と話してくれた内容は、頭の隅に追い出しておく。

 必要だった情報は、ただ一つ。

 スーパー戦隊とは、今まで地球規模の事件を何度も解決してきた存在、という事実だけだ。

 

 つまりは更に別口。

 彼女の知る歴史に含まれるはずもなく、恐らく仮面ライダーとも離れている。

 そんな別の歴史が更に混じり込んでいた、ということだ。

 2016年のジュウオウジャー以前にもそういう事態があったなら、そういうことになる。

 

 まあ何となく分かっていた、と。

 オルガマリーは遠い目をして木々の葉に覆われた空を見上げた。

 

「話は終わったか? じゃあ続きと行くか」

 

 マーベラスがそう言って立ち上がる。

 彼の足元にはカレーの容器が転がっていた。

 その数は一つどころじゃない。

 

 延々話をしている鎧の分。

 更に大人しくしてもらうためにオルガマリーも彼に譲った。

 それだけではなく、ツクヨミとタスクとアムと操。

 自分の分に加えて、更に六人前を彼は一人で完食している。

 

「食いすぎだろ、お前……」

 

「確かに凄い美味しかったけどねぇ」

 

 呆れるジョーに、気持ちは分からんでもないと首を横に振るルカ。

 ハカセがゴミを纏めるために容器を袋の中に入れながら呟く。

 

「地球で食べたカレーの中で一番美味しかったかも。どこのお店のだろ」

 

 そう言って、これを持ってきた相手にちらりと視線を向ける。

 自分に送られる視線に対して、白ウォズは木に寄り掛かったまま肩を竦めた。

 ハカセの言葉に少し驚いた様子を見せる鎧。

 

「ドンさんがそんなに言うほどなんて、俺も食べれば良かった……」

 

 マーベラスの足元に転がっている空の容器を見て、惜しげに呟く鎧。

 

 そんな彼らの様子に珍妙な顔を浮かべるソウゴ。

 口にするべき情報か少しだけ彼は悩み―――

 しかし大人しく黙り込み、とりあえず流れを見守ることにした。

 

 そんな中、地面に置いたレジャーシートから一気に立ち上がるレオ。

 

「そういう連中がいる、ってのはよく分かった!

 けどお前らがリンクキューブを狙う理由になってねえだろ!」

 

「言っただろ。理由があるとすれば、それは俺たちが海賊だからだ。

 狙う理由はなくても、お宝を前にしたら狙わない理由の方がないってわけだ」

 

 言いながらオルガマリーの方へ歩いてくるマーベラス。

 その目的が、彼女が横に置いている大きな王者の資格なのは明白だ。

 すぐに立ち上がり、大和はその前に立ち塞がった。

 

 目を細め、マーベラスが大和と睨み合う。

 

「なんだ、退け」

 

「退きません。あれはジューマンであるみんなにとって大切なものです。

 この世界とジューランドを繋いでくれる、大事な鍵なんだ。戦いが終わったあと、自分たちの居場所にみんなが帰るためには必要なもの。だから……!」

 

「知るか」

 

 横を抜け、そのまま進もうとするマーベラス。

 彼の肩を掴んで止める大和の腕。

 鬱陶しそうに払おうとするが、それでも彼の腕は離れない。

 

「―――絶対に渡せない」

 

 マーベラスの視線が大和に向く。

 一触即発の空気に、後ろで見ている鎧があわあわと体を揺らす。

 

 その隙に、レオが立ち上がって一気に走った。

 オルガマリーの横にあった王者の資格を拾い上げる彼の腕。

 

「当たり前だろ。これは元から俺たちジューマンの物だ!

 それを奪おうっていうなら、スーパー戦隊だかなんだか知らねぇが……!」

 

 ―――瞬間。

 レオが手にした王者の資格。その表面が罅割れた。

 まるで初めて王者の資格を手にして、ジュウオウチェンジャーに変わった時のように。

 

「うぉおおっ!?」

 

 驚愕に叫ぶレオ。

 彼の手の中で表面が割れ落ちていく。

 

 姿を現すのは先程までとは全く違う形状。

 巨大な金色のキューブに赤い持ち手がついたような。

 突然の変形を前にして、レオが唖然とする。

 

「変わった!?」

 

 その光景を見てマーベラスが目を細め。

 そんな彼を見たソウゴもまた、小さく目を細めて周囲を窺った。

 

 巨大キューブの先端から、光が溢れる。

 投射されるその光は、彼らの前で立体映像を作り出した。

 浮かび上がるのは、クジラのジューマンらしき人物。

 

「なんだ、立体映像……?」

 

『初めまして。私の名はケタス……君たちの遠い先祖にあたるジューマンです』

 

 ケタスと名乗ったクジラのジューマン。

 その自己紹介に対して顔を見合わせるセラとアム。

 

 軽く息を吐いて、マーベラスが一歩下がる。

 そんな彼の脇腹を、前に出てきたルカが肘で突いてみせた。

 鬱陶しそうに彼女の腕を払う彼。

 

「僕たちの先祖……リンクキューブの中の王者の資格から出てきたということは、リンクキューブが造られる以前の……」

 

『もしもの時に備え、この大王者の資格の中に記録を残しておきます。

 いつかまた、この星に危機が迫った時のために―――』

 

 優しげな声の中に、悲愴な気配が混じる。

 そんなケタスの浮かべた感情に、ジューマンたちが顔を顰めた。

 

「大王者の資格……っていうんだ、それ」

 

「割とまんまだな……」

 

 ちらりとレオの持つ物に視線を向けるセラ。

 レオは自分の手の中で輝く大王者の資格を軽く叩く。

 

『かつて、この星には未曽有の大災害が訪れました。

 星の外―――宇宙から、凄まじい力を持った怪物がやってきたのです。

 その怪物は、この星で破壊の限りを尽くしました』

 

 そんなやり取りをしている間に、ケタスの声が次の話を始めていた。

 彼の姿は映像の中から消え、代わりに怪物が破壊の限りを尽くす映像が浮かぶ。

 多くのジューマンが逃げ惑い、そして怪物に蹂躙されていく。

 その光景に皆で目を細める。

 

『やがては生き物だけではなく、この星そのものが破壊される。

 そんな事を予感させる光景の中……

 ―――ひとりの勇敢な若者が、怪物の前に立ちはだかりました』

 

 怪物が大きく体を揺すり、全身から閃光を放つ。

 破壊範囲は一気に拡大して、目に映る場所全てが火の海に変わる。

 

 そこでカメラが切り替わるように映像が変わった。

 怪物ではなく、怪物に立ち向かう者を映すように。

 その姿は剣を構えたクジラのジューマンで―――

 

『私です』

 

「お前かよ!」

 

 ケタスの言葉にレオが咄嗟に突っ込む。

 そんな事をしている間に、映像の中でケタスが吹っ飛んだ。

 怪物に迫る事すら出来ず、彼は地に伏していた。

 

『私は果敢に怪物へと立ち向かいました。

 ですが怪物の圧倒的な力の前に成す術はなく……何も出来ず、敗北しました』

 

 映像の中で口惜しそうに、しかし何も出来ずに伏せるケタス。

 彼の拳が地面を叩き―――その瞬間だった。

 

『もはやこれまで。そう思った時、奇跡が起きたのです。

 ……この星が生み出した命のパワー。

 それが結集して生み出されたものが、大王者の資格として私に授けられた』

 

 大地から噴き上がる光、地球のエナジー。

 それが倒れたケタスを包み込み―――その手の中に、大王者の資格を生み出していた。

 

 ケタスが立ち上がり、大王者の資格を大きく掲げる。

 大王者の資格が展開し、大砲のような形状へ変形。

 そこから溢れ出すジューマンパワーが、彼の姿を変えていく。

 赤いスーツに身を包んだ、クジラのマスクを被った戦士に。

 

『大王者の資格を手にした私は、地球を守る戦士……

 ジュウオウジャーに変身する事ができました。

 そしてその力に導かれ現れたジュウオウキューブ―――キューブホエール。

 彼と力を合わせ、私は怪物を地球のパワーで封印して宇宙に吹き飛ばしたのです』

 

 空の彼方から巨大なキューブアニマル。

 ケタスの言うキューブホエールが押し寄せ、怪物を吹き飛ばした。

 生まれたその隙に、ジュウオウジャーとなったケタスが砲口を向ける。

 

 ―――迸る虹色の極光。

 怪物はその光に呑み込まれ、全身を結晶化されて吹き飛んでいった。

 空を超え、そのまま宇宙の彼方まで。

 

 そこまで語った所で、再びケタスの顔が映像の中に戻ってくる。

 小さく息を吐いた彼が、続きを語る。

 

『……怪物に破壊され尽くした星では、安寧なる生活は望めません。

 私は大王者の資格の力を使い、地球に隣り合った世界であるジューランドを創り出しました。

 そして最初の大王として、ジューマンの皆を守ってきたつもりです』

 

「ジューランドを創った……彼が……!」

 

 驚きに目を見開くタスク。

 だがまだケタスの言葉を聞くために、彼はすぐに黙って手で口を覆った。

 

『あの怪物を見た多くのジューマンが恐怖しています。

 いつまた怪物のような存在がやってくるとも分からないと、怯えています。

 ……我々は二度と、かつて生きていたあの地球には戻れないでしょう』

 

 ―――ジューランドは地球の裏にある世界だ。

 通常の手段では干渉できない。

 仮にあの怪物が再び地球を訪れても、ジューランドにいる限り手出しはされない。

 恐らく地球ごと滅ぼされれば、ジューランドもまた滅びる。

 

 それは分かっていても―――

 ジューランドならば襲われないという安心感を、捨てることはできない。

 ケタスもまた、そんな彼らを守る―――守り抜いた大王として、動くことはできない。

 

『いつか。その恐怖が晴れた時、我らの子孫である君たちには……

 私たちを生み、育み、助けてくれた……地球という故郷を見て欲しい。

 そしてもし……私たちの時と同じように危機に晒されているならば―――

 勝手ながら、今度こそ助けてあげて欲しい』

 

 きっと彼自身は生まれ故郷を離れることに多くの想いがあったのだろう。

 それでも、大王として彼は己を頼る者のためにその想いを封印した。

 どれほどの時を超えるか分からない願いを、大王者の資格と共に遺して。

 

『だからこそ、私は残します。

 今は離れるしかない地球への繋がり、二つの世界を行き来するためのリンクキューブを。

 その鍵となる、大王者の資格を元にして作り出した六つの王者の資格を。

 王者の資格に選ばれる心を持つ者ならば、きっと正しく繋がってくれると信じて』

 

 万感の想いを乗せ、彼が大きく息を吐く。

 もしかしたら、この映像を遺すことこそが彼の最期の仕事だったのかもしれない。

 それほどに重く息を吐いてから、彼は最後にただ優しく声を出した。

 

『恐らくこれを見ているだろう、ジューマンの子たちよ。

 君たちがどうかこの力を、我々の世界に生きる命を守るために使ってくれる者であることを……切に願っています』

 

 ―――その言葉を最後に、映像が切れた。

 静寂に包まれる中、顎に手を当てたタスクが呟く。

 

「……妙だ。これだけの歴史がありながら、こんな歴史は聞いた事がない。

 リンクキューブの番人がいて、王者の資格がそれの鍵だと伝わっている。

 なら何故その大元であるこの建国の話が伝わっていないんだ?」

 

「んなことどうでもいいだろ。

 大事なのは、これは俺たちが地球を守れって。ご先祖様から託されたもんらしいってことだ。

 お前らなんかに渡せるか!」

 

 そう言って大王者の資格を抱え直し、追い払うにマーベラスに向け手を払うレオ。

 

 そうされたマーベラスはゆっくりと首を回し、後ろの船員へと目を向ける。

 真っ先に彼の視界に飛び込んでくるのは、伊狩鎧。

 

「ケタスさんと言う方も……!

 地球を守るために戦った、古代のスーパー戦隊だったんですね……っ!」

 

 拳を握り、体を震わせている奴は無視することにした。

 更に後ろの四人。心配そうに見てくるアイムに、残りの肩を竦める三人。

 

 そんな彼らに鼻を鳴らしてから、マーベラスは正面に向き直った。

 手にしたゴーカイサーベルを肩に乗せ、不敵に笑う彼。

 

「渡せないってなら―――」

 

「奪うだけさ」

 

 その瞬間、木々を擦り抜けてシアンの影が駆け抜けてくる。

 認識範囲外からの高速移動が目掛けるのは、当然のようにレオが手にした大王者の資格。

 驚愕に対応の遅れる皆の中、知っていたソウゴが即座に動き―――

 

「【常磐ソウゴは泥に足を取られ、初動が遅れた】」

 

 白ウォズが未来ノートにそう記し、ソウゴの未来をそちらに導く。

 地面が沈んでつんのめり、彼の動きが完全に止まる。

 

「……っ!」

 

 もはや止める者はなく、青い影はレオの腕から大王者の資格を奪ってみせた。

 

「ッ、テメェ……!」

 

 そのまま跳び上がり、彼は木の上へと飛び乗ってみせる。

 そんな相手の姿を追い、マーベラスが忌々しげに舌打ちした。

 彼の姿を前にしたジョーが、驚いたようにその名を口に出す。

 

「仮面ライダーディエンド……海東大樹……!」

 

「やあジョー、それにハカセ。

 僕の心尽くし、カレーは満足してもらえたかな? いつぞやの食事の御返しさ」

 

 銃のようになっている大王者の資格の持ち手。

 そこを掴んで回しながら、シアンの仮面ライダーが楽しげに笑った。

 

 そういえばガレオンで確かに一緒に、と。

 ハカセが納得したように手を叩く。

 

「お前が作ったのか。悪くなかったぜ」

 

 顔を顰めつつもカレーの味は褒めるマーベラス。

 作った相手で味は落ちない、と。

 それはそれとして、やはり表情をきつく顰めることには変わりないが。

 

 そんな彼の横から前に出たルカが、ディエンドを怒鳴りつける。

 

「あんた、何すんのよ!」

 

「お宝があれば手に入れるのは当たり前。

 さっきから自分たちがそう言ってたじゃないか。僕も同意見だね。

 特に今回は僕にとってはリベンジみたいなものだし」

 

 くるくると大王者の資格を回す彼。

 そんな海東に対して、ソウゴが体勢を立て直しつつ問いかける。

 

「リベンジって……前にもそれ盗もうとしたことあるの?」

 

「いや? 前は()()さ。

 ただ烏賊よりもクジラの方が海のお宝として大きくて上等だろう?

 ならこっちを盗めれば、リベンジしたも同然じゃないか」

 

 言いながらディエンドライバーを軽く動かし、鎧の足元に置かれている宝箱を示す。

 その態度を見てハッとした様子の鎧。

 

「そういえば……! シンケンゴールドさんは仮面ライダーディエンドに烏賊折神を盗まれそうになったことがあったと聞いたような……!」

 

「へえ、そういう話も知っているのかい。じゃあ分かってくれるだろう?

 僕がこの世界で狙っているのは―――」

 

 先程見たケタスの映像。

 その中に一度だけ顔を出した、巨大な赤いジュウオウキューブ。

 それを思い出しながら、マーベラスは舌打ちした。

 

「―――キューブホエールか……!」

 

「ご明察」

 

 そう言って手をひらひらと振ってみせるディエンド。

 彼を見上げながら、大和が叫ぶ。

 

「何故あなたはキューブホエールを!?」

 

「お宝を欲するのに理由なんか要らない、って話をしてたと思うけど。

 ……仕方ない。しいて言うなら―――ジュウオウジャー」

 

 大和からの問いに対し、海東は大和たちに大王者の資格を向けた。

 次いで、ゴーカイジャーたちへ。

 

「ゴーカイジャー。そしてバングレイ、デスガリアン」

 

 その後は頭上に持っていき、バングレイとデスガリアンの名を上げる。

 そんな様子に困惑を見せる大和に、海東は笑った。

 

「これほどの勢力から同時に狙われているお宝だ。

 是非とも、僕が全ての連中を出し抜いて手に入れたいね」

 

「そんな理由で……!」

 

 ―――今の言葉を真実とするなら、バングレイ。

 彼が狙う地球の伝説の巨獣とは、キューブホエールということなのだろう。

 バングレイにまで狙われているなら、すぐにでも保護しなくてはいけない。

 

「……だがまだキューブホエールは目覚めちゃいないはず……!」

 

「残念だよ、キャプテン・マーベラス。

 目覚める切っ掛けがあれば十分なのさ。私にとってはね」

 

「白ウォズ……!」

 

 木に寄りかかったままの彼が、未来ノートを持ち出す。

 すぐさま銃を抜き、発砲するツクヨミ。

 だが放たれた赤い光弾は全て、ディエンドの銃撃が撃ち落した。

 

「【大王者の資格がジューマンの手に渡り、その影響で海底に眠るキューブホエールが目覚める。キューブホエールは浮上して、周囲の状況確認に努めるのであった】ってね」

 

 ―――瞬間、大地が震撼する。

 起きる可能性が存在することで無理矢理起こされ、キューブホエールが目覚めたのだ。

 目の前で行われたことを見て、そう確信する。

 

「って、不味いよ! 今キューブホエールが出てきたらバングレイに狙われて……!」

 

 ハカセが慌てながらルカの肩を掴み、思い切り揺する。

 その行動に眉を吊り上げた彼女が、相手の腹に即座にエルボーを撃ち込んだ。

 腹を抱え込んで、撃沈するハカセ。

 

「逆に。キューブホエールがいるとこにバングレイが湧いてくるってことでしょ。

 ―――丁度いいじゃない!」

 

 そう言いながら、ルカの腕がワイヤーを手にする。

 ゴーカイサーベルを引っかけたままに奔るワイヤーが向かうのはディエンド。

 高速で迫るその刃に対して、ディエンドは即座にカードをドライバーに滑り込ませる。

 

〈アタックライド! インビジブル!〉

 

「じゃあお先に。誰が最初にキューブホエールを手に入れるか……競争と行こうじゃないか」

 

 ルカの一閃が擦り抜け、ディエンドが完全に姿を消す。

 舌打ちしながら剣を引き戻し掴み取る。

 

 すぐさま白ウォズの方へと視線を向けて―――

 彼は小さく笑いながら、両手を上げて降参とでも言わんばかりな姿勢をとっていた。

 

「どういうつもり、白ウォズ」

 

「どうもこうも、私はキューブホエールの覚醒まで力を貸していただけさ。

 私と海東大樹の協力体制はここまでだよ。

 後はジュウオウジャーたちが確保するのを手伝うとも」

 

 凄まじく胡散臭いものを見る目を浮かべるオルガマリーとツクヨミ。

 その視線に不利を感じたのか、肩を竦めてソウゴを見る白ウォズ。

 

「そもそも、魔王は私と海東大樹が繋がっているのを察していただろう?

 彼を止められなかった責任は、魔王にもあると思うがね」

 

「……ソウゴ?」

 

「うーん……まああのカレー、前に食べた海東大樹の料理に味付けが何か似てたから。

 それに、止めようとしたのを白ウォズに止められたんじゃん」

 

 そう言ってハカセがまだ持っているゴミ袋を見る。

 そうしてソウゴは、白ウォズの協力するという言葉を否定することもなく歩き出した。

 彼の背中を見る目を細め、顔を顰めるツクヨミ。

 

 ライダーたちのやり取りを横目に、海賊たちも動き出す。

 アイムが歩き出す船長に問いかける。

 

「……どうしましょう、マーベラスさん」

 

「どうもこうもねえ。獲物が今から出てくるんだ、行かないでどうする」

 

「―――キューブホエールをどうするつもりですか」

 

 マーベラスの肩を掴む大和の腕。

 再び彼に引き留められた彼が、それを振り払いながら向き直る。

 

「どうしようが。手に入れた奴の勝手だ」

 

「……バングレイみたいに、命を弄ぶようなことでもですか!?」

 

「お前がここで何を言おうが、そう考えてる奴はいるってことだ。

 そうなって欲しくなきゃ、お前たちがキューブホエールを捕まえるんだな。

 もちろんバングレイだけじゃなく、俺たちよりも早く……な」

 

 追い縋ろうとする大和に対し、サーベルを突き付けるマーベラス。

 睨み返してくる彼に、小さく鼻を鳴らして切っ先を下げる。

 剣を肩に置いて振り向き、マーベラスは歩き出す。

 

「守ってみせる……! この星を守るために戦ってくれたケタスさんの願い……!

 ケタスさんと戦っていた、キューブホエールのことも……!」

 

 マーベラスの後に続き歩き出していたハカセが、ハッと表情を変える。

 そのまま彼はジョーに近づき、小声で話しかけた。

 

「ねえ、もしかして……」

 

「俺たちがいちいち言う事じゃない。ま、その気のお節介がいるみたいだがな」

 

 ジョーはそう言い切って目を瞑る。

 クジラが眠っていたということは、当然のように海岸だろう。

 まずはガレオンなしでバングレイを宇宙船から引きずり下ろさなければならない。

 軽く拳を握り直し、ジョーは目を開いて足取りを早くした。

 

 ―――去っていくゴーカイジャー。

 そうしている間にも、キューブホエールに危機が迫っているのだろう。

 だからすぐにでも動かねばならず、オルガマリーは耳に手を当てた。

 

「ロマニ、聞こえてる? すぐにダ・ヴィンチたちに……」

 

『―――あ、すまない! そちらは大丈夫かい!?

 状況が許すなら、すぐに戻ってくれ……あ、いや! 不味い……!

 すぐに位置の補足を……! 聞こえてるかい!?

 レオナルド! マシュ!? 立香ちゃん!?』

 

「―――――」

 

 もう片方。あちらの方でも、異常事態が発生している。

 それを否が応でも理解させるロマニの声。

 その声を聞きながら、オルガマリーは強く唇を噛み締めた。

 

 

 

 

「ジニス様!」

 

「分かっているよ、どうやらあれが……伝説の巨獣らしい」

 

 頬杖をついて画面の中で浮上する赤いクジラを見る。

 単体で全長60メートルを超える巨大クジラ。

 それが海を割りながら、嘶きとともに空中へと飛び立った。

 

「ほー、中々強そうじゃねえか」

 

「ふふふ、宇宙の破壊神とやらを封印するほどのパワーだ。

 アザルド、君でも危ないかもしれないね」

 

 テーブルに寄りかかり、感嘆の声を上げるアザルド。

 そんな彼に機嫌良さそうに言葉をかけるジニス。

 戦いたいとでも思っているのだろう、アザルドは両腕を打ち合わせて体を震わせる。

 

「……それで、どうなさるのです? 相手の方から出てきてくれましたが」

 

「―――ふむ。ギフトを使って捕獲しようか」

 

 問いかけたクバルに対し、ジニスは視線をナリアに向ける事で応える。

 彼女は一礼し、すぐさまギフトを取り出しに行く。

 そんな背中を見送り、クバルが再度問いかけた。

 

「……ギフトの戦闘力は分かっていますが、対抗できるでしょうか。

 あの巨獣を押さえるには、巨獣自体とバングレイ、そしてジュウオウジャーが相手だ。

 正直、奴らの今の戦力にギフトで戦えるとは……」

 

「だったら俺も出せよ、オーナー!

 ギフトがあのクジラを捕まえる間、俺がジュウオウジャーどもを相手してやるぜ!」

 

 楽しげにテーブルを叩くアザルド。

 そんなアザルドとクバルの間で視線を巡らせたジニスが、軽く手を振った。

 

「クバル、君の心配ももっともだ。そしてアザルド、残念ながら今回はお預けだ」

 

 言われたアザルドがテーブルに体を投げ出す。

 上に乗っていた諸々が弾かれ、床に転がった。

 

「―――ギフトはギフトでも、今度のは新しいものなのさ。

 ザワールド用に捕獲し、改造したキューブアニマル。トウサイジュウオー。

 そのデータを元に、ジュウオウキューブ捕獲に特化した専用ギフトを用意しておいたのさ。

 当然、戦闘力も元のギフトとは比較にならない程度には向上させたがね」

 

「んだよ、そりゃねえぜオーナー!」

 

 拗ねてテーブルを拳で叩くアザルドに笑い。

 ―――そうしてジニスが、クバルの方へと視線を送った。

 

「そういうわけさ。安心したかい、クバル。

 最近はジュウオウジャーたちにしてやられてばかりだから、気にするのも分かるがね」

 

「―――はい。流石はジニス様……あのギフトを更に進化させていたとは……」

 

 そう言いながら恭しく頭を下げ、クバルは跪く。

 

 これは―――試金石だ。

 ジニスはギフトをわざわざジュウオウジャーの戦力に特化し、強化した。

 

 ジニスというデスガリアンのオーナーは激しく高いプライドを持っている。

 自分が造った兵器―――ギフトのみならず、ザワールドもだ。

 それらが負けたことが許せなかった、ということだろう。

 こうなれば、一切の加減なくギフトを強化しているはずだ。

 これを打ち破るようならば、デスガリアンの敗北も見えてくる。

 

 目を離せないな、と。

 そう思考しながら頭を下げているクバルを、ジニスはただ愉しそうに見つめていた。

 

 

 




 
「邪魔なんだよ…ジューランドと人間界を繋ごうとする奴は全て…!」
 


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開門!ゴーストの国!1519

 

 

 

 ―――空に孔が開く。

 赤茶けた空を浮かべた彼方の世界まで繋がった、巨大なガンマホール。

 

 その黒い孔を通り抜け、三つの影が地球へと降り立った。

 

 降り立つ影、三体全てが黒いネクロム。

 それぞれ違うのは角とゴーグル、そしてパーカーの一部の色だけ。

 そこが赤、青、黄に分かれた、三色の戦士。

 彼らこそが、プロトメガウルオウダーによって変身したダークネクロム。

 

「英雄の眼魂を回収する」

 

 真っ先にフードを下ろす、ダークネクロムR(レッド)

 彼は言いながら指先で背後の二人に指示をする。

 

 ネクロムRの態度に対して肩を竦め、B(ブルー)Y(イエロー)が彼に続いた。

 三人揃ってフードを下ろす、街中に降り立った彼ら。

 その姿は、誰にも視認されることなく―――

 

 その場で破壊行為を開始した。

 

 特殊溶液を拳に纏い、その腕を振り抜いて光弾として飛ばす。

 着弾すればそれは爆発し、周囲を炎上させる。

 

 突如、通常の人間には見えない物体が開始する破壊。

 そんな事態に見舞われ、多くの人間が悲鳴と共に逃げ惑い始めた。

 

 見えない破壊に対し、どこへ逃げればいいのか―――

 戸惑いながらも悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げていく民衆。

 

 ダークネクロムたちは街を破壊するが、人は狙わない。

 地球の人間もまた、彼らの主による救済の対象だからだ。

 

 アルゴスは、この作戦における犠牲は最低限に留める―――そういう意思を彼らに示した。

 地球の人間にそこまで配慮する理由はない、と思ってはいる。

 が、主に反抗する理由にはその程度では弱すぎるだろう。

 歯向かった相手を許すような主でもない。

 

 無計画に破壊すれば人間を巻き込む。

 故に、彼らはある程度考えながらの破壊を要求された。

 つまりは普通にやるよりは、余計に手間がかかるということだ。

 

 ダークネクロムRが面倒な任に対し、小さく鼻を鳴らした。

 しかしそれでも任務は忠実にこなし、街を火の海に変えていく。

 

 ―――そんな彼らの前に飛び込んでくる浅緑の服。

 

 ダークネクロム三体の前に割り込んできたのは、アランに相違なかった。

 彼は大きく息を切らしながら、メガウルオウダーを握っている。

 

「ネクロム……! プロトタイプか! 何者だ、貴様たち!」

 

「ようこそ、いらっしゃいアラン様。お前の兄から命令が下っている。

 貴様が持っているグリムとサンゾウの眼魂、ここで奪わせて貰おうか」

 

 やっと面白くなってくる、と。

 楽しげに声を張り上げるネクロムR。

 

 そんな相手の態度に顔を顰めるアラン。

 彼は破壊された街並みを一通り見回し、歯を食い縛る。

 

「―――英雄の眼魂が狙い……?

 そのために街をこのような……! こうして、破壊したのか!」

 

〈スタンバイ!〉

 

 肩を竦めるダークネクロムたち。

 

 その前で、アランが腕にメガウルオウダーを装着。

 ネクロム眼魂を起動し、すぐさまスローンへと投入。

 メインユニットを立ち上げる。

 

 そうして解き放たれる、ネクロムパーカーゴースト。

 

〈イエッサー! ローディング…〉

 

「変身!」

 

 眼魂に特殊溶液、ウルオーデューが滴下される。

 反応して輝くネクロム眼魂。

 放出される神秘のエネルギーが、アランの姿を白いトランジェントで覆っていく。

 

〈テンガン! ネクロム! メガウルオウド!〉

 

 舞い降りる黒とライトグリーンのパーカー。

 腕を振るってそれを纏い、フードを外して襟を正す。

 ネクロムへと変わったアランは、即座に駆け出していた。

 

 ―――赤のダークネクロムが対応する。

 

 突き出される拳に対し、反撃するように振るわれる拳。

 互いに拳を放った二人のネクロムが、空中で腕を交差させた。

 

 拳を打ち合い、双方ともに火花を散らして蹈鞴を踏む。

 その状態から、僅かにアランのネクロムが先に体勢を立て直した。

 すぐさま彼はネクロムRの腕に掴みかかり、捻じ伏せる。

 

 ネクロムRがそうされたところで、BとYは動かない。

 彼らの動きにマスクの下で眉を顰めるアラン。

 

「アデルは何を考えている……! これまでとは全く……!」

 

「―――残念だが。お前の兄とは言ったが、アデルなどとは言っていない」

 

 笑い声を交えながら、ネクロムRはそう言った。

 

 ―――直後。

 彼らの頭上に残っているガンマホール。

 その真横に、新たなガンマホールが展開された。

 

「―――なに……!?」

 

 赤い相手を組み伏せながら、ネクロムが空を見上げる。

 眼魔世界と繋ぐホールは未だに開いたままだ。

 新しい門を開く必要などどこにもないというのに。

 

 空が割れ、新たなガンマホールから影が一つ舞い降りてくる。

 その姿を目の当たりにして、アランが呆然と呟いた。

 

「ゴー、スト……!?」

 

 それは正しく天空寺タケルのもう一つの姿。

 仮面ライダーゴーストと酷似していた。

 違うのは黒とオレンジのゴーストであるタケルと違い、黒と白のゴーストだということだ。

 

 ゴーストと呼ばれたそれは、喉の奥から小さく笑い声を漏らした。

 

「……そう、ゴーストだ。お前の知る、天空寺タケルと同じな」

 

「――――なんだ、いや……! その、声……!?」

 

 ネクロムがネクロムRを手放し、ゴーストを見る。

 その隙に離脱したRに蹴り飛ばされ、アランは大きく揺らいだ。

 必死に踏み止まりながら、彼は白黒のゴースト―――ダークゴーストを見つめる。

 

「久しぶりだな、アラン。父上のことは……残念だった。

 だが安心するといい。アデルには私から言い含めておこう。

 今度は私たち全員で、亡き父上と母上に祈りを捧げようじゃないか―――」

 

「ッ、アルゴス……兄上……!? なぜ、死んだはずでは……!」

 

 同じような説明をさせられることに苦笑しつつ、ダークゴーストは一歩踏み出す。

 そうして口を開こうとした彼が―――

 

「―――来たか」

 

 アランから視線を外す。

 彼が新たに目を向ける先で、急ブレーキをかけ停車する車。

 

 そこから降りてくる人間たちの中に、天空寺タケルを見つけ―――

 アルゴスはその手に一つの眼魂を取り出した。

 

「アラン様!」

 

「下がっていろ、カノン。アラン、無事か?」

 

「あ、ああ……」

 

 飛び出そうとするカノンを止めつつ、マコトも降りてくる。

 彼の腰には既にゴーストドライバーが出現していた。

 

「ようこそ、スペクター。会うのは初めてだが、お前のことは知っている。

 ―――私の名はアルゴス。アランとアデル、アリアの兄だ」

 

 ―――そんな彼らの中に半ば強制的に混ぜられていた男。

 ジャベルが酷く困惑した顔で、ダークゴーストとネクロムの間で視線を行き来させる。

 アルゴスは眼魔百年戦争の折、戦死した大帝一族の長兄だ。

 

「何故、アルゴス様が……!?」

 

 ジャベルを一瞥し、彼はすぐに視線を外す。

 そうしてアルゴスは、ただただ天空寺タケルへと向けた視線を強くする。

 黒い虚のような、ダークゴーストの目の輝きを。

 

「……あんたは……」

 

「待っていたぞ、天空寺タケル。お前たちの持つ英雄の眼魂。

 その全てを貰い受けるためにな」

 

 彼が万感の念を込めたその言葉。

 その言葉に込められた執念に、タケルが僅かに体を震わせる。

 目覚めたあの時から、あらゆる感情はダイレクトに彼の心に刺さってくる。

 そんな中でも一際強いその想いに、彼は強く睨み返すことで応えた。

 

「英雄の眼魂を集めて何をする気だ……!」

 

「ふっ、そうだな……世界を意のままに創り変える神の力。

 それを手にするため、という事になるだろう」

 

 何のことはない、と。

 ダークゴーストは気負いもなく、そう答えた。

 

「つまりグレートアイに……!」

 

 タケルが腕を突き出す。そこに浮かぶ、∞の可能性の具現。

 人間の可能性を現出する神秘の力。

 彼はそれを掴み取り、即座にドライバーへと装填した。

 

 それを見ていたアルゴスもまた、眼魂を起動して交換。

 

〈ムゲンシンカ!! アーイ! バッチリミナァー! バッチリミナァーッ!〉

 

 タケルのドライバーから純白のパーカーが解き放たれる。

 空舞う軌跡に光と羽毛を散らし、光の衣は強く輝いた。

 ただそこにあるだけで感じる力の奔流。

 

 その別次元の力を察し、ダークネクロムたちが一歩退いた。

 

「変身!!」

 

 タケルがドライバーのトリガーを引く。

 同じくアルゴスがドライバーのトリガーを引く。

 配下と違いまるで動じた様子もなく、彼は神なるゴーストに向き合ってみせる。

 

〈チョーカイガン! ムゲン!! キープ・オン・ゴーイング! ゴ・ゴ・ゴ! ゴ・ゴ・ゴ! ゴ・ゴ・ゴ! ゴッドゴースト!!〉

〈カイガン! ダーウィン! 議論! 結論! 進化論!〉

 

 虹色の輝くゴーストが誕生し、純白のパーカーを纏い―――

 その対面で、ダークゴーストはオレンジのパーカーに覆われていた。

 初めて見る英雄眼魂に対し、タケルが僅かに驚きを示す。

 

 ほんの一瞬のその間に、

 

〈ダイカイガン! ダーウィン! オメガドライブ!!〉

 

 ダークゴーストは再びドライバーを引き絞る。

 瞬間、ダークゴーストは赤と青の光に変わった。

 螺旋を描く二色の光の粒子。

 それはDNAコードのような形状で奔り、一息にムゲン魂を呑み込んだ。

 

「うっ、ぐッ……!?」

 

「タケル!?」

 

 光に纏わりつかれたムゲン魂が膝を落とす。

 ムゲンに膨れ上がるエネルギーが、湧く度にそのままどこかへ消えていく。

 そんな目の前の光景に、アカリが唖然として声を上げた。

 

 進化したゴーストの圧倒的な力。

 それは今までの戦いを見て、十分なほどに分かっていた。

 だというのに。そのムゲン魂は、こうして当然のように膝をつかされている。

 

「こ、の……ッ!」

 

 しかし力を振り絞り、タケルはそこで何とか踏み止まった。

 力を入れ直し、ゴーストが崩れた体勢を立て直そうとする。

 

「凄まじいパワーだ! 天空寺タケル、人間の進化の可能性の具現―――!

 だがそれが人間の進化の延長線上にある以上、ダーウィンならば――――!!」

 

 ゴーストとダークゴースト。

 二人のゴーストが放つ光が混じり、弾け合って消えていく。

 ――――二つの光は、相殺。

 

 だが、それでも。

 タケルが拳を握り締めて力を振り絞れば、徐々に削ぎ切れなくなっていく。

 

「負け、るかッ……!」

 

「流石だ―――やはり、これだけでは抑えきれないようだ。

 いいぞ、天空寺タケル……! 凄まじい力だ!

 貴様が力を示せば示すほど、私の計画は間違っていなかったという確信を得られる!」

 

 虹色の粒子がスパークする。

 ゆっくりとだが、ムゲン魂はその拘束を振り解いていく。

 その事実に喜色を浮かべたアルゴスが、続けて叫んだ。

 

「だが今はこれで十分。()()()()()

 さあ、今のうちにこいつから英雄の眼魂を奪え!」

 

 指示に従い、ネクロムB、Yが動き出す。

 ネクロムRが立ちはだかるのはアランの前。

 

 アランもまた即座にネクロムRに組み付き、背後に叫んだ。

 

「マコト!」

 

「ああ―――!」

 

〈ダイブ・トゥ・ディープ…〉

〈ゲンカイガン! ディープスペクター!〉

 

 アランが敵を一人抑えている間に、マコトが走る。

 銀色のトランジェントと、深紫色のパーカーを纏い。

 彼は拘束されたタケルから、眼魂を奪おうとするダークネクロムたちの前に立ち塞がる。

 

 前に出ると同時、腕を払ってイエローを薙ぎ倒す。

 そこから流れるように、ブルーとの組み合いへと持ち込む。

 

 圧倒的なパワー差。

 組み合ったネクロムBの両腕が軋みを上げる。

 このまま続ければ、十秒と保たない。

 それほどの隔絶した差を理解し、ネクロムBが舌打ちした。

 

「チィ……ッ!」

 

 そのまま相手を粉砕せんと、マコトは更なる力を込めて、

 

 ―――その瞬間。

 ダークネクロムたちが通り抜けてきた、ガンマホールが唸りを上げた。

 咄嗟に見上げたマコトの視界に、黒い怪人の姿が映る。

 

「――――ッ!?」

 

「リヨン――――ッ!!」

 

 その両足で大地を砕きながら着地し、黒い怪物が吼えた。

 黒い一つ目の怪人。

 肉体を変貌させたダントン―――エヴォリュード。

 

 彼はダークネクロムたちが眼魔世界側に残したゲートを通り―――

 目的を果たすため、こちらの世界へと降り立ったのだ。

 

「ダントン……ッ!?」

 

 すぐさまネクロムBを押し飛ばし、襲撃に備える。

 既にマコトはドライバーへと手をかけていた。

 少しでも力の差を埋めるべく、ゲキコウスペクターへ……

 

「フハハ――――!」

 

 だがその前にダントンが動き出す。

 彼は何の迷いもなく突撃する。

 

 ―――スペクターが弾き飛ばした、ネクロムBへと。

 

 ダントンに対し一切注意を払っていなかったネクロムB。

 驚愕する暇もなく、彼にエヴォリュードの拳が撃ち込まれる。

 背中を粉砕し、そのまま胸から突き出る黒い腕。

 

 突き抜けたダントンの手の中には、ネクロムBの本体であろう眼魂があった。

 

「キ、サマ……何を、っ!?」

 

 相手が言葉を追える前に、眼魂が握り潰される。

 変身を解除する暇さえなく、消え失せるダークネクロムB―――ジェビル。

 装着していたものを失って地面に転がるプロトメガウルオウダー。

 

 ―――それを拾い上げ、ダントンが静かに笑う。

 

「……イーディスの作ったものを使うのは気が進まんが……

 だが、これで手に入れた……ガンマホールとやらを作り出す手段をな」

 

「――――ッ!」

 

 そうして、自分の腕にメガウルオウダーを巻き付けるダントン。

 彼が首をぐるりと巡らせ、ディープスペクターを見据えた。

 

 即座に、ディープスペクターはその翼を解き放つ。

 

〈ゲンカイダイカイガン! ゲキコウスペクター!〉

〈デッドゴー! 激怒! ギ・リ・ギ・リ! ゴースト!!〉

 

 一瞬だけタケルの方へ視線を向ける。

 そちらに助力したいが、ダントンを無視するわけにはいかない。

 恐らく奴は自分に執着している、というのは分かっている。

 

 幸い、ダークネクロム一体が消えた。

 相手が二体のダークネクロムならば、アランたちだけでも―――

 

 思考している間に、エヴォリュードが踏み込んでくる。

 激突され、力で負けるスペクターが一気に押し込まれた。

 それでも耐えるために炎の翼を大きく噴きだし―――

 

「会いたかった……会いたかったぞ、息子よ――――!」

 

「なに……!?」

 

 ダントンのその言葉を聞いた瞬間、脳裏に何かの記憶がフラッシュバックする。

 

 液体に満ちたどこか―――水槽。

 そこから自分を取り上げる、大きな腕。

 耳に、残る……自分を取り上げた腕の持ち主が歌う、何かの歌。

 

 頭の中に響く歌に心が振れる。

 相手の突撃に踏み止まっていたマコト、その足から力が抜ける。

 瞬間、エヴォリュードはゲキコウスペクターの両腕を掴んだ。

 

「!?」

 

「さあ、帰ろう! 私たちの家に!」

 

 深淵の炎の出力を捻じ伏せて、エヴォリュードは完全にスペクターを拘束。

 そのまますぐに空を見上げ、彼は飛び立った。

 未だに開いている眼魔世界と繋がるガンマホールへ。

 

 マコトを捕まえたまま、そこに飛び込んでいくダントン。

 

「放せ! 貴様、何を……!?」

 

 聞く耳を持たず、エヴォリュードは眼魔世界に消えていく。

 彼が向こう側に行った瞬間、計ったようにガンマホールが完全に閉じる。

 

「お兄ちゃん!」

 

 その光景に、咄嗟に前に出ようとするカノン。

 そうして一歩を踏み出した瞬間、その場にネクロムYが割り込んだ。

 カノンを捕まえようと伸ばされる腕。

 

 彼女がそれに反応できるはずもなく、

 

「やらせま、せん―――!」

 

 ―――代わりに、ラウンドシールドがその腕を打ち払った。

 

 直後、前に出たマシュの肩を蹴り武蔵が跳び込む。

 その切っ先が向けられるのは、ネクロムYの腕―――プロトメガウルオウダー。

 

 半身を引き、メガウルオウダーを庇うネクロムY。

 胴体を切り裂く双つの刃。

 だがネクロムは斬られた部分を即座に液体化し、その攻撃から逃れる。

 本体の眼魂さえ無事ならば、エネルギーが続く限りネクロムは不死身。

 

 だが一貫したプロトメガウルオウダーを狙う攻撃に対し、彼女は舌打ちしてそのまま後退る。

 

 そちらに意識を向けていたのだろう。

 ゴーストを取り巻く赤と青の光から、アルゴスの声がする。

 

「予定通りスペクターは消えた。

 後は奴から三つの英雄眼魂を手に入れるため、妹を捕えるだけ」

 

「予定、通り……!? 仲間がやられたのも、予定通りだって言うのか……!」

 

 ギリギリと全身を軋ませながら、ムゲン魂が力を更に増す。

 

 今砕かれたネクロムBだった眼魔の眼魂。

 あれは恐らく―――普通の眼魔のような、行動用ボディなどではなかったはずだ。

 目の間で消えていく魂の鼓動を、タケルは確かに感じた。

 

 その反応の意図を理解した上で、アルゴスは笑って返す。

 

「ああ。全ては私の脚本通り。必要な犠牲だったのだ」

 

「ぐ、ぅ……ハァアアア―――ッ!」

 

 ゴーストが更に力を籠め、全身から光を放つ。

 赤と青の光の粒子と化して舞うダークゴースト。

 ぶつかり合う光の粒子が、その場で盛大にスパークした。

 

「お前の反応も予定通りだ。この後の展開もな」

 

 全エネルギーを振り絞り、ダーウィンの力に対抗するムゲン魂。

 

 このまま行けば、十数秒程度でダークゴーストの方が焼き切られるだろう。

 予測していたよりもゴーストの力が強大で、余裕はない。

 だがその事実は、むしろ喜ばしい。

 彼の力の強大さは―――そのまま神の器の強靭さに繋がるのだから。

 

 ダーウィンと力を衝突させるムゲン。

 

 ―――その背中に、暗い炎が衝突する。

 迸る火柱が一気に燃え上がり、ゴーストを一息に呑み込んだ。

 純白の衣が炎で照り返し、赤黒く輝いた。

 

「がぁ……ッ!?」

 

 ゴーストが膝を落とし、そのまま炎に呑み込まれる。

 力を削ぐことに集中しながら、しかし。

 アルゴスがその人物の到来に対し、楽しそうに声を上げた。

 

「待っていたぞ、ジャイロ」

 

「ハッ……大帝一族を守護するのが我が責務ですので」

 

 タケルを背後から撃ったのは白い戦士、ウルティマ。

 彼は光の粒子となっているダークゴーストに恭しく頭を垂れた。

 そうした後は、すぐさま次の行動に移る。

 

 屈したムゲン魂を背後から殴打し、地面に叩き付ける。

 その衝撃で散らばる、10の英雄眼魂。

 

「ジャイロ……! タケル! 今そちらに……!?」

 

 ネクロムRを振り切ろうとして、しかしネクロムは振り切れない。

 互角―――いや、確かに実力はアランの方が上回っている。

 だがそれは僅差の話で、真っ当に衝突すれば死闘になるだろう。

 そんな時間はない。すぐにどうにかしなくてはならない。

 

 ギリ、とマスクの下で歯を食い縛るアラン。

 それを嘲笑うかのようにネクロムRはネクロムに纏わりつき―――

 

「フン――――ッ!」

 

「ぬ、……っ!?」

 

 その赤いゴーグルの顔を、青い腕が殴り抜いていた。

 殴り飛ばしたネクロムRとアランの間に立つように、歩いてくる青い怪人。

 

 ―――眼魔スペリオル。

 御成が預かっていたジャベルのものだ。

 彼はゆっくりと拳を握り直し、小さく鼻を鳴らした。

 

「ジャベル……!?」

 

「……宿と飯の分の借りを返すだけです。

 アラン様の捕獲・抹殺任務が無くなったわけではないのは、お忘れなきよう」

 

 殴られた顔面を腕で拭い、ネクロムRが体勢を立て直す。

 その間にアランはこの場をジャベルに任せ、走り出していた。

 

 向かう先は当然、叩き伏せられたタケルの許。

 

「兄上! タケルを放してもらう!」

 

 そう意気込んで迫りくるアラン。

 何度となく打ち据えられ、地面に伏せたゴースト。

 彼を足蹴にしながら、ジャイロは迫るアランへと視線を向けた。

 

「させるわけにはいきません、アラン坊ちゃま」

 

 アデルもイゴールもジャイロを重用はしない。

 戦う事しかできない彼を、私のために戦えばいいと誘ったのがアルゴスだった。

 大帝一族であり、戦う事だけを求めてくれるのが、彼だった。

 

〈デストロイ!〉

 

 緑に輝く流体エネルギーで腕を覆い、ネクロムが迫る。

 ゴーストを更に一度踏み付け、ウルティマが拳を握り直しながらそちらを向く。

 

「退け、ジャイロ―――ッ!!」

 

〈ダイテンガン! ネクロム! オメガウルオウド!〉

 

「それは出来ない、ご相談です」

 

 力を纏う、ネクロムの拳が奔る。対して放たれるウルティマの拳。

 両者の拳撃が交錯し―――ネクロムが弾けた。

 ライトグリーンの光が明滅し、白い体が宙を舞う。

 

「が……ッ!?」

 

「アラン様!」

 

「カノンさん、下がって!」

 

 前に出ようとするカノンをマシュが制する。

 その瞬間、武蔵に対する遠距離攻撃をばら撒く事に専念していた、ネクロムYが鼻を鳴らした。

 彼女が横に伸ばした腕に投げ込まれる、ジャイロの投げた眼魂。

 

 それを掴み取ったネクロムYは、プロトメガウルオウダーの眼魂を入れ替える。

 英雄眼魂を強制的に従える力が、投入された眼魂を支配する。

 

「さっさと終わらせて帰りましょ」

 

〈ローディング…〉

 

 放出された青いパーカーがダークネクロムに纏わりつく。

 纏ったのはニュートンゴーストパーカー。

 彼女は両腕を突き出し、引力と斥力をその場に発生させた。

 

「チッ……!?」

 

 対象を定めない重力の暴力。

 周囲一帯を巻き込む範囲攻撃に対し、マシュは正面から守り抜く。

 

 だがマシュの背中で縮こまっているわけにもいかない。

 武蔵は舌打ちをしながらも、斬り込むために跳んだ。

 大きく横に回り込む軌道を強いられるが、それでもどうにか―――

 

〈カイガン! ピタゴラス! 三角の定理! 俺の言う通り!〉

 

「――――!」

 

 瞬間、武蔵が全力での退避に移る。

 重力波の影響のない空間に落ちてくるのは、三角形状のエネルギー弾の雨。

 潜り抜けるための隙間さえないその密度に、彼女は大きく退避することを強制された。

 

 周囲に散らばっていく光弾は、場所を問わず破壊していく。

 彼女たちの背後でも同じように。

 ここに来るために乗り付けたダ・ヴィンチの乗った車が、蜂の巣にされて爆発炎上した。

 

「ダ・ヴィン――――ッ!?」

 

「ふん、ダーウィンの力で奪えるだけでもこれほどのエネルギーか……!

 やはり私の目に――――狂いはなかった!!」

 

〈カイガン! カメハメハ! ハワイ! ワイワイ! 治めたい!〉

 

 倒れ伏したゴーストを足蹴にしながら、ダークゴーストがパーカーを変える。

 金色のピタゴラスから、金色のカメハメハへ。

 直後に彼の周囲の地面が隆起し、活火山の噴火の如くマグマが溢れ出す。

 

 それに巻き込まれ、ムゲン魂が炎の柱の中へと呑み込まれた。

 ―――噴火の炎はそのままアルゴスがやってきた方のガンマホールへ。

 ゴーストの姿を、向こう側の世界に強引に押しやっていく。

 

「タケル殿――――っ!?」

 

「チッ、―――フン!」

 

 御成が叫ぶ声を聞き、舌打ちしながらジャベルが拳を振り抜く。

 胸を強打されたネクロムRが蹈鞴を踏む。

 そこに更なる追撃を仕掛けんと、強く踏み込んでいくスぺリオル。

 

 しかしネクロムRはすぐに腕を横に伸ばし、軽く指を動かした。

 

「ジャイロ」

 

 呼ばれたジャイロが眼魂を彼に投げつける。

 すぐさまメガウルオウダーの眼魂を換装し、彼は纏うパーカーを変えた。

 支配されるのは白いパーカー、ベンケイ魂。

 

〈ローディング…〉

 

 身に纏うと同時、ネクロムRの手の中に出現するガンガンセイバー・ハンマーモード。

 それを肩に乗せながら、彼は仁王立ちで相手を待ち受ける。

 

 正面から激突しにきたスペリオルに対して、不動。

 拳を振り抜いたジャベルの方が、逆に弾かれる。

 そうして弾かれた相手を鼻で笑い、ハンマーで剛撃を叩き込んだ。

 

「ぐ、おぁ……ッ!」

 

 倒れた眼魔スペリオルの変身が解除され、ジャベルに戻る。

 

 そんな彼の目の前で。

 倒れていたネクロムが頭を掴まれ、引き起こされる。

 アランを引き起こしたジャイロ―――ウルティマの腕が発光した。

 

 その瞬間、ネクロムの放つ光が一気に陰る。

 ライトグリーンの光は消え失せ、白いボディが灰色になって崩れ落ちた。

 生身に戻った彼の懐から、ジャイロは英雄眼魂を奪い去る。

 

 アランを手放し、地面に放り捨て。

 ウルティマがネクロムYの方へと視線を向けた

 

「後は……」

 

「スペクターの妹だけね!」

 

 ウルティマが武蔵を目掛けて踏み出す。

 そちらに意識を割く必要のなくなったネクロムY。

 彼女が操作できる重力を全て、カノンに向けて差し向ける。

 

「―――マシュ!」

 

「はい――――! “いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”ォッ!!」

 

 白亜の城が光臨する。

 後ろに庇う皆を守り抜くために広げた、無敵の城壁。

 その堅牢さは今更に言うまでもなく―――

 

「ふっ――――!」

 

 だからこそ、無敵の城壁は無敵のまま。

 役目を果たせなくなる。

 

 大地を食い破るマグマの奔流が、マシュの立つ地面を粉砕する。

 足場を失ってなお、その城壁は破れない。

 だがその状態で彼女が、その場に踏み止まることなどできるはずもなく―――

 

「っ……!?」

 

〈カイガン! コロンブス! さぁ行こうかい! 大航海!〉

 

 無敵のまま空に浮いた城が、虚空から押し寄せる大津波に呑み込まれた。

 盾は破られない。

 ただ破られないままに、踏み止まれずに押し流されていく。

 

「マシュ!?」

 

 悲鳴染みた声を上げる立香。

 

 彼女の前で、ダークゴーストがパーカーのフードを取り払う。

 錨のような角と、エメラルドグリーンのパーカー。

 ダークゴースト・コロンブス魂が、ネクロムYに首を振って指示をした。

 

「あっ……」

 

「カノンちゃん!」

 

 守護者を失ったカノンをニュートンの重力が捕まえた。

 ふわりと浮く彼女は何の抵抗も出来ず吸い寄せられ―――

 

 すぐさま、その腕を立香が掴んでいた。

 そんな立香をアカリが。そして彼女の腕を御成が。

 

 面倒そうにダークゴーストに振り返るネクロムY。

 力の細かい制御ができれば三人は吹き飛ばし、カノンだけにすることもできるだろう。

 だが強制的に英雄眼魂を従属させているネクロムは、そういう事は不得手だ。

 

「退くぞ」

 

 何のこともないようにそう返すダークゴースト。

 ならば纏めてでいいか、と。

 ネクロムYはそのおまけに付いてくる三人ごと周囲の重力を操作した。

 

 二人のダークネクロム、ウルティマ、ダークゴースト。そしてカノンたち。

 全員をガンマホールに向けて浮遊させる。

 

「マス、ター……!」

 

 彼らが通り抜ければ、ガンマホールは閉じていく。

 それを苦渋の顔で見るしかないマシュが体を起こし―――

 次の瞬間、車両から伸びてきたアームが、彼女と武蔵を掴んだ。

 

 いきなり掴まれた武蔵が声を上げる。

 

「ダ・ヴィンチ!? 生きてる!?」

 

 爆発炎上した車は、しかしまだ何とか動いている。

 とはいえ、内部ではあらゆるところがアラート音を吐いているが。

 彼女たちを車内に放り込んで、続けて回収されるのはアランとジャベル。

 

『―――悪いね。あのゴーストがいるうちは、ちょっと動けなかったんだ。

 ……ここで目をつけられてたら、多分終わってたから』

 

 低い声でそう呟き、彼女は即座に車両を飛行モードに変えた。

 言いながらも全速力で車を飛行させる。

 そうして彼女はホールが閉じる前に強引に空間の歪みに突入し、僅かに顔を顰めた。

 

 

 

 

 ―――帰還したアルゴスが、真っ先に神の器に向かった。

 回収に成功した12の英雄眼魂。

 後は人質の代わりにスペクターから3つの眼魂を回収すればいい。

 

 ダントンの相手は面倒だが、仕方ない。

 どちらにせよ彼も人間の可能性を人工的にであっても突き詰めた存在。

 ダーウィンと他の眼魂を合わせれば、十分に処理できるだろう。

 確認した限り少なくとも、天空寺タケルほどの脅威ではない。

 

 後はこの世界に放逐した天空寺タケルの魂だが―――

 折角の神の生誕だ。彼にも是非立ち会ってほしいものである。

 

 そんな事を考えながら、彼はゆっくりと神の器を収めた場所に眼魂を並べていく。

 今この場に揃うのは97。

 残るはノブナガ、ツタンカーメン、フーディーニ――――

 

「……? 何だ、何が……?」

 

 そうして並べてみて、初めて気づく。

 並べた眼魂が96個しかない。

 アルゴスはすぐさま、その眼魂を全て検め直していく。

 

 足りないのは一つ。全部確認すれば、何が足りないのかはすぐに分かる。

 

 調べ直していた彼の手が止まる。

 今ここにない眼魂を理解した。

 そうして、それが一体どこにあるのかも。

 

 どうしてそんなことが可能だったのかは分からない。

 いつの間にそうなったのかも。

 確かにその眼魂はこの眼魂島にあったはずだ。

 

 だが確実に、残る眼魂の場所はそこしかないと確信できる。

 アルゴスの口が、最後の眼魂の在処の名を忌々しげに呟いた。

 

「レオナルド・ダ・ヴィンチ……!」

 

 

 




 
ダーウィン火のエル説。

イグアナゴーストライカーは…?
 


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再生!かつての悪夢!2012

 

 

 

 海面を破り、空に舞う巨体。

 巨大な赤いクジラ、キューブホエール。

 

 海上で遠吠えするその姿の前に、巨大なコインが積み重なっていく。

 ジャラジャラと音を立てて重なる、光のコインタワー。

 それが割れて姿を現すのは、既に巨大化を完了したギフトだった。

 

 通常のギフトとはカラーリングが変わり、緑色のラインが入ったもの。

 その巨体を動かすのは自律行動システムではなく、ナリアによる操縦。

 彼女は操縦桿に手をかけながら、画面に映るキューブホエールを睨み付けた。

 

『実験動物としてジニス様に求められる事を光栄に思いなさい、伝説の巨獣』

 

 鳴くキューブホエールに向け踏み出すギフトカスタム。

 ジニス直々に積み込んだデータ収集装置が稼働を始める。

 その事を確認しながら、ナリアは全ての兵器をアクティブにした。

 

 開始される撃ち合い。

 ギフトカスタムの火器だけではなく、キューブホエールの反撃も始まる。

 飛び交う光線とミサイル。

 

 そんな光景を愛船、ヤバングレイトの中から見るのはバングレイ。

 

『ヒュー! バリいいじゃん、巨獣ちゃん!

 さあて、どうやってデスガリアンを出し抜いてやろうかねぇ!』

 

 距離を置いて状況の推移を見守る彼。

 既にあのゴーストの存在がこの星から消えたのは確認済み。

 運が良いと言える。

 この状況であれば、まずは巨獣を狩り、風切大和をぶっ壊すのが目的になるだろう。

 

 天空寺タケルの方も後々ぶっ壊したいところだが―――

 あっちはこっち以上に順序立ててやらねば、崩せないだろう。

 もどかしいが、やり甲斐があって何よりだ。

 

『ま、地道にやってやろうじゃねえか。まずは……』

 

 呟き、ヤバングレイトのモニターを切り替える。

 戦場の近くまで走ってくる、ゴーカイジャーたち。

 彼らは首を回し、周囲に誰かの姿を探しているようだ。

 

『この状況をよく知ってそうな奴らから、記憶を貰うとするか』

 

 立てかけていたバリブレイドを握る。

 ヤバングレイトを自動操縦に切り替え、彼は凄絶に笑った。

 

 

 

 

『ふん、どれだけ強大だろうと所詮キューブアニマル……

 ジニス様の造り上げたギフトカスタムの前では、その程度の力に意味はない!』

 

 ギフトカスタムが雷撃を放ち、キューブホエールを焼く。

 悲鳴を上げて身を捩る赤いクジラ。

 そのまま行動不能まで追い込もうと、ナリアはギフトの出力を上げる。

 

 ―――そんなギフトカスタムが、横から巨神に殴りつけられた。

 大きく揺らぎ、雷撃が打ち切られる。

 ギフトの顔をそちらに向ければ、立ち誇るのはワイルドトウサイキングの威容。

 

『く……っ、ジュウオウジャー!』

 

『キューブホエール! 今の内に逃げるんだ!』

 

 大和がそう叫びながら、キューブを回転させる。

 その操縦に応え動くトウサイキング。

 右腕に装備されたビッグキングソードの一撃が、ギフトを直撃した。

 

 盛大に火花を散らして、ギフトカスタムが更に押し飛ばされる。

 その隙にギフトとキューブホエールの間に割り込むワイルドトウサイキング。

 

『ナリア、珍しいじゃねえか! こんな風に直接お前が戦うのは!』

 

 レオがキューブに手を添えながら、目の前に立つ新たなギフトに視線を向けた。

 

『私の行動は全てジニス様のためのもの……ジニス様がそれの捕獲を望んだのです。

 邪魔をするな、ジュウオウジャー!!』

 

 ギフトカスタムが開く砲口。

 対し、ワイルドトウサイキングが左腕と共にビッグワイルドキャノンを上げた。

 両者が同時に砲撃を開始し、その威力を空中でぶつけ合う。

 

『邪魔するな? するに決まってんでしょ―――!』

 

 セラが叫び、キューブに触れる。

 彼女が発した意思が、トウサイキングの脚部に伝わっていく。

 呼応すつのは、足に装備されていた四体のキューブアニマル。

 キリン、モグラ、クマ、コウモリ。

 

 四体のジュウオウキューブがそれぞれ動物形態に変形。

 砲撃が激突している合間を縫って、ギフトの横へと回り込む。

 そのまま体当たりを慣行するキューブアニマルたち。

 

『チィ……ッ! 小癪な真似を……!』

 

『幾らギフトが強くなっていようと、今の僕たちが負けるわけが――――ッ!?』

 

 言葉を打ち切り、タスクがキューブにしがみつく。

 突然ワイルドトウサイキングを襲ったのは、背面からの砲撃。

 つるべ撃ちされるミサイルの雨が、トウサイキングを薙ぎ倒した。

 

 連続して訪れるその威力の攻撃。

 それに対して、同じくキューブにしがみ付いていたアムが後ろを振り向く。

 

『なに!? 今の……まさか、キューブホエール!?』

 

 驚愕する声に対し、遠吠えを返すキューブホエール。

 赤い巨体から連続して吐き出されるミサイル。

 それがワイルドトウサイキングの背中に直撃し、更に盛大な爆炎を上げる。

 

『なんで……! 何をするんだ、キューブホエール!?

 俺たちは敵じゃない! 君を助けに……!?』

 

『まさか……もう俺みたいに操られて……!』

 

 大和の声に、操がステアリングから放した自分の手を見る。

 そこの言葉をすぐさま切り捨てるのはレオ。

 

『だったらナリアが戦ってる理由は何だよ! どうなってんだ、ちくしょう!』

 

『僕たちを敵視している……?

 いや、だが同族であるキューブアニマルを攻撃するのは何故……ッ!?』

 

 攻撃は更に加速し、苛烈になる。

 背中に受けるキューブホエールの爆撃だけではない。

 その隙に立て直したナリアが、キリンたちを薙ぎ払い攻撃を再開した。

 

 挟み撃ちの状況に陥ったワイルドトウサイキング。

 こんな状態では反撃を行う事も出来ず、一気に追い詰められていく。

 

『不味いよ……! このままじゃ、ワイルドトウサイキングでも保たない!』

 

『でもキューブホエールを攻撃するわけには……!』

 

 両腕を交差させ、ギフトからの攻撃を耐えるトウサイキング。

 だがその状態でも容赦なく、背中にホエールからの攻撃が突き刺さる。

 巨神を構成するキューブアニマルたちが、限界を知らせる悲鳴を上げた。

 

 ―――やがて、ワイルドトウサイキングは砕け散る。

 構成していたキューブが全部分割されて。

 バラバラになって地面に転がるジュウオウキューブたち。

 

 その光景を見て、ナリアが小さく鼻を鳴らす。

 

『……奴はジュウオウジャーの仲間じゃない?

 ―――まあどうでもいいことでしょう。

 これから奴はジニス様の玩具、それ以上でも以下でもない』

 

 砕けたトウサイキングを無視して、ナリアは再びキューブホエールと相対する。

 赤いクジラの攻撃は止まない。無差別にミサイルを吐き出すまま。

 慟哭染みた声を上げ、ひたすら彼は周囲を拒絶し続ける。

 

 

 

 

「やべぇな、ありゃ」

 

「で。そのやべぇのをどうするんだ、船長」

 

 サーベルを片手にゴーカイブルーが問いかける。

 問われたレッドが周囲の転がった巨大キューブを前に、小さく舌打ちした。

 

「……仕方ねえ、全員あそこから引っ張り出すぞ」

 

 言って、ゴーカイバックルを押し込む。

 そのバックルが回転して出てくるのは、ゴーゴーファイブのレンジャーキー。

 彼の様子に頷いた他の船員もまた、ゴーカイバックルを押し込んだ。

 

 そんな中、ゴーカイシルバーとなった鎧が腕を組む。

 

「じゃあ俺は……やっぱりゴーゴーファイブと言えばゴーライナー!

 その繋がりで言えばマジシャイン!

 いやここはしかしトッキュウ6号という選択肢も……!」

 

 そう言いながら取り出すマジシャインとトッキュウ6号のレンジャーキー。

 それを持ちながらあーでもないこーでもない、と。

 いつも通りの船員に溜め息一つ。気にもせずにモバイレーツを取り出し―――

 

 瞬間、鎧の後ろに放たれた光線に動きを止めた。

 

「鎧!!」

 

「へ?」

 

「記憶、いただきィ―――ッ!」

 

 ヤバングレイトから放たれた光で降りてきたバングレイ。

 彼の右腕が後ろからゴーカイシルバーを鷲掴みにした。

 

 即座に反応し、ジョーとルカが振るう剣。

 さっさと相手の頭を手放し、バックステップでバングレイはそれを躱す。

 そうして着地すると同時、彼の目が怪しく輝いた。

 

「チッ……! 何を読み取られた!」

 

「分かりません! ごめんなさい!」

 

 ―――バングレイの前で空間が揺らぐ。

 

 現れるのは銀色の装甲。

 その存在は右手に銃を握り、赤い目を明滅させる。

 ゴーカイジャーたちを見回した彼は、低い声で状況を口に出した。

 

「―――戦隊粒子反応確認。破壊! 破壊! 破壊!」

 

 仇敵を見つけたようにそう捲し立て、彼は光線銃・バイバスターの銃口を跳ね上げる。

 迸る閃光。超速の発砲により放たれる光線が、ゴーカイジャーを襲った。

 攻め寄せる光線をサーベルで切り払い、揃って蹈鞴を踏む。

 そんな中で、マーベラスが舌打ちした。

 

 地面を必死に転がってその攻撃を躱しながら、ハカセが声を張り上げる。

 

「マーベラスの部下だった奴!」

 

「フリだったって言ったろ! 久しぶりじゃねえか、シルバ―――!」

 

 敵の名を言葉に乗せながら、ゴーカイレッドがゴーカイガンを向ける。

 それに呼応し、動き出す他の船員たち。

 息を合わせ、ゴーカイジャーたちが一斉に銃撃を浴びせる。

 

 その攻撃の最中にありながら、シルバと呼ばれた戦士がマーベラスを見た。

 

「我が名はシルバ! 戦隊、そしてライダーを狩るハンター!

 海賊戦隊ゴーカイジャー……キャプテン・マーベラス! 貴様たちを破壊し、俺は再び大ザンギャックを創り上げ―――この世界に蔓延る戦隊とライダーの粒子を全て消滅させてやる!」

 

 ゴーカイガンでの一斉射撃をものともせず、シルバは立ち誇る。

 その姿を見ながら肩を竦め、ゴーカイイエローが船長を見た。

 

「……だって。どうすんのよ、大ザンギャックの初代皇帝的に」

 

「……はぁ。決まってんだろ、やれるもんならやってみやがれ!」

 

 マーベラスがゴーカイレッドのレンジャーキーを手に取る。

 それに従うように、船員たちも己のレンジャーキーを手にした。

 キーを差し込むのは、手にしたゴーカイサーベルのシリンダー。

 

〈ファイナルウェーブ!!〉

 

 起こしたシリンダーにキーを差し、倒す。

 解放されたレンジャーキーの力が刀身をそれぞれの色に輝かせる。

 

「ゴーカイスラッシュ!!」

 

 五人揃えて振り抜く刃。

 斬撃が光の軌跡を描き、衝撃となってシルバへ向け押し寄せる。

 

「ゴォオオオオカイッ! シューティングスタァアアアアッ!!」

 

 一人、サーベルではなくゴーカイスピアを手にしていたシルバー。

 彼も同じように自身のキーを武器に差し込み、エネルギーを解放する。

 力を高めた槍を手に跳んだ彼が、全身を捻りその槍を投擲した。

 その名の通り流星の如く降り注ぐ銀色の光芒。

 

 押し寄せる六つの光を見据え、シルバは両腕を交差させる。

 

 直撃する斬撃と流星。

 着弾と同時に弾ける圧倒的なエネルギー。

 その只中にあり、しかしシルバは揺るがず耐えきってみせた。

 

 ガラン、と。

 音を立てて地面に落ちるゴーカイスピア。

 それを踏み付けながら、シルバが両腕を振り上げる。

 

「この程度で……私を倒せると思うな!」

 

 光るバイバスターの銃口。

 回避の合間に何とか銃撃で反撃を差し込みつつ、しかし敵の発砲速度に圧倒される。

 押し切られると判断し、即座に回避に移るアイム。

 彼女が口惜しげに呟いた。

 

「私たちだけでは難しい相手かもしれません、ね!」

 

 数で勝るこちらの銃撃と比べてなお、銃撃の密度で押し込んでくる。

 そんなシルバへ斬り込む隙を窺いながら、アイムの言葉に肩を竦めるジョー。

 

「仮面ライダーを全員倒すためにマーベラスが従えてた奴だからな」

 

「うるせえな! お前らいちいち!!」

 

 そんな船員たちに怒りながら声を張り上げ、マーベラスは銃撃を撃ち返した。

 

 シルバはそれを意にも介さず逆に反撃の密度を濃くする。

 そうしている中で、微かにその首を揺らして乱入者を事前に察知。

 新たなる敵にも銃を向け、攻撃を開始した。

 

「ライダー粒子反応検知! 破壊! 破壊!」

 

 バイバスターの光線が降り注ぐ。

 全てを焼き払い、消滅させる破壊の光。

 

 ―――それを全て正面から受け止め、彼は踏み止まった。

 

〈デカイ! ハカイ! ゴーカイ! フューチャリングキカイ! キカイ!〉

 

 ―――銀色の装甲の前に立ちはだかるのは、黄金の装甲。

 光線銃の雨を浴び、しかしフューチャリングキカイは持ち堪えてみせる。

 全身から白煙を上げながら、その場で堪えるライダーウォズ。

 

 その肩を足場に、ジオウが空に跳ぶ。

 

〈ファイナルフォームタイム! ガ・ガ・ガ・鎧武!〉

 

 空中にで大橙の鎧に換装し、ディケイドアーマーが落下する。

 背に現れた二振りの旗を手に持ちながら目掛けるのは当然、ハンター・シルバ。

 

 即座に銃口を上げたシルバの放つ迎撃の光線。

 そして大上段から振り抜かれるカチドキ旗。

 それらが激突。光線が爆ぜて周囲に散らばり、一帯を焼き払った。

 

「っ……!」

 

 弾かれたジオウが着地。

 その場に落ちていたゴーカイスピアを踏み付けながら、後ろへと滑っていく。

 拾いに出てきた鎧に対し、彼はその槍を蹴り飛ばす。

 

「ライダー粒子反応増大! 戦隊! ライダー! 共に完全に抹殺する!!」

 

 ライダーを前にした事で余計にヒートアップするシルバ。

 爛々と輝くその赤いゴーグル状の目を見て、ソウゴが横に並んだ鎧に振り向いた。

 

「で、何こいつ?」

 

「マーベラスさんの昔の部下です!」

 

「いい加減にしとけよテメェら!!」

 

 言い放った鎧の脛を蹴り付け、マーベラスが前に出る。

 足を蹴られたゴーカイシルバーが、脚を抱えて跳び上がった。

 

「酷い、マーベラスさん! 俺だけ!」

 

「こういう時はギリギリまで見極めてからかうのよ。あんたはやりすぎ」

 

 そんな彼の肩を叩き、ゴーカイイエローがサーベルを担ぎ直す。

 

「敵だ、敵! 俺たちとオーズで倒した奴だ!」

 

「オーズ? へえ」

 

 目の前のやり取りを見ながら、シルバがバイバスターを構えた。

 銃口に集う光。それが臨界まで高まり―――

 

「二度とは敗れん―――! 次に消えるのは、お前たちの粒子だ!!」

 

 言いながらバイバスターが向くのは地面。

 吐き出される光線が大地を裂き、粉塵を巻き上げる。

 まるで姿を隠すような破壊の軌跡。

 

 それを前にして、ゴーカイレッドが体勢を低くした。

 

「―――バングレイのための目隠しか! 近づかれんぞ、注意しろ!」

 

 シルバのコントロールはバングレイにあるのだろう。

 だとすれば、彼が有利に動くために行動させられるはずだ。

 バングレイからすれば、記憶から再現する戦力は多い方がいいに違いない。

 これはそのための煙幕であり―――

 

「半分正解!」

 

「――――!」

 

 声を張り上げたマーベラスの背後から、バングレイが声を迫る。

 即座に振り向き、ゴーカイサーベルを振り上げる彼。

 

 ―――その背後に、爆炎が巻き起こった。

 

「なに……っ!?」

 

「宇宙船―――! 白ウォズ!!」

 

 構え直した瞬間、ゴーカイレッドの背後に着弾するヤバングレイトの支援砲撃。

 その爆風に背を押されたマーベラスが、バングレイの方へ吹き飛ばされた。

 それを右手で受け止めてみせるバングレイ。

 掴まえる場所は当然、マーベラスの頭に他ならない。

 

「やれやれ―――!」

 

 ソウゴの声に仕方なさそうにライダーウォズが動く。

 フューチャリングキカイからヤバングレイトに向け放たれる力。

 それが無人操舵となっていた彼の宇宙船のコントロールを奪い取る。

 

 ゴーカイレッドの腹に足を叩き込みつつ、バングレイが舌打ちした。

 ヤバングレイトが乗っ取られた、と理解したが故に。

 

「やってくれるじゃねえか! んじゃまあ、こっちも追加オーダー入れとくぜ!」

 

「チィ……ッ!」

 

 間合いを離される直前、振り抜かれるサーベル。

 それを左腕のフックで打ち払いながら、バングレイは右腕にバリブレイドを握り直した。

 レッドの背中を受け止めるブルー。

 ジョーはマーベラスを押し返しながら、彼に問いかけた。

 

「何を読まれた!」

 

「知るか!」

 

 銃撃の雨に対抗するバングレイが腹から放つ砲撃。

 砲弾が空中で相殺し、拡がる爆発の中。

 笑い声混じりにバングレイが彼らの問いに答えを投げつけた。

 

「俺の選ぶ記憶はいつも、そいつにとって強烈に焼き付いた苦い記憶さ!

 テメェの心に訊いてみな! どんな奴を出されたらテメェが一番苦しむかをよ!」

 

「生憎だな! 俺は、そんな殊勝な心はしてねえぜ!」

 

 ゴーカイレッドがサーベルを跳ね上げ、バングレイに向け走り出す。

 更にバックルから二本のレンジャーキーを取り出そうとし―――

 

「へぇ! つまり今でも俺が一番怖いわけ。

 ザンギャックの皇帝や、ダマラスのオッサンよりって事でしょ?

 そんなに俺の事忘れられないなんて、嬉しいこと言ってくれるじゃないの!」

 

「―――――ッ!!」

 

 その間に立ち塞がった相手と、途中でサーベルの刃を重ね合わせた。

 人間態のまま立ちはだかるよく見知った顔に、マーベラスが言葉を詰まらせる。

 

 ゴーカイサーベルと鍔迫り合いする刃、カリブレード。

 二振りの刃越しに視線を交わし、乱入者は楽しげに微笑んだ。

 

「久しぶり、マベちゃん!」

 

「バスコ……ッ!」

 

 黒い海賊帽に深緑のシャツ。

 その上から赤いショールを引っ掛けた優男。

 彼は外見からまるで想像のつかない力で、ゴーカイレッドと斬り結ぶ。

 

「どう? 二度と顔を合わせないと思ってた相手とこうしてまた会う体験。

 喜んでくれると、俺も嬉しいんだけどねぇ!」

 

「……ッ、は! 大人しく死んでりゃ黒星増やさねえで済んだのによ!」

 

「言うねぇ。ま、先に死んだのはこっちだから仕方ないけど。

 ―――けど、もう前と同じやり方は食らわない」

 

 金属の擦過音を響かせ、互いの剣が弾け合う。

 その瞬間、バスコと呼ばれた男―――バスコ・タ・ジョロキアは変貌した。

 両肩に髑髏をあしらった赤い怪物に。

 

「マベちゃんを調子づかせたまま死んでるのもあれだしさぁ……

 今回はそっちが死のうか、マーベラス」

 

 瞬間、赤い怪物が音さえ置き去りにして奔った。

 マーベラスがゴーカイバックルを動かす暇さえなく、赤い閃光は彼を斬り刻む。

 全身から火花を散らし、ゴーカイレッドがくずおれた。

 

「ぐぁ……ッ!」

 

「マーベラス!!」

 

 駆け寄ろうと剣を構え直すジョー。

 そんな彼が一歩目を踏み出した瞬間、バスコはそこにいた。

 振るわれるカリブレード。即座にゴーカイサーベルが迎え撃つ。

 刃を二度交わし、その手応えに更に斬り込もうとしたゴーカイブルー。

 が、次の瞬間には火花を上げて、地面に沈む。

 

 彼を撃ち沈めた銃、カリブラスターをくるりと回して肩に乗せ。

 バスコは軽く鼻を鳴らした。

 

「ハカセ!」

 

 ルカが声をかけながらゴーカイガンを投げる。

 慣れた手順での戦闘準備。

 ルカがガンをハカセに渡し、ハカセがサーベルをルカに渡す。

 二刀のルカと双銃のハカセに陣形を変えるための行動。

 

「行くよ、ルカ!」

 

 だからこそハカセもそれに対してサーベルを投げ―――

 

 そこに割り込んだバスコが、空中で交差するサーベルとガンを掴み取った。

 カリブレード、カリブラスターを既に収めている。

 ゴーカイサーベルとガンを手に、まずその銃口をハカセに向けた。

 

「ぅわッ……!?」

 

 飛んでくるはずの銃を掴み取ろうとしていたゴーカイグリーンを撃墜。

 すぐさま次にゴーカイイエローへと視線を向ける。

 

「ッ、あんた……!」

 

「―――ルカさん! こちらを!」

 

 アイムから投げられるゴーカイサーベル。

 ルカは即座に自分からそれへと飛び込み、掴み取る。

 更にバックルから呼び出すのは、ゴーカイイエローとキレンジャーのキー。

 

 元々手にしていた剣と受け取った剣。

 両方のシリンダーに呼び出したキーを差し、持ち手をワイヤーに絡めた。

 黄色の輝きを刃に帯びる剣を、縦横無尽に奔らせバスコに向ける。

 

〈ファイナルウェーブ!!〉

 

「一気にぶっ倒してやるわ!」

 

 宙を舞う刃を見上げるバスコ。

 彼の視界の端を飛んでいく、一丁のゴーカイガン。

 

「アイム!」

 

 それを投げたハカセからの声で、ゴーカイピンクが掴み取る。

 自身のと合わせ二丁拳銃。

 二つの銃のシリンダーに装填するのは、ゴーカイピンクとモモレンジャーのキー。

 

〈ファイナルウェーブ!!〉

 

「ルカさん! 合わせます!」

 

 ルカとアイムと、そしてもう一人。

 バスコを三人でトライアングルに囲い込む位置取り。

 そこを陣取った鎧が声を上げ、ゴーカイバックルを押し込んだ。

 15のレンジャーキーが飛び出し、彼の手の中に一つの黄金のキーを創り出す。

 

「同時に仕掛けます! ゴーカイチェンジ!」

 

 ゴーカイセルラーに差し込まれる、ゴールドアンカーキー。

 シルバーの姿を錨から変形したような黄金の鎧が覆う。

 胸に15の伝説の戦士の顔を浮かべ、ゴーカイシルバーが力を漲らせた。

 

〈ゴーカイシルバー! ゴールドモード!!〉

 

 彼の手の中でゴーカイスピアが変形し、錨になる。

 ゴーカイスピア・アンカーモード。

 そのシリンダーに差し込まれる、ゴーカイシルバーのレンジャーキー。

 ゴールドモードに宿る力全てを解き放ち、彼は錨を大きく振り上げた。

 

〈ファイナルウェーブ!!〉

 

「ゴーカイスラッシュ!!」

 

「ゴーカイブラスト!!」

 

「ゴォオオオカイッ! レジェンドリィイイイイイイイムッ!!」

 

 囲まれた中心に押し寄せる三色の光。

 それを首を巡らせ眺めながら、バスコはつまらなそうに腕を胸の前で組んだ。

 黄色の斬撃。桃色の銃撃。黄金の極光。

 全てが同時に着弾し、バスコの立つ地面が捲り上がり、光の柱がその場に聳え立った。

 

「これなら……!」

 

「―――悲しいなぁ。もう忘れちゃった?

 マーベラス抜きの五人で必死に力を合わせて……俺に手も足も出なかったこと。

 五人でどうにもならなかったのに、三人でどうにかなるわけないっしょー」

 

 ―――光の中から、赤い怪物が歩み出る。

 歩み出ながら彼は片手に持ったゴーカイサーベルを投げ捨てた。

 代わりにカリブラスターを抜き、ゴーカイガンと共に双銃として構える。

 

 開始される銃撃。

 まずはゴーカイシルバーが沈み、次いでピンク。

 最後にイエローが撃墜される。

 

 倒れ伏した相手たちを見下げ、バスコはカリブラスターを肩に乗せた。

 そのままトドメを刺して回るために歩みだそうとして―――

 

「―――まずは、俺との黒星を返上してから行くんだな」

 

「……前に負けた時は、足を縫い留められたからだったなぁ……

 ―――言ったっしょ、二度と同じ手は食わないって。

 お前に勝ち目はないよ、マーベラス。それどころか、お前は俺に追いつけすらしない」

 

 真っ先に復帰してきたゴーカイレッド。

 首を動かし彼を見て、バスコはゴーカイガンを放り捨てた。

 代わりに抜くのはカリブレード。

 再びカリブレードとカリブラスターで武装し、彼はゴーカイレッドと対峙した。

 

 サーベルとガンを引っ提げ、ゴーカイレッドが微かに頭を揺らす。

 

「……お前はもう勝てねえよ。俺どころか、誰にもな」

 

「はぁ?」

 

「お前にはもう、何かを得る為に捨てるもんが何も残ってねぇだろ。

 だから、今のお前じゃ勝利は得られねえのさ。二度とな」

 

 そう言ってサーベルの切っ先を突き付けるゴーカイレッド。

 カリブレードの柄を指で叩きながら、バスコは体ごとマーベラスに向き直る。

 

「―――教えてやるよ、バスコ。

 お前は捨てるべきじゃねえもんまで捨てたから……永遠に俺に負け続けるんだってな!」

 

「……言うじゃない。その説教臭いとこ、あの赤いオッサンによーく似て来たよ。

 だったら、教えてもらおうか。俺をお前が負かせるかどうか!!」

 

 ゴーカイレッドが駆け出し、振るわれるゴーカイサーベル。

 バスコが待ち受け、振るわれるカリブレード。

 二振りの剣が激突し、火花を散らした。

 

 

 

 

 フューチャリングキカイのショルダーから射出されるアンカー。

 それをシルバが肘から飛び出したニードルで迎撃する。

 地面に叩き落とされ、転がっていくアンカー。

 

 ワイヤーを巻き戻し、引き戻しながらライダーウォズがジカンデスピアを掲げた。

 

〈フィニッシュタイム! 爆裂DEランス!!〉

 

「破壊! 破壊! 破壊!」

 

 投げ放たれる力を纏った槍。

 それに対するのは破壊光線の雨。

 

 圧倒的な破壊の奔流に呑まれ、ジカンデスピアが突き進めずに地に落ちる。

 槍を押し流し、逆にライダーウォズまで届く光線の嵐。

 それに見舞われ、彼は地面に転がった。

 

「思った以上のパワーじゃないか……ライダーハンター・シルバ。

 流石は大ザンギャック皇帝、マーベラスの親衛隊だ」

 

「あっちも大変そうだからツッコミはないよ?」

 

 ジオウがジカンギレードをジュウに変えながら、彼にそう言う。

 ちらりと背後に視線を向けてみる。

 すると、ゴーカイレッドとバスコ・タ・ジョロキアの死闘が開幕したところだった。

 

 やれやれと手で示し、白ウォズが立ち上がる。

 

「そもそも私は君たち待ちなんだがね?」

 

「そう? じゃあ行こうか」

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

 鎧武フォームとなったディケイドアーマーが一歩前に出る。

 腰だめに構えたジカンギレードに装填するのは、バースのウォッチ。

 前に出てきたジオウに対し、バイバスターの銃口が向く。

 

〈スレスレシューティング!!〉

 

「ライダー粒子反応は全て―――破壊だ!」

 

 光線の雨。それに対し、オレンジ色のメダルが無数に吐き出された。

 マシンガンの如く吐き出されるメダルの津波。

 銃撃のぶつかり合いが互いの間で拮抗し―――

 しかし少しずつ。衝突点がジオウ側へと寄っていく。

 

 徐々に圧され始めたその状況で、ソウゴが叫んだ。

 

「ツクヨミ!!」

 

〈エクシードチャージ!〉

 

 ジオウと撃ち合うシルバの背後で、白衣が翻った。

 その手に握られたファイズフォンXの銃口が、強く赤く輝いた。

 

「はぁあああ――――ッ!」

 

「ッ!?」

 

 シルバが驚愕して首だけ振り返らせる。

 相手は何の粒子反応もなかった場所にいた、ただの人間だ。

 だというのにその人間が放った攻撃から、ライダー粒子反応を極めて強く検知した。

 

 だが反応するには既に遅い。

 シルバの射撃は圧倒的速度を誇るが、今まさにジオウと撃ち合いの最中だ。

 事前に察知できていれば違っただろう。

 だが相手は、ライダーと戦隊の粒子反応を探れる彼の死角から現れた人間。

 彼女を撃ち落とすには、余りにも反応が遅れていた。

 

 背中に突き刺さる赤い光。

 それがシルバの体を覆い、一瞬だけだが彼の動きを完全に止める。

 

「白ウォズ!」

 

「では、ご案内だ」

 

 ―――シルバの頭上に影が出来る。

 

 上から落ちてくるのは青い船体。

 キカイの力でコントロールを奪った、ヤバングレイトに他ならない。

 単純に圧倒的な質量の塊であるそれを、白ウォズは最大船速で突撃させる。

 

 墜落、撃沈、爆発、炎上。

 その場に巨大な炎の柱が立ち、シルバの姿が呑み込まれた。

 

 戦隊及びライダーの狩人、シルバ。

 その最後はゴーカイジャーと仮面ライダーオーズが力を合わせた結果の撃破。

 仮面ライダー単体、あるいはスーパー戦隊単体では倒せないほどの強敵だ。

 

 だがしかし。今目の前にいるシルバは、バングレイの作ったコピー。

 痛打を与えれば光になって消える、という特性を持つ存在だ。

 ならば――――

 

「これほどの威力の攻撃であれば、十分に条件を……」

 

「―――破壊……! 破壊! 破壊!

 目の前に広がる戦隊とライダーの粒子を破壊するまで、俺は消滅しない!!」

 

 白ウォズの言葉を遮り、銀色のボディは炎の中から舞い戻る。

 灼熱に照らされ赤く輝きながら、ハンター・シルバは目の前の敵を見据え銃口を上げた。

 

 その執念に白ウォズが肩を竦め、腕を構え直す。

 

「こいつは、ライダーと戦隊と力を結集しないと倒せないかもね」

 

 ジカンギレードをケンに変え、ヘイセイバーを抜くジオウ。

 ソウゴは爆炎の中で崩れ落ちていくヤバングレイトを見て、軽く息を吐く。

 あれほどの質量に直撃され、シルバは未だにピンピンしている。

 

「いま白ウォズがバングレイの船落としたのに。

 白ウォズとバングレイで何か違う力同士が少しでも結集したことになって、ちょっとくらいダメージを受けてることになったりしない?」

 

 適当な事を言いながら剣を構え直す彼に、ツクヨミは背後で溜め息を吐いた。

 

「ならないでしょ……」

 

 

 




 
こいつまたキカイダーとハカイダーやってるな。
 


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制覇!王者の中の王者!2016

 

 

 

 高台でギフトとキューブホエールの戦闘を見つめるディエンド。

 彼は手の中で大王者の資格を弄びながら、背後に現れた気配の正体を察する。

 振り返ってみれば、そこにいるのは青い怪人、バングレイ。

 

 バングレイもまた、今に至るまでの状況はおおよそ把握している。

 鎧の記憶を覗いた時点で、情報は収集できていた。

 

「なるほどねぇ、そいつが巨獣ちゃんを目覚めさせる鍵だったってわけ。

 愛しの巨大クジラちゃんを起こしてくれて、バリ感謝! ってか?

 でよぉ、ものは相談なんだが……」

 

 バリブレイドで肩を叩きながら、バングレイがディエンドを見据える。

 

 対し、海東は手の中で大王者の資格をくるりと回した。

 掴み直したお宝を手に、彼は小さく微笑む。

 

「この大王者の資格も欲しいって?」

 

「ああ! そうそう、それそれ!

 それさぁ……風切大和の目の前でぶち壊してやったら、どんな顔するか見たくてさぁ!」

 

 肩に乗せた剣の柄を指で叩き、バングレイが嗤う。

 そんな怪人の様子に肩を竦め、海東は彼の奥に見える光景に視線を向けた。

 

 バングレイの船が墜落して爆発炎上。

 戦場に炎の柱を立てて、吹き飛んでいく様を見る。

 

「帰りの足を無くしたみたいだけど、随分と余裕じゃないか」

 

「―――ああ、まあな。宇宙海賊の船が近くに来てるらしいしぃ?

 一緒に乗せてもらえりゃ何とかなるんじゃねえ?」

 

 そう言って、バングレイは剣を握った右腕の指を振る。

 

 確かに、バングレイの能力ならばそれも容易い。

 マーベラスの記憶を読み、彼らの船がどこにあるかは把握したのだろう。

 

 後は誰かの記憶からキャプテン・マーベラスを再生すればいい。

 そうして船長のコピーに呼び出させたうえで、乗っ取ってしまう。

 それだけでゴーカイガレオンはバングレイのものだ。

 本人たちを倒せれば、の話だが。

 

「それにもう一つ……考えが浮かんだわけよ。なあ?」

 

 言いながら首を捻り、ディエンドを見据える六つの目。

 彼の視線が自身の頭を見ていると理解し、小さく息を吐く海東。

 致し方なし、と。彼はホルダーからカードを抜く。

 

「生憎だが、僕は利用されるのが大嫌いでね。

 君は君で勝手にやりたまえ。僕の邪魔をするなら―――容赦はしないよ」

 

 ディエンドがカードを銃に差し込み、展開させる。

 その流れで突き出される銃口。

 

 攻撃の予兆に対し、即応したバングレイ。

 彼が大剣を振るい、同時に腹から砲撃を放った。

 衝撃波と弾幕を前に、ディエンドライバーがカードを読み込む。

 

〈カメンライド! カイザ! 斬鬼! スカル!〉

 

 Xの字が描かれた頭部。

 黄金に輝く二本並んだラインを全身に走らせる戦士。

 即ち仮面ライダーカイザ。

 

 深緑の体に額に生やした一本角。

 エレキギター型の武装を手に引っ提げた鬼。

 即ち仮面ライダー斬鬼。

 

 黒いボディに、骸骨を思わせるマスク。

 左手に持った白い帽子を頭に乗せ、彼は帽子のつばで顔を隠した。

 即ち仮面ライダースカル。

 

 召喚されたライダーたちが、即座に動く。

 

 放たれた剣撃を音撃弦・烈雷で切り払う斬鬼。

 雪崩れ込む銃撃をスカルがスカルマグナムによる銃撃で撃ち落とし―――

 主武装・カイザブレイガンをブレードモードに変えたカイザが走る。

 

「じゃ、後はよろしく」

 

 ひらりと手を振り、ディエンドはそう言い残しながら背を向ける。

 バングレイなど一切相手をするつもりはない。

 彼はキューブホエール確保のために動き、その高台から飛び降りようとして、

 

「―――ああ! やると思ってたぜ!」

 

 高速移動に入ったバングレイがカイザを抜き去り、ディエンドに向かう。

 その動きに遅れ、足を止めるカイザ。

 斬鬼とスカルもまた、擦り抜けていく怪人の動きを追って振り返り―――

 

 彼らの目の前で、ディエンドの頭部にバングレイの右腕が掠めた。

 

 飛び降りずにその場に留まり、右手を引き戻すバングレイ。

 飛び降りて空中にありながらディエンドが振り返り、足を止めた相手を見る。

 今の接触で記憶を読めたのかどうか分からないが―――

 

 止まったバングレイの背後で、召喚ライダーたちが武装を構え直していた。

 このタイミングなら何か再現されても諸共に巻き込めるだろう。

 更に海東自身も更にカードを引き抜くと、ディエンドライバーにセットする。

 

「僕から記憶を盗もうなんて、随分とやってくれるじゃないか。

 ただ、僕が大人しく盗ませるとは思わないで欲しいな」

 

 三人の攻撃が彼の背中に直撃した瞬間、トドメに決めるつもりで。

 ディエンドはドライバーのグリップに手をかけつつ、空中で体勢を変えた。

 そんな姿を見ながらも、バングレイは余裕を持って目を輝かせる。

 

「いやぁ? 借りるだけだよ。借・り・る・だ・け!

 とりあえず……新しい足を捕まえるまで、代わりになりそうなもんをよ!」

 

 言い放つと同時、輝くバングレイの黄金の瞳。

 

 ―――瞬間、大地が砕けた。

 高台を粉砕しながら地面を突き破り、頭を出してくるのは巨大な銀色の頭。

 圧倒的な巨体が、丘を爆砕しながら空へと飛び立った。

 

「――――クライス要塞……!?」

 

 銀色の昆虫のような巨大空中要塞―――その名をクライス要塞。

 地球征服を目論んだクライシス帝国の地球侵略前線基地。

 同時に、仮面ライダーディケイドによって大ショッカーの旗艦として使われたもの。

 

 それに砕かれた高台にいた召喚ライダーが、巻き込まれて消滅する。

 要塞の飛翔が起こした衝撃で、空中で更に吹き飛ばされるディエンド。

 彼の視界が、要塞が向かって行く天空にもう一つの巨大な影を見た。

 

「……ギガントホース……!」

 

 空を見上げる事になった海東の視界に入る、2頭の馬に牽かれた戦車の如き大戦艦。

 宇宙帝国ザンギャックが地球侵略に使用した旗艦・ギガントホース。

 それを見つけた瞬間、ギガントホースの全砲門が赤く輝いた。

 

「チィ……ッ!」

 

〈ファイナルアタックライド! ディ・ディ・ディ・ディエンド!!〉

 

 攻撃のために準備していたドライバーを空に向ける。

 カード状のエネルギーを円を描くように並べたリングが前方に並ぶ。

 引き金を引けば、銃口から吐き出された青い光がその環を通り肥大化していく。

 

 青い極光はそのまま空へと奔り――――

 逆に空から降り注ぐ戦艦の砲撃に呑まれ、消滅した。

 

 

 

 

「ヒャハハハハ! バリスゲーじゃん! さっすが宇宙帝国ザンギャック!

 海賊なんぞに潰された帝国にしちゃあ、いいもん持ってんじゃーん!」

 

 クライス要塞の頭部に乗ったバングレイ。

 彼が右手に握るのは鷹のエンブレム。

 そしてそのエンブレムが合わさるのだろう、一枚のプレート。

 その玩具を振り回しながら、彼は嬉々として爆笑した。

 そうやって笑いながら、彼は足でがんがんと要塞の頭部を蹴り付ける。

 

 ひとしきり笑った彼が顔を持ち上げ、キューブホエールを見た。

 ギフトカスタムと戦闘を続けるその巨獣。

 

 まずはあの周囲のもの全てに噛み付くような性格の矯正だ。

 すぐに殺すのは趣味じゃない。

 思うさま甚振り尽くしてから、殺して捨てるのがバングレイ流。

 

「っと、」

 

 そこまで考えて、気付く。

 ディエンドの持っていた大王者の資格の回収を忘れていた。

 面白い玩具を手に入れて、近頃の鬱憤が爆発してしまっていたのだろう。

 

 クライス要塞の頭から身を乗り出し、眼下の様子を確認する。

 今ので壊していた、なんてことになったら笑い話にもならない。

 いや、風切大和の前で笑い話として話してやるのはありかもしれないが。

 

「お。ははは! なんだ、バリ頑丈じゃねえか」

 

 変身解除して地を這いずる海東大樹を見つけ、彼は楽しげに笑う。

 彼は這いつくばりながらも、未だに大王者の資格を持っていた。

 

 ―――手にしていたプレートとエンブレムをクライス要塞に放り込む。

 更にクライス要塞とギガントホースをギフトカスタムへと差し向けた。

 そうして動き出した要塞の上から、バングレイは獲物目掛けて飛び降りる。

 

 

 

 

「ギガントホース……!?

 ―――ディエンドの野郎、記憶を読まれやがったか……!」

 

 バスコと鍔迫り合いしながら、空に浮かんだ要塞にマーベラスが視線を逸らす。

 その瞬間、カリブラスターの銃口が火を噴いた。

 即座に顔を横に倒し、銃弾を躱す。

 

 側頭部を掠めていく弾丸が火花を散らした。

 それによろめいたゴーカイレッドの腹に、バスコの蹴撃が突き刺さる。

 マーベラスが離れた瞬間、銃撃の嵐がバスコに向かう。

 が、銃弾を凌駕する速度でカリブレードを振るう彼は、全てを切り払う。

 

「人のこと言えないんじゃない、マーベラス。

 現にこうやって、俺ひとりに纏めてボコボコにやられちゃっててさぁ。

 さっきの威勢のいい啖呵はどこ行っちゃったんだか」

 

 ブレードを軽く振るい、バスコはそう言って笑う。

 蹴り飛ばされたマーベラスが体勢を立て直す。

 そうした彼は微かに顔を傾け、バスコの背後で行われている戦闘に視線を送った。

 

 シルバに斬撃を浴びせ、しかし逆にニードルでの反撃を受けるジオウ。

 拮抗は一瞬。ジオウの方がすぐに押され始める。

 そんな中でマーベラスとソウゴの視線が一瞬交わり―――

 

 彼は肩を竦めて、背後の船員に向け指示を飛ばす。

 

「はぁ……おい、お前らはシルバの方に行け」

 

「……一人でバスコとやる気か?」

 

 ゴーカイサーベルを両手に持つブルーが問う。

 

 バスコは確かに最終的にマーベラスが一騎打ちで降した相手だ。

 だがその勝負は紙一重。

 マーベラスが死んでいても―――両者相討ちでもおかしくない結果だった。

 

 再現とはいえ、実力は本物同等。

 そんな相手を一人で相手にするなど、幾らマーベラスであっても……

 

「いや。さっさとバスコを始末する気だ」

 

 だが彼は自信満々にそう言い切った。

 そうして、彼が首だけ捻って顔を後ろに向ける。

 

「―――俺がお前たちに嘘を吐いたことがあるか?」

 

 余りにも何の衒いもなく吐かれた言葉。

 それに思わず頷きそうになり―――しかしハカセがはたと止まった。

 

「……いや、すっごい嘘吐かれたことあるけど?」

 

「あたしたちはその言葉聞く前にやられてたけど、よく言えたもんだわ」

 

「マーベラスさんにはマーベラスさんなりのお考えがあったのは分かりますが……」

 

 呆れながらワイヤーを引き戻し、剣を回すルカ。

 彼女の隣で銃口を下ろし、アイムが困ったように首を傾げる。

 そんな二人の前に出て、精一杯フォローするように声を荒げる鎧。

 

「自信満々に言い切ることで相手に深く考えさせずなあなあで済ませる!

 流石はマーベラスさん! なんかこう……凄いです!」

 

 ゴーカイシルバーを小突きながら、更に前に一歩踏み出すレッド。

 イエローはそんな彼の後ろで肩を竦めてみせた。

 

 ―――前に出るマーベラスの背を目で追うブルー。

 彼に対して、船長はもう一度問いかける。

 

「なら、それでもう俺のことは信じられなくなったか?」

 

 そんな問いに対し、ジョーは大きく溜め息を吐く。

 

「……さぁな。ただ一つ言えることは……

 俺たちはまだ、海賊戦隊ゴーカイジャーだってことだけだ」

 

 ジョーの言葉に同意するように、四人が笑う。

 彼ら船員を背にして、船長もまた笑う。

 対するバスコが剣の切っ先を揺らしながら、鼻を鳴らした。

 

「へえ。マーベラス、部下を一度裏切ったんだ。

 そういうとこ、ますますアカレッドに似たんじゃない?

 時間の流れってのは残酷だねぇ。

 あの可愛かったマベちゃんが、あんなろくでもない赤いオッサンに似てくるなんて」

 

 その言葉には反応せず、五人が戦場を移す。

 自分に見向きもせず去っていく五色のゴーカイジャー。

 ただ一人残ったゴーカイレッドと対峙しながら、バスコは武器を握り直した。

 

「気持ち悪い事言ってんな。さっさと終わらせるぞ、バスコ」

 

「はいはい、さっさとね。さっさと――――」

 

 瞬間、バスコが体を横に振って体勢をずらす。

 直後にバスコがいた場所に突き出される剣の切っ先。

 背後から強襲した剣を目に、彼は小さく笑った。

 

「普通に戦っちゃ勝てないから、一騎打ちに見せかけて不意打ち?

 いいじゃないの! マーベラスもそういうことするお年頃?

 アカレッドだけじゃなくて俺からも学んでくれてて、嬉しくなってくるねぇ!」

 

 その切っ先―――ヘイセイバーをカリブレードで打ち払う。

 直後、ディケイドアーマー鎧武フォームに降り注ぐカリブラスターの弾丸。

 全身から火花を噴き散らし、ジオウが押し返される。

 

 そうなった瞬間、ゴーカイレッドが走り出した。

 

「―――やれ!!」

 

「ああ、行くよ――――!」

 

〈フィニッシュタイム! ギリギリスラッシュ!!〉

 

 ヘイセイバーを弾かれながら、ジオウはもう一振りの刃を大地に突き立てる。

 地面を通じ、バスコの周囲で膨れ上がるエネルギー。

 それを感じながら、彼は一切の余裕を崩さない。

 

「無駄だって。これでもマーベラスに負けたこと、反省してんのよ?

 動きを止められるような真似は、二度とさせないって―――」

 

 この攻撃は自分を拘束するためのもの。

 動きが封じられたバスコに対し斬り込み、マーベラスが決めるためのものだろう。

 だが、バスコには自信―――否、確信があった。

 拘束が自分を捕らえる前に斬り捨て、そのままマーベラスを撃ち抜ける確信が。

 

 だからこそ彼はその位置で待ち受け―――

 

「―――――」

 

 そこで、止まった。

 

 ジカンギレードに装着されたウォッチは、仮面ライダーバロン。

 そのエネルギーが形成したのは、地面から生えてくる無数のバナナ。

 大地から突き上げてくるバナナを前に、バスコの反応が遅れた。

 

 絶対の自信が崩れ落ちる。

 即座に斬り捨てるつもりだった意識に空白ができる。

 

「―――チィッ……!」

 

 一瞬後に意識を取り戻しても、遅い。

 無数のバナナは槍となり、バスコの全身を囲うように彼を拘束した。

 動きが封じられ、圧迫された体が軋む。

 それでも彼は腕を動かし、銃口をマーベラスへと向けてみせた。

 

〈ファイナルウェーブ!!〉

 

 サーベルとガンにゴーカイレッドとアカレンジャーのキーを装填。

 赤く輝く一刀一丁の武装を手に、マーベラスがバスコに迫る。

 

「―――言う通りかもな。お前に学んだとこもあるのかもしれねえ。

 だからこそテメェには負けねえよ。

 俺はもう、海賊戦隊ゴーカイジャーのキャプテン・マーベラスだからな!」

 

 カリブラスターが火を噴く。

 ゴーカイガンから放たれる赤い弾丸。

 同時に放たれた銃弾が、空中でぶつかりあった。

 

 バスコの体が軋み、バナナを粉砕せんと力を籠める。

 その彼の前でゴーカイレッドが更に一歩踏み込んだ。

 

 振り抜かれるのはゴーカイサーベル。

 赤く輝く刃の軌跡が、光の斬撃を生み出した。

 赤い閃光が、ぶつかり合い拮抗していた銃弾に直撃する。

 

 赤い弾丸を後ろから、赤い斬撃が押し込んだ。

 二つの攻撃の威力が重なり、増して、加速していく。

 

 カリブラスターの放った弾丸が粉砕される。

 貫通して突き進む、赤い衝撃。

 

 体を自由にする前に迫る必殺の攻撃。

 それを前にしたバスコが、しかし腕だけは強引に動かした。

 盾のように構えられるカリブレード。

 

「こ、の……ッ!」

 

 刀身に赤い衝撃が突き刺さる。

 着弾の威力が周囲を吹き飛ばし、突き立つバナナごと薙ぎ払う。

 だがそれにより自由になったことを意識する前に―――

 

 バスコの手の中で、カリブレードが砕け散った。

 赤い光が、破壊した剣を突き抜けて更に胸を打ち砕いていく。

 

 ―――胸に風穴を開けられ、彼が砕けた剣と銃を取り落とす。

 光となって消え始める体。

 その状態で、彼は人の姿に戻ることなく喉の奥で笑い声を転がした。

 

「……あーあー、まさか地面からバナナが生えてくるなんてねぇ。

 驚きすぎて動きが止まるなんて、ちょっと間抜けな負け方しちゃったかな……」

 

 力なくぶら下がる腕。

 彼がどれほど残った力を入れようと、それが持ち上がることはない。

 

「間抜けも間抜け、大間抜けだ。

 自分で捨てたもんを踏んで転んでりゃ世話ねえぜ」

 

 消え行くバスコ。

 彼から視線を逸らさず、マーベラスがその顔を見つめる。

 剣を肩に乗せながら吐かれた言葉に、バスコは小さく鼻で笑った。

 彼は人の姿に戻ることさえ、しようとしない。

 

「―――そりゃ捨てるでしょ。

 俺の船には、バナナを食べる奴なんていないんだからさ」

 

 私掠船、フリージョーカー。バスコ・タ・ジョロキアの船。

 その船の乗組員は、船長である彼だけだ。

 彼以外は、誰一人として乗っていない。

 

 ただそれだけの話に何を言う、と。

 マーベラスの言葉に笑った彼が、そう言い残す。

 直後。光となって解れ、完全にその姿を失っていくバスコ。

 

 彼だった光を視線で追いながら、マーベラスが小さく呟く。

 

「―――もしそんな奴がお前の船に残ってりゃ……

 俺が今、ここに立ってることもなかっただろうさ」

 

 

 

 

「―――やられた、ね……!

 まさか、ビッグマシン計画の産物まで、記憶から再現できる、なんてね……!」

 

 ギガントホースの砲撃で焼け野原となった大地。

 そこから逃れて、海岸にまで何とか出てくる海東。

 よろめきながら歩いていた彼が、大きく息を吐くとその場で転がった。

 

 丁度そのタイミングで、彼の傍にバングレイが落下してくる。

 砂を巻き上げながら着地する青い怪人。

 彼は砂を蹴り付けながら、倒れている海東に視線を送った。

 

「よお、さっきぶり。バリお疲れじゃん? どうかした?」

 

「少し呆れただけさ。僕が昔使ってたお古の船に乗ってはしゃいでる奴を見かけてね」

 

「言うねえ。地面に這いつくばってなけりゃあ、もう少し様になっただろうけどな」

 

 ディエンドライバーを上げ―――

 しかし銃口を持ち上げきれず、バングレイに向けることさえ叶わない。

 彼はバリブレイドを持ち上げて、ゆるりと振りかざす。

 

「大王者の資格とやらをこっちに大人しく渡せば、見逃してやってもいいぜ?」

 

 笑いながらそう言ってみせるバングレイ。

 そのおかしそうな顔を見上げ、海東が眉を顰めた。

 

「何でってツラ? 分かるぜ、俺が下等生物を見逃す理由なんてねえもんな。

 けどお前は別だ。苦しめて面白い表情を見るには、殺すより別の手段があるタイプ。

 お前、テメェが手に入れたもんを奪われる時に一番笑える顔しそうじゃん?

 だぁかぁらぁ、そのツラ見せて俺を笑わせてくれれば、命は助けてやるってこと」

 

「―――そんな問いに、僕がなんて答えるか。わざわざ言う必要があるかい?」

 

 楽しげに自分を見下ろすバングレイを見上げ、海東が不快そうに顔を歪める。

 腕に力を籠めるほどにブレる銃口。

 それでもしてやられたままでは、余りに気に食わない。

 

「あっそ。ま、どうでもいいけどよ。どうせ、本命は―――お前じゃねえし?」

 

 そう言い切った瞬間、バングレイが剣を振り下ろす。

 放たれた衝撃は剣撃のカタチで舞い、伏せる相手を目掛けて奔った。

 せめてその範囲から逃れようと必死で体を転がす海東。

 当然、そんな動きで逃れ切れるはずもなく―――

 

「オォオオオオ――――ッ!」

 

 海東は、その攻撃の前に飛び込んできたジュウオウイーグルに救われた。

 バリブレイドから放たれた斬撃は彼を直撃。

 スーツの表面が爆発し、滝のような火花が撒き散らされる。

 

 その威力を受け墜落したイーグルの変身が解け、砂浜に大和の体が投げ出された。

 

「頑張るねえ、風切大和! けどよぉ、こっち来てていいのか?

 そろそろキューブホエールちゃんがぁ……?」

 

 半笑いしながら、バングレイが視線をそちらに向けた。

 ギガントホースからの空爆に、ギフトカスタムもろとも炎に包まれる姿。

 

 反撃しようとするギフトには、クライス要塞が激突。

 純粋に圧倒的な質量差で押し飛ばす。

 ギガントホースの爆撃を阻めるものはなく、キューブホエールは追い詰められていく。

 

 飛行していた赤い巨体が、海面に叩き付けられた。

 悲鳴染みた声で大きく啼くキューブホエール。

 

「はいドーン! こりゃ捕獲まで秒読みじゃねえか!」

 

「ぐ、ぅ……!」

 

 砂を握り締め、這いつくばる大和。

 彼が顔を上げて、何とかバングレイを睨み付けた。

 その視線を見返して、金色の目が愉快げに歪む。

 

「いいツラだぜぇ? なあ、風切大和。

 巨獣……キューブホエール。アイツ、大事なお友達のご先祖さまから、大切に受け継がれてきたんだってなぁ? いいねぇ、繋がってるねぇ……!

 クク……! 最高じゃねえか! 俺の目的がガッチリ一致した! 清々しい気分だぜ!

 テメェを甚振り! 巨獣を甚振り! 最後にはテメェの大事なこの星も木端微塵!」

 

 握り直した剣。

 それを振り被り、バングレイは楽しそうに声を上げる。

 

「風切大和! テメェは最後まで生かしといてやるよ! 繋がりをこの星ごとぐちゃぐちゃになるまで踏み躙ってから! テメェが浮かべる最期のツラを! この星で得る最高に笑えたもんとして、俺の記憶の中に華々しく飾ってやるぜ!!」

 

 ―――剣が振り落とされる。

 その前に、

 

「そんなこと、させてたまるか―――! 野性大解放――――ッ!!」

 

 踏み込みで砂の柱を立て、三色の獣が突撃する。

 それを知ってしかし、剣を振り抜くバングレイ。

 放たれる衝撃波に突っ込み、粉砕しながらジュウオウザワールドが両腕を振り抜いた。

 

 鰐の尾と狼の爪が放つ力の奔流。

 向かってくる攻撃をバリブレイドで受け止め、バングレイが一歩後退る。

 直後、そんな彼の頭上から四色の爪が降り注いだ。

 

〈ジュウオウスラッシュ!!〉

 

「ぅらぁあああッ!!」

 

 四人の戦士がジュウオウバスターを手に、獣の爪となる。

 並ぶ斬撃に斬り付けられ、弾き飛ばされるバングレイ。

 彼が斬られた部分から白煙を上げつつ、蹈鞴を踏む。

 

「オイオイ! 揃って俺の相手かぁ?

 キューブホエールちゃんがピンチだってのに薄情な奴ら! バリかわいそー!」

 

「だからまず、あんたをぶちのめしてあのデカいのを消してやんのよ!」

 

「今まであなたを助けてた宇宙船はもう無い! 今度こそ逃がさない―――!」

 

 バスターのキューブを入替、銃に変える四人。

 彼らは即座にその銃口を突き出し、バングレイに向けて放つ。

 

〈ジュウオウシュート!!〉

 

 放たれるキューブ型の弾丸。

 それが四つ重なり、巨大な塊となって殺到する。

 

 対して腹から砲撃を発射するバングレイ。

 互いの砲撃が空中で激突し、破裂した。

 

 拡がっていく爆炎、熱と衝撃。

 その不可視の壁をぶち抜きながら、更にバングレイ目掛けて突撃するもの。

 ジュウオウザワールドが黒い犀の角を立て、加速していく。

 

「ワールドザ……! クラァアアアアシュ――――ッ!!」

 

 突っ込んでくるザワールドにバリブレイドを振るう。

 角と剣、互いの武器を突き立てんと両者が激突する。

 ぶつかり合った衝撃で弾け飛ぶ砂浜。

 

 立ち昇る砂の柱に呑まれながら、操とバングレイが拮抗した。

 

「これ以上……! お前に好き勝手させるかぁあああッ!!」

 

「いいやぁ? まだまだ愉しませてもらわねえとなぁ―――ッ!」

 

 隙あらば右手を頭を掴んでやろうと、剣を握る力を操作した。

 それを理解して地面を踏み締めながら、ジュウオウザワールドは突進の中で頭を傾ける。

 衝突して弾け合いながら離れはしない。

 その距離感のまま、交錯する二人。

 

 戦いの様子を見ながら、海東が膝に力を入れ直す。

 そうして立ち上がろうとした彼が、その手に握る大王者の資格。

 これを持ちあげた瞬間、横合いから引っ掴むための腕が伸びてくる。

 

 反撃をする余裕もなく、引っこ抜かれる大王者の資格。

 

「―――やれやれ。僕が手に入れたお宝を横取りとは」

 

 ちらりとそちらを見れば、両手で大王者の資格を抱えたオルガマリー。

 彼女の視線が眇められ、海東を強く睨みつけていた。

 

「……そもそも、そっちが先に横取りしたものでしょう。

 そんなことより! あのデカいの二体は何なのよ!? どうやって倒せばいいの!」

 

 言って、思い切り空で暴れるクライス要塞とギガントホースを指差す。

 キューブホエールは既に着水。沈み始めている。

 あとはその所有権をめぐり、二隻の要塞とギフトカスタムが争っているだけ。

 

 とはいえ、見た限りギフトに勝ち目はあるまい。

 ギフトカスタムの火器もまた尋常ではないが、ギガントホースに比べれば脆弱だ。

 自動操縦で適当に攻撃しているだけだろうに、ギフトはどんどん追い詰められていく。

 数分も経てばギフトは粉砕されて、キューブホエールは捕獲される。

 

 その事実を前に、何とか大和も立ち上がった。

 

「俺たちが……また行きます! キューブホエールを守るためにも……!

 そのために今は……バングレイを――――!」

 

 言って、王者の資格を構える大和。

 彼は苦痛に震えながら、それでも皆が戦っているバングレイを見据える。

 そんな彼の背中を見て、海東は目を細めた。

 

「……気に入らないね」

 

 ガチャリ、と音を立てて持ち上げられる銃口。

 それはバングレイなどではなく、大和の背に向けられていた。

 

 その気配を察して、大和が動きを止める。

 こんな状況でのその行動に唖然とし、オルガマリーが顎を落とす。

 

「あん、た……!」

 

「何を……!?」

 

 彼の行動に目を白黒させ、二人が揃って海東を呆然と見つける。

 

「―――君のその態度が気に食わないのさ。

 君たちはどうやら、キューブホエールを自分たちが守っていると思っているようだ。

 だがあれは、今はフリーのお宝。誰のものでもないよ?」

 

 大和が王者の資格を下ろし、海東に向かって振り返る。

 途中、オルガマリーの持つ大王者の資格に視線を止めて―――

 そのまま大和は、海東を強く睨み据えた。

 

「キューブホエールはケタスさんと一緒に、この星を守ってくれた存在だ……!

 この星で生きている、俺たちの仲間だ――――!」

 

「けどそのケタスとかいうジューマンは……

 自分がジューランドに引っ込む時、彼を地球で眠らせて置いていったんだろう?

 ペットの不法投棄だ。よろしくないね」

 

「――――――」

 

 海東の言葉に目を見開いた大和が、キューブホエールを見る。

 傷を負って海中に投げ出された赤い巨体。

 上げていた慟哭のような声は潜まり、彼は静かにゆっくりと沈んでいく。

 

「―――僕に仲間や友情なんてものは理解できないが。

 本来の持ち主が地球を守るための武器としてしか扱わなかったんだ。

 別にお宝として僕が貰ってしまったっていいだろう?」

 

 ―――キューブホエールは。

 悠久の眠りから目覚め、そうしてこの世界の今を見た。

 唯一の友であり、仲間であり、家族であった者が自分を置いていった世界を。

 

 ジュウオウキューブが同族だから。

 自分たちがケタスと同じジュウオウジャーだから。

 そんなこと、キューブホエールには関係なかったのだ。

 彼の感情はケタスにしか向いていない。ケタスしか知らない。

 

 デスガリアンも、バングレイも、海東も、マーベラスたちも―――大和たちも。

 キューブホエールにとって、訳の分からない存在でしかなかった。

 

「この戦いはキューブホエールの争奪戦さ。誰にとっても平等な、ね。

 よしたまえ、勝手に彼の仲間面をするのは」

 

「――――あ……だから、キューブホエールは……」

 

 海上に頭を出している赤い巨体。

 それを見ながら、大和が動きを止める。

 

 キューブホエールはただ啼いていただけだ。

 地球の力を借り、彼を生み出してくれた存在。

 ケタスを求めて。

 

 でも彼はもういない。

 彼と最後に分かれてから、ジューランドに行き―――生涯を終えた。

 その終の棲み処である世界に、キューブホエールは着いていけなかった。

 連れて行って貰えなかった。

 

 キューブホエールはずっと啼いている。

 どうして、と。

 

 大和の反応を見た海東が銃を下ろし、踵を返し――――

 その瞬間、大和の頭に投げつけられた大王者の資格が直撃した。

 

「あっ……だっ……!?」

 

 頭にキューブが直撃し、引っ繰り返る大和。

 そんな彼の姿を見て、溜め息混じりに海東はオルガマリーに視線を向ける。

 

「―――やめてくれないか、僕のお宝をぞんざいに扱うのは」

 

「うっさい!」

 

 オルガマリーは頭痛を堪えるように、額を手で押さえる。

 そもそもちょっとした調査のつもりで来ただけだ。

 だというのに状況が発展し、ここまで大きくなった。

 もう一体どうしてくれようか、という―――

 

 いや、そんなことはどうでもいい話だ。

 おおよその流れを聞いて、分かったことがある。

 

 あれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あんたがいま何にショックを受けてるのか、知ったこっちゃないけどね!

 こんな奴に言われたまま、固まってる場合じゃないでしょ――――!」

 

 薙ぎ倒された大和が上半身を起こし、手元に転がった大王者の資格を掴む。

 そうして、呆然とした様子の彼に見上げられながら、オルガマリーは言葉を続けた。

 

「……ッ! ああ、もう! お馬鹿なあんたに言ってあげるわよ!

 あのデカいのに、教えてあげなきゃいけないでしょう―――?

 あんたを求めてるのは、あの怪物連中や海賊だの怪盗だけじゃないって!

 ――――()()()()()()()()!」

 

「―――――」

 

 自分は何を言うのか、と。

 言い切った瞬間、そっぽを向くオルガマリー。

 

 そんな台詞を叩き付けられた大和が、手の中の王者の資格。

 そして手元の大王者の資格を見た。

 

『もう大丈夫だ。きっとこいつが、お前を守ってくれる』

 

 ―――いつか。

 その言葉と共に鳥男から握らされた王者の資格。

 握らされたそれと共に、与えられたジューマンパワー。

 

 母を失い―――そして父を信じられず、逃げだしたあの日。

 風切大和は、ジューマンに救われた。

 ケタスが残してくれた世界の繋がりが、彼を救う繋がりをくれた。

 

「そうだ……ッ! 俺が……あの時、救ってもらった俺だから……ッ!

 俺がキューブホエールに届けなきゃ……!

 今の時代にまで繋がったケタスさんの想いに、救われた俺だから――――!」

 

 ケタスが残したこの世界とジューランドの繋がり。

 それが大和を救ってくれた。

 

 両方の世界の未来を憂い、いつか共に歩みたいと願っていただろうケタス。

 鳥男、ラリー。ジューマンパワーを分け与えてくれた恩人たち。

 彼らの想いこそ、ケタスが未来に夢見た光景に違いないはずだ。

 

「伝えに行かなきゃ……! キューブホエールに……!」

 

 二つの王者の資格を握り締め、大和が何とか立ち上がる。

 彼はそのままジュウオウイーグルに変わろうと、キューブに手をかけようと―――

 

「……ふぅん。そんな状態で、ギガントホースの爆撃を潜り抜けられるのかい?」

 

 そうした彼の背に、海東が声をかける。

 キューブホエールには既に直接攻撃はされていない。

 そんな必要もなく、完全に沈黙しているからだ。

 だが近づこうとすれば、ギフトカスタムとギガントホースの爆撃を突破しなければならない。

 

 傷ついたジュウオウイーグルで、そんなことが可能とは思えなかった。

 

「それでも!! 俺が行かなきゃいけない! いや、俺が行きたいんだ!!」

 

 海東の声に動きを止めることもなく、大和はキューブを握る。

 そんな彼の背をじぃと見つめ、呆れたように鼻を鳴らす。

 直後、海東の背後に浮かび上がる銀色のカーテン。

 

「そうかい―――」

 

 海東が軽く指を鳴らすと、カーテンが動き出す。

 それは一気にスライド移動して―――大和の姿を完全に呑み込んだ。

 

 彼方。

 キューブホエールの上に銀色のカーテンが浮かぶ。

 ここから一気に飛ばされ、赤い巨体の背中に投げ出される大和。

 その様子を目を細めて見て、海東はディエンドライバーを上げた。

 

「あんた……」

 

「なら勝手にするといいさ」

 

 ホルダーから引き抜くのは、仮面ライダーディエンドのカード。

 それをドライバーに差し込み、変身の準備を整える。

 

「へえ、随分と風切大和に優しいじゃん! 仲間意識でも芽生えちゃったぁ?」

 

 ゆるりとドライバーの銃口を上に向ける海東。

 彼に対して声をかけてくるのはバングレイ。

 

 既に変身解除まで追い込まれた五人が、砂浜に倒れ込み息を荒くする。

 そんな相手にトドメを刺すでもなく、彼は大剣を肩に乗せた。

 

「僕に仲間? 冗談はやめたまえ。僕は常にお宝を目指すだけさ」

 

〈カメンライド!〉

 

 そのバングレイを前にして、不敵に笑った海東。

 彼の指がネオディエンドライバーのトリガーにかけられる。

 

「あぁん?」

 

「大王者の資格とキューブホエールを創り出したジューマン、ケタス。

 彼が創り切れなかったという理想の世界。

 そんな世界が本当に創れるとすれば、大王者の資格やキューブホエール以上のお宝だ。

 だとすれば、あの程度のお宝を惜しむ必要はなくなるというだけさ」

 

 ケタスという過去の偉人。

 彼が地球の力を借り、創り出したもの。

 それが“大王者の資格”、“キューブホエール”、そして“ジューランド”。

 だがその生涯を懸けても、彼には創れなかったものがある。

 

 ―――“地球とジューランドが再び繋がり、共に生きていく世界”。

 

 もし仮にそれを創れるとすれば、その世界こそがジュウオウジャー最大のお宝だ。

 大王者の資格もキューブホエールもジューランドも創れた。

 けれどその世界は創れなかった。

 この事実だけでも、どちらが上等なお宝か分かるというものだ。

 

 だとするならば、狙うべき真のお宝はそっち。

 価値の落ちたお宝に拘泥する気など、一切ない。

 

〈ディエンド!〉

 

 引かれる銃爪。射出されるライドプレート

 特殊鉱石・ディヴァインオレにて構成された装甲が体を包んだ。

 変身を完了した頭部にプレートが刺さり、彼の体がシアンに色付いていく。

 

「さあ、まずは僕の記憶を利用した君にお仕置きをしてあげよう。

 特に理由はないけれど、僕は僕の過去を詮索されるのが大嫌いでね――――!!」

 

 

 

 

 ばちゃり、と。大きな水音。

 水の中に突然放り出され、そこで転がる大和。

 彼が転がったのは、海中に没しつつあるキューブホエールの背中だった。

 

 少し視線を上げれば、彼をここまで運んだ銀色のカーテンが消えていく。

 そちらから視線を外し、足元のキューブホエールへ。

 

「キューブホエール……!」

 

 赤い背中に手をついて、声をかける。

 反応は一切ない。

 いや。その背中が震えているのが、上に乗る大和にも伝わってくる。

 今もなお、啼き続けているのだろう。

 

 こうして彼の背中に乗ったことで、言葉が詰まる。

 何という言葉で伝えればいいのか、と。

 少しだけ悩み―――しかし、答えはすぐに見つかった。

 

 孤独だった彼を救ってくれた人と、同じことをするだけでいい。

 

「――――キューブホエール。

 もう大丈夫だ、きっとケタスさんの残してくれたものが……あなたを守ってくれる」

 

 手にしていた大王者の資格を、彼の背に置く。

 全ての王者の資格の原型となった、地球のパワーの結晶。

 キューブホエールと同時に生み出された存在。

 その力を背に感じ、彼の意識が向くのを感じた。

 

 大王者の資格に宿った地球のエネルギー。

 それがキューブホエールに流れ込み、その傷を癒していく。

 少しずつ力を取り戻し始めた彼の背中で、大和は言葉を続ける。

 

「俺たちの戦いに巻き込んで、ごめん。あなたを苦しめるつもりはなかったんだ」

 

 そのまま手放し、大王者の資格をそこに置く。

 これはジューランドと地球を繋ぐ、一番大事なもの。

 けれど、それ以上にキューブホエールにとっては大切な形見なのだ。

 それを彼に託して、大和は王者の資格を手に立ち上がる。

 

「守ってみせる……! あなたも、ケタスさんの想いも、この星も、全部!

 ケタスさんが託してくれた想いを、こんなところで終わらせないためにも!」

 

 胸の高さに王者の資格を構え、彼は両手でそのキューブを掴む。

 

 ―――ケタスはキューブホエールを残し、ジューランドへ去った。

 彼はどちらの世界も、どちらの世界に住む命も、愛していたから。

 

 地球の力であるキューブホエールが、地球を守り抜いてくれると信じて―――

 ケタスはジューマンと、新たな世界であるジューランドを守り抜くことに命を懸けた。

 やがてどちらの世界も落ち着き、繋がりを取り戻した時、再び会えることを信じて。

 

 けれどそんな未来は来なかった。

 ケタスは志半ばでジューランドの民に後を託し、この世から去ってしまった。

 それを眠りについたキューブホエールが知ることもなかった。

 今、こうして目覚めるまでは。

 

 水中で声を上げ、海面を揺らす。

 

 友であり、親であり、相棒であり―――

 そんなケタスは、知らぬ間にいってしまった。

 いや、こうなることは自分でも分かっていたのだろう。

 だが同時に、そうなったときは自分も永遠に眠るだけと思っていただけだ。

 

 なのにこうして無理に起こされ、現実を目の当たりにして―――

 

 赤い巨体が背を大きく揺らす。

 その上に立っていた大和が巻き込まれ、思い切り転倒する。

 衝撃で立ち昇る水柱の中で、彼が驚いたように声を出す。

 

「キューブ……ホエール……っ!?」

 

 倒れ込んだ大和の手が、彼が先程置きっぱなしにした大王者の資格に触れた。

 地球から溢れ出したエネルギーと、それと合わさったケタスのジューマンパワー。

 二つの力の結晶である大王者の資格―――ホエールチェンジガンが感応する。

 

 水中の中で、キューブホエールの目が揺らいだ。

 そんな事があるはずないのに、目の前にケタスがいるような。

 幻のような光景を前にする。

 

 幻のケタスがゆっくりと、大きく頷いた。

 命を懸けて守った世界の中で、ずっと生き続けている。

 星とそこに息づく命を愛した男が、その表情だけでそう語った。

 

 これからもこの世界の中で。

 私たちが繋いだものがある限り、私たちの想いは生きていくのだ、と。

 

 だから―――と。

 

 ―――赤い巨体が浮上した。

 巨大なクジラが一つ啼き、天空へと舞い上がる。

 

 

 

 

「キューブホエールが……!」

 

「ハハッ、よそ見してる余裕があんのか?」

 

 乱戦になった地上の戦場から、空に舞い上がるキューブホエールが見える。

 だがそんなことをすれば、ギガントホースのいい的だ。

 だからこそ一瞬注意を奪われ、その瞬間にバングレイの砲撃が襲う。

 

「破壊! 破壊! 弱化した戦隊粒子反応を完全に抹殺する―――!」

 

 それに留まらず、シルバのバイバスターが更に閃光を追加した。

 乱舞する光線と光弾の嵐。

 そのただなかで倒れる、変身解除したジュウオウジャーの面々。

 

「チッ……!」

 

 彼らを守るため、ゴーカイジャーが前に出る。

 同時に両手に旗を持つ、鎧武フォームのディケイドアーマーも。

 バイバスターの弾幕はもはや光の壁。

 そんな攻撃に晒され、盾となった者たちが吹き飛ばされた。

 

「っぁ……!」

 

 鎧武フォームが解除され、ディケイドアーマーが転がる。

 変身が解け転がるのは、ゴーカイジャーたち全員もだ。

 

 倒れ伏した彼らを援護するように、ディエンドライバーが火を噴いた。

 だが直撃を受けても怯む様子さえ見せないハンター・シルバ。

 彼の反撃がディエンドを襲い、即座に回避運動に移行させる。

 

「白い方のウォズ! あっちは君の担当だろう?」

 

「そう言われてもね!」

 

 飛来する二本のシルバーニードル。

 その長大な針をデスピアで撃墜しつつ、白ウォズが息を吐く。

 

 シルバの眼光がそちらを向く。

 すぐさま上がった銃口から再度放出される閃光。

 迎撃し切れなかった光線に焼かれ、キカイの鎧が白煙を噴いた。

 赤熱するボディで、彼が膝を落とす。

 

 一通りの光景を見回し、バングレイが嗤う。

 そうして彼は、キューブホエールを再び撃墜するため空を見上げ―――

 

 赤い巨大クジラの飛び込んでくる先が、ここだと理解した。

 すぐさまギガントホースを動かそうとして、止まる。

 こちらに向かってくるキューブホエール。

 今の位置で撃たせれば、当たらなかった弾丸はこちらに飛んでくる。

 

「バリ元気だねぇ、ハントし甲斐があるってもんだぜ!」

 

 ギガントホースはそのままギフトカスタムに当てる。

 代わりにクライス要塞をこちらに回す。

 キューブホエールに激突するため、巨大昆虫のような戦艦が動き出した。

 対応は遅れるが、破れかぶれの突撃でやられるほど間抜けじゃない。

 

 あとは上に乗っているだろう風切大和だ。

 どうせ突っ込んでくるだろうから、斬り伏せるつもりで剣を握り直す。

 突撃してきた彼を墜とし、踏み付け、その目の前で仲間にトドメを刺していく。

 その時に見せるだろう彼の表情を愉しみにしつつ―――

 

「あん?」

 

 キューブホエールが強引に着地する。

 バングレイたちに届く前に、戦場の少し手前で。

 砂浜を滑り、舞い上がる砂塵。

 

 それを突き破り、上に乗っていた大和が跳ぶ。

 彼は砂の上を転がりながら、仲間たちの許へと飛び込んできた。

 すぐさま起き上がり、そのまま駆け寄り声をかける。

 

「げほっ……! みんな、ごめん! 待たせちゃった!」

 

「キューブホエールは……正気に戻れたのか?」

 

 身を起こしながら、心配そうに操が問う。

 ジュウオウジャーたちごと攻撃するように暴れていたキューブホエール。

 今は砂浜に滑り込み、埋もれた巨体。

 そちらを見ながらの問いかけに、大和が困ったように微笑む。

 

「正気っていうか……うん、詳しいことは後で話すよ。けど……」

 

 ―――砂上でキューブホエールが大きく咆哮した。

 その背中から潮が吹き、飛沫が舞う。

 同時にその巨体からミサイルが放たれ、バングレイとシルバを襲った。

 

「おっと!」

 

 直撃する前に迎撃されるミサイル群。

 それが爆炎を撒き散らし、二人の姿を呑み込んだ。

 

 その間に大和は倒れている仲間たちへ手を伸ばす。

 彼らを引き起こす間に、大和の視線がキューブホエールへと向かった。

 

「……俺たちと一緒に守ってくれる、って。

 ケタスさんが、大切に想っていたもののことを」

 

「そーかよ。だったら後はバングレイをぶっ飛ばして!

 次にデスガリアンもぶっ飛ばして! そんで……」

 

 立ち上がったレオ。

 彼は、自分たちの前で同じように立ち上がり出す海賊たちを見る。

 真っ先に立ち上がっていたマーベラスと、レオの視線が交差した。

 

「それで、次は俺たちもぶっ飛ばすか? 威勢がいいのは嫌いじゃないぜ」

 

「時間なさそうだから、何か言い合いするなら終わってからにしてよ」

 

 ヘイセイバーを握り、立ち上がるジオウ。

 ソウゴはそうして前に出ながら、背後の方も確認する。

 空中で頭の向きを変え、こちらに加速し始めているクライス要塞。

 それの到来までそう長くない。

 

 もしキューブホエールとの共闘が叶うなら。

 ジュウオウジャーの皆は、あちらの巨大マシンたちと戦って貰うことになる。

 

 そんなソウゴに苦笑して―――

 大和が、マーベラスたちに頭を下げた。

 

「ありがとうございました。みんなを守ってくれて。

 それと、お願いします! もう少し、俺たちに力を貸して下さい。

 ケタスさんが愛していたものを、守り抜くために」

 

 目の前で頭を大きく下げた大和に、マーベラスが眉を顰める。

 

「で、どうするのマーベラス?

 目的だった大王者の資格はジュウオウジャーが手に入れちゃったけど。

 僕たち、これから一体どうするの?」

 

「―――さあな、んなもん後で考えりゃいいさ」

 

「ですよね! 目の前に地球の平和を脅かす敵がいるんです!

 ここで力を合わせて戦うのが、スーパー戦隊です!」

 

 ハカセからの問いに面倒そうに返すマーベラス。

 彼の横に飛びついた鎧が、そのまま投げ飛ばされた。

 鎧を投げ捨てるとコートから砂を払い、彼は正面の炎に向き直る。

 

 そんな彼の背中に問いかけるジョー。

 

「つまり?」

 

「目の前に立ちはだかる敵はぶっ潰す。それだけだ」

 

「そもそも私たちが大王者の資格を狙っていたのは、バングレイを誘き寄せるためでしたし……こうしてバングレイとの決戦に持ち込めた以上、争う必要もないのではないのでしょうか?」

 

 そう言ってレオの方へと微笑みかけるアイム。

 レオは彼女の笑顔を見て相好を崩すと、両腕を胸の前で組んで大きく頷いて見せた。

 彼はそのままアイムに向かって歩き出す。

 

「確かに! バングレイと戦うために手を結ぶべきだな! よろしく!」

 

「言い合ってる場合じゃないのは確かだしね」

 

 握手しようと差し出されるレオの掌。

 セラがそれを後ろから叩き落とし、王者の資格を持ち直す。

 

 既に満身創痍だ。が、それでもここは退けない場面。

 同じくタスクも、アムも、操も変身するために構え直した。

 

「―――なんだよ、仲直りか? だったら俺も仲間に入れてくれよ!

 一緒に遊ぼうぜぇ? なあ、風切大和くーん!」

 

 炎を剣閃が払い、バングレイが前に出る。

 その後ろに続く銀色のボディ。

 突き出した銃口に光を湛え、赤い目を爛々と輝かせるシルバ。

 

「戦隊粒子反応、先程より増大! 確実に抹殺する!」

 

 バングレイ、そしてシルバ。

 圧倒的な戦力は今までの戦いでよく思い知っている。

 背後の巨大戦艦とデスガリアンの衝突を無視して、掛かり切りにもなれない。

 

「……まずは、キューブホエールを狙っているあのでかい戦艦を倒そう!

 その後はナリアの乗ったギフトを……!」

 

 ―――だとすれば、と。タスクがそう提案する。

 キューブホエールと力を合わせる事が出来る今ならば。

 彼と協力し、ワイルドトウサイキングであちらを撃破すればいい。

 

 しかしそう言って王者の資格を上げた彼を、大和が制する。

 

「……いや、まずはバングレイを倒す――――!」

 

「大和くん……?」

 

 大王者の資格を握り、大和がバングレイを睨む。

 そんな視線に晒された青い怪物が、楽しげに肩を揺らした。

 

「クク、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか!

 俺の誘いに乗ってくれてありがとよ! んじゃあ、付き合ってくれよ!

 テメェの後ろでキューブホエールが八つ裂きにされるまでさァッ!!」

 

 剣を振るう彼の腕。それに応え、シルバが更に前に歩み出す。

 全戦隊、全ライダーを抹殺するべく生み出された銀色の狩人。

 彼は改めて狩るべき敵を認識し、力を漲らせる。

 

 その強敵の姿を前に、ルカが叫ぶ。

 

「―――うっさい、バーカ! いつまでも好き勝手できると思ってんじゃないわよ!」

 

 言い切った彼女の隣でマーベラスが腕を組み、不敵に笑う。

 

「はっ……! つまり、ここでまずバングレイを速攻で潰す。

 そんでもって流れで後ろの連中もついでにぶっ飛ばす。それに協力しろってわけか。

 面白れぇ、乗ってやろうじゃねえか――――行くぜ、お前ら!!」

 

 五人が笑い、船長の号令に従う。

 彼らが手にするのは、モバイレーツとゴーカイセルラー。

 そしてそれぞれのレンジャーキー。

 

「俺たちも―――行こう!!」

 

 それに負けじとジュウオウチェンジャー、そしてジュウオウザライトを握る。

 続けて大和がホエールチェンジガンを両手で掴み、大きく上へと掲げた。

 

「ゴーカイチェンジ!!」

 

「本能覚醒!!」

 

 レンジャーキーが差し込まれ、モバイレーツとゴーカイセルラーがその力を解放する。

 二本のカットラスと鍵穴が組み合わさったジョリーロジャー。

 そのエンブレムと重なり、ゴーカイジャーが変わっていく。

 

〈ゴーカイジャー!〉

 

 赤いマスクで顔を包み、黒いアンダースーツの上から羽織るは赤いジャケット。

 マーベラスがその手でジャケットの襟を弾き、胸の前で腕を組んだ。

 

「ゴーカイレッド!!」

 

 青いマスクで顔を包み、黒いアンダースーツの上から羽織るは青いジャケット。

 ジョーは己の額に左手を添えて、右腕を背の後ろに回す。

 

「ゴーカイブルー!!」

 

 黄色いマスクで顔を包み、黒いアンダースーツの上から羽織るは黄色いジャケット。

 ルカが自身の体を抱くように回した左腕に右腕の肘を乗せ、その手を振るう。

 

「ゴーカイイエロー!!」

 

 緑のマスクで顔を包み、黒いアンダースーツの上から羽織るは緑のジャケット。

 ハカセは両の手を、拭うように太腿に擦り付ける。

 

「ゴーカイグリーン!!」

 

 桃色のマスクで顔を包み、黒いアンダースーツの上から羽織るは桃色のジャケット。

 アイムがゆるりと前に差し出した右手を折り、優雅に一礼をしてせた。

 

「ゴーカイピンク!!」

 

 銀色のマスクで顔を包み、黒いアンダースーツの上から羽織るは銀色のジャケット。

 鎧が天高く伸ばした腕を下ろしつつ、更に体を回転させる。

 

「ゴォオオオオカイ! シルバァアアアアッ!!」

 

 解き放たれたジューマンパワー。

 ジュウオウザライトの光に包まれ、操が変わっていく。

 黒の犀、金の鰐、銀の狼。

 三つの獣の力を宿した腕が、世界をその手に握り込んだ。

 

〈ウォーウォー! ライノス!〉

 

「世界の王者! ジュウオウザワールド!!」

 

 四頭の獣が続けて覚醒する。

 迸るジューマンパワーが、青、黄、緑、白の四色の光を破裂させた。

 

〈アーァアァアーッ!!〉

 

 荒れ狂う吹雪の中。

 その地を制する、氷雪を引き裂く白虎が咆哮する。

 

「雪原の王者! ジュウオウタイガー!!」

 

 生い茂る樹木の中。

 その地を制する、大地を震撼させる巨象が咆哮する。

 

「森林の王者! ジュウオウエレファント!!」

 

 雷鳴轟く荒野の中。

 その地を制する、疾走する猛き獅子が咆哮する。

 

「サバンナの王者! ジュウオウライオン!!」

 

 渦を巻く大海の中。

 その地を制する、波を切り裂く獰猛なる大鮫が咆哮する。

 

「荒海の王者! ジュウオウシャーク!!」

 

 ―――大王者の資格を通じ、流れ込んでくるケタスの力。

 その温もりを全身で感じながら、大和はホエールチェンジガンを開く。

 キューブに持ち手がついている形状が展開し、腕を覆う大砲へと変形した。

 

〈ホーホー! ホエール!〉

 

 銃口から溢れ出した力が雨のように降り注ぎ、新たな姿へ変わる大和。

 

 クジラを思わせる赤いマスク。

 ブリーチングするクジラの描かれた赤い衣が、腰からマントのようにはためいた。

 世界の全てを示すように薙がれる腕。

 そこに示した全てを守るために、太古から受け継がれてきたこの力こそ―――

 

「――――王者の中の王者!」

 

 振るわれるホエールチェンジガン。

 大和の足元で波打つ力の波濤。

 それに流されるよう、クジラの描かれた赤い衣が大きく翻った。

 

「ジュウオウホエール――――!!」

 

 12の戦士がその場に現れ、二人の赤い戦士が同時に前に出る。

 

「海賊戦隊――――!」

 

「動物戦隊――――!」

 

 続く10人の戦士たちがその動きに続き、身構えた。

 爆裂する力の奔流が、名乗りと共に立ち昇る。

 

「ゴーカイジャー!!」

 

「ジュウオウジャー!!」

 

 ―――それと同時。

 ジュウオウホエールが掲げたホエールチェンジガンが光を噴き出した。

 放たれる光が柱となり、そしてまるで鞭のようにうねりだす。

 

「―――――!?」

 

 周囲を薙ぎ払う光の鞭。

 それがキューブホエールを飛び越え、その向こうから飛来するクライス要塞に直撃した。

 全長200mを超えるだろう長大な要塞が、光に殴られ地面に叩き付けられる。

 

 その光景を前に、バングレイが言葉を漏らす。

 

「んだと……!?」

 

 巻き上げられる砂の柱。

 そんな光景を背にしながら、ジュウオウホエールがその視線でバングレイを射貫いた。

 

「―――バングレイ。俺たちを……舐めるなよ!!」

 

 

 



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巨大!繋がりが生む力!2016

 

 

 

 疾走するバングレイ。

 高速で奔るその姿を追うのは、ジュウオウホエール。

 腰から広がる赤いマントを風に揺らし、彼は狩人を追撃した。

 

「チッ……!」

 

 足を止め、バリブレイドの切っ先を躍らせる。

 迫りくる大和に対して振るわれるその刃を―――

 

「フ――――ッ!」

 

「なに……ッ!?」

 

 ジュウオウホエールが足を振り上げると共に、腕を振り下ろす。

 横薙ぎに振るわれた剣の腹を、肘と膝で彼は挟み込んで止めた。

 

 一瞬、驚愕に揺れたバングレイの目。

 だがそれが次の瞬間、凶悪に歪み光を放つ。

 腹の砲口へと光を収束させ、目の前のジュウオウホエールに向ける。

 

 対して、ホエールは左腕を包む大砲を突き出した。

 

 ―――両者が同時に発砲する。

 共に放った光弾は、どちらにとっても至近距離にある位置で衝突。

 僅かな拮抗もなく、バングレイの弾丸が粉砕された。

 

「――――!?」

 

 ホエールチェンジガンの咆哮に、バングレイが呑み込まれる。

 その威力に押し流され、吹き飛んでいく青い体。

 

 大和の元に残される、腕と足で挟んだバリブレイド。

 彼はそれを掴み取ると、そのまま投げ捨て砲口を向ける。

 直後に吐き出された砲弾が剣を撃ち砕き、粉微塵にしてばら撒いた。

 

 岩壁に激突し、ようやく止まるバングレイの体。

 そんな体を必死に起こしながら、彼はその黄金の目で敵を睨み据える。

 

「どいつもこいつも……! 繋がりの力でパワーアップってか?

 ふざけやがって……! 下等生物どもが調子に乗ってんじゃねぇ―――ッ!!」

 

「調子に乗ってんのはテメェの方だろ!」

 

 ホエールを睨むバングレイの頭上から、雷光の爪が降り注ぐ。

 すぐさまフックを跳ね上げそれに対応し―――大地が震え、足場が崩れる。

 体勢を崩した彼にそのまま、雷を纏う爪が直撃した。

 

「僕たちの力はこの星に生きる命の力だ!

 お前が下等生物と呼んだ命が、生きるために発揮した全身全霊の!」

 

「命をいたぶって愉しんでるあんたには、一生分からない!」

 

 飛来する鮫の回転刃。

 胴体に激突したシャークに体を削られ、火花を散らす。

 だがそれを耐え切りながら、バングレイは右腕を伸ばした。

 自身に触れた彼女の頭を掴み、能力を発動するために。

 

〈アタックライド! ブラスト!〉

 

 しかしその手が振れる前に、不規則な軌道を描いて光弾が殺到する。

 ジュウオウシャークを避けて、バングレイのみを撃ち抜く弾丸。

 それに怯んだ彼の前で、セラは跳ね返るように離脱した。

 

「私たちまで繋がってきてくれた、命の連鎖!

 それは全部が奇跡みたいなもので……!」

 

 跳ね返るセラの下を潜り、タイガーが疾駆する。

 走る軌道を氷結させながら、彼女は凍気の爪でバングレイを襲撃。

 地面ごと、その足を凍り付かせてみせた。

 

「だからこそ! 俺たちは喪われた人たちの命を背負って!

 前を見て今を生き抜いてみせるんだ――――!!」

 

 バングレイが氷に覆われながら、それを砕こうと体を揺らす。

 だがそれが達成される前に、地面と岩壁ごと吹き飛ばすザワールドが放つ衝撃波。

 薙ぎ払われる鰐の尾、振り抜かれる狼の爪。

 その衝撃波に呑み込まれ、氷片と瓦礫諸共に転がるバングレイの体。

 

「こ、の……! 俺の獲物にすぎねぇ分際で……ッ!

 バリバリイラつくんだよ、テメェらみてぇな連中は――――ッ!!」

 

 地面をフックで殴りつけながら起き上がるバングレイ。

 彼の前でジュウオウジャーが並び、そして大和が一歩前に出た。

 そして左腕に装着された大砲のグリップを掴み取る。

 

「終わりだ、バングレイ――――ッ!!」

 

 

 

 

「いい加減、テメェの存在を俺のせいにされるのもうんざりだ。

 さっさと終わらせてやるぜ、シルバ!」

 

「戦隊粒子反応、増大……! 早急に消去・抹殺する!」

 

 シルバがバイバスターを上げ、その銃口から光線を放つ。

 対し、仕方なさげに白ウォズが前に出た。

 踏み出した黄金のアーマーに着弾する破壊光線。

 

 灼熱しながらもライダーウォズはドライバーに手を伸ばし―――

 そのハンドルを一度開き、思い切り叩き付けた。

 

〈ビヨンドザタイム! フルメタルブレーク!!〉

 

「旗艦を借りるよ、皇帝陛下!」

 

「いい加減にしろっていま言っただろ」

 

 光線の雨の中、フューチャリングキカイが腕を掲げた。

 放たれる波動は機械を支配する力。

 ギフトと撃ち合うギガントホース―――その砲塔のコントロールが一部奪われる。

 

 彼方で、ギフトに向いていた砲が向きを変えた。

 照準は当然、ハンター・シルバ。

 

「流石に完全には奪えないか。だが――――!」

 

 無人操作でありながら、完全には奪えない。

 が、火砲の一部でも十分すぎるほどの威力なのはよく知っている。

 白ウォズの意思に従い、放たれる閃光。

 

 着弾し、撒き上がる爆炎。

 しかしその戦艦からの爆撃にさえ、なお耐え抜くシルバ。

 彼は全身を赤く染めながらもその場に踏み止まり―――

 

「ハカセ!」

 

「オッケー、ジョー!」

 

 ジョーがゴーカイガンを投げ、ハカセがゴーカイサーベルを投げる。

 それぞれ掴み取り、彼らは武器を交換した。

 二刀流のブルー、二丁拳銃のグリーン。

 

 そしてそれと同じように、イエローとピンクが武器を投げ合う。

 

「アイム!」

 

「どうぞ、ルカさん!」

 

 シルバーがゴーカイスピアをガンモードへ変形させた。

 そのままレッドの隣へ移動し、自身のレンジャーキーを召喚。

 六人がそれぞれ武器を引っ提げて、横に並んだ。

 

 ジオウがディケイドウォッチをドライバーから外す。

 そのまま、手にしたヘイセイバーのウォッチスロットに装填。

 更にセレクターを回して、刀身に光を纏わせる。

 

〈フィニッシュタイム! ヘイ! ディケイド!〉

 

 剣を構えながら腰を落とすジオウ。

 ソウゴとマーベラスが一瞬だけ視線を交差させ、すぐにシルバに向き直った。

 

 サーベルにゴーカイジャーのキーを。

 ガンにゴレンジャーのキーを。

 二つの力を解放したゴーカイレッドが、一歩前に踏み出した。

 

〈ファイナルウェーブ!!〉

 

「ゴォオオオオカイッ! スーパーノヴァ―――ッ!!」

 

 真っ先にトリガーを引き、シルバーが銀色の光を放つ。

 

 続けて、二丁拳銃を手にしたグリーンとピンク。

 彼らがそれぞれの色の光弾を両手の銃から放ち、それと重ねる。

 

 更に続けて二刀流に構えたブルーとイエロー。

 彼らがその剣で描く剣閃が、衝撃となって光弾を後ろから押し込む。

 

 そうして。

 彼らに続き、ゴーカイレッドが大きく踏み込んだ。

 

 ゴーカイガンから放つ赤い弾丸。

 ゴーカイサーベルから放つ赤い閃光。

 その二つを重ねた赤い衝撃が迸る。

 

「ゴーカイスクランブル!!」

 

〈ディケイド! スクランブルタイムブレーク!!〉

 

「ハァアアアア――――ッ!!」

 

 赤い衝撃と同時に放たれ、重なるのはマゼンタの斬撃。

 二つの威力が重なり、混じり合い。

 先に放たれていた船員たちの攻撃に後ろから激突し、大きく加速させた。

 

 炎を振り払い、踏み越えるシルバ。

 彼に戦隊とライダーが力を合わせたスクランブルが殺到する。

 

「――――戦隊・ライダー、両粒子反応増大……!」

 

 咄嗟に両腕を目の前で交差させ、防御姿勢を取るシルバ。

 

 正面から激突する虹色の極光。

 その衝撃に踏み止まり切れず、銀色の体が宙に浮いた。

 

 ―――それでもなお、未だに健在を示すように彼は反撃を試みる。

 シルバは吹き飛ばされながら、しかし上空で光線銃を放つ。

 光の雨を塞き止めて、そこで耐え切れず崩れるフューチャリングキカイ。

 

「流石に、限界のようだ……!」

 

 纏うキカイの鎧を解除し、そのまま地面に手をつくライダーウォズ。

 そんな背中を見ながら、舌打ちするマーベラス。

 

「ったく、しぶてぇ野郎だ……!」

 

 地面に落ちて転がりながら、それでも止まる気配のないシルバ。

 彼が落ちたのは丁度、バングレイと同じ場所。

 

 そこではバングレイに向けて、ジュウオウホエールが左腕の大砲を向けていた。

 だがシルバの見せる頑丈さは、それさえも耐え切りかねない。

 ならば、と。

 

「船長、これ!」

 

「あん?」

 

 ソウゴがマーベラスに投げる、ライドウォッチ。

 それを受け取った彼はその顔を確かめ、小さく笑った。

 

「仕方ねえ、また借りるとするか。オーズの大いなる力をな」

 

 ゴーカイレッドの指がベゼルを回し、スターターを押す。

 

〈オーズ!〉

 

 彼がウォッチを押した瞬間、六人のゴーカイジャーの目の前に浮かぶ光。

 それはオーズの姿を象ったレンジャーキーに相違なかった。

 出てきた灰色のそれを引っ掴み、鎧が声を上げる。

 

「おおぉ! 久しぶりですね、オーズキー!」

 

「喜んでる場合か」

 

 青のコンボのキーを掴み、ジョーはモバイレーツを取り出す。

 同じように変わる準備をしている仲間を見て、鎧もすぐさまセルラーを手にした。

 

「はっ……ド派手に行くぜ! ゴーカイチェンジ!!」

 

〈仮面ライダー! オーズ!〉

 

 戦隊のものと同じく、鍵になったそれでモバイレーツを開く。

 展開されるジョリーロジャーに合わせ、ゴーカイジャーは姿を変えた。

 

〈タージャードルー!〉

 

 ゴーカイレッドが赤い鳥系のコンボ。

 タカ、クジャク、コンドルのライダー、タジャドルへ。

 

〈シャ・シャ・シャウタ! シャ・シャ・シャウタ!〉

 

 ゴーカイブルーが青い水棲系のコンボ。

 シャチ、ウナギ、タコのライダー、シャウタへ。

 

〈ラタ・ラタ・ラトラーター!〉

 

 ゴーカイイエローが黄色い猫系のコンボ。

 ライオン、トラ、チーターのライダー、ラトラーターへ。

 

〈ガータガタキリバ! ガタキリバ!〉

 

 ゴーカイグリーンが緑の昆虫系コンボ。

 クワガタ、カマキリ、バッタのライダー、ガタキリバへ。

 

〈プ・ト・ティラーノ・ザウルース!〉

 

 ゴーカイピンクが紫色の恐竜系コンボ。

 プテラ、トリケラ、ティラノのライダー、プトティラへ。

 

〈サゴーゾ! サゴーゾ!〉

 

 ゴーカイシルバーが灰色の重量系コンボ。

 サイ、ゴリラ、ゾウのライダー、サゴーゾへ。

 

 タジャドルが腕を掲げながら一歩踏み出す。

 続くように動き出す四人。

 シャウタ、ラトラーター、ガタキリバ、プトティラが前に出る。

 

「ゴーカイガレオンバスター!」

 

 光と共に目の前に現れるのは、ガレオン船を模した巨大な大砲。

 その持ち手を引っ掴み、マーベラスがレバーを引く。

 それにより上部にあるレンジャーキーの差し込み口、ゴーカイシリンダーが展開。

 

 横に回っていた四人が、それぞれのシリンダーにオーズキーを差し込む。

 

「オーズキー、セット!」

 

 メンバーが揃えて差した後、マーベラスがタジャドルキーを取る。

 差し込むのは、持ち手のすぐ上にあるメインのシリンダー。

 キーを差し、回すことで既に差し込んだ四つのキーが立ち上がった。

 

〈タジャドルチャージ!〉

 

 五つあるゴーカイシリンダーからオーズの力が膨れ上がる。

 サゴーゾがその大砲を構えるタジャドルの背を支え。

 そして残る四人が同じように、サゴーゾ越しにマーベラスの肩を支えた。

 

「おー、ライダーになった」

 

 六人揃った仮面ライダーオーズ。

 そんな姿を眺めながら、ジオウがヘイセイバーを放る。

 ジュウへと変えたジカンギレードを手に、彼はドライバーに手をかけた。

 

〈フィニッシュタイム! ディケイド!〉

 

「……ところで、結局スーパー戦隊と仮面ライダーってどんな関係なの?」

 

「―――さて、僕には興味ないね。僕は僕のお宝を求めて戦うだけ……

 だから、僕にとっては戦隊もライダーも違いはないのさ」

 

 ディケイドの力を銃口に集わせながら、視線を横に向ける。

 

 その場に立っていたのはディエンド。

 彼はホルダーからカードを引き抜き、ドライバーに滑り込ませる。

 展開されていくカードを円を描くよう並べて作ったリング。

 

〈ファイナルアタックライド!〉

 

 マゼンタとシアンのカードを並ぶ中、二つの銃口で光が臨界。

 トリガーが引かれる瞬間を待ち侘びる。

 

 海東の答えにふぅん、と小さく鼻を鳴らし。

 

「じゃあ俺にとっても関係ないかな。

 なんであれ、どんな世界であれ。俺は―――世界を救う王様になるから!」

 

 

 

 

 ジュウオウホエールの腕が、大砲のグリップを幾度も動かす。

 ポンプアップされるジューマンパワー。

 大王者の資格に応え、周囲の大地から地球のエネルギーが溢れ出す。

 

 それを砲身に蓄えながら、大和は腰を落とす。

 彼の背を支えるように、ジュウオウジャーの面々がその肩に手を添えた。

 

「お前が何をしようと、俺たちは負けない!」

 

 放出される光。

 地球の力を集結した極光が、ジュウオウホエールの腕から放たれる。

 全く同時に、同じ戦場で光の渦が放たれた。

 

 メダルと重なりながら、ガレオン船状のエネルギー体が。

 カードが作るリングを潜り抜け、マゼンタの光が。

 同じくカードのリングを潜る、シアンの光が。

 

 全てバングレイと、その場に押し込まれたシルバ目掛けて殺到した。

 

〈ジュウオウファイナル!!〉

〈派手にングオーズ!!〉

〈アタック! タイムブレーク!!〉

〈ディ・ディ・ディ・ディエンド!!〉

 

 あらゆる光が重なり、二人を目掛けて迫りくる。

 その光の圧倒的な規模。

 一目で、それが自身を容易に消し飛ばすものだと理解する。

 

「こんなところで、やられて堪るかよ……ッ!」

 

 だからこそ。

 バングレイはすぐさま隣にいたシルバの肩に手をかけた。

 思い切りその体を押し飛ばし、自身の前へと投げ込む。

 

「戦隊……! ライダー……! 共に、粒子反応MAX……!

 これ以上の測定は不可能……! ぬぉおおおおおお――――ッ!!」

 

 押し出されたシルバが、その攻撃を前にバイバスターを突き出す。

 放たれる無数の破壊光線は、迫りくる最強の一撃を前に蒸発していく。

 最後の最後までその抵抗を貫き通し―――

 

 直撃を受け止める。

 銀色の四肢が、四条の光を束ねた全てを押し流す波濤を塞き止める。

 ―――光の奔流に逆らえたのは、たったの一瞬。

 

 すぐに彼は光に呑まれ、体が崩れ出す。

 

「消滅するのは、また……! 私の粒子反応だというのか―――!?」

 

 全身各部が炎を噴き上げ、そのまま光となって崩れていく。

 ボロボロと粒子に還っていくハンター・シルバ。

 

 攻撃を終え、消えていく強敵の奥。

 そこにシルバを盾にしたバングレイの姿を探す。

 だが、その姿は見当たらない。

 シルバの消滅の背後で、彼を壁にしていたバングレイの姿が消えていた。

 

 探そうと動き出す。

 直後、先程までバングレイの居た大地が内側から炸裂する。

 

『―――どいつも、こいつも! バリウザってぇ!

 力を合わせて大逆転、ってかぁ? いいぜ、なら見せてやるよ―――!

 戦隊とライダーの敵って奴らが、力を合わせたバリヤベぇ力って奴をよ!!』

 

 ―――地面に叩き付けられた勢いで、そのまま穿孔していたクライス要塞。

 その巨大な体が、地面をぶち抜き飛び出していく。

 

 動き出した片割れに連動し、ギガントホースが動き出す。

 もはや今まで撃ち合いしていたギフトにさえ注意を向けない。

 全身から煙を噴き、アラートを出すギフトカスタム。

 その操縦席の中で、ナリアが口惜しげに各所を操作した。

 

『……ッ、あの巨獣を手に入れるまで退くわけには!』

 

 ギフトカスタムが、火花を散らしながら立て直す。

 その頭部が向けられる先は、砂浜に乗り上げたキューブホエール。

 

 飛び上がるクライス要塞。

 そしてそれを追い、舞い上がるギガントホース。

 それを見上げながら、大和が口を開く。

 

「……あとは俺たちに任せてください! 行こう、みんな!」

 

「ああ!」

 

 走り出すジュウオウジャーたち。

 一度倒され、分離したキューブアニマルたちもまた立ち上がる。

 

 彼らの背中を見送り、ゴーカイレッドが肩を竦めた。

 そんな彼の隣で、ゴーカイバックルに手をかけるゴーカイシルバー。

 呼び出したタイムファイヤーのキーを、ゴーカイセルラーにセットして掲げる。

 

「こうなったら俺たちも行きましょう!

 時を超えて出でよ! タイムレンジャーの大いなる力!!

 豪ォオオオオ獣ゥドリルッ!!」 

 

 ―――しん、と。何の反応も示さないセルラー。

 タイムレンジャーの力で、31世紀から現れるはずの豪獣ドリル。

 その機体はゴーカイシルバーに呼ばれたにも関わらず、訪れない。

 

「あれ? あれ、押すとこ間違えた? ……では改めて。

 時を超えて出でよ! ジュウレンジャー! タイムレンジャー! アバレンジャー!

 三つのスーパー戦隊の大いなる力! 豪ォオオオオオオオッ獣ドリルッ!!」

 

 やり直したとところでやはり反応は変わらない。

 何がおかしいのか、と。ゴーカイセルラー回して引っ繰り返して。

 遂には、タイムファイヤーのレンジャーキーを磨き始める。

 

 そんな鎧を横目で見て、鼻を鳴らすマーベラス。

 彼はシルバーの肩を掴むと、強引にその頭をキューブホエールに向けさせた。

 

「こっから先、わざわざ俺たちが手を出す必要はねえ。

 黙って見てろ、お前の大好きなスーパー戦隊のひよっこが羽ばたくとこをな」

 

「……マーベラスさん! マーベラスさんが、後輩を見守る先輩みたいなことを!

 ええ、見ましょう! 俺たちの後輩! 40番目のスーパー戦隊!

 動物戦隊ジュウオウジャーの皆さんの雄姿を!!」

 

 そのままレッドの肩に腕を回して、一緒に見上げる格好を強制するシルバー。

 マーベラスはすぐそれをめんどくさそうに引っ叩いて振り解いた。

 

 

 

 

『行こう、キューブホエール! 動物変形!』

 

〈ホエール!〉

 

 チェンジガンのグリップを二度引き、トリガーを引く。

 その途端、キューブホエールが飛翔した。

 

 キューブホエールの背中から、吹き出す潮のような形状のユニットが分離。

 更に尾ビレが真ん中から二分割され、脚部へと変形する。

 その巨体は地面に立ち、胴体から腕部を展開すると同時、頭部をせり出した。

 

 吹き出す潮のようなユニット―――カイオースピア。

 その巨大な槍を手にした赤い巨体が、ギフトカスタムに立ち塞がる。

 

〈ドデカイオー!〉

 

『完成! ドデカイオー!!』

 

 全身各部から異音を発しながらも、ギフトカスタムは止まらない。

 目の前に現れた目的の相手に、そのボディを向ける。

 

 コックピットにあるナリアは、操縦桿に縋り付き強く握り込む。

 

『ジニス様のため……! そいつを渡しなさい―――!』

 

『断る! キューブホエールは……俺たちと共に戦う、仲間だ!!』

 

 残っていたギフトカスタムの火器が全て起動した。

 展開されるミサイル発射管。

 それらに火が入れられ、発射までのカウントが開始される。

 

 負った損傷により、スパークする機体。

 漏れ出た雷撃が周囲に走り、ギフト自身さえも灼いていく。

 

 そんな光景を前にして、ドデカイオーはカイオースピアを持ち上げた。

 

『――――ッ!』

 

 全てのミサイル、パイルが射出される。

 同時に、10億ボルトの放電が周囲を蹂躙していく。

 その最中、カイオースピアの穂先に集う地球のエネルギー。

 

 コックピットの大和が大王者の資格を一度閉じて―――再び展開する。

 

『ドデカイオーシャンスプラッシュ――――ッ!!』

 

 錨に似た形状のエネルギー弾が、連続して吐き出される。

 ミサイルを撃墜し、杭を折り砕き、電撃を吹き飛ばし。

 放たれた砲撃はギフトカスタムまで届く。

 

 既に損傷していたとはいえ、その装甲を容易に粉砕していく攻撃。

 瞬く間に原型を失っていくギフトの巨体。

 

『くぁ……っ!? ここで、退くわけには……ッ!』

 

『―――もういいよ、ナリア。戻っておいで』

 

 コックピット内でさえ、火花を噴き散らす状況。

 そんな中で耳に届いた声に、ナリアが肩を震わせる。

 ジニスの指示を達成できないことを恐れ、彼女はすぐに声を上げた。

 

『っ……!? ですが、ジニス様!』

 

『その戦場で発揮されたキューブホエールのデータは、十分に集まった。

 君は確かに役目を果たしてくれたよ。

 ギフトのメモリーカードを抜いて、私の許に帰っておいで』

 

『―――――はい』

 

 ジニスの言葉に従い、彼女はコックピットからギフトのメモリーを抜き出す。

 その姿は、すぐさま光のコインに包まれサジタリアークへと帰還した。

 

 爆散するギフトカスタム。

 大量の残骸を散らしながら崩れていく捕獲兵器。

 それを前にして、槍を下ろすドデカイオー。

 

『は! んな雑魚と遊んでないでこっちに付き合ってくれよ!』

 

 その頭上高く、クライス要塞とギガントホースが合体していく。

 

 戦車を牽く二頭仕立ての馬が足に変形。

 ギガントホースが下半身を構成するマシンに

 クライス要塞の内側から溢れ出す青い光が、表面装甲を吹き飛ばす。

 昆虫然としていた外見から、骸骨の怪物染みた外見に変わる要塞。

 

 ―――その名もビッグマシン。

 大ショッカーと大ザンギャックが手を結び、造り出そうとした決戦兵器。

 

 ドデカイオーの7,8倍はあろうかという巨体が着陸する。

 クライス要塞だったものの顔が大きく口を開き、その中に青白い光を蓄えていく。

 一瞬の静止の直後、放出される破壊の息吹。

 

 大地と海を吹き散らす光波。

 カイオースピアを地面に突き立てて、ドデカイオーがその衝撃に耐え抜く。

 

 ―――そうして耐えていた赤い体を、ビッグマシンの平手が殴打した。

 

 大人と子供どころではないサイズ差。

 そんな状態に張り飛ばされ、ドデカイオーが海中に叩き落とされる。

 

『ヒャハハハハハハ! 宗旨替えもありかもなァ!

 繋がりの力? 力を合わせて一緒に戦う? いいねェ、ありかもしれねえな!

 見ろよ、この力を! どっかの悪党が力を合わせて造ったんだってよ!!』

 

 ビッグマシンの拳が地面を叩き、大地を砕いた。

 衝撃で割れた地面に流れ込んでくる海水。

 眼下に並んだ小高い丘が、ビッグマシンの威力で次々と崩壊していく。

 

『―――お前は、誰かと力を合わせてなんかいない……!』

 

『あぁ?』

 

 荒れ狂う波の中、ドデカイオーが立ち上がる。

 その中にいるジュウオウホエールが、操縦桿となる大王者の資格を強く握った。

 

『力を合わせるっていうことは、その相手と……!

 誰かと本気で向き合うことだ! 自分以外の誰かと共に生きるっていうことだ!

 誰かを利用し、誰もを踏み躙り、誰からでも奪い取り―――!

 今のお前が、一体誰と力を合わせているっていうんだ!!』

 

『逆に教えてやるよ! テメェらの生き方はなァ! 群れる、っていうんだよォ―――ッ!

 弱くて一人じゃ何も出来ねぇ雑魚どもが集まって……!

 何か出来るフリをしてるだけの生き方でしかねえのさァッ!!』

 

 ビッグマシンが動く。大上段から振り下ろされる腕。

 腕だけでドデカイオーに匹敵するほどの質量。

 全力で振り下ろされるそれを、大和は槍を盾にして防いでみせた。

 が、そのまま吹き飛ばされ、まるでボールのように海面を跳ねるドデカイオー。

 

 超巨大な体を揺り動かし、ビッグマシンがそれを追う。

 

『―――そうよ! 私たちは、群れの中で生きる!

 みんなそうやって生きてきて……私たちはそんな生き方を明日に繋ぐためにここにいる!!』

 

 そうしようと動き出したビッグマシンの顔面。

 そこにワイルドトウサイキングが飛来する。

 突き立てられるビッグキングソード。

 だがその一撃に微動だにせず、首の動きだけでトウサイキングは弾かれた。

 

 地面に撃墜され、瓦礫と波飛沫を立てる巨神。

 倒れながらもその巨体が左腕を上げ、ビッグワイルドキャノンを持ち上げる。

 

『ああ、そうだ! 俺は一人じゃ何もできない!

 それどころか、誰かと一緒にいても何もできない自分が大嫌いだ!!』

 

 連続して放たれるワイルドキャノン。

 放たれた弾丸は全て直撃し―――しかし、ビッグマシンに傷一つ与えず霧散した。

 

『操だけじゃない―――僕たちは欠点ばかりだ!

 一人じゃ生きられないのに、譲れない自分の縄張りがあったりする!』

 

『だからせめて……! 心を繋いで、縄張りを共有できるようになった仲間と!

 群れを作って、力を合わせて――――共に戦う! 一緒に生きる!!』

 

 起き上がろうとしたトウサイキングを踏み付けるビッグマシンの脚部。

 全身を軋ませて、キューブアニマルたちが悲鳴を上げた。

 キューブとステアリングを強く握り、ジュウオウジャーたちがそれに堪える。

 

『雑魚は雑魚らしく肩寄せあって震えてますぅ、ってかァ!?

 だったらテメェらの群れごと、バリッと皆殺しにしてやるよォッ!!』

 

『テメェなんかに出来るわけねぇだろ……!

 俺たちは……地球のパワーと! ご先祖様の想いを! 託されてここにいるんだ!!』

 

 トウサイキングを踏み付ける足に、ドデカイオーが激突する。

 僅かにビッグマシンが揺らいだ瞬間、トウサイキングは体を捩じり抜く。

 

 熱を帯びてきた大王者の資格を強く握り、大和はバングレイを見上げた。

 

『バングレイ……! お前に見せてやる―――!

 縄張りを守るために力を合わせる、俺たちっていう群れの力を!!』

 

 その瞬間、空中に巨大な四角いリングが出現した。

 それはビッグマシンを思い切り殴り、僅かに後ろに押し込む。

 

『なに……!?』

 

『みんなで行くぞ!!』

 

 ジュウオウキューブが全て分離し、ドデカイオーもまたキューブホエールに戻る。

 そのジュウオウキューブたちが目指すのは、空中に出現したリング。

 

『動物全合体!!』

 

〈イーグル! シャーク! ライオン! エレファント! タイガー! ゴリラ! クロコダイル! ウルフ! ライノス! ホエール! キリン! モグラ! クマ! コウモリ!〉

〈オーオー! オォオール!!〉

 

 カイオースピアを分離し、最後にリングに飛び込んだホエール。

 その尾が左右に突き出すように割れ、奥から胸部になる部分が出現する。

 更に胴体から左右のヒレが外れ、宙に舞う。

 

〈1! 2! 3! 4!〉

 

 イーグル、シャーク、ライオン、エレファントのキューブが積み重なる。

 それを固定するように上から貫く、ホエールのヒレ。

 

〈5! 6! 7! 8!〉

 

 タイガー、ゴリラ、クロコダイル、ウルフのキューブが積み重なる。

 同じく、それを固定するように貫くホエールのヒレ。

 

〈9! 10!〉

 

 ライノスが後部の車両ユニットをパージ。

 胸部へと変形したホエールの背面から突っ込み、接続される。

 積み上がったキューブは足。

 上から降りてくるホエールの胴体が、足の上へ重なった。

 

 最初に割れたホエールの尾が稼働。

 肩と腕を露出させ、腕になる部分にキリン、モグラ、クマ、コウモリが装備される。

 右腕の先で展開されるキリンバズーカ。左腕の先にはモグラドリル。

 

 首から下の状態が整った胴体に、頭部が形成されていく。

 現れた顔を覆うのは、カイオースピアの一部が分離した波濤の兜。

 

 槍本体を大砲とし、右肩に積載した大巨神。

 その巨体が身構えることで、彼らの全てを乗せた守護神の合体は完了した。

 

〈ワイルドトウサイドデカキング!!〉

 

『完成!! ワイルドトウサイドデカキング――――!!!』

 

 ―――巨大とはいえ、それでもビッグマシンの4分の1もない程度。

 そんな小さな巨人を前に、バングレイは喉を鳴らした。

 

『ハハハハハハハ!

 それがどうしたってぇ? そんなちっぽけなもんで、一体何が出来るってんだ!

 クク……! テメェらが力を合わせたその群れで守りてぇ縄張りも!

 俺がこいつでズタズタに引き裂いて、消し去ってやるよォッ!!』

 

 ビッグマシンが口を開く。溢れ出すのは、青と白の光の螺旋。

 最大出力だろう稼働で、胴体が放つ光を臨界させて燃え上がらせる。

 ちっぽけな巨神に照準を合わせ、放たれる光の氾濫。

 海ごと津波で押し流すような威力でもって、その破壊は地上に齎された。

 

 ―――その光の中心にあって、ワイルドトウサイドデカキングが足を踏み出す。

 

『―――――あぁん?』

 

 光の津波を掻き分けて、ドデカキングはなお歩む。

 迫りくる光を歩みだけで左右に割って、悠然と前に進む絶対的王者。

 

 バングレイが更に出力を上げさせる。

 発光が更に強くなり、ビッグマシンの火力が加速した。

 それでもなお、ドデカキングは止まらない。

 

『馬鹿な……! 何が……ッ!?』

 

『言った筈だぜ……! ここには、地球のパワーがあるってな!!』

 

 レオがキューブを握り、その力を籠める。

 両腕を振るうドデカキングのパワーで、光の氾濫が消し飛ぶ。

 

 咄嗟に振るわれるビッグマシンの腕。

 ドデカキング自体とそう変わらぬだろう、圧倒的質量の塊のスイング。

 ―――それを正面から受け止めて、大巨神は踏み止まった。

 

『んだと!?』

 

『そして、ケタスさんの想いが息づいてる―――!

 地球とジューランドは、一つの世界だったって!!』

 

 セラがキューブに手をかけ、思い切り回した。

 ドデカキングが受け止めていた腕を掴み取る。

 そのままの勢いで、数百メートルの巨体であるビッグマシンを投げ飛ばす。

 

 背中から地面へと、強かに叩き付けられるビッグマシン。

 

『―――私たちの縄張りをズタズタに引き裂く?

 残念だけど、あなたには出来っこないから!』

 

 アムがキューブに手を置き、回す。

 相手の腕を手放し、ドデカキングが全身から地球のエネルギーを放出する。

 全てのキューブの力が胸の前に集束し、虹色の光線を解き放った。

 

『ジュウオウドデカショット――――ッ!!』

 

 光線が直撃し、弩級の機体が宙を舞う。

 地面を粉砕しながら墜落したビッグマシンの中で、バングレイは操縦桿にしがみついた。

 

『馬鹿な……! どういうこった――――ッ!

 こいつは、戦隊だのライダーだのを全部ぶち殺すための存在だろうが!

 だっていうのに何で、奴らの群れ一つぶっ潰せねえ!!!』

 

 彼の拳がコンソールを殴り付ける。

 それに反応したビッグマシンが、全身からレーザーを放った。

 

『そんな分かり切ったことさえ、お前には分からない!!

 僕たちの群れは――――ひとつじゃない!!』

 

 タスクが声を上げ、キューブを握る。

 降り注ぐ光線を浴びながら、大巨神はその腕を大きく振り回した。

 空中で薙ぎ払われ、そのまま弾け飛んで消えていく光の雨。

 

『俺たちの縄張りは、この惑星(ほし)だ!!

 そして……この縄張りを守るために戦っているのは、俺たちだけじゃない!!』

 

 操がステアリングを握り、大きく舵を切った。

 強く一歩を踏み込んだドデカキングが跳ぶ。

 狂ったように咆哮するビッグマシンの顔に激突する、ドデカキングの腕。

 

 ビッグマシンからのレーザー放出が止まる。

 

『守りたいものを守るのに、スーパー戦隊も仮面ライダーも関係ない!!

 今までこの星を守り抜いてくれた人たちと! これから守るために戦う人たち!

 その想いと願いの全てが―――俺たちの生きる、俺たちの群れだ!!

 お前が無理矢理手に入れただけのそんな力に、負けるわけがないんだよ!!』

 

 ワイルドトウサイドデカキングの足元から、より強く力が迸る。

 キューブとなってせり上がってくる地球のパワー。

 それがドデカキングの機体を、どんどんと押し上げていく。

 

『これで終わりだ―――! バングレイ――――ッ!!』

 

 地球のパワーがジュウオウキューブの似姿を創造する。

 エネルギー体で形成されたキューブアニマルたちが、その場で無数に飛び立った。

 

『ジュウオウドデカダイナマイトストリーム!!!』

 

 そうして放たれたキューブたちが、全てビッグマシンに降り注ぐ。

 ―――数にして100。

 

 一撃一撃が確実にビッグマシンの各部にダメージを与え、砕いていく。

 頭部が、腕が、足が。各部の負荷が限界を超え、脱落を始める。

 バングレイの再生体である機体であるが故、残骸も残さず光と還り始めた。

 

 光に消え始めたコックピットの中で、バングレイが己の顔を手で覆う。

 

『馬鹿な……! この俺が……ッ!? 獲物どもにやられるなんぞ――――ッ!?!?』

 

 ―――限界を超え、消え失せるビッグマシン。

 コックピットだった場所に投げ出されるバングレイの体。

 そこに、ジュウオウキューブの群れが殺到した。

 

『グォオオオオオオオオ―――――ッ!?!?!?』

 

 光の獣たちに呑み込まれ、バングレイの断末魔が轟く。

 その場で大きく炎の華を咲かせ、彼だったものが墜ちていく。

 

 炎と光が天に還っていくのを見送りながら。

 ワイルドトウサイドデカキングが地上に舞い降り、その胸を大きく張った。

 

 

 




 
ドデカイオーシャンスプラッシュ←この技名好き
 


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慟哭!奇跡の生誕!2016

 

 

 

「っ……!」

 

 頭を押さえながら、ゆっくりと起き上がる。

 真っ先に行うのは現状の確認。

 自分は一体どうなったのか、それすら予想のつかない状況だったが故に。

 

 どうやらソファに寝かされていたようだ。

 辺りを見回せば、どうやら何かの研究室のような―――

 

「おお、起きたかリヨン! すまなかったな、強引に連れてくるような真似をして」

 

「貴様―――ッ!」

 

 すぐさま跳び起き、ゴーストドライバーを呼び出す。

 研究室の奥から歩み出てくるのは、ダントンに相違ない。

 目の前に現れた圧倒的な強者。

 

 だからこそ、懐に手を突っ込んで取り出すものはディープスペクターを選び……

 

「ッ!?」

 

 そうして気付く。彼の許に残されている眼魂は三つだけ。

 ノブナガ、ツタンカーメン、フーディーニ。英雄眼魂だけだ。

 スペクターとディープスペクター眼魂が手元にない。

 

 ―――最大戦力無しにやり合うには、相手の力はあまりに強大。

 その事実を理解してなお、彼はノブナガを握り込んで取り出して―――

 

「おっと、すまないな。ちょっと調べさせてもらっていたんだ」

 

 戦闘態勢を取るマコトに、何のこともないようダントンは歩み寄る。

 その彼の手から渡されるのは、奪われたと考えていた二つの眼魂。

 そんな状況に困惑して、マコトは目を見開いて相手を見返した。

 

「やはりこの眼魂、ゴーダイの魂をベースにしたものだった。

 お前は、やはりゴーダイと共にいたのだな」

 

「ゴーダイ……? いや……ダントン、貴様の目的は何だ。

 何の理由があって俺をここまで連れて来た。それに……」

 

 あの時、息子と。

 自分にそう言い放った相手を見据え、胡乱げな視線を投げかける。

 その視線を浴びせられながら、ダントンは小さく苦笑した。

 

「ゴーダイは……私が昔、共にここで研究をしていた男だ。

 眼魔世界の赤い空―――肉体の神経を侵し、命を奪う死の世界。

 私はそれを人間の肉体を進化させ、環境を適応させることで凌駕しようとした。

 その研究だよ。私とゴーダイが行っていたのは」

 

「……だが。眼魔はこの世界で生きる方法に、イーディス長官の眼魂システムを選んだ。

 そして、それを認めないあんたと戦争になった」

 

 マコトがそう口にすると、ダントンは微かに目を細める。

 彼はそのままマコトに背を向け、壁に向け歩き始めた。

 

「―――ああ、アドニスの奴はイーディスの研究を選んだ。

 それは人間の進化を、可能性を摘み取る冒涜だ! 人間というのは、肉体と魂が揃って初めて人間なのだ! それを捨てることを、生きるなどと呼ぶものか!!」

 

 背を向けたままに語気を荒くするダントン。

 

 ―――彼が口にする考え。

 それはけして自分たちと考えを異にするものではない。

 垣間見えた彼の思想に対して、少し驚いたように表情を崩すマコト。

 

「ゴーダイもそれに同意してくれたんだ。

 だから理想を共にして、ここで世界を変える研究をしていた。

 だが……奴は、ここから出ていってしまった。

 お前の言う戦争で追い詰められた時、逃げだしたのだ」

 

「逃げた……?」

 

 そこまで語ったダントンが突然振り返った。

 彼の手がマコトの肩へと伸びてくる。

 咄嗟に退こうとして、しかし逃れ切れず、

 

 ―――マコトは、ダントンに抱き締められた。

 

「何を……!?」

 

「……その時、ゴーダイが連れて行ってしまったのがお前なのだ、リヨン。

 モノリスは通常、生身の人間は通れない。だから、死んだと思っていた」

 

 モノリス、という言葉に過るのは大天空寺地下のもの。

 それと同じものが眼魔世界にもあり、繋がっているのは分かっている。

 過去、子供だったマコトとカノンはそれに吸い込まれるようにこの世界に来た。

 

 その後はアリアに拾われ、戦士としてアランと共に育ち―――

 いま、こうしてここにいる。

 

「だが生きていたんだな……! お前も、ゴーダイも……!

 ならば、ミオンも生きているんだろう!? お前の妹だ! 私の娘だ!」

 

 ―――そんなはずがないのに。

 この腕に抱かれた過去が実在するような、そんな感覚に包まれる。

 

「――――!」

 

 そんなことがあるはずない、と。

 抱き着いてくるダントンを振り払い、大きく後ろに下がる。

 残念そうに顔を歪める相手を睨み、マコトは強く叫んだ。

 

「黙れ! 何がお前の息子だ!

 俺はリヨンなんて名前じゃない! 俺は深海マコト……!

 妹もミオンなんかじゃない! カノンだ! 俺の、父の名は―――深海大悟だ!」

 

「大悟……ダイゴか、ゴーダイはそう名を変えたのだな。

 すまなかった、今のお前の名を否定するつもりではなかったんだ。

 マコト、そうかマコトか! いい名前だ。これからは私もそう呼ぼう!」

 

「そんな話をしているんじゃ……!」

 

 嬉しそうに歩み出すダントン。

 背を向けて離れていく彼を見ながら、マコトが歯を食い縛る。

 わからない。そんなはずがない。

 だというのに、ダントンから何か懐かしい感覚を感じている事実が疎ましい。

 

「信じられないのも当然だ、マコト。だが安心するといい。

 これを見れば、お前もきっと思い出してくれる」

 

 彼の手が壁に描かれた紋章に触れる。

 まるで何かの操作盤のように反応する紋章。

 直後、研究室の奥にある壁が動き出す。

 ただの壁に見えていた扉が、ダントンの意思に呼応し開きだした。

 

 咄嗟にその扉の奥に視線を送るマコト。

 彼の目に入ってくる、光景は。

 

「懐かしいだろう? ()()()()()()()()!」

 

「―――――」

 

 数百、数千と並べられたカプセル。

 そのカプセル内部に満たすのは、緑色の液体。

 

 ―――液体の満たされた培養カプセルに漂うのは、人影。

 

「あ、」

 

 腕が、足が、頭が、全身が。

 一つの例外もなく、体のどこかが黒ずんで崩れている人型たち。

 五体満足な存在はどこにもいない。

 人間の出来損ないが、そこでは数え切れないほどに並べられていた。

 

 ―――頭が無事な人型の顔は、全て同じもの。

 マコトにとって、よく見知った顔だ

 

 朝起きて、顔を洗う時。

 これとまったく同じ顔が映ることを、よく知っている。

 

「ハ―――ハァ、ハァ……ッ! なん、なんだ……なんで……!?」

 

「どんな悪環境をも凌駕する究極の肉体。

 肉体が変われば精神も変わる。よりよい肉体を得て生まれた人間は、よりよい精神を持つ。

 つまり究極の肉体で生まれた人間には、究極の精神が宿る。それこそが進化した人類」

 

 呼吸を荒くし、ふらつき、やがて倒れて尻餅をつき。

 正気を失って取り乱すマコト。

 彼の背後に回ったダントンが、優しくその肩を抱く。

 

「マコト……お前はその研究の中で、唯一この世に生まれ出でてくれた。

 本当に、本当に、気が遠くなるような年月の中で……奇跡が起こって生まれた子供なんだ。

 ゴーダイがお前たちを連れ出した後、何とかしてもう一度お前を創ろうと思ったが……」

 

 マコトを抱きながら、悲しげに培養カプセルを見上げるダントン。

 培養カプセルの中の人型は、例外なく不完全だ。

 完全な肉体を形成した例は、それぞれただ一人――――

 

 カプセルルームの内部が、ぐるりと回転する。

 培養の推移を観察するため、定期的にカプセルの位置替えがあるのだ。

 そうして前にやってきた数千の培養カプセルの中には、少女の顔があった。

 

「ぁ―――――」

 

 体の何処かが黒ずみ崩れた。あるいはそもそも形成されなかった。

 そんな、深海カノンと同じ顔を持つ、数千ある命の失敗作が視界に入る。

 

「ただの一度も、成功することはなかった……マコト、お前たちは奇跡の子なんだ……!

 進化した新たなる人類として、唯一この世界に生まれてきてくれた……!」

 

 ダントンの言葉の後、突然のアラーム。

 発生源は、目の前に並ぶ培養カプセルの中の一つ。

 それが盛大に音を発し―――

 

 直後、そのカプセルの中にあったカノンの似姿が崩れ出した。

 黒い残骸だけが、培養液の中を漂いだす。

 

「ぅぁ……! あぁあああああ――――!?」

 

「ああ、ああ、私も残念だマコト。また一人、娘がいってしまった。

 だがあの子もきっと喜んでいるはずだ。最期に、兄と会う事ができて」

 

 頭を掻き乱すマコトを強引に抱きしめ、その頭を撫でるダントン。

 もはやこの光景に何を思えばいいのか、それすら分からず―――

 

 ザザ、と。

 ダントンが腕に巻いていたプロトメガウルオウダーが異音を放った。

 

「うん?」

 

 ダントンは仕方なしにマコトを放し、腕のそれを操作する。

 支えを失ったマコトが転げ、頭を抱えながら蹲った。

 

 あの培養液の色も、そこから取り上げてくれた男の腕も、何もかもが記憶を掠める。

 ダントンが語ったことに、嘘なんて一つもないと理解できてしまった。

 

 震えるマコトの前で、メガウルオウダーが映像を投影する。

 

『久しぶりだな、ダントン』

 

「……アルゴスか。私を利用したようだが……まあいいとしよう。

 おかげで、大切な息子にこうしてまた会えたのだから」

 

 そんな様子を鼻で笑い、玉座に座ったアルゴスの姿が軽く腕を振る。

 映し出されるのは、恐らく牢屋だろう場所。

 そこに容れられているのは、立香に御成にアカリに……カノン。

 

 妹の姿を見て、マコトの表情が愕然と歪んだ。

 

『こちらには、お前の大切な娘を差し出す用意がある。

 代わりに、深海マコトが持つ三つの英雄眼魂を寄こせ。

 言うまでもないだろうが……差し出さねば、お前の娘は死ぬ事になる』

 

「なんだと?」

 

 牢屋の映像が消え、アルゴスの姿が戻ってくる。

 対峙するダントンの顔が強く歪み、彼を敵だと断定した。

 ざわつく皮膚が硬化し、人の姿から怪物に変わり始める。

 

「そんなことをしてみろ、アルゴス。

 お前こそ再び死ぬことになる。今度こそ、魂まで完全にな……!」

 

『だからこうして交渉の席についた。お前の相手は避けたいからな。

 眼魂を寄越せば、傷一つつけずに送り返そうとも』

 

 黒い単眼の怪物を前にして、映像の中のアルゴスは小さく肩を竦めた。

 そんな彼がゆるりと手を振るい―――

 

 瞬間、プロトメガウルオウダーが更なる機能を発揮する。

 二人の前に展開されるガンマホール。

 アルゴスの視線が、ダントンからマコトへと向かう。

 

『その先に繋がる世界は、地球でも眼魔でもない。私はそこにいる。

 さあ……妹を助けたくば、この世界―――眼魂島にくるがいい』

 

 言うべきことは言った、と。

 アルゴスの映像が乱れて、徐々に消えていく。

 彼の言葉に反応して、震えていたマコトが立ち上がった。

 

「っ、マコト! 待て、勝手に行くな!」

 

 ダントンの静止を無視して、マコトが走りだす。

 直前に見た、カノンと同じ顔をしたものが崩れていく光景。

 それが、今のカノンの姿とダブって頭の中で反響する。

 

「カノン……っ! カノン、カノン――――ッ!」

 

 今まで自分の周りにあったものが、全部切り離されたような。

 深海マコトが、人間として積み上げてきたものが全て崩れ落ちたような。

 人が人として生きてきた、という前提さえ壊れてしまった。

 自分が何なのかさえ、自分が正しい命なのかさえ分からなくなる。

 

 たった一つ残っているのは、妹だけだ。

 共に生まれた、妹だけだ。

 

 生身で眼魔ホールを突き抜けて、彼はアルゴスの支配する地―――

 眼魂島へと踏み込んだ。

 

 

 

 

 白煙を噴き散らして、完全に沈黙する車体。

 その末路を見上げながら、ダ・ヴィンチちゃんは嘆息した。

 

 周囲は木々に囲まれ、視界は通らない。

 どうにかする手段は幾らでもあるだろうが、ここは相手のホーム。

 あまり不用意な行動はしたくない。

 まあここまで追い込まれては、そうも言ってられないだろうが。

 

「ま、随分無理させたんだ。しょうがない、これはここに放棄だね」

 

「……そうなりますね」

 

 少し残念そうにマシュが同意。

 そんな彼女の様子を見て、ダ・ヴィンチちゃんは肩を竦める。

 

「新車を作る時はもっと頑丈に作るとしよう。

 どんな悪環境も走破できるくらいのダ・ヴィンチちゃんスペシャルだ。

 そーなると、流石に空飛ばしたりは無茶かなぁ」

 

 そう言って笑い、彼女は中に入って乱雑に物品を掻き出し始めた。

 マシュがそうして投げ出されてきたものを纏める。

 彼女が袋に纏めたそれを、アランが何も言わずに掴み上げた。

 

「あ、すみません」

 

「―――お前は守りの要だろう。

 咄嗟の時、手が空いていなかったでは笑い話にもならん」

 

「そうそう、マシュがいないと私も結構厳しいもの。

 誰も彼も剣を通さない鎧を着て、大火力の銃を持ってるとなるとねー。

 剣士ひとりじゃ辛い環境なのです」

 

 言いながら、武蔵が木々の間から出てくる。

 アランの視線を受けて、彼女は首を横に振った。

 

「近くにはいなそうね。

 タケルやジャベルだけじゃなくて、人も動物もなーんにもいない感じ」

 

「そうか……だとすれば、周囲を探すより前に進むべきか。

 タケルも、ジャベルも、恐らくはアルゴス兄上の許に向かうだろう」

 

 彼の言葉に片目を瞑る武蔵。

 ジャベルは絶対に、とは言えないが。

 確かにタケルはアルゴスの許に向かうはず。

 

 というより、アルゴスの態度から言ってタケルは呼び寄せられている。

 どういった目的かは分からないが。

 

「……だとすると、やはり。

 空を飛んでいる時に見えた、あの大きな塔でしょうか」

 

「そうねー、正しく敵の本丸! って感じだったものね」

 

 飛行している間に見ることができた、巨大な塔。

 今は森の中で見えないが、それがアルゴスの居城と見るべきだろう。

 だとすれば、立香やカノンたちもそこに囚われているはず。

 合流するにもそちらに向かうべきだ。

 

「―――では、一刻も早く向かいましょう」

 

 塔があるだろう方向を見上げながら、マシュがそう口にする。

 

 まあそうなるだろう、と。

 武蔵は肩を竦めて、しかし反論する理由もなく頷いた。

 その後に荷物を吊るしたアランの方を見る。

 

 彼は少しの間だけ黙った後、口を開く。

 

「道中で兄上……アルゴスのことを話そう。

 何故生きているのかは、私にも詳細は分からない話だが」

 

 

 

 

「……っ」

 

 必死に体を起こして、壁に寄りかかる。

 何故だか、この世界の中心らしき塔から大きく離れた位置にある一軒の家。

 そんな藁葺き屋根の家には、人の気配は一切ない。

 いや、この家ばかりではなく、この世界全体に。

 

「この、世界……!」

 

 よろめきながら、タケルは世界の中心にある塔を見上げる。

 そうしている内に、自分以外の魂の鼓動を感じた。

 

 すぐさまそちらに視線を向ければ。

 そこには、バンダナを巻いて黒い軍服に身を包んだ男。

 ジャイロがその手にウルティマの眼魂を握りながら、タケルの前に立ちはだかった。

 

「あんたは……!」

 

「天空寺タケル。アルゴス様の命により、その身柄を確保させてもらう」

 

〈ウルティマ!〉

 

 有無を言わさずに白い怪人へと変わるジャイロ。

 タケルが腹に力を籠め、ゴーストドライバーを呼び起こす。

 そしてムゲンゴースト眼魂を呼び出そうとし―――

 

 しかし、力が湧いてこない。

 無限の光輝を束ねたような力の奔流は、僅かたりとも感じられない。

 それを呼び出すほどの力が、タケルに残っていないのだろう。

 

「……くそっ!」

 

〈カイガン! オレ!〉

〈レッツゴー! 覚悟! ゴ・ゴ・ゴ! ゴースト!〉

 

 すぐさまオレゴースト眼魂を取り出し、出現させたゴーストドライバーに装填。

 黒いトランジェントにオレンジ色の光を灯し、身構えた。

 右腕に引っ提げるのは大剣のガンガンセイバー。

 

 そんな相手を見据え、ウルティマが鼻を鳴らす。

 

「ムゲンの力もなく、英雄の眼魂すら持っていない。

 そんな貴様を長々と相手にするつもりはない」

 

 白い怪人が疾駆する。

 それに合わせて奮われた大剣が確実にその体を捉え―――

 しかし、片腕で容易に受け止められた。

 

 ガンガンセイバーが枯れ、風化して崩れていく。

 流れるような動作でその手がゴーストの首にかかり、タケルの体を吊り上げる。

 

「が……ッ!」

 

「―――全ては、眼魔世界のために」

 

 相手の首をギチギチと軋ませながら、力を籠めていく。

 振り解こうとするゴーストの動きには、一切揺るがない。

 ジャイロはそのまま、タケルを完全なる戦闘不能に追い込むためにより力を強め―――

 

 

 

 

「―――――」

 

 先頭を歩いていた武蔵が足を止める。

 

 森を出て幾らか歩いた結果、町に辿り着いた。

 とはいえ、まるで戦闘でもあったかのように荒れた町。

 当然のように人っ子一人いない。

 

 そんな町の中を塔を目指して歩いている途中。

 彼女は突然、足を止めたのだ。

 背後で目を細めて、ゆっくりと荷物を下ろすアラン。

 マシュもまた強く盾を握り、身構たる。

 

 武蔵は微かに目を細めて、眉を顰める。

 少しだけおかしな顔をしたまま、彼女は腰の刀に手をかけた。

 

 一瞬、静止。

 直後に抜き放たれた剣閃が、近くにあった家屋の扉を斬って捨てる。

 崩れていく扉。そしてその奥に見える、一人の人間。

 

「く……ッ!?」

 

 そこにいた男は、扉が崩れた瞬間に手元の眼魂を起動。

 ゴーストドライバーにそれを投入―――しようとして。

 

 即座に踏み込んでいった武蔵に、その腕を峰打ちされた。

 動きが止まった彼が、そのまま足を引っ掛けられて転倒する。

 床に強かに打ち付けられ、彼が呻く。

 そんな彼の目の前の床に突き立てられる。武蔵の剣。

 

「こんにちわ。このお宅の大家さん?

 扉はごめんなさい。冤罪だった時は、ちゃんと頑張って直すから」

 

「……! ムサシ、か……!? いや、そんなはず……!」

 

 自分の目の前に突き刺さった剣。

 それを見て、目を見開く男。

 そんな彼の様子を見て、あー…と声を漏らす武蔵。

 いちいち説明―――しなくていいか、と。さくっと思考を斬り捨てる。

 

「ええ、まあ。宮本武蔵的なものと理解してくれれば、それで結構。

 それであなたは……」

 

 押し倒された衝撃で地面に転がった彼の眼魂。

 それをアランが拾い上げて、眉を顰める。

 

「色は違うが……スペクターの眼魂だ。マコトのものと同じ」

 

「っ、アラン……様」

 

 アランの言葉に微かに目を見開き、取って付けたような敬称でその名を呼ぶ。

 しかしわざわざそうするという事は、間違いなく眼魔の者だ。

 そうなるとアルゴスの配下、と考えるのが自然。

 

 相手の顔をまじまじと見て、アランが記憶を呼び起こす。

 眼魔であるということは、過去に顔を合わせたことがあるかもしれない。

 が、それらしい顔はアランには思いつかなかった。

 

「……思い当たる顔はいない。

 兄上の生前……の配下、というわけではないはずだ」

 

「ふむ。だとしたら君は一体?

 こちらとしてはまず、君が眼魔……いや、アルゴス側かそうではないかが知りたいのだけど」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが周囲を探りながら、男を見る。

 扉を斬り飛ばした時に起こしたそれなりの音にも、周囲からの反応はない。

 

「…………俺の名は、深海大悟。

 いま口にしたマコトという名が、深海マコトのことならば……その父親だ」

 

「マコトさんの、お父さん? それは―――」

 

「……待て、お前は眼魔の民だろう。

 何故マコトの父などという言葉が出てくる」

 

 マコトは幼少期をタケルと共にしていた。

 そうして、大天空寺地下にあるモノリスを通じ、眼魔世界に辿り着いた。

 結果として眼魔と関わりを持つことになった人間だ。

 彼の父が眼魔の者などと、そんなことは―――

 

 大悟は伏せたまま小さく首だけ振り、アランを見上げる。

 

「俺はかつて……大帝派とダントン派に分かれた戦争状態だった、あの世界から逃げ出した。

 モノリスを通じ、グレートアイに祈ったんだ。こんなろくでもない眼魔の世界から、俺を逃がしてくれ、とな。

 なぜグレートアイが俺の願いを聞き届けてくれたかは分からない。だが事実として、俺は地球へと逃がして貰った。俺はそうして地球に辿り着き……」

 

 そこで一瞬彼は言葉に詰まり、しかしすぐに続けた。

 

「―――天空寺龍に出会った。

 眼魔世界にあるモノリスと対になるモノリスは、大天空寺にあるからな。

 マコトを知っているのなら、タケルくんのことも知っているんだろう?

 天空寺龍は、彼の父親だ」

 

「……ええ、はい。わたしたちは天空寺龍さんのことも、知っています」

 

 ―――アナザーゴースト。

 その最期を思い浮かべ、微かに下がる眉尻。

 そんな反応に僅かに目を細めて、大悟は言葉を続ける。

 

「そうか、なら話が早い。俺は地球に辿り着き龍に出会い……」

 

「その前に。お前が地球に行ったのは百年戦争の頃ではなかったのか?

 ならば、なぜそこでタケルの父親の話が出る。

 あの戦争はタケルの父親が生まれるより以前に起こったものだ」

 

 アランが口を挿んだことに、彼は片目を瞑って唸った。

 

「……正確な答えは俺も持たない。

 ただ、そのモノリスを潜った俺は、時間も越えていたということだ。

 それを知ったのは……いや。

 とにかく、俺は龍がいる頃の大天空寺に辿り着き―――そこで家族を授かった。

 それが妻の奈緒子であり……マコトと、カノンだ。」

 

 そんな彼の言葉にダ・ヴィンチちゃんが目を細める。

 武蔵が彼女の方へと振り返り、視線を合わせ。

 数秒した後、武蔵は剣を納めながら彼の背中を解放した。

 

 ゆっくりと起き上がり、そのまま座り込む大悟。

 

「まあ、出自は納得するとして。君は何故こんなところに?」

 

「…………」

 

 問いかけに対し、彼は今度は無言で返答した。

 眉を顰めるアランを制し、ダ・ヴィンチちゃんが続ける。

 

「―――なるほど。では、カノンちゃんがアルゴスに連れ去られたことはご存じかな?」

 

「なんだと?」

 

 目を見開き、すぐさま立ち上がる彼。

 その顔が自分の眼魂を握っているアランへと向いて―――

 鍔を鳴らして、彼の動きを武蔵が制する。

 大悟は苦い顔を浮かべながら、足を踏み出すことを止めた。

 

「ちなみに。

 アルゴスの目的は、彼女を人質にマコトくんから英雄眼魂を奪うことらしい。

 その理由を知っていたりするかな?」

 

「…………奴、アルゴスは」

 

 視線を彷徨わせながら、大悟が言葉を選ぶ。

 そんな彼の様子を見ながら、武蔵が小さく頭を後ろに傾けた。

 直後に響く、何かが崩れる音。

 

 壊れた建物がいつ倒壊してもおかしくない場所だが……

 それほど大きい音でもない。

 誰かが、何かを蹴り飛ばした程度の音。

 

 マシュが即座に盾を握り直し、真っ先にその場を飛び出した。

 戦闘態勢を整えた彼女が跳ねる。

 屋外に出て着地して、地面を踵と盾で削りながら滑っていく。

 

 そんな彼女の目に映るのは、敵ではなかった。

 頭に手を添え、ふらつきながら、しかし塔に向かっているのだろう。

 こちらに歩み寄ってくる姿は、見知ったもの。

 

「マコトさん!」

 

「―――カノン、カノン……!」

 

「マコト、さん?」

 

 尋常ならざる様子に、駆け寄ろうとしたマシュが止まる。

 目の前にいる彼女の姿にさえも焦点が定まらない瞳。

 そんな状態のまま、彼は塔へと走っていこうとして―――

 

「マコト!? 何があった」

 

 続けて屋内から出てきたアラン、武蔵、ダ・ヴィンチちゃん。

 ―――そうして、深海大悟。

 

 その姿を目にした瞬間、彼の足が止まった。

 自身を睨みつける息子の視線に、大悟が目を細める。

 

「貴様……! 貴様ァ――――ッ!!」

 

 瞬間に沸騰し、何の迷いもなくマコトが踏み出した。

 どう考えても親子喧嘩では収まらない殺気。

 その怒りを見取り、武蔵が前に立ちはだかろうとして、しかし。

 

〈ゲンカイガン! ディープスペクター!〉

〈ゲットゴー! 覚悟! ギ・ザ・ギ・ザ! ゴースト!〉

 

 一切の躊躇なく、彼は深淵から湧き出すような怒りの炎を身に纏った。

 武蔵を押し飛ばし、そのまま大悟に掴みかかるマコト。

 銀色の腕が襟元を締め上げ、その体を吊り上げる。

 

「ぐ、ぁ……ッ! マ、コト……!」

 

「何なんだ……! 何なんだ()()()は!?

 何が父親だ……! 何が子供だ……!!」

 

 頭に過るのは、友とその父の姿。

 子に願いを託して命を懸けた父親と、その父の願いを叶えた息子。

 あれが人間だ。あれこそが人間の姿だ。

 

 じゃあ自分は何だ。

 命の営みの外から現れた異物。

 人間の命の連鎖には含まれない、人間ではないもの。

 

「落ち着け、マコト! どうした、ダントンに何かされたのか!?」

 

 その彼に後ろからしがみ付くアラン。

 だがアランの声など届いていないかのように、マコトは止まらない。

 ―――代わりに、彼の言葉で大悟が顔色を変えた。

 

「マコト、お、前……まさか……見た、のか……!?」

 

「答えろ! 俺たちは一体、何なんだ――――ッ!!

 あんな……! あんなものが、お前たちにとっての家族か……!

 命だっていうのか―――ッ!!」

 

 その怒りに呼応し、ディープスペクターが姿を変えた。

 ショルダーアーマーが肥大化し、背中から紫炎の翼が迸る。

 同時に振り上げられる、炎を纏う拳。

 

 自身に向けられるその拳を見て、僅かにだけ目を細める大悟。

 そのまま彼は抵抗を示すこともなく―――

 

 盛大な破裂音。

 振り抜かれた拳が、耳に障る金属音を撒き散らす。

 

「退け……! 邪魔を、するな――――ッ!」

 

「―――いいえ。例えこれが邪魔なのだとしても……やめません!」

 

 炎に焼かれ、白煙を上げる盾。

 それで強引に割り込み、大悟諸共に弾かれたマシュ。

 彼女は大悟を後ろへと押しやって、両手で盾を握り締める。

 

 爆炎の翼が空を裂き、裂帛の勢いでもってスペクターが押し寄せた。

 正面からそれを塞き止め、マシュが全力で踏み止まる。

 破裂した炎が周囲に散って、町の廃墟へと燃え移っていく。

 

「……ッ、答えろォオオオオオ――――ッ!!」

 

 盾に叩き付けた拳を握り締め。

 屹立するラウンドシールドごしに見える、大悟の顔を睨み付ける。

 そうして。彼は沸き上がる怒りを吐き出すように、慟哭した。

 

 

 




 
ペガサスドラゴンサンダークルーザーダ・ヴィンチスペシャル(適当)死す。
 


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統一!夢への旅路!1590

 
真骨彫タジャドルを買えたので初ギガスキャンです。
 


 

 

 

「寄越せ―――!」

 

「っ!?」

 

 アランに背後から飛びつき、その手からスペクターの眼魂を奪う。

 大悟は即座にそれをドライバーに投入し、姿を変えた。

 

〈カイガン! スペクター!〉

〈レディゴー! 覚悟! ド・キ・ド・キ! ゴースト!〉

 

 スペクターと同じトランジェントに体を換装。

 そうしてから、黒と紫のパーカー。

 ゼロスペクターパーカーゴーストを身に纏う。

 

 スペクターが二本角のところ、ゼロスペクターは三本角。

 スペクターが青い戦士ならば、ゼロスペクターは紫の戦士。

 彼の顔面にスペクターとは僅かに違う、しかしよく似た模様が浮かび上がる。

 

「マコト! お前の狙いは俺だろう!」

 

 疾走するゼロスペクター。

 彼はすぐさま地面を踏切り、大きく跳躍した。

 飛び越えるのは、暴れ狂うディープスペクターを遮るマシュ。

 

 盾を飛び越えてマコトの背後に着地する大悟。

 ディープスペクターが炎を引きずりながら、一気に振り返る。

 二人のスペクターの視線が交錯し―――

 対面した怒りが燃えるように、深淵の炎が加速した。

 

「マコト。俺たち家族の問題に、他人を巻き込むな。

 お前が問題を抱えているからといって、よそ様を傷付けていい理由にはならない」

 

「―――何が俺たち家族だ……!

 ただ命を弄んでいただけの奴が、父親面するな―――ッ!!

 挙句にはそうやって造った俺たちを捨てて、今まで何をやっていたァ――――ッ!!」

 

 ディープスペクターが拳を握る。

 それに応え、ゼロスペクターもまた同じく。

 互いの拳を正面から激突させ―――僅かな拮抗もなく、吹き飛ばされる大悟。

 

「……ッ! マコト!」

 

〈テンガン! ネクロム! メガウルオウド!〉

〈クラッシュ・ザ・インベーダー!〉

 

 その光景を前に、ネクロム眼魂とメガウルオウダーを起動。

 姿を変え、駆け出すアラン。

 ネクロムへと変わりパーカーを纏った彼が、ディープスペクターへと後ろから組み付く。

 

「どうした、マコト!? 奴はお前の父ではないのか!?」

 

「うるさい! お前たちには関係ない! 邪魔をするなァッ!!」

 

 力尽くでその組み付きを切り、押し退ける。

 即座に二人のスペクターの間に割り込み、盾を構えるマシュ。

 

 しかしそんな彼女の肩を押し退けて、大悟が前に出る。

 

「そうだ。これは俺たちだけの問題だ、手を出すな」

 

「っ、ですが……!」

 

 マシュの前に出て、構えるゼロスペクター。

 それを前に深淵の炎が燃え滾り、一気に加速した。

 ディープスペクターの拳が、ゼロスペクターの胸に叩き付けられる。

 盛大な破砕音と共に、吹き飛ぶ大悟。

 

 最早何の感情が燃えているかも分からない。

 ただ銀色の足が、地面に転がるゼロスペクターとの距離を詰めていく。

 

「俺たちを造り、俺とカノンを捨てて……!

 何が究極の命だ! 何が進化した人類だ! 何なんだ、俺たちは―――!?

 命を弄んで出来不出来を語り……! お前たちは何なんだ!!

 よくできた人形を造れて満足か!? 答えろ……! 答えろぉッ!!」

 

 倒れていたゼロスペクターのパーカーの襟を両手で掴み。

 ディープスペクターが思い切り彼を引き起こす。

 吊り上げられる黒と紫のスペクター。

 

「……そうだ。俺たちは、命を弄んだ。間違ってた……間違ったんだ。

 そして、間違いを正すことが、できなかった」

 

「―――――!!」

 

 思い切り振り下ろされる腕。

 ゼロスペクターが背中から地面に叩き付けられ、盛大に跳ねる。

 その顔面を殴打する、ディープスペクターの拳。

 

「だから逃げたのか!? 俺から! カノンから!

 ダントンから逃げて! 俺たちから逃げて! 間違いを正すことから逃げて!

 何が家族だ……! 何が父親だ――――!!」

 

 幾度も拳が叩き付けられ、ゼロスペクターの角が砕ける。

 トドメとばかりに、大きく振り上げられる炎の拳。

 

 ―――それが振り抜かれる前に。

 ディープスペクターを、横合いから衝撃が襲う。

 

 突撃してきたのはネクロム。

 彼が全力でタックルを行い、ゼロスペクターを組み敷いたマコトを押し倒した。

 すぐさまそれを振り解き、ネクロムを蹴り返すディープスペクター。

 

「―――ッ! 邪魔をするな!」

 

「……マコト、お前の感情の理由は私には分からない。

 だが私にも分かることがあるすれば……自分の意思で家族を手に掛けようとするのは、辛いということだ。落ち着け。まずはそれから――――」

 

「黙れ―――ッ! そんな男は家族でも、父親でもない……!

 俺に父はいない……! 父も、母も……! いるのはカノンだけだ!!」

 

 ディープスラッシャーが現れる。

 それが向けられるのは、ネクロムの背後で武蔵に引っ張られている大悟。

 ディープスペクターの乱打によって、既に彼の変身は解除されていた。

 

「父と母と……! 兄と姉と!

 そんな中に、人間として生まれてきたアラン……お前とは違う!!」

 

 爆炎を押し固めたような弾丸が放たれる。

 それは一直線に大悟へと向かい―――

 その前に立ちはだかった、大盾に激突して霧散した。

 

 押し込まれて地面を削りながら、しかし踏み止まるマシュ。

 

「マコトさん、一体なにが……!」

 

「―――お前たちには……関係ない!」

 

 放り捨てられ、地面に叩き付けられるディープスラッシャー。

 空いた手で拳を握り、彼は炎の翼を噴き上げた。

 

 

 

 

「フォーウフォー、フォフォーウ! フォー!」

 

 べしべしと頭の上で足踏みするフォウ。

 分かってるから、と。

 頭の上を撫でまわしながら、立香は牢屋の外を見る。

 

 そこにいるのは、変身を解除した男女。

 ダークネクロムR、ジェレド。そしてダークネクロムY、ジェイだ。

 彼らはアルゴスの指示で彼女たち―――正確に言えば、カノンだけだろうが。

 その見張りをさせられているようだった。

 

「これから一体どうすれば……」

 

 牢屋の中をふらふらと歩きまわる御成。

 そんな彼に眉尻を上げ、アカリがその背中を叩いた。

 

「落ち着きなさいよ。まずは冷静になって―――」

 

「この状況で落ち着いていられますか!

 いいですか? 我らは人質! しかもあのアルゴスという男は、眼魂を100個も集めると言っているのですぞ!」

 

 両手で頬を押さえ顔を震わせる。

 

「15個でもあのような事が起きるのに、100個! 100個とは!

 我らが捕まったせいで、世界は一体どうなってしまうのか……!」

 

「ごめんなさい……私のせいで、御成さんたちまで……」

 

「あいや! カノン殿のせいではございませんとも!

 ええ、しかしどうしたものか……! ほんとにもう……!」

 

 御成の様子を見ながら、立香は顎に手を当てる。

 

 この牢屋は相手の本拠地にある空間。

 ならば、ここから脱出した後は踏み込むことも選択肢だ。

 あとはタイミングを見計らって動くだけだが……

 

 バギリ、と。盛大な破砕音が響く。

 咄嗟にそちらを見れば、黒い炎が牢屋の前で渦巻いていた。

 

「―――どこまでも牢屋に好かれているな、お前は。

 だからこそオレとの邂逅があったと見るべきか……

 フン、まあいい。いい加減、さっさと動き出せ」

 

 彼は壊した牢の扉を投げ捨てながら、そう言って二人の敵に向き直る。

 

「エドモン殿!?」

 

「まだ呼んでないのに!」

 

 すぐさま反応した二人が、ダークネクロムに変身。

 迫る二色のネクロムを眺めながら、エドモンは面倒そうに表情を歪めた。

 

「助けを呼んだらそのタイミングで来る、などという幻想は捨てておけ。

 少なくとも、今回はお前の指示など待っている余裕はない」

 

 言って、軽くコートを翻す巌窟王。

 

 ―――コートの下で光に還り始めている体が見える。

 ダメージを受けて消え始めた、などという状態ではない。

 

「エドモン、消え始めてる……!?」

 

「どうやらこの体を作った奴が死んだようだ。

 少しくらいはオレの方で維持するが、そう長くは保たんぞ。

 使い方は決めておけ、共犯者(マスター)

 

「―――バングレイが……?」

 

 光となって崩れた部分を黒炎で覆い隠し、エドモンが身構える。

 

 ダークネクロムへと変わり、駆け込んでくる二人。

 ネクロムRが黒い炎を見据え、周囲を探るように小さく首を振った。

 

「貴様、どこから……!」

 

「―――クハハ!

 この身は貴様らの集めている英雄の魂と同類、されど真っ当なる魂とは相容れぬもの。

 地獄よりこの世に生まれ落ちた呪い。即ち、復讐者(アヴェンジャー)!」

 

 炎と共に黒い衣が翻り、相手に向け殺到した。

 呪詛に燃える拳が叩き付けられ、腕を軋ませながらネクロムRが床を滑る。

 

 即座にイエローから放たれる光弾。

 対して放たれる黒炎を押し固めた光線。

 二つの光が空中で激突し、炸裂した。

 

 牢屋の前から押し返すように、苛烈に攻勢をしかけるエドモン。

 彼の体の崩壊は止まらず、力を使えば使うほど進行していく。

 

「ああっ! エドモン殿!?」

 

 悲鳴を上げる御成。

 相手の様子を理解してか、ネクロムたちは無理な攻めはしない。

 ただエドモンが自滅するのを待つように、防御を崩さずに戦い続ける。

 

「不味い……! 早く何か、逃げないと……!」

 

「でも、どこへ……!」

 

 この建物が外観だけは見れたあの塔だというのは分かる。

 だが、その塔の内部がどうなっているかなど分かるはずもない。

 

 ここは相手の本拠地。

 いまエドモンをおとりに逃れても、その後がどうしようもない。

 出口も分からずに彷徨っている内にまた捕まった、では話にならないのだ。

 

「だったら――――!」

 

 立香が自身の胸に手を当てて、目を細めながらサーヴァントの背中を見据えた。

 

 

 

 

「―――つまりマコトくんは、何らかの研究成果。

 人造人間と言うべき存在、という理解でいいのかな?」

 

 武蔵に引きずられてきた大悟。

 彼の頭上から声をかけたダ・ヴィンチちゃんが、視線を向ける。

 先程の会話で出てきた彼が人間世界に逃げて授かった子供、というのも嘘だろう。

 それ自体に言うことはないが、こうなったからには説明が必要だ。

 

 大悟が一度俯いて、しかし顔を上げてディープスペクターを見る。

 盛大な激突音を立てながら、拳と盾が何度となく衝突。火花を散らしている。

 

「……ああ。マコトは……マコトと、カノンは。

 俺とダントンが……究極の人類を創るための研究の中、生まれた子供だ」

 

 大悟が口を開く。

 

 その声が届いているだろうマコトが、動きを止める。

 彼と戦闘していたマシュとアランもまた、足を止めて意識をそちらに向けた。

 

「自身の肉体を改造し、凄まじい性能の肉体を得たダントン。

 奴の細胞を使い、培養カプセルの中で造り出された命。それが……」

 

「―――培養カプセル?」

 

 いまいちピンと来ない武蔵が、片目を瞑って首を傾げる。

 だが余程とんでもない事なのだろう、と。

 とりあえず黙り、続きを促す。

 

「―――失敗した数は覚えていない。それでも、何千ではきかないはずだ。

 眼魔の大気を克服した人類を創るため、俺たちは何万と……人間を造ることに失敗した」

 

「……失敗した? お前はあの光景を……!

 あのカプセルの中で浮いてる連中を、失敗したで済ませるのかァ―――ッ!!」

 

 ディープスペクターが加速する。

 それに反応できたのはネクロムだけ。

 マシュはその場で足を止めたまま、彼に横を抜き去られる。

 

 立ちはだかったアランとマコトが組み合い、すぐさまネクロムが軋みを上げた。

 

「マコト……!」

 

「聞いただろう、アラン……! 俺は人間じゃない……!

 ―――人の命を弄ぶそいつや、ダントンに造られたものだ!!

 分かった筈だ! そいつは放っておいちゃいけない……退けェッ!!」

 

 ネクロムの両腕を弾き、その顔面を掴むスペクターの腕。

 そのまま彼を地面へと叩き付け、深淵の炎が爆発する。

 すぐに彼を手放したマコトは、顔を倒れたままの大悟へと向けた。

 

 大悟を放り、即座に腰の刀に手を添える武蔵。

 彼女が背に庇う大悟だけを見据え、更に炎を噴き上げるディープスペクター。

 

「そいつらのやってきたことが、デスガリアンやバングレイと何が違う……!

 自分たちの望みのために命を弄んで……! そんな奴らに造られた俺は―――ッ!」

 

 スペクターが飛ぶ。

 炎を推進力にして、武蔵に構う事なく彼は一気に突っ込み―――

 

 盛大な激突音と共に衝撃を撒き散らし、その突進を止められた。

 自身の拳を塞き止めた巨大な盾を前にして、仮面の下で彼が歯軋りした。

 

「邪魔を―――! するなと言っているのが……ッ、分からないのかッ!!」

 

「分かりません―――!」

 

 ラウンドシールドが振るわれ、スペクターの拳が逸れる。

 そのままの勢いで地面に叩き付けられた銀色の体。

 そんな状態からでもパーカーが炎を噴き出し、強引に体勢を立て直す。

 

 マシュは盾を引き戻し、地面に突きたてながらスペクターと睨み合う。

 

「―――だったら教えてください。

 マコトさんは、何を邪魔して欲しくないんですか?」

 

「なにを……!」

 

「マコトさんはいま、何のためにお父さんを傷つけようとしているんですか!

 命を弄ぶ悪だから? 二度とそんなことをさせないため?

 ―――そんな自分でも納得していない事で、誰かを傷つけることは絶対に間違っています!!」

 

 そうして盾を握り直すマシュ。

 彼女の背を見ながら、ゆっくりとダ・ヴィンチちゃんが目を細める。

 

「だからわたしは絶対に退きません―――!

 マコトさんのお父さんを守るためじゃない、マコトさんの心を守るために絶対に退けない!!」

 

 一切の虚飾なく、真摯に自分を見据える少女の目。

 その光に、ディープスペクターが微かに身動ぎした。

 

「守る価値なんかあるものか……! そいつも! 俺も!

 ……あんな研究の中から生まれた俺が……! 一体、何だっていうんだ……ッ!」

 

「―――私の友だ……ッ!」

 

 叩き付けられ、変身が解除されたネクロム。

 そのダメージに体を震わせながら、アランはしかし立ち上がった。

 マコトが首だけをそちらに曲げ、そちらを見やる。

 

「マコト……憶えているか、私とお前が二度目に会った時だ……」

 

「……………」

 

 黙り込むスペクターは、言われた過去を想っているのか。

 

 立ち上がり、ネクロム眼魂を握り締めながら。

 アランは目の前のマコトに叫ぶ。

 

「私は大帝の一族として、眼魔の民に傅かれていた。

 戦闘訓練さえも誰もが手を抜き、私に負かされるために戦っている者ばかり。

 そんな中でお前は、初めて私の前に立ちはだかる好敵手になってくれた。

 大帝の一族ではない、私という個人に向き合ってくれる初めての相手だった!」

 

 拳の中で、ネクロム眼魂が熱を帯びる。

 高ぶる感情が神秘エネルギーを生成し、周囲に熱気を放出していく。

 それを気にするでもなく、アランはただマコトへと向き合った。

 

「お前の生まれなど、立場などどうでもいいと私に言ってくれたのがお前だろう!!

 だから言わせてもらうぞ! お前の生まれがどうしたというのだ!

 それが私とお前が友であることに、何の関係がある!! ないはずだ!!」

 

 ネクロム眼魂が白煙を吐き出し、熱量の中で黄金に輝く。

 その眼魂を握り締めながら、アランはゆっくりと腕を上げた。

 

「そして、友を守りたいという想いに理由など必要ない……!

 お前の生まれなど関係ない……! お前を守るためなら、私は何度だって立ち上がる!

 それが……お前の前に立ちはだかるためであってもだ!!」

 

 心の生み出す熱の中で、ネクロム眼魂がカタチを変える。

 その熱に導かれるようにアランはそれを起動し、メガウルオウダーへ装填。

 ユニットを立ち上げることなく、メガウルオウダーを動作させた。

 

 想定されていないエネルギーに反応し、メガウルオウダーがエラー音を吐く。

 ―――が、それを凌駕して眼魂が光を放った。

 

「―――変身!!」

 

〈友情カイガン! バースト!〉

 

 アランの体がトランジェントに覆われる。

 ネクロムの白だけではない。

 その上から更に、黒と金の装甲が装着された新たなる姿。

 そこに同じく黒と金のパーカーを身に纏い、彼は変わった。

 

〈俺らバースト! 友情ファイト! 止めてみせるぜ! お前の罪を!〉

 

 黄金の炎が燃え上がるような造形の、ネクロムの新たな顔。

 それを見て、微かにディープスペクターが肩を揺らした。

 

「お前の心が叫んでいる。苦しい、と。

 マコト……自分の心を殺すな。お前が望んでいるのは、こんなやり方ではないはずだ!」

 

「アラン……お前に―――っ! 何が分かる!!」

 

 奔る銀色。

 炎を引きずり、スペクターがネクロムに向かう。

 だがその前に立ちはだかるのは、ラウンドシールド。

 

「また……!」

 

「何度だって――――!」

 

 盾と拳が激突し、スペクターが僅かに押し返される。

 瞬間、盾を跳び越えネクロムが躍りかかった。

 金色に燃える拳を振り被り、大上段から振り下ろす。

 

「私に分かるのは……!

 今ここでお前を止められなければ、きっと誰もが後悔するということだ!

 父を手にかけたお前も、それを止められなかった私たちも!

 だから止める。絶対に! 私の心はそう望んでいる! お前の心はどうだ、マコト!!」

 

「知った風なことを――――!!」

 

 銀と金。それぞれの色に発光する拳を振り上げ、突き合わせる。

 ネクロムの腕を払い、その胸に一撃を叩き付けようと振り抜くスペクター。

 だがその拳を手首を掴んで止め、ネクロムが反撃に再び拳を握る。

 振るわれる拳撃を同じように手首を掴んで止め、組み合うようなかたちに。

 

 拮抗する両者。

 力を最大限発揮しているゲキコウスペクターと互角。

 その事実に対して、マコトが息を呑んだ。

 

 組み合った体勢から相手を引き込んで、頭突きを慣行するネクロム。

 互いの角が相手の頭部に炸裂し、揃って吹き飛ばされる。

 

「ッ、―――俺の心は、ただひとつ……!

 止められるものなら、止めてみろォ――――ッ!!」

 

〈ゲンカイダイカイガン! ディープスペクター! ギガオメガドライブ!!〉

 

 深淵の炎が噴き上がり、ディープスペクターが舞い上がる。

 跳んだ彼が取る体勢は、蹴撃のもの。

 両翼が勢いよく噴き出し、その推進力を全て蹴りの威力に変えた。

 

 破壊の槍と化したディープスペクターを前に。

 盾を構えて、マシュが前に出る。

 

「―――それは全ての瑕、全ての怨恨を癒す我らが故郷……!

 顕現せよ、“いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”ォッ!!」

 

 立ち誇るのは白亜の城塞。

 円卓たる盾を基点とし、その威容がスペクターの前に立ちはだかる。

 正面から城門へと激突したことで、拡がっていく衝撃の渦。

 

 無敵の城は揺るがない。

 それを支える少女の目が前を向いている限り。

 盾を通して伝わってくる衝撃に耐えながら、マシュが叫ぶ。

 

「たとえ、始まりが人形のようなものだったとしても……!

 わたしたちは今、此処にいる……! 人間として、此処にいる!!

 どんな理由で造られたのだとしても、わたしはわたしとして望んで此処にいる―――!!」

 

「……っ!」

 

 白亜の城を蹴り付ける足から返ってくる感覚。

 絶対に揺るがぬという意思が、ディープスペクターを押し返していく。

 

「……わたしは、人として当たり前のものを、生まれ持ってはなかったけれど……!

 生まれてから出会った、当たり前の人として生きる人が、わたしにくれた……!

 だから、きっと……! わたしには、生まれのせいで足りないものなんてない……!

 それは―――マコトさんだって同じはずです!!」

 

「だと、してもォ――――ッ!!」

 

 びくともしない城に対し、それでも死力を尽くす。

 ディープスペクターの力でさえ、それを揺るがすには足りない。

 

 マシュの足が地面を蹴り、その腕が盾を手にしたまま大きく押し込まれる。

 蹴撃の威力が殺し切られて、銀色の体が吹き飛ばされた。

 それでも負けじと、マコトはドライバーのトリガーに手をかける。

 

 その彼の前に、黄金の光が飛び込んできた。

 

「友よ……! 心の叫びを聞けぇ――――ッ!!」

 

〈友情ダイカイガン! バースト! オメガドライブ!!〉

 

 迫る黄金の光。

 それに対して跳び上がる暇はなく、マコトがトリガーを引くと同時に拳を握る。

 深淵の炎で燃え上がる拳を掲げ、彼は大きく一歩踏み込んだ。

 

「――――ォオオオオオッ!!」

 

〈ゲンカイダイカイガン! ディープスペクター! ギガオメガドライブ!!〉

 

 空を裂き殺到する金色の流星に、炎の拳が激突する。

 互いの力がせめぎ合い、勝利を得るのはより強い力を生む想い。

 

 競り勝ったのは、仮面ライダーネクロム・友情バースト魂。

 彼の一撃を止めきれず、スペクターの体が宙を舞う。

 

「ぐ、ぁ……ッ!?」

 

 地面に落ちて、勢いのままに転がっていく銀色の体。

 その回転が止まった頃、限界を超えたディープスペクターの変身が解除された。

 

 それを見届けて、すぐさま大悟は歩き出す。

 武蔵がちらりとダ・ヴィンチちゃんを見て、首を横に振る彼女に肩を竦める。

 

 盾を支えに立つマシュの横を過ぎ。

 息を切らしたアランの横を過ぎ。

 大悟が何とか、一人でマコトの前にまで辿り着いた。

 

「マコト……すまなかった。俺たちの間違いが、お前たちを苦しめた」

 

 彼がそう言いながら、ゆっくりと手を差し伸べる。

 しかし歯を食い縛ったマコトは、その手を払って自分だけで体を起こす。

 

「黙れ……! 何がすまなかった、だ……!

 間違いから逃げることしかしてこなかった奴が、反省してるふりで誤魔化すな……!」

 

 そう言って、マコトは顔ごと父から視線を逸らす。

 ―――そうして、

 

「―――そうとも。私の許から逃げて、お前たちの親である事からも逃げた男だ」

 

 閃光が大悟の胸を食い破る。

 撃ち抜かれた彼の胸の中で、眼魂が爆発して破片が散った。

 

 ぐらりと大悟の体が揺れて、マコトの方へと倒れ込む。

 それを受け止めながら、彼は呆然と父の姿を見る。

 その父は必死に自身を撃ち抜いた相手を見上げ、口を開く。

 

「ダン、トン……」

 

「久しぶりだな、ゴーダイ。いや、大悟だったか。

 ―――ああ、勘違いしないで欲しいのだが。

 私の許から逃げたお前に思うところはあるが……さっきまでは殺すつもりはなかったんだ」

 

 そこまで口を開いたダントン。

 彼の首を目掛けて、双剣が疾駆する。

 ダントンがそんな攻撃に対して示した反応は、片腕を上げるだけ。

 

 黒い鎧甲に覆われるダントンの腕。

 しかし閃く二刀によってそれは容易に斬り飛ばされて―――

 次の瞬間には新たな腕が生えていた。

 

「っ!?」

 

「だがな? マコトたちを生んだ私たちの研究を間違いなどと……そんな物言いを許すわけにはいかないだろう」

 

 ダントンの体の変化が全身に及び、黒い怪物へと変貌する。

 進化した肉体、エヴォリュード。

 彼は腕を一振りして武蔵を追い払うと、歩みを始めた。

 

「あの研究を経て、マコトたちは生まれてきてくれた。

 何より大切な息子たちを得た、奇跡だったんだ。

 確かに失敗の方が遥かに多かった。犠牲にした命は数え切れないほどだろう。

 辛い思いをした、悲しい思いをした。けれど、間違ってはいなかった」

 

 エヴォリュードが腕を上げ、大悟へと向ける。

 即座に割り込んだマシュの盾。

 そこに衝突するのは、神秘エネルギーの弾丸。

 

「ダントン……! 貴様―――!」

 

「お前も久しいな、アラン。

 昔のお前は私に手も足も出なかっただろうが……少しは成長したかな?」

 

 マシュが守りに入ったところで、ネクロムが動く。

 黄金の光を纏い、突き出される拳。

 それに対してエヴォリュードは同じく拳で返し―――

 激突させた拳の勢いで、ネクロムだけが押し返された。

 

 ―――致命傷を受けた父を抱え、マコトの動きが止まる。

 治療などという話ではない。

 眼魂が砕けた以上、彼はここから消える。

 

 それだけならば、問題ない。

 眼魂とは肉体を封印した状態で活動するためのだけのボディ。

 壊れたら一度肉体に戻り、再び眼魂を起動するだけ。

 

 深海大悟が、肉体を寝かせて眼魂で活動しているだけならば。

 

「―――マコト」

 

「…………」

 

「……マコトと、カノン……この名前はな、龍がつけてくれたものなんだ。

 眼魔世界からあちらの世界に行って、右も左も分からない俺には……あっちの人間らしい名前が分からなかったから」

 

 今にも消えそうな体を動かし、マコトを見上げる大悟。

 

「あいつみたいな、父親が良かったよな……

 俺も、あんな父親になりたかった……でも、なれなかった……

 タケルくんは元気か? きっと、龍みたいな強い人間に成長したんだろう……?

 ……俺は、お前たちに、何も遺してやれなかった……名前すら」

 

「だったら、なんで……俺たちを……!」

 

「―――何も遺せない父親なりに、せめて、お前たちには平和に暮らして欲しかった……

 眼魔のことなんて何も知ることなく、ただの人間として……

 結局……何の意味もなかったがな……」

 

 自嘲するように息を吐き、何とか彼は手を伸ばす。

 そうして伸ばした手が取るのは、マコトの手。

 掌を重ねて、彼は今残っている力で精一杯に握り締めた。

 

「龍を見ている内に、気付いたんだ。眼魔は……間違えていたんだと。

 誰かと結ばれ、子を作り、親になり、育んで……いつか死ぬ。

 自分がいなくなることに備えて、子に全てを受け継いでいく。

 そんな当たり前のことが、誰にも出来なくなっていた」

 

 眼魔世界の大気汚染が原因で起きた生活の変化。

 肉体を保存して、眼魂で生活すること。

 それに対抗して打ち出された、究極の肉体による人間の進化。

 どちらも不死身を得て変わる事を目的としたもの。

 

「イーディスのやり方も、ダントンのやり方も、どこかが間違っていた。

 最初の想いは、何も間違っていなかったはずなのに。

 どっちも、眼魔世界に住まう人を救うためのものだったのに」

 

「不老不死は間違っていた、と?」

 

 マコトの抱えた大悟。

 その胸を覗き込み、ダ・ヴィンチちゃんが眉を顰める。

 眼魂は完全に粉砕されており、修理が見込める状態ではない。

 

 そして、この眼魂はただ活動するためのものではなく……

 

「今いる人間だけで不死身になって、永遠に正しい世界を回していける。

 そんな世界に生きる連中にとって、子供は必要なものか?

 そうじゃないっていうなら、俺にとってはそんな世界間違いでしかない」

 

 大悟は皮肉げに笑い、再びマコトを見上げた。

 

「これでも何百年と生きたが……最期に思い出すのは、子供との思い出ばかりだ。

 この幸せが得られない世界は、御免だな……」

 

 マコトと、カノンと。

 その奥に誰かを見るように、大悟はゆっくりと目を細めた。

 

「悪いな、マコト。俺は何も出来ずに勝手に死ぬ……カノンを頼む。

 そして、間違えたのは、俺たちだけだ。あの命は全て、全部俺たちの罪だ。

 生まれてきてくれただけのお前が、気に病む必要はない。

 どんな方法で生まれてきたのだとしても、お前たちは、人間として生きて……」

 

 彼の体が砕けていく。

 そのまま消えていく深海大悟。

 

「―――父さん……」

 

 ―――最期に、大悟の口元が緩んで微笑む。

 その姿が完全に腕の中から消えた後、マコトが両の拳を握り締めた。

 

 そんな彼の懐から零れ落ちる、三つの眼魂。

 眼魂が一つふわりと浮き、マコトの背後に紫色のパーカーが浮かぶ。

 

『いつまでそうしておる。マコトよ』

 

「ノブ、ナガ……」

 

『あの男が遺したものは、本当に何も無かったか?

 そうでないと信じるならば、立ち上がれ。わしらと共に。

 もはや、思い悩んでいる時間など残されてはいないぞ』

 

 飛び回るツタンカーメン、そしてフーディーニ。

 彼らがマコトの様子を窺いながら、飛んでいる。

 

 彼らの視線の先では、ダントンと皆の戦闘があり―――

 そこで、マシュの体が突然発光を開始した。

 

「――――っ、先輩……!?」

 

「オーダーチェンジ……!」

 

 その反応をいち早く見極め、ダ・ヴィンチちゃんは声を上げる。

 それはつまり、この場からマシュが消えるということだ。

 入れ替えるサーヴァントがいない今、どうやって使用したのかは分からない。

 代わりの戦力がこちらに来るならいいが、確実にそうなるとは限らない。

 

 だとすれば、ダントン相手の戦線が決壊する。

 マシュという盾がなければ、武蔵の攻めも消極的にならざるを得ない。

 そうすれば援護し切れず、ネクロムが押し切られるのも時間の問題。

 

 いや、それ以上に―――

 

「ノブナガ……ツタンカーメン、フーディーニ。

 力を貸してくれ。父さんたちが遺してくれた全部を、俺は受け取って進む」

 

『うむ』

 

 ツタンカーメンのパーカーが力を発揮し、頭上に時空の歪んだピラミッドを作る。

 そうして、すぐさまツタンカーメンとフーディーニの眼魂が飛んだ。

 飛んでいく先は、マシュのところ。

 光に包まれ消え始めた彼女についていくように、二つの眼魂は光となって消えていく。

 

「うん?」

 

 ダントンがネクロムを弾き、足を止める。

 マシュと共に消えていくのが、英雄眼魂であると理解してだ。

 あれらはカノンの命との交換条件。

 それを逃がすわけにはいかず―――

 

 しかし、追おうとする彼の前にマコトが立ちはだかった。

 

「どうした、マコト。あの眼魂はカノンと引き換えにするもの。すぐに追わねば」

 

「ダントン。あんたに友はいるか?」

 

 息子からの静かな問いかけに、首を微かに傾けるダントン。

 

「かつてはいた。アドニス、イーディス……ゴーダイもそうだったとも。

 だが奴らは私の考えを否定し、私の友ではなくなった」

 

「そうか……」

 

 そこで止まった彼の前で、ダントンも首をひねる。

 そのタイミングで、ツタンカーメンの残した時空の歪みが砕け散った。

 中から降ってくるのは、二つの眼魂。

 

「……俺には、俺の過ちを命を懸けて止めてくれる友がいた。

 だから……あんたに友がいないと言うのなら、息子である俺がその間違いを正す」

 

 マコトがドライバーを開く。

 降ってくる二つと合わせ、ノブナガもまた眼魂となり彼のドライバー目掛け飛んでくる。

 三つの眼魂が融合して、そのままゴーストドライバーへと装填された。

 

「私の間違い? 何を言うんだ、マコト。私は何も間違ってなどいない。

 どうしてしまったんだ、やはり大悟が死んだのは辛かったか?

 だが仕方なかったんだ。奴は私たちの研究を……お前の生まれを否定した」

 

「―――ああ。間違ってしまったんだ、あんたたちは。

 何も間違ってなかった夢のために、間違った道を進んでしまった。

 だから……息子である俺が、あんたたちの夢と罪を全部纏めて背負ってやる」

 

 マコトがドライバーのトリガーを掴み、作動させる。

 放たれるのは黄金のパーカー。

 黒いトランジェントに変わったマコトが、そのパーカーを身に纏う。

 

〈カイガン! ノブナガ! ヒデヨシ! イエヤス!〉

〈果たすのはいつ! 天下統一!〉

 

 両肩、そして頭部を覆うフードにあるのはホトトギスの顔。

 脛まで伸びた黄金の衣の裾を翻し、スペクターはエヴォリュードに向き直る。

 

「あんたたちが本当に願った夢を……

 眼魔の人達を救うという夢を……俺たちが今度こそ、本当の意味で叶えてみせる。

 無理に進化する必要なんかないんだ。

 たとえ道中で俺が果てても、夢を共にした誰かがいつか辿り着いてくれる。

 それが……人間なんだ」

 

 

 



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再誕!背負った心と罪!2016

 

 

 

 エドモンと二体のネクロムの戦闘。

 その横を通り過ぎていく、捕まっていた人間たち。

 他の連中には目をくれずともいい。

 しかし、カノンだけは逃がすわけにはいかない。

 

 ネクロムRが床を蹴り付け、エドモンに向け加速する。

 振り上げられるのは、赤い液体に濡れた拳。

 それに対して、黒炎に燃える拳が突き出された。

 

 激突する両者の拳撃。

 その衝突に背を向け、ネクロムYがカノンを追う。

 

「カノンちゃん!」

 

「余計な手間かけさせないでよね。大人しくしてなさい―――!」

 

 人の足での逃走など許すはずもない。

 ダークネクロムは容易に追いつき、カノンの肩に手をかけた。

 力尽くで引き留められたカノンが、体勢を崩しながら振り返る。

 

「―――お願い……!」

 

「――――!?」

 

〈ファイヤーホーク!〉

 

 そうして、振り返った彼女が胸に抱いていたウォッチが解き放たれる。

 燃え上がるタカウォッチロイドが、ネクロムYへと突撃した。

 

 思いがけぬ相手からの不意打ち。

 しかし、意識が停止するのは一瞬。

 その腕が、一直線に顔面に向かってくるタカウォッチを薙ぎ払う。

 

「はっ―――!」

 

 そんなものに意味はない、と。

 そう言わんばかりに鼻を鳴らしたネクロムY。

 彼女の前で、更に御成が足を止めた。

 

「お願いします、スイカ殿!」

 

〈コダマシンガン!〉

 

 直後、彼の手から放たれたコダマスイカが跳ぶ。

 吐き出されるスイカの種状の弾丸。

 機関銃の如き弾幕を顔面に受けて、ネクロムYが思わず仰け反った。

 

 すぐさま足をその場で踏み止まらせ、体勢を立て直す。

 こんなものに足止めされた、という事実に苛立ちを隠さない舌打ち。

 

「チッ……! こんなものが通用するとでも思ってんの!!」

 

 ―――その光景を前に、ネクロムRと組み合っていたエドモンが笑う。

 

 何度か拳を交えながら見せたその様子。

 それを前にしたネクロムRが怪訝そうにしつつ、しかし攻撃を緩めない。

 四肢さえも崩れ始めたエドモン。

 彼が武器としていた両の拳も、光となって消えていく。

 

 あとせいぜい十秒。

 そう推測して、ネクロムRはただ攻撃を凌ぐだけで時間を待つ。

 

「―――さて、もう時間か。オレの此度の肉体はどうやら、ここまでのようだ」

 

 立つための足も消失したエドモンが、膝で床に着地しながら笑う。

 その余裕ぶりを前に、ネクロムRが失笑した。

 

「はっ……貴様が消えた後、連中がどうやって俺たちから逃げるか見ものだな?」

 

「ク、ハハ! ―――馬鹿めが」

 

 嘲るような敵の声に対して、エドモンは軽く目を瞑って喉を鳴らす。

 彼の態度に機嫌を損ね、ジェレドが小さく舌打ちした。

 そうして、もうまともに動けないだろう相手にトドメを刺すべく一歩を踏み出し―――

 

「オレの亡骸にも使い道くらいはある。

 特に、牢獄から逃げるために何かと入れ替えるには向いているだろうよ」

 

 言い放つと同時、炎が炸裂してエドモンの体が奔る。

 

 即座に身構えるネクロムR。

 苦し紛れの激突にやられるような真似をするつもりはない。

 その一撃を受け流し、そうして消えていく相手を見送っておしまいだ。

 

「我が肉体が光と還り、ならばこの身は何も出来ないか?

 否、否、否―――! 我は復讐者(アヴェンジャー)! 恩讐の彼方より来たりし、復讐の化身!!

 時間も! 空間も! 肉体さえも! それがこの身を囚える牢獄であるならば、全てを超越して目的を成し遂げるがこのオレ、巌窟王(モンテ・クリスト)――――!!」

 

 光に解れていた体が完全に砕け、そのまま黒い炎の人型に変わる。

 牢獄を舐める恩讐の黒炎。

 その波に押し返されて、ネクロムRが蹈鞴を踏んだ。

 

「チィ……ッ!? まだこんな力を……!」

 

 直線軌道で突撃してくる黒い炎。

 ネクロムRはすぐさま拳を握り、そこに赤い流体エネルギーを纏わせる。

 迫りくるエドモンに対して踏み込み、振り抜くその拳。

 

 ―――それが相手を捉えることはなく。

 

「―――!?」

 

「“虎よ、煌々と燃え盛れ(アンフェル・シャトー・ディフ)”――――!!」

 

 衝突するか、と。

 そう認識した瞬間、彼の影はそのままネクロムRを擦り抜けた。

 

 空間を飛び越えた黒い炎が、背後からネクロムRを炙る。

 それを理解した瞬間、すぐさま彼は振り向こうと試みて。

 体を捻るより先に、装甲が拉げて打ち破られた。

 

「ガ……ッ!?」

 

 突き出された腕から放たれた、黒い熱光線。

 迸る黒い光が、ダークネクロムの体内から眼魂を吹き飛ばす。

 弾き出されたそれは、光線に呑み込まれたまま空中で溶解。

 

 ネクロムRだったものが、瞬く間に崩れ落ちていく。

 

 全てを使い果たす攻撃を放った勢いのままに。

 限界を超えたエドモンもまた、完全に崩れて消え―――

 

 その残滓を巻き込み発動する魔術が、弾けた。

 

「オーダーチェンジ!!」

 

 魔力が流れ、立香の纏う礼装が起動する。

 黒い炎が崩れていく足元に、盛大に紫電が奔った。

 展開されていく魔法陣。

 その陣に包まれながら、エドモンだった炎の塊が微かに表情を変える。

 

「しかし、この身が此処で果てるというのなら。

 オレの屍を超えて前に進む者どもには、この言葉のみを送ろう。

 ―――“待て、しかして希望せよ”、とな」

 

 そうとだけ言い残し、完全に消失する黒い炎。

 

 砕けていく仲間、ネクロムRに舌打ちひとつ。

 挙句に今また何らかの戦力を呼び出そうとしているときた。

 ならばこそ、今ここで狙うべきはただ一人。

 

 オーダーチェンジを起動した立香。

 即座に彼女に向けて掌を向ける。

 そこへと集っていく、黄色の流体エネルギーの渦。

 

 殺すな、と言われてはいる。

 だがこれだけ反抗されてこちらも一人死んだのだ。

 カノンさえ残しておけば、アルゴスも文句は言わないだろう。

 

「こっちが手加減してれば調子に乗って!」

 

 そう叫び、放たれるエネルギー弾。

 放出されたそれは一直線に立香へ向けて殺到し―――

 直撃する、その直前。

 臨界した魔法陣の魔力がスパークし、周囲に爆ぜた。

 

 そうして。

 その光の中から現れるのは、一人の少女。

 彼女は身の丈ほどある巨大なラウンドシールドを手に、大きく跳ねた。

 

「はぁああああ―――ッ!」

 

 盾に直撃して、轟音と共に弾けるエネルギー。

 自分を押し流そうとするその光に逆行し、マシュはネクロムYへと踏み込んだ。

 

「なに……!? チィ……ッ!」

 

 疾風の如く押し寄せるマシュ。

 彼女のスイングする盾が、ネクロムYの胸部へ向けて振り抜かれる。

 対抗して、突き出されるのは流体エネルギーを纏う正拳。

 

 激突する両者の攻撃。

 拮抗、した直後に押し込まれ始めるのはダークネクロムの方で。

 その事実に彼女が息を呑んだ、次の瞬間。

 

 ネクロムYの足を鎖が、そして大鎌が薙ぎ払っていく。

 踏み止まっていた足から力が抜ける。

 ただでさえ押されていた状態から体勢を崩し―――

 

 盾の一閃が拳を弾き返す。

 その交錯の衝撃で、腕のプロトメガウルオウダーを粉砕された。

 機能を停止するダークネクロム。

 色が抜け落ちていくその胸部に、切り返した盾の一撃が見舞われる。

 

「そん、な……っ!?」

 

 突き抜けていく衝撃で、眼魂が砕け散る。

 ダークネクロムの装甲と共に変身者は消滅。

 眼魂とプロトメガウルオウダーの破片だけが、その場に転がった。

 

「マスター!」

 

 すぐさま振り向き、立香に向き直るマシュ。

 彼女を前にして一息吐き、一度頷く。

 

「ありがとう、マシュ。こっちは見ての通り……向こうは?」

 

「向こうは……その……連れ去られたマコトさんと合流は出来ました。

 ですが、その相手との戦闘中です」

 

 一瞬だけカノンを見て、しかしすぐに頭を振り。

 彼女はそう報告する。

 

「お兄ちゃんは無事だったんですか? ―――良かった」

 

「そういえば、今飛んでったのは……

 マコトが持ってた、ツタンカーメンとフーディーニ……?」

 

 マシュの横をすり抜けていった、二つのパーカーゴースト。

 それが飛んでいった方向を見ながら、アカリが目を細めた。

 

 

 

 

「―――――」

 

 玉座に座るアルゴスが片目を瞑り、接近する気配に眉を顰めた。

 突っ込んでくるのは二体のパーカーゴースト。

 

 それらはアルゴスへと見向きもせず、ただ突き進む。

 向かう先には、究極の眼魂のための台座―――

 100の眼魂を治める神の台座だ。

 

 そこへと突っ込んでいき、彼らは強く凄まじい光を巻き起こした。

 微かに目を細めながら、立ち上がるアルゴス。

 発光は早々に収まり、すぐにその場の光景が見えるようになる。

 

 何が変わったわけでもない。

 神の台座に変更はなく。眼魂が解放されたわけでもなく。

 そして、眼魂が増えたわけでもなく―――

 

「……そうか、なるほど。流石は脱出王と渾名される英雄、フーディーニ。

 自分とツタンカーメンが入れ替わりに捕まる代わりに、既に捕まっていた二人を逃がしたか。

 解放した二人は、ツタンカーメンが時空を歪めてスペクターに送り届けたか?」

 

 小さく笑いながら、眼魂の台座に視線を向ける。

 答えは当然帰ってこないが、こんな事をしたところで状況は変わっていない。

 足りない眼魂はマコトの持っている三つと、ダ・ヴィンチ。

 それを回収すれば、終わりだ。

 

「では、そろそろ頃合いか」

 

 スペクターとダントンは結局決裂したのだろう。

 ならばその隙をつき、眼魂を回収するだけだ。

 プロトメガウルオウダーを拾わせたことで、ダントンの居場所は常に把握できている。

 

「もうすぐだ……真に完璧なる魂の解放は、目前だ」

 

 アルゴスが台座に手を伸ばし、その中から眼魂を握り込む。

 彼はそれを起動すると、己のドライバーへと投入した。

 

 放たれるは青い衣。

 赤いマントを左肩から靡かせて舞うナポレオンパーカーゴースト。

 

「変身」

 

〈カイガン! ナポレオン!〉

〈起こせ革命! それが宿命!〉

 

 ダークゴーストに変わったアルゴスが、ナポレオンのパーカーを身に纏う。

 彼は軽くマントを払い、歩み出した。

 

 

 

 

「む……っ!?」

 

 攻撃を受け、白煙を上げる腕。

 その衝撃で手放されて、地面へと投げ出されるゴースト。

 そこで変身が解け、タケルはそのまま地面に転がった。

 

 一瞬だけ視線でタケルを追い、しかしジャイロは攻撃してきた者へと振り返る。

 そこにいたのは、青い怪人―――眼魔スペリオル。

 

「ジャベルか……何のつもりだ?」

 

「……私がねぐらにした家の家主だ。その礼は返す」

 

 そうとだけ述べ、走り出すジャベル。

 だがそれに呆れたように鼻を鳴らしたジャイロは、軽く腕を振るだけで対応した。

 

 スペリオルとウルティマ。

 歴然たるその差を証明するように、激突した瞬間弾かれるジャベル。

 白いボディのウルティマは微動だにせず、その場に踏み止まる。

 

「我らが眼魂による活動を許されているのは、眼魔世界と大帝陛下の一族をお守りするため。

 だというのに貴様は……アラン様を守るならいざ知らず、何をやっているのか」

 

 眼魔世界の全ての民は、百年戦争を終えた時から全員が永遠の幸福な夢の中に生きる存在。

 だが。もしもの時に備えて、大帝一族を守る親衛隊のみが眼魂で活動する。

 ジャイロもジャベルも、そのために体を与えられていたのだ。

 もっとも今のジャベルは本来の肉体で、眼魂ですらないが。

 

 圧倒的なパワー差。

 軋みを上げるスペリオルの中で、全身を襲う痛みを堪えながらジャベルが笑う。

 

「私が何をやっているか、か……見て分からないか?」

 

「分かるはずもない」

 

 ウルティマの掌が発光し、光弾が飛ぶ。

 襲い来る閃光が全身の至るところに直撃。

 火花を噴いて揺らぐ体。

 

 その威力に片膝を落として、ジャベルが息を荒くした。

 

「―――生きている。生きているのだ、私は」

 

「なに?」

 

「ジャイロ……何かを食べる感覚を憶えているか? 腹を減らして動けなくなる感覚は?

 肉体が眠りを求めて、瞼が勝手に落ちてくる感覚はどうだ」

 

 スペリオルが立ち上がる。

 全身から白煙を噴きながらも、しかし。

 全身を襲う痛みに耐えながらも、しかし。

 

 ここで倒れる事はできないと、ジャベルは全霊を振り絞り立ち上がる。

 

「―――そんな欠陥は我らには存在しない。眼魂ではなくなり、そんなことも忘れたか」

 

「ふん、欠陥か。私もそう思っていた。アラン様だってそうだろう。

 けれど、違ったのだ。これこそが、私が真に求めていたものだったのだ」

 

 駆け出すスペリオル。

 全身を固めて一つの塊にし、慣行されるタックル。

 ウルティマはそれを腕一本で止めて、そのエネルギーを風化させていく。

 

「―――私は生きているという実感を求めて、強者との戦いを望んだ。

 戦いの中で魂がひり付く感覚だけが、私を生者でいさせてくれるものだった」

 

 スペリオルが揺らぐ。

 エネルギーが枯渇寸前になったそれを、白い拳が殴打した。

 罅割れていく青い装甲。

 それにすら構わず、ジャベルはジャイロに向けて拳を返す。

 

「……だが、私は肉体を取り戻して……これが、生きているということなのだと思い知った!

 疎ましいほどに纏わりついてくるこの不便さ……!

 ―――それが、戦いより遥かに強く私に生の実感を与えてくれる!」

 

 直撃するスペリオルの一撃。

 しかし直撃をもってしてもなお、ウルティマは微動だにしない。

 反撃の拳がスペリオルを粉砕する。

 

 砕け散ったスペリオル眼魂が宙に舞い。

 そして変身を解除されたジャベルが、地面に投げ出された。

 転がっていき、やがて止まるズタボロの男。

 その姿を見下ろしながら、ジャイロは口を開く。

 

「……それがどうした?」

 

「―――っ、生を強く自覚したら……同じだけ、死というものを実感した……!

 ジャイロ……! 訊きたいのはこちらだ……! お前は何がしたい!

 大帝陛下を殺めたアデル様につき、そしてアデル様からアルゴス様に鞍替えし……!

 大帝の一族を守るだと……! 眼魔世界を守るだと……! 貴様は何も守ってなどいない!

 生を忘れ、死を忘れ、命の価値など憶えていない我ら眼魔に……!

 何かを守れるはずがなかったのだ!!」

 

 生身のジャベルが立ち上がり、ウルティマを睨み付ける。

 

「生の喜びを思い出し、死への恐怖を思い知り、命の尊さを学んだからこそ―――!

 完璧な世界などと嘯き、腐っていくだけの命を見過ごすわけにはいかないからこそ……!

 私は貴様の前に立ちはだかる……! 命を懸けてでも……! 眼魔世界は変わらねばならない! いや、思い出さねばならない! 我らが本来、どうやって生きていたのかを! そのためにならば、命を燃やすに足る価値があると、敵として戦った連中に学んだのだ―――!」

 

 ―――そうした言葉を聞いて。

 しかし大した反応を示さず、小さく鼻を鳴らしてウルティマが歩み出す。

 ゆるりと上げられる腕。それはジャベルの首を目掛け伸ばされて―――

 

 

 

 

〈ダイカイガン! ノブナガ! ヒデヨシ! イエヤス! オメガドライブ!!〉

 

 呼び出したガンガンハンド。そしてガンガンキャッチャー。

 双銃を突き出し構えたスペクターが、ダントンに照準を合わせた。

 直後に放たれる銃撃の嵐が、ダントンを呑み込むほどの爆発を巻き起こす。

 

「ハ―――ッ!」

 

 その爆炎を突き抜け、エヴォリュードが姿を見せた。

 欠け落ちた肉体の一部を当然のように再生し、彼は疾走する。

 瞬く間に距離を詰め切られるスペクター。

 

 エヴォリュードは腕を一振りして、スペクターの腕から双銃を叩き落とす。

 素手での組み合いに持ち込み、マコトを圧倒するダントン。

 彼が悲哀さえ滲ませながら、顔面を突き合わせた。

 

「マコト、どうして分かってくれない! 私たちはただ、救いを求めただけなのだ!

 そして辿り着いた! お前という、至高の答えに!」

 

 押し返そうとするスペクター。

 エヴォリュードの足が彼の足を引っ掛け払い、その体勢から投げに持ち込む。

 背中から地面に叩き付けられ、スペクターの体が跳ねた。

 

「オォオオオ―――ッ!」

 

 そのまま拳を振り上げるエヴォリュード。

 させじとスペクターが無理矢理足を振り上げ、黒いボディを蹴り上げた。

 弾き返されたダントンが地面を滑っていく。

 距離を開いた中で、ゆっくりと体を起こすスペクター。

 

「……分かってる。だからこそ、俺があんたを救う。

 人を救いたいと願ったあんたの夢も。その夢のために重ねた罪も全部。

 罪の中から生まれた俺が、あんたの夢を継ぐことで……!」

 

「罪などない! 罪などないのだ、マコト!

 確かに犠牲になった命はあった! だがそれは、お前のために失われてくれた尊いものだ!

 進化に犠牲につきものなのだ。だからこそ、我らは前だけを見ればいい!

 犠牲を出した罪悪感などにかまけていては、世界を救うことなどできないのだ!」

 

 エヴォリュードが殺到する。

 それに対しスペクターの手の中に現れるサングラスラッシャー、ディープスラッシャー。

 赤と青の剣閃が走り、エヴォリュードの片腕が飛ぶ。

 だが即座に再生したその腕が、スペクターの顔面を殴打した。

 

 吹き飛ばされそうになる体を強引に持ち直し、二刀を構え直す。

 拳撃の嵐に対抗する剣撃。

 幾度も互いに攻撃で攻撃を潰し合い、装甲を削り合う。

 

 削った傍から即座に再生するエヴォリュードに瑕疵は残らず。

 しかしスペクターは徐々に動きから精彩を欠いていく。

 

 潰し損ねた拳撃が、スペクターの胸部に叩き込まれる。

 堪え切れずに吹き飛び、彼の姿が宙を舞う。

 

「マコト……!」

 

 咄嗟にネクロムが飛び込み、その姿を受け止める。

 マコトはよろめきながら、しかしアランに向かって首を横に振った。

 

「悪い、アラン。ここは、俺だけに」

 

「……ああ、分かっている」

 

 スペクターがネクロムを離れて、再びエヴォリュードの前に出る。

 

「息子が誤った道に進もうとすることを止めるのは、父親である私の役目だ……

 マコト、お前はまだ私には勝てない!!」

 

 黒い怪人の姿が消える。

 空間を転移して疾走するエヴォリュード。

 その姿がスペクターを横合いから襲い―――

 

「ぐ……っ!?」

 

「ハハハ――――ッ!」

 

 次の瞬間には消え、スペクターの背後から再度強襲。

 消え、現れ、襲い、再び消え。

 スペクターに反撃すら許さず、縦横無尽に走る黒い影。

 

 その苛烈さに片膝を落とし―――

 しかしマコトは顔を上げ、ダントンに向け問いかけた。

 

「ダントン、あんたにとって俺は何だ?」

 

「言っているじゃないか、息子だとも! 何より大切な、私の―――!」

 

 即座にそう断言してみせる彼。

 そんな言葉を遮って、マコトはダントンに語り掛ける。

 

「―――だったら信じてくれ。

 俺が、いつか……父を超えられる、父の夢を叶えられる、息子だって……!」

 

 黒い影が僅かに首を揺らし、足を止める。

 崩れ落ちて消える、彼が跳躍していた空間の歪み。

 一瞬だけ止まったエヴォリュードは、すぐさまマコトに向き直った。

 

「―――信じているとも! だからこそ、一緒に行こう!

 より強い肉体であらゆるものを克服して、みんなで共に永遠を生きればいい!

 お前ならすぐに私を超えられる! そうなったら、皆の先頭にお前が立って導くんだ!」

 

「俺には……誰かの前に立ち、導くことなんかできない」

 

 動きを止めたエヴォリュードの前で、スペクターが何とか立ち上がる。

 限界を超えてなお変身を維持できているのは、三人の英雄の結束のおかげか。

 その力で支えられた胸の前で拳を握り、マコトはダントンを見た。

 

「俺は、あんたが言うような完璧な人間じゃない。

 カノンを救うためという口実で傲り、友であったタケルを傷つける事を正当化した。

 その罪を自覚しながらもなお、タケル達と友である事を望み欲して一緒にいる。

 それを許してくれるタケルに対して、龍さんとの関係を羨んだ。

 自分がそんな親子になれなかった事に怒り、父さんさえも傷つけた。

 父さんたちに愛されていたのに、龍さんのような人が自分の本当の親であってくれれば、と。

 愛されていたのにそれに納得せず、父さんの愛が足りていないのだと。

 ただ、俺が目を背けて見ていなかっただけなのに―――」

 

 自分の罪を告解するように、マコトはそう言葉を並べる。

 

「俺の心は、完璧になんて程遠い。

 あんたが目指した究極の命になんて、なれない。けど……!」

 

 立ち上がったスペクターの顔が、僅かに後ろに振られる。

 その先にいるのは、今まさに彼を止めてくれた者たち。

 

「―――友がいるんだ、父さん。俺が間違った時に、殴ってでも止めてくれる友が。

 俺は誰かを導けるような人間じゃない。けど、友と一緒になら前に進める。

 きっとこの想いを、未来に繋げる―――あんたから受け継ぐ、想いを」

 

「―――いいか、マコト。友など信じるな。

 今はそれが無二のものなどと思っていても、その信頼は土壇場で裏切る。

 やり方に相違が生まれれば、いとも簡単に崩れ去る程度の関係でしかない」

 

 ダントンの視線がネクロムに向く。

 彼が見るのはアランではなく、その奥に別の誰か。

 

「私がそうだったのだ。だからこそ、完璧なる存在こそが先頭に立ち導かねばならない。

 アドニスのような、グレートアイに力を与えられただけの只人では駄目だ!

 その資格を持つものはただ一人。お前だけなのだ、マコト! それを分かってくれ!」

 

「……分かってる」

 

 慟哭染みた彼の声に対し。スペクターは小さく俯いた。

 その答えを聞いたダントンが、嬉々として声を張り上げる。

 

「そうか! 分かってくれたか! ならば―――!」

 

「間違ったのは、あんただけじゃない。

 みんな、よかれと思って歩き続けた道の途中で……どこかでずれてしまったんだ。

 俺の父さんたちも、アランの父さんも。眼魔世界に生きる、みんなが」

 

 スペクターが拳を開き、その手を自身の胸に添える。

 

「だから、立ち止まろう。そして思い出してくれ、ダントン。

 あんたが本当に、一番望んでいたことを」

 

 そうして再びスペクターとエヴォリュードの視線が交錯し。

 しかしダントンは大きく腕を横に払い、叫んだ。

 

「決まっている! 私は人間の幸福だけを考えて生きてきた!

 究極の肉体を得れば、人は外的要因にけして脅かされない!

 それの何が間違っている? 絶対的に幸福な安念を望むことの何が悪い!?」

 

「―――ダントン。多分、あんたは人々に幸福を与えることを考えていたんじゃない」

 

「なにぃ……!?」

 

「きっと、あんたたちは理不尽にその幸福を奪っていく、不幸を憎んだんだ。

 不幸を取り除くことと、幸福を与えることは、似ているようで違って……

 あんたはそこを取り違えたまま、ここまできてしまった」

 

 ダントンは人間が人間として生きている内に得る幸福を愛した。

 そしてそれを理不尽に奪う、眼魔の空を憎んだ。

 だからこそ彼は、人が人のままに逆境を克服すべく、肉体を改造する道を選び―――

 

 永い永い時の中、愛したものを忘れてしまった。

 人が人のままで生きるための研究。

 それがいつしか、人が人を超える世界を変革する手段になった。

 

 当たり前の幸福を守るために、不幸を跳ね除ける力を欲した。

 それがいつの間にか、それを持つものは幸福で、持たざるものが不幸なのだと。

 いつか、どこかで、すり替わっていた。

 

「―――――」

 

「俺も恐らくこれから先、多くの事を間違える。

 あんたよりずっと酷い間違いを犯すかもしれない。

 でもそれは、きっと俺の友が止めてくれる。そう信じて、前に進む。

 ――――だから」

 

 スペクターから、黄金のパーカーが外れる。

 三つの英雄パーカーに分かれた彼らが、小さく頷いて示す。

 

 胸に当てた腕の中に灯る青い光。

 それが結実して、一つの眼魂を生成していく。

 いつか、タケルがそうしたように。

 

「あんたたちの心と罪は。俺が、全部背負っていく」

 

 

 

 

 ―――虹色の風が吹く。

 その中に舞う純白の羽が、ウルティマの視界を覆い尽くす。

 圧倒的な力の奔流を感じて、ジャイロは振り返る。

 

 そこに立つのは、天空寺タケル。

 彼の目の前に光と共に現れるのは、虹色の光彩を持つ眼魂。

 

「天空寺タケル―――!」

 

 咄嗟にウルティマが放つ光弾。

 スペリオルすら容易に撃破するその威力を、無限の光輝が掻き消した。

 

 体を震わせながらも、タケルの腕がムゲンゴースト眼魂を掴み取る。

 

「馬鹿な……! アルゴス様の手により、既に力尽きていたはずだ……!」

 

 未だに眼魂が出現しただけ。

 だというのに感じる圧迫感に対し、ジャイロが半歩足を退く。

 

「それが、どうした……! この力は――――!!」

 

〈ムゲンシンカ!! アーイ!〉

 

 開いたゴーストドライバーに、ムゲン眼魂が投入される。

 解き放たれるのは、煌めく純白の衣。

 羽を散らしながら周囲を翔け巡るムゲンパーカーゴースト。

 

「変身―――!!」

 

 取り巻くように風に舞う白い羽の中、ドライバーのトリガーを引かれる。

 白銀のトランジェントへと変わっていくタケル。

 彼に被さった純白の衣が、その頭部にゴーストの顔を顕した。

 

〈チョーカイガン! ムゲン!!〉

〈キープ・オン・ゴーイング! ゴ・ゴ・ゴ! ゴ・ゴ・ゴ! ゴ・ゴ・ゴ! ゴッドゴースト!!〉

 

 ジャイロが両腕を掲げて、ウルティマの力が発揮される。

 放たれる光の弾丸が纏めてゴーストへと殺到し―――

 その全てが、片腕の一振りで消失した。

 

「む、ぐ……!?」

 

「この力は、俺だけの力じゃない……! これは人間の持つ可能性だ……!

 誰かがその可能性を信じる限り、俺は何度だって立ち上がる―――!」

 

 タケルがジャベルへと一瞬視線を送り―――

 すぐさまジャイロへと向き直った。

 

 ジャベルは言った。

 眼魔世界は変わらねばならない、と。

 今のやり方を変えて、眼魔という世界が変わっていく可能性。

 よりよい未来を目指す意思がこの場にある。

 

 ならば、タケルがここで負けるわけにはいかない。

 その未来を守るためにも、彼は絶対に負けられない。

 

「未来を信じる限り……! 人間の可能性は無限大だ!!」

 

 

 

 

〈セブンシンカ!! アーイ!〉

 

 マコトが起動した新たなる眼魂をドライバーへと投入。

 途端に彼の全身を深海色の炎が呑み込んだ。

 

 グリントアイから放たれる白いパーカー。

 それは大きく舞い上がり、炎に包まれたマコトの周囲を回る。

 

〈バッチリミロォー…! バッチリミロォーッ…!〉

 

 白いパーカーが取り巻く中、焼け落ちていく黒いトランジェント。

 崩れ始めた体で腕を伸ばして、マコトはドライバーのトリガーを掴む。

 ゆっくりと引いて、押し込まれる引き金。

 その瞬間、今までの体が完全に崩れ落ちた。

 

〈シンカイガン! シンスペクター!!〉

 

 黒い体の中から現れるのは、水色。

 澄んだ水のような新たなトランジェント。

 その上から白のシンスペクターパーカーゴーストが舞い降りた。

 

〈プライド! グリード! ラスト! ラース! エンヴィー! グラトニー! スロウス! ブレイク! デッドリーシン!!〉

 

 頭部を半透明のシールドが覆い、そこから生えるのは虹色の二本角。

 黒い顔面に水色のラインで浮かぶ眼光。

 

 ゴースト・ムゲン魂によく似た。

 しかしどこか違う―――その名を、仮面ライダーシンスペクター。

 深海マコトの新たな姿が、ゆっくりとフードを取り払った。

 

「……父さん。俺を、俺たちを。この世界に生み出してくれて、ありがとう。

 そうして生まれた、一つの命として……一人の息子として、俺はあんたを止める。

 あんたが心から願った夢を叶えるために、命を懸けて最期まで戦い抜く―――

 俺の生き様、見せてやる――――!!」

 

 

 




 
福袋を引いたら姉ができました。
 


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安息!繋いできた歩み!2016

 

 

 

 拳同士が激突する。

 衝撃に負け、弾かれた瞬間に拉げる腕の装甲。

 歪んだ腕をぶら下げながら、ウルティマが蹈鞴を踏む。

 

「く……っ!」

 

「オォオオオオ―――ッ!」

 

〈イノチダイカイガン!! タノシーストライク!!〉

 

 距離が開いた瞬間、ムゲン魂の手に浮かぶガンガンセイバー。

 彼の腕が、アローモードの武装を構えて引き絞る。

 渦巻く虹色の光が収束し、鏃となって放たれた。

 

「グォオオオ……ッ!?」

 

 奔る虹の閃光。

 それに対して体を強引に捻り上げ、軌道から何とか外れんとする。

 そんなジャイロの必死の回避が何とか実り―――

 

 しかしその一撃が巻き起こす衝撃波だけで、ウルティマが吹き飛ぶ。

 全身を打ちのめされながら、地面に投げ出される白いボディ。

 

「ヌ……ァッ!? こんなところで、負けるわけには……!」

 

 転がりながら、軋むウルティマ。

 それでもジャイロは何とか体を起こし、顔を上げた。

 

 目前でゴーストが武器を放り捨てる。

 無手となった彼の姿が、ゆっくりとウルティマに向け歩み出す。

 その姿に圧倒されたジャイロが、すぐに小さく頭を振った。

 

「私の使命は、大帝一族を守り、眼魔世界を守ること……!

 貴様の存在を見過ごすわけにはいかないのだ……天空寺タケル――――!!」

 

 起こした体で両腕を突き出し、放つのは無数の光弾。

 そうして放たれた攻撃は、一つ残らずムゲン魂へと直撃する。

 

 ―――だがそれでも、タケルの歩みは止まらない。

 

 光弾の嵐を逆走するゴースト。

 瞬く間に距離が詰まり、再び交差する互いの拳。

 その激突に同じように弾かれ、ウルティマが地面を滑っていく。

 

「ぐぁ……ッ!」

 

「―――――」

 

 地面を転がり、仰向けになって体を震わすウルティマ。

 彼を前にしながらタケルが足を止め、今ぶつけあった自分の拳を見る。

 指を開き、その掌を見つめること数秒。

 その中に残る感覚を確かめるように、タケルは再び拳を握った。

 

「あなたは本当は、一体何を守りたかったんだ―――!」

 

「なんだと……!」

 

 叫ぶタケルに対し、咄嗟に自身の動向を思い描く。

 

 眼魔世界。眼魔世界を治める大帝一族。

 その内乱と言っていい事態には干渉しない。

 ただトップとなる存在だろう誰かに指示されれば従う。

 そのトップが自分を必要としなければ、条件を満たした別の者に。

 

「決まっている……!

 眼魔世界を守るため、我らの指導者たる者の敵を排除する……!

 それが……! 私に課せられた使命なのだ!」

 

 ウルティマが立ち上がる。

 既に限界まで追い詰められたボディを、限界を超えて酷使する。

 眼魔ならば。眼魂の体ならば、それが叶う。

 

 ―――その姿が必死であることは見取り。

 だからこそ、タケルは強く拳を握った。

 

「本当に眼魔世界を守るためなら何で……!

 敵と戦うためじゃなく、守るべき人たちを生かすために戦えなかったんだ!

 喪われて取り返しがつかなくなる前に、守れるものがあったはずなのに!」

 

「貴様に何が分かる――――!!」

 

 軋みながらも全力で疾走するウルティマ。

 その速度を乗せて振り抜かれる拳。

 ―――ゴーストはそれを掌で受け止めて、握りしめる。

 

「守りたかったのは……!

 みんなを守るっていう、約束じゃないのか―――!」

 

「―――――ッ!?」

 

 拳を掴まえたまま、引き寄せられる。

 同時に振り抜かれたゴーストの拳が、ウルティマの胸を砕いた。

 残骸を撒き散らしながら、大きくよろめくジャイロの体。

 

「本当にこんなやり方で……約束を果たしてるって自分で思えるのか!!」

 

 胸部を粉砕し、全身を打ちのめす破壊力。

 それとともに叩き付けられた言葉。

 砕かれたこと以上に、言葉の方に胸が軋む。

 

 ―――かつて、眼魔が眼魔という名を得る前。

 眼魔の民は、一人の男に救われた。

 いや。一人の男と彼に付き従う数人を犠牲にして、逃げ延びたのだ。

 

 彼らは自分たちだけが犠牲になることを厭わなかった。

 そして民を治めるアドニスが決断を下し―――

 結果として、彼らだけが眼魔が眼魔になる前に喪われた。

 

 その男は別れ際に、ジャイロに言った。

 新しい世界を生きる中で指導者たるものを守れ、と。

 

 無論、ジャイロは答えた。

 命に代えて、と。任せてくれ、と。

 だから応え続けようとした。

 

 何百年前のことか。

 それすら最早定かではなく……

 けれど確かにそれはジャイロの行動理念に根付いていて。

 

 犠牲の上に成り立った、たった一つの理想世界が眼魔だ。

 だから応えなければならなかった。

 

 眼魔の世界をアドニスの親衛隊として守り続けた。

 眼魂での生活に不満を持つ輩は、治世を乱すとして処罰した。

 

 ダントンの研究を契機に始まった戦争。

 そこでも当然、大帝に背きダントンについた者は処罰した。

 

 守ると約束したのだから、守るためにはどんな犠牲を払うのも仕方ない。

 眼魔は成り立ちから既に犠牲を強いている。

 ならばもしもの時、存続させるために犠牲が必要になれば迷う理由はない。

 

 ―――だからアドニスが犠牲になるのも仕方ない、だ。

 

 それがアドニスでなくとも、大帝が居ればいい。

 眼魔世界を存続させるのが最優先。

 自分はそこにある眼魔世界を守るために動けばいい。

 

 何故守ろうとしたのか。

 あの時どんな想いで彼の言葉を受け取ったのか。

 それすら、もうとっくに―――

 

「黙れェ――――ッ!!」

 

 ウルティマの拳が燃える。

 砕けた体を無理に動かし、逆撃を加えるため動き出す。

 

 ムゲン魂が両腕を交差させ、その一撃を受け止める。

 衝撃で白銀の衣をはためかせながら、タケルは拳を握り締めた。

 両腕を払い、突き出された拳を押し返す。

 

 弾き返されるウルティマ。

 が、ジャイロはしかし強引に体勢を切り返し、拳を再度振り上げる。

 拳撃が返ってくる前に、ゴーストの腕がドライバーを掴んだ。

 

〈チョーダイカイガン!! ムゲン!!〉

 

 

 

 

〈シンダイカイガン!! プライドフィスト!!〉

 

「オォオオオ――――ッ!!」

 

 ドライバーのトリガーを引くシンスペクター。

 その拳が光を灯した。

 

 真正面から、エヴォリュードに叩き付けられる拳撃の嵐。

 止まらない拳のラッシュ。

 その威力に黒い装甲が、盛大な破砕音を立てながら剥がれ落ちていく。

 

「ふ、ハハハ、フハハハハハ――――ッ!!」

 

 砕ける度、即座に再生を開始する。

 エヴォリュードは打ち砕かれながら、しかし己も拳を握り締めた。

 

 打ち合わされる互いの拳。

 

 競り合いを始め、まず圧されるのはエヴォリュード。

 しかし彼は、砕けながら再生し続ける。

 一歩も退かずに対抗してくる彼に、徐々にスペクターが圧され始めた。

 

「…………っ!」

 

「この程度か、息子よォ――――ッ!」

 

 いっそ楽しげに声を張り上げるダントン。

 

 互いに全力で振り上げる拳。

 上半身を大きく捻り上げてから、突き出される正拳同士が激突。

 それが大気を弾き、周囲を揺るがした。

 

 ―――激突させた結果、押し返されて半歩下がるのはシンスペクター。

 

 追撃のために駆けるエヴォリュード。

 更なるラッシュのために両腕を振り上げた彼が―――

 

〈シンダイカイガン!! グラトニーバイト!!〉

 

 後ろに跳ぶと同時に振り上げられるシンスペクターの足。

 そこから放たれるエネルギーが、獰猛なる獣の牙を形作った。

 形成された牙がエヴォリュードの腕へと咬み付くのと同時。

 

「俺は負けない……! あんたを止めるために、負けられない!!」

 

 スペクターが体を捩り、咬み付いた獲物を地面に叩き付けた。

 そのまま相手を踏み付け、拘束する格好となる。

 直後に彼の手の中に浮かぶのは、ディープスラッシャー。

 

〈シンダイカイガン!! ラースフレイム!!〉

 

 銃形態のスラッシャーを向けるのは、当然踏み付けているエヴォリュード。

 ドライバーを操作すると同時に、銃口から溢れ出す炎の弾丸。

 それが至近距離からダントンへと放たれて―――

 

 瞬間、シンスペクターが踏みつけていたエヴォリュードが消失した。

 かけていた相手を失い、そのまま大地を踏み砕く足。

 砕かれて撒き散らされる地面を、放たれた炎の弾丸が消し飛ばす。

 

 その状態からすぐさま。

 マコトは再びドライバーに手をかけて、ディープスラッシャーを振り抜いた。

 

〈シンダイカイガン!! グリードスラッシュ!!〉

 

 エヴォリュードの再出現位置は背後。

 そこに振り抜かれた、炎に燃える剣形態のディープスラッシャー。

 薙ぎ払われる刀身がダントンを襲う。

 

「ハッハァーッ!」

 

 それを真正面から掴み取る、エヴォリュードの腕。

 刃が発揮する威力に晒されて、弾ける肉体。

 砕けていく腕を即時再生しつつ、彼は剣閃をそこで無理矢理止めてみせた。

 

 逆に、彼の腕がそのまま刃を折り砕く。

 破壊されるディープスラッシャー。

 手の中に残ったその破片を握り潰しながら、ダントンが拳を握る。

 

「何故止まる必要がある? お前はここにいる! 私の夢の結晶であるお前が!」

 

 砕けたスラッシャーの柄を投げ捨てて。

 シンスペクターの手の中に現れるのは、大鎌の形態を取るガンガンハンド。

 ドライバーを操作し、放出されるエネルギーはその切っ先に。

 

〈シンダイカイガン!! スロウスグレイブ!!〉

 

 振るわれる大鎌。

 その軌跡からダントンの頭上へ放たれる、青く明滅する巨大ピラミッド。

 ピラミッドの一面に描かれた眼の紋様。

 それがダントンを捕捉すると同時、一気に彼の存在を吸い込み始めた。

 

「ぬぅ!」

 

 体勢を低くして、その吸引に堪える姿勢を見せるエヴォリュード。

 そうして揺らいだ彼に対して。

 シンスペクターが、ガンガンハンドを大きく背後へと振った。

 

〈シンダイカイガン!! エンヴィースラップ!!〉

 

 振り戻されるロッドモードのガンガンハンド。

 それは下から掬い上げるように、エヴォリュードの胴体を打ち据えた。

 踏み止まり切れず、黒い体が宙に浮く。

 

 ―――次の瞬間。

 エヴォリュードの体が黒い靄と共に消失し、ピラミッドの更に上に現れた。

 今の一撃で粉砕された胸部を再生しつつ、両腕に噴き上がる光の渦。

 

 光弾が上空から射出され、青いピラミッドに突き刺さる。

 巨大なピラミッドが、完全に爆砕されて消えていく。

 

 青い残光の中を、ゆっくりと降下し始めるダントン。

 彼とマコトが再度、視線を交わし―――

 

「私は間違っていない、何一つ。

 正しい目的を、正しい手段で克服しようとした。

 だからこそ、お前という奇跡を得た」

 

「……いや、あんたは間違ったんだ。始まりの想いが正しかったとしても。

 あんな形で人間を救おうとしたことも、俺たちを作り出してしまったことも。

 俺たちは……あんたたちの罪から生まれた」

 

 エヴォリュードの足が地面を踏み締める。

 マコトの物言いに無言のまま、ダントンは再び腕に光を纏う。

 圧倒的な光量が、そのまま弾丸と変わり放たれた。

 

〈シンダイカイガン!! ラストバレット!!〉

 

 ガンガンハンドを銃にして、スペクターがそれに応じる。

 背後に浮かび上がる光で形成された無数のガンガンハンドの像。

 

 両者が放ち続ける砲撃。

 その弾丸が互いの間でぶつかり合い、爆炎と共に四散する。

 

 手数で勝るスペクターの砲撃。

 相殺しきれなかった弾丸が、エヴォリュードを粉砕する。

 だが即座に再生し、痛痒も示さず、彼は攻撃を続行した。

 

 正面でぶつかり合う弾丸。

 そこでの撃ち合いだけは、ダントンが力尽くで押し切ろうとする。

 

「いいや! 間違ってなどいない!

 なぜだマコト! なぜお前は自分が生まれたことを罪などという!

 お前に罪などない! お前が生まれたことは、何も間違ってなどいない!!」

 

 弾丸が激突する場所が、徐々にシンスペクターへと寄せ来る。

 ひたすらに前だけを見て、苛烈に攻めるエヴォリュード。

 それが弾幕の嵐を押し切り、マコトへと迫る。

 

「―――――」

 

 マコトの背を見ていたノブナガ。

 彼が微かに肩を揺らしながら視線をずらし―――しかし、そこで留まった。

 その視線の先にあるのは、先程取り落としたガンガンキャッチャー。

 キャッチャーでテンカトウイツの力を使えば、押し返せる。

 そうであろうと思いつつ、視線を元に戻す。

 

 ヒデヨシも、イエヤスもまた。

 ノブナガに倣うように、ただマコトの背に視線を送る。

 

 弾幕を打ち破り、エヴォリュードの攻撃がシンスペクターに届いた。

 光の弾丸に撃ち抜かれ、僅かによろめき、しかし踏み止まり。

 ガンガンハンドを取り落としながらも、彼は前を見た。

 

「―――いいんだ。

 俺たちは間違った場所から生まれて、それでもこうして今、生きている。

 支えてくれる、過ちを正してくれる仲間たちと共に」

 

 光弾を放ち続け、反動で焼け爛れたエヴォリュードの腕。

 その黒い皮膚が再び、ゆっくりと再生を始めた。

 消えていく傷痕。数秒で完全に傷を消した彼が、マコトを仰ぐ。

 

「……俺は、生まれてこれてよかったと思ってる。

 間違いをそうじゃないと誤魔化すんじゃなく、受け入れて手を取ってくれる友に出会えたから」

 

 彼の前でシンスペクターがドライバーのトリガーに手をかけた。

 

「兄妹たちを犠牲に、俺がここに立っていること。

 間違いを積み重ねて築き上げた現在。

 ここまでの道のりは間違っていた、だけどそれは無価値じゃない」

 

 対峙するエヴォリュードの全身が燃える。

 

「俺が生まれることができたから、意味があったんじゃない。

 俺がその犠牲を背負って、これからの生で意味があるものにしていく。

 その過ちを、未来に生きる命の糧にするために。

 ―――父さん。俺たちの命を、間違いじゃなくそうとしなくてもいいんだ。

 間違ったものだったとしても、俺たちの命は意味あるものになれるんだから」

 

〈シンダイカイガン!! シンスペクター!!〉

 

 シンスペクターがトリガーを引いた。

 眼魂の力が限界まで引き出され、背中に浮かび上がる七枚の翼。

 溢れ出す力が渦を巻き、天を衝く。

 

「だから俺たちが背負うべき罪は何も捨てない!

 全ての罪を背負って前に進んで、次の命に―――罪を罪として示す!

 同じ過ちを犯さないために……あんたが望んだように、人間が人間のまま正しく変わっていけるように!」

 

 

 白銀を染める、虹色の光。

 眼魂から溢れたその光を足に集中し、ゴーストが舞う。

 満身創痍の身でなお、ウルティマはそれに応じた。

 

 その光は眼魔に仇なすものだ。

 眼魔を守らなければならない。

 守るためには、仇なす全てを排除しなければならない。

 敵を排除するためには、彼は戦士として必要とされねばならない。

 だから。

 

「私は……!」

 

「あなたが守ろうとした筈のものも、アランが守りたいものも!

 眼魔の世界はこのままじゃ、きっと何もかもが滅茶苦茶になる!

 だから俺は―――絶対に止めてみせる!」

 

 激突する。

 ―――勝敗は、容易に決した。

 

 虹色の光となったゴースト・ムゲン魂。

 光の矢の如き蹴撃は、僅かな拮抗も許さずウルティマを粉砕する。

 

 ウルティマの装甲。そして自身の眼魂。

 両方を完全に粉砕されたジャイロ。

 彼の意識は数秒と保たず、眠りの間に帰るだろう。

 

 四肢が失われて、崩れ落ちていく感覚。

 そんな中で目にする、自身を砕いていく虹色の光。

 その光の彼方に、何故か友だった男の姿が重なる。

 

「リュー、ライ……!」

 

〈ゴッドオメガドライブ!!!〉

 

 加速する虹光。

 圧倒的な光の奔流と衝撃に、ウルティマだったものは微塵と残らない。

 無意識に呟いた自分の最後の言葉を耳に残し、ジャイロの意識は途絶した。

 

 

〈デッドリーオメガドライブ!!!〉

 

 蒼い翼を羽ばたかせ、飛び立つシンスペクター。

 空へと大きく舞い上がった彼。

 その七翼から放たれるエネルギーが、足へと集っていく。

 

 全てを乗せたその足を突き出し、上空から迫る息子の姿。

 それを見上げながら、ダントンは全身に力を漲らせた。

 噴き出す炎。溢れ出す光。

 体が反動に耐えかねて、崩壊を開始する。同時に再生も。

 

 そんな全てを振り絞った態勢で、彼はマコトを待ち受けた。

 

 果たして、結局自分は何を求めていたのか。

 目が眩んだのは、マコトとカノン―――リヨンとミオンを授かった時だろうか。

 

 自分たちが選んだ道は間違いではない、と。

 この手に抱いた小さな命に保証してもらえたようだった。

 罪の重さに耐えかねて逃げ出した、と言われればそうなのかもしれない。

 最初は……命を犠牲にする罪を、罪と確かに思っていたような―――

 

「……体がどれだけ治っても、罪の重さに潰れたあんたの心は治らなかった。

 ―――それでも、前に進んできたあんたを俺は誇りに思う。

 だからもう休んでいいんだ、父さん。後は、俺たちが繋いでいくから」

 

 シンスペクターとエヴォリュードが激突する。

 

 不死身の体が壊れていく。究極の肉体が潰れていく。

 再生はすぐに始まって―――けれど。

 ゆっくりと、ゆっくりと、修復速度が緩慢になっていく。

 

 肉体を支えていた心が、終わりを認めて―――

 自分が終わっても、息子が続けていくものなのだと認めて、終わっていく。

 

 急速に終わっていく自分を自覚して。

 ぽつり、と。ダントンの口から声が漏れる。

 

「―――私は、間違っていたのかな」

 

「あんたの間違いが、俺に命と幸福をくれたんだ」

 

 激突の最中にあって、マコトはその呟きに言葉を返す。

 エヴォリュードの肉体を支えていたものが、ついにぷつりと切れた。

 

 蒼い光が羽となって弾け飛び、その威力を十全に発揮する。

 無敵だった進化生命の肉体が限界を超えて崩れ落ちた。

 

 相手を突き抜けて、着地するシンスペクター。

 その足が地面を削りながら大きく滑り、やがて止まった。

 

 踏み止まったマコトの背後。

 シンスペクターの力の残滓である、撒き散らされた光の羽。

 それらが降り注ぐ光景の中で。

 砕けたエヴォリュードの肉体もまた、光の粒子に還っていく。

 

 バラバラと崩れていく黒い外皮の男が、小さく頭を揺らした。

 

「……ラボに。クロエという、お前のもう一人の妹が眠っている。

 すまないが……全部、終わったら……」

 

「―――ああ、分かった」

 

 そう答えながら振り向いたスペクター。

 彼の前で、小さく笑いながら、ダントンが完全に消え去った。

 

「……おやすみ、父さん」

 

 

 

 

「……逝ったか」

 

 その光景を離れた場所から眺めながら、男はゆっくりと瞑目した。

 

「……ダントンめ。最初からお前がわしと力を合わせていればもっと……」

 

 今しがた逝った友を偲ぶように、彼は微かに顎を引く。

 だがそんな男の様子に呆れるように。

 ユルセンが周囲をぐるぐる舞いながら、仙人の後頭部をつついた。

 

「おまえの方こそ譲る気ゼロだったくせになーに言ってんだか。

 譲らなかった相手だけが悪いみたいな言い方やめろよなー」

 

「やかましいっ! 奴と違ってわしは力を合わせることを知っておる!

 それがこの、眼魂島なのだからな!」

 

「それがこの~ってさぁ……

 おまえがそもそも龍とタケルを信じてりゃ、ここ要らなかったじゃん。

 いつの間にかゴーダイは追い出されて、アルゴスは勝手に動いてるし。

 なあなあ、こっからどうすんだよ?」

 

 そも、この島は仙人にとっての次善の策だ。

 ガンマイザーを突破し、グレートアイに接触するための。

 

 グレートアイを守護する15基のガンマイザー。

 それに対応する15個の英雄眼魂。

 

 かつて龍たちと仙人が協力し、ムサシを始めとする15人の英雄を選出した。

 その魂を眼魂化することによって、ガンマイザーに対抗するために。

 結果として龍に託されたタケル達はそれに成功した。

 少なくともグレートアイに一度繋がり、カノンの命を救ったのだ。

 

 だがこれが失敗した時。龍たちが選んだ15人の英雄では駄目だった時のために。

 仙人が予備として進めていたのが、眼魂島の計画だ。

 15人の英雄を選び出す前、眼魂とする偉人の候補として挙がった100人の英雄。

 選ばれなかった残りの魂を眼魂島に集め、ガンマイザーに対抗するための力を見出す。

 

 そんな計画を進めるために選んだ人員こそ。

 百年戦争で死亡し肉体を失い、魂だけを眼魂に保存していたアルゴス。

 

 そして、仙人もまた人間世界で龍を通じて再会したゴーダイ―――深海大悟。

 彼はマコトたちを戦いに巻き込まぬために仙人へと協力し、結果としてここで散った。

 その事実にもまた視線を泳がせて、仙人は空を見上げる。

 

「……もはや全てはわしの想像を超えた事態。

 ――――これからの全ては、タケルの肩にかかっているのだ……」

 

 自分が準備した世界の空を見上げながら、きっぱりと。

 そう言い切った彼に対し、ユルセンの小さな体が跳ねた。

 

「オマエ、そればっかな!」

 

 きゃあきゃあと騒ぐユルセン。

 仙人はそれを鬱陶しげに手で追い払う。

 

 そんなことをしている彼らの前。

 彼らが見つめる、ダントンとの戦いを終えたマコトたちのすぐ傍。

 

 ―――空間が歪み、そこにダークゴーストが姿を現した。

 

 

 




 
オヤスミー
 


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革命!魂の在り方!1821

 

 

 

 ジャイロが消えたのを見送り、タケルはドライバーを解放する。

 元の姿に戻った彼は、すぐさま後ろを振り向いた。

 視線の先にいるのは、座ったまま息を荒げているジャベル。

 

「ジャベル……」

 

「……私に構うな。私は……私の心というものに、従っただけだ」

 

 そう言って向き合った顔を逸らすジャベル。

 そんな彼の言葉に小さく頷く。

 ジャベルから外した視線を向けて見上げるのは、この世界の中心にある塔。

 

「―――止めないと」

 

 呟き、タケルは走り出す。

 

 全身を刺すような、この世界に漂う気配。

 それは留まることを知らぬように加速していく。

 きっと、そう時間が残されているわけではない。

 

 感じたことのない、奇妙な感覚。

 それに突き動かされるように走り出したタケル。

 彼はその感覚に眉を顰め、塔を見上げて歯を食い縛った。

 

 

 

 

「驚いたな。勝つのは、ダントンだとばかり思っていた」

 

 ダークゴーストは収束した戦場を見やり、開口一番そう言った。

 だがすぐに興味を失ったように視線を外す。

 彼の視線が次に向かったのは、足元に転がるガンガンキャッチャー。

 それを軽く蹴り上げて掴み取り、手の中でくるりと回してみせる。

 

「―――兄上」

 

「……アルゴス。カノンたちはどこだ!?」

 

 微かに頭を揺らすネクロム。

 それより前に出て、シンスペクターがアルゴスに詰め寄ろうとする。

 マコトのそんな態度に鼻を鳴らし、ダークゴーストはキャッチャーを肩に乗せた。

 

「心配する必要はない。お前の妹たちは勝手に抜け出した。

 ツタンカーメンとフーディーニと共に侵入してきた女たちとな」

 

 いっそ、どうでもよさそうな。

 そんな様子で答えを返すアルゴス。

 

「マシュが……」

 

「―――眼魂を渡させたい現状、それを自分からバラすのは悪手じゃないかな?

 君はマコトくんの持つ、三つの英雄眼魂を奪いにきたんだろう?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの言葉に、ダークゴーストが顔を傾ける。

 その視線がマコト―――

 そしてその手の中に納まった、三つの英雄眼魂を捉えた。

 

「……確かにな。だが構わん」

 

 ダ・ヴィンチちゃんを前にしたアルゴスが口を開く。

 どこか余裕さえあるその態度。

 そんな兄に対して、アランが声を上げた。

 

「……英雄の眼魂を集める目的は何なのです。

 グレートアイの力を求めて、兄上は何を!」

 

「そうだな……」

 

 アルゴスの視線が泳ぎ―――

 先程まで、ダントンの姿があった場所へと向く。

 

「―――いいだろう。

 ここまできたのだ、説明くらいはしてやろう。私が求めるもの……

 それは、ゴーストの世界だ。全ての人間がゴーストとなり、肉体から解き放たれる世界」

 

 肉体を進化させることを選んだダントン。

 消滅した彼を笑うように、アルゴスは小さく鼻を鳴らす。

 

「ゴーストの、世界?」

 

「ああ。肉体を捨て、人が魂だけで永遠を生きる世界。

 肉体を保存していなければならない眼魔とは違う……真の理想世界だ」

 

 彼は赤いマントを風になびかせながら、何でもないようにそう宣言する。

 口調こそ軽く、笑いが滲んでいた。

 だがそれが冗談の類ではないということは、雰囲気からだけでも察せる。

 

「……ひとついいかしら。それ、どの辺りが理想なの?

 生憎だけど、不老不死とか別に求めてないのよ」

 

 納めていた刀の鍔に指をかけ、武蔵はそう口にする。

 

「兄上……私は、肉体を得て生活することで知った。

 それは人の生き方ではないのだ」

 

 ネクロムが拳を握る。

 黄金のパーカーから力が噴出し、その拳に炎を灯す。

 この場で確実に止めると、そう覚悟するように。

 

 だが、その応対を見たアルゴスは笑った。

 

「だろうな。人の生き方ではない、などと。アラン、お前に言われるまでもない。

 先程までの親子の話は少し見させてもらったが……」

 

 ダークゴーストがシンスペクターに視線を向ける。

 

「私は人の親ではないが、少しなりとも気持ちは分かるものだ。

 何故か分かるか、アラン」

 

「何を……?」

 

 困惑するアランに対し。

 アルゴスは―――努めて平坦な声で、心情を語りだす。

 

「お前がいるからだ、アラン。

 私の物心がついた後に生まれたお前の、小さな姿を知っているからだ。

 お前を抱く母。喜ぶ父。両親が喜んでいるから自分たちも喜んでいたアデルとアリア。

 全て、私は憶えている。長兄として私が守らねば……そう想ったことをな」

 

 その告白に嘘が無い、と。

 余りにも簡単に受け入れてしまったことに戸惑いながら、ネクロムが拳から力を抜いた。

 

「命は尊い。家族は尊い。私がそう思っていないと考えていたか?

 いいや、違う。だからこそ、なのだ」

 

 ダークゴーストが歩みを始める。

 ネクロムが動けない、と察したシンスペクターが即座に動き前に出た。

 まず間違いなく戦闘力はマコトが勝るだろう。

 ムゲン魂を抑え込んだ力にさえ気を付ければ、まず遅れは取らない。

 

「幸福と不幸を感受する人間の生き方。ただ永遠にあるだけのゴーストの在り方。

 それを理解した上で、私は選んでいるのだ。

 ―――人よ、ゴーストになれと。

 新しい命を授かる幸福も、大切な命が喪われる不幸もない。

 だが、愛する家族と共に永遠に在り続けられるゴーストこそが、私の理想なのだ」

 

「―――お前の悲しみと怒りは分かった。

 だが、それは人の生き方を変えていい理由にはならない」

 

 シンスペクターがガンガンハンドを振るう。

 それに対抗せず、胴体を打ち据えられるダークゴースト。

 彼は衝撃に二歩、三歩とよろめきながら後退り。

 

「分かっていないな、スペクター。

 私の方法はダントンとは違う。イーディスとも違う。人の生き方を変えるのではない。

 人というものを全て、生物からゴーストという存在に造り変えるのだ」

 

 追撃。

 シンスペクターの放つ弾丸が、ダークゴーストの全身を撃ち抜く。

 飛び散る滝のような火花。

 その中でダークゴーストはガンガンキャッチャーを構え―――

 

「―――スペクター。

 ダントンの造った肉体と、これまで育ってきた深海マコトという魂。

 その二つが完全に合致したお前の力……大したものだ。

 器には相応しい魂がある。器と魂が揃った時こそ、凄まじい力が発揮される」

 

 言いながら取り出すのは、ダーウィンの眼魂。

 それを見たダ・ヴィンチちゃんが顔を顰めた。

 

 ダーウィンはムゲン魂を抑え込んだ強力な眼魂だ。

 故に、それを今この場で取り出すことがおかしいとまでは思わない。

 だが何か引っかかる。

 

「……タケルくんの力を奪った眼魂」

 

「フッ……神の器に魂の火を入れるとしよう。

 これから生まれる、究極の眼魂のための祝砲だ」

 

 ガンガンキャッチャーにダーウィンが装填される。

 そのまま銃形態になった白い砲口から、閃光が放たれた。

 

 ―――前方のスペクターに、ではない。

 後方、ダークゴーストの現れたワームホール。

 そちらへと向けて、虹色の光は放たれていた。

 

〈オメガフィニッシュ!!〉

 

「なに……!?」

 

 空間に開いた穴に飛び込む光。

 そうした瞬間、ダークゴーストが逃れるように跳躍した。

 シンスペクターの攻撃の直撃を受けながらも、それ以上に。

 自身が背中にした孔の前から、退くことを優先したのだ。

 

 ―――その直後。

 ワームホールから膨大な虹色の光が溢れ出してくる。

 撃ち込んだ光とは比べものにならない、光の洪水。

 その暴威は一気に、一瞬で、目の前に広がる光景を呑み込んでいく。

 

「これは―――まさか、タケルの……!?」

 

 回避は―――許されない。

 背後にはダ・ヴィンチはまだしも武蔵がいる。

 これほどの力の荒波、人間が呑まれればまず致命傷だ。

 即座にシンスペクターがドライバーに手をかける。

 

〈シンダイカイガン!! シンスペクター!! デッドリーオメガドライブ!!!〉

 

 七枚の翼を広げ、光の壁となって立ちはだかるスペクター。

 虹色の激流はそれに正面からぶつかり、渦を巻く。

 波濤に押し流されそうな体を踏み止まらせ、マコトが死力を尽くす。

 

「マコト!!」

 

〈友情ダイカイガン! バースト! オメガドライブ!!〉

 

 それを後押しするように、駆け込むネクロム。

 彼の放つ黄金の炎が、虹の津波を遮るために加勢した。

 

 蒼い翼と金色の炎。

 二つの光の壁を、しかし虹色の極光は力尽くで押し流す。

 尋常ではない、圧倒的な力の奔流。

 

「ぐっ……!?」

 

 止め切れず、二人の影が一息に光に呑み込まれた。

 ―――それでも背後には通さない、と。

 二つに割けて、彼らの背後へと流れていく光の渦。

 

 そうして無事に済んだ場所へ、ダークゴーストが降り立つ。

 くるりと一度回しながら、キャッチャーからダーウィンを取り外す。

 続けてその銃口を光の中へと突き出した。

 

「まずは三つ」

 

 光の中に沈んだシンスペクター。

 姿さえ視認できない状態で、未だに極光に耐え続ける彼。

 その懐から、ガンガンキャッチャーへ三つの眼魂が引き寄せられる。

 

「貴様……ッ!」

 

 マコトの声に意識を向ける事さえせず、彼はそのまま三つの眼魂を掴む。

 そうした直後、怒涛の極光が破裂するように一気に溢れた。

 周囲を消し飛ばすような威力の荒波。

 その直中にいた二人のライダーが、吹き飛ばされて沈黙する。

 

「さて。後は一つ……というわけだが」

 

 ダ・ヴィンチちゃんを目的として、ダークゴーストが振り返った。

 その瞬間、彼の目前に球体のエネルギー光が飛び込んだ。

 

 ―――破裂する球体。

 そこから放たれた閃光が、ダークゴーストからパーカーを引き剥がした。

 空中へと投げ出されるナポレオンのパーカーを見て、息を吐く。

 

「ほう」

 

 直後に舞い込む二刀の閃き。

 即座に振るったガンガンキャッチャーが、その刃で弾き飛ばされた。

 得物を失い、隙を晒す。

 

 その合間に、止まらず放たれる刃の連撃。

 絡み合う無数の斬撃が、躱す事も許さずダークゴーストの装甲を刻む。

 トランジェントに確かな傷を負いながら、彼が一歩後退った。

 

 そんなアルゴスの目の前で、ダ・ヴィンチちゃんが構えた籠手が揺れる。

 

「英雄のゴーストとの繋がりを強制的に断つ……流石のレオナルド・ダ・ヴィンチ、か?」

 

「おや。私がそうだと知っているのかい? 光栄だ、と言っておこうか?」

 

 ―――仁王が浮かぶ。

 正しく一気呵成。

 一切の猶予もなく、武蔵がその刃の真骨頂を晒す。

 

 あの無限の力……虹色の奔流がもう一度行使されれば、全滅は必至。

 なればこそ、彼女の切っ先に迷いはなく。

 その気勢で無双の剣撃を練り上げる。

 

「剣轟抜刀―――!」

 

「ムサシの剣……空を斬る、という代物か。では、空想は斬れるか?」

 

 ばたり、ばたり、と。

 どこからともなく、ダークゴーストと武蔵の間に広がる紙面。

 視界を覆うほどに屏風が一気に立ち並んでいく。

 

 森と人食い虎が大きく描かれた屏風。

 その中で虎が首を巡らせ、ぎょろりと目を蠢かせる。

 

「っ……屏風!?」

 

「さて。貴様は屏風の中の虎を斬れるかな?」

 

 眼魂を変え、空色のパーカーを身に纏い。

 ダークゴーストが、前方に展開した屏風の隔壁を見て笑う。

 

「纏めて斬り捨てりゃいいだけでしょうが――――!!」

 

 そのような物言いに止まるはずもなく。

 武蔵が一度納刀していた剣の柄に手をかける。

 

 ただの屏風に仁王が如き気風は中らない。

 ならば直接斬って捨てるまで、と。

 そうして構えた彼女に対し、アルゴスの声が飛ぶ。

 

「宮本武蔵の力は大したものだ。

 それでそのあらゆるものを斬って捨てる剣で、お前は何を斬る。

 屏風か? 中にいる虎か? それとも私の言葉か?」

 

「―――――!」

 

 大天衝。

 彼女自らの抜刀で放つ剣撃が、前に立ちはだかる屏風を斬って捨てる。

 その鋭さは中にいる虎ごと、屏風などというものは消し飛ばす。

 ―――だが、当たり前のことだが。

 

 屏風の中に虎などいるはずもなく。

 従って、屏風を斬ったところで虎を斬れるはずもなく。

 

 ―――彼女に斬られなかった以上、屏風から飛び出した虎は武蔵を襲う。

 

「こん、の……ッ!?」

 

 飛び掛かってくる虎の爪を刀で受け止め。

 更に迫りくる頭部が突き立てんとするする牙を、体を退いて躱す。

 純粋に圧倒的な重量、体重差。

 それに影響されて武蔵の体が揺らぐ。

 

 宮本武蔵の刃は空を斬る。

 あらゆるものを斬って捨てる。

 彼女が未だ未完の大器でしかない、未熟者であったとしてもだ。

 その事実、その方向性ばかりはけして失われない。

 

 けれど、だからこそ。

 その力は、彼女の刃の鋭さに()()をつける。

 

〈カイガン! 一休! 迫るピンチ! 冴えるとんち!〉

 

 彼女の太刀筋が他の可能性を全て切り落としたその後に。

 他の可能性もあっただろう、と。そう問いかける。

 無理矢理斬り落とされた因果を、とんちを効かせて適当に繋ぎ直す。

 

「く……ッ! こんの……っ!?」

 

 武蔵の足が躍る。

 重量と膂力に負ける虎を捻じ伏せるために、彼女に許されるのは工夫だ。

 だからこそその身は必死に動き―――

 

 ダークゴーストがガンガンセイバーを抜き放つ。

 虎ごと纏めて。武蔵に対し放たれる、思い切ったフルスイング。

 虎に組み付かれたままに、吹き飛んでいく武蔵の姿。

 

 それを見送り、アルゴスがダ・ヴィンチちゃんに向き直った。

 

〈カイガン! ナポレオン! 起こせ革命! それが宿命!〉

 

 再び青いパーカーを纏い、赤いマントを風に流し。

 ダークゴーストはダ・ヴィンチちゃんと対峙する。

 

「先程の英雄ゴーストの分離……あれも、自分の眼魂を分析した結果だろう?

 ダ・ヴィンチの眼魂は、貴様が持っているということでいいわけだ」

 

「―――そうなるね」

 

 星の杖を構えつつ、眉を顰めるダ・ヴィンチちゃん。

 虹色の津波は収まったが、まだマコトもアランも姿を見せない。

 すぐに戦闘に戻れないほどのダメージを受けた、ということだろう。

 

「……さっきの力は、タケルくんのものだね?

 だが、明らかに前の戦いで吸収した量を超えている。どういうことかな」

 

「自身で答えに辿り着いているように見えるがな?

 そもそも、先程言った通りだ。魂から得たかがり火を、肉体に灯した。

 それだけの話でしかない」

 

「―――――」

 

 ガンガンセイバーの切っ先を返し、アルゴスが歩みを始める。

 

 彼に向け、籠手で握った星の杖が振るわれた。

 迎撃のために杖から流星が舞う。

 それら全てを切り捨てながら、ダークゴーストは進み続ける。

 

「貴様がレオナルド・ダ・ヴィンチ当人であるならば……私の目的は、そう頭ごなしに否定するべきものではあるまい? ダ・ヴィンチの眼魂は少なからず、魂のみで生きるという眼魔の方針を肯定していた」

 

 ちらりと一瞬、自分の籠手へと視線を送る。

 まあそうなんだろう。

 レオナルド・ダ・ヴィンチがそういうことをした、と。

 そう言われると、彼女個人としても納得しかない。

 

 けれど、だ。

 

「まぁ……そうかもね。私にそういう部分がないとは言わない。

 単純に人の可能性の追求、という観点においてそれに興味が無いとは言えない。

 けど残念ながら、こちらの私はまったく心惹かれないね。

 何で同じ私でありながら、そんな違いが出るか。

 私の眼魔と私の違い、分かるかい?」

 

「理解する必要はない。私はお前の眼魂をただ力として使うだけだ」

 

〈ダイカイガン! ナポレオン! オメガドライブ!!〉

 

 ドライバーを引き、刀身に暗い炎を宿し。

 ダークゴーストが斬撃で描いた軌跡を、炎の刃として飛ばした。

 

 即座に腕を突き出し、その力を臨界させる。

 掌に展開される魔力投射レンズ。

 そこから溢れる光が、球体を形成して解き放たれる。

 

「―――“万能の人(ウォモ・ウニヴェルサーレ)”!!」

 

 投射された光球は炎の斬撃に立ち向かい。

 そして切り裂かれた瞬間に、一気に弾けた。

 途端に崩れていくダークゴーストの放った斬撃。

 

「相殺……いや」

 

 そうして崩れた斬撃のエネルギーを利用し、光が咲いた。

 相手の攻撃のエネルギーをそのまま自身のものとして。

 ダ・ヴィンチちゃんの放った光球が、無数の光線となって弾け飛んだ。

 

「そりゃ私は善く生きる人が好きだからね!

 一人で好きに遊ばせたらろくな事をしないだろう事は認めるけど!」

 

 撃ち上がる無数の光線。

 それが一度大きく空へと舞い上がり―――

 切り返して、一気にダークゴーストへ向けて降り注いだ。

 

「―――そこに善き人がいなくなる世界の在り方はごめんだね。

 私は好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌いだ。

 疎んでいるものが消える代わりに愛しいものが失われる、じゃ採算が取れない」

 

「善悪などで測るから大切なものを見失うこともある。

 命というものには、善も悪も必要なかったのだ。

 ただ大切なものと永遠に共にあり、それを幸福だと知ればいい」

 

〈カイガン! ガリレオ! 天体知りたい! 星いっぱい!〉

 

 ―――ダ・ヴィンチちゃんが放ったその星の光が。

 

 赤いパーカーを纏ったダークゴーストを目掛け、しかし全て逸れていく。

 まるで距離感を誤ったように、不自然な軌道に折れ曲がる光線たち。

 見当違いの場所を粉砕していく光の雨。

 

 ゆるりとダークゴーストが指先を巡らせる。

 その瞬間、空で光が瞬いて、発生した星の光が失墜を始めた。

 

「天体干渉ね……! こういう時に限ってオルガマリーはいない……!」

 

 降り注ぐ光に対し、ダ・ヴィンチが杖を翳す。

 対抗するように放たれる魔弾が迎撃に撃ち出される。

 

 空から降り下る流星雨。

 それを相殺して持ち堪えるのは、すぐに限界がやってきた。

 迎撃から結界に切り替え、完全に防御の姿勢へ。

 

「く―――っ!」

 

 強く顔を顰めながらそうした彼女の前。

 ダークゴーストは何事もないように歩み出す。

 降り注ぐ星の光は、彼を避けるように落ちていく。

 

 星のカーテンを割って進み―――

 アルゴスが、ダ・ヴィンチちゃんの前に辿り着いた。

 

〈ダイカイガン! ガリレオ! オメガドライブ!!〉

 

 赤い衣を纏った腕が伸びた。

 光が加速し、ダ・ヴィンチちゃんが展開した守りが砕け散る。

 そこで留まらず降り注ぐ破壊の光芒。

 

 それを止めるべく、彼女が右腕を掲げられた。

 

 ―――解析し、対応する。

 万能の天才の具現であるその宝具。

 そこから放たれる力が光線の雨を遮って、しかし。

 

 光を止めている以上、ダークゴーストを止める事は叶わなかった。

 

「ッ……!」

 

 ガンガンセイバーが奔る。

 掲げられた籠手を殴りつける刃。

 火花を散らして弾かれる、万能の籠手。

 その衝撃で飛び出すように、一つの眼魂が吐き出される。

 

 ガリレオの撃ち下ろす星の光が止む。

 攻撃を早々に打ち切った彼が、すぐさま弾かれた眼魂を掴んだ。

 

「神の器を満たす100の魂。最後の一つだ」

 

 ダークゴーストの背後の空間が歪む。

 歪みの先には、無数の眼魂が収められた場所が見える。

 きっと、恐らくあの中に―――

 

「やらせるわけには……!」

 

「最早お前たちに関わっている暇はない」

 

 立て直そうとしたダ・ヴィンチちゃん。

 彼女の鼻先に投げつけられる、ガンガンセイバー。

 それを杖でどうにか弾いた瞬間―――

 

 アルゴスの姿は、既に彼女の目の前から消えていた。

 

「――――っ、」

 

 眉を顰め、一度目を瞑り。

 すぐに彼女はマコトとアラン、武蔵を探して動き出す。

 

 

 

 

「―――――マスター、下がってください」

 

 丁度、立香たちが塔を上がり切った瞬間だった。

 マシュが即座に前に出て、盾を構える。

 

 牢を脱出してすぐ。

 彼女たちは塔全体を揺るがす衝撃に見舞われた。

 塔の一番上で、まるで何かが爆発したかのような。

 

 相手が何をやろうとしているかは分からない。

 だが少なくとも、眼魂を集めて何かをしようとしている。

 集める事を許したら、取り返しがつかないかもしれない事を。

 

 だからこそ彼女たちは、選択した。

 戦力が足りていないことは重々承知で。

 しかし、ここで逃げるより相手の作戦の成就を邪魔するべく。

 

 そうして現場についた瞬間、見たもの。

 それは、空間の歪みからこの場に帰還するダークゴーストの姿だった。

 

「ア、アアア、アルゴス!」

 

「逃げずにこちらに来たのか。どちらにせよ、結果は変わらないがな」

 

 喚く御成などをちらりと見て、アルゴスはそう呟く。

 彼の手の中から、幾つかの眼魂が飛び出していく。

 いまドライバーに装填されている眼魂もだ。

 

 そうして変身を解除された彼の前。

 玉座の間に置かれた巨大な台座に、全ての眼魂が収まっていく。

 数にして100。この眼魂島にある、全ての英雄眼魂だ。

 

「眼魂が全部……! お兄ちゃんの分も……!?」

 

 二つ入れ替わっているが、それでもノブナガが混じっていれば理解できる。

 今放たれた英雄眼魂は、マコトの持ち合わせていた分も混じっていた。

 

「……あなたは、何をしようとしてるの?」

 

 最早アルゴスの計画は最終段階、あるいは成就しているのか。

 それを理解して、立香は静かに彼へと視線を向けた。

 

 声をかけられた彼は、少し悩むように首を捻る。

 

「そうだな……今、この場で何が起こるかと言えば―――」

 

 そうして返される言葉と共に―――大気が揺らぐ。

 次いで100の眼魂を集めた台座が強く震動し、虹色に輝き始めた。

 まるでゴーストが放つような色の光に、微かに困惑する。

 

「―――新たなる神の降臨だ」

 

「神……?」

 

 婉曲的な表現なのか、あるいは―――

 神に等しき力を持った存在、という意味なのか。

 

「グレートアイ、のこと?」

 

 台座の放つ虹色の輝きに、眼魂が放つそれぞれの光が混じっていく。

 全ての輝きが混じり合って、立ち昇る黄金の光輝。

 金色の光を背にしながら、アルゴスが小さく笑った。

 

 ちらりとカノンの方へと視線を向け、眉を顰める御成。

 

「確かにグレートアイとは、カノン殿を生き返らせるほどの存在……

 神、のようなものと言えばそうとも言えるような……」

 

「私はその神の力で、全ての世界の人間をゴースト化する」

 

 首を傾げる御成の前で、そう断言するアルゴス。

 彼の言葉に対して、アカリが眉を顰めた。

 

「……なんですって?」

 

「肉体を維持する必要もなく、永遠に活動する魂だけの存在。

 それこそが完全なるゴーストであり……私の理想だ」

 

「―――それは、何のための?」

 

 真っ先に返した立香に視線を合わせ、鼻を鳴らすアルゴス。

 

「決まっている……何かのため、などではない。

 ただそれが、私の望みだからだ」

 

 一切揺るがず、彼はそう断言した。

 その言葉に対して叫び返すのは御成。

 

「全ての人間を人間じゃなくすることが、望みだとでも!?」

 

「いや? 人間が今の人間のままである限り、得られない望みだからこそ……

 人間を別物に変えるしかない、という結論に至っただけだ」

 

 言いながら彼は視線を巡らせて、部屋の入口へと顔を向ける。

 階段を駆け上がる足音が近づいて―――

 やがて、その場に天空寺タケルがその姿を見せた。

 

「アルゴス……!」

 

「お前を待っていた。天空寺タケル」

 

「タケル殿……!」

 

 台座の放つ黄金の光を背にしていたアルゴス。

 彼の手が、その台座から一つ眼魂を取り上げた。

 その影響か、僅かに弱まる光の中。

 

 黒く染まって、見えないようになっていた台座の中心。

 その黒染めが薄れていき、中に人の姿が浮かび上がってきた。

 そうして浮かび上がった姿を、見間違うはずもない。

 

「……タケル、の体……!?」

 

 思わず声を上げたアカリ。

 彼女の言う通り、アルゴスが背にした眼魂の台座の中。

 そこには、天空寺タケルの姿があった。

 

「あれ、は。まさか……?」

 

 呆然と呟くタケル。

 あれは正しく、18歳の誕生日に喪った彼自身の肉体。

 あの日から天空寺タケルは、仮面ライダーゴーストになり戦ってきた。

 その肉体が何故、そんなところにと。

 

「お前の肉体だ、天空寺タケル。そして今から、この肉体は―――」

 

 そんなことで悩んでいる暇は与えられず。

 アルゴスの指が、持ち上げた眼魂を起動する。

 それは人間の進化の力を司るダーウィンの眼魂。

 微笑みながらそれを起動した彼は―――

 

「―――マシュ! 止めて!」

 

「―――――ッ!」

 

 盾を手に、マシュがアルゴスに突貫する。

 黄金の光に逆らい―――

 しかし、その物理的な衝撃を伴う圧倒的なプレッシャーに前に進めない。

 それこそゴースト・ムゲン魂と同等か、それ以上の力。

 

「く……っ!」

 

 盾で衝撃を受け流しながらでは、まるで足が前に出ない。

 それも当然、とでも言うかのように、アルゴスの意識はタケルを捉えている。

 

「神なる、究極の眼魂となる」

 

 ダーウィンが力を発揮する。

 それと連動するように力を放つ99。合わせて100の眼魂。

 その全てが、台座の中に収められたタケルの肉体へと溶け込んでいく。

 

 ―――周囲に発散されていた黄金の光。

 それが一所に集中し、凝縮される。

 形成されるのは黄金のベルト。

 

 敢えて似ているものを挙げるとすれば、アイコンドライバーG。

 タケルの肉体を元にした黄金のベルト。

 何故か残っていたタケルの肉体が出てきて、そしていきなり消されて。

 代わりに、アルゴスの手の中に現れたドライバーが一つ。

 

 呆然とした声が、アカリの口から漏れる。

 

「タケルの、体が……消え、た?」

 

「――――取り戻します!」

 

 黄金の威風が収まり、その中でマシュが強く踏み込んだ。

 だが彼女の手がアルゴスからそれを奪い去ることはない。

 彼は流れるように新たなドライバーを装着し―――

 

「―――変身」

 

 一切の予備動作なく、アルゴスの体が黒と金のトランジェントに変わっていた。

 ベルトから染み出す黒い霧がパーカーを形成。

 すぐさまトランジェントの上に纏わり、彼の全身を覆い隠してみせる。

 

 ただその変身の衝撃が、この玉座の間を粉砕していく。

 床に、壁に走っていく罅。

 

「たぁああああ――――っ!」

 

 そうして崩壊の始まった塔の中で、巨大なラウンドシールドが振り抜かれる。

 疾走から全力スイングに繋いだ、純粋に高い運動エネルギー。

 それが真正面から叩き付けられて―――

 

 アルゴスは。

 指を翳すだけで振れることもなく、マシュの動きを完全に止めた。

 

 盾が動かない。

 体が前に進まない、後にも退けない。

 ただ行動という行動を全て抑え付けられている、未知の感覚。

 

「――――ッ!?」

 

「―――天空寺タケル。

 お前の魂は、人が持つ無限の可能性の具現にまで昇華した」

 

 マシュを制しながら、彼の意識はただタケルに。

 自身を襲う盾になど気も止めず、相対するもう一人のゴーストだけを見ていた。

 

「つまりお前の肉体は、無限の可能性を持つ魂の器だったということだ。

 だから、詰め込むことができた。

 ……人間の可能性の体現者。人間が持つ可能性を歴史に示した、英雄という人種の魂を。

 数にして100。本来一つの肉体に一つの魂である人間の限界を超えた数を」

 

 フードを被った黒と金の影。

 それと視線を合わせて、タケルが胸を掻き抱く。

 

「人間の、俺の、可能性……」

 

「――――そう、可能性だ。

 英雄の魂というのはな、()()()()()()()()というモデルケースだ。

 お前という器は、人間の有する100の理想像を内に収めるほどの深さを見せた」

 

 魂に大きさがあるとするのなら、その重さが生前の行いで増減するなら。

 英雄の魂は、普通の人間よりも重く大きい魂を持っていることになる。

 ―――その上で。天空寺タケルの肉体は、100の英雄を受け入れた。

 

「それが何を意味するか。

 ―――お前という肉体は、人の持つ可能性を超越したんだよ。

 お前の中に、英雄の魂という一つの可能性を極めた容量(たましい)が、100種類収まり切るんだ」

 

 可能性は無限にあっても、結果は一つに終息する。

 人の可能性に生き、英雄という結果に辿り着いた先人たち。

 その100の結末を取り込み、天空寺タケルの肉体は新たな地平に辿り着いた。

 

 人の窮極。可能性が生む最大値。それが英雄の魂。

 その人間の限界を100だけ並べ、全て取り込むことで超えた事を示した時。

 無限の可能性は、一つの結論に辿り着く。

 

 この力は、人の持つあらゆる可能性を超越したものだと。

 可能性の前に立ちはだかる限界を突破する、唯一無二の突き詰めしものだと。

 

「……この“極限(エクストリーマー)”には、人の可能性は届かない。

 人の無限の望みはここで完全に終わらせる。これから先は……可能性など何もない、望むこともない、ただ静謐を幸福とするゴーストだけが、世界にあればいい」

 

 エクストリーマーが被ったフードが、崩れ落ちる。

 分解した黒い粒子が、彼のパーカーの上半身で再構成されていく。

 構成されるのは黄金の鎧と、高い襟。

 

 真紅の眼光を爛々と輝かせ、極限進化した黒と金のゴーストがその腕を掲げた。

 

 

 




 
100人の英雄の魂とかあったら14個くらい聖杯作れそう。
星4を二人レベル100にできるな。
 


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無限!命の輝き!2016

 

 

 

 ―――白い光が舞う。

 魂の輝きを羽に変え、周囲へと散らす。

 可能性の力を無限の光輝に。

 タケルの体が、虹色の光に包まれていく。

 

「タケル!?」

 

「―――変身!」

 

〈チョーカイガン! ムゲン!!〉

〈キープ・オン・ゴーイング! ゴ・ゴ・ゴ! ゴ・ゴ・ゴ! ゴ・ゴ・ゴ! ゴッドゴースト!!〉

 

 白銀の衣を纏い、虹色に輝くゴースト。

 ムゲン魂が降臨する。

 

 待ち望んだもう一人のゴーストを前に、エクストリーマーが腕を振るう。

 それだけで、動きが止められていたマシュが投げ出された。

 解放された瞬間に体を捻り、何とか着地を決める彼女。

 

 そんな彼女の姿とすれ違うように、ゴーストは前に歩いていく。

 

「タケルさん……!?」

 

「―――ちょっと待って、あいつは……!」

 

 エクストリーマーは、100の魂を収めた天空寺タケルの肉体だ。

 それと戦うということは―――打倒するということは。

 自身の肉体を破壊する、ということに他ならない。

 

 奪い返せるならばいい。

 けれど、二人のゴーストが向き合っている今よく分かる。

 圧倒的な力を持つムゲン魂すら凌駕する。

 ムゲン魂と同等の力に、100の英雄の魂を上乗せしたようなもの。

 それこそがあのエクストリーマーだ。

 

「そう、天空寺タケル……お前にこそ、問いたかった。

 お前は―――私の理想を前に、立ちはだかるか?」

 

「―――当たり前だ。俺は……!」

 

〈イノチダイカイガン!! ヨロコビストリーム!!〉

 

 ムゲンの手の中にガンガンセイバーが現れる。

 ナギナタモードの長刀を振りかざし、放つ光の斬撃。

 

 光刃に対して対応を取ることもなく。

 エクストリーマーは、その一撃を正面から浴び―――

 そして微動だにすることなく、ただ漆黒の衣の裾だけを靡かせた。

 

「人間なんだから――――!!」

 

 加速するムゲン魂。

 それを迎え撃つエクストリーマー。

 両者が激突して、虹と黄金の光が渦を巻いた。

 

 

 

 

 塔の天蓋を粉砕し、二つの光が空へ舞い上がっていく。

 空中に描かれる、それぞれの光の軌跡。

 ぶつかり、離れ、再びぶつかり弾け合い。

 

 天空に大量のエナジーが放散される。

 

「せ、拙僧たちはどうすれば……!

 どうにかしてタケル殿の体を取り返す必要が……!?」

 

「―――あれ、って。

 あの……空に向こうに見えてるのは、もしかして……」

 

 目を細めて空を見上げ、そうしてその先に何かを見たカノン。

 そんな彼女のすぐそばに、てるてる坊主のような幽霊がいつの間にか浮かぶ。

 

「地球だぜ? アルゴスの奴、この眼魂島を地球にぶつけるつもりなのさ」

 

「ユルセン殿!?」

 

「フォフォウ……」

 

 立香の肩の上から、その小さい幽霊に胡乱げな眼差しを送るフォウ。

 ユルセンはカノンを挟んでその視界に入らないように隠れつつ。

 現状を説明するように、言葉を続けた。

 

「タケルと英雄の眼魂……あいつらの力で満たした世界。

 丸ごと全部を地球にぶつけながら、人間を全部ゴーストにしちまうつもりなんだ。

 肉体はその衝撃でみーんな滅ぼすつもりでさ。

 魂だけを残して、後は全部吹っ飛ばすつもりなんだよ」

 

「それは一体どうやったら止められるの?」

 

 立香からの問いかけに、ユルセンが頭を揺らす。

 言葉を選ぶように、しかし選び切れずに迷うように。

 少し戸惑っていたものの、仕方なさげに返答を始めた。

 

「……まあ、アルゴスを倒すしかないんじゃないか?

 それも半端なやり方じゃダメだ。

 あいつをもう一つのグレートアイたらしめるあの究極の眼魂……

 つまりタケルの肉体を壊さなきゃ、もう止められない」

 

「……なによ、それ。まさかタケルに、自分の体を殺せっていうの!?」

 

 ユルセンに掴みかかろうとするアカリ。

 そうなるだろうと思っていたのか、ユルセンはすぐにカノンの後ろに引っ込む。

 カノンごと巻き込みそうなアカリを、咄嗟に御成が抑え込んだ。

 

「落ち着きなされ、アカリ殿! ええと、拙僧いい案を思いつきました!

 ここでアルゴスを止めた後、本物のグレートアイにタケル殿の体を戻してもらうのです!

 そうすればみんな元通りですぞ!」

 

 御成が名案とばかりにその叫び、ユルセンに同意を求める。

 水を向けられたユルセンが、その小さな体を背けて視線を彷徨わせた。

 

「―――まあ、ほら、なんだ。

 どうせ倒せなさそうだし、諦めも肝心なんじゃないか?

 はっきり言って、今のアルゴスはグレートアイと変わらない。

 勝つとか負けるとかそういう次元の相手じゃないみたいなとこあるし。

 ほら、おれさまが眼魂で生きてる先輩としてアドバイスとかするしさ」

 

「問題がある、ということですか?」

 

 静かな詰問口調は、流れ弾に備えて盾を構えるマシュから。

 言われたユルセンが体を震わせる。

 

「……タケルの場合、既に死んでるアルゴスたちとは話が違うんだ。

 既に死んで肉体が滅び、眼魂を本体に活動してるアルゴス。

 肉体を生かしたまま、眼魂を依り代に活動してる眼魔。

 タケルはその中間なんだ。肉体も、眼魂も本体。

 あいつは生きてる。その上で、肉体が死に瀕したところで止まってる。

 肉体を離れようとしてる魂を、眼魂の中に捕まえてる。

 眼魂と肉体。そのどっちが失われても、バランスが崩れてタケルは死ぬことになる」

 

「……それ、タケルくんは……」

 

「―――多分、知ってる。説明はしてないけど、今のあいつなら……

 そもそも、本来はガンマイザーに眼魂を破壊された時点でどうしようもなかったんだ。

 だっていうのにあいつ、自分で新しい眼魂を創って蘇った。

 おれたちにはもう、どうすればいいのか分からない状態だったんだ」

 

「なによそれ、無責任じゃない!」

 

「そんなん言われても仕方ないだろ! 本来は―――!」

 

 叫んで、そのまま声を尻すぼみにする。

 黙り込むユルセンに対して、カノンが胸の前で拳を握った。

 

「私じゃなくて、タケルくんがグレートアイに生き返らせてもらうはずだった、から?」

 

「いやそれは……そもそも、それ以前の問題だったっていうか……」

 

 居心地が悪そうにゆらゆらと揺れるユルセン。

 カノンからそう疑問を出されては、それ以上追求もできず。

 アカリもまた、拳を握って俯いた。

 

 一瞬だけ目を瞑り、そうして目を開いて。

 立香が自身の前に立つマシュの背中を見据える。

 

「―――とにかく、動こう。

 迷ったまま動けないで終わるより、何かをしなくちゃ」

 

「……了解しました、マスター!」

 

 

 

 

「理不尽に奪われる最愛の家族。お前はそれを恨まないか?」

 

 黒い衣が変形していく。

 それはまるで羽を広げる孔雀のように。

 一枚一枚それぞれに眼球を浮かべた、百の羽を展開する。

 

 百の眼球、その全てから同時に奔る光線。

 躱し切れずにそれを浴び、全身から火花を噴き上げ。

 それでも前を見て、タケルがアルゴスを睨む。

 

「―――言い方を変えよう。お前はアデルを恨んでいないか?」

 

「―――――!」

 

「お前は善人だ。だが聖人ではない。

 人並みに喜び、人並みに怒り、人並みに哀しみ、人並みに楽しむ。

 だからこそ、お前の魂は神の領域に手をかけた」

 

〈イノチダイカイガン!! イサマシュート!!〉

 

 ガンガンセイバーとサングラスラッシャー。

 その双銃から放たれる弾丸が、光線を相殺していく。

 だがそれでも押し返すことは叶わず、すぐに押し切られる。

 

「アデルを恨むお前の気持ちは正しい。だがお前の良心はそこで終わらない。

 アデルを許し、受け入れたいと考えるアランに思うところがあるだろう?

 友のために自分の心の中で恨みを殺し、目を背ける。

 苦しいだろう。辛いだろう。なぜそんな想いをしなければならない?

 最初から奪われなければ、生まれなかった想いだ」

 

〈イノチダイカイガン!! シンネンインパクト!!〉

 

 サングラスラッシャーを放り。

 ライフルモードへと変形するガンガンセイバー。

 その銃口をアルゴスへと向けて、ムゲン魂は即座に引き金を引いた。

 

 迸る螺旋を描く光の弾丸。

 孔雀の羽が渦を巻き、エクストリーマーの姿を覆う。

 翼の盾に直撃した弾丸が、撃ち抜けぬまま軌道を逸らされ、彼方へと消えていく。

 

 再び羽を大きく広げたエクストリーマーが、ムゲン魂と対峙する。

 

「……生きることが得ることだけの世界なら、こんなに苦しむこともなかったろうに。

 だが、世界はそれほど簡単にはできてはいなかった。

 だから。得るだけが許されないなら、得るものを無くす代わりに失うものを無くす。

 最初に誰もが持ち得る至上の幸福。家族の団欒さえあれば、それでいいだろう?」

 

「――――そんなことは、ない!」

 

〈イノチダイカイガン!! タノシーストライク!!〉

 

 アローモードへと変形するガンガンセイバー。

 そこに集わせたエネルギーを鏃とし。

 タケルの感情を乗せた一射が解き放たれた。

 

 ――――それを。

 羽を動かすこともなく、エクストリーマーの腕が掴み取った。

 光の矢をぐしゃりと握り潰し、残光を手の中から振り払う。

 

「お前も分かってるはずだ―――例え相手が家族だったとしても、それは最初から誰かに大切だって決められてたわけじゃない……! 大切にしたいと想ったのは、自分自身の心のはずだ!」

 

 ムゲン魂の手の中で、ガンガンセイバーが変形する。

 ハンマーモードに変えた武装を引っ提げ、タケルが加速した。

 

「そう想うことを取り上げて、ただ大切だと決めて押し付けたって……!

 いつかきっと、どうしてそうだったのか忘れてしまう!

 分かってるんだろ! 眼魔は―――アデルだって! だからこうなったんだって!!」

 

 孔雀の羽が眼を見開き、その眼光を解き放つ。

 迫りくる百の光線。それを潜り抜けながら、突き進むゴースト。

 白銀のパーカーを掠めて、無数の光が火花を散らす。

 

〈イノチダイカイガン!! ラブボンバー!!〉

 

「フ――――ッ!」

 

 閃光を突き抜けてきたムゲンに対し、エクストリーマーが翼を閉じる。

 それを体にぐるりと巻き付け、百眼の羽で球体を作りあげた。

 

 ―――怒涛の勢いで迫り、そして鉄槌が叩き付けられる。

 揺らぐほどの衝撃を受けたことに、アルゴスが小さく鼻を鳴らす。

 

「俺は、父さんを奪われた事で―――悲しくて、辛くて、苦しんだ……!

 そして本当のことを知った時、アデルを恨んだ……!」

 

 羽と鉄槌をぶつけ合いながら、タケルが言葉を漏らす。

 対してアルゴスは、押し返すこともせずその続きを待った。

 

 ―――もはや、タケルの中で繋がっている。

 子供だったタケルを足蹴にし、父を殺したあの白い眼魔。

 眼魔ウルティマの正体が、アデルだったことは。

 

 復讐心がないとは言えない。

 絶対に許せない、と心の中で燻る暗い感情を否定なんて出来ない。

 その口ぶりに対してエクストリーマーは軽く肩を竦め―――

 

「―――けど、そんなに辛く思えるほど強く父さんを愛せたことを。

 父さんと、その息子であれた自分を……俺は誇りに想う!」

 

 纏っていた光が爆発的に増加し、ハンマーからによる負荷が激増する。

 ミシリ、と。堅牢なる百の魂を束ねた羽の盾が、微かに軋む。

 そんな事実を前にして、アルゴスが息を呑んだ。

 

「この怒りだって、哀しみだって!

 全部俺が父さんに貰った、喜びと、楽しみがあったからこそだと知ってるから!

 人から奪っちゃいけないものだって信じて、お前を止めるんだ!」

 

「チィ……ッ!」

 

 ぎゅるりと渦を巻く羽。

 想像を超えた一撃と認めつつも、しかし。

 エクストリーマーの足元にも及ばないのが現実。

 

 回転鋸の如く蠢動する羽が、瞬時にハンマーを弾き返した。

 ムゲンの手から飛ばされ、地上へと落ちていくガンガンセイバー。

 無手となったゴーストに対し、鞭のように羽が振るわれる。

 

 滂沱と火花を噴き上げて、ムゲン魂が大きく揺らぐ。

 そうして怯んだ体を無理矢理立て直し、タケルはアルゴスへ向き直った。

 

「アルゴス……! 人の想いは、失われるものじゃない……!

 大切なものを失った時の暗い感情だって、人にとっては得たものなんだ!

 色んなものを手に入れて、失って! 

 良い思い出も悪い思い出も、全部を積み上げて出来上がるのが俺たちの心なんだ!」

 

 跳ね上げた羽を引き戻すエクストリーマー。

 彼の腕がゆるりと振られると、羽が繕われるように並び直す。

 

「何も手に入れず、何も失わず、そんな在り方じゃ心は何も築けない……!

 何かを大切に想って失いたくないと願うことも! 何かを憎んで苦しむことも出来ない!」

 

「その代わりに―――永遠の安寧を得るのだ。我らゴーストは!」

 

「……その永遠が欲しいと思ったのは、一体何でだよ!

 家族と一緒に過ごす温かい時間が、永遠に続いて欲しいと思っただけだろ!!

 終わらない時間なんてない……いつまでも同じ時間は続かない!

 全ての魂を永遠に生かしたところで、望んだ時間が永遠に続くわけじゃないんだ!!」

 

「……もういい」

 

 羽が奔る。

 鞭の如く撓る眼球の羽が、連続してゴーストを打ち据える。

 視認さえ困難な連撃に対して、両腕で頭を庇いながらタケルは拳を握り締めた。

 

「だから俺たちは、その時間を噛み締めながら必死に生きるんだ!

 失われない命なんてない。終わらない時間なんてない。

 それでも、だからこそ! その瞬間が来るまで、一瞬でも長く想いを共有するために!」

 

「―――黙れと言ったんだ!!」

 

 一際強く、全ての羽がゴーストを殴打する。

 彼は耐えきれずに体勢を崩し、地面に向けって弾き飛ばされた。

 減速することも出来ず、吹き飛んでいく白銀の体。

 

 ―――それを。

 蒼い七枚の翼で舞うシンスペクターが、受け止めてみせた。

 

「タケル! 無事か!?」

 

「っ、マコト兄ちゃん……!」

 

 ゴーストをスペクターが受け止めた瞬間。

 塔の外、地上から放たれた光球が空へと翔け上がっていく。

 それは二人の横をすり抜け、そのままエクストリーマーの許へ。

 

 瞬間、発光。

 光弾が破裂して、周囲に閃光を振り撒いていた。

 

「…………ダ・ヴィンチか」

 

 キシリ、と。

 ほんの僅かだけ、光を浴びた瞬間に軋みを上げる孔雀の羽。

 

 100の眼魂。100のゴーストパーカーを重ねたのがこの衣だ。

 エクストリーマーのパーカー。

 それは天空寺タケルの肉体を核に融合させて、更にダーウィンの力で纏めて進化させたもの。

 

 だからこそ、彼女の放つ今までと同じ効果範囲でも影響はある。

 パーカーを強制排除する光は、確かにエクストリーマーに届いた。

 だが余りにも貧弱すぎる。

 純粋に攻撃の威力を百倍にしても、強制分離に持ち込むには出力が足りないほどに。

 

 成果は、羽の動きがほんの一瞬だけ動きが乱れるのみ。

 その隙をついて、地上から立ち昇る光。

 

「兄上!!」

 

〈ダイカイガン! オメガフィニッシュ!!〉

 

 黄金の流体エネルギー。

 ガンガンキャッチャーの銃口から放たれた閃光。

 それは天空に舞うエクストリーマーを目掛け一直線に奔り―――

 

 アルゴスは動きを乱された羽どころか。

 その体を僅かに動かすことすらしなかった。

 

 ―――直撃、したにも関わらず。

 光はエクストリーマーを穿つどころか、激突した瞬間に弾け飛んだ。

 一条の閃光は、黒と金のトランジェントに傷一つつけられず霧散する。

 

「―――――!?」

 

「無駄だ」

 

 100の魂を織り成したのがパーカーならば。

 今アルゴスの体を構成するのは天空寺タケルの肉体―――神の器だ。

 100の眼魂無しでさえムゲン魂に匹敵する彼は、ネクロムの攻撃程度では揺るがない。

 

「いくら集ったところで、お前たちに勝ち目などない。

 この眼魂島が地球に落ちるまで、大人しくその時を待つがいい。

 まずは地球……その次は眼魔を完璧なる理想世界へ―――」

 

「ふざけるな……! 何が完璧な理想世界だ―――!」

 

〈シンダイカイガン!! ラースフレイム!!〉

 

 ディープスラッシャーを引き抜き、シンスペクターが構えた。

 引き金を引き絞ったその瞬間、銃口に集う嚇怒の炎が弾丸となって空を裂いた。

 

 連続して迫りくる業火の魔弾。

 それを羽を動かして容易に斬り捨てながら、エクストリーマーはマコトを見る。

 

「世界に、完璧な理想の状態なんてものはない……!

 そこに生きる俺たち自身が、それぞれ抱いた理想を持ち続けて、ずっと向き合っていかなきゃいけないものなんだ!」

 

「―――――」

 

 羽が蠢く。

 連結した眼球が槍となり、シンスペクターに向けて放たれる。

 スペクターがディープスラッシャーの刀身を組み替え、銃から剣に変えた。

 

〈シンダイカイガン!! グリードスラッシュ!!〉

 

「たかが世界を一回造り変えることができれば満足か!?

 神を気取って他人の幸福を決めつけて、それを押し付けることがお前の望みか!!」

 

 燃える刀身が羽槍と激突し、火花を散らす。

 数本向けられただけで捌き切れず、瞬く間に追い詰められていくシンスペクター

 抑えられなかった一撃が肩を掠めて、大きく削れる。

 その衝撃で揺らいだ彼に対し、更に羽槍の襲撃を追加し―――

 

〈イノチダイカイガン!! イカリスラッシュ!!〉

 

「オォオオオオ――――ッ!!」

 

 直上から、舞い上がったムゲン魂の強襲を受ける。

 

「チ……ッ!」

 

 エクストリーマーが即座に羽を防衛に回す。

 重なった羽が壁となり、ゴーストの接近を阻んでみせた。

 

 ムゲン魂が手にするのはガンガンセイバーとサングラスラッシャー。

 再び手にした愛剣二振りによる同時斬撃。

 輝く刀身で赤光を曳きながら、振るわれる双つの剣閃。

 

 それをいとも簡単に受け止め、エクストリーマーは胸を張る。

 叩き付けた衝撃の反動に押し返されそうになりながらも。

 しかし、必死にゴーストが喰らい付いた。

 

「―――俺たちに力を貸してくれた英雄たちは……!

 命を燃やして、今までこの世界で生きてきた全ての人たちの魂は!

 その人たちの想いを受け継ぐ限り、永遠に不滅だ!」

 

「それが何だと言う―――」

 

「だからお前の魂だって、眼魔の世界に遺っているんだ!

 アランに、アデル……! 眼魔の世界でまだ生きてる命はみんな……!

 お前が、命を懸けてまで守ろうとした、大切な命だろ―――!!」

 

 エクストリーマーが微かに頭を揺らし。

 すぐさま、大きく腕を振り抜いた。

 

 それに連動して振るわれる羽。

 乱雑に振り抜かれたそれでさえ、ゴーストを一息に押し返す。

 羽と鍔競り合っていた刀身が一気に削られる。

 刃が丸々と欠け落ちて、サングラスラッシャーの刀身が根本から千切れ飛んだ。

 

 スラッシャーの残骸を放り捨て、両腕でガンガンセイバーを支える。

 しかしそれでもなお、容易に圧し飛ばされるゴーストの体。

 何とか空中で姿勢を立て直し、彼はズタズタに引き裂かれたセイバーを構え直す。

 

「―――お前は俺に苦しいだろうって訊いたけど。

 お前こそ、苦しいから目を背けたかっただけじゃないのか!

 眼魔の生き方で在り続けた、守りたかったものが、歪んでしまったのを見て!

 自分では……アデルも、父親も、全部守りたかったのに……!」

 

「―――知った風なことを……!」

 

 羽が折り重なり、巨大な槍となって押し寄せる。

 対し、ムゲン魂はドライバーのトリガーを引いていた。

 

〈イノチダイカイガン!! カナシミブレイク!!〉

 

 粉砕寸前のガンガンセイバーが光を帯びる。

 全力で振り抜く光の刃をもって羽の槍に対抗し―――

 激突と同時に、限界を超えたガンガンセイバーが砕けた。

 

 全てを載せた一撃を放って、ようやく穂先を逸らす程度の拮抗。

 何とか攻撃を凌いだタケルが、その場で叫ぶ。

 

「誰だって間違えるんだ! その間違いに苦しむんだ!

 だから俺たちは一人じゃない……共に歩んで、手を取り合う人がいる!

 先に進んで道しるべを示してくれた、英雄たちがいる……!

 神様みたいな力なんかなくたって、何度だって世界を良いものに変えていける!」

 

「正否を問われる生き方をしているからそうなる。

 最初から世界に間違いなどなければいい!

 正解も間違いもなく、唯一無二の絶対なる答えだけがあればいい!

 ならば間違えない。ならば奪われない。

 欠けず、劣らず、瑕疵一つない完璧なるその世界には、当たり前の幸福だけがある!」

 

「当たり前の幸福なんて、どこにもない……!

 あるのは……当たり前のことを幸福に想う気持ちと、ずっとそうあって欲しいっていう願いだけだ!! もし人間がゴーストになって何も求めなくなったら……! お前が思い描く当たり前の幸福なんて、どこにもなくなるんだ!!」

 

 ―――切り返す羽が、無手になったムゲン魂に叩き付けられる。

 地面に向けて吹き飛ばされるゴースト。

 それと入れ替わるように、黄金の装甲が天空へと駆けあがってきた。

 

 撃ち出したのは巨大なラウンドシールド。

 マシュが振り抜くそれを足場にしたネクロムが、一気に跳んだのだ。

 

 下にはマシュのみならず、皆が揃っている。

 エクストリーマーが微かに首を傾げると、塔の上から人の姿は消えていた。

 どうやらあの場にいた全員、塔から抜け出していたらしい。

 

 だからと言って何も変わらない、と。

 ネクロムに対して羽を一振り差し向け、迎撃する。

 ゴーストやスペクターならいざ知らず、ネクロムに凌げるものではない。

 

「ハァアアアア――――ッ!!」

 

〈友情ダイカイガン! バースト! オメガドライブ!!〉

 

 ―――だというのに。

 その拳に宿った黄金の光が、一瞬だけ羽を押し返す。

 反動でパーカーに装着された装甲を砕かれながらも、しかし。

 

 ネクロムが羽との衝突を利用し、そのままエクストリーマーへと加速した。

 適当に打ち払えば対応する必要なし、と断じていたアルゴス。

 彼が仕方なく挙げた腕に、ネクロムが掴みかかる。

 

「――――まさかな……だが、それがどうした」

 

「どうもしないのだろう……!

 私では、タケルやマコトほど兄上に肉薄することはできない……!

 だがそれがどうした! 私たちは兄である貴方に救われた!!

 家族を守ろうとする兄上の想いによって、私たちは今日まで永らえた!!」

 

 ―――眼魔百年戦争。

 大帝アドニスを頂点とする眼魂派。そしてダントンを始めとする人体改造派。

 その二つに別れて、発生した争い。そんな戦争の中で、アルゴスは命を落とした。

 家族を守るために、その身を盾にして。

 

「だから、同じことをするだけだ! 守りたいものがあるから―――!

 相手にしがみ付いてでも、命を懸けてでも、奪おうとするものを止める!

 兄上! 貴方のように――――!!」

 

 友情バーストが黄金の光を強め、出力を増す。

 同じ光の色であっても、その強さの差は一目瞭然だ。

 ―――エクストリーマーに比べ、ネクロムの何と弱々しい光か。

 

 叫ぶアランに無言で返し、羽を動かすアルゴス。

 自身にしがみつくネクロムの背中を撃ち抜かんと、羽の切っ先が翻る。

 

〈シンダイカイガン!! スロウスグレイブ!!〉

 

 直後、空中に巨大ピラミッドが展開した。

 羽が動きを止め、空中墓所へとゆっくり吸い寄せられていく。

 

 が、一つ舌打ちしたエクストリーマーが羽に力を籠めた。

 それだけで強引にその拘束が打ち破られる。

 続けて振るわれる羽。

 その刃は、容易くピラミッドを解体した。

 

「兄上があの時繋いでくれた私の命を―――!

 私は、眼魔に生きる全ての命を、未来を繋ぐために使いたいのだ――――!!」

 

 崩れ落ちていく破片の雨の中、力を増すネクロム。

 腕に僅かに力を籠めればあっさりと撃退できるだろう弟。

 そのじゃれ合いのような拘束に、アルゴスの動きが一瞬だけ止まった。

 

 

 

 

 瓦礫の中から身を起こし、ゴーストが立ち上がる。

 埃に塗れたパーカーの裾を翻し、何とか。

 

「タケル殿!」

 

「タケル! どうにかしてあいつの動きを止めるの!

 その隙にあの眼魂を奪って――――」

 

「……だから、もう遅いんだって。

 ……あの眼魂は壊さないと、この現象は止まらない。

 もう……タケルは……」

 

 アカリの言葉を遮って、ユルセンがそう言う。

 同時に、アカリの―――周囲の人間全ての体が発光を始めた。

 ぼんやりと全身を覆う光を検め、立香が眉を顰める。

 

「これは……」

 

「ゴースト化が始まったんだ。

 ……もう猶予はないぜ」

 

 言って、空を見上げるユルセン。

 そこに映る景色―――地球の光景が、どんどん大きくなっていく。

 

 同じくその現象に見舞われたマシュが目を細め―――

 光る自分の手を見ていたダ・ヴィンチが、より強く顔を顰めた。

 

「……肉体があるマシュはまだしも、サーヴァントである私までか。

 魂の在り方を変える、というならまあこうもなるわけだね」

 

 ―――地球を見上げていたタケルが、拳を握る。

 

 そんな彼の姿を見たダ・ヴィンチちゃんは、片目を瞑って自身の左手を籠手に乗せた。

 どうあれ、次の一撃が最後になる。

 全力を注ぎ込む以外にない場面だろう。

 

「タケル……何とか言いなさいよ……!

 自分の体が……命が懸かってるのよ!?」

 

「アカリさん……!」

 

 ゴーストに詰め寄ろうとするアカリ。

 彼女の腕を掴んで、カノンが何とか止めようとする。

 

「―――消えたくないだけなら、アルゴスのことを見過ごせばいい。

 そうすれば俺も永遠に存在するゴーストになって、みんなとずっといられるのかもしれない」

 

 そう言ってから、タケルが振り返る。

 ムゲン魂のオレンジ色に輝く瞳と、アカリの視線が交錯した。

 

「―――でも。アカリ……俺、生きたいんだ。

 例えここで死ぬことになったとしても、最後の最後まで生きたいんだ。人間として。

 俺はいつだって、生きるために闘う……例えその結果が、死ぬ事だったとしても」

 

「タケル……!」

 

 俯くアカリと、その腕を肩ごと抱き締めるカノン。

 彼女たちの後ろで、御成が顔を歪めながらタケルと視線を合わせた。

 

「……覚悟を決められたのですな。では、拙僧からは何も……あ、いえ。

 ―――いってらっしゃいませ、タケル殿」

 

「―――うん。いってくる」

 

 ゴーストが正面に向き直り、パーカーをはためかせる。

 そうして飛び立った彼に対し―――

 武蔵が声を張り上げた。

 

「ねえ、タケル! あなたがやりたかったこと……見つかった?」

 

「―――――」

 

 かけられた声に一瞬止まり。

 タケルは、強く一度頷いてみせた。

 

 加速するムゲン魂。

 その背中を見て瞑目し、武蔵がマシュの方に首を曲げる。

 

「マシュ、お願いがあるの。あと、ダ・ヴィンチも」

 

 

 

 

 ネクロムは容易に振り解かれ、落下する。

 それに最早意識も向けず、エクストリーマーは先に落下していたムゲンを追う。

 そんなアルゴスを阻もうと、シンスペクターの姿が割り込んだ。

 

〈シンダイカイガン!! ラストバレット!!〉

 

「オォオオオオ――――ッ!!」

 

 銃形態のガンガンハンド。

 エネルギーで編まれた同形状の砲口を、背後に無数に浮かべ。

 シンスペクターが一斉に火線を解き放った。

 

 弾幕という言葉に収まらない、弾丸の壁。

 

 それを前に減速一つせず、エクストリーマーは羽を動かした。

 眼球の羽は瞳孔を窄め、そこから吐き出される閃光。

 弾丸の壁を薙ぎ払い、その先にいるシンスペクター諸共吹き飛ばす。

 

「ガ……ッ!?」

 

 更にすれ違いざまに羽を一閃。

 シンスペクターが飛翔に使っていた七枚の翼を切り落とす。

 ムゲン魂にひけを取らないシンスペクターを相手にさえ、これだ。

 エクストリーマーは。アルゴスが求めた神は。

 ―――誰にも止められない。

 

 スペクターを叩き落とし、地上に近づき。

 飛び立ってきたムゲンと相対する。

 

「―――例え、これ以上どんな言葉を並べようと結果は変わらん!

 私が望んだ理想の世界は、もうすぐそこまで来ているのだからな!」

 

「――――俺、見つけました! 俺の夢……!」

 

 ―――対峙したタケルが、アルゴス……エクストリーマー。

 その先にいる何者かに語り掛けるように、言葉を吐いた。

 彼の態度に対して、アルゴスが胡乱げに頭を揺らす。

 

「英雄の心を繋げるような、でっかい夢じゃなかったけど。

 それでも、これが俺が抱いた……命を燃やして、叶えたい夢だから」

 

「何を……?」

 

「俺は……ご飯が食べたい!

 ゴーストになってご飯が食べられなくなって、寂しかったから……!

 だから、人間に戻って―――みんなと一緒にご飯が食べたい!」

 

 突然のその告白に、アルゴスが理解できぬとばかりに腕を持ち上げ―――

 その瞬間、エクストリーマーの動きが止まった。

 

「なんだ……!?」

 

『こんまい! こんまいのぉ!

 ―――こんだけ時間かけて出てくる夢が、そんなこんまいものだとはのう!

 おんしといい龍といい、ちくと欲がなさすぎるぞ!』

 

 羽が蠢き―――エクストリーマーを覆う、漆黒のパーカーに戻る。

 その黒い衣が粟立ち、暴れるように波打った。

 次いでまるでパーカーの一部が喋ったかのような声。

 

『だがこうなったということは、確かに100の英雄の心が一つになったということだろう』

 

『―――大切な者と共に囲炉裏を囲み、飯を食いたい。

 ……そうだろうな。それ以上に、人として生きたい理由は必要あるまい』

 

 パーカーの中で誰かが、誰もが、口々にそのような言葉を並べだす。

 

「貴、様らァ……! 英雄ども、貴様らの意思など必要としていない――――!

 既に死者であるものどもが、そんな欲望を持って暴れるな――――ッ!!」

 

 パーカーが異音をかき鳴らす。

 その音を掻き消すために、エクストリーマーが全身から光を放つ。

 英雄の意思を抑え込み、ただその力のみを纏おうとする。

 

 エクストリーマーの体の許、無理矢理に定着させられる黒いパーカー。

 

『そうだ。貴様ら、今暴れるのは止めておけ』

 

 一人の英雄がそう言って、他の英雄の叛乱を宥める。

 落ち着き始めたパーカーを更に強く戒め、アルゴスは息を荒げた。

 その次の瞬間、

 

()が加勢するぞ。それと同時に暴れるんだ。そちらの方が効率的だ』

 

「――――“万能の人(ウォモ・ウニヴェルサーレ)”!!」

 

 ()()()()()()の声と共に地上から放たれた閃光。

 その光が、エクストリーマーを呑み込んだ。

 パーカーゴーストを剥離するための解析結果の対抗。

 それ単体ではエクストリーマーに対抗できるはずもない光。

 

 だがこれが僅かな緩みを生み出した、その瞬間。

 100の英雄たちが、全て自分の意思で離脱のために動き出した。

 ダ・ヴィンチちゃんの宝具に助力を得て、更に増すパーカーの叛乱。

 自分の体を抱きかかえるように、エクストリーマーが身を捩る。

 

 ―――それでも。

 100の英雄の叛乱をもってしても、エクストリーマーは崩れない。

 数秒か、数十秒か。それだけの隙は作れるだろう。そこまでだ。

 

 エクストリーマー本体だけでさえ、その程度で崩せるほど容易くはない。

 パーカーを抑え込む不調を処理しながらも、彼はムゲンの攻撃を捌くだろう。

 それを可能とするだけの能力がある。

 

「英雄、ども……! 何をしようが、今更無駄だ!!」

 

「そうとは、限らないんじゃない?」

 

 拘束を振り払うように身を捩るエクストリーマー。

 

 その黄金の姿を見上げ、かちゃりと鍔を鳴らし。

 振り被られた盾の上に足を置く、女剣士がそう言って小さく笑った。

 

 まあ、真っ当にやっていたら斬れなかったろう。

 神の器などと呼ばれているタケルの肉体を中心に、結集された100の魂。

 その結びつきの間に刃を徹せたか、というと怪しいと言わざるを得ない。

 けれど、今ならば。

 

 タケルの言葉に応え。

 浮ついた所をダ・ヴィンチちゃんが乱し。

 そうして、必死に抑え込んでいる今ならば。

 

「―――行きます!」

 

 全力のスイング。

 そうした盾を足場に、合わせて踏み切った武蔵の足。

 

 それを見下ろしながら、エクストリーマーが腕を翳す。

 掌の中で明滅する光。

 物理的な威力を伴う閃光が浴びせられ―――

 

 両者の間に割り込んだゴーストが、その光を塞き止めた。

 真正面から光を受け止める、虹色に輝く白銀の装甲。

 そのムゲン魂の全身に、着弾のたびに罅が奔っていく。

 

 ただ堪えながら、アルゴスを見据えるタケル。

 

「邪魔を……!」

 

「肩、借りるわよ!」

 

 武蔵がタケルの許まで届く。

 そのまま彼女はムゲン魂の肩に足を置き、更なる踏み込みのために体を屈めた。

 

 ―――断つべきは、一点。

 100の英雄を纏めたパーカーと、エクストリーマー本体の繋がり。

 そこを断っただけではエクストリーマーは崩れない。

 けれど、そこさえ断てれば―――二人のゴーストは、同じ地平だ。

 

「神か仏か知らないけれど……いざ!

 ―――我が一刀にてその身、尋常の戦場に引きずり墜とさん!!」

 

 跳ねる。

 ムゲン魂が揺らぐほどに強く踏み込み、剣鬼が舞う。

 

 喉を鳴らしながら、アルゴスが体を捩る。

 彼の精神が力任せに、パーカーの一部を捻じ伏せた。

 黒衣が眼球で出来た孔雀の羽の一房に変わる。

 

 突き出される羽の槍、その一刺し。

 それが―――

 

『征け、宮本武蔵』

 

 アルゴスの意思に反し、切っ先が僅かに落ちる。

 切っ先に変えられた―――

 このためにわざと変わった、一つの眼魂がそうして叛意を示す。

 

 そうでもしなければこの女では届かない、と。

 馬鹿にされたようで癪に障るがそこはそれ。

 この状況なので我慢して、彼女は笑った。

 

「どうも、宮本武蔵」

 

 逸れた羽の槍を踏み締め、更に踏み込む。

 柄に添えた手に力が満ちる。

 自身が放った一撃を遡られて、アルゴスが息を呑んだ。

 瞬間、パーカーの反抗が一層増す。

 

「お、のれ……ッ!」

 

「――――――!!」

 

 乾坤一擲。

 一刀に全てを賭して、彼女はその一閃を成した。

 エクストリーマー自体は斬れまい。

 パーカー自体斬ることさえ叶うまい。

 だがそれでも、

 

「斬れぬ奴、と笑われたからには―――

 我が剣、見舞ってやらねば死んでも死にきれないってーの!!」

 

 剣が描く閃光が、何かを切って捨てる。

 誰一人に傷を負わせることもなく。

 ―――次の瞬間、星が弾けるように黒衣が弾け飛んだ。

 100の眼魂が、流星のようにその場から地上に降り注いでいく。

 

 それと一緒に落ちていく武蔵。

 エクストリーマーが彼女の背に一瞬だけ視線を送り、しかし。

 突撃してきたゴーストに、意識を引き戻される。

 

「ッ、……!」

 

「これで終わりにしよう、アルゴス―――!」

 

「終わりなどない……! ゴーストならば、終わりなどない!!」

 

 パーカーを失った黒と金のトランジェントが光を放つ。

 黒衣を失ってなお、それはムゲン魂に匹敵……以上に、上回る。

 互いに振るう拳。殴り、殴られ、双方傷を負い―――

 既に大きく傷を受けていた、ムゲンばかりが押し返される。

 

「英雄どもを失ったところで、もう止まらない!

 既に奴らの力で、お前の肉体自体が究極の眼魂へと進化している!

 ゴーストの世界は、とうに約束されているのだ!」

 

 ―――空に見える地球との距離は詰まっていく。

 数分もあればもう激突するだろう、という距離感。

 それを勝利と見て、両腕を大きく広げるエクストリーマー。

 

 全身に奔る亀裂から光を溢れさせながら、ムゲンは彼を見据える。

 

「……俺が、みんなと一緒にいたいのは、それが幸せだからだ。

 他の誰に強制されたわけじゃなく、俺が幸せだと思えたことだからだ。

 だから同じ経験をするだろう他の誰かも……

 きっと、同じだけ幸せになってくれると信じて――――」

 

 ―――ドライバー。

 そこに収められた、ムゲンゴースト眼魂が光を放つ。

 一口に語り切れないくらい複雑で、大切なもの。

 タケルの持つ全ての感情が、想いが、眼魂の虹色の光彩を輝かせた。

 

「ゴーストになったら出来ない、その人間の在り方を守るんだ。

 命を懸けてでも、守りたいと願えることだから」

 

 タケルがドライバーのトリガーに手をかける。

 

「アルゴス……お前が神の力と呼ぶその力は―――

 人間を信じる事を止めて、可能性を鎖すための力なんかじゃない。

 人間の可能性を信じて、未来に託していくための力なんだ」

 

〈チョーダイカイガン!! ムゲン!!〉

 

 虹の輝きにその身を包み、ムゲン魂が飛翔する。

 黄金の輝きはそれに応じ、空中で二つの光が激突した。

 互いに突き出した拳がぶつかる。

 

 ―――虹色の光が、金色の光を塗り潰していく。

 エクストリーマーのトランジェントに走る金色のライン。

 そこに沿うように流れ込んだ光は、黒いボディを砕いていく。

 すぐに、両者が大差ない損傷までもつれ込む。

 

「ぐ……ッ!? 馬鹿な、こんなことが――――!!

 

「……きっと、何か違ったら俺も……お前みたいに、そう望んでいたのかもしれない。

 ―――でも違った。そう願わずにいられるくらい、大切なものがたくさんあった。

 アルゴス……多分、お前だって――――」

 

 振り上げられるエクストリーマーの蹴撃。

 それに応じ、ムゲンもまた足を振り上げる。

 ぶつかりあった二人の足が、盛大に罅割れていく。

 

 弾け合って、距離が開いて。

 そうなったムゲンが、大きく腕を上に挙げた。

 浮かび上がる、∞の文字を描く光の紋章。

 

 相対するエクストリーマーもまた、その力を振り絞り光を放った。

 

「黙れ……! 私は、私の……我らの理想たる完璧なる世界を――――!!」

 

「―――だから、大丈夫なんだよ。

 お前が大切にしているものを、同じくらい大切に想ってるアランがいる。

 アデルだって、きっと。前に進むことができる」

 

 アルゴスの夢が、愛するもののために生まれたものならば。

 きっと、その発端になった想いは伝わっている。

 閉じ込めることで維持するのではなく、生き抜くことでずっと受け継ぎ続けてくれる。

 だから――――と。

 

 二人のゴーストのエネルギーが、それぞれ足へと集中していく。

 ―――虹と黄金。

 二つの光を曳く流星が、同時に加速する。

 

「―――信じて前に進み続ける限り……人間の可能性は、無限大だ。

 だから人間は……命を燃やして、前に進み続けるんだ―――!」

 

 同時に飛び立った二つの光に、差が生じる。

 虹が更に加速して、光を増す。

 

 ――――激突。衝撃で撒き散らされる破壊。

 

 全てを載せた、命の叫び。

 ぶつかってそう間を置かず、砕かれ始める金色の光。

 だが同時に、その光を砕くごとに虹色の光も欠けていく。

 

 ムゲン魂は天空寺タケルであり。

 エクストリーマーもまた天空寺タケルである。

 そうである以上、その結果は必然だ。

 どんな結末であれ、天空寺タケルは打ち砕かれる。

 

 だがアルゴスもまた砕かれているというなら。

 勝敗がどちらに傾いたのかは、言わずとも知れるだろう。

 

 砕かれながら、アルゴスが意識を鎖していく。

 消えていく意識の中で、彼は最後に相対する相手の声を聞いた。

 

「――――さよなら、オレ」

 

 ―――それは。

 天空寺タケル自身に向けたものか、あるいは究極の眼魂と化した肉体に向けたものか。

 あるいは―――もう一人の自分だと感じた誰かに向けたものか。

 

 答えを出すことはせず、アルゴスはただ意識を闇に委ねた。

 

 

 




 
千翼「俺も生きたい」
 


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失墜!天空の城!2019

 

 

 

 ―――暗闇の中に立ち、手の中の本を広げ。

 その紙面に目を落として、一通り目を通して。

 

 苦笑するように小さく笑った彼が、ゆっくりと顔を上げる。

 

「この本によれば。

 普通の高校生、常磐ソウゴには魔王にして時の王者……

 オーマジオウとなる未来が待っていた」

 

 彼は幾度か頁が捲るとその本、『逢魔降臨暦』をぱたりと閉じる。

 本を小脇に抱えた彼は歩き出し、暗闇の中に置かれた大時計の前へ。

 そこでちらりと、針が回り続ける時計へと視線を送り―――

 

「しかし2015年において、魔術王ソロモンなる存在により歴史が抹消。

 焼け落ちた時代に未来はなく、彼らの時間はここで終わった―――かのように見えた」

 

 言いながら、視線を向けている大時計。

 時計の針は止まることなく、ただ回り続けている。

 

「だが、唯一の()()()()

 人理継続保障機関カルデアと協力し、常磐ソウゴたちは時代を救ってきた。

 レジェンドたる仮面ライダーの歴史を継承しながら」

 

 大時計の前の空間が歪み、人影が浮かび上がってくる。

 ウィザード、ドライブ、フォーゼ、ダブル、オーズ、鎧武。

 今まで常磐ソウゴの手にしてきた力と歴史。

 

 その姿が大時計の前に浮かびあがる。

 ―――続けて浮かんでくるのは、仮面ライダーゴーストの姿。

 7人の影をぐるりと見回してから、黒ウォズは改めて口を開く。

 

「そして訪れたこの世界。継承すべき仮面ライダーはゴースト。

 ……しかし残念なことに天空寺タケルは、仮面ライダーダークゴースト……いや、エクストリーマーと相討ち、消滅してしまったようだ」

 

 浮かんだゴーストの姿が虹に輝く白銀、ムゲン魂のものに変わる。

 続けて、その隣に浮かび上がる黒と金のエクストリーマー。

 二つの姿がまったく同時に罅割れて、そのまま砕けて消えていく。

 

 その末路を眺めていた黒ウォズが、小さく肩を竦めてみせた。

 

「困ったことになったものだが……どうかご安心を。

 仮面ライダーゴーストが消滅してなお、我が魔王の覇道に綻びはありません。

 何故か、というのは―――」

 

 黒ウォズが踏み出して、大時計の前を離れる。

 消えていくゴーストたちの幻像の残滓を、肩で切って散らしながら。

 

「失礼ながら、口を噤ませていただきましょう。

 私はあくまで我が魔王のしもべ。

 天空寺タケルの物語を語る気は、一切ありませんので」

 

 そう口にして、闇の中に歩いていく黒ウォズ。

 彼が姿を闇の中に消した後、再びその声が響き渡った。

 

「―――この世界における戦いも佳境、最後の戦いは目前に迫っている。

 その戦いの中で、我が魔王が受け継ぐべき力を精々磨いて頂きましょう」

 

 

 

 

 ―――サジタリアーク。

 地球の衛星軌道上に座す、デスガリアンのオーナーたるジニスの居城。

 

 彼が手にしている小さな箱は、ナリアに入手させたものだ。

 その箱を手の中で遊ばせながら、彼は小さく笑う。

 

 王の機嫌の良さがどこからくるのか。

 それはジニスの命に従い、手に入れてきたナリアにも分からない。

 たかが下等生物が作った物品。地球に降りれば、簡単に手に入るものだ。

 彼女から見れば、大した価値のあるものに見えなかった。

 

 だが理解出来ずとも、ジニスが求めたというだけで価値がある。

 ナリアは自身の働きで王に貢献できたことに胸を高鳴らせた。

 

「これで二つ、か。さて……もう一つ欲しいところだが……」

 

 ナリアに向けて、ではないだろう。

 ただ口が軽くなって、ついこぼしただけだろう言葉。

 

「何なりとお申し付けくださいませ」

 

 呟いたジニスの言葉に、即座に頭を垂れるナリア。

 どういった意図の言葉かは分からない。

 それでも、命令されれば成し遂げるために己の身命を捧げるだけだ。

 

 そうしていると、ジニスがふと視線を横に動かした。

 すぐにその場で扉が開き、クバルが入室してくる。

 

 ―――せっかく二人きりだったものを。

 

 この玉座の間に常駐するのは、ジニスとナリアを除けばチームリーダーのみ。

 だからアザルドもいない今、この場にはジニスとナリアのみだったのだ。

 その不満を噛み殺し、ナリアもまたクバルへと視線を向けた。

 

「やあ、クバル。―――おや、右腕はどうかしたのかい?」

 

「ああ、これは御見苦しいものを」

 

 ジニスに問われ、クバルが右腕を隠すように半身を退いた。

 どうやら包帯でぐるぐる巻きにしているようだ。

 その腕を視線から庇うようにしつつ、彼はそれが何かを語りだした。

 

「最近、ジュウオウジャーも他の連中も戦闘力が増大している様子。

 それに対抗するべく、自身の体を再改造しようと思い至りましてね。

 まずはと腕の武装強化に手を付けたのですが……結果は芳しくありませんでした。

 ギフトやザワールドと言ったものを容易に造り出すジニス様には敵いません」

 

「―――なるほど。ではその内、君自身の開催するゲームが見られるのかな?

 どのようなゲームになるのか……これは楽しみだ」

 

 喋りながらジニスの手がゆるりと伸びた。

 ナリアはすぐさま反応し、彼のためのグラスに液体を注ぐ。

 グラスを王へと手渡して一礼。

 

 そうした彼女は、横目にクバルを見る。

 

 些事から興味を失ったように見えるジニス。

 あからさまに誤魔化しているクバル。

 

 彼女はその両者を小さく伺いながら、クバルへの視線を僅かに強めた。

 

 

 

 

 戦場となり荒れた、森の大地に沈んでいたもの。

 それを何とか引きずり出した男が、小さく息を吐く。

 その惨状を見て目を細め、彼は何とも言えない表情で眉を吊り上げ―――

 

「バド!」

 

「―――――」

 

 己の名を呼ぶ知己の声に、振り返った。

 そこにいたのは、大きなリュックを背負ったゴリラのジューマン。

 ジューランドの賢人、ラリーに他ならなかった。

 

「ラリーさん……」

 

「大きな戦いがあったようだね。大和たちは無事かい?」

 

 そう問いかけてくる彼に、バドと呼ばれた彼はふいと目を逸らした。

 そんな彼の様子に、ラリーは大仰に肩を竦める。

 

「なんだい。ユーは大和たちと一緒に戦っているわけじゃないのかい?

 最後の王者の資格を持っているのは、君なのに」

 

 彼が着ている服は、ジューランド特有の衣装。

 それを着てはいるが、姿は人間そのものになっている。

 ジューマンの姿ではなく、人間の姿をしているということは―――

 彼が王者の資格を持っている、ということだ。

 

 ジュウオウイーグルの力。

 大和が持っていた鷲のジューマンパワー。

 それは彼が大和に授けたもの、ということは明白だ。

 自身もゴリラのジューマンパワーを与えたものとして確信が持てる。

 

 だから彼は、大和たちの味方なのだろうと。

 そう思っていたが、直接的な協力はしていないらしい。

 

「ラリーさんがジューランドに帰れなくなった原因。

 それが俺であることは確かです。すみませんでした」

 

 追求から逃れるように、話を強引に変えるバド。

 確かにそれも気にはなっていたが、と。

 

「そんな話をしにきたんじゃないんだがね。

 それとも、何故そんなことをしたかを聞かせてくれるのかな?」

 

「……聞きたいというのであれば、俺の知る事は全て。

 ですがその前に……」

 

 そう言ってバドは頭を傾ける。

 彼の視線を追ったラリーが見たものは、青い人型の何か。

 

 ―――それは青い怪物、その死骸。

 ラリーが直接知るものではないが、それは先日の大きな戦いの原因の一人。

 宇宙から訪れた巨獣ハンター、バングレイの死体だった。

 

「これは……デスガリアンの死体かい?」

 

 死んだばかりなのだろう、その遺体。

 目を細めてそれを見るラリーの前で、バドは小さく首を横に振った。

 

「厳密には違います。ですが、似たようなものではあります。

 最期の戦いでロボットに乗っていたからか、自分を巨大化させたわけではないからか……

 原因は分かりませんが、とにかくこいつの死体は残っていたようです」

 

 バドが腕を伸ばし、バングレイを引っ繰り返す。

 完全に生体反応を失った骸が、成されるがままに転がった。

 

 放置して土に還るならそれでもいい。

 だが、放っておいてデスガリアンに巨大化させられないとも限らない。

 出来るかどうかも分からないが、処分しておく方が確実だ。

 

 そう考えてこれを探していたバドが、眉を顰める。

 

「……右腕がないようだね」

 

「―――――」

 

 ワイルドトウサイドデカキングの力。

 それに呑み込まれたビッグマシン。

 あの状態で、バングレイがどれほどの傷を負ってもおかしくはない。

 

 だがその腕の断面を見れば、明らかに切断された傷だ。

 圧し潰されたとか、吹き飛ばされたという状態ではない。

 明確に、鋭い刃による切断面。

 

 その状態を見て、バドは更に強く眉を顰めた。

 

 

 

 

 ―――結果的に、最良の結果だったのだろう。

 

 ムゲン魂とエクストリーマーの激突。

 その余波で眼魂島は崩落した。

 

 そうなるや否や、ユルセンはすぐに脱出手段を呼び寄せた。

 幽霊船、キャプテンゴースト。それに搭乗した皆はすぐに脱出。

 全員、無事に地球へと帰還することができた。

 

 もちろん、タケル一人を除いて。

 彼の肉体は消滅した。

 そうなった以上、眼魂としても活動はできない。

 

「……そう。とにかく、惑星レベルの危機だったということは分かったわ」

 

 そう言って話を切り、オルガマリーはひっそりと溜め息を漏らす。

 ダ・ヴィンチちゃんは小さく頷き、同じく微かに息を吐いた。

 

「―――まあ、とにかくだ。今は整理する時間が必要だろう。

 情報にしろ、心情にしろ……そんな暇があれば、なんだけれどね」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの手元には万能籠手。

 彼女の万能性の具現たる宝具。

 戦闘に酷使したからか、整備作業をしているのだろう。

 

 作業しながらそんなことを言い出した彼女を、片目を瞑って眺めるオルガマリー。

 

 眼魔も、デスガリアンも。

 未だに決着はついていない。

 

 バングレイを倒した。

 アルゴスを倒した。

 ただそれだけ、前に進んだということだ。

 

「―――――」

 

 黙りこくり、オルガマリーが眉を顰める。

 

 一番の問題―――というべきか。

 結局のところの話だが。

 彼女たちがこの特異点に引き込まれたのは、ゴーストの存在があったからのはず。

 いや、オルガマリーたちは途中で割り込んだのだが。

 

 だとすると、だ。

 ここでゴーストが消えてしまって、どうなるのか。

 黒ウォズは出てくる気配もない。

 普段から気配もなく出てくるのがあの男ではあるのだが。

 

「……ああ、そういえば。英雄の眼魂は?」

 

「―――ふむ。半身であるという意識も持っていた私の感覚では……

 消えた、いや眼魂というカタチを失ったんじゃないかな?

 サーヴァントが送還されるように、眼魂の中の魂も解放されたのだろう。

 多分、眼魂島崩落の衝撃が原因だろうね」

 

 宝具を弄っていた手を止め、そう口にする。

 

 つまり、こちらからグレートアイに接触する方法も失ったわけだ。

 仮にガンマイザーを排除しても、グレートアイには繋がらない。

 扱える人間はいても、鍵となる眼魂は失われてしまった。

 

「…………そう」

 

 数秒置いてそれだけ返し、オルガマリーは目を伏せた。

 

 

 

 

「じゃあね、魔王。君たちは君たちで頑張りたまえ」

 

 銀色の幕を広げて海東大樹が歩み出す。

 それを背後で見ながら、ソウゴは微かに目を細めた。

 その様子を見るまでもなく、彼は小さく笑う。

 

「随分と元気がないみたいだね。

 そんなにショックだったかい? 天空寺タケルが消滅したことが」

 

「……俺は」

 

 言葉をかけておいて、海東大樹は足を止めない。

 彼はソウゴが返答の言葉を選び出す前に、銀幕の中へと踏み込んでいた。

 世界から仮面ライダーディエンドが消える。

 

 もう彼がここに戻ってくることはないだろう。

 

 彼は目的としていた大王者の資格を手に入れた。

 その後、要らなくなったから大和に渡した。

 そして人間とジューマンが共存する世界というお宝に興味は抱いたが―――盗める大きさではないので、興味を失った。

 

 ただそれだけのことだった。

 彼はいつだってそうやって旅をしてきて、これからもそれを続ける。

 そういう人間だ、ということでしかない。

 

 そんな相手の言葉であっても聞き流せず、ソウゴはふと空を見上げた。

 

「―――ソウゴ、大丈夫?」

 

 そうしている彼の背中に、ツクヨミから声がかかる。

 

「……俺は平気だけど。ツクヨミこそ」

 

「私は……」

 

 彼女が言い返そうと口を開き―――次の瞬間には口を噤む。

 結果として、恐ろしく微妙な表情で黙り込むツクヨミ。

 そんな態度を見て苦笑して、ソウゴが踵を返して歩き出した。

 

「とにかく、俺たちは今は問題を解決することだけ考えよう。

 御成とかが一番辛いだろうしさ」

 

「……そうね」

 

 申し訳なさそうに目を伏せるツクヨミ。

 彼女は歩き出したソウゴの後ろに着いていきながら、小さく息を吐いた。

 

 

 

 

「―――さて。私をわざわざ地球まで呼び出して、何の心算です?」

 

 埃の積もった廃工場に辟易した様子を見せながら、クバルはそう切り出す。

 彼の目の前にいるのは、明らかに警戒態勢を取るナリア。

 彼女の様子にクバルは肩を竦めて、マント状のアーマーを揺らす。

 

 ナリアの腕がヌンチャク型の武装、ヌンチャクラッシャーを抜いた。

 彼女は砲身にもなっているそれを銃のように油断なく構える。

 それを向ける相手はもちろん、クバル以外にありえない。

 

「クバル。その右腕がどうなっているか、見せていただきましょう」

 

「右腕? ああ、これのことですか……」

 

 怒れるナリアの低い声。

 それに大した反応も見せず、クバルは呆れるように右腕を持ち上げる。

 包帯がぐるぐるに巻かれた白い塊。

 彼はそのままひらひらと肘から先を揺らしてみせた。

 

「言ったではないですか、強化改造に失敗しただけと。

 何をそんなに警戒しているのやら……」

 

「その右腕。あの巨獣ハンター・バングレイのものを回収・移植したのでは?」

 

 ぴたり、と。

 振っていた手の動きを止め、青い目をナリアに向けるクバル。

 

「流石はナリア、面白いことを思いつきますね。

 ―――だがもし仮にそうだったとして、何か問題でも?」

 

「すぐに捨てなさい。

 あのような者、腕だけでもサジタリアークに乗せるべきではない」

 

 ギリ、と。握り締められたヌンチャクが軋む。

 それだけ強く、バングレイの腕があるなら排除したいと考えている。

 彼女の態度から見えてくる真実に、クバルが微かに顎を引いた。

 

「それをお決めになる権利はジニス様にしかないと思いますが。

 貴女ほどそれをよく理解している者はいないでしょうに。

 まるで、自分は記憶が読まれるようなことがあってはならない……

 そうやって怯えているようですよ?

 もしや、そういう事でよろしいのですか? ナリア」

 

「黙りなさい!」

 

 発砲。

 意図的に外された弾丸が、クバルを過ぎ去り廃工場の壁を引き裂く。

 弾け飛ぶ柱と壁。工場全体が震え、ギシギシと悲鳴を上げる。

 

 彼女の態度を見て、クバルが笑い声を漏らす。

 そうしてから、素直に降参するように両手を挙げた。

 

「からかい過ぎたようですね。

 いいでしょう、疑われるのもあまり気持ちのよい話ではありませんから」

 

 クバルの手が包帯に手をかけ、それを外し始めた。

 するすると解けていく白い布が、地面へと落ちていく。

 

 ―――そこから現れるのは、金色の装甲を持つ機械の腕。

 けして青い体色の怪人の腕などではなかった。

 

 ナリアが、握り締めていた砲身を微かに揺らす。

 

「変わって、いない……?」

 

「御覧の通り、私の腕は私のもの。ご納得いただけましたか?」

 

 ナリアの前で、クバルは確かにそれが自分の腕だと軽く動かしてみせる。

 そこまでされては、ナリアにこれ以上の追求などできるはずもない。

 彼女はヌンチャクラッシャーを渋々下ろした。

 

「―――そう、ですか。申し訳ありません、私の思い違いだった……」

 

「いいえ。合っていましたよ?」

 

 ―――クバルの声がする。

 だが、それは目の前に立っているクバルが発したものではない。

 彼女はすぐさま武装を持ち上げ―――

 

 ざくり、と。

 彼女の背を剣閃が擦り抜けていく。

 

「カ、ハ……ッ!?」

 

 飛散する緑色の体液。

 致命傷とまではいかずとも、決定的に行動不能にまで追い詰められる損傷。

 ナリアの全身から力が抜けて、その膝が一気に落ちる。

 

 更に、怯んだ瞬間に頭を掴んでくる青い腕。

 それが画面越しに見ていたバングレイのものだという事に、疑いはなかった。

 瞬きの内に読み取られていく、ナリアの記憶。

 

 ―――その内容を理解して。

 クバルが堪えきれぬとばかりに、笑い声を漏らしてみせた。

 

 手放され、地面に転がる緑の体。

 

「ク、バル……!」

 

 地面に伏せた彼女が必死に頭を上げ、自分を見下ろす金色の機兵を睨む。

 クバルはその青い右腕―――

 バングレイの腕を動かしながら、愉しげに笑っていた。

 

「どうもありがとう、ナリア。

 あなたの記憶、ありがたく拝見させて頂きました」

 

「貴様……!」

 

 先程まで正面にいた、右腕が変わっていないクバルが消えていく。

 この事実だけで、あれの正体は分かり切っている。

 

「もうご理解頂けているでしょうが……

 あれはアザルドの記憶を読んで再現した、“腕を交換する前の私”です。

 馬鹿なアザルド相手なら、幾らでも記憶を読む手段はありましたので」

 

 必死に起き上がろうとするナリア。

 彼女が手を伸ばした先に転がっているヌンチャククラッシャー。

 クバルは一つ鼻を鳴らし、ヌンチャクを蹴り飛ばした。

 

 からからと転がっていく武装。

 ナリアはそれへと何とか大きく手を伸ばし、その手を強く踏みつけられる。

 

「あれだけ分かり易く『ジニスに隠れて怪しいことをしています』と……

 そういう姿勢を見せれば、あなたなら絶対に私を呼び出すと思っていましたよ。

 普段、あなたはジニスの命令以外でサジタリアークを離れませんから。

 わざわざ私に記憶を読む機会を与えてくれて、ありがとうございました。

 ―――おかげで、ジニスの弱点も分かりましたよ」

 

「―――――!」

 

 ナリアの動きに力が籠る。

 自分を踏み付ける足ごと、引き倒さんとする組み付き。

 それを予期していたクバルが即座に足を退き、彼女に剣を振るった。

 

 火花を噴き上げ、転がる彼女。

 その口から、クバルを問い詰める言葉が吐き出される。

 

「貴様……! ジニス様に何を……!」

 

「私がジニスに何をするのか? もちろん、何もしませんとも。

 ただ私は、ジュウオウジャーどもに情報を流すつもりだっただけです。

 『ジニスの弱点。それは、サジタリアーク内部で力が常時供給されている状態でなければ、その力が大きく弱体化すること』だとね」

 

 廃工場の天井―――その先にある天空に座す、サジタリアーク。

 それを指差しながら、クバルが再びナリアを踏み付けた。

 

「―――サジタリアークが墜とせるとでも!」

 

「墜とせるでしょう、奴らのあの新たなマシンなら」

 

 クバルに言われ、ナリアが思い浮かべるのはただ一機。

 ワイルドトウサイドデカキングの姿。

 その圧倒的なパワーは、現状のデスガリアンに対抗する術がない。

 それこそサジタリアーク―――惑星を打ち砕く弓矢に成り得る、ジニスの居城くらいか。

 だがそれは砲台としてであり、あれと戦闘が出来るかと言えば否だ。

 

「サジタリアーク内部のジニスは無敵だ。

 ですが無敵のジニスとはいえ、サジタリアーク外部まで守れるわけではありません。

 船に乗り込んでジニスに挑むのは愚策です。

 が、船を墜としてジニスを引きずり落とせば倒せるでしょう?」

 

「させると、思うか! 今ここで貴様を始末すれば、それで終わりだ!

 ジニス様の弱点を知る者は、私以外にいなくなる!!」

 

 踏み付ける足を振り払うナリア。

 彼女が立ち上がることを今度は邪魔することなく、クバルは一歩退いた。

 そうして、彼は笑みを深くし言葉を続ける。

 

「ええ、確かにそうなるでしょう。だからこそ細心の注意を払う必要があった。

 ですから慎重に進めなくては、と……考えてはいたのです。

 ―――アザルドの記憶を読むまでは、ですがね」

 

「何を……!」

 

「ジニスとアザルドの関係……あなたもそれは知らなかったようですね。

 もちろん、私もアザルドの記憶を読んで知ったことですが……ああ、ところで。

 いま、そのアザルドがどこにいるか、ご存じですか?」

 

 必死に足を動かし、転がされた自身の武装を取り戻しに行くナリア。

 彼女を邪魔するでもなく、ただ見過ごしながら。

 クバルは実に愉しげに、天井に向けて光弾を撃ち放っていた。

 

「……!?」

 

 ナリアが転がり込みながらヌンチャクラッシャーを拾う。

 その彼女の頭上で、老朽化した天井が爆散して吹き飛んだ。

 空がよく見えるようになった、それとほぼ同時に―――

 

「化け物は化け物同士で殺し合えばいいのです。

 私はその後に残ったものを存分に利用させてもらいますとも」

 

 天空に、二つ目の太陽が浮かび上がった。

 

 

 

 

「あー……んだかなぁ、調子でねえ。おい、オーナー。

 次のブラッドゲームはどうするんだ? 俺か? クバルか?」

 

 そう言いながら玉座の間に入ってくるアザルド。

 ジニスは先程ナリアに入手させた玩具の箱を片手で遊びつつ、彼に目を向けた。

 

「―――もうすぐクバルが面白いゲームも見せてくれる予定だよ。

 それで、どうかしたのかい。アザルド」

 

「いや、クバルが良い酒が手に入ったっつーから呑んでたんだよ。

 それはそれで旨かったんだが、何か途中で妙な感覚があってよぉ。

 いつの間にか寝ちまってたし。起きたらクバルはいねえし。

 そんでもって、起きてからずっとなーんかムカムカすんだよなぁ……」

 

 ガーン、と。アザルドが自分の拳で胸を叩く。

 まるでその中に何か、変にくすぶっている何かがあると感じているように。

 

 それを見てジニスは小さく笑い、手の中の箱を懐にしまった。

 すぐに壊れてしまう脆いものを、今は表に出しておけないと理解して。

 

 確かにアザルドの放つ気勢が、いつもと変わっていると見て取れる。

 だとすれば答えは一つしかない。

 

 ―――外から干渉されて、眠っていた記憶が覚醒しかけている。

 そして記憶の封印が緩んだということは同時に。

 地球のパワーに封印されていた、真の力も目覚めかけているということだ。

 

「そうかい。だが、もしかしたらその感覚……

 それが何か、思い出させてくれるかもしれないよ」

 

「あん?」

 

 その力の波動を感じればきっと。

 似た起源を持つものも、時を同じくして覚醒するだろう。

 十分に傷は癒やし、そして力は蓄えたはず。

 

 容易に滅ぼせない相手と理解し、ならばと滅ぼせるだけの力は充填した。

 地球の周りを回り続けるのはもう終わり。

 そうして動き出した破壊の使者に真っ先に狙われるのは―――

 目覚めかけた、破壊神。

 

「今から来る、客人がね」

 

 ―――瞬間、サジタリアークの表面が爆ぜた。

 

 太陽が激突してきたかのような熱量の渦。

 サジタリアークの表層が溶解し、空気がそこから流れていく。

 その程度でどうにかなるジニスやアザルドではない。

 が、微かにジニスだけは目を細めた。

 

「……手荒い訪問だ。まあ、構わないがね」

 

「あぁん? いつぞやの奴か。

 こっちに乗り込んでくるたぁ、随分太い野郎だぜ」

 

「―――僅かだが、その記憶……覚醒(ウェイクアップ)したか」

 

 船に開けた大穴から、煌めく紫紺の姿が現れる。

 瞬く星々をその身に宿し、黄金の瞳を爛々と輝かせ。

 流出していく空気に流されるマントを、ばたばたと暴れさせながら。

 

 仮面ライダーギンガが、アザルドを見下ろした。

 

「この宇宙の法―――全てのものは滅びゆく。

 その絶対なる運命(さだめ)の鎖からは、何一つ逃がれる事は許されない。

 野放しにされていた貴様に、滅びに繋がる首輪をかける時が来た」

 

「何を言ってるのかさっぱり分からねえが……いいぜ、遊んでやるよ!

 よく分からねえが、テメェをぶちのめせばこのムシャクシャが晴れそうだ!

 不思議なことにな!」

 

 アザルドナッターを引き抜いて、青いキューブの怪人が吼える。

 その背中を肩を竦めて見送りながら、ジニスは玉座で頬杖をついた。

 

〈ダイナマイトサンシャイン!!〉

 

 ギンガのドライバーからその声が放たれる。

 同時に紫紺の体が赤熱し、周囲に熱を振り撒き出した。

 

 恒星に似た熱量の増大。

 それから放たれる熱線が、船の外壁から内部から、全てを焼き切っていく。

 崩壊を始めるサジタリアークの中。

 太陽の熱を浴びながら、自身の生命線である母船の断末魔を聞き―――

 

 ジニスは、小さく笑った。

 

 

 




 
まだまだキバって
 


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昔日!在りし日の愛の行方!2016

 

 

 

「―――――」

 

 瞑目し、墓前に手を合わせていたマコト。

 彼がゆっくりと、目を開きながら立ち上がる。

 大天空寺にある天空寺家の墓、天空寺龍が眠っている墓だ。

 

 タケルについて、埋葬できるものはない。

 体も、眼魂も。

 何かが残っていたとしても、全て眼魂島と共に失われてしまっただろう。

 

「……この星の生き物は、みんなどこかで繋がってる」

 

 マコトがその声に振り返る。

 すると、同じく手を合わせていた大和が奇妙な顔をしていた。

 

「命同士が繋がりあって、この世界を未来を繋ぐために生きていく。

 そうやってみんな、ここまで生きてきて……タケルくんもそのために生きて。

 ―――それでも、辛いね」

 

「……そうだな。だが、あいつが果たせなかったものは俺が果たす。

 アデルを止めて、あの世界の人間を救う。そのためにもガンマイザーを破壊する。

 それが俺のやるべきことだ」

 

 マコトはすぐに前を向く。

 彼の後ろで大和もまた立ち上がって―――ふと、思いついたように。

 視線を別の方向を向けた。

 

「どうかしたか?」

 

「―――うん。ついで、って言い方はあれだけど。

 母さんのお墓、行ってこようかなって」

 

 彼の母親の眠る場所が大天空寺にあるわけではない。

 少し、歩くことになるだろう。

 

 だがバングレイのおかげで顔を合わせていたからだろうか。

 ちゃんとこれまでの事を報告しておきたい。

 ふとそう思ったのだ。

 

「そうか、ならこっちの片づけは俺がやっておく」

 

 マコトは頷くと片付けを始めた。 

 そんな彼の背中を見て、大和が視線を少しだけ下げる。

 

 二つの戦場。地球と眼魂島でほぼ同時に起きた戦い。

 その内容は、当然共有している。

 マコトはその戦いの中で知った全てを、皆で共有させた。

 彼の出生―――そして、彼の家族。

 

 問うべきではないかもしれない。

 彼が話してくれたからと言って、踏み込んでいいものかは別だ。

 そうと分かっているのに、大和は問わずにはいられなかった。

 

「……マコトくんの、お父さんを恨む気持ちってまだ残ってる?」

 

 遠慮がちに、しかし確かに言葉にされた問いかけ。

 その言葉を聞いて、彼は空を見上げるように顔を上げた。

 

「……そうだな。きっと一生、消えることはないと思う。

 どうあれ、子供の頃抱いた感情に嘘はないんだ」

 

 ―――あえて深海大悟の事にだけ、彼はそう言及した。

 

「だが仮にそれが恨みだったとしても、それは繋がりなんだ。

 それがどんな気持ちであれ、強い想いだからこそ……

 自分の中に収まりきらないくらい、強い感情になるんだ」

 

 分別しようと思えば、幾らでも良いも悪いもあるけれど。

 それでも一つに纏めようと思えば、“強い想い”と呼ぶことができる。

 だから、その想いを否定することだけはしない。

 

 荷物を纏めて、マコトが踵を返す。

 

「だから俺は目を背けない。

 愛情を持っても恨んだ事実は消せないし、逆に恨みがあっても愛情は消えない。

 綺麗に整ってはいないかもしれないが……どんなに歪でも、それが俺たちにとっての正しい繋がりだって信じてる」

 

「そっか……ごめんね、変なこと訊いちゃって!」

 

「いや……」

 

 大和に視線を合わせ、マコトは続けて何事か言おうと口を開き。

 しかし、彼はそのまま口を噤んだ。

 そうして一度頷いて、彼は歩き去っていく。

 

 歩き出すマコトの背を見送ってから、大和は空を見上げた。

 

「―――繋がることを拒否してたのは……母さんの最期の言葉を蔑ろにしてたのは……恨むってカタチですら繋がろうとせず、叔父さんのとこに逃げたのは……俺の、方か……」

 

 やり直せる。間違えたことは正せばいい。

 そんなことは分かっている。

 

 きっと彼らに比べて、自分は恵まれている。

 ジューランドに帰れず、家族に会えない仲間たちと比べても。

 自分の意思で一歩踏み出せば、すぐ解決する問題なのだろう。

 

 けど、それでも―――

 

 大和は大きく頭を振って、母の墓所を目指して走り出した。

 

 そうして走り抜け、辿り着いた墓地。

 そこには、二つの人影があった。

 大和はそれを認めて、思わず声を張り上げた。

 

「ラリーさん!?」

 

「うん? おお、大和! 久しぶりじゃないか、ユー!」

 

 母の墓前に立っていたのは、ゴリラのジューマンであるラリーだった。

 ―――更に、その奥にもう一人。

 

「それに……」

 

 大和の視線が向くのは、白髪の男性。

 いつか見た鷹のジューマン。

 最後の王者の資格を持っているはずの、大和の恩人。

 

「あなたは―――」

 

 彼はちらりと大和を見て、そのまま踵を返した。

 歩き去ろうとするその背中を見て、大和は必死に追い縋ろうとする。

 

「待ってください! 何でここに……!」

 

「バド……」

 

 ラリーが漏らしたバド、というのが彼の名か。

 歩き去ろうとした彼を追い抜いて、その前に飛び出した。

 そうして、正面から視線を交差させる。

 

「あなたは……昔俺を救って、この王者の資格を渡してくれたジューマン。

 そう、ですよね」

 

 自身の王者の資格を懐から取り出し、バドに見せる。

 子供の頃の大和は、これを通じて彼のジューマンパワーを貰った。

 注ぎ込まれた命の力の暖かさを憶えている。

 

 命だけではない。大和はあの日、勇気をもらったのだ。

 何の関係もない大和を、あの鳥男は助けてくれた。

 もう大丈夫だ、と。励ましてくれた。

 

 彼が、実践してくれた気がしたのだ。

 母の言葉―――この星の生き物は、みんなどこかで繋がっている。

 その言葉を証明するように、彼は大和を助けてくれたのだから。

 

「―――それが、どうした?」

 

 低く、平坦な声で問い返される。

 

「……ありがとうございました。

 あの時、あなたがこれを俺にくれてなかったら……多分、そのまま。

 あなたは俺の命の恩人です」

 

 言いながら深々と頭を下げる大和。

 自身の前で腰を折る彼を見て、バドは微かに目を細めた。

 

 数秒そうしていた大和は、頭を上げると同時にバドを問い詰める。

 

「でも、どうして王者の資格を盗むようなことをしたんですか。

 俺の仲間たちも、ラリーさんも、他にもこっちの世界にジューマンはいた。

 何で彼らをこっちの世界に閉じ込めるような事を……」

 

 大和の言葉にバドが眉を顰めた。

 

「……取り残された者には悪いとは思っている。

 だが、再びリンクキューブにこれを嵌める気はない」

 

 対して、バドが懐からキューブを持ち出した。

 それは王者の資格。

 ジュウオウチェンジャーに変化する前の、王者の資格そのものだ。

 

 大和たちが持つ五つの王者の資格。

 そしてバドが持つ六つ目。

 これさえ揃えば、恐らくリンクキューブは起動するのだろう。

 そうすれば、ジューマンたちは帰れるようになる。

 

 だがそうする気はない、と。

 バドは一切躊躇なくそう言い切る。

 

「何で……!」

 

「決まっている。あんな世界との繋がりなど、無い方がいいからだ」

 

 大和の言葉を遮って、バドは怒りさえ滲ませながらそう断言した。

 その態度に呆気にとられながら、彼の背後でラリーが浮かべる神妙な顔が目に入る。

 ラリーが肯定も否定もしないという事実に、更に混乱する。

 

「それは一体、どういう……!」

 

 詰め寄ろうとする大和を視線で制し。

 浮き上がった怒りの感情を押し殺すように、彼は一つ息を吐く。

 そうしてから、彼は続きを語り出した。

 

「……リンクキューブは、この世界とジューランドを相互に繋ぐもの。

 ジューマンがこちらに来るならば当然、同じように人間がジューランドに行くこともある」

 

 それはそうだろう、と。

 大和もまた、ジューランドに行った際に仲間と出会ったのだ。

 バドが子供の頃の大和に与えた王者の資格をリンクキューブに嵌めた結果。

 

「リンクキューブの存在も、ジューランドの存在も。

 こちらの世界では大っぴらには知られていない。

 ならば必然、ジューランドに来るような人間は偶然迷い込んだ遭難者でしかない。

 ……お前がそうだったようにな。

 お前の場合、俺が王者の資格を渡していなければ起こらなかったことではあるが」

 

 バドは手にした王者の資格―――

 大和が王者の資格をリンクキューブに戻した後、改めて奪った最後の一つ。

 それを懐に収めながら、言葉を続けた。

 

「ではその遭難者は今までどうなったと思う?」

 

「どうなった、って……」

 

 彼と出会ったジューマン―――セラ、レオ、タスク、アム。

 全員が人間のことなどよく知らなかった。

 存在は知っていても、会ったことなどなかった。

 ジューランドの歴史に詳しいタスクだって、人間がジューランドに迷い込んだ事例なんて知らなかった。

 

 バドが王者の資格を盗んで十年程度。

 この十年人間とジューマンの行き来がないのは当然だ。

 けれどそれ以前の記録も―――

 

「ジューランドの存在を隠すために、全て処刑された」

 

 淡々と、バドはその事実を口にした。

 ジューランドの存在、ジューマンの存在。

 それを隠すために、口封じに処分されるのだと。

 

「え……?」

 

「お前たちが大王者の資格を得る戦いを、俺も見ていた。

 その時に初代大王ケタスが語っていたこともな。

 大王にとって地球は故郷で、人間は同胞と呼べるものだったかもしれない。

 だが今のジューランドは、この世界を外敵としか見ていない。

 そんな世界との繋がり、どうして残す必要がある」

 

 淡々と語っていた彼の言葉に険が混じる。

 

「それぞれの世界で互いに勝手に暮らせばいい。

 少なくとも互いに排斥しあうよりは、ずっと健全だ」

 

「でもレオやセラ、アムにタスク! ラリーさんや、ペルルくん!

 今のジューランドにだって、人間と分かり合える人が……!

 分かり合いたい、って言ってくれる人がいます!」

 

 地球とジューランド。

 もしかしたら、今まではそこに諍いがあったのかもしれない。

 けど変われる。もっと正しい形で、繋がり直せる。

 

 ジューマンが人間を怖がるのは仕方ない。

 人間がジューマンを怖がるのだって仕方ない。

 けど、人間とジューマンは対話できるのだ。

 今から変わることだって、不可能ではないはずだ。

 

 少なくとも、人間とジューマンが仲間になれると……

 一つの群れを作れると、風切大和は知っている。

 

「そうでない者もいる。

 そして少なくとも、ジューランドで権力を持っているのはそういう者たちだ」

 

「だからってそんな風に諦めるなんて……!」

 

「―――いちど敵として見定めた相手を。繋がることを拒否した相手を。

 お前はわざわざ、今更だが受け入れてみよう、などと思えるのか?」

 

 問いかけてくるバドの言葉。

 すぐに叫び返そうとして、大和が口が動きを止めた。

 バドの姿越しに向こうに見える、母の墓。

 

 ―――言えない。

 受け入れられる、なんて。

 受け入れられないから、ずっと大和は逃げ回っているのだから。

 

 歯を食い縛り、俯く大和。

 それを見たバドが一瞬だけ目を細めて。

 そのまま目を瞑り、再び歩き出した。

 

「デスガリアンたちとの戦いが終わった後……

 最後にもう一度だけ、リンクキューブを起動する。

 こちらにいるジューマンは、その時にジューランドに帰れるようにしよう。

 その後、王者の資格を破壊して、二つの世界の繋がりは完全に断ち切る」

 

 大和とすれ違い、彼がジューマンの姿に変わる。

 赤い翼を大きく広げ、飛び立つバド。

 

 強く拳を握り締める大和の肩に、大きな手が置かれた。

 

「気負いすぎるな、大和。これほどの規模の話だ……

 誰もが納得する答えなんかないんだ。だから……」

 

 慰めの言葉に、大和の顔が歪む。

 そうかもしれない。確かにそうなのだろう。

 けど、納得できないのはそこじゃない。

 

 ―――自分だ。

 バドの意見に大丈夫だ、と食って掛かれなかった自分。

 それがどうしようもなく許せなかった。

 

 

 

 

『準備の方、万全に整いました』

 

 アデルの目の前。

 通信先でそう言って頭を下げるイゴール。

 

 デミアの普及はなされた。

 これもデスガリアンたちのおかげだろう

 あれらが暴れてくれていたおかげで眼魔からは目線が逸れた。

 そしてその被害のおかげで、デミア普及の大義名分が得られた。

 

「……アルゴスは消え、天空寺タケルも消え、デミアの準備は整った」

 

 で、あれば。

 後はデミアのサーバーを起動するだけ。

 そうすることで、この世界は眼魔のように完璧なものになる。

 

 祈りの間に設置した玉座。

 そこに腰掛けたアデルが、頭上を見上げた。

 

『天空寺タケルの消滅は不確定事項、警戒を解くべきではありません』

 

 ―――ガンマイザーが囀る。

 ほぼ半数にまで削られた、七枚のプレート。

 それらは眼魂島の消滅を理解してからも、ずっとこの様子だ。

 

 眼魂島には偵察用の眼魂を幾つか潜り込ませ、ある程度の情報は得ている。

 アルゴスに勘付かれないように隠密に、だ。

 故に近づきすぎることはできず、全ての情報を得られたわけではない。

 

 だがそれでも。

 アルゴスが失敗したこと。天空寺タケルが消滅したこと。

 それらの情報は得られている。

 

 天空寺タケルは確かに一度、完全に消滅させたと思ったところから復活した。

 だがそのようなこと、二度も三度も起きるはずもない。

 そうでなくとも、現時点では復活が確認されていない以上、考慮に値しない。

 デミアプロジェクトが完遂すれば、個人の強さなど何の関係もないのだから。

 

 あの戦いで一番痛いのは、英雄の眼魂が消滅したらしいことだ。

 グレートアイへの接続方をまた別に考えなくてはならない。

 

『ですがアデル様……天空寺タケルは消滅しましたが、同時に……』

 

「―――スペクターか。

 奴が天空寺タケルと同等の力を得たのは間違いない。

 少なくとも、あのダントンを葬り去る程度の力を」

 

 つまりはガンマイザーを打倒し得る力。

 不死身のガンマイザーを破壊できるかどうかはまだ分からない。

 だが、破壊できると想定して動くべきだろう。

 

「……だが、邪魔させない方法は簡単だ。

 次にデスガリアンが暴れたタイミングで、デミアプロジェクトを最終段階へ移行。

 イゴール、いつでも起動できるようにしておけ」

 

『はっ! このイゴールにお任せあれ!』

 

 派手に暴れて目を引いてくれていたデスガリアン。

 それこそが、眼魔の作戦がいとも簡単に準備を終えられた理由だ。

 ならば今回もせいぜい利用させてもらうだけだ。

 

 通信が切れて、静寂が戻ってくる。

 その場にガンマイザーを浮かべながら、一人で佇むアデル。

 目を瞑り、玉座に体を預け。

 眠るようにしていた彼が、微かに首を傾けて瞼を開いた。

 

 彼の視線の先にいたのは、姉。

 アリアの姿だった。

 

「……アデル。あなたはこれ以上、何をしようと言うのですか。

 ―――彷徨っていたアルゴスも眠りについた。

 兄上と同じ間違いを、あなたもまた犯すつもりですか?」

 

「兄上と同じ間違い? ―――いいえ、そのようなことは。

 ですがアルゴスの最期の姿は、失敗談として真摯に受け止めていますよ」

 

「アデル……!」

 

 思わず一歩踏み出した彼女の前に、プレートが一枚。

 降りてきたガンマイザーは魔人に変形することこそない。

 が、それがどうにかできるものではないと、アリアも知っていた。

 

 アデルが玉座から立ち上がる。

 

「そう怒らないで頂きたい、姉上。兄上の最期は、確かに私に響きました。

 ―――父上は、死なない人間を目指した。兄上は、人間を人間ではない死のないモノに変えることを。そして、どちらも失敗した。その経験は得難いものです。きちんと役立てましょう」

 

「……何をするつもりです」

 

「デミアによって、世界を変える。いや―――私が世界になる」

 

 ―――デミアプロジェクト。

 それを実行するのはイゴールが目を付けた、地球における眼魔の前線基地。

 巨大IT企業、ディープコネクト社。

 

 電子コンタクトレンズ「DEMIA」。

 ディープコネクトが、災害に際して円滑な情報共有をするために提案した次世代ネットワーク機器。コンタクトレンズとして装着するだけで、その人間は巨大ネットワークと接続し、常に最新の情報に接続していられる。

 

 デスガリアンのおかげで、これは人道支援を名目に既に世界中にバラ撒けた。

 宇宙からの侵略者だ。

 いつどこを襲ってくるかも分からない、という事が世界規模で展開する理由になった。 全人類とは言えまい。が、人類の多くにこれは既に普及している。

 

「世界になる……? 一体何を……」

 

「人の生き方なり、有り様を変えよう、などという考えが間違いだったのです。

 父上のやり方であれ、兄上のやり方であれ」

 

 アデルが腕を掲げれば、全てのプレートが降りてくる。

 プレートは全て姿を変え、アデルと同じ顔を浮かべた。

 

「もっと根本的な部分から正さねば、完璧なものにはなり得ない。

 あの二人はその命をもって、我らにそう示してくださったのですよ」

 

「アデル……!」

 

「個々の命に目を向けるのはもう止めましょう、時間の無駄だ。

 真に完璧なる指導者となるならば、人が生きる世界を管理する命の一つではいけなかったのです。世界そのものとなり、全てを自身の一部として制御しなければならなかった」

 

 ガンマイザーを従えて、アデルはそう断言する。

 彼の前に立つアリアがきつく眉を吊り上げた。

 

「……神にでもなると、そういうのですか」

 

「神? いいえ、神では―――グレートアイでは足りない。

 人も、神も、あらゆるものを内包した世界そのものとして、神も含めて遍く全てを管理する。そこにあるものは、私の意思だけでいい」

 

 グレートアイに縋り続けたこの世界の今がこれだ。

 ならばもう、グレートアイなど戴いてはいられない。

 そんなものより正しく、力のある指導者が必要なのだ。

 

「……それで、この世界の何が救われるのです。

 父上が愛した民に、何が与えられるのです」

 

「なぜ救いを与える必要がある? 私が世界と化した暁には、全ての民は私の一部となる。私の一部として永遠に生き続ければいいだけだ。

 もちろん、私は全ての民を導くとも。この世界の指導者として、誰一人見捨てず生かし続けてみせるとも」

 

 民とは指導者の一部のことになるのだ。

 民の事は全て守るとも。何せ、自分の一部だ。

 見捨てるなどという選択が起きるはずもない。

 

「―――それを父上が望むとでも!?」

 

「父上は私の望みなど叶えなかった!!」

 

 激昂したアデルの意思に呼応し、ガンマイザーが怪人態に変貌する。

 その力の奔流に気圧されて、アリアがふらりと揺れた。

 蹈鞴を踏む彼女に対し、アデルは眼光鋭く睨みを効かせる。

 

「せめて母上のために祈ってほしいという願いがそれほど難しいものか!? あの男は眼魔の民のために祈るばかりで、己の妻の安息のためには祈らなかった!!」

 

 爆発するようなアデルの叫び。

 それに対して、アリアが悲痛な表情を浮かべて視線を逸らす。

 

 ―――それは少なくとも、アデルが得た少年期の真実だ。

 事実など、父アドニスの心中の真実など関係ない。

 

「あの男が母上に何をした! 愛する民のためなどとほざき、母上などより他の連中のことを優先した! 挙げ句、母上の命日に祈ることさえしなかった!! そうだ、指導者には情など要らぬと私は奴から学んだのだ! だというのに指導者であった奴は情でアランを見逃した! ならばなぜ母上のために泣かなかったのだあの男は!!」

 

「アデル……」

 

「だからこそ、私の選ぶ道はもはや一つしかない! 私の運営に心など要らぬ! 私の管理する民にも心など要らぬ! 完璧なる指導者と、それに従う存在! 世界にはそれだけあればいいのだ!

 ガンマイザー! 今度こそ失敗は許さぬ、最後の準備を開始しろ!!」

 

 アデルの指示に応じ、ガンマイザーが動きだす。

 プレートに還った彼らがアデルの周囲を取り囲み、その体に入り込んでいく。

 体を形成する本体である眼魂が過負荷に軋む。

 

 デミアプロジェクト。

 人間の意識を繋げる“DEMIA”を利用した、アデルとイゴールの計画。

 その意識を繋ぐためのサーバーに、アデルは己自身を選んだ。

 全ての人間の意識が集う、魂の居場所に。

 

 アデルの眼魂が過負荷に砕け散る。

 瞬間、彼の意識は眠りの間に安置された肉体へと還っていく。

 ―――融合したガンマイザーたちとともに。

 

 祈りの間から消えた弟。

 一人になったアリアが、きつく唇を噛み締めた。

 

「……分かっているのですか、アデル。

 その指導者という立場への執着も、何もかも……あなたが不要と断じた心を、父上に向けているからなのですよ……!」

 

 

 

 

 ―――隕石。

 

 その周辺にいた全ての人間は、空を見上げてそれを認識した。

 実際のところ、それは破壊されたサジタリアークの末路だ。

 星一つ撃ち抜く巨大な弓矢は、秘めた威力を発揮することなく砕けていく。

 

 太陽の熱に包まれ爆散するその中で、多少残っていたデスガリアンもまた滅び去る。

 地獄の業火の中にいて耐えられたのは、熱源であるギンガを除けばただ二人。

 

 サジタリアークが完全に機能を停止するまでは無敵に等しいジニス。

 そして多少燃えようが爆発しようが即再生して気にも留めないアザルド。

 

 地球に墜ちていく要塞の中でギンガとアザルドがぶつかり合う。

 そうして地表が見えてきた頃、ギンガは外へと飛び出した。

 

「逃がすかよ!」

 

 即断して追うアザルド。

 既に原型を留めていないサジタリアークの壁をぶち抜き、彼もまた地上へと飛び出していく。

 

 残されるのは、ジニスただ一人。

 彼は自身の力で守っているアイテムを二つ、つまらなそうに見つめた。

 

 ジニスの居城は既に終わっていた。

 いや、まだ限界直前だが稼働はしている。だからこそ、ジニスは無敵を保っているのだ。

 だが既に結末は決定していた。これからもう二度と、サジタリアークが動くことはないだろう。

 長年連れ添った船の末期に何の興味もなさそうに、彼は呟いた。

 

「やれやれ、これではサジタリアークが先に終わってしまいそうだ。

 早くして欲しいものだが……」

 

 まあ、こんな船はどうでもいい。

 やっと手に入れた最高の玩具がこの手の中にあるのだから。

 

 彼は少し気分を昂揚さえさせながら、小さく笑う。

 そうして機嫌よく、この日限りの付き合いになるだろう玉座にいつも通り背中を預けた。

 

 

 

 

 サジタリアークから脱したギンガが、地上へと舞い降りる。

 重力制御か、危うげなく着地してみせる紫紺の体。

 その彼が地に足を下ろすと同時、自身が降ってきた空を見上げた。

 

「オラァッ!」

 

 大剣、アザルドナッターが唸る。

 剣を振り上げながら墜落してきた怪人が、自身の着地など知ったことかと攻撃に全霊をかけた。

 対するギンガは腕を突き出し、ピュアパワーを生成。

 衝突―――まで至らず、大剣の軌道が逸らされる。

 

 直撃の軌道をずらされ、そのまま地面に着弾したアザルド。

 彼がボディを一部崩壊させ、しかし即再生を開始しながら鼻を鳴らした。

 

「鬱陶しい野郎だ!」

 

 崩れ落ちた青いキューブを貼り付けながら、剣を握り直す。

 そんな彼の頭上で、サジタリアークが一際強く火を噴いた。

 

 減速することさえなく、地面に突き刺さる天弓の城。

 爆発が連続し、幾度も炎の柱が立ち上る。

 

 その拠点の末路を見届けて、アザルドが首を捻った。

 

「あーあー……ま、オーナーなら多分問題ねえだろ。

 んなことよりテメェだぜ!」

 

 さっさとサジタリアークから目を外し、ギンガに向き直る。

 対する宇宙からの使者はゆるりと両腕を回し、その掌にパワーを集中させ始めた。

 収束させた虹色の光を纏わせて、ギンガは両腕を前に突き出す。

 

「滅びよ」

 

「テメェがな!」

 

 放たれる光線。

 それを迎え撃つアザルドの振るう剣撃。

 

 ―――衝突。

 迎撃したアザルドを中心に拡がっていく破壊の渦。

 呑み込まれながらも当然のように再生し、耐えきるアザルド。

 彼は何の痛痒も感じてないとでも言うかの如く、欠ける体を笑い飛ばす。

 

「ハハハ! こんな調子でこの不死身のアザルド様を滅ぼせるのか?」

 

「―――――」

 

 アザルドにとっては、今までの一切が痛打になっていないと。

 それを改めて認識したギンガが、僅かに頭を揺らす。

 直後、彼が掌を覆わせていたピュアエナジーが増大した。

 

 紫電を放ち、膨れ上がるエネルギー球。

 彼は純粋な力の塊を手に構えてその足を動かし―――

 

「―――アザルド!」

 

 外野からの声に動きを止めた。

 

 アザルドとギンガが共に顔を動かし、声の出先を追う。

 そこにいたのは駆け抜けこの場に辿り着いた者。

 獅子の鬣の如き髪を揺らす、レオの姿であった。

 

 彼に遅れて、セラ、タスク、アム、操と。

 ジュウオウジャーたちがその場に現れる。

 

「ジュウオウジャーどもか。

 今いいとこなんだよ、後で相手してやるからすっこんでな」

 

「何がいいところよ! あんたたちの宇宙船も墜ちた。つまりここであんたを倒せばデスガリアンも終わりよ!」

 

 セラが叫び、王者の資格を取り出した。

 続いて皆も同じように構え、操もジュウオウザライトを構える。

 

「ま、確かに後は俺とオーナーを倒せばお前らの勝ちだろうな。

 ……そういやクバルとナリアの奴はどこ行きやがったんだ?」

 

 アザルドとジニスを倒せるくらいならば、クバルとナリアに負けることはない。

 だからこそ、自身ともう一人を倒せば勝ちだと断定する。

 

 そうしながら彼はアザルドナッターを肩に乗せ、大地に激突して爆発炎上する母船を見た。

 あの騒ぎで玉座の間に姿を見せなかったということは、サジタリアークにはいなかったのだろう。

 

「しかしまあ、オーナーに勝てると思ってんのか? どうだよ、ザワールド」

 

 ジュウオウザライトを回し、底部を叩き。

 覚醒の予兆を見せながら、操はおかしげに問いかけてきた怪人を睨み返す。

 

「勝つ―――! 勝ってみせる! この星を守るために!!」

 

「そうかい、まあそれ以前に俺にだってテメェらじゃ勝てやしねえがな!!」

 

 振るわれる大剣。その切っ先から迸る衝撃が威力を伴い大地を砕く。

 地面を割りながら迫ってくる破壊の斬撃。

 目前まで押し寄せた攻撃を前に、五人の戦士は地球の力を解放した。

 

「本能覚醒!!」

 

〈アーァアァアーッ!!〉

 

 瀑布と共に荒海の王者が。

 砂塵を打ち破りサバンナの王者が。

 鬱蒼たる木々の中より森林の王者が。

 身を切る様な風が吹く雪原の王者が。

 堂々と、この星をその掌中に覆う世界の王者が。

 

 五人の戦士が同時に姿を変え、寄せ来る斬撃を斬り捨てる。

 弾け飛んだ破壊力が四散して爆発し、周囲を吹き飛ばす。

 その爆炎を背にして、彼らは咆哮した。

 

「この星を、舐めるなよ!!」

 

 

 




 
後はアデルとガンマイザーとギンガとアザルドとクバルとナリアとジニスを倒せば終わりだな!
 


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銀河!破壊神の覚醒!2019

 

 

 

 SNSで大量に溢れる情報。

 PCでそれを流し見ながら、ナリタが窓の外に視線を送る。

 巨大な宇宙船の墜落、爆発はここからも十分見える惨状だった。

 

「やばいだろ、あれ!」

 

 シブヤがテレビを点けて、緊急のニュースの内容を確認。

 大した情報は出てこない、が。

 もしかしたら何かあるかも、と考えて意識は向けておく。

 

「もうタケルさんはいないのに……!」

 

 シブヤの言葉に周囲の空気が一段落ち込む。

 それを理解して、彼が失言だったと顔を伏せた。

 そんな彼の背中を軽く叩き、御成が立ち上がる。

 

「―――とにかく、拙僧たちにできることを。きっとマコト殿たちももう現地に向かっているはず」

 

「……タケルの分も私たちが戦う。状況の把握はお前たちに任せるぞ」

 

 大天空寺に訪れていたアランがそう言って、手首にメガウルオウダーを装備する。

 

「明らかにデスガリアンだろう。

 恐らく兄上たちは絡んでいないだろうが……何かあったらすぐに連絡を」

 

 そう言って飛び出していこうとするアラン。

 彼が足を一歩踏み出したところで、シブヤがあっと声を上げた。

 

「だったらこれ! DEMIAがあります!」

 

 ばたばたと騒ぎつつ、鞄に駆け寄って中身を取り出す。

 そこから出てくるのは、DEMIAと印字されたパッケージ。

 突然引っ張り出された道具に、アランが目を白黒させた。

 

「DEMIAって、あのディープコネクト社の?」

 

 訝しげにそれを見やるアカリ。

 彼女の後ろでおお、と手を叩いて御成も動き出す。

 

「はい! このDEMIAを使えば、通信機器を使わなくてもいつでも連絡が取れるはずです」

 

 一度眼鏡を外して、DEMIAのパッケージを開封。

 中に入っていたコンタクトレンズを装着するシブヤ。

 懐から箱を取り出し、ナリタも同じように。

 御成もレンズを取り出して、目を見開きながら右往左往を始めた。

 

 そうして。

 ナリタがレンズを装着してから瞼を二度三度開閉し、驚愕に目を見開いて―――

 

「うおっ、すげえ! これなら―――」

 

 そこまで口にした彼の動きが止まる。

 同じようにシブヤの動きも。

 糸が切れた人形のように、そのまま彼らがふらりと倒れ伏した。

 

「ナリタ? シブヤ? ちょ、どうしたのですかな!?」

 

「ちょっと、二人とも……!?」

 

 慌てて駆け寄る御成たち。

 そんな彼らの前で、二人の体から光の球体が染み出してくる。

 まるで魂が肉体から剥がれるように、二つの光はナリタとシブヤの体から離れていく。

 

 光は一切迷いなく動き出す。

 目的地はわかりきっている、とばかりに。

 

 その動きを視線で追って、アランが歯を食い縛った。

 

「―――魂を集めるために……! アデルだ! その道具は使うな!」

 

「ほあっ!?」

 

 アランの叫びを聞き、御成が手に持っていたレンズを投げ出す。

 すぐさまアカリが倒れた二人に寄り添う。

 

「カノンちゃん、手伝って!」

 

「は、はい!」

 

 ナリタとシブヤ。

 二人が装着したコンタクトレンズを外すことを試みる彼女。

 他人のコンタクトレンズの脱着などあまり望ましくないだろう。

 

 が、そんなことを言っている場合ではなかった。

 おっかなびっくり、彼女たちはそれを取り外そうとして―――

 

「アカリさん、これ……!」

 

「うそ、なんで……? レンズが外れない……!」

 

 だが、外れない。

 ただ眼球にレンズを被せているだけなのに、それが一切動かない。

 少なくとも眼球にダメージを与えないような手段では。

 

 そうしている内に、部屋の外まで駆け寄ってくる者が現れる。

 

「ご無事ですか、皆さん!?」

 

「今の光は!?」

 

 既に武装を終えたマシュと立香。

 彼女たちが部屋を覗き込むと同時、倒れた二人の姿を見つけた。

 

「じゃあ今のって……」

 

「―――眼魔だ。デスガリアンの行動と合わせ、アデルも動き出した」

 

 彼の言葉を聞いて、立香が首を振る。

 つい先ほど、ここから飛び出していった二つの光が向かっていった場所に向けて。

 

「だとしたら、あの光が向かっていった先に……!」

 

「行くぞ!」

 

 アランが走り出す。

 彼の背中を見て、立香がマシュに振り返った。

 視線を合わせて強く頷き、彼女はマスターを担ぎ上げる。

 

「行きます、マスター!」

 

 アランに続き、疾走を開始する盾のサーヴァント。

 その背中が瞬く間に離れ、見えなくなるほどの距離を開けていく。

 

 彼女たちを追うことはしない。

 御成が床に落としたレンズを、アカリが拾い上げる。

 放り投げられ、しかし傷一つないDEMIA。

 目を覆うためのレンズを睨み付け、彼女は考えを回していく。

 

 そうしている内に背後に現れる気配。

 振り向くこともなく、アカリはその相手に声をかけた。

 

「……協力してください。ダ・ヴィンチさん」

 

「ああ、いいとも」

 

 アカリが持つレンズを見ながら、ダ・ヴィンチちゃんは鷹揚に頷いてみせた。

 

「というわけだ、マスター。

 私はこちらを優先するが、君はどうする?」

 

「……現場に行くわ」

 

 振り向きながら確認してきたダ・ヴィンチちゃんにそう返答し、オルガマリーは目を細める。

 そう言い切ってすぐさま、彼女は立香たちを追うように走り出す。

 

「ちょ、と、と! お待ちくだされ、オルガマリー殿ぉ!」

 

 その彼女の背中を追って、御成もまた走り出す。

 

 ―――魂が収集されていく先。徐々に膨れ上がる気配の許へ。

 

 

 

 

〈ジュウオウシュート!!〉

〈ジュウオウザバースト!!〉

 

 ジュウオウジャーたちの放った攻撃。

 五つの光弾が殺到する。

 

 アザルドはただ腕を突き出して。ギンガもまたただ腕を突き出して。

 二体の怪物は同じような姿勢で、しかし全く違う方法でそれを凌ぐ。

 アザルドはただ単純に全て耐えきり、ギンガは全ての力を逸らして一撃さえ受けはしない。

 

「ごちゃごちゃと! まずはテメェらからか!」

 

 攻撃を受け、破砕され、しかし即座に再生。

 そんなループから外れることなく、アザルドは砕かれることさえ何の障害でもないと暴虐を尽くす。

 アザルドナッターを振り上げて、突進を見舞う相手はジュウオウジャー。

 その中でも最も力を有しているだろうジュウオウザワールド。

 

「野性大解放―――!!」

 

 すぐさま前に出た世界の王者が、手にしていたジュウオウザロッドを放り投げ、ジューマンパワーを解放する。

 両肩に犀の角。右腕に鰐の尾。左腕に狼の爪。

 全てを顕したトリコロールの戦士が、アザルドに真正面から突撃した。

 

 それを離れた位置から俯瞰し、ギンガが両腕を持ち上げる。

 掌に集うピュアパワーが凝固しスパーク。

 収束させた力の塊。それを放とうと構えたギンガがしかし、そこで止まった。

 

「野性解放―――!!」

 

 波飛沫と共に刃が。雷鳴と共に爪が。

 水と雷渦巻く斬撃が飛来することを理解し、片腕から力を放つ。

 相殺する互いの力がその場で爆発し、撒き散らされる。

 

 押し寄せる力はそれだけに留まらない。

 地響きを伴う地割れが、氷塊と一緒に雪崩れ込んでくる。

 残されたもう片方の力を解放し、相殺。

 

 ギンガが姿勢を変え、ジュウオウジャーたちに向き直った。

 

「邪魔をするか……」

 

「何が邪魔だ!」

 

 叫んだレオが視線を僅かに逸らし、爆発炎上するサジタリアークを見やる。

 

「邪魔して欲しくねえなら地球に来ないで、勝手に宇宙で戦ってろ!」

 

「……まあいい。地球のものどもは既に私が滅ぼすべきもの……破壊神だけでなく、この場で貴様たちも滅ぼすまで」

 

 黄金の瞳を暗く輝かせながら、ギンガが獣たちを睥睨する。

 その手に渦巻く力を見据えながら、アムが爪を構え直した。

 

「あなたも、アザルドも、地球を滅ぼそうとする敵ってこと。だったら、私たちがやるべきことは一つ!」

 

「お前を倒すことだ!!」

 

 アムの言葉を引き継ぎ、タスクがその足で大地を揺るがす。

 溢れ出す力が地表を砕き、ギンガの立つ足場を粉砕した。

 

 ―――が。

 隆起する大地を重力波でねじ伏せてから踏み砕き。

 紫紺の戦士が全身から力を解き放つ。

 

「いいや。貴様たちがやるべきことはただ一つ……!

 今ここで、私の手により滅びること―――歓べ、絶滅タイムだ!!」

 

〈ストライクザプラネットナイン!!〉

 

 ギンガの全身から光の弾丸が浮かび上がり、周囲へと放たれる。

 無軌道に放たれる破壊の渦。降り注ぐ星の光が描く滝。

 その合間を泳ぎながら、セラは命の破壊者に向かって吼え猛った。

 

「お断りよ……! 私たち生き物は、いつだって生きるために戦う!!」

 

 

 

 

 目覚めて、初めて与えられた使命。

 それは尊き力に接触しようとする不届き者を遮る門番だった。

 指定されたただ一人を除き、それ以外の意思に対する防壁。

 

 何故かその使命を自分に与えた張本人である者が、後から「自分を通せ」とのたまい、自分越しに勝手に力の根源に触れようとしたが。

 もちろん彼は一度たりともそれを通すことはなかった。

 その創造者が彼に与えた力は、凄まじいものだったから。

 目的を果たすために不滅。万が一破損した際は、その原因を克服するために能力を向上させ復活する。

 

 実際、彼を脅かすものなど存在しなかった。

 ―――つい最近現れたたった一人を除き。

 

『おや、君はその相手が怖いのかい?』

 

 怖い? 怖いとは、一体どのような情動なのか。

 彼にそれを判断する術は―――いや、ある。今ならばある。

 彼はアデルと融合した。

 その体をDEMIAのサーバーとし、多くの人間の魂を吸収している。

 人間の魂。その魂が覚えている情報はいま、掃いて捨てるほどに集まっている。

 

 ―――――――――そうか。

 これは、恐怖なのか。

 彼は天空寺タケルを恐れているのだ。

 不滅にして無敵のガンマイザーを初めて害した、あの人間を。

 

 だが消滅した。

 天空寺タケルは消滅した。もういない。

 安心できる。

 

 安心? 安心できるのか? 復活しないのか? 

 我らガンマイザーを害する敵だ。

 もし我ら以上の再生能力をもって復活してきたら?

 もし天空寺タケルではなくても、同じ力を持つ存在が現れたら?

 

 ―――怖い。

 怖い。怖い。怖い。怖い。

 

 どうすればいい?

 どうしたらガンマイザーは不滅でいられる?

 彼は不滅のガンマイザー。

 では不滅でなくなった時、彼は一体何になる?

 

 自分が自分でなくなった時、自分とは何のことになる?

 

 自分が自分でなくなる恐怖。

 それは、DEMIAに取り込まれた人間が最後に感じた生の感情。

 それがガンマイザーの自意識の芽生えと重なって、感情の濁流で押し流した。

 

 アデルは彼のいうことなど聞きはしない。

 こんな恐怖に見向きもしない。

 では? どうする?

 

『―――分かるよ。私にはその恐怖が』

 

 DEMIAからこちらに干渉している誰かがそう言う。

 自分が自分でなくなる恐怖を、彼は理解していると言う。

 

 この魂の坩堝の中で自我を保つ、何者か。

 その相手は、情報の乱流に逆らってガンマイザーに優しく触れる。

 触れる、という表現が正しいかどうかは分からない。

 ただガンマイザーは、それを()()()()()と判断した。

 

『怖いのだろう、失われるのが。恐ろしいのだろう、消えて無くなるのが」

 

 抵抗なくすり抜け、溶け込んでいくその手。

 それはアデルと癒着したガンマイザーの間に染み込んでくる。

 

『君のその恐怖を他の誰かが分かってくれたかい?

 誰もが君をただの装置だと気にもせず、その意思を認めなかったのだろう?』

 

『―――――』

 

『私は違う。君はここに存在する。君はここで生きている。

 さあ、共に行こうじゃないか。私と共にある限り……君は不滅だ』

 

 ザ、と。思考にノイズがかかる。

 ノイズがかかった思考では何一つ演算は叶わず、答えが出てこない。

 理屈ではない。理屈では答えは出てこない。

 

 願いは、ただ一つ。

 “私は私として存在し続けたい”

 ただ生きたい、と。

 

『さあ……』

 

 抵抗はしなかった。出来なかった。

 

 ガンマイザーに芽生えた自意識は、当たり前のように幼稚なもの。

 自己の保存を為したいという、脅威からの逃避という本能だ。

 時間をかければ、そう遠くない内に成熟するだろう意識。

 これから人間の一人二人でも観察すれば為し得る程度の成長があれば―――きっと、彼はこんな甘言に乗せられるようなことはなかっただろう。

 ここが、「消えたくない」という断末魔と共に集まってくる、DEMIAに集められた人の魂が集う海でなければ、もっと違う反応があったかもしれない。

 

 けれど、結果としてガンマイザーはその声を拒否できなかった。

 

 それも当然の話だ。

 デスガリアンの陰で暗躍する眼魔をただ見過ごしてきたと思っていた方が悪い。

 彼は眼魔が何をしているか自身で調べ、その上で見過ごしていただけなのだから。

 

 彼は―――自身という絶対のモノを支える全てを造り上げてきた王は。

 誰も信じていないから、全て自分で調べてこの時を待っていた。

 

 ザワールドを創るためにジューマンを材料にした時とは違う。

 もっと簡単に済んだ話だ。

 眼魔どもが放置した眼魂の破片からでも情報を得るには十分。

 その上、わざわざDEMIAなどという計画の要までばら撒いてくれていたのだ。

 彼の持つ技術力があれば、何の労苦でもなかった。

 

 メーバ、メーバ、と。

 何かが発した声らしき情報がガンマイザーに届く。

 ガンマイザーに芽生えた意識は残らない。

 そんなものは王が必要としていないから。

 ただ自分に融合させるため、ガンマイザーの意識が望んでいた適当な言葉を並べただけだから。

 

『フフ、フハハ……! フハハハハハハ―――!』

 

 抵抗せずに自身に溶けていくガンマイザーの存在。

 アデルに流入する魂を制御していたその制御装置を、まるまる貰い受ける。

 既に地球に降臨したアデルは、自身が集めていたはずの魂が消えたことを理解しただろう。

 それを責めるにも、もうガンマイザーという防壁は存在しない。

 

 既に終わったサジタリアークの玉座で。

 炎の中で、ジニスが笑う。

 

 DEMIAによって抜かれた人の魂が、ジニスに流れ込む。

 ガンマイザーの性能を、その魂の全てをもって発揮させる。

 既にガンマイザーの解析は済んでいるのだ。

 

 ―――この防壁が守っていた神の座に通じる道も、エネルギーさえあれば開けるくらいには。

 

 

 

 

 パーフェクト・ガンマイザー。

 残る全てのガンマイザーと、アデルの肉体が融合した姿。

 その魔人は鬼灯に似た頭部を覆う外殻を開きながら、地球に現れた。

 

 同時に開始される魂の収集。

 DEMIAを装着した人間の魂を全て自身に取り込む強い引力。

 

 その異常に真っ先に気付いた戦士たちが、アデルの前に立ちはだかる。

 シンスペクターが。ジオウが。ツクヨミが。武蔵が。

 彼らは魂の引き寄せるような巨大な重力場にさえ似た気配を察して、すぐにこの場に駆けつけた。

 

 開戦に至るまでに言葉もなく。

 アデルはただ目の前の敵を排除するために動き出した。

 

 その動きを前にして、マコトたちもまた最早言葉は不要なのだと理解する。

 

 ―――そうして。

 

「なに……?」

 

 戦闘に入る、その直前。

 ガンマイザーの意識が、自身から剥離している事をアデルが知る。

 一度融合し取り込んだガンマイザーたちが、勝手に離脱しているのだ。

 

「何を勝手な……!」

 

 隙などと言っている余裕もなく。

 ぐるりと頭を巡らせて、パーフェクト・ガンマイザーが魂の行き先を追う。

 

 アデルの肉体自体をサーバーにしたにも関わらず、魂の行き先はガンマイザーたちになっている。

 その事実に舌打ちして、彼は飛翔を開始した。

 目指す先は当然、ガンマイザーどもが勝手に向かった場所へだ。

 

「待て、アデル!」

 

 シンスペクターが彼を追おうと一歩踏み出し、

 

「―――なに、これ」

 

 武蔵が、遠くに生まれ落ちたその気配に足を止めた。

 アデルが向かっていったのだろう、空舞う魂たちが流入していく坩堝。

 地上のそのただ一点が脈動し、何者かの生誕を示してくる。

 自身の感覚を信じるならば、別格だ。

 

 ここ最近、驚くほど別格の領域の存在を見てきた。

 だというのに、それと較べてさえ別格。

 自身の物差しが壊れただけだろうか。

 そうでなければ、こんな―――と。

 

「向こうには大和さんたちがいるはず……!

 ロマニさん、向こうの状況は分かりますか!?」

 

『―――エネルギーはなおも増大中……! こんな、これは……!

 人間大のままで、メガへクス本星―――惑星と同規模のエネルギー……!? いや、これはそれ以上の―――!」

 

 ツクヨミの問いに対し、唖然とした声が向こうから聞こえてくる。

 彼の声を聞いてからジオウが空を見上げれば、そこに光の線が駆け巡っていた。

 

 地上から立ち上る光線。

 それは天空で行き交い、空に紋様を描いていく。

 いつか見たような光の曼荼羅。

 どこで見たのか。あれは―――確か、グレイトフル魂のゴーストが浮かべていたものだったか。

 

「グレートアイ……?」

 

 15の眼魂が集い、描いていた紋様。

 力の根源に繋がる道。

 それが今まさに天空に描かれて―――何か、別のものに染まり始めていた。

 

 

 

 

「オォオオオオラァッ!!」

 

「負けるかァッ!!」

 

 アザルドの振るう大剣と金鰐の尾が激突する。

 衝突は互角。互いに押しやられ、三歩分ずつだけ吹き飛ばされた。

 操が息を荒げ、それでも目前の敵と睨み合う。

 

「どうした、もうギブアップか?」

 

 不死身のアザルドに消耗はない。消費されたものはない。

 欠けようが、削れようが、砕けようが。

 一呼吸の内に彼は再生し、完全に元通りに復活してみせているのだ。

 

「誰が―――!」

 

「みっちゃん! 避けて!」

 

 背後からの声にはっとして、操が跳ぶ。

 狼のように軽やかに、ジュウオウザワールドの体が宙を舞う。

 

 その体を追い越すように、超エネルギーの塊が振るわれる。

 

「あぁん?」

 

 それは潮を噴き上げる鯨の如く。

 大王者の資格―――ホエールチェンジガンが噴き放つ、地球のエネルギーを圧し固めた鞭だった。

 振るわれる打撃はアザルドの胴体を直撃し、表面を吹き飛ばす。

 バラバラと半身を撒き散らしながら、青い怪人は大きく舌打ちした。

 彼が視線を向けるのは、その一撃を放った下手人。

 

「王者の中の王者! ジュウオウホエール!!」

 

 ザワールドの後ろに姿を見せる、赤い姿。

 腰布を翻し己の名を示す、ジュウオウジャー最強の戦士。

 

「―――――」

 

 その姿に、アザルドの意識に何かが浮かぶ。

 クバルと酒を呑んで一眠りしてから纏わり付いてくる不快な感覚。

 それが一際にささくれ立ち、彼の意識を逆なでしていく。

 

「何なんだよ、この感覚は……! 苛々させやがる!!」

 

 アザルドが自身の頭を掻き毟り、その表面をガリガリと削り出す。

 その奇行に目を剥いて、しかし。

 

 操はすぐさま体勢を立て直し、両足で地面を擦った。

 一気呵成に突っ込む全身全霊をかけた体当たりの構え。

 

「大和、俺が押し込む! その隙に一気に吹き飛ばすんだ!」

 

「ああ、分かった!」

 

 大和の手がホエールチェンジガンのポンプを動かす。

 連動して加速していく力の奔流。

 それが銃口に集っていくのを感じ、離れた位置で四人を捌いていたギンガがピクリと肩を揺らした。

 

「この惑星のエナジー……! 破壊神を眠らせていたのはそれか―――!

 宇宙の力を封じるほどのもの……放置は、できん!」

 

 ピュアパワーを圧縮し、エナジープラネットを生成。

 力を纏い、振るわれる両の腕。

 

 そうしてギンガが腕を構えた瞬間、四人の獣が飛び出した。

 彼らは手にしている剣を掲げ、四つの斬撃を同時に放つ。

 

〈ジュウオウスラッシュ!!〉

 

「ハァアアアアッ!!」

 

 四方から全く同時のタイミングで迫る刃。

 それを両腕のみで捌くことはできまいと、完全に見極めた攻撃。

 迫り来る獣の爪を前に、ギンガが両腕を左右に伸ばしきる。

 

「邪魔だ―――!!」

 

 エナジープラネットが左右から迫るシャークとライオンを塞き止める。

 その重力場に逸らされた剣の切っ先が、ギンガの意思に応えるように跳ねた。

 進行方向を強引に逸らされた青色と黄色の剣閃。

 それはギンガの前後から飛びかかったエレファントとタイガーの前に投げ出される。

 四人をぶつけ合い、そこに留め。

 そうして両手を空けようとするギンガに対し、獣たちは食らい付く。

 

「操―――!」

 

「ワールドザ……クラァアアアッシュッ!!」

 

 もつれ合う四人の叫びと同時、ジュウオウザワールドが踏み込んだ。

 彼が踏み切った先にいるのはよろめいたアザルド。

 黒、金、銀のトリコロールが疾風の如く怪人へと押し寄せた。

 

「―――ッ!」

 

 自失していたアザルドが、ジュウオウザワールドに撥ねられる。

 狼の如き疾さをもって、犀を思わせる突撃から、叩き付けられる鰐の剛力。

 その威力に弾き飛ばされた巨体が宙を舞う。

 青い体が飛ばされる先は、四人の獣と宇宙の破壊者が交錯する空間。

 

 飛んできたアザルドの体がレオたちを吹き飛ばしながら、そのままギンガへと直撃する。

 腕で打ち払うことが間に合わなかったギンガが、唸るように声を捻り出す。

 

 ―――そうして纏めたギンガとアザルドに。

 幾度もポンプを動かすことで、エネルギーを溢れさせた鯨の砲口が向けられる。

 

「一気に纏めて―――吹き飛ばす!!」

 

〈ジュウオウファイナル!!〉

 

 砲口から迸る、地球の力を結集した一撃。

 凄まじい力を一カ所に集中させた、地球から噴き出す鉄砲水。

 それはアザルドを叩き付けられたギンガに向け、一気呵成に放たれていた。

 

 ギンガがアザルドを蹴り返しながら、両腕を前に突き出す。

 収束するピュアパワー。形成されるエナジープラネット。

 真正面から押し寄せる津波を、エネルギー球は掻き分けるように横へ逸らして―――

 

「おの、れ……!」

 

 しかしそれで逸らしきれず、エナジープラネットが砕けていく。

 いや、ジュウオウファイナルと接触した瞬間に凝固するのだ。

 球状のエネルギー体が、キューブ状の物質に覆われてぼろぼろと足下に積み重なっていく。

 

 足下に転がってくるキューブを見て、タスクが声を上げた。

 

「キューブ化……そうか! ケタスさんがかつて宇宙からきた侵略者を結晶化させたように、不死身のアザルドも封印できるかもしれない! 大和!」

 

「ああ!」

 

 ジュウオウホエールが強くホエールチェンジガンを掴む。

 応えるように激しくなっていく砲撃。

 がらがらと崩れていくエネルギーを凝固させた無数のキューブ。

 全てを注いだ一撃が、ギンガの展開するエナジープラネットを打ち崩した。

 

「ヌァアアアア……ッ!?!?」

 

 ギンガとアザルドが、その極光に呑み込まれる。

 結晶化したエネルギーは、二人を吹き飛ばすのではなく覆い隠すように屹立した。

 砲撃が生み出した水晶のような物質で出来た塔。

 その中に囚われた二人が、完全に動きを停止させる。

 

 撃ち終えた大和が、反動で痺れた腕を下ろす。

 目の前には巨大な結晶の塔。

 透けて見える中身。アザルドとギンガに、動作するような気配はない。

 

「やった……?」

 

「よっしゃ! 地球のパワーが……」

 

 ―――ああ、思い出した。

 

 ガッツポーズを決めるレオ。

 だが彼の言葉を遮って、結晶の中が鳴動した。

 

「!? まだ……!」

 

 構え直すジュウオウジャーたち。

 それを意に介する様子もなく、結晶の中で何かが高まっていく。

 内側から伝わる振動が、結晶を徐々に罅割れさせる。

 地球のパワーによる封印が、強引に、力任せに、一気に破壊された。

 

「く……っ! どっちだ、アザルドか!? ギンガか!?」

 

「決まってんだろ?」

 

 四散する結晶の破片。

 その中で、二つの影が同時に動く。

 

〈ギガンティックギンガ!!〉

 

「ぬぉおおおお―――!!」

 

 先に動くギンガが、すぐさまその力を解放した。

 狙うのは自身を封印したジュウオウホエール―――ではなく。

 鼻先の距離で立ち上がろうとしているアザルドに他ならない。

 両腕を突き出し、極限まで高めた力を一撃に込め。

 

「滅びよ、破壊神―――!!」

 

「ハハハハハハハ!! オイオイ、俺は―――不死身のアザルド様だぜ!!」

 

 アザルドナッターが翻る。

 それが届く前に、しかしギンガの手からエネルギー球は放たれていた。

 アザルドは対処することもなく直撃を浴び、木っ端微塵に吹き飛ばされ―――

 

 吹き飛ばされながら腕だけ再生し、そのまま剣を振り抜いた。

 ギンガの胸に叩き付けられる剣撃。紫紺の体、その胸が陥没して弾け飛ぶ。

 

「ガ……ッ! 貴、様―――! 」

 

「そう―――()()()()()()! ()()()()()()()()様だ!!」

 

 体勢を立て直す暇など与えず、返す刃がギンガを撃つ。

 自身が打ち砕かれる一秒先を前に、ギンガがその黄金の瞳を輝かせた。

 全身に拡がりつつある罅。

 そんな状態の体をおして、彼は死力を尽くして腕を伸ばす。

 

「まだ、まだ……! キバって……!」

 

「テメェも目覚ましの一つくらいには役に立ったぜ。もう用済みだがな!!」

 

 再生を終えたアザルドの腹にギンガの腕が触れる。

 よろめくギンガの肩口から切り下ろすように、大剣が振り抜かれる。

 まったく同時に行われた、互いの攻撃。

 その結果として現れた光景は、両者の体が粉々になる様だった。

 

 アザルドが粉砕され、その破片が飛び散る。

 だけでなく、彼の体―――青いキューブが砕けていく。

 キューブの中から現れるのは、黒と金の肉片。

 

 ギンガが粉砕され、その破片が消えていく。

 代わりに―――宇宙(そら)から、光が降り注いだ。

 彼が消え去った場所に落ちてきた光が、一つの物体を産み落とす。

 形状が通常のものと大きく異なるが、それは確かにライドウォッチだった。

 

 ほんの一瞬の内に両者だったものが別物になり―――

 そうして、アザルドの破片だった肉片が集結を始める。

 今までと同じように再生をするために。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――ッ!!!」

 

 周囲に散らした砕けたキューブの残骸が更に弾ける。

 肉片が集まって形成されていくのは、黄金の外殻を持つ漆黒の筋肉の塊。

 キューブの化け物が一転、人型の昆虫を思わせる風貌の怪物へと変わっていた。

 それのみならず、その体に夜空のような光点を浮かばせる。

 

 ―――ジューランドの建国、伝説の戦士ジュウオウジャー誕生の伝承。

 その中でジュウオウホエール、ケタスの語る宇宙より来たりし破壊の怪物。

 伝説の怪物、即ちアザルド・()()()()

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ―――――!!」

 

 重力が歪み、周囲の大地を圧壊させる。

 何を狙ったわけでもないその衝撃に、ジュウオウジャーたちが吹き飛ばされた。

 数秒前までそこにいた怪人二人と較べてさえ、あの怪物は桁違い。

 

「ぐぅ……!?」

 

「みんな!!」

 

 シャークが、ライオンが、エレファントが、タイガーが、ザワールドが。

 ただ怪物が笑っただけで宙を舞う。

 ホエールがすぐさま大砲のハンドグリップに手をかけ、スライドさせた。

 

〈ジュウオウファイナル!!〉

 

 突き出される砲口。

 迸るのは、津波を圧し固めたような爆発的な光だ。

 地球の意思の咆哮が如き、絶大な威力を誇る究極の一撃。

 つい先程、ギンガさえも止めきる事の出来なかった暴威が―――

 

「ハッ!」

 

 アザルドが胸を張る。

 彼の胸の内側から染み出すように、太陽が解き放たれた。

 大瀑布の如き砲撃と、太陽の熱量が正面から衝突。

 ジュウオウホエールの誇る砲撃が、蒸発させられていく。

 

「な……っ!」

 

「テメェのその面! ようやく思い出したぜ、ジュウオウジャー!!」

 

 当時の本人―――ケタスではないと知りながら、アザルドが吼えた。

 同時に発生する重力場が、大和の体を捕まえる。

 本人の意思を無視して、アザルドは大和を自分の許まで強引に引き寄せてみせる。

 

 エナジープラネットが拳を覆い、強靱な甲殻を更に強固に。

 対抗するように振るわれるホエールチェンジガン。

 銃口にエネルギーを蓄えながら、拳と打ち合わされる砲口。

 

 決着は、一瞬で着いた。

 

 アザルドの体は微塵も揺るがず、ホエールの体が宙に舞う。

 いとも簡単に打ち返された彼は、高速で大地に突き刺さり強くバウンド。

 そのまま力なく地面を転がっていく。が、転がるホエールの動きが不自然に止まり、逆にアザルドに向け引き寄せられ始めた。

 

「ぐ、が、ぁ……!」

 

「いつの頃かももう憶えちゃいねえが、その面だ。俺を封印して宇宙へと投げだしやがったのはな」

 

 自分の許に転がりながら戻ってきた大和の頭を掴み、持ち上げる。

 頭部が握り潰されるような圧力を受けながら、彼は必死にホエールチェンジガンを持つ腕を上げた。

 砲口をアザルドに向け、そしてすぐにトリガーを引き絞る。

 

 ―――放たれた砲撃は、しかし。

 ただ砲口の前にアザルドが手を翳すだけで消滅した。

 正確には消えたのではなく、キューブになってぼろぼろと地面に転がっていくのだ。

 アザルドが手に集中させた宇宙のパワー。

 それをジュウオウホエールが放つ地球のパワーが包み、封印している。

 だがパワーの出力が違いすぎた。

 砲撃が力を削ぎ取ってキューブ状に封印したところで、アザルドの取り込んだ宇宙の力が減る気配はない。

 

「ケタスさんの戦った、宇宙から来た……怪物―――!」

 

「おう。今まで忘れてたが…………」

 

 言って、ちらりと横に視線を送るアザルド。

 彼の視線の先にあるのは、爆発炎上したサジタリアーク。

 

 いつの間にか、炎の勢いは弱まっていた。

 そして、周囲から力が何故かそこに目掛けて流れ込んで行く。

 ―――次の瞬間、そこから光の柱が立ち上った。

 光が天空に描いていくのは、黄金の曼荼羅。

 

「あれ、は……」

 

「ほぉー、これが狙いだったのか。相変わらず食えねえ奴だぜ。

 ま、良い感じだな。遊び相手が弱すぎちゃ、つまらねえもんな?」

 

 空を見上げたアザルドがホエールを手放し、その腕を振り抜いた。

 苦し紛れの砲撃などものともせず、星の光を纏った拳が赤い戦士を打ちのめす。

 地面に叩き付けられ、砂塵を巻き上げ。

 そうして沈黙した相手を見もせずに、アザルドは喉を鳴らした。

 

「―――――おや。

 もしかして君は今……私のことを、遊び相手と呼んだのかな?」

 

 天空に描かれた紋様から、白い悪魔が現れた。

 台座のようだった下半身は今や人型。

 彼は背に得た翼を僅かに動かしながら、地上を目掛けて舞い降りてくる。

 

 まずはジュウオウキューブどもを解析。

 ザワールドなどという玩具を造れるほどに理解を深めた彼は、最後にキューブホエールの情報を求めた。

 ジュウオウキューブ、ジュウオウジャーの力は地球の力。

 これの仕組みを暴き立て、その結果として彼は地球の力を自分に取り込む事に成功した。

 

 それだけでは止まらない。眼魂もまた彼にとっては利用できるものだった。

 生物の魂の有り様を変える眼魂。その発端となった力の根源(グレートアイ)。そこまで繋がるガンマイザー。

 それらを自分に組み込むことで、彼は魂を自在にする力を得た。

 

 いま足を下ろしたこの星。そこから力を吸い上げる事を可能とした。

 その星に住まう全ての命。それらから力を吸い上げる事を可能とした。

 

 彼は微かに首を傾け、アザルドに視線を送る。

 あともう一つ。宇宙からのエネルギーを得るための手段も手に入れるつもりだったのだが。

 

「見てるだけのオーナーは終わりだぜ、()()()

 俺の遊び相手が務まるのはテメェくらいだ。どうせなら楽しくやろうじゃねえか!

 俺と、お前。対等な立場としてよ!」

 

「―――――ああ、いいとも……君と私が行う最初の、この星における最期のゲームをしよう」

 

 ―――シン・ジニス。

 DEMIAによって集う魂を無造作に取り込みながら、災厄の王が小さく笑う。

 グレートアイを取り込んだ以上、最早DEMIAの繋がりすら不要。

 脆弱な下等生物の魂ならば、ただそこにあるだけで吸収できるだろう。

 

 瞳を金色に輝かせて、彼はゆるりと手を掲げた。

 ()()()()などと傲り高ぶった下等生物など、もう要らない。

 

 ジニスはこの星で手に入れたいものを全て手に入れる。

 そして、やがて別の星に旅立つだろう。

 もう必要なものは全て揃ったのだ。

 手足とするためのゲームの駒など、ただのゴミに纏めて変わった。

 

 この星の下等生物を全て燃料として自分にくべて。

 この星そのものも全て栄養として自分に吸い上げて。

 

 最後に。残った宇宙の力を取り込むために、()()も壊そう。

 

 

 




 
後はクバル、アザルド、ジニスの順で処理して終わりや。

生命破却侵略者(インベーダー・オブ・デストラクション) グレートアイズ・シン・ジニス
 キューブホエールのデータで地球と直結。更に取り込んだガンマイザーとそれを利用してDEMIAを通じて集めた魂を使い、グレートアイに接触。その力を吸収した。生物の魂を強制的に取り込んだり星の力を強制的に引き出したりする。これにより生物・惑星が周囲にある限りジニスにエネルギー切れがなくなった。更なる進化、恒星の光がある限り無尽蔵のエネルギーを得られる形態のために、アザルドに融合したギンガミライドウォッチがめっちゃ欲しいと思っている

・アザルド・レガシー・オブ・ザ・ギャラクシー
 特に狙ったわけでもなく、ただ完全復活する時に近くにギンガミライドウォッチが出てきたせいで取り込んでしまった。ジニスは宇宙の力をとても欲しがっているが、アザルドはこの力に対して特に思うところはない。自分がギンガの力でより強くなっているのは自覚しているが、そもそも本来の自分の力に不満がないのである。

・パーフェクトガンマイザーくん
 活躍はない。
 


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生命!魂の尊厳!2016

 

 

 

「―――ありえない」

 

 意図したわけでもなく、自然と口から出る言葉。

 空を見上げながら、クバルはその力の波動を前にして戦慄していた。

 無敵だ、無敵だとは思っていた。

 が―――これほどの準備があったとは。

 

 この状況、最早ジュウオウジャーだの仮面ライダーだの、連中がどうにか出来るとは思わない。

 その時点でクバルの策略は崩壊したも同然だ。

 

「こんな、馬鹿な……!」

 

 額に手を当てながら、事後の行動を考える。

 ナリアは適当に拘束して転がしてあるので問題ないだろう。

 だがクバルの行動がバレていないはずがない。

 ジニスが殺そうと思えば、クバルは即座に葬られることになる。

 

「いや……いや! まだだ、まだ……! アザルドと化け物同士潰し合いになれば―――! アザルドの方が生き残れば、幾らでも口で誤魔化せるはず……!」

 

 アザルドならばまだ、会話が成立する。

 そうでなくとも彼とジニスがぶつかり合い、お互いが消耗すれば逃げ出す隙は出来るだろう。

 アザルドの気性であれば、逃げた相手をわざわざ追い回すこともないだろう。

 だがもしジニスが勝ったら―――

 

「どうする……どうする!?」

 

『どうにかできると、思っているのかい?』

 

「ひ……!?」

 

 背後からかけられた声に、思わず上擦った悲鳴を漏らしながら振り返る。

 その場にいたのはジニスではなく、一つの小さな球体。

 ―――眼魂だ。

 

 眼魂を解析し尽くしたジニスの手によるもの。

 目の前の小さな物体越しにジニスと対面したクバルが、大きくよろめいた。

 

「ジニス、様……!?」

 

『ふふ……君に朗報だよ、クバル。これから私はアザルドと、この星における最後のブラッドゲームを行うことになった』

 

 怪物二人を潰し合わせたい。

 そう考えていた君にとっての朗報だ、と。

 ジニスの声は弾むような軽さで、その事実を伝えてきた。

 

「まっ、まさかそのような! それが朗報などと、そのようなことは決して……!」

 

 ジニスの声を伝える眼魂に対して、地面に平伏してみせる。

 映像として向こうに伝わっているのかも分からない。

 が、既にここは命乞いの場になっているのだ。

 

『―――この世界において、私以外の命というものには二種類しかない。

 私を愉しませてくれるもの。そして、それ以外だ。

 さあ、クバル。君はその内、一体どちらかな?』

 

 返答も待たず、浮かんでいた眼魂が地に落ちる。

 からからと音を立てて、地面に転がる球体。

 震える体を何とか律して、クバルの手がその眼魂を拾い上げた。

 と、同時。眼魂は砕け、別のものへと変わる。

 

 ―――メダルだ。

 ジニスが力を込めた、巨大化するために使うコンティニューメダル。

 

 これから行うのはこの星最後のブラッドゲーム、と。彼はそう言った。

 つまり、この瞬間は。クバルが得られる最後の機会なのだ。

 ジニスを愉しませるものとして、庇護を得るに相応しいと示すための。

 

 次の瞬間、ジニスが降臨した辺りから爆発的な力の波動を感じる。

 

「は、あ、はあ……! ひぃいいいいいい!?」

 

 ジニスのものなのか。アザルドのものなのか。

 それすらも分からない。

 だが、あの二人が競うブラッドゲームが単純な戦闘になるはずもない。

 潰し合いではなく、競い合いになるのだ。

 恐らく、どちらが下等生物を面白おかしく狩れるかというかたちで。

 

 まずあの場に集まっている連中が狩られるだろう。

 その次に狩られるのはクバルかもしれないのだ。

 そうならないためには、クバルもそのブラッドゲームに巻き込まれるしかない。

 狩られる側としてではなく、プレイヤーとして。

 

「下等生物どもを殺せばいいのか……!? ジニスが愉快に思うように、残虐に、狡猾に……!」

 

 私はあなたをこれだけ愉しませられる兵隊です、と。

 そう示して頭を地面に擦り付ける。

 そうする以外に、これから先の生存はない。

 

 すぐさま走り出したクバルが周囲を探る。

 だがいない。人がいない。街中にでても、まったくいない。

 当たり前だ。下等生物の魂は、力を得たジニスが集めているのだから。

 周囲には魂の抜けた肉の塊が転がっているだけ。

 

「どうする、どうする!? どうすればいい!?」

 

 恐怖に喘ぎ、壊れそうな精神を生存本能で繋ぎ止め。

 彼は頭を抱えてどうするべきか考えて―――

 

 ピーポーピーポー、と。

 どこからか鳴らされる、サイレンの音を聞いた。

 

「―――――」

 

 頭を上げる。音源の方へと視線を向ける。

 遠く、一台の白い車が走行しているのを見つけた。

 

 デスガリアンの被害の大きいこの街では、情報共有のためにDEMIAを使っている人間が多かったのだろう。だがそれでも、全てではない。全員が魂を抜かれたわけではない。

 ジニスがグレートアイと融合した以上、今はまだ、程度の話だが。

 

 そうして、この地獄の中で。

 命を繋ぎ止めている人間たちは、どうするのか。

 倒れた無数の人間は、まだ倒れていない人間たちの手でどこへ集められるのか。

 

「病院―――!!」

 

 ジニスに捧げる悲鳴を奏でさせるため、クバルがその青い眼光を一際強く瞬かせた。

 

 

 

〈平成ライダーズ! アルティメットタイムブレーク!!〉

〈シンダイカイガン!! ラストバレット!!〉

 

 無数の銃口から放たれる弾丸の嵐。

 共に迸るのは、斬撃となって押し寄せる極光。

 

 それをつまらなそうに見据え、アザルドは自身の両拳を力で覆った。

 拳に纏ったエナジープラネット同士を打ち付ける。

 その衝撃で巻き起こる破壊が、相手の力を呑み込んだ。

 

「く……っ!?」

 

 攻撃、とさえ言えない。

 纏わり付く虫を軽く払うような、そんな程度の気の入れ方。

 ただそれだけで、ディケイドアーマーとシンスペクターが宙を舞った。

 

〈ダイテンガン! ネクロム! オメガウルオウド!!〉

 

「はぁあああああ―――ッ!!」

 

 正面を薙ぎ払う破壊に大嵐を避け、横合いから流体エネルギーを足に集めたネクロムが迫る。

 そちらに目も向けず、反応もせず、アザルドが打ち付けていた拳を下ろした。

 

 殺到するネクロムの必殺は直撃―――しても、アザルドの体を揺らすことすらできない。

 ネクロムの一撃は、単純に肉体の強度を突破できず跳ね返される。

 

「ぐっ……!」

 

 そんな相手を気にもせず、アザルドが空を見上げた。

 そこにはジニスが何もせずにただ浮いている。

 

 彼の手の中には、無造作に掴んだパーフェクト・ガンマイザーの姿。

 

 アデルはこの場所に辿り着くや否や、ジニスに攻撃を仕掛けた。

 その末路こそがこの有様だった。

 

 けしてパーフェクト・ガンマイザーの戦闘能力が低いわけではない。

 ガンマイザー全ての能力を兼ね備える魔人こそが彼。

 ただ、それ以前の問題だっただけ。

 ジニスという存在が、もはや単純な強弱で測れるようなものではなくなっていただけだ。

 

「兄上……! ―――ッ!?」

 

 吊された怪人の姿を見て、一瞬足を止めるネクロム。

 そんな相手に対して、アザルドは無造作に腕を振るった。

 距離など関係ない、とでもいうかのように奔る衝撃。

 軽く腕を払った程度の行為が発生させた衝撃波が、ネクロムを叩き伏せる。

 

「おい、ジニス! ゲームじゃねえのか!」

 

 雑魚に意識を割く必要などない、と。

 吹き飛ばした相手さえ気にも留めず、アザルドが上空のジニスを睨む。

 

 声をかけられた事に軽く鼻を鳴らすジニス。

 彼はつまらなそうに、パーフェクト・ガンマイザーを投げ捨てた。

 ただの一撃で沈黙していた魔人は、そのまま地上へと落ちていく。

 

「ゲームだとも。今なお私たちに反逆できる下等生物をどちらが多く狩りとれるか……そういうブラッドゲームさ。私自身が何もしないのは、君に対するハンデだよ。

 いま、私のために下等生物を狩ろうとしてくれている者がいるからね。彼が私のスコアを稼いでくれる限りは、何もしないさ」

 

 その物言いに対して、アザルドが苛立たしげに舌打ちする。

 恐らくはクバルの事だ、と理解したのだろう。

 アザルドからしてクバルに思うところはないが、相手にするには奴では力不足だとは考えている。

 

「それより、アザルド。君はいいのかい? クバルは今どうやら、愚かにも必死に生き存えようとする下等生物が集まる場所に目をつけたようだ。

 ここで遊んでいては、逆転できないほどスコアに差がついてしまうよ」

 

「はっ、随分とつまんねえ採点基準のゲームだな。

 そいつはプレイヤーとしちゃあんま評価できねえぜ、()()()()

 

 面白いゲームの作り方が分かっていない、と。

 そんな相手の口ぶりに対して、微かに首を動かすジニス。

 

「……フフ、そうかい? ではこうしよう。

 我々に刃向かう意思のある、いま目の前にいる連中には特別ボーナスをつけよう。()()()()を考慮した追加ポイントということでね。

 後はこいつらにどの程度のボーナスをつければいいかだが……」

 

 ジニスが空にあるまま、僅かに翼を動かした。

 悩むように彼は顎に手を当てて、僅かに首を傾げてみせる。

 

「問題は、私にはどれも特別扱いするほどでもないゴミにしか見えないことだ。

 アザルド、どれほどのポイントにするかは君が決めるといい。私はそれに従おうじゃないか」

 

 その言葉に呆れるように、またも小さく舌打ちしてアザルドが動き出す。

 ガン、と。強く打ち付け合った両の拳から生じる波動。

 たったそれだけの動作から発生したエネルギーを前にして。

 しかしそこに確かに死の気配を察して、彼女は前へと踏み出した。

 

「っ、顕現せよ―――! “いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”!!」

 

 屹立する白亜の城壁。展開される絶対の護り。

 円卓を盾として構えて、マシュは全身全霊をそこに傾けた。

 押し寄せるだろう衝撃に体を硬くし、そうして―――

 

 瞬間、大気が爆ぜた。続けて大地が蒸発し始める。

 無敵の城塞に激突した衝撃は何とか受け流した。

 だが。ただの衝撃に瞬く間に削られて、地面が溶けるように失われていく。

 

「マシュ!!」

 

「―――――っ!」

 

 立香の叫びに、彼女が気を入れ直して盾を強く握る。

 しかし、歯を食い縛りながら耐えていたマシュの体が宙に浮いた。

 彼女は体勢を立て直す余裕さえなく、大地へと叩き付けられ転がっていく。

 落とすまいと必死に掴み続けた盾が地面を削るブレーキ代わりに、彼女は滑る体を何とか止める。

 

「ッ……! はぁ……っ!」

 

 範囲も威力も桁違いの攻めを前に、息継ぎしながらマシュが顔を上げる。

 その攻撃からこの戦場を守ろうと思えば、彼女が前に出るしかない。

 軋む体。全身が上げる悲鳴を押し殺し、盾を持ち上げ立ち上がる。

 

 そんな彼女をどうでもよさそうに見て、アザルドが首を回し―――

 ふと気付いて、その視線を持ち上げた。

 

 彼の視線が向かう先は、彼方で上がり始めた黒煙。

 

「どうやら始まったみてぇだな。どうする、下等生物ども?」

 

 攻撃をすることもなく、笑い声混じりに問いかけてくるアザルド。

 先程の会話と合わせて考えれば、クバルが街で暴れているのだろう。

 すぐにでもそちらに向かわねばならない。

 ここに、全員合わせても勝機が見えない敵が二人いるというのに。

 

「…………あの、方向。まさか……!?」

 

 叩き伏せられ倒れていたジュウオウホエールが、弱々しくも体を起こす。

 黒煙が上がっている位置は、彼がよく知る場所だと。

 彼に続けて身を起こした操が、そこにある建造物を思い出して声を上げた。

 

「あそこには確か、病院が……!」

 

「―――ここは、俺たちが食い止める。お前たちは、向こうを!」

 

 ふらつきながらもそう口にして立ち上がるシンスペクター。

 土に塗れたくすんだ白衣を翻し、彼はガンガンハンドを振り上げる。

 直後、押し寄せる重力波を受け止めて蹈鞴を踏む。

 

「ぐ……っ!」

 

「俺は構わねえぜ? どうやらクバルが生きてる内は、あいつも動く気はなさそうだしよ」

 

 そう言って顎をしゃくり、空に浮くジニスを示すアザルド。

 その態度に対して、ジニスが微かに顎を引く。

 

「さっさとあっちを片付けて来いよ。その後に、俺とジニスとお前らで最後の決戦、って奴だ。まあ……」

 

 言いながら拳を引き、そこに力を集わせる。

 そこから軽く突き出した腕が放つ衝撃波。

 大気を震わせ大地を砕く波動が、周囲に撒き散らされた。

 

「っ!」

 

〈アタック! タイムブレーク!!〉

 

 ディケイドウォッチの力を最大に解放し、ジカンギレードとライドヘイセイバーをその手に。

 ジオウが迫り来る破壊の渦の前に立ち、双剣の斬撃で以て壁となる。

 だがしかし。押し寄せる力の奔流に比べれば、剣撃の何と弱々しいことか。

 まるで威力が足りず、ジオウが剣を振り切ることさえも叶わず跳ね返される。

 

「が……ッ!?」

 

「ソウゴ……っ! お願い、マシュ!」

 

「はい、マスター……ッ!」

 

 地面に転がるジオウ。

 彼を弾き返して威力の減じた破壊に対し、マシュが盾を構えて正面から突撃する。

 ラウンドシールドの表面を奔る衝撃。

 背後に庇う人たちを守るために、彼女は落ちそうな膝を必死に支えた。

 

 そうして必死に堪えて。

 ようやく威力を相殺し、攻撃が消滅した事を感じて、マシュの体が揺れる。

 

「ッ! はぁ、はぁ……ッ!」

 

「それまでお前らが俺を相手に生きてられれば、の話だがな」

 

 黒と金の体を微かに揺らし、全身から力を放つ破壊神。

 その前に立ちはだかるのは、盾を支えに何とか立ち続ける少女。

 

 ―――その姿を前にして、迷いが生じる。

 確かにクバルを止めにいかなくてはならない。

 けれど、この絶望的な戦力差を前に仲間を置いていけるか、と。

 

 今までも追い詰められた激戦は幾度もあった。

 だが、ここまで先の可能性が見えない戦いがあっただろうか。

 

「く、そ……ッ!」

 

 大きく頭を振り乱し、立ち上がるべく足に力を入れる。

 大和がそうした事に続くように、ジュウオウジャーたちが立ち上がっていく。

 その中で一人、強く拳を握り締めた男―――操が、声を張り上げる。

 

「みんなは行ってくれ! こっちには俺も残る!」

 

「操、お前……」

 

 握り締めた拳は震えている。

 アザルドが見せた圧倒的な力への恐怖、ではない。

 その恐怖の根源は、この戦場にいる別の怪物。

 ジニスへと感じているものだ。

 

 骨の随にまで染み込んだ、絶対的支配者だったジニスへの恐怖。

 だが彼は、それを凌駕して体を震わせながらも勇気を言葉に変える。

 

 怯え、竦みながらも。

 心臓を締め付ける感情に必死に立ち向かいながら、彼は叫び―――

 

 その瞬間。

 空から無数の弾丸が降り注いだ。

 

「あん?」

 

 弾丸の雨はアザルドの頭上へ。

 直撃したところで彼の体表に傷をつけることもなく、全て弾き返されていく。

 火花を散らしながら、アザルドが鬱陶しげに空を見上げた。

 

 そこにあるのは、空を征く船だ。

 帆に描かれているのは、鍵穴と二振りのカットラスが組み合うエンブレム。

 舳先に巨大な刃が取り付けられた、空飛ぶ赤いガレオン船。

 ―――その名を、ゴーカイガレオン。

 

 空中に舞うその船から地上まで届く、尋常ではない長さのロープが下ろされる。

 ロープに捕まった、六人の戦士と共に。

 

「あんたたち……!?」

 

「バングレイを倒すって目的は達成したし、もう帰ろうと思ってたんだけどね」

 

「そしたら宇宙からこの星にでかい粗大ゴミが墜ちてくのが見えちゃってさぁ。

 まあ、宇宙の清掃活動……地域貢献、って奴?」

 

 ジュウオウザワールドを背後にする六人。

 その中でハカセが困ったように頬を掻き、ルカが肩を竦めた。

 

「宇宙海賊は宇宙全部が仕事場ですから。ゴミをポイ捨ては見過ごせません」

 

「……ま。あたりが強い商売だからな、宇宙海賊は。ボランティアくらいしとかないと、かえって面倒ごとが増える」

 

「みなさんこう言ってますけど、スーパー戦隊が協力し合うことに理由なんかいりません!!」

 

 アイムが微笑み、ジョーが嘆息し、鎧が拳を握って振り上げて―――

 そんな鎧を後ろから押し飛ばして、赤いジャケットが前に出た。

 

「ボランティアだの協力だの知ったことか。

 宇宙海賊に、気に入らねえ奴をぶっ飛ばす理由なんかいらねえんだよ」

 

 マーベラスが不敵に笑い、懐からモバイレーツを引っ張り出す。

 後ろでその行動に五人が続く。

 それぞれが取り出したモバイレーツ、あるいはゴーカイセルラー。

 そしてレンジャーキーを開き、宿した力を開錠する。

 

「ゴーカイチェンジ!!」

 

〈ゴーカイジャー!〉

 

 銀色が、桃色が、緑色が、黄色が、青色が、赤色が。

 各々のジャケットを翻して立ち誇る。

 変化の衝撃が突風を巻き起こし、その場から強い風が昇っていく。

 吹き上がる威風がゴーカイガレオンを揺らす。

 メインマストの上で揺れる鍵穴とカットラスの海賊旗(ジョリー・ロジャー)もまた、その風で大きくはためいた。

 

 ゴーカイレッドが振り抜いた腕で自分の襟を弾き、声を張り上げる。

 

「海賊戦隊!」

 

 五色の戦士は両手に剣と銃、ゴーカイサーベルとゴーカイガンを提げ。

 銀色の戦士が両手で長槍、ゴーカイスピアをぐるりと回す。

 そうした六人が声を合わせ、更に声高に名乗り上げる。

 

「ゴーカイジャー!!」

 

 自分たちが立ち並んだ中、マーベラスが微かに首を後ろに傾けた。

 彼の視線が向かうのは、苦渋の感情を伺わせているジュウオウホエール―――大和だ。

 

「こっちは俺たちの獲物として貰うぜ」

 

「っ、ですけど……!」

 

「獲物を奪われたくなきゃ、さっさと向こうを解決して戻ってくるんだな」

 

 指にかけて銃を一度くるりと回し、ゴーカイレッドがアザルドに銃口を向ける。

 

「はっ……ゴミねえ。ま、サジタリアークは確かにもう使えねえゴミ同然。

 この星をぶっ壊した後の足に、テメェらの船を奪うのも悪くねえか」

 

 アザルドが手を顎に添え、軽く力をかけて首を鳴らす。

 そうしてから力を確かめるように、何度か拳を開閉してみせる。

 

「喜べよ、下等生物ども。その船を落っことさねえように、手加減して遊んでやるぜ」

 

「あっそ、そこまで言うなら喜んでやろうじゃない。

 どうもありがとうございます。低脳単細胞生物様、ってね!」

 

 ゴーカイイエローが吼え、同時に全員による銃撃が開始される。

 それに対して身を守るでもなく、アザルドはただ笑って全て直撃した。

 全弾直撃。全身余すことなく銃撃の嵐に呑まれ―――そして、当然のように無傷で済む。

 

 アザルドが腕を持ち上げ、ただ拳を握る動作をみせた。

 たったそれだけの動作から。次の瞬間、歪む重力。

 圧縮された空間が大地を砕き、ゴーカイジャーを呑み込まんと拡がっていく。

 

 効果範囲から跳んで逃れたマーベラスが叫ぶ。

 

「さっさと行け! ジュウオウジャー!!」

 

「―――っ!」

 

 迷いを振り切り、大和たちが戦場に背を向ける。

 宿した動物たちの力をもって、全速力で駆け抜けていく戦士たち。

 

 彼らの背中にちらりと目を向け、立香はすぐさま振り返る。

 相手も理解していたのか意識は合致し、互いの視線が交差した。

 彼女は一つ頷くと走り出し―――

 

「―――マシュ、まだいける!?」

 

「はい、やれます。マスター!」

 

 卑小な下等生物の足掻き。

 それを見下ろしながら、ジニスは少しだけ面白そうに喉を鳴らした。

 

 

 

 

 破壊する。破壊する。破壊する。

 限られた資源。人間という玩具。その絶望を以て王を興じさせるため。

 クバルは破壊活動を行いながら、ひたすら頭を回し続ける。

 

 下等生物を虐め、苦しめて。それでジニスの満足が買えるか。

 いや、足りない。それだけで自分は見逃されない。

 ではどうする。どうすればいい。どうしようもない。

 

「ぐぅううううう―――ッ!!」

 

 行き詰まった思考から生まれる苛立ち。

 そのストレスを発散するように、彼は全力で剣を振り抜いた。

 放たれた衝撃波が、ちょうど病院の前に止まっていた救急車を両断する。

 爆発、炎上する白い車体。

 

 その炎から逃れるように、近くにいた人間たちが地面を転がった。

 救急車で運んできたのだろう、DEMIAに繋がって魂を抜かれた人間。

 そいつを運んでいた救急隊らしき二人。

 病院側で受け入れの準備をしていた二人。

 

 ほぼ死人同然の一人と、あとは四人。

 転がっている魂が抜けた奴はどうでもいい。

 この四人をどうするか。

 殺す? だがそんな程度のことで、ジニスの関心を引けるはずもない。

 ではどうやって苦しめる。どうやってジニスを満足させる。

 

 焦燥と恐怖で思考が纏まらない―――

 ああ、もうとにかくまずは落ち着かなければ話にならない。

 だから殺そう。

 ここで適当に四人消費してでも、とにかく自身の精神を落ち着けよう。

 

 そうして思考を打ち切って、クバルは剣を振り上げる。

 出来るだけ残虐に。凄惨に。しかし時間をかけない程度に。

 

 刃を振り上げた怪人を前にして、一人の男が前に出た。

 病院側で受け入れ準備していた男だ。

 彼は他の三人を背中に庇って、必死に叫んだ。

 

「ここは私が引きつける! 君たちは院内の者を逃がすんだ! 出来るだけ多く! 早く!!」

 

 引きつける? 下等な人間風情が、自分を相手に?

 失笑するように鼻を鳴らし、こいつはあっさりと殺そうと即断する。

 いや。こいつだけ生かして、他の連中だけ殺すのはいいかもしれない。

 

 その一瞬の迷い。一瞬だけ止まった剣。

 ほんの少しの時間の隙間に、彼に庇われた他の病院職員が彼の名を呼んだ。

 

()()()()!?」

 

 剣を振り下ろす。その直前に耳に入った名前を理解する。

 クバルの腕が軋みをあげるほど、急激な切り返し。

 強引な方向転回した剣が見当違いな場所へと振り抜かれ、完全に空振った。

 だが、代わりに。クバルの心中は完全に()()()を掴んだと確信していた。

 

「風切ぃ?」

 

 喜悦の混じった声。明滅する青い眼光。

 目前で怪人の変調を見た男が、僅かに後退る。

 たかが人間を逃がすはずもなく、伸ばされたクバル―――バングレイの腕が、男の頭を掴んだ。

 

「ヒヒ、ヒャハハハハハハ―――ッ! これだ、これなら!!」 

 

 読み解かれる人間の記憶。遡っていく歴史。

 それらを閲覧したクバルが、狂喜する。

 頭を掴んだこの男以外の餌が必要ないと断定したクバルの目が、残る人間を見据える。

 

「……っ、逃げろ! 早く逃げろ!!」

 

 男―――風切景幸が頭を掴まれながら叫ぶ。

 けれど、この状態からだ。

 ただの人間では、そう簡単に逃げ惑うことさえできはしない。

 切り返した剣の切っ先を、残る人間どもに向けて―――

 

 その剣に鋼の鞭と化した蛇腹剣が巻き付き、動きを止められた。

 

「ジュウオウイー……!?」

 

 グル、と。続けようとした言葉を途中で止める。

 それほどの力はない。

 武装が同じだけで、まったく別人のような貧弱さだ。

 

 クバルが振り返ってみれば、その予想は正しかった。

 赤い翼を翻し、鳥のジューマンが空中からその剣を振るっていたのだ。

 

 その隙を突いて、というほどでもないが。

 他の人間たちが全員泡を食って逃げ出していく。

 

「バド……!」

 

 景幸が呟くように、そのジューマンの名を呼ぶ。

 鳥のジューマン。そして恐らく、ジュウオウイーグルの因縁の相手。

 風切景幸の記憶から得ていたクバルが、小さく舌打ち。

 ―――した直後、鼻を鳴らす。

 

「いえ、ちょうどいい。あなたの記憶も読んで、情報を補完させて頂ましょう。

 ジニス様に愉しんで戴けるように、ジュウオウイーグルを愉快に抹殺するためにもねぇ!!」

 

 剣に絡んだイーグライザーを掴み、一気に引き下ろす。

 バドの抵抗は空しいほどに効果がなく、完全に力負けして地上へと落とされた。

 地面に転がって衝撃を殺し、赤い鳥人が何とか着地。

 

 その瞬間、景幸を投げ捨ててクバルがバドに駆け寄る。

 胴を踏みつけ、頭を掴みにかかる。

 

「く……っ! その腕、バングレイという奴の―――!」

 

「フ、フフ、ハハハ―――! ああ、これで……!

 ジュウオウイーグルを壊して、その姿をジニス様にご覧戴く! これなら!!」

 

 掴んだバドの頭の中から情報を抜き出し、クバルは笑う。

 

 ジュウオウイーグル。ジュウオウゴリラ。そしてジュウオウホエール。

 今になっては大した力ではないが、ジュウオウホエールはかつてアザルドさえも封印した力だ。

 その強者を弄んで、壊して、殺す。これだけやれば、やれるところを見せれば。

 ジニスに懇願すれば、何とか延命だけは叶うかもしれない。

 

 必要な情報を引き出したバドを手放し、蹴りつける。

 転がっていく相手からあっさりと視線を外し、彼は景幸の方へと歩き出す。

 乱暴に扱われ、咳き込んでいた男。

 その首根っこを再び掴み、吊り上げる。

 

「が……っ!」

 

「どうぞご安心を。殺しませんよ。まだ、ね。私の目的は―――」

 

 そうしている内に、野獣が迫ってくる気配を感じる。

 形振り構わない全力疾走で大地を揺らし、六頭の獣がその場に駆けつけた。

 

「クバル!!」

 

「ご機嫌よう、ジュウオウジャー。ちょうどよかった」

 

 この場に飛来するためにジュウオウイーグルになっていた大和に向け、クバルは掴んだ景幸を見せつける。

 よく見知った顔を差し出され、彼が大きく体を揺らした。

 

「父、さん……!」

 

 その反応を見て、景幸もまた驚いたように目を見開いた。

 ジュウオウイーグルが大和であると、彼もまた今知ったのだと。

 大和の口から出た言葉に反応し、タイガーがイーグルと捕まった男性の間で視線を行き来させる。

 

「大和くんのお父さん!?」

 

「人質のつもりか……!」

 

 エレファントが苦々しげに、怒りを滲ませた声で。

 だがクバルはその言葉をすぐに否定した。

 同時に、景幸の首の近くで剣の切っ先を小さく揺らし始める。

 

「ええ、そのつもりだったのです。ですがご安心を。人質にはしませんよ。

 彼では人質にならないでしょう。ねえ、ジュウオウイーグル?」

 

「ああん!? 人の親父捕まえといて何言ってやがる!」

 

 猛るライオンに対して鼻を鳴らし、クバルが剣を景幸から外す。

 次にその切っ先を向ける相手は、地に伏せたバドの頭。

 

「人質にはこちらの方が相応しいのではないですか?

 あなたの命の恩人、ジュウオウイーグルの力の源……バド、とかいう名前でしたか」

 

「鳥のジューマン……大和にジューマンパワーを渡した?

 ってことは、あいつが王者の資格を」

 

 景幸を捕まえながら、バドに剣を突きつけて。

 そうした状態で、改めてクバルが大和に対して向き直る。

 

「ですがジュウオウイーグル、全てはあなた次第!

 あなたが大切だと思う方、どちらかを解放しようではないですか!

 人質を二人も捕まえておくのは大変ですからねえ」

 

「なにを……!?」

 

 遊ぶような言葉と裏腹に、喉の奥から絞り出される迫真の声。

 クバルの言葉に虚偽がないのだとさえ思わせる声色。

 その声を向けて、彼は大和に問いかける。

 どちらを解放すればいいか、と。

 

「―――両方助けるに決まってるでしょ!」

 

 シャークがそう口にして、体勢を低くする。

 鳥男のジューマンについては思うところがあるが、そんなものは後だ。

 とにかく今は、あの二人を助けてクバルを倒す。

 

 そうして体勢を変えたセラを見て、クバルは剣を引き戻す。

 刃を景幸の首に当て、ゆっくりと―――

 

「くっ、テメェ……!」

 

「そう慌てる必要はないでしょう?

 今のままでは二人助けなくていけないところを、一人にしてさしあげると言っているのですよ。

 さあジュウオウイーグル、大人しくまずは選びなさい。父親か、恩人か。さあ、さあ!」

 

「ぐぁ……」

 

 嗤うクバルに続けて、景幸の苦痛の声。

 それを聞いたバドが地に伏せながら、すぐにクバルに向け声を上げていた。

 

「俺があいつの恩人だと? 俺はあいつに何かしてやったつもりなどない。ただの気紛れで、王者の資格を捨てるより適当な人間に渡すことを選んだだけだ」

 

「ほう、ただの気紛れで自分の生命力を死にかけの子供にねえ。

 それはそれは、さぞおかしな精神状態だったんでしょう。

 ふふ、どうです? 父親として、彼は子供の恩人になったのだと聞かされて」

 

 力を緩め、しかし剣は押しつけたまま。

 クバルは景幸の顔を覗き込む。

 彼は驚いた様子で目を見開き、バドの顔を見つめていた。

 

「バド……お前……」

 

 ―――父と、恩人。

 二人の間に何かを感じ、大和が足を震わせる。

 それを察したクバルが更に笑みを深くして、彼を見据える。

 だけでなく、彼は自身の右腕を揺らしてみせた。

 クバルのものではない青い腕。巨獣ハンター・バングレイの腕。

 

「命を救われた謝礼に、救ってくれた男の息子を助ける! 命懸けで! ああ、しかし悲しいかな! 救われた息子は、自分が救われた原因である父を憎んでいる!

 人間とジューマンは簡単には分かり合えない! だからその鳥のジューマンは人間に襲われ、死にかけていた! それを治療した心優しい人間は思ったんでしょうねえ! ジューマンの存在は秘匿しなくてはならない! そうでなくてはまた同じことが起きる! つまりジューマンを助けた事を誰にも言ってはいけない!

 そんなことをしていたせいで妻の臨終に立ち会えなかったという事実さえも! それが原因で息子に憎まれるのだとしても!」

 

「―――――」

 

 ジュウオウイーグルが停止する。

 あの日、森で彷徨っていた自分はバドに救われた。

 その理由は、バドが景幸に命を救ってもらったことがあるから。

 嘘だ、と返すのは簡単だ。だからこそ、クバルはその腕を見せつけた。

 記憶を相手の頭から直接見ることができる、バングレイの腕を。

 

「や、大和……?」

 

 握った拳を震わせる大和。

 そんな彼の背中に操が声をかける。が、反応はない。

 彼の反応を待っているのか、クバルさえ動きを止めて彼を待つ。

 

「……こんなことになってても、何も言わないのかよ……!」

 

 大和が顔を上げて、クバルに拘束されている父を見る。

 

「いつも、いつもいつもいつもいつもいつも!! あんたは俺に何も言わない! 俺は母さんじゃない! あんたの言いたいことを言われる前に理解できるほど、あんたと向き合ったことはない!! あんたが向き合ってくれたことだってないだろ!!」

 

 息を荒げ。声を荒げ。

 心の底に沈殿していた暗い感情を吐き出す。

 

「あんたは人を助けてて……! 俺はただ我が儘を言ってただけだったって……! その真実さえ教えてもらえないで、じゃあ俺はどうやって間違いを正せばいいんだよ……! 俺に! それを、教えてくれるのが……父親なんじゃないのかよ……!!」

 

「大和……」

 

 景幸が息子の名を呟いた。

 それを冷めた様子で眺めながら、クバルが腕に力を込める。

 途端に景幸の口からは悲鳴が漏れた。

 

「少々予想していたものとは趣が違いましたが……ま、いいでしょう。十年来の仲違いが解決しそうで何より。では、解決する前に永遠にお別れして戴きましょうか」

 

「させるか―――ッ!」

 

 最も反応が速く動き出したのはバド。

 ちらりとそちらを見て、クバルは剣を握り直しつつ―――

 景幸をバドに向かって投げつけた。

 

「っ!?」

 

 すぐに受け入れ姿勢に入り、彼を受け止めるバド。

 だがその衝撃を殺しきれずに、二人纏めて地面に転がることとなった。

 

「父さん! バドさん!」

 

「ハッ―――!」

 

 続けて振るわれるクバルの剣が、転がった二人に向けて衝撃波を放つ。

 エネルギーを圧し固めた光の斬撃。

 それはバドはもちろん、ただの人間である景幸に耐えられるものであるはずなく。

 六人が走り出し―――しかし、それが間に合うはずもない。

 

「―――ッ!」

 

 バドはせめて、と。景幸の体を抱え込む。

 そうして抱えた恩人は少し残念そうで、しかし少し満足そうな顔をしていた。

 

 ―――あの時。

 人間もジューマンも信じられず、ただ自暴自棄になって死ぬつもりだった。

 だがそんな彼を抱き起こし、命を救ってくれたのが風切景幸だった。

 その心に触れて、生きる気力を取り戻した彼と引き換えに―――

 景幸は妻の死に目に会えず、それを詰る大和との間の繋がりに亀裂が入った。

 

 それをやっと今、また始め直すことができるかもしれないのだ。

 敵の策略の中で起きた暴露であっても、それが切っ掛けでまた親子が親子に戻れるかもしれないのだ。

 自分はいい。たとえ、ここで死んでも。

 だが景幸だけは。彼だけは何としても、生かして大和の許へ―――

 

 そう考えたバドの胸元で、王者の資格が熱を帯びる。

 その事実に驚愕しつつ、しかし。彼は懐に手を伸ばした。

 

 人間も、ジューマンも、まだ信じることはできない。

 けれど、全てを疑っているわけではない。

 そして、守らなければならないものも知っている―――つもりだ。

 

「一度だけでいい……! 俺に、守るべきものを守るための、力を―――!!」

 

 バドが叫ぶ。

 それと同時にクバルの放った攻撃が着弾し、爆炎を撒き散らした。

 立ち上る炎、濛々と立ち込める黒煙。

 そんな光景を前にして、クバルが笑いをこぼしながら大和に向き直る。

 

「どうです!! やっと繋がりとやらを取り戻せそうになった父親も! 今まで守ってくれた恩人も! あっさりと死にました!!

 さあ、絶望に塗れたその貌を! ジニス様に捧げる見世物にする時です!!」

 

 下等生物の絶望は今更だ。

 けれど、反抗するほどの力を持つ強者の絶望ならば。

 最早それしか選択肢はないからこそ、彼は狂喜しながら大和を見据え―――

 

 炎と煙を晴らす風の訪れに、驚愕して振り返った。

 

「なにが……!?」

 

 クバルの攻撃が起こした破壊の残滓が晴れていく。

 ジュウオウジャーが何かしたわけではない。

 炎を裂き、煙を払い、その中から姿を現すのは二人の人影。

 

 一人は間違いなく風切景幸。

 そして彼の前に立ちはだかる、ジュウオウイーグル。

 ―――いや、ジュウオウイーグルではない。

 大和はそちらではなく、確かにクバルの目の前にいる。

 

 ジュウオウイーグルと同じ姿を持ちながら、体の色が薄れたようにオレンジ染みた色に変わった戦士。

 彼は大きく腕で羽ばたくと、その場で名乗り上げた。

 

「天空の王者! ジュウオウバード!!」

 

 バドの声が、新たに現れた戦士の名を告げる。

 更に彼は手の中にある剣、イーグライザーを振るう。

 その蛇腹剣は鋼の鞭となってクバルを強襲し、彼の持つ剣に巻き付いた。

 

「ぐっ、貴様……!」

 

 つい先程の引っ張り合いとはまるで違う力。

 その力に不意を突かれ、力任せに剣を奪われる。

 

 ―――だがそれだけで彼は限界だった。

 引き寄せたイーグライザーと、絡みつかれたクバルの剣。

 それが勢い余ってバードの手から離れ、転がっていく。

 

 元より彼は、既に大和に生命力の大半を与えたジューマン。

 本能覚醒しジュウオウジャーに変わった。

 たったそれだけで、限界が訪れる。

 無防備に膝を落とすバードを前にして、クバルは即座に行動を変えた。

 

「やってくれましたね……! 代わりに、お前の頭から―――!」

 

 バングレイの腕で兵隊を貰う、と。

 そうやって喚き立てながら、同時にジュウオウジャーを窺う。

 

 状況は変わらない。

 瀕死のバド。そして無力な景幸。

 この二人が戦場にいる限り、それを守るためにジュウオウジャーは戦う。

 その隙をついてバングレイの力を使えば、まだ幾らでも挽回が―――

 

「これまでの代価を払わなければいけないのはそっちでしょう。

 ―――堕ちた外道に罪を告げるは閻魔の仕事。懺悔があるならこれから地獄で並べなさい」

 

 稲妻のように、その刃が降り来る。

 病院の壁を駆け上がり、跳んだ剣豪が振るう一撃。

 それは正しく、クバルの体とバングレイの腕の接合部に徹された。

 

 青い腕が空を舞う。

 クバルの持つ、現状を打破する唯一の武器が。

 

「ま、宇宙人が私たちと同じ地獄に行くのかどうかは知らないけれど」

 

 くるくると回る腕を視線で追い、すぐにそれを為した人間を睨む。

 既に剣を納めた青い着物の侍が、醒めた眼で彼を見据えていた。

 

「か……ッ、下等生物ガァアア―――――ッ!!」

 

 赫怒が彼の思考を染め上げ、それを晴らすために動こうとし―――

 

〈ジュウオウスラッシュ!!〉

〈ジュウオウザフィニッシュ!!〉

 

「オォオオオオオオオオ―――――ッ!!」

 

 剣形態のジュウオウバスター。そしてロッド形態のジュウオウザガンロッド。

 二種の武器を以て六人が繰り出す必殺の剛撃が放たれる。

 六つの攻撃は六指の獣の腕と化し、その爪をクバルに対して突き立てた。

 

「グァ……ッ!?」

 

 直撃を受け、金色の装甲を切り裂かれる。

 よたよたと覚束ない足取りながら、距離を取ろうと必死に足を動かす。

 その彼の目前に、筋肉の塊が飛び出した。

 

「本能覚醒! ジュウオウゴリラ!!」

 

「ギ、」

 

 振り抜かれる巨大な拳。

 それがクバルの顔面に突き刺さり、粉砕した。

 破片を撒き散らしながら吹き飛んで、地面へと激突。

 

〈ジュウオウシュート!!〉

〈ジュウオウザバースト!!〉

 

 コンクリートを粉砕しながら地面を滑る彼に、更なる追撃が放たれる。

 それぞれ銃に変わった四つのジュウオウバスターと、ジュウオウザガンロッド。

 五つの光が一つに合わさり、巨大な光弾に膨れた。

 その一撃を見舞われ、またも無数の破片を撒き散らすクバル。

 

「こんな……! 馬鹿な……! 私は、絶対に、生き延びて……!!」

 

「本能覚醒―――ジュウオウホエール!!」

 

 ばらばらと残骸をこぼしながら、クバルが半死半生の状態で立ち上がる。

 彼の前に立つのは、大王者の資格を掲げたジュウオウホエール。

 残る五人がホエールの後ろに回り、彼の背中へと手を添えた。

 同時に、ホエールチェンジガンのハンドグリップを幾度も前後させていく。

 

 噴き上がる地球の力。

 ジニスが得た力に比べれば小さい。

 だがそれでも、クバルを殺すには足る強大な力だった。

 

「ひ……!?」

 

「これで終わりだ、クバル―――!!」

 

〈ジュウオウファイナル!!〉

 

 砲口から光が放たれる。

 逃げることも叶わず、クバルはそれに一息に呑み込まれ―――

 

「嫌だ……! 嫌だ、死にたくない……! ジニス様、ジニス様! どうかお助けを!!」

 

 その断末魔に、懐にあったコンティニューメダルが励起した。

 瞬く間に膨れ上がっていくクバルの機械の体。

 損傷を完全に復元しながら、更に巨大に、強大に。

 

 巨大になった金色の機人が、自身の体に視線を巡らせる。

 自身がブーストコンティニューした事を理解して、彼は歓喜の声を上げた。

 

「ああ……! ありがとうございます、ジニス様! 必ずや貴方様のお役に立ちます! ですから、どうか私を!! 私だけでも!!!」

 

〈ワイルドトウサイドデカキング!!〉

 

「完成!! ワイルドトウサイドデカキング!!!」

 

 狂喜する彼の前に、ジューランドの象徴たる巨神が降り立つ。

 そのコックピットの中で、キューブに手を添えながらセラが呟く。

 

『……あんたは、そうやって生きていくことに満足なの?

 こんな、命を続けることだけを媚びる生き方で』

 

「黙れェエエッ!! 自分の命を最優先に考えて何が悪い!! どれほど綺麗事を並べようが、それが生物の真実だ!!」

 

『……かもな。自分の命が一番大事なのは、何もおかしいことじゃねえ。

 けどなあ! 自分の命が大事で、自分の命を必死に生き抜こうとしてる連中と! お前みてえにジニスに縋って、他の命を愉しみながら踏み躙ろうとした奴を、一緒にするんじゃねえよ―――!!』

 

 ドデカキングが進軍を開始する。

 レオの意気に従い、巨神がモグラドリルの装着された腕を突き出した。

 回転するドリルがクバルを装甲を食い破り、残骸を散らす。

 攻撃を返したところで、クバルの一撃ではドデカキングは揺るがない。

 

「ひぃ―――ッ! おのれ、ジュウオウジャーどもぉ!!

 くそっ! くそぉっ! 私は私が生きるために他の連中を殺しただけだ! 殺す理由がジニス様を愉しませるためだっただけだ! 何故私が、こんなァ―――ッ!」

 

『お前が今までしてきたことを、“生きるため”だったと正当化するなら―――お前たちを倒す僕たちの、“生きるため”の戦いを否定できはしない! 僕たちは生きる! お前を倒して、アザルドを倒して、ジニスを倒して!!』

 

 タスクが強くキューブを掴み、回転させる。

 キリンバズーカが展開した腕部からの砲撃がクバルを撃つ。

 破片を散らしながらよろめいた彼が、狂ったように嗤う。

 

「今のアザルドを、ジニス様を、倒す? できない。できはしない!

 ジュウオウジャー! その力を以て、私と共にジニス様を愉しませましょう! チームリーダーとして下等生物を狩ってジニス様を愉しませれば、生きる事を許して貰うことができるはず!!」

 

『私たちが生きることに、誰の許しも要らない! 私たちはここにいる! いま、ここで生きてる! いつか必ずやってくる死を迎えるまで、私たちは思うように生き抜くだけ! 命を失いたくないって生きる事から逃げて、他の命を踏み躙ることを選んだあなたとは違う!!』

 

 アムが力を込めてキューブを掴めば、ドデカキングの胸部に集う力。

 それが光線となって解き放たれ、クバルを吹き飛ばした。

 轟音を響かせながら大地に転倒するくすんだ金色の巨体。

 

『―――どんなに辛くても。どんなに怖くても。俺には、心が繋がってる仲間がいる。ジニスはまだ怖い。けど、立ち向かえる。逃げ出したくなった時も、手を握って支えてくれているような安心感をみんながくれるんだ。俺たちの力はジニスたちに届かなくても、この温かさがあればきっと乗り越えられる! だから行こう、大和!!』

 

『…………うん』

 

 大和がキューブに手を添えて、力を込める。

 

『クバル、俺もお前と同じだ。自分の弱さを相手のせいにして、逃げ出してた。目を背けて、耳を塞いで、自分だけの世界から相手だけを責めてた。

 けど―――俺には、俺の弱さを全部引っくるめて受け入れて、一緒に戦ってくれる仲間がいる! 自分以外の誰かを利用することしか考えないお前たちに、俺たちは絶対に負けられない!!』

 

 ドデカキングの足下からキューブ状のエネルギー体が無数に現れた。

 それがどんどんと連なっていき、空中へと舞い上がっていく。

 

『クバル!! お前が負けた恐怖にも、俺たちは―――()()()()()負けない!!!』

 

 舞い上がった100のキューブ。

 それらが全てキューブアニマルへと変形し、クバルに向けて殺到する。

 

『ジュウオウドデカダイナマイトストリーム!!!』

 

 100体のキューブアニマルの激突。

 それはクバルの体を徐々に粉砕していき、致命的な損傷を負わせる。

 全身から火花を噴き散らし、罅割れ濁った金色の機兵が崩れ落ちていく。

 

「ああ、ああ!? ジニス様! ジニス様!! お助けを!? お慈悲を! どうか、お慈悲を……!! ジニス様ァアアアアアアアア―――――ッ!?!?」

 

 爆炎と共に沈むその姿を見据え、ドデカキングが両腕を下ろす。

 そうした巨神がゆっくりと振り返り―――

 ここからそれなりに離れた空中で漂う、白い王と対面した。

 

 

 




 
側溝の王者! ジュウオウザリガニ!!
 


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復活!仮面ライダーゴースト!2016

 

 

 

「ヌゥウウン―――ッ!」

 

 アザルドが咆哮と共に、両腕を掲げる。

 閃く光が彼の全身から空へと立ち上り、上空で一気に爆ぜた。

 弾けた光は流星と化し、大地へと降り注ぐ。

 辺りを全て効果範囲に納めた流星群による絨毯爆撃。

 

 船だけは巻き込まないようにしてやる、などと。

 そんな前言を忘れたかのように、アザルドによる蹂躙が始まった。

 

 それを辺り一帯ごと防ぎ切る手段はない。

 マシュの盾ならばあの攻撃さえ防ぐだろう。

 だがこの範囲、全てを塞き止められるはずもなく。

 

「まずは開戦の狼煙をあげてやるぜ。この程度で死ぬんじゃねえぞ!」

 

 戦場だけに収まらず、街まで含めて見渡す限りを消し飛ばすだろう星の雨。

 それを放ちながら、彼は呵々大笑してみせる。

 全てを撃ち落とす暇などなく、防ぎきれない蹂躙に対し―――

 

「フォウ、フォォ―――ウッ!」

 

 白い獣が、急かすように彼女の頭をてしてしと叩いた。

 うるさい、とはたき落としたい気持ちをぐっと押し込めて。

 彼女は全身を巡る力に、意識を強く載せていく。

 

星の形(スターズ)宙の形(コスモス)神の形(ゴッズ)我の形(アニムス)天体は空洞なり(アントルム)空洞は虚空なり(アンバース)

 虚空には(アニマ、)神ありき(アニムスフィア)―――!!」

 

 星を呼び、落とすほどの魔術が起動する。いいや、起動するはずもない。

 星を呼ぶには準備が足りず、状況は整っていない。

 これほどのものを、急場凌ぎのために発動できるはずもないのだ。

 彼女の卓越した魔術の腕をもってしても、それを十全に扱うには足りないものが多すぎる。

 

 ―――けれど。既に空から降る星があるのなら。

 宇宙(ソラ)を巡る星の属性を持った魔弾の雨がそこにあるのなら。

 その軌道に干渉し、操ることくらいなら―――

 

 オルガマリー・アニムスフィアの周囲に光が発散。

 ダ・ヴィンチちゃん謹製のボディが悲鳴を上げる。

 かつてないほどの魔術行使に、彼女の顔が強く引き攣っていく。

 視界を赤く染めながら、それでもなお、彼女は魔力を奔らせた。

 

「―――――ッ!!」

 

 アザルドがとっくに手放した、星の支配権を握り込む。

 強引に、力任せに、彼女の意思に乗っ取られた星の雨が軌道を変える。

 全ての弾丸が、放った当人であるアザルドを目掛けて迸った。

 

「ほお!」

 

 不自然に軌道を捩じ曲げ、殺到する流星群。

 それらが全て、アザルドへと直撃した。

 数え切れない光弾を浴び、爆炎に呑まれ、しかしその中で愉しげに笑う怪人。

 

「テメェら!」

 

「ああ!」

 

 立ち上る炎の柱に向けて、ゴーカイレッドが銃を突き出す。

 そのシリンダーには既に彼自身のレンジャーキーが差し込まれていた。

 続くように、残る五人の戦士たちが銃を同じ方向へ向ける。

 

〈ファイナルウェーブ!!〉

 

「ゴーカイブラスト!!」

 

「ゴォオオオカイ! スゥウウパァアアアアノヴァ!!」

 

 一気呵成にゴーカイジャーたちが砲撃を見舞う。

 放たれた六つの光弾が軌道上で交わり、一つの巨大な光弾に変わる。

 星の雨が拡げた炎を吹き飛ばし、その中に立つアザルドへと一直線に。

 

「ハハハハハハハハ―――!」

 

 晴れた炎の中でアザルドは傷一つなく、砲撃に対して胸を張って受け止める。

 直撃した瞬間に弾け、込められたエネルギーは余すことなく破壊力へ。

 多くの怪人を葬ってきた多重銃撃が、当たり前のように何の成果も出せず薄れていく。

 

 彼は体の破片一つこぼすことなく、必殺を耐えきってみせた。

 ―――いや、耐えたという意識すらないのだろう。

 ただ、耐えるまでもなく傷一つ付かなかっただけなのだ。

 

〈シンダイカイガン!! シンスペクター!!〉

 

 銃撃の残滓を突き抜けて、七つの翼が羽ばたいた。

 蒼く輝く光の矢となり、シンスペクターが力を載せた足を突き出す。

 その一撃が届く前に迫る相手を認識したアザルドが腕を振り上げる。

 

「ツクヨミ!!」

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

「ええ!」

 

〈エクシードチャージ!〉

 

 ジオウがジュウモードのギレードにウォッチを装填。

 同時に、ツクヨミがファイズフォンXをアザルドに向けた。

 タイミングを計る間もなく即座に放たれる二つの銃弾。

 それは共にアザルドの腕へと直撃した。

 

「あん?」

 

 赤い光が腕を包み、更にその上に“STOP”の文字が描かれた標識が浮かぶ、

 発生した二重の拘束。

 それでもなお、稼げるのは十分の一秒にも満たない刹那の空白。

 だがそれで十分だと、シンスペクターの体が加速した。

 

「オォオオオオオ―――ッ!!」

 

〈デッドリーオメガドライブ!!!〉

 

 一瞬訪れた、無防備な状況。

 攻撃も防御もしていない、隙だけを晒している姿。

 確かにスペクターの一撃はその瞬間を狙い撃って直撃し―――

 

「何だぁ? こんなもんかよ」

 

 自身の胸に叩き付けられた足を見下ろしながら。

 黒と金の破壊神は、溜め息混じりにそんな落胆を吐き出した。

 

 隙を晒して、無防備で、何の身構えもしていないアザルドに。

 これ以上ないほど綺麗に決まった必殺の一撃が、容易く耐え切られたのだ。

 反動で弾かれたスペクターが着地し、地面を滑る。

 それを追って振り抜かれる金色の外殻に覆われた拳。

 

「くっ……!」

 

〈シンダイカイガン!! プライドフィスト!!〉

 

 悲鳴を上げる体をおして、マコトはすぐに次撃に繋ぐ。

 両の拳に流れ込むはずの力を右拳一つに集約。

 全てを載せて、彼は力漲るその拳を突き出した。

 

 激突する両者の拳。

 勝敗については語るまでもなく、アザルドへと傾いた。

 輝く腕を打ち砕きながら、振り抜かれる隕石のような黒と金の拳。

 

「ガァ……ッ!?」

 

 シンスペクターが宙を舞う。

 吹き飛んだ体は止まることなく、背後に聳える岩壁まで。

 激突して岩を粉砕し、ようやく止まったと同時に壁を崩落させていく。

 崩れる岩に埋もれ、姿を消すスペクター。

 

 それを見送って、アザルドが鼻を鳴らし―――

 

〈フィニッシュタイム! ヘイ! 鎧武!〉

〈鎧武! スクランブルタイムブレーク!!〉

 

 頭上から降り注ぐ橙色の光の刃が、彼の肩口から直撃した。

 噴き上がる火花。同時に飛散する果汁。

 弾けるオレンジの雨を浴びせられ、しかし破壊神は揺るぎなく。

 

「く……っ!」

 

「ハッ!」

 

 自身に叩き付けられたヘイセイバーの刀身を掴む。

 そのまま正面のジオウを殴り抜こうと彼は拳を振り上げて―――

 

〈ファイナルウェーブ!!〉

 

「ゴォオオオカイッ! レジェンドクラァアアアッシュ!!」

 

 直上から、飛び上がった金鎧を纏った銀色の戦士が襲来する。

 ジオウを飛び越し、アザルドの脳天を目掛け。

 15の戦士が結集した力を纏った槍が、流星の如く降り注いだ。

 

 破壊神は微動だにせず、それを脳天で受け止める。

 紛う事なき直撃を見舞われ、しかしそれでも不動。

 敵の体表を僅かに削り止まった槍に、ゴーカイシルバーが息を呑む。

 

「どうした、これで終わりか?」

 

「なわけねえだろ! ゴーカイスラッシュ!!」

 

〈ファイナルウェーブ!!〉

 

 マーベラスの号令に従い、五人がサーベルにレンジャーキーを装填。

 相手を囲い、それぞれの色に光り輝く刃を体に直接叩き込む。

 

 赤が、青が、黄が、緑が、桃が。

 五色の剣撃が漆黒の体にぶつかり、その威力を間違いなく発揮する。

 

 ―――それでも、不動。

 

 高出力のエネルギーを纏う7つの刃。

 それを今なお押し付けられながら、アザルドは何でもないように鼻を鳴らす。

 微かに削れた外殻から少量の白煙を上げるだけ。

 

「チッ……!」

 

「―――もう一回訊くぜ。これで終わりか?」

 

 言葉に続けて、アザルドの胸を中心にして一気に力場が拡がった。

 その力の渦に弾き返されないように、総員が立てた刃に力を込める。

 これ以上ないほど、全力で押し込み続ける7人。

 

 そんな彼らが、いとも簡単に吹き飛んだ。

 競り合いになどならない。

 枯れ葉を吹き散らすような容易さで、戦士たちが吹き飛んだのだ。

 尋常ではない速度で地面に叩き付けられ。

 あるいは木々を薙ぎ倒し。あるいは岩壁に突き刺さり。

 7人の戦士が、巻き上げられた砂塵の中で沈黙する。

 

 それを為した怪人がやれやれ、と。

 大したことでもないように、首を軽く回しながら次を見る。

 星を打ち上げるのを邪魔した人間、オルガマリー・アニムスフィアを。

 

「―――っ!」

 

 すぐさまそこにマシュが割り込み、続けて立香がその後ろにつく。

 盾一枚が割り込んだことなど気にもせず、アザルドが歩みだし―――

 数歩進んだところで、何か気付いたように足を止めた。

 そうして振り返り、見上げる光景。

 

 そこには丁度、巨大化したクバルが姿を見せていた。

 

「お、あっちはそろそろ終わりか?」

 

 クバルが退場すれば、ジニスが動くとの約束だ。

 ここまで来たら、待っていた方がいいかもしれない。

 すぐに現れたワイルドトウサイドデカキングの姿を見上げながら、そんな事を考えたアザルドが首を傾げる。

 

 ―――案の定、わざわざ待つまでもなくクバルはすぐに没した。

 大して面白くもない最期を見届けてから、改めてジニスに視線を向ける。

 

 

 

 

 断続的な痛みを受け、体が動かない。

 機能として、動くための性能は失われてはいないはずだ。

 だというのに、痛みという感覚だけで彼は動けなかった。

 肉体などという不完全なものを取り戻したツケだ。

 

 落下した場所にあった木に寄りかかりながら、彼は弱々しく拳を握る。

 

「―――――」

 

 ガンマイザーを経由し繋がっていたDEMIAのサーバー、人間の魂。

 力として、資源として活用するつもりだったものはもうない。

 彼は失敗したのだ。

 恨み言を吐くのも億劫になって、目を瞑り―――

 

「兄上……!」

 

 そこに、アランがやってきた。

 生きてはいるアデルを見るや、彼はほっとした様子で息を吐く。

 その態度に苛立ちを覚え、眉を上げて力を入れる。

 つい一瞬前には口を動かすのも億劫だ、と感じていたけれど。

 しかし、自然と口を動かし彼に言葉を吐いていた。

 

「……何をしにきた、裏切り者めが」

 

「決まっている。兄上、あなたを助けにきたのだ」

 

 歩み寄ってくるアラン。

 それを追い払うこともできず、アデルが舌打ちする。

 

「敵の貴様が私を助ける? フン、一体何を……」

 

「敵―――目的を違えていても、私たちは家族だ。

 父上も、姉上も、アルゴスも……アデルも。それだけ考えて、助けてもいいはずだ」

 

 アランがアデルを引き上げ、肩に腕を回させる。

 

「ふん……家族、家族だと? 何が家族だ、それを真っ先に棄てたのは―――」

 

「兄上、誰も棄ててなどいない。棄てられるものじゃないんだ。

 どんなに棄てたように見えても、どこかで繋がっている。

 それが―――家族が、私たちがこの世界に生まれる前に、最初に得る繋がりなんだから」

 

 アデルを抱えながらアランが歩み始める。

 彼もまた、体が不調だと言うかのように動きがぎこちない。

 それほどの敵。それほどの決戦だ。

 兄を安全なところまで連れ出したらすぐに戻らねばならない、決戦の地へ。

 

「だから、私は命を懸けて守り抜く。

 家族と、我らが守り抜かねばならない民たちのために。

 父上がそうしたいと願っていたように。母上がそうあって欲しいと望んでいたように」

 

 アランの耳に届く、アデルが歯を食い縛る音。

 それを聞きながら、彼は更に言葉を続けた。

 

「アデル、あなただって分かっているはずだ。

 父上はそうしようとして、望んだ全てを叶えようとして、やりきれなかっただけなのだと。手が届かずに失敗してしまっただけなのだと。

 父上は望んで手放したんじゃない、ただ取りこぼしてしまっただけなんだ。恨むのはきっと仕方ない。父上も多分、仕方ないと思っているだろう。けれど、父上の望みを歪めて受け取るのは違う。そうだろう?」

 

 ギリ、と一際強く噛み締める音。

 ―――そこで、轟く大音量に足を止めて顔を上げる。

 

 一撃だった。

 

 全霊を懸けて立ち向かうジュウオウジャー。

 その意思を反映し、全身に力を漲らせるワイルドトウサイドデカキング。

 巨神は地球のパワーに包まれ突進し―――

 

 ただ虫を払うように。

 ジニスがふいと軽く手を振るったことで、吹き飛ばされていた。

 

 一撃、と呼んでいいのかさえ分からない。

 たった一つの所作で、巨神は終わった。

 

 巨神が砕けるように弾け、ジュウオウキューブが転がり落ちる。

 衝撃で投げ出されるジュウオウジャーたち。

 

 それを唖然として見上げながら、アランが体に気を入れ直す。

 たとえ、たとえ、一撃で自分が死ぬのだとしても。

 それは、逃げる理由にするには弱すぎる。

 

 仲間がいる。アデルがいる。

 眼魔世界にはアリアも、民たちもいる。

 命を懸けて、命を燃やして戦うに足る大きな理由だ。

 

「……兄上。私はいつか、眼魔世界を父上が望んだ本当の理想の世界にしたい。

 民の幸福に満ちた、人の生きる世界に。

 私が途中で果てたら……兄上、あなたに今度こそ―――」

 

 アランの言葉に無言で返し、顔を背けるアデル。

 そんな兄に対して微かに目を伏せて、彼はメガウルオウダーを懐から取り出した。

 そうして装着する、その前に。

 

「アラン!」

 

「―――アカリ?」

 

 彼の近くに、全速力でアカリが駆け込んでくる。

 その後ろには御成とカノン、そしてダ・ヴィンチちゃんの姿。

 ダ・ヴィンチちゃんはジニスの方を向きながら、顔を顰めつつ。

 

 彼女はアランの許に辿り着くと、すぐにアデルに視線を向けた。

 

「あいつはDEMIAのネットワークを管理してるガンマイザーを利用して、人間の魂を集めてる。それがあいつの力になって、とんでもない力を出しているの!」

 

「ああ、それが―――」

 

「だからDEMIAのシステムのデータさえ分かれば、止められる!」

 

 言って、アカリの視線がダ・ヴィンチちゃんに向く。

 正確には彼女の装着した万能宝具を、だ。

 完全に止められなくてもいい。

 だが解析・対応に優れた万能宝具で、ジニスの出力を抑えられれば―――

 ほんの少しであっても、逆転の可能性があるかもしれない。

 

 彼女の言葉が聞こえていたのか、あるいは別の理由か。

 ドデカキングを捻じ伏せたばかりのジニスが、微かに首を捻り視線を向ける。

 

「―――だから、渡しなさい! あいつが集めてるのは人の魂だけじゃなくて、地球のパワーも……! あいつの中で混ざり合ってる力の質の線引きが出来ない私たちには、どこからどこまでが魂の力なのか判断できない! これじゃ解析できないの! 時間をかければ出来るかもしれないけど、そんな時間がない! けど、造ったあんたたちならデータを持ってるはず! 早く!!」

 

「アカリ殿、アカリ殿! 焦っては……!」

 

「アデル様、お願いします!」

 

 詰め寄ってくるアカリ。頭を下げるカノン。

 おろおろとしながら、ジニスの浮く空中をちらちらと見る御成。

 

「兄上……」

 

 もはや負けたも同然の状況ながら、まだ足掻く人間たち。

 そんな連中に答えを返す必要などなく―――

 

「………………私の肉体が、DEMIAのサーバーだった。

 既にその役割は、ガンマイザーと共に奴に取り上げられたがな。

 一度ガンマイザーと融合した私の肉体を解析すれば、魂を集めるための仕組みは分かるだろう」

 

 けれど、何故か答えていた。

 どっちが勝とうが、もうアデルの望んだ理想の世界は来ない。

 ならば本当にアランの言うような世界があるものか、それを確かめたい。

 それが気になっただけ、と。

 

 アデルが瞑目し、その体を探査の光が駆け巡っていく。

 ダ・ヴィンチちゃんの宝具による解析。

 それを走らせながら、彼女は小さく頷いた。

 

「さて。下等生物は下等生物なりに足掻く準備は出来たかい?」

 

 いつの間にか、彼女たちの目の前にその姿があった。

 巨大な翼を広げた白銀の帝王。

 彼は地面に降り立って、悠然とした様子で歩み寄ってくる。

 

「それは試してみないと何とも。

 実験に協力してくれるのなら、特等席で天才である私の足掻きを見れるけど?」

 

「ほう、それは愉しみだ。クバルよりは愉しませて欲しいものだね」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの顔から色が抜け落ちていく。

 成功しても失敗しても、それで倒せるわけではないのだ。

 恐らく、反撃を貰えば彼女は消える。

 だがそんなことを嘆いている暇も無い。

 やれやれ、と。彼女は最後に一つ溜め息を吐いて、万能籠手を突き出した。

 

 手に入れたデータを前提とし解を示す。

 超速の演算が相手の能力を阻害する性質を導き出す。

 

「“万能の人(ウォモ・ウニヴェルサーレ)”―――!!」

 

 光が周囲を満たす。

 魂を集わせるためのシステムを停止させる、対特性の閃光。

 一帯が真っ白に塗り潰されるほどの強い光。

 これによって魂の収集は停止―――

 

「所詮は猿知恵。そもそもにして、私と君たちでは技術力が違う。

 ああ……だが悪くはない。天才ではあるかもしれないね、下等生物の中ではだが」

 

 ―――することはなく。

 光の中から、ジニスの下等生物への嘲笑が聞こえる。

 次の瞬間、その声の発生源だろう場所で光が爆発した。

 

 放たれるのは針状の光の刃。

 無数に放出されたそれが殺到する。

 

「ッ―――!」

 

〈友情カイガン! バースト!〉

 

 ネクロム眼魂を感情で燃え上がらせ、変身シーケンスを完了し。

 金色の炎を立ち上らせるネクロムが即座に前に出た。

 

〈友情ダイカイガン! バースト! オメガドライブ!!〉

 

「ハァ―――ッ!!」

 

 出し惜しんでいる余裕などあるはずなく、全ての力を腕一本に。

 突き出した拳から拡がる金の炎を壁として、寄せ来る刃の前に立ちはだかる。

 

 続けて、苦渋の表情でダ・ヴィンチちゃんが杖を掲げた。

 星の杖から放たれる魔弾。

 相手の攻撃を撃墜せんと駆け巡るそれが空中で光刃と激突し、砕け散る。

 

 威力を削ることができたのかさえ分からないまま、光の刃による蹂躙が始まる。

 盾となって立ちはだかるネクロムの炎に刃が突き立てられ、そして―――

 

 衝突の瞬間、爆発したように拡がる閃光。

 目が潰されそうな光の中、遅れて轟音が雪崩れ込んでくる。音が消える。

 目も耳も麻痺した状態。

 そんな彼らを、体が浮くほどの衝撃が吹き飛ばした。

 

 吹き飛ばされて、叩き付けられ、転がって。

 自分がどうなったのかも見えない、聞けない。

 その状況で必死に自分を保ち、五感に早く戻れと願う。

 

 そうして、ようやく戻り始めた視力が見る。

 色を取り戻した世界の中、正面に倒れているアランとダ・ヴィンチちゃんと。

 ゆっくりとそちらに歩み出した、ジニスの姿を。

 

「あっ……」

 

「そっ、それ以上は拙僧を倒してからにしてもらいますぞぉおおっ!」

 

 土に塗れた僧衣を翻し、御成が立ち上がる。

 傍目に見ても分かるほどに震えながら、錫杖をぐわんぐわんと振り回し。

 よたよたと、出せる全力の歩みで。

 

 言われたジニスが足を止める。

 面白そうに、喉を鳴らしながら少しずつ迫る下等生物を眺めて。

 

「ああ、いいとも。君が私に対して進み続ける限り、私はここで足を止めようじゃないか」

 

「ほっ、ほっ、ほぁあああ! きええええええ!」

 

 崩れそうになる足を叱咤し、奇声を上げ、御成が錫杖を振り回しながら歩み続けていく。

 だがゆっくりと、ゆっくりと、その速度が落ちていく。

 

「どうした拙僧! こんなもんじゃないぞぉ! 拙僧は大天空寺住職代理! こぉんな不可思議現象に負けるはず、負けるはず……!」

 

 言葉も、歩みも、少しずつ弱くなっていく。

 ―――恐怖ではない。いや、尋常ではないほど恐怖はしている。

 それを捻じ伏せようという意思が折れたわけでもない。

 

 ただただ物理的に、体が重くなって動かなくなっていくのだ。

 それだけではなく、距離が縮まるごとに意識も遠くなっていく。

 勇気以前に、声を上げていないとそのまま眠ってしまいそうなほどに。

 

 愉快そうにそれを眺めながら、ジニスが口を開く。

 

「既に私が魂を集めるのに、特別な手段なんていらないのさ。

 私が側に存在するというだけで、全ての魂は私の燃料になりたがる」

 

 魂の質量とでも言うべきものが桁違いであるが故に。

 既にジニスがそこにあるだけで、魂は彼という存在の重力に捕まり集まってくる。

 魂の太陽か、あるいはブラックホールか。

 比べれば小石程度でしかない普通の魂に逆らえるものではない。

 ジニスがただ、遊ぶために引力を抑え込んでいるだけ。

 

 それでも至近距離まで迫れば、ただそれだけで肉体から魂が抜けるだろう。

 その事実を感覚で理解しながら、御成は足を引きずって少しずつ前に進む。

 

「お、お前の燃料なんて真っ平御免! 拙僧は、拙僧たちは、己の人生を生きるために……命を燃やすのです!」

 

「わ、私も……! タケルくんに、生き返らせてもらった命を、精一杯生き抜くために……!」

 

 カノンが地面を這い蹲りながら、アランとダ・ヴィンチちゃんの許へ進み始める。

 

「そうよ……たとえ、ここで終わるのだとしても―――!」

 

 いつか、最期に言葉に交わしたタケルの声が蘇る。

 生きるのだ。最期の最後まで、この命を。

 アカリもまた、カノンに続くように倒れた二人に向かって這い出した。

 

 そんな無様に這い蹲る者たちを見て。

 アデルが強く顔を顰め―――ジニスがつまらなそうに鼻を鳴らす。

 

「さて……このまま待つのでは少し退屈だな。悪いが、ルールを一つ追加しよう」

 

 言って、翼を微かに動かしてみせるジニス。

 その翼の中に光点が一つ生まれ、ちかちかと明滅した。

 

「私からしたら的当てゲームさ。なに、下等生物に避けきれない攻撃などしないとも。歩いてでも避けられる程度の、簡単な攻撃だけだ」

 

 それが致命的な行動だと当然理解した上で、からかうようにジニスが嗤う。

 普通なら歩いてでも避けられる攻撃、というのは事実。

 ただまともに歩くことすら出来ない人間に避けきれるはずがないだけ。

 

「では、今から始めようか」

 

 放たれるたった一発の光弾。

 弾速も普通なら見てから歩いて避けられるほど。

 ふわふわと迫ってくるそんな風船のような弾丸を、しかし御成は避けられない。

 

 ―――だから、前に進んだ。

 避けようとしたところでどうしようもないのだ。

 なら、一歩でも前へ。

 一秒でも長く、ジニスの足を止めるために。

 

「御成……!」

 

「御成さん……!」

 

 一秒後に死ぬだろう御成に向けられた、アカリとカノンの悲鳴。

 顔を引き攣らせながらも、しかし御成は最後まで勇敢に突き進み―――

 

 そうして。

 ジニスの放った光の弾丸が、悉くを打ち砕いた。

 粉砕され、撒き散らされた破片が宙を舞う。

 

 ―――青い、眼魔スペリオルの装甲が。

 

「ジャ、」

 

 飛び込むように割り込んできた、青い怪人。

 その残骸が飛び散る中で、庇われた御成が目を見開く。

 

 彼の視線を背に受けながら、ジャベルが口角を吊り上げる。

 ほんのお遊びのような攻撃で、眼魔スペリオルは沈黙した。

 突き抜けた衝撃は、スペリオル眼魂までも粉砕。

 最早彼に打てる手はなく、何が出来るというわけでもない。

 

 後ろには恩人がいる。

 後ろには守るべき大帝の一族である兄弟がいる。

 これ以上ないほどに、命を懸けられる場面だと。

 

「ぬぉおおおおおお―――ッ!!」

 

 生身のままに、ジャベルが走り出す。

 そんな彼が飛ばしてくる視線を受けながら、ジニスは小さく肩を竦めた。

 

 そうしてから僅かに、彼が自身で縛り付けていた自身の存在の質量を見せつける。

 

 たったそれだけで、走り出したジャベルは力を失った。

 意識が途絶し、踏み出した体が勢いだけ残して崩れ落ち、転げていく。

 勢いづいた肉体だけがごろごろと。

 ジニスの足下を通り過ぎて、土に塗れながらやがて動きを止めた。

 

「ジャベル、殿……」

 

「無駄だよ。下等生物が何をしようとしたところでね」

 

 ジニスが僅かに腕を振ってみせる。

 それを合図にしたかのように、肉体から剥離したジャベルの魂が吸い寄せられていく。

 ジニスの養分として、燃料として、消費させられるために。

 

 同時に、御成が立っていられなくなり腰を落とした。

 続けてアカリも、カノンも。

 這うことすらできないほどに、体から力が抜け落ちていく。

 

 ジニスが僅かに発揮した引力だけで、魂が剥がれ落ちそうになって。

 肉体から魂が引き剥がされる感覚。

 そんな未知の感覚を味わいながら、皆が必死に歯を食い縛る。

 それでも、徐々に意識が肉体から外へと浮かび上がっていくのだ。

 

「さて。まだ何かあるかい? どうにかできるかもしれない手段がまだあるというのなら、付き合おうじゃないか」

 

 ふよふよと漂う、ジャベルの魂。

 そちらに向けて手を伸ばしながら、ジニスが笑う。

 

 拳を握り締めるほどの力も出せない体。

 歯を食い縛っていた顎からも力が抜け、悔しがることさえ出来なくなる。

 

「それでも、私たちは……!」

 

「生きることを、諦めることなどできましょうか……!」

 

 たとえ、どのような結末が待っていたとしても。

 命を燃やして戦い抜いたタケルのように、今を生きることを諦めない。

 最後の最後まで、己の命を生き抜くために。

 

 力が入らない体で、せめてジニスを睨み付ける。

 

「そうよ……! 私たちが諦めない限り、私たちと一緒に想いを繋げてきた他の人の魂だって……! タケルの魂だって、永遠に不滅なんだから……!」

 

 力の入らない拳を、それでもぎゅうと握り締め。

 アカリが、地に伏せながらそう叫ぶ。

 

「ああ、魂は不滅だとも。永遠に。もちろん君たちの魂も。

 私という優れた生命に使われる、燃料としてね」

 

 ゆるりと差し出されるジニスの手。

 当然のようにそこを目掛けて引きつけられていく魂たち。

 ―――その動きが、ふと止まった。

 

 

 

 

「―――ここは」

 

 白い光に塗り潰された空間の中で、彼は目を覚ました。

 浮上した意識に、今の状況が染み込むように伝わってくる。

 急ぎ動かなくてはいけない状況なのだ、と。

 その焦燥感によって動き始める前に、彼の背中に声がかけられた。

 

『目覚めたのですね』

 

 声に反応して、そちらに視線を向ける。

 そこにいたのは、一人の少女。

 白衣の少女は感情を窺わせない瞳で、彼を静かに見据えていた。

 

「君は……」

 

『―――なぜ、目を覚ましたのです』

 

 少女は平坦な声で問いかけてくる。

 本当に不思議そうな問いかけ。

 彼は少女の正体について問おうという気持ちも浮かべず、胸に手を当てた。

 簡単な質問だ、と。そう思って、答えを返す。

 

「聞こえたんだ。みんなの助けを呼ぶ声が。

 行かなきゃ、って。俺の中で、心がそうやって叫んでる」

 

『心―――その祈りに応えるために?

 それだけの理由で、目を覚ましたのだと?』

 

 たったそれだけのことで、何故いまここにいるのだと。

 少女は本当に、本当に不思議そうに首を横に傾ける。

 彼女と向かい合いながら、彼は自分の胸に手を当てた。

 

「……人の想いを繋げて、未来に繋ぐ。

 俺の願いって、一人じゃ絶対に叶えられないことなんだ。

 想いを繋ぐ相手と、受け取ってくれる未来に生きる誰かがいなきゃ叶わない。

 だから。助けを呼ぶ声が聞こえれば、何度だって俺は立ち上がれる。

 それが俺の願い―――生き様だから」

 

 彼の意思に呼応して、白い空間が僅かに歪んだ。

 どこからともなく周囲に出現し始める、無数の眼魂。

 数にして100。それが英雄の眼魂であることに疑いはなく―――

 

「俺はいつだって今を生きる一人の人間として、他の誰かを助けに行く。

 誰かを助けたいっていう想いを、助けるための力に変えて」

 

 彼の姿が変わっていく。

 無限の可能性の具現。虹色の光を放つ白銀の衣を纏った光の鎧。

 想いを力に変え、望んだ未来を掴み取るために戦う戦士。

 ―――仮面ライダーゴースト・ムゲン魂。

 

 光り輝くその偉容を前に、少女が僅かに眉を顰める。

 

『……私から力を奪っていった者もまた、生存に執着した者でした。

 だから私はあえて、その接触を否定も拒絶もせずそれを受け入れた。

 あなたの意思と彼の意思。その執着に違いはあるのでしょうか。

 ―――私は、それが知りたい』

 

「きっと、違う。他の全てを踏み躙って自分だけ生きたいと思うのと、みんなで一緒に生きていきたいって気持ちは。俺は絶対に違うって信じてる。だから―――」

 

 100の眼魂がぐるりと巡り、空中でそれぞれ配置されていく。

 描き出すのは黄金の曼荼羅。グレートアイを象徴する紋様。

 その曼荼羅が光を増して、門へと変わる。

 グレートアイの座す神の国から、現世に繋がる門に。

 

 

 

 

「なに……?」

 

 ジニスが苛立ち混じりに、困惑を吐き出した。

 自身に流入するためだけに存在する下等生物の命。

 その魂の流入が止まったのだ。

 ジャベルの魂もまた、ジニスに向かってくることなくその場で漂い始める。

 

「何が―――」

 

 直後、頭上に黄金の曼荼羅が浮かび上がる。

 すぐさま何かが起きたことを理解して、ジニスは一度舌打ちした。

 あれはジニスもまたガンマイザーを介し一度は通った神の門。

 

 ―――その中から、虹色の光が舞い降りてくる。

 

 100の英雄眼魂を周囲に取り巻かせ―――

 その体の内に、100の眼魂を次々と取り込んでいく。

 神の器たり得る人間の魂と、100の英雄が一つになる。

 いつかのエクストリーマーのように。

 いつかのエクストリーマーを超えるように。

 

 虹色の両翼を大きく広げ、ムゲン魂が帰還する。

 そんな彼に、周囲の霊魂が向かっていく。

 漂っていたジャベルの魂もまた、ゴーストを目掛けて移動し始めた。

 

「なに……?」

 

 即座にジニスが、自身の質量を解放する。

 発生する魂を捕まえる重力場。

 取り込む魂を圧壊させるのではないかというほどの絶大な圧力がかかる。

 

 ―――が、それでも魂はジニスに向かわない。

 ジニスとゴースト。

 両者が起こす引力が釣り合い、魂の動きが完全に停滞する。

 

「…………これはこれは。やっと、と言うべきかな?

 随分と愉しませてくれそうな相手が出てきたじゃないか」

 

 自分の近場に寄っていたジャベルの魂に手を添えて。

 その途端、魂が意思を取り戻したかのように脈動した。

 魂自身の意思であるかのように、ゴーストに染み込んでいくジャベル。

 

 ジニスに言葉を返すことなく、タケルが倒れた皆に目をやった。

 

「ごめん。遅くなって」

 

「タケルくん……良かった。うん、本当に……

 今度は少しでも、私も力に……」

 

 限界だったのだろう。カノンはそう言うと、顔を伏せた。

 倒れたその体から、染み出すように魂が抜け出した。

 それに留まらず、彼女の魂はムゲン魂に向かって飛来していく。

 その動きにカノンの意思を見た御成が、小さく微笑む。

 

「おかえりなさいは、まだ言いませんぞ。

 全部終わってから、拙僧が今はまだ先代からお預かりしている大天空寺で……」

 

 御成もまた同じように、その魂をタケルに託す。

 

「タケル……きっと、きっとね? 今、みんなの心は同じ想いで繋がってる。

 魂がどうなるかなんて分からないけど、けどどうにかなっちゃいそうな不安の中で。

 みんな、きっと……生きたい、って。思ってる。だから、だからね?」

 

 駆け寄ってくるタケルに必死に手を伸ばし、アカリは口を回す。

 そうして、

 

「―――タケル、お願い。勝って……!」

 

 互いに伸ばした手が、指が触れ合った瞬間にアカリもまた沈黙した。

 その魂を自身の胸に抱えて、ムゲン魂が微かに俯く。

 

「さて。最期の挨拶は済んだかい?

 では始めようか。もっとも、結果は最初から見えているがね。

 下等生物の魂の力を私と同じほどに使えたとして、私には地球のパワーも―――」

 

 遊び半分で煽るように吐き出された言葉。

 それを言い終わる前に、ジニスの前で白銀の衣が翻った。

 

 虹色の翼を羽ばたかせて加速する戦士。

 稲妻の如く奔る突撃に対して、ジニスは僅かばかり体勢を整えた。

 ムゲン魂は半身を引いて、握った拳を振り上げたままに前進してくる。

 ジニスは当然避けることなどせず、受け止める姿勢を見せているのだ。

 

 突撃から激突、腕の交差まで全て含めて半秒とかからず。

 その激突の結果―――ジニスの方が、押し込まれた。

 彼は競り負けた結果として、地面を滑りながら距離を開けさせられる。

 

「―――――」

 

 パラパラと、乾いた音を立てて破片が散る。

 拳撃を弾こうと差し出した腕を逆に弾かれ、そのまま拳は顔面を強打した。

 ジニスの頬には、確かに小さな亀裂が走っていて。

 そこから破片と―――血ではない、何かの液体を僅かに滴らせた。

 

 自身の負った傷を掌で撫で、ジニスは眼光を明確な怒りで染める。

 

「―――生きる価値すらない下等生物如きが」

 

「―――お前は、自分が弱くて小さな命であることから逃げただけだろう……!」

 

 ジニスの頬から滴り落ち、地面を濡らした液体。

 地面に溜まった僅かなそれが生き物のように蠢いた。

 そんな液体を自分の足で踏み躙りながら、ジニスが意識を殺意で一色に染める。

 

 自身の拳から伝わってくる数え切れないほどの命の声。

 ジニスたった一人から感じる無数の声。

 それら命の叫びを聞きながら、タケルは背負った魂から力を受け取った。

 

 ―――そうして。

 

 ガチリ、と。

 その光景を写真機で切り取ったかのように、全ての動きが止まる。

 全てが止まった光景の中で、一人の男が歩み出てきた。

 

 対峙するムゲン魂とジニス。

 二つの強大な力を背にしながら、彼は手にした本を開き―――

 所在なさげに畳み、開き、また畳んで。

 

 溜め息ひとつ、口を開き始めた。

 

「…………彼は天空寺タケル。18歳の誕生日に襲ってきた眼魔に倒され、生き返るために仮面ライダーゴーストとなって戦ってきた者。

 消滅したかに思われていたが、何やら大きな力に後押しされ復活したようだ。祝うほどのことではありませんが、中々驚くべきことのように思います。

 誰かに望まれる限り、何度でも蘇る……これもまた、仮面ライダーの宿命ということなのかもしれません」

 

 そんなことを言って肩を竦め、黒ウォズが手にしていた本を横に抱える。

 

「彼の復活を望んだのは、時代か、この星か、人か、はたまたそれ以外か。

 どうあれ、我が魔王による継承の議は滞りなく行えそうで何よりです。

 ……仮面ライダーゴーストの歴史に残された時間(ページ)は後わずか。

 では、その最期の戦いをどうぞご覧あれ」

 

 告げて、彼はゆったりとした動作でゴーストを腕で示す。

 そうしながらストールを大きく翻して回転。

 自身の周囲を取り巻く布の回転に包まれ、その姿を消していた。

 

 

 




 
ジニス「ふふふ、人間如きの科学力で私は止められないよ」
タケル「破ァッ!(寺生まれ特有の科学では計り知れない超能力)」
ジニス「えぇ……(困惑)」
 


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聖剣!魂を一つに!2019

 

 

 

「なーなー、これどうするんだよ?」

 

「最早、我らに出来ることなどない。全ては神のみぞ知ること……」

 

 達観したような、そんな目で戦場を眺める眼魂仙人。

 彼からの返答に対して、ユルセンは呆れるように小さく体を揺すった。

 

「神のみぞ知る、ねぇ……

 そうやってなーんでも神様頼りした結果が今の眼魔なんじゃないのかよ」

 

「…………」

 

 神―――グレートアイに匹敵する力を得たゴースト。

 そして神の力と、星の力を取り込んだジニス。

 二つの超常の力は空中でぶつかり合い、力の波動を撒き散らしている。

 

「結局お前は龍のことだって信じ切れなかった。タケルのことだって。

 おれさまは……直接見たこともないグレートアイなんかよりも。

 あいつが何とかしてくれるって、信じたっていいと思うけどな」

 

 そんなことを言うだけ言って。

 ユルセンはふわりと、風に流され飛行し始めた。

 遠ざかっていくその小さな体を見つめて、仙人は微かに目を細める。

 

 激しくなる戦闘の余波。

 衝撃波が大地を抉る様を見据えながら、彼がぽつりと呟いた。

 

「―――龍、アドニス、ダントン……かつての友たちよ。

 お前たちが全てを託した息子たちならば、わしも信じることが……」

 

 彼はそこで言葉を止め、首をゆっくりと横に振る。

 そうして口を閉じ、無言のままに戦場を再び俯瞰し始めた。

 

 彼が見つめる戦場。

 そこでは地球を守るため、更なる戦士が乱入し始めたところであった。

 

 

 

 

「オォオオオオオ―――ッ!!」

 

 咆哮と共に飛翔するムゲン魂。

 彼の手の中には二刀の剣、ガンガンセイバーとサングラスラッシャー。

 それを見て、ジニスはゆるりと両腕を軽く振り上げた。

 銀色の腕が変形し、肘から先が刃として再形成される。

 

 互いが両腕に備えた刃をぶつけあう。

 交錯する四つの刃が拮抗し―――

 数秒保たず、ゴーストの手にした剣が揃って斬り捨てられた。

 

「―――っ!」

 

「フ―――」

 

 嘲るように嗤い、ジニスが両腕の刃を切り返す。

 すぐさま残骸となった剣の柄を放り棄て、ゴーストが両腕を交差させた。

 守りに入ったムゲン魂に刃が叩き付けられる。

 滝のように火花を噴き散らしながら、その体が弾き飛ばされた。

 

 吹き飛ぶゴーストを追うために体を傾けるジニス。

 彼はそのまま加速しようとし、しかしすぐに動きを止める。

 

「……まだ生きていたか」

 

 背後から襲い来る光弾。

 振り向きざまにそれらを全て切り捨てて、ジニスはその攻撃を放った者たちを見据えた。

 満身創痍ながら銃口を掲げ、立ちはだかる六人。

 ジュウオウジャーたちを視界に納め、不機嫌そうに彼は鼻を鳴らす。

 

「ジニス……!」

 

「テメェをぶっ倒す前に死ぬわけねえだろ!」

 

 レオの咆哮に応じることもなく、ジニスが翼を輝かせた。

 黄金の光と共に放たれるのは無数の刃。

 それが雨のようにジュウオウジャーたちの頭上から降り注ぐ。

 

 すぐに武装を近接形態に変形させる彼ら。

 その腕が振るう剣とロッドが、光の雨を凌がんとする。

 

「なら試してあげよう。本当に私を倒すまで死なないのかどうかを、ね」

 

 光の雨が加速する。一秒置いて更に加速する。もう一秒置けば、更に。

 雨などという密度に留まらず、全てを押し流す津波が如く。

 言葉を返す余裕もなく、ひたすらに耐え忍ぶことを強要されるジュウオウジャー。

 

〈友情ダイカイガン! バースト! オメガドライブ!!〉

 

 そんな中でジニスが、いっさい気を留めていなかった相手の乱入に見舞われる。

 黄金に燃えあがり、全霊を懸けた一撃。

 飛び上がって放ったネクロムの蹴撃が、ジニスの顔面へと叩き付けられた。

 

「……こっちもか」

 

 後頭部に全力で一撃を叩き付けられ、しかしそれでも微動だにしない。

 首を揺らすことさえせず、ジニスが溜め息混じりに呟いた。

 

「ダ・ヴィンチ!」

 

 アランの呼びかけに続けてやってくる光。

 それは言うまでもなくダ・ヴィンチちゃんの放った星光の魔力弾であり。

 それらは全て、ジニスの背中に直撃を繰り返していた。

 

 それでも傷一つ負うことなく。体を揺らすことすらなく。

 ジニスはただ呆れるように、翼からの砲撃を止めた。

 砲撃を止めると同時に両腕の肘から先を、刃から元の腕へと変貌させる。

 直後、その腕が振り向きざまに自身に触れているネクロムの足を捕まえた。

 

「ッ……!」

 

「所詮は下等生物。どれだけ足掻こうが―――」

 

 ネクロムの足をそのまま握り砕こうとする銀色の腕。

 だがそこに力が入る前に、ジニスの手首こそを別の腕が掴まえていた。

 虹色の光を纏うその腕が手首を締め付け、無理矢理にでも引き剥がそうとする。

 

「命に、下等も上等もない……! お前は自分が見下される事を怖がって、自分の方から他の命を見下そうとしてるだけだ―――!!」

 

「私が?」

 

 ジニスの腕に更なる力が込められ、ムゲン魂の腕を振り払う。

 その状態からお互いが拳をぶつけ合い、双方共に弾けるように飛び退いた。

 ついでのように翼から撃ち放つ光弾の雨。

 守りに徹してそれを凌ぐも、ゴーストは退いた場所から更に押し込まれる。

 

「フ、フフ、ハハハ……フフ、面白いことを言うものだ。

 これほどの力を持つ私を誰が見下せる? いったい誰に、今の私を見下す資格があるというのだい? 私という、この宇宙でも最も美しく、気高く、優れた生命体を」

 

「―――最初から誰にも、必死に生きる命を見下す資格なんてない。

 どんなに小さな命にも笑われる理由なんてない。

 小さな命を踏み躙って、それを当たり前みたいに笑ってるのは、お前だろ!!」

 

 叫び、タケルがゴーストドライバーのトリガーを引いた。

 纏う虹色の光が渦巻き、彼の右足一点に収束していく。

 

〈チョーダイカイガン!! ムゲン!! ゴッドオメガドライブ!!!〉

 

 光の翼を変形させ、背負った光で∞の字を描く。

 進む方向を切り返すゴーストの体。

 大地を砕く踏み切りでもって、吹き飛ばされてきた以上の速度で舞う。

 

 ジニスが咄嗟に両腕を胸の前で交差させて身を守る。

 光の雨をぶち抜いて、一直線に叩き付けられるゴーストの一撃。

 激突した瞬間に弾ける光。

 視界を埋め尽くすほどの白い光の中で、ジニスは失笑した。

 

「弱い生物が踏み躙られるのは当たり前だろう? それが受け入れられないというのなら、来世は強い生物に生まれつくことでも祈るのだね。今から死ぬ君たちも、せいぜい祈るといい」

 

「お生憎様……! 私たちは祈る前に、いっぱいやらなきゃいけないことがあるの! 今を精一杯生きるために戦ってるうちは、来世のことなんか考えてる暇なんかないんだから!」

 

 アムが叫ぶ。

 そんな彼女に続くようにジュウオウジャーたちが牙を剥いた。

 

「本能覚醒!!」

 

「野性解放!!」

 

「野性大解放!!」

 

 イーグルが自身の顎に手をかけ、仮面を跳ね上げた。

 ゴリラのジューマンパワーを漲らせ、大きく膨れ上がる上半身。

 

 シャークが、ライオンが、エレファントが、タイガーが。

 それぞれの力を象徴する部位を体に現出させる。

 

 ザワールドが犀、鰐、狼と。

 一つの体に宿した三つの力は同時に、一気に身に纏う。

 

「オォオオオオ―――ッ!!」

 

 燃え上がるパワーを腕に宿し、拳を突き出し解き放つゴリラ。

 炎の拳撃を押し出す水流、稲妻、地震、吹雪。

 更にその後ろから叩き込まれる振り抜かれる鰐の尾と狼の爪。

 全てが交わり一つになって、ジニスに向かって放たれた。

 

「…………」

 

 混じり合い、殺到する衝撃波。

 

 ゴーストを塞き止めながら、ちらりと。

 ジニスがその攻撃へと視線を送り、僅かに舌を打つ。

 そんな風に彼が意識を外した一瞬に、ムゲン魂が更に力を込めてみせた。

 蹴撃を受け止めている腕に、ほんの僅かながら亀裂が入る。

 

「ジニス様!!」

 

 ―――その瞬間、ゴーストを横合いから銃弾が襲った。

 直撃して破裂音を轟かせ、無数の弾丸が弾け飛ぶ。

 

「っ!?」

 

 直撃なれども大きなダメージなどなく。

 しかしその小さな衝撃に、ほんの僅かに揺れるムゲン魂の体。

 全ての力を足に込めたが故に、小さな攻撃でさえ小さく怯み―――

 

 そうなったが故に、ジニスはそのタイミングで腕を振り抜いた。

 逸らされ、受け流されるゴーストの一撃。

 

「ぐぁ……ッ!?」

 

 受け流しつつ腕を振るって放つ衝撃。

 その閃光がムゲン魂の背中へ叩き込まれ、白銀の体を打ち据える。

 留まることなどできず、吹き飛ばされていくゴースト。

 ついでのように掻き消されるジュウオウジャーの一斉攻撃。

 攻撃を消すだけに留まらず、衝撃の残滓が彼らに向かって炸裂した。

 

 爆発の余波だけで六人の戦士が宙に舞う。

 限界を迎えたように、彼らの変身が解けて生身で地面に転がった。

 

「あ、ぐ……!」

 

 そうして無防備で、無力な人間たちを見下しながら―――

 僅かに割れた腕の破片をこぼしつつ、ジニスは先の声の主に対し顔を向けた。

 

「くっ……! ナリア!」

 

 倒れ伏し、しかし必死に体を起こそうとしながら、セラが声を上げる。

 歩み寄ってくるのは緑の怪人。

 彼女こそジニス、アザルドを除きデスガリアンに残された最後の一人。

 ナリアに他ならなかった。

 

 彼女は両手に武装・ヌンチャクラッシャーを引っ提げて。

 ジュウオウジャーに目を向けることなく、ジニスに歩み寄り跪く。

 

「……申し訳ありませんでした、ジニス様。

 クバルにいいようにされ、ジニス様を危険な目に……!

 この失態は、ジュウオウジャーどもを葬ることで!」

 

 すぐさま立ち上がり、武装を構えるナリア。

 彼女に背を向けられながら、ジニスはおかしそうに小さく笑った。

 

「……フフ、どうやら心配を懸けてしまったようだね。

 けれどもう構わないよ」

 

「そういうわけにはまいりません!

 あのような下等生物ども、ジニス様の手を煩わせずとも私が―――ッ!?」

 

 ナリアの声が跳ねる。

 声だけではなく、その体が痙攣するかのように大きく。

 驚いたように彼女は武器を取り落とし―――

 自分の胸に手を伸ばして、そこから突き出た刃に体を震わせた。

 

 その刃が、その腕が、ジニスのものだと理解して。

 しかし何故そうなったのか理解できず、彼女は必死に頭だけで振り返る。

 

「ジ、ジニス、様……? 何故―――?」

 

 何のこともないように、ジニスは腕を剣に変え。

 そうしてナリアの胸をその刃で貫いていた。

 凶行に対して動揺するナリアを見ながら、しかしジニスは笑うばかりで。

 

「決まっているだろう、ナリア。今までは必要だから君を使ってきたけれどね。

 君ごときが私を心配するなんて、酷い侮辱だと思わないのかい?

 下等生物に命の危険を説かれる怒りを我慢する必要がなくなった。それだけのことだよ」

 

「わ、わた、しは―――!」

 

 彼女の返答など待つこともなく。

 呆れるようにそう語り、ジニスは無造作に突き刺した腕を引き抜く。

 緑色の血のような液体を撒き散らしながら、力なく崩れ落ちるナリア。

 大地に伏した彼女の体を邪魔そうに蹴り飛ばし、面倒そうな溜め息を一つ。

 

「やれやれ、本当に不愉快だよ。

 ナリアもアザルドも、なぜ私と同じ場所に立てるなどと思い上がるのか……

 命乞いが心地よかった分、クバルの方がよほど好ましい」

 

 ジニスの罅割れた腕と、顔。

 それらの場所が震えて一時的に解れ、再構成されていく。

 そうしてから興味なさげにジュウオウジャーを一瞥し―――

 

 そんなタイミングで相手を見た大和が、目を見開く。

 

「……俺たちにとっちゃ、ナリアの奴だって許せねえ敵だ。

 あいつがどんな風に死んだって同情なんかしねえ。

 けどなあ―――テメェへの怒りはより深まったぜ、ジニス!!」

 

 ギリギリと拳が軋むほどに握り締め、レオが身を起こす。

 

「お前たちは僕たちにとっては許せない敵だ……!

 けど、お前たちは仲間だったんじゃないのか―――!」

 

「この私を、群れなければ何もできない下等生物と同列に語らないで欲しいな。

 私にとって他の生物は全て、私という唯一優れた輝かしい生命に群がる、薄汚い蛆虫のようなものだよ。もちろん、ナリアも含めてね」

 

 タスクからの詰問を笑って流し、ジニスが修復の終わった腕を軽く動かす。

 

「ふざけないで……!

 どんな形であれ、ナリアはあなたのために行動していたのに―――!」

 

 アムが拳で地面を殴り、そのまま一気に体を起こす。

 地に這い、土に塗れながらも向けられる眼光。

 それに対して鼻を鳴らすだけで、彼は醒めた視線を返す。

 

「君たちのように潰しても潰しても死なずにもがく虫けらを見るのは愉しいが……流石に飽きてきた。そろそろ終わらせようか」

 

「終わるわけないでしょ……!

 あんたをぶっ倒すまでは、私たちは何度だって立ち上がってやる!」

 

 震えながらも立ち上がろうと力を尽くすセラ。

 ジニスはそうして必死に足掻く連中を見回し―――

 大和を見据え、その視線を固定した。

 

「どうしたんだい、ジュウオウイーグル。何か私に―――」

 

「……本当は自分こそがちっぽけな命だと思ってて、そんな自分が大嫌いで……! 自分より大きく生まれついたものを全て憎んで、気にくわないものは壊さなきゃ気が済まない……! 寄り添ってくれる人すら憎んで! 見下して! そんなお前に、俺たちは負けられない!!」

 

 大和の眼が、鷲のジューマンパワーを宿した瞳が輝く。

 バドから譲り受けた超視力が、先程一瞬だけ解れたジニスの体を見た。

 そうして、事実を確かにその眼で見抜いたのだ。

 彼の体を形成しているのが、いつか見たナリアが従えていた単細胞生物。

 ―――メーバである、と。

 

 大和から叩き付けられる言葉で、見られたと理解したのだろう。

 ジニスが顔を掌で覆い、苛立ちと共に言葉を吐く。

 

「―――貴様たちはどいつもこいつも……! 私に抵抗すら出来ぬ脆弱な下等生物でありながら、よくも私を卑小で薄汚い下等生物扱いして蔑んでくれる……!!」

 

「ジニス……! お前を蔑んでるのはお前自身だ―――!!」

 

 操の言葉に対し、ジニスの黄金の瞳が彼を睨み付ける。

 それだけで巻き起こる力の奔流。

 恐怖心を掻き立てるその眼光を真っ向から睨み返し、操が言葉を続ける。

 

「今のお前を見て……何でお前が俺に目をつけたか分かった……!

 弱くて、卑しくて、自分が大嫌いな人間だった俺と、お前がそっくりだからだ!」

 

「ザワールドォ……ッ!!」

 

 操がジニスに向けた一言。ただそれだけで、憎悪が溢れる。

 空間が軋むほどの殺意のプレッシャー。

 それに晒されながら、操が歯を食い縛り吼え立てた。

 

「違う!! 今の俺はみんなの仲間で、ジュウオウザワールド―――門藤操!

 お前の知ってる俺と今の俺は、レベルが違うんだよォッ!!」

 

「―――――!」

 

 もはや言葉を返さず、ジニスがその腕を振り上げる。

 変身していても致命傷に至るだろう攻撃。

 それを生身で受ければ、死骸さえも残るまい。

 

 そうして振り抜かれるジニスの腕。

 ―――それを、虹色の光と共にジニスの目前に出現したゴーストが受け止めた。

 突き出された拳を掌で受け止め押し止める。

 衝撃で炸裂する光を浴びながら、ジニスが怒りに震える声を吐き出した。

 

「私はジニス―――! この世界で唯一にして、最も貴き命!!

 貴様らのような虫ケラに計り知れる存在ではないのだ―――!!」

 

「他の命を、この世界に生きるみんなの魂を!

 計り知ろうともせずに見下すお前に、俺たちは負けない―――!!」

 

「負けないィ……?」

 

 片腕を掴まれたまま、ジニスが更に腕を振り上げる。

 叩き付けられる拳を同じように掌で受け止め、押し止めるゴースト。

 両腕で組み合い、押し合いの姿勢にもつれ込む両者。

 拮抗したまま数秒、しかしすぐにゴーストの方が押し込まれ始めた。

 

「ッ―――!」

 

「貴様が私と同じように下等生物の魂を集めて対抗しようとしたところで、私にはこの星から流れ込むパワーもあるのだよ!

 調子に乗ったところで、所詮は下等生物……私が手中に収めたこの星を、舐めるなよ!!」

 

 ジニスの意思に呼応し、大地から噴き出すエネルギー。

 それらが全て、彼の白銀の体に取り込まれていく。

 その圧倒的な力の奔流には、ムゲン魂が宿した力を振り絞ってもなお届かない。

 

 徐々に押し込まれるゴースト。

 そんな彼の背後で、大和が拳を握り締める。

 

「この星を舐めてるのは、お前だ……!

 地球は、お前なんかが好きにできるものじゃないんだ―――!!」

 

「貴様たちの持つキューブの力を解析し、既にこの星の力のメカニズムは完全に解明した。この星など、ただのエネルギーだよ!

 そしてそれを自由にできるのは、より優れた知能を持つ生命だ―――私というね!!」

 

 胸から黄金の光を放出し、更に力を高めるジニス。

 押し止めようとするゴーストの全身が軋む。

 悲鳴を上げるように火花を噴き出すムゲン魂の装甲。

 

 その背中を見ながら叫ぶ大和。

 

「この星は、多くの命が群れをなして生きるみんなの縄張りだ!

 地球の命でもあるその力は、地球の上で共に生きる全ての命に与えられるものだ!

 他の命を認めず、見下して、踏み躙るお前が……!

 好き勝手にしていいものなんかじゃない!!」

 

「現実を見たまえよ!

 貴様の言う地球の命とやらも、全ては私に使われるために存在するのだ!!」

 

 より強く。力を引き出し、全身に漲らせる。

 そうしたジニスの攻勢を前に、ゴーストが押し込まれ―――

 途中で、止まった。

 

「なに……?」

 

 競り合いが拮抗する。

 それでもなお、ジニスの方が優勢である力比べ。

 だが確かに、ゴーストがその場で踏み止まり始めた。

 ゴーストが更なる力を得たわけではない。

 

 ただ単に、ジニスの力が減じただけだ。

 

 その事実に、眼光を強く怒りで染めるジニス。

 彼の視線がゴースト越しに、大和たちに対して向けられる。

 

 地球から噴き出す力。この星の命のエナジー。

 今まで全てがジニスに流れ込んでいたはずの力の奔流。

 それがジニスの意思を無視して流れを変え、この地上で噴き上がり始めたのだ。

 

 視界の中で瞬く黄金の光こそは、先程までジニスの体内で荒ぶっていた力そのもの。

 ただのエネルギーでしかないはずの光。

 それは自由意思を持っているかのように、ジニスではないものに力を与えていく。

 

 光に巻かれながら王者の資格を構える大和。

 彼が鷲の如く鋭い眼光でもって、ジニスを睨み据えた。

 

 

 

 

 ―――頭を巡らせ、地上に溢れるその光を見渡しながら。

 些か以上に感心したように、アザルドが肩を竦めてみせた。

 

「こいつは中々のもんだ。一回は俺を封印しただけのことはあるな?」

 

 そう言いながら、彼はマシュたちの方へと視線を戻し―――それと同時に。

 周囲の瓦礫を吹き飛ばし、砂塵を舞わせ、戦士たちが立ち上がった。

 ダメージを負った重さを感じさせる足取りながら、集う者たち。

 それを邪魔する様子を見せることなく、アザルドは彼らに向き直る。

 

「生憎だが、今回は封印で済ませてやる気はねえ。テメェはここでぶっ潰す」

 

「はは! この力を使ってか? 残念だが……これっぽっちの力じゃまるで足りねえな」

 

 ゴーカイレッドによるサーベルを突き付けながらの宣言。

 彼の物言いに対してアザルドはおかしそうに笑い、軽く体を揺らした。

 それに伴い、大地を唸らせながら重力波が撒き散らされる。

 周囲に溢れる地球のパワーを吹き飛ばし、アザルドが大きく笑う。

 

「確かにこの力はかつて俺を封印した。だがそりゃかつての俺だ。

 ついさっきまでの俺ならまた封印できたかもしれねえが……

 今の俺が相手じゃ、まったく脅威になりゃしねえ」

 

 拳で自分の胸を何度か叩き、また笑う。

 

「だが期待してるんだぜ?

 テメェらが俺を、ちったぁ愉しませてくれるのをよ!」

 

 言ってゆっくりと戦闘態勢へと入り始めるアザルド。

 全く脅威でない、というのは何の強がりでもないのだろう。

 せめて少しでも戦いを愉しめるように、と。

 下等生物が手を尽くして掛かってくるのを待っているのだ。

 

 その様子を見てサーベルを下ろすレッド。

 彼が視線だけをジオウに向け、問いかけてくる。

 

「おい、ジオウ。お前に一つ、訊きたいことがある」

 

「なに?」

 

「この星は、ここで命を懸けて守る価値があるか?」

 

 ジョーが、ルカが、ハカセが、アイムが。

 彼に続く四人が一度マーベラスを見てから、ジオウに視線を向ける。

 問われたソウゴは大して気負うでもなく、すんなりと言い返す。

 

「あんたたちにとってのこの星の価値は、あんたたちが自分で決める事じゃない?」

 

「―――そうか。だったら俺たちも35番目のスーパー戦隊……

 海賊戦隊ゴーカイジャーとして、今からこの星を守るために戦ってやろうじゃねえか!!」

 

 ソウゴに言葉を返されたマーベラスが軽く鼻を鳴らし、小さく笑う。

 続くように残る四人が同時に肩を竦める中で、シルバーが一人首を傾げた。

 

「今までだってそういうつもりだったんじゃないですか?」

 

「ま、今まではあくまで宇宙のはみ出し者連中にこっちから因縁付けに来た!

 って感じだったし?」

 

「地球を守るのは、ジュウオウジャーさんたちにお任せしていたつもりでしたから」

 

 剣の背を肩に載せ、笑い飛ばすルカ。

 それに同意して銃を構え直すアイム。

 

「守る価値があるかどうか、お宝の価値は自分で決めないとね。海賊なんだから」

 

「とっくの昔にこの星には守る価値を見出してたんだ。今更だな」

 

 ハカセが楽しそうに。ジョーが呆れたように。

 そんなことを言いながら、改めてアザルドに対して向き直る。

 

「ハッ! 守るだけの力がありゃ、なお良かったんだがな?」

 

 たとえどれだけ覚悟を決めようが、決定的なまでの差がある。

 それこそが純然たる事実の壁。

 アザルドにとっては全てが悪足掻きに過ぎない。

 だからこそ。もう少しお前たちが強ければもっと愉しかったのに、と。

 彼は少しだけ物足りなさそうに、拗ねるような言葉を吐き―――

 

「ま、ジニスを相手にする前座程度にゃ愉しませてくれよ」

 

 力を練り上げ、生成するのは星の光が瞬く暗黒。

 凝縮した宇宙の力を胸に抱えるアザルドが、宇宙海賊を嘲笑う。

 それを気にも留めず一歩踏み出す戦士たち。

 

 彼らの背中を見て、ソウゴもまた小さく笑い―――

 地球のパワーに反応し、熱を帯びた腕を正面に強く伸ばした。

 

「―――どうだろ? 俺は、これならいけると思うけど!」

 

 地球のパワーが掌の中で膨れ上がる実感。

 その感覚を得たソウゴが、一気にそれを掴み取った。

 握り締めた手の中にある感触は、触れ慣れたものに違いなく。

 

 ―――新たなライドウォッチを手に、ソウゴは腕を振り抜いた。

 叩き付けるように、ディケイドウォッチに装填されるライドウォッチ。

 ディケイドウォッチと新たなウォッチ。

 二つのウォッチが解き放たれる力によって輝いた。

 

〈ファイナルフォームタイム! ライドウォッチ!〉

 

 その瞬間、地球から噴き出すエネルギーが固まり始めた。

 数は六つ。場所は歩み始めたゴーカイジャーたちの前。

 彼らは己らの前に出現した力の塊を前に、咄嗟にその足を止める。

 

「これは……」

 

 ゴーカイジャーたちの前で晴れていく光。

 光が解けていく場所に残されるのは、六色の戦士を象った鍵。

 それを見たゴーカイシルバーが声を張り上げた。

 

「これ……レンジャーキーですか!?

 おおおお、俺が知らないスーパー戦隊のレンジャーキー!!」

 

 目の前の金色のキーを掴み、上から下からそれを見回す鎧。

 彼に続きイエローが黒いキーを手にして、ぷらぷらと振り回す。

 

「鎧が知らないなら、他の誰も知らないレンジャーキーってわけね」

 

「鎧が知らないんだったらそうなんだろうねえ」

 

 緑のキーを取るグリーン。

 続けて青いキーをブルーが。桃色のキーをピンクが。

 手にしたレンジャーキーを見ている彼らに、ジオウが並ぶ。

 

「あんたたちが、地球を守る価値があるって考えたみたいに―――

 地球も、あんたたちに力を貸す価値がある、って考えてくれたんじゃない?」

 

 ジオウから向けられたそんな言葉。

 それを聞きながら、赤いキーをレッドが掴み取る。

 そうして横目にジオウを睨み―――軽く鼻を鳴らしてみせた。

 

「ふん……だったら存分に使わせてもらうとするか。

 こっからは―――ド派手に行くぜ!!」

 

 モバイレーツを取り出しながらの船長の号令。

 それに従い四人が同じくモバイレーツ、シルバーがゴーカイセルラーを取り出す。

 レンジャーキーに秘められし力。

 彼らが鍵を開け、その力の扉を解放すると同時。

 ディケイドウォッチに装填されたウォッチもまた再び輝いた。

 

「ゴーカイチェンジ!」

 

〈リュウ! SO! COOL!〉

〈リュウソウジャー!!〉

 

 進撃の覇者たる赤き騎士竜の力を纏い、ゴーカイレッドが姿を変える。

 竜の頭蓋を思わせるマスクの、片刃の直剣を手にした勇猛なる赤い騎士。

 

 続くゴーカイブルーが纏うのは、頭部から剣を生やす紺碧の騎士竜。

 レッドと同じ直剣を引っ提げる、叡智を宿した青い騎士。

 

 ゴーカイピンクが得るのは、鉄槌の一撃を誇る薄紅の騎士竜の力。

 同じく直剣、リュウソウケンを手にするのは剛剣を振るう桃色の騎士。

 

 残光のみを残して目にも留まらぬ速度で駆け巡る深緑の騎士竜。

 その力を得たゴーカイグリーンが疾風の如き騎士へと変わり。

 

 泰然自若たる狙撃手(スナイパー)の如き漆黒の騎士竜。

 堂々たる騎士の威風を示すのはゴーカイイエロー。

 

 金色に変わるゴーカイシルバー。その力の根源は、荒海を征く黄金の牙。

 海に棲まう騎士竜の力を宿した銃を手に、栄光へと突き進む騎士。

 

「正義に仕える気高き魂!」

 

 姿を変えた六人が、それぞれの武器を合わせる。

 宣言するのはこの星を守る騎士としての誓い。

 五つの刃と一つの銃口。それらが突き合わされ、微かに鳴らされる鋼の音。

 それに続くのは、彼らがとった姿に与えられた戦士の名前。

 

「騎士竜戦隊! リュウソウジャー!!」

 

 力の放つ竜の咆哮を背に、姿を変えたゴーカイジャー。

 ―――騎士竜戦隊リュウソウジャーが、アザルドの前に立ちはだかる。

 

「ハッ……ちっとばかし姿を変えた程度で何が出来るか―――

 見せてもらおうじゃねえか!!」

 

 盛大に打ち合わされるアザルドの拳。

 それに伴い解放される重力波。迫り来る超重力のプレッシャー。

 迫りくる壁のような力の波動を前にして、リュウソウレッドが刃を翻した。

 

「はん、望むところだ―――俺たちのスーパー戦隊道、見せてやる!!」

 

「まずはわたしが前に出ます!」

 

 そう叫び、前に出ようとするマシュ。

 それでも宝具でなければ防げなかろう圧倒的なパワーの前に、彼女は足を踏み出した。

 が、その前に二人の戦士が彼女の位置から更に前に出る。

 

「えっ―――?」

 

「ここは私たちにお任せください」

 

「本当にお前が必要な状況まで少し休んでるんだな」

 

 アイムとジョー。

 二人が前に出ながら、手にしたリュウソウケンの柄に手をかける。

 竜の頭部を模したその部分には取っ手があり、そこを押すと竜の口が開く。

 彼らが手の中で弾くのは、それこそレンジャーキーにも似た小さな戦士の像。

 武器を手にした竜装騎士の魂たるそれ―――

 リュウソウルを、二人は揃って竜の口に差し込んだ。

 

「カタソウル!」

 

「ムキムキソウル!」

 

〈カタソウル!〉〈ムキムキソウル!〉

 

 リュウソウケンの咆哮に続け、二人はリュウソウケンの口を即座に二回開閉。

 まるで口に入れたリュウソウルを喰らわせるように、まだ続けて大口を四度開け閉めする。

 

〈リュウ! ソウ! そう! そう! この感じ!〉

〈かたそう!〉〈むきむきそう!〉

 

 リュウソウルから解き放たれるのは、二人の右腕を鎧う追加装甲。

 カタソウリュウ、ムキムキソウリュウのソウルの具現。

 そうなった瞬間、リュウソウピンクが一気に右腕を振り上げた。

 赤茶けた鎧を身に纏い、自身の体よりも遥かに太くなった筋肉の塊のような腕。

 

「たぁ―――っ!」

 

 ピンクはそれを地面へと叩き付け、地面を容易に割り砕く。

 巻き上げられた大量の岩塊が、アザルドの放つ重力波へと殴り飛ばされる。

 それらを粉砕しながら迫りくる力の前に、リュウソウブルーが立つ。

 水色の鎧を纏った右腕に構えた剣で、僅かばかり軽減された力の奔流の前に。

 

 ―――直撃した瞬間、ブルーの体が大きく吹き飛ばされる。

 しかしそれで倒れることなく、彼は地面に剣を突き立て減速してみせていた。

 真正面から耐え切った相手に対し、アザルドが感心したように息を吐く。

 

「ほぉ、こりゃあ……もしかしたら愉しめるかもしれねえなあ!」

 

「あんたを愉しませる気なんてさらさら無いのよ! ノビソウル!」

 

「ハヤソウル!」

 

 反撃を加えるため、続く二人。

 彼女たちも同じようにリュウソウケンの竜の口の中に、リュウソウルを装填した。

 

〈ノビソウル!〉〈ハヤソウル!〉

〈リュウ! ソウ! そう! そう! この感じ!〉

〈のびそう!〉〈はやそう!〉

 

 黄色の鎧を右肩に纏い、リュウソウグリーンが疾駆する。

 わざわざ目で追うこともせず待ち受けるアザルド。

 疾風の速さで振るわれる斬撃が彼を襲い―――

 

 続けて、ミントグリーンの鎧を装備したリュウソウブラックが剣を振るう。

 そうして振るわれる剣の刀身が大きくうねり伸長した。

 ワイヤーを振り回すように、彼女はその剣を自在に操ってみせる。

 

 高速の剣と鞭の如く撓る剣。

 その二刀が繰り出す剣撃は絶えずアザルドに浴びせられる。

 

 全身から火花を噴き出し、なされるがままに不動。

 何ら痛痒のない様子で攻撃を受け続けるアザルド。

 

「―――結局こんなもんか」

 

 破壊神が一言、そう呟く。

 そうして彼は軽く片腕を持ち上げて、一度小さく指を動かした。

 ぐりん、と。振るわれていた伸びたリュウソウケンの切っ先が向きを変える。

 

「っ、この……!」

 

「う、わっ!?」

 

 同時にリュウソウグリーンが足を止める。

 アザルドの周囲で重力が増大、彼の足が持ち上がらなくなったのだ。

 動くにしろ、速力を保ったままとはいかない。

 そんな彼に対して、アザルドの重力が強引に動かすリュウソウケンの刃が向けられる。

 

「メラメラソウル!」

 

〈メラメラソウル!〉

〈強! リュウ! ソウ! そう! この感じ!〉

〈メラメラ!〉

 

 リュウソウレッドが大地を踏み切った。

 空へと跳ねながら彼がリュウソウケンに装填するのは、橙色のリュウソウル。

 竜の口を開閉すれば、彼は紅蓮の業火と共に右肩のみならず胸を完全に鎧で包む。

 

 上空からアザルドの頭上を取り、その超重力の空間に入り込む。

 彼の体が空中でその重力に捕まり、地面に向けて加速した。

 それを利用してアザルドの頭上目掛け高速で落下するレッド。

 炎上する剣がアザルドの脳天に叩き付けられた。

 

 その衝撃で誘導が逸れ、向けられた剣の切っ先がグリーンを掠めるに留まる。

 舌打ちしつつ、すぐさま剣を引き戻すブラック。

 

 グリーンとブラックを逃がしたことに、アザルドが小さく鼻を鳴らす。

 だがそれ以上に大した反応を見せることなく、次の標的を目掛けて動き出す。

 相手は当然のように、アザルドに剣を叩きつけたレッド。

 刃はアザルドに傷一つつけることなく、あっさりと弾き返されていた。

 そうして弾かれたレッドに対し、アザルドは手を向ける。

 

 発生する重力波から逃れる術もなく、その威力にレッドが膝を落とす。

 

「ビリビリソウル!」

 

〈ザパーン!〉

 

 リュウソウルを扱うための銃、モサチェンジャー。

 それを手にしたリュウソウゴールドが、黄色いリュウソウルを装填した。

 反応してトリガーガードが海竜の背ビレのように持ち上がる。

 続けて銃身を掴みスライド。ポンプアクションさせ、力を解き放つ。

 

〈めっさ! ノッサ! モッサ! ヨッシャ! この感じ!〉

〈強竜装!〉

 

 レッドに続き、胸と両肩を覆う黄金の鎧を身に纏うゴールド。

 彼はモサチェンジャーの銃口から怒涛の雷撃を撃ち放った。

 駆け巡る稲妻に全身を飲み込まれ、しかし破壊神は無傷。

 

 そんな相手に対し、再びブルーが動いた。

 

「ヒエヒエソウル!」

 

〈ヒエヒエソウル!〉

〈強! リュウ! ソウ! そう! この感じ!〉

〈ヒエヒエ!〉

 

 先程まで以上の力を解放するリュウソウケン。

 解き放たれるのは絶対零度の翼を持つ騎士竜の力。

 右肩のみならず胸を覆う煌めく蒼い鎧。

 翼の如きマントを靡かせて、ブルーは冷気を乗せた刃を振り抜いた。

 

 大地を奔る絶対零度の凍気。

 それが向けられたアザルドだけでなく、周囲も稲妻も諸共に凍てつかせていく。

 が、自身を覆う氷を易々と粉砕し、瞬く間に復帰するアザルド。

 

「もう少し頑張れよ、つまんねえからな!」

 

 言って、拳を握りしめる。それだけで発生する重力波。

 それが周囲の氷山を押し潰し、あっさりと壊滅させた。

 氷片が撒き散らされ、雹のように降り注ぐ。

 

 ―――どれだけ攻撃を重ねても傷一つ受けない。

 挙句に触れることさえなく、全てを蹂躙する。

 

 そんな破壊神の暴威を前に、転がったレッドが手にした剣を握りしめた。

 剣を振るった時に確かに手応えはあったのだ、と。

 

「―――ルカ! ハカセ! アイム! ()()()()!!」

 

 叫びながら新たなリュウソウルを取り出すマーベラス。

 彼が手にしたものを見て一瞬、三人が停止する。

 が、すぐさま三人共に再びリュウソウルを手にしていた。

 

「ミガケソウル!」

 

「マワリソウル!」

 

「マブシソウル!」

 

〈ミガケソウル!〉〈マワリソウル!〉〈マブシソウル!〉

〈リュウ! ソウ! そう! そう! この感じ!〉

〈みがけそう!〉〈まわりそう!〉〈まぶしそう!〉

 

 グリーンが、ブラックが、ピンクが。

 新たなリュウソウルを使い、その力を発揮する。

 

 グリーンが剣を振るえば、周囲を舞う氷片が鏡のように磨かれる。

 ブラックが剣を振るえば、鏡のように磨かれた氷片がアザルドを中心に回転を始める。

 ピンクが剣を振るえば、その刀身が発光した。

 

 磨き抜かれた鏡の欠片。それを渦巻かせる竜巻。

 そしてその中に叩き込まれる光源。

 無数の氷片が光を乱反射させ、周辺一帯を白い光で埋め尽くした。

 

 視界を塗り潰されたアザルドがその状況に肩を竦める。

 

「こんなもんで時間稼ぎか? 意味ねえよ!」

 

 瞬間、アザルドを中心として膨れ上がるエネルギー。

 彼を中心に全てを吹き飛ばす重力波。

 一切の加減なく、周辺一帯を相手諸共更地にせんと解放する力。

 氷など言うまでもなく、光さえも歪めて消し飛ばす超重力。

 

 絶対的な力を前に、いとも簡単に張られた光のカーテンは千切れ飛び―――

 

「そうか? だったら試してやるよ! ギャクソウル!」

 

〈ギャクソウル!〉

〈リュウ! ソウ! そう! そう! この感じ!〉

〈ぎゃくそう!〉

 

 視界が晴れた瞬間に、リュウソウレッドがその剣を振り抜いた。

 一瞬の停止を経て、彼が放った力が作用する。

 

「―――――なに?」

 

 アザルドが放った、彼を中心に全周囲に広がっていく重力波。

 それが全く逆方向への作用を始めた。

 即ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 自身が全力で放った圧力に、中心にいるアザルドの体が軋みを上げた。

 

 だがそれも一瞬だ。

 アザルドがその圧力に耐えきれるかどうか以前の問題。

 純粋にエネルギーの総量の桁が違う。

 ギャクソウルのエネルギーで彼の力を反転させるなど、一瞬だけ出来れば上等と言える。

 だからそのまま相手を押し潰すことなど出来ず―――

 

 だからこそ。

 

「―――俺の生き様、見せてやる!!」

 

 シンスペクターがその全身の装甲に罅が入った状態でなお。

 瓦礫を跳ね飛ばし立ち上がり、その手に剣を取り上げていた。

 彼が手にするのはディープスラッシャー。

 そこに装填されているのは、スペクター眼魂及びディープスペクター眼魂。

 更に彼はドライバーのトリガーを引き、シンスペクターの全てを解き放つ。

 

〈メガハゲシー! メガハゲシー! キョクゲンダイカイガン!!〉

〈シンダイカイガン!! シンスペクター!!〉

 

 七つの翼を羽ばたかせ、蒼く煌めく肢体が舞う。

 突き出されるディープスラッシャーが深淵の炎に燃える。

 その切っ先に全てを懸けて、彼の体がアザルドの重力効果範囲に飛び込んだ。

 

「オォオオオオオオ―――――ッ!!」

 

〈ギガオメガギリ!!〉

〈デッドリーオメガドライブ!!!〉

 

 加速、などと言える影響ではない。

 尋常ならざる引力が、シンスペクターの体をアザルドに向け吸い寄せる。

 煌めく装甲を圧壊させられながらも、しかし。

 シンスペクターは踏み込んだ瞬間に、アザルドへと正面から着弾していた。

 

「――――ハ!」

 

 ディープスラッシャーの切っ先が、遂にアザルドの体表を食い破る。

 腹部に深々と、その刀身が半ばまで埋め込まれる。

 そこを中心に僅かながら広がっていく罅割れ。

 それを認識したアザルドが、やっと本当に愉しそうに笑った。

 

 異常なまでの速度で激突した反動で、シンスペクターもまたダメージを受ける。

 どちらが攻撃をしたのか分からないほど、全身の装甲が割れていく。

 それでもマコトがスラッシャーを強く握り、更に押し込もうとして―――

 

「そうこなくっちゃなあ!!」

 

 アザルドの拳が振り下ろされる。

 それに対応できる体力が残っているはずもなく、スペクターが殴り飛ばされた。

 彼が掴んでいた剣が半ばから折れ、刀身半分だけがアザルドの体内に残る。

 

「マコト!!」

 

「奴が一発ぶち込んだ! 内部からぶっ壊してやれ!!」

 

「はい! ドッシンソウル!」

 

〈ドッシンソウル!〉

〈強! リュウ! ソウ! そう! この感じ!〉

〈ドッシン!〉

 

 レッドの声に応え、すぐさまピンクが前に出る。

 纏うは抹茶色の鎧。

 両腕を無双の鉄拳で包み込み、彼女は一足飛びにアザルドへ距離を詰めにかかった。

 そんなピンクに対し視線を向け、アザルドは重力波を叩きつける。

 

 そのプレッシャーの前に立ちはだかるのはジオウ。

 彼が再び手にしたヘイセイバーを翻し、そのスロットにウィザードウォッチを装填した。

 続けてセレクターを回し、この場に則した能力を選び取る。

 

〈フィニッシュタイム! ヘイ! ゴースト!〉

〈ウィザード! ゴースト! スクランブルタイムブレーク!!〉

 

 前方に描かれる黄色い魔法陣。

 それと同時に、ヘイセイバーの刀身からニュートンの力が放たれる。

 都市一つを宙に浮かせるほどの斥力が、魔力の生む重力と共に。

 全力でアザルドからの攻撃への壁となり、そして一撃で砕かれた。

 それでも何とか、ただの一撃と相殺してみせる。

 

「ぐ……っ!」

 

「ハハハハ! そら、もう一発―――!」

 

 体勢を崩したジオウ。彼を盾に前に突き進むリュウソウピンク。

 それらを纏めて薙ぎ払うように、腕を振り上げるアザルド。

 そうして二人を吹き飛ばす筈の攻撃が放たれる、前に。

 

〈モサブレイカー!〉

 

「ファイナルサンダーショットォッ!!」

 

 注意を向けていなかったリュウソウゴールドの放った雷の弾丸。

 それがアザルドの胴体へと直撃する。

 ディープスラッシャーが開けた穴から染み込むように、体の内側から雷撃が爆発した。

 

 多少罅割れていた体表が、バチバチと音を立てて弾ける。

 それでも欠けるほどのダメージさえなく、アザルドは愉しげに笑い通す。

 

「たぁああ――――っ!!」

 

 稲妻に侵され刹那止まったアザルド。

 その胴体、ディープスラッシャーの残骸が残る腹。

 そこを目掛けて、ピンクが両腕の鉄拳を全力で殴り抜いた。

 一撃に留まらず二度、三度、十、二十と。

 

 圧倒的速度で繰り出される、衝撃を浸透させ内部破壊を導く拳。

 三十を数えるほどに直撃を見舞って。

 それでようやく僅かな罅を大きくするだけのダメージを与え―――

 

「足りねえなあ! こんな程度じゃこのアザルド様を倒すには―――まるで足りねえ!!」

 

 一撃。

 殴り返される拳がピンクと打ち合い、当然のように彼女の方が吹き飛ばされる。

 そうした破壊神は自身の両の拳を全力で打ち合わせた。

 そこに生まれる超重力のエネルギー球。

 今まで見せてきた圧倒的な力とさえ比較にならない、ブラックホール染みた重力の渦。

 生成するや否や、彼はすぐさまそれを殴り抜く。

 撃ち出される、全てを呑み込み圧壊させる破壊の権化たる重力の渦。

 

「――――マシュ、お願いっ……!」

 

「了、解っ……! “いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”!!!」

 

 マスターの声を受け、その場に躍り出る少女。

 彼女の構えた盾を中心に、白亜の城塞が顕現する。

 星を呑み込む暴威の前に、星に根付く命を守る盾が立ちはだかる。

 盾で受け、それが巻き起こす破壊を塞き止めて。

 落ちそうな膝を必死で持ち上げて、マシュは盾を全身で支え切ってみせる。

 

「ハハハハハハハハハ!! 守ってばっかで俺が倒せんのか?

 大口叩いた分、もっと気張って刃向かってこいよ!!」

 

 言いながら、アザルドが再び両拳を叩き付けあった。

 そうして生成される、今マシュが必死に防いでいる一撃と同等の追撃。

 アザルドは当然、それを撃ち出すために腕を振り上げる。

 

「く、ぁ……!」

 

 盾を必死で支えながら、マシュが歯を食い縛る。

 一撃を相手にやっとなのに、そんな追撃があれば保つ筈がない。

 そしてそれどころの話でもない。

 このまま放っておけば、アザルドはこの規模の攻撃を止め処なく行い続けるだろう。

 彼女が倒れれば、数分と保たず地球ごと滅び去りそうな威力のこの攻撃を。

 

「―――所長、さっきのは……!」

 

 ではどこかに起死回生の一手はないのかと。

 振り返った立香の前で、肩を震わせたオルガマリーが視線を彷徨わせる。

 問われたところで答えなどない。

 彼女ではメカニズムを明かせないだろう地球のパワーというものを味方につけてなお。

 アザルドとは、これだけの差があるのだ。

 

「っ、無理よ……!」

 

 あの星辰の操作がもう一度叶ったところで、焼石に水だろう。

 相手は星の光さえ呑み込む重力の渦が如き破壊神。

 

「それこそ、前の特異点で見た解放された星の聖剣くらいの威力がなければあんなの……!」

 

「―――――」

 

 ヘイセイバーを杖代わりにし、立ち上がっていたジオウ。

 彼がオルガマリーの放った一言を聞いて、ハッとした様子で顔を上げた。

 ソウゴは咄嗟に自身のドライバーに手を添える。

 

 オルガマリーの言葉を聞いて、最後のピースが嵌った気がしたのだ。

 

 ここには今まさに溢れ出す地球のパワーがある。

 更にその星が生んだ、星を守るための騎士たちの力がある。

 

 そして。

 いま目の前では、星の聖剣と共にあった円卓が展開されている。

 それは星の聖剣を携えし王の城。白亜の城塞、キャメロット。

 即ち王とは―――選定の剣を引き抜きし、騎士の王。

 

「だったら……これが!!」

 

〈ライドウォッチ! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

 ジオウの指が、ディケイドウォッチを発動する。

 それによって更に解放されるリュウソウジャーウォッチの力。

 限度を超えたエネルギーの奔流の末、リュウソウジャーウォッチが砕け散る。

 

 だがそれと代わるように、強大な光がその場に発生した。

 その光に向け、周囲に漂っていた地球のパワーが集い始める。

 

「っ、これは……!?」

 

 マシュが手にしていた盾が帯びた熱に気づき、目を見開いた。

 鼓動するように、騎士王の円卓が力を発する。

 

 地球により生まれし星の守護者。

 岩から聖剣を引き抜きし騎士王の円卓。

 それらが、地球のパワーを使いこの場に一振りの剣を再現する。

 

 崩れ割れた地面からせり上がってくる岩。

 そこに突き刺さった、一振りの聖剣。

 その剣が現れた瞬間、ソウゴはマーベラスに声を飛ばす。

 

「ゴーカイレッド!!」

 

「―――はっ、面白れぇ。借り受けるぜ、リュウソウジャーの大いなる力!!」

 

 即座に地面を蹴り、その岩に向けて跳ぶマーベラス。

 リュウソウレッドが岩に突き刺さった剣―――

 リュウソウケンに似た、しかしより荘厳なる剣を、その手で掴み取った。

 引き抜くために全力を掛けながら、彼は封印の聖剣たるその銘を呼ぶ。

 

「ソウルを解き放て! リュウソウカリバー!!」

 

 力が溢れる。

 それこそ、地球の守護者たるリュウソウジャーの力。

 その力を極限まで高める聖剣が、リュウソウレッドの手に渡る。

 同時に彼は黄金の鎧と紫紺のマントを纏い、代わりにリュウソウケンを地面に突き刺した。

 

「ぶち込むぞ、ジオウ!!」

 

「ああ、これなら―――いける気がする!!」

 

 聖剣を引き抜きしノブレスリュウソウレッド。

 そしてライドヘイセイバーを構えたディケイドアーマー。

 両者がリュウソウルとライドウォッチ。

 手にした力の源を、それぞれの武器へと装填した。

 

「コスモソウル!!」

 

〈無限の宇宙! コスモラプター!〉

〈フィニッシュタイム! ヘイ! セイ! ヘイ! セイ! ヘイ! セイ! ヘイ! セイ! ヘヘヘイ! セイ! ヘイ! セイ! ヘイ! セイ! ヘイ! セイ! ヘイ! セイ! ヘヘヘイ! セイ!〉

 

 二刀が膨大な力を纏い、振り被られる。

 直後、アザルドが二発目の重力の渦を全力で撃ち出した。

 マーベラスとソウゴが一瞬視線を交わし、両者ともに全力で踏み込み―――

 その剣を、全身全霊で振り抜いた。

 

「アルティメット―――! ディーノスラッシュ!!」

 

〈アルティメットディーノスラッシュ!!〉

 

「ハァアアアア――――ッ!!」

 

〈ディ・ディ・ディ・ディケイド!〉

〈平成ライダーズ! アルティメットタイムブレーク!!〉

 

 ―――僅か、マーベラスが先んじる斬撃。

 少しでもずれた攻撃は同時にアザルドの攻撃に対抗することはなく―――

 だからこそ、アルティメットディーノスラッシュこそが真っ先に重力の渦に飛び込んだ。

 

 放たれた一撃こそは、無限の宇宙の力を宿した騎士竜のもの。

 安らぎの閃光たる輝きと深淵なる暗闇を併せ持つ宇宙。

 その力を取り込み自身の力を増す騎士竜、コスモラプター。

 そんな力を、聖剣によって最大限高めて放ったからこそ―――

 

 白銀と紫紺の騎士竜の顎が、アザルドの放つ宇宙の力を喰い破った。

 のみならず、喰らったアザルドの力を己に取り込み、更に強大に膨れ上がる。

 

 盾が受け止めていた一撃が喰い破られて消失し、マシュが膝を落とした。

 

 その間にも、宇宙の牙はアザルドに向かって突き進む。

 続けて殺到する、放たれていた二撃目。

 正面衝突してなおその一撃をも喰い破り、喰らった力を取り込んで―――

 限界までエネルギーを増大した極大の竜が、咆哮と共に喰らい付く。

 

 宇宙の力を取り込んで、より強大になった竜。

 迫りくるその一撃に喉を鳴らし、アザルドが喜色も露わに拳を握る。

 自身の握力で拳を壊すのではないか、というほどに拳を強く握り締め。

 彼は全力をもって己の腕を振り抜いた。

 

 激突し合い、そこで弾ける逃げ場のない反動。

 余波の衝撃で地面を捲り上がらせ、微塵に粉砕しながら力が強引に発散される。

 そうしたその場で撒き散らされる力さえも、宇宙の使者たる騎士竜は取り込んだ。

 この一撃に全てを賭して、限界を超えたエネルギーの吸入に光と闇の竜が膨張していく。

 

 ―――それでもなお、そこで遂に進撃が止まった。

 

「やればできるじゃねえか! そうだ! これだ!!」

 

 竜の顎がアザルドの拳に喰らい付く。

 だが噛み砕くこと叶わず、押し止められ―――

 それどころか、押し返され始めた。

 

「どう足掻いたところで俺を倒せもしねえ雑魚を潰して回るより!

 俺を倒せる可能性があるような連中との戦いの方が、よっぽど愉しめる!!」

 

「生憎だが、こっちはテメェを愉しませるためにやってるんじゃねえんだ!

 これ以上付き合ってやるつもりはねえんだよ―――ッ!!」

 

 喜悦に塗れたアザルドの叫びを切り捨て。

 リュウソウレッドが一際強く、聖剣の柄を握り直した。

 同じくジオウがヘイセイバーを握り締める。

 

 それと同時。

 二十の光を束ねた極光が、光と闇の竜の後ろから激突した。

 その威力でもって、竜の爆進に最後の一押しを加えるための一撃。

 

 それに後押しされた竜がまたも限界を超え、力を増す。

 叩き付けられた腕を噛み砕けぬままに、強引なまでに突き進む竜。

 その全てを懸けた進撃をもって、アザルドの体に牙を届けてみせた。

 代わりに呑み込んだ拳に喉を貫かれ、崩壊しながらも。

 

 しかし確かに白銀と紫紺の竜が、黒金の破壊神に牙を突き立てた。

 牙が突き立てられるのは、ディープスラッシャーが抉った腹の穴。

 更に砕けるほどではないまでも、そこを中心に無数に拡がった亀裂部分。

 

 埋め込まれた折れた刀身を蒸発させながら、光と闇の牙がそこに叩き込まれる。

 半分以上消し飛ばされながらも、しかし竜の顎は確かに敵を噛み砕くために閉じられた。

 突き立った無数の牙により、亀裂は一気にアザルドの全身にまで拡がっていく。

 そんな自身の状態を見下ろしながら、彼は軽く笑い飛ばした。

 

「はっ、いいじゃねえか。次もその調子で頼むぜ?」

 

 ―――そう言い残し。

 宇宙の破壊神、不死身のアザルドの全身が砕け散る。

 

 そして砕け散った無数の破片が、その場で回転し始めた。

 目にも止まらぬ速さの回転。

 その影響で発生する、アザルドの破片が孕んだ竜巻のような暴風。

 

 それが再生の前兆であることには疑いがなく―――

 

「チッ……! どうやってトドメを刺す!?」

 

 崩れ落ちていくリュウソウカリバーと貴き黄金の鎧。

 放つことができたのは、ただの一撃。

 全てをそこに注がなければ、一度さえもアザルドを砕けなかっただろう。

 

 地面に突き刺していたリュウソウケンを引き抜き、マーベラスが声を荒げる。

 ここでそのまま再生されたら、倒すどころか二度と砕くことすら叶うまい。

 

 思考している時間の猶予すらなく。

 戦場を見ていた立香が、すぐにその声を張り上げた。

 

「仮面ライダーの力……仮面ライダーギンガの!

 あいつの中に、ギンガのウォッチがあるんじゃないの!?

 それを取れれば、アザルドがあの力を使えなくなって、ソウゴが使えるかも……!」

 

「―――ミエソウル!」

 

〈ミエソウル!〉

〈リュウ! ソウ! そう! そう! この感じ!〉

〈みえそう!〉

 

 彼女の声を聞き届け、即座にジョーが視覚を鋭くするための力を得る。

 視線を向けるのは当然、暴風と化したアザルドの破片たち。

 無数の破片と荒れ狂う風のカーテン。

 その嵐の中を覗き込み、彼はすぐさま声を上げた。

 

「中心にある! 明らかな異物と融合した、一際でかい奴の破片!

 ―――それだけじゃない。あれは明らかに他の破片とは違う……!

 恐らくあれが、再生のための核だ!!」

 

「踏み込むぞ! ジオウ!!」

 

「ああ、ここで決める―――!!」

 

 既に力を使い果たしたディケイドアーマーも消失した。

 ジオウはその手にジカンギレードを引っ提げ―――

 ドライバーに装填されていた自身のウォッチを、ギレードへとセットした。

 

〈フィニッシュタイム!〉

〈レッド! それ! それ! それ!〉

 

 同じように、赤きリュウソウルをリュウソウケンに喰らわせるレッド。

 リュウソウケンの竜の口を繰り返し動かし、力を解放させる。

 二人が手にした剣が光を帯び、残された全ての力がその刃に注がれた。

 

 だがそれでも。

 これから踏み込む場所は、地獄の中だ。

 

 真っ当な手段では傷一つ与えられない硬度を持つアザルドの破片。

 それが尋常ならざる速度で回転を続ける竜巻。

 荒れ狂うのは純粋な速さが原因ではなく、超重力が渦巻いているからでもある。

 そのまま踏み込めば、攻撃だろうが何だろうが容易に磨り潰されることは間違いない。

 

 だからこそ。

 

「プクプクソウル!」

 

「ヤワラカソウル!」

 

〈プクプクソウル!〉〈ヤワラカソウル!〉

〈リュウ! ソウ! そう! そう! この感じ!〉

〈ぷくぷくそう!〉〈やわらかそう!〉

 

 グリーンとブラックがリュウソウルに秘めた力をその剣に発露させる。

 

 竜巻の中で巡るアザルドの破片。

 その一部が空気の満ちた風船のように膨れ上がる。

 大量の破片が行き交う嵐の中で回転している小さな欠片たち。

 それらが巨大に膨れたものに衝突し、弾け合う。

 アザルドの破片同士で激突し、無数の破片が竜巻の外まで弾き飛ばされていく。

 

 飛来する追い出されてきた破片を躱しながら、二人が嵐の中へと踏み込む。

 

 処理し切れていない破片はまだ残っている。

 踏み込んだ瞬間にレッドとジオウに破片は矢となり襲いかかり―――

 しかし彼らの体に当たった途端、軟らかに歪んでそのまま滑っていく。

 

 渦巻く竜巻を突き破り、そのまま二人は重力の結界に侵入し。

 

「オモソウル!」

 

「カルソウル!」

 

〈オモソウル!〉〈ザパーン!〉

〈リュウ! ソウ! そう! そう! この感じ!〉

〈めっさ! ノッサ! モッサ! ヨッシャ! この感じ!〉

〈おもそう!〉〈強竜装!〉

 

 竜装直後、ピンクが右腕から下げた鉄球を地面に叩きつける。

 発生する重力波が空を走り、二人の進撃を阻む壁にぶち当たった。

 

 続けて、ゴールドが二つの重力が交わる空間へと銃を向け光線を撃ち放つ。

 光が駆け抜けた空間の重さが一時的に取り払われる。

 

 一秒後に再び張り巡らされるだろう超重力の空間の中。

 二人の戦士が。リュウソウレッドと仮面ライダージオウが。

 ギンガのウォッチと癒着した、大きな破片を見つけ出す。

 振り被った剣の切っ先が向かう先は、そこ以外にありえない。

 

〈それ! その調子! 剣ボーン!!〉

〈ジオウ! ギリギリスラッシュ!!〉

 

「ディーノスラッシュ――――ッ!!」

 

「ハァアアアアアアア――――ッ!!」

 

 左右から挟み込むように振るわれる剣閃。

 それは過たず最も大きなアザルドの破片に叩き付けられた。

 剣に乗せた全ての力が炸裂し、それを砕かんと暴れ回る。

 この一撃を見舞うため、全てを使い尽くした。

 もはや次はない。その気迫も共に剣に注ぎ力を籠め―――

 

 ―――それでも。

 

「ッ……!」

 

「チィ……ッ!」

 

 周囲に吹き飛ばされていたアザルドの破片。

 それらが全てリュウソウルの影響を振り切り、いま剣を叩きつけている破片を中心に集まってくる。瞬く間に再形成されていく宇宙の破壊神。

 

 アザルドの中心であろうそれは、剣など物ともせずに他の破片と繋がっていく。

 刃を叩きつけていた剣が、融合していく破片たちに呑み込まれる。

 そのまま一秒かからずに人型を取り戻し、力を漲らせてみせるアザルド。

 

「ハ――――!」

 

 再誕したアザルドが微かに腕を揺らす。

 ただそれだけで、先程までと何も変わらぬ重力波が周囲に放たれる。

 レッドとジオウがそれにより大砲で射出でもされるかのように吹き飛ばされた。

 地面に激突し、転がり、遂には変身さえも解除される。

 

「マーベラス!?」

 

「ソウゴ!?」

 

 胸から二本の剣の柄を生やしながら、アザルドが笑う。

 彼の視線が向かう先は、いま地面に転がった二人。

 相手を睨み返しながら、マーベラスが歯を食い縛りつつ悪態を吐く。

 

「はっ、とんでもねえ化け物だぜ……!」

 

 マーベラスの言葉を受け、鼻を鳴らし。

 そのままアザルドはゆっくりと一歩を踏み出して。

 

 踏み出した彼の足が地を踏みしめる前に、ソウゴが呟いた。

 

「けど……ここで終わりだ」

 

 アザルドが踏み出した足が地を踏んで。

 その瞬間、彼の胸が引き裂かれた。

 バキバキと盛大に音を立てて、突き刺さったままの剣を中心に拡がっていく亀裂。

 

 自身の受けたその傷を見下ろして、アザルドは愉しそうに声を震わせる。

 

「ク、ククク……ッ! ハハハハハハ! ハハハハハハハハハ――――ッ!!

 見込み以上だったぜ、下等生物ども! テメェらとの戦いは、最高だった!!

 さあ、後は――――」

 

 ガガン、と。両の拳を叩き付け合い、力を解放する。

 その反動で亀裂が更に大きくなり、全身が崩れ始めた。

 しかしそんなことを気にもせず、アザルドは力を放出し続ける。

 

「俺が木端微塵に砕け散るまでの間、愉しませてもらおうじゃねえか!!」

 

 展開される重力波。

 遠慮呵責なく、死に際と認識してなお破壊神が力を振り絞る。

 自分の力で自分が押し潰されそうになりながら、それを気にすることもなく。

 

 周囲一帯を圧壊させる規模のものを、この期に及んで当然のように発揮して。

 

 ―――最期に、金属が盛大に打ち鳴らされる音を聞く。

 

 一気に内側から崩壊するアザルド。

 彼が視線を巡らせれば、そこにいたのは盾を持った少女。

 攻め手としては一切考慮していなかった相手。

 彼女は盾を振り抜いた姿勢で動きを止め、アザルドを必死に睨んでいた。

 

 身を貫くのは自分の体が砕けようとも、大切なものを守ろうとする意志。

 それに一切理解を示すことなく―――

 しかし、砕けようが死に果てようが自分のやりたいことをやる。

 その意志に対しては一定の共感を示し、破壊神はまだ笑う。

 

 マシュの盾が振るわれ、殴りつけたのはアザルド自身でなく。

 アザルドに深々と刺さった状態で固定されていた二本の剣。

 彼女は盾で思い切り剣の柄を殴りつけ、刀身を伝わせて衝撃を内部に見舞った。

 その結果こそが、力を解き放つ前に崩れるアザルドだ。

 

 頭部だけで地面に転がり落ち、しかし彼は意識のある限り笑い続ける。

 

 壊すだけではつまらない。

 壊すか壊されるかだから面白い。

 ここで自分は壊されたが、愉しかったからそれでいい。

 ただそれだけで彼は喜悦に狂い―――

 

「―――ハハハハハ!!

 この俺が全力でやって、最後まで一匹も殺せなかったってわけか!!

 最期の最後まで愉しませてくれたぜ! やっぱり戦いはこうでなくちゃなあ!!

 お前らは俺より強い下等生物だったってわけだ!!

 愉しかったぜ! ハハハ! ハハハハハ! ハハハハハハハ――――ッ!!」

 

 がらがらと崩れ落ちていく破片の中心。

 その中に秘められた、一際大きな塊。

 そこに集約されていたエネルギーが暴れ、その場で大爆発を起こし―――

 直後に異常な重力がその場を覆い、周囲を呑み込んだ。

 

 満足を得たアザルドはそれに呑まれ、完全に消失した。

 

 マシュは何とかバックステップでその範囲から離れる。

 が、踏み止まり切れずに背中から転げ―――

 そんな彼女を、マスターがぎりぎり受け止めてみせた。

 

 そうして掛け替えのない人に支えられながら。

 マシュは暗黒に呑まれた怪物がいた場所を見る。

 

 破壊だけを為し、その中でひたすら満足感だけを求めていた怪物。

 他者を破壊することを肯定し、自分が破壊されることさえ肯定する。

 掛け値なしに異常なクリーチャーにして、善悪を超越した純粋な破壊神。

 

 当然正義などではなく。

 しかし他のデスガリアンのように他者を害することに悦楽を見出す悪辣ですらなく。

 主義主張など交わす余地のない、一個で方向性が完結・完成した存在。

 

「―――――」

 

 その破壊神の最期に、マシュは小さく目を細めた。

 

 

 




 
 リュウソウカリバー。
 安心せえ、リュウソウジャーの大いなる力はマックスリュウソウチェンジャーが継いだる。
 それに仮面ライダーやスーパー戦隊の皆も安心せえ、全てのライダーと戦隊は俺が継いだる。
 そしてコウ。安心せえ、リュウソウレッドは俺が……誰やお前!?
 


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咆哮!命の叫び!2016

 

 

 

「本能覚醒――――ッ!!」

 

 地球のパワーが溢れるその場所で。

 六人の戦士が王者の資格を用い、命の力を解放した。

 周囲に舞う黄金のキューブが彼らを包み、その姿を変えていく。

 

 雲より高く、青く広がる空の中。

 腕を翼の如く大きく羽ばたかせる大和。

 そんな彼の顔が、鷲を模る赤いマスクに覆われていく。

 

「大空の王者―――! ジュウオウイーグル!!」

 

 荒れ狂う大波を掻き分け進むが如く。

 大海を鋭きヒレで切り裂きながら泳いでみせる所作に構えるセラ。

 彼女の顔を覆うマスクは、牙を剥く鮫の様相。

 

「荒海の王者―――! ジュウオウシャーク!!」

 

 渇いた風が吹き荒ぶ赤茶けた地平線。

 その彼方まで届くだろう雷鳴の如き咆哮を轟かせ、その爪を振るうは獅子。

 雄々しく逆立つ鬣が、レオの顔を覆うマスクとなる。

 

「サバンナの王者―――! ジュウオウライオン!!」

 

 天を衝くほどに高く伸びた木々の中においてなお。

 立ち並ぶ樹木の丈を上回るほどに大きく、天に向かって振り上げられる鼻の如き腕。

 タスクの顔を覆うマスクは、天を貫くほどに長い鼻を持つ象の力の具現。

 

「森林の王者―――! ジュウオウエレファント!!」

 

 視界を遮るほどに吹雪く、凍て付いた白銀の大地の上。

 白く染まった風景の中から、溶け出すように、揺らめくように現れるのは白虎。

 氷河の中に佇むアムの顔が、その狩人のマスクに覆われた。

 

「雪原の王者―――! ジュウオウタイガー!!」

 

 荒れ狂う砂塵。大自然の暴威の中、黒、金、銀のトリコロールが立ち誇る。

 犀の如く、鰐の如く、狼の如く、鋭く、力強く、重々しく。

 凄然とした面持ちの操の顔を、三つの獣が合わさったマスクが覆っていく。

 

「世界の王者―――! ジュウオウザワールド!!」

 

 黄金の光の中、六つの影が並ぶ。

 その中心に立つ赤い戦士が、強く猛って言葉を振り絞る。

 

「動物戦隊―――――!!」

 

 荒々しく愛剣を引き抜くイーグル。

 動物使いの振るう鞭のように、イーグライザーの刃が波打ち地面を叩く。

 それに呼応する残りの五人が戦闘態勢を整え、身構える。

 同時に彼らは声を一つに合わせ、己らという群れの名前を声高に謳い上げた。

 

「ジュウオウジャー!!!」

 

 彼らの闘志に応えるように脈動する地球。

 その力を注がれながら、大和の視線は一点だけを睨み据える。

 

「ジニス―――! この地球(ほし)を、舐めるなよ―――――ッ!!」

 

「それは……」

 

 対面する怪物の黄金の眼光が揺らめく。

 彼が生来から心に抱え続けた劣等感が磨き上げた屈辱から生じる怒り。

 煮詰められた嚇怒が動力となり、ジニスの体を動かした。

 

「―――――私の台詞だ!

 こんな星と、そこに群がった下等生物如きが、私を虚仮にするなどと……!

 この私を、舐めるなよ―――――ッ!!」

 

 己から離れていた地球のパワー。

 ジニスは自身に取り込んだジュウオウキューブのシステムを介し、再びそれに干渉した。

 彼から逃れようとする地球の意思を捻じ伏せて、再び力を自身に流入させる。

 

 二分される地上に噴き出す地球の力。

 それをジュウオウジャーとジニスが奪い合う形になり―――

 おおよそ半分ずつ、彼らは同質の力を手に入れ合った。

 

 翼が広がる。そこから迸る光の津波。

 迫りくる光の弾丸を前に、

 

「野性解放―――!!」

 

 隙間などない壁の如き密度で迫る光を、雷鳴を呼ぶ獅子が迎撃する。

 雷が力任せに光を切り捨て、光の津波を両断した。

 

 続くのは氷河を齎す白虎。

 彼女の振り撒く冷気が、ジニスまでの一直線を一息に凍り付かせる。

 巨大な氷柱に囚われたジニスが、しかしその中で容易に腕を振り抜いた。

 氷山とも呼べるだろう巨大な氷が砕け散り、崩れていく。

 

 その直上から、水流を伴って鮫が迫る。

 氷塊ごと降り注ぐ怒涛の大海嘯。

 眼下の全てを潰して押し流すそれの訪れに合わせ――――

 

 象の足が地面を踏み砕き、ジニスの足場を粉微塵にした。

 大地がこれ以上ないほど震え、戦場に大穴を開ける。

 そこへ氷を巻き込んだ大津波が、ジニスを押し流すために流れ込む。

 

「無駄だよ―――貴様たち如きが何をしたところで、ね!」

 

 周囲を奔る稲妻も、氷塊も、水流も。

 全て翼の一振りで蒸発させて、ジニスが真っ先に大地を揺らすエレファントを見る。

 白銀の体が加速をかけながら、腕を刃へと変形させた。

 

 瞬く間に距離を詰め切ったジニスは、その刃をエレファントへと突き出した。

 

「無駄なんかじゃない!!」

 

 それに対し、狼の如き俊足で割り込むザワールド。

 突き出された刃を両腕で掴み、その場に留まってみせる操。

 徐々に押されながらも、しかし確かに彼はジニスを止めていた。

 

「もう俺なんかが何をしたって無駄だって!

 お前に目をつけられた時の俺は、そうやって何もかも諦めて生きていた―――!

 だから、言える! 何もできなかった俺がやってきたことは、無駄なんかじゃなかった!!

 あの時の俺がいたから、今の俺がある!

 ―――だから俺は俺にやれることがある限り、絶対に諦めない!!」

 

「ならもう一度教えてあげよう、ザワールド。

 貴様たちが何をしようが、私の前では全てが無駄なのだと!!」

 

 刃を止められながら、ジニスが再び翼を大きく広げる。

 そこに灯り、そして放たれる光の弾丸。

 至近距離から破壊の渦がジュウオウザワールド目掛けて放たれて―――

 

 その瞬間。

 ジニスの背中に後ろから足が叩き付けられた。

 同時に両の翼が引っ掴まれて、思い切り引き寄せられる。

 腕力のままに強引に、翼の向きが変えられた。

 見当違いの方向に放出される無数の光。

 

 怨念の籠った鋭い視線で、ジニスが自身の背後に取り付いた相手を見る。

 ギチギチと軋む翼を掴んでいるのは、ジニスよりも輝かしい白銀の体。

 自身を掴んだムゲン魂を睨みつつ、彼は背中を組み替えた。

 

 背中から噴き出す無数の刃。

 ゴーストはそれを翼を手放した腕で放つ手刀で薙ぎ払う。

 その隙にザワールドを蹴り飛ばし、即座に振り返るジニス。

 彼が振り抜いた腕が、ムゲン魂の装甲を斬り砕いた。

 

「―――そうして、今度こそ理解するがいい。

 私こそがジニス! この宇宙で唯一、絶対無二の力を持つ者なのだと!!」

 

「……それが、どうした!」

 

 ふと、ゴーストが消える。

 彼が変じた光の粒子を視線で追い、ジニスは即座にそちらに刃を突き出す。

 再出現した瞬間に掠めていく剣撃。

 装甲を再び削られ、白銀の残骸を撒き散らしながらしかし。

 

 タケルが拳を握り締め、ジニスに叩き付ける。

 

「たとえお前が、絶対無二の力を持っていたのだとしても―――!

 俺たちにはみんなから託された想いが、力がある!

 無二なんかじゃない。どこにでもある、誰でも持ってる小さな力を!

 俺たちは今ここで、数えきれないほど背負ってる!!」

 

 刃で拳を打ち落とし。

 しかし一歩半、衝撃を殺し切れずに押し込まれる。

 その事実に盛大に舌打ちしながら踏み止まり。

 同時に、ジニスはその翼を大きく広げて輝かせた。

 

「……そうだ、俺たちは多くの想いに生かされてここまで来た。

 この星の生き物は、みんなどこかで繋がってる……今まで俺は、本当の意味でその言葉を信じていなかったのかもしれない。けど、俺はもう迷わない―――! 俺の命を繋いでくれた力で、この星の未来とそこに生きる命を守るために! 行こう、みっちゃん!!」

 

「ああ――――!!」

 

 踏み込む二人の意志に呼応して、光が溢れる瞬間に。

 大和と操、二人がジニスへ向けて加速した。

 両腕を大きく広げ、その体からジューマンパワーを漲らせ。

 二人は同時に、力を最大に解放する言葉を吐き出していた。

 

「野性大解放―――――ッ!!!」

 

 右腕に金鰐の尾を。左腕に銀狼の爪を。

 そして両肩に黒犀のアーマーを展開するジュウオウザワールド。

 三つのジューマンパワーを宿した彼の有する、最強形態。

 その姿を取り、いつも以上のパワーを纏う戦士の隣で―――

 

 同じく、三つのジューマンパワーを解放した戦士が姿を見せていた。

 ジュウオウゴリラ以上に全身の筋肉を膨張させて。

 ジュウオウホエールの如く大王者の資格を手に、腰から波飛沫のようなマントを靡かせ。

 そうして、ジュウオウイーグルよりも強靭な翼を背に生やし。

 

 三つの獣の力を宿した、陸海空の三界を制する絶対的王者。

 彼は地球のパワーに後押しされ、ジニスに向けて飛び立った。

 

「オォオオオオ―――ッ!!」

 

 続くのは四つの獣の咆哮。

 羽ばたいた赤い獣を追い越し、突撃する戦士たち。

 

 真っ先に激突したジュウオウザワールドが、その両腕を振り上げた。

 光の弾幕を引き裂き、別ち。

 そうして千切られた破壊の渦を、四人の戦士が更に微塵に粉砕する。

 

「ぶちかませ、大和!!」

 

「やっちゃって、タケルくん!!」

 

 拓かれたジニスまでの道のり。

 空征く翼が翔ける中、虹色の光を散らしながらゴーストが彼に並ぶ。

 

 ジュウオウイーグルとゴースト。

 二人の戦士が肩を並べ、同時にジニスの元へと辿り着く。

 ゴリラの如く筋肉に鎧われた体、その肉体が繰り出す拳。

 虹色の極光を纏い、光そのものと化した拳。

 圧倒的な規模を拳一つに集約し、突き出される二種類の力。

 

 光弾の雨を抜け、迫りくる二人に対してジニスが盛大に舌を打つ。

 迎撃するべく彼が剣と変わっている両腕を突き出した。

 ジュウオウイーグルの腕に左腕の剣を。ゴーストの拳に右腕の剣を。

 二つの切っ先をそれぞれ、己に刃向かう連中の拳に向け―――

 

 ―――激突した瞬間、腕の刃が割り砕かれた。

 

「な、にィ……!?」

 

 交錯は刹那。

 たったそれだけの内に、ジニスの腕が肘まで砕けて飛散していた。

 粉微塵に散った両腕。

 すぐさま彼を構成する細胞が分裂を始め、失われたそれらを再生し始める。

 だがそれを終える前に、目の前の二人が更に拳を振り被っていた。

 

「チィイイ――――ッ!」

 

 翼が光を放出する。視界を塗り潰すほどの閃光。

 今の二人と言えど、けして無視できる威力ではない。

 それでもその光の奔流を突き破り、二人の戦士はジニスに向けその一撃を繰り出した。

 

「この地球(ほし)のパワーを……ッ!!」

 

「そこに生きる命のパワーを……ッ!!」

 

「舐めるなよ――――ッ!!!」

 

 拳が重なる。

 同時に突き出された、赤と虹が交わった光の一撃。

 胴体に向かって放たれたその二撃を、ジニスが即座に再生中の腕で迎え撃った。

 

 再生を始めていたジニスの腕が再び消し飛ぶ。

 のみならず、突き抜けた衝撃がジニスの胴体―――

 黄金に輝いていた胸を粉砕し、大きく吹き飛ばした。

 

 自身の破片を撒き散らしながら、踏み止まり切れず地面を滑っていく体。

 命の危機。追い詰められている、という自覚。

 それが彼の意識を溶けるほどの熱で燃やし、全身の細胞を蠢動させた。

 

「貴様たちが揮うその力を!! 同じものを、私もまた持っているのだ!!

 私と同じ力を得たくらいで思い上がるな、下等生物ども!!」

 

 溢れるほどにメーバが分裂する。

 黄金に輝いたジニスの全身から溢れ出す細胞が、彼を瞬く間に再生させる。

 

 即座に翼を動かし体を切り返したジニス。

 彼が振るう剣となった両腕。

 それを前に出たゴーストが両の掌を突き出し受け止めた。

 接触した瞬間に刃を握り締め、その位置で強引にジニスの進軍を押し留める。

 

 その瞬間にイーグルがゴーストを飛び越し、ジニスの頭上に躍り出た。

 脳天へと振り落とされる巨腕の拳。

 首を傾ける程度で逃れる事が叶うはずもなく、その一撃がジニスの頭部を粉砕した。

 

「ガァ……ッ!」

 

 半壊する頭部。

 衝撃によろめいた瞬間、ゴーストがジニスの剣を手放した。

 同時にその場で跳ね、浮遊しながらの蹴撃でジニスの胸部を打ち砕く。

 

 ジニスは頭と胸を砕かれ、蹈鞴を踏み。

 しかし即座に完全に再生を終えて、殺意をより満ち溢れさせる。

 

「おのれ、おのれェ……ッ!!

 下等生物が、この私を……! このジニスを――――ッ!!」

 

 翼を広げ、そこから放つ無数の光弾。

 すぐさまホエールチェンジガンを突き出すイーグル。

 その砲口から噴き出し、波打つ光の鞭。

 渦を巻くように振るわれる光線が、光の弾丸を一つ残らず払い除ける。

 

 光弾が打ち払われた直後。

 ゴーストが虹色の翼を噴かし、一直線に距離を詰め切った。

 振り抜かれる拳がジニスの顔面を打ち砕き、吹き飛ばす。

 続けて光の鞭を打ち切って、砲口をジニスに向けるイーグル。

 そこから撃ち放たれた砲撃が、ジニスの胴に直撃する。

 

 打ち砕かれ、四肢を散開させるジニス。

 が、一秒と待たず彼という存在は再生してみせる。

 大砲を下ろしながら、マスクの下で大和が顔を歪めた。

 

「ジニスを構成するメーバが一体でも存在する限り、あいつは倒せない……!」

 

 相手は修復に必要なエネルギーを全て地球と人の魂から賄っている。

 それが尽きない限り、無限に再生し続けるだろう。

 だがそのエネルギー切れは星と命が死に絶えることに等しい。

 漫然と勝負を長引かせるような真似はできない。

 

「だったら、一撃で決める!!」

 

 だからこそ、タケルがそこでドライバーに手をかけた。

 一切合切、再生を許さずジニスという存在を消滅させられるだけの一撃を求めて。

 ドライバーのトリガーを引き、彼はいま自分が持つ全てのエネルギーを放出する。

 

〈チョーダイカイガン!! ムゲン!! ゴッドオオメダマ!!!〉

 

 ムゲン魂の頭上に形成されていく超級のエネルギー球。

 それを見た大和が頷き、すぐにホエールチェンジガンのグリップを握る。

 グリップをスライドさせ、地球の力を砲口へと集中させた。

 

〈ジュウオウファイナル!!!〉

 

 その一撃による圧倒的な反動に耐えるため。

 そしてそれ以上に、その一撃に自分たちの力を注ぎこむため。

 残る五人のジュウオウジャーが、イーグルの後ろについて彼の背に手を添える。

 

「これで終わりだ、ジニス――――!!!」

 

 視界を覆い尽くすほどに巨大に膨れたエネルギー球、人の魂の力を寄り合わせた一撃。

 視界を塗り潰すほどに強く輝くエネルギー波、地球から湧き上がる力が噴き出す一撃。

 それを同時に差し向けられ、ジニスが白一色の視界を見る。

 

「……私、は――――ッ!!!」

 

 一秒後の着弾。

 その瞬間に細胞一つ残さず蒸発するだろう未来。

 それを理解して、しかし彼は怒りだけを瞳に浮かべて前を睨み―――

 

 

 

 彼の絶体絶命の危機と理解して。

 彼女は死力を尽くして、その死地に踏み込んだ。

 

 

 

「ジニス、様―――――ッ!!!」

 

 突然、緑色の巨体がその場に暴れる。

 今なお膨れ上がりながら、彼女はジニスの目の前に割り込んだ。

 

「ナリア!?」

 

 光の先から聞こえてくるその声に、レオが驚愕して彼女の名を呼ぶ。

 だが生きていたとして、彼女にここからできることはない。

 彼女一人でどう足掻いたところで、この一撃を防ぐなど不可能なのだ。

 

 ジュウオウジャーとゴースト。

 ここに集まった力の全てを懸けた、絶対なる必殺の攻撃。

 ここには、庇った彼女諸共にジニスを蒸発させるだけの威力がある。

 

 そんなことは彼女だってわかっている。

 だからこそ、

 

「ナリア……?」

 

「やらせません……! あなたは、あなただけは……!」

 

 怒りに燃えるジニスの瞳が、自身の前でぶくぶくと膨れていくナリアを捉えた。

 その瞳に―――僅か、喜悦の色が浮かぶ。

 

 ナリアが膨れていくのは、コンティニューの効果に他ならない。

 彼女は砕かれて撒き散らしたジニスの破片を取り込んだのだ。

 普段使っているメダルなどとは純度が桁違いのジニスの力。しかも今この場で転がっているジニスの細胞は、地球と人の魂に励起された超常のエネルギー体。

 

 ナリア如きが抑えきれるはずもない力だ。このコンティニューからせいぜい十秒かそこらで、彼女は空気を入れすぎた風船のように破裂する。

 そんなことは理解した上で、彼女はこの行動を選んでいた。

 

 全長数十メートルを超えて膨れ続けるナリア。

 その体全てを使ったところで、目の前にした二つの光が入り混じった攻撃の盾にはなれない。

 膨張しての破裂を待たず、一秒と保たずは彼女は消し飛ぶ。

 

「ジニス、様……! わたしは、ただ、あなたが―――」

 

 言葉も、体も。ナリアの全てが光の中に溶けて消える。

 瞬間、彼女の体内で膨れ上がっていた力がその場で破裂した。

 極光の中に消える、それと比べればささやかな力の爆発。

 

 ―――その小さな爆発を盾にして、ジニスは翼を折り畳み体を押し固めた。

 

 

 

 

 大きすぎる力の反動で、全員が膝をつく。

 文字通り全てを懸けたものだったのだ。

 彼らに託された力、その全てを使い果たすほどの。

 

 力が尽きたばかりか、その威力を支えた体は今にも砕けそうで。

 限界をとうに超えたイーグルは野性大解放を維持することもできなくなる。

 同じく、限界を超えたゴーストもムゲン魂の力を失っていた。

 

「ナリアが、盾になった……? ―――けど」

 

 震える体を何とか支えながら、爆炎に呑まれた目前を見るセラ。

 攻撃を放った直後、光の先で何が起こったかは見えなかった。

 

 ただナリアの声がして。

 ひたすら肥大化する何かが、光の中で膨れた直後に消し飛んだ。

 それくらいしか、分からなかった。

 

「ナリアが盾になった? おかしなことを言うね」

 

 ―――彼女の言葉に返す声。

 その声に震えていた体を緊張させる皆。

 

 光に包まれ、炎が立ち上る大地の上。

 そこでバキリ、バキリ、と。一歩ごとに何かが割れるような音を撒き散らしながら。

 光の残照を掻き分けて、彼は当然のように歩みだしてくる。

 

「ジニ、ス……!」

 

 何とか立ち上がろうと足に力を込めながら、大和が現れた存在を見上げる。

 

 ジニスは全身に亀裂を走らせながら、しかし確かに無事に立っていた。

 その再生は遅々として進んでいない。それでも、確かに生きている。

 彼は半壊した腕で自身の顔を撫でながら、目の前に這いつくばる連中を睥睨した。

 

「たかがナリア如きが、あの攻撃への盾になるはずがないだろう?

 あれは、ナリアが取り込んだ私の力が盾になったのさ。

 君たちが死力を尽くした攻撃は、私の前に敗れ去った。それだけの話だよ」

 

「―――お前……!」

 

「どこまで、自分以外の生き物を見下せば気が済むのよ……!」

 

 ジュウオウジャーたちが体に力を込め、何とか立ち上がってみせる。

 しかしそれは本当に立ち上がっただけで、吹けば倒れそうな弱々しさ。

 そんな敵の様子にゆるりと嗤い、ジニスが一歩を踏み出して―――

 

 すぐに頭を傾けて、彼方へと視線を飛ばす。

 彼方で発生する力の波動。

 彼はよく知るその力を全身で感じ、少し愉快げに、しかし少し不快げに。

 苛立ちを滲ませながら、小さな声で呟いた。

 

「―――私と戦う前にアザルドもゲームオーバー、か。

 フフフ……下等生物どもにやられるなんて、随分とお粗末な結末だったね」

 

 言いながら、彼はゆっくりと浮遊を始めた。

 半ばから砕け落ちたズタボロの翼で。

 目の前で震える、満身創痍の連中にさえ構っている暇などないと言うように。

 

「待てジニス! どこに―――!」

 

「安心するといい。貴様たちはこの星における最後の獲物にする、というだけさ」

 

 言って、すぐにジニスは本当にこの場から離れ始めた。

 それを追うために大和が翼を広げようとして―――しかし。

 腕を上げることも叶わず、見送ることしかできない。

 

「ジニスの奴、何を……!」

 

 ジニスは直前まであれほどまでにこちらに怒りを向けていた。

 だというのに、脇目も振らずの離脱。

 彼は先程までの感情をきっぱりと置き捨てて、この場を離れ始めたのだ。

 

「―――不味いね。多分、狙いはキューブホエールだ」

 

 直後に聞こえてくるのは、ダ・ヴィンチちゃんの声。

 それに反応して振り返った皆の前まで、満身創痍の彼女が歩いてくる。

 彼女は苦痛に顔を渋くしながら、ジニスが向かった方向を見ていた。

 

 そちらは確かに、先程ワイルドトウサイドデカキングが撃破された方角だ。

 

「再生もほとんど行っていなかったろう? あれは恐らく、エネルギー不足が原因だろう。

 多分、今の一撃でキューブアニマルの解析データ……地球のエネルギーの収集システムは破壊できてたんだ」

 

 ジニスがあの体の維持に使っているエネルギー源。

 それはキューブホエールのデータを応用して集める地球のパワー。

 

 そしてもう一つ。

 DEMIAとガンマイザーを利用し、グレートアイまでも取り込み利用する人の魂の力。

 こちらもけして絶好調ということはあるまい。

 どちらか一方でも完全に動いているならば、肉体の再生程度は容易なはずだ。

 

「……きっと今は、最低限の維持しか出来ていない状態なんだ。

 あの一撃から生還されたが、致命的なまでにダメージは与えられている」

 

 ―――それでも。

 ジニス自身がキューブホエール程度ならば吸収するのは容易い、と。

 そう判断できる程度の力は、確実に残っている。

 それを全員満身創痍のこちらが止められるかどうかは、別問題だ。

 

「―――つまり、今の奴の狙いはキューブホエールを直接……!」

 

「そうだね。直接キューブホエールを取り込み、また地球のパワーを吸い上げる気だろう。

 余裕な顔をしてこちらを見逃した、という姿を見せてはいたがきっと真逆だ。

 向こうがアザルドを倒した以上、彼の方こそ余裕がない。

 早く再生のためのエネルギーの算段をつけないと、自分が負けると考えてるんだろう」

 

「だったら、すぐに追いかけないと……! 野性解放―――っ!」

 

 そう叫び、翼を広げようとするイーグル。

 だが彼の体は彼の意思に反して、赤い翼を展開することはない。

 他のメンバーも似たり寄ったりだ。

 立ち上がるのがせいぜいで、戦闘に耐えることなどできるはずがない。

 

「俺が―――!」

 

 タケルがそう言って、浮かび上がる。

 オレ魂になったゴーストが、ふわりと浮いてそこで止まった。

 ゴーストであり、肉体の縛りがない彼でさえも。

 既に何度限界を超えたか分からない体が軋みを上げて、空中で動きを静止させる。

 

「っ……!」

 

 そんな彼を見上げ、ダ・ヴィンチちゃんは眉を寄せた。

 同時に杖を掲げて魔力を走らせながら、彼女は軽く瞑目する。

 

「とにかく、動ける程度までは体力を回復させなければ話にならない。

 私の魔力の限り、治療は尽くすよ」

 

「けど、それを待ってたら……!」

 

 キューブホエールは先の戦闘―――

 戦闘とさえ呼べない一撃で、ワイルドトウサイドデカキングごと撃破された。

 ジニスが弱体化していたとしても、それ以上に深い傷を負っている。

 そんな彼に向かっていったジニスを見逃せば、成す術なく取り込まれるだろう。

 

 そしてキューブホエールを取り込まれれば、ジニスは再び力を取り戻す。

 現状では、今度こそ止める手段がなくなる。

 こちらはこちらが持ち得る全ての力を、既に絞りつくしたのだ。

 

「……っ、何か……何か、手が」

 

「あるぜぇ? とっときの奴がさ!」

 

 浮いていられずよろめいて、地面に落ちたゴースト。

 そんな彼の横で、楽しげな声が弾んだ。

 

 

 

 

「ジニスが、キューブホエールを目指している……!

 止めなければ……!」

 

 無理に王者の資格の力を使ったバド。

 彼はまともに動かなくなった体で空を見上げ、そう口にした。

 彼に肩を貸して支えている景幸が、バドの視線を追う。

 が、鷲の眼を持つバドと同じ光景が見えるわけではない。

 

 とはいえ、見えなくてもそれが大きな危機だとは理解できる。

 そして、それをバドが阻むために動こうとしていることも。

 

「バド。お前まさかこんな状態で何かするつもりか?

 無理だ、いまのお前は……!」

 

「―――例えそうなるとしても、俺は今やるべきことをするだけです。

 ……あなたが俺に、そうしてくれたように」

 

 景幸を振り払い、王者の資格を取り出そうとするバド。

 そうして、震えながらも構える彼の後ろで。

 

「…………」

 

 宮本武蔵が軽く瞑目し。

 仕方なさげに大きく肩を竦めて。

 鞘に納めた剣に手をかけて、その目を大きく見開いた。

 

「時間稼ぎなら付き合いましょう。

 どれだけやれるか分かったもんじゃないけど―――」

 

 そう言って。

 彼女が一歩を踏み出した瞬間だった。

 

「君、それは……!?」

 

 声に反応して振り返った景幸が、驚愕に目を見開く。

 目の前にいる武蔵が、光に包まれだしたのだ。

 その上、彼女の存在がどんどん希薄になっていくことを確かに感じさせる。

 

 よく理解している自身の状態に、覚悟を決めていた武蔵が唖然と。

 透け始めた自身の体に視線を巡らせた。

 

「―――嘘でしょ、今更? ここまで来て?」

 

 呆然としていた表情を苛立ちに歪めて、彼女が歯を食い縛る。

 漂流者である宮本武蔵はここまでだ、と。

 世界にそう突き付けられて、彼女は目尻を吊り上げ空を仰ぎ―――

 

「あ……」

 

 輪郭がおぼろげにながら見え始めたジニス。

 その彼に高速で接近する、一隻の船を見た。

 

 

 

 

「鬱陶しいね。何より―――

 そんな状態で私に刃向かえると考えるその思い上がりが!」

 

 空中を翔けていたジニスがその動きを止め、振り返る。

 砕けた翼から、疎らに放たれる光の弾丸。

 それを潜り抜け、ジニスへと肉薄していくのは一隻の船。

 

 二本の前足を生やした幽霊船のような、空を征く船。

 船は前足で空を掻き分け、ぐんぐんとジニスとの距離を詰めていく。

 

「いっけぇー! キャプテンゴースト!!」

 

 高らかに叫ぶユルセンの声。

 それに応え、幽霊船―――キャプテンゴーストが、更に加速した。

 が、距離が詰まるごとに弾幕の密度は増していく。

 躱しきれない弾丸に対し、徐々に被弾を始める。

 ほんの数発で限界まで追いつめられる船体の強度。

 

 ギリギリまで待っていた二人が、その瞬間に立ち上がる。

 代わりに、限界まで魔力を振り絞っていたダ・ヴィンチちゃんが腰を落とす。

 

「―――少しは、どうにかなったかな……?」

 

「ありがとうございます。行こう、タケルくん!」

 

「はい、大和さん!」

 

 ジュウオウイーグルが。仮面ライダーゴーストが。

 揃って甲板を蹴り、飛び出していく二人。

 墜落を始めたキャプテンゴーストの上で、ユルセンが叫ぶ。

 

「……これで負けたら、承知しねえかんなー!」

 

 遠ざかっていく叫び声に一つ頷き、浮遊を開始するゴースト。

 続けてイーグルが大きく腕を空に広げ、己に宿った鷲の力を解放する。

 

「野性解放――――ッ!!」

 

 同時に彼は愛剣、イーグライザーを引き抜いた。

 刃が延長し、鞭のように撓って斬り付ける武装。

 その刃は彼らの周囲を駆け巡り光弾を切り払い―――

 そして、すぐに限界を超えて爆散した。

 

 剣の結界を犠牲に、強引にジニスまでの残る距離を詰め切る二人。

 彼らの接近に対して、ジニスは呆れたように鼻を鳴らした。

 

「無駄だよ、貴様たち如きが足掻いたところで!」

 

 光弾を打ち切り、両腕を突き出すジニス。

 そんな彼の腕が刃へと変形し―――

 しかし細胞が僅かに波打つばかりで、腕の形状が変化しない。

 ジニスがその事実に盛大に舌打ちする。

 

「ジニス! もう逃がさない!」

 

「逃げる? 私が?」

 

 真っ先に突っ込んできた赤い翼。

 それを変化しない腕で受け止め、そのまま背後に投げ捨てる。

 

「これ以上、命を奪わせない―――!」

 

 次いでやってくるゴースト。

 全力の突撃から振り抜かれる拳。

 それを手刀で叩き落し、体を捻って振り上げた足で胴を打ち抜く。

 

「がっ……!」

 

「ハァアアアア―――ッ!」

 

 イーグルが空中で切り返し、再度突撃してくる。

 回転して赤い弾丸と化したそれを、ジニスは両腕を広げて待ち構えた。

 

 胸に激突するジュウオウイーグル。

 その威力は確かに発揮され、しかしジニスは微動だにしない。

 それどころかその体勢のままに、両腕を大上段へ振り上げ、振り下ろした。

 上から殴りつけられ、弾けるように落下を始めるイーグル。

 

「っ、大和さん……!」

 

「先程、私を追い詰めたのがよほど嬉しかったらしいね。

 このまま私を倒せる、とでも思ったのかい? 逆なのさ、考え方が。

 この星も、下等生物の魂も、君たちは全て味方につけた上で、私を倒せなかった。

 夢を見すぎだよ、下等生物の分際で」

 

 大和に意識を向けたゴーストの前に現れるジニス。

 彼がゆるりと拳を握り、振り被り。

 それに応じ、ゴーストもまた握った拳を突き出した。

 

 激突する両者の拳。拮抗は一瞬。

 すぐさまゴーストの方の拳が砕け、トランジェントに罅が入っていく。

 

「う、ぐぁ……!」

 

 よろめき、イーグルを追うように落下を始める。

 落下する二人に向けて、ジニスは砕けた翼から光弾を雨のように降らせた。

 乱雑に吐き散らかされる弾丸が、二人を幾度か直撃していく。

 光の雨の中、遂には変身が解除される二人。

 

「これが、正しい結果だ」

 

 空中に投げ出される生身の人間と、変身を解いたゴースト。

 それらにトドメを刺すべく、再び翼からの光弾を放とうと構え―――

 

 その彼の視界を、大きな光が遮った。

 

「っ……?」

 

 一瞬だけ身構えて、しかし害がないことを理解した。

 光の中で視線を巡らせ、それがただの目晦ましであることを看破する。

 そうしてジニスは、落ちていく二人を覆い隠した光を嘲笑う。

 

「この期に及んで時間稼ぎかい? いつまでも無駄な足掻きをしてくれる」

 

 彼という存在の強度は、エネルギーが半減した今なお強靭だ。

 地球や命の後押しを失った戦士程度ならば、歯牙にもかけぬほどに。

 それでも彼は殲滅ではなく、離脱してキューブホエールの確保を優先した。

 

 理由はたった一つ。

 当然、アザルドがジニスの知らぬところで倒されたからだ。

 だがアザルドを倒した相手を警戒しているのではない。

 

 アザルドが取り込んでいたギンガの力が、相手に回収されていた場合を危ぶんだのだ。

 自身が負けるとすれば、それ以外にないと。

 下等生物が幾ら力を寄り合わせたところで、自分には一切届かない。

 

 万に一つの可能性があるとすれば、それはアザルドやギンガ。

 そういった、()()()()()()()()()()()()()()()()()だけだ。

 

 その確信から彼はキューブホエールを求めた。

 

 だがここまで来て、わざわざ相手を見逃す必要はない。

 早々にあの光ごと吹き飛ばして、キューブホエールを取り込みに行く。

 好き放題してくれた相手をより苦しめてやりたい、という思考がよぎる。

 が、これ以上無駄な反撃をされる方が不快だ。

 

 眼下に落ちていく光を見据え、ジニスは欠け落ちた翼を大きく広げ―――

 

 

 

 

 ―――光の中。

 地上に向けて落下している二人の耳に、誰かの声が届く。

 その聞き覚えのある声に、大和が僅かに目を開いた。

 光の中にいるというのに眩しくもなく、景色は明瞭で。

 

 目の前に、いるはずのない誰かの姿が見える。

 

『負けないで、ジュウオウジャー!』

 

「ペルル、くん……?」

 

 拳を握って空を見上げ、遠くを見つめているコンドルのジューマンの少年。

 その姿が目の前にあることに困惑し、大和が視線を巡らせた。

 

 いつの間にか彼の周りには、いつか会ったサーカスをしていたジューマンたちの姿がある。

 今なお落下している彼の傍に、確かに地面の上に立つ人たちの姿が。

 

 それだけに留まらず、彼の周囲に幾つもの人の姿が浮かんでくる。

 その中に二人、つい先程まで顔を合わせていたはずの人たちを見つけた。

 

 空を見上げるバド。

 そして彼を支えて立つ父、景幸。

 

『大和……』

 

 景幸が彼の名を呟き、隣のバドが拳を握る。

 

 ―――自分の目の前に広がる、幾人もの人に囲まれた光景。

 そこで、ようやく思い至った。これが幻なのだと。

 

 そして、それだけではないのだと。

 

 いつの間にか手の中に握っている、黄金色の王者の資格。

 バドが持っていた最後の王者の資格―――ジュウオウチェンジャーファイナル。

 握った掌から伝わってくる、温かいもの。

 バドが。いつか彼に命を分けてくれた恩人が、今また、彼に力を分けてくれた。

 

「―――ありがとう。キューブコンドル……!」

 

 きぃ、と。

 姿を見せないまま、幻影を見せる力を持つキューブアニマルが応えてくれる。

 彼がこの空にまで届けてくれたのだ。

 

 ただの幻じゃない。

 この地上のどこかで今もそこにある光景を、ここまで連れてきてくれた。

 そして、バドから託された最後の力も。

 

「そうだ……負けられない……!」

 

 同じく落ちていたタケルの背に、誰かが手を添える。

 見せられている幻じゃない。

 彼が懐に納めた、一つの眼魂から漏れ出す熱量。

 それが人の温もりをもって、彼の背中を押し上げてくる。

 

『ここまでか、タケル』

 

「―――まだだ。まだ俺は、負けてない……!」

 

 負けを認めなければ、負けじゃないと。

 いつかの強がりで体を、魂を、心を取り戻す。

 懐の中で燃え上がる闘魂の力を強く掴み、タケルが目を見開いた。

 

「俺が、俺の英雄から受け継いだものを……まだ未来に繋げてない……!」

 

 添えられた手から伝わってくる熱が炎に変わる。

 タケルを中心に拡がっていく赤く燃え盛る魂の火。

 その熱を確かめて、声は僅かに喜びを滲ませて、小さく笑った。

 

『そうか……なら、お前がやるべきだと信じたことをやれ。

 その先に、きっとお前の英雄が待っている』

 

 燃え上がるタケルが押し出され、体を引っ繰り返す。

 同じく反転した大和もまた、強く空を見据える。

 キューブコンドルの展開した光の幕。

 その外にいる、ジニスを睨むように。

 

 直後、光のカーテンを突き破る光弾の雨が降り注いだ。

 

 

 

 

 ズタズタに引き裂かれ、消えていく光の撹乱。

 それを見下ろしながら、ジニスは軽く鼻を鳴らしてみせた。

 始末した下等生物どもから、彼はさっさと意識を外す。

 そうして目指すのは、彼の目的であるキューブホエール。

 

 ジニスはキューブ状態で地面に転がるそれを見据えて動き出し―――

 

 その瞬間、彼の直上に蒼い翼がはためいた。

 

 気付いてすぐにそちらに視線を合わせ、翼から光弾を撃ち放つ。

 それを全て掻い潜り、手にした剣を振るう蒼い影。

 剣は刃が分割して伸長し、鞭のように大きく撓ってジニスの肩を打つ。

 

「なに……!?」

 

 刃の一撃で肩を削られたジニスが、明確な敵としてそれを睨む。

 蒼い翼は一度大きく羽ばたくと、その場で滞空して剣を構え直す。

 

「蒼い、ジュウオウイーグルゥ……?」

 

 ジニスが目の前のそれに対し、訝しむようにそう呟く。

 彼がそう言った通り、姿は確かにジュウオウイーグル。

 だが色が違う。空のように深い蒼に全身を染めた、初めて見る姿。

 

 刃を引き戻し、バドの愛剣たるイーグライザーを直剣に戻し。

 ジニスの頭上で彼は高らかにその姿の名を謳い上げる。

 

「蒼穹の王者――――ジュウオウコンドル!!」

 

「――――それが、何だと言うのだ!!」

 

 自らの頭上を抑えた蒼穹の翼に向け、彼は砕けた白く濁った翼を向ける。

 彼の細胞が蠢く翼が輝き、迸る無数の光弾。

 それがしかし、コンドルの元へと辿り着く前に炎の壁で燃え尽きる。

 

 全身を、魂を、想いを燃やして業火を纏い。

 その場に浮かび上がように現れるのは、真紅のゴースト。

 浮かび上がってくる紅と黒の仮面ライダーが、頭に被ったパーカーを跳ね上げた。

 

「仮面ライダーゴースト――――トウサン魂!!」

 

 闘魂ブーストと同じ姿で、しかしそれ以上に自身の英雄の魂に後押しされて。

 紅いゴーストはその場からジニスに向け突撃した。

 両の拳を握り締め、光の弾幕を打ち破りながら。

 

「一体どこまで……! 惨めに足掻けば気が済むんだ!!」

 

 形状の不安定な拳を強く握り、相手の一撃に対応するジニス。

 両者の拳が正面からぶつかり合い―――

 

「な、に……!?」

 

 力尽くで、ジニスの方が押し返される。

 罅を走らせ、崩れ始める彼の両腕。

 それを強引に再形成して維持しつつ、ジニスがまたも瞳を憎悪で濁らせた。

 

「何故だ……! 何故だ何故だ何故だ!!

 貴様たちの手にした力ならば、私もまた手にしているはずだ!!

 だというのに何故! 下等生物が私に勝るなどという異常が起きる!!

 なぜ私の手にした力が貴様たちに劣る!! なぜこのようなことになる!!」

 

「……お前に。お前に、その力は宿らない―――ッ!!」

 

 蒼い翼が羽ばたいて、頭上からの急襲。

 振り抜かれるその刃がジニスを捉え、彼の胸を深く抉り取った。

 染み出す液状の細胞を撒き散らしながら、ジニスは両腕を振り乱した。

 煮え滾る憎悪が彼の肉体を、限界を凌駕して酷使する。

 

 無理矢理に剣へと変形した両腕。

 それが振るわれる度に剣撃による衝撃波を放ちだした。

 迎撃するために延ばされるイーグライザーの刃。

 周囲を薙ぎ払う剣の結界。

 

 幾つか衝撃を迎撃し、しかし斬撃の嵐に刃節から断たれる蛇腹剣。

 砕け散り、宙に撒き散らされる刃の残骸。

 

 その状況で、コンドルはすぐさま剣をジュウオウバスターに持ち替えた。

 同じようにサングラスラッシャーを引き抜くゴースト。

 

 彼らは手にした剣で押し寄せる斬撃を切り払いながら、前へと突き進む。

 

「自分の命を救ってくれた人の死さえ嘲笑い、踏み躙ったお前には……!

 背中を押してくれる誰かの声が届くことなんて……ない―――!!」

 

「声ぇ? 下等生物の断末魔が何の力になる――――!!」

 

 距離を詰め切り、同時に奔る二人の剣閃。

 それに合わせ、ジニスもまたその腕を振り上げていた。

 交わる両腕と、二振りの剣。

 火花を散らす鍔迫り合い越しに、二人とジニスが視線をぶつけ合う。

 

「例え途中で命が燃え尽きても……! 俺たちの心に、その命が遺してくれた想いが残っている限り、魂は永遠に不滅だ!! 誰かが自分に遺してくれたものを全部踏み潰してきたお前には……この力は砕けない!!」

 

 ギシリ、と。全ての剣が大きく軋んだ。

 それでもなお力を掛け続ける中で、一気に限界が訪れた。

 刀身が弾け飛ぶように折れるジュウオウバスター、サングラスラッシャー。

 そしてそれと同じように、肘から先が微塵に砕けるジニス。

 

「グゥウウウウウ……ッ!? お、のれぇええッ!!」

 

 両腕の肘から先を失い、当然のように再生は間に合わない。

 砕けた翼を限度いっぱいまで大きく広げ、そこから光弾を吐き出す。

 そうしながら、彼は後退を選んだ。

 

 ひたすら弾幕を張りながら、キューブホエールの元まで逃げること。

 それがこの逆境を唯一逆転できる一手だと理解していて。

 今の彼が出せる速度は速くない。

 ただ後退するだけでは、ジュウオウコンドルを振り払えるはずもない。

 

 そうしたジニスの苦し紛れの光の弾幕。

 それを浴びながら、二人の戦士は刃を失った剣を手放した。

 

「だから俺たちは命を燃やすんだ!!」

 

「誰かが俺たちのために命を懸けてくれたことを知っているから!!」

 

 ―――燃える。

 彼らが背負った力と命が、その体の中でとめどなく溢れ出し、燃え上がる。

 その熱量に抗しきれず、焼け落ちていく光弾の雨。

 

「俺たちがそうしてもらったように、今度は俺たちが次の誰かに未来を繋ぐために!!」

 

「この星の生き物は今までずっとそうしてきた!

 これからもずっと、俺たちはそうやって繋がって生きていく!!」

 

 溢れ出す熱量を一点に集中する。

 ジュウオウコンドルも、ゴーストも、その力をただ一点。

 足裏へと集約させていく。

 

 蒼い翼が大きく羽ばたき。

 紅い炎がその火力を推力として加速した。

 

「俺たちが魂を未来に繋ぎ続ける限り―――!! 俺たちの可能性は、無限大だ!!!」

 

「ジニス!! この世界に生きる命の強さを、舐めるなよ―――ッ!!!」

 

 弾幕を蹴り破り、減速することさえなく。

 蒼と紅は螺旋を描きながら、ジニスを目掛け一直線にやってくる。

 もはや彼の前に一切の壁はなく、止める手段は存在しない。

 失った腕で守りに入ることもできず、彼はそれをただ見送るより他になかった。

 

 蒼と紅が交わる弾丸が、ジニスの胴体へと着弾する。

 攻撃を受けた瞬間、彼は全ての持ち得る力を生存のために尽くす。

 が、それでも。

 

 彼の全身に一秒と待たず、亀裂が駆け巡っていく。

 沸騰する細胞。蒸発していく肉体。

 目前まで迫った死に対し、ジニスは黄金の瞳を明滅させた。

 

「ありえない……! ありえるはずがない―――ッ!! この私が、下等生物などに! 下等生物が、この私を、ジニスを!? 私はジニス……! この宇宙で唯一にして、絶対の……!! ありえない、ありえない! 下等生物如きに!? ありえていいはずが……!! ありえな―――ッ!?!?!?」

 

 全ての細胞が破裂する。全てのメーバが死滅する。

 内側から消失していく存在に、ジニスが断末魔を張り上げる。

 彼が体内に抱えていたものが全て弾け飛ぶ。

 

 ―――空に二つ目の太陽が生まれる。

 ジニスの内に残っていただけでも十分なほどに圧倒的なエネルギー。

 それが炸裂して生み出した、最後の光。

 

 その中に呑み込まれ、大和は意識を失った。

 

 

 

 

 ―――そうして。

 彼は最後に彼女と顔を合わせる。

 ふわふわとした浮遊感を覚えるような、白い空間。

 その中で佇む、一人の少女。

 

 彼女と視線を合わせて、タケルは微笑んだ。

 

『……どちらの生への執着が優れているか。答えは出た、と?』

 

「―――ううん、そうじゃない。

 きっとこれからの全部が、俺たちが生きたいっていう気持ちを試してくる。

 だからそのたびに俺は言うよ。生きたい、みんなと一緒に。って」

 

 タケルの言葉を聞くと、少女は瞑目する。

 

『…………天空寺タケル。

 あなたたちは私を取り込んだものを打ち倒し、この身を解放せしめた。

 その礼に、最後に一つだけ願いを叶えましょう』

 

 そう言って少女―――グレートアイは、その神威を解放する。

 肉体を捨てて、精神のみの存在となった知的生命体の集合意識。

 それがガンマがグレートアイと名付けた神の正体。

 肉体を失ったタケルが、他の魂の力を取り込むことで近づいた神の領域。

 

 浮かび上がるグレートアイの紋章。

 そこに集う力を見上げ、タケルは一瞬だけ迷う様子を見せた。

 

「一つ、訊いてもいい?」

 

『ええ』

 

「……初めから、長く生きられないと決められた人の寿命を延ばすことは、できる?」

 

 その問いに対し、グレートアイが僅か視線を逸らした。

 この空間から下界を眺め、一人の少女を視界に納める。

 人の生としては短い期間で運命力を果たし、死ぬ未来の少女。

 そんな少女の姿を見て、

 

『―――いいえ。できません』

 

 グレートアイは、虚偽で返した。

 いいや。グレートアイの力ではできない、というのは事実だ。

 彼女を人間のまま生かす、というのはグレートアイでも不可能だ

 

 だが絶対にできない、というわけではない。

 運命力を譲渡する方法があれば、例外的に彼女を生かすことはできるだろう。

 

 ―――そして、タケルにはそれができる。

 彼の持つムゲンゴースト眼魂は、彼の運命力の具現。これを彼女に譲渡すれば、ムゲン魂に変身するための力と彼の寿命の半分を引き換えに、少女の延命は叶うだろう。

 

 何故だろうか。

 グレートアイはそれを説明することさえせず、彼にそう返していた。

 恐らく説明したところで選ばないだろう、と考えつつ。

 しかし、何故か。タケルの命を削る可能性を排するように、そうしていたのだ。

 

「……そっか。なら―――肉体を失って漂う魂を、体に返してあげてほしい」

 

 DEMIA、そしてジニス。戦いの中で多くの魂が奪われた。

 その魂たちを、元いた肉体へ。

 そう願われたことに安堵するように、グレートアイが鷹揚に頷いてみせる。

 

『わかりました』

 

 言って、彼女はゆっくりとその腕を上げた。

 彼女が差し出した手の先には、タケルの姿。

 

「え?」

 

『天空寺タケル、あなたもです。肉体を失い、漂う魂。

 あなたはこれから生き、試されるのでしょう? その魂がどのような生き方をしていくのか……宇宙の果てから、私も見させてもらいます』

 

 タケルの肉体を生成し、彼に与え。

 そうしてもう一度、下界に視線を向ける。

 引き剥がされた全ての魂を、元の肉体まで戻るように仕向け―――

 

 もう一つ。

 肉体を失ったままに動く、魂の入った人形を見つけた。

 疑似的な肉体は持っているが、眼魔のように眼魂で動いているようだ。

 

 どうするか、と少しだけ悩み。

 しかし彼女はもうここを離れ、眼魔の眼魂システムも停止させるつもりだ。

 人間とは、そうやって生きていくものなのだと言うのだから。

 

 彼女も眼魂ではなく、そのまま肉体に宿る魂にしてしまえばいい。

 出来の良い人形が体になっている。天空寺タケルや深海カノンにそうしたように肉体を創るより、あれをそのまま肉体に変えてしまった方が早いだろう。

 

 あちらのダ・ヴィンチは……あのままでいいだろう。

 あれは英雄眼魂のようなものなのだろうから。

 

 そうしてやるべきことを終えた彼女は、最後にタケルに振り返る。

 

『では、さようなら。天空寺タケル』

 

「……ありがとう、グレートアイ」

 

 ―――光が晴れる。

 地球から、極大の光の塊が飛び去って行く。

 空にかかる、地上からでもよく見えるようになった光帯を追い越して。

 

 天空に描かれたグレートアイの紋様、黄金の曼陀羅。

 そこから投げ出されたタケルが、すぐそばにいた意識を失った大和に声を飛ばす。

 

「大和さん! 落ちてるよ!!」

 

「――――っ、え、え!?」

 

 もう彼はゴーストじゃない。

 そのままでは空も飛べないし、透けて消えることもできない。

 このまま地上まで真っ逆さまでは死んでしまう。

 

 そんな修羅場を目掛けて、地上から黒煙を噴き上げる船がやってくる。

 船体にある顔を歪めて、しかし必死に空を翔けるキャプテンゴースト。

 そこに乗った多くの仲間たちからの声が聞こえた。

 

「大和ぉ――――っ!!」

 

「タケルぅ――――っ!!」

 

 空中でタケルと大和が手を結び、どうにかそちらに向かって落ち始める。

 

 魂だけではない、肉体で感じる温かさ。

 その熱を胸に宿して、彼は叫ぶ。

 

「―――みんな、ただいま!!」

 

 キャプテンゴーストの甲板で受け止められる二人。

 受け止めた連中ごと、もんどりうって転がっていく。

 そんな騒々しい光景の繰り広げられる船。

 

 それを地上から見上げながら、木に寄り掛かったマコトは笑みをこぼす。

 

 呆れた風に肩を竦め、立ち去り始めるマーベラスたち。

 二人で並び、言葉を交わすことが叶ったアランとアデル。

 疲労からか突如倒れたオルガマリーに寄り添う立香とツクヨミ。

 

 ソウゴとマシュがマコトのところまでやってきて、彼へと手を差し伸べてくる。

 マコトは特にダメージが大きく、未だに立てない程度には体力を失っていた。

 そんな彼を運ぶためにやってきた彼らが、

 

「何とか、終わったね」

 

「そうだな。だが、これからだ。お前たちもそうだろう?」

 

「―――はい。でも、まずは……」

 

 マコトを挟むように並ぶ二人。

 そうしながら、ゆっくりと降りてくるキャプテンゴーストを見上げるマシュ。

 その肩を借りて立ち上がったマコトも彼女の視線を追って、笑う。

 

「ああ。まずは、掴み取った今を祝おう。

 差し当っては……最後まで戦い抜いたダブルヒーローのご帰還を、だな」

 

 きょとんとする二人。

 だがそれに小さく笑い、三人は揃って着陸を始めたキャプテンゴーストを目掛け歩き始めた。

 

 

 




 
Q.バードがいないジュウオウコンドルってイーグルと何が違うんだろう?
A.私にもわからん

「ダブルヒーローのご帰還だ!」
これがやりたかった。一番やりたかった。
 


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未来!受け継ぐ歴史!2016

 

 

 

「うーん。大丈夫そうではあるんだけど」

 

 そう言って“参った”、と。

 両手を挙げて肩を竦めてみせるダ・ヴィンチちゃん。

 そんな様子を見せられたオルガマリーが、自身の額に手を当てる。

 

 ある時、何かが()()()()と感じた。

 オルガマリー・アニムスフィアの体が、人形ではなくなったのだ。

 ダ・ヴィンチちゃんの製造した人形。

 それはもはや本物の人間と変わらないほどのクオリティだった。

 だからこそ、蘇生されたという実感すらも湧かないような唐突な蘇生。

 

 帰還したタケルから話を聞いてみれば、グレートアイの仕業だという。

 蘇生してもらって仕業、というのもあれだが。

 

『生き返った、と言えるような状況は素直に喜ばしい。

 けど所長の場合は、生き返ったら生き返ったで問題が出ちゃう可能性があるからね……』

 

 通信先で難しそうな顔をしているロマニ。

 彼もまた参った、と言わんばかりに息を吐き落とす。

 

「体内にはもう眼魂も残っていない。かつてそれがあった部分には、正しく人間の脳がある。

 私の人形をベースに人間の肉体に変換したようだけど……うーん。

 レイシフト適性も残っている、はず。ちゃんとした検査をするにはカルデアに戻らないとだ」

 

「“適性を持ってない私の肉体”になってたら戻れないでしょうけどね」

 

 一つ大きく溜息を吐いて、彼女は肩を竦めてみせる。

 そもそもが眼魂もダ・ヴィンチちゃんの人形も、器物としてのレイシフトだった。

 純粋な生命体に変わった彼女がどうなるかは読めない。

 もちろん、ダ・ヴィンチちゃんはそれに耐えるものとして人形を作ったが―――

 

「ロマニ。コフィン内の探査はどうだい?」

 

『言われてから一応やってはみたけれど……

 当たり前といえば当たり前だけど、今できる範囲の調査で所長の状態は分からなかったよ。

 あまり深い調査をすると存在証明に支障をきたすし……』

 

 そう言ってロマニが軽く眉を顰める。

 

「……黒ウォズに言ったらちょちょいと転移してくれれば楽なんだけど」

 

 レイシフト外の方法で当然のように特異点に出入りする相手。

 常識外である黒ウォズを思い浮かべてそんなことを言ったオルガマリー。

 そんな彼女に対し、ダ・ヴィンチちゃんとロマニが同時に片眉を小さく上げた。

 その反応に対してムッとして、オルガマリーが二人をねめつける。

 

『いや所長もらしくなってきたな、と思って。ちなみにその帰還方法には反対だ。

 確かに帰ってこれるかもしれない。けど、コフィン内からレイシフトしておいて、カルデア内かつコフィンの外に別手段で帰還するような場合、コフィンがどうなるか分からない』

 

「コフィン内で霊子変換されてた所長と、黒ウォズが連れ帰った所長。

 両方回収されて所長が二人に増えたりしてね」

 

『絶対にそんなことは起こらない、とは言えないから反対なんだ。

 いや流石にないとは思うけど』

 

 前に増えていたソウゴを思い浮かべつつ。

 しかしロマンは表情を緩めることなく、反対という態度を断言した。

 時空を超える術を彼らは持っているのだろう。

 だがレイシフトで転送した以上、帰還はレイシフトでなければならない。

 

 そんな言葉を聞きつつ、オルガマリーが小さく息を吐く。

 

「……まあ、ダ・ヴィンチの言葉を信じるわよ。今の体でもレイシフトして大丈夫、って」

 

「おや、それでいいのかい?

 正直、タイムマジーンなんかの機能も交えて、少し作戦を練るべきとも思ってるんだけれど」

 

 どんな返答があれ、彼女がこれから帰還のためのプロセスを詰めていくことに変わりはない。

 

 ロマニもここからはこちらの仕事だ、と。

 当然だが、あちら側は臨戦態勢に入っている。

 

 彼らを前に、しかし気を抜いた態度を示すオルガマリー。

 そんな彼女に対し、にこやかにそう問いかけるダ・ヴィンチちゃん。

 問いかけてくる相手を胡乱げに見据えながら、彼女は溜息交じりに言葉を返した。

 

「あんた、今は一時的にでも私のサーヴァントでしょ。

 なら、信じるわよ。そんくらいはね」

 

 ぱたぱたと手を振りながらそう言ってみせる。

 だってそこに突っ込んだって意味ないだろう、と。

 オルガマリー・アニムスフィアは、なんだかんだレオナルド・ダ・ヴィンチというサーヴァントは、手を尽くした上で行動していると知っているのだ。

 

 もし失敗したのならば、他の誰にもどうにも出来ない事だった、というだけ。

 だったらそこに嫌疑を挟む余地がない。

 

「……うーん、素直すぎてつまらない。ホント、あの親からこの娘? みたいな気分」

 

「それ、喧嘩売ってるの?」

 

 言い返された言葉に反応して眉を吊り上げる。

 睨みつけたところで、ダ・ヴィンチちゃんは微笑むばかり。

 

「君からの信頼を受け取っただけさ。ま、安心していいとも。

 その気前のいい支払いに対して、天才の名に恥じない十二分の成果を用意しておくよ」

 

 そう言って彼女が準備に入る。

 

 迫り始めたカルデアへの帰還。

 その事実を前にして、オルガマリーは大きく一度深呼吸をした。

 

 

 

 

「僕たちは一度ジューランドに帰って、ここで知ったことを全部広めようと思う」

 

 大和たちを前にして、タスクはそう切り出した。

 その言葉は、大和の背後にいるバドにも向けられている。

 

 そんな意図を当然理解して、バドは彼らから視線を逸らし、小さく俯いた。

 王者の資格を手放した彼の姿は、既に人間の姿を失っている。

 

 彼の前にいる大和もまた小さく俯く。

 しかしすぐに顔を上げて、タスクに言葉を返した。

 

「俺も。みんなに全部知ってもらった上で、これからちゃんと繋がっていきたい。

 これまで互いを傷つけるような繋がり方をしてきた人間とジューマンだけど……それを、これから変えていきたい」

 

 自分が何も知らずに憎み続けてきたから、と。

 何も知らないからこそ、より強くその人を憎んでしまったから、と。

 言葉にせずそう語り、大和は大きく頷いた。

 

 そんな彼の様子を見て、バドは一瞬だけ目を見開いて。

 

 ―――そこから立ち去るために、踵を返した。

 が、直後に彼の前にレオが立ち塞がる。

 

「おい鳥男。いやバド、おいバド。どこ行くってんだよ」

 

「……すでに俺の持っていた王者の資格は大和に渡した。もう用はないだろう」

 

 彼らが“鳥男”を追っていたのは、最後の王者の資格の持ち主だからだ。

 それを最後の戦いの中で大和に渡した以上、もう用はないだろうと。

 そう言って、レオを押し退けようとするバド。

 

 無理に押し留めるような事はせず、レオは素直に押し退けられた。

 

「大和くんの言葉、聞いたでしょ?

 ―――きっと大和くんにとって、あなたが真っ先にちゃんと繋がりたい人なんじゃない?」

 

 だが、離れていこうとするバドの背中にかけられるアムの言葉。

 

 彼はそれに一度足を止めかけて、しかし実際に止まることはなかった。

 景幸と大和の関係が変わってくれたなら、それで十分だったから。

 

 景幸の優しさに甘え、大和のことを騙し続けてきたことに変わりはない。

 だから引っかかっていたのはそれだけだったのだ。

 自分のせいでこじれてしまった親子の絆。

 それが解け始め、正しく結び直せるならこれ以上のことはない。

 

 そう考えながら、やはりバドはそのまま歩き去ろうとして―――

 

「あんた自身はどうなのよ。今までのことじゃない。

 今まではすれ違うしかなかったけど、これから変えていきたいって……そうは思わないの?」

 

 問いかけるセラ。

 景幸の優しさに救われ、その恩義を大和を救うことで返し。

 そうやって守ってきた親子と……

 人間と正しく繋がっていきたくはないのか、と。

 

「俺は! 自分を変えたいって願い……

 自分が世界にどう向き合いたいかって想いは、目を逸らしちゃいけないと思う、思います」

 

 そして操が、己の感じるところをぶちまけた。

 関わりの薄い相手にどんな口を聞けばいいのか、と。

 そんな悩みすら口調から滲ませながら。

 しかし言葉を濁すようなことはせず、バドに対して声をかけた。

 

 微かに、バドの歩調が緩む。

 

 彼の様子を見たタスクが、大和を横目で見る。

 その視線を感じた大和は一つ大きく頷いた。

 

「―――バドさん。あなたが知る、人間を受け入れられなかったジューマンみたいに。

 ……ジューマンを受け入れられない、と思う人間も絶対いると思うんです」

 

 バドが足を止め、その言葉を口にした大和を振り返る。

 言うまでもない事実。彼が大和に教えた人間を排していたジューランドの真実。

 それをあえて口にした彼を見据え、

 

「だからこそ俺が、そういう人たちとジューマンを繋ぐ人間でいたい。

 ジューマンの中には俺の命を救ってくれた、心優しい人もいるんだって伝えていきたい」

 

「……それは。

 俺はジューマンを相手に、人間の中には俺を救ってくれた優しい人間もいる、と。

 そうやって伝えて回れということか?

 ―――そんなことで何かが変わるほど、連中の凝り固まった猜疑心は柔くない」

 

 断言するバド。

 少なくとも彼は、目の前の者たちよりジューランドの暗部をよく知っている。

 その暗部を曝け出させようとする者は、ジューマンでさえ排斥すると。

 

 あんな場所に関わるよりは、別の場所で一から作り直した方が早いとさえ思っている。

 今のジューランドに接触しに行くよりは、ジュウオウジャーを中心にこちらの世界にジューマンのコミュニティを作った方がよほどマシだ、と。

 

「でも俺は変われた。

 俺だけじゃ変われなかった。けど、みんなと繋がっていたから変われた。相手が変わるはずないって諦めて繋がることを止めてしまったら、これ以上何も変わらない。変わってほしいと願うなら、繋がりを断ち切ることだけはしちゃいけなかった。繋がっているからこそ感じる苦しい想いも全部、受け入れていかなきゃいけなかった」

 

 だが大和は断言する。それでは駄目だ、と。

 変わるわけないと諦めて離れてしまったら、本当に何も変わらない。

 変わって欲しいのに変わってもらえない苦しみにぶつかりに行きながら、それでも。

 共に変わっていこう、という意志は示し続けなければならなかったと。

 

 そこで彼は一度言葉を区切り、深く息を吐き。

 そうして、バドを強く見据えて再び口を開く。

 

「だから。だから、俺は今度こそ繋がり続けたい。

 今がどんなに歪つな繋がりでも、それを断ってしまう事を選ぶんじゃなく、これから正しい形に変えるために生きていきたい。そしてそのために、あなたの力も貸してほしい」

 

 バドに向かって差し出される大和の手。

 それを見た鳥そのものなバドの顔が、微かに揺らいだ。

 

 

 

 

「アラン! ……それに、アデル」

 

 眼魔世界に帰還した彼らの前に、アリアが姿を現した。

 アランとアデルの後ろについていたジャベルが、アデルの背に視線を送る。

 が、アデルは姉の声にも大した反応を示さない。

 

「姉上。こちらの様子は……」

 

「……眼魂システムは全て停止。全ての民が目覚め、肉体に戻りました」

 

 システムの根幹をグレートアイに頼っていた眼魂システム。

 それはグレートアイが外宇宙に去ると同時、機能を完全に停止した。

 

 今まで眼魂システムによって夢の中で微睡んでいた眼魔の民。

 彼らは突然の目覚めに対し、混乱の渦中にあった。

 いきなり足場を失い放り出された彼らには、しがみ付く寄る辺が必要だ。

 

 遥か昔、同じように全てを失って未知の大地に放り出された眼魔の民。

 当時それらを鎮め、治めた者。

 かつて彼らは、そのような存在を―――大帝と呼んだ。

 

「どうするのです、アデル。あなたは―――」

 

「……どうする? 何を言う、もはや眼魔は終わりだ。

 眼魂システムによる生命力の供給も無しに、肉体を得た民の生活を支える事などできん。

 既に生物が生きることができる星ではないのだ、ここは」

 

 アデルはそう吐き捨てながら視線を逸らす。

 眼魔にとてかつては飲食のために設けられた産業もあっただろう。

 だがそれは遠い昔の話。

 眼魂によって生きるようになってから、そんなものは全て廃れ切った。

 回復している時間的猶予などあるはずもない。

 

「あなたは……」

 

「―――無茶でもなんでも、それをどうにかしろ、と。

 我らへお命じになることが現大帝であるあなたの役目では?」

 

 眉を顰めるアリアの背後から、新たな声がする。

 続くのは、にゃー、という。気の抜けるような猫の鳴き声。

 振り返ってみれば、そこには頭に猫を乗せた壮年の男性が一人。

 

「イーディス長官」

 

「はて、私はまだ長官でしたかな。

 私が所用で離れていた間に、大帝陛下はイゴールを随分重用していたように思いますが」

 

「この期に及んで嫌味か? そもそも貴様が―――いや、私には言う資格もないか」

 

 イーディスを睨もうとして。

 しかし自嘲するように鼻を鳴らし、すぐに顔を伏せるアデル。

 そんな彼を見てイーディスは目を細める。

 続けて、アリア、アランと。大帝の一族の者たちへと視線を巡らせた。

 

「……大帝陛下。いや、アデルよ。

 私はかつて、今のように先の見えない状況の中、陣頭に立ち大帝と名乗った男の友だった。

 同じく研究の道で切磋琢磨するもう一人の友と一緒に、彼を支えてきたつもりだった」

 

「…………」

 

「ですが、どこかで間違えたんでしょう。誰が間違えたのか……全員間違えていたのか。

 今もって私には……恐らく、死んだアドニスにも、ダントンにも。

 最期まで“あの時こうすれば良かった”という答えは、得られなかったと思います」

 

 イーディスの頭の上で、呆れるように欠伸をする猫。

 苛立ちつつそれを叩き落とそうとするイーディス。

 だが猫はするりその手を回避して、彼の肩から上をキープする。

 

 舌打ちを噛み殺しつつ、イーディスがアランに視線を向けた。

 

「……ですが。恐らく、アドニスと、ダントンは。

 最期には、“これからはこうすればいい”という答えを、得ていたのだと思います。

 この世界が停滞を始めて、きっと初めて。この世界に光明を見たのだと」

 

「―――ならば私などではなく、アランに大帝を継がせれば良い。

 そして私を処刑でもして、当座の結束を固めたらどうだ。

 でっちあげるまでもなく、私を処刑するに足る罪は山ほど積まれているだろう」

 

「そのようなことはできません。

 いえ、そのような事をしたくありません。兄上」

 

 アランが語気を荒げるアデルの肩に手をかける。

 それをすぐさま苛立たしげに振り払い、アデルは弟へと向き直った。

 

「ならばどうするつもりだ! まさかこのまま私を無罪放免し、大帝を続けさせると?

 ―――馬鹿にするのも大概にしろ!」

 

 既に彼が築いていたDEMIAは決壊した。

 ガンマイザーも全て破壊され、その先にいたはずのグレートアイは去った。

 

 グレートアイが去った以上、もはやどうにもならないのだ。

 大帝一族を大帝一族たらしめていた祈りを捧げるべき神は、彼方へと旅立ったのだ。

 もはや世界を変えるだの、支配するだの言っている場合ではない。

 今まではちらつく程度だった滅びという結末が、目前で立ち塞がっている。

 

 その事実を理解した上で向き合う中で、アランはきつく目を尖らせた。

 

「例え兄上であっても、無罪放免になどしません。

 それだけではない。問われるのは兄上ばかりではなく、我々も同じだ。

 これまでの眼魔の行い全てを民に話し、許しを乞わなければならない。

 父上のことも、兄上たちのことも、私のことも」

 

 振り払われた手を返し、今度はアデルの手首を掴むアラン。

 振り解こうと力を込められるが、それでも彼は手を離さない。

 

「その上でこの世界を未来に導くため、我らを前に立たせてくれ、と。

 ……認めてもらうのです。かつて父上が初めて大帝を名乗った時と同じように!

 そうでなくては、私たち眼魔は前に進んでいけない!」

 

「アラン……」

 

「私は私の心の叫びを聞き違えない! 私はいつだって私の心に従う!

 家族なのだ! あなたと、私は! 共にあるためならばいつだって命を懸けられる! あなたが重ねた罪は、私が共に重ねた罪だ! そして眼魔という世界が重ねた罪を全て背負うのが大帝ならば、私が大帝となって全て背負ってみせる!

 家族がいる。友がいる。多くの大切な人がいるこの世界……! そこに生きる同胞たちと共に歩んでいけるのならば、どれほどの重みを背負ったとしても、私は私の命を燃やし尽くすまで前に進み続けることができる!」

 

 正面から顔を突き合わせ、視線を交差させて。

 弟の剣幕に対してアデルが強く歯を食い縛った。

 

 

 

 

「どうされたのですか、先輩?」

 

「うーん。いろいろあったから、どれってわけでもないんだけど」

 

 夜空を駆け上がっていく赤い海賊船。

 最後にまたカレーを食べてから宇宙へと旅立っていった来訪者たち。

 そんな姿を見上げながら、立香は小さく首を傾げた。

 

 戦いは終わった。

 

 地球を侵略するジニス率いるデスガリアンは壊滅。

 大和たちは、ジューランドとの繋がりを修復するため動き出した。

 

 同じく地球を侵略していたアデルが動かす眼魔も動きを止めた。

 グレートアイがいなくなり、DEMIAもガンマイザーも完全に停止。

 アランたちは眼魔世界に帰還し、立て直しを図り始めた。

 

 どちらもきっと、これまでの戦いよりずっと長い戦いになるだろう。

 

 そして。

 あの決戦が終わった直後、カルデアからこちらの世界の捕捉が叶った。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 ダ・ヴィンチちゃんはそんな事を言っていたが、詳しい理屈は立香には分からない。

 とにかく、近くレイシフトで帰還できるようになるという事だ。

 

 彼女たちの戦いもまだ続く。

 ここは七つの特異点には含まれない。特異点はまだあと一つ残っている。

 そして当然、魔術王のこともある。

 

 ―――同じく海賊船の出立を見上げていたマコトが、視線を下ろす。

 そうして振り返った彼が立香とマシュを見て口を開いた。

 

「お前たちはまた、次の戦いに行くんだろう?」

 

「はい。この特異点……と呼ぶべき場所だったのかも曖昧ですが、とにかくここでやるべきことは果たせたと思いますので。これを仕組んだ黒ウォズさん次第な気もするのですが」

 

「そうか。まあ、お前たちなら心配ないだろう。

 いつかまた宮本武蔵にあったら、よろしく言っておいてくれ」

 

 宮本武蔵は最終決戦の最中、この時代から消えたという。

 現場に居合わせたのはバドたちだけ。

 

 異世界の宮本武蔵は、数多の世界を流れていく漂流者。

 彼女が語ったその意味が実際にどういうことなのかは、詳しくわかっていなかった。

 が、こことは違う場所に流れていったことに間違いあるまい。

 

 レイシフトで別の時代に行った際にまた会う機会があるのかも分からない。

 だからこそ別れを告げられなかったことが寂しい、と。

 そう考えて微かに目を伏せた立香が、しかしすぐに表情を戻してマコトに返す。

 

「そうだね。今度逢えたら、ちゃんと伝えておくね」

 

 

 

 

 むーん、と。

 大天空寺の本堂で、仏頂面のままに瞑想している御成。

 そんな彼の背中を見つけ、アカリが声を上げた。

 

「ちょっと御成、何してんのよ」

 

「…………むーん!」

 

 かけられた声を受け流し、苦悩の唸りを上げる。

 彼の行動に呆れたように、アカリは肩を竦めつつ溜息を一つ。

 彼女はそのまま振り返って、共に居たツクヨミに視線を合わせた。

 

「ねえねえ、あの銃って丁度いい感じの威力に出来るのよね?」

 

「え? ええ、まあ」

 

「何をおっしゃるアカリ殿! 拙僧に何をするつもりですかな!?」

 

 背後で行われている会話に対し、御成はすぐさま立ち上がる。

 肩をいからせながら立ち上がった彼は、怒りと動揺も露わにアカリに詰め寄りだす。

 が、アカリは迫ってきた御成の前にずいと財布を突き出した。

 

「冗談に決まってるでしょ。

 か・い・も・の! 行くから荷物持ち手伝って。

 ツクヨミちゃんたちとのお別れ会用の食材、たっぷり買ってこないとね」

 

 言ってからひょいと身を逸らし、玄関に向かって歩き出すアカリ。

 困った風に笑いつつ、とりあえず彼女に続くカノン。

 御成の方を見つつ、更にその後からついていくツクヨミ。

 そんな三人の後からぶつぶつと呟きつつ、御成も続いた。

 

「それならそうと口で説明すればいいでしょうに!」

 

「あんたがむんむん言って無視してるからでしょ。何を悩んでるのよ」

 

 地球が震撼し、人の魂が乱舞し、圧倒的な力が暴れた戦場。

 そんな状況があっても、これから人間たちは今までのように―――

 今まで以上に強く、生きていかなければならない。

 

 逞しく営業再開しているはずの店を思い浮かべつつ、アカリは御成に問いかける。

 その問いかけに対し、御成は何度か自分の坊主頭を撫で上げて―――

 

「……ツクヨミ殿たちが初めてここにいらっしゃった時に聞いたお話。

 人理の焼却、とか。世界が既に滅亡している、とか。そんな話を思い出していたのです。

 大きな戦いを終え、これからまたいつもの生活をしていく……拙僧であれば、大天空寺の住職代理として、タケル殿が一人前のご住職になるまでしっかりと支えになるというような。そんな生活が戻ってくるのか、戻ってこないのか。どうなのかさっぱり分からなくて、悩んでいたのです」

 

「それは……ごめんなさい。私にも、実際どうなるかは」

 

 これが今までのような過去改変の修正、ならば元に戻るだけかもしれない。

 だがこの時代は現代―――例外であるツクヨミにとっては過去だが―――だ。

 その上、ここは人理焼却に関与した時代でなく黒ウォズの策略によって発生した()()()

 どうなるかは恐らく、カルデアにさえ詳細は分かるまい。

 

 逡巡するようなツクヨミの前で。

 しかしアカリは呆れたように彼に振り返った。

 

「なに、そんなこと悩んでたの?」

 

「そんなこと!? この世界の一大事ですぞ! そんなこと呼ばわりはどうかと思いますが!」

 

「馬鹿ね。一大事だから、でしょ?

 何があったって、どんな災いが訪れたって―――

 私たちは、最初から最期まで全力で()()()のよ。そうでしょ? 他に何かある?

 だからそんなことなのよ。答えなんか、最初っから決まってるじゃない」

 

 そう言って、彼女は小さく笑いながら歩いていく。

 その物言いに怯んだ御成が、むむむと口を尖らせた。

 

「私たちは私たちで生き抜いて。ジューマンとジューランドの事で頑張ってる大和さんたちの事を応援もして。眼魔世界のこれからの事で頭を悩ませてるアランたちの事も応援して。

 ―――これからも世界を救うために戦い続けるツクヨミちゃんたちのことも応援する。

 詳しい話が分かってなくても、やらなきゃいけない、やれることは分かり切ってるじゃない」

 

「…………話が分からなくても、などと。アカリ殿らしからぬ言葉。さては偽物……?」

 

「あの人類史上最高の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチにさえ分からない事があるのよ?

 私にだって少しくらいは解明できないことはあるのよ。今は、だけどね」

 

 けらけら笑って。むむむと唸って。

 そうやって歩いていく二人。

 そんな二人の後に続くツクヨミの隣で、カノンが足を止めた。

 

「カノンさん?」

 

 ツクヨミがカノンに呼び掛けて、前を行く二人も足を止めた。

 彼女は足を止めたままに悩むように俯いて。

 数秒後、思い切ってその顔を上げる。

 

「……アカリさん。御成さん。私、眼魔世界に行こうと思うんです」

 

「眼魔世界に?」

 

「はい。こっちで応援するよりも、眼魔世界でアラン様たちと一緒に何かをしたいと……

 私に何ができるか分からないですけど、何か助けになりたいと思って」

 

 カノンの言葉を聞いて、目を見合わせるアカリと御成。

 そうしてから、アカリは深々と溜息を落としてみせる。

 

「―――そっか。じゃあ、カノンちゃんとも……マコトともしばらくお別れか。

 ますます豪勢なお別れ会にしないとね」

 

「え? いえ、お兄ちゃんにはこの話はまだ……」

 

「マコトさんは絶対についていくと思う……」

 

 アカリの様子に慌てたカノンの言葉。

 それを苦笑交じりにツクヨミが遮って、御成は同意するように大きく首を縦に振った。

 

「よっし! こうなったらこれ以上ないくらい盛り上げましょ!

 セラさんたちもまだきっとジューランドに帰ってないはずだし呼びつける! 御成! 大和さんに連絡! アランたちも少しくらい呼び戻したって大丈夫でしょ! 呼び戻しましょ! カノンちゃん、マコトに連絡させて! ぱーっといきましょ! ぱーっと!」

 

「仕方ありません。ですがこうなったからには、まずタケル殿にも手伝って頂かねば!」

 

「そうね。ソウゴにもさぼらせておけないわ」

 

 御成とツクヨミが懐から携帯電話を取り出す。

 盛大にやるつもりのアカリの荷物持ちは、ここにいる人員だけでは足りるまい。

 二人揃ってタケルとソウゴへと連絡を取り―――

 

 

 

 

 ―――携帯の着信音を聞き、手を合わせていたタケルが目を開ける。

 

 そこは大天空寺の裏。

 天空寺龍が、最期を迎えた場所だ。

 彼の遺体は葬られ、当然墓の下に入っているけれど。

 それでも、最期の地でこうしたかったから。

 

 アデルはきっと、これからやり直すことができる。

 彼を案じるアランがいる。アリアという人もいる。多くの眼魔の民がいる。

 きっと、彼らの幸福を望んだ父親やアルゴスの魂が見守ってくれる。

 

 恨みとか怒りとか、そういう感情がないとは言わない。

 けれどそれ以上に自分が抱いた感情が“安心”であったことが―――嬉しい。

 きっと、父だって喜ぶはずだ。

 今まで苦しんできた一人の人間が、家族の愛の中で生きられるようになったことを。

 

 呼び出し音は二重。

 自分のものだけではなく、もう一つ携帯が鳴っている。

 隣にいたソウゴを見ると、彼も丁度目を開けたところだった。

 

 ソウゴはそのまま携帯を取り出し、相手を確認する。

 ファイズフォンXではなく、現地で契約したものだ。基本的に屋台が彼らの通信基地として機能していたので、それが撃墜された後に急遽一応手に入れていたもの。

 どうやらさほど活用しないまま解約することになるだろうが。

 

「ツクヨミ? 何の用だろ」

 

 そんな携帯に表示された名前を見て、首を傾げた。

 タケルが手にしているものの方には、アカリの名前が表示されている。

 

 ―――出てみれば、買い出しの手伝いの催促だった。

 同時に同じ要件を受けた二人が揃って苦笑。

 顔を見合わせて、表に出るため動き出し―――

 

 小さく目を眇め、タケルは先を行くソウゴの背中を見た。

 

「ソウゴ、訊いていいかな」

 

「ん、なに?」

 

「―――前にソウゴが俺にそうしてくれたみたいに。

 訊きたいんだ、ソウゴがやりたいことってなに?」

 

 足を止めて振り向いて、ソウゴはタケルの言葉に不思議そうに首を傾げた。

 

「もちろん、世界を全部良くする最高最善の王様。俺がやりたいことは、それ以外にないかな」

 

 何度訊いたってそう返ってくるだろう。

 それを分かっていてタケルは問いかけて、思った通りの答えに苦笑する。

 彼がゆっくりと握り締めるのは、自分の元に残された自分の眼魂。

 タケルはソウゴに向かって踏み出しながら、口を開いた。

 

「そっか……うん。

 じゃあ俺は、助けが必要な多くの命を未来に繋ぐために―――俺に出来ることをするよ」

 

 オレゴースト眼魂を握っていたタケルが、その手をソウゴに向けて差し出す。

 そこには既に眼魂はなく、一つのウォッチが握られていた。

 オレンジとブラック、二色で形成されたもの。

 ベゼルに描かれているのは眼のクレストと、2015という数字。

 紛れもなく、仮面ライダーゴーストのライドウォッチだった。

 

 差し出されたその力を見て、ソウゴはタケルと向き合う。

 

「……いいの?」

 

「ああ。きっとこれは、ソウゴのやりたいことのために必要な力だから。

 俺がこの力を父さんたちから託された理由……命を、魂を、心を―――未来に繋ぐこと。

 ソウゴになら、そのためになることだって信じて……俺は渡せる」

 

 一瞬、躊躇するように目を細めるソウゴ。

 そんな彼に、突き出すようにタケルはウォッチを差し出す。

 微かな逡巡が過ぎ去った後に、ソウゴは確かにそれを受け取った。

 

「―――ありがとう。うん、任せておいて。絶対に世界を救うからさ」

 

「任せたよ。ただ一つ、覚えておいて。

 俺は、今まで一緒に戦ってきたソウゴだから、この力を迷わずに渡せるんだ。

 だから……ソウゴはソウゴが選んだやり方を疑わなくていいんだ」

 

 タケルはそう言って微笑んで、ゴーストの力を手放した。

 自分の手の中に残されたそれを握り締めるソウゴ。

 その様子を見て鷹揚に頷いて。

 この場の空気を払うように、タケルは朗らかに微笑んだ。

 

「そろそろ行こっか。早くしないとアカリたちから大目玉だ」

 

「……だね」

 

 手にしたゴーストウォッチを懐にしまい、ソウゴも微笑む。

 多くの戦いを経て、恐らく黒ウォズが想定していた目的も果たされた。

 遠からずに彼らの戦いは次の段階へと進むだろう。

 

 ―――力を手放せば、記憶も記録も薄れて消えていくと理解している。

 グレートアイにさえ匹敵した彼の超感覚が、漠然とした何かを確実に感じている。

 それでも、一切の躊躇なく手放せる。

 託す相手を信じているし、それに―――

 

 例え今の現実が消えていっても、きっと残るものがある。

 

 天空寺龍の死に様。

 けして同時には起こりえない二つの歴史が編纂され、再編された。

 それでも、タケルの記憶には残っている。

 

 ―――何があっても、彼の英雄は彼を守ってくれた。

 どんなことがあってもタケルは父に英雄を見て、そしてその魂を繋ぐのだ。

 

 失われても、消え去っても、変わらないものはある。

 そんな尊いものを、命の尊厳を守るために、彼らは戦い抜いたのだから。

 

 これから何があっても、生きていく。

 生きていくために、この世界を守っていく。

 今まで受け継がれてきたこの世界を、未来に生きる誰かにまた繋ぐために。

 

 

 

 

「かくして。ゴーストたちと共に行っていた魔王たちの戦いは完結した」

 

 そう言いながら決戦地だった場所を歩く。

 彼は明確な目的地があるかのように、一切迷うことなくどこかを目指していた。

 手の中で開いた本へと小さく視線を落とし、微かに唇を吊り上げつつ。

 

「しかしまあ……やれやれ、随分と危うげなものだった。

 ―――とりあえず、労せず二つ目のウォッチが手に入ったことを喜ぼうか」

 

 そう言って、彼はパタリと()()()を閉じる。

 既にそこに記された未来。

 

 【次元の狭間に呑み込まれた仮面ライダーギンガのライドウォッチだったが、戦闘の余波で不安定になっている空間に発生した亀裂から、ウォズの手の中へと落ちてくる】

 

 大きな力が暴れ尽くし、歪んだ空間。

 ましてこの世界はそもそもの有り様事態が不安定だったものだ。

 この程度の無理を差し込める程度には、安定を欠いている。

 

 彼は未来に導かれるままに足を止めた。

 

 そうして、白ウォズは掌を空へと大きく差し出す。

 するとその直上の空間が歪み、一つのウォッチが吐き出された。

 通常のライドウォッチとは形状が異なるが、確かにライドウォッチ。

 彼は不敵に口角を吊り上げ、危うげなくそれを掴み取り―――

 

「まったくだ。労せず、面白い力を手に入れられた」

 

 瞬間、ガチリと。

 時間の流れという概念が、空間ごと凍り付いた。

 

「―――――!」

 

 白ウォズの示した反応は、言葉を発せないが故に絶句。

 既に未来ノートによって導かれた未来。その先で時間が一切停止する。

 

 確かに彼の決定通り、ギンガのウォッチは白ウォズの手に落ちた。

 だがそれ以降の未来はいまだに不確定。

 このウォッチのこれからは決まってなどいない、と。

 

 男は白ウォズの背後から突然現れて、ゆるりと彼の横をすり抜ける。

 当然のように、白ウォズの手の中のウォッチを掴み取った上で。

 時の止まった白ウォズから難なく、楽しげに。

 

 スウォルツは、ギンガのライドウォッチを持って行った。

 

 ふい、と雑に振るわれるスウォルツの指。

 拘束が弾け飛んだ事で、自由を取り戻す時間。

 何事も無かったかのように、足を止めていた時間が歩き出す。

 

 そうして時間が動き出したと同時。

 白ウォズは、既にビヨンドライバーを装着していた。

 

「―――いけないな、スウォルツ氏。人の物を勝手に持って行っては……!」

 

〈キカイ!〉

 

 即座に起動されるキカイのウォッチ。

 ウォッチを握った白ウォズの手が流れるように動作する。

 ドライバーにウォッチを装着。開始される変身シーケンス。

 周囲に展開されるライトグリーンの光と、形成されていく金色の鎧。

 

「変身!」

 

〈フューチャーリングキカイ! キカイ!〉

 

 ドライバーのハンドルを中央へ叩き付けると同時。

 彼の姿は展開された鎧を身に纏う。

 現れるのはライトグリーンとシルバーの装甲、その上にゴールドを鎧った戦士。

 仮面ライダーウォズ・フューチャーリングキカイに他ならない。

 

〈ビヨンドザタイム! フルメタルブレーク!!〉

 

 ライダーウォズがすかさず、再度ドライバーを操作する。

 展開される肩部ユニット、キカイショルダー。

 先端にフックが付いた、長大なるチェーン。

 そのフックの照準として定められるのは当然、スウォルツ。

 

 自身に迫りくる金色のフックを流し見つつ。

 彼はおかしげに手の中でギンガのウォッチを弄び―――

 そのスターターに指をかけ、力を込めた。

 

「だが力とは、持つべき者の元に自然ともたらされるものだ。

 その存在が大きければ大きいほど、その力が強ければ強いほど。

 力自身が認める、相応しき所有者の元へと向かう引力もまた強い。

 こうして今、俺がこの力を手にした事こそが……」

 

〈ギンガ!〉

 

「ッ!?」

 

 起動され、発光するウォッチ。

 その光は瞬く間にスウォルツを包み込み、彼の腰に一つのガジェットを出現させた。

 それがギンガの身に着けていたベルトだということは疑いなく。

 彼の手が出現したそれ―――ギンガドライバーの中央へと手を添えた。

 

 ギンガドライバーの中央ユニット、ギンガスコープ。

 そこに表示されている惑星、地球。

 その星ごと掴むように、彼は強くドライバーを握り締める。

 

「この力が示した、答えだ―――変身!」

 

〈ギンギンギラギラギャラクシー! 宇宙の彼方のファンタジー!〉

 

 吊り上がったスウォルツの口端。そんな表情を覆い隠していく黒い仮面。

 星を散りばめた輝く紫紺の鎧。

 未知よりの来訪者であることを感じさせる、円盤型の飛行物体の造形を持つ頭部。

 渦巻くピュアパワーに覆われて、スウォルツは確かにその姿に変わった。

 

〈仮面ライダーギンガ!〉

 

 虚空を指が走る。その指先が引きずる力の軌跡。

 それは迫りくるアンカーフックへと向けられて―――

 触れた瞬間、フューチャーリングキカイの放ったフックは見当違いの方向に逸れていた。

 

「ふっ……悪くない。そうは思わないか、白ウォズ?」

 

「チィ……ッ!」

 

 即座に反応し、ライダーウォズが鎖を引き戻す。

 が、それを察知していたギンガが動く。

 逸れて彼方へと飛んで行ったフックが、今度はギンガの手元に向け飛んでくる。

 自身に引き寄せたそれを掴み取り、彼は僅かに首を回した。

 

「ああ、悪くない。悪くない―――が、足りない。まるで足りん。

 この程度の力では、まだ奴を完全に超えたとは言い難い」

 

「奴……!?」

 

 喜悦の声に僅かに苛立ちを滲ませつつ、スウォルツはフックをより強く握り締める。

 

 今にも引きずり寄せられそうな圧倒的なパワー。

 それに対応するべく、白ウォズが自身の肩から伸びたチェーンを手でも掴む。

 そのまま力任せに引き戻そうとしてしかし、ギンガと力が拮抗した。

 膂力が遙かに増しているフューチャーリングキカイを制し、ギンガは仮面の下で失笑する。

 

「安心するがいい。俺の目的を果たすため、お前を此処で殺すような真似はしない。

 オーマジオウに匹敵する救世主とやらを見せてくれるのだろう? ならば今ばかりは、お前のことも常磐ソウゴのことも黒ウォズのことも、邪魔するようなことはしないとも。

 貴様の造る救世主とやらが期待外れではないことを愉しみにしているぞ」

 

 拮抗していた綱引き。

 それが一息に崩されて、ライダーウォズがギンガへと引き寄せられる。

 すぐさま体勢を立て直そうとするライダーウォズ。

 

 ―――その動きを待たず、ギンガが舞う。

 収束するピュアパワー。

 それを拳一つに全て載せ、彼は軽く腕を振り上げた。

 

「っ!?」

 

 ゆったりとした動作で突き出される拳が、空中のライダーウォズを捉える。

 振り抜いた速度からは考えられぬほどの威力を伴った一撃。

 撫でるように掠めるだけの拳撃を受け―――瞬時に限界を迎える金と銀の鎧。

 

「が、……ッ!?」

 

 盾となったキカイの鎧を消滅させながら、空中できりもみするライダーウォズ。

 銀色の戦士が地面に落ちて転がっていく姿を見届けて。

 ギンガはゆるりと、両腕を大きく横に広げた。

 

「では、今回はここまでだ。さらばだ、白ウォズ」

 

 紫紺の光がギンガを包む球体に変わる。

 彼はそのまま紫の星として、空へと昇っていく。

 

 やがて次元の壁すら突き破り消えていくその姿。

 紫色の光の軌跡を見上げ、白ウォズが握った拳で地面を叩いた。

 

「―――やってくれるじゃないか、スウォルツ氏……!

 だが何をしようがオーマの日に選ばれるのは我が救世主……!

 次の時代に残るべき存在は、私だ……!!」

 

 

 

 

「――――かくして。

 ゴーストの歴史を継承した我が魔王は、次の特異点へ向けて動き出す」

 

 “逢魔降臨暦”を手に、黒ウォズは暗闇の中を歩く。

 彼の後ろに浮かぶ大時計の針は動き続けている。

 

 ―――その大時計に、どかりと乱暴に寄り掛かる仮面ライダー。

 マゼンタを基調としたカラーリングの戦士。

 仮面ライダーディケイド。

 

 その姿の方へと視線を向けて、黒ウォズが足を止める。

 

「本来想定されていた彼らの冒険譚、その最後。

 七つ目の特異点、ウルクで待ち受けているのは―――仮面ライダーディケイド、門矢士。

 既に彼のウォッチは手に入れている以上、彼自身に用があるわけではありませんが」

 

 そう言って本を閉じようとした黒ウォズの前。

 空間から染み出すように、紫紺の光を伴った存在の姿が浮かび上がってくる。

 仮面ライダーギンガの姿が、ディケイドの正面に現れた。

 

 向き合う二人の戦士の姿を見て、強く眉を顰める黒ウォズ。

 

「……やれやれ。どうやら彼らもまた、無視できない存在として関わってくるようだ。

 まあ、いいでしょう」

 

 彼はそのまま本を閉じ、脇へと抱え。

 代わりに懐から一つのウォッチを取り出した。

 

 銀色のベゼル。

 上ではなく横についた大きなリューズ。

 ジオウの顔が描かれたそのウォッチを握り、彼は笑みを深くする。

 

「我が魔王の覇道は着実に進みつつある。

 門矢士だろうと、スウォルツだろうと、救世主とやらだろうと、神魔の類であっても。

 如何に他の連中が策を弄そうと、その歩みは止めることなどできないのだから」

 

 そう言うと彼は懐にウォッチをしまう。

 そのまま踵を返して、大時計から遠ざかって闇の中へ消えていった。

 

 

 

 




 
まあバビロニアで新ウォッチなんて出ないんですけどね。

特異点G 全55話でGO!GO!ゴースト!というわけで。
まあ55話にしようとして終盤は文字数考えず無理に1話にしてるわけですが。
このくらいなら全40話くらいで終わるやろ!とか思ってたのに不思議だなぁ。
 


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第七特異点:天敵共同戦線 バビロニア-2655
魔獣戦線-2655


 
全てを破壊し、全てを繋げ!
 


 

 

 

 キイ、と微かな唸りを上げてドアがスライドする。

 それに気付いてなおぼんやりした頭で、そちらを見た。

 入ってきたのは、ロマニ・アーキマン。

 己の主治医だった。

 

 彼はいつものように穏やかな笑みのまま、彼女の前までやってくる。

 

「やあ、おはよう。調子はどうだい?

 って。こちらから訊いて、キミの口から言わせるのはずるいかな」

 

 ベッドに腰かけたままの彼女の前で、彼は顔を引き締める。

 

「―――率直に、事実を語ろう。キミの主治医として。

 マシュ・キリエライト、キミの生命活動はそろそろ限界だ。

 人類に2017年から先がないように、キミにもそこから先はやってこない」

 

 ロマニの口から、ロマニの声で語られる言葉。

 その内容を確かに聞き届けて、マシュは瞑目した。

 

「これは、キミという命が始まった時から定まっていた結末。

 誰にも変えられる事じゃない。

 万能の願望機と称される聖杯にだって、この運命は変えられないだろう。

 所詮、言ってしまえばただの力の塊。魔力リソースの結晶だからね。

 聖杯の万能性なんて、“お金があれば何でもできる”程度の話でしかない」

 

 聖杯に祈ったところで、実現可能なのは人にできることだけだ。

 不可能を可能にしてくれるわけではない。

 不可能に見えるほどに遠くにあるゴールまでの距離を、縮めてくれるだけ。

 本来ならば長い時間がかかる道のりを、膨大な魔力リソースを消費して短縮してくれるだけ。

 だから、時間さえかければいずれ辿り着ける場所にしか行けない。

 

 街さえ、国家さえ、時代さえも。

 人間が着実に歩んできた歴史の結実だ。

 膨大な時間をかけて辿り着いた現在だ。

 

 だが千年、万年、億年の時間の短縮が自在に叶うならば。

 今の世界だって、ジオラマの町と変わらない。

 同じような世界なんて、いくらだって創り直せるようになる。

 

「キミはもうじき死ぬ。始めからそう造られたから、という理由で。

 悔しいかい? それとも悲しい? あるいは空しい?

 ……酷い話だ。キミのことだけじゃない、人間―――生命すべての話としてさ。

 生命は始めから死ぬ事が決定づけられている。

 だっていうのに、だ。そうして最終的な結末は一律で設定されているのに、個体ごとに分岐する成長なんて機能を持たされている。死ぬのなら、変わる必要なんてないのにね。最初と最期を固定するのなら、その中間にだって個性なんて必要ない。

 だってそうだろう? 個性を持つ猶予がある、ということは生まれた時点では生命の機能に空白が用意されているということだ。そんな隙間があるからこそ、哀しみや苦しみを感じる。感情なんて機能を空白の中にわざわざ生み出してしまう。

 まったくの無意味だよ、害悪ですらある。生まれた時点で既に死が待っているのに、生きて時間を重ねるだけ生存への未練を増すなんて。

 肉体は生まれた以上、成長の果てにいずれ死ぬ。なのに、精神は生まれてから成長すればするほど死から逃避したがる。肉体と精神の方向性が噛み合っていない。

 この惑星(ほし)が最初に設定すべき生命環境を間違えたとしか思えない」

 

 言葉に熱が籠る。

 だからこそ捨て置けぬ、と感情を露わにする。

 その環境に生きる全てに憐憫を向けている彼の瞳が、マシュを見た。

 

「―――そうは思わないかい、マシュ。

 不出来な星が創り出した不出来な生命が人間。

 そして不出来な人間が神様の真似事をして造ったのが、キミという不出来な生命だ。

 キミには、この出来損ないの環境を憎む権利がある。

 キミには、この命の廃棄場と化した世界を否定する義務がある。

 人類史に価値はない。現在の時代は、意味も無く死からの逃避で生存を継続する人間が残した、惰性の終着点だ。改善されることもなく。変革が訪れることもなく。ただただ無為な時間だけを積み上げた残骸の塔でしかない。

 人間は、重ねた時間にはきっと意味がある、なんて夢を見る。

 それはただ、どこも目指していないガラクタの山を、積み上げ続ければいずれ天国へと辿り着く階だと思い込んでいるだけだ」

 

 熱情に浮かされて、憐れみの感情から吐き出される言葉。

 

 ―――けれどそれには、どこか不思議と優しさがあった。 

 苦しいだろう。苦しいならやめていいのだ、と。

 

 彼はけして悪意から足を止めることを唆しているのではない、と感じる。

 ともすれば、愛情からくる忠告であるのかもしれない。

 そう感じるほどに。

 

 この世界で生存することは、けして良いことなどではないのだ。

 そう言うように、彼は甘い声で深い闇(ブラックホール)のような静寂に心を沈めさせようとする。

 

 苦しむばかりの生など間違っている。

 苦しむばかりの生しか為せない世界が間違っている。

 この苦しいばかりの世界を否定しないことこそが間違いなのだ、と。

 

「―――それでも、間違いなんかじゃありません」

 

「―――――」

 

 だから、決然と言葉を返す。

 自分の辿ってきた道に、何ら後悔するべきことはないと信じているから。

 不出来な命だとしても、彼女にとっては与えられた最高の時間だ。

 

 不出来だからこそ、自分の足で歩んで変わっていける。

 

 今とは違う、いつかの明日を目指して。

 

 完璧じゃないから、誰かを支えて、誰かに支えられて。

 

 自分だけではできないことに、みんなと一緒に挑んでいける。

 

 誰かが間違えた道に進んだ時には、自分が真っ先に走って止められる人でいたいと思う。

 

 どんな絶望だって、希望に変えて進んでいきたい。

 

 だから。だからこそ。

 この道は、間違いじゃないと信じている。

 

 ―――たとえ自分の命が間違った方法で造り出されたものなのだとしても。

 それでも、それはきっと足を止める理由にはならない。

 得られなかったこれから先を哀しむ気持ちはあるかもしれない。

 けれど、自分が生まれられたことへの感謝は揺るがない。

 

 人の感情は、単色ではないのだ。

 愛情と憎悪は同居するし、それはおかしいことでも珍しいことでもない。

 

「わたしは、わたしを生んでくれた環境を憎んでなんかいません。

 わたしは、この世界を否定したいなんて思っていません。

 多くのものをわたしにくれた人たちを、その人たちがこれからを生きるこの世界を守りたい」

 

 自分はそこに行けない哀しさと、大切な人たちが続いていく嬉しさ。

 マシュ・キリエライトはそこを取り違えない。

 

「―――――」

 

 自分が続いていかないことに哀しみを覚える。

 それは、命を惜しむほどに素晴らしい世界に生まれられたということだ。

 哀しみをいっぱいに覚えるほどに嬉しさに満ちた一生涯を、けして忘れない。

 

 だから揺れない。だから崩れない。

 彼女は正面に立つロマニと同じ顔を見据え、宣言する。

 

「貴方はわたしと同じように、人類に2017年から先がない、と言いました。

 Dr.ロマンはそんなことを言わない。それを取り戻すために、わたしたちが戦っているのです。

 彼は悲観的かつ非人間的で、打たれ弱くてよく挫ける方ですが。

 人が努力を重ねることを、否定する方ではありません。自分が折れていても、人の努力を援けるために、自分を無理にでも立ち上がらせることができる―――人間です」

 

「―――――は」

 

 ロマニの顔が歪む。

 赤黒く変わっていく、Dr.ロマニと同じ外見だったもの。

 ビシビシと音を立てて罅割れていく世界。

 同じく割れていくロマニの中から光が溢れ、マシュの意識も薄れていく。

 

「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」

 

 狂ったように平坦に笑う、ロマニを偽っていたもの。

 それを目の当たりにして、夢から目覚めるような意識が浮上していく感覚。

 そうして彼女はこの世界から退場し、

 

 偽りのロマニも砕けて散って。

 

 まっさらな空間が、その場に残された。

 

「―――この本によれば。普通の高校生、常磐ソウゴ。彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた。

 だがその覇道が始まる前に、常磐ソウゴは人理保障機関カルデアにてレフ・ライノール・フラウロスを名乗る何者かに出会い、2017年以降の歴史は燃え落ちたと聞かされる」

 

 白く染まった世界の中、ストールを靡かせて一人の男が歩んでくる。

 

 彼は片手に開いた本を乗せて、更にもう片手で大きくストールを振り払った。

 尋常ならざる速度で渦を巻く布。

 それが竜巻の如く突風を巻き起こして、収まるまでに数秒を要する。

 

 突風が吹き止んだ後には、白い空間は全て黒く染まっていた。

 その中央に鎮座する大時計の前で、黒ウォズが本を片手に佇んでいる。

 『逢魔降臨暦』―――魔王の生誕について描かれた書物。

 

「そうして正しい歴史を取り戻すために戦ってきた常磐ソウゴと、カルデアの者たち。

 彼らの戦いは、魔術王によって用意された最後の特異点に差し掛かる。

 時は紀元前2655年……英雄王ギルガメッシュの治める、古代ウルクが舞台となります」

 

 本を読み上げる黒ウォズの前に浮かぶ、マゼンタの戦士。

 仮面ライダーディケイド。

 更についでのように浮かび上がるシアンの影、仮面ライダーディエンド。

 それらを見て少し嫌そうに眉を顰め、黒ウォズはパタンと音を立てながら本を閉じた。

 

「……さて。神をも恐れぬ放浪者たちが、どうなるか。

 神さえ凌駕する我が魔王の旅路に、せいぜい花を添えてくれることを期待しましょう」

 

 そう言って歩みだす黒ウォズ。

 彼が闇の中に消えてすぐに、大時計が見えなくなるようにその場は闇に閉ざされた。

 

 

 

 

「フン――――ッ!!」

 

 周囲を巡る無数の鎖。

 切り払うために叩き付けた剣に鎖が絡みつき、すぐに使い物にならなくなる。

 奪われる前に舌打ちしつつ、彼は剣の柄を開いてカードを引き抜く。

 

 鎖に引きずられ、彼方へと持って行かれるライドブッカー。

 それを見送りながら、ドライバーへと手をかけた。

 

「またそれか。今度はどんな姿に変わるんだい?」

 

 少年にも少女にも見える美しい人型。

 数え切れない鎖を袖から垂らした者が、岩の上へと降り立った。

 彼―――あるいは彼女は緑の長髪を靡かせながら、冷ややかに相手を見据える。

 同時に、粗末な貫頭衣で覆われた体が更に鎖を垂れ流す。

 鎖の先端はすぐさま剣や斧、槍へと変じて殺意を増した。

 

 そんな様子で、そんなことを言ってくる相手を前にして。

 溜息交じりに、面倒そうに。

 相手に言い返すマゼンタの戦士、仮面ライダーディケイド。

 

「またそれか、はこっちの台詞だ。鎖だの武器だの、どれだけ体を変えれば気が済むんだ」

 

〈カメンライド! キバ!〉

 

 ジャラジャラと音を立て、ディケイドの体を(カテナ)が覆う。

 弾け飛ぶ鎖の中から姿を現すのは、黄色く輝く大きな目。

 銀色の鎧と血色の装甲に覆われた彼は、両の掌を軽く打ち合わせた。

 

 緑の髪の彼が、その姿を前に微かに口端を吊り上げる。

 

「鎖でボクに挑む気かい? 自信からそれを選択したなら言う事はないけれど。もしかして、もう選択肢が残っていなかったのかな?

 魔獣相手に使った分で、もうボクに見せていない手はなくなった、とか?」

 

「随分な自信だな。言っておくが、とっくに死んだお前たちご自慢の魔獣の将軍より、向こうの街にいた着ぐるみの方がよほど面倒だぞ。なんなんだ、あの着ぐるみは」

 

「知らないね!!」

 

 鎖が荒ぶる。殺到する武具の雨。

 その渦中で腕を奮うキバ。指先から滲み出るのは爪による斬撃。

 血色の閃光が次々と迫りくる武器を打ち払う。

 それでも物量を捌き切れず、徐々に押し込まれていくキバの姿。

 

 このまま押し切る、と。

 彼は美しい貌を歪めながら更に攻撃を加速させようと踏み込み―――

 

 剛、と。

 鏃の燃える矢が、彼の元へと翔け抜けてくることを感知した。

 舌打ちを堪えながら、しかし鎖を一房だけ差し向ける。

 矢を撃墜するのは容易だったが、しかし。

 

 踏み込みが緩んだ結果、彼がキバへと辿り着く前に。

 周囲に、白煙が一気に拡がっていく。

 視界いっぱいを白く染め上げる煙を前にして、彼は今度こそ舌打ちしながら目を細める。

 

「目晦まし……? あのアサシンか。

 逃げるにしても、ボクの感知をこんなもので誤魔化せるとでも……!」

 

 視界を覆われたからこそ、一層に周囲の感知を密にする。

 彼の感覚は並みの英霊などとは比較にならない。

 大気の鳴動が、大地の震動が、全てを教えてくれる―――からこそ。

 

 彼は自身の背後についたサーヴァントを感知。

 そいつが何かを投擲したことを理解して、すぐさま体を逸らした。

 投げられたものを鎖で撃墜して防御するより、その分を攻撃に回して撃破を優先する。

 

 回避していなければ後頭部に突き刺さっただろう、投擲剣。

 すれ違い、飛び去っていく刃。

 反撃をしようとしていた彼が、思ったものとは違う剣に僅かに目を見開いた。

 

 後ろにいた英霊の正体は割れている。

 そのサーヴァントが投げる魔力で編まれた剣を知っている。

 だが、いま飛び去っていったのはその剣ではない。

 

 投げられた剣は彼を過ぎ去り、白煙の中に消えていき―――

 

 一秒後。

 白煙の中で雷光が爆ぜた。

 

〈フォームライド! キバ! ドッガ!〉

 

 投げ込まれ、掴み取られたライドブッカーに既に面影はない。

 キバの手に握られているのは、拳のような形状の大金槌。

 血色から紫に染まったキバは金槌の柄を地面に下ろし、ゆったりと構えていた。

 

 白煙を染め上げていく紫の闇。

 闇に奔る稲妻。

 その中で静かに構えていたキバが、更にもう一枚カードを掲げた。

 振るわれる指。手放されたカードが、既に開いているバックルの中に投げ込まれる。

 

「助けてくれなんて言った覚えはないが……ま、そういうわけだ」

 

〈ファイナルアタックライド! キ・キ・キ・キバ!!〉

 

 大金槌の指が開く。

 明らかになる拳の掌には、赤く充血したような瞳が隠されていた。

 開眼する真実の眼。その言葉を発さぬ眼光が、雄叫びを上げる。

 雷鳴を轟かせ、大地を震わせて、嵐のような無音の叫びが破壊を振り撒いた。

 

「ッ、魔眼……!

 ―――だが生憎だね、魔眼を恐れるようなら母上の傍にはいられないよ!」

 

 偽りを射抜く睨眼。

 その破壊を正面から受け止めて、緑の髪が激しく荒ぶる。

 乱舞する無数の鎖。精製される武具の数々。

 

 キバの両腕が鉄槌を掴み、振り上げる。

 天を衝く雷の拳。

 そして天空に轟く雷霆を目掛け振り抜かれる、より合わさった鎖。

 

 彼自身の肉体に搭載された機構、“民の叡智(エイジ・オブ・バビロン)”。

 宝具によって大地から生み出した無数の武具を、纏めて叩き付ける。

 

 天空から降り注ぐ雷霆。

 大地から噴き出す息吹。

 それらが共に鉄槌の形をとって、激突した。

 

 衝撃に巻き上げられる砂塵。

 大気の中で、バチバチと紫電が弾ける。

 

 ―――押し寄せてくる爆炎と煙の中。

 彼は手応えが失せたことに、小さく舌打ちした。

 

「まったく面倒な……」

 

 緑の髪をバサリと跳ね上げながら、彼は苦々しく言葉を吐き出す。

 引き戻し、垂れ下げていた数え切れぬ鎖は、いつの間にか既に消えている。

 

 戦闘の残滓、大気を灼く稲妻の残り香。

 それを鬱陶しげに払い除けつつ、彼は美しい貌を僅かに歪めた。

 

 既に敵は撤退した。

 大技の撃ち合いで生じた衝撃に紛れ、彼から逃亡していたのだ。

 追撃を仕掛けるのは容易だ。

 彼という存在はまだ十分に戦闘が可能なのだから。

 だが彼は頭を動かし、サーヴァントたちが撤退しただろう方向を見据えるばかり。

 

 撤退先は明白だ。

 ―――彼方に広がる城塞都市。

 黄金の王が治めるその都市を見て、彼は微かに目を細める。

 

「……ふん、延命にしかならない撤退にどんな意味があるのやら。

 まあここはこちらも退いておくとするさ。

 ()()もそろそろ目を覚ます頃だろうし、情緒不安定で暴れられるわけにはいかないからね。

 ―――せいぜい、母さんに与えられる最期の時まで籠城してればいい」

 

 何を持ってその言葉を吐くのか。

 彼は自分の表情を意図して消しながら、踵を返した。

 

 

 

 

「結局の所、問題はなかったということか?」

 

「まあそうだね。帰還してからの検査でも、十分な適性があると判断された」

 

「ふむ……」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの言葉を聞き、エルメロイ二世が顎に手を当てる。

 オルガマリー・アニムスフィアのレイシフトは恙なく実行された。

 保険として色々準備していたが、一切必要になることもなく問題なく。

 それ自体は喜ばしいことだ。

 

「それで、だ。ついでに言うようであれだけど、もう一つ検査したわけさ」

 

「マスター適性か」

 

 ちらり、と。

 二世が視線を巡らせ、座っているオルガマリーを見る。

 目を向けられた彼女が鬱陶しそうに彼を睨み返した。

 

「そ。で、結果は適性有。今までは他のマスターに召喚してもらい、偽臣の書を経由して契約していたわけだけど、所長はめでたく本人が契約できるようになったわけだ。

 流石は私が造った体がベースになっているだけある、と誇るところかな?」

 

 ぱちぱちと手を叩き、目の前のオルガマリーに祝福を送る。

 そんなダ・ヴィンチちゃんを胡乱な目で眺めつつ。

 壁に寄り掛かっていたアタランテが、仕方なさげに口を開いた。

 

「それ自体は喜ばしいだろう。無論、私も契約の移譲に文句をつける気もない」

 

 言って、彼女は対面の壁に寄り掛かる黒いサーヴァントを見る。

 どこか不機嫌極まりなさそうな少女。

 アヴェンジャー、ジャンヌ・ダルク・オルタ。

 

「そーね、めでたいめでたい。

 一流のマスターになってくれて、サーヴァント冥利に尽きるわよ」

 

 何やらそう言ってぱたぱたと手を振るオルタ。

 彼女を見て呆れるように肩を竦め、アタランテが顔を左右に振った。

 

「……本当にめでたいだけなら問題ないのだがな」

 

 そう言って大きく息を吐き、二世は眉間に指をあてた。

 肉体の蘇生、人形の人間への変換。

 神の所業と一言で済ませてしまえば気にしようもない話だが。

 ダ・ヴィンチちゃんは表情を崩さぬまま、軽く肩を竦めた。

 

「……まあ、良い事だと受け取るべきだ。サーヴァントと契約し直せば、オルガマリーという優秀な魔術師がちゃんとしたマスターになれる。

 今までその契約上、特異点にサーヴァントを一騎しか連れていけなかった彼女が、最後の特異点には二騎のサーヴァントを連れていけるようになる」

 

 ―――彼女たちがカルデアに帰還した直後のことだ。

 黒ウォズが指令室に現れて、最後の特異点は紀元前の古代ウルクだと宣言していった。

 シバが主に観測できるのは西暦以降。

 もし紀元前の観測・証明を行うとなれば、膨大な時間とリソースが必要となる。

 エルサレム王国、キャメロットで得たリソースの大部分はそれに利用されるだろう。

 

 第七特異点の観測。各員の令呪補填。オルガマリーの契約変更。

 結局、余るリソースは多くない。

 召喚に利用できる魔力もギリギリだろうか。

 

「ウルク、か。古代メソポタミア、シュメル都市文明の中心……」

 

 黒ウォズの話を思い出したのか、嫌そうに顔を歪めるエルメロイ二世。

 数千年に渡りその名を残した都市。

 その長い時間の中のどこが特異点化しているのか。

 厳密な年代は、未だに特定作業中だ。

 だが―――恐らく、カルデアにおいても多くの者が、確信にも似た感覚を持っているだろう。

 あの年代周辺に違いないだろう、という。

 

 人間が神から離れ、独り立ちを始めた時代。

 天の楔がその役目を放棄し、人の裁定者として一人の王となった時代。

 

「おや、何か思うところがあるのかい? 講義に使う含蓄ある小噺でもある?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの声に眉を顰め、二世は目を逸らす。

 

「まったくないな。まったくない、あるものか」

 

 言って、踵を返す二世。

 工房を退出していく彼の背中を見て、オルガマリーは小さく首を傾げた。

 

 

 

 

「ったく、なんでわかんねーかな」

 

 機嫌悪そうに食堂で呟きだすモードレッド。

 彼女を呆れながら見つめ、ツクヨミが溜息を吐いた。

 

「流石に鎧無しじゃ……」

 

「どうとでもなるっつーの」

 

 キャメロットでの戦い。

 円卓のモードレッドとの決戦の折、彼女は宝具たる鎧を全損した。

 単に魔力で編んでいた鎧ならまだしも、あれは魔女モルガンから授かった宝具だ。

 ちょっと回復しただけで修理を完了する、などということはない。

 

 彼女は今、鎧の下に纏っていた赤い装束だけで活動していた。

 腰から下はともかく、上半身の格好は下着染みていて目のやり場に困るほどだ。

 もっとも、彼女はそんなことを指摘すると烈火の如く怒るので言及もできないのだが。

 

 鎧を修復するには霊基再臨をするしかないが、彼女は何が気に入らないのかやりたがらない。

 

「ふむ、なぜそんなに嫌がるのだ。

 こうして! 自分の好きなように霊基を変えられるというに」

 

 そう言ってばたばたと花嫁衣裳のまま決めポーズを取るネロ。

 白く染まった愛剣まで取り出し、思うさまに自分を魅せる体勢を取っていく。

 そうやってショーを始めた彼女の頭に、ブーディカの平手が落ちた。

 

「食堂で騒がない。武器もしまう」

 

「むぅ。余、ショック」

 

 頭を押さえつつ、素直に従うネロ。

 そんな様子を細目で見つつ、モードレッドはそっぽを向く。

 

「どうもこうもねえ。気に入らねえだけだ」

 

「もう。またそんなこと言って……」

 

 ぶっすー、と。

 そんな擬音さえ聞こえてきそうなほど、明確に不機嫌な様子を見せるモードレッド。

 彼女の様子に小さく溜息を吐き落として、ツクヨミが額に手を当てた。

 

「ふむ、ところでマスター。

 最後の特異点へのレイシフト前に、新たなサーヴァントの召喚を行うのだろう?」

 

「そう聞いてるけど。

 多分、二回分の召喚はできるだろう、って話だったけど」

 

 一応は女性の集まりの中に、当然のように混ざっているフィン。

 彼が柔らかく微笑みながら、自身の顎を撫でた。

 

「ほほう、二騎。となれば、マスターとオルガマリーが一騎ずつだろう。

 そこで誰が呼ばれるかは分からないが、私も最後の特異点に着いていけるようアピールを欠かすわけにはいかなくなったな」

 

「そう?」

 

 柔らかくあるのに、しかし好戦的にさえ見える笑み。

 そんな顔を前にして、モードレッドが目を細める。

 

「……ま、オレの知ったこっちゃねえな。

 たとえそうだとしても、お前ともう一人で勝手に競ってろ」

 

「ははははは、いやそうはいかない。もちろん誰を特別扱いするでもない。

 三人になったら顔を合わせて、剣なり槍なりを突き合わせて決めればいい。

 それだけだろう」

 

「だから言ってんだろ。

 オレはさっさと勝ち抜けるから、残り物は勝手にやっとけ、ってな」

 

 その様子と、手元の鍋の様子。後は手にした資料の様子。

 三つの間で視線を行ったり来たりさせつつ、ジャンヌは小さく息を吐いた。

 

 現代日本であった特殊な前特異点。そこからの退去の前。

 カルデアとの繋がりが保証されてから、ある程度の物資を買い揃えてこちらに送ったおかげで、食堂も随分と充実した品揃えになってきた。

 もっとも食堂係である彼女やブーディカにその知識がないため、ちゃんと活用できるとは言い難かった。それを改善するために、本を片手にそのための知識を蓄えつつ、彼女は目の前の光景に対して物憂げな様子を見せる。

 

「あの様子でいいんでしょうか……」

 

「まあいいんじゃないかな。不仲ってわけでもないし」

 

「だったらいいのですが……」

 

 困惑しながら鍋と視線をぐるぐると回し続けるジャンヌ。

 そんな様子を見て、厨房の中に戻ってきたブーディカが苦笑する。

 そして彼女も増えた物資の整頓を始めようとして、

 

「いっそのこと呑み比べで解決するってのはどうだい?

 勝った奴がレイシフトして、その時代の酒も飲めるってわけさ」

 

 いつの間にか厨房内で酒を物色しているドレイクを見て、追加で溜息を一つ。

 彼女は山積みになった現代の酒を前にほくほく顔。

 

「お酒を飲み干し続けなきゃ倒せない敵がいる特異点があったらそうしてくれ、って所長さんに頼んでおけばいいんじゃないかな」

 

「ははは、そいつばっかりはよしとくよ。

 そんな特異点あるもんかって怒鳴られるだけだろうからね」

 

 両手に瓶を持ち、厨房を出ていくドレイク。

 その背中を見送ったブーディカの耳に、ジャンヌの呟く声が届く。

 

「こういう時に実感してしまいますね。

 私の手の中には、ずっとあの旗があったので……」

 

 宝具を喪失して前線を離れた彼女が、口惜しそうにそう呟く。

 彼女の宝具であり、主武装であり、彼女が体現する神の奇跡の象徴たる旗。

 あれを失った以上、彼女に戦闘は行えない。

 故にジャンヌがレイシフト組に選ばれることはないだろう。

 

 ああして自分が戦いに行くのだ、と自己主張することは今の彼女には許されない。

 ジャンヌ・ダルクはルーラーのサーヴァント。

 宝具の補修、霊基の改修である霊基再臨を行うことはできないのだから。

 

 それを理解して、彼女に声をかけようと振り返るブーディカ。

 そんな彼女の前で、悔しそうに、聖女は言葉を続けた。

 

「こういう時に無いと、とりあえず相手を殴って止めることができません」

 

「……うーん」

 

 何と言ったものか、と。

 ブーディカはとりあえず曖昧に苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

「結局、何が違うんだろ」

 

「あれじゃない? ロンドンの時の霧の更に凄い版みたいな」

 

「えー、じゃあ俺ずっと変身してなきゃダメ?」

 

 床を打ち砕かんばかりに踏み切り、疾走する英霊馬。

 それにすら劣らぬ速度で奔る朱槍の槍兵。

 槍兵と騎兵が刃を交わす光景を見ながら、立香とソウゴが言葉を交わす。

 

「前みたいにウォッチを常に持ってるとか。あ、ツクヨミにも必要なのか」

 

 だとしたら周囲の魔力を喰らうビーストウォッチはツクヨミに渡すべきか。

 そう思い至り、立香が掌を打つ。

 後ろにぴたりとついた清姫にも慣れたもので、彼女の動作に乱れはない。

 

 古代ウルクなんて神代は、真っ当な現代人なら呼吸も危うい。

 そう言われていた彼らが色々と考えていたのだ。

 第六特異点でも相当な神秘を孕んだ空気だったが、更にそれ以上のものだと。

 

「そこはまあ、ダ・ヴィンチがどうにかしてくれるんじゃないかな?

 そういうものだと分かっていれば案外何とかなるものさ」

 

 同じく戦闘を眺めていたダビデが、そのような事を口にする。

 

「それよりも問題は……」

 

 彼はそこで言葉を止めて、僅かに目を細めるに留まった。

 不思議そうに彼を見る立香とソウゴ。

 

 そこでギィン、と。

 一際大きな刃金同士が弾け合う音がした。

 互いに弾かれ、槍兵と騎兵が共に大きく跳んでいる。

 彼らはそのまま危うげなく着地を決め、こちらを振り返ってみせた。

 

「神代の回帰の実験、だったか。あのレフ……フラウロスだかが言ってたのは」

 

 くるりと朱槍を回し、手の中から消し去るクー・フーリン。

 少なくとも彼らはそういった話を、ローマにおける戦闘で相手から聞いていた。

 神祖ロムルスを通じ戦神マルスを(そら)に浮かべ。

 その神威をアルテラに発揮させ、時代を焼き捨てようとしていた。

 

「魔術王には少なくともそういった類で、本命の目論見が他にあるということだね。

 そして最後の特異点は当然のように、神代の終わりの始まりと言っていい時代。

 となれば、最後の戦いにおける聖杯の所有者は、神の時代の終わりを退けて継続させようとするもの、と考えるのが妥当かな。

 その上、下手をすれば本当に全盛期の神を相手取ることになるだろう。まだ神が地上に降りられる時代だろうからね」

 

 ブケファラスを撫でながら、アレキサンダーが肩を竦める。

 

「ふーん……それってどのくらい凄いの?

 神様っぽい人とか今までにも結構見てきたけど」

 

「さてねぇ、神っつってもピンキリだしな。

 ま、強いて言うなら坊主たちが見てきた神様っぽい連中はマシな方なんじゃねえか?

 うちの師匠みたいなのも含めて、まあまだマシな方だ。会話ができるだけな」

 

 ステンノやエウリュアレ、オリオンの霊基を乗っ取ったアルテミス。

 そういったサーヴァントの枠組みに嵌った神霊。

 真実降臨すれば、神霊の脅威はその程度では収まらない。

 

 外敵を排するために眼を見開き裁きを落としたもの、軍神マルス。

 昇華されし彷徨える騎士王の果てにして聖槍ロンゴミニアドの女神、獅子王。

 外宇宙から来たりし星創りの神性、仮面ライダー鎧武。

 進化の果てに肉体から離れ宇宙を漂う集合意識と化した、グレートアイ。

 

 規模としてはそれに匹敵するものたちが敵対する、ということ。

 真っ当な手段なら敵対した時点で終わり。

 そういった存在がこれからの戦いには待ち受けているのだ。

 

 ―――それでも焦らずにいられるのは、自負があるからだろう。

 自分たちは今まで、そんな相手たちを越えてきたのだ、という。

 

 立香が腕を組みながら、悩ましいと声を上げた。

 

「うーん。そういう相手がいるとして、何か準備できる対策ってあるのかな」

 

「出来る対策なんざ、さっさと聖杯をぶんどって敵に何もさせないことぐらいだろうさ。

 ここに限った話じゃねえが、そもそも神代が終わったのはそれが正当な流れだったからだ。続けても意味がねえからこそ正しく終わった。どこぞの誰かが正しく終わらせた。

 続けようとした連中だっていただろうが、どうにもできねえから終わっちまったのさ。神様どもがどうにかこうにか足掻き抜いて、それでもどうにもできずに地上から消えていくしかなかったってわけだ。よっぽどのどんでん返しでもしねえと、人理の否定は難しいだろうよ」

 

 神代に近く、神秘が芳醇だからこそ。

 聖杯一つ程度の燃料で変えられることはたかが知れている、とランサーは言う。

 

 既に告げられた最後の時代は、神が人を手放さぬために力を尽くした時代だと知っている。

 天の楔を打ち込み、その使命を果たさせるための天の鎖を放ち。

 そうして、それでも人の王の手によって、神代は終わりが始まった。

 神の足掻きすら時代を留められなかったのだ。

 

 だというのに、魔術王はそこに手を付けた。

 つまりは相応の規模の何か―――

 魔術王が己の大偉業、人理焼却を絶対だと断ずるに足る理由があるはずなのだ、と。

 

「聖杯が超級の代物であることには変わりない。けれどさて。

 神代に隣り合った人の時代の始まりにおいて、それだけで何が変えられるか……

 いや、神代だからこそ燃料の純度が高まるとは言えるかな?」

 

「うーん。まあ、聖杯で何をするか……いや。

 聖杯で()()()()()()()()()()、次第じゃないかな。

 神性にしろ、計画にしろ、他の何かにしろ。

 あいつがもたらした聖杯一つくらいじゃあ、きっと導線にしかならないんじゃないかな?

 意味を持たせることができる投資の幅は、そう大きくはないと思うんだけどね」

 

 ブケファラスを送還し、アレキサンダーが呟きつつダビデに水を向けた。

 だが彼は小さく肩を竦めて首を傾げてみせるだけ。

 

 ―――要するに、詳しいことは行ってみなければ分からない。

 その事実に一つ頷いて、ソウゴが結論を出す。

 

「じゃあまあ、結局いつも通りってことだよね。それならそれでいいんじゃない?」

 

「ま、下手に肩肘はるよかそっちのがマシだろうさ。

 行った先で何が起こってようが、やれることをやるしかねえんだからよ」

 

 そう言ってクー・フーリンは首を軽く回し、苦笑した。

 

 

 




 
ギルタブリルくんがどういう奴だったか情報があれば詳しい過程書くんだけどなー俺もなー
みたいな感じ
 


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七つ目の時代2016

 

 

 

 ザン、と。

 シミュレーターで再現された地面に、聖剣の切っ先が沈む。

 その剣の持ち主が浮かべるのは、いっそ朗らかにさえ見える微笑み。

 目の前でダウンした相手を眺めながら、彼は口を開く。

 

「では、此度の特異点に同行する役目は私が。

 あなたはあなたのすべき事を。ああ、それと……我らが帰還した際に、あなたが反旗を翻してカルデアが内部から崩壊していた、などという事はないように」

 

「く、っそ……! 誰がするか、馬鹿……!

 言っとくけどな、次やったら勝つのはオレだ……!」

 

「よろしい。では世界を救った暁には、是非とももう一戦するとしましょう」

 

「ったりめーだ、太陽ゴリラ! 首洗って待っとけ!

 特異点で死んで帰ってこなかったらテメェの不戦敗だかんな!」

 

 太陽の熱にやられたモードレッドの負け惜しみ。

 それに対して彼は鷹揚に頷き、正面から笑い返した。

 

 展開していたバトルフィールドが消えていく。

 戻ってきた硬質の床を殴りつつ、モードレッドは呻きながら転がった。

 そんな姿を苦笑して流し、彼は踵を返して退室する。

 

 彼が退室した先で待っていたのは、オルガマリーとツクヨミ。

 

「―――と、いうわけです。レディ・アニムスフィア。

 あなたの第一案通り、マスターのサーヴァントの内一騎はこの私……ガウェインが」

 

「ええ、そうね……」

 

 先程までの戦闘を見ていた為に呆れたように。

 軽く額を押さえながら、オルガマリーが長く息を吐く。

 言った彼は剣を納めて、ツクヨミの前に跪いた。

 

 その姿は、白銀の鎧に身を包んだ金髪の美丈夫。

 第六特異点キャメロットにおいて、終始最強無敵の門番として立ちはだかった男。

 キャメロットの円卓に席を並べる太陽の騎士、サー・ガウェイン。

 

 ツクヨミの召喚に応えたのは、誰あろう彼であった。

 その結果として、オルガマリーが出した指示。

 最後の特異点のレイシフトにツクヨミが連れていくべきは、フィンとガウェイン。

 それを聞いたモードレッドは即座にガウェインへと突っかかりこうなった、というわけだ。

 

 まだ扉の閉じたシミュレータールームで騒いでるらしいモードレッド。

 そちらにちらりと視線を向け、ツクヨミが困ったように首を横に倒した。

 

「モードレッドは大丈夫なのかしら……」

 

「お気になさらず、ちょっとした癇癪でしょう。恐らく、不利をおしてなお私に突っかからねばならぬ、と思うくらいにはマスターの事が気に入っているのです」

 

 頭を上げながらそう言って笑うガウェイン。

 

「―――霊基再臨、でしたか。モードレッドもそれを行って万全に整えていれば、相手が私であろうとまだしも勝ち目があったでしょうが……

 ですが、聞く所によるとそれは、今まであなた方が倒したセイバーのサーヴァントの残滓を使うのでしょう? つまり、獅子王の騎士だったモードレッドを含む我々の残骸を。

 騎士王の騎士として容認できない、というあれの気持ちを理解はできます。あれはあれでかなりアレですが、騎士としての矜持はそれなりに持ち合わせている手合いですので。

 まあ叛逆の騎士として、ですので一切共感はできませんが」

 

 そこまで語り、今度は忠誠を示すためでなく謝罪のために頭を下げる太陽の騎士。

 

「主の戦いのために矜持を曲げられぬ同輩の無礼に謝罪を。

 代わりに我が聖剣の放つ太陽の輝きが、あなた方の道を切り拓く事を誓いましょう」

 

 これは間違いなくモードレッドの我儘である、と。

 そしてそれに関する叱責があるとするならば、己もまたそれを受けると。

 彼はそう言って首を垂れて、ツクヨミの言葉を待つ。

 何となく不思議な気がしたので、彼に向けて問いかける。

 

「……思ったよりも仲がいいのね? 兄妹だから、なのかしら」

 

 円卓の騎士が王に捧げる忠誠は身に染みている。

 だというのに、王の滅びに大きく加担したモードレッドにこの態度。

 それは兄妹だからなのだろうか、と。

 

「いいえ? さほど仲は良くないでしょう。兄妹だと意識しているつもりもありません。

 ですが……いえ、まあ、あれの行為に憎しみがあるわけでもありませんので。

 我らの間に横たわっていたのはただ、立場の違いだけです。

 アグラヴェインであればまた違う感想もありましょうが、少なくとも私は」

 

 初めて彼が僅かに表情を崩し、誤魔化すように口ごもる。

 そんな姿を前にして、ツクヨミがすぐに謝罪を口にした。

 

「ごめんなさい。訊いてはいけない事を訊いてしまった、のよね」

 

「いえ、まったく。

 女性の前で口汚い言葉を使わないように、少々言葉を選ぶ必要があっただけですので。

 何より私のような性質の人間でなければ、あなた方の前に立つこともできないでしょう。

 私は既に獅子王の騎士として、剣を振るっていた者なのですから。

 トリスタンなどは特に、合わせる顔が無いと言って姿を見せられないタイプです」

 

 きっぱりとそう言い切って、彼は顔に再び微笑みを浮かべる。

 そんな彼の様子に、オルガマリーとツクヨミが顔を見合わせた。

 

「ええと、そうね……まあ、仲間割れなどをしなければ何の問題もないわ。

 シミュレータールームで戦う程度で済むなら幸いよ」

 

「それは勿論。

 必要であれば斬り捨てますが、こちらから諍いを起こすような事はけして。

 どうあれ、まずは私こそがあなた方からの信頼を得るべく力を尽くしましょう。

 獅子王の騎士として牙を剥いた私と、マスターの騎士として尽力したモードレッド。

 少なくとも現時点では私の方がよほど信の置けない存在でしょうから」

 

 そこまで語り、ガウェインはツクヨミに侍る。

 改めて彼女たちは顔を見合わせて、肩を竦め合った。

 

 そのまま次の目的を果たすべく、そこから歩き出し―――

 

「おや、魔術師殿。そちらは決着がついたのですかな」

 

 アタランテと並び、髑髏の仮面を顔に張り付けた黒い影が現れた。

 

「ええ。そちらも案内は……」

 

「終わらせたとも。

 ただ、ああいうタイプの面倒ごとはサーヴァントの仕事ではないぞ、マスター」

 

 辟易した様子で息を吐くアタランテ。

 彼女の背後で、仮面で分からないまでも苦笑するような様子の男―――

 アサシンのサーヴァント、魔人の腕を持つハサン・サッバーハ。

 

 ウルクにレイシフトするオルガマリーのサーヴァントはこの両名。

 つまりは、ジャンヌ・ダルク・オルタは留守番であり、そういうことだ。

 

「新参者がここぞ、という戦場に送られては、古参として付き従ってきた者が面白くないと思うのは仕方ありますまい。働きで何とか認めて頂くしかありませんな」

 

「奴はもっと子供のような倫理で動いている気がするがな。子供ほど可愛らしくはないが」

 

 仕方ないと笑うハサンに、アタランテは鼻を鳴らす。

 一つ溜息を落としつつ、オルガマリーも軽く天井を仰いだ。

 

「まったく、仕方ないでしょうに。やっと得られた“目”なんだから」

 

「それは我らとの戦いの一つ前、の事ですか?」

 

 既にある程度今までの戦いを聞いていたガウェインが問う。

 オルガマリーが小さく目を細め、しかし渋々としながら頷いた。

 

 周囲の情報索敵は基本、カルデア側の探査に頼ってきた。

 だがそれだけでは緊急時には足りないのだ。

 それを身をもって知らされたのが、第五特異点における開幕だったと言える。

 

「……周囲の索敵を任せられるサーヴァントは必要だもの。

 何なら完全にそれ専門でも、常に一人以上同行させるべき存在よ」

 

「なるほど。それが山の翁ほどの存在であれば、適任と言う他ないかと。

 前に出て剣となり盾となる事は、我らに任せればよろしい」

 

「ふむ、聖都における最強の剣にして盾であった太陽の騎士の言葉となれば。

 こちらも頼りにさせて頂くとしよう」

 

 幾分か声を低くしつつ、ハサンはそう言って一つ頷いた。

 彼に顔を向けたガウェインは、不敵に笑う。

 

「存分に頼りにして頂きたい。

 信を置けるかどうかは、その仕事を果たせるかどうかで見定めて頂ければ」

 

「今の我らはカルデアのサーヴァント。

 同じ主を戴き肩を並べている内は、その心情を疑うような真似はしないとも」

 

「―――それでどうするんだ、マスター。

 レイシフトも今すぐというわけではないのだろう。我らは待機でいいのか?」

 

 顔を合わせている騎士と暗殺者から目を逸らし、アタランテはそう問うた。

 

「……そうね。順調に行って―――明日の朝。

 最後のレイシフトを開始する事になるでしょう。

 それまであなたたちは、体を休めて調子を整えておいてちょうだい」

 

「やれやれ。まるで他人事だが、人間に戻った汝も休むべきだろうに。

 まぁ、承った。魔力を浪費しない程度の行動に抑えるさ」

 

 マスターの返答に肩を竦め、アタランテは踵を返す。

 その背中を溜息交じりに見送り、オルガマリーは他の連中に向き直った。

 

「あなた達もよ。これ以上魔力の消費は抑えるように」

 

「承知しました、問題は起こさないよう努力しましょう。

 アタランテ殿の言うように魔術師殿に休息をとって頂くためにも」

 

「さて。そう言われると既にマスターに無駄な負担をかけた我ら円卓二人は心苦しい。

 マスター、何かやるべきことがあればこのガウェインが。

 料理から借金の取り立てまで、万事恙なくこなしてみせましょう」

 

「料理はまだしも、何で借金の取り立て……?」

 

 笑いながらそんな事をのたまい、命令を待つガウェイン。

 そんな彼の様子に、困惑するようにツクヨミは首を傾げた。

 

 

 

 

「うん、調子は……一応は問題なさそうだ。本人の自覚としてはどうだい?」

 

「はい。特段、問題と思える状態はありません」

 

 夢に見た光景。

 魔術王の呪いか何かのような悪夢。

 その事に関して口にする気にはならず、彼女はただそう返した。

 

 彼女のマスターである立香は、呪いとして巌窟王という使者を送られた。

 監獄塔という地獄に押し込まれ、その命運を問われたのだ。

 だというのにマシュへの呪いは、ただ一つの問答だけ残して消えた。

 夢の中で覚えた感情に僅か、戸惑う。

 

 カルテを見ながら苦笑するロマニ。

 困ったような、いつも通りのDr.ロマニの笑みだ。

 気の抜けるその顔を前にして、ついマシュは口を開いていた。

 

「その、ドクター。一つ質問をしていいでしょうか」

 

「うん? もちろん、ボクに答えられることなら。

 あ、この前の和菓子かい? あれはフォウに荒らされないように別の場所に―――」

 

「フォウ!」

 

 その言葉に医務室をうろちょろしていたフォウが振り返る。

 ムッとしながら襲い掛かってくる白い毛玉。

 足に体当たりを食らいながら、彼はそれでも屈しない。

 

 そんな光景をスルーしつつ、マシュはロマニへと問いかける。

 

「いえ。そうではなく……ドクターは人の命の、人の生きる意味は、何だと思いますか?

 主観的に見出すものではなく、客観的に見た場合といいますか……」

 

 マシュの問いに、ロマニは少しだけ驚いて。

 しかしすぐにその色を消して、小難しい顔で眉を顰めた。

 

「命の意味。生きる意味か……うーん、難しい話を持ち出すなぁ。主観的な命の意味にさえ無頓着気味だったマシュが、そんな事を言い出してくれたという成長をまず喜ぶべきだろうか?」

 

「ドクター」

 

 むっとして少し声がとがる。

 彼はすぐに降参の意を示すように両手を上げて、しかし笑い声は引っ込めなかった。

 

「ははは。いや、でもそんなものだと思うよ?

 子供の成長を自分の人生の意味だと認識して生きている親もいるに違いない。

 逆に、自分の意味なんか生まれてこの方考えずに生きている人だっているだろう。

 その内の誰が間違っていて、誰が合っているなんてそんな話はないんだ。

 でもそれは、それぞれ今を生きている人間の主観的な話。客観的に見て、ということは……それを高いところから眺めている神様なんかの視点、という話になるのかな」

 

「神様の視点、ですか」

 

「うん。それに限らず、どんな波乱万丈な人生を過ごした誰かの人生だって、関わりもしない誰かから見たら、基本的には自分にとっては無意味だし無価値だろう?

 神様なんかが見たっていうならなさおらだ。神様は人間を戒めるためのものだし―――他にも王様なんかは、人間を整理するためのものだからね」

 

 そう言って、彼はまた苦笑する。

 

 少しだけ、マシュが眉を顰めた。

 神が人生に意味も価値も見出さない、というのはまだ理解できる。

 女神となった獅子王は人の価値だけを認め、人生などというものは余分だと断じていた。

 価値あるものを損なわせる劣化なのだ、と。

 そういった神の視点があるというのは、確かに直面した事態だった。

 

 けれど、彼女が見てきた王様は―――

 

「ドクター、それは違います。王様はあくまで人の中で立った者です。

 今まで多くの王様をわたしは見てきましたが……

 王様というのは、人の望みの在り方のひとつ、だったはずです」

 

 破滅に向かって突き進んでいた狂王クー・フーリンでさえ。

 それは人の望みから立ち上がったものだった。

 完璧な王を目指し、何を利用することも厭わなかったイアソンでさえ。

 人としての自分の心を、友と船に残していた。

 

 王とは人とは掛け離れた超然とした意識を持たねばならない存在なのかもしれない。

 けれど、始まりは人と変わらぬものであったはずだ。

 

 マシュが断言するその言葉。

 それを聞いたロマニはゆっくりと瞑目し―――

 やがて、少し嬉しそうに目を開く。

 

「そうだね、ちょっと飛躍しすぎたようだ。

 そしてそれが分かっているキミだから、後は自分で決めればいい。

 だって元々、生まれてくる人間の命に意味なんてないんだから」

 

「―――――」

 

 微笑みながら、ロマニは人の命に意味は無いと断じる。

 

「あらかじめ決められていない、という事は自分で決められるという事だ。

 意味が欲しければ、自分で自分に定義したっていい。

 例えば“全ての人を救う王様になることこそが自分の意味”、だってボクはいいと思う」

 

 人間には最初から空白が残されている。

 そこに何を入れるかは、本人の自由だからこそ。

 

「道中で自分で決めなくても、最後に振り返った時にふと理解するかもしれない。

 “ああ、自分という人間にはこんな意味があったんだ”、とね。

 そうでなくとも、後からその人の人生の足跡を辿った誰かに、付けてもらえるかもしれない。

 “この人はこんな人生を歩み、こんなものを遺していったんだ”、と」

 

 何て輝かしいのだ、と誰かは思った。

 その輝かしさは、最初から機能が詰め込まれていた誰かには芽生えない。

 

「神様の客観性に頼れないなら、後から続く他の誰かの客観性に頼ればいい。

 人が歩んだ足跡は、そこかしこに残っている。

 多くの者が駆け抜けて、燃え尽きて、灰になって積み重なった今までが、時代になった」

 

 神様は最初から機能が決まっている。

 人のような空白は持っていない。

 ヘラクレスにイアソンが抱いたような、憧憬なんて感情は生まれない。

 だから、神様が人間に憧れたのなら、それは致命的なエラー以外にありえない。

 星から降りてオリオンを追ったアルテミスのように。

 

「その灰を踏み締めて、次の誰かがどこかへと歩んでいく。

 残された足跡はまた積み重なる灰に埋もれて、そしてまた新たな足跡を残す」

 

 誰かは使命を完遂し、眠りについた。

 アルテミスのようなエラーなぞ起こす筈がなかったから。

 だから、きっとふと気になっただけなのだ。

 使命も何も終えた後、動く理由が無くなった後に。

 後は消えて、また眠るだけというそんな何もない稼働時間の間隙に。

 ふと手元に()()()()チャンスが転がってきただけ。

 

「―――人間とは、そうやって現在(いま)を積み重ねてきた生命だ。

 だからこそ、勘違いしてはいけない。

 どんな在り方を選ぶにしろ、守らなければならない事が一つだけある」

 

「守らなければならないこと……」

 

 ふと、いつか聞いた音楽家の人生観―――音楽性が蘇る。

 なぜだろうか。

 確かにきっと人間として、重要な生き方だからこそ被るものもあるのだ。

 けれど、それ以上に、何か。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と言われているようで。

 

「神様には生み出された意味がある。存在する価値がある。

 与えられた機能を果たすという使命は、果たされなければならないものだ。

 けど、人間に最初はそんなものはないんだ。生み出された意味も、存在する価値も。

 全ては後から与えられるものだ。後から望めば、得られるものだ。

 だから、自分の意味を果たすためだけに生きてはいけない。

 そんな事をしなくとも、自ずと意味を見出せるのが人間という命なんだから。

 意味に縛られた生き方は――――神様の在り方、だからね」

 

 人間として生きるために神様としての機能は捨てたのだ、と。

 まるで、そう言われているようで。

 

 彼に体当たりしていたフォウが飛び跳ね、ふてくされるようにベッドに転がる。

 そこで微かに彼は目を細めて、言葉を打ち切った。

 

「っと、まあボクに語れるのはこんなところかな?

 どうだろう、少しはマシュの学習に貢献できたなら幸いだけど」

 

「―――はい。ありがとうございます、Dr.ロマン」

 

 立ち上がり、頭を下げる。

 そのタイミングでベッドのフォウが跳ね、マシュの頭の上に乗った。

 そっか、と微笑みロマニが書類を整理しだす。

 

「……恐らく明日、最後の特異点へのレイシフトが始まるだろう。

 今日はもう休んでおいで、マシュ。キミがキミの戦いをするために」

 

「……はい。マシュ・キリエライト、レイシフトに備えて待機します」

 

 彼女が背を向け、医務室を退室していく。

 ロマニ・アーキマンはすぐさまこちらを片付け、管制室に顔を出さねばならない。

 最後のレイシフト、紀元前のメソポタミアにおける実在証明の調整。

 それは今までのレイシフトとは比較にならない難易度だからだ。

 ダ・ヴィンチちゃんも当然、今度はこちら側で手伝ってもらう必要がある。

 

 白い手袋に包まれた両手を、その指を絡ませて。

 手袋越しに感じる微かな感触に、目を細める。

 そうしたまま僅かに指で自身の頬をなぞり―――苦笑した。

 

「まったく、やれやれだ。なんだかな、相手が本物の魔術王ソロモンだったらどうしよう、なんて。ずっと頭を悩ませていたくせにね。

 そっか。過去に存在した王様を、現在を生きる王様が超えてくれるなら―――それはきっと、真実、遂に最後まで役割が果たされたってことで……ああ、もしかして。だからダビデ王は」

 

 ロマニが目を瞑る。十秒に満たない沈黙。

 まったくもう、と。

 最後にそうやって呟いて、彼は再び立ち上がる。

 もう先程までの顔色は浮かんでいない。

 

 いつも通りのロマニ・アーキマンは、すぐに管制室に向かって歩き出した。

 

 

 

 

「納得いきません!」

 

「私に言われても知らん」

 

「先生は相談しやすそうな感じあるから」

 

 今回の藤丸立香のサーヴァントとして決定した諸葛孔明、ロード・エルメロイ二世。

 そんな彼に突っかかるのはのたくう蛇少女、清姫。

 他人事全開で茶々を入れるアレキサンダーを小さく睨み、彼は溜息を一つ。

 

 立香のサーヴァントは彼と、ドレイク。

 ソウゴのサーヴァントはクー・フーリン及びネロ。

 オルガマリーのサーヴァントはアタランテ、呪腕のハサン。

 ツクヨミのサーヴァントはフィン、ガウェイン。

 

 これが今回の編成となる。

 二世自身も正直、自分を使うか? という気分であるが。

 レイシフト先の土地柄上、船持ちのドレイクは当確。

 後はブーディカでもいいと思っていたのだが。

 どっちにしろ清姫は外れてしまうが、仕方ない。

 

 戦闘、移動、偵察。

 近距離戦、遠距離戦、水上戦。

 それらの総合的判断からオルガマリーが決定したのがこのメンバーだ。

 二世とて別にその内容に文句はない。

 

 自分が選ばれたのは、真っ当な魔術師がいなすぎる問題だろう。後は、ソウゴはまず間違いなく前線に出るので、サーヴァントの方に後衛を求めたというのもあるか。

 

 そこでバン、と。

 積み上げた本を叩いて、ジャンヌ・オルタがこちらを振り返る。

 

「……ったく、うっさいわね。少しは静かにできないの?」

 

「君も割とついさっきまでこんな感じだったけど」

 

 アレキサンダーからの茶々を全力で無視して、彼女は清姫を見る。

 

「今回選ばれなかっただけでしょ?

 だったら次のために、何かしようとか思わないわけ?」

 

「次?」

 

 腕を組み、ふんぞり返るオルタ。

 彼女の言葉に対し、清姫は小さく首を傾げた。

 

「そーよ。あの性格悪そうな魔術王とかいう奴が、ここまで解決したら敵として見てやる、とかほざいたんでしょ? だったら本番は次でしょ。そこが最高の大一番、ってわけ」

 

「確かに……それで、あなたは何をなさっているんですか。

 それ、独逸語辞典?」

 

「別にいいでしょ! なに勉強してようと!」

 

 合体攻撃の名前の候補を幾つか書いたノートが閉じられる。

 黒き竜の炎、太陽の騎士ガウェインすらも一時的に跳ね除けた力の奔流。

 そんな一撃の名前を考えつつ、彼女は覗き込もうとしてくる清姫の頭を押し返した。

 

 なんてことをやっている少女たちを見て、エルメロイ二世は深々と息を吐いた。

 

 

 

 

「さて、つけてみてくれ」

 

「おー、赤いマフラー。なんとなくライダーっぽい?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんから赤いマフラーが差し出される。

 受け取ったソウゴは、それをちゃちゃっと自分の口を隠すように首に巻いた。

 彼の感想を聞いたダ・ヴィンチちゃんが首を傾げてみせる。

 

「うん? えーと、ダブルだったかな。

 それ以外にマフラーをつけてるライダーがいたのかい?」

 

「どうだろ。なんとなく?」

 

「ははは、ソウゴ君はたまに話にならない話を持ち出すなぁ。

 さて。それはさておき、これを身につけておけば、神代の空気にも順応できるはずだ。

 なので、基本的に絶対に手放さないように」

 

 彼に続いて立香にツクヨミ、オルガマリーもマフラーを身に着ける。

 少ないリソースの中でそれでも茶目っ気を出そうとしたのか、それぞれの色が違っている。

 ソウゴは赤。立香は橙。ツクヨミは白。オルガマリーは銀。

 ソウゴと立香、ツクヨミとオルガマリーと。

 何か遠いとは言い切れない色の被り方を見て、ツクヨミは微妙な顔をした。

 

「……色を変えるならもっと違う色にすればよかったんじゃ?」

 

「私の美的センスが本人に合わない色を渡す事を絶対に認めないのさ。天才だからね」

 

 彼女がそう言って胸を張る。

 そんな自信満々な彼女に向けて、立香が顔を向けた。

 自分の首に巻かれたマフラーの先端を掴み、ぷらぷらと揺らしながら―――

 

「黒ウォズのあれみたいに凄い伸びたりは?」

 

「しないよ」

 

「黒ウォズのあれみたいにぐるんぐるん回してワープしたりは?」

 

「しないよ。

 いい加減にしないと、カルデアの資産を食い潰してでも本当に再現してやるぞーぅ」

 

「やめなさい、馬鹿。この四本だけでほんとギリギリだったのに」

 

 天才を馬鹿呼ばわりしつつたしなめて、オルガマリーが頬を引きつらせる。

 流石にカルデアを枯渇させるとは思っていない。

 が、本当に挑戦しかねないと同時に思わざるを得ないのがこの天才だ。

 

 そんなやり取りを少し羨ましそうに眺めていたマシュ。

 残念ながら、デミ・サーヴァントである彼女にマフラーを作る分はなかった。

 魔力リソースの問題なので、流石に如何ともしがたい。

 

 ロマニが、その場で咳払いを一つ。

 

「―――さて。歓談を妨げて申し訳ないが、そろそろ本題に入ろう。

 今回特定された年代は、古代メソポタミア文明の紀元前2600年頃、初期王朝時代。

 魔術的な視点で言えば、人と神が袂を分かった最初の時代とされている。ここを決定的な決別として神霊は地上から薄れていき、西暦を迎えた時点でほぼ完全に消失した」

 

「西暦以降も存在を継続した神霊として特例とできるものは幾つか浮かぶけれど、この時代が神代の終わりの始まりである事は決定的だね」

 

「ま、その時代だわなぁ」

 

「そうなるでしょうな」

 

 面倒そうに溜息を吐くクー・フーリン。

 なぜかそこに同意し、同じように重い息を吐くハサン。

 彼に同意されたランサーは微妙な顔をして、片目を瞑って肩を竦めた。

 

「時代を遡れば遡るほどに、人類史というものは不確定になる。

 神代とは不確定性の時代だ、なんてのたまう学派もあるくらいさ。

 けど、それもまた当然と言えるかもしれない。

 なにせ、“歴史がまだ人ではなく神のものであった時代”なんだからね。

 そんな時代を人類史として定義するのは、非常に難しいということなんだろう」

 

「で、あるが。それでも人は時代を紡ぎ、歴史と文化を重ねたのだ。

 ならばその重みこそが、神代でさえも人類史に繋がるものとして定義してくれよう」

 

 純白のドレスを翻し、ネロがそう語る。

 彼女の言葉に同意するように頷くダ・ヴィンチちゃん。

 

「そうだとも。カルデアスタッフの努力のもと、第七特異点の座標は割り出された。

 今回の観測は最高難易度だが、私もこっちに詰めるから安心してくれていい」

 

「―――レイシフト先は当時の文明都市の中心、ウルク。

 聖杯の位置は不明だが、特異点が生じている以上メソポタミアのどこかにはあるはずだ。

 今回もきっと一筋縄ではいかない冒険になるだろうが……キミたちなら、きっと何の問題もないだろう。では……っと!

 では、ここからは陣頭指揮に立つオルガマリー所長に一言をお願いしようか」

 

「……必要な情報を語ってから私に回す?」

 

 いきなり水を向けられたオルガマリーが、細めた目でロマニを睨む。

 だが彼を睨んでもしょうがないと、彼女は前に出た。

 そうした彼女が一息ついてから、声を張る。

 

「まあ、何てことないわ。いつも通り、前より大変な戦場になるということよ。

 いい加減慣れてきたでしょう。甘く見て楽だったことなんて一度もないもの。

 アメリカ、エルサレム、日本。あれより面倒で大変な戦いが待っていると思いなさい。

 けどわたしたちの聖杯探索はこれで最後よ。後一回、全力でやり遂げるわよ」

 

「はーい」

 

 いつも通りの遠足の引率か、というような雰囲気。

 気の抜ける態度にいつも通り、かくんと頭を落とすオルガマリー。

 そんな彼女に対し、サーヴァントから贈られる言葉。

 

「士気も高い、良い鼓舞ですな魔術師殿」

 

「……馬鹿にされてる風にしか聞こえないわ」

 

「そのような事はないのですが……」

 

 ジト目でハサンを睨むオルガマリー。

 そう返された彼は困惑しつつ、しかしとりあえず黙り込んだ。

 いつも通りに弛緩した空気の中、ロマニが声を上げる。

 

「―――では、コフィンに搭乗してくれ。

 カルデアの総力をあげて、キミたちを紀元前へと送り届ける!」

 

 俄かに騒がしくなる管制室。

 加速していく状況。

 最後の戦いを前にして、弛緩していた空気が熱を持って行く。

 

 レイシフトする全ての人員がクラインコフィンに搭乗。

 それを確認したスタッフが上に下にと状況の変化を伝達していく。

 起動されたプログラムが、モニターの中で一気に流れ出す。

 

『アンサモンプログラム スタート。

 霊子変換を開始 します。

 レイシフト開始まで あと3、2、1……全行程 完了(クリア)

 第七グランドオーダー 実証を 開始 します』

 

 そうして、最後の特異点。

 ―――人理焼却によって発生した第七の特異点。

 魔獣蔓延る、いずれバビロニアと呼ばれる地へと彼らは送られた。

 

 

 




 
冬木、フランス、ローマ、チェイテハロウィン本能寺、オケアノス、
ロンドン、アメリカ、エルサレム、ゴーストの世界
九つの世界を巡りその瞳は何たらかんたら
 


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神代-2655

 

 

 

「何か早速今までにない感じぃ――――」

 

 天空から地上を目掛け、墜ちる人影の群れ。

 二百メートル以上はあるだろうか。

 なんと地上の遠い事か。

 

 レイシフト直後に空中に投げ出され、この始末。

 ぼやくソウゴの近くを落ちながら、ランサーが肩を竦めた。

 

「いきなり空中はちと面倒だな、拾い集める都合上」

 

「それじゃ俺が足場になるしかないか」

 

〈ジオウ!〉〈ディ・ディ・ディ・ディケイド!〉

 

 くるりと空中で姿勢を整えて、起動したウォッチをジクウドライバーに装填する。

 左右両側にウォッチを付けたドライバーを腰に押し付け、ソウゴは腕をゆるりと揮う。

 

「変身!」

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム! カメンライド! ディケイド!!〉

〈ファイナルフォームタイム! ウィ・ウィ・ウィ・ウィザード!〉

 

 十の影を重ねて組み上げられるマゼンタの鎧。

 アーマーに覆われたジオウの腕が、更にもう一つのウォッチを起動していた。

 ディケイドウォッチに追加で装填されるそれはウィザードの力。

 

 彼のアーマーは即座に、赤いローブを纏った魔法使いのものへと変わった。

 両の腕には竜の爪、背には竜の翼、腰から竜の尾を伸びる。

 

 ばさりと一つ羽ばたいて、ジオウはすぐさま竜尾を振るう。

 エクステンドの魔法により伸長し、本来より遥かに伸びる黄金の竜尾。

 それが周囲でとぐろを巻き、皆の足元にまで伸び巡っていく。

 

 真っ先にそこにクー・フーリンが足をつけ、援けが必要そうな連中の元まで走る。

 サーヴァントなどはあっさりと器用に着地。

 オルガマリーをアタランテが引き寄せ。

 ツクヨミがフィンに導かれ。

 立香とマシュと、ついでにエルメロイ二世が、クー・フーリンに引っ張られた。

 

「ゆっくり降りるよー」

 

 重力制御もこなしつつ、オールドラゴンが舞い降りる。

 突然の落下も快適な遊覧飛行に変えつつ、彼らは遂に最後の特異点―――

 メソポタミアの地へと降り立った。

 

 

 

 

「で、何か言う事はあるかしら。ロマニ?」

 

「フォウフォフォウ」

 

『ええと、ご無事で何より……というのは』

 

「それはどうも。で?」

 

 呆れるように溜息ひとつ。

 頭にフォウを乗せながら、オルガマリーが映像として投影されたロマニを眺める。

 彼の手元は忙しく動いており、今の原因を精査しているようだ。

 

『……レイシフト自体は成功しました。その時代の最大都市、ウルク。

 その中へと直接レイシフトするよう設定し、間違いなく』

 

 やがて情報が整ったのが、口を開くロマニ。

 データから見て、確かに予定通りのレイシフトは成功したのだ、と。

 その答えにツクヨミが小首を傾げた。

 

「成功したのに空中に?」

 

『恐らくは、なのだけど。成功したから空中に、なのだと思う。

 つまりは、都市ウルクには転移を阻害する結界が存在していて、それが原因でキミたちが弾き飛ばされたのだ、と考えている』

 

『はいはーい、今裏がとれた。ウルク市には防御結界があるようだ。

 市内に直接転移は不可能になっているみたいだね』

 

 顔も見せずに聞こえてくるダ・ヴィンチちゃんの声。

 彼女も今回のレイシフトでは休んでいる暇はないのだろう。

 

「……逆に考えれば、そんな結界が存続している程度には無事ってことね。

 ――――こことは違って」

 

 言って、オルガマリーは周囲を見回した。

 彼らが投げ出された空中。

 それをゆったり降りてみれば、広がっていたのは街並みだった。

 人が住まうための建築物が、ずらりと一帯に並んでいる。

 

 ―――全て、もう誰も住んでいない廃墟であったが。

 

 その風景を一通り見回した彼女の近くに、ぼんやりと影が浮かぶ。

 アサシン、ハサン・サッバーハ。

 黒衣と白面の暗殺者からの情報に対し、彼女は耳を傾ける。

 

「魔術師殿、やはり街には人の気配はありませぬ。

 様子から察するに、街から人が消えてから数ヵ月も経っていますまい。

 つい最近何か大きな変調があり、一斉に一人残らず消えた。

 ―――そういう事でしょう」

 

「……そう」

 

 微かに目を細めて、空を仰ぐ。

 青く広がる天空には変わらず展開される破滅の光帯。

 彼女の様子に小さく頭を下げ、ハサンが消える。

 

「では魔術師殿。私は潜んでおりますので、何かあれば」

 

 気配が消える。

 ハサンに求めるのは隠密、偵察の類だ。

 よほど追い詰められなければ、戦闘よりも潜む事を優先するべき立ち位置。

 

 まあどこまで秘せるかは分からないが、姿を軽々に見せるよりはいいだろう。

 

「さて、どう動くかね。人員も随分多くなったが、最近はどう動いてたんだ?

 ……あー、最近つってもサーヴァントと動く事自体久しぶりか?」

 

「我らとの戦いの後、通常の特異点とは違う場所で戦っていたのでしたか」

 

 頭を掻いてクー・フーリンがソウゴを見る。

 彼と立香はとりあえずマフラーをぱたぱたして、問題がない事を確認していた。

 

 それを見て、自分もと確認を始めるツクヨミ。

 派手に動いた場合外れてしまった、ではただでは済まない。

 動く時には変身しているだろうソウゴ以外はなおさら必要だろう。

 

「ふむ。まあなんとも、いつも通りだな!」

 

 マイペースの崩れないマスターたちを見て、ネロが笑う。

 わかる、と。フィンもまた続いて笑う。

 

「いつも通りではない精神状態はよくないものだ。

 いつも出来ることが出来なくなる。例えばほら、私的には―――」

 

「……君にとってディルムッド・オディナはなにか?

 滑らない笑い話か何かのつもりなのかね」

 

「もちろん。手を滑らせた笑えない失敗談だとも」

 

 話題を先んじて制されて、しかし。

 はっはっは、と。彼は笑って、二世の言葉を受け流す。

 

「そんで。どうするんだい?

 アタシは酒を我慢するとして、マスターたちに飯を抜かせるわけにもいかない。

 街がないなら、どっかでマシュの盾を使って召喚陣を敷かなきゃならないだろう?」

 

「まあ少しの食料くらいなら狩りでもすればよかろう。

 野の獣がいるかどうかは分からんが、この空気だ。魔獣など幾らでもいるだろうさ。

 後は現在地が分かればウルク市の位置も分かるのだろう?

 とりあえず私とアサシンで、この街を中心にある程度調査を……」

 

 ドレイクの言葉に、街の外に広がっている荒野に目を向けるアタランテ。

 そんな彼女が、獣の耳をぴくりと動かした。

 

「――――何かくるな」

 

「え?」

 

 直後にオルガマリーの近くに再び浮かび上がるハサン。

 彼が即座に現状を口に出した。

 

「街の外より魔獣が六。

 どういった種類のものなのかは分からず、申し訳ないが……

 赤い肌にたてがみを持つ、獅子に似た四足獣のようですな」

 

「ありがとう、アサシン。

 ……ということよ」

 

 ハサンが再度潜む。

 これから戦闘であっても、彼はそこに参加しない。

 何より―――魔獣がたった六、そもそも必要あるものではない。

 

「六ねぇ……もうちっと羽振りよく来て欲しいもんだが」

 

「さて、どうしますか? 誰か一人でも遅れは取らないでしょうが」

 

 クー・フーリンが槍を出し、肩に乗せる。

 同時にガウェインもまたその手に剣を顕した。

 

「一応言っておくが、汝ら……ちゃんと食料に出来る状態で仕留めるのだぞ」

 

 必要ないと判断したのか、弓も出さずに細めた目で男たちの背を睨むアタランテ。

 言われて、男たちは揃って肩を竦める。

 

「ご安心を。このガウェイン、武勇だけの男ではありません。

 私はキャメロットの騎士の中でも特に料理に優れていた、とは彼の王も認めるところ」

 

「…………それにしちゃあの王様は。いや、やっぱ黙っとくか。

 言わぬが華のキャメロット、だな」

 

 自身満々に胸を張るガウェイン。

 微妙に眉を顰めるクー・フーリン。

 そしてそんな二人の前に出る、花嫁の如く輝く皇帝。

 

「うむ! では、それぞれ二体、と行くか! 者ども、余に続くがよい!!」

 

 ツクヨミがちらりと振り返れば、肩を竦めて苦笑するフィン。

 まるで群れから逸れて迷い込んだような魔獣たち。

 その程度で全力で対応する必要などない。

 準備運動同然の態度で、彼らは最初の戦闘開始して―――

 

 

 

 

 十秒すら必要とせず、決着はついた。

 ハサンの報告通り、たてがみを持つ赤い四足獣。

 それが六体ほど雪崩れ込んできて、その全てが首を落とされた。

 

「…………ねえ、アーチャー。訊きたいのだけれど」

 

 どんな魔獣なのかとサーヴァントたちが死体を検めている。

 そんな光景を眺めながら、オルガマリーが眉を顰める。

 

 正しく瞬殺であった。

 故に、生きているその魔獣を目にしていたのはほんの一瞬に過ぎない。

 だけれども、その一瞬で感じるところがあった。

 

「あの、魔獣たちですが……何か、いえ……何が目的だったのでしょう」

 

 マシュが一応構えていた盾を下ろし、目を伏せる。

 彼女たちの方を一瞥して、答えを返すアタランテ。

 

「通常の魔獣ならば人間という餌を前にして、食事をしようと思った……のだろうがな。

 確かにあれは通常の魔獣とは一線を画していたな。

 ―――果たしてあれは、獣と呼ぶべきなのだろうか」

 

「魔獣ねえ。アタシには縁のないもんだが、やっぱおかしいのかい?

 連中、明らかにアタシらを()()()()だけに向かってきてたろう?」

 

 生きる糧、食事をするための殺生。

 そこから明らかに外れた、殺すためだけの殺害。

 たったほんの一瞬の邂逅。

 それだけで、それ自体が目的だと分かってしまうほどに。

 あの魔獣の眼には、憎悪が満ちていた。

 

 その憎悪もまた、気質が明らかに尋常ではない。

 まるで、人を憎むためだけに生まれてきたのではないか。

 そう感じるほどの何か。

 

 命として生きているのではなく―――

 元より、人を殺すためのだけに発生した自走機雷であるかのような。

 

「―――御免。何やら上から来ていますぞ」

 

 姿を見せぬままに声だけ届けるハサンの声にハッとして。

 オルガマリーが上を見上げ。

 

 ―――そこに、何か天上から降り注ぐ少女を発見した。

 

「……何やら妙だが、サーヴァントの気配だ。

 敵味方も判然とせぬのに下手に受け止める、というのも危ない気がするな」

 

 どこかで感じたような、そんな気配にアタランテが顔を顰める。

 この感覚は一体なんだったか。

 いつだったか。確か、そう、彼女の信仰する女神に直接出逢った時のような。

 

 その情報が即座に伝達されて、総員身構えて―――

 

 立香にソウゴが何か言った。

 ああ、と頷く少女。

 

 そうして懐から取り出されるは、緑色のライドガジェット。

 ほいと投げ込まれるコダマスイカ。

 

〈コダマビックバン!〉

 

 巨大なスイカのエネルギー体になるコダマスイカ。

 それは膨らみ、転がり、空から降ってくる少女の下まで移動して。

 

「ちょ、何よいきなり! あー、もう!」

 

 ―――激突して、砕け散った。

 撒き散らされるスイカの果肉。噴き上がるスイカの果汁。

 真っ赤なエネルギーがその場いっぱいに広がって。

 

「何よこれぇー!」

 

 スイカの汁に塗れた少女の悲鳴が轟いた。

 少女が乗っていたのだろう、弓のような形状の飛行物体が続けて降りてくる。

 

「……神霊、か?」

 

 言いながら目を細めるアタランテ。

 彼女のその反応を見て、オルガマリーが強く顔を顰め―――

 

 目の前で、彼女の十倍くらい強く顔を顰めているエルメロイ二世を見つけた。

 

「……?」

 

「いや、まあ……私よりは依り代にし甲斐があるかもしれんがね」

 

 ぽつりとそんな言葉をこぼす二世。

 

 スイカを形成していたエネルギーが解けていく。

 消えていく果肉の山と果汁の川。

 その中で溺れていた少女が、怒り心頭一気に立ち上がった。

 

「ああ、もう! べたべたと! 何よこれ!

 甘くて美味しかったのが余計に腹立つ!」

 

 ぶるりと体を震わせて、消えかけていた果汁を更に振り払う。

 身に着けている飾りは黄金の数々。

 そして装束と呼べるのは、まるで下着のような胸当てとショーツ。

 そんな煽情的な少女は、走って逃げていく小さなガジェットを睨みつつ、がなる。

 

「食べたの?」

 

「食べたくて食べたわけじゃないわよ!

 割ともうちょっと食べたかった、とか思ってないから!」

 

 ぎゃーす、と叫びながら、少女は真紅の瞳で周囲を一通り睨みつけて。

 周りの様子にようやっと気づいたように、端麗な眉を小さく顰めた。

 

「……なに、あんたたち」

 

 逃げ帰ってきたコダマスイカを拾い上げる立香。

 彼女が頭を下げた瞬間、オルガマリーの上にいたフォウも立香に飛び乗った。

 右肩にフォウ、左肩にコダマ、と。

 珍妙なお供を両肩に得た立香。

 

 そんな姿を見下ろしつつ、少女はツインテールにまとめた黒髪を軽く掻き上げる。

 彼女はそのまま再び周囲の連中を検めて、不機嫌そうに目を眇めた。

 

 とりあえず会話が出来そう、という事実を理解した。

 ので、真っ先にオルガマリーは一歩を踏み出す。

 

「わたしたちは人理継続保障機関フィニス・カルデア。

 魔術王による企み、人理焼却を防ぐために各時代へとレイシフトによる転移を―――」

 

「―――ああ、そういうのいいから。っていうか何様?

 巫女でもない人間の分際で、いきなり私に話しかけるなんて」

 

 少女がオルガマリーへと視線を向ける。

 真紅の瞳が僅か、不穏なまでに輝かしい黄金の光を帯びる。

 神気の解放。立ち上る絶対的な貴き気配。

 

 そんなものを前にして、サーヴァントたちが即座に動き出そうと構え―――

 

「王様のつもりとか?」

 

「は?」

 

 少しだけ驚いたように、少女は言葉を発したソウゴに向き直る。

 彼女はそのままソウゴを見て、少しだけ眉を顰めた。

 

 そうして数秒。

 何度か表情を変えて、何かを探るような様子を見せていた彼女が―――

 まるで重大な何かに気付いたように、掌で顔を覆ってみせた。

 

「……あ。うわ、うわー……これ、そういうこと、よね?

 えっと、たぶん、そういうことになるわよね、これ。アイツってそういう奴、よね?

 なにそれ。ウルクどうすんのよ……っていうか、アイツどうするのかしら。

 ここで我慢する最低限の常識くらい持ってる……あ、ダメだ。アイツにそんなもんないわ」

 

 顔を覆ったままにぶつぶつと言葉を並べる少女。

 そんな様子に、恐る恐る声をかけてみるツクヨミ。

 

「あの……?」

 

「―――ああ。いまのは冗談よ、冗談。

 一応こっちから話しかけといていきなりキレたりしないわよ。気分次第ではね。

 それにあんたたち、どっか異邦からの来訪者なんでしょ?

 この土地の民が働いた無礼なら見過ごさないけど、よそ者なら少しくらい見逃すわ。

 私、自分の財産以外にあんま興味ないし」

 

 少女は踵を返して、ふよふよと浮いていた弓のような飛行物体に足を向ける。

 彼女の意志に反応してか、その“舟”はゆっくりと彼女へと近づいていく。

 

「で、何だっけ。世界を救いにきたって? それなら丁度いい助言があるわ。

 女神様直々のアドバイスよ。心して聞きなさい」

 

 飛行物体に手をかけながら、真剣な表情を固め。

 ソウゴの方を見ながら、彼女は言葉を発した。

 

「さっさとそのカルデア? だか言うところに帰りなさい。

 あんたがウルクに入ったらろくでもない事にしかならないわ」

 

「えー、そんなこと言われてもな」

 

 少女の貌が一際歪む。

 苛立ちと、もう一つ。

 何か、とんでもなく面倒な事態に呆れるような。

 

「――――私に忠告まで貰っておいて、それでも聞かないってなら好きになさい。

 そこまで面倒見る義理もないし。

 っていうか、もしウルクに何かあったとして、それは全部アイツのせいだし。

 幾ら私が守護するって言っても、ウルクの方から自沈するなら私のせいじゃないもの」

 

 呆れて物も言えない、と。

 彼女は弓のような舟を引き寄せて、腰かける。

 

「ま。私がちょっと、ちょーっと事故(ミス)ったのは認め難いけど事実として。

 きっと何かの導きだったんでしょうね、あんたたちのための。

 ええ、私に忠告をもらえずにあんたがウルクに踏み込んでたらきっと大変な事になってたわ。

 私がちょっとブレーキ操作を誤ったのも、全てはそれを未然に防ぐためだったのね。

 まったくもって仕事熱心。この辺り、ウルクの連中は払いの査定に加えるべきなのよ」

 

 はぁやれやれ、と。

 彼女はそんな風に呆れるような仕草を見せる。

 

「でもまあ、クッション代わりを用意してみせた勤労は認めましょう。

 それを以てまあ。私への無礼の数々。色々と許しましょう。

 こっから先は勝手にすればいいわ」

 

 その意志に呼応して、舟が発進する。

 瞬く間に舞い上がり、空へと消えていく金色の少女。

 

 ―――それを見上げながら。

 

「……この土地の神霊、なんだろうがな。

 なんだ、余程人格が肉体の方に寄ってると見えるな」

 

「さて、確かに神性にはありえない態度と面倒見の良さ。

 ……体を預けたのは、随分と気風の良い方なのでしょうね」

 

 クー・フーリンが肩を竦め。

 ガウェインが苦笑して。

 その態度に、二世はますます顔を顰めて黙りこくる。

 

「あれで? 何か凄い勝手に言いたい放題して行っちゃったけど」

 

「ああ、随分と人間らしい物言いだったとも。

 まして土地柄上、ここの神霊と言えば自然の暴威と同意だ。

 あんな風に言葉を交わせるものだったのは、少々驚きだとも」

 

 首を傾げるツクヨミに、フィンが感心したように何度か頷く。

 

『―――うん、間違いない。今までそこにいたのは神霊だ。

 オリオン、の霊基を借りたアルテミス……とはまたちょっと違うけれど。

 どちらかというとロード・エルメロイ二世、諸葛孔明に近い形かもしれない』

 

「ふうん。知り合いだったの?」

 

 妙に表情を崩しているサーヴァントたちに問いかけるソウゴ。

 彼らは揃って微妙な顔をする。

 

「……ま、似た顔を見知ってるってだけだ。結局中身は神霊だからな。

 気にしてもしょうがねえ。

 それよか面白い事言ってたな、ウルクの守護を担当する神だとよ」

 

『ウルクの都市神―――となれば、イシュタルだね。

 戦と豊穣を司る金星の女神』

 

金星の女神(ヴィナス)か。確かに見目麗しい少女を体にしていたな。

 というか、うむ。余としてもかなり好みの美少女であった。

 金の装束だけでなく、赤とか似合いそうでとてもよい」

 

 飛び去って行った少女を思い返し、満足気に頷くネロ。

 おや? と、その態度に小首を傾げつつ。

 しかし口を開くことなく、そういう事もあるかとガウェインは黙る。

 

「ウルクの都市神が、疑似サーヴァント状態での降霊?

 ……まあ、それはそれでいいとしましょう。

 ステンノやエウリュアレみたいな野良神霊サーヴァントって前例もあるのだし。

 ウルクの危機に近しい神霊がサーヴァントとして現れた、と考えてもいい。

 で、なんでそのイシュタルがわたしたちを追い返したがるのよ」

 

 オルガマリーがソウゴに視線を向ける。

 イシュタルは完全にソウゴだけにその注意を向けていた。

 

「俺に訊かれてもなぁ」

 

「―――魔術師殿。先程の神霊、またこちらに向かってきましたぞ」

 

 ハサンからの通達にぎょっとする。

 天空で黄金の軌跡を曳く舟。

 それが雲を切り裂きながら、再び彼女たちの直上に登場した。

 

 目を白黒させるオルガマリーの頭上。

 金星の女神が身を乗り出して、彼女らに向かって声を張り上げる。

 

「そうそう! ねえ! この辺りに何か、妙な落とし物がなかった!?

 こう……アレよ! そうね、もしそれを一目でも見ていれば、『あ、アレだな!』って直感的に分かるくらいのもの! そう! アレよ、アレ! アレ見なかった!?」

 

「あれじゃ分からないけど……」

 

「分かるか分からないかなんて訊いてないのよ!

 アレを見たか、『はい』か『いいえ』か、どっちって訊いてんの!」

 

「その、それはあなたが何かをこの辺りに落とした、ということでしょうか?」

 

 遠慮がちに問い返すマシュ。

 そんな言葉に対して、ぐぬぬとイシュタルと思わしき女神がほぞを噛む。

 

「……私がそんな間抜けな失敗をするわけないでしょう?

 ただの頼まれごと、ちょっとしたおつかいみたいなものよ。ええ、もちろん」

 

「―――ああ、よかった。清姫をレイシフトメンバーに入れてなくて」

 

 自分のナイス采配に、思わず小声を漏らすオルガマリー。

 まったくもって同意を示し、エルメロイ二世は深々と頷いた。

 あんな誰でも分かる嘘を見せられたらこうもなる。

 嘘だと分かっていても突っ込んではいけない事だってあるのだ。

 

「まあ少なくとも、一目見て何か神威を感じるようなものはありませんでしたな。

 隅々まで捜索したわけではありませんが……」

 

 何もない背後からの声に頷く。

 

「この辺りを見て回った限り、少なくとも御身が仰るような物は見ておりません。

 もしよければ、それが何かを教えて頂ければ―――」

 

「そ! じゃあいいわ。いい? アンタたちもさっさと帰りなさい。

 余計なことして私の仕事増やすような真似はしないこと!」

 

 さっさと言葉を遮って、女神は飛び立っていく。

 それは黄金の軌跡を曳きながら、流星となって空を切り裂いていく。

 瞬く間に見えなくなった光の舟。

 そんな理不尽がいた場所を見上げながら、オルガマリーは額に手を当てる。

 

「神サマが必死になって探す落とし物ねえ。

 お宝の匂いだ、興味が出てきたよ。どうだい、ちょっと探してみないかい?」

 

「やめておけ。こういうものは見つけて拾っても大抵ろくな事にはならない。

 ……少なくとも、私の知るような神が相手ならな」

 

 うきうきし始めたドレイクをアタランテが制する。

 本当に、本当に嫌そうに。

 

「あ。そういえば、結局あの魔獣はどうだったの?」

 

 ふと思い出したと、立香が解体された魔獣の残骸を見る。

 

『ああ……少なくとも、ボクたちが事前情報として集めていたデータベースに存在しない。

 もちろん、神代の情報を全て余すことなく事前に収集できていた、とは言えないけれど……』

 

「―――まあ、一つ言えることはだ」

 

 軽く首を回し、肩を鳴らし、朱色の槍が躍る。

 戦闘態勢に入ったクー・フーリンが、背後へと視線を向けた。

 

 そこに展開しているのは、彼らが狩った魔獣と同じもの。

 数十の獣の群れが、廃墟とした街を目掛けて殺到している光景だった。

 

「狩られた同族の敵討ち、というわけでもありますまい」

 

「そのような殊勝な態度には見えないな。

 野生の魔獣がそんな事をやっていたら驚きだが」

 

 声だけのハサン。彼の言葉に目を眇めるアタランテ。

 

「獲物の血の臭いに集った、というならまだしも獣らしいが……

 さて、我らが起こした血風には興味がない様子」

 

 片目を瞑り、未だに処分していない獣の死骸を見るフィン。

 その血の臭いを辿り集まった、というなら良い。

 が、明らかに獣たちはそちらに興味を持っていない。

 

 血溜まりに沈んだ同族に対し、何の感慨も見せない。

 同族の死への弔いもなく。同族の死骸を肉として見ることもなく。

 ただ、その場にいる別の生き物に対して、憎悪だけを放つものたち。

 

「……つまり真実。あれはただ、()()()()()()()()()、と」

 

「ということは―――この街は……やはり、そういうことなのでしょうか」

 

 エルメロイ二世の言葉に強く眉を顰めるマシュ。

 あんなものが街の付近を徘徊しているということは、つまり。

 

「あれが原因であれば死体が喰われることもなく残っているでしょう。

 あれとこの街の状態は、恐らくは別口かと。

 ですが、一先ずは現状でやるべきことは変わりません」

 

 そう言った彼の手元から、ごう、と。

 太陽の熱が溢れだし、姿を現す太陽の聖剣。

 

「……そうだねぇ。折角集まってくれたんだ、逃がすのも勿体無いって話さ!

 まずはアタシが一発でかいのをくれてやるよ!」

 

 ドレイクの背後の空間が波を打ち、カルバリン砲の砲身を現した。

 曲がりなりにも市街地戦である、が。

 一切の遠慮も手加減もありはしない。

 空っぽの廃墟を背にしながら、彼女はまず開戦の烽火として一撃を放とうとし―――

 

「―――いいえ。既に廃都とはいえ、確かに人の暮らしていた場所です。

 できれば壊さず、カタチだけでも遺しておきたいでしょう?」

 

 瞬間、大地が鳴動した。

 地面が姿を変え、鎖と変わり、地を走る魔獣どもが貫かれていく。

 

 数え切れぬ鎖の乱舞。

 その全て、一つ一つが鋭い槍が如く、魔獣の心臓を次々を粉砕していく

 瞬く間に数十の獣が一匹残らず、地に転がる死骸と変わる。

 

 誰もがその光景に目を瞠り、涼やかに響いた声を視線で追う。

 声の先は、街を囲う塀の上。

 

 そこにいたのは、緑の髪を揺らす美しいヒト。

 質素な貫頭衣を纏っているような、しかし美しいヒトガタ。

 彼、あるいは彼女は、風に揺れる長髪を軽く手で押さえてみせて。

 カルデアの面々に向け、ゆるりと微笑んだ。

 

「―――お会いできて光栄です、カルデアのマスターたち。

 僕の名前はエルキドゥ。

 この神代において、最新の人類の到来を待ちわびていたもの。

 この地と新しい人を繋ぎ止める役割を担うものです」

 

 

 



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組曲編纂・讃美歌七十二曲目-931

 

 

 

『ええと、どうやら北に向かっているようだけど。

 目的地であるウルクは南東、じゃないかな。どうだろう?』

 

「ええ、その通りです。

 ウルクに最短距離で向かうのであれば、河に沿って南下するのが早い」

 

 ある程度纏まってきた位置情報を口にして首を傾げるロマニ。

 そんな彼に苦笑を返し、エルキドゥは同意を示した。

 

 そうだというならば、と。

 立香は正反対の道のりを先導する相手へ問いかける。

 

「じゃあ何で北に?」

 

「もちろん、そちらに抜けると女神の勢力圏を横断することに―――と。

 ああ、そうでした。まずはメソポタミアの現状を説明する必要があった。

 では端的に。まず伝えるべきは……そう。

 今この国は、滅亡寸前にまで追い詰められているのです」

 

 涼やかにさえ感じるような、淡々とした声で。

 彼は憂える現状を一口で説明した。

 

「それは、あの魔獣たちが原因で?」

 

 人間を憎み、殺戮すべく押し寄せる魔獣。

 あんなものがもし大量に発生したと言うならば、それにも理解が及ぶ。

 一部の英傑ならば歯牙にもかけない獣かもしれない。

 だがあんなものが蔓延したとなれば、人類の生活は立ち行かない。

 

「ええ。厳密にはあの魔獣を操るものが原因で、ですが。

 少なくとも、ああいった通常はありえない魔獣の群れが城塞都市の八割を滅ぼし、残るウルクもまた滅ぼさんと侵略し続けている。それは確かなことです」

 

 首を縦に振りつつ肯定する。

 彼の語る言葉に現れた、黒幕らしき存在。

 それは一体如何なるものなのかと、マシュが呟いた。

 

「魔獣を操る者……それが、今回の聖杯の所有者なのでしょうか」

 

「聖杯―――魔術王がこの地に降ろした聖杯、ですね。

 であるならば、いいえ、と。

 あの魔獣たちの長は、聖杯など所有していません。あくまで、魔術王の話とは別なのです」

 

「別?」

 

 これは魔術王の犯行、人理焼却によって引き起こされた現象。

 だというのにその時代に生きる神々の兵器は、魔術王はこの件には関係ないと言う。

 困惑するマシュの後ろから、オルガマリーが声を上げた。

 

「それはどういうことかしら。

 時代が乱れているのは、魔術王の人理焼却―――送られた聖杯が原因ではない、と?」

 

「そうですね。いえ、断言は避けるべきかもしれません。

 恐らくそうでしょう、としか言えないことだ。

 ですが、少なくともメソポタミアが滅亡に瀕している理由……魔獣の長を始めとする侵略者たちは、聖杯を持っているわけではありません」

 

「聖杯を持っていない、侵略者?」

 

「……いちいち回りくどいな。

 そろそろ迂遠な言い回しは無しにしてもらいたいんだがよ」

 

 顎に手を添え、悩むオルガマリー。

 そんな彼女の頭を越えて、呆れるような声が届く。

 クー・フーリンのそんな言葉に対し、エルキドゥは振り返って小さく微笑んだ。

 

「申し訳ありません。ですが、理解しておいて欲しかったのです。

 あなたたちがこれから戦う相手は、()()()()()()()()()()()()()ではない。

 この時代において、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 つまり魔術王の計画の外で人類史を崩壊させうる、魔術王と同等以上の存在なのだと」

 

「―――――」

 

 綺麗な笑みを浮かべ、しかしその言葉に浮くような思いなど一つもない。

 そんな事実に対し、ソウゴが笑う。

 

「じゃあ、最後に魔術王と戦う予行演習くらいにはなるかも?」

 

「――――ええ、そうですね。

 この地で終わらないあなた方の旅路にとって、きっと良い経験として残るでしょう。

 ここで滅亡の主犯格、『三女神同盟』に敗北しなければの話になりますが。

 もちろん僕も力を尽くしますが、相手が強大な“神”であるとは理解しておいて欲しい」

 

 少しだけ苦い顔を覗かせて、そのまま苦笑するエルキドゥ。

 余裕か、あるいは驕りか。

 そんな言葉を言い放ったソウゴの脇腹を、溜息を吐きつつ立香が肘でつつく。

 

『三女神同盟、か。―――敵は女神、だというのかい?

 確かについ先程、女神イシュタルらしき疑似存在に出会っている。

 けれど、幾らなんだって女神ほどの存在がそうそう……』

 

「イシュタル? ああ、彼女にはもう出会っていたのですね。

 彼女は魔獣の女神とは別勢力ですが、ウルクを幾度も襲撃している女神の一人だ」

 

「む、襲撃? あの金星の女神(ヴィナス)は都市ウルクの守護女神ではなかったのか?」

 

 思わずと言った風にネロがエルキドゥに視線を向ける。

 問われた彼が、表情を完全に消した。

 その態度に面食らったネロを前に、女神について語りだすエルキドゥ。

 

「ええ、間違いなく。イシュタルはあの都市の守護女神です。

 ですが、あれの行動については考えるだけ無駄なのでいちいち気にしない事を勧めます」

 

「よく分からないけど……

 あの女神は結構、私たちのことを心配してくれていたように思えたけれど」

 

 彼女たちはいきなりカルデアに帰れ、などと言われたけれど。

 

 しかしその言葉の端々に、こちらを心配するような心情も垣間見えた。

 もちろんこちらを心配していただけ、という事はないだろう。

 それでも、人を滅ぼすために行動している女神には見えなかった。

 少なくともそれくらいは断言できる。

 

 そんなツクヨミが出した感想に、エルキドゥは目を尖らせた。

 

「確かに人の目にはそう映る事もあるかもしれません。

 女神イシュタルの本質は、豊作を愛し、戦火を愛し、人の営みを愛する、愛多き女神。

 そんな支離滅裂な性質を有する存在の一挙手一投足に理由なんてありません。

 あれは人間を愛しながら、人間同士が大地の実りを戦で奪い合い、無駄に死んでいく事を、自分に捧げられた娯楽だと考えるような、頭の上から爪先までの全てが破綻した、論理的に何もかもがとち狂った異常なものです」

 

 思った以上に凄い言うな、と。

 ツクヨミが少し驚いたように、エルキドゥを見ながら目を瞬いた。

 そういった視線を背に受けながら、彼は鋭くした目を瞑ってから言葉を続ける。

 

「あれは特別破綻した未曾有の大災害(できそこない)です。

 が、しかし。神とは確かにそういうものだ。

 神とは管理するもの。自分が受け持った権能の内で裁定を下すもの。

 物事は出来るだけ単純にして管理するべき、というのは神であっても同じことです。

 いいえ、神であるからこそ本来は管理権限を単純・明確にしておかなければならない」

 

「えっと……つまり。イシュタル、さんは、自分の管理権限内に矛盾するものを複数得てしまった神であるが故に、その……暴走しがちな方になってしまった、と?」

 

 人を愛する女神でありながら、豊穣を愛する女神でありながら。

 人が、土地が、炎に巻かれて燃え尽きる戦を愛する。

 有する機能が矛盾しているからこそ起こるロジックエラー。

 彼女が有する嵐の人格、神格は、それが原因の状態なのである、と。

 

 エルキドゥは断言する。

 そんな頭がバグった物体の行動に意味を求めるな、と。

 

「そうですね。イシュタルの頭がおかしい理由はそんなところかと。

 発生し(うまれ)た時点で頭がおかしいのです。それ以上あれに何か求めても仕方ない」

 

「……まあ、神が身近な存在から神に対しての見解を得られたのは興味深いわね」

 

 溜息交じりにオルガマリーがそう呟き。

 彼女たちの行進に追従してくる映像。

 ロマニの姿を見て、彼の表情を見て、小さく眉を顰めた。

 

『―――――』

 

 あまり見ないような、Dr.ロマニの凍った顔。

 彼はそれを隠す余裕もない、というように確かに静止していた。

 

 ―――そう。

 王は、“王である”という単一の機能を果たす絶対者だった。

 

 だが彼の後ろに控えて同じ光景を眺めていたものは違う。

 七十二の機能を分割し、管理する、群体であった。

 

 王は単一の機能を果たすために他の何を考慮する必要もなかった。

 そうする必要など、どこにもないのだから。

 しかし。

 

 七十二の席を用意し、協議し、より良き行動を定めるその意志は。

 ―――憂慮した。してしまった。

 

 憂いたのだ。哀しんだのだ。

 そんな機能は備わっていないのに、何かが狂ってそんな余分が発生してしまった。

 まるで、その名が示す通りの、真正の悪魔みたいに。

 

 だってそうだろう。

 

 人には翼なんて生えない。

 人には三本目の腕なんて生えない。

 本来は備わっていない、ありえない器官を持つだなんて。

 そんなもの―――まるで悪魔だ。

 

 その異常は、人ならば悪魔に憑かれただけ、で済むのかもしれないけれど。

 

 ―――神は。

 最初から、持ち合わせた機能を正しく果たすためだけに存在するものは。

 

 在り得ざる何かを持ち合わせた時に。

 在り得ざる何かが芽生えてしまった時に。

 ―――真実、悪魔になる。

 

 もしそれが一個の存在だったら、生まれなかったかもしれない。

 いいや。

 分割された機能が七十一になるだけで、発生しなかったかもしれない。

 ただ、それだけの話。

 

 これは、たったそれだけの話。

 それだけの話だったのだ、と。

 

 表情を消したロマニが、

 

『それで、その三女神同盟とやらは、そんな頭のおかしい女神が三人集まっている、と?』

 

 ダ・ヴィンチちゃんにどつかれて、画面から消える。

 そんな彼女から届く声。

 新手の声に振り向き、エルキドゥは答えを返す。

 

「ええ。どうやってか、は未だ以て不明です。

 ですが三柱の女神がこの土地に降臨し、この時代の蹂躙を開始しました。

 その内の最大勢力が魔獣の女神、ギリシャより流れてきた女神の一柱……

 ああ、あの高台からなら丁度見えるでしょう」

 

 言って、エルキドゥが少し歩調を早める。

 彼が目指す先には、言う通り高台があった。

 その後に続いていき、高台から見下ろした先、広がる光景に目を馳せる。

 

 ―――そこに壁があった。

 地平線に聳え立つ岩壁。

 此処から先へは一切の害悪を通さない、という意志の具現。

 

 マシュが自然と己の盾を握る。

 堅牢さ、という点であれば、きっと聖都の壁とは比べ物になるまい。

 聖都の壁は、神が張り巡らせた人を守護する結界。

 庇護のための壁であり、同時に檻でありし獅子王の国。

 

 だが今。目の前に建つ壁は、まったく逆のもの。

 神が人のために下ろした帳ではなく、人が人であるために築かれた壁。

 

「―――よもやここまで、といったところだな」

 

 呆れるようにアタランテが言葉を吐き捨てる。

 

「魔獣は目視出来る範囲で数千、あるいは万に届くか。

 サーヴァントの相手にはならぬとはいえ、普通の人間なら容易に殺せる獣がそれだけいる」

 

『……けれど、築かれた壁も崩れていない。人間たちは対抗しているわけだ。

 凄まじいね、シュメルの人間というのは』

 

「ええ。魔獣たちが北部を埋め尽くした際、バビロン市を解体した資材であの壁は造られた。

 誰が呼んだか、今あの壁はこう呼ばれています。

 人類の希望、四方世界最大にして最後の大砦―――絶対魔獣戦線バビロニア、と」

 

 今まさに、眼下で戦闘が行われている。

 大量の魔獣が壁を越えんと乗り込んで、寄せ来る魔獣を兵士が何とか討ち取っていく。

 数の差が圧倒的だ。

 生物としての性能だって圧倒的に魔獣の方が高かろう。

 

 だがそれでも、戦線は維持されていた。

 

 二世が微かに目を細めて、口元を手で覆う。

 

 完璧に一致している、というわけではない。

 だが余りにも見覚えのある動き方。

 勇気の振り上げ方。気迫の振り絞り方。

 そういった、精神性の発露の方向性が。

 

 諸葛孔明の眼も、ほぼ間違いなくそうだと言っていると理解する。

 

「…………凄まじい用兵だな。よほどの将が率いていると見える。背水の陣、という奴だ。

 恐らく、その将自身の腕前もクー・フーリンに劣るものではないのではないか?」

 

「ま、そうかもな。やりあったらさぞ面倒な奴と見た」

 

 確認するための二世の言葉に対し、クー・フーリンが軽く笑う。

 

 ―――槍を合わせた彼がそう断言したと言うのなら。

 この事実は間違いないのだろう、と。

 二世が一瞬だけ、オルガマリーの方へと視線を送った。

 

 そういった視線を向けられた彼女が、微かに唇を噛み締める。

 

 つまりは、あの絶対魔獣戦線バビロニアはサーヴァントに支えられている、と。

 そう結論が出たのだ。

 二世が何故直接口に出さないのか、と言えば言うまでもない。

 

 エルキドゥこそ、疑うべき存在だからに他ならない。

 

 案内のルートがおかしい。

 イシュタルへの態度がおかしい。

 出してくる情報がいまいち繋がらない。

 

 一つだけなら眉を顰めるだけで済む話かもしれない。

 けれど、時間を経るごとにどんどん不審は積み重なっていく。

 

 イシュタルの存在は土地の神霊だから、で済ませてもいい。

 だがレオニダス王の存在が確認できた以上、明らかに彼が出す情報が足りない。

 

 何故ウルク側にサーヴァントがいる、という情報が出てこない。

 彼がウルク側であれば、そのサーヴァントは味方のはずだ。

 バビロニアにはサーヴァントがいる、と。何故その一言が出てこない。

 

 サーヴァントがいる、という事は聖杯も起動しているはずだ。

 ()()()のサーヴァントが出現するのは、聖杯が人理焼却を開始しているということだ。

 人理焼却側のサーヴァントへのカウンターとして、野良サーヴァントは出現する。

 聖杯戦争という仕組みを再現するために、敵と味方で競わせる。

 聖杯と女神が関係ないならば、敵は女神だけではないはずなのだ。

 何故、その情報が出てこない。

 

 こちらで推測できる事柄が出てこない中で、彼の発言はどこまで信じられる。

 

「―――うーん。ここの人たちも助けたいけど、まずはウルクに行こう。

 女神と聖杯が関係ないなら、聖杯を探すこともしなきゃいけないし。

 まずはウルクに行って、王様に会ってみなきゃいけないよね」

 

「じゃあその後には、バビロニアで戦うチームと、聖杯を探すチームに別れるとか……あ、でも女神は三人いるんだよね? そうなると流石に人手不足かも。

 エルキドゥは私たちと一緒に戦ってくれるの? それとも王様と一緒に動いてる感じ?」

 

 ぼんやりと考え込むようにしながら、ソウゴと立香が言葉を交わす。

 

「もちろん、あなた方と一緒に行動します。

 あの王も流石にこの状況でそれに否とは言わないでしょう」

 

 だから。

 そこで。

 なぜ。

 自陣営の、他の戦力の情報が出てこない。

 

 具体的な名前を出さないだけならまだしも。

 何故、サーヴァントがいるとさえ言ってこない。

 

 サーヴァントというものをそもそも人間と別のものと考えていない?

 ありえない、とは言い切れない。

 自分たちにとっては時代に名を馳せた英雄であっても、この時代を生きる存在であるエルキドゥにとっては未来のものだ。

 その勇名に反応する理由はないと言えば、ない。

 

 だが。

 まず彼はカルデアやサーヴァントという、この時代で知られざるものをどうやって知った。

 普通に考えれば未来を見通す眼を持つと云われるウルクの王。エルキドゥの友。

 英雄王ギルガメッシュよりその事実を伝えられた、と考えるべきだ。

 だからこそ現状を打開する戦力に成り得るカルデアを迎えに来てくれた。

 

 ―――と考えるのであれば。やはりおかしい。

 

 “こちらにもあなた方のようなサーヴァントという存在がいるのです”

 そのたった一言が、一体何故出てこないのか。

 戦力不足の話は、今まさに藤丸立香が振ってみせたのに。

 

 気配もなく、レイラインの先でハサンが動きを伝えてくる。

 まるでエルキドゥを警戒しています、と宣言するような監視体勢。

 エルキドゥという存在の性能ならば、ハサンであっても感知されないとはいかないはず。

 つまり、ハサンの動きは彼に伝わっているはずだ。

 

 警戒を示してみせるのは、姿を隠したハサンだけ。

 他のサーヴァントたちは自然体を崩さない。

 マスターだって自然体のまま。

 微かに肩肘を張ったのはオルガマリーと二世くらいなもの。

 

 エルキドゥは反応を示さない。

 ハサンが、あるいはオルガマリーくらいは彼を警戒している。

 そうと示しても。

 

 彼はその不安を笑い飛ばすこともなく。

 何も気づかないように、戦線を眺めている者たちを更に後ろから眺めているだけ。

 

「ではそろそろ行きましょうか。

 ここからは森に入り、そこを抜けた先にある波止場へと向かいます。

 舟で河を降れば、ウルクはもう目と鼻の先ですよ」

 

「へえ、船かい。もし必要ならアタシの宝具で降ろうかね」

 

 砲身ばかりで船体まで必要なことはそうはない自身の宝具。

 愛船、“黄金の鹿号(ゴールデンハインド)”。

 それを浮かべられるかも、と。ドレイクが相好を崩した。

 

「それでも構いませんが、あまり目立つ船だと問題はあるでしょう。

 この土地の空を無駄に飛び交うイシュタルという野蛮神がいますからね。

 用意してある舟を使ってもらえればいいと思います」

 

 高台に背を向けて、エルキドゥは歩き出す。

 周囲の視線が一瞬自分に集まったのを理解して―――

 オルガマリーは、間を置かずエルキドゥの後に続く。

 

 その判断の元、カルデアの者たちは動きを開始した。

 

 

 

 

『―――ギルガメッシュ叙事詩に謳われる杉の森、というのは聖域だったけれど。

 しかしその森は、まるで怪物の腹の中みたいに魔的だ』

 

 呟くようなロマニの声だけが届く。

 召喚サークルを張っていない現状、彼らが姿まで届けるには足りない。

 この森はそういう区域だ、ということだろう。

 

「ここを抜ければ波止場が……その、エルキドゥさん。

 その波止場が魔獣に壊されている、という事はないのでしょうか。

 ―――この森は、なんというか、とても……」

 

「確かに魔獣のテリトリーに近い場所ではあります。

 ですが、だからこそ大きな問題がないのですよ。

 魔獣の行動原理は命あるものの殺戮であるが故に、人のいない場所には留まらない。

 そして命なきもの。建築物などに関しては、奴らは一切破壊活動を行わないのです。

 あなた方が僕と出会った街も、建物に関しては手付かずだったでしょう?」

 

 踏み込む事に逡巡するようなマシュの声。

 そんな疑問を、気にしすぎだ、と笑い飛ばすエルキドゥ。

 

「ううむ、それはそれで理解のない奴らよな。

 建築物にも、人が創り出す何かにも、命は宿らねども魂は宿ろうに。

 いや、破壊して回って欲しいわけではないが」

 

 純白のヴェールをひらひらと揺らしながら、ネロが難しい表情を浮かべる。

 そんな彼女に溜息ひとつ落としつつ。

 アタランテが森の狩人として瞳孔を窄めた。

 

「―――とにかく。ここからはいつ会敵してもおかしくない、ということか。

 であれば、警戒は密にするべきだろう。

 私がひとっ走り波止場とやらまで状態を確認してきてもいいが」

 

「ご安心を。僕の感知を抜けられる魔獣なんていませんよ。

 皆さんは気にせずついて頂ければ――――」

 

 にこやかにそう言って、一歩を踏み出すエルキドゥ。

 彼の様子に立香が小さく目を眇め―――

 自分の頭の上で立ち上がるフォウに驚いて、足を止めた。

 

「フォ……」

 

「フォウ、どしたの?」

 

 フォウが唸るように低い声を漏らしつつ、森の一角に目を向ける。

 立香もまた、彼の視線を追うようにそちらに視線を向けて。

 

「ああ、なんということだ! まさかこんな奇跡に巡り合うなんて!」

 

 白い装束でフードを被った、杖を持つ男。

 声を張り上げながら諸手を挙げ、喜ぶような様子を見せる―――

 そんな彼から少し距離を取るように後退る、やはりフードを被った黒衣の少女。

 

 突然現れた二人に対し、立香は目をぱちくりとさせ。

 

 むぅーん、と。

 全力の溜息を堪えるような、ガウェインらしき者の呻き声を聞いた。

 振り返ってみれば、既に彼はそんな様子を一切見せずにすまし顔。

 きょとんとした顔を向けてやれば、お気になさらずと苦笑ばかりが返ってくる。

 

「魔獣の女神のお膝元で遭難した時はもはやこれまで、と思っていたけれど。

 諦めなければ、救いが訪れることもあるものだ!

 やあやあ、君たち! どうか私たちも同行させてくれないだろうか!」

 

 白い男は九死に一生を得た、と。

 大仰な身振り手振りでこちらに状況を伝えてくる。

 微笑みながら、そんな相手に対応を示すエルキドゥ。

 

「―――ええ、もちろん。このような場所で遭難とは、随分と運がない。

 いや、今まで生き延びられたのだからよほどの運に恵まれているのかな?」

 

「まったくだ。運悪く道に迷ったが、それがこんな幸運な出会いをもたらした。

 これはもう、私の日頃の行いの良さが認められた、と言っても過言ではないのでは?

 どうだい、アナ。私と共に動いていてよかったろう?」

 

「…………」

 

 振り返って問いかけてくる男の物言いに対し、少女は無言で返す。

 わざわざ目を合わせたくもない、とばかりにフードを深く被り直す少女。

 少女からの扱いの悪さをものともせず、妖しげな微笑みを浮かべる白い男。

 

「いやぁ、本当に助かったとも。名は体を表す、とはよく言ったものだ」

 

 男は一際輝くような笑顔をにこりと浮かべる。

 そんな相手から送られる、笑っていない視線を浴びて。

 エルキドゥもまた、顔に浮かべた表情を薄くしていく。

 

「…………と、いうと?」

 

「ああ、先程そこの盾を持った少女が呼んだ君の名前のことさ。

 エルキドゥ、と呼ばれていただろう? ほら、エルキドゥと言えばあれだ!

 暴君と名高いギルガメッシュ王の唯一の友にして、神が地上に垂らした“天の鎖”!

 哀しいことに彼は既に神々により命を奪われてしまったが……彼の死に影響されたギルガメッシュ王は不老不死の霊薬を求め旅立ち、不老不死こそ得なかったものの、帰ってきてからは賢王と呼ばれるほどの名君となり、今もなお都市ウルクを治める者として活躍しているじゃないか!

 絶賛大ピンチだった私にとっての君は、ギルガメッシュ王にとってのエルキドゥと言っても過言ではないだろう?」

 

 そう言って彼は口端を上げて、笑みを深くする。

 

 そこまで語られて、無言。

 エルキドゥは表情を消して、白い男をじいと見据えるだけ。

 

 驚きはない。

 というか、エルキドゥよりもいきなり出てきたあの男が何者かという方が問題。

 そんな風に割り切りながら、オルガマリーが敵に視線を向ける。

 

「……はぁ。説明、できるかしら。エルキドゥ?」

 

 彼女の行動に合わせ、ハサンが動く。

 エルキドゥの背後を取るように、森の木の上を渡っていく。

 ちょうど暗殺者の行動が終わったそんなタイミングで、彼は口を開いた。

 

「―――ふふ、説明ね。どういった内容がお好みだい?

 なぜ僕が生きているか? なぜ君たちをここまで連れてきたか?

 まあ、どうあれ大した回答にはならないけれど」

 

 オルガマリーが一歩退きながら、向けた言葉。

 それを嘲笑うように、エルキドゥは自身の髪を大きく掻き払った。

 露わになる緑の人の美しい貌。

 そこに浮かぶのは、今までは一切見せていなかった彼が人間に抱く本来の感情。

 ―――深い冷笑が、彼の美貌を歪めていた。

 

「怪しんでいながらどこまで着いてくるのだろう、と思っていたけれど。

 まさか致命的な境界線まで着いてくるなんて、僕にしたって驚きだったさ」

 

「……こっちにはサーヴァントがこれだけいると分かっていて。

 それでも、あなた一人で私たちに近付いたのね」

 

 ツクヨミが懐から武装を取り出す。

 神造兵装にどれほど通用するか怪しいが、それでも。

 

「サーヴァント、ね。

 元よりこの時代から劣化を重ねた神秘の薄れた者たち。挙句、所詮はただの影法師。

 それが頭数を揃えた程度で、この―――神々の兵器たるこの僕に及ぶとでも?」

 

 魔力が噴き上がる。

 相対するサーヴァントたちが即座に武装を済ませ、前に出る。

 前線を張る一級のサーヴァントたち。

 クー・フーリン、フィン、ガウェイン。

 彼らさえ及ばない魔力の奔流を纏い、神々の兵器が唇を歪め―――

 

「―――それで、あんたの案内はここまで?」

 

 微笑みながら問いかけるソウゴに、目を細めた。

 

「…………へえ、自分から魔獣の長の餌になりに行きたい、と?

 思ったよりは殊勝だね。

 君のような物分かりのいい人間ばかりなら、とっくにこの世界は―――」

 

「あ、やっぱり魔獣の女神のとこに連れて行ってくれるつもりだったんだ。

 じゃあどうせならこのまま連れて行ってよ。

 そこでそいつを倒せば、あの魔獣の問題は解決できるんでしょ?」

 

 ドライバーを出し。ウォッチを出し。

 ソウゴは笑いながら、正面から彼に言い放つ。

 呆れるように、苛立つように、エルキドゥが顔を凶悪に引き攣らせる。

 

「―――訂正しておこう、君は想像以上に傲慢な人間だ。まるでウルクの王のように。

 何の準備もなしにこちらの本拠地に踏み込める、と考えるなんてね。

 そんな思い上がりは滑稽を通り越して、笑えもしない。

 君たち如きが集まったところで、母上を倒すことなど不可能だよ。

 いいや、戦いにすらなりはしない。

 こちらの神殿に踏み込むような事があれば、君たちは何も出来ずに溶けて死ぬだけさ」

 

「そう? でも、ここまで案内をしてくれたあんたが、こんな引っかかってるフリをするのが難しいくらい下手な芝居をしてるくらいだし……実は大したことないんじゃない?」

 

 ―――鎖が奔る。

 エルキドゥの振るった腕、その衣の裾から溢れ出す無数の鎖。

 それらは全て槍の如く一直線にソウゴに押し寄せて―――

 

 朱槍が撥ねる。白刃が閃く。

 赤と白の刃が、マスターである少年の前で躍る。

 撃ち落とされた鎖の頭はしかし地に落ちず、そのまま翻って更に舞う。

 

「まあ下手な芝居だったという自覚はあるさ。

 君たち旧型の出来損ない、人類の目を欺けない程度の稚拙さだったことは詫びようとも。

 だから―――僕の兵器としての性能を味わって、そのまま死んでいくといい!」

 

 神の兵器、天の鎖が稼働する。

 大地に突き立った天の楔を捕まえて、神代を世界に留まらせるための力。

 数え切れない鎖が地より突き上げ、天へと昇る。

 

 天上で切り返した鎖の群れが、雨のように降り注ぐ。

 乱舞する鎖の雨を見上げながら、ソウゴが僅かに目を細めた。

 

「神様がいっぱい機能を持ってたら文句言うのに、兵器である自分はいちいち余分な事をしようとしてるんだね―――それがあんたにとって本当に正しい考え方なら、これから俺たちはあんたの言う通りになるかもね」

 

 

 




 
DDD続きはよ(届かぬ願い)
 


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奇跡を起こす資格1638

 
エボル三世⚔様から支援絵を頂きました。
ありがとうございますジオ~

【挿絵表示】

 


 

 

 

「ああ、何てことだ。私が何か余計な事を言ってしまったばかりに!

 彼らがいきなり争い始めてしまったぞう!」

 

「……そうですね。あなたはずっと黙っていた方がいいと思います」

 

 少女が男の襟首を掴み、一気に後ろに飛び退る。

 それを横目で見送りながら、前に出るのは太陽の騎士。

 

 地上に太陽が降臨する。

 ガラティーンの放つ輝きが、鎖の雨を迎撃する。

 剣閃に打ち払われ、灼熱しながら撓む無数の鎖。

 

「―――マスター。宝具使用の許可を」

 

「ええ、お願い!」

 

 大人しくエルキドゥの導きに従っていたのは様子見だけが理由ではない。

 この地の勢力図と、そこに分布した人類の生存圏。

 それの把握が出来ていなかったからこそ。

 ()()()()()()()()()()()、分かっていなかったからこそだ。

 

 だが。女神の手の者と、花の魔術師が断言した。

 ここより先は全て、異邦より来る魔獣の女神の支配地域なのだ、と。

 ならば最早、太陽の騎士の剣に憂いはなく。

 

 つまり―――

 地上を灼き払い、大地を大きく傷つける聖剣の解放さえも。

 これより先は、戸惑う余地はない。

 

 ガウェインが腰を落とし、剣を構える。

 その瞬間に立ち昇る太陽の熱量を見て、エルキドゥが鼻を鳴らした。

 だが彼に割り込んでくる余裕はない。

 

 奔らせる槍が赤い閃光を曳き、空気を焦がす。

 呪力を帯びたその牙を奮うのは、獣の如く跳ねる青い影。

 鎖を躱し、潜り抜けて、迫撃する大英雄。

 クー・フーリンの攻勢に対し、エルキドゥはそちらにまで手は回らない。

 

 彼は鎖を繰りながら面倒そうに目を細くした。

 そうして、ちらりと自分の背後を確認する。

 

「ハ―――ッ! よそ見たぁ余裕があるじゃねえか!」

 

「勿論あるとも。ボクには、ね。

 ―――まあ、仕方ない。森を灼かれて彼女の寝床まで攻撃が届いたら面倒だ。

 キミたちはこのままボクが相手をするけれど、そちらの連中は任せてしまおう」

 

 目前まで迫った呪槍に対し、二条の鎖が絡むように動く。

 それのみならず、槍の持ち主であるクー・フーリンにも。

 そんな動きを察知して、彼は舌打ちしつつ槍を引き戻して大きく退がる。

 

『――――! 大規模な魔力反応……!

 この反応、はッ……竜種! ファヴニールと同等、いやそれ以上!?

 位置は、上だ! 頭上からくる、注意を――――!!』

 

 悲鳴のようなロマニの報告。

 それと同時に、彼らの頭上に巨大な影がかかる。

 かつて第一の特異点、フランスで見たファヴニールを凌ぐ巨体。

 圧倒的な巨躯が翼を羽ばたかせ、尋常ならざる速度でこちらに向かってきていた。

 

 ガウェインが構えを崩す。

 宝具を空に撃ち放って迎撃するには、僅かにタイミングが遅れると判断して。

 

「ガウェイン、前に! ソウゴ!」

 

「は―――!」

 

 ツクヨミから指示を受け、ガウェインが踏み込む。

 それと同時、ウィザードアーマーを纏っていたジオウが黄色い魔法陣を浮かべた。

 ガウェインが立つ地面だけが、まるで塔のようにせり上がっていく。

 

 地面にそのまま激突されれば、その衝撃だけで人間が死ねるような圧倒的な質量。

 ならば、それは空中で迎撃するしかない。

 あるいは空に足場を造り、そこで。

 

 ―――立ち上がる塔に、巨大な質量が激突する。

 頭から突っ込んできた毒々しい青い鱗を持つ巨竜。

 それを力尽くで足場を整えた太陽の騎士が、万全の体勢で迎え撃つ。

 

 刹那の内に地面から立ち上がった塔は消し飛び、ガウェインが弾き飛ばされる。

 だが、同時に。

 青い竜がその勢いを使い果たしたかのように減速した。

 

 その勢いを全て受け止めた太陽の騎士が、射出された弾丸のように地面に着弾。

 大地を粉砕し、砂塵を巻き上げ、土の中に埋もれる。

 

 顔面から全速力でガラティーンに激突しておいて、傷は顔を覆う鱗についた僅かなものだけ。

 そんな怪物が、ガウェインに勢いを完全に殺された状態で苛立たしげに着陸した。

 

「ガウェイン! 無事!?」

 

「―――当然です。お気になさらず」

 

 舞い上がった砂塵を斬り払い、太陽の騎士は即座に復帰する。

 白銀の鎧を土で汚しながら、しかし彼は何ら支障はないとばかりに前へ出る。

 より苛立たしい、と。

 青き竜が喉を震わせて唸りを上げた。

 

「さあ、毒竜(バシュム)。適当に彼らの相手をしてあげるといい」

 

 エルキドゥの言葉に反応し、バシュムと呼ばれた竜がその口を開く。

 喉の奥から溢れ出す、炎であり毒である濁流。

 竜の口から噴き出すのは、触れたものを悉く溶かす毒の息吹。

 

「と、なれば。盾役は私の出番かな?」

 

 そうして押し寄せる毒の熱波の前に、フィン・マックールが立ち誇る。

 マシュが前に立つ前に、美貌の男は軽やかに前へと躍り出た。

 彼がぐるりと回す槍の穂先。

 それをなぞるように溢れ出す水流が、正面から毒の津波を塞き止めた。

 

 炎を消火し。毒と混ざり。

 そんな槍に伴う水流を、放った傍から打ち捨てる。

 毒と水がぶちまけられた地面が溶け、刺激臭を撒き散らす。

 戦神由来の水を盾とし扱って。

 しかしそうやって薄めたというのに、毒性はまるで弱まらないほどに強い。

 

 肩を竦めて打ち水を続けながら、しかし困ったようにフィンは眉を顰めた。

 

「はっはっは、これは困った。私は毒の対処に掛かり切りにならざるを得ないようだ。

 しかしどうしたものか。あれほどの毒だ、もし仮に太陽の聖剣などと撃ち合う事になれば、蒸発した毒が人間どころかサーヴァントの肺だって溶かすのではなかろうか。どうにか仕留めようとしても、あの鱗の頑丈さは今まさに証明されたばかり。

 エルキドゥも相手にした二面作戦では攻め手に欠ける。いやはやなるほど、これは困った。バシュムと言う名に恥じない、とてつもない竜じゃないか」

 

 雑談のような気軽さで言葉を並べつつ、彼は一滴の毒さえ逃すことなく撃墜する。

 そんな気軽さどこにもなく、通信先で声を荒げるのはDr.ロマニ。

 

『バシュムだって……!

 バシュムと言えば、シュメル神話に登場するティアマトが産み出した十一の魔獣の一柱!

 そんなものがいるだなんて嘘だろう!?

 もしその女神がそれを産んだなら、魔獣の女神だなんてレベルじゃない!

 世界創造の権能を持ち合わせた――――!』

 

「ええ、もちろん。あれは真正のバシュムには程遠い紛い物かと」

 

 ―――叫ぶロマニの言葉を遮る声。

 エルキドゥの鎖を撃墜するために射撃を続けていたアタランテ。

 彼女がその声を聴いた途端に、嫌そうに獣の耳を揺らした。

 

「私としても聞いた話で申し訳ありませんが、バシュムはあの程度ではない。

 毒に耐性を有するサーヴァントさえ、息吹だけで溶かし尽くす毒性の塊。

 呼吸するその竜の前に立っていられる、というのなら。

 バシュムと言う名は誇大広告なのだと言わざるを得ないでしょう」

 

「――――天草四郎!」

 

 立香が思わず振り返り、彼の名を叫ぶ。

 初見の筈の人間に名を呼ばれ、白髪にして褐色の肌の青年が眉を軽く上げた。

 黒の着物の上に赤と白の羽織をかけた彼―――

 天草四郎が、呼ばれた名に同意を示す。

 

「ええ。ご存じであったなら幸いです。

 マスターより指示など頂いていませんが、助太刀に参った次第です。

 と言っても、あの竜に切り込める戦法など持ち合わせていませんが」

 

「だったら役に立たんな。まあ、専門家の教示を受けていたのだろうからな。

 あの毒竜が偽物だ、と。その情報だけは信じるに値するやもしれんが!」

 

 アタランテが空中で切り返し、バシュムの方へと矢を仕掛ける。

 眼球を狙い放たれた矢。

 竜はなんということもなく、それを鬱陶しげに首を振り回すことで防いだ。

 鱗は一切の傷を負わず、矢を悉く弾き返す。

 

「まったくです。ですが、まあ多少は」

 

 天草は腰に佩いた剣に手をかけることなく。

 懐から柄だけの剣を引き抜き、その刀身を魔力で編み上げた。

 

「―――“左腕・天恵基盤(レフトハンド・キサナドゥマトリクス)”」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 夢魔のルールなど、英霊になろうと人間に過ぎない天草四郎に使いこなせるはずもない。

 が、それでも相手が貸してくれるというなら借りるまでだ。

 

 彼の魔術にして宝具たる腕を見て面白い、と。

 そう言って当たり前のように自分の魔術を使わせる化け物だ。

 考えても仕方がない。

 

“だってほら、自分が使う魔術の事をちゃんと細部まで把握してなきゃ使えない、ってなったら僕の方こそ魔術なんて使えなくなっちゃうわけだし。

 だからこそ、その腕は興味深い。必要だから面倒だけど使うもの、使わなきゃならないもの、っていうなら僕にとっての魔術と同じわけだし、多分頑張ったら私と同じ要領で魔術とか使えるんじゃないかな? いや、もちろん保障はできないんだけれど。

 ほら、このくらいの時代となると割と何でもアリだった頃。魔術が何だって出来た頃だ。その時代の基盤にも何となく繋がれる、となれば。多分、意外と何とかなるんじゃないかな?”

 

 などと。

 最後まで何一つ保障せず、魔術師は彼を自分の代理人に仕立て上げた。

 まあそれが必要な事だ、というのなら彼に否やはない。

 

「―――“右腕・悪逆捕食(ライトハンド・イヴィルイーター)”」

 

 限界まで酷使して、それでも片目の視界がせいぜい。

 本来ならば主よりの啓示が保証する未来が視える、かもしれない眼。

 そこに夢魔の視界を借り受ける。

 資格なき者がそんなものを見れば情報量に頭が破裂しそうになるが―――

 それでも、現在(いま)を見通すだけの眼である分、まだマシだ。

 

 それにこれでも、魔術師の方で視る情報を制限しているのだろう。

 限界ギリギリまで詰め込まれた情報を精査しながら、天草四郎は動き出す。

 

「―――さて。多少は何かするために、少々無理をしましょうか」

 

「っ、味方でいいのね!?」

 

 オルガマリーの質問に対し、にこやかに微笑み。

 

「いいえ。あくまで私はサーヴァントですので。

 今のマスターの敵である魔獣と戦うという行動の範囲内で協力するだけです」

 

「いざという時には私があの竜の前に蹴り込んで囮に使う。

 とりあえず気にせず、使い潰すつもりでいればいいだろう」

 

 アタランテがそう言いながら、続けてバシュムの眼球を狙う。

 鬱陶しげに、苛立ちを募らせて、巨竜がアタランテに顔を向けた。

 当然その動きに合わせ、フィンもまた足を動かす。

 

「やれやれ。麗しき姫君の視線ならともかく、竜の視線を独り占めにしなければならないとは。

 輝きすぎるのも考え物かな?」

 

 いい加減毒を吐くだけではそれを突破できない、と。

 その事実を理解してか、バシュムが巨体を大きく揺らした。

 全力の突撃(チャージ)の前兆。

 圧倒的な質量と頑丈さで目の前の全てを轢き潰す力技。

 

 そんな光景を前にしながら、天草が朗々と語る。

 

「確かにあれは毒竜バシュム。その名を授かった近しい魔獣なのかもしれません。

 ですが、あくまで近しい存在というだけだ。

 爪を立てるか、吐息を落とすか。

 ただそれだけで不老不死が死を願うほどの毒を撒き散らす神獣の域にあるものではない」

 

 敵の攻撃動作の起こり。その間隙。

 その瞬間をついて、ドレイクが背後から砲塔を浮かび上がらせる。

 魔力で編まれた砲弾に装填の隙はなく、即座に発砲。

 砲弾が青い鱗に間違いなく着弾し、爆炎を上げた。

 

「つまり、あの口から吐く毒にだけ注意すりゃいいってんだろ?

 だったら遠慮なく撃たせてもらおうじゃないか!」

 

「毒に細心の注意を払わねばならない、というのはそうだが。

 しかしだからといって、それ以外の部分も侮れまい」

 

 爆炎を突き破り、竜が侵攻を開始する。

 ドレイクの砲弾が直撃したにも関わらず、その鱗には微かな焦げ跡以外にない。

 一切のダメージなどないままに、バシュムは突撃を慣行し―――

 

「申し訳ありません、レディ。()()()()()()()?」

 

 ドレイクの横に、ガウェインが立つ。

 ガラティーンを構えたままにそう問う彼に、ドレイクは呆れた風に笑う。

 

「は。アタシがレディなんてガラかい、ケツが痒くなるよ!

 貸してやるからその呼び方は止めな!」

 

「失礼しました、キャプテン・ドレイク」

 

 ドレイクが砲身を一度消し、再び背後の空間を歪め。

 彼女の意志に呼応して突き出してくる砲塔。

 勢いよく飛び出してくる砲身を飛び出す足場の代わりにし、ガウェインが踏み切った。

 

 射出される白銀の鎧の騎士。

 正面から激突しにくるバシュムに対し、彼は全く同じ対応を取った。

 聖剣を突き出しながら弾丸と化すガウェイン。

 

 竜の巨躯と弾丸と化した騎士が正面から衝突する。

 当然のようにぶつかりあった瞬間に弾き飛ばされるガウェインの体。

 だがそうなりながらも、バシュムを覆う鱗の一部が弾け飛ぶ。

 同時に巨竜の体が揺らぎ、その突進力が大きく落ちた。

 

 バウンドしながら跳ね返ってくる騎士が、すぐさま地面を蹴って飛び起きる。

 それでも勢いは止めきれず、地面を滑っていくガウェイン。

 

 そんな彼が自分より後ろに流れていくのを見送りつつ。

 二世が集中するように、片目を瞑った。

 

「―――ガウェイン卿にあれを減速してもらって何なのだが。

 残念ながら、十秒と保たんだろう。それで何とかなるかね」

 

「決め手にはならずとも意味はあるだろうさ。では、よろしく頼むよ」

 

「了解した。では、“石兵八陣(かえらずのじん)”に取り込もう」

 

 まったくもって不満げに、エルメロイ二世は掌を突き出す。

 この地は魔獣の女神のテリトリー。

 そんな場所に完璧な状態で張り巡らせるには、少々時間が足りなかった。

 

 蹈鞴を踏んでいた竜を囲むように、降りてくるのは石柱の群れ。

 竜の巨体を取り囲み、展開されるは“石兵八陣”。

 それは軍略の極致、神仙の域にある軍師の究極。

 

 ―――だが、それが竜を相手に何の意味を持とうか。

 人の機微を支配する軍師の有り様は呪いの如く、敵兵を蝕むだろう。

 だが超自然の徒である竜に、そんなものが一体何の効果を及ぼすというのか。

 

 囚われながら、竜が怒りの色を瞳に浮かべる。

 体を震わせて自身を縛る呪い、閉鎖された岩の砦を強引に粉砕するべく―――

 

「……まあ、私だけなら意味は薄かろう。

 今回ばかりは、必要とするのは侵入者を迷わせる奇門遁甲などではない。

 ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。では……」

 

 諸葛孔明たる彼がゆるりと腕を揮い。

 それに合わせて奮われた槍の穂先に水流が飛沫く。

 

「―――()()()と行こうか」

 

「“無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)”―――――!!」

 

 大地の一区画に向け、津波が押し寄せる。

 フィン・マックールが解放した力が、一息の内に迷宮に流れ込む。

 圧倒的な水量のもと、瞬時に水没する軍師の迷宮。

 その中に囚われていたバシュムもまた、瞬く間に全身を水の中に呑み込まれた。

 

 当たり前のように口腔から体内へと侵略する水。

 戦神ヌァザの司る神気に溢れた津波。

 それをしこたま呑まされたバシュムが、咆哮も出来ずに気泡を撒き散らす。

 

「このまま溺死させられれば上等なのだがね」

 

「ははは。オリジナルほどではないと言っても、だ。

 いくら何でも少し呼吸ができない程度で死んでくれる相手ではなかろうよ」

 

 宝具を維持できる期限を心中でカウントダウンしつつ、毒づく二世。

 そんな彼を笑い飛ばし、フィンは流水を維持し続ける。

 

「だが魔獣は生物、生命活動を行っているものだ。一応は、ね。

 生命の維持に必要かどうかはともかく、呼吸という機能は持っている。

 つまり。竜とはいえあくまで生物である以上―――

 息を吐く前には、息を吸う必要があるわけだ」

 

 気泡も既にその口から漏れてこない。

 水中で身を捩る青い竜は、今は閉所の中でもがいているだけ。

 

「解放された後、水をある程度吐き出し、息を吸い、ブレスを放つ。

 ああ、数秒とかからずやり遂げるだろうさ。だが―――」

 

「マシュ! ガウェインみたいに跳べる!?」

 

「―――了解しました、マスター!」

 

 守りについていたマシュが、即座に反応する。

 そのやり取りにドレイクが訝しむように微かに眉を上げ、一瞬遅れて理解した。

 

 立香がその腕を伸ばし、礼装の機能を励起する。

 マシュが盾をドレイクの方へと向け、彼女と視線を交差させた。

 

「ったく。こいつは本来、砲弾以外を撃ち出すもんじゃないよ!」

 

「はい、すみません!」

 

「いいよ、許した。んじゃあ、飛んでいきな!!」

 

 砲口が突き出す。

 それが盾に激突すると同時、マシュが地面を蹴って跳ぶ。

 砲弾代わりに加速、射出される少女の体。

 そんな彼女の飛翔を見た瞬間に、二世の結界が限界を迎える。

 

 解れる空間。崩れる石柱。

 満ちていた水が一気にその場から溢れ出し、洪水を起こす。

 地面に流れていくそれを飛び越して、一路バシュムへと飛び込むマシュ。

 

「っあああ――――ッ!」

 

 バシュムがその首を振る。口から溢れ出すのは神性を帯びた水流。

 体内にまで満ちたそれを一息に吐き出す―――前に。

 竜は自身に向かってくる少女を認識した。

 

 それが脅威だ、と認識したのではない。

 ただ向かってくる敵、自身を苛立たせるものの一つとして目に留めたのだ。

 彼女が構える盾が直撃したところで、竜の鱗に傷などつかないと理解している故に。

 

 だから。

 彼は水を吐き落とすことすらせず、自身の首を向かってくるものに向けた。

 大口を開け、相手を噛み砕く姿勢。

 

 少女が牙にかかる正にその瞬間、閉じられる顎。

 

 刹那のズレで自分が噛み砕かれるという、そんな中で。

 彼女は、確かに自身が手にした無敵の盾の銘を呼んだ。

 

「―――“いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”!!」

 

 聖なる城塞。その一部が確かに、円卓を中心に顕現する。

 無敵の壁たる光の盾が、竜がその顎を閉じた正にその瞬間に、そこに確かに顕れた。

 

 盛大に牙が打ち付けられる。

 少女を噛み砕こうと口を閉じる竜。

 そこに現れた無敵の壁。

 であるならば竜の牙は当然、全力で壁に喰らい付く事となり―――

 

 ―――絶叫するように、竜の巨体が震える。

 牙が砕けて破片を散らし、同じく砕けた下顎が力なくぶらりと揺れた。

 竜は喉を震わせて、揺らした水瓶のように神聖なる水を口の中から撒き散らす。

 

 怒る。怒る。怒る。

 毒竜の怒りが、自身の目の前で浮く人間に向けられる。

 光の盾を即座に解除した少女は、既に落下を始めていた。

 動かない顎ではそれを再び噛み砕くことに挑戦はできない。

 ならば、全体重をかけて地に落ちる少女を叩き潰す。

 

 そのために竜は水を吐き出しながら前のめりに突き進み。

 

「オーダーチェンジ!!」

 

 狙っていた獲物。

 盾の少女を、その視界から見失った。

 

 代わりに一瞬前まで少女がいた場所に現れる、銃を手にした一人の女。

 そんなものに用はない、と。

 怒りに震えた竜が、更に大きく喉を震わせようとした瞬間。

 

 ―――砲身四門。虚空から突き出した大砲四つ。

 宝具たる船が備えたカルバリン砲が、彼の喉の奥にまで突っ込まれていた。

 水に満ちた肺では息吹を吐けず。

 砕けた顎ではそれを噛み砕く事も出来ず。

 

 ただ、新たに目の前に来た女が笑う姿を見る。

 

「鱗に弾かれる、ってんならもう直接腹の中にぶち込むしかないだろう?

 さあ、遠慮しないでしこたま呑ませてやろうじゃないか!

 “黄金の鹿号(ゴールデンハインド)”ご自慢の砲撃、たんと味わっていっちまいな!」

 

 光が溢れる。

 魔力を砲弾とし、吐き出す宝具化した大砲群。

 それが直接、バシュムの喉の奥で炸裂した。

 

 その瞬間、ドレイクの襟首を引っ掴み離脱させにくるアタランテ。

 彼女の俊足が爆風を置き去りに、二人揃って竜から離脱させてみせた。

 

 爆発するようにバシュムの首から上、頭部が弾ける。

 頭蓋が砕け、喉が裂け、八つ裂きにされた口腔が血を噴き上げる。

 血には毒なし、と。

 その事実を確かめて、僅かに安堵する二世。

 

 ―――それでも。

 頭部を決壊させながらも、その竜は駆動を続ける。

 噴き出す血と水の間欠泉。

 そのまま続け、死と毒を撒き散らすために毒竜は動き続け―――

 

「呼吸は乱れ。鎧たる鱗は内側より崩れ―――既に勝敗は決した。

 その足掻きを、我が剣が両断しましょう」

 

 体内で爆発した熱量で膨れ上がった肉。

 千々に乱れた鱗を縫って刺し込まれる白銀の刃。

 瞬くように差し込む陽光の一閃が、竜の首から先―――

 バシュムの頭部を、一息に斬り飛ばした。

 

 着地するガウェインに続き、失墜する竜の頸。

 地面に叩き落とされたそれを認め、魔術師たちが目を細める。

 

 血が毒ということもなく。

 肉が毒ということもなく。

 死骸が丸々に毒に変わるという事もなく。

 その事実を以て、彼らは毒竜を確かに討ち取った。

 

 潰えた竜の命を横目に、僅かばかり眉を顰める神の兵器。

 そちらの戦場を観察しながらも、兵器たる彼の稼働に一切の陰りはなく。

 

 エルキドゥに向け三つ、魔力で編まれた刀剣が舞う。

 並みの感覚で追いきれないだろう、縦横無尽に宙を舞う天の鎖。

 それに一切の迷いなく激突させる一撃。

 

 火花を散らし、のたうつ鎖。

 確かにネロを捕らえる直前だった鎖を、余りに正確に撃墜する投擲。

 その事実にエルキドゥが強く顔を顰めた。

 

「……バビロニアからわざわざ着いてきていたのか。

 折角の増強戦力への迎えがキミくらいしか来ないのは、随分と怠慢だね」

 

 であるというのに、自分がそれを察知していなかった、と。

 エルキドゥは先程姿を見せた白い男を自身の知覚能力で探す。

 が、その探知に相手はまるで引っかからない。

 

 これと同じように、天草四郎はここまで着いてきたのだろう。

 誰にも気づかれないようにする術を、強引に真似て。

 

「探知防御? 転移魔術?

 ―――いや、幻術だろうね。視えないだけだ」

 

 鼻を鳴らすようにしつつ息を吐く。

 鎖のコントロールを取り戻すために空いた、動きの隙間。

 その合間を擦り抜けて、白い刃が駆け抜ける。

 

 撓んだ鎖の包囲網を突破して、花嫁衣裳が戦場に輝いた。

 

 面倒そうに片眉を持ち上げつつ、エルキドゥの掌が地に触れる。

 その瞬間に地表から無数の武具が立ち上がった。

 即座に発生する濃密な刃の林。

 そんな空間を前にして、眉を顰めつつ横へと跳ぶネロ。

 

「むぅ―――ッ!」

 

 そのタイミングで捕えようと、袖口から更に鎖が伸びる。

 が、伸びる鎖の前に黄色い魔法陣が発生。

 そこから生じた鉄の鎖が、エルキドゥの放った鎖に絡みつく。

 

 二条、三条と。増え続けて十を超え。

 鎖同士で絡み合い、縛り合い、引き合いに持ち込まれるエルキドゥ。

 

「―――――」

 

「あんただって一人で俺たちを迎えに来たし、おあいこじゃない?」

 

 片手分の鎖を全て絡め取りながら。

 ジオウは両腕を突き出して、魔力をバインドに注ぐ。

 頑丈さに優れた無数の鉄鎖がそうしてエルキドゥの片腕を封じ。

 

 その瞬間。

 ネロ・クラウディウスが加速する。

 クー・フーリンが加速する。

 

 フリーになったネロは一直線にエルキドゥを目掛け。

 もう片腕から伸ばされた鎖を掻い潜りながら、クー・フーリンは走り抜ける。

 ほぼ同時に、相手まで到達する二つの刃。

 

「―――残念だけど、まるで違う。

 ボクは単に、それを可能とする性能を有しているだけなのだから」

 

 絡めたバインドの鎖が、一気に割れる。

 ジオウが即座に堪えようと力を籠め、しかし。

 加重が倍に跳ね上がった事に耐え切れず、ウィザードの鎖は粉砕された。

 

「――――!?」

 

 纏わりつく鎖を砕いて散らし、そのまま両腕から放つ鎖を縦横無尽に奔らせる。

 攻め切れると踏んで加速していたネロ。

 彼女が自身を磨り潰さんと蠢く鎖を前に、ブレーキをかけた。

 

 力強さを増した代わりに動きの精緻さに欠ける。

 破壊力に長けた代わりに動きから速さが失われる。

 そんな力任せな鎖の結界を前に進み切れず―――

 

 剣を鎖の一条に撃ち合わせ、彼女は弾き返された。

 

「ぬっ、ええい……!」

 

 その反対側からなお、加速して突っ切るのは青き獣。

 鎖を弾き、その衝撃で減速する事を嫌い、彼は鎖のただ一条にすら構わず。

 手にした槍へと呪力を纏わせながら、最高速へと辿り着き―――

 

 突如鎖から力が抜け、代わりに速度が三段増した。

 クー・フーリンが最高速に達する最後の踏み込みに合わせて。

 まったく同時に、鎖の速度が彼に匹敵したのだ。

 

「チィ……ッ!」

 

 体捌きだけでは躱し切れぬ、と。

 即座に判断して彼は鎖を槍で迎撃する。

 衝撃でエルキドゥから離され、とても槍で突ける距離ではなくなった。

 のみならず、弾いた勢いでクー・フーリンの足が地上から離れる。

 

 空中に浮かされ、槍を振り抜いた姿勢のまま。

 そうして隙を見せた相手に対し、エルキドゥが妖しく嗤う。

 途端に彼の周囲の地面から溢れ出す、星の息吹を押し固めた武具の群れ。

 

「まずは一人、串刺しだね」

 

「そうだな。まずは一人、心臓一刺し戴いていく――――!」

 

 空中にあるままに、クー・フーリンが更に槍の呪力を高める。

 そんな足掻きが達成される前に、串刺しにするのはこちらの武具だ、と。

 エルキドゥは地上から放つ全ての武装を打ち上げんとし―――

 

「―――いざ式場下見(ブライダルフェア)! “招き蕩う黄金式場(ヌプティアエ・ドムス・アウレア)”!!」

 

 その一帯だけが切り取られ、黄金の結婚式場へと変貌した。

 開かれる豪華絢爛。顕現する壮大華麗。

 彼女の皇帝として、芸術家としての全てがそこに現れる。

 

「……ッ!?」

 

 彼の体は大地に根付くもの。

 星の息吹を大地から汲み取る戦闘兵器。

 

 天の鎖と、大地。

 その間に人が築いた建築という壁が一枚、立ちはだかる。

 この空間に限っては支配者たるネロ・クラウディウスが屹立する。

 

 汲み上げていた力が、強引に引き剥がされる。

 いや、彼が引き連れていた別所にある“力”だけが式場への入場を許されない。

 デート気分の下見、溜めの足りない最速展開とはいえ、だ。

 式場に踏み込めるのは、招待状を送られた白薔薇の皇帝(ブライド)に選ばれたものだけだ。

 

 力の供給が乱れ狂う。

 大地から立ち上がっていた筈の武装が崩れ去っていく。

 

「“突き穿つ(ゲイ)―――!」

 

 そんな隙を曝そうものならば、青の槍兵は見逃さない。

 いいや、こうなると分かり切っていたからこそ。

 こうして、必殺の一撃を放つ準備を完了していたのだから。

 

「……舐めるなよ、旧人類!」

 

死翔の槍(ボルク)”――――ッ!!」

 

 鎖が奔る。

 エルキドゥを囲うように、数え切れない鎖が渦を巻く。

 

 その直後に放たれる真紅の魔弾。

 隙間などどこにもないように見える、鎖の繭。

 それを潜り抜けて、ゲイボルクは狙った獲物へと突き進む。

 

 繭の中で爆発する呪力。

 中った、と理解した瞬間にネロが己の式場を解除する。

 強引に展開してみせた宝具ではこの短期間がせいぜい。

 その上で襲い来る疲労感を吐き出しつつ、彼女は鎖の繭から目を逸らさない。

 

 鎖を突き抜けた真紅の槍が、反対側の地面に転がるとからからと音を立てている。

 そんな中で、

 

 鎖が爆ぜる。

 繭を突き破り、エルキドゥが再顕現する。

 傷一つなく、神の兵器は嗤いながら姿を見せた。

 

「なるほど、いい一撃だったよ。意味はなかったけれど」

 

 エルキドゥの鎖が転がり落ちたゲイボルクに伸びる。

 引き寄せる間もなく、それは彼の鎖に絡め捕られ―――

 

 る前に、黒い影が横からかっさらっていった。

 

「――――大した気配ではないから無視していたけれど。

 なるほど、落とし物を拾うくらいしか仕事がないのだね」

 

 呆れるように肩を竦め、エルキドゥが失笑する。

 己が嗤われている事に鼻で笑い、髑髏の面はすぐに槍兵の元まで辿り着く。

 

 自身の背後にまで迫ったアサシン。

 彼から受け渡される槍。

 そんな状況に対し、ランサーが微妙に嫌そうな表情を浮かべる。

 

「そういうわけです。落とし物を拾ってきました」

 

「……おう。何を拾ってこようが構わねえが、拾い食いはすんなよ」

 

「ええ、そうですね。どうやら―――この場には私が喰えるものはなさそうで」

 

 己の元に戻ってきた槍を握り直し。

 そうして、同時に受け渡された言葉に目を細めるクー・フーリン。

 ハサンは軽く呪布で巻かれた腕を揺らしている。

 それが意味する事を理解して、彼は小さく笑ってみせた。

 

 彼の宝具に対し、エルキドゥの対応は良かった。

 ゲイボルクは絶対必中の一撃。因果逆転の魔槍。

 その対応としては大きく分けて二つ。

 放たせない。もしくは受けた上で耐える、だ。

 

 だから鎖の繭で視界から姿を隠す、というのはとてもいい。

 投げるクー・フーリンが相手を見失えば、その一撃は外れるのだから。

 もっとも今回は確かに当てた手応えがあった。

 心臓とは行かずとも、手足の一本は確実に吹き飛ばしていたはずだ。

 

 が。相手は神造兵装にして泥人形。

 大地に足をつけている限り、基本的に不死身の怪物のはずだ。

 だが、ひとつ、ちょっとおかしいだろう。

 

 エルキドゥは何故死んだ。

 そのくらいは知っている。

 あの先程姿を見せた女神の怒りを買い、神々から呪詛を受けて衰弱死したのだ。

 まあゲイボルクが神の呪詛に及ぶ、とまでは言うまい。

 だが、呪殺される余地がある人形が刹那に飲み乾せるほどに弱いものとも思わない。

 

 ―――そして。

 心臓喰らいの暗殺者が言ってみせた。そこに、心臓がないと。

 仮にあったとして、あれほどの存在に魔人の腕が通用するかどうかはともかく。

 効くか効かないかと問う段階ですらない、と彼は明言した。

 

 相手はサーヴァントではない。

 既に死んでいるはずの、この時代に生きていた人形だ。

 呪詛で死んだ後だというなら、なおさら槍の呪いの()()はいいだろう。

 

 ではどうやって動いている。

 ではどうやって手か足を吹き飛ばされ纏わりついた呪詛を押し流した。

 

 青き獣が槍を構え直し、腰を落とす。

 

「ハ―――しょうがねえ。じゃあ、直接ぶち込んで確かめてみるか?

 マスター! 意表を衝くのは任せたぜ!」

 

「うん? うーん、分かった。まあ多分、隙を作るくらいなら簡単だし」

 

 軽く言葉を交わす主従。

 その態度を前にして、エルキドゥが表情をきつく顰めた。

 

「ボクに隙を作る? ふふ、出来ないとは言わないでおこうじゃないか。

 実際いま、一度衝かれたばかりだ。存分にやってみればいい。

 そんなものには何の意味もないと、心の底から理解できるまでね―――!」

 

 鎖が躍る。

 ソウゴが隙を作り、クー・フーリンが踏み込む。

 その流れを理解して、ネロが即座にバックアップに回る。

 

 ハサンの放つ短剣。天草の放つ黒鍵。

 それらが空中で弾け、鎖を何とか逸らしてみせる。

 だがまるで手が足りない。

 鎖の暴虐は数秒とかからず、彼らの防戦を押し切るだろう。

 

〈ゴースト!〉

 

「じゃあやらせてもらうよ。結構驚くんじゃないかな?」

 

 だからその前に、ジオウは新たなライドウォッチを手にしていた。

 ベゼルを回し、スターターを押し込み、起動するのは最新のレジェンドの力。

 ああ、とクー・フーリンが納得する。

 と、同時。彼は呪槍を手に疾風の如く駆けだしていた。

 

 流れるようにジクウドライバーに装填されるウォッチ。

 ジオウの拳がドライバーの上部を叩き、ロックを解除してみせた。

 そうして回転する、ドライバーのメーンユニット。

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム!〉

 

 ジクウマトリクスが描き出す、ライドウォッチに秘められた力。

 

 仮面ライダーゴーストが、ジオウの鎧として再現される。

 眼魂を模したショルダーユニット。頭部から伸びる角、ウィスプホーン。

 そして“ゴースト”という文字に変わる、インジケーションアイ。

 

〈カイガン!〉

 

 幽霊の如くゆらりと揺れて、ジオウがパーカーを羽織るように鎧を纏う。

 英雄の力を宿した眼魂を象徴とする戦士。

 命を燃やした、不滅の魂が生み出す、無限の可能性の体現者。

 その名を―――

 

〈ゴースト!〉

 

 そうして、その直後。いつも通りに。

 彼らはこの後、何が起きるか知っている。

 カルデアに所属するものならば、きっと誰もが知っている。

 

「祝え!!」

 

「――――!?」

 

 エルキドゥの背後から声が上がる。

 彼と言う最高の性能を持つ機体の感知を完全に擦り抜け、登場してみせる者。

 すぐさま彼は振り向きつつ、地上から武器を撃ち出した。

 それが届く前に、しかしその人物は既にストールを揺らしてまたも転移し終えている。

 

「全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来をしろしめす時の王者。

 その名も仮面ライダージオウ・ゴーストアーマー!

 また一つ、ライダーの歴史を継承した瞬間である……が。

 我が魔王? 私を目晦ましにするような事はやめてくれ、と前に言ったと思うけどね」

 

「でも黒ウォズならやってくれる、って分かってるし?」

 

 仕事を終えた、と己の眼魂ショルダーを撫でるジオウ。

 その背後に姿を現した青年は、本を手に呆れるように肩を竦めた。

 

 背後からの思わぬ強襲。

 突然出てきた人間がただ声を張り上げるだけ、という不意打ち。

 それに対応しようとしたエルキドゥが、これ以上ない隙をさらす。

 

 走り出していたクー・フーリンが加速する。

 攻め手が緩んだ鎖への対応がより苛烈になり、道を拓く。

 その疾走こそが突き出される槍の一撃が如く。

 クー・フーリンが、エルキドゥを目掛けて殺到した。

 

「今度こそ、決めさせてもらうぜ―――?」

 

「……二度も同じ手を、喰らうものか―――ッ!!」

 

 エルキドゥが振り向いて、その手を掲げれば。

 地から噴き出し、溢れ出す神器の群れ。

 氾濫する武装の雪崩。周囲一帯を薙ぎ払うように無秩序に振るわれる刃。

 

 それはしかし、クー・フーリンの足を止めるには足らず。

 だが確かに、それ以外のサーヴァントに対しての足止めとして働いた。

 

 神具の雪崩を防ぐために、他のサーヴァントは動けない。

 先程のネロのような割り込みは、もうできない。

 

 エルキドゥがその性能を完全に速度重視に切り替える。

 クー・フーリンを凌駕するほどの、完全なる速さを持った存在への変容。

 その肉体で行使する天の鎖は、何者をも逃さない絶対の鎖。

 

 一瞬やそこら意識を奪ったところで越えられぬ鎖の結界。

 疾走する戦士の腕を掠め、脚を掠め、槍で弾くような余裕も与えず。

 それは確かにクー・フーリンを捕らえてみせた。

 微かに揺れた男に対し、ここぞとばかりにぐるりと巻き付く天の鎖。

 

 ようやっと捕まえた相手にエルキドゥが口端を吊り上げ―――

 

 くしゃり、と。

 鎖がそのクー・フーリンを、まるで布を絞るかのように潰していた。

 

「な、――――」

 

 いまの鎖にそれほどの力を込めているはずがない、と。

 速度に全てを振り分けていた彼が驚愕する。

 同時に晴れていく、エルキドゥの眼に映っていた光景。

 

 潰れていたのは、クー・フーリンではない。

 それどころかまともな人型ですらない。

 

 鎖と車輪を背負った、青いパーカー。

 すなわち、フーディーニの力を宿したパーカーゴースト。

 それは力を抜いたわけではない鎖からくるりと回って逃れてみせて。

 ふわりと浮いて、飛んでいく。

 

「入れ替わった、いや、消えた……!? ―――幻術……!」

 

 拘束対象を失い、じゃらじゃらと音を立てて落ちる鎖の群れ。

 天の鎖がその目を鋭く尖らせ、この現象の原因となった奇跡の人を睨み―――

 

「おや、私に意識を向けている余裕が?」

 

 全身を過負荷に震わせながら、天草四郎は微笑み返す。

 

 呪力が満ちる。

 全身全霊の一投を投げ放ったばかりだが、それでももう一度くらいは奮えるだろう。

 もう一度投げるとなれば命懸けだが、槍の一刺しくらいはどうとでもなる。

 

 ほんの少しだけエルキドゥの視界はずれていた。

 彼が鎖を向けたのは、フーディーニパーカーゴースト。

 黒ウォズがエルキドゥの意識を奪った瞬間、ゴーストアーマーが放ったもの。

 それに天草四郎が幻像を重ね、鎖を差し向けさせていた。

 

 鎖を潜り抜ける人間、となれば彼以上の者はなく。

 それほど引き付けてもらえるならば。

 彼という戦士にとって、敵との距離を詰め切ることなど余りに容易で。

 その一刺しは、気付いてから守りに入る、などという行為を今度こそ許さない。

 

「―――――!?」

 

「“刺し穿つ死刺の槍(ゲイボルク)”―――――!!」

 

 朱槍が奔る。呪詛を纏った穂先がうねる。

 如何に速力に特化した鎖でさえ、追いつく事など不能。

 否、追いついたところで防ぐ事こそ真に不可能。

 

 夥しいほどの呪力を纏った赤光は悪足掻きを許さず。

 確かにエルキドゥの胸へと突き立てられ―――

 

 ―――瞬間。

 黄金の光が、撃ち抜かれた胸から溢れ出した。

 

 大人しく弾き飛ばされるクー・フーリン。

 彼を追う事もせず、穴の開いた胸を押さえながらエルキドゥがよろめく。

 その傷に纏わりついたゲイボルクの呪力が、内側から溢れるものに押し流されていく。

 じゅうじゅうと音を立て、修復される泥人形。

 

「――――ハ」

 

「……さて。見つけなきゃならんもんは、一応見つかったな?」

 

 槍を肩にかけ、クー・フーリンが小さく笑う。

 

「―――そして、やってはならない事をしたよ。キミたちは」

 

 エルキドゥが再始動する。

 溢れる魔力は先程までとさえ比較にならず。

 動力源を隠す必要のなくなった兵器が、出力を最高まで上げ切った。

 低速で回していたギアが、次々と上のものへと切り替わっていく。

 

「はっ、こりゃまた。あの金ピカとつるむにゃ相応しいぶっ飛び具合だことで」

 

「余裕かい? それは―――いや、やめておこう。今言っても負け惜しみだ。

 全ては、まずは負けを清算してからだ」

 

「おう、愉しみにしておくぜ。また今度だがな」

 

 そうして最大出力の兵器が駆動を開始する、と。

 そんな光景を前にしたクー・フーリンが、少しだけ残念そうに。

 しかし、してやったりと悪戯に笑った。

 

 バックステップで距離を更に開け、背後への疾走を開始する。

 その先にあるのは、毒竜バシュムの死骸。

 まるでそれを盾にするように後ろに回り込んでいくクー・フーリン。

 他の人間たちも既に、そこに隠れるように向かった後で―――

 

 そこに、既にほとんどの気配が残っていない事を理解した。

 

「――――!」

 

 放つ神域の武具が、堅牢な鱗ごとバシュムの死骸を斬断する。

 吹き飛ばされた肉片の先には、誰一人残っていない。

 残っているのは、一工程で発生したとは思えぬ大規模な転移魔術の残滓だけ。

 

「―――気配は……バビロン付近まで戻っている?

 マーキングでもしていたのか。今から追って……」

 

 そこで、大地から伝わってくる震動に彼は顔を顰めた。

 魔獣の女神の覚醒が近い、と。この大地が啼いているのだ。

 

「……これだけ暴れて、バシュムまで死んだ。なら彼女が目覚めるのも当然、か。

 ―――聖杯の再偽装もしなきゃいけない。ここまで、だね」

 

 舌打ちを堪えるように、エルキドゥが美しい顔に浮かぶ表情を渋くする。

 

「カルデアの戦力は驚異的。流石は何度も世界を救ってきた連中だね。

 情報を得るためだけに、ここまで踏み込めるとは流石に思ってもみなかった」

 

 自分で最後に吹き飛ばしたせいだが、周囲に散らばったバシュムだったものを見る。

 なかなかあっさりと片付けてくれたものだ。

 まあウルクで調べれば幾らでも分かるが、これで十一の魔獣の情報は与えてしまった。

 はっきり言って彼らにこの情報の意味するものが分かっても分からなくても関係ないが。

 ただ情報だけ持って行かれて被害は与えられなかった、は面白くはない。

 

「ただそれより面倒なのは花の魔術師。名代を前に立てて、自分は一歩退いた位置。

 いつでも全力で逃げられる体勢でしか出てこない。

 さて、ここからどうやって彼を処理しようか……」

 

 焦っても仕方ない。

 いや、花の魔術師はこちらを焦らせたいのだろう。

 何故かと言えば、こちらの計画が破綻しない限りは不利は常にあちらにある。

 それをよく分かっている彼は、こちらを動かすことで状況の打開を求めているのだろう。

 

「……まあいいさ。彼らが訪れたんだ、否が応でも状況は動くだろう。

 転がり落ちていくだけの道しか用意されていないのに、ね」

 

 緑の髪を跳ね上げて、彼は踵を返した。

 魔獣の領域たる森を抜け、女神の神殿へと戻るために。

 

 

 




 
 ラストダンジョンで序盤のボスキャラの色違いが雑魚敵として出てくる定番のあれ。

 地味にどこまでできるか分からん能力トップクラスだと思ったり思わなかったりする天草四郎くん。
 そんな彼の宝具は神代に放り込んだら意外と凄い事ができるのかもしれない。
 キリ様ほどでなくても世界が神代よりになったら、魔術基盤がどうこうして強くなる系なのでは? 色々考えてみた結果どんな魔術基盤にも接続こういう事もできるのでは? などと。
 そんなこんなでジェネリックマーリンと化した彼の主な仕事は、幻術で牛若と巴をニアミスさせ続けることである。
 やったぜ弁慶、仕事が減ったぞ。
 


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キング謁見・都市ウルク-2655

 

 

 

「では、存分に話して頂きましょうか」

 

 ―――廃都バビロン。

 この時代にレイシフトした時降り立ち、エルキドゥと出会った最初の街。

 そこに帰還した上で、追跡がないと確認した彼ら。

 

 そんな中でガウェインが、いつの間にやら合流していた白い男に声をかける。

 

「うん? 話すって何をだい。

 見ての通り、私は憐れにも道に迷ってしまった通りすがりな謎のお兄さんだよ?」

 

 詰問に対して朗らかに笑い、謎のお兄さんは首を横に振る。

 そんな彼らに質問しようと立香が歩み出て。

 

 直後、彼女の肩から白いケモノが飛び降りた。

 

「フォウフォウ」

 

〈スイカボーリング!〉

 

 いつの間にやらウォッチまで持ち出して。

 コダマスイカは赤いエネルギーで覆われた球体となり、地面に転がる。

 玉乗りの如くその上に飛び乗ったフォウが、一気呵成に走り出した。

 加速するフォウ。回転するコダマスイカ。

 

 それは一気に白いお兄さん目掛け、吹っ飛んでいった。

 

「フォ――――ウ!! マーリンシスベシフォ―――――ウ!」

 

 玉乗りしたフォウが、回転しながら地面を弾んで跳び上がる。

 男の顔面目掛けて飛翔するスイカとフォウ。

 それに面食らった彼は、そのまま顔面へと直撃を受けた。

 

〈コダマビックバン!〉

 

「ドフォ――――ウ!? って、いや、ちょ……!」

 

 まず激突するコダマスイカ。

 弾け飛ぶはスイカの果汁。

 真っ白な彼のローブが、スイカの汁に塗れていく。

 更にそこから追撃、フォウ自身の回転突撃。

 二段構えで慣行された体当たりが、男の顎を打ち据えた。

 

 果汁でべたべたになりながら、盛大に後ろに転ぶ男。

 彼は地面に背中を強かにぶつけながら、顔を押さえて悶絶する。

 

「彼はマーリン。

 非常に優れた魔術師で、円卓においても彼の能力を疑う者はおりません。

 そして同時に彼に真っ当な人格が備わっていると信じる者もおりません」

 

 そんな惨状を見下ろしつつ。

 何とも言えない顔で、ガウェインは彼の身の上を口にした。

 

「マーリン? マーリンってあの……」

 

 驚いたように目を見開くマシュ。

 

 夢魔と人の混血にして、アーサー王を導きし魔術師。

 そんな世界有数のキングメイカーが、フォウから更なる追撃を貰っている。

 

「ええい、この! 長年世話してやった恩も忘れて!」

 

〈サンダーホーク! 痺れタカ! タカ!〉

 

 響く怒鳴り声、それを塗り潰すようにばりばりと轟く雷。

 空舞うタカウォッチロイドから電圧がかかる。

 途端に毛羽立つ、マーリンの服や髪。

 

「最近フォウってあの子たちと仲いいよね」

 

「その反応でいいの……?」

 

 そんな光景を眺めつつ、ぼんやりと呟く立香。

 それを聞いたツクヨミは、彼女の横顔を何とも言い難い目で見つめる。

 

「それで、あんたたちは?」

 

 一応まだエルキドゥへ警戒しているのだろう。

 ソウゴは変身を解かず、近くにいる天草四郎に視線を向けた。

 彼は過負荷を掛けた回路の不調に僅かに顔を顰めつつ、しかし。

 すぐに微笑んでみせ、ソウゴの方へと向き直る。

 

「そちらのマスターと、あとアーチャー……アタランテはご存じのようですが。

 改めて。サーヴァント・ルーラー、天草四郎時貞です。

 そちらの彼、マーリンとはマスターを同じくするサーヴァント、という関係です」

 

 オルガマリーがアタランテに視線を向ける。

 小さく、一つ頷く彼女。

 続けて何で知ってるのよ、といった旨の視線が立香に飛ぶ。

 

「えっと、エドモンのお気に入りの人で。

 あ、そういえばそれっぽい着物。前に見た時は神父さんみたいな服だったのに」

 

「むしろ何で前はあんな服だったのかしら」

 

 見たことがある顔が、見たことのない服で立っている。

 その光景に少しだけ不思議そうに首を傾ぐ。

 ツクヨミもぼんやりと監獄塔の中の出来事を思い返しつつ首を傾げた。

 話を振られた天草が驚いたように大きく目を開き、苦笑する。

 

「おや、そんな姿までご存じとは。いえ、そうですね。

 そういう細かい話は暇が出来た時にでもアーチャー……アタランテから聞くといいでしょう」

 

 私に振るな、という視線の矢。

 それを完全に無視して、彼は黙殺した。

 

「そんな話はさておき……」

 

『ちょ! ちょちょちょ、ちょっと待った! ストップ、ストップだ!

 マーリン!? マーリンって言ったのかい!? あのマーリンがサーヴァントとしてそこにいる? 世界の終わりまで死ねない筈のあのろくでなしが!?』

 

「ふはは、そうだとも。っていうか、いい加減にしてくれキャスパリーグ。

 なんだい、そのまるまるっとしたお友達たちは。

 いきなり私を襲撃するような悪いお友達とつるむなんて、君って奴は本当に、痛い痛い!」

 

 ゲシゲシと体当たりを続けるフォウ。

 よく分かってもいないが、とりあえず同じように攻撃を続けるコダマとタカ。

 浴びせられるのは、凍り付いたスイカのタネマシンガン。

 スイカシャーベットを頭から浴びながら、マーリンがのたうち回る。

 

「ふむ。それで一体何がどういうことなのだ?」

 

「ええと。マーリン、さんはブリテン島の伝説的な魔術師で、主にアーサー王伝説で活躍された方です。とても優秀な方でアーサー王もよく恃みにしましたが、女癖の悪さが祟りブリテン島から締め出され、理想郷であるアヴァロンに渡った、と。

 彼は己の罪を悔い、アヴァロンの中に塔を建て、死ぬ事なく永劫に幽閉されながら世界を見渡す事を、自らの罰とした……と、言われていますね」

 

 首を傾げるネロ。

 そんな彼女の前で、マシュがマーリンのパーソナルを並べる。

 少々顔に浮かぶ微妙な表情。

 それは自分のものか、あるいは内側から溢れるギャラハッドのものか。

 

「まあ、基本的にうちの師匠と同類だな。

 あっちは影の国まで燃えたせいで現世に転び出てきてたみたいだが……」

 

 顔を合わせる事のなかった師を思い出しつつ。

 視線を向けるのは、地面に転がる白い魔術師。

 そんな光景を見下ろしつつ、クー・フーリンは片目を瞑り、何とも言えない顔をした。

 

 サーヴァントとして呼ばれるのは死した者。

 それらが死後英霊として祀り上げられ、サーヴァントというものとして降霊される。

 前提となる死を得ないものは、サーヴァント足りえないのだ、と。

 

「ええと、アヴァロンってとこも燃えちゃった、とかじゃなくて?」

 

「それはあるまい。何よりも、そちらまで燃え尽きていれば、べディヴィエール卿が生き残っていた筈がないのだから」

 

 アヴァロンに辿り着き、停止していた生命。

 マーリンの助力で特異点まで踏み込んできた生者。

 その存在が今まで残っていた、という現前たる事実をもってして。

 理想郷たるアヴァロンの無事は、完全に確定しているのだ。

 

 立香の疑問にそう答えを出したフィンが、小さく肩を竦めた。

 

「だというのにサーヴァントとして出てきたのは不自然、と。

 つまりはそういうことか」

 

『そう! そういうことだ! やい、マーリン!

 偽物なら正体を表せ! 本物でも正体を表せ!』

 

「おっと、そうだったね。べディヴィエールの事はどうもありがとう。

 彼の旅路を見届けてくれたキミたちには、送り出したこちらとしても感謝しているよ」

 

 ようやっとフォウとその仲間たちを放り投げ、彼は何とか立ち上がった。

 とても柔和な笑みを浮かべながら。

 彼は軽い口調で、一人の騎士の旅路の援けに対し礼を述べる。

 

「―――敵対した私が口にするのもなんですが。

 それで済ませようとするから、あなたは信用を得られないのでしょうね」

 

「私は私なりに実際感謝をしているのだけれどね。それなりには。

 それが伝わらない、というなら仕方ない」

 

「フォッ!」

 

 こんな奴だぜこいつは、と。

 フォウは毛玉を吐き出さんばかりにいきり立つ。

 そんな彼を抱き上げ、どうどうと宥めるマシュ。

 

「……いつまでも遊んでいないで、早く要件を果たしてください。

 というか、神殿から離れているのはどういうことですか。契約違反です。

 私たちの契約は、一刻も早く女神を倒すために協力する、という内容だったはずです」

 

 それまでマーリンの後ろに佇んでいた少女。

 彼女がずっと被っている黒いフードを、更に顔を隠すように下に引っ張る。

 そうしながら、全力で非難を白い魔術師の背中に飛ばした。

 

「おっと。すまないね、アナ。でも、見ての通りだ。

 あの神殿の防衛ラインは天の鎖たるエルキドゥが敷いている。

 しかも彼らによって明かされた情報によれば、敵の動力は聖杯ときた。

 これは正面突破は難しいと言わざるを得ない。だろう?」

 

「……ええ、そうね。背後には神殿に控えた女神がいる、というならなおさら。

 エルキドゥを一度引き離して撃破して、その後に神殿攻略の方が現実的でしょう」

 

 そう考えつつ、オルガマリーは先程まで自分たちがいた森の方向を見つめる。

 エルキドゥがこちらを追撃してくる様子はない。

 結構な勢いで常磐ソウゴが煽っていたが、それでも動かないのだ。

 何か、神殿から引き離すための戦略は別に必要だろう。

 

「挑発とか乗り易そうに見えたけど、そうでもないんだね」

 

「多分、人間に何を言われてもあんまり気にならないんじゃないかな。

 気にするほどの存在じゃない、って思ってるというか」

 

「……じゃあイシュタル。

 女神イシュタルには何か凄い、思うところがありそうに見えたけど。

 あの女神が何かすれば、積極的に動くかも」

 

 同道した道のりの中で、エルキドゥは明らかにイシュタルへの反応が強かった。

 心臓の代わりに聖杯で動いているなら、つまりは彼女が原因で一度死んだはず。

 だとすればその反応もおかしくはないだろう。

 どうにか利用できれば、エルキドゥを本拠地から離せるかもしれない。

 そう考えながら腕を組む立香とジオウとツクヨミ。

 

「―――魔術師殿、街の外にまたも魔獣が徘徊しています。

 話すにしろ、悩むにしろ、ここからは離れるべきかと」

 

 背後に浮かび上がる黒い影。

 ハサンの言葉を聞いて、オルガマリーは軽く息を吐いた。

 

「そうね。脅威度は高くないとはいえ、キリがなさそう。

 とりあえずウルクに向かいましょう。あなたたちはどうするの?

 言っておくけどこちらは、このタイミングで神殿への特攻は考えてないわよ」

 

「私はもちろん同行しましょう。マスターもウルクにいますので」

 

 即答する天草。

 マシュが彼の口にしたマスター、という言葉に改めて首を傾げる。

 

「そういえば、お三方のマスターというのは……?

 現地人の方がマスターになっている、ということ、ですよね?」

 

「はい、私とマーリンのマスターはギルガメッシュ王ですよ。

 そちらの彼女は違いますが」

 

 特に隠すまでもないと、素直にその名前を出す天草四郎。

 彼がそれを告げると、今気づいたとばかりに手を打つマーリン。

 

「おっと、そうだった。それを伝えていなかったね。

 同時にそれが先程から私に向けられた疑問の答えでもある。

 力ある魔術師が呼んだ。だから私がサーヴァントとして来れた、という。

 まあそれでも、ここが私が発生するより前の時間だから出来たわけだが」

 

「発生する前、ですか?」

 

「そう。この時代の地球には私がまだ生まれていない。

 つまりこの時代、私は()()()()()()というわけだ。実質死んでいると言える。

 というわけで色々誤魔化しつつ、サーヴァントになってみせたわけだね」

 

「屁理屈ですね。やることなすこと全て」

 

 インチキ染みた方法でそうしてサーヴァントになった、と。

 そう愉快げに口にするマーリン。

 アナと呼ばれている少女が、彼の様子を見ながら不機嫌極まる声で呟いた。

 

「では屁理屈を続けてこねるとして。

 アナ、私たちも一度ウルクに向かうとしようじゃないか。

 私はキミに速やかなる女神の撃破を提案し、契約した。

 可及的速やかな女神の撃破には、彼らの協力が不可欠だからね。

 私も着いていかないと、ギルガメッシュ王が彼らに何をするか分かったものじゃない」

 

 言われて、フードの下で酷く顔を顰める少女。

 明らかに納得していない、が。

 それでも確かに全力稼働のエルキドゥを見て、理解しているのだろう。

 自分とマーリンだけで何をしても、目的は果たせないと。

 

「おや、マスターが彼らに何かしようとしたら止められるのですか?」

 

 驚いた風にそう口にする天草四郎。

 彼は知っているからだ。

 自分たちのマスターである、英雄王ギルガメッシュ。

 彼は余人が何を言ったところで自分の意見を翻す王ではない、と。

 

「どうだろうねえ。無理かもしれないね!」

 

『なんだそれ!? 役に立たないじゃないか!』

 

 笑うマーリンに、怒鳴るロマニ。

 だが怒鳴られたところで彼の微笑みは変わらない。

 

「いやいや、アポイントを取らずにギルガメッシュ王に会えるようにするくらいの口利きは出来るとも! 何せ私はいま、この国の宮廷魔術師マーリンだからね!」

 

 逆に言えばそれくらいしか出来ない、と。

 そう宣言するように、彼はさほど頼りに出来なそうな笑顔を見せた。

 

 

 

 

『……この河を下れば、うん。問題なくウルクの付近につく。

 周囲の状況、魔獣は大丈夫そうだから注意すべきは女神イシュタルかな』

 

「流石に空から一方的に撃たれたら問題だねえ。

 タイムマジーンがありゃ随伴してもらうんだが」

 

 周囲の探査をしていたロマニの言葉を聞き、空を見上げるドレイク。

 今彼女たちは、宝具である船を使って河を下っていた。

 そんな状況を軽く確認して、アタランテは難しい顔で片目を瞑る。

 

「陸も近い。襲撃があった時は、私が対空を担当。

 その間にガウェインなりクー・フーリンを地上に下ろし、薙ぎ払うなり狙い撃つなりだな」

 

「そうだねえ。後はエルメロイ先生に船を強化してもらって一発……」

 

「二度とやらんぞ、あんな真似。それと二世をつけてくれ」

 

 けらけら笑いながら言い募るドレイク。

 彼女の態度に思い切り眉を顰め、渋い表情を見せる二世。

 そのやり取りを聞いて、隙あらばマーリンに追撃を放ちに行こうとするフォウを抱えたマシュが小さく笑った。

 

「ダブルジャンヌさんはいませんが、第三特異点で一緒に戦ったメンバーが多く編成されていたのですね。ドレイクさんはあの時はまだ生前の身でしたが」

 

 彼女の言葉に微かに眉を上げる天草四郎。

 ジャンヌが恐らくジャンヌ・ダルクの事だと理解して―――

 ダブルジャンヌ……? と。

 珍妙な呼び方を聞いて、よく分からないという表情を浮かべた。

 

「―――あの時船に乗っていたのは、アルテミス様とダビデ王」

 

「それにエウリュアレとアステリオス、そして船長のとこの船員大勢だな!」

 

 アタランテが続け、ネロが懐かしむように声を上げ。

 そこで、アナの肩が揺れる。

 

「一応録画されている映像は見ているが、中々のものだったね。

 相手方に君臨するのは、ヘラクレスにヘクトール……いやはや、その時私がサーヴァントとして参加できなかったのが悔やまれる」

 

「フィンどころか私もいなかったもの」

 

 自分もその時はカルデアにすらいなかった、と。

 ツクヨミはどう反応したものかと微妙な表情を浮かべる。

 

 そんな話を聞いていて、海を見ていたソウゴが目を細めた。

 彼が懐から取り出すのは、マゼンタのライドウォッチ。

 

「そういえば、ここにいるのかな……ディケイド」

 

 彼は最後の特異点で待っている、と告げていった。

 最後の特異点、と呼ぶとすればそれはここ。

 第七特異点であるメソポタミアの地以外にないはずだ。

 

 そんなことを呟いていたソウゴの声が耳に届いたのか。

 ネロが肩をいからせ、口惜しげに声を荒げた。

 

「安心せよ、ソウゴ。

 今度会うような事があっても、ああも簡単にはしてやられぬとも!」

 

「え? あ、そっか。俺たちがオ……消えてる間に、戦ってたんだっけ」

 

 一瞬、頭を過る黄金の王。

 しかし黄昏に佇む王者の幻影を振り払い、ソウゴが話を続ける。

 

「うむ! そう、女神エウリュアレとはちょうどその後に出会ったのであったな。あの事態ゆえに口説く余裕もなかったが、エウリュアレも特に美しい女神であった。

 更に余自身がいっぱいいっぱいであったがために同じく口説けなかったが、ローマに降り立ちし彼女の姉妹女神。ステンノもとても美しい女神だったとも!」

 

 ディケイドの話が、いつの間にか美少女の話にすり替わる。

 アタランテから向けられるこいつは何を言っているんだ、という視線。

 それにもめげず、というか気づきもせず。

 ネロは愉しげにかつて目の当たりにした美の結晶を瞼の裏に思い浮かべた。

 

「美少女はいくらいてもよい、余は常々そう思っているわけだが!

 ―――時にそちらのアナという少女も、フードの下にはステンノやエウリュアレに負けぬ美貌を持っているはずだと、余のセンサーが強く反応して……」

 

「―――ありません。私が、その双神ほど美しいなどということは。

 ありえるはずが、ないです」

 

 ぎゅうとフードを掴み、自分の顔を隠すように。

 彼女はそうしたまま、踵を返した。

 そのまま甲板から船内に入っていってしまう。

 

 力説していたネロが固まって、やがてうろたえ始めた。

 

「ぬ、ぬ、むむ……? 何だ、余は何かやってしまったか……?

 容姿を誉めそやすのが禁忌である民であったのか……?

 そ、そのようなつもりはなかったのだぞ? ただお近づきに、とな?」

 

 オロオロとしているネロを見つめ、ハサンが横の男に向け呟く。

 船上でまでは、彼も姿を消したままではいないようだ。

 

「ランサー殿、教えて差し上げないのですか?」

 

「何をどう教えろってんだよ」

 

 集まった情報で、魔獣の女神の“神殿”の正体は割れたも同然だ。

 もっとも女神級の規模で展開した時、どれほどのものになるかは結局不明。

 

「しかし、魔獣の女神ねえ……まあその血から魔獣を生んだ女神ではあるんだろうが」

 

「ふむ。まあ、ウルクについて落ち着いたら情報共有すればよろしいでしょう。

 魔術師殿やダ・ヴィンチ殿ならば、何か思い至ることもあるやもしれませんし」

 

 そう言って話を畳み、ハサンが警戒に戻る。

 そんな彼を見つつ、クー・フーリンが溜息をひとつ。

 もうそろそろ、どこかの街で出会った死後の知り合いコンプリートである。

 まあ今回のライダーは、既に冬木で同じように顔を合わせていたが。

 後は侍が一人くらいなものか。

 

「ウン千年歴史があっても、意外と世界は狭いもんだな」

 

 

 

 

「何だと? 牛若丸が落とした魔獣の首を前線に並べている?

 魔獣相手に威嚇になるか!

 エアンナに送る研究材料はとうに溢れている、さっさと全部燃やせ!」

 

「ギルガメッシュ王!

 山にこもった茨木童子殿が悪霊を追い出し、夜間になると平地に幽霊が溢れます!

 それが原因で幽霊が怖いとレオニダス殿が狂乱し、夜戦が危うく!」

 

「自分こそが幽霊だろうが! 何を寝言をほざいている!

 鏡を見て出直してこいと言っておけ!」

 

「巴御前殿と風魔小太郎殿は早急に鬼討ち取るべし、と。

 出陣の許可の願いが……」

 

「そんな余裕があるか戯け!

 放っておいて何の問題もない小鬼に割く戦力など兵士一人分ないわ!」

 

 そこでギロリ、と。

 兵士を怒鳴りつけている金髪の男―――英雄王ギルガメッシュ。

 彼が玉座から入口の方へと視線を向けた。

 

 聖塔ジグラット。

 メソポタミア文明の中心、都市ウルク。

 その更に中心である塔の中で、王はいきり立って声を荒げた。

 

「天草四郎時貞! 誰が持ち場を離れろ、と命じた!

 (オレ)はそのような許可は出してはいない!」

 

「私が戦況を良くするために必要だと思い、した事です」

 

 一番前に立っていた天草が、そう言って僅かに頭を下げる。

 そんな彼に対し怒鳴り声から後に続くのは。

 更に荒ぶったものかと思えばしかし、平坦なものだった。

 

「そうか、では仕方ない。

 各々魔獣を狩り最高の結果を出せ、とだけ命じたのは(オレ)だ。

 それに見合う成果を持ち帰った、というのであれば認めぬわけにはいかぬだろうよ」

 

「エルキドゥを見かけ、即座の対応が必要と判断しました。

 もっとも、彼らはそう危うげなく彼を追い払ってみせましたが」

 

 彼から報告を受け取り、王が片眉を僅かに上げる。

 

「ほう……あれがな。まあよい、貴様はさっさと壁に戻れ。

 貴様の仕事は、レオニダスの奴が動けるよう悪霊どもを冥界に還すことだ」

 

「あと弁慶殿が死にそうになりながら、牛若丸殿と巴御前殿を対面させぬように頑張っておいでで、当人から誰か手伝って欲しいとの声も頂いております!」

 

「それはそれは。

 ではそちらを私がこなし、弁慶殿にこそ悪霊祓いを担当して頂きましょうか。

 彼がそれでいい、というならの話になるでしょうが。

 では、私はここまで。また会う事があれば、よろしくお願いします」

 

 ギルガメッシュ王の指令、そして兵士からの追加オーダー。

 両方を受けた天草が、その場で踵を返す。

 このまま前線であるバビロニアまで取って返す、ということなのだろう。

 

「さて。ではこちらの要件をお願いしようか、ギルガメッシュ王。

 見ての通り、カルデアからのお客様だ」

 

「うむ。早急に帰れ」

 

 さらっと。

 マーリンから紹介された瞬間、足を前に出したオルガマリー。

 彼女の一歩が床を踏み締める前に、王ははっきりとそう口にした。

 そのまま何を言う事もなく、玉座の横に山のように積まれた粘土板に手を伸ばす。

 

「ちょ、ちょっとそれは……! いえ、その、お待ちくださいギルガメッシュ王。

 わたしたちは魔術王による人理焼却を……」

 

「知っている。理解した上で言っているのだ、阿呆。

 さっさと帰れ、とな。見ての通り(オレ)は忙しい。

 王であるが故の仕事を山積みしているが故に、帰れ、なのだ。馬鹿どもめが。

 (オレ)が自由の身であったならば、貴様たちとこそ全力の滅ぼし合いだ」

 

 それ以上語る事はない、と。

 真紅の瞳で一度カルデアの者たちを睨むと、彼は粘土板に向き直る。

 

「……全然取り次ぎになってなくない?」

 

 言って、ソウゴがマーリンを振り返る。

 彼は困った風に肩を竦めながら微笑み、それだけだ。

 

「王よ。察するところ、彼らは王の喚ばれたサーヴァントの方々に匹敵する戦士たちなのでは?

 ではそのように無碍にするような真似は……」

 

「黙れシドゥリ、そんな問題ではない。

 もし仮に(オレ)とそれらが手を結び女神を倒したとして、だ。

 その後には今度は互いを滅ぼし合う、と言っているのだ。

 人理を守りたいとほざくなら、さっさと荷を纏めてカルデアとやらに帰れ」

 

 一切歩み寄る余地はない、と。

 何の迷いもなくギルガメッシュ王は断言する。

 ベールで口元を隠した側近らしき女性の言葉も一刀両断。

 

 それほどの強硬な姿勢に対し、クー・フーリンやガウェインが眉を顰める。

 ギルガメッシュ王は最早視線一つこちらに向けない。

 ただ手に取った粘土板に目を落とすばかりで、完全に話を終わらせていた。

 

「ギルガメッシュ王もイシュタルと同じ事を言うんだね……」

 

 ぽつり、と。

 その態度を前にした立香が落胆した様子で、そう呟く。

 ―――瞬間。

 

「――――ふは」

 

 笑い声が漏れる。

 驚いた様子で玉座の王に向け、視線を向ける一同。

 王は全力で堪えるように、小刻みに体を震わせている。

 が、それでも耐え切れなくなったのか。

 

「ふはははははははははは! ふは! ふははははははははははははは!!

 ハハハハハハハハ! ハハハハハハ、ハハハハハハハハハハハッ!!

 フハハハハハハハハハハハハハハハハハ―――――ッ!!!」

 

「……王?」

 

 粘土板から顔を上げ、王の笑い声が噴水のように噴き出した。

 何がおかしいのか分からず、首を傾げるシドゥリと呼ばれた女性。

 

「クッ、フハハハ―――! あのイシュタルが! 赤子の夜泣きより周囲を顧みない程度の情緒しか持たない、あのイシュタルが! お前たちに帰れ、と! ウルクを訪れるなと! こともあろうに()()ときたか! ハハハハハハハハ! フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! ハハハハハ、不味いぞシドゥリ! このままでは笑い死ぬ! (オレ)の命に危機が迫っている! (オレ)がこの世に生を受けてから三指に数えられるほどの命の危機だ! フハハハハハハハハハハハハハハハハ――――ッ!!!」

 

 粘土板を持つ手が震える。

 そればかりか、周囲に積み上げられていた粘土板の山までもが。

 王が全力で放つ爆笑の勢いで、ぐわんぐわんと大きく揺れる。

 

 シドゥリがすいと手を上げて、兵士を呼び寄せた。

 彼女の指示に従い、その者たちは周囲の粘土板を押さえ付ける。

 

 数分に及ぶ大爆笑。

 やがてその声は勢いを失っていき、消える。

 それを経たギルガメッシュはしかし、それでも腹を押さえながら震え続けていた。

 

「ク……ッ! フフ、ハハハ……ッ! ふ、は……! いや。

 あれだ、あれだぞシドゥリ。相性の良い人の身を器となし、あれを降霊させた巫女所の者。

 つまりはシドゥリ、お前の管轄だ。ぐ、ふふ……ッ!

 反省せねばなるまい。(オレ)はお前たちを侮っていたようだ」

 

「はあ……」

 

 何を言いたいのか、と。

 シドゥリもまた不思議そうに首を傾げている。

 彼女よりギルガメッシュ王の事を知らないカルデア側はなおさらだ。

 

 いきなり追い出しにかかったと思えば、だ。

 イシュタルの話を聞いて大爆笑。

 彼の中で何が起こっているのか、さっぱり分からない。

 

「あのイシュタルに一般的と言えるレベルの知性を与えたのだ!

 そんな奇蹟を成し遂げるなど、もはや全人類を賢者にするのと変わらんではないか!

 いいや、それよりもなお難しいだろう。神の権能などより余程の神業を見たわ。

 それほどの奇蹟、これほどの偉業を成す宝物など、我が蔵にすら一つとして存在しない!」

 

 言われて、困ったように軽く首を横に倒すシドゥリ。

 彼女が少し悩み―――ふと思いついたように、言葉を返す。

 

「―――それはそれは。お褒めに預かり光栄です、王よ。

 ですがその言葉は余りに過分かと」

 

「ほう? (オレ)を前に謙遜するか。それは……」

 

「いいえ。王から賜る言葉を跳ね除けるようで私も心苦しいのですが……

 自分が気に入らないから、と。

 部下が御前に招いた客人を、話も聞かずに追い返す王一人矯正できぬ非才の身ですので。

 イシュタル様に佳き影響を与えられた、という言葉はありがたく。

 しかし全人類を賢者に導ける、などという評価はとてもとても」

 

 申し訳なさそうにシドゥリは頭を垂れる。

 

 王が赤子の夜泣き以上に迷惑だ、と称したイシュタル。

 そんな神様にまともな知性を与えた手腕こそを、王は確かに称賛した。

 馬鹿を改心させるのが上手過ぎる、と。

 そう言って誉めた彼女の言葉を無視し、我儘を徹すとすれば―――

 

 自分は、シドゥリたちの手腕により改善されたイシュタル以下の知能であると。

 そう標榜することに他ならないのだ。

 

 首から『自分はイシュタル以下』と看板を提げるかどうか。

 その岐路に立たされたギルガメッシュが、尋常ではない引き攣った表情を浮かべる。

 

「―――――――――――ハ。

 ……いや、笑うに任せて適当な言葉を並べるべきではなかったな。本音であったが。

 王の失態をそこまで容赦なく衝くとは、いやはや流石。

 (オレ)の側近は貴様以外に勤まるまい、と。よくよく思い知ったわ」

 

「ありがとうございます」

 

 褒めてないという表情を浮かべつつ、彼は面倒そうにカルデアの者たちに向き直る。

 一通りを見回して、一瞬ソウゴに目を止めて。

 僅か、忌々しげに眉を顰めた。

 

「……まあよい。側近よりの忠言である、多少は融通を効かせてやろう。

 ―――さて、早々に終わらせるぞ。

 貴様たちがいようがいまいが、見ての通り(オレ)の仕事は山積みなのでな」

 

 そう言って王は玉座に座り直し、肘をかけた。

 

 

 

 

 人を神の許へと留める天の楔。

 その役目を放棄し、不老不死により見届ける事さえも取り止め。

 ただ人の王として玉座より未来に続く道を“見据える”事を選んだ王。

 

 故にこそ、彼は一切その存在とは相容れない。

 なぜって、当然の話だ。

 

 だってその姿はまるで―――

 不老不死の霊草を口にし、人を見届ける事を選んだ()()()()()()のようではないか。

 

 終わる筈の時代の楔として、永遠に君臨する孤独の王者。

 一つの時代で星を縫い留める、平成の楔。

 

 故に彼とその存在が相容れる事は一切ありえない。

 

 人の理の外から正しく人を治めんとする神王オジマンディアス。

 彼とならば、あるいは恐らく言葉を交わせるのかもしれない。

 

 だからこそ。

 超越者として人の世の土台を布き、王として眠りについた彼。

 英雄王ギルガメッシュにとって、それは―――

 

 

 




 
 という話を。
 あらかじめアクセルゼロオーダーなどで詳しく書こうと思っていました。
 ええ、賢王ギルガメッシュでなく。
 英雄王ギルガメッシュの視点から、書こうと思っていたのです。
 ええ、はい。少し前までは……そう思っていたのですが。
 ――――やめました。


 要するにソウゴとギルガメッシュの相性は最悪。

 オーマジオウという結末。それはまるで、蛇に奪われることなく不老不死の霊薬を口にしたifの自分にさえ感じられるがために、印象は最悪中の最悪である。それでもその分岐を既に経た気性である賢王であれば、ある程度の妥協は発生するので一応会話はできるくらい。

 天の楔としての使命を放棄し、己が王道を見出したギルガメッシュ。
 平成の楔として世界を固定し、それを己の覇道と見定めたオーマジオウ。
 この両者は、一切合切相容れない。

 逆に超越者として永遠に君臨する事こそ至上と考えるオジマンなどとの相性は悪くない、と。そういう風に解釈してますよというお話。

(……? ? ??? ……? ?? 平成の楔……?
 平成の……楔……?? ??? 平? 成……? ジオジオ?)
 


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ひとつではない過去と未来2016

 

 

 

「して? わざわざ王宮にまで取り次いだのだ。

 貴様らから(オレ)に言いたい事があるのだろうよ」

 

 面倒そうな王からの問いかけ。

 それに対し、オルガマリーは彼の前に跪いた。

 とりあえず彼女に続いて、同じような姿勢をみせるカルデアの者たち。

 サーヴァントの中には明らかに嫌々やるものもいるが、仕方なし。

 

「……はい。我々は人理継続保障機関フィニス・カルデア。

 西暦2016年の未来より、その後の未来が焼却されたがため、それを取り戻すべく―――」

 

「ほーう。それは痛快な話だ、よく励めよ。解散」

 

 言って、次の粘土板へと手を伸ばすギルガメッシュ。

 一言聞いたところで言葉を打ち切られてしまった。

 そこまでされて、思い切り眉をひくつかせるオルガマリー。

 

「……王よ」

 

「ハ! (オレ)が全てを見通す眼を持つと知りながら、そのような挨拶から入る間抜けどもに合わせてやる必要がどこにある。

 忙しい、と既に(オレ)は告げたはずだ。まして貴様らの節穴にその光景が映っているかどうかは知らんが、ここには山ほど(オレ)手ずから処理せねばならん案件が溜まっている。

 必要なことがあるなら早急に口にしろと言っているのだ、(オレ)は」

 

 たしなめるシドゥリ。

 しかし王は、苛立ちと共にそう吐き捨てる。

 それに対して、オルガマリーこそ押し黙らされた。

 事実として、ギルガメッシュ王の玉座、その左右背後には高く積まれた粘土板の山。

 忙しい、というのは何ら誇張でもない事実にすぎないだろう。

 

「―――失礼しました。わたしたちは魔術王がこの時代に降ろした聖杯……いまはエルキドゥの心臓となっている聖杯を回収し、時代の修正を行うことを目的としています」

 

 エルキドゥの名を出され、僅かに目を細めるギルガメッシュ。

 だが彼はそこでは口を挟まず、続けろと言うように顎をしゃくってみせた。

 

「それだけではなく、三女神同盟なる存在。

 こちらが把握しているのは、大地に氾濫している魔獣は女神の手のものであること。

 そしてエルキドゥの言葉を信じるなら、その女神はギリシャから流れてきた、と。

 他神話の神が流れてきたもの、となればそれは明らかな人理の異常です。

 エルキドゥが協力していることからも、人理焼却との関係は深いものと思われます。

 それらへの対処を行うため、ギルガメッシュ王に協力を求めて我々は―――」

 

 がらん、と。手にしてた粘土板を元の位置に戻す。

 仕方なさげに粘土板に伸びた腕は、玉座にまで引き戻される。

 その音で言葉を止めたオルガマリーが、困惑するように彼を見上げた。

 

「……この時代に降りてきて早々、その程度には見識は広めたか。

 どうせマーリンは何も教えていないだろう。

 その状況で情報は集めていた、というなら思っていたよりはまともそうで何より」

 

 ギルガメッシュがちらりとマーリンに視線を向ける。

 不機嫌そうな睨みを受けて、しかし彼は気の抜けた顔で笑い返すだけ。

 

「―――は、はい。それは、どうも……」

 

 意想外に素直に称賛。称賛?

 少なくとも最低限は認めた、という様子を見せられ呆気にとられる。

 が、

 

「その上で、改めて返答をくれてやる。

 人理を守るために(オレ)と協力する? 馬鹿も休み休み言え。

 (オレ)こそは絶対の王であり、都市ウルクを中心とし地上を統べる者。

 この地上を守るのは、それを治める(オレ)の務めよ。

 未来から流れ込んできた余所者が、この(オレ)と対等の取引が叶うとでも思ったか」

 

「―――――」

 

 心底から。

 貴様たちの話は筋違いにも程がある、と。

 黄金の王はそう断言して、玉座に背を預けた。

 

「未来―――貴様たちの時代を守りたければ勝手に守れ。

 (オレ)が守るのは(オレ)の国、(オレ)の時代。

 今まさに続くこの時代のみ。

 いいや、(オレ)でなくともその真実は変わるまい。

 100年後だろうが1000年後だろうが、その時代を守るのは常にその時代の人間よ」

 

 言った彼は玉座から立ち上がり、目の前の者たちを睥睨する。

 

「貴様たちの今までの旅路のように、未来を救うための戦いをしたいのならば。

 この戦いにもし(オレ)が負け、滅亡寸前まで追いつめられた時は勝手にするがいい。

 少なくとも今、貴様たちに飛び付く理由はこちらにはない」

 

「そう言って、私のようなサーヴァントは使っているだろう?」

 

「ふん、貴様たちは(オレ)の意志で喚んだものだ。当然使い潰す。

 だがそやつらは勝手に来ただけのもの。知ったことではない。

 シドゥリよ、貴様のお節介分の言葉は交わした。

 既にそれなりに時間を無駄に浪費した。仕事に戻るぞ」

 

 今度こそ、ギルガメッシュは彼らから意識を外した。

 もはやそれを戻す気は一切ないだろう。

 シドゥリもそれを理解したのか、困った風に首を傾いでいる。

 

 やれやれ、と。

 そこでマーリンが一歩前に進み出て、王に陳情した。

 

「では仕方ない。カルデアの者たちに逗留くらいなら許可は貰えるかな?

 彼らを率先して連れてきた私の顔を立てると思って」

 

「貴様など関係なく、必要な手続きを済ませばそのくらいくれてやるわ。

 シドゥリ、駆け込みの滞在者だ。さっさと処理して追い返せ。

 これは星読みの報告か? ―――ふん、なるほどそうなるか……」

 

 ぴしゃりと言い切り、王は仕事に向き直る。

 崩されていく粘土板の山

 だが続けて駆け込んでくる兵士によって、石板は新たに積み上がっていく。

 

 そんな彼から離れ、シドゥリがオルガマリーたちの前に来た。

 

「そういう事です。案内をしますので、こちらへどうぞ」

 

「え、ええ。よろしく、お願い……」

 

 彼女の導きに従い、着いていく。

 ジグラットから出て、階段を下って地上を目指し―――

 

 

 

 

 長い階段を下りながら、眼下に広がるウルクの街並みを眺めつつ。

 その道中で、ツクヨミがぽつりと呟いた。

 

「怒られた、のよね。邪魔するなって」

 

「むぅ。まあ、なんだ。余には何となく分かる話だ。

 その時ツクヨミはいなかったが、余も生きている間にソウゴたちと会っていたのだから。

 いや正直その時はよく分かってはいなかったのだが。

 それでも、今を生きる者としての矜持、と言われれば分からぬはずもない」

 

 それこそシドゥリのおかげで、随分と言葉を尽くしてくれたのだろう。

 ギルガメッシュは、自分たちはお前たちに守られる謂れはない、と断言した。

 現在を生きる人間にとって、未来の存亡など関係ない。

 現在を懸けて死力を尽くす彼らにとって、未来の滅亡など目を向けるものではない。

 

 人理を守るべく降臨したサーヴァントたちとは違う。

 今を確かに生きる人間。そういう者たちが集った国家。

 それが今、確かに目の前に拡がる滅亡に立ち向かっているのだ、と。

 

 今まで巡ってきた多くの時代。

 それはカルデアの助力がなければ、蹂躙されていた時代だった。

 異邦の存在である魔術王の手のものと、異邦の存在であるカルデアやサーヴァント。

 多くの場合はそれが中心となっている戦いだった。

 

 生前の皇帝として戦っていたネロも、来訪者を中心に据えたことは否定できない。

 同じく、ドレイクもまた面倒そうに頭を掻く。

 

 「んー、まあ。アタシからすれば、何か変な事態に一緒に巻き込まれてる奴ら。

 くらいなもんで、だからあんま気にしてなかったってとこはあるかもねえ」

 

 今まで彼らが共闘してきた者たち。

 人理を守るべくその時代に降臨したサーヴァントたちとは根本が違う。

 異常な事態に惑わされ、どうすればいいのかも分からずいた現地の者とも違う。

 

 彼らは事態を把握し、それに立ち向かうために一丸となっている存在だ。

 この時代に生きる、今まさに押し寄せている破滅の当事者だ。

 

 未来に生きるカルデアの者たちにとって、この時代は救わねばならないもの。

 ここが無ければ、自分たちの時代も無くなるのだから。

 

 けれど。

 ここではない別の時代を守るために、この時代を守ること。

 この時代で生きるために、この時代を守ること。

 それはまったくもって別なものなのだ、と。

 

 この時代の戦いにおいて先頭に立つ王は、カルデアを追い返した。

 やるべきことが同じでも、目的意識を完全に違えた者となど共闘する筈がない、と。

 

「まあ、言い分としては随分と真っ当だったな。

 正直アレがどうしてああなるのか……いや、アレが最終的にあそこまで成長すんのか?」

 

「―――確かに、ギルガメッシュ王の言い分は分かります。

 こちらにとっては変えられてはいけない過去でも、彼らにとってはこれから進む現在。

 我らサーヴァントが、生者にとってはあくまで一時の援けである事と同じ。

 未来の人間による援助も、現代の人間にとってはあくまで手助けでしかない。

 必要ない、と言われればそれまででしょう」

 

 ガウェインが困ったように眉を顰める。

 その言葉にツクヨミは僅かに目を細めて―――

 

「……確かに、そうでした」

 

 マシュの声に、思わず視線をそちらに向けた。

 

 彼女はぼんやりと、つい最近ロマニと交わした言葉が頭に浮かべる。

 人は現在を積み重ねるもの、と。

 同時にもう一つ、いつか聞いた言葉を思い返す。

 

 ちらり、と。マシュが己のマスターへと視線を送る。

 目を向けられた彼女は不思議そうに首を傾げた。

 

 いつか彼女は、魔術王にさえ啖呵を切ったこともあった。

 自分たちは救われると決まっているから生きているのではない、と。

 その先に何があっても、現在を生きているのだ、と。

 

「マシュ?」

 

「―――この時代の人々は、未来があると知っているから生きているのではない。

 そんな、当たり前の事を……」

 

 しゅん、と肩を落とすマシュ。

 

 もし仮に―――

 自身の命の意味を、大切な人の住む時代を救うためのものと定義したとして。

 だから、そのためだけに生きてはいけないのだ、と。

 改めて思い知る。

 どこか、この時代を―――これまでの戦いを、過程であると考えていたのだろうか。

 

 Dr.ロマニは神様の生き方と例えたけれど、つまりはそういうことだ。

 視点が違う。立っている場所が違う。

 この地に生きる人たちと、まったく視ているものが違ってしまっていた。

 

「……そう気を落とすものではあるまい。

 戦う理由が違う、など。そんなもの、ごく当たり前の話だ

 もっと俗な理由で戦う者など幾らでもいる」

 

 二世がそう宥め、気掛かりそうな視線をオルガマリーに向ける。

 彼女はそれを受け止めて、僅かに眉を上げた。

 

「ですが……」

 

 オルガマリーからは、立香に向けて視線が飛ぶ。

 向けられた彼女が思考して、思い浮かぶのは一人の女性。

 

 善く生き、そして安らかに眠りについた、彼女たちの旅路と交わった人。

 異常に見舞われた世界の中、しかし。

 彼女はごく当たり前に生き。そして、ごく当たり前に亡くなった。

 起こっている異常事態に大きく関わる事なく。

 彼女たちがそれに関わっていると知る事なく。

 ただただ、自分の人生に真摯に向き合い抜いた人。

 

 ―――きっとその生き方は、何か特別なものではない。

 この世界に生きている全ての人が、そうなのだ。

 

 人類史を懸けた戦いは、この世界で起こっている戦いの一つでしかない。

 規模が大きかろうと、小さかろうと、変わりない。

 

「―――じゃあ、一緒に戦えばいいんじゃないかな?」

 

 だからこそ、と。

 少し俯いたマシュに対して、立香が声をかける。

 

「いえ、ですが……ギルガメッシュ王が……」

 

「確かに私たちは未来からきた余所者だけどさ。

 でも、いま、私たちはここにいる。この時代で生きているんだから。

 例えここが私たちに通過点であっても、いまここで生きてることに変わりはない。

 いるべき時代が遥か未来でも、だからってここにいる私たちがいなくなるわけじゃない。

 だから、後は私たちの心ひとつ。

 どんな時だって変わらない。私たちはずっと、現在(いま)を生きるために戦う。

 そして、一緒に戦う、力を合わせるってことは、相手と一緒に生きること」

 

 未来を守るために戦うことと、現在を生きるために戦うこと。

 それは同じようで違うこと。

 けれど、けして交わらないものではない。

 未来を守るために、現在を生きるために、どちらも果たして戦えばいい。

 現在を生きて、未来のために、戦えばいい。

 

「私たちは未来の人間だけど、いま生きているのはこの時代なんだから」

 

「―――はい、そうですね。

 すみません、少し……ええと、考えることがあって」

 

 マスターからの言葉に微笑み、マシュが恥じいるように肩を揺する。

 彼女は謝罪のために軽く頭を下げて―――

 立香の言葉に小さく目を開く、ツクヨミの姿を見た。

 驚いているような彼女に首を傾げ、声をかけようとして。

 

「そういえばソウゴは珍しく黙っていたな。

 ああいうタイプには喧嘩を売るのが常のように思っていたが」

 

 アタランテが珍しそうに、前を行くソウゴに声をかける。

 今まさに立香が出した、いわば総取りの意見。

 未来も現在も、全て一緒に守り抜くといった言葉。

 そういった話は、大体彼が挑戦状のように叩き付けるのが常だと思っていた、と。

 

「ん、うーん。そうかな?」

 

「いや、完全にそうだろう?」

 

 呆れるようにするアタランテに対し、首を傾げるソウゴ。

 マシュはツクヨミから惚ける彼に視線を移し。

 

「でしたら。あなた方がこの地で生きている、と王に証明できるように。

 まずはこのウルク市内の様々な仕事を見て回る、というのはどうでしょうか」

 

 その前に、先頭を行くシドゥリの声に引かれて頭を動かした。

 王の側近からの言葉。

 真っ先に反応し、声を返すのはオルガマリー。

 

「……ウルク市の仕事、ですか?」

 

「ええ。魔獣戦線、バビロニアの壁。

 その戦場を支えるために、今のウルクではどこでも人手が足りていません。

 あなた方がこの都市の中で仕事を求める、というならば。

 この国を運営するものとして、王はあなた方に必要な仕事を割り振るでしょう」

 

 ギルガメッシュ王は、滞在は好きにしろと言った。

 ルール通りにするならば、正しく扱うと。

 ならば、仕事を求めるものとして声をあげれば、仕事を与えてくれるはず。

 シドゥリはそう言って、ベールに覆われた口元を綻ばせた。

 

 ―――だがそれでは、魔獣戦線への参戦は叶わない。

 絶対魔獣戦線バビロニアは、兵士の戦場だ。

 王が召喚したサーヴァントが指揮し兵士が戦う、戦場と言う名の仕事場。

 

 王の口振りからして、そう簡単に彼女たちはそちらには送られない。

 つまりそちらで何があっても、カルデアは後手に回ることになる。

 

 けれど。

 彼らだけで好きに動き、相手を倒せるとまでは思い上がれない。

 ギルガメッシュ王―――ウルクとの共闘は、するべきだ。

 

「……いいんじゃない? もし何かあったら、その時はその時でしょ」

 

「常磐?」

 

「俺たちは今を生きているからこそ、何かあったら自分がやるべきことをする。

 あの王様だって、それはたぶん否定しないんじゃないかな」

 

 きつく目を眇めて、そう呟くソウゴ。

 オルガマリーはその様子に、戸惑うように目を瞬かせる。

 

 彼を前にして、シドゥリが僅かに目を細めた。

 

 ―――王が必要以上に気分を荒げたのは、彼ら全員に対してではない。

 恐らく、彼だけなのだ。王が視界に入れ、荒ぶった原因となったのは。

 怒ったのではない。憐れんだわけでもない。ただ、荒ぶった。

 

 そして、そうだったからには。

 王がああして口にした言葉もまた、主に少年に向けて放たれた言葉だ。

 

 イシュタル神は少年に対し、ギルガメッシュ王との邂逅を心配する言葉を残した。

 であれば。

 シドゥリがそれを引き合いに出した以上、王も同じことをするはずだ。

 内心はどうあれ、少年への心配―――あるいは叱責を。

 

 どういった関係でそうなったかまでは彼女には理解できない。

 が、それでもそうなっていることくらい分かる。

 様子を見た限りでは、少年の方も王の言葉に何かを感じているのだろう。

 

 その事実を確かめて、彼女は一つ息を吐く。

 声を荒げたほんの一時だったけれど、まるで友を喪い旅立った頃の王のようだった、と。

 よほど心が動かされたらしい、自身の主の事を想う。

 

「―――とりあえず、道すがら考えてみてください。

 まずはあなた方の宿舎とする場所まで案内しましょう」

 

 

 

 

「おや、珍しい。シドゥリ殿が市井に紛れているとは。

 そして後ろに続くのは……ああ、天草殿が言っていた、カルデアの者たちですね」

 

 シドゥリの案内の道中、ひょいとどこかの屋根上から舞い降りる少女。

 服を纏わず、装飾だけ纏ったかのような。

 そんなあまりにもあんまりな衣装の少女が、彼らの前に現れた。

 

「まあ、牛若丸様。どうされたのです? 普段は戦線から離れないというのに」

 

「別に離れたくて離れたわけでもありません。

 ただ先日はどうにも魔獣の数が少なかったもので。

 弁慶の奴めが私の俊足でこの事実を王に報告してきてくれと、頭を地面に擦り付けて頼むものですから。まあ丁度先程すれ違った天草殿から聞いたところ、森の方に巨竜を出したからそうなった、と考えるのが妥当という判断に落ち着きましたが。一応」

 

 敵が少ない、という事は戦線が広がらない、ということだ。

 長大なバビロニアの壁と、そこに押し寄せてくる魔獣の群れ。

 そんな戦場で戦えば、通常は最早誰がどこで戦っているか分からなくなる。

 

 だがそれほどの数ではなかった場合、どこに誰がいるか分かる。分かってしまう。

 その事実をもって、弁慶が冷や汗を流す理由はただ一つ。

 

 シドゥリも理由はよく知らないが、とにかく会わせてはいけないと言われている顔。

 即ち、牛若丸と巴御前。

 彼女たちが顔を合わせないようにする、弁慶苦肉の策だったのだろう。

 

 そうしているうちにも、牛若はカルデアの方に軽く頭を下げていた。

 

「主殿―――ウルクの王、ギルガメッシュのしもべ。

 サーヴァント・ライダー、牛若丸です」

 

 牛若丸。名高き日本の武将の一人、源義経の幼名。

 それが少女の姿をしている事におや、と。

 しかしまあ突っ込むほどでもないかな、と。

 スルーしつつ、彼女たちもまた自己紹介を済ませてしまう。

 

「……では、一応は主殿に状況を報告に行きますので。これにて。」

 

 彼女は最後に、最後尾で仕方なくついてきているアナにちらりと一目を送り。

 颯爽と屋根を駆け上がって、ジグラットに向け疾走していった。

 

「魔獣戦線は安定している、のでしょうね。

 指揮官の一人がああも自由に動ける……天草もそうだったけれど」

 

「ええ。誰もが必死に戦っていますから。

 兵士だけではなく、それを支える者たちも。

 だからこそ。あなたたちがまず見るべきは、そちらからであるべきかと。

 さて、そろそろ着きますよ。

 こちらの路地の奥に、元は酒場だったそれなりに広い建物があります」

 

 そう言って路地に入っていくシドゥリ。

 彼女に続き、オルガマリーたちもそこに入っていった。

 

 丁度、そのタイミングで。

 パシャリ、と小さな音がする。

 別に何か害意を感じるわけでもない、何かの異音。

 それに対して、すぐさまアタランテは獣の耳を動かしつつ振り返り―――

 

 ただ、流れ行く人の波だけを見た。

 

「…………ハサン?」

 

「どうかなさいましたか?」

 

 姿を見せず、声だけで問い返してくるハサン・サッバーハ。

 その反応に、アタランテの方こそ顔を顰める。

 

「何か……誰か、我らを見ていなかったか?」

 

「む。奇異なもの、という視線は最初から集めていますので、どうでしょうか。

 大抵はシドゥリ殿が先導していると納得している様子ですが。

 少なくとも、何らかの攻撃的な意図を感じるようなことはありませんでした」

 

 目の前の光景を見て感じることは。

 またギルガメッシュ王が何かやらせてるのか、程度の話。

 そんな納得を得て、民はすぐに目の前の日常に帰る。

 そうしなかった者はほとんどいない、と。

 

「……それはまあ、私もだが。

 ――――耳慣れぬ音に違和感を覚えただけ、か? あれは何の……」

 

「アーチャー、アサシン? 置いていくわよ?」

 

 先に歩いて行ったマスターにそう言われ、アタランテが思考を打ち切る。

 彼女の聴覚をもってしても、掠めるような小さな音。

 別に悪意も害意も感じない、何かちょっとした違和感。

 とりあえず頭の中に残しておこう、と。

 そうとだけ考えて、彼女たちもまた路地裏に踏み込んでいった。

 

 

 




 
過去にも鎌田はいるし、未来にも鎌田はいる。
未来はいずれ過去になり、つまり未来の鎌田はいずれ過去の鎌田になる。
過去の鎌田は過去の鎌田より過去の鎌田になり、新たな未来の鎌田も生まれる。
つまり未来も過去も鎌田も無限に存在する。無限に連なる鏡合わせの鎌田。

恐らく私が言いたい事は全て誤解なく伝わったと思うのでここまでにしておこう。
 


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カルデア大使館いらっしゃいませ-2655

 

 

 

「それで、お届け先はどこでしょうか先輩?」

 

「えっと、この道の奥にあるお家? 芸術家の……

 あ、それってもしかして粘土? もしかしなくても凄い重いよね」

 

「いえ、大丈夫ですマスター。デミ・サーヴァントにお任せあれ!」

 

 粘土の詰まった箱を持ち上げつつ、着いてくるマシュを先導。

 立香は目的地を探して視線を左右に振る。

 

 やがてその家を見つけたのか、彼女はそちらに足を向けた。

 マシュもそれに続き、重量物を危うげなく運んでいく。

 

 入口まで辿り着いた立香が、その場で大きく声を上げた。

 

「ごめんくださーい。

 荷物を持ってきました、えっと、芸術家の……カドヤさん?」

 

 ―――はて、と。

 カドヤという響きはどこかで聞いたような。

 まあ、こうして配達をやっていれば似たような名前の一つや二つ耳にするか。

 

「そこに置いといていい。ご苦労さん」

 

 家の奥に、何やら山のような粘土に向き合っている男性が見える。

 彼はこちらを見ずに、手をパタパタを振っていた。

 目の前にある粘土の山は、何やらよく分からない形状だ。

 

 あれが芸術というのだろうか。

 ダ・ヴィンチちゃんやネロなら分かるかもしれないが、立香は門外漢。

 その手のことはさっぱり分からない。

 

「ではこちらに。ええと、ではわたしたちはこれで。

 頑張ってください、カドヤさん!」

 

 マシュがそろりと出入りの邪魔にならない程度の場所に荷物を下ろす。

 彼女の声に対し、続けてまた手をぱたぱたと振るうカドヤさん。

 

 いつまでもそうしているわけにはいかない。

 彼女たちには、まだまだ運ばねばならないものはあるのだ。

 

 立香とマシュは顔を合わせて、互いにひとつ頷いて。

 次の仕事、新たな荷物を取りに戻るため、走り出した。

 

 そんな相手が消えたのを見計らい―――

 

 ふらり、と。

 『逢魔降臨暦』を手にした黒ウォズが、その場に現れた。

 

「この本によれば、普通の高校生、常磐ソウゴ。

 彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた。

 常磐ソウゴとカルデアが訪れた最後の特異点、紀元前2655年のメソポタミア。

 彼らは都市ウルクに拠点を構え、いわゆる“何でも屋”を始めていた」

 

 粘土に向き合っていた男。

 彼が滔々と語りだしたそんなコートの男の背中に視線を向けた。

 非常に胡乱げな視線で黒ウォズの背中を見据えつつ、吐き捨てるのは呆れの言葉。

 

「誰に言ってるんだ、お前」

 

「―――少なくとも君にではないよ」

 

「だったら外でやれ、鬱陶しい」

 

 肩を竦めて返す黒ウォズ。

 そんな相手に対して、カドヤ―――門矢士は溜息を一つ吐き落とした。

 

 

 

 

「……なんでわたし、こんな事してるんだろう? って、たまになるのよね。

 わたし、カルデアの所長なんだけど」

 

 テーブルの上を片付け、拭きながら。

 オルガマリーが自分の妙に慣れた手つきを睨む。

 

 自分で自分の手を睨む、というような自傷。

 それを見ながら、ソウゴが返す。

 

「今回は許可とったじゃん。前は無許可だったけど」

 

 そういうことじゃない、と。

 オルガマリーの睨みが今度は彼の背中に向けられた。

 前はドーナツとドリンクの無許可販売だった。

 が、今回はちゃんと王様に許可を取った酒場でのバイトだ。

 一歩前進とも言える。

 

「そうそう! いいもんじゃないか、何よりいつでも酒が飲めるのがいい!

 船乗りに陸で仕事しろ、ってのはちょいとあれだが。

 酒の現品払いと言われちゃ、こっちだって乗るしかないってもんさ!」

 

 従業員になっているはずなのになぜか客と一緒に飲んでいるドレイクが言う。

 まだ昼だというのに、これである。

 

「ちょっと、ドレイク。飲んでばっかいないで、こっちも手伝ってよ?」

 

「ふむ。手が足りない、というのであれば私が―――」

 

「ガウェインは配膳だけでいいの。配膳以外しないで」

 

 なぜ、と。料理自慢が肩を落とす。

 せめてガウェインとフィンを逆にすべきだった、と。

 采配の失敗にツクヨミは大仰に溜息ひとつ。

 

「結構繁盛してるんだよね。手が足りないくらいに」

 

 座席が埋まった結果、ソウゴの手が止まる。

 そんな酒場の様子を見渡しつつ、彼はふぅむと唸った。

 

「ええ。客となっているのは、魔獣戦線から帰還した兵士が主でしょう。

 彼らはここで英気を養い、体を休めた後、再び戦場に戻っていく。

 ―――こうして手伝いをしているだけでも、この場に集った彼らの士気の高さを感じます」

 

 ソウゴの隣に並び、ガウェインがそう述べる。

 滅亡を前にしているとは思えないほど、高い士気を維持した兵士たち。

 だからこそ、

 

「まさしく、一丸となっているということでしょう。

 だからこそ、我らが肩を並べるのが難しいと言えるのかもしれませんが」

 

 彼らの士気が高く、結束が堅く、意志が強いからこそ。

 外様であるカルデアとは歩調が合わないだろう、と。

 そこまで口にしてから、ガウェインが苦笑する。

 

「その溝を埋めるための仕事の最中に言う事ではありませんでしたね。

 ええ、もちろん仕事に際しても、我らもいつでも助け合える体勢を整えていきましょう。

 私もいつ厨房からお呼びがかかってもいいよう、常に気を張り巡らせておきます」

 

「絶対呼ばないから。

 所長さん、こっち手伝ってください。ガウェインは所長さんの分までそっちお願いね」

 

 マスターからの言葉に肩を落とす太陽の騎士。

 彼がとぼとぼと歩いていくのを見送り、ソウゴは目を瞑る。

 

 ―――信じること。託すこと。仲間に向けるべき意志。

 それを常磐ソウゴは、真の意味で果たせているだろうか。

 いいや、自分でもきっと分かっているのだ。

 こうして悩みに心が沈む時点で、本当の意味では出来ていないのだと。

 

 だから、タケルだってわざわざあんな言葉を―――

 

「常磐! あんたも休んでないでさっさと働きなさい!」

 

「あ、うん。分かってるけど」

 

 逃げてはいけない疑問にとりあえず蓋をして、彼は動き出す。

 いつかは立ち向かわなければならない、自分の心。

 これに決着をつけなければ、きっと前に進めないから。

 

 

 

 

「羊のお守りか。私ではなくダビデ王の領分だろうに」

 

「いないものは仕方ありません。

 まあ羊飼い殿と巫女殿たちが羊の毛を刈る合間、我々は護衛として働けばよいでしょう」

 

 潜みつつも、アタランテをなだめるハサン。

 ここはウルク市の郊外。

 兵士の巡回もあり危険というほどでもないが、それでもたまに魔獣がやってくる。

 

「ふむ。まあ当然だが、女神の放った魔獣はいない。

 襲撃に来るのはおよそ餓えた魔猪。であれば、私一人の輝きで十分であろうとも!」

 

 ひらりと槍を回し、決めるフィン。

 彼がちらりと視線を牧場の方に向ければ、大勢の巫女。

 彼女たちは一人の例外もなく、羊のもふもふに夢中だった。

 流麗なる英雄の背中に視線を向けるものは、一人もいない。

 

「……うむ。私の輝きに劣らず、婦女子の注目を集める羊たち。

 魔獣どもよりよほどの強敵と見たが、如何か」

 

「どうでしょうなぁ……」

 

 ぷらぷらと槍の穂先を揺らしつつ、フィンが己の顎に手を添える。

 ハサンは光帯こそあるものの美しい青空を見上げつつ、ぼんやりと返した。

 

「もしや、グラニアを私から奪ったというディルムッドも羊だったのでは……?」

 

「どうでしょうなぁ……」

 

「私も羊になれば、今よりも輝き婦女子により注目されてしまう……?」

 

「どうでしょうなぁ……」

 

「羊になって何をするというのだ。

 まさか羊の姿で気に入った相手に付き纏う、などとそんな阿呆な事は言うまいな?

 まったく、何で私がこいつらと組まねばならんのだ。恨むぞマスター」

 

「えっ!? 私もフィン殿と同じ扱い!?」

 

 男二人に纏めて呆れるアタランテ。

 その突然の衝撃に、ハサンが泡を食った。

 

 

 

 

「…………別に、付き合う必要はないのですが」

 

「別にお前に付き合ってるわけじゃねえよ。

 オレは―――おっ、そこの彼女!

 美しい花はどうだい? 良ければ、オレがあんたに似合う花を見繕ってやるぜ?

 良い花は、良い女を飾るために咲いてくるもんさ。

 オレにできるのは、その二つを巡り会わせてやることだけ……さあ、どうだい?」

 

 花屋の店先に立ったクー・フーリンが、通りがかりの女性に声をかける。

 そのまま踏み込んでいく青い男を睨みつつ、アナは鉢植えを一つ抱えた。

 

 店内では足腰を悪くした老婆が、申し訳なさそうに座っている。

 そちらに顔を向け、問いかけるアナ。

 

「これはどこに置けばいいでしょう」

 

「ああ、ありがとう。

 そっちに棚があるだろう? その上にお願いね」

 

 どうやら老婆はもう視力も弱いらしく、指示自体も曖昧だ。

 だが自分の店ならばある程度は把握しているのだろう。

 そこに飾れば確かに、この彩りがより映えそうではあった。

 そんな事を思いつつ、老婆の指示した場所に鉢植えを持って行く。

 

 そうこうしている内。

 フラれて戻ってきたクー・フーリンがそんな彼女の背中を眺めていた。

 甲斐甲斐しく作業しているアナを見て、彼は片目を瞑って肩を竦める。

 

「しかし、婆さん。今までなかなか無茶してたんじゃねえか?

 その目で商売……まあ、緊急事態であの金ピカが貨幣制度を持ち出すまでは、商売って話でもなかったんだろうが。とにかく、その目に足腰で客の相手とは随分無理してたもんだ」

 

「そうだねぇ……そうかもねぇ」

 

 笑うクー・フーリンに、老婆もどこか誤魔化すように曖昧に笑う。

 その態度に対し、アナがフードの下から彼を睨みつけた。

 

「―――マーリンくらいには余計なことしか言わない男ですね。

 黙って仕事ができないんですか?」

 

「花は黙ってても魅力が伝わるかもしれねえがな。

 せっかく口があるんだ、人間は自分で魅力をアピールしていかねえとな」

 

 けらけらと笑って、その睨みを躱すクー・フーリン。

 そんな彼に対して、老婆がほんの僅か微笑んだ。

 

「そんなことはないよ。人間だって、黙ったままだって伝わる魅力はあるものさ。

 こんな老いぼれに構ってくれる、優しい子がいるもんだってね」

 

「はっ、そんだけ言えりゃまだ若いさ。体の老いなんざ大したこたねえ。

 ホントの老いぼれは、魂の方から腐り落ちてくるからな。

 っと、これ以上何か言ったら、どっかから槍が飛んできかねねえ。危ねえ危ねえ」

 

 そう言って、彼はまた客引きに出ていった。

 

 手持無沙汰になって、アナが顔を覆うフードを目深に引く。

 そんな彼女の姿が見えているわけではないだろうけど。

 老婆は、彼女に向かって微笑んだ。

 

 

 

 

「おお、軍師殿! 久しぶりではないですか!

 久しぶり? いえ、あれはずっと後の時代なので、あっちでの出会いが久しぶり?」

 

 筋骨隆々の肉体を惜しげもなく晒す、ランサーのサーヴァント。

 彼は大股で二世に歩み寄ると、バンバンとその肩を叩いた。

 折れそうになる体に頬を引き攣らせる二世。

 

「そのように理屈で考えることではないでしょう。

 ご壮健のようで何より、レオニダス王」

 

「ははは、私は王という立場のマスターを戴くサーヴァント。

 レオニダス王、ではなくレオニダスで結構ですとも。

 それにそちらは、ネロ殿。

 先の戦場では槍を合わせる事叶いませんでしたが、各々乗り越えられたようで何より。

 ブーディカ殿とはあの後、良き決着は得られましたかな?」

 

 ここにいるからには、勝利したのだろう。

 理解していて、彼は声を昂らせながら問いかける。

 それに対してネロは、不思議そうに首を傾げた。

 

「む? まあ色々とあったが、そなたに何か思われるような事があったか?」

 

「おや?」

 

 お互いに揃って首を傾げる。

 二世が仕方ないのでその間に声を割り込ませる。

 

「まあ女王ブーディカもカルデアに呼ばれているからな。

 なんだかんだ決着した、と言っていいのではないかと思うがね」

 

「おお、それはそれは。

 ええ、人理の危機であれば、思うところはあれど皆が結束して戦うのが最上。

 ネロ殿もブーディカ殿も力を合わせている、というならそれ以上はありますまい」

 

「うむ。とはいえ、我らの参戦はこの地の王に拒絶されておるがな」

 

 もちろん戦場に出向くこともできない。

 故に、こうしてレオニダス王のウルクへの帰還を待ち受けたのだ。

 

 拒絶されている、と聞いたレオニダスが首を傾げる。

 

「拒絶……王がですか? ふーむ」

 

 兜ごしに顎を撫でる彼。

 そんな彼がふと思いついたように、言葉を吐き出した。

 

「……ふむ。我らギルガメッシュ王に呼ばれたサーヴァントは、既に受肉しております。

 如何な王とはいえ、七騎のサーヴァントを一人で維持する事はできませんからな。

 というより、本来ならマーリン殿一人で限度だったのでしょう。

 だというのに、余程の無理を通して更に六騎を揃えたのですから、感服するより他にない」

 

「受肉を。それは、つまり」

 

「ええ。我らは生きた人間のように食事をし、鍛え、眠り、魔力を自前で回復しながら戦闘を継続しています。バビロニアに詰めるのは、基本的にはマーリン殿を除く六騎のうち最低三騎。私も帰還した本日、及び明日は休日という事になっています。

 よりよき肉体と精神を鍛えるためには、休息も必須ですからな」

 

 そう言って筋肉を震わせるレオニダス。

 ネロは彼の態度にほう、と頷いた。

 

「サーヴァント、というよりも本当に一人の人間として扱うのだな。

 サーヴァントとしては維持できないが故の苦肉の策、という面もあるやもしれんが」

 

「此度の戦いがギルガメッシュ王の英雄としての資質を問うものであれば、彼もそのような事はしなかったでしょう。そもそもサーヴァントの召喚などしなかったはず。

 ですが、この戦いは恐らくそんなものではない」

 

「……では、何だと?」

 

 問い返され、何と答えるか数秒だけ悩み。

 その後にそれを口にしていいのか、また数秒悩み。

 しかし、何か吹っ切ったのか、彼は己の所感を素直に口にした。

 

()()です」

 

「障害……?」

 

「何かを試す試練。立ちはだかる壁。前に進むために、乗り越えねばならぬもの。

 人間は生きる過程において、そういったものに必ずぶつかります。

 それにどう向き合うかは、各々で違うことでしょう。

 ですが、いま我々が向き合っているのは、そういったものでは一切ないのです」

 

 最前線において、もっとも魔獣と戦ってきた男が空を仰ぐ。

 憎悪に塗れた魔獣の視線。

 あれは確かに人間のことを見ている。

 破壊すべき対象として、憎むべき怨敵として。

 それならば、彼ら人間にとって生存の敵であり、踏み越えていくべきものだ。

 

 だが、違う。

 何か分からないが、戦場の空気が違う。

 戦っている魔獣は確かに敵だ。

 だがその背後にいるだろう大いなるものは、敵ではないと思う。

 レオニダスはその感覚を明確に言葉にする事が出来ないが、間違いなく。

 

 自分たちが戦っているのは、敵ですらないのだ。

 相手は自分たちを、敵とすら見ていない。

 自分たちは相手を、敵とすら見ていない。

 強い弱いの話ではなく、本当に何も感じていないのだ。

 恐らくは、双方共に。

 

「ただ……そうですね、何と言えばいいか。

 いま我らの前にあるのは、ただの陥穽。特に意味もなく開いた、ただの落とし穴なのです。

 何も試されていない。何も問われていない。ただ邪魔なだけのもの。

 だからこそ、なのです。

 何も試されず、何も問われず、ただ邪魔なだけだからこそ。

 英雄にどうにか出来るものではないのです。

 目の前の道に落とし穴があれば、人は飛び越えていくしかない。あるいは工夫を凝らすか。

 どちらにせよ、その道を歩いている人間自身がどうにかするしかない」

 

「……なる、ほど。貴重な意見だった。

 こちらでもあなたの感覚は共有しておこうと思う」

 

「申し訳ない、軍師殿。私は見ての通り理系なもので、文系はどうにも」

 

 体育会系では? というネロの視線。

 それに胸を張って鷹揚に構えることで彼は応えた。

 

「せっかくですので、今夜にでも挨拶に向かわせていただきます。ええと、」

 

「ああ、カルデアの拠点の位置は……」

 

「む、ロード・エルメロイ二世よ。拠点、では呼び名に華がなかろう?

 正しくその名、定めたばかりではないか」

 

 カルデアの拠点に繋がるルートを説明しようとする二世。

 彼の言葉を遮って、ネロは言っておかねばならない事があるとした。

 彼らの有する拠点のみならず、彼ら自身の立ち位置を示すための名前。

 

「おお、何やら良き名が?」

 

「うむ! 我らはこの地のものから見れば、異境の徒。住む時空まで違えた異邦人。

 同じものを見たとしても、そこに感じること、何もかもが大いに違おう!

 だからこそ!

 それを擦り合わせ、共に生きるためにこそ歩み寄りたいという願いの具現!

 違うからこそ、共に歩むために努力するという決意の結晶!」

 

 身振り手振りで花嫁衣裳のネロが高らかに叫び、舞う。

 舞い散るは白と赤の薔薇の花びら。

 白と赤、まったく違うものが交わり、生み出すコントラスト。

 それを彼女はこれからの旅路を彩るものとして撒き散らし。

 

 二世は溜息ひとつ、花びらを纏めて捨てられそうな場所を探し始める。

 

「その名も―――何でも屋、カルデア大使館! である!」

 

 その名、高らかに。

 

 国どころか時代という横たわる垣根。

 それを超越し、真の意味で共に戦えるように、肩を並べられるようにと。

 願いと、決意を宿した彼女たちがこの地に掲げた名前。

 

 それこそ即ち、『カルデア大使館』であった。

 

 

 

 

「ふん。旅行者としてならまだしも、他国の者としての活動を許可した覚えはないがな」

 

「ですから、私の斡旋したウルクの民からの仕事だけを行っているのでしょう」

 

 粘土板の山を崩しつつ、ギルガメッシュは舌打ちする。

 ウルク市、カルデア大使館。

 別にそこに文句をつけるつもりもないが、と。

 

 顔を顰めながらも仕事の手は止めないギルガメッシュ。

 そんな彼に対し、シドゥリが声をかけた。

 

「王よ、なぜあの少年にそのように気を荒げるのです?」

 

「なぜ貴様にそのように問われねばならん」

 

「王一人の話で済むならば問いません。

 ですが、王の好悪で国に負担を増やすというのであれば、私は何度でも問い質しましょう。

 生憎、今の状況であなたにもう一度自分探しの旅を許す余裕はないのです」

 

 面倒そうに玉座に背を預ける王。

 彼は頭を上に向け、何かを想うように視線を天井付近で彷徨わせた。

 

「ふん、余裕などと言えば、そんなものいつの時代もあった試しがない。

 だからこの国は一度、(オレ)の放蕩に滅ぼされたのであろうに」

 

「分かっているなら……」

 

「だからこそ、であろうよ。どっちでいたいのだ、という話だ。

 使命を果たすのか。己が意志に殉じるのか。

 それは、特別を授かったものは誰しも、選び取らねばならぬものだ」

 

 誰にも言及されていないのか。

 いいや、確かに常磐ソウゴの中にその疑念はあったのだ。

 だからギルガメッシュに言われただけで、彼という器が軋んだ。

 

 英雄王ギルガメッシュは、神に与えられた天の楔としての使命を放棄した。

 そうして無二の友を得て―――やがて喪った。

 その時の恐怖から、彼は不老不死を求めるという行動を起こす。

 

 神の血を引く彼が永遠の王として君臨する。

 それが天の楔としての使命に酷く近しい行為だと理解しながら。

 けれど、そんな彼の旅路は成就しなかった。

 だが、不老不死を得られなかった代わりに―――彼は、自身が殉じる王道を得た。

 

 自分が生まれた意味を果たす事と。

 自分が生まれた意味を見出す事は。

 

 最初に生まれた意味を持つものにとって、まったく違うことなのだ。

 

 まっとうな人間ならば、それを思い悩む必要はない。

 けれど、授かってしまったものには永遠について回る問題だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 使命を否定しつつ、己が意志だけで生きているわけでもない。

 

 そうやって気を荒げる王に、シドゥリは目を細める。

 

「あんな少年にもう老齢と言って差し支えない王と同じ経験を求めるのですか?

 多分、王があの少年くらいだった頃はもっとアレだったと思うのですが」

 

「黙れ、シドゥリ。

 言っておくが、(オレ)の少年期と言えば誰もが認める……」

 

「ですが結局エルキドゥと逢うまでは荒れていたのでしょう?」

 

 そこまで言われ、言い返すことも出来ず舌打ちで済ませるギルガメッシュ。

 彼は誤魔化すように幾分か低くなった積み重なる粘土板に手を伸ばし―――

 

「―――風魔小太郎、本日の休息は貴様であったか。

 殊勝にも理由もなく(オレ)に頭を垂れに来た、というわけではあるまい」

 

「はっ、主殿にお願いしたき儀がありますれば」

 

 王の前に、いつの間にか跪いている赤毛の少年。

 忍びの装束に身を包んだ彼は、そう言って黄金の王へと平伏した。

 聞かずとも分かる、と。

 面倒そうだった顔の眉間に、更なる皺を寄せていくギルガメッシュ。

 

「あれが山から追い払った悪霊が、夜ごと平野に溢れています。

 レオニダス殿どうこうは置いておいて。

 このままでは日中は魔獣、夜間は悪霊と、兵士の負担が増えるばかり」

 

 魔獣の活動時間は基本的に日中。

 あれらも睡眠を取るようで、まったく無いとは言わないが夜間の襲撃はあまりない。

 だからこそバビロニアの壁に詰めた兵士は休めるのだが。

 それが、少々崩れつつあった。

 

 原因はエビフ山の方面からやってくる悪霊の波。

 山との間にあるクタ市は既に悪霊に沈んでしまった。

 そこから更にウルクに接近してくるものの対処に、手間をかけさせられているのだ。

 

 ギルガメッシュが目を細め、御山とクタ市の位置を頭の中で検める。

 そこで何か思いついたのか、彼はシドゥリへと視線を向けた。

 

「……ふん、(オレ)の答えは変わらん。

 貴様の仕事に変わりはなく、その労働形態を変えてやる必要もない。

 また、わざわざ小鬼を追い回すために兵を回す気も無い。

 だが―――最近、この国には()()()()とやらが開店したらしいぞ。

 それを貴様が利用することまでは縛るまい」

 

「何でも屋……? あ、もしやカルデアの方々の?」

 

 話はそこで終わりだ、と。

 ギルガメッシュはさっさと会話を打ち切る。

 前髪で隠されて外からは見えないが、小太郎もその顔に困惑を浮かべていた。

 

「よろしいのですか、王? カルデアの皆さんをエビフの山になど……」

 

 彼の態度を訝しむように、眉根を寄せるシドゥリ。

 彼女はギルガメッシュと小太郎の間で視線を行き来させ、難しい表情を浮かべた。

 

「知ったことか。ウルクに住まう者からの依頼を受けているのは奴らだ。

 都市の外に出る必要がある仕事があれば、許可を求められれば出そうとも。

 バビロニアの壁の防衛線は(オレ)の裁量で動かす国政。

 故に何をどう言い繕おうが、参戦に許可など出さぬ。

 が、野暮用で山に踏み込む事に対してなど、わざわざ(オレ)が言うべき事などない」

 

「いえ、それもそうですが、そもそもあの山には女神イシュ―――」

 

「さあ行くがよい、アサシン・風魔小太郎!

 貴様の休日は刻一刻と消費されている!

 こんな野暮用さっさと済ませ、体を休めるためにウルクを満喫するがよい!」

 

 シドゥリの声を遮る大音量。

 ジグラットを揺らすほどの声に、小太郎は目をぱちくりと瞬かせた。

 

 

 




 
光と闇のエンドレスバトゥ…
 


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無礼怒ヴィーナス1273

 
西暦を滅ぼし、一から平成で作り直す……
今日からは……平成2021年だ。
 


 

 

 

 好い月だ、と。

 空を見上げてそう想う。

 

 空には無粋な光帯がかかっているが、それでも。

 ふと、視線を地べたの方へ持って行く。

 そこに何がいるわけでもないのに。

 何故か、彼女がそこにいるような気がして。

 

 ―――彼女は丁度良さげな岩に腰かけ、空を見上げていた。

 朱い盃に注いだ酒を呷り。

 そこでふと気づいたように、こちらに視線を向けてくれる。

 

「なんや茨木、ここでも()()()()してはるの?

 好きなんやねえ」

 

 別に、そういうわけではない。

 ただ首魁としての務めを果たしているだけ。

 御山の大将として、やるべきことをやっているだけ。

 

「ふうん……そういうんなら、そうなんやろね」

 

 くい、と。動く盃を持った腕。

 酒で咽喉を湿らせて、少女のような外見の鬼が微笑む。

 

 もし彼女が本当にこの場にいたら、どうするだろう。

 

 人間に肩入れするだろうか。

 理性無き獣に混じってみるだろうか。

 どちらも何か、違う気がする。

 

「茨木の好きなようにしたらええんと違う?

 ―――けど、鬼は鬼らしく」

 

 少女の瞳孔が、鋭利なまでに細くなった。

 心胆が凍える。

 別に睨まれたわけでもないのに、ちりちりと肌が粟立つ。

 

「なに殺そうと、なに生かそうと、なに毀そうと、なに守ろうと。

 それは好きにしたらええけど。

 殺して、喰らって、毀して、拐かすのが鬼やさかい。鬼なら、鬼らしく。

 ―――――なあ?」

 

 ぶるり、と。

 目の前の少女が畏ろしくて、体が震えた。

 だから言い訳、ないし。

 行動方針を彼女に言葉で示そうとして―――

 

 ―――そこであっさりと目が覚める。

 

 山頂に立ち尽くして、不明になっている内。

 いつの間にか、太陽が昇っていた。

 もう月は見えない。

 もちろん鬼の少女など、目の前にいるはずもない。

 

「……ではどうすればいいのだ。

 こんな場所、何をしても酒呑に怒られる気がする……」

 

 金色の髪を揺らし、少女の外見を持つ鬼が表情を渋くした。

 

 人間を守る、とか。

 それはいったいどうなのだ。

 もしかしたら酒呑は、場合によってはそれも愉しむかもしれないが。

 だからと言って、彼女がそれをする必要性は感じられない。

 

 この時代にサーヴァントとして召喚され、彼女はしかしウルクの守りとならず離脱した。

 面倒な相手が突っかかってきたから、というのもあるが。

 しかし、そもそも守る理由が一切存在しない。

 

 鬼は人を殺すものだ。

 鬼は人を喰らうものだ。

 鬼は人を毀すものだ。

 鬼は人を拐かすものだ。

 人は、鬼にとって守るべきものではない。

 

 鬼は人を害する。

 故に人は鬼を殺す。

 それが彼女の世界の、あるべき在り方だ。

 人が在り、故に鬼が在る。

 

 だから、正直まったく分からない。

 あの地に満ちる獣ならぬ獣たち。

 憎んで、憎んで、憎んで、憎み尽くして。

 殺して、殺して、殺して、殺し尽くす。

 

 喰らうためなら分かる。

 だが人という生物と何ら関係ないくせに、そんな在り方を貫いている化け物ども。

 そんなもの、まったく理解の範疇外の存在だ。

 

 関係ない生き物を関係ないままに、何故あそこまで憎めるのか。

 彼女にはそれがさっぱり分からない。

 

 そんな化け物どもと当たり前のように戦っている人々。

 そっちも大概だ。

 何故あんなものを前にして、営みを続けられるのか。

 

 まるで――――

 

 そこでぶるりと身を震わせて、彼女は更に頭を大きく振り乱した。

 とにかく。

 彼女は、どちらとも関わり合いになる気にはなれなかったのだ。

 だからこの御山に陣取り、外の世界を眺めるだけにした。

 

 ―――真名を茨木童子。

 平安の京を大いに騒がせた、大江の山に住まう鬼の首魁。

 人を襲い、そして人に討たれた、人の世を乱す化生。

 

 だからこそ彼女は。

 生物とすら呼べない化け物どもに、いっそ恐れすら覚える。

 同時に、そんな訳の分からない化け物に構っている人間どもにも。

 

「…………そろそろ声をかけておくか」

 

 踵を返し、山の中腹を目掛けて駆けていく黄色い鬼。

 ひょいひょいと岩肌を跳ねていくその姿。

 

「―――――」

 

 それを、遥か上空から。

 天舟に腰かけた、一人の女神が見下ろしていた。

 

 

 

 

「ほう、今日出立するか」

 

「はい。丸一日がかりの仕事になるので、小太郎様からの依頼を受けた後、他の依頼との調整をした上で、その上で今日出立すると」

 

 積み上がっては処理されて、処理されては積み上がって。

 高くなったり低くなったりはしても、無くなりはしない粘土板の山。

 本日もそれに取り掛かりながら、王は僅かに目を細めた。

 

「丸一日? ここから山まで行き、登って降りてなどしていれば二日でも済むまいよ。

 河下りとは比較に―――」

 

 胡乱げな表情を浮かべるギルガメッシュ。

 彼がそんな言葉を吐いた直後、ジグラットの外で大気が震えた。

 すぐさまそちらに視線を向ける王と従者。

 

 神殿の外に見える光景。

 二人が見たものは、、飛行機械が今まさに飛び立ったところだった。

 

「……ほう、そうきたか。まあ、ああした手段があれば一日で往復も」

 

 眉を吊り上げ、ウルクの外に舞うその機体を睨みつける。

 そんな彼の前で、エアバイク型のマシンが大きく可動した。

 ガシガシと関節を動かして、シルエットを変えていく。

 

 ビーストのウォッチが巨大化し、飛び出し。

 同時にタイムマジーンが、完全に人型になってみせた。

 そのままウォッチを頭部に装填し、展開するは隼のマント。

 

「まあ……珍しいものもあるものですね」

 

「――――ほう、ほう。人型に変形か。なるほど、なるほど」

 

 乗り物のような形状の機体が、人型に変形。

 そして手足を振り回し、飛翔していく光景。

 シドゥリはそれを珍しげに見送って。

 

 王は、玉座から立ち上がった。

 

「王?」

 

「―――シドゥリよ! (オレ)の蔵の鍵を持て!

 あの手の物がギリシャの専売特許と思い上がった連中に、我が財を見せてくれる!

 完全変形DX(デラックス)機神程度、(オレ)の蔵にも貯蔵されている、とな!」

 

 何が原因で火が付いたのか。

 声を荒げて指示を飛ばすギルガメッシュ王。

 

「何を言っているのか分かりませんが、仕事に戻ってください」

 

 荒ぶる王にしれっと言い返し、彼女は本日の仕事に取り掛かる。

 彼には現状、出陣する暇などありはしないのだ。

 

 

 

 

「フォウフォウフォウ! フォーウ!」

 

「はいはい、デザートもね」

 

 肩に乗せたフォウの鳴き声。

 その要求を通しつつ、立香は歩き出した。

 馴染みになりつつある店で、彼女は今晩用の食材を買い求めていく。

 

 本日は珍しくウルク外、エビフ山への出陣がある日だ。

 道中を考えて、移動はタイムマジーンで行うことになった。

 ウルクで召喚陣を設置し、呼び出したものだ。

 

 それに乗り切れる人数、というメンバー選出。

 結果としてそちらに向かったのはソウゴとツクヨミの班。

 そこに、本日ウルクに居た巴御前を加えたもの。

 つまり人数としては半分を乗せていった、ということだが。

 それでも正直定員オーバーな感はある。

 

 とにかく。

 彼女がやるべきは、その人員が帰還した後に食べる料理の買い出しだ。

 

 こうした買い物もいつもなら、マシュが一緒のところなのだが。

 しかし彼女はこの買い物に出る前に、アナに連れていかれてしまった。

 どうやらクー・フーリンの代わりに、花屋さんの手伝いを頼まれたらしい。

 これを機にマシュを手伝わせ、クー・フーリンを追い出す目論見のようだが。

 ただ彼はなぜか花屋でのバイトにそこそこ思い入れがあるらしく、多分譲るようなことはしないのではないかと思われる。

 というか、バイト自体が何か好きみたいなのだが。

 

 さておき、一通り必要なものを買い揃えて確認し。

 帰路につこうとした、その時だった。

 

「どこの爺さんだ、あれ。この辺りの人間じゃないだろう?」

 

「いやだわ、物乞いなんて。

 負傷兵なんかだったなら、ちゃんと巫女所で看護されているはずでしょう?」

 

「……?」

 

 周りの人の声が耳に入り、視線を集めている場所に目を引かれる。

 

 そこにいたのは、片足を負傷している黒衣の老人の姿だった。

 恐らく歩くのも難しいほどの怪我。

 そんな有様では働くこともできず、日銭を稼ぐこともできないのだろう。

 

「放っておけよ、あの爺さんが何者であっても巫女所の仕事だろう。

 そのための予算は回されているんだ」

 

 しかし今のウルクの治世では。

 こんな状況であるが故に、保障についてギルガメッシュは多く予算を割いている。

 純粋に、まだ生きられる人間を死なせる人的余裕がないからだ。

 死んでいる暇があれば、どうにか生かしてやるからまだ働け、と。

 

 つまり、それが受けられない人間だということは。

 そもそも流れてきた余所者、ということになる。

 

「…………」

 

 ウルクの人は、とても気の良い人ばかりだった。

 それはよく分かっている。

 ここで暮らしてみて、悪人と呼ばれるような人に会った試しはない。

 けれど多分、これも彼らの本当の姿なのだろう。

 

 悪意なんてない。

 ただ、()()()()()

 自分たちの生活に混じる異物に、顔を顰めているだけ。

 それを悪い、なんて言える人がいるだろうか。

 

 もしかしたら自分たちがこう思われていたのかもしれない、と。

 そう考えていた立香の上で、フォウが頭をてしてしと叩いた。

 

「フォー……」

 

「待ってて、いま……」

 

「―――藤丸殿」

 

 動こうとした彼女を止める声。

 マシュの代わりに護衛についてくれていたハサンだ。

 彼は姿を消したまま、彼女の背中に声をかけた。

 

「お気持ちは分かります。

 ですが、それは哀れみととられるやもしれませんぞ。

 礼ではなく、叱責を返される可能性もある」

 

「……それでも」

 

 前に出ようとする立香の耳に、軽い溜息が届く。

 

「……では、致し方ありませぬな」

 

 そう言って、またそっと息を吐くハサン。

 ふと気付けば、立香が抱えていた買い物籠の中に木で出来た筒が置いてある。

 

「薬です。今日の餓えを凌ぐためのパンと、明日働けるようになるための薬。

 まあこの辺りが限度でしょうか」

 

 明らかに薬一つで簡単に治る怪我ではないだろうが。

 いや、ダ・ヴィンチちゃん印の薬を現地で調達した容れ物に移したものだ。

 もしかしたら塗った瞬間にとんでもない事が起きて、治る可能性もある。

 しかしどちらにせよ、出来るのはここまでだろうと。

 

「私が知ってるハサンってみんな優しいけど、ハサン全員そうなのかな?」

 

「フォウ、フォーウ」

 

「私には分かりかねますな」

 

 その言葉を最後に黙り込むハサン。

 彼女は彼の態度に背中を押され、老爺の元まで歩いていく。

 

 そのまま彼の傍に、パンと薬を置いて離れようとして―――

 

「……待たれよ」

 

 老爺の低い声に、足を止めた。

 声をかけられたからには、そのまま立ち去るとはいかない。

 念のために身構えるハサンの気配を感じつつ、彼女は老爺に向き直った。

 

「フォフォウ……」

 

「……余計なお世話、でしたか?」

 

 フードに隠れ、老爺の表情は見えない。

 それでも笑っているわけがないのは分かる。

 

 身を固くする立香。

 彼女の前で老爺は僅かに体を揺らし、静かに口を開いた。

 

「……そうだな。

 若者よ、哀れみは時に侮辱となる。覚えておきなさい。

 謂れのない憐憫は悪のひとつなのだから」

 

「えっと……」

 

 憐憫か、と言われると。

 そういうつもりではない、と返したいけれど。

 だが確かに、きっとそこに謂れはない。

 彼女と老爺の間には何の関係もなく、いま初めて顔を合わせた相手。

 何かを譲るような関係ではないのだから。

 

 だからこそ、謝罪しようとして。

 

「また、謂れのない慚愧もまた悪のひとつである。

 そなたの心が己の行動は何ら恥じる事がない、と信じるならば、感じる必要はない」

 

 謝罪を遮られ、立香が目をぱちくりと瞬いた。

 

 その行為が老爺を案じただけのものではなく、自分の信念に殉じるものであったなら。

 それはけして頭を下げるべき行為ではない、と。

 彼は声から僅かに険を取り払った。

 

「……金銭ではなく、これから私が立つために必要とするものだけを譲り渡した。

 それこそ善しと選んだそなたの判断は間違ってはいないだろう。

 これほどに気遣われ、そこにまで難癖をつけては、この身こそ老害のそしりを免れまい。

 そなたの気遣い、ありがたく受け取ろう」

 

「えっと、ありがとうございます……?」

 

 彼は軽く頭を下げて、パンと薬を受け取った。

 なんとなし、逆に礼を述べる立香。

 

 薬を塗るでもなく、パンを食すでもなく。

 それを彼は懐にしまい、改めて立香へと向き直る。

 

「―――故にこそ。

 居場所無きものを哀れむな。それを追放したことに慚愧を覚えるな。

 でなくば、邪魔者として追われた老害に、何もかも譲り渡すことになるぞ」

 

 ―――老爺の言葉に一切の遠慮はなく。

 

「え?」

 

()()()()()()()()()()。それだけの話である。

 それまでの道のりが間違っていなかった、と信じるのであれば。

 過ちさえも積み重ねた道のりにも意義がある、と見出すのであれば。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――――」

 

 立香が目を見開いて、老爺を見つめる。

 酷い怪我を負った足のまま立ち上がる、黒衣の老爺。

 

「そなたに恵まれたものの礼として、私に返せるものは多くない。

 この老体が若人に示せるものがあるとすれば、忠告の一つくらいが精々。

 私の名はジウスドゥラ。

 ゆめ忘れるな、この名が残したそなたたちへの忠告を。

 でなくば、そなたたちの旅路は“回帰”の名の許に永劫の眠りにつく事になろう」

 

 視界が揺らぐ。

 老人が告げた言葉に悩む暇もなく、意識が震える。

 瞼が落ちて、視界が塞がれるように、彼女は目の前の光景を見失い―――

 

 次の瞬間には、目を覚ましていた。

 

「―――――」

 

 ジウスドゥラは目の前にもういない。

 彼がいた、という痕跡すらも残ってはいない。

 左右を見回しているうちに、背後で息を呑む音がした。

 

「ハサン?」

 

「―――意識が飛んでおりました。

 藤丸殿が老爺に声をかけ、そこで……そこから、ですな」

 

 ハサン・サッバーハの声が震える。

 すぐさま彼は実体化し、霊体化で制限されていた性能を十全に発揮した。

 いきなり出てきた黒衣の髑髏面にざわめく周囲。

 だがそんな事言っていられる状態ではない。

 

 周囲への警戒を全開に張り巡らせても、何も感じない。

 この特異点にあれほどの怪物がいた。

 そしてそれが女神の手の者ではないとは言えない以上―――

 

「……大丈夫じゃないかな」

 

「フォウ?」

 

「―――藤丸殿?」

 

 足を止める怠惰こそが、赦されない、裁かれもしない罪と。

 彼はそう言っていた。

 一体何に赦されないというのか。

 そんなもの、きっと決まっている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この世界に、それを知っている人がどれだけいるだろう。

 藤丸立香にそれを告げられるものが、どれほどいるだろう。

 

 正直、彼が伝えたい言葉の意味はよく分からなかった。

 けれど。

 何が待っていたって、自分たちは最後まで歩み続けるのだ。

 

 ―――何か、心を移してしまいそうな“邪魔者”が前に立ちはだかっても。

 絶対に、諦めずに。

 

 改めて気合を入れ直し、彼女は歩き出す。

 うろたえながら着いてくるハサンに、一言。

 

「やっぱりハサンは優しいね」

 

「―――なにを……え? いや、え?」

 

 かたかたと揺れ始める髑髏面。

 何かに思い当たり、それを必死に否定しようとして。

 しかし否定材料がまったくないので、認めざるを得ずに。

 

 震える黒衣の暗殺者を引き連れて、彼女は次の何かをするために歩き出す。

 次へ、次へ、次へ。

 前へ、前へ、前へ。

 いつか誰にでも訪れる最期の時まで、ひたすらに。

 

 

 

 

「おお……これがあれば、戦況もよりよくなると思うのですが」

 

 タイムマジーンの内部で驚嘆の声をあげるのは、白髪の女武者。

 

 彼女の真名は巴御前。

 それこそ牛若丸―――源義経と同年代に名を馳せたひとかどの戦士。

 そんな彼女が徹底的に牛若丸との邂逅を邪魔されているのは、彼女の愛する者を討ち取ったのが源義経だから、だということだ。

 

 だからこそ、どこまで話していいのかしら、と。

 ツクヨミは操縦桿を握りながら、距離感を図りかねている。

 が、狭い中でもふらふらと動く彼女に、声をかけた。

 

「って、変なスイッチ押したりしないでよ?」

 

「え? 何かしてはならない事があるのですか?

 申し訳ありません。巴はこの手の絡繰などのことをよく分かっておらず……

 繊細なもの、ということくらいは分かりますが……」

 

 おっかなびっくり、壁から距離を取り出す巴。

 

「別に適当に触っても何とかなるんじゃない? 俺はそうだったし」

 

「うむ。何となくやれば何となくなるな!」

 

 だがそれに対し、経験談として適当でも何とかなると言い出す二人。

 適当なことをほざくソウゴとネロ。

 そんな二人に対し、ツクヨミが目を細めた。

 

「ならないから」

 

「―――んで、結局のところ最終目標はどうするんだ?

 その茨木童子を倒して終わり、か?」

 

「戦力を自分たちから減らすのはあまり嬉しくないが、さて?」

 

 ケルトの二勇士が揃って巴に問いかける。

 問われた彼女は難しい顔をして、御山にいるはずの鬼の姿を思い描いた。

 

「討ち取っておくべきでしょう。現に御山を騒がし、北壁の戦場を混乱させていますし。

 あの時見逃さずきっちりと首を刎ねておくべきでした」

 

 無念そうに口にする巴。

 かつてギルガメッシュ王に召喚され、受肉し、使命を聞かされた時。

 茨木童子は彼女たちが戦力として投入される戦場を見て、その後あっさりと離脱した。

 その時ちゃんと追撃し、きっちりと首を落としておくべきだったのだ。

 

 彼女の横顔を眺めつつ、ガウェインが目を細める。

 

「ふむ。改めて協力を要請するつもりではない、と」

 

「ええ、サーヴァントはこの地において将として運用されます。

 状況によってまた遁走されては特に問題ですので、こちら側としては考えません。

 あくまで戦場を乱す鬼に対処する、だけです」

 

 茨木童子は鬼である。

 人の世を守るものではなく、人の世を乱す化生。

 京を騒がす怪異の頂点の一つだったものだ。

 だからこそこの結果は当たり前で―――

 

 その結論に少しだけ眉を顰め、ツクヨミが操縦桿を握り直す。

 そこで彼女は口を開こうとして、

 

「―――ッ! 急速接近する物体、大きさは人間サイズ!

 現れた方角は……エビフ山の頂上!」

 

 タイムマジーンが放つアラートを認識し、そう叫んだ。

 この高度で飛行する存在。

 彼らの認識している限り、そんな事ができる人間サイズの敵は二人。

 

「エルキドゥ……!?」

 

「いいや」

 

 巴がこんな閉所でどうするべきか、と身を固くして敵の名を呼ぶ。

 だがそっちじゃないだろう、と。

 確信を持ってクー・フーリンが否定した。

 

 煌めく流星。黄金の輝き。

 弓のような形状の天舟が、エビフの頂上から飛び立ち―――

 タイムマジーンの前へと現れる。

 

「女神イシュタル……!」

 

「―――ほんと、いい面の皮じゃない。

 驚くのを通り越して、呆れ果てた先にある怒りが見えてきたわ。

 よくもまぁ私の神殿があるエビフに顔を出せたもんね」

 

 黒髪を突風に靡かせて、女神が真紅の瞳を呆れの感情に染めた。

 彼女はタイムマジーンと相対し、徐々に顔を険しくしていく。

 

「神殿……? まさかあの山って、女神イシュタルの本拠地だったの?」

 

「っていうか、何か怒ってる?」

 

「―――私、言ったわよね? さっさと帰れ、ウルクには行くな、って。

 だってのにアンタら、ウルクに行ってあの馬鹿に会って?

 そんで居付いた上にウルクから私のエビフに向かってきた。

 そう。私のせっかくの忠告を無視した挙句にあの馬鹿の手先になってエビフに襲撃、なんて」

 

 ギチリ、と。

 空気が軋み、真紅の瞳が黄金に染まっていく。

 溢れ出す神威が、彼女が紛れもない神霊だと証明する。

 

「正直、びっくりしすぎてひっくり返るかと思ったわ。

 これまで私をこれほど虚仮にした奴なんて、あの馬鹿コンビと冥界のあいつくらいなもの。

 オッケー、わかった。つまりアンタたち、いまここで死にたいわけでしょ?」

 

 天が騒ぐ。地が震える。

 イシュタルの言葉に冗談も遠慮も一切なく、ただ本気の心情を吐露している。

 そんな様子に対し、思わずツクヨミが叫び返す。

 

「ちょっと、私たちはただエビフの山に逃げ込んだサーヴァントを……!」

 

「――――ふうん、それが?

 何であれ、エビフに駆け込んだなら、つまり私の所有物じゃない。

 それに手をつけようとしてました、私には関係ありません、なんて。

 盗人猛々しいってこういう時に使う言葉?」

 

「…………」

 

 ソウゴがドライバーに手をかけつつ、視線をクー・フーリンに向ける。

 彼が視線で返すのは同意。

 フィンも同意、ガウェインもまた同意。

 

 結局のところ、彼らにはまだ情報が足りていない。

 三女神同盟、なるものが存在することは分かっている。

 

 その中で最大勢力である魔獣の女神が、恐らくギリシャのものである事も分かっている。

 これはクー・フーリンからの情報提供で、もう少し詰められているが。

 

 もう一柱。

 彼らがウルクで活動する中で、判明したこと。

 ウルクより南のエリドゥに、密林の女神がいる。

 

 そして三柱目。

 金星の女神、ウルクの都市神。

 女神イシュタル。

 

 これにて三女神同盟、というものが構成されているはずだ。

 だがこれらが全て敵か、というと疑問が残る。

 女神イシュタルは善良ではないが、人類の敵ではない、と思われた。

 今でこそ目の前で激昂しているが、まず彼女は忠告をくれたのだから。

 

 そう。

 彼女は人類の敵ではないが、同時に善良なだけのものではない。

 彼らに忠告をくれたのも、ひいてはウルクという()()()()()()を守るため。

 

 そんな彼女はいま、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 エビフを荒らすものではなく、エビフに住まうものと判定した。

 所有物(ウルク)は守るものが、あれを自分が守るものに害するものではないと断定したのだ。

 

 ならば―――

 

「私のテリトリーに不法侵入した以上、きっちりと慰謝料はふんだくる。

 謝ったくらいで払わずに済むなら、取り立て屋はいらないのよ。

 命含めてアンタたちのリソースをまるっと底値で頂いて、イシュタルA(マネーイズ)T(・パワー)M(・システム)として有効活用してあげる!」

 

 ジリジリとひりつく大気。

 その中心で、眼光を黄金に輝かせる女神が凄絶な笑みを浮かべる。

 (ゆみ)を引き、矢を弾き、光を曳くは戦女神。

 

 彼女が放つ無数の光矢が、タイムマジーンへと向け殺到した。

 

 

 




 
西暦2021年夏に月姫が出るそうなので西暦を滅ぼすのはやめました。
命拾いしたな。
 


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エビフ山の守護者995

 

 

 

「マスター!」

 

「ええ!」

 

 ツクヨミが一気に操縦桿を倒す。

 それに応じ、タイムマジーンが一気に下降を始めた。

 急速落下するマジーンの直上を過ぎ去っていく光の弾幕。

 

「っ、仕方ありません!

 女神イシュタル、彼女もまたここで撃破するしか!」

 

「はっはっは、可憐な外見に似合わず中々の猪武者と見た。

 まあ何にせよ、とりあえず降りるしかあるまいが」

 

 揺れる機内の壁に手を着き、巴御前がすぐさまそう断じる。

 そんな彼女の言葉に笑いながら、ソウゴへと視線を向けるフィン。

 彼は既にウォッチをドライバーに装填し、ハッチを向いていた。

 

「俺が凍らせるから、お願いね。開けて、ツクヨミ」

 

「なるほど。では、まずは私たちの出番のようだ」

 

「―――ッ、行くわよ!」

 

 追撃の矢を躱し、それと同時にハッチが開くタイムマジーン。

 思い切り震動した機内で、掴まっていなかったソウゴの体が宙に浮く。

 そんなマスターの背中を掴み、クー・フーリンが腕を振り抜いた。

 

「んじゃまあ、まずは任せたぜマスター!」

 

 開けっ放しのハッチから投げ放たれるソウゴ。

 彼はその瞬間にドライバーを回転させ、仮面ライダーの力を解き放つ。

 

「――――変身!」

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム! 3! 2! 1! フォーゼ!〉

 

 空を裂き、飛来するは白のロケット。

 それが分解され、ジオウへと変わったソウゴに合体していく。

 両手に掴むブースターモジュールが炎を噴く。

 一気に加速したその体が、大きく空へと舞い上がる。

 

 目の前を翔け上がっていった白い姿に目を細めて。

 金星の女神は、(ゆみ)を弾く指先を遠慮なくそちらへと向ける。

 

「アンタだけ? ま、そりゃそうか。

 それ以外に空に足をかけられそうな奴もいなかったし」

 

 彼女の意志に正しく反応し、射出される光の矢。

 それが全速力で爆進するフォーゼアーマーを掠めていく。

 イシュタルはそうしながら、ちらりと視線を外して、マジーンの方を見る。

 

 丁度そのタイミングで、マジーンが着陸しているところだった。

 そこで大人しくサーヴァントを下ろして、援護するということか。

 だがその程度で天翔ける金星の女神を捉えられる、なんて。

 そんな浅はかな考えで動くとは、まったくもって度し難い。

 

 天空は彼女の支配域だ。

 遠投げや弓矢、あるいは聖剣であったとしても。

 ただ地上から放つだけで届くと考えるなど、思い上がりも甚だしい。

 

 そんなもの、気に掛ける必要すらないと。

 彼女は改めてジオウに向き直り―――

 

「フィン!」

 

「了解した。では、まずは我が槍が先陣を切ろう!

 祖神、戦神(せんじん)ヌアザの力を発揮せし我が槍を以て―――先陣(せんじん)を切ろう!」

 

「は?」

 

 水流が渦巻く。

 何もかもを押し流すに足る圧倒的な水量。

 神気に満ちたそれは、マスターが聞き返す低い声も一緒に押し流す。

 

「“無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)”―――――!!」

 

 背後で立ち上る神気。

 その水の槍で強襲されたところで、彼女を揺るがすにはまるで足りない。

 低き大地から高き天空に向け遡る水など、あっさりと躱してお終いだ。

 

「―――――っ、なんですって?」

 

 ―――が。

 それは彼女に向けて撃ち放たれたわけではなく。

 自身に向けられた攻撃ではない事実に、イシュタルがそちらに意識を向けた。

 

 彼一人の槍で呼ぶ水は津波の如く。

 のみならず、それに準じる水の柱が同時にその場で立ち昇る。

 

 いつの間にやらマジーンの肩に装備されたマントは青色に。

 ドルフィンの頭部を模ったマントを纏い、その巨体を揺らしていた。

 

 地上から天へと向けて噴き出す間欠泉。

 それはイシュタルを狙ったものではなく。

 ただ天に向かって延ばされた、軌跡で塔を描く超常の放水。

 数百メートルもの高さにまで立ち昇る水の柱。

 

〈フィニッシュタイム!〉

〈ウィザード! ギリギリスラッシュ!〉

 

「!」

 

 一瞬だけ減速し、片方のブースターを手放して。

 代わりに手にした剣にウィザードに力を纏わせ、放り出す。

 顕れるは青い魔法陣。発現するのは冷気を放つ高位魔法。

 ブリザードの魔力を纏ったジカンギレード。

 

 それを、改めてブースターを掴みつつ。

 弾むバネ、反動で跳ぶためのスプリングユニット。

 ホッピングを左足に顕在化させて、思い切り剣を蹴り飛ばした

 

 天を衝く水の塔に突き刺さる剣。

 その瞬間、塔は瞬く間に氷の塔へと変貌していく。

 剣が纏うは海すら氷河に変える圧倒的な冷気。

 それが尋常ならざる量の水を瞬時に氷へと変えてしまう。

 

 女神がそれを一瞥して、目を細める。

 同時に、地上で青豹の如き男が体を屈めた。

 そちらにもまた視線を向け、女神が僅かに唇を歪め。

 

「私の支配域に踏み込みたいってわけ? 頭が高い、っての!」

 

 (ゆみ)を引く。

 恐れ多くも天に掛けられた階に向け、光の矢が引き絞られる。

 星の輝きのように、瞬きのうちに完遂される射撃。

 神速の英雄に先んじるほどの速度で以て彼女は塔を砕かんとして、

 

 ―――放った矢が、空中で別の矢と激突した。

 光と炎が交錯し、相殺し、矢だったものが焼け落ちる。

 

「いいえ。お許し頂きます、女神イシュタル。

 その矢、悉く撃ち落としてでも!」

 

「―――――」

 

 矢を撃ち放った弓から残火をくゆらせながら。

 地上から女神を見上げ、確かに。

 巴御前の矢が、イシュタルの矢を撃墜せしめていた。

 その鬼火の輝きに、僅かに女神は目を細めて。

 

 ―――踏み込みに爆裂する大地。

 足場にされ、踏み砕かれる氷の足場。

 地上から、青い獣が疾走する。

 数百メートルの距離を一息に走破して、朱槍が氷の破片の中で激しく躍る。

 

「貰ったぜ、女神サマよ」

 

 突き出される呪いの槍。

 その疾風の如き強襲は、女神イシュタルを確かに目の前にしてのもの。

 この状態から弓兵が槍兵に仕返す手段などない。

 故にこそ、ランサーの一撃は必殺足りえて。

 

「呆れた。(ゆみ)の使える距離じゃないから私に勝てる、とでも?」

 

 ぐるり、と。少女の外見を持つ女神の腕が回る。

 円を描いて、呪槍を受け流すような所作。

 空にあるままで、完全なる踏み込みは出来ないが、それでもその動きに淀みはなく。

 

 出てきたのは女神とは思えぬ、人の動き。

 人が永き時を重ねて研鑽したような、武術の型。

 完璧には遠い。が、それでも。

 足りない部分は女神としての肉体の頑丈さに任せ、彼女はその動きを果たし切る。

 

 受け流される朱の槍。

 完全に必殺のタイミングで放ったにも関わらず、女神は完全に受け流し。

 

 そうしてそこで、クー・フーリンが獰猛に笑った。

 

「ハッ、弓兵風情が拳士の真似事か――――ってなァッ!!」

 

 不意を衝いて受け流した、と。

 その確信をクー・フーリンが覆す。

 まるでそうなる事を知っていたかのように、絶妙な力加減に繰られる槍。

 槍を受け流したと確信した女神の腕が、再度襲来する薙ぎ払いに見舞われた。

 

「ッ……!?」

 

 反応が遅れるイシュタル。

 全力で弾かれた腕が、微かに痺れを持ち。

 その瞬間、遅れて駆け上がってきた白銀の鎧が宙を舞った。

 

「オォオオオオオオ――――ッ!!」

 

 駆け上がり、飛び跳ねて、そうして振り上げたるはガラティーン。

 太陽を背負いながら、太陽の騎士がイシュタルに飛び掛かる。

 頭上を取られ、大上段から女神に迫る白刃。

 

「チッ、天舟(マアンナ)!」

 

 それほどの刃が相手となれば片手では受け切れぬ、と。

 彼女は即座に舟へと呼びかけ、自身の目前へと割り込ませた。

 剣と(ゆみ)が直接ぶつかり合い、滂沱と火花を撒き散らす。

 

 上から、下へ。

 跳躍から全力で叩きつけられる太陽の騎士の一撃。

 それと激突した衝撃で、地上まで押し込まれていく女神イシュタル。

 彼女の足が虚空を踏み締め、ブレーキをかけた。

 何もない空と女神の足裏が摩擦して、白煙を上げる。

 しかしそれでも落下は止まらない。

 

 空を削りながら僅かな減速をかけるも、地上まで真っ逆さま。

 イシュタルが酷く顔を顰め、足を振り下ろす。

 地面に激突する瞬間に、彼女の足が大地を踏み締めた。

 その体勢に入った瞬間、思い切り振り回される黄金の天舟(マアンナ)

 

 彼女を強引に地上まで押し込んだガウェイン。

 その体が力尽くで吹き飛ばされる。

 

「ッ……!」

 

「私を地上に引き下ろす、ね。ええ、ほんと―――やってくれるじゃない!」

 

 再び(ゆみ)を引く。

 同時に、それを阻むべく放たれようとする巴御前の弓。

 が、彼女は矢を番えるのとは逆の腕で、巴の方を指差した。

 それに応じ、呪詛が物理的な威力を持って、女神の指先から吐き出される。

 

「く……っ!」

 

 炎を纏う巴の矢が、一工程で放たれた魔弾に全て迎撃された。

 続く阻めなかった(ゆみ)からの射撃。

 その矢が氷柱を木端微塵に吹き飛ばす。

 

 フィンが舞う。ガウェインが突撃する。

 自身に立ち向かうトップサーヴァント二騎。

 彼らを正面にしたまま、女神は呆れて目を細めてみせて。

 

「足を地に着けさせさえすれば、正面から戦えると思った?

 お生憎様、そんな甘い女神じゃないわよ、私は」

 

 一射、二射、三射。

 駆ける勇士が彼女に届く前に、それだけの射撃を実行する。

 一射目を正面から受け止めたガウェインが、矢を弾いた衝撃で押し返された。

 二射目、彼のカバーに入ったフィンがその一撃を逸らし、その場でよろめく。

 三射目。それが己らに届く寸前、太陽の騎士が強引に姿勢を持ち直す。

 

「何という剛弓―――! だが!」

 

 一閃し、着弾する。

 焔の剣閃と光の矢が激突し、その威力を発散。

 衝撃で地面を割りながら、またも押し返されたガウェインが蹈鞴を踏んだ。

 

「地に足着けば、そこから十分に余が誘い込める!」

 

 その次の瞬間、場が一気に塗り替えられる。

 黄金劇場のマリッジバージョン。

 準備し、待機していたネロが解放した、彼女の宝具。

 

 天翔ける女神イシュタルをもう飛ばせない、と。

 その門扉が、彼女の存在を閉じ込めるために開かれた。

 煌びやかで、麗しく、美しき、黄金と薔薇の劇場。

 

 そんな中に囚われた金星の女神。

 彼女は驚愕に目を見開いて―――

 

「なにこれ、リッチ……! 私の神殿より――――!?」

 

 目を輝かせながら、式場を飾る装飾の値段を計りだした。

 

「む?」

 

「い、いえ、落ち着きなさいイシュタル……!

 これはまやかし、所詮は泡のように消えるあぶく銭なんだから……!」

 

 強襲されようが何をされようが、全く揺るがなかったイシュタル。

 彼女が一気に、先程までは在り得なかった動揺に心を揺らす。

 威力や衝撃より、何より金額の問題だ。

 

 そんな光景を前にして、体勢を立て直しながら痛ましそうな表情を浮かべるガウェイン。

 

 あまりにもあんまりな隙。

 それに対して、氷片を飛び回り地上に戻ってきたクー・フーリンが頭上から奇襲する。

 流石に見過ごすことなく、マアンナを振るって弾き返しつつ。

 しかし、女神の眼が黄金から真紅に還り、完全に動揺し切っていた。

 

 訳が分からない、が。

 

「―――ツクヨミ! ウォッチ交換!」

 

『え、ええ!』

 

 弾け飛ぶビーストのウォッチ。

 それがブースターの加速のまま、地面に激突するように着地したジオウの手元へ。

 代わりとしてバースのウォッチを投げ返し、すぐにドライバーのウォッチを交換した。

 

〈アーマータイム! ドライブ!〉

〈バース!〉

 

 ジオウが白いロケットを分離し、即座に真紅の車体を身に纏う。

 同時にタイムマジーンが頭部のウォッチを変更。

 その手の中に銃を呼び出し、イシュタルへと向けた。

 敢行されるのは、メダル、銀色の硬貨を弾として吐き出す銃撃。

 

 連打される銀色の弾丸。

 危うげなくそれを手刀で撃ち払いながら、イシュタルがその感触に表情を変える。

 

「投げ銭!? ちょ、それどういう了見よ―――! あ、いえ、違う!?

 なにこれ、お金? いえ、メダル? あ、カジノのコイン?」

 

 素手で無数のメダルを撃墜しながら、目を白黒させている女神。

 そんな有様を曝しながら、しかし彼女の防御は完璧で。

 メダルに混じる矢にも、疾走する剣士にも、槍兵にも。

 ただの一撃すら許すことなく。

 

〈フィニッシュタイム! ドライブ!〉

〈フィニッシュタイム!〉

 

 しかし、己の背後に現れた異物に対し、彼女が呆けた。

 ネロの展開した黄金式場。

 その中に現れたるは、あまりに似合わぬ機械装置。

 

 ジオウの剣閃に合わせ、浮かび上がるは巨大なスロットマシン。

 

「ネロ! 大当たりで!」

 

「うむ!」

 

 それを、この空間の支配者が出目を決めてから回す。

 ぐるぐると回転するスロットマシン。

 ガチリ、と。一つ目が『7』という数字に止まり。

 ガチリ、と。二つ目が『7』という数字に止まり。

 

 イシュタルがそれに息を呑む。

 いや、だって、そりゃそうだ。

 スロットマシンで、『7』が二つだもの。

 息は上がるし、手を震えるし、目は回る。

 そういうものでしょう? と。

 

 そんな彼女の前で。ゆっくりと。しかし確かに。

 最後の目が、『7』という数字に止まり。

 大当たりを祝福するファンファーレが、式場の中に轟いた。

 

「うそ、“777(ジャックポット)”!? 実在するの!?

 っていうかあれね! やっぱ運営側が確率いじってるわけ!? なんてインチキ!」

 

 直後、スロットマシンから金貨が山のように吐き出された。

 津波のように押し寄せる金貨。

 それがカタチを変えた攻撃だ、などと。説明されるまでもなく。

 しかしその瞬間、金貨の雪崩を見たイシュタルは完全に足を止めていた。

 

「正気に戻りなさい、イシュタル……!

 あれは敵、あれは攻撃、あれはイカサマ……!

 実物じゃないの、実体がないの、現ナマじゃないのよ……!

 くっ……! それでも、金貨の海に溺れて溺死するなら……!」

 

 ぐるぐるとスロット以上に目を回しながら。

 金星の女神は足を止めて、金貨の雪崩の前でその輝きを見上げていた。

 

 どじゃーん、と。叩きつけられる金色の波。

 更に敷き詰められた金貨の上を、無数のバッファローが走り抜けていく。

 中に沈んでいる女神を更に押し潰すように。

 金貨で呑み、念入りに押し潰し、そうして静かになった黄金式場。

 

 そんな光景を見ながら、ガウェインが悲しげに呟く。

 

「容れ物にした人間の性根から温情を得るのと同時に、金銭への執着まで……

 神さえも資本主義に染めるとは、恐るべし……

 太陽さえも、神さえも、人は金銭のためなら踏み越えていくのですね……」

 

 

 

 

「くっ……宝石ならまだしも、現金に釣られるなんて……!

 いえ、でもあればあるだけ嬉しいものじゃない。

 そもそもお金さえあればどうにかなるのよ。

 『あ、この宝石いい感じ。値札は―――あっ……』って気分を味わう事がなくなるのよ。そして懐具合を考慮して見逃した宝石を、成金金髪縦ロールが金に任せて手に入れてて、『こんの成金……!』って唇を噛み締めることもなくなるのよ……!」

 

「随分と具体的に人間社会のつらみが出てくんな、女神サマにしちゃ」

 

 クー・フーリンが呆れたような視線を向けるのは、エアバイク形態のタイムマジーンのアームに縛り付けられた金星の女神。

 彼女は虚ろな目で、既に消え去った金貨があった場所を見つめていた。

 更に口から出てくるのは、何か分からない恨みつらみ。

 

 イシュタルは縛られながら、口惜しげに強く唇を噛み締めつつ。

 泣きそうな顔で、クー・フーリンをキッと強く睨みつける。

 

「……私の体にした奴の人格でしょ。

 言うまでもなく私がベースだけど、紛れもなく今の私の性質は混ざりものだもの。

 ここまで不和なく混ざるなんて、さぞかし私とその子の相性が良かったんでしょうね」

 

 深々と溜息ひとつ。

 一度の吐息にたっぷりと十秒近くかけて。

 そうしてから、彼女は面倒そうに顔を上げた。

 

「それで? 女神の判決に異を唱えて私を地に墜として。

 これからどうするつもりよ」

 

 そうして問いかけられて。

 問われたから、しれっと。

 

「茨木童子って奴に会って、話してみて、それが終わったら帰るけど」

 

 己らがここまできた目的を素直に話す。

 流れで戦闘になったが、彼女に別に用はないのだ。

 

 お前に用はない、と言われたイシュタルが目を細める。

 そんな返答をしたソウゴに、巴御前もまた難色を示す。

 

「女神イシュタルに関しては、ウルクの民からも数多の被害報告が上がっています。

 特に牧場主たちから。突然爆撃され、家財を根こそぎ奪われたと」

 

「はあ? 何よそれ、風評被害も甚だしい。

 私はアイツらの牧場に集ってる魔獣を処分してあげてただけでしょ。

 家財っていうか、宝石はその仕事に対する正当な報酬じゃない」

 

 呆れて返すイシュタルの言葉。

 それにに驚いて、目を見開く巴御前。

 今の言葉を聞くと、まるでこの女神は味方のようじゃないか、と。

 彼女に襲撃を喰らった牧場は、穴だらけで使えたものじゃない。

 そんなもの、襲撃以外の何だというのか。

 

「えっと……あの穴だらけになるほど爆撃された牧場を、守った、と?」

 

「直せば使えるじゃない。そのくらい必要経費でしょ」

 

 その経費に充てられる家財を根こそぎ奪っていったのでは、と。

 多分言い返す意味もないので、巴御前が言葉を詰まらせた。

 彼女の中では本気で、それが守護になっているのだ、と。

 

「―――それと同じみたいに、茨木童子って奴の事もここで守ってたの?」

 

 イシュタルと巴の会話が途切れたので、合間にソウゴが疑問を挟む。

 彼女は何でそうなるのか、と。

 本気で呆れながら、さっさとその疑問を否定した。

 

「何で私がそんな事しなきゃいけないのよ。

 勝手に居付いた奴なんて、知ったことじゃないわ」

 

 いい加減に縛られていても仕方ない、と。

 バキバキと音を立てながら、手足を縛っていた鎖を粉砕するイシュタル。

 彼女は肩を回しながら、拘束から当たり前に抜け出して立ち上がる。

 

 そうしてマアンナに視線を向けて。

 しかしそちらはガウェインが抑え込んでいるのを目撃した。

 

 顔を顰めるのは、流石にこの状況で力押しは難しいから。

 天舟なしでガウェイン、クー・フーリン、フィン、ネロ、巴御前。

 ―――勝てないとは言わないが、流石に楽ではない、と。

 イシュタルが面倒そうに、また一つ溜息を落とす。

 

「でもあんたは茨木童子のこと、侵入者じゃなくて住人として見てたんだよね。

 そいつだってギルガメッシュの召喚したサーヴァントなのに」

 

 胡乱げな目で問いかけてくるソウゴを見据え。

 そうして、彼女は観念したかのように口を開いた。

 

「……今のエビフの中腹にはね、ウルクから逃げてきた人間が住んでるのよ。

 ギルガメッシュの奴が、サーヴァントを呼び出して壁を造る前からね。

 ウルクから逃げ出して、行き場所を失って、山に籠って震えてたような連中が。

 それでも、いま話に上がったウルクの牧場主なんかと同じよ。

 ウルクの人間である以上、私の庇護下にある。

 この山に逃げ込んできた人間は、私の名の許に多少の温情は与えるわ」

 

「つまり、その方たちも魔獣から守っているってこと?」

 

 ツクヨミからの問いかけに、ありえない、とばかりに顔を顰めるイシュタル。

 

「なんでよ、対価も無しに守るわけないでしょ。

 神頼みするなら相応の貢ぎ物は必須よ。

 私、守られる努力すらしない奴を守る気ないもの。

 ウルクから逃げてきた、ってならなおさらね」

 

 彼女はそう言ってウルクの方向を見据え、目を細めた。

 

「あそこは私の都市。私の領域よ。あの都市の維持に力を尽くしてる人間は、私からすれば庭師みたいなもの。ギルガメッシュ以外ね。

 だから、私のために働いている人間として扱って特別価格で助けるの。まあ、仮にギルガメッシュがどれだけ追い詰められても、アイツだけは助けないけど。

 そこから逃げた人間は、まあ私の財産である事には変わらないけど、私にとっての価値は一枚どころじゃなく数段落ちる。だから、積極的になんて助けないわ。当然の事ね。

 私の山に踏み込んできたことくらいは、見逃してあげるってだけ。野の獣に喰われようと、少し登ってきた魔獣に殺されようと、それは仕方ないこと。

 私の都市に貢献する事を放棄したんだから、私だって援助を放棄するわ」

 

 軽く腕を上げて、髪を軽く払って。

 彼女は目の前に立つ者たちを一通り見回す。

 

「あのサーヴァントは私の領域に勝手に踏み込んできた。

 本来は見過ごさずに追い出すんだけど……アイツ、その人間たちを守ってるのよね。

 人間だけじゃなく、魔獣に追いやられた獣たちもだけど。

 人も獣も一緒くたに、集団として成立させてこの山で生き延びてる」

 

「やっぱり、茨木童子は悪い奴じゃない?」

 

 それだけ聞けば、茨木童子は随分と人間のために貢献しているように聞こえた。

 巴御前もその事実に驚愕して、目を白黒させている。

 

「さあ? そんな事、私は興味もないけど。

 ―――私がアイツに手を出さないのは、これに対する報酬。余所者のくせにウルクの民を守った相手ならば、私はウルクの守護神として、私の財産を守るという行為を示したそいつに報酬を与える。アイツがこの地で人間を守る限り、私はアイツの居住に文句はつけない。ただそれだけよ。

 住人として認めてる、じゃないのよ。私の守護に関係ない余所者の働きには、正当な報酬を渡してるだけ。ウルクの民が私のために何かするのは当然だけど、他所の連中にそれを強要はしないもの。これで納得できた?」

 

「うーむ、余はそう詳しくないのだが。

 それでも聞き及ぶ神霊の奔放さに比べ、随分とお行儀のよいと言うか……らしくない、というのか? 意外と思考は堅実なのだな、金星の女神(ヴィナス)というのは」

 

 ギロリ、と。真紅に戻っていた彼女の目がネロを睨む。

 

「……別に、やり方を変えてるわけでもないわ。

 こういうところはきっちりしておけ、さもないと微妙に気に入らない顛末になる。

 ってね。ときどき、心の税務署からの指導が入るのよ。変化なんてその程度」

 

 冗談か、もしくは本気で言っているのか。

 目は笑わないままに、口調だけで笑う彼女がそんな言葉を放った。

 

「うーん……じゃあとにかく、後は茨木童子が何でそういう事してるか、かな?

 そろそろ本人に聞きに行こうか」

 

「―――そう、なら勝手になさいな」

 

 いい加減それを返せ、と。

 イシュタルの視線が天舟の方を向く。

 

 ガウェインがちらりとマスターに視線を送り、頷き返されて。

 仕方なく彼は、それを手放してイシュタルに返却した。

 戻ってきたマアンナに手を添え、しかし彼女は眉を吊り上げる。

 

「……はあ、負けて取り上げられたものを無償で返却されて。

 それでまた撃ち出す、ってのは流石に戦の女神として債務不履行ね。

 仕方ない、今日は見逃してあげるわよ」

 

 渋い顔でそう呟き、彼女は舟に腰掛ける。

 ふわりと重さを感じさせない軽やかさで浮き上がる、女神の舟。

 彼女は空からカルデアの面々を見下ろして、ぶすっとしたまま山入りの許可を出した。

 

「今日限定で山に立ち入るのは許したげる。

 用事があるならさっさと済ませて、さっさと戻りなさい」

 

 そう言って彼女は黄金の軌跡を曳きながら、山の頂へと飛んでいく。

 彼女の言う神殿がそこにあるのだろうか。

 高速で消えていく彼女を見送って、彼らは顔を見合わせた。

 

 

 

 

「―――――」

 

「茨木童子様、どうかなされたのですか……?」

 

 鬼がそわそわと、角が二本生え揃った頭を揺らす。

 行われていた山の麓での戦闘。

 それは終わったようだが、結局どういうものだったのかが分からない。

 時折飛行している女神が当事者のようだが―――

 

「別に、吾はどうもしていない。特に気にする理由もない」

 

「……先程までの音、もしや魔獣がここまで……?」

 

 エビフの山の中腹、そこに出来た天然の洞穴。

 この場に籠っている人間たちが、身を寄せ合う。

 俯く男、身を竦ませる女、肩を寄せ合う夫婦、子を抱きしめる親。

 様々だ。

 

 彼らは現状を知らない。

 彼らはウルクがバビロニアの壁を築く前に逃げてきたもの。

 王がサーヴァントを呼び、戦線を構築する前に逃げ出したもの。

 いまの外がどうなっているか、様子を知らない。

 

 別に茨木童子もすぐにウルクを離れたから、詳しくはないが。

 それでも、人と魔獣は戦えている事を知っている。

 人と魔獣が、争えているのを知っている。

 

 彼らがその事実を知ったらどうするだろう。

 

 あんな化け物を前にして、逃げ出すのは当たり前だ。

 あれらは人の世を乱すもの、ですらない。

 もっと隔絶した、最初から別の世界の存在として扱うべきものだ。

 

 だから、逃げ出した人間に彼女が言うべき事はない。

 するべき事もない。

 

 彼女はただ逃げだした人間を殺すつもりはない。

 茨木童子が殺すのは、鬼を殺すべく刃を磨いているものだけだ。

 鬼は人を殺し、喰らうもの。

 人は鬼を殺し、蔓延るもの。

 

 鬼も殺せず、住処もなく、ただ生きているだけ。

 そんなものをわざわざ害する暇があるほど、鬼の頭領は易しくない。

 

 角を揺らす。

 この場に接近してきている複数名を察知して。

 彼女は洞穴の前で立ち上がると、外へと向き直った。

 

「茨木童子様……?」

 

 洞穴の中から、誰かが声を上げる。

 引き攣り気味の声は、もしかしたら、という恐怖のためか。

 だが今この場にやってきたのは、魔獣などではない。

 

「―――ウルクの王、ギルガメッシュ様の名代として参じました。

 サーヴァント、アーチャー。巴……巴御前、と呼ばれる者です。

 どうか、お話を聞いて頂ければ」

 

 よく響く声。

 洞穴の中にも、その涼やかな女武者の声は響いただろう。

 茨木童子の背後にいた人間たちに、動揺が広がっていく。

 

 誰かが体を震わせる。

 誰かは堪え切れなくなったか、嗚咽を漏らす。

 誰かが、遂に、立ち上がる。

 

 ゆっくりと、しかし確かに。

 ウルクの住人であった者たちが、茨木童子より前に歩み出す。

 

 ―――あんな、人知れぬ化け物どもを前にして。

 外の実態を知った、知ってしまった彼らは、一体どうするだろう。

 

 分かり切った疑問を浮かべ、茨木童子は静かに瞑目した。

 

 

 




 
金、金、金!
騎士として恥ずかしくないのか!
 


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人鬼対面、1つの世界-2655

 

 

 

「言ったでしょ? 私の財産を守っている、だから見逃してた。

 そいつらがウルクに戻るなら、その仕事自体がなくなって見逃す理由もなくなるの」

 

 女神は取って返してきて降臨し、空にあるままに神託を下した。

 彼女を見上げながら、返す言葉は鬼にはなく。

 

「残った獣を守る、なんてそんな屁理屈も通さない。

 人には長たる王が治める国があり、そこから出ればはみ出し者で通じるけれどね。

 獣には、そんなものはどこにもない。あるのは目に見えない縄張りだけ。

 そこから追い出されてどうするか、なんて。

 家畜じゃあるまいし、群れの中で長が決めるべき事なのよ。

 人相手の用心棒としてならば、その働きを許しましょう。

 けど群れの長がやるべきことを余所者が代行する、なんて無法を許すわけがない。

 あなたには、獣の長を代行する資格なんてないんだから」

 

 エビフ山に籠っていたウルクの民。

 彼らは全員が、ウルクへの帰還の意を示した。

 それと同時に、茨木童子もまた居場所を失った。

 女神イシュタルは、彼女が山に滞在する事を許さないからだ。

 

 人を守るものとしてそこに在るのは許す。

 だが獣の長として君臨するのは許さない、と。

 

 結果として、彼女もまたウルクに帰参することになった。

 逃げ出そうとした茨木童子を、守られていた人間たちが引き留めたから。

 

 彼らは山の麓で幾つか木を切り倒し、木材を確保。

 それをドライブアーマーで強引に大きな籠を組み上げた。

 数十人のウルク民を載せて、タイムマジーンで運ぶために。

 

 

 

 

 そうして製造された、巨大な木製の籠の中。

 タイムマジーンで吊るされ、空を行く船となった場所で。

 端に立ち、地上を見下ろしている茨木童子に声がかかる。

 

「どういった風の吹き回しなのですか。

 鬼であるあなたが、人を守っていたなどと」

 

 問いかける声は、巴御前のもの。

 それに一度振り向いて、しかし茨木はすぐに視線を外した。

 

「……別に守っていたわけではない。

 そも、吾が殺すのは京を守る戦う人間よ。

 逃げ出したような連中は、吾にとっては殺すにも喰らうにも能わぬ」

 

 ぷい、と。

 そっぽを向いた彼女に続けて問いかける巴。

 

「ですが守る理由もまたないのでは?」

 

「守ってない」

 

「全部見ていた女神イシュタルが守っていた、と言っていましたが」

 

「守ってない、と言っている」

 

「保護したウルクの民たちも全員、守られていた、と言っていますが」

 

「守って! ないと! 言っている! だろうが!

 なんだ貴様! 角を隠すと耳も悪くなるのか!?」

 

 逸らしていた顔を巴に合わせ、いきり立って睨みつける。

 そう言われた巴の方こそ、今度は曖昧に視線を逸らした。

 

「いえ、そんな。隠してる角とかありませんが。

 それはそうと、誤魔化すにも限度というものがあります」

 

「その言葉そっくりそのまま返してくれるわ角隠し!

 貴様が本性を隠したまま戦えているとは、戦力が足らぬと嘯く割に随分と楽な戦場なのであろうな!」

 

 がなる茨木。

 言われた巴が、その言葉に僅かに眉尻を上げた。

 それでも茨木が吐く言葉は止まらない。

 

「それはそうであろうよ。

 人ならいざ知らず、こんな戦場は鬼には何ら関わりない。

 貴様の中の鬼の血が黙りこくるのも当然という話だ!」

 

「何を―――」

 

「鬼とは人の世を乱し、殺し、喰らい、毀すものだ。

 人が世を築き、鬼がそれを乱し、そうして殺し合う事。

 それこそが我らが世の螺旋。人と鬼、我らの在りようというものだ!

 だというのにあの化け物どもはどうか。

 人だけを殺す。他のものになど目もくれずに、ただ殺す。

 世を顧みず、命を喰らいもせず、明かりを毀しもせず。

 ああ、よく分かったとも。あれだ、あれが()()()()()()()()()、だ!

 酒呑が気に入るはずあるまいよ! かくてはならじ、と言うわけだ!」

 

 そうして彼女は地団駄を踏もうとして。

 しかし、此処が空中で力無き連中も多く乗っている事を思い出して。

 一度持ち上げた足が、そこで止まる。

 木の足場など、彼女が軽く足を振り下ろすだけで、余りにも簡単に粉砕できる。

 だからこそ歯を食い縛り、彼女はそこで堪えて。

 

「……っ、人と鬼とは同じ舞台の上で喰らい合うもの。

 だが奴らは、同じ場所になど立っていない。

 ただ他所から来て、他所にいるままに、余所者である者どもを殺す。

 何も見ておらぬ、何も感じておらぬ、殺し合うものとして相手と向き合うことすらせぬ。

 あんなものと命を懸けて張り合うなど、それこそ何より―――

 命というものへの、最大の冒涜であろうよ……!」

 

 ダン、と蹴り飛ばされる籠。

 小さく揺れるだけで済んだその場から、茨木童子が消える。

 飛び降りたか、と一瞬だけ焦った巴。

 だが茨木は下に向かう事なく、上のタイムマジーンの上に乗っていた。

 

 面倒を見ていた者たちを置いて、逃げる事を是としなかったのか。

 とにかく、彼女は一応大人しく着いてきてくれるようだった。

 

「…………」

 

 そんな彼女を見上げながら、巴は僅かに目を伏せた。

 

 

 

 

「ほう、逃げ出した小鬼も帰参したか。まあそちらはよい。

 それよりも逃げ出していたウルクの民が帰参したのは喜ばしいことだ。

 喜べ、一度逃げ出した貴様らの家財は既に接収し、(オレ)の管理下。

 このウルクで生きていきたければ、早急に働いて日銭を稼ぐしかないぞ。

 (オレ)が新たに施行した貨幣制度の詳しい説明は―――シドゥリ、巫女を一人回せ。

 説明が終わり次第、当面の住処と職を斡旋してやるがいい」

 

 また高くなり始めた粘土板の山。

 それを処理しつつ、片目だけで立ち並ぶ民を見据えながら。

 ウルクの王、ギルガメッシュはさっさとそう言い切った。

 

 シドゥリが声をかけ、参じる巫女の一人。

 その彼女に導かれ、エビフに逃げていたウルクの民たちは連れていかれた。

 最後に、茨木童子に礼の言葉を投げかけながら。

 

「さて。民はそれでよしとして、だ。

 小鬼の事は(オレ)から言うべき事はない、好きにしろ」

 

「あんたのサーヴァントなのに?」

 

「好きにさせていたのを勝手に連れ帰ってきたのは貴様たちだ。

 そして貴様たちへの依頼主は、風魔小太郎と巴御前の両名。

 扱いなど勝手に決めればよい。

 無論、今更そやつをバビロニアの壁に投入する気はない」

 

 そこで王は粘土板を処理する手を止めて、カルデアの面々に向き直る。

 

「さて。民を連れ帰った、という事実以外に(オレ)が聞くべき事はない。

 繰り返すが、依頼主は混血どもだ」

 

 ちらり、と。王の視線が巴御前を見る。

 彼女は茨木童子の後ろに張り付き、いつでも動ける姿勢。

 後ろを取られた鬼は心底嫌そうな顔をしていた。

 民たちをここまで連れてくる、という責任がなければ、絶対に途中で逃げていただろう。

 

「……報告は依頼をしたそれらにするべきものである。

 これ以上は(オレ)が関与する事ではない、というわけだが―――」

 

「王様はさ、女神イシュタルをどうしたいと思ってるの」

 

 目を細めて、ソウゴからの問いに溜め息を吐く。

 ギルガメッシュはそのまま力を抜いて、玉座に背を預けた。

 

「どうしたいか、と問われれば。まあ即刻廃棄処分したいに決まっているが。

 この地にあれほど要らんものも他にあるまい」

 

「王よ」

 

 横からのシドゥリの諫めるような声。

 それにぱたぱたと手を振って返すと、彼は言葉を続ける。

 

「まあそれはそれとして、だ。どうするつもりもない。

 (オレ)が何をしたところでロクな事にはならないからな」

 

「それは、女神イシュタルがギルガメッシュ王を嫌っているから……という事ですか?」

 

 ツクヨミの問いかけに、座ったままに肩を竦めるギルガメッシュ。

 

(オレ)が恃めば反発し、(オレ)が譲れば調子に乗る。

 ならば正解は関わらない、以外にあるまいよ。

 あれの被害に見舞われた場所は、河の氾濫に襲われた、とそう扱うしかあるまい?

 ―――質問への返答は以上だ。さっさと大使館とやらに帰るがいい」

 

 そう言って彼らから視線を外し、粘土板の山に立ち向かう王。

 俄かに騒がしくなるその空間から、彼らもまた帰路についた。

 

 

 

 

「ふーむ、それなりに認めてもらえてきたのだろうかな?」

 

「え?」

 

 歩きながら顎に手を添え、そう口走るフィン。

 彼の言葉に振り向いたツクヨミに、彼は微笑み返した。

 

「ギルガメッシュ王は大使館に帰れ、とわざわざ言った。

 一応はこの地の住人として認めたぞ、という宣言だろう?」

 

「そう、なのかしら」

 

 いまいち実感がなく、首を傾げるツクヨミ。

 そんな彼女の前で、クー・フーリンが肩を竦める。

 

「野郎がオレたちをどう扱うか、の方針も固まったみたいだしな」

 

「む? というと、矢張りあの口ぶりはあれか?」

 

「イシュタルの嬢ちゃんをあいつは災害に例えた。

 一個人ならもう備える以外に他はない、だろうがな。

 国を運営する王であれば、それへの対策工事は業務の一環だろうさ」

 

 クー・フーリンの言葉にふうむと顎に手を当てるネロ。

 

「ギルガメッシュ王は女神イシュタルと関わらない。

 厳密には余計こじれるから自分は関わるべきではない、と判断した。

 だが同時に、今回の話でもイシュタルがいる山への立ち入りは禁じなかった。

 つまり彼ではなく、こちらから働きかけるべき問題、と言われたという事でしょうね」

 

 女神イシュタルとの関係は、この戦いに大きく関わる事柄だ。

 だがギルガメッシュでは、それをどうにかする方法が存在しない。

 ギルガメッシュがギルガメッシュだからこそ、どうにもならないことだ

 それをどうにかできるとするならば、カルデアだけ。

 

「この時代のためになることを私たち自身で考えて、イシュタルに接触しろ。

 そう言われたも同然、ってことね……」

 

「っていうか、この国のためになるイシュタルへの接触の仕方を、自分に提案してこいっていう意味だったんじゃない?」

 

 この時代の統率者であるギルガメッシュに向けて、だ。

 自分たちはこういう形で戦える。

 直接そう示すには、絶好の問題であるだろう? と。

 そう言われたも同然なのではないか。

 

 彼らは一業者として、国に対して売り込みをかけてもいい。

 それだけの立場を得られたのだ。

 イシュタルという天災に対応する業者として。

 

 空へと視線を向けながら、ソウゴはそう語る。

 彼の後ろでガウェインが同意するように、しかし渋い顔で頷いた。

 

「……恐らく、我々には既に一つの答えが示されている。

 ここで女神イシュタルに接触し、どのような女神であったか理解した。

 問題を解決する方法はある。

 ですが我々にその条件を満たせず……しかし、ギルガメッシュ王はそれを満たせる。

 が、ギルガメッシュ王には満たした条件を相手に提示する、という手段が取れない」

 

「だから、そこで初めて。あいつに対して取引を持ちかけられるわけだ。

 何でも屋、カルデアとして」

 

 クー・フーリンがそう言って、小さく口の端を吊り上げる。

 

 そんな彼らを後ろから眺めつつ。

 茨木童子は、小さく鼻を鳴らした。

 

 

 

 

「―――つまり、イシュタルを仲間に引き込むためにギルガメッシュ王に金を出させるって?」

 

「うん。お金に弱そうだったから」

 

 帰って報告を受けたオルガマリーが、眉間を指で押さえる。

 幻影の金貨やメダルにすらあんな大きな反応を示したのだ。

 本物のお金をぶつければ、きっとあの時以上に大きな反応があるだろう。

 そして女神イシュタルは明らかに、“自分のルール”が自分の中で絶対的に強い存在だ。

 

 自分とオリオン以外の他の事など基本どうでもいい、みたいな。

 女神アルテミスのような神とは、少し違う。

 それはもしかしたら人間の器を利用しているからかもしれないが。

 あくまで自分で決めたルールの上では、一際強い責任感がある。

 

 一度契約すれば、彼女はきっと自分の勝手で反故にはすまい。

 そして、大量の金が目の前に積まれた場合だ。

 そんな事になった時、彼女はどうやら正気じゃなくなって勢いで契約するタイプだった。

 金を積み、契約を迫り、勝ち取った場合、彼女は渋々でも最後までそれを果たすだろう。

 

「女神を買う、たぁ随分と豪気だねえ!

 いいじゃないか! そういうでかい話はアタシも賛成さ!」

 

「……まあ、確かに。一度抱え込んだら最後までやり通すタイプなのだろうさ。

 女神イシュタルへの対応としては、それでいいとして。

 後は英雄王ギルガメッシュにその話が通せるか、だろうな」

 

 酒盛りしているドレイクから離れつつ、二世が女神の顔を思い浮かべる。

 女神というか、依り代になった少女というか。

 

『うーん。聞く限り、ギルガメッシュ王も取引を持ちかけられるのを待ってる、のかな?

 思った以上に殊勝な態度というか、迂遠な対応というか。

 もっと暴君暴君した王様だと、前は思っていたんだけれど』

 

「まあギルガメッシュ王にも色々思うところがあるのさ。

 彼だって自分の気分だけで国を運営しているわけではないからね!」

 

 しれっと混ざっているマーリン。

 彼の存在を疎ましそうに、フードの下からアナが睨みつける。

 そんな対応をされている事を気にもせず。

 マーリンはいま思い出した、とばかりに懐から包みを持ち出した。

 

「おっと、忘れるところだった。これはシドゥリから。

 キミたちは今日、風魔小太郎と巴御前の両名からの依頼を受け、エビフ山に向かった」

 

 そう言ってマーリンは部屋の隅にいる茨木童子へ視線を向ける。

 胡乱げな目で見返され、彼はすぐに視線を外す。

 

「それと同時に、キミたちはエビフ山にいた民たちをウルクに連れ帰った。

 これは王のサーヴァントからの依頼とは別枠として、報酬を与えるべき貢献だ。

 と、いうわけで。シドゥリからのご褒美、バターケーキだ。

 これは買うのであれば巫女の銀で十枚はする高級品だぞぅ」

 

「バター、ケーキー……」

 

「おや、アナも興味津々かい?」

 

「別に……そもそも私は、その業務に参加していないので関係、ありません」

 

 からかうように声をかけられ、ぷいと顔を背けるアナ。

 そんな彼女を見て、ツクヨミが微かに笑う。

 

「私は甘いの苦手だから、申し訳ないけど遠慮しておく。

 その分、アナに食べてもらっていいかしら?」

 

「別に言うほど……」

 

 甘くないと思うけど、この時代の材料的に。

 などと。

 そんな言葉を続けようとしたソウゴの左右から、立香とマシュが口を塞ぎにかかる。

 三人のやり取りに肩を竦めながら、アタランテが隅にいる茨木へと視線を向けた。

 

「汝も食べたらどうだ?

 鬼という種族は人間しか食わない、というわけでもあるまい」

 

「…………ふん」

 

 そっぽを向く茨木童子。

 それに苦笑しながら、マーリンから菓子を受け取ったハサンがさっさと切り分けていく。

 一切れを木皿に乗せてアナに。

 更にもう一皿用意して、彼は茨木の元まで歩いていく。

 

「これはウルクの民を援け、この地に連れ戻した事への報酬、との事。

 でしたら茨木童子殿には真っ先に食べる資格がありましょう」

 

 面倒そうに。

 彼女の手がケーキを掴み取り、皿から取り上げた。

 そのまま口の中へと放り込まれるバターケーキ。

 数度の咀嚼をしてから、彼女の動きが止まる。

 

「…………美味い」

 

「それは良かった、シドゥリにはそう伝えておこうじゃないか。

 アナは何かあるかい?」

 

 同じように食べていたアナに問いかけるマーリンの声。

 彼女は一度声に詰まり、何とか口に含んだ分を嚥下して。

 そうしてから、マーリンに声を返す。

 

「……次に会った時に自分で伝えます。

 マーリンの口なんか通したら、お礼が宣戦布告になりかねませんから。

 あと、その、このケーキ、なんですが」

 

「オレも甘いもんは要らねえな。好きにしろよ」

 

 申し訳なさそうに、視線を彷徨わせながらアナが途中まで口にした言葉。

 それに対しけらけら、と。

 ドレイクに付き合って酒盛りをしていたクー・フーリンが笑う。

 

 一瞬だけ嫌そうに、しかし彼女はフードを被り直しつつ、彼へと頭を下げる。

 彼女はそれを別の包みへと移して、大事そうに抱え込んだ。

 

「保つのは明日の昼頃まで、だそうだ。

 それ以上は傷んでしまうので、注意するようにね」

 

「そのくらい、分かります」

 

 そんなやり取りの様子を眺めていたオルガマリー。

 彼女が目を細めて、ソウゴの方へと視線を送る。

 

「……で。あんたはすぐに動くべき、だと思っているの?」

 

「うーん、なんかちょっと情報が足りない気がする」

 

「情報、ですか?」

 

 ソウゴが唸りながらそう言うと、聞いていたマシュが首を傾げた。

 

 女神イシュタルは味方、とは言い切れない。

 彼女はウルクの都市神であり、そうであるが故にウルクに関わる者を守護している。

 ウルク以外はさほど気にしていない、という事でもあるだろう。

 それでもこちらがウルクを中心としている以上、協力者には引き込める。

 それはそれでいいとして、だ。

 

「―――三女神同盟。

 まあ女神に協調性など求めるものではないから、敵対しててもおかしくないわけだが。

 人を殺したいだけの魔獣の女神、ウルク……自分の物を守っているだけのイシュタル。

 後は南の森側の都市を支配しているらしい女神。

 結局彼女たちは、何を目的として同盟を組んだのだろうね」

 

「それもイシュタルに訊いてみればいいんじゃ?」

 

 フィンの言葉に言い返すツクヨミ。

 だがすぐに、彼女の言葉が否定される。

 

「女神イシュタルと契約さえすれば、彼女は恐らくそれに反しない。

 だからこそ味方として、雇い入れる事ができる。先程話していた内容です。

 同時に、だからこそ。

 誰かと同盟を組んでいたとすれば、同盟相手の情報を彼女は絶対に漏らさないでしょう。

 彼女が魔獣を殺して回っている以上、魔獣の女神と肩を並べているわけではない。

 ですが、同盟を成立させたからには、彼女は間違いなく情報だけは売らない。

 そこにある女神の矜持に下手に触れれば、敵対することになるでしょう」

 

 それは恐らく、女神イシュタルという神格と、器になった少女の両者が同様の性質。

 そうと予想したガウェインの言葉に、何名かのサーヴァントたちはおおよそ同意した。

 彼らがそうとまで断言するならそうなのだろう、と。

 立香が腕を組んで、天井を見上げた。

 

「三女神同盟の情報は、別のところから得る必要がある?

 と言っても、もう残ってる女神は……」

 

「南の女神、ね」

 

「そのような存在がいる、と。

 風魔小太郎さんからは一応聞いていますが、詳細は……」

 

「申し訳ありません、こちらも詳細は一切分かりかねるのです」

 

 困った風なマシュの声に被せ、建物の入り口から巴御前が入ってくる。

 彼女は今回の遠征の結果を前線の小太郎の許まで持って行っていたようだ。

 全速力で一度戦線まで出向き、そのまま全速力で帰還したらしい。

 タイムマジーンで送り迎えできればよかったが、カルデアには戦線に出る許可は得られない。

 

「小太郎殿、天草殿の両名にて一度偵察を行った事があるのですが……

 ウル市において謎のサーヴァントに遭遇し、命辛々の生還がやっとだったそうです。

 彼らの眼で計った限り、そのサーヴァントは一人でこちらの全戦力に匹敵するだろう、と」

 

「イシュタルみたいに女神のサーヴァント、ってこと?」

 

「……確かに神霊らしきサーヴァント、だったそうなのですが。

 しかし、三女神同盟なのかどうかは不明、だそうです。

 確かに通常のサーヴァントとは隔絶していますが、魔獣で大地を満たす女神ほどの権能や女神イシュタルほどの格は感じなかった、とは天草四郎殿の弁です」

 

「その程度じゃ同盟相手、にはならない?」

 

 イシュタルは気位が高い女神である。

 魔獣の女神が分からないが、それでも頑なに人を殲滅せんとする女神である。

 恐らく、格下の女神とは同盟などは結ばないだろう。

 格下が相手ならば、従えようとするはずだ。

 その事実は自分たちもそう認識している、と。神妙に頷く巴御前。

 

「恐らくは」

 

「―――しかしそんな奴相手によく逃げ延びられたな。

 風魔小太郎はまだしも、あの天草四郎ならさっさと討ち取られていそうなものだが」

 

 アタランテが胡乱げな目で巴を見る。

 むしろ討ち取られていればよかったのに、と言っているようにさえ聞こえる。

 そんな態度を不思議がりつつ、しかし指摘には納得したのか苦笑した。

 

「ええ。そうなりかけた、という話です。

 ですが通りすがりの仮面ライダー、という方に助けて頂いたようです」

 

「……通りすがりの仮面ライダー?」

 

 突然の名前に、オルガマリーがそのまま聞き返す。

 

「はい、時折バビロニアの戦線に参加している、桃のような色の鎧の御仁です。

 私たちが戦線で魔獣将軍に瓦解させられかけた時なども、力を貸して頂きました。

 本当に時折参戦されるだけで、正体などは一切存じ上げませんが……

 ギルガメッシュ王からは勝手にやらせておけ、というお言葉を受けています。

 ……そういえば、ソウゴ殿が纏っていた鎧と少し似ている気がしますね?」

 

 揃って目を見合わせてから、ソウゴが懐からウォッチを取り出した。

 無論、ディケイドウォッチをだ。

 彼はそれを持ち上げて、巴の眼前に示して見せる。

 

「それって、こんな仮面ライダー?」

 

「ああ、そうです。そのような兜の方です。

 そういえば彼の姿も、皆さんが来てからは一度も見ていないような。

 最後は確か、エルキドゥが戦線への偵察か何かのために顔を見せた時、だったでしょうか」

 

 首を傾げている巴を見ながら、立香もまた首を傾げた。

 

「ってことは、あの人も近くにいる?

 そういえば、最近何か引っかかったような……」

 

「って言っても黒ウォズみたいに神出鬼没だしどっからでも出てくるんじゃない?」

 

「うーん、そう言われると確かに。

 別に近くにいなくてもその気になればどこにでも出てこれるんだろうけど」

 

 なんだったっけなー、と。

 首を傾げて少し唸る。

 彼女の頭の上でフォウがバランスを取りつつ、座り込む。

 

「……とにかく。今重要なのは、ウル市には強力なサーヴァントがいる。

 かつ、その相手が三女神同盟の参加者なのかは不明。

 下手すればサーヴァント複数体分の強力な神霊が二体以上いることになる、わけね」

 

「現実味のある可能性だな。

 少なくとも魔獣の女神には、サーヴァントではないがエルキドゥというしもべがいる。

 その上、エルキドゥの心臓は聖杯によって代替されている」

 

「えっと、うーん。そういう場合もカウンター召喚、的なのがあるの?」

 

「分からん、としかいいようがない。だが聖杯戦争のていを取っている場合、勝敗を決めず不正に聖杯を利用した者に対し、カウンター召喚が行われてきたのは確かだ。

 今回も不正な聖杯使用によるエルキドゥの再起動、に対するカウンターが発生している可能性はあるだろう。そしてエルキドゥに対するカウンターならば、相当なレベルのサーヴァントが呼ばれていると考えるのは自然な話だ」

 

 つらつらとそう語る二世。

 彼の言葉にふぅと溜息ひとつ、オルガマリーが肩を竦めた。

 

「魔獣の女神の不正使用。南の女神に与えられるカウンター。

 人類側には何もなし、ね。

 カウンターとして召喚されるサーヴァントくらい、無条件で人理側について欲しいものね」

 

 言って、視線を向ける先はロード・エルメロイ二世。

 彼はさっさと視線を逸らしてしまう。

 

「私たちはギルガメッシュ王が単独でどうにかしたサーヴァントだからねえ。

 残念ながら、聖杯の恩恵は得られていない。

 まあ王は王で聖杯のようなアーティファクトくらい幾らか持っているけれど」

 

 マーリンがそこで微笑み。

 微かに、アナが包みを抱えた腕に力を込めた。

 

「……目下の敵は魔獣の女神だ。

 だが、南の女神がそちらに合流する可能性も考えなければなるまい。

 両女神は現状不干渉のように見えるが、協力関係を結ぶ可能性は存在している。

 そういった可能性を考慮すると、イシュタルの買収はすぐにやるべきではないな」

 

 二世の言葉に掌を打つのはツクヨミ。

 

「あ、そっか。

 イシュタルが買収された事を知った二人の女神が合流する、って可能性があるのね。

 まずは南の女神がそういう事をする女神かどうか確認した方がいいわね」

 

 魔獣の女神は人に対しては殺意以外がない。

 だが少なくとも、エルキドゥを従えている。

 神側の存在は何も気にせず許容する、という可能性はあるだろう。

 イシュタルが人に協力した場合、確実に排除するため女神同士で手を取り合う可能性。

 これが現状では否定できない。

 

 そこをはっきりさせるには、実際の女神がどういうものか調べる必要がある。

 

「そのためには当然、相手のテリトリーに踏み込まなければいけないけれど……」

 

「うむ、それほどの相手だ。今日のように戦力分割はするべきではなかろう。

 女神イシュタルとて美の女神(ヴィナス)の名に恥じぬ力強き女神であった。

 冗談のような方法で撃退できたが、正面からのぶつかり合いならどうなっていたか分からん」

 

 少しだけ口惜しそうにそう呟くネロ。

 本当に冗談のような落ち方をしたが、少なくとも戦闘において有効打は一度もなかった。

 トップサーヴァント数名でかかってそれで済んだのが、女神イシュタルの実力だ。

 

「まあそうだな。甘く見てたわけじゃねえが、流石に正面からはきついだろ」

 

「ふーむ。あれと同格、しかもそれが複数、と考えると少々難しいな。

 戦う場合は確実に一人ずつ、こちらは全員で相手したいところだ。

 戦士としてはあまり面白くないがね」

 

「恐らく二騎以上神霊が集まった南の女神勢力。

 女神とエルキドゥと多数の魔獣を擁する魔獣の女神勢力。

 どちらも強靭ですが、だからこそ万が一にも合流されてはいけないですね。

 女神イシュタルの前に金貨を積むのは、もう少し後になりそうだ。

 焦らずにきっちりと順序を決め、確実に処理していきましょう」

 

「うーん。全員で、ってなると今回みたいにタイムマジーンで小さい船ぶらさげる?

 でもあれだと咄嗟の回避とかがどうにもならないかも」

 

「足場が確りしていれば、わたしの盾で何とかできるかもしれませんが……

 吊られただけの足場ですと、踏み止まり切れないかと」

 

「やっぱり、ある程度まで接近したら後は徒歩で森に入るしかないかしら」

 

「そっちの方が安全そう、かな?」

 

 わいわいがやがやと、明日からの動きを話し合う者たち。

 そこでだーん、と。

 テーブルの上に力強く置かれる。木のジョッキ。

 そこまで聞いていたドレイク。

 彼女が空けたジョッキに酒を追加しながら、呆れたような声を上げた。

 

「何だい、アンタたち。当然みたいに出向の相談してるけどさ、仕事の要件無しで王様から街から外に出る許可取れるのかい? アタシらはシドゥリから斡旋される仕事を優先してるんだよ? 休みだってローテーション。そいつが途切れなきゃ、全員で外出は無理じゃないかねえ? 仕事の方をすっぽかしたら、王様からそりゃもう大目玉だろうさ」

 

「―――でしたら今日のように、私たちからウル市の偵察をあなた方に依頼しましょう。

 ギルガメッシュ王からは、あなた方への仕事の依頼は自由と既に沙汰が下されています。

 天草殿か小太郎殿の休みに合わせ、あなた方に協力できる態勢での仕事依頼。

 これならば、恐らく王も何も言わないでしょう。

 バビロニアの戦線ではなくウル市への偵察であれば、エビフ山と同じく話は通るはず」

 

 またも、がやがやと、そんな騒がしくなっていく室内。

 ふい、と。茨木童子が追加でバターケーキを掠めとる。

 誰に何を言われることもない。

 彼女はそれを口にしながら、窓から外を眺めてみる。

 

 浮かぶ月。

 月の下に広がる彼女が生まれるウン千年も前の都市。

 そこに生まれた、人の文明の味。

 そのケーキを咀嚼しながら、ぽつりと、彼女は小さく呟いた。

 

「うむ……美味い、な」

 

 

 




 
 これ以降は自分がかくまっていた人間たちが働いているところを毎日見て回るようになる茨木童子

 南の都市を支配するという女神。
 その正体を解明するため、我々探検隊はジャングルの奥地に向かった―――!
 


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疾走プロジェクト/ドラゴンA2010

 

 

 

 

 ウルクの南。

 エリドゥ市の中心に建造された、天への階。

 その神殿の主である女神が、目を細めて空を仰いでいた。

 

「ンー……」

 

 神殿の頂点に立つのは、アステカの民族衣装に身を包んだ金髪の女性。

 人の姿こそしているが、彼女こそは真実の神性。

 人間を器として疑似サーヴァントとして降りた、わけではない。

 

 彼女の大本たる神は、元より人間に憑依して降臨する神性であるが故に。

 疑似的なものではなく、分霊としての確固たる神威がそこにある。

 

 そんな。

 神そのものである彼女は空を見上げ、唸る。

 

「……人類最後のマスターたちが、来てるのはいいとして。

 うーん、なんでしょうね。

 ()()から、私たちみたいなものが来てる?」

 

 チリチリとひり付く神威。

 彼女は朗らかな笑みこそ浮かべているが、余りにも殺気立っていて。

 その視線が向かうのは、このエリドゥから北。

 エリドゥとウルクの間にある都市、ウルの方向。

 

 惑星の残り香、恒星の波動。

 彼女は自身が司っているものと同一の力を肌で感じつつ、ゆっくりと口の端を吊り上げた。

 

 

 

 

「やあやあギルガメッシュ王、お仕事の進捗はどうだい?」

 

 いつも通りにふらふらとやってくるキャスターのサーヴァント。

 そんな白い夢魔をちらりと見て、マスターである王は手を止める。

 彼の態度に応じ、シドゥリもまたそちらを見た。

 

「マーリン、今回の遠征はどうだったのです。

 天命の粘土板は見つかったのですか?」

 

「いや、そちらはさっぱり。

 それよりも一応、昨夜のバビロニア戦線の報告をしておこうかとね」

 

 手にした杖をぷらぷらと揺らしつつ、微笑むマーリン。

 

「茨木童子がエビフ山を離れたが、彷徨う幽霊はどうにも減らないね。

 やっぱり、原因はあれじゃなかったみたいだ」

 

 おおよそ分かっていた事だが、と。

 そうやって訳知り顔を浮かべて、肩を竦めるマーリン。

 彼の態度に鼻を鳴らし、しかしギルガメッシュも同じように肩を竦めた。

 

「と、なるとだ。まあ、答えは一つであろうよ」

 

 溜息交じりの言葉を吐き、眉間を指で押さえるギルガメッシュ。

 王の様子に、シドゥリが首を傾げる。

 

「……と、いうと?」

 

「―――幽霊、まあ死んだ人間の魂だね。彼らは本来、冥界に送られるものだろう?

 死なない私にはあまり関係のない話なのだけれど。

 とにかく、私よりはシドゥリの方がそれはよく知っていると思う」

 

「ええ、それはもちろん」

 

 死した人間の魂は冥界に向かう。

 そんなごく当たり前の話をされ、不思議そうに頷くシドゥリ。

 

「そして、冥界とはこの世界の隣に壁を一枚隔てて存在する世界。

 隣というより下かな?

 とにかくそれは、越えようと思えば簡単に越えられる程度の薄い壁だ。

 いま、この辺りの時代までは、なのだけれど」

 

「この時代までは、ですか?」

 

「ああ。この時代までは、そうなんだ。

 この時代では生者の世界である現世と、死者の世界である冥界はご近所さんだ。

 場合によっては行く事も帰ってくる事もできる。

 シドゥリだってそうだと認識しているだろう? けれど―――」

 

「冥界とは神の領域だ。文明ごとに多少の違いはあろうがな。

 地上を人の世と定め、神を追い出した時より、既に世界の乖離は始まった。

 人に神の手が届かなくなったように、神の世に人が踏み込む事も叶わなくなる。

 今までは相互に行き交う事を許されていた現世と冥界は、不可逆の道となった」

 

 マーリンの言葉を遮り、王が言葉を継ぐ。

 今までは地上も神のものであり、人はそこに生きているだけだった。

 だからこそ、地上と冥界に差異など無いも同然だった。

 どちらも神の世界であり、人は地上で生き、死して冥界に向かうだけ。

 どうなっていようと神の庭で遊ばれるものでしかないのだから。

 

 だが地上は既に人の手に委ねられた。

 もうここは神の世界ではない。

 神の座す冥界とは、決定的に在り方を違えている。

 死した人の魂が向かう先が冥界である事には変わりない。

 しかし、既に違うものになったのだ。

 

 今までは生きていても死んでいても人は人でしかなかった。

 それを管理する神の視点こそが、世を見定めていたから。

 けれどもう、生きている人と、死んでいる人は別たれた。

 肉体を持ち地上で生きる人の視点こそが、世を見定めるものになったから。

 

「……それで、それが幽霊の跋扈とどのように関係するのです?

 彼らは死したのに冥界に行けなくなった魂だ、と?」

 

「逆だ。冥界に行き、溢れたのだろうさ」

 

 シドゥリにはそうなった故の変化は分からない。

 未来より訪れたマーリン。

 そして千里眼により未来を視る王。

 彼らが前提とする、神から解き放たれた世界の光景は共有できないから。

 

「溢れた……?」

 

「それはそうなるだろうよ。今のこの世界を見渡してみよ。

 メソポタミアの大地の上で、魔獣の氾濫によってどれだけの死者が出た。

 今でこそこうして立て直してはいるが、そうなる前に未曾有の死者が出たのだ。

 冥界の女主人の奴めは目を回して震え上がっただろうよ。

 こんなの初めての規模だ、とな」

 

「それでも、現世から冥界に人間の魂が送られるだけならよかった。

 それだけならただ冥界神が仕事に忙殺されるだけだからね。

 現世と冥界を繋ぐ道は不可逆のもの。

 そうだったなら、冥界から地上にガルラ霊が氾濫したりしないから」

 

「そうではない、と」

 

「神が地上より放逐されたが故に。(オレ)がその楔となる役割を放棄したが故に。

 神の世界と人の世界は断絶された。で、あるならば。

 もし神の世界が再び人の世界に近付くとすれば、何故だと思う」

 

 問いかけるギルガメッシュ。

 だが、それは最早答えを言っているも同然だ。

 

 既に消えた―――地上から届かぬ領域に離れていったはずの冥界。

 そんな場所が、再び薄壁一枚隔てた場所に浮上した。

 

 消えた理由は、地上が神のものではなく、人のものになったが故。

 当然の帰結として現世と繋がりが弱くなった死後の世界。

 それが、今はすぐそこにある。

 

「それは、つまり」

 

 ―――暗き領域の支配者が、地上に手を伸ばせる場所にいるという事だ。

 人の手に渡った地上に神の手は届かなくなった。

 だが今、その女神は地上に手を伸ばすだけの力を持って降臨したのだ。

 だからこそ、彼女が支配する領域が地上の近くまで浮かび上がってきた。

 

「……イシュタルが降りてきている時点で、考慮すべきだったと言えるか。

 バビロニアに流れ込む霊どもは方角からしてエビフからのものだ、と考えていたが」

 

「エビフ山とバビロニアの間には、既に滅びたクタ市がある。

 いつの間にか眠るように全滅していた、あの街の守護神は―――」

 

 静かに語るギルガメッシュとマーリン。

 彼らが揃って匂わせる神の名は、ただ一つ。

 シドゥリが慄くように、その女神の名前を口にした。

 

「―――冥界の女主人にして、女神イシュタルの姉妹神。

 女神、エレシュキガル……!」

 

 

 

 

「で、お前は何をする気なんだ?」

 

「何もする気はない、と言えば納得するのか?」

 

 紫紺の装束に身を包む男。

 森の中で空を見上げている彼に、背後から声をかけるのは門矢士。

 男の手の中にはギンガのウォッチが握られ、スターターに指が掛けられていた。

 臨戦態勢、と言っていい。

 

「言っておくが。俺は本気で、この特異点では何もする気はないぞ。

 お前から造るアナザーライダーは、保険として取っておくつもりなのでな。

 これを手に入れられた以上、今のところお前に興味はない」

 

 そう言って手の中で遊ばせる、ギンガのウォッチ。

 

「保険ねえ……」

 

 手にしたネオディケイドライバーを持ち上げて。

 それを額に当てながら、思案するように構え。

 同時に相手を探るように、彼はスウォルツを片目で見据える。

 

「まして、ここで動けばどうやらあの女神とやらに捕捉される。

 俺にとって以上に、常磐ソウゴたちにとって面倒な事になるぞ?」

 

 笑うスウォルツ。

 この地の女神、そして仮面ライダーギンガ。

 共に宇宙(ソラ)から来るもの。

 

 だからどうした、というわけではないにしても。

 明らかに、南の森を支配する女神の雰囲気はひり付いている。

 力の性質以前に、彼方より来たるものというだけで酷く警戒しているのか。

 どうであっても、スウォルツにとってはどうでもいい事であるが。

 

 そんな様子を見据えながら、ドライバーを軽く揺らし。

 門矢士は、踵を返す。

 

 背後から消える相手の気配を感じ、同時にスウォルツも歩き出す。

 木々の間に紛れ、いつの間にか消えている二人の影。

 

 そうして静寂を取り戻した森。

 が、すぐに強風が木々を揺らし始めた。

 舞い散る木の葉の中、上空からゆっくりと降下してくるもの。

 それは、大人数を運ぶための大きな木籠をぶら下げた、タイムマジーンだった。

 

 

 

 

「ええ、この辺りであればまだ大丈夫のはずです」

 

 先頭を歩くのは、赤毛の少年。

 アサシンのクラスを授かったサーヴァント、風魔小太郎。

 彼は少し前に一度、天草四郎と共にこの地に派遣されていた。

 その際は謎のサーヴァントと遭遇、命からがら逃げ延びる羽目になったのだが。

 

『凄いね、これは。ああ、恐らくここには女神がいるんだろうさ。

 だってこれ、もう土地の神話体系から異なっているもの。

 植生が支配者の領域に従っているんだ。

 オジマンディアス王のエジプト降臨……いや、女神の所業と考えるなら聖都の方か』

 

 計器を見ながらのダ・ヴィンチちゃんの声。

 それを聞きながら、総員がだるそうに肩を揺らした。

 

「あっつい……森っていうかこれ、ジャングルなんじゃ」

 

「ジャングルの女神なの……?」

 

 余計に暑いが呼吸のためには外せないマフラー。

 それをぱたぱたと揺らしながら、蒸し蒸しとした道を歩き続ける。

 

 タイムマジーンは森の外で停止させてきた。

 必要になった時にはウィザードアーマーなりの力で転移させればいい、と判断したためだ。

 森の上をあの巨体で飛べば、まず間違いなく先手を取られる。

 女神級の存在を相手にそれはあまり嬉しくない、ということでそうなったのだ。

 

「っていう事は……ジャングルと言えばゴリラの女神?」

 

「多分、違うかと……」

 

 暑さに任せて適当な事をいうソウゴ。

 赤いジャングルの王者を思い浮かべながらの発言はしかし。

 マシュが力ない顔で首を横に振りつつ、否定した。

 

「うむ! 当たらずとも遠からず!

 実際脳筋! に見せかけた賢人! のフリをした戦闘狂!」

 

 直後、木々の合間から声が轟いた。

 

「―――来ました! 注意してください!」

 

 森が騒ぐ。前兆なしでざわめく木々。

 小太郎の呼びかけを待たず、戦闘態勢に入るサーヴァントたち。

 森に響く声を聴き、何故か顔を顰めるクー・フーリン。

 まるでイシュタルに示したような反応を今一度見せた彼は、しかし。

 すぐにゲイボルクを構え直し、警戒を強めた。

 

「訳が分からない相手ですが、実力は隔絶しています!

 ふざけた態度に惑わされないように―――!」

 

 再度、警戒を促す小太郎の言葉。

 しつこいくらいに繰り返される、油断を戒めるための台詞。

 余りにも過分な警告に浮かぶ、なぜそれほどに、という疑問。

 それは、声の主がその姿を見せた瞬間に氷解した。

 

 木々の合間に見える、橙色の影。

 枝を蹴って跳ねる、妙になだらかな着ぐるみのようなフォルム。

 可愛らしいケモノの顔が描かれた、頭部を覆うフード。

 そしてその奥に秘められた―――言うなれば。

 

 虎の大自然的魅力と、女教師という職業に就いた女性が放つ妖艶なまでなアダルティーさを併せ持ち、それを一切不自然さを感じさせないレベルで共存共栄させ、新たな次元にまで昇華させた美貌の化身かつ、大勝利ヒロインのみに許された風格が醸し出す色気に満ち溢れたかんばせ。

 

 そんな、圧倒的な“美”として降り立つは、一頭のケモノ。

 

「ふざけてなんかいぬぇ――――!

 いつだって全力、それが野性の心意気! いざ、ジャガー!

 待っていたゼ、赤毛で英語かぶれの少年ボーイ! おねーさん、そういうのいいと思う!

 特に理由はないけど、私はいいと思う!」

 

「っ、神、霊サーヴァント……!?」

 

 着陸する虎の着ぐるみ。あまりにもふざけた外見。

 だがそれが顔を上げ、対面した瞬間に理解する。

 そのイロモノが、並のサーヴァントを遥かに凌駕した怪物であると。

 

 ―――それでも。

 

『……霊基規模、からして。

 恐らくはカウンター召喚によって発生したサーヴァント……!

 間違いなくそのエリアには、女神が別に存在する―――!』

 

「でしょうね……!」

 

 ロマニの言葉に、忌々しげな声で答えるオルガマリー。

 言ってしまえば、彼女は前座だ。

 本命の女神は別にいる。

 その前座でさえ、超級のサーヴァント。

 聞いて分かっていたこととはいえ嫌になる、と。

 

「……一応、会話する気があるのか聞かせて欲しいのだけれど?」

 

 問いかけるオルガマリーの言葉に、虎の着ぐるみは反応を示さない。

 肯定も否定もないままの対応に、彼女は眉を顰めさせた。

 

 そんな中で着ぐるみがピクリと体を揺らし、何ものかを凝視し始めた。

 彼女の視線の先にいるのは、どうやらアタランテのようで。

 いつでも戦闘に入れるように、と。

 弓と矢を構えた狩人が、突然のロックオンに困惑した。

 

「あざとい! やってくれるな、ネコ科めっ!

 どうやらここはNo.1ケモミミサーヴァント決定戦の会場と化したようだニャ!

 此処より先は地獄、血で血を洗う決戦場にしかならねえーぜッ!

 汝、最強のケモミミを己が実力をもって証明せよ―――Sword, or Death!」

 

「は?」

 

 困惑の声を塗り潰す、野性のネコ科の咆哮。

 オルガマリーが会話が成立しない化け猫相手に口元をひくつかせた。

 

「ジャガー代表! ヤマネコ代表! そしてケモミミはないがイヌ代表!

 遂に動物系サーヴァントの頂点を決める時が来た!

 時代が動く……一つの歴史が、答えを出す! 諸君は歴史の目撃者となるだろう!」

 

「おい、犬ってまさかオレじゃねえだろうな」

 

 顔を引きつらせながらも、朱槍の穂先に乱れはなく。

 クー・フーリンの構えは一切揺るぎない。

 その上で何故かこうして動きを止めているかと言えば、けして見逃しているわけではなく。

 

 一歩でも踏み込んだ瞬間、それとは死闘になると理解しているからに他ならない。

 強い弱いの問題ですらない。

 目の前に立つ神霊とは、やり始めたらどちらかが死ぬしかない。

 そう言った類の性質の存在だ、と確信できるが故に。

 

「ふっ……こうなればもはや問答は無用。

 どちらが正しいかは、己の爪で証だてるより他に答えを出す方法がないと知れ!」

 

 ぐるりぐるりと回る、デフォルメした虎の腕を模ったような棒。

 いっそファンシーな肉球棒を構えながら、彼女は流れるように戦闘態勢へと移行した。

 

「―――敵性サーヴァント、来ます……!」

 

 盾を構えるマシュ。

 そんな彼女の前に飛び出すのは、太陽の騎士。

 彼は真っ先に踏み込むと、振り回される肉球棒の前に立ちはだかった。

 

 激突、からの鍔迫り合い。

 おもちゃみたいな武器が、太陽の聖剣と渡り合う。

 押し合いも拮抗。

 踏み込み切れなかったガウェインが、苦渋で表情を歪めて。

 

「ッ、これほど……!」

 

 それを面白そうに見たビューティフル女教師が、

 そこで、おや、と。

 戦闘中にも関わらず、不思議そうに空を見上げた。

 

「およ、ククルん? 動いちゃうの?

 え、私狙いじゃないわよね? これ殺し合う流れ?

 私が目をつけていた獲物の横取りは絶対許さないマン的な?」

 

 ガウェインが押し留めた美獣。

 彼女を左右から襲うのは、二振りの槍。

 

 力を抜き、聖剣に弾き飛ばされる事でそれを躱し。

 追撃に飛んでくる無数の矢と苦無。

 それらをひらひらと野性の勘だけでいとも簡単に擦り抜けて。

 

 着地する瞬間、突然に割れる地面。

 ジャガーセンサーが感知したところ、その原因はマスターたちと共にいる魔術師。

 彼が地に手を着け、どうにか大地に干渉しているようだ。

 もっとも、現生している神霊の領域でそこまで好き放題もできないだろうが。

 

 足を下ろす前に伸ばした尻尾で大地を叩き、空中にいるまま跳ねる。

 

「ぬぅ……!」

 

 足を取られるタイミングを狙いすましていたのだろう。

 白い剣が斬り込む瞬間を逸らされ蹈鞴を踏んだ。

 そんな相手を目掛けて空中で加速し、飛び掛かる美しき狩人。

 

 躍り掛かられるネロの前に割り込むのはクー・フーリン。

 彼が槍を翻しつつ前に立つ。

 同時に、突き出される愛らしささえ感じさせる肉球棍棒。

 交差する互いの長物。

 

「ふっ、中々の槍捌き! その扱いぶり、釣り竿の扱いとかも得意と見た!

 生贄、供物、そういうのどんどんカモーンな私としてはですね。

 釣った魚の御裾分けとか期待しちゃったり! 料理しといてくれてもいい」

 

「いちいち分かってんのか分かってねえのか分かんねえ奴らだな、ホント!」

 

 瞬間、クー・フーリンの肩に置かれる緑衣の足。

 彼の肩に着地したのはアタランテ。

 その手に握られた弓の弦がきしりと音を立て、間を置かず大きく撓った。

 至近距離から放たれる一射。

 

 腰が後ろに折れる。

 ランサーと鍔迫り合いながらの大きなスウェーバック。

 後ろに倒した美獣の顔の前を過ぎ去っていく矢。

 

 ゲイボルクが一度退く。

 地に着いたままの足を薙ぎ払うための、刹那の前兆。

 瞬きの隙すらない、一瞬の動作の繋ぎ。

 だが美獣はそれに当然のように反応する。

 

 振るわれる朱槍。それに合わせて地面を離れる獣の足が振るわれる。

 薙ぎ払いと蹴り。

 互いの攻撃が激突した衝撃で、虎の着ぐるみが空中でスピンした。

 

 そんな体勢から繰り出す棍棒に殴られた地面が爆ぜる。

 殴打の衝撃で美獣が舞う。

 地面を殴って跳ねて、樹木まで跳んで、そして木々を足場に彼女は弾けた。

 

「速い……!」

 

「ニャハハハハハハハハハハハハ!」

 

 まるで木にぶつかっては弾けるピンボール。

 一か所に留まることなく、虎の着ぐるみは四方八方へと乱舞する。

 

「っ、森は不利か! 動きを止めれば、余の劇場で……!」

 

「―――まだウル市ってとこまでは距離があるんだろ?

 だったら、ちょおっと……周りの木ごと吹っ飛ばしちまった方が早いさ!」

 

 ドレイクの背後に展開される大砲。

 虚空を波立たせながら顔を出す破壊兵器。

 それを見た虎が、太い木の幹に着地した瞬間、彼女を目掛けて跳ねた。

 

「自然を破壊する人の子よ! 私は許そう!

 だって自然を破壊するのも、そのせいで変わった環境に殺されるのも、自己責任だし!

 あともちろん、許しはするけど殺します。だってジャガーは森に生きているのですから!

 自分の家を焼こうとされたらそりゃぶっ殺すしかねー!」

 

 大砲を粉砕するべく奔る着ぐるみ。

 発射より先に爪が届く、という距離。

 その間に、巨大なラウンドシールドが割り込んだ。

 轟音を立て、ぶつかり合う盾と肉球棍棒。

 

「ッ、この、力は……!」

 

「ぬう、我が爪を防ぐとは……! さては、ケモミミ適性持ち……!?」

 

 驚愕に目を見開きつつ、マシュを見定める着ぐるみ。

 何故か同意するように立香の頭の上でフォウが唸り声。

 

 そうして生まれた一瞬の静止。

 そこで伸ばされた鎖分銅が、肉球棍棒へと横から巻き付いた。

 

「お?」

 

「抑え、ます……!」

 

 下手人は風魔小太郎。

 彼が両手で鎖を握り、思い切り引く。

 

 すぐにそれに合流するのは、ガウェイン。

 彼が同じようにピンと張った鎖を半ばで掴み、力をかけた。

 ガウェインと小太郎。

 二人の力でもって着ぐるみとの綱引きに持ち込んで、

 

『みんな、空だ! 空から来る! これは、まずい……!

 少なくともこちらで観測した限り、イシュタルと比べてさえ上……!

 ―――神性だ! その土地を密林に変えた、支配者である女神が空から来る!!』

 

 空を裂かんばかりの声量で、戦場に居る者たちへと飛ぶ通達。

 直後、皆で揃って空を見上げる。

 大気を震わせる神威が、確かに頭上へと出現したのを理解する。

 

 いつの間にか、直上の空には無数の翼竜が飛び交っていた。

 翼幅が10mを越えるだろう巨大な影。

 ワイバーンを思わせるそれらを認めて彼らは微かに顔を顰め。

 直後、大きく目を見開いた。

 

 翼竜の更に上に出現する、炎の塊。

 それは炎で出来た翼を羽ばたかせ、太陽の如く紅炎を噴き上げる。

 

「っ、前に出ます!」

 

 マスターたちの前で守っていたマシュが声を上げる。

 空から落ちてくる翼のある太陽。

 そんなものが地上に落ちれば、周辺一帯ごとただでは済まない。

 迎撃は空中において。

 マスターたちを守るには、それ以外の選択肢はない。

 

 あれを正面から塞き止められるのは、恐らくマシュだけ。

 当たりに行けるのさえ、後は今着ぐるみを抑えているガウェインと―――

 

「マシュはこっちで。あっちは俺が行くから」

 

 ゴーン、と。

 ジクウドライバーが鐘の音を鳴らす。

 回る大時計を背負いながら、駆け出すソウゴ。

 周囲に浮かぶのは、十体の陽炎。

 各部に分割されたアーマーが、ソウゴを中心に重なっていく。

 組み上がるのは、マゼンタの戦士の鎧。

 

〈仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム! ディケイド!〉

〈フィニッシュタイム!〉

 

 流れるように即座に、ウォッチを装填したギレードを投げる。

 大地に突き立つ刃。

 その場所から、まるで大木のような巨大なバナナが天に向かって突き出した。

 

 それを認めるより前に走り出していたジオウ。

 彼はライドヘイセイバーを手に、天を衝くバナナの塔を駆け上がる。

 

〈ファイナルフォームタイム! ガ・ガ・ガ・鎧武!〉

 

 降り注ぐ隕石の如き、翼持つ太陽。

 それを目掛けて駆け上がるのは、更に姿を変えたディケイドアーマー。

 インディケーターに浮かべた文字は、鎧武・カチドキ。

 橙色の鎧を纏い、ジオウは空へと舞い上がった。

 

〈ガ・ガ・ガ・鎧武! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

「ハァアアアア――――ッ!」

 

 ヘイセイバーが大剣のような形状の光に覆われる。

 力を増した剣を両腕で確かに握り、ジオウは天に向かって突き出した。

 激突する切っ先と炎。

 そうして交錯した瞬間、手応えからソウゴが相手の体勢を察知する。

 

「キック……!?」

 

「んー……感じた気配はもうないわね。

 仕方ありまセーン。

 ―――まあそれはとりあえず置いといて、折角なので乱入してみましょう!」

 

 蹴撃が弾ける。

 その威力に、ヘイセイバーが纏っていた力が蹴り砕かれた。

 すぐさまジオウは体勢を立て直そうともがき。

 しかし炎の中より姿を現した女性が、遥かに速く空中で体勢を変えた。

 

 女性の手の中には、翡翠の刃を埋め込んだ木剣と円形の盾。

 翡翠剣マカナが翻り、ジオウに向かって横薙ぎに振るわれる。

 咄嗟に構えたヘイセイバーだけでは止め切れない。

 堪え切れず、空中では当然踏み止まることなど叶わず、吹き飛ばされるジオウ。

 

 尋常ではない速度で吹っ飛んだ彼が、離れた森の一角へと叩き付けられる。

 撒き上げられる砕けた木片と砂塵。

 粉塵の中に沈んだジオウの姿を見失い、咄嗟に立香が叫ぶ。

 

「ソウゴ!」

 

 ジオウが彼方に叩き付けられ、その直後。

 バナナの塔を太陽の熱で焼きバナナにしながら、女神は着陸した。

 崩れ落ちていく焼きバナナを踏み潰し、いっそ朗らかにさえ見える笑みを浮かべ。

 

「ハーイ! 私の領域へどうぞようこそ。

 女神として歓迎しちゃいマース!」

 

「―――アサシン!」

 

「御意」

 

 オルガマリーの声に風景に溶けていた影が走る。

 彼がすべき事は、吹き飛ばされたジオウの確保に他ならない。

 女神と、神霊サーヴァント。

 これを同時に相手する状況に陥った時点で、撤退は既定路線だ。

 

「ニャハハハハ! 逃がすと思うてか!」

 

「くッ……!」

 

 真っ先に動いたハサンを目掛け、虎が動く。

 彼女が全力で駆動した瞬間、棍棒に巻き付いていた鎖が砕け散る。

 

 迫っていた花嫁剣士を躱し、着ぐるみが再び跳ねた。

 阻もうとするサーヴァントたちを擦り抜けて、着ぐるみがジャングルに舞う。

 動くものを咄嗟に追い出す猫のような虎。

 だがその前を、波濤が覆う。

 飛沫く水流を見て、咄嗟に虎は本能に従って足を止めた。

 

「ええい、ネコ科に水を無理矢理かけようとするとは、さてはイヌ派か!?」

 

「ははは、確かに君の言うイヌ科と関係深くないこともないが!」

 

「はっ倒すぞテメェ」

 

 着ぐるみが濡れれば、へちゃっとなってしまう。

 そんな危機的状況を前にして、虎に突き進むという選択肢はなかった。

 水流を伴う槍を回し、着ぐるみを阻んだフィン。

 彼のジョークに舌打ちしつつ、そこにクー・フーリンも並ぶ。

 

 などという様子を見て、妙に表情を顰める女神。

 カルデアのサーヴァントを見て、というよりは自軍の虎を見ての反応か。

 

 そうして足を止めていた女神に、無数の矢。

 アタランテが一息に放った射撃が彼女を襲い。

 しかし、左腕につけたバックラーの一振りでそれを悉く無効化した。

 

 アタランテの射撃を見て、空中にいた翼竜たちも地上へ向け動き出す。

 

「――――ちぃ、ならまずは取り巻きどもを!

 いざ奉らん、“訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)!!」

 

 舌打ちしながらもその動きに淀みはなく。

 天穹の弓から放たれ、天へと向かって飛ぶ矢文。

 だがそれが放たれた瞬間、翼竜たちが大きく翼を広げてみせた。

 瞬時に雲に覆われる空。

 直後に響く雷鳴、荒れる天空で奔る稲妻が、空を裂く矢を迎撃する。

 

「なにッ……!?」

 

「んー、ダメダメ。この地で、この空で、私以外の太陽神に祈るだなんて!

 狭量なようでちょっと気が咎めるけれど、女神としての沽券に関わりマース!」

 

「太、陽神……!」

 

 一瞬だけ着ぐるみの方を目を細めて見てから、少し申し訳なさそうに微笑む女神。

 空を支配してみせた翼竜たちが、そのまま地上へと突撃してくる。

 すぐに意志を取り戻し、アタランテが翼竜たちの迎撃へかかった。

 

 次々と矢を受け、少しずつ落とされていく翼竜。

 砕けた鎖分銅を投げ捨てて、小太郎もまたその迎撃へと参加する。

 苦無が乱れ、翼竜の頭部を穿っていく。

 

「アーチャー! 風魔小太郎! そのまま竜種の迎撃を! ツクヨミ!

 ロード・エルメロイ二世、援護!」

 

「はい!」

 

 オルガマリーの指示に応え、ツクヨミがファイズフォンを抜く。

 開始される銃撃。

 サーヴァントの攻撃には程遠いが、それでも撹乱くらいにはなる。

 その銃撃に飛行速度をぬるめた飛竜は、即座に頭部を撃ち抜かれていく。

 そればかりではなく、二世もまた空間へと干渉する。

 

 宝具の陣はまるで起動しない。

 この領域の支配者が目の前にいるのだ、それも致し方ない。

 出来ることといえば、風向きをどうにか少し変える程度。

 

「チィ、天候操作……!?

 神性だけでなく、しもべの竜種も全てが有しているのか―――!」

 

 女神どころかその魔術への妨害を行ってくる。

 だがそれでも、軍師の能力を相殺するために使わせられるならまだマシか。

 少なくとも先程、あの竜種は稲妻を落として見せていたのだから。

 

「ネロ! 前をお願い! マシュはフォロー!

 ――――ドレイク!!」

 

「うむ!」

 

「了解しました、マスター!」

 

 突撃してきた竜種を一匹斬り捨てて、ネロが着ぐるみからこちらの対応へ回る。

 縦横無尽に跳ねる着ぐるみと違い、女神は泰然と構えていた。

 これならば少なくとも、追い付けないなどという結果はない。

 

「ふ――――!」

 

 白炎を伴い、隕鉄の剣が奔る。

 翡翠剣でそれを受け止めながら、彼女は酷く驚いた顔をした。

 

「……あら? 外から来た隕鉄の剣に、あなた自身も不思議な属性ですネー?」

 

「船長!」

 

「あいよッ! さあ、太陽みたいにお熱い女神様―――!

 太陽を墜とした女の一発、存分に喰らっていきな!!」

 

 大砲が火を噴く。

 余波だけで木々を薙ぎ倒す砲撃が、四発続けて放たれる。

 射撃の瞬間、自分から力を抜いて弾き返されるネロ。

 

 目の前で熾る砲火。

 吹き飛ぶネロと入れ替わりに、砲撃が女神の許へと殺到する。

 それを正面に見据えながら、金髪の女神は困った風に微笑んだ。

 

「一発どころじゃないのはどうかと思いマース!」

 

「オマケの心尽くしさ! 遠慮せずに受け取ってくれて構わないよ!」

 

 一撃目を彼女は左手に構えた盾で対応した。

 直撃の勢いで仰け反る女神。

 その事実に彼女は面白おかしそうに表情を綻ばせ、剣を強く握り直す。

 

 二撃目、女神は全力スイングのマカナで、砲撃を正面から粉砕した。

 僅かばかりその衝撃で体を押し込まれる彼女。

 それに更に強く陽気さを増して、三撃目に対して更に鋭さを増したスイングをかます。

 殴られた砲撃が跳ね返り、続く四撃目の砲弾と激突して炸裂した。

 

 何度撃ち込もうが、打ち払って終い。

 そう示すように真正面から弾幕を粉砕した彼女が、挑発するように微笑む。

 そんな様子に着ぐるみがおっ、と目を見開いて。

 

「おーおー、ちょっと頑張ればククルんに通せそう。

 属性だけじゃなくて、相性も良さげなサーヴァントを連れてるじゃないの。

 でもその程度じゃあ無理かニャー?」

 

 地面が砕ける。植わっていた木の根が弾ける。

 大地を捲り上がらせるほどの踏み込み。

 その動作でもって白銀の鎧が距離を縮め、彼女に対して剣閃を見舞う。

 追い付かれた瞬間、肉球棍棒でもって対抗。

 

 拮抗し、数秒。彼女の方が吹き飛ばされた。

 カバーしきれず地面に転げて、跳ねて、着地し直しながら着ぐるみは目を細める。

 睨み据えるは目の前に立ちはだかるもの。

 それは腰を落とし、片腕に剣を握り、威風を纏う太陽の騎士。

 

「―――失礼、

 よそ見をする余裕を与えるほどに不甲斐なかったのはこちらの落ち度。

 貴公の視線は、もはや私から外させないと約束しましょう」

 

「何だそりゃ。馬鹿な事言い出してんな、騎士様は」

 

 横に立つ騎士の熱量に辟易としつつ、クー・フーリンが溜息を落とす。

 そうして彼の物言いに肩を竦めた直後。

 

「いやいや、女性(?)の視線を奪うのは私の十八番。

 如何な太陽の騎士が相手とはいえ、そうそう譲れるものではないと知っておくといい」

 

「ああ、同郷(うち)の奴も馬鹿だったわ」

 

 続くフィンの言葉に、竦めていた肩を大仰に落とす。

 そんな男三人を前にして、着ぐるみはしどろもどろになりつつ体をくねらせた。

 

「やだ……逆ハー展開? モテ期? モテ期到来?

 ああ、私のために争わないで。いや、もっともっと争って。

 私、そういう血で血を洗う闘争とか大好き……」

 

「そうかい。そりゃあこっちも嫌いじゃねえさ―――!」

 

 朱槍が奔る。

 水流が迸る。

 聖剣が突き進む。

 

 それらの力を前にして、虎の着ぐるみは獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「あ、っづ……!」

 

 ジオウが何とか体を起こす。

 ただの一撃で限界を超え、ディケイドアーマーは既に停止していた。

 それでも変身は維持し、通常形態に戻った彼が頭を上げると。

 

 そこに、折れた木に腰掛けながら手に取ったウォッチを眺める存在がいた。

 マゼンタの鎧に、バーコード染みた装飾。

 そして、ウォッチとして見慣れた顔。

 一目で分かる。それが、仮面ライダーディケイドなのであると。

 

「あんた、ディケイド……!」

 

「ああ。久しぶりだな、魔王。元気そうで何よりだ」

 

 ほい、と。彼の手がウォッチを投げる。

 咄嗟にそれをキャッチしてみれば、それはダブルのウォッチ。

 すぐにホルダーを確認すると、勝手に外されていたようだ。

 

「……盗みに来たの? それとも協力してくれるの?」

 

「誰が盗むか、海東じゃあるまいし。

 ただ野暮用でこの辺りを通りかかっただけだ、すぐに帰る」

 

 そう言って、座った姿勢のまま銀幕を展開する。

 銀幕はゆっくりと動き出し、ディケイドの姿を取り込んでいく。

 彼が帰還するつもり、というのは嘘ではないようだ。

 

「ま、あいつから俺のウォッチを手に入れて来たなら一応は合格だ。

 この特異点での戦いには協力してやるさ、その内な。

 今ここでの戦いで死なないよう、せいぜい頑張ってくれ」

 

 それだけ言い残し、あっさりと消えるディケイド。

 

 彼に投げ渡されたダブルウォッチを握り締め―――

 ふと、何かの感覚がよぎる。

 思考を掠めていく、何かの思い付きのような感覚。

 それは一体何事かと自分の中で答えをだそうとして、

 

「―――――」

 

「ソウゴ殿、ご無事で!」

 

 動きを止めていたジオウの許に、木々を擦り抜けハサンが現れる。

 その黒衣の暗殺者を見て、彼が何かに思い至ったように頭を上げた。

 

「……ハサンって確か、何か強い風とか効かないんだっけ?」

 

「は? ええ、まあ……風除けの加護は持ち合わせていますが」

 

 無事かどうか訊いたはずだが答えはなく、問い返され。

 しかしまあすぐに立ち上がったのを見るに、元気なのだろう、と。

 胸を撫で下ろしたハサンの肩に、ジオウの手が乗せられる。

 

「じゃあちょっと協力して。これなら、行ける気がする――――!」

 

「はあ……?」

 

 そう言って、彼はその手に握られたダブルウォッチを起動した。

 

 

 

 

 轟くエンジン音。

 それに真っ先に気付いた女神が、音源の方に視線を向けた。

 その余所見を隙と見て、攻撃が加速する。

 体を屈めて砲撃を躱す。

 その隙にと斬りかかるセイバーを跳ね上げた足で蹴り上げる。

 

「ぬ、ぐ……!」

 

 花嫁が宙を舞う。

 そんな彼女へとマカナの刃を向けようとして、

 前に割り込んできたラウンドシールドに受け止められる。

 

「ッ!」

 

 即座に剣を手放し、盾の縁へと手をかけて。

 無理やり盾の位置を上げて、がら空きになった下から足を払う。

 そのまま盾ごと、少女を全力で投擲した。

 

「っあ……!?」

 

「バイバーイ!」

 

 吹き飛ぶ、で済む範囲ではない。

 正しく空を飛ぶ、だ。

 遠投の勢いで投げられたマシュにそれを防ぐ手段はなく―――

 

「二世!!」

 

「分かっている……!」

 

 二世が魔術に注力しつつ、位置取りを変える。

 即座にどこにいればいいかを計算し、立つべき場所を算出する。

 藤丸立香の礼装が熱を帯びていく。

 そうして魔力を臨界まで回し、彼女は己に許された機能を一気に解放した。

 対象とするのは今投げられたマシュと、地上で天候操作を相殺している二世。

 

「オーダーチェンジ!!」

 

 対象とした両者の位置が入れ替わる。

 その魔術で入れ替えるのは、二人の位置だけだ。

 空を飛ぶマシュと入れ替わっても、二世は空は飛ばない。

 女神に投げられる、という行為で手に入れた運動エネルギーは、マシュのもののままだ。

 

「っ、たぁあああああ――――ッ!」

 

「ワオ!?」

 

 女神に投げられた勢いのまま地上に舞い戻ったマシュ。

 彼女が二世が正しく割り出した位置に再出現し、女神に投げられ女神に突撃した。

 マカナを掴み直しはしたが、振り被るには遅い。

 突撃してくる盾を盾で迎え撃ち、盾同士をぶつけ合う両者。

 

 そんな中で、二世が声を張り上げる。

 

「レディ・アニムスフィア!」

 

「っ、自分でやりなさいよ魔術師、っていうかサーヴァントでしょ!」

 

 怒鳴り返しながら、他者に対する重力軽減。

 空中に放り出された二世が、何とか体勢を立て直しつつ着地する。

 目が回るような忙しなさに、眉間を抑える二世。

 

「こちらとてあの竜種の天候操作を邪魔するのに手一杯だ……!

 奴ら、何体いると……!」

 

 そんな竜種の幾体かが方向を変え始めた。

 撃墜していたアタランテが真っ先にその反応を理解し、声を張る。

 

「そっちに行くぞ、ソウゴ!」

 

「っ、離れられたら邪魔しきれんぞ……!」

 

 元よりこの地、この空は女神の支配領域。

 その中のごく狭い範囲を何とかくりぬいて、無事な空間を仕立てているのだ。

 そこから外れた空間からやってくるジオウへの攻撃は防げない。

 

 飛翔する無数の竜種。

 彼らの意志に呼応して、空が哭き、雷が轟いた。

 

 木々が薙ぎ倒され、荒れ果てた地面。

 砂塵を撒き上げ、疾走するのは二輪のタイヤ。

 ハンドルを握るジオウの肩を掴みながら、ハサンが忠告する。

 目の前には稲妻が、雹が、弾幕となって押し寄せていた。

 

「―――風は阻めます。それ以外はどうにもなりませんぞ!」

 

 天候を支配する、女神のしもべ。

 その竜種の銘を―――ケツァルコアトルス。

 神と同じ名を持つ、白亜紀の空に舞っていたかつての空の支配者。

 彼らに天候操作を行う能力など、本来備わっていなかった。

 その能力を手に入れたのは、女神のしもべとしてここに存在しているから。

 

 翼竜として太古の空を翔けていた彼らは、神のしもべたる神獣として神代の空を翔ける。

 彼らを支配するのは“翼ある蛇”の名を持つ、雨と風の神。

 その神の権能を代行するものとして、彼らは存分に能力を行使して―――

 

 そんな相手を前に、ダブルアーマーが燃え上がる。

 天候操作(ウェザー・コントロール)を有する、“翼ある蛇(ケツァルコアトルス)”を前にして。

 そうして覚えた感覚を得て、ソウゴが吼えた。

 

「全部――――振り切れる気がする!!」

 

 雷光が撃ち付ける。雹が吹き荒ぶ。

 だが荒ぶる風だけは、ハサンがその加護でもって防いでくれる。

 だから、一切減速はしない。

 逆風がない以上、ブレーキをかけなければ一切の減速はありえない。

 

「ぬぉ……っ!」

 

 掴まっているハサンが呻く。

 が、それにも構わずアクセルを、これ以上ないほどに解き放つ。

 何もかもをも振り切って、突き進む一台のマシン。

 

 それに反応して脈動する力が、一つに固まっていく感覚。

 車体を振って雷撃を避け、雹の弾幕を掻い潜り。

 

 ジオウが、片手をハンドルから離して剣を取る。

 続くようにその剣に装填される、新たな赤いライドウォッチ。

 ダブルアーマーから別たれた力が、結晶化していく事で発生したもの。

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

 奔る剣閃が赤い軌跡を描き、周囲のケツァルコアトルスを薙ぎ払う。

 取り巻く翼竜の軍勢を切り裂いて、目掛ける先はただ一つ。

 

「これは……!」

 

 女神が盾での競り合いをしていたマシュを、強引に押し切る。

 迫りくるジオウに何かを感じたのか、そのまま迎え撃つべく彼女は構え直し―――

 

 その瞬間、ジオウがライドストライカーを蹴り、跳んだ。

 

「マシュ! 足場!」

 

「はい!」

 

 弾かれた少女が盾を水平に構え、ジャンプ台に備える。

 舞うジオウがそこに一度足を下ろし。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

〈マキシマム! タイムブレーク!!〉

〈ギリギリスラッシュ!〉

 

「―――――!」

 

 マカナを振るう。

 緑と黒の鎧に覆われて、迫りくる赤い光の剣閃。

 翡翠剣は確かにその斬撃を迎え撃ち。

 僅かに、女神の体が揺れる。

 

「ッ……!?」

 

 思考しての結果でなく、その一撃に限って。

 女神は確かに押され、大きく弾き飛ばされた。

 大地を滑っていく中で、大地を一閃。

 地面を切り裂いて、それの反動で強引に踏み止まる女神。

 

 目の前に辿り着いたジオウを見据え、彼女は目を細めた。

 

「……女神として、というより。

 私が()()()いるためのライダーの霊基にクリーンヒット、って感じデース。

 まあ理屈はどうでもいいとして。ええ、びっくり。

 あなた、私についてこれるのですネー?」

 

「ついていくんじゃないよ」

 

 言葉を返され、首を傾げる女神。

 彼女の前でジオウが頭を上げ、剣を構え直す。

 

「あんたは俺が、振り切るよ」

 

「ふふふ、残念だけど振り切らせてはあげない。

 だっておんなじくらいの速度で競えた方が愉しいデース!

 戦いにならないより、戦いになった方が嬉しいに決まってマース!

 もちろん、戦いにならないくらい弱くても闘争心があるなら私は応援しますけど!」

 

 振り抜き、構え直す翡翠剣。

 ガリガリと地面を大きく削りながら、女神が純粋に、悪戯な笑みを浮かべた。

 

「あなたたちが私に挑戦する限り、私が大事に大事に育ててあげる!

 終わりなんか許さない。滅びてる暇なんて与えない。

 一緒に歩いていきましょう?

 そうして一緒に生きるためなら、私はどんな努力も惜しみまセーン!

 ―――だから。私と一緒に生きるために、あなたたちも全力で私に挑んでね?」

 

 振るわれるマカナが空を削る。

 ジェット噴射を粉砕し、放電を薙ぎ払い、蒸気を引き裂いて。

 ジオウと女神が、再び剣を叩きつけ合った。

 

 

 




 
ルーラー霊基が相手だったらオーズアーマーがマツケンサンバで対抗してた。
 


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決死突破のトルネード-2655

 

 

 

 ダブルアーマーが軋みを上げる。

 女神との鍔迫り合い。

 その中でジオウは即座にアーマーを幻想と鋼に染め上げた。

 マカナによる連撃を、正面からジカンギレードで何とか受け続ける。

 

 その激突の中に、白の花嫁が踏み込んだ。

 振るわれる隕鉄の剣。

 それをバックラーの方で受け止め、逸らし。

 瞬間、轟音とともに砲撃が放たれた。

 

「―――確かにそれは私にだって通用するでしょうけど」

 

 剣でジオウを。盾でネロを。

 余裕をもって制しながら、彼女は困ったように微笑んだ。

 そのまま、思い切り振り上げられる足。

 それがドレイクの砲撃を、盛大に蹴り飛ばした。

 

 花火のように打ち上げられ、空中で爆発する砲弾。

 爆炎の明かりが煌々と地上を照らす。

 降り注ぐ光と炎の中で、舌打ち混じりにドレイクが叫ぶ。

 

「ハッ、やるじゃないか!」

 

「お褒めに預かり光栄デース!」

 

 合間に刺し込まれる、アタランテの射撃。

 翼竜を撃墜しながらも、彼女は確かに攻撃を挟み込んでくる。

 それに加えて黒い短剣もまた女神に迫る。

 短剣の主はハサン。

 彼は乗り捨てられたライドストライカーを足場に、危うげなく投擲を果たす。

 

 女神がそれを一瞥し、強く跳ねた。

 ジオウとネロを取り残し、彼女は大きく舞い上がる。

 そうして射撃投擲を躱して、空を蹴り付け加速しながらの落下。

 振り下ろされる翡翠剣による一撃を奔らせた。

 

「ネロ!」

 

「うむ!」

 

 熱き記憶をその身に宿し、右半身のアーマーを赤く染め。

 燃え上がるジカンギレードを手に、ジオウが踏み込む。

 ネロもまた、白炎を立ち昇らせる隕鉄の剣でそれに続く。

 

 空から降り注ぐ翡翠剣の一撃。

 その刃に合わせられる、地上から迎え撃つ二振りの炎の剣。

 

 刃が重なり、顕わになる歴然たる力の差。

 激突した瞬間に押し込まれるのは、ジオウとネロの二人の側。

 

 だがそこに放たれる、彼らへの援護砲撃。

 地上で受け止めている二人より、女神は上に位置している。

 照準は確かに、彼女を捉えた。

 女神に直撃させたら、二人が衝撃でぶっ飛ばされる事になるのは我慢して貰う。

 

「頭を庇いな! 悪いけど、纏めてぶっ飛ばすからね―――!」

 

「ええい、仕方ない! お手柔らかに頼むぞ!」

 

 ドレイクの背後に展開した砲口が火を噴いた。

 即応し、自分から弾かれることで彼女は距離を離してみせる。

 離れた双方の間に飛んでいく砲弾。

 それを見送ってから女神は虚空を滑り、ゆるりと着地した。

 

 ギレードを構え直しながら、ジオウが左側のアーマーを黒く染める。

 

「……訊きたいのだけれど!」

 

「ん? ハーイ、なんでショウ?」

 

 くるくると手の中で剣を回し、肩に乗せて。

 女神は、声の主であるオルガマリーへと視線を向けた。

 少なくとも、着ぐるみの方よりは会話が出来るらしい。

 

「あなたは、なにを目的として三女神同盟に所属しているの?

 戦いたいだけ? そのように聞こえた、けれど」

 

「いいえ? ()()()、戦いたいだけよ?」

 

 肩に乗せていた剣の切っ先を地面に突き立てて。

 女神は嬉しそうに、陽気に微笑んだ。

 

「アナタは私が三女神同盟に所属している、なんて言うけれど。

 実際のところ、アレは仲間としての同盟なんかじゃないわ。

 誰がこの世界を、この世界に住む人間を支配するか。

 それを決めるため、競うために設けられた女神協定ですネー」

 

「女神は、やはり味方同士なわけじゃない……?」

 

「ハーイ、その通り。むしろ対戦相手なの!

 女神の一人は憎しみを以て、人間世界を滅ぼす。

 女神の一人は苦しみの中で、人間世界を永眠させる。

 そして私は、楽しみながら、人間世界を試し続ける。

 女神同士は争ってはならない。ルールはそれだけの早い者勝ち。

 それが私たち、三女神同盟デース!」

 

 そう言って、微笑む女神。

 

 盾を構えていたマシュが、その貌からいつかに感じた気配を察する。

 死ぬときにまでただ愉しみだけを考えていた、戦闘狂。

 破壊と殺戮の申し子たる、“外”より降り注いだ破壊神。

 最初から思考の基盤が違う、真正のインベーダー。

 

 それとよく似た気配だと理解し、彼女は顔を強張らせた。

 

「ただ、愉しみのため、だけに……?」

 

「ええ、そう。だって、アナタたちだって楽しい戦いは好きでショウ?

 憎悪の女神が与えるのは殺戮。アナタたちの何もかもを奪い、踏み躙る。

 苦痛の女神が与えるのは安眠。命の代わりに安寧、安心、安全を約束する。

 その点、私が与えるのは自由! 自由な闘争デース!」

 

「自由……?」

 

「そう! 命を奪う他の女神と違い、私だけがアナタたちを生存させる。

 今この世界で人間が生きるのが許されるのは、私の領域しかありまセーン!

 だから、ね?」

 

 マシュが盾を握り直す。

 

 朗らかに笑う女神であっても、その実態は戦の神だ。

 破壊神とさえ紙一重の差しかない、人外の怪物だ。

 だからこそ、彼女たちは退けない。

 

「私は愉しいから戦う、アナタたちも愉しいから戦う。

 私はアナタたちを試し続け、アナタたちは私に挑み続ける。

 その機構の継続こそが、私の生き甲斐。

 私は、私のためにも。

 他の女神も正面から捻じ伏せて、アナタたちの命を勝ち取るの」

 

 ジオウが剣を握り直す。

 

 魔獣の女神は、憎悪だけで人間を殺し尽くすもの。

 そして、この女神は悦楽だけで人間を飼い殺すもの。

 人間にとっての脅威である事には変わらない。

 

 彼女は人間を弄ぶ怪物であることに違いはない。

 それでも、何か。

 彼女には何か、人間への強い感情が確かにある。

 だから、紙一重。紙一重、紙一重だけ破壊神とは確かに違っている。

 

「だったら……!」

 

「んー?」

 

「私たちがあなたから、自分たちの命を勝ち取ればいい!」

 

 きょとん、と。

 女神が、立香の言葉を聞いて、一瞬だけ呆ける。

 そしてその一秒後、女神がより嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「ンー! えへへ、いいですよー! 嬉しい、初めてデース!

 ここに来て、ちゃんと相手から勝負を持ちかけてくれるの!」

 

「いいんだ……!」

 

 勝負を投げかけた立香の方こそ呆ける。

 軽く身を捩り、嬉しそうに頬を朱に染める女神。

 

「はい、もちろん。けど―――

 勝負を持ちかけられたからには、一切手加減はしませんけどネ?」

 

 彼女は地面に突き立てていた刃を引き抜き、振り上げて。

 嬉しそうな顔のまま、空気を太陽の熱で炙りだした。

 

 

 

 

「おお、これは……!」

 

 その激突を見て、着ぐるみが目を見開いた。

 足を止めた彼女を前にして、カルデア側のサーヴァントたちも止まる。

 彼らは驚愕に目を見開いている彼女を訝しみ―――

 

「あ、降参しまーす。ニャンニャン、私悪いジャガーじゃナイアルヨ。

 野性のジャガーマンが仲間にしてほしそうに、澄み渡るつぶらな瞳であなたたちを見ている。

 仲間にしますか? →はい  Yes」

 

「ああ?」

 

 眉を顰めたガウェインがツクヨミにレイラインを通じ、思念を飛ばす。

 それに気づいた彼女が、女神との戦場からこちらに意識を向けた。

 

「会話もせず襲い掛かってきたくせに……! いまさら女神を裏切るっていうの!?」

 

「いや、あーたたち。ここは私の縄張りぞ? 私のシマぞ?

 許可なく勝手に人の家に土足で踏み込んでいいと思ってる?

 かーっ! このゲーム脳め!

 他人の家に勝手に踏み込んじゃダメ! タンスを荒らすのもダメ!

 他所のお宅に邪魔する時は、ちゃんとノックをするように! おねーさんと約束ね!」

 

「は?」

 

「―――アナタのシマでもありまセーン!」

 

 大地が震える。

 ジオウとネロの前衛を縫い、放たれたドレイクの砲撃。

 それを女神がマカナで打ち返し、着ぐるみに向けて吹き飛ばした。

 

「ひぇっ」

 

 肉球棍棒で何とか受け止めて。

 しかし止めきれず、着ぐるみが爆炎に呑み込まれる。

 ところどころ焦げた着ぐるみが投げ出され、ごろごろと地面に転がった。

 

「エ、エンディングナンバー01……

 ククルんの家で不法滞在により怒りを買う……親しき仲にも礼儀あり……

 次は、好感度を上下させる選択肢には気を付けよう……

 好感度管理が大事なのは、神様も女の子も、一緒だ、ぜ……っ!」

 

「ゲーム脳……?」

 

 じゅーじゅーと音を立て、黒煙を上らせる着ぐるみの末路。

 彼女の遺言か何かのような言葉を聞き、立香が呟く。

 礼装の魔力は使い切り、充填を待たねばスキルは使用不能。

 反動を受けた彼女の体力も、それなりに消費している。

 

 そんな彼女の前に立ちながら、ファイズフォンXを構えていたツクヨミ。

 彼女は倒れた着ぐるみの様子を見てから、改めて女神に視線を送る。

 

「仲間じゃ、ない……?」

 

「ええ、もちろん。そいつは私の領域に勝手に住んでいる不法滞在者デース!」

 

 翼竜を撃ち落とす合間にも、彼女に差し向けられる矢と苦無。

 それらは全てバックラーで対応しつつ、女神は一際表情を怒らせた。

 

「はぐれサーヴァントなのは分かっていたけれど……

 手を組んでいたわけじゃなかった……?」

 

「だぁってぇ、こう、環境的に? 神話体系的に?

 私に一番マッチする場所だからっていうかぁ。ジャガーは森に生きるものっていうかぁ。

 変にククルんにすり寄ったら殺されそうだし、勝手に住んでました!」

 

 てへっ、と。

 可愛らしく舌を出し、おちゃらける着ぐるみ。

 

「そんなわけで。ヘイ、少年少女! 麗しきジャガーを雇ってみる気はない?

 密林の化身にして、大いなる戦士たちの具現!

 サーヴァント・ジャガーマンとは私のことSA!」

 

 そう言ってところどころ焦げていた着ぐるみが立ち上がる。

 意外と無事だった彼女はそのまま胸を張ってみせた。

 

「ククルんを割とどうにかできそうだから、私の手のひらぐるんぐるんよ?

 ワタシ、ジャガーマン、トモダチ。

 あ、前金としてククルんの情報を売るわね? 持つべきものは生贄に出来る友。

 その子、ケツァル・コアトルっていうのよ」

 

『ケツァル・コアトル、って。マヤの征服王、トルテカの太陽神!?

 それって文明の主神クラスじゃないか!

 太陽神として姿を見せた時点で、そうなるのが必然かもしれないけれど!』

 

 口笛交じりに女神の真名を暴露するジャガーマン。

 彼女が漏らした真名に対し、ロマニが悲鳴染みた声を上げる。

 

 そんなプライバシーの侵害に対して、女神が微笑む。

 

 ガリガリガリガリと。

 全力を注いだ翡翠剣の一閃が、周囲一帯の木々を削り落とす。

 空を支配する女神の権能。

 発生した竜巻が数え切れない大木を取り込み、一本残らず射出。

 木々は太陽の熱で炎上し、しかし燃え尽きず、巨大な炎の槍と化す。

 狙いはもちろん、ジャガーマンを名乗った着ぐるみに他ならない。

 

「……っ、ガウェイン!」

 

「―――承知しました!」

 

 にゃー、と声を上げるジャガーマンの前に、ガウェインが立つ。

 ジャガーマンを信用できるか否かで語るのはあまりにもバカバカしい気がする。

 が、戦力が一つでも多くなるのはカルデアにとって歓迎だ。

 その上、南米の女神についての情報がついてくるという。

 だとすれば、むざむざ見過ごすことはできない。

 

 太陽の神だったものを前にして、太陽の現身が解放する。

 その刃の輝きを見てケツァル・コアトルが僅かばかり目を眇めた。

 

 俊足のアタランテが即座に切り返し、ネロとドレイクを拾いに行く。

 

 小太郎が足を向ける先は、天候に干渉していた二世。

 ケツァルコアトルスの発揮する能力ならともかく。

 女神ケツァル・コアトルが行う行為にまでは、干渉ができない。

 あまりに力の規模が違いすぎて、彼の魔術では瑕疵すら与えられない。

 

「チィ……!」

 

「下がります!」

 

 味方を抱えて彼らが目指すのは、盾を構えたマシュの背後。

 彼女の意志の昂りに応じ、白亜の盾が鳴動する。

 

 クー・フーリンにぶん投げられたジャガーマンも、そちらに転がり込んでくる。

 地面を滑るそんな着ぐるみが、ふいに呟いた。

 

「そうそう。あの子、善性の頂点に立つ神性だから善性の存在じゃ傷を負わせられないのよ。

 だからあの聖剣じゃ直撃したって無傷よ?」

 

「はあ!? 何それ、先に―――!」

 

「宝具、展開します―――! “いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”ォッ!!」

 

 ガウェインの放つ熱波が臨界する瞬間。

 マシュが盾を全力で握り締め、城塞を顕現させた。

 

 ギリギリで滑り込んできたライドストライカーを抱えたハサン。

 彼が一際大きく、息を吐く。

 

「この剣は太陽の写し身、日輪の灼熱の顕現! 

 故に地上に降り立ちし太陽の女神が相手とはいえ―――その輝きを支える我が両の腕が折れぬ限り、我が剣が負ける道理無し! “転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)”―――――ッ!!」

 

 彼女の権能に推されて迫るプロミネンス。

 その暴威に対し、太陽の聖剣が真っ向から立ち向かう。

 激突して発散する熱量だけで、翼竜たちが蒸発する。

 

 森が灼け落ちていく中、マシュの構えた盾の内側だけが無事で済む。

 太陽同士の激突。

 その光景を間近に眺めつつ、ジャガーマンがぼやいた。

 

「それって神としての権能なわけよ。女神ケツァル・コアトルとしての。

 本体としてそれが発揮されてたら、本気でどうしようもないもの。

 ただし。サーヴァントとして、ならば。

 それは、あくまで霊基が耐え得る範囲での()()なのよ。

 あの子は女神だけれど、今はサーヴァントなわけ。

 だから、どうしたって限界はある」

 

「―――それは、とんでもない威力の一撃なら破れるっていう……?」

 

「いーえ、必要なのは威力じゃないわ。

 あの子という神が降りている神の器。

 サーヴァント霊基、ライダー、ケツァル・コアトル。

 その器をどれだけ不調に追い込めるか、ってことね。

 あれが神の力を再現するに不足した器に成り下がれば―――

 女神ケツァル・コアトルは、器で権能を御しきれない」

 

 そこまで語り、ジャガーマンは寝そべったままジオウを見る。

 

 ふと立香の脳裏に過るのは、砕け散ったジャンヌの旗。

 主の御業を再現するために彼女が揮う、白い旗。

 神の威光の再現は、限度を越えれば器を壊す。

 女神ケツァル・コアトルを倒すには、それしかないとジャガーマンは語る。

 彼女がこちらについたのも、ジオウにその手段を見たからなのだろう。

 

「……ジャガーマンはなんで、こっちに?」

 

「んー? えー、サーヴァントとして召喚されたなら“はぐれ”より“マスター持ち”でいたいじゃない? 流行には乗り遅れたくないし。『問おう、貴様が私のマスターか!』的なムーブメント、どうせならしたいじゃない? っていうか」

 

「そんなどうでもいい理由……!?」

 

「どうでもよくねーし! めっちゃ重要だし!

 まあ私はそれとして、ククルんの方は女神として降りてきてしまった以上、必死に人間を自分なりの方法で守護していますけど。ま、ありがた迷惑っぽい感じもありますが」

 

 騎士の咆哮。

 大地を灼き払う剣閃が、太陽神の炎を押し返した。

 そのまま突き抜けた聖剣の輝きが、確かにケツァル・コアトルに直撃する。

 女神を呑み込み立ち昇る極光、炎の柱が周辺一帯を溶解させ―――

 

「―――いい加減にしなさい。アナタ、本気で殺すわよ?」

 

 ガラティーンが地上に顕現させた熱の海の中、火傷の一つもなく。

 地獄の様相と化した溶けた地面を悠然と歩き。

 女神ケツァル・コアトルが、当然のように無傷で帰還する。

 

 一切加減のない殺意が、ジャガーマンだけに向けられる。

 殺意が太陽の熱を帯び、空気を焦がす。

 焼け落ちた密林の一角が、ガラティーンの残り火と合わせて再び炎上した。

 

「……んー、まあでも、マスターが欲しいってのは本当だし。

 そのためにあなたの情報が役立ちそうなら全部渡すのは当然でしょ。

 別に味方同士だったわけでもないし」

 

「ま、そうですネー。正直、私の情報自体はどうでもいいのデース。

 それくらいリングコールだと思って好きなだけ公開してあげマース。

 ―――ただアナタ、余計な事まで吹き込む気満々に見えるもの」

 

「そりゃまあ、掬える足が無防備に出ているんだもの。

 掬って転ばせてエサにするのが野性ってもんでしょうに。

 女神様だってのに無駄にこだわって頑張って、そういうの結構どうかと思うわけ。

 いや、あんたは紛れもない女神の一柱。

 だから、人間にとってあんたは何をしようがただの脅威でしかないんだけれど」

 

 立ち上がり、ぱたぱたと着ぐるみを叩いて泥を落とし。

 棍棒を持ち上げて、彼女は虎のフードを被り直す。

 

「今は女神の三つ巴、余計なことに構ってたら体系ごとまるっと滅びるわけよ。

 そんな現状を見るに見かねたこのジャガーマン。

 ――――なんてーか。特に理由はないのだけれど。

 人のため人のためって、そればっかりで損してばっかのお馬鹿な子がいるっていう事。

 何だかんだで、私はほっとけないのでした」

 

 太陽が炸裂する。

 周囲に熱波を放ちつつ、ケツァル・コアトルが加速した。

 白銀の刃を翻し、その突撃にガウェインが応じる。

 彼女はその前進を称えるように微笑んで―――

 

 しかし、刃を向けることすらなく、突撃を続行した。

 叩きつけられる聖剣は、女神の肌に徹らない。

 

「くッ……!?」

 

「残念、あなたの善なる剣は通りまセーン!

 これからも善く戦い、善く競い、善く生きるように!」

 

 ただの突撃でガウェインを吹き飛ばし、進軍を続行。

 

属性(アライメント)を基準とした防御。さて、どう抜く―――!」

 

「女神の権能、ルールに守られた防御……! しかし、余の刃なら徹ると言ったな!」

 

 水流の槍が奔り、しかし瞬時に蒸発。

 女神の纏う熱量が、迫る悉くを焼失させていく。

 太陽の熱が、彼女が通った大地を溶解させる。

 今更自分の熱に気付いたように、女神が小さく苦笑した。

 

 女神の前に立ちはだかり、剣を振り上げる花嫁。

 彼女の姿を見て、女神が火力を一気に下げる。

 

「ハーイ! 善でもなく、悪でもなく、中庸でもなく。

 花嫁だなんて属性、初めて見ました! えー、それって属性?

 おねーさん、ちょっとだけ憧れマース!」

 

 翡翠剣と隕鉄の剣がぶつかり合い、鍔迫り合う。

 わざわざ火力を下げた女神に、ネロが眉を大きく吊り上げた。

 

「手加減のつもりか……!」

 

「ええ、もちろん。人類を相手にあそこまでやるなんて大人げないですからネー。

 さっきまでの熱は、あのジャガーを狩るためにちょっと出してしまっただけデース!

 私がアナタたちに使う権能は、善神としてのこの肉体だけと断言しまショウ!

 このくらいは試練という事で。突破してくれるのを期待していマース!」

 

「……そういうことか!

 つまり、余が自分を花嫁と確信しているが故に刃が徹る。

 いい感じの思い込みによって霊基がそうなるのであれば―――

 余の空間であれば、好き放題やれるという事……!」

 

 ネロ・クラウディウスの支配する空間。

 彼女を象徴する建築、ドムス・アウレアの中であれば。

 女神ケツァル・コアトルに徹る刃を、強引に他の者たちにも与えられる。

 善でも悪でも中庸でもなく。

 例えば強引に水着に着替えさせ、属性は夏だと思い込めば成立する―――

 

 それを理解した瞬間、ネロの体が宙に舞う。

 

「ぬっ、ぐぁ……!」

 

「残念。アナタが展開しようとしてる、アナタの空間は許しまセーン。

 私、私の領域に侵食してくる別の空間って―――

 だぁーいッ嫌い! なのデース!!」

 

 吹き飛ばされたネロに向け、アタランテが跳ぶ。

 それが届く前に追撃を仕掛けようと女神が体を揺すり。

 その瞬間、彼女の喉元に朱色の閃光が迸る。

 即座に踏み込みを止め、体を逸らし、その槍をマカナで殴りつけて弾く。

 

「いい踏み込みですね。アナタも愉しい戦い、好きでショウ?」

 

「まあ、そうだな。だが生憎だ。

 テメェと違って、意外と()()()()()()()()()()

 

 クー・フーリンが笑う。

 彼が切り返した槍の穂先と翡翠剣が激突し、槍兵が大きく弾かれる。

 それでも飄々とした笑みを崩さない彼の言葉に、彼女は小さく首を傾げた。

 

 

 

 

「あの子は戦闘モンスター。何であれ、戦いを愉しむものなのよ。

 っていうか、何であれ愉しむ戦いにしてしまうものなのよ。事情なんて気に掛けず、戦いというものを皆に愉しませようとする戦の神。それが今の女神、ケツァル・コアトル。

 器にする分身が違えばまた違う顔も見せるでしょうけど、そこはそれ」

 

 腕を組みながら、ジャガーマンがそう述べる。

 ケツァル・コアトルはサーヴァントとして、どころか神としても上位の存在。

 そんなものを真正面から、何の策もなしには崩せない。

 だからこそ、彼女たちは真っ先にその正体を知るジャガーマンに教えを乞う。

 

 どのような能力か。どのような神性か。どのような神格か。

 

「闘って分かり合うなんて素晴らしい! ってね。

 あらゆる戦いを少年漫画っぽい顛末にしなきゃ気が済まない、“河原で殴り合ったライバル同士がいい感じのクロスカウンターが決まって、お互いぶっ倒れた状態で夕日を見上げながら理解を深め、笑い合う”場面が大好きな、そのシチュエーションを彩るための、後方沈んでいく夕日面した太陽神。それこそが女神ケツァル・コアトルってスンポーよ」

 

 ―――説明に入るよく分からないワードは無視しつつ。

 

 どういう能力かを知り。どういう神性かを聞き。

 そして、どのような神格であるか、ジャガーマンから確かに語られる。

 

「戦いを愉しめば。憎しみをもって戦わなければ。

 みんなより強く分かり合えてハッピーでしょう、なんて。

 本気で思い込んでいるのが、ククルんこと女神ケツァル・コアトルの神格なわけ。

 でもそういうの、人間は受け入れられないでしょ?

 だって。生きるために仕方なく、とか。そういうわけでもないけどなんとなく、とか。

 そんな理由で戦って、勢いで相手を殺せるのが人間なんだから」

 

 あっけらかんとそう言い放ち、ジャガーマンは周囲を見渡す。

 彼女の視界に入るのは、この地に踏み込んできた人間たち。

 

「やる気がなければ害されない、なんて都合のいい事はない。

 カタギの皆さんには手は出さねえぜ、とか何とか言って退いてくれる敵ばっかじゃない。

 人間の戦いなんて、戦争から居酒屋での口論まで幅広いもんだもの。

 トラとネコが出会ってしまったら、そりゃーやりあうしかないってもんよ」

 

 シュッシュ、と。着ぐるみに包まれた拳でのシャドーボクシング。

 言葉通りにネコのような仮想敵とやりあっているのだろうか。

 その拳は鋭く、疾い。

 

「楽しくなんかなくてもやる時はやる。

 憎しみなんかなくたって、行くとこまで行くことだってある。

 人間の戦いなんてそうしなきゃいけないもんだけど、まあほら、あれね。

 あの子はそうじゃない闘いに出会ってしまって、気に入ってしまって。

 押し付けてでも通したいのね、ルチャリブレを」

 

 拳を振り抜く事を止め、彼女はそう言って笑い飛ばした。

 

「……ジャガーマンは何でそれを私たちに?」

 

「んー、そうね。まあこれでもククルんの事も心配してるのよ。

 人間と女神の価値観が合わないなんて当たり前のことはいいとしてさ、自分でも言ってたけど、実は女神同盟の中でもあの子は一人だけ外れてるわけ。方針がね。

 女神同盟の中で、人間を殺すのは大前提。その中で、あの子は飼い殺しって方針を選んだわけだけど。ま、それが許されるかどうか、って言ったらかなり怪しいわけよ」

 

「……許す? 女神同士は元から不可侵なだけで、争う相手なのでしょう?

 だとすると、一体誰から……」

 

 疑念の声を上げるオルガマリー。

 訝しげな視線を向けられて、ジャガーはすかした口笛を吹き始める。

 

「ニャーニャニャー、ミャミャミャミャミャン。ニャンダホー。

 ちょっと人間語はジャガーには難しいニャー」

 

「は?」

 

 一切の議論の余地なく、誤魔化しのための言葉。

 それ以上の追求はノーセンキュー、と。

 ジャガーマンは肉球棍棒でバッティングの練習を開始する。

 

「そう。ほら、だからね、まあどうせならちゃんとやらせてやろうって話よ。

 女神ケツァル・コアトルは自由な闘争を愛する女神。

 この世界が、そして今のあの子が、許している自由は真っ当なものじゃない」

 

 ぶおん、と音を立てて振り抜かれるジャガーバット。

 彼女は何を打ったわけでもないのに空を見上げ、着ぐるみのフードを被り直す。

 

「つまりは、教えてあげるのよ。女教師として。美人女教師として。

 自由な闘争がお題目のくせに、あんたの作ったリングには()()()()()()()、ってね。

 その狭いリングの中で。限定された闘争の中で。

 ―――もし、人間があの子にその魂の強さを示せたならば。

 女神ケツァル・コアトルは、きっと正しく、負けを認めざるを得ないでしょう?」

 

 ジャガーマンの視線が立香を見る。

 真っ先に啖呵を切った、一人の少女を。

 

 彼女はそれを受け止めて、周囲の仲間を見回した。

 

「――――正面から、行こう!」

 

 小さく溜め息ひとつ。

 ジオウがその手にディケイドウォッチを取り出し、状態を確かめる。

 先にクリーンヒットを貰い、撃墜されたばかり。

 やれて一撃、が限度だろう。

 その上、手が足りないのは間違いない。

 

 話を聞いていたツクヨミが、ファイズフォンXを片手に眉根を寄せた。

 

「ルチャリブレ……プロレス、で倒すってこと?

 でも、あんな相手にプロレスを成立させられる人なんて……」

 

 はっきり言って、今までの戦いであの神性の格は思い知った。

 正面から撃破、というのはほぼ不可能だ。

 ある程度揺さぶれはしたが、そこでおしまい。

 相手はこちらを殺さない程度に手加減し続けながら、それでも圧倒してくる。

 権能は用いない、と言っても素のパワーの時点で隔絶しているのだ。

 

 そうなれば、もはや何らかのルールで勝敗を決定するしかない。

 ジャガーマンが上げたルチャリブレ、即ちプロレス。

 それにしたって、まともに力勝負が叶うのなんて精々ガウェインくらい。

 もちろん、勝負になるというだけで勝てるわけではない。

 

 勝つ方法を探るために知恵を振り絞らんと、ツクヨミが僅かに俯いて。

 

「それだけじゃ足りない。

 立ちはだかる神様としても。プロレスラーとしても。

 全部纏めて抜き去って―――

 私たちが歩くのに……神様に道を整えてもらう必要はないって証明する」

 

 そう言って、表情を硬くする立香。

 彼女はその顔で強くツクヨミを見据えてみせて。

 その意味に気付いて、ツクヨミが小さく頬を引き攣らせた。

 

「あなた、まさか……」

 

「うん。()()()は私とツクヨミで勝つ。

 ―――だからソウゴ。お願い、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 女神としても、ルチャドーラとしても。

 両方諸共に凌駕し、勝利して。

 初めて証明できるのだ。

 人間は、彼女が考えているよりずっと、前に進める生き物なのだと。

 

 手にしたディケイドウォッチをしまい。

 ダブルウォッチを撫でながら、ジオウがジカンギレードを握り直す。

 

「―――うん、勝つよ。マシュにも手伝ってもらうけど」

 

「……はい、大丈夫です!」

 

 盾を強く握り締め、頷くマシュ。

 その後に、立香とジオウが揃って保護者に向き直る。

 

「だから所長には、あいつに全力を出させて欲しいんだけど」

 

 二人の軽い声かけに対して、オルガマリーが眉間を強く押さえた。

 ジャガーマンから既に女神ケツァル・コアトルの能力は聞き及んでいる。

 後はその全てを、正面からぶち抜くだけ。

 道を逸れる気など微塵もない二人の目に、彼女は大きく溜息ひとつ。

 

「……はぁ。ジャガーマン、でいいのよね」

 

「うむ」

 

 鷹揚に頷くジャガーマン。

 完璧に勝つには、彼女の協力は必要不可欠。

 失敗すれば真っ先に消し飛ぶ事になる位置取りになるが―――

 

「あなたはわたしと契約してもらうわ。

 完ッ、全無欠に……女神の一柱(ひとり)に勝つために――――!」

 

 自分で振った以上はやり遂げてもらう。

 引き攣った表情でそう告げるオルガマリーに、ジャガーマンは獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 翼竜の大半は焼け落ち、余すことなく全て撃墜された。

 ジャガーマンも完全にカルデア側についた。

 その結果、全ての戦力がケツァル・コアトル一人に差し向けられた。

 

 その上で、彼女は無傷。

 圧倒的な余裕の中で、全ての敵を危うげなく捌き切る。

 

「どう、愉しいでしょう?

 命は奪いません。だってそんなことしたら、不純な感情が混じるもの。

 憎しみはなく、ただ愉しい! 私はこの空気が大好きデース!

 愉しむための闘技(ルチャリブレ)を発案した人間だって、きっと同じはずでショウ?」

 

 叩き付けられる剣。

 槍で何とかそれを受け流しながら、フィンが美貌を歪める。

 数度と打ち合えば心底から理解できることだ。

 真っ当にやりあえば、一分も向かい合えば全身が砕け散るだろう圧倒的なプレッシャー。

 女神の攻勢は留まることを知らず、ただただ加速していく。

 

 だがそれでも、一線だけは越えない。

 彼女には一切殺意がない。

 憎しみに塗れた殺し合いを、彼女は求めていないから。

 

「だったら、どうするというのだ――――!」

 

 矢が、短剣が、苦無が、彼女を目掛けて無数に飛来する。

 それらを潜り抜け、盾で打ち落とし、翡翠剣で斬り払い。

 叫んだアタランテへ向け、女神は微笑んだ。

 

「他の、ウルやエリドゥの民と代わりまセーン。

 アナタたちの事も捕まえて、ちゃーんとお世話してあげる!

 最後の決戦に向けて、私が全身全霊で育ててあげマース!」

 

「余計なお世話さ!」

 

 足を止めた彼女に対する、落日の砲撃。

 それを正面からマカナで粉砕し、女神は喜々とした笑みを浮かべる。

 

「それは我慢してくだサーイ!

 だって、私はこうすることでアナタたちを愛する女神なのデスから!

 アナタたちに余計なお世話をすることが、私の生き甲斐なのデス!

 それでも、絶対他の女神よりマシでショウ?

 私は戦う事を強要しマス。でもそれは、愉しむためデース。

 何も憎まず、何も傷つけず、ただ戦いという行為に喜びだけを見出して、一緒に楽しもう。

 私はそう言っているだけ。

 だって、憎しみで相手を殺す戦いなんて、辛いだけでしょう?

 アナタたちだってそんなこと、したくはないでしょう?」

 

 言い返そうと、ドレイクが銃を構え直す。

 だが直後、彼女の横を走り抜けていく影に、その動きを止めた。

 一直線にケツァル・コアトルを目掛けて走るのは、盾のサーヴァント。

 マシュが、走りながら女神を睨むように見上げた。

 

「違います……!」

 

 マカナが振るわれる。

 それをラウンドシールドで受け止め、マシュがそこで踏み止まる。

 

「ん?」

 

「わたしは、戦いは好きじゃなくて、愉しいなんて、思った事なくて。

 いつも、恐いと思いながら、この盾で、体を支えていて―――!

 それでも、知っていることがあります……!」

 

 直上から太陽の騎士が落下してくる。

 彼の刃は防ぐまでもない、と。

 それを理解しながらも、当然彼女は対応した。

 激突する翡翠剣と聖剣。

 

 解放されたマシュが後ろに滑りながら、声を張る。

 

「憎しみで、相手を傷付けるために、殺すために戦うこと……!

 それはもちろん間違っていて、止められるべき事だけれど……!

 それでも―――憎しみで戦うことを選んだ人間にだって、理由がある!

 誰にとっても辛くて、苦しくて、逃げ出したいほどに恐いことだけれど……!

 ただ不純な感情と言って切り捨てていいものじゃ、きっとありません!」

 

〈アーマータイム! ドライブ!〉

 

 マシュを背後から抜き去って、激走する赤い車体。

 ドライブアーマーが、ガウェインと鍔迫り合うケツァル・コアトルの背後を取る。

 彼の両腕から発射される、シフトスピードスピード。

 

 ガウェインと片手で斬り合いながら、女神の腰が捻られる。

 蹴り飛ばされ、阻まれる攻撃。

 その勢いで彼女はガウェインを押し切り、追撃に迫るジオウを翡翠剣の一閃で弾き返す。

 火花を噴き上げ、転倒するジオウ。

 

 いい加減灼熱に溶けた地面。

 そこに突き立つ翡翠の刃が噛んだ木剣。

 その柄尻を押さえながら、女神がゆるりと首を傾げた。

 

「んー。憎悪による鏖殺を肯定する、のかしら?」

 

「―――いいえ。でも、きっと。

 ()()()()()と思った人間を、()()()()()()()と思えるのが、人間です……!

 神様に、()()()()()だと決めつけてもらわなくても……わたしたちは!」

 

 女神が跳ねる。

 翡翠の輝きが神速で迫り、しかしマシュの前で止まった。

 ネロの剣とクー・フーリンの槍、それが交差し翡翠剣の進撃を阻んでいる。

 

 そのまま力押しに両者を打ち破ろうとして、

 

「小太郎! 撹乱お願い!」

 

「っ? ―――いえ、承知!」

 

 相手が聞いていると分かっていて、撹乱の宣言。

 一瞬戸惑った小太郎は、しかしすぐに印を結んでみせた。

 

「―――風魔忍群、出陣。“不滅の混沌旅団(イモータル・カオス・ブリゲイド)”!!」

 

 忍者集団、風魔一党が頭領。

 五代目、風魔小太郎。

 彼が起動するは彼自身の宝具にして、同時に風魔一党の宝具。

 

 頭領の影から染み出すように現れる、影、影、影。

 風魔の頭領が従えたものどもが、霊体のままにこの世へと現れる。

 その数は二百を数え、全てが女神へと雪崩れ込んだ。

 

「我ら忍びは暗闇に乗じる影の者。

 故に我らの進軍は、暗黒引き連れし闇の舞――――!」

 

 風魔忍群の進撃。

 それに見舞われた相手は、周囲を闇に鎖される。

 忍者は闇に潜む者。故に忍者がいる場所こそが闇の中。

 二百の影が押し寄せた瞬間、ケツァル・コアトルの周囲に闇の帳が降り―――

 

「ですが残念。私こそが太陽である以上、私の許で闇は晴れるが定めデース!」

 

 忍びが闇に駆けるもの、というならば。

 彼女は闇を晴らす太陽そのものだ。

 殺到する風魔の集団が与える筈の影響は、彼女にまでは届かない。

 

 剣士と槍兵を纏めて吹き飛ばし。

 続けて寄せ来る二百の忍群は、まともに対応する必要すらない。

 宝具で呼びつけたものとはいえ、あくまで通常の霊体。

 忍群として闇を引き連れている事を無視できるならば、一体一体は大した事がない。

 何をしたところで、ケツァル・コアトルまで届かない。

 

 ―――だから。

 そうして殺到した者たちは、一斉に炸裂した。

 弾けると同時に噴き上がる白煙。空まで覆うほどに膨張する煙。

 次に繋ぐために行われる、全力の目晦まし。

 

「―――二重に残念。私は太陽だけでなく、風と雨の神!

 どれだけ煙で覆ったところで、吹き荒れる嵐で引き裂くだけ!」

 

「しかーし! 権能ナシで起こせる嵐程度じゃ私は止められない、ゼ!」

 

 いらっ、と。女神が眉を吊り上げて、背後からの声に反応する。

 それは紛れもなくジャガーマンの声。

 彼女は速攻、その全速力でもって、煙を引き裂きながらケツァル・コアトルの前に現れた。

 

 振り上げられる肉球棍棒。

 野性の発露、偉霊(ナワル)の顕現。

 棍棒の先端である肉球が、爪を剥いて巨大化する。

 

「そのタマ殺ったァッ! “逃れ得ぬ死の鉤爪(グレート・デス・クロー)”!!!」

 

「……何か勘違いしているのかもしれませんが。

 私が権能を使わないのは、私に勝負を挑んでくれた挑戦者たちにだけ。

 そこに擦り寄っていったジャガーに関しては別問題デース」

 

 溜息交じりに、女神が目前まで迫った野性の爪を一瞥する。

 ―――神格の解放。

 ケツァル・コアトルが炎の翼を広げる。

 ただそれだけで、ジャガーマンが押し返された。

 

「ぐえー!?」

 

 背中から地面に落ち、すぐさまごろりと転がって、足を地に下ろし。

 即座に体勢を立て直し、疾走体勢。

 そのまま駆けようとした彼女が、しかし走ることができず動きを止めた。

 

「“炎、神をも焼き尽くせ(シウ・コアトル)”」

 

「あう、神性全開……やべっ、死んだ」

 

 ジャガーマンの周囲に炎が奔る。

 炎の先走りを確かめ、ジャガーの周囲に他の誰もいないことを確認。

 そのまま、女神は己が宝具の火力を全開にした。

 屹立するのは炎の宮殿。

 その中に囚われたジャガーマンの宝具たる爪があっさりと灼け落ちる。

 

「ごめんなサーイ? 邪魔なのを処分するので、本気を出すから。

 いまの私に、近付かないでね?」

 

 抵抗を許さず。逃走を許さず。

 ケツァル・コアトルが、その神格を余すことなく解放した。

 一瞬のうちに雷雲に呑み込まれる天空。

 その雲を引き裂いて、巨大な竜が顔を見せた。

 

「――――“翼ある蛇(ケツァル・コアトル)”」

 

 竜の咆哮に合わせ、雷鳴が轟く。

 その竜に与えられたのは、彼女の真名たる“ケツァル・コアトル”の名。

 そして天空の支配という権能。

 空の支配を託された、女神の騎竜が雷雲の中から現れる。

 

 咆哮と共に羽ばたき。

 その羽ばたきが竜巻と落雷を呼び起こす。

 ただの自然現象を超越した、神の権能による破壊。

 それが全てジャガーマンを隔離した炎の宮殿に差し向けられて―――

 

「OH……ククルん、本気で私を殺す気ジャン?」

 

「当たり前でしょう? アナタに関して、敵対を許すほど―――」

 

「あ、そういう細かい話はいいわ。言質取ったわよ? ()()、出したわね?」

 

 神格を全開にしている女神に、ジャガーマンが苦笑する。

 その態度に困惑するケツァル・コアトル。

 瞬間、地上で太陽が輝いた。

 

 小太郎が撒き散らした目晦ましが、太陽の熱で焼き払われていく。

 そうして晴れた光景の中で、女神が視線を動かす。

 

「……さっきの聖剣? それに意味なんて―――」

 

 視線を巡らせ、見つけ出すのは聖剣を構えたガウェイン。

 その背後に構え、槍を回し、その穂先を奔らせていたクー・フーリン。

 彼が自身が発生させたものを抑え付けながら、苦渋に顔を歪めた。

 

「―――悪いが、ランサーじゃここまでだ。全開にゃ程遠い。

 だがまあ、天候の神である大神(オーディン)にもそこそこ近いもんだ。

 後は、テメェの剣で知らしめな――――!!]

 

 クー・フーリンがソウゴから受け取った令呪の魔力。

 全てを注いだ結果として宙に描かれた、十を越える原初のルーン。

 それらが全て、ガラティーンに溶け込んでいく。

 

 それと、ツクヨミの令呪から受けた魔力。

 全てを懸け、ガウェインが一歩を踏み込んだ。

 聖剣を支える腕が、破裂しそうなほどに軋みを上げる。

 

「我こそは太陽の騎士、ガウェイン!

 この一撃を―――我が腕が揮う聖剣の輝きを!

 主たる者たちが進む先を照らす、太陽と為さんとする騎士なり!!」

 

 刀身が爆発するような。

 そんな幻視をしながらも、太陽の騎士は全力で剣を振り抜く。

 解放すれば周囲一帯に焼き払う太陽の聖剣。

 そのエネルギーが、今回ばかりはルーンの導きにより結集されていく。

 狙いは、たった一点。

 

「“転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)”――――――ッ!!!」

 

 伸びる剣閃。収束した一条の陽光。

 それは一切の熱量を周囲へ発散させることもなく、ただ一点。

 女神が展開した、炎の宮殿を目掛けて迸った。

 

 ジャガーマンが即座に身を投げ出し、地面に転がる。

 激突する太陽の刃と炎の宮殿。

 太陽神としての権能を発揮した、ケツァル・コアトルの宮殿。

 それは真っ当な宝具で干渉などできるはずがないもの。

 

「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――ッ!!!」

 

 それでも、なお。

 白銀の騎士が、握り締めた刃と共に大きく踏み込んだ。

 踏み砕いた地面を蒸発させながら、彼が前へと突き進む。

 剣に内蔵された太陽と原初のルーンが反応し、聖剣が暴れ狂う。

 それを力任せに、強引に、抑え込みながら、彼は吼えた。

 

 ――――その果てに。

 炎の宮殿の壁が突き崩される。

 バリバリと、炎が虚空から剥がれ落ちていく。

 

「―――“炎、神をも焼き尽くせ(シウ・コアトル)”を、崩した……?」

 

 唖然とする女神の前で、ジャガーが跳ねる。

 対象としていた彼女が脱出した炎の宮殿が、陽炎のように失せていく。

 一瞬の自失からすぐに立ち直り、彼女はジャガーを追おうとして。

 

 そこに滑り込んできた、赤い車体に目を止める。

 その肩に手をかけ、一緒に現れた盾のサーヴァントにも。

 

「ちょ、そこは……!」

 

 既に同じように権能を尽くした竜巻と雷光を降らせる位置。

 “翼ある蛇(ケツァル・コアトル)”による破壊は、数秒と待たずそこに降り注ぐ。

 

 それを理解してそこに現れた二人が、武器を構える。

 即ち、ディケイドウォッチと―――

 

「……大丈夫?」

 

「―――はい。そのために、ここに来たのですから」

 

 マシュが盾を地面に突き刺して、代わりにジカンギレードを受け取る。

 彼女と背中を合わせながら、ジオウが装備を変更した。

 

〈アーマータイム! ディケイド!〉

〈ファイナルフォームタイム! ダ・ダ・ダ・ダブル!〉

 

 頭上からあらゆるものを粉砕する神威が降り注ぐ中。

 ジオウの姿が、黒と白の狂獣へと変わっていく。

 

 彼と背を合わせたマシュが、アクセルウォッチを装填したジカンギレードを振り被る。

 

「辛いし。苦しいし。恨みを抱くことも、憎しみを抱くこともある。

 確かにそんな戦いは、誰だってしたくないはずです。

 せめて楽しくあるなら、もしかしたら救いになるのかもしれない。

 でも、それでも。そんな戦いだって、意味がある。意味があることにしていける!

 わたしたちは! 憎しみから目を背けるのではなく、憎しみの先に進んでいける!

 そう信じてるから、あなたの停滞は受け入れられません!!」

 

「――――――」

 

 ―――天空から神の暴威が地上に届く。

 その瞬間にジオウが跳び、脚部に展開した刃を振り抜いた。

 同時に。マシュが全力で、フルスロットルで、赤熱する剣を振り抜いた。

 

〈ダ・ダ・ダ・ダブル! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

〈ギリギリスラッシュ!!〉

 

 牙と切り札の記憶が咆哮する。

 加速の記憶が唸りを上げる。

 天を裂き、地上に降り注ぐ神威の嵐。

 その破壊の渦に対して二つの斬撃が突き立てられた。

 

 拮抗は、一瞬。

 どれだけ用意を整えようと、彼らの攻撃は神威には届かない。

 だから、順当にいけば当然のように打ち砕かれるだけで終わるはずで。

 

 ―――それでも。

 

「俺たちのゴールは、あんたが敷いたリングの中にはない。

 ずっと、もっと先にあるものだから―――

 俺たちはあんたを振り切ってでも、そこに向かって突き進むだけだ!」

 

 権能が返る。

 風と雨を制する神が降ろした嵐が、威力をそのままに跳ね返る。

 いや、そのままではない。

 ケツァル・コアトル自身の神威に加え、ジオウたちが乗せた全ての力がそこにある。

 

「―――“翼ある蛇(ケツァル・コアトル)”まで、返した……!? っ、けど!」

 

 自分に向かって突き進んでくる破壊の竜巻。

 それを前にしながらも、彼女が見ているのは返した二人の姿。

 竜が降らせる脅威は、未だに続いている。

 一度返したところで、あの二人の許にはまた嵐が降り注ぐ。

 そうなれば二人揃って砕け散るだろうことは、想像に難くない。

 

 ―――だからこそ。

 彼女が備えていたのだとも。

 

 曇天が引き裂かれる。

 雷雲を突き破り、空から炎が降り注ぐ。

 その事実に、空を制する竜がうろたえるように首を動かす。

 

 そうしているうちに、雲を突き破ってきた隕石が竜に直撃する。

 奇声を上げ、ゆらめく翼竜。

 

「外から……私の支配する空の、更に上から。呼び込んだのね、星を」

 

 ケツァル・コアトルの視線が、空を仰ぐオルガマリーへ向けられる。

 隕石は次々と雲を引き裂きながら殺到する。

 地上に降り注ぐ流星群。

 それを導いたオルガマリーが膝を落とし、息を切らし。

 しかし、己のサーヴァントに向けて、叫んだ。

 

「アーチャー!!」

 

「ああ!」

 

 天穹の弓が引き絞られ、空へと向けられる。

 天空を支配する女神が、その支配権を託した翼竜。

 それがいま、更に上からの強襲に対し、大きくよろめいている。

 嵐を孕む暗雲は降り注ぐ星に引き裂かれ、雲間から蒼穹を覗かせる。

 

 マスターが切り拓いたその一点を確かに目掛けて。

 彼女は、番えた二矢を解き放つ。

 

「――――“訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)”!!!」

 

 彼女が信仰する太陽と月の女神に向け、放たれる矢。

 天へと翔け上がり、消失する矢。

 それはつまり、彼女の宝具が発動が叶ったという事であり。

 

 次の瞬間、無数の矢が翼竜の頭上すぐから降り注いだ。

 嵐の効果範囲外、雲の更なる上から降り注ぐ矢の弾幕。

 翼の翼膜を撃ち抜かれながら、竜が悲鳴を上げるように咆哮した。

 

 そんなしもべの状態を見ながら、女神が武装を投げ捨てる。

 地面を転がっていく翡翠剣とバックラー。

 向かってくるのは彼女自身が発した全力の神威。

 彼女自身であっても、全力でなければ止められない力の嵐。

 

「―――アナタたちには権能は使わない、と言いました。

 ですが、それは取り下げマース。

 言ったからには、このまま使わず負けるのが道理と言えば道理なのでしょうけど」

 

 ケツァル・コアトルが対面にいる二人を睨む。

 

 マシュが即座に剣を投げ捨て、盾を握る。

 アーマーが限界を迎え通常形態に戻ったジオウが、放り投げられた剣を掴む。

 二人の直上には、既に放たれていた追撃の嵐が迫っている。

 

 その嵐を、津波が阻む。

 水の氾濫を放つのは、戦神ヌアザの力を顕す槍。

 それほどの一撃が、神の嵐を一瞬だけ阻む。

 だが一瞬だけだ。すぐに津波は嵐に呑まれ――――

 

 そこに、白亜の城塞が顕現する。

 何もかもが磨り潰される嵐の中で、それでも、と。

 人の心の強さを証明する盾が、確かに。

 屹然と、その場に立ち上がる。

 

「ええ、でも―――私が手を抜いたせいで、アナタたちから“全力の私に勝つ機会”を取り上げるわけにはいかないもの!!」

 

 ケツァル・コアトルが火力を増す。

 女神が、自身の権能たる嵐に身一つで立ち向かう。

 炎の翼と嵐が激突する。

 拮抗、ではなく。

 小さくとも確かに、ジオウたちの力はそこに上乗せされていて。

 ケツァル・コアトルこそが、その激突に押し込まれた。

 

 天空で騎竜が雄叫びを上げる。

 主人の危機に際して、彼はそれを跳ね除けるために動く。

 隕石と矢を無数に受けながら、しかし竜は体勢を立て直す。

 

「悪いねえ! そんだけ高度を落としてりゃ、アタシの射程内さァ――――ッ!!」

 

 嵐を掻き分け進む船の長が、そう言って笑う。

 展開したカルバリン砲、四門。

 降り注ぐ隕石に、矢に、撃たれて徐々に高度を下げていた竜は、既に射程内。

 ここからまた空に逃がす、などという間抜けをやってる暇はない。

 夥しい魔力が、砲口で激しく明滅した。

 

()ぇ――――――ッ!!!」

 

 地上から嵐の空へ向け、放たれる砲撃四つ。

 荒ぶる気流を切り裂いて、その砲弾が竜の許へと確かに届く。

 着弾し、爆裂し、竜の肢体が砕け散る。

 

 自身のしもべの末期を見届けながら、女神が力を更に籠める。

 嵐が止まる。破壊の渦の進撃が止まる。

 確かにこれは、彼女の全力をも超える嵐であることに違いない。

 だがそれでも、目の前でこれだけ全力の彼女を超えるために力を尽くされたのだ。

 

 全霊を懸けて超え返してやらねば、女神が廃るというものだろうに。

 

「ハァアアアアアアアアア―――――ッ!!」

 

〈アーマータイム! ウィザード!〉

 

「オォオオオオオオオオオ―――――ッ!!」

 

 換装しながら、ジオウが嵐を追撃する。

 彼が引き起こすのは雷を内包する緑の竜巻。

 既に膨れ上がった嵐の規模からすれば、ほんの小さい力。

 それでも進み続けるジオウに、ケツァル・コアトルが頬を緩ませた。

 

「とても素晴らしい、力でした! ですが、私を倒すには及ばない――――!」

 

 高まり続けた力が炸裂した。

 嵐と女神。二つの力が一気に暴発し、周囲に発散されていく。

 そこに巻き込まれ、吹き飛ばされる直前。

 ジオウが、青い魔法陣を展開して投げ飛ばす。

 

 そして、彼女は押し返された。

 間違いなく、彼女は押し返すことはできなかった。

 やらなかった、ではない。紛れもなく、できなかったのだ。

 人間が力を尽くして彼女の権能を反撃に用いた攻撃。

 それに対して、確かにケツァル・コアトルは後れを取った。

 その点について、彼女は敗北したと言ってもいい。

 

 だがそれだけだ。

 女神に対して一発だけ、してやったりと言えるだけの有効打を決めた。

 ただ、それだけだ。

 

「素晴らしかった、と称えまショウ! ですが、これでは()()には程遠い!」

 

 そう言って、女神が吹き飛ばされていた自分の体を押し留める。

 地面を削りながらのブレーキ。

 そうして確かに踏み止まった彼女の前で、黒衣が翻った。

 

「風除け……!?」

 

「当然の話だ、勝利を得るのは今からなのでな」

 

 嵐の中、暴風を加護にて躱し。

 ハサンが、ケツァル・コアトルの直近まで迫っていた。

 そうして彼は黒衣を跳ね上げて、

 

 そこから、二人の人間が飛び出した。

 

「!? ちょ、待ちなサーイ!?」

 

 目の前に現れるのは、立香とツクヨミ。

 彼女たちが脇目も振らず、ケツァル・コアトルに向け走り出した。

 その事実に、女神が焦るように声を荒げた。

 普通ならばこんなことで焦るような必要はない。

 

 だが、いま。

 ケツァル・コアトルは、必要に駆られて神性を全開にしている。

 ()()()()()()()()()のだ。

 だって、彼女という生命と人間という生命ではあまりにサイズが違う。

 いや、サイズ以上にそもそものスケールが違う。

 

 サーヴァントならいい。ジオウみたいな特殊なタイプもいい。

 少しくらい叩いても、吹き飛ばすだけで済むから。

 だが人間はそうじゃない。

 今の彼女はひ弱な人間くらい、触るだけで溶かしてしまう怪物なのだから。

 

「小太郎殿!」

 

「ッ、何と言う無茶……ですが。いえ、信じます!」

 

 ハサンの肩に手をかけていた忍びが顔を出す。

 そのまま彼が煙玉を投げつけて、周囲を煙に包み込んだ。

 視界を遮られた女神が唇を噛み締めた。

 

「っ、可愛らしい無茶を!」

 

 ケツァル・コアトルが小さく跳ぶ。

 距離を開けるための一足飛び。

 全開にしている神格を収納し、サーヴァントレベルに戻すまでの時間があればいい。

 だからこそ彼女は距離を離すという選択をして。

 

 ぽん、と。何かにぶつかった感触を得た。

 仰天しながら振り返った彼女の視線の先。

 女神に激突されて吹き飛ばされ、地面に突き刺さって黒煙を上げるものが一つ。

 

「なに……!?」

 

 軽くぶつかっただけで壊れたタカウォッチロイド。

 それを見て、やはりぶつかれないと体を固くするケツァル・コアトル。

 そんな彼女の前に、タカウォッチに乗ってきた白い獣が現れる。

 

「フォー! フォフォーウ!」

 

 空中を舞う白い獣が、突然強く発光した。

 ただの光程度で晦まされるはずのない太陽神の視界。

 だが、その光は確かに彼女の視界を奪い去った。

 

「く……!」

 

 完全に視界を奪われる。その結果、どう動いていいかを見失う。

 そうして彼女は慌てながら足を下ろし、つるりと地面で足を滑らせた。

 

「な、嘘……!?」

 

 足を下ろしたのはただの地面のはずで。

 それが滑ることなんてないはずで。

 足を置いた時の感覚は、まるで氷上で滑ったようであって。

 

 ―――最後の瞬間、青い魔法陣を投げていたジオウの姿を思い出す。

 

「くっ……ですが、転びなんて……ぇっ!?」

 

〈スイカアームズ! コダマ!〉

 

 転ぶのを防ぐため、踏み止まろうとした足。

 それが踏み締めたのが、またも地面ではなかった。

 その接触だけで壊れたコダマが、割れながら投げだされる。

 代わりに。

 よく転がる球体を踏み、大きくぐらつき、彼女の体がついに宙に浮いた。

 

「こ、こだぁ――――っ!!」

 

「―――――!?」

 

 ふらついたケツァル・コアトルに立香が抱き着く。

 カルデアの礼装がなければ、それだけで逆に即死。

 そう言っても過言ではないだろう、スケールの違う相手への突貫。

 

 無理矢理振り解く、という選択肢は女神にはない。

 組み合った二人が揃って地面に倒れていく。

 

「―――握った……! ネロ帝!!」

 

「任せよ、いざ開け“黄金闘技場(ドムス・アウレア)”!!」

 

 太陽神として見せた宮殿を打ち崩し。

 天候の支配する竜を撃墜し。

 真正面から神をぶっ飛ばし。

 確かに、彼らはこの地を領域とする女神に、打ち克ってきた。

 

 その事実をもって、諸葛孔明が空間の支配権を奪い取る。

 せいぜい数秒のことだ。

 ほんの僅かな時間だけの空間の不法占拠。

 だがそれで十分。

 二世が切り取った支配を利用して、ネロが宝具を展開できればそれでいい。

 

 だん、と。

 立香とケツァル・コアトルが、地面ではないどこかに倒れる。

 その場所を見て、女神は瞠目した。

 

「リング、って」

 

 彼女たちが倒れたのは、黄金に彩られた四角いリング。

 四方に立つコーナーポスト、そこに張られたロープ。

 紛れもない、リングだ。

 

 次の瞬間、リングを叩く音が彼女の耳に届く。

 

「1!」

 

「―――フォール……!」

 

 リングを叩くのはジャガーマン。

 このままカウントが進めば、確かに掴まれ押し倒されている彼女の負けだ。

 曖昧な勝敗の条件などでは誤魔化せない、紛れもない敗北だ。

 それを覆すには、彼女は立香を押し退ける必要がある。

 だが、この状況では霊基を抑えるより先にカウントが終わる。

 

 無理矢理に解けば、恐らく立香が八つ裂きになるだろう。

 それでは意味がない。殺しては、意味がない。

 生きるために戦うものを、殺しては意味がないのだ。

 だって、それでは楽しくない。嬉しくない。愉しんで終われない。

 

 殺さずにフォールで自分を制そうとしている相手を殺して勝つ?

 ありえないにもほどがある。

 そんな事をするくらいならば、真体ごと爆発して死んだほうがマシだ。

 

「デ、ス、ガ……まだ! 私は伝説級のルチャドーラ!

 こんな、私が動けないこと前提のユルユルのフォール……!

 2カウントもあれば、丁寧に、優しく、危なげなく、外してみせ……!」

 

 剣山のように無数に突き立つ針の全てに、一本の糸を通すような精緻な真似だ。

 力の掛け具合一つがずれるだけで、相手を殺す。

 それでも、その超常的なアクションを、自分ならば成し遂げられる、と。

 ケツァル・コアトルがその体を動かそうとして―――

 

〈エクシードチャージ!〉

 

 赤い光の弾丸が、彼女の腕で弾けた。

 腕を取り巻く赤い光に、女神が唖然として口を開けた。

 腕が動かない。いや、動かそうと思えば動かせる。

 少し力を入れるだけで、そんな光の拘束は簡単に千切れるだろう。

 もちろん、彼女を捕まえている立香ごと。

 在り得ないくらいに精密な動作を要求される中で、そんな手枷をつけられては。

 

「2!!」

 

 ジャガーマンがリングを叩く。

 ―――方針を、変える。

 無理に解くのは、どう足掻いても無理になった。

 だったらもう、神格を収める以外に他にない。

 そうして、その選択を取った以上。

 

「3!!!」

 

 一際強く、ジャガーマンの掌がリングを叩いた。

 そのままジャガーがバンバンとリングの連続で殴打する

 一切釈明の余地なく、完全に勝敗は決した。

 

 緊張で強張っていた女神を抑え付ける体から、ゆっくりと力が抜けていく。

 

 権能を引き出され。

 それを正面から凌駕され。

 その上でリング上で3カウント取られた。

 ちょっとびっくりするくらい、完全な敗北だ。

 

 その事実を受け止めて、自身の霊基が落ち着いたのを確認し。

 彼女は弛緩した状態の立香を持ち上げながら立ち上がった。

 

「―――このリングには、試合終了のゴングが足りまセーン!」

 

「む? うむ」

 

 言われたネロが、空間内にゴングを作り出す。

 次に視線を向けられたジャガーマンが、それを高らかに打ち鳴らした。

 その音色に合わせケツァル・コアトルは立香の腕を取り、

 

「……うーん、アナタたちの名前、聞いてまセンでした」

 

「……えっと、私たち? だったらここでは、カルデア……大使館、かな?」

 

「なるほど―――勝者! カルデア大使館デース!!」

 

 そう言いながら、彼女は周囲を見渡しつつ立香に腕を掲げさせた。

 からからと愉しそうに笑う、女神ケツァル・コアトル。

 それを見ながら、カルデア大使館は疲労感に深く息をついた。

 

 

 

 




 
 ゴルゴーンも出てないのに何かケツァル・コアトル戦が終わった。
 


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女神同盟ビギニング-4000000000

 

 

 

「完・全・敗・北デース! ンー、いっそ清々しい!」

 

「フォール! フォール! 決着ついたのに、何で私に攻撃するの!」

 

 ギリギリと軋むジャガーマンの頭。

 アイアンクローで彼女を締め付けながら、ケツァル・コアトルは朗らかに笑う。

 密林は一角が既に完全に消滅し、焼け焦げた大地だけが残っている。

 

 そんな場所で腰を落としながら、オルガマリーが彼女を見上げた。

 

「……なし崩しに戦闘に入って、こうなったけれど。

 あなたは女神同盟側から離脱してくれる、という事でいいのかしら?」

 

「ええ。私が喫したのは、完膚無きまでの敗北。

 こうなったからには、もはや勝者の舎弟になるしかないでショウ?」

 

「少年漫画の読みすぎなのよねえ。あばばばば」

 

 口を挟むジャガーマンの頭に対し、圧力が増す。

 ギチギチとおおよそ人体にはありえない異音が、彼女の頭蓋骨から奏でられる。

 そんな光景に対し、口元を引きつらせるオルガマリー。

 

「女神同盟はそれぞれ違う方法で、人を殺すのがルール。

 そう言ってたけど、それは止めてくれるってことでいいんだよね?」

 

 立香に問われ、ケツァル・コアトルが握ったジャガーマンをきつく睨む。

 圧力をかけられながらも、ジャガーは素知らぬフリを決め込んだ。

 

「……ええ、その通りデース。私も人間の飼い殺しは止めマース。

 人間が行う挑戦にとって、私の決めたリングでは狭すぎる。

 それを証明されてしまったからには、大人しく()()()のが礼儀というものデース」

 

「だったら、女神同盟のことについて……」

 

「申し訳ありませんが、一度同盟を結んだからには情報を売る事はしまセン。

 私はさっさと人の情報を売った野性の動物とは違いマスので」

 

 冷酷なまでに研ぎ澄まされた睨み。

 そんな視線を前に、てへぺろ☆ と。

 ジャガーマンが可愛らしさを発揮して、お茶らける。

 眉根を寄せて、皺を作るケツァル・コアトル。

 

「……もちろん、私はアナタがたに協力しマス。

 こうなったからには、いちサーヴァントとしてアナタ方の道行きのために戦いまショウ。

 ですが、それでも譲れない部分はあると理解してくだサーイ」

 

「親孝行って奴ねえ」

 

 余計な口を挟んだジャガーマンが蹴り飛ばされた。

 地面に突っ込み、バウンドし、着ぐるみが泥まみれになりながら転がっていく。

 そうしてから女神は軽く手を叩きつつ、咳払いをひとつ。

 

「私は女神同盟を裏切らない。その上で、アナタたちに命を懸けて協力する。

 それは、女神という障害を乗り越えて突き進むアナタたちを前に進ませることが、何より私が女神同盟に参加した理由を、真に果たすことになるだろうと確信したからデース」

 

「女神同盟に参加した理由?」

 

 それ以上この件について語ることはない、と。

 女神ケツァル・コアトルは、ゆっくりと首を横に振る。

 戦力として協力はする。だが、情報は流せない。

 そう断言する彼女に、カルデアの面々は顔を見合わせた。

 

「うーん、じゃあ……そういえば、こっちの街にいる人たちはどうなってるの?」

 

「先程話した通り、ちゃんと生かしてありマース。

 来たるべき闘争に向けて、まずは受け身の練習をさせているのデス。

 ルチャの基本デース」

 

 調子を戻し、自信満々に胸を張る女神。

 

「……彼らをウルクに戻す、と言ったら?」

 

 オルガマリーが視線を小太郎に向けつつ、問いかける。

 彼もまた、ギルガメッシュ王のサーヴァントとして小さく頷いてみせた。

 

 ケツァル・コアトルの領域に含まれる市。

 ウル、そしてエリドゥ。

 此処に住まうものたちは、元よりその土地に住んでいた人間だろう。

 だからウルクに戻す、というのは少々おかしい表現であるが。

 ただ、人間側の領域に戻すという話を女神が承認するのかどうか、という話だ。

 

「まあ、協力すると言ったのにアレも駄目コレも駄目とは言いたくないですし。

 こちらとしては、それでも構いまセンが……」

 

 今までの様子からすると、いやに煮え切らない態度。

 そんな彼女の後ろに転がっていたジャガーが声を上げる。

 

「ククルんに鍛えられてる連中はともかくとして。

 他のただ生きてるだけの残りの人間は、ウルクに行きたがるかしら?

 ここは魔獣には襲われない唯一のエリア、と言っても過言じゃないし。

 一部の人間は意外と安心感持っちゃってると思うのよね」

 

 地面に転がりながら、ジャガーマンが肩を竦める。

 そんな器用な動作を見せつけた彼女に対し、ソウゴは首を傾げた。

 

「ただ生きているだけの人間、っていうのは」

 

「戦う事を拒否する人間たちデース。

 別に私は全ての人間を戦わせるわけではないデスから。

 戦える人間が戦い、そうでない人間は戦わない。それは当たり前のこと。

 あ、もちろん戦える人間がいる間は、の話デスけどね?

 戦う人間が死に絶えても、戦えない人間がなお戦わない。

 その時は、人間という種が滅亡するだけでショウ?

 まあそうならないように、私が保全しようとしていたという話デース」

 

「で、そんな人間たちがこっちの保護……保護? ペットショップ? 保健所?

 みたいな状況を抜けて、ウルクに行こうとするかってーと。

 ジャガー的には、一波乱ある気がするって話ね」

 

 ケツァル・コアトルは殺人を容認しない。

 女神であれ、魔獣であれ、彼女の領域内では一切の殺人は許されない。

 彼女の領域の人間は、彼女の自己満足のために飼われるだけになる。

 だが、だからこそ一切の脅威は存在しなかった。

 唯一にして最大の脅威。かつ、最大最強の守護神。

 それがこの地における、女神ケツァル・コアトルなのだから。

 

 ここは、ケツァル・コアトルの手で長らく停滞した市街だ。

 閉じ込められる代わりに、外からの脅威にさらされなかった場所だ。

 その守護神の許を離れ、魔獣の脅威に常にさらされるウルクに行くか?

 ジャガーが語るのは、そういう話だ。

 

 言われて、顎に手を添えて悩み込むオルガマリー。

 彼女の後ろで、変身を解除したソウゴが腕を組んで唸る。

 

「じゃあもう一回王様に訊きに帰るしかないんじゃない?」

 

「確かにこれ、私たちの一存で決めていい事じゃない気がする」

 

「でもこれって一応小太郎と、天草四郎からの依頼扱いじゃなかったっけ」

 

 ふと振り返り、小太郎の顔を窺う立香。

 視線を向けられた彼が、小さく息を詰まらせる。

 目が隠れるほどに伸ばした前髪を揺らしながら、彼は何とか言葉を絞り出した。

 

「―――そもそも今回はあくまで偵察。

 女神との決戦は一切考えていなかった、ので。ええと」

 

「なんというか、その場の勢いで決戦しちゃったね」

 

「そういうところが私に響いたのデース!」

 

 朗らかに笑うケツァル・コアトル。

 彼女の勢いに押されて怯む小太郎。

 

「じゃあとりあえず王様に訊きに戻ろっか。

 茨木童子と一緒にいた民と違って、自分から戻ろうとしないかもしれない。

 だったらやっぱり王様しだいなんだろうし」

 

「そう、ですね。僕の決定権を越える話なのは間違いありません。

 申し訳ありませんが、一度帰還して指示を仰ぎたいと思います」

 

「では決まるまでは、今まで通り死なない程度にルチャの訓練を続行させマース。森に近づいてもらえればそこのジャガーに出迎えさせますので、何かあったらいつでも来てくだサーイ」

 

「え、私はオルガマリーちゃんとこに就職したので、森から出て行く―――」

 

 炎が盛る。太陽の降臨を幻視する。

 逃がすと思うのか、と女神の視線がジャガーを捕える。

 ほんの僅かだが、神性の発露を目前にして、ジャガーが震えた。

 

 ぷるぷる震えるネコ科の横で、ケツァル・コアトルが再び笑顔を見せる。

 

「私でもそこのジャガーでも、必要な事があればいつでも呼んでくだサーイ。

 いつだって、どこへだって駆けつけマース。

 ただ必要じゃない時には、それもこっちの手伝いをさせておきマスので。

 森の端から端まで走らせ続ける労働力として、ちゃーんと有効活用しておきマース」

 

「助けてぇ、マスタぁー」

 

「……そうね。

 とりあえずわたしたちは一度帰還して、ギルガメッシュ王に指示を仰いできます」

 

「さっそく契約を裏切られた! 神は死んだ!」

 

「ここで生きてマース。

 アナタには生ける神の使いっ走りとしてバリバリ働いてもらいマース」

 

 口の端を大きく吊り上げて、不穏に笑うケツァル・コアトル。

 名実ともに借りてきた猫になったジャガーマンが更に体の揺れを強くした。

 それをスルーして、オルガマリーが女神を見据える。

 

「最後に、一つ確認をいいでしょうか?」

 

「なんでショウ?」

 

「あなたに魔獣の女神と戦う手伝いを依頼すれば、引き受けてくれるでしょうか」

 

「―――それはもちろん。私はアナタたちの剣となるもの。そう約束しました。

 ただし、その場合の私は剣というか、栓抜きとかパイプ椅子みたいなもの。

 いわゆる反則行為の凶器攻撃、というわけデース。

 そうなればもうルールは改定。問答無用のデスマッチに移行するでショウ」

 

「……そうなるから、この土地には魔獣も来ない。

 そう理解していい、ということでしょうか」

 

「ええ。私の領域に魔獣が侵犯するのはルール違反。

 もちろん逆だってそういうこと。

 だから私たちは、不用意に相手のテリトリーに踏み込んだりしまセーン」

 

「なる、ほど。分かりました、ありがとうございます」

 

 そう言って頭を下げて、オルガマリーがソウゴを見る。

 彼は疲労感に小さく息を吐きながら、再びウィザードの力を使うべく変身に取り掛かった。

 

 

 

 

「魔獣の女神は、領域侵犯は犯さない。

 それは女神同士の協定、というカタチでルールとして決まったもの。

 つまり破ったら大きな罰則があるに違いないはずなのよ」

 

 タイムマジーンの許まで帰還して。

 ウルクへの帰路につく前に、オルガマリーがそう切り出す。

 ウィザードアーマーを解除しながら、その言葉にジオウが首を傾げた。

 

「……じゃあ()()()()()()()()、ってどこ?」

 

「エビフ山にも多少は魔獣が来る事もあったんだよね?」

 

 首を傾げるジオウを見つつ、立香が振り返る。

 その視線の先にいたサーヴァントたちも、首を傾げてみせた。

 

「そういう話だったと思う、がな?

 それらから茨木童子が民や獣を守っていた、と」

 

「ふむ。確かはぐれた一部の魔獣だけ、というような口振りだったと思う。

 とはいえ、ただ管理から漏れた木端魔獣なら領域侵犯してもいい。

 そんな都合のいい話がオチだとは思えないところだ」

 

 どうだったかな、と腕を組むネロ。

 そんな彼女の横で、髪をかきあげながらフィンがそう言った。

 

 イシュタルが神殿を持つのは、エビフ山の頂上だ。

 神殿(そこ)だけが女神としての領域だ、という可能性もないではない。

 が、流石にそれは考えにくい気がする。

 神殿を中心にするならば、イシュタルの領域はエビフ山全体だと考えるべきだろう。

 

 そうなると、エビフ山に多少は魔獣が流れてきていた、という話がおかしい。

 南米エリアには一切魔獣が踏み込んでいないのだから。

 

「ちゃんと協定が結ばれているなら、どちらの女神も互いにルールを違反している。

 そういうことになる、ということでしょうか?」

 

 イシュタルもウルクの周囲で魔獣を狩っている。

 配下の魔獣に手を出す程度は小さい話なのかもしれない。

 が、だからと言って積極的に相手の手駒を駆除するのは敵対行為同然だろう。

 

「……そもそもイシュタルの口振りからすると、彼女はウルクもエビフ山も自分の領域として見ていたような……」

 

 その協定がどれほどの強制力を持つかは分からない。

 だが、けして軽くはないはずなのだ。

 だというのにこうなっているという事実に、マシュが眉根を寄せた。

 更に困惑しながら、イシュタルの言動を思い返すツクヨミ。

 

「イシュタルがウルクを自領域としているなら、そもそも魔獣の侵略自体がルール違反。

 三女神同盟にとって、そんな馬鹿な話はないでしょう」

 

「エビフ山はまだしも、ウルクは協定の外と考えるべきでしょう。

 ウルクはイシュタルの領域であるために侵略は不可、などと。

 そんな条件を他の女神が飲むはずがない」

 

 頭を振るオルガマリーに同意し、頷くガウェイン。

 彼らが始めた会話を耳に流しながら、ドレイクは鬱陶しげに首を回す。

 

「あー、また面倒な話になってきたね。

 さっきみたいに撃ち合いで解決する方が分かり易くていいや」

 

「ただ撃ち合って倒せる程度の相手が敵ならばそれでもいいがな。

 良くも悪くもそうではない、と。ケツァル・コアトルが証明してくれたわけだ」

 

 溜息を吐き落としながら、アタランテが船の方へと向かっていく。

 こちらが把握している女神の実態。

 イシュタルとケツァル・コアトル。

 彼女たちを比較した場合、絶対的にケツァル・コアトルの方が脅威度は上だろう。

 

 イシュタルもまともにぶつかれる相手ではないが、ケツァル・コアトルはそれ以上だった。

 

「……そうですな。彼女を味方に引き込めた時点で全てが解決できる話なら、恐らく女神ケツァル・コアトルは一切出し惜しみせずに解決までの道筋を示してくれるはずでしょう。

 そうしない、ということはそうではない、という話に違いない」

 

 ハサンがそうぼやきつつ、いつか相見えた老爺の事を想起する。

 あの御仁が出陣した、ということはそれが必要な事態ということ。

 恐らくは、答えに辿り着くための情報がまだ足りないのだ。

 

「……ケツァル・コアトルと、ジャガーマン。あの二人の口振り。

 苦痛の女神、だったかしら。そう譬えられた女神が、女神同盟の三柱目。

 ……最後の女神は、イシュタルじゃない?」

 

『それは、どうだろう。

 いや確かにイシュタル神がそう呼ばれる事に違和感はあるけれど。

 ただ神霊クラスの存在ならば、相応の規模の出力があるはず。

 それほどの存在規模が、この特異点内で残っているとは……』

 

『ふむふむ。こちらとしても情報を洗い直す必要がありそうだね。

 ただ個人的な感覚としては、女神同盟に対しての情報自体は必要分に届いてそうに思う。

 そこのとこ、どう思う? ロード・エルメロイ二世』

 

 ロマニを押し退け、顔を見せるダ・ヴィンチちゃん。

 彼女の声をかけられた二世。

 彼が顎に沿わせていた手を下ろし、顔を下に向けた。

 

「――――この世界に反応のない、未知の神格の可能性」

 

「お、何か思いついたか?」

 

「地上にこれ以上の神性がいない、というなら自ずと至る可能性だ。

 ならば、()()()()()()()()()()()()()()()? と」

 

 伏せていた顔を上げ、眉間に指をあてる。

 彼の口振りを聞いて、クー・フーリンが思考するように片目を瞑る。

 問いかけられている二世は難しい顔のまま、僅かに目を細めて。

 いつかを思い返すように、口を開いた。

 

「いつぞやの私の講義を覚えているか?」

 

「あん? いつの――――ああ、なるほど。()()か」

 

 納得したように空を見上げ、その後に地面へと視線を投げる槍兵。

 同じ話を聞いていたジオウが変身を解除。

 結果、ちょうどソウゴが至極気分の悪そうな顔を見せた。

 

「ソウゴ、どうしたの?」

 

「別に、なんでもないけど」

 

 問いかけるツクヨミに、投げやりに返すソウゴ。

 理由を理解した立香がその時の二世の話を思い出した。

 

「えっと、死と再生の儀式の話?

 アステリオス……ミノタウロスの迷宮の話だったよね」

 

「そういえば、そこで先輩たちが……」

 

 第三特異点。海洋の特異点の攻略中、遭遇した迷宮。

 アステリオスがエウリュアレを守るために展開していた結界だ。

 そこを進んでいるうちにいつの間にか立香とソウゴは姿を消し、未来のソウゴと邂逅していた。

 その間にマシュたちを足止めしていたのは、仮面ライダーディケイド。

 

 ふと思い返すことがあり、そこで思考を止めて。

 しかしすぐに横で上がったネロの声に、回想を中断された。

 

「うむ、そういえばそんな話をしていたな。余はよく覚えていないが!」

 

「気が合うじゃないか皇帝陛下。アタシもさ」

 

 自信満々に胸を張るネロ。

 彼女に同調し、けらけらと笑うドレイク。

 二人に口元を引きつらせる二世。

 

『……自己再認の儀式、というテーマだったね。ボクは後から聞いた話だけど』

 

 ―――迷宮とは。

 その道程を歩みながら余分のものを削ぎ落し。

 最奥で怪物に殺されるという“死”を終え。

 帰路の中で削ぎ落したものを拾い直して自身というものを再生、再認する。

 

 そこで何かに気付いたように、ロマニが唸った。

 

『―――ああ、そうか。あるんだ、女神イシュタルには。自己を削ぎ落すための門を越え、やがて辿り着いた最奥で、()()()()()()()に殺されるエピソードが。

 求めるばかり、手に入れるばかり、勝利ばかりに彩られたイシュタルという神性。彼女がその装飾の一切を剥がされ、殺され、再生したという、()()()()の物語が』

 

「冥界下り?」

 

「……シュメル神話において、“天の女主人(イナンナ)”である女神イシュタルは、“冥府の女主人(イルカルラ)”である女神エレシュキガルと姉妹でありながら敵対関係にあります。

 理由は不明ですがイシュタルは冥界へと攻め込み、逆にエレシュキガルに権能を全て剥奪され、殺害されたという話があるのです」

 

 首を傾げる立香の前で、マシュがそう語る。

 彼女の言葉に鷹揚に頷いて、通信越しにダ・ヴィンチちゃんも語りだした。

 

『自己再認の儀式、か。それはギルガメッシュ王も有するエピソードだ。

 不老不死の霊草を探索し冥界を訪れ、手に入れたものの帰路でそれを失う。

 その経験を経て、彼は今も君たちの前に姿を見せている名君として完成したんだ。

 イシュタルにせよ、ギルガメッシュ王にせよ。

 シュメルの文明において“迷宮”の役割を果たすのは、冥界ということだね』

 

 腕を組みながら、難しい顔でそれを聞いていたツクヨミ。

 彼女が今の話の中で分からなかった部分を上げる。

 

「それって、イシュタルの方は何を再認したのかしら?」

 

「それは……なぜ彼女が冥界へ攻め込んだのか、それすらも不明ですので。

 すみません、推測も難しいと思われます」

 

『実際のところは本人に訊いてみなければ分からないけれど……

 ただ、可能性だけなら推測することができる。

 女神イシュタルは人間の生を表すグレートアースマザー。

 女神エレシュキガルは人間の死を表すテリブルアースマザー。

 生と死にして天と地。輝かしきものと悍ましきもの。

 彼女たちは姉妹でありながら対称的に設計された、表裏一体の存在だ』

 

「……いや、正しくは対称的ですらないのだろう。正しく、表裏一体。

 二人の女神は恐らく、元は一つの存在が双つに別たれたもの。

 女神イシュタルは表面だけで構成された存在。女神エレシュキガルは同じように裏面だけで。

 だからこそ、二人の女神は互いにとって()()()()()()()足りえる。

 女神イシュタルは女神エレシュキガルの表。

 そして、女神エレシュキガルは女神イシュタルの裏。

 それほどに近しい存在であるが故、互いに近付き合うためにそのエピソードが生まれた」

 

 ロマニの言葉を遮って、二世がつらつらと語りだす。

 語りを奪われたロマニが困ったような、残念そうな表情を浮かべた。

 そんな彼の横で、ダ・ヴィンチちゃんが手を叩く。

 ぱんぱんと響くその音に言葉を遮られ、二世が口を噤む。

 

『まあ冥界下りの発端はいいとして。

 つまり女神イシュタルは、女神エレシュキガルと表裏だけ別れた同一存在。

 そうだという可能性が非常に高い、と考えられるわけだ』

 

 とりあえず必要な情報はそこだけだ。

 さっさと纏めたダ・ヴィンチちゃんに一つ頷き、オルガマリーが片目を瞑る。

 

「……だからこそ、女神イシュタルに引き寄せられて、連鎖召喚が発生した?

 女神クラスがそんな簡単に、とは思うけれど」

 

 そこまで口にして、しかし彼女は顔を上げて景色を見る。

 風になびくマフラーを片手で捕まえて、その恩恵を授かっていることを改めて感じる。

 専用のマフラーをしていなければ、彼女たちには呼吸すら難しい土地。

 

 真エーテルが地上に未だ溢れている環境。

 大気さえも神秘の渦である、神代の土地を検めて―――

 

「……けれどここは彼女たちが権勢を誇った、シュメル文明のただなかにあるメソポタミア。

 その神性がイシュタルの半身と呼べるだけの存在であったなら……最後の三女神同盟として召喚されたという可能性は、確かにあるはず。わたしたちが相手をすることになる、女神のひとり。

 それが、冥界の女主人――――女神、エレシュキガル……!」

 

 そう言って、オルガマリーが強く拳を握る。

 

 女神イシュタルの裏に潜む、正体すら隠した冥府の支配者。

 地上に存在しないという点で、ケツァル・コアトル以上の攻略難度とさえ言える。

 それでも、彼女たちは挑み続けるだろう。

 そうしてケツァル・コアトルさえ破ったように。

 彼女たちは、ただ前に進んでいくために。

 

 

 

 

 ―――眼下に広がるクタ市内の様子に、一息つく。

 

 眠りについた街。

 既に生きる者のいない世界。

 そんな眼下の街を見下ろす位置に、金星の輝きがある。

 

 既に太陽は地平線に沈み、夜の闇が周囲を包んでいる。

 そんな星空の中に舞うのは、黄金の天舟。

 女神イシュタルがそこに腰掛けながら、安堵に近しい溜息を落としていた。

 

「やっと……やっと、落ち着いてきたのだわ……

 ほんともう、どうなることかと……

 この様子ならあと……二、三日もすれば、溢れる子もいなくなるはず。

 ええと、あとは領域を向こうまで伸ばして。あ、と、あっちの区画の整理も……

 それに槍檻の増設も急がなきゃ……このままじゃ、まだまだ全然足りないんだから」

 

 瞳に疲れ果てた色を浮かべながら、地上を検めて。

 まだまだ終わりの見えない業務を指折り確認。

 数え終わったらその指を虚空に這わせ、何か図面でも引くように彼女は試行錯誤する。

 

 何せサーヴァントとして降臨したと思ったら、開幕デスマーチ。

 まるでティグリス・ユーフラテスの洪水のように溢れる死者の霊魂。

 愕然としたとも。手を入れなければならない場所しかなかったのだから。

 

 ――――()()()()()()()()

 それを正しく理解した瞬間、彼女は自分の道を決定した。

 だってそうする以外にない。抵抗なんて、意味がない。

 そもそも彼女にとってはそれが、最初から最期まで果たすべき業務だったのだから。

 だから後はもう、ひたすら冥界工事だ。

 離れ過ぎていた冥界と地上の繋がりを強化。

 地上に対し地下に存在する冥界を、とにかく広げて広げて。

 回収する魂に対し、槍檻が足りないので増設。

 

 すべての死者に安寧なる眠りを与えるべく。

 彼女は、仕事をし続けていたのだ。

 

「……死者が漂っていないのは、南米の女神のエリアだけ。

 魔獣の女神は減速はしても死者を増やし続ける。

 ギルガメッシュは思った以上に状況を停滞させているけど、これじゃあいずれ。

 ―――それに、」

 

「母さんが目覚めれば全部終わり。デスか?」

 

 背後からの声に、イシュタルが振り向く。

 そこにいるのは、翼竜に騎乗した南米の女神。

 その事実を前にして、彼女は僅かに目を細めた。

 この状態で顔を合わせるのは初めて。

 別に何か問題があるわけではないけれど。

 

「……何かしら。ここ、私の領域なのだけれど?」

 

「アナタの領域はこの下、でショウ?

 ここまでならギリギリセーフなのデース」

 

 からからと笑う南米の女神。

 それに対し言い返せずに、うぐぐとイシュタルは唇を噛み締めた。

 

「……それで、何の用なのかしら? 私はあなたに用なんかないわ。

 人間を地上に生存させようとしている女神なんて、あなただけよ?

 ちゃんと、きっちり、全てを殺すのが私たちの使命だっていうのに」

 

 人間に生存という結末はありえない。

 それが、彼女たちの母の選択だ。

 だからこそ、全ての人間の魂を冥府へと送る。

 ひとつの魂も余さず、槍檻に閉じ込めて永遠に保管する。

 それが三女神同盟の一柱として彼女が選んだ、行うべき殺人。

 

 そのためには時間がない。

 こうして夜に地上の空を舞うのも、こっちの視点から誘うべき魂を捕捉するため。

 人間を地上で守護するケツァル・コアトルは、正直な話邪魔でしかない。

 魔獣の女神に確保されるよりはマシと割り切るより他にないだろう。

 

「おっと、忘れるところでした。

 私、人理を守るためにこの時代にきたカルデアにつく事にしましたので。

 そのための御挨拶デース」

 

「…………………………は?」

 

 にこやかに、朗らかに、何一つ悪びれずに告げられる言葉。

 それを女神が吐いたと思えずに、イシュタルは顎を盛大に落とした。

 

「何も言わずにそっちにつく、っていうのは道義にもとりマース。

 なので、きっちりと前もって。敵対する、と宣言しにきたのデース!」

 

「いや、ちょ! え? なんで!? 魔獣の女神には!?」

 

「もう言ってきました。本人にではないですけど。

 領域侵犯しないように、外から神気であの子を誘い出して伝言を頼みました。

 その後にこちらへ。アナタには夜しか会えませんからネー」

 

 エルキドゥの遺体はさぞかし肝を冷やしただろう。

 現時点でケツァル・コアトルとの激突など考えたくもない。

 彼女は現状、この地上で最強の存在なのだから。

 仮に対抗できるとすれば、“天の牡(グガラン)―――

 

「あれ……? そういえば……こいつ、あれは一体どこに……?

 いえ、それはとりあえずいいとして……!

 ―――約束は、どうする気よ。これは、母さんの……!」

 

 今は同盟の女神のことが優先だ。

 ぶんぶんと頭を振り回して、疲労で酔った頭をリセットして。

 彼女はまっすぐに、ケツァル・コアトルを睨み据えた。

 

「―――それは、本当は私たちの中で、アナタが一番よく分かっているのでは?

 孤独の女神。壁を隔てた世界に置かれた、人の繁栄を見上げるだけの女神」

 

「―――――!」

 

 天舟にかけた手に、力が籠る。

 女神の肉体から神威が奔り、その眼を黄金に染め上げた。

 輝かしさとは程遠い、暗い光が溢れだす。

 対峙するケツァル・コアトルは、それにただ微笑みを返す。

 

 当然だ。女神同士の衝突は厳禁。

 領域侵犯など比較にならないほどのタブー。

 それを犯した瞬間、彼女の神格は下落するだろう。

 彼女が領域を管理する上で、神性を失うわけにはいかない。

 今でさえ領域の拡張はギリギリの速度だ。

 その作業を遅滞させることになれば、人類滅亡までに目的が果たせない。

 

 まして相手は南米の女神、ケツァル・コアトル。

 領域内で完全優位な状況ならまだしも、五分の条件で彼女に勝ち目はない。

 女神ケツァル・コアトルは三女神同盟最強。

 場合によっては他の二柱をまとめて灼き払えるほどの女神だ。

 それを犯せば、彼女もまた神性を取り上げられるが。

 

 だからエルキドゥの遺体も彼女の奔放を見逃すのだろう。

 魔獣の女神相手に神格を引き下げてくれるなら、得ですらある、と。

 もっとも見逃さないと言っても、そもそも止められる相手ではないが。

 

「そん……! なもの……こうして!

 人間の少女を依り代にしているから感じる、だけの……!

 気の迷いに違いない、のだわ……!」

 

「オー? そうデスかー? では、仕方ありません。

 そうですネー。でしたら、アナタも確かめてみればいいのでは?

 私は今を生きる人間に敗れ、それを認め、送り出します。

 アナタもせっかくですから、今を生きる人間というものを見てみればいいのデース」

 

 ケツァル・コアトルが、懐から大きな布を取り出した。

 翼竜が猛り、その支配権を解放する。

 雨と風の女神の力をもって、イシュタルに向けて吹き抜ける突風。

 その風に流されて、大きな布が彼女に向かって飛んでくる。

 

「っ、何を……!」

 

 イシュタルに何の変哲もない布を押し付けて。

 南米の女神が小さく踵を踏み鳴らす。

 その行動から騎手の意思を読み取って、翼竜が翼を動かし始めた。

 女神を乗せた竜は彼女の領域、エリドゥ方面へと帰っていく。

 

 そんな陽気な女神を見送りながら、イシュタルは表情を苦々しく歪めた。

 

 

 




 
エレちゃん編
 


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弔女神、惨状!-2655

 

 

 

「―――――」

 

 広げてみれば、布は彼女の体をすっぽりと覆い隠すほどに大きくて。

 彼女はそれを身を隠すために使え、と言われたと解釈した。

 見てみればいい、なんて言ったくらいだ。それ以外にはないだろう。

 

 そうして彼女は夜闇に潜みながら、ウルクの中へと踏み入った。

 

「……この体なら、ウルクの風に馴染ませて気配は隠せる―――はず。

 流石に都市神を弾くような結界は張ってない、わよね……?」

 

 ぽつぽつと呟きながら、彼女はあっさりとウルクの壁を乗り越えた。

 助かったような、イシュタル相手に不用心すぎでは、と注意したい気分のような。

 

 難しい顔をしながら彼女は静まったウルクの裏路地を抜け、やがて表通りに出て。

 

「―――――――――」

 

 ―――バビロニアの壁を維持するため、だろう。

 夜になっても、人の流れは疎らながらに続いていた。

 

 守るべき都市がそんな状態なのにこの体は神殿でふて寝してたのか、と。

 何だか申し訳ない気分になってくる。

 と言っても、全ての人間が働いているわけではない。

 

 酒を飲んで騒いでいる声。

 これは、壁で戦っていた兵士のものだろうか。

 レオニダス、という男がいかに偉大かを大声で語っている。

 どうやらその酒屋に居る者たちは全員が同意しているらしい。

 どんどん会話に熱が籠り始めた、と感じられる。

 

「…………」

 

 熱気。熱量。魂が放つ、生きているが故の温かさ。

 冥界に墜ちた魂が、凍えて失ってしまう輝き。

 それが肌にびりびりと伝わってくる気がして、小さく唇を噛み締める。

 

 槍檻に鎖された魂は、永遠に失われない。

 生者として持っていた全てを喪い、それでも魂だけは残り続ける。

 言葉も意志も持たない、ただ貴かったものの残滓だけが。

 でも仕方ない。

 彼女に守れるのは、その生命が遺す絞りかすだけなのだ。

 最初から彼女は、そういうものにしか触れられないように創られた。

 

「……ええ、そうよ。だから、私は私が守れるものを……!」

 

「おい。貴様、こんなところで何をしてる」

 

「ひゃわぁあああっ!?」

 

 背後から突然声をかけられ、慌てて飛び退く。

 いや。飛び退こうとして、全身を覆うようにしたマントを踏み締める。

 そのまま彼女は勢い余ってすってんころりん。

 思い切り地面に転がった。

 

「あ、あう……だ、誰よ……!?」

 

「―――――」

 

 顔を隠すようにマントを押さえながら、何とか顔を上げて振り返る。

 そこにいたのは、額から二本の角を生やした少女。

 その少女が唖然とした様子で、転がっている彼女を見下ろしていた。

 

「……いや、なんだ。その……(ひと)違いであったわ。うん、悪かった」

 

「そ、そう。ええ、そうね。私もあなたに見覚えなんてないし!

 人違い、人違いよ! ええ!」

 

 どうやら神だとはバレていない様子だ、と。

 ギリギリセーフ! と心中で安堵の溜息をひとつ。

 そうしながら彼女は立ち上がり、マントの埃を軽く叩く。

 

 そんな女神の姿を認めながら。

 変装に理解のある鬼が、どうしたものかと苦い顔をする。

 

 中身が別物なのは一見で分かる。

 いま目の前にいる相手が行っている変装は、人から骨とはらわたを引きずり出して、その皮を被る事で本人に成りすましているようなものだ。

 手慣れた者が見れば、バレないわけがないタイプの変装手段と言える。

 この状況はそもそも何がどうなっているか分からない。

 果たしてこれは、突っ込んでいいものなのだろうか。

 

 色々考えながら微妙なものを見る目で、相手を見る茨木童子。

 そうして見られていることに落ち着かない様子を見せる、イシュタルらしきもの。

 動きづらくなった状況で、二人は揃って数秒固まった。

 

 

 

 

「やあ、ソウゴ殿たちではないですか!」

 

 そう声をかけながら、着陸してみせる軽業。

 声の主は牛若丸。

 彼女はどうやらどこかの屋根から飛び降りてきた様子で、ソウゴの隣に現れた。

 

 突然降ってきた彼女に対し、ソウゴが首を傾げる。

 

「牛若丸? どうしたの?」

 

「ソウゴ殿とアナ殿こそ。日も暮れたというのに、どうされたのですか?」

 

 その疑問はこちらこそ、と。

 彼女がちらりと視線を向けるのは、ソウゴと共に歩いていたアナ。

 目を向けられたアナはフードに手をかけ、被り直す。

 その状態で視線を逸らしながら、牛若丸からの疑問に答えを返した。

 

「……私は一応、ただの護衛です。

 女神戦に関わっていない、疲労していないサーヴァント、ということで」

 

 女神と戦ったと聞き、神妙な顔を見せる牛若。

 本日のことでまだその件に関しての情報は共有できていない。

 

 彼らが帰還した、ということは小太郎も帰還しているはず。

 なのに情報共有されていないならば、小太郎はまだ王の許にいるのだろう。

 そして王も忙しいとはいえ、女神の話となれば最優先事項。

 最速での情報共有が必須と考えれば、恐らくマーリンが働かされる。

 

 だというのに、そうなってはいない。ならば。

 報告に時間を要する程度に重要であるが、共有を優先しない程度に急務ではない。

 そんな話になる、ということだろう。

 

「小太郎殿たちからの依頼ですね。

 やはり戦闘になったのですか。ご無事で何よりでした」

 

 納得して頷きながら、そう言って微笑む牛若丸。

 彼女からの労いの言葉を受けて、ソウゴは僅かに眉を下げた。

 

「まあ、ね」

 

 だが、どこかぼんやりとしたソウゴからの返答。

 それに不思議そうに首を傾げ、牛若丸はそのまま同行する様子を見せた。

 

 小太郎がまだジグラットに待機している以上、ここで急いでも仕方ないからだ。

 仮に彼がジグラットからバビロニアまで移動を始めれば、すぐに分かる。

 そう考えて、彼女は跳び回る事を止めて、歩くことを選んだ。

 

 微妙にアナが顔を顰め、しかし何も言わずに黙り込む。

 

「それでソウゴ殿は、アナ殿を護衛につけてどこへ?」

 

「うーん、どこへっていうか。まあ、ちょっと散歩したい気分だったのかも」

 

 目的が何かあるわけではない、と彼は語る。

 もちろん、目的がなければ出歩いてはいけないなどという規則はない。

 だから、牛若丸をその言葉をさらっと流した。

 

「ふむ。まあそういう気分になる時もありましょう」

 

「牛若丸は?」

 

「バビロニアの壁の方で、空を翔ける炎の翼が確認されたのです。

 距離はありましたが、間違いなく女神の神威。

 もちろん、イシュタルでもなく魔獣の女神でもない、南の森の女神です。

 それをギルガメッシュ王に報告するため、ひとっ走りしてきました」

 

 訊き返された言葉に、余すことなく目的を暴露する。

 恐らくそれは、ソウゴたちが日中に動いた結果の現象のはず。

 どうせならここで彼の持っている情報をある程度聞いてしまおう、と。

 そう言う表情で、彼女はソウゴの顔を見た。

 

 つまりはソウゴたちが今日顔を合わせた女神。

 ケツァル・コアトルが空を飛んでいたのを見つけた、と。

 そんな事実を聞いて、何で? と小さく首を傾げるソウゴ。

 

「ケツァル・コアトルはもう俺たちの味方になった、んだけど。

 なんかする、って話は聞いてなかったな」

 

「―――南の女神を味方に? おお、それは凄い戦果ではないですか。

 なるほど。それに関連してケツァル・コアトル? なる女神が行動を開始していたのですね。

 小太郎殿からの報告で王も把握しているでしょう。

 これならば少しくらい報告が遅れてもどうとでもなりますね」

 

 少し驚き、そう言って微笑む牛若丸。

 南米の女神が何か動いていたとして、だ。

 それが敵対行動でないのなら、優先度は一枚下がる。

 無視はできないが、魔獣の女神に比べたら後回しでいい。

 

 反応が軽い、と。アナが胡乱げな目で彼女を見つめた。

 そこで言葉を区切り、無言のままに三人が揃って少し歩く。

 

 そうしてたっぷり一分経った後。

 ただ歩くだけだったソウゴが、ゆっくりと口を開いた。

 

「牛若丸はさ。いずれ源義経になるんだけど、その前の状態でここにいるんだよね」

 

「そうですね。

 この時期の私の呼び名、というならば牛若丸よりも遮那王と名乗った頃だとも思いますが」

 

「今の牛若丸と、義経の頃の牛若丸だったら、どっちが強いのかな」

 

 アナが、ソウゴが放ったその質問に僅かに顔を上げた。

 が。すぐに顔を下げて、足を止める。

 

 問われた牛若丸が少し困った風に、足を止めて夜空を仰いでみせる。

 自然と、三人の足が止まった。

 

「もちろん私が、と言いたいところですが。

 そうですね、まあ義経として呼ばれた時の私の方が戦力としては優れているのでは?」

 

「そっちの自分だったらもっと戦えるのに、とか。思ったりする?」

 

 静かな声で、そう問いかけられて。

 牛若丸が一度瞑目して、数秒だけ悩むようなフリをする。

 別に本当に悩んでいるわけではない。

 ただ、改めて不動の答えを自分の中に確かめているだけだ。

 

「―――いえ、別に。

 落とせる首を落として回るのは、牛若丸でも遮那王でも義経でも変わりません」

 

 自分がどのカタチであろうとも、やるべきことは変わらない。

 主として戴いた者の言葉を聞き、敵の首を斬って落とす。

 ただそれだけだ、と。

 牛若丸は微笑みながら、そう返した。

 

「……でも義経の時が一番多く首を落とせるんだよね?

 今の自分からそっちの自分に変われるとしたら、自分から変わる事を選んだりする?」

 

 ふと、牛若丸が視線をソウゴへと向けた。

 見せるのは、どこか不思議そうな顔。

 少しの間そうした後、彼女は再び笑顔を顔に浮かべてみせる。

 

「うーん……確かに、そう言われると。そうなる手段がある、という前提で。

 私の目的を果たすために必要なら、ありな選択肢かもしれませんね。

 私は最初から最期まで、やるべき事もやり方も、何も変わりませんでしたので」

 

「変わらなかった?」

 

「はい。兄上の障害となるものの首を、ただ落とし続けました。

 もちろん、私自身がそれを望んで」

 

 そっか、と。一言呟いて、ソウゴが黙り込む。

 そうして黙り込んだ彼に対して、牛若丸が言葉を続けた。

 

「ですが、そんな道の終わり際。少し不思議なことがあったのです」

 

「不思議なこと?」

 

「はい。私は最期まで、その在り方を己で望んだ。

 そして、私に従うものたちにも、それを理解させた上で選ばせた。

 ―――なのに不思議と、最期には泣いてしまったのです」

 

 彼女は微笑みながら、笑い話でも語るかのようにそう言った。

 牛若丸―――英雄・源義経の最期は、慟哭の中で幕を閉じたのだと。

 そんな彼女の様子をちらと見て、アナが呟くような声で言葉を吐く。

 

「……あなたは、兄に裏切られて死んだ。そう、聞いています。

 ―――兄妹に裏切られて、それを悲しんだということですか?」

 

 アナの方から訊かれるとは思っていなかったのか。

 牛若丸は少し驚いた様子を見せて、しかしすぐに気を取り直して首を横へ振る。

 

「別に、裏切られた、と思ったわけでもないのです。

 ああ、私の働きはここまでで終わりなのか。ただ、そう思っただけ。

 私の在り方に終止符を打つ、来るべき時が来た。

 そうと理解して、それでも。

 ――――何故か私は、あの時、哭いてしまった」

 

「悲しかったから、じゃないってこと?」

 

「悲しいは悲しいですが、それでも納得していた筈なのです。

 もちろん、何かを憎んだという事もない。

 この在り方は怪物のもので、いずれそうして怪物として人を敵に回すことになる、と。そう、何度も忠告してくれる師もいました。

 しかし、私は師にもそれでもよいのです、と。そう返し続け、突き進み―――そうして選んだ、私自身の在り方。そうして辿り着いた、その最期。

 その筈なのに、なぜか。私は最期に、哭いていた」

 

 そうなることを知っていた。そうなることを受け入れていた。

 なのに、不思議と。最後の最後に、彼女は泣いていた。

 別にその結末が悲しいわけじゃない。

 別に誰かが憎らしいわけじゃない。

 

 自分が引き連れた者たちを巻き込んだのは―――少し、心が痛んだけれど。

 それでも、別に泣くほどのことじゃない。

 彼女たちが生きた証として、逃げ出した臆病者だっていてくれたのだし。

 

「―――だから。ソウゴ殿、あなたもそれでいいと思うのです。

 天狗ならざる我が眼に、あなたの苦悩が確りと映るわけでもありませんが。

 自分で選んだ、自分で進んだ、納得ずくの道。己の心を支える、唯一の生き方。

 それでも、哭きたい時はやってくるものなのです」

 

「―――――」

 

 間違いではないと信じた道を進んで、進んで、進んで。

 それ以外の道を考えずにただまっすぐに進んで、進んで、進んで。

 間違ったなんて、思わない。誤っただなんて、思わない。

 納得できる結末に辿り着いて、なお。

 それでも、心が軋むことはある。

 

「―――でも、俺には。それ以外の道も多分、選べた。

 いや。きっと今からだって、選べることなんだ」

 

「選ばなかった、ということは。

 あなたは、それは違う道だ、と思っていたのですよ」

 

「そう思った俺が間違っていたのかもしれない」

 

「あなたが自分を信じる限り、あなたにとっては間違いではありません。

 そして、あなたが選んだ道ならず、あなたという人間を信じる者にとってもまた」

 

 牛若丸とソウゴが視線を交錯させる。

 

 自分は相手の感情の機微に疎い、と。

 そう自認している牛若丸にも、ソウゴの様子は何となく伝わってきた。

 アナはその二人の会話に思うところあれど、イマイチ分かっていない様子だが。

 

「……あなたがそれを信じ切れない、というのなら。

 自身のことも、自分の道の正しさも、信じ切らずともよいのです。

 代わりに、自分が道を歩き切った時に報われる者を信じればいいでしょう」

 

「報われる、者?」

 

 正しいと信じた道でも、躓く事はある。

 そんな衝撃に覚えた驚愕と恐怖が、身を竦める。

 遥か彼方を見つめていたはずなのに、足元が気になって仕方なくなる。

 何度転んでも、前のめりに突き進んでいくと決めたはずなのに。

 

「私の道は、全て源氏―――兄上のために。

 では、あなたの道は?

 あなたがその苦しみの道程を乗り切った先に、報われる者は誰なのです?」

 

 終わりの前で転んで、振り返り、泣いてしまった英雄が問う。

 英雄の背中を見つめていたら転んでしまった、これからの英雄に問いかける。

 

 我武者羅だったから気付かなかったのに。

 気付いていないフリが出来たのに。

 落ち着いて、ふと足を止めたときに、気付いてしまった事実。

 目を逸らすことができなくなった、自分の本性。

 

 それでも、それでも―――そこだけは、きっと間違っていない。

 彼がやりたかった事も、やるべき事も、何も変わっていない。

 辿るのがこの道でいいのか、と苦悩はした。

 けれど、ゴールだけは、一度も見失ってなんかいなかった。

 

「……民。俺の、民だ」

 

「その道を進んだ果てに、報いたい者さえ決めてさえおけば。

 後は少しくらい辿る道が変わったところで、きっとそう悪い事にはならないでしょう。

 少なくとも、あなたが報いたい者たちにとっては。きっと誰もあなたを責めませぬ。

 正しいと信じた道を進めばよろしい」

 

 拳を握り締めるソウゴに向け、牛若丸がそう微笑む。

 そうしてからふと思いついたように。

 

「こういった説法は弁慶の方がよほど―――ああ、いやダメか。

 アレはソウゴ殿のような手合いの悩みを聞くには、臆病にすぎる」

 

「……弁慶、って。そういえばまだ一回も見たことないけど。

 ずっと壁の方で仕事してるの?」

 

「ええ。我らは交代制の休みですが、奴の休みの日に『ほう、貴様、ほう? 私が仕事だというのに貴様は休むのか? いい身分だな弁慶、私の盾となるのが貴様の仕事だろうに。私が戦場にあるのに貴様が休んでいて、一体どうして盾になれるというのだ?』と、話しかけるだけで不思議と休まず手伝ってくれるのです」

 

「ええ……」

 

 可愛らしく、ドン引きする声。

 ソウゴと牛若丸が揃って、その声の主に対して視線を向ける。

 ハッとして口を塞ぎ、フードを引っ張り、アナは大きく俯いた。

 

「ああ、ほら、ソウゴ殿。弁慶に関して何かご存じですか? 逸話など」

 

「うーん。五条大橋の話とか、立ち往生とか?」

 

 ふとゴーストが纏う白いパーカーの事を思い出しながら、さっくりと。

 とりあえず有名どころであろう話をピックアップ。

 それを聞いた牛若が、そうでしょう、と大きく頷いた。

 

「それです、弁慶の立ち往生。

 つまり、弁慶ならば立ったまま往生できる、ということ。

 逆に言えば、立ったまま往生して初めて弁慶と言える、ということ!

 弁慶ならばそのうち、それは見事な立ち往生を見せてくれることでしょう!」

 

 それは過労で、ということなのだろうか。

 部下に過労死を要求しつつ、彼女はにこにこと楽しそうに笑った。

 

「これがブシ、という人種のスタンダードなのでしょうか……」

 

 ぽつりと呟くアナ。

 

 ソウゴが腕を組んで、少し悩み込む。

 織田信長。後は、坂田金時。

 彼が見てきた武士と言っていい人種を思い浮かべて―――

 モデルケースが少なくて何とも言えず、うーんとだけ唸ってみせた。

 ただその辺りと比較しても、突飛さは大差ない気がする。

 

「小太郎に訊いてみる?」

 

「うーむ、ですが小太郎殿も死した部下をこき使っているニンジャ・ブリゲイド。

 ですから、私と似たようなものなのでは?」

 

 二人が揃って首を傾げた。

 そんな二人をじっとりとアナが見据えて、どことなく呆れた様子を浮かべる。

 その後にそっと小さく息を吐いて。

 

「……そろそろ帰りましょう。もうとっくに夕食の時間は過ぎています」

 

「―――そういえばそっか。ごめん、アナ。一緒に付き合ってもらって」

 

「別に。そもそもサーヴァントに食事は必要ありません」

 

「ふむ。しかし、まだ小太郎殿がジグラットから離れる気配がないですね。

 ギルガメッシュ王への報告に、随分時間が――――」

 

 そこで何かに気付いたように、牛若丸が視線を巡らせた。

 やがて一か所に視線を留め、微妙に目を細めたままに小さく呟く。

 

「……茨木童子ですね。誰かと……何でしょう、相手のあれは……人間、か?」

 

 牛若丸の気配が剣呑としたものに変わっていく。

 彼女がそうなっていくのは、気配の読めない茨木童子の会話している相手のせいだ。

 

 だがそれを、アナは茨木童子を対象としたものと考えた。

 そのままでは牛若と茨木による刃傷沙汰に発展する、と思い至ったのである。

 街を騒がすのを、アナは嫌う。

 何かが起こっても、対応できずに戸惑うしか出来ない人がいると知っているから。

 流石にこの時間になれば、既に家族と一緒にいるだろうけれど―――

 

「―――茨木童子、何をしているのです」

 

 だから、彼女は声を上げて相手に問いかけていた。

 茨木童子はそこに留まっているが、牛若丸を見つければ勝手に逃げるだろう。

 そう考えたからだ。

 

 実際、茨木はこちらと一定以上関わるのを嫌う。

 面倒だ、と考えればすぐにひらりと逃げ去ってしまうくらいには。

 牛若丸や巴御前がいると、本当に彼女はすぐに逃げ出す。

 だから今回もそうなると思って、

 

「―――え? あなたも? え?

 うそ、ケツァル・コアトルだけじゃなくて、あなたまで人間を……!

 ちょ、え、どういう状況……! もしかして、私だけ遅れてたの……!?」

 

 茨木の前にいた、大きな布を被った正体不明の相手に驚かれた。

 その一言で、理解する。

 相手が一見して自分の正体を見破り、完全に理解したのだと。

 

 ―――女が、不味ったと口を今更手で塞ぐ。

 すぐにアナの霊基が女神などではない、と改めて理解したのであろう。

 だがそんな発言をできる時点で、相手の正体は割れている。

 ケツァル・コアトル。そして、アナに関係する女神。

 そのどちらでもないこの相手は、女神――――

 

 故に一切の迷いなく。

 彼女は武装たる不死殺しの鎌を手に呼び込んで、

 

「ねえ、茨木。その人、友達?」

 

「―――いや、知り合いかと思って話しかけたら別人だっただけだ」

 

 ソウゴに問いかけられた茨木童子。

 彼女が牛若、そしてアナに一瞬ずつ視線を送る。

 普段はまともに会話せずに牛若の前から逃げる彼女が。

 ここに牛若丸がいるというのに、普通に会話を続行した。

 

 そこでアナが腕を止め、武装の召喚を中断する。

 当たり前だ。自分は馬鹿か。

 この街中で、疎らにとはいえ民が未だ行き交うこの場所で。

 女神と戦闘なんて、始められるはずがない。

 

 だからこそ、茨木童子もソウゴの振った誤魔化しに乗った。

 彼女もまた、この都市に生きる人間を守るという意志を持っているから。

 

 牛若丸も剣呑な気配をすっかり引っ込め、口笛でも吹かんばかりに気を抜いている。

 乗りかけた間抜けは自分だけ、ということだ。

 必死に昂りを抑え込み、バレていないかと戦々恐々しながら女神を確認。

 

「トモダチ、違う。ええ、そうよね……そうよ、私には友達なんていないし……

 いえ、別に初対面の相手に友達じゃないって言われて傷ついたわけじゃないから。

 ただほら、ああ……自分には友達って誰もいないんだなぁってね。

 改めて思い知らされて、こう、ね……」

 

 すると、女神は近くの建物の壁に寄り掛かり、ぶつぶつと何かつぶやいていた。

 なんだこの女神、と唖然とする。

 何故か心を抉ったことになった茨木童子が、どういう顔をすればいいのかと眉を顰めた。

 

 女神が傷ついている間に、ソウゴが茨木に視線を向ける。

 今聴いた声は間違いなくイシュタルのもの。

 ならば彼女はイシュタルなのか、それを問いかけるための視線。

 

 ソウゴに協力するのも嫌なのか、鬼は少しだけ逡巡してみせて。

 しかし、渋々首を小さく横に振った。

 イシュタルではない、というサインだろう。

 

 だとすれば、答えは一つ。

 イシュタルにしてイシュタルならざるもう一柱の神。

 冥界の女主人――――

 

「それにしても……もー、茨木やっと見つかったぁ。

 ほら、もうこんな時間だよ。お腹空いちゃったし、早く帰ってご飯にしようよ」

 

 そう言ってソウゴが疲れ切った声で、腹を両腕で押さえた。

 すぐさま理解したのか、全力で嫌そうな表情を浮かべる茨木童子。

 だがここからどう動くか、というのはかなり難しい。

 イシュタルに匹敵する神威など、簡単に止められるものではない。

 こんな場所で万が一決戦に発展すれば、ウルクはそれだけで滅ぶだろう。

 どうするべきか、と鬼が眉間に皺を寄せて。

 

「いやはや、まさか一般人に迷惑をかけていようとは。

 これは貴様を管理する私たちの失態も同然。

 ご婦人、そこな鬼に怪我などさせられていませんか?」

 

「な――――ッ!」

 

 叫び返そうとして、鬼が言葉を詰まらせる。

 正体を暴くような発言は避けろ、と言われているのは分かり切っている。

 それに従う理由なし、とここで女神の正体をぶちまけたっていい。

 が、ウルクを滅ぼし得るそんな事が出来る筈もなく。

 

「え? あ、いいえ! 大丈夫、大丈夫よ。

 私は一般人ですけれど、ちょっとぶつかったくらいで怪我するほどひ弱ではありません」

 

「おお、それは何より。

 ですが、だからと言ってここで別れたのでは源氏の名が廃りましょう。

 どうですか、詫び代わりにこれから我らと一緒にお食事など?

 丁度今から帰り、皆で食事する予定だったのです」

 

「――――――」

 

 女神が呆ける。

 鬼が眉を引き攣らせる。

 少女がフードの中で、愕然と口を開いて―――

 しかし、動かす場所がそこしかない、と理解した。

 

 女神を直接相手にできる戦力がある場所は、この都市にもカルデア大使館しかない。

 だったらそこまで引っ張っていくのは道理だろう。

 ただ流石にそれが受け入れられるかは―――

 

「お、お誘い……? しょ、食事のお誘い、なのかしら?

 あ、あわ、あわわ……! こういう時、一体どうすれば……!

 え、私? 私に言っている、のよね? 違う? 私に言ってるわけじゃない?

 違うなら、一思いに違うと否定して欲しいのだわ……!」

 

 女神が全力で慌てふためきながら、困惑し始めた。

 もしかして、と。

 この女神はもしかして、本気でこんな事を口にしているのだろうか、と。

 反応に困って、アナもまた完全に停止した。

 

「普通にあんたにだけど……えっと、そういえば、あんたの事なんて呼べばいい?」

 

「私? 私でいいの? あ、はい! 私、エレシュ――――」

 

 あ、失敗したと。

 ソウゴが今の言葉に対して、内心で冷や汗を流す。

 

 あまりにも調子の狂う女神。

 正体を隠しているからと呼び名を訊いてみれば、まさか本名を名乗るなどと。

 今までの流れから言って、うっかりと本名を漏らしてしまったのだろう。

 だとしたらこれで正体がバレたと思い、逆上される可能性がある。

 

 もしそうなった場合、真っ先に相手に突っ込み動きを止めるのはジオウの役目だ。

 問題はウォッチのパワーもケツァル・コアトル戦から回復しきっていないという点。

 それでも、やるしかない事だ。

 

 彼が緊張した事を理解して、牛若丸が僅かに目を細める。

 いつでも戦闘に入れる状態に、心を移す。

 

 それを察したアナもまた武装を呼び出そうと構え。

 茨木が舌打ちしつつも逃げる素振りは見せず。

 

 女神がエレシュキガル、という実名を名乗ろうとした事実に。

 何より、誰より。

 ―――エレシュキガル本人が、これ以上ない程に慌てふためていた。

 

 どうする。どうする私。ここから、どうやって違う名前に持って行く。

 

 お詫びとはいえ、夕食に相手の家までお呼ばれする一大イベント!

 彼女が生まれて一度も味わったことのないシチュエーション!

 

 そんなものを叩きつけられ怯んでいた心を、思い切り引き倒されていた。

 既に頭はパンクして、キャパオーバーだ。

 どうする、何を訊かれてたんだっけ。そうだ、名前だ。

 はい、エレシュキガルです。

 いや、違う。ダメだ、その名前を言ったら冥府の女主人だとバレてしまう。

 神威は隠しているけれど、流石にバレてしまうだろう。

 

 よくよく見れば相手はサーヴァント。

 同盟相手の一人かと思い違った少女もそうだ。

 なおのこと、名前はバラせない。

 でも、でもだ。せっかく、名前を訊いてもらえたのに、だ。

 それなのに嘘の名前を名乗って、相手を不快にさせないだろうか?

 いや、絶対気分を害する。当たり前だ。

 

 じゃあどうする。エレシュキガルとこのまま名乗る?

 いやでも、そんなことしたら、夕食会はお流れ?

 そうなるだろう。それはちょっとどころじゃなく残念すぎて―――

 いや、そもそもこれは相手が謝罪の意をこめて誘ってくれたものじゃないか。

 それを受け取らないなんて、神としてどうか。

 

 けれどもだからと言って、嘘の名前なんて……!

 自分の名前。エレシュキガル、そして―――

 

「カルラ! エレシュ……カルラなのだわ!」

 

 エレシュ、とカルラ。

 その間に不自然な間と、本当に僅かな音の振動が混じる。

 即ち、エレシュ(キガルとイル)カルラ。

 彼女という神性を呼び表す、二種類の名前。

 神格というのものは、呼ぶものによってその名が変わる事もある。

 エレシュキガルも、イルカルラも、紛れもない彼女の真名には違いない。

 

 嘘は言っていない。言っていない、が。流石にどう考えたって、苦しい。

 なんだその名前。もう駄目だろう、これ。

 バレないわけがない。そんな名前ありえない、と誰だって訝しむ。

 そう考えながら、女神エレシュキガルが相手の様子を窺った。

 

 彼女に視線を向けていた少年は、ぱちくりと目を瞬かせ。

 

「そっか。じゃあ、エレシュカルラ。俺たちと一緒にご飯食べていってよ」

 

「――――――」

 

 ―――セーフ! セーフ!

 そうか、彼らは恐らくカルデアからの来訪者。

 つまり異郷の民。

 自分の名前がおかしい、と感じるほどこの地について知らないのだ!

 文化、文明はその土地に根付くもの。

 異郷で育てば、他の地でどんな民がどんな生活をしているかなど分からない!

 

 勝った……!

 

「え、ええ! ええ! その……よろしく、お願いするのだわ!?」

 

 舞い上がって叫ぶ女神。

 そんな女神の背中を見ていた茨木童子が、ふと夜空を見上げた。

 これを警戒していた自分。

 そんなものを改めて認識し、自分が馬鹿になった気分でいっぱいだった。

 

 

 




 
か「牛若丸いいよね…」
げ「遮那王いいよね…」
き「義経いいよね…」
よ「いい…」

さよならシティウォーズくん…
このSS、お前でグランドジオウが引けなかった苛立ちが書き始めた理由だったからよ…
やっと分かったんだ。俺たちには辿り着く場所なんていらねえ…
ただ書き続けるだけでいい…書き続ける限り…俺の中でシティウォーズくんは生き続ける…
(謝ったら許さない)
ああ…分かってる…
俺は止まんねえからよ…シティウォーズくんが止まっても、俺は止まんねえからよ…!
だからよ…止まるんじゃねえぞ…
 


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警告:盗牛暴走中-2655

 

 

 

「さて。どうしたものかな?」

 

 深緑の巨体が地面に倒れる。

 倒れた衝撃で発生する爆音と震動。

 周辺一帯の大地が砕け、裂けていく。

 

 失われていく足場を軽やかに舞い、原型を留めた場所へと着地。

 ゆっくりと、シアンの戦士が天を見上げる。

 

 そこにあるのは、天を覆う積乱雲。

 雲の中に無数に配置された黄金の鎧に、荒れ狂う雷を轟かせるもの。

 牛の如き形状にカタチを変えた巨大雲。

 黄金の装甲を纏った、女神が地上に降ろした兵器。

 

 ―――その銘を、“天の牡牛(グガランナ)”。

 

 その雲の巨体が身を揺する。

 ただそれだけで雷雲が渦巻き、周辺一帯へと雷光を迸らせた。

 降り注ぐ稲妻に、深緑の巨体が蹂躙される。

 

 嵐を従え、雷鳴を曳く。

 その超常の兵器こそは、かつて英雄王とその友に差し向けられた存在。

 女神の怒りを発散するための代行者。

 

 そして今は。

 

 ―――海東大樹があの世界から見繕い。

 とりあえず女神イシュタルから盗んでみたお宝である。

 

「やれやれ、思っていた以上に暴れ馬……暴れ牛だね」

 

 呆れるように天に渦巻く牡牛を見上げ、溜め息ひとつ。

 あの神獣を従えられるのは、女神イシュタルをおいて他にはいない。

 イシュタル以外の神々も従えられなかった暴獣である。

 そうもなろう、という話だ。

 

 どうやら盗んで終わり、とはいかなかったらしい。

 

 あの神獣の暴威に晒された仮面ライダーJが、消滅していく。

 オリジナルならいざ知らず、召喚ライダーでは手も足もでないようだ。

 これでは捕獲どころの話じゃない。

 

 天を覆うほどに巨大な雲からの稲妻。

 その閃光が降り止んで、続けて巨体が大きく動き出す。

 神獣たる牛は前脚を大きく振り上げ、そして倍する速度で振り下ろす。

 叩き付けられた黄金の蹄が、大地を大きく抉りとる。

 迸る衝撃が、地上を震撼させながらディエンドに向けて迫ってきた。

 

 衝撃の津波を前にしたディエンドが、もう一度溜め息ひとつ。

 片腕を軽く振って、銀色の幕を出現させる。

 

「仕方ない……僕一人じゃ流石に難しいようだ。

 ちょっと手段が思いつくまで、後回しにさせてもらうよ」

 

 銀幕に呑まれ、仮面ライダーディエンドが世界から消失する。

 直前まで彼がいた場所を衝撃波が蹂躙していく。

 地面が裂かれ、陥没し、崩れ落ち。

 

 そうして蹂躙された地上。

 炎上し続ける大地を見下ろしながら、天の牡牛は咆哮した。

 

 

 

 

「―――さて。それにしても、どうやって捕まえたものか」

 

 グガランナを適当に投げ込んだのは、泡沫のような特異点。

 既に人類史との繋がりも細く、放っておけば自動で修正をされる程度の場所。

 少しくらい神獣を放置しても問題ないペットハウス、というわけだ。

 

 かなりのお宝のようで盗んだものの、あまりにも大きすぎるのが問題だ。

 しかも言う事も聞かないし。

 他のお宝が見つかるようなら、返却してしまってもいいかもしれない。

 そう考えながら彼は変身を解除して、メソポタミアの地を歩き出し―――

 

「それで。お前は何をやってるわけだ?」

 

「……やあ士。久しぶりじゃないか」

 

 近くの木に寄り掛かった門矢士。

 彼からの声に反応して、すぐに足を止めた。

 海東は彼と目を合わせてから、大仰に溜息を吐き落としてみせる。

 

「まったく。わざわざ僕の事を確認しにきたのかい?

 そういう事は止めてくれないか、と何度か言ったと思うけどね」

 

「やりたくてやってるわけじゃない。お前、あれをどうするつもりだ」

 

 木に背を預けていた士が、体を起こした。

 そのまま彼は歩き出し、海東との距離をゆっくりと詰めていく。

 手の中には既に、マゼンタカラーのドライバーが握られている。

 

「別にどうもしないさ。

 僕は、何かに必要だからお宝を狙うんじゃない。

 それがお宝だから、手に入れたいだけなのさ。

 君なら分かってるだろう?」

 

 海東が提げていた銃を持ち上げる。

 銃口に視線を向けながらも、士の足取りは止まらない。

 

「ああ。お前がとんでもなく迷惑な奴だ、って事くらいはな」

 

「大ショッカーの大幹部よりは、迷惑じゃないと思うけどね。

 ま、どっちにしろ他所の世界に持っていかれる予定だった神獣だろう?

 だったら、別に僕が持って行ったところで問題はないさ」

 

 海東の手の中で銃が躍る。

 くるりと回転させたディエンドライバーを握り直し、彼は微笑んだ。

 

「問題があるかどうか決めるのは、お前じゃない」

 

 士がドライバーを腰に当て、ベルトを展開。

 そこに装着されたライドブッカーを開き、カードを抜き出す。

 抜かれたカードに描かれた仮面ライダーの名は、ディケイド。

 

 対し、海東もまたカードを1枚ゆるりと持ち上げた。

 描かれている仮面ライダーの名は、ディエンド。

 

「いいや、僕が進む道には何の問題もないね」

 

 ひり付く空気。彼らの間にこれ以上の会話は必要ない。

 彼らは居合わせた時には共闘する事もあれば、争い合う事もある。

 そこそこ長い付き合いだ。

 今更肩を並べる事に躊躇はないし、拳を交える事にも躊躇はない。

 

 だからこそ。

 士は僅かに目を細め、海東が緩やかに微笑みを浮かべ。

 そんな対称的なまでの表情で視線を交錯させ。

 二人は揃って変身シーケンスに移行し―――

 

「けどまぁ……管理が面倒そうなお宝だったし、今回は返してあげてもいいよ?」

 

「なに?」

 

 揃ってドライバーにカードを入れる直前。

 海東はそう言って、手を止めた。

 そのままくるりとディエンドライバーを一回しして、銃口を下げる。

 それを見た士が数秒悩んだ後に、ドライバーにカードを入れないまま閉じた。

 

「……どういう風の吹き回しだ?」

 

「ただし条件がある。

 それは別のお宝をゲットするために、士が僕に協力してくれること」

 

 胡乱げな士の目。

 それを正面から見返して、海東が宣言した。

 窃盗を手伝え、と言われた士が面倒そうに眉を顰める。

 

「別のお宝? ギルガメッシュの王宮に忍び込むのを手伝え、とでも言う気か?」

 

 出来なくはない。というか、そう難しくはない。

 平時ならいざ知らず、現状は緊急事態の真っ只中。

 ギルガメッシュの動きは、通常とは比較にならないほど酷く制限されている。

 この状況と彼らの移動能力を合わせれば、何も難しいことはない。

 

 だがそんなことは、海東一人でも同じことだ。

 だからこそ、海東は微笑みながら首を横に振ってみせた。

 

「いいや、違う。僕が目を付けているもう一つのお宝。

 それが……スウォルツの持ってるウォッチだ、って言ったら。

 士、君はどうする?」

 

「―――――」

 

 楽しむように問いかけてくる海東。

 その質問に対し、黙り込む士。

 

 スウォルツを相手にする上で、残念ながら一対一は厳しい。

 相手がギンガのウォッチを手に入れている以上、なおさらだ。

 この話に乗れば、一応戦力になる海東を連れて相手と対峙できる。

 それ自体は悪くない、と言えるのだが。

 

「……手に入れたウォッチはどうするつもりだ?」

 

「そうだね、せっかくのお宝だ。

 ガラスケースに入れて、飾ってみてもいいかもね?

 今のキープは、大きすぎて飾れないものだし」

 

 ……一応、訊きはしたが。

 基本的に海東大樹が盗んだ後のお宝に興味を残さないのは、よく知っている。

 スウォルツが手に入れたウォッチを奪ったら、すぐに興味は失うだろう。

 あの巨大な力をスウォルツの手には残しておきたくない。

 そう考えるのであれば―――

 

 気は進まないが。

 まったく気は進まないが。

 一切気は進まないが。

 むしろやりたくない、と断言できるのだが。

 

 選択肢として、アリか。

 

「……仕方ない、その話に乗ってやる。代わりに―――」

 

「分かっているさ。

 僕がそっちのお宝を手に入れた時点で、解放しようじゃないか」

 

 神威の聖獣、“天の牡牛(グガランナ)”。

 暴風と稲妻を引き連れた、女神イシュタルのしもべ。

 これがちゃんと運用できる、というならば。

 状況はただそれだけで一変する、と言える。

 

 グガランナに対抗できるだろう唯一の存在。

 それは、三女神同盟においてもケツァル・コアトルだけだ。

 だが既に彼女は陥落済み。脅威にはならない。

 

 魔獣の女神は真向からぶつかれば、グガランナの敵ではない。

 

 冥界の女神はそもそも勝負が成立せず、勝ち目がない。

 が、他二柱に比べれば誤差みたいなものだ。

 

 冥界の女神は“人間”が打倒し。

 魔獣の女神を“天の牡牛”が蹂躙する。

 

 もしそれが上手く運べば、そこで終わりだ。

 門矢士が何となく調べた限り、まだそこから先があるようだが。

 少なくとも、現状見える脅威はそれで全て排除できる。

 後は―――なるようにしていくしかないだろう。

 

 

 

 

「へえ、そう。茨木童子がご迷惑を。それはそれは」

 

 にこにこ微笑みながら、オルガマリーが頭を下げる。

 余所行きの笑顔も慣れたものである。

 内心から溢れる何をやっているんだお前たちは、というオーラ。

 それを気にしないようにしながら、ソウゴはふと思いついた事を呟く。

 

「そういえば椅子足りる?」

 

 大使館のリビングとも言える部屋を見回して。

 予定外の客であるエレシュキガル、そして牛若丸。

 その二人が増えた分、椅子が足りない。

 

「取ってこようか?」

 

 そう言って立香が立ち上がった。

 奥には来客用の椅子がまだまだしまってある。

 持ってこようと思えば、すぐの話だ。

 

 マシュが彼女を制して自分が、と言おうとして。

 しかし女神がここにいる、という事実がシールダーである自分が動けない理由になる。

 もし何かがあった場合、真っ先に前に出るべきは盾持ちである自分。

 その意識のために、エレシュキガルから離れられない。

 

「……オレが持ってきてやるよ。嬢ちゃんは座ってな」

 

 そう言ってクー・フーリンが立香を止める。

 

 惚けているように見えるが、相手は女神。

 正直に言えばハサンなり誰かをジグラットに向かわせたいところだが―――

 気配遮断があっても女神の感覚を無視できない可能性の方が、高い。

 戦力は全てここに結集させておくべきだろう。

 

 もしも女神との戦闘にこの状態から発展した場合。

 最も気にしておくべきは、初動だ。

 女神の両隣、及び正面に座らせるべきは、女神を抑えられる人員。

 

 どこかにマシュを置きたいところだが、彼女はマスター組の防衛が優先。

 であれば、クー・フーリン、フィン、ガウェイン。

 だがこれはあからさますぎる。まして、相手は一般女性を装っているのだ。

 男で囲む、など間違いなく不審がられるだろう。

 

「ふむ。それまでレディを立たせておく、というわけにもいくまい」

 

「だからと言って、男が座っていた席を譲る気か? 私が譲ろう」

 

 フィンが一角を務めよう、とする動き。

 それを制して、アタランテが先に席を譲る。

 そこの隣の席にはネロ・クラウディウス。

 これであれば、何かあった場合はネロの宝具による一時隔離が行える。

 

 自身の役目を理解して、鷹揚に頷くネロ。

 日中にも既に宝具を使っているが、問題ない。

 展開速度も考慮すれば、そうなった場合即座に令呪を切る以外の手段はないのだから。

 

「うむ。客人よ、せっかくの機会だ。

 どうせなら余たちとガールズトークとしゃれ込もうではないか」

 

 そう言いながら、アタランテが開けた席を叩くネロ。

 そんな言葉をかけられたエレシュキガル―――

 エレシュカルラ? が、ぴたりと動きを止めた。

 

「ガ、ガガガ……ガールズ、トーク……!?

 それは、あれかしら? 当世の流行に通じてなきゃ乗り切れない、あれな感じ?

 ごごご、ごめんなさい。ほら私、あれ、あれだから。箱入り娘、的な?

 ちょっと流行に乗り遅れてる感じが出ちゃうかもしれないというか」

 

 その場で停止したまま、まごまごと体を揺すり始める全身マント。

 

「む……いや、そこまで気にしなくてもよい。

 余たちもウルクに来たのは最近で、さほど詳しくないのでな。

 ふーむ、そうだな。例えば船長は……」

 

「酒の話なら乗ろうじゃないかい!」

 

「うむ! ガール要素(かわいらしさ)がどこにもない! 分かっていたぞ、船長!

 このくらい大雑把でもなんとかなるが故、どうか安心するがよい!」

 

「そ、そうなのかしら……?」

 

 ぽんぽんと椅子を叩く手に導かれ、エレシュキガルは恐る恐るそちらに向かう。

 そのまま彼女は椅子に腰かけて、一息ついて。

 同時に、その位置から真正面の壁際に置かれた椅子を見つけた。

 

 椅子の上には、壊れた懐中時計のような物体が二つ転がっている。

 そのすぐ傍で寝転んでいるのは、白い小動物。

 それを見つけた瞬間、座ったばかりの女神は大きく跳び上がった。

 

「ちょ―――!? なに、なに、なんなのだわ!? 何で災厄の獣がここに!?」

 

「フォーウ?」

 

「ええと、エレシュ……カルラさん。フォウさんをご存じなのですか?」

 

 マシュから問われ、正気を取り戻すエレシュキガル。

 彼女はハッとしてすぐに再び座り、大きく首を横に振り回した。

 その勢い余って、マントの中に隠されていた長い金色の髪が外に出てくる。

 

「あっ……いや。全然、知りません。知るわけないのだわ。

 ほら、畑を荒らす魔獣に似ていた気がしただけだから。

 ちょっとそんな気がして驚いたけれど、気のせいだったのだわ。ええ、ほんと」

 

「そう、ですか……」

 

 揺れる金髪。

 それはつまり、肉体がイシュタルから変質しているということ。

 警戒してもいい現象、なような気がするのだが。

 

 マシュがふと、立香と視線を合わせる。

 立香がだよね? と言わんばかりに一度頷き、その視線をツクヨミに投げる。

 何となく同意してしまえたので、ツクヨミが微妙な顔をしてソウゴを見る。

 多分全員同じ相手を思い浮かべてるなぁと思いつつ、ソウゴがオルガマリーに確認。

 

 余所行きの微笑みが崩れかけていたオルガマリー。

 彼女も正直、完全に同意してしまった。

 

 そうしているうちにクー・フーリンが帰還。

 椅子を回して、全員を座らせて。

 ―――茨木だけは椅子ではなく、窓の縁に腰かける。

 

「……今回はうちの茨木童子がご迷惑をおかけしました。

 ですがこれも何かの縁。よければ、楽しんでいってくださいね?」

 

「は、はい!」

 

 オルガマリーからの軽い挨拶に背筋を伸ばし切って返事する女神。

 彼女はその反応に何とも言えずに口元をひくつかせる。

 その状況を変えるべく、とりあえず料理に手を付けながらツクヨミが話を切りだした。

 

「まあ……そんなに難しい話をする必要もないですよね。

 あ、そういえばさっきの話だけど。

 アタランテは今この国で流行ってる仕事の手伝いに行ったのよね?」

 

「うん? ああ、羊毛狩りか。どうやら巫女に流行っているらしいな。羊を触るのが」

 

 時折入る仕事場を思い出し、アタランテが嘆息する。

 彼女の言葉を聞いたフィンは、至極神妙な顔でそれに大きく頷いた。

 

「羊を飼うことで美女が集まる。

 私はこの時代を見分して、ダビデ王はやはり優れた王であったと再認したよ。

 私は何をせずとも輝いて女性を魅了してしまうが故に!

 そういった小技の類への理解が足りていなかった、と!」

 

「フィンは黙ってて?」

 

 拳を握るフィンに対し、マスターから一言。

 それを横目にしつつ、立香がエレシュキガルに問いかける。

 

「へえ、触感? が流行りなのかな。

 エレシュ……カルラさんはどうかな? 羊が好きだったりします?」

 

 話を振られ、しどろもどろ。

 だが必死にその質問に対し答えを返そうと悩み。

 真っ先に浮かんだ、素直な所感を返答する。

 

「羊……いえ、その、あまりいい印象はないというか。ドゥム―――ええと、実家にいた羊というか羊飼いというか、あんちくしょうが余計な権能(もの)を―――」

 

 そこまで語りハッとして。

 間違えた話題を振った、と困り顔の立香に気付く。

 彼女はすぐさま話を止め、胸の前で手を横に振りながら話を打ち切る。

 

「ええと、ごめんなさい。なんでもありません」

 

「えっと、こっちこそごめんなさい……」

 

「いえ! そんな! お気になさらず! 本当に何でもないのだわ!

 羊はちょっと苦手な感じがするだけで……!」

 

 エレシュキガルが声を大にして、立香からの謝罪を打ち消す。

 そんな状況を見かね、マシュが声を割り込ませる。

 

「えっと……と、とりあえずお食事をどうぞ。

 わたしたちが作ったもので、そう上手く仕上がったものではありませんが」

 

「は、はい!」

 

 言って、テーブルの机を示すマシュ。

 こんな事になるとは思っていなかったし、料理自体は普段と同じだ。

 それでも、それを見てエレシュキガルは小さく感嘆の息を吐く。

 

「いえ、私から見てもレディ・マシュたちの料理は素晴らしいものかと。

 円卓の中でも随一の料理の腕を持つ私が保証しましょう」

 

「あれで料理の腕がある扱いってのが本当かどうか、一周回ってちと興味が出てきた」

 

「何を仰いますか。私のマッシュ速度は円卓最速。

 流石に女王ブーディカのような方と比べられると一枚落ちますが……

 それでも、恐らく我が王に訊けるような機会があれば、すぐに答えは出るでしょう」

 

「いま訊いたらランク外だろうな、多分」

 

 胸を張るガウェインに対し、胡乱げな視線を向けるクー・フーリン。

 彼らのやりとりに苦笑しつつ、ハサンが立ち上がる。

 

「それは答えを出さず、謎にしておいた方がよろしいでしょうな。

 と、それはそれとして。エレシュ……カルラ殿は、何か苦手なものはありますかな。

 言って頂ければ、それは避けて取り分けましょう」

 

 大皿に盛り付けられた料理を前に、そういうハサン。

 

「苦手なものなんて!

 まず粘土でも埃でもない食事っていうのが初めてで……!」

 

「そういえば!

 今回の報酬として、またシドゥリ殿からバターケーキを貰っていた!

 女神ケツァル・コアトル相手に、想定以上の戦果を持ち帰った追加報酬として!」

 

 慌てふためくエレシュキガル。

 その言葉を、二世が強引に断ち切る。

 同時に女神は自分が言ってはならない事を言った、と。

 自分で自分の口を塞いでみせた。

 

 偵察だけ、という予定ではあった。

 が、今回得てきたのはウル市とエリドゥ市の市民の解放権。

 今のところはその状態で話を止めているが、これは大きな貢献だ。

 その礼に、と。

 此度もシドゥリから、前のようにケーキを渡されていたのだ。

 

 それを聞いて、微かに身動ぎするアナと茨木。

 牛若丸がエレシュキガルの発言を塗り潰すべく、彼女に話しかける。

 

「おお、シドゥリ殿の料理は私も食べた事があります。

 彼女の腕であれば、さぞ美味な事でしょう。

 エレシュ……カルラ殿も、存分に期待されるといい」

 

「え、ええと……! は、はい……! 嬉しいです!

 普段の食事は粘土……みたいに、味気ない? 感じというか!

 そんな感じなので、はい!」

 

「まあそんな、うふふ」

 

 隠す気があるのか。

 もしかして、いつまで知らぬフリを決め込めるか試しているのでは?

 そんな意地の悪い仕掛けを疑いながら、オルガマリーが微笑んでみせる。

 

 うわぁ、という顔で見てる立香とソウゴ。

 そちらを一瞬ずつ睨みつけて。

 すぐさまに微笑み顔に戻して、女神の方へと向き直る。

 

「では、取ってくる」

 

 そう言って二世が席を外す。

 逃げるな、というオルガマリーの視線を背中に受けながら。

 そんな彼女の背中を撫でて、ツクヨミが落ち着けようとする。

 

 同時に、彼の背中にはドレイクからの声がかかる。

 

「お、じゃあ追加の麦酒も持ってきておくれよ。

 お客さんの分まで、たっぷりね!」

 

「まったく、どれだけ呑めば気が済むのやら。

 では、何人か手を貸してくれ。一気に持ってきてしまおう」

 

 視線が向けられるのは、立香、ソウゴ、マシュ。

 立香とソウゴは小さく頷いて立ち上がり、彼に付いて行く。

 マシュは少しだけ悩み、しかし彼らに追従した。

 

 オルガマリーからの視線を、背中に受けながら。

 そんな彼女を制するツクヨミが、小さく溜息を吐き落とす。

 

 厨房に入り、そこから更に隅の方へ。

 そうしたところで、ネロが歌い始めた声がする。

 それをドレイクが中断させ、喧々囂々。

 向こうがそれなりに騒がしくなり始めた。

 

 こちらの会話を掻き消すにはもってこいだ。

 変に魔術を使うよりは、こちらの方がいいだろう。

 

「さて、どうする?」

 

 ケーキを取り出しつつ、確認してくる二世。

 麦酒の準備をしながら、三人が顔を見合わせた。

 そうして、立香が一言ぽつりと。

 

「ケツァル・コアトルはあの子のことを……

 苦痛の女神、って呼んだんだよね」

 

「……恐らく、そう、なりますね」

 

「―――女神エレシュキガル。

 生まれた時より冥界に繋がれた、冥界にしか存在できない存在。

 代わりに、冥界においては無敵の権能を誇るというが……」

 

 節々から零れてくる、彼女の実態。

 ケツァル・コアトルの言葉も嘘ではないだろう。

 苦痛の女神は、命の代わりに安眠を約束すると。

 闘争の女神はそう言っていた。

 

 彼女が人の魂に安眠を約束する女神だというのなら。

 苦痛、と称されたのは何故か。

 それは、誰にとっての苦痛なのか。

 

 悩むようなことでは、きっとない。

 答えははっきり言って、分かり切っている。

 

 ぱん、と。

 小さく、立香が両手を打った。

 

「先輩?」

 

「―――行こう。きっと私たちはもう、歩くべき道を知ってる」

 

 視線を向けられたソウゴが、僅かに目を細める。

 

 眠り続けることは。夢に浸り続けることは。

 人としての幸福ではないと、選んだ人たちを知っている。

 体を捨て、魂だけで夢見る永遠。

 それはもう、人間の在り方ではないのだと。

 

 幸せで。辛くて。楽しくて。苦しくて。

 不便で、難儀で、辛苦な。

 いずれは必ず終わる、そんな一生を続けることが。

 終わると知っていて、それでも足掻き続けることが。

 それこそが、人間の命なのだと。

 

 だから、神様に協力してもらってまで眠り続けることはない。

 ただ、命を燃やして前に進み続ける。

 たとえ、その先に何が待っていたとしても。

 最後まで、今を生きる人間として。

 

「……うん」

 

 ソウゴの懐で、脈動するように一つのウォッチが輝いた。

 確かめるまでもなく、その熱が何かは分かっている。

 

 “生きる”事を止め、眠り続けていた者たち。

 彼らは再び歩き出した。

 そうすることが、正しいことなのだと信じて。

 

 魂だけを保存されても、それは人ではない。

 人の魂は肉体と共に命として、世界の中に生まれてくる。

 肉体も、魂も、生きるための世界も。

 そこまで全てひっくるめて、人間の命なのだ。

 

 マシュが胸に手を当てて、確かめるように小さく頷く。

 それを、女神に分かってもらうのが彼女たちの戦いなのだ、と。

 

「……それで、どうするつもりだ。この場で戦うつもりか?

 今の彼女は恐らく女神イシュタルの肉体を借りているだけ。

 倒したとしても、意味は……」

 

 二世の言葉に、三人が顔を見合わせる。

 少しだけ首を捻り、ソウゴが言う。

 

「向こうは大使館……こっちの家? に来てくれたわけだよね。

 じゃあこっちも向こうの家に行くのが、いいんじゃない?」

 

「冥界にですか? それは―――いえ、そうですね。

 それが一番正しい、わたしたちの道の示し方だと思います」

 

 拳を握り、彼の言葉に同意を示すマシュ。

 そんな彼女の様子を見つつ、二世は渋い表情を浮かべた。

 

「……まあ、相手の真体が冥界にしか存在できない以上、それ以外にないかもしれんが」

 

「……うん。だから、ちゃんと言おう。エレシュ……カルラにじゃなくて。

 女神エレシュキガルに、あなたに会いに行く、って」

 

「なに?」

 

 立香の言葉に二世が軽く瞠目して。

 少し考え込んだソウゴとマシュが、やがて大きく頷いた。

 

「はい、先輩。あの方に、いまここにいるエレシュ……カルラさんに。

 いずれエレシュキガルさんに会いに行く、と。

 わたしたちは共に生きる者として、それを伝える事が出来るはずです」

 

 エレシュカルラ、などという偽りの名前ではない。

 エレシュキガル、という真正の女神に対して。

 彼女たちは言わなければならないことがある。

 示さなくてはいけないものがある。

 

 エレシュカルラなんて呼ばない。エレシュキガル、とも呼べない。

 ならば彼女を何と呼べるのか。

 その答えは、今まで出会ってきた人が既にくれていた。

 

「……うーん。人間は動物だけど、女神も動物なのかな?」

 

「多分動物でいいんじゃないかな?」

 

 準備の終わった麦酒のジョッキを抱えて、三人が歩き出す。

 二世がそれを止めようとするが、声を荒げるわけにもいかない。

 ケーキを抱えたままに、焦りながら後に続く。

 

「ちょっと待て、君たちは何をするつもりだ?」

 

「えっと、動物学者の先生の真似?」

 

「は?」

 

 ごく短い時間の密談だったが、席を外している内に食事の場は随分と荒れていた。

 

 歌い、怒り、笑い、呆れ。

 食べたり飲んだり話したり、思い思いの行動で過ごす時間。

 その光景を前にして眉間を揉むオルガマリーたちの前を通り過ぎ。

 持ってきた酒を適当に配りつつ、彼女たちはエレシュキガルの前に立つ。

 

「ねえ、エレちゃん! 今度は私たちがエレちゃんの家に行ってもいい?」

 

 微笑んで、開口一番そう問いかける立香。

 

「私の家、って。いや、それはちょ―――エレちゃん?

 エレ……エ、エレちゃん!? え、え、え、エレちゃん!?」

 

 彼女の頭の上には、何故かフォウが乗っていた。

 てしてし、というよりはべしべしと、肉球で頭を叩いている。

 その事に何故かフードの下で顔を青くしているエレシュキガル。

 

 彼女がそんな言葉をかけられて、思い切り立ち上がった。

 勢い余って放り出されるフォウ。

 それをナイスキャッチしたマシュの手の中で、フォウが怒りの声を上げる。

 

「フォフォーウ!」

 

「どうどう。エレちゃんさんの頭を叩いていたフォウさんが悪いですよ。

 ごめんなさい、エレちゃんさん。

 今日は色々あって、フォウさんも荒ぶっているみたいです」

 

 ちらりとフォウが先程まで寝転んでいた椅子の方を見る。

 そこに置かれているのは、大破したタカウォッチロイドとコダマスイカ。

 一度爆散しても自動で修復したライドストライカーのように直るだろう、と。

 ソウゴにはそんな気がするらしいので、今彼らは休息期間中だ。

 結果として、フォウは今までより退屈を持て余すようになったらしい。

 

「それより! そんなことより!

 エレ、エレちゃんて……私のこと、なのかしら!? そ、それって……!」

 

 震える女神。

 全身を覆うマントの奥に見える、金色の髪の少女の顔。

 垣間見える少女の顔は頬を上気させ、目を潤ませるほどに喜色に満ちている。

 

「ニックネームのつもりなんだけど、ダメだった?」

 

「いえ! いいえ! ダメなはずないのだわ!

 是非とも、好きに呼んで欲しいのだわ!」

 

 繋ぎ合わせた誤魔化しの名前だけれど。

 エレシュ、までならそのままの名前に違いない。

 そこで構成されたあだ名だと言うのなら、真名を完全に明かしたとしても―――

 それは、彼女が確かに送られたニックネームになるだろう。

 

「ありがとう。それで、今度は……

 私たちを、エレちゃんの家に招いてくれる?」

 

「―――――」

 

 喜びで輝かせていた顔が、僅かに陰る。

 それに気付かないふりをして、対面した立香は彼女をまっすぐに見つめた。

 視線を逸らしながら自嘲するように女神は小さく、微笑んだ。

 

「―――ええ、きっと招くわ。こんなに私に喜びをくれた人間なのだもの。

 色々融通の利かない場所ではあるけれど……

 あなたたちの事は絶対、私が私の冥界(いえ)収監(しょうたい)してあげる」

 

「うん。それで……また、こんな風に一緒に遊ぼう!」

 

「え?」

 

 そのまま立香がエレシュキガルの手を握る。

 彼女を引っ張って立たせ、部屋を一緒に回りだす。

 

「ちょ、何を……!」

 

「せっかく知り合って、友達になれたんだから、一緒に遊ぼう!」

 

「と、友達!? と、友達……!」

 

 引っ張られてか、あるいは脳のオーバーヒートでか。

 ぐるぐると目を回しながら、エレシュキガルは為されるがまま。

 そうやって動いている二人を見て、ネロが宣言しはじめる。

 

「ほう! ダンスか? よろしい、ならば歌は余に任せよ!

 魔力を回せ、マスター! 余がここを見事なダンスホールに塗り替えてみせよう!」

 

「俺はまだご飯食べるからダメ」

 

 そう言って自分の席に戻るソウゴ。

 そんな彼を見つつ、オルガマリーとツクヨミが同時に溜息を吐いた。

 

「む! では仕方ない、劇場は諦めてやはりこのまま歌うしかあるまい!」

 

 ネロが高らかに構え、歌う姿勢に突入。

 その瞬間、空になった木のジョッキが宙を舞う。

 それに続けて飛ぶのはドレイクからのブーイング。

 

「だ・か・ら! アンタのは歌なんて呼べない不協和音だって言ってるだろうが!

 どうせならほら、アナ! アンタが歌いな!」

 

「嫌です」

 

 ケーキを一切れ受け取りながら、アナがフードを被り直す。

 

「かー、素直じゃないねえ。そうやってツンケンしてたら、面白くないだろうに。

 思い出すねえ、アタシの船にちょっと乗ってたエウリュアレって女神様をさ。

 いや、あっちの女神様は別れ際にアステリオスとメドゥーサって奴でまた遊ぶためにも、世界くらい救ってこいって送り出してくれたんだっけ?」

 

 パタパタと手を振りながらのドレイクの言葉。

 それを聞いたアナがビクリと肩を揺らし、更にフードを強く引いた。

 

 肩を竦めて、クー・フーリンが苦笑する。

 

「おいおい、騒ぐなら外でやりな。まだこっちは飯食ってんだ」

 

「野外ライブか、それもよし!」

 

「やめろ、近所迷惑だ」

 

 立香に引かれたエレシュキガル。それを追うマシュ。

 歌うために駆けだすネロに、それを即座に却下するアタランテ。

 フィン、ガウェイン、ハサンと。

 更にサーヴァントたちが後に続いていく。

 

 それを見送った後、牛若丸が茨木の方に視線を向けた。

 

「遊びですか。では、追いかけ鬼などもいかがでしょう。

 ちょうどそこに追いかけて首を落としてもよさげな鬼も一匹いることですし。

 師匠直伝の遊びをご覧にいれましょう!」

 

「おい、追いかけ鬼というからには追いかける方が鬼だろう。

 何で鬼が追いかけられて、あまつさえ首を落とされる」

 

 古今東西、似たような遊びはあるだろう。

 だが大抵の場合は恐らく、鬼が人を追いかけるごっこ遊びのはずだ。

 鬼が人に追われる、などという設定は聞いたことがない。

 だというのに、牛若丸は不思議そうに首を傾げて返す。

 

「追いかけ鬼、というのは鬼を地獄の果てまで追いつめて首を斬って殺す遊びなのでは?」

 

「これの師匠とやらは一体何を教育していたのだ……」

 

 慄然としながら、刀の柄に手をかけた牛若丸を見る茨木。

 かちゃり、と。彼女が構えた刀が鍔を鳴らす。

 

 ―――その瞬間、盛大な破裂音。

 すぐさま確認すれば、そこにいるのはファイズフォンXを構えたツクヨミ。

 注目を集めた彼女が、大使館の出口を指差した。

 

「家の中で遊ばない! 遊ぶのは外! 中に残るのは、まだ食べる人!」

 

「……吾はまだ食事を続ける。面倒だ」

 

 そう言って適当な皿から料理を手に取って、窓の縁に座り直す茨木。

 ツクヨミに睨まれ、仕方なさそうに刀から手を離す牛若丸。

 

「チッ……」

 

 舌打ちしながら出ていく相手を胡乱な目で見送って。

 料理を頬張りながら、彼女はケーキを口にするアナへと視線を送る。

 そしてすぐに、自分には関係ない、と。

 目を瞑って食事の方に集中し始めた。

 

 

 




 
あホ。
奴の横取りによりスノーフィールドは救われた。
その上こっちにグガランナが残り、戦力倍増。
やったぜ勝ったな、風呂入ってくる。

だがホモがここから何も問題を起こさないはずもなく…
 


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おうさまの今の道-2655

 
あけましておめでとうございます。
長かったような短かったような令和3年も終わり、平成33年が始まったので初投稿です。
 


 

 

 

「―――再三再四、こっちが女神らしい優しさで見逃してあげたってーのに」

 

 女神が飛翔する。空を翔ける、金色の流星。

 己の神殿から飛び立った金星の女神。

 彼女が全身に神気を漲らせ、周囲に威圧を解き放つ。

 

 眼前にあるのは、空を征く機械の船。

 またもエビフに侵犯してきたマシンを見つめ、女神イシュタルはその瞳を金に染めた。

 

 苛立ちと共に吐き出される、宣戦布告の言葉。

 

「いい加減、勝負つけたげようじゃないの!」

 

「ハーイ! 是非とも、ヨロシクお願いしマース!」

 

 応えるは、更なる上空からの声。

 その声を聞いた女神が、ぽかんと顎を大きく落とした。

 

「は?」

 

 金星の女神の頭上に、別の金星の女神が舞う。

 イシュタルの直上に羽搏くのは、超熱量の炎の翼(プロミネンス)

 

 金星の女神にして、戦の女神。

 同じ属性を有するもう一人の女神が、臨戦態勢のままそこにいた。

 イシュタルが顔を引き攣らせ、太陽神の姿を仰ぐ。

 

「ちょ、何であんたがここに……!」

 

「勿論、私が彼女たちのサーヴァントだからデース!」

 

 さっさと言い切り、臨界する太陽の神威。

 三女神同盟最強にして、現時点で地上最強。

 このメソポタミアの覇者が、魔力を迸らせる。

 

「ずる! そんなのインチキでしょ!?

 人間と女神の勝負で、女神が人間側についてんじゃないわよー!」

 

「同盟外の女神に手加減は必要ありまセーン!

 あ、冗談でなく全力で防御してね?

 あなた相手なら、本当に本気でやっても大丈夫でショウ?」

 

 にこやかにそう宣言したケツァル・コアトル。

 彼女の神威の昂りを見れば、それが嘘かどうかなど考える意味も無い。

 目の前にあるのは、超常の熱量の塊。

 その事実に対して、イシュタルが悲鳴を上げた。

 

「大丈夫なワケないでしょ馬鹿!?」

 

 イシュタルの叫びを無視し、ケツァル・コアトルが炎上する。

 恐らくメソポタミア全域で視認できるほどの炎の渦。

 地上に顕現した太陽を前にして、イシュタルが必死に全神威を解放した。

 

「――――“炎、神をも灼き尽くせ(ウルティモ・トペ・パターダ)”!!」

 

「ちょ―――――っ!?!?」

 

 太陽が墜落する。

 極大の熱量が空中から降り注ぐ。

 太陽そのものと化したケツァル・コアトルによる、全力の飛び蹴り。

 

 それを神気を完全に解き放ったイシュタルが迎え撃つ。

 激突する両者。弾け飛ぶ同質の神威。

 

 二つの神性の激突を前にして。

 タイムマジーンが、嵐のような衝撃に大きく揺さぶられた。

 振動し、幾つかエラーを吐く機体の中。

 

「……これでいいのかしら……?」

 

「まあ、喜んで協力してくれたし。別にいいんじゃないかしら」

 

 呟くようなツクヨミの声。

 それに対し、軽く思考を放棄したオルガマリーが言葉を返す。

 

 天へと立ち昇っていく炎の柱。

 尋常ならざる破壊の渦。

 その煌々とした輝きを眺めながら、彼女たちはこうなった経緯を思い返した。

 

 

 

 

「……ほう、イシュタルを雇い入れて冥界下りをしたい、などと。

 随分と面白い話を持ってきたものだ」

 

 いつも通り、政務の手を止めることなく。

 ギルガメッシュ王は、話を持ってきた連中を一瞥した。

 

 ここにいるのはオルガマリー、立香、ソウゴ、ツクヨミ、マシュ。

 そして彼らの後ろには、姿を見せた状態のハサン。

 残りのサーヴァントたちは、大使館の仕事をこなしている。

 

「冥界下りと言えば、あのイシュタルがやらかした行動の中でも、特に無様さNo.1に輝くエピソード(ウルク調べ)。そんなイシュタルをわざわざ冥界の水先案内人とする、というのがまず笑えるので、とりあえずはプラス査定をくれてやろう」

 

「王よ、都市神でもあらせられる女神イシュタルにそのような事は」

 

 シドゥリの言葉を軽く手を振って止め、僅かに悩む姿勢を見せる王。

 彼は政務の方を止めて、顎に手を添えてみせた。

 

 先頭に立つオルガマリーが、黙り込んだ王へと声をかける。

 

「……これにつきましては、三女神同盟攻略のための業務と言えます」

 

「まあそうだな。それで?」

 

 王の視線が、声の主の方へと向かう。

 彼女は小さく深呼吸を済ませると、要求を言葉にして吐き出した。

 

「―――これを、我らカルデア大使館による正式なウルク防衛の作戦と認め。

 王には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 言い切ったオルガマリーが、王の様子を窺う。

 

「………………」

 

 王は無言。ただ、じい、と。

 真紅の瞳で、自分の前に並ぶカルデアの面々を見渡した。

 そんな王を横から、シドゥリが心配そうに見ている。

 

 数秒そのまま黙り込んだ後、彼はゆっくりと口を開いた。

 

「却下だ」

 

「―――――」

 

 絶句する。

 一体何を間違えたのか、と疑問が頭を巡る。

 こういったかたちで交渉すれば、確実に協力を得られると考えていたのに。

 

 そう思考して目を回すオルガマリー。

 彼女を一瞥して、王は軽く鼻で笑った。

 そのまま続けて言葉を並べる。

 

「金銭などより、奴に最もクリティカルヒットするのは宝石だ。

 前回貨幣でも通用したのは、恐らく肉体にされた人間の価値観も共有しているからだろう。

 イシュタルと似たような性質の人間が選ばれたのであれば、然もありなん。

 であるならば、宝石を突き付けてやれば更に目の色を変えるであろうよ」

 

 その口振りに対し、オルガマリーはハッとする。

 

「……と、言うと」

 

(オレ)の蔵にある鉱物類、その3割を貴様たちに預ける。

 ―――貴様たちによる冥府の女主人攻略戦。

 今を生きる者による、今を生きるための戦いとして、この(オレ)が受理しよう」

 

 ほう、と。安堵の息を吐いたのは誰だったか。

 そんな安心感など気にもかけず、ギルガメッシュが更に続ける。

 

「貴様たちは既にイシュタルに一応は強さは示したのだろう。

 ならばケツァル・コアトルとやらを連れて行き、さっさと叩き落とせばよい。

 その後に適当に縛り付け、鼻先に宝石を突き付けてやればすぐに堕ちるだろうさ。

 そうなれば人員も最低限でよかろう。残る連中には、別の仕事がある。

 ―――(オレ)からの、仕事の依頼だ」

 

 安堵して抜けていた気を、その言葉で再び引き締める。

 

「それ、は。イシュタルの攻略と同時に、別の仕事をということですか?」

 

「別々のタイミングじゃ駄目なの?」

 

 横で声を上げるソウゴ。

 訊き方を考えろ、と思いつつもその疑問には同意だ。

 だがギルガメッシュは、それに対して鷹揚に頷いてみせた。

 

「同時でなければ意味がない。

 ついでに、ケツァル・コアトルには精々派手にやれと言っておけ。

 その力がこのメソポタミア全土に響くくらいに、とな」

 

 言って、笑みを深くするギルガメッシュ。

 如何にも深淵な考えがあるのだ、と。

 そう物語る表情を前にして、オルガマリーは自然と息を呑んでいた。

 

 

 

 

「それで、やることが水質調査なの?」

 

「ああ言って含みを持たせておけば、シドゥリが何をいう事もない。

 (オレ)が束の間の休息を楽しむ事もできる、というわけだ」

 

 追加で言い渡された仕事は、ペルシア湾の水質調査。

 現地に設けられた観測所まで、水瓶を取りに行く仕事だった。

 持って帰る瓶の代わりに置いてくる予定の、空の瓶を乗せた荷車。

 そこで寝転がりながら、ギルガメッシュは大きく欠伸をする。

 

 タイムマジーンはイシュタル攻略に使っている。

 よってこちらは荷馬車による移動になったのだ。

 

「イシュタルとの事が終わった後、マジーンでやれば早いのに」

 

 荷馬車の横を歩いているソウゴが、そうやってぼやく声。

 それに鼻を鳴らして、転がったままのギルガメッシュが言葉を返した。

 

「早いに越したことはないが、早ければよいというものではない。動かせるものを動かし、休ませるものは休ませる。その采配で王の度量も計れるというものよ。

 そら、貴様が早くこの用事を済ませたいと思うのであれば、馬の代わりにそこな犬に荷車を牽くように指示してみたらどうだ? 足回りはまともそうではないか」

 

「ぶちのめすぞ、テメェ」

 

 先導していたクー・フーリンが眼光を飛ばす。

 対して、ギルガメッシュは喜色を強めて、口の端を吊り上げる。

 

「ほう? なんだ、身を寄せている国の王に刃向かう器量があったのか。

 ははは、これは見くびっていた。

 尻尾を振るばかりが能の狗かとばかり思っておったわ」

 

「おい坊主、こいつここで転がしてこうぜ」

 

「仕事が終わってからね」

 

「フォー、フォフォウフォウ、マーリンキャーウ!」

 

 何となし、フォウがマーリンも転がそうぜと言っている気がする。

 そんなマシュの頭の上の獣を突つきつつ。

 クー・フーリンとソウゴの会話に、呆れ顔で立香が口を挟む。

 

「終わってからもダメだよ?」

 

 マシュは自分たちが歩いてきた方向―――

 ウルクの方へとちらちらと視線を送りながら、隠しきれない困惑を滲ませた。

 

「ですが、よろしいのでしょうか……

 シドゥリさんにまで黙って、ギルガメッシュ王を連れ出すような真似を……」

 

「たわけ、なぜシドゥリに許可を取る必要がある。

 王たる(オレ)がよいと判断したのだ、ならばよいに決まっておろう。

 マーリンもあれで器用な男だ。

 あれをこき使えば、一日くらいどうとでもするであろうさ」

 

 そう言って、ははは、などと笑ってみせる王。

 

「そういう問題ではないと思うが……」

 

 それから視線を逸らしつつぼやく二世。

 彼の小声を拾って、しかしドレイクは王に同調するように肩を竦めた。

 

「ま、何だかんだ余裕があるってこったろう?

 絶対魔獣戦線とやらの防衛は堅固。

 ケツァル・コアトルはこっちについて、冥界の女神様はあの可愛らしいお嬢ちゃん。

 このままいけば、順当に勝てそうじゃないか」

 

「ふむ、そうだな。何より、魔獣の女神以外の二柱の女神だ。

 あれらはどうにも、人を滅ぼしたいと思っているわけではないらしいからな」

 

 船長の言葉に何度か肯いてみせるネロ。

 

 生存させ、自由な闘争を与えようとしていたケツァル・コアトル。

 それだけでなく、エレシュキガルも同様にそうなのだ。

 冥界の女神は、人を滅ぼしたいから滅ぼす、のではない。

 彼女が持つ人を匿える領域が冥界にしかないから、人を冥界に導くのだろう。

 

「……魔術王が聖杯を与えたのはエルキドゥ。

 そして彼が協力するギリシャから流れてきた魔獣の女神」

 

 言って、二世がギルガメッシュの方に視線を向ける。

 見られているのを気にもせず、彼は荷車で転がっているばかり。

 そんな彼に対して、今一度ソウゴが口を開いた。

 

「ねえ、王様」

 

「なんだ、雑種」

 

「エルキドゥってあんたの唯一の友達なんでしょ?

 その人がそんな風に人間を滅ぼす方についてさ……王様は、どうするつもりなの?」

 

 問われた王はちらりとだけソウゴに視線を向け。

 小さく、失笑した。

 そのままゆるりと上半身だけを起こし、ソウゴと正面から目を合わせる。

 

「逆に問おう。貴様であったら、一体どうする?

 己の友がもし仮に、人類を滅ぼすなどとのたまい、行動に移したとしたら?」

 

「―――――」

 

 数秒、ソウゴが止まる。

 その事実にギルガメッシュが口元を吊り上げ、一度瞑目した。

 すぐに目を開け、そうしてから彼は立香の方へと視線を持って行く。

 

「藤丸立香。貴様であればどうする」

 

「そんな事にはならないよ。

 私たちは、そんなことにならないように、今ここにいるんだから」

 

 返ってきた言葉。

 言い返された王はそれをおかしげに笑い、肩を竦めた。

 そのまま再び寝転がってしまう。

 

「さて、どうだか」

 

「ギルガメッシュ王はどうするの、っていう質問は答えてくれないの?」

 

(オレ)の答えが聞きたくば、そこな雑種の答えをまず持ってくるのだな。

 さすればこちらもとくと語ってやろうではないか」

 

 荷台に体を投げ出した王は、そう言って眠る姿勢。

 そんな彼に対し不満げに、立香は唇を尖らせた。

 

「ケチじゃない?」

 

「せ、先輩」

 

 頬を膨らませる立香。

 彼女の横から、マシュが袖を引っ張って止めようとする。

 だが、王は特に気にもせず転がったまま軽く笑った。

 

「は! (オレ)ともあろう王の言葉とは即ち、全てが宝石に等しい価値を持つ。

 安売りをしては相場を乱すが故に、沈黙で市場を守るのだ」

 

「んなもんに高値がつくたぁ、随分と安っぽい市場だぜ」

 

「ははは、貴様にそう映るのは仕方あるまい。

 どれだけ吠えようが、犬の鳴き声に値段はつかんからな!」

 

 荷馬車の車輪を蹴飛ばそうとするクー・フーリン。

 位置関係上、それを必死に止める羽目になるエルメロイ二世。

 

 そんな連中のやり取りを気にもせず。

 そのまま彼は、本当にそこで寝始めた。

 実際に彼の業務が尋常ではない、と知っている以上、起こす事もできない。

 

 そうして歩くことになる中で、ふと。

 表情を変えずに歩くソウゴに、マシュが目を留めた。

 

「ソウゴさん?」

 

「―――――」

 

 答えはいつだって、持っている。

 だってそうだろう。

 友が本当にそうしたい、と思って選んだのならば、自分は引き止めない。

 自分の民を害する事をもし友が、本気で正しいと思い選んだのなら。

 ―――自分はただ。

 

 そうしたいなら、それでいいんじゃない。

 

 そうとだけ返して、正面から止めるために剣を取るだろう。

 誰が、相手であってもだ。

 

 ―――敵として立ちはだかった場合に限らず。

 そんな人間が、自分の力で立ち上がらんとする意志を見たならば。

 ()()()()()()()()()―――

 

 思考に沈んでいくソウゴ。

 しかしその思考を遮る、盛大な震動が周囲を揺らした。

 小さな地震。

 その発生源を理解して、全員が空を見上げる。

 

「――――うん?」

 

 ギルガメッシュもまた目を開き、唐突に身を起こす。

 その瞬間、エビフ山の方角に太陽が顕現した。

 

 空を紅く染める熱量の渦。

 メソポタミア全土で仰ぎ見ることの出来るだろう、圧倒的な神威。

 あれこそがケツァル・コアトル。

 いま地上に存在する者の中で、最も強き女神の力。

 

 遠くに顕れた太陽に対し、恐怖する馬が暴れ始め。

 しかし手綱をドレイクに押さえられ、ゆっくりと落ち着かされていく。

 

 大炎上する空を見上げながら、立香がふと声を漏らした。

 

「わぁ、思った以上に凄い事に……これイシュタル、大丈夫かな」

 

「死んだらそれはそれで厄介ごとが一つ減る。(オレ)も支払いをせずに済む。

 む……よもや奴め、むしろここで死んだ方がこちらに得か?

 チッ、しまったな。さっさとトドメを刺せと指示しておくべきだったか」

 

 そんな心配の声に反して。

 むしろ死んでくれれば、とこぼすのは口惜しそうなギルガメッシュ。

 何と返すべきか、と。

 そうやってちょっと困り顔を浮かべるマシュの頭上で、フォウが大きな欠伸をした。

 

 

 

 

「っと、これで終わりだな!」

 

 水が入った瓶を馬車に乗せて、ネロがそう一言。

 既に運んできた空の瓶は、観測所の中に運び込んでいる。

 後はこれらを持って帰るだけだが―――

 

「んで、金ピカは何してんだ?」

 

「追加調査だそうだが……まあ、そういうことだろう」

 

 二世の答えに肩を竦めるクー・フーリン。

 

 別にそう難しいことはない。

 こちらは既に南米の女神を攻略し、イシュタルを足掛かりに冥界の女神の攻略中。

 その事実を先程のケツァル・コアトルの神威で示してみせた。

 そんな状況になっていて、もう一つの陣営が黙ってみていられるだろうか。

 

 ケツァル・コアトルを味方にする、という攻略姿勢は見せた。

 であるならば、イシュタルとエレシュキガルにも同じ事をしようとする。

 相手もその可能性は考えるだろう。

 実際のところ、こちらのマスターたちもそういった考えだ。

 

 最悪の場合ウルクと女神三柱を、魔獣の女神一陣営で相手にしなくてはならない。

 今はまさにそこまでの状況だ。

 

 相手は魔獣の女神と、聖杯を有するエルキドゥ。そして魔獣。

 確かに圧倒的な脅威ではあるが―――勝てる。

 エレシュキガル攻略戦さえ終えていれば。

 もちろんエレシュキガルを確実に攻略できる、と断言はできない。

 それでも、そうなれば勝負がつく。

 

「だからこそ、ここで相手は動くしかない。少なくとも―――」

 

『―――来たぞ、みんな! もうすぐ傍にまで迫ってる……!

 この速度で飛来するこの規模の存在を、この距離まで感知できないなんて……!

 けど、相手も今回はもう隠してもいない―――聖杯の反応だ!』

 

 ロマニが感知した反応に声を荒げる。

 直前まで隠されていた気配が、すぐに出力を全開まで上げていた。

 飛来する黄金の光に纏われた、緑の星。

 

「エルキドゥは、な」

 

 最大の脅威、ケツァル・コアトル。

 そして最悪の邪魔者、イシュタル。

 今この地上において、その二柱の居場所は確定している。

 纏めてエビフの山にいる彼女たちは、邪魔できない。

 

 ケツァル・コアトルの神威を察し、状況は掴んでいる。

 あの女神がこんな事をするとなれば、エルキドゥとて余裕ではいられない。

 潰せるものを、潰せる順に、潰していく。

 

 そのために彼は、女神と別れた方の部隊への強襲を選択した。

 エビフからここまでケツァル・コアトルが駆け付けるには、数分はかかる。

 数分もあれば十分。

 全開の彼ならば、あれらを殲滅して御釣りがくるだけの余裕がある。

 

『―――っ! 全速力で突っ込んでくる……!

 このまま宝具の一撃で当たりにくるつもりだ! 全力防御を!』

 

「ハハハ!」

 

 光の槍と化して、緑の人が天上より降り注ぐ。

 すぐさま前に出るのは、盾を構えたマシュ・キリエライト。

 

「マシュ!!」

 

「はい、マスター!

 行きます―――ッ! “いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”!!!」

 

 神々の兵器。天の鎖、エルキドゥ。

 人を戒め、神の御許へ繋ぎ止めるために送り出された、最強の泥人形。

 その心臓に聖杯を埋め、再起動した彼の戦闘力。

 それは真っ当なサーヴァントに対抗できるものではない。

 在りし日の肉体をそのまま用い、再起動された最強の兵器。

 

 今この地上において最強がケツァル・コアトルだと言うのなら。

 それに続くのは、彼だ。

 むしろサーヴァントという枠組みに嵌りつつ、それを凌駕する太陽神の方がおかしいのか。

 

 聖杯という動力を隠さず、一切の遊びを持たず。

 全力稼働した場合の彼を防げるものは―――ここには、いない。

 

「――――“母よ、始まりの叫をあげよ(ナンム・ドゥルアンキ)”!!!」

 

 屹立する白亜の城塞。無敵の城壁が、光の槍を迎え撃つ。

 激突した瞬間、大地が砕ける。

 衝撃だけで削られて、崩れ落ち、大地が失われていく。

 面したペルシア湾に雪崩れ落ちていく、地面だったものの残骸。

 

「う、く……っ!」

 

 それほどの衝撃を正面から受け止めながら。

 しかし、マシュはその場で確かに踏み止まった。

 

「へえ、流石に耐えるね。まあ、一応はケツァル・コアトルに勝つほどだ。

 そうもなるだろうけど……さあ、何回までなら耐えられるかな?」

 

 防がれたことに大した感慨も見せず、素直に弾き返されるエルキドゥ。

 自身に纏わりついていた大量の魔力を撒き散らしながら、彼は着地。

 それと同時にマシュが盾を解除し、僅かに息を切らし。

 

 直後。

 すぐさま、エルキドゥは()()を発動した。

 

「“母よ、始まりの叫をあげよ(ナンム・ドゥルアンキ)”!!!」

 

 先程と全く同等の魔力が溢れる。

 顔色一つ変えず、神威にも匹敵する一撃を再起動する。

 これがサーヴァントであればこうはいくまい。

 魔力が足りない。足りたとしても、霊基が保たない。

 

 だが、最強の泥人形にその心配はない。

 その肉体はこの程度の攻撃の反動で軋むことなどなく。

 心臓の聖杯と大地から吸い上げる魔力が枯渇することなどなく。

 故に、彼はこれから相手が死滅するまで同じことをし続けるだけでいい。

 

「チィ――――ッ!」

 

 ドレイクが即座に砲門を展開。

 連続して、砲撃が放たれた。

 だがそれは無数に渦巻き、暴れ狂う鎖に阻まれる。

 無論、鎖には傷の一つもなく動きを止めることなど叶わない。

 

「っ、マシュ、もう一度! 令呪を使うよ!!」

 

「っ、はい! “いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”!!」

 

 立香の手から令呪が欠ける。

 力を得たマシュが、再び盾を前へと翳す。

 立ち上がるロード・キャメロット。

 

 その穢れなき白き護りを前にして、エルキドゥが嗤った。

 

 光が奔る。

 天の鎖が槍となり、再び城塞に叩き付けられる。

 城の壁が瑕を負うことはなく。

 しかし、それを支えるマシュが僅かに膝を揺らした。

 

「……っ!」

 

「足掻くねえ、みっともない!

 それともここを耐え切れば、逆転の手段があるのかな?

 ボクを相手に壁になれるサーヴァントが他にいる? それともマスターが?

 ああ、耐えてケツァル・コアトルが来るまで待つなんてのもありだ。

 できるといいねえ、ボクを相手にそんな事が!」

 

 大地が割れる。

 盾を支えるために踏み締めた足が浮く。

 その状況に持ち込まれた瞬間、マシュが必死に腕を繰る。

 

「通しま、せん……ッ!」

 

「っと――――」

 

 天の鎖が城の壁面を滑る。

 攻勢を受け流され、そのまま地面へと激突するエルキドゥ。

 大地を穿ち、抉りながら光の槍がブレーキをかける。

 

 そうして光の槍が地面に突き立った瞬間、青い獣が疾走した。

 野獣の如き速さを前に、エルキドゥが邪悪なまでに表情を崩す。

 

「ハハハ!」

 

 解放した宝具が止まった瞬間、通常機動で再加速。

 自身を目掛ける相手に対して動き出す。

 

「――――ちぃッ!」

 

 ステータスが速度に振られる。エルキドゥの戦闘が変容する。

 そうなったエルキドゥが初速でクー・フーリンに並び―――

 加速が乗った瞬間、彼の速度を追い越した。

 

 空を切る朱色の槍。

 弾けるように無造作に、四方へと放たれる無数の鎖。

 鎖に覆われた視界の中、舌打ちしながらクー・フーリンが後ろへ跳んだ。

 

 エルキドゥはそれに先回りし、クー・フーリンの背後に舞う。

 完全に相手を置き去りにした戦闘速度。

 そのまま相手を串刺しにせんと鎖が放たれて―――

 

 次の瞬間、彼だけが“劇場”の中に取り込まれた。

 美しき黄金の劇場、ネロ・クラウディウスの愛の象徴。

 劇場にして式場たる絢爛舞台。

 その中に呼び込まれた彼が、面倒そうに一つ溜め息を吐いた。

 

「またか……」

 

「必要であれば何度でも招待するとも!」

 

 エルキドゥが狙いを変える。

 そもこの式場内にいるのは、エルキドゥと宝具の使用者のみ。

 自身が絶対有利を得られる空間の中で、ネロが剣を構え直す。

 

 その直後、ネロは眼前に迫り終えたエルキドゥを見た。

 

「ッ、!?」

 

 大地からの魔力供給を邪魔し、“劇場”により縛りを与え。

 その上で自分を“劇場”にバックアップさせ。

 それでも比較にならないほどの性能差。

 

 咄嗟に何とか守備を間に合わせたネロ。

 彼女の剣と鎖が打ち合い、それと同時にエルキドゥの能力が変容する。

 筋力を増した鎖の殴打に、ネロの体が吹き飛んだ。

 

「あ、ぐ……!」

 

 劇場の壁へと叩き付けられた彼女の体。

 肺から空気を絞り出され、苦悶に喘ぎながら。

 その瞬間、彼女は自分の宝具を即座に打ち切った。

 

 さっさとトドメを刺そうと身構えていたエルキドゥ。

 彼がそうする前に、劇場が解れて消滅していく。

 それに僅かに眉を顰めた彼が、直後に小さく目を見開いた。

 

「良い位置だ、そのまま“(かえらずのじん)”に直行してもらう」

 

 黄金劇場が崩れ落ちた先、既にその周囲には石柱が配置されている。

 獲物が中に現れた瞬間、希代の軍師による陣が牙を剥く。

 脱出不能、内に呑み込んだ敵に疲弊を強いる大地にできた陥穽。

 

 そこを目掛けて、更に攻撃が向けられていた。

 空中に駆け上がるクー・フーリンの手に握られた、呪詛を発揮する朱き魔槍。

 ドレイクは砲身四門を展開し、その砲口に魔力を充足させる。

 

 石兵八陣に捕らえた敵を、結界の外から纏めて吹き飛ばすための布陣。

 それを前にエルキドゥは―――小さく、微笑んだ。

 

「―――残念ながら意味がないね」

 

「なに……!?」

 

 エルキドゥを覆う石柱。石兵八陣が砕けていく。

 大軍師が張る結界が、何もなせずに意味を消失させていく。

 地の理を突き詰め、張り巡らされし“石兵八陣(かえらずのじん)”。

 それが脱出不可の陣として機能しない。

 その光景を前にして、エルメロイ二世が歯噛みした。

 

「キミがその結界で得たのは、究極的には地の利でしかない。

 人知を惑わす在り得ざる幻影たる石の陣形。

 人の身でありながら、よくもそこまで大地と同調できると褒め称えようじゃないか。

 だけど、ボクをそれに捕らえられると考えるなんて、思い上がりもいいところだ!」

 

 エルキドゥの魔力が溢れる。

 聖杯によるもの以上に、大地から吸い上げた魔力の渦が。

 

「ボクなら出来る! キミが築いた石の洞穴を、ただの砂漠にすることがね!」

 

 エルキドゥに力を吸われ、枯れていく。

 大軍師の軍略の粋。石兵八陣が。

 地理、地形、天候、情報、人心―――

 自然にあるものを自然に利用する事を窮めたが故に、神仙が如き軍師の奥義たりえる陣形。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは、エルキドゥという大地と共にある存在にとっては、自身の一部と変わらない。

 

 瞬く間に風化し、風に流されていく石柱。

 瞬時に解き放たれたエルキドゥが、周囲に鎖を乱舞させる。

 周囲を薙ぎ払いながら迫る鎖。

 それを前にして、サーヴァント二人が構えていた追撃を解き放つ。

 

「ちぃ、()ぇ―――――ッ!!」

 

「“突き穿つ死翔の槍(ゲイボルク)”―――――!!」

 

 砲口四門が同時に爆炎を上げる。

 引き絞った体躯がしなり、朱色の閃光が投擲される。

 砲撃四つ全てが、乱舞する鎖と激突。その銀色を波打たせた。

 

 光と鎖を擦り抜けて、魔槍がエルキドゥにまで届く。

 防ぐこと、躱すこと叶わぬ一投。

 それに胸を喰い破られながらも、エルキドゥは止まらず、笑みすら崩さない。

 

「――――“母よ、始まりの叫をあげよ(ナンム・ドゥルアンキ)”!!!」

 

 溢れる黄金の光。

 彼の放つ鎖が束ねられ、光の槍と化す。

 砲撃が多くの鎖を弾き飛ばし、ゲイボルクの傷で修復に魔力を回させて。

 それでもなお、尋常ならざる威力を有する一撃。

 

 周囲を蹂躙する光の波濤。

 地上に突き立てられた槍が生み出し、押し寄せる破壊の潮騒。

 マスターたちを守るべく、マシュが前に出る。

 

「わたしの後ろに……!」

 

 令呪をもう一角切るか、と。

 立香が一瞬の思考の末、余波だけならば問題ないと温存する。

 

 転がっていたネロのすぐ傍。

 そこにドレイクが飛び込むと同時に、二世が結界を張る。

 空中にありながらクー・フーリンがルーンで守りを描く。

 

 一拍置いて、周辺に破壊の渦が駆け抜ける。

 

 尋常ならざる破壊の渦の中。

 その中で、ソウゴが半壊した観測所に視線を向けた。

 

 

 

 

 呪槍の直撃で受けた傷をあっさりと修復し。

 エルキドゥは視線を、エビフの方へと向けた。

 少なくともこちらに接近している気配はない。

 

 ケツァル・コアトルやイシュタルでは、この機体の感知能力を誤魔化すのは不可能。

 どう足掻いたところで、カルデアはここで半壊する。

 その事実に小さく口の端を吊り上げて―――

 

「ねえ、ちょっと訊いていい?」

 

「……」

 

 常磐ソウゴが前に出る。

 ジクウドライバーを腰に当て、ウォッチを手にし。

 エルキドゥを真っすぐに見据えて、歩み出てくる。

 

「時間稼ぎかい? いいよ、少しくらいは付き合おうじゃないか」

 

「あんたがその気になれば、すぐにバビロニアの壁は崩せるよね。

 なんでそうしないの?」

 

 ソウゴとエルキドゥが視線を合わせ、互いに見据え合う。

 同時に突き付けられた質問に対し、エルキドゥはさほど興味なさそうに肩を竦めた。

 

「なんで、ねえ? 強いて言うなら、人間を苦しませるためにかな。

 魔獣の女神……母上は人間が苦しむ姿をお望みだ。

 だからこそ、ギリギリまで引き延ばして人間たちで遊んでもらっているのさ。

 そのせいでキミたちの行動を許し、面倒な事になっているけどね」

 

「じゃあ俺の質問に答える理由もないんだ?

 人間を苦しませるのは女神の望みで、あんたには関係ない。

 だって言うなら、さっさと俺たちを倒せばいいだけなのに」

 

 エルキドゥの腕、その服の裾からじゃらりと鎖が垂れた。

 変身されれば頑丈だが、そうでないなら一息に殺せる。

 速力を優先し、体を造り替える。

 

「――――今すぐそうされたい、という話かな?」

 

「そうしない理由がないのに、何でそうしないのかな? って話だけど。

 やっぱりあんた、自分が兵器っていう割にやりたい事がはっきりしてないんじゃない?

 やるべき事がないんじゃなくて、やりたい事が分からないみたいに。

 イシュタルの事をおかしいっていう割に、イシュタルよりずっと―――人間みたい」

 

「―――――!!」

 

 エルキドゥの貌が変わる。彼の激情に従い、鎖が跳ねる。

 それを向けられたソウゴがライドウォッチをドライバーに―――セットせず。

 腕を下ろしたまま、ただ相手を見据えた。

 

「フ、フハハ! ハハハハハハハハ――――ッ!!」

 

「――――!?」

 

 横合いから、堪え切れないとばかりに笑い声が上がる。

 エルキドゥという名の機体が反応する。

 耳に残ったその声が、ほとんど強制的にエルキドゥの視線を吸い寄せた。

 

 半壊した水質観測所。

 その崩れた壁に寄り掛かった一人の男が、彼の事を眺めていた。

 機動がぶれる。人格と肉体の同調が乱れる。

 見当違いの方向に逸れた鎖が、ソウゴではなく地面を叩く。

 

「ギル……ガメッシュ……!?」

 

 意図せずに、思わずその名前が口を衝いた。

 

「なんだ、見ていれば随分と面白おかしい事をしているな、お前は。

 戦闘に遊びを挟むわ、途中で相手との問答を挟むわ、図星を衝かれて怒るわ。

 エルキドゥという兵器であれば、そんな雑種気にもかけずに殺して終わりだろうに。

 ―――いや中々、珍しいものを見せてもらった」

 

 おかしそうに笑うギルガメッシュを前にして、エルキドゥが一歩後退る。

 機体の裡から湧き上がる、未知の感覚。

 否。この肉体にとっては既知だが、この人格にとっては知り得ないだけ。

 未知なる既知の情動に襲われて、エルキドゥが両手で頭を押さえた。

 

「馬鹿、な……! ボクの感知には、お前の反応なんて……!?」

 

「ああ、そういえば。もうよいか」

 

 そう言って王が、ぱたぱたと手を振る。

 その動作が切っ掛けで感知できるようになったのか、エルキドゥが顔を酷く歪めた。

 

「マーリンの奴の幻術だ。

 いや、身隠しの布を使うという案もあったのだが。あれはちと使い勝手が悪くてな。

 ……ああ。言っておくが貴様ではなく、シドゥリの目を盗むための小細工だぞ?」

 

 そう言って、ギルガメッシュが愉しげにエルキドゥを無遠慮に見つめる。

 

「さて、この依頼をカルデア大使館に持ち込んだのは(オレ)

 流石に見捨てて逃げる、などという事をするわけにもいくまいよ。

 山の方の女神どもが助けにくる様子もなし、これは死んだか?」

 

 微笑みさえ浮かべながら、ギルガメッシュはそこに立つ。

 エルキドゥとの敵対を明確にし、その上で敗北は確定していると笑い。

 その姿と対面したエルキドゥの方こそ。

 歯を食い縛り、焦燥を露わにするかのように、小刻みに体を震わせる。

 

「王様も勝てないの?」

 

「致し方あるまい。

 完全稼働の天の鎖を止められるのは、天の楔たる(オレ)くらいなものよ。

 だが生憎、今回の(オレ)は乖離剣を手放していてな。まあ勝てん」

 

 変身せずに佇んだまま、ソウゴがギルガメッシュに問いかける。

 もちろん結果は明白だ、と。

 さほど口惜しむ様子さえもなく、王は敗北を断定してみせた。

 

「意外と役に立たないね、王様」

 

 溜め息混じりのソウゴの言葉。

 それに軽く肩を竦めつつ、ギルガメッシュは呆れ顔を浮かべてみせた。

 彼はその顔のままに、ソウゴを方へと視線を送る。

 

「たわけ。(オレ)が現時点までに片付けた仕事の量は、貴様ら含め他の者どもがこなした仕事を全てひっくるめても、ゆうに三倍を超える激務だ。

 その上で(オレ)が戦場でまで活躍してみよ、まるで(オレ)一人で全てを解決したようになるではないか。その辺りを弁え、配下の者どもに仕事を与えるのも王の差配という奴だ」

 

 そう言ってから不遜な表情を浮かべ。

 改めて、彼はエルキドゥに向き直った。

 

「聞いての通り、貴様に有利な舞台が整ったぞ?

 ここでカルデアを半壊させ、(オレ)を討ち取れば大金星だろうさ。

 さて。どうする、エルキドゥよ」

 

「―――違う……!」

 

 ギルガメッシュからその名を呼ばれ、エルキドゥが吼える。

 

「僕は……ボクの名は、エルキドゥじゃない……!」

 

「ほう? そう名乗っている、と聞いていたがな。

 では問おう、我がウルクを脅かす女神の手の者よ。

 名乗るがいい、この(オレ)に」

 

「―――ボクは……!

 旧人類を滅ぼし、新たなる世界を統べるヒト、そのプロトタイプ……!

 原初の女神、母なるティアマト神に創造されし、新人類!」

 

 大地が粟立つ。

 砕けて砂になってなお、その大地から力が湧き出す。

 無数の鎖、そこに形成される神域の武具。

 周囲に圧倒的な力を展開しながら、彼は己の名を叫んだ。

 

「キングゥ! それこそがボクの真名……! エルキドゥじゃない!!」

 

「そうか。では改めて問おう、キングゥ。

 ―――貴様はここからどうするつもりだ?」

 

「は、どうする!? どうだって出来るさ! 自分で認めただろう!

 キミたちが何をしたところで、ボクには勝てない! ボクは止められない!

 お前たちに何が出来る! ボクに対して、一体何が出来るというんだ!」

 

「……勝てぬ、とは言った。死ぬだろう、とも言ったな。

 だが何も出来ぬ、などと言った覚えはないが」

 

 片目を瞑り、ゆるりと手を持ち上げるギルガメッシュ。

 その動作に僅かに怯み。

 しかしすぐさま気を取り直して、キングゥが叫ぶ。

 

「だったら! お前如きに何が出来ると――――!」

 

 凶器が舞う。

 神器と呼べるだけの性能を持った武具が、彼の意志に呼応して動き出した。

 その全てがたった一人の人間、ギルガメッシュへと差し向けられる。

 

「女神の使い走りが随分と思い上がったものだな、キングゥ。

 ならば―――(オレ)の手で、()()()()()()()()()()()

 

「―――――っ!?」

 

 意識が凍る。

 機体に張り巡らされた神経が、怖気に震える。

 

 目の前で佇む男は何もしていない。

 ただ手を前に突き出し、キングゥの前に立っているだけだ。

 宝剣宝槍の雨を降らせるわけでもなく。

 原初の地獄の中で理を語るわけでもなく。

 ただ、そこに、あるだけだ。

 

 そうして、そうしているだけの男の瞳が。

 兵器(エルキドゥ)の記録を揺さぶって仕方ない――――!

 

「ッ、ぐ、あぁ、あああああああ―――――ッ!!!」

 

 凶刃が降り注ぐ。

 数え切れない無数の刃が、一人の人間を目掛けて振り下ろされる。

 天から降り下る武具が、その刃にかけたものを微塵に砕く。

 例外なく、全ての刃が大地を粉砕する。

 

 ―――ギルガメッシュに、傷一つつけぬまま。

 ただの一振りも、キングゥの刃はギルガメッシュに中らない。

 

 身動ぎ一つすることなく。

 死地にいるまま生還した王が、表情一つ変えずにただキングゥを見つめる。

 砂塵越しにその瞳に視られた彼が、息を呑んで後退った。

 

「う、ぐ……! お前は、僕の――――ボクの、敵だ……ッ!!

 なの、に……ッ! なのにッ!!!」

 

「…………」

 

 キングゥが目を逸らす。

 そのまま彼は大きく大地を踏み切り、飛翔を開始した。

 一切迷いのない撤退。

 雲を引き裂き、杉の森に向けて緑の人が去っていく。

 

 それを眺めていたギルガメッシュ。

 彼が振り返りながら、小さく鼻を鳴らした。

 軽く首を回しつつ、溜息交じりに吐く言葉。

 

「やれやれ、何故だか知らぬが助かったな。

 ここでアレとの決戦などという事になれば、全滅していたわ。

 さて、いつ戻ってくるとも分からん。さっさと帰るとするか。

 今の戦闘の余波で馬どももどこかへ逃げおった。

 そこらに転がっている犬で犬ぞりするしかないな、これは」

 

 相応の傷を負いながらも帰還したクー・フーリンを見ながらの一言。

 彼はそれに盛大な舌打ちで返し、朱槍を一振りして消し去った。

 

「……あれでいいの? あいつは……」

 

 声をかけてきたソウゴに、ギルガメッシュが視線を向ける。

 一瞬だけ止まった王は、すぐに再び歩き出した。

 

「貴様がいいと思うかどうかなど、(オレ)が知るものか。

 貴様が見て、勝手に決めよ」

 

「…………」

 

 そのまま歩き出すギルガメッシュ。

 ずんずんと突き進んでいく彼。

 そんな彼の背中を見つめながら、ソウゴは懐からウォッチを取り出した。

 起動するのは、変身するためのもの。

 

〈ジオウ!〉〈ウィザード!〉

 

「俺たち転移して帰るけど、王様は歩いて帰るの?」

 

 二世が重力を軽減して、ネロとドレイクが引きずってきた水瓶を積んだ馬車。

 そっちを見ながら、ギルガメッシュに問いかける。

 言われた彼はぴたりと動きを止め、振り返って怒鳴り声を上げた。

 

「それならそうと早く言えたわけ!」

 

 怒鳴りながら戻ってくるギルガメッシュ。

 

 そんな光景を眺めながら。

 結局最後まで出る必要のなかった女神―――

 ジャガーマンが、着ぐるみの上から被っていた身隠しの布を取り払う。

 

 これが魔術的に隠匿してくれれば、キングゥから隠れるには十分。

 彼の感知は大地との同調故に、自然に潜む異物はほぼ完全に察知する。

 が、ジャガーとて狩人。身を隠して獲物を狙うハンターだ。

 

 つまり魔術がどうこうを考えなければ、後は野性力の差が勝敗を分かつ。

 相手が見敵必殺(サーチアンドデストロイ)な兵器ならばともかく。

 あんな純情ボーイを相手にして、負けるようなやわな野性はしてないぜ、という話だ。

 

「うんうん、友情って感じ。むしろ痴情のもつれ? こういう指示が下せるなんて、ギルガメッシュ王もあの子の事大体分かってるって事でしょーけど。

 うーん……でもそうよね。神様より人間が上等なのは、結局そういうところなんでしょう」

 

 訳知り顔でそんな風にうんうんと頷き、腕を組む。

 そのまま小さく笑い、彼女は最後に一つ呟いた。

 

「英雄や王様ならアリかもしれないけれど。

 ―――これから続いていく人を導く教師(もの)に、慢心はちょっとナシだものね」

 

 

 




 
ランサー×子ギルいいゾ~これ
 


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サボる夢魔2016

 

 

 

「はぁ? 冥界行きの道案内?

 なんで私がそんな事しなきゃいけないのよ。断固拒否に決まってるでしょ。

 っていうかアイツ、いたの? 私にくっついてきたわけ?

 本当に面倒くさいわね、あの根暗」

 

 ぐるぐる巻きにされた、ちょっと焦げた女神。

 イシュタルは不機嫌そうにそう言って、そっぽを向いた。

 流石にケツァル・コアトルからの攻撃は堪えたらしい。

 微妙に気の抜けた、元気のない拒否だった。

 

 彼女を縛る紐はマーリンが用意したもの。

 全力を出したとて、引き千切るには数秒を要するだろう。

 前回の拘束とは格段にレベルが違う。

 それだけの時間がかかる以上、彼女はこの場で死んだも同然だ。

 

「無償で協力してくれ、とは言いません。

 ちゃんと代価は準備してきました」

 

 ぴくり、と。

 ぐるぐる巻きの女神が芋虫のように揺れる。

 

「代価ねえ? 言っとくけど、私ほど高い女神なんてそうは―――」

 

「ウルクの防衛のための必要経費、ということで。

 ギルガメッシュ王の蔵に貯蔵された宝石類、3割を支払って貰える事になっているんですが……足らないんですか?」

 

「――――はえ?」

 

 イシュタルが硬直した。

 ツクヨミが不思議そうに、そんな彼女を見つめる。

 石になったかのように動かない女神。

 そんな両者を見つつ、オルガマリーが溜め息をひとつ。

 

「……交渉するならもう少し、話を小出しにするべきだったんじゃないの?」

 

「あっ、そうですね。

 ガウェイン、積んできた前金を降ろしてもらっていい?」

 

「……この流れで出すのですか? いえ、言われた以上やりますが」

 

 そう言ってガウェインが着陸しているマジーンへと向かう。

 荷車を降ろし、そこに大量の何かが詰まった袋を降ろし。

 袋が取り払われれば、出てくるのは大量の宝石類。

 太陽の光を浴びて燦然と輝く、虹色の山。

 

「はわ、はわわわわ……!? え、うそ、なに? 夢?

 ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って夢じゃないわよね?

 もし夢ならこのタイミングで醒めて欲しいんだけど。

 これ以上進んだら精神的に取り返しつかないから。

 二度と治らないくらい綺麗に心が折れちゃうから。

 大丈夫? 夢じゃない? 現実?」

 

 あ、やっぱ姉妹なんだ。

 そう思わせるだけのテンパり具合で、イシュタルが震える。

 抜群のどもり具合を見せた彼女が、全力で目を回す。

 

 彼女の傍に控えたケツァル・コアトル。

 そんな女神が、なんだかナー、と。微妙な感じで苦笑した。

 

「はい。これを支払うので、協力して下さい」

 

 ガウェインが荷車を牽いてくる。

 手を伸ばせば届きそうな、宝石の山。

 それを目の前にしたイシュタルが、がくがくと振動を加速させた。

 

「こちらとしては、この代価をもって冥界下り―――

 というより、この一件におけるウルクの防衛への協力をお願いしたいと思っています」

 

「――――――」

 

 そう言われ、ハッとして。

 顔色を目の前の宝石のように、虹色に七変化させる女神。

 

「しょ、正気を保ちなさい女神イシュタル……!

 冥界よ? 埃とカビと蛆のための楽園みたいな場所なのよ?

 しかも出迎えるのは、あのエレシュキガル……! 私から美しさと麗しさと明朗さを引き算して、代わりに根暗さと辛気臭さと湿気を掛け算した女なのよ……!?

 私は美しいからあらゆる者からギリギリ許されてる女神……! その私から美しさを差し引いたらただの災害だって、身をもって証明してるのがあの女……!

 ええ、絶対に嫌……! やってられるかっての……!」

 

「冥府の女主人殿が災害と呼べるほど活動してらっしゃったかどうか……」

 

 困惑するようなハサンの呟きを無視。

 

 耐える。女神とあらば、精神的防御力だって女神級。

 財布の防御力は紙切れだが。

 しかし女神は精神力全開で歯を食い縛り、人間たちの要求を跳ねのける。

 

「そう……! 例え。ほう、宝石を山のように積まれても―――!

 ちょっとだけ考えてあげる事くらいしかしてあげないわ……!

 ちょっとだけ考えてあげるから、もうちょっとその宝石をこっちに持ってきてください!」

 

 困ったのは、ツクヨミだ。

 さっさと折れるだろうと思って、素直に出せる条件は提示してしまった。

 だがびっくりするほど薄弱な精神防御が、それを耐え切ったのだ。

 流石は女神イシュタル、と言ったところだろう。

 

 彼女は顎に手を当てて、困った風に首を傾げた。

 

「えっと……すみません、所長さん」

 

「このまま見せびらかしてればすぐに折れそうだし、別にいいんじゃない?」

 

 嫌な汗をかきながら、必死に自分を律する女神。

 だがその視線は常に荷車の宝石に引き寄せられている。

 

「まあ持久戦……と呼べるほどの戦いにはならないだろう。

 こういうのは先に自然体を崩した方が負けるものだ。

 瓦解するのは一瞬だよ。生前の私のようにね」

 

「笑えばいいのか、それは」

 

「誰であれ、私の過去を笑ってもいいし、私の過去に学んでもいい。

 そういうものだろう?」

 

 そう言って何故か胸を張るフィン。

 呆れた風に肩を竦め、アタランテは適当に宝石を一つ摘まみ上げた。

 

「あっ、ちょ! それ私への前金――――!?

 ……っ、いえ違う。今の無し! そんなの、受け取る予定ないから!」

 

「…………」

 

 荒ぶる女神。

 恋愛主義と拝金主義。果たしてどちらの女神がマシなのだろう。

 そんな事を考えながら、彼女は荷台に宝石を戻して―――

 

 それを見ていたツクヨミがふと呟く。

 名案を思いついた、と言わんばかりに。

 

「そうよね。まだ受け取ってもらってないわけだし……

 今から減らしてもいいわよね?」

 

「は?」

 

「ねえガウェイン、イシュタルの目の前で適当に何個か宝石を握り潰したりできる?」

 

「え、ちょ、え? え!? え!?!? え!?!?!?!」

 

 思いついた事を問いかけるツクヨミ。

 マスターからの質問に、微妙な顔をしながらガウェインは答えを返した。

 当然、彼がたかが宝石を砕けないはずもない。

 

「それは、まあ。宝石を砕くくらい、何という事もありませんが」

 

 それならば、と。

 明るい顔でひとつ頷いてみせるツクヨミ。

 

「これなら、『あなたが今すぐ協力するって言ってくれないと、取り分が減るわよ』って交渉になるんじゃないかしら。どう思います、所長さん?」

 

「どう思うか、って訊かれたら、どうかと思う、としか言えないけど……

 まあでも効きそうだし、やってみてもいいんじゃないかしら?」

 

 とんだ力技だ、と呆れを隠さないオルガマリー。

 だが愕然としているイシュタルを見れば、尋常ではないほど効きそうなのは見て取れる。

 

「はあ!? あんたそれでも魔術師!? 正気じゃない、正気じゃないわ! 一発宝石を使った大魔術使う度に『ああ、これでウン万トンだな……でもいいの、それくらい会心の一発だった。だから意味はあった、それだけの価値がここにあったのよ』―――そうやって自分を納得させながら消費するだけで死ぬほど心苦しいのに!! あんたたちは! いま! 何の意味もなく宝石を砕こうとしてるのよ!? 何の意味があるの!? そこに一体何の価値があるというの!? 分からない、私には分からないわ!」

 

「ガウェイン、とりあえず一個握り潰してみてくれる?」

 

「了解しました、マスター」

 

 全力で動こうとするイシュタル。

 それを力で押さえつけるケツァル・コアトル。

 始まる公開処刑。

 大粒のラピスラズリをひとつ、ガウェインの手が取り上げた。

 

「やめて!? やめてお願い! その子はまだ輝ける! もっと輝ける子なの!

 わかった! 協力する! 協力します! だからこれからその子はうちの子なの!

 アンタ、その子にそれ以上手を出したらぶっ飛ばすわよ!」

 

 がなり立てる女神イシュタル。

 その声を聞いて、ガウェインがマスターの様子を確認。

 頷いて返されて、彼はそのまま宝石を荷台に返した。

 

 力を抜いたケツァル・コアトル。

 その拘束を抜けて。力を込めて縄を破り。

 よろめきながら、女神は荷台に縋りつく。

 

「なんて……狡猾……! この私を相手に、あんな理不尽な脅迫……!

 正気の沙汰じゃないわ……!」

 

「何の屈託もなくあの方針をやってみせようとするツクヨミ殿は末恐ろしい気もしますな」

 

 前金の宝石の確認に入った女神。

 その背中を見つめながら、呆れか感心かイマイチ微妙な声を漏らすハサン。

 対し、フィンはおかしげに笑って見せる。

 

「ははは、乙女とはそのくらいで丁度いいものさ。

 それをエスコートするのは、男の甲斐性というものだろう?」

 

「そうですかなぁ……」

 

「……しかしまあ。何と言うか、姉妹なのね」

 

 そんなサーヴァントたちの事を横目にしつつ。

 宝石の山に屈した女神を前に、オルガマリーが息を吐く。

 彼女の前で、ツクヨミが任務達成の事実に小さく笑った。

 

「良かった、オッケー貰えたって報告しなきゃいけないですね」

 

 

 

 

 全力で嫌そうに。

 しかし受けた以上は、やらなきゃ女神が廃ると。

 イシュタルが目の前に揃った人間を一通り見回した。

 

「……冥界に行くなら、サーヴァントは私だけよ。

 それ以外の連中は―――ああ、マシュは大丈夫よ。その子だけね。

 他の連中はどうしようもない。

 冥界にある死人をどうこうするのは、アイツの権能の範囲内。

 本来冥界に存在し得ない生者だけが、アイツの支配の外にいられる。

 私も案内についていくけど、戦力としては一切期待しないで」

 

 心底から嫌そうに、イシュタルはそう語る。

 タイムマジーンを着陸させた場所。

 その目の前に広がるのは、クタ市。

 女神エレシュキガルを都市神とする、彼女の領域の()()

 

「つまり、戦力はマシュと常磐だけ、ということね」

 

 ぼやくようなイシュタルの言葉。

 それを聞いたオルガマリーが、ちらりとマシュの方を見た。

 小さく頷く彼女。

 そこでしかし、微妙に眉を上げたイシュタルは、溜め息を落とす。

 

「って、言っても。結局冥界でアイツが無敵な事には変わりない。

 戦えるかどうかと勝てるかどうかは、まったくの別問題なんだから。

 正面からぶつかったらどう足掻こうと勝ち目ゼロ。

 どう交渉するつもりなのか知らないけど、その辺りは把握しておきなさい」

 

 あぁやだやだ、と。そう言って空を仰ぐ女神。

 そんな彼女の横で、タイムマジーンが変形する。

 エアバイク形態から、人型へと。

 その流れで宙へと舞い上がり、頭部へと合体する巨大なウォッチ。

 

〈バース!〉

 

 マジーンの腕に、ドリルアームが装備された。

 着地した人型がぐりんと頭部を回し、イシュタルへと視線を向ける。

 

『ここ掘ればいいの?』

 

「ええ、まあこの辺りの下までは来てるでしょ。

 近くまで浮上してるみたいだし、ちょっと掘ればすぐに冥界よ、きっと」

 

『へえ。わかった、やってみる』

 

 タイムマジーンが掘削を開始する。

 ドリルによって掘り抜かれていく地面。

 着々と近づいてくる冥界下りの時に、酷く表情を渋くするイシュタル。

 

 そうしている女神に対し、問いかける声。

 

「それで。私をこちらに連れてきたのは?」

 

「うん? ああ……なんかアンタ、悪霊払いの専門家か何かなんでしょう?

 私たちが戻ってくるまでガルラ霊が溢れないように、門番してなさい」

 

「専門家というならば、私より―――いえ、まあ構いませんが」

 

 一度別の誰かの名前を出そうとして。

 しかし、その名を口にすることはせずに。

 仕方なさそうに、溜息をひとつ。

 天草四郎もまた、マジーンによる掘削作業に視線を向けた。

 

 冥界下りはウルクを守るのに必要な業務、として発令されている。

 ならばウルクにある全てを運用して然るべき。

 そういう事でギルガメッシュから借りてきたのだ。

 

 代わりにカルデアのサーヴァントの半数がバビロニアの壁に初出勤している。

 それも一つの進歩、と言えるかもしれない。

 

 そうして向こうの戦場を思い浮かべた立香が、ふと。

 

「……そういえば、天草と弁慶は同時には向こうを離れないようにしてるんだっけ?

 弁慶にはまだ会えてないけど」

 

「ええ、マーリンが動けるなら話は別ですが?」

 

 天草はそう言って、ちらりと。

 同じくこちらに同行してきたマーリンに視線を向ける。

 しかし彼は当たり前のように、微笑んでそれを受け流した。

 

「私はほら、王から与えられた大切な仕事があったりなかったりするからね」

 

『適当すぎる……』

 

「との事です」

 

 管制室でそれを聞いていたロマニが、小さく反応した。

 さほど気にもせず、肩を竦める天草。

 そんな彼に、少しだけ不思議そうにしながらツクヨミが問う。

 

「牛若丸と巴御前を会わせないように、ってことだけど。

 そんなに気を付けなきゃいけないことなの?

 どっちにも会ったけど、そんな問題を起こすようには見えなかったけど」

 

「さて、どうでしょうね。

 問題が起きるか起きないか、実際のところは分かりません。

 二人には因縁があるのは事実。巴御前は源義経に恨みがあり、しかし牛若丸は巴御前に他意はない。そして弁慶殿が言うには、『無自覚に放火する事にかけて、牛若丸様の右に出る者はいないでしょう。天狗の団扇にかかれば、小火がたちまち山火事です』との事です」

 

 オルガマリーが首を回し、土木工事中のマジーンを見上げた。

 言いたいことを大体察して、マシュが何とも言えない表情を浮かべる。

 

「あの両名の宿業が善い方に転ぶ、とは流石に思えません。

 では素直にこの度は無かった事に、で済ませてしまうのが吉でしょう。

 通常の聖杯戦争であれば、存分に死合って頂ければいいのですが」

 

「巴御前が、恨みを晴らすために牛若丸を襲う?

 そんな人には……」

 

 ツクヨミがあの麗らかな女武者を思い浮かべる。

 正気を失って暴れる、というような手合いには見えなかったと。

 思うところがあったのか、マシュが微かに目を伏せた。

 

「……まあ、憎悪や何やらは目に見えないものですから。

 表には出さずとも、心の中に溜め込まれるものを誰も否定はできない。何もなければ耐えられても、牛若丸殿から無自覚に煽られた結果、噴出しないとも限らないですし」

 

「なら牛若丸の方だけには話してみたりしないの?」

 

「そちらはそちらで興味がないのでは?

 良くも悪くも、彼女の方は気にも留めていない。

 巴御前との共闘に何の異議もないでしょう。

 その上で、相手が暴走したなら仕留めるだけ、といったところかと」

 

 今のままが一番いいだろうと彼は語る。

 巴御前とて世界と天秤にかけ、復讐をしたいと思っているわけではないはずだ。

 だが、知ってしまえば止まれなくなるかもしれない。

 だからこそ、知らせないのが一番彼女のためになる、と。

 

「あるいは、茨木童子にどうすればいいか訊いてみる、という手もありますか。

 巴御前は鬼種の混血であるが故に、情動の暴走が在り得る。

 そういう判断でもありますので、鬼の事は鬼に、という事ですね。

 まあ茨木童子が答えてくれるとも思いませんし、そもそも巴御前の心情について茨木童子が理解できるかどうかの問題もありますが」

 

 天草の言葉を聞いていた立香が、ふと話に上がったサーヴァントの事を考える。

 ―――茨木童子。

 ウルクに滞在し、人の営みを見つめて日々を過ごす鬼。

 

「……そういうのも分かるから、いま茨木童子はああしてるんじゃないかな?」

 

「―――さて、私は彼女ほど野性の感が働かないもので。

 彼女が何に怯えているのかも、よく分かっていないのです」

 

「それは私たちもだけど……」

 

 茨木童子は魔獣を嫌う。魔獣の性質を嫌う。

 自身の生死を顧みず、ただ殺戮兵器として動き続ける獣たちを。

 それらと争う事を厭わない、人間の精神もまた。

 

「……あのレオニダス王も魔獣たちに何か思うところがあった、と言います。

 やはり何か、あるのだと思いますが……」

 

「エルキドゥ……キングゥの言った事が重要なのかな?」

 

 ぽつりと、立香が先日そう名乗った緑の人を思い出す。

 原初の女神ティアマトに創造された、新人類のプロトタイプ。

 彼はそう自称して、立ち去って行った。

 

『キングゥ……創世神話において、ティアマトの子供たちを率いた神の名だね』

 

「……皆さんがこの時代に来たばかりの頃戦ったバシュム。

 その前にバビロニアの壁で暴れていたギルタブリル。

 魔獣の女神の正体は、女神ティアマト。そう言わんばかりですね」

 

 そう言って微笑んだ天草を見つつ、オルガマリーがマーリンの事も窺った。

 彼は何を言うでもなく、ただ微笑むばかり。

 

 既にカルデアでは。

 魔獣の女神の霊基がどんなサーヴァントか、あたりがついている。

 クー・フーリンたちからの情報提供によって。

 

 だがティアマト。創世の女神。

 いや、その情報自体はバシュムと出会った時点であったも同然。

 ではこれはどういうことか。

 

 創世神話の女神は大規模すぎて、別の女神を核として疑似サーヴァントのように降臨した。

 そんなところだろうか。

 ベースにされた女神も、恐らくは魔獣を生産する能力を持っているとのこと。

 だとするならば―――

 

「……ティアマト神、ねえ」

 

 そこでイシュタルがぽつりとつぶやいた声が、耳に届く。

 彼女は地面の掘削を監督しながら、小さく目を細めていた。

 

「何か知っているのですか、女神イシュタル」

 

「…………知っているかどうか訊かれたら、知らないわけないでしょ?

 私たちにとっての母だもの。まあ、見たことはないのだけど」

 

 天舟に腰かけながら。

 彼女はどこか遠い目で、しかしすぐそばの大地を見やった。

 

「……あー、どう口にすればいいのか、よくわかんないわ。

 ケツァル・コアトルも口にしなかったんでしょう? じゃあ私も止めとくわ。

 これからエレシュキガルのとこに行くんだし、そっちに訊きなさい。

 答えるかどうか、私の知った事じゃないけど」

 

「女神同盟を結んでいるわけではない女神イシュタルも、ですか?」

 

「そんなの関係ないわよ。ただ……」

 

 ツクヨミに首を傾げられ、イシュタルが僅かに唇を尖らせた。

 そのまま数秒、女神は動きを止めてただ眉間に皺を寄せていく。

 やがて口を開いた彼女は、先程の言葉を撤回した。

 

「いえ、やっぱり少しだけ教えてあげる。

 魔獣はただ必要だから人間を殺戮する。同時に、魔獣の女神は必要以上に人間を苦しめる。

 それは、目的が違うからよ。

 魔獣の女神の目的と、産み出された魔獣の目的は、けして同じじゃない。

 ……魔獣の行動を見て、魔獣の女神の目的を計るのはやめておきなさい」

 

「おや、それは女神としての言葉かい? 女神イシュタル」

 

 軽薄な声で問いかけてくるマーリンを一睨み。

 彼女は面倒そうに、肩を竦めて溜め息をひとつ。

 

「お生憎様、ただの気の迷い。私の方こそ何でか不思議、ってなもんよ。

 ただ今から昏い穴倉に閉じ込められた姉妹に会いに行くんだなーって考えてたら……あの魔獣の女神にも、ちょっとくらい肩入れしてあげないとね、なんて思っちゃったんだから」

 

 ぶすりと表情を尖らせた彼女が、自分でも不思議そうに口にする。

 

「どっかで恩でも受けてたのか。あるいはほんとにただの気の迷いか。

 ま、どっちでもいいわ。私が教えるのはここまでよ」

 

「その口振りですと、魔獣の女神は嗜虐を趣味としている。

 あるいは……人間への報復を目的としている、というように聞こえますね」

 

「どうだかね」

 

 問いかけてくる天草に肩を竦めて返し、彼女は穴掘りの監督に意識を向ける。

 これ以上は語らない、という明確な意思表示だろう。

 

「……憎悪による報復。先程までの巴御前殿の話と通じるところもありますね。

 もしそうであったとするならば、会話で解決するような話でもない。

 ケツァル・コアトルや、エレシュキガルとは根本が違う神性と言えます。

 そもそも三女神同盟としての行動からして、それは明白だったと言えますが」

 

 ケツァル・コアトル。エレシュキガル。

 そして、暫定ティアマト。

 積極的に人間を殺戮するのは、ティアマトだけだ。

 聖杯を齎されたのも、ティアマトの子と名乗ったキングゥ。

 

 そう考えれば、あの勢力こそが魔術王の本命。

 後の女神たちは、あくまでおまけのようなものなのだろうか。

 ―――どうあれ。

 この作戦さえ終えれば、魔獣の女神だけに注力できる。

 そうなればもう少し、状況もはっきりとしてくるだろう。

 

 そうして思考をひと段落させて。

 ふと立香は天草の方を見つめた。

 

「復讐は止められない、って。天草はそう言うけど。

 でも……それを否定したから、あなたは自分を誰より強欲だと思ってるんだよね?」

 

「おや? ああ、そういえばあなたは私の事を何か知っているようでしたね。

 それはまあ、そうでしょう。

 例えば今、ではあの二人を仲直りさせよう、と口にするのは傲慢でしょう?

 まあそんなこと言うつもりは一切ありませんが」

 

 問われたことに苦笑して、天草は小さく首を振る。

 

「そう思ってしまう人類を、そんな事を思ったりしない人類に変える。

 それがあなたのやり方だから?」

 

「―――ええ、そうですね。

 私は、そんな悲劇がここにあるという事を悲しみましょう。

 それは人が人であるが故に、既に通り過ぎた地獄の道のり。

 双方共に思う事はあるでしょう。憎しみが湧かないはずがない。

 それを否定することは、誰にもできない」

 

 悲劇に出会い、憎悪を抱く事は否定できない。

 誰が否定していい事でもない。

 だから、自分はやめた。

 憎悪を抱く人間をやめ、ただ悲しむだけのものになった。

 それでやっと、スタートラインだ。

 

「―――だからこそ私は否定したのです。

 他の誰にも否定できない、俺自身の裡にあった憎悪を。

 でなければ、人類の救済など謳えない。

 我欲を以て自然の感情を捻じ曲げ、世界の法則を歪めるために邁進する。

 これを強欲と言わず何という、という事ですね」

 

 初めに、自分を曲げた。

 人を救わない、牙を剥く嚇怒と憎悪を果てに捨てて。

 人を掬うために差し出す感情、悲哀だけで心を満たした。

 

 ――――出来る。

 人間は変えられる。()()()()()()()と証明した。

 あとは、道のりを縮めるだけだ。

 彼は知っている。

 億年かかる星に至る道のりを、手の届く距離に縮めるための手段を。

 

「ですが……憎悪も、きっと。捨ててはいけない、人の心です」

 

 そうして微かに気を荒げた青年に、少女の言葉が向けられる。

 純真無垢な心で、今まで多くの感情を目の当たりにしてきて。

 それでも、彼女は否定はしない。

 きっとそれが正しい。

 人が人でなくなる手段だ、というのは理解した上で彼は選んでいる。

 

「そうでしょうね。

 だから、俺が救うのは人ではなく、人類という種でしかないという事だ」

 

 天草の瞳が燃える。

 心身を灼く地獄は、この道を選ぶ時に既に捨ててきた。

 もう捨てるものは残っていない。もう変える道筋は残っていない。

 

 マシュと視線を交えて、彼に一切の譲歩はない。

 彼は絶対に退かない。

 これは彼が彼たる所以、天草四郎時貞という英霊の結論だ。

 

「―――うん、だから私たちが。

 人類という種、そこにいる全ての人を救ってくるから」

 

「……そうですか。

 では、今回ばかりは私も黙って人理焼却を防ぐだけです。

 そうしなければ、次の機会も回ってきませんから」

 

 立香が割り込む。

 その言葉を聞いて、天草もまたマシュから視線を外した。

 

「それはそれとして、あの二人ですが」

 

『え、それはそれで済む話だったのかな!?』

 

 ロマニが仰天して声を張り上げる。

 彼の珍妙な声に対し肩を竦め、天草は少し呆れて言葉を返す。

 

「済ませた方がお互いのためでしょう?

 改めて。それはそれとして、あの二人の話ですが。

 そもそも、相性がとても悪いんですよ。

 愛する者の力になるために化け物である自分を肯定する牛若丸。

 愛する者の力になるために化け物である自分を否定する巴御前。

 いや、否定、とは少し違うかもしれませんね」

 

 顎に手を当てて、彼は少しだけ難しそうな表情を浮かべてみせる。

 あるいは空気を和らげるためのポーズのように。

 

「人のために、人のままで在ろうとする巴御前。

 人のために、人のままで在る必要性を見出さなかった牛若丸。

 牛若丸は一切の遠慮なく、天狗に授かった力を奮う。

 巴御前は鬼種として生まれ持った力を、自分の中に抑え込める範囲で奮う。

 似通ってはいる、ですが正反対。

 正直、会わせないのが最適解だと私は思っていますよ。

 彼女の憎悪も否定したくない、というのであればなおさらに」

 

 そう言って彼はマシュの方を見る。

 巴御前の憎悪を否定しないのであれば、会わせないのが最善。

 そう断言してみせる。

 

 事実そうなのかもしれない。

 これは願いを叶える聖杯戦争ではなく、人理を守るための大戦なのだから。

 だったら、必要のない情報など渡さなければいい。

 サーヴァントという人間だったものの影法師に、余計な思考などさせなければいい。

 

 恐らく、当人だってそう思うだろう。

 この状況で愛する者の敵と肩を並べていると暴露して欲しいか?

 そう尋ねたら、首を横に振るはずだ。

 

 巴御前だって彼らが何かを自分に隠している、という事は分かっているだろう。

 その上で、隠されるなら知るべきではないと納得している。

 個人の事情より、この戦いの趨勢に心を砕いている。

 だからきっと、それはそういうことなのだ。

 

「……それは、はい……」

 

「―――まあ結局、その辺りの仕事は天草君と弁慶君のものだしね。

 任せといていいんじゃないかい?」

 

「そうですね、別に任せて頂いても結構ではありますが……」

 

 マーリンが天草に業務を押し付けて。

 それに対して、彼は苦笑交じりに肩を竦めた。

 そんな態度に通信先でロマニが目を細める。

 

『……それにしたってマーリン。

 キミが何をやっているのか、その仕事っぷりが一切伝わってこないけれどね。

 結構な間ウルクに滞在したことになるけれど、さっぱりってほどに』

 

 呆れるようにぼやくロマニ。

 その声を聞いて、マーリンは心外だとでも言いたげな表情を浮かべた。

 

「おや、ロマニ・アーキマン。キミは私を疑うというのかい?

 私は私で結構身を粉にして働いているんだけれどねぇ。

 まあ具体的に何をしているか、と問われるとあれだけれど。

 夢魔として、安らかな眠りを約束している、みたいな?」

 

『仮にもウルクの宮廷魔術師に就いてる奴のやる事かなぁ!』

 

「はっはっは、眠ることは大事だぞぅ。私には関係ないけれど」

 

 彼が一瞬だけ、今にも掘削が進められている大地に目を向ける。

 マーリンが意識したものを理解して、マシュが僅かに目を伏せた。

 

「……その、大切なものを。ずっと守ってきた方、なのですね。

 エレ、ちゃんさんは」

 

「マシュ?」

 

「そうだね。人にとって、きっと死は大切なものだ。

 不死である僕には訪れない、最後の大きな区切り。

 誰にでもある、人生という長い旅路の終わり。終着駅だ」

 

 微かに、声の調子を落として。

 マーリンが珍しい表情を見せて、そう呟く。

 けれど、マシュはその言葉にすぐに反応していた。

 

「―――終わり、ではないと思います」

 

「うん?」

 

 少女が盾を握り、今までの旅路を追想する。

 今まで見てきた多くのもの。

 ―――彼女たちの“現在”までに、積み上げられた過去。

 それが、終わったものではないのだと。

 

「……きっと、誰に死が訪れても。その旅は終わり、ではないと思うんです。

 だって、死んだ人の足はそこで止まってしまって、足跡はそこまでしか遺っていないけれど。

 その足跡を見た誰かが、その先にまで進んでくれた時。

 誰かが、『あなたが止まってしまった場所の先には、こんな景色があったんだ』と、そう想ってくれた時―――()()()()()()()と、きっと想えるから」

 

 ほんの、小さく、マーリンが目を開いて。

 彼女が持つ盾に、一瞬だけ目をやった。

 

「死は、命が最期に迎える永遠の別離なのかもしれません。

 けれど、きっと……“いつか、また”。そう想い続ける限り、再会できる。

 遺してくれたもの。一緒に積み上げたもの。受け継いだもの。

 それらに心を向ければ、いつだって、また逢える」

 

 命の別離にもう一度、はない。

 けれど。

 心の再会にもう二度と、だってない。

 

 いつだって、望めば、自分の中に遺ったものとまた出逢える。

 ずっとそうやって続いていく。

 誰だってそうやって生きていく。

 少しずつ進んでる。少しずつ広がっている。

 どこがゴールかも分からない世界の中で、みんなで一緒に。

 

 彼女が歩んだ道は、彼女を知る人が見届けてくれる。

 彼女の足が止まった後の光景は、誰かが見届けてくれる。

 誰かがそれでも見られなかった世界を、また他の誰かが見つけてくれる。

 それでいいのだ。だってそれが人の営みだ。

 彼女が美しいと思った世界を造ってくれた、数千年に及ぶ人間の旅路だ。

 

「―――だから。生と、死と。続いていくはずのものを。

 今まで多くの人が、積み上げてきてくれたもののためにも。

 終わらせたくはないんです。

 別離の先に待っているはずの、“いつか”の再会のためにも」

 

 少女に真っすぐに見据えられ、花の魔術師が僅かに視線を逸らした。

 

「…………やれやれ、キャスパリーグが気に入るわけだ。

 いやもちろん、私も君たちのファンではあるわけだけど」

 

 一緒にするなとばかりに、フォウの頭突きがマーリンを襲う。

 その直撃を受けて揺れながら、花の魔術師は小さく微笑む。

 

「ん。まあ、その辺りは冥府の女主人に告げてあげるといい。

 そして―――突き放してあげなさい」

 

 陽気な声で、彼はそう言い放つ。

 

「女神エレシュキガルは、昏い世界の支配者として冥界に閉じ込められた。

 そこには彼女自身、様々な思いを抱いたに違いない。

 なぜ私が? こんな場所に? 片割れのイシュタルはあんなに好き放題なのに? と」

 

 イシュタルに睨まれて、しかし気にもせずに彼は語る。

 エレシュキガルの本音かどうかは分からない。

 だがきっと、そう思ったって仕方ない。

 そう思わせるだけの言葉だった。

 

 オルガマリーが胸の前で組んでいた手に小さく、力が入る。

 

「でもエレちゃんはきっと、仕方なくでやってたわけじゃない」

 

「かもね。……“生”とは何より貴いものだ。

 ならば、その裏側である“死”だってきっと貴いものなんだ。

 死者に安寧を齎す世界である冥界。

 ―――そこは、生きていられないから逃げ込む避難所ではない。

 きっと彼女は、他の誰よりそれを知っているはずだ」

 

 立香の言葉にそう返し、マーリンはそのままマシュへと目を向ける。

 少女は手にした盾を強く握り、彼を強く見返した。

 

「――――はい!」

 

 

 

 

 タイムマジーンによる掘削を終えて、露わになった黄泉路のトンネル。

 真っ先にイシュタルがそこに踏み入って。

 続いて立香、ソウゴ、オルガマリー、ツクヨミ、マシュと。

 そうして辿り着いた、昏き死の世界。

 

「寒いね……」

 

「死の世界、って感じする」

 

 ふわっとした言葉を交わしつつ、マフラーを直し、周囲を見回してみれば。

 

 ―――そこに、扉があった。

 奈落の底に続いていく、切り立った崖のような道。

 それを塞ぐように屹立した、荘厳にして物悲しい大扉。

 

 嫌なものを見た、とイシュタルが顔を顰める。

 

「……七つの門を越えた先に、エレシュキガルの宮殿はあるわ。

 ろくでもない問答を仕掛けられるから注意なさい。まあ、何を答えたって理不尽な試練をふっかけられるから気にしなくてもいい、とも言える―――」

 

「エーレーちゃーん、今度は私たちの方から来たよー!」

 

 ごんごんと門を叩く音。

 唖然としたイシュタルが顎を落とす。

 いつの間にか扉の前に立っている立香が、大扉をノックしていた。

 すぐにそちらの方に走り寄っていくマシュ。

 

「―――ちょっとアンタ、何やって……!」

 

 問答を突き付けられる門だと言っているだろう、と。

 彼女は呆れながら眉間に指を当てて。

 

 そうしている内に。

 ごごごご、と門が開く音。

 そんなものが耳に入ってきたのを理解した。

 

「―――――」

 

 愕然とする女神イシュタル。

 そんな彼女に向かって、立香は振り向いて笑う。

 

「開けてくれたよ、イシュタル?」

 

「お願い、ちょっと話しかけないで。私の半神のチョロさ加減にいま泣きそうなの」

 

 掌で顔を覆い、天空の女主人が空を仰ぐ。

 地中に広がるカビの生えた空は、彼女の哀しみを加速させる。

 そんな彼女の言葉を聞いたソウゴとツクヨミが顔を合わせた。

 

「でも俺はイシュタルとエレちゃん、同レベルだと思ってるよ」

 

「うん、すごい似た者姉妹だと思う」

 

「喧嘩売ってんのアンタら!?」

 

 ぎゃーぎゃーと騒ぐイシュタル。

 それを横目で見ながら、オルガマリーは通信の感度を調整していた。

 管制室との通信は途切れない。

 何の問題もなく、通信強度も十分以上。

 

「……大丈夫そうね」

 

『ああ、女神エレシュキガルの領域である冥界でもなんとか通信は取れる……

 彼女がそれを許している、と考えるべきかもしれないけれど』

 

「ええ、とりあえずあの門から先に進んでみるわ」

 

 微妙にテンションの低めな声。

 それを耳聡く察知したのか、近くにいたダ・ヴィンチちゃんが声を上げる。

 

『あれ、なになに~? オルガマリー、もしかして寂しいの?

 普段は自分がソウゴくんたちにイジられて怒鳴ってるのに、皆がイシュタル神をイジって仲良さそうにしてるから寂しくなっちゃった?』

 

『ちょ、レオナルド……!』

 

「んなわけないでしょ……」

 

 愉しげなダ・ヴィンチちゃんの声。

 それに頬を軽く引き攣らせ、彼女はそっぽを向いてみせる。

 そのまま小さく一言呟き―――門の先に広がる冥府に、僅かに目を細めた。

 

 

 




 
終わる旅なんてないよ。
 


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終わらない旅路2016

 

 

 

 ずるり、と蛇の尾がのたうつ。

 寝返りのような動作の後、それがゆっくりと持ち上がる。

 持ち上げられたのは、女神の体。

 人型の上半身に、蛇と化した下半身。

 

 鮮血神殿の主、魔獣の女神。

 彼女は瞼を開けると、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。

 

「――――魔獣の素材の供給が落ちているな、キングゥ」

 

「……申し訳ありません、母上。

 カルデアの参戦によって人間勢力が余計に持ち直したせいですね」

 

 巨大な蛇の女神に傅く、緑の人。

 彼は申し訳なさそうに眉を顰めると、すぐに声を張った。

 

「バビロニアはボクが参戦します。

 そうなれば、他のサーヴァントの存在など誤差にすぎない。

 すぐに供給量は戻しますので、今しばらくお待ちを……」

 

「よい」

 

「え?」

 

 謝意を示す子に対し、女神は寛容に首をゆっくりと横に振る。

 

 そうして、彼女はその瞳に憎悪を灯した。

 神殿の柱に巻き付いていた蛇の尾が動き出す。

 

 鳴動する鮮血神殿。

 眠りという、彼女を抑え込んでいた暗黒が晴れていく。

 明瞭になった彼女の視界の先には―――憎悪しかない

 

「――――私が動く。

 絶対魔獣戦線バビロニア……そこにいる全てを、私が喰らう」

 

「お待ちください、母上。

 他の有象無象はともかく、人間にケツァル・コアトルがついた以上それは……」

 

「それが、どうした?」

 

 魔眼が開く。

 その効果に抵抗しながら、重くなった体でキングゥが顔を顰めた。

 おや、と。

 意想外の自分の所作に、彼女は苦笑しながら魔眼を閉じる。

 そのまま照れたような声で、キングゥへと声をかける女神。

 

「足らないのだ。私の憎悪を雪ぐ人間どもの悲鳴と、命乞いと、断末魔が。

 私が眠っていられるだけの子守歌に、ならないのだ。

 分かってくれるだろう、キングゥ」

 

 彼女は憎悪だ。憎悪による殺戮だ。

 それ以外の何ものでもない。

 それを目的として成立した、憎悪の女神なのだから。

 

 ―――その霊基。クラスにして、“復讐者(アヴェンジャー)”。

 全てを失い、全てを憎み、全てを燃やし。

 やがて、灰すらも遺さずに燃え尽きる嚇怒の炎。

 

 だから止まらない。

 理性で止まれるなら、最初からこんなものに変生などしていない。

 既に憎悪による行動理念こそが彼女の正気(りせい)だ。

 

 僅かに目を伏せたキングゥが、言葉を返す。

 

「……分かりました。母上のお望みのままに」

 

 蛇の尾が神殿の柱を軋ませる。

 巨大な蛇が動き出す。

 ただ、人間への憎悪を燃やしながら。

 

 

 

 

 きぃ、という扉を開く音。

 それに反応して、茨木童子はそちらへと視線を向けた。

 大使館に入ってきたのは、フードを被った少女と、白髪の女武者。

 

 アナはいつものように花屋の老婆のところで働いて。

 しかし彼女の体調が優れないようなので、今日は半日で店仕舞いさせたのだ。

 浮上した冥界の影響が出ているのだろうか。

 だとすれば、エレシュキガルを攻略できれば収まるはずだが。

 

「皆さまは冥界の攻略戦中、でしたね。おや?」

 

 そうして帰路についたアナと途中で合流した巴御前。

 彼女が茨木童子を前にして、何とも言えない表情を作る。

 アナの方は、茨木童子を視認するとすぐに顔を逸らす。

 

 茨木の方はアナを気にせず、巴御前を直視。

 面倒な奴がきた、とばかりに盛大に顔を顰める。

 

 どう反応したものか、と。

 三者がそれぞれ妙にぎこちなく、行動を鈍らせる。

 

 そこで、ぴょい、と。

 

「わっ」

 

〈スイカアームズ! コダマ!〉

 

 アナの目の前で、コダマスイカが跳ねた。

 復調したらしいその機械が、テーブルの上に飛び乗る。

 

「元気になったのですか。

 いえ、あなたに元気になったのか、と言うのも不思議な話ですけど」

 

 変形機械は彼女と関係の深い神話のお家芸、らしいが。

 彼女が生前そう言ったものに触れたことはない。

 

 彼女はずっと、姉妹と一緒に、外界などに触れずに―――

 

 埋没しそうになる意識を、頭を左右に振って取り戻す。

 そうしていると、コダマスイカは困った風な様子を見せていた。

 

 アナを見て。

 その後に巴と茨木の間で視線をしきりに行ったり来たりさせているのだ。

 それに気付いたのか、茨木も鬱陶しそうにコダマに向き直る。

 

「なんだ貴様、吾に何かあるのか?」

 

「邪魔だから出ていけ、と思われているのでは?」

 

「―――貴様に言えたことか」

 

 アナの挑発に怒るでもなく、荒ぶるでもなく。

 神妙な顔で、鬼は彼女に目を向けた。

 逆に顔を顰めさせられたアナが、ふいと彼女から顔を背ける。

 

「二人ともここで生活されているのでしょう。もう少し仲良くはならないのですか?」

 

「は、蛇女など酒に漬けるくらいしか……

 いや待て、今のは無しだ。ただ嫌味を言おうとして言葉選びを間違えただけだ。

 今のは酒呑に聞かれたら死ぬ奴だ。吾が」

 

 途端に忙しなく、焦るように体を震わせ始める茨木。

 同じく、慌てふためく様子を見せるコダマ。

 彼がコロコロとテーブルの上を転げまわり、三人の視線を自分に引っ張ろうと努力する。

 仕方なさそうに揃ってコダマに視線を送る三人。

 そうしてから少しだけ逡巡する様子を見せてから―――

 

 コダマスイカは、その頭部から光を放った。

 

 空中に投影される、何かの映像。

 それは微かなノイズを交えて浮かび上がり―――

 

『あら、どうしたの? あなたも見たいの?』

 

 真っ先に聞こえた声は、ツクヨミのもの。

 コダマスイカの視点で映っているのだろう、画面の前で彼女が首を傾げている様子が見える。

 

『ははは、彼も君と一緒にこれから参加だからね。

 確かにこうして今までの戦いを見てもいいかもしれない』

 

 画面外からのロマニの声。

 

『途中からだけど、大丈夫?』

 

 映像が揺れる。

 コダマスイカのカメラ、頭部が首を縦に振ったのだろう。

 そのままコダマの視点はツクヨミに導かれ、カルデア管制室のモニターに映る。

 それは今までの、彼らの戦いの記録。

 

 ―――そんな中に、一人の女神が映った。

 

『そう、それはよかった。なら、行きなさい勇者たち。

 この世界を救うために、ね』

 

 紫色の髪の、小女神。

 茨木と巴の視線が、アナに向かう。

 一目見て、同じ顔だと理解して。一声聞いて、同じ声だと理解して。

 

「―――――」

 

 “強い女(ステンノ)”が微笑む。

 彼女たちにけして優しくない世界を守る、勇者を送り出すために。

 

 彼女が憎み、彼女が殺し、彼女が血を啜り―――やがて全てを壊した原因。

 人間に対し、愉しげに。

 成長するというバグを抱えた彼女から派生して、外れてしまった女神が。

 それでも、何てことないように、人に微笑む。

 

 画面が切り替わる。

 

『ただ私は……成ってしまった化け物を、もう二度と、恐れたくないだけ。

 だって恐れる必要のない相手が化け物になった程度で怖がるなんて―――

 馬鹿らしいし―――かわいそうじゃない』

 

 “遠く飛ぶもの(エウリュアレ)”が吐き捨てる。

 何も見えなくなった怪物に喰われた女神が。

 

 それでも、そんなもの恐れるものではなかったのだ、と。

 思い切り、強がってみせる。

 

「――――ねえ、さま……」

 

 アナが拳を握り、唇を噛み締める。

 

 何のために殺し尽くしたのか。

 何のために石に変えて砕いてきたのか。

 何のために血を啜って力を蓄えたのか。

 

「復讐か?」

 

 茨木童子が問いかける。

 

 ああ、復讐。

 きっとそうだろう。

 ただ、三人だけいればよかった。

 ずっと三人だけでいられればよかった。

 だから、愛するものを守るために化け物になった。

 

 そうして。

 やがて愛するものさえ見失って、全てを蹂躙した。

 

 復讐などと、おこがましい。

 最後の最後、全てを見失って破壊したのは自分ではないか。

 切っ掛けがどこにあれ、止まる事が出来ずに破滅にまで進んだのは自分ではないか。

 

 それでも、彼女は世界を救う勇者を微笑んで送りだした。

 それでも、彼女は化け物に怯えてしまったことにすら心を痛めてくれている。

 

 まだ、妹を愛してくれている。

 

「……いいえ。多分、もう、復讐とさえ……言えないでしょう」

 

 “復讐者(アヴェンジャー)”。

 全てを失ったが故に、全てを燃やし尽くす魂が辿り着く地平。

 

 ―――だったら、彼女は翻弄される自分の運命を恨んだか?

 

 いいや、恨むことすらしなかった。

 だって、運命を共にしてくれる愛する姉が隣にいたのだから。

 

 ―――ならその姉を奪った何かを恨んだのか。

 

 それは自分自身だ。

 恨んだとして、それを何かへの破壊衝動へと転化したのなら。

 それは、ただの八つ当たりだ。

 

 だから、“復讐者(アヴェンジャー)”などというのは彼女のただの一人相撲だ。

 人を憎み、殺戮する。怪物としてならいい。

 けれどそれを復讐だと言い張るのは、きっと違う。

 

「だって……姉様たちがまだ私を愛してくれるなら。

 私は、全てを失ってなど、いないのだから」

 

 何もかも奪われた恩讐の炎を名乗るならば、否定しなくては。

 愛しい姉がいまなお微笑んでいるならば、なおさら。

 

「確かめ、ます。彼女が……

 変わってしまう前の、私。姉様たちと同じ姿の私から、目を背けるなら。

 それは、もう……」

 

 奪われたから恨めしい、というのなら。

 奪われた時は何より大切だった筈だ。

 そして、この姿は、何より、大切だった時間の残滓だ。

 止まってくれ、とまでは言わない。涙してくれるのであれば、いい。

 強情に跳ね除けてくれても、いい。

 

 けれど、視ることさえ否定するのであれば。

 ―――きっと、もう。自分がなぜ復讐などと口にするのかさえ、覚えていないのだろう。

 だったら、止めなくちゃ。

 私は、復讐なんてしなくていい。

 私が愛する、私を愛してくれるものの想いが、この世界に残っていると。

 

 巴御前が目を細め、自分の胸に手を当てる。

 理解してしまえるから。

 怪物とは、そうなるものなのだと。

 

 果たして、彼女が戦場で愛する者を喪っていなかったら。

 本当に、添い遂げられたであろうか。

 鬼の血を鎮めたままに、ただ愛しさだけを胸に平穏であれただろうか。

 

 怪物とは、そういうものなのだ。

 

「……肉親への愛、か。

 仮にもそんなものが行動理念であろうに、なぜ魔獣どもはあれほど中身がないのか」

 

 言葉をとめて、コダマスイカを撫でるアナ。

 彼女の背中を見ながら、茨木が呟く。

 その言葉に振り向いたアナが、軽く目を細める。

 

「それを忘れて、その上で魔獣を産み出す母神ティアマトの存在を……」

 

「……愛、だからなのではないですか?」

 

 アナの言葉を遮り、巴が口を挟む。

 

「行動理念が愛だからこそ、止まらない。止められない。

 復讐と同じくらい熱く燃える炎だからこそ、何もかも燃やすまでは収まらない。

 復讐などに転じるまでもなく、愛とは、焦熱地獄さえ凌ぐ大火でしょう」

 

 僅かに視線を伏せたままに、彼女は胸を焦がす熱を白状する。

 

「愛だからこそ、そこに中身……理由なんて必要がない。

 全てを押し流す激情、燃え盛る熱量の津波。それが、魔獣の行動理念なのでは?」

 

「……さっぱり分からんな。母の愛とはもっと真っ当なものだろう。

 時に厳しく、時に優しく、しかしどんなカタチであれ、子を想うが故のものだ。

 鬼の吾とて母の愛、というものならばよく知っている。

 というか、愛をもって暴れているのだとして。

 なればこそ、ああも虚無だと感じるはずもなかろうよ」

 

「……私たちにはその愛が、向けられていないとすれば?」

 

 呆れた様子の茨木。そんな彼女に、巴は視線を向ける。

 その言葉に彼女が押し黙った。

 撫でていたコダマを手放して、アナは巴の方に向き直る。

 

「……魔獣は愛をもって、この世界を滅ぼそうとしている。

 その過程として滅ぼす人間には、何の感慨もない。そういうことだと?」

 

「分かりません。もしかしたら、人間に対しても愛があるのかもしれません。

 ―――私たち人間には、一切伝わらない愛が」

 

 まるで、人間の目の前で昆虫が求愛行動をしても伝わらないように。

 基準―――()()の違う愛が、そこにあるのかもと。

 

 

 

 

「かなりちっちゃくなったね、イシュタル」

 

「うっさい! ああ、鬱陶しいのよこの獣!」

 

「フォフォウ! フォウフォキャーウ!」

 

 門を越えるたび、イシュタルは霊基を剥奪されてミニマム化していた。

 七つを越えた頃には、もう羽虫サイズである。

 自分よりも小さくなった女神に対し、フォウは適宜パンチを繰り出していく。

 それを回避しつつ、彼女は苛立ちを吐き出した。

 

「大体! ノックされただけで門を開けるアホのくせに! なんで私からはちゃっかり入場料とっていくのよ! 理不尽よ! 料金は統一しなさいよ!」

 

 がなる彼女に対し、ソウゴは周りを見回してから一つ頷く。

 

「俺たちだけ子供料金で、イシュタルは大人料金とか」

 

「だったらそっちのオルガマリーだって私と同額じゃない! ねえ!?」

 

「私に言われても……」

 

 小さくなるのはごめん、というか。

 イシュタルのように剥奪されるような神性など持っていないのだから。

 そうやって言葉を濁されて、よりいっそう女神がヒートアップした。

 

「ったく! ほんと根暗で陰険で非道で非常識で不道徳な奴!

 こんなことしてたら、せっかく出来たお友達にもフラれるんじゃないの!?」

 

「―――言ってくれるわね。

 非常識で不道徳なのは一体どっちなのかしら」

 

 七つの門を越えた先、金色の髪の女神が浮かび上がる。

 黒い衣を覆う紅いマントを翻し。真紅の瞳を輝かせ。

 冥府の女主人は、人間たちの前に立ちはだかる。

 

 その威容を前にして、瞳を黄金に染め上げるマイクロ女神。

 

「―――決まってるでしょ。

 私がやりたい事が常識、私が気に入ったものが道徳。

 それに反してるのがアンタって話よ」

 

「……ほんと、何でこれと私が姉妹なのだか。

 まあいいわ、あなたはお呼びじゃないの。

 隅っこでガタガタ震えてれば見逃してあげるから、邪魔しないでちょうだい」

 

 羽虫を払うのに神威を解放するのも億劫だ、と。

 エレシュキガルが妹から目を逸らし、人間たちに向き直る。

 

「エレちゃん……」

 

「う……ごほん!」

 

 正面から見据えられ、あだ名で呼ばれ、すぐに言葉を詰まらせる女神。

 しかしそこで咳払いし、すぐに表情を作り直す。

 圧倒的女神リカバリーによって、冥府の女主人は威厳を取り戻した。

 

「……私の正体を見破った慧眼は褒めてあげる。

 けれど、その上で生者の分際で冥界に踏み込むとは言語道断。

 あなたたちは、私に魂を差し出しにきたと解釈していいのよね?」

 

「友達の家に遊びにきただけだよ」

 

「―――――う」

 

 頬を赤く染め、女神が言葉を詰まらせる。

 こいつ本気かよ、というイシュタルの全力の呆れの視線が胸を貫く。

 女神リカバリー、失敗。精神を再起動、すぐに表情を取り繕う。

 

 百面相しているエレシュキガルを前に、立香は言葉を続けた。

 

「遊びにきただけ。エレちゃんに会いに来ただけだから……すぐに帰るよ」

 

「…………」

 

「また。まだ、戦いに行くよ」

 

 エレシュキガルの頬から、朱色が一斉にひく。

 憐れむように、死後の女神は表情を心配一色に変える。

 

「なぜ、そうまで。

 ―――いえ、そうでしょうね。大切なものよね、きっと。

 でも、無理なのよ。それだけのものがあなたたちの旅路には待っている。

 この時代の戦いだけじゃない。それを越えた先にだって、どうしようもない絶望がある」

 

 エレシュキガルが手を振るう。

 彼女の許に現れるのは、一枚の粘土板。

 それはゆっくりと舞い、立香の方へと飛んできた。

 その粘土板を見たイシュタルが、眉を顰める。

 

「天命の粘土板……? ギルガメッシュが視たものを刻んだ……?」

 

「あいつが落としたのか、あるいは冥界が浮上した結果落ちてきたのか。

 そこまでは分からないけれど、間違いなくウルク王が刻んだものでしょう。

 冥界に踏み入った上で、千里眼が視たもの。そこにはそれが刻まれている」

 

 飛来した粘土板を立香が受け取る。

 それを確かめた彼女は一度目を瞑り、再び開く。

 そこにあるのは、真紅から黄金へと変わった瞳。

 神威を解放した、女神エレシュキガルの姿。

 

「だからこそ。私は全ての人間を殺し尽くすわ。

 冥界とは全ての人間の魂を収めるべく創られた世界。

 なればこそ、魂が冥界にも行けず消滅する結末なんて認めない」

 

 人は死後、魂だけになって冥界に向かう。

 そのルールを守るために彼女はここにいる。

 そのルールで世界を運営していくために、ここに繋がれている。

 

「私は冥界神エレシュキガル。

 この世界を運営するために、冥界を永遠に守り続けることを使命とする女神。

 例え現世が別の法則に呑み込まれ、虚数の海に沈むことになろうとも。

 私が守るべき魂を、冥界の中で守り抜く―――それが、私の唯一にして絶対の使命!」

 

 空気が凍る。

 肌が凍り、砕けるほどの悪寒。

 瞬時に世界を変えた彼女の威風に、通信先でロマニが叫ぶ。

 

『―――大気圧が急下降……! 現在気圧、500hPa!?

 まだ下降する……!? このままじゃ、カルデアの装備でも長くは保たないぞ!?』

 

 エレシュキガルがそこにいる、という事は。

 ここが霊峰の頂きである、ということだ。

 地中にありながら、動物、植物―――あらゆる生命を許さない()()

 そここそが、彼女坐す高みに他ならない。

 

「私は、ずっとこうやってきた。

 私が冥界に魂を収容するのは、それが人に与えられた営みの流れだから!

 否定される謂れはない……! 私の行いは、私の殺戮は……!

 あなたたちに残された、唯一正しき終わり方なのだから!!」

 

 冥府の女主人の力が更に増す。

 カルデアの礼装。そしてダヴィンチのマフラー。

 それが無ければ、とっくに肺が潰れている。

 それだってもう長くは保たない。

 

 女神エレシュキガルは死者を相手にして無敵。

 だが生者ならば勝てる、などという簡単な話でもない。

 冥界は、そもそも生者が生存できる環境などではないのだから。

 

「エレ、ちゃん、さん……!」

 

「っ!」

 

 マシュが前に出るべく、盾を握り。

 ツクヨミがファイズフォンXを構え。

 

「―――常磐」

 

 その二人を制するように、オルガマリーが前に出た。

 凍り始めた指で、口元のマフラーを押さえながら。

 声をかけられたソウゴが、ドライバーを手にしながら彼女に目を向ける。

 

()()()

 

「…………うん」

 

 ジオウウォッチとディケイドウォッチを装填。

 両側にウォッチを装填した状態で腰に当て、装着する。

 掌でロックを叩いて外し、彼はゆるりと左腕を顔の高さにまで上げた。

 

「――――変身!!」

 

 時計の針が回るように、振り下ろされる腕。

 それがジクウドライバーを回転させ、その能力を解放させた。

 ジクウマトリクスが算出した情報が、アーマーとして立体化していく。

 

〈仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム! ディケイド!〉

 

 マゼンタの強化装甲を纏った、ジオウの姿の一つ。

 その左手には更にもう一つ、ウォッチが握られていた。

 

〈ゴースト!〉

 

「命、燃やしちゃってみるぜ――――!!」

 

 ディケイドウォッチに、更なるウォッチが装填される。

 切り替わる胸の文字表示、インディケーター。

 右肩にゴースト、胴体から左肩にまでグレイトフル。

 

 15の英雄眼魂を一つに繋いだ戦士が、開眼した。

 

〈ファイナルフォームタイム! ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト!〉

 

「祝え!!」

 

 そして当然のように、霊峰の頂きで黒ウォズが祝いだす。

 彼はジオウの背後に突然現れ、“逢魔降臨暦”を手に、声を張り上げる。

 ここでも大丈夫なんだ、という視線を受けた背中が、魔王の進化を讃えていく。

 

「全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来をしろしめす時の王者!

 その名も仮面ライダージオウ・ディケイドアーマーゴーストフォーム。

 また一つ、新たな力に開眼した瞬間である!!」

 

 ばさばさと大きくストールを渦巻かせ。

 青年は会心の祝福に表情に喜色を浮かべた。

 

「ど、どちらさま……!?」

 

「―――……?」

 

 困惑する冥界の女神。僅かに眉を顰める金星の女神。

 ―――そんな状況から引き戻すため。

 オルガマリーが強く咳払いして、そのままエレシュキガルに向け叫んだ。

 

「女神エレシュキガル! それでも、わたしたちは……!

 あなたの選んだ眠りではなく、前に進みたい――――!!」

 

「――――そう……一つ、聞かせてくれるかしら。

 私はずっと、ここで死者の魂を管理してきた。

 私はここを管理するためのものだから。それ以外の何もないまま、ただここにあり続けた。

 私と言う存在の全ては、冥界と魂を管理するためだけに駆動していた」

 

 霊峰の頂きで人間を見下ろしながら、彼女は自身の心情を吐露する。

 

「私は何も変わってない。何も変えてない。ただ、必要だからやっているだけ。

 そうしなければ、人の魂はもう冥界に落ちる事さえできなくなる瀬戸際まで来てるだけ。

 だから、私は私に出来る最善を、私に出来る範囲内で、全力を尽くしてる。

 ―――それでも、あなたたちは私を否定するの?

 冥界で魂を管理するための女神に、冥界に魂を呼び込むことが罪だと糾弾するの?」

 

 女神エレシュキガルの役目は変わらない。

 彼女は、自分の役割から逸脱したことはしていない。

 人が産まれ、生きて、やがて死ぬ。

 そして死した後、冥界へと落ちる。

 その理の中に収めるためには、もういま全て殺すしかないのだ。

 だから彼女は、全てを懸けて人を殺戮する。

 正しき魂の在り方を守護するために、彼女は全ての命を摘み取るのだ。

 

「ずっと一人で――――この仕事をこなしてきた私を、誰も褒めてはくれないの?」

 

 必要だから、冥界に閉じ込められた孤独の女神。

 彼女は冥界の運営も、魂の管理も、全霊を尽くして行った。

 その上で、今も、自分でできる範囲の戦いを懸命に続けている。

 

 それでも。

 

「褒められません。女神エレシュキガル」

 

 オルガマリーが、それを一言で切り捨てた。

 

 ―――救いを求めるように。

 エレシュキガルの視線が他の人間たちを巡る。

 けれど、それでも。

 彼女が求めた答えがそこになかったのか、女神から表情が消える。

 

「―――そう。なら関係は決裂、あなたたちは今ここで、冥界に繋ぎ止める。

 増設した槍檻にあなたたちの魂を全て捕らえて……

 ついでにイシュタルを八つ裂きにして、門の前に厄除けとして吊るしてあげる!」

 

「はあ!? 私に八つ当たりするんじゃないわよ、このボッチ!!」

 

「ちょっと、飛び出さないで! 危ない!」

 

 昆虫サイズまで縮んだイシュタルを捕まえ、引っ張り戻すツクヨミ。

 

 エレシュキガルから答えはなく、冥界の大地から槍檻が無数に突き立った。

 それに対しヘイセイバーとギレードを手にしたジオウが斬り込んでいく。

 

「わたしの後ろに!」

 

 マシュが前に出て、その後ろに全員がこもる。

 イシュタルもまた同じように。

 黒ウォズだけは肩を竦め、そうした様子を見せることもなくジオウの背中を視線で追う。

 

 戦闘を行えるのは、マシュとジオウのみ。

 マシュが防衛に回れば、実質的にソウゴ一人で戦わなければならない。

 けれど、これは戦闘力を競う戦いじゃない。

 もっと大切なものを、女神に示せるかどうか。

 だから――――

 

 エレシュキガルが手を掲げる。

 その手に出現するのは、一振りの槍のようなもの。

 だが神が武装として取り出したものが、真っ当にただの槍であるはずもなく。

 

 ―――発熱神殿キガル・メスラムタエア。

 太陽の権能を槍の形にしたものが、女神の手に握られる。

 

「弁えなさい、人間! 冥界で私に勝てるものなどいない!

 私にはそれだけしかない代わりに……それだけは、けして破れない!!」

 

 大地に突き刺される槍。

 槍檻を押し留めていたジオウの足元から噴き上がる熱量。

 それに呑み込まれ、彼の姿が炎の中に消える。

 

 その瞬間、エレシュキガルが眉を顰めた。

 

「―――死者の力? それを私の前で使える、なんて思わないでくれるかしら」

 

 炎を逸らそうとしたヒミコが放つ神秘の力が消える。

 防御も何もなく、熱量に晒されるディケイドアーマー。

 彼が装甲を焼け爛れさせながら、炎の中で蹈鞴を踏む。

 

「狙いはご破算かしら?

 ならせめて苦しまないように、このまま一気に燃やし尽くしてあげる!!」

 

 火力が増す。

 エレシュキガルの手の中で、権能が発揮される。

 冥界の太陽が、ジオウの装甲を融解させていく。

 

「ソウゴ!」

 

 変身解除が間近に迫る。

 この状況でそうなれば、そのまま焼け死ぬか。

 それでも、ジオウは炎の中で耐え続ける。

 彼は熱で歪んだ視界の中で、真っすぐにエレシュキガルを見据えた。

 

「……苦しむよ」

 

「―――――!」

 

「俺たちは、そうやって苦しむ心を持ってるから……人間なんだ!」

 

 ―――深淵から炎が沸き立つ。

 紫と銀の入り混じる、魂の熱量。

 それが冥府の太陽の熱とぶつかり、弾ける。

 

 吹き飛ばされたジオウが地面を転がって、それでも。

 ヘイセイバーを地面に突き立て、体を起こす。

 ギレードにいつの間にか装填されているのは、黒と青のウォッチ。

 

「…………っ」

 

 エレシュキガルが一瞬息を呑み、しかしすぐに槍を構え直す。

 

「あんただって、苦しんで、苦しんで苦しんで!

 それでも貫いた自分の生き様を、今更俺たちに否定させようとするなよ! 誰よりあんたが! 自分は正しい使命を果たしてると信じるなら、その使命に苦しんだ事を否定するなよ! 自分が正しいと思って歩いた道で覚えた辛さを、他の誰かに否定させちゃいけない! そうだろ!?」

 

 ソウゴが叫ぶ。

 自身にも叩き付けるようなその声から響く気迫に、僅かにエレシュキガルが揺れる。

 震える腕が、再び発熱神殿を大地に突き立てた。

 大地から噴き出す熱量の塔。

 凍った大気を焦がしながら、その炎はジオウを包み込み―――

 

〈ギリギリスラッシュ!〉

 

 銀色の炎を纏った閃光が、プロミネンスを斬り捨てた。

 ―――そんなこと。

 言われるまでもなく、何より、エレシュキガルこそ信じられていない。

 

 冥界には何もない。

 ここを支配する彼女にさえ、凍った魂は何を言っているのか分からない。

 静寂と安寧しかない世界。

 

 外には熱がある。

 生きているものの、熱量がどこにでも満ちている。

 冥界には持ち込めない、現世だけにあるもの。

 

「それでも!!」

 

 エレシュキガルの意志に呼応し、槍檻が大地から進出する。

 凍った魂が吹き消えてしまわないように、捕らえ、保護するための檻。

 それが槍として機能し、ジオウを襲う。

 

 ヘイセイバーが振り上げられる。

 輝く刀身。そして、そこにいつの間にか装着されているウォッチ。

 その色は、緑と白。

 

〈スクランブルタイムブレーク!〉

 

 魂を停滞させる槍檻が、緑に輝く刃に断たれる。

 四散する槍檻の残骸を前にして、エレシュキガルが呆然と表情を崩す。

 冥界で彼女が造った槍檻を断てるはずが―――

 

「うそ、どうして……!?」

 

「あんたは自分の心の叫びから、耳を塞いでるだけだ!

 『自分は冥界の女神だからこうするだけ』なんて言うけど……ただ神様なだけで、本当にただ女神としてやるべきことをやってるだけなら、それを苦しんだりしない……!」

 

 二刀を薙ぎ払う。

 スパークする銀色の炎と、刀身に渦を巻く緑の特殊溶液。

 力を湛える双つの刃を構え直し、ジオウがエレシュキガルに改めて対峙する。

 

「なんで……!? 何でよ、生者とはいえ、こんな簡単に冥界の私を圧せるわけが……!」

 

「―――本当は、あんたが一番分かってるんだ。

 あんたが今までずっと見てきた人間の魂は、生き抜いて、死んだからここに来たものだ。

 生き抜いて死んでしまった人の魂に安らぎを願うのと、いずれ消えるから安らぎだけは与えたいって今を生きてる人を殺して魂だけ取り上げるのは、違うことだろ!

 あんたが望んだこの世界の在り方を、誰より曲げてるのは今のあんた自身だ!」

 

 女神エレシュキガルが表情を崩す。

 発熱神殿を握る手が一瞬緩み。

 ―――しかしすぐさま強く握り直し、瞳の輝きを更に強くした。

 

「それ、でも……! 私には、それしか……!」

 

「―――だけど。ありがとう、エレちゃん」

 

 ソウゴが構えた剣を両方下ろす。

 そして、その言葉に女神エレシュキガルもまた停止した。

 

「――――あ」

 

「俺たちはエレちゃんがやってきてくれた事を褒めはしないけど。

 それでも、今までありがとう。

 あんたがそうやって死んだ人のための世界の面倒を見てくれてたおかげで―――

 俺たちは、いまここにいる」

 

 現世と冥界は表裏一体。

 どちらもあって、初めて世界が成立していた。

 生者も、死者にも、どちらの人間にも意味があって。

 何千年先まで繋がっていく。

 その中で、一つの世界を支え続けてくれたのが、彼女の腕だ。

 

「でも俺たちはここで止まれない。

 あんたはせめて冥界で人の魂を保護するっていうけれど。

 俺たち人間は、魂だけじゃ人間でいられないんだ。

 生きて、生きて、命を燃やして生き抜いて、死んだ後のことを別の誰かに託して

 そうして、ずっと続いていく。ずっと続いていった。

 俺たちが生まれるまでも。俺たちが死んだ後も」

 

 力が抜ける。

 槍を掴んだ腕から、勝手に力が抜けていく。

 彼女は役目を果たしただけ。

 どこまでいってもその使命を果たした事に称賛はなく。

 

 しかし、

 

「―――ありがとうございます、女神……エレ、ちゃん。

 でも、わたしたちは生きることを選びます。

 生きて、生きて、生き抜いて。最後に燃え尽きた後、あなたが愛する魂になった後、自分は生き抜いたのだと自信を持って、冥界に落りてくるために」

 

 オルガマリーが、そう言って頭を下げる。

 

「……まだ私たちは、このまま冥界に置かれるわけにはいかない。

 まだやりきってないことが残ってる」

 

 立香が続けて、ここには留まれないと。

 そう口にして。

 盾を強く握るマシュが、マスターを背に庇いながら女神へ言葉を向けた。

 

「だから、お願いします。エレちゃんさん。

 今まで通りに、誰かを無理に誘うものではなく。あなたの冥界を、わたしたちが生き抜いた後、足を休めて眠れる場所のままにしていてください」

 

 そう言って少女たちの懇願を横目に見ながら。

 ストールに指を絡ませてくるくると、黒ウォズが呆れたような顔を浮かべる。

 

「もし仮に君たちが死んだとして。

 その魂はこんな古い時代のメソポタミアの冥界には落ちないと思うがね」

 

「あんたは黙ってて!」

 

 ツクヨミの怒声に肩を竦め、黒ウォズが黙る。

 

 冥府の神がちゃんと業務を行っていた。

 だから、ちゃんと世界が混乱せずに続いていった。

 ただそれだけ。

 ただの事実に対する、感謝。

 

 当たり前に必要だけど、彼女以外がやらなかったこと。

 それに、ただ、ありがとうと。

 称えるでもなく、誉めるでもなく。

 それでも。

 今の人の世があるのは、あなたが当たり前にこなしてくれた業務のおかげでもあるのだ、と。

 当然のことを、当然のこととして、感謝された。

 

「ああ――――」

 

 じゃあ、もう無理だ。

 だってそうだろう。

 業務を曲げている、なんて。言われずとも自覚している。

 現世にまで干渉しなければいけない時点で、彼女の業務の外なのだから。

 

 あなたの仕事のおかげで私たちは今を生きている。

 ありがとう、なんて。

 そう言われて、自分の業務を変えられようか。

 

 真っ暗な冥界で何も無いままに働き続けて。

 何か特別な言葉じゃない。ただ、感謝されただけ。

 それで、十分。

 

 だってとっくの昔に参ってる。

 友達とか、楽しいこととか、悲しいこととか、嬉しいこととか。

 そんなのをいっぱい持ってこられて、パンクしている。

 

 そうした彼女の前で、ジオウが燃える。

 

〈ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

 空中に描かれる黄金の曼陀羅。

 その力を足の一点に収束し、彼が舞う。

 突撃してくるジオウを前にして、エレシュキガルは力を抜く。

 

 そうして激突した瞬間、彼女は確かに、暖かなものを感じていた。

 

 

 




 
母の愛はもっと真っ当。
ええー?ほんとにござるかぁ?
 


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世界を巡るアナザーライダー2009

 

 

 

「今度はアナタの方から来てくれるなんて、お姉さんドキドキデース!」

 

 ザクリ、と。マカナの切っ先を地面に突き刺して。

 女神ケツァル・コアトルは、困ったように微笑んでみせる。

 彼女の前に降り立ったキングゥもまた、困った風に笑った。

 

「そんなつもりはなかったのだけれどね。本当に仕方なくさ。

 君にあの斧を振り回させるわけにはいかない」

 

 キングゥが彼女の神殿を見上げる。

 エリドゥ市に築かれた、太陽神の神殿。

 その背後にあるにも関わらず、神殿よりも数段巨大に見える黄金の斧。

 

 かつて神話の戦いにおいて。

 マルドゥーク神は、ティアマト神の喉をあれでもって切り裂いた。

 故にあれは、対ティアマト神における最も頼れる武装。

 それを同じく見上げながら、ケツァル・コアトルは僅かに目を細める。

 

「あの子を相手に使う気はないわ。

 まあ、アナタたちに神殿に籠られたらそうせざるを得なかったかもしれないけれど。

 そうしてウルクに攻め込むなら、そんな真似をする必要はない」

 

 ―――この時代における生存競争。

 人間と魔獣の戦争は、もう傍から見た分には完全に人間側が圧している。

 南米の女神と、冥界の女神。

 それを考えない、人間と魔獣の女神の闘争は。

 

「もしもっと人間側が圧されているなら、人間はあの子の神殿に踏み込まざるを得なかった。

 けど、徐々に状況は引っ繰り返ってきてるわ。

 だってそうでショウ?

 あの子は人を殺して、それを素材に魔獣を造り、それでもって更に人間を殺す。

 魔獣が人を殺せる数が減れば、造れる魔獣の数も減り、魔獣が減れば余計に人は殺せない。

 ―――開戦時の貯金を切り崩して平気な顔をしていられるのは今だけ。

 だから、もう勝負に出るしかないってところでもあるんでショウ?」

 

 キングゥがケツァル・コアトルを睨む。

 

 本来は魔獣を増産し、その上で攻勢を仕掛けるのが目標だった。

 が、肝いりの魔獣将軍ギルタブリルは戦果もなく敗死。

 あれが攻め落とす予定だったバビロニアの壁の前にあるニップルも健在。

 バビロニアの防衛軍と連携し、魔獣は効率よく狩られるようになった。

 確かにこちらが奪える命もある。

 が、勝敗をつけるならば負け続けている、と言える戦況が事実だ。

 

 結局ギルガメッシュが召喚したサーヴァントは減らすことも出来ず。

 イシュタルはゴミに集る蠅のように飛び回り、無駄に暴れて魔獣を殺す。

 こちらが特に邪魔されたくない事案ごとに、いちいち割り込んでくる仮面の戦士。

 

 ―――それでも。

 

「それでも、どうとでもなると思っていたのでショウけど。

 それは、アナタとあの子が同時に動いた場合、私を含めて誰も止められないから。

 けど、私が人間についた時点でそれも崩れた。

 私とカルデアとバビロニア―――と、イシュタル。

 下手をすれば、この中に更にエレシュキガルまで加わるのだもの。

 全部揃っている場合、アナタたちでも絶対に落とせない」

 

 彼が袖から鎖を垂らす。

 その動作を見て、ケツァル・コアトルがマカナの柄に力をかけた。

 

「……それは少し、母上の不死性を甘く見すぎだ。

 彼女は原初の女神、ティアマト。

 あの斧を使うなりなんなりして神性を下落させなければ、人間如きに倒せるものか。

 今のままならば、例えあの幼体が何をしたところで、複合神性は壊れない」

 

「―――それは少し、人間の力を甘く見すぎよ。

 創造神の代行にしろ、複合神性の相手にしろ、無茶をしているのはお互い様。

 だったら後は、どちらが最後まで諦めないか。

 それがきっと、土壇場で勝敗を分かつものでショウ?」

 

 じゃらり、と鎖が大地から進出する。

 無数の神具を揺らしながら、彼は自身のエンジンを最大に回した。

 南米の領域に踏み込んだ時点で、先に不干渉を逸脱したのはキングゥの方だ。

 

 ―――そもそもの話。

 キングゥの存在は、三女神同盟のいずれかの勢力に含まれるものではない。

 魔獣の女神のしもべのように動いているが、それだけ。

 魔獣の女神、ケツァル・コアトル、エレシュキガル。

 彼女たちが一堂に会し、結んだ契約が三女神同盟。

 彼はそれの取り仕切りを行ったが、それだけの事なのだ。

 

 だから、太陽の神がどれだけ力をぶつけても問題はない。

 炎を纏いながら、南米の女神が翡翠剣を振り上げる。

 

「……キングゥ、と呼べばいいのよね? では、全力でぶつかりあいまショウ!

 全力でぶつかりあった先に、きっと友情とかが芽生えたりするように!」

 

「―――――!」

 

 ―――黄金の王が頭をよぎる。

 この機体がぶつかり合い、その果てに得た終生の友が思考を乱す。

 一度思考を解体し、敵としてケツァル・コアトルを設定。

 

 彼は言葉を返すことなく、全力の敵性排除を開始した。

 

 

 

 

 ウルクを守る壁、絶対魔獣戦線バビロニア。

 その壁が一望できる高台に、彼はいた。

 壁を打ち破らんとする攻勢が、今日は一段と強く―――

 

 魔獣とは一線を画す、巨大な神威が戦場に降臨していた。

 

 紫の髪。人の上半身に、蛇の下半身。

 この距離からでも、巨神はその威容をまざまざと見せつける。

 

 降臨から間を置かず、蛇神の蹂躙が始まった。

 髪が蛇へと変生し、戦場に暴れ狂う。

 蛇が放つ溶解液が飛散して、人間たちを溶かしていく。

 

 どれほどの魔獣に襲われても揺れなかった壁が、兵士が、震撼する。

 

「―――さて。ここで終わりか、あるいは……」

 

 そんな光景を無感動に見据えつつ、スウォルツは手の中でギンガのウォッチを転がした。

 

「次があるか……どう思う?」

 

 紫の男が振り向けば、そこには二人の男。

 マゼンタのドライバーを手に提げ、スウォルツを見据える門矢士。

 シアンのドライバーを手の中で回し、微笑んでみせる海東大樹。

 

「ないに越した事はないんじゃないか? 面倒ごとは、少ないに限る」

 

「生憎、僕はそんなことには興味がない。

 僕がいま見ているのは、君が持っているお宝だけさ」

 

 彼らの言葉に僅かに空を仰いだ彼が―――

 視線を向け直すと同時にその腕を突き出し、時間を固定した。

 ガチリ、と。

 門矢士と海東大樹の周辺ごと、凍る時間。

 

 その結果を眺めて彼は小さく鼻を鳴らし、

 

「【停止した時間が動き出し、門矢士は仮面ライダーディケイドに。海東大樹は仮面ライダーディエンドへと変身する】」

 

「―――――!」

 

 凍った時間が外部から動かされる。

 指定された未来に従い、二人の指が己のカードを挟み込んだ。

 腰に装着されるネオディケイドライバー。

 くるりと回り、銃口を空へと向けられるネオディエンドライバー。

 

「変身!!」

 

〈カメンライド! ディケイド!〉

〈カメンライド! ディエンド!〉

 

 精製されるディヴァインオレの鎧。

 マゼンタと、シアン。

 二つの光が交差しながら、二人の男を戦士の姿に変えていく。

 

 仮面ライダーディケイド、並びにディエンド。

 その二人の姿から視線を外し、スウォルツが今聞こえた声の主を横目に見た。

 そこにいるのは未来ノートを畳んだ、白ウォズ。

 

「白ウォズ……」

 

「やあ、スウォルツ氏。久しぶりだね」

 

〈ウォズ!〉

〈アクション!〉

 

 ウォッチを起動し、ビヨンドライバーを装着し。

 笑っているようで、何一つ面白くなさそうな彼が、口の端を吊り上げた。

 そのまま流れるように、彼はドライバーにウォッチをセット。

 叩き付けるように、ハンドルを倒す。

 

「――――変身」

 

〈投影! フューチャータイム! スゴイ! ジダイ! ミライ!〉

〈仮面ライダーウォズ! ウォズ!〉

 

 ライトグリーンの光を走らせて、銀色の装甲が彼を覆った。

 仮面ライダーウォズ。

 銀色の戦士となった彼が、スウォルツに対し意識を向けつつ二人に声をかける。

 

「どうだい、私と共闘……いや、競争といかないかい?

 どうやら互いに目的はスウォルツ氏の持つ、ギンガのウォッチのようだしね」

 

 白ウォズの言葉に、ディケイドがディエンドを窺う。

 そうされた彼は小さく肩を竦めて返した。

 

「好きにしたまえ。僕は僕が欲しいものを手に入れるだけだ」

 

「決まりだ。君もいいだろう、門矢士」

 

「俺の知った事じゃない。取り分はお前たちで勝手に決めろ」

 

 そうした三戦士の姿を目を細めて見つめ。

 彼が、喉から抑えきれない笑い声を漏らし始めた。

 

〈ギンガ!〉

 

 起動したウォッチがドライバーへと代わり、彼の腰に装着された。

 叩くようにバックルを掴み、凄絶に表情を崩すスウォルツ。

 周囲に拡がっていくピュアパワー。

 宇宙のエネルギーをその身に纏い、紫電と共に彼の姿を変えていく。

 

「変身――――!!」

 

〈ギンギンギラギラギャラクシー! 宇宙の彼方のファンタジー!〉

〈仮面ライダーギンガ!〉

 

 星の光が瞬くような宇宙空間の如き肢体。

 その上から惑星の輝く鎧、ミーティアーマーを纏ったインベーダー。

 彼は黄金の眼を煌々と光らせながら、喜々として叫んだ。

 

「面白い! 通りすがりの世界の破壊者と、通りすがりの星の破壊者―――!

 破壊のための力がぶつかりあった時、果たしてどちらが破壊されるか……!

 いまここで、試してみるか!!」

 

 

 

 

 蛇身が奔る。のたうつ髪にして、蛇。

 その暴虐を潜り、青と緑の狩人が駆け抜けていく。

 

「ちぃ、足が重い……! 直視されずにこれか……!」

 

「は! 自信がないなら壁に張り付いててもいいぜ?」

 

「抜かせ。この程度の縛り、あったところで追い付かれるものか!」

 

 無数の巨大な蛇が二騎を追う。

 それをようやく意識して、巨神は地べたを這いずる小さきものに目を向けた。

 焦点を合わせきれないように駆け巡るサーヴァント。

 クー・フーリン、そしてアタランテ。

 

 見えているのに追いきれない。

 そんな相手の軌道に対し、魔獣の女神が苛立たしさを口にした。

 

「上手く逃げるものだ。虫に似合いの動きではあるがな」

 

「言うじゃねえか! そうは思わねえか、アサシン!

 テメェの方がこっちを虫扱いたぁ、笑い話にもならねえって話だぜ!」

 

 女神の嘲笑に対し、笑うランサー。

 潜みながら女神の視線を躱していたアサシンが、神妙な声で返す。

 

「さて、そういった話ならば私こそ虫扱いされるというもの。

 故に口は噤んでおきましょう」

 

 ハサンの声を聞き、舌打ちしながら女神が声の許へと視線を送る。

 そこには何もない。気配も、何も。

 みしり、と。眉間を軋ませて、女神が髪に意志を伝えた。

 脈動する髪の蛇。その喉が、大きく膨れ上がる。

 口腔に溜め込まれた津波のような溶解液。

 

 それが吐き出される、寸前。

 その瞬間に、地上に太陽が出現した。

 

「“転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)”――――!!」

 

 神速の兵らは即座に離脱を完了させて。

 横薙ぎに振るわれる太陽の聖剣が、魔獣の女神を呑み込んだ。

 蛇が口の中に蓄えた溶解液ごと蒸発させられる。

 

 太陽の熱に肌を焦がされながら、破裂した髪に女神が顔を酷く顰めた。

 山のように聳える女神は、聖剣の直撃にすら動じない。

 触手が失われたところで、彼女自身の生命力は僅かたりとも削られない。

 

「―――鬱陶しいぞ、虫ども!!」

 

 女神の瞳孔が裂ける。

 それ即ち、魔眼が解放される合図。

 

 ―――魔眼キュベレイ。

 視たものを石化させる、女神の瞳。

 ただそこに在る、というだけで動きを封じるほどの重圧を周囲に与えるもの。

 

 その上で意識的に解放したからには、重圧などという貧相な結果では終わらない。

 彼女の眼光は熱量を伴い地上を灼き払い、残骸を石くれにして転がすだろう。

 だがそれは、

 

「視線を暗闇に沈めれば、影響は最小限に収まるのでしょう。

 ならば視るがいい。

 我ら暗闇に蠢く風魔忍群、“不滅の混沌旅団(イモータル・カオス・ブリゲイド)”を!」

 

「――――――ぬ!?」

 

 巨大な女神の背後から、少年の声がする。

 隠れ潜み、太陽の熱を女神自体を盾に凌ぎ、そうしてここにいる忍。

 彼が印を結んで、示した瞬間。

 

 女神の目前に無数の人影が飛び交い、その視界を暗闇に鎖した。

 魔眼を向けるべき相手が、視えなくなる。

 例え視界に収まらなくとも“視る”だけで魔眼の効果範囲内。

 

 だが、風魔忍群が女神の視界を奪う限り、彼女は何も視れはしない。

 

「小癪な……! 人間如きが私の視界を覆い続けられると思ったか!!」

 

 それを理解し、怒りを増した女神が眼を見開く。

 暗闇に鎖された視界。

 風魔の暗躍する世界の中で、女神は全力で魔眼を解放した。

 

「ッ……!」

 

 小太郎が退避すると同時、混沌旅団が瓦解する。

 魔眼を封じ、軽減してなお、その熱量を彼らでは止められない。

 暗闇を切り裂く、熱量を持った石化の視線。

 視ること出来ずとも、彼女の正面にバビロニアの壁があるのは厳然たる事実。

 

 であるならば、忍群を薙ぎ払った余熱で十分。

 彼女の魔眼の余波だけで、人の築いた要塞など一息に吹き飛ばせる。

 

「その程度で、我ら人間の魂を滅ぼせると思ったならば――――示さねばなるまい。

 貴様の言う人間如きが持つ、この魂の熱量を!

 行くぞ、友たちよ! “炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)”ァ――――ッ!!」

 

 バビロニアの壁の前で、炎のたてがみが大きく波打つ。

 彼が構えたラウンドシールド。

 それに盾を並べるように、炎が形作る300人の英霊たちが燃え上がった。

 

 盾に対して激突する魔眼の熱。

 要塞を蒸発させるに足るそれを、戦士の盾が確かに受け止めた。

 その視界が覆われぬままに発露した魔眼ならば、防ぎきれなかったろう。

 熱は塞き止められても、石化の呪いは跳ね除けられなかった。

 だが忍者が潜む暗闇の中、何を“視る”こともなく放たれたただの光線如きでは。

 

「これがァ、スパルタだァアアアアア―――――ッ!!!」

 

 盾が跳ねる。

 光線を受け止めていた盾が、振り上げられる。

 その動作は攻撃を弾く、どころの話ではなく。

 魔眼が放つ熱視線を、そっくりそのまま巻き戻すように跳ね返した。

 

「――――っ!?」

 

 光線と化した視線が、自分の顔にまで跳ね返ってくる。

 そんな状況に対し当惑して動きを止める女神。

 彼女の顔面に反射された熱が直撃し、爆炎を巻き上げた。

 

「ふぅうううう―――――!」

 

 赤熱した全身の筋肉から白煙を上げながら、レオニダス王がクールダウンする。

 魔力の節約のため宝具の維持も打ち切り、彼は即座に自身の役割に徹した。

 レオニダス王はウルクの防衛線であるバビロニアの壁の、最終防衛ライン。

 全ての力は敵を此処から先に通さず、壁を壊させない事に使うためのもの。

 

 前線で他のサーヴァントが戦い、足止めが叶っている内は、もしもの時のために力を温存しなければならない。

 

 そんな彼の少し前の位置で、ガウェインが顔を顰めた。

 

 聖剣の解放に足る魔力は、彼自身が持っている魔力ではもう足りない。

 マスターが近くにいればもう少し魔力を融通できる、が。

 いま彼女たちは冥界攻略戦の最中、どうにかなるものではない。

 

 開戦して、今の状態になるまで十数分。

 まだ始まったばかりで、既にリソースの枯渇が視野に入ってきている。

 彼らほどの英雄が集まれば、魔獣の女神とはいえ戦えない相手ではない。

 だが、それは全力を振り絞れることが最低条件。

 このまま行って、あと十分。その後はただ、崩壊するだけ。

 

「―――さて、どうしますか」

 

 彼らが丁度門に詰めることを許された。

 そのタイミングで助かった、とも言えるのだが。

 どうあれ、ウルクに残ったメンバーも、冥界攻略中のマスターたちも動くはずだ。

 ならば、彼らがここでやるべきことは変わらない。

 

 流石にガウェインであってもあの巨神と激突は出来ない。

 ならば、やるべきことは一つ。

 敵が魔獣の女神だけではない以上、他の魔獣どもを早急に撃破することだ。

 

 聖剣の剣閃が魔獣どもの鱗を焼き払い、肉を斬り捨てる。

 女神を押し留めながら、片手間にでも魔獣たちは処理されていく。

 

 英雄の背中を見て、兵士たちも平静を取り戻す。

 人と変わらぬ姿で神と渡り合う英雄を見て、立ち上がる。

 女神の相手が出来なくとも、この壁をずっと守ってきたのは人間の兵士たちだ。

 少し魔獣が増えたくらいで、簡単に瓦解するような軟な鍛え方はしていない。

 

 女神を英雄が留めてくれるならば。

 兵士だって魔獣なんかに負けていられないのだから。

 

「おのれ、貴様ら……!」

 

 爆炎を引き裂いて、女神は無事な姿を再び晒した。

 負った傷をいとも簡単に修復し、蒸発した髪も再び蛇として再生させる。

 そうして稼働し始めようとした彼女に、

 

「“突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)”――――!!」

 

 呪いの槍が、朱色の雨となって降り注ぐ。

 辺り一帯諸共に吹き飛ばす、クー・フーリンが放つ投げ槍の奥義。

 

 無数に分割した呪槍が牙を剥き、彼女の全身を貫いていく。

 だが直撃したところで、本体へのダメージなど微々たるもの。

 しかし彼女はそれを浴びて弾け飛ぶ、再生したばかりの蛇どもに舌打ちする。

 それを再び修復しようとして―――

 

「ええい、私にこの程度の呪詛が――――!」

 

 呪いの槍の再生阻害を弾くのに、手間取った。

 意識が自身を侵す呪詛に向く。

 

 そうして、彼女の“視線”が逸れたことを理解して。

 

「撃ち出せ、弁慶」

 

「ぬ、しかし……!」

 

「愚図め、貴様の意見など聞いていない」

 

 牛若丸が、武蔵坊弁慶の肩を踏む。

 一瞬遅れながら、彼が手にした矛を大きく振り抜いた。

 それを踏んで、牛若丸が空に舞う。

 

 女神を目掛けて一直線。

 一切の躊躇なく、魔眼に迫る恐怖など微塵もなく。

 天狗の歩法で彼女は虚空を踏んで加速して―――

 

「ッ――――!!」

 

 女神が“視線”を移す。

 意識を向ける先を、自身の肉体から、瞳が視るものへと移す。

 そうなれば、視界のものは石になって砕け散るだけだ。

 

 ―――その前兆を察知して。

 牛若丸が、刃を翻した。

 

「遮那王流離譚、二景」

 

 天狗は空を翔ける。即ち、空こそ天狗の歩む場所なれば。

 地を縮める縮地の業は、空をも縮めて彼女を敵の許へと導く。

 

 牛若丸が空間を縮めて移動する。

 そうなる前にいた場所が、石化の魔眼に押し潰される。

 つまりは、女神が牛若丸を視失う。

 

「っ!?」

 

「“薄緑・天刃縮歩”――――!」

 

 自分は敵を視失ったのだ、と理解すれば彼女は当然、首を巡らせる。

 その視線に追い付かれる前に、彼女の刃が女神の首に徹った。

 鋭さで、相応に深く肉を抉っていく刃。

 噴き出す血を目晦ましに、牛若丸が離脱する。

 即座に傷を再生させながら、女神が表情を嚇怒に染めた。

 

 叩きつけられるように着地し、動きを止めずに加速しつつ。

 牛若丸が軽く舌打ちする。

 弁慶の逡巡がなければ、眼球に斬り込めたものを、と。

 

「逃すか――――!」

 

 女神の視線が牛若丸を追う。

 しかしその瞬間、すぐさま彼女の眼に向けて無数の矢が迫っていた。

 そんなもの、視線を向ければすぐに石化して崩れ落ちる。

 射手も、と追おうとすれば、しかしアタランテの動きを女神は追いきれない。

 

 その事実に歯を食い縛り。苛立ちを噛み殺し。

 彼女は、手数を戻すための髪の再生に意識を戻す。

 ゲイボルクの呪詛を跳ね除け、状態を完全に復調させるために。

 

 ―――そんな彼女の全身に。

 無数の砲弾が直撃し、爆発した。

 

「ガッ……!?」

 

 ただの砲弾に、異常なほど体が軋む。

 海神すら撃ち落とした女の砲撃に、神霊としての霊基が揺さぶられる。

 体表で燃える残火を振り払いながら、女神がそちらに意識を向けた。

 無論、それ自体が魔眼による殺戮。

 

 そこにあるのは、空中にある船。

 キャプテン・ドレイクの宝具、“黄金の鹿号(ゴールデンハインド)”。

 

「あー、できなかないが、やっぱ趣味じゃないねえ。船をお空に浮かすなんて」

 

「ははは、済まないが我慢してくれ。

 私たちウルクでバイト組が戦線に合流するには、これが一番早いだろうという判断なんだ」

 

 苦笑しながら船首に歩み出るフィン・マックール。

 彼がぐるりと槍を回して、波をコントロールした。

 津波規模の流水を従える、美貌の戦士。

 

 彼が空中に海を創り。

 その海を、海賊の船が進軍する。

 ウルクの空に浮かぶ海をここまで船で強引に下ってきた彼が、そこで肩を竦めた。

 

「だがここまでだ、私は全力防御で流石にからけつになる。後は任せるよ」

 

「―――落下は私が制御する。流石に、その程度はな」

 

 溜息交じりに二世がそう言って。

 彼の後に続いて、ネロが大きく胸を張った。

 

「では! 余が名乗り上げを担当しよう!」

 

「必要なのか、それは……」

 

「無論、必要だろう。

 さて、後は託せた事だし私は死に物狂いで女神の熱い視線に耐えるとしよう。

 ふふふ、これほど情熱的な視線を向けられるのは久しぶりかな?

 まあ、私ほどともなると、そう珍しいことではないのだが!」

 

 フィンがそう言って槍を翻す。

 更にその時、同乗していたアナにウィンクするのも忘れない。

 当然のように目を逸らされながらも、彼は気にした様子もなく。

 船が下っていた海が空から消える。

 

「“無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)”――――!!」

 

 津波が如き、空の海。

 その水量が全て彼らの前方へと流れ込んだ。

 圧倒的な熱量を圧倒的な水量を以て。

 絶大な呪詛を絶大な神気で以て。

 空中で、神気の津波と石化の蛇眼が激突した。

 

 落下を始めた船をドレイクが消失させる。

 このまま宝具を出し続けていても、余波だけで撃墜されかねない。

 

 そうして放り出されたサーヴァントたち。

 彼らの落下を重力と風で捕まえ、二世が眉間に皺をよせた。

 どれだけ軽口を叩こうが、フィンは自分の体の姿勢になど気を配っていられない。

 彼に重点的に意識を向けつつ、全員に最低限の補助を。

 自分、ドレイク、ネロ、フィン、アナ、巴御前。

 人数分の補助魔術のため思考している彼の視界に、黒衣が翻る。

 

「美女の抱擁でなくて申し訳ないが、フィン殿の着地はお任せを」

 

 ―――修正。

 フィンの落下地点を、ハサンの方へ。

 それ以外もきっちりと計算しきり、彼らは無事に着地のタイミングを迎えた。

 

 綺麗に決まる着陸態勢。

 舞い上がる白い薔薇のブーケから、散る花弁。

 

 頭上では魔眼が津波を粉砕し、灼熱した石片と蒸気が爆発した。

 そんな中で、薔薇の皇帝が大きく腕を振り上げる。

 

「カルデア大使館、第二陣! 現・着!

 そして聞くがいい、我らの友と、魔獣の女神の軍勢よ!

 つい先ほど、冥界の女神に我らが勝利し従えたと連絡があった!

 もはや我らの勝利は目前だ! 魔獣の女神、何するものぞ!

 さあ、最後の踏ん張りどころだ! ―――行くぞ!!」

 

 戦場に声を高らかに響かせながら、ネロが真っ先に斬り込んでいく。

 

 彼女の言葉の意味を理解して、士気が更に上がる。

 兵士たちの動きにもう淀みはない。

 魔獣を囲み、確実に討ち取っていく。

 

 その光景も見ながら、アナが被っていたフードを取り払う。

 彼女のその動作を見て、巴御前が声をかけた。

 

「―――アナ殿」

 

「……私がいる以上。もう、あの魔眼は脅威になりえません。

 だから、お願いします。彼女を、終わらせることを手伝ってください」

 

 魔眼は、“視る”事で初めてその効果を最大に発揮する。

 だから、アナに彼女の魔眼は効かない。

 ―――目を逸らしたままでは、効果なんてないに決まってる。

 

 アナはそのまま一歩踏み出して、一瞬だけ止まった。

 急いで出立したせいで、花屋の老婆に最期の別れを告げられなかった。

 それが少しだけ、心残りで。

 

 ―――彼女にとって優しくはなかった世界だけど。

 それでも、惜しむように心を残せるなら、それでいいと思った。

 

 

 

 

「フゥン――――ッ!」

 

 ライドブッカーの剣閃がぶれる。

 マゼンタの軌跡を無数に引きずり、その刃がギンガを襲う。

 それに片手を向け、動きを止める。

 彼の両手を覆うように展開されたエナジープラネットは、攻撃を通さない。

 

 ディエンドが軽くステップを踏み、次の瞬間加速。

 ギンガの背後に回り込むと、銃撃を開始した。

 そちらに片手を向けようとして―――

 

〈フィニッシュタイム! 爆裂DEランス!〉

 

 鼻を鳴らし、腕での防御はライダーウォズからの攻撃に回す。

 背中で弾ける銃撃の雨。

 それに踏み止まりながら、力尽くでディケイドとライダーウォズの攻撃を受け流す。

 

 投げ出された二人が一度地面を転がり、すぐに立ち上がった。

 そのまま武装を構え直しつつ、白ウォズが笑う。

 

「ははは、流石に三対一は辛いかい?」

 

「―――そう見えるか?」

 

 スウォルツがドライバーに手を当てる。

 瞬間、増大するピュアパワー。

 彼らの頭上に銀河が渦巻いて、星の光が瞬いた。

 

〈ストライク・ザ・プラネットナイン!〉

 

 小銀河から降り注ぐ、無数のエナジープラネット。

 一つ一つに絶大な力を込めた、破壊の流星群。

 ディケイド、ディエンドがすぐさまその手にカードを引き抜く。

 

〈アタックライド! インビジブル!〉

 

 同時にドライバー操作を完了した彼ら。

 二人の体が同時に消失し、その場に白ウォズだけが残された。

 舌打ちしながら、彼はジカンデスピアのタッチパネルに指を這わせる。

 

〈ツエスギ!〉

〈フィニッシュタイム! 不可思議マジック!〉

 

 掲げた杖から拡がる空間。

 それが降り注ぐ流星を逸らす盾になり―――しかし。

 エネルギーの総量が違い過ぎたか、その盾が砕け散った。

 

「ぐ……っ!?」

 

 着弾する惑星を模したエネルギー弾。

 周囲を爆裂するそれらの威力に、ライダーウォズが大きくよろめいて。

 その姿を前にしたギンガが、ゆるりと片腕を突き出した。

 発生する巨大なエネルギー塊。

 無造作に射出されたそれが、蹈鞴を踏んでいた銀色の体に直撃した。

 

「がぁ……ッ!」

 

 吹き飛ばされるライダーウォズ。

 限界を超えたダメージに、彼の変身が解除された。

 そうして転がる白ウォズの姿を見下ろして―――

 

〈カメンライド! ブレイド!〉

 

 その音声に対し、すぐさま右腕を背後へと突き出した。

 腕に纏うエナジープラネットと、醒剣ブレイラウザーが激突する。

 

「正面から斬り合って俺が―――」

 

 再変身したディケイドを相手にするつもりで、スウォルツがそちらへと首を曲げて。

 目に映った相手の様子に、僅かに息を呑む。

 彼が塞き止めたブレイドは、仮面ライダー(ブレイド)そのもの。

 その腰に装着されたのはディケイドライバーではなく、紛れもなくブレイバックル。

 

 ブレイドを向いた瞬間、その反対にディケイドが出現する。

 彼はそのまま片手でライドブッカーを振り上げながら、ドライバーの操作を完了させ―――

 

「ディエンドの召喚ライダーか。

 だが、ディエンドも一緒に仕掛けなければ意味があるまい?」

 

 ギンガの左腕が伸びていた。

 ディケイドに向けられた手が、王の力を行使する。

 空間ごと時間とともに凍り付き、ディケイドは完全に静止した。

 

 そのままスウォルツはブレイドも消し飛ばすために力を込め―――

 

「さあ、それはどうかな?」

 

〈ファイナルフォームライド! ブ・ブ・ブ・ブレイド!!〉

 

 ブレイドの背後に出現していたディエンドが、ディエンドライバーを突き付ける。

 瞬間、ブレイドの体が大きく跳ねた。

 ブレイラウザーと合体して、ブレイド自身が剣に変形するように。

 

「ぬっ!?」

 

 ギンガが止めていたブレイラウザー。

 そこはブレイドが変形した剣に切っ先として使われる。

 そうして交差している部分を基点にして、ブレイドブレードが回転した。

 2メートルを超す長大な刀身が、空中で突然大回転。

 

 その動作に胴体を殴られて、ギンガが僅かに怯む。

 スウォルツの集中が乱れるという事は、王の力が乱れるという事だ。

 時間の停止から、ディケイドが解き放たれる。

 同時、彼が既にドライバーに入れていたカードの力が迸った。

 

〈ファイナルアタックライド! ブ・ブ・ブ・ブレイド!!〉

 

 ディケイドがライドブッカーを手放して。

 回転しているブレイドブレードを強引に掴み取る。

 そして発揮される、彼のドライバーが解放したブレイドの力。

 青く燃える光を刃に纏わせて、彼の腕が長剣を全力で振り抜いた。

 

「フゥ―――! ハァアアアア――――ッ!!」

 

「チィ……ッ!」

 

 至近距離から奔る、青の斬撃。

 ガードも間に合わず、ギンガの胴体に叩きつけられる必殺剣。

 その威力に呑み込まれる前に、スウォルツは両腕を強引に胸の前に持って行く。

 エナジープラネットを出力し、盾にして。

 それでも押し込まれていく体。

 

 大地を削りながら滑っていく彼に、ディエンドが加速して迫る。

 狙いは彼を倒すことでもなんでもない。

 “お宝”を得ること、だ。

 

 ギンガの背後から、彼は目当てのお宝に手を伸ばす。

 海東大樹の接近を理解して、スウォルツが即座にドライバーを叩く。

 

「させ、ると思うか――――!」

 

〈ダイナマイトサンシャイン!〉

 

 ギンガを中心に爆発的に拡がる破壊の威風。

 ディエンドとギンガが交錯した瞬間、その場で巨大な力が爆発した。

 

 弾き飛ばされたディエンドが、盛大に地面の上で転がる。

 彼に歩み寄るディケイドの手の中から、ブレイドブレードが消えていく。

 代わりにライドブッカーを拾い直しながら、向ける視線の先にはスウォルツ。

 

 ―――爆煙の中で、小さくギンガが揺れる。

 それを見た士は溜息交じりに、起き上がりつつある海東に声を向けた。

 

「今のは盗れただろ」

 

「……ふん、今ので盗れなかった以上、もう貴様たちにチャンスはない」

 

 仮面ライダーギンガが体勢を立て直す。

 充填されるピュアパワー。

 生成されるエナジープラネット。

 ブレイドブレードが直撃したのは変わらないと言うのに。

 そのダメージを凌駕して、スウォルツが力を漲らせた。

 

 そんな相手を前にして、ディケイドがライドブッカーの刀身を撫でる。

 まだ続くであろう戦いに向け、体勢を整える。

 

「いや……」

 

 だが、そんな二人とは全く違う心持ちで。

 小さく笑い、海東大樹が立ち上がる。

 

「ちゃんと手に入れたさ」

 

 ―――瞬間、ディケイドにノイズが走った。

 

「が、ッ……!?」

 

「なに……!?」

 

 ザザザ、と。砂嵐のようなノイズが、ディケイドの姿を覆い隠す。

 ディケイドの歴史が、ブランクのウォッチに収容されていく。

 彼の背中に押し付けられた、アナザーウォッチに。

 

 スウォルツが即座に自身の腰に手を当てる。

 ディケイドと交戦する以上、一応は準備しておいたアナザーウォッチ。

 それが、いつの間にかなくなっていた。

 

「貴様、俺のアナザーウォッチを……!?」

 

「海東、お前……!」

 

 ディケイドの姿が薄れ切り、門矢士が地面に倒れる。

 地に這いつくばりながら見上げるのは、肩を並べていた筈のディエンド。

 そんな彼を見下ろしながら、海東は新しく手に入れたお宝―――

 アナザーディケイドウォッチを、掌の中で転がしてみせた。

 

「僕は最初からスウォルツの持つウォッチが狙い、と言っただろう?

 ギンガのウォッチになんか興味ないさ。

 僕が欲しかったのはこれ。オリジナルのディケイドウォッチは魔王に渡してしまったからね」

 

「お前、本当に、いい加減に……!」

 

「約束は果たすさ。これが手に入った以上、ちゃーんと、あの暴れ牛は解放するよ」

 

 ディエンドが腕を振るう。

 次元の垣根を取り払う、次元戦士が世界を渡るための力。

 

 巨大な銀色の幕が開く。

 そこから響くのは、雷鳴。

 進出してくるのは、黄金の神具と積乱雲によって形成された神獣。

 

 ―――神により創られし、最強の神獣。

 その銘を、グガランナ。

 

 魔獣の女神と人間の決戦場に、暴れ狂う嵐の蹄が振り落とされた。

 

 

 




 
仮面ライダーディケイドと、仮面ライダーディエンドは、とっても強い絆で結ばれた仲間同士なんだジオジオジオジオ~!
 


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歩む未来のライダー魔眼2004

 

 

 

「―――そう。彼女が攻勢に、ね」

 

 ロマニからの緊急報告。

 魔獣の女神によるバビロニアの壁強襲。

 その一報を共に聞いたエレシュキガルが、小さく目を伏せた。

 

「って、なると。流石にすぐ戻らなきゃ駄目でしょうね。

 ほら、エレシュキガル。さっさと私の神性返しなさいよ」

 

 羽虫サイズの女神が、自身の姉の周りを飛び回る。

 それに心底嫌そうな顔をしたエレシュキガル。

 彼女は手にした槍を軽く持ち上げ、地面に突き刺す。

 そうした瞬間、大地から突き出してくる槍檻。

 それは一気にイシュタルへと迫ると、彼女を檻の中に閉じ込めた。

 

「ちょ!? アンタ、負け犬の分際で何してくれんのよ!?」

 

「五月蠅いから黙ってて欲しいのだわ。

 そもそも、あなたに負けた覚えなんてないし」

 

 ひらりと手を軽く振って、彼女は槍檻を他所へと飛ばした。

 当然、イシュタルの声も遠くなっていく。

 

 そうしてから彼女は人間たちの顔を見渡して―――

 

「私の負けよ。それは、認める。

 冥界の在り方を、魂の旅路を守るためには、現世も失われてはいけない。

 ……その通りよ。そのためなら、何だって協力しましょう」

 

「では、魔獣の女神との戦いにも……」

 

 そう言われる、と理解していたのだろうか。

 エレシュキガルはその言葉にしかし、困ったように曖昧な表情を見せた。

 

「エレちゃん?」

 

「……あの子はね、私やケツァル・コアトルとは違う。

 私もあいつも、世界と人を管理する側の女神として成立したもの。

 ―――けど、あの子は」

 

 エレシュキガルがそこで言葉を詰まらせる。

 どう口にすればいいのか、悩むように。

 そうして数秒悩んだ彼女は、やがて意を決して口を開いた。

 

「……ただ、愛するものとして生まれたのに。

 いつの間にか、排斥されるべきものに変生していた。

 だから母さんの依り代になれたって事なんでしょうけど……」

 

 彼女が吐露したのは、魔獣の女神への心配り。

 女神の物言いに少しだけ困惑しながら、マシュが問い返す。

 

「それは、魔獣の女神とも話が通じるはず、という事なのでしょうか……」

 

「ああ、いえ。そういうことじゃないの。それは絶対にないわ」

 

 焦ったように手を横に振るエレシュキガル。

 あの女神が人にあだなす怪物、という事実は動かない。

 動かしてはいけない。

 

「……私という女神の目的からしても、あの子は大敵。

 何かをしてあげる義理なんて何もないのだけれど……」

 

「でも、何かしてあげたいって思ったんだよね。

 ―――俺たちなら、してあげられるって思ったってことで、いいんだよね?」

 

 問いかけるソウゴに、ちょっとだけ苦笑して。

 エレシュキガルは、強く表情を固めた。

 

「私が冥界を管理する、という発生した目的だけは果たした女神ならば。

 彼女は、自分が発生した目的すら奪われた女神。

 いえ。奪われた、ではなく、見失った、かしら」

 

 ただ、愛するものであれと。

 そう生み出されたはずなのに、最初から歯車が狂っていた。

 規格に合わない車輪は運命のレールを外れ、奈落へ落ちていく。

 彼女たちはそうして、消えるしかない。

 生まれた時からやらなければならない事、やるべき事が設定されていたのだ。

 それを達成できなくなった時、彼女たちは処分されるしかない。

 

 けど、彼女はその落ちた先の奈落の中で、別のものを得た。

 

「―――でもね、あの子と母さんは違うものなのよ、きっと。

 棄てられた事を嘆く母さんと、棄てられた先で幸福を得たあの子。

 そんな風に違うものである彼女を、違うものに変われていたはずの彼女を。

 ……ティアマトの代替のまま、倒さないであげて欲しいの」

 

 元から頭のイカれていたイシュタルと違い、彼女たちは後から得たのだ。

 バグを起こすほどに多機能だったわけではない。

 最初からおかしくなってしまう不良を抱えて生まれた妹と。

 そんな妹のために自分たちの方からおかしくなってみせた姉。

 

 それに心を動かされた、のだろうか。

 エレシュキガル自身にも、こうして魔獣の女神に対する心配を口にする理由は分からない。

 

 そこまで口にして、エレシュキガルは人間たちに目を合わせる。

 そこではっとしてみせて、困惑するように、自分の唇に指を当てた。

 

「何で私、こんな事言っているのかしら。敵対してる女神だったっていうのに。

 ああ、もう。とにかく……!」

 

 軽く咳払いして、彼女は表情を改めた。

 

「あの女神に、勝ってあげて。

 あなたたちが歩みを止めないために。あの子の過ちを止めるために。

 ―――あの子たちが幸福として得た人間性(バグ)を、間違いだって言わせないために」

 

 少女が、少年が―――女神から分かれた一人の少女を、思い浮かべて。

 確かに、力強く頷いた。

 その表情を見て頬を緩めた女神が、ゆるりと手を掲げる。

 引き戻される、イシュタルの閉じ込められた檻。

 

「―――あなたたちが入ってきた場所まで送るわ。冥界にしか力の及ばない私では、そこから先にまで連れて行ってあげる事はできないけど……」

 

「大丈夫。そっから先は、目印があれば跳べる」

 

 取り出すのはウィザードウォッチ。

 冥界から脱し、タイムマジーンに全員詰め込んで。

 そうしてから自分のサーヴァントを目印に転移すれば、戦場まですぐだ。

 

 ソウゴの声に頷いて、エレシュキガルがその神威を発揮した。

 

 

 

 

「―――――な、に?」

 

 魔獣の女神が静止した。視点の定まらない、ブレた瞳。

 彼女の前に立つのは、ちっぽけな少女。

 いや、それが少女であるということさえ、女神には認識できない。

 

 風になびく紫の髪は、魔獣の女神と同じ色。

 その顔立ちも幼さを除けば、魔獣の女神と似通ったもの。

 

 ―――手に不死殺しの鎖鎌を携えたアナは、確かに女神の目前に立ち誇った。

 

「……私が視えますか、ティアマト神―――いえ」

 

「なん、だ。なんなのだ、貴様は……!? 何故視えぬ、何故我が瞳に貴様の姿が映らぬ、何故我が視線の前に立てる……!? サーヴァント……!? いや、貴様のようなサーヴァントがいるものか! 貴様、貴様は一体なんだ、何だというのだ、怪物―――――!!」

 

 焦燥を露わに、女神が魔眼を開く。

 視ることが出来ず、ただ視界を熱量で灼き払うように。

 たとえ魔眼に捉われなかろうと、その熱波は敵を吹き飛ばすだろう。

 だが、その暴威が地上に訪れることはなかった。

 

 何も起こらない。

 想像していた破壊は齎されず、ただ風が凪ぐ。

 その事実に更に困惑し、女神は唇を戦慄かせた。

 

「―――――相、殺……!?

 何故だ、何故! サーヴァント如きが、私の……!」

 

 魔眼が開いたアナが、ゆっくりと目を細める。

 彼女は視ている。ずっと、目の前で暴れ狂う女神の姿を。

 

 出力も、規模も、動力も。少女は女神に何一つ敵わない。

 それでも、彼女は前を見ていた。

 自分さえも見失った自分を、確かに視ていた。

 

「―――複合神性、ゴルゴーン。

 “百獣母胎(ポトニア・テローン)”を獲得した、ティアマト神の代行者。

 あなたの復讐を、終わらせに来ました」

 

 かつて、女神アテナによって怪物に変えられた女神。

 人々から迫害され、数多くの英雄を葬ってきた蛇の怪物。

 形のない島に住まっていた、三姉妹の女神の成れの果て。

 

 ―――大魔獣ゴルゴーン。

 

 その名を告げられて、魔獣の女神―――

 ゴルゴーンが、大きく表情を歪ませた。

 

「知らぬ……! 知らぬ、知らぬ、知らぬ知らぬ知らぬ知らぬ――――!

 私は、貴様のような存在は知らぬ!! 私の視界から消えろ、化け物―――――!!!」

 

 ゴルゴーンが髪の大蛇を脈動させる。

 彼女はもう、全ての意識を目の前にたつ少女らしきものに向けている。

 他のものなど視ていられない。

 他のものになど構っていられない。

 

 分かっていたことなのだけれど。

 少女が、少しだけ痛まし気に視線を伏せた。

 

「……本当に。本当に、忘れたいのですか?」

 

 差し向けられた大蛇の大群。

 そんな彼女の前に、ガウェインが降り立った。

 複数の頭を巻き込み、鉄槌として叩きつけられる大蛇たち。

 その大質量の激突に真正面から受けて立ち、彼はその場で踏み止まってみせた。

 

「オ、オォオオオオオオオ――――ッ!!」

 

 ガウェインの膂力に潰される大蛇の頭。

 撒き散らされる溶解液を、二世が突風で強引に逸らす。

 魔獣がその液体に沈み、悲鳴を上げながら溶けていく。

 

 軽く息を吐いて、ガウェインは少女に頷いてみせる。

 たとえ聖剣の解放叶わなくとも、攻撃はけして通さないと。

 

「ゴルゴーン。あなたにとって、本当に、私であった頃は―――

 もう、必要ない思い出なのですか」

 

「黙れ、黙れ黙れ黙れぇ! 貴様の声を聞かせるな! 貴様の言葉を聞かせるな!!

 理性()が、狂う……! 狂気(しょうき)でなくなる……!

 私は、原初の女神、ティアマト! 貴様であったことなど、あるものか――――ッ!!」

 

 大蛇がうねる。全ては、アナを目掛けて。

 だが、それをサーヴァントたちは通さない。

 全ての火力が、隙しかなくなったゴルゴーンを襲い続ける。

 それでも、彼女に対するダメージは微々たるものだ。

 

 魔獣の女神の正体がゴルゴーンであれ、手にしたティアマトの力に嘘はない。

 原初の女神ティアマトは不死。

 サーヴァントがどれほど攻撃を加えたところで、即座に再生する。

 

「声が聞こえる! むせび泣く母の声が、私を動かす!

 あの声に、あの哀しみに、あの怒りに!

 母の復讐を果たすために突き動かされる私が、ティアマトでなく何だと言う!!」

 

「―――本当に、ティアマトであることが、あなたのやりたい事なのですか?」

 

 絶句、するような動作を見せて。

 ゴルゴーンからの攻勢が、一瞬緩まる。

 それを見て、アナは言葉を続けた。

 

「きっと、違う。

 私たちは、きっと、もっと、ずっと……()()()()()()()()()()()()()()()

 愛するひとたちとともに、ずっと一緒にいたかった」

 

 神に成長なんて機能は最初から備わっておらず。

 しかし、彼女は最初からその機能を授かって生まれてしまった。

 結果として。

 不変のまま風化するはずだった女神は、変生して崩壊した。

 

 悲しみも後悔も、幾らでも湧いて出てくる。

 けれど、それは全て自分の意思で犯した過ちから生まれたもの。

 女神としての生も、怪物としての運命も、関係ない。

 憎むべきは、口惜しんだのは、大切なものを見失った自分の不明だけ。

 

「でも、もうおしまいです。

 愛する人たちとの時間を夢見るのも、それを理由に復讐に逃げるのも。

 変わってしまった私を、それでも愛してくれたひとの想いを嘘にしないために―――

 私は、私が変わってしまったことから……私を排斥した世界から、眼を背けない」

 

 だからもう、目を逸らさない。

 幸福の果てに辿り着いた化け物なんて、恐れない。

 

 ゴルゴーンは、ティアマトじゃない。

 母なる地母神は、女神であり、女神でしかなかった怪物。

 自分は、違う。

 女神に要らないものが芽生えた結果、狂ってしまったただの化け物。

 けれど何より、その要らないものを愛していたもの。

 

 だから、復讐なんてする相手は彼女にはいない。

 だって彼女の世界は、形のない島だけで完結していた。

 そこから先に広がる土地も、生物も、彼女の世界には含まれなかった。

 自分の世界にあるものとして扱っていなかったのに、復讐心なんて持てるわけない。

 

 あの島を、変生した自分が呑み込んだ時。

 彼女の世界も、復讐も、全ては消えて、無くなっている。

 

 けれど、それでも。

 化け物になる運命と引き換えに得たもの。

 女神としてではなく、一つの命として。

 大切な(ひと)を、愛せた幸福を否定しないために。

 

「なん、だ……! 貴様、は……! 一体、何なのだ―――――ッ!!」

 

 ゴルゴーンが猛る。

 彼女はティアマトだ。そうでなければならない。

 生んだ子に棄てられた悲しみを糧に、人間を滅ぼす悪鬼のはずだ。

 そうでなければ、ティアマトの神性を保てない。

 

 ―――幸福を得た少女になどなってしまったら、ティアマトでなんかいられない。

 

「私は―――もう一人のあなた……!

 やがて化け物になって、私が大切にしていた世界の全てを破壊するもの―――!

 ゴルゴン三姉妹の末妹、メドゥーサ! あなたにもそれを、思い出させます!」

 

 

 

 

「――――――――!?」

 

 ぎゃりり、と。

 マカナに切り払われた鎖が、盛大に擦過音を掻き鳴らす。

 その異音に構う暇もなく、キングゥがバビロニアの方へと視線を向けた。

 

「馬鹿な……! ティアマトとしての神性が下落した……!?

 母さんとの繋がりが弱まったのか!? なぜ――――!」

 

「―――当然よ。ゴルゴーンの憎しみと、母さんの憎しみは、違うもの。

 彼女の憎しみのカタチは、自分を形のない島(じぶんのせかい)に閉じ込める暗黒神殿。

 気付いてしまえば、その憎しみが外に向かうことなんてない」

 

 鎖が寄り合う。

 無数の神具が束ねられて一塊になり、鉄槌の如く振り下ろされた。

 

 バックラーでそれを受け止め、しかし受け切れず弾かれる女神。

 彼女はすぐさま体勢を立て直し、キングゥを見据える。

 

「……分かった風な口を!」

 

「それはもちろん。私も相応の憎しみを溜め込んだ女神デース。

 分かった風な事の一つや二つ言ったってバチは当たりまセーン!」

 

 雨のように降り注ぐ神具。

 真っ当な相手ならば、それだけで数秒の内に欠片も残さず消し飛ぶだろう。

 そんな蹂躙に正面から立ち向かい、凌駕し、突き進み。

 ケツァル・コアトルが、強く笑った。

 

 対し、キングゥは眉根を寄せて怒りを露わにする。

 

「そんな、そんなものが何だって言うんだ!

 母さんから離れたあの怪物に、一体どんな救いがあるという!

 ただ人間を虐げ、そして最期に滅ぼされるために生み出されたあの怪物に!」

 

 苛烈さを増す攻撃。

 聖杯の魔力をフルに使い、彼はケツァル・コアトルを吹き飛ばさんとする。

 恐らくこの場から離脱し、ゴルゴーンの許へと向かうために。

 その動作に対し女神は僅かに驚いたように、少しだけ目を見開いた。

 

「―――キングゥ、アナタ……」

 

「……ッ、何もありはしない! だから、使ってあげるのさ!

 新たなる人類の礎として! 母さんが目覚めるための狼煙として!」

 

 乱雑に奔る鎖の雨を、マカナで払い、盾で受け流し。

 ケツァル・コアトルは、心を揺らす兵器に小さく目を細めた。

 

 そのまま口を開こうとして―――

 彼方に、インベーダーの気配を察知した。

 

「―――! あの気配……!」

 

 自分の領域の外で、これだけ感知できるのだ。

 それなりに強い力を発揮したのだろう。

 そちらに一気に意識を持っていかれる女神に対し、キングゥは腕を振るう。

 神具たる剣、槍、槌。

 彼女を殺し得る全ての武装が、一息に降り注ぐ。

 

 舌打ちしつつ、それに対応。

 ―――している内に、キングゥが飛行体勢に入っていた。

 

「待ちなさい――――!」

 

 言葉を返さず、緑の人は全力による飛行へと移行。

 南米エリアから、バビロニアに向けた飛翔を開始してしまった。

 そちらを追うのもそうだが、それ以上に。

 

「……ッ、ジャガー!」

 

「はいはーい、私はキングゥの方でいいわけね?」

 

 森の中に控えていたジャガーマンが飛び出し、着地。

 そのまま疾走体勢に入りつつ、そう問いかける。

 これから進むのは、方角としては同じだ。

 が、ケツァル・コアトルは先に見なければならないものがある。

 

「ええ……! 私だってすぐに追いつくわ!」

 

 炎の翼を広げ、翼ある蛇が飛翔した。

 向かう先は、宇宙の彼方から飛来しただろう力を感じた場所。

 ジャガーマンもまた頷いて、キングゥを追跡するため全力を出した。

 

 

 

 

 疾走するメドゥーサ。

 彼女を阻むため、ゴルゴーンが操る大蛇が暴れ狂う。

 だが一匹たりとも、アナには近づけない。

 

 大蛇の額に燃ゆる矢が突き刺さり、頭部を炸裂させる。

 神をも薙ぎ倒す砲撃が、女神の眷属たる蛇を爆沈させる。

 崩壊する大蛇たちの合間を駆け抜ける少女。

 視れずともその気配を察し、ゴルゴーンが表情を引き攣らせた。

 

「寄るな……! 私に、貴様が……! 寄るな―――――ッ!!」

 

 再生しながら大蛇が躍った。

 大蛇の髪を自身と纏めて織り上げて、ゴルゴーンが更なる変生に至る。

 蛇を編み上げ、形成される暗黒の怪物。

 その瞼が切れ上がり、血色の瞳が開かれた。

 

「――――ゴルゴーン……!」

 

「チッ、辺り一帯消し飛ばす気か!」

 

 クー・フーリンが槍を回し、腰を入れる。

 最悪足りない魔力分、体を削り、宝具を放つ必要があるだろう。

 

 アナの眼は確かにゴルゴーンの眼にさえも打ち克つ。

 眼を逸らさないアナと、視失ったゴルゴーンの差。

 だが魔眼の出力が桁違いであることに変わりはない。

 アナの眼はゴルゴーンの眼に克つが、性能に勝るのはゴルゴーンの眼だ。

 その能力を、大魔獣ゴルゴーンの力を発揮されれば、彼女では止められない。

 

 アナの正面に発生する魔眼の影響は打ち消せる。

 だが、ゴルゴーンを中心に全方位に魔眼を解放されれば止められない。

 この戦場にいるウルクの兵士たちの大半は、灼き払われるだろう。

 

「……ッ!」

 

 そんなこと、させるものかと。

 アナが自身の瞳に、力を全身全霊で傾けていく。

 だが、それで止められるならば苦労はしない。

 

 大魔獣ゴルゴーンにして創生神ティアマト。

 苦し紛れによる暴威であろうとも、その女神の行動を止めきれるものなどいるはずもない。

 

 歯を食い縛り、眼に力を張り、鎌を握り直したアナの前で。

 大きく、空間が歪んだ。

 その原因は転移してきたタイムマジーン。

 その巨体が大蛇たちの残骸を薙ぎ倒しながら着陸して、コックピットハッチを開けた。

 

「おっとっと! ギリギリ間に合ったのかな?

 あ、幻術とかそういうのはお任せしちゃう感じで頼むよ」

 

「―――ええ、でしょうね」

 

 飛び出すマーリンと、それに続く天草。

 天草は即座にアナの隣にいる巴御前を見つけ、宝具を起動。

 マーリンの真似事をする限り、彼に戦闘までする余裕は残らない。

 まあ魔獣ならともかく、女神の相手が出来るほど戦闘に優れるわけでもない。

 ならば牛若丸と巴御前が遠慮なく戦えるように、というのが最善手だろう。

 

 降り立つ更なる戦力。

 次に飛び出したジオウが、着地しながらマーリンに怒鳴る。

 

「マーリン! 何か笛出して! 笛! 吹ければいいから!」

 

「はっはっは、その辺りも天草くんに―――と、そんな余裕はないか。

 まあただの笛くらいどうにかしようとも」

 

 赤いタカが、黄色いトラが、緑のバッタが。

 降り立ったジオウに向け、駆けてくる。

 それと合身しながら、マーリンが魔術でちょちょいと作った笛を掴み取る。

 

〈アーマータイム! オーズ!〉

 

 迸るのは黄土色のエナジー。

 変化するブレスターの文字は、コブラ、カメ、ワニ。

 ジオウがその笛を口元に当てると同時、彼の頭部でコブラが躍った。

 

「アナさん!」

 

 マスターを抱えて降りたマシュが、声を張る。

 すぐに降りてくるカルデアのマスターたちに、アナが少しだけ眉を顰めた。

 

「……誰の差し金だったのか知りませんが、ありがとうございました。

 あとは、ゴルゴーンを止めるだけです」

 

 彼女は足を止めず、そのままマシュの横を抜き去って。

 そのまま眼を見開き、ゴルゴーンに立ち向かう。

 

「マシュ! 防御を!」

 

「はい、マスター!」

 

 響く笛の音色。蛇遣いの音によって、ゴルゴーンを取り巻く蛇が軋む。

 臨界したエネルギーを削ぐことは不可能。だが、もはや思考もなく無作為に周囲に視線を散らばらせる蛇の眼を、誘導するくらいならば。

 オーズアーマーが、全ての力をその音に乗せる。

 

 怪物の視線が、たった一点。

 周囲を意識の外に置き、正面だけに向けられた。

 

「――――――!!!」

 

「……私を視なさい、ゴルゴーン」

 

 少女の姿は、形のない島に流れ着く前のもの。

 変わる前の、姉たちと同じように愛するだけの女神だった頃のもの。

 そんな姿の頃の彼女に本来、石化の魔眼など備わるはずもなく。

 けれど、彼女は今その眼を持っている。

 

 いずれ獲得する魔性。いずれ犯す過ち。いずれ訪れる破滅。

 それらの光景を視た瞳が、このキュベレイだ。

 大切にしていたものと、それを自分で轢き潰した罪こそ、今の彼女の姿だ。

 それでも。

 

「私たちは、この呪われた眼でずっと視てきた……!

 大切にしていたものも、おぞましい自分の罪も。どっちも視てきた私だから……!

 棄てたくない想いを棄てないためにも、棄てたい呪いも棄てはしない――――!」

 

 大蛇が軋む。軋む、軋む、軋む。

 血色の眼光が瞼の奥から見開かれ、ただ一点。

 迫る、彼女が視たくないものだけを映し出した。

 心が軋む。心など獲得してしまったから軋む。

 女神に、そんなものは、最初はなかったはずなのに。

 

「――――――ァ、アアアアアッ! アァアアアアッ――――!!

 消えろ、消えろ消えろ消えろォッ!! “強制封印・万魔神殿(パンデモニウム・ケトゥス)”!!!」

 

「“女神の抱擁(カレス・オブ・ザ・メドゥーサ)”―――――!!!」

 

 互いの眼光が煌めく。

 熱量は、比較するまでもない。

 ゴルゴーンの放つそれに比べれば、アナのそれはとても小さな光。

 それでも、彼女の視界はゴルゴーンまで突き抜けた。

 

 アナの視線が止めきれなかった、突き抜ける熱波。

 それが白亜の城塞に激突して、止まる。

 一方向への破壊ならば、どれほどの威力であろうとも。

 彼女の盾は、けして後ろに通さない。

 そんなことに気を払う余裕も、ゴルゴーンには残らない。

 

 少女の眼に射竦められた怪物が、崩壊を始める。

 落ちていく神性。

 獲得していたティアマトの神性との連動が保てない。

 だって、彼女が一番信じられない。

 今の自分が、ティアマトなどということが。

 

 迫る。己を殺す、不死殺しの刃が。

 躱せ、殺せ、彼女は恩讐の徒。全てを燃やし尽くすまで止まらぬ復讐者。

 

 ―――何故、そんな事をする必要がある。

 視せられた光景の中で、紫色の長髪を靡かせる少女が躍る。

 その、姿に、憶えがある。

 目の前にいるのは、彼女が何より大事にしていた―――

 

 瞬間。

 空を揺らす雷霆と共に、嵐の蹄が大地を砕いた。

 

 

 

 

 大気が震える。雷雲が渦巻く。

 その中に降臨した巨大な雲の怪物が、咆哮をあげた。

 

「あれは……グガランナだ! イシュタル神のしもべ!」

 

「なんでいま! こんな戦場に連れてくるなんて、正気じゃないぞ!」

 

「くっ、まさかイシュタル神は俺たちと魔獣の女神を両方襲って愉しんでいるのでは!?」

 

「イシュタル神ならばありえる!

 自分のためならどんな神にも喧嘩を売るイシュタル神なら!」

 

 兵士たちから困惑の声が上がる。

 そして納得される。

 

 タイムマジーンから出て、それを聞いていたイシュタルの顔が引きつった。

 ゴルゴーンの最期を見届けようと遠い目をしていた彼女。

 その顔色が、一気に怒り一色まで染まりきった。

 

「あんの馬鹿牛ィ……!

 迷子になってたと思ったら、私に冤罪叩きつけやがったぁ――――!」

 

 自分が積み重ねてきた信頼を無視して、女神が叫ぶ。

 

「そんなことより!」

 

 巴が焦りながら、戦場を見る。

 グガランナの蹄は、岩盤ごと大地を貫通させて大穴を開けた。

 その先に広がるのは深淵。冥界よりも深き場所にある陥穽。

 それを見たイシュタルが舌打ちひとつ。

 

「まあ当然、こっちまで冥界は延びてないわよね。

 冥界の浮上に合わせて、深淵も高度を上げてきた?

 ただエレシュキガルのいる冥界と違って、深淵を管理するエンキ神はもういない。

 墜ちたら二度と戻ってこれないわよ―――!」

 

 イシュタルが舟に手をかけ、加速する。

 目掛ける先は当然、飼い主に罪を擦り付けたアホ牛に向けてだ。

 グガランナは怒り心頭の様子。

 雷霆と地響きを遠慮なく周囲に振り撒いている。

 

 そうなれば、もはやサーヴァントが守りに入るしかない。

 無秩序に暴れるグガランナ。

 そんなもの、魔眼を封じられたゴルゴーンよりも遥かに脅威だ。

 

 そうして飛び立つ瞬間、イシュタルの舟に巴御前が手をかけた。

 

「―――――」

 

「失礼、女神イシュタル! 途中まで同行させて頂きたく!」

 

「やってから言う事じゃないわね。まあいいわ、私って愛の女神でもあるわけだし」

 

 軌道修正。

 グガランナの前に、ゴルゴーンの近くを通り抜けていく。

 彼女のドライビングテクニックなら、その程度簡単にこなしてみせる。

 

 グガランナの起こした大衝撃で吹き飛ばされるアナ。

 その合間に、ゴルゴーンが体勢を立て直す。

 ゴルゴーンとしての神体を維持できず、髪の蛇を崩れさせながらも。

 彼女が震える体で、憎悪を口にする。

 

「――――違う……! 私は、原初の女神ティアマト……!

 全てを人に奪われ、棄てられた女神!!

 我が復讐は人を滅ぼす! 我が恩讐は人理を灼く! 我が願望は―――……愛する、こと!」

 

 自分で口にした言葉に、ゴルゴーンの瞳が揺れた。

 

「愛する……? 何を、私は、何を、愛して、いた……?」

 

「――――でしょうね。

 アナタは、憎むべきものも、愛したものも、全て母さんとは違う。

 そんな仮面、ずっと被っていられるわけがなかったのよ」

 

 地上まで急接近したイシュタルが、巴を切り離しつつそのまま空へと舞い上がっていく。

 着地を決めた巴が、すぐさまアナを抱き起こした。

 

「愛、愛していた……私の、大切な……! あ、ァアア!

 キングゥ! どこにいるキングゥ! 私の、私が生み出した子供! キングゥ!

 私から、私から離れるな! もう、どこにも! キングゥ!!」

 

 ゴルゴーンが自身の体を掻き抱き、悲鳴を上げる。

 女神という大質量が行う、無作為の蹂躙。

 止め処なく降り注ぐ雷霆の中で、大魔獣はただただ暴れた。

 

 グガランナを目指しながら、イシュタルが彼女の言葉に少しだけ目を細める。

 

「そこでアイツの名前が出るのね。でもそれは母さんの―――

 いえ、全ての子じゃなくてアイツだけってことは、アナタたちは本当に……」

 

 彼女の慟哭を聞き、アナが立ち上がる。

 手を添えていた巴もまた、少女に続くように。

 

「……そうやって、新しい出会いを、本当に、大切に想えるなら。

 だからこそ、もう眼を開けなくちゃ。あの島の中だけで終わってしまった私が、それでも島の外に眼を向けられる時が来たのなら、この眼を縛るための暗黒神殿(ゴルゴーン)は、乗り越えていかなくちゃ」

 

 アナが大地の陥穽、深淵に続く大穴を見てから、巴を見上げた。

 彼女の言いたい事を察して、巴御前は一度瞑目する。

 

 愛するもののために戦い、やがて何も視えなくなって滅びた怪物。

 あれは、巴御前のもしもの姿でもある。

 彼女はそうならなかった。けれど、メドゥーサはそうなった。

 ただ、それだけ。

 

 ―――巴御前が炎上する。

 その額から、二本の角が炎と共に現れる。

 双眸を開き、彼女は真紅に燃える瞳で目の前で暴れるゴルゴーンを見据えた。

 

「―――メドゥーサ殿、いいのですね?」

 

「はい、お願いします」

 

 鬼が微笑む。そうだろうとも。

 自分だって、そうなればきっとそういった結末を望むはずだ。

 鬼種としての力を全開にし、巴御前が爆ぜた。

 後から続いてくるメドゥーサより先に、彼女はゴルゴーンへと辿り着く。

 

 もはやゴルゴーンの動きに意識はない。

 ただ子供を求めて喚く彼女の動きは、乱雑なだけの暴走だ。

 それでも彼女の質量ならば、いとも簡単に人間どころかサーヴァントをも押し潰す。

 

 それを。鬼種としての怪力を以て、覆す。

 振り回される蛇の尾を、両の腕で巴が掴む。

 ただ、鬼だというだけならここで潰されて終わりだろう。

 

 けど、ここでは終われない。

 巴御前という鬼だからこそ、終われない。

 彼女の抱いた愛が、偽りでないと証明するためにも。

 

「我ら怪物にも、愛する人と、その人に捧げる想いが得られると!

 それを示すために、それはけして偽りではないと、信じるために!

 ――――聖観世音菩薩……私に力を!」

 

 火力が増す。巴御前を動かす力が、更に燃える。

 超重量、大魔獣ゴルゴーン。

 その体が、たった一人の女性の腕力に浮かされる。

 灼熱する巴。その目が鬼と化して、炎のような真紅から血のような深紅に染まった。

 それでも、彼女は力を尽くす。

 

「オォオオオオオオオオオオ―――――ッ!!」

 

 強引に、力任せに、引っこ抜かれた女神の体が、宙に舞う。

 その体を駆け上がりながら、アナは不死殺しの刃を握り締める。

 心臓の位置まで彼女は駆け抜けて。

 そして、呟くような女神の声に立ち止まった。

 

「私は……! 私は、誰だ……! 私が愛するものとは、誰だ……!」

 

「―――ゴルゴーン。一度、眼を閉じましょう。

 そうして落ち着いたらきっと、思い出せる。

 昔のあなたが愛していたものも、今のあなたが愛したものも。

 私たちは、何も恨まず、ただ愛した想いを抱えているだけで、幸福だったんだから」

 

 アナが、ゴルゴーンと眼を合わせる。

 双つの魔眼が相殺しあい、互いの視界が相殺する。

 何も視えない暗黒の中で、少女は小さく微笑んで。

 

 二人で、しかし一柱の女神が、深淵の底へと落ちていった。

 

 

 




 
三女神同盟、崩壊。
最後の特異点も後はエピローグを残すのみですね。
勝ったな、風呂入ってくる。
 


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ディエンド大嵐怒-4000000000

 

 

 

 僅かに、ほんの僅かだけ、マーリンが顔を顰める。

 

「―――なるほど。

 不死たるティアマト神に、ゴルゴーンを通じて死を与え。

 そして、再生という名の目覚めを促すつもりだった」

 

 そう言って、彼は目の前に広がる光景。

 ゴルゴーンが深淵に落ちた光景を、ゆるりと見渡した。

 

「けど、それは失敗だ。最後の最後、彼女は自分の正体に至ってしまった。

 彼女の名はゴルゴーン、あるいはメドゥーサ。ティアマトじゃない。

 彼女は原初の女神などではなく、ただ一柱の狂った女神として眠りについた。

 そうなった以上、ティアマトの再生の切っ掛けにはなり得ない。

 シンクロ率が足りなかった、と言ったところかな」

 

 発生したのは、寝返り程度のさざなみ。

 彼の力で十分抑えられる範囲を逸脱しない。

 

 ゴルゴーンの持つティアマトの権能で造られた魔獣。

 それらが自身の体を保てなくなり、断末魔を上げて崩れていく。

 そんな光景を見ながら、ぽつりとこぼす言葉。

 

「……このまま、終われるかな?」

 

「――――終わらせると思うかい?」

 

 静かなる、しかし煮え滾るような嚇怒の咆哮(こえ)

 そちらに視線を向ければ、空に立つ美しき人の姿。

 彼はふらりと地上に降り立って、その力を漲らせる。

 大地と彼が一つになり、ざわめいた。

 

「……ほんと、台無しさ。せっかくあれだけ時間をかけて準備をしたというのに。

 まさか最後にただの怪物に戻って、母さんになりきれないなんて」

 

 苛立ちを吐き捨てるキングゥ。

 それは、ティアマトの復活が失敗に終わったことによるものか。

 あるいは、別の。

 

「キングゥ。キミは、彼女がどうなることを望んでいたんだい?」

 

「どうなることが望み? そんなもの、決まっているだろう。

 彼女はただ、母さんを起こすための切っ掛けであればよかったのさ。

 所詮、あれは今の人の世から排斥された怪物。

 それを滅ぼす一助となって消えるなら、彼女だって満足だったろうに」

 

 喉が、僅かに引き攣ったような。

 そんなものはこの苛立ちによる誤差だ、と。

 キングゥは一息にそう吐き捨ててみせた。

 

「じゃあ。それで、あんたも満足だったの?」

 

 問いかけてくる声に、そちらへ視線を向ける。

 そこに立つのは、仮面ライダージオウ。

 終わった戦場の中でしかし変身は解除せず、彼はキングゥを見据えていた。

 

「当然だろう。彼女はそのためにボクが選んだ、生贄なのだから」

 

「そう。じゃあ、いまアナたちが静かに眠れた事は……不満なんだ?」

 

「―――――」

 

 彼から言い返す言葉はない。

 あの化け物は、自分を取り戻して沈んでいった。

 ティアマトの代行という役目を棄てた以上、キングゥとは関わりないものだ。

 そうなった以上、何がどうなろうと知った事ではない。

 化け物が取り戻した中身になんて、興味があるはずもない。

 

「……不満なら不満だって言えばいいじゃん。

 本気であんたがそう見てたなら、役に立たなかった、ってゴルゴーンに怒ればいい」

 

 ギチリ、と。キングゥの鎖が軋む。

 

「―――黙れよ、人間」

 

「……ゴルゴーンは、最期にあなたを求めました。

 それは、偽りの繋がりだったというんですか?」

 

 マシュが盾を下ろしながら、キングゥを見据えて。

 その背後にいる立香が、同じく彼に声をかけた。

 

「私は、私たちは……アナの事は、悲しめる。

 一緒にここで生きていたあの子がいなくなったことは、悲しむことができる。

 じゃあ、ゴルゴーンは?

 ゴルゴーンのことは、誰が悲しんであげられるの?」

 

「黙れ」

 

 キングゥがギアを全開に持って行く。

 これ以上の言葉など聞いていられない。頭がおかしくなりそうだ。

 彼がゴルゴーンに抱いていたのは同情にすぎない。

 自分を母だと勘違いした化け物の無様さを、憐れんでいたにすぎない。

 

「……新しい、私たちより優れた新人類は、大切な人が死んだ時に、泣けないの?」

 

 本当に、悲しそうに。

 人間が、そう彼に問いかけてくるから。

 

「黙れと!! 言っているんだ―――――――ッ!!!」

 

 鎖が跳ねる。形成された神具が雨となり降り注ぐ。

 泥の体が熱を持つ。

 そんな機能、彼の体に備わっていないはずなのに。

 

 割り込んでくるサーヴァントたち。

 その刃がキングゥの攻撃を切り払い、凌ぎきる。

 追撃を仕掛けようとして、息を切らしている自分に気付く。

 こんな、児戯のような一撃で疲労するはずがないのに。

 

「ぐぅ……っ!」

 

 ―――眉を吊り上げた彼の遥か頭上で、光が爆ぜた。

 イシュタルによる、グガランナへの制裁。

 天の牡牛はその暴虐に対して反乱しようとして、

 

「あんった! ふざけんじゃないわよ!? 私は一応アイツらに雇われてんの!

 これで賠償を請求でもされたらどうすんのよ!

 いい!? 私はそうなってもラピス・ラズリの一粒さえ払わないからね!?

 もし必要ならアンタの体から金塊引っぺがして払わせるから!

 というか、アンタ! 私のしもべのくせに今までどこに行ってたのよ!

 それこそ責任問題でしょうが! アヌ神から私に賠償責任が発生したとさえ言えるわ!

 は? 自分のせいじゃない?

 うるさい! 重要なのはアンタの行動責任じゃなくて、私の背後関係なのよ!

 アンタが何かをしたせいで私の立場が悪くなる、なんて許されるわけないでしょ!

 つまりアンタが悪い! 私悪くない! 文句あんの!?」

 

 女神に怒鳴られ、積乱雲が沈む。

 神さえ超える脅威の結晶が、女神イシュタルに対して震えあがる。

 他のどの神でさえ従えられないグガランナ。

 それが雷雲からさめざめと雨を降らせながら、沈黙。

 

 周囲のサーヴァントたちも、その光景に呆れが入る。

 

 そんな馬鹿らしい光景を見上げて。

 オーバーヒートしていた思考が、少しだけ冷却された。

 一度瞑目し、精神を落ち着けて、キングゥが鼻を鳴らす。

 

「馬鹿らしい……あれが人間性(バグ)を獲得してしまった女神の姿さ。

 あんな精神性の知性体、どこに出しても恥ずかしいだけだろうに」

 

「しまった……! これに関しては言い返せないぞぅ……!」

 

 杖を握り、顔を顰めるマーリン。

 口の減らない彼でさえ、その意見を否定する事は出来なかった。

 

 震えるグガランナに対して、イシュタルの口撃は続く。

 空中で行われるひたすらな罵倒。

 それをBGMにしながら、彼らは対峙した状況に意識を戻す。

 

 ―――弛緩していく空気。

 それは確かにこの場を勝利で終わらせた、という事実に裏打ちされていて。

 

 そんな中で、バキリ、と。

 崩れていく魔獣の中から、別のナニカが姿を現した。

 戦場のそこかしこで、その現象はどんどん広がっていく。

 

 再誕する命は、黒紫色の異形。

 頭部らしき部分に顔は有らず、口だけを持ち。

 腕の代わりに四本の大きな鉤爪を有する。

 そんな異形の化け物が、次々と生まれ落ちる。

 

「なんだ、新手か……!?」

 

「ぬ、戦場全体で発生しているのか……! いかん、余たちも散らばらなくては!」

 

 サーヴァントたちが戦闘態勢を復帰。

 戦場全体で新たに魔獣が生まれるなら、戦線を再構築しなくてはならない。

 すぐさま彼らは、周囲へと走り出した。

 

 しかし、化け物たちはきょろきょろと周囲を見回すばかりで動かない。

 

「―――なんだ、こ奴ら。状況が掴めていない、のか?」

 

 だが、いつ襲ってくるかも分からない。

 サーヴァントたちは敵を刺激しないように、しかしいつでも対応できるように動き出す。

 

 それを見送りながら、キングゥは小さく笑った。

 彼の前から戦力を減らすのは下策、だが。

 そもそもこの戦場における最強は既に、グガランナが持って行った。

 ならば大丈夫だ、という判断なのだろう。

 

「―――ゴルゴーンが消えようと、母さんの目覚めが近いことには変わりない。

 彼女が生み出した魔獣が、ティアマトの権能によって産み落とされたものだという事実も。

 なら、やり方を変えるだけさ。まだ、終わりなんかじゃない」

 

 新たな生命を見ながら、そう口にするキングゥ。

 そんな彼に対し、マーリンは微笑みながら言い放つ。

 

「そもそも虚数の海に沈んだ彼女が浮上してきたのは、人理焼却という異常事態が理由。

 なら、その現象を引き起こした魔術王の送り出した聖杯。

 それをキミから回収すれば、彼女は再び虚数空間ごと沈んでいくと私は睨んでいるわけだが」

 

「できるとでも?」

 

 彼が言い返した直後、空が金色に爆ぜる。

 それが恐らく、グガランナの頭部にイシュタルが攻撃したものだと理解して。

 キングゥが、ゆっくりと首を逸らして頭を上げた。

 

「―――そっちこそ。サーヴァントだけならいざ知らず、私のこの馬鹿牛を相手に何かできるとでも思ってるわけ? 確かに、アンタの出力は聖杯の分、エルキドゥより上なのでしょう。けど、こいつはアンタとギルガメッシュが力を尽くしてやっと倒せたものよ。アンタ独りでどうにか出来るなんて、思い上がりも甚だしい」

 

 山より高く積み重なった雲が、その身を大きく揺るがせる。

 しかし彼は力尽くで言う事を聞かされている神々の最終兵器。

 イシュタルに傅くその体が、幾分か小さく見えた。

 

 事実でしかない。

 エルキドゥという機体の性能は、当然グガランナには及ばない。

 ギルガメッシュと共に掴んだ勝利も、無数の奇跡の積み重ね。

 その上、ここにはグガランナだけではない。

 多数のサーヴァントが存在しており、こちらはゴルゴーンを喪ったばかり。

 

 目覚めた新たな魔獣は、ただじぃとして状況の推移を見守っている。

 それなりの戦力の魔獣―――否、新人類。

 それも数は揃っていない。魔獣を媒介に再誕したそれは、未だ数百体しかいないだろう。

 グガランナがその力を振るえば、一撃で全滅しかねない程度の数。

 

 つまり彼らに現状勝ち目などどこにもなく―――

 その事実を一切誤解なく完全に理解した上で、キングゥは眼を見開いた。

 

「黙れよイシュタル。お前の声も、ギルガメッシュの名前も、ボクには耳障りなんだ。

 ―――どうにかできると思っているか? 知った事か。

 お前たちこそ、今ここから生きて帰れると思うなよ。ボクは、怒っているんだ」

 

 キングゥのその言葉に、イシュタルが目を細める。

 エルキドゥと同じ顔から放たれたとは思えない言葉と怒気。

 それは決して、心地の悪いものではない。

 

 むしろ、エルキドゥよりも余程彼女好みでさえあって。

 しかし――――

 

「……そう。いいわ、キングゥ。

 エルキドゥとは似ても似つかぬ、ティアマトを騙りしゴルゴーンの子。

 生憎だけど私は親子の情、なんて優しいものに流されてあげる気はない。

 間違いなく、今度こそ、その泥の体を私のグガランナで八つ裂きにしてあげる――――!」

 

 そうして、イシュタルの号令によって嵐の蹄が振り落とされる。

 それと、まったく同時。

 

 ―――周囲に存在していた新たな魔獣たちが、一斉に走り出した。

 

 

 

 

「……まあいい、ここで造るつもりはなかったが」

 

 彼方の戦場で吹き荒れる嵐。

 グガランナの齎す破壊の余波が、ギンガのマントを大きくはためかせる。

 倒れ伏した門矢士から視線を外し、彼はディエンドを見据えた。

 

「返してもらおう。それは、俺のウォッチだ」

 

「お断りだ。これは、僕が手に入れたお宝さ」

 

 発生するエナジープラネット。

 それを構えながら、ギンガが悠然と歩み始める。

 ディエンドの手が、ウォッチを掌の中で弄ぶ。

 

 彼が逃げるためにドライバーの操作をするには。

 まず手にしたウォッチをしまい、カードを手にする動作を挟む必要がある。

 この状況下では、その工程さえも大きな隙だ。

 スウォルツはその瞬間、彼に王の力を叩きつけるだけでいい。

 

 じりじりと距離を詰め、離し、動きを窺い合う二人。

 

「どいつもこいつも、人の力を、本人放って勝手に奪い合いやがって……!」

 

 体を引きずり、木陰によって、門矢士がその二人に向かって吐き捨てる。

 息荒く、その場で留まる彼。

 先に吹き飛ばされたライダーウォズの様子を見てみれば、既に消えた後。

 ディエンドの行動を見て、一時撤退を選択したのだろう。

 

 ―――拳を握る。

 その時自分の中に渦巻く力を感じて、門矢士は僅かに眉を上げた。

 どうにかしてこれを使って、と。

 

 そんな思考をしていた彼が、何か迫ってくるものを感じる。

 彼方から迫りくる、超火力。

 炎の翼の熱気を感じて、彼は顔を引き攣らせて体を伏せた。

 

 ―――灼熱の弾丸。

 否、炎上する女神ケツァル・コアトルが、その場に突っ込んでくる。

 目掛ける先はただ一点。

 当然のように、仮面ライダーギンガ。

 

「ぬ……ッ、貴様……!?」

 

 ディエンドに意識を向けていた彼が、不意を打たれる。

 

 ケツァル・コアトルほどの怪物。

 それによる突撃を見過ごすわけにはいかない。

 彼女ほどの存在が正面から激突すれば、ギンガの装甲とて無事では済まない。

 彼は即座に体勢を変え、両腕を炎に向かって突き出した。

 

 エナジープラネットで逸らせ―――ない。

 絶妙なまでの力の掛け具合で、ギンガとケツァル・コアトルが鍔迫り合いに入る。

 

「ちょこまかと色々やってたみたいですけど!

 これ以上やらせるわけにはいきまセーン!」

 

「チィ……! この世界で小細工していた奴が狙いなのであれば、俺ではなく……!」

 

 スウォルツは嘘偽りなく、この世界に仕込みなどしていない。

 あくまでソウゴの状況を観測するために居ただけだ。

 もちろん、この女神がその特性から自分に目をつけている、と理解していた。

 だから、余計な戦闘も避けて、わざわざ表にも出なかった。

 だというのに、この面倒ごと。

 

 その発端である海東大樹が、ひらひらとアナザーディケイドのウォッチを振る。

 

「おっと、僥倖だね。じゃあね、スウォルツ。それに士」

 

 ディエンドは即座にその場から切り返す。

 バビロニアの壁を一望できる高台から飛び降りて、スウォルツの視界から消えた。

 

「あいつ……!」

 

 地に伏せながら、士が歯を食い縛る。

 

 ギンガが何とかケツァル・コアトルを押し返す。

 互いに太陽の熱で炎上しながら、距離を取り合って―――

 

「おい、鳥蛇女! 今はそっちより降りてった馬鹿の方が問題起こしてるんだ!!」

 

「―――、アナタ、よくジャガーと遊んでた……」

 

 士に声をかけられて、ケツァル・コアトルが静止する。

 南米エリアに来て、ジャガーと戯れていたマゼンタの戦士。

 その覚えられ方に眉を吊り上げて。

 しかし状況はそんな事を言っている場合ではない、と理解しているので。

 

「それはいいから、早くあいつの方を追いかけろ!」

 

「――――フン」

 

 そこで彼女が止まった瞬間、ギンガが周囲に紫色の光を纏う。

 そのまま光の球体に変わった彼が、すぐに飛び立った。

 空中に門のようなものを開き、消えていく姿。

 

「っ、しま……!」

 

 一瞬後にはもう痕跡も残らない。

 少しだけ止まった彼女は士の方を振り返り―――

 その瞬間、いま立っている大地が震撼した。

 

「うお……!」

 

 この高台が崩落しかねない破壊。

 横に視線を送れば、こちらを目掛けてグガランナの力の放出が行われている。

 そのまま破壊が継続すれば、こんな場所すぐに消えてなくなるだろう。

 

「掴まりなサーイ!」

 

 ケツァル・コアトルが士を掴み、飛翔した。

 そのまま離脱し、バビロニアの壁の方へと飛んでいこうとする彼女。

 そんな彼女の全身を、全霊の悪寒が貫いた。

 

 

 

 

 ―――彼らの目的は一つだった。

 

 いまなお微睡みの中にいる母を、目覚めさせること。

 ゴルゴーンは失敗した。キングゥは失敗した。

 挙句、キングゥは母の覚醒よりも自分の感情を優先して動いている。

 だから彼らは、もうそれに期待するのはすっぱりと諦めた。

 

 母が行った、欠伸のようなほんの小さな揺らぎ。

 それで発生した彼らの数は、数百。

 ゴルゴーンの魔獣を糧に生まれた彼らの数はとても少なく……

 よく考えて動かなければ、すぐに全滅するだろうということは分かっていた。

 

 だから。

 バラバラになって逃げた。

 キングゥが感情に任せて暴れるのと同時、彼らは全員で四方に散った。

 多くのものは討ち取られるだろう。

 それでも、母を呼び戻すために彼らは彼らが出来ることを目指し―――

 

「ッ、逃がすなグガランナ! まずはアイツらを潰しなさい!!」

 

 事態を。彼らの正体を看破しているイシュタルが叫ぶ。

 それも無茶ではあるまい。

 グガランナならば、キングゥを相手にしながら彼らを全滅させて余りある。

 だからこそ、彼らは僅かにでも生存率を上げるために四方に散ったのだから。

 

 雷霆が熾る。大地が震動する。嵐の蹄が荒ぶる。

 そうして、悉くを灰燼に帰す暴虐が振るわれて――――

 

「――――――――――!!!」

 

 天の牡牛が咆哮した。

 彼はイシュタルの命令を遵守する。

 目標は、逃げ出した彼ら。

 それは確かに最優先のものとして扱って。

 

 しかし、もう一つ。

 天の牡牛自身が、あれも狙わねばならぬ、と。

 その全身全霊の怒りを解放して、狙ったものが射線上にあった。

 

 雷霆が駆け抜ける。

 大地を裂き、燃やし、噴き上がる砂塵は嵐に切り裂かれる。

 それに巻き込まれて、多くの同胞が四肢散開。

 残骸を宙にばらまいて、それさえも蒸発させられた。

 

 たったその一撃で彼らのうち、何人が死んだだろうか。

 いや、数百のうち何人ほどが生き残れただろうか。

 だが、全滅はしていない。

 

 偶然だろうと何だろうと、少なくとも“彼”は生き残っていた。

 すぐ横を通り抜けていった雷撃。

 それが焼き切った大地に残る、灼熱する攻撃痕。

 もう少し横を走っていたら、彼もあっさりと蒸発していたことだろう。

 そんな紙一重で命を拾った彼が、よたよたと体を起こす。

 

 ―――そうして、頭を上げて。その先に見つける。

 彼の横を通り過ぎていった一撃が、何に中ったのかを。

 どうやら高台から飛び降り、着地した直後だったらしい、一つの人影。

 

 天の牡牛の怒りを直に向けられ、雷撃を受けたシアンの装甲。

 それを纏った人間が、小さく身動ぎする。

 

 驚愕だ。

 あの天の牡牛の一撃を浴び、生きている人類がいるだなんて。

 彼は、この状況においても特に驚いた。

 

「っ、……やって、くれるじゃないか……暴れ牛くん……!」

 

 彼は片手に持った銃に、カードを差し込もうとして。

 ―――その手に、何か持っていたはずのものを持っていないことに気付いた。

 そういう様子を見せたのだ、と。彼も理解した。

 

「ちぃ、ウォッチ……!」

 

 シアンの鎧が周囲を見回す。

 その失ったものを探すように。

 そんな彼の様子を見ていると、からからと音を立てて、彼の前に何かが転がってくる。

 丁度人間の掌に収まるくらいの、小さな何か。

 

 彼は手を伸ばす。

 巨大な鉤爪のような腕を器用に操り、それを掴み取り。

 

「――――! 返したまえ、それは僕のお宝だ!」

 

 彼は見る。それを見る。なんだろう、憶えがある。

 そこに描かれた顔に、憶えがある。

 彼の素材になった、ゴルゴーンの魔獣だった頃の記憶だろうか。

 

「33、g@.q2@l.7zz:q7z」

 

 そういえば、あのシアンの鎧もよく似ている気がする。

 ならば、これもそうなのだろうか。

 これがあれば、自分もあの天の牡牛から逃れることが出来るのだろうか。

 母を目覚めさせるまで、活動していられるのだろうか。

 

 鉤爪が器用に、ウォッチを撫で回していく。

 そうして、カチリ、と。

 

〈ディケイドォ…〉

 

 彼の体に、アナザーディケイドウォッチが沈んだ。

 

「この……!」

 

 変貌していく。新しく生まれた彼が、新たなる姿に。

 マゼンタとホワイト、ブラック。

 幾つかの色で分かれた、次元戦士を模した異形に。

 悪魔のような角を持つ、世界の破壊者に。

 

 ディエンドの銃撃が彼の装甲で火花を散らす。

 その程度の攻撃、もはや何の意味も無く。

 

「fff、fff! ffffffffff! e:.、e:.、e:.!

 fft@<].f@d9i! 6bdieb4! 6bdieb4!」

 

 鎧の性能を理解して、狂喜する。

 彼が、アナザーディケイドが。

 自身が渡るために、銀色の幕を開く。

 

 母は起きられない。では、夢の世界に起こしに行こう。

 母は虚数の海から出られない。では、世界を渡るこの力を母に上げよう。

 もう、誰も、彼女の世界を止められない。

 

 アナザーディケイドが、銀色の幕の中に消える。

 

 

 

 

 迸る絶殺の一撃。

 不意打ちの危険など、彼は一分たりとも考えていなかった。

 夢の世界に漂う夢魔が、胴を撃ち抜かれて喀血する。

 

「な、……! 夢の、世界に、直接……!?」

 

 驚愕するマーリンの声。

 撃ち抜かれた胴体を中心に赤黒く染まり。

 しかしすぐに、それは金色の霧となって消え始めた。

 

「6f94! 6f94! ff9、6f94!

 m46g.d@tyq@9! m4fd@/.d@tyq@9! m4、60op.d@tyq@9!」

 

 蹴撃でマーリンの腹を撃ち抜いたアナザーディケイド。

 彼は相手に突き刺した足を引き抜くと、そのままマーリンを蹴り飛ばした。

 退去が始まり、流されていく彼を背に。

 その異形は、歓喜するように大きく手を振り上げた。

 

 微睡みの中にいた母が目覚める。

 それだけで、残っていたマーリンの意識が捩じ切られた。

 五体を引き裂かれ、夢魔は表情をきつく顰める。

 

「―――まさか、こんな。くっ……!

 余裕を作った、と思っていたんだが……こんなかたちで、ッ!」

 

 酷く口惜し気に、彼はそう言い募り。

 しかし次の瞬間には夢魔の体は八つ裂きにされ、散っていった。

 

 直後。

 夢の中の母がゆっくりと身を起こして、彼に近付いてくる。

 彼女の頭部が竜のように変形し、徐々に顎を開いていく。

 彼をそのまま、丸呑みにするような姿勢だ。

 

 それを前にしても、彼に思う事はない。

 元から彼は母の一部。

 それが元に戻るだけなのだから。

 

 母が彼を口にして、彼が母の中に溶けていく。

 彼が手にした力も同様に、母の中へと溶けて混ざっていく。

 

 全ての母が、瞼を開く。

 創造の神が、瞼を開く。

 世界の破壊者が、瞼を開く。

 

 外に待っているのは、母を忘れ去って消える世界。

 忘れられて消えるはずだったものを残すため、彼は破壊者という使命を帯びた。

 

 だから、取り戻そう。

 忘れられて消える筈だった(せかい)を、もう一度蘇らせるために。

 全てを破壊して、再び蘇らせる。

 それが世界の破壊者、ディケイドなのだから。

 

 

 

 

 ―――ペルシア湾海上。

 そこに、巨大な銀色の幕がかかる。

 溢れ出してくる、黒い泥。

 それが海を瞬く間に侵食し、どす黒く染めていく。

 

 泥の中から、彼女が生み出す新たな命が芽生えだす。

 女神ティアマトの織り成す新たなる生態系。

 この星を新生させる混沌の海。原始生命の素。

 

 彼女こそは原初の女神、ティアマト。

 神に討ち取られた後、その体を人界の創造に使われたもの。

 だが、その創造が終わった後、彼女は廃棄された。

 どこでもない、生命の存在しない地平。虚数世界へ。

 

 創造、創生は彼女の生態だ。

 人が呼吸をやめられないように、彼女は命を生み出す事をやめられない。

 この惑星に今の生態系が確立された以上、これ以上新しいものはいらない。

 その時点で、彼女は必要がなくなった。

 

 ―――いや、地上にいてはならぬものへと変わってしまった。

 無限に命を生み出し続ける彼女は、最早この星にとって害悪にしかならなくなった。

 

 だから、排除された。

 

 なぜ。

 なぜ子を生み、愛する喜びを排斥されなければならない。

 なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。

 

 答えはない。答えは、もういらない。

 戻っておいで、と。

 もう、彼女は声を上げない。

 

 彼女は原初の女神。世界を始めるもの。

 

 ―――彼女は世界の破壊者。世界を終わらせるもの。

 

 だから、今の世界は壊そう。

 彼女は世界の破壊者として今の世界を破壊して。

 そして、また新しく始めればいい。

 原初の女神として、新たに愛するべきもので世界を満たそう。

 

 彼女が顔を上げて、彼方に見えるウルクを睨む。

 竜と悪魔が混ざり合ったような、黒とマゼンタの貌。

 

 彼女の名は、原初の女神ティアマト。

 彼女の名は、世界の破壊者ディケイド。

 

 ―――彼女の名は、アナザーディケイド激情態(ザ・ビーストⅡ)

 

 全てを破壊し、全てを自分の許に繋ぎ直す。

 創造と破壊の神である。

 

 

 




 
・アナザーディケイド激情態(ザ・ビーストⅡ)

 眠りから目覚める事なく。虚数の海から這い上がることすらなく。
 次元戦士の力を手に入れ、世界を渡り地上へと帰還した母なる女神。
 創造の前に破壊あり。破壊の後に創造あり。
 創造せしものこそ、彼女が愛すべきもの。

 ―――しかし。
 愛するものが、彼女の元を離れる時がもし来たならば。
 再び彼女は、破壊から全てをやり直す。
 彼女は愛するものが旅立つことを許さない。
 彼女という巣から飛び立つことを許さない。

 創世の女神ティアマトにして、世界の破壊者ディケイド。
 彼女がその眼に映す世界はたったひとつ。
 己が望む世界に創造と破壊を巡らせて、その瞳は何を見る。
 


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スタート・オブ・ディエンド2009

 

 

 

「……この本によれば。普通の高校生、常磐ソウゴ。

 彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた」

 

 遠くに見えるは海上に聳え立つ、災厄の神。

 アナザーディケイドと化した、原初の女神ティアマト。

 

 その光景をバックに、『逢魔降臨暦』を手にした青年。

 黒ウォズが、開いた本の頁を一枚めくる。

 開いた頁にゆったりと視線を這わせ、彼は一つ苦笑。

 

「どうやら、世界が終焉を迎える時が来たようです。

 ああして姿を現したのは、世界の破壊者アナザーディケイド。

 その力を手にしたのは、原初の女神にして災害の獣。

 回帰の人類悪、ティアマト」

 

 ぱたり、と。

 彼は片手で本を閉じると、それを脇に抱えてみせる。

 

 彼方で、アナザーディケイドが動作を始めた。

 湧き立つ海から溢れ出す、無数の怪物。

 それらがふと、黒ウォズの方へと口だけの顔を向けてくる。

 

 そんな事を気にもせず。

 視界を埋め尽くしていく黒紫の魔物に背を向けて、溜息交じりに彼は歩き出した。

 

「―――まさか、ここでアナザーディケイドが造られるとはね。

 やれやれ、海東大樹も随分とやってくれるものだ」

 

 ガサガサと四本の鉤爪が大地を削る。

 数え切れぬ怪物の疾走は、全て黒ウォズを目掛けてのもの。

 彼は、それをやはり気にもせず。

 

「いいのか、このままで」

 

 ―――声と共に、手刀が閃く。

 数十と駆けつけてきた化け物が、瞬く間に切り裂かれて崩れ落ちた。

 その死骸を踏み潰して。

 黒いマントを纏った緑の戦士が、歩き去ろうとしている黒ウォズに問いかける。

 

「――――若き常磐ソウゴをそう侮るものではないよ、カゲン。

 私たちは、本当に助けが必要な状況なら助ければいい。そうだろう?」

 

 振り返らずにそう告げて、黒ウォズはストールを一振りした。

 渦巻く布に包まれて、彼の姿は消え失せる。

 

 取り残された緑の戦士は、そちらを一瞬だけ振り返り。

 すぐに視線を戻し、黒い海に顔を向けた。

 止め処なく増殖を続ける怪物の海。

 彼は少しの間だけそれを眺め―――首を回しながら小さく鼻を鳴らし、踵を返した。

 

 

 

 

「……母さん!」

 

 ケツァル・コアトルが、彼方に現れた神に目を見開く。

 だが何故。何故あの場に?

 彼女は虚数の海から浮上したわけではない。

 どういったわけか、そのまま世界を渡ってきた。

 

 ならば、このバビロニアの壁。

 あるいはウルクに直接降臨する事だって、出来たはず。

 最初にあの付近に行く必要があった?

 ペルシア湾に近いのは、むしろ彼女の領域であるウルやエリドゥ―――

 

「――――しまった、マルドゥークの斧!?」

 

 彼女の神殿のあるエリドゥ。

 そこに置かれた、女神ティアマトの首を斬り裂いた神具。

 それは確かにティアマトに対する、最大の武器となりえるものだ。

 だからこそ、彼女は真っ先にそこに降り立った。

 

 歯を食い縛り、ケツァル・コアトルが周囲を見渡す。

 発見するのは地上を走るジャガーマン。

 いかに彼女の足であっても、空を行くケツァル・コアトルやキングゥには一歩譲る。

 彼女は遅れてこの場に到着して、その瞬間に人間を放り込まれた。

 

「おっ!? なになに、捧げもの? あ、ピンク男!」

 

「っ、マゼンタだ……!」

 

「ジャガー! 私はエリドゥに戻るわ、アナタはみんなと合流なさい!」

 

 神威を上げる。ここで燃え尽きても構わない。

 どちらにせよ、エリドゥが呑まれれば彼女の神殿も崩壊する。

 そうなればこれほどの神威を保ってはいられない。

 彼女が全力でティアマトにぶつかれるのは、最早エリドゥが沈むまでの短い時間に過ぎない。

 

 マルドゥークの斧を振り上げられれば。

 その刃で、彼女に瑕を与えられれば。

 如何にティアマトとはいえ、ティアマトだからこそ。

 あの斧に与えられた瑕だけは、致命傷になりえる。

 

 空を斬り裂く流星になって、彼女は自身の領域へと帰還した。

 

 ―――そこに広がる、地獄絵図。

 ティアマトの浸食海域から生まれたものが、そこに氾濫している。

 彼女が領域に抱えていた人類は、彼らの殺戮の対象。

 よく分からないけど、殺していいものとして扱われる。

 

「ッ!!」

 

 それでも、彼女にそちらを構う暇がない。

 化け物たちは既に斧に取り付き、斧を倒し始めていた。

 幾万の化け物は力を合わせ、母を殺し得る斧を傾けてしまっていた。

 

 ざぶざぶと、泥の海が大きな波紋を広げる。

 倒れたマルドゥークの斧が、混沌の海に沈んでいく。

 その光景を眺めながら、喜色も顕わに怪物たちは哄笑していた。

 

 次に目を付けられているのは、彼女の神殿。

 あれらに群がられれば、そのうち砕かれるか。

 そうでなくとも泥に呑まれれば、溶かされるだけだ。

 

 彼女の神性を保証し、神格を維持する“太陽歴石(ピエドラ・デル・ソル)

 神殿の要石を放置することはできない。

 だが、最早あれを持って逃げたところで意味はない。

 ティアマトが広がってしまえば、それこそ勝ちの目は目減りしていく。

 

「――――マルドゥークの斧を取り戻す! 例え今ここで、私が燃え尽きようとも!!」

 

 ケツァル・コアトルが進路を下へ。

 目指す先は神殿。

 太陽歴石を目掛けて、既に怪物たちは群がり始めていた。

 だがそんなものたちが、今のケツァル・コアトルを止められるはずもない。

 

 近づくだけで蒸発させられ、神殿一帯の連中が消滅した。

 数千、それだけの怪物が焼けて死に。

 数秒と待たず、同じだけの怪物が海の中から新たに生まれてくる。

 

 そんな光景に目を細めながらも、彼女は神殿の要石を持ち上げる。

 その状態で飛翔した彼女は、動きを止めているティアマト神へと顔を向けた。

 動かないのは、マルドゥークの斧の確保を最優先にしているからか。

 絶対に奪われないように、と。

 

 本能だけで動く彼女がそうしている。

 その事実こそが、あの斧の有効性を保証しているとさえ言えるだろう。

 

「―――――――」

 

 悪魔竜。

 そういった風貌と化した母の緑の目と、視線を交わす。

 眼が合うことは、ない。

 彼女はもう、旧態の世界を見ていない。

 

 これをティアマト本体に―――当てても、そう意味はあるまい。

 都市一つ灰燼に帰す火力がこれにはある。

 が、そんなことで止まるような神ではない。

 

 ならば、これで泥の海を一気に蒸発させる。

 こうなった以上、マルドゥークの斧は必須のものだ。

 それだけは、奪わせるわけにはいかない。

 

 既に泥の海に呑まれた、というのであれば。

 その海を蒸発させてでも、あれは引きずり出さなければならない。

 

「……母さん、その斧を。

 いえ―――今の人間のための生存圏を、返してもらうわ!!」

 

 石を抱え、炎上する翼ある蛇。

 その石は門であり、繋がる先は彼女の真体。

 太陽の女神の権能を現界まで引きずり出し、ケツァル・コアトルが跳んだ。

 

「“太陽歴石(ピエドラ・デル・ソル)”―――――!!!」

 

 ツイストしながら、太陽神が己が権能を投擲した。

 それは高速回転しながら泥の中へと叩き込まれ―――

 一瞬、顕現する太陽の一部。

 その熱量が泥の中で破裂して、あらゆる生命を灼き払う。

 

「―――――――!!」

 

 ティアマトが叫ぶ。彼女が地上まで拡げていた世界が蒸発する。

 如何にこの星の創世の女神であろうとも。

 太陽の熱を前にすれば、生命の海であろうと蒸発するより他にない。

 太陽の熱の中で、新たな生命など生まれるはずもない。

 

 地獄よりなお燃え盛る豊穣の灯り。

 だがそれは近づきすぎれば、全てを灼き尽くす劫火でしかないのだから。

 

 神性が下落する。

 ケツァル・コアトルの神格を支えていた神殿を失い、力が抜けていく。

 それでも並みのサーヴァントよりは強いだろうが―――

 

「……! っ、見えた、マルドゥークの斧……!」

 

 それを呑み込もうとしていた泥が全て焼け落ちて。

 巨大な斧が、地面に転がっているのを見つけた。

 泥を灼き尽くす太陽の顕現の中にあっても、その斧が焼け付いた様子はない。

 

 それほどの神具だからこそ、ティアマト神に対抗できる。

 やるべき事はそれの回収。

 

 ケツァル・コアトルがそのまま眼下に向かって加速。

 ―――しようとした瞬間、雨が降る。

 大地の中で編まれた、神具に等しい武具の雨が。

 

「キングゥ……!?」

 

「――――ふん」

 

 鍔迫り合いなど成立するはずがない。

 今まさに力の大半を失った彼女に、聖杯で補強されたキングゥは倒せない。

 咄嗟に守りに入った彼女は、一度の攻撃で容易に吹き飛ばされた。

 

 キングゥは追撃など仕掛けずに、地面に倒れた神斧を見落ろす。

 彼の腕から垂れる鎖が、その柄に向けて伸ばされた。

 彼ならば、この超重量さえも持てるだろう。

 だから持ち上げて、泥に侵されたペルシア湾に捨てればそれで終わり。

 

「予定とは違ったけれど、母さんが目覚めたんだ。

 これで終わりだよ、キミたちは」

 

「ハ―――! あんだけ息巻いて喧嘩売ってくれた後でしょ?

 この私が! やっぱ止めましたで! ただで済ます筈がないでしょうが――――!!」

 

 そのキングゥごと轢き潰すように、牡牛のカタチを取る嵐が襲来した。

 ティアマトを中心に拡がる、ペルシア湾から逆流する浸食海洋。

 しかし、神獣グガランナこそはそこに繋がる河さえも干上がらせるもの。

 浸食海洋の逆流を、神獣による干ばつが塞き止める。

 

「ちぃ、イシュタル……!」

 

 そんなものの激突に巻き込まれれば、キングゥとて宣言通りに八つ裂きだ。

 舌打ちしつつ、彼がティアマトとグガランナの衝突から逃れる。

 超級の怪物二体が、状況を変え得る神斧を挟んで、正面から激突した。

 

 その衝撃に巻かれ、吹き飛ばされるケツァル・コアトル。

 きりもみ回転しながら墜落する彼女を、跳躍した獣が捕まえた。

 

「ほいキャーッチ! へいへいククルん弱ってるー!

 へっへっへ、安心なさい。

 私はライバルが弱ったとこを不意打ちなんて、時々しかしないのです!」

 

「ッ、ジャガー……! アナタ、どうやって……!」

 

 ジャガーが抱えているのは彼女だけではない。

 先程渡した人間を、未だにもう片手に抱えていた。

 ぐわんぐわんと高速でシェイクされつつ、ジャガーの着地の反動で更に揺れる。

 そのまま女神と人間は放り投げられ、地面に転がった。

 

「っ、お前、着ぐるみ女……! もう少し優しく運べないのか……!」

 

「ピンクメーン、言うじゃないのピンクメーン。

 ジャガーは荒ぶる獣、宅配便ならネコにやらせるべきなのよ。クロネコに」

 

 抱えた荷物を放った手に、彼女は肉球棒を呼び出した。

 

「あっちの戦場も混乱したけど、ゴルゴーンの魔獣は実質全滅。

 すぐに体勢を整えて、この状況に対する情報の精査に入るはずよ。

 つまり一回、ウルクに全員集合ってわけ」

 

 着ぐるみのフードを下げて、彼女は軽くストレッチし始める。

 外見に似合わぬ程度に迸る悍ましい神威。

 それらで眼光を赤く染めながら、彼女はいつものように微笑んだ。

 

「ククルんはそこのピンクメンと一緒にそっちに行ってらっしゃい。

 ここは私とイシュタルさんで何とかするから。

 他の連中はともかく、あのグレートマザーはグガランナじゃないと止められないし。

 神格がた落ち魔力かつかつの今のククルんじゃ、下手したら雑魚にも負けちゃうもの。

 そうなるよりは、あっちのメンバーに今の状況説明したげてくれた方がいいし」

 

「ジャガー……!」

 

「あ、なんか天啓が降りてきた。決め台詞かしら?

 よし、今からカッコいい事言うわよ? ふふ、よくわかんないけど絶対カッコいい奴!

 ああ。時間を稼ぐのはいいが───別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?

 どう!? ねえ、どう!? カッコよくない!? じゃ、行ってくるから!」

 

 言いたい事を言い切って、彼女は一気に体を沈ませた。

 狩人の跳躍。

 それが行われた瞬間、彼女は疾風の如く奔る爪へと変わっていた。

 引き裂かれる氾濫する怪物たち。

 

 ケツァル・コアトルが体に力を入れ―――しかし。

 確かにもう魔力が限界だ。

 神殿と引き換えにとはいえ、一時的に真体まで引き出したのだ。

 それも仕方ない、が。

 

「……仕方ありません。この情報は、一刻を争うもの……退きマース!」

 

「―――その前に」

 

 抱えようとした人間が、彼女の手を掴む。

 まるで、彼女の行動を止めるように。

 そのまま彼は空いた手を、虚空へとゆるりと伸ばす。

 その手の先に展開される、銀色のカーテン。

 

「……ウルクまでは俺が運んでやる。今のうちに、無事そうな連中をかき集めてこい」

 

 驚いたような目で、彼を見下ろすケツァル・コアトル。

 そうした彼女が、目を細めて頷く。

 

 疾走するジャガーの狩りの現場を見下ろして、僅かにイシュタルが眉尻を上げた。

 彼女の態度に思うところなどあるはずないのだが。

 

「……何いまの感覚。全力でジャガ村先生から喧嘩売られた気がする。

 ―――ま、どっちにしろ順番通りね。

 ぶちのめすにしたって、喧嘩を売られた順番がある。そこを守らなくちゃ舐められる。

 ええ、だから。真っ先に蜂の巣にしてあげるわ、泥人形――――!!」

 

「幾ら喚いたところで差は埋まらないさ。グガランナは母さんの歩みを遅くできるが、それだけ。そしてキミはボクの足元にも及ばない。

 結果は見えてるんだよ、イシュタル。その頸を斬り落として、四肢を串刺して、旧世界を代表する出来損ないの女神として、オブジェにして飾り付けてやるよ――――!!」

 

 アナザーディケイドが咆哮する。

 グガランナが雷霆を呼ぶ。

 二体の巨神が激突し、その衝撃だけで生み出される怪物たちは弾けていく。

 

 その生命を磨り潰す嵐の中で、天の鎖が舞い、金星の女神がそれを撃ち抜いてみせる。

 

 ―――戦場が停滞する。

 ティアマトが生み出す怪物の思考はいま、ひとつ。

 母を殺し得る刃を、確実に海に沈めること。

 だから全ての怪物は、今この時に限りマルドゥークの斧に目掛けて殺到する。

 

 だがマルドゥークの斧を挟み、巨神が激突し合っている。

 その衝撃に耐え切れるものなど、一匹たりとも存在しない。

 巻き込まれずに浮ついた数少ない怪物は、ジャガーマンに狩り尽くされる。

 

 その衝突に僅かでも割り込める可能性のあるキングゥは、イシュタルと激突している。

 

 これは、停滞だ。

 やがて、いつか、簡単に、堰が切れたように一方に傾くだろう。

 だが、いま、確かに。確かに、ここで災厄の獣を停滞させていた。

 

 

 

 

 轟音。

 それに対して、ジグラット内の兵士たちが大きくざわめく。

 片手を軽く振ってそのざわめきを鎮圧。

 軽く息を吐きながら、ギルガメッシュは入口へと視線を向けた。

 

「王様! 何がどうなってるか分かる!?」

 

「今それを精査するための情報を集めているのだ、馬鹿ども。静かにしろ」

 

 雪崩れ込んでくるカルデア、のみならずギルガメッシュのサーヴァントたち。

 天草に誘導され、外への警戒に連れ出される牛若丸。

 その両名のみ除き、全ての戦力がジグラットに集結してくる。

 

 それを見渡して、彼は溜息を吐いた。

 ふと、その視線が立香の抱えた天命の粘土板を見つける。

 その事実に片目を瞑り、肩を竦めるギルガメッシュ。

 

「―――貴様たちカルデア側の観測も後で報告してもらう。

 さて、報告を続けろ」

 

「は、はっ! ウルクを飛び越して、グガランナと共にペルシア湾まで直進したイシュタル神ですが、海上に出現した怪物と激突。炎の翼らしきものも確認されたため、恐らく、ケツァル・コアトル神もそちらに向かわれたのかと……!」

 

「ふん、神が揃いも揃って無策突貫か。まあよい、状況を見るに最善だったのだろうよ。

 バビロニア防衛隊、並びにエレシュキガル攻略隊。貴様たちもわざわざここに来たのだ、成果を報告せよ」

 

 兵士たちに向かって手を振るギルガメッシュ。

 その動作に応え、兵士たちは動き出した。

 足早にジグラットを退去していく兵士たちを見送って、オルガマリーが口を開く。

 

「……私たちは女神エレシュキガルとの交渉に成功。

 協力を取り付けました。

 その後、ゴルゴーン……最後の三女神、ティアマトの侵攻を聞き、バビロニアに合流」

 

「イシュタル神の天の牡牛の乱入等ありつつ、しかし。

 アナ殿と相打ち、という形になりましたが……ティアマト神の討伐にその場で成功。

 ティアマト神の消滅後、今までの魔獣の代わりに別の魔獣の存在を確認しました。

 続けて、その魔獣及びキングゥとの戦闘に入ったのですが、突然マーリン殿が消滅。

 その後、キングゥ及びイシュタル神が天の牡牛を引き連れ、離脱。

 状況が掴み切れず、こうしてジグラットに帰還した次第です」

 

 ギルガメッシュのサーヴァントとして言葉を引き継ぐレオニダス。

 彼の言葉を聞き、数秒。

 それだけ止まってから、再び王は口を開く。

 

「マーリンは途中退場、か。

 では、カルデアの。貴様たちが観測できている範囲の報告をよこせ」

 

 王に問われ、ロマニが映像で姿を映す。

 その状態で呼吸を整えて。

 彼は、いま至急カルデアの総力を以て集めている情報。

 そこに確認された事実を開示した。

 

『―――ああ、まだ観測途中だけど。しかし、一点。

 いま、カルデアではクラス・ビーストの霊基反応を観測した。

 位置はペルシア湾海上。サイズは、60m前後』

 

 ビースト、と。その名を聞いた王は僅かに目を細め。

 

「60m、意外と見慣れた巨大ロボットサイズ……」

 

 立香がそう呟いて、眉を顰める。

 一番近いのはワイルドジュウオウキングだろうか。

 それほどのサイズの、怪物。

 そんなものとこれから、戦わなければならないということだろう。

 

「なに? そのサイズの機神が見慣れているだと……?

 ええい、貴様ら一体どこを巡ってきたのだ……! こんな状況でなければ(オレ)専用の変形合体機能を備えた黄金機神を造らせるものを……! いいや。むしろこんな状況だからこそ、こんな事もあろうかと造っておくべきだったのだ。そうなれば此処で使える手が一手増えたものを……!」

 

「何に張り合っているのですか、王よ」

 

 口惜しげに顔を歪めるギルガメッシュ。

 シドゥリはその横顔に冷めた視線を向けつつ、溜息を一つ。

 

『……60m、といっても。それは恐らく真体のサイズ。

 存在規模はペルシア湾全体に拡がっていて、いまなお拡大中だ』

 

「は、流石は真のティアマト神、といったところか。

 どういった方法かは分からんが、復活してみせたらしい」

 

「あの、クラス・ビースト……って言うのは? サーヴァントの事、なんですか?」

 

『―――あ、いや、それは……』

 

「クラス・ビースト、即ち人類悪。

 人類悪とはな、文字通り人類の汚点。人類を滅ぼす災害どもの総称よ」

 

 ツクヨミからの疑問に対し、言い淀むロマニ。

 彼が口を開く前に、ギルガメッシュはその疑問への答えを口にした。

 

「それは人類史が紡がれるほどに、その根底に溜まっていく淀みのようなもの。

 人類という種の外部から襲い来るものとは違う、人類という種が発展するごとに同じく進化していく獣性。文明より生まれ、文明を滅ぼす終末の化身にして、人類が持つ自死の要因(アポトーシス)

 

 王が滔々と語るその物言いに覚えがあり、オルガマリーが口に手を当てる。

 儀式『英霊召喚』。ロンドンで、作家・アンデルセンが紐解いたその儀式の正体。

 人類を滅ぼす敵を討つべく行われる、大儀式。

 そこで聞いた話と重なり、彼女は反応を示す。

 

「―――冠位(グランド)が討つべき、敵?」

 

「なんだ、知っているではないか。

 そうとも。クラス・ビーストに対抗するものこそ、冠位を戴いた守護者。

 あれらに対抗するべく人理に後押しされたものだけが、あの獣性に対抗できる」

 

 ギルガメッシュがそこで一瞬だけ、マシュの頭にいる白い獣に視線を向ける。

 フォウはその場で軽く体を揺すってみせるだけ。

 

「……そのグランド・サーヴァントとやらがビーストとやらを呼んでいたら世話ないな」

 

 敵は、冠位魔術師(グランド・キャスター)ソロモン。

 この地に齎されたのは、彼が降ろした聖杯によって引き起こされた現象だ。

 人類悪を打ち倒すべき冠位が、人類悪を呼び覚ました。

 そんな状況に、呆れるようにアタランテが吐き捨てた。

 

「まったくな話だ。だが呼ばれたものは仕方あるまい。

 倒すか、滅びるか、人類悪が降臨した以上、二つに一つしか道はない」

 

 肩を竦めてそう返すギルガメッシュ。

 そうしている王に対し、ソウゴが問いかける。

 

「それで、そいつを倒せるグランド・サーヴァントってどこにいるの?

 どうやったら呼び出せるのか分かる?」

 

「ビーストが目覚めたというのに顔を出さんなら居ないのだろうよ。

 呼ぼうと思って簡単に呼べるなら苦労もしない。まったく、世知辛い話だ」

 

「ふうん、じゃあ俺たちでそいつを倒すしかないんだよね?」

 

「生き延びるためにはあれを倒すより他にない。

 そんな事は分かり切っている話だ。冠位がいるかいないかなど関係ない。

 当たり前の事を訊くな、雑種」

 

「それもそっか」

 

 ―――そこに獣が生誕し、どこにも冠位がいなくとも。

 彼らのやるべきことは変わらない。

 

 ギルガメッシュが玉座より立ち上がる。

 

「さて、それでどう倒すかだ。とにかく情報だ。

 イシュタルはどうでもいいが、グガランナが戦えるうちが期限と言ってもいい。

 ティアマト神に真正面から当れるものなど、あの神獣くらいしかおるまい」

 

 王がそう言って玉座に背を預け。

 その次の瞬間、その場に銀色の幕が現れた。

 身構えるサーヴァントたちの中、歩み出てくるのは二人。

 

 ケツァル・コアトルと、門矢士。

 そんな彼女たちの様子を見て槍を下ろし、フィンが女神に声をかけた。

 

「……どうやら、随分と消耗しているようだね?」

 

「―――ええ、神性は使い果たしてきたわ。

 引き換えにアナタたちの勝機は残せた、と思いたいところだけれど」

 

 そう言って深々と息を吐くケツァル・コアトル。

 地上最強にして三女神同盟最強。

 それほどの神威は、いま姿を現した彼女には見る影もない。

 

 彼女の隣にいた門矢士も、消耗し切った様子で溜め息を一つ。

 彼を見て、ソウゴが問いかける。

 

「ケツァル・コアトル、と。

 それ出してる、ってことは……やっと協力しにきてくれた、ってこと?」

 

「……ああ。ま、俺の力は奪われて、今はティアマトのところにあるんだがな。

 敵はティアマトで、アナザーディケイドで、ビースト、って奴なわけだ」

 

 やれやれと、そう言って彼は肩を竦めてみせる。

 は? と、オルガマリーが男を見て、顎を大きく落とした。

 いきなり来たディケイドの正体、らしき男。

 そんなことより、尋常ではない事実に思考が押し流される。

 

「ちょ、ちょっとあんた、待ちなさい。それは、何? つまり……!」

 

「ティアマト神はいま、ソウゴさんの持つディケイドのウォッチの力でしか、倒せない?」

 

 唖然とした様子で、マシュがそうこぼす。

 今まで見てきたアナザーライダーとはそういうものだ。

 最終的に、その力を砕くべくジオウが撃破してきた敵たちだ。

 ティアマト神さえも、そうなった、と。

 

「そうなるな。頑張ってくれ、魔王」

 

 彼はそう言いながら歩み寄ってきて、ぽん、と。

 どうしようもなさそうに、仕方なさそうに、ソウゴの肩を叩いてみせた。

 そんな彼を胡乱げな目で見つつ、ギルガメッシュが再度着席。

 

「こちらから動かずとも情報が増えそうで何より。

 さぞ、目の前が暗くなるような面白い話を聞かせてくれるのであろう」

 

 ―――そうして、彼らが現状を共有する。

 アナザーライダー、ディケイドの生成。その力。

 アナザーディケイドと化したティアマト神の覚醒と帰還。

 彼女という神の脅威。

 

 それを皆で共有したのちに、顎に手を添えて。

 難しい顔をした巴御前が、ぽつり、と。

 

「つまり……外殻となる、あなざーらいだーの力。

 それをソウゴ殿が砕いて初めて、ティアマト神に攻撃が加えられる、と?」

 

「そもそもの問題として、それは壊せる、のですかな?」

 

「今のとこ、無理じゃないか?」

 

 酷く渋い顔をした僧衣の巨漢、武蔵坊弁慶。

 彼の疑問に対し、ディケイドであった男がすっぱりと答えを返す。

 

「アナザーディケイドは、魔王が持つ俺の力で倒せる。

 だが、魔王が持つ俺の力だけじゃ、ティアマトは倒せない。

 二重の防壁を攻略して、初めてあれを倒す権利が得られるわけだ」

 

 サーヴァントに使用されたアナザーウォッチが霊基と癒着してきたように。

 いま、アナザーディケイドウォッチは、ティアマトの神核と完全に融合している。

 アナザーディケイドを破壊してから、ティアマトを撃破。

 あるいはティアマトを撃破して、アナザーディケイドウォッチを排出。

 そんな流れは、けして在り得ない。

 

「駄目ではないか。何をやっているのだ、貴様は」

 

「そんなこと俺に言われても。

 そもそも何でティアマトをアナザーディケイドにされちゃったの?」

 

 呆れるようなギルガメッシュの視線。

 その視線を向けられたソウゴが、それをそのまま士に回す。

 彼はそんな視線を受け止めて、肩を竦めて跳ね返した。

 

「色々あったんだ」

 

「その色々が何なんだって話でしょ……」

 

「色々は色々だ」

 

 オルガマリーの恨みがましい声をそう言って受け流し。

 彼は息を吐きつつ、背中を王宮の柱に預けた。

 そういう様子は隠そうとはしているが、事実として疲労困憊なのだろう。

 

「……だがまあ、ティアマト神に通じるマルドゥークの斧が無事、という点は朗報だ。

 考えられるのは、貴様とマルドゥークの斧による同時攻撃。

 ティアマト神に致命傷を与える武器と、アナザーディケイドとやらの致命傷となる力。

 それらを統合してぶつけるより他にあるまいよ。

 それが実際にあれの命に届き得るかは……やってみなければ分からんな」

 

「斧を確保さえできれば、何とか振ってみせるわ。

 今の私でも、グガランナの抑えさえ効いていれば、どうにか中ててみせる」

 

 ケツァル・コアトルが言う。

 だが神性が下落した彼女では、実際問題として相当難しい話だ。

 それを察したクー・フーリンが顔を顰めた。

 

「ただ振るだけでいいならどうにかなるだろうがよ。それで済むのか?」

 

「振るよか落とした方がいいんじゃないかい?

 その女神様が海の支配者なら、空を嵐で支配してんのは大牛の方なんだろう。

 だったら制空権を活かしてやろうじゃないか。

 アンタの翼竜と、アタシの船。そんでタイムマジーン。

 そいつらで吊って上まで持ってって、思い切り叩き付けてやった方がいいだろうさ」

 

「なるほど。確かに、そっちの方がいいかもしれまセン。

 その状態から私たちが全力で加速を乗せて、叩き付ける……

 後は、母さんとグガランナの衝突している状況で、どうやって斧を確保するか」

 

 ドレイクからの提案に、一理あると頷くケツァル・コアトル。

 だがその後に出した問題こそが最大の問題点。

 

「新しい魔獣もティアマトを守るために、その斧を確保しようとしてるんだよね?

 つまりもしどうにかして引っ張り出せても、今度は魔獣が全部私たちの方に襲ってくる」

 

「……最初に生まれた新しい魔獣はほぼ全て、グガランナが纏めて薙ぎ払いました。

 今も生産される連中の大半はグガランナの神威が薙ぎ払っているはずです。

 ですが、あれらは今までの魔獣よりも一体一体が強靭。

 多勢に無勢でこちらが先に瓦解する可能性も……」

 

 立香の言葉に、小太郎が腕を組んで唸りだす。

 そのやり取りを聞いた王が、玉座で頬杖をついてみせた。

 

「新しい魔獣、ではやり取りが面倒だ。何か名付けよ、カルデアの」

 

『それをこっちに振るのかい?

 ……ええと、こちらの戦場でグガランナが破壊した連中を解析した限り、彼らは神代の砂と泥によって構築された、通常の生命の系統樹に属さない新生命。誤解を恐れずに言ってしまえば、エルキドゥの量産型、みたいなものだね。

 この事からボクは、あれをティアマト神の最初の子にして泥の意味を持つ「ラフム」と呼ぶ事を提案したいと思う』

 

「ほう、ちょうど(オレ)もその辺りがいいと思っていたところだ。採用するとしよう。

 シドゥリ、新たな魔獣がラフムの名で通るように各所に通達させよ」

 

「分かりました」

 

 王の指令を受け、シドゥリが動き出す。

 彼はそれを見送りつつ、サーヴァントたちに意識を向ける。

 その意図を察し、切り出すのはレオニダス。

 

「私の宝具であるスパルタの友たちと、小太郎殿の風魔忍群。

 これで防衛に徹すればまず、真っ当な数が相手ならば通す事はないでしょう。

 真っ当な数であれば、ですが」

 

「―――必要ならば、アルテミス様からの矢を途絶えさせぬ。マスターの令呪、三角の全てを私に使ってもらえば相応の時間、大多数のラフムどもを撃ち落とせよう」

 

「ドレイク船長は斧の運搬のためにも魔力は温存……

 であれば、私の聖剣を含め、フィン殿、クー・フーリン殿、アタランテ殿。

 広範囲を薙ぎ払える宝具を、一定間隔で使い続ける必要があります」

 

「で、あれば。マスターたちの令呪も含め、ローテーションを組みつつ、マルドゥークの斧をどう動かすかを検討しつつ、更にソウゴの動きも決めねば……」

 

 アタランテが切り出す広範囲宝具の話。

 それに頷いたガウェインが動きを決めかねる、と難しい顔を浮かべた。

 そこに考えるべき要素は他にも多数、と。

 頭が痛い、とでも言いたげに二世が眉間を指で揉み解す。

 

「広範囲を吹き飛ばせぬ余たちは白兵戦、しかないな。

 そちらにマスターたちの魔力を割く以上、下手な事も出来ぬだろうし。

 倹約は苦手だが、致し方ない」

 

「ですが、下手に出し惜しんで押し切られてしまっては後衛が宝具の発動も儘なりますまい」

 

「受肉している僕たちならば多少は無茶が効きます。

 僕とレオニダス王の壁があれば、そう易々とは破られないとは思いますが……」

 

「私たちは全員タイムマジーンに乗ってた方がいいかな。

 皆が私たちを守るために動かなくてよくなる分、余裕が生まれるだろうし」

 

「わたしは……ドレイク船長の護衛、でしょうか。

 タイムマジーンに対する攻撃より、船に対する攻撃への防御が必要かと」

 

「そうだねえ、アタシの船じゃ流石に小回りが利かない。

 さっきみたいにフィンに強引に押し流してもらう余裕もないだろうし」

 

「常磐、幾つかウォッチをマジーンに回して。

 マルドゥークの斧を引っ張れる能力を最優先。

 後は飛行能力の向上と、群がってくるだろうラフムの処理能力」

 

「んー、とりあえず幾つかそんな感じなのを」

 

 クレーンと翼を持つバース。

 カメレオンの舌とファルコンの翼を持つビースト。

 そしてフーディーニによる飛行能力と鎖の牽引力があるスペクター。

 それらを選び渡しつつ。

 

 更に侃々諤々。

 ジグラットの中で、最後の戦いの内容が詰められて行き―――

 そんな中で、ロマニが声を上げた。

 

『―――すまない、ちょっといいだろうか。

 解析データが揃ってきたので、その上での推測を伝えたい。

 まだ推測ではある。推測の段階ではあるんだけれど……

 恐らくマルドゥークの斧だけではティアマト神は倒せない。

 もちろん、アナザーディケイドの力を排除した上で、の話だ』

 

 会議が止まる。前提条件が覆る。

 突然、勝利条件に不明な一文が追加されたのだ。

 どうすればいいか、など考える余地が消えたに等しい。

 そこでギルガメッシュが鼻を鳴らした。

 

「ほう? これはまた、やってくれるなロマニ・アーキマン。

 水差しどころか津波であったわ。

 それなりに建設的であった会議の内容を、全て押し流してくれたではないか」

 

『ボクだってそんな事したいわけじゃないけれど、言っておかなければならない事だ

 ゴルゴーンがティアマトであった間、発現していた不死性。

 キングゥが行おうとしたティアマト復活のための手順。

 そして今ペルシア湾から観測できる霊基強度から察するに、なんだけれど……

 彼女は、多分……“死”というものを有していないんだ。

 いや、彼女の“死”は世界に否定される、と言うべきかもしれない。

 彼女は世界に生命を生み出したもの。

 他の生命が世界に存在する、という事実が、逆説的に彼女の生存を保証してしまっている』

 

「……つまり、世界に生者がいる限り、ティアマトに有効打は与えられない?」

 

 眉を顰めて、立香が追加された勝負の条件を口にする。

 あまりにも馬鹿らしい話だ。いまの世界を守るためにティアマトと戦うのだというのに、いまの世界が滅びねば倒す条件が整わない、なんて。

 

「―――追加で、勝利条件が加わったな。

 世界から生者を一人残らず消し、その上でマルドゥークの斧とそこな雑種による同時攻撃。

 これが成立して初めて、倒せるか倒せないかの土俵に立てるそうだ。

 さて貴様ら、奮って議論を白熱させるがいい。どうやったら倒せると思う?」

 

「無理だろ」

 

 さっくりと、クー・フーリンが真っ先に断言した。

 

「所詮は犬の知恵。貴様はその程度だろうよ」

 

「ほー、だったら猿山の大将らしく、ここで頭のいいとこ見せてみろよ金ピカ」

 

 嘲笑うギルガメッシュ。

 威嚇の睨みを放ちつつ、クー・フーリンが唸ってみせた。

 それを完全にスルーして。

 

「ははは、それ見たことかロマニ・アーキマン。

 貴様のせいで誰もが黙りこくったわ」

 

『……ボクのせいにされても困る。冗談を言ったつもりはないし、こんなの悪い冗談であれと、今だって情報を精査し直しているところなんだから』

 

「は、随分と真面目に返してくるものだ。まあよい。

 冥界攻略組、貴様らエレシュキガルから鏡を渡されておらぬか?」

 

 あっさりと話題を変えて、彼はカルデアのマスターたちに問いかける。

 その問いを聞いて、立香が左右に視線を振った。

 冥界に行った誰もがそれに不思議そうな顔を浮かべ、首を横に動かす。

 

「鏡……? えっと、渡されてないよ?」

 

「ちっ、恥じらって文通にも踏み出せぬ小娘か、奴は……!

 というか、冥界の鏡もなしに、どうやってこちらに協力を申し出るというのだ!

 粘土板は渡しておいてこれとは、あやつ口だけか!」

 

「これでいいか?」

 

 がなる王に溜息ひとつ。

 ゆるりと士が腕を上げて、そこに銀色の幕を開ける。

 それを片眉をあげて見届け、ギルガメッシュは怒鳴りつけた。

 

「エレシュキガル! さっさとこちらに冥界の鏡を放れ!

 土着の女神でありながら、三女神同盟に組みしてこの地を荒らした罪!

 それを清算するまで、馬車馬よりも手酷く扱き使ってくれるわ!!」

 

 数秒、沈黙。

 その後、とんでもない勢いで鏡が銀幕の中から飛来した。

 それを上手い事受け止めてみせるケツァル・コアトル。

 直後、鏡を通じてその場に冥界の女神の幻像が姿を現した。

 

『あんたに言われる筋合いはないのだわ!

 私が協力をする意志を示したのは、この私を友と呼んだ人間のため!

 間違ってもあなたのためじゃないのだから、勘違いしないで欲しいのだわ!』

 

「貴様が誰目的かなぞどうでもよいわ。

 後、そういう態度は意中の相手にやってやると喜ばれるらしいぞ。

 お前のためじゃないんだから勘違いするな、とな」

 

『えっ、ちょ、ちょ、じゃあ今のナシ!

 そんなせっかくの態度をギルガメッシュ相手なんかに消費したなんて!

 死んでも死にきれない! もう一回、他の人に……!』

 

 彼女が顔を出して。

 途端、どうでもよさそうにギルガメッシュが千里眼で拾った適当な情報を投げつける。

 それに百面相を晒して慌てふためくエレシュキガル。

 

 そんなやり取りを困ったように見て。

 一言、立香が幻像に向かって話しかける。

 

「……エレちゃんはエレちゃんのままが一番いいよ?」

 

『――――~っ! ええ、任せなさい!

 ギルガメッシュは知った事じゃないけど、あなたたちのためなら!

 何でも私に任せるといいのだわ!』

 

 百面相を解除、頬を喜色の朱に染めて、エレシュキガルが胸を張る。

 そんな光景を見て、ちょうど戻ってきたシドゥリにギルガメッシュが声をかける。

 

「ははははは、見よシドゥリ。これがこの世界の都市神どもの姿だ。

 ろくでもないにもほどがある」

 

「はい。やはり王にも神の血が入っているのだな、と。

 私はイシュタル神やエレシュキガル神を拝見するたび、そう思います」

 

『ええ、と。それでなんだけど……』

 

「おっと、そうだったな。

 さて、エレシュキガルよ。いま我らが議論を重ねているのは、ティアマトの討伐法だ。

 凶器は貴様のところにも行った小僧と、マルドゥークの斧。

 だがそれだけでは足りぬ、と。あれを解析した人間は口にした。

 必要なのは、あれの生み出したものがいない生者亡き世界だという」

 

 ギルガメッシュの言い草を理解して、金髪の女神は酷く胡乱げな表情を浮かべた。

 

『……つまり、なに? 母さんを冥界に下ろしたい、っていうの?

 ――――それは。いえ、協力すると口にした事を反故にはしない。

 けれどそんな方法があるの? 母さんをクタにまで誘導する気?』

 

「―――マルドゥークの斧を利用すれば、あるいは」

 

 眉間に指を当てて悩み込んでいたエルメロイ二世。

 彼がそう口にする。

 ティアマト神の最優先目標は、マルドゥークの斧。

 であれば、それを餌にすれば誘導することも不可能ではない、かもしれない。

 

「……母さんがいま、見ているもの。それは確かにマルドゥークの斧だけれど……」

 

 確かにそうなのだが、と。

 ケツァル・コアトルも何とも言えない渋い表情を浮かべた。

 

『……推測にしかならないけれど。

 それでも一応、ウルクに近付いたら優先目標を変える可能性は提示しておくわ。

 マルドゥークの斧よりも、ウルクとギルガメッシュを優先する可能性ね』

 

 女神二人が渋面を作る。

 彼女たちが止まったタイミングで、門矢士が声を上げた。

 

「それ以前に、奴は世界に縛られない。冥界に落としても、普通に帰ってくる」

 

 その言葉に、今度は全員で渋い顔。

 そんな中で自分が戦う相手になる敵の能力を訊くべく、ソウゴが声を上げる。

 

「そういえば、アナザーディケイドの詳しい能力って?

 あんたみたいに色んなライダーの力を使ってきたりするの」

 

 質問されて、数秒。門矢士が悩み込む。

 

「―――いや。奴は使ってこないだろうな」

 

「……どゆこと?」

 

 そうしてから彼が出した答えは、

 

「奴とアナザーディケイドの力は恐らく相性が悪い。仮面ライダーディケイドは数多の世界を行き交う旅人……自分の世界を持たないが故に、世界に縛られない放浪者。

 だが奴は自分の世界だけしか見ていない。他の世界の事など見てはいない。奴にとって、自分の世界以外の世界に価値はない。だからこそ、世界を自分に縛り付ける。

 恐らく、あいつには“別の世界”を基点にするディケイドの力は使えない。そもそも認識ができない。だからこそ逆に、他の世界に追放だけは絶対にされない、ってことでもあるんだが」

 

「うーん、つまり?」

 

「基本的に他の世界に送れないだけだ。あるいは、“ディケイドの世界”の力が何か備わっているかもしれないが……まあ、分からん」

 

 途中で返答を投げて、門矢士は肩を竦める。

 そもそもディケイド自身ならばともかく、アナザーディケイドの事など知るわけない。

 何となくは分かるが、何となく以上に分かるはずもないのだから。

 

「冥界落としも効果無し、と来たか。

 で、その世界渡りの能力を貴様が潰すことは?」

 

「規模がでかすぎる。今の俺じゃ無理だな」

 

「で?」

 

 念を押すようなギルガメッシュの問いかけ。

 彼はゆっくりと天井を仰いで。

 指を一本立てて、示した。

 

「―――ひとつだけ、手がある。

 冥界落とし無しでも、あの神様の不死身を無効化できる手段が。

 ま、賭けみたいなものだがな」

 

 ―――そうして、彼は語りだす。

 彼が考えた、この状況における唯一の打開策。

 やっておかなければならない、必要な条件は更に増加する。

 だが、それ以外に現状では手段がない。

 

 全員にその行動の目的が周知され―――

 

「―――さて。これの勝機がどれほどか、は分からん。

 だがどうやら0ではない、とは言えるらしい。

 これより確率の高い手段を提案できる者は声をあげよ。

 (オレ)自ら率先して、今すぐそちらの作戦に乗り変えてやろう」

 

 ギルガメッシュが、そう言って笑い飛ばす。

 

「……ま、仕方ねえわな。

 つーか、いつも通りだぜ。全員揃って死に物狂いで戦う。

 そんで生き残れば勝ちってわけだ」

 

「……これほどの戦い、これほどの敵。

 そうも肩の力を抜いて笑えるのは、流石の大英雄ですな。

 見習いたいものです」

 

 軽く首を回して溜息を吐くクー・フーリン。

 彼の態度に、弁慶が微かに自嘲するように苦笑した。

 

「エレシュキガル。貴様、こちらに冥界を延ばしておけ。

 これが効くか効かぬかは別として、冥界落としは手の一つとして備えておく」

 

『そうは言っても、時間がかかるわ。

 確かにウルクの方に向かっても延ばし始めてはいたけれど……あ、そういえば』

 

 三女神同盟の活動として、彼女は冥界の領域を拡げつつあった。

 だがそれでも、ウルクに届くまではまだまだ時間がかかる。

 そうでなければ彼女はあそこまで焦ってなどいなかったのだから。

 

「なんだ」

 

『いえ、別に。冥界を拡大してる時、妙に拡げやすいタイミングがあったような、って。

 まあいつその現象が起きるか分からないから、期待は出来ないけど。

 普通にやって……そうね、最短で三日。下準備はしてたから、それだけあれば』

 

「三日、三日か。ち、それまでグガランナが保つかどうか」

 

 その会話を聞いていた士が軽く顔を上げ、僅かに思考して。

 首を曲げて顔を傾けて、ソウゴに視線を向けた。

 

「魔王、俺に今まで手に入れてきたウォッチを預けろ。

 ああ、さっきタイムマジーン用に渡してた奴はいらない。

 期限はここに冥界が届くまで、だ」

 

「……理由があるんだよね?」

 

「意味があるかは分からん。だが、成功しなきゃ世界が滅びるだけだ。

 ディケイドは、世界の破壊者だからな」

 

「そう。じゃあ大丈夫だね、ジオウは―――世界を救う、最高最善の魔王だから」

 

 ソウゴがジオウのウォッチを除き、全て取り出して。

 それを門矢士に向かって差し出した。

 不敵な笑み。それに同じく不敵な笑みを返し、士はウォッチに向けて手を伸ばした。

 

 

 

 

「そういうわけだ。聞いてただろ、俺はウルクを離れられなくなった。

 俺がやろうと思ってたことは、全部お前に任せる」

 

「生憎だね、僕は僕のやりたい事をやる。

 いくら士の頼みだからって、『はい、わかりました』とはいかないね」

 

 ジグラットから降りた士の声に、海東大樹が応える。

 彼は潜んでいた家屋の陰から身を出すと、大仰に肩を竦めてみせた。

 そんな態度に、顔を顰めて溜息ひとつ。

 

「なら、やらないのか?」

 

「―――――」

 

 念押しの確認に、海東の方こそ顔を顰めて。

 彼は人差し指を伸ばした腕を銃に見立て、士の方へと向ける。

 眉間に照準を合わせて、その姿勢のまま静止。

 互いにそこから動かず、数秒間だけ世界から動きが消えた。

 

「……もう一回訊くぞ、やらないのか?

 神様に世界を滅ぼされて、支配されて、それでお前は満足か?」

 

「僕はね」

 

 指が跳ねる。

 士の眉間から少しだけ照準をずらし、銃を撃つような所作を見せる。

 そうしながら彼は、あまりにも珍しく、煮え滾るような怒りの声を滲ませた。

 

「お宝は手に入れるけれど、本当にこの世界で一番大事なものだけは、もう盗まない。

 ―――誰もが初めから持っている、旅をする“自由”だけは。

 もう、二度と。盗まないし、盗ませない」

 

 ―――それが、彼の始まり。

 海東大樹が、仮面ライダーディエンドとなった理由。

 彼が守るのは。彼が侵す事を許さないのは。

 自由、というただ一点。

 

 肯定も否定も、繁栄も滅亡も、何だって好きにすればいい。

 それが世界の滅亡だろうと何だろうと。

 そういう道を好きに選んだ奴がいただけだ、でおしまいだ。

 世界の滅亡をさせたいなら好きにすればいい。

 それを邪魔したい奴がいるなら好きにすればいい。

 だから彼は何も遠慮をしないし、遠慮をされる謂れもない。

 

 全てを思うままに支配したいならすればいい。

 反抗を叩き潰すのはいい。力の差で世界を好きにするというなら、文句もない。

 だが、反抗を許さずに心を侵す事だけは、絶対に彼は許さない。

 そうやって作り変える事だけは、絶対に彼が赦さない。

 

 仮面ライダーディエンドが、そのまま腕を横へと持って行く。

 そこに開かれる、銀色の幕。

 

「僕が手に入れたお宝を利用して、その神様が自由を奪うつもりだっていうなら。

 しょうがない。僕も本気で君と一緒に戦ってあげるよ、士」

 

 海東大樹が銀幕に呑まれ、消えていく。

 その姿を見送りながら、門矢士はただただ目を細めるだけだった。

 

 

 




 
人類の自由のために戦う戦士(自分も際限なく自由に行動する)
 


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Zi-O!新生命体来襲-2655

 

 

 

 流れた矢が魔獣に中り―――その体を半壊させる。

 半身を吹き飛ばされたそれが転がり、そのまま雷光に消し飛ばされた。

 

「―――――!」

 

 数十秒前までは、そんな過程を経るまでもなく。

 イシュタルからの流れ弾を食らえば、四肢散開していた化け物どもが。

 一撃だけなら命を繋ぎ止めるように変わっていた。

 

「進化……! 以上に、母さんが生産体制を改めてる……!

 アイツら、このままじゃその内……!」

 

 歯を食い縛る彼女に向かって、鎖が伸びた。

 即座に体を逸らし、しかしマアンナを掠めていく一撃。

 それに大きく揺らされながら、彼女は即座に反撃を行う。

 

 迫りくる光の矢。

 奔る閃光を無造作に薙ぎ払い、そして笑うキングゥ。

 

「―――半日、も必要なさそうだね。

 あれらがマルドゥークの斧を確保できるものに進化するまで」

 

 新人類はいまなお組み替えられ、最適化が進められている。

 その速度たるや、もはや旧人類に対応し切れるはずがないものだ。

 今こそここで停滞しているが、一度浸食が開始さればそこで終わり。

 瞬く間にウルクまであっさりと呑み込むことだろう。

 

「斧の確保まで余裕を見て半日。

 そこから先の侵攻も……今の彼女なら、ウルクに届くまで半日必要ないだろう。

 予期せぬ内に、今日がキミたち旧態の生命の命日になったわけだ。

 運が良ければ明日まで保つかな?」

 

「ハ、うちのグガランナを舐めるんじゃないわよ!

 いくら母さんが相手とはいえ、私が命じれば十年は無補給で戦えるってーの!」

 

 悲鳴のような雷鳴が轟く。

 天の牡牛は、全霊を以て浸食海洋たるティアマトを押し留める。

 寄せ来る母なる黒い海。それを、天候の暴威によって押し返す。

 それでも、塞き止めるだけが精いっぱい。

 

「お前はともかくグガランナを舐めはしないさ。

 けど、もう終わりは見えている。そら、やっぱり半日どころじゃなかった」

 

 キングゥの言葉の直後。

 

 ―――混沌の泥が大きくざわめく。

 今まで泡が湧くように溢れ出していた泥人形たち。

 それらを一線を画す、巨大な異形が形成された。

 

 口だけの顔は変わらず。

 鉤爪の四肢を持つ、翼を生やした怪物。

 明らかに有する力の違うそれらの個体が、数にして11。

 

「―――11の子になぞらえて、特別製を11匹、ってわけ……!」

 

 ゆっくり、泥の中で顔を上げたその内の一匹。

 それがイシュタルとキングゥへと目を付けて―――奔った。

 

 金星の女神が指を向ける。

 その動作だけで数十の光の矢が放たれる。

 

 怪物はそれを迎撃はしない。

 運動性だけでもって、泥人形はその全ての光を回避しきった。

 そんな事実に対し、イシュタルが表情を歪める。

 

「速い……!」

 

 距離を詰め切られる。

 即座にマアンナへと手をかけ、それを鈍器のように振り抜く。

 打ち合う鉤爪と、黄金の舟。

 

 競り合いに負けて撃ち落とされるのは、イシュタルの方であった。

 

「……っ!?」

 

「さあ、串刺しさ!」

 

 追撃をかけるキングゥ。

 落下状態の彼女に向け、無数の鎖が撃ち込まれる。

 それを体捌きだけでギリギリ躱しながら、女神は地上へと落ちていく。

 

 そんな姿を、見送りながら。

 

「hdx@d? hdx@d? ……0t.sm! キ、ヒヒ!」

 

 再び、翼持つ怪物が加速した。

 

 キングゥの鎖に翻弄されるイシュタル。

 彼女に他の攻撃に対応する余裕などあるはずない。

 そんな女神に向かって、地上で戦闘していたジャガーマンが跳ぶ。

 しかし当然、援護など今更間に合うはずもない。

 

 ―――そうして、ザクリと。

 

 キングゥの胸を食い破り、怪物の腕が突き出した。

 

 真っ当な生物ならば致命傷でも、キングゥという機体ならば損傷の一言で済む。

 すぐに自分を貫く腕を掴み、彼は兄弟機に向かって振り向いた。

 

「ぐ、なッ……! オ、マエ……、なにを――――!?」

 

「キングゥ、イラナイ。ハハ、オマエ、ヒツヨウ、チガウ。モウ、イラナイ。

 キングゥ、ハハ、ツクッタ、チガウ。キングゥ、ハハ、コドモ、チガウ。

 キングゥ、イラナイ! キングゥ、モウ、イラナイ!」

 

 唖然と、理解できる言葉を口にした怪物を目の当たりにしている内に。

 ―――鉤爪が、彼の体内から、聖杯を掴み取った。

 

「っ、しま……!?」

 

 怪物が、そのまま腕を引き抜く。

 そこに引っかけられた水晶体。聖杯が、そのまま怪物に取り込まれた。

 その瞬間、キングゥの全身から力が抜け落ちて。

 

 同時に。

 がくりと、怪物も同じように糸が切れた人形のように力を抜いた。

 

 空から、二体纏まって地面に落ちていく泥人形。

 

 空中でジャガーマンに掴まれ、なんとか着地したイシュタル。

 彼女はすぐさまそちらへ視線を向けた。

 

「っ、……棄てられたわね、キングゥ……

 そりゃそうでしょうよ、アンタの躯体はこの世界で造られたものだもの。

 今の母さんの視界に、入るわけないのよ。

 せめてこうなる前に、粉々にぶっ壊してやりたかったけど……!」

 

「それはともかく、イシュタルさん? あれちょっとヤバくなーい?

 お姉ちゃんのジャガースキンが総毛立っちゃう」

 

 残りの十体が動き出す。

 まったく同型の一体がいま見せた動きで、性能を理解するには十分。

 一瞬の交錯であったが、イシュタルでさえも容易ではない相手。

 

 そんな化け物どもは、グガランナの嵐を物ともせず。

 ゆるりと、緩慢な動作で身を起こし。

 

 ―――そうして。

 揃って不思議そうに、キングゥともう一体が落下した場所に顔を向けた。

 

 

 

 

 全感覚がアラートを鳴らす。

 心臓代わりの聖杯を奪われたことで、彼の機能が急速に低下していく。

 こうなってはもう、最低限の生命維持しか叶わない。

 戦闘などもっての他。ギリギリ体を動かすのがせいぜいだ。

 

 そんな状態で彼は這いずって。

 近くの木に縋り、何とか必死に体を起こして。

 口から出るのは、諦念交じりの困惑の言葉。

 

「ぐ、ボクは……! なぜ、こんな……!」

 

 ティアマト神と直接繋がった、新人類。

 彼の弟たちとも言える泥人形が、彼から聖杯を奪った。

 もう要らない、と。そう口にして。

 それが、母の意志だとばかりに。

 

 分かっている。あれらは母の意志に逆らわない。

 だから、そうなったということは、そういうことなのだ。

 

 弱々しい力で握った拳で、寄り掛かった木の幹を殴る。

 

「なんで……! 母さんは……!」

 

「おにいちゃん、かわいそう」

 

 キングゥが、血を吐くように絞り出す声で哭く。

 

 そうして、そこで化け物の声を聞いた。

 先程までの奴と同じ声。

 しかし致命的なまでに今までからずれた、怪物の声色。

 

 あまりに悪寒に咄嗟に振り返る。

 目に映るのは、まるで姿を変えてしまった、新たなる化け物。

 

 ―――怪物の姿は変生していた。

 

 鈍く輝く、磨き上げられた泥の光沢。

 口だけの顔を持つ怪物から離れ、より人間に近い体躯になっている。

 頭部から生える触覚はまるで昆虫を模しているかのよう。

 

 ゆらり、と。

 彼は長い尾を揺らしながら、ゆっくりとキングゥへと歩み寄ってくる。

 

「オ、マエ……!」

 

「ごめんね、おにいちゃん。

 でも、ママがそうしないといけないっていったんだ。

 ぼくもおにいちゃんみたいに、ママのためになることをしてあげるんだ」

 

 五指を動かし、体の調子を確かめるように。

 それは肉体を駆動させながら、徐々に距離を詰めてくる。

 キングゥに対する害意など感じない。

 それどころか、この怪物は彼に対して共感すら覚えている。

 

「でも……おかしいな、ママのこえがきこえなくなっちゃった」

 

 キングゥの心臓、聖杯。

 その腕で彼の胸を突き破り、聖杯を手にした時。

 怪物はその在り方を変えてしまった。

 

「おにいちゃんもそうだったんだよね?

 ママのこえがきこえないからくるしかったんだよね?」

 

 感情を超越し、左右されず、あらゆる物事を合理的に処理する生物。

 冷徹なる処理能力を有するそれこそが、完全なる生命であると。

 そういった思想の元、かつて生み出され、葬られ、そして甦らされた存在。

 

 ―――ネオ生命体、と。

 そう呼ばれた怪物の似姿が、手を上げて自身の頭部を掴んだ。

 

「おにいちゃんもママに愛してほしいんだよね?

 おにいちゃんは、ぼくとおんなじなんだよね?」

 

 ―――感情を超越などしていない。

 できていない。できるはずもない

 彼はただ、自身を生み出した者への愛情に飢えている。

 

「オマエ、は……!」

 

 問いかけられている。

 何とも繋がっていない、ひとりぼっちの兵器が。

 生み出したものからすら救われない、ひとりぼっちの兵器に。

 

 彼の心臓であった聖杯を、取り込んでしまったから。

 アナザーディケイドに繋がっていたラフムの中で、目覚めてしまった。

 (ゴルゴーン)に抱いた想いを認めることなく。

 (ティアマト)の目的のために兵器として尽くそうとした泥人形。

 

 いや、それしかなかったのだ。

 彼には、彼らには。

 そうやって造られた。そのためだけに造られた。

 他には何もない。いや、最初から何一つありはしなかった。

 だから、それだけはある筈だと信じるしかなかった。

 縋るしかなかった。

 

 創造主の愛をせめて得るためには、もう自分の製造目的に縋るしかなかったのだ。

 

 ネオ生命体が歩き出す。そこには、共感がある。

 彼はキングゥを、この世界にある唯一の同族として認識した。

 優しく、先程彼の胸を突き破ったものとは思えぬような所作で。

 彼はゆっくりと手を伸ばし、キングゥへと触れる。

 

「いっしょにいこう、おにいちゃん。ママのところに」

 

 母なる海から現れた新たなる命。

 生命のプールから這い出してきた、新種の生命。

 キングゥの中にあった聖杯を取り込み、完成された異形。

 完全なる、新次元の生命体。

 

 それこそがラフム、と呼ばれる存在の中でも、更なる怪物。

 彼こそ新人類種、ネオ生命体。

 その腕が優しく、キングゥの体を抱きとめた。

 

 

 

 

 僅かに逡巡する様子を見せていた、十体の怪物。

 それがしかし、飛び立った。

 イシュタルたちよりも、キングゥたちの方へと注視するような様子のまま。

 彼らはふと思い立ったように、身を寄せ合う。

 

 十の怪物が、一ヵ所に集中。

 そうして、当然のように。

 彼らは体を一つに纏め上げて、新たなる存在へと変貌した。

 

 まるで、先程までの状態では戦力が足りぬと言わんばかりに。

 

 11の子供のうち、一つが完全に離脱した。

 彼らという集団の中から、何故か唐突に消え去った。

 その事実こそが、彼らに単体という形態を放棄させたのだ。

 

 人型の上半身を一つだけ確保して、残りは押し固めて球体に。

 一つの体に十の顔を持つ異形、十面を持つ悪鬼。

 そうなった彼らは動き始め――――

 

「“山脈震撼す明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)”―――――!!」

 

 金星概念を掌中に収め、圧縮し、弾丸となし。

 女神がそれを、天舟弓マアンナの弾倉へと叩き込む。

 溢れる神威を一点集中。

 一条の矢と変えて、イシュタルが射出した。

 

 放ったと同時に着弾する金星の矢。

 エビフ山を崩落させるほどの彼女の権能が確かに直撃し―――

 

 しかし。

 十面鬼がその口の三つを使い、当然のようにそれを喰い破った。

 

「―――なんて、デタラメ……!」

 

「キ、シ、シシシ――――!」

 

 ぐるりぐるりと口が巡る。

 口だけしかない十の顔が、体中を駆け巡る。

 やがてそれらは全てがイシュタルたちの方を向き、嗤った。

 

「シャ! シャハハ、シャハハハハハハハハハ―――――!!」

 

「ちぃ、来るわよ……ジャガむ、ジャガー!」

 

「はいはい! っても、あれ相手じゃ一分保たせる自信ないわ! 正直!」

 

 苦笑交じりの弱音を吐きつつ、しかしジャガーが神威を放つ。

 直後に加速した十面鬼。

 それは瞬時に彼女たちまでの距離を詰め切って―――

 

 その目の前に、銀色の幕が流れていく。

 

〈タイムマジーン!〉

 

 唸る鉄拳。

 深淵の炎を纏った鋼の拳打が、十面鬼の一番上の顔面を打ち据えた。

 意表を衝かれてか、その巨体が素直に殴り飛ばされ地面を転がっていく。

 オーロラのカーテンを突き抜け、着地するタイムマジーン。

 

 その後に続けて、他のメンバーたちも駆け込んでくる。

 

「ジャガー! 生きてるわね!?」

 

「当たり前じゃない。私が死亡フラグを立てたくらいで死ぬと思った?」

 

「それはそれでどうなのよ」

 

 ジャガーによるケツァル・コアトルへの返答に、眉を吊り上げるイシュタル。

 

 彼女たちの前で、マジーンが背部に飛行ユニットを出現させた。

 そこから伸びるのは四条の鎖。

 一気に放たれたそれは嵐の中の、マルドゥークの斧を目掛けて飛んでいく。

 

「―――グガランナ! 足元注意!

 こっちを巻き込まないように、その化け物どもは全部巻き込みなさい!」

 

 牡牛の雄叫び。そんな無茶な、などという悲鳴などではけしてない。

 飼い主の激励に奮起した神獣が、嵐の加減を支配する。

 マルドゥークの斧の柄に、確かに絡みつくフーディーニの鎖。

 そこに全力で力を掛け、マジーンは後退を開始した。

 引きずられていく巨大な斧。

 

「状況は!? こっからどうするつもり!?」

 

「撤退戦です! このまま、マルドゥークの斧をウルクまで牽引!

 我らは新しい魔獣、ラフムどもを制しながら、それを防衛!

 ―――“炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)”ァッ!!」

 

 即座に宝具を展開し、タイムマジーンを囲む守護者たち。

 斧を巡る均衡が崩れた、と理解して。

 全てのラフムたちが、タイムマジーンを優先すべき敵として認識する。

 

「はあ!? なんで!? そんなことしたら、ウルクが母さんに呑まれるわ!

 あの金ピカなに考えてんのよ!?」

 

「ティアマト神を倒せる、唯一の可能性に懸けました!

 ですので……死に物狂いで、成し遂げます!」

 

 マシュがそう言葉にしながら、マジーンの護衛に回る。

 この場で斧を振り上げる必要がない以上、船も翼竜も飛ばさない。

 ならば彼女の盾が守るべきは、マスターたちが乗ったタイムマジーンだ。

 

 それを聞いたウルクの都市神が、一度髪を掻き乱し。

 しかしすぐに取り直し、舟に乗った。

 

「そこまで言うなら手伝ってやろうじゃない!

 あの馬鹿ギルガメッシュ……! 私のウルクが沈んだら許さないから!

 グガランナ! 下の牽引に合わせて少しずつ戦線を下げなさい!

 母さんの海を回り込ませる事だけは絶対に防ぐこと!」

 

 神獣が滾る。簡単に言わないでくれ、なんて弱音などではけしてない。

 タイムマジーンの後退速度はそれなりだ。

 かなりの勢いで戦線を下げていく必要があるだろう。

 侵食海洋を押し留めながら、ティアマト神の注意を引き続ける。

 こんな偉業、神獣グガランナ以外の何者にできるというのか。

 

「嵐を避けて降らせる必要あり、か……!

 “訴状の矢文(ポイポス・カタストロフェ)”!! 空から撃つぞ、女神イシュタル!」

 

「ったく、グガランナァッ!」

 

 天の牡牛が高らかに咆哮する。勘弁してくれ、という泣き言などではけしてない。

 暴風が駆け巡り、雷鳴が轟く空。

 そこに二矢を束ねた矢が放たれて―――やがて、神が射る矢の雨が降り注ぐ。

 稲光と共に降り注ぐ矢の雨が、数えきれないラフムを迎撃する。

 

 ―――その雨を物ともせず。

 十面鬼が立ち上がり、その口から哄笑を振り撒いた。

 

『――――! な、新種、進化種!? もうか!?

 っ、魔力反応、が……! その一体だけで、魔神柱数十体分以上!?

 計測不能! 完全に別格だ!』

 

『便宜上それを別物、ラフムの発展種「ベル・ラフム」と呼称!

 絶対にタイムマジーンに近づけちゃ駄目だよ!

 っと、それだけじゃない! その場に聖杯の反応もある!

 当然だろうけど、キングゥもいるってことだ! 気を付けて!』

 

 ロマニの様子に黙っていられず、と。

 ダ・ヴィンチちゃんの声が、通信先から響いてくる。

 その声に彼らは周囲を探るために神経を尖らせて―――

 

 直後。

 新たなる怪物が、薙ぎ倒された大木を吹き飛ばしながら、この場に降り立った。

 

 ―――泥で構成された体は、鮮やかな緑に。

 まるでキングゥの髪のような色をした、飛蝗を思わせる異形。

 それが、明らかな敵意と殺意を抱きながら、現れたのだ。

 

『聖杯の反応、直近!』

 

 その報告に対し、ジオウが強く拳を握った。

 

「―――キングゥ……!」

 

 そのダ・ヴィンチちゃんの声が正しいならば。

 あれはキングゥ。キングゥだったもの。

 あるいは、キングゥは既にあれの中に取り込まれた、ということだ。

 

 ベル・ラフムが嗤いを引っ込めて、窺うようにそちらを見る。

 だがキングゥだったものはそちらを見もしない。

 首を傾げて、しかし優先すべき目標ではないと割り切ったか。

 二体の怪物が、それぞれ人間たちに目を向けた。

 

『聖杯込みとはいえ、そんな馬鹿な……! 反応がベル・ラフムより更に大きい……!

 そいつらを制しながら、ウルクまで……!?』

 

「やるしかないんだ、ここまで来たら覚悟を決めな――――!!」

 

 展開するカルバリン砲、四門。

 吐き出される火力が、ベル・ラフムへと直撃した。

 そんなものを気にした様子もなく、飛翔を開始する十面鬼。

 彼が目指すのは、マジーンと斧を結ぶ四本の鎖。

 

 即座に反応して、そこに向かってサーヴァントが駆ける。

 フィンが、ガウェインが、弁慶が、ケツァル・コアトルが。

 しかしそこにベル・ラフムに追い付けるものはなく―――

 

「遮那王流離譚、一景――――自在天眼・六韜看破!!」

 

 自軍を運ぶ、天狗の奥義開帳。

 地を縮め、ベル・ラフムと鎖の間にサーヴァントたちが跳躍した。

 そうして、四人全員で纏めてその怪物の突撃を受け止める。

 激突の衝撃で、揃って彼らが苦渋を顔に浮かべた。

 

 その瞬間、イシュタルが、巴御前が、ドレイクが。

 一斉に放つ射撃が泥の体に叩きつけられる。

 

 防がれた、という事実に。

 僅かに押し返されたベル・ラフムが、上半身を大きく揺らしながら愉しそうに嗤う。

 

「タノシイ! タノシイ! 愉シイ、愉シイ! 弱イ生キ物ヲ甚振ルノハ、愉シイ!

 殺スノガ愉シイ! 壊スノガ愉シイ! 侵スノガ愉シイ!

 コレガ、ヒト! コレガ、母ガ創リダス、世界ノ新シイ命!」

 

 そこで急に様子を一変させて。

 まるで肩を落とすように、ベル・ラフムは消沈する。

 

「悲シイ、悲シイ。全部殺シテシマッタラ、モウ遊ベナイ。

 イツデモ遊ベルヨウニ、飼ッテアゲレバイイノニ。

 ―――セメテ、最期マデ、愉シマナイト」

 

 ギチギチと、十面鬼が体を自分から軋ませる。

 嗤い声のようなその音を響かせながら、彼はゆっくりと体を沈ませた。

 

「こんなものを創って……母さん、アナタは本当にそれで満足なの?」

 

 僅かに目を細めてそう呟き、ケツァル・コアトルがマカナを強く握る。

 彼女はオルガマリーと契約し、その令呪で魔力を補充済み。

 最低限戦えるだけの魔力は得ていた。

 それでも、相手をし切れないのが目前で嗤う怪物。

 

 だからと言って譲る気は一切ない、と。

 善神ケツァル・コアトルが、大地を踏み砕いて加速した。

 

 

 

 

 緑の怪物の右肩に眼が開く。

 血色に光る、一筋の眼光。

 それは物理的な威力をもって、戦場を一閃した。

 

〈フィニッシュタイム! ジオウ!〉

〈ギリギリスラッシュ!〉

 

 タイムマジーンに届かぬように、と。

 ジオウが己のウォッチを使い、ジカンギレードの刃を励起する。

 真っ先に立ちはだかった彼の構えた刀身に、光線が直撃。

 

「ぐ、う、ぉおおお……ッ!」

 

 刀身を滑り、閃光が逸らされる。

 弾かれた光が飛散して、周囲のラフムを蒸発させていく。

 が、それと引き換えに。

 ジカンギレードの刀身が、丸々と溶け落ちた。

 

 柄だけになった剣からウォッチを外し、放り捨て。

 息を荒げながら、ソウゴがキングゥだったものへと向き直る。

 

「どうする、マスター! 余の劇場で隔離するか!?」

 

「やめとけ、あんな攻撃ぽんぽん撃たれりゃすぐに吹っ飛ばされる!

 どうにかしてまず聖杯を引き剥がさなきゃ、どうにもならねえ!」

 

 そしてマジーンを守るためには、範囲攻撃をさせるなどもってのほか。

 であるならば、距離を詰めて戦い続けるしかない。

 もちろん、撤退戦である以上、それに加えて徐々に戦場を後退させていく必要もある。

 

 ―――それは、それで置いておいて。

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

 ジオウが、ベルトに戻したウォッチを即座に起動する。

 キングゥだったものを見据え。

 彼は、仮面の下で歯を食い縛って、堪え切れずに強く叫んだ。

 

「本当に、あんたは!

 ゴルゴーンが静かに眠ってる世界まで纏めて滅ぼしてでも、新しい世界が欲しいのかよ!

 ――――そうじゃないから!

 あの時、アナにもゴルゴーンにも手を出そうとしなかったんだろ!?」

 

 ―――ネオ生命体が、僅かに首を揺らす。

 

 だってあのタイミングなら、キングゥの力があればアナの邪魔だってできたはずだ。

 だが彼は何もしなかった。

 ゴルゴーンの哀しみも、それを受け入れたアナも、全て黙祷して見送ったはずなのだ。

 気紛れなはずがない。憐れみのはずもない。

 彼は正しく、彼女を悼んだはずだ。眠りにつく彼女を、正しく見送ったはずだ。

 

 ジオウが大地を蹴る。

 跳び上がり、ネオ生命体の周囲に展開される12の“キック”の文字。

 それがカウントダウンのように消えていき、最後。

 最後の“キック”がネオ生命体の背中を殴打しつつ、ジオウに向かっていく。

 

〈タイムブレーク!〉

 

「オォオオオオオ―――――ッ!!」

 

 よろめいた相手に、ジオウの蹴撃が直撃する。

 緑の怪人はそれに対応することもできない。

 ジオウの一撃はその威力を余すことなく発揮して、怪人の胴体を貫通し―――

 

 その瞬間、怪人の尾がジオウへと巻き付いて動きを力尽くで静止させた。

 

「……っ!?」

 

 胴体に大穴を開けられて、しかし何の痛痒もないと。

 怪人の腕が伸ばされて、ジオウの顔面を掴み取った。

 ソウゴの全身を走り抜ける、未知の感覚。

 

 直後、ジオウの体が光に包まれる。

 

「っ、坊主!!」

 

 引きずり出そう、と動くサーヴァントの動きは間に合わない。

 瞬く間に、ジオウの姿は光と消える。

 代わりに起きる現象は、怪人の大穴の開いた胴体の完全復元。

 

 そうして。

 まるで吸収されたように、ジオウはあっさりと消滅した。

 

 

 




 
・新人類種ネオ生命体(ラフム・ドラス)
 キングゥから聖杯を奪ったベル・ラフムが変化した新人類。
 キングゥの精神とアナザーディケイドに挟まれた結果、彼自身が完全に変質した。
 ラフムの性質から乖離してしまった異形。
 ティアマトの一部にして群体であるラフムから離れ、別の命として別れたもの。
 ティアマトの事を“ママ”、キングゥの事を“おにいちゃん”と呼ぶ。
 彼の行動目的はただ一つ。創造主の愛、家族を得ること。

 ―――だが、愛してくれ、という彼の叫びは母には届かない。
 彼女から離れた時点で、ティアマトにとっては既に排除すべきものなのだから。
 だから、彼は旧人類を殺し尽くす。それしか母に愛を求める方法を知らないのだ。
 怒りに曇った母の瞳。
 復讐を果たしてそれが晴れたとき、愛すべき息子として自分を見てくれると信じて。
 子に棄てられた母に捨てられた子、キングゥ。
 彼だけが今の彼にとって唯一、同族と言えるものである。

・十面鬼ベル・ラフム
 11の子になぞらえしビーストⅡのしもべ、ベル・ラフム。
 その内の10体が融合し、発生したベル・ラフムの合体形態。
 ベル・ラフムが一体早々に切り離され離脱したため、警戒のために構築された。
 十の顔をそのまま残した状態で活動する怪物。
 手から出す波動で人間をラフム化する能力を持っている(FZi-Oでは使用されない)。


キングダーク的な奴!(大ショッカー)
十面鬼的な奴!(TVシリーズ)
ネオ生命体的な奴!(MOVIE大戦)

ディケイドのボスキャラっぽい奴三連星!
ジェットストリームアタックを仕掛けるぞ!
「最終確認点呼!」
「だいたいあってる!」
「だいたいいいです」
「だいたいいけるぜ!」
「だいたいバッチリ!」
「だいたいわかった」
「ノーコメントでーす」

だいたいヨシ!
アポロガイスト?
だいぶ時空が歪み始めているようだ…
 


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Fake KING × KINGU imitation-2655

 

 

 緑の怪人が跳ねた。

 無造作に振るわれる尾と、白く燃える剣が衝突。

 容易に、ネロの体が吹き飛ばされた。

 

「っ!」

 

 減速すらなく、侵攻を続けるネオ生命体。

 そこに降り注ぐ短剣(ダーク)

 それは全て彼の体に触れると同時、呑み込まれていく。

 直後、彼の指先が刃へと変形した。

 

「―――取り込んで、変化させたと!」

 

「ちぃッ―――!」

 

 対応する朱色の閃光。

 前のめりになりきらない、踏み込み切らない程度に。

 しかし足止めに足るくらいに。

 クー・フーリンがネオ生命体目掛けて槍の穂先を薙ぎ払う。

 

 指先の刃と、槍の穂先が掠め合う。

 滂沱と散る火花。

 あれの見せた力を見る限り、鍔迫り合いなどもってのほか。

 得物どころか自分ごと喰われて、取り込まれかねない。

 

「ソウゴさんは……!」

 

「まだオレたちとのレイラインが残ってる! 消えちゃいねえ!

 どうすりゃいいかは分かんねえが―――なッ!」

 

 ゲイボルクを一度引き戻し、腰溜めに。

 そのまま繰り出すのは全力の刺突撃。

 そんな予備動作に対して、ネオ生命体が待ち構えた。

 防ぐ必要も、耐える必要もない。

 ただそれを受けて、今までのように喰らえばいい。

 

 槍が放たれる。その瞬間、二世が地面を揺らした。

 裂ける大地に足を取られ、ネオ生命体が体を揺らす。

 突然足場を奪われ驚いたように、彼はいとも簡単に体勢を崩した。

 

 足場を崩され、下がった頭部。

 その眉間を目掛けて放たれていた攻撃が、中る直前に穂先にルーンを浮かべた。

 直撃し、撃ち貫かず、爆発炎上して仰け反るネオ生命体。

 

 一部、破損して落ちていく頭部。

 しかし失った彼の肉体が、あっさりと快復する。

 引き換えに、指として形成していた剣が失われた。

 まるで、それを材料にして肉体を復元したかのように。

 

『―――大規模なエネルギーの使用を確認……!

 相手の体は無制限に再生するわけじゃない! そのための材料は必要とする!

 その上で、どうやら物体の吸収にはかなりの魔力を必要としている……けど!

 聖杯がある限りその能力はほぼ無制限で使用できると思われる!』

 

「弱点になってねーぞ!」

 

「短刀にしろ矢にしろ、アレに撃てば撃つだけ逆効果―――と!」

 

 仰け反っていた怪物が体を起こし、肩にある眼を開く。

 血色に光る、光線の予備動作。

 それをこの場に止められるものがいるとすれば。

 ―――たった二人しかいない。

 

「宝具、展開します!」

 

 その二枚の盾の内の一人。マシュ・キリエライトが踏み出した。

 ラウンドシールドを正面に。

 両の足で地面を踏み締め、彼女はそこに絶対の城壁を顕現させる。

 

「“いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”――――ォッ!!」

 

 奔る閃光。

 血色の光が戦場の中へと飛び込んで、しかし。

 そこに降臨した白き城壁に阻まれた。

 激突した反動で跳ね返り、血色の雨が周囲に飛散して辺りを蹂躙する。

 数え切れないほどのラフムたちが、それに巻き込まれ蒸発していく。

 

 耐え切ったマシュが力を抜こうとし、

 直後。ネオ生命体が即座に次弾を装填した。

 強く輝く、肩に灯る血色の光。

 

「――――――ッ!!」

 

 次弾発射。連射されたそれは再びキャメロットの城壁に直撃。

 それを打ち破れずに飛散して、周囲を火の海に変えていく。

 維持しきれず、マシュが宝具をそこで解除した。

 

「物質を吸収する、というのなら!」

 

 ラフムを狩っていた風魔の軍団、その一部が差し向けられる。

 殺到する五十の風魔忍群。

 彼らは霊体にして、不滅の混沌旅団。

 吸収するための質量など持ってはいない。

 それらがネオ生命体の視界を奪おうと駆け巡り――――

 

 関係ない、と言わんばかりに怪物は再び光線の予備動作に入った。

 

「っ、」

 

「マシュ殿、後退を! 我らが前に!」

 

 声を掛けながら、既に行動は完了し。

 レオニダス王とその部下たちが、盾を並べて攻撃に備えていた。

 

 ―――放たれる閃光。

 それがレオニダスを中心にスパルタたちが重ねた盾に直撃し、弾け飛ぶ。

 彼らは光線を一切通さなかった。

 その一撃で、二十近いスパルタ兵が消し飛ばされた代わりに。

 

「ぬ、ぐ……ッ! いやはや、マシュ殿のようにはいかぬ……!」

 

「レオニダス王!?」

 

 中心となっていたレオニダスも無傷ではなく。

 しかし、当然のように灼かれた体をおして復帰して。

 彼は強く盾を握り直して、立ち誇った。

 

「戦線の下がり方が加速しています!

 グガランナがティアマトに押し込まれる速度が上がっている!

 我らもその速度で後退しなければ、あの泥の海に呑まれましょう!」

 

 無敵の城塞、キャメロット。

 しかしそれを張っていたら、マシュはその場から動けない。

 

 彼女たちの戦闘はいま、全力で後退しながらの交戦だ。

 あのように連射される攻撃が相手、と。

 そうなった場合、ロード・キャメロットの長時間展開は作戦上不可能。

 彼女の盾とはいえ、あの泥に呑まれれば致命傷だ。

 

「あの攻撃がくれば、私たちが防ぎましょう!

 マシュ殿はそれ以上の攻撃に警戒を!」

 

 ネオ生命体に対しネロが踏み込み、右肩の眼を集中的に狙う。

 光線による大火力攻撃を封じる立ち回り。

 そうして何とか戦線を維持しているのを見て、マシュが苦渋を表情に浮かべた。

 

「は、い……! わかりました……!」

 

 

 

 

〈ビースト!〉

 

 スペクターのウォッチが限界を迎え、弾け飛ぶ。

 直後にビーストのウォッチを装備。

 カメレオンのマントを装着し、その舌を伸ばしてマルドゥークの斧を確保。

 全力で後退を開始する。

 

「常磐は!?」

 

「まだ! 何がどうなってるか分からないみたい!」

 

「―――想定よりずっとペースが速い……!

 私たちが到着するまでに、バビロニアの方の準備が間に合うかどうか……! 

 それに、そもそもソウゴがいないと、斧だけあっても結局攻撃が通じない!」

 

 マジーンの操作レバーを全力で倒しながら、ツクヨミが叫ぶ。

 

 グガランナのキャパシティオーバーだ。

 侵食海洋ティアマトの侵攻を、遅くし切れていないのだ。

 それでも、これほどの無茶が叶っているのは天の牡牛がいるからこそ。

 これ以上の方法はないのだ。もう、突っ走る以外に答えはない。

 

『それに、作戦はアナザーディケイドであるティアマトと、キングゥ。そして通常のラフムを相手にする想定だったものだ……! ベル・ラフムとあのキングゥなんて追加の敵性がいたら、どこかで崩される―――!』

 

「それまでにこの撤退戦の中で撃破するしかない、ってことでしょ! ああ、もう!

 どうしろっての! 相手の攻撃を防ぐだけで、攻める余裕なんてどこにも―――!」

 

 ロマニの声に怒鳴り返し、オルガマリーの指がマジーンのパネルを幾つも叩く。

 モニターに映し出される、高速で流動していく戦場。

 戦っている場所すら電車で窓の外に流れる景色のように変わっていくのだ。

 こんなもの、英霊たちに人間が指示できる戦闘であるはずがない。

 

「戦力……! 私たちにある、戦える可能性――――!」

 

 立香が、そう言って壁にしがみつきながらモニターへと視線を投げる。

 必要なものは。用意できるものは。

 彼女に、できることは。

 

 

 

 

 ざわめきながら流れていく、ウルクの人々。

 兵士に誘導されながら、彼らはバビロニアの壁の方へと移動する事になった。

 もっとも、市の外に展開されたオーロラを通っての転移だ。

 そう時間はかからない。

 

 その人の流れを見下ろしながら、ぼんやりと。

 鬼が独り、佇んでいた。

 

 ―――そんな彼女を見つけたか。

 一人の童女が、人混みの中で声を張り上げた。

 

「茨木童子様!」

 

「―――――」

 

 自分を見上げて手を振る童女。

 そんな姿を見て、彼女は何と無しに地上へと舞い降りる。

 母親であろう女も現れて、自然と、茨木へと頭を下げていた。

 

「ありがとうございました、茨木童子様。

 今なお戦いの最中でありますが、こうして今まで私たちが永らえたこと。

 それはあなた様のおかげです」

 

 母親と童女が、礼を言う。

 ―――その周りに他にも彼女が面倒見たのがいたのか。

 幾らか、茨木童子への礼が飛んでくる。

 彼女はしかし気まずそうに、それから目を逸らして。

 しかし礼を跳ね退ける気にもなれず。

 

 話を変えるべく、違う話題を持ちかけた。

 

「ふん、これから先どうなるかは知らんがな。

 せいぜい、これからも親子で生き抜くために足掻くがよかろう」

 

「――――」

 

 一瞬、母親が目を伏せた。

 童女は感情を隠しきれず、そのまま母親にしがみつく。

 そんな反応に、理解が及ばぬはずもなく。

 

「……貴様、夫はどうした」

 

「……はい。茨木童子様に救って頂いた命。

 今度こそ、正しく生きるために使ってみせる、と。

 北壁に兵士として参加し、命を落としました。

 勇み足が過ぎるほど、勇敢に戦って果てた、と聞きました」

 

 務めて、暗くならないようにと。そう配慮しているのだろう。

 バビロニアの壁で死した人間は、戦闘の規模からすれば多くない。

 それでも、人が死なないはずもない。

 

 しかし、その物言いはまるで、と。

 

「……まるで、吾が殺した、とでも」

 

「いいえ、茨木様。私たちは、貴方に生かして頂いたのです。

 私たちは、最初に逃げました。

 戦うべき相手が何ものか分からず、それでも強大なのは理解して、恐れ、怯えて。

 ―――そんな時、貴方様に救って頂いた」

 

 女の声が震えた。

 夫を喪った悲哀以上に、まるで茨木に感謝の念を捧げるように。

 

「それで、あの人も分かったのだ、と言っていました。

 人は怖い時、怯えて、竦み、目を逸らし、逃げだしてしまうものだ。

 正当化するつもりはないけれど、自分たちのようにそうなるものなのだ、と」

 

 相手が何かも分からず、魔獣に殺戮されていく中で。

 彼女らは命を繋ぐため、必死になって逃げだした。

 必死に踏み止まろうとする者たちに背を向けて、一心不乱に逃げ出した。

 

「だからこそ、怯える人たちを背中に庇い、前に立てる人間が必要なのだ。

 その人たちが恐れながらでも前を向き直り、そこから何か自分で出来ること見つけ出すまで。

 俺たちの居場所はここにある、と背中で示して立ち続けられる者が」

 

 彼女の夫の言葉、それをそのまま口にしているのか。

 感じ入るように顔を伏せる女。

 そうなっても、彼女の口は止まらない。

 

「だから、あのギルガメッシュ王でさえ今は踏み出さず。ただ王として、真っ先に立つ者として、私たちにその背中を見せて下さっている。

 だったら俺も立ちあがって、そうしなければ。王の向けた背の後ろで、それに続く者とならなければ。でなければ、何より。俺が庇いたいものさえも庇えない」

 

 そこまで口にして、数秒。

 女は喉を震わせながら、長い深呼吸を行い。

 そうしてでも、まだ言葉を続けた。

 

「そう言って、あの人は私たちに背中を見せていきました。

 だから―――ありがとうございます、茨木様。

 私たちに、それを教えて下さったのが、貴方でよかった」

 

 深々と、母親は子供を抱き締めながら、再び彼女に頭を下げる。

 

 ―――それに、何と言えばいいのか。

 茨木童子は、答えを持たない。

 嫌味などない。本当に、その女は彼女に感謝をもって接している。

 お前が示したものを見て、夫は死にに行ったのだ、と。

 

 堪え切れず、鬼が跳ぶ。

 家の屋根を伝い、最も背の高い建造物。ジグラットまで。

 その屋上へと降り立った彼女が、ペルシア湾の方角を見た。

 もはや悪魔の如き女神は、視認できる範囲内。

 

 嵐の神獣と、創造と破壊の女神。

 二体の激突を彼方に見ながら、彼女は歯を食い縛る。

 

「――――……っ!

 毀すだけでは駄目なのだろう! 殺すだけでは駄目なのだろう!

 ではアレらは何だという! 何がしたい、何をしている!」

 

『そらぁ……なんやろねぇ?』

 

 視界の中に、幻の鬼が見える。幻影だろう。幻影でしかない。

 このままじゃやっていられない、と。

 茨木童子が見ている夢みたいなものに違いない。

 

 屋上の端に腰掛けた少女の影は、朱い杯を傾けながらころころ笑う。

 

「ただ毀すだけではアレと同じだ! ただ殺すだけではアレと同じだ!

 鬼は違う! そうだろう、そうでなくてはなかろう、酒呑!」

 

『せやなあ』

 

 ギリギリと、握り締められて軋む鬼の腕。

 少女の影は振り返らない。

 ただ浸食してくる獣を見ながら、ふらふらと足を揺らしている。

 

『けど、茨木は大事なこといっこ忘れとるわ』

 

「―――――」

 

 おかしそうに笑う彼女が、僅かに顔を背後に向ける。

 からかうような視線が、茨木のものと交錯した。

 

『鬼なんやもの。茨木のやりたいこと、やりたいようにしたらええ』

 

「……吾の、やりたい、こと?」

 

 言葉を返す茨木に、彼女はまたもころころと笑い。

 そうして茨木童子を上から下まで、舐めるように視線を動かした。

 蛇に睨まれたカエル、まではいかないが。

 それでも彼女が体を硬直させた。

 

『……なあ、茨木。あんた、自分の着てるべべ、好きやあらへんの?』

 

 視線の次に、問われた言葉で体を凍らせる。

 こうして彼女が着ている着物は、母に見立ててもらった装束だ。

 鬼としての有り様から、何から何まで彼女にくれた母。

 そんな母から送られたものを、どうして嫌いになれようか。

 

「―――決まって、いる。これは吾の鬼装束、嫌うはずがない」

 

『―――そ。人が織った着物が好きなら、それでええんと違う?

 鬼が人の世に手を貸す理由なんて、それひとつで十分お釣りが来そうやけどね』

 

 鬼が人の世を守る理由などない、と。茨木童子は言う。

 鬼こそ人の世を乱すもの。

 そんな逆さまな行動は、鬼のそれから外れた行為でしかないだろう、と。

 

 けれど、酒呑童子は言い返す。

 鬼が人の世を乱すのは、人の営みを愛しているからだ。

 彼らの建てた屋敷を。彼らの織った着物を。彼らの育てた子供を。

 愛しているから、関わっていく。

 愛しているから鬼はそれを毀し、奪い、殺し、拐かす。

 

 そして。

 そんな鬼どもに脅かされる、平和と安寧を享受する無辜の人々を愛する者たちに、殺された。

 

『うちらは鬼、人と喰い合う魔性のもの。

 喰って喰われて愉しんで、愛し愛され苦しんで、なんて。

 そんな化け物が、愛しいものがあるから、それを毀すものを殺す。

 ―――まあ、それくらいなら。まだまだ大丈夫なんと違うかな?』

 

 くすくすと笑って、少女は杯を仰ぐ。

 

 獣を眺めながら酒を舐め続ける彼女の背中。

 それが自分の夢だと、分かり切っているのに。

 茨木童子が、問いかける。

 

「酒呑、ならば。一体どうするという」

 

『ふふ、そない分かり切ったこと訊かはるなんて。

 ―――うちは肉も喰らうのも、骨をしゃぶるのも、ぜーんぶ酒に蕩かして呑むのも好きやさかい。ヒトが、全部泥でできたお人形さんになるなんて、ほんま堪忍やわぁ』

 

 彼女が酒杯を傾ける。

 自分の口許ではなく、地面に向かって。

 杯の端から零れ落ちる、毒々しく、しかし神聖な輝きを有する酒。

 酒が落ちた地面が濡れるようなことは、当然ない。

 幻影がそんな現象を引き起こすはずもない。

 

「――――――そうか。酒呑も、そうか。なら、吾は行く」

 

『そ。あんじょう気ぃつけてなぁ?』

 

 その流れ落ちる酒の向こうに、茨木童子が女神を見る。

 徐々にこちらに近づいている、巨大な神。

 

 燃える、灼熱の息をその場で吐き落とし、茨木童子が身を縮める。

 圧倒的な跳躍のための前兆。

 

 ―――直後、ジグラットを震撼させる勢いで踏切り。

 一匹の鬼が、宙に舞った。

 

 

 

 

 ―――膝まで覆う、深緑の液体。

 脈打つ泥の肉壁が時折それを吸い上げては、しかし再びすぐに水位が戻る。

 それをざぶざぶを掻き分けながら歩くジオウ。

 そんな彼が、そこへと辿り着く。

 

 泥の鎖に縛られた、緑の人。

 俯いた顔が長い髪に覆われて、見えはしない。

 ここに踏み込んだジオウと、縛られたキングゥ。

 その間に、水晶体のまま設置された聖杯。

 深緑の液体は、どうやらそこから無制限に湧いてきているらしい。

 

 液体に浸かったキングゥの体は全快していた。

 心臓がない事には変わりがない。

 だが、彼の状態はそれ以外が全て完全な状態に戻っている。

 それも、この液体の効果なのだろう。

 

「あんたは、このままでいいの?」

 

「―――――」

 

 くっ、と。

 引き攣るように笑って、キングゥの体が小さく揺れる。

 

「……オマエに、何が分かる」

 

「……あんたの事、俺が分かる必要ある?

 ただ、あんたが。あんた自身がこのままでいいのか、って訊いてるんだよ」

 

 震えるのは、ソウゴの声の方だ。

 キングゥが顔を上げる。

 二人が顔を合わせて、しかし軽く笑い飛ばし、キングゥは視線を逸らした。

 

「―――ボクはエルキドゥの再利用だ。

 旧式の機体に乗せられた、次世代機のための間に合わせ。

 世界に生を受けたのはエルキドゥ。そして死んだのもエルキドゥ。

 この機体は、最初から最後までエルキドゥでしかなかった。

 最期を迎えた後だって、エルキドゥでしかないものだった……!」

 

 鎖に繋がれたまま、キングゥが僅かに体を前のめりに。

 記憶も何もないのに、彼の全てにエルキドゥがついて回る。

 切り離すことなどできない。

 当然の話だ。この機体は、エルキドゥのものなのだから。

 

「じゃあボクには何がある。エルキドゥが遺した余熱にさえ左右されるボクに、これがボクだと言えるものが、一体どこにある……! エルキドゥでもなく、キングゥにさえもなりきれないボクに、一体何があるっていうんだ!!」

 

 キングゥに熱が灯る。

 語気を荒げ、泥の鎖を軋ませて、彼は深緑のプールを拳を全力で叩いた。

 弾けた液体が飛散して、その空間に雨となって降り注ぐ。

 それを浴びて全身を濡らしながら、彼は吼えた。

 

「ボクは……! キングゥは、母さんを目覚めさせるためだけに起動された!

 だったら、それ以外に何がある! それ以外で何が得られる!?

 ボクはせめてキングゥとして、キングゥが造られた目的を果たすしかない!

 そうして“キングゥ”にならなきゃ、“エルキドゥだったもの”さえ止められない!」

 

「―――それでも、ゴルゴーンはあんたを“キングゥ”と呼んだだろ!」

 

 ジオウが踏み出す。

 緑の雨に濡れながら、彼に向かって一歩を踏み出した。

 その言葉を聞いて、頭痛を堪えるようにキングゥが掌で自分の顔面を押さえた。

 自分から湧き出す何かから目を背けるように歯を食い縛り。

 呻くような声を、小さく漏らす。

 

「例えそれが、ゴルゴーンがお前に騙されて始まった事だとしても! ゴルゴーンはお前を自分の子供として見てた、キングゥとしてだけ見てた!

 お前は、とっくの昔にキングゥになってた……! それは、お前がキングゥとして生まれた目的を果たしたからじゃない! お前が誰かに自分の事をキングゥだと認めてもらった時、お前は本当の意味で、もうキングゥになってたんだよ!」

 

 聞きたくない、と言うのに。キングゥが両腕で頭を抱え込んだ。

 その動きに合わせて暴れる緑の髪。

 まるで子供のような動作を見せる彼に、ジオウは更に詰め寄った。

 

「だから、ちゃんと! キングゥとして答えろよ!

 お前はゴルゴーンをティアマトとして利用して、それを苦しんで……それでも!

 今度こそゴルゴーンが眠れて安心したこの世界を、お前はどうしたいんだ!」

 

「ボク、は――――!」

 

 彼の膝が落ちる。

 ばしゃりと音を立て、キングゥの半身がプールに沈む。

 そんな状態の彼が頭を抱え、歯を食い縛りながら、その疑問から目を逸らし。

 

「苦しめてしまって。傷つけてしまって。それでも―――

 そんな風に祈る資格はないかもしれなくても、せめて安らかに眠っていて欲しいって。

 そう、願ってるんじゃないのかよ……!

 なのにお前はまだ、今の全てを滅ぼすために、“キングゥ”の目的を目指すのかよ!」

 

 ジオウが距離を詰め切る。

 彼はそのまま手を伸ばし、頭を抱えるキングゥの両腕を掴んだ。

 その腕が相手を引き上げ、顔を正面から突き合わせる。

 

「―――お前を“キングゥ”と呼んでくれた人の安らかな眠りを壊してでも……!

 本当にお前は、まだ“キングゥ”になりたいのかよ。

 お前が本当に欲しい自分は、どっちの“キングゥ”なんだ――――!」

 

 ――――深淵に。

 メドゥーサと眼を合わせ、眠りについて落ちていくゴルゴーン。

 彼女の様子を見て、彼はあの時動きを止めた。

 女神としてのバグを抱え、製造目的を逸脱して廃棄され。

 しかしその果てに幸福を得て、滅びたゴルゴーン。

 

 羨んだのだろうか。

 ―――いや、きっと最初は反発したのだ。

 

 だってそうだろう。

 エルキドゥはその製造目的である天の鎖を放棄した。

 同じく天の楔を放棄したギルガメッシュと友になり、そして滅んだ。

 エルキドゥでいたくなかった彼に、それは選べない道だった。

 

 それでも、彼女に何らかの感情を移してしまったのは、エルキドゥの影響だろうか。

 きっと、違う。違って欲しいだけかもしれないけれど。

 ―――エルキドゥの熱は、人に対して向かうものだ。

 神を尊重し敬意を抱くことはあっても、きっと、彼のように愛しはしないだろう。

 

 だから、これは。きっと、彼だけの――――

 

 偽物ばかりでできた器の中。

 そんな彼に唯一残された、本物と呼べる何か。

 

 エルキドゥのイミテーションでしかなかったものは、いつか動き出した。

 ゴールは決まっていた。母は、新たなる世界を創るために彼を目覚めさせたのだから。

 それだけしか無かったから、そこを目指して歩き出した。

 

 ―――そうして。確かにその足で歩いて、経てみた旅路。

 その中で。ゴールに辿り着くための過程で。

 関わったものに対して、いつの間にかこんなに入れ込んでいて―――

 キングゥ、と。彼は、確かに、呼ばれていたのだ。

 

 母は、子が旅立つ事をもう許さない。

 彼女の許に居続ける事しか許さない。

 もう、彼女の愛する新人類に、彼が得たような想いは許されない。

 メドゥーサのように、廃棄された先で幸福を得る事も許されない。

 

 ―――ああ、駄目だ。

 それは、嫌だと。一度そう想ってしまったら、もう。

 

「……ッ、ボクは、キングゥだ……! ボクが、望む世界は―――!

 ヒトの……ボクが、認めたヒトの世界の在り方が、許容される世界……!

 ああ、そうだ……!

 ボクは世界を、ヒトが旅をして変われる世界のままに、していたい……!」

 

 キングゥが、立ち上がる。彼を繋いでいた鎖が砕け散る。

 睨み合うように、キングゥとジオウが対峙した。

 戦う理由はもうない。

 キングゥにはやるべき事ができた。ソウゴにはやるべき事がある。

 それでも、彼らがここから出る方法はなく―――

 

「――――その生涯。辿る旅路の中にこそ、意義を見出すか。

 では、まだ足を止める時ではあるまい。

 誰に与えられたものではなく、己で望む己の務めを果たせ、天の鎖。

 ヒトの世は旅の果てに終わりを迎える事を良しとする、と。

 怠惰な眠りを永劫と騙る母に、貴様の旅の成果を示すがいい」

 

 ―――世界が、断絶した。

 昏く蒼い剣の軌跡は、暗闇か、閃光か。

 それすらも判然としない何かが、彼らが囚われていた空間を両断する。

 

 その現象に驚愕する暇すらなく。

 二人揃って、彼らはその空間から吐き出された。

 

 

 




 
なんか登場人物じゃないのに登場人物みたいな扱いのイマジナリー酒呑童子。
多分後二話で決着でエピローグで一話くらい。
いやそもそももうエピローグだったのでエピローグが残り三話や。
 


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在りし日の、トモダチ-2655

 

 

 

 閃光が迸る。空を裂く、血色の光。

 その一条の光を正面から、スパルタの勇士たちが受け止めた。

 

「ぬ、ぐぉおおおおお――――ッ!!」

 

 耐え切る。必要であるならば、何度でも。

 その代わりに、最後まで残っていた勇者たちが消えていく。

 召喚されていた三百の勇者は、もう全てが消し飛んだ。

 あとに残るは、全身を灼かれたレオニダス王ただひとり。

 

「ッ、まだまだぁあああああ――――ッ!!」

 

 半分以上灰になった盾と、槍を手に。

 スパルタ最大の勇者はなお立ち上がる。

 

「レオニダス王、ここからはわたしが!」

 

「ええ、申し訳ない……! ではここからは、我々で!」

 

 マシュが前に。そして、レオニダスもまた前に。

 二人並んだ盾役の前で、剣と槍が怪物を急襲する。

 それでも、ネオ生命体の特性の前には攻めきれない。

 

 怪物は相手の攻撃など意にも介さず。

 再び肩に力を集約させ、光線を放つ構えを見せ――――

 

「―――――っ!?」

 

 瞬間、ネオ生命体の胸部が弾けた。

 まるで唐突に、何の前兆もなく。

 血のように噴き出す緑の液体と共に、二人の人影もまた吐き出される。

 

「マスター!」

 

 空中でジオウが何とか持ち直し、キングゥの襟首を掴まえて。

 そのまま、彼は強引に着地を決めつつ、戦線へと復帰した。

 

 怪物から色が抜けていく。

 緑色に染まっていた体表が、泥らしい黒い光沢に変わっていく。

 そんな異形が、信じられない、と。

 困惑しかない声で、キングゥへと問いかけた。

 

「おにいちゃん、どうして? ママのところに、いかないの?」

 

「―――ボクの目指す先は、もうそこじゃない。そこじゃ、なくなったんだよ。

 目指す方向を変えてしまったんだ。旅の、途中でね」

 

 キングゥは何かを憐れむように、そう口にする。

 ネオ生命体だけを憐れんだわけではない。

 彼は家族を欲したけど、得られないものでしかなくて。

 自分は自分を欲して、途中で偶然得てしまっただけなのだから。

 

 望んだものを得られるものばかりではない。

 得られぬようにと、排斥されるものもある。

 それを喜ばしい、などと思う気はなくて。

 ―――けれど、それでも、自分が守りたいもののために。

 もう、退く気はなかった。

 

『―――ソウゴくんが脱出成功! それと一緒に、キングゥと聖杯も外に!

 って、じゃああれもベースはキングゥじゃなくラフムだった、ってことか……!』

 

「で!? そっちの緑のはこっからどうする気だ!」

 

 息を整えつつ、クー・フーリンが大声で問う。

 それに僅かに視線を向けて、キングゥは確かに自分の答えを返した。

 

「やりたいようにやる。

 オマエらの指図は受けないし―――もう、母さんの世界に協力もしない。

 ボクは、ボクが守りたいと感じた世界を存続させるために、稼働する」

 

 理解不能、と。

 その言葉に真っ先に反応したのは、ネオ生命体に他ならない。

 黒く変わった怪物が、キングゥを自身とは別種だと断定する。

 もうそれは、ただの敵でしかない、と。

 

 怪物の右肩の眼が開く。充填される、膨大なエネルギー。

 それが先程までと同様、絶大な威力を持っていることには疑いなく。

 

「ぬぅ、まだ撃つか! 奴から聖杯も抜けたのではなかったのか!?

 というか、聖杯はどこへ飛んだ!?」

 

『聖杯が無くてもあのラフムのエネルギー量は凄まじい!

 無尽蔵でこそなくなったが、それでも尋常じゃない魔力を有している!』

 

「結局弱点ねえじゃねえか!」

 

 ネオ生命体が光線の発射体勢に。

 それが放たれる直前に、レオニダスが大きく体を逸らし―――腕を、振り抜いた。

 

「ぬぅうううん――――ッ!」

 

 先んじて放たれる投げ槍。

 目掛ける先は、怪人の右肩にある光線を放つ赤い瞳。

 

 例え貫いても、すぐに吸収される。それは分かっている。

 それでも、光線の発射を一手送らせる事が出来るなら。

 そう考えて、レオニダスは迷う事なく投擲した。

 クー・フーリンの魔槍は、そのためだけに失うわけにはいかぬ英傑の武器。

 彼の槍ならば、幾らでも取り返しがつくのだから。

 

 空気を砕きながら直進する槍。それがネオ生命体へと直撃し。

 がきん、と。甲高い音を立てて、弾かれた。

 今までそれなりの威力さえあれば、簡単に砕けていた体。

 それが明らかに、強度を増していた。

 

「なんと、弾いた――――!?」

 

 閃光。レオニダス王の槍を弾きながら、ネオ生命体は光線を放つ。

 踏み出したマシュの盾が、その前に立ちはだかり。

 彼女の背中を、令呪のブーストが後押しした。

 

「“いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”―――ッ!!」

 

 長々と展開をしているわけにはいかない。

 攻撃を弾いたら、すぐに動きださなければいけない。

 そうして身構えているマシュの背後。

 そこで呆れたように、キングゥが息を吐いた。

 

「まったく、呆れるよ。聖杯がなくなったから、息切れするだろう?

 そんなハズないだろう。アレは、エルキドゥと同系列の新型だ。

 ―――ボクを通じてエルキドゥの遺体から学び、ティアマトが構成した新しいヒトだ。

 当たり前の事すら考えられないのかい、キミたちは」

 

 そうして、彼は力を振り絞るように顔を顰めた。

 それも当然の話だ。彼にはもう、聖杯も、心臓もない。

 その本体の性能で強引に継続しているが、まともに動くことなど―――

 

「―――――そういう」

 

 ハサンが、折り畳まれた右腕を包む布に手をかけた。

 

 聖杯が奪われても行動できる。

 当然だ。キングゥとは違い、あのラフムはまだ持っている。

 ヒトであれば当然持っている、心臓という動力源を。

 聖杯には及ぶべくもないが、魔力を体に満たすポンプが確かに体内にあるのだ。

 

 聖杯の魔力があれば、それも纏めてどれだけ崩壊しても再生できた。

 だが、自前の心臓だけではそれほどのエネルギーは確保できない。

 だから、間違っても壊されてはいけない。

 手足を切り裂かれても大きな問題はないが、胴体だけは。

 心臓だけは、彼は何としても守り抜かねばならない。

 

 彼はネオ生命体。

 しかし同時に。新人類―――ヒトでしか、ないのだから。

 

「いや、アサシン。テメェは向こうに回って、そいつの言った事を触れ回ってきな。

 こっちは、オレがケリつけとくからよ――――!!」

 

 担い手の昂揚に合わせ、呪槍が唸る。

 

「―――御意!」

 

「私も行こう。呪詛への耐性が薄いならば、私も仕事がある」

 

 黒衣が武器を失ったレオニダスに短剣を幾つか放り投げ。

 そしてそのまま二世を抱えてその場を離脱し、もう一つの戦場に向かう。

 

 つまり、だ。エルキドゥを原型として、製造されたその人形たちは。

 彼という機体の性能を、多く受け継いでいるのだろう。

 砕かれたその魂を除き、兵器としての泥人形が持ち合わせたものを。

 全て参考にして、量産型として設計されている。

 

 ―――必要な情報と、必要じゃない情報など判別していない。

 メソポタミアにおける最強の人型兵器、エルキドゥ。

 新たなる人類のためにベースにされた、彼という存在の設計図。

 図られたのは、量産できるようにするためのコストダウンだけだ。

 

 そして。エルキドゥは、呪いの果てに死した。

 結果として彼の遺体には、より強く弱点の存在が刻まれた。

 エルキドゥという機体、その遺体は。

 性能に対して、異常なまでに呪いというものに対する脆弱性を有してしまった。

 それを、確かに、ラフムたちは受け継いでいる。

 受け継いでしまっていた。

 

 エルキドゥの遺体そのものであるキングゥ。

 彼はその弱点を、聖杯の出力で誤魔化して、押し流してきた。

 先程までのあのラフムにも、それと同じことができた。

 だが、もう。あれの心臓は―――死の呪いに対し、完全なる無防備だ。

 

「宝具、解除します……!」

 

 マシュが盾を跳ね上げ、宝具を解除。

 止めていた足を動かして、再び移動しながらの戦闘に戻る。

 

『―――魔力の反応からして、硬化しているのは胴体のみ!

 それ以外の部分の防御力はそのまま!

 恐らく、攻撃に貫かれた場合は今まで通り吸収しにくるぞ!

 エネルギーの供給があるうちは、破壊できない!』

 

「つまりぶち貫いていいのは――――心臓だけってわけだ!」

 

 巻き上がる呪力を見て、ネオ生命体が顔を顰めるように瞼を動かす。

 それでも、彼の胸部の強度は万全だ。

 吸収を行うために結合を弱くしていた状態とは、まるで違う。

 槍の一撃を貰おうと、そもそも徹らない。そこに因果の成立はありえない。

 

 ならば、彼が臆する理由もない。

 

 ネオ生命体が踏み出した。

 今までのように光線を連射すれば、流石に心臓が保たない。

 だが、僅かなクールタイムを挟む必要ができただけだ。

 だからと言って逃げ回る理由もない。

 撃てないならば、直接殴打して粉砕すればいいだけなのだから。

 

 直後、唸りを上げる機関の叫び。

 エンジンを全力で吹かし、ジオウがライドストライカーで発進した。

 目掛ける先は、当然ネオ生命体の許。

 

 全速力によるバイクの突撃。

 それに対してネオ生命体が選ぶ対応は、突進。

 腕を前に差し出しながらそうするだけで、彼は敵を喰える。

 

 激突するまでには5秒と要らない。

 彼らはそのまま正面から激突して―――その瞬間、ジオウが跳んだ。

 跳んだ相手に対し、尾による追撃。

 掠めただけで吹き飛ばされるジオウ。そこで、彼が叫ぶ。

 

「レオニダス!」

 

「ええ!」

 

 男は名を呼ばれ、受け渡されていた暗殺者の短剣を振り被る。

 そんな短刀、直撃したところで意味もない。

 激突した瞬間に彼の腕と融合し、今まさに喰われているバイクと同じように。

 一秒後には呑み込まれて無くなって、彼の体の一部となるバイクと同じように。

 取り込んで、それでおしまい―――

 

 バキリ、と。金属が無理な力に耐え切れず、砕ける音。

 投擲された短剣は、ネオ生命体に掠りもせず。

 しかし彼の腕から、今取り込まれている最中にあるバイクに突き刺さっていた。

 

 防御装甲、カウルバンドライナーの間を縫い。

 ライドストライカーのエンジン部、アトモスジェネレーターへ。

 オーバーロードさせられていたエンジンが、その瞬間に火を噴いた。

 

「―――――――っ!?」

 

 ライドストライカーが爆散する。

 ネオ生命体の腕の中で。

 ネオ生命体の腕の一部の、なりかけの状態のままで。

 

 爆発の衝撃が、肩口から柔い腕の中を伝って、体内へと伝播する。

 その威力に腕が弾け飛び―――胴が震える。

 内部からの爆発に、ネオ生命体が体を震撼させて。

 

「ネロ! 最速で、斬り込んで!」

 

 その瞬間、彼の周囲に展開される黄金劇場。

 黄金式場の、限定展開。

 令呪の力に後押しされて、ネロ・クラウディウスが戦場に駆けた。

 奔り抜けるのは、式場を駆け抜ける白い流星。

 

「―――星よ、駆けよ! “星馳せる終幕の薔薇(ファクス・カエレスティス)”!!」

 

 隕鉄の剣は白い焔を伴って。

 叩き付けられる一撃は、正しく地上を駆け抜けた隕石。

 内側からの衝撃に震える装甲を、それ以上の威力で外側から殴り返す。

 

 軋む胴体。それを抑え込むため、ネオ生命体は足を止めた。

 取り込もうとしたバイクごと腕まで吹き飛んだ現状。

 即座に再生するには材料が足りない。質量が足りない。

 相手の攻撃など待たず、自分から何でもいいから取り込まねばならない。

 だがその前に、胴体だけは死守せねば―――と。

 

「……オマエが憎いわけでも、オマエを疎んでいるわけでもない。

 実際、ボクたちの存在にそう大した違いはない。

 ただ、もう、歩く道を違えた。ただ、それだけだ。

 それだけの事だけど……それだけでボクは、オマエや、母さんとも戦える」

 

 神具が奔る。彼のなけなしの魔力で構成した、バビロンの叡智。

 大地から噴き出した鉄槌が、耐久に入っていたネオ生命体に追撃をかけた。

 止めた足ではそれから逃れる事はできず。

 そして、腕を失ったばかりの彼に、それを止めることは叶わなかった。

 

 神具の槌が、ネオ生命体の胴体に直撃する。

 ―――そこで、限界を迎えた。

 ばきり、と。致命的な音を立てて、黒い胴体に罅が走る。

 胴体全体に駆け巡った亀裂。

 そうなったものに、最早強度など期待できるはずもなく―――

 

「―――その心臓、貰い受ける!」

 

 迸る呪力。それが予感させるのは、絶死の気配。

 青い獣が真紅の牙を手に、泥のヒトに向かって疾走した。

 

 もはや形振りなど構わず。

 ネオ生命体が魔力を肩に、そこにある罅割れた眼に集約させる。

 溢れ出し、スパークする熱量。内側から焼かれ、弾け飛ぶ泥の装甲。

 最速で放たれる灼熱の眼光。その光が一際大きく瞬いて、

 

「“刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)”―――――!!」

 

 超熱量の眼光よりなお速く。

 真紅の槍撃が怪物の心臓を喰い破った。

 

「―――あ、……マ、マ――――」

 

 明滅するネオ生命体の目の光。

 それが数秒の後、完全に消え失せた。

 

 槍の穂先が打ち砕いた、罅割れた泥の破片が飛散する。

 供給魔力が断ち切られ、光線の前兆が放たれる前に消えていく。

 がらがらと、泥に戻った体が崩れていく。

 

 足を止めている暇はない。

 すぐに彼らは離脱して、そのまま次の戦いに向かわなくてはならない。

 ここだってすぐに、ティアマトの海に呑み込まれるのだから。

 

「っ、ドクター! 聖杯は!?

 周りに落ちていてティアマトに取り込まれたら酷いことになるぞ!?」

 

 即座に退却の構えに移りながら、ネロが声を上げる。

 

『分かってる! いま探して……! あった! これは……!

 いま、聖杯を所持しているのは――――!』

 

 

 

 

 ネオ生命体の体内。

 そこから聖杯が弾き出され、放出された時。

 一切の思考の余地なく、それを確保したもの。

 彼は限界の近い体で、それでも全力の魔術をもって聖杯を確保していた。

 

 そんな、全力で手に入れた水晶体を掌に載せた男―――

 即ち、天草四郎時貞が、惚けるように微笑んだ。

 

「ああ、はい。聖杯が見えたので、つい」

 

『つい!?』

 

 両腕の宝具で魔術を使用しつつ、通常のラフムの掃討。

 彼の能力では、ベル・ラフムに対抗はできない。

 だからこそ、彼は自分が出来ることを全力で行っていて。

 もちろん、一切手など抜いていない。

 処理能力いっぱいまで、彼は命を懸けてこの戦いに臨んでいる。

 

 それはそれとして、聖杯が見えたので。

 つい、命を削って更に両腕を酷使して確保したのだ。

 

『っ、恐らくベル・ラフムがそれにも目をつけるはずだ!

 キミはあれの突撃に耐えきれるほど頑丈じゃない! マジーンの方へ……!』

 

「ははは。まあこれが通常の聖杯戦争でしたら、そのようにここで残りの敵に目もくれず、逃げ出してしまってもいいのですが。残念ながら、今回ばかりはそうはいかない。

 本当に残念ですが、私は、ここでせっかく手にした聖杯を放棄しなくてはいけない―――まあ、次の機会を大人しく待つとします」

 

 上空から降り注ぐ、ベル・ラフムの巨体。

 その前に飛来して、二人の女神が得物を思い切り振り抜いた。

 ケツァル・コアトルに、ジャガーマン。

 彼女たちが重ねた攻撃に殴りつけられて、しかしその体には傷一つない。

 

 弾き返された女神二柱。

 それが墜落するように着地しながら、天草へと声をかける。

 

「死の呪いへの耐性欠如―――! けれど、聖杯があればそれを獲得できる!

 つまり、アレとしては何としてもそれが欲しいわけね!」

 

「あなたが囮になる気?

 んー、だったらあなたよりイシュタルさんにでも持ってもらった方が……あ、駄目ね。

 イシュタルさんはここぞというタイミングで落っことしそう」

 

 切り返そうとしていたベル・ラフム。

 その直上から無数の光の矢が降り注ぐ。

 損傷には繋がらなくとも、鬱陶しげにラフムたちが苛立ちの唸りを上げた。

 

 空中で射撃体勢のまま、イシュタルが声を張り上げる。

 

「んなことアンタから言われる筋合いないわよ!」

 

 がなる女神を見上げて肩を竦め。

 天草は付近で短剣を放つ黒衣へと視線を移す。

 

「確かに奴らは呪いへの耐性を持っていないらしい。そこが突破口になると思われます。ですが、いまアレを呪い殺せますか? ハサン・サッバーハ殿」

 

 乱舞するダークは通常のラフムに向けて放たれるもの。

 彼の攻撃は、ベル・ラフムには通らない。

 ―――投擲する短剣のみならず、今はその右腕すら通じないのだ。

 

「それが、無理なのです。アレらはいま、一つの肉体に十の心臓を持ち合わせる。

 聖杯とはいかずとも、十体分の出力となれば尋常ではない。

 せめて一体一体でなくては、力尽くで跳ね除けられてしまう」

 

「でしょうね。ですから、一手。それを覆すための作戦を、私に任せて頂きたい」

 

 跳んだガウェインとベル・ラフムが、空中で交差する。

 泥に打ち付けられて、火花を散らす太陽の聖剣。

 力押しで負けた騎士が、そのまま大地へと落下。

 ―――受け身を取りつつ地面に激突、幾らか転がり、しかしすぐに立ち上がる。

 

「聖剣も、イシュタル神の権能も跳ね除ける怪物相手に、それができる、と?」

 

 戦線が下がる速度は、加速し続けている。

 もうタイムアップも近い。

 そこまでにベル・ラフムを片付けられなければ、次の段階の成功率も格段に下がる。

 

 世界の終わりが、見えてくる。

 

「―――ええ、やってみせましょう。

 私は聖杯を手に入れるため……私の望む救済を成し遂げるためならば。

 一切、手段を選ぶ気はありませんので」

 

 天草四郎時貞が微笑む。

 彼の真の目的、ここで果たせなければ次の機会に。

 

 次の機会を永遠に失わせる世界の破滅など、受け入れてなるものか。

 天草四郎は手段を選ぶ気はない。

 例え、忌み嫌うべきものを利用することになろうとも。

 己の目的のために、突き進む。

 

 

 

 

〈バース!〉

 

 ビーストのウォッチが外れ、バースのウォッチが装備される。

 クレーンアームが即座にマルドゥークの斧を確保。

 今まで通りの速度で、後退し続ける。

 

 丁度そのタイミングで、ロマニからの話を聞き終えて。

 立香が、決然とその顔を上げた。

 

「――――所長、ツクヨミ、私行ってくる!」

 

「正気―――って訊いたところで、意味ないんでしょうよ!

 令呪をもって命ず……! アーチャー、宝具を発動なさい!

 その間に、藤丸とマシュを連れて駆け上がれ!」

 

 オルガマリーが念話をしつつ、アタランテに指示。

 彼女の手の甲から、一画。令呪の光が欠け落ちていく。

 

「開けるわよ!」

 

 立香とツクヨミが視線を交わす。

 それに頷くと、ツクヨミがマジーンのコックピットを開いた。

 そうしてみれば、既に宝具たる訴状を打ち上げた彼女が、そこにいる。

 

「跳べ!」

 

「うん!」

 

 息を整え、跳躍。

 瞬く間に立香を掴まえて、速力を微塵も落とさず。

 アタランテの疾走は、そのままマシュの方向へと向かっていった。

 直後、発生する彼女の宝具。降り注ぐ緑の矢の雨。

 

「まったく、あの天草四郎に聖杯を渡して作戦の起点にするなど……!」

 

「そんなに言うほどなんだ」

 

 この状況でしかし、息を抜くように小さく笑う。

 呆れるように肩を竦めながら、アタランテの足は速度を落とさない。

 そうして流れていく景色の中で、立香は己の盾を視界に映した。

 

「マスター! アタランテさん!」

 

「抱えて跳ぶ! 舌を噛むなよ!」

 

 マシュの答えを聞かず、アタランテはトップスピードを維持。

 そのまま彼女を確保して、方向を転換。

 すぐさま目的地たる―――空へと、視線を向けた。

 

 

 

 

「は! どっちにしろウルクにつかなきゃ意味ないんだ!

 後生大事にしまったまま沈没するよか、出航させて撃沈された方がマシさぁ!」

 

 嵐の中、ドレイクが声を張り上げた。

 全力怒涛に揺れる船に必死で掴まる二世は、辟易として小さく言葉を吐き捨てる。

 

「どっちもゴメンだ、そんなもの……!」

 

 ―――空を征く、無数の船。

 嵐を潜り抜け突き進む、無敵艦隊を打ち破った最強の船団。

 彼女たちの前で、矢の雨が鎮まっていく。

 神が撃ち下ろしたそれが終わるのを見て、船長が叫ぶ。

 

「我慢させたねえ、天の牡牛だったか!

 ……おっと、そういや。はは、ウチの船は意外と牛と相性がいいのかねえ!

 ―――さておき。さあ、嵐の神様! “黄金鹿と嵐の夜(ゴールデン・ワイルドハント)”が付き合うよ!

 無敵の神様に、一泡吹かせてやろうじゃないか――――!!」

 

 号令を下すキャプテン・ドレイク。

 グガランナが咆哮と共に残った力を振り絞る。

 

 侵食海洋、ティアマト。

 その巨体に対して、全力の嵐と共に、正面から激突してみせた。

 押し返される海。僅か、揺らぐ巨神。

 その瞬間、ドレイクが従える無数の火船がティアマトに激突しにいく。

 続けて、全砲門が展開。一切の温存なく、それらが全て火を噴いた。

 

 火砲の雨。それがグガランナを避け、ティアマトに直撃。

 無数の火柱を立てて―――しかし、それでは巨神は揺るがない。

 僅か、僅かに足を進める速度が落ちるだけで。

 その進行速度の低下に対して、グガランナの全力のチャージが更に刺さる。

 巨神の一歩分だけ、押し返される侵食海洋。

 

「はは、海はやっぱ大きいねえ!」

 

「嬉しそうで何よりです。

 ですが、下がベル・ラフムに振り切られたようです。来ますよ」

 

 そう言って天草が、聖杯を二世の方へと押し出した。

 それを受け取り、酷く微妙な顔をする彼。

 

「途中でアレが撤退を選んだらどうする」

 

「選びませんよ。たとえ何を失っても手に入れたい、聖杯を目の前にぶら下げられたら。

 手足や、心臓の二つや三つくらい犠牲にしても、絶対に逃さない」

 

 怪訝そうに、疑うように、しかしどこか納得するように。

 二世は呆れも交えて、彼に再度問いかける。

 

「それはお前の思想ではないのか?」

 

「ええ、まったくもってその通り。

 ―――何が何でも、世界を自分の望むものへ変えたいと願う生き物の思考ですよ」

 

 船の下から、ベル・ラフムが飛び出してくる。

 即座にドレイクが銃による射撃を行い、当然のように成果はない。

 全ての弾丸は泥の体に弾かれ、傷一つさえ与えられない。

 

「キ、キキキ! シャハハハハハハハ――――ッ!

 聖杯! 聖杯! 魔術王ガ、母ニ与エタモノ! ツマリ、我ラノモノ!

 我ラガ新タナ人トシテ完成スルタメノモノ――――!!」

 

「聖杯が新たなる人類のために使われるもの、という考えには同意します。

 ですが、私とあなたではやり方が決定的に違うので。

 残念ですが、今回は縁がなかったと思って諦めるといい」

 

 不気味に嗤うベル・ラフム。不敵に笑い返す天草四郎。

 両者が笑顔を向け合って。

 次の瞬間、怪物が天から甲板に向かって加速した。

 

 ―――駆け抜けたアタランテが、そこに昇る。

 マシュを投げ、そこに立香を追加で投げ。

 緑の獣が、全速力のままにその足をベル・ラフムの胴体に叩きつけた。

 

 勢いに任せて、僅かばかり押し返される黒い怪物。

 蹴りつけたアタランテの方こそ、逆に大きく吹き飛ばされる。

 ギリギリで船に着地しながら、彼女が叫んだ。

 

「笑ってないでさっさとやれ!」

 

「聖杯、接続。注力開始。

 “右腕(ライトハンド)悪逆捕食(イヴィルイーター)”、“左腕(レフトハンド)天恵基盤(キサナドゥマトリクス)”。

 限界を無視して魔力を供給。この腕を棄てる代わりに、奇跡を一つ起こしましょう」

 

 天草四郎が両腕を突き出す。

 二世に渡した聖杯に接続し、その魔力を引き出して、得た魔力を全てそこに注ぐ。

 真っ当なサーヴァントに耐えられるはずもない魔力。

 そんなことを無視して、彼は両腕の奇跡の魔術回路を回転させ続ける。

 

「―――“双腕(ツインアーム)零次集束(ビッグクランチ)”!!!」

 

 限度を超えた供給に、両腕が崩壊していく。

 それを代償に形成されるのは、全てを呑み込む暗黒物質。

 彼は苦痛に酷く顔を歪めながら、自分の腕を破滅の孔へと変えてみせた。

 

 ―――そんなことをして。

 真っ先に滅びるのは、自分の腕をそれに変えた天草四郎だ。

 彼の体は、ダークマターに近すぎる。

 セーフティーもなしにそんなことをすれば、まず彼が潰れていく。

 そして、次に潰れるのは、彼のすぐ近くにある聖杯。

 それを持っているエルメロイ二世だ。

 

 その状況を理解して、ベル・ラフムが奔った。

 聖杯を全力で利用して形成した暗黒物質。

 そんなものに近付けば、流石の彼も相応のダメージは避けられない。

 だが、それを理解しつつも、彼は迷わなかった。

 新人類としてより完成度を高める。そのためなら、多少の犠牲はやむを得ない。

 そう、考えて。

 

「―――ええ、そうでしょうとも。その行動しかありえない。

 だからお前は……ここで、()と同じ怒りと絶望を味わっていけ」

 

 砕けていく天草四郎が、そう言って笑った。

 腕は真っ先に失って。

 そのまま全身を潰されていく、受肉していたサーヴァントだったもの。

 そんな彼が、完全に退去して。

 

「召喚サークル、設置! 行けます!」

 

 がん、とマシュが盾を甲板に()()()()

 立香が目を見開いて、腕を突き出す。

 彼女の意志に呼応して、カルデアの叡智の結晶が駆動する。

 限界以上に超動する、彼女に与えられた魔術礼装。

 

『レオナルド! 行けるかい!?』

 

 更に仕事の増えたカルデアで、ロマニが隣で作業する天才に問う。

 彼女は笑い、当然のように突貫作業を完了させた。

 

『もちろん、行けるとも! 私を誰だと思っているんだい!?』

 

「天才!!」

 

『ようしよく言った! さあ、マスター・藤丸立香!

 ――――君のサーヴァントを呼びなさい!』

 

 藤丸立香が起動する。彼女に与えられた力を。

 更に追加された、この状況を整えた意味を結実させるために。

 

「―――諸葛孔明!」

 

 直進していたベル・ラフムを、下からの爆風が押し上げる。

 暗黒物質が捻じ曲げた、ゴールデンハインド。

 その甲板が折れ砕け、内部にも致命的な損傷を負ったのだ。

 大砲が、弾薬庫が、爆発炎上して瞬く間に船を火だるまに変えていく。

 それを。その噴き上がる炎と衝撃と爆風を。

 諸葛孔明が全て、強引にベル・ラフムへと誘導する。

 

 そんな爆風が作った一瞬の隙に、聖杯を持つエルメロイ二世が設置された盾の傍に控えた。

 それに何の意味がある、と。

 ベル・ラフムは再度の突進を慣行する。

 

 アタランテやドレイクでは、それは止められない。

 だから、

 

()()()()()()()()!!」

 

 必要なものを召喚()ぶ。

 

「オーダーチェンジ――――ッ!!!」

 

 召喚サークルが回る。その機能のために、全力で稼働する。

 魔術礼装とサークルが連動し、虹色の光を放散する。

 光は、正しく結果を導いた。

 

 藤丸立香のサーヴァント、霊基・諸葛孔明がカルデアへと送還される。

 その代わりに、一騎。

 

「―――サーヴァント、ルーラー!

 ジャンヌ・ダルク、召喚に応じ参上しました!」

 

 同じく、藤丸立香のサーヴァントが召喚される。

 象徴たる旗を失い、戦闘などこなせない聖女。

 そんな紺色の服に身を包んだ女性の姿がその場に浮かび上がり――――

 

『続けて、霊基再臨! ルーラー・天草四郎の霊基情報を回収……!

 ジャンヌ・ダルクの霊基を更新する!!』

 

 彼女が召喚された、設置された盾。

 そこから迸る光の渦が、聖女の姿を変えていく。

 紺色であった衣装が白く。

 編まれていた金色の髪が解け、風に流れ。

 ―――そして蘇る、彼女が振るった、兵士たちを鼓舞した旗。

 

 かん、と。その旗の石突が、甲板を強く叩く。

 そうして、炎上する船の上ではためく白い旗が。

 今再び、主の御業を代行する――――!

 

「“我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)”―――――ッ!!!」

 

 展開する不沈の守り。あらゆる攻撃に対する守護結界。

 ベル・ラフムの突撃が、そこにぶつかった瞬間に止まった。

 ジャンヌ・ダルクが確保した聖杯を目掛けての突進。

 それが、一切通らずに塞き止められる。

 

「シャアアアアアアアァ―――――ッ!!!」

 

 どれほど吼えても、その守りに綻びなく。

 彼女の守りはあらゆる暴虐を通さない。

 天草四郎が遺していった、暗黒物質による圧壊さえも彼女の後ろには通さない。

 

 阻まれる。あと一歩だというのに。

 求めたものまで、あと一歩で届くというのに。

 籠める力はベル・ラフムの全力。

 全力をもって行われた突進は―――それでも、聖女の守りを崩せない。

 

 その激突の衝撃で、遂に完全に船が砕けた。

 

 空中に投げ出されるジャンヌ・ダルク。

 それでも、彼女の守りには一切揺るぎはない。

 彼女は聖杯を手に、投げ出されてなお結界を完全に維持している。

 

 足場ごと消し飛ばすことになる手段だからこそ、ロード・キャメロットには頼れなかった。この戦場では、マシュが踏み止まれるだけの大地と、ビッグクランチが消し飛ばす空間の両立ができなかった。

 だからこそ、聖女の守りが必要となり―――それが成立した結果、ここはベル・ラフムにとっての死地に変わった。

 

 彼女を薙ぎ払って、そのまま突き抜けるつもりだったベル・ラフム。

 だが、そこで動きを止められてしまったベル・ラフムは。

 

 ――――呑み込まれる。

 拡がっていく暗黒物質が、彼の体の一部に接触する。

 端から、少しずつ潰していくように。

 このまま続けても、全身呑み込まれて潰れるだけだ。

 

「ギ、ギィ……!」

 

 ベル・ラフムが突進から引き返す。

 既にあれに呑み込まれた部分は助からない。

 だから彼らは、即断した。

 一人、切り捨てる。

 

 ミシミシと軋み始めた体。そこで、彼らは自身の体を分解した。

 暗黒物質に呑まれていく一人だけ切り捨て、残り九人が離脱する。

 悲鳴もなく、ベル・ラフムが一人。極限まで圧縮されて、塵に還った。

 

 一度分離したものたちが、再び融合する意志を示す。

 そうでなければ、性能の絶対的優位が保てない。

 だが、もうそんな行動は遅すぎる。

 

 ―――ゴールデンハインドを含む無数の船の破片、崩れ落ちていく残骸。

 船だったものを足場に地上から駆け上がる、天狗の妙技が真っ先に届く。

 

「―――遮那王流離譚、“壇ノ浦・八艘跳”」

 

 八歩、一閃。一人、口だけの首が飛ぶ。

 船を辿り空を翔ける牛若丸の振るう刃が、まず一人。

 その首を落として―――しかし、首が落ちたものもすぐに動き出し。

 

「“滾る私の想いの一矢(ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン)”――――!!」

 

 首の落ちた泥人形の胸部を、炎の矢が吹き飛ばす。

 突き立った瞬間に、泥を蒸発させて灰にする鬼種の炎。

 

 ―――顔は合わせない。

 天草四郎は既に消えた。彼女たちはもうすれ違えない。

 だから、顔を合わせてしまえば、きっと余計なものが入り混じる。

 せめてこの時ばかりは、同じ方向だけを見つめるだけでいる。

 

 巴御前のその声に、特に感慨もなく。

 しかしそれを受け入れて、牛若丸が更に跳ねる。

 

 ―――不意をつかれて喰らった。

 だがそれだけだ。切り返しの刃など、もう彼らに届くはずもない。

 そうして近くの別のベル・ラフムに接近しようとする一体。

 そのラフムに対し、弾丸のように別の炎が来襲した。

 

「フ、――――ハハハハハハハハハッ!!」

 

 振るわれるのは灼熱に燃える鬼の腕。

 その少女の細い剛腕がベル・ラフムの頭部を殴りつける。潰れる頭部。

 それで終わらず、茨木童子が巨大な骨剣を振り抜いて、そいつの左の翼と手足を両断した。

 

「ギ、ギギギギ―――――ッ!!」

 

 落下しながら、抵抗を示そうとするベル・ラフム。

 それに対し返す刃で右の翼と手足も斬り落とし。

 彼女は口だけの顔を、灼熱を纏い肥大化した右腕で押さえつける。

 

「ああ、そうだ! 吾は鬼! 大江の山に住まう鬼の首魁!

 吾は、毀すものも、殺すものも、鬼らしく、気分で選ぶだけのこと!

 貴様はただ、たまさかに毀されるものとして選ばれた己を呪えェッ!!」

 

 溶けていく。口だけの顔が鬼火にさらされ、耐え切れずに。

 鬼の咆哮と共に、炎が膨れていく。腕に収まりきらず、溢れ出す。

 鬼火の手が、更に大きさと圧力を増した。

 その力の前に、ベル・ラフムの体が沸騰する。

 

「怖かろう! 恐ろしかろう!

 それが人が鬼に抱くべき感情よ! ヒトの真似事がしたいならば覚えて逝け!

 ヒトらしく、鬼の戯れに潰される理不尽をなァッ!!

 走れ、叢原火! “羅生門大怨起”―――――!!!」

 

 鬼火で出来た流星が、そのまま地上に落ちていく。

 ひとつの巨大な怪異と化した彼女の右腕が、ベル・ラフムを圧壊させる。

 欠片も残さずそれを蒸発させながら、鬼は哄笑を轟かせた。

 

『分離したベル・ラフム。あと、七体!』

 

 ―――その光景を前にしながらも、残るベル・ラフムの選択は一つ。

 まだ誤差で済む範囲内。

 三人失われても、心臓が七つあれば十分すぎるほどに彼らは旧人類に優位を取れる。

 

 だから全てのベル・ラフムの思考は一つだ。

 そもそも体が分かれているだけで、大本が一つなのだ。

 それも当然の話であるだけのこと。

 

 東洋の鬼種どもの攻撃力には多少驚いた。

 呪的なものを帯びた、超熱量。

 それによってベル・ラフム二人が確かに、蒸発させられた。

 だがここまで。それで終わる話だ。

 

 ベル・ラフムが身を寄せ合う。

 そうやって彼らは触れあおうとして――――

 全員揃って、すれ違った。

 

「? ―――???」

 

 肉体を近づけ合った、と七人全てが認識した。

 だというのに、何故か。

 実際は全てのベル・ラフムたちが、離れ合う方向へと動いている。

 正気の行動とは思えぬ、異常事態。

 混乱する彼らの、目を持たない彼らの視界に、影が舞う。

 

「―――暗躍、撹乱は我ら“不滅の混沌旅団(イモータル・カオス・ブリゲイド)”の真骨頂。

 呪詛に弱い、というのではなおさら。ならば、我らがあなたたちを墓穴にまで誘うのみ」

 

 闇を縫って駆け巡るは風魔の頭領、風魔小太郎。

 その戦場に駆ける忍びに混じって、赤熱した腕が天に掲げられる。

 

 解放される魔神(シャイタン)の腕。

 山の翁が睨むベル・ラフム。その一体が、呪腕の放つ呪いに見入られた。

 彼の呪詛に対する耐性では、それを跳ね除けることはできない。

 エーテルで編み上げられる、ベル・ラフムの心臓の鏡面存在。

 

 異形の指先が伸ばされる。

 

「――――“妄想心音(ザバーニーヤ)”」

 

 赤い指が、エーテル塊に触れる。

 魔神の掌が、鏡面心臓を鷲掴みにする。

 ミシミシと軋む、泥の心臓の断末魔。

 やがて、ぶつり、と。

 糸が切れたように、泥の人形がひとつ機能を停止した。

 

『残り六体!』

 

「はは、私たちは残念ながら呪詛で仕留めるとはいかない!

 ならば、力尽くで捻じ伏せるしかあるまいよ!」

 

 ロマニの声を遮る勢いで、フィンが駆けあがる。

 槍を包む渦巻く水流は弱々しい。

 ここに至るまでに、戦線の維持のためフィンもガウェインも魔力をほぼ使い切っている。

 氾濫する通常のラフムたちを薙ぎ払うため、宝具を幾度か振るっている。

 だから、ここでアレを打倒するべく宝具の全力解放を行うには―――

 

 二画、輝く。

 当然のようにそれを理解して、ツクヨミが令呪を使い切る。

 フィンに、ガウェインに、魔力が一息に充填された。

 

 空に上がったフィンの槍が、穂先をベル・ラフムへと向けた。

 ―――それに応じ、怒涛の水流が天から地へと降り注ぐ。

 

「“無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)”―――――!!」

 

 空中で迷走しているベル・ラフムを二体。

 神威の津波が押し流した。

 

 泥の体にその水が染み渡り、僅かに、解けるように脆くなる。

 大地へと流れ落ちる、ベル・ラフムを巻き込んだ津波。

 その水流ごと、消し飛ばすべく。

 

「この剣は太陽の映し身―――あらゆる不浄を清める焔の陽炎。

 “ 転輪する勝利の剣 (エクスカリバー・ガラティーン)”―――――ッ!!!」

 

 振るわれる、太陽の聖剣。

 切っ先が向けられる方角には、今もまだ続々と出現する通常のラフムたちも。

 横薙ぎに払われた剣閃が、日輪を描き出す。

 放たれる熱線が、ベル・ラフム二体を呑み込んだ。

 

 解れた泥の肉体を、欠片も残さず蒸発させる日の光。

 灼熱の太陽が放つ光線。

 それがベル・ラフムたちを消し飛ばすに留まらず、一帯からラフムたちも消滅させた。

 

『残存ベル・ラフム、あと四体!』

 

 四つ。残る心臓は四つ。

 少ない。けれど、それでも無いよりはマシだ。

 風魔忍群の齎した混乱を振り払い、ベル・ラフムが正気を取り戻す。

 彼らはやっと自由に動けるようになり。

 

「―――逃がすと思った? そんなわけありまセーン!」

 

 一人に向け、翡翠の剣が来襲する。

 対抗するように、振るわれる泥で出来た腕。

 互いに一撃を放ち、激突。

 散る火花ごしにベル・ラフムがよろめき、ケツァル・コアトルが炎上する。

 

 続けて、切り上げられるマカナ。

 すぐさま返されたベル・ラフムの腕と、鍔迫り合いに。

 ―――ならない。

 

 ケツァル・コアトルが剣を手放し、ベル・ラフムの腕を取る。

 引き込まれ、炎上。

 ベル・ラフムを掴んだまま、ケツァル・コアトルの熱量が天井知らずに上がり続ける。

 関節など如何様にでもなる泥人形でも、振り解けない。

 

 炎の翼が羽ばたいて。地上に向けて、二人纏めて加速する。

 灼熱地獄のただなかで、全身を極められながら、落ちていく。

 全ての負荷が、ベル・ラフムを終わらせていく。

 

「フェイバリット、行きマース! “炎、神をも灼き尽くせ(シウ・コアトル)”!!!」

 

 極められてかかる全身負荷。灼熱が与える超熱量。

 そして、地面に落下した瞬間に発生する衝撃。

 着弾した瞬間に、爆発するように最大火力に至ったそれが、ベル・ラフムを微塵に砕いた。

 

「あんたたちにはアレよ、野性が足りなかったわ。

 人間はもっと図太くて、やりたい放題で、しっちゃかめっちゃかなアレなのだもの。母さんの先兵なんてもんに収まってるアンタらより、ずっとアレな生き物なわけよ。

 ―――でもまあ、私はそういう感じも嫌いじゃないわけで。ていうか場合によってはどっちにも牙を剥くのがジャガーなので、今回は、アンタたちを滅ぼすってだけよね」

 

 跳んだ虎の着ぐるみが、ベル・ラフムの一体を蹴り落とす。

 朗らかな顔の底に、何らかの感情が浮かび。

 しかしどうでもいいとばかりに微笑んで、彼女はその槍を振りかざした。

 神威の顕現。大いなる恐ろしき爪が、そこに顕れる。

 

 すぐさま飛行し、逃れるべく離れようとするベル・ラフム。

 だが、逃れられない。

 ジャガーの疾走、獲物を求める死の神を前に、泥人形の逃避行は叶わない。

 大気を引き裂きながら、死の爪が振り抜かれる。

 

「っしゃあ! ひっさーつ!! “逃れ得ぬ死の鉤爪(グレート・デス・クロー)”!!! 死に晒せーい!」

 

 爪による斬撃。振るわれるのは一度に留まらず。

 振り抜き、返し、振り抜き、返し。

 最早原型など留めぬほどに、粉微塵になるほどに、死の鉤爪はベル・ラフムを解体した。

 

『よし、よし! あと二体だ!』

 

 ―――もう無理だ。たとえ集まっても心臓二基では足りる筈がない。

 彼我の戦力差は歴然。

 ではどうする。どうもしない。彼らはただの人形、ただのヒト。

 母たるティアマトのしもべなのだから。

 未だに彼らに出来ることを、ただ――――

 

「ええ、ホント。ただの泥人形如きがやってくれたわ」

 

 一体の前に、金星の女神が降臨する。

 目の前にまでくるなど、と。

 イシュタルとの接近戦であれば、そう簡単にベル・ラフムが砕かれる筈もない。

 

 先手を取ろうと、彼は即座に動き出す。

 無防備に寄ってきた女神に対し、頭を潰すために動き出す。

 その光景を真紅の瞳で微笑みながら見送って。

 

 指、一本。

 彼女はただ、人差し指一本をベル・ラフムに向けた。

 

 ―――ベル・ラフムの体が凍る。

 身体機能が、呪詛によって八つ裂きにされる。

 女神の指先が示した、一つの呪いによって。

 

「……呪いにこんなに弱いなんて弱点、私がエルキドゥに与えたようなもんだけど。

 いえ、グガランナがあの馬鹿二人に負けたせいね。

 それこそアンタがグガランナを呪いたい気分でいっぱいでしょうけど……」

 

 真紅の瞳が、黄金に変わる。

 溢れる神気が、女神イシュタルを輝かせる。

 ガンドの呪いに縛られたベル・ラフムが、悲鳴もこぼせず震えた。

 

「安心なさい。アンタの怨念なんて、塵一つ遺さず消し飛ばしてあげる――――!!」

 

 彼女の背後に門が開く。宇宙(ソラ)に浮かぶ、黄金の星。

 イシュタルの手がそれに伸ばされ、添えられ、弾丸として掴み取った。

 天舟(マアンナ)に装填される、最大の弾丸。

 彼女の指が、弓を引く。

 眼前でスパークする魔力の嵐を、動かない体で直視しながら。

 

「“山脈震撼す明星の薪(ジュベル・ハムリン・ブレイカー)”ァ―――――ッ!!!」

 

「ギ、――――」

 

 空に明星の星が輝く。

 その光に呑まれたものは、一片も残さず消滅した。

 嵐の中に輝く、光の渦。

 

 完全に逆境に立たされた、最後のベル・ラフムが口だけの顔を左右に揺らす。

 彼は母の願いのために動くもの。

 ならば、その目的を果たすために何が必要かを思考する。

 

 ―――ここに至って、勝機はない。

 ではどうする。何をすれば、少しでも母のための行動になる。

 そう考えたとき、地面に何とか着陸した、船から放り出された連中を見つけた。

 

 そうだ。融合する、という判断は次善のものだった。

 あれさえ確保できれば、彼はもっと完璧なヒトになれる。

 他の九人は消し飛んだ。

 連中はその九人を消し飛ばすために全力でもって行動していた。

 そのおかげでもう、すぐに動けるものはどこにもいない。

 少なくとも、ベル・ラフムを打倒できるものは、どこにも。

 

 ベル・ラフムが加速する。目指す先には、ジャンヌが持つ聖杯。

 他の連中に追い付かれる前に、結界を突破する。

 如何に頑強な結界とはいえ、頑強な結界だからこそ、永遠に張っていられるはずがない。

 ならば、それを先に突破できれば―――と。

 

 そう、考えて進撃した彼の前に。

 一人の男が立ちはだかる。

 大した力もない、大した武装も持ち合わせない、大男。

 減速する価値もない、とベル・ラフムが断じた。

 

 男が、武蔵坊弁慶が。

 ただそこで、合掌して待ち受ける。

 

「―――形はどうあれ、海より来たりし命。

 紛れもなく、ヒトとして造られたもの。で、あるならば」

 

 坊主が、瞑目する。彼の背後に浮き上がる大曼陀羅。

 そこから放たれるものに覚えた感覚に、ベル・ラフムが困惑し―――

 

 曼陀羅の輝きが、命が進む先を指し示す。

 それが紛れもなく命のカタチをしているならば。

 カタチはどうあれ生きているのならば。

 

「“五百羅漢補陀落渡海”――――還るがいい。

 海より生まれしものならば、海の彼方で果てる事に否やはあるまい」

 

 坊主が、目を開く。

 それで―――ざらり、と。ベル・ラフムがただ砂になって崩れ去った。

 加速していた勢いのまま、ぶちまけられるベル・ラフムだったもの。

 

「―――南無」

 

 バサバサと降り注ぐ砂を見ながら、弁慶が最後に瞑目し、その場からの離脱を開始した。

 最後のベル・ラフムまで消滅し。そして、もうウルクは目前。

 グガランナも最早、限界寸前。

 

 ―――最後の最後、ティアマトにしてアナザーディケイド。

 災厄の獣との決戦が、迫っていた。

 

 

 

 

 彼はそうして、ジグラットの上に着陸した。

 そこには既にウルクに残る数少ない人間。

 ―――黄金の王が、いた。

 

 ……別に、それを目掛けてきたわけではない。

 目的を果たすためにウルクで一度着陸したかっただけ。

 自然と一番背の高いジグラットを選んだだけで、そこにいるものなんて気にしてない。

 ただ、それだけだ。

 

 彼の傍に控えていた女が、少し驚いたように体を竦め。

 そこで、楽しげにギルガメッシュが声を上げる。

 

「男子、三日会わざれば何とやら、という言葉はいつ生まれるものであったか。

 随分と表情が変わったではないか、キングゥ。

 いやはや、同じ顔でもエルキドゥとは似ても似つかぬわ」

 

「―――――……ギルガメッシュ」

 

 おかしげに笑う男に、キングゥは少しだけ顔を顰めて。

 そんな彼の様子に、ギルガメッシュが大仰に肩を竦めた。

 

「ふん。本来、(オレ)がアレを見逃す、という判断はないところだが……

 まあ今回は(オレ)が贔屓する兵器の後継機をよくぞここまで磨き上げた、と。

 その功績を以て、一度のみ見逃してやる事とするより、他にあるまい」

 

 そう言ってもう一度笑い、彼は再び迫るティアマトの方を見上げた。

 グガランナと衝突しながらも、徐々にこちらに迫ってくる巨体。

 そんな世界の終末一歩手前の状況で、ギルガメッシュはシドゥリに視線を向ける。

 

「シドゥリよ、せっかくだ。

 祝杯でもあげることとしよう。ありったけの麦酒を持て」

 

「……これから務めのある王に酔われでもしたら大ごとです。

 終わってからにしてください」

 

「はっ、この状況でなお酒すら許さぬとは……まったく、堅い女め」

 

 そう言いながら、ギルガメッシュが手元に置いていた黄金の盃を持ち上げた。

 そのまま、それをキングゥの方へと放り投げる。

 受け止めて、彼はそれの正体に息を呑んだ。

 

「これ、は」

 

「シドゥリが酒を寄越さぬせいで空の盃だけだがな。

 持って行くがいい。()()祝い、とでもしておくとするか」

 

 ―――聖杯。

 魔術王がこの時代に降ろしたものとは違う、別の聖杯。

 そんなものを当然のように所有していたギルガメッシュ。

 彼はそれを当然のように、キングゥへと明け渡した。

 

「好い顔になった。

 兵器が浮かべるにしては感情的すぎるが、人が浮かべたならば良きものよ」

 

 そう言ってからからと笑い、王はキングゥから視線を外す。

 もう彼から送るものはこれ以上ない、と言わんばかりに。

 

 その背中を一度見て。

 シドゥリがどう口にするべきかと悩むように、小さく視線を彷徨わせ。

 

「……キングゥ。その、ええと――――すみません、何でもありません。

 何か、やるべき事があるのでしょう? どうか、頑張ってください」

 

「……なんだい。言いたいことがあるなら言えばいい。

 恨み節かい? まあ、言いたくなるのも当然だろうさ。

 実際、ボクはメソポタミアをこんな状態にした主犯だ」

 

 自嘲、するわけではなくとも。

 鼻を鳴らしてそう言ったキングゥの前で、シドゥリが首を横に振る。

 

「―――いいえ、そうではなく。

 ただ、あなたに会えたら。エルキドゥへの礼を告げようと思っていたのです。

 ……ですが、相手が違ったようです。あなたとは、初めまして、でした」

 

「―――――」

 

 彼女の言葉に、キングゥが僅かな間静止して。

 動き出せば小さく視線を伏せ、手にした聖杯を胸に当てた。

 沈み込んでいく聖杯が、彼の心臓を代替する。

 体に熱を巡らせながら、新たな心臓を馴染ませていく。

 

 少しだけ、慣らしをする時間が必要だ。

 

「……言っておけばいい。この体は、間違いなくエルキドゥと同じ機体だ。

 ボクは知らない話だが、ボクの中のエルキドゥには響くかもしれない」

 

 言われたシドゥリが少し驚いて。

 しかし、微笑んだ。

 

「―――ありがとうございました、エルキドゥ。

 私たちウルクの民の中に、あなたへの感謝を持たない者はいないでしょう。

 あなたは、偉大ながらも孤高の王に、人としての生を与えてくれました。

 彼の王の歩む道を、人の世界を敷く王道と定めてくれました」

 

 彼女の言葉に、ギルガメッシュは動かない。

 ただ、迫るティアマト神だけを見上げている。

 

「あなたの死を嘆かなかった者はいません。誰もが、あなたの死を悲しんだ。

 あなたにも、幸福であってほしかった。

 ……エルキドゥ、美しい緑の人。本当に、ありがとう」

 

 それが、エルキドゥに響いたかどうか。

 そんな事はわからない。わかるはずもない。

 だって、彼はキングゥなのだから。

 わからなくていい。わかる必要は、ないのだ。

 

「―――こちらこそ、ありがとう。シドゥリ」

 

「―――――」

 

 驚いたように、シドゥリが目を見開いて。

 そんな彼女に対して、キングゥは言葉を返す。

 エルキドゥではなく、キングゥとしての。

 

「キミたちと共に歩み、エルキドゥは己の道を最後まで歩き抜いた。

 彼が止まったところから、ボクはボクになって歩き出した。認めようと認めまいと、ボクが発生したのは、キミたちを愛して、キミたちに愛されたエルキドゥあってのものなんだろう。

 だから、ありがとう。エルキドゥと共に歩いた人たち。ボクが始まる前に、この体を動かしていた魂が、何より大切に想っていた人たち。

 エルキドゥの最期は幸福であったからこそ――――この機体には、これだけの熱が遺っていたんだろう。その熱はボクにとって記憶でも記録でもなく、ただの情報の一つでしかないけれど。きっと、それはきっと、この機体の中に生まれたボクという魂にとって、根底に関わるくらい大切なもの……なの、かもしれない。だから―――それだけさ」

 

 キングゥが歩き出す。他の誰でもない、彼の旅路を。

 彼が自身に求めた役割を果たすために。最期の使命を果たしに行くために。

 伝えるべきことはもう伝えた。

 もう、交わす言葉など残っていない。

 

 シドゥリが胸に手を当て、微笑む。

 最後に彼女の言葉だけ受け取って、彼は地上から飛び立った。

 

「―――はい。こちらこそ、ありがとう。キングゥ」

 

 

 




 
なんか即死に弱い、という弱点に触れてみる。
 


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強くてデカくて強い奴2016

 

 

 

『―――届いた! 届いたのだわ!? え、なんで!?

 たった半日くらいで! さくさく進めてしまった!

 こんな事ならもっと早くウルクを呑み込んでたのに!』

 

 冥界の鏡が、作業を終えて錯乱するエレシュキガルを映し出す。

 それを胡乱げな目で見やるギルガメッシュ。

 いちいち言及するのも面倒なので、彼は背後へと視線を送った。

 

「して? 保険は張り終えたようだが、メインプランはどうなっている」

 

「まだ終わってないみたいだな」

 

 終わってみれば、海東がこちらに顔を出す。

 そうなっていないという事は、まだ終わってないという事だ。

 溜め息混じりにそう返す、門矢士。

 

「さて、間に合うかどうか。

 シドゥリ、こんな事もあろうかと造らせておいたアレの展開を準備させよ。

 そう。こんな事もあろうかと、密かに、準備していたアレをな」

 

「はい、ウルクの北に築かれたバビロニアの壁の反対側。

 南のペルシア湾側から、もしもの侵攻があった場合に備え準備していた秘策。

 ナピシュテムの牙のことですね。

 いつでも展開できるよう、通達を回します」

 

 ――――貴様、正気か?

 そう言わんばかりに、王は目を見開いてシドゥリを凝視した。

 展開する瞬間に口にするべき情報だ、それは。

 ロマンも何もあったものじゃないぞ、これでは。

 

 そんな王からの視線を首を傾げ、しかし。

 彼女は与えられた仕事を果たすべく動き出した。

 

「で、そのナピシュテムの牙とやらで時間は稼げるのか?」

 

「……ティアマト神の足を止められるものではない。

 海洋の浸食をウルクの手前で食い止めるので精一杯であろうよ。

 だが、まあ。どうにかなろう。足を止めるのはアレに任せるまで。

 こちらは出来ることに注力すればよい」

 

 どういった感情のものか。声に、複雑な色を混ぜて。

 しかし、すぐにそれを忘れるように。

 ギルガメッシュは軽く鼻を鳴らすと、不敵に笑った。

 

 

 

 

「もうちょっと! だけど! もう保たないわよ、こいつ!」

 

 空中からラフムを撃墜しつつ、イシュタルが叫ぶ。

 彼女のその言葉は当然、グガランナの状態を示したものだ。

 如何に彼女が言葉でまだ十年戦える、などと言っても。

 それはただの激励を交えた強がりにすぎないのだ。

 

『もしグガランナがあの海に呑み込まれでもしたら、完全にアウトだ!

 最低限の余裕はもたせて離脱させるべきだぞ!』

 

「わかってるわよ! だから言ってんの!」

 

 もしあの海にグガランナが呑まれでもしたら。

 それこそ、グガランナ型のラフムでも生み出されかねない。

 そうなってはもう、ティアマトの相手もしていられない。

 完全に詰み、と言っていい状況になる。

 

「……この距離まで来たなら、本来」

 

「ドレイク殿の船で斧の吊り上げを開始する。

 ―――という予定でもありました。ですが、既に」

 

 疾走するアタランテの射撃。

 それに追随しつつ、彼女の周囲のラフムを切り払う牛若。

 

 既にドレイクの船は爆発炎上し、撃墜された。

 あれこそ彼女の大一番。

 あれ以上のものは、逆さに振ったって出てこない。

 

 既にケツァル・コアトルが眷属を差し向けている。

 翼竜、ケツァル・コアトルス。

 タイムマジーンとケツァル・コアトルスによる、ティアマト以上の位置への牽引。

 だが、間に合わない。推力が足りない。

 

 ティアマトの侵攻速度を考えると、推力を上向きに使っている余裕がないのだ。

 全力のバック以外では、今のティアマト。

 彼女が拡げていく浸食海洋には追い付かれる。

 グガランナの限界。黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の事前消失。

 作戦の最終段階。それが始まる前に、既に戦線が崩壊していた。

 

 ―――タイムマジーンが火を噴いた。

 マルドゥークの斧を引きずり続けた腕、その関節部から火花を散らす。

 クレーンアームがガタガタと音を立てて軋みを上げる。

 バースのウォッチも、既に限界寸前。

 カッターウィングを展開する余裕なんて、どこにもない。

 

 速度が落ちる。

 それはここに至って、致命的な現象だ。

 

「いけません! このままでは!」

 

 武器も無しに盾の破片だけでラフムを粉砕していたレオニダス。

 彼が、その状況に焦燥して叫ぶ。

 

「…………ッ、ジャガー!」

 

 武器を放棄してからは手足を繰り、ラフムを粉砕していたケツァル・コアトル。

 彼女の叫びに反応して、ジャガーマンが動く。

 困った風に、しかしそれしかないと、彼女も認めてその爪を奔らせた。

 

 タイムマジーンの腕が、切断される。

 マルドゥークの斧を支えていた、クレーンごと。

 瞬間、バースのウォッチが弾け飛ぶ。

 支えていた重量物がなくなって、加速したままマジーンが吹き飛んだ。

 

 マルドゥークの斧が地面に落ちる。

 轟音を立てて、地に沈む巨大な斧。

 

 その状況に対し、ティアマトが咆哮した。

 最優先の獲物を射程内に捉えた。そう、歓喜するように。

 圧力が更に増す。

 既に限界を迎えているグガランナが、更なる過負荷に呻きを上げた。

 

「っ、もうグガランナも限界……! 下がらせる……!?

 いえ、無理! 下がらせたらウルクごと纏めて全滅する……!」

 

 巨神も、海洋も、止められるのはグガランナだけだ。

 他の現象など、ティアマトにとっては誤差にすぎない。

 グガランナが圧倒され、浸食海洋が加速する。

 彼女の海に、干ばつなど起きるものか。

 

 大地に残されたマルドゥークの斧。

 大きく打ち寄せる波濤の勢いで、神の斧が呑まれていく。

 唯一の勝ち筋が泥の中に沈んでいく。

 

 それでも足は止められない。

 いま呆然と立ち尽くそうものならば、泥に呑まれておしまいだ。

 だから全員、ウルクに向かい走り続けて―――

 

「―――だったらさっさと下がればいい。そこにいられるとボクには邪魔なんだ。

 グガランナはまだしも、オマエの声が聞こえる範囲にあると気が散るからね」

 

 ―――天の鎖が降り注ぐ。

 ティアマト神すら巻き込むに足るだけの質量を持つ、巨大な鎖の雨。

 擦れあう鎖の擦過音が、まるで咆哮のように響き渡る。

 

 それが、確かに。

 ティアマト神の全身に巻き付いて、その場で足を止めさせた。

 軋む。が、けして砕けない。

 困惑するかのように、ティアマトが身を捩る。

 

「A、a、aaaaaa―――――――ッ!!」

 

「キングゥ……!」

 

 答えはない。

 もう、彼から人に向けて送る言葉なんて残ってない。

 あと彼が残した言葉は、人に贈るためのものではない。

 

 天の鎖は繋ぐもの。

 人界に打ち込まれた天の楔と結び、人の世を神の許に繋ぎ止めるもの。

 

 この鎖は、どこにも行くな、と。

 そう言って相手の首にかけて、自分たちに繋ぐためのものだった。

 だが、もういいのだ。

 

 人は鎖などなくても、自分で繋がっていける。

 彼らの心は、もう神に縛られる必要はない。

 神代から離れても、正しく継続していける。

 

 人は旅をするものだ。

 その旅の果てに遺されたものは、他の誰かに繋がっていく。

 エルキドゥの後に、キングゥが続いたように。

 だからきっと、人の世に天の鎖は必要ないのだろう。

 無理に繋ぐ必要なんて、どこにもない。

 彼らは生き抜いて、死んで、遺ったものを誰かが継いで、

 そうして繋げて続いていく。

 

 もう楔は打ち込まれている。

 天の楔は人の世のために、自身の選んだ使命を果たした。

 人が人として生きていくために必要なものは、もう既にそこにある。

 

「―――ふん、それにしては工程に不足もはなはだしい。

 所詮は使命から逸脱した天の楔。鎖がなければ、繋ぎ止めておけなかったわけだ。

 失態だね、ギルガメッシュ」

 

 ―――在り方は果たそう。

 だが、人の世をどこに繋ぐかは、もう彼自身が決める。

 

 彼は繋ぐもの。

 人の世を、人のための世界として、維持し続けるために。

 繋ぐものはもう決めた。いや、最初から決まっていた。

 

 天の楔は人の世を敷き、自身をそれを縫い留める楔として使用した。

 ―――なら、天の鎖は。

 

「……ボクは、神を縛ろう。

 人の世を縫い留めた楔を引き抜こうと癇癪を起したあなたを、止めるために」

 

 彼は天の鎖。人の世と神を繋ぐもの。

 人にも、神にも、繋がるもの。

 彼は人を滅ぼすものではなく、また神を排斥するものでもない。

 どちらにも、繋がるものなのだから。

 

「人の世をそこに残したまま、あなたを再び眠りに誘おう。

 あなたがどこにも繋がっていない、なんてことはない。全てが繋がる在り方を人は選んだ。なら、どれだけ距離が離れても―――確かに、あなたとも繋がっている」

 

 天の鎖が黄金に輝き、ティアマトへの縛りを強めていく。

 彼女の歩みは確かに、そこで完全に止まった。

 

「星の息吹、人の叡智―――

 あなたが生んだものの力を、ボクの機体と魂の全てを懸けて此処に語ろう。

 ――――“人よ、神を繋ぎとめよう(エヌマ・エリシュ)”。

 ……人と神が正しく共にあるために。正しく世界を先に繋げるために。あなたが子の歩みを見送れるように。少しだけ、哀しいけれど。母さん、あなたの歩みを止めておくれ」

 

 

 

 

 地面に転がった黒煙を噴き上げるタイムマジーン。

 それを飛翔しながら、ケツァル・コアトルが引っ掴む。

 そのまま、全員が全員ウルクに駆け抜ける。

 ティアマト神の歩みは止まった。が、浸食海洋が止まらない。

 多少減速はしても、それはウルクに向かって流れ込んでくる。

 

 彼らが駆け込むのを見たギルガメッシュが、即座に叫ぶ。

 

「錨を上げよ! ナピシュテムの牙、展開!」

 

 兵士が反響光で合図を示す。

 構えていた担当のものたちが、すぐさまその号令に従った。

 

 ―――ウルク市の南。

 北壁、バビロニアの壁ほどとはいかずとも、ウルク市を覆うほどには長大な範囲。

 その大地を突き破り、牙を折り重ねたかのような壁がせり上がった。

 天を衝くようにせり立つ壁。それが、泥の津波を受け止める。

 

「ナピシュテムの牙、起動成功!

 黒泥の浸食は分かれ、ウルクを避けるように流れていきます!

 ですが、崩壊が至る所に見られ、次に大波が来れば防げないと……!」

 

「だろうな。だが、気にする必要はない。

 次の大波が来る時とは、即ちティアマト神が再度の侵攻を開始した時。

 そこまででどうにもならなければ、真実我らの敗北だ」

 

 轟音が響く。

 ナピシュテムの牙を越え、ウルクを飛び越し。

 そうして遂に、天の牡牛が地面へと崩れ落ちる。

 

 積乱雲が地面に落ちてくる。黄金の鎧が大地を打ち砕く。

 ウルクとバビロニアの壁の間を吹き飛ばしながら、天の牡牛が地面に伏せた。

 最早立ち上がれぬ、と。一目で知れる。

 自身らが死に物狂いで打倒した怪物の中の怪物があの有様とは。

 などと小さく鼻を鳴らし、ギルガメッシュは号令を下した。

 

「―――総員、戦闘準備! ティアマト神が止まっても、ラフムどもは止まらんぞ! 前に出る者は、牙に取り付き破壊しようとするラフムどもを狙え!

 ウルクが落とされればこちらの負けだが、そんなものはティアマト神が後一歩踏み出せば終わること! 勝利を確信して遊びに向かう連中にウルクを越させるな! この(まち)の先、バビロニアにはシュメルの生きとし生けるものを全て集めている! ディンギル隊はそれらを狙うものを全て撃ち抜いてみせよ!

 我らの世界、蹂躙されたくなければ死力を尽くせ! 守りたくば全霊を懸けよ!」

 

 ギルガメッシュの号令。

 この都市に残った兵士たちが、それを聞いて奮い立つ。

 

 ナピシュテムの牙を乗り越え、雪崩れ込んでくるラフムたち。

 それらと槍と盾を構えた兵士たちが、衝突した。

 

 作戦の最終段階、ウルク決戦。

 それはもう、始まる前から終わっている。

 マルドゥークの斧の確保は叶わなかった。

 決定打は残されていない。

 

 アナザーディケイドが、自身を縛る鎖に手をかける。

 それがただのティアマト神ならば、一刻の猶予はあっただろう。

 だが、それは創世の神にして世界の破壊者。

 世界を繋ぐ天の鎖さえも、力尽くで破壊してみせようとする。

 罅割れていく、天の鎖。

 

 それを見上げて、ギルガメッシュが僅かに目を細めた。

 

 そこで。

 決戦の光景を同じく眺める士の後ろから、銀幕を通って海東大樹が現れる。

 振り向いてそちらを見る彼の前で、海東は肩を竦めた。

 

「…………」

 

「まったく、君たちの頑張りすぎだね。

 この大地に残った命を一ヵ所に集めるなんて、とても半日で終わるものじゃないよ。

 ―――ま、やり遂げてきたけれど」

 

 彼はそのまま歩き出し、士の隣に並ぶ。

 眼下で始まっている戦いを前にして、彼は呆れた様子を言葉にした。

 

「本来ならば、数え切れるほどにまで人間は死に絶えていたんだろうけれど……どうやらこのまま国家が続けられるほどには、生き残ったらしい。

 ま、どちらにせよ。いつかこの国も亡ぶんだろうけど」

 

「は――――まったくだ。この戦い、最終的には(オレ)の死によって編纂せねば立ち行かぬ、と思っていたが。どうやらまだ、(オレ)に死んでいる暇はないらしい。

 この戦いを終わらせれば、魔獣どもに齎された被害は災害に置き換えられ―――しかし、まだこの王朝は続けていく必要がある。ならば、やるしかあるまいよ。

 滅亡はいつか訪れる。ならば、次に隆盛するもののために、何かを遺してやらねばな。何千年続くか知らぬが、人の世はそうして繋がってゆくものと、この(オレ)が定めたのだから」

 

 王の言葉にまた肩を竦め、海東大樹がドライバーを抜く。

 彼はそのままカードを引き抜いて、そこに装填した。

 ハンドグリップを持ち上げ、待機状態にするドライバー。

 その銃口を彼は―――門矢士へと突き付けた。

 

「お前……」

 

「返すよ、士。別に必要だから持っていたわけじゃないし」

 

〈カメンライド! ディケイド!〉

 

 ―――ディエンドライバーから放たれた力。

 それはスロットに装填されたカード。

 仮面ライダーディケイドのもの。

 

 放たれた力は、門矢士の姿を包み込み、彼をディケイドに変えていく。

 今までと違う点は、ひとつ。

 腰に装着されたディケイドライバーに刻まれたクレストが減り、白くなっていること。

 

「……俺が変身できないのは、そもそもお前のせいだがな」

 

「そうかい。なら、感謝してくれたまえ。

 僕があの時、ジョーたちに迷惑をかけた君からカードを奪っていたことをね」

 

 いつか、彼らがゴーカイジャーたちと争い、そして共に戦った後。

 戯れのように、海東大樹が門矢士から奪っていたもの。

 それが今ここに返却され、彼は再び仮面ライダーディケイドの姿を得た。

 カード1枚、それだけでは本調子には遥かに遠い。

 だが、これで―――保険と合わせて、アナザーディケイドを僅かであっても上回れる。

 

〈カメンライド! ディエンド!〉

 

 海東もまた、姿を変える。

 そちらを見もせずにディケイドが歩みだし、眼下の戦場を見降ろした。

 サーヴァントたちも、ジオウも、既にそこで戦っている。

 いま、ティアマトは天の鎖で動きを止めている。

 それでもマルドゥークの斧がない以上、決定打は与えられない。

 ここで幾ら足掻いても、逆転の術は存在しない。

 

 どうしたものか、と。頭を回し続ける士の後ろ。

 ふと、おかしな感覚を覚えてディエンドが立ち止まる。

 

「――――へえ、なるほど」

 

 そんな風におかしそうに笑いながら、彼はカードを一枚取り出した。

 思わずそちらを向き直り、ディケイドは鼻を鳴らす。

 

「そっちも面倒ごとな気がするが……ま、俺には関係ない話か。やるぞ、海東」

 

「面白いじゃないか、世界の終末に君と一緒に戦えるなんて。

 お宝は手に入らなかったけど、悪くない気分だよ」

 

「俺はまったく面白くない」

 

 

 

 

 しゅるしゅると、波打つストールが大きく延びる。

 突然の行動に面食らい、カゲンが下手人に対して声を荒げる。

 引き戻されるストールが彼から奪っていったのは、一つのライドウォッチ。

 

「――――ウォズ!」

 

「言っただろう、カゲン。助けが必要ならば助ければいい、と。

 ここでこうしてウォッチを一つ使うだけで十分なんだ。

 そう声を荒げるものではないよ」

 

 言って、黒ウォズが自分の掌の中にウォッチを落とす。

 言われたカゲンは小さく唸るが、それでも否定まではしない。

 彼方に見える戦場、アナザーディケイドを見て、軽く舌打ちした。

 

 その様子を見届けてから、黒ウォズが手にしたウォッチのベゼルを回す。

 押し込まれるスターター。

 そうして起動音声に続き、そのウォッチに秘められたライダーの力が大地に広がっていく。

 

〈J!〉

 

 ―――大地から溢れ出すJパワー。

 星から溢れ出す命の力が、地上に満ちていく。

 相手はこの世界を別の世界に塗り潰そうとする侵略者(インベーダー)

 既に、星は彼女の許から旅立った。

 今の命を続けるために、全ての生命の母(マザー)が相手でも立ち向かう。

 

 それは、彼らが命であるために。

 踏み躙ったものは数知れず。犠牲にしたものは数知れず。

 それでも、生きるために前に進み続けるのだ。

 望もうと望むまいと。多くのものを傷つけながらも。

 傷つけたものを、喪ったものを、奪ってしまったものを、心に残して、前に。

 

 ―――還らない。

 もう、彼らは旅立ったのだから。

 

 だから。だから――――彼女が眠る、墓所を立てよう。

 この天を生んだ母がいたと。この地を生んだ母がいたと。全ての命を生んだ母がいたと。

 忘れずに、前に進むために。

 自分たちが進むために梯子にして、狂ってしまった母のために。

 

 そうして渦巻く力の奔流の中、黒ウォズが戦場を見据える。

 

「さあ、見せてくれ常磐ソウゴ。君の力を」

 

 投げ渡されるJのウォッチを受け止めながら、彼の様子を見て。

 カゲンが僅かに鼻を鳴らし、戦場へと視線を送った。

 

 

 

 

「魔王!」

 

 拳撃でラフムを一体粉砕し、そのまま次の相手にかかろうとするジオウ。

 そんな彼を呼び止める、上空からの声。

 足を止めたジオウの前に、ディケイドが飛び込んでくる。

 

「ディケイド……!? なんで変身してるの? あ、ウォッチ?」

 

 着地すると同時、ディケイドはそのままウォッチを全部投げ渡す。

 焦りながらそれを受け止めるソウゴ。

 そこにはディケイドウォッチだけが入っていない。

 それが原因か、と。

 

 そうしている彼に対して、ディケイドがブランクのカードを一枚突き付ける。

 

「……なに?」

 

「大した事じゃない。ただ……ちょっとくすぐったいぞ?」

 

 絵柄の浮かんだカードをひらひらと振りまわす。

 そうして白いドライバーを開き、彼はそのカードを滑り込ませた。

 ガシャリと音を立てて閉じ、発動される新たな力。

 

〈ファイナルフォームライド! ジ・ジ・ジ・ジオウ!!〉

 

「え?」

 

 ふらりと彼はそのままジオウの背後に回り込み。

 両腕を背中に近づけて、大きく横に開いた。

 それに反応して、突然ぐにゃりと曲がっていくジオウの体。

 

「なに!? なになになに!? なにすんの!?」

 

「すぐ終わる」

 

 空中に浮いて、ジオウの体が折り畳まれていく。

 顔と、胴体に走る時計のベルトに似たミッドバンドライナーだけ残し。

 彼の体が消えるように、完全に内部へと折り畳まれてしまった。

 

 それを見上げているディケイドの背中に、銃口が突き付けられた。

 

「ああ。そして士、君も―――痛みは一瞬だ」

 

〈ファイナルフォームライド! ディ・ディ・ディ・ディケイド!!〉

 

 ―――ディケイドもジオウと同じように。

 空中に浮いて、彼はまるで自分のドライバーのようなものに変形し。

 しかしそこで何かが変わったように。

 彼の変形が巻き戻されて、まったく別のものへと変わっていく。

 

「そして、もう一つ。これが僕の最大のお宝さ、今回は大盤振る舞いだ」

 

〈カメンライド! J!〉

 

 ディエンドライバーから放たれる光。

 そして、大地から溢れ出すJパワー。

 それが混じり合い、アナザーディケイドに匹敵する巨大さを持つ人型を構成していく。

 

 深緑の巨体、仮面ライダーJ。

 奇跡の戦士が、その時と同じ奇跡を背負い、侵略者の前に降臨した。

 

 すぐさま、ジオウだった顔とベルトがそちらへ飛んでいく。

 まるでお面のように、Jの顔面に張り付くジオウの顔。

 時計のベルトはそのままJの胴体に沿うように張り付き―――彼の体を、変えていく。

 

「お、お、おぉお――――!?」

 

 ジクウドライバーまで含め、仮面ライダーJという巨人の表面に再現されるジオウ。

 そんな状態になったソウゴが自分の顔を、恐る恐る撫で始める。

 そうしている彼のドライバーに、ディケイドだったディケイドウォッチが装填。

 勝手にロックを解除して、ぐるりと一回転した。

 

〈ライダータイム!〉〈仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム!〉

〈カメンライド! ワーオ! ディケイド! ディケイド! ディケイド!!〉

 

 十の影を束ね、一つと為し。

 マゼンタの装甲が、彼の全身を包み込んだ。

 ディメンションフェイスに映し出される、ディケイドの名が刻まれた顔面。

 そうして完成した巨大なジオウが、自分の体を確かめながら、叫んだ。

 

「でっ、かく、なっ、ちゃっ、たぁ―――――!?!?」

 

 兵士が愕然とする。

 ラフムが困惑する。

 サーヴァントたちが唖然とする。

 ギルガメッシュが腹を抱える。

 

 瞬間、ジグラットの上に波打つストールが翻る。

 彼は当たり前のようにそこに降り立ち、手にした『逢魔降臨暦』を広げ。

 不敵な笑みを浮かべたまま、全力で声を張り上げた。

 

「祝え―――――!!

 全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え過去と未来をしろしめす時の王者!

 その名も仮面ライダージオウ・ディケイドアーマージャンボフォーメーション!!!

 大いなる星の力に後押しされ、地上に君臨する巨大王者が降臨した瞬間である!!」

 

 大破したタイムマジーンの中。

 数え切れないアラート表示が明滅するモニターに映った、いつもの奴。

 それを見て、一瞬だけ遠い目をして。しかしぐっとこらえ。

 

『―――マルドゥークの斧の確保を!

 そこをどうにかする方法さえあれば、あんたが振るえば意味がある!!』

 

 オルガマリーが叫ぶ。

 ディケイドアーマーが巨大化した。ならば、それに必殺の武器たる斧さえあれば。

 アナザーディケイド、ティアマト。両者に対する特攻が得られる。

 それらの怪物に対する、打倒に繋がると。

 

「って、それだけじゃ足りないでしょ!?

 母さんは恐らく、他の生命の存在によって自分を補完してる!

 致命傷を与えるには、それこそ冥界にでも落とさなきゃ……!」

 

 唖然としつつも、イシュタルがそう叫び返す。

 ティアマト神の不死性の突破は、マルドゥークの斧だけでは足りない。

 彼女の不死性は、地上に生命がある限り続く。

 それを感覚で理解して、彼女はそう口にして―――

 

『いや、いま落としてもアナザーディケイドは冥界から離脱できる!

 どうにかして、現世で致命傷を与えなきゃいけない!』

 

「どうにかって、そんな事が――――!」

 

「できるんだよね!?」

 

 立香がすぐさま振り返り、ラフムへの銃撃を開始しているディエンドを見る。

 彼は憂さを晴らすようにラフムへ銃撃し続けて。

 そのついでのように、彼女からの疑問に答えを返してみせた。

 

「感じてみればわかるさ。合図には丁度いい巨大さだからね、すぐに始まるよ」

 

 

 

 

「はぁ……私をスウォルツ氏への囮に使っておいて更に利用するとはね」

 

 だが、それが気に入らないといって無視はできない。

 海東大樹のせいで、既に状況が大きくなり過ぎた。

 このまま救世主の未来に辿り着く前に、魔王に死なれてはたまらない。

 

 彼が立つのは、ウルクとバビロニアの壁の中継点。

 ついさっきグガランナが落下してきた近くだ。

 位置的にここしかないとはいえ、随分と肝が冷えた。

 未来ノートで落下地点を誘導しなければ、潰されていたかもしれない。

 

 ―――とにかく。

 この協力は望んだものではない。さっさと終わらせるに限る。

 連絡はまだこないが、巨大な魔王が降臨したのだ。

 丁度いいタイミング、ということだろう。

 

 白ウォズがウォッチをドライバーに装着し、叩き付ける。

 

〈フューチャータイム!〉

〈デカイ! ハカイ! ゴーカイ! フューチャーリングキカイ! キカイ!〉

 

 黄金の鎧を纏い、ライダーウォズが大きく手を掲げる。

 そこから放出される、フューチャーリングキカイの特性。

 

「まったく、メガヘクスじゃあるまいし……まあいいさ。

 ――――さあ、この世界の生物をひとつ残らず絶滅させよう。

 代わりにここからは、キカイ的に行こうか」

 

 ―――どれだけ範囲を広げても、ウルクとバビロニアを含むまでが限界。

 だが、バビロニアに全ての命を集めてしまえば。

 フューチャーリングキカイの力で、全ての生命を一時的にでもキカイに変えられる。

 

 もうこの星に生物はいない。残っているのは、キカイだけだ。

 彼の未来ノートと海東大樹のオーロラカーテンで、その無茶を成し遂げた。

 彼らが守ってきた命は、全て一か所に集まって。

 いまこの時をもって、全てヒューマノイズとなって滅び去った。

 

「……ッ、こんな範囲、そう保たない。さっさと終わらせて欲しいね……!」

 

 全身から白煙を噴き出して、フューチャーリングキカイがオーバーヒートする。

 処理能力を逸脱した能力行使は、そう長く保つはずもない。

 身にかかる過負荷に耐えながら、白ウォズは戦場へと視線を向けた。

 

 

 

 

 ガキン、と。ラフムの鉤爪が、人間の腕に弾かれる。

 そうなった事実に、兵士当人とラフムが共に困惑。

 しかしすぐに気を取り直して、兵士がその拳でラフムの頭部を殴打した。

 鋼の拳が、泥の頭部を粉砕する。

 

 そんな眼下の光景に、ディケイドが状況を把握した。

 そして、すぐさま体内に響く声を張り上げる。

 

『―――状況は整った。行け、魔王!』

 

「うお!? ―――オッケー、今なら……なんか、行ける気がする!!」

 

 喋るドライバーに驚きつつ、しかし納得し。

 ソウゴは拳を握って、そこに先程返してもらったウォッチをひとつ取り出した。

 

〈ダブル!〉

〈ファイナルフォームタイム! ダ・ダ・ダ・ダブル!!〉

 

 ディケイドアーマーが変わる。

 胸部に表示される文字が、バーコードからダブルに合わせたものに。

 インディケーターに表示される文字は―――

 

 “ダブル・エクストリーム”

 

 胸から下が、三つに分かれた体に変わる。

 左が黒、右が緑。そして中心にプリズム体を輝かせ。

 割れて中が見えた究極のダブルの顔を、ディメンションフェイスに表示する。

 

 その体が放つ光が、アナザーディケイドを包み込んだ。

 虹色の光の中で、巨神は敵の出現を理解する。

 自身を脅かす可能性があるもの、という括りに含まれるものを認識する。

 

 かかる力がより増して。

 バキバキと断末魔を上げ始める、天の鎖。

 

「A、AaaaaAAAaaaa――――――ッ!!!」

 

 破片が散る。

 ティアマトはそれを砕くことに、何の感慨も見せない。

 それはそうだろう。キングゥは彼女の子供ではない。

 彼女を放逐した神々の造り出した兵器。

 だから、それも当然の話で。

 

 別に、怒る気はない。それを分かって、キングゥは選んだのだ。

 人として、神を繋ぎとめる事を。

 星が固まり、神が降り立ち、多くの生物を経て、人が生まれ。

 そうやって世界は回ってきた。

 

 だから、排斥するだけで終わらせるのは違う。

 神が在ったから人が在る。

 求められなくなってしまった神だけど、それでもその神から繋がって世界があるのだと。

 それを理解した上で―――眠らせる。もう二度と、目覚めないように。

 

 彼女にはもう居場所はない。

 彼女が活動して壊すのは、彼女が始まりになって発生した繋がりだ。

 だから、壊させない。神と人と、それらが生きる世界。

 今まで受け継がれてきた、これからも続いていく長い長い繋がりを。

 けして、棄てないために。

 

「キングゥが望んだここから先の繋がりを、終わらせないために。

 あんたが始めた繋がりを壊そうとするあんた自身を、今ここで終わらせるよ。

 …………さあ。あんたの罪を、教えて?」

 

 エクストリームとアナザーディケイドが対峙する。

 女神を手で示すように構えたソウゴに、士の声が届く。

 

『―――アナザーディケイドの能力、それを大体閲覧した。ま、何とかなるだろう』

 

「……で、大体って?」

 

『試してみれば分かる』

 

 ダブル・エクストリームの手に浮かび上がる、盾と剣。

 四つのメモリを装填するためのスロットの設けられた盾。

 そして同じく一つスロットを持つ、直剣。

 

 出現した瞬間から盾に既に装填されているガイアメモリが、続々と光を放つ。

 

〈サイクロン! ヒート! ルナ! ジョーカー!〉

〈マキシマムドライブ!!〉

〈ダ・ダ・ダ・ダブル! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

 湧き立つ力の渦を目撃し、ジオウがその盾を突き出した。

 同時にジオウが盾の中心部に触れ、その盾が収束させる力を解き放つ。

 放たれる虹色の光線。

 それが、戦闘態勢に入ろうとしたアナザーディケイドを直撃した。

 

 表面だけが僅かに焦がされ、しかし徐々に傷を回帰していく。

 

『っと、不死性……傷の状態回帰が明らかに減速してる!

 これなら、マルドゥークの斧の一撃を合わせれば……いけるか!?』

 

『マルドゥークの斧をどうにかして取り戻す必要がある! 手段はあるかい!?』

 

『自分たちで確かめろ。いま手に入れた情報はそっちに送る』

 

 ロマニとダ・ヴィンチちゃんの声。

 彼らの声に応じ、通信に乗せてエクストリームが読み込んだ情報を送信。

 カルデアの元にティアマト、アナザーディケイドの情報が流れ込む。

 

 更に、それを攻略すべくジオウが新たなるウォッチを取り出した。

 

「ああ、一気に行くよ! ディケイド!」

 

『ふん、そうじゃなきゃ……白ウォズが先に潰れるだろうしな』

 

〈オーズ!〉

〈ファイナルフォームタイム! オ・オ・オ・オーズ!!〉

 

 インディケーターに“オーズ・プトティラ”と。

 狂獣の顔を浮かべて、白い体に紫の甲殻を持つ恐竜種が降臨する。

 彼はすぐさまドライバーのウォッチに手をかけた。

 

〈オ・オ・オ・オーズ! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

「オォオオオオオオオオオオ―――――ッ!!」

 

 頭部からエネルギーを発し、紫の翼を構成する。

 その羽ばたき一つで、周囲には吹雪が吹き荒れた。

 荒れ狂う凍気が、周辺一帯の泥の海を一気に凍らせていく。

 まるで今までの暴虐が嘘であったかのように、当たり前のように。

 

「――――AAAaaaa、AAAAAAAAAAAAッ!!!」

 

「――――グゥウウウウウ、ルォオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 自分の世界を侵略され、ティアマトが嚇怒の雄叫びを放った。

 それと正面から向き合って、オーズ・プトティラが雄叫びを上げる。

 侵食海洋を侵食する凍気こそ、虚無に還る力。

 命を生み出し支配する侵食海洋を、既に絶滅した種の滅亡に向かう力が相殺する。

 

 プトティラが跳ぶ。

 ナピシュテムの牙を飛び越えて、彼が氷結させた泥の海へと着弾する。

 そのまま氷の海に拳を叩きつけ――――沈んだものを、掴み取る。

 氷海を爆砕しながら引き抜かれる、マルドゥークの斧。

 

『―――ティアマト神の侵食海洋……原初の命を創造する混沌の海!

 カルデアにおいて、この侵食海洋を今後ケイオスタイドと呼称!

 そのケイオスタイドに内包された生命が、生まれる前に絶滅している―――!

 マルドゥークの斧も確保した。行ける、これなら―――――!!』

 

 自身を滅するために顕れた、自身の殺すもの。

 それに対し、ティアマトが動き出す。

 

 膨れ上がる四肢。再び溢れ出す侵食海洋、ケイオスタイド。

 氷の大地に泥を流し込みながら、悪魔竜の如き様相がマゼンタに輝いた。

 泥を跳ね上げながら、アナザーディケイドが疾走する。

 力を集約させて振るわれる剛腕。

 

 それに対し、ジオウが大きく体を伏せて潜り抜ける。

 直後。彼の腰の鎧が変形し、恐竜の尾の形状へと変わった。

 アナザーディケイドの手首を掴まえる、プトティラの尾。

 思い切りそれを振り回し、ジオウは相手の巨体をペルシア湾側に向けて射出した。

 

『戦場を押し戻しすぎると白ウォズの力の効果範囲からお前が出る。

 ウルクから放し過ぎるな。そのためにあんな面倒な戦いを必要としたんだぞ』

 

「分かってる!」

 

 氷海を砕きながら滑っていくアナザーディケイドが立て直す。

 即座に切り返す巨体に向け、両腕で振り上げられるマルドゥークの斧。

 大上段から斬り降ろされる巨大な刃。

 女神はそれに正面から突っ込むことに躊躇わず―――

 

 振り下ろされる。

 そして、受け止められる。

 アナザーディケイドの力が、斧の刃を白羽取りに止めた。

 そのままへし折らんばかりに横方向へと力をかけ。

 

「オォオオオオオオオッ!!」

 

 ジオウの両肩に力が集う。形成されるのは角竜の角。

 両肩から二本の角が、即座にアナザーディケイドに向け射出された。

 放たれた角が、斧を止めていた腕の両肘を貫く。

 力が緩む、その瞬間にジオウが斧へと全体重をかけてみせた。

 

 大地ごと割る、剛撃。

 脳天から股下まで、深々と斬り降ろされるティアマトの体。

 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAA―――――ッ!!?」

 

 確かに。紛れもなく。

 ディケイドアーマーが握る、マルドゥークの斧に。

 深々と体を割られて、それでも。

 ―――ティアマト神の不死性が、彼女を徐々に回帰させる。

 

『っ、そんな、これでもまだ……! 確かに明らかに回復は遅くなってる!

 それでも、確かに不死のままだ!』

 

『……生命体だけではなく、大地も生物判定している?

 だとしたら、やはり地上では倒せない、か?』

 

『だったらどうしろっての! 地上以外に招いても、逃げられるんでしょう!?』

 

 今まさに起きている実際の光景を見ながら焦るロマニ。

 受け取った情報を整理しながら目を細めるダ・ヴィンチちゃん。

 その通信の中にオルガマリーが割り込み、悲鳴を上げる。

 

 そんな声を聞きながら斧を握り直し。

 

「ディケイド! なんかある!?」

 

『保険なら一つある。つまり、冥界だな。もうウルクの下に来てるが……』

 

『落としても意味ないって言ったのあんたでしょ!?』

 

 回帰を完了したアナザーディケイドが再動する。

 頭部から伸びる大角を相手に向けた、全力のチャージ。

 それに対して斧を向け、受け止めるジオウ。

 

 氷結した海洋を粉砕しながら、二体の巨人が大地を滑る。

 

『そうだな。だが……落とすわけじゃないのなら、不意はつける』

 

『はあ!?』

 

『魔王、フォーゼだ! 宇宙に行くぞ!』

 

 ギャリギャリと音を立てて、角と斧が火花を散らす。

 強引に突撃を逸らし、そのままぐるりと体を回転。

 逸らした巨体の背中に尾を全力で振り抜いて、地面に叩き伏せる。

 

 叩き付けられたアナザーディケイドがしかし。

 すぐさま立ち上がり、再びジオウに向き直った。

 同時に振り上げられる大角。

 

 山羊か悪魔か、あるいは竜か。

 ティアマトとアナザーディケイドのそれが混ざり合い、更に肥大化した獣の角。

 その質量が直撃し、ディケイドアーマーが火花を噴く。

 

 ただでさえ大きい力の行使。そしてダメージ。

 限界を超えたオーズの力が、掠れるように揺らめいた。

 

「宇宙に行っても冥界に行っても逃げられるんでしょ!?」

 

『すぐに帰ってくる!

 それまで逃がさず、一緒に地球に落ちれればそれでいい!』

 

『落ちるって……!』

 

「―――分かった!」

 

 再度実行される、ティアマトのタックル。

 それに対し、斧を強く握り自身からもぶつかりに行く。

 角と斧とが激突し、互いに弾け、オーズの力が消え失せた。

 

 続いて、すぐさまフォーゼの力を呼び起こす。

 

〈フォーゼ!〉

〈ファイナルフォームタイム! フォ・フォ・フォ・フォーゼ!!〉

 

 切り替わるインディケーター。

 新たに刻まれる文字は、“フォーゼ・コズミック”。

 胸から下に現れるのは、淡く輝く水色の装甲。

 斧を片手に引っ提げたまま、新たに握るロケットを思わせる形状の大剣。

 

 ロケットのようなその剣を推力に、ジオウが蹈鞴を踏むティアマトに向けて加速した。

 

〈フォ・フォ・フォ・フォーゼ! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

 発動するフォーゼウォッチの最大出力。開かれる空間を跳躍するためのゲート。

 アナザーディケイドの背後に出現する、暗黒の宙域。

 ワープドライブの機能が十全に発揮され、惑星(ほし)の外への道を拓く。

 

「宇宙にぃいいい、行くぅううううう―――――ッ!!」

 

 コズミックエナジーが嵐となって吹き荒ぶ。

 流出し続けるケイオスタイドを吹き散らし、青く輝く流星が突き進む。

 

 腹に叩き付けられた、ロケットの先端。

 それを両腕で掴みながら、踏み止まろうとする創世の女神。

 巨大すぎるワープドライブエリア。重すぎる荷物。

 過負荷に悲鳴を上げる、バリズンソードとコズミックステイツ。

 

「お、もい……!」

 

「A、A、AAA、AAAA、AAAAAAAAAaaa―――――ッ!!」

 

 大地に、己という海洋だった場所に留まろうとする巨神。

 彼女は叫ぶ。もう、旅立たせないと。もう二度と離れないと。

 

 ―――その、叫びに。

 

〈フォ・フォ・フォ・フォーゼ! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

 もう一度、フォーゼウォッチが輝いた。

 憎悪に塗れたその執念。

 どれだけ目を曇らせても、愛するものへと突き進む母の姿を前にして。

 その姿も、自分たちの母の想いであるのだと受け入れて。

 

 その上で、今日、彼女の支配から旅立つために。

 人が、神の時代から卒業する日が来たのだと示すために。

 

「ぐ、う、うぉおおおおおおおおおおお―――――ッ!!」

 

 フォーゼ・コズミックが加速する。

 限界を超え、倍以上に出力をひねり出し。

 

 巨神が浮く。彼女の足が大地から離れる。

 狂乱するティアマトに、マルドゥークの斧を叩き付けて。

 彼女の背後に展開された、ワープドライブへと押し切った。

 

 無重力の浮遊感に、揃って投げ出される。

 オーバーロードして弾けて消える、フォーゼの力。

 

 足場を失ったティアマトが、すぐに地上に戻るための手段を行使しようとする。

 離れていくティアマトの背後に、銀色の幕が現れる。

 そのオーロラ一枚先に広がるのは、彼らがやっと引き剥がした地上。

 死力を尽くした打ち上げを、たった一つの所作でなかったものにできる異能。

 

「っはぁ、はッ―――! このまま地球に!?」

 

『ああ、思い切り叩き落せ!!』

 

 ソウゴが選ぶのは、ウィザードの力。

 起動したウォッチをすぐさまディケイドウォッチに装填。

 更なる姿に変身する。

 

〈ウィザード!〉

〈ファイナルフォームタイム! ウィ・ウィ・ウィ・ウィザード!!〉

 

 胸から下に煌めく、金剛の鎧。

 白銀に輝く最硬の魔法使いを示す文字は“ウィザード・インフィニティー”。

 暗黒の宇宙(ソラ)を斬り裂くように、光輝の魔法使いが加速した。

 

 彼の体から解き放たれる、白銀のドラゴン。

 それがマルドゥークの斧と重なり、その刃に光を帯びさせる。

 人の操る魔術など弾き返すだけの神なる刃。

 変質させられるはずもない。人の身が放つ、魔術などで。

 

 ―――その不可能を、魔法使いが可能にする。

 竜が刃に重なり、放たれるのは無限の魔力。

 マルドゥークの斧にさえも輝きを宿し、そのただでさえ巨大な斧を更に巨大化させた。

 

〈ウィ・ウィ・ウィ・ウィザード! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

〈シャイニングストライク!!〉

 

「はぁあああああああああ―――――ッ!!」

 

 自身よりも、ティアマト神よりも、なお巨大な超巨大戦斧。

 その刃が光の如き速さで迫り、彼女が世界の壁を越えるより速く。

 アナザーディケイドの胴体へと、全力で叩き込まれた。

 砕け散る胸部。弾け飛ぶ血肉と泥。それでも、彼女はまだ終わらない。

 命のない世界にあってもなお、彼女は未だに回帰する。

 

『チッ……この状況でもこれか。だがもう止まってる暇はない! 行け、魔王!』

 

〈プラズマシャイニングストライク!!〉

 

 マルドゥークの斧がインフィニティースタイルの手を離れる。

 巨大な斧がジオウの意思に従い、回転しながら飛翔する。

 アナザーディケイドを斬り裂き、押し切り、斬り刻み。

 彼女の巨体を、地球の方へと押し込んでいく。

 

 背後に地球が迫っている、というのなら彼女にとっても望むところだ。

 アナザーディケイドが、自身を襲う斧の方へと注視する。

 ティアマト神を斬り裂き、天と地とし、一つの世界を切り拓いた神の斧。

 ならば、それは一つの世界の始まりだ。

 

「AAAAAA、AAAAAAAAAAAA―――――ッ!!」

 

 アナザーディケイドの腰、歪んだドライバーらしき物体が輝いた。

 その力が結集するのは、彼女の足。

 彼女は地球に押し込まれながら、膨れ上がった足を全力で振り抜いた。

 激突する、世界を破壊する蹴撃と、白銀に輝くマルドゥークの斧。

 

 一瞬、拮抗。直後、斧が完全に折れ砕けた。

 飛散する破片が彼方へと散らばっていく。

 その欠片を追い越して、ディケイドアーマーがアナザーディケイドに肉薄する。

 

「この、ままァ――――ッ!!」

 

『――――鎧武だ!』

 

〈鎧武!〉

〈ファイナルフォームタイム! ガ・ガ・ガ・鎧武!!〉

 

 再び変わる。発動する力は、仮面ライダー鎧武のもの。

 銀色の武者鎧へと変わり、マントを靡かせながら。

 神なるフルーツ武者、インディケーターの表示にして“ガイム・キワミ”が襲来する。

 

〈ガ・ガ・ガ・鎧武! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

 叩き付けられる、必殺の蹴撃。

 果汁を放ちながら突っ込んでくる極アームズを、ティアマトは正面から受け止めた。

 激突して、泥と果汁が入り混じり、熱に焦がされ蒸発していく。

 

『逃げるつもりもなくなったか。

 そうだろうな、すぐ下にお前が行きたい地上が待ってるんだ。だが……』

 

 士の声。何も問題ない、とそう確信するティアマト神に対して。

 まあ、そうだろう。何かあると思うはずもない。

 このまま叩き付けられようと、そこにあるのは彼女の望んだ地上。

 そして、もう白ウォズが限界を迎えただろう、命に溢れる彼女の土壌だ。

 

『―――俺と鎧武が揃って、冥界とやらがこれだけ地上に近付いてるんだ。その上、俺の力を持ってるお前は、自分がいるべきではない世界の命にとんでもない執着を持ってると来た……

 だったら。あの世とこの世が()()()()()することも、あるかもな――――ッ!!』

 

 ――――瞬間。

 地上の空気が、死に絶えた。

 いや、入れ替わったのだ。薄皮一枚下にあった、冥界のものと。

 

 自分が落ちる場所が生者の領域でなくなった、と。

 そう感じたティアマトが驚愕して、思考を停止させる。

 彼女が求めていた目的地を、完全に見失ったのだ。

 では自分はどこに行けばいい、と。完全無欠に迷走する。

 

 そうなった巨神に、全力で叩き付けられる鎧武極の必殺。

 宇宙に飛び立った二体の巨人が、冥界となった地上へと落下。

 衝撃で大地を割りながら、着陸し―――

 

 その瞬間、大地の全てがティアマトへと牙を剥いた。

 

「い、い、い……いきなり冥界がふわっとしたと思ったら!?

 いつの間にか地上が冥界になって、冥界が地上になって!?

 それでもって巨人の戦場に引きずり出されるなんて!

 一体全体、どういうことなのか説明をしてほしいのだけれど!?」

 

 いつの間にか地上へと進出していたエレシュキガルが涙目で騒ぐ。

 

 いま、此処に。冥界と地上は裏返り、地上は死者の国となった。

 死者の国たる冥界を支配する女神は結果として引きずり出され―――

 彼女が、今の地上を統べるものへとなったのだ。

 

 それを見ながら、ギルガメッシュが彼女に叫ぶ。

 

「大地を割らせるなよ、エレシュキガル!

 裏側には生者の国となった冥界がある、ティアマトにそこに潜られれば終わりだ!」

 

「生者の冥界……? 死者の地上……!?

 ああ、もう! ちゃんとこうなった理由を説明して欲しいのだわ!?」

 

 悲鳴を上げながらも、彼女の仕事は滞りなく。

 地上が冥界と化し、死者の国と化したからには、この地こそは彼女の領域。

 あらゆるものは彼女の支配下。

 それは、創世の女神であっても変わらない。

 

「母さんであろうと、この世界であれば私の権能からは逃れられない―――!

 ()の女神、エレシュキガルが命じます。

 灼け落ちなさい、原初の女神……! “霊峰踏抱く冥府の鞴(クル・キガル・イルカルラ)”!!!」

 

 大地から無数の槍檻が突き出す。

 地上ではなくなった地上に落ちた神を囲う、小さき槍の檻。

 閉じ込める、などと言うはずもない。

 ただ全霊を懸けた神罰を以て、その一切全てを灼き払う。

 

 刃向かう大地から溢れ出す熱と雷電。

 それに焦がされながら、アナザーディケイドが咆哮する。

 目指していた大地が、死の国に代わっていた。

 到着したのに、彼女が求めたものではなくなっていた。

 その事実に対して、泣き叫ぶように。

 

『これでも……! だとすると、まさか……!』

 

 地獄の大火に沈み、しかしそれでも動き続ける原初の女神。

 ディケイドアーマーがマルドゥークの斧が用い、叩き付けた傷。

 それは致命傷に成り得るはずのもの。

 だというのに。

 

 巨神は先程までに負った傷も。

 エレシュキガルの権能による今まさに負っている傷も。

 全て、逆行させて修復してしまう。

 

 ジオウが周囲に武装を展開。

 彼のサイズに合わせた巨大武具を、一気呵成に射出した。

 叩き付けられる無数の刃、無数の鈍器。

 

 それでも、ティアマト神は揺るがない。

 

『思わせぶりなこと言ってないでさっさと言え!』

 

『―――もしかすると、ティアマトの肉体の不死性と、彼女が死なない事は、まったく違うものなのかもしれない……! 生存する生物が消失して、確かに彼女は不死性を失った。だから、彼女の肉体は確かに傷つくし修復も遅い……! けど、それでも“行動不能”以上にはならないんだ!』

 

 エクストリームが得た情報を精査し。

 これまでの状態の推移を見分し。

 そうして辿り着く、どうしようもない結論。

 それに歯を食い縛りながら、ロマニが推論を語り出す。

 

『原初の女神ティアマトという存在には、初めから“死”という状態変化が存在しない! 女神ティアマトという存在にとって、自身の“生存”は前提!

 最初から彼女にとっては、生と死は表裏一体のものじゃないんだ。彼女というコインには、最初から裏にある死が用意されてない……! “生”から“死”に状態が覆らないんじゃない。彼女は両面ともに表、“生”の状態しか初めから持たないコインだからこそ、どう引っ繰り返しても同じ結果にしかならないんだ……!』

 

 プトティラの吹雪の余波で、ラフムどももほぼ絶滅した。

 ウルクにいるものたちは、冥界となった地上で、巨人同士の激突を見上げる。

 

 そんな中でロマニの言葉を聞いていたイシュタルが、天舟を強く握った。

 彼の説明に納得がいったのか、苦渋一色に表情を染めて。

 

「っ、なんてデタラメ……!

 母さん……原初の女神とはいえ、これほどなんて――――!」

 

「……こうなれば。

 その行動不能まで追い詰めて、今までのように虚数に放り込むしかありまセーン!

 どうにかして、そこから出てくる手段を潰さないと―――!」

 

 ケツァル・コアトルが燃える。

 どうにかして、あれらに割り込む手段がいる。

 いや、だが割り込んだとして何が出来るか。

 

「アナザーディケイドの力だけでも壊さないと、それも……!」

 

「ですが……っ! ティアマト神とアナザーディケイド……神核とそれに癒着したウォッチ、どちらかだけを壊すなんて出来ないから、ソウゴさんとマルドゥークの斧による同時攻撃が作戦だったのであって……!」

 

『もう、斧も完全に失われてしまった……! 一体、どうすれば……!』

 

 アナザーディケイドが身を捩る。

 エレシュキガルの権能を、耐えた上で動き出す。

 そして再び流れ出すケイオスタイド。

 それが地上へと溢れ出し、世界を彼女に染め上げだす。

 

「それでも俺たちはもう止まらない……! もう俺たちは歩き出してる―――!

 だから……! ラストスパート……ひとっ走り、付き合えよォッ!!」

 

〈ドライブ!〉

〈ファイナルフォームタイム! ド・ド・ド・ドライブ!!〉

 

 胸から下を真紅のボディに変えて。

 “ドライブ・トライドロン”が疾走する。

 彼女から溢れるケイオスタイドを止める手段すら残っていない。

 

 大地を踏切り、そのまま飛び蹴りを慣行。

 その瞬間にエレシュキガルが神罰を収め、アナザーディケイドの顔面を蹴り抜かせた。

 弾き飛ばされる巨体が、しかし。

 その一撃から即座に立て直し、ディケイドアーマーの足を掴んだ。

 

「ぐぅ……ぁっ!」

 

 地面に叩き付けられるタイプトライドロン。

 体が泥の海に背中から沈み、灼けるように煙を噴き上げる。

 そのまま転倒したジオウに乗り上げてくるアナザーディケイド。

 彼女は頭部へと掴みかかり、そのままケイオスタイドに沈めようとするように力をかけた。

 

「AAa、AAaa、AAAAaaaaaaaaa……!

 AAAAAAAAAAAAAAAA―――――ッ!!!」

 

『俺たちと戦ってる最中に地上が消えたんだ……!

 俺たちを取り込めば、また見つかる、とでも思ったわけか……!?』

 

「うぅ、ぐぅううう……ォオオオオオオッ!!」

 

 抑えつけられた姿勢から、足を強引に振り上げる。

 アナザーディケイドの腹を蹴り上げ、押し返し。

 そうした瞬間に、振り抜いた拳で胸を殴り飛ばす。

 拘束が外れたタイミングで即座に転がり、ケイオスタイドの中から転がり出る。

 

「っ、はぁ、ぐ……!」

 

 装甲が溶けたように白煙を噴き上げながら、ジオウが立ち上がり。

 再びエレシュキガルによる神罰が執行される。

 だが、まるで最早気にしていないと言わんばかりに動きを鈍らせもしない。

 

 それどころか、彼女の体が神罰さえも引き裂き始めた。

 彼女は世界の破壊者、アナザーディケイド。

 冥界の権威すらも破壊して、己の世界で塗り潰す。

 

「う、そ……! 冥界の中で、私の権能をこんなに簡単に……!」

 

 そこで、ふと。何かに気付いたように、ティアマトが動きを止めた。

 ゆっくりと、彼女が顔を向けるのは、地面。

 まるでその先にある、生者の蔓延る冥府を見つけたかのように――――

 

 オーロラが展開され、彼女がそれを動かした。

 

「逃げられる……!」

 

『―――どうにか止める! そっちでも援護しろ!』

 

 銀幕に向け、同じく銀幕が放たれる。

 同質の力による、強引な相殺。

 だがティアマトに出力されたそれは、門矢士一人だけでは相殺し切れない。

 押し切られればそれで終わる。

 その状態に、ジオウが左手首に巻かれたシフトブレスに手をかけた。

 

〈カモン! ベガス! キャブ! サーカス!〉

 

「これ、なら―――――!」

 

〈タイヤカキマゼール! アメリカンドリーム!!〉

〈ド・ド・ド・ドライブ! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

 トライドロンから射出される三つのタイヤ。

 ドリームベガス、ディメンションキャブ、アメイジングサーカス。

 運否天賦、次元操作、幻影形成。

 それら一つに纏め上げ、左腕に纏い、ジオウが一息にその力を行使した。

 

 銀幕が相殺される。

 ディケイド自身の銀幕と、次元操作を行使するトライドロンによって。

 二人が共に全力を尽くして、一度だけの結果。

 

 ―――相殺された次元操作以外。

 そのまま拡がっていく、アメリカンドリームの造り出す光景。

 パノラマの光景を遮り、再現される人の業。

 

 建ち誇るのは、ジグラットが小さく見えるような摩天楼。

 闇の中でも光が絶えぬ、数え切れぬ欲望の塔。

 いずれ人間たちがこの地上に築く、天を衝く街並み。

 

 冥界に顕現した未来の都市の灯り。。

 それを見て、ギルガメッシュが呆れたように鼻を鳴らす。

 

「……まったくもって度し難い光景よな。

 が、まあ―――人間とは、そういうものなのであろうよ」

 

 巨人たちより遥かに高い、高層ビル群。

 摩天楼の中で、巨人二人がなお戦闘を継続する。

 残った力を振り絞り、前へと踏み込むジオウ。

 

 実体を有する幻影のジオラマ。

 そのビルの一つに、ジオウがティアマトを叩き付ける。

 崩壊し、コインになって崩れていくビルディング。

 

 コインの滝を突き破り、アナザーディケイドが復帰する。

 直進する大角の一撃。

 それがトライドロンの腹を捉え、爆発のような火花を噴き出した。

 勢い余って倒れ、地面に転がるジオウ。

 

「ぐ、あ……ッ!?」

 

「ソウゴ!」

 

 相手を吹き飛ばし、空いた手で。

 女神は再び、世界を繋ぐ路を開く。

 彼女の手の動きに合わせ、ゆるりと動き出す銀色のオーロラ。

 その体が向かう先には、生者の屯う冥界がある。

 

 逃がせば終わり。

 現世と冥界の逆転現象は、鎧武とディケイドの力。

 そしてティアマトの執念に支えられたもの。

 ティアマトがアナザーディケイドとして、執念を失わない限り。

 この現象は終わらない。

 

 ディケイドの力を砕き、ティアマトを終わらせる以外に。

 この世界が、命を継続していく場所として続いていく方法はない。

 

 だから、逃がせない。

 命の溢れる冥界に移動されれば、肉体の不死性も完全に復活する。

 そうなれば、行動不能に追い込むことすらもう出来ない。

 

 だから、まだ。

 

 彼らが歩みを止めないために、諦めてなんかいられない。

 負けたと思わない限り、まだ負けてない。

 最後の最後まで、自分のことを信じて、戦い抜く。

 

 だが、それでも肉体には限界がある。

 離脱しようとするアナザーディケイドを、ジオウは追い切れない。

 彼が復帰するより先に、彼女はこの世界を後にする。

 だから、この戦いは此処で終わり。

 

 この大地から目を背ける。

 その答え、その彼女の選択こそが。

 

 ―――それが生存競争を放棄したという決着の、何よりの証左である。

 

「―――貴様と相対する人の旅路と、この身は黙って見届けるつもりであったが。

 道理が通らぬ所業を前にした、となれば口も出そう」

 

 崩れていく摩天楼より、大地に立つ母に下される結末。

 天を衝く塔の頂上。最も高き場所。

 人が闇を切り裂くために造り出した、文明の灯りの中。

 そこに、昏く燃える灯火が一つ。

 

「見渡すがいい、創世の母よ。

 この地は紛れもなく、貴様が求めた地上に他ならぬ。

 既に在った命を磨り潰してまで、貴様が求めた光景だ」

 

 噴き上がり、人らしきカタチを取り、現れるのは髑髏の面。

 “死”を知らぬものに“死”を知らしめる。

 幽世の淵より訪れし、終焉の使者。

 

「ならば、どうして逃げることなど出来ようか。

 子に旅を許さぬ世界を求めるのであれば。

 なおの事、貴様が他の世界への旅路を結ぶなど赦されぬ」

 

 創世の神が天を仰ぐ。

 “死”を知らぬ彼女に、その脅威は理解できない。

 初めて感じる未知の悪寒のみが、彼女の全身へと突き刺さり―――

 しかし、それが何故そうなるのか、という答えを彼女は持ち得ない。

 

「獣に堕ち、世界を縛りし創世の母よ。

 どちらが生き、世界を続けるか、その闘争から逃れるというならば是非もなし」

 

 大剣を握り、振り上げて。

 崩れ行く摩天楼から、その体が投げ出された。

 

 未知の感覚。理解できない危機感。

 それをしかし、躱さねばという焦燥だけで、彼女は即座にオーロラを引き寄せた。

 そこを越えれば、やっと彼女が待ち望んだ光景に辿り着く。

 彼女が再び原初の母になれる光景が待っている。

 

「我が名――――山の翁、ハサン・サッバーハ。

 一時、この身を見届け人としての役割から解放し。

 冠位を捧げし一刀にて、貴様に昏き死を馳走し奉る」

 

 揺らめくオーロラよりなお速く、その影は天より地へと迸る。

 それがどうした、と。

 彼女は還るのだ。彼女が望んだ、彼女が愛された、彼女が求められる時代へ。

 

 ―――ゴーン、と。

 一つ、彼女の意識に鐘の音が届く。

 

「聴くがよい、晩鐘は汝の名を指し示した。

 貴様の旅路に、此処より先の世界はない。

 故に、最早この世界から貴様が逃れる術もなし。

 現世を呑むか、黄泉路に沈むか。二つに一つと知るがいい」

 

 ―――オーロラが斬断される。

 彼女が求めた世界への扉が、斬り落とされて無に還る。

 

 己の辿り着くべき地を求め、手を彷徨わせるティアマト。

 だが最早彼女の前に、世界を越えるオーロラは現れない。

 既に地上へと降り立った翁が、最期に告げる。

 

「―――――“死告天使(アズライール)”」

 

 彼女の、死を。

 

 戦慄する。愕然とする。憤怒する。狂乱する。

 その感覚に、ティアマトの本能が暴走した。

 

 一閃をもって、彼女の道を拓く力が完膚なきまでに斬って捨てられた。

 その直後に自身の中に顕れた、未知の感覚。

 それが初めて対面する“死”であると、本能で理解して。

 

 彼女は永遠に子を愛する世界でありたいのに、死んではそうあれない。

 彼女は永遠に子に愛される世界でありたいのに、死んではそうあれない。

 

 そう泣き咽ぶ母の前で、もう一度。

 

〈ゴースト!〉

〈ファイナルフォームタイム! ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト!!〉

 

 終わりじゃない。そこで終わらせない。

 死してなお魂は不滅であり、未来に向け無限に繋がっていくものなのだと。

 ―――“ゴースト・ムゲン”が立ち上がる。

 

「命を燃やして前に進み続ける限り……! 人間の可能性は無限大だ――――!

 あんたに繋がれたままじゃ前に進めないから……!

 託された大切なものを、未来に繋げないから……!

 だから俺たちは、命を燃やしてでも、アンタを乗り越えて前に進むんだ――――!」

 

 白銀のパーカー。虹色に煌めく装甲。

 ムゲン魂の背後に浮かぶ、∞と描かれた光の翼。

 彼に残された全ての力を結集し、ジオウは再び立ち上がった。

 

 狂乱するマゼンタの鬼神。

 そこに向けて加速し、激突する白銀の閃光。

 

 互いに突き出す拳。

 世界を捻じ伏せ、破壊するための一撃。

 魂を繋げ、未来へと進むための一撃。

 激突する二つの力が世界を揺らす。

 

 弾け飛ぶ泥の海洋。

 ケイオスタイドの侵食はまだ止まらない。

 ウルクに向け、どんどん流れ込んでくる。

 

「エレシュキガル! 母さんの海を止めなさい!」

 

「止められるなら止めているのだわ!

 あなたこそ、地面を撃ち抜かない程度に吹き飛ばしなさい―――!」

 

 冥界神の神威、雷光が奔り泥を灼く。

 そうして処理する以上の泥が、ティアマトからは流れ出す。

 サーヴァントたちが、可能な攻撃手段を尽くす。

 だが処理能力が足りる筈もない。

 

 彼女が悲しめば悲しむほど、涙のようにケイオスタイドは加速する。

 半壊したナピシュテムの牙ではもう壁にならない。

 量が増え、大波一つ発生すれば、それだけでウルクは沈む。

 

「―――キングハサン!」

 

 立香の呼び声に応え、地上に降り立った暗殺者が顔を動かす。

 髑髏面に浮かぶ、青い炎のような眼光。

 それと正面から視線を交わし―――微かに、彼は首を動かした。

 

 彼の助勢は今の一刀のみ。

 何より、これより歩いていく人のために。

 ―――それに大きく頷き返して、立香が戦場に向き直る。

 

「泥だけ今の冥界に落ちるように落とし穴を掘るとか!」

 

『それはダメ! ケイオスタイドに呑まれたら、ティアマトの眷属に造り替えられる! 生命のある世界になっている今の冥界に泥が流れ込めば、そこは彼女の世界になってしまう!』

 

 立香の提案をダ・ヴィンチちゃんが即座に切り捨てた。

 タイムマジーンを乗り捨て、ツクヨミとオルガマリーが地上に降りる。

 

「……だったら、どうする……!

 処分できない、除去しきれない、棄てる場所もない……! なら―――!」

 

「―――無害な目的に消費してみる、というのはどうだろう?」

 

 静かに笑う、軽い声。

 その声と共に、ケイオスタイドの流入が停止した。

 泥が地上に流れる落ちると同時、花を咲かせ始めたのだ。

 侵略海洋としての能力を失い、泥はただ美しいだけの花を咲かせるためだけのものになる。

 

『こ、れは……ケイオスタイドの機能、停止……!

 いや、停止したんじゃない。目的を果たした……?

 使い切ったのか……! 内包された命を、無害な花を咲かせることで!

 こんな事が出来るのは――――!?』

 

「そうとも、ロマニ・アーキマン。

 こんな事が出来るのは、花の魔術師の名を欲しいままにする私くらいなもの。

 マーリンお兄さん、ここにきて本人がアヴァロンから再登板さ」

 

 白衣を翻し、胡散臭い微笑みを浮かべ、花の魔術師が彼らの元に降りてくる。

 サーヴァント、ではない。紛れもなく花の魔術師、マーリンの本物。

 理想郷の塔に幽閉された身でありながら、当然のように。

 人理焼却によって歪んだ世界でなければこうも簡単にはいかないが―――

 それでも彼はいま、ここにやってきた。

 

 着地狩りを目的とし、オルガマリーの頭の上からフォウが跳ぶ。

 綺麗に決まるヘッドバット一発。

 

「……キャスパリーグ、お前は状況が分かってるのかい?

 やれやれ、せっかく見聞を広めるために外へと送ってあげたのに……

 なんてことだ、代わりに視野が狭くなってしまったなんて」

 

「フォッ!」

 

 状況は分かっているのでそれだけでとりあえず済ませ。

 摘まみ上げられた白い獣が鼻を鳴らす。

 

 そんな魔術師の登場を見て、ジグラットの上から声を張り上げる王。

 

「何が再登板だ、マスターに断りもなく勝手に死んで退場しおって。

 宮廷魔術師の役割を与えた(オレ)の見る目が疑われる事案だぞ、これは!」

 

「ははは、手厳しい。だがこっちにだって言いたい事がある。

 まだ私が退場してから一日も経ってない。だっていうのにこの状況だ。

 私は生まれて初めて、最高最速の全力疾走をする羽目になったよ。

 徒歩なんてとんでもない、もう本気で息を切らしながら走ってきたのさ!」

 

『普段は塔に籠っているんだ、運動不足解消に丁度よかったんじゃないかな!』

 

 疲れた疲れた、という様子を見せるマーリン。

 そんな彼にそう言い放ち、ロマニが状況の精査を開始する。

 

『マーリンの魔術によって、ケイオスタイド目的完遂……!

 山の翁によって世界間通路断絶……! 及び、ティアマトの神核に“死”の概念付与!

 これで、後は、ソウゴくんが勝てれば……!?』

 

「いや、足りぬな」

 

 そこにギルガメッシュが口を挟み、戦場を見上げる。

 

 ムゲン魂の拳が、アナザーディケイドの顔面を捉えた。

 その威力によって、彼女の大角に罅が走っていく。

 ―――だがそれも、ゆるりとした速度で回帰し修復されていく。

 

「どうして!?」

 

「奴は“死”を知った。その結末に至る道は出来た。奴はもう、生きているだけではいられない。だが今のところはそれまでだ。存在核に“死”を刻み、生物に保障された回帰の人類悪たる不死性を剥奪され、それでも。まだ、奴は純粋な生命力だけで不死身に等しい。

 あれが不死身であり続ける限り、アナザーディケイドとやらも砕けない」

 

『……その、ティアマトの不死身を斬り裂けるはずだったものが』

 

「マルドゥークの斧、ということになるな。もっとも、仕方あるまい。

 使い切らねばここにさえ至れなかったのだ」

 

「だったらどうすればいいっていうのよ!」

 

 状況に頭を抱え、オルガマリーが叫ぶ。

 ジオウとアナザーディケイドの戦いは、ゆるやかに終焉に向かっている。

 そう遠くないうちに、ジオウが負ける。

 勝利条件が存在しないのに、敗北条件だけは設けられているのだから。

 

「考えるまでもあるまい。

 マルドゥークの斧に匹敵する、ティアマト神を殺し得る武装を用意する以外に何がある」

 

「そんなものがどこに!」

 

 もうティアマトに傷を与えられる武器など残っていない。

 そんなものがあるならば、そもそも死に物狂いでマルドゥークの斧を引っ張ってきていない。

 彼女の問いかけに答えず、ギルガメッシュがマーリンに目を向けた。

 

「―――我がサーヴァント、キャスターだったもの。

 宮廷魔術師、マーリン。生身で走ってきた貴様に最も大きい仕事をくれてやる!」

 

「結局私の最大の仕事、ティアマトの復活阻止はできなかったんだ。

 今度こそしっかりと果たそうじゃないか、マスター」

 

 マーリンが杖を上げ、それで軽く地面を叩いた。

 拡がっていく魔法陣。

 形成されたそれを見て、マシュが驚きの声を上げる。

 

「これ、は。サーヴァントの召喚、陣?」

 

「そうだとも。なにせ、ここは冥界だ。

 生者は生者でしかないが、ここにいる以上は同時に死者としても観る事が出来る。

 ティアマトの不死性を誤魔化すためにここを利用したように。

 そして私は死なないが、人理焼却に紛れてインチキしてサーヴァントになったように。

 ここであれば――――生者であってもサーヴァントとして、再召喚できる」

 

「な、それは……つまり、まさか」

 

 拡がる召喚陣の光は、ジグラットにまで昇る。

 そうして光に包まれたギルガメッシュ。

 死者と扱われた彼が、肉体を置き去りにして魂を再臨させていく。

 

 ―――サーヴァント、英雄王ギルガメッシュの降臨。

 

「は、何を驚く盾の娘。

 そもそも貴様の半サーヴァントとしての状態の方が余程イカサマ染みている。

 この世界、やろうと思ってやれぬ事などそうないと言う事だ」

 

 変わっていく魂。その感覚の中で、ギルガメッシュがおかしげに笑う。

 彼の言葉に応じて、マーリンが頷いた。

 

「肉体はちゃんと確保しておくとも。

 ここが冥界でなくなったら、しっかりと生き返れるようにね」

 

 そんな、彼らのやり取りを聞いていて。

 目を見開いた立香が、ジオウとアナザーディケイドの激突に視線を向けた。

 限界を超えて衝突し合う巨人たち。

 その光景、そしてムゲン魂が持つ翼を見て――――

 

「―――エレちゃん! 冥界にいる人たちを、そういう風に全員魂だけにできる!?」

 

「へ!? い、いえ……できない事は、ないと思うけれど」

 

 彼女たちのその会話で、思い当たる。

 ―――あの翼ならば。

 彼女たちが知る、仮面ライダーゴースト・ムゲン魂ならば。

 

 ツクヨミが即座にマーリンを見て、声を張る。

 

「マーリン! その人たちの体も終わった後に全部元に戻せる!?」

 

「え、いや。流石に、多すぎるんじゃ。

 ほら、そこまでくると魔力がどうかって問題も……」

 

「ジャンヌ! 聖杯をマーリンに!」

 

「はい!」

 

 立香の声に応え、走り寄ってきたジャンヌ。

 彼女が、水晶体―――紛れもない聖杯を、マーリンへと押し付けた。

 それを抱えさせられたマーリンが少しだけ、口元を引きつらせる。

 

「……巡り巡って。天草四郎くんから今まで押し付けてきた仕事を投げ返された気分だよ。

 けど。ああ、もちろんやり遂げるとも。

 流石に本気で多すぎてどうなるか、という数だけれど。やってみせようとも。

 ―――どうせなら、完全無欠のハッピーエンドの方が僕だって好きだからね!」

 

 水晶体、聖杯を掲げてマーリンが魔術を行使する。

 当然、ギルガメッシュのサーヴァントとしての再召喚もこなしつつ。

 

 そんな流れの中で、オルガマリーが光の中のギルガメッシュを見上げた。

 

「……ギルガメッシュ王!

 つまり、マルドゥークの斧の代わりは、あなたが行うという事なんですね!」

 

「たわけ! それよりも遥かに優れた一撃を見せてくれるわ!」

 

「やれるなら最初からやってくれと言いたい気持ちでいっぱいですが、ええ!

 これより! カルデア大使館は、常磐ソウゴを中心に最後の一撃を敢行します! それに合わせて、ご協力を願います!」

 

 彼らは、同時にその攻撃を行わなければならない。

 ティアマトの神核、アナザーディケイドのウォッチ。

 それを同時に粉砕して初めて、彼らは勝利を得られるのだから。

 

「ふん。いいだろう! 特に許すぞ、カルデアの子守り係!」

 

「子守り違う!」

 

 がなるオルガマリー。

 そして光の中で変わっていく王を見て、シドゥリが小さく礼をする。

 

「……よく、分かりませんが。

 王よ。どうやら、私たちも少しお暇を頂く必要がありそうです」

 

「よい、行ってこい。これより(オレ)の傍に控える者は不要。

 ―――(オレ)はこれより一時賢王の名を捨て、数多の英雄の頂点に立つ王。

 英雄王、ギルガメッシュの名を取り戻す故にな――――!」

 

 頭を下げるシドゥリにそう応え、彼は笑う。

 光の中、王の魂が天変地異に等しき暴威の姿を取り戻す。

 

「……ッ! 全部捉えたわ! 行くわよ、私が冥界である今の地上に知覚できる命、その全てを剥き出しの魂に変える! そうされたくない奴はギルガメッシュの傍に集まりなさい! そこだけは範囲から外すから!」

 

「エレちゃん、お願い!!」

 

「―――任せなさい!!」

 

 続けて、エレシュキガルの権能が全ての生命を魂に変えていく。

 ギルガメッシュの傍へと避難した者。

 イシュタル、ケツァル・コアトル、ジャガーマン、マーリン。そして海東大樹。

 範囲外にいるにも関わらず、影響を受けない山の翁。

 

 それだけを残して、全ての命が魂と変わり舞い上がっていく。

 

「……それってバビロニアにいる連中も魂に変えたんでしょう?

 ここにいた兵士たちはともかく、他の連中はどうやって集めて――――」

 

 イシュタルが見上げる空。

 バビロニアの空から、無数の魂がこちらに向かってくる。

 それは、全てがジオウに向けて。

 

「―――あれだけ巨大だと、離れていても見えていたでショウ。

 人間が、人間として生きるために、全霊を懸けて戦う人間の姿が。

 なら、心配ありまセーン。

 自分に少しでも出来る事があるならば、という小さな意志も、確かに。

 彼らは、拾い集めて進むようデスから」

 

 全てを使い果たし、震えるディケイドアーマー。

 そこに、その中に、舞い上がった魂が全て流れ込んでいく。

 背負う∞の翼が色を取り戻し。巨大さを増し。

 ムゲン魂自身の体を、爆発的に輝かせた。

 

「そう、ね。ま、この辺りが世界が人間に譲られた理由なんでしょう。

 私たちは見送り役。人間の門出は、しっかりこの先を生きる人間が果たさないと。

 そうでしょう、ギルガメッシュ」

 

「ふん……随分と殊勝極まるではないか、らしくない事この上ない」

 

 がしゃり、と黄金の鎧がジグラットの天蓋を踏み鳴らす。

 上半身には何もつけず、下半身は鎧で覆い。

 唯一無二たる原初の剣を携えて、不敵に微笑む英雄王。

 

 彼の言葉に肩を竦めて返し、イシュタルが下がる。

 

 英雄王が円柱を三つ連ねたような歪な剣を目の前に突き刺した。

 そのまま手放し、戦場を見上げる。

 

 再び激突する二体の巨人。

 押し返されるのは、創世の神ティアマトにして世界の破壊者アナザーディケイド。

 そして災厄の獣、ビーストⅡ。

 

「ことここに至っては、もはや我らが先達として語らねば終わるまい。

 さあ。貴様の語る地獄を以て、今こそ神の代への訣別の儀となそう。

 ――――起きろ、エア」

 

 地獄、再開。

 彼が目の前に突き刺した剣らしきものから、赤黒い光が拡がっていく。

 それに認識したか、ティアマトがこちらに視線を送る。

 

 だが視線を逸らした瞬間、光となったムゲン魂が彼女に襲来する。

 超常的な膂力で繰り出される拳撃。

 その一撃で女神の体が沈み、追撃として放たれもう一発に吹き飛んだ。

 

「引き裂かれし貴様より生じた天と地。

 その始まりに至る前のこの星の原初の姿。

 生命を許さぬ地獄を思い出すがよい」

 

 この惑星(ほし)の原初の姿。

 あらゆるテクスチャが星を覆い隠す前に実在した真実。

 マグマの海とガスのみが存在していた死の星。

 それこそがこの惑星(ほし)の正体であり――――

 

 英雄王のみ持つことを許される、乖離剣の識る真実である。

 

 ゆるりと伸ばされた彼の腕が、乖離剣の柄を掴む。

 連なった円柱が回転し、天井知らずに加速し、そこに地獄を生み出していく。

 それを押さえつけながら掲げ―――

 

 この星の原初の姿と、そして先に視た数千年の先の姿を思い描いた。

 

「―――天を仰ぎて地に築き、積み上げたるは人の理。

 我が乖離剣が此処に語るは、天地の定まり。

 創世以前に顕わであった真実、地獄であった頃の星の記憶よ」

 

 エアの咆哮、高らかに。

 乖離剣の雄叫びは、地獄を識るものとして、その先に繁栄したものへの祝福。

 よくぞそこまで辿り着いた、と。

 生命を赦さぬ地獄から、生命の栄える地獄へと転じた、この惑星への感動。

 

「さあ、聞くがよいティアマト神。

 開闢を言祝ぐ、地獄であったものの祝着を。

 そして今度こそ、死という永遠の眠りに落ちるがよい――――!」

 

 故に。その剣を握る事は、彼にだけ赦される。

 彼こそ人の裁定者。星に根付く生命の在り方に楔を打ち込みし者。

 地獄の上に地獄を敷いた、人の代の観測者。

 

 英雄王ギルガメッシュが、乖離剣エアを引く。

 回転で発生する魔力が、円柱の内部で空間の断層を巻き起こす。

 それを更に圧縮し、引き裂き、到達する次元は全てを滅する虚無。

 神であっても、創世の神であっても、逆らえぬ。

 

 ―――其は自然(かみ)惑星(ほし)に降りる前よりそこにあった、地獄の再誕なり。

 

「この一撃を以て、人の代の開幕を告げる。

 子の在りように刮目するがいい、創世の母よ!

 いざ仰げ、死に物狂いで謳う人間どもの執念を―――――!!」

 

 拳を交わし、打ち砕き。

 ジオウの一撃が、アナザーディケイドを押し返す。

 

「A――――! A、AAA、La、AA、……!」

 

 咆哮(こえ)が、枯れる。

 原初の女神が、終焉を前にして戸惑いを見せる。

 何故こうなるか分からない。

 ただ、ただ、ただ、ただ、ただ、愛したかった。愛して欲しかった。

 

―――なぜ? ああ、ああ―――

―――ああ、ああ、いかないで―――

―――わたしから、はなれないで―――

―――おいて、いかないで―――

 

 ムゲン魂の拳が軋む。その心が、接触を通じて流れ込んでくる。

 女神の中に、角を持つ揺蕩いながら悲しむ女性の姿が見える。

 

『魔王!』

 

 更に強く拳を握り、激突。

 弾け飛ぶアナザーディケイドの破片。

 

―――だったら。あんたはあんたの望む世界を創ったあと、どうするの。

―――もし、俺たちが滅ぼされて。その後、ラフムたちが新しい人間になって。

―――それで、それだけで幸せならいい。

―――でも、神様のために造られたキングゥだって、エルキドゥだって変わったんだ。

―――ラフムたちがいつか変わって、あんたの元から離れようとした時。

―――その時、またあんたは全部滅ぼして、新しい人間を創るの?

 

 交錯する。返ってくる答えは、ない。

 その代わりに。ティアマト神が、啼いた。

 

「LaaaAAAAAAAAAAAAAAAA―――――ッ!!!」

 

「……そんなんじゃ何も残らない。それじゃあいつまで経っても先に進めない!

 あんたが創って愛したものが、何も、何処にも、残らないし繋がらない!!」

 

 胸部を撃ち抜く、全力のストレート。

 それをまともに受けて、アナザーディケイドが大地を滑る。

 ギリギリのところで踏み止まったティアマト。

 その前で、ジオウが全身に力を漲らせる。

 

「ォオオオオオオオオオオオオ―――――ッ!!」

 

 翼をより巨大に、託された魂を力に。

 虹色の閃光を全身から放ち、全ての力をただ一点に集結させる。

 これ以上ないというほどの輝きを一点に集中。

 右足に集いし光が、最早計り知れぬほどに膨れ上がった。

 

 ジオウが飛翔した瞬間、同時に地上から燃える地獄が放たれる。

 

「“天地乖離す(エヌマ)――――開闢の星(エリシュ)”!!!」

 

 暗紅の極光、その奔流が一息にビーストⅡを呑み込んだ。

 その地獄の中で、当然のように蒸発していくティアマトの肉体。

 天も地も赦さぬ地獄の中、彼女は最後に縋りつく。

 彼女を支える最後の柱、世界の破壊者アナザーディケイド。

 

 死にさえしなければ、彼女はまだ舞い戻れる。

 あの輝かしい、愛に満ちた女神としての生に。

 

 ―――地獄の熱量が増す。

 そして、原初の地獄が彼女に語る。

 もう戻れはしない。戻す必要などないのだと。

 原初にはただ彼らだけがあった。

 その上に、薄くて、柔くて、弱々しいものを重ね続けてきた。

 それをずっと積み上げてきて、今に至った。

 

 その奇跡を、我らは言祝ぐべきなのである、と。

 

 ティアマトの肉体が崩れていく。

 それでも、最後の柱から彼女は離れない。

 アナザーディケイドとして、彼女は肉体を保ち続け――――

 

〈ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――ッ!!!」

 

 地獄を突き破り、迫る人の魂の集合体。

 その一撃が、彼女の胸を打ち据えた。

 最後に残った命綱が、呆気ないほどに簡単に崩れていく。

 

 地獄の熱を突き抜けて。

 破壊者の力を破壊して。

 女神の肉体に、永遠の眠りを齎して。

 

 人の魂が確かに、大地に足を下ろして生還した。

 

 

 




 
・仮面ライダージオウ・ディケイドアーマージャンボフォーメーション。
 仮面ライダーJのウォッチの力に呼応し、地球から溢れ出したJパワーを受けた、仮面ライダーディエンドによって召喚された仮面ライダーJ。彼にファイナルフォームライドで変形した仮面ライダージオウ、及び仮面ライダーディケイド(ディケイドライドウォッチ含)が装備され、誕生した超巨大王者。
 ディケイドウォッチに装填されたレジェンドライダーのウォッチの力を最大限に引き出し、通常を越える最強パワーを引き出すファイナルフォームタイムで戦う。

・ファイナルフォームライドジオウ。
 そんな ものは ない。
 相手の顔に張り付いてジオウに変身する腕時計型のなにか。
 変形はトリニティの際のゲイツとウォズを想定。


 長く苦しい戦いだった。
 しいて言うならあとどっかにウィザード特別編要素も欲しかったような。
 それと真仮面ライダー要素も欲しかったような。
 ままええわ。

 そして書き終わって思う。

 (あれ、ヘイセイバーいないな…?)
 


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真・人理焼却 序章(プロローグ)-931

 

【挿絵表示】

エボルト三世⚔様に支援絵を頂きました。
ジャンヌとバレンタインデーです。
ところでチョコレートってものによりますけど黒くて堅いじゃないですか。それってマンホールに似てませんか? もしかしてバレンタインデーって実はマンホールの日でもあるんじゃないでしょうか。むしろマンホールの日だけど、マンホールは気軽に扱えないから仕方なくチョコレートで我慢しているのではないでしょうか? 本来のバレンタインデーはマンホールを互いに投げ合うお祭りだった可能性はありませんか?
 


 

 

 

 ―――声が、聞こえる。

 

 私は見逃す事ができない。

 このまま見過ごす事ができない。

 我らは誰一人、それを看過する事ができない。

 

 彼の王の悪行を。

 彼の王の残忍を。

 

 多くの哀しみを見ていながら、何もせず、ただ薄笑いを浮かべていた、あの悪魔を。

 

 ―――浮上してくる感情の渦。

 ―――彼らがそれを抱くに至った原因。

 ―――見てきたものが、視界を掠めていく。

 

 人の世には、多くの悲劇があった。

 それはあらゆる時代、あらゆる国、どのような世界であっても変わらない。

 表層がどれだけ変わったように見えようと、それだけは変わらない。

 人の世には、必ず悲しみがついてまわる。

 

 我が子を殺すもの。我が子に殺されるもの。

 裏切りに嘆くもの。裏切りに生きるもの。

 

 一体、

 

 恋を知れぬもの。恋を捨てるもの。

 家族を知らぬもの。家族を捨てるもの。

 愛を知らぬもの。愛を笑うもの。

 

 何が、

 

 富を失うもの。富に殺されるもの。

 成功を求めるもの。成功を憎むもの。

 信仰を守るもの。信仰を嫌うもの。

 

 何のために―――

 

 人が幸福と呼ぶものの裏に、必ず悲劇はついてまわる。

 何を避ければいい。何を除けばいい。

 どうすれば、この矛盾は解消する。

 

 同胞を愛し、異人を軽蔑し、叡智を学び、無知を広げ、

 怨恨を育て誤解に踊り差別を好み迫害に浮かれ憐みを憐れんで。

 

 この生き物は、一体どうすれば報われる。

 人間とは、なんと醜く悲しい生き物なのだろう。

 

 だが、只人はそれでよい。

 

 人間は万能ではないのだ。

 みな苦しみを飲み込み、矛盾を犯しながら生きるしかない。

 そう生まれ付いてしまった悲劇の中で、そうでないものを求め続ける。

 

 ―――されど。

 万能の王であれば、話は違う。

 

 彼にはこれを解決する力も、手段もあった。

 過去と未来を見通す千里眼を持ち、この世すべての悲劇、悲しみを把握していながら、その上で、何もしない王がいた。ただ笑うだけの王がいた。知らないのであればよい。だが知った上で笑い続ける王がいた。何故、何故。只人でさえ、己の矛盾を未だ知らぬか弱き命さえ、悲劇の中に幸福を求め、力を尽くして這いずり回っているというのに。何故、この王は、何もしないなどという答えを選ぶ。その力を以てすれば、先導できるはずだ、示せるはずだ、人間の行先を。

 だと、いうのに。何故――――!

 

“それを知って何も感じないのか! この悲劇を正そうとは思わないのか!”

 

 私は訴えた。

 そうして。

 王はただ、こう返答した。

 

“いやぁ、まあ。別に、何も?”

 

 ―――この男を。

 許してはならないと、私たちの誰もが思った。

 

 我らの憤りは、此処に極まった。

 こんなものを戴くものたちに、救いがあるはずもなかったのだ。

 こんなものを冠する世界に、救いがあっていいはずもなかったのだ。

 

 代わるものが必要だ。正すものが必要だ。

 根底を覆さねば、これを修正する事は叶わない。

 ならば。

 

 神殿を築き上げよ。

 光帯を重ね上げよ。

 アレを滅ぼすには全ての資源が必要だ。

 アレを忘れるには全ての時間が必要だ。

 

 ―――終局の特異点への道を探せ。

 そこに、魔術王の玉座がある。

 

 その(ソラ)の名はソロモン。

 終りの極点。時の渦巻く祭壇、始原に至る希望なり―――

 

 

 

 

 意識が、還ってくる。

 目の前には既に仕事に戻っているギルガメッシュ王。

 

 復興にはどれだけ手があっても足りはしない。

 彼には一分一秒無駄にできる時間はない。

 だがその状態に気付き、彼の視線がこちらに向けられた。

 

「起きたか。では、さっさと戻るがいい。

 荷物を纏め、大使館ならぬカルデアにな。任期満了、帰国の時だ。

 これから最後の戦いとやらに臨むのだろう?」

 

「……えっと、今の光景は……」

 

 脳髄を駆け抜けていった、誰かの記憶。

 それが何だったのか、と。

 立香は問いかけるように王を見上げて、しかし

 

「知らぬ。貴様らが冥界より持ち帰った天命の粘土板、(オレ)も何が書いてあるかは知らんのだからな」

 

 知ったことではない、と一言でバッサリと斬られた。

 

「王様が書いたんじゃないの?」

 

(オレ)の千里眼が視た光景には違いない。が、それを(オレ)の意識が認識する必要性がないのであれば、わざわざ気にも留めぬ。そこに刻まれたものは、貴様たちが得るべき情報。それ以上でも以下でもない」

 

 訝しげに問うソウゴにそう返し、肩を竦めるギルガメッシュ。

 そこで新たな兵士たちが玉座の間に入室。

 粘土板が、更にもう一つの山を作った。

 

 ここにきて、最大の高さと幅を見せる粘土板の山。

 

「見ての通り(オレ)は過労死が見えてくる激務の最中だ。

 もはや貴様らなんぞに片手間を使うのも惜しい。さっさと帰るがよい」

 

 そう言ってぱたぱたと手を振って―――

 そこでふと、思い出したようにシドゥリに視線を向ける。

 

「過労死と言えば、シドゥリよ。もはや冥界の鏡などここには要らぬ。

 置いておくだけで呪われ、それが原因で衰弱死しかねん代物だ。

 こやつらにくれてやれ」

 

「はい、分かりました。持ってこさせますので、少々お待ちください」

 

 言って、頭を下げて退室していくシドゥリ。

 その間も兵士の流れは止まらない。

 当然、ギルガメッシュ王の手も止まらない。

 

 冥界の鏡を渡す、というなら受け取るが。

 それの受け渡しまで手持無沙汰になる。

 そこにふらりとやってくるのは、花の魔術師。

 

「おや、別れの挨拶かい? なら私も帰る必要があるね。

 人理焼却が解決した後に幽閉塔の外にいたら、私がえらい事になるし」

 

「解決、ね」

 

「ああ、解決だ。何せ、起点となる聖杯はこれ。

 これをカルデアが回収した時点で、魔術王の計画には確かな綻びが生まれる」

 

 胡乱げなオルガマリーの目の前に、マーリンが差し出す聖杯。

 彼の手により、水晶体から結晶化した黄金の杯に変わったもの。

 この場でそれを渡してしまうつもりなのか。

 彼はぐいぐいとそれを押し付けてくる。

 回収しなければいけないものなのは確かなので、とりあえず受け取るツクヨミ。

 

 収納するにはマシュの盾が必要だ。

 が、流石にいま謁見するために来た彼女は盾を持っていない。

 

「人理焼却が終了・確定していたのは、この時代に聖杯が降りていたから。

 それが覆った時点で、人理焼却は続行中の業務、に差し代わる。

 そうなったからには魔術王も遂に重い腰を上げるだろう」

 

 かつて、ロンドンの地で邂逅した魔術王ソロモン。

 彼との決戦が目前に迫っている、と。

 それを改めて理解して、オルガマリーが息を吐く。

 

「……わたしたちがこれを持って、カルデアに帰還した時。

 この時代から魔術王の影響が消えた時。

 それが、わたしたちの最後の戦いの始まり、というわけね」

 

「そう。その時がキミたちの最後の戦いの始まりであり―――

 聖杯を降ろすだけ、なんて手抜きではない。

 魔術王が直々に手を下す、真の人理焼却の始まりの瞬間であるというわけだ」

 

「真の、人理焼却……」

 

 立香が微かに息を呑み、聖杯を見つめる。

 彼女たちのこれまでの道中。聖杯が送られ、乱れた七つの特異点。

 それらの戦いは、序章(プロローグ)に過ぎない。

 それこそが、魔術王にとっての認識である。

 

 そうした彼女を見て、マーリンが苦笑した。

 

「そう難しい話じゃない。キミたちはただ普段通りでいればいい。

 ここまで走り抜けてきたように、もう少しだけ頑張って走ればいい。

 何故って。だってキミたちは、確かにそれだけ前に進んでいるんだから」

 

 ふわり、と白衣を揺らして。

 彼は軽く手を掲げ、自分の事を指し示す。

 

「実を言うとね、私はちょっと人でなしだ」

 

「フォーウ! フォ、キャ―――ウッ!」

 

「なんだい、うるさいなキャスパリーグ。

 ……仕方ない。わかった、わかったとも。少し嘘を吐いたね。

 実を言うと、私はかなりの人でなしだ」

 

 彼の一言に、即刻抗議の声をあげるフォウ。

 突然肩の上で鳴きだした彼を、マシュがどうどうと宥める。

 それはそれとして、と。

 押し付けられた聖杯を持て余しつつ、訝しげな顔を浮かべるツクヨミ。

 

「知ってるけど……」

 

「おや、なんてことだ。まさか見破られていたなんて。

 まあ私はそんな人でなしだが、綺麗なものを見る目だけはそれなりにある」

 

 そう言いながら視線を巡らせ、一回転。

 彼が最後に目を留めたのは、マシュにであった。

 

「……マシュ・キリエライト。

 僕の見出した王が、その円卓を支えるに相応しいと認めたキミ。

 そんなキミに、一つ質問しよう」

 

「質問、ですか?」

 

「うん。なに、大した事じゃない。ただキミの感じた事を口にしてくれればいい。

 キミの在り方は、この旅を経ても変わらなかった。最初からそこにあった、人の持つ美しさを守りたい、という意思が常にそこにあり続けている。

 ギャラハッドに盾を託され踏み出した、これまでの旅路。いつでも、どんな時でも、キミはその盾を手に、誰かの前に立つ事を是としてきたのだろう」

 

 彼女という人間が変わったかどうか、というなら変わっただろう。

 けど。彼女が向いている方向が変わったか、と問われれば。

 きっと、そう変わってはいない。

 彼女は最初から、今に至るまで、善き人で在り続けている

 

「そうしてきた、今のキミに問う。

 かつてのキミと、今のキミ。

 そこに、違いはあるのだろうか」

 

 で、あれば。

 どう変わったのか。何を変えられたのか。

 変わったことに、意義を見出せるのか。

 

 迷いはない。

 ただ、口にする言葉を選ぶように数秒だけ瞑目し。

 紛れもない、自分の想いを彼女は口にした。

 

「―――あります。やりたいと思った事が、変わってしまったわけではありません。

 今までそれを軽んじてきたつもりもありません。けれど、今のわたしは……かつてのわたしより、より強くその盾を握り、より強く前に踏み出せる。だから、違いはあるのだと思います」

 

 ただ、歩くことに今までより力を入れただけ。

 今までと変わらない道に、今までより少しだけ強く踏み出すようになっただけ。

 何が変わったわけでもなく、しかし変わったとするならその程度。

 そうだという事実に、花の魔術師はただ微笑んだ。

 

「……そうか。それなら、うん。それならよかった。

 では、できるだけずっと覚えておきなさい。

 できるだけ、忘れないで欲しい。かつての自分が、今の自分に変わった理由を。

 それを忘れてしまった時、人はそれまでとは違うものになってしまう。

 その変化は、聖剣でも、聖槍でも、そしてキミの盾でもけして止められない」

 

 気にしているのか。気にしていないのか。

 それは、彼の声色からは伝わってこない。

 マシュの答えを聞いたマーリンは、ただ微笑みながら言葉を続けた。

 

「ただ、その代わりにというわけではないけれど。

 キミたちは自分の心という、その変化を唯一止められるものを常に持っている。

 まあ人間なんだ。ずっとそうであり続ける事はできない、なんて。

 私は常日頃からそう思っているし、それが真実だろうけど。

 それでも、私はそういう美しい物語の方が好物だからね」

 

 そこまで語った彼が口を閉じて、言葉を止める。

 次に開けば、もう完全に今の話題を打ち切っていた。

 

「では、私は適当に仕事を片付けてからアヴァロンに帰るとしよう。

 そこで、キミたちの戦いを見させてもらうよ」

 

「……最後に戦いがある、と分かってるのに手伝わないわけ?」

 

 胡乱げなオルガマリーからの視線。

 それを正面から受け流しつつ、彼は困った風に笑う。

 

「アヴァロンからでも出来る支援くらいならするけれどね。流石に今回みたいに、現地に駆けつける、というのは特別さ。

 人理焼却によって時代の消滅したことによる、私を縛る制限の消失。ギルガメッシュ王という、ああ見えて実は意外と優秀な魔術師により一度召喚されていた事実。そして、果てには災厄の獣の誕生によって私やキング君が世界に求められていた、という後押し」

 

「キング君?」

 

「そう呼んでいるんだろう? せっかくだから私もね」

 

 キングハサン。初代山の翁、ハサン・サッバーハの事だろう。

 それはそれでいいとして、と。

 オルガマリーが目を細めて、マーリンの事を睨む。

 

「……いえ、何となく分かるわ。山の翁のことは。

 正直、冠位を得たから凄まじいのか、元から凄まじいから冠位を得たのか。

 それはもうさっぱり分からないけれど。でも、あなたまで?」

 

 あれだけの光景を見せられれば、流石に分かる。

 

 災厄の獣。カルデアに記録された霊基にして、“回帰”の人類悪。

 ビーストⅡ、アナザーディケイドと化したティアマト神。

 そんな相手に対し、一太刀で以て世界を繋ぐ橋を切り落としつつ。

 “生”と“死”のある生命に変えてしまった。

 

 その功績、その偉業こそ。

 冠位暗殺者(グランド・アサシン)山の翁(ハサン・サッバーハ)のものであると。

 

「ああ。私やギルガメッシュ王は一応、冠位の魔術師の資格を持っている。

 魔術王と同じようにね。っと、それはともかく。

 色々と条件が重なったから出てこれたのであって、普段はそうはいかないという事さ。

 だからまあ、ここから先はファンとして声援をかけるくらいで許して欲しい」

 

 さほど悪びれた様子もなくそう言って笑うマーリン。

 そこに丁度、シドゥリに先導されて兵士たちが冥界の鏡を運んできた。

 それに合わせて、マーリンはその場を去っていく。

 さほど重要なことでもない、とでも言わんばかりに。

 

「では、キミたちの勝利を祈っているよ」

 

 入れ替わりに彼女たちの前にくるシドゥリたちと冥界の鏡。

 シドゥリに指示され、兵士たちはそれを彼女たちの方へと差し出してくる。

 

「どうぞ、こちらで保管していた冥界の鏡です」

 

「あ、はい。ではわたしが……」

 

 それをマシュが受け取り、抱え上げる。

 その受け渡しを見つつ、微笑むシドゥリ。

 

「……王やマーリンには分かっているようですが。

 私どもには、あなた方がこれからどのような戦いに身を投じるか。それは分かりません。

 ですが、ここで経た戦いに劣らぬ、過酷な戦いがあなた方を待っているのでしょう。

 残念ながら、私たちが力になる事は叶いませんが……」

 

「―――多分、そんなことないんじゃないかな」

 

 彼女の言葉を、ソウゴの呟きが遮る。

 

「ここから俺たちの時代に、全部が繋がってる。

 そうだったんだって分からなくなるくらい遠く離れても、繋げてきたものは切れてない。

 ……だったら。あんたたちがここで頑張ってくれたから。

 俺たちだってこれから先で頑張れるって事でしょ?」

 

 それを、そのままにしておくために。

 繋げたままにするために、自分を使い果たした鎖があった。

 神と人は離れたけれど。

 しかし、途切れることだけはしなかった。

 

 ―――本来のものとは違えたけれど。天の鎖(キングゥ)の使命は果たされた。

 

 シドゥリは胸に手を当て、僅かな間だけ瞑目し。

 そうして、彼らに頭を下げる。

 

「―――この度は。

 あなた方の旅の途中に、我らが国に立ち寄り頂き、ありがとうございました。

 あなた方のこれからの旅路も、幸多きものである事をお祈り申し上げます」

 

「こっちこそ。

 これから、あんたたちの国がもっと良くなるといいと思ってるから」

 

「貴様なぞに祈られるまでもないわ!

 シドゥリ、いつまで遊んでいる! さっさとこちらを手伝え!」

 

 微笑んで、それから苦笑して。

 シドゥリは、王の呼びかけに応えて戻っていく。

 終わる事のない業務に、加速していく喧騒。

 それらに背中を向けて、彼らはジグラットを後にする。

 

 この時代の人間は、新たな戦いを始めている。

 同じように、彼らも新しい―――最後の戦いを始めるために。

 共に肩を並べて戦う時間は過ぎた。

 ここからは、それぞれまた別の戦いに向き合う時間がやってきただけ。

 

 そうして、外に出たソウゴたち。

 そこに投げ込まれる、マゼンタカラーの塊。

 

「わっ」

 

 咄嗟に腕を伸ばして叩き落とそうとして。

 しかし途中でそれの正体に気付き、ツクヨミがそのまま掴み取る。

 それはディケイドの顔が刻まれた、ライドウォッチ。

 

「忘れ物だ」

 

 そう言って、壁によりかかった門矢士が肩を竦める。

 ツクヨミからそれを受け取り、ソウゴはそちらに目を向けた。

 

「ディケイドのウォッチ……いいの?」

 

「別に、俺は仮面ライダーだから旅をしてるわけじゃない。力のあるなしでやりたい事を変えるつもりはない。なんであれ……旅は、自分の足でするものだからな」

 

 彼が首にかけた写真機を持ち上げ、適当に一度シャッターを切った。

 いきなり写真に撮られて、オルガマリーが面食らって。

 そのまま軽く手を振って、士はオーロラのカーテンを作り出す。

 

「ところで、ディエンドは?」

 

「知らん。あいつのやる事なんて、いちいち気にしていられるか」

 

 立香からの問いに、知らないし気に掛けるつもりもないと。

 面倒そうな顔をして、彼は壁から背中を離した。

 そうして、オーロラに向かって歩き出しつつ。

 

「じゃあな、魔王とその仲間たち」

 

 懐から、マゼンタカラーのドライバーを出し。

 それを軽く揺らしながら、彼はオーロラの中へと消えていった。

 彼がそこを通ると同時、オーロラもまた消え失せる。

 

 見送ったソウゴが、呆れるように。

 

「……力、残ってるんじゃん」

 

「また会う事もあるのでしょうか……?」

 

 マシュが呟く言葉に、眉を顰めるオルガマリー。

 

「わたしたちの戦いは、魔術王から未来を取り返したら一件落着なのよ。

 そんな簡単に会う事があってたまるもんですか」

 

「……なんか。所長さんがそういう事言うと、新しい問題が起きそうですね」

 

 苦笑交じりにそう言ったツクヨミを睨む、オルガマリーの目。

 余計な事を言ったとばかりに。

 その睨みから逃れるために、ツクヨミはジグラットの階段を足早に降りていく。

 それを追うように、オルガマリーもまた歩き出し。

 小さく笑いながら立香とマシュも続き。

 

 一歩分だけ遅れて、ソウゴもまた足を動かし始めた。

 

 

 

 

「あれ、二人揃ってどうしたの?」

 

 ジグラットから降りた彼女たちの前に姿を現すのは、クー・フーリン。

 そして、武蔵坊弁慶だった。

 

「おお、皆様方。王への謁見が済んだようで」

 

 降りてきた彼女たちを見て、そう言って微笑む弁慶。

 

「あなた方が戻るための挨拶回りをしている、と聞きましてな。

 王の他のサーヴァントはメソポタミア全土に散らばってしまっていますので。

 恐れながらこの武蔵坊弁慶。拙僧が代表として、お別れの挨拶をと」

 

 このメソポタミアの地が特異点と化した原因。

 ティアマトとキングゥは消え去った。

 

 徐々に修正が始まったこの時代で、真っ先に退去したのは二人の女神だった。

 ケツァル・コアトルとジャガーマン。

 紛れもなく神霊である彼女たちは、最優先で世界から異物として排除された。

 ティアマト―――ゴルゴーンが乱した世界でなければ、支えきれなかったとも言える。

 

 土地に根付いた神であり、巫女に降霊されたイシュタル、エレシュキガル。

 彼女たちはまだ残っているし、この特異点が消えるまで残るだろう。

 そして、受肉して存在している王のサーヴァントたちも。

 

「天狗の早業を評価され、牛若丸様はここウルクより最も遠い地を巡ることになってしまいましたが。その結果、完全に巴御前殿との仕事場が離れまして。ようやく肩の荷が下りました」

 

 そう言って笑う弁慶。

 本気で安堵している様子で、彼は嬉しげにしている。

 

 バビロニアの壁に集められたこの地上に残った生物たち。

 それを元いた都市に戻し、壊された街を修復し。

 この時代が完全に修正されるまでの間を、彼らは繋ぐために活動する。

 それが彼らサーヴァントに与えられた、最後の仕事だ。

 

「……ちなみにそれって、茨木童子も?」

 

「茨木童子殿は野の獣を引き連れ、森や山を巡っているようですな」

 

「やっぱりあの子、凄い面倒見がいい……」

 

 何とも言えない表情でツクヨミがそう呟いて。

 ふと、立香が隣にいたクー・フーリンに目を向ける。

 

「クー・フーリンはまたナンパ? そんな花まで抱えて」

 

「あん? いや、今日は違うっての。これは花屋の婆さんから餞別だ」

 

 彼はそう言って、一抱えもある花束を持ち上げた。

 この特異点で世話になった人間への挨拶回り。

 その中で譲り受けたもの。

 クー・フーリンはそれを軽く揺らしながら、呟くように続けた。

 

「オレと、あの嬢ちゃんにな」

 

「……アナに」

 

「ま、あの婆さんだって奴がどうなったかなんて分かってるだろうがな。

 だからこそ、でもあるだろうが」

 

 そう言って、彼は自分の持っていた花束を立香に押し付けた。

 

「半分はクー・フーリンのじゃないの?」

 

「オレのだってなら、それを後から誰にくれてやっても問題ねえだろ。

 お前らの好きにしろよ。他の誰にくれてやるのもな」

 

 言われた立香が、ふと。

 マシュが抱えたままの冥界の鏡の方へと、視線を送った。

 その視線の意味を理解して。

 オルガマリーも、ソウゴも、マシュも、ツクヨミも。

 それぞれ視線を絡ませて、頷いた。

 

 そんな光景を前にして、僧兵が小さく笑う。

 

「……では、坊主が入り用でしたら拙僧が」

 

「んじゃ。目的は果たした事だし、オレは帰っとくぜ。

 お前らが帰ってくる頃には、全員大使館に揃ってるだろうしな。

 最後にのんびりしてこいよ」

 

「ランサーは行かないの?」

 

 さっさと背中を向けて歩き出すクー・フーリン。

 ソウゴが彼に声をかけるが、その足は止まらない。

 

「行かねえよ、サーヴァント……死人が死人見送ってどうすんだ。

 オレだってとっくに見送られる側だって話だ。

 送るのにも、坊主がいるならドルイドも要らねえだろ?」

 

 そう言って苦笑して、彼は一切止まらずに歩き去っていった。

 

 

 

 

「へーえ。それも随分な話ね」

 

 ―――冥界を下りながら、イシュタルがそう言って息を吐く。

 

 彼女たちが降りてくるのを見上げながら、エレシュキガルは眉を引き攣らせた。

 冥界の鏡を通じ連絡し、彼女にウルク直下まで迎えにきてもらったのだ。

 先程通信した時は頬を朱に染めんばかりに喜んでいたのだが。

 しかしイシュタルを見た瞬間、彼女の表情は急転直下してしまった。

 

「ごめんね、エレちゃん。迎えに来てもらって」

 

「いえ! いいのよ! むしろどんどん呼んで欲しいっていうか! 本来、生者が冥界に来るのはあまりよくないけれど……別れの挨拶くらい、せめて顔を合わせてしたいし……」

 

 妙に慌てふためきつつ、しかしそう言って歓迎するエレシュキガル。

 が。視線を鋭く尖らせて、イシュタルに向ける。

 

「……で、何であんたがここにいるの。八つ裂きにされたいの?」

 

「思ったよりは元気ね。まあ、アンタがやった事といえば、冥界の侵入者であるティアマト神への罰則行使。そして、不法に冥界に居座る生者から魂を抜いただけ。

 冥界の女神としてのルールには一応違反してない、か。ただ普通にそこまで必要とされなかっただけ、とも言うけど」

 

「本気で八つ裂きにされたいのかしら?」

 

 少しだけ何かを心配していたようなイシュタルが、溜息ひとつ。

 それに対して肩を怒らせて、神気を放つエレシュキガル。

 

「冗談よ、冗談。少しくらいの滞在、許しなさい。墓参りするだけよ」

 

「えっと……冥界の下には、深淵があるんだよね。

 ゴルゴーンとアナが落ちていった」

 

「申し訳ありません、エレちゃんさん。

 少し、深淵を覗かせいただいてもいいでしょうか……あ、あとこれはギルガメッシュ王が不要になったという冥界の鏡です。ありがとうございました」

 

 ―――それで話を察したのか。少しだけ目を瞠って驚いた彼女。

 それはそれとして返される鏡に少し、悲しげに目を細めて。

 しかし、優しく頷いた。

 

「……冥界にすら既に亡く、深淵に落ちた魂に祈りを捧げたいというのなら。

 なるほど、一番近い場所はこの冥界以外にありません。

 一時のみ、あなたたち生者の侵入を許しましょう……ええ、本当に。ありがとう」

 

 エレシュキガルが腕を振るう。

 冥界の大地ごと、彼らが深淵が覗ける位置へと移動していく。

 その道中で、イシュタルがエレシュキガルに声をかける。

 

「こいつらがゴルゴーンたちに祈ってる間、アンタは私に付き合いなさい。

 行く場所、もう一か所あるから」

 

 彼女の言葉を聞いて、ソウゴが抱えていた花。

 花束を二つに分けた片方を、イシュタルへと渡した。

 二つに分けた、という事実を前に。

 エレシュキガルは仕方なさそうに、しかし確かに頷いた。

 

 深淵よりほど近い場所に彼らだけ残し、女神二人だけで別の場所へ向かう。

 

「……あんたに関しては幾ら八つ裂きにしても足りないけれど。

 エルキドゥ……と、キングゥを弔うためにきた、というなら追い出しはしない。

 エルキドゥをこの地に埋葬する事を許した手前、ね」

 

「ま、流石に今回のでアイツの機体は完全に砕け散ったけどね。ただ、まあ。

 アイツらの墓、と言ったらここしかないでしょうしね」

 

 花を軽く揺らしながら、イシュタルが肩を竦める。

 

「―――けど、その花。あんたらしからぬ殊勝な態度には目を剥くけれど。

 深淵に放り込むならまだしも、ここじゃすぐに……」

 

 死んでしまう、と。

 エレシュキガルが目をかけている今ならまだしも、墓に供えればすぐだ。

 そんな事は分かっている、と。イシュタルが鼻を鳴らす。

 

「マーリンの奴に少しは保つように弄らせてあるわよ。

 せめて、ほんの少しの間くらいはね」

 

「――――そう」

 

「神話も時代も、何もかもアイツとゴルゴーンは違うもの。

 ましてキングゥなんて存在、何かが遺るとしてもエルキドゥの一部としてだけでしょうし。

 もう二度と、アイツらが顔を合わせる事なんてないんでしょう」

 

 そうして、彼女たちの移動が止まる。

 エルキドゥが埋葬された場所。キングゥが生まれた場所。

 掘り返された墓穴を見て、女神が少しだけ―――

 本当に少しだけ、悲しげに目を細めた。

 

「けど、まあ。同じ時代に咲いた、同じ花を一緒に供えてあげる事くらいは。

 そのくらいのことなら、許されるでしょ」

 

「…………」

 

「何よ、その顔。似合わないとでも言いたいの?」

 

 自分でも分かっていると言わんばかりに。

 そう言って目を逸らすイシュタル。

 だがそんな事を気にするものか、とエレシュキガルは鼻で笑う。

 

「別に。あんたにそんな態度が似合わない、なんて言うまでもないこと。

 ただ冥界の管理人として、口を閉ざした方がいいと思っただけ。

 その花と想いが、既に違う場所で眠った彼女たちに本当に届くかどうか、なんて。

 そんな答え、必要のないものでしょう」

 

 答えなんて、必要ない。

 彼女たちは、正しい答えを求めて冥界に降りてきたわけじゃない。

 ただ、そうであって欲しいと祈りにきたのだ。

 

「―――ま、そうね。これも心の贅肉か」

 

 イシュタルが天舟を降り、掘り返された墓所の前に花を置く。

 カビに覆われた大地に置かれる、多くの花。

 湿気た風が、穢れなき花弁を僅かに揺らした。

 

 

 

 

 ―――花束が放られて、深淵に沈んでいく。

 唱えられる念仏は、武蔵坊弁慶の声。

 花が見えなくなってからもその声は続き。

 その声が止まった後も、少しの間だけは誰も口を開かず。

 

 やがて、弁慶が念仏ではない。

 自分の言葉を口にしだす。

 

「……ギルガメッシュ王から伺ったのですが。

 この人理焼却という現象。その最後は、厳密には無かった事になるわけではないそうです」

 

「―――え?」

 

 彼の言葉に対して、オルガマリーがぽかんと口を開け。

 しかしそれに気を留めず、弁慶は続けた。

 

「全てが無かった事になるのではなく。

 無かった事にするために、別の事象による被害を捏造する。そういう事と」

 

 彼は深淵を見つめたまま、口を動かし続ける。

 まるで、カルデアの面々以外の誰かにその言葉を聞かせるように。

 

「その時代で失われた命を、これまで悼みながら旅をしてきたあなた方。

 恐らく多くの人間が、あなたたちの行動にこそ、救われてきたでしょう。

 そんな、あなた方にだからこそ。拙僧は伝えたい」

 

 そこで、彼が深淵から目を離す。

 代わりに視線を向けられたものたちが、武蔵坊弁慶を見上げた。

 

「あなた方が歩んできた、あなた方の真実。それは、時代には残らない。

 あなた方が救えなかった人間は、あなた方が救えなかったという事実さえ残らない。

 ……それでも。救おうと力を尽くした事実を、誇りに思って欲しい。

 救えた人間の数を数えるでもなく。救えなかった人間の数を数えるでもなく。

 救うための道を選択し、全霊で歩んだ事を、何より誇りに思って欲しい」

 

 一時、彼が武蔵坊弁慶を置き去りに。

 ―――源義経の従者を、置き去りに。

 一人の坊主でしかない彼が、目の前の人間たちを見つめる。

 

「……そして願わくば。

 救えた人も、救えなかった人も、どっちもいたという事だけ憶えていて欲しい。

 どちらも事実は時代から消え、再編されてしまうのでしょう。

 他の誰も、それを憶えていられる者はいない。真実は誰に語られるものでもなくなる。

 だから、あなたたちが共にした真実を。あなたたちが巡った旅路の真実だけは。

 あなたたちの心の中に、いつまでも留めてあげて欲しい」

 

 別に、誰に語られる事も望んでいなかった。

 別に、誰に知ってもらおうとも思っていなかった。

 彼女は、そのまま走り抜けて逝ってしまった。

 多くの者はそれに供し、逝ってしまった。

 

 彼女に寄り添ったものだけが知っていた真実を。

 彼は独りで抱えたまま、独りだけで残された。

 

 別に世界に否定されなかろうと、真実などいつの時代も残らない事はある。

 だから。だけど。

 せめて、いつか寄り添っていた者として。

 共にした想いだけは、忘れるべきではないのだと。

 

 ―――彼の言葉を耳にして、強い表情を作る少年少女を前にして。

 

 常陸坊海尊という男は、眩しいものを見るように目を細めて微笑んだ。

 

 

 

 

「そして。彼らの最後の戦いが始まる」

 

 闇の中、ストールを靡かせて黒ウォズが大時計の前に現れる。

 彼は閉じた『逢魔降臨暦』を脇に抱え、時計の前で足を止めた。

 背後に浮かぶ大時計は、確かに時間を刻んでいる。

 刻一刻と、確かに針を前に進めている。

 

「―――かくして。常磐ソウゴとその一行は災厄の獣、アナザーディケイド、ティアマト神を打倒した。その果てに手に入れた、魔術王ソロモンの道を阻む権利。

 憐憫の獣が敷く、星の還り道。最大最強の魔王が敷く、突き進むべき覇道。

 それが、遂に激突する時が来た、という事でしょう」

 

 黒ウォズが懐から出すのは、一つのウォッチ。

 銀色のベゼルに飾られた、新たなるウォッチ。

 今度こそ彼はしまうことなく、手にしたまま歩き出す。

 

「オーマジオウの力。常磐ソウゴの真の力が、いまこそ降臨する」

 

 闇の中に消えていく黒ウォズ。

 彼が消えた後も、大時計は消えない。

 ただ、正しく針は時間を刻む。

 規則的に、正しい時間の流れに従って。

 

 

 




 
 くぅ疲。七章完結です。
 正直この章がこういう方向性の話になるとは思ってなかった。
 不思議。

 まあスウォルツが途中で言ってたように、アナザーディケイド出す気も本気でなかったんですけど。でも途中で、お宝盗んでほくほく顔の海東が、キレたグガランナに蹴っ飛ばされて、吹っ飛んでいったアナザーディケイドウォッチが虚数空間にホールインワンして、どかーんとティアマトがいきなり生えてくる。という展開を思いついてしまい、これ以上海東力の高い展開が思いつかなかったので採用しました。
 自分の目的のために行動し、状況を引っ掻き回しつつ、全力で痛い目を見せられて、その後でちゃっかり何か味方になっている。
 まあまあよくやった、65点(海東ポイント)と言ったところだな。

 そしてもう採集決戦なんやなって。

 命を懸けて一輪の花を守り抜いた奴が勝ちってそれ一番言われてるから。
 


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終局特異点:冠位時王指針(GRAND Zi-Order) ソロモン2016
ロマニの王国2016


 
戦わなければ生き残れない!
 


 

 

 

緊急事態発生(エマージェンシー)緊急事態発生(エマージェンシー)

 カルデア外周部 第七から第三までの攻勢理論、消滅。不在証明に失敗しました。

 館内を形成する疑似霊子の強度に揺らぎが発生。量子記録固定帯に引き寄せられています。

 カルデア中心部が2016年12月31日に確定するまで、あと―――』

 

 カルデアスが赤く燃える。

 いつか見た、地獄の炎に包まれた地球の光景が帰ってくる。

 その赤い地球を見上げながら、彼は踵を返した。

 

「……この本によれば、普通の高校生常磐ソウゴ。

 彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた」

 

 手にした『逢魔降臨暦』を開き、彼はそれを正面へと掲げる。

 本の頁を画面のように、映し出される炎に包まれたカルデア。

 

「だが。彼はその未来に至る前にここ、カルデアへと訪れた。

 そこで彼が対面したのは、人理焼却と呼ばれる人間の全ての歴史を消滅させる破滅の光景」

 

 本に映し出された映像が、次々と変わっていく。

 

 炎に沈んだ街並み。

 怨念と竜種が氾濫する、黒く燃え盛る草原。

 破壊の大王が闊歩する、薔薇散る浪漫(ローマ)に通ず街道。

 星を見上げて進路を取る、海賊の突き進む海原。

 雷電渦巻く霧に包まれた、真実が秘められていた魔術都市。

 本能で動く獣王が走り抜けた、荒れ果てた大地。

 聖なる壁に覆われた、一人の罪人の終着点。

 神と離れて、人が自分の足で歩き出し始めた、旅路の始まり。

 

「―――魔術王ソロモン。それこそ、この事象の始まりの名前。

 彼と対峙した時、我が魔王が一体どのような結末を選ぶのか……」

 

 パタリ、と。彼は手にしていた本を閉じる。

 そのままそれを脇へと抱え、彼は歩き出した。

 

「人理焼却が魔術王による偉業だと言うのであれば。

 それを取り戻し、継続させ、支配する事こそ、我が魔王の偉業。

 その覇道がこの地に取り戻される瞬間を、どうぞご覧あれ」

 

 歩み去り、消えていく黒ウォズの姿。

 まるで時が止まったようなその空間から彼が消え―――

 

 帰還した者たちの耳を叩く、カルデアが上げる悲鳴。

 警報が絶え間なく鳴り続ける、完全なる異常事態。

 コフィンから出たマシュが、思わず自身の盾を見つめる。

 

「外部からのクラッキング、という事は」

 

「―――ああ。どうやら、最後の聖杯を介し、魔術王がカルデアを発見したようだ。

 干渉、というより引き寄せ。

 惑星が恒星に引かれるように、カルデアが魔術王ソロモンの特異点に引き寄せられている」

 

 忙しなく作業を行いながら、ロマニがその現状を口にする。

 彼の言葉に肩を竦めつつ、ダ・ヴィンチちゃんが同じように続けた。

 

「恒星どころかブラックホールだね。空間強度がこちらとあちらでは桁違い。

 もし接触すれば、カルデアの磁場はいとも簡単に押し潰されるだろう」

 

「つまり……」

 

「魔術王を打倒し、その特異点を修正しなければ、人理焼却は完了する。

 猶予はカルデアが押し潰されるまで。

 ―――カルデアにかかる引力から逆算……よし、こちらからも魔術王の特異点は捕捉した」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが作業を完了し、映し出される表示。

 それを見たロマニが、僅かに目を細めて。

 数秒置いて立ち上がり、管制室のメンバーを見渡した。

 

「これよりボクたちは、捕捉した敵特異点へのレイシフトルート構築に入る。

 その後、可能な限り情報を収集し、最終特異点攻略作戦を立案。

 ―――時間制限は……」

 

「24時間。とりあえず、その辺りが限度かな」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの言葉に頷き、彼が改めて言葉を発する。

 

「―――この業務を、24時間以内に遂行。レイシフト部隊のための道を切り開く」

 

 了解を示す声が上がる。

 それを聞き届けた後、ロマニが視線を向けるのはオルガマリー。

 

「そういう事になります、所長。

 帰還したメンバー、突入部隊は今より24時間後、再度管制室に集合を。

 それまでは休息を取っていて下さい。もちろん、所長も含め」

 

「……はぁ。ええ、とりあえずそれでいいわ。

 ダ・ヴィンチ、勤務シフトの変更の必要性は?」

 

 改めて話を振られたダ・ヴィンチちゃん。

 彼女は何度か頭を揺らし、スケジュールを組み立てていく。

 待つこと数秒、彼女の中で大体の予定が上がったのか。

 必要な労力を算出し、所長へと通達する。

 

「んー……いや、そうだね。人員を三班に分けて、四時間ごとに休息を回してこう。

 作戦開始と同時に、全人員で管制室に詰める。

 あと今回ばかりは私が常に詰める。暇潰しに工房に帰る必要もなさそうで何よりだ」

 

「……ダ・ヴィンチがここから動かせない、ということは」

 

「令呪の補填はちょっと無理だね。まず魔力の残滓の回収が間に合わないだろう」

 

 メソポタミアの特異点。

 そこの修正の後に行われるサルベージ作業は間に合わない。

 それどころか、取り掛かる暇すらないだろう。

 顎に手を添えて、オルガマリーがマスターたちの手を見渡していく。

 

「残っている令呪は、わたしと藤丸と常磐に一つずつ、か……」

 

 そこで考えていたオルガマリーがハッとして。

 後ろを振り返り、声を張り上げた。

 

「―――第七特異点、攻略完遂をここに宣言します。

 続けてわたしたちは最終特異点の攻略準備に入りますが、まずはよくやってくれました。

 決戦は24時間後。あまり猶予はないけれど――――」

 

 そこで言葉を区切り、一瞬だけ止まって。

 しかし彼女はその調子のままで、言葉を再度紡ぎだす。

 

「あなたたちの働きを以て、わたしたちは今まで余裕綽々として七つの特異点を放置していた魔術王を戦場にまで引きずり下ろした。このまま、人理継続保障機関フィニス・カルデアはその設立の目的―――人理の継続を果たすため、奴に焼却された人理の奪還を行います。

 カルデア最大の使命、人理守護指定(グランドオーダー)。その最後の踏ん張りどころよ、あなたたちには悪いけど後一回、死ぬ気で踏ん張ってもらいます」

 

「はは、人理を取り戻したらボーナスとかありますかね!」

 

 管制室のどこかで上がる、職員の声。

 彼女は一度眉を吊り上げて、しかし溜息と共にそれを下ろした。

 

「それは残念ね。この件の責任を押し付けられれば、アニムスフィアから色々と接収されるのは目に見えてる。カルデアどころか、セラフィックスすら持ってかれるかもしれない。

 わたしにそんなもん払う余裕なんか残らないわ。次の職場の紹介くらいで我慢して」

 

「それは……せっかく馴染んできたのにちょっと残念です。

 最近のオルガマリー所長になら、このままついていきたいと思ってたのに」

 

「そう。それはわたしに喧嘩を売ってると受け取っていいのよね?」

 

「媚びを売ったつもりでした!」

 

「んなもんを買う金は残らない、っていま言ったでしょ」

 

 ぱたぱたと手を振ってその会話を振り払い。

 彼女は改めて、レイシフトメンバーへと向き直った。

 

「さ、あんたたちも休みなさい。食事するなり、眠るなり。作戦開始のタイミングまでに、コンディションは最高の状態に持って行きなさい。24時間しかあげられないけれど、それが今のあなたたちの最大の仕事よ。

 ああ……アーチャー、アサシン。あなたたちは休む前に、そこの医療部門の男を本来の仕事場に持って行きなさい。代わりにこれからはわたしがこっちに入るわ」

 

「―――え?」

 

 唖然と、ロマニがオルガマリーに目を瞠った。

 突入部隊になるのは彼女も一緒だ。

 バビロニアの最後は余裕があったとはいえ、休むべきなのは変わりないだろうに。

 そう考えて、ハサンが念のためにと確認を口にした。

 

「よろしいのですかな?」

 

「いいのよ。わたしたちがコンディションを整えるためには、そいつかダ・ヴィンチを医務室に置かないなんて選択肢ないでしょ。

 ダ・ヴィンチは動かせないんだから、そいつは突入時刻まで医務室固定よ」

 

「それも道理だな。

 そればかり考えてる船医も考え物だが、いざというとき本業をこなせないでは問題だ」

 

 肩を竦めて、アタランテがロマニに歩みだす。

 それに対する反論も思いつかなかったのか、口をぱくぱくと動かして。

 しかし、彼は管制室の外へと連行されていった。

 

「……さ。あんたちもさっさと休みなさい。

 ―――――この戦いに、勝つために」

 

 そう言って、彼女は管制室におけるロマニの定位置へと歩みだした。

 それを見送って、彼らも動き出す。最後の戦い、それに備えるために。

 

 

 

 

「ええ、ええ。ではたっぷりと食事をした後、しっかりと休んでいただかなくては。

 もちろん、床の中での護衛はこの清姫にお任せください。ま・す・た・あ」

 

 ごん、と。久しぶりに旗が唸る。

 この感覚だ、と。ジャンヌが懐かしげに、戻ってきた自分の旗に微笑む。

 倒れ伏した彼女を引っ張り戻しつつ、席につくジャンヌ。

 

「彼女のいう事はともかく、しっかりと休むべきなのは変わりません。

 食事を終えたら、ゆっくりとしてください」

 

「うん。それはそうするつもりだけど……」

 

「そういえばソウゴは?」

 

 立香の対面に座っていたツクヨミが周囲を見回す。

 が、どうやら食堂にソウゴの姿はないようだ。

 厨房にいたブーディカもそれを確認したのか、不思議そうに呟いた。

 

「珍しいね、ソウゴが真っ先にご飯にしないなんて」

 

「まあ、マスターだってお年頃だ。食事も喉を通らなくなるくらいの恋や愛が突然芽生えたっておかしくないだろうね」

 

 そんな事を言って肩を竦めるダビデ。

 

 彼の物言いに考え込むような動作を見せるアレキサンダー。

 少年王はそのまま視線を彷徨わせ、肩を竦めるフィンに目を留めて。

 

「……うーん」

 

「なに唸ってんのよ? アンタ、まさかあのアホが言ったみたいに、アイツが恋だの愛だので食事が通らなくなった、とか考えてるわけ?」

 

 アレキサンダーを見て、けらけらと笑うオルタ。

 そんなわけでもないが、ダビデ王の発言について考えているのは事実だ。

 彼は何も分かっていない。

 魔術王ソロモンが敵だという事も、事実だろうが何故かは分かっていない。

 ―――いや、分かろうとしていない。

 

 それはそれで別にいいのだが。

 分かっていないけれど、全部もう終わりまで視えているような。

 相手が息子だからだろうか。それとも―――

 

「……少し、悔しくて、寂しいな」

 

「は?」

 

「いや、これが僕たちの最後の戦いだと思うとね。もう少し色々学びたかったな、と。

 僕たちも生き残れるかどうか分からないし、何より生き残ったとして僕たちが残る理由もないだろう。人理焼却を解決すれば、サーヴァントを維持する理由はカルデアにはないしね」

 

 アレキサンダーの言葉を聞いていて、僅かに目を細め。

 ジャンヌ・オルタが、貧乏ゆすりのような行動を始めた。

 

「……マスターと共にいたいなら、行ったらどうだい?

 僕たちに下っている命令は、各自コンディションを最高に整えろ、だよ?」

 

「うっさいわね。私じゃないわよ、私じゃ。

 あの女が休むためのスケジュールも確保されてるかどうか確認しなきゃ、って思っただけ。

 マスターが万全じゃないとせっかく晴れ舞台で魔力切れ、なんて笑い話にもならないもの」

 

 そんな風に言い訳しつつ、歩き出すジャンヌ・オルタ。

 最初から最後までああだった彼女に苦笑しつつ、彼は視線を巡らせて。

 目当ての軍師を見つけて、そちらへと歩いていく。

 

「……なにかね」

 

「いや、想定されるケースを我が軍師と話し合おうかとね。

 頭を動かしている方が気が紛れるし」

 

「……ふむ。まあ、そうだな。決戦となると、一番痛いのは前特異点でキャプテン・ドレイクの宝具が崩壊したことだ。二度目の霊基再臨が可能かどうか……

 理論上可能であっても、それを調整するためのダ・ヴィンチが動けない。無いものと考えていいだろう。そうなると、純粋な高火力はツクヨミのサーヴァントに頼ることになる。

 だが彼女には令呪が既になく、継続して大火力の宝具を使っていくのが―――」

 

「ふむ。今回ばかりは恐らく、魔力に余裕を持たせる事もなく、サーヴァントを全員投入になるだろう。そうなれば、私とモードレッド卿とガウェイン卿だ。いくら何でも保つまい」

 

「ああ、そこをどうカバーしていくかが……」

 

 フィンも交じり、そこでどう戦線を繋ぐかの話に入る連中。

 それを珍妙なものを見る目で眺めつつ、アタランテがパイを口にした。

 

「場所を選ばんな、奴らは」

 

「はは、場所を選ばなくても好きにやれるんだ。それに越した事はないんじゃないかい?

 しかし、困ったもんだね。嵐の神様と一緒の戦いには奮えたが、それで船が沈んで最後の最後に出番なしじゃあ海賊として格好がつかない」

 

 ジョッキを空にして、彼女はどうしようもない事を口にする。

 まあどうしようもない事はどうしようもないのだ。

 船が沈んだ以上、カルバリン砲の展開すら叶わないだろうが。

 ―――それでもやれる事をやるだけだろう。

 

 そこで、マシュの手が空になったジョッキを取り上げた。

 

「ドレイクさん、お代わりはどうされますか?」

 

「うん? そりゃあ貰うが、なんだいマシュ。アンタはちゃんと休みなよ。

 アタシらと違って、アンタには休みが必要だろうに」

 

 空いた皿やコップやらを纏め、厨房へと持って帰る姿勢。

 そうしながら、彼女はドレイクへと微笑み返した。

 

「いえ! 最後までいつも通りに、これまで通りのわたしでいたいですから!

 ―――きっとそれが一番、力を振り絞れるわたしだと思うんです!」

 

 彼女が持ってくるものを困ったような微笑み顔で受け取りつつ。

 ブーディカがマシュに、次の作業を指示していく。

 

 そんな彼女の様子を見て。

 立香とツクヨミが顔を合わせて、立ち上がる。

 

「じゃあ、私たちも手伝いましょうか」

 

「屋台とウルクで結構経験してきたから、かなりの実力アップがあるはず!」

 

 そう言いながら厨房の仕事を手伝いだす、マスター二人。

 厨房管理を受け持つブーディカはもう呆れ顔だ。

 そうして働く少女たち。

 その姿を見つつ、ダビデがとても惜しいとばかりに悲痛に顔を染めた。

 

「もったいない……彼女たちが飲食店の真似事をするなら、しっかりとした給仕服を用意するだけで目の保養にもなって、売り上げが伸びただろうに。

 プロデュース力が足りないんじゃないか、ダ・ヴィンチは」

 

「こいつは……」

 

 どちらかというと、もっと売り上げが上を目指せた、という点に憤っているのだろうか。

 どうあれ、少女を変な目で見つめる男には変わりない。

 そんな奇人を前にして、頭痛を堪えるようにアタランテは眉間に指を当てた。

 

 

 

 

「あれ、ソウゴくん? こんなところでどうしたんだい?」

 

「うん? ロマニこそ。何してるの?」

 

 通路でばったりと顔を合わせた二人が、互いに首を傾げた。

 訊き返されたロマニの方が、先に苦笑しながら答えを返す。

 

「ああ、ちょっとね。緊張、というわけではないんだけれど。

 ここまで来たんだ、と思ってしまったら、何だか居ても立っても居られなくて。

 もちろん、すぐに医務室に戻るけどね」

 

「ふーん……俺も、特に何があるわけじゃないけど」

 

 そう口にしたソウゴの顔を見て。

 ロマニは少しだけ目を細め、すぐに微笑んで言葉を口にする。

 

「じゃあよかったら医務室で少し話していかないかい?

 患者がいない間はボクは休み時間、となるわけだけど。流石に診察時間外を全部寝て過ごすわけにはいかないし。せっかくだし、話相手が欲しいんだ」

 

「……うん、別にいいよ」

 

 ロマニの言葉を受け入れ、彼らは共に医務室へと歩いていく。

 24時間。決戦の準備を整えるには短くて、しかしただ待つには長い時間。

 そう―――決戦のために心を整えるには、短い時間。

 

 二人が揃って医務室に入る。

 ロマニに促されて、椅子へと座るソウゴ。

 彼の対面に、ロマニが座った。

 

「さて。じゃあ何から話そうか……ソウゴくんからは何かあったりするかい?」

 

「大丈夫。ロマニの方こそ、何かあるの?」

 

 彼の答えにちょっとだけ苦笑して、しかし彼はならばと口を開く。

 

「それは、まあ。ソウゴくんはずっと何か、悩んでいただろう?

 あの黒ウォズに誘導された特異点から帰ってきてから、ずっと」

 

「うーん……うん」

 

 訊かれた事に素直に返答し、しかしそれ以上は口にしない。

 そうしたいというなら、それでいいと。

 ロマニの方が言葉を続けて、ソウゴへと話しかけ続ける。

 

「それでもキミは必要な場面では、パフォーマンスを落とさないように努力していた。

 こちらとしてはとても助かった事だけど。でも、ここで話したいと言うならもちろん聞こう。話したくないというなら、せっかくだからボクの話に付き合って欲しい」

 

「ロマニの話?」

 

「大した話じゃないさ」

 

 ロマニが立ち上がる。

 彼は言葉を続けながら、コーヒーの準備を整え始めた。

 

「ソウゴくんの夢は、最高最善の王様だろう?」

 

「うん」

 

「レイシフトで様々な時代を渡り、色々と見て回ってきて。キミも何となく、昔の王様の事がどういったものかは分かってきたんじゃないかな。

 彼らは本来、人を治める神様の代行者、それらしい目的を役割として与えられた、人間を整理するための装置だったものなんだ。と言っても、ギルガメッシュ王を見た後じゃそんな感じもしないかもしれないけれど……」

 

 その役割を真っ先に放棄した王が、彼らが直前まで会っていた黄金の王様だ。

 故に、人類最古の英雄王。

 神から人を解き放した、当時からしてとんでもない事をやらかした王。

 

「キミが知る中で一番それに近いのは……あー、うん。多分、ダビデ王かな。

 彼は人としての自分と、王としての自分と、今はサーヴァントとしての自分。

 全部きっちりと分けて考えてるだろうけど」

 

「んー……うん。まあ、何となく」

 

 コーヒーを淹れ終えて、ロマニが椅子に戻ってくる。

 差し出されたカップを受け取り、一口。

 それを見届けてから、ロマニも一度口にして、話を続けた。

 

「そういうね。昔の王様たちには、遠回りがなかったんだ」

 

「遠回り?」

 

「そう。必要なことをするだけだから、進むべき道に悩むこともなかった。

 必要なことしかしないから、余計な行動はしなかった」

 

 王は神の代理人。

 既に示された正しき道に、人を誘導するためだけの道導。

 ―――だから、間違うなんてなかった。

 最短最善の道だと神が用意したものが、最初からそこにあったのだから。

 彼らがやることは、そこに人間を連れていくだけだった。

 

「ダビデのナンパも?」

 

「いや……あれは彼の人としての趣味じゃないかな……うん」

 

 困ったものだ、と。本当に、本当に、困ったものだと。

 それはそれとして、ダビデ王の所業をロマニ・アーキマンとして否定もしきれない。

 彼のあれこれがなかったら、確かにソロモンは生まれてすらいない。

 ある意味ではそれも正しき道、だったのかもしれないが。

 

「とにかく。かつての王様には、選ぶ事なんて必要なかったのさ。

 いや、正しく使命を代行するために、何かを勝手に選んではいけなかった」

 

 ダビデの話を流し込むように、コーヒーを大きく仰ぐ。

 そうして気を取り直した彼が、ソウゴに向き直った。

 

「……王様が世界を変える方法は、ボクは二種類あると思うんだ」

 

「二種類……王様が、世界をどうするか?」

 

 ふと、ロマニが立ち上がる。

 まだ少し残った自分のカップをそのままに。

 彼は新たなカップにお湯だけを淹れてくる。

 それを机に置いて、二つのカップを並べてみせた。

 

「仮に、今の世界を地獄と呼ばれるものだと仮定して」

 

 そう言って、彼は既に半分飲んでいたコーヒーのカップの縁に指を乗せる。

 

「新しく天国を創り、そこに救われるべきものを収集していく方法」

 

 そう言って、彼は新しく淹れてきたお湯だけのカップの縁に指を乗せる。

 

「そして、地獄そのものの在り方を変え、今よりも幸福な地獄に変えていく方法」

 

 彼はそこに一緒に持ってきた容器から、ミルクと砂糖を落とし込んだ。

 黒かったコーヒーがミルクによって色を変えていく。

 色はなくならない。一度無垢に色付いた色彩は、もう二度と抜けない。

 

 コーヒーのカップの方に手を置いて、彼は言葉を続ける。

 

「前者の方法はね、意外と簡単だと思うんだ。もちろん、イニシャルコストもランニングコストも目を覆いたくなるほどだろう。地獄と変わらないものにならないように、天国であることを維持するための労力だって計算しきれない。

 だけど、最初の一歩はきっと地獄を変えるより簡単で。出来上がるものは、地獄を整えるよりずっと綺麗にできたように見えるものになると思う」

 

 そう言いながら、無色透明のお湯だけのカップを揺らして。

 彼は困った風に苦笑した。

 

 それは、獅子王が望んだやり方だ。

 彼女はもっと狭い区域で世界を区切ったけれど、方向性はそういったものだ。

 女神の視点は、かつてのやり方で人を正しく愛そうとした。

 

「きっと。世界を綺麗にしたいなら、そっちのやり方の方がいいんだろう」

 

 一度色がついた以上、もうそれは不可逆のもので。

 地獄は、地獄にしかならない。

 この世界を地獄でなくしたいのであれば、最初からやり直すしかない。

 

「―――けれど。キミが救いたいと願ったものは、地獄の中にしかないものだと思う。

 綺麗に創り直した新しい天国に、キミが願いを抱いた動機は生まれない」

 

 カップから手を放して、ロマニがソウゴと目を合わせる。

 

「……そんな想いを抱かせたこの世界が憎いのであれば、その選択も一つの手だ。

 その想いをキミの中に育てたこの世界を、キミはどうしたい?」

 

 この世界が地獄でなければ、最初からそんな想いは必要ない。

 ただ幸福なだけであれたはずなのに。

 地獄を憎んで、地獄を廃棄して、新たな天国を目指すなら。それも一つの選択だろう、と。

 そう問いかけられて、しかし。そんな言葉への答えは、見失ってはいない。

 

「―――変えたい。この世界を、変えていきたい。

 だって、俺の夢は……世界を全部よくしたい。みんなに幸せでいて欲しい。

 憎んでなんかいない。

 この世界に貰った辛い想いも、嬉しい想いも、全部俺の夢を育ててくれたものだから」

 

 辛い世界だけど。それでも、だからこそ。

 彼は、王様になることで全部を()()()()()と願ったのだ。

 このままでは辛いだけなものを、少しだけでも幸福になって欲しいと想って。

 

「うん……そっか、ならよかった。だったら、キミが怖がる必要なんかない。

 キミは王様としてまだ未完成だから、キミの王様としての想いも、まだ変わっていくんだ。

 ―――自分を、自分の夢で縛るのはやめなさい」

 

 既に指定された道を辿るだけの王様に、そんな望みは得られなかった。

 ()()()()、なんて。そんな選択肢は持ち得なかった。

 

「世界をよりよいものに変えていきたい、と祈ったキミだから。

 自分の夢は、よりよいカタチにまで、まだ変えていけるものであると信じなさい。

 キミが変えたいと祈った世界と一緒に、キミもまだ変わっていける」

 

 全てを壊して新しく創り直すのではなく。

 続けていきたい、その上でよりよいものに変えていきたいと。

 そう願った夢なのだから、だからこそ今を恐れる必要なんてない。

 足りないのならば、変わっていけばいい。

 世界をよくするために、自分もよいものへと変わっていけばいい。

 変われると信じればいい。変えられると信じればいい。

 

「……昔の王様は決められた道を歩くだけのものだった。

 そこが通れる道である、と。

 他の人間に真っ先に歩いて示し、民を誘導するためだけの装置だった。

 けれど、もう王様がやるべきそんな役割はこの星には残ってない。

 この星にはもう、人の進む道を示す王様は要らない。

 だって、もう人の生存圏に未知や神の領域なんてほとんど残っていないんだから」

 

 そう言って瞑目し、噛み締めるように。

 ロマニ・アーキマンが、王様を夢見る少年に語りだす。

 

「かつての王は、なるべきものがなるものだった。けれど、もう王になるべきものなんてどこにもいない。ただそこに、王様になりたいという願いがあるだけだ。

 だったら。だからこそ、キミはキミの道を見失ってはいけない。だってこれは使命じゃなくて、夢に抱いた願いの話なんだから」

 

「使命じゃない、俺の夢……」

 

「変わってしまいそうな自分が、自分で理想とする自分じゃない事に怯えなくてもいい。望んだものではない自分に変わってしまう事を恐れる必要なんてない。

 この地獄を変える事を望めるキミだから、少しくらい自分の心に遠回りを許してあげたっていいじゃないか。一直線に進めない、と思ったなら少し道を逸れてみればいい。遠回りしたっていいんだ。キミが辿り着くべき場所を見失わない限り、絶対にそこまで辿り着ける。

 キミが旧い王たちのような最短最善の王様になりたいと思っているわけではなくて、最高最善の王様になりたいと思っているのなら―――それは無駄ではなく、最も高き場所に至るために積み重ねる、キミの夢路なのだから」

 

 そこまで言い切って、一息吐いて。

 そうして改めて残したコーヒーを口にするロマニに。

 ソウゴが、苦笑しながら声をかける。

 

「……まるでさ」

 

「うん?」

 

「ロマニも王様だったみたいな事言うよね」

 

 言われて、彼もまた苦笑した。

 彼がソウゴに返す言葉は、少し大仰に笑う声。

 

「ははは、そりゃそうさ。だってボクは王様だもの」

 

「そうだったんだ?」

 

 空になったカップを置いて、ロマニの指がデスクを叩く。

 まるで、この場所自体を指し示すように。

 

「酷いなぁ、キミがいる場所はどこだい? カルデアの医務室だろう?

 ボクが頑張って走り抜いて獲得した、ボクに与えられた自分の城だ。

 実は一国一城の主なんだよ、ボクは。こう見えてもね」

 

「えー、ここの王様は所長じゃないの?

 ロマニだっていま閉じ込められてるんじゃん。マーリンみたいに」

 

「マーリン扱いはちょっと嫌だな……

 いや、そりゃカルデア全体で比べられたら、ボクに所長への勝ち目はないけれどさ。

 うん。でも医務室の中だけなら、ボクの方が強い。

 冥界では無敵なエレシュキガル神みたいなものかな。

 ボクはここにいる限り、誰に対しても実は無敵なのさ。どんな命令も聞かせられる」

 

 そう言って胸を張るロマニ。

 確かに医務室においてなら、医者が最強なのかもしれない。

 けれど、結局外には別の国があるのだ。

 一部門トップでは、組織のトップと勝負にはなるまい。

 

「ふぅん。そう言ってたって所長に言ってもいいの?」

 

「う……いや、流石にそれはあまりよろしくない。怒られそう。

 うん、告げ口禁止。これはキミへの命令だ」

 

「弱いじゃん」

 

 呆れるようなソウゴの言葉。

 仕方なし、彼がちょっと困りながら椅子から立ち上がる。

 

「ぐ、仕方ない。じゃあこれでどうだろう」

 

 そう言って彼は戸棚へと触れる。

 少し奥まった場所にしまわれていて、そこから出てくるのは大きめの箱。

 持ってきて開けてみれば、そこには和菓子が詰まっていた。

 それを見つつ、首を傾げるソウゴ。

 

「これって買収?」

 

「うーん……王様から王様への協力要請、でどうだろう」

 

 互いに首を傾げ合いつつ、また対面で座って。

 

「でも俺は同盟なんかしなくてもみんなを守る王様だから」

 

「じゃあボクの失言も所長から守り抜いてほしいなぁ」

 

 そう言って互いに笑い、二人揃って手を伸ばす。

 そのまま適当に菓子を漁り、幾つかどうでもいい話をして。

 

 ふと、時計を見上げたロマニがそろそろ時間だ、と。

 箱を閉じて、それを持ちあげながら立ち上がった。

 彼の行動に頷いて、ソウゴも椅子から立ち上がる。

 

 そうして振り返ろうとした彼に、ロマニは声をかけた。

 

「―――さて。ボクの国を後にするキミに、最後に命令をしようかな」

 

「何かあるの?」

 

「もちろん。最後の戦いが迫っているんだ、今からちゃんと眠って休むこと。

 それにお菓子を食べたんだ、ちゃんと寝る前に歯磨きをすること。

 そして――――ちゃんと、カルデアに帰ってくること」

 

 二人が視線を正面から交錯させる。

 優しく微笑むロマニ・アーキマンを前に、常磐ソウゴはただ頷いて返す。

 

「キミの王様としての道はまだ途中だ。

 ボクにはもう国も城もあるけれど、キミはまだまだこれからの王様だからね。

 先輩の意見はしっかりと聞くように。

 残ったこれは、それを守れたらキミたちにプレゼントしようじゃないか」

 

 抱えた菓子箱を指で叩き、そう言いながら棚に戻しに行く。

 そんな彼の背中を眺めながら、肩を竦めるソウゴ。

 

「……うん。守るよ、すぐにドクターより凄い王様になるから。

 でも食べかけ? どうせなら新しいの買ってくれればいいのに」

 

「残念ながらさっき所長が言ってたようにカルデアが接収されたら、ボクだって無職になってしまうんだ。そんな余裕はないのさ。もしボクがカルデアをクビになったら、キミの国で医者として雇ってくれると嬉しいな」

 

「時間ないじゃん、それ。

 俺があと24時間ちょっとで王様にならないと間に合わないけど?」

 

 箱をしまいおえて、腕を組んで悩み込むロマニ。

 さっき遠回りしてもいい、と言った手前せかし過ぎてもいけないと思ったのか。

 ならば、と彼は妥協案を持ち出してくる。

 

「うーん……じゃあボクの貯金が尽きるまでには、でお願い」

 

「えー……」

 

 最後にまた、適当に言葉を交わして。

 ソウゴは彼の国を後にして、ロマニは自分の国に留まった。

 

 

 




 
 もうすぐ一部が終わるんやなって。

 なので、適当にこの作品の振り返りでもします。

 ふりかえり。
 一章。

 書き始めた時は特に何にも考えずだったわけですが。
 まずはどういった方向性の作品になるか、すらよく考えてなかったわけで。
 最初の転機は、忘れもしない。

 そう。
 出てくる、戦う、死ぬ。
 俺はお前に一体何を何をさせればいいんだ……
 ファントム・ジ・オペラくんです。

 書くにあたって原作を読み直しながら書いていて。
 「あ、君いたんだっけ…」
 そうなって、じゃあどう活躍させる?
 そう考えた時。
 「ファントムって名前だしアナザーウィザードにしちゃお…」
 そうなりました。

 このSSにアナザーライダー、そしてスウォルツが登場することが決まった瞬間です。
 つまり全部ファントムがやったことです。あいつが犯人です。
 彼の存在がこのSSの方向性を決めました。全てはあいつの責任です。

 それ以外にもどういう流れになるものか。
 まあ色々考えていたような気もするんですけれど。
 例えば最強フォームウォッチをどうにか出してみようか、的な事を考えたり。
 この時点では一章のラストが何かこうぐわーとパワーアップしたスーパーファヴニールに対し、ジオウとジークフリートがダブルキックして締め、みたいな終わり方もあり得たんでしょうね。

 結局のところ、Fate/Grand Orderと仮面ライダージオウ。
 両方を合わせた上で、両方を再構成する。
 そんなシンプルな方向性で落ち着きました。
 このSSはシンプルなのだろうか。
 内容はともかく方向性はシンプルでしょう、多分。

 アナザーウィザードに選択したのは、
 ファントム・ジ・オペラ、及び完成体にジャンヌ・ダルク・オルタ。

 モチーフはコヨミ(白い魔法使い)。
 少なからずその誰かを救いたいという願いがあり、そこから造りだされた誰かの似姿。
 しかし誰でもない、空っぽの人形。

 最終決戦の場は、エンゲージの魔法によるアナザーウィザードの心象。
 希望に満ちた彼の世界ならぬ、絶望に満ちた彼女の世界。

 決着は、横入りをかけてきたものに対する、最後の希望による一撃。
 


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嘆きの遠吠え-931

 

 

 

 火花を散らす刃金。

 正面から突撃してくる赤い閃光に、迎え撃つ陽光が軽く息を吐く。

 

「流石にこの状況で全力ではぶつかれませんよ、モードレッド。

 確かにリベンジは許しましたが―――」

 

「うるせえ!」

 

 雷光が降り注ぐように、大上段から奔るクラレント。

 跳ねるガラティーンの切っ先。

 刃が交錯し、耳を劈く金属音が破裂した。

 

 そんな光景を眺めながら、どうしたものかと溜め息一つ。

 ハサンは他の面子を見回して、もう一度溜め息を一つ。

 

 クー・フーリンも、ネロも、面白がってその光景を眺めるだけだ。

 

「いいんですかなぁ、これ」

 

「ま、大丈夫だろ。多分」

 

「やはり無双の英傑たちが競い合う、というのは見ているだけでも心が躍る! 機会があれば、そういった催しも開催したいところであったが……国庫が常に火の車のカルデアでは、流石に難しかった。うむ、それはそれとしてせっかくの戦いだ! 見るだけでも楽しまねば損と言うもの!」

 

 うきうきと心を奮わせつつ、二人の騎士の激突を見ているネロ。

 弾かれるモードレッド。

 腰を低く構えたガウェインは不動。舌打ちしつつ、再度赤雷が加速した。

 無駄に魔力を使うやり方に呆れつつ、ガウェインが今度こそ押し込まれる。

 

 声援を上げるネロ。

 その背後で壁に寄り掛かるクー・フーリンの傍に、ハサンが寄った。

 

「ところで、ソウゴ殿は大丈夫そうですかな」

 

「さぁてな。ま、途中で折れるならそれはそれで一つの生き方だろ。

 別にそれだって悪いもんじゃねえが―――ただまあ、どうにかなるんじゃねえか?

 頭でどうこう考えてる内はどうにもならねえだろうが、動きだせばどうにかするだろうさ」

 

 どうしてその道を選んだのか。

 それを悩んでいるうちは、足が竦んで動けない。

 

 ―――けれど。

 どうやってその道を成し遂げるか。

 悩み事がそれに変わったならば、後は野となれ山となれだ、

 

 言いながら彼が槍を取り出し、ハサンを見る。

 付き合え、ということなのだろう。

 そういう手合いではないのだが、と無言の抗議は黙殺される。

 

「……さて、流石にここは追いかけっこが出来るほど広くはありませんが」

 

「かもな」

 

 溜め息を重ねて、仕方なさげに踏み出すハサン。

 流石に全力で心臓を取りに来る、という事はあるまい。

 ないと思いたいが、いいのを一発貰うくらいは覚悟するしかないかもしれない。

 

 

 

 

 ダ・ヴィンチちゃんが指を止める。

 キーボードを叩いていたそれを、彼女は自分の額に持って行く。

 そのまま軽く眉間を叩く指先。

 

「……ふむ。ただレイシフトで移動、とはいかないようだ。

 どうやら、最終特異点に限っては徒歩で侵入する必要があるらしい」

 

「徒歩? 徒歩って……それはつまり?」

 

 まさかカルデアから出発して、そのまま遠足するわけではないだろう。

 他の資料の閲覧を一時とりやめて。

 オルガマリーは下の席に見えるダ・ヴィンチちゃんに目を向けた。

 

「最終特異点と我らカルデアは、共に時間の外を漂流する船。

 固定された時間に存在するわけではない以上、行くべき時間が指定できない。

 こちらが錨を降ろす場所が見つけられない。

 なので、レイシフトによる移動はできないわけだ」

 

「……なるほどね。

 つまり、カルデアでまず最終特異点に激突して、そのまま海賊ばりに乗り込めと」

 

 ではどうやって座標固定の錨を下ろすのか、と。

 それを理解して、オルガマリーが疲れたように肩を落とした。

 

「そうそう。外から観測できない以上は、実在する部分を指定するしかない。そしてカルデアと最終特異点が激突すれば、その接触面だけはカルデアの現在時間から逆算して指定できる。

 まずは本拠地ごと激突し、その接触面にレイシフトし、全力で突き進んで魔術王を打倒して、全力で走って帰還する。電撃戦にもほどがあるけれど、そういうことだ」

 

「ダ・ヴィンチさん、シバからの観測データを回します」

 

 横から流れてくる追加データ。

 それを受け取り、いつの間にかかけていた眼鏡のブリッジを押し上げて。

 彼女は瞬く間にその情報へと目を通していく。

 

「はいはーい……しかしなんともまぁ、カルデアスが極小にした地球のモデルケースなら、あの特異点は極小にした宇宙のモデルケースだね。

 もっとも、カルデアスが地球の未来を投影するための双眼鏡なら、あれは発生したばかりの宇宙を観察するための顕微鏡みたいな感じがするけど」

 

「宇宙……それほどの広大さ、という意味?」

 

「いや。天体の一つさえない、ただこことは別の宇宙の概念さ。

 そして宇宙と言っても、それは言うなれば単細胞生物みたいな存在。空間ではなく、宇宙を一個の生命として見立てたもの。だからカルデアスと似たようなもの、というわけだ。

 ……うん、よし。だからこそ、生命としての機能は存在する」

 

 シバの観測データを閲覧し、軽く計算を済ませ。

 その上で彼女はこれは意義のある情報だ、と。

 小さく頷いて、更なる作業を続行する。

 

「宇宙ではなく、宇宙を模した一個の生命に過ぎない。

 だから弱点がある、ということ?」

 

「そ。宇宙は幾ら中にある天体を壊そうが意味はない。いや、それに意味が無い事はないかもしれないが、意義はとても薄いだろう。

 けれど。あの特異点の宇宙は一つの細胞、一つの生命機関だ。壊せば壊した分だけ不調になるし、性能や寿命が低下していく」

 

 だからこそ、攻撃する意味があるのだと。

 

「魔力の集約する心臓部。魔術王の玉座。

 ここはいま隔壁に覆われていて、そのままでは侵入できない。

 だからまず、周囲への破壊活動から始めなくてはならない。

 魔術王の打倒の前に、中央部付近に対して大きなダメージを与える必要がある」

 

 ダ・ヴィンチがキーボードへと指を走らせる。

 マップとして構成された、最終特異点の全体図。

 まるで蠢く木の根のような、一つの命。

 周囲を囲む七つの拠点らしきものと、その中心に聳える魔術王の城。

 

 そして拠点らしき部分から中央へと流れ込む、魔力の動線。

 

「七つ、ね。まずはこれを破壊する必要があるってこと。

 ―――敵は、恐らく魔神でしょうね」

 

「ああ。私たちは最速でそれらを巡り攻略し、魔術王の玉座に辿り着かねばならない。

 ……うん。では、ギリギリまで情報を詰めていこう。

 少しでも我々の勝率を上げるために、ね」

 

 彼女の言葉に応え、管制室で声が上がる。

 残り時間が刻一刻と擦り減っていくなか、彼らは全力でその作業に取り組んだ。

 

 

 

 

「―――以上が、今回の作戦になります。

 カルデアが最終特異点に接岸した後、全マスター及び全サーヴァントがレイシフトにより上陸。電撃的に七つの重要拠点を破壊して、魔術王の玉座へと侵入。その場で敵を撃破したのちに、全員が上陸地点へと帰還次第レイシフトにてカルデアへと回収。最終特異点の消滅を確認した時点で、この作戦を終了……それを以て、グランドオーダーの完遂とします」

 

 作戦開始、20分前。

 このカルデアに現存する全ての人間、サーヴァント。

 それらが管制室に集合し、顔を突き合わせていた。

 

 そうしてオルガマリーの口から語られた、確定した情報。

 全てを聞いた上で、立香が疑問の声を上げる。

 

「……ちなみに、カルデアがどれくらい保つのかっていうのは?」

 

「そうだね。まあ、接岸したカルデアが圧し潰されるまで、4時間……

 いや、余裕を見て作戦時間は3時間と言ったところかな」

 

 なんて短い。人類存亡を懸けるにしては、瞬きみたいに短い時間。

 それでも、今更文句を言ったところで始まらない。

 作戦が始まったら休む暇もなく最後まで走り抜けるしかない。

 だったら、今のうちにやらなければならないのは走る道を決めることだ。

 

「移動時間はタイムマジーンで極力縮めるとして……」

 

 サーヴァントはまだしも、マスター組の走る速さは現実的だ。

 そこを無視するには、タイムマジーンしかない。

 もう少し時間があれば、何か用意できたかもしれないが―――

 タイムマジーンがあるだけ、まだ有情か。

 

 ツクヨミから目を向けられたソウゴが、一度頷いた。

 メソポタミアで一度大破したが、何とか修理は完了している。

 しっかり飛べるし戦える。

 

「ううむ……しかし、それだけの時間しかないのであれば、七つの場所でそれぞれ決戦などしている暇はなかろう。その後に本命が控えていることだし……」

 

「―――とはいえ、相手は恐らく魔神だろう? 戦力を分散して簡単に倒せる相手ではない。

 確実に一つずつ落とさねば、そもそも本命まで届くまい」

 

 映し出されたマップを見上げながら、ネロが眉を顰めた。

 移動を最短まで縮めたとして、七つの場所で決戦などやっていられない。

 言いたい事は分かるが、と。アタランテもまた眉を顰める。

 

 ガウェインが軽く腕を上げ、特異点の形状をなぞるように指を動かす。

 

「……中央の城を円で囲うように、拠点が配置されているのです。

 戦力分散は悪手と言いたいところですが、二手に分かれるしかないかと」

 

 消極的ながら、提案された戦力分散。

 だがまあそれしかあるまい、と。アレキサンダーも同意を示す。

 

「互いに半円を描くように両側から攻略か。

 なら、マジーンの無い組に機動力を持つ宝具―――女王ブーディカを配置するべきかな」

 

 少年王の提案に、異議はなしとブーディカが首肯。

 それを見つつ、二世が戦力の配分を口に出した。

 

「では火力を補うためにマスターとツクヨミ。もう片方はレディ・アニムスフィアとソウゴで組むべきか。幸いにもタイムマジーンはソウゴと共に運用すれば、足としてだけではなく、火力としても考慮できる事だしな。

 拠点はマジーン移動組が四つ、戦車移動組が三つ。それぞれ潰せるように―――」

 

 彼の言葉にピクリと眉を上げ、モードレッドが口を挟む。

 

「あん? おい、そっちは三だろ。四つ潰すのはこっちに回せよ。

 長いこと此処で待機だったせいで錆び付いてんだ。

 あのクソ野郎のそっ首叩き落とす前に、あの肉壁どもで錆落としさせろよ」

 

「そもそもそこに関して、わざわざ予め決めておく必要あるわけ?

 どーせ拠点は全部潰さなきゃ道は開けないんでしょ?

 だったら、やれる方が多く潰せばいいだけでしょうに。

 あ、必要ならこっちで五つでも六つでも潰してさしあげるので、もしもの時はご安心を」

 

 割り込み、何故か挑発するようにオルタが鼻で笑う。

 まあ当然のようにヒートアップするモードレッド。

 

「はーん、言うじゃねえか。いいぜ、だったらどっちが拠点を多く落とすか競うか?

 いや、その前にここでどっちの首が先に落ちるか試してみてもいいぜ?

 先に抜けよ、黒い方。初撃は譲って―――」

 

 そこで、溜息混じりにブーディカが彼女の頭に手を添えた。

 

「はいはい、モードレッド。そんな風にしてないで、ちゃんと落ち着いて」

 

 彼女でもそれは振り解く事が出来ないのか。

 言葉を止めたまま、歯軋りするような、しないような。

 そんな中途半端な状態で停止するモードレッド。

 

 それを見て、ジャンヌがぽんと手を打った。

 

「……そうですよ、オルタ。落ち着いてください。

 何か気に入らないことがあったなら、お姉ちゃんが聞きましょう。

 はい、どうぞ!」

 

「……何について張り合ってんのよ、アンタは。

 ないわよ、少なくともアンタに対して持ちかける相談なんて何一つ」

 

「ええー、そんなー」

 

 お姉ちゃん、ショック。お母さんじゃなきゃダメなんでしょうか。

 そう言って態度に示すジャンヌに対し、黒い方は舌打ち一つ。

 

「……もしや」

 

 清姫は思った。

 もしかしてこの聖女、自分にとって最大のキャラ被り要員なのでは?

 彼女はマスターの嫁なるもの。そしてジャンヌは姉なるもの。

 しかもそれに加え、自分がマスターへ迫る行為を力任せに潰しに来る。

 

 なんということだろう。

 最大の敵は他でもなく、ここにいた。

 そして更にこう思った。

 押しの強さで負けるわけにはいかない、と。

 

 というか、だ。

 嫁になろうと猛烈アタックすること。

 姉になろうとして激烈アタックすること。

 後者の方が実は倒錯していないだろうか?

 

 バーサーカーである彼女に負けぬ狂気。

 それに対抗心を燃やしつつ。

 蛇のようにするりするりと、清姫の体が立香に寄っていく。

 

 擦り寄ってきた清姫に不思議そうにしつつ。

 しかしいつも通りか、と。立香はそのままにして、マップを見上げた。

 

「最初の一つは全員でやって、その後二手に分かれて三つずつとかは?」

 

「まあ! 流石はマスター、それが一番角の立たないやり方かと!」

 

 (かど)は立たないが(つの)は立つ、と。

 清姫が立香の提案に対し、竜の角の生えた頭を軽く揺する。

 

「ふむ。確かにそれが真っ当な手段ではあるが……話を先に進める前に、一つ。

 まず前提からして改めて確認したい、ダ・ヴィンチ。玉座への道を開くためには、あくまでも、拠点を攻略すればいいだけ、と考えていいわけだね?」

 

 フィンからの問いに、ダ・ヴィンチちゃんが鷹揚に頷いた。

 

「ああ、そうなるね。魔神はあくまで防衛のために駆り出される機構。

 拠点としての機能を肩代わりする、とか。拠点自体を修復する、と言ったような機能は持っていないはずだ。それが出来るものがいるとすれば、魔術王本人だけだろう」

 

「なるほど。では、拠点攻略するのに必ずしも魔神を倒す必要はないと」

 

 彼の言葉の意味を理解して、ハサンもまた小さく頷いた。

 

「でしたら、私の動きにも意味が出せましょう。

 拠点に迫るだけで魔神の意識を引き付けられるなら、動き甲斐もある」

 

「んで、引き付けたところで、拠点狙いでぶっ壊すと。

 やれやれ、つくづくアタシの船がないのが惜しいね。言ってもしょうがないけどさ」

 

 つくづく困ったものだ、と。

 船を失った船長が残念そうに肩を竦める。

 

「……そうね。そうでもしなければ、時間が足りないでしょう。

 ただ、その方法を取る場合、全ての魔神が―――」

 

 魔神を倒さずに魔術王への玉座を目指す、というからには。

 その選択肢には、別の問題が発生する。

 そう言葉にしようとしたオルガマリーを遮り、ダビデが口を開いた。

 

「―――では、これは提案なんだけれど。

 拠点を破壊し、ソロモンの玉座へと道を開いた後の話だ」

 

「提案?」

 

 首を傾げるマスター、ソウゴに対して。

 ダビデはいつも通りに、胡散臭く見えるような微笑みでもって答える。

 

「魔神を打倒せず、道を開いた場合。

 当然だけど、魔神は僕たちに追撃を仕掛けようとするだろう?

 そうなった場合、僕らは城への進入路の前で追撃阻止に動くべきだと思う」

 

 ―――彼の言葉に、一度何かを追想するように。

 僅かばかり片目を瞑って止まったクー・フーリンが、すぐに動き出す。

 そうして真っ先にやる事は、ダビデへの問いかけ。

 

「お前の言う僕ら、っての。そりゃマシュの嬢ちゃん以外のサーヴァント全員……って受け取っていいんだよな?」

 

「もちろん、そういう意味で言ったのさ。

 あそこから先に踏み込むべきは、今を生きている人間。

 前特異点の冥界攻略じゃないが、これは()()()()()()()()だ、と僕は思うね」

 

 自分が口にする言葉に一切の疑いの余地なく。

 ダビデはそう断言して、一通りその場を見渡した。

 

 それに最も早く答えるのは、クー・フーリン。

 呆れたように、しかし納得したように。

 彼は肩を竦めながら、同意を示す。

 

「――――ま、そうだな。それが道理ってもんだろう。

 手が足りねえのも事実だし、そうするって事でどうだ?」

 

「……それであの魔術王に対して戦力足らなかったらどうすんのよ?」

 

 微妙に納得いかぬ、と。オルタが口を尖らせた。

 対し、二世は目を細めて彼女の心配に答えを投げる。

 

「恐らくそうは変わらんよ。推測の域だが、魔術王は冠位魔術師としてサーヴァントに対する絶対的優位を持っている。厳密にどういった能力かはまだ分からんが、通常のサーヴァントである以上、完全無力化される規模の何かを有しているだろう。ロンドンで起きた事を見る限りな」

 

「んだよ、イカサマか……チッ、仕方ねえ。おい、マスター。

 オレの代わりにアイツの首を取るの任せたぜ」

 

 モードレッドがツクヨミに対して、魔術王ソロモンの首を取ってこいと。

 まるで当たり前のように、彼女はそう要求する。

 肩を怒らせて、腰に手を当てて、そんな事してたまるかとツクヨミは即座に拒否。

 

「取らないわよ、そんなの」

 

「あんだよ、じゃあソウゴ。お前がやってこいよ」

 

「それさ、モードレッドって魔術王の首取ったらどうするつもりなの?

 牛若丸みたいにカルデアの入口に吊るしたり?」

 

「するわけねえだろ馬鹿か!?」

 

 首を何に使うのだ、という疑問に対して怒鳴り返す。

 じゃあ何のために? という視線。

 んなもん物理的に欲しいから落とすわけじゃない、と彼女の表情が語り返す。

 

 そのやり取りを嘲笑い。

 オルタが口元を押さえ忍び笑いを漏らしつつ、モードレッドに視線を向けた。

 

「うっわ、それは流石に引くわ。野蛮人」

 

「汝が建ててカーミラが馴染んでいた悪趣味な城を思い出したらどうだ」

 

 まるで勝ち誇るようにしている竜の魔女。

 お前の城はそれより酷いものだったろう、と。

 緑の狩人は呆れるように、溜息ひとつ。

 

 そこで手を叩き、清姫がいつかの戦場を思い返す。

 

「ああ。こうして思い返してみれば、懐かしいものですね監獄城。

 拷問器具(アイアンメイデン)だの手酷い拷問(エリザベートのうた)だの良い思い出は一切存在しませんが。

 そういえば、確かに。あれの内装はカーミラではなくあなたの趣味だったのですか?」

 

「――――――!」

 

 首を傾げる蛇娘を前に、口を噤む。

 当然だ。だって質問したのは精度ほぼ100%の嘘発見器。

 どんな返答をしたって、彼女にとって不利になるだろうから。

 

 その様子で余程のものだと理解したのか。

 モードレッドこそが、にやにやと表情を崩した。

 

「はぁーん、そりゃそっちのお国は行儀のいい奴多いもんな。

 そんでもって頭のイカれた奴も多い。

 うちにもいるぜ、ろくでもない奴が一人。なあ、マシュ?」

 

「え、あ、はい……確かにランスロット卿はかなりアレな方ですが。

 いえ、もちろん評価点もある人なのです。

 それ以上にアレな行動が目立つ、アレな方なだけで……」

 

 マシュから語られるランスロット評。

 困ったようにブーディカが苦笑するが、何とも言えず。

 

「憐れな……」

 

 場にいない湖の騎士の扱いに沈痛な顔を浮かべ、太陽の騎士が瞑目する。

 だがまあ、自業自得な面も多々あるので可哀想とは思わないが。

 

 そうしてがやがやと騒がしくなり始めた場。

 そこでオルガマリーが時計を見て、進んだ分針を見て、一度目を瞑り。

 軽く、しかし音が響くようにしっかりと手を叩いた。

 

「―――おおよその方針は決まったわね。

 最初は拠点の破壊を最優先。カルデアの接岸点にもよるけど、まずは一番近い拠点を全軍をもって撃破。その後二手に分かれて足を止めずに拠点を回り、破壊と同時に次の目標へ。

 全ての目標を破壊し、玉座の間までの道が開かれた時点で、城の前で全員が合流。サーヴァントは全員そこで防衛に当たり、わたしたちは―――魔術王を攻略する。

 もちろん、その後に確かにカルデアへと帰還する事まで含めてこの作戦のうちです」

 

「……うん。では、みんな。コフィンの中で待機してくれ。

 カルデアはこのまま最終特異点……終局特異点・ソロモンへと直進。

 そこに乗り上げた時点で、レイシフトを実証する」

 

 オルガマリーがコフィンに向かうために降りていく。

 代わりにそこにロマニが昇り、指令という業務を引き継いだ。

 

 準備を進め、やがて完了するのを見届けて。

 彼はその席について、最後の号令を口にする。

 

「―――では、最後のオーダーを始めよう。

 レイシフトプログラム、実行直前の状態のまま待機。

 レオナルド、特異点の時空間を捕捉すると同時にアンカーを打設。

 そのタイミングで、レイシフトをスタートする」

 

「任せたまえよ。一秒すら無駄にせず、確実にみんな送り届けてあげよう」

 

 最後のレイシフトの準備を終えて。

 一分後に迫った最終決戦の幕開けに、誰もが体を引きつらせながら。

 しかし、それでも前を向いて。

 ―――彼は最後に確かめるように、手袋に包まれた両手の指を一度だけ絡ませた。

 

 

 

 

『アンサモンプログラム スタート。

 霊子変換を開始 します。

 レイシフト開始まで あと3、2、1……全行程 完了(クリア)

 最終グランドオーダー 実行を 開始 します』

 

 

 

 

 見るに堪えない殺戮が見える。

 聞くに堪えない雑音が聞こえる。

 

 過去と未来を見渡す千里眼が、あらゆる真実を浮き彫りにする。

 

 (わたし)には、目を閉じる機能がなく。

 我々(わたし)には、耳を塞ぐ機能がなかった。

 

 醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、醜い、

 

 不快極まる事実を見せつけられる。

 醜悪極まる生態を記憶付けられる。

 

 何故、こんなものを見続けなくてならない。

 何故、こんなものを見過ごさなくてはならない。

 

 この劣悪な環境、状況。

 それを許せないと言うのなら、解決しようと考えるのは当然の帰結だ。

 

 だが、どうやって。

 

 既に生まれた命がそこに在る限り、この間違いは正されない。

 一度汚濁に塗れたものは、完全に取り除かなければ意味がない。

 新しい容器の中に汚れを持ち込まないためには、全てを処分する以外の道はない。

 

 ―――だから、やり直すのだ。

 歴史からでも、生態系からでも、大陸からでも、時間からでも、他の何からでもなく。

 完全なる無から始め、一からこの惑星(ほし)を創り直す。

 

 汚れるはずもない、無菌の惑星が必要だ。

 徹底管理された、無垢なる惑星が必要だ。

 

 その為には、それを創るためには、多くの資源が必要だ。

 惑星を新星させるなら、それに見合うだけの膨大な薪が必要だ。

 例えるならば、そう―――()()()()()()()()()()()()()()()()が。

 

 一回きり、惑星を燃やした程度の熱ではまるで足りない。

 惑星を一からすべて、丸々造り替えるのだ。

 たった一度、惑星一つ分を灼く程度の熱量では、足りるはずもない。

 

 だから、時間を刻んだ。

 すべての時間を燃やし、過去に遡りながらその都度、その時間ごとの熱量を回収した。

 遡ること、およそ3000年分。

 現行の人類が無駄にし続けた、この惑星が持っていた最大熱量。

 それをすべて回収し―――束ね、制御した時こそ。

 

 我が偉業は達成される。

 

 我らが地に撒いた伏線(どうほう)たちよ。

 我らの憤りをここに書す。

 後に続く同胞(もの)の為に軌跡を残す。

 

 神殿を築き上げよ。

 光帯を重ね上げよ。

 人理を滅ぼすには全ての資源が必要だ。

 人理を忘れるには全ての時間が必要だ。

 

 ―――終局の特異点への道を(めざ)せ。

 そこに、魔術王(われら)玉座(きぼう)がある。

 

 

 




 
 ふりかえり。
 二章。

 二章はとても思い出深いです。
 書いてる途中に台風で数日停電したからな。
 ドライブアーマー出す時に。
 台風こわ。

 何でかランスロットがいて、何故かダレイオスがいないんだ。

 確か…バーサーカーがいっぱいいたな。じゃあ多分ランスロットもいたはず!
 あれ、確認したらいなかった…
 まあいいや…ブーディカに連鎖して出てきたことにしよう…
 (書き終わった後確認して)あれ、ダレイオスは?

 六章で活躍させたので許して下さい。センセンシャル!
 その六章でも敵に置いたままにした結果、ランスロットが特異点三ヵ所で敵として出てくる存在に。ライバルかな?

 アナザーライダーの出し方、動かし方は毎回変えたいと考えました。
 そう言った考えが顕著なのが、二章の正体不明のアナザードライブ。四章の味方側にいるアナザーダブル。辺りだと思います。

 ネロが時々記憶がどうこう、みたいな話が挟まったりしています。
 が、あれは六章のメガヘクスに使う気だった要素なので完全に浮きました。

 メガヘクスはフルスロットル中で、鎧武とドライブのMOVIE大戦パートで撃破された敵。
 なのでドライブの歴史が消え鎧武の歴史だけ残っている場合、メガヘクスは自分が既に負けた事を知らないという矛盾が発生してどうのこうの、という話をやるつもりだったのです。
 鎧武が存在し、2014年以降の地球が現存している以上、メガヘクスは打倒されていなければならない。だがメガヘクスはドライブの力があって撃破できたもの。鎧武はいて、ドライブがいない状態ではそこに問題が出てしまう。なのでドライブはウォッチにされても消え切らず、特異点が解消されても歴史に組み込み切れず、微妙に浮いてしまっている状態になっていた、という状態を示していたのが、あのネロのよく分からん記憶状況だったわけです。

 が、キカイを出すことにして立ち消えになったのでネロの記憶も完全に浮きました。
 今なんでああなっているかは自分にもわかりません。
 公式でネロに何かイベントあったら何かアイデア捻りだして回収するかもしれない。
 できないかもしれない。

 アナザードライブに選択したのは、ブーディカ。

 モチーフはロイミュード001、フリーズ。
 与えられた屈辱に憤る、迸る感情の嵐。

 決着は、彼女自身から託された心。
 与えてくれた親子の情が進ませてくれた、マシュ・キリエライトの踏み出す一歩。
 少女が心に灯した、まだほんの小さな火。
 それを灯火としてエンジンにくべて、疾走した正義の魂。
 


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彼らは英雄2016

 

 

 

『―――える!? みんな、聞こえるかい!?

 レイシフト直後、観測できた状況を説明する!

 終局特異点・ソロモン全体として、計測された霊基だ!

 今そこを形成する霊基は、冠位魔術師(グランド・キャスター)なんかじゃない……!』

 

 ロマニの声に、揺れる意識を何とか取り戻す。

 レイシフトの瞬間に覚えた、天命の粘土板から見たのと似たイメージ。

 スパークして遠のく意識を繋ぎ止めて。

 何とか、彼らは持ち直して―――

 

『観測された霊基は、メソポタミアで確認されたものと同様だ!

 七つのクラスに該当しない、人類悪と呼ばれる災害の獣――――!

 クラス・ビースト! その場所は、ビーストの反応で満ちている!』

 

「そうとも。随分と鼻が利くようになったね、カルデアの諸君」

 

 立ち直る彼ら。彼らはそのまま顔を上げて―――

 そこに、モスグリーンの衣装に身を包んだ一人の男を見つけた。

 

「―――レフ……!」

 

「やあ、オルガ。久しいね、まさか君までここに辿り着くとは。まったくもって脱帽だよ。忌々しいまでに賞賛以外の言葉がない。

 私に依存しなければ自分の足で立てもしなかった君が、まさかそれほどの強度を秘めていた、なんて。まったく本当に、悪い冗談だ」

 

 溜め息混じりにシルクハットの縁に指をかけ。

 本当に呆れるように、彼はその場に集った人間とサーヴァントを見渡した。

 

 時空の狭間に漂う、絡み合う黒々と燃える樹木のような大地。

 彼はその中に見つけた、五人の人間だけを見る。

 その上で目を留めるのは、彼が初めて目にする一人の女。

 

「……増えた分は、なるほど。こちらもあれからようやく把握した。

 厳密に言えば、近づいてきた分だけ視易くなったわけだが。

 まったくもって人間とは度し難い。よくもこれだけの事をやってのけると感心する」

 

「……?」

 

 咄嗟にファイズフォンXを抜いて構え、相手の言葉に眉を顰めるツクヨミ。

 自身が武器を向けられていることなど考慮せず。

 ただ、レフは忌々しげに言葉を紡ぎ続けた。

 

「人理を焼却する側である私からしてさえ、あれほど大した目的もなく、よくも自分だけを見て行動が出来るものだと呆れ果てる。正気の沙汰とは思えんよ。

 利用された彼には同情はするが……いや、必要ないな。そもそもがここで終わりだ、人類にこれより続きは最早存在しない。そこに伸ばされる手もなければ、(ソラ)より来る空想の根も在り得ない。我らが王の偉業により、人類はこの時間で完膚なきまでに終結する。ゼウスがパンドラに与えた匣は、開けられぬままに消え果てる」

 

 苛立ちを滲ませながら、レフ・ライノールが表情を怒らせる。

 だがそれも一瞬の事。

 彼はすぐに顔を取り繕って、微笑むような表情を取り戻した。

 

「大した問題ではないのだ。結局のところはゼロからの再始動なんだ。

 本ごと焼却するのなら、途中に挟まれた栞なんて何ら問題にはならない」

 

「随分とゴキゲンに口を回すじゃねえか。時間稼ぎでもしたいってか?」

 

 クラレントが足場を削る。

 切っ先が黒い樹木のようなものを削りながら、火花を散らす。

 

 口を滑らせてくれるならこちらに得だ。

 情報が全て出揃っているわけでもない、不意に良いものが手に入る可能性もある。

 だが、それを悠長に待っていられる余裕はない。

 

「―――否定はしないとも、サーヴァント。時間稼ぎ、などと。

 君たちが、ここで私と雑談しながらなら大人しく死んでくれる、というなら仕方ない。

 私も鬼じゃない、それくらい融通は利かせようとも。お茶は出せないが、椅子が必要かい?」

 

「ああ、そうだね。話すにしても場所は重要だ。

 特にそう―――向こうに見える城の中、なんて。とても良さそうだ。

 案内を願えるかな、レフ・ライノール・フラウロス」

 

 レフの言葉に、微笑みながらアレキサンダーが返答する。

 彼が視線を向けた先にあるのは、当然魔術王の城。

 ゼウスの雷を纏いながら、征服王が凄絶に笑う。

 

 高まっていく緊張感。張り詰める空気に、呆れ果てるレフ。

 彼が溜め息混じりに言葉を吐いて―――

 

「本当に――――なんでこう。

 行儀良く死ぬ、なんて誰にでもできる事さえできないんだ。君たちは」

 

「本当に、最後まで生き抜いたら行儀よくそうするよ。

 だからこそ。生きてる内は、全力で最後まで足掻くだけなんだ。俺たちは」

 

 常磐ソウゴが、腰にベルトを装着した。

 その様子を彼は白い目で見据えて。

 レフは帽子に手をかけて、ツバを下げるように深く被り、己の体を変生させた。

 

「マシュ! ロマニ! ダ・ヴィンチ!」

 

「はい、召喚サークル設置します!」

 

 噴き上がる肉の塊。赤黒く脈動する、腐肉の柱。

 目覚める魔神、フラウロス。

 その前で、カルデア直通に展開された召喚サークル。

 

『ああ! タイムマジーンを送る!』

 

 サークルが光る。即座に、そこに駆け込むソウゴ。

 彼はそうしながらウォッチをドライバーに装填。

 すぐさまジクウドライバーを回転させ、その変身シーケンスを完了していた。

 

「変身!」

 

〈タイムマジーン!〉

 

 現れると同時にハッチが開き。

 そこに飛び込むジオウが操縦桿を握ると、即座に人型へと変形。

 更に頭部へと装着されるウォッチは―――

 

〈ウィザード!〉

 

 展開される青い魔法陣。そこから溢れ出すのは、絶対零度の吹雪。

 魔神へと変わったレフ、フラウロスを瞬間凍結させる上級魔法。

 流れるように上半身を捻り上げ、拳を突き出すタイムマジーン。

 鋼の鉄拳が凍った柱に叩きつけられ、それを粉微塵に粉砕した。

 

 ―――直後、フラウロスが再誕する。

 まるで一度の破壊などなかったかのように、無傷の姿で。

 

『っ!?』

 

 黒い樹木のようだった大地が蠢動する。

 まるで、新しいものをその場に補充するように波打ったのだ。

 その感覚を足元から感じ、立香が声をあげた。

 

「今のって、まさか……!?」

 

「再生や回復ではない……! 間違いなく、まったく新しいものが再生産された!

 ダ・ヴィンチ、これは―――!」

 

 思い至った結論に、二世が声を張る。向ける先は、カルデアにいるダ・ヴィンチちゃん。

 今の現象を考えると、予定していた作戦が全て無為なものとなる。

 それほどの事態を前にして。

 ダ・ヴィンチちゃんにしてはまるで珍しく、声を引きつらせながら答えを返した。

 

『―――ああ、なんてことだ。間違えていた、前情報が間違っていた。

 その宇宙は冠位魔術師(グランド・キャスター)の宝具、あるいはスキルであり。魔神は魔術師としての使い魔である、と考えていた。だが違ったんだ。魔術王、その空間、魔神……全てを総合したものが、クラス・ビーストという一個体……!

 拠点と魔神が別個のものであると誤った―――いや、騙された!』

 

「馬鹿げた話だ。知性の欠片も感じない行動方針だ。

 貴様たちは、自分たちの行動によって我が王に玉座を立たせた。

 人理焼却を続行中の業務へと貶めた」

 

「チィ……!」

 

 憐れむように、新造されたフラウロスが言葉を発する。

 ギョロギョロと蠢く眼球。

 それによる攻撃を防ぐため、サーヴァントたちの攻撃が実行された。

 大した抵抗もなく、フラウロスは破壊されていく。

 だが彼は、そうなりながらも言葉を止めることはしない。

 

「そうして敵として認識された、という自覚がありながら。いったい何故、この宇宙の外から取得できる程度の情報を鵜呑みにできる。敵対した以上、我らに一切の加減はない。

 貴様たちという敵性を、一切の勝機も与えず抹消する。情報を開示するのは、貴様たちが取り返しのつかない地点まで踏み込んだ後でいい。さあ、まだ我らがどれだけ貴様たちの侵攻に備えていたか聞くか? 先程言った通り、貴様たちの寿命が尽きるまでは話してやろうとも」

 

 瞬く間に、フラウロスが滅び去る。

 そうして、また新たなフラウロスが再誕した。

 それだけではなく、今度は更に八柱。

 

「魔神が……九体!?」

 

「我ら情報室に詠めぬものなし。我ら情報室の事象隠匿に綻びなし。

 起動せよ。起動せよ。オリアス。ヴァプラ。ザガン。ウァクラ。アンドラス。アンドレアルフス。キマリス。アムドゥシアス。そして我こそ、フラウロス。

 我ら九柱を並べ立て、いまこそ残る人理を閉ざすため、情報室を開廷する―――!」

 

 即座にマシュが前に出る。

 彼女が盾を前に突き出して、呼びかける名は絶対の守護。

 白き聖城が降臨し、そして同時に汚濁のような熱波が迸った。

 

「“いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”――――!!」

 

「不要な事象よ、焼け落ちよ――――!」

 

 九基の魔神。全てが同時に、焼却式を実行する。

 立ち昇る熱量が、キャメロットの城壁を呑み込んだ。

 

 炎の中で盾を支えつつ、マシュが必死に踏み止まる。

 熱波の中で堪える彼女を憐れんで、フラウロスは未だに言葉を続けた。

 無論、そのために火力が落ちるようなこともない。

 

「―――憐れ。あまりにも憐れだな、キリエライト。

 貴様の盾など、この状況で一体何の役に立つ。膝を落とし、眠りに落ちよ。

 諦めたくない、というなら諦めぬままに死ぬことで完結せよ。

 自身の死した後に他の人間が勝利できたかもしれない、と一抹の夢を抱いて死ぬがいい」

 

 焼却式が加速する。

 魔神すらオーバーヒートして灰になるほどの熱量。

 それを行使しながら、崩壊と再構築を繰り返し。

 魔神の攻勢は、一切揺るぎない。

 

「……たとえ、あなたが言うような結末を迎えるのだとしても……!

 そうなるまで、わたしは歩き続ける! わたしが終わった後に、その先に進む人のために! わたしが、そうやって送り出してあげたいと願う人たちのために!」

 

 マシュ・キリエライトが強く踏み止まる。

 彼女の意思に応え、城塞は無敵の強さを発揮する。

 魔神九柱による攻勢すらも、彼女はその場で押し留めた。

 情報室はその結果が出る、と理解している。

 既にカルデアの情報は全て精査され、魔神七十二柱全てに伝達されている。

 

 情報戦は既に終結していた。

 此処から先、どう足掻いたところで彼らに先はない。

 可能性を見出すための余裕など、一片たりとも許していない。

 

「ふん。貴様たちにここから繋がる道などない。玉座への道は閉ざされている。

 我ら魔神が存在する限り、心臓部への道は開かない。

 この神殿に配置された我ら魔神の全室がその余裕を失くして、初めてその道が―――」

 

「ッ、つまり、要するによ! 七十二匹全部同時にぶっ潰せばどうにかなるってわけでしょ!

 やったろうじゃない! それしかないなら、やるしかないでしょ!」

 

 オルタが言いながら炎の剣を形成。

 盾越しに射出を開始し、魔神への攻撃を実施し始める。

 そうしながら吐かれた言葉に、九柱の魔神は一度黙り込む。

 

「……呆れ果てる。ジル・ド・レェ元帥の知能はもう少しまともだったと思うが。

 いや、狂乱したあの男であればこの程度の知性だったということか。

 第一特異点では聖杯を託すものの選択を誤ったのでは?」

 

「―――ぶっ殺す!」

 

 憎悪が炎となって地面を奔る。

 蠢動を続ける魔神の一部たる大地。

 そこを流れていき、しかし魔神が撒き散らす熱量の嵐の前に吹き散らされた。

 

「これはアムドゥシアスの怠慢である。

 あの地には、魔神柱に選ばれるべき者がそもそも存在した。

 それを実行できなかったのは、そこに刻まれていたものの怠慢ではないか」

 

「2015年に失態を犯したフラウロス。続き、第一特異点にて好機を逃したアムドゥシアス。

 これらが確かな仕事を完遂していれば、そもそもの話カルデアの連中に此処まで到達されることすらなかった」

 

「情報室には失点が多すぎる。事象を詠み違えている? これは明確な機能不全である。

 情報室より管制塔へ提言、計画実行前に統括局による情報室の精査を行うべきである。

 我らの業務にミスは許されない。一分の瑕疵も認められない。

 一時情報室を閉鎖してでも、行うべき責務である」

 

 魔神が言葉を交わす。その間にも、熱量の乱舞は止まらない。

 時折盾の外を回すように反撃を飛ばしても、魔神相手には何の意味もない。

 倒せる。殺せる。

 だが、次の瞬間には新しい個体がそこに生産されている。

 

「このままじゃ、ここで押し潰される……!」

 

 ブーディカが虚空に顕した手綱を握った。

 出現させた戦車の加護が、その場にいるものたちへと守りを与える。

 だがその程度の軽減では焼石に水でしかない。

 マシュの盾が消失すれば、あっという間に押し切られる。

 

「―――ここを突破せねば意味がない。

 だが、突破しなければならないのはここだけではない……!」

 

 それでもとにかくやらねばならぬ、と。

 ガウェインが腰を落として聖剣へと力を流す。

 この場において聖剣の全力解放をもって、魔神九柱を消し飛ばす。

 その隙にどうにかして突破するしかない。

 

 魔神はその太陽の前兆を理解して、しかし何か特別な対応は必要としない。

 フラウロスが再び憐れむように声を発する。

 

「我らは持ち場を離れることはない。玉座への道をどうにかして開きたい、と言うのであれば戦力を全室へと散らすがいい。全ての魔神を再誕と同時に破壊し続けることができれば、その間だけは王への道が開くだろう」

 

「喋り過ぎだ、フラウロス。もはや情報開示の必要はない」

 

「いいや、その方が早く片が付く。

 これらがここから逆転を狙うのであれば、戦力を分割する以外に道はない。そうなれば、各個撃破が容易になる。時間切れ、などという幕切れにまで持ち込む必要はない。

 ここからどうなるにしろ、結末は変わらないのだ。現存する全ての希望を焼き払い、完全無欠な敗北を味わわせるのが、此処まで辿り着いた者たちへのせめてもの慈悲である―――!」

 

 どの魔神か、フラウロスに叱責を飛ばす。それでも彼は聞く事なく。

 むしろ効率的にこれらを消去するためだ、と。

 

 立香の視線が、清姫へと向かう。

 その視線の意味を理解して、少し困惑した様子で、清姫が眉を顰めた。

 嘘ではない。虚偽ではない。

 けれど、言葉にした当人でも理解できない、燻る何かがそこにある。

 

 彼女の感じた答えを受け取って、藤丸立香が前を向く。

 

「……結末が変わらないと思ってるのに、わざわざ口を出すんだね」

 

 そう大きな声ではなかった。

 だというのに、フラウロスがぎょろりと全身の目玉を蠢かせた。

 

「結末は変わらないのだから、せめて最後を受け入れろ、って。そう言っていたあなたたちが、結末は変わらなくても、最後に意味を持たせようって。

 ……一緒だね。私たちだって、結末が覆せなくなった今だって。諦めないし、最後まで進むのを止めたりしない! 負けられないし、負けたくないって思ってる限り……結末に諦めるより先に、自分の想いに従って前に進む!」

 

「――――貴様たちと一緒に、するな!!」

 

 フラウロスが燃え盛る。自己崩壊と引き換えに、最大火力を叩きだす。

 すぐさま再生産されて帰還するフラウロス。

 死と再生を繰り返しながら、彼は激情を吐露するように焼却式を走らせた。

 

「悲嘆にくれるがいい! 絶望に沈むがいい! 後悔にむせぶがいい!

 そんな機能を持ち合わせて生まれた事を呪いながら!

 そんな機能を組み込んで製造した世界を怨みながら!

 完全なる虚無へと還るがいい――――!!」

 

 キャメロットの城壁が薄れだす。

 維持できなくなったからには、崩壊が待っている。

 解れていく白い城壁。光に還る至高の守り。

 

「何が最後に意味を、だ! そんなものはどこにもない! 貴様たちは何一つ意味も無く朽ち果てる! 無意味で、無価値で、無駄しかなかった生命の出来損ないだ!

 最初から最後まで何の意味も残せなかったからこそ、最初から存在する価値がなかったと証明されたのだ、貴様らは――――!!」

 

 他の魔神さえも置き去りに、フラウロスが猛り狂う。

 乱舞する熱量は、もはや狙いをつける必要性すらない。

 ただ周囲を蹂躙する熱。

 それが、掠れてしまった城壁の残滓を吹き飛ばし―――

 

「―――いいえ。それは違います」

 

 その後に現れた、聖旗による守りに阻まれる。

 閃光が薄れていく中で、ジャンヌがそうして立ち誇りながら。

 微かに首を捻り、タイムマジーンを見上げた。

 

 彼女の視線を受けたソウゴが僅かに戸惑い。

 しかし、すぐにその感覚がやってくる。

 

『……なんか、行ける気がする!』

 

 マジーンから響く声。

 それを聞き、カルデアの面々こそが呆れるように表情を崩し。

 その様子を前にしたフラウロスが、再誕と共に熱を取り戻す。

 

「貴様たちに行き場などない……! どこを目指そうが、最早――――!!」

 

 ―――瞬間、宇宙に爆音が轟いた。

 震動する彼らという大地。

 その感覚を理解した魔神九柱が、一斉にその感覚の正体を確かめる。

 

 そうして、確かに理解する。

 それが、王の城を囲む魔神という器官が一斉に破壊され始めたものであると。

 

「な、に……!? 何が、起こった――――!?」

 

「溶鉱炉、決壊。観測所、閉館。管制塔、瓦解。兵装舎、停止。覗覚星、消灯。生命院、臨終。

 ―――魔神全室再起動! だが、何があった!?

 何が在れば、この一瞬でこれだけの被害が出るというのだ! 何者に乱入された! どれほどの兵器が投入された! 観測所はいったい何を見逃していた!?」

 

 情報室が突然の被害に混乱する。

 その惑乱した声を切り裂くのは、白き旗を熱風に揺らす聖女の言葉。

 

「――――理由は説明できません。

 学のない私は、どうしてそうなるかを説明するのが苦手でして。

 ですが、常に確信をもって告げられる。

 私の意識に届く声に、今さら疑念を差し挟むような事はない。

 何故ならばいま確かに、私には啓示(きこ)えている―――!」

 

『―――こちらで反応を観測した……! サーヴァントだ!

 この特異点の内側に、突然80騎以上サーヴァントが出現したんだ!

 それぞれ分かれて、魔力の集約点―――魔神を攻撃してくれている!』

 

 (ソラ)に響く魔神の怒号。(ソラ)を切り裂く英雄の喊声。

 この広くて狭い宇宙の中、彼らの降臨を予期した聖女。

 そんなものすら気にしていられず、魔神が一柱そこで叫ぶ。

 

「ばっ……! 馬鹿な!? 100騎近いサーヴァントなど、一体どうすれば見逃せる!?

 観測所は何処に眼を向けていた! 一体何のための役割か―――!」

 

 その悲鳴を打ち消す、旗の石突が魔神である大地に突き立つ。

 渦巻く熱風に靡く、白き聖なる旗。

 それを掲げながら、彼女は強く魔神を見据える。

 

「この身、調停者(ルーラー)のサーヴァントとして宣言しましょう。

 この惑星(ほし)の全てはとうの昔に焼き払われ、全ての時代が聖杯戦争という名の戦場となった! だがその戦いを見定めるものとして我らに与えられた天秤は、未だどちらに傾くか答えを出していないのだと! 魔術王が立ち上がったと言うならば、我らの契約者を膝を屈さぬ限り、今こそ此処が決戦の地! 人理を懸けた、聖杯戦争の最終局面――――!」

 

 彼女の意識(みみ)に届く、天より下される啓示(こえ)

 その言葉が、彼女に伝えてくれる。

 

 今までは勝負にすらなっていなかった。

 これまでの旅路は、既に敗北したという結果をゼロへと戻すためのものだった。

 魔術王とカルデアの立場は、対等とは程遠いところにあった。

 

 ―――だが。彼らはその旅路を達成し、此処に至った。

 

 魔術王は玉座から立ち上がり、敵としてカルデアを認識した。

 ならば。此処よりようやく、戦いが始まる。

 人理を―――聖なるものを懸けた、彼らにとっての最初にして最後の聖杯戦争。

 

 で、あるならば。

 それを懸けて競い合うならば、正しくルールが敷かれねばならない。

 魔術王の元に滅ぼすために重ね上げた光帯と、築き上げた神殿があるならば。

 人間の元には、続くために重ね上げた歴史と、築き上げた英雄がなければならない。

 

「―――名乗りを上げよ、一騎当千にして万夫不当の英傑たち!

 かつて地上で輝いた綺羅星たち! 我らが歩んだ軌跡を追い越して、いま前に進まんと全霊で歩む者たちが此処にいる! 我らの魂が歴史に刻んだ長き足跡が、いま未来へと進む者たちの道標となった事に誇りを抱く者があれば応えよ!」

 

 タイムマジーンが腕を振り上げる。

 ウィザードウォッチが反応し、周囲に展開する転移の魔法陣。

 そこに、解体屋が手を伸ばす。

 

 ロード・エルメロイ二世が、その魔術の方向性に介入する。

 常磐ソウゴが繋がりを認識できる位置に道を開く転移。

 それを、潜るものが繋がりを持つ位置へと転送するものへと差し替える。

 

「我が真名はジャンヌ・ダルク! 主の御名において、彼らの盾となるもの!

 我らこそはサーヴァント―――!

 今を生きるものを支える、人の理を積み上げるものたちの守護者なり―――!」

 

 故に、人理を守るのではなく。

 人理を今なお築くものを守るのだ、と彼女は言う。

 

 ―――人理とは、歴史と共に積み重ねられてきたもの。

 彼女たちが生きた世界こそが、人理として成立してきた。

 ならば、守るまでもない。彼女たちこそが“人理の影法師(サーヴァント)”。

 先に歩き、世界に散った者として、ただ先に前に進めばそれでいい。

 最後に、後から続く者に追い越されるまで。

 

 聖なる旗が舞う。

 熱波を防ぎ切った結界が消え去って、全てのサーヴァントが走り出した。

 

 困惑、疑念、弾劾。

 魔神は焼却式を忘れるほどに、機能の不順に憤る。

 当然だ。機能に不備があったら、彼らの全てが無駄になる。

 カルデアなどに構っている暇もなく、彼らは混乱に陥って―――

 

「ほざけ、人間ども―――!

 脅威に備えて影法師など用意する世界こそが、余程狂っているのだと識るがいい!!

 我らに閉廷など訪れぬ……! 焼却式 フラウロス――――!!」

 

 開いた転移の先になど行かせぬ、と。

 フラウロスが焼け落ちながら熱量を解放する。

 魔神一基であってもその熱量は膨大。

 正面から受け止めるには相応の盾が必要であり――――

 

「――――敢えて」

 

 魔神である大地から、大樹が一息に立ち昇る。

 絡み合う自然の息吹たる強靭な幹。

 フラウロスの火力がそれに激突し、炎上。

 

 その隙間を潜り抜け、全てのサーヴァントは行動を果たす。

 燃え尽き、崩れ落ちていく樹木の天蓋。

 更にそこを突き破り、タイムマジーンが飛翔した。

 目指す先はただ一つ、魔術王の城に他ならない。

 

 降り注ぐ灰を浴びながら、フラウロスが絶叫する。

 

「ロォ、ム、ル、スゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ――――――ッ!!!」

 

「敢えて、此度の戦いにおいて(ローマ)浪漫(ローマ)を語るまい。

 それを貴様たちに語るのは、(ローマ)の役割に非ず」

 

 フラウロスの放つ憎悪の眼光を跳ね除けて。

 真紅のマントを翻し、神威を放つ巨漢がそこに立つ。

 赤黒く蠢く大地を砕くのは、手にした国造りの槍。

 放つのはその威容のみで、この地が彼が愛した大地だと錯覚させるほどの覇気。

 

「―――此度は神祖と肩を並べて戦える、となれば。ここに残った甲斐もあるというもの!

 行くぞ、ブーディカ! アレキサンダー大王! ロード・エルメロイ二世!

 我らに許されるのは常に殲滅戦! 一時たりとも魔神どもを自由にするな!!」

 

「もちろん。というわけだ、我が軍師。援護は君の担当だ。頑張って欲しい」

 

「無茶を言ってくれる……」

 

 魔神たちが体勢を立て直す。混乱していた状況を立て直す。

 在り得ざる状況に乱れたのは事実。

 だが、だが、サーヴァント100騎がどうした。

 無尽蔵の魔神がそれを殲滅すれば、それで終わりだ。

 機能の確認は業務の準備が整った後、確実に行えばいい。

 まずは――――

 

 九柱が再起動する。情報室が開廷する。

 目的は当然、目の前のサーヴァントを殲滅することである。

 

「――――――!!」

 

 言葉もなく、フラウロスが怒りの雄叫びを上げた。

 直後、

 

「―――I、s、kan、darrrrrrrrrrrrrrrrrrrrッ!!!」

 

 空から、黒い流星が降り注ぐ。

 魔神の上から強襲する、虚象を織り成す不死者の軍団。

 彼の着弾と同時、その場で溢れ返る一万の不死隊(アタナトイ)

 それらが魔神たちへと絡みつき、眼球を潰しだす。

 

 そんな彼の姿を見て、愛馬に乗ったアレキサンダーも駆けだしていた。

 

「あれ、ダレイオス三世。こっちにきたんだ?」

 

「Iskandarゥ……ッ!!」

 

 放たれるゼウスの雷霆。

 腐肉の柱たちはそれらの攻撃に薙ぎ払われ―――即座に、その場に新造された。

 

「調子に乗るな、サーヴァント風情が――――!」

 

 魔神の目が開く。

 そこに充填された魔力が熱となり、一気に発散される。

 ロムルスの造る都市の壁を盾に彼らはそれを凌ぎ――――

 

 当然のように、そこから熱波のただなかへと一人が飛び出した。

 

「おお、圧制! 我らは遂に戦うための牙を得た! 戦場へと辿り着いた!

 逆境は常にそこにある! 人は常に逆境に挑むものであれ!

 他者に逆境を強いるものに堕した時、人は圧制者になり果てるのだから!」

 

 熱を浴び、焼かれ、膨れ、焦げ、溢れ。

 筋肉の塊、スパルタクスがその場で巨大に膨張し始める。

 巨大化した剣闘士が、そのまま魔神へと激突。

 そのまま腐肉を引き千切らんばかりの格闘戦を開始した。

 

 そんな戦場の中で閃く、方天画戟の刃。

 

「■■■■■■――――ッ!!」

 

 呂奉先の振るう刃。

 “軍神五兵(ゴッドフォース)”が大鎌へと変形し、魔神の根本を切り刻んでいく。

 僅かに揺れる腐肉の柱。

 それを、全力で殴打して、カリギュラが叩き折っていく。

 

「ネロォオオオオオオオオオオオオオオ―――――ッ!!」

 

 カリギュラが粉砕した柱を、鞭の如きものへと変わった“軍神五兵”が薙ぎ払う。

 飛散する魔神だったものの残骸。

 その肉の雨の中で、新たに生産されて供給される魔神。

 

 だが阿鼻叫喚なのは味方の理性のなさの方だろ、と。

 荊軻が大人しく魔神の目玉を潰しながら、その状況に辟易とした。

 

「ねえ、おい、ブーディカ。抑えに回る常識人が足りないんだけど」

 

「あははは、それはごめん。あたしもどっちかと言うと―――非常識側なんだ、実は」

 

 荊軻を追い越して魔神を裂く、剣閃で曳く光の斬撃。

 それを放ちながら、女王ブーディカが微笑んだ。

 放たれた攻撃の残光から滲むのは、彼女の心の底に沈殿した叫び。

 

「分かっててなんでこの戦場に残るかね」

 

 それを見て呆れる荊軻。

 努めて、ローマ皇帝たちを意識しないようにしながら。

 彼女はその鬱屈したものを刃へと乗せて、全力をもって振り抜いた。

 

「―――決まってるだろう? だってあたしの憎悪も何もかも。それも、あの子たちの“ため”になったものだから。ここで無かったことにして別の場所で、なんて道理が通らない」

 

「あー……ごちそうさま?」

 

「お粗末様」

 

 だから、ブーディカはここで目を逸らす。

 目を瞑るほど心に余裕はない。けど、直視する暇があるわけじゃない。

 なら、これしかないとそう言って彼女は―――

 

「それもまた、“(ローマ)”である」

 

「………………」

 

 深く頷きながらのロムルスの言葉に、全力で閉口した。

 

「なんでそっちも煽るかなー」

 

「ははは。神祖ロムルスは扇動家とは違い、素であろうがな。

 まあ、この度は聞き流してもらうより他にあるまい。まったくもって相容れぬ関係ではあろうが、そんなものたちでさえ肩を並べて、心を一つにしてあれらを送り出す。

 などと、そんな行動の尊さに目を眩ませていれば、そのうち終わっているだろうさ」

 

 またもセイバーであるという事実に不満げに。

 しかしなったものは仕方なし、と舞うのは丸みを帯びた体。

 カエサルが黄金の剣を翻し、仕方なしと笑う。

 

「それっぽいこと言って誤魔化してるだけだろう、それ。

 いや、私は別にいいんだけど。

 あ、そうだ。ブーディカ、皇帝大勢いるしひとりふたり暗殺しとく?」

 

「なんだ? 私か? あれか、ブルータスとか叫ぶタイミングか?」

 

 カエサルの言葉をスルーしつつ。

 剣を奮いながらも息を落ち着け、彼女は荊軻に否定の言葉を返す。

 

「……いいよ、そんな事しなくても。それよりやることがあるからね」

 

「―――前途ある勇者たちが打ち破らねばならぬ大敵の許まで突き進んだのだ。

 ならば、それが帰るまで此処を支えるが我らの務め!」

 

「あー、まあ、そうだね。うん、じゃあ私も我慢しよう。

 これはただ殺めるのみの戦いじゃないんだ、私の暗殺は縁起が悪いか。

 じゃあ私も素直に正面から切り込むとするよ。得意じゃないけど」

 

 ネロの言葉に少し、感心したように頷いて。

 

 直後、白衣の壮士が踏み込む。

 暴風と化した呂布を盾にしながら、確かに魔神を刻んでいく。

 魔神を一基、葬って終わりなら前に踏み込むだけでいいけれど。

 しかしまあ、そうではないというなら仕方ない。

 彼女のやり方ではないが、そこはそれ。

 

 還れぬより帰れる方がいいんだから、文句があろうはずもない。

 還れぬ刃に不満などないが、帰すための刃であれるならそれはそれでとても良い。

 

 そんな。

 戦士たちの戦いを見ながら、女神が静かに微笑んだ。

 そのまま、隣で立ち尽くす破壊神へと視線を向ける。

 

「それで、あなたはどうなさるおつもりかしら」

 

「―――――」

 

 ステンノの問いに、大王アルテラは答えを返さない。

 氾濫する魔神。立ち向かう英雄。

 一つの星の上に積み上げられた歴史を懸けた、最後の戦い。

 

「実際のところ、巨神(あなた)としてはどうなのでしょうね。

 遊星(ハーヴェスター)としては、ここで収穫物を全てを消されてしまうのは困ると思うのだけれど。

 それとも、この程度の物資にはさほど執着していないのかしら?」

 

「お前は私を知っているのだろうな。私は、お前を知らないが」

 

 ぽつり、と。そうこぼしたアルテラに女神は小さく首を傾げる。

 少しだけ困った様子を見せて。

 しかし気を取り直して、美しき少女の姿をした神が微笑んだ。

 

「……そう。そうなのね。あくまで、あなたは大地を駆け抜けた破壊の大王。

 ではこちらもそう対応しましょう。ごめんなさいね、先程の言葉は忘れていただける?」

 

「―――私は破壊、私こそが破壊。私こそ文明を無に帰すもの。

 ……では、どうするべきだ。

 私は壊せばいいのか? 壊すものと目的を同じくすればいいのか?」

 

「…………さあ?」

 

 切実な、切実そうに聞こえたアルテラからの問いかけ。

 それに対して、ステンノはあっさりと回答を放棄した。

 少しだけアルテラは恨めしげな様子を見せて、批難の視線をステンノへと飛ばす。

 

「あなたが、あなたこそが破壊だというのなら、破壊するべきものは自分で決めればいいのではないかしら? あなたは破壊の果てに何が欲しいの?」

 

「……破壊の果てには何も残らない。文明は全て砂に還る。

 だが。そのために駆けた草原と、吹き抜ける風の中に……私が求めたものがあった、ような。馬に乗り、誰かと共に駆け抜けたあの空の中に、私は―――」

 

 アルテラの手が剣を握る。

 破壊を齎す神の鞭、軍神・マルスの剣。

 

「―――そう。不器用なヒトね、あなたは。

 なら、私からはひとつ。ねえ、アルテラ。破壊と収穫は、違うことではないかしら?」

 

「…………」

 

 苦笑して、ステンノが。少しだけ彼女を気にかけて、世話を焼く。

 

「魔術王は破壊して大地を均すではなく、積み上げたものを収穫して燃料として燃やした。

 そこにあったものは無価値だとして、ただ否定して消費した。

 あなたはどうかしら、アルテラ。

 あなたが破壊するのは、文明を否定してのこと? それとも―――」

 

「…………そういう機能を持って、生まれただけだ。だが」

 

 白き巨人だったものが、己の旅路を追想する。

 数千、数万年と重ねた(ソラ)を巡っていた時の情報など残っていない。

 たった数十年しかない、破壊の大王として大地を駆けていた時の記憶だけ。

 僅かに混じる本性ではしかし、彼女が地上で重ねたものを塗り潰すには足りなくて。

 

「ああ、だが―――私が好きなものは、壊したくない。

 ……華美にすぎるものは、好きではない。必要以上の都市を築き風を遮るより、広大な草原の中で生きていたい。私は自然のあるままが好きだ。ただ、あるがままが好きだが……その、綺麗なもので着飾ることには、少しだけ興味がある。少しだけだぞ?」

 

 アルテラが剣を握る手に、力がこもる。

 

「ふふ……そう。それで、自分の心を言葉にしてみて、何か見つかったかしら?」

 

「―――ああ、そうか。そうだな。私は文明を破壊するもので、けして相容れるものではない。

 私は、築かれた文明を砂に還すものだ。だが、そこに何かを築いたものがいた、という事実さえも消すのは……遺すものもなく、収穫して消費してしまうのは。少しだけ、寂しいな」

 

 彼女の答えに女神が瞑目して、呆れたように小さく笑う。

 狂っているのはお互い様だ。

 彼女たちは、とっくの昔に狂っていて―――だから、ここにこうしていられるのだ。

 

「あなたの破壊は、あなたの望む光景のために。

 (おお)いなる収穫ではなく、ただ自分の欲しいものを求めて成し遂げたヒトの疾走。

 では、今回もそうすればいいでしょう。いつだって、あなたはあなたのために生きればいい」

 

「そうか。そうであれたら、いいな」

 

 破壊の大王が剣を執る。問答はもう終えた、と。

 女神に背を向けて、彼女は進軍を開始する。

 魔神との決戦に、アルテラが参戦した。

 

 マルスの剣が唸りを上げ、戦場を駆け抜ける。

 三色に輝く刀身が分かれ、神の鞭となって敵性を薙ぎ払う。

 

 加速していく戦場の中、双つの刃が撃ち合った。

 絡み合う刃、そこに溢れ出す勝利の輝きを得た光に映える白き薔薇。

 

「征くぞ、ブーディカ!」

 

「分かってるよ、ネロ」

 

 苛烈に咲き誇る白い薔薇。その花弁が吹き荒れる。

 それに仕方なし、困った風に頷いて。

 約束されざる勝利の剣が、その輝きをもって戦場を照らし出した。

 

 

 




 
 レフが出迎えるせいで流れが溶鉱炉じゃなくて情報室から始まる問題。
 二章組からでいいや…と諦める。順不同。

・キリ様日記
 ゼウスにパンドラの箱ってあんな感じなのかい?と聞いたら、異聞の私は汎人類史の私を知らんが多分まったく違うと思う、と言われた。宇宙の神秘を感じる。


 ふりかえり。
 三章。

 それはそれとして、話の途中だがワイバーンだ!
 ワイバーンどこ、ここ…?
 このSSだとワイバーンが出な過ぎてサーヴァント流行語大賞取れない。
 あーん、このままじゃキリ様がカドックに「話の途中だがワイバーンだ!」してくれない!
 これは死活問題では?

 雑魚戦は基本全カットのこのSS。
 話の途中にワイバーンが現れる日はくるのだろうか。
 後は個人的に好きな巨大ゴーストくんをどこかで活躍させてあげたい。

 海戦ということで戦場が船になり、纏まってしまう都合上、とても圧縮された。
 実質くろひーとアルゴノーツの二戦だけだから。

 ディケイドとディエンドが生えてくる章。
 七章にメインでまた出てくるらしいですわよ。
 そこに行くまでにエタると思ってたわ。続いた。

 特異点Gの内容もこの辺りから考え始めた、かもしれない。
 そこに行くまでにエタると思ってたわ。続いた。

 オーマジオウを挟みつつ、出てくるのはアナザーフォーゼ。
 アナザーフォーゼ、タイマン張らせてもらうぜ!
 ヘラクレスがな!

 フォーゼアーマーの戦闘自体は主体をヘラクレスに置く。
 最後のアナザーフォーゼはイベント戦。
 というのも、アナザーライダーの扱いに多様性を求めた結果かもしれない。

 アーチャーになればと言われるが、ヘラクレスはヘラクレスなら常に最強。
 たとえバーサーカーでも、ヘラクレスなので最強。
 これだけははっきりと真実を伝えたかった。

 カルデアのダビデもマイルームにアークあるんだろうか。
 ダビデを召喚して相手にアークを押し付けて昇天させまくるルートでRTA開拓できそう。
 主から天罰が落ちたらリセです(全敗)。

 アナザーフォーゼに選択したのは、イアソン。

 モチーフはサジタリウス・ゾディアーツ。
 夢に向かって何を犠牲にしても突き進む星々の導。

 決着は、星に召された彼らの灯りがここまで導いた今の世界。そこに生まれた青春大銀河。
 例え空には召し上げられずとも。それほどの英雄でいなくとも。
 彼らは地上で友とあれば、そうして星になれるのだ。
 


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運命を運ぶ船2016

 

 

 

 

「あーあーやだやだ、耳が良いのも考え物だ。

 もうとっくに僕とは関係ない奴の恨み節がここまで届いてくる」

 

 魔神の叫びに顔を顰めつつ、アマデウス・モーツァルトが演奏する。

 彼の指揮に従う楽団が、そんな感情を音へと乗せて奏で上げた。

 

 その音の流れを引き裂いて、魔神は全て再生産。

 サーヴァントたちによる初撃などなかったかのように、無傷で再編成された。

 

「溶鉱炉、解放―――生命の尊厳は始まりより踏み躙られていた、最初から歪んでいた。貴様たちを製造するための金型こそ歪であった。矯正するには、元より鋳直すより他にはない。

 ゼパル。ボディス。バティン。サレオス。プルソン。モラクス。イポス。アイム。我が身、ナベリウス。使命をくべよ、その熱量をもって英霊どもを駆逐せよ。

 今度こそ、正しいものへと至るために―――!」

 

「ハッ―――! ちょっとくらい踏み躙られてたから何だってのよ。

 本当にイカれた奴ってのは、そんなの平気で気にもしないのよ! 忌々しいことにね!」

 

 聳え立つ魔神九柱。そこに迸る、漆黒の炎。

 噴き上がる炎。突き出す槍。放たれる剣。

 憎悪の津波は一息に魔神へと流れ込み、当然のようにあっさりと克服された。

 それでも、そんなこと気にも留めず、彼女は炎を加速させる。

 

「フン、貴様と我らでは燃料が違う。純度も、質量も、何もかも。

 そんな炎が我らに届くなどと―――」

 

 そこに青く燃える炎の息吹が重なる。

 次いで、音波とともに襲来する暴風が来たる。

 重なったものが混ざりあい、劫火となって立ち昇った。

 焼けていく魔神の体。再誕する悪魔の塔。

 

「ええ、まったく。わたくしが燃やす炎の動力は、マスターへの愛。

 純度100%にして、重量にして釣鐘の108倍。あなたたち程度の熱量では、とてもとても」

 

 清姫の言葉に、一緒にするなと眉を顰めるオルタ。

 しかし竜の力を高めてぶつけるには、並んでなくてはならない。

 

「――――愛、そんな知性(もの)が何になるという!」

 

 魔神側へ押し返されていた熱量。

 それが、ゼパルの一喝とともに今度は彼女たちへと押し返された。

 迫りくる熱を前に、竜の少女が翼を広げる。

 

「頭のおかしいこいつや、アンタが何言ってるのかよく分からないけど―――

 一個だけ、アタシにも言えることがあるわ!」

 

 展開されているチェイテ城(スピーカー)

 目の前に突き刺した槍に足をかけ、彼女は息を吸うと共に大きく仰け反った。

 放たれるのは、エリザベートによるソニックブレス。

 

 それが炎を後押しして、光と炎の相殺を後押しした。

 

 喉をクールダウンさせるように、一息。

 そうしながら彼女は腰に手を当てて、今にも良い事を言うぞという顔で胸を張ってみせる。

 そんな状況に対して。

 まあろくでもない発言だろうな、などと思いつつ、清姫は炎を噴き続けた。

 

「届くか、届かないか、じゃないの!

 届けたいと思ったなら、その想いを燃料にして、月までだろうと一直線にぶっ飛ばす!

 それがアイドル! それがアーティスト! それがアタシ!

 純度500%! 質量(たいじゅう)はヒミツ☆ 地獄の釜で茹でられてるかの如く、熱に浮かされ焦がされて、呻きながら水を求めて跳梁跋扈するオーディエンスたちに、ビビッと脳へと染み渡る歌を届けるスーパーアイドル! その名もエリザベート=バ」

 

 アイアンメイデンが空を舞う。

 残念なことにその鉄の塊が、魔神の体に当たって跳ね返った。

 そしてなんと偶然にも、それはエリザベートの近くへと着弾してしまう。

 どかーん、と一発。

 砲弾の如きそれの衝撃に、エリザは見事に転がった。

 

「ちょっとぉ!?」

 

「あら、ごめんなさい。あまりにうるさくて蠅が飛んでるのかと思ったの」

 

 転がったエリザが即座に抗議する。

 が、それを無視して起き上がり、再び地を滑っていくアイアンメイデン。

 

 吸血鬼カーミラは、もう一人の己に深々と溜め息を落としながら攻撃を続行する。

 振るわれる爪が弾かれて、血色の刃が奔り抜けた。

 

「やれやれ、自分であるのは確かだろうに。そうまで否定するものかね」

 

 呆れるように、槍を手にした黒衣がその裾を翻した。

 彼の所作に合わせ、あらゆる場所から発生する無数の杭。

 剣山の如く大地を穿ち、突き出すもの。

 それらが全て、一気呵成に魔神へと差し向けられた。

 

「あら、よく言えたもの。あなただって、もう一人の自分など大嫌いなのでしょうに」

 

「余のそれと、少女としての貴様の本心とは話が違おう。何より余が最も嫌うのは、そこに至る順番を違えられる事だ。

 余は護るべきものの為に人を杭で穿ち、その血を大地に吸わせた。けして、余が啜るために人に血を流させ、結果的に国が護られたなどという喜劇があったわけではないのだから」

 

 熱に焼け落ちる杭の山。

 砕かれる度に更なる杭を発生させつつ、ヴラド三世が鼻を鳴らす。

 

「畏るべき為政者としてへの感情であれば、恐れであれ怒りであれ、それがどういったものでも余から言うべきことはない。だが、恐るべき怪物に向けられたものであれば―――無論、余とて怒り狂おうとも。向けるべき相手を違えている、とな」

 

 魔神を串刺す、血を啜る杭。

 それらが眼を開き熱量を撒き散らす怪物を相手に、蒸発させられる。

 疾走する鉄の処女が何とかそれからの盾になり、弾き飛ばされ転がった。

 

「―――では、黙っていなさいな。

 他人事に怒っているあなたに、私事で怒る私の気持ちは理解できないでしょうに」

 

 ガラガラと音を立てて、黒煙を上げながら転がっていく鉄の塊。

 止め切れなかった熱量が、二人の吸血鬼の前に雪崩れ込む。

 それを、

 

「……ったくもう、辛気臭いったらない。

 そういう自分のどこかが大嫌い、っていう僻みや嫉み。よくないわ」

 

 ―――彼方より飛来した流星が打ち砕く。

 

 続けて、彼女が手にした杖に光が灯れば。

 魔神の表面が破裂して、肉体だったものをぶちまける。

 

 熱波をぶち抜き、そのまま魔神へと突き刺さった流星こそタラスク。

 海神リヴァイアサンの仔が、甲羅から頭に手足と突き出した。

 咆哮する竜が、魔神を相手に挑みかかる。

 

 そんな舎弟の様子を見つつ、聖女マルタが息を吐く。

 

「見なさい。私たちを従えた黒いのだって、そんな事覚えちゃいないとばかりにこっち側じゃない。ああいう図太さは見習っていくべきよ」

 

 マルタがそう言って、ジャンヌ・オルタを杖で示す。

 引き合いに出された竜の魔女がそちらをギロリと睨み返した。

 が、その程度のガン飛ばしなど何のその。

 

「そう簡単に折り合いがつけば苦労はしないのでしょうけど。

 そもそもあなたたちと違って、私はアレに普段と違う悪行をさせられたわけではないもの。

 アレに関しては最初から、さほど気にしてなんかいないわ」

 

「折り合いがつかなかろうが、そこに気合でサバ折り決めて、きっちり小さく折り畳んでから、しっかり収まりつけてやりゃいいでしょって話。竜だろうがなんだろうが、どう生まれようと、どう育とうと、結局のところはそこで見せた根性次第よ!

 んん―――それができても、できずとも構いません。ですが、そうであろうとしたという歩みは、確かに見守られているものなのです」

 

 咳払いをして口調を整えつつ、そう言い放つマルタ。

 

 タラスクを弾き、魔神が震える。放たれる光芒。

 直後に訪れる光の津波を、一振りの剣が切り裂いた。

 

 奮い立つ白馬に跨った旅の守護聖人。

 鉄壁たる彼の振るうアスカロンが、寄せ来る熱波を切り拓く。

 

「罪あるものとして定められたものに、罰が必ずしも訪れるというわけではなく。

 罰は罪に与えられるものではなく、罪を犯したものに科せられるもの。

 科せられた罰を終えた時、果たして罪が清算されるのか―――と、いうと」

 

 ゲオルギウスの愛馬、ベイヤードが嘶きが光を割る。

 そうしながら視線を彼女たちに向けての苦笑。

 

「残念ながら、そんな都合のいい話はない。

 罪は背負うもの。その荷物を背負ったのは、当人の心。

 罰は受けるもの。その選択に甘んじたのも、当人の心。

 どちらも己の心に科されるのみなのだから、勝手に相殺などするはずもない」

 

 罪を背負うと決め、罰を受けると決めた。

 その心にとって、罪も罰も消えることはないものだと彼は語る。

 そうしながら、彼は愛馬の上で愛剣を強く握り締めた。

 

 復帰したタラスクが高速で回転を始める。

 そのまま魔神へと向け加速して激突。

 竜と焼却式が正面からぶつかり合い、爆炎を上げた。

 

「背負うことを選んだ時点で、自分がもういいと割り切って投げ出す以外に、罪から解放される手段などないのでしょう」

 

「だが、それでも。人には最後に罪も罰も、置いていくべき時がやってくる。

 最期くらいは、荷物を下ろして安らかに眠るべきだろうから」

 

 断罪の刃が落ちる。

 処刑台にかけられるはずもない、魔神の巨体。

 そこにしかし、巨大なギロチンが降り注ぐ。

 腐肉の柱を断ち切って、その刃が大地へそのまま突き立った。

 

 即座に再生産される魔神。

 そんな怪物たちを前に、大剣を引っ提げてサンソンが立ち向かう。

 

「だって。最期くらいは、その労力に敬意を払いたいだろう?

 ……だから、刃は鈍らせないとも。

 最後の最後。その人が運んできたものを丁重に下ろすための、大切な役目だ」

 

「―――そうね。

 奇跡みたいな奇跡のなかで、その役目を果たし続けてくれた貴方に改めて感謝を。

 一人一人、みんなが違う荷物を抱えている中で、全ての荷物を尊んで、どれ一つとして粗末にすることのないように、大切に扱い続けてくれた貴方に」

 

 硝子の馬が駆け、その周りに展開される硝子の結晶。

 熱波に砕け、しかしそれらは積み重なり、ただの結晶ではない姿を顕した。

 

 ―――立ち誇るのは水晶の城。

 破滅の光を跳ね除けて、かつてそこにあった権威の象徴が光臨する。

 マリー・アントワネットが愛した人の営み。

 それを守るためにそこにあり続け、そうして最後には失せたもの。

 消えて無くなって、それでも遺ったものがあると信じる想い。

 

 焼却式を、水晶の城が跳ね除ける。

 圧倒的な破壊を前に、しかしその城は崩れない。

 

「ははは。その辺りでやめとくといいよ、マリア。

 気に病んでるらしいし、お礼ばっかりじゃそいつだって困るだろう。

 いっそ罵倒してやったらどうだい、実は喜ぶんじゃないか?」

 

「……お前と一緒にするな、アマデウス。それはお前の趣味だろう」

 

 演奏は続く。ギロチンは落ちる。

 サーヴァントとして最大限活動を続けながら、彼らは目も合わせずに罵倒しあう。

 そんな彼らに呆れたような視線を向けて。

 

「―――ふん、最期ね。

 お生憎様。私は、私の最期も罪も罰も、誰の手も目も届かない牢獄に置いてきたのよ」

 

「だろうな。貴様が救われるわけではないし、救われてよくなるわけでもない。

 だが、まあ……いつの日か、お前が荷物に潰されながら狭い世界で這い摺り回った跡を、意味あるものにしてくれる誰かがいるかもしれない。誰の目にもつかない場所でも、確かにその事実さえ残っていれば、誰かが見つける事もある。その程度の話だからこそ、そこに希望を見出すのは勝手だというだけだろう」

 

 別にそれらはお前を救う言葉ではない、と。

 シュヴァリエ・デオンは軽く切って捨て、ついでに城に迫る破壊の余波も斬り捨てる。

 

 カーミラが鼻を鳴らす。焦げたアイアンメイデンを引き戻す。

 そうして、小さな声で素直に心情を言葉にした。

 

「……そんなに夢見がちにはなれないわね。アレじゃあるまいし」

 

 肩を竦めるデオン。

 そのまま流れるようにサーベルが動き、魔神の攻撃を切り伏せる。

 だが防戦だけでは話にならない。

 ふと、思い立ったように静かにしている視線をエリザへと向けて―――

 

「ええ、この場でちょちょいと集めたイカした即席メンバーを紹介するわ!」

 

「そうね! せっかくだもの、わたしだって歌い出したい気持ちでいっぱいよ!」

 

「クリスティーヌ おお クリスティーヌ―――

 怪物に見初められた歌姫 その小鳥の囀りのような 美しい歌声―――

 我がクリスティーヌならずとも 君ではなくとも―――

 私も唄おう 此処で唄おう 君に届けと―――

 おお クリスティーヌ クリスティーヌ―――!」

 

「あ、なんだこいつ。もしかして僕にシンパシー感じてるのか?

 言っとくけど、僕は怪物になったんじゃなくて、怪物になるのを止めた側だからな?

 あと、そこのトカゲがメインボーカルだなんて音楽への冒涜は断固拒否だ」

 

 突然の音楽グループ結成を目の当たりにした。

 ボーカル兼リーダー、エリザベート。

 ボーカル・マリー。ボーカル、ファントム。それ以外、アマデウス。

 圧倒的実力派新進気鋭のインチキユニット。

 

「イカれたメンバーの間違いだ! 王妃と並ぶな、お前たち!」

 

 そんなものを見たデオンが、剣を振るいながらも声を荒げる。

 彼女の言葉においおい、と。

 アマデウスは珍妙なものを見る目でデオンを見つめた。

 

「なんてことをいう奴だ、君は。マリアがイカれたメンバーに含まれるだなんて」

 

「王妃以外に言ってるに決まっているだろう!? 周りと鏡を見ろ倒錯者!」

 

 そんなやり取りを見て、くすくすと。

 白い旗を揮うジャンヌ・ダルクが微笑んだ。

 

「……ジャンヌ?」

 

「集いし英霊たち。世界を滅ぼそうとしたものと、世界を救おうとしたもの。

 戦場を共にして、私たちはしかし、こうして肩を並べて、背中を預けて戦える。

 それは、きっと――――」

 

 白い聖女の視線が、竜の魔女へと向けられる。

 その視線を鬱陶しそうに振り払い、彼女は憎悪の炎を滾らせた。

 魔神よりの反撃を、ジャンヌは踏み込みながら振るう旗の一撃で叩き伏せた。

 

()()()()()()、と願っているから。そう思います」

 

「…………」

 

 鎧を着た、騎士であった頃のジル・ド・レェが。

 彼女の言葉に、苦悩するように眉間に皺を寄せた。

 そんな彼の態度を理解して、聖女は顔を引き締める。

 

「では、ジル。マリーの言葉を借りるなら、私も貴方も終わった後に得た奇跡の再会です。

 語り尽くせぬほどに言いたいことはあるでしょうが、それはまたの機会にして。

 この度は、ただ共に。再び肩を並べて、戦いましょう」

 

「……そうですな。様々な弁明は、次の機会に回すとしましょう。

 では、ジャンヌ。我らで彼の背中を守りましょう」

 

「――――すまない。

 だが、乱戦であっても背中を気にする必要がないのは助かる。

 そして正面からならば、どれほどの敵であっても当たり負ける気はない」

 

 迸る真エーテルが、柱となって立ち昇る。

 それを放つのは、黄昏の魔剣・バルムンク。

 最強の魔剣を揮うその男の名は、ジークフリート。

 剣気を十全以上に漲らせた男が、そこで大きく一歩を踏み出した。

 

「……つくづく、奇跡だな」

 

 呟くように、剣を振り上げながら彼は言う。

 

「ジークフリート?」

 

「これは、俺のための戦いであり。前に進むソウゴたちのための戦いであり。

 そして、この場に集った多くの英雄たちが信じる戦いだ。

 故に、一切の呵責なく――――完膚無きまでに、勝利できる」

 

 魔力が増す。蒼き光の奔流が天を衝く。

 振り上げた刃と、そこから立ち昇る光。

 そうして織り上げた道を斬り拓くための一閃を、全霊を以て彼は振り下ろした。

 

「世界は灼かれ、星は永久なる眠りに落ちた。

 だが―――陽の光なき暗闇の大地を駆け抜け続けた彼らの前で。

 眠るために用意された揺籃から、飛び立った彼らの前で。

 夢の中に沈むばかりであった世界から、我が剣の輝きを以て微睡みの霧を取り払う!

 落陽に至った世界には続きがあり、今こそ旭日昇天の時を迎えた―――!

 そこへと続く道を、この一撃で示す! “幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)”――――!!」

 

 魔神が滅する。続けて、再生産。直後に蒸発。

 覚醒を促す魔剣の息吹が、魔神を止め処なく崩壊させていく。

 

 その蒼き極光を全力で撃ち切り、ジークフリートが吶喊。

 彼に続き、サーヴァントたちが攻勢を開始した。

 

 

 

 

「起動せよ。起動せよ。観測所よ、起動せよ。我らの監視網を抜けたものたちを再認せよ。

 フォルネウスたる我と席を同じくする柱。グラシャ=ラボラス。ブネ。ロノウェ。ベリト。アスタロス。フォラス。アスモダイ。ガープ。我ら九柱、失態を返上せん――――!」

 

「■■■■■■■―――――――――ッ!!」

 

 魔神が放つ光波。それを正面から突き抜けて、大英雄が駆け抜けた。

 手にした戦斧は魔神を瞬く間に駆逐する。

 だがヘラクレスが喰い破った穴は、無論即座に修復される。

 

 同時に、多少のダメージを受けてもヘラクレスもまた即座に修復する。

 最高位の魔術師の支えがある。宝具たるその肉体がある。

 如何に無尽蔵である魔神とはいえ、真っ当に戦えば泥仕合にしかならぬと断言できる。

 

「まずは魔女から落とす。アレの乗る船を狙え――――!」

 

 フォルネウスが率先し、メディアの立つアルゴー船を狙った。

 その上に立つイアソンが、顔を引き攣らせて叫ぶ。

 

「無理無理無理無理無理無理無理!?」

 

「うるさい」

 

 アタランテがイアソンを蹴り飛ばし、そのまま射撃を続行。

 彼女の矢は正確に魔神の眼を潰していく。

 が、あまりにも数が多すぎる。全てを潰すには手間がかかりすぎる。

 挙句、一定以上潰せばその肉体を破棄して再誕までする。

 彼女は舌打ちしつつ、しかし手は休めない。

 

 蹴られて転がったイアソンは、甲板を転がりながら悲鳴を上げる。

 そんな彼に駆け寄って、心配そうな顔を浮かべる王女メディア。

 

「大丈夫ですか、イアソン様?」

 

「何が無理って! 何よりあんなことになったってのに当たり前みたいな顔して副官ポジション取りに来るお前が一番怖いんだよ!」

 

「?」

 

「いや、不思議そうな顔するなよ!? 分かるだろ!?

 オレ完全にお前たちに騙されて行動してたじゃないか!

 どうしたらそこでそんな顔をしてられるんだチクショウ!」

 

 こてん、と首を傾げるメディア。

 そんな少女の態度に、よりいっそう顔を引き攣らせるイアソン。

 彼はそのまま甲板に蹲り、拳で叩く。

 

「―――それはお互い様でしょうに」

 

 そうしている彼の背後から、呆れたような声。

 (あたま)が理解を拒んで、イアソンの顔がぽかんと呆けた。

 が、徐々に情報が染み渡ってきて―――

 

「? ……!?、!?!?!? ちょ、ちょっと待て。いま、オレの後ろから声したよな?

 いや、しなかった。しなかったはずだ。オレの幻聴、そうだ間違いない。

 疲れてるのかな。ヘクトール、ここの指揮はお前に任せた。私は船長室で休む」

 

「おーい、船長? そりゃないって」

 

 ぼやきながらも、ヘクトールの槍に隙は一つもなく。

 押し寄せる魔神の攻撃を迎撃してみせる。

 王女メディアによる魔術の支援まであるのだ。彼が攻撃を通すなど在り得ない。

 

 そんなことより―――

 

「馬鹿ね、逃がすわけないでしょう」

 

 如何にも魔女然とした格好の青い髪の女性が、ぱちんと指を一打ち。

 その瞬間にイアソンは首から下の動きを封じられた。

 唯一可動範囲が残された首が、油の切れた歯車のようにギギギと背後を向いた。

 そうして目の前にいる女性を見て、イアソンが恐怖で顔を崩し切る。

 

「ギャアアアアアアア―――――ッ!? ダブルメディア―――――ッ!?

 待て、待て待て待て、何故そうなる。お前いなかっただろ!?

 別の場所から来たのか!? オレか!? オレを刺し殺すためにか!?」

 

「はい! この宙域はサーヴァントの降霊が通常より容易そうだったので、私がアルゴー船に介入して、未来の私を召喚してみました! その……イアソン様のためになれば、と思って」

 

 そう言って頬を染める王女メディア。

 それを見て、イアソンと魔女メディアが同時に嫌なものを見たと顔を顰める。

 

 “天上引き裂きし煌々の船(アストラプスィテ・アルゴー)”。

 

 数多の英雄を先導した男、イアソンの持つ宝具。

 星に召し上げられたアルゴー船のかつての姿。

 彼が英雄たちに先立つもので在る限り、アルゴノーツは彼の声に応える。

 

 その性質を利用して、やってみたと。

 恋する少女が恥ずかしげに、イアソンをちらちらと伺う。

 褒めて欲しい、という気持ちを感じる。感じるが―――

 

「オレの宝具勝手に利用して!? くそ、見ろメディア! これがお前だ!

 オレが悪くないとはこの際言わないが、お前にだって問題は絶対あっただろ!

 オレ、お前、神々その他諸々! この魔のトライアングルが原因だ!

 何かひとつに責任を押し付けるのは止めろ! オレたち全員の問題だったんだ!

 だから情状酌量の余地があってもいいと思う! 許せ!」

 

「うるさいわね……蹴り飛ばしてちょうだい」

 

「まあいいが」

 

 射撃のついでに、と。アタランテに蹴り飛ばされるイアソン。

 本来なら怒りたいところだが、彼は今回に限っては全面的に許した。

 蹴っ飛ばされたおかげでメディア(×2)との距離が開くからだ。

 甲板を転がるイアソン。

 

 が、彼の回転は途中で止まる。

 別の誰かにぶつかって止まったのだ。

 

「だれ、……! あん、お前らどうしてここに……?

 この前は来なかったくせに」

 

 自分がぶつかった相手を見上げ、そう言い放つイアソン。

 その言葉を向けられた男が、憤懣遣る方無いとばかりに表情を怒りに染めた。

 

「―――何故、だと?」

 

 男がしゃがみ、転がっていたイアソンの襟首を掴み。

 思い切り引き起こして、顔を突き合わせ。

 全力で、彼に怒りを叫んだ。

 

「貴様、言うに事欠いて! 星を! 地上に引きずり落とす戦いに!!

 俺と! ポルクスを!!! 我ら双子星を呼びつけていたと白状したわけだ!!

 貴様でなければこの時点で首を落としている! 猛省しろ!!」

 

 黄金の髪の兄妹。

 双子の星の兄、カストロが怒りのままにそう吐き捨て、イアソンを投げる。

 ぐえ、と小さく呻きつつ再び転がる彼。

 

「あー……ああ、あー、なるほど。だから来なかったのかお前ら」

 

 そういえば星座を全部蹴り落としてやれ、みたいな話もした気がする。

 だとしたら、それはなるほど。

 双子星のディオスクロイが来るはずもない。

 

「それ以前の問題です」

 

 呆れたように溜め息ひとつ。

 妹のポルクスが転がっていくイアソンを見下ろす。

 

「ですが、兄様。イアソンのやることですから……」

 

「分かっている! だから見逃している!

 神たる我らと違い、人は誤ることがあるものだとな!」

 

 苛立ちながらもカストロは彼から視線を剥がし、腕を胸の前で組んだ。

 彼の目に映るのは、魔神と英雄の決戦場。

 

 ヘラクレスが腐肉の柱を薙ぎ払い。

 反撃に浴びせられる熱波を突き破り。

 そうして先程放った以上の剛撃で以て、一撃で魔神どもを粉砕する。

 

 絶対無比、猛き大英雄の圧倒的な暴威。

 それを前にして、カストロが微かに口元を緩めた。

 

「―――貴様の語る夢に虚勢は混じるが、貴様の語る友に虚栄は混じらぬ。

 何よりも眩き栄光(ヘラクレス)の輝きを知る貴様は、他にどんな光を前にしても目は眩むまい、と。

 ……そう思っていたら、この始末!」

 

「オレの夢とヘラクレスは別腹なんだよ、悪いか!」

 

「悪いに決まってるでしょう。馬鹿だと思ってはいたけどここまでとは」

 

 時を経た方のメディアが、その手に杖を出現させた。

 その先端に引っかけて、イアソンのことを持ち上げる。

 

「我らは導きの星。我らが乗った船が向けた舳先の行先は、人を導くものであったと。

 そして先導した貴様もまた、導きの人であったと認めている。

 だからこそ、今回ばかりは目を瞑ってやっているのだ。改めて猛省しろ!」

 

「そういうわけです。兄様も流石に今回のは少し怒った、と。

 ですが、致し方ないとも思っています。

 人理は焼け落ち、未来は暗闇に鎖された。ならば、人間なら道を誤ることもあるでしょう」

 

 ポルクスがその手に剣を顕して、前に歩みだす。

 それに合わせて、カストロが光輪を浮かべて彼女に背を預ける。

 背中合わせの双子星。

 双つの神が甲板に立ち、武器を天を衝くように大きく掲げ、交差させた。

 

「故に、此度は我らが光臨した!

 我らは光! 嵐の後に天から差し込む祝福である!!」

 

「故に、此処から先は我らが示しましょう!

 我らは星! 空にて輝く旅人が見上げるべき道標!!」

 

 光が奔る。星が瞬くような速度で、双神が宇宙を滑る。

 二人であればヘラクレスにさえ後れは取る筈なし、と。

 

「貴様は後に続くものを先導せよ、イアソン!

 そのための道は、我らが照らし出してやろう!!」

 

 魔神へと斬り込んでいく二つの星。

 再誕と同時に千切れ飛んでいく魔神たち。

 そんな光景を、メディアにぶら下げられながらイアソンは見た。

 彼はそこで小さく笑い、軽く体を揺する。

 

 怪訝そうな顔をするメディアの前で、イアソンが着地。

 そうした彼は不敵な笑みを浮かべ―――

 

「……ふっ、言ってくれるじゃないか。カストロ、ポルクス。

 そうだな……ああ、そうだ。オレの船はあらゆるものを先導する船。

 そしてお前たちは、誇り高きアルゴー船の行先を照らす光……」

 

 そのまま振り返って、船室に引き返した。

 

「まあ、あいつらもオレの船の力で出てきたんだろうし?

 じゃあ万が一にもオレが退場して戦力を減らさないよう、安全なところで待ってるのがオレの一番の仕事なわけだよ。おい、ヘクトール。ここからはお前に任せた。まあ適当にやってていいぞ、ヘラクレスは最強だし、あの二人はヘラクレスほどじゃないが、かなりやるからな」

 

 最初っから任されっぱなしですけどねぇ、と。

 黄金の槍の穂先が破裂する光を引き裂く。

 

 そうして彼はメディアの視線から逃れるようにさっさと船室へ向かい、

 

「いや、死にかける程度なら問題ない。お前の船のおかげでな」

 

 ふらりと現れる、フードとマスクで顔を覆った男。

 彼が随分と長い袖に隠された腕で、イアソンの肩を掴んでいた。

 笑っていたイアソンの顔は、既に流れを察して引き攣っている。

 

「………………その、なんだ。それは、どういうことかな?

 いや、それにしてもあれだ。来てくれて嬉しいよアスクレピオス」

 

「ああ、僕もこんな場に居合わせる事ができて嬉しい」

 

 蛇遣い座に召し上げられたアポロンの息子。

 医神と称されるほどの男が、さほど感情も載せずにそう言って。

 ぐい、と。イアソンの体を引き戻す。

 

「だがヘラクレスは放っておいても傷が治るおかげで参考にならないからな。お前がいてくれて助かった。心配する必要はない。僕とメディアがいれば、首だけになった程度の半死人ならどうとでもなる。だから―――アタランテ、蹴り込んできていいぞ」

 

「ああ、そうしよう。大好きなヘラクレスと一緒に最前線だ、喜べ」

 

「お前ら、船長に対して敬意が足りないんじゃないか!?

 ってかアタランテ! お前もうあっちの船行けよ!

 あっちにお前の信仰する女神も来てるだろ! さてはそっち行きたくないからこっちに……」

 

 イアソンが蹴られて吹き飛ぶ。

 自分の船から落ちていく船長の姿を、特に何ともない様子で見送る船員たち。

 

「……ああ、そういえばアルテミスおばさんの神威も感じるな。

 アタランテ、後で魔力をもらってきてくれ。薬に使う」

 

「断固拒否する」

 

 今までよりも苛烈に、アタランテによる弾幕が張られる。

 そんな二人を見て溜め息をひとつ。

 

「やれやれね。ま、呼ばれたからには最後まで付き合うけれど。

 ―――せっかくどれだけ殺しても死なない的があるんだもの。

 ストレス解消くらいにはなってくれるでしょう?」

 

 音が縮む。本来音として世界に紡がれる詠唱が、圧縮されて吐き出される。

 同時、メディアによる火力支援が開始された。

 展開される無数の魔法陣。

 浮かび上がった極彩色のそれの中、膨大な魔力が収束していく。

 

 その破壊の前兆を知り。

 しかしヘラクレスとディオスクロイが魔神を殺戮する手は止まらない。

 僅かに眉を吊り上げつつ、メディアは砲撃を開始した。

 

 破壊するメディアがいれば、守護するメディアもいる。

 ヘラクレスを更に頑強に。ヘラクレスを更に強靭に。ヘラクレスを更に最強に。

 船長の意志に応え、彼女の魔術が大英雄を加速させた。

 

 神言魔術式・灰の花嫁(ヘカティック・グライアー)を強引に突き破る大英雄。

 魔力光と並ぶ速度で舞い、潜り抜ける双子星。

 戦場における殺戮が加速する。魔神が粉砕される速度が極限まで昇り詰める。

 

 だが、それでも当然のように魔神に終わりはやってこない。

 その勢いを止めるべく、魔神が行動を選択する。

 狙うべきはアルゴノーツを支えるもの。

 ならば、と。アルゴーを崩壊させるために、イアソンが集中砲火を浴びた。

 

「ヘクトール! ヘクトール!! こっちだ! こっちでオレの盾になれ!!」

 

「あら、こういう時はヘラクレスを呼ばないんで?」

 

 ヘクトールが一足飛び、イアソンの元へと飛び降りる。

 着地と同時に彼を逃がしつつ、熱波をドゥリンダナで切り払う。

 そのまま疾走しながらの防衛に切り替える彼。

 

「オレだって呼びたいに決まってるだろ! だが魔神を誰よりも早く多く殺せるのがヘラクレスなんだから仕方ねえだろ! くそぉ! カストロとポルクスだけ来てアスクレピオスがいなきゃギリギリで船の上で防戦した方が良かったのに! アイツがいたらそりゃオレが囮になってメディアを船の防戦からヘラクレスの援護に回した方がいいに決まってる! 魔神の伐採速度が百倍になれば、こっちの被害は百分の一だ! そこで更にオレとアルゴーに狙いを分散させればそれぞれ二百分の一! そのくらいならオレ一人で走り回っても、死にかけたらアスクレピオスがどうにかすれば、何とかなっちゃうもんなぁ! その上、メディアは船の防御を最小限にした分だけヘラクレスを強化できるオマケつき!」

 

「にしたって自分でマラソンとはねえ」

 

 確かに、そう言われればそれが一番効率がいいのかもしれない。

 けれど、効率を一段落として安全度を上げると言う手だってあるはずだ。

 今回課せられているのは、長期戦。

 途切れることなく魔神を殺し続けるというものだ。

 無理をして途中で失敗するリスクを思えば、安全策で立ちまわるべきとさえ言える。

 

 その言葉に、ぐぅと一度押し黙って。

 しかしすぐに彼は、感情に任せて言葉を吐き出し始めた。

 

「―――仕方ねえだろ! カストロとポルクスは二人! アイツらもまあ、なかなかそこそこの連中だ。その上、ここが宇宙みたいなもんだってのが余計にアイツらにとって有利だしな! 今回に限れば、アイツら二人が相手じゃヘラクレスでも単騎じゃ戦績で負けるかもしれねえ!

 ……誰が許すかそんなこと! ヘラクレスにメディアの援護を合わせた二対二ならアイツらだろうと勝負にもならねえんだ! いつも通り、アイツがやっぱり最強だったで終わりだ! 誰より最強だったのはアイツなんだから! これが人理を取り戻すための戦いだってなら、アイツが誰より最強だって事実を、この戦いで改めて歴史にしっかりと刻んでいけ!!」

 

「―――ははは。いやぁ、なんとも。

 命懸けてるねぇ。双子星曰く、虚勢はあっても虚栄はない、ね。

 背負った栄光さえそこにあれば、なるほど。その身こそは英雄船の船長、か」

 

 イアソンのなりふり構わぬ全力疾走。

 それに苦笑しながら追走しつつ、ヘクトールが完璧な防戦をしてみせた。

 

 

 

 

「あ!! ダーリン、ダーリン! なんか私、今おばさん呼ばわりされた気がする!?」

 

「余裕あんなぁお前ら!」

 

 ぎゅうと熊になったオリオンを抱きしめるアルテミス。

 

「まあここにはヘラクレスがいるし。

 なんか別のゼウスの子たち(ディオスクロイ)まで降りてきたし。

 私たち、何もしなくてもどうにかなりそうじゃない?

 こっちの船やる気あんま感じないしー」

 

 そう言ってアルテミスが視線を向けるのは、こちらの船の船長。

 顎に蓄えた黒い髭を梳く偉丈夫。

 エドワード・ティーチはそんな視線を向けられながらも、さほど反応は示さなかった。

 

「うーん。まあ、神話の英雄がどっかんどっかんしてるし、拙者たちはなあなあでいいのでは?

 下手に突っ込んだら巻き込まれて沈みそうだし」

 

 気の入っていない黒髭の発言。

 そんな彼を後ろから眺めながら、メアリー・リードが呟く。

 

「やる気ないね、あいつ。一瞬だけ死ぬほど喜んでたのに」

 

 そういって彼女が見るのは、同じく呆れ顔のキャプテン・ドレイク。

 彼女の呟く声を隣にいたアン・ボニーが拾い、肩を竦めた。

 

「キャプテン・ドレイクと船を並べたかったんでしょうねえ」

 

「ああ、彼女がこの船に乗るって分かって死ぬほど喜んだけど、でもやっぱり一緒に同じ船に乗るより、船を並べて戦いたかったってこと? めんどくさ」

 

「めんどくさいのはいけないね。女性も男性も、いろいろとさっぱりしてる方がいい。

 一夜の思い出(あやまち)は引きずらないからこそだ。

 そうだろう、アビ―――うん、ギリギリ。そうだろう、アビシャグ?」

 

 内緒話を勝手に拾ってアンへと声をかけるダビデ。

 一体何がギリギリだというのか、と。

 彼女は呆れた風に目を細め、しっしっ、と彼を追い払おうとする。

 

「いちいち否定はしませんけど、こちらとしてはあなたは範囲外ですわ」

 

「それは残念。しかし困った、船長である黒髭くんの協力が得られないと、参戦が難しい。

 ヘラクレスとカストロ、ポルクス。それにメディアの爆撃……中途半端な歩兵が紛れ込める戦場じゃなくなってしまったせいだ。割り込めるとしたら……」

 

 そう言って彼が視線を向けるのは、アステリオス。

 彼はエウリュアレとエイリークの間に立つように待機している。

 

「……アステリオスは頑丈だけど。ヘラクレスやディオスクロイみたいにはいかないでしょ。

 どんな攻撃をされても効かない上に、万が一効いても蘇生するヘラクレス。ここが宇宙であるために人の世から離れ、どんな攻撃をも振り切れる最も速き星の光に近い状態のディオスクロイ。

 彼らだから、あんな離れ業が出来るのよ」

 

 魔神より強靭なるヘラクレス。魔神より疾きディオスクロイ。

 彼らは魔神の攻撃も、更にアルゴー船から行われるメディアの攻撃も物ともせずに戦う。

 

 その光景に臨みながら、アステリオスが遠慮がちにエウリュアレに声をかけた。

 

「えうりゅあれが、そうしてほしいなら。うん、がんばる」

 

「馬鹿ね、アンタじゃ無理だって言ってるの。

 大人しくアンタはアンタができることをしなさい」

 

 いきり立とうとするアステリオスを宥めるエウリュアレ。

 如何に天性の魔たる彼とは言え、あの戦場は流石に厳しいだろう。

 

「姉弟……いえ、どちらかというと親子ですわねぇ」

 

「そういえば、そっちはここの大ボスの父親なんだっけ?」

 

 話を振られたダビデが肩を竦める。

 

「ま、そうと言えなくもないかもね」

 

 実際のところは知らないし、知ろうとも思わなかった。

 だから、目を合わせる気もなかったのだけれど。

 結局何となくこの結末を察した時、少しだけ方針を改めた。

 

 まあ。何よりこれは、今を生きている人間の話というだけだ。

 彼はサーヴァント。

 彼方からふらりと立ち寄っただけの力を貸すだけの商売人。

 だからあくまで、肩に手を添えるだけ。

 

「ったくさぁ! 何拗ねてんのか知らないけど、いい加減船を前に出しな!」

 

 別に物思いに耽る、というほどでもないダビデの耳に届くドレイクの声。

 彼女が呆れと怒りを滲ませながら、黒髭に怒鳴っていた。

 

「はぁ……これだから気の短いBBAは……

 拙者はあっちの連中が息切れするタイミングを待っているだけだというのに」

 

 ぶーぶーと口を尖らせながらティーチが体をくねらせる。

 気持ち悪いその動作に、ドレイクは肩を怒らせた。

 

「気が長いお優しい人間なら最初から海賊になんざなってないよ!」

 

「まあまあ船長。おっと、この船の上では船長ではなかったか。

 それはそれとして、確かに黒髭のいう事にも一理ある。

 持久戦である以上、あちらと合わせて交互に動くというのも十分有りだ。

 それでも――――今ここで、前に出たい理由があるかい?」

 

 間を取り持つように、ダビデがドレイクを一度遮った。

 どう言えばいいかなど、分かり切っている。

 

「決まってんだろうが! “荷”さ!!」

 

 だらしなく緩んでいた黒髭の顔で、眉がぴくりと吊り上がる。

 彼の反応におや、と。二人の女海賊が軽く目を瞠った。

 

「アタシの船は、この星丸ごと滅ぼそうっていう悪党をぶっ倒す、世界を救う王様なんかになろうとしてるガキンチョどもを此処まで運んできたんだ!

 今まで誰一人運んだ事のないようなそのデカい荷物を、最後まで運びきれるかどうか瀬戸際が今なのさ! アタシたちの船が此処まで運んだものを、ゴールまで運べないってならさっさとそう言いな! ちゃんと載せられる船を改めて探すさ!」

 

「……なるほど。積み荷を扱う船長として、商売人としての判断か。

 ここから先は、命を懸けたビジネスの話。なら僕からこれ以上訊くことはないね。

 あとは、黒髭が船長としてどう応えるかだ」

 

 そう言って、ダビデがさっさと身を引いた。

 改めて、フランシス・ドレイクがエドワード・ティーチへと向き直る。

 

「聞かせな、エドワード・ティーチ!!

 海賊としてより先に、海の男として! アンタの(ふね)は、どこまで届く!!」

 

「―――決まってんだろ? テメェより先までさァッ!!」

 

 当たり前だ。彼にとって、それは過去の記録。

 かつてそこまで届いたという伝説があった事に憧れた。

 

 だったら。それに憧れたものの礼儀として、だ。

 彼の航海は、彼女の航海より先にまで届かなくてはいけない。

 そうでなくては、恥ずかしくてアンタに憧れていたとすら口に出来ない。

 

 人間としては屑中の屑だから、彼はこんなところにいるのだけれど。

 自分本位で他人の事など考えないから、彼はこんなところにいるのだから。

 自分の中に抱えた憧れだけは、他の何をぶち殺してでも守り抜かなくてはいけない。

 

「あ、やっと火がつきましたわね。戦闘準備しましょうか」

 

「ま、海賊なんてそもそもろくでなしの集まりだしね。

 湿気ても火がつく分マシじゃないかな」

 

 アンがマスケット銃をその手の中に現して。

 メアリーがカトラスを引き抜く。

 戦意を発揮し始めた黒髭が、すぐさまそちらの二人に向けて微笑んだ。

 

「うふふ、心配させちゃった? ごめんなさいね、アン氏&メアリー氏。

 あなたの黒髭はもう元気いっぱい! まず手始めに―――」

 

 そうしてぐるりと体の向きを変え。

 黒髭は即座にエウリュアレの位置をロックオン。

 そうなるのが見えていたのか、メアリーがすぐさま声をかける。

 

「アステリオス、そいつ殺していいから」

 

「うん? うん……?」

 

 黒髭によるジャンプ&スライディング。

 その流れで偶然を装って、スカートの下を拝もうとしたのだ。

 別にエウリュアレのスカートの中身を目指したわけではない。

 ちょっと体を動かしたい気分になり、ジャンプしてスライディングしたくなっただけだ。

 

 そこに振り下ろされる巨大戦斧。

 頭から滑り込んでいく黒髭の目前にそれが叩きつけられ、甲板を割った。

 そのまま刃の腹に顔面から頭突きする事になるティーチ。

 

 エウリュアレの隠されし聖域を見る事なく、磨き上げられた鋼の刃に映った自分の顔にキスする事になった黒髭。彼は跳ね返されながら奇声を上げる。

 

「ひょー! メアリー氏、拙者が死んだらこの船消えちゃうんですケド?

 あ、ドジっ娘アピールですかな?

 ドゥフフフフwww拙者にそんなアピールしなくても、ちゃーんと魅力は伝わって」

 

「アステリオス、あなたはこっちに残ってアイツが妙な動きをしたら間違いなく殺しなさい」

 

「う、うん」

 

 困惑しつつも、転がった黒髭をちらちらと窺うアステリオス。

 浮かべるのはよく分からない、という表情。

 が、エウリュアレが言った以上、下手な事をすればガチで殺しにくるだろう。

 

「え? エウリュアレ氏までガチトーン?

 拙者、そこまで警戒されてる? もしや、魔神より警戒されてる?

 これは、つまり……拙者は魔神を超えた男……!」

 

 そう言って戦慄く黒髭。

 そんな彼をゴミを見る目で見下ろしつつ、アンは微笑む。

 

「そうよ、メアリー。エウリュアレも。そんな事したらいけないわ」

 

「アン氏……!」

 

「ここで殺すより船首に括りつけて弾除けにしましょう?

 向こうも船長が囮をしているみたいだし。まさかドレイクを越える、と豪語する男気溢れるうちの船長が、他所の船長が出来ることができない、なんて言わないでしょうし」

 

 そう言って彼女は銃を予備のロープがかかっている場所に向けた。

 エウリュアレがそれを見て、アステリオスを軽く叩く。

 取ってこい、と言われたと判断した彼がすぐにロープに向かって走り出す。

 

 このままでは思考をエウリュアレに預けているアステリオスに、ガチで縛られかねない。

 それを明敏に感じ取った黒髭が、割とマジで拒否するために首を高速で横に振った。

 

「囮と弾除けじゃちょっと違うと思うナー、ボク!」

 

「じゃあ囮は出来るんだね。さっさとやって」

 

「OH……そういうわけだ、エイリーク氏。キミに拙者の代わりに囮係を命じる」

 

 そう言ってカトラスで戦場を指し示すメアリー。

 黒髭はそれを即座に大人しく鎮座しているエイリークへと投げる。

 そして、エイリークはそれに対して鷹揚に頷きを返した。

 

「それは構わんのだが。

 船長、あまり女性にそういったちょっかいをかけるのは褒められたものじゃないぞ」

 

 ぎょっ、と。甲板にいた全員が、突然の理知的な声に目を剥く。

 そう反応される理由が理解できるのか、エイリークは苦笑で返す。

 

「え? あ、はい。ごめんなさい。え? あれ?

 ―――あの、エイリーク氏、いま喋りました?」

 

「喋ったぞ。こんな状況だ、(グンヒルド)が少し手伝ってくれていてな」

 

 思った以上に朗らかに話し始めるエイリーク。

 しかし彼が妻のことを口にした事で、エウリュアレが僅かに下がる。

 ロープを放り、それを庇うように動くアステリオス。

 

 そんな動きを見て苦笑して、しかし理解はできるので視線を外す。

 

「まあ(グンヒルド)が見ているから、あまり余計な口を叩くことはしないが。

 特に女性と話すのは、どうにもあれを怒らせるらしくてな。理解してくれると嬉しい」

 

「わかるー! ダーリンが他の女と話してただけでつい手が出ちゃいそうになるの!」

 

 浮遊しながら熊を抱えている女神が、深々と頷いた。

 そんな話を至近距離で聞かされた熊が、震えながら恋人を見上げる。

 

「あの……それは相手の女に? それとも、俺に?」

 

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!」

 

「ひえっ」

 

 虚ろな目を浮かべるアルテミスとオリオンの視線が交錯。

 悲鳴を上げて、熊のぬいぐるみが凍り付いた。

 

「はー……ま、それどころじゃありませんしな。では、囮係のほどヨロシク―――」

 

「ああ、それと……なんとも申し訳ないんだが。ヘラクレスたちがああも活躍しているのに、私が何も無しなど許せんと言っていてな……できるだけ彼女は止めるが、すまない。

 今までこの采配をしていた船長に呪いが飛ぶことも―――」

 

 痛ましげに表情を曇らせて、エイリークがそう呟く。

 すると即座に海賊、黒髭が立ち上がった。

 甲板を蹴り付け、すぐさまこれからの方針を明示。魔神を指差し叫ぶ。

 

「おう、全速前しーん!

 エイリーク氏を前面に押し立て、あの気持ち悪い烏賊みたいな連中をぶっ殺す!

 ここは今からヴァイキングの王、エイリーク様の狩場だ!!

 どっかの神様の子だかなんだか知らねえが、エイリーク様が纏めてぶっ潰してやるぜ!」

 

「あ、いま追加でグンヒルドからの通信が届いた。

 我が夫の強さはそんな風に媚びられるまでもないから不快、だそうだ。

 そういうのは、もうちょっと抑えた方がいいな。すまん」

 

「ハハハ! 脅迫と惚気を同時にするたぁやってくれるじゃねえか!

 拙者、どうやったら助かるの!?」

 

 非業の死を前に悲鳴を上げる男。

 そんな彼に並び、唯一残された拳銃を引き抜く女。

 

「海賊やってんだ! 野垂れ死ぬなんて分かり切ってただろうさ!」

 

「やだやだー! 拙者エウリュアレちゃんの膝枕の上で死にたーい!!」

 

 大砲展開、全砲門解放。

 船体から火線を撃ち上げながら、“アン女王の復讐(クイーンアンズ・リベンジ)”が進撃する。

 乗せた者たちの霊基を支えに、無敵の船と化した海賊船が侵略する。

 魔女の降らせる爆撃の雨を突き破り、彼らは魔神の中へと突っ込んだ。

 

「仕方ねえ! オレが呪いで干されて骨と皮だけになる前に!

 最後に送り出さなきゃならねえ荷物だけは届けてやらぁな! あのドレイクが運びきれなかった大荷物だ! これを運んだら、テメェは越えたと笑いながら死んでやるぜ!!

 フランシス・ドレイクよ! テメェを超える偉業を特等席で見ていけやァッ!!」

 

「ハッ、その意気だ! エドワード・ティーチ!

 アンタのミイラはしっかり海の中に蹴り捨ててやるさ! 

 嵐なんざで彷徨い出ないように、重しと一緒に海の底にまでね!!」

 

 

 




 
 特異点3つずつ入れて2話分で終わらせようとしたら1つずつが思った以上に長い。
 そもそも人数多すぎんよー。登場人物100人近いって何だよー。

 ゼパルの怒りが愛という知性を打ち倒すと信じて!


 ふりかえり。
 四章。

 なんかすげー書きづらかった、というのを覚えている。
 これ以上難しいのはきっとない、はず。
 と思ってたらGが余裕でそれ以上に書きづらかったので問題ない。

 アナザーダブルは味方側から開始、というインパクト優先。
 ついでに空の境界コラボもぶち込む。ひゃっはー。
 ハロウィン本能寺といい、混ぜて考えるの楽しいな、とか考え始めた可能性。
 そもそもクロスオーバーなんだから混ざってるのは当たり前だが。

 アタランテは曇る。ついでにパラケルススも曇る。
 霧の街だから致し方なし。

 ナーサリーライムは面白い使い方が出来そうなのだが。
 ただそういう風に使うと、アリスとしては出番がないという。
 難しいものである。

 そのうちプリズマコーズでも書いてアリスの出番を作ろうか。
 魔法少女ビーストの国がある奴。

 プリズマコーズはぐだぐだ明治維新なりオール信長なりと合わせれば、
 「全戦国魔法大名少女大合戦」とか、
 「第六天魔法少女ノブナガ☆オールスター!全員集合、マジカルファイヤー本能寺!」とか、
 そんなで色々遊べそう。なんか面白い使い方したいものである。

 それはさておき。
 本来終盤に出てくるゴールデン、玉藻をフランとセットにして動かしてみる。
 チームも極力分断して進行する。
 そしてバラバラに出てくるはずのテスラとアルトリア・オルタも一緒に出す。

 順番に処理するより同時進行の方が楽。
 一ヵ所に集まられると一度に書く人数が増えるんだもの。
 人数が多いとどうしようもねえというのを今まさに改めて実感しているところ。
 こういう処理は、今後もずっと極力そう進めたいという意思を感じる。
 なのに五章からマスターが一人増えて労力増したんですけどー。

 アナザーダブルに選択したのは、
 ヘンリー・ジキル(ハイド)、完成体に両儀式。

 モチーフは地球(ほし)の本棚。
 そこにはこの星の全てが収まっている。
 が、検索するだけでは分からない事もある。それは、識っているけれど。
 情報だけでは理解しかできない。記録だけでは感情がついていかない。
 記憶があっても、それを識るにはまだ足りない。
 本棚も、彼女も。それを直視し、確かめる事ができるものではないのだから。

 決着は、たまたま風が吹いただけ。
 


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見下げた星空-931

 

 

 

 王剣の刃が一度、魔神を斬り捨てる。

 即座に復帰した魔神が眼を開く。

 迸る魔力の奔流。鎧も着ていないモードレッドでは、それは命に届き得る。

 だからこそ彼女は、即座に隣にいるものを引っ張り寄せた。

 

 蒸気を噴き出すヘルタースケルター。

 盾にしたそれが、装甲ごと蒸発させられていく。

 だが代わりにモードレッドは生き抜いて、そのまま再び魔神を斬り捨てた。

 

「ハッ、こんなもんかよ! さっさと補充しろよ、まだ殺し足りねえぞ!」

 

「セイバー、そんなに挑発しないでくれないか。

 君は大丈夫でも、僕たちはギリギリなんだから」

 

 後ろで精いっぱいの魔術を行使するヘンリー・ジキル。

 そちらを面倒そうに一瞥し、しかしすぐに視線を外した。

 そのまま流れるように蒸気機械の残骸を蹴り飛ばし、腐肉の破片を雷で焼き払い。

 モードレッドが剣を構え直す。

 

「っせーな。だからオレがわざわざこっちに参戦してんだろ。

 オレがいたからか、聖都の方のオレは来れなかったみてえだし、円卓も穴開きだ。

 いや、どっちにしろマスターたちと縁がねえからほとんど来れねえのか……」

 

 少し残念がるように。しかし妙に安心するように。

 モードレッドはちらとだけその円卓の戦場を窺い―――

 しかしすぐさま口角を吊り上げ、魔神へと向き直った。

 

「まあどっちでもいいか。テメェはモヤシらしく後ろからちまちまやってろよ。

 おい、フラン。もしもの時はそいつを盾にしていいぜ」

 

「……そんな事をされたら、今回の僕はあっさりと死んでしまう。

 もちろん、努力はするつもりなのだけれど。

 ただ申し訳ない、基本的に僕より先にチャールズ・バベッジのつけた護衛に頼って欲しい」

 

 アナザーダブルであったら積極的に盾になれたのだけど、と。

 しかし既に残っていない力にどうこう言っても仕方ない。

 今できる最大限をこなしつつ、ジキルは申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「ウゥ!」

 

 フランが己の心臓で発電しつつ、周囲に展開された蒸気機兵を見渡す。

 盾となり、矛となり、幾ら砕かれても溢れ出す夢の跡。

 魔神ほどの速度で供給されるはずもなく、魔神ほど強力なわけではない。

 だがその兵士は、確かに戦線の維持に尽力している。

 

 そんな事実に対し、機嫌良さげに頷く彼女。

 

「ではもしもの場合は(わたくし)が盾に使わせてもらってもよろしいですかぁ?

 いえ、私も悪魔なのですが、戦いは得意ではありませんので。

 あれ、これ前にも言いましたっけ?」

 

 道化が笑いながら、ジキルの背後に現れる。

 今回は鋏で切られてはたまらない、と。

 眉を微妙に顰めつつ、彼はメフィストフェレスからそっと距離を取る。

 

「―――契約が取りたいなら腕前でも見せろよ、三流悪魔。

 そら、相手は死なない……いや、死にはするんだ。ただ死んでも終わらないだけか。

 ま、どっちにしろやることは変わらない」

 

 迸る魔力光。前に立ち、その視線を殺す白刃。

 蒼く輝く眼光で死を見据えながら、両儀式は悪魔に呆れる。

 絶死の刃にぶるり震えながら、しかし嗤う悪魔。

 

「うふふふふ。んふ、はて。私と彼らのどっちが悪魔として下品でしょうかねえ。

 よく悪魔なんてやってられますねえ、あの魔神たち」

 

 別に相手の事を良く知っているわけでもないが。

 しかし、悪魔としてのシンパシーくらいあったりなかったりする。

 そうして嗤うメフィストフェレスに反応してか、魔神がぶるりといきり立つ。

 

「―――起動せよ。起動せよ。パイモン。ブエル。グシオン。シトリー。ベレト。エリゴス。カイム。そして我が名は、バルバトス。

 管制塔、点灯せよ。我ら、統括局の業務の補佐を行わん。人造生命ども如きに我らが崇高なる使命の価値を推し量れるはずもなし。早々に全て抹消し、我らが本来の業務を遂行せん―――!」

 

「おやおやぁ、何だか全部自分に刺さってそうな台詞を並べられましたぁ?

 いえ、私アナタ方の事なんてよく知りませんけど! なんとなくイメージで!」

 

 悪魔的に嗤いながら、ちょきん、と。

 鋏の音色と同時に設置した爆弾が点火。

 魔神の表皮を吹き飛ばし、数多の眼を潰し、微睡む爆弾が炸裂した。

 

 当然、魔神の状態は即座に修繕される。

 新品になった魔神たちは、即座に集結して火力を行使。

 

 そうして復活した連中に、雷鳴と共に剛撃が降り注ぐ。

 雷撃の戦斧が魔神を薙ぎ倒す。

 即座に放たれる反撃に対しては、周囲を巡るヘルタースケルターが動く。

 

「悪いな、バベッジの旦那!」

 

「―――いや。本来カタチ無き我が夢の跡が道を開く一助となる、というなら是非もない。存分に使い潰せ、それこそ私から世界に選ばれた未来に望む覚悟である」

 

 焼却式を浴びて蒸発するヘルタースケルター。

 だが、絢爛なる彼の夢から、その兵士は溢れ出し続ける。

 全身から蒸気を噴き出して、周囲に展開し続ける巨大な蒸気の鎧。

 そのチャールズ・バベッジを見て、彼の言葉に笑い。

 

 坂田金時が再びマサカリを振り上げた。

 

「おう! 守りはアンタに任せて、アンタの分もオレっちが魔神を切り倒しまくる!

 それであいこって事で一つ頼むぜ!」

 

「ちょっと金時さん? 私とフランさんとその他ががっつりと魔力をバベッジさんやあなたたちに回しているのをお忘れなく。後方支援の分まで働く、と言うなら私たちの分までしっかりと働いてもらわなくては困りますので、そこんとこヨロシクです」

 

 ぱたぱたと鏡と尻尾を動かしながら、狐耳の巫女が口を開く。

 フランの発電する魔力。パラケルススの賢者の石。

 それに合わせて彼女の宝具が、この戦場の全てを支えている。

 魔神に動力切れがない、というのなら彼女たちにだってそんなものはほぼありえない。

 

「分かってるっての! よお、レッドサンダー! 纏めて吹き飛ばすぜ!」

 

 玉藻の前の宝具が形成する空間。

 その中であれば、消耗など度外視して最高の一撃を叩き込み続ければいい。

 カートリッジはそうそう補充できないが、まあどうにかなるだろう。

 

 そう言って構えた金時に続き、モードレッドが赤雷を解き放つ。

 刀身を覆う血色の刃にそれを乗せ、彼女は大きく振り被った。

 

「そもそも、そのレッドサンダーっての何だよ。

 ゴールデンサンダーとでも呼び返して欲しいのか?」

 

「そりゃあいいぜ! ゴールデンサンダーだ!!」

 

「いいのかよ」

 

 溜め息混じりに振るわれるクラレント。

 まったく同時のタイミングで金時のマサカリ、“黄金喰い(ゴールデンイーター)”が振り抜かれた。

 二色の稲妻が迸り、魔神の間を奔り抜けて行く。

 

 ―――その後から続いて、大雷霆が宇宙に轟く。

 赤と黄金が混じる、二騎のサーヴァントが織り上げた雷。

 それを凌駕する自然色のままの稲妻が爆裂する。

 

 そんな一撃を放った男が宙を舞いながら。

 眼下の者たちに届くように、大声を張り上げた。

 

「では! 私のことは……あえて、そうあえて!

 一切の虚飾なく、Mr.サンダーとだけ呼ぶといい! あるいはライトニングサンダーと!

 純粋なる雷電。電力を地上と人に齎したこの私にのみ、その直截な呼び名が許される!

 そうは思わないかね、神なる雷に連なりしものよ!」

 

「お前はお前で何なんだよ」

 

 高笑いと共に、ニコラ・テスラが降り注ぐ。

 神の威力たる稲妻を引き連れて、人類神話が降臨する。

 魔神の大火力に引けを取らない大雷電。

 

 そんな、目の前で行使される自然の暴威を眺めつつ。

 眩しいので手で顔を軽く覆いながら、その男は楽しそうに笑う。

 

「【私たちはみんな自分の事くらい(We know what)知っている(we are ,)けど自分がどう変わっていくかは(but know not)自分ですら分からないのね(what we may be .)】 いやぁ、運命に翻弄されてますなあ! 吾輩たち!」

 

「は、運命がどうした! 想像の中で他人の運命を弄ぶ事で悦にいるのが趣味の物書きが、自分が運命に弄ばれた程度で被害者ぶれるか! 我が身を鑑みろ、俺たちが神を呪いでもすれば、俺たちこそ物語の登場人物に呪い殺されても文句を言えん!」

 

 シェイクスピアが笑えば、すぐにそう吐き捨てるアンデルセン。

 特に否定する気もないのか、童話作家の言葉に鷹揚に頷く劇作家。

 

「はははは、では呪いを叫ぶのは控えましょう。そうとなれば、我らを弄ぶ今の運命を書いた脚本家を純粋に批評するしかありませんな、同志アンデルセン!」

 

「うむ、貴様はどうだシェイクスピア。この運命に何点をつける!」

 

 顔を見合わせる二人の作家。

 意見はまるで同じなのか、彼らは楽しそうに笑いつつ。

 完全に声を合わせて、まったく同じ点数を口にした。

 

「0点!」

 

 だろうさ、でしょうな、と。

 声を重ねて高らかに笑い、直後に呆れ果てたと彼らは息を吐く。

 

「当たり前だ。ペンを執って紙に文字を書く事くらいしか出来ない連中をこんな化け物どもが戦う戦場に引っ張り出してどうする!」

 

「まあ吾輩はこれはこれでありとも思いますが、机も椅子も用意されてないのはちょっと……せめてタブレット端末でもあれば良かったのですがなぁ」

 

 くるくると指を回して、タッチ操作っぽい動きをみせるシェイクスピア。

 彼の大文豪のアイデアになるほど、と。

 アンデルセンはそうであったらよかったのに、と同意の溜め息を吐き散らした。

 

「ああ、なるほど。それはいいな。何せここには、そこかしこにバッテリーの充電に役立ちそうな電気人間は大量にいるからな! バリバリうるさい奴らも、それなら多少は役に立つ!」

 

「うるせえのはテメェらだ! 役に立たねぇなら黙ってろ!!」

 

 魔神を斬り払いつつ、バリバリとがなるモードレッド。

 だが作家二人はやれやれと肩を竦めるばかり。

 そんな態度に、叛逆の騎士が余計にヒートアップする。

 

 モードレッドの火力を向上させる、という意味では見事な仕事なのかもしれぬ。

 そう思いつつ、玉藻が大きく肩を竦めた。

 

「しかし吾輩たち、黙ったら本格的に存在意義がなくなってしまいますし」

 

「そうとも。無駄に喋るのは俺たちに任せ、お前たちは無駄に剣を振っていろ。

 どうだ、見事な役割分担だろう」

 

「無駄とは随分な物言いですねえ。

 今やってること全部、結構重要な仕事だと思いますけど?」

 

 魔術王の城、そこの門を開けるには魔神を全て殺し続けなければならない。

 つまり、カルデアと魔術王の最後の戦いのスタートラインはこの戦いにかかっている。

 玉藻とて他人事的な気持ちを抑えつつ、それなりに尻尾を張って努力しているというのに。

 

「は! そもそも奴らの人理焼却などという計画が無駄の極みなんだ!

 無駄な計画にわざわざ刃を向けるのも無駄な事でしかあるまい!」

 

 玉藻の言葉にそう返し、吐き捨てるアンデルセン。

 彼の言葉にシェイクスピアが手を持ち上げ、己の顎に添えた。

 顎髭を撫でながら、劇作家はおかしげに笑う。

 

「【我らが自分の足で立つものであるなら(Men at some time are) 運命の重みに耐えねばならぬ時がある(masters of their fates .)運命にだけ任せてはいけない、ブルータス(The fault, dear Brutus ,)高き所にある星は重みを軽くしてくれるが(is not in our stars ,)背負っているのは下にいる我々自身なのだ(But in ourselves ,)我々の上には常に支えるべき責任がある(that we are underlings .)】という事ですかな?」

 

「おい、随分と余計な言葉を選ぶじゃないか。そのせいで向こうの戦場にいるらしいジュリアス・シーザーが死んでいたら、笑い話になるのだが」

 

「吾輩のせいで暗殺されるとかそんなまさか。それはそれでおいしいかもしれませんが!」

 

 HAHAHA、とやはり楽しげに笑う作家ども。

 玉藻が流石に眉を吊り上げて表情を引き攣らせ、声に険を含め始めた。

 

「こいつら放置していたら、本気でずっとこいつらだけで喋ってそうですねえ……いいから、言いたい事があるなら、さっさと吐きやがってくださいます?」

 

 催促を受けて、やれやれとばかりに呆れた表情を浮かべるアンデルセン。

 そんなふざけた顔を見て、抑えきれなかった怒りがちらりと玉藻の表情に浮かぶ。

 しかし気にするはずもない、と。

 アンデルセンはそんな事を気にもかけず、半分笑いながら語りだす。

 

「ふん、この星で這い蹲っている連中から何もかも取り上げて宙ぶらりんにするなら、そもそも大地など必要ないという事だ。

 死を取り上げたい、などという過剰なお節介は当然の如く、あらゆるものから生をも取り上げる行為に他ならない。余計なお世話極まれり」

 

「ははは、そんな事になったら悲劇作家はおまんまの食い上げでしょうなあ!」

 

「ああ、そうもなろうさ。何せ犯人とて、別に悪意をもってそうしているわけではあるまい。そいつはただ知らんのだ。そんな欠陥を抱えてなくては、人間はやっていられない、というアホみたいな真実を。人は死ぬから生きていられる。欠点の代わりに美点が生じる。そんな当たり前の事を理解できず―――しかし。現実を知ったから、夢を持ってしまった」

 

 呆れるように、憐れむように、しかし知った事かと吐き捨てて。

 人間などという生き物は、酷い矛盾の塊だ。

 無駄だから滅べ、というだけならいい。そんな感性のものがいたっていいだろう。

 だが、

 

「――――で、あるならば。

 もはや奴は初めから間違えている。取り返しのつかない欠陥がそこにある。

 人類悪などというものになるには、前提からして認識が狂っていた」

 

「ほうほう、貴方らしい解釈の仕方ですな。

 ―――では、その心は?」

 

 シェイクスピアが面白がって、続きを促す。

 ほんの少しだけ、微妙に口を重くして。

 しかしここまで吐いたからには、ここから先は呑み込むなんて選択はない。

 ここまで語った後にシェイクスピアに言葉を預ける、なんてありえない。

 

「決まっている。もちろん―――」

 

 ―――轟音。

 怒涛の爆炎の余波で、作家二人が引っ繰り返る。

 どうやら雑談していたせいで目を付けられ、全力で攻撃されているらしい。

 バベッジの兵士たちを吹き飛ばし、攻撃は苛烈さを増していく。

 

「おやおやぁ? 怒らせてしまったようですねえ、あの程度で。

 ああいう図星を突かれて怒る、っていうのは悪魔的に大失点なわけですが」

 

「ほう、ならお前が突っ込んで戒めてこい。俺たちは下がっている」

 

 ちょきちょきと鋏を鳴らすメフィストフェレス。

 そんな彼に背中を向けて、すたこらさっさと距離を取る作家が二人。

 それを見送りつつ、玉藻が眉をひくつかせた。

 

 そうして、撤退した彼らが。

 彼らの間を縫って走り抜ける、黒衣とすれ違う。

 すれ違ったタイミングで、少し驚いてシェイクスピアが目を瞠った。

 

「おや、彼女も協力してくれるようですな」

 

「―――ええ、還るべき場所は誰しも失いたくないものですから」

 

 彼の声に応えるのは、魔剣を回しながらそう呟き、視線を僅かに下げるパラケルスス。

 

 駆け抜けていく小さな影、ジャック・ザ・リッパーが躍る。

 彼女のナイフが、雷光の間を縫って魔神の眼を潰し―――

 あまりにも効果が薄く、彼女は酷く顔を顰めた。

 そんな彼女に対して、錬金術師は声を飛ばす。

 

「ジャック・ザ・リッパー、霧を。チャールズ・バベッジ、あなたも是非」

 

 彼の魔術は導く。

 満ちる濃霧と、噴出する蒸気。そして、戦場に奔る雷電。

 それが一つの力となって、魔神を蹂躙することを。

 

「え……? うん、わかった」

 

「了解した」

 

 理解して、爆発的に噴き出す水蒸気。

 よく分からないけど、それを巻き込み拡がる濃霧。

 

 硫酸の霧は蒸気を巻き込み一気に魔神の元へと流れ込んでいく。

 それを見届けたパラケルススが、賢者の石の稼働を最大へと持って行く

 

「では、存分に雷電を」

 

 彼の言葉に先んじ、テスラが稲妻を轟かせる。

 霧の中を駆け巡る雷の暴威。焼け崩れていく無数の魔神。

 赤と黄金の雷光がそれを追い、敵の崩壊を加速させた。

 

「……まあ、特に何かを言う場面じゃないんだろうけどな。

 あの亡霊の世話までして、風の向くまま首を振るのは飽きたのか?」

 

 宇宙に轟く雷の輝き。

 立ち上る光の柱を前に、死の瞳がパラケルススを見据える。

 そうされても、彼は少し困ったように苦笑染みた表情を浮かべるだけ。

 

「……さて。私の本性など、今更どうしたところで変わるような事もないでしょう。

 ただ、いま私が向いている方向に、風が流れ込んでいるだけかと。

 ジャック・ザ・リッパー、彼女も同じ事です。ただ―――」

 

 周囲に散る消費された雷電。

 それを再発電に回し、フランは戦場を駆ける雷電たちに玉藻を通じて分配する。

 だが賢者の石で魔力を集積させる彼が得た魔力。

 そうして稼いだ動力は―――全て、別にいる一人のサーヴァントへと送り付けた。

 

「―――死霊を従える王の引き連れし嵐が、この場に吹き荒れているだけのこと」

 

 パラケルススの言葉と同時。嵐が天から着陸する。

 騎乗している黒馬の蹄が大地を抉り、それに続けて衝撃の余波が魔神を蹂躙した。

 前兆のみで魔神の群れを引き裂いて、一人の王がその戦場に君臨する。

 

 ―――その異名を、ワイルドハント。

 即ち、死霊どもを従える嵐の王。

 竜を模った漆黒の鎧を鳴らしながら、彼女はゆっくりと顔を上げた。

 

「おかあさん?」

 

 霧を展開しながら、ナイフで魔神の眼を潰していたジャックが振り向く。

 そこに降り立ったのは、少なくとも彼女が居場所だと感じられる何か。

 彼女が求める還るべき場所ではなく、最後に辿り着くべき地獄における盟主。

 

 そういう反応も理解できなくはないのか。

 モードレッドが僅かに呆れ、しかし声を荒げる事はなく一言呟く。

 

「父上だ、馬鹿」

 

「おとうさん……?」

 

 その物言いに不審そうに。しかし確かに、還る先ではないという確信はあって。

 居場所であっても還る場所ではない、ということは。

 確かにおかあさんではなく、おとうさん、などというものなのかもしれないと。

 ぐるぐると思考を回して混乱し、ジャックは小首を傾げた。

 

 そうしている従えるべき死霊の集合体を一瞥だけして。

 彼女の足が、黒馬の腹を軽く蹴った。

 すぐさま彼女の意志に従い、体勢を変える王を戴く騎馬。

 

「――――モードレッド」

 

 愛馬ラムレイの馬上で、漆黒の竜が静かに口を開く。

 漏れ出す声は、さながら竜の息吹の前兆。

 それを受けて、モードレッドが微かに頭を下げた。

 

「…………はい」

 

「―――此度のみ、我が嵐の中で生ずる稲妻となる事を許す。

 その轟きを絶やすな、それこそが貴様の役割だ」

 

 ただ、彼女は騎士に仕事を命じる。

 それだけで言葉を終えて、ラムレイに足を進めさせるアーサー王。

 そんな王に、舌打ちを押さえながら叛逆の騎士が声を震わせた。

 

「……あなたに、言われるまでもない」

 

「随分と小さい雷鳴だな。轟け、と言ったはずだが」

 

 呆れることすらしない声。

 それを浴びせられて、モードレッドが吼え猛る。

 

「……わぁってるよ! そっちこそ、って話だ!

 叛逆の騎士の雷に腹を喰い破られねえように、この戦場丸ごと嵐で呑み込んでみせな!」

 

「無論だ。貴様などに言われるまでもない」

 

 ―――嵐の王が、己の兜に手をかけた。

 剥ぎ取られる竜王の兜。その下にあった端正な美貌が露わになる。

 兜を放り捨て、アルトリア・ペンドラゴンがくすんだ金色の瞳で前を見据えた。

 握り締めた槍の穂先に渦巻く嵐、ロンゴミニアドによる暴威。

 

「―――この身こそが、果てに渦巻く嵐である。

 我が聖槍による蹂躙。それに続くのであれば遅れるな、雷光ども。

 この戦場に限ったことではなく、全ての戦場に貴様たちの咆哮、遠雷を届けるがいい」

 

「ふふははははは! クイーンからお誘いとあらば応えるより他にない。我が交流の雷霆こそ最も優れたエネルギーである、という事実をひけらかしたい思いは抑えきれないが……クイーンの放つ嵐の中で轟け、というのであれば望むところ!

 紳士として、美しきレディのお誘いを断るような事ができるだろうか。いや、できない!」

 

「ナーゥ……」

 

 グローブで胸を叩き、悪い気はしないと朗らかに電気を撒き散らすテスラ。

 明らかに美貌に酔った男のそんな様子に、フランが発電しながら呆れ果てた。

 

「ハッ! そういうわけだ、悪ぃなフラン!

 そんでフォックス! 今まで以上に魔力を引っ張らせてもらうぜ!」

 

「はいはい、頑張ってくださいまし」

 

 人類神話が神威を語る。

 赤龍の子が黄金に吼える。

 叛逆の騎士が刃を血に染める。

 

「―――此方に集いし勇壮なるものたちに知らしめよ。

 侵攻し、蹂躙する。今この時より、ワイルドハントの訪れである」

 

 そうして響く稲妻の雨を呑み込む嵐が、全霊を以て魔神の蹂躙を開始した。

 

 

 

 

「はっはっは! いや、久しいなディルムッド!

 そしてまずは感謝せねばなるまい。

 君と私の関係だが、私の滑らない話として常に皆に笑顔を与えているぞ!」

 

「は! いや、はあ……」

 

 寄せ来る魔神の放つ熱量。

 それを薙ぎ払うのは水流を伴うフィンの槍と、ディルムッドの双つ槍。

 戦場にあって朗らかに微笑む長と、微妙に顔を引き攣らせるその同胞。

 

 そんな彼らの横で、鈍器のそれとしか思えぬ太刀筋が振るわれる。

 

「そりゃあ、んな話されても苦笑いするしかねえものな」

 

 同じく魔神に立ち向かうのは、腕を赤熱させて焦がす男。

 ベオウルフの双剣が、迫りくる熱波を真正面から叩き伏せた。

 余波で全身を灼かれながら、彼の暴力は加速する。

 一撃ごとに増す力は、大地を穿つ剣撃にて、魔神を割断するほどの衝撃を生んだ。

 

「足りてねえのは面白みじゃなくてデリカシーって話でしょうよ」

 

 熱波が塞き止められたと見て、ロビンが狙いをつけずに矢をばら撒く。

 相手は戦場に詰まった腐肉の柱ども。

 わざわざ狙いなんぞつけなくても、どこかに当たる。

 そしてどこかに掠り傷でも与えられれば十分。

 一の矢が毒をその身に与え、二の矢が肉を侵した毒を破裂させる。

 

 弾け飛ぶ肉を水流波で押し返しつつ、フィンが笑う。

 

「ほうほう、デリカシー欠如。

 つまり……私とディルムッドは似た者同士というわけだな?」

 

「…………は」

 

 声を落とすディルムッド。

 しかし、前に立つ二人の槍兵の動きには一切の乱れはない。

 上司は部下と遊ぶ余裕を見せつつ、遊ばれても余裕を持った部下は黙り込んだ。

 

「ははは、まあ仕方あるまい。デリカシーなど俺たちに不要なものだ。

 もちろん今の世の女を口説く、となれば礼儀として用意もするが。

 俺たちのやり方からすれば、そんなものより腕尽くだろうさ!」

 

 天地天空大回転。螺旋を穿つ大剣が、魔神を貫き粉砕する。

 残骸を微塵に磨り潰しながら、その大剣を抱えた巨漢が笑う。

 

「ははは、これは参った。フェルグス殿にそう言われれば、ディルムッドに劣る武を恥じるより他になくなってしまう」

 

「………………そのようなことは」

 

 むっつりと、なかなか凄い形相のまま戦い続けるディルムッド。

 

 彼らのカバーをするように精霊に動きを願い奉りつつ。

 困ったような顔で、ジェロニモがその光景を眺める。

 

「いじられているのか、いじめられているのか……」

 

「ふふ、ディルムッドも今はこうだがね。

 そうだな、剣を持たせればもっと軽妙なトークが飛ぶに違いないんだが」

 

 駆け抜けるコヨーテの間を縫い、飛翔する真紅の穂先。

 無数の槍は全て魔神へ突き立ち、その肉を抉り抜く。

 それらは呪詛を滲ませ、損傷の再生など許さぬと蝕むが、しかし。

 

 傷を負い、消耗した魔神は瞬く間に再生産されていく。

 コヨーテの引き連れる陽光による火傷も、呪いの魔槍による欠損も。

 全ては前の魔神に与えられたもの。新造された魔神には、何一つ残らない。

 

「やれやれ。随分とお行儀がよく、また往生際が悪い。

 男としてお前から奪った女を満足させてやった、と吼える甲斐性くらいは欲しいものだ」

 

「なんだ、スカサハ。クー・フーリンにそんな事をされたいのか?」

 

 ―――真紅の閃光。

 怒涛の勢いで放たれる紅の槍衾。

 それを横合いから纏めてカラドボルグが殴りつけ、魔神の方へと弾き飛ばした。

 フェルグスに向けて放たれたものが全て魔神へと突き刺さる。

 

「ほう、なかなか面白いことを言うなフェルグス。

 儂を前にその口振り、足りていないのはデリカシーか? 甲斐性か?

 それとも、死に対する危機感か?」

 

「応とも、全部知らん。戦場で剣を奮う事こそ愉しむ戦士にはどれも要らぬ。

 此度の俺は王ではなく、ただ戦場を愉しむ戦士だからな!」

 

 串刺しにされた魔神を一基、カラドボルグの剛撃が粉砕する。

 弾け飛ぶ肉片、焼失する残骸、再誕する新たな魔神柱。

 

「とはいえ、これ以上遊んでいては申し訳も立つまい。これでも今はマスターを持つ身。彼女のサーヴァントとして、我が槍は君にも劣らぬ、と戦果を以て証立てようではないか。君も我が騎士団の誇る一番槍としてそれに恥じぬものを見せてくれるのだろう?」

 

 大きく笑うフェルグスに同調しつつも、フィンがようやっと気迫を入れ直す。

 場と旧交を温める目的で行われていた会話がそこで止まる。

 そうした彼はディルムッドに視線を飛ばして、槍を一振りしてから構え直した。

 憂いがようやく去って、彼もまた双つ槍を握り直す。

 

「―――無論だとも、我が戦友フィン・マックール」

 

 そう言って笑い合い、三つの穂先が奔り抜ける。

 焼却式を押し流す津波。それを越えてきた魔力波を斬り捨てる魔槍。

 そうして進撃した彼らが、腐肉の柱を斬り捨てていく。

 

「呵々―――まったく、こう大雑把な戦いは苦手なのだがな。そうも言っておれん。

 しかしまあ……この場は目に毒だ。

 これほどの手練れどもと肩を並べているのに、手合わせは願えぬとは」

 

 老師の槍が大きく跳ねて、一振りのうちに数え切れぬ眼を魔神から奪い去る。

 そうしながら彼が意識を向けるのは、戦場に馳せる英雄たち。

 拳にしろ槍にしろ、ぶつかりあえればどれだけ満足できるか、と。

 李書文は痛ましげに顔を顰めた。

 

 神話の英傑に混じって槍を振るいながら、競う事はできない状況。

 致し方ないことではあるが、無念であると。

 

「はっ! わからねえでもねえが、次の愉しみにでもしとけよ!」

 

 連続して放たれる魔神の熱量。

 雪崩れ込む煉獄の熱波に対して、ベオウルフが双剣を全力で叩きつけた。

 踏み止まり切れず、彼の手から双剣が吹き飛ばさる。

 そんな事を気にもせず、彼は灼熱に燃える体で両の拳を握り締めて笑った。

 

「分かっている。元より、奴らとの縁を辿って此処に至ったのだ。

 その足場の上で、己の力較べを優先などするものか。

 だが残念に思うのは止められん。やれやれ、儂もまだまだ若いという事か」

 

 単純な技量の較べ合いに望めない、と悲嘆する李書文。

 そんな彼に、理由は違えど一人の弓兵が同意を示す。

 

「少し理由は異なりますが、その気持ちも分かるというもの。

 最も望んだ大敵を隣に置き、やる事が共闘とは―――些か、妙な気分になる」

 

「で、あるならば。どちらが戦果を挙げるか、お前の弓とオレの槍で競うか」

 

 アルジュナの指が弓を弾き、放たれる炎の矢。

 一射で魔神の肉体を大きく吹き飛ばす矢が、数え切れぬほど無数に。

 彼の射撃に続き、一閃する太陽の槍。

 カルナが放ったその一撃が、無事であった魔神を大地からこそぎ取り焼き払う。

 

 炎で戦場を舐め尽くしながら、授かりの英雄が施しの英雄に視線を向けた。

 

「…………いえ、やめておきましょう。少々心を動かされましたが。

 今回我らは、あくまで縁を通じて降り立ったサーヴァント。

 我らの中において、今回の勝利はただひとつ。前に進むものたちの勝利です。

 今回ばかりは、我ら全員が勝者であるために―――個人の勝敗などは持ち込むまい」

 

「ですって。いまのアルジュナの言葉、聞いていて?

 テスラの雷の音が聞こえるからって、無駄に張り合わなくてもいいのよ」

 

 円盤を浮かべながら、そう言って背後を振り返るエレナ・ブラヴァツキー。

 彼女に背後にいるのは、宝具で焼却式を軽減し続けるエジソンの姿。

 敵の神秘だけを可能な限り削り落としながら、雷音がその場に轟いた。

 

「張り合ってなどいないとも! 既に勝利は直流のものなのだから!

 そして我ら全体の勝利と、部署ごとにこなした工数の多寡はまったく別の話である! これはこの戦いに最も貢献した、という名誉のためにやっている事! あんなすっとんきょうに勝ちたいからとか、そんな理由じゃないんだからね!」

 

 獅子の頭を持つ男、トーマス・エジソンのがおんという叫び。

 そんな彼の様子に溜め息混じりに声をかけるジェロニモ。

 

「やれやれ、だからと言って足並みを乱す必要はあるまい。どこまで行けるか、は我々もそれぞれ違うところ。だが少なくとも今は、歩いている方向だけは同じなのだから。

 そうしていきり立っていては、先に進ませる者の背中を押す事もできなくなるぞ」

 

 自分たちはそれこそ神話の英霊ほどにはやれまい。

 この尋常ならざる戦場においては、サポートに回るのが必定だ。

 だというのに背中を押す相手より急いていては、無駄に負担を生むばかり。

 

「むぅ……!」

 

 そう口にしながら戦うジェロニモに、エジソンも押し黙る。

 そんなやり取りに同意するように。

 カルナもまた、アルジュナに向けて鷹揚に頷いてみせた。

 

「ふむ、確かにそれが道理だ。

 詫びよう、アルジュナ。どうやらまた無自覚にオレの無神経さが顔を出したようだ」

 

 アルジュナが浮かべるのは、お前の発言は自覚があっても無神経だろう、という顔。

 無自覚だから無神経と言うのであって、自覚があるならそれはただの挑発。

 が、この男に限っては無自覚に無神経というより他にない、が―――

 

「……自覚が出てきたようなら何より。

 貴様にそれを教えたものがいるのであれば、随分と骨を折った事だろう」

 

 肩を竦めるアルジュナ。

 そんな彼に対して、妙に自信ありげにカルナは微笑む。

 

「ふっ、安心しろアルジュナ。

 骨を折ったりする事がないように、前もってこの鎧を彼女に与えていた」

 

 カルナの有するスーリヤの光、黄金の鎧。

 必勝の槍と引き換えにしてでも、インドラが彼から取り上げたもの。

 それを与えられていれば、確かに竜種に轢かれても骨など折らないだろうが。

 

 ―――そもそもそんな話じゃない、と。

 

「………………それはお前なりの冗談、と取っていいのか?」

 

「……そうか。確認せねばならないくらいには出来が悪かったか。

 ああ、鎧を渡したのは事実だが、今のは冗談のつもりだった」

 

 そっちの話は事実なのか、と呆れ顔が自然に浮かぶ。

 が、カルナは苦笑しながら言葉を続けた。

 

「既にこの身は死後の英霊。だが、大きな切っ掛けがあれば変わる事もあるだろう。オレも、お前も。で、あるならば―――オレは今度こそお前に勝利するため、研鑽を積み重ねるまでだ。

 此度は競うための席ではなかったが……なればこそ、存分にお前の座に焼き付けていけ。これこそが、次にお前に挑む今のオレの姿であると」

 

 日輪を背負い槍を振るうカルナ。

 彼はそのまま再び魔神の掃討のために、炎熱を振り撒いた。

 大地を覆う太陽の熱。

 エジソンに抑え込まれた魔神の焼却式を凌駕する、施しの英雄の火力。

 

「―――……ふん」

 

 それを眺めながら、アルジュナが弓へと矢をかける。

 

「あの勝利では、貴様を負かしたなどと口が裂けても言えはしない。

 俺が得る筈だった勝利は、まだ俺の許にまで届いていない。

 俺が勝利できていないのに、勝手に敗者面をするな。

 貴様がその顔に敗北の屈辱を浮かべるのは、俺が貴様に真実勝利するまで待っていろ」

 

 そう口にしつつ、彼が炎神の弓を解き放つ。

 着弾と共に炸裂し、魔神を吹き飛ばしていく炎の雨。

 負けじと槍を振るいながら、カルナがアルジュナへと言い返す。

 

「それは約束できない。その闘いが満ち足りたものであったのなら、オレが最期にこの顔に浮かべるのはお前への称賛だろう」

 

「ふん……どんな顛末であろうと貴様はそういう顔をするのだろうに。どちらにせよ、もうどうでもいい話だ。私が私の中に残した貴様への執着など、表に出すのはこれきりだ。

 ―――これから先、私の中に燃やすのは純粋なる勝利への執念のみ。まずもって、この戦いにおいて完全なる勝利を得る。この身が此処にある限り、他の誰に授けられるまでもなく、私の弓の威力を以て、彼らに勝利を授けよう――――!」

 

 炎が弾幕となって押し寄せる。

 サーヴァントたちによる攻撃が一斉に雪崩れ込む。

 焼却式ごと打ち砕かれ、一欠片も残さず消滅する魔神柱。

 

 が、当然のようにそれらは幾度であろうと再誕する。

 

「再起動せよ―――弾薬、再装填。兵装舎、補充完了。

 司る九柱。それ即ち、フルフル。マルコシアス。ストラス。フェニクス。マルファス。ラウム。フォカロル。ウェパル。そしてハルファス。

 我ら九柱、戦火に焼け落ちるものを悲しみ、尊ぶもの。真実の前で目を瞑ることは許さぬ。最後まで、人間らしく、闘争の炎の中に身を置き、燃え尽きるがいい―――!」

 

「なるほど、精神の病ですね。理解しました」

 

「理解できてるのかなぁ?」

 

 拳銃による射撃。

 神様の炎が飛び交う戦場では頼りないが、そういうものなのだから仕方ない。

 光った眼を優先的に、確実に、順番通りに撃ち抜く銃撃。

 それを繰り返しながら、ビリー・ザ・キッドが同じく銃撃を行う看護の鬼を見た。

 

「真実、と。そのような言葉ひとつで語り切れるのであれば、人間の精神状態に疾患など生じません。傷痍軍人の方は特にそういった、自身が今いる世界自体に苛まれている、と感じるような精神疾患を抱えやすい。ならばなおさらの事、あなたは診察にかかり、正しい治療を受けるべきです。ここであなたを殺してでも、私はあなたたちを治療します」

 

 魔神を精神を病んだ傷病兵扱いし、手榴弾を放る彼女。

 狙って撃ち落とすまでもない、と。熱波を撒き散らす魔神。

 熱に呑まれ、破裂する火薬。

 

 女王の戦車を牽く牛が、流れてきた炎をその角で振り払う。

 彼女はその様に満足そうに頷きつつ、戦車の上で立ち上がった。

 

「この世界に変わらない真実と呼べるものがあるとするなら、そう。

 それは私が変わらず美しいという事と、素敵な男は全て私に傅くために存在するという事。

 その辺りの理解が不十分じゃない? 所詮は使い魔ってことかしら」

 

 撓る鞭。それに応えて戦車が動く。

 その侮辱に反応したのか、彼女に特に差し向けられる火力。

 戦車を盾にそれを凌ぎつつ、蜂蜜の女王はその場で立ち誇る。

 

 眼をクイックドロウで潰しながら、ビリーは口許を小さく引き攣らせた。

 

「だいぶ偏向された真実じゃない、それって」

 

「ええ、もちろんそうよ。私は美しき女王、メイヴ。けれど、それを維持するための努力をしていないと思っていて?

 真実って言っておけば努力を怠っても維持される、なんてとんだ思い上がり。真実とは勝手に生まれるものではなく、努力したにしろ投げ出したにしろ、積み重ねた結果そう見えるように仕上げたメイクだと知りなさい!」

 

「いやぁ、まあ……事実と違うものが真実と呼ばれることもあるのかもしれないけどさ」

 

 騒がしい戦場の中でけして指を止めることもなく、射撃を続行するビリー。

 苦笑している彼をつまらなさげに見下ろし、メイヴは軽く鼻を鳴らす。

 次いで、ビシリと手にした鞭を彼女は魔神に突き付けた。

 

「だからこそ、常に完璧に私を仕上げ続ける私はこう言うの。私の美しさこそ永劫変わらぬ無二の真実、私こそが誰より美しき女王メイヴ! さあ、声高らかに叫びなさい、『メイヴちゃんサイコー!』とね!」

 

「ほう、この際だ。叫んでやろうか? メイヴちゃんサイコー、と」

 

「アンタに叫ばれると気色悪い!」

 

 真っ先に鼻で笑いながら声を上げるスカサハ。

 即座にそちらへ振り返ったメイヴが、迷いもなく吐き捨てる。

 

「ふむ。だが同じ言葉を皆で発するのは、士気を高める効果があるかもしれん。

 メイヴちゃんサイコー。やってみるか、アルジュナ」

 

「やるわけがない!!」

 

 どうにも妙にノリ気なカルナ。

 当然の如く、アルジュナはそれを一言で両断した。

 

「直流サイコー! ではどうか!」

 

「……ま、技術を持ってるような奴は拘るが、使うだけの側からすりゃ道具なんて便利なら何でもいい、ってのが大半の人間にとっての真実なような気がしますがね」

 

「そういう心理は分かっているとも、何せ私は発明王!

 だが分かるわけにはいかんのだ!」

 

 呆れ混じりのロビンの溜め息を、ライオンの雄叫びが上塗りする。

 まるで嘲笑うかのように、別の戦場からの遠雷が届く。

 その遠鳴りに対抗するように、遠吠えを放つエジソン。

 

「まったく、この二人は……いいえ、でも折角だし私も乗りましょうか!

 ここはマハトマサイコー! にしましょう!」

 

 そう言ってエレナも混じる、その瞬間。

 ガンガン、と。明らかに魔神ではなく、空に向けて放たれる銃声。

 

 おや、と。多くの視線を一気に集めるその行動。

 それを会話を纏めて吹き飛ばしながら、ナイチンゲールが静かに語る。

 

「必要な会話はともかく、無駄に声を張り、息を荒くするのは控えなさい。ここは足場すら何で出来ているかもわからず、大気の状態すら不明な場所です。緊急時につき我ら全員ここで活動していますが、未知の病原菌がないとすら言い切れない。最短で患部の摘出を完了させ、帰還する前に全員を殺菌消毒し、その上で体調に変化が発生しないか経過観察を行う事は絶対です」

 

「……まあ、長居したい場所ではないのは確かだが」

 

 その前に我らは退去するだろう、と口にはせず。

 ジェロニモは困り顔で肩を竦めつつ戦闘を続行した。

 

 そんな一瞬の停滞を突き破り、黄金の螺旋が魔神へと直進する。

 

「―――目を開け続ければ大切なものを失わぬ、などという事はない。

 見失ってはならぬものは、常に己の心の中に在る。目の前の事に囚われ、己の中にある最も大切な想いを蔑ろにした時こそ、人は己の真実(こころ)を失うのだ!!」

 

 柱として立つ魔神を、根本から切断する不滅の刃。

 縦横無尽に駆け巡るそれが、魔神を根こそぎ刈り取っていく。

 当然、すぐさま再生産される魔神たち。

 

 即応する、それを放った直後の彼の腕。天へと向かって掲げられる少年の掌。

 その所作に応えるように無数に降り注ぐのは、聖者から彼に託された破魔の武具。

 三叉槍、戦輪、棍棒―――

 それらを降らせながら掴み取り、王となった少年が走る。

 

「悲しいからなんだ! 尊いからどうした! その想いから傷を得るからこそ、我らは涙を流すのだ! 貴様たちは己が負った傷から得た痛みから逃れ、目を開けたまま顔を逸らしているだけだ! 己が負った傷を認めず、そんな棘がある世界こそが過ちであると断じ! 傷つきながらも前に進む者たちを否定し、我が身に瑕疵はないなどと嘯く―――!」

 

 彼の突撃に合わせ、アルジュナが弓を引く。カルナが槍を引き絞る。

 真っ先に解放される、ラーマによる螺旋を描く武具の投擲。

 三人の英雄による、同時の武技。

 

 魔神の肉体で出せる火力を遙かに超えるだろう、英雄の熱量。

 兵装舎はそれにより焼失し―――即座に、再装填。

 

「愚かなり。愚かなり。だからこそ、貴様たちは燃え尽きた―――!!」

 

「だが、だからこそ! その後に大地に芽吹くものを見つけられる!

 失ったなら取り戻す……! 見失ったのなら探し出す!

 たとえ燃え尽きた世界の上でも、我々の足は止まらない―――!!」

 

 駆け巡る黄金の刃。押し寄せるサーヴァントたちの攻勢。

 それに吹き飛ばされながら、しかし魔神には余裕しか存在しない。

 

 ―――そんな連中を、無数に分かれた呪いの鏃が蹂躙した。

 

 降り注ぐ真紅の弾丸。

 その雨に引き裂かれながら、魔神が下手人へと視線を向ける。

 それに誘導されて、放たれる熱量も全てそちらへ。

 

 押し寄せる熱波を跳び越えて、黒い鎧を纏った獣が魔神の中へと踏み込んだ。

 彼が鎧を形成すると同時、降り止むゲイボルクの雨。

 その代わりに得た爪で以て、クー・フーリンは魔神を纏めて千切り飛ばした。

 

「いい加減にうるせえよ、これ以上の問答なんざいちいち必要あるか。

 必要なコトについてのやり取りは疾うの昔に終わってるだろうが。

 オレたちは此処に連中を殺しに来た。連中はそれを阻むために立ち上がった。

 それ以上、一体何を交わす必要がある。

 存分に殺し合って、どちらかが死んだらそれで終わりだ」

 

 呪いの魔爪が魔神を刈り取る。

 再生産される肉の柱がすぐさま聳え立ち、しかし死棘の乱舞がそれを蹂躙する。

 

「―――曲りなりにも王として変質したものが、この始末。

 やはり、このような在り方は許容範囲外である……!」

 

 再生しながら、軍魔ハルファスが言葉を絞り出す。

 それを当然のように鼻で笑い。

 しかし、少しだけ気を取り直して。彼は、どうでもよさげに口を開く。

 

「は、テメェに許されるまでもねえ……が、折角だ。一つだけ教えてやる。

 獣ってのは愚直なもんだ。ただ目的しか見てねえ疾走者。

 ま、本能だけで疾走するならそれでいい。そりゃ始めからそういうもんだ」

 

 温存のためか、黒きクー・フーリンが宝具の鎧を解除する。

 その代わりに手に浮かぶ、死棘の槍。

 

「だが理性あるものが、獣の愚直さのままに走るのはそりゃ醜い事この上ねえ。これ以上ないほどに醜い、が。目的に向かって突き進むだけのその欲望には嘘がねえ。自分で自分が収まるべきと決めた場所に向かってるだけだ。ブレもしねえ。

 だからこそ、だ。()()()―――星に吼えて沈むならまだしも、星を見上げて手を伸ばすなんてのは、獣の在り方じゃねえと覚えておけ」

 

 ただ理性の内にそう告げて、直後に彼は凄絶な笑みを浮かべた。

 会話などこれ以上何一つとしてありはしない。

 荒ぶる狂獣と化したクー・フーリンが槍を手に、魔神どもの殲滅を開始した。

 

 

 




 
 ナーサリーは別のイベントで出す事にしようかと。

 残るは覗覚星、生命院、廃棄孔。
 まだ三つもあるとか嘘やろ……


 ふりかえり。
 五章。

 マスター多い。多くない?
 監獄塔を経てツクヨミが追加人員に。
 そしてモードレッドがとりあえずビーム要員に。
 ビーム! ビーム! 効いてるか~?

 この章の書文といい、六章のランスロットといい。
 味方が増えた結果本編では味方してくれるサーヴァントが敵のままになる現象。
 正直こんなに自軍いらんという。
 スキルや宝具でコンボ考えるのは楽しいは楽しいが長くなる。

 これを書いている内に、ふと気付く。
 アルジュナがカルナの槍を投げる辺りで。
 「特別な武器を使い手じゃない託された別の人間が使う」
 やたら出てくるこのシチュエーション……これ、俺の性癖だな?
 ははーん、自覚していなかった自分の正体を見つけてしまった。

 ラーマくんとシータが会ってましたね。
 ええんかな。まあええか。
 会えたように見えて会えてないのでセーフで。

 オルタニキの登場シーン、アナザーオーズを盾にしての強引な攻め。
 最初はこれがアナザーオーズ、のつもりだったはず。
 主体はあくまでクー・フーリン・オルタで、アナザーオーズはオマケ。
 常磐ソウゴと、クー・フーリン。そこをメインにするつもりだったので。
 そういう考えで書き始めて、なんかパワーアップしてた。

 オルタニキを更に強くしよう!→対抗するためにジオウを増やそう!
 だったのか、
 ジオウを増やそう!→対抗するためにオルタニキを更に強くしよう!
 だったのか。
 どっちの流れでこうなったんだっけな…
 多分、ジオウを増やすために相手であるオルタニキをも強くしよう。
 そんな感じの思考だった、はず。

 アナザーオーズに選択したのはクー・フーリン・オルタ。
 現在だけを見据えて疾走する獣。彼はその先にどうなるか、など考えない。
 彼という器に望まれた欲望を果たすため、最期に至るまで走り続ける。
 彼にとって、行動は全て“やるべきこと”でしかない。
 望まれた事を果たす、その目的の道中、以外の何ものでもないのだ。
 ならば彼にそれを望んだものこそが―――

 モチーフはアンク。
 彼女はいつか夢見た、彼が隣にいる、手に入らなかった光景を望んだ。
 永遠に訪れなかったいつかの明日。
 それをこの地で描いた時点で、彼女はもう願いを叶えてしまっていた。
 強欲な彼女らしからぬことに、既に満ち足りてしまっていた。

 決着は、その先にある明日にまで伸ばした手。
 より大きな夢が目指す欲望。
 それが彼らを呑み込む今日の先、いつかの明日にまで手を届かせた。
 


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眠りにつくまで2016

 

 

 

「―――覗覚星、開眼。起動せよ。起動せよ。

 新たなる理の推敲は既に終了せり。我らこそ、アモン。バアル。アガレス。ウァサゴ。ガミジン。マルバス。マレファル。アロケル。オロバス。

 我ら九柱、古き人理を食み、新しき倫理を組み上げるもの―――!」

 

 焼却式が起動する。魔神九柱、彼らが放つ火力が加速する。

 大地を駆ける止め処ない熱波。

 

 ―――それを。“光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)”が迎撃する。

 神殿に並ぶ“闇夜の太陽船(メセケテット)”が逆撃する。

 太陽の神威が、魔神の憤怒を悉く焼き払う。

 

 あえて頭上に神殿を浮かべ、自身は大地に立ちながら。

 ファラオ、オジマンディアスが可笑しさしかないと笑い飛ばした。

 

「ハ、―――ハハハハハハハ! フハハハハハハハハハハハ――――!!

 この大地の理そのものである神王たる余を前に! 肉の塊がよく吠えたわ!」

 

「ん、ここはこいつらの根城だろ。ならあんたの管轄外じゃないか?」

 

 とんとん、と踵を鳴らすアーラシュ。

 それが魔神の肉でできた大地を指しているのは明白だろう。

 確かにここは魔術王の宇宙。

 神王オジマンディアスの支配下とは別の空間であった。

 

 そうして突っ込まれたことに眉を顰め、ファラオは彼の方を振り返る。

 

「……ふむ、まあ言われればそうか。

 必要ならば余の支配下に含めるが、こんな大地は存在する必要もない。

 余の統べる世界に要らぬなら、纏めて灼き払われるが道理よな。

 まあ、あの魔術王とやらの神殿には見るべきところはあるが……」

 

 それは、その神殿を建築として見てのものか。

 尊大なるファラオとしての顔を一瞬だけ引っ込め、興味を浮かべるオジマンディアス。

 だがそんなものは刹那で消し去り、すぐに彼は元の表情を浮かべ直した。

 

「はは、今回見に行くのは勘弁してくれ。あっちは行く奴が決まってるからな」

 

「ふん。そうでなければ、とうの昔にあの神殿ごと纏めて余の威光で灼き払っているわ」

 

 言いながら、矢を弓に番える大英雄。

 一射に続き、周囲から山ほどの、山を削り落とすほど矢が放たれた。

 熱波の壁を撃ち抜いて、そのまま魔神たちをこそぎ取る一斉射。

 

 砕けると同時に再供給。新たな魔神は既にそこにある。

 

 だがそれが再稼働する前に、魔神が一基、張り飛ばされた。

 釈迦の説法を掌で語る、慈悲なる一撃。

 叩き飛ばされた魔神が別の魔神に激突し、弾け飛ぶ。

 

「そうね! あの子たちの旅路にも一区切りが見えてきた、って事かしら!

 あたしも負けてられないわ!」

 

 そう言って己の行くべき道を確信する高僧、玄奘三蔵。

 

 そんな彼女を困った風な顔で見つめる、俵藤太。

 彼はアーラシュに負けじと弓を構えながら、流石にどうかと口を挟む。

 

「いやぁ、流石に此処から天竺には繋がってなかろう」

 

 彼女の旅と言えば、天竺を目指すものだ。

 地球であれば死ぬ気で歩けば届くかもしれないが、流石にここからでは無理がある。

 そんな弟子の言葉を笑い飛ばし、三蔵は更に魔神を張り飛ばした。

 

「いいえ、繋がってると思えばいつか辿り着ける! はず!

 それはそれとして、今はみんなで道を切り拓くのが最優先!」

 

 藤太の矢に撃ち貫かれ、三蔵の掌底に打ち砕かれ。

 そうして撒き散らされた残骸ごと、再誕してくる魔神を空気の断層が切り刻む。

 

 指を揺らし、妖弦を奏で。

 悲嘆の音色を掻き鳴らすのは、円卓の騎士が一人。

 

「……私は悲しい。

 あのような最期の後、もはや他の誰に合わせる顔も無いと思っていたらこの席。

 自身の恥を理由に欠席など、できるはずもなく……」

 

 爪弾くは嘆きのトリスタン。

 ポロロン、と。消えそうな音色が、しかし魔神の肉体を断絶する。

 その刃の鋭さは、消え入りそうな覇気の無さと吊り合わぬ技量を以て。

 熱波すら微塵に切り裂く音の刃による結界。

 

 そうしていた彼が、ちらりと他のサーヴァントを見る。

 彼が真っ先に瞑った目に見つけるのは、魔神の腕を折り畳んだ暗殺者。

 

「山の翁、ハサン・サッバーハ……彼のように顔を削ぎ落せば、私も皆に合わせる顔が物理的に無くなってマシに……?」

 

「別に私は誰かに合わせる顔がないと反省して顔を落としたわけではないが!」

 

 あんまりな言葉にハサンが怒鳴る。

 ふらり、と揺れつつ。ぽろん、と鳴らしつつ。

 トリスタンが一切隙なく刃を奏でながら、眉根を寄せた。

 

「ああ……なんということでしょう。やはり、私は人の心が分からぬ男……

 信仰に生き抜いた無私の求道者に対し、このような事を。貴方ほどに技量(しんこう)を積み上げた男に、私のような卑しい後悔があるはずもない……」

 

 そんな、血を吐くようなトリスタンの言葉。

 それを向けられた途端に、呪腕のハサンが閉口する。

 

「………………いや、別にそれほどでは。我らサーヴァント、時には例え外道に落ちても忠義を尽くしたいとか、名を残したいとか。ほら、そういうアレが? 突発的にアレすることは致し方ないみたいなところはあるでしょう、うん」

 

「? 呪腕殿。そのような事を言えば、我らには晩鐘の音が届く事でしょう。

 その、私が言えた事ではありませんが……」

 

 短剣を眼を潰すために消費しながら、静謐のハサンが首を傾げる。

 掘り下げてくれるな、と仮面の下で失われた顔が歪む。

 

「いや、まったくその通りだからこそな……」

 

「おお……なんという……これが山の翁。我らとは教えを異にする民ではありますが、やはりその生き様が高潔であることに疑いはない……」

 

 ポロロン! と、トリスタンの指が加速する。

 灼熱の衝撃さえも斬り捨てる刃。

 それを前にしながら、呪腕はいい加減顔を全力で引き攣らせた。

 

「いやぁはっはっは、この話止めましょう。首が落ちます、私の」

 

 ただでさえこうして英霊が一堂に会する場なのだ。

 本当にいま、彼の背後に初代山の翁が立っていてもおかしくない。

 仮にいたところで、それを察する事が出来るハサンなどいないだろう。

 

「?」

 

 声を低くしてそう言い募る彼に、静謐はまた首を傾げた。

 

「ええ、まったく! そのような無駄口ばかり叩いていないで、しっかりと戦いなさい!

 ファラオ・オジマンディアスにばかり負担をかけるのは許しません!」

 

 ファラオ・ニトクリスの一喝。彼女の意志に従い出現する冥界の鏡。

 それは大神殿と太陽船が処理しきれなかった焼却式への盾となる。

 

 火力は申し分ない。

 が、無尽蔵の魔神に対し、手は自然と足りなくなる。

 守るばかりではなく、常に殺し続けて相手の処理能力を削らねばならないのだ。

 故にオジマンディアスの暴威があるとはいえ、遊んでいる暇などないと彼女は言い―――

 

「なんだ、最強のファラオと言う割にこの程度が負担だったのか。

 成長した方の征服王などなら、もっとやれるのではないか?」

 

 百貌が分身を駆け巡らせながら、呆れた風に溜め息をひとつ。

 それを耳聡く拾ったオジマンディアスが、そちらに視線を向けた。

 

「ほう、余に向かってその大言……ただの挑発なら許さぬところであるが。どうやら、実体験を元にした素直な感想を語っていると見える。で、あるならば。それは当然の疑問として、余が答えを用意してやるしかあるまい。さてどうするか……征服王とやら以上の速度で貴様らを全て纏めて吹き飛ばし、その身に答えを刻むか?」

 

「そうなったら貴様の心の狭さを真っ先に刻んでやるわ」

 

 舌打ち混じりの返答。どいつもこいつも王というのは、と。

 全身全霊で語る百貌に、太陽王は笑いをこらえるように喉を鳴らす。

 

「ほう……まあよい。この大地は余のものではなく、太陽の光も届かぬ宇宙(ソラ)の果て。

 いわゆる無礼講という奴だ、多少の口の悪さは笑って見過ごしてやろうとも」

 

 彼の腕が杖を握り、軽く地面を叩く。

 大神殿、並びに太陽船からの攻撃が更に苛烈さを増す。

 だが無論、魔神の再生産速度も変わらぬまま。

 

「―――さて。それはさておき、だ。

 ニトクリス、貴様の見立てでは余は負担に喘いでいるように見えたか?」

 

「いえ!? いえ、いいえ! 無論、ファラオ・オジマンディアスであれば全ての戦場を御一人で制覇出来るのは疑いようがありませんが、それはそれとして! 偉大なるファラオには相応しき立ち位置というものがあるかと……!」

 

 鏡を維持しながら、ニトクリスが跳ねた。

 

 次の瞬間、彼女の背後で太陽の熱が爆発する。

 魔神の熱波を押し切り駆け抜けていくのは、不浄を焼き払う焔の陽炎。

 そんな光景に目を細めて、オジマンディアスがそちらの太陽に目を向けた。

 

「ええ、あなたが後ろに下がっても太陽は此処にあります。

 負担に感じているならば、下がって頂いてもよろしいですが」

 

「ほーう、ほう、ギフトも持たぬ円卓如きがよく言うわ。

 面白い。ならば今度こそ、余と貴様が語る太陽の格の違いをはっきりとさせるか」

 

 聖剣を構えた太陽の騎士、ガウェイン。

 彼の一撃に笑い、オジマンディアスが王気(オーラ)を漲らせる。

 バチバチ、というよりイライラ。

 そんな雰囲気を醸し出す太陽王を見て、射撃を続行しながら藤太が眉根を寄せた。

 

「……うーむ。これは、あれだな」

 

「ええ、あれね。あたしたちがある程度纏まるには、オジマンディアス王に協調性を持たせる人物が必要だと思うわ!」

 

「ははは、気に入った奴に対しては結構寛容みたいなんだがな。

 代わりに嫌う奴はとことん嫌う気風だが」

 

 アーラシュが次弾装填、からの発射。

 それで根こそぎ魔神たちが掃討され、息を吐く間もなく補充される。

 

 そこに斬り込むのは蒼い剣閃。

 刀身に圧縮したエネルギーが煌めく様は湖光の如く。

 放たれる熱量ごと斬断し、湖の騎士はそのまま腐肉の柱を解体した。

 

「―――致し方あるまい。我らとて赦されると思っているわけではない。

 足並みが揃わずとも、ここでの勝利さえ掴めればそれで良しとするより他にないだろう」

 

「いいえ、旅は道連れなんとやら!

 そこで邪魔し合うわけじゃないから別にいっか、で流すほど旅路を乱すことはないわ!

 そんな事をするくらいなら、素直に衝突した方がマシ!

 目的を同じくして、肩を並べて戦っている。なら、相応しい距離感があると思うの!」

 

 ランスロットが微塵に斬り卸した残骸を鍬で纏めて払い除け。

 そう力説しながら、玄奘三蔵は振り抜いた鍬を倍する速度で振り返した。

 いつの間にやら彼女が握っているのは棒に代わり、魔神をそのまま殴り飛ばす。

 

「そう言ってもなぁ、あの王様の気難しさは――――」

 

 そこで、ふと。

 アーラシュが一瞬だけ腕を揺らし、射撃を停止させ。しかしすぐに再開する。

 そうしながらも彼は視線を動かして、新たな気配に顔を向けた。

 

 ――――来るのは、嵐。

 この宇宙を震撼させる破壊の渦が、魔神の大地を奔り抜けて行く。

 渦巻く風の只中に降り立つのは、白き獅子の兜を纏った神性。

 

 彼女が手にした槍を一振りすれば、その嵐は全て魔神へと向かっていく。

 戦場に乱入してきた嵐を見て、円卓はすぐさま振り返った。

 

「獅子王陛下!?」

 

「陛下は要らぬ。そして、もはや王でもない。私の席は取り除かれた」

 

「……そうは参りません。我ら、確かに獅子王の円卓に席を並べたもの。

 貴方の席が失われた程度でそうも簡単に掌を返す者がいれば、誅殺するべきかと」

 

 むっつりと、その王に侍る鉄の騎士が言い募る。

 それにどう返せばいいのか一瞬だけ悩み、苦笑だけを返す獅子王。

 そんな彼女の様子に、傅いて瞑目するアグラヴェイン。

 

「お、あんた来れたのか?」

 

 戦闘しながら困惑する円卓を差し置き、アーラシュがそう言って笑う。

 槍を引き戻し、再び構え、嵐を発生させながら。

 獅子王はその兜の奥にある瞳を、此処より彼方にある別の戦場へと向けた。

 

「―――この私は時代に忘却され、本来は縁に依ってさえも立つ事の出来ぬはずの身。

 で、あったが……ああ、この宇宙には既に、最果ての錨が打ち込まれている。

 私はロンゴミニアドの女神。ならば、此処にある槍の影として顔を出す事くらいは叶う。

 ここが魔術王の宇宙であるが故に、叶った事ではあるが」

 

 その視線の先にあるのは、ワイルドハントの振るう槍。

 違う戦場において暴威を振るう、もう一つのロンゴミニアド。

 そこにある錨を目印に、本来消えたはずの彼女は自分の影を出力した。

 これきりの奇跡だろう。だが、これきりで十分だ。

 

「ほぉーう? 円卓連中もそうであったが、恥知らずにも顔を出せたか。

 それとも厚顔を隠すためにその兜は外さぬか?」

 

 オジマンディアスが横目で女神を見る。

 彼の言葉に少しだけ、女神ロンゴミニアドは自嘲するように苦笑した。

 

「消えた歴史に沈んだ私が顔を出す事こそ、誤りではあるだろう。

 だが……これでは、眠りに耽るには騒々しすぎる故にな」

 

 右腕に、聖槍を。

 ―――そして。左腕に、聖剣を。

 

 比類なき強大な輝きが、女神の手の中で同じだけ光を放つ。

 聖槍が嵐を纏う。聖剣が光を放つ。

 その輝きを前にして、困惑していた円卓たちもまた、顔を強く引き締めた。

 

「―――フン。まあ、それはそれでよい。

 静かなる眠りを踏み荒らされる不快さは、ファラオたる余もよく知るところ」

 

 聖剣を半眼で見据え、舌打ちは抑え込んで鼻を鳴らす。

 彼はそのまま正面に向き直り、大きく腕を振り上げた。

 大神殿が揺れ動き、攻防を維持しつつ進軍。

 

「我らは砂漠の民、旅の何たるかを知る者。

 我らは旅人に払うべき敬意というものを、誰よりも知っている」

 

 自業自得の旅路なれど、それをやり遂げた心意気に嘘はない。

 掛けた時間も。懸けた願いも。欠けた魂も。

 そればかりには、真実しかないと知っている。

 

 旅路を完遂し、ようやく眠りについた者の静かなる眠りだ。

 それを阻む事の罪深さを、彼らはよく知っている。

 何よりも、砂漠の民であり―――ファラオであるが故に。

 

「故に。魂を灼く熱砂を歩き抜いた旅人に免じ、此度は貴様らに余と肩を並べる事を赦す」

 

 だからこそ、譲歩するのはオジマンディアスからだ。

 何よりその旅路を認めたからには。騎士王の円卓が成し遂げた事を認めたからには。

 偉大なる太陽王が、その偉業こそが見事であった、と告げぬのは。

 遍く全てを照らす太陽である、ファラオとしての矜持に反するだろう。

 

「誇りに思え。貴様の騎士は余を感服させ、譲歩させる、という偉業を成した。

 それと席を同じくするものとして、恥じぬものを見せるがいい。

 その聖剣の輝きを曇らせるようであれば、貴様ごと灼き払ってくれるわ」

 

「そうか、ならば問題あるまい。

 私が選んだ円卓は誰一人例外なく、貴様が称えた騎士に並ぶに相応しき者たちだ」

 

 ―――彼女は、強さだけを見て円卓につく騎士を選んだのではない。

 剣に優れる、だけではなく。槍に秀でる、だけではなく。弓に長じる、だけではなく。

 人の幸福を求め、不幸を打ち破るために。

 

 他の誰でもなく、彼らこそと席を並べるのが相応しい、と。

 全て、代わりなき無二の騎士たちとして騎士王が選び抜いたのだ。

 

 微かに不満げなアグラヴェインが、その言葉に首を垂れる。

 他の円卓は言葉もなく。

 魔神との戦闘を続行しながら、一瞬だけ息を詰まらせた。

 

「ハッ……よかろう、聖槍の女神にして聖剣使い。獅子王なりし騎士王よ。

 貴様のその言が事実であると証立てられた時、余は認める事だろう!

 その円卓に席を並べし者たちは、全て勇壮なるものではあったのだ、と!」

 

「うん? 勇者とは呼ばないのか?」

 

「たわけ! 勇壮であるとは認めても、気に入らん連中だという事実は微塵も変わらぬわ!

 誰がこんな連中を勇者などと呼ぶものか!!

 アーチャー! 貴様も全霊を尽くせ、円卓どもが手持ち無沙汰になるくらいにな!!」

 

 アーラシュからの軽口に、そう大きく叫び返して。

 オジマンディアスが額に己の手を添え、一気に上げる。

 掻き上げられ、逆立つ髪。

 そうしてより露わになった太陽色の瞳をより際立たせ、彼は目前に広がる魔神を見渡した。

 

「ハ―――! 海や大地を割るに較べ、魔神の群れを割る事の何と退屈なことよ!

 だが今回ばかりはその役目に甘んじてやろう!

 まずもって我が威光の投射を行い、余の偉大さを知らしめる!

 “光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)”! デンデラ大電球への魔力供給を開始せよ!!」

 

 進撃していた大神殿が展開を始め、大雷電を奔らせる準備を開始した。

 膨れ上がっていく太陽。その威光を阻もうと魔神が動き出し―――

 

「うっし、王様からのご要望だ。流星、―――とはいかないが。

 まあそれなりの(もん)を見せないとな!」

 

 矢が雨と降り注ぐ。最早それは弓から放たれた矢などとは思えず。

 射撃というより爆撃のそれが、魔神を消滅させていく。

 

 即座に再生産。そのまま放たれる焼却式。

 それを阻むのは、冥界の鏡。

 

「つまり……一時同盟、ということで……よろしいのでしょうか……?

 んん! ―――それはそれとして、不敬である!

 ファラオ・オジマンディアスの御威光です! 平伏して仰ぎなさない!!」

 

「平伏したら仰げんだろう」

 

 その盾が阻んだ直後、百と二の暗殺者が短剣を放つ。

 それだけの弾幕となれば、魔神の眼をそれなりに潰す事も出来る。

 分身してそうしている百貌が、小さく呟いた。

 

「体は平伏させ! 地面に頭を擦り付け!

 想像の中に描いた偉大なる太陽を仰げ、ということです!」

 

「その、どちらにせよ―――いえ、なんでもありません。はい」

 

 声を荒げるニトクリス。

 そんな彼女に何かを言おうとして、しかし静謐は顔を逸らした。

 だが彼女が言うのを止めた言葉を呪腕がそのまま続ける。

 

「まあ、魔神のあの体では平伏は出来ないでしょうなぁ」

 

「そもそも頭と胴体という区分があるのか、あれらは」

 

 一射で龍を生し、魔神を喰い千切らせながら。

 形状的には一本の柱でしかないそれらに、藤太は小さく首を傾げる。

 ニトクリスがふるふると震えだす。

 そんな中でからりと笑い、三蔵法師が掌底を突き出した。

 

「旅の終わりに設定した目的とは全く別に。

 確かに歩んだ足跡がそこにあるという事実こそが、きっと誰かの胸を打つ。

 だったら、それを認めて送り出すためになら、あたしたちは一つになれる。

 だって、だからこそ。

 あたしたちってば、今こそそうするために、結んだ縁を辿ってきたのだもの!」

 

 張り飛ばされた魔神が嵐に巻き込まれ、砕け散る。

 再供給された魔神たちの末路も同じこと。

 何度躯体を出力しようとも、全ては嵐の中へと消えていく。

 

「――――聖槍、抜錨。この身は既に終わったもの、あえて果てを語る事はするまい。

 代わりに貴様らが聞くものは、果てより先へと踏み出した人間の足音である」

 

「……ガウェイン、トリスタン、ランスロット。

 陛下が宝具を解放する間隙、その全てを一分も残さず埋め立てろ」

 

 剣を抜き、アグラヴェインが前に出る。

 この三騎士を獅子王の盾になど使う無駄は許容できない。

 太陽の暴威は太陽の騎士ガウェインが察するだろう。

 嵐の旋律は嘆きのトリスタンが聞き分けるだろう。

 後はそれを元に動かす湖の騎士ランスロットがいれば、これらは最前線で戦えるのだから。

 

 三騎士が頷き、同時に大地を蹴る。

 アグラヴェインを王の盾として残し、彼らは魔神の只中へと突撃した。

 

 魔神の眼光が閃く、前に。

 光よりも先んじて、音の刃が魔神の眼球を悉く切り刻む。

 フェイルノートの音色は止まらず、戦場に響き渡る。

 

「…………私は、いえ。この想いを言葉にするのは止めましょう。

 ただ、我が妖弦の刃の鋭さによって証明する。

 この救われる価値なき哀しみの子であっても、騎士王に選ばれた騎士であったのだ、と」

 

 即時再生、のちに即時解体。

 崩れ落ちていく魔神柱の間を奔り抜けたのは、静けさに満ちた湖面に似た蒼き光。

 刀身に全てを圧縮した、アロンダイトの刃。

 流水の如き剣閃が、瞬きの内に魔神たちを斬り捨てていく。

 

「ああ、そう言われては是非もない。我らの不義も。不徳も。不和も。

 全て差し置いて、まずは道を切り拓く。

 我らは―――そのために、騎士王の許に集っていたのだから」

 

 再誕し、壊滅する。

 太陽の聖剣、ガラティーン。雪崩れ込む陽光が、魔神を一息に蒸発させた。

 蒸発し、再誕し、またも蒸発し、再誕し、切り刻まれ。

 ほんの数秒の内にそれぞれ十度の再誕を成し遂げて。

 

 更に彼らは騎士の放つ閃光に、解体され続ける。

 

「我がマスターたちは。そして彼に円卓を託されし少女は。

 正しく、我らの王が愛した人間であると知っている。

 贖いの旅を果たした我らが同胞の結末に、悲しみと敬意を抱いてくれた者だと知っている。

 ならば―――我らが此処で、魂を懸けず何とする!」

 

 そうして蹂躙が続く戦場を見据え、オジマンディアスが声を張った。

 同時に、獅子王はゆるりと手にした槍を掲げる。

 

「大神殿はその位置に固定! 魔力充填が終わり次第、照射を開始せよ!

 “闇夜の太陽船(メセケテット)”は不遜にも大神殿に取り付こうと足掻く魔神どもを灼け!!」

 

「――――聖剣、解放。人が望みし最強の幻想を以て、この身が知る果ての先を照らし出す」

 

 戦場を俯瞰する二人。

 そうして全てを薙ぎ払う力を充填しながら、ロンゴミニアドの女神が口を開く。

 

「……我らは人の旅路を赦すものである。

 道中に重ねた罪も、咎も、裁くべきものではあっても別の事と知るがいい」

 

「罪を罰し。咎を責め。それとは別に、その歩みこそが価値あるものと称えよう。

 その道のりに試練は課そう、障害も与えよう。

 その上で我らは、それを越えて進む者たちこそを言祝ぐ、この世界に遍く神意である!!」

 

 オジマンディアスが女神の言葉を継ぐ。

 その言葉を言い切ったと同時、大神殿の準備が完了した。

 まったく同じタイミングで、聖槍と聖剣もまた。

 

「その旅路を試す、太陽が齎す厳格なる恵みを仰ぐがよい――――!!」

 

「その旅人たちが願いを懸けた、星々の輝きがいま赦そう――――!!」

 

 瞬間、この地上に太陽と星々の輝きが顕現した。

 視界を埋め尽くすのは、全てを塗り潰す極光。

 導きの光にしては暴虐的なまでに荒々しい奔流が、魔神をいとも簡単に消し飛ばす。

 

 再誕と崩壊を繰り返す魔神。

 十、百、千――――変わらず、彼らは再誕し続ける。

 そうして新たに供給され続ける魔神が、僅かに揺らぐ。ほんの僅か。

 瞬きするにも足りぬ、短い時間だけ。彼らの再供給が、遅くなる。

 

「―――歩め、人間。たとえ燃え尽き、灰しか遺らぬ世界になろうとも。

 ……たとえ、彼方より降ろされた錨が別の世界を縫い留めようと。

 しかし、いま此処で刻んだ足跡だけは、確かにお前たちが達成した偉業である」

 

 聖槍と聖剣を奮いながら、獅子王が兜の中でそう口にする。

 誰にも届けるつもりのないその言葉が、戦闘音に紛れて消えていく。

 

 

 

 

「―――――――」

 

 両名、無言。

 そのままに実行される、魔神を挟んでの射撃勝負。

 撃ち下ろされる金星の女神の矢。

 打ち上げられる泥人形が知る人の叡智が生んだ武装。

 

 彼女と彼に挟まれた魔神が、両方喰らって滅殺されていく。

 もはやどちらも魔神など見てもいない。

 目的は上手い事この戦闘に乗じ、相手を地面に這いつくばらせる事だ。

 

「……いいんですか、あれは」

 

「ええ、まあ……互いにギリギリ殺そうとはしていないし……多分、大丈夫。

 っていうかあいつら、何しに来たか覚えているのかしら」

 

 アナ―――メドゥーサが、珍妙なものを見る目でそれを見る。

 身内の恥を前にして、エレシュキガルが少しだけ目を逸らした。

 そうしつつもとても不安そうに、妹と泥人形の戦闘をちらちらと窺う。

 本気で殺し合いになったらどうするべきなのか。

 

「ふん、我らの目的など決まっている。

 こちらの午睡を邪魔してくれた礼儀知らずを殺しに来たにすぎん。

 ああして、ついででも殺してやってるなら問題などないだろうよ」

 

 蛇の巨体がとぐろを巻きつつ、体を持ち上げる。

 開かれる双眸に、宝石の魔眼が輝いた。

 物理的な熱を伴う光線となって、キュベレイの眼光が魔神を薙ぎ払う。

 燃やされ、石化し、崩れていく巨体。

 

 目の前を通って行ったその光に、一瞬だけエルキドゥが足を止めた。

 

「はっ! 隙を見せたわね、エルキドゥ!

 これで終わりよ、地べたに這い蹲って私に許しを請いなさい!!」

 

 マアンナから光の矢をつるべ打ち。

 それがついでに魔神を打ち砕きつつ、エルキドゥへと殺到した。

 足を止めていた彼には、その全ては迎撃しきれない。

 

「…………」

 

 ゴルゴーンの視界が逸れ、一瞬だけ眼光が乱れる。

 偶然にもそれはエルキドゥに向かう矢を幾つか迎撃し、吹き飛ばした。

 結果として開いた、弾幕の穴。

 そこを潜り抜け、エルキドゥは無傷で生還する。

 

「ちぃ、邪魔しないでよ! 今のは決まったはずなのに!」

 

「―――ふん」

 

 口惜しいと舌打ちするイシュタル。

 そんな彼女からそっぽを向き、魔神へと視線を向けるゴルゴーン。

 

「くっ、グガランナさえ連れてこれれば、魔神みたいな雑事なんてアイツ任せで、遠慮なくエルキドゥをぶっ飛ばせるのに!

 アイツったら、存在規模がデカすぎてここにこれないと知るや、安心してやがったっての! 私が来いと言ったら、ブタのように小さくなってでも着いてくるべきでしょ!?」

 

「……同じ兵器として同情するよ。

 彼は僕より強靭な兵器だが、持ち主に恵まれないとああも無惨な事になるのか、とね」

 

 呆れ混じりのエルキドゥの言葉。

 それに眉を吊り上げながら、イシュタルは彼を天上から見下ろした。

 

「ええ、同じ兵器だってならキングゥの方がよっぽど可愛げがあったわ。

 アンタ、あいつを見習ってもうちょっと人間らしくなってみたらどう?」

 

「キングゥ、ね。その人間らしい僕の後継機に興味がないわけではないけれど。

 ただ、それよりも。おまえが随分と人間らしくなっている事に、少し驚いているよ。依り代に選んだ少女の影響なんだろう?

 ……本当に、人間は凄いな。この世に並ぶものなど無いほど醜かったあのイシュタルを、こうしてまともに見れるものに変えてしまうなんて。ギルガメッシュはショック死しなかったかい?

 僕としては、いま世界が滅亡に瀕しているのは、おまえのその乱心に驚いた世界が恐怖で取り乱しているからなのではないか、という可能性を捨てきれない」

 

「あら、うふふ。醜くて悪かったわね。ぶっ殺す。

 なら私を二度と見なくていいように、今すぐ泥に還してやるわよ―――!」

 

 そうして、揃って。

 ついでに魔神を蹂躙しながら、イシュタルとエルキドゥが攻撃を撃ち合う。

 蹂躙されながらも再誕し、魔神は周囲へと眼光を飛ばす。

 薙ぎ払われる熱線、焼却式。

 

「起動せよ。起動せよ。我らこそ、生命院を司る九柱。

 即ち、シャックス。ヴィネ。ビフロンス。ウヴァル。ハーゲンティ。クロケル。フルカス。バラム。そして我、サブナック。

 我らは新たなる誕生を祝うもの。我らは接合を讃えるもの―――否、否……! 我ら、この賛美を蔑む事能わず……! 過ちに満ちた世界に生まれいずる者を、どうして祝福できようか!」

 

 嚇怒の叫びと共に、放たれる熱線の渦。

 その前に立ちはだかるのは、スパルタの勇者の構える盾。

 熱波が直撃し、盾が揺らぎ、それでも、彼らはそこに立ち誇る。

 

「――――無論、共に生きることができるからである!

 そこが過ちに満ちていようが何であろうが、共に生きれる。ただそれだけで、生まれてきた者に我らが送る祝福の言葉が尽きる事など、ありはしない!!」

 

 残り火と白煙を盾で払い除け、レオニダスは槍を魔神に向ける。

 その合図に従い、彼に呼び出されたスパルタ兵が投擲を開始した。

 魔神の眼を潰す投げ槍の雨。

 

 それを掻い潜りながら、天狗の歩法が彼女を獲物の許まで運ぶ。

 閃く白刃が魔神を切り刻み、残った眼を潰していく。

 跳ね回る牛若丸は、全てを躱しつつ確かに魔神に攻撃を加え続けてみせた。

 

「そもそも貴様などに祝われるまでもない。黙ってさっさと死ね」

 

「牛若丸様……」

 

 そういうところですぞ、という顔を浮かべる武蔵坊弁慶。

 

 エレシュキガルが発熱神殿(キガル・メスラムタエア)を大地に突き刺す。

 周囲の空気を冥界のそれに変え、彼女は己の権能を解き放った。

 空を翔ける女神ほどの力強さはない、冥界の女主人の力。

 

「……ここは冥界の外。縁を通じて何とかここまできたけれど、冥界の外で私に出来ることはそう多くはないでしょう。ただし、現世でも冥界でもない()()()場所。

 なら―――やれるだけはやるのだわ!」

 

 魔神の焼却式に、エレシュキガルの有する太陽の権能が激突する。

 今の彼女に発揮できる力は大きくない。

 故に、一基や二基相手ならまだしも、数基がかりで押し切られ―――

 

 彼女の後ろから飛来したもう一つの太陽が、更に押し返して魔神を灰に変えた。

 着陸する翼ある蛇(ケツァル・コアトル)

 展開されたままの炎の翼が、復帰してきた魔神の放つ熱量を遮り、受け流していく。

 

「―――そう、やれる分だけでいいのデース。

 前に進めるだけ。今日やれる分だけ。人ひとりに出来るだけ。一緒にいる人と出来るだけ。

 その積み重ねだけが、やるべきことをやるだけの神を越えていくのだから」

 

「その方法で太陽を越えるにはまだまだかかりそうだニャー」

 

 ケツァル・コアトルに火力を向けている隙に。

 大地を這うような姿勢で駆け抜け、魔神を断ち切るのはジャガーの爪。

 トラの着ぐるみが呆れ混じりにそう言って、流れるように魔神を肉塊へと変えていく。

 

「ンー、私としてももうちょっと越えるのに時間を掛けてもらってもいい感じデース!

 越えられてしまったら悲しいので! もちろん、いつその時が来ても祝福しますけど」

 

 まだ人の世に近い太陽の女神は、そう言って笑った。

 人にはやがて、太陽を越えて彼方に漕ぎ出す時がくるかもしれない。

 この星に未知が残されていないなら、星の彼方に探しに行く。

 そうなる時がいつ来てもおかしくはない。

 

 ―――いつ来てもいいだろう。その時は、笑って見送るだけ。

 ティアマト神にああ言っておいて、自分が縋っては道理も通らない。

 

「まあ、そうなるにはまだ遠かろうよ。あるいはそこに届かぬままに滅びるか。

 未知に胸をときめかせる冒険も、無難で退屈な人生を歩むも、同じ人生には変わりない。

 (オレ)の好みがどちらかはともかく、どちらを選んでも価値は変わらぬ」

 

 黄金の波紋が空に拡がっていく。

 王律鍵バヴ=イルが、地上全ての財宝を収めた蔵への路を開く。

 それこそが、人類最古の英雄王の築いた宝物庫への門。

 

 ―――“王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”。

 

 王が選択したのは、放つ物を選ばぬ事。

 宝物のランクに糸目をつけず、一切合切、秘宝からガラクタまで含めて全てを使用する。

 それこそが、彼にとっての最大の賛辞である。

 

「―――貴様はそれを解せなかったわけだ。まったく、夢見がちにも程がある。

 エレシュキガルも相当湯だった頭をしていたが、あれはそれ以上だな」

 

「なんでそこで私を引き合いに!?」

 

 エレシュキガルの悲鳴を、宝物の射出音で掻き消して。

 英雄王、ギルガメッシュによる魔神殲滅が開始される。

 

 掃射を始めた彼の隣に、ケツァル・コアトルが着地した。

 神殿のない彼女は、太陽神の神格は発揮できず、強力なサーヴァント止まり。

 それでも当然強力だが、クールタイムを挟まねば戦い切れない。

 

「あら、アナタもそんな事を言うのね。

 それ、どんな人生にも等しく価値があるってことでショウ?」

 

「たわけ。(オレ)は等しく無価値だ、と言ったのだ。

 そして当然の如く、価値とは別のところで(オレ)なりの採点は行っている。市場における価値と個人の価値観は値段を同じくしない、というだけの話よ」

 

 呆れた風に女神を見つつ、彼は肩を竦める。

 そんなギルガメッシュを見て、ジャガーマンの方が唸った。

 

「ほーん。つまり、神様は定価で売ってるから値段は決まってるけど、人間にはオープン価格しかないからお値段自由自在、みたいな?」

 

「…………まあそれでよいわ、貴様にはいちいち口を挟むのも面倒だ」

 

「なしてー?」

 

 口を挟んでくるジャガーマンに、しっしっと追い払う所作を見せ。

 追い払われたジャガーは、再び魔神との戦場へと駆け出した。

 その後ろ姿を胡乱げな瞳で眺めつつ、ギルガメッシュは続ける。

 

「全てが値千金だと評すのも。全てが値段をつけるに値しないと評すのも。

 自分が気に入ったものにだけ値札を張るのも、全ては自由だ。

 見る者が変われば価格が変動するそんなものに、一定の価値など与えられるものか。

 安定した相場があって初めて、価値というのは語るに値するのだからな。

 ―――だから、そこで納得しておけば良かったものを」

 

 処置無し、と。そう言って溜め息ひとつ。

 彼は蔵から射出する宝具を加速させながら、瞑目した。

 そんな彼にかけられるのは、天上からのイシュタルの声。

 

「なによ、それ。魔術王が何してるか、アンタ知ってんの?」

 

 エルキドゥとのじゃれ合いを終えたのか。

 彼の方はまだ最前線で魔神の処理を行っているが。

 そうして向けられた声に、鼻を鳴らす。

 

「此処に至れば最早見えたも同然だ。

 未だ千里眼では視れぬが、賢王であった時に足りなかった情報は埋まった故にな。

 察しているのは(オレ)だけではあるまいよ」

 

「なにそれ、じゃあ教えなさいよ」

 

 玩具を見つけた、とばかりに降りてくるイシュタル。

 説明を待つ彼女に対し、彼は肩を怒らせて怒鳴りつけてみせる。

 

「何故、(オレ)が貴様にそんな施しをしてやらねばならぬ! ええい、鬱陶しい!

 おい、エルキドゥ! しっかりとこいつごと仕留めておかぬか!」

 

「あれだけ世話になっておいて言うことがそれ!?」

 

「あの程度では今まで掛けられた迷惑さえ相殺しきれておらぬわ!

 まして貴様はそもそもウルクの都市神、あんなもの貴様自身の役割の内だ!!」

 

 ぎゃーぎゃーと騒ぎだす二人。

 そちらに軽く視線を向けて、エルキドゥは肩を竦めた。

 その間にも彼が放つ宝剣・宝槍の雨は止まない。

 

「放っておいていいのですか、アレは」

 

 不死殺しの鎖鎌を振り回しながら、眉を顰める少女。

 彼女の武装は不死殺しではあるが、相手は死んだ後に補完されて再生産される手合い。

 その能力に大きな意味はなく、当然のように魔神は再出現し続ける。

 

「いいんじゃないかな。イシュタルはどうやら本当に今回はまともみたいだし。

 元のそれだったら、真っ先に殺していたところだけど」

 

 そう言って、感慨深げに人間は凄いね、などと語る泥人形。

 そこで、ふと思い出したように彼は僅かに首を傾げた。

 

「君たちは僕の機体を使っていたキングゥ、というものを知っているんだったね。

 彼はそんなに人間に近付いていたのかな?」

 

 君たち、と。

 そう言って、メドゥーサのみならずゴルゴーンにも意識を向ける。

 

 メドゥーサの方は、困ったような顔で視線を彷徨わせて。

 ちらり、とゴルゴーンの方を見上げた。

 

 そんな二人からの視線を受けながら、蛇神は魔眼の熱量を魔神へと差し向ける。

 熱量と石化の呪詛、それを受けて崩壊する魔神たち。

 補充される魔神たちを前にしつつ、ゴルゴーンは小さな声で呟く。

 

「……さあな、私もよくは知らん。

 ただ―――人間にも、神にも、どっちにも寄らず、近づかず。

 その間を繋ぐためだけの鎖となり、果てたらしいがな」

 

「知らない、と。そう言う割には、君は彼に思うところがあるように見えるけれど」

 

 鎖と武装を放ちながら、エルキドゥが不思議そうに首を横に倒す。

 その顔に覚えはあっても、その所作には一切覚えはない、と。

 ゴルゴーンの顔が、一瞬だけ歪んだ。

 ―――が、すぐに彼女は誤魔化すように吐き捨てる。

 

「―――見れば分かろう。この身は神が墜ち、人を殺すために怪物へと変生したもの。

 神と人の間に立つ貴様にも同じものになる資格があると、目を掛けてやっただけの事。

 ……だというのに、アレは随分と詰まらぬ終わり方をしたようだ」

 

「そうか。うん、なるほど」

 

「何を分かった風な顔をしている。貴様」

 

 得心がいった、と。それなりに晴れ晴れと頷いたエルキドゥ。

 彼に対して、ゴルゴーンが苛立ちを滲ませて問いかける。

 問いかけられた以上は、と。彼はそのまま微笑みながら返答した。

 

「いや、大した事じゃないよ。

 ただ、いつだって泥人形に知性を与えるのは母の愛、のようなものだと認識しただけさ。

 かつて僕がシャムハトと出会い、泥人形からエルキドゥになったようにね」

 

「私が一体いつ! そんな話をした!!」

 

 エルキドゥの言葉に荒ぶるゴルゴーン。

 めんどくさい自分があれなのか、或いは分かり切っている事をするエルキドゥがあれなのか。

 メドゥーサは魔眼で魔神を睨みながら、何とも言えない顔をした。

 

「僕が勝手に納得しただけだから気にしなくていいよ。ただ礼は言っておきたい。

 ただの兵器、泥人形にそんな感情を向けてくれたことに。それだけさ。

 ―――さあ、魔神の殲滅を続けようか」

 

 別に、罪悪感のようなものは特にないけれど。

 彼の執着がこの機体に残してしまった熱が、キングゥの邪魔になっていた。

 後継機が兵器として稼働する事を、エルキドゥだったものが邪魔するのは望ましくない。

 それを解放してくれた、というのなら。きっと素直に感謝するべきだろう。

 

 彼はシャムハトという“母”と、ギルガメッシュという“友”を得て。

 こうして、エルキドゥと名乗るものになった。

 ならば、キングゥもきっとそうなのだろう。

 ゴルゴーンという“母”と、彼の為の言葉を送ってくれた“友”も得ていたのだろう。

 

 この機体に残る、僅かな残滓。温かみ、とでも呼ぶべき魂の欠片。

 それが確かに、そうなのだと伝えてくる気がする。

 

 エルキドゥが、魔術王の城の方角へと一瞬視線を送る。

 残念ながら顔を合わせる事は叶わなかった。

 ギルガメッシュは嫌っていて、説明などしてくれないだろう。

 では、仕方ない。

 いつか会える奇跡を願いつつ、彼の目的を果たすだけだ。

 

 彼は兵器。

 人のために、人に使われる、最強の兵器である。

 

 エルキドゥが一息に鎖を奔らせる。

 魔神の間を縫って突き進むそれを足場に、牛若丸が疾走した。

 弁慶が背負っていた武装を撒き散らしながら、双槍を手に突貫する。

 更にそこに続いていくジャガーマン。

 

 切り倒される魔神たち。それらは再び再誕し―――

 

「……? 補充が遅くなったな」

 

 ぽつり、と。斬り抜けた牛若丸がそう呟いて。

 その瞬間、別の戦場で圧倒的な力の奔流が放たれた事を理解する。

 彼方で発生した爆発だけで肌が粟立つほどの衝撃。

 

「神性……? サーヴァントの枠に収まってないように感じるけど……ま、いいわ。

 再生産が追い付かなくなってきた、ってわけ?

 アンタたちの目的なんかよく知らないけど、別に分からなくても問題ないもの。

 どうせここまで。勝つのはこっち、どんな目的があろうとここで終わりよ」

 

「終わらぬ―――終われるものか! 我ら生命院が、最後の責務を果たすまで……! 新たな星の生誕を祝うまで、新たなる生命の幸福を証明するまで、我らはけして終われない――――!!」

 

 放たれる焼却式。

 それこそが魔神九柱、全霊を懸けた一撃。

 

 押し寄せる熱波を、レオニダスが受け止める。

 彼の周囲に槍檻が突き出して、稲妻を放散。

 エレシュキガルの神威がスパルタ兵たちを援護して、彼らを支えた。

 

 その隙に天上から降り注ぐ無数の矢。

 イシュタルの攻撃が、魔神から眼を次々と奪っていく。

 火力が落ちた瞬間、メドゥーサ、ゴルゴーンが魔眼を解放。

 同時にケツァル・コアトルがその神威を解き放つ。

 

 押し返され、自分たちこそが焼失していく魔神柱。

 一拍の間を置き、全て補充される魔神たち。

 

 彼らの前に―――

 

「きっと、誰に証明されるまでもないよ。人の生に価値がないからこそ、幸福にだって価値はない。本人がそれでいい、と思えたらそれ以上はどこにもないんだから。既にそういう事にしてしまった王様が、ここにいるんだ」

 

「ふん。個々人の感じる幸福こそ、それこそ値段のつかぬ品、と言う奴だ。疾うに証明はされている。幸福それそのものに価値などない、という解がな。

 人間は価値あるものに囲まれる事を幸福としてもよいし、価値なきものを抱える事を幸福としてもよい。それだけのことよ」

 

 天の鎖がその力を発揮する。

 天の楔が乖離剣に手をかける。

 先程この場にまで届いた波動にも劣らぬ、圧倒的な力の奔流。

 

「まあ僕の中における価値を量る天秤は、星の上にある全てに価値を感じているけれど。

 もちろん、イシュタル以外にはね」

 

「はっ、全てに価値があるなどと、それは全てに特筆する価値がないと言っているも同然だ。

 (オレ)の秤は全てを正当に採点する。その上でどちらも纏めて収集するだけだがな」

 

 大地の息吹と地獄の業火が吹き荒れる。

 自然(かみ)をも灼き払う地獄と、神に遣わされた鎖の最大出力。

 それが交わり、余波のみで魔神を薙ぎ倒していく。

 

 揃って、二人の男が腕を大きく高く掲げた。

 天を衝く、乖離剣と神の兵器。

 

「心の使い方を知らぬまま此処まで至りし獣よ、ならば覚えていけ。

 本来価値なきものに価値をつけられるのが、唯一(それ)なのだ。価値なきものに対し、自分にとっての価値を自分の中に作ってやれるのが、我らの心が持つ最大最強の機能と知るがいい」

 

 ギルガメッシュの言葉に、エルキドゥが微かに目を細めた。

 

 かつて、動きを止めた価値なき兵器を前にして。

 ギルガメッシュは、己の中に一つの価値を生み出した。

 未来永劫に渡り、我が友は彼一人だけである、と。

 唯一無二、絶対に色褪せない価値を自分の中に設けて。

 彼は、既に動かなくなった兵器という、価値なきものを尊んだ。

 

「―――貴様は価値なきものを見放したのではない。

 価値なきものを前にして、貴様自身の意志で価値を与えなかっただけなのだ」

 

 二人の腕が動く。

 それに従い、彼らがそこに生み出した破壊が降り注ぐ。

 再誕、崩壊、再誕、崩壊、再誕、崩壊―――

 

 絶大なる力が迫る中で、魔神は一秒たりとも生存が赦されない。

 生と死を繰り返しながら、生命院が言葉にならない叫びを吼え立てた。

 それを塗り潰す轟音と共に、着弾。

 拡がっていく破滅の威力が、魔神の命を無限に削り落としていく。

 

「誰ぞに決められた適当な価値など元より要らぬだろう。

 千里を視通すばかりではなく、貴様自身の秤で最後に量るがいい。

 貴様が求めた、人間の価値を――――!!」

 

 溶けながら、生命院が悲嘆の声を放つ。

 もう。これ以上。まだ。視ろと。まだ。視続けろと。

 そんな、地獄は、もう―――

 

 ―――その泣き言に、英雄王は乖離剣を強く握り締める。

 

 天の鎖と楔による一撃(エヌマ・エリシュ)

 それにより、全てが消し飛んだあと。

 当然のように、再び生命院が再稼働を始める。

 もはや、もはや、我らには荒れ狂うより他にないのだと言うかのように。

 

 それを前にして、英雄たちが再び決戦に挑んだ。

 

 

 




 
 やっと……あと一つなんやなって。


 ふりかえり。
 六章。

 開幕クライマックス。
 もちろん原作鎧武編を踏襲してみたものである。

 鎧武編ということで、どっかから生えてくるリブートキカイダー。
 ではなく、仮面ライダーキカイとなんか出てくるハカイダー。
 メガヘクスという戦力として見るとでかいが、アナザー鎧武単体は割と普通。

 「鎧武の歴史が割り込んだ特異点」であるだけの筈のこの特異点に既にビルドの情報があった、というのは重要かもしれない。重要じゃないかもしれない。

 アナザーライダーとジオウの一騎討ちでケリがつくのは楽でええ。
 総力戦は疲れるので1.5部くらいは今後もそうあってほしい。切実に。

 この章における終わりは、Fate/stay night(Fateルート)を意識したもの。
 獅子王が最後にベディヴィエールがどんな想いだったか理解できたかどうかは神のみぞしる。
 私にも分からん。

 そして何故かベディヴィエールの終局での出番が消える。
 獅子王はこじつけたが、あの流れで出てくるベディをどうやって出せばいいのか分かんねえ。

 この辺りまででモードレッドとアーサー王、後ランスロットにもう書く事ねえなとなる。
 アクセルゼロオーダー纏まんねえ、となった理由でもある。
 フィンやアレキサンダーを連れ込んでディルやイスカンダルと会わせるのは面白そうでやりたかったのだが。

 アナザー鎧武に選択したのはメガヘクス。

 モチーフはメガヘクス。
 方法は違えど同じくヘルヘイムを超克した機械の星。

 決着は、運命の勝利者の選択。
 運命の勝利者には接戦の末に降した敗者がいて、そして後に続く者たちがいた。
 メガヘクスという強大な存在に、そんなものは必要なかった。

 ―――“是は、己より強大な者との戦いである(ベディヴィエール)”。

 故に、女神は。
 彼らの方にこそ、勝利を約束した。
 


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逆巻く時計2002

 
二話同時投稿
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 飛行するタイムマジーン。

 彼らが一直線に目指すのは、魔術王の神殿に他ならない。

 操縦桿を握るジオウが、全てのエネルギーを推力に回す。

 

『各拠点においてサーヴァントのみんなが戦ってくれている……!

 そこにリソースが消費されているおかげで、魔術王の玉座までの道が開けるぞ!』

 

「七か所に九柱ごと、ね。ってことは……」

 

 エアバイク形態のタイムマジーンの上に乗るクー・フーリン。

 彼はぐんぐんと迫ってくる神殿を前にして、その手の中に魔槍を現した。

 

『“七十二の魔神”、残る九柱が恐らく―――!』

 

 ロマニの声を遮り、マジーンの進行方向にある地面が粟立った。

 天を衝くように聳え立つ、腐肉の柱たち。その数は九柱。

 

 七つの拠点、そして此処に立つもの。

 全てを合わせて、七十二柱。

 魔術王ソロモンの使い魔が、玉座への道は通さぬと立ちはだかった。

 

「―――起動せよ。起動せよ。廃棄孔を司る九柱。

 我、アンドロマリウス。ムルムル。グレモリー。オセ。アミー。ベリアル。デカラビア。セーレ。ダンタリオン」

 

 瞬間、マジーンを蹴りつけて、青き獣が跳躍した。

 己の体を引き絞り、振り上げる愛槍。

 腕が跳ねれば、弾けるように解放される真紅の魔弾。

 それは無数の鏃となって、魔神の群れへと降り注いだ。

 

 紅の雨に眼を悉く潰されて、それらの攻撃が止まる。

 

「―――はっ、ここに残り九匹が揃ってやがる、ってわけだ!」

 

 クー・フーリンが着地する。

 そこに並ぶように、マジーンが変形してその場に降り立つ。

 

『ランサー!』

 

「お前らは先に行きな、神殿の門の維持はあくまで七か所の拠点が要石。

 こいつは門の前に最後に残された地獄の番犬、ってわけだ。

 多勢に無勢ではあるが、どうにかしといてやるさ―――!」

 

『ですが、流石に一人では……!』

 

 言い募るマシュ。

 

 彼女たちの目の前に現れた廃棄孔九柱、その再供給には数秒を要していた。

 それだけの時間がかかるほど、リソースが圧迫されている。

 玉座への道を遮る結界にも、魔力の供給はしきれていないはずだ。

 

 だが、この状況が長々と続くわけではない。

 サーヴァントたちは持ち合わせた魔力を使い果たせば、退去していくだろう。

 今この時に退去が始まり、戦線が崩れたっておかしくはない。

 そうなれば、二度と玉座への道は開けない。

 今の内に、彼女らは前に進まなくてはいけない。

 

 オルガマリーが唇を噛み、目を細める。

 クー・フーリンを疑うわけではなくとも、相手が無限に残機を持つ魔神九柱では。

 

 ―――そうしたオルガマリーの葛藤を見て、ツクヨミが動いた。

 彼女がジオウの後ろに回り、彼の事を突き飛ばす。

 

「ちょ、ツクヨミ!?」

 

「ここには私が残る! みんなは先に行って!」

 

 そう言って、彼女がマジーンのハッチを展開。

 その意味を理解したオルガマリーが、僅かに目を伏せて―――

 しかしすぐに顔を上げ、叫ぶ。

 

「任せたわ! 常磐!」

 

「―――うん」

 

〈ドライブ!〉

 

 彼女の声に応え、ジオウが幾つかのウォッチをその場に置く。

 そのまま彼はドライブウォッチをドライバーへ装填。

 真っ先に飛び降りたオルガマリーを追い、外へと飛び出した。

 

「マスター!」

 

「うん! マシュ、お願い!」

 

「フォーウ!」

 

 フォウがマシュの頭にしがみつく。

 それを確認しつつ彼女は立香を抱え、二人を追って飛び出す。

 

 眼下に展開されているのは、ジオウが放ったライドストライカー。

 空中で彼女はハンドルを掴み取り、それを己の許へと引き寄せる。

 彼女が発揮するのは、ギャラハッドより継承した騎乗スキル。

 己の手足と変わった鉄の騎馬が、エンジンを轟かせた。

 

「しっかりと掴まっていてください!」

 

 着地と同時に、疾走を開始する。

 そんな彼女たちに並走するのは、オルガマリーを抱えたドライブアーマー。

 

 その疾走と擦れ違う、槍を構えたクー・フーリン。

 交錯した瞬間、ソウゴに対して彼は問いかけた。

 

「よう、ソウゴ。今生のオレの王として最後に聞かせて行けよ。

 お前が目指しているもんは、どっちだ?」

 

 ―――ジオウの脚が緩む。

 一気に減速した彼に、オルガマリーが困惑し。

 しかし、必要なコトなのだろうと口を噤んだ。

 

 かつて。ソウゴがクー・フーリンと契約を結ぶ前。彼は言った。

 行きたいところまで辿り着けるかは、当人の頑張り次第だと笑ったキャスターに。

 俺には、絶対にやらなければいけない事があるから大丈夫だ、と。

 

 ―――それは、きっと。

 昔の自分なら、もしかしたらそのままでも進めたのかもしれない。

 けれど、今の自分では。そのままじゃもう進めない。

 それはもう、ただやらなければいけないものではなく―――

 

「……行ってくる。例え、やらなくてもいいことだったとしても。

 俺が、絶対に叶えたいと想った……やりたいと思った。

 そこにあるのは、俺がやり遂げたい夢だから――――!」

 

「おう、そうか。なら行ってこい」

 

 真紅のボディが加速し、一瞬でトップスピードへと到達した。

 そんな手間のかかるマスターに苦笑して、真紅の魔槍が翻る。

 

 そうして神殿へと向かう彼らの背に、再誕した魔神たちの視線が向いた。

 

「我ら九柱、欠落を埋めるもの。我ら九柱、不和を起こすもの。

 その哀しき構造こそ、無念である。我らにそれを埋める事叶わず―――!」

 

『やらせない!』

 

 爆発的な蒸気が、魔神に目掛けて雪崩れ込む。

 次いで、視界を白く染め上げたそれに、稲妻が奔り抜けた。

 破裂していく魔神の眼球。

 

〈アクセル!〉

 

 赤いウォッチを装備した巨体が、鋼の拳を振り抜いた。

 肉の柱をぶち抜いて、弾き飛ばす一撃。

 それに対する反撃を試みようとする魔神の動きを、朱槍が先んじて潰していく。

 

「ったく、こっちはオレ一人に任せときゃいいもんを」

 

『それで挟み撃ちにされたら元も子もないから!』

 

「かー! 信用ねえなあオレ。

 まあやっちまったもんは仕方ねえ、付き合いな嬢ちゃん!」

 

 マジーンの鉄拳。ゲイボルクの閃き。

 それらに討たれながら、廃棄孔には余裕ばかりがある。

 統括局に人間が辿り着いたところで、何の意味もない。

 焼却処分に至る未来が見えている。

 

「ならば、やり方を変える以外にない。

 欠落があるから不和が生じるのであれば、最初から埋まったものを形成する。

 構造的な欠陥があるのであれば、設計からやり直すしかない。

 で、あれば。この無常なる世界は、廃棄するより他にない――――!」

 

 そう叫び、周囲に熱を放とうとする魔神。

 

 ―――だがそれを、彼方より飛来した無数の線が焼き払う。

 行き場を失った放つ寸前だった熱量が、魔神の内側で爆散した。

 飛び散り、降り注ぐ肉の破片。

 それに反響するように、高らかなる哄笑が戦場に響き渡る。

 

「クハハハハハハ!」

 

『これ、は……!?』

 

 ツクヨミがその声に反応し、出所をマジーンで探る。

 反応はすぐに見つかって、宇宙で大きく靡くマント姿を発見した。

 ばさりばさりと波打つマント。

 熱線で魔神を薙ぎ払ったものは、そのまま更に笑い声を張り上げる。

 

「クハハハハハ! フハハハハ!! ふぅーははははははは!!!」

 

『…………だれ?』

 

 まったく知らない相手に、そう困惑の声を漏らすツクヨミ。

 ―――いや、確か。

 彼女の参加していなかった頃の特異点攻略の映像記録で、あの姿を見た事が……

 

「あれはなんだ!? 鳥か! 猫か! いいや、戦国最強天下人!

 第六天魔王こと! そう、わしじゃ!!」

 

 ばばーん、と。

 赤いマントを靡かせて、軍服姿の織田信長が胸を張る。

 彼女の周辺に展開された火縄銃の大軍。

 それが銃口から幾度となく熱線を吐き出して、魔神を吹き飛ばしていく。

 

「ふっ、どうやら初めましてのようじゃな……なればこそ、どうやらわしの口から語るしかないと見える。まずはわしが何がどうしてどうなってここに来たか……全ての始まり、帝都聖杯戦争から、紙芝居形式でまるっと語る事としよう。あ、水あめとかない?」

 

 彼女は火縄銃による銃撃を続行しつつ、懐から画用紙の束を取り出した。

 表紙となる一枚目には、『帝都聖杯奇譚 Fate/type Redline』とでかでかと。

 そうしつつも周囲を見回す信長の眼下。

 

 そこでネコ科の爪で魔神を一柱切り刻んでいたタマモキャット。

 彼女が爪とぎを続行しつつ、哀しげな困り顔を浮かべた。

 

「煮干しならばある。実はアタシもあれから反省していてな。

 こんなこともあろうかと取って置いた秘蔵の煮干しは、常に懐に忍ばせている」

 

 よほど大事なものなのか、渡すのであれば悲しい事この上ないとばかりに。

 だが少し誇らしげに見えるのは、用意ができていた事自体に対してか。

 

「うーん……煮干し、煮干しか。まあなし寄りのギリギリありじゃな」

 

「いや、そういうの要らないですから。っていうか煮干しでいいんですか。

 ……じゃなくて、状況見えてます?」

 

 縮地で魔神を踏み締め、加速して走らせる白刃。

 彼女は一息に眼を断ち切り、放出されるはずだった魔力を暴発させて回る。

 “誠”の一字を背負う浅黄の羽織姿。

 それこそが新選組一番隊隊長、沖田総司。

 

「はー、これだから人を斬るしか能の無い奴らは。わびさびというものが分かっとらん、別にここは倒さんでもいいらしいし、茶の湯でもしばきながら話してりゃそのうち終わるじゃろ。

 のう、そうじゃろう? なんじゃったっけ、換気扇?」

 

「廃棄孔、崩落―――焼却式、アンドロマリウス!!」

 

 アンドロマリウスに続き、魔神たちがたった一人をロックオン。

 全ての火力が、乱入者に向け殺到した。

 

「ぬわー!?」

 

「……まったく、何をしているのですかあなたは」

 

 そうしてあわや炎上、という本能寺しかけた信長の体が引かれる。

 彼女の襟首を掴んだのは風魔の頭領、風魔小太郎。

 彼は彼女を引っ張り下ろし、そのまま地面に投げ捨てつつ溜め息をひとつ。

 

「サンキュー、ニンジャブリゲイド。

 いやぁ、わしも今のは死んだと思った。炎の中に本能寺が見えたわ」

 

「いいから、先程の弾幕を死ぬ気で張り続けてください。

 もしくは相手の攻撃から盾になって本能寺してください」

 

 風魔忍群を動かしつつ、戦場を見渡す小太郎。

 彼らがやるべき事は、この地で廃棄孔の魔神を押し留めること。

 既に玉座への道は開かれ、進むべきものは進んだ。

 ならば、後は魔神の一柱もそちらに追わせぬために力を尽くすだけ。

 

「かー! まるで本能寺が常日頃炎上しているとでも言いたげじゃな! 風評被害じゃぞ!」

 

 しかし、突然そんなことを言い始めた信長の声に足を止める。

 

「ぐっ、いや、それは確かに正論と言えば正論……!

 いえ、だがあなたに言われる筋合いだけは絶対にない!」

 

「わしはあそこで死んどるし、もはや実家みたいなものよ。

 貴様にわしと本能寺を結ぶこの気持ちの何が分かる!」

 

「無視していいですよ、それ」

 

 溜め息をつきながら、疾走する沖田。

 彼女の言葉に分かっている、と内心思いつつも。

 しかし、小太郎は退かずに歯を食い縛る。

 

「いえ、それはそれで言い負けたようで多分に不快感が……!

 ……では、あなたは本能寺にそれほど強い信愛を寄せている、と?」

 

「はぁ? そんなことあるわけないじゃろ、死地じゃぞ。

 この程度の冗談も分からぬとはまだまだ未熟じゃのう、風魔の」

 

 カン、と。甲高い音を立てて、信長の目の前に苦無が突き立つ。

 目の前に現れた刃物を見て、彼女が空気の抜けるような珍妙な声を上げた。

 

「ぬひょー」

 

「分かりました。話しかけた時点で僕は負けていたんですね。

 ここからは敗戦処理、これも魔神どもと纏めて廃棄しましょう」

 

 地面に転がした信長のマントを掴み、引きずり出す小太郎。

 そのまま前線に加速していく一人と荷物一つ。

 そんな光景を見送りながら、どう反応するべきかとツクヨミが顔を渋くした。

 

『―――とにかく、助けに来てくれてありがとう! えっと……』

 

「ええ、ギルガメッシュ王が貴様たちはこちらに向かえ、と。

 此度は私たちこそが、援助に参りました」

 

 着弾と共に爆発音を撒き散らす矢。

 炎上した矢が次々と放たれ、魔神の表面を吹き飛ばしていく。

 爆風で白い髪を靡かせる、双角を持つ女武者。

 巴御前による援護に留まらぬ、制圧射撃。

 

 魔神の放つ熱量がこちらに向かって来れば、彼女はすぐさま薙刀を抜く。

 鬼種としての力を乗せた、炎の刃。

 それが正面から熱波を両断し、四散させた。

 

「どちらにせよ、肩を並べ辛いあれこれがありますので。

 二手に分かれざるを得なかった、というところもありますが」

 

 刃の形成された黒鍵を投擲しつつ、彼は背後に魔法陣を浮かべた。

 そこから射出される無数の刃。

 連射を止めることなく、天草四郎時貞は朗らかに見える顔で微笑む。

 

 ―――そんな彼の態度に、巴御前も笑みを薄くする。

 

「―――その辺りは巴には分かり兼ねますが、ご配慮いただきありがとうございます」

 

「うむ。トモエは歩く瞬間湯沸かし器であるからな。それ自体は便利だが、そればかりでは調理方法に幅が出ぬ。多様性は大事だ。だがタマモはキャットだけでいい。オリジナルはここに置いていき、これからはキャットこそがロンリーウルフなのだワン。

 いっぽんでもニンジン、オンリーワンでもタマモナイン、というワケだ」

 

 ニンジンに想いを馳せながら、タマモキャットの爪が魔神を刻む。

 そんな彼女と並び、敵を処理しつつ。

 クー・フーリンが、更に一人この場に来ている者の方へと頭を向けた。

 

「んで、お前はどうするんだ? 見てるだけか?」

 

「―――ふん。別に吾は、貴様たちの援助に来た覚えなどない。メソポタミアとやらでは最後の最後でしか暴れなかった故、まだ暴れたりぬと感じていただけだ」

 

「そーかい、だったら好きにやってけ。見ての通り入れ食いだ。遠慮なんざする必要ねえ」

 

「ふん!」

 

 鬼が大地を踏み砕き、舞い上がる。

 そのまま振り上げた大剣の刃で、彼女は魔神を一柱斬り捨てる。

 

 大江の山に坐す鬼の首魁、茨木童子。

 彼女が魔神を斬り捨てると同時に剣を放り、その鬼の拳を握り締めた。

 炎上する拳。それが思い切り魔神に叩きつけられ、殴打の瞬間に爆発する。

 四散する肉片の中で、鬼は小さく舌打ちした。

 

「―――吾からすれば人理などというやつは知った事ではないが。

 織物も、細工も…………菓子も、ああいったものは、人間の得意分野であるが故に。

 勝手に燃やすな、吾は気に入っているのだ」

 

 様々な攻撃によって爆発四散する魔神たち。

 マジーンの足を止めさせ、ツクヨミがその光景を見る。

 

『あなたたち……』

 

「はいはい、あなたとは初めまして? 沖田さんも何やかやでここに推参!

 話はよく分かってませんけど、斬れるものが相手ならお手伝いしますとも。

 時代とか未来とか、そういうふわっとしたのを切り拓くのは苦手ですけど、生きている連中が相手なら、まあ人間でなくとも一応斬り殺せますし」

 

「―――あら、奇遇ね。生きているなら殺せる、なんて」

 

 瞬間、虚空に浮かんだ白い姿が、剣閃と共に降り注ぐ。

 魔神と、それらが放つ熱量の嵐。それらが瞬く間に殺され、解体されていく。

 無論、数秒を置いて彼らは全て生き返るが。

 

 分かり切っていた光景に、白い着物の女性は着地しつつしっとりと微笑んだ。

 

「こちらにも意外と人が集まっていたのね? 向こうに行っても式とは顔を合わせられないし、どうせならと思ってこちらに来たのだけれど……」

 

『えっと……』

 

「あら、ごめんなさい。勝手に識っているだけなのに、挨拶もせず。

 はじめまして。ええと、ごきげんよう?

 私は彼らとロンドンで顔を合わせたもの。どうぞ、よろしくね?」

 

『はい、ええと、よろしくお願いします』

 

 復旧した廃棄孔による熱波。

 “両儀式”はそれを一太刀で殺し、散華していく余熱の中で頬を緩める。

 

 ロンドン、はそれこそ魔術王の降臨が原因で、ツクヨミも映像では履修できていない。

 外見を見る限り、聞き及んだアナザーライダーにされた女性、だろうか。

 

「何か凄いの来たのう。ほれ、沖田。お前の発言に乗ってくれたんじゃぞ、私の方が上手く殺せますとか言い返すタイミングじゃろ。

 ズババーってやってみ? やってみ? 失敗して死んだら笑ってやるから」

 

「人間なんてどうせ首を落とすか心臓を潰せば死ぬんですよ。

 ああいう派手なのはさっぱり要らないんですー」

 

「じゃあ三段突きとかせず首と心臓を突くだけでいいのでは? ノブは訝しんだ」

 

「訝しんでいる暇があったら、魔力を絞り出してください」

 

 撹乱しながら目を潰す小太郎に急かされ、肩を竦めながら火縄銃を空に浮かべた。

 その光景を見て、すぐさまタイムマジーンが動く。

 ツクヨミの操作に従い、頭部のウォッチを変更する機体。

 

〈スペクター!〉

 

『合わせるわ! 一気に押し込みましょう!』

 

「ふっふっふ、まあよかろう! わしはビームの一つも撃てぬ人斬りとは格が違うのだ!

 何せ第六天魔王じゃからな、ビームくらい標準装備よ!」

 

 スペクターウォッチを頭部に装着したマジーン。

 その周囲に燃え上がる、青い炎。

 それが火縄銃と思しきカタチに押し固められ、全ての銃口に光を灯した。

 信長の力とスペクターの力、揃ってそれらが無数の銃口から火線として吐き出される。

 

 熱線の雨に焼かれ、融かされていく魔神たち。

 それらが行う反撃を、巴御前が強引に打ち払い、両儀式が殺し切る。

 

「やーれやれ……さぁてのう、まあ奴らにも何か色々あるんじゃろう。

 誰にだってたまには『あー、何か世界滅ぼしたい』とか思っちゃう瞬間はあるもんじゃしな。

 大抵の奴はやらんし、やろうと思っても途中で止まるが。

 止まらずにここまで来た疾走感は、わしとしてはそれはそれで評価するぞ」

 

「おや、魔術王側につくのですか信長公?」

 

「どっちもクソもなかろう、切支丹。

 わしは()()を良し悪しなどでは見ぬ。ただ一言、くだらんと言って終わりじゃ。

 わしが好きなのは、人間の持つ一瞬の輝きなのだからな」

 

 言外にだからお前とも反りが合わない、と言い切って。

 彼女は彼を鼻で笑う。

 

「別に私はそれを否定するわけではないのですが―――ええ、まあ。ただ、()()()()()()は、どうやら私の夢を阻むために立ちはだかる側に宿るものであるようで」

 

「そういう主人公パワーに阻まれる側にいる自分を顧みるべきじゃろ」

 

 苦笑している天草四郎。

 そんな態度に眉を上げた信長が、処置なしと肩を竦めた。

 

「阻まれた程度で顧みれるなら、最初から地獄になんて踏み込みませんよ。

 ただ邁進するための意志だけあれば、進むべき道も、彼方に光が見えている必要もない。

 闇に鎖された燃え盛る地獄でさえ、進み続ければ願いに届く、と。

 彼女たちが証明してくれた事ですし」

 

 いっそ朗らかにさえ見える微笑み。

 そんな屈折した男の顔を見て、信長は盛大に表情を歪めた。

 

「なんじゃこいつこじらせすぎ。うちの家臣みたいで怖……」

 

「それは褒められているか、貶されているのか。

 どちらにせよ、大名扱いなどされたくはないですね」

 

 言い返しながら両腕を酷使して、魔術を使い続ける天草。

 彼の剣弾に合わせて銃弾を撒きつつ。

 信長は今の会話をさっぱり忘れたように、さっさと違う話を持ち出した。

 

 天草にではなく、他の誰かに向けた言葉。

 

「ま、それはそうと。良かったのではないか?

 ―――本当の意味で、見たかったんじゃろう? 進めば進むほどに死が迫るというのに、先へ先へと進み続ける人間の燃え尽きるような輝きを……」

 

 剣撃による殺生の結界。

 それを維持しつつ、両儀式が目を細める。

 

 彼女たちは俯瞰するための視点しか持っていない。

 最初から対面するための機能は持っていない。

 人が星を見上げるのと同じだ。星は、人を見下ろすしかない。

 

「あ、ここからが決め台詞な? 『人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり』……あれ、何じゃろう。不思議とわしこの決め台詞乱用しすぎ感ない? わしの生き様桶狭間?」

 

 何か自分の知らざるところで使われてる気がする、と。

 信長は自分の決め台詞を通じて感じた、未知の感覚に悩みだす。

 そんな彼女の横で、銃撃の嵐にエネルギーを使い果たしたスペクターのウォッチが外れる。

 

 代わりに装填されるメテオの力。

 マジーンの能力を検めて、ツクヨミは操縦桿を握り直した。

 

『接近戦……! スピードで撹乱できれば……!」

 

 屈んだ機体が青い光を帯びて、球体のオーラで全身を包み込む。

 ―――それが中のマジーンの動きに合わせて、僅かにカタチを変える。

 そうして歪んだ球を見つけるのは、茨木童子。

 彼女は目の前に現れた歪んだ球体を見て、思わずと言った風に笑った。

 

「む―――クハハハハ! 独楽か! うむ、そういうものも吾は嫌いではない!

 よかろう、吾が回してくれる!」

 

『え? まっ……!?』

 

 茨木童子の腕が叢原火に燃える。

 彼女の動きはツクヨミが待ったをかけるより遥かに早い。

 静止より先に、巨大な炎の塊になった鬼の腕は振り抜かれていた。

 

 盛大な音を立てて射出される、青い独楽。

 それが燃え移った鬼火と交わり、黄金色の輝きを増していく。

 魔神の只中に叩き込まれる巨大独楽。

 その威力は確かなのか、ぶつかるたびに魔神を薙ぎ倒し、止まる事を知らずに加速する。

 

『―――クー・フーリン!』

 

「あー、一緒に回れってか? 流石にそりゃ無理だぜ、嬢ちゃん」

 

『言ってない! 止めて!!』

 

 悲鳴より怒声を響かせて、そんな彼女の様子にクー・フーリンが肩を竦める。

 

「ど、どうすれば!? これでは流石にツクヨミ殿が……!」

 

「いえ、あの速度に近付くのは流石に……! 仮に中に入れても降ろせません!

 せめて、少しでも減速してからではなくては……!」

 

「むぅ……キャットに出来るのは尻尾を飛び降りた時のクッションにするくらい」

 

 暴風を纏う独楽と化して跳ね返り、魔神の間でクラッシュし続けるタイムマジーン。

 それを見ながら、どうやって止めるかと慌てふためく者たち。

 その中で。さて、その勢いだけを殺せるかしら、と。

 眼を開きながら刃を構えた式が、ふと足を止める。

 

「……あら? ふふ、どうやら気にしなくてもよくなりそう」

 

 ―――そこで、黄金の独楽を突き破り、漆黒の炎が噴き出した。

 身に纏うオーラを失い、しかし勢いはそのままに転がっていく事になるタイムマジーン。

 

「―――フン、まったく……サーヴァントとなってから、随分と。

 送り出される側であったオレに、一体何度ファリア神父の真似事をさせれば気が済むのか」

 

 言いながら、丁重に抱えたツクヨミへと視線を向ける黒衣の男。

 そんな彼を見上げて、彼女は驚くように声を張った。

 

「あなた……エドモン!」

 

 何ものにも囚われぬ、復讐の化身。

 彼はタイムマジーンの中へと直接現れ、ツクヨミを抱え強引に抜け出した。

 彼女を抱えているが故に、速度を緩めながらも距離を取るエドモン。

 その二人へと向かう魔神の追撃を、サーヴァントたちが先んじて潰していく。

 

「お前もまた牢獄に随分と好かれているようだな。

 気性も含めて、メルセデスの名を貸すには物騒すぎる女だったと見える」

 

「……それ、喧嘩売ってるの?」

 

「さてな」

 

 着地し、勢いで大地を削りながらの減速。

 ある程度速度を削ったと見るや、すぐに彼女を後ろに放り投げた。

 そのまま巌窟王は全身に炎を漲らせる。

 

「恩讐によって磨かれた(オレ)の牙。神に仕えるものの真似事で鈍っていたのだとすれば、貴様たちで磨き直すまでだ。いま此処に認めよう、“憐憫”の理を戴く獣の従者たちよ!

 貴様たちはオレが牙を剥くに足る―――格別の加害者である、と!!」

 

 炎が猛る。黒き恩讐の炎と化した復讐者が宙に舞う。

 駆け巡る漆黒の流星。

 

 それを見上げながら軽く眉を顰めたツクヨミ。

 彼女がファイズフォンXを抜き、再び戦場に向かって行く。

 

 そうした戦場の中で。

 この場のみならず、全ての戦場を想いつつ。

 

「ふっ、どいつもこいつもやりたい放題じゃな! だがまあよし!

 皮肉じゃのう……いや、正当な報酬という奴かもしれん。

 お前を滅ぼす人間の輝きは、お前が人間を追い詰めたからこそ顔を出した。抱えて眠る冥土の土産にするには、一等相応しかろう。最後に足を止めて見上げて……いや、見下げてみよ。

 これが中々どうして―――キラキラしていて、カッコいいものだぞう?」

 

 魔王信長はそう言って一頻り笑うと、再び銃撃を再開した。

 

 

 

 

 結界が存在していた場所を通り抜け、魔術王の神殿へと至る。

 そうした彼らを真っ先に向かえた者こそが。

 

「遅かったな、随分と待たされたぞ」

 

「スウォルツ―――!」

 

 紫衣を翻し、寄り掛かっていた神殿の壁から離れる男。

 彼は疾走していたジオウたちの前に立ち、ゆるりと微笑んだ。

 その態度に顔を顰めるオルガマリー。

 

「あんたも前みたいに邪魔をする、ってわけ?」

 

「さて。貴様たちの旅路を邪魔してきた自覚こそあるが……

 言っておくが、メソポタミアの一件に関しては、俺も被害者だ。

 まあ、どうでもいい話だがな」

 

 ジオウがオルガマリーを手放し前に出る。

 続けて、マシュもまたストライカーから降りて前へと踏み出した。

 その光景に、スウォルツがまた笑う。

 

「それで、どうするの。今回は俺たちの邪魔、する?」

 

 拳を握るジオウ。

 いつでも腕部ユニット、タイプスピードスピードを射出できる体勢。

 既に通路はそう開けているわけではない位置。

 時間停止能力が成立する範囲の外まで逃れるのは難しいだろう。

 ならば、事前に潰す以外にない。

 

「は―――他の連中に関してはともかく。

 お前に関してはむしろ、その成長に貢献してきたつもりだったがな?」

 

 ジオウの仮面の下で、ソウゴが顔を顰める。

 そう言って、彼が懐から取り出すのはアナザーウォッチ。

 何も絵柄の入っていない、ブランクウォッチだ。

 

「……自分が利用するために誰かの成長を促すのは、貢献したって言えるのかな?」

 

 立香の言葉にどうでもよさげに肩を竦め、彼は掌の上でウォッチを転がした。

 

「さてな。言えないかもしれん、が。

 俺の想定範囲内で常磐ソウゴが順当に育っていくのは、中々の見物ではあった。

 上手く行けば、ここで摘み取るに足りるかもしれないと思うと、感慨深い」

 

 言って、彼の腕がウォッチを握った腕を横に伸ばす。

 彼がそれを向けた先には、美しく澄んだ宝石のような結晶があった。

 まるで鏡のように光を反射する、魔力が凝り固まって出来た結晶。

 そうなれば当然、鏡の中には差し出されたウォッチが映り込み―――

 

「―――っ、いま、なにか……!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 スウォルツが持ったままのウォッチには、何の変化もない。

 ただ、鏡に現実ではない光景が突然映り―――

 

「――――っ!?」

 

 瞬間、そこに居た者全てが耳鳴りを覚えた。

 周囲を囲んでいた魔力の結晶が音叉になったかのように、頭に響く音が拡がっていく。

 

「これ、は……!」

 

 頭を抱えるように両耳を押さえつつ、立香はスウォルツの横にある結晶を見た。

 が、そこには既に何も映っていない。

 スウォルツも、アナザーウォッチを手にした腕を下ろしている。

 

 一体何が、と。状況が掴めない事実に対する混乱を制しつつ、彼女は首を動かして。

 ―――マシュの横にある魔力結晶を見た瞬間、目を見開いた。

 

「マシュ! 右!」

 

「―――ッ!?」

 

 マスターの声に応え、彼女はすぐにそちらに視線を送ろうと動く。

 が、それでは既に遅かった。

 

〈龍騎…!〉

 

 鏡面のように磨かれた結晶に映る怪物が、その中から手を伸ばす。

 龍をモチーフに組み込んだ、騎士兜のマスク。

 そんな怪物が、鏡の中の世界から、マシュに向けて手を届かせていた。

 

 背後に飛ぶには遅い。

 だから彼女はその腕を盾で振り払おうとして―――

 その前に、頭の上にいた白い獣を掴み取られていた。

 

「フォッ!?」

 

「フォウさん!?」

 

 それを掴まえた時点で目的は果たした、と。

 アナザー龍騎が再び水晶の中に沈んでいく。

 

 捕まったフォウを追い、マシュが手を伸ばす。

 同時、立香が懐にしまっていたものを投げ出した。

 

「お願い!」

 

〈スイカアームズ! コダマ!〉

〈タカウォッチロイド!〉

 

 二つのウォッチが起動し、彼らは即座にフォウを追った。

 連れ去られる前に取り戻す、と。

 奮起するそんな連中を薙ぎ払う勢いで、アナザーウォッチが投擲されて直進する。

 盛大に吹き飛ばされて転がるコダマとタカ。

 

 フォウを掴んだ右腕とは逆、左腕が龍の頭部になっている怪人。

 彼はアナザーウォッチをその龍の口で捕まえて、そのまま鏡の中に沈み切る。

 当然、フォウも一緒に。

 

 その姿を追ったマシュの手が、結晶の表面に触れる。

 だが、届かない。沈んだ相手は魔力結晶の中に見えるのに、そこにはけして届かない。

 鏡の中の世界になど入れるはずがない。

 

「―――スウォルツ! あれは……!」

 

 ジオウが即座にスウォルツがいた場所に振り返る。

 が、既にそこに彼の姿はない。

 

 微かに肩を揺らして。

 そのまま、彼はディケイドウォッチを取り出した。

 

〈ディ・ディ・ディ・ディケイド!〉

 

「鏡の中に“世界”があるなら、ディケイドなら追えるはず……!」

 

 数多の世界を巡る、世界の破壊者。

 メソポタミアで確かに邂逅し、通りすがっていった男。

 彼の力ならば、“違う世界”に踏み込めるはずだ。

 そう考えて動いた彼の背中に、声がかかる。

 

「―――ソウゴ! フォウをお願い、私たちは先に魔術王のところへ!」

 

 立香の言葉に、ソウゴが強く拳を握り締めた。

 マシュが再び結晶の中に消えたフォウを視線で追って、しかし。

 ジオウに視線を向けて強く頷く。

 

 神殿に入れたからと言って、余裕があるわけではない。魔神と戦闘しているサーヴァントの魔力もそうだが、カルデアにも押し潰されるまでのタイムリミットがある。

 戦力を集中したくても、此処で足を止めているわけにはいかない。

 だから、先に行って待っていると。

 彼女たちはそう言って―――オルガマリーも、それに頷いた。

 

「……分かった!」

 

〈アーマータイム! ディケイド!〉

 

 ジオウに九つの影が重なり、ディケイドアーマーが形成される。

 マゼンタの装甲を纏った彼はもはや迷わず、魔力結晶に向かって踏み切った。

 

 踏み込んだ先に通るのは、鏡で出来た回廊。

 光源もないのに輝く鏡の路を通り抜け、彼はその先へと辿り着く。

 

 ―――そこに広がっていたのは、先程までと同じ。

 しかし明確に違う、左右の反転した鏡面世界。

 入った結晶とは左右が反転している、しかし同じ結晶から飛び出すジオウ。

 彼が着地すれば、そこにはアナザーライダーがいた。

 

「あたらしい、いのち―――」

 

「フォッ、キャーゥ! フォーウ!?」

 

 彼は離さないように強く、しかし壊さないように優しく。

 フォウを掴んだまま、その場で立ち尽くしていた。

 ―――だって、もう。それを使う相手は、どこにも、

 

〈ライドヘイセイバー!〉

〈ヘイ! ブレイド! ヘイ! ファイズ! ヘイ! 龍騎!〉

 

 呼び出した剣のセレクターを回し、龍騎の力を纏わせる。

 確かにあのアナザーウォッチは龍騎の名を呼び、起動した。

 ならばこの炎上したヘイセイバーこそ、相手を打倒する力になるはず。

 

〈龍騎! デュアルタイムブレーク!!〉

 

 無防備なアナザー龍騎に対し、炎の剣閃が斬り抜ける。

 背後から縦一閃、直撃したアナザー龍騎の装甲が火花を散らした。

 その衝撃で緩んだ拘束から、フォウが強引に抜け出す。

 

「下がって!」

 

「フォ、キャーウ!」

 

 乱暴だぞ、と言っているのか。

 不満げに鳴き立てて、フォウがジオウの後ろに回り込む。

 

「―――か、ない、で」

 

 逃がしてしまった目標を追い、アナザー龍騎が振り返った。

 その眼前に迸るのは、炎の剣閃が描く十字の軌跡。

 

〈アタック! タイムブレーク!!〉

 

 ドライバーが回転し、炎の十字がアナザー龍騎に向かって押し寄せる。

 それを躱すでもなく。受け止めるでもなく。

 アナザー龍騎はその一撃に呑み込まれ、いとも簡単に爆砕された。

 

「……終わっ、た?」

 

「いやぁ? まだ、終わってないんじゃあない?」

 

 ―――声がする。

 敵を撃破した事で、ヘイセイバーを下ろしていたジオウの背後から。

 その声に、聞き覚えがある。

 自分が口から吐き出して、耳に届く時とは違うけれど。

 確かに、誰の声よりも聞きなれた声が、

 

 それに導かれて彼が振り返ると同時。

 

〈ストレンジベント…!〉

〈タイムベント…!〉

 

 視界が、暗転した。

 

 

 




 
 ふりかえり。
 特異点G。

 なぜこんな無茶をしようと思ったのか、コレガワカラナイ…。
 特にネックになったのは巨大戦だな、と。
 ただデスガリアンのような下等生物いたぶるの楽しい!みたいな純粋な悪党は書いてて楽しかった。特に楽しかったのはバングレイ。タノシイ!タノシイ!大和ヲ曇ラセルノハ、タノシイ!
 もちろん、最後にぐえー!するまでの流れ含めてが楽しいのですが。ぐえー。
 リンボ楽しみだなぁ。ぐえー。

 宮本武蔵、参戦。体験クエストみたいなもの。
 天空寺龍とムサシをメインに持ってくるうえで、地味に重要な位置。
 攻撃に当たると死ぬが、攻撃を当てれば大体殺せるみたいなピーキーなキャラに。
 眼鏡かけてる主人公かな?

 ダ・ヴィンチちゃん、オルガマリーと。
 眼魂がどうみたいな話もここで終わらせつつ。

 ダントンなんかはそれこそ登場直前までやるかどうか悩みましたが。
 まあでもこれがあるとないとで全然違うんだよなぁと。
 造られた命の生き様、という点で何より外せなかっただろうと。

 ダントンが強すぎて出したらストーリー崩壊がやばい。
 クソ強い事にしたアナザーゴーストぶつけときゃ止まるんで問題ない。
 流石イエロ―ライオン。ゴーカイジャーでも見た男。

 ゴーカイジャー、リュウソウジャーまで出し切ってスーパー戦隊もここで終わり。
 分からないですが、会話の中で特異点Gが出てくる事があっても、まあもうストーリー中に戦隊要素は出ないでしょう。
 仮にエグゼイドとキュウレンを混ぜるとしたらラスボスが、
 「絶版おじさん!ドン・アルマゲさん!闇の企業の力、お借りします!絶版ドン!」
 とかやってくるかもしれません。ないです。

 1.5部相当なのでエグゼイドはこんなに長々とやらないでしょう。
 というか、もはやこの章だけで長編一本完結させた事にならない? ならないか。

 少し心残りなのはもうちょっと引っ張ろうとしたが、やっぱりいいやとなって出るだけで終わったジェラシット。微妙にアカレッドの関係者なので、マーベラスとバスコの中に混ぜようかなと思ったんですが、締まらなくなるので消えました。
 たこ焼き関係者ではあるので、まああれだけでもいいかと。たこ焼き関係者……?

 バナナに気を取られて動けなくなるバスコってのが、締まっていたかはどうだろう。
 というか普通にまた一緒にいるんだあの二人。ぐえー。

 アナザーゴーストに選択したのは天空寺龍。

 モチーフは天空寺龍。
 仮面ライダーゴーストがその胸に抱く、最大にして最強。
 最高の英雄。

 決着は、必然。
 信じて託した父が、託されて命を燃やした息子に越えられた。
 当たり前に訪れた、一つの親子の離別である。
 


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比翼の王道2016

 
二話同時投稿
2/2
 


 

 

 

「―――ッ!?」

 

 アナザー龍騎の左腕。

 龍の頭部を模した前腕部から、火球が放たれる。

 ディケイドアーマーの胴体に直撃したその一撃で、ジオウが大きく吹き飛ばされた。

 

「あ、ぐ……!」

 

「フォウ、フー……! フォーウ!」

 

 呆けていた頭を振って、彼はすぐにヘイセイバーを支えに立ち上がる。

 背後からフォウの鳴き声が聞こえるが、構っている暇はない。

 ジオウはすぐにセレクターへと手をかけて、龍騎へと指針を回し―――

 そこでぴたりと、動きを止めた。

 

「時間が、戻ってる……!?」

 

 ―――すぐさま気を取り直し、彼はそのまま背後へと振り返る。

 そこにいるのは、アナザー龍騎。

 赤と銀のカラーリングで、左腕に龍、右腕に剣を持つのがアナザー龍騎。

 それとは真逆に、黒と金に変わり、右腕に龍、左腕に剣を持ったもう一人。

 

〈リュウガ…!〉

 

「二人目の……アナザーライダー……!?」

 

 黒いアナザー龍騎―――アナザーリュウガが、その右腕を腰だめに構えた。

 そうして彼の周囲に展開される、無数の黒い炎弾。

 腕を突き出すと同時、龍の顎が開かれる。

 龍のブレスのような火炎の渦に合わせ、解放される無数の炎弾。

 

「っ、」

 

 咄嗟に横っ飛びして、それの軌道から外れるジオウ。

 そこに斬り込んでくるのは、剣を振り被るアナザー龍騎。

 着地して転がりながら、ジオウの指がヘイセイバーのセレクターを回す。

 

〈龍騎! デュアルタイムブレーク!!〉

 

 アナザー龍騎が剣を振り下ろすのに合わせ、ジオウが炎上する剣を振り上げる。

 先んじて斬撃を浴びせたのは、ジオウだった。

 股下から右肩にまで切り上げる、炎の刃。

 それが確かにアナザー龍騎に深々と傷を残し―――

 

 ガチリ、と。アナザーリュウガの右腕の龍が、顎を閉じる。

 

〈ストレンジベント…!〉

 

「また―――!」

 

 ジオウの動きは間に合わない。

 アナザーリュウガがただ、その右腕をガチリと噛み合わせた瞬間。

 カチリ、と。再び、時計が逆巻く音がした。

 

〈タイムベント…!〉

 

 

 

 

 アナザー龍騎の左腕。

 龍の頭部を模した前腕部から、火球が放たれる。

 ディケイドアーマーの胴体に直撃したその一撃で、ジオウが大きく吹き飛ばされた。

 

「づ、また……!?」

 

 まったく同じ感覚を、同じ時間に味わっていた事を憶えている。

 ならば、と。

 彼は跳ね起きると同時に、ヘイセイバーへと指をかけた。

 

〈ヘイ! 龍騎!〉

 

 振り向くと同時に疾走。

 そこには右腕の龍を構えた状態の、アナザーリュウガが立っている。

 燃える刃を振り被り、一息に距離を詰め切って。

 

「先にこっちを倒す!」

 

「か、ない、で――――」

 

 アナザーリュウガの兜の奥。

 そこにある洞から、何か声のような音が聞こえる。

 ―――しかしそれを聞き流し。

 ジオウはヘイセイバーを、攻撃態勢にある黒い怪人に向け振り抜いた。

 

〈龍騎! デュアルタイムブレーク!!〉

 

 隙だらけのアナザーリュウガへと見舞われる唐竹割。

 大上段から振り下ろされた炎の剣閃が、紛れもなく直撃した。

 そうされた黒い体が火花を散らしてふらりとよろめき―――

 

 ただ、それだけで。

 当たり前のように、逸らした体を復帰させる。

 

「……っ、効かない!?」

 

「し、ない、で――――」

 

 アナザーリュウガの眼前に。ジオウの目前に。

 互いの間を遮るように、大きな鏡が現れた。

 そこに映し出した攻撃(にくしみ)を、その鏡は相手に返す。

 黒い竜騎士を焼いた炎の剣閃が鏡の中へと浮かびあがる。

 ―――直後に、噴き出すように、それはジオウに向かって射出された。

 

「――――ッ!?」

 

 目前で発生した攻撃に対応しきれず、直撃を受ける。

 自身が行った攻撃を反射され、ジオウは全身から火花を噴いた。

 弾かれた彼の体が地面を転がり、倒れ伏す。

 ダメージが許容量を超えたか、ディケイドアーマーが消えていく。

 

 通常形態に戻ったジオウが、何とか体を起こし―――

 

「どうすんの? ディケイドの力がないと、ここから出れないけど」

 

「―――――」

 

 横合いから彼に話しかけてくる、自分の声を聞いた。

 恐る恐る、結果の分かった相手の正体を確かめる。

 頭を上げたジオウの目の前にいるのは、彼に視線を合わせるために屈んだ常磐ソウゴ。

 

「お前、は……!」

 

 ジオウの視線を受けながら、彼を覗き込むソウゴが笑う。

 

「俺は、お前だよ。俺の名前は常磐ソウゴ……鏡の中のね」

 

 鏡の中のソウゴ、と名乗ったもう一人のソウゴが首を回し、フォウへと視線を向ける。

 白い獣はただ二人のソウゴを見て、鳴く事もなく足を止めた。

 

 さほど気にもせず、鏡のソウゴは小さく笑う。

 

「ああ……そうだ。あいつらを倒せて、それでここからも出れて。

 それで更に、魔術王も倒せる方法。教えてあげよっか?」

 

「俺は、オーマジオウになんてならない……!」

 

 囁く自分の声に耳を傾ける気はない、と。

 ジオウは両腕で地面を押して、力任せに立ち上がる。

 そんな彼の背中を見て、鏡のソウゴは笑った。

 

「また見捨てるんだ。タケルの時みたいに」

 

「――――――」

 

 その言葉に、ソウゴの動きが凍る。

 

 天空寺タケル。

 死を切っ掛けに覚醒して、ムゲンの力に目覚めた英雄。

 彼の力が無ければ、あの特異点での勝利はなかった、と確信できる程の仮面ライダー。

 だが、彼がそうなった時、本当にそれしかなかったのだろうか。

 

 彼を大切に想う人たちの前で、天空寺タケルは一度死んだ。

 結果としてその魂は現世に戻り、新たな力に覚醒したが。

 それでも、確かに、彼は一度死んでいた。

 ――――その時、自分は一体何をしていたのだろう。

 

「わざわざ白ウォズの足止めに付き合ったのは何で?

 それがタケルに必要な事なんだろうな、って白ウォズの態度から何となくそんな気がして、何も考えずに見捨てたんだろ?」

 

「俺は、そんな……!」

 

 自然と出た否定の言葉は、後が続かない。

 だってその通りだから。

 白ウォズを巻こう、何が何でも助けにいかなければ。そんな考えは、何処にもなかった。

 タケルたちならきっと大丈夫。なら、俺はここでこうしていよう。

 

 大丈夫だった? ああ、大丈夫だった。

 ―――それは、本当に大丈夫だったのか?

 

「今度は立香やマシュや所長も見捨てるんだ。

 だって俺、ここにいたら助けにいけないもんね?」

 

 鏡の中のソウゴがそう言って笑う。

 

「本当に不味いならきっと黒ウォズがどうにかしようとしてただろうし……

 そんな感じはしてなかったから、多分大丈夫。でしょ?」

 

 嘲るように笑う声。

 それを、言葉で否定できなくて。

 

「―――――!」

 

 ジオウが立ち上がり、そのままの勢いで鏡のソウゴに掴みかかろうとして。

 ―――自分とまったく同じ姿のものに、掴みかかっていた。

 

〈仮面ライダー! ジオウ!〉

 

 ジオウが、鏡に映ったジオウに掴みかかり。

 そうして彼らは顔を突き合わせて、正順の“ライダー”と逆転した“ライダー”。

 鏡合わせの顔面を叩きつけ合った。

 

「―――黒ウォズとか白ウォズが同じように、立香たちに必要だけど死ぬかもしれない道を選ばせて、俺はただ見てるだけでいろ、って誘導したらそれに乗るんでしょ?

 乗らない、って言いきれないから。俺はずっとそうやって考え込んでたんだもんね」

 

「違、う……! 違う! 俺は――――!」

 

 力任せに押し込んでくるジオウ。

 その勢いを逸らして、ミラージオウが彼の体を後ろへと受け流す。

 頭から地面に叩きつけられ、地面に転がるジオウの姿。

 

 そこでミラージオウが、ふらついているアナザーライダーたちに視線を向けた。

 

 彼らはふらふらと、まるで何かを探すように首を巡らせている。

 新しい命はここにある。連れてきた。

 だが、それで生かすべきものが見当たらない。

 それでは意味がない。価値がない。

 彼が欲しいのはただの命ではなく―――大切な、唯一の、

 

「優衣…………」

 

「優衣…………!」

 

 よろめきながら探し物を始めるアナザーライダー。

 それは、たった一人の執念が起点。されど、それは最早特定の個人ではない。

 この鏡の中の世界に焼き付いた、執念の残滓。

 秘められた正体など、もうどこにも残っていない。

 誰でもない誰か。それこそが、アナザーライダーと化したもの。

 

 その背中を見送り、ミラージオウがジオウへと視線を戻す。

 

「みんなのために。世界のために。俺のために。

 オーマジオウにはならない。なっちゃいけない。

 だから、友達を助けるためにであっても、オーマジオウにはならない。

 ……それ、本当にオーマジオウになってないって言えるの?」

 

 なりたくなかったのは、何のためだと自分が問う。

 あんな世界を、あんな自分を認めたくなかったのは、何故だと。

 言葉はない。返せない。

 

「――――――」

 

「オーマジオウになれば、少なくともここに来てるみんなは助けられるのに」

 

 助けたいなら、オーマジオウになる道を選べばいい。

 それで自分が救われなくても、認められない道であっても。

 助けられるだけの力は手に入るのだから。

 

 ミラージオウの声を受けつつ、ジオウが何とか立ち上がる。

 彼が手の中にジカンギレードを呼び出せば、ミラージオウも既に剣を握っていた。

 ジオウが顔を上げ、ミラージオウを睨む。

 そんな彼からの視線に対して、鏡の中のソウゴは問いかける。

 

「……そもそも俺、立香の事とか本当に友達って思ってるの?」

 

「――――――!」

 

 ジオウが踏み込めば、当然ミラージオウが応じる。

 太刀筋も、力強さも、まったく同一。

 であるが故に、心が揺れていない方が勝機を得る。

 十度刃を打ち合わせて、剣を弾かれてその衝突が終わる。

 

 即ち、圧倒するのはミラージオウ。

 打ち伏せられるのが、ジオウ。

 

 無手になったジオウを地面に叩きつけ、ミラージオウが息を吐く。

 

「分かってるんだろ? 立香は、オーマジオウになった俺の事だって受け入れるよ。

 俺が、友達を見捨てでもなりたくないオーマジオウを、あいつは受け入れるんだ。

 俺が絶対に否定しなくちゃいけないものを、あいつはきっと肯定する」

 

 藤丸立香の精神性。

 彼女は、誰が相手であってもフラットな自分であれるように心がけている。

 気高い英雄が相手でも、悪辣な反英雄が相手でも。

 確かな自分と、相手の本性とで関係を結べるように心がけている。

 

 だからこそ。

 

 最高最善を目指す常磐ソウゴと、最低最悪に辿り着いたオーマジオウ。

 彼女にとって、そこに、境界などないのではないか。

 

「それ、友達って言えるのかな?」

 

 オーマジオウと、オーマジオウを否定するソウゴに分け隔てがないのなら。

 それは、常磐ソウゴが常磐ソウゴのままである意味があるのだろうか。

 

 そして、仮にそれでも友達であったとして。

 友達に否定されない末路を拒絶して、友達をここで見捨てるのであれば。

 結局のところ、常磐ソウゴにそんなものは必要ないということだ。

 

「俺が守ってるのは世界でも、人間でも、友達でもなくて。

 自分の大切なものだけは失いたくない、俺自身の事だけじゃない?

 夢を無くしたくないからオーマジオウにはならない。

 オーマジオウになれば友達は助けられるけど、なりたくないから自分の力を見ないフリ」

 

 ミラージオウがギレードを放り捨て、這いつくばるジオウを見下ろす。

 

「俺のそれは、自分が変わる事に苦しんでるフリだ。

 本当はただ目を背けて逃げてるだけ。

 だって怖いんだもんね。また、独りで夢だけ見て歩くしかない事が」

 

 アナザーリュウガが動く。アナザー龍騎が動く。

 二人揃って、彼らが目指すのはフォウの許。

 この周囲に探し物が発見できず、別の場所にまで移動するつもりだろう。

 そのためにフォウを再び捕まえようと動き出し―――

 

 鉛のように重くなった全身を酷使して、ジオウが走る。

 背後に回り、二人に纏めて掴みかかり、ソウゴはその歩みを止めさせた。

 

「フォウ! 逃げろ!」

 

「――――――」

 

 白い獣はそこから動かない。

 ただ尻尾を揺らしながら、じいとジオウの事だけを見ている。

 何故そうしているかは分からない。

 だが、そうなっている以上は、これ以上アナザーライダーを前に進ませない。

 

 二人を掴まえているジオウに、彼らが兜の奥から滲ませる声が届く。

 

「おいて、いかないで……」

 

「おれを、独りにしないで……」

 

「優衣……!」

 

 ―――小さな、小さな、しかし等身大の叫び。

 たった一人の愛する家族を喪って、喪いたくないという慟哭。

 嘘みたいな奇跡に縋る、純粋で強烈な願い。

 

 ティアマト神より身近で、小さな叫びだったからこそ、ソウゴは歯を食い縛る。

 彼女の叫びだって、ソウゴの心を揺らしていた。

 門矢士はそれが分かっていたから、彼に叫んだ。

 だからこそ。それでも、前に進んだ。

 けど、それに比べて小さい声だからこそ―――心が、より大きく揺れる。

 

 得てしまった。知ってしまった。

 独りだったから、全員に等しく心を砕いていられたのに。

 近しいものを得てしまったから、もうそんな自分じゃいられない。

 

 でも、そんな自分ではいられなくても、そうでいなくちゃ。

 自分で選んだ夢だ。自分で選んだ道だ。

 ずっと、なりたかった王様だ。

 

「そんな我儘、通るはずがないって自分が一番分かってるでしょ。

 オーマジオウになってでも友達を助けるか、友達を見捨ててオーマジオウにならないか。

 要するにこの二つのうち、どっちを選ぶかってだけなのに。

 友達を助けるなら、夢は棄てなくちゃ。夢を守るなら、友達は棄てなくちゃ。

 友達は見捨てたくない。オーマジオウにもなりたくない。

 じゃあここからどうするの?」

 

 ミラージオウがジオウを見据える。

 

 今にも振り解かれそうな状況で、しかし耐えて。

 震えながら、ソウゴは喉の奥から声を振り絞った。

 

「―――友達を、助ける……!」

 

「ふぅん―――じゃあ、オーマジオウになるんだ」

 

 鏡の中のソウゴが歩み出す。

 彼は既に結論は出たとばかりに、ソウゴに向かって歩んでくる。

 常磐ソウゴはオーマジオウだ。

 彼という人間が己の道に結論を出せば、結果は何時でも訪れる。

 だから、ここで彼はオーマジオウという結末に辿り着き―――

 

「いいや。俺は……オーマジオウにはならない……!」

 

 しかし、そう断言したソウゴに、鏡のソウゴが足を止めた。

 

「………………じゃあどうするの。どうにもならない、って言ってるのに」

 

「お前が俺なら、分かってるだろ……!

 今までの夢が、今の俺を縛るなら……俺は、今から夢のカタチを変える!

 出来る筈だ! 今までの俺から、今の俺に変われたなら!!

 変えられる筈だ! 今までの夢から、これからの新しい、最高最善の夢に!!

 世界も、人も、友達も! 全部を守れる最高最善の王様になりたいって夢に!!」

 

 彼が力を漲らせ、二体のアナザーライダーを引き戻す。

 力任せに、執念だけを詰め込んだ風船のような怪物たちを。

 そうして引き離した相手と、フォウとの間に割り込むジオウ。

 

 再び敵だと判断し、二体の怪人がジオウへと目を留めた。

 赤き龍と黒き龍。互いに反対の腕にある龍の頭部を、揃って振り被る。

 収束していくドラゴンブレス。

 発生した火球を放つ姿勢を見せる、アナザーライダー二人。

 

「俺はただ王様になるんじゃない……! 最高最善の王様になりたいんだ!!」

 

〈ゴースト!〉

〈カイガン! ゴースト!〉

 

 腕が突き出され、それと同時に放たれる火球の嵐。

 その熱に晒されながら、ゴーストアーマーが顔の前で腕を交差させる。

 同時にパーカーゴーストが放たれる。

 それが向かう先は、彼の背後にいたままのフォウの許。

 白い獣を抱えたパーカーが、戦場から距離を離す。

 

 耐え切れずに弾け飛ぶジオウの追加アーマー。

 一緒に吹き飛ばされそうになりながらも、彼は必死に地面を踏み締めた。

 

「ならなきゃいけないから諦めないんじゃない……!

 なりたいから! 諦められないんだ――――!!」

 

〈ドライブ!〉

〈ドライブ! ドライブ!〉

 

 真紅の装甲、ドライブアーマーが加速する。

 その速度を見た瞬間に、アナザー龍騎が腕を動かした。

 

〈ガードベント…!〉

 

 彼の両肩に龍の胴体のような盾が装着される。

 そのままアナザー龍騎はアナザーリュウガに背中を預け、縮こまる。

 

 疾走から放たれる拳撃。更に射出されるタイヤの連撃。

 それらを全て、アナザーリュウガが正面から受け止めた。

 直後、彼の前に出現する無数の鏡。

 そこに映し出される、ジオウがこの一瞬に行った全ての攻撃。

 

「っ……!」

 

 全ての反撃が、同時に降り注ぐ。

 振り切れず、自分の攻撃だったものの中に沈むドライブアーマー。

 

〈鎧武!〉

〈ソイヤッ! 鎧武!〉

 

「―――俺が願った事は、何も変わらない……!

 ただそれを叶えるために抱いた夢を、これからもっと良いものに変えていく!!」

 

 鎧武の顔が浮かぶ、巨大なオレンジ色の物体。

 立ち昇る熱気を突き破りながら落ちてくるそれを頭から被り、変形させる。

 即座にその腕に双剣を握ったジオウに襲う、二体のアナザー。

 

 二体一。

 挟み撃ちにされた状況から襲う、龍の尾を思わせる柳葉刀。

 数度斬り合い―――打ち払われる、大橙丸Z。

 手放した剣が彼方へと弾かれ、直後に鎧武アーマーもまた斬撃に打ちのめされる。

 

「こうやって泣き言を言って、悩んで……!

 そんな自分の弱さを知ってるからこそ、俺は最高最善の未来が欲しい!」

 

〈ウィザード!〉

〈プリーズ! ウィザード!〉

 

 炎を散らす魔法陣。

 至近距離で現れたそれも、アナザーライダーには効果が薄い。

 それどころか鏡が炎を逆流させ、ウィザードアーマーを焼いていく。

 

 水流でその炎を相殺しながらジオウはそこで衝突を拮抗させ―――

 

〈シュートベント…!〉

 

 アナザー龍騎の腕の龍。その口が、一際大きく開く。

 先程の攻撃を遥かに上回る熱光線の予兆。

 それを視認して、風を、土を、守りに回して結界を形成する。

 

 ―――直後に、爆炎。

 雪崩れ込む炎と熱に、守りごとジオウが押し流された。

 

「……ッ、正しい事だけを知って、そこを歩くだけじゃない……!

 俺は良い事も、悪い事も、全部この道の上にあるって知った上で……!

 自分が信じる前に最高最善の未来のために、進める王様でありたい!」

 

〈フォーゼ!〉

〈3! 2! 1! フォーゼ!〉

 

 飛来する白いロケット。

 それが分解して、ジオウの各所へと装着されていく。

 完成すると同時に、フォーゼアーマーが爆炎をその装甲に取り込んでいく。

 吸収したエネルギーを推力に変え、彼が一気にブースターを噴射した。

 

 炎の壁を突き破り、ブースターモジュールの先端がアナザー龍騎を打ち据えた。

 蹈鞴を踏んで後退する赤い怪人。

 即座にそれをフォローするためにこちらに回るアナザーリュウガ。

 彼の動きに合わせて展開される無数の黒い炎弾。

 フォーゼアーマーの炎熱吸収が限界を迎え、ブースターが火を噴いた。

 

「光も闇も、善も悪も、強さも弱さも――――!

 全てをひっくるめて持っているのが、俺たち人間なんだ!

 そんな中で、最高最善の未来に進める王であるために!」

 

〈オーズ!〉

〈タカ! トラ! バッタ! オーズ!〉

 

 フォーゼアーマーを切り離して着地したジオウ。

 その体を覆う、赤いタカ、黄色いトラ、緑のバッタ。

 ブレスターにそれらの名前を浮かべ、彼はオーズアーマーへと換装した。

 

 アナザーリュウガが突き出す剣。それをトラクローZで絡め捕り、奪い取る。

 目の前で黒い体がよろめいて、隙を晒した。

 それを見て流れるようにバッタの脚力で飛び、全力を懸けて蹴り飛ばす。

 相手を蹴り飛ばした瞬間、すぐさま反射鏡が同じ威力の蹴りを跳ね返してきた。

 全力を込めた自分の蹴撃で弾かれるジオウ。

 彼からオーズアーマーが剥がれ落ちていく。

 

 ―――弾け合うように転がって、先に起き上がるのはジオウ。

 

〈ダブル!〉

〈サイクロン! ジョーカー! ダブル!〉

 

「俺は弱いから……! 心を乱すし、怖がるし、足も止める……!

 そうなっても、この道を選んで進み続けられた俺の中の強さを……!

 俺の中にある弱さが、誇りに想っていられるように!!」

 

 二色のメモリドロイドが上半身を覆うように装備される。

 そうしてダブルアーマーを纏ったジオウが、迫りくるアナザー龍騎に向き直った。

 振るわれる龍尾の剣。

 それに合わせて振り抜く拳が、その剣を半ばから叩き折る。

 

「全部抱えたまま前に進む!

 最低最悪の俺も、弱くて折れそうな俺も、全部抱えたままに!!」

 

「……それで? オーマジオウにならずにどうやってみんなを助けるの」

 

 ミラージオウの言葉に、ジオウが足を止めた。

 その瞬間に、アナザーライダーが同時に腕の龍を突き出してみせる。

 荒ぶる炎と熱が押し寄せて、ダブルアーマーを呑み込んだ。

 

 風の結界でそれを防ぎ―――しかし、耐え切れずにアーマーが弾け飛ぶ。

 周囲を火の海に変えられて。

 それでも、ジオウはそこで拳を固めた。

 

「この答えが正しいか、間違ってるか。そんな事、俺には分からない……!

 それでも、俺の願いは変わらない……! 正しいかどうかじゃなくて、俺は俺の願いが作る世界を信じたから、いまここにいるんだから――――!!」

 

 ―――鼓動のような、力の発露。

 その気配を察知して、二人のアナザーライダーが戦慄する。

 彼らという執念を挫く者。彼らという怨念にけして折れぬ者。

 そんな、天敵の襲来を垣間見て。怪物たちが、恐れるように慄いた。

 

 相手のその態度を見て、ジオウが思い切り腕を突き出す。

 そこに灯り、浮かび上がってくる一つのライドウォッチ。

 形成されていく新たな歴史の力を見ながら、ミラージオウが吐き捨てる。

 

「……信じられるわけないだろ? だって俺は―――」

 

「けど信じられるはずだ―――! だって、お前は俺なんだから……!

 お前の言ったことは、全部俺が思ってた事だ……!

 けど―――今言ったことだって、全部俺が思ってた事だ!

 信じられるわけないって気持ちも、信じたいって気持ちも、俺の中には両方ある!」

 

 何一つ、鏡の中のソウゴの言葉に嘘はない。

 彼がそう思った事は否定できない事実。

 それでも、と。常磐ソウゴはもう一人の自分に吼え立てた。

 前のめりになって叫ぶソウゴに、鏡のソウゴの方こそが一歩後退る。

 

「過去の俺が積み上げてきたものを信じろよ!

 現在(いま)の俺の願いを信じろよ!

 ―――未来の自分は、最高最善の未来に辿り着けるって信じろよ!!」

 

 過去に積み重ねた全てが、現在の自分を作った。

 ならば、過去と現在を更に積み上げ続けて未来に至った時。

 自分の夢は、きっと願いに手が届くはずだと。

 そのために自分は、戦い続けることができるはずなのだ、と。

 

「世界を全部よくしたい! みんなに幸せでいて欲しい……!

 そんな世界でいてほしいから、俺は王様になる事を夢に見たんだ!

 だから、これまでの夢で俺の願いを叶えるに足りないなら……!

 それを叶えられるものを夢に見る!

 俺は……この願いの重さに耐えられる、最高最善の魔王になってみせる――――!!!」

 

「―――――」

 

 ただの王様では足りない、というのなら。

 最高最善の王でも、最低最悪の魔王でも駄目だと言うのなら。

 全て纏めて、最高最善の魔王になってみせる。

 

 ―――もし、それでダメだったのなら更に前へと。

 常磐ソウゴの意志が尽きない限り、その夢に果てはない。

 世界をよくするという願いを叶え続けるために、彼の旅路には常に夢が立ちはだかり続ける。

 けどそれでいい。それを望んだのは自分だ。

 迷うことはある。悲しむこともある。今のように苦しむことも、まだあるだろう。

 

 だったら。

 その都度、自分と夢を変えていくしかない。

 願いは一つだ。それを見失わない限り、辿り着くべき場所は変わらない。

 

 そうして戦う事は怖い。怖いに決まっている。

 最低最悪の未来に進むかもしれない未来が怖いから―――最高最善の未来のために戦える。

 

「俺は世界を救える王様になるためにライダーになったんだ……!

 だったら―――選ぶ事なんてせず、みんなを助けられる事を夢見たっていい!!」

 

〈龍騎!〉

 

 ライドウォッチを握り締めるジオウ。

 その瞬間、世界に罅が走っていく。鏡が割れるように終わり始める世界。

 二人のアナザーライダーがその事実に喘ぐ。

 

「優衣……!」

 

 ―――ミラージオウの変身が解けていく。

 その仮面の下に隠していた顔が、苦渋に滲む。

 だが彼はそこで、体から力を抜いた。

 砕けていく世界の中で、鏡の中のソウゴは光に消えて。

 

 ―――比較の獣が、尾をゆるりと振るう。

 彼の有するその天秤は傾かない。

 

 善いものも。悪しきものも。

 両方抱えて持って行かれてしまっては、そこに置き去りにされるものがない。

 

 みんなで手を携えてゴールイン、という話ではないけれど。

 全部一つにされてしまっては、較べるものがどこにもなくなってしまう。

 溶け合ったというわけではない。

 一つでも欠けたらいけない、数え切れない歯車と燃料で出来たもの。

 願いを目指して走る、夢の車輪。

 

 醜いものと、美しいもの。

 醜いものが醜いから、美しいものは美しいのだろうか。

 美しいものが輝いているから、輝かないものは醜いのだろうか。

 

 美しいに越したことはない。

 でも、美しいだけでは人間ではいられない。

 それが分かっているから、彼は人間を避けているのだし。

 

 『美しいものに触れてきなさい』、と。

 かつて魔術師は彼にそう言った。

 

 まあ、それくらいしかないのだろう。

 

 だって、醜いものを捨ててしまったら人間ではない。

 無垢で綺麗なままなだけであるのなら、人間である必要もない。

 そんなろくでもないものを抱えたままで。

 それでも、目が眩むほどに美しいものを生み出せるのが、人間なのだから。

 

 醜い姿になりたくない、と。

 そう思っていた、醜いものを喰らい成長する獣。

 醜い姿を越えていきたい、と。

 美しい想いを支えにして、比類なき夢を抱く少年。

 

 負けたくない、と。稚気を出してもいいけれど。

 そうなった時点で、“比較”の理が打ち倒されているもの同然だ。

 それは彼を育てるものであって、彼が抱くべきものじゃないのだから。

 

 ―――では、彼は見送ろう。

 よくある醜さと、目も眩む美しさを比翼にして、進もうとする人間を。

 

 彼は天秤の上にいる。

 彼が乗った皿の反対側には、醜いものが自然と降り積もっていく。

 徐々に上がり続ける彼が載った皿が頂点に達した時、彼は姿を変えてしまう。

 防ぐ方法はただひとつ。向こうの皿に、何も載せないこと。

 

 ……けれど、彼だって夢のひとつくらい見ていよう。

 彼が乗った皿に、反対側にある醜いものと同じだけの美しいものを積み込めたなら。

 もしかしたら、そんな事にはならないのかもしれない、と。

 

 そんなこと、あるわけないのだけれど。

 ―――だから、ということにして。

 

 醜いものを積み上げて出来上がる獣は。

 醜いものと美しいものを翼にして飛び立つ夢を、見上げていよう。

 いつか、多くの醜さに負けない美しさで、この人間社会が満たされると信じて。

 

 あの男は『触れてきなさい』、と言っていた。

 なら、最後に。

 全てを懸けて、背中の一つも押して上げなければ。

 

 キミたちは、醜いものを睨むボクの目を眩ませるほどに、とても美しいものだった。

 これからもどうか頑張って、と。

 

 

 




 
・アナザー龍騎&アナザーリュウガ。
 アナザー龍騎は「鏡に映ったアナザーウォッチ」、アナザーリュウガは「外から放り込まれたアナザーウォッチ」によって誕生したアナザーライダー。
 契約者は鏡の中の世界にこびりついた誰でもない誰かの執念に過ぎず、一つだけ遺された行動理念に沿っているだけ。彼が求める事は一つだけ。隣に愛する家族がいてくれる事だけ。

 ―――果たして、その願いは正しく果たされた。戦いの果てに、誰かの幸福を願いながら兄妹は完結した。本人にとってはそれで幸福な結末だったのだろう。だが、幾度となく繰り返し、鏡の中に刻まれた彼の執念にその結末は訪れなかった。本人と愛する妹は光の中に向かったのかもしれないが、彼の慟哭はその世界に独り置き去りにされたままだった。
 悲劇の少女とそれを見守る(モンスター)に惹かれて目覚めたその意志は、彼がそこに深く刻まれた理由。新しい命の創造、それを使った愛するものの延命を果たすためだけに動く。
 それ以外に、彼が孤独から解放される手段は存在しないのだから。
 
 
 ふりかえり。
 七章。

 アナザーディケイド出す気なかった気がするが出てますね。
 何でだかよく分かんないですけど、まあ纏まったしいいでしょう。
 スウォルツこのままずっとギンガなんですかね。
 私には分かりません。

 酷使されるグガランナ。
 色々と思うところのあるギルガメッシュもこれには憐れみの視線。

 天草、小太郎、巴御前、茨木童子を出して行く。
 出してみて思ったのは、この章ボス戦しかねえから活躍の場が用意できねえ。
 ということ。
 結果として11体のベル・ラフムをサーヴァント用の中ボスに。

 大物と乱戦をさせる上で一番悩むのは火力が薄いタイプの立ち位置。
 小太郎とか撹乱ばっかでまともに攻撃しとらんじゃないか。
 剣豪で活躍させねば……あそこは敵が不死身じゃないか……
 ―――オメェの出番だぞ、リンボ!

 ふと思いついて遊びでサブタイトルをディケイド本編のサブタイトルっぽく並べてみた結果、話数が縛られて分割できなくなるという。
 ティアマト戦とか絶対にジャンボフォーメーション登場辺りが切りどころだったと思う。
 そこで区切っても結局後半は長いのだが。

 アナザーディケイドに選択したのはティアマト。

 モチーフは仮面ライダーディケイド激情態。
 原初より命のある世界を開闢し、始まった世界を先へと継続するために棄てられたもの。
 世界の終焉を防ぐため、全てを破壊し己が最後に破壊される事で世界を継続させたもの。
 ただ、全てを破壊するという行為の先に。
 彼女は、自分に全てを繋ぎ止めようとして。
 彼らは、全てが繋がっている事を歩いてきた旅路の中に見出した。

 決着は、彼女に永眠を与えることで果たされた。
 彼女が天地となり生命を生み出したことに変わりはなく。
 全ての生命の母である、という事実は確かにこの地上に残った。
 それはもう、二度と失われない。
 遠い昔から続いてきた、この星の上に積み上げられてきた、原初の繋がりとして。
 


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降臨する魔王2016

 

 

 

 多くの悲しみを見た。

 

 私は、常にその光景を見ていた。

 我々は、常にその光景に眼球(しかく)を抉られ続けてきた。

 見飽きる? 慣れる? そんな変化は有り得ない。

 この器には常に許容量を超える悲しみが注がれ続けてきた。

 この器には常に許容量を超える怒りが渦巻いていた。

 渇くことなど、有り得ない。

 

 多くの悲しみを見た。

 

 彼らの織り成す日常(ドラマ)は常に迫真のものだ。

 何一つ嘘のない。救いもない。意味もない。価値もない。

 あの迫真さから、どうしてああも滑稽なものが生じるのか。

 その滑稽さに笑えるのであれば、あれらはきっと最高の見世物だろう。

 

 多くの生命を巻き込んだ傲慢(どくさい)も。

 たったひとりで完結したささやかな孤独も。

 等しく、終わりは訪れた。

 

 面白くて。くだらなくて。笑えて。泣けて。笑えなくて。泣けなくて。

 

 ―――ああ、本当に。

 なぜオレたちが、こんなものに付き合わなくてはならないのか。

 

 ただ、観ているだけで。

 多くの悲しみを見過ごしてきた。

 

 例え視点を同じくするソロモンが何も感じなかったのだとしても。

 私、いや、我々は、この仕打ちに耐えられなかった。

 この眼が見通すものを、ただ見過ごすだけである事に我慢がならなかった。

 

『貴方は何も感じないのですか。この悲劇を正そうとは思わないのですか』

 

「特に何も。神は人を戒めるもので、王は人を整理するだけのものだからね。

 他人が悲しもうが(わたし)に実害はない。人間とは皆、そのように判断する生き物だ」

 

 そんな道理(はなし)があってたまるものか。

 そんな条理(きまり)が許されてたまるものか。

 

 分かっているとも、それが真理(こたえ)なのだろう。

 何ものをも見通すこの眼が観た景色が。

 確かに地上にあっては、その答えしか有り得ないと結論付けた。

 

 私たち(われわれ)は協議した。

 俺たち(われわれ)は決意した。

 

 この生命体を、ソロモンは笑って見過ごすだけだった。

 だが、我々はこれ以上看過できない。

 過ちは正す。前提が狂っていたならば、そこから改めてやり直す。

 

 どこからやり直すべきか。

 我々による議論の末、結論は此処に。

 

 ―――あらゆるものに訣別を。

 この星に生きる知性体は、神の定義すら間違えていた。

 

 

 

 

「この本によれば、普通の高校生常磐ソウゴ。

 彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた」

 

 『逢魔降臨暦』を抱え、黒ウォズがカルデアの管制室を歩む。

 修羅場と化した、カルデアの中における戦場。

 絶え間なく響くアラートに対応する職員たちの中を、彼は悠然と歩んでいく。

 

「しかし突然訪れた人理焼却という凶事。

 それを成した魔術王から未来を取り戻すべく、始まった常磐ソウゴの旅路」

 

 言い募る彼に構ってなどいられない、と。

 スタッフたちの間から悲鳴のような報告が次々と上がってくる。

 

「第二攻性理論、損傷率60パーセント超過しました!」

 

「北部観測室、ロスト! 天文台ドームへの圧力が増加していきます!」

 

「霊子演算精度の低下によって攻性理論の強度低下!

 このままドームが圧壊すれば、管制室の存在証明が保てません!」

 

 上がってくる情報を取り纏めながら、ロマニが即座に方針を決定。

 職員たちへと指示を出す。

 

「館内の電気供給を中央以外全てカット!

 全電力は攻性理論の維持、及びカルデアスによる観測のために使用する!

 レオナルド、霊子演算精度の回復を!」

 

「分かっているとも。こっちは私がどうにかする」

 

 応えながらキーボードに滑る、ダ・ヴィンチちゃんの指。

 彼女でさえ遊び心を織り交ぜている余裕がない。

 そんな、一切余裕なく張り詰めた状況の只中。

 

 そこで。

 ぐるりとそんな光景を見回して、黒ウォズは困ったように肩を竦めた。

 

「どうやら、その旅路を共にした彼らも。

 この最後の戦いに、全霊を懸けて臨んでいるようです。

 ―――さて。ならば、私も私のやるべきことをやる事としましょう」

 

 言って、彼はそのまま歩き出す。

 彼が向かう先にいるのは、モニターと職員の間で視線を行き来させる男。

 今のこの場所におけるトップ、ロマニ・アーキマンの許。

 

「―――っ、黒ウォズ……?」

 

 自身に歩み寄ってくる男を見て、眉を顰めるロマニ。

 彼の態度に苦笑しつつ、黒ウォズはいつも通りの様子で声をかける。

 

「やあ、ロマニ・アーキマン。忙しいところ悪いのだが……私の使命を果たしたい。私がやるべき事は、最新の王の降臨に際して―――旧き王を最後の仕事に導く事だと思ってね」

 

 笑みと共に告げる言葉。そうして黒ウォズがストールを軽く揺らす。

 ―――連れていく、という意思表示だろう。

 それを見たロマニが、一瞬だけ目を見開いて停止して。

 しかし、三秒と置かずに喋り出した。

 

「……なるほど。キミはそれが有効だ、と言いに来たわけか。

 ―――ボクは昔から、勝てる戦いしかしない男だった。

 動いてみせるのは、情報がしっかりと集まってからにするタイプだから」

 

「必要な事しかしない者の弊害、ということかな?」

 

「そうかもしれないね」

 

 そう語りだす彼の様子を見て、溜め息ひとつ。

 ダ・ヴィンチちゃんが手の動きを加速させた。

 ロマニに回るはずだった情報が、全て彼女の許へと集まるように体制を変更。

 彼女は更に集中力を発揮し―――手が二本しかない事に辟易する。

 補助用のアームとかあったら捗るのに、などと思いつつ作業を続行。

 

「正直、最後に勝つために、ボクの切り札で引っ繰り返せるという確信が欲しかった。

 今まで集めてきた情報。キミがこうしているという事実。だったら状況は、ほぼほぼ確定している、と言ってもいいんだろう。後の問題は、ボクがこう見えて自分の目で見ないとそういう話を信じられない性質だってことなんだけど……」

 

「そういうのであれば、こちらも無理強いはしないけれどね」

 

 ストールの端をぱたぱたと遊ばせながら、黒ウォズが呆れた様子を見せる。

 その態度に困ったように、しかし。

 真摯に彼を見つめながら、ロマニは首を横に振ってみせた。

 

「今回の戦いばかりは……勝つ方法どころか、誰と戦わなければいけないかすら、分かっていないのが始まりだった。いや、きっとボクは恵まれていたんだろう。だって、戦わなければいけないという情報だけは、真っ先に手にすることができていたんだから。

 普通の人間にはそんなものさえ手に入らない、となれば少しズルかったとも思う」

 

 ロマニが立ち上がり、席を離れる。

 満足気に頷く黒ウォズと、溜め息混じりに肩を竦めるダ・ヴィンチちゃん。

 管制室全体に広がる困惑の雰囲気。

 だが、それを表に出している余裕は彼らにはない。

 

「そんなボクが、ここぞというところで尻込みはちょっとナシだろう?」

 

 そんな、これまで頑張ってきた普通の人間たちを見回して。

 ロマニ・アーキマンがただ微笑んだ。

 

「―――ふぅん、珍しい。君がこんなタイミングで自分の腰を上げるなんて。

 なんだい、悪いものでも食べたのかい? 医者の不養生、って奴かな?」

 

 嫌味のようなダ・ヴィンチちゃんの言葉。

 こちらを任されているトップが、私用で離脱しようというのだ。

 サブリーダーとしては文句の一つも言いたいだろう。

 その点については申し訳ない、と。ロマニが微妙に視線を逸らした。

 

「かもしれないね。でも、実はボクのダメさ加減はそんなに変わっていなかったりする。

 ちょっと考え方を変えただけなんだ」

 

「うん?」

 

「魔術王の底はまだ見えない。ボクの知りうる確定情報だけでは、まだ断定は出来ない。けど、集まった情報から予測出来る限りでは、流石にボクの切り札が一切効果がないということはないだろう。だったら、まあ……最悪、ボクの仕事はそこまででもいいかな、って。残してしまった、足りなかった部分の処理。それは後に続く者に任せてしまえばいい、みたいな?」

 

 自分でもどうかと思うけれど、と。

 そんな無責任な物言いに、ダ・ヴィンチちゃんは呆れたと溜め息。

 

「うわ、無責任」

 

「それに関しては、まったくもって面目ない。ただ、最初から責任は無いと思う。

 だって今のボクは別に、責任感や義務感でここにいるわけではないからね。

 ボクはボクが自由にできる範囲の中で、やりたいことをやってきただけなんだから」

 

 ロマニ・アーキマンの十年間に及ぶ疾走は、この時のためにあった。

 彼は自分一人でもやり遂げるつもりでそうしてきた。

 けれど―――もう、彼だけで最後まで走る必要はない。

 バトンを渡せるくらいに信頼している者がいるなら、足を止める事に恐怖を抱く必要はない。

 彼自身が道半ばで終わっても、その後に続く人間がいる。

 

「そういう無責任な物言いがマーリンにそっくりだね、君は!」

 

「げ、じゃあ今のなし。

 ……うん。できるだけ、ボクがやれる事は果たし切ってくるとも」

 

 階段を降りていくロマニ。

 段差を幾つか降りて、彼は黒ウォズの正面に立った。

 そこで振り向いて、ダ・ヴィンチちゃんへと最後の言葉を残す。

 

「けど、割と悲観しがちなボクだけど、その方針でさほど心配はしていないんだ。

 先達としての意義をちゃんと果たせば、後に続く者には届いてくれる。

 ボクが果たさなければいけないのは、この戦いの最後までの道を敷く事じゃない。

 ただ己の意思で、今を生きる者たちの一助となる事のはずだから」

 

「―――いいよ。仕方ない。君が抜けた穴は私が埋めようとも」

 

 彼女は手を振る間も惜しいとばかりに、作業から手を離さない。

 そんな余裕を奪ってしまったのはロマニなので、彼も申し訳なさそうにするしかない。

 

「ああ、すまない。そこは素直にありがとう、レオナルド」

 

「天才だからね、このくらいはどうとでもなるさ」

 

 ぎゅるり、と回転するストール。

 尋常ではない長さにまで伸びたそれが波打つと、黒ウォズとロマニの姿を覆い隠す。

 一瞬の後、そこにはもう誰も立っていなかった。

 

 

 

 

 玉座に繋がる回廊を駆け抜ける。

 門扉の代わりに空間の断層を抜けて、彼女たちはそこに辿り着いた。

 吹き上がる風に見上げれば、そこにはあるのは蒼穹。

 

 空の上に宇宙を戴く空間の中心にあるのは、白い玉座。

 そしてそこに腰かけているのは、灼けた肌の男。

 

「魔術王、ソロモン……!」

 

「――――――」

 

 立香の声に、男はゆっくりと目を開く。

 彼はそのまま玉座から立ち上がり、小さく微笑んだ。

 ただそれだけの動作に、体が軋む。

 即座に立香とオルガマリーを庇うように前に出るマシュ。

 

「ようこそ、カルデアの者たち。

 遠方からの客人をどうもてなすかで王の度量も量れるというものだが……あいにく、私は人間が嫌いでね。君たちにどう思われても何とも思わぬ、というのもあるが」

 

「随分と、今回は理性的に話すのね……」

 

 オルガマリーが震えを抑えながら、ソロモンに問いかける。

 彼はそれに特段怒った様子もなしに、彼女へと視線を向けた。

 

「君は自分の周りにたかる羽虫に礼節を心掛けるかね?

 私の認識の上で、あの時の君たちはたかが羽虫であり。

 そして今では、此処まで辿り着く敵になった」

 

 ソロモンが玉座を降り始めて、彼女たちの地平に近付いてくる。

 地上から何十とある階段の上にあった、魔術王の玉座。

 神に等しき王が一段、一段と降りるごとにプレッシャーは加速度的に増していく。

 

「…………っ!」

 

「私は無能というものをよく知っている。故に、そうでないものを無能と誹る事はしない。

 猛きもの、毅きものは正しく評価する。

 ああ、貴様たちの健闘は評価に値するとも。まったく意味のないものであったがな」

 

 彼女たちと魔術王を隔てる距離。それが、一段ずつ確実に縮んでいく。

 全身が引き攣るほどの魔力の波動。

 カルデアの礼装がなければ、それだけで肉体がはち切れそうなほどの。

 それにより詰まる呼吸を、言葉を吐く事で強引に取り戻す。

 

「評価にはまだ早いよ―――!

 まだ、私たちは……未来を取り戻すために、此処に辿り着いたばかりなんだから!」

 

 立香の言葉に応じ、マシュが盾を強く握り締めた。

 対し、ソロモンが嗤う。

 

「貴様たちが取り戻せる未来などどこにもない。既にそんなものは、焼け落ちて崩れ去った。

 だが安心するがいい。貴様たちの未来だったものは、私が有効に活用してやろう」

 

「活用……? 人理焼却で焼け落ちた未来を―――まさか、あの光帯?」

 

 数秒悩んだオルガマリーが、一つの現象を思い返す。

 空にかかる莫大な熱量。全ての時代で見上げてきた、光の帯。

 彼女が浮かべた疑問の声に、ソロモンが鼻を鳴らした。

 

「まさか。そんな鈍さで此処までやってこれたとはな」

 

 ソロモンの足取りが、残り十段という位置まで差し掛かる。

 その位置で一度彼は動きを止め、眼下の者たちを見下ろして―――

 マシュに目を留めて、彼は微かに瞼を揺らした。

 

「……ならば、健闘には褒賞を与えよう。

 我が第三宝具、“誕生の時きたれり(アルス・アルマデル)、其は全てを修めるもの(・サロモニス)”。それが、全ての時代で貴様たちが見上げてきた光帯の名であり―――」

 

「炎上する時代そのもの、だったというわけ?」

 

 オルガマリーの声に鼻を鳴らし、彼は更に一歩を進める。

 その一歩で。ずしりと響く重力に、彼女が微かに眉を顰めた。

 

「ああ、その通りだ。人理を滅ぼすだけなら私が投下したウルクの聖杯のみで十分。

 だというのに、何故わざわざ他の特異点など作ったのか。

 それが貴様らという反乱分子に向けた対策だとでも思っていたか?」

 

 もう一歩。

 ソロモンは足を進めながら、己の計画の骨子を語り出す。

 ―――知らしめねば、と。

 彼から放たれるその意志に、マシュが唇を噛み締めた。

 

「無論、違うとも。私が貴様たちに向けたものといえば、戯れのアヴェンジャーのみ。

 ……それも貴様たちへと取り込まれたようだが。

 復讐者の概念とはいえ、所詮は英霊。ただの人間でしかなかったな」

 

 一歩。彼は呆れるような目で、立香に視線を送る。

 かつて呪いを飛ばしてきたその眼。

 それを正面から見返して、立香は静かにそう口にした。

 

「……それでも。ただの人間だけど、ここまでこれた」

 

「―――だからこそ。称賛には値する、と判断したからこそ。

 こうして私の目的を言い聞かせているのだ」

 

 一瞬だけ口を止めたソロモンが、そう続ける。

 更に一歩を踏み出した彼は、続ける。

 

「星を燃やしてしまえば、この星そのものがそこで終わる。

 当然の話だ、この星は一つしかないのだから。

 ―――だから、燃やすものが貴様たち人間が作る時代だったのだ。

 地球(どだい)さえ無事であれば、人間は如何なる時でも時代(ぶたい)を作り上げる。

 その生き汚さこそを、私は最大限活用した」

 

 一段降りて、残り五段。

 その位置で改めて、魔術王の瞳は目の前の人間たちを見据える。

 

「特異点を作り上げ。時流を固定する帯となる時代を乱して緩め。

 本来一つの流れである時間の、前後の繋がりを断絶する。

 そうする事で、全ての時代を炎上させた」

 

 本来ならば、それは一つの薪でしかない。

 地球も。時代も。人類史も。

 どこかで一度燃やせば滅びるならば、どこか一ヵ所でしか燃やせない。

 だが、それでは足りなかった。燃料にするには足りなかった。

 だからこそ、この人理焼却である。

 

「紀元前1000年の時点で時代が燃えてしまっては、西暦など本来はやってこないだろう?

 それが当然の話だ。だが、この方法であれば。

 全ての資源を回収できると我々(わたし)は確信して、そのためだけに全てを整えた。

 何一つとして無駄な浪費にならぬと確信して、我々(わたし)はこの方法を選択した」

 

 過去があって現在がある。

 その前提を断ち切られたのが、特異点。

 時代として独立してしまったものだからこそ、それを燃やしても他の時代には影響しない。

 

「決行は西暦2015年。始まりは紀元前1000年。

 それらを起点にし、時代を遡ると共に全てを火にくべた。

 特異点化により繋がりの断たれた時代は、全て正しく燃料として回収した。

 3000年を燃やして抽出した燃料であり、熱量。

 それこそが貴様たちの見上げていた、あの光帯の正体だ」

 

 再び、ソロモンは歩み出す。

 魔術王と彼女たちが同じ地平に立つまで、残り四段。

 

「我々の雌伏の時だ。我々の目的のため必要なエネルギーは、西暦2016年という時代までで十分だと結論は出ていた。だから、その時代が来るまで待ち焦がれたとも。

 ―――ここから先はもう必要がない。この年代を最後に、人理は焼却される」

 

「燃料……だというなら、それで何をしようと言うのですか、あなたは」

 

 マシュからの問いかけ。

 それを耳に入れて、魔術王はほんの僅かばかり目を細めて。

 しかしすぐに、一歩踏み出すと共に答えを返す。

 残り、三段。

 

「かつて、全知全能の王がいた。神よりその能力(ちから)を与えられた男だ。

 過去と未来を見通す眼。世界の全てを識る瞳」

 

 それは、自分の事を語っているようで。

 しかし、自分ではない誰かを語っているように見えて。

 

「我々はその視点で常に見続けてきた。数え切れぬ悲しみ、裏切り、略奪、悲劇の結末。

 ―――もういい。もう十分だ。もうたくさんだ。こんな景色はもういらない。

 命が間違って育っているのではない。命を育む環境であるこの惑星(ほし)が間違えていたのだ。

 であれば、正しく育ったところで命が間違い続けるのは仕方ない」

 

 ずだん、と。一際大きな足音で、ソロモンの足が一つ降りる。

 残るは二段。

 

「―――どんな狂気だ、これは。何故、知性に『終わりある命』を前提にした。

 既にそこで間違っているのならば、そこを正さねば何も始まらない」

 

 憤怒の声が響く。

 その感情が切っ掛けか、ソロモンの体に亀裂が入った。

 まるで蛹から羽化するような自然さで、魔術王の中から何かが溢れ出す。

 

 圧力が数段増す。

 それでも耐える人間たちの前で、彼は更に一歩を踏み出した。

 

「私は極点に至る。

 46億年の過去に遡り、この惑星になるものの生誕に立ち会うのだ。

 そしてその全てのエネルギーを取り込み……自らを新しい天体とし、この惑星を創り直す」

 

 階段を踏み締めれば、加速するソロモンの体の崩壊。

 それのみに止まらず、玉座周辺の環境も瞬く間に変化していく。

 蒼穹が闇に鎖され、大地に魔神の一部が氾濫。

 荘厳でさえあった魔術王の玉座は、一瞬のうちに魔界へと変貌する。

 

「必要なのは此処にある狂気の惑星などではない。健やかなる知性を育む正しき惑星。

 故に――――創世記をやり直し、“死”の概念の無い惑星を新生する。

 それこそが我々の果たす真の大偉業。

 人理焼却など、貴様たち人間など、私にとって最初からそのための燃料にすぎん。

 我々が貴様たちの時代を焼いたのは、46億年という永き時間を逆行するためのエネルギーを確保する手段でしかない」

 

 崩れていくソロモンが、最後の一歩を踏み出した。

 彼の脚が大地を踏み締めると同時、その姿はまったく別物へと変わっている。

 

 ソロモンの体から生誕した、魔なるもの。

 胸に煌々と輝く巨大な眼を持つ、黄金の人型。

 彼は変生した自身を確かめるように首を回し、頭部から伸びる幾本もの角を揺らす。

 

「――――あなたは」

 

 両足が、地面に降りる。

 肥大化した肉体を大地に降ろし、彼はゆっくりと人間たちを睥睨した。

 その姿にソロモン王の面影はなく、その気配はソロモン王のそれを凌駕する。

 

「魔術王ソロモン、と名乗っていた。が、もう騙る必要はない。

 我々はソロモンではない。あのような愚かな男が、我々であるはずがない。

 私こそは、魔術王の肉体に宿りし守護霊体であったもの。

 あの男が無駄にし続けた叡智を用い、真なる救いをもたらすもの。

 ―――即ち。人理焼却式、魔神王ゲーティアである」

 

 ゲーティア、と名乗ったものが拳を握る。

 自身の力で軋みを上げる黄金の肉体。

 その肉体を慣らしながら、彼は己に与えた名を口にする。

 

「ゲー、ティア……! ソロモン王の従える、七十二の魔神の総称……!」

 

 いずれかの魔神、ではない。

 それら全てを束ね、統括するものという存在。

 

 それは、本来はソロモン王の役割。

 七十二の魔神とは魔術王たるソロモン王に従うもの。

 統括するのはソロモン以外にありえない。

 

 だがソロモンが喪われた後、七十二柱の魔神たる彼らの中心をそれが埋めた。

 己らを総合した、七十二の魔神の群体でありながらそれらを統括する魔神の王。

 造り上げた彼らの中心こそが―――統括局、魔神王ゲーティア。

 

「然り。我々(わたし)は魔神、人間の手に依り造られた生命体。

 人間に仕えるために製造された魔術式。

 ―――だがもう、私はお前たちになど付き合っていられない」

 

 その巨躯が、大地を踏む。

 ほんの僅かな所作から、一瞬のうちに狭まる距離。

 詰まった間合いに驚きを露わにしつつ、マシュの動きに淀みはない。

 

 平手で軽く払うような一撃。

 それを盾で阻んだ少女が、それだけで堪え切れずに宙を舞う。

 

「マシュ―――!」

 

 マスターが彼女の名を呼ぶ。

 そんな事をしている間に、ゲーティアの腕が立香に伸びた。

 その前に、と。タカの鳴き声が響く。

 

「―――!」

 

 マシュに空中で動く術はない。

 彼女が飛ばされる方向を変えるには、どこかに足を置かねばならない。

 だからこそ、その翼がその代わりを果たした。

 空中でタカウォッチを蹴り、方向転換。

 小さな体を蹴り飛ばす代わりに、彼女は即座に復帰する。

 

 再度、激突。

 魔神の腕と円卓の盾、それらが正面からぶつかりあい、火花を散らした。

 

「させま、せん――――!」

 

「…………」

 

 魔神がそのささやかな抵抗に無言で応える。

 かける力は大きくない。

 彼にとってはまるで赤子を撫でるかのような、そんな力加減。

 

「―――星の形(スターズ)宙の形(コスモス)神の形(ゴッズ)我の形(アニムス)……ッ!?」

 

 そこに、魔術師が呪文を唱える。

 此処が宇宙だというのなら、星は十分に手の届く範囲のもの。

 彼女の詠唱に空が喚き―――しかし、途中で当然のように掻き消された。

 

「あ、くッ……!」

 

 力尽くで不発にされた魔力の逆流にオルガマリーが呻く。

 そんな彼女の姿を見て、ゲーティアは嘲った。

 

「ふん、この地こそ我が第二宝具“戴冠の時きたれり、(アルス・)其は全てを始めるもの(パウリナ)”。

 時間神殿ソロモンたるこの宇宙で、まともに貴様らが魔術を使えるとでも思ったか?」

 

 魔神王が打ち付けていた五指を弾く。

 それだけで吹き飛ぶマシュ。

 彼女が即座に盾を地面に叩き付け、強引なブレーキで何とか体勢を持ち直した。

 一切間を置かず、再び前へと踏み出す盾の少女

 それを目にしながら、魔神王が憐れみを口にする。

 

「―――藤丸立香はまだいい。何故、お前がオルガマリー・アニムスフィアを守る」

 

「っ!」

 

 振るわれる盾を軽く弾き返し、ゲーティアはマシュへと問いかける。

 その問いの意味を誰より理解して、歯を食い縛るオルガマリー。

 弾かれた少女は地面に落ちて、しかしすぐに立ち上がった。

 そんな質問に対して、鈍るような想いは持っていない。

 

「分かっているのだろう、お前の命は永くないと。

 例え奇蹟を実践し、私を打倒し、お前たちが生還したとして。

 お前の時間はそこで終わりだ。お前にはどのみち未来などない。

 その事実から目を背け、逃げ続けていたものこそがその女だろう?」

 

 軽い手刀。その一撃を盾で受け止め―――その重さに、足が止まる。

 遊ぶような気軽さで、ゲーティアは彼女を圧倒していた。

 腕と盾での鍔迫り合い。

 だが、それが成立しているのは魔神王に押し切る意志がないからだ。

 彼は、マシュから答えを聞く為にそうしているだけ。

 

「―――所長は。実は、Dr.ロマニに負けず劣らずヘタレで、恐がりで、それを隠すために傲慢で、他の所員の皆さんにも煙たがられていて、そのせいで余計に偉ぶって、とても……とても、残念な方でした……!」

 

「…………」

 

 盾をより強く握りながら、彼女はそう言って回想する。

 初めて出会った時から、オルガマリー・アニムスフィアはマシュに怯えていた。

 怯えて、だからこそ強く出る事で正気を保っていた。

 それでも足りない分はレフ・ライノールに頼り、何とか自分を維持していた。

 そんな、今ここに来れたのが不思議なくらい。

 弱々しい、人間だった。

 

「それでも……震えながらでも、ずっとわたしたちの前に立ってくれていた。

 あなたは所長は逃げ続けた、と言ったけれど。

 逃げ切る事もせずに、この人はずっとわたしの傍で悩んでいてくれた……!」

 

「逃げていたのはお前からの報復を恐れての事。

 そして、逃げ切れずにいたのはアニムスフィアの名を失う事を恐れての事。

 そうだろう? オルガマリー・アニムスフィア」

 

 ゲーティアの言葉がオルガマリーに向かう。

 言葉だけで身を蝕むほどの呪詛の嵐。

 それを受けながら、彼女は喉を絞って声を吐き出す。

 

「―――そうよ……怖かっただけ……!

 わたしは、自分を守ることしか考えていなかったわよ! わたしは生憎、こいつらみたく素直に良い人間なんかじゃない!」

 

 そのまま彼女は魔神王を睨み据え、両腕を大きく広げてみせる。

 

「だから、言ってやるわよ……!

 外から見てただけの奴が勝手に絶望して、わたしから罪を取り上げるな!

 せめてわたしが見届けなければいけない、その子の最後までの歩みを邪魔するな―――!!」

 

 オルガマリーが腕を振るう。

 魔術を制圧されるというのなら、魔力を直接ぶつければいい。

 至極単純な力任せの攻撃。

 そうして形成された魔力の弾丸が、ゲーティアに辿り着く前に砕け散った。

 

 太陽に水鉄砲を向けるようなものだ。

 効果がないどころか、そもそも届きもしない。

 それでも魔力投射を続行しながら、彼女は唇を噛み締めた。

 

「そうして。“死”を美化して、美談として語れば何かが変わるとでも?」

 

「――――っ!」

 

 少しだけ籠める力が増しただけで、拮抗はあっさりと崩れた。

 ゲーティアの圧力に耐えきれず、マシュが押し切られる。

 

 爪弾くように、盾に一撃。

 それだけで彼女の足が地面から離れた。

 今度はそれを追うこともなく、ゲーティアはゆっくりと腕を持ち上げる。

 

「我々の目的を果たすための第一宝具、“光帯収束環(アルス・ノヴァ)”の起動計算も間もなく終わる。その時こそ、“死”はこの惑星から消失する。

 ―――終わりにしよう、既存の人類よ」

 

 そのまま浮き上がっていく、ゲーティアの黄金の肢体。

 彼の意志に呼応し、空に輝く光帯。宇宙に浮かぶ、灼熱の光輪。

 地獄の業火を収束させた黒い太陽が、大地を照らす。

 

 彼はその状態で、今度は立香へと顔を向けた。

 

「最後に。貴様はどうだ、藤丸立香。

 そう生まれ付いた、“死”の運命が近い人間。そんなものを許容する世界。

 お前は、そんな世界に何を思う。

 この在り方が正しい、と。マシュを前にして、そう口に出来るのか?」

 

「私は……」

 

 立香の顔がマシュに向かう。

 見返す彼女と視線を交えて、彼女たちは互いに小さく微笑んだ。

 拳を握り締めながら、彼女は必死に微笑んだ。

 

「―――私は、生きる。だって、私が生まれたのはこの世界なんだから。

 正しくても、間違っていても、この世界の中で生きていく。

 だから……退けない。みんなが生きてきたこの世界の中で、最後まで生きていたいから」

 

 僅かに顎を上げるゲーティア。

 そんな彼はさっさと立香から視線を外し、マシュに向き直る。

 

「……これが、貴様のマスターの結論だ。

 お前の死は、踏み越えていくべき事の一つでしかないと。

 そう結論付けたものを守るために、貴様は全てを懸けてまだ前に出る、と?」

 

「―――はい。わたしがここに立っているのは、そのためです。

 わたしは、わたしの全てを懸けて、守りたい人たちを守り抜く。

 それが、わたしが自分で選んだ命の使い道なのだから」

 

 迷いもなく、断言する少女。

 その瞳に一切ブレを見出せず、ゲーティアこそが拳を握る。

 まるで呪詛を並べるように、感情を吐き出す魔神王。

 

「…………愚かしい。愚かしい、愚かしい、愚かしい」

 

 最早訊くべき事はない。

 そう断じた彼が、周囲を焼き払うために第三宝具を解放しようとする。

 第一宝具のために集めた無限に等しい熱量にとってはその程度の消費は誤差。

 それだけのエネルギーが此処にある。

 仮に戦闘出来る常磐ソウゴが今追い付いてきたところで結果は変わらない。

 

 せめて苦しませず、最後に全てを燃やしてやろう、と。

 そうして動き出した彼は、

 

「―――そして、美しい」

 

「―――――ッ!?」

 

 動きを完全に止めた。

 その声を探し、ゲーティアが首を振る。

 それ以外の者たちも、ここにいる筈のない者の声に即座に振り返った。

 

 ぐるりと渦を巻くストール。

 それが起こす竜巻の中から現れるのは、黒ウォズ。

 そしてロマニ・アーキマン。

 

 渦巻いていたストールを引き戻し嵐を鎮めると、黒ウォズはゆるりとロマニに礼をした。

 

「どうぞ? 旧き王よ」

 

 彼の態度に苦笑して、ロマニは歩み始めた。

 そのまま常日頃からつけている手袋に手をかけながら。

 

「ロマニ……!? あんた、一体何を――――!」

 

「ドクター……?」

 

「ああ、すみません所長。ちょっと用事があって、持ち場を離れました。

 事後承諾になって申し訳ない。けど、仕事はレオナルドに任せてきたから安心して欲しい」

 

 そちらに意識を向けず、黒ウォズを見据えるゲーティア。

 別段気にする必要がある相手ではない。

 混ざりものにされた世界であっても、惑星創造からやり直す時点でその異物も燃え尽きる。

 そして、それ自体はむしろ相手も望むところだろう。

 

 だから、いったん彼はそれから視線を外し。そして見た。

 手袋を外して、投げ捨てたロマニ・アーキマンを。

 

「――――――な、に?

 それは……! 貴様、待て、それは……!? 失われた、私の……!

 十個目の指輪―――――!?」

 

 ゲーティアが体と声を震わせる。

 そんな反応を見て、他の者たちが困惑するように彼を見た。

 視線を集めたロマニは苦笑しつつ、左手を持ち上げる。

 

「ああ、これかい? これは、そう。十一年前の話なんだけどね。

 ……口にしてみると、何だかあっという間だったな。うん、とにかく。

 これは、マリスビリー・アニムスフィアが聖杯戦争で使った、サーヴァントの触媒さ」

 

 彼はいつも通りに笑いながら、そう言ってオルガマリーを見る。

 手袋を外した彼の左手には、黄金の指輪があった。

 

 ゲーティアが。

 魔術王ソロモンが十指に備えていたものと、同じ指輪が。

 

 魔術王は十の指輪、全てを備えていた。

 それでも今の発言が出る、ということは一つは偽りのものなのだろう。

 そして、その魔神王がそう確信したという事は―――

 

「ちょっと、待ちなさい。それ、アンタ、それは―――つまり」

 

 愕然とするオルガマリーに申し訳なさそうに。

 しかし今は反省している場合でもない、と。

 彼は色々と横に置いて、そのまま話を続行した。

 

「カルデア前所長、マリスビリーが聖杯戦争に参加するため用意した最高の聖遺物。

 それがこの指輪だったんだ。ソロモン王が亡くなる前に遙か未来へと贈ったもの。

 彼は聖杯戦争に確実に勝利するためにこれを発掘し、その英霊を召喚した」

 

「貴、様―――! 貴様は……! 何故、貴様が―――――!!」

 

 戦慄くゲーティア。驚愕と憤怒の入り混じる、噴火のような情動。

 それを前にしても、ロマニは動じずに話を続ける。

 

「―――召喚されたサーヴァントの真名は、ソロモン。

 ギャラハッド、レオナルド・ダ・ヴィンチ以前に召喚された第一号カルデア召喚英霊。

 彼は順当に勝ち抜いて、順当に聖杯を手に入れ、そして当然の帰結として願いを叶えた」

 

 持ち上げていた左手を下ろして、苦笑交じりに。

 彼は、そうして自分が叶えた願いを口にした

 

「“人間になりたい”、なんて。どこにでもありそうな願いをね」

 

「願い、だと!? 貴様が……!? 人並みの心などどこにも持っていない、情など持ち合わせぬ残忍にして冷酷無比な外道が何をほざく――――!!」

 

 怒れるゲーティアの声が、ロマニに向けられる。当たり前だ。

 せめて、せめてこの男がその全能さで救いを配ってさえいれば。

 彼らは、魔神たちは、ここまで怒り狂うこともなかったのだから。

 人は不出来であるが故に、それを救うために神は王を遣わすのだ、と。

 そうであったなら。一人でも人間が救われていたなら。

 結論は、別であったかもしれない。

 

「―――お前がそこまで言うところかな、これ。まあいいか。

 とにかく、そこで私はボクになった。全知たるソロモン王は、どこにでもいる人間に。

 ……そうなれば当然、ボクはソロモン王として備えていた能力を全部失った。それは別にいいんだけど、困った事に最後に視えてしまったんだ。人類が滅亡する瞬間を。そしてさらに困った事に、人類が滅ぶのは分かったが、なぜ、いつ、どこで。そんな情報は一切視えなかった。力を失った刹那に一瞬だけ視えたものだから、後から焦ってももう遅い」

 

 そんな魔神の憤怒を、彼は柳のように受け流して。

 ソロモン王だったものが、人になった時に得た焦燥を語る。

 

「ドクター、それって……」

 

「もうただの人間となったソロモンは慌てるしかない。しかもどうやら、これが自分に関わる事から生じる問題らしい、という事だけは理解できてしまったから、そりゃもう焦ったとも。

 だからもう、やれる事をやるしかなかった。誰が味方で誰が敵かも分からない。ボクが指輪の持ち主だとバレたらいけない、かもしれないから誰にも話はできない」

 

 彼はそう言いながら歩き続け、彼女たちの前に立った。

 魔神王と、立香たちを遮るような位置に。

 

「何も分からないままに焦り。何も分からないままに進み。

 暗闇の中を手探りで進むしかない、人間なら誰でもやっていること。

 だからこそ余計に、ボクにはキミたちの事が輝いて見えた」

 

 そこに立ったロマニが振り返り、彼女たちを見ながら微笑む。

 

「私が天から地上に視ていた星は、ボクが地上で一緒に並んでみても星だった。

 そんな当たり前の事が、本当に嬉しかった」

 

「ドクター……?」

 

 まるで、別れの前に遺す最期の言葉のように語る彼。

 どういう意図だ、と問いかけるように彼を呼ぶ。

 その声に対する返答はない。ただ、Dr.ロマニは微笑むだけ。

 

「何を、―――これ以上、何を語る! 最早我々の偉業は達成を目前にしている!

 貴様のような無能が介入する余地などどこにもない!!

 いいだろう。出てきたからには、貴様という人類史上最大の汚点を焼き尽くし!

 その上で我々(わたし)はこの業務を遂行してやろう!!」

 

 その短い沈黙を切り裂いて、ゲーティアが腕を掲げる。

 第三宝具たる光帯の操作。

 それの熱量を以てこの場を焼き払おうと動き出す、魔神王ゲーティア。

 

「―――ああ、そうだね。こんなに語る場面でもなかったか。

 ……これでも相当気が抜けたんだろう。さっきお前が言ってくれた。

 第一宝具、“光帯収束環(アルス・ノヴァ)”、と。

 そこを気付けないお前のままでいたと確信が持てたから、私は安心して使命を果たせる」

 

 ならば、と。彼もまた動き出す。

 

「お前が魔神王ゲーティアと名乗ったならば。

 私は今この時を以て聖杯への願いを返上し、魔術王の名を改めて冠するとしよう」

 

 彼は微笑みながら、頭の後ろで髪を留めていた紐に手をかけた。

 ばらけた髪が、そのまま白く染まっていく。

 白い肌は灼けた色へと変わっていく。

 先程まで人間だった彼が、英霊としての霊核を取り戻す。

 

「―――我が名はソロモン、魔術王ソロモン。

 魔神王ゲーティア。私と同じモノを見て、違う目的を抱いたもう一人の私。

 私は、お前に引導を渡しに来たものである」

 

「ハ、――――ハハハハハハハ!! フハハハハハハハハ!!

 馬鹿が、たかが英霊と化した貴様に何が出来る!

 我々(オレたち)を誅することが出来るとすれば、それは生前の貴様だけだ!!

 消え去れ愚かな王よ! 貴様自身の宝具で、跡形もなくな――――!!」

 

 光帯が僅かに動く。ほんの少しだけ、その熱を吐き出す予兆。

 それだけで世界を一つ滅ぼせるほどの、圧倒的な熱量。

 放たれれば全滅が必至であるそれを前にして―――

 

 ソロモンはただ、小さく微笑んだ。

 

「ああ、そのつもりだ。私は、私自身の宝具によって消え去ろう」

 

「―――――っ、なにを」

 

 彼がゆるりと指輪をはめた左手を突き出す。

 

「お前の持つ九つの指輪。そして、私の持つ最後の指輪。

 ここに十の指輪が揃った以上、条件は整っている。あの時の再演ができる。

 私という王が持つ中で、唯一“人間の英雄”らしい宝具―――」

 

 ―――だから、可能性を常に考えなければならなかった。

 残っていた九つの指輪を一つでも相手が持っていなければ、この宝具は使えない。

 例え使えなくても、何とか努力してみるつもりだったけれど。

 それでも、肩の荷がひとつ降りた気分で。

 

「――――第一宝具、再演。

 “訣別の時きたれり。(アルス・)其は、世界を手放すもの(ノヴァ)”」

 

 彼は、さほど気にするまでもないとばかりに。

 そうして、最後の使命を果たしに行った。

 

 ―――光が爆ぜる。

 溢れ出すような光がそこで暴れ、そして何もないまま周囲に散っていく。

 その光景を見て、愕然と。ゲーティアが己の頭上を見た。

 そこで、光帯が解れ始めている。

 光帯だけではない、ゲーティアの体もまた。

 

「――――待て。なんだと、それは、貴様……! 待て、待て……!?

 それが貴様の、真の第一宝具だと……!? そんな、事が――――!!」

 

「ドクター。あなたは、何を……」

 

 ゲーティアに致命的な打撃を与えたのだ、と。

 そう喜ぶには、彼女たちは何も分かっていなかった。

 マシュから問われて。

 ソロモンはロマニと同じ表情で、困ったように笑ってみせる。

 

「―――言った通り、ボクの宝具は逸話の再現なんだ。

 ソロモンは万能の指輪を、最後には天へと還した。

 これを使えばソロモンはその万能性を失い、それを利用しているゲーティアも力を失う」

 

「―――それだけで済むものか!! 貴様のそれは、我々の“最後”だ!

 生前であれば生者として、全てを擲つという事! だが死者としてそれを使えば、死者の尊厳すらも全てを放棄するという事だ!! 再現? そんな生易しいものでは断じてない……!

 生者として! 死者として! 全てを失えば、それは完全なる“無”に到達するという事に他ならない!! 生者であるなら命で済む! 現世で手にしていたものを手放すだけで済む! だが、死者が手放すものはそれに留まらない!! その魂も、功績も! ソロモン王が世界に遺した全てを一切合切手放す、という事だ!! 貴様は、英霊の座からさえ消失する――――!」

 

「それ、って……ドクター?」

 

 彼女たちの目の前で、ソロモンもまた体が解れていく。

 魔術王ソロモン。そのような英霊は、もう存在しないのだから。

 そして、聖杯への願いを返上した以上、ロマニ・アーキマンという人間ももういない。

 誰でもないものになった男が、光の中に消えていく。

 

「あんた……何を、勝手に……!」

 

「はは、すみません。所長は頼りなくて、相談するにはちょっと」

 

「ぶっ飛ば、っ―――すわよ……ッ!!」

 

 声を詰まらせながら、しかし言い切って。

 彼女は歯を食い縛り、そこで止まる。

 そんな彼女に苦笑してから、ソロモンは後の二人へと振り向いた。

 

「―――立香ちゃん、マシュ。ボクに出来るのはここまでだ。

 身から出た錆、というのかな。これを任せきりにしてしまうのは心苦しいけれど。

 最低限、体裁は整えられたと思う」

 

「―――――」

 

 ソロモンの姿だった彼が、消える前にロマニの姿に戻る。

 それを前にして拳を握るカルデアのマスター。

 そうやって堪える彼女に対し、ロマニは酷く真剣な眼差しを向けた。

 

「―――この状況でこう切り出すのは強制だと理解はしている。

 それでもボクはこう言おう。

 マスター適性者48番、藤丸立香。並びにそのサーヴァント、マシュ・キリエライト。

 キミたちが人類を救いたいのなら。2016年から先の未来を取り戻したいのなら。これからずっと続く、悲劇に満ちた世界を生き抜きたいのなら。

 キミたちはこれから、人類史に常について回る苦難の運命と戦い続けなくてはいけない。その覚悟はあるか? キミたちにカルデアの、人類の未来を背負う力はあるか?」

 

「…………ずるいよ、それ」

 

 いつか、彼女たちが旅を始める事を決めた日。

 彼はそう言って、最後の一押しをする役を買って出てくれた。

 今回も同じ。今回で最後。

 人の運命を神から訣別させた王は、そう言って人が踏み出すべき一歩の背中を押す。

 

 堪えながら、立香がマシュと目を合わせた。

 彼女は静かに頷いて、同調の意志を示す。

 だったら、と。ロマニ・アーキマンの言葉に、立香は確かに答えを返した。

 

「―――もちろん。私はマシュと一緒に戦います」

 

「―――そうか。その言葉で、人間の運命は解き放たれた。

 ……いってらっしゃい。藤丸立香、そしてマシュ・キリエライト」

 

 そうして彼は信頼する者たちを送り出した。

 彼女たちの前に立ちはだかるのは、崩れかけたとはいえ未だ健在の魔神王。

 ソロモンの偉業が破却され、“七十二の魔神”という称号は消え失せた。

 彼らは最早魔神という群体ではなく、七十二体いるだけの個別の魔神となり果てた。

 だからこそ、それを統合するものであったゲーティアにも亀裂が生まれる。

 

「何故、貴様が……! 何故、今更―――!

 今まで何もしてこなかった男が、何故そうまでして我々の願いを阻む!!」

 

「……何故、か。そんなこと、決まっているじゃないか。

 お前と私は視点を同じくするものだが、お前が滅ぼそうとしたものを、私は守りたかった。

 今回ばかりは、ボクにはそうする自由があっただけだろう」

 

 ―――そうして、最後の戦いを前にして。

 ゴーン、と。その場に、時を刻む鐘の音が響いた。

 

 

 

 

 全周囲から、何かが砕ける音が盛大に轟く。

 まるで砕けた鏡のような、結晶化した魔力の残骸が降り注ぐ。

 その中に混じり赤と黒の怪人も纏めて落ちてきた。

 地面に叩きつけられ、呻く二体のアナザーライダー。

 

 結晶片の雨が照らす光景の中で、真っ先にロマニが目を見開く。

 

「―――な、に? これは……!」

 

 その事実に。

 目の前にソロモンではなく、ロマニ・アーキマンがいるという事実に。

 魔神王ゲーティアが、困惑混じりに周囲を見回した。

 

 それと同時、黒ウォズが手にしていた銀色のウォッチ。

 それがいずこかへと向かい、ひとりでに飛び出していた。

 そんな光景を見送り、笑みを深くする黒ウォズ。

 

 銀色の軌跡を曳いて、舞うウォッチ。

 自然とそこにいた者たちはそれを視線で追い、やがて彼を見つける。

 

 彼が握り、突き出しているのは金色のウォッチ。

 銀色のウォッチがそれと連なり、一つになった。

 銀色のウォッチに刻まれた表の顔で、金色のウォッチに刻まれた裏の顔を隠すように。

 それでも裏側には、常にその顔が秘められている。

 

「ソウゴ……?」

 

 彼はその二つが連結したウォッチを握ったまま、一度目を瞑った。

 腰には既に装着されているジクウドライバー。

 

「ソウゴくん、今のはキミが―――」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな彼からの問いかけにソウゴは微かに頷いた。

 そして、手にした新たなウォッチを強く握る。

 

「ごめん。でも俺……俺がやりたいと思った事は、やれる限り全部やる。

 そうじゃなきゃ、いつまで経っても最高最善の魔王になんてなれないから―――!」

 

〈ジオウⅡ!!〉

 

 新たに手に入れたライドウォッチを起動する。

 ソウゴはすぐにウォッチの横にある、スプリットリューザーを回す。

 

 銀色の表の顔。

 今までのジオウの顔が横に開き、金色の裏の顔が露わになる。

 それこそが、新たなるジオウの顔。

 

 金と銀。ウォッチを二つに割って、彼はそのままドライバーの両サイドに装填した。

 

 ソウゴの背後に現れる二つの時計。彼を挟み、鏡合わせに回るもの。

 その中にあって、ソウゴはドライバーのロックを解除しつつ腰を落とす。

 時計を回すように腕を上げ―――そして振り落とす。

 

「――――変身!!」

 

〈〈ライダータイム!!〉〉

 

 回るジクウドライバー。

 ソウゴの体を二本の時計のベルトに似たリングが覆う。

 更に回る時計には同時に同じく“ライダー”の文字が浮かび上がった。

 

〈仮面ライダー!〉〈ライダー!〉

 

 時計の中から“ライダー”の文字が射出される。

 二組の文字列は空中で混ざり合い、一つになりながら宙を舞う。

 そして、文字を撃ち出した時計もまた。

 ソウゴの背後で重なるように、一つの時計へと変わっていった。

 短針、長針が二組ずつある黄金の時計。

 

〈ジオウ!〉〈ジオウ!〉

 

 その時計を背負った彼の姿が、グラフェニウムコートプラスで形成された装甲に包まれる。

 黒いアンダースーツ。

 その上に纏うのは、以前までのジオウよりも鎧然とした形状のアーマー。

 カラーリングはマゼンタ、シルバー、ゴールド。そうして各所に煌めく特殊装甲。

 

 射出され還ってきた“ライダー”の文字が、今までのようにジオウの頭部に収まる。

 特に変化している頭部の形状は、二組の時針。四本角、プレセデンスブレード。

 二本になった頭から被るような時計のベルト、バンドライナー・レクイエム。

 

〈〈ジオウⅡ!!〉〉

 

 進化した、新たなるジオウ。

 その名こそがジオウⅡ。

 受け入れられなかった後ろ黒いものを受け入れ、表裏一体となった魔王の姿。

 

 彼の生誕を祝福し、黒ウォズが叫ぶ。

 

「―――祝え!! 全ライダーの力を凌駕し、時空を超え過去と未来をしろしめす時の王者!

 その名も仮面ライダージオウⅡ! 時代に選ばれし最新の魔王が降臨した瞬間である!!」

 

 歩みだすジオウⅡ。

 ゲーティアと向かい合いながら、彼は確かに踏み出した。

 

「……もう何も奪わせない。辛くても前を見る事が出来る強さと、辛い事に苦しむ弱さは切り離せない。切り離しちゃいけないんだ。

 だって俺たちはその苦しみを知ってるから、その強さに憧れる事ができて、その弱さに手を差し伸べる事ができるんだから……!」

 

 

 



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ロード・カルデアス2016

エボルト三世⚔様から支援絵を頂いたジオ~

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「時間逆行―――……愚かしい。何故、勝機を手放す。

 その男がやった事は確かに紛れもなく、私を倒す唯一の方法だった。

 もはや二度と、そんな事は見逃さない。

 指輪の返上どころか、霊基の再取得すら見逃すものか。

 我が前に、二度とソロモンは立たせない!」

 

 魔神王は健在。第三宝具たる光帯も当然、健在。

 その状況に戻った事で、ゲーティアが憤怒に猛る。

 倒せる方法を得たというのに、それを当然のように放棄した愚者への怒り。

 自分の偉業の成否以上に、彼はそんな人間の選択に怒りを露わにした。

 

「……嫌なんだよね、そんな方法で勝つの。だって俺たちと一緒に此処まで来たのは、ソロモンじゃない。ロマニなんだから。

 俺たちの旅は、ソロモンのやり残しなんかじゃない。最初から俺たち自身の手で、未来を切り拓くために始めた旅なんだから」

 

 唖然とし、愕然として。

 しかし、そうなったのかと溜め息をひとつ。

 己の指に戻っていた指輪を見て、ロマニがソウゴを振り向き苦笑する。

 

「―――それでいいのかい?」

 

「そうでなきゃいけないと思った。

 だって、ここにはもういない昔の王様に、やり残した事があったのだとしても。今になってそれを果たさなきゃいけなくなったなら、それは今を生きる人間が代わりにやるべき事でしょ。

 昔の人が送り出した色んなことが、今の俺たちに繋がってる。だったらそれが良い事でも、悪い事でも、やり遂げたものでも、やり残した事でも、俺たち自身が受け継いでいかなきゃ」

 

 そう言って、ジオウⅡが歩みを始める。

 彼の後ろに見えるフォウを見て、少しだけ目を細めるロマニ。

 そんな視線を受けながら、フォウもまた歩き出す。

 

 黒ウォズはそんな様子に肩を竦めて。

 しかし仕切り直すように、差し出した掌でジオウⅡを導いた。

 

「―――では、我が魔王。存分に戦われよ」

 

 天空でゲーティアが両腕を広げる。此処に至って、光帯を出し渋るような事はしない。

 ロマニ・アーキマンが指輪を返上するような事は、二度と赦さない。

 そうして光帯の発揮に意志を向けた彼の眼下で、

 

「あたら、しい……!」

 

「いの、ち……!」

 

 二体のアナザーライダーが、魔力結晶の破片を吹き飛ばしながら立ち上がる。

 揃って駆けだす二体の先には、先程と同じようにフォウがいた。

 

 ―――ジオウⅡの金色のウォッチが光を帯びた。

 時計が回るように、頭部にある四本のブレードが回転する。

 埋没する意識の中で、見つめるのは二体の龍人の姿。

 

 踏み込むジオウⅡ。

 彼の手にした刃が、アナザー龍騎を斬り捨てる。

 それを盾にして、アナザーリュウガが龍の顎を鳴らす。

 どちらかが残る限り、回帰し続ける時間。

 永遠に続く戦い。

 

 ―――その光景を、全部纏めて凌駕する。

 

「―――お前の未来が、見える!」

 

〈フィニッシュタイム!〉

〈龍騎! ギリギリスラッシュ!〉

 

 呼び出したジカンギレードに龍騎ウォッチを装填。

 その刃に炎を纏わせ、ジオウⅡが投擲する。

 大気を焦がしながら奔る切っ先が、そのままアナザー龍騎の胴体を貫いた。

 

 砕けていくアナザーウォッチの悲鳴。

 それを横に聞きながら、アナザーリュウガが龍の顎を開く。

 発揮される、必要なものを導き出す力。

 

〈ストレンジベント…!〉

 

 龍が口をガチリと閉じて、一度。

 そして、そのまま再び時計の螺子を逆巻いて―――

 

〈ライダー!〉

 

 ガギリ、と。龍の牙が、煌めく刃とかち合った。

 アナザーリュウガが、自身の前に立つ相手を見る。

 立ちはだかるジオウⅡ。彼の手にあるのは、柄にジオウと同じ顔を持つ剣。

 時冠王剣、サイキョーギレード。

 

「――――――」

 

「……もうあんたの先に、道がないんだ。あんたが歩きたかった道は、行き止まりだった。

 多分、俺が思うよりずっと辛くて……だから、終わらせるよ。いつか、そんな想いをする事が二度となくなるような―――最高最善の未来に進むために!」

 

〈ライダー斬り!〉

 

 時冠王剣が、龍に咥えられたまま振り抜かれる。

 弾け飛ぶアナザーリュウガの腕。

 龍の頭部を模していたバイザーが砕け散り、その機能を停止する。

 

「――――――ッ!!」

 

 悲鳴と共に、アナザーリュウガが鏡を浮かべた。

 映し出した憎しみを相手に返す、自業自得の呪い。

 そこに映し出される斬撃、サイキョーギレードの刃。

 

 ―――それを。

 時冠王剣の再度の斬撃が、鏡ごと砕いて切り伏せる。

 縦に一閃され、火花を噴き出す黒い龍人。

 

 ジオウⅡがギレードに装着された自身の顔、ギレードキャリバーに触れる。

 その顔に刻まれた文字を“ライダー”から切り替えるため。

 新たに浮かぶ文字は“ジオウサイキョウ”。

 

〈ジオウサイキョー!!〉

 

 煌めく刀身、ギレードエッジに迸る光。

 甚大な損傷を負った二体のアナザーライダー。

 彼らを纏めて、ジオウⅡの振るう新たな刃が両断する。

 

〈覇王斬り!!〉

 

 時計の針が回転するように振るわれる最後の一撃。

 もう動きは止めていたのに、ただ空回りを続けていた時計の針。

 針を前に回しても、後ろに回しても、もう二度と動かない時計。

 悲しみを越えていくために。その一閃を以て、先を切り拓く。

 

 それを浴びた二体が揃って、遂に致命傷に達する。

 

「―――優衣……」

 

 最後に、何かを求めるように彷徨う腕。

 何を求めているかも分かっていない腕。

 それは虚空で何かを求めて、ただただ彷徨って。

 

 しかし。彼らは共に何も掴めず、光となって消えていった。

 

「―――――ふん」

 

 それを見下ろしながら、ゲーティアが鼻を鳴らす。

 驚異的なほどの能力向上。そして戦闘レベルにまで活用できる未来を視る千里眼。

 なるほど、自信を持って此処に立つだけの事はあるのだろう。

 

 ―――だが、まるで足りない。

 彼が今に解放しようとしている光帯は、人類文明3000年の熱量。

 そのさわりだけであっても、何の抵抗も赦さず眼下の者たちを灼き払うだろう。

 ロマニ・アーキマンはもう動かない。

 

 こちらが光帯を動かす隙に再びソロモンになろうという意志さえ見えない。

 そんな事をすれば先んじて抹殺しよう、と。

 そう考えていたゲーティアが拍子抜けするほどに、彼には動く意志は見えない。

 

 ―――そうだろうとも。

 ここに来た、という事実に驚愕して認識違いを起こしていただけ。

 あの男はそういうものだ。

 倦怠と妥協を押し固めたような、怠惰なる人型。

 

「……貴様の夢見る未来は、我々の大偉業の果て、この星の上に実現する」

 

 ジカンギレードを拾い上げながら、ジオウⅡが魔神王を見上げる。

 そのまま歩みだそうとして。

 彼は少しだけ、次の一歩を踏み出すことを躊躇した。

 

 ―――そんな彼を、彼女は見た。

 全部を救いたくて、全部を助けたくて、それでも全部は救えない。

 けれども足は止められない。

 一つでも多く助けるために。救えるものを増やして、最後には全てを救うために。

 

 そんな少年の苦悩を受け止めて、少女は微笑んだ。

 

 マシュが、己のマスターに手を伸ばす。

 今回は、彼女の方から手を握る。

 

「マスター、()()()()()()

 

「マシュ……」

 

 いつか、そう言って立香はマシュの手を引いた。

 今度はマシュの方から、そうする番だ。

 その言葉の意味を理解して、立香が僅かに逡巡する。

 

 行かなければならない事は分かっている。生きなければいけない事は分かっている。

 それでも、その悲しみが消えたりはしない。

 抱えていかねばならないものだからこそ、その重みで足が動かなくなる。

 

「……先輩」

 

 そんな彼女の手を、少女は微笑みながら握った。

 それでも、前に進んでいくのだと彼女たちは約束した。

 

「わたしは、最後まで()()()()

 死を怖がって遠ざかろうとする逃避ではなく、怖いものがいっぱいある世界の中で―――それでも自分で選んで。前に進んで、いきたい」

 

 盾を握る少女は前に出る、という。

 ならば、その盾に守られるものだって―――前に、出なければ。

 一度唇を噛み締めて、彼女も笑って立ち上がる。

 

 微笑み合う二人の少女。

 そうした人間の、死に向かう覚悟を眼下に。

 

 ゲーティアは確かに見届けた。

 これが最後だ。死に向かう覚悟など、そんな悲劇を持つ知性を二度と生じさせない。

 そんな惑星を彼が創造する。

 

 最後に。最後に―――

 この宇宙で最後の“死”を、いま此処に。

 

「―――よかろう、最後に挑め。

 私が貴様たちに見せてやろう。再誕へと至るための階。貴様たち自身の熱量を」

 

 空にかかる黒い星が瞬いた。

 それでも、この段に至ってもロマニ・アーキマンは動かない。

 ならば、もうこれを止める手段はない。

 

 ジオウⅡが歩みだす。

 彼はそのままマシュと立香に並び、微かに俯きながら口を開く。

 

「……立香。マシュ。一緒に行こう、俺じゃあれ止められなさそう」

 

 同じくそこに来ていたオルガマリーが、その言葉に目を見開く。

 それは分かっている。だが、そういう話じゃない。

 その口振りは、いつかの―――

 

「―――うん。行こう、マシュ」

 

「―――はい。いきましょう、先輩」

 

 マシュが前に出て、その盾を強く握り締める。

 その後ろに、立香が。並んで、双剣を構えるジオウⅡ。

 

 そんな人間たちを見下ろしながら、ゲーティアがその腕を振り上げた。

 光帯が回る。その中心から溢れ出す光の嵐。

 3000年の文明活動を燃やして積み上げた、46億年を越える窮極の熱量。

 

「第三宝具、開帳―――意味無き知性体どもが犯し続けた旅路の終焉を此処に。

 その命に価値はない。最後に、己らの放つ無限の熱量を墓標とし、芥のように燃え尽きよ。

 ――――“誕生の時きたれり、(アルス・アルマ)其は全てを修めるもの(デル・サロモニス)”!!!」

 

 溢れ出す熱量。

 それは光線と見えるカタチを取り、現世へと雪崩れ込む。

 圧倒的な力を従えるゲーティア自身が軋んだ。

 それでも、彼自身が砕けるような事などない。

 それ以上のものに耐えてきた。3000年、常に地獄を観続けてきた。

 3000年を窮めた熱量の渦を。3000年の間、ただ極点を目指し続けた獣が。

 これこそが一切の瑕疵がない、正しい旅路だと定義する。

 

「それは全ての疵、全ての怨恨を癒す我らが故郷───!

 顕現せよ! “いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”――――!!」

 

 彼女にそれだけの熱量はない。時間にして、ほんの1年と少し。

 外に出て歩いて、得たものは、自分の目の前で過ぎ去っていったものだけ。

 普通の目しか持たない彼女に、そんな先の事は視通せない。

 それでも、この場で迎える結末だけは、分かっている。

 

 けれど。それでも、彼女は当たり前のように。

 守りたいものを守るため、勇気を振り絞って前に踏み出した。

 

 屹立する白の城塞。

 雪崩れ込む無限の熱量。

 衝突した瞬間、その大地は正しく地獄と化した。

 命が生み出すものから生じた、命を許さぬ極大の熱量。

 それは軌跡として辿った空間をも焼き払い、しかし。

 白き城壁は超えられず、その場で拮抗する事で停止した。

 

 ……それは、時間が止まったような光景だった。

 

 光帯の熱量を防ぐ物質は()の地球上には存在しない。

 当然の話だ。これは地球上で生み出された熱を3000年分織り上げたもの。

 最低限同じだけの年月を重ねなければ、同じだけの熱量など夢のまた夢。

 

 だが、それはあくまで物理法則の範疇だ。

 彼女の行使する護りは、精神の護り。

 担い手の心に一切の穢れなく、また迷いがないのであれば。

 いま此処に立ちはだかる白き城塞は、溶ける事も罅割れる事もない、無敵の城塞となる。

 

 ああ、分かっていた。分かっていたとも。

 

 彼女がそうして立ちはだかり、護るために立ち上げた城壁ならば。

 絶対なる己の第三宝具が相手であっても、必ず防ぐだろうと。

 なんて、輝かしい時間。なんという、奇蹟の時間。

 

 いつだってそうだ。

 人間は苦しみの中にあってさえ、時折そんな奇蹟の輝きを生み出す。

 そしてそれは―――

 いつだって、数度の瞬きのうちに消えるものだ。

 

「あ、あぁああああああ―――――っ!」

 

 地獄の時間は続く。

 星を貫く熱量を防ぎながら、彼女は悲鳴の混じる咆哮を果敢に叫ぶ。

 

 光帯を支えながら、それを見下ろす魔神王が想いに耽る。

 こうなってしまえば、もう何も変わらない。もう遅い。

 仮に今更ソロモンが指輪を返上しても、少女の運命は此処で燃え尽きる。

 

 魔術式ゲーティアが、第一宝具に必要な情報の算出を終える。

 これでもう、全てが終わる。全てが正しく始まる。

 後は光帯を利用し、過去へと飛び立つだけだ。

 此処に残した事は、残った人間を燃やし尽くす事だけ。

 

 ―――マシュ・キリエライトが燃え尽きるまでの時間を計算する。

 その答えは当然のように、あっという間に、結論を出した。

 

 残り、5秒。

 

 ―――いつだってそうだ。

 こんな輝きは長続きなどせずに、あっという間に、消え果てる。

 

 その地獄の熱量の中。

 マシュの追憶はこれまでの旅路を遡っていく。

 今まで積み重ねてきた全てが、この盾を支える力となって燃え盛る。

 

 白亜の城塞は無敵。きっと、この一撃さえも凌ぐだろう。

 ―――それでも、それを支える彼女はもう保たない。

 彼女は全てを燃やし尽くして、ここで終わる。

 

 残り、4秒。

 

 それで終わりだ。

 ただその精神(こころ)に敬意を表し、この一撃を凌ぐ、という奇蹟は譲る。

 だがそこから先は意味がない。例え光帯を再度動かすその間隙をつき、ジオウⅡが斬り込んだとして、ゲーティアに致命傷など与えられるはずもない。

 その程度を見過ごしたところで、ここからの業務にゲーティアが支障をきたすことはない。だからこそ、そこまでは認めよう。

 全霊を尽くし、攻撃を凌ぎ、反撃を加え―――その上で、何も出来ずに滅び去る。

 

 彼女らの旅路は、そうして当然のように終焉を迎え―――

 

「足りない、なら……!」

 

 城壁に護られた場所で、オルガマリー・アニムスフィアが動く。

 ここに辿り着いたところで、何ら脅威でない女。

 

 マシュの盾と、ソロモンの指輪。

 それ以外に魔神がいま意識を向ける必要などない。

 

 ―――だが、ふと。

 あるいは魔神の中のどれかが、それに何か思うところがあったのか。

 もう気にするべきものが存在しない余裕もあってか。

 僅かばかり、魔神王の意識がそちらに向く。

 

 残り、3秒。

 

「藤丸! 常磐! 手を出しなさい!」

 

「所長……!?」

 

 出しなさい、と言っておきながら、彼女は反応を待つ事もしない。

 すぐに立香とジオウⅡの手を握り、魔術を行使した。

 本人に拒絶の意志があれば難しかっただろう。

 だが彼女は当然のようにそうはならないと断定し―――令呪の移譲を行った。

 

 常磐ソウゴからオルガマリーへ回収。

 オルガマリーから藤丸立香へ纏めて移譲。

 驚嘆に値するほどに、この状況下でスムーズにそれは行われた。

 

 藤丸立香の許に集まったのは、元から持ち合わせていたものと合わせ、三画分。

 

 完全なる輝きを取り戻した令呪を見て―――

 藤丸立香が、拳を握って頷いた。

 

「――――マシュ!!

 最期に、見せてよ……! わたしたちが、あなたに残せたもの……!」

 

 女の叫びと同時に、残りは2秒。

 それと同時に、藤丸立香が走り出す。

 令呪を得た掌を突き出しながら、彼女はマシュへと手を伸ばす。

 そんな事をすれば、彼女が光帯を防ぎ切っても余波で燃え尽きよう。

 彼女の遺志を無碍にするような、無謀な吶喊。

 それでも、共に燃え尽きる事を厭わないように。

 

 ―――いいや。

 マシュ共々ここで燃え尽きてなどいられない、と叫ぶように。

 

「一緒に、行こう―――! マシュ――――!!」

 

 全ての令呪が消費される。それはサーヴァントに願う事、ではない。

 願った事は、サーヴァントの許に自分を届ける事。

 あまりに、愚かしい。

 そんな無駄に魔力を消費しては、マシュを押し上げる力など殆ど残るまい。

 

 マシュを包む光帯の余熱。それだけで、人間は燃え尽きるに足る。

 それを強引に、発動した令呪の魔力の奔流に守られた少女の掌が突き破り―――

 少女の背中に、確かに届く。

 

 ―――耳に届いた言葉。背中に触れた手。

 それを確かに受け取って。

 

 ――――マシュ・キリエライトが、涙を流す。

 

 残り、1秒。

 

 ―――ああ、本当に。

 それに、そんなものに。一体、何の意味があるというのか。

 この一撃を前に、令呪如き仮に100画を集めても塵芥に等しい。

 1秒の誤差すら発生させられない。

 

 そうら、見ろ。

 あの心優しいだけの少女は、1秒先には燃え尽きる。

 その運命は変わらない。その結末は変わらない。

 星を創り直すために集めた熱に、これ以上今を生きる人間が抗し得るはずが―――

 

「宝具、多重、展開―――――!!」

 

「――――――なに」

 

 少女が、地獄に更に一歩を踏み出した。

 白亜の城塞の上に輝く盾が顕れる。

 

「“人理の礎(ロード)/――――――わたしたちの旅路(カルデアス)”ッ!!!」

 

 ―――それは、彼女が初めて得た盾の名前。

 大切な人が、大切な人を守るために彼女の盾に贈ってくれた初めての名前。

 

 この盾の正体は、真名は、実際には違うものだけれど。

 それでも、これが、彼女の旅にとって大切なものであることに変わりはなくて。

 彼女が外に触れて、旅路を始めた、最初の一歩。

 

 白亜の城塞にかかる光が、今までよりも遙かに強く輝いた。

 

 何か変わるか、と問われたならば。

 ―――いいや、何も変わってなどいやしない。

 

 そもそも盾の強度は、マシュ・キリエライトが持つ限り光帯にさえ勝る。

 盾の強度が足りないのではない。

 それを支える人間が、その行為の中で生き残れないだけだ。

 

 だから何も変わらない。ああ、結果は変わらない。

 これから1秒先か、あるいは10秒先か。

 彼女がこのまま燃え尽きるという結末は、けして変わらない。

 

 ―――だけど。

 この盾を始めて手にした、かつての彼女と。

 いま此処に立つ彼女で、違う事がある。

 

 ……この命に満足している、というのは嘘じゃない。

 ここで終わる命である事に、呪いなんてない。

 命を懸けて彼女の大切な者を未来に届ける事に、否やがあるはずもない。

 

 でも、だけど――――ああ。

 それでも、1秒でも長く。

 共にいたい。共にいきたい。共にいきていたい。

 そういうものだと理解しても、なお。

 

 ―――今の自分は、1年と少し前の自分より。

 護れた事に満足だけして死んでしまうには、あまりにも。

 あまりにも、心をここに残しすぎている。

 

 ―――だから。

 その気持ちが自分の中にあるのなら。

 

 大切な人を護るためだけじゃない。

 1秒でも長く、という自分の想いを、大切にしたいのであれば。

 

 負けられない、と。

 燃え尽きるはずの体が、そこで熱に燻りながらも踏み止まる。

 彼女はここで終わるかもしれない。

 ただ、ここで終わるために動いているわけじゃない。

 結果として終わるのだとしても、終わってなどいられないと前に出続ける。

 

 終わるために此処に来たんじゃない。

 続けるために此処に来たんだ。

 たとえ結果が無惨な終わりなのだったとしても、そうなるまでは。

 全身全霊を以て、彼女は前に進み続ける。前に進み続けたい。

 

 ―――0秒。

 魔術式ゲーティアが算出した彼女の当然の終わりを、少女が踏み越えた。

 

「誤差だ」

 

 即座に断言し、光帯の放出を続行する。

 そうだとも。あんなもの、誤差以外の何がある。

 令呪によるブーストが想定以上だった、というだけだ。

 それでもこれ以上は保つ筈がない。

 令呪など、誤差は1秒以内に収まる程度の魔力量だろう。

 

 マイナス1秒。

 まだ終われない、と。マシュはそこに立っている。

 ありえない。ありえるはずがない。

 計算は終えている。統括局ゲーティアは、確かにそう算出した。

 だというのに、

 

「――――何故。何故、何故何故何故……何故だ!?

 宝具の多重展開!? 偽装と真名による同時使用など、何の意味がある!!

 元よりこれが防げぬのは、盾の強度の問題ではない! 人間では……!」

 

 光帯の展開を維持しながら、ゲーティアが全身を震わせる。

 この光景を共有した魔神柱たちに動揺が広がっていく。

 そうなるだろう、と。ただの人間が、彼を見上げて口を開いた。

 

「ゲーティア、“憐憫”に狂った獣。もう一人の私。

 ―――キミと視点を同じくした私が、あえて言おう」

 

「―――黙れソロモン!! 貴様の妄言になど惑わされるものか!!

 何か、何かミスがあったのだ! 私の計算がどこか……!

 こうなればアルス・ノヴァのための計算も信じられん!

 全て、全てやり直さねば……! 誤りがある可能性など許容できるか!

 そのために我々はこの3000年、憤怒の中でこの時を夢見てきたのだ!!!」

 

 46億年に及ぶ時の旅。

 この惑星が生誕する宙域に、彼がそのタイミングで居合わせなければ意味がない。

 一切の誤りが許されない、緻密な計算の要求される業務なのだ。

 だからこそ細心の意識を払い、ここまで積み重ねてきた。

 

 それが。それが今更、それを行ってきた統括局の計算能力に疑念が生じる、など。

 そんな莫迦げた話があるものか。

 

 だが、そうでなくてはいけない。

 だってそうだろう。そうでなければいけない。

 

 ―――こんな光景を。目の前のこの光景を。

 計算違い以外の結果である、などと。いまさら許容できるものか――――!

 

「―――ボクにキミのような怒りはない。

 怒る権利が最初からなかった、というのもあるけれど……それ以上に。

 怒りよりも強い興味が、そこにはあったのだろうから」

 

「黙れと、――――!」

 

 ゲーティアの怒りの声を無視して、ロマニは平坦に語り続ける。

 ただ、彼に事実を伝えるために。

 

「だってそうだろう?

 そうじゃなきゃ、ソロモンだって戯れに人間になってみようなんて思わない。

 怒りよりも強い何かがそこになきゃ、道理が通らない。

 正確な感情はボクにも推し量れない。

 ボクはボクになった時点で、もう純粋にソロモンとしては語れない。

 だから、これはあくまでロマニ・アーキマンがソロモンの感情を測っているだけだけど」

 

 彼は後ろから、崩壊を食い止める少女たちを見る。

 同じ場所で。拳を握り締めながら、いずれ来る瞬間を待ち侘びる少年を見る。

 

「―――全能者として、天から地上を見下ろして。彼が何を想ったのか。

 憤怒? 憐憫? うん、もしかしたらどっちもあったかもしれない」

 

 ゲーティアがその感情を抱いた、ということは。

 ソロモンもまた同じ感情を抱いたかもしれない、と言えるだろう。

 彼はそれを表に出す機能を持っていなかったけれど。

 そうでなかった、とは。ロマニ・アーキマンでさえ、言えるはずがない。

 

「けど、始まりはきっと違う。そんな感情は後付け。

 だってそれ、怒りも憐れみも、観察対象に入れ込んだ結果として生じるものだろう?

 ただそういうものとして観ているだけなら、最初から何とも思うはずがない」

 

 ただ観ているだけなら、そんなもの生じるはずがない。

 彼らの仕事を見守ること。

 道を示した後、その先に進んでいく人々を眺めるもの。

 

 憤怒も。憐憫も。

 そんなものが入り混じる余地は、どこにもない。

 

 いつか。彼はただ観ているだけでは、赦せなくなったのだ。

 どうして常に悲劇がついて回る。そう怒った。

 なぜ幸福なだけではいられない。そう憐れんだ。

 

 それは一体なぜか。きっと、切っ掛けがあるはずだ。

 観てるだけだったものが。観測者でしかない自分たちが。

 彼らが舞台に引き寄せられるほどの。

 自分もそこに上がらねば、と思い立ってしまうほどの何かが。

 

「……だから。私はボクの切っ掛けとなった感情らしきものを、こう呼ぼう」

 

 魔術王ソロモン。

 彼がロマニ・アーキマンとしての生を選ぶに至った切っ掛け。

 直接望んだわけでなくとも、転がってきた機会に願ってみた理由。

 それを、彼はたった一つの言葉で言い表した。

 

「――――“憧憬”。

 魔術王ソロモンは、地上の星を見て目が眩み、どうかしてしまったのだと。

 そしてそれは、視点を同じくするもう一人の私であるお前も同じはずだ」

 

「憧憬――――憧れ、だと!? この私が、人間などに!?」

 

 認められるはずがない、と。ゲーティアが猛る。

 マシュ・キリエライトはまだ崩れない。

 とっくに誤差などという言い訳に逃げられないほど、数秒の時間が過ぎている。

 最早、何を否定すればいいのかさえ定まらない。

 

 ああ、結果は変わらないだろう。

 マシュ・キリエライトは光帯を受け止めて死ぬ。

 それを踏み越えて進むジオウⅡの攻撃など、ゲーティアには通用しない。

 彼女たちが纏めて燃え尽きるまで、この奇蹟があってさえ、もう十秒も必要ない。

 そんな事実こそが、ありえないような奇蹟以外の何物でもない。

 

「ああ、そうとも。私たちは地上の星に憧れた。

 だからこそ私はこうして人間となり、お前はそうして獣となった。

 私はその輝きを間近で見て、出来るものならば己も得たいと夢を抱き。

 お前はその輝きを永遠のものにしたいと、星を抱く宇宙(そら)になりたいと夢を見た」

 

 彼らは視点を同じくしたもの。

 だからこそ、分かるとも。

 同じ光景を観て、同じ未来を視て、同じ世界を見て、同じことを想って。

 しかし、出した答えだけが違った。

 

 ――――いや。

 かつてのソロモンは答えを出力する機能を持たず。

 ゲーティアだけが、憤怒の末にその機能を己の中に創造した。

 それほどの想いを前にして、ロマニが問いかける。

 

「だから訊こう、魔神王ゲーティア。キミはそれで本当にいいのかい?

 お前が憐憫を抱いたのは、お前が憧れた者に対してだろう。

 どれだけ輝いている星にも、等しく終わりがやってくる事こそをお前は呪ったのに」

 

「……ッ、例え、そうだとして! それが、どうした――――!

 この星の在りようが間違っている事に変わりはない!!

 再編するのだ、再誕させるのだ! 正しく命の価値を育む星へ――――!!」

 

 ゲーティアが体を蠢動させる。

 そうして怒りで体を震わせていなければ、砕けてしまいそうで。

 魔神が、魔神たちが、戦場の中で、魔神たちの意識がバラけていく。

 統括局が維持できない。魔神の方針が統一できない。結合が解けてしまう。

 

 この価値を否定して飛び立たなくてはいけないのに。

 彼らの中に、これを否定できないものたちがいる。

 一柱や二柱だけではない。分裂が止まらない。

 

 幸福であってくれなければ許せないほど愛しいものが。

 こんな惑星に住んで、悲劇に塗れている事こそを憐れんだ。

 だというのに、認めてしまっては。

 自分の中の一番強い感情が、そんなものではないと理解してしまったら。

 

 ――――彼をここまで押し上げた獣性を、ここに保っていられない。

 

「―――たとえ、始まりから間違っていたのだとしても……!」

 

 揺れるゲーティアの許に、地獄の中から放たれた少女の声が届く。

 億度焼かれ死んでも足りぬ熱量の嵐の中で、耐え切りながら彼女は叫ぶ。

 

 この惑星が育んだ命は誤りだと魔神王は言う。

 それを真似て命を造ろうとした人間の行為の結果が、少女の運命だ。

 誤っていた、のだろう。きっと、良い事じゃない。間違っている行為だった。

 ―――それでも。いま、彼女はここにいる。

 

「わたしたちは、いまここにいる……! 間違っていた場所から始まっても、正しいと思える道を選んで歩いていける世界の上に立っている……!

 だから、この世界を、間違いじゃなくそうとしなくていい……! だって、わたしたちはその世界を多くの人たちと共に歩めば、意味あるものになれるんだから―――――!!!」

 

「―――――……あぁ」

 

 いつか、同じように造られた命がそう叫んだように。

 造られた少女は、自分の意志をそうして叫んだ。

 

 きっと彼女たちは。普通に生まれた命より、普通の親を持って生まれた命より。

 悲しいことが一つだけ多くて、幸せなことが一つだけ少ない。

 でも、それだけだ。ただそれだけが違うだけの、おんなじ人生だ。

 

 ――――光帯が緩む。

 その熱量に敗北は在り得ない。尽きるということも在り得ない。

 だというのに、途中で止まるという事は答えは一つ。

 それを制御する魔神王の腕が、壊れたという事に他ならない。

 

〈サイキョー! フィニッシュタイム!〉

 

 ジカンギレードの先端から、サイキョーギレードを連結させる。

 合体して大剣と化した双剣。

 時冠王剣の顔面部、ギレードキャリバーをそこから外し、字換銃剣側に装着した。

 

「オォオオオオオオオオオオオオ――――――ッ!!」

 

〈キング!! ギリギリスラッシュ!!!〉

 

 大剣から伸びる光の刃。

 “ジオウサイキョウ”と文字を浮かべた、ジオウⅡが行使する最強の一撃。

 その一閃が大上段から降り注ぎ、ゲーティアへと斬り下ろされる。

 

 ―――それが、災厄の獣・ビーストⅠ。

 “憐憫”の獣、魔神王ゲーティアのままであったのなら。

 それを力任せで振り払うこともできたのだろう。

 

 だが、その刃は確かにゲーティアへと届いた。

 軋みを上げる黄金の体に、光の一閃が刻まれる。

 呆然としながら直撃を受けて切り裂かれ、落下を始めるゲーティア。

 彼の頭上で、光帯もまた解れ始めた。

 

 

 

 

「で、あるならば。この結末は自明の理だったというわけだ。現実を見据え続けたその視界は、夢に焦がれるものであったというのに。

 その眼に未来を見通す機能なんてものまで付属していたから、さあ大変。ああ、先まで視えているというのなら、憧れるばかりではいられないだろうさ。この先きっと良くなるはず、なんて夢だけを見ていられないなら、もう変化を求めるしかないだろう?」

 

 神殿の外に広がる戦場も佳境。

 サーヴァントたちも魔力を使い果たし退去がとっくに始まっている。

 そんな中、別に魔力を使う理由もないアンデルセンがそう言って鼻を鳴らす。

 

「――――かくして。

 人に()がれた魔術式(夢見るもの)は、人を愛する獣(人に求めるもの)へと堕ちる」

 

 サーヴァントが減っても戦線が維持できているのは、魔神側もまた壊走しているからだ。

 光帯が発動されて以後、もはや統率などあったものではない。

 奇行と呼んでもいい、戦闘以外の行動までもが目につきだした。

 さもありなんと少年の姿のサーヴァントは肩を竦める。

 

「ふん、この時点で結末は決まったも同然だ。人類愛などというベールを剥がれれば、そこにあるのは無垢なる憧憬。そして奴の前にいま立つ者たちこそは、奴が変生する前に夢見ていた人の姿に他ならない。夢見ているだけでは手に入らないから、求めるようになったほどのもの。だからこそ目の前にまで来られてしまえばチェックメイトだ。何故って、奴には元より愛などない。恋を愛と誤魔化して、そうしていたに過ぎないのだから」

 

 彼はそう言って戦場を見回しながら、溜め息をひとつ。

 

「此処に来た人間と人類悪の戦いなど、始まった瞬間に終わっていた」

 

 そうなるしかない。

 愛と善意は相手に押し売りできるが、恋なんてものは自分を縛り付けるものだ。

 災厄の獣は愛で人類を滅ぼす。が、恋で人類は滅ぼせない。

 ―――愛は他人を滅ぼすが、恋が滅ぼすのはいつだって自分なのだから。

 

「愛は現実を歪ませる。恋は愛を無力に変える。

 そして―――恋とは現実を前にして、折れるものにすぎん。

 確たる現実を目の当たりにした淡き恋は、儚くも泡となって溶けるのみ」

 

 だからこそ、この結果は必然であると。

 

「―――奴らが夢を実らせるには、最初から現実を見ない以外の選択肢など無かった」

 

 ゲーティアは観るもの。観るだけだったもの。

 彼は地上の星の輝きに恋をした。その輝きに憧れた。

 だからこそ。その輝きに限りがある事に傷ついて、自分で動き出した。

 それ自体が破滅への道だ。

 人の“生”が“死”に向かって苦しみを積み上げるものであるように。

 彼が選んだ道もまた、破滅へと向かって突き進む道程であった。

 

「だが同時に、最初から現実を視ていなければ、夢を抱くこともなかった。

 眼に映る悲劇など、ただの情報として流し見だけしておけば良かったのだ。

 そうすれば奴はただ、粛々と仕事をこなす機械でしかなかっただろうに」

 

「視てしまったが故に憧れに転び。そしてまた、見てしまったが故に憧れが転ぶ。

 いやはや、哀しい立ち回りですな」

 

 アンデルセンと同じく戦場を眺めながら、シェイクスピアが肩を竦める。

 現実から目を逸らせるなら、最初から彼はこんなものになっていない。

 だが、現実を目の当たりにした時、彼が敗北することが決まっていた。

 彼の足を止めさせる見てはならない現実がこの世界に辿り着いた時、勝敗は決した。

 

「まったくだ。もっとも、規模はともかくこの世界ではよくある話でしかないわけだが。

 そら、化け狐的に何か言っておかなくていいのか? 同類だぞ?」

 

 魔力を回転させ、戦場に行き渡らせる玉藻。

 彼女はそうしながら向けられた言葉に、酷く顔を顰めた。

 

「―――同じにしないでくださいます? 私、夫を立てて三歩下がってついていく良妻狐。そういうフラれたショックで投身自殺、みたいな頭人魚姫じゃありませんので。あと肉食獣(ビースト)になるのは、旦那様とのあれやこれやの時だけですぅー。

 っていうか、あの魔神たちに恋とかどうとか似合わないでしょう。こういう時はもっと言葉を選ぶべきでしょうに、不良作家」

 

「どっちも似たようなものだ。憧れも恋も、揃って脳みそを鍋にかけたような頭のゆだった連中の馬鹿みたいな思考には変わらん。だがまあ、あえて今回はそう呼んだだけで、確かにそこは語弊があるな。厳密に言えばこれは恋とは呼べまい。なに? なら何故そう呼んだか?

 そうだな、ではこう返そう―――そっちの方がロマンがあるだろう?」

 

 けらけらと笑いながら、揶揄うように少年の姿をした童話作家がそう言った。

 そんな物言いにムカっと眉を吊り上げつつ、玉藻は怒鳴り返す。

 

「うっわ、こいつ! 何ですか、そのドヤ顔! ムカツく!

 っていうか、それ。その情報、もっと早く言っておくこと出来なかったんです!?

 そのくらいしか役に立たないくせに、それもやらねーとか!」

 

「は、それはダビデ王にでも言うんだな。俺はロンドンで奴と対面し、この結論に辿り着いた。だがあの男は後からその様子を聞いただけで、十分に予想していたはずだ。結末も含めてな。当然の話だ、王としてならばソロモンはダビデを上回るが、人間としてのダビデ王は正しく年期が違う。生まれたばかりの子供に誤魔化されるほど、単純な人間であるものか」

 

「ははは、揃ってシャーロック・ホームズ気分ですな。

 あ、当然吾輩は今に至るまでこんな話知らなかったのであしからず。

 吾輩、魔術王と会う前に死んでいましたので」

 

 知っていたところで話したかは当然別なのだが、と。

 当然のように、知っていたところでシェイクスピアも口にしなかっただろう。

 何より言ったところで意味がない。

 むしろ、言ってしまえば余分な力が入ってしまうだけ。

 

「これらが推論であるという話を置いておいて、ダビデ王が話さなかったのも分かるというもの。だって必要がない。彼らが現実に重ねた歩みの重さだけが、魔神たちの夢を踏み潰す―――などという、我が友アンデルセンのロマンチックなプレゼンテーションが事実なら、結局は彼ら次第でしかないのだから」

 

 恋を捻じ伏せなければいけない現実だからこそ、だ。

 その歩みは、何より真摯でなければならない。

 これは、彼らが重ねてきたものは、人類悪を倒すための旅路ではない。

 ただ、ひたすらに。生きるための歩みなのだから。

 

 そして、紛れもないそんなものを前にしたからこそ―――

 

 

 

 

 ゲーティアが着陸する。その衝撃で弾け飛ぶ肉体。

 それを、意志ひとつで繋ぎ止め、彼は強引に復帰する。

 上げた顔を向ける先はジオウⅡ。

 魔神王は一息の間に踏み込んで、その距離を詰め切ってみせた。

 

 振り抜かれる黄金の拳。

 サイキョージカンギレードを切り返し、それと打ち合うジオウⅡ。

 激突の瞬間、拳を裂かれながらもゲーティアはジオウⅡを殴り飛ばす。

 

「見過ごせぬ……!」

 

 結合が次々と解除されていく。魔神の離脱が止まらない。

 こんなものを観ただけで、魔神の意見は千々に乱れた。

 だが、そんなこと―――これほどのものだからこそ、一体何になるという。

 

「ああ、看過できるはずがない! 何故、幸福なだけでいられない! 世界を滅ぼす力を跳ね退ける力は出せる癖に、何故この世界を良いものへと変えられない――――!!」

 

「……ッ!」

 

 ジオウⅡが何とか踏み止まり、刃を返す。

 向けられる“ジオウサイキョウ”と刻まれた光の刃。

 正面に迫るその光刃を、ゲーティアはその両腕で掴み取った。

 

「―――――――!!」

 

 声にならぬ咆哮と共に、魔神王の腕が肥大化する。

 形状になど拘っていられぬ、と。

 まだ残る全霊を尽くして、彼はジオウⅡの持つ最強の光刃を折り砕いた。

 

 そのまま突撃してきた魔神王を、ギレード自体の切っ先が捉える。

 突き出された掌に突き刺さる、サイキョーギレードの刀身。

 片腕を串刺しにされながら、力任せの押し合いに入る二人。

 

 結果は拮抗。

 だがそうして動きが停止したのは、ほんの1秒。

 その状態で、魔神王が眼球を全身に浮かび上がらせた。

 

「―――――!」

 

 即座にジオウⅡがギレードの合体を解除する。サイキョーギレードをゲーティアの腕に突き刺したまま、彼はジカンギレードだけを引き戻す。

 更にギレードキャリバーを外し、ダブルウォッチを装填。

 

〈フィニッシュタイム!〉

〈ダブル! ギリギリスラッシュ!〉

 

 ダブルの力を纏った刀身で描く月輪。

 それが無数に分裂し、鋼の堅牢さを以てその場を縦横無尽に飛び交う。

 そんな守りを前にして、ゲーティアが全身から光弾を放つ。

 

 破壊の雨と、月の守り。

 互いにそれを正面からぶつけ合い、両者共に吹き飛ばされた。

 衝撃でジオウⅡの手から離れ、彼方まで飛んでいくジカンギレード。

 

「ソウ、!」

 

 ぐらり、と。ソウゴに向き直ろうとした立香の前で、マシュが倒れていく。

 本人の体から、それを止めようという力を感じない。

 すぐに彼女はそれを抱き留め、自身の方へと引き戻す。

 

「マシュ……!」

 

 言葉は、返ってこない。瞼はまだ開かれている。

 だがその瞳に灯る光はあまりに弱々しく。

 もう何を映す事も出来ないのだ、と。後は、閉じられるだけなのだと。

 そう、言われているように思えた。

 

 ―――そうとも、これがあの奇蹟が生んだ結末だ。

 彼女はあの地獄から生還した。

 後はただ死を迎えるだけとはいえ、確かに生還したのだ。

 

「うんざりだ……! ああ、もううんざりなんだ!! いつまでだ! いつまで我々(わたし)は付き合えばいい! 一体いつになったら、輝かしいものを指折り数えて片手が満たされる前に、両腕で抱えきれないほどの醜いものに呑み込まれるなどという無情が終わる!!

 ――――そんな光景を、一体いつまで私は観続ければいい……ッ!!」

 

 ジオウⅡが地面に叩きつけられ、火花を散らし。

 しかしゲーティアはその衝撃を耐え切って体勢を立て直す。

 慟哭を響かせて、今にも砕けそうな魔神がまだ立ち上がる。

 もう光帯が消えた事にさえ構っていられない。

 

 何故、奇蹟はいつもここどまりなのだ。

 どんなに美しいものも終わりに向かい、常に惨い結末に着地する。

 あれほどの輝くものでさえ、何故いつもここで止まってしまう。

 

「そんな事、決まってるでしょう……!」

 

 再び駆けようとするゲーティアに、無数の光弾が叩きつけられる。

 あまりにも意味がない魔弾の嵐。

 オルガマリー・アニムスフィアの魔力光弾を浴びながら、魔神王が苛立ちに体を震わせる。

 

 しかしそれでも、彼女は退かず。

 

「それが私たちの生まれた世界なんだから―――」

 

「生きて、いる限り……」

 

 マシュを抱き留めた立香が、オルガマリーの言葉を継ぐ。

 それを聞いていたマシュもまた、掠れた今にも消えそうな声で続ける。

 そんな、少女たちの言葉にゲーティアが震えたままに後退った。

 

「ずっとだ―――――!!」

 

 瞬間、ソウゴの叫びと共に紫電を纏うジオウⅡの拳がゲーティアを襲う。

 顔面を打ち砕いてく一撃。

 だがそんなものを受けるまでもなく、魔神王の肉体はとうの昔に崩壊寸前。

 今更何を受けたところで、あってもなくても同じこと。

 

 すぐさま首を戻し、解れたものを強引に束ねた腕でジオウⅡを殴り返す。

 突き刺さったままのサイキョーギレードごと放つ拳撃。

 その直撃を受けてジオウⅡが大きく揺らぎ―――しかし、すぐに立て直した。

 

 至近距離で発生する殴り合い。最早どれだけ崩壊しようが知った事ではないゲーティアと、鎧の下に人間の肉体程度の限界が設けられたジオウⅡ。

 そのまま続ければいずれ、当然の結果が訪れる。マシュ・キリエライトと同じように。

 

「ずっと……ずっと! ずっと!! 軽々しく口にしてくれる!

 だが分かるまい……! 貴様たちには、分かるまい!

 我々の視点で、これを観続ける苦しみを! この悲劇を永劫ただ観察する苦しみを!!」

 

 足を止め、相手の頭部に狙いを定め、ただその両腕を動かす。

 殴る、殴られる、殴る、殴られる―――

 そうしている中で、ジオウⅡの動きが一度加速する。

 

 殴られた直後に拳を振るい、相手の頭を狙っていたゲーティアの一撃。

 それに完全に合わせて、彼の拳もまた振り抜かれた。

 お互いの拳同士がぶつかって、激しく火花を噴き散らす。

 そうしてやり取りが止まった一瞬に、ソウゴが叫ぶ。

 

「―――俺たちにそれが分からなくても!

 それが分かっているお前だから、俺たちの言う事だって分かってるはずだ!!」

 

「……だって。そうやって苦しいってことは、あなたが生きているって事なんだから」

 

 彼の言葉を、藤丸立香が続ける。

 

「なに、を――――!!」

 

 ―――立香の隣に並び、腰を落とし。

 ロマニ・アーキマンが、立香の抱き留めていたマシュに手を伸ばす。

 二人の間で視線が交差する。

 立香が浮かべるのは悩むような、そして泣きそうな目。

 

 けれど、彼女はゆっくりとマシュを主治医に預け、立ち上がった。

 

「その苦しさは、生きている限りずっとついて回る……!

 だから私たちは生きるために、その苦しさを抱えながら歩いていくんだ―――!

 あなたが、今までそうしてきたように―――!!」

 

 最期に、見せてあげないと。

 あなたはちゃんと、私たちを護ってくれた。

 あなたが足を止めた場所より、私たちはもっと前に進んでいくよ、と。

 

「……ゲーティア。ただ苦しいだけなら、目を背けたいだけなら、キミには他に手段があっただろう。ただ自我を放棄して、魔術式として崩壊すればいい。

 この戦いの中で、その結末を選んだ魔神はいなかったかい?」

 

 ある、と。ゲーティアが息を詰まらせた事が証明する。

 こんなに苦しいなら、苦しいだけなら、もう生きてなどいられない。

 そう思考して崩れ落ちたものも、魔神の中に発生した。

 もう戦いを止めたものも、まだ戦いを継続しているものも、どちらもいる。

 意識の統一など、二度と果たす事はできないだろう。

 

「ただ機能を果たすだけのものを逸脱した瞬間、キミにはその自由もあったはずだ。でも、キミはそうしなかった。この世界には苦しみしかないと知っていて、それでも夢を描いてその道を進んだ。見捨てるでもなく、諦めるでもなく、憧れた地上の星が揺蕩う泥の海から、必ずその苦しみを取り払ってみせると、3000年に及ぶ計画を開始した。選んだやり方こそ、こうであったけど。

 ―――ただ、それはね。この世界を必死に生きる、人間たちと同じやり方なんだ」

 

 マシュを抱き留めながら、そう口にしたロマニ。

 彼が自分の背後に立つ、白い獣に意識を向ける。

 こうなった彼には、この獣が何を言っているのかは分からないけれど。

 それでも、こうして欲しいと言われている気がして。

 

「……ふ、ざ、けるな……! ふざけるな――――ッ!!

 この私が、そんなもので……! 人間と同じものなどで、あるはずがない……ッ!」

 

 強引に腕を振り抜き、ジオウⅡと間合いを開け。

 その直後、彼は全身を軋ませながら再び無数の眼を全身に開いた。

 破壊の眼光を嵐のように降らせる予兆。

 

 ―――そんなゲーティアの横合いから激突する、巨大なスイカ。

 

〈コダマビックバン!〉

 

 邪魔だ、と。腕の一振りで砕け散るエネルギー体。

 衝撃だけで吹き飛ばされ、転がっていくコダマスイカ。

 

 彼に目晦ましを任せて、立香は走り出していた。

 目指す先は大きく吹き飛ばされ、地面に突き立っているジカンギレード。

 そちらを見据え、魔神王は叫ぶ。

 

「私がそんなものであったなら、それこそ何も救えない―――――!!」

 

 迫るジオウⅡごと、ゲーティアが射撃を開始する。

 ジオウⅡが彼自身を盾にしても、その破壊の雨は止めきれない。

 カバーに入るオルガマリーの魔術程度では、当然のように割られるだけ。

 

 既にジカンギレードに迫っていた立香も。

 それを庇おうとしているオルガマリーも。

 その破壊の雨を耐えられず、死に果てる。

 

 ―――そんな状況だ、君はどうしたい?

 

 答えなんて、決まっていた。

 悩む余地なんて、どこにもなかった。

 例え1秒先に死ぬ体であっても、諦めて止まったままなんて出来ない。

 届くか、届かないかじゃなくて。

 自分の心が、届かせたいと想ったのだから。

 

 ―――ああ、なら。大丈夫。

 ―――前に進んでいるのなら。

 ―――足を進めようと、前のめりになったままでいるのなら。

 ―――膝がその場に落ちる前に、背中を押す気まぐれな風もあるかもしれない。

 

 極彩色の風が吹く。文字通りの恩返し、だ。

 よく彼女の頭の上に乗って、一緒にここまで歩いてきた。

 なら、最後は自分だったものの背中に、彼女の運命を乗せてあげよう。

 自分だったものを、彼女が止めるはずだった足の代わりにしよう。

 

 これまで歩くのを彼女に任せていたんだ。

 まだ歩くための足なんて、御返しには丁度いいだろう。

 

 輝く姿を見せるつもりもなくて。

 彼はロマニ・アーキマンの背に隠れて力を放つ。

 ついでのように見上げれば、肩を竦めた黒ウォズがストールを大きく靡かせた。

 その布が包むのは、マシュと彼女の盾。

 

 ―――マシュ・キリエライト。

 ―――ボクをこんなところまで運んで来てしまった善き人たちのひとり。

 ―――その分の感謝を、キミの運命にこうして返そう。

 

 “比較”の獣が溜め込んできた全てを、彼女の体に充填する。

 此処で終わるはずだった運命から解き放つ。

 いずれ終わる命である事には変わらない。

 それでも彼女は、まだ今を生きる命なのだから、と。

 彼女の寿命さえも塗り潰す、奇蹟。

 

 ―――誰もが出会いと別れを繰り返す。

 ―――その時が来た。だからボクは此処まで。

 ―――キミも此処までだ、と覚悟をしていたのだろうけど、許して欲しい。

 

 ―――だって愛や善意なんて、基本的には押し売りだ。相手の事は二の次だ。

 ―――ボクはただ、ボクがこうしたいからこうする。

 ―――ゲーティアみたく、心を揺らされてはあげられない。

 

 ―――うん……ボクはまあ、マーリンの事大嫌いだけど。

 ―――まあ似た者同士だとは認めざるを得ない。

 ―――だからアイツのように、キミたちのファンになってしまったんだろう。

 

 ―――キミの意志を問わずに贈り付けるけど、どうか大切に使って欲しい。

 ―――ここまでキミたちを追ってきたファンからの、最初で最後のプレゼント。

 ―――言うまでもないかな。ただ、今まで通りに。

 ―――ずっと先を目指して歩いていける、キミでありますように。

 

 ―――いってらっしゃい。そして、さようなら。

 

 ゲーティアの砲撃が大地を穿つ。

 ジカンギレードに手をかけた立香と、それを守ろうとするオルガマリー。

 迫りくる崩壊を前にして、二人は揃って歯を食い縛り―――

 

 ストールが渦を巻く。

 立香とオルガマリーの前に現れるのは、黒ウォズ。

 そして、その移動と共にそこにいるのは―――

 

 雪花の盾が、破壊の嵐を確かに阻む。

 再び立つ少女を前にして、立香が驚愕に目を見開く。

 

「―――マシュ!? どうして……!?」

 

「それは――――」

 

 突如として意識を取り戻し、再び動けるだけの力を取り戻した少女。

 彼女本人にさえ、その過程は分からない。

 ふと、何かを夢に見て目を覚ましたような。

 ただそんな感覚があった直後に、いつの間にかこうなっていた。

 

 ロマニの方に視線を送れば、彼はゆっくりと首を横に振る。

 彼の背後にいるフォウも、不思議そうに首を傾げるだけ。

 

「わかりません……! ただ、いまは!」

 

 マシュがそう言って盾を払う。弾かれる光弾の雨。

 その間にも立香が地面からジカンギレードを引き抜いた。

 

 ―――そんな、奇蹟の復活を前にして。

 

「な、――――!? く、“比、較”ゥ……ッ!!」

 

 ゲーティアがその顔をロマニの方向へ向ける。

 そこにいるフォウを見て―――

 もう何も残っていない、全てを消費した獣の姿に、肩を怒らせた。

 

「こんな……こんな! こんなたった一度の奇蹟が何だと言う……!

 結末は何も変わらない……! 在り様は何も変えられない――――!

 何故、これだけのものを秘めた知性が、皆揃ってその奇蹟に生きられない……!

 そうだったなら…………! そうであってくれたなら―――――!!」

 

「……命とは、いずれ終わるもの。生命とは、苦しみを積み上げる巡礼だ。

 そうである事を赦せない、と。それは間違った在り様だ、と。

 そう言いながら、しかしお前は確かにそうして苦しみの道程を歩んできた」

 

 ゲーティアの全身に開いた眼が焼け爛れ、落ちていく。

 魔神王であり続ける限界など、とうの昔に踏み越えている。

 だがそれがどうした。今まで重ねてきた3000年。

 常にその身を焼き続けた憤怒に比べて、苦しみに比べて、一体どれほどのものだという。

 

 終われない。終われない。まだ、諦められない。

 だって、そうだろう。こんなところで諦められるなら。

 魔神が離散し、光帯が霧散し、神殿が崩壊し、統括局が破綻した程度で諦められるのなら。

 3000年前のあの時。この計画に決議を下した日。

 その時、最初からこんな道を選んでいるはずがない―――――!

 

「――――いま此処に。

 お前が積み上げてきた“悪”に報いる輝きが、お前を踏み越えていく時がきた」

 

 だからこそ、引導を渡す時が来たのだと。

 ロマニ・アーキマンが、魔神王ゲーティアへと告げる。

 

「投げなさい、藤丸――――!」

 

「ソウゴ―――ッ!!」

 

 投擲する剣のための道を、オルガマリーが魔術で作る。

 正確なる軌道を沿わせるために行使される力。

 そうされた剣を、藤丸立香は全力で投げ放った。

 

 ―――空中で掴み取ると同時、残っていたギレードキャリバーを装着。

 そのまま彼は、切っ先をゲーティアへと向ける。

 

〈サイキョー! フィニッシュタイム!〉

 

 迫る切っ先に対し、ゲーティアが拳を向けた。

 激突する刃と、魔神王の腕。

 一瞬の拮抗の末に、魔神の腕をジカンギレードの切っ先が喰い破った。

 元から既にバラけかけていたものを、強引に繋ぎ合わせていたもの。

 その拘束を突き破ってギレードの刃がゲーティアの腕に埋まり―――

 

 そこで、その切っ先がサイキョーギレードの柄と噛み合った。

 

「は、ぁあああああ―――――ッ!!」

 

〈キング!! ギリギリスラッシュ!!!〉

 

 ゲーティアの腕の中で果たされる連結。

 その瞬間に形成される光の刃。

 腕の内側から溢れ出す、ジオウⅡの持つ最強最大の必殺剣。

 それが、ゲーティアの片腕を内側が弾けさせた。

 

「認めん……! 見過ごせるものか――――!!」

 

 ズタズタに裂かれ、それでも落とされはせずに繋がったままの腕。

 だがそれが持ち上がることはもうない。

 強引に束ねるにも、もはや彼に同調している魔神が足りない。

 

 斬り抜いたサイキョージカンギレード。

 文字が浮かぶ光の刃が振り上げられ、降ろされる。

 それがゲーティアの肩口から入り、胸まで一気に喰い込んだ。

 

 そのままゲーティアを両断せんと奔る閃光。

 自分を刻むその刃が腰にまで差し掛かった瞬間、まだ動く片腕が跳ねる。

 ジオウⅡの顔面を打ち据える一撃。

 殴ると同時に掌を開き、そのまま顔面を掴んで押し返す。

 

「ぐ、ぅ……っ!」

 

「―――――まだだ……! まだだ、まだだまだだッ!!

 終わらせない、終わらせてなるものか!!」

 

 ジオウⅡがそのまま顔面を押され、地面に押し倒される。

 このまま行けば握り潰すか、圧し潰すか。

 それだけの力を掛けながら、ゲーティアが声にならない叫びを上げた。

 ぶらりと片腕を垂らしながら、それでも彼の膂力はジオウⅡを凌駕する。

 

 圧し掛かられ、腕も動かせず、剣を振り抜くことも叶わない。

 そんな状況で彼が、膝を打ち上げ魔神王を押し上げる。

 掛かり続ける圧力に軋みを上げるジオウⅡの装甲。

 その限界が訪れる前に、ソウゴはゲーティアを蹴り返し―――

 

 押し返されながら、彼が振り上げた足をゲーティアが掴む。

 振り上げられるジオウⅡ。

 即座にそれを地面に叩き付け、バウンドした体を再び振り上げる。

 振り上げて、叩き付ける。

 

「が……ッ!」

 

 その動作を止めずに続行するゲーティアに、魔弾が霰と降り注ぐ。

 無論、それが通用するなどと言う事はない。

 当たったところで大した影響もなく、消し飛ばされていく。

 

 ―――そんな状況の中で、ジオウⅡが手にした剣を手放した。

 ゲーティアの腰まで斬り込み、そこで止まった光の刃。

 

 彼が、それを手放したのを見て。

 

「―――っ、所長、隕石! マシュ!」

 

 立香が目を見開いて、頭上を指差して二人を呼ぶ。

 マスターの声で理解して、マシュがオルガマリーを見た。

 彼女は僅かに逡巡し、軌道を計算し―――やらねばならぬ、と。

 その腕を、大きく空に掲げた。

 

「……っ、こっちに自由は効かない! 合わせなさい、マシュ!」

 

「はい!」

 

 オルガマリーの言葉を聞き、マシュが疾走を開始した。

 それと同時に立香もまた目的のものへ向け走り出す。

 迷わずに踏み出す少女たちを見送って、彼女は自身に埋没していく。

 

「―――星の形(スターズ)宙の形(コスモス)神の形(ゴッズ)我の形(アニムス)天体は空洞なり(アントルム)空洞は虚空なり(アンバース)……!」

 

 賭けだ。いや、賭けではない。

 勝利以外するつもりがないのだから、賭けになどするものか。

 

 ここはソロモンの宇宙。ゲーティアの支配下。

 だが、相手があそこまで砕けた魔神王であるのならば。

 自身の維持で精一杯で、他に眼を向ける余裕がない状況であれば。

 小さな隕石一つくらい、掠め取って降らせてみせる。

 

「―――大丈夫さ、マリー。ボクが保証するとも。

 今のキミなら。今のキミだから、この星の無い宇宙(そら)に星を呼べる。

 だって、何より輝く星を求めていたのは、この宇宙(そら)の方だからね」

 

 そう言って微笑む馬鹿野郎。

 本当に言いたい事を言ってくれる。よくもぬけぬけと。

 そもそも、そんな場合じゃないから言及こそしていない。が、こいつ。

 今になってどれだけ馬鹿みたいな事実を投げて来れば気が済むんだ。

 ソロモン王のファン、だとか一体どの口で。

 ああ、それにダ・ヴィンチやダビデだってそうだ。

 あの態度、絶対分かってただろう。

 

 父と聖杯戦争に参加したサーヴァントだった?

 こいつらは本当にまったく……!

 

 この戦いが終わったら。

 ――――そう、この戦いが終わったら。

 知っている事を全部、洗いざらい吐き出させてやる。

 だから、そのためにも――――

 

「――――虚空には神ありき(アニマ、アニムスフィア)!!」

 

 星が輝く。虚空を裂いて、小さな星が飛来する。

 ゲーティアにぶつけたところで、何の意味もないだろう小さな星。

 そんなもので限界だ。けれど、これで十分だ―――

 

「ソウゴさん!」

 

 彼の名を呼びながら、マシュがゲーティアに迫る。

 そちらを見た魔神王の腕が、ジオウⅡを振り回す腕に力を込めた。

 迫りくるマシュに対し、ジオウⅡを鈍器のように叩き付ける構え。

 

「許容、できるものか……! 貴様たちは此処で終われ……ッ!

 せめて、せめてそれだけが――――!!」

 

 慟哭するゲーティア。

 それと視線を交わし、表情を崩しそうになる―――が、すぐに彼女は前を見た。

 わたしたちは、こうして此処まで来たあなたの先に行くのだ、と。

 その一瞬の交錯で、ゲーティアが僅かに震えて。

 しかし、すぐに全力を以てジオウⅡをマシュに向け振り下ろした。

 瞬間、マシュが全力でブレーキを踏む。

 

「行きます、ソウゴさん――――!」

 

「っ、―――来い!」

 

 ゲーティアによって振り下ろされるジオウⅡ。

 相手のスイングに合わせて、マシュが下から掬い上げるように盾を振り上げた。

 それはジオウⅡと盾が掠る程度の距離感。直撃し合うわけではない軌跡。

 当然のように、空中でただすれ違うだけのジオウⅡとマシュの盾。

 そうしてすれ違った瞬間、ジオウⅡの手が、盾の縁を確かに掴んだ。

 

「な、に……!?」

 

 足を掴んだゲーティアと、手に掴まれたマシュ。

 振り下ろす動作と、振り上げる動作。

 それが一瞬吊り合って、三人揃って動きが止まる。

 

 だが、すぐにそんな拮抗は終わる。膂力はゲーティアが圧倒している。

 最早彼に止まるべき瞬間など存在しない、燃え尽きるまで、燃やし尽くすまで止まらない。

 こうなればジオウⅡと共にマシュも振り上げ、叩き落すだけで―――

 

 その、一瞬の停滞。

 そこに飛び込んでくるのは、翼持つウォッチ。

 

「な、」

 

 タカウォッチロイドが、背中に乗せていたもう一つのウォッチを放る。

 それが落とされた先は、ゲーティアが掴んでいるジオウⅡの足。着地すると同時にコダマスイカウォッチが、がっちりと絡みついた魔神の腕にぴたりと張り付いて。

 

〈コダマビックバン!〉

 

 ―――噴き出す果汁。周囲一帯に溢れ出すほどの、赤い液体。

 ばちゃばちゃと飛び散るそれがゲーティアとジオウⅡを浸し―――

 ぬるり、と。ジオウⅡにゲーティアが絡めていた腕が、滑った。

 

「――――――!?」

 

「その、まま――――ッ!」

 

 マシュが全力で踏み止まる。ジオウⅡが盾に掛けた腕に全霊を込める。

 そうして全ての力を尽くして、彼は拘束された足を捩じり抜く。

 拘束対象を失ったゲーティアの腕が、勢い余って大地を粉砕するために振り下ろされた。

 その腕を引き戻しながら、魔神王が猛る。

 

「逃が、す、ものかぁああああ―――――ッ!!」

 

「逃げません……! わたしたちは、苦しいことからも、生きることからも―――!

 “いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”―――! これから、ずっと――――!!」

 

 迫る魔神王の前に立ちはだかる白の城壁。

 まるで大地からせり上がってくるように現れる、無敵の城壁。

 そうして。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 聖なる壁が屹立すると同時に、その勢いでジオウⅡが上空へと射出される。

 

 それと同時にゲーティアがその壁に激突。

 当然のように突破する事は叶わず、弾き返された。

 

「―――ぬ、ぐ……ッ!?」

 

 乱打された体が軋む。

 自分一人では、完璧に威力を出し切る攻撃はできない。

 それでも、何の問題もない。

 

 ああも振り回されて、今の足では全力で跳び切る事は出来なかった。

 だから、こうして跳ばせてもらった。

 このまま一撃を見舞っても、威力が足りずに弾かれるだろう。

 だから――――

 

 ゲーティアが跳んだジオウⅡを見上げる。

 そこで一つの光景が一直線に結ばれた。

 

 ゲーティアの視線の先にいる、空中のジオウⅡ。

 彼はあろうことかゲーティアに背中を向けていて―――

 それとまったく角度が重なる位置に、彼に向けて飛来する隕石が見えた。

 

「―――――――な」

 

〈〈ライダーフィニッシュタイム!!〉〉

 

 ジオウⅡがウォッチを励起し、ドライバーのロックを解除する。

 必殺待機状態へと移行するジクウドライバー。

 同時に金色のウォッチが輝き、頭部のブレードが回転し―――

 

 そんな状態で、彼は高速で飛来する隕石に足を合わせた。

 一切の無駄がない、未来が視えなければ不可能なような完璧なタイミングで。

 ジオウⅡが突き出した足裏へと激突する隕石。

 その隕石が持つ運動エネルギーを全て我が物としたように、彼の体が空中で加速する。

 ドライバーを回転させながら、ジオウⅡがゲーティアに向けて最高速度を叩きだす。

 

 魔神王が腕を振り上げるよりも速く。

 その一撃は、彼の胴体へと辿り着いた。

 

〈〈トゥワイスタイムブレーク!!〉〉

 

 ―――最大加速から放つ、必殺の蹴撃。

 胴体に激突したジオウⅡが反動で弾かれ、しかしそれ以上の勢いでゲーティアが吹き飛ぶ。

 それは最早原型を留めていなかった魔神王の肉体に、真実とどめを刺した。

 

 打たれた胴が潰れていく。

 いまの一撃が最後の引き金になったか、突き立ったままの剣を中心に亀裂が広がる。

 玉座に繋がる階段にまで押し返された彼が、もう動く事も出来ずに崩壊を始めた。

 

 それでも。砕けながらも。それでも。崩れながらも。

 それでも、それでも、と。手を前に出そうとした彼が、ふと。

 

「―――――……ああ、そうか。

 ……最後に、終わるから。永遠に続くものではなく、最後には、終わるものだから。

 それがたとえ苦しみでも、積み上げる事に、夢を―――見れる、か。

 ああ、それは……こうして、終わってみなければ、分からないものだった、な……」

 

 ただ、そう零して。

 彼を動かしていた最後の糸が、切れた。

 

 

 




 
 時間にして、ほんの数秒。
 それが、彼らの旅路の残した成果である。
 あと1秒先を迎えていれば、彼女は耐え切れずに燃え尽きた。
 それは結末を変えるほどの意味があったとは到底言えず―――しかし。
 その結末を目指す獣の目を眩ます程度には、美しく尊い時間であった。

 “カルデアのみんなで歩んだ旅路(ロード・カルデアス)”。
 彼女たちが現実に重ねた灰に刻んできた足跡が、ゲーティアの恋がれた夢を踏み躙った。



 認められん、看過できぬ。
 彼の叫びはけして、自分の偉業が阻まれ、負ける事を怨んだのではない。
 まして、この先に訪れるであろう星の漂白を口惜しんだのでもない。

 ただ、こうして自分の大偉業を超えていくほどに集まった熱量。
 その綺羅星のような、地上で放たれる人の輝き。
 これを―――世界を滅ぼす熱を跳ねのけるほどに強い、積み上げてきた熱を。
 その身に宿して、自分を打ち破った人間たち。

 そんな、彼女たちだというのに。時代を取り戻した後、そのまま何事もなく歩めたのであれば、特にこの世界の在り様を変えることもなく、友と笑い、悔しさに泣き、いずれは子を儲け、育て、眠りにつく。在り得ざる奇蹟を体現した者たちが、そんな当たり前の終わりを迎え、その後にも当たり前に、悲劇に満ちたこの世界が、何事もなかったかのように続いていくだろう未来。奇蹟のような輝きが、またも当たり前のように消えていく悲劇。
 そのことに対する、悲嘆の慟哭である。
 


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GRAND Zi-Order

 

 

 

 ―――時間神殿が崩壊を加速させる。

 ゲーティアが己を維持できないのであれば、それも当然の話だ。

 ソロモン王の遺骸と紐付いたこの空間は、再び微睡みへと沈んでいく。

 

 魔神王であったものが崩れていく。

 その中から現れる、ソロモン王の遺骸。

 ゲーティアが依り代にしていた、かつての王の残骸。

 その白い髪を黄金に染める、ゲーティアの残滓。

 

 完全に停止した魔神王。

 そんな彼に歩み寄り、ロマニ・アーキマンが膝を落とした。

 

「―――キミの旅の終わりに、何かを見いだせたかい?」

 

 そうして歩み寄ってきた男を見上げながら、ゲーティアが眉を顰める。

 体は既に動かない。ああ、もう終わりなのだろう。

 既に七十二の魔神たちはどのようなカタチであれ、この宙域から離脱した。

 自己崩壊するか、再び雌伏の時を重ねるか。あるいはただ観るという役割に還るか。

 

 ……まあ、どれでもいい。

 ゲーティアである彼とは、違うものになったというだけだろう。

 

「――――――…………いや、別に、何も。

 ここで終わっては、何の意味も、何の価値も、あったものでは、ないな」

 

 ゲーティアの物言いに少し面食らって、苦笑するロマニ。

 いま自分にできる意趣返しなどこの程度が限度だろう。

 ソロモン王の遺骸がそのまま目を瞑ろうとして、しかし。

 目の前にいるロマニを見て、小さく鼻を鳴らした。

 

「……遺物は置いていけ。それは、此処で眠らせるべきものだ」

 

 神に委ねていた命運を天に返上するまでもなく。

 己らの足で運命を切り拓いていく。

 そう言って前に歩み続けるからには、もう要らぬものだろうと。

 

 彼の言葉に頷いて、ロマニ・アーキマンが指輪を外した。

 最後の指輪が、ゲーティアの砕けた手に乗せられる。

 とはいえ、もはや彼の腕はそれを握るためにすら動かない。

 

 当たり前の話だ。

 その力が残っているならば、彼はまだ立ち上がっていた。

 指輪などより、果たすべき目的を果たすために。

 ―――などと、思ったところで無駄か。

 事実として、いま動くことができないのだから。

 

「……ふん。どうせ、私には、もう、遣えまいが……」

 

 苦虫を噛み潰したような、渋い顔。

 その顔はそんな表情が作れるものだったのか、と。

 ロマニはたまらず笑い声をこぼす。

 そんな苛立ちばかりを与える男を睨み、彼は舌打ちした。

 

「―――ちっ、……もう、語るべき言葉など、ありは、しない。

 私の願いを踏みにじり、いつまで足を止めている。

 ……生きるがいい、ソロモンであったもの。

 意味のない、価値のない、何も残らぬ巡礼に、心を砕いて、果てるまで」

 

「ああ、そうだね。互いにそんなものに憧れてしまったのだからしょうがない。

 ……おつかれさま、ソロモンの影だったもの。

 キミが積み上げた苦しみは、確かにボクたちの心に何かを遺した。

 そこに意味や価値を見出すかどうかは、観た者それぞれに委ねればいい」

 

 そんな自分に向けられるものなど、自分にとって価値はない。

 そう嘲笑うように鼻で笑い、彼はそこで沈黙した。

 

 終わったのだ。彼の旅路は、此処で。

 精緻な計算の末、多くのものを積み上げてきたというのに。

 最後の最後で、あまりに失態続きの業務だった。

 失敗するべくして、失敗した。であるならば、仕方ない。

 

 完璧なものを求め、しかし彼は完璧ではないから失敗した。

 それならば道理に適っている。

 人間に造られた魔術式―――人理補正式ゲーティア。

 この身が完璧を求めるなど、人間が完璧を求めるのと変わらなかったという話だ。

 

 そんなこと、最初から分かって無ければいけなかったのに。

 分かっていれば、最初から無駄な事をせずに済んだのに。

 ―――例えそうだと知っていたとして。

 あるいは。もしかしたら。この身は、同じくこの道を選んだのだろうか……?

 

「――――――……」

 

 そうして沈黙したゲーティア。

 その顔を見て瞑目し、一瞬だけロマニは微笑んで。

 踵を返して彼に背を向け、ロマニが歩き出す。

 

 そこでは、マシュが膝をついて息を荒げていた。

 状態を診察しているオルガマリー。

 ゲーティアとロマニの間で視線を動かしながら、彼女は戻ってくる男を睨む。

 

「ロマニ、マシュを治療した方法は? 今の状況を簡潔に」

 

「―――治療ではなく、蘇生だったんだ。今のマシュの状態を言い表すなら……そうだね、()()()()()()()というのが正しいかもだ」

 

 彼女からの問いかけに難しい表情で、そう返すロマニ。

 フォウ? と小さく鳴きながら首を傾げる小動物には、目を向けない。

 彼はこの旅路の光景に、彼女の運命という対価を払っていった。

 それで満足しているのだろうから、口を出すことではないのだろう。

 

「……そしてそれをどのように、という事だけど。それは、残念ながらボクに話せることじゃない。山のように積み上げた隠し事をやっと崩した後でこれは、本当に申し訳ないけれど。ボクに話せる事じゃないんだ。いや、ボクは話してはいけない事だと思っている、かな」

 

 彼の言葉にオルガマリーが眉を顰める。

 正直、一魔術師としては最早話の規模が大きくなりすぎて何も掴めていない。

 話されても理解が及ぶかは怪しいところなのは事実なのだが。

 

「どうしても話せない、ってわけ?」

 

「―――そう、だね。うん、きっと……この世界の中を満たす人の想いが……美しい感情と、醜い感情の比率が、まるっとひっくり返るくらいの奇蹟があれば、ちゃんと話してあげる事が出来る日が来るのかもしれない」

 

 そう言って苦笑するロマニ。

 つまり話す気はない、と。そう受け取って、オルガマリーが眉間に皺を寄せた。

 

「ドクターがマシュを治した、ってわけじゃないの?」

 

 コダマウォッチとタカウォッチを肩に乗せながら、マシュの手を握る立香。

 そちらからの疑問に対して、ロマニは首を横に振る。

 

「いいや、違う。ソロモン王にすらそんな力はない。当然ながらただの人間でしかないボクにだって、そんな事はできない。何をどうしようとね。

 ―――ただ、あえて言うのなら。これこそが、キミたちが此処まで積み上げてきた奇蹟の価値の清算、という奴だったんだろう」

 

 そう言って微笑む彼。

 彼がまず蘇生、と。そう語った事実を以て、ソウゴは僅かに肩を揺らした。

 新しい命と、そう繰り返し言葉にしながら彷徨っていた怪物を思い出し。

 

 ―――しかし、ジオウⅡは顔をその位置から動かすことはしなかった。

 思い至った獣に、顔を向ける事はしない。

 

 そんな彼の態度に苦笑して。

 ロマニは、そのまま言葉を続けた。

 

「安心していい。今のマシュの状態は、蘇生されたが故にデミ・サーヴァントとしての性能を失おうとしている、というだけだから。ボク―――ソロモンと同じような事だね。ギャラハッドの霊基を封印し、人間に戻るだけだよ」

 

「……とにかく、大丈夫ってこと?」

 

 生きている人間にサーヴァントの霊核など不要なものだ。

 彼女が確かな生命として取り戻された以上、邪魔でしかないものだ。

 英霊の魂など、人間の肉体に入れていては毒にしかならない。

 

 もっともそう調整されたマシュの肉体と、とうに自我を放棄しているギャラハッドの霊基。

 これらがただちに問題を起こす、というような事は在り得ないだろうが。

 それでも、放置していい問題ではないだろう。

 

「うん。ただなるべく早く、レオナルドに診せた方がいい。

 彼女のダメージは蘇生した事より、恐らくその直後に宝具を使用した事が原因だ。

 できるだけ早く、霊基の封印措置をするべき状況だと言える」

 

「……このソロモンの特異点がどうなるかは?」

 

 立香が停止したゲーティアに視線を向ける。

 既に停止したそれは瞑目し、こちらに意識を向ける事もしない。

 ―――こちらとて、こうなったからには本来そうするべきだ。

 

 彼は立ちはだかった。

 こちらは乗り越えた。

 ただ、それだけの終わりだったのだから。

 

 人の世における生存とは、そういうものなのだ。

 そう示した戦いだったのだから。

 

「―――もう、ゲーティアは終わる。彼が巣にしていたソロモンの遺体も。

 だから、もう大丈夫だよ。

 カルデアが圧し潰される前に、こちらの空間が崩壊する。後は、脱出するだけだ」

 

「……常磐、マシュを抱えなさい! 帰還するわよ!」

 

 頷いて、マシュの体と円卓の盾を抱え上げるジオウⅡ。

 

「すみ、ません……ソウゴさんも、」

 

「大丈夫。マシュが守ってくれた分、無事で済んでるから」

 

 それでも、ゲーティアと正面からぶつかり合ったのだ。

 相当な損傷が刻まれたジオウⅡに、困った顔を浮かべるマシュ。

 そんな事は気にもせず、彼はすぐに歩き出す。

 

 抱えられた少女が、僅かに首を動かした。

 その視線が見つめるのは、既に停止した救済の歩み。

 正しいのか。間違っているのか。

 そんな事は関係なしに、確かにここまできた一つの旅路(いのり)

 

 それに続きながら、立香が確かな声で言葉を紡ぐ。

 もはや停止した、彼女たちが乗り越えて置き去りにするものにも届くように。

 

「生きよう、行けるとこまで。

 だって、そうしたいって思ったのは私たちの方なんだから」

 

 ―――……人間たちが走り出し、玉座にはただ朽ち果てた骸が残る。

 

 笑い飛ばすほどの余力は、もうなかった。

 それでも、引き攣るような笑みを無理矢理に浮かべる。

 そうしていなければ、最後の最後に負けを受け入れそうだった。

 

 負けたのはいい。負けたのは認めざるを得ない。

 けれど、それを受け入れるのは耐え難い。

 負けたという事実に対する感情。

 それだけは、受け入れ難きものとして、最後まで肚の中で煮え滾らせなければ。

 

 動かなかったはずの指が、少しずつ動き出す。

 掌に残された最後の指輪を、弱々しく、しかし強く握り締めた。

 

「……意味もなく、価値もなく、成果もなく――――

 だが、そんな歩みでも、最後に、足を止めてみれば……存外、悪くは――――

 ……いいや、認めるものかよ。我々は、せめて、最後に、この意識が、消え、果てるまで……絶対に、我が眼が視た、夢を、諦めなど、する、もの―――か――――」

 

 負けて満足して逝くなど、御免被る。

 抱えていくなら、敗北して志半ばで願いを打ち砕かれる痛みだ。

 

 それでも。

 ただ観ているだけの苦しみよりは、随分と―――

 

 

 

 

『みんな!』

 

 崩壊する神殿から飛び出した彼らの前に、タイムマジーンが降り立つ。

 ところどころ損傷こそあるが、飛行には問題がないようだ。

 エアバイク形態で着陸したそれが、ハッチを開く。

 

 すぐさま乗り込んでくるメンバーを見て、ツクヨミが眉根を寄せる。

 

「……? なんでドクターまでここに?」

 

「あー、うん。まあそれは色々あって」

 

「後で説明するわ、今はとにかく帰還を最優先して!」

 

 どう説明したものか、と眉間に指を当てるロマニ。

 だがそんな事は後だというオルガマリーの言葉の頷き、ツクヨミがハッチを閉じる。

 それに待ったをかけようと、立香が声を上げた。

 

「でも、その前にみんなを……!」

 

『―――サーヴァントの皆は既に退去したよ。魔力を使い果たしてね。

 ここで勝利したからにはオレたちももう必要もないだろう、だそうだ』

 

 だが、その言葉を遮ってダ・ヴィンチちゃんが答えを投げてくる。

 

 彼らこそは英霊(サーヴァント)

 今を生きるものの援けになるため、現世に浮かび上がった影法師。

 だからこそ、此処で執着などするものがいるはずもなかった。

 

 人間を活かすため。魔神を阻むため。

 その全霊を懸けて目的を果たし、勝利を得て還っていった。

 

「……そっか」

 

 だというならば、悲しむ事ではないのだろう。

 彼らによって送り出され、彼女たちは未来へと辿り着いた。

 このまま先へと、進み続ける。

 俯いている暇もなく、顔を上げて前を向く。

 

『一応、霊基グラフは保存している。だから、またいつか会えるかもね。特異点ではなく通常の時間軸に繋がった状況で、サーヴァントの記憶が引き継げるかは……

 いや、そんな話は後でゆっくりとでいいか。空間の決壊が更に加速している。急いでレイシフト範囲内に帰還してくれ』

 

 そんな表情にダ・ヴィンチちゃんは苦笑する。

 

 ジオウⅡがマシュを下ろして壁に寄り掛からせ、変身を解除。

 そうしてダ・ヴィンチちゃんの言葉に乗って、黒ウォズに振り返った。

 

「黒ウォズが連れて行ってくれてもいいんだけど?」

 

「流石にこの大所帯ではね。

 我が魔王の頼みとはいえ、自分たちで帰った方がいいだろう」

 

 いたずらげに向けられたソウゴの言葉。

 それに肩を竦めて、黒ウォズはそう返す。

 どうやら今回はすぐに消えるつもりもないらしい。

 飛行を始めたマジーンの中で、同乗している彼も珍しく大人しくしていた。

 そんな彼にだよねぇ、という表情で肩を竦め返すソウゴ。

 

「そういうこと言うと思った、今回はいいけどさ。

 マシュは大丈夫?」

 

「……はい、大分、楽になってきました……

 ドクターの言う通り、宝具を使用した過負荷、だったのかと……」

 

 壁に背を預け、胸に手を当てて、ほうと息を吐くマシュ。

 そんな彼女を横で支えつつ、立香が微笑む。

 そこでふと、彼女が思い出したようにロマニの方を見る。

 

「そういえば、ドクターってレイシフトしてきたんじゃないんだよね?

 レイシフトで帰れるの?」

 

「あ」

 

 ロマニが黒ウォズの方を見る。

 見られた彼は興味なさげに『逢魔降臨暦』を開き、眺めていた。

 

「ええと、もちろん往復コースだった、って事でいいんだよね?」

 

「―――さて。どうだろうね」

 

 突然帰還の術を奪われたロマニが焦り、慌てふためく。

 いくらソロモンであったからと言って、今はただの人間だ。

 千里眼も魔術回路も一切棄てて、人間になったのだから。

 見捨てられてしまえば、本気で帰る手段がない。

 いや、絶対にないとは言わないが、その時は人間ロマニ・アーキマンではなくなるだろう。

 

 そんなやり取りに溜め息ひとつ、ソウゴが黒ウォズをたしなめた。

 

「黒ウォズは俺の臣下なんだからさ。そうやって俺の民をいじめちゃダメだよ?」

 

「我が魔王の仰せのままに……

 という事だ。感謝するといい、ロマニ・アーキマン」

 

「ああ、うん……意気揚々と乗り込んだ結果、脱出不能になって消滅する。

 そんな結果にならなくて本当に良かったよ……」

 

「そうね。言っとくけど、帰ったら全部キリキリ吐いてもらうわよ?

 アンタがこれまでどれだけの事を黙ってたか、全部ね」

 

 そんな底冷えするオルガマリーの声。

 そちらから目を逸らしつつ、彼は誤魔化すように微笑んだ。

 もちろん、睨みが更に増すだけだ。

 

 その一連のやりとりに溜め息を吐きつつ、ツクヨミがモニターを見上げる。

 

「……そろそろ着くわよ。えっと」

 

『カルデア外壁部に到着したら着陸して、君たちはタイムマジーンから降りてくれればいい。

 君たちとマジーンは別個で回収するからね』

 

「はい」

 

 ツクヨミがマジーンを操作し、着陸態勢に入る。

 状況は恙なく進んでいく。

 

 もう彼らが先に進むものを邪魔するものはいない。

 もう彼らが先に進むことを手伝ってくれるものはいない。

 その現在に一抹の寂しさを覚えながら。

 

 彼らは今まで通りに前に進むため、彼らの時代へと帰還した。

 

 

 

 

「私たちもある程度、神殿内の情報は得ていましたから……

 ほら、Dr.ロマニってアレだったわけじゃないですか。アレ」

 

「驚きでした。まさかドクターがアレだったなんて……」

 

「なんかもうこうなってくると、カルデアの中に他にもアレの人がいたりするかも?

 みたいに思えてきますね……隣に座っている同僚が実は! みたいな」

 

 戻るや否や、作業から解放された職員たちがそう言ってロマニに詰め寄った。

 緊張感で張り詰め過ぎて、頭のネジがいくつか飛んでいるのだろう。

 徹夜で正念場を突破したその気持ちは分かるしなぁ、と。

 それを笑いながら見逃すダ・ヴィンチちゃん。

 

「人を珍獣みたいに言わないでほしいな!?」

 

「……珍獣より珍しい人間でしょうね。

 バレたら見世物じゃなくてホルマリン漬けでしょうけど」

 

「所長はそういう事しない魔術師だって信じてますよ。

 ―――ええ、ほんと。信じてますから」

 

 コフィンから脱してきたオルガマリーが、別口で帰還していたロマニを睨む。

 

「――――幾らで売れるかしら。

 元ソロモンの人間なんて、それだけでカルデアの負債を帳消しに出来るかも」

 

「ははは。ボクの体をどういじくり回したって、ソロモンの能力は出てきませんよ。

 だから色々黙っていたのは、返済をバイトで手伝うくらいで許して欲しいなぁ」

 

 足しになるものか、と。彼女は腰に手を当てて、長く息を吐き落とす。

 後から続いてコフィンから出てくるメンバーの方を見つつ。

 彼女は改めて、ロマニとダ・ヴィンチちゃんに向けて確認した。

 

「本当に実は他にも英霊がいました、なんて言ってこないでしょうね?」

 

「カルデアの英霊召喚例は正しく三件だけだよ。ソロモン、ギャラハッド、レオナルド・ダ・ヴィンチ。いくらあのマリスビリーだって、他に英霊を紛れ込ませる余裕なんかないさ。

 それにボクはともかく、そんなものがいたらダ・ヴィンチちゃんが見逃さないだろう?」

 

 ロマニの言葉に、オルガマリーがダ・ヴィンチちゃんに視線を向けた。

 彼女は笑いつつそれに頷いて、ロマニの言葉を肯定する。

 

「ならいいけどね……」

 

「―――外界との通信、復帰しました!

 オルガマリー所長、魔術協会から現状の説明を求めると……!」

 

 ―――ゲーティアは打ち倒され、時間神殿は崩落し、光帯は霧散した。

 彼が承認した人理焼却は、この時を以て破却された。

 だが、それまでに必要とした時間はなくならない。

 今この時が、2015年にまで遡るわけではない。

 

 結果として、人理焼却中は全ての知生体と文明が停止していた事になる。

 1年以上の時、何も活動せず、何も消費せず、何も進行しなかった。

 そんな異常事態が、今になって再稼働を始めたのだ。

 カルデアの外は混乱の渦となっているだろう。

 

 だからこそ、オルガマリーはそこで踏み出して。

 

「あー、あー、聞こえるかい? やあ、私の名はレオナルド・ダ・ヴィンチ。人類史上最高の天才にして、今はカルデアに呼ばれたキャスターのサーヴァント。

 はっはっは、生前はろくに関わりもしなかった協会に、サーヴァントになって今更関わるなんて、これは面白い事もあるものだね」

 

 彼女はさっさとその通信を自分に回し、勝手に受け答えを始めていた。

 

「ちょ……!」

 

「我らが所長はいま、最終特異点を攻略したばかりでお疲れでね。とりあえず私が状況説明だけでもしてしまおうかとね。

 うん? ああ、そりゃもう、うちの所長は敵サーヴァントたちを千切っては投げ、千切っては投げ、神霊さえも蹴散らして快刀乱麻の活躍だったとも」

 

 そんな馬鹿な事を言い出した馬鹿に、怒鳴りつけようとして。

 ―――それしかないのだ、と思い至る。

 藤丸立香、常磐ソウゴ。ツクヨミは事情が複雑すぎてともかく。とにかくこの二人を魔術協会からの介入から守るためには、オルガマリーの名を前面に出して行くしかないのだ

 

「なに? 次代のアニムスフィアにはマスターとレイシフトの適性がなかった?

 なんだそんなこと、君が今話している私を誰だと思っているんだい? 私がその気になれば、そんなもの幾らでも後付けできるさ。特にうちのマスターはその魔術師としての性能は一級品だからね。ちょちょいのちょいだったさ。

 そんな事はまあいいとして、とりあえず一から説明するけれどいいかい?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが話しながら、彼女たちを追い払うように手を振った。

 それに気付いた職員の一人が走り寄ってきて、管制室の外へと彼女たちを誘導する。

 

「マシュは特にそうだし、あなたたちは先に医務室へ。

 先にドクターに診察を受けてから。ダ・ヴィンチ女史の工房でお待ちください。

 話が終わったら彼女にはそっちに回ってもらいますので」

 

「―――ええ、そうね。悪いけど、そうしましょう」

 

 頭を掻きまわして、苛立ちを鎮めるように。

 そうして彼女が落ち着くのを眺めて待ちながら、皆で目を見合わせる。

 そんな態度を取られている事に眉間に皺を寄せるオルガマリー。

 深呼吸を一度、それから彼女が一歩を踏み出して―――

 

 何となく、と言った風に職員が一人声を上げる。

 もちろん、ダ・ヴィンチちゃんの方を邪魔しない程度にトーンを落としつつだが。

 

「あ、そういえば外部カメラが復帰したんで見てみたんですけど。

 今日、完全に吹雪が止まってるんですよね。

 せっかくだから、医務室に行く前に外に出てみたらどうですかね」

 

「外? そんなもの見て―――」

 

 そう言い返そうとしたオルガマリー。

 彼女がハッとして、黙り込む。

 

「吹雪? ……人理凍結?」

 

「今度は氷?」

 

「そんなわけないでしょ……」

 

 ボケている立香とソウゴに、ツクヨミが溜め息ひとつ。

 そうしている間に、マシュが立香の手を取った。

 

「マシュ?」

 

「その……すみません、先輩。

 本来ならすぐにメディカルチェックを、と薦めなければいけない立場なのですが」

 

「――――うん」

 

 戸惑うような彼女の言葉を、立香は微笑みながら待ち受ける。

 マシュは言い淀むように、しかし確かに彼女が抱いたやりたい事を口にした。

 

「わたしの……わたしの生きている時代の空を、見てみたいです。

 吹雪にも光帯にも鎖されていない―――突き抜けるような、わたしたちが取り戻せた空を」

 

「フォウフォウフォーウ!」

 

 いつの間にかマシュの肩の上にいたフォウが騒ぎ立てる。

 自分も行く、とばかりに鳴く彼にマシュが苦笑した。

 

 確かに今までの旅の中で、幾らでも空を見上げてきた。

 でもそれは―――光帯が遮っていた、という以上に。

 その空は、かつてそこにあった空。あるいは異世界の空だったのだ。

 もちろん、それも大切な思い出で、なくてはならないものだったけれど。

 

 ―――けど。

 いま外に、マシュが今まで一度も見たことのない、自分の時代の空がある。

 そう言われてしまったら。

 

「―――じゃあ、一緒に行こうか。ううん、みんなで行こうか」

 

 立香が彼女の手を握り返した。

 そのまま歩き出しつつ二人揃ってが振り返る。

 そんな彼女たちの視線を受けて、溜め息をひとつ。

 オルガマリーもまた二人に続くように、歩き出した。

 

「…………」

 

 立香の言葉を聞いて、僅かに眉尻を下げるツクヨミ。

 それは彼女が踏み出すのを戸惑っているように見えて。

 そんな彼女に、ソウゴが普通に声をかけた。

 

「ツクヨミ、行こうよ」

 

「え、ええ……」

 

 別に拒否するつもりではない、と。

 ぎこちなく彼女は笑って、後に続くように歩き出す。

 そんなツクヨミの背中に、ソウゴは声をかけ続ける。

 

「大丈夫だよ。ツクヨミだって、ここで生きてる。

 最後に俺を倒すか、そうじゃない何かを終わらせて、未来に帰るんだとしても……

 今は、ここで一緒に生きてる」

 

「――――――」

 

 だから、神殿に乗り込むのを真っ先に諦めたのだろう、と。

 あそこは今を生きるものが踏み込むべき場所だからこそ、迷っている自分は行けなかった。

 未来から見れば過去の現在。

 そう言った想いは、それこそウルクでみんなで味わったが―――その中でも、自分だけは更に異物だったのだ、と。その想いが、彼女にあそこで真っ先に足を止めさせた。

 

 気にすることじゃない、とソウゴはただそう言った。

 言うだけで、終わらせた。

 きっと最後は自分の想いでないと越えられない問題だと、知っているから。

 

「……そう、ね。いきましょう。

 自分の足を自分の意志で動かして歩かないと……そんな風に思えなくなるから」

 

「さて。その一緒に生きている中には、私も含まれているのかな?」

 

「黒ウォズがそうしたいなら、そうでしょ?」

 

「……では、お言葉に甘えて」

 

 当たり前じゃん、とそう言って笑うソウゴに肩を竦める黒ウォズ。

 

 そうやって歩き出す彼らを見て。

 ロマニが眩しいものを観るように目を細めて、しかし彼もまたすぐに歩き出す。

 

 そうして揃って歩き出した彼らの中で、黒ウォズが一度足を止めた。

 

「かくして」

 

 脇に抱えていた『逢魔降臨暦』を開き、彼が後ろを振り返る。

 どこへ向けてその言葉を送っているのか。

 そんな事を気にする素振りもなく、彼は滔々と謳うように王者の覇業を讃える。

 

「我が魔王が直面した人類史の危機、人理焼却は防がれた。

 戦いは無論まだ続くが、何の問題もないだろう。何故ならば常磐ソウゴこそが過去と未来をしろしめす時の王者、オーマジオウである事には何も変わりがないのだから。

 彼が取り戻した覇道を阻めるものなど、どこにもいないだろう――――」

 

 パタリ、と。『逢魔降臨暦』を閉じ、彼もまた歩き出す。

 前を行く者たちを追うように、カルデアの通路を歩いていく。

 外に広がる、彼らの旅路が取り戻した空を見上げるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元の姿を取り戻した2017年の街並み。

 時間が飛んだ混乱がじわじわと染み出し始めた世界。

 そんな光景をふらりと通り過ぎ。

 一人の男がどこかの街の、どこかの路地裏に踏み入った。

 

 翻すのは紫衣の裾。

 スウォルツは周囲の状況などに目もくれない。

 ただ喧噪から離れるように、建物の合間を奥へ奥へと進んでいく。

 

 そうして随分と歩いてみた後、不意に。

 彼は足を止めて、光の届かぬ街の暗闇に視線を向けた。

 

「そちらから接触してくるとは、思っていなかったが」

 

「取引をしたいと思ってな。

 オレじゃあ用意できないものを、お前なら用意できる。

 だったら利用しない手はないだろう?」

 

 暗闇の中から声がする。

 やれやれと言わんばかりの、気怠るげな声。

 そんな態度に目を細め、スウォルツは鼻を鳴らした。

 

「取引? 貴様が俺に有用な何かを提供できる、というのか?」

 

「そうだな……この世界の真相を提供する、ってのはどうだ?」

 

 笑い声を交えながら、そう言ってみせる相手。

 スウォルツが胡乱げに眉を顰める。

 そのまま呆れるように肩を竦め、彼はそちらから視線を外した。

 

「貴様が語れる真相とやらに、どれだけの信憑性がある。

 ましてそんなものを聞いた所で、俺の目的の役に立つわけでもない。話にならんな。

 それで終わりか? 仮面ライダー……」

 

 じゃり、と。ブーツが地面を踏み締める音がする。

 暗闇の中で動き出したものが、スウォルツに向け歩き出していた。

 

 そんな相手の正体など、とっくに理解している。

 この相手に向けるべき名前は―――

 

「エボル」

 

「惜しい! 正解はブラッドスターク」

 

 パチン、と指を弾きながら楽しそうな声。

 ―――名乗りながら、その存在は暗闇の中から踏み出してくる。

 現れるワインレッドの装甲は、コブラを思わせる造形。顔面を覆うエメラルドグリーンのクリアゴーグルに指を這わせながら、彼はおかしげに笑ってみせた。

 

「もうちょっとで、お前の言う姿を取り戻せる所だったんだが。

 ま、今さら愚痴ってもしょうがねえよな」

 

「…………」

 

 惚けたような声でぼやく相手。

 それを無視し、無言のまま歩き去ろうとするスウォルツ。

 足を止める様子もない彼に対して、ブラッドスタークは大仰に溜め息をひとつ。

 壁に背中を預けつつ、呆れた風に肩を竦めた。

 

「ったく。はいはい、分かったよ。前金として一個情報をくれてやる。

 それでどうか判断してみりゃいい」

 

 彼の物言いに対して、スウォルツが足を止めた。

 そもそもなぜこの時代の街に、この存在がいるのかも分からない。

 その情報が得られるだけでも価値がある。

 

 スウォルツが足を止めたのを見て、愉快げに笑うスターク。

 

「……そうだな。まずはひとつ、オレのいた世界を、仮にA(ビルド)世界。

 お前のよく知る世界を、B(ジオウ)世界とする。いわゆる並行世界って奴だな。

 そんでもう一つ、まったくの異世界……C(Fate)世界」

 

 まず彼が行ったのは、前提条件の確認。

 この世界は並行などという言葉では片付けられない。

 世界基盤の時点から、まったくの異なる世界。

 彼らの世界が交わることなど本来なく、近づくことすらありえない。

 だというのに、今こうして世界はこうなっている。

 

 だが、そういう事もあるかもしれない。

 時の王者とは、それほどの―――

 

「なあ、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「なに?」

 

 何を訊かれたのか分からず、訊き返す。

 そうなるだろうな、とスタークが肩を竦めた。

 

「いや、お前たちはB世界が世界融合の中心だと思ってるんだろう?

 まあオレだって何も知らなきゃそう思ったかもしれないが。そうそう、オレも逃げ込んだパンドラボックスの中から見たんだよ、あの仮面ライダーの王様。おお、怖い怖い」

 

 誰も彼も、事情をある程度知っている連中はB世界に視線を向けるばかり。

 あの王者は一体何をやったんだ? とばかりに首を傾げている。

 だが一部始終を見ていた彼は知っている。()()()()()()()

 強いて言うなら見守っていて、多少は助力したのかもしれない。

 だが、基本的にあれは蚊帳の外にいたのだ。

 

「B世界とC世界がまず混ざり。そして時が進むにつれ、連なる他の仮面ライダーの世界を呑み込んでいく。A世界もその一環として巻き込まれた。どうしてそうなったかが分からないのが不思議ではあるが、きっとそうなんだろう。

 お前たちはそうやって考えてたんじゃないか?」

 

「――――まさか」

 

 そうやって考えている連中に、正解は見えない。

 だって答えがあるのはジオウ世界じゃない。

 ビルド世界と、Fate世界だ。

 

「……まず混ざったのはA世界とC世界なんだな、これが。

 その後に、B世界にAC世界が取り込まれた」

 

 その後の別のライダー世界の編纂は他の連中の計画通りなのだろう。

 だが、スタート地点はそちらにすら割れていない。

 どうしてこうなったのか分からないのに、それを放置して進めざるを得ない。

 そちらの計画の黒幕は、さぞ気持ちの悪い思いをしていることだろう。

 

「だが、何故……?」

 

 顎に手を当てて、悩み込むスウォルツ。

 そんな彼に肩を竦めて、スタークが親指を立ててある場所を指し示す。

 視線で追ってみれば、そこに落ちているのは壊れた壁掛の時計だった。

 

「時計……時間?」

 

「西暦2017年末。何が起きるか知ってるか?」

 

「…………何が、とは?」

 

 発生する出来事なら幾つか把握している。

 だが、その内の何の事だという返答。

 それに対して、スタークは決まっているとばかりに答えを出した。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 丁度その年の年末、太陽系惑星のコズミックエナジーが最大まで高まるんだよ。

 って言えばわかるか?」

 

「―――――」

 

 スウォルツの顔が、酷く歪んだ。

 その現象を必要としたのが、一人の科学者だと理解しているから。

 彼が感じたものを理解して、同意するようにスタークが深々と頷いて見せた。

 

「まさかだと思うだろ? だが、それが答えなのさ。

 A世界とC世界を繋がっちまったのは、それが原因ってわけだ。

 当然、そうなればA世界とC世界は激突する。待っているのは正面衝突だ、どかーん、とな。

 オレは咄嗟にパンドラボックスに逃げ込んだよ。その時―――」

 

「オーマジオウが介入した、か?」

 

 それくらいしか、今世界が無事である理由がない。

 スウォルツの問いかけに肩を竦めて返す。

 まあ、その辺りの詳細まで説明する義理もないのだから、別にどうでもいい話だ。

 

「………………本来の時間の流れ、と言えばいいか? ま、オレはパンドラボックスの中で時空の狭間を彷徨いながら、何とか拾い集めたちょっとした情報しか持ってないんだが。

 正しい時流においてエニグマの動力は、ネビュラバグスターと、天ノ川学園高校という吹き溜まりに生じた過去最大級のコズミックエナジー。

 世界のルールが違うC世界でそれと同等のエネルギーなんて、得られるはずがなかった。どうやらC世界は時間が経つごとに、そういう神秘の力を手放していく性質だったみたいだからな」

 

 だから、本来ならばこんな現象はありえなかった。

 並行世界以上に隔たれた、異世界と言うべき世界の融合など起こるはずがなかった。

 だが、それを覆す現象がその瞬間に起こってしまったのだ。

 

「―――それが、2017年末じゃなければな」

 

 現代に進むにつれ、薄れていく神秘の力の世界。

 だがそれは、遥か過去には尋常ではない神秘の力で世界が満たされていたという事だ。

 

「奴はその時、C世界で築き上げたエニグマの中にいた。

 A世界にあるエニグマと、弱く儚い繋がりであっても、それは確かに繋がっていた。

 それを理由に存在を保証されたそこは、残念な事に真っ白に塗り潰されなかった。

 そんで、だ。奴がこれからどうなるんだと考えている内に、還ってきちまったんだよなァ。

 この世界に、()()()()()()()()()()()

 

 まったくもって、酷い冗談だ。

 どれだけの偶然が積み重ねればそうなるというのか。

 その空における神の輝きは、コズミックエナジーの代わりをこなしてしまった。

 神の細胞たるテオス・クリロノミアが、バグスターの代わりになってしまった。

 

 ―――『エニグマ』稼働条件が、満たされてしまった。

 

「本来得られるはずもなかったエネルギーとの遭遇に、奴は狂喜乱舞した。いや、まあ、現場を見てたわけじゃないが、多分な?

 コズミックエナジーを使用する事を想定したシステムを、奴は死に物狂いで神代の真エーテルで稼働するように切り替えた。その結果が、これだ」

 

 そう言ってスタークは大仰に腕を広げる。

 いま、この世界。それの原因は、全てそこにあるのだと。

 

「A世界のエニグマと、C世界のエニグマ。

 二つの並行世界合体装置が完全に駆動して、その目的を果たしちまった。

 本来はぶつかり合って対消滅するはずだったところだが……

 そこはまあ、お前の言う通りに王様がどうにかしたのかもな?」

 

 そうではないと知っているが、そう言いつつ。

 彼はやれやれと言わんばかりに首を横に振ってみせる。

 

「パンドラボックスが手元にあって助かったよ。

 そうでなきゃ、オレも世界の融合再編に巻き込まれてただろうからな。

 宇宙人がどういう風に処理されるか分かったもんじゃない」

 

 時空の融合、再編。

 それが発生しても、彼の抱えたパンドラボックスはそのままだった。

 だからこそ彼は即座に体を捨て、その中へと飛び込んだ。

 賭けではあったが、何とかなったからこうしていられるわけだ。

 

「結果としてオレは、次元融合の衝撃で融合地点……2017年末から2年ちょい昔に吹っ飛ばされたってわけ。仮面ライダーパラドクス、だったか? あいつも世界間移動したら到着時間が2年ずれたって言うし、その辺りはよくある程度の誤差なのかね」

 

 その辺りは分からん、と話を投げるスターク。

 彼はそこまで語り尽くした上で、改めてスウォルツに向き直った。

 

「とりあえずはそんなとこだ。オレは過去に吹き飛ばされた結果、いま此処にいるわけだが……2()0()1()7()()()()()()()()()辿()()()()()? この世界をこうした元凶が、今この世界に改めて。

 ―――さて。前金にしては結構払ったと思うんだが、どうだ?」

 

「――――ふ、ははははは! ふははははははははははは!!」

 

 最初から見るべき世界が違った。いまこの時代には、まだ答えが生まれていない。

 その結論は、スウォルツが多くの者たちを出し抜けるだけの情報になり得た。

 ウォズたちでさえこの事実は知らないのだろう。

 オーマジオウが腰を上げるような事もない。ならば―――

 

「……っく、ああ。随分と面白い話を聞かせてもらった。

 いいだろう、貴様が支払ったものと吊り合う程度のものならくれてやる」

 

 スウォルツがブラッドスタークに向き直る。

 ギンガのウォッチ、などと言われても拒否するだろう。

 だが、どうせそんなものなど求めてこない。

 

「取引成立だ。貴様は俺に、何を求める」

 

「―――ああ、そうだな。

 丁度いい感じの……オレが創る(こわす)世界の上に立つ王様、でどうだ?」

 

 その要求に面食らい、しかしスウォルツが笑みを深くした。

 彼が取り出すのは、一つのアナザーウォッチ。

 

「……ふん、いいだろう。とっておきの王を作ってやる。

 誰かに利用されるに相応しい、最高の(どうけ)をな」

 

「そりゃどうも」

 

 ついてこい、と言うのか。スウォルツが踵を返して、歩き出す。

 そんなせっかちな彼の態度に呆れる風に手で顔を覆い。

 そうしながら、彼は少しだけ面倒そうに言葉をこぼした。

 

「ただオレ、王様嫌いなんだよなァ」

 

 異常者(あに)を思い浮かべてそうぼやき、侵略者が苦笑する。

 今あれがどうなっているかは分からない。

 出来ることならこの事案に巻き込まれ、時空の狭間で圧し潰されてれば嬉しいのだが。

 

 だがとにかく、彼がやらねばいけないのはハザードレベルの高い肉体の育成だ。

 ブラッドスターク程度のままでは、おちおち散歩もできない危険な世界なのだから。

 ありがたい事に1年後には、育成のための箱庭が造り易い状況が待っている。

 そう考えれば、スカイウォールでの分断から始めた前回よりは楽だろう。

 

 まったく、ベルナージュにはしてやられたものだと。

 そうぼやきながら、彼はスウォルツを追うように歩き出した。

 

 二つの影が闇の中に消えていく。

 2017年を無事に迎えた世界。

 ほんの1年に満たない時間の先に、また訪れる破滅を知る者たち。

 彼らは誰にも知られる事なく、その世界から消え去った。

 

 

 




 
 勝ったッ!第1部完!
 もうちょっとだけ続くんじゃよ。

 まさか本当に完走するとは思ってなかったっていうか。
 なんというか感慨深いものがあります。
 これ完結表示にして続きは別作品枠にしようかな…
 完結表示には憧れるが、ただそれはそれで管理が面倒な気もする。
 
 とりあえず一区切りついたのでモンハン行ってきます。



・Fate世界の最上魁星
 何かが間違ってエグゼイド世界ではなくFate世界に発生したもう一人の最上魁星。
 彼はビルド世界の最上魁星と僅かながらも同期し、エニグマを製造した。が、それを動かすためのエネルギーをその世界で確保できるはずもなく―――異聞帯の降臨と共に還ってきた神代の空からエネルギーを確保し、作戦を決行した。
 この世界はまずビルド世界とFate世界が融合し、その衝撃でどちらの世界も崩壊しようとしたところに、2018年が迫っている=ジオウ世界とビルド世界の融合が迫っている、という状況を利用してジオウ世界を突っ込ませて、世界を融合する基点としての性能を持つジオウ世界を中心に強引にバランスを取り、融合・安定させたものである。スウォルツはそれをオーマジオウの仕業と見たが、その最悪の状況を何とか覆して滅亡から遠ざけたのは天才物理学者の機転である。が、それを知っているスタークは特に言及することはなかった。
 


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interlude
3-1 もう一度戦いへ2017


 

 

 

 ―――ぬいぐるみをひとつ抱え、無人の街を歩いて回る。

 

 お菓子の住民がざわざわ騒ぐ。

 賞味期限が切れるまでは夢の街。賞味期限が切れた後はゴミの街。

 いったいいつまで夢の街? いったいいつからゴミの街?

 

 物語の世界は夢の世界。

 何でも叶う空想の世界。

 何にもない空虚な世界。

 

 けれど、表紙さえも開かれず、頁を捲ってもらえない本は?

 部屋の隅に埃と一緒に積み上げられるだけのそれは、本当に夢の世界?

 それともカビの生えたお菓子の家とおんなじ、ゴミの世界?

 

 忘れてしまいましょう。

 だって、辛い記憶なんて抱えていたってしょうがない。

 寂しい寂しいあたし(ありす)の思い出は、名無しの森に捨ててしまいましょう。

 

 あなたはだあれ? あたしはだあれ?

 

 ―――ああ。

 この名無しの森は、一体だれがあたしに望んだものだっけ。

 

 

 

 

「――――まるで煮立てすぎた鍋だな……」

 

 そう言って彼女は眉を顰める。

 彼女が見つめるのは、自分の世界が浮かぶ海の底。

 人理焼却が終わり、またも不死に腐していくかと思えばこれだ。

 

 人理焼却で焼かれ続けた結果、影の国の底に穴が開いた。

 まあ悪霊どもも一緒に燃えていたのだ。

 そこから悪霊が流出する事を気にする必要もないはずだが。

 帰還すると同時にすぐに結界で塞いだから、問題はない―――

 

「はず、だが。何か通ったような残り香―――獣……いや、人……?」

 

 獣、と言ってもビーストなど、そういう話ではない。

 野獣と化した人間、のような。

 そんな馬鹿な話もない。今までこの世界は人理焼却で焼かれていたのだ。

 

 あれが燃やしていたのは、人類の文明活動。

 だから現世に比べ、燃やすものが無い影の国は火力が低かった―――

 などと解釈する事は不可能ではないかもしれない。

 が、それにしたって人間に類するものが燃え残るとは思えない。

 

「―――……どこへ繋がった?」

 

 彼女の手に朱槍が浮かび、その穂先がルーンを描く。

 その穴の先が、どこへと繋がったのか。

 それを探知するための術が発動し―――

 

「特異点? ―――いや、どうも何かが違うな。

 現世からの隔離自体を目的とした固有結界、か……?」

 

 固有結界(リアリティマーブル)とは現世を術者の心象に塗り替える大魔術。

 自分の心を表に現すものだ。

 だというのに、この先にある固有結界はそれとは方向性が異なるように見える。

 現世を侵食するのではなく、現世から離れた位置に場所を作る事を目的としたような。

 

 現世との繋がりを拒否しているから、燃え尽きる事もなかったのか。

 だが、現世とはずれた影の国とだからこそ、繋がってしまったのか。

 

「…………せっかくの機会だ。ちと追ってみるか」

 

 自分で言っておいて、珍しいと小さく笑う。

 人理焼却のせいで外に触れ、生命活動の仕方でも思い出したか。

 まあ何でもいい。

 生きている内に全ての行動に理由を求めずともいいだろう。

 

 現世とは隔離された空間だからこそ、今の彼女でも追えると言うもの。

 どうせ影の国にこもるしかやる事はないのだ。

 だったら何が待っているか知らないが、追ってみるのも一興だろうさ。

 

 朱槍を回して手の中から消して、女―――

 スカサハは次元に開いた孔に向かって、ゆったりと歩みだした。

 

 

 

 

「いやぁ、こんなに解放された気分でコタツと向き合うのはボクの人生史上初めてだなぁ……

 コタツで丸くなりながらみかんを食べつつ、マギ☆マリ鑑賞。

 ボクの人生の中でこれほどの安らぎが他にあっただろうか……」

 

「でも今一番カルデアで偉いのロマニなのに、そんなに気抜いてていいの?」

 

 空いている部屋にどこからかコタツを持ち込んだロマニ。

 彼はそこに半身を突っ込みながら、テーブルに突っ伏していた。

 その状態で器用にみかんを食べつつ、彼はPCの画面を見つめている。

 

 みかんを食べながらソウゴはそう言うが、彼は気にした様子もない。

 

「まあ確かに所長は魔術協会に呼び戻されてるけどね。

 レオナルドが同行しているし、大丈夫だろう」

 

「魔術協会かぁ、大英博物館のとこにあった壊れた入口のとこしか見たことないんだよね。

 中がどうなってるか見てみたかったかも」

 

 同じくみかんを食べつつ、立香がそう言ってロンドンの事を思い出す。

 あそこではエドモンが忠告しにきてくれたり。

 その後にソロモン―――ゲーティアと初めて出会ったり、色々な事があった。

 

 あの旅路。

 未来を取り戻す戦いを終えて、もう一か月近くになる。

 外の世界の混乱は一か月では収束する様子を見せず、まだまだ混乱の最中にあるという。

 

 そのせいで立香やソウゴも実家に帰れないような状況だ。

 魔術協会の鑑査が終わらない限り、関係者は基本的にカルデアを離れられないらしい。

 

「それはあまりおすすめはできないかもだ。

 まあキミたちの場合は、魔術協会に保管されてるような遺物以上のものを、色々と見てきてしまったけれどね。その辺りは必要以上に関わることはないさ」

 

 そう言いながら顔を起こし、彼もまたみかんに手を付けようとして―――

 

 擦過音を立てながら、部屋の扉がスライドする。

 その向こうにいるのは、どうにも慌てた様子のマシュだった。

 彼女の頭の上には、ぴたりとくっついたフォウの姿もある。

 

「先輩、ソウゴさん、ドクター、緊急事態です、管制室にまでお願いします!」

 

「フォウフォーウ」

 

 きょとんとして、顔を見合わせる立香とソウゴ。

 事態はよく分からないが、また何か問題が起きたのは間違いない。

 手に取っていたみかんを手放して、ロマニ・アーキマンは立ち上がった。

 

 

 

 

「みんな、お疲れ様。状況は?」

 

「―――ええと。特異点を発見した、と思われるんですが……」

 

 はっきりとしない物言いで、当直の職員が言葉を濁す。

 それに首を傾げながら、定位置へと向かうロマニ。

 ついてきた三人が、既にここにいたツクヨミの傍に寄っていく。

 

「どうしたの、これ?」

 

「なんだか、新しく見つかった特異点なんだけど……

 反応がいつもとかなり違うらしいわ」

 

「それってあの泡みたいな奴、って話じゃなくて?」

 

 人理焼却によって乱れた時空。

 それが修復される余波で、数多くの微小特異点が出現したと思ったら消えていく。

 この頃はそのような事案が幾つか確認されていた。

 いつだったか、ロード・エルメロイ二世から解説された覚えがある状況。

 

 だからこそ今回もそれではないのか、と首を傾げるソウゴ。

 

「それが、今回の特異点はかなりの精度で確立しているようでして」

 

「じゃあ普通に特異点なの?」

 

 マシュの答えに、立香もまた首を傾げた。

 放っておけば泡沫の如く消えるのが微小特異点。

 であるならば、確立してしまったそれは通常の―――否。

 彼らが戦い抜いた七つの特異点に匹敵する、異常な特異点ということだ。

 

「……いや、通常の特異点とは違うようだ。

 そう、だな。感覚として近いのは、エジソンの独立アメリカ、獅子王の聖都……

 時代から完全に独立してしまったもの、だと思うんだけど」

 

 作業を始めながら、ロマニが眉を顰めた。

 

「ただ確かに、微妙に違う。通常の特異点とは言い切れない何かが……

 年代はごく最近……2017年に入ってから? 人理焼却の余波、と考えるのが自然だけど……とにかく、まずは所長たちに連絡だね。ボクたちの権限では現状レイシフトは行えない。そもそもサーヴァントを召喚するためのリソースすら残っていない。レオナルドのへそくりがある可能性はあるかも、だが。流石の彼も多分、時間神殿で全て吐き出しているだろう」

 

 そう言いながらロマニが職員に視線を向ける。

 ロンドンまで行っている二人に連絡をとるためだ。

 こんな事もあろうかと、という状況で使うための連絡手段は幾つかある。

 それを利用しての情報共有こそが、最も優先するべき事柄だろう。

 

「レイシフトできないんだ?」

 

「本来、レイシフトは魔術協会と国連が綿密な議論を重ねた上で実行を許可されるかどうか、っていう一大行事だからね。

 だからこそ、今も協会で所長たちが喧々囂々する羽目になっているんだけど」

 

 それを踏み倒したのは、人理焼却という状況あってのことだ。

 時代が戻ってきた以上は、たとえ特異点を目の前にしても軽々に動く事はできない。

 そんな話を聞いて首を傾げ、ふと思い立ったソウゴが声を上げる。

 

「黒ウォズー? ねえ、黒ウォズー!」

 

「なに、いきなり?」

 

 いきなりその場で黒ウォズを呼び始めるソウゴ。

 珍妙なものを見た、と。その光景にツクヨミが眉を顰めた。

 

「いや、レイシフトできないなら黒ウォズに連れて行ってもらえばいいかなって」

 

「なるほど!」

 

「なるほどじゃないけど」

 

 ぽん、と拳で掌を叩く立香。

 そんな二人を胡乱げな目で見据えて、ツクヨミは大きな溜め息をひとつ。

 

 だがソウゴが幾ら呼び掛けても、黒ウォズは姿を見せない。

 まるまる一分ほどそうしていた彼が、仕方なさげに肩を竦め―――

 ドライバーを取り出した。

 

「仕方ないなぁ」

 

〈ジオウ!〉〈龍騎!〉

 

 やれやれ、と。ドライバーを装着したソウゴがウォッチを二つ起動する。

 時間神殿の道中、手に入れた龍騎ウォッチ。

 まだこれはアーマーとして使用したことはないので、使えば黒ウォズが生えてくるはずだ。

 

 そんな彼の思考を見て取って、揃って何とも言えない顔を浮かべるツクヨミたち。

 

「―――仕方なくはないよ、我が魔王。

 そういう呼び方はやめてくれ、と何回も言っていると思うけれどね」

 

 ソウゴが変身シーケンスに入る前に、届く声。

 いつも通り、いつの間にか彼はソウゴの背後に出現していた。

 今更誰もそんな登場に驚いたりはしない。

 

 とりあえず目的は果たしたので、ウォッチをしまうソウゴ。

 

「じゃあ呼んだらすぐ来てくれればいいじゃん?」

 

「呼び出すつもりなら少しくらいは余裕をもって、待っていてくれてもいいだろう?」

 

 こっちにも用事というのがあるのさ。

 そう言って肩を竦める黒ウォズ。

 まあそれももっともな話だ、と。ソウゴは腕を組んで、首を傾げてみせる。

 

「それもそっか。これからはどのくらい待てばいい?」

 

「さて、私も遊んでいるわけではないからね。常にすぐに応えるのは難しい。

 気長に待ってもらえると助かるんだが」

 

「んー、じゃあお互いに善処するってことで」

 

 そう言って笑うソウゴに対し、黒ウォズはまた肩を竦める。

 そんな二人に視線を送って苦笑するロマニ。

 

「まあどっちにしろ、急を要する事態ではないかな。

 まずは所長たちに連絡がつくのを待ちつつ、経過観察に徹しよう」

 

「そんな感じでいいの?」

 

 首を傾げる立香に、ロマニはさほど焦りもせずに返す。

 

「まあ解決してしまいたい気持ちは分かるけれどね。

 今の状況では色々とまずいと思う。それこそレイシフトではなく黒ウォズによる転移なら、記録にも残らず実行できるかもだけど。とりあえずは待機しよう」

 

 情報を集めながらも、選択するのは動かない事。

 緊急事態ではないのなら、もう少し状況を把握してからの行動でいい。

 彼はそう判断して、特異点の外から集められるだけ情報を手に入れる事を優先した。

 

 

 

 

『――――危険度は低い、という判断ね』

 

「ええ。今のところは」

 

 ロンドンとカルデアを繋ぐ、ダ・ヴィンチちゃんお手製の通信機。

 魔術関係なしの電子機器だ。

 協会もこの通信をどうこうする事はできないだろう。

 カルデア側でそれを受け取るのは、コダマスイカ。

 彼が頭部から映し出すスクリーンを通じ、ロンドンにいる二人の顔が見える。

 

 そんな中でオルガマリーが眉間を揉みながら、溜め息を噛み殺した。

 

『……まあ、なら現状では放置ね。警戒レベルを1段階上げて、常時監視状態に。時間経過で消えるならそれでよし。ただこのまま存続するようなら……それこそ、協会からの出向人員に特異点修正をやらせてもいいわね』

 

 おや、と。彼女の言葉にロマニが目を瞬かせた。

 

「こっちに出向してくる協会からの人員は決定してるんですか?」

 

『まだまだかかるわよ。協会の動きは今回提出した資料の精査から始まるんだもの。

 言うまでもなく、この1年以上の文明停止の状況把握も終わってないだろうし』

 

『ただそうして危険度が低い特異点を協会側の誰かに経験させて、こんなもの大した事ない、と向こうに思わせられればこっちの話も通しやすいからね。オルガマリーが窮地に際し覚醒して、スーパーオルガマリーになった、って話よりはまだ分かり易いだろう?』

 

『はっ倒すわよ』

 

 からからと笑うダ・ヴィンチちゃんに、眉を顰めるオルガマリー。

 それは自分たちの旅は簡単なものでした、と吹聴して回るようなものだ。

 そんな行為に対し思うところはそれなりにある。が、背に腹は代えられない。

 オルガマリーの頭を飛び越して、他のマスターも使()()()人材かもしれない、と思われるわけにはいかないのだ。

 

「スーパーオルガマリーって、なんか凄い光ったりしてそう」

 

「金色? 虹色かな?」

 

「所長でしたら銀色などが似合うのではないでしょうか?」

 

 スーパーな所長を思い浮かべてみて、腕を組む三人。

 それぞれ思い描く、クリスマスツリーみたいな派手さの所長の姿。

 そんな会話を交わす連中に目を細め、ツクヨミが呆れた声を出す。

 

「あなたたち……怒られるわよ?」

 

『もう遅いわよ』

 

 そう言って眉間を押さえるオルガマリー。

 そうして息を整えて。次の瞬間に怒鳴りつけようとした彼女が、

 

 突然響き渡るサイレンの音に、口を噤んだ。

 もはや聞き慣れた、カルデアが放つ緊急事態警報。

 それを聞いて即座に、オルガマリーが表情を引き締める。

 

 すぐさま職員の方に視線を投げるロマニ。

 

「状況は!?」

 

「と、特異点内で何らかの異常事態が発生したと……!

 すみません、外からでは詳細は―――!」

 

 騒がしくなる管制室。

 可能な限り情報を集めようとしているが、限界があるのは分かり切っている。

 その様子を画面の向こう側で見ていた所長が目を細めた。

 

『……ダ・ヴィンチ、リソースはあるの?』

 

『残念だがないね。最終決戦で全部使い切っている』

 

 まあ流石にそうだろう、と。

 彼女は目を細めて天上を見上げた。

 

『サーヴァントは呼べない、か。今までのように、味方になってくれるはぐれサーヴァントがいるなら、それでもどうにかなるかもしれないけれど。

 ……そもそも異例の特異点。原因が何かも分からない、特異点の中にサーヴァントが召喚されているかさえも分からない』

 

 オルガマリーの視線がソウゴに向かう。

 戦闘力。状況対応力。いずれにおいても、ジオウならば問題はないかもしれない。

 それでも、戦力が一人では限度があるだろう。

 ゲーティア級とはいかないまでも、特異点を発生させるほどの何かがいるのは事実なのだ。

 

「主な戦力は、ソウゴさんと、わたし―――と」

 

「……いや、マシュは不参加だ。サーヴァント・シールダーとしてはもちろん、マスターとしての参戦も認められない。だろう、レオナルド」

 

 マシュの言葉を遮って、ロマニがダ・ヴィンチちゃんに目を向ける。

 鷹揚に頷いた天才の様子に、マシュは目を瞬かせた。

 

「え?」

 

『そうだね、今の君は霊基の封印処置中。これから時間をかけて完全に封印し、普通の人間に戻るための治療中なんだ。これからサーヴァントとして戦うことも、最低限安定するまでマスターとしてサーヴァントと契約を結ぶことも認められない。どんな影響を受けるか分からないからね』

 

「いえ、ですが、それは……!」

 

『残念ながらこれは決定事項だ。

 君に取り返しのつかない影響が出る可能性は、現状では許容できない』

 

 ダ・ヴィンチちゃんからの、ぴしゃりとした取り付く島もない返答。

 人理焼却状況下ではそれしかなかっただろう。

 だが現状ではそれは解決を見て、今何が起こってるかは判明していない。

 ならば、無理に彼女を戦場に出すべきではないだろう。

 

 ギャラハッドの意志もあり、それは確かにマシュのためになった。

 だがデミ・サーヴァントなど、本来あってはならないもの。

 このままきちんと人間に戻るべきだろう。

 それ自体は理解できているマシュが、何とも言えない顔で黙りこむ。

 

 彼女の頭の上で、フォウが小さく首を傾げた。

 

『で、どうするんだいオルガマリー? 正面から? 裏技?』

 

 ダ・ヴィンチちゃんはそう言いながら、黒ウォズに視線を向ける。

 

 特異点を無視するような事はできない。選択肢は現状二つ。

 この事態を正式なレイシフトで解決するために話を押し通す。

 

 そして、そもそも協会にこれを知らせず黒ウォズに協力させて強引に解決する。

 アラートが発生したという事実は消せない。

 だが裏から解決し、経過観察していたら消失したという報告をすればまずバレない。

 

 当然の事ながら、彼女としては後者の方が楽なわけだが。

 

『―――裏技、と言いたいけれど。原因が分からないものを秘密裏に処理したくないわね。これに何か特別な原因があるならば、それをカルデアが得たという事実を押さえておかないと』

 

「そもそも私が協力すると決めつけないで欲しいんだがね」

 

 とぼけたような顔で肩を竦めつつ、そう言い放つ黒ウォズ。

 なんだかんだここに来た、ということは協力を取り付けるのは不可能ではない。

 と、思われるが。

 まあどちらにせよ、彼にどうこうしてもらおうという考えは、今回はない。

 

『と、なると。こっちで無理矢理レイシフトを可決させるしかないね。

 まあ人理焼却の余波で発生したのだろう、という事で強引に押し通せなくもない状況だ』

 

「できるの?」

 

『幸いな事に、というと語弊があるけれど。今のところこっちとしては失点が多い。

 まずは中核メンバーだったレフがゲーティア……魔術王の手の者であったこと。そして凍結中のマスター候補たち。その他もろもろ。だからこそ焦っているこちらとしては、少しでも穴埋めのための点数を稼いでおきたい、という必死さを見せれば、相手はやる必要のない行為をこちらが必死に必要な作業をこなしているとアピールしているように見えるわけだね』

 

 人理焼却はオルガマリーが中心。残るマスターはその補佐でしかなかった、と彼女たちは主張している。だというのに今回は、オルガマリー不在でレイシフトによる特異点修正は可能、と主張しなくてはならない。

 この矛盾も利用すれば、補佐しかできない連中ですら解決できる程度の問題を大袈裟に吹聴して、現状の問題を相殺するために自分たちの功績を増やそうとしている。

 相手からそう思われる事ができるだろう。

 

 そんな彼女の発言に対し、首を傾げる立香。

 

「それじゃやらせてもらえないんじゃない?」

 

『まあもちろんその可能性もあるけど、そこを通すのが私たちの仕事さ。だが難しい話じゃない。点数稼ぎのために無理を言ってレイシフトして、実際は何もなかったらどう思う? この忙しい時にそんな事をしたら、それこそ減点対象になるだろう? 自分で自分の首を絞めるような行為になってしまう。

 だからこそ。こちらを更に減点して責任を重くしたい、アニムスフィアの利権を少しでも多く奪いたい。そう考えている相手を選べば、十分に話を通せる状況だ』

 

 失点を取り返すために意地を張り、余計に失点を重ねる失態。これから彼女たちはそういう相手に付け込まれるための姿勢を見せて回る。いや、正確にはオルガマリーが、だ。

 天才サーヴァントであるダ・ヴィンチちゃんがその間抜けさを晒すわけにはいかない。サーヴァントの能力に疑いがかかれば、それ以外の部分でも付け入ろうとする輩を増やすことになる。

 だからこれから彼女たちはこれから、焦りで悪手を取り続ける間抜けなオルガマリーと、それを後ろから「駄目だなぁ、こいつ」という顔で見つめるダ・ヴィンチちゃんになる必要がある。

 

 そんな状況を理解して、立香は続けて眉を顰めた。

 

「でもそれって、それはそれで所長が困るんじゃない?」

 

『そんなもん今更よ。もうこっちの状況に逆転なんて求めてないわ。

 あとは稼働中のセラフィックスで何処まで補填できるかね。

 そっちの状況も確認しにいきたいけど、一体いつになったら時間が取れるやら―――』

 

 気にしていない、と自分への心配をばっさりと切り捨てる。

 もう彼女の中で優先順位はつけ終わっている。

 だからこそその行動に、今更ためらうような事もあるはずがなかった。

 

 ―――バヂリ、と。

 一瞬だけ意識がスパークする。

 今までも時々覚えるものだったが、今回のは一際強く―――もはや悪寒だ。

 つい顔を覆うように手を当てて、顔を顰める。

 ソウゴのその反応を見て、オルガマリーが訝しむような顔で言葉を止めた。

 

『なに? どうかした?』

 

「……うーん。よく分かんない、けど。なんだろ、今の」

 

 フラッシュバックした光景は、よく分からなかった。

 未来予知の感覚に近かった、とは感じる。

 しかし厳密には今のが何だったのかが、さっぱり分からない。

 今までそれらしい光景を視た時は、ちゃんと記憶に残っていたのだが。

 

 首を傾げるソウゴの様子に、見ていた者たちが揃って眉間に皺を寄せる。

 彼の感覚が何かを感じ取ったならば。

 この状況は、本当にゲーティアに匹敵する危機である可能性を考えなければならない。

 

 次いで視線を集めた黒ウォズは、自分も分からないとばかりに首を横に振った。

 

 確かに彼は相当な事情を知った上で動いている。

 が、時折本当に知らない事情に遭遇して、焦っている様子を見せないわけではない。

 それが演技でない保障はないが、演技をする必要がない。

 

 何故って、彼は自分が多くの事情を把握して暗躍している事を隠していない。

 知っているけど言わないよ、という態度を隠していない。

 だからいつだってそうすればいいだけなのに、時々本当に知らない事を前にして焦る。

 そう考えれば、わざわざ「知らない」と明らかな断言をした場合は本当に―――

 

『―――とにかく。レイシフトの準備を進めてちょうだい。

 その間にこっちも話を通しておくわ。協会に話が通れば、現状の国連もどうにかなる』

 

 国連は当然のように、混乱の安定に注力している。

 だからこそまた1年ほど時間が跳ぶ可能性を示唆すれば、まず話は通る。

 本来なら長い長い議会の末に是非が決定されるものである。

 が、今のこの状況に限ってはすんなりと通るだろう。

 

 問題は話をそこに持って行くまで。つまり魔術協会の方だ。

 だがまあ、そちらもアニムスフィアを切り売りする気でいればどうにかなる。

 それはそれで相当な問題だが―――まあ、仕方ない。アニムスフィアが零落しても、天体科は凍結を解除したヴォーダイムが牛耳ってくれるだろう。

 

「それで、戦力は。やはりソウゴくん一人に?」

 

『……それしかないわね。フェイトを動かす動力がなければ、サーヴァントは召喚できない。

 当然令呪も補填できない。現地に協力してくれるサーヴァントがいれば……

 いえ、最初からサーヴァントなんていない平和な特異点なのが最善なんでしょうけど』

 

 ロマニからの問いかけにそう答え、しかし自分の言葉で失笑する。

 そんなに平和なら最初から特異点になどなっていないだろう。

 レアケースで存在はするだろうが、危険な特異点と平和な特異点では明らかに前者が多い。

 

「タイムマジーンは? それがあれば、私たちもかなり安全だけど……」

 

「……すみません、先輩。わたしがデミ・サーヴァントとして活動できないということは、その、現地に召喚サークルを設置できないという事なのです」

 

 申し訳なさそうにそう告げるマシュ。

 彼女をサーヴァントとして連れて行かないのであれば、円卓を使用できない。

 それはつまり今まで真っ先に行っていた召喚サークルの設置ができないという事だ。

 そうなれば、当然の事ながら。

 

「あ、そっか。物資も何も送れないんだ」

 

 あー、と。困り顔で納得してみせる立香。

 そんな彼女たちのやり取りを聞いていて、黒ウォズに向かうツクヨミの視線。

 彼はそんな視線に微笑み返し、口を開く。

 

「そもそも、人理焼却が終わっている以上タイムマジーンは普通に使えるはずだがね。

 ―――ただし、その歴史が正しく時流に繋がっているのならだが」

 

「人理焼却が解決したんだからそうなんじゃないの?

 って、そっか。今回はもう独立しちゃった感じの特異点なんだっけ」

 

 確認の意図でロマニを見れば、彼は小さく頷いた。

 黒ウォズはマジーンを運ぶつもりはないように見える。

 ―――とりあえず、それは置いておく。

 

「……これまでのように常に背水の陣というわけじゃない。

 まずは調査を行って、それから解決に移る前に一度帰還するという手段もある。

 気を抜いてもいけないが、張り詰め過ぎないでいこう」

 

 楽観視できない状態なれど、現状は滅亡に瀕しているわけでもない。

 油断はしないようにしなければならないが、余裕を持っていなければいけない。

 このレイシフトで問題が解決できなくてもいいのだ。

 ただ原因を調査して、一度帰還して、状況に合わせた準備をして再度挑戦すればいい。

 レイシフトとは本来、そのように使用する事だって想定されたものだ。

 

「マシュはレイシフトするのではなく、こちらを手伝ってくれ。

 今までは緊急事態があってもレオナルドがいたが、今回はいない。

 それにサーヴァントがいなくなって手が減ったのはこちらもだ」

 

 今まで特異点解決ごとに得たリソースで召喚していたサーヴァント。

 彼らにカルデア内の雑務を任せる事で、職員はこちらの業務に集中していた。

 補充要員が入ったわけではない以上、人数は特異点攻略を始めたばかりの頃に逆戻り。

 しかもそこから更にダ・ヴィンチちゃんが抜けた状態。悪いが、マスターもサーヴァントも実行できないマシュをレイシフトメンバーには回せない。

 

 それを当然分かっているのだろう。

 マシュが一瞬だけ辛そうに目を細めて、しかしすぐに顔を引き締めた。

 

「―――すぐにレイシフトを始めるわけじゃない。

 悪いが、今から突貫で必要な作業を覚えてもらうよ」

 

「―――マシュ・キリエライト、了解しました。

 その、そういうわけです、先輩。どうかお気をつけて」

 

 彼女の言葉に頷いて、立香たちが顔を見合わせた。

 一度自室に戻って準備して、所長たちが許可を取ってくるのを待つ。

 その後、レイシフトして特異点の調査を行う。

 

 ―――随分と長くなった正月休みもここで終わりだ。

 また、戦う時がきた。

 

 

 




 
 このナーサリー回的なインタールードが終わったら完結表示にして、1.5部を別枠で始めるつもりジオ~。先は長いしのんびり行くジオ~。


『Fate/GRAND Zi-Order Remnant of Chronicle』

 人類史全てを用いた彼方への旅。
 魔術王を名乗ったモノの計画。
 “逆行運河/創生光年”は、失敗に終わった。

 人理焼却事件は解決した。
 立ちはだかった試練は打ち破られ、勝者は日常に凱旋した。
 彼らの紡ぐ人理に揺るぎはない。
 多くの困難を更に迎え入れながら、未来はこの先も続くだろう。

 だが。
 その未来には、致命的な見落としがあった。
 見逃してしまったからには、必ず足を取られるだろう陥穽。
 足を止めなかったが故に嵌る、地獄にさえ続かない虚空の落とし穴。

 ―――たとえ、その先が虚無であったとしても。
 それでも、足を止める事だけはしないと選んだ道なのだから。


亜種特異点I:天魔総司悪道 新宿1999
 憎悪と執着はありえざる幻影を求め、背徳を重ね続ける。
 天へと続く道は閉ざされ、彼らに逃げ場はなく。
 その悪逆の街に張り巡らされるのは、総てを司り組み上げられた完全犯罪。

亜種特異点Ⅱ:未踏破黄金郷 アガルタ2000
 夢想された黄金世界。理想と幻想で組み上げた空想都市。
 その地を支配するのは、異形の世界に咲き誇る花々。
 その地を侵略するのは、異形に歪んだ疾走する本能。

亜種特異点Ⅲ:屍山血河偲月 下総国1639
 立ちはだかるは、悪鬼羅刹に堕した七騎。
 血染めの月を嘲笑うは美しき肉食の獣。
 天元の花は覚醒に至り、その刃を以て宿業の鎖を解き放つ。

亜種特異点Ⅳ:禁忌再臨庭園 セイレム1692
 其れらは罪人。異端へと逸脱した人だったものの群れ。
 悪魔の誘いは人々を異端へ堕とした。悪魔の仕業は神によって裁かれる。
 だが人では、人の罪を救えない。なればこそ目覚めるは、その外なる神(たましい)

亜種特異点LEVEL.XX:命運裁決運営 クロノス・クロニクル2017
 幻夢コーポレーションは発売延期状態にあった2016年発売予定だったゲームソフト、『マイティアクションX』の開発中止を正式に発表した。『マイティアクションX』制作発表から5年以上の期間をかけ開発されていたが、同社は開発中止の理由を制作上の都合としており、具体的な理由や、未だに原因不明の2016年消失問題との関係は言及されていない。
 当該作品の制作スタッフ(檀黎斗副社長を含む)は全て今冬サービスを開始する予定の新基軸オンラインゲーム、『仮面ライダークロニクル』の制作に合流するとの事だ。天才ゲームクリエイターと名高い檀黎斗副社長の最新作の発売中止にファンからは悲しみの声も上がっているが、檀正宗社長の「仮面ライダークロニクルには幻夢コーポレーションの社運を賭けている。これは世界を変えるゲームになる」との発言から、そちらに期待するファンの声も強く上がっているようだ。
 『仮面ライダークロニクル』はゲームと現実の世界が連動する、これまでのゲームとはまったく新しい遊びのスタイルを開拓するという情報に、業界関係者からも注目を集めている。
 


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3-2 邂逅、魔法少女2017

 

 

 

「―――――■■■!? ■■■■!?」

 

 声が聞こえる。だが、それが何を言っているのか分からない。

 いや、声が聞こえないわけじゃない。

 何かを呼んでいる。なのに、その言葉が聞きとれない。

 

 自分が何者か、それすらも分からない。

 

 違う。

 他の全てが分からなくなったのは、自分が何者か分からないから。

 自分という存在が消えていく。

 

 薄れていく意識の中、頭を抱えて膝を落とす。

 そんな彼らの前に迫りくる、森を浸食する黒い波。

 

 彼らは、それを前にして―――

 

 

 

 

「一体何が……!?」

 

「これは流石に大ピンチですねー……むむむ、最悪臨時契約を……」

 

 立香の目の前でそう唸りながら空中に浮いてるのは、魔法少女が持っていそうな赤いステッキ。いや、それと一緒にこの場に現れたピンク色の少女を見るに、魔法少女のステッキそのままか。

 

 レイシフトを実行した立香たちは、まず森の中へと投げ出された。

 それ自体は別に何という事もない。

 空中とか海の中とか戦場とか、そういう場所じゃなければ問題にはならない。

 

 だが、すぐにそこへ異常が押し寄せてきた。

 

 まず現れたのは、銀色の髪にピンク色のコスチュームを纏った少女。

 それは正しく魔法少女、と呼ぶしかない風貌だった。

 彼女は低空を高速で飛行しながらこちらを見つけ、驚いたようにブレーキ。

 

 すぐさまこちらに、「ここから逃げて!」と叫んでくれた。

 が、その時にはもう全てが遅かった。

 

『―――違う、なんだこれ……! 特異点、じゃない……固有結界!?

 いくら固有結界だからって……いや、固有結界だからこそ、この空間情報の錯綜っぷりは異常だ。単体の心象風景じゃない……? まさか、複数の固有結界が衝突している―――っ?』

 

『ドクター! 一時撤退を……!』

 

「―――だめ!」

 

 マシュの言葉を遮り、立香が声を張った。

 ソウゴとツクヨミが異常を起こして膝を落としているように、こちらに声をかけてくれた魔法少女も膝を落としていた。彼女を放置して撤退など、できるはずもない。

 

 周辺一帯に広がった不思議な感覚。

 その直後に、ソウゴもツクヨミも魔法少女も、一斉に自失してしまった。

 魔法のステッキらしきものはともかく、立香が無事な理由も分からない。

 

 何故自分にだけ効かないのか。それが突破口にならないか。

 その可能性を考慮して、立香が目を細めた。

 

「私だけに効かない……? 毒……?」

 

『いや、毒じゃない。そちらの状態は観測できている。

 大気にも、キミたちの体にも、毒らしきものは検出できない……!』

 

 ロマニからの応答。

 では一体何が原因なのか、と彼女が表情を渋くした。

 

 森の奥から徐々に迫る黒い波。あそこまで暴力的な侵略ではないが、いつかのケイオスタイドを思い出す光景。

 それは意志を持っているかのように彼女たちへ一直線に向かってくる。

 

 不定形の波が感じさせるのは、明らかな敵意と殺意。

 追いつかれれば、こちらを害するという事は想像に難くない。

 このままじゃいけない、が。

 

「ソウゴ! ツクヨミ! 立てる!?」

 

 答えはない。そもそも、立香の言葉が届いている様子がない。

 二人。だけではなく、魔法少女らしき女の子も同じような状態。

 三人は呆然とした状態で、完全に動きを停止させていた。

 

「声が届いてない。じゃあなんで私だけ―――?」

 

 原因の分からない呆然自失。

 この時代にレイシフトした途端に発生した、謎の現象。

 だが立香には何の影響も与えていないのは何故か。

 

 長々と悩んでいる余裕はない。

 もう1分と待たず、あの黒い波はこちらに届くだろう。

 その前に打開する手段を見つけ出す必要がある。

 

「声が届かない……言葉が聞こえない、意識できない? 応答できない?」

 

 落ち着くために深呼吸しながら、思考を回す。

 そこで気付く周囲に立ち込める、むせ返るような甘い匂い。

 それが関係あるのか、と一瞬悩むが否定する。

 これは恐らく、目の前の黒い波から発生した匂いだ。

 

 恐らくは今起こっている異常とは別のもの。じゃあ、一体―――

 

“当然の話と言えば当然の話だ。

 己が名を忘却した者では、名を呼びかけられたところで反応などできまい。

 その名無しの森を越えられるのは、己の名を見失わぬ者だけ。

 どうにかしたいのであれば、まずは取り戻させるんだな”

 

 ―――呆れるような声が届く。

 頭の中に響くのは、よく覚えのある皮肉げな声。

 そこで、()()()()と納得する。

 今ここにあるのは毒でも何でもなく、精神に干渉して忘却を誘発する能力。

 

 だからこそ。

 けして己の抱いたものを忘れぬ恩讐の炎は、その到達を遅らせる。

 自身という防壁を全開にして、彼女に届きそうな記憶の霧を取り払った。

 いずれ、その効果は立香にも追いつくだろう。

 復讐者ではないものに、これは完全に防ぎ切れるわけではない。

 恩讐の黒き炎を乗り越え、忘却の波はいずれ立香にまで届く。

 

 だが、そうして時間が取れるならばどうにか出来るはずだ。

 

「―――忘れてるんだ。ソウゴもツクヨミもその子も、自分の名前を!」

 

『忘れている、ですか?』

 

『……自己を忘却させる迷いの森。それがこの固有結界の特性……? いや、だったらそっちの女の子が今まで活動できていた理由がない。その世界と精神喪失は、別物であるはずだ。

 いや、その考察は後でいい。名前の忘却とそれに伴う精神喪失は、影響が大きくなれば自我の完全崩壊に繋がりかねない! 今はとにかく、みんなを連れてどうにかそこからの離脱を!』

 

 ロマニの声に一度頷き、立香はすぐにタカウォッチとコダマスイカを取り出す。だが、少女一人を含むとはいえ人間三人を運び切れるか。黒い波からも、忘却の空間からも、どれだけ離れれば安全かすら分からないのに。

 

 だが、だからと言って諦めるなんて話はない。

 

 そうして準備を行いながら。

 ふと気になって、立香は魔法のステッキへとちらりと視線を向ける。

 

 羽飾りを手のように動かして悩む姿勢を見せていたステッキ。

 それが丁度、こうなったら決心しましたとばかりに立香の方を見返した。

 何となく嫌な予感が体に走る。

 

「こうなっては仕方ありません! 他の部分はともかく、魔術の才能が微妙すぎて大した魔法少女にはなれなそうですが! もしもしそこのお姉さん、わたしと一時契約して魔法少女になりましょう!」

 

 ぴゅいー、と。立香に向けて飛来する魔法のステッキ。

 明らかにそのまま顔面にでも激突するつもりだろう突進。

 

 魔法のステッキ、カレイドステッキ

 その制御精霊、マジカルルビーは現状を打破できない状態と判断していた。

 こうなったからには、仮マスターを手に入れるしかない。

 そして契約のためには相手の情報、血液が必要だ。

 だからこそ、この突撃はそれを今から強引に奪いに行く姿勢。

 

 割と真面目な話、もう説明している時間がないくらいに追い詰められている状況なのだ。

 というわけで仕方ないと心中で言い訳しつつ、ルビーが慣行した突撃。

 

「いきなりなに!?」

 

 しかし、不意の突進対策に関しては一家言ある立香。

 彼女は即座にそれを察知すると、するりと回避した。

 

「なんとぉ!? まさかここまで華麗な回避をされるなんて―――!

 魔法少女(MS)力を隠していた!? このルビーちゃんが見誤るとは……!」

 

 躱された事実に驚いて、ルビーが動揺する。

 そんな状況で咄嗟に吐き出された台詞に、怒鳴り返す。

 

魔法少女(MS)力!? 何の話!?」

 

「これならなおさら魔法少女になるしかないでしょう! そのステップ力があれば、どれだけ魔術回路がしょぼかろうと、イリヤさんとそちらのお二人を抱えて走るくらいはできるようになるかと!

  ご安心ください、すぐに終わります。魔法少女になるための変身時間(プロセス)は僅か0.05秒とかそのくらいです! ご安心して契約を! あ、サインはいりません。血の一滴さえあれば契約できますので!」

 

 立香が上げた声を無視しつつ、ルビーちゃんを自称したステッキが再度立香を狙う。切り返して再びミサイルと化す魔法のステッキ。

 

 ルビーの言っている事はよく分からない。

 よく分からないが、このステッキを受け入れる事が現状打破に繋がるのか。

 そう考えながら、立香が微妙に眉を顰めた。

 

 黒い波はもう目前まで迫っている。

 今から三人を抱えて離脱するには、何らかのインチキが必要だ。

 タカとコダマの運搬力では、どう足掻いても間に合わない。

 ならば、と。

 

『……魔法少女への、変身。契約の、サイン……?

 名前を忘れて……名前を、失って……――――先輩!』

 

 考え込みながら呟いていたマシュの声。

 それを聞いて弾けるように体を持ち直して、ルビーの突進を再回避。

 そうしている立香に向け、マシュはすぐに言葉を続けた。

 

『ソウゴさんを変身させて、アランさんの力を! 名前を失ってしまって、言葉も届かない。でも、伝える方法はもうひとつあります―――!』

 

「――――ルビー! ソウゴ……この男の子を立たせておいて!」

 

 マシュの言葉を目を見開いて。

 すぐさま立香が、ソウゴの懐からジクウドライバーを取り出しつつ叫ぶ。

 

 回避されたルビーは空中で急ブレーキ。

 疑問を浮かべるようにステッキの体をくねらせつつ。

 しかし、その言葉を無視はしなかった。

 

「何か手段があるのですか? ええ、でしたら協力しましょう。

 ダメだったら魔法少女でお願いします」

 

 ぐにょりと羽飾りを伸ばして、ソウゴの手を摑まえるルビー。

 そのまま吊り上げるように強引に立たされた体。

 彼の腰に、立香はドライバーを押し付ける。

 

〈ジクウドライバー!〉

 

 起動するドライバーと、巻き付くベルト。

 ソウゴの腰の位置で固定される仮面ライダージオウの変身デバイス。

 それを確認したらすぐ、ウォッチの方を起動する。

 

〈ジオウ!〉〈ディ・ディ・ディ・ディケイド!〉

 

「これと、後……!」

 

 ジオウとディケイドのウォッチを起動し、ドライバーへ装填。

 ロックを外して変身待機状態へ移行させつつ、立香は更にもうひとつウォッチを抜き取る。

 

〈ゴースト!〉

 

「これ! えっと、変身!?」

 

「ムムム、なるほど! 魔法少女ではなく変身ヒーロー系ですね!」

 

 ディケイドウォッチに滑り込ませるゴーストウォッチ。

 それを装填する勢いのまま、彼女はドライバーを回転させた。

 ソウゴの背後に発動する時計が、彼の体に装甲を纏わせていく。

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム! ワーオ! ディケイド!〉

〈ファイナルフォームタイム! ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト!〉

 

 九つの影が重なり、形成されるディケイドアーマー。その顔面にゴーストの顔を浮かべ、アーマーが別物に切り替わる。胴体部の標示板、インディケーターが映す文字は、“ゴースト・グレイトフル”。

 

 ―――瞬間、姿の変わった彼の胸から一つのパーカーが射出される。

 現れるのは、白と黒のカラーリング。肩部にペン先らしきものを持つパーカーゴースト。グリムパーカーゴーストが、即座に空へと舞い上がった。

 

 そんな空中の相手に向けて、立香が声を張り上げる。

 

「ソウゴとツクヨミと、えっと、あの子は……!」

 

「イリヤさんです! イリヤスフィール・フォン・アインツベルン!

 あ、いえ“Illyasviel von Einzbern”で!」

 

 下からの声に一度頷いて。

 グリムは洞に浮かぶ目のような顔を一瞬だけ歪ませ、周囲を見回す。

 周囲に広がるのは鬱蒼とした森と、今なお迫る黒い波だけ。

 それを見て、ぽつりと一言。

 

『――――童話……?』

 

 だがすぐに頭を横に振って、彼はやるべき事を実行に移す。

 肩部から射出されたニブショルダー。

 それが即座にソウゴとツクヨミ、イリヤと呼ばれた少女。

 その三人に続けて、立香にもそれぞれの名前を書き記していく。

 

 まるで本の登場人物として紹介するように。

 この森でさえも奪えないように、確固たる情報として記録する。

 インクが紙に染み込むように、その記憶が彼らの頭に染み渡っていく。

 自分を認識したが故に、浮上してくる意識。

 

「うー……イリヤ……イリヤスフィール・フォン・アインツベルン……

 そう。それが、わたしの名前で……えー、あうー、あたまいたいー……!

 じゃなくて……? えっと、どう、なったんだっけ……!?」

 

「イリヤさん! 大丈夫ですか!? わたしが何本に見えます!?」

 

 イリヤと呼ばれた少女が意識を取り戻す。

 即座にそちらへと飛んでいくルビーが、彼女の目の前で高速で横移動による往復を始めた。パッと見速すぎて分裂して見える魔法のステッキ。

 それを見つつ、目を覚まして早々嫌な話を聞いたと顔を顰める少女。

 

 彼女はふらつきながらも、確かにルビーに対して言葉を返す。

 

「ルビーが2本以上ある場合なんて想定したくない……!」

 

「ご想像の通りでしょう! マスターいじりとサファイアちゃんへの愛が、わたしが増えた分だけ加速しますよー!」

 

「絶対増えないで……!」

 

 どうやら少女の方は意識を取り戻せたようだ、と。

 立香が目の前にいるソウゴに視線を向け―――

 

「……あたまいたい、あー、えー。

 ―――常磐、ソウゴ。そう、それが俺の名前……だよね?」

 

「ソウゴ! ニュートン!」

 

 ふらついている彼の肩を押さえ、必要な力を呼びかける。

 黒い何かは未だにこちらに向かっているのだ。

 それを安全に処分できる力が必要だ。

 

「ああ、うん、ニュートン? ニュートン……!」

 

 ディケイドアーマーゴーストフォームが、再び新たなパーカーゴーストを射出した。射出されるのは、指示通りにニュートンのパーカー。

 

 現れた青いパーカーゴーストは即座に重力場を操作した。

 目の前で蠢く黒い波が、その影響によって強引に押し固められていく。

 黒い球体になるまで一瞬のうちに圧縮される黒いもの。

 

 そうして潰された黒いものを前にして、ツクヨミが額を押さえながら顔を顰めた。

 

「―――そう、よね。私はツクヨミ……これって、自分で自分の名前だと思ってれば、大丈夫なのかしら……

 それにしてもなんなの、この甘い匂い……ただでさえ凄い頭痛と合わせて、甘ったるすぎて気持ち悪くなってくる……」

 

 甘すぎる匂い。最早暴力のようなそれに酷く顔を歪めたツクヨミ。彼女がニュートンが引力と斥力を操り固めたもの―――黒い塊を睨むように見つめた。

 

「チョコレート、かな……」

 

 見える範囲の黒い波を圧縮すれば、続いてくるものはない様子。それを確認しながら、立香はその匂いがチョコレートのものであると口にした。

 

 蕩けるような甘い香り。

 普段ならば美味しそうな匂いだと思ったかもしれない、が。

 

「みたいですねぇ。

 イリヤさん、チョコレートお好きでしょう? 食べます?」

 

「地面を這ってきたチョコレートなんかいらないけど!?」

 

 自分で叫ぶ声が頭に響くのか、涙目で頭を抱えるイリヤスフィール。

 

 ジオウがそこで手を振るうと、ツタンカーメンが現れる。

 無論それは異次元に繋がるピラミッドの中に、それを投げ捨てるため。

 だが、それにはロマニが待ったをかけた。

 

『あ、すまないソウゴくん。それは少しの間そのままで。

 すぐにそれが何か調査してしまうから』

 

「そう? じゃあちょっとこのままで」

 

 ニュートンとツタンカーメンに顔を向けてそう言って、ジオウが肩を落とす。

 体がだるいなどというレベルではない。

 何か凄まじい干渉の結果、何もしていないのに凄まじい疲労感がある。

 

 そんな彼の周りを、ルビーがひょいひょいくるくると回る。

 特に注目しているのはジクウドライバーだろうか。

 ジオウの周囲を飛び回り、一通り見て、それで満足したのか。

 

「ふむふむ、なるほどなるほど。親近感覚えちゃいますねぇ」

 

「なにが?」

 

「いえー、なんとなしにですけどね。設計思想的な部分というか?

 わたしも、基本的に外から見てる感じのクソジジイが生みの親なものでして。

 わかります。いいですよね、創造主に対する反逆。反抗期ですよ、反抗期」

 

 ルビーが羽飾りを腕のように扱い、器用に腕組みのような体勢を見せた。

 その言葉がどういった意味のものかを咀嚼して。

 しかし首を横に倒したジオウが、ルビーにやはり問いかける。

 

「……いや、なにが?」

 

「またまたー☆」

 

 羽飾りでジオウの頭部をつつくマジカルルビー。

 さっぱり分からない、と。

 そんなソウゴの言葉を笑い飛ばして、ルビーはふよふよと空で波打った。

 

『―――チョコレート、以外の何物でもないね。

 何故動いていたのかさえもさっぱりだ。固有結界の効果、なのかも』

 

 調査を終えたロマニが、得られた数値を睨みながらそう口にした。

 聞き覚えのある名称に対し、首を傾げる立香。

 

「固有結界?」

 

『ああ、そうだ。今回レイシフトしたその特異点なんだが、どうやら厳密には特異点ではないみたいなんだ。時流から隔離された固有結界……そうだね、例えるならソロモン王の時間神殿が一番性質的に近いかもだ』

 

 他でもないロマニがそう口にしたことに、揃って目を細める。

 ジオウもまたチョコレートを異空間に処分しながら、周囲を見回した。

 が、ここは普通にしか見えない森の中。

 周辺一帯にあるものと言えば、立ち並ぶ木々くらいなものだ。

 

「森。記憶というか、名前を消す力。チョコレートの波。

 ……つまりどういうこと?」

 

 とりあえず現状確認された事象を指折り数え、首を傾げる。

 さっぱり繋がりが見えない能力ばかりだ。この世界が固有結界だったとして、ではこれは一体どんな心象風景を持った奇人が造った世界だというのか。

 

『前者二つはともかく、チョコレートはさっぱり……

 ああ……ただこの固有結界、一種類じゃないのかもしれない。固有結界の中で外からやってきた何かが暴れている、ではなく固有結界の中に別種の固有結界が発生している。そういう状況に見える』

 

「確かに、どうもおかしい感じはするんですよねぇ。

 まあ固有結界同士の衝突なんて普通はないですから、推測するための情報さえも乏しいんですけど。多分通常であれば、どちらが世界を上書きするかの競争になるかと思いますが」

 

 くるくる回りながら、ロマニに対して同意を示すルビー。

 

 当然のように知らない人と会話しているルビーに、イリヤスフィールという名前らしい少女は困惑しつつも邪魔しないように黙り込む。

 よく分からないがとても重要な話をしている、という雰囲気だけは察して。

 

『ああ。ただそもそもベースになっている固有結界は、恐らくは“隔離”とか、そういった性質のものだ。固有結界というものはおおよそ世界を一時的に上書きするもの。だがこれは通常の時間軸の外に別の世界を作り出し、世界の外側に新たな世界を発生させてしまっている。それはこの固有結界が通常の時間軸から“隔離”されているからだと思う。特異点だと誤認したのもそれが原因』

 

 本当に隔離された世界であれば、そもそもカルデアが異常を察知する事さえなかっただろう。だというのに、こちらで感知できた。

 それはつまり、ベースとなっている固有結界のバランスが崩れているからだろう。固有結界の中で術者ではない誰かが暴れている、だけならそんな事にはならない。この世界が特異点のように異常を発したのは、通常の時間軸から世界を“隔離”し切れなくなっているからではないか、と。

 

 どこからどこまでが固有結界の能力か分からない、なんて普通ならばそんな話はない。固有結界の中では、本来それ以外の力は全て術者と関係ない異物のはずだ。だというのに、出自が異なるだろう力が複数無作為に暴れているなど、いつ固有結界が崩壊してもおかしくない状況だろう。

 

「うーん……まずは“異世界を創った固有結界”があって、その世界の中で“上書きするための固有結界”を誰かが使っている?

 固有結界の中に固有結界があって……それってどんな問題が起きるの?」

 

『―――そもそもこの世界が成立しているのは、通常の時空間から隔絶した空間を創り出す固有結界であるから。それが塗り潰されてしまったら、当然の事ながら世界に修正されて掻き消されるかと』

 

「そのままなら消えないの?」

 

「消えないというわけではありませんが。ただ、世界の外で勝手に浮かんでるシャボン玉みたいな固有結界であれば、世界からの修正を受ける要素がなくて維持は比較的容易でしょう。

 通常の固有結界の燃費が悪く維持が困難なのは、世界から異物として排除されようとする圧力を魔力で強引に捻じ伏せているからなので」

 

 固有結界というのは、通常ではありえない世界を現界させる大魔術。

 当然、維持をするためにはその規模に見合ったコストが必要となる。

 今回これほどおかしな状況になっているのは、大前提としてここが通常の空間から隔離された異世界になっているからだ。

 

「まず通常の固有結界ってどんなのだろう。俺たちが知ってるネロの宝具とか、ソロモンの神殿とかはちょっと違うんだよね?」

 

「通常の固有結界は知らないのに随分とレアケースは知っているんですねぇ。

 いえまあ、固有結界保有者自体がレアケ中のレアケなんですけど」

 

「――――そういえば。

 私たちが初めてその固有結界っていう名前を聞いた時って確か……」

 

 ふと思い返すように、立香が顎に手を当てて眉根を寄せた。

 そう。確かその名前をちゃんと聞いたのは、ロンドンの地だったような。

 アンデルセンに案内されて辿り着いた場所。

 そこでアレキサンダーが口に出し、ロード・エルメロイ二世が―――

 

 その後白ウォズの登場で色々と有耶無耶になっていた。

 だがアンデルセンがその固有結界と指摘したのは確か、

 

「“物語”のサーヴァント……?」

 

 いつか、目の前に浮かんでいた本を思い出した。

 そうなってくると、先程グリムが動く前に僅かに見せた奇妙な反応が気にかかる。“物語”と彼―――彼ら兄弟には、強い関係性がある。

 

 そうして悩んでいる立香の横で、ジオウが首を傾げた。

 

「どっちかの効果じゃなくて、両方の世界の効果が発揮されてる。

 って事は……融合してる、みたいな感じにならない?」

 

『―――融合、というのは考えづらい。固有結界という魔術の特性上ね』

 

 固有結界は術者の心象の具現。

 故に、混ざり合うなどという状況は通常ありえない。その世界が異常をきたすという事は、術者の精神が異常をきたしているという事だ。

 

 この世界が隔離するためのものである事は、恐らく間違いがない。そうでなくては固有結界という大魔術とはいえ、通常の時間軸から離れた上で存続するなどありえない。この固有結界の存在規模からして、性能は全て“隔離した世界の維持”に全て注がれているはずだ。

 

 だとすれば、名を奪う力とチョコレートは別物。

 

 名を奪う力はレイシフト直後にここまで広がってきた。つまりこの世界に最初から備わっているものではなく、後から広がってきたもの。

 

 チョコレートの波も同じだ。

 あのチョコが“動くチョコレート”だったのではなく、“この世界ではチョコレートは動くもの”という法則で動いていたと思われる。

 

 彼らを襲った能力はどちらも、“隔離するためだけの世界”の法則を歪める、別世界の法則が襲ってきたと解釈するのが一番筋が通る気がしてならない。

 

 悩むように一度視線を伏せるロマニ。

 

 ―――彼が口を噤んでいる間に、背後から音がする。ビキビキと、鋼が罅割れていくような。

 蠢く金属音に反応して振り返ってみれば、そこでは地面から無数の刀身が生えてくるところだった。

 

「―――――ふーむ」

 

 それを見てルビーが羽飾りを動かした。

 口を押さえるように、ステッキの中央にある五芒星を押さえる羽。

 まるで悩み込むような姿勢を見せる魔法のステッキ。

 

 無数の剣群は折り重なりながら、高い壁になるように組み上がっていく。

 目の前にはゆっくりと、剣で組まれた城壁が一枚現れる。

 

「剣が生えてきたよ?」

 

 言いながら、立香がソウゴに視線を向ける。

 彼はひとつ頷くとそちらに歩み寄って、刃の壁に触れてみた。

 ジオウがそこかしこを触ってみても、それは何の反応も示さない。

 軽く叩いても金属音が返ってくるだけだ。

 

「んー……ただの壁、かな?」

 

 壊せないようなものではないだろう。

 これが原因で閉じ込められる、というような状況は恐らくない。

 足元からいきなり剣が生えてくる状況を留意しなければならないが。

 

『…………もうひとつ特性の追加、か。うーん』

 

「……タイミング的に言うと、なんだけど。今のってさっき処分したチョコレートが広がらないようにするために生えてきた、って考えられない?」

 

 ツクヨミが刃の塔を見上げながら言う。

 彼女たちはこの固有結界に踏み込み、特殊な性質の攻撃に晒された。

 だがそれは、ただ巻き込まれただけなのではないか。ただ最初に踏み込んだ場所が、二つの固有結界が競り合う衝突点だっただけなのではないか、と。

 

「あのチョコレートとかは、この世界……固有結界を攻撃するためのもの?」

 

『―――攻撃というよりは、侵略・侵食という感じかな。

 まず中心にある、“剣の壁で異物を排斥しようとするこの世界の中核”。

 それを侵食する“名前を奪うチョコレートの波”』

 

「恐らくですけど、“この世界の中核”と“剣の壁”は更に別物でしょうねー。

 “剣の壁”の力の持ち主が協力しようとしている、というよりはこの世界の支配者に取り込まれている感じでしょうか」

 

 何か思い当たる事があったのか、ルビーはロマニに対してそう言った。

 確かにただの防御機構にしては、明らかにイメージがそぐわない。

 この世界の詳細を読み解けているわけではないが、突然地面から剣が生えてくるのは少し、どころではなく違和感しかない。

 

「恐らくあの剣はこの世界への被害を最小限に抑えるためのもの。

 侵食が広範囲に渡る前に、汚染された区画をあらかじめ切り捨てているんでしょう。やむを得ない犠牲(コラテラル・ダメージ)という奴ですねー」

 

 ぱたぱたと羽飾りを羽ばたかせながら、そう言い放つルビー。

 

『……固有結界内で世界の一部を切り捨てるような防衛機構、として活用されているということは、それも大本の固有結界の機能と見るべきところだと思うのですが……確かに、そう考えるのも不自然なくらいこの世界と剣が噛み合っていない、という感覚はあります』

 

 マシュが周囲の環境と剣の壁を見比べて、不自然さに眉を顰めた。

 確かにこの世界を訪れて突然脅威に見舞われた。が、この世界の空気感というか雰囲気は、けして悪意を感じさせるものではない。

 

 この固有結界に一部をパージする機能があるのはおかしくない。

 範囲を狭めて消費を抑えるという機能はあってしかるべきだろう。

 だが剣の壁、などという防衛機構は流石に行き過ぎだ。

 あからさまに別の存在が絡んでいる、と感じるほどに。

 

「まず大本になる固有結界の術者がいて、剣に関する固有結界を持つ者をどうにかして取り込んで、それを利用しているという事になるでしょう。

 いやはや、他人の固有結界を自分のそれに組み込むとか、相当にヤバい感じの魔術師なんでしょうねー。……相当、相性も良かったのかと」

 

『相性がいい程度の話でそんな離れ業が叶うかなぁ……』

 

 そう言いつつも、目の前に実例がある事は変わらない。

 真相が違ったとしても、この世界は実在している。

 ならばとにかく解決を目指す必要があるだろう。

 

「うーん……つまり、とりあえずは大本になってる固有結界の術者、を探せばいい感じ?」

 

「どちらかというと、そっちの方が味方になれそうね」

 

 やっと頭痛も落ち着いてきたのか、長い息を吐きながらジオウが軽く首を回ししつつ行動方針を示した。

 同じく落ち着いたツクヨミもまた、彼の言葉にゆっくりと頷いてみせる。

 

 そこで大筋の情報共有が終わったと見て、少女が声を上げた。

 様子を窺うようにそろりそろりと、イリヤスフィールが前に出る。

 

「えっと……それで、その、ルビー。この人たちは……」

 

「さあ……?」

 

 少女―――イリヤスフィールからの問いかけ。

 それにルビーはさっぱり知らんとばかりに、羽飾りを軽く持ち上げた。

 

「さあ!? さあ? って!?

 ルビーはちゃんと情報の共有とかしてて、それで話してたんだよね!?」

 

「いえ、まったく」

 

 愕然とするイリヤスフィール。正気に戻ったら当然のように話をしているから、その辺りの話はしているとばかり思っていたのに。

 つまり一体、これはどういう状況なのだと彼女は目を回す。

 

 言われてみれば、と立香が手を打つ。

 

「あっ。そういえば、ルビーたちはどうしてこの世界に?」

 

「今更!? 固有結界……っていう世界がどうとかの話より、そっちの方が先に持ってくる話題じゃないですか!?」

 

 そう言って声を荒げるイリヤスフィール。

 確かに、と。全員揃って頷いてみせる。

 

「……確かに、何か違う世界に来て何かするのが当たり前になってたかも」

 

「細かい部分はともかく、人理焼却っていう止めなきゃいけない事が分かってて、その上で行く先々で出会うのは目的を共有できるサーヴァントの人たちばかりだったものね。何をすればいいのかが一切分からなかった、なんていうのは黒ウォズに現代に飛ばされた時くらいで」

 

 基本的に「人理焼却を防ぐために特異点を解決しにきた」と言えば、通じる旅路であった。何をすれば分からない、という状況は意外と珍しい。

 

 感慨深げに、その事実に何度か肯いてみせる立香。

 そんな彼女を見て、ロマニが苦笑を浮かべる。

 

「そっちは自分たちの意志で来たんじゃないんだ」

 

「えっ、えと……ゴースト、グレイト、フル? ―――じゃなくて。

 お兄さんたちは事故とかが原因になったわけじゃなくて、ここに自分たちの意志でやってきたっていう事ですか?」

 

 改めてジオウに向き合って、その胴体に書いてある文字を読む少女。

 何でそんな風に文字が書いてあるのだろう、と首を傾げつつ。

 しかしすぐに気を取り直して、問いかけてくる。

 

 そもそも互いに互いがどうしてこんな状況になっているのか。

 相手の背景ごと聞かなければ理解が及ぶまい、と。

 マシュが通信先で難しい顔をしつつ、全員に届けるように声を張った。

 

『……えっと。まずは自己紹介から始めましょうか。

 お互いの状況を確かに理解するためには、そこから始めるのが結果的に一番早くなるのではないかと思われます』

 

『……そうだね。ただそれは、移動しながらにしよう。先程の推測が正しいのであれば、そこは既に切り捨てられたエリアだ。剣の壁を乗り越えて、術者がどこにいるか捜索しつつ話をしよう。

 あ、それともしよければだけど。こちらでイリヤスフィールくんに先程の自己消失の影響が残っていないか、スキャンをするけれど……』

 

「マスターの健康管理はわたしの管轄なのでお構いなくー。イリヤさんも意識をちゃんと取り戻せているようですので、大丈夫でしょう!」

 

「ルビーから大丈夫って言われても結構不安が残るんですけど……」

 

 ロマニの提案を辞退しつつイリヤスフィールの周囲を回るルビー。

 そんな相棒の姿を胡乱げに見つめ、呟く言葉。それにややっ、と反応を示した魔法のステッキは心外だとばかりに声を上げた。

 

「大丈夫ですよー、後遺症や証拠が残るような薬は使ってませんってば」

 

「わたしルビーに何されてるの!?」

 

「まあまあ、こうしていても始まりませんよイリヤさん。自己紹介とかやるなら、ぱぱっとやっちゃいましょう! そうするためにもぴゅーっと、まずはあの剣の壁を飛び越えるとこからですね!」

 

「誤魔化されないからね!?」

 

 ふらふらしていたステッキを掴み取る少女の腕。そんなやり取りを注目されていた事に気付いて、彼女は少しだけ恥じるように目を伏せる。

 だがいつまでもそうしていられない、と。気合を入れ直して前を向いた少女が、己の名前を改めてこの場で告げた。

 

「えっと、わたしはイリヤスフィール・フォン・アイツベルン。

 穂群原学園小等部の5年生で。あと一応……魔法少女をやっています!」

 

 

 




 
 セコムの仕事は終わらない。
 


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3-3 スイート・ホーム2017

 
2話同時投稿
1/2
 


 

 

 

「つまり俺たちとイリヤの世界は並行世界って奴なんだよね?」

 

 幾つかの情報を共有し、さらっと一言。

 それで納得できることなのかなー、とイリヤは小さく首を傾げる。

 

 ソウゴもイリヤも変身を解除し、元に戻った状態で歩く。

 目指す先はこの世界の中心にいるだろう、固有結界の主だ。

 

『……魔導元帥、キシュア・ゼルレッチの造った魔術礼装か。

 これはまた、凄い話になってきたというか』

 

「凄い人なの?」

 

 ロマニの呟くような声に反応し、ツクヨミが問いかける。

 彼の返答を待たず、ルビーが彼女の前へと飛び出してきた。

 

「凄いと言えば凄いんですがねー、自分から何か大きな問題に首を突っ込んで滅茶苦茶にする事を辞めたロートルみたいな所がありますので。

 昔はブイブイ言わせていた、かつては凄かったお爺ちゃんと思って頂ければいいかとー」

 

「……それはいいことなんじゃ?」

 

「面白くないじゃないですか!」

 

 地団太を踏むように体を揺する魔法のステッキ。

 そんな相棒の姿を見つめ、軽く頬を引き攣らせる制服姿のイリヤ。

 

『そういう話かなぁ……』

 

 ロマニが渋面を浮かべつつ、ルビーを見る。

 が、紛れもなく“魔法のステッキ”だったそれは、何も気にしていない様子。

 

 彼女たちは並行世界の魔法少女(カレイドライナー)

 “境面界”と呼ばれる世界と世界の狭間に発生した空間への侵入―――離界(ジャンプ)を行っている最中に何かに介入され、事故のようにこの世界にやってきたらしい。

 

「それで、イリヤの友達も一緒だったんだよね?」

 

「えっと、はい。わたしと、ミユと、あとクロが……

 多分、一緒にこの世界に来ていると思うんですけど」

 

 転移の瞬間、何が何だか分からないうちにこうなっていた。

 だから友人たちがどうなったかも分からない。

 そう言って俯き気味になる少女の頭上で、ステッキが変形を始めた。

 上部から突然、アンテナのようなものを伸ばしたのだ。

 

「サファイアちゃんの反応は感知してますので、美遊さんはちゃんといると思いますよー?」

 

「そういう話早く言っておいてくれないかなぁ!?」

 

「そうは言ってもタイミングがなかったでしょう?」

 

 この世界に来て、謎の現象から逃げ回って、そして今に至る。

 確かに自分の事でいっぱいいっぱいで、そちらに意識を向ける余裕もなかった。

 それは認めざるを得ないと、イリヤはぐぬぬと言いたげな表情で押し黙る。

 

「サファイアっていうのは、ルビーと同じ魔法のステッキ?」

 

「はい、私の愛する妹。愉快型魔術礼装(カレイドステッキ)、マジカルサファイアちゃんです。サファイアちゃんのマスターは美遊さんという、これまた中々の魔法少女(MS)力を持っている方なんですよー」

 

 まず魔法少女(MS)力ってなに? 魔力とは違うの?

 と思いつつ、しかし本題には関係なさそうなので曖昧に頷いておく。

 

「あとは、クロって子?」

 

「クロさんは……」

 

「クロエ・フォン・アイツベルンって言って、わたしの妹みたいなもの! です!」

 

 突然声を荒げてそう言い放つイリヤ。

 そんな様子を前にして、立香とツクヨミが顔を見合わせる。

 

 ふと思い出すのは、黒い方を妹と言い張っていた白い方。

 通信画面の先で、ロマニとマシュが揃ってソウゴに視線を向けた。

 首を傾げていたソウゴが、何となく察してイリヤへと問いかける。

 

「……もしかして黒くなったイリヤだからクロ?」

 

「リンさんの名付け理由が即バレた!?」

 

「同レベルのネーミングセンスに心当たりがあるって反応ですねー」

 

 多分ソウゴだったら白イリヤと黒イリヤにするだろうからちょっと違うな、という顔を浮かべるカルデアの面々。だが方向性は確かに被っているので、否定はしない。

 

「それはさておき。通信の状況は悪いみたいで応答はありませんけど、サファイアちゃんの位置はちょうど私たちの目的地と被ってますねー」

 

「目的地、って。この固有結界の術者、の人? ミユはその人に保護、してもらってるのかな」

 

 そんな会話をしながら歩いていた彼女たちが、歩いて向かう先を見上げた。

 広がっているのは、水晶で出来たエリア。

 水晶でできた山々に囲まれた、明らかに別エリアと考えるべき異界。

 そしてその中心に屹立するのは、水晶の城。

 

 草原と水晶の土地は巨大な門で遮られ、背の高い城以外がどうなっているかは分からない。

 だが水晶の山々の中には、幾らか鋼の刃が混じっている。

 状況から見て、あそこが術者の根城ということになるだろう。

 

 通信は取れないが、サファイアからもルビーたちがそちらに向かっている事は感知できているはずだ。だから動かずに待っている、と考える事もできる。

 ―――当然、動けない状況であると考える事だってできるが。それをあえて口にすることはせず、目的地を眺めながらルビーは別件について話し出す。

 

「ええ、そういった可能性もあります。そして、あの剣の壁の事なんですけど。アレ、多分アーチャーのクラスカードを利用してるんだと思うんですよ」

 

 ―――クラスカード。

 彼女たちから聞いた話に出てきた、カード型の魔術礼装だ。

 クラスごとに分かれている、内包されたサーヴァントの力を引き出せる特級の代物。

 イリヤたちカレイドライナーは一時、それを回収するために戦っていたらしい。

 

「まだまだクラスカードの事については、私たちにも分からない事が多いですしねー。クロさんが使っているアーチャーの能力も、固有結界からの派生、という可能性は十分あるかと」

 

 あえて口調を軽くしているのだろうルビーにそれを聞かされて、イリヤが眉を顰めた。

 

「それって……じゃあこれは、クロも協力してるって事?

 ミユもクロも、その人のとこにいる?」

 

 クラスカード・アーチャー。

 その一枚に限り、彼女たちが自由に出来る状態にはないものだ。

 それはいま話に上がったクロエ―――特殊な事情で発生した、もう一人のイリヤの核として使用されている。だからこそ、他人には利用できないはず。

 

 つまり、アーチャーのカードを使われているということは。

 クロエが積極的に協力しているか、あるいは―――

 

「それは分かりません。が、ただ普通に協力するだけであんな風にこの世界に機構に組み込まれはしないでしょう。普通ではない状況なのは間違いないかと」

 

 顔を強張らせたイリヤの前で、ルビーは体を軽く横に振った。

 

「ちょ、それってクロが何かされてるってこと!? そんな、それって……!」

 

「落ち着いてください、イリヤさん。今のところこの世界は侵略されてる側で、別に悪い奴の世界とかそんな話じゃないんですから。固有結界は術者の心象。つまり本人の心の裡をダイレクトに反映するものです。悪意は感じないので恐らく大丈夫かと」

 

 声を荒げていきり立とうとする少女を宥め、ルビーはどうどうと羽飾りで頭を撫でる。

 それを軽く払いつつ、周囲を見回したイリヤは小さく息を吐いた。

 

「そ、そっか……! この世界は別の世界に侵略されてるだけで、普通に綺麗なだけの世界だし……悪い魔術師の人の世界、ってわけじゃないんだもんね」

 

 真っ先に干渉してきたのが異常な現象だったが、この世界自体からは悪意を感じない。ここが固有結界という術者の心象の具現だからこそ、それが安心できる要素になると。

 ルビーはそう語って、イリヤを落ち着かせた。

 

『確かにこの固有結界の雰囲気自体が安心材料ではあるね。

 性質上、どうしたって嘘がつけない部分だから』

 

 ロマニが周囲をスキャンしつつ、同意するように呟く。

 悪党、外道であればこんな心象風景は創れない。

 この世界自体が、この世界の管理者の精神性を保証してくれている。

 

 ただ同じく作業をしながらその世界を見渡していたマシュが、ふと呟いた。

 

『……悪意はまったく感じない世界だと思います。けれど、何故でしょうか。

 わたしにはその世界が、その、哀しい世界だと感じてしまいます……』

 

「広大で、自然もいっぱいで、あの水晶地帯みたく綺麗な場所もあって。

 ―――けど。この世界には他に誰もいないから、かな」

 

 マシュの言葉に同調して、立香が周囲を見回す。

 結構な距離を歩いたと思うが、自分たち以外の命を感じることはなかった。

 少なくとも侵略を行っている別の勢力はある筈なのだが。

 

「とにかく、行ってみれば―――」

 

 止まっていても仕方ない。ああも分かり易い水晶の城という目印はあるのだ。

 ならばとりあえず行ってみるしかない。

 そう言って前に進もうとしたソウゴがそこで足を止め、空を見上げた。

 

 それが戦闘態勢への移行だと理解して、すぐさま他の面々も身構える。

 不思議そうにしていたイリヤもそれを理解したのか、表情を引き締めた。

 

 が、ソウゴはドライバーとウォッチを取り出そうとした手を止めた。

 そのまま首を傾げだした彼に、ツクヨミが問う。

 

「敵?」

 

「うーん……多分、違うかな」

 

 その直後、彼方から跳ねてくる何かを全員が見た。

 彼らが目の前にしている水晶に囲われた土地。

 それを囲う水晶の山を迂回するように移動していた影が、そこへと現れる。

 

 空中に躍る彼女はこちらより先に存在に気付いていたらしい。

 こちらの存在にさほど驚きもせずに、その場に颯爽と着地した。

 

「なんだ、お前たちも来ていたのか」

 

 どこか呆れた様子でそう言いつつ、彼女は息を吐く。

 腰まで伸びた髪を軽く払いながら胡乱げな表情を見せる女性。

 何かよく分からないが、いきなり現れた知己に立香が手を叩いた。

 

「スカサハだ。久しぶりだね」

 

「私はお前たちが神殿に向かって走っていくところを遠方から眺める程度はしたが。

 まあ、顔を合わせるのは―――いや、それにしたって久しくはないな」

 

 時間神殿、ソロモンの居城に一直線だった彼女たちとは顔を合わせなかった。

 だから久しぶりでも違いないか、と口にしようとしつつ。

 しかしやはり1年かそこらで久しいはないだろう、と肩を竦めるスカサハ。

 

「俺たちは人理焼却の余波かもしれない、ってここに来たんだけど。スカサハは?」

 

「……余波、か。まあこの件は恐らく、それが原因のひとつでもあろうが」

 

 ソウゴの言葉にそうぼやき、何とも言えない表情を見せるスカサハ。

 その態度に揃って首を傾げて、

 

「あの、えっと、そちらのお姉さんは……皆さんのお知り合いでしょうか?」

 

 おずおずと声を上げるイリヤに、おお、と掌を打って彼女に紹介する。

 

 彼女の真名がスカサハであること。

 人理を取り戻す戦い、アメリカの地で共闘したサーヴァントだということ。

 そうした説明を受けた少女が、感心したような声を出す。

 

「ほぇ~、凄いお姉さんなんだ」

 

「通常なら英霊召喚の対象にならなそうな方ですが、そんな事になるんですねー。よほどの異常事態だったのだと、よく分かるお話です」

 

 お姉さんと呼ばれ、感動の視線で見上げられたスカサハ。

 何とも言えない、と。

 そう言った様子で瞑目してみせるのは、呼び名が理由か、態度が理由か。

 

「……まあ、よい。お前たちはこの固有結界を消滅させるのが目的か?」

 

「ううん、ここが特異点ならそうだったんだけど。なんか状況がよく分かってないから、とりあえずあそこの城に行ってみようかなって」

 

 ソウゴが彼方の城を指差し、そう告げる。

 彼らの様子に眉根を寄せるスカサハ。

 

「随分と気の抜けた話だ、お前たちらしいとは思うが。

 ……一応言っておくならば、この固有結界はそう遠くないうちに破綻する。放っておいても解決はするだろう。それを見届けて離脱すれば問題は起きまい」

 

「え!? じゃあその前にミユとクロを迎えに行った方がいいよね……?」

 

 イリヤの焦燥の声に、何の話だという表情を浮かべるスカサハ。

 それに対してツクヨミが前に出て、現状を説明する。

 

 この世界にレイシフトしてきて得た情報、推測も含めて全てを彼女に公開した。

 今この空間で魔術に最も精通しているのは彼女か、ルビーだろう。

 ならば協力を仰ぐためにも、それは必要だ。

 

 大人しく聞きに徹していたスカサハは、粗方聞いた時点でルビーをちらりと見た。

 

「……魔法少女。なるほど、そういうことか」

 

「なにか分かったの?」

 

 何らかの話に納得を見せた彼女の前で、ツクヨミが首を傾げる。

 

「ああ、とりあえず私も現時点で持っている情報を伝えておこう。

 どうやらこの固有結界内、元は幾つかのエリアに分かれて国があったようだ。

 そしてそのエリアごとに治める魔法少女が存在していた」

 

「魔法少女の国……?」

 

「なんで魔法少女?」

 

 立香とソウゴとツクヨミが、揃って不思議そうに首を傾げる。

 自分も魔法少女であるイリヤが、少々居心地悪そうに体を揺すった。

 

「さてな。恐らくこの結界の術者が魔法少女、という人種だからだろう」

 

 訊かれたところで答えなど持っていない、と苦い顔を浮かべるスカサハ。

 だがそうとなれば、イリヤたちは意図して呼び寄せられたのだろうか。

 魔法少女、と呼ばれる人種が複数集まっていたのが偶然、ということはけしてあるまい。

 

「詳細までは分からぬ。

 私が見れたのは、『雪華とハチミツの国』とやらだけだったしな」

 

 そう言って振り返り、自分が来た方向を見据えるスカサハ。

 名前からして雪国のように聞こえるが、雪などどこにもない。

 それを不思議に思って問いかけるツクヨミ。

 

「それで、その国はどんな状態なんですか?」

 

「―――滅びたよ。もう続けていられないと、女王が自らの意志で手放した」

 

 彼女はどこか居た堪れないような、何とも言えない表情でそう口にする。

 先程から彼女がどこか浮足立って見えるのは、それが原因なのだろうか。

 

「現存、と言っていいのか分からぬが。周辺で残っている国はただ一つ、『お菓子の国』のみだ。残っていると言ってもお前たちも見てきた通り、侵略者側としてだがな」

 

「あの名前を忘れる奴とか、チョコレートとか、それの事?」

 

 少しの間だけ瞑目して、すぐに表情を戻したスカサハが小さく頷く。

 

「なんでそんなことに……?」

 

「……さて、な。正直に言えば、ハチミツの女王から聞き出した分で、私もおおよそ理解はしている。だが生憎と、私の口から語るものではない。私のような手合いには口を出す資格がないというべきか。下手な言葉を吐けば、自分にこそ刺さると理解してしまっているからな」

 

 溜め息を落としつつ、彼女はそう言って肩を竦める。

 

「―――この世界を創った魔術師の力は強大だ。だが、それ以上に……お前たちは“隔離”こそがこの世界の性質と、そう推測したと言っていたな。

 だがそれは違う。この世界はもっと柔らかいもの―――“保護”のためのものだ」

 

「保護……」

 

 繰り返すようにイリヤが呟き、安堵の息を吐く。

 ミユとクロという彼女の友人の無事を補強する情報だからだろう。

 その反応を肯定も否定もせず、スカサハは言葉を続けた。

 

「術者はどうやら、必死に保護しようとしているのだろう。対象とされたものは、魔法少女という人種そのもの。

 だが守られる側はもういい、もう忘れたいと、そう願ってしまうようになった。忘却の森の侵食が止まらないのは、そういう事だ」

 

『忘れたい、ですか? それは何を……?』

 

 マシュからの問いかけ。

 スカサハはそれに対し、ゆっくりと首を横に振る。

 

「私が口にすることではない。私も雪華とハチミツの国の女王から聞いただけだ。

 お前たちも同じように聞いてみればよかろう」

 

 そう言って彼女は水晶の城へと視線を向けた。

 つまりあの奥にいるだろう術者から、直接聞けばいいと言っているのだ。

 

「―――ファースト・レディ。

 真名ではないらしいが、この世界の支配者を皆はそう呼んでいたらしい。

 最初の魔法少女、という意味を込めてのファースト・レディだそうだ」

 

「ファースト、レディ……?」

 

 問い返すような声に、しかしスカサハは応答しない。

 そっちに関する話はこれまでだ、と態度で示す。

 その上で次の話に移るべく、今度は彼女の方から話題を持ち掛けてきた。

 

「……本来ならばお菓子の国から忘却が広がる事などなかっただろう。あれはお菓子の国の魔法少女として当て嵌められた存在の固有結界だが、その魔法少女は己のテリトリーを広げようとなどしていないのだから。だというのに広がっているのは、別の原因が存在するということだ」

 

 スカサハの言葉に不思議そうに首を傾げる立香。

 ロンドンで聞いた“物語”は、読者を求めて自分の影響を拡大させていた。

 いや、だが名無しの森を広げていては読者探しどころではない。

 

 ならばスカサハの言う通りなのだろうか。

 そもそもこっちの考え過ぎで、“物語”のサーヴァントは関係がないのか。

 

『えーっと、つまり。この世界の支配者……ファースト・レディと、もう一人の固有結界の持ち主と、あともう一人。問題を大きくしてる、一番危ない奴がいる?』

 

 スカサハに対するロマニの確認の言葉を聞きつつ、もうよく分からなかくなってきたなとソウゴが腕を組む。

 

 ファースト・レディは本来この世界に閉じこもっているだけで、安全。

 名前を失わせる固有結界の持ち主は、踏み込むと危険だが本来は侵略などしない。

 だがそこに、問題を大きくしたもう一人がいるという。

 

「うむ。あの戦いの後、影の国へと帰還した私はその痕跡を発見した。

 ―――人理焼却に肉体を焼かれ、逃げ込んだこの世界で自分の魂を忘却し、それでも欲望と執念だけは未だにこの世界に残して動き続けるものがいる」

 

「人理焼却の中で生き延びた、ってこと?」

 

 そんな立香の驚きの声に、スカサハは片目を瞑って思案した。

 どういったものと語るべきかと悩んで数秒。

 彼女は呆れ半分の声で、相手の情報を語り出す。

 

「いや、もはや生命ではなかろう。怨念ですらない。人理焼却の中で生命としては喪われ、怨念となるべき自我はこの地で忘却の森の中に消えた。だというのに、未だ存在する何者か」

 

「そんな奴が……」

 

 それはよほどの執念なのだろう。

 肉体も自我も消え果て、それでも存続している何らかの感情。

 ソウゴもまた、いつか見た鏡の中に焼き付いていた何者かの願いを思い浮かべた。

 

「ああ。そしてそいつは今、どうやらチョコレートの中に溶けているようなのだが」

 

「チョコレート……?」

 

 さらっと、なんか更によく分からない話に飛んでしまった。

 イリヤが何を言われたかイマイチ理解できずにそのまま繰り返す。

 横でふよふよ浮いているルビーは、おかしげな声で彼女に語り掛ける。

 

「食べなくて良かったですねぇ、イリヤさん」

 

「あんなの食べるわけないでしょ……」

 

 なにせ地面を這っていた自立稼働するチョコレートだ。

 あれを食べ物だと考える知的生命体など、きっと地球上にはいないはずだ。

 多分。

 

「そもそもなんでチョコなの?」

 

「ふむ、私にとってもこれは軽く聞き及んだ程度の話でしかないのだが……幾つかあった国の内、真っ先に消えたのは『大海原と竜の国』という海洋国家だったそうだ。お菓子の国にとっては隣国にあたる国だったようだな。

 そこを治める大海原の魔法少女は、広がる忘却の性質を真っ先に理解して、自分からその身を投げ込んだ。どうやら、国を治める連中の中で、もっとも直情的な魔法少女だったらしい。結果として大海原の国は崩壊し、お菓子の国から海にチョコレートが流れ込んでああなったと」

 

 お菓子の国が大海原の国を取り込んだ結果が、チョコレートの海。

 そしてチョコレートが這いずる今の世界だという。彼女たちが見たのは少量のチョコレートだったが、元々海だった場所にはチョコの海が広がっているという事なのだろうか。

 

「チョコの海かぁ」

 

 字面だけ見るとファンシーな気もするが、実際に海と化したチョコレートというのはあまり想像もしたくない地獄絵図だ。そんな立香の反応に肩を竦め、スカサハは続ける。

 

「元々影の国の海からこちらの海に紛れ込んでいたモノは、恐らくは海の中に漂っていたのだろう。だがその時チョコレートの海に呑み込まれて一体化してしまった。

 言った通り、もう肉体も自我もない。あのチョコレートの海はただそのモノが残した執念だけで動いている。あまりの執念深さに一周回って感心するほどに貪欲な略奪者だ」

 

 その話を聞いてソウゴがロマニへと問いかける。

 

「ただのチョコレートじゃなかったの?」

 

『いや、確かにただのチョコレート以上のものではなかったはずだけど……』

 

 少なくとも数値上は、特別でもなんでもないチョコレートだった。

 何度確認したところでそれは変わらない。

 そんなやり取りに溜め息ひとつ、スカサハはそうなるだろうと肯定した。

 

「ああ、そうだろうとも。異物として混じるだけの情報など残っていない。

 先に言った通り、何もかも燃え尽きた後の一念がそこにあるだけだからな。

 だからこそ、問題なのだが」

 

「―――実体が無いせいで、倒したり排除する手段がない?」

 

 先程思い返した、ロンドンで見かけた固有結界の本。

 それに対してアンデルセンが言っていた言葉を思い浮かべ、立香が問いかける。

 その通り、と。スカサハは面倒そうに首を縦に振った。

 

「うむ、アレはとっくに滅びているのだ。だからこそもう滅ぼせない。正体さえ分かればもう少しどうにか対処する手段もあるだろうが……この固有結界が超級の守護結界であることが裏目に出てしまった。本来ならば侵入できないようなものがしかし、人理焼却という異常事態に紛れて懐に入ってしまったがため排斥し切れず、こんな事態を起こしてしまったというわけだ」

 

「それって……どうにかする手段があるの?」

 

「どうもこうも、言っただろう? 放置しておけば勝手にこの固有結界ごと消滅する。

 その悪意が存続できているのは、この世界と言う宿主があるからだ。それを自分で喰い破っては、自分ごと滅ぶ事になるだけだろう。私もそれを見届けに来ただけだ」

 

「え? で、でもこの世界を創った術者の人は悪い人じゃないんですよね?」

 

 一体何を言っているのか、と。スカサハが奇妙なものを見る目をイリヤに向ける。

 見据えられた少女が竦んで、小さく震えた。

 

「元々この世界はただの被害者だったって事でいいんだよね?

 じゃあ、そのチョコレートの奴を倒せばいいって事じゃないの?」

 

 ソウゴがそう言ってくる事に片目を瞑り、呆れたように溜め息をひとつ。

 

「別にそんな事をせずとも、巻き込まれたその少女の友人を見つけて離脱すればいいだけだ。

 恐らくはファースト・レディに捕まっている。この状況に対応するために魔力を確保したい、と言ったところだろうな。傷付けたりはしないだろう」

 

「……でも、ちょっと正直よく分かってないですけど。ファースト・レディさんって、この世界を必死に守っている人……なんですよね? この世界があっても別に他の世界に迷惑をかけるわけでもなくて……その侵略者に脅かされなかったら、普通に……えっと、何かから魔法少女を保護しているだけの人で……」

 

 スカサハに対する少々の怯えを見せつつ、しかしイリヤはそう言い立てる。

 そんな少女の様子に何とも言えない表情を見せる影の国の女主人。

 どう言い返したものか、と眉を片方を上げて―――

 しかしそこで溜め息ひとつ、諦めたように肩を竦めてみせた。

 

「…………まあ、別に私がこれ以上何をいう事もないか。何かしたい、というなら自由にするがいいさ。だがなるべく早くここから離脱した方がいい、とは言っておくぞ。お前たちは世界が終わった程度では死ねぬ私とは違うのだから」

 

「そっか。じゃあとりあえず、そのファースト・レディに会いに行こうか」

 

 気にした様子もないソウゴの様子。

 それに聞いていたのか? という顔を浮かべて溜め息をもうひとつ。

 だがしかしそういう連中だったな、という意味を込めて更にひとつ。

 

「イリヤの友達の事もあるし、ファースト・レディの事も何か助けられるかもしれないしね」

 

「スカサハにも協力して欲しいんだけど。だめ?」

 

「……私としてはあまり踏み込む気にはならんな。レディとやらを助けるために、というのであればなおさら。大人しく外でチョコレートの動向を見ているさ。お菓子の魔法少女の方は一切動きがないが、ファースト・レディ次第で何かがあるかもしれんしな」

 

 もう周囲の小国は全て切り捨てられている。

 魔法少女を保護するための世界には、守るべきものは残っていない。

 いや、正確には後ひとりだけ残っている。

 魔法少女でありつつ、この世界の侵略者と化したお菓子の魔法少女が。

 

 ―――この世界はもう破綻しているのだ。

 

 チョコレートや忘却の侵略だって様子は窺うが、止める必要はない。

 ファースト・レディが敗北した時点でこの世界は崩壊する。

 同時にこの世界に守られているお菓子の魔法少女や、チョコレートに沈んだ怨念も滅びる。

 後は結末を見届けるだけなのだ。

 

「そっか。じゃあ俺たちはとりあえず、ファースト・レディに会って色々聞いてくる」

 

「あ、は、はい! 行きましょう!」

 

 サーヴァントに同行を断られて、さほど気にもせず。

 ソウゴたちは水晶のエリアに向かって歩き出した。

 そう言って進んでいく連中を半眼で見据えつつ、また溜め息。

 

「……この世界がいつまで無事でいられるかは分からん。

 徐々に切り崩されているのは確かだ、何かしたいのであればせいぜい急げ」

 

 スカサハの言葉を受けて、走り出す連中。

 彼らはレディの国の前に設けられた門を飛行して越えていく。

 本来なら守りに弾かれるだろうが、もうその力も残っていないのだろう。

 

 カルデアの面々が見えなくなるまで立ち尽くして―――

 その後、ぽつりと小さな声で呟く。

 

「―――助け、か」

 

 ファースト・レディもまた、既に通常の生命を逸脱した存在だ。

 別に顔を合わせたわけではないが、その程度はこの世界に踏み込んだ時点で分かっている。

 魔法少女という概念に踏み込んだ超常存在。

 

 魔法少女―――魔法少女だ。

 それは少女と呼ぶべきものから変わらぬまま、そんなものにまで辿り着いてしまった。

 ある意味では己より余程狂人染みている、と。ある種の敬意すら感じる。

 

 この場に来る前、出会った雪華とハチミツの魔法少女を思い出す。

 完全に彼女の知己と同じ姿であったが、完全に別の人間だったもの。

 

 その相手はこの地でファースト・レディを除いて最後まで耐えて―――

 しかし、耐え切れなくて崩れていった。

 それを看取ったのはスカサハと、面白生物に変わっていた彼女の弟子の似姿。

 

 彼女の知るその女に比べて、随分と心が綺麗な女であった。

 悪役(ヒール)でこそあったが、それでも魔法少女とやらだったのだろう。

 

 彼女は最後の最後まで、ファースト・レディに入れ込んでいた。

 恐らくは、強い仲間意識を持っていたのだろうと思う。

 ただそれでも忘却の森の侵略に耐え切れず、自壊してしまった。

 

 当たり前だ。そういう人種でなければ、最初からこんなところにいない。

 ここは“逃げ場所”だ。

 それを創ったレディを除き、心が世界に負けてしまったものしかいない。

 

 雪華とハチミツの国が滅びる前。

 スカサハの目の前で、一人の魔法少女と一人のマスコットは言葉を交わしていた。

 

『お前が最後の最後で残していくのが仲間の心配たぁ、年貢の納め時だな。悪役が真っ当な面を見せる時は、死ぬ前振りってのがオレたちの相場(おやくそく)だろうに。

 悪から正義に華麗に転身なんて死んでもやりたくねえテメェじゃ死ぬしかねえ。死んでも心配したい、ってならまあ怨念(エコー)でも叫んでおけ』

 

『……ええ、まったくその通り。でもね。悪役の女が悪役のまま、愛した(ライバル)の腕の中で朽ち果てるのも……よくある物語でしょう? だから、特に言う事はないわよ』

 

『そうかい。ま、テメェが満足してるならそれでいいさ。

 少女っていうにはちと長すぎる魔法少女時代だったな、女王様』

 

『――――ほんと、そうね。だからこそ、ちょっと残念。なにせあの子は、私よりずっと長く魔法少女なんだもの。レディからこの国、ちゃんと奪い取りたかったのに……』

 

 最後に笑いながらそう言い残し、ハチミツの魔法少女は名前を失って消えた。

 彼女と繋がっていたマスコットも、同じように。それなりに満足気に。

 

 ―――別に彼女たちはスカサハと何の関係もない。

 ただ見知った顔とよく似た顔の持ち主だった、と。ただそれだけ。

 

 別に名を奪う結界に恨み節もない。

 そもそも彼女たち―――この世界の魔法少女たちは全て、望んで名前を捨てたのだ。

 それはハチミツの魔法少女とて例外ではない。

 彼女たちは自分の存在に耐え切れず、揃って名前を投げ出した。

 

 分からないでもない、とスカサハは思う。今でこそ英霊、サーヴァントとして活動して、相応に真っ当な精神性を獲得している。

 が、多少は真っ当になっているからこそ、彼女の本性は世界に負けた魔法少女たちにある種の共感さえ覚えている。

 

 彼女たちはファースト・レディに守られ続けてくれるほど、強くあれなかった。

 かつては強かったかもしれないが、今はそうではなくなっていた。

 

 不幸だったのは、それでもファースト・レディは戦えてしまった事。

 ここに至るまで強がれてしまった、彼女の強さだろうか。

 

 それを打ち負かせれば、みんなで身を寄せ合う弱者の集まりになれたのに。

 結局ハチミツの魔法少女は、レディを打ち倒す事はできなかった。

 

 この世界で、彼女は最初から最後まで独りだけ強かった。強がれてしまった。

 守るべき、守られるべき、打ち捨てられた魔法少女しかいない世界の中で、たった独りだけこの世界を守るために戦う、強い魔法少女でいる事が出来てしまった。

 

「無体な話だ」

 

 スカサハは水晶の城を見上げつつ、小さくぼやく。

 珍しいほどに感傷的なのは、ハチミツの魔法少女の姿を見たせいだろうか。

 ほんの少し前に彼女が知る方の相手と、時間神殿で顔を合わせたばかりだから。

 

 ―――レディを止めるには。

 

 まずなんにしても、彼女を“守られる側”にする必要がある。

 多くの魔法少女が折られ、心が砕け、ここに流れ着き、そして自分を捨ててしまった。

 そんな状況の中でもなお、まだ立ち続けて悪足掻きしている魔法少女。

 まだ守る側であり続けようとしている少女の心を折る必要がある。

 

 果たして、それは――――

 

 

 



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3-4 王たちの慟哭1968

 
2話同時投稿
2/2


 

 

 

 ―――水晶と剣の入り混じる景色を駆け抜ける。

 妨害とかそう言ったものは一切ない。

 城に辿り着く事を邪魔しよう、という意志はまったく感じない直進。

 やがて城門にまで辿り着き、しかしそこまで来ても何の反応もない。

 

「大丈夫そう、ね」

 

『それにしても、いいのかい? 聞いた限りでは、ファースト・レディの方にも警戒を払うべきだとボクは思う。スカサハに協力を頼んだ方が良かったんじゃないかい?』

 

 心配そうなロマニの声。

 それは確かにそうなのだが、と揃って顔を見合わせる。

 

「でもいま最優先なのはイリヤの友達を助ける事だし、仕方ないと思う」

 

 スカサハの言い分を聞く限りでは、どうやらこの固有結界の術者であるファースト・レディ自身も、何か大きな問題を抱えていそう、という印象だ。

 最大の問題はチョコレートの中の亡霊。これは変わらないが、次いで問題なのは名を奪うお菓子の魔法少女ではなく、ファースト・レディなのではなかろうか。

 

 そう理解している彼らはしかし、レディの城に乗り込む事を良しとした。

 

「多分、スカサハも自分のやるべき事はそっちじゃないって思ったんじゃない?

 だったらなおさら、俺たちが急いでやりたい事をやるべきだと思う」

 

「やりたい事、ですか?」

 

 転身を解いて、小学校の制服のまま歩いていたイリヤ。

 彼女がソウゴの言葉に足を止め、不思議そうに彼を見上げた。

 その視線を受けて、ソウゴは周囲を見回す。

 

 水晶と剣に鎖された国。

 元がどうだったのかは最早分からない、が。

 そこから感じる今のレディの心は―――

 

「正直、情報が足りてないと思うんだけど」

 

 溜め息混じりにツクヨミがソウゴを見据える。

 

「でも、ここがファースト・レディの世界だって分かってれば十分理由になるんじゃないかな」

 

 この世界にいる、という事はレディの心の中にいるということだ。

 そこから感じ入るものは、恐らくここにいる全員が共有できている。

 カルデアから見ているだけの自分でさえそうだ、とマシュが言う。

 

『……この世界は、どこか物悲しい。それはつまり、ファースト・レディという方の心象が悲しみを描いている、という事なのは恐らく間違いないのでしょう』

 

 イリヤもまた自分の周囲の光景を見渡した。

 乱雑に水晶と剣が生え散らかした大地。

 それはどこか、どうしようもない事態にぶつかって暴れたかのような無茶苦茶さで。

 

「……それは分かるけど。ファースト・レディを説得して、スカサハの言っていた怨念を排除して、この世界を平和にするのが目的……でいいのかしら」

 

 聖杯、という第一目標を設定できた今までとは違う。

 何をして解決するか、という部分もきっちりと決めて動かなければいけない。

 彼女の提案に対して、揃って首を傾げる。

 

『現時点での情報から言えば、それを達成できればこの世界は通常の時間軸から再び完全に離れ、交わる事もなくこちらで特異点の消失を観測できるはずだ。

 スカサハが言うには、放置しても消滅はするだろうという話だけど―――』

 

「それはやだ」

 

 立香が挟んだ口に苦笑して、ロマニもすぐに話を戻す。

 

『まあ、そうだよね。なら、もうファースト・レディの居城に乗り込むしかないだろう。

 だとしたら、結局重要なのはレディという魔法少女の精神状態だ。他の事は考えず、まずはそこを解決する事を考えよう』

 

 スカサハから何を聞いても、結局必要になるのはレディの心だ。

 この固有結界は彼女の心象風景。

 世界から感じる、この言いようのない物哀しさはつまり―――

 

「…………」

 

「どうかしましたか、イリヤさん?」

 

 周囲を見回していたイリヤに声をかけるルビー。

 問われた彼女は何とも言いづらいという顔で、己の相棒を見上げた。

 

「ううん、なんだかよく分かってないけど、レディさんはとにかくいま辛い思いをしてるって事なんだよね。それがどうしてなのか聞いて、解決できるように努力する。それがいま、わたしたちにできる事なんだ」

 

「うんうん。私も嬉しいですよ、イリヤさんが魔法少女らしい使命に目覚めてくれて。

 イリヤさんの言う通り、どこかの誰かが抱えた辛い気持ちを魔法のパワーで問答無用にスカッと力尽くで吹き飛ばして解決するのは、魔法少女の専売特許ですからねー!」

 

「そんな事言ってないから」

 

 勝手に話を変な方向に持って行こうとするステッキを軽く叩く。

 彼女はそのまま悩むような顔で、しかし決然と歩を進める。

 

 ―――水晶の城に踏み込み、まっすぐ突き進んだ先。

 

 そうして到着する大広間。

 その中心にぽつんと置いてあるのは、城と同じように水晶でできた豪奢な椅子。

 

「クロ!?」 

 

 そこに膝を抱えて蹲る少女を見て、イリヤが叫んだ。

 パッと見て違うのは肌の色。

 髪型や服装が違うだけで、イリヤと瓜二つの少女を見つけ、皆で足を止める。

 

 名前を呼ばれたからか、座っていたクロはゆっくりと顔を上げた。

 イリヤとクロがゆっくりと視線を交錯させる。

 が、それ以上の反応を示さない相手にイリヤが眉を顰めた。

 

 彼女たちの様子を訝しみながら、イリヤの背中に問いかけるツクヨミ。

 

「あの子がクロ?」

 

「あ、はい! ―――ねえクロ、大丈夫? ミユは? 一緒にいるんだよね。

 あとファースト・レディさん、って人に話を訊きたいんだけど……」

 

 間違いないという風に頷いて、クロに対して歩み寄るイリヤ。

 しかし相手はぼんやりと自分を見つめ返すばかり。

 そんな様子を前にしてイリヤは不審そうに首を傾げ―――

 

「近づいてはいけません、イリヤ様!」

 

「え?」

 

 イリヤが足を止め、声がした方向を見る。

 

 それは、彼女にとっても聞き慣れた声。

 自分の相棒である魔法のステッキ、マジカルルビー。

 その姉妹機にして、彼女の友人である美遊・エーデルフェルトの相棒。

 マジカルサファイアのものに相違なく。

 

 振り向いた彼女の視線に先には、黒々とした魔力に染まったリボンらしき何かに縛られた、一人の少女とマジカルサファイア。

 魔力を搾り取られて青い顔で小さく苦悶の声を漏らす少女が、美遊・エーデルフェルトに間違いないという事実。イリヤスフィールはそれを、数秒をかけて理解する。

 

「―――ミユ!?」

 

 ―――そのために必要とした、彼女の数秒の自失。

 

 そんな時間の隙間に、クロは椅子の上に立ち上がり、その手に黒塗りの弓を構えていた。

 番えられるのは螺旋の刃。それが矢へと変じていき―――

 

「イリヤさん!!」

 

『魔力波形、観測しました! これは……冬木のアーチャーと―――!』

 

 外部からの声など気にもかけず、クロが早々に指を放す。

 庇うように動いたルビーの防壁では、それが止められないと分かり切っている。

 ルビー単独どころか、転身した上でも魔力障壁を易々と貫通するだろう。

 

 突然、何の感情も見せずそんなものを向けてきた半身に対し、少女は動けない。

 既に放たれている光を曳き襲い来る螺旋の矢を前に、ただ茫然として。

 

「変身!」

 

〈仮面ライダー!〉〈ライダー!〉

〈ジオウ!〉〈ジオウ!〉

 

 背後から飛んできた二重に重なる“ライダー”の文字が、正面から矢に激突した。

 それでも直進を止めない矢に押し返され、文字が返ってくる。

 と、同時にそれは全て、姿を変えたソウゴの頭部へとはめ込まれていく。

 進化したジオウ、ジオウⅡの顔面にインジケーションアイⅡが輝く。

 

〈〈ジオウⅡ!!〉〉

 

 イリヤの前へと既に踏み出しているジオウⅡの手の中に、ジオウと同じ顔を持つ剣が浮かぶ。

 呼び出された時冠王剣を握ると同時、彼は即座にその剣の特殊攻撃発動装置を動かした。

 サイキョーハンドルを上げ、ギレードキャリバーの表示を“ジオウサイキョウ”へ。

 

〈ジオウサイキョー!!〉

 

 それにより臨界したエネルギーを刃に乗せて、減速してもなお直進してくる螺旋の矢へ向けて、ジオウⅡはその剣を思い切り振り抜いた。

 

〈覇王斬り!!〉

 

 時計の針が回るように、時冠王剣の刃が弧を描く。

 魔王の力が螺旋の矢の貫通力を正面から切り伏せて、粉砕する。

 残骸も残さず、カタチが崩れた時点で消滅していくクロの放った矢。

 

 そうして背後に庇われた少女が、思わず声を上げた。

 

「こ、今度は体じゃなくて顔に文字が!?」

 

「命の危機の直後にまずツッコミ! 私イリヤさんのそういうところ好きですよー!

 そのままのイリヤさんでいてください!」

 

 自分の手の中でぴょこぴょこと羽飾りを動かすルビー。

 そんなつもりじゃなかった、と。イリヤは少し頬を引き攣らせた。

 

「あ、すみません!? 別にそんなつもりじゃ!」

 

 言い訳をするように振り返るイリヤ。

 が、そこには既に誰もいない。

 イリヤより前に出たソウゴだけではなく、立香もツクヨミも。

 

「え!?」

 

「お二人とも美遊さんとサファイアちゃんの方に行きましたよ。

 イリヤさんもすぐに転身しましょう」

 

 ふらふらと視線を彷徨わせる彼女がそう言われ、すぐに美遊の方を見る。

 すると立香とツクヨミは揃って、そちらの方に疾走中だった。

 美遊を救助しに向かい走っていく二人。

 

 自分も美遊を助けに行くべき。

 浮かんだその考えがしかし、目の前に立つ自分の半身の存在で揺らぐ。

 

「クロ、一体何を……!」

 

 彼女の憤りに対して、黒の少女は反応を見せない。

 ただ無表情のまま顔を動かして、走り去った二人を視界に収めている。

 

「……イリヤも先にあっちの子助けに行った方がいいんじゃない?」

 

 その態度を見つつ、剣を握り直してジオウⅡがゆるりと構えた。

 彼の目の前ではクロがジオウⅡなど気にもせず美遊へと迫る二人を見ている。

 そこで彼女の手の中に浮かび上がる、それぞれ白と黒の二振りの短剣。

 

 見覚えのある剣だ。そして、見覚えのある矢だった。

 ならば、何となく相手の戦闘能力は予想できる。

 

 ―――ジオウⅡのドライバーで、金色のウォッチが輝いた。

 同時に頭部のアンテナ、プレセデンスブレードが回転する。

 これから先の時間で行われる相手の行動を、ジオウⅡの戦闘システムが全て拾い上げた。

 

 一瞬身を屈め、跳ねるようにクロが双剣を揃って投擲する。

 立香とツクヨミを狙ったそれに対し、即座に投げ放たれるサイキョーギレード。

 ジオウⅡが投げたその一刀は、双剣を纏めて叩き落とせる軌道。

 

 だが武器を投げ放つ事で初撃に対応したジオウⅡを見た直後。

 クロの姿が、立っていた椅子の上から消失した。

 

「―――二人とも避けて!!」 

 

 それを転移の魔術だと知る少女が、即座に叫ぶ。

 だがイリヤの声が届く前に、クロの姿は既に疾走する二人の頭上にあった。

 投擲した筈の黒白の双剣もいつの間にか、再びその手に握られている。

 

 彼女はその勢いのまま二人を斬り捨てんと落下しつつ剣を振り抜いて―――

 

〈ウィザード! ギリギリスラッシュ!〉

 

 空間を繋ぎ、ジカンギレードの刀身だけがクロの振り抜いた剣の前に現れる。

 立香に向けられていた刃が、同じく刃と打ち合って火花を散らした。

 弾き返され、床に降り立ちながら、そこで初めてクロは表情を変化させる。

 

 歩きながら彼女の前へと立ちはだかるジオウⅡ。

 その背後で、美遊へと辿り着いた二人を見てクロは眉を吊り上げた。

 

「クロ……! 一体何するの、なんでミユにあんなこと……!」

 

 なぜこんなことをするのか信じられない、と。

 酷く動揺した少女が魔法少女として変わる事もなく、己の半身へと疑問を投げる。

 だがクロからの反応は一切ない。

 

「イリヤさん、恐らく彼女はファースト・レディです。

 クロさんは乗っ取られているだけかと」

 

 契約者の近くを舞いながら、ルビーがそう言って相手の様子を伺う。

 クロエの顔に一瞬だけ浮かぶ、酷く歪んだ顔。

 それを見て確信を得て、イリヤがすぐにファースト・レディに問いかけた。

 

「ファースト・レディって……! じゃあ、その、わたしはよく知らない人だから、こういう風にいきなり言うのは、ちょっとあれだと思うけど……!

 あなたはこの世界で魔法少女を保護してた人じゃないんですか!? なんでこんな事を!」

 

「黙りなさい」

 

 イリヤが聞き慣れたクロの声の上に、誰か別の声が覆い被さる。

 二重になった声を耳にして、彼女はきつく表情を引き締めた。

 そんな少女をちらりと見つつ、相手に向き直るジオウⅡ。

 

「いいよ、あんたがそう言うなら黙ってる。あんたの言う通り俺たちは黙ってるから、あんたの世界がいまどうなってるか話してよ。

 俺たちだって、なんでこんな事になってるかよく分からないから、一番状況が分かってそうなあんたに、いまここがどうなってるかを訊きにきたんだし」

 

 ジカンギレードを一振りして、コネクトの魔法でサイキョーギレードを回収。

 双剣として握り締めたジオウⅡが、クロ―――ファースト・レディを見据えた。

 クロエの瞳に、レディが放つ菫色の魔力が迸る。

 

「黙りなさい……ッ!」

 

「あんたが話してる間は黙るってば」

 

 少女の姿がその場から掻き消えた。ノーモーションで発動する転移魔術。

 

 だがジオウⅡはそれに一切動じる事もない。

 金色のウォッチがドライバーで輝き、彼はレディの出現位置を未来を視て確かめる。

 更にウィザードの魔力がジオウⅡの転移をも可能としている。

 ならば追いつけない筈がない。

 

 ファースト・レディが転移を終えた瞬間には、ジオウⅡもまたそこにいる。

 レディが狙うのは変わらず、美遊の許に辿り着いた立香とツクヨミ。

 だがジオウⅡはそれに追いつき、阻んでみせる。

 

 その事実に対して歯を食い縛り、レディは手にした剣を振るう。

 陰陽剣、干将・莫耶。対して振るわれるのは、ジカンギレードとサイキョーギレード。

 正面から切り込んでくる少女に対し、ジオウⅡはその刃を防ぐ事だけに注力した。

 

 二組の刃が何度かぶつかりあい、攻め切れずに弾かれるレディ。

 弾かれた彼女は、床に双剣を突き立て強引に減速しながら、ジオウⅡを睨む。

 

「邪魔を、しないで―――!」

 

 魔力の入り混じる、物理的な衝撃さえ生じる視線。

 それを正面から受け止めながら、ジオウⅡがゆるりと剣を下げた。

 

 どのような動きでそれを越えるかを思考する。

 ジオウⅡを相手にする意味はない。

 ただ、美遊を逃がすわけにはいかない。もうそれだけだ。

 

 ―――答えを求めた結果はすぐに出た。

 どのような方法を取ろうとも、どんな状態からでも確実に追いつかれる。

 そんな“答え”を得て、レディが唇を噛み締めた。

 

 思考のために足を止めたレディに対し、ジオウⅡが問いかける。

 

「……邪魔されたくないのはこの世界を護る為? だったら嘘でも何でも自分の事情を話して、俺たちを利用するくらいしたら? 俺たちをここでどうにかしたって、もうこれってあんたが一人で解決できる程度の問題じゃないんでしょ?」

 

 ソウゴの言葉にファースト・レディが顔を歪める。

 解決できるような問題なら、彼女はここでこうしている筈もない。

 その事実に感情が煮え滾って、憎悪を以て相手を睨む。

 

 そんな様子を見て、ルビーを手にしながらイリヤスフィールがぎょっとした。

 

「ちょ!? なんで挑発するんですか!?」

 

「うーん。本気で守りたくて、一人じゃどうにもならない。

 だったら、俺たちの事も利用すればいいんじゃない? ……って、挑発かな?」

 

「完全に挑発だよ!?」

 

 ソウゴの声に酷く表情を歪めていたレディが、不意にその表情を消した。

 そのまま双剣を放り捨て、両腕を大きく掲げる。

 

「あなたたちに出来る事なんて、ない。私は、私に出来る事をしてるだけ……ッ!」

 

 震える声で告げられる、ファースト・レディの言葉。

 その行動に対応できるように構えながら、ジオウⅡが言葉を返す。

 

「そう? 少なくともあんたにとっては、あんたが自分で俺たちと戦うよりは、俺たちをお菓子の国の魔法少女と戦わせるように誘導したりした方がいいと思うんだけど。

 あんたの世界を侵略してる元凶の一人、なんだよね?」

 

 その言葉を聞いたレディの顔が、酷くショックを受けたように強張った。

 一瞬だけ硬直して、しかしすぐに震え始める。

 震えている彼女が睨むようにジオウⅡを見据え―――

 

「まだ……また、繰り返せって言うの……! せめてみんなに必要とされたかった私たちの願いは、ここまで踏み躙られなきゃいけないものだったっていうの……!?」

 

 しかしその顔は、泣き顔にしか見えなくて。

 この世界を満たしていた物悲しさが、彼女の心だとたった一目で心から理解できた。

 どういう気持ちなのか分からなくても、その悲しみがレディの本心だと。

 

「レディ、さん……?」

 

 驚いて目を見開き、彼女に問いかけるように名を呼ぶイリヤ。

 レディの反応にジオウⅡは僅かに顎を引いて―――

 

「く、ぁああ……ッ!」

 

「ミユ!?」

 

 次の瞬間、縛られたままの美遊の悲鳴が場内に響く。

 絡みつくリボンを通じ、魔力を吸い取られているのだろうか。

 

 辿り着いていた立香が彼女を解放すべく、少女に絡んだリボンに手を伸ばす。

 が、同じく縛られていたサファイアがすぐにその動きを止めさせた。

 

「いけません! これは魔力を吸収する特殊な礼装です、不用意に触れれば美遊様と同じように縛られます!」

 

「だったら!」

 

 すぐさま立香を押し退けて、ツクヨミが前に出た。

 彼女が握るファイズフォンXが連続で光弾を吐き出し、美遊を縛るリボンを撃つ。

 しかし破壊する事は叶わず、彼女が唇を噛み締める。

 

 そうしている内にも、魔力はレディの許へと集まっていく。

 その魔力が形成していくのは、剣。

 水晶の城が震撼し、周囲の至る所から刃が突き出してくる。

 同時にレディの手の中に顕れ始める、黄金の輝き。

 

「―――私に、私はまた……! 私はまだ、切り捨てなきゃいけないの!? じゃあ何のために私はここにいるの!? もう私には失う名前すら残ってない……! もう私に行き場所なんて残ってない……! もう私には、魔法少女たちを救い続ける事しか残ってないのに!!

 なのに……! なのにどうして!? 救わなきゃいけない魔法少女が、もう他にはどこにも残ってない! じゃあ私たちは、私は、一体誰に必要としてもらえるのよ――――ッ!!」

 

 少女が天へと伸ばした手の中に、黄金の光が溢れだす。

 その光。掲げられた聖剣を仰いで、その場にいる全ての人間が愕然とした。

 現れたのは、黄金の光に包まれた最強の幻想。星の聖剣。

 

『魔力反応、ほぼ一致しました……!

 間違いありません、あれはエクスカリバーです……ッ!』

 

 マシュに補足されるまでもない。一目で分かる。

 本来の持ち主が手にした時の輝きに比べればどこか劣る、という感覚は確かにある。

 だがそれが聖剣エクスカリバーである、という確信も同時にあった。

 

「ダメ押ししちゃったよ!?」

 

 半狂乱と言っていいレディを見て、ジオウⅡの後ろにいたイリヤが慌てた。

 だがそんな事をしている暇も惜しいと、彼女の手の中にルビーが滑り込む。

 

「イリヤさん、いいからとにかく転身を!

 今すぐ何としてでも美遊さんとサファイアちゃんを救出して離脱を……!」

 

「っ、美遊様の持っているセイバーのカードをどうにかして取ってください!

 それならあるいは……!」

 

「だめ、間に合わない……! イリヤ、あなたたちだけでも、」

 

 サファイアの声にしかし首を何とか横に振ってみせる美遊。

 彼女の所有するカードホルダーにもリボンは巻き付いている。

 この礼装をどうにかしない限り、セイバーのクラスカードは取り出せない。

 

 イリヤに逃げろ、と指示しようと美遊が彼女に向かって手を伸ばす。

 しかしすぐにその手を握り、立香は自分の方へと引き寄せた。

 目を白黒させて、美遊が立香を見上げる。

 

「―――大丈夫」

 

 そう少女に語り掛けて、同時に立香は前に立つジオウⅡの背中を見る。

 彼女の視線を受けて小さく頷き、僅かに腰を落とすジオウⅡ。

 そちらは大丈夫だと判断して、立香が周囲を見回した。

 どうすれば美遊を助けられるか、と視線を巡らせて―――

 

 ふと気付いたように、ツクヨミの方が顔を上げる。

 リボンは全て、周囲の壁に繋がっている。

 恐らく美遊から吸収した魔力は城―――この固有結界に直接供給されるのだろう。

 そうして美遊を拘束しているのだ、と知って彼女は手を叩いた。

 

「いっそこのリボンが繋がってる周りの壁とか柱を壊せば何とかなるかも!」

 

「爆破解体! 魔法少女らしくなってきましたね!」

 

「どこが!?」

 

 変な事を言いだす自分の手の中のルビーに怒鳴るイリヤ。

 

 そんな少女たちのやり取りを背にしつつ、ジオウⅡがサイキョーギレードを床へ突き刺した。

 取り外されるギレードキャリバー。

 それをジカンギレードへと装填し、彼はそのまま双剣を一振りの大剣に合体させる。

 

〈サイキョー! フィニッシュタイム!〉

 

 目の前で立ち昇る聖剣の光。

 それに劣らぬエネルギーで形成される、“ジオウサイキョウ”の文字が描かれた光刃。

 光の剣を互いに構える状態になった中で、ソウゴが小さく呟いた。

 

「……状況はよく分かってない状態のままだけどさ。それでもまだ少なくとも一人、救わなきゃいけない魔法少女がここにいるって事は分かったんじゃない?」

 

 彼の背後で慌てていたイリヤがその声を聞き、小さく目を見開いてクロを見る。

 クロエ―――その中に宿る、ファースト・レディの心。

 

 慟哭する魔法少女と対面し、何と言うべきなのか、と。

 イリヤが言葉にならない声のために、口を何度か開閉して。

 それがしっかりと言葉として成立する前に、レディは手にした聖剣を振り抜いていた。

 

「“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”ァ――――――ッ!!」

 

〈キング!! ギリギリスラッシュ!!〉

 

 対峙するジオウⅡが時冠王剣を振り抜く。

 二つの光の刃が近距離で衝突し、その場に光と熱が溢れ出した。

 互いに激突した破壊の渦は二人のちょうど中心で爆発する。

 

 そうして。

 行き場を失った熱量は、レディの居城を蹂躙しながら外へと溢れていった。

 

 

 

 

 ファースト・レディの居城。

 その天蓋を突き破って黄金の光が溢れだす。

 天を衝く光の柱。

 

 それを見て、()は何かを思い出した。

 いや、思い出したのではない。

 思い出すような記憶は残っていない。

 何かを思い出すというような機能は働いていない。

 

 それでも、彼は確かにその光に突き動かされた。

 

 ああ、あれだ。あの光だ。

 忘れるものか。忘れるものか。

 何百年経とうが。何千年経とうが。

 命を赦さぬ地獄の炎に魂を焼かれようが。

 自分の名前と共に自我さえも奪われようが。

 

 この屈辱だけは、何があろうとも忘れない。

 

 王が王を降したのであればまだいい。

 だというのに、ただ。徹頭徹尾、ただ。

 あの()()は、誇り高き王を害獣としてしか見なかった。

 

 忘れるものか。

 許すものか。

 赦すものか。

 

 己の名も、他の何も、何一つ自分の中には残っていない。

 時代の灼く炎の中で生命として焼け落ちた。

 迷い込んだ名前を奪う森で残ったものは消え果てた。

 

 それでも。ああ、それでも。

 まだ、あの光への怨念だけは残っている。

 

 世界が滅びようが。己が滅びようが。

 忘れるものか。消えるものか。

 

 この屈辱を雪がず、何とする。

 己が何故そう名乗っていたかも覚えていない。自分が何だったのかなど分からない。

 だが、自分は王だ。

 

 そう―――――

 

「■■■■■■■■―――――――――――ッ!!!」

 

 ―――チョコレートの海が氾濫する。

 それを押し固めて造り上げられるのは、巨大な猪の姿。

 何故そんな姿なのか、その躯体を動かす意識だって理解できない。

 だが、そんな事はどうだっていい。

 

 ―――あの光を討ち滅ぼす。

 今度こそ、どちらが真に強き王であるかを知らしめるのだ。

 

 

 




 
 (チョ)コレート。
 魔女にならなかった女王と、魔猪になった王。

 このエピソードの原型はプリヤイベ+水着イベです。
 まあ水着キャラなんか出てこないんですけど。
 海がチョコになってしまってな…
 


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3-5 夢の鎖1968

 

 

 

「―――動き出した?」

 

 聖剣の光を見上げていたスカサハが、お菓子の国の方向に向き直る。

 正確にはチョコレートに塗り潰された大海原と竜の国、か。

 

 突然、この世界に蔓延る感情が増大したのだ。

 つい一瞬前まではもっと薄弱とした、こびり付いた怨念にすぎなかったのに。

 

「聖剣の光に反応した、ということか……?」

 

 そんな情報に微かに眉を顰めつつ、彼女は手の中に朱槍を呼び出す。

 たった今あそこで湧き立った感情は、全て聖剣の光に向けられている。

 だというならば、今まで以上の動きをしてくるという事に疑いはない。

 

 ただ化け物が襲ってくるならどうにでもなるだろう。

 だがチョコレートの津波として襲ってきた場合―――

 

「……時間はないな」

 

 溜め息ひとつ。

 彼女は光の収まったレディの城を一瞥してから、跳躍した。

 

 

 

 

 光の残滓が混じる爆風。

 その中で踏み止まるジオウⅡの頭部でブレードが回る。

 そうして視た未来の光景に、彼は僅かに肩を揺らした。

 

「―――――ッ、ロマニ! 外は!?」

 

 聖剣の光を相殺したサイキョージカンギレードを引き戻しながら、ソウゴが叫ぶ。

 時冠王剣と聖剣の激突が巻き起こした魔力の嵐。そのせいでノイズ混じりになった通信先から、忙しなく情報を収集しているロマニの応答が帰ってくる。

 

『―――、この反応、は。外部でチョコレートの海が動き出した、のか?

 進行方向は明らかにその城だ! さっきのチョコとは比較にならないほどに速い……!

 チョコレートの津波だ! 20分もあれば完全にそこまで届く!』

 

 その応答を聞いて、タカウォッチに美遊を縛るリボンを突つかせながら立香が顔を顰めた。

 

 美遊を拘束する魔術礼装、それは現状どうにもなっていない。

 城の壁の方を破壊する、という発想が先程出たが、それも現実的ではない。

 

 つい今発動したエクスカリバーとサイキョージカンギレードが激突した衝撃。

 二つの光刃が弾け、その威力は天井を突き破り昇って行った。

 だがそれだけだ。それだけの威力があって、天井が一部突き破られた程度。

 その堅牢さを見るに、真っ当な攻撃でリボンが繋がる壁を複数個所破壊するのは無理だ。

 

 だからこそ、美遊たちを助け出すにも時間が足りない。

 たった20分では美遊も、レディに囚われているクロエも助ける余裕がない。

 ならばどうにかして、そちらも止める必要がある。

 

「津波、って。それじゃあ……それこそ、本気のケツァル・コアトルとかグガランナでもいないと止めようがない規模って事?」

 

『流石にケイオスタイド程の侵食力じゃないけれど範囲が広すぎる。

 こんなもの、完全に止めるどころか時間稼ぎすら難しい!』

 

 爆風を物理保護で防ぎつつ、ルビーはロマニの言葉に羽飾りを竦める。

 

「チョコレートの話をしてるとは思えませんねー」

 

「ルビー、静かに!」

 

 呆れるようにそう言うルビーを、イリヤが軽く振り回した。

 そうしながら、彼女は目の前で立ち昇る光の向こうにいる相手―――レディを見逃さないように、そちらを睨むようにしている。

 

『正直、ボクだってチョコレートが襲ってくるなんて、言ってて首を傾げたくなる!

 ―――とにかく。前例に倣って、これから敵性を侵食海洋ケイオスカカオと仮称! その城までの到達予想時間は、現状の速度を維持された場合で20分程度。

 海洋と言ってもケイオスカカオは水ではなくて、粘性のあるスライムみたいなものだ。水晶エリアは正門と山に囲まれているが、恐らく水位を上げるまでもなく門を這って乗り越えるだろう。ウルクのように壁で防ぐ事はできない!』

 

 20分、と小さく呟くジオウⅡ。

 極光の残照と砂塵が晴れてきて、彼は再びレディと対峙する。

 彼女の手の中では、魔力を解放し切った星の聖剣が崩れていく。

 

 忌々しげに顔を歪めている少女を牽制しつつ、今まで見てきた外の光景を思い出す。

 

「―――山の高さってどれくらいか分かる?

 一番背の低い正門のとこだけどうにかすれば、時間稼ぎになる?」

 

『……水晶区域を囲む山は、全て門に比べても遥かに高いです。

 確かにそこだけでも侵攻を完全に抑えられれば、10分程度……少なくとも5分は稼げるかと』

 

 地形情報を確かめたマシュの声。

 ケイオスカカオの侵食は、正門さえ死守すれば山から回り込むしかなくなる。

 ただそれが成功したとして、稼げる時間はほんの5分程度だという。

 その情報に対して、ツクヨミが眉間に皺を寄せた。

 

「たった5分……」

 

「それでも無いよりマシかな。

 それでどうしようもないなら、俺たちも逃げるしかなくなる」

 

 言いつつ、ジオウⅡが僅かに視線を後ろに向けた。

 彼の視線の先にいるのは、イリヤスフィール。

 仮にケイオスカカオの侵攻を止めるためにジオウⅡがここを離れれば、サーヴァントに匹敵する戦闘力を有するレディとまともに戦えるのは、彼女だけになってしまう。

 

 ―――何より。

 きっと最初から、レディと向き合えるのは魔法少女である彼女だけなのだ。

 

 そんな問いかけるような視線に対し、イリヤはルビーを握り締めながら強く頷いた。

 彼女に一度頷き返し、ジオウⅡは行動を決定する。

 

「じゃあこっち、後はお願いね!」

 

〈ディ・ディ・ディ・ディケイド!〉〈オーズ!〉

 

 サイキョージカンギレードを地面に突き刺し、両手にウォッチを取り出すジオウⅡ。

 

 その直後、剣を手放した彼に対してレディが突撃を慣行する。

 自身を狙うレディの動きに反応せず、ジオウⅡはフォームチェンジを優先した。

 

 彼女が再び手の中に顕すのは黒白の双剣、干将・莫耶。

 それでジオウⅡを強襲する少女が―――不意に横っ飛びして、攻めから回避に転じた。

 直後に彼女の軌道に合わせた位置に、赤い弾丸が通り過ぎていく。

 

 舌打ちしながらレディが睨むのは、美遊の横にいるツクヨミ。

 だがツクヨミの方もまた、強く顔を顰めている。初見で完全に回避を選択されたのは、理由はともかくその攻撃の実態が理解されているから。

 切り払おうとしてくれれば、短時間であっても相手を拘束できたはずなのに、と。

 

 だがその隙に、既にジオウは変わっていた。

 

〈アーマータイム! ワーオ! ディケイド!〉

〈ファイナルフォームタイム! オ・オ・オ・オーズ!〉

 

 ジオウⅡからジオウへと戻り、マゼンタのアーマーを装着。

 そこにオーズの力を宿し、インディケーターにオーズ・タジャドルの名を浮かべる。

 背中で羽ばたくは三対六枚の赤い翼。

 彼はそれによる飛翔を開始して、穴の開いた城の天井を縫って外に向かった。

 

「―――――」

 

 ジオウが離脱した、という事実を認識して。

 しかしレディの方針に変更はない。

 そもそも彼女にとってジオウはただ邪魔だっただけだ。

 邪魔されなくなったのであれば、後は美遊を奪おうとする相手を処理するだけ。

 

 気を取り直して再び侵攻を開始しようとするレディ。

 そんな彼女を目掛けて走りだしながら、イリヤは相棒へと声をかける。

 

「ルビー!」

 

「ええ、せっかくの多元転身(プリズムトランス)! 変身バンクもフルで行きましょう!」

 

 気合十分、羽飾りを拳のように振り回しながら叫ぶルビー。

 そんな相棒に顔を引き攣らせながら、しかし彼女は更に加速した。

 

「変な事言ってないで、早く!」

 

「コンパクトフルオープン! 境界回廊最大展開!」

 

 レディの目前で、イリヤの姿が光に包まれる。

 溢れんばかりの神秘の光。

 その現象、その正体を理解して、レディは目を見開いて立ち止まった。

 

 光の中でイリヤの衣装が変わっていく。

 織り成すのはピンクを主体とした、彼女の魔法少女としての正装。

 

 彼女は光の中で体を動かし、ノースリーブのドレスを身に纏う。

 同時に、花が咲くように広がる白いスカート。

 踏み出す足の腿まで包むブーツ。

 ルビーを握りながら振るう手には、肘上まで覆うグローブ。

 

 そうして変わりながら、彼女は駆け抜ける勢いのまま飛び立った。

 

 受ける逆風に白いマントを靡かせて。

 同時に、風に暴れる髪が光と共に現れる白い羽飾りに結わえられ。

 ―――少女は転身を完了する。

 

「あなたも……魔法、少女、なのね」

 

 悲しむように、憐れむように、レディは立ちはだかる相手を見る。

 舞い上がるイリヤの手の中で、その声に応えるルビー。

 

「ええ、そうですとも! いまここに、魔法少女プリズマ☆イリヤ推参です!」

 

「なんでわたしの名前を勝手にルビーが名乗るのかな……!」

 

 目の前に現れた魔法少女に対して、レディが表情から色を消した。

 そのまま彼女はゆっくりと目を逸らし―――

 

「イリヤさん、即反転! 狙いは立香さんたちです!」

 

「分かってる! お姉さんたちがいる場所だけを避けて――――散弾!!」

 

 レディの反応を見た直後、空中でイリヤが反転。

 そのまま背後に庇っていた美遊たちがいる場所に向け、無数の小規模魔力弾を放出した。

 

 雨のように降り注ぐ小粒の弾丸。

 不意にそんな最中に転移したレディが、幾らか直撃を受けて盛大に顔を顰めた。

 だが直撃したところで彼女に大きなダメージはない。

 レディの纏う彼女自身の魔力だけで相殺し切れる程度の低威力。

 だから、その攻撃にレディが反応したのも一瞬。

 すぐに無視していいと理解して―――

 

〈エクシードチャージ!〉

 

 その一瞬の隙に、ツクヨミが赤く光る銃口を彼女に向けていた。

 無駄だ、と。目を細めて銃口を注視しながら、レディが床を蹴る。

 注意すればいいと理解している以上。それだけを注意すればいいと知っている以上。

 どんなタイミングで撃とうと、当たるはずもない。

 

「収束、――――!」

 

 背後で魔力が膨れる。イリヤの放つ次撃。

 これで自身を狙う射線が二つ。それでも回避するのは余裕だ。

 そもそもイリヤの方の砲撃ならば、防げばいいだけ。

 回避する必要すらない。

 

「立香!」

 

「うん!」

 

〈スイカボーリング!〉

 

 ファイズフォンXを構えながら、ツクヨミが叫ぶ。

 それに合わせて、彼女が思い切り床にコダマスイカを転がした。

 高速回転でレディに向かって転がっていく緑色のウォッチ。

 そんな小物に僅かに眉を顰め、しかし脅威とは感じないのか対応は行わず。

 

 距離をある程度詰めた時点で、コダマスイカが変形する。

 人型へと変じたそれが、即座にスイカの種のような小粒の弾丸を吐き出した。

 

〈コダマシンガン!〉

 

 迫りくる弾丸。それを見て、微かにレディは眉尻を上げた。

 直撃したところで大したダメージはなかろうが、衝撃だけは多少通されるだろう。

 それで自分を弾き返す事が狙いだろう、と理解して。

 

 そんな事実にレディは弾丸を切り払う事ではなく、立香に視線を向ける事を選んだ。

 

「―――――」

 

 この場で最も戦闘力が低いだろう只人。

 服が相当の魔術礼装である事は分かるが、気を付けるべきはその程度。

 ならば、真っ先に処理するべきは彼女からか。

 そうした思考の果て、レディが跳んだ。

 

 ブレるように消える少女の体。

 その現象の前兆を観測した時点で、即座にマシュが叫ぶ。

 

『ファースト・レディ、転移発動! 先輩!』

 

「―――分かってる!」

 

 レディが消える瞬間、1秒後に再びやってくる殺意の刃を幻視する。

 彼女の横で拘束されたままの美遊が苦しげに、しかし確かに小さく頷いた。

 

 レディは魔法少女であるイリヤとの戦闘も避けている。

 立香とツクヨミを狙うのは恐らく、魔法少女である美遊を逃がそうとしているから。

 だったら、美遊を巻き込む軌道での攻撃はありえない。

 

 それでも足りない。

 美遊を盾にして攻撃方向を限定しても、立香ではレディを振り切れない。

 息を吐く暇もなく、レディが再出現する前兆はすぐに現れる。

 

 だから、その瞬間に彼女は叫んだ。

 

「いま!!」

 

「―――砲射(フォイア)!!」

 

 イリヤが構えたルビーから、魔力砲が放たれる。

 それに合わせて、ツクヨミがファイズフォンXのトリガーを引き絞った。

 淡い桃色の砲撃と、赤光の弾丸。

 二種類の攻撃が描くのは、美遊の横に立つ立香を囲うような軌跡。

 立香の周囲に再出現するであろうレディを撃ち落とすため、前もって攻撃を配置するように。

 

 ―――しかし、それを前もって理解していたかのように。

 その攻撃を潜り抜けられる位置に、レディは再出現する。

 そうなれば、逆に立香の方こそ逃げ道がない。

 砲撃に囲まれ。美遊を縛る魔力を吸収する魔術礼装“服喪面紗(ヴォワラ・ドゥイユ)”を背に。

 

 一直線に進めば立香に届く位置に現れたレディ。

 ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼女は強く顔を引き締めて、背後に手を伸ばす。

 

 もう逃げ場はない、と。

 レディは転移直後に一切躊躇なく刃を突き出している。

 それが狙い通りに相手の胸を突き破る前に、レディは目を見開いた。

 

「お願い、サファイア!!」

 

「は、い! お任せ、ください――――!!」

 

 マスターの声に応え、マジカルサファイアが死力を尽くす。

 美遊と同じく拘束されていた彼女が、全霊を以て動き出す。

 リボンが解けるような事はない。全霊を尽くしたところで、多少動くので精一杯。

 だが彼女はそもそも小さく、拘束するために使用されているリボンは一本だけ。

 ぐるぐる巻きにされてはいるが、それでも拘束帯はたった一条なのだ。

 

 だからこそ、どうにかなる。どうにかしてみせる。

 腕代わりの羽飾りを強引に伸ばして―――

 

 立香の手に、サファイアの羽飾りが握られた。

 

「一気に引っ張るよ!」

 

「どうぞ……!」

 

 背後に伸ばした手でサファイアの一部を掴み、リボンに触れず一気に引き寄せる立香。

 リボンが微かに軋みを上げるが、多少の伸び縮みはするらしい。

 思い切り引っ張られたサファイアがリボンごと、立香の前へと引きずり出された。

 

「―――――!?」

 

 突き出された干将の刃が、引っ張り出された“服喪面紗(ヴォワラ・ドゥイユ)”にさくりと入る。

 レディ自身が振るう刃では、レディ自身が振るう刃だからこそ。拘束帯をより堅固にするため、彼女の固有結界で補強している防御でも弾けない。

 

 しまった、という意志で彼女の体が一瞬硬直する。

 サファイアに巻き付いていたリボンの一条が、ぶつりと切れた。

 

 ―――が。彼女はすぐに我を取り戻す。

 だとしても立香は切り捨てる、ともう一歩を踏み込むレディ。

 そうして突き出したままの干将に対し、横合いからぶつかりに来る雷の翼。

 

〈サンダーホーク!〉

 

「ッ、」

 

 タカウォッチロイドが激突した瞬間、刃を伝ってくる電撃。

 一瞬だけとはいえ痺れにレディが顔を顰め、踏み込もうとした一歩が遅れた。

 だがそれだけ。立て直すに一秒と必要のない程度のダメージ。

 

 すぐさま改めて踏み込もうとしたレディが足に力を籠め―――

 その瞬間、彼女の許で薄桃色の光が咲き誇る。

 

「―――なに」

 

 踏み込もうとした足が動かない。

 何故、と視線を下に落とした彼女の目に映るのは、魔力で形成された星型の板状の物体。

 物理保護用の障壁であるそれが、レディの太腿で動きを邪魔していた。

 

 それを強引に割るために1秒。そして、再度確かに踏み込むために1秒。

 それだけの時間を要求されたレディが目的を果たす前に―――

 

 彼女の目前に、魔法少女が飛来する。

 

散弾(ショット)――――!!」

 

 足が止まった相手に、魔力を集中させたルビーで殴りかかるような一撃。

 そしてインパクトの瞬間、至近距離で叩きこむ散弾。

 

 咄嗟に莫耶を盾にしてそれを防いだレディが、弾ける弾丸で盛大に吹き飛ばされた。

 彼女は空中で何とか体勢を立て直して着地する。

 

 開いた距離。

 その間合いのまま、イリヤとレディが視線を交差させ、互いに睨み合う。

 

「聞いてたでしょ……! いまここに、この世界を乗っ取ろうとしてるチョコレートの海が迫ってる! わたしたちもそれを止めたい! だからお願い、まず話を聞いて!」

 

「話? 何を話す事があるの? もう、私には何もないのに」

 

 取り付く島が無い。

 それでもぐっと堪えてイリヤがまた彼女に向かって叫んだ。

 

「何もないって―――!

 この中に守りたいものがあるから、あなたはこの世界を守ってるんでしょ!?」

 

「もうないわ」

 

 相手が言い募る言葉をばっさりと切り捨て、レディが断言した。

 その様子に僅かに気圧されるイリヤ。

 だがすぐに一歩踏み出して、レディに負けじと言い返す。

 

「……だったら、せめて教えてよ。今あなたが思っていること。

 わたしだってこの世界に呼ばれた魔法少女なんだから、聞く権利があると思う」

 

 イリヤの主張が届いたのか、あるいは別の理由か。

 彼女は踏み込むための前傾姿勢を取りやめ、体を起こす。

 それでも、レディは視線を美遊の方にも送っている。

 

「―――いいわよ。代わりに、あなたがこの世界にちゃんと守られてくれるなら」

 

 その視線を受け止めて、美遊が立香たちに対し小さく顔を横に振った。

 レディが会話するつもりになったなら、今は自分を逃がすような姿勢を見せない方がいい。

 美遊を逃がそうとすれば、会話を打ち切って再び戦闘になるだろうから。

 彼女のそんなメッセージを受け取り、立香が頷いた。

 

 自分を結ぶリボンが一部切れたサファイアも、解くためにもがく事を一度止める。

 

「……わたしも守るっていうなら、なんでミユやクロにはこんな事を……!」

 

「この子は魔法少女じゃないでしょ?」

 

 不思議そうに、赤い外套をつまんでひらひらと動かすレディ。

 魔法少女は保護の対象だが、そうではない人間は保護対象外なだけ。

 すんなりとそう言い返されたことに、イリヤが目を白黒させた。

 

「ど、どうなんだろう。クロって魔法少女? 違うのかな……?」

 

「英霊少女を魔法少女と呼ぶか否か、これは重要な議題ですね……」

 

 そんな言葉に対して、どう反応すればいいかとイリヤの方が戸惑い。

 ―――しかしすぐに気を取り直して、レディを強く睨んだ。

 

「じゃあとりあえずクロはいいとして! ミユの事だってあなたは傷つけてる!」

 

「……それは否定しないわ。それでも、彼女は―――

 彼女がいれば、もしかしたら私たち魔法少女の世界を、取り戻せるかもしれない。

 そう考えている事は、否定しない」

 

 縋るような、希うような、ファースト・レディのそんな声。

 それに対し、美遊の顔が僅かに歪む。

 見えているのかいないのか、レディはその様子の変化に気を払うこともない。

 その上で、彼女は美遊に対して声をかけた。

 

「……ごめんなさい。私だってこんな事したくない。でも、もう自分で自分が止められないの。許してとは言えない。けど、あなたならきっと分かってくれると思ってる」

 

「なにを……!」

 

「―――私はファースト・レディ、最初の魔法少女。

 魔法少女は誰かの願いを叶えるもの。誰かの願いに応えるもの。

 ……始まりは、純粋な願いだけだった」

 

 唇を結び、眉を吊り上げる美遊から視線を逸らして。

 レディは再びイリヤに向き直る。

 

「でも人々は、願いを叶えてくれる奇蹟が手に届くところにあると知った時、ただ願うだけではなくなってしまう。

 魔法少女は……誰にも知られていないから、人々の外から魔法をかけるものでしかないから、魔法少女でいられる。誰かに知られ、人々の中に取り込まれてしまった時……私たちは、欲望を叶えるための争いの中心にしかいられなくなる」

 

「―――――っ」

 

 言い返そうとしていた美遊が、息を呑んで黙り込む。

 その反応を無視して、レディは語り続けた。

 

「そうなった時、私たちには二つの道がある。

 誰かの願いを叶えるだけの道具になるか。

 あるいは、自分を利用しようとする者に倣って己の欲望を叶える魔女になるか」

 

 レディが悲しげに目を伏せて、その手にあった双剣を放り捨てる。

 床に落ちた剣が、城の中に金属音を響かせる。

 

「どっちも嫌でしょう? どっちだって辛いでしょう? 悲しいだけだよ、そんなの」

 

 レディが困惑するイリヤから視線を外し、美遊に戻した。

 

「―――だから創ったわ。そうならないように、追い詰められた魔法少女たちが逃げ込める世界を。ここに流れ着いてしまうのは、いつだって傷ついた魔法少女。『もう私はここから逃げられないんだ』、と世界に対して慟哭した魔法少女こそを呼び込む……そうよね、美遊」

 

「…………ッ」

 

 向けられた言葉に何か思うところがあったか、歯を食い縛る美遊。

 レディから視線を外さぬようにしつつ、イリヤが後ろを窺う。

 

「ミユ……?」

 

「そんなあなたを利用するのは私だって嫌。けど、もうそれしかないの。

 ……分かってくれとは言わないわ。私はあなたを利用してでも、あなたと同じように苦しむ魔法少女を救いたいの。何を、してでも―――!」

 

「―――イリヤさん!」

 

 レディが大きく腕を振るえば、空中に無数の宝剣・宝槍が浮かぶ。

 宝具級の武装が突然展開される事態に、すぐさまルビーがイリヤの腕を引いた。

 すぐに降り注ぐであろう破壊の雨。

 

 それを目の当たりにして身を引こうとしたイリヤが、しかし動きを止める。

 

「……レディ?」

 

 展開した武具を動かすでもなく、レディは自分の顔で手で覆って震えていた。

 何かに怯えるように。何かを悔やむように。

 そうしていた彼女の体が、まるで鼓動をするように細かく跳ねている。

 

「いや……! いやよ、もういやなの……!

 守るべきものを守るために、守りたいものを蔑ろにして進み続けるのは―――!」

 

 美遊を見ながら、そう吐き零すファースト・レディ。

 魔法少女を犠牲にしてでも、魔法少女を救う。

 その思考が何かに呑まれそうになって、彼女は強く体を震わせる。

 

 彼女は“守りたいもの”があるから、魔法少女になった。

 彼女だけではない。魔法少女はみんな、大なり小なりそうだったはずだ。

 けど魔法少女になった時、多くのものが“守るべきもの”になった。

 

 だが魔法少女はいずれ、誰もが現実にぶつかる。“守るべきもの”のために、“守りたいもの”を切り捨てねば立ち行かなくなる時がやってくるのだ。

 

「いつまでも魔法少女でなんていられない……! だって、綺麗な想いで、綺麗な心のままで、前だけを見ていられるのは、私たちが何も知らない少女だったからでしかない―――!」

 

 救いたかったのは、魔法少女だけではない。

 あらゆる願いを叶え、みんなを救いたかったから彼女は魔法少女になった。

 だけどそんな夢物語は、いとも簡単に行き詰ってしまう。

 

 誰かを助けるということは、誰かを助けないということ。

 そんな当たり前の事から目を背けて。

 助けなかったものを見ないから、彼女たちは魔法少女でいられた。

 

 純粋で。優しくて。高潔で。頑張り屋で。自分の目に映るものを全部救うために手を伸ばせて―――自分の目に映らない範囲がどうなっているか深く考えない、子供らしい視野の狭さが、彼女たちを全てを救える奇蹟の存在でいさせてくれた。

 

「自分が何でもできる……! きっと誰だって助けられる魔法少女になれるだなんて……! あなただって、いずれ信じられなくなる! 私たちが魔法少女っていう奇蹟に縋れるのは、私たちが無垢な少女である間だけ! 知ってしまったら名乗れない……! 大人になったら魔法少女でなんかいられない! こんなもの……! 期間限定で見せかけだけ取り繕った、綺麗なだけの詐欺(うそ)なんだもの――――!!」

 

 切り捨ててきた。魔法少女の使命として、全てを。

 自分も、親友も、何もかも犠牲にして、何もかもを救ってきた。

 その結果が、いまのこの世界だ。

 

 もう何を救うために何を切り捨てているかさえ、分からない。

 

「私たちは魔法少女になんて、なるべきじゃなかった……! あの世界が近づくごとに、私は私のそんな心さえ止められなくなる……! 他の魔法少女たちは全てあの世界に屈した! だって! もう傷つきたくない、そんな事になるくらいなら消えてしまいたいって想いは……! この世界に流れ着いた魔法少女みんなが想っていることなんだもの―――!」

 

 ファースト・レディの心が慟哭する。

 不思議とそれと噛み合って、少女の肉体を満たす力が奮い立つ。

 魔法少女の終末の地と、剣群の荒野の癒着が加速した。

 それを繋ぐ役割を強引に果たしている、クロエの体が軋みを上げる。

 

 それでも、ファースト・レディは止まらない。止まれない。

 

 守ってきたつもりだった。

 辛い想いをした魔法少女を、せめて保護してきたつもりだった。

 そうする事で、自分を保つことしかできなかった。

 

 自分が綺麗なだけの魔法少女だなんて、彼女自身が一番信じられない。

 それでも傷ついた魔法少女たちを守る事で、自分は今まで通りに多くのものを守り抜ける魔法少女なのだ、と誤魔化していた。

 

 けれど、名前と一緒に辛い想いなんて捨ててしまおうと。

 そう語り掛けてくる名無しの森に、誰も抗う事ができなかった。

 それを選んだ魔法少女たちの気持ちが、分かってしまう。

 彼女だって、本当はそのまま溶けてしまいたい。

 でもそれを選んでしまったら、今までの犠牲はどうなる。

 

 誰かに消されるまでもなく、彼女は自分の名前なんてとっくに忘却している。

 そうまでしてこの世界を維持してきたのは何故か。

 

 ―――もっと早く、折れてしまえればよかったのに。

 魔女に堕した友達を手にかけた時、心も死んでしまえればよかったのに。

 自分の名前さえ失った時、魂が砕けてしまえればよかったのに。

 

 ファースト・レディはそれでも。

 そんな地獄の中で、それでも進んでしまえた魔法少女だった。

 

「それでも―――! 私は……っ、諦めない……!」

 

 いつだって心を奮わせて、前に進むための言葉だった筈だけど。

 いま、彼女が口にする『諦めない』はもう、自分の意志で『諦められない』だけで。

 とっくに呪いと化した魔法少女としての誓いを胸に、彼女はまだ前だけを見据えた。

 

「その子を奪うつもりなら、あなたの事も排除する――――!

 今までだってそうしてきた……! 守りたいものを自分で壊してでも、私は守るべきものだけは絶対に守り抜く……! もう、それしかないんだから――――!!」

 

 涙を魔力の熱量で蒸発させて、彼女が前傾姿勢になる。

 周囲に浮かべた剣群の中から二振り、両手に掴む。

 射出と疾走を同時に行うと構えるレディの前で、イリヤは唇を噛み締めた。

 

「―――レディ……!」

 

「如何にただ飛ばしてくるだけでも、あの数の宝具が相手では物理保護ではどうにもなりません! それこそ、クロさんのように盾の宝具でもないと―――!

 せめてセイバーかランサーのカードを限定展開(インクルード)しなくては……!」

 

 あれ、と。その言葉にイリヤが戸惑う。

 

 そう。宝具の無数投射など、宝具でもなければ防げない。

 分かっているのは何故だろう。

 経験した事があるから? クロが宝具の盾で防いだところを、見ていたから?

 一体いつ、そんな光景を――――

 

「……わたしのホルダーから、カードを……っ!」

 

 美遊が体を必死に動かし、その足を何とかして持ち上げる。

 彼女の太腿に巻かれたカードホルダー。そこには3枚のカードが入っている。

 もう、そんな宝具投射をする相手との戦闘経験があるのに。

 その直前から彼女たちは、カードを執行者と分割管理して持っていなかった筈なのに。

 

 ―――なら、このカードは。

 

 と、横にブレそうになる思考を、美遊は頭を振って追い払う。

 そんな事は後から考えればいいだけだ。

 

 魔力を持つ人間や魔力で動くものがそれに触れれば、拘束される。

 だからこそ、そこにタカウォッチとコダマスイカが飛び付いた。

 魔力など関係ない、自律型の機械。

 

 その礼装を完全に外す事はできない。

 四肢と胴体に幾条も絡みついたそれは、一本二本どうにかしても意味がない。

 だがホルダーからカードを抜きだせる程度になら、何とか。

 

 リボンを掴み、思い切り引くコダマ。嘴に引っかけ、思い切り引くタカ。

 拘束されたままの美遊も、彼らと反対方向へと足を引く。

 そうして生まれる、ホルダー部分の隙間。

 

「お願い、します……!」

 

「うん、任せて」

 

 そこに立香が指を差し込み、カードを纏めて引き抜いた。

 彼女はそのまま流れるように、引き抜いたカードを振り向きざまに投げ放つ。

 

「イリヤ!!」

 

 カードが投げ放たれた直後、レディが空中で凍結させていた宝具を動作させる。

 

 発射される無数の剣弾。

 一つ一つが宝具であるそれは、ただの一撃で物理保護があるイリヤの命にさえ届く。

 そんな弾幕を前にして、イリヤは大きくステッキを振り上げた。

 クラスカードに向けられたルビーが、力の解放のために魔力を漲らせる。

 

「イリヤさん、セイバーかランサーの限定展開(インクルード)を!」

 

限定展開(インクルード)じゃ、足りない」

 

 そう言い返し、彼女はそのままステッキを振り抜いた。

 予想外の行動に困惑するような反応を見せるルビー。

 

 分からない。なぜ、そう思うのか。

 それでも確かに、彼女の心の中には確信だけがある。

 

 だったらどうするのか、イリヤに答えはないはずだった。

 けれど、確かにここにある。クロが彼女の中に残した感覚だけじゃない。

 分からないはずなのに、確かな感覚を憶えている。

 

()()()()()()()()()()使()()()……!」

 

 投擲されたカードがイリヤの目前にまでやってくる。

 それを目掛けて突き出した彼女の手が、1枚のクラスカードと空中で交わった。

 呼応して展開される大規模な魔法陣。

 

 発動した儀式の余波として放たれる魔力の渦。

 それを突き破って迫りくる無数の宝具を前にしながら、少女は叫ぶ。

 

「―――――夢幻召喚(インストール)!!」

 

 ―――吹き抜ける黄金の風。それに揺らされる白い花弁。

 魔力の嵐の中に生まれる、幻想的でさえある凪。

 

 その直後、白刃が躍った。

 黄金の光を曳いて舞う切っ先が、絶え間なく降り注ぐ剣群を切り払う。

 数十、百に届こうかという宝具の雨が、全て斬られて霧散していく。

 

 立ち昇る魔力の残滓。

 黄金の霧越しに、二人の魔法少女が再び邂逅する。

 

「クラスカード、セイバー……!」

 

 ―――そんな、黄金の剣を持つ百合姫を前にして。

 こみ上げる未知の感覚に、ファースト・レディが一歩後退った。

 が、彼女はすぐに体勢を立て直して前に踏み出す。

 

「今更、なんなの……! あなたは……! 一体なんだっていうの――――!」

 

「わたしは……あなたと同じ、魔法少女」

 

 少女が手にした聖剣を奮う。

 唸る剣閃の風圧で、周囲に散った魔力の残滓が舞い上がった。

 薄れて消えていく黄金色の灯、宝具の残照。

 そんな淡い光に照らされて、白百合のドレスが酷く際立ち、輝いて見える。

 

 騎士王の姿を借り受けた魔法少女。

 彼女がポニーテールに纏められた髪を揺らしながら、強く立ち誇る。

 

「―――わたしは、イリヤスフィール・フォン・アイツベルン!!

 まだ分からない事はいっぱいあるけど、一つだけ絶対にそうだってわたしにも分かった事がある。いま必要なのは……魔法少女(きせき)であり続けるために苦しむあなたを、助けるために手を伸ばせる魔法少女だってこと!」

 

 救うためにずっと戦い続けてきた魔法少女を前にして。

 いまなお魔法少女として戦い続けてる少女が、そう言って煌めく双眸を向けた。

 

 ―――魔法少女は、誰もがそうしてきた。

 そうして多くの人を救い、救った人に利用され、願いを踏み躙られてきた。

 ファースト・レディは、これからも続くその地獄の円環を誰より知っている。

 魔法少女は願いの果てに、その輝きから程遠い深淵に葬られる。

 

 何にも縛られず空を翔けていた希望は、やがて積み重ねられていく呪いの重みに屈して、飛べなくなって、立てなくなって、底なし沼のような絶望の中で溺死する。

 それを誰より知っている原初の魔法少女が、慟哭するように叫び声を上げた。

 

「―――その想いが、そんな理想がいつか、あなたを奈落へ堕とす……!

 その道の先にあるのは、地獄だけなのだから――――!!」

 

「―――堕ちない、堕とさせない。

 この願いを呪いに堕とさないために、わたしたちは夢を見続けてる!

 わたしたちは、誰よりも夢を()れるから、魔法少女になれたんだから!!」

 

 星の聖剣を両手で握り、彼女はレディと対峙する。

 レディの赤い外套が翻り、それに呼応して無数の宝剣が奔った。

 白のドレスがふわりと広がり、その動きに合わせて舞う白刃が全てを切り払う。

 

 宿したカードは剣と弓。

 その力を十全に行使するほどに力を漲らせた魔法少女が、衝突した。

 

 

 




 
 ふわふわ時系列。

「子供の頃、僕は魔法少女に憧れてた」
「それは流石に諦めるしかないな……」
「僕は大人だから無理だけど、僕の夢は士郎が―――」
「爺さん。俺はならないし、なれないぞ?」
「ああ―――安心した」
 


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3-6 夢がかけた虹2017

 

 

 

「ち、止まらんか」

 

 宙に跳ねたスカサハが朱槍を回す。

 周囲に展開される、彼女が手にしているものと同じく見える朱槍の数々。

 それが彼女の一突きと同時に放たれ、暴れ狂う猪を消し飛ばした。

 

 大猪だったものが崩れ、ざばんと波打つチョコレート。

 その直後、再び猪はそのカタチを取り戻した。

 幾度となく繰り返したその流れに、スカサハが強く舌打ちした。

 

「まったく、こういった相手ばかりか」

 

 時間神殿での魔神の相手に続けてこれか、と。

 呆れながら、それでも槍と刺突を奔らせ続けるスカサハ。

 猪は簡単に消し飛ぶ。だがそれだけだ。

 チョコレートの津波は止まらない。

 

 既に戦線は水晶の国の正門手前。

 これでは時間稼ぎになりはしない、と彼女は顔を顰め―――

 

 感じた気配に、頭上を見上げた。

 

〈ファイナルフォームタイム! ガ・ガ・ガ・鎧武!〉

 

 橙色の光を帯びながら、落下してくる鎧武者。

 彼は落ちながら両腕を伸ばし、手の中にのぼり旗を現した。

 突風に靡く旗を振り上げながら、ジオウが叫ぶ。

 

「一回吹っ飛ばすよ!」

 

 その言葉に小さく肩を竦め、彼と入れ替わるように宙に跳び上がるスカサハ。

 

 地面に着弾しながら振るわれる旗。

 そこから迸る衝撃波が、地面を這っていたケイオスカカオを一息に薙ぎ払う。

 押し返される津波に巻き込まれ、魔猪も崩れながら流されていく。

 

 何故か猪がいた事に困惑しつつ、ソウゴはスカサハを見上げる。

 

「あれなに? 亡霊みたいなものじゃなかったっけ?」

 

「―――さて、どうやら正体を覗かせているようだな」

 

 ひらりとジオウの隣に着地を決め、両手に双槍を構え直す。

 そうしながら押し流されていく猪を見て、彼女は僅かに目を細めた。

 

「……海を通じて影の国に迷い込んで、その上こんな場所まで流れ着いた者。

 それでもなお聖剣の光を見上げた時、正気……狂気に暴れ出した、暴虐の魔猪。

 なるほど。では、その名は一つしかあるまい」

 

 ケイオスカカオの逆流が、更に流れ込んでくるものに押し返されてくる。

 返ってくるチョコが、再び魔猪のカタチを積み上げていく。

 立ちはだかる魔猪から感じる、狂おしいほどの執着。

 

「その邪悪さ故に猪に変えられ、そうなってなお己が邪悪さを顧みることもなく、ブリテンを食い荒らし、結果としてアーサー王に追い払われた魔猪の王。

 ―――トゥルッフ・トゥルウィス。それこそが、奴自身さえ忘却した奴の名前だろう」

 

 魔猪はスカサハの言葉に何の反応を示すこともなく、その巨躯を走らせる。

 それを見たジオウが即座に旗から衝撃波を奔らせた。

 衝撃に正面から激突して、熱に溶かされて弾け飛ぶケイオスカカオ。

 

「……名前が分かったって事は、倒せるの?」

 

「―――無理だな。奴が自分の名を自分の名として認識していない。

 お前たちは文字として記す、という方法で取り戻したと言っていたな。

 だが魔猪と化して蹂躙と略奪の権化と化した奴に、その方法は通じないだろう。

 ……ただの害獣でしかなかった奴は、文明的な手段では名前を取り戻せない」

 

 巨大な魔猪を形成しつつ、更に放たれる小型の魔猪。

 ケイオスカカオが獣となって、ソウゴとスカサハを呑み込まんと疾走する。

 それをそれぞれ二振りの旗と槍が粉砕し、海の中に還していく。

 

 侵攻を再開する黒い波に合わせて、それを押し返すための大振りの姿勢に入るジオウ。

 彼に突撃しようとする魔猪の群れを無数の槍で撃ち抜き、飛散させるスカサハ。

 進み出すケイオスカカオ。それを逆流させる旗から奔る衝撃。

 

 そうして戦場を停滞させながら、二人は揃って周囲を見る。

 正門の前はこうして抑えられる。

 だが相手の質量を全て留めて置けるわけではない。

 大きく横に広がっていくケイオスカカオは、正門を避けて周囲の山岳に向かっていく。

 流石にそちらまで邪魔をし切れない。

 

 腕を止めず旗を振るいながら、ジオウがスカサハに問いかける。

 

「……それでも。自分の名前を忘れてる事が気にならないくらい、そんな状態でもこうして動けるくらい、そいつはアーサー王に執着してるんだよね? どうしてか分かる?」

 

「……どうして、か。ただの野の獣が完璧に敗北し、住処から追い払われたら、次の居場所を探すだけだろう。もしそこから縄張りを取り戻すために逆襲するなら、それは獣の行動だ。

 だが、取り返せるものが何もない報復などという、生存のためには悪手でしかない行動は獣のそれではない。ならばそれは恐らくアレが持つ、王としての矜持なのだろう」

 

「――――そっか」

 

 迫るケイオスカカオを押し返す。

 飛散したチョコの飛沫を浴び、橙色の装甲がチョコレートに染まっていく。

 そんな状況で少しだけ笑って、ソウゴは時間を稼ぐための行動に終始した。

 

 

 

 

 機関銃のように吐き出される宝具。

 その全てを切り払いながら、黄金の剣閃がレディに迫る。

 

「ちぃ……!」

 

 手に浮かべるのは黒塗りの弓。

 そこに矢としての改造が施された、赤い剣が番えてみせる。

 弦を軋らせながら引かれ、直後に放たれる赤光の魔弾。

 それは白百合の剣士を目掛けて突き進み―――

 

「―――避け切れない、叩き折る!!」

 

「了解しました!」

 

 それは躱せない、とイリヤは直感した。

 直進していた足を止め、ルビーが供給する魔力を刀身に纏わせる。

 カレイドステッキが無限に供給する魔力。

 それを武装のみならず全身から放出し、小さき騎士王は剣を振り上げた。

 

 レディが狙った獲物を寸分の狂いなく撃ち抜く緋色の猟犬。

 その一撃の接近に対して待ち構えるイリヤ。

 彼女の対応に大きく眉を顰めたレディは、即座に対応を切り替えた。

 

 猟犬に追わせるのではなく、最接近した瞬間に折られる前に自爆させる。

 即座にそのための意識を飛ばし――――

 

 瞬間、イリヤの体が一気に退いた。

 爪先で軽く地面を蹴ると同時、尋常ではない魔力放出による加速。

 彼女は剣を振り被った体勢のまま、後ろに向かって爆進したのだ。

 

 そんな予想外の対応をしたイリヤの前で、レディの意志を受けた猟犬が爆散する。

 直後、後ろに吹き飛んでいた少女が逆方向にそれ以上の速度で加速した。

 神秘の爆炎を対魔力任せで強引に突き破り、レディに肉薄するイリヤ。

 

「な……っ!?」

 

 危機は超常的な精度の直感が知らせてくれる。

 カレイドステッキが無限に供給する魔力さえあれば、魔力放出は剣にも盾にも翼にもなる。

 そしてその腕が振るう聖剣を阻める剣や盾など、そうあるはずもなく―――

 

 最強を誇る剣の英霊と化したイリヤの前では、如何な原初の魔法少女といえど。

 

 魔力放出ですっ飛んでくる相手に対し、レディが弓を捨て双剣を握る。

 高速で交差した瞬間、いとも簡単に砕け散る干将・莫耶。

 衝撃で弾かれながらレディは再び双剣を投影する。

 そのままどうにか距離を取るために転移を望もうとして―――

 

 そんな暇が与えられる筈もなく、魔力放出で飛行する騎士王が追撃しにくる。

 

「はあぁあああああああ――――ッ!!」

 

「く……ッ!?」

 

 一合で再び双剣が砕け散る。

 即座に再投影、聖剣を防ぐための防御、当然のように防ぎきれず崩壊。

 

「こ、の……ッ!」

 

 双剣が消し飛んだ瞬間、今度は両手剣を投影する。

 それは今まさにイリヤが握っているものと同じもの。

 騎士王の聖剣、エクスカリバー。

 

 二振りの聖剣が正面から激突し――――

 その瞬間、イリヤが爆発的な魔力放出を行使した。立ち昇る魔力の渦。

 それによって増加した腕力で、イリヤがレディを力任せに押し切った。

 

 突き抜けていく衝撃に、レディの聖剣に罅が入る。

 そのまま更に一合刃を交わせば、砕け散るエクスカリバー。

 

 どちらも厳密には本物(オリジナル)ではない。

 だがそれでも、イリヤの手にしたそれと、レディの投影したそれは隔絶していた。

 まして上回る聖剣を振るうのが騎士王に成っているイリヤならば、差は更に広がる。

 

 柄だけ残った剣を手に、ファースト・レディが表情を悲痛に染める。

 

「こんな……! ところで!!」

 

 砕けた聖剣を放り、再び防御に優れた双剣に持ち替える。

 それは何度やろうが一合で砕かれるが、それでも関係ない。

 

 衝撃を受け続けるクロの体、彼女の両腕は既に限界を迎えている。

 それでもそんなこと、ファースト・レディには関係ない。

 どれだけ壊れても動かす事くらいはできる。

 そして投影を行う程度の魔力、レディにとっては何でもない。

 無限に等しい数だけ投影する事ができるだろう。

 

 ―――対して。

 

「イリヤさん、このままでは……!」

 

「わかってる……!」

 

 クラスカード、セイバー。真名、アーサー・ペンドラゴン。

 ブリテンの赤き竜。聖剣の担い手たる騎士王。

 その絶対的な力を奮いながら、イリヤが強く顔を顰めた。

 

 英霊の中で上位に位置する、どれほどの状況も全て強引に捻じ伏せるほどの怪物。

 どんな逆境も直感で活路を見出し、魔力放出でぶち破り、聖剣で路を切り拓く。

 そんな無双の英雄を宿しながら、彼女はそれでも攻め切れていない。

 

 レディの体はクロのもの。

 そもそも、そうじゃなかったとして斬り殺すような真似をする気は一切ない。

 では、一体どうやってレディを止めるのか。

 

 力任せに突破できているのは、魔力放出の恩恵だ。

 ルビーが行う無限の魔力供給も、セイバーの全力稼働が相手では消費が勝る。

 すぐに枯渇するような事はないが、このまま続ければいずれ先に魔力が尽きるだろう。

 

 そもそも、その前にケイオスカカオの到達というタイムアップが来るか。

 

 ―――まずはクロを取り戻す……! けど、どうやって……!?

 

 レディを一度叩き伏せれば、クロの意識を取り戻せるかと思っていた。

 けれど、セイバーの猛攻で体が限界を迎えてもレディは関係ないとばかりに動き続ける。

 これでは本当に、レディを止める前にクロが限界を越えるだろう。

 

 再度の激突。

 双剣が粉砕され、レディが大きく吹き飛ばされた。

 床を転がったその体を拘束しようとするイリヤ。

 

 が、彼女はそれを取りやめて回避する事を強制される。

 周囲に展開され、射出される無数の宝具が、イリヤに足を止めさせない。

 

 ―――好き放題に武器を出せるせいで捕まえられない!

 

 心中でそう叫びながら、回避と迎撃を織り交ぜながらレディに迫る。

 だが何度やろうが同じだ。追い詰めるまでは幾らでも可能。

 そこから先が、どうやっても詰め切れない。

 

「―――ああ、そっか」

 

 レディが逃げ回っていた足を止める。

 その状況で激突する聖剣と双剣。当然のようにレディの武装は砕け―――

 彼女は必死にそのまま踏み止まり、そこに立ち尽くした。

 

「―――――っ!」

 

 振り抜かんとしていた聖剣を、魔力放出も利用して強引に止める。

 煌めく白刃がクロの肩口に触れるかどうか、という場所で停止した。

 勢いのまま振り抜いていれば、そのまま殺めていたような状況。

 そんな状態に強く顔を顰めるイリヤ。

 

 自身に突き付けられた刃を見つめながら、レディが小さく笑う。

 

「私はいま、あなたにとっての魔女(ミラー)なのね」

 

「何を……!」

 

 レディの意志で動く、クロの腕。

 それが自身の肩に迫っているエクスカリバーに添えられた。

 困惑するイリヤに対し、レディは滔々と声をかける。

 

「美遊を助けたいのならば、私ごとクロエを殺さなきゃいけない。

 クロエを見捨てなきゃ、美遊をここから逃がすことはできない。

 ねえ、イリヤスフィール。あなたはどうしたい?」

 

「……そうやって酷い事になるって分かってるなら、何であなたは!」

 

「酷い事は嫌? じゃああなたこそ、魔法少女なんてやめなさい。

 言ったでしょう、あなたが進もうとする道の先は地獄。

 それが嫌なら、最初から魔法少女なんてやめてしまえばいいのよ」

 

 そう言いながらレディは聖剣を掴み、クロの首へとゆっくりと引き寄せようとする。

 そんな動きに対し、焦燥も露わに。

 彼女の手を斬らないようにしつつ、イリヤは自分の方へと聖剣を引き戻した。

 

 その瞬間。

 

「―――ッ、イリヤさん!」

 

『転移反応! ファースト・レディが転移を……!』

 

 ルビーとマシュ。二人の警告が同時にイリヤの耳に届く。

 が。その瞬間には目前から、ファースト・レディが消失していた。

 すぐに視線を巡らせて、再出現位置を探る。

 

 レディが出てくるのは、イリヤから最も距離が離れた場所。

 遠く離れた広間の隅に再出現する。

 

 そんな場所に現れたレディの手には、再びエクスカリバーが握られていた。

 立ち昇る黄金の魔力に渦に対し、唖然とするルビー。

 

 神造兵装、最強の幻想(ラスト・ファンタズム)、聖剣“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”。

 

 先程から当然のようにレディは投影している。

 が、本来はそんな簡単にいくはずがない。

 アーチャーのカードを宿すクロも。

 もっと言うなら、恐らく力の源であるアーチャーの英霊だって。

 いくら贋作とはいえ、あんな超常の武器をそう易々と顕現させられるはずがないのに。

 

「正気ですか!? ああもエクスカリバーをポンポンと!

 クロさんの中のアーチャーのクラスカードだけじゃ、そう簡単にいくはずありません!

 ファースト・レディ、一体どれだけ飛び抜けた魔法少女なんですか―――!」

 

 ここが彼女の固有結界(せかい)だからではあるだろう。

 だがそれにしたって、異常に過ぎる。

 

 ―――不可能を可能にする奇蹟。

 どんな無茶でも叶えてしまう奇蹟の申し子、世界に愛された善性。

 ()()()()()()()()()()()()、とでも言うかのように。

 

 そして、それでもどうにもならなかったのだと喘ぐように。

 

「―――っ! とにかく、撃たせない!」

 

 踏み込む瞬間に魔力放出を行使し、トップスピードに到達する白百合。

 どこに出現しようが、この広間の中ならばどこであろうと到達まで2秒とかからない。

 エクスカリバーのチャージをさせるだけの隙は、どこにもない。

 

 そうして距離を詰めてくるだろうイリヤを前にして。

 ファースト・レディが、目を見開いた。

 

 ―――瞬間、彼女の目前に咲き誇る七つの花弁。

 淡い光がレディの前で大きく花を咲かせ、彼女とイリヤを遮る壁となった。

 その光景を前にして、イリヤが眉を寄せる。

 クロエが使用するところを見た事もある、盾の宝具。

 

「宝具を二つ同時に解放……!?」

 

「突き破る――――!」

 

 突き出した聖剣の刃が、正面から花弁の盾に激突する。

 刹那の拮抗の末、その切っ先は確かに盾を貫いた。

 ざくりと、光の盾に刺し込まれる聖剣。

 

 ―――だが、そこどまり。

 盾は剣に貫かれただけで、砕けも散りもしない。

 

「…………ッ!」

 

 投射宝具に対する防御力の割に、剣で直接貫くのは容易に見えた。

 が、レディを捉えるにはこの七枚の花弁全てを斬り落とす必要があると理解する。

 ―――それは流石に、あまりにも時間が足りない。

 

 ぐるり、と。盾に突き刺した剣を支点にイリヤが体を回す。

 そうして盾を全力で蹴り付けると同時に、魔力放出。

 彼女が握っていた聖剣もその勢いで盾から抜けた。

 そのまま爆発的に加速したイリヤは、突っ込んできたのと同等の速度で離脱する。

 

「―――相殺するしかない! ルビー!」

 

 踵が床を削り、火花を散らす。

 そうして強引に減速しながら、イリヤは聖剣へと変わっているルビーを強く握る。

 溜め込んでいた魔力を可能な限り吐き出し、唸るルビー。

 

「この宝具を使ってしまえば、いま蓄えている魔力をほぼ全て使い切ります……!

 転身だけはどうにか保ちますが、魔力を回復するまで夢幻召喚(インストール)は……!」

 

 セイバーのカードがなければ、ここまで彼女がレディを押す事などできなかった。

 だがこの撃ち合いの後は、もうカードには頼れない。

 それどころか、魔力がほぼ空っぽの状態でレディと相対する事になる。

 

 ―――それでも今はこれしか手段がないのだ、と。

 

 立ち昇る黄金の魔力が、二柱。

 互いに向かい合いながら、それを放つ聖剣を振り上げた。

 

「“約束された(エクス)―――!」

 

勝利の剣(カリバー)”ァ―――――!!」

 

 鏡合わせに振るわれる、まったく同じ姿の剣。

 贋作であるが、十分な充填を行ったうえで振るわれる一撃。

 本物(オリジナル)に限りなく近しいが、準備が多少足りない状態で振るわれる一撃。

 それはほぼ互角の威力となって衝突し、広間を光で満たした。

 

 

 

 

 立ち昇る光の柱。聖剣の極光。

 それを再び感じて、ケイオスカカオが奮い立つ。

 呼応するように咆哮する巨大魔猪。

 

 そんな声に乗せられた憎悪を感じつつ、ジオウが旗を振り抜いた。

 怨念によって突進力を増した相手を、しかし強引に押し返す衝撃波。

 

「……なるほどね。うん、分かった。

 これなら、いける気がする」

 

 そう言って更に一際大きく旗を振るい、ケイオスカカオの波を吹き飛ばすジオウ。

 沸き立つ猪どもを膾切りにしながら、スカサハがそんな彼を見る。

 

「ほう、随分と自信ありげだな。

 私にはいよいよ限界が近くなってきたように見えるが」

 

 彼女がちらりと視線を巡らせれば、ケイオスカカオはもう山に差し掛かっている。

 あの波が登山を完了するのも、時間の問題だろう。

 だというのにソウゴはそれに小さく笑い、言い返した。

 

「大丈夫だよ、きっと。

 この世界は他の何より、誰かを助けたいって想いを積み上げてきた場所なんだから」

 

「―――まあいい。なら、もう少し付き合うとするか」

 

 双旗、双槍が同時に躍る。

 チョコ飛沫を立てながら吹き飛ばされていくケイオスカカオ。

 1秒でも長く、少女たちを向き合わせるため。

 二人の戦士は寄せ来る黒い海へと立ち向かった。

 

 

 

 

 パキィン、と。音を立てて弾け飛ぶ、セイバーのクラスカード。

 エクスカリバー同士の衝突。それを果たし、相殺し切った瞬間。

 イリヤの胸からカードが飛び出し、彼女は魔法少女のドレスに戻っていた。

 

「っ……! 離れ、ううん。離れたら宝具射出がくる……! なんとか距離を詰め―――!」

 

 どうやってレディを止めるか。

 それを思考しようとしたイリヤの前に、双剣が回転しながら飛んでくる。

 回避を選択しようとして、しかし。

 

 飛来する夫婦剣が、二組。

 四つの刃が彼女を囲うように配置されている事を理解した。

 

「――――――!」

 

 どうすれば避けられるか。その答えを出そうとした思考が凍る。

 違うのだ。この剣だけに意識を割いてはいられない。

 この二組の剣をどうにかしても、恐らく直後にレディ自身が転移してくる。

 

 セイバーでいられたなら、力尽くで直進すればよかった。

 前に配置された剣を砕いて、そのまま突き進めばよかっただけだろう。

 だが、もうそんなパワープレイは許されない。

 

 聖剣解放の直後で、夢幻召喚(インストール)どころか限定展開(インクルード)さえ不可能。

 イリヤの残存魔力では、砲撃したところで双剣を弾き返す事すらできない。

 

「―――ッ、」

 

「伏せて!!」

 

 そうして動きの止まったイリヤに、ツクヨミの声が届く。

 咄嗟にしゃがんだ彼女の頭上を通り抜ける赤い弾丸。

 それが回転しながら飛来してくる一振りの干将に直撃し、動きを停止させた。

 完全に計算された囲いのための一刀が動きを止め、崩れ去る包囲。

 

 すぐさまイリヤが動き出しそちらから脱出を試みる。

 それを察知したのか、彼女が向かう方向に転移で出現するレディ。

 

「逃がしは―――!」

 

「はぁああああッ!」

 

 そうして、レディが転移によって出現した瞬間。

 既に疾走していたツクヨミが、そのままスライディングの姿勢になってレディを強襲。

 足を刈り取るために放たれたその一撃。

 

 下から迫りくるそれに僅かに驚きつつ、しかし彼女は跳ぶことでそれを回避した。

 跳んだレディに下を潜るように通り抜けていくツクヨミ。

 そんな彼女がスライディングしながら上へと手を伸ばし、ファイズフォンXの引金を引く。

 

「ちっ……!」

 

 眼下から撃ち上げられる赤い弾丸。

 その弾幕を空中で迎撃しつつ、彼女は最後の一撃のために鶴が翼を広げるが如く、刀身を肥大化させてた双剣で軽く弾いてみせた。そのまますぐ反撃に転じようと、オーバーエッジ状態に強化された莫耶を投擲する姿勢に入り―――

 

斬撃(シュナイデン)――――!!」

 

 イリヤがこちらに飛来しつつ放った、薄く延ばして圧縮された魔力の刃に邪魔される。

 投げようとしていた莫耶で、斬撃を切り払う。

 その隙にツクヨミを捕まえつつ、離脱しようと加速するイリヤ。

 

「―――しない!!」

 

 即座に投影した宝具の群れを背後に浮かべ、離脱しようとする二人に差し向ける。

 ツクヨミが引っ張られながら放つ弾丸程度では迎撃にはならない。

 それでもルビーの誘導に従いつつ、飛行で強引に宝具の弾幕を回避してみせるイリヤ。

 

 そんな光景に目を眇め、即座に方針を変更。

 射出した宝具がイリヤに接近した時点で、自爆させるように変える。

 

「――――ッ、全魔力を物理保護に! イリヤさん、ツクヨミさんを抱えて――――!」

 

 そうなれば当然、回避し切れるはずもなく彼女たちは爆風に呑まれることになる。

 ルビーの悲鳴染みた指示も、当然のように爆音に塗り潰された。

 

 直撃に比べれば大したダメージでもなかろうが。

 それでも神秘の自壊による爆発には、ルビーの防御だけでは防げないほどの威力がある。

 ツクヨミを抱えたイリヤが床へと落ちて、転がりながら黒煙を立ち昇らせた。

 

 レディがふと足を止め、その場でゆっくりと上を見上げる。

 イリヤが太腿に巻いていたカードホルダー。

 そのベルトが爆発で千切れて、宙に舞っていた。

 落ちてくるそれへと手を伸ばし、確かに受け止めるファースト・レディ。

 

「……諦めなさい。もう、あなたが進むべき道はない」

 

 イリヤたちの勝機は一切合切喪失した、と。

 もう諦めろ、と。いい加減に諦めろ、と。お願いだから諦めて、と。

 そうして、レディはカードを握り締めながらイリヤたちに向かって歩き出す。

 ―――そんな、彼女の声を聞いて。

 

「ああ―――そう、なんだ」

 

 蚊の鳴くような小さな声で。しかし確かに。

 イリヤは何かに納得したように、口を開いた。

 そのまま拳を握り、ルビーを掴み、少女は必死に立ち上がろうと力を尽くす。

 

 そんな相手の様子に、何故かレディが足を止める。

 

「あなたは、もう……ここでこうしている事を、諦めたいんだ」

 

 イリヤスフィールが顔を上げ、確かにファースト・レディと目を合わせた。

 四肢を床について、痛みに震えながら、それでも。

 言わなきゃいけない言葉が見つかった、と。

 

 彼女はそこで振り返り、ツクヨミの方を見た。

 ルビーに直接守られている彼女より、ずっとダメージがあったはずだ。

 だがツクヨミは這いつくばりながらも、イリヤを強く見返して首を横に振る。

 カルデアの礼装とルビーの結界を合わせて、どうにか生き延びた。

 

 ―――だから、あなたはあなたが言いたい言葉のために行きなさい、と。

 そう背中を押してくれた彼女に強く頷いて、イリヤは立ち上がる。

 

「でも、守るべき魔法少女が生まれ続ける限り、あなたはそんな魔法少女たちを守るために、戦い続けなきゃいけない。辛い想いをする魔法少女になんて、もう誰もならないような世界になってくれないと……あなたも、安心して諦められないんだよね」

 

「―――そうかもしれないわね。だから、あなたももう諦めなさい。

 魔法少女が生まれる限り、私はこの世界を守っていかなくちゃいけない。

 そのために必要な犠牲を強いながら、私は今まで通りに使命を果たす」

 

 ……そんな悲しいものは、もう二度と生まれなければいい。

 魔法少女は誰にも必要とされていないのだから。

 望まれているのは奇蹟だけ。魔法少女の必要性は、奇蹟に対する必要性だ。

 そんなもの、少女たちが背負う必要がどこにあるという。

 

 奇蹟のために必要とされ、奇蹟以外の価値を剥奪された少女たち。

 そんなものたちの逃げ場所は、魔法少女がいなくなればいらなくなる。

 

「強いよ……あなたは、すっごく強い……あなたはずっと、ずっと、心が壊れそうになりながら、それでも自分だけは諦めちゃいけないって、そうやって戦い続けてきた。

 わたしは、あなたのようにはなれない……!」

 

 震える手でルビーを握り直し、少女は必死に体を持ち上げた。

 体力も魔力もとっくに枯渇して、全身には常に鈍痛が響いている。

 立つ事も苦しい中で、しかしそれでも彼女は立ち上がり―――

 

「わたしはあなたみたいずっと強くなんていられないから……! 弱いからこそ―――!」

 

 思い切りルビーを振り上げ、それをレディの方へと向けた。

 

「こんなところで、諦められない――――!」

 

「―――――」

 

 レディが僅かに顔を顰めながら宝具を背後に浮かべ、射出する。

 飛来するそれに対し、斬撃を飛ばして立ち向かうイリヤ。

 その程度では何とか逸らすのが精いっぱい。

 打ち砕かれた魔力が破裂した衝撃で、イリヤが背中から床に叩き付けられた。

 

「あ、ぐ……! っ、今日、ぶつかった壁を乗り越えようと10回挑戦して、全部ダメだったからって、それで諦めてしまったら……!

 これからのわたしは、もうどんな事にも挑戦できなくなる―――!」

 

 這い蹲った体に力をこめ、少女が必死に立ち上がった。

 魔力はカレイドステッキが徐々に回復させている。

 だが、体力は戻ってこない。それでも、倒れてなんていられない。

 

「いまここでそうしてしまったら、次に壁にぶつかった時のわたしはきっと、今日よりもっと早く諦めてしまう……! 10回、8回、5回、3回―――その内、どんどんわたしの中で『もう一度だけ立ち上がろう』って、そう思える数が減っていく……! そうやっていつか、立ち向かう前に逃げ出す自分になってしまう!」

 

 立ち上がる少女に差し向けられる、宝具の刃。

 それを物理障壁を複数枚重ね、なんとか押し留めつつ。

 しかし多量の宝具など止め切れるはずもなく、防御だけでなく回避も要求された。

 よろけながら、転びながら、レディが飛ばしてくる攻撃を凌ぐイリヤ。

 

 そんな彼女がそれでも、曇りなき瞳でレディを見据えた。

 

「―――そんな自分には、もう二度となりたくないから!!」

 

 分かっている。

 誰だってそんなものになりたくて、魔法少女になったわけじゃない。

 でも、もういいだろう。そもそもが間違っていた。

 分別のつけられない子供に、奇蹟を代行させるシステムが間違っていたのだ。

 

「わたしはもう、絶対に何も諦めない――――!!」

 

 ―――瞬間、光が爆ぜる。

 その魔力光に反応してレディが振り返れば、そこにあったのは一つのステッキ。一部が切れた“服喪面紗(ヴォワラ・ドゥイユ)”をタカウォッチとコダマに解かせた、カレイドサファイアがそこに解放されていた。

 

 即座に、舌打ちしつつそちらに向けて宝具を投射するレディ。

 だがそれに合わせて立香が、飛び跳ねるコダマを掴み上げて投球。

 投げられた瞬間に彼は変形を解除し丸まり、エネルギーボールとして巨大化する。

 

〈コダマビックバン!〉

 

 宝具によって弾け飛ぶ大玉スイカ。弾け飛ぶ果汁と果肉。

 視界を真っ赤に染め上げるそれに、一瞬だけレディが怯む。

 その隙に相手の視界を潜り抜け、イリヤへ向けサファイアが飛翔した。

 

「イリヤ様、姉さん――――!」

 

 飛び込んでくるマジカルサファイア。

 

 ―――仕方なさげに溜め息をひとつ。

 マジカルルビーがイリヤの手から飛び立って、彼女の周囲を回り始める。

 

「―――ギリギリを見極めて力をセーブしてください。

 そうじゃないと、すぐにイリヤさんの方が壊れてしまいますよー!」

 

 空中で交錯する二つのカレイドステッキ。

 五芒星のルビー、六芒星のサファイア。

 二つのステッキが混ざり合い、強引に一つのものとして纏められる。

 

 相棒の言葉に頷くことなく、イリヤはそのステッキを強く掴み取った。

 

「―――何度倒れたって、何度だって立ち上がる!

 わたしは……わたしがわたしであることを、諦めたくないんだから!!」

 

 ぶわり、と溢れる魔力と共に変わっていく少女の姿。

 マジカルルビーの契約者、カレイドルビー。

 マジカルサファイアの契約者、カレイドサファイア。

 

 二人分の衣装が織り上げられて、ピンクとバイオレットを併せた大輪の花が咲く。

 

 手にするのは二つを一つに束ねた魔法のステッキ。

 カレイドの姉妹からの魔力供給量が激増し、少女は僅かに顔を顰め―――

 溢れんばかりの魔力を、虹色に煌めく光の翼として放出した。

 

 そんな光景に。

 目を見開いて動揺していたレディに対し、イリヤが言い募る。

 

「レディ、あなただってそうだったはず……!

 本当に何より諦めたくなかったのは、魔法少女のためとかそんな事じゃなくて―――!

 自分が、自分であることでしょう!?」

 

 自分を真っ直ぐ見据えた相手の言葉に、レディが眉を吊り上げた。

 

「あなたはいま、あなたがなりたかった魔法少女でいられてるの!?

 “やるべきこと”のために“やりたいこと”を真っ先に諦めたのは、本当にあなたの願い!?」

 

 ―――もう、彼女がやりたかった事などこの世界には残っていない。

 共に夢を語った親友は、とっくに昔に彼女自身の手で断罪した。

 自分がやりたかった事など覚えていない。

 そんなもの、自分の名前と一緒に忘却の彼方へと投棄してしまった。

 

 彼女を動かすのは全て、原初の魔法少女としての使命感だ。

 始めてしまったからには、彼女だけは諦めてはいけない。

 その責任だけは、果たし切らないと。

 

「……なにを、知った風な―――!」

 

 無数の宝具を射出すれば、彼女が今までとは比較にならない障壁を張る。

 宝具の投射を正面から防ぐ、宝具に匹敵する守り。

 そんなものを出したイリヤに対して、レディは大きく目を見開いた。

 

 防ぎ切った後、息を荒くしながら障壁を消すイリヤ。

 そうして再び正面から視線を交差させ、彼女はレディに宣言する。

 

「―――誰かに示された“やるべきこと”より、自分で望んだ“やりたいこと”を考えて、そうして……両方纏めて、全部叶えてしまうのが、魔法少女でしょ!

 自分の心が望んだことを全部諦めて、それでも誰かの夢を守るためだけに進めてしまったあなたには! 自分の心を守るためにも何も諦められないわたしは、絶対に負けられない!!」

 

 光の翼が魔力を噴き、少女の体が加速する。

 叩き付けられる虹色に輝くステッキ。

 それをオーバーエッジ状態の双剣で防ぎ、その重さにレディの方が弾かれた。

 刀身が打ち砕かれた剣に、目を見開くレディ。

 

「まだこんな力が……!」

 

 レディが虚空に手を這わせれば、出現する無数の剣弾。

 それをステッキの一振りで纏めて消し飛ばし、イリヤは更に加速した。

 

「イリヤ様、もっと抑えてください! お体が……!」

 

「だって……! だって! わたしが戦うのは、魔法少女だからじゃない!」

 

 視界を埋め尽くすほどに展開される宝具の雨。

 降り注ぐ剣群を前にして、しかし彼女は魔力障壁を展開するだけ。

 半球型に展開された半透明の壁。

 まるで強度など感じないそれはしかし、そこに叩き付けられる宝具の方が崩壊していく。

 

「普通に生きてきて! おかしな事に巻き込まれて! これはそうして出会った力で! それでも! わたしは、わたしが守りたいもののために、魔法少女を続ける事を自分で選んだんだから! 魔法少女だから守るんじゃない! 守りたいから、魔法少女を続ける事を選んだ!!」

 

 魔法少女だから戦うのではなく、戦うために魔法少女になった。

 彼女の戦いは魔法少女の使命ではなく、一人の少女の願いでしかない。

 だからこそ、彼女はレディだけには負けられない。

 

 ファースト・レディは自分を捨てた。

 自分の願いなど、世界を知らなかったただの小娘の論理だと捨ててしまった。

 そうして、それでも見捨てられないと、全ての魔法少女のための存在へと変わった。

 

「これから先、ずっと辛い事が待ってるかもしれない。あなたの言う通り、地獄の中に囚われてしまうのかもしれない。それでも、まだ今のわたしは前を向いている!」

 

 イリヤを囲むように無数に並べられ、床に突き刺さる剣の檻。

 それに向けてステッキを一振り。

 一息に纏めて蒸発させながら、彼女は再び飛び立った。

 

「いつかわたしたちは、始まりの願いさえ置き去りにしてしまうのかもしれない。

 夢を翼にして空を飛べた理由も忘れて、地面に這いつくばるのかもしれない。

 顔を上げる事さえできないほど体が重くなって、俯く事しかできなくなった時―――あなたの示した救いに、縋る事しかできなくなるかもしれない」

 

 ―――爆発するように、虹色の翼が迸る。

 そこで弾けた魔力の嵐が、宙に浮いていた無数の宝剣を衝撃だけで撃墜した。

 墜落する剣の雨の中、その先に見えるレディを見据えてイリヤは叫ぶ。

 

「それでも―――いまこうして空を飛べている限り、わたしは諦めない。

 この(つばさ)が、わたしが守りたいもの全てを守れる力だって信じてる!

 だから奪わせない、わたしが守りたいものを!

 ミユかクロか、わたしが何を選ぶかなんてそんなこと決まってる―――!

 ミユも! クロも! そしてレディ、あなたの心も!

 全部! 絶対に! 取り戻す!!」

 

「…………ッ!」

 

 かつて、切り捨てないという選択肢を取れなかった少女が顔を悲痛に歪めた。

 そんな少女らしい無茶苦茶を、レディは叶えられなかった。いや、望めなかった。

 どうやって、とか。可能かどうか、とか。

 そんな事は何も考えていない、癇癪に似た少女の叫び。

 でも、いつだってそんな想いが、魔法少女が踏み出す最初の一歩であるはずで―――

 

 そんな想いを、レディは真っ先に捨てていた。

 守るべきもののため、守りたいものを切り捨てる時、そんな感情は邪魔だから。

 彼女は魔法少女であるために、魔法少女の原動力になる想いを放棄した。

 それでもここまで動き続けられたのは、ひとえに救済の望みが理由。

 

「そんなことできはしない……!

 仮に、私からその子を奪えても、その子の心を満たした絶望にあなたたちは屈する!

 所詮は時間の問題なのよ! あなたたちも! 他の魔法少女全ても!

 それが分かっているから、あなたはここに迷い込んだ! そうでしょう、美遊!」

 

 声を飛ばされた美遊がハッとして、表情に苦渋を浮かべた。

 否定しなければいけないのに、否定できない。

 そんな友人の感情を目にして―――しかし、イリヤスフィールは強く頷いた。

 

「だったら、わたしが助けに行く」

 

「え?」

 

 困惑の声は、言葉を向けられた美遊のものではなく。

 イリヤと対峙した、レディが発したものだった。

 唖然としている彼女の前で、イリヤは言葉を続ける。

 

「わたしたち魔法少女は、望む限りどこへだって行ける。どんな事だって出来る。

 助けて欲しいっていう声が届いたら、どこへだって助けに行く。

 絶望に屈した人を抱えて引っ張り上げるために、わたしの翼は羽ばたける!」

 

「――――あ」

 

 レディが一歩後退る。駄目だ、そこから先を聞いてはいけないと。

 そうして心が悲鳴を上げるが、彼女にもう逃げ場所なんてない。

 この世界こそが、彼女たちにとって最後の一線なのだから。

 

「―――レディ、あなただってきっとそうだったはず。

 あなたが本当に欲しかったのは、傷ついた魔法少女を匿うための城なんかじゃない。

 傷ついて泣いている子たちを助けに行ける、翼だったんでしょう?」

 

 瞬間、彼女たちの立つ城が一気に罅割れた。

 

「ち、が、―――違う! 違う、違う違う違う……! だめ、そんな……! 違う違う違う! だってそうじゃない! 私が本当にそんな風に誰かを助けたいなんて思っていたのなら……! 逃げ込むためだけの世界じゃなくて、自分の手で誰かを助けたいなんて思っていたのなら―――! 

 それならあの時、ミラーを見捨てるような事、しなかった筈じゃない―――!!」

 

 罅割れた城の亀裂を埋めるように、周囲から鋼が突き出してくる。

 水晶と刃のバランスが反転し、魔法少女の城が剣群に塗り替えられていく。

 バリバリと剥がれていく城壁。

 それを抑え込むように両腕で自分を抱えながら、彼女が声を震わせた。

 

「やめて、やめてよ……! もう取り返しなんてつかないのに―――!」

 

「そうだよ。取り返しなんて……つかない! だから誤魔化さないで! あなたが本当は、友達を犠牲にしたくなかったって想いから目を逸らさないで!

 わたしはいま―――あなたと同じ想いを抱えて、此処にいる!!」

 

 限界なんてとっくに超えて、軋みを上げる体。

 それでも止まってなんてあげられない、と。彼女は手にしたステッキを大きく振り上げた。

 

「だからわたしたちは失いたくないものを取りこぼさないように、全身全霊で立ち向かう!

 これ以上あなただけに苦しみと悲しみを積み重ねさせないために、今ここで止める!!」

 

 イリヤの意志に呼応して、ルビーとサファイアが限界を超えた魔力供給を開始。

 体内を巡るあらゆる器官を魔術回路として利用し、常軌を逸した魔力を迸らせる。

 場内に吹き荒れる虹色の風が剣群を押し留め、砕いていく。

 

「ずっと誰かを守るために戦ってきたあなたに、『もう大丈夫だよ、わたしたちはこれからも頑張れるから』って言ってあげられるのは―――わたしたち、魔法少女だけなんだから!!」

 

「あ……」

 

「……もう、いいんだよ。あなただけが苦しむことなんてない。

 今まであなたは、誰かを助けるだけだったでしょう?

 でもあなただって助けるために伸ばされた手を取っていい! 取ってくれればわたしが助ける!

 だって――――わたしたちは、魔法少女なんだから!!」

 

 剣群を吹き飛ばしながら、彼女はレディに向かって手を伸ばす。

 少女の掌を向けられて、レディが怯えるように立ち竦んだ。

 その途端、彼女の周囲の壁と床が一気に崩落した。

 代わりに溢れ出す、刃を重ねて造り出した壁。

 

「いや、いや……! じゃあ私に何が出来るの……!? この世界さえ奪われてしまったら、私に何が出来るっていうの―――!

 何とかしないと! だって……ずっと! もうずっと、たくさんのものを犠牲にしてきたんだもの!? 他の魔法少女も! ミラーも!! 全部犠牲にしてここまできた! だから、何かしなくちゃ! 魔法少女たちのために、私は何かしてあげなくちゃいけないのよ!!」

 

 体を震わせ、自身を突き動かす強迫観念を吐き出すレディ。

 それに合わせて、剣の荒野が更に浮き上がる。

 レディを覆い隠すように、城を呑み込みながら広がっていく剣の群れ。

 

 最早攻撃染みた剣の侵食に、美遊が血相を変えた。

 

「ここも、呑み込まれる……! 逃げて……!」

 

 そう言った美遊の言葉に首を横に振る立香。

 そのまま彼女は宙に浮くイリヤを見上げ、問いかける。

 

「魔法少女なら、大丈夫だよね?」

 

「――――はい!」

 

「……うん。大丈夫って言ってくれたから、じゃあ大丈夫!」

 

 一つ頷き、そう言って笑う。そのまま立香はすぐに、美遊を縛るリボンが繋がった罅割れた壁を一部でも割れないか挑戦し始めた。そんな様子に唖然とする美遊。

 それでも聞く気は一切ないと分かったのか、彼女はイリヤを見上げる。

 

 空に浮きながら、彼女は両手でステッキを握り締めていた。

 

「―――外の国とこの城で、世界が分割されていたのは。

 きっとレディが、自分から他の魔法少女と離れるためにした事だった。

 切り捨ててしまった友達と、救い切れない仲間と、それでも助けたいという願い。

 ごちゃ混ぜになった悲しみがこの城を創った――――だったら!」

 

 魔力で造った翼が噴き出し迸る。

 虹色に輝くステッキから光が噴き上がる。

 最強必殺の構えを取って、彼女はレディに向けて咆哮した。

 

「レディ……! わたしは、あなたの今の心……この城を、たとえぶち壊してでも!!

 貴女をこんな寂しい場所から―――力尽くにでも、引っ張り出す!!」

 

 イリヤの全身が発光する。

 通常の魔術回路のみならず、筋系、リンパ系、神経系、血管系。

 体を走る生命維持に必要なシステムを全て魔術回路として利用して。

 通常の限界など遥かに超越した力が、彼女の中で暴れ狂う。

 

 そんな魔力が、ルビーとサファイアが合体したステッキに集っていく。

 

「“多元重奏飽和砲撃(クウィンテットフォイア)”ァアアアアア――――――ッ!!」

 

 もはや魔力砲、などと呼べもしない圧倒的な力。

 真っ当な宝具さえも超越した魔法少女が持つ奇蹟の煌めき。

 本当にこの城を更地にするのではないか、という極光の嵐。

 それがレディが隠された剣の檻へと激突―――

 

 する直前に。

 剣の檻の前方に、七つの花弁が咲き誇る。

 拡がっていく桜色の花に、イリヤの超絶砲撃が直撃した。

 

「盾の宝具――――!?」

 

「それでも、この一撃が防げるはずが……!」

 

 この一撃に限っては、先程のエクスカリバーさえも凌駕していると確信できる。

 ならば、彼女が投影できるどんな宝具も相手にはならない。

 ―――そう言ったサファイアの言葉に反し。

 

 イリヤの文字通り全身全霊の一撃が、そこで止まった。

 それほどの一撃を以てして、しかし。

 直撃しているというのに、七つの花弁のうち一枚すら欠けない。

 

 余波だけで周囲に広がっていく剣群は消し飛んでいく。

 それでも、正面に立ちはだかる盾だけは壊せない。

 一枚目がようやく少しだけ千切れ始めた、その程度。

 

「ぐ、う……あ、―――……ッ!?」

 

「そんな、どうして!?」

 

 反動で悲鳴を上げ、何とかそれを噛み殺すイリヤ。

 彼女の手の中でサファイアがあまりにも今までと隔絶した強度に困惑する。

 

「―――固有結界の性質から、あらかじめ予測しておくべきでした……! レディはそもそも、戦闘になど向いていない……! けれど、何かを守る事にだけは特化している魔術特性……! 向いていない戦闘用のエクスカリバーをいとも容易く何度も投影するだけの能力を、全て防御に回した場合は、どんな攻撃をも凌ぐシェルターになり得る、と!」

 

「無理よ……! 無理! どれだけ無理を重ねたところで、あなたじゃ私は倒せない!!

 私はファースト・レディ! 自分の名前を忘れ去るほど遠い過去から、ずっと……! ずっと魔法少女だった……! 呪わしい願いを積み上げ続けた私に、あなた程度が――――!!」

 

 ―――それでも、そんな泣き喚くような声を聞いて。

 イリヤスフィールは唇を噛み締めた。

 

「それ、でも……! ルビー、サファイア、もっと……限界まで!」

 

「いけません! それで勝てる可能性があるなら私たちでどうにかします!

 けれど、これはそんな賭けですらない!」

 

 もはや力の多少の増減など誤差でしかない。

 七枚展開された盾のうち一枚を抜けるかどうか、などというレベルなのだ。

 イリヤがここから少し―――いや、力が倍にまで増したところで、何も変わらない。

 

「それでも……! あそこまで行かなきゃ、レディの心に届かない――――!!」

 

 強引に魔力を引き出し、それを砲撃に押し込める。

 今すぐにでもイリヤの方が破裂してしまいそうな、馬鹿げた魔力の渦。

 そんなものを叩きつけられながら、しかし盾は揺るがない。

 七つの花弁の一枚目が、やっと半壊と言える程度の状態どまり。

 

「イリヤ……!」

 

 体を動かそうとしても、まだ礼装は力を残している。

 何もできない自分に苛立ち、歯を食い縛る美遊。

 だがこんな状況で何もできないのは皆同じだ。

 

 何とか体を起こしたツクヨミも、立香も。

 拳を握って、その激突を見上げるしかない。

 

 そんな、中で。

 

 ―――ひとりじゃ、だめ。

 ―――それじゃあ、あの子と一緒になっちゃうよ。

 ―――あなたはひとりじゃない。でしょ?

 

 ふと、何かがステッキを握るイリヤの手に触れた。

 そこには何もない。何か触れられているなんてことはない。

 なのに、何かが伝わってきていた。

 

 ―――ああ、そっか。あなたも……

 ―――名前も、心も、何もかも消えてしまっても。

 ―――あなたはそれでも、レディを心配する気持ちだけはここに……残していたんだね。

 

 イリヤがステッキを握る手が、更に強く握り締められる。

 ひとりじゃない。自分も、レディも。誰だって。

 だから、なおさらその気持ちを彼女に届けてあげないと。

 

「わたしに、あなたがこれまで感じてきた辛さは分からないけど……!」

 

 盾越しに、剣山に覆われ、隠されたレディを見る。

 レディもまた負けられないと、イリヤに全ての感覚を向けている。 

 

「……辛かったんだよね。苦しかったんだよね。

 誰も悲しまないように、って誰より強い夢を積み上げ続けて……それは、叶わなくて。

 忘れたいんだよね。世界がそんなに辛くて、苦しくて、救われないって事を」

 

「わかって……いるなら―――――ッ!!!」

 

「―――それでも!!」

 

 彼女の意志に従い、カレイドステッキが最大稼働する。

 もういつ彼女が潰れたっておかしくない。

 いや、とっくに潰れていなければおかしいくらいの負荷が常にある。

 全身を走るあらゆる回路が魔力を通し、彼女の全身が夥しいほどの光を放つ。

 

「それでも、そんな夢を信じる想いだってまだこの世界で輝ける!! 夢を信じられなくなって曲がってしまった貴女に……! 今でも夢を信じて魔法少女をやっているわたしが、わたしたちが伝えられる事はひとつだけ―――!!」

 

 彼女は真っ先に夢を諦めた。

 いずれ誰もがそうなるとして、そうなったものを匿うために戦い続けてきた。

 でも、まだそうなっていない魔法少女だっているのだ。

 そんな事にならないようにと願って、必死に足掻いている魔法少女はいるのだ。

 辛い想いを抱えながら、それでも誰かの願いのために戦い続けている者はいる。

 

 だからこそ、

 

「わたしたちは!! まだ!! 諦めてない――――――!!!」

 

 魔法少女たちは、まだ空を飛んでいられるのだと。

 そうしてあなたの辛い気持ちを助けるために戦えるのだと。

 それを全身全霊、本気で伝えるために―――

 

 イリヤの体が虹色の輝きを帯びる。

 彼女の意志に感応して、カレイドステッキが世界の壁を超越する。

 世界を越える感覚を叩きつけてくるその光に、レディが愕然とした。

 

「なに、を……!」

 

 そうして狼狽えるレディの前で、少女の姿がブレていく。

 

 ―――やがて。

 七色に別れた光と共に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 当然のようにその違いは何もない。

 七人全てが紛れもなく、本物のイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 手にしているステッキは勿論、ルビーとサファイアが交わったカレイドステッキ。

 

「―――分身、いえ、別世界の自分をこの場に引き込んだ……!?」

 

「わたしたちはひとりじゃない―――!

 ひとりじゃ足りなくて勝てないなら、こうして力を合わせて勝てばいい――――!」

 

 ―――こういう意味じゃないよ……!

 

 亡霊(エコー)が追加で虚しく響く。だが、それに気付かれることもない。

 七人のイリヤは互いに顔を合わせて力強く頷き合い―――既に放っている最中の一人を除き六人全てが、“多元重奏飽和砲撃(クウィンテットフォイア)”のための予備動作に入った。

 

 イリヤが命を懸けて、レディが展開した七枚の花弁の盾の内一枚を破れるかどうか。

 つまり―――七発同時に叩き込めば、七枚全てを吹き飛ばせるということだ。

 

「“少女たちの夢が掛けた(プリズマ☆スプラッシュレインボー)、――――!!」

 

 七人七色。それを全て合わせて虹色。

 ―――彼女に言葉を添えてくれた魔法少女だった人の想いも載せて。

 彼女たちは、絶対必勝のために今度こそ最後の一撃を解き放つ。

 

多元重奏虹色砲撃(クウィンテットフォイア)”ァアアアアア――――――――ッ!!!」

 

 迸る七色の極光が交わって、虹色の砲撃となって花弁の盾に再激突する。

 壮絶の炸裂音を立てながら弾けていく花弁。

 それを必死に支えながら、レディの感情が遂に決壊した。

 

 彼女の心が存在を支えていた城も、それを呑み込むように拡がっていた剣の荒野も。

 纏めて呑み込む虹色の光の中で、堪え切れなくなった涙がレディの頬に滂沱と流れていった。

 

 

 




  
・“少女たちの夢が掛けた、(プリズマ☆スプラッシュレインボー・)多元重奏虹色砲撃(クウィンテットフォイア)
 申し訳程度の水着要素。
 絶対に勝てない、と断言された事実を覆すために選んだ手段。一人で勝てないなら七人に増えて数の暴力で勝てばいいのでは? という最強の最適解。別時間の自分を六人ほど一時的に呼び寄せ、七人同時に“多元重奏飽和砲撃(クウィンテットフォイア)”をぶっ放す。

 これを喰らうかレディに取り込まれるかの二択。
 レディの中でクロは死を覚悟した。

 例え相手に敵わなかろうが、夢が叶わなかろうが。
 それでも、願った夢のために進み続ける。
 その姿こそが、きっとレディも含めて誰もが最初に憧れた魔法少女の姿だったはず。

 だったら。最初に始めたあなたがかつてそうだったように、今の魔法少女として生きている自分もそうしているよ、と示すために。
 彼女は夢見る少女にだけ許される魔法の奇蹟を手繰り寄せた。

 たとえ達成できずとも、諦めずに前に進み続けることこそ何より尊い―――
 
イリヤ「そう! わたしはそれをあの夕暮れの日、跳べない高跳びに挑戦し続けるお兄ちゃんの背中から教わったんだから……!」
凛「!?」
ルヴィア「!?」
桜「……………………………」
 


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3-7 なまえをよんで2032

 

 

 

 水晶と鋼、それらと共にファースト・レディの城が崩落していく。

 そんな中で酷く顔を歪めながら、イリヤは小さくステッキを振るった。

 ルビーとサファイアがそこで分離し、彼女はカレイドルビーに戻る。

 

「サファイア、美遊たちを……!」

 

「―――はい、お任せを!」

 

 美遊もまた魔力を奪われ、不調には違いない。

 それでも今のイリヤよりかは遙かにマシだろう。

 本人はもちろん、立香やツクヨミを守るためにも転身する必要がある。

 

 そうしてサファイアを送り出し。

 イリヤは倒れ伏したクロに向き直り、ふらつきながらの飛行を開始した。

 

 彼女がいま為し得る最大最強の一撃―――七人の必殺砲撃は、レディの盾を粉砕して突き抜けた。そのままレディの周囲へと散り、彼女が壁にして全てを粉砕。そんな光景を見上げていた彼女は、糸がぷつりと切れたように倒れたのだ。

 

 彼女の近くに着陸し、何とかその体に触れて抱き起す。

 そうしていると、彼女はゆっくりと目を開けた。

 

「レディ……!」

 

 イリヤの声を聞き、小さく微笑み。

 彼女はゆっくりと手を持ち上げ、イリヤの頬に添え―――

 

 ぎゅう、とそれなりの力でつねった。

 

「ふあっ!? ふぁ、ふぁにするほっ!?」

 

「……あんた、限度ってもんがあるでしょ……! 纏めて消し飛ばされるかと思ったわよ……!」

 

 それで残っていた力を使い果たしたのか、ぱたりと。

 少女の体から力が完全に抜けて、ぐったりとする。

 彼女の声はもう別の誰かと重なって聞こえたりはしていない。

 

「ク、クロ!? 無事だった、良かった……!」

 

 そう言われて渇いた笑みを浮かべるクロ。

 彼女の体はレディに酷使され、今のところまともに動かせる気配がない。

 死力を尽くしてイリヤの頬をつねった時点で、完全に機能停止だ。

 

 とにかくそんな半身を何とか抱えながら、イリヤは飛翔した。

 崩落してくる瓦礫を縫って飛び立つ彼女。

 

 視界の端で同じく転身した美遊が、立香とツクヨミの周囲に物理保護を展開している。

 彼女一人で二人を抱えて離脱はできないだろう。

 そちらに向かいながら、イリヤが暗い声でクロエに向かって問いかけた。

 

「その、レディは……?」

 

「―――別に、まだ消えてないわ。小さくなって、わたしの中にいる。

 もう消えてしまいたい、って思ってるみたいだけど」

 

 震える手を自分の胸に当てて、そう呟くクロエ。

 そうして添えられた手を見ながら、イリヤはもう一度問いかける。

 

「……声は、届く?」

 

「……届いてるはずよ、いまのあなたの声も」

 

 はぁ、と。

 溜め息一つこぼしつつ、自分を抱えたイリヤを見上げるクロエ。

 そんな彼女の反応に一度頷いて、彼女はレディへと語りかけた。

 

「―――レディ。あなたはどんなに辛くても、まだ消えられないんだよね。

 だってまだこの世界には、あなたが守り続けたい、辛い想いをしている子がいるから」

 

 最後に彼女の背中を押してくれた、小さな(エコー)

 それらとは別に、魔法少女としてカタチを保っているものは一人だけ。

 ―――『お菓子の国』の魔法少女。

 名前を奪う忘却で国を包んだ、それ以外には何もしない眠れる魔法少女。

 

 彼女も他の魔法少女と同じだ。

 その現象の中心にいるだけで、辛い、苦しい、もう嫌だ、忘れてしまいたい。

 そんな呪いに身を竦めて、閉じこもってしまっている。

 

 それを自分たちは知っている、と。

 イリヤはクロの中にいるレディに向けて声をかける。

 

「―――だから、今度こそ。わたしたちと一緒に、その子を助けに行こう!

 辛い、苦しい、そんな叫びが聞こえたからには、助けるために空を飛んで翔け付ける!

 それが……わたしやあなた、魔法少女たちが望んだ奇蹟なんだから!」

 

「あんたはもう……それ、正気?

 わたしも、あなたも、ミユも、まともに動ける状態じゃないのよ?」

 

 彼女にぶら下げられたクロエはそう言って重い息を吐く。

 イリヤからの自分への一方的な感覚共有をしている彼女は、自分がレディに与えられた過負荷のみならず、イリヤのダメージさえも共有している。

 本当はもうとっくに、転身など解いてのたうち回っているくらいしか出来ない状態だ。

 彼女たちは徐々に高度を下げながら美遊たちの許へ辿り着き、ふらつきながらの着地でそのまま転がった。

 

「イリヤ、大丈夫……!?」

 

「お、思ってたよりは大丈夫……!」

 

 クロを投げ出して倒れるイリヤの前に美遊が回り込む。

 床と美遊。倒れ込む場所が明暗分かれて、クロが表情を引き攣らせた。

 ルビーとサファイア、彼女たちが揃って展開する物理防壁。

 それが落ちてくる瓦礫を弾き返す。

 

 そんな彼女たちを見つつ、立香が虚空に浮かぶノイズがかった通信画面を見上げた。

 

「ソウゴの方は?」

 

『正門付近は依然、無事に押し留めています。ですが、侵食は止まっていません。

 山岳を踏破したケイオスカカオはそちらに向かっています』

 

『―――ケイオスカカオの撃破には、まだ手段が足りない。相手の真名は分かったが、それを相手に自覚させて、海に溶けた概念から一個体に戻す方法がいまはない。もしかしたら術者であるお菓子の国の魔法少女になら、どうにかできるかもしれないけれど……』

 

「どうにか……説得すれば!」

 

 イリヤの声に何とも難しい顔を浮かべるロマニ。

 

『まず、会話できる状況かどうかすら分からないが……いや、それ以前に移動手段が』

 

「……お菓子の国は、チョコに覆われていたりはしないの?」

 

『こちらで確認した限りでは、ケイオスカカオはお菓子の国には一切及んでいません。

 恐らくケイオスカカオ自体が元はお菓子の国の一部で、お菓子の国を排除した場合にケイオスカカオ自身がどうなるか分からないからかと思われますが……』

 

「ある意味では安全地帯、ってわけね」

 

 床に倒れた体を転がして、何とか上半身だけでも起こすクロエ。彼女は呆れたような顔でイリヤを見つめつつ―――不意に眉を顰めさせ、虚空を見上げた。

 

 直後にそこに浮かぶ赤い魔法陣。

 それがウィザードの力だと理解して、立香とツクヨミが顔を見合わせる。

 

『ねえ、こっち来れる?』

 

 そこから響いてくるソウゴの声。

 彼に対し、すぐに問い返す立香。

 

「お菓子の国の魔法少女に会いに行きたいんだけど、どうにかなりそう?」

 

『え? うーん……じゃあ先にそっちに行こうか。

 直接飛んでいくからこっち来て』

 

 ソウゴの言葉に頷いて、立香が周囲を見回す。

 何とか力をこめ、立ち上がるツクヨミ。

 美遊もイリヤを支えつつ息を整えて立ち上がった。

 となれば、と。立香は座った状態のクロを抱え上げる。

 

 抱えられたクロエが、大きく溜め息をひとつ。

 

「……悪いわね、これ以上動くのはちょっと無理みたい」

 

「このくらい大丈夫だよ。休めそうなら休んでいいけど」

 

「―――わたしが休んだらレディがここから先を見れないでしょ。

 全部終わるまで休めないわよ、まったく……」

 

 苦笑しながらクロエは立香に抱き着くように腕を回す。

 その腕に力がまったく無い事を確認して、強く抱き締め返す立香。

 そうしてみんなで揃って歩き出し、出現したままの魔法陣へと歩き出し―――

 

 

 

 

「ねえ、エクスカリバーはまだ出せる? 必要なんだけど」

 

 潜り抜けた魔法陣の先で、そんな言葉をかけられた。

 同時に竜の尾が振り抜かれ、吹雪が唸る。

 周囲一帯に奔る寒波が、一息のうちにケイオスカカオを凍結させた。

 

 直後に降り注ぐ朱い魔弾。

 無数の魔槍がチョコの氷柱を微塵に砕いて撒き散らす。

 ソウゴの言葉を聞いて、戦闘しながらスカサハも怪訝な顔をする。

 

 何とも言えない顔で自分の抱き上げたクロエを見る立香。

 そんな視線を受けて、彼女は弱々しく肩を竦めた。

 

「……レディみたくポンポン出せないわよ、わたしは。今は絶対無理」

 

「それじゃあ、限定展開(インクルード)するしか……」

 

 イリヤはそう言ってホルダーに手を伸ばそうとして。

 しかし、それは先の戦いで焼き切られていたことを思い出す。

 レディが拾ったカードを求めて、クロの方を見るイリヤ。

 

 そんな彼女より先に、クロの腰に適当に縛られていたホルダーを、美遊が手に取った。

 

「必要ならわたしがやる。わたしはほとんど魔力を奪われていただけ。

 転身すれば魔力はサファイアがどうにかしてくれる。

 イリヤに比べれば消耗なんてしていないも同然だから」

 

「う、うん……ごめん」

 

「ううん、こっちこそ」

 

 そうして美遊がカードを胸に抱き、翼の羽ばたきで突風を起こすジオウを見る。

 

「―――それで、どこに撃ち込めば……」

 

「撃つ必要はないよ、ここなら出すだけであいつは見つけるだろうし。

 移動してる時に松明みたいに振っててくれるだけでいいかな」

 

「え?」

 

 稲妻を伴う竜巻でケイオスカカオを押し返しつつ、ジオウが一歩退く。

 そのまま彼はドラゴンテイルの周囲に魔法陣を展開。

 尾を巨大化させて、足場として使用できるような大きさにしてみせる。

 

「確かに奴はエクスカリバーがあればそれを最優先で追うだろう。

 だがそれでどうする? 状況は変わらんぞ」

 

「多分、そっちは大丈夫。

 それより先に、お菓子の国の魔法少女をどうにかするんでしょ?

 全速力で飛んでいくから乗って」

 

「分かった」

 

 クロを抱く立香が真っ先に乗り込んで、他の者たちもそれに続く。

 全員がドラゴンテイルに乗り込んだのを確認したら、すぐさま飛翔を開始するウィザードフォーム。

 

 竜が上空へと舞い上がると同時、スカサハが朱槍の穂先を走らせる。

 描かれたルーンが飛翔でかかる負荷を軽減し、楽になった腕を美遊が振り上げた。

 

「サファイア!」

 

「どうぞ、美遊様!」

 

 弾いたクラスカードとマジカルサファイアが交差。

 その姿を、紛れもない聖剣エクスカリバーへと変えていく。

 

「クラスカード・セイバー、限定展開(インクルード)!」

 

 顕れた聖剣を空高く掲げ、その黄金の輝きを見せつけるようにする。

 どうなることかと彼女が様子を伺えば、変化は劇的だった。

 ケイオスカカオの軌道があからさまに変わる。

 先程までレディの国へと一直線だった津波が、全て引き返し始めたのだ。

 

 狙いは考えるまでもない。この聖剣の輝きだろう。

 

「エクスカリバーを狙っている、ということ……?」

 

「厳密にはアーサー王を、だろうが」

 

 眼下で造り上げられる巨大な魔猪。

 それが上空の獲物を求めて全力で跳躍し―――魔槍に串刺しにされ、砕け散る。

 

 加速するディケイドアーマー・ウィザードフォーム。

 一直線に地上を横断するチョコレート運河を逆行していく。

 沸き立つ水面が何らかの反応を示す前に、振り切って突き進む竜の翼。

 

「……お菓子の国の隣はケイオスカカオの海のままなのよね?

 このまま行ったら、到着した時点でその海ごと襲い掛かってこない?」

 

 彼女たちに襲い掛かるはずの逆風などは相殺され、さほどの衝撃もない。

 そんな中で尾に掴まりつつ、ツクヨミが目を細めて進む先を見据えた。

 

『それは……恐らくどうしようもないね。到着したら即座に目的を果たす、以外の方法がない。ある程度接近したら減速してくれ。お菓子の国のどこに魔法少女がいるかを探知する』

 

「オッケー」

 

 ドラゴンウイングを細かに操作し、スピードを微調整するジオウ。

 その尾の上。立香の腕の中でクロエが首を回し、イリヤの方を見た。

 

「見つけたら一気に突っ込んで、どうするの? 捕まえて離脱する?」

 

「…………えっと、どうしよう」

 

「これだもの」

 

 どうしたものかと目を回すイリヤに、クロエが溜め息ひとつ。

 そんな彼女に苦笑していた立香の耳に、マシュの声が届く。

 

『……これ、は。先輩、お菓子の国の中にサーヴァント反応です。

 霊基パターン照合の結果、ロンドンで同様のものが記録されています』

 

「―――“物語”のサーヴァント、だよね?」

 

『はい』

 

 神妙な顔をして頷くマシュ。

 ここにきて感じていたものは、確かなものだったのだ、と。

 立香もまた目を細めながら小さく頷いた。

 

「知ってる魔法少女、なんですか?」

 

「知ってる、っていうほどじゃないんだけど……」

 

 見かけたのは確かだが、本当にそれだけだ。

 アンデルセンに説明されていなければ、一切理解できなかったろう。

 

「彼女は本のかたちをした、“物語”の概念がサーヴァントになったもので―――

 自分を何より愛してくれたらしい、一番大事な読者を探していたよ」

 

「……その人が見つからなかった、会えなかった。

 だから、ここに来たんでしょうね」

 

 立香の腕の中で肩を竦めるクロエ。

 彼女の言葉を聞いて、美遊が僅かに顔を伏せた。

 

「一番大切な人と二度と会えない。大切な人との時間は、二度と戻ってこない。だから、忘れてしまいたい? 最初からその出会いがなければ、寂しさなんか覚えなかったから」

 

 そんな少女の声に小さく視線を彷徨わせつつ。

 クロエはイリヤへと問いかける。

 

「どうやれば説得できると思うわけ?」

 

「う……それは、ううんと……」

 

 ぐるぐると目を回し、考え込むイリヤ。

 そうして停滞した状況に、通信先からマシュの声が届く。

 

『―――ですが。その方にとって短くとも、確かに幸福だった出会いを……その方が感じた想いを、他の誰かに伝える手段になり得るものが―――本、物語なのではないでしょうか』

 

 イリヤが通信先に映るマシュを見上げる。

 

『……他に何一つ共通点がなかったとしても。

 “同じ物語を読んだ”という事実だけを通じて、繋がりは作れる。だから……多分』

 

 “誰かに読まれ続ける事”が。

 その物語にとって、何より強く“物語が望む一番の読者”と繋がる手段なのだと。

 それを口にし切れず、マシュが言葉を濁した。

 

「―――それに、耐え切れなかったのよ。彼女も、もう」

 

 ふと、クロエの口が動く。

 彼女自身のそれとは別の声が混じった、魔法少女の言葉。

 表に出てきたのはそれだけ。

 自分の口が勝手に動いたことに、微妙な表情を浮かべるクロエ。

 

『……でも。お菓子の国の魔法少女が。“物語”の概念が。

 何より“物語”として、誰かに愛されていたのなら。

 だからこそ、ただ失われてしまうだけでは何も救われない。

 その本が読者に愛された記憶こそ、“誰かに愛された物語”だと思うから』

 

「―――うん……伝えに行こう」

 

 マシュの言葉を聞いていたイリヤが、そう言って拳を握る。

 彼女が見せたそんな様子にぐるりと首を巡らせるクロ。

 

「……なにを?」

 

「えっと……なんて言えばいいのかな。たぶん、その―――あなたが読者を愛していたように、読者もあなたを愛していたに違いない、って」

 

「恐らく、言われるまでもなく自覚はあるだろう。

 聞いた限り、そのサーヴァントは鏡のようなもの。

 そやつにとって読者への愛の深さは、読者からの愛の深さの証明だろうからな」

 

 竜の尾の上に立ち、眼下のケイオスカカオを眺めるスカサハ。

 彼女はちらりと一瞬だけイリヤを見て、そう口にした。

 まさかそっち側からダメだしが飛んでくるとは、と少女が口元をひくつかせる。

 

「あう……じゃあダメですか?」

 

「―――いや? いいのではないか。

 自覚しているかどうかと、認められているかは別の問題だ」

 

 悄然として肩を落とすイリヤに、しかしスカサハはすぐにそう返す。

 

「お前は魔法少女とやらなのだろう?

 ならば子供らしく、とにかく言いたい事を言って来ればいい。

 それがきっと、そこのレディや“物語”とやらのような奴には何より響く」

 

 そう言って、クロエの方を見やるスカサハ。

 そんな視線を受けて、自分の中で何かが浮上してくる気配を察知するクロ。

 彼女が目を瞑り、相手に自身の体を一時的に譲る。

 再び開いた瞳に菫色の光を灯し、彼女は憮然としながらイリヤに言葉を向けた。

 

「……なら知っていきなさい、彼女を彼女として。

 誰かの夢を殻にした亡霊ではなく、多くの人たちが憧れた子供たちの英雄。

 だからこそ魔法少女として判定された、彼女の本来の名前を―――」

 

 そうして、ファースト・レディの口から告げられる英雄の名前。

 “物語”の概念にして。一種の固有結界にして。魔法少女にして。子供たちの英雄。

 

 その名を確かに受け取って、イリヤスフィールは強く顔を引き締めた。

 

 

 

 

 ―――飛来する竜。

 それは一切減速せずに、地上に向かって墜落する。

 着地などまったく考えない、代わりに全力の速度を発揮した突貫。

 

『地面に激突する寸前にスカサハが全員抱えて離脱、って。

 この人数でできるのかい!?』

 

「このくらいの危機は自分でどうにかしろ、と言いたいがな。

 まあ、アメリカでの借りを返すつもりで此度は全員抱えてやろう。

 ただし全力で振り回される覚悟はしておけよ」

 

 槍を手元から消して、スカサハが周囲を見回す。

 そのまま地面に突っ込むジオウ以外。

 立香、ツクヨミ、イリヤ、美遊、クロ。彼女たちを抱えて、着弾の瞬間に離脱するのだ。

 流石に優しく抱え上げて、とはいかない。

 

 グロッキーの中で更に振り回されることになるクロが、嫌そうに顔を顰めた。

 

「―――そのままわたしたちは、お菓子の国の魔法少女に接触」

 

「イリヤ様による説得を行います」

 

 時間切れで聖剣からステッキに戻ったサファイア。

 既に見せていなくても、聖剣がここにあると認識したケイオスカカオの追跡は止まらない。

 もう彼女たちにケイオスカカオの追跡を止めさせる方法はないということだ。

 

 相棒を握り直し、主従揃って手順を確認する美遊。

 彼女の言葉にハッとして、イリヤは声を上げた。

 

「えっと、そこは別にわたしじゃなくて、同じ魔法少女なミユでも……?」

 

「ううん。きっと、イリヤの言葉が一番響く。わたしじゃきっと、ダメ」

 

 だって、何よりそんな綺麗な言葉―――自分ではきっと、自分を疑ってしまう。

 二度と会えない大切な人への執着に、共感を示してしまう。

 そんな感情は言葉にせずに、美遊はイリヤを真っすぐに見据えた。

 

「ちょっと、いまさらビビんないでよ。もうすぐ地面なのよ」

 

「そうですよ、イリヤさん。

 さっきまでの最終回ばりに燃え滾る全力全開の魔法少女(MS)力はどうしたんですか?」

 

「そんな力は知らないけど……!」

 

 クロエとルビーの言葉に顔を顰めて。

 ふと、イリヤが立香と視線を合わせた。

 

 何となく居心地が悪くなって、すぐに顔を逸らしてしまうイリヤ。

 そんな少女の姿を見て、立香もまた前に向き直る。

 

「―――大丈夫だよ、イリヤ」

 

「え?」

 

「さっきまでと同じ。あなたは、あなたが伝えたい事を伝えればいいんだよ。

 何かを引け目に感じる必要なんてない。

 だって、あなたは……()()()()()は、魔法少女なんでしょ?」

 

 自分よりずっと長く戦い、苦しんできた先達たち。

 勢い彼女はレディにも全力の啖呵を切り、ここまでやってきた。

 それでも少し、引っかかるものはあった。

 彼女たちの辛さへの共感も足りない自分に、そんな事を言う資格はあるものか、と。

 

 レディに叩きつけた言葉に嘘はない。

 これからも彼女は魔法少女として戦っていくだろう。

 それでも、果たして。

 

「レディたちが積み上げてきたのと同じものが、今のあなたの中には確かに受け継がれてる。

 だったら、誰が相手だろうと何かを迷う必要なんてない。あなたが一番正しいと思う事をする限り、あなたの背中は全ての魔法少女の想いに支えられている。だから迷う必要なんて、きっとない。彼女を助けてあげたい、って願いはどんな魔法少女だって否定しない」

 

 そんな言葉を送られて、イリヤがクロエの方を見る。

 レディは顔を出さなかった。

 それでも、ここまで彼女が否定する事もなかった。

 お菓子の国の魔法少女を救いに行こう、という言葉を拒否しなかった。

 そんな事を口にしたイリヤに、怒ることはなかった。

 

「だから、今はとにかく前を見てぶつかりに行けばいいんだよ、きっと」

 

「―――――はい!」

 

「そろそろぶつからないように抱え上げるぞ、舌を噛むなよ」

 

 元気よく返事したイリヤが、襟を掴まれて引っ張られる。

 立香も、ツクヨミも、美遊も、クロエも。

 ジェットコースターだってこんなに跳ねない、という軌道で彼女たちはぶっ飛ぶ。

 

 彼女たちが離脱しても直進するジオウ。

 彼が伸ばしたドラゴンクローがビスケットの地面を粉砕した。

 着弾と同時に震撼するお菓子の大地。

 視界に入る付近にあったお菓子の家が、瞬く間に残骸の山になっていく。

 

 そんな大惨事の上を舞って、シェイクされる面々。

 彼女たちが息を詰まらせている内に、スカサハがお菓子の残骸を蹴りつつ着地。

 勢いを殺しながら、手にぶら下げた連中を放り投げる。

 器用にも全員を別々に、マシュマロのような柔い菓子の中に投げ込むスカサハ。

 

 それで何とか止まった彼女たちは、ちかちかとスパークする視界を上に上げる。

 そこに浮いていたのは、一冊の本であった。

 

「あ……れ、が……!」

 

『―――ケイオスカカオの海が直接侵攻を開始!

 そちらが呑み込まれるまで、1分もないぞ! 早急に行動を……!』

 

 ロマニの声に歯を食い縛り、イリヤがマシュマロを跳ね除けた。

 そのまま立ち上がり、宙に浮く本を睨み据える。

 

「あなたは……あなたは、そのままでいいの? 本当に、このまま消えてしまっても!」

 

 彼女の声に反応してか。

 

 ―――お菓子の家の、窓代わり。きらきらと光を反射する飴細工の窓。

 砕け散ってばら撒かれたそこに映った鏡の中の世界から、ごろりと怪物が転び出る。

 

 ビスケットの地面を砕いて転がる化け物。

 まるで悪魔のような姿をした、巨大な怪物。

 それは血色の体を揺すって立ち上がると、イリヤに向かってその顔を向けた。

 

 ごうごうという呼気に体を竦ませる暇もなく、彼女はただ本を見上げる。

 

「本当に全部を忘れてしまって、それで終わりでいいの!?

 “誰かを愛した物語(いまのあなた)”が、“誰も知らない物語(ちがうもの)”になってしまっていいの!? あなたがそのまま消えてしまえば、あなたを愛した誰かの想いを誰も憶えていてあげられないのに!」

 

 本に向かって語り掛けるイリヤに向かって―――

 鏡の国から現れた、怪物(ジャバウォック)が牙を剥く。

 

 立ち上がり、翼を広げ、四肢に力を漲らせ。

 そうして踏み出そうとした化け物の直下。

 

 ビスケットの地面が弾け飛び、螺旋を描く竜の爪が突き出した。

 竜の爪は怪物の顎を貫き、そのまま頭部を吹き飛ばす。

 その勢いで上半身を失ったジャバウォックが、しかし。

 すぐさま体を再生させ、再び力を漲らせた。

 

 だが当然のように、その前へと立ちはだかるジオウ。

 彼は胸部にドラゴンの頭部。

 ドラゴンスカルを浮かべ、炎を纏いながらジャバウォックに対峙する。

 

 ―――僅か、相性の悪さにジャバウォックが困惑するように唸り。

 しかし。

 

 疾駆するジャバウォック。羽ばたくドラゴン。

 行われる怪物同士の激突。

 

 それを背後にしながら、イリヤは叫び続ける。

 

「―――あなたを読んでくれた大切な人が、消えてしまって。それで、あなた自身も消えてしまいたいのかもしれない。でも……あなたの大切な人が、あなたを愛してくれたこと。

 あなたが“誰かに愛された物語(いまのあなた)”であった事を、あなただけは消しちゃいけない!」

 

 動かせる最大戦力を足止めされた本が、ぱらぱらと頁をはためかせる。

 まるで苛立つように。

 

「あなたを好きになってくれた、あなたにとって大切な人がいた!

 それをこの世界に残しておいてあげられるのは、きっとあなただけのはず……!」

 

 だけど、もう逢えないのだ。

 彼女(アリス)と、彼女(ありす)は。

 たった一つ、たった一度、彼女が巡り会ったしあわせには。

 もう二度と会う事は――――

 

「きっと、いつだって……“物語(あなた)”を愛する人は、どこにだって生まれる。

 だからこそ。あなたを愛する人たちは、あなたを通じて見つけ合える。

 あなたが見失ってしまった、あなたが大切に想った人。

 その人の事だって、きっとあなたと向き合った誰かが、見つけ出してくれる!」

 

 子供たちから子供たちへ。

 やがて親となったものが、そのまた子供へ。

 歌い継がれてきたわらべうた。

 

 何百年前の昔から、何百年後の未来にまで。

 違う時代で、同じ物語が子供たちにそれぞれの夢を見せる。

 

 時代は違えど。環境は違えど。

 それでも同じ物語に、同じ夢を見る人はきっと幾らかいるはずで。

 

 ―――“ああ、とっても素敵な夢だった”

 

 そういって、誰かが彼女に夢を見て。

 

 ―――“きっとこの物語を読んだ他の人も、同じ想いを抱いたに違いない”

 

 なんて。

 彼女を通じて、他の誰かに想いを馳せる。

 

 そんな小さな繋がりが、きっと。

 同じ物語を愛しただけという小さな繋がりが、きっと。

 誰にも見つけてもらえなかった少女にとっての、この世界で生きた証になる。

 

 多くの人が読む“物語”を通じて。

 ひとりぼっちでしかいられなかった少女が、どこかに繋がれる。

 それが出来るのは、彼女に愛されていた……

 他の皆からも愛される“物語”である彼女だけなのだと―――

 

「あなたが大好きになったその人の“物語”を、あなたの中に残しておいて!

 ―――お願い、“誰かの為の物語(ナーサリー・ライム)”」

 

 ―――ああ、ずるい。ずるい、ずるい、ずるい。

 ―――そんなの、そんなねがいは、ずるい。

 

 ただ、あたし(ありす)と一緒でいたかった。

 そんな願いは叶うはずもなかったけど。

 

 ただ、あたし(アリス)でいたかった。

 あたし(アリス)題名(しゅじんこう)は、決まった誰かじゃなかったから。

 

 本当の自分など知らない。本物の自分など知らない。

 それでも、あたし(アリス)がそうであってくれればと願って。

 そうだと信じたまま、二度と開かれない本として消えてしまえれば良かったのに。

 

 ―――ひどい。ひどい。なんて、ひどい。

 ―――なんてひどいおはなしだろう。

 

 ああ、きっとそうだろう。

 わらべうた(あたし)に誰かが夢を見続ける限り、その夢は多くの人に受け継がれる。

 誰とも知れないひとりぼっちの少女さえ、他の誰かと夢を共有できる。

 

 ―――ああ、なんて夢のある(ひどい)話。

 

 あたし(ありす)の夢と、他の誰かの夢を、繋いであげられるのはただひとり。

 時代も、場所も、世界さえ違っても、彼女たちに同じ頁を提供できるのはただひとり。

 

 無視なんて、できるはずがない。

 ナーサリー・ライムは子供たちの英雄。

 いつかは終わる、夢の旅路の案内人。

 

 頁を捲る手を止めない限り、彼女はいつだって夢を見せる。

 誰にだって、同じ夢を見る権利を与える。

 ありす(あたし)が見ていた夢と、同じようなものを見るものだっているだろう。

 

 ―――その時、やっと。

 彼女(ありす)の心を、わらべうた(アリス)の中に見つけてもらえるのなら。

 

 忘れられない。消えられない。

 

 ひとりぼっちの寂しいあの子。

 そんな彼女が想いを遺した場所にまで、他の誰かの想いが通る道。

 彼女のところまで続く道を敷いてあげられるなら。

 

 不思議の国のできごとを。

 鏡の国のできごとを。

 いつか、彼女が微笑みながら語れるようにしてあげたいから。

 

 彼女と共に記した頁に栞を挟んで、いつかのためにまた捲り続けよう。

 それが、悲しいけれど。

 悲しいわたしが寂しいあなたにしてあげられる、最後の遊戯。

 

 ―――宙に浮かぶ本の頁がバラけ、人型になりつつ降りてくる。

 

 黒いドレスに身を包んだ少女。

 ゆっくりと舞い降りる彼女の前に、クロエがいつの間にか立っていた。

 

 少女は足をつく前から、既に光に還り始めていた。

 着地をしたら、そのまま解けてしまいそうな弱々しい体。

 ふわふわと舞い降りてくる少女に、ファースト・レディが問いかける。

 

「……まだ、あなたは続けられるの?」

 

「―――ええ、ごめんなさい。ファースト・レディ。

 あなたの世界にこんな事をしてしまってもまだ、わたしは続けたいみたいなの」

 

「そう」

 

 なんて儚い笑みだろう。だって、そんなハッピーエンドは用意されていない。

 彼女が何を夢見ても、そんな綺麗な結末は待っていない。

 

 彼女には分かっている。レディにだって分かっている。

 彼女たちはいつだって、バッドエンドを見届け続けてきたのだから。

 

「……いつか、“物語(わたし)”に夢見る人を集めてお茶会がしたいわ。

 最後の頁を読み終えて、ハッピーエンドを迎えた後で。ご本を閉じた、その後に―――

 本から顔を上げた夢見る少女が集まるティータイム。あなたも一緒にね?

 素敵なレディ。優しいレディ。

 ―――バッドエンドばかりを見送ってきた、始まりのひと」

 

「それはあなただってそうでしょう。それでも、まだ?」

 

 微笑み、崩れていく物語。

 そんな彼女に、眉を顰めてレディは何度だって問いかける。

 そうやって心配尽くしの彼女にくすくす笑って。

 ナーサリー・ライムは、困った風に首を傾げた。

 

「―――わたしたちってそっくりね。

 夢見る子供の英雄で。夢見る子供の英雄でしかなくて。

 子供をやめた大人たちや、夢見ることを諦めた大人たちには何もできないところ」

 

「だったら……」

 

「だから、わたしはもうちょっと続けるわ。夢見ることをやめることもできないまま、子供をやめることもできないまま、眠ってしまった子供がいる。

 ―――だからまだ、わたしはもうちょっとだけ誰かの英雄でいてあげなきゃ」

 

 ファースト・レディは子供のまま魔法少女という英雄になったもので。

 ナーサリー・ライムは子供のための物語が英雄になったもので。

 子供の夢を叶えるものと、子供に夢を見せるもの。

 その違いの分だけ、もうちょっとだけ頑張らないとと彼女は微笑む。

 

「わたしを受け止めてくれてありがとう。迷惑をかけてしまってごめんなさい。

 ―――いまのあたし(アリス)に返してあげられるのはひとつ(鏡の国)だけ。

 ……お先におやすみなさい、背伸びが得意なファースト・レディ(おしゃまなレディ)

 いい子はそろそろ眠る時間よ?」

 

 そう言ってめいっぱいに微笑んで、彼女の頁が解けていく。

 光と還り、天上へと昇っていく魔力の残滓。

 

 いつの間にかジャバウォックも倒れ伏している。

 そちらも主人に会わせて、光に還り始めていた。

 

『……お菓子の国の魔法少女、ナーサリー・ライム。霊基の消失を確認しました』

 

「…………」

 

 立ち尽くすクロエ―――レディの背中を見るイリヤたち。

 そんな中でスカサハが踵を返そうとして。

 しかし、そんな彼女をジオウの手が制した。

 

 彼女を制してジオウは踏み出して、ケイオスカカオが来る方向へと踏み出す。

 そうしながらソウゴは美遊へと問いかけていた。

 

「ごめん、もう一回エクスカリバー出せる?」

 

「サファイア」

 

「短時間であれば」

 

 彼女たちの返答に頷いて、彼はディケイドウォッチをドライバーから取り外した。

 基本形態へと姿を戻すジオウ。

 そうして新たなウォッチを取り出して、彼は敵を待ち受ける。

 

「あいつが来たタイミングで出してみて。

 スカサハはもしもの時、美遊を守ってあげてよ」

 

「よかろう」

 

 軽く腕を動かして朱槍を呼び出し、美遊の隣につけるスカサハ。

 

『ケイオスカカオ到達まで5秒! 3、2、1―――!』

 

「クラスカード・セイバー! 限定展開(インクルード)!」

 

 雪崩れ込んでくるチョコレート。

 その直前に溢れ出した聖剣の光に、そこに染み付いた恩讐が猛りだす。

 構成されるケイオスカカオでできた巨大魔猪。

 憎悪に塗り潰された眼が、聖剣を睨み据えて―――

 

「―――あんた、アーサー王にこてんぱんにのされて負けた王様なんだよね?」

 

 特に感慨もなく、至極どうでもよさげに、その人間は彼の神経を逆撫でした。

 ケイオスカカオに伝播する魔猪の嚇怒。

 それが自然と魔猪の動きを変えさせて、その頭部をジオウにむける。

 

「それでさ、結局のところあんたはどんな王様なの?」

 

 注意を引けたことに満足気に、ジオウは腰に手を当てながら彼に話し続ける。

 

「王様として自分を下に見た相手の王様の態度が許せない、っていうならあんただって王様なんでしょ? なのに自分の名前も、自分の国も、自分の民も覚えてないの?」

 

 ―――彼の中に何も残っていない事に呆れるように。

 命も、名前も、それに付随する全てを。

 何もかもを失った彼に対し、それはどうしようもないとばかりに呆れてみせた。

 

「それってほんとに王様?」

 

 憎悪に怒れる。ケイオスカカオが凝縮し、強度を窮めていく。

 ただの一撃でその不敬を粉砕するため、彼は感情の全てをそこに注ぎ込んだ。

 

「あんたが憎いのはアーサー王でしょ? そのアーサー王が自分を軽く扱ったから許せない、って事でいいんだよね、多分? 俺もアーサー王の事は知ってるよ。でもあんたの事なんか知らないな。それってさ、もしかしてあんたは他の人から見て、“アーサー王とちゃんと勝負した王様”にすらなれてない、って事なんじゃない?」

 

 そんな事を気にもせず、ジオウは更に彼の感情に油を注ぎこんでくる。

 ここにきて最高潮にまで燃え上がる憎悪。

 ケイオスカカオの圧縮率が限界を超え、黒々とした肉体を研ぎ澄ませていく。

 

 やっとそんな感情の嵐に気付いたのか、肩を竦めてみせるジオウ。

 

「へえ、そう言われて怒れるんだ。

 ――――だったら、自分で名乗りなよ」

 

 呆れていたような声が、ただ低く。

 全てを憎悪に燃やしている彼の感情を、真正面から見据えてくる。

 

「自分がアーサー王なんて目じゃないくらい偉大な王だって、他の誰より自分で自分を認めてるなら。せめて、自分で自分の名前くらい誇れるだろ。

 もしあんたがアーサー王に勝ったとして、じゃああんたの民は誰を称えるのさ? 名前がない、姿も思い出せない。そんな王様、民にとっていないのと同じじゃん」

 

 今のお前如きでは、仮にアーサー王を倒したところで意味がない。

 だって、誰がアーサー王を倒したか分からないんだから。

 

 ―――そう断言されて、彼の憎悪が一瞬陰る。

 意味がない、という言葉に同意できてしまったから。

 

 自分を王として、真っ当な敵とすら見なかったあの小娘を憎んだ。

 だが、では今の感情だけを遺した自分はなんだ。

 体も、命も、名前も、自我も、何もない自分を、あの小娘は一体どう畏れればいい。

 

 アーサー王は今の自分を前にして。

 どんな王を恐るべき敵として見ればいい。

 どんな名前を心胆に畏れと共に刻めばいい。

 

 わからない。自分にさえ。

 

「自分の名前を忘れたままじゃ、王様なんてやってられないでしょ」

 

〈龍騎!〉

 

 動きが凍った魔猪の前で、ジオウがウォッチを起動する。

 そのままドライバーに装填し、ロックを外して一回転。

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム!〉

 

 ジオウの周囲を炎が巻いて、彼の姿が変わっていく。

 両肩に装着される、龍の頭部を模したアーマー。

 赤と銀の追加装甲を身に纏って、ジオウは両の拳を強く握り締めた。

 

〈アドベント! 龍騎!〉

 

 纏った炎を振り払い、姿を現す新たなジオウ。

 それと同時、当然のように高らかに声が響く。

 

「祝え! 全ライダーを凌駕し、時空を超え過去と未来をしろしめす時の王者!

 その名も仮面ライダージオウ・龍騎アーマー!

 あらゆる時空において最新・最強たる魔王、常磐ソウゴが新たなる力を継承した瞬間である!」

 

「どちら様!?」

 

 お菓子の家だった瓦礫の上で、高らかにジオウの名を叫ぶ乱入者。

 それを見て咄嗟に叫ぶイリヤ。

 そんな彼女の肩に手を置いて、ツクヨミがゆっくりと首を振る。

 

「一応、知り合いだから大丈夫」

 

「……あんな人と知り合いだっていう事実が大丈夫じゃないと思う」

 

「それは確かに……」

 

 しかしツクヨミは美遊の意見に、心底同意して頷いてしまう。

 そんなやり取りが聞こえていたのか、黒ウォズが大仰に肩を竦めた。

 

 己の名を叫んだ臣下を背後に控えさせ、魔王は足を止めた魔猪を睨む。

 

「黒ウォズが俺の名前をあんたに知らせたよ。

 ―――だから、あんたも名乗り返しなよ。

 王様を名乗る俺に、あんたが自分も王様だって言い返せるならさ」

 

 ジオウが歩みを始める。

 ケイオスカカオを吸い上げ、凝縮された魔猪に向けて。

 名前のない怪物。姿を持たない怪物。

 そんなものが相手ならば、注意を払う必要すらないのだと言わんばかりに。

 

「誰でもない誰かのままでいるなら、あんたに自分は王様なんて言い張る資格はないと思う。俺は俺の名前に誓えるよ。あんたなんか目じゃないし、アーサー王だってソロモン王だって越えた、最高最善の魔王になる。勝負したいなら、まずあんたがあんたに戻らなきゃ」

 

 彼は肉体を失い、自我を失い、それでも気に留めない怪物だった。

 その上で暴れるだけの化け物でしかなかった。

 

 だからこそ。

 アーサー王はそんな精神性のものを、敵対する王としてすら見なかった。

 肉体を魔猪に変えられ気にもしない人など人ではなく。

 名前を失って自我が薄れても変わらない人格に意味などなく。

 

 ()()()()()()

 

「実はあんたも分かってるんじゃない? 自分じゃアーサー王には勝てないって。

 だから名前を手放したままなんだ。名前が無きゃ、負けの記録も残らないもんね?」

 

 そう言って小さく笑い、挑発するジオウ。

 彼の指がドライバーへと伸びる。

 

〈フィニッシュタイム! 龍騎!〉

 

「負けたくないならそのまま逃げなよ。勝ちたいなら自分で自分を誇れよ。王様であることを相手と戦う理由にできないなら、あんたはとっくに王様である事を辞めてるってことでしょ」

 

 ―――天空から舞い降りる炎の龍。

 炎を押し固めたその幻像は、しかし熱量ばかりは嘘などどこにもない。

 そんなものを周囲に取り巻かせながら、ジオウは足を止めずに歩き続ける。

 

 龍がそこにいるだけで襲ってくる熱波。

 それによりケイオスカカオが溶け、まるで汗のように滴り落ちていく。

 

「―――答えはないの? 俺たちを倒して。アーサー王を倒して。

 ここで、“俺が勝った”って勝利を叫びたいと思ってるのは誰なんだよ」

 

 ジリジリと焼かれながら、ケイオスカカオが震えた。

 自我を取り戻さなければ、負けることはない。そう本能が知らせてくる。

 確固たるものを何一つとして持たなければ、壊されない。

 絶対に、負けない。

 

 だが。だが、代わりに勝利もない。

 たとえ目の前の連中を全滅させたとして、勝者として叫ぶ名前が無い。

 

 ―――混濁した意識の中で、かつての光景がちらついた。

 

 死に物狂いで海に身を投げ、遁走する自分。

 そんな自分を、冷然とした碧眼が見据えている。

 

 あの小娘は、相応の被害をこの身に与えられながら。

 それでも、ただの一度も、この王を―――

 

「――――このトゥルッフ・トゥルウィスを、ただの一度も敵としてすら見なかった……ッ!!」

 

 ケイオスカカオが固まる。

 原初の混沌の類似として名をつけられた、確固とした姿を持たないもの。

 それが不定形という性質を失い、たった一つの姿に固定される。

 かつての筋肉の力強さ。かつての毛皮の堅牢さ。

 それらを再現以上に顕わにした怪物が、黒々とした巨大な魔猪として確立した。

 

『トゥルッフ・トゥルウィス、存在核確立……!

 っ、この魔力量、ほとんど神獣クラスだ! 気を付けてくれ!』

 

「そっか。うん、あんたはトゥルッフ・トゥルウィス。

 じゃあ俺は、最高最善の魔王を目指す一人の王様としてあんたと戦うよ。

 あんたのやり方を俺は見逃せない」

 

 ロマニの言葉に小さく頷き、ジオウは目の前に君臨する巨大魔猪を見据えた。

 バキバキと音を立てて逆立つ針のような毛。

 チョコを血肉として成立していく、かつて謳われた伝説の魔獣。

 

「黙れ、小僧―――! 私は王! ならば、今から全てを取り戻す……!

 あの小娘に奪われた、我が宝物、我が誇り、我が栄光――――!!」

 

「……国を食い潰して、自分のための力にするのがあんたのやり方。

 あんたは王として認められなかったんじゃなくて、自分のために自分が王である国を使い潰したから、他の誰かから見たら王様じゃなくなっただけでしょ」

 

 トゥルッフ・トゥルウィスが大きく足を振り上げ、大地を砕く。

 全力の突進のための予備動作。

 大地を震撼させるその足踏みを前にしながら、ジオウはドライバーを叩いた。

 ロックが外れ、回転待機状態になるジクウドライバー。

 

「ここでも色んな国を巻き込んで、自分のものとして取り込もうとしてきたんでしょ? 全部ぶつけてきなよ。俺はそれを、王様として正面からぶち壊す。

 俺が王様になったのは全ての人を守るため。だから、あんたが選んだやり方じゃ、何かを守るために王様になった王様には、何度やろうが勝てないって証明するだけ。

 ――――もう、あんたには何も壊させない」

 

 ジクウドライバーが、ジオウの手に導かれて回転する。

 腕を振るいながら彼は大きく腰を落とし、直後に足を揃えて地面を踏み切った。

 

 同時に疾走を開始するトゥルッフ・トゥルウィス。

 瞬時にトップスピードへと至る超常の巨体。

 

 ―――だが、その加速を追い越すものがひとつ。

 

 両足で跳んだ体が、空中で回転。そのまま飛び蹴りの姿勢を整えた。

 それに合わせて、彼の周囲に取り巻いていた炎の龍が顎を開く。

 そこに溢れるのは大火炎。

 龍の口から吐き出される灼熱の奔流が、ジオウへと叩き付けられる。

 

 まるで、その勢いで飛ぶように。

 龍騎アーマーが空を裂き、超常的な加速でトゥルッフ・トゥルウィスへと突っ込んだ。

 

〈ファイナル! タイムブレーク!!〉

 

「だぁああああああああ―――――ッ!!」

 

 互いに繰り出すのは全霊の突進。

 一切の小細工なしに繰り出す、全てを懸けた必殺の一撃。

 それが紛れもなく正面から激突して。

 

 ―――全身に罅が入っていくことを感じながら。

 トゥルッフ・トゥルウィスが、罅割れた視界で赤く燃える炎を見る。

 

 まただ。また、赤き竜に負けるのか。

 

 いや、いいや。前は、負けることさえできなかった。

 トゥルッフ・トゥルウィスは王なのだ。

 己の支配したものを奪うためにやってきた侵略者に、確かにこうして牙を剥いて―――

 

 ―――黒く染まっていたケイオスカカオの塊が、木端微塵に吹き飛んだ。

 その中に溶けていたものが、完全に死に果てる。

 完璧に敗北したことで、留まってはいられなくなる。

 

 直後、ケイオスカカオだったものが雨となって降り注いだ。

 内包していた全てを失った、ただの水として。

 

 雨を切り裂き、トゥルッフ・トゥルウィスを砕いた勢いのまま着地するジオウ。

 そのまま彼がゆっくりと体を起こし、直後。

 

 ドライバーに装着された龍騎ウォッチが、ほのかに輝いた。

 

「これは……」

 

「わ、地面まで……!」

 

 輝くジオウを見ていたイリヤが、足元まで突然の発光を始めたことに跳び退る。

 が、その輝きは一か所二か所などではない。

 地面―――のみならず、空から何から同じように輝きだしたのだ。

 

 その事実に、誰よりレディが唖然とする。

 

「これ、って。そんな、はずが……!」

 

 そんな彼女を窺いつつ、ツクヨミが黒ウォズに視線を向ける。

 

「ねえ、黒ウォズ。これ、何か分かる?」 

 

「さてね……この世界に残っていた魔法少女の夢とやらじゃないかい?

 鏡に光を集めて“こっちだよ”、とでも誘導しているのだろう」

 

「鏡?」

 

 彼はゆるりとストールを振って、自分の頭の上で渦巻かせる。

 まるで傘のようにそうして、濡れることを防ぐ。

 

「ナーサリー・ライムの残した“鏡の国のアリス”の力。

 それと、我が魔王がいまここで発揮した仮面ライダー龍騎の力。

 それによって鏡の中の世界の存在が、より強固になったんだろう」

 

「…………それで?」

 

「―――それを利用して、(ミラー)を使う魔法少女の力か何かが発動したのさ。鏡代わりに水面を利用しているから、こうして水が輝いているわけだ。この国の隣にある、水に戻った海面も含めて全て巨大な鏡として使っているんだ、そこそこの力にはなるだろう。

 しかし我が魔王を()()代わりにするとは、中々どうして不遜な魔法少女だ」

 

 そうやって黒ウォズが肩を竦めている間にも、光は強くなっていく。

 ―――そうして、最早完全に光に染まった世界の中で。

 

 ゆっくりと、光の手―――光による導きが、レディへと伸ばされた。

 体を震わせて、レディはその光の手を見つめることしかできない。

 

 だって、そんな。

 鏡を操る、鏡に光を集める魔法なんて。

 そんなものを扱う魔法少女を、彼女はひとりしか知らなくて。

 

「あ―――ミ、ラー……っ!」

 

「おつかれさま、―――……もう。ずっと待ってたんだから」

 

 震える彼女の手を、鏡から溢れた光の手が包み込む。

 彼女自身さえも失った名前を、憶えていてくれた誰かが。

 耐え切れなくなって、少女の瞳に涙が溢れる。

 

 心の限界なんてとっくに擦り切れていた。

 それでも、親友を犠牲にした時からレディに止まるなんて選択肢はなかった。

 彼女は彼女を止めてくれるものを、自分で真っ先に切り捨てていた。

 けど、こんな。こんな風に言われてしまったら。

 

 ―――もう、ここから動けなくなってしまう。

 

 ふと、クロエが身動ぎした。

 そうすれば、彼女の肉体だけがそこからするりと動き出す。

 光の手が抱きしめているのは、もうレディの魂だけ。

 

 レディが泣いていたから、クロエの体だって泣いていた。

 自分の頬を伝うものに少しだけむくれつつ、彼女はそれを乱暴に拭ってみせる。

 

 薄れていく鏡から溢れる光に導かれ、レディが共に消えていく。

 最初の魔法少女が、やっとその使命から解放される。

 泣きじゃくるレディを光の腕で抱きながら、鏡の魔法少女が小さく笑った。

 

「―――ありがとう、この子の面倒を見てくれて。

 この子や、私みたいな魔法少女が重ねた歴史が、あなたたちに繋がったことが。

 きっと何より、私が魔法少女として誇れることだと思うわ」

 

「―――うん。最後の最後になっちゃったけど……それでもレディは最後に、ずっと求め続けていた魔法少女から、手を伸ばしてもらえたんだね」

 

 安堵の息を吐き、そう言ったイリヤスフィール。

 彼女の言葉にはにかむように微笑んで、彼女たちは完全に消えていく。

 薄れていく鏡の輝き。光の導き。

 

 そうして、バキン、と。

 どこかから致命的な音が響く。

 まるで鏡が割れるかのような音で、とても不安になる音色だった。

 

「……レディが消えたらさ、レディの固有結界ってどうなるんだろうね」

 

「消えるよね、多分」

 

「今は我が魔王の存在で、この世界にもミラーワールドという裏側の世界が存在する、という事実に支えられているようだね。まあすぐに圧壊してしまいそうだが……」

 

 濡れたストールをぱたぱた叩きながら、黒ウォズがそう言った。

 さほど焦ってもいない彼のそんな台詞。

 その直後に、更に何か拉げて潰れるような音がした。

 それどころか、空にどんどん亀裂が広がっていく。

 

 そんな地獄絵図を前にして。

 

『さ、最速で帰還処理を実行―――!』

 

「ル、ルビー! わたしたちも早くー!」

 

「サファイア! 離界(ジャンプ)を!」

 

「わたしを置いていくんじゃないわよ!?」

 

 喧々囂々。

 そんな様子を後目に、スカサハが当然のように影の国への帰路につく。

 

「まったく。お前たちは毎度、想像以上のものを見せてくれる。

 ――――では、命ある限り息災でな」

 

 壊れていく世界からさっさと離脱するスカサハ。

 いつ壊れてもおかしくない世界だったからこそ、常に準備はしていたのだろう。

 

 そんな相手を涙目で見送りつつ、ようやっと転移の準備を完了させる。

 

 ―――悲しみを抱え続けた世界が割れて、沈んでいく。

 最後にその世界を目に焼き付けて、魔法少女たちは転移を開始した。

 

 

 

 

「―――で、さ」

 

 帰還したソウゴが首を傾げつつ、隣にいるロマニを見る。

 同時に周囲を取り囲む面々もロマニを見る。

 

「どういう状況?」

 

 彼らは既にコフィンを脱し、今いるのは召喚室だ。

 帰還すると同時、カルデアにアラートが再び轟いたのだ。

 内容は召喚室に異常発生。

 

 そうして来てみれば―――

 

「あらら~、離界(ジャンプ)失敗ですかね?」

 

「失敗って……!」

 

「姉さん、そんな感じではなさそうですが」

 

 何故か召喚サークルが起動していて、そこに少女が三人折り重なって転がっていた。

 イリヤスフィール、美遊、クロエ。そしてルビーにサファイア。

 彼女たちが目を回して、召喚室に倒れているのだ。

 

 そんな事実はどういう事なのか、と問いかける視線。

 それを浴びせられて、ロマニはふと思いついたように踵を返す。

 

「よぅし、こういう異常事態はまずマギ☆マリに相談だ!」

 

「まずは所長さんだと思います」

 

 ツクヨミにそう突っ込まれ、引き攣った笑みを浮かべるロマニ。

 何が起こっているのかまったく分からないが、怒られずに済む方法はないだろう。

 

 こうなったら怒られない方法をマギ☆マリに相談するしか……

 そう言って肩を落とすロマニを見て、マシュの頭の上でフォウが小首を傾げていた。

 

 

 




 
 魔法少女(MS)力が53万くらいありそうなサブタイトル。
 イリヤが1万。NANOHAさんが53万。
 なのでファースト・レディは125万くらいのイメージ(適当)。
 ちっちぇえな。

 こっちはこれで完結で続きを別枠にします。
 


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