アルビダ姐さんはチヤホヤされたい! (うきちか越人)
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東の海編
プロローグ


ONE PIECE二次でアルビダが活躍するものを見かけないので自分で書いた!!



 拝啓、前世のパパンママン。

 出来の悪かったバカ息子はどうやら転生したようです。

 

 美幼女にな!!

 

 

 

 

 

 いつも通り寝て、朝ベッドから起きたら体が縮んでいたのだ。部屋の内装も丸っきり変わってて思わず「知らない天井だ」と呟いてしまった。

 夢でも見ているのかと思い、手近にあった姿見で容姿を確認してみたところ、んまーとてもふつくしい幼女が映っていたのだ!

 

 少しウェーブの掛かった艶やかな黒髪。汚れの知らぬ柔肌。気の強そうな眼はややつり上がっていて、スラッと通った鼻筋と綺麗な唇といった各パーツはまるで黄金比のように整っていた。

 

 んんー?

 なぁーんかこの顔どっかで見たことあるんだよなー。

 親戚の綺麗な叔母さんの子供時代の写真を見せられているような。

 多分俺はこの顔を知っている。でも思い出せない。

 でもまぁ夢だし良いか! って結論が自分の中で出たので家の外などを探索した結果。

 

 アルビダの幼年期であることが発覚したのだ!

 

 

 

 "アルビダ"

 大人気海賊漫画ONE PIECEに出てくる、そばかすと肥満体型が特徴の女海賊だ。俺の記憶が正しければ主人公モンキー・D・ルフィが故郷フーシャ村を出て初めて戦う海賊だったはず。

 海兵を目指すコビーと言う少年が間違えて乗ってしまったアルビダの船で雑用係をしている所を、何やかんやあってルフィが助けるのだ。

 ルフィにぶっ飛ばされた後、海の秘宝である悪魔の実の一つ"スベスベの実"を食べたことで超絶美人へ転身。"道化のバギー"と組んでちょくちょく出てくるキャラだ。

 

 

 

 なーるほど。この顔に既視感があった訳だ。スベスベの実を食べた後のアルビダを幼くしたらイメージとピッタリ合った。

 

 ああ、何でここがONE PIECEの世界だと気付いたのかと言うと"東の海(イーストブルー)"がどうのこうの話している人がいたり、ちらほら覚えのある海賊や海兵の名前が出てきたからだ。

 ロジャーとかガープとか、ロジャーとかガープとか……ロジャーとかガープとか!!

 

 もういいよ! 海賊王と伝説の海兵。そういえばどっちも東の海(イーストブルー)出身でしたね!!

 その話ばっかりだから聞いてみたところ、この島が東の海(イーストブルー)ってこともわかった。

 

 

 

 まあそれはさて置いて、家の外に出てみれば道行く人々に「アルビダちゃんは可愛いねー」とか「アルビダちゃん天使みたいだよ」なんて声を次々掛けられる。

 買い物をしたわけではないのに、サービスと言って食べ物をたくさんくれる青果屋や魚屋や肉屋。

 同年代の男の子なんかは俺を見ただけで顔を赤らめ、女の子ですらも感嘆のため息を吐いている。

 娘がいるにも関わらず「アルビダちゃんみたいな娘が欲しかった」と町長は宣い、「十年後まで待つから、その時になったら結婚してくれ!」と三十過ぎのロリコンおっさんがプロポーズしてきて町の人たちに袋叩きにあったり。

 

 

 

 うんーー

 

 

 

 

 

 ーーめっちゃ気持ちいいイィィィッ!!!!

 

 

 

 なんだこれは……なんだこれは!?

 まだ幼いにも関わらず驚異的な美貌で周りからチヤホヤされる特別感!

 異性は当然のことながら、同性ですら魅了してしまう優越感!

 気持ちいい! 気持ち良すぎるぞっ!!

 

 なるほど、原作のアルビダの気持ちがわかる。わかってしまう。

 そばかすデブの癖に自分のことを美しいか船員(クルー)に一々問い質していたが、幼年期にこれだけチヤホヤされていたのならしょうがない。

 だってコレ気持ち良すぎるもの!!

 

 自分は特別、なにしても許される。後の"海賊女帝ボア・ハンコック"に通ずるところがある。

 どれだけ肥え太ろうがおかしいのは周りの価値観であって、自分の美しさは一切損なわれない。そんなところだろう。

 原作でもスベスベの実の副次効果で痩せた後も「変わったのはそばかすが消えたくらい」と言っていたしな。

 

 それにしてもチヤホヤされるのがこんなにも気持ちいいものだとは思わなかった。

 前世では到底得られなかった優越感はまるで麻薬のように強烈な幸福感と中毒性がある。

 コレをこれからも味わい続けたい。この町の住人のみならず、世界中からチヤホヤされたい!

 

 ーー海賊だ……海賊になろう。

 

 賞金首になれば手配書が世界中に散りばめられる。世界中を(アルビダ)の虜にしてチヤホヤされるんだ!

 動機が不純? ふざけてる?

 関係ないね。コレ(・・)を知ってしまったら関係ないんだよ。

 海賊は自由だ。海賊なら"ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)"を目指さなくてはいけないと誰が決めた?

 何を目指そうと自由だからこそ海賊になる。

 頭がおかしいと思われようが、俺にとってチヤホヤされることは命を賭けるに値するんだ。

 

 だから俺……いやアタシはーー

 

 

「世界一のかまってちゃんに、アタシはなるっ!!」



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八年間と船出日和

 かなり時間飛びます。


 八年後。

 絶世の美幼女アルビダちゃんは傾国の美少女アルビダさんへ。

 十五歳になったアタシはそれはもうとんでもないことになっていたのだ!

 透き通るような純白の肌と抜群のボディラインを惜し気もなく露出し人目をこれでもかと集める。

 あれだ、スベスベの実を食べた後の格好に酷似しているのだ。と言うかそれを参考にしたのだけれど。

 白ビキニにタイトなズボン。丈の短いジャケットを前開きにして袖を通している。帽子は何か違うと思いつけていない。

 

 顔もやや幼さを残しながらも大人の階段を登っているような、危うさが見え隠れしながらも周りを魅了して止まない、正しく神の造形!!(自画自賛)

 嗚呼……完璧だ。美しい……。

 この世にアタシ以上に美しい存在があるだろうか? いやない!(反語)

 

 

 と、まあどうしてこうなったのかと言えば……

 

 めっちゃ修行した。

 

 端的に言えばそうなる。

 別にアタシの目標のみに焦点を当てれば強くなる必要はない。だってチヤホヤされたいだけだから。

 でもその目標へ達する手段として海賊を選んだわけで。どう足掻いても戦闘ってのは避けて通れない道だ。

 

 美幼女から美少女になって美女へ。

 原作のアルビダのように肥え太るのは勘弁願いたい。何もしなくてもアタシが美しいのは当然の事だが、原作の太った姿が醜いと感じる美意識はある。

 まあつまり強くなるための修行でたくさんエネルギーを消費して、よく食べよく寝て、健康的なプロポーションを維持する。

 まさに一石二鳥!! 修行にも気合いが入るってもんだ。

 

 修行の内容としては、取り敢えず原作知識を利用して思い付くものを全部試してみた。

 

 まずは海軍特有の体技である"六式"。"(ソル)""指銃(シガン)""月歩(ゲッポウ)""鉄塊(テッカイ)""嵐脚(ランキャク)""紙絵(カミエ)"からなるそれらを会得しようとした。

 全部は無理でした。難しすぎるって!

 会得出来たのは(ソル)月歩(ゲッポウ)の二つだけ。嵐脚(ランキャク)は惜しいところまで行ったのだが、今のままでは風圧を飛ばしているだけに過ぎなかった。

 指銃(シガン)はアタシの可憐な細指に傷が付きそうだったので一回試して諦めた。鉄塊(テッカイ)もほぼ同じ理由だ。紙絵(カミエ)は原理がわからん。っぽい動きは出来るけど果たしてコレは紙絵(カミエ)と呼べるのだろうか?

 

 次は"覇気"。

 コレはかなり重要だ。会得していないと悪魔の実の分類で"自然系(ロギア)"の能力者が出てきた瞬間詰む。超ピンポイントな弱点を突かない限り、こちらの攻撃は全部受け流されるからな。

 覇気を纏えば自然系(ロギア)の実態を捉えることが出来る。"超人系(パラミシア)"の中にも打撃が効かなかったり特殊な能力を持った相手でもダメージを与えることが出来る。

 東の海(イーストブルー)で満足するならともかく、偉大なる航路(グランドライン)を目指すなら必須技能と言えるだろう。

 

 原作で出てきた言葉を借りるなら『覇気とは誰にでも備わっている』、『疑わないこと』。これが重要らしい。

 最初の半年近くは全くと言っていいほど形にならなかった。挫けそうになったが『疑わないこと』が肝要で、『誰にでも備わっている』のならアタシも出来ないはずがないと言い聞かせて必死こいて頑張った。

 原作でルフィは二年である程度ものにしていたが、その域まで行くのには倍の四年掛かった。

 四年でわかったことは"見聞色の覇気"よりも"武装色の覇気"の方が得意であるようだ。

 因みに生まれついての才能がものを言う"覇王色の覇気"はアタシには備わっていなかった。まあ当然と言えば当然だと思う。

 言っちゃなんだが原作のアルビダは小物であったし、前世の魂(なかみ)も元々は凡百の存在だったのだから。

 

 まあ無いものねだりしていてもしょうがないのでこれまで以上に鍛練に精を出した。

 適正のあった武装色は相当なものになったと自負している。"鉄壁のパール(笑)"さんの鎧(?)が濡れティッシュに思えるほどに磨きあげた。

 ただ残念なことに見聞色の方は八年掛かって漸くルフィの足元が見えてきたレベルにしかならなかった。

 

 ああそれと。まだ旗揚げしていないが、この八年でアルビダ海賊団(仮)に初めての船員(クルー)が誕生した。

 同い年のボガードくんだ。当然の如くアタシにホの字だった彼は気付けば一緒に鍛練する仲になった。

 三年前、つまり十二歳になってから鍛練を始めたボガードくん。アタシには全く及ばないけれど、可愛らしい見た目だったので最初は女の子かと思っていたが、男の()だった。

 マジか、と思ったのもつかの間ーー具体的には三ヶ月くらいーーいつの間にか筋骨隆々の偉丈夫へと変貌を遂げていたのだ!!

 一言で言えば"金髪のフランケンシュタインの怪物"。威圧感が凄い。

 取り敢えず副船長に任命してやった。嬉しそうにしていたがちょっと怖い。

 

 見た目こそ強そうだが修行期間が三年と短い分、覇気も六式も未だ中途半端な出来だ。最弱の海、東の海(イーストブルー)では十分過ぎるほどではあるが。

 

 

 

 

 

 とまあ長々と振り返ってみたわけだが、そろそろ海に出ようかと思っている。細かい理由を挙げれば色々と出てくるが、一番の理由はズバリ"スベスベの実"だ。

 原作を思い返してみると、アルビダがルフィにやられた後、アルビダは美女に転身して"始まりの街ローグタウン"で再会する。

 その間にスベスベの実を食べたことになるのだが、この二つの出来事は両方とも東の海(イーストブルー)での出来事なのだ。

 

 この期間中、長くても一月程の間に偉大なる航路(グランドライン)へ行って戻ってをしたとは思えない。

 かと言って北の海(ノースブルー)南の海(サウスブルー)西の海(ウエストブルー)に行くのには凪の帯(カームベルト)などを越えなくてはならず、これも考え難い。

 つまりだ、これらを踏まえるとほぼ確実にスベスベの実は東の海(イーストブルー)に存在したと言うことになる。

 

 まあこの時期に偶々他の海から持ち込まれたものかもしれないが、元々東の海(イーストブルー)に在った可能性だって十二分にある。

 それ以外で原作中に所在が明らかにされた悪魔の実は非常に少ない。

 ウシウシの実モデルジラフ、アワアワの実、メラメラの実くらいじゃないか?

 何にしても、何れも競争相手が悪すぎる。前二つは世界政府の諜報機関でメラメラの実は競争相手もそうだが、"ポートガス・D・エース"が死んだ事で実の状態で手に入ったんだよな。

 

 何れにせよ一番可能性があるのがスベスベの実ってわけだ。

 因みに妥協してスベスベの実を求めている訳じゃない。スベスベの実()良いんだ!!

 だって超絶美肌になれるんだぞ!!

 スキンケア要らずになるなんて素晴らしすぎるじゃあないか!!

 

 この八年間、粉雪のようにきめ細やかな美肌を維持するのがどれだけ大変だったか……

 それに海に出ると言うことはこれまで以上に日差しに晒されると言うこと。ケアもそれに比例して大変さを増していく。

 それらから解放される。こんなに嬉しいことはない!!

 そしてスキンケアに使っていた時間を他のことに充てられる。結果もっと美しくなってもっとチヤホヤされる正のスパイラル!!

 

 …………勝ったな。

 

 何が勝ったかはわからないが、とにかくアタシの心は期待感に満たされていた。

 小さな港にはアタシの美貌をフルに活かして貢がせた小舟。バスキッチン付きで二~三人の船旅に適した中々良い船だ。

 海賊旗(ジョリーロジャー)に描かれたシンボルであるドクロ。背景にはピンクのハートに矢が突き刺さったもの。そして尾先がハートマークになった小悪魔の尻尾。

 アタシの美しさでハートを撃ち抜くよって意味合いを込めてそれにした。ハンコックの技に似たようなのがあるって?

 知らんなあ~。

 

 とにかく!

 ここからアタシの『世界中の人からチヤホヤされたい計画』の第一歩が切られるわけだ。

 

「ボガード、準備は良いかい?」

「ヘイ、姐さん!」

「この海で最も尊いのは?」

「姐さんです!」

「じゃあこの海で最も価値があるのは?」

「姐さんです!」

「当然さ! じゃあ最後に、この海で最も美しいのは!?」

「この世の総てと比べても、ぶっちぎりで姐さんです!!」

「アハハハハ!! わかってるじゃあないか! 行くよボガード、世界がアタシの美しさを待っている!!」

「ヘイッ!!」

 

 天気は快晴、波も穏やか。絶好の船出日和に高笑いを上げ旅立った。

 

 しかし気付かない。原作で出てきたアルビダの年齢など気にしたことがなかったから。

 今が原作の始まるーーモンキー・D・ルフィが船出を迎えるーーまでどのくらい時間が遡っているのかを。

 気が付いていれば間違いなく後一年は船出を遅らせていただろう。

 気付かない。東の海(イーストブルー)に今誰がいるのかを。

 

「アハハハハ!! 水面に映るアタシも美しすぎる!! そうは思わないかいボガード?」

「ヘイ! その通りでさぁ!!」

「アハハハハ!! アハハハハ!!」

「ヘッヘッヘッヘッヘッ!!」




 因みに原作初出の時点でアルビダの年齢は二十五歳。今が十五歳。
 原作開始の十年前ってことになりますね。
 いやぁ~いったいイーストブルーに誰がいるんだろ?(棒)


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オレンジと白ばっか

 懐かしの御仁。
 犬の名前さながらの町長さん。


「へぇ、やるじゃないかいボガード。あんた航海士としての才能が有ったなんてねえ」

「ヘイ、姐さんが海に出るってんで勉強しやした!」

 

 盲点だったと言うか、作中の殆どが偉大なる航路(グランドライン)での出来事だったため海を舐めてた。

 荒れ狂う波とか異常気象とか、通常のコンパスが役に立たないのが偉大なる航路(グランドライン)

 なら東の海(イーストブルー)とかぬるゲーだろと勘違いしていた過去のアタシを殴りたいね。

 

 海は厳しいと言うのを出航してすぐに身を以て教えられた。故郷の島が見えなくなって程なくして遭難したのだ。

 まあ極短い間だけ現在地がわからなくなっただけなので、遭難と言えるほど大袈裟なものではないかもしれないけれど。

 

 そこで役に立ったのが我がアルビダ海賊団の記念すべき一人目の船員(クルー)にして副船長のボガードくんだ。

 アタシの役に立つべく、必死こいて勉強したらしい。おかげさまで順調に進めている。(らしい)

 視界は一面海で島影すら見えないので、次の島に着かないとわからないがな!!

 まあこの件でアタシに航海術が備わっていなかった事がわかっただけでも儲けものだろう。

 

 

 

 徐々に日が暮れ始め、空が茜色に染まった頃になって漸く島影が見えた。このペースなら完全に日が落ちる前に島に着くだろう。

 無人島ならそれで良いのだが、問題は有人島だった場合。海賊旗(ジョリーロジャー)を掲げているので海賊であることは一発でバレる。

 その時の島民のリアクションとして反抗、降伏、通報などが考えられる。薄いところで歓迎ってところか。

 それに最悪あの島に海軍基地があるかもしれない。

 

 まあだからと言って海賊旗(ジョリーロジャー)を隠すつもりはないけれど。

 バカみたいな想いだが、アタシはこの旗に『世界中の人からチヤホヤされたい』と誓った。だから海賊になった。

 この旗を下ろすと言うことはその想いすら取り下げることに他ならない。

 それは絶対にダメだ。やってはならない。

 

「このまま他の島を探してたら夜になっちまう。あの島に行くよボガード」

「ヘイ、姐さん」

「とは言え、面倒事を避けられるならそれに越したことはない。アタシが一足先に様子を見に行く。アンタはこのまま船を向かわせな」

「ヘイ!」

 

 船から飛び出す。六式月歩(ゲッポウ)は宙を蹴っての空中移動を可能にする体技。

 そのまま空を駆け目的の島へと向かった。

 

「な、何じゃあ!?」

 

 着いたのは小さな港町。そこにいた人々がアタシを見てザワザワしている。空中散歩していた人間が現れたらそうなるか。

 と言うかおじさん率高いな。側頭部と後頭部にだけ白髪の生えた白い髭のおじさん……もしくはお爺さん。

 ニット帽をかぶった、これまた白髪で白いあご髭を生やしたお爺さんとその傍らに白い犬。

 

 そして眼鏡を掛けたまたしても白髪のお爺さん。この人の髪型すごいな。てっぺんとサイドに三つのお団子がある、サザ○さんヘアーと言うか……白い犬を見た後だとプードルに見えると言うか…………

 ……ん? プードル?

 …………あっ!! もしかしてここオレンジの街じゃないか!?

 聞いてみよう!!

 

「悪いねえ、驚かせちまって。ところでここはオレンジの街であってるかい?」

「あ、ああその通りじゃ。ここはワシらが三十年掛けて作り上げた街、オレンジの街であってるぞい」

 

 胸を張って答えるプードルみたいな髪型のお爺さん。まあプードルみたいなと言うかーー

 

「そしてワシがこの街の長さながら、町長のプードルじゃ。よろしくのう美人さん」

「美人さん……それはアタシのことかい?」

「当然じゃ! アンタみたいな美人さながら、生まれてこの方初めて見たわい! のう、お前ら!?」

「「「「オオォォォォオオッ!!」」」」

 

 ああああ!!

 これこれぇぇぇぇーっ!

 

 皆してアタシを見て目にハートマークを浮かべて熱を上げる。

 これが気持ちいいっ!! これが欲しくて海に出たんだ!!

 故郷の島じゃあ呼吸をするようにアタシを褒め称えてくれた。けれどやっぱりマンネリと言うか、まだアタシの美しさを知らない人たちに知らしめる。

 そして惜しみ無い称賛を浴びる! たまらない!!

 

「そう! もっと褒め称えなさい!!」

「「「オオォォォォッ!!」」」

「この海で最も尊いのは?」

「「「「貴女ですっ!」」」」

「この海で最も価値があるのは?」

「「「「もちろん貴女ですっ!」」」

「その通り!! ではこの海で最も美しいのはっ!?」

「「「「当然の如く貴女様でぇぇすっ!!」」」」

 

 はぁぁぁ…………エクスタシー(恍惚)

 

 この後、この掛け合いを五回程繰り返して満足したアタシは本題に入る。

 わ、忘れていたわけじゃあないぞ!

 気持ち良すぎて調子に乗っていたけれど忘れていたわけじゃあない!

 

「さて、アタシの美しさを再確認したところで……町長」

「なんじゃ?」

「もしアタシが海賊だって言ったら、アンタはどうするんだい?」

「なっ!? か、海賊じゃと!?」

 

 プードルさんのその一言で辺りは一瞬で静寂に包まれた。

 そこにアタシの並外れた美貌で放たれる冷たい笑み。

 うん、すごく様になっているんだろうけれど確認できないのが辛い。絶対に超絶クールビューティーな感じだろう。今度から練習しよう。

 

「そう、海賊さ。まだ旗揚げ間もないけれど歴とした海賊だよ」

「も、目的はなんじゃ!? ワシはこの街の長さながら! 悪党には屈しないぞ!」

「お、おれたちもだ!」

「おれたちの街はおれたちの力で護るんだ!!」

 

 オレンジの街の人たちは恐怖を孕んだ眼でこちらをみる。

 自己を奮い立たせているが、見聞色の覇気で調べると恐怖の感情がありありと伝わってくる。

 うーん……なんか違うな。

 注目を浴びるって意味ではチヤホヤされるのと変わりないけれど、コレは全然気持ち良くない。

 アタシの求めるモノはコレじゃあないんだね。

 

「アハ、アハハハハ!!」

「くっ、やる気かっ!?」

「アハハハハ……はあー笑った。すまないねえ町長。怖がらせちまった」

「な、何じゃ……冗談じゃったのか……」

「いいや、冗談じゃあないよ。アタシは紛れもない海賊さ」

「な!? やはりーー」

「まあ結論を焦るんじゃあないよ。アタシは海賊さ。だから欲しいものは奪い取るのさ。なら、アタシの欲しいものは何だと思う?」

「か、金か?」

 

 まあ普通はそう思うだろう。一般的な海賊のイメージに違わない。

 でもアタシはそうじゃあない。そりゃあこれから海賊やってりゃあ金銀財宝を求めることもあるだろう。

 場合によっちゃあ略奪だってするかもしれない。

 でも、本当に欲しいものは違う。

 

「アタシはね、チヤホヤされたいのさ。世界中の誰よりも」

「…………は?」

 

 ポカンとした表情。本当に犬に見えるぞプードルさん。

 

「チヤホヤされたい。美しいと言われたい。誉められたい。尊ばれたい。誰よりも、世界中の誰よりもチヤホヤされ、世界中の人々にかまってほしい!! それがアタシの求めるものさ」

「な、何じゃあそれは……」

「だからアンタたちはアタシに"(最大限の称賛)"を差し出せば良いのさ。わかったかい?」

「ぷっ…………ぶははははは!! お前さん本当に海賊か!? ああ、ああ、構わんわい!! お前さんが気の済むまで貢いで(チヤホヤして)やるわい!」

 

 一気に場が明るくなる。そして次々と送られる称賛の言葉。

 おべっかじゃあない。当然だ。だってアタシの美しさの前では薄っぺらい嘘なんか吐けるわけないのだから。

 その後ボガードくんが乗った船が着港したが騒ぎになることはなかった。訂正、怪物みたいなボガードくんを見てマダムたちが若干悲鳴を上げてた。

 

 完全に日が落ちてからは酒場に案内され宴となった。故郷の島で貢がせた(ベリー)は少なくないが、無思慮に使っていてはすぐに底をつくだろう。

 と言うことで、「町長の男気見てみたい」的なニュアンスでプードルさんに問いかけてみたところ、「ワシの奢りじゃあ!」と奮発してタダ飯タダ酒にありつけた。

 改めてアタシの美貌と言う魔力に自分で酔いしれたよ。

 

 オレンジの街への滞在は三日。

 その間白い犬ーーシュシューーの飼い主さんがペットフードショップをオープンした。

 アタシは美貌を活かして客引きをしたのだが予想以上に客が集まり店主は嬉しい悲鳴を上げていた。

 

 食料品店ではちょっと色目を使ってやれば簡単にサービスしてくれる。こちらとしてはかなり安く大量の食料を購入できて嬉しいのだが、店側からしたら大赤字だろう。

 泣きそうになってかわいそうだったので、ほんのちょっとだけサービス(・・・・)してあげた。

 食料品店の店長さんは顔を真っ赤にしながらも満面の笑みを浮かべていた。涙は止めどなく流れ出ていたけれど。

 

 他にも色々あったけれど語り尽くせない。すごく濃い三日間だったことは確かだ。

 とても充実した滞在だった。

 

「じゃあアタシたちはそろそろ出る」

「うむ、またいつでも来て良いぞ。アルビダちゃんたちみたいな海賊なら大歓迎じゃわい」

「へえ、そうかい……まあ今のご時世、アンタたちが想像するような矜持を持たない海賊が多いからね。気を付けなよ」

「それを言うたら、アルビダちゃんは海軍に気を付けるんじゃぞ」

「当然だね」

 

 あ、そうだ。とても充実した時間を送らせてもらったお礼に少し"ヒント"を出してみよう。

 

「ああそれと、海賊に善い悪いなんてちゃんちゃら可笑しいけれど、それでも"気持ちの良い海賊"ってのはいるもんだ。アンタらがピンチになった時、もしかしたら海軍じゃなくて"そういう奴ら"が助けになるかもね」

「? どういう意味じゃ?」

「その時が来るかは定かじゃあないけれど、覚えておいて損はないよ。……さて、海賊の出航ってのはサッパリしたのが良い。行くよボガード!」

「ヘイ、姐さん」

 

 

 

 オレンジの街からアタシたちの小舟が離れて行く。

 町民たちは思い思いの言葉を投げ掛け、手を振り続ける。

 しみっぽくならないように、振り返らずに軽く手を挙げ別れの挨拶に。

 

 まあペットフードショップの店主が存命だったと言うことはまだ"道化のバギー"は現れていないということ。

 バギーが現れてからはオレンジの街にとって辛い日々になるだろうが、主人公たるルフィが何とかするだろう。一応ヒントになるかわからないが助言も出しといたし。

 

 アタシにはアタシのやるべきことがある。

 直近にして絶対の目標はスベスベの実を見つけること。

 これがないと話にならな…………くはないけれど、是非とも欲しい。

 このままでも究極的な美貌を誇っているけれど、スベスベの実が手に入ったならば、もう鬼に金棒状態になるだろう。

 

 あ、鬼に金棒で思い出したけれど原作ではアルビダって"金棒のアルビダ"って呼ばれてたな。

 ……まあ良いか。むしろ要らないか。

 超絶美女(アタシ)が武骨な金棒を手にしているのは、絵面的には映えるのかもしれないけれど、アタシ自身の美意識的にはナシだ。

 

 と、考えに耽っているアタシの顔がチラリと水面に映される。

 

「ねえボガード」

「なんでしょう姐さん?」

「アタシってどんな表情してても美しくなるんだねぇ」

「勿論でさぁ! いついかなる時も美しくなってしまうのが姐さんです!」

「ほう、それは良い言葉だねえ! つまりエンドレス美人! 無限の美女アルビダ様とはアタシっ!!」

「よっ! 永久不滅の美女アルビダ姐さん!!」

「アハハハハ!! アハハハハ!!」

「ヘッヘッヘッヘッヘッ!!」




理想はめっちゃ強いドロンボー一味。
現実は未だにナルシストが天元突破してるだけ。
戦わせたいんじゃあ……


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無人島とラスボス候補

簡単に察することができるクソザコなサブタイ。


 オレンジの街を出航して二日。次の島が見えてきた。

 先日と同じように月歩(ゲッポウ)でアタシが先行して島に入る。どうやら今回は無人島のようだ。

 

「いいかいボガード、渦巻き模様の果実を見つけたら報告するんだよ」

「ヘイ、姐さん」

 

 まだ故郷の島を出て二つ目の島。気が早いかも知れないが、いつ悪魔の実を見つけても良いようにボガードくんには言い含めておく。

 オレンジの街でも聞き込み調査は行っていたのだが成果はなかった。まあ海の秘宝とまで呼ばれているのだから早々に見つかるとは思っていないが。

 

 それに原作にもあるように偉大なる航路(グランドライン)の外の海では、そもそも悪魔の実の存在すら知られていないことが多々ある。

 知っていても所詮まやかしだろうと切って捨てる人だって多数いる。

 ボガードくんは前者で、初めてその事について話した時には頭にクエスチョンマークを浮かべていたくらいだ。

 まあ見つけたとしてもそれがアタシの目的のスベスベの実かはわからない。悪魔の実図鑑がなければ形すらわからないのだ。

 原作開始前のこの時期に東の海(イーストブルー)にある可能性は高いと思うので、根気よく探していくしかないだろう。

 

 

 

 

 

 うーん、ところで今って原作開始の何年くらい前なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 ボガードくんと手分けして探してみたが、やはりと言うべきか成果はゼロ。でもまだ二人合わせてこの島の五分の一くらいしか探索出来てないと思う。

 木々が生い茂って羽虫なんかもたくさんいたのでうっとおしかった。草木で肌を切ったり虫に噛まれなかったかって?

 武装色の覇気で万事解決!!

 羽虫ごときが鉄を傷付けるなんて出来やしないだろう?

 まあ万が一アタシの世界一美しい肌に傷でも付けようもんなら、この島が何もない更地になるかもねえ。

 

 

 ともあれ今日の探索は終わり。船の近くの広い砂浜をキャンプ地にして晩飯を食べる。

 そこでなんと副船長兼航海士(暫定)のボガードくんの有能さがまた明らかに!

 

 めっちゃ美味い! 今まで……と言うか二日三日程だけれど料理はアタシが担当していた。

 ただ今回は野外料理にしようと言うことでボガードくんにやらせてみたのだ。

 するとどうだろう。最低限とは言え、各種設備が整った船のキッチンで作ったアタシの料理と手早に作ったボガードくんの野外料理。

 軍配はボガードくんに挙がった。聞けば料理屋の一人息子だったらしい。

 

 ぐぬぬ……航海術でもボガードくんに負け、料理の腕でも負けるとは……

 く、悔しくなんかないぞ。一人で海に出たら遭難するかもしれないし、料理も焼き以外の調理法は諦めているけれど、それを補ってもまだ余りある程アタシは美しいし……

 そうだ! アタシは美しいんだ!!

 海で迷子になる? 料理が下手?

 ノンノン。それがどうした!!

 アタシの美貌の前では、それらは欠点足り得ないっ!!

 

「そう! アタシはこの海で一番美味いのさっ!!」

「その通りでさあ!!」

「アハハハハ!! アハハハハ!!」

「ヘッヘッヘッヘッヘッ!!」

 

 

 この後めちゃくちゃ寝た。

 

 

 

 

 

 探索二日目。

 

 元気溌剌! 気分爽快!

 

「おい、ボガード。さっさと起きな!」

「ヘイ! すいやせん姐さん!!」

 

 終日探し回ったがこれと言った収穫はなかった。

 まあそれは悪魔の実に関してで、食べられそうな果物なんかはかなりの数見つかった。

 これまたボガードくんが有能さを発揮して食べられるものとそうでないものを分けていった。

 植物に関する知識も島を出る前に叩き込んだらしい。

 いやぁ、ボガードくんの肩書きの増加がとまりませんなあ(白目)

 副船長、航海士、料理人、植物学者←NEW

 彼はどこを目指しているのだろうか。いやまあ有能な部下ってのはありがたいけれどね。

 

 今日の食事もボガードくん任せ。

 うん美味い。そう微笑みながら言ってやれば、ボガードくんは鼻血を吹き出しながら幸せそうな顔で気絶した。

 ああ、鼻血で思い出したが、この島には小さな滝があった。

 そこで水浴びをして汗などを洗い流しているのだが、ボガードくんが覗くとは思えない。

 忠誠云々の話ではなくて、故郷の島でアタシの美しさに耐えられなくなった男共がアタシの入浴を覗いたことがあるのだ。

 確かにアタシの究極の美ボディを前に覗きをしようと思うのはしょうがない。自然の摂理だ。

 ただ浴室の周囲には大量の鼻血を吹き出して倒れている男共が転がっていた。

 辺りは血だらけ、これがほんとのブラッドバスか。なんて当時は思っていた。

 これが島の男の教訓となり、誰もアタシの風呂を覗こうとはしなくなった。

 

 ちなみに見られて恥ずかしくなかったか聞かれたこともある。

 『逆に聞くがこのアタシの体に恥ずかしい箇所なんてあると思うかい?』とドヤ顔で聞き返してやった。

 

 

 

 

 三日目、四日目。

 変わらず成果なし。わかってちゃあいたけどしんどい。

 ちょっと不機嫌になったアタシをボガードくんが必死で宥めてくれた。

 相変わらずメシが美味い。

 

 

 

 

 

 さて、五日目だ。

 恐らく今日でこの島の探索は終了するだろう。

 余りの成果のなさに若干気落ちしていたが、ボガードくんが励ましてくれたお陰で持ち直した。

 そうだよ。そう簡単には見つからないって最初からわかっていたじゃあないか。

 

 淀んだ表情はアタシには似合わない。美意識からもズレている。

 それにまだたった二人の海賊団とは言え、アタシは船長だからね。

 船員(クルー)の命を預かる身としてはいつでも自信たっぷりで引っ張って行かなくてはいけない。

 

「海の秘宝……この島にはなくても見つけるまで探し続ける。いいね?」

「ヘイ、姐さん」

「よし! 行くよボガード!」

「ヘイ!」

 

 とまあ気分を一新してみたものの、結局この島では悪魔の実は見つからなかった。

 途中ボガードくんと合流して船の停まっている砂浜へと帰る。

 まだ日は高いところにある。戻ってそのまま出航するか、それとももう一泊するか。

 歩きながらボガードくんと相談する。

 

「アンタはどう思うんだい?」

「ヘイ、あっしはもう一泊することを薦めますぜ。最寄りの島まで距離が遠い。夜の航海になる可能性が高いですぜ姐さん」

「そうかい。ならそうしようかねえ。もう一食アンタの野外料理を食えるってんなら、それはそれで趣がーーーーーーっ!?」

 

 瞠目。

 慌ててボガードくんの手を引っ張り茂みに飛び込む。

 

 ……ヤバい。いやヤバいなんてもんじゃあない。

 見聞色の覇気に引っ掛かった馬鹿げた生命反応。

 複数の人間だ。けれどそこらの海王類すら凌ぐ圧倒的な強者の気配。

 こんなの本来東の海(イーストブルー)にいて良いはずがない!!

 

 背筋が凍る。肌が粟立つ。呼吸も荒くなる。

 まだ見聞色の覇気を会得していないボガードくんは何のことかわかっていないみたいだが、アタシの様子を見てただ事ではないと感じたようだ。

 

「……良いかいボガード、決して音を発てるな。出来るかわからないけれど、なるべく気配を消すんだ。呼吸も最小限に留めな」

「ヘイ」

 

 小声で指示を出す。

 しかしまあ、こんな規格外の気配を持った人間相手なんだ。

 この程度子供騙しにもなりゃあしない。

 

 だってほらーーーー

 

「そこの茂みに隠れている二人。出てきな、悪いようにはしねぇ」

 

 見聞色の覇気を使えないはずがないのだから。

 隠れるのは無意味。ならば逃走か?

 無理だ。間違いなく格上。アタシらが下で相手が圧倒的に上。

 逃走の"と"の字すら叶わず捕まる、もしくは殺られるだろうな。

 

「しょうがない……覚悟決めるよボガード」

「ヘイ」

 

 ゆっくりと身を隠していた茂みから立ち上がる。

 改めて見聞色で辺りを確認したところ、既に囲まれているようだ。

 四面楚歌ってやつだ。もしくは絶体絶命。

 

 冷や汗が流れる顔をふと見上げた。

 絶句という言葉があるが、正しくアタシはそれを経験した。

 

 

 

「うおっ!? とんでもない美女だぜ、お頭!」

 

 丸々太った男。サングラスと骨付き肉が目に付いた。

 

 

「いやーたまげた。おれの息子の嫁さんにでも……ってちょい歳が離れてるか?」

 

 パーマが掛かった黒髪の男。その額に着けているバンダナには『YASO』という文字。

 

 

「マジかよ、東の海(イーストブルー)だぞ……お頭、こっちの少女恐らく使える(・・・)

 

 煙草をくわえ、長銃を携えた黒髪オールバックの鋭い目付きの男。

 

 そしてーーーー

 

 

 

「みたいだな、驚いたぜ。嬢ちゃんの表情見りゃ必要ねぇかもしれねえが、一応名乗っておこうか」

 

 

 赤い髪、麦わら帽子、左目に走る三本の傷跡。

 

 見間違えるわけがない。

 

 この時期にそう呼ばれていたかは知らないが、彼は後の海の皇帝、"四皇"の一角。

 

 ONE PIECEと言う物語のキーパーソンにして、主人公モンキー・D・ルフィに多大な影響を与えた大海賊。

 

 その名はーー

 

 

 

 

「おれはシャンクス。"赤髪のシャンクス"だ」

 

 




はい!
と言うわけで"はじまりのむら"から少し出たら魔王とエンカウントしてしまったナルシスト姐さん。
転生特典? ねぇよ!
覚醒フラグ? それもねぇよ!
うーんベリーハード。ニッコリ(ゲス顔)


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四皇のお頭と新米の姐さん

なんか評価がガガガガガガ(ガクブル)




「おれはシャンクス。"赤髪のシャンクス"だ」

「……そうかい。アタシはアルビダ、今はまだただのアルビダだよ」

 

 精一杯の強がりで笑いながらそう返してやる。

 ああクソ、とんでもないな。覇気を使わずこの威圧感か。

 それにしてもシャンクスか。今が大体原作開始の約十年前ってのはわかった。

 わかったが、この状況をどうにかしないとわかったところで意味がない。

 

 原作では他人をからかうのが好きで、頭から酒を掛けられても笑いとばして、友達がやられてるのを見て怒る。

 そんな気の良い快男児として描かれていた。

 それだけを考えるならアタシたちがなにもしなきゃあ見逃してくれるだろう。

 だからって絶対に敵じゃあない保証はどこにある?

 

 ルフィはまだ村の少年であったし、周りの村民たちも皆一般人だった。

 だがアタシは海賊だ。砂浜に停めた船の海賊旗(ジョリーロジャー)も見られているだろう。

 さて、どうするべきか。

 

「それにしても驚きだねえ。アンタみたいな大物がこんな田舎の海にいるなんてさ」

「おれだって驚いてるんだ。東の海(イーストブルー)でこんな可愛らしい覇気使いに出会うとは思わなかったよ、嬢ちゃん」

「可愛らしいとは光栄だねえ。それと覇気使いって何のことだい?」

「惚けなくて良い。見りゃわかる」

 

 チッ、流石に誤魔化せないか。

 

「はぁ……まあアンタの言う通りさ。んで、大海賊"赤髪"がこんな辺鄙な無人島に何の用だい? 言っとくけれど宝箱の一つもありゃあしないよ。精々果物がたくさん成ってるだけさ」

「ああーそうか。まあ用って程でもねぇさ。強いて言えばこの辺りの海域を探索してるんだ。そう言う嬢ちゃんこそ何かこの島に用でもあったのか?」

「アタシも同じさ。ただの探索。まあ目当てのものは見つからなかったけれどね」

「ああ…………ははーん、成る程なあ」

「っ! なんだいジロジロ見て……アタシに惚れたかい?」

「バカ言え。嬢ちゃんの歳じゃ十年早ぇよ」

 

 ぐっ……アタシの魅力が通じないなんて。

 冷や汗タラタラなこの状況の緊張感を吹き飛ばす程の衝撃だ。

 これが四皇か……ってそれは流石に失礼か。

 ああ、まあ良い。逆に冷静になれた。

 冷えた頭でもう一度状況を確認してみれば、"赤髪海賊団"の面々に戦意がないのが感じ取れる。

 なんだ、完全に一人相撲だったって訳か。

 

「なら十年後にアンタのその余裕を崩してやるよ。アタシの進化を続けるこの美貌でね!」

「だはははは!! まあ嬢ちゃんが将来別嬪になるのは間違いねぇな! ただ、おれはそんなに甘い男じゃねぇぜ?」

「ふん、十年後吠え面かいても知らないよ」

 

 うん、調子出てきた。

 周りから見れば自信過剰に聞こえてもアタシやアタシの美貌にやられた者からすれば自信適正と言ったところか。

 重要なことだ。アタシにとっては。

 

「それよりも嬢ちゃん」

「なんだい?」

「目当ては悪魔の実だろ?」

「なっ!? ………………何故わかったんだい?」

「だはははは!! 当てずっぽうだったが、その反応だと図星みたいだな!」

「チッ、誘導尋問とは喰えない男だねえ」

「人をからかうのはおれの趣味なんだ」

「へえ、そうかい」

 

 随分良い趣味なこった。

 だが不思議と嫌な気はしない。人を惹き付ける力。

 これもまたシャンクスが大海賊の頭としてやっていける所以だろうね。

 まあ惹かれたと言っても人柄にであって、決して異性としてではない。

 何故ならアタシは惚れる側じゃあなくて惚れられる側だからだ。

 これは天地がひっくり返ろうと変わらぬ不変のものなのさ。

 

「そういや嬢ちゃん」

「嬢ちゃんじゃあない。アタシの名前はアルビダだ」

「いいや、まだまだ嬢ちゃんだよ」

「クソッ…………んで、何だい?」

「悪魔の実が欲しいらしいが、何の実か決まってんのか? それとも悪魔の実なら何でも良いのか?」

「ああ~もう、隠してても仕方ないから言うよ。スベスベの実さ」

「成る程。なら、そうだな……そのスベスベの実、おれが持ってるって言ったら嬢ちゃんはどうする?」

「………………は?」

 

 聞き間違いか? 今スベスベの実を持ってるって……

 

「もう一度聞こうか。おれがスベスベの実を持ってるんだったら嬢ちゃんはどうするんだ?」

「そんなもん……」

 

 そんなもんどうするんだ? どうすれば良い?

 頭下げればくれるのか? いや、いくら懐が深そうだからと言って、出会って間もないのに素直に渡すわけない。

 ならば金を払うか? 最低でも一億ベリーは下らない悪魔の実を買う金なんか持っているわけない。

 これは……シャンクスはアタシを試してるのか?

 どんな答えを出すかでアタシを更に見極めようとしているのだろうか。

 

 なんだ……何が正解だ。

 いや、そうじゃあない。この問いに正解したところでスベスベの実が手に入る訳でもないだろ。

 考えがグルグル頭の中で回る。

 ああでもない、こうでもない。出口のない袋小路だ。

 なにか突破口さえあれば……突破口………………突破口?

 

 ああ、そうだよ。あるじゃあないか。とても簡単な突破口が。

 強大過ぎるシャンクスの存在感に無意識下でその答えを避けていただけだ。

 アタシは海賊。海の無法者。だったらーー

 

「そんなもん、力尽くで奪い取ってやるさ!」

 

 獰猛な笑みでシャンクスに答えを突き出す。

 満面の笑みでシャンクスは答えを受けとる。

 

「そうだ、おれを誰だかわかった上でのその啖呵。その折れない心意気。それでこそ海賊ってもんだ」

 

 ま、駆け出しのヒヨッ子だがな。と余計な一言を添える。

 直後に臨戦態勢に入った。

 

 アタシはやや前傾姿勢。対するシャンクスは脱力したまま特に変わったところがないが、隙が全く見当たらない。

 

「あーあ、お頭の悪い癖だ。面白そうな奴を見つけるとすぐちょっかい出しちまう。ヤソップ、ルウ、そこのでっかい兄ちゃん連れて避難するぞ」

「あいよ」

「了解!」

 

 生い茂る木々が風でざわめく。

 チリチリと肌を焼くような、それでいて肩に重くのし掛かる重圧と威圧感。

 ああ、なるほど。これは確かに"覇王"だわ。

 気を強く持っていないと意識を失いそうになる。

 うーん、才能か。覇王色を持っていないアタシは相殺させることは出来ず、ひたすらに耐えるしかない。

 

「へえ、耐えるか」

「余裕面してられるのも今の内だよ」

 

 わざとなのか、会話に気を取られたからなのか、恐らく前者だが一瞬だけ覇王色の威圧が緩んだ。

 

(ソル)!」

 

 まるで消えたように見えるほどの高速移動を可能にする体技。

 一気に距離を詰め、顔面目掛けて武装色の覇気を纏った右脚でハイキックを放つ。

 が、なんてこともないかのように無造作に挙げられた左腕でガードされた。

 おまけにアタシの覇気よりもほんの少しだけ多く覇気を纏うと言う細かい芸当付き。

 

「まだだよっ!」

 

 今度は月歩(ゲッポウ)で空中を駆け巡り、四方八方から拳や蹴りの連打。

 しかし、そのどれもが通らない。

 見聞色の覇気で動きを先読みされ、シャンクスは一つ一つの打撃を丁寧に両腕だけで捌いていく。

 どれもが覇気を込めた連打であり、その全てを紙一重上回る覇気で防御された。

 

「武装色の質は良いがコントロールがまだまだだな」

「うるっさいっ!!」

 

 顔面へのフック気味のパンチをフェイント、そして目隠しにして、死角からの膝蹴りを見舞う。

 勢いに乗る前に手で押さえ付けられた。

 

 今度は逆に直線的なテレフォンパンチ。衝撃力なら今までで一番のものだ。

 何気なく顔の前で開いた掌で難なく受け止められた。

 

 何度も、何度も、何度も。

 何度やっても防がれる。攻略法が見当たらない。

 アタシの攻撃が弱すぎるんじゃあない。

 その証拠に、覇気を纏った攻撃のぶつかり合いは辺り一面に強烈な衝撃波を撒き散らし、木々を薙ぎ倒してシャンクスを中心とした巨大な円形のフィールドと化している。

 

 そんな攻撃を幾度も受け止めているはずなのに、シャンクスは未だ悠然とそこに立っている。

 対するアタシは体力と覇気をどんどん削られていく。

 

 なんと言うか、まるで難攻不落の要塞に生身で挑んでいる気分だ。

 じゃあ諦めるか? と問われればNOと応えてやる。絶対に御免だね。

 "チヤホヤされたい"なんて言うバカみたいな想いで八年間鍛練を積んできたんだ。

 そりゃあ最初の頃はふと我に帰ることだってあったさ。

 それでも周りから称賛の声を浴びればやっぱりコレしかないとまた思い返す。

 

 この八年間は本物だ。前世とかそんなの関係なく、この八年間でやって来たことは(アタシ)にとって本物なんだ。

 諦めたらその"本物"が嘘になってしまう。

 八年の月日、これがアタシにとって恐らく本当の原点。

 命を賭けるに値するものだ。

 

「眼は、死んでないようだな。それどころかさっきよりギラついてるじゃないか。心境の変化でもあったか?」

「ハァ……ハァ…………なにも? ただ、昔をね……ちょっと思い返してただけさ」

「そうか。で、まだやるか? 勝ち目がないのは嬢ちゃんもわかってるだろう。なにもここで命賭けなくてもいつかスベスベの実よりも強力な悪魔の実が手に入る可能性がーー」

「愚問だね。アタシにとっちゃあスベスベの実が何よりも欲しいのさ」

「だがおれに勝てなきゃ手に入らない。そしておれに勝つことも無理そうだが、それでもやるのか?」

「だから愚問だよ。逆に聞くよ、赤髪。手の届きそうな所に"ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)"があるかもしれない。だがその前には自分より圧倒的に強い怪物を倒さなきゃあならないーーアンタならどうする」

「ふっ……なるほど。嬢ちゃんにとって"ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)"とたった一つの悪魔の実は同じ価値ってことか」

「違う。アタシにとっては"ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)"よりも重い!」

 

 アタシのその答えにシャンクスは俯き、肩を震わせる。

 覇王色の覇気による息苦しい重圧感は霧散し、シャンクスの笑い声が辺りに響き渡る。

 

「だぁーっはっはっはっ!! そう言い切れる奴は偉大なる航路(グランドライン)でもそうそういねぇよ」

 

 心から愉快そうにそう言い放つ。

 世界中を股にかけ海を旅する大海賊"赤髪のシャンクス"。

 彼が見てきた海賊の中には"ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)"と言葉にするだけで妄言だと口にする者や、群雄割拠する海の大物たちにビビって諦める者が大多数だった。

 しかしどうだ?

 目の前の麗らかな少女は"ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)"を妄言ととらず、かと言って恐れず。

 その上で自分の中にはそれより重いものがあると言い切った。

 

 揺れることなき確固たる価値観。

 この少女は"覇王"ではない。王の素質はないがそれでも。

 

「ああ、認めよう。他の誰がなんと言おうがおれが認める。……嬢ちゃん、お前さんは紛れもない、"海賊"だよ」

「アンタに認めてもらえるなんて嬉しいねえっ!!」

 

 この日最速の(ソル)で接近し、強烈な蹴りを見舞う。

 まだ会得していないが嵐脚(ランキャク)に肉薄するほどの速度で脚を振り抜いーーーー

 

「がっ!! ………………っ!?」

 

 気付けばシャンクスの右の拳が腹に突き刺さっていた。

 戦いの余波に巻き込まれずに無事だった木々を薙ぎ倒しながら、一直線に吹き飛ばされる。

 飛びそうな意識を必死に保ち、気が付けばキャンプ地でもあった砂浜にいた。

 

 くっきりと残る、アタシが吹き飛ばされた軌跡を悠然と歩きながら辿るシャンクス。

 いやあ、これは本当に化け物だ。

 

 

 

「さあ、まだ立てるだろう?」

 

 はっ! 出来るならこのまま寝ちまいたいくらいだよ!

 

「一人の海賊として、おれが相手をしてやる」

 

 そりゃあ光栄なこった。

 

「見せてみろ。お前さんの海賊としての力を!」

 

 正真正銘、ここからが"赤髪のシャンクス"との本当の"闘い"。

 

 

 さぁてどうするかねえ…………




シャンクス の たたきつける!
アルビダ は めのまえが まっくらになった


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姐さんの意地と赤髪の力

んほおおお!!
シャンクス強しゅぎるのおおお!!


 クソッ……

 ギリギリ武装色の覇気でガードしたけれど、アタシの世界一美しい肌に傷が付いた。

 これは許されることじゃあないよ……

 と言ったところで、現状は打つ手なしなんだけれどね。

 でも打つ手がないだけで、打ち続けることは出来る。

 たとえ王手詰み(チェックメイト)をかけられていたとしても、手を止めるわけにはいかない。

 

(ソル)! 月歩(ゲッポウ)!」

 

 六式の中でも敢えて鉄塊(テッカイ)指銃(シガン)紙絵(カミエ)を捨てて、この二つを重点的に鍛えてきた。

 (ソル)の速度で宙を跳ね回る。

 攻撃にいくフリを織り混ぜてタイミングを見計らい…………今っ!!

 

「だが、それは読めてる」

 

 後方上部からの強襲も、後ろ回し蹴りでカウンターを合わせられた。

 この程度じゃあ意味がないのはわかっていたよ。

 かなり厳しいタイミングだったが、迫り来る足裏とアタシの足裏を重ね合わせ、相手の蹴りの勢いを利用して大きく空に舞う。

 

「だったら、これならどうだいっ!?」

 

 月歩(ゲッポウ)で空を蹴り急降下し、速度と重力を加算したーー

 

「受けてたとう」

 

 踏みつけ(ストンピング)

 

 腕をクロスさせガードするシャンクス。

 隕石のようなその一撃は、しかしガードを打ち砕くことは出来ず。

 

「クソッ……これでも無理かい」

「まぁな。だが悪くない一撃だ」

 

 轟音と爆発的な衝撃波を撒き散らし、海に大きな荒波を起てる。

 

 

 

 さっきまでとは違い、アタシの覇気を紙一重上回ると言う芸当はもうしていないみたいだ。

 硬過ぎて思わず修行を始めた頃を思い出したよ。

 大岩に指銃(シガン)を放って突き指したことさ。

 それ以来指銃(シガン)には目もくれなくなったが、今の状況も同じようなものかねえ……

 

 ……いや、違うね。

 気にくわないけれどシャンクスには明確な隙がある。

 実際には隙と言えるほどのものじゃあないけれど、付け入る間があると言う意味では同じことだ。

 気にくわないと言うのは、アタシのことを海賊として認めていると言ったのに、恐らく無意識下で手加減していることだ。

 

 さっきのガードも後ろ回し蹴りも、アタシを吹き飛ばしたパンチもそう。

 確かにアタシを上回る覇気を纏ってはいたけれど、どれも纏った覇気の量は一定だった。

 『このくらいの覇気で十分だろう』と言うわけじゃあないと思う。

 多分その覇気の量と言うのは彼にとって"大海賊の赤髪"として戦闘を行う上での最低ライン。

 本気なんだろうが全力じゃあない。

 そここそアタシが付け入るところ。

 

 まあ考え違いだったら根底から覆されるんだけれどね。

 

「おっと、何か企んでやがるな?」

「嬉しそうにしてるんじゃあないよ! やられるとは考えなかったのかい!?」

「そりゃ素敵だ」

「この……っ! 減らず口がっ!!」

 

 会話の間も攻防が繰り広げられる。まあ内容は一方的なものではあるんだけれどね。

 アタシの打撃は難なく防がれ、お返しとばかりに似たような軌跡を描いたカウンターを返すシャンクス。

 直撃こそ免れているものの、既に顔や体中に大量の擦り傷が出来上がっている。

 

「アタシの美貌に付けた傷は高くつくよっ!!」

「安心しろ! お前さんはまだガキだが、傷付いても良い女になるだろうよ!」

「アンタが傷を付けてるんじゃあないかっ!!」

 

 確かにアタシなら傷があったところで魅力は損なわれないけれど、パーフェクトなアタシで居たいんだ!

 

 傷のこともそうだけれど、何よりこのままじゃあ埒が明かない。

 賭けに出るしかない。

 もしこの賭けに失敗したら……

 いや、止そう。そうなったらその時に考えれば良いだけだ。

 やるべきことをしっかりやり遂げる。

 今考えるのはそれだけで良い。

 

「どうした? 覇気が乱れてきてるぞ?」

「別に……っ。大したことじゃあないよ……!」

 

 攻撃も回避も、ほんの僅かに精彩を欠くーー

 

 ように見せかける。

 これが賭けの第一関門。

 限界が近いことを感じ取ってくれればそれで良い。

 猫を被ったりしなくてもチヤホヤされてきた弊害でアタシは演技は苦手だが、幸い本当に限界に近いので演技の必要はなかった。

 今は気力だけで動いているようなもんさ。

 

 

 

 そして第二関門。

 まずは捨てっぱちのような攻撃を仕掛ける。

 当然の如く防がれるがそれで良い。

 運も味方して(・・・・・・)砂浜に足をとられる。

 これで限界が遂に来たと思ってくれるだろう。

 

 本題はここからさ。

 危険度で言えばここが最大の難所だ。

 何故ならーー

 

「良くやった。お前さんならまだまだ高みを目指せる」

「クッ………………っ!!」

 

 シャンクスが放つ強烈と言う言葉すら生温い右脚の蹴りを受け止めなくてはならないから。

 

 

 ーー覚悟は出来てたからね。

 

 思いきり地を踏み締め、迫り来る剛脚を左腕を曲げて耐える。

 吹き飛ばされちゃあダメだ。賭けが終わっちまう。

 

 耐える! 耐える! 耐える! 耐える!

 ここを乗り越えろ!

 そうすれば道が拓ける!

 

 

 

 果たして。

 アタシは耐えた。

 耐えきった。

 見聞色の覇気で調べたところ、左腕の骨は完全に折れることはなかったもののヒビが入っている。

 むしろその程度で済んだことは奇跡かもしれない。

 良いね、本当に運が味方しているのかもしれないよ。

 

 だって見な。

 シャンクスの驚いてる顔をさ。

 人をからかうのが好きでいつも飄々としていたシャンクスが浮かべた驚愕の表情。

 本当に一瞬だが敢えて、ではなく素でシャンクスの動きが止まる。

 逃すわけにはいかない!!

 

 

 

「喰らいなぁぁぁッ!!」

 

 

 

 最終関門。

 なんてことはない。

 第一第二関門と突破して、最後に勝てるかどうか。

 ただそれだけのことさ。

 

 原作でルフィは覇気の使いすぎで一時行動不能に陥っていた。

 ギア4、バウンドマンだったかな。

 恐らくあれは大量の覇気を使用し続け、その間の戦闘能力を上げるものだろう。

 

 ならアタシはその逆だ。

 戦闘能力を上げ続けなくても良い。

 行動不能になってしまう量の覇気を一撃に込める!

 

 最終関門は結局のところ、シャンクスを倒せるか倒せないか。

 その二択でしかない。

 

「吹き飛ばされたお返しだ! 受け取りなっ!!」

 

 シャンクスが攻勢に移った時と逆のシチュエーション。

 今度は限界まで振り絞った覇気を纏うアタシの右拳がシャンクスの腹に突き刺さる。

 ある一定レベルの量の覇気を上回れただろうか……

 

 結果の如何はと言うとーー

 

 

 

「ぐっ…………!」

 

 

 倒しきれなかった。

 ダメだったか……

 アタシにはもう雀の涙ほどの覇気しか残っていない。

 戦闘続行は不可能だ。

 アタシの負けか……

 まあでも十分……と言うか花丸満点以上の評価を付けても良いんじゃあないかな?

 だってさ。

 

 

 

 

 あのシャンクスが片膝を地に突けちまってるんだからね。

 

 

「嘘だろぉっ!? オイオイ、マジかよあの嬢ちゃん! ありえねぇだろ!? お頭は"赤髪"だぞっ!?」

「落ち着けってヤソップ、おれも驚いてるんだ。あまり騒がないでくれ。……それとルウ、お前は呆けすぎだ。肉落としてんぞ」

 

 

 外野で観戦していた赤髪海賊団の船員(クルー)すら、信じられないものを見たと言ったような反応だ。

 自分で言っちゃあなんだが、こんな小娘相手に"赤髪のシャンクス"が膝を突くなんて未来、誰が想像する?

 彼らのリアクションはそう言うことなのだろう。

 

 

 

「嬢ちゃん……いや、"アルビダ"。まず一言謝らせてくれ」

 

 何事もなかったかのように立ち上がるシャンクス。

 ダメージがあったことはあったのだろうが、全くそれを感じさせない。

 むしろエンジンが暖まってきた、ってところかな?

 

 対するアタシは満身創痍。

 体力も限界寸前、覇気も限界寸前、ダメージの許容量も限界寸前のトリプル役満ってやつさ。

 声を出すのもしんどい。

 

「『相手をしてやる』なんて言ったが、心のどこかでお前さんのことを下に見てしまっていたようだ。情けねえ……本当にすまないことをした」

 

 

 

 ニヤリと、口端を吊り上げることで返答とした。

 

 

 

「だからアルビダ、お前さんのことは強敵として見る。お前さんがおれに立ち向かったように、おれもお前さんに立ち向う」

 

 

 

 

 スラリと、今まで腰に佩いていた剣を抜く。

 

 

 

 

「峰打ちだが…………覚悟は?」

「上等」

 

 

 

 

 一閃。

 逆袈裟に振り上げられた剣撃。

 

 なけなしの覇気を纏い防御に回すが、焼け石に水だろうね。

 やらないよりは断然マシだ。

 

 世界一の剣士とライバル関係なだけあって、その剣撃は島の反対側まで突き抜ける。

 それだけに留まらず、かなりの距離の海が割断されていた。

 

 まあでも甘いと言うかなんと言うか。

 気に入った相手には非情になりきれないんじゃあないか? "赤髪のシャンクス"と言う男は。

 アタシのことを気に入ってくれたんなら、そりゃあ嬉しいけれどさ。

 峰打ちはともかく、この期に及んで剣撃に覇気を乗せないなんてね。

 

 

 

 ああ、悔しいなあ……

 気を使わせちまった……

 

 

 

 チクショウ……もっと、もっと強くなってーー

 

 いや、やっぱりいいや。

 やりなおし。

 

 

 

 チクショウ……もっと、もっと美しくなってやる……!

 

 あ、やば。

 

 意識が………………

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

「姐さんっ!!」

 

 敬愛する船長アルビダがやられたのを見てボガードが駆け出す。

 一騎討ちと言うこともあり、ボガードは傍観者にしかなれなかった。

 

 ボガードにとってアルビダは憧れの対象だった。

 飛び抜けた美貌は勿論のこと、それを磨きあげるために続けた努力に裏打ちされた自分に対する絶対的な自信。

 そんなアルビダの役に立ちたいという思いから、ボガードは鍛練で自分を追い込み、コンプレックスだった華奢で女顔だった自分に別れを告げ、筋骨隆々になるまで鍛え上げた。

 それ以外にも実家が料理屋だったので料理の腕を磨き、空いた時間で航海術を学び、更に空いた時間で植物学も勉強した。

 

 全てはアルビダのために。

 そして今、その憧れは地に臥せっている。

 

「オォォォォォッ!!」

 

 敵討ち。

 アルビダはボガードより断然強い。

 そんなアルビダが負けた相手に挑むのは無謀すぎるかもしれないが、ボガードには関係なかった。

 

「その心意気は買うが、坊主にはまだこのステージは早い」

 

 シャンクスが睨みを効かす。

 それだけでボガードは何が起きたか理解出来ないまま気を失った。

 

「さて、終わりだな」

「お頭、流石にはっちゃけ過ぎだぜ。まあお頭が膝を突くなんて思ってもみなかったがな」

「ああ、あれは結構効いた」

 

 嬉しそうに頬を緩めながら腹部を擦る。

 そんなシャンクスに、副船長ベン・ベックマンは呆れてこめかみを押さえ、(かぶり)を振るった。

 

「だっはっはっ! まあ良いじゃねえか! おーい船医!! こいつらの治療してやれ!! それと絶対傷跡は残さないようにしろよ。じゃないとこのおっかない嬢ちゃんが何するかわからねえ」

「自分で付けた傷のくせに良く言うぜ、まったく」

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

 んあ…………

 あれ? ここは………………

 

「おう、起きたかアルビダ」

「げっ、シャンクス……」

「げっ、とは失礼なやつだなあ。ちゃんと傷跡が残らねえよう治療してやったんだぞ」

「そうかい。まあ礼は言っておくよ」

 

 ああ、そうだ。負けたんだった。

 戦場となった砂浜で目を覚ましたアタシは本当に傷跡が残ってないか確認する。

 うん、骨にヒビが入った左腕の青あざはともかく、それ以外の擦過傷なんかは目立たなくなっている。

 数日もすれば綺麗さっぱり消え去るだろうね。

 あ、やっぱりアタシの肌に傷が付いた事実が消えるわけじゃあないから殺意が湧いてきた。

 

「がるるるるるる」

「野生に戻るな」

 

 辺りは日が落ちて真っ暗。

 しかし無駄にでかいキャンプファイアーが辺りを灯し、それを囲んで赤髪海賊団の面々がドンチャン騒ぎをしている。

 

「はあ……アタシはどのくらい寝てた?」

「半日くらいだ」

「半日ねえ……ん? 半日? いや、そんな短時間で傷跡って消えないんじゃあないのかい?」

「ウチの船医は優秀だからな」

「いやいや、優秀だけで済むのは……」

「ウチの船医は優秀だからな」

「ああ、はいはい。わかったよ。それで納得すりゃあ良いんだろう?」

「わかりゃ良い」

 

 その後少しの間他愛もない会話をした。

 そして暫くするとボガードくんとベックマンがアタシの食事を持ってきてくれた。

 

「ほらよアルビダ。にしてもお前のとこのボガードの料理美味いな」

「当然さ。アタシの船員(クルー)だからね」

「姐さん、すいやせん。あっしはなにも出来ず気を失っちまいやした」

「アンタも挑んだのかい? まったく、なに無茶してんのさ」

「ヘイ、すいやせん姐さん」

「はぁ……別に良いよ」

 

 ゴロゴロとした肉が入った、スパイスの効いたシチューを口に運ぶ。

 まあ前世で言うカレーみたいなものだね。

 

「美味っ!!」

 

 スパイスの香りが食欲を刺激し続け、スプーンを動かす手が止まらない。

 肉と野菜に隠し味で加えられた果物の旨味がスープに溶け出して、絶妙なハーモニーを奏でる。

 気付けばアタシの皿は空になっていた。

 

「食い終わったみたいだな」

 

 シャンクスは律儀に待っていてくれたようだ。

 

「さて、本題に入ろうか。スベスベの実のことだ」

「っ! ……ああ」

「実のところな、おれはスベスベの実を所持してねえ。悪いな、あれはお前さんと遊びたくなって吐いたおれの嘘だ」

「…………はぁ。まあ騙されたアタシが悪いしね、別に良いよ。それに少し……いや、かなり安堵してる」

「そうか。そいつはどうしてだ?」

「寄越せってアンタに言っても簡単に渡すはずないだろう? 力尽くで奪うってのはもっと無理だ。なら、この海を探し尽くす方がまだ現実的ってもんさ」

 

 そう、シャンクスが持ってるって言った時に奪い取ろうとしたけれど、良く考えなくても彼がスベスベの実を所持していない方が都合が良い。

 絶対に開かない金庫を爪楊枝でこじ開けようとするみたいなもんだからね。

 

「そうか。それじゃ、海賊の先輩から一つアドバイスだ。今回おれはアルビダを騙す形になったが、"騙し討ち"ってのは海賊の作法の一つだ。聖者でも相手にしねえ限り、卑怯なんて甘いことは言えねえ。お前さんはちょっと直情すぎるな」

「直情?」

「ああ。まあその辺は自分で考えてくれ」

 

 直情ねえ……

 心当たりは……ありすぎるんだよねえ。

 誉められればすぐに乗せられちまうし。単純とも言う。

 

「それと、これをやるよ」

「ん? 本かい?」

「悪魔の実図鑑だ。悪魔の実の見た目は色々あるからな。目当てのものの色や形がわからないと不便だろ。まあ、海賊の作法だの何だのと言ったが、騙しちまった詫びだ」

「おお! そいつはありがたいねえ!」

 

 早速ウキウキしながらページを捲る。

 んあ? 何だこれ? 絵本か?

 

「ほら騙された! おもしれえ!!」

「なっ!? この野郎……!」

「ひぃーっ! ひぃーっ! 腹いてえ、涙が止まらねえ! ああーっ! 笑った笑った。ほら、こっちが本物の図鑑だ」

 

 涙を拭いながら渡された図鑑を強引に手繰り寄せる。

 パラパラと数ページ捲ってみたところ、今度は本物のだった。

 憎たらしいが素直に受け取っておこう。

 

 

 

 今回のこの無人島での探索は結果的にアタシにとってプラスになった。

 最大目標(スベスベの実)こそ見つからなかったものの、悪魔の実図鑑が手に入ったことでその実の名称がわかるようになった。

 そしてスベスベの実の所在が最悪の(シャンクスが所持していた)パターンではないこともわかった。

 

 ただアタシの自慢の肌に傷が付いてしまったのはマイナスだ。

 むしろプラスマイナスしたらマイナスなんじゃあないのか?

 まあ良いや。寝起き間もないけれど、限界まで酷使した体に睡魔が襲ってくる。

 もう一度寝よう。

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

 翌朝。

 アタシたちとシャンクスたちは別々の島へ出航する。

 最後に挨拶だけ交わしておこう。

 

「怪我の治療とかで世話になったね」

「ああ、おれたちの拠点はゴア王国のフーシャ村ってとこだ。機会があれば寄ってけよ」

「考えとくよ。アタシは骨に入ったヒビが治るまでオレンジの街に滞在してる。アタシのこの美しい姿を見たいのなら寄ってきな」

「相変わらず自信満々だな」

「適正評価だよ。いや、むしろ過小評価かもしれないねえ」

「言ってろ。んじゃあな」

「ああ」

 

 

 

 シャンクスたちは行ったか。

 いやあ、まさか海賊デビューの初戦が"赤髪のシャンクス"とは夢にも思わなかったよ。

 

 悪い意味でな!!

 

 勝てっこないのに喧嘩売るなんて、我ながらどうかしてたねえ。

 言われたように直情すぎたのかもしれない。

 もっとクレバーなやり方、やり過ごし方もあったのかもしれないけれど……

 ああっ! もう良いや!!

 

 そもそも、矜持は持っているけれど海賊はアタシにとって手段に過ぎない。

 "チヤホヤされたい"がために海賊になったんだ。

 比重を間違えちゃあいけないね。

 

 

 

 

 さて、いつも通り出航の日は快晴、航海日和。

 出戻りみたいになっちまったけれど、オレンジの街に向かうとしますか!

 

 

「行くよボガード!」

「ヘイ、姐さん!!」




普通のオリ主「鍛えた! いくぞ!!」
モブ「ぎゃーっ!」




アルビダ「鍛えた! いくぞ!!」
シャンクス「おれもいくぞ!!」
アルビダ「ぎゃーっ!!」

どうしてこうなった……


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療養期間と一年間

サブタイの時点で丸わかりですが、後半少しだけ時間が飛びます。


 ア・タ・シ・が! 戻って来たぞ、オレンジの街!

 

 そう! ほんの一週間くらい前に、町長のプードルさんに何か意味深なことを言い残して颯爽と去って行った、超絶美少女のアタシだ!

 一片の恥ずかしげもなく戻って来た!

 

 常世の金銀財宝の総てと比べても、アタシの方が尊ばれる。

 絶対的な美しさと唯一無二の価値!

 そんな、生きているだけで世界の至宝となれるアタシに恥部なんて有ろうはずがない!

 

 たまたま船着き場にいた数名の中にプードルさんもいたので、彼が代表して迎え入れてくれた。

 

「ちょっと前ぶりだねえ町長」

「おお! アルビダちゃんが出て行ってから、街の皆が寂しがっておったぞ! ささ、ワシはこの街の長さながら、皆を代表して歓迎するわい」

「当然だね。アタシがいるといないとじゃあ、華やかさは雲泥の差に決まっているじゃあないか。さあ、アタシをもてなしな! ちゃんとチヤホヤするんだよ!」

 

 その後、オレンジの街の住人たちに暖かく迎え入れられた。

 プードルさんにはアタシが戻って来た理由ーー左腕の怪我が癒えるまで滞在したいと言う旨を伝えた。

 当然のことながら、アタシの魅惑の細腕が腫れ上がっていたことに怒ったプードルさんは、顔を真っ赤にしてちゃちな鎧と槍を装備して「そんな不届き者、ワシが懲らしめてやる!」と言って臨戦態勢を整えていた。

 なので別に気にしていないと言う事を伝え宥める。

 

 まあ、シャンクスの言葉を借りると『傷が付いていても良い女』だからねえ。アタシは。

 むしろ怪我も美点に変わってしまう、恐ろしさすら感じるアタシの無限のポテンシャル。

 んん~、マーベラス。

 だが傷を付けた張本人のシャンクスは許さん。

 

 

 

 あの無人島で採れた大量の果物は、ボガードくんがそこそこ日持ちするようにいつの間にか加工していたみたいだ。

 実はアタシが今着ている服を作ったのもボガードくんだったりする。

 料理や裁縫が得意な元男の娘な彼の女子力は前々から高いと思っていた。

 けれど、食品加工とか、一から服を作るのはそりゃあもう職人の域じゃあないか。

 いやあ、有能だねえ(白目)

 

 とまあ、その大量の果物は店に持っていったらまあまあな値段になった。

 海賊になって初めての現金収入が略奪などではなく、果物の加工業とは……

 原作のアタシを考えればそりゃあ、実に小物(アルビダ)らしくて良いんだけれどね。

 

 夜になり、前回の滞在時のようにプードルさんに"お願い"すればタダ飯タダ酒にありつける。

 街の人もたくさん酒場に寄って来てくれた。

 まあアタシがいるのだから当然のことだがね!

 空が白んでくるまで、飲んで食ってのドンチャン騒ぎ。

 

 翌日には二日酔いが多数発生し、皆ゾンビのようになっていた。

 そしてまたしてもボガードくんの大活躍。

 二日酔いに効く薬草なんかを煎じたり、街の料理屋の手伝いをしたり、被服店では服のデザインなんかも手掛けたりしていた。

 彼はどこへ向かっているんだろうねえ……

 

 

 

 

 そんなオレンジの街での日々を過ごして十日余り。

 ちょっとアタシも信じられないが、腕の怪我はほぼ治っていた。

 僅かな違和感はあるけれど、腫れも青あざも引いて元のきめ細やかなビューティースキンに戻っている。

 前世の知識からこの異常な回復力に驚いたけれど、良く考えたら原作キャラたちも大概こんな感じだった気がする。

 

 まあ、ポジティブに受け取ろうじゃあないか。

 念のため後数日だけ様子を見てから出航しよう。

 この街の居心地は良いが、本来の目的を見失っちゃあいけないね。

 そのことをプードルさんに言ったら「そうか」と寂しそうにしながら返してくれた。

 

 わかるよ?

 アタシがいるってだけでどんな田舎街でも、"マリージョア"より上になっちまうんだからねえ。

 それ以上しんみりすることにはならず、世間話を交わしていたら「海賊が来たぞ!」と怒号が響き渡った。

 

 アタシがいる街に襲撃に来るとは良い度胸じゃあないか。

 その面を拝んでやろうと港へ向かった。

 

 

 

 

 

 うん、シャンクスだった。

 

「町長、そう焦らなくても良いよ」

「しかし、ワシはこの街の長さながら! 万が一があるやも知れん!」

「アイツはムカつく奴だけれどね、堅気に手を出すような男じゃあない。……ムカつく奴だけれどね」

 

 大事なことなので二回言っておいた。

 

 "赤髪海賊団"の船、"レッドフォース号"が着港する。

 だが降りてきたのはシャンクスだけ。

 そしてその容姿を見て『なるほどねえ』と思った。

 そうか……そんな時期だったか。

 まあ"何があったのか"をアタシが知っているのはおかしいので、皮肉を交えてそれとなく聞いてみる。

 

「アンタ、随分とまあイメージチェンジしたもんだねえ?」

「ははは! どうだ、似合ってるか?」

「チッ、皮肉だよ。……で? 麦わら帽子と左腕はどこに忘れてきたんだい?」

「忘れたんじゃねぇよ。未来に託してきた」

 

 そう言いながら、愛おしそうに左腕の在った場所を擦った。

 

「取りあえず挨拶だけでも、と思ってな」

「そうかい。じゃあ受け取っておくよ」

「ああ。多くは語らねえが、"お前さんのことも、待ってる"」

 

 そう言い残して、アタシに背を向け船へと帰って行った。

 海賊らしいサッパリとした別れ。

 凄くしっくりくるね。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、アタシたちも再びの出航をする日が来た。

 一度目にオレンジの街を離れた時よりも多くの住人が見送りに来てくれた。

 アタシの魅力にメロメロだったことを差し引いても、この街の人たちは善い人ばっかりだ。

 一言二言交わし船に乗る。

 相変わらずの晴天、航海日和。

 

「行くよボガード!」

「ヘイ、姐さん!」

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 オレンジの街を出航して約一年。

 この一年間で特筆すべき大きな出来事は、アタシたちの周りでは起きなかった。

 細やかな出来事なら多々あったけれど。

 

 例えば、他の海賊と出会したりだとかね。

 最弱の海、東の海(イーストブルー)の名に恥じぬ(?)凡百の海賊共だったさ。

 多くても精々が二十~三十人程度の海賊団で、案山子を相手にしているみたいなものだった。

 シャンクスのせいで感覚が狂っちまっていたけれど、本来彼は東の海(こんなところ)で出会うはずのない海の皇帝。

 雑兵を相手にしたことで、シャンクスの気持ちが何となくわかった気がする。

 

 まあ、そのすごく東の海(イーストブルー)らしい海賊共と海の上でばったり会ったんだ。

 出会い頭に大砲を何発も撃たれたけれど、月歩(ゲッポウ)と武装色の覇気を纏った蹴りで全弾海に叩き落としてやった。

 奴らが唖然としている間に敵船に乗り込んだらまあ大変。

 アタシみたいな、ド級という言葉ですら陳腐に感じてしまうほどの美女が自分たちの船に降り立ったのだ。

 

 『オオオオォォォッ!!』と言う歓声と共に目をハートマークに変える海賊たち。

 うんうん。とても良い気分にさせてくれるじゃあないか。

 それでも船長含め数人はアタシに襲い掛かって来たので、そいつらは適当にあしらって船から放り出しといた。

 アタシに目と心を奪われて船に残った奴らには、アタシという存在を拝むことの出来た"見物料"として、船に積まれていた金銀財宝全てを貢がせてやった。

 まあこいつら以外にも似たような奴らは多々現れたので、ほぼ同じ手法で根こそぎ財宝は頂いた。

 

 ベリーに換金したのなら結構な金額ーーそれこそ小さめのキャラベル船なら買えそうなほどの量になったけれど、如何せんアタシたち"アルビダ海賊団"はまだ二名。

 ボガードくんに航海術があるとは言えたった二人ではそこまでの船は動かせないし、今の小船では財宝全てを積むことが出来なかったので、スベスベの実捜索の道程で見付けたなにもない孤島に隠しておくことにした。

 

 無防備に思われるかもしれないけれど、その孤島は断崖絶壁より酷い"ねずみ返し"状になっている崖を数十メートル登らないと上陸出来ない。

 アタシは月歩(ゲッポウ)が使えたので苦にならなかったけれどね。

 

 

 

 他の出来事で印象に残っているのはボガードくんのことだ。

 何を血迷ったのか、いきなり『あっしを蹴ってくだせえ、姐さん』なんて言い出したのだ。

 これを聞いた時は、ボガードくんにそんな趣味があったのかという困惑した。

 そう言う"サービス"は受け付けていないんだよ。

 

 まあ、良く良く聞いてみたところなんてことはない。

 六式の中の鉄塊(テッカイ)を会得するために、外部からの衝撃が欲しかっただけみたいだった。

 言葉足らず感は否めなかったがな!!

 

 揺れる小船の上ではひたすら覇気を磨き続け、島に着く度にボガードくんを足蹴にする日々。

 ボガードくんは生傷が絶えることがなかったけれど、彼は遂に鉄塊(テッカイ)を、ついでと言うには大きすぎるかもしれないがアタシは嵐脚(ランキャク)を会得することが出来た。

 元々ボガードくんは三年間の下地があり、アタシが見切りを付けた鉄塊(テッカイ)指銃(シガン)を重点的に反復していたのだ。

 会得した時は泣いて喜んでいたね。

 ただ、アタシに足蹴にされて嬉しそうにしていたのは止めて欲しかったよ。

 

 

 

 

 

 

 この一年間という月日。

 まだスベスベの実は見つけることが出来ていない。

 まあ焦ることはないさ。必ずある。

 勿論、それは既にスベスベの能力者が存在しないと言う前提での話だがね。

 

 もし……仮にだが、アタシの目の前にスベスベの能力者が現れたのならその時はーー

 

 いや、止そう。

 仮定の話をしていても建設的じゃあない。

 取り敢えず今は目の前のことだ。

 

 もはや恒例となった海賊たちからの"貢ぎ物"。

 大きな袋に入れて差し出されたそれらを肩に担ぎ、ボガードくんが待つ小船へと帰還する。

 

「お疲れさまでやす、姐さん」

「このくらいで疲れるなんてありゃあしないよ。それよりも、そろそろ船室に宝の置き場所がなくなってきたねえ」

「ヘイ、姐さん。そろそろあの孤島へ向かいやすか?」

「そうだねえ。三ヶ月とちょっとぶりってところかい」

 

 今まで計三回あの反り立った孤島に足を運んでいるのだが、率直に言って効率が悪い。

 何度も行ったり来たりしている分、探索の時間がそっちに取られちまう。

 そろそろ本格的に船員(クルー)を集めて船を乗り換えるべきかねえ。

 海賊としてのし上がろうなんてあまり考えちゃあいないけれど、だからと言って船員(クルー)選びに妥協はしたくない。

 

 アタシにはアタシに相応しい人材が絶対にいるはずだ。

 そういう奴らを探さなきゃあならない。

 はぁ…………実際に海賊になってみて初めてわかる身に染みる苦労ってものかね。

 まあ、ひとまずこの財宝を隠し場所の孤島に置きに行かなくちゃあならない。

 

 針路を定め、いつも通りの台詞を吐く。

 

「行くよボガード!」

「ヘイ、姐さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーグゥゥ……

 

 

 何処かで腹の鳴る音が聞こえた。




ボガード「蹴ってくだせえ!」

アルビダ「おらよ!」

ボガード「んひいぃぃぃ!! ありがとうございます!!」


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断崖の孤島と海のコックたち

はら……へり……
はら……へり……


 "孤島"と言うだけあって、一番近い島からでも一週間近くはかかる。

 一旦、この一年の期間中にオレンジの街と同じく海賊であるアタシたちを受け入れてくれる有人島に立ち寄り、一泊してから隠し財産のある断崖絶壁の孤島へと向かうことにした。

 

 オレンジの街や"赤髪のシャンクス"など、原作に所縁のある土地や人物と早々に遭遇してしまったことから、この島に入るときも若干ビクビクして上陸したのは良い思い出だ。

 結局、なにも原作とは関係のない小さな田舎街だったんだけれどね。

 

 財宝でパンパンになった小船の船室では食料を置くスペースが心許なくなって来たため、換金所の無理のない範囲で財宝をベリーに換え、その金で食料品を買い漁る。

 それでもかなり余ったから酒場に行って、その場にいた客全員に奢ってやった。

 

 至高の芸術品よりも遥かに人の心を魅了するアタシと酒を飲み交わせる上に飲食費もアタシ持ちときたら、それはもう崇拝するレベルでアタシのことをかまってくれる。

 勿論、一年の間にもちょくちょく寄っていたオレンジの街でも同じことをして、街の皆もここと同じリアクションを取ってくれていた。

 

 

 

 ああ…………気持ち良いねえぇぇぇぇぇぇっ!!

 脳内物質の分泌が止まらない!!

 …………溶けちまいそうだよ(恍惚)

 

 アルコールも入って気分が良くなり、体が火照ってきたアタシは丈の短いジャケットを脱ぎ捨てる。

 アタシの刺激的で蟲惑的で煩悩的な、白いビキニを身に付けた上半身が晒された。

 その瞬間、世に並び立つもののないアタシのボディラインを見たことで、男女関係なく周りの客たちは危険なレベルの鼻血を吹き出し床に倒れた。

 まったく……アタシの美しさはなんて罪作りなんだろうか。

 

 宴はそれにてお開きとなった。

 アタシも出航に備えてそろそろ寝るとしよう。

 

 やることはまだまだたくさんある。

 スベスベの実の入手は勿論だけれど、そろそろ本格的に新しい船と船員(クルー)をどうにかしなくちゃあならないね。

 

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

 

『お前がおれと、同じ夢を持ってたからだ』

『っ! …………オールブルー』

『時期が来たら偉大なる航路(グランドライン)を目指せ。一年の航海で発見は出来なかったが、おれはあの場所にオールブルーの可能性をみた』

 

 

 ゲッソリと痩せ細った少年は、海を眺めながら十日程前の会話を思い出していた。

 

 その少年は客船の見習いコックとして航行に帯同していた。

 そして嵐と荒れ狂った海と共に襲撃に現れた海賊船。

 そこで海賊の船長の男と共に海へ投げ出され、荒波に呑まれていき、気付けば岩肌剥き出しで植物すらない断崖絶壁の孤島へと二人は乗り上げていた。

 

 奇跡的に残った食料を頼りに救助を待っていたが一ヶ月、二ヶ月と待つものの成果なし。

 唯一、遭難から五日目に近くを船が通り掛かったのだが、大雨と落雷で助けを呼ぶ声はかき消されてしまった。

 大丈夫、絶対に救助は来る。と少年は自分に言い聞かし、空腹に耐えながら待ち続けた。

 

 三十日が経過する。

 まだ来ない。少年に分け与えられていた食料はつい先日、底をついた。

 五十日が経過する。

 地面の窪みに溜まった雨水を啜り、生にしがみついた。

 七十日が経過する。

 意識が朦朧とし始めた。

 共に流された男の方へ様子を見に行ってみれば、まだ食料が残っているようだ。

 男の分の食料袋はいまだに膨らんでいた。

 

 

 ーー殺してでも奪ってやる……!

 

 

 包丁片手にそう決意し、男の食料袋を切り裂いた。

 ーーが、中から現れたのは財宝のみ。

 食料など一切見当たらなかったのだ。

 男は自身で自身の足を切り落として、それを食べていた。

 

 初めから全ての食料は少年へと渡されていた。

 何故なのかと。何故そうまでして自分を生かそうとしたのかと。

 そう問い詰めて、男が返した答えが"同じ夢を持っていた"と言う。

 

 

『レストラン…………!』

『そうだ……この島から生きて出られたら、そいつをブッ建てようと思っていた』

『おれもそれ、手伝うよ! だからまだ死ぬなよ!』

『ハッ……てめェみたいな貧弱なチビナスじゃ無理だ』

『……強くだってなるさ!!』

 

 

 

 

 少年が涙を流しながらその会話を交わしたのは、もう十日と少し前。

 もう餓死寸前の身ではあったが、生きてこの島を出るにあたり明確な目標が出来た。

 

 

 ーーあと何日だって、何ヵ月だって生き延びてやる!!

 

 

 少年はひたすら耐える。

 限界以上の空腹に晒されて飛んでしまいそうになる意識を、歯を喰いしばって必死に堪える。

 

 そして彼らの遭難から八十三日。

 この島に近づいてくる小さな船影が少年の目に入った。

 

 

 ーー飢えがもたらした幻覚かな? …………いや違う! 本物だっ! 幻なんかじゃないっ!!

 

 

 体と声帯に鞭打ち、掠れる声で必死に声を上げた。

 

 

「おー……い……助けてくれぇ…………おーい……おーい! おぉぉーいっ!」

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 隠し財産のある孤島へ向かう道すがら。

 食料はかなり余裕があるとは言え、保存に適したものが多く生鮮食品は若干物足りない。

 なので道中は釣りを楽しみながら魚を確保しようという話になった。

 

 流石のハイスペック部下ボガードくんでも苦手なものはあったようで、彼の釣果は散々なものだった。

 なんせ合計で二匹しか釣れなかったんだからねえ!

 アタシは約一週間の間に五匹も釣り上げたのさ!

 ボガードくんの倍以上だ。

 

 どっちもどっちだ、って?

 まあしょうがないじゃあないか。確かに釣った()はその程度さ。

 でもヒットした数ならその三倍近くあったんだよ。

 

 

 全て海獣だったがな!!

 

 

 流石に海王類こそ掛からなかったものの、小船の五~十倍はデカイ海獣の入れ食い状態。

 ここはいつから偉大なる航路(グランドライン)並みになったのかと本気で思ったね。

 当然これらを食料にしたところで船に入りきらないし、積載できる分の肉だけを切り取って亡骸は海へポイはもったいないし、なんか気が引けた。

 なので掛かった海獣たちは皆キャッチ&リリース(物理)することになった。

 襲いかかってくるんだから仕方ないじゃあないか。

 

 

 

 そんな感じで、とても"のんびりまったり"とした船旅を続けて約一週間。

 漸く目的の孤島が見えてきた。

 遠目から見るとコック帽の先端のようにも見えるその孤島。

 徐々に近付いていき、いつも停船している海から少し飛び出た岩に括り付ける(もや)いなどを用意している時だった。

 

「ーーい……ーーーーおぉーいっ!!」

 

 少し掠れた、こちらを呼ぶ声。

 孤島を見上げれば金髪で左目を前髪で隠した、ガリガリに痩せ細った子供が弱々しく手を降りながらアタシたちに呼び掛ける。

 

「子供? 何故あんなところに子供がいるんだい? どう思うボガード?」

「ヘイ。遠目からでやすが、見たところかなり弱っていると思いやす。どうやって上陸したのかはわかりやせんが、恐らく遭難したんでしょう。あっしらの財宝狙いではないと考えやす」

「ああ、アタシも同意見だよ。まあ万が一、罠って可能性も捨てきれないけれどアタシが見てくる。アンタは警戒を怠るんじゃあないよ」

「ヘイ、姐さん」

 

 船から飛び出し、月歩(ゲッポウ)で空中を駆け登る。

 

 

 ……まあ、ボガードくんには怪しまれないようにああ言ったけれど、これは完全に"アレ"だね。

 原作イベントってやつだ。

 

 この孤島を財宝の隠し場所に選んだ時にはもしかしたら、程度ではあったものの薄々"そうなんじゃあないか"とは考えていた。

 実際にはこの島はただ似ているだけの別の島って可能性もあったんだけれどね。

 これでハッキリした。あの子供はサンジだ。

 

 原作中の過去の回想で流され着いたあの島で、サンジとゼフは極限の空腹と戦いながら、約三ヶ月を生き抜いていた。

 そこでの経験からサンジのポリシーとして"食いたい奴には腹一杯食わせる"、"食べ物を粗末にするのは許さない"と言う考えが形成されたはずだ。

 

 アタシたちがこの島を最後に立ち寄ったのは三ヶ月以上前。

 その間に彼らは大嵐に逢って流され着いたのだろう。

 それから現在までどれくらい経っているのかはわからないけれど、相当な日数が経過しているように見える。

 まあ、見捨てるわけにもいかないし助けられるなら助けようかねえ。

 原作通りに進むのならば他の船が助けにくるはずなのだが、ここで放置するのは寝覚めが悪い。

 

 

「珍しいねえ、こんな何もない島に来るなんて。観光かい?」

「た、助けて……助けてくれ! あっちにクソジジイがいるんだ!」

「ふぅん……まあ良いけれど、アタシは海賊だよ? 何を要求するかわかったもんじゃあないけれど、それでも良いのかい?」

「かまわねぇ! お願いだからクソジジイを…………おれのために体張ってくれたんだ。だから、だから頼むよ……」

 

 アタシにそう嘆願するサンジ。

 と言うかあのサンジがアタシの美貌に見惚れないとは……どうやら相当危ない状況だったらしいねえ。

 

 サンジが言う"クソジジイ"、ゼフは島の反対側にいた。

 右足を失っていたゼフはサンジと同じようにガリガリに痩せ細り、今にも餓死してしまいそうなほど弱っている。

 見聞色の覇気で確かめると、ゼフの生命反応は風前の灯火に近かった。

 

 とりあえず一人づつ抱え、島から船に向かって飛び降りる。

 そしてゼフが持っていた財宝は一緒に船に乗せることにした。

 逆に元々船に積んでいた財宝の方は島へ運び、ちゃんと隠してある。

 

 どう隠したのかと言えば"首領(ドン)・クリーク"もかくや、と言うレベルのボガードくんの怪力でねずみ返しになっている断崖絶壁をロッククライミング。

 そうやって登って来たボガードくんの怪力をまたも発揮させて、島中央の大岩をどかす。

 その下には元々大きな窪みがあったので、そこに隠していたのだ。

 大岩は蓋代わりだね。

 

 

 

 船へ戻り、ボガードくんが作った流動食を食べさせる。

 スッカスカの胃袋にいきなり固形物は厳しいだろうという判断だ。

 

「エグッ……ヒック…………! うめぇ……うめぇ………………」

 

 アタシも同じものを食べてみたが、正直ボガードくんの普段の料理にはかなり劣る。

 流動食は初めて作った、とも言っていたし、材料もとにかく胃に優しいものだったので仕方がない。

 

 ただサンジの方は咽び泣きながら、一心不乱に料理に貪りついていた。

 ゼフも声こそ上げることはなかったが、目尻から涙を流してゆっくりとスプーンを持った手を動かしている。

 

 その後、ちゃちな救急箱に入っていた消毒液でゼフの右足断面の傷を消毒する。

 手遅れかもしれないけれど、やらないよりかは良いだろうという判断だ。

 流石のボガードくんも本格的な医療の心得はなかったらしいが、気休めの応急手当なら出来ると本人が言っていた。

 なので泥のように眠ってしまったサンジとゼフはボガードくんに任せ、アタシは船室から出る。

 

 

 

 

 

「はあ……原作イベントに介入かあ……」

 

 

 正直なところ、原作の展開をどうこうしようとするつもりはない。

 原作通りに進めることに固執するつもりもない。

 

 "あのかわいそうな過去を持つキャラの過去を改変して、幸せにしてやるぞ!"とか、"今こいつを倒しておけば、未来での大勢の人の不幸が防げる!"など。

 アタシにとっては本当にどうでも良いことだ。

 そりゃあ目の前で救うことの出来る存在がいるのなら、まあ救っても良いかな? くらいには思っている。

 逆に"ここで介入してしまうと今後めちゃくちゃになってしまう!"などといった場合でも、アタシの目標の妨げになるのなら進んで絡んでいくだろうね。

 

 今ここにいるアタシは、ONE PIECEという物語のアルビダじゃあない。

 本当にこの世界を生きているアタシだ。

 まあ勿論原作の知識を活かしてーー悪用とも言うかもしれないけれどーー身の振る舞いを考えることはあるけれどね。

 むしろ覇気とか六式の体技なんかは典型的なそれだ。

 

 

 ぶっちゃけ、サンジたちをあそこまで苦しめた状況の手助けをすることは出来たんだ。

 ちょくちょくあの孤島に立ち寄って、保存食を置いていったりだとかね。

 それをしなかったのは、別にアタシのためにはならないから。

 自分勝手な理由で海賊になったのだから、自分勝手な理由で行動をする。

 当然のことだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰路でもまたアタシたちは釣りを楽しんだ。

 釣果は往路と変わらず。

 殆ど魚は掛からないのに、海獣はウジャウジャ釣り上がってしまう。

 三日もすれば、サンジとゼフは足取りは覚束ないものの、少しなら歩けるようになっていた。

 ゼフの方は右足がないので、何かに掴まりながらだったけれど。

 相変わらずこの世界の人間はバイタリティーがすごい。

 

 まあ、どんどんと現れる海獣たちにサンジは目をまん丸にして驚いていたけれど、アタシのキャッチ&リリース(脳天かかと落とし)を見て今度は目をキラキラと輝かせていた。

 そして『うおぉー!! 素敵だぜアルビダお姐様! 好きだー! 一生着いていきますよっ!!』とかほざいていた。

 お前ゼフのレストランを手伝う決意はどこ行った。

 まあ、アタシほどの美女が相手なら気持ちは痛いほどわかるけれどね。

 

 二人の経過は素人目に見ても順調に思える。

 骨と皮だけみたいだった体に薄らと肉が付き始めている。

 精神的にもかなり安定しているようだ。

 彼らは『なにか手伝いたい』と言って聞かなかったので、それにピンときて料理を振る舞ってもらった。

 つい先日まで衰弱していた人たちに酷だとは思ったが、まあ平気だろう。

 

 美味いぃ~。

 

 アタシ基準で料理の腕の評価はと言うと

 

 ゼフ>>>越えられない壁>>>ボガードくん≧サンジ

 

 と言ったところだね。

 島に着くまでの間、ボガードくんはゼフに料理の指南を願い出ていた。

 うん、ボガードくんの料理の腕が更に上がるならアタシから言うことはないよ。

 その間サンジはアタシにデレデレしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 あの孤島に行く前に立ち寄った島に着いた。

 日もくれ始めていたため、またしてもこの島で一泊することに。

 サンジたちは島の小さな医院でちゃんとした治療を受けさせる。

 まあ、すぐに回復することだろう。

 

 

 

 飲めや騒げやの夜会が終わり、翌日。

 アタシらを見送りに来た面々の中にサンジたちの姿があった。

 松葉杖を突きながらゼフがアタシらに歩み寄る。

 

「本当に良いのか?」

「ん? ああ、アンタの持ってた宝のことかい? そりゃあアンタがもし海賊"赫足のゼフ"だったのなら、遠慮なく貰っていたかもしれないねえ」

「っ!? ……なんだ、知っていたのか。ならどうしてだ?」

「ふん。アンタは海の上でアタシたちに料理を振る舞った。もう海賊じゃない、"海のコック"だと思ったんだけれど……違ったのかい?」

「はっ! そいつは違いねェな。だが海賊のお前が宝を前にして略奪しない理由にはならねェぞ?」

「そうだねえ……アタシの美意識が美しいと思わなかった。そんなところじゃあないかね」

「ククク、珍しい海賊もいたもんだ」

「でも、それなりのものは要求するよ」

 

 スッ、と何も言わずボガードくんに手を差し出すと、準備してましたとばかりに掌サイズよりやや大きめの木の板と筆を渡してくれた。

 うーん。以心伝心。

 

 その木の板に大きく"アタシ"と書いて、綺麗に半分に切断する。

 半分はアタシ、そしてもう半分をゼフに手渡した。

 

「これは?」

「割り符だね。船の中で言ってたじゃあないか。アンタたち海上レストランを開くんだろう? そいつは期間無制限、回数無制限で使えるアンタたちの店のフリーパスさ。アタシらはずうっとタダで、アンタたちの店を利用出来るものだね」

「ハンッ……成る程、がめついな」

 

 ニヤリと笑うゼフ。

 

「アルビダお姐様! おれ、もっと料理上手くなって待ってるから、レストランが完成したら必ず来てくれよ!」

「もちろんさ。それに、アタシほどの美女が来店したなんて周りが知ったら、それだけで大繁盛間違いなしだよ。客に忙殺されちまうかもねえ」

 

 

 

 

 それにて別れを済ませ、船に乗り込もうと踵を返したアタシたちにゼフが待ったをかける。

 

「どうしたんだい?」

「ああ、最後にこれだけは伝えてェと思ってな」

 

 

 

 

 隻足のためバランスが悪くなったが、地に膝を突きガバッと頭を下げる。

 

 

 

「ーーーー短い間だったが、クソ世話になった」

 

 

 

 そう、ゼフは言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、悪くない出会いだったねえ。

 本当の意味で原作に介入したのは今回が初めてだったけれど、そう悪いもんじゃあなかった。

 

 さてさて、本日もまた、波は穏やか空は真っ青。

 絶好の出航日和になったことだし、言っとこうかねえ。

 

 

 

「行くよボガード!」

「ヘイ、姐さん!」

 

 

 さあて、次こそはスベスベの実に近付けると良いねえ。




アルビダ(ボガードくんの料理がこれ以上美味くなると体重ががががが…………よし、気を付けよう)


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海軍スルーとスベスベ

難産だった……


 サンジたちと別れを済ませて一ヶ月と少し。

 

 当然と言えば当然だけれど、海の上を巡っているのは海賊だけじゃあない。

 今まで遭遇しなかったのが奇跡のようなもので、この日初めて海軍に出会した。

 幸運と言うか、出会したのが街の中だったので特に何かことが起こったと言うわけじゃあない。

 

 海軍は新兵の訓練を兼ねた巡回パトロール中だったようで、アタシたちを一目で海賊だと見抜く眼力は持っていなかった。

 この島に海軍支部はないし、偶々立ち寄っただけだろうね。

 彼らがやって来た方向はアタシたちの船を停めた場所から離れている。

 なのでこの島に海賊が潜伏しているとは思っていないみたいだ。

 

 

 

 ちなみにだけれど、アタシはまだ賞金首にはなっていない。

 堅気の連中にはまだ手を出していないので、一般人から見た"危険度"は殆どないんじゃあないのだろうか。

 

 時折襲撃に来る小物海賊たちから"貢ぎ物"をいただいてはいるが、アタシ自身戦うことにも敵を潰すことにも、そこまで拘りを持っていないので、貰うものだけ貰ったら基本的に放置している。

 するとその海賊たちは失った財宝を補填しようとして活発に動き出すので、結果としてそれが隠れ蓑となりアタシたちは目立たなくなる。

 そもそも海軍には認識されていないんじゃあないか?

 たった二人の海賊団だしね。

 うーん……と言うかあれだね。

 

 

 無自覚なマッチポンプになってた!!

 

 

 アタシに貢ぐ→補填に動く→略奪する→アタシに貢ぐ。

 

 この無限ループ!

 確かにアタシは堅気には手を出していないけれど、東の海(イーストブルー)の治安を悪くする原因の一つになってしまっていた。

 いつかバレたらとんでもないことになりそうだ。

 ごめんよ堅気の皆さん……

 

 まあ、止めないけれどね。

 今の状態はアタシにとって非常に動きやすいし、海軍の目がないだけでスベスベの実の捜索はし易くなっている。

 これだけで捜索難度はかなり下がるはずだ。

 見つかる気配は全然ないけれど。

 

 まあ海賊旗(ジョリーロジャー)を掲げている以上いつかは海軍に見つかるだろうし、その時になったら戦う覚悟は出来ている。

 でもそれは今じゃあないって話だね。

 

 

 

 

 と言うわけで、火元にはあまり近付きたくないので、そそくさとこの島から退散することにした。

 次の島は恐らく無人島になるだろう。

 道中でゼフ直伝のピラフをボガードくんが作ってくれたのだが、これがまた美味い美味い。

 

「ボガード。料理の腕を上げたみたいだねえ」

「ヘイ、ですがゼフの旦那には『これじゃ、まだまだ半人前(チビナス)だ』と言われやした。もっと腕を上げてやりやすよ」

 

 こ、これで半人前なのか……(驚愕)

 まあなんにせよ、何かを磨くっていうのは良いことだ。

 是非とも頑張ってもらいたいところだねえ。

 

 

 

 

 さて。数日の航海を終え、次の島の島影が見えた。

 今度こそ見つかると良いなあ、なんて考えていると、その島には既に大きめの船が停船していた。

 帆には黒地にドクローー海賊旗(ジョリーロジャー)が掲げられている。

 

「先客みたいだねえ。ボガード、あの旗に見覚えは?」

「すいやせん。あっしの記憶が正しければ、東の海(イーストブルー)の手配書リストには載ってなかったはずでやす」

「そうかい、なら無名の海賊かねえ……。それにしちゃあそこそこ立派な船に乗ってるようだけれどね」

「ヘイ、なにかちぐはぐに思えやす。どうしやすか、姐さん?」

「ふん。そんなもん決まってるだろう? 行くよボガード!」

「ヘイ、姐さん!」

 

 

 まだこの島は未捜索。

 あの海賊共がスベスベの実を先に手に入れる可能性だってあるのだ。

 そう考えたら行かないわけにはいかないじゃあないか。

 

 早速月歩(ゲッポウ)で跳んで行く。

 かなり近付いたのだが砲撃や銃撃が飛んでこない。

 見聞色の覇気で確認してみたところ、今船には五人しか乗っていないようだった。

 恐らく船番に残されただけだろうねえ。

 本陣は島の中に入って行ったというところだろう。

 都合が良いのでそのまま船の甲板へと降りることにした。

 

「うおっ!? 空からいきなり美女ォ!?」

「そう、世界を揺るがす美女がやって来たよ! アンタたち! アタシは美しいかい?」

「おっ、おう!! そりゃもちろん!」

「その通りだ! 見たことねぇぜ、あんたほどの美人は!」

「当然じゃあないか! まあ、それは置いといて……アンタたち、縛られるのはお好きかい?」

「「「「「………………え?」」」」」

 

 

 

 船員全員を(くつわ)を噛ませてメインマストに縛り付けておいた。

 そうしている間にボガードくんが上陸。

 二人で手分けして船内を物色したが、目ぼしいものは見つからなかった。

 財宝ですら殆ど積んでないような状態だったしね。

 

 物色を終えたところで甲板に出る。

 すると、この海賊団の本陣が丁度帰還していて、アタシたちの船と甲板にいるアタシたちを見て目を丸くしていた。

 あちらさんの人数はざっと五十人弱と言ったところかな?

 頭数だけならば今までアタシが出会った海賊たちの中で一番多い。

 あ、シャンクスたちがいたか。まあ、あれは例外だね。

 

 さて、アタシが貢がせた今までの海賊の中には賞金首もいた。

 精々が懸賞金二~三百万ベリーの東の海(イーストブルー)らしい小物だったがね。

 そんな、一応は賞金首になった彼らでも多くて三十人ほどの海賊団だったのだ。

 頭数だけ揃えても……と思うけれど、逆に言えばそれだけの数を揃えることが出来ると言う証左にもなる。

 

 約五十人。

 なのに東の海(イーストブルー)では名の知られていない海賊。

 どうにもちぐはぐだねえ。

 まあ理由の内の一つとして考えられるのが

 

「アンタたち。偉大なる航路(グランドライン)から来たのかい?」

 

 これだ。

 まあ他の海の可能性もあったけれど、これが一番高い可能性だと思う。

 何故ならアタシの知らない気配と言うか、異質な存在がその中に紛れていたから。

 

 見聞色に初めて引っ掛かる異質な存在のパターン。

 シャンクスの場合は存在感がデカすぎただけなのだが、今回は違う。

 生命力はそれほどでもないのに、他と全く異なる違和感。

 まあこれはほぼ間違いないだろうが、それは悪魔の実の能力者である証明だ。

 

 頭数を集める期間があったのにも関わらず、ここでは無名。

 しかも海の秘宝、悪魔の実の能力者。

 偉大なる航路(グランドライン)から来たというのはかなり正解に近いと思う。

 そしてやっぱりと言うべきか、アタシの考えは正しかった。

 

 

「よくわかったわね。ま、わかったところで全く無意味なんだよねぇー」

 

 

 集団の中から一人の女が出てきた。

 茶髪をショートボブにして、服装は短いスカートとキャミソールという海賊と言うには不釣り合いな格好の女。

 背はアタシよりも少し低いくらいで童顔。

 舌を出しながらさっきの台詞を吐いている、所謂"ぶりっ子"ってやつだね。

 

 んで、こいつがその違和感の正体。悪魔の実の能力者だ。

 

 

「無意味? わからないねえ、何が無意味なのか」

「あれぇー? 私たちが偉大なる航路(グランドライン)から来たことを当てたのに、そんなこともわからないのぉー?」

「どうせ悪魔の実だろう? それがどうかしたのかい?」

「あっはー! それも知ってたんだ! じゃあもうわかるでしょ? 私たちは力を蓄えるためにわざわざ最弱の海までやって来たの! で、おブスさんはその最弱の海のザコ! 私は偉大なる航路(グランドライン)出身のエリートで、しかも悪魔の実の能力者! これが無意味じゃなくてなんなのかなぁー?」

 

 

 おブスって…………

 

 まあ、この女はそこそこ男受けしそうな顔はしてるけれど、所詮その程度。

 アタシは男は当然のことながら、同性の女すら虜にする究極の美貌の持ち主!

 

 アタシがブス? 結構結構。妬み僻み大いに結構だよ。

 誰だってーー特に女であれば、アタシの美貌には憧憬と同時に嫉妬を抱いてしまうのは仕方がない。

 生物学でもその研究結果は出てる(はず)!

 そのくらい大目に見てやろうじゃあないか。

 

 まあ、それに付け加えて言うと。

 

「アタシは他人を貶す必要すらないからねえ」

「は? なに言ってんの、おブスさん」

「アタシは美しい。世界でもダントツでだ。だから他人の評価を下げる必要すらなく、アタシの美しさに勝てる人間は存在しないのさ! アタシと美貌で競いあおうってんなら、審査員でも何でも買収しな! 忖度も贔屓も票操作ですらも、総てを動員したところでアタシには及ばないからさあ!! そうだろう、ボガード!?」

「ヘイ、姐さん!!」

 

 

 これが真実! 絶対不変の真理なのさ!!

 

 

「バッカみたい。それにあんたブスの癖にムカつくなぁー。ブッ殺そう。ちょっとそこのお前、あれを見せてやるわ。やりなさい」

「はい船長」

 

 あの女、船長だったんだ。

 手近にいた船員(クルー)に何やら指示を出している。

 すると船員(クルー)の男はその女船長に向かってカトラスを振り抜いた。

 

 

 

 が、刃はその身に食い込まず。

 まるで……そう、まるで皮膚の上を滑って(・・・)刃が逸れていった。

 

 その光景を見た瞬間、アタシは目を見開いた。

 まるでずっと会えなかった想い人が急に目の前に現れたかのような、そんな眼差し。

 

「キャハハハハ! 驚いてる驚いてる! わかる? 私には今見てもらった通り斬撃は勿論、打撃も銃弾も効かないの。全ては私の肌を滑ってしまう。悪魔の実シリーズでも防御に関しては最強の能力! 私の"スベスベの実"の力の前では誰も私を傷付けることは出来ないっ!!」

 

 

 

 ……ああ、ごめんよぶりっ子だなんだの言って。

 この娘、とても良い娘だ。

 だってアタシの前に大きすぎる手懸かりを持ってきてくれたんだからねえ。

 

 同じ悪魔の実と、その能力者は同時期に一人しか存在しない。

 能力者が死ねば、その能力の悪魔の実は世界のどこかで成る。

 

 ……うん、良いぞ。すごく良い流れがアタシに来ている。

 この娘が死んでくれれば、どこかでスベスベの実が発生する。

 そして発生場所は原作を鑑みるに、この東の海(イーストブルー)である可能性はかなり現実的だと思う。

 まあ何れにせよ、スベスベの()はアタシのものだ。

 

「ボガード、周りのザコは任せるよ」

「ヘ、ヘイ姐さん…………姐さん、目が据わってやすよ?」

 

 即座に空を駆け、まだ自慢話をしていた女船長の目の前に着地する。

 彼女は驚愕を見せたが、能力を過信してすぐさま余裕の表情を作った。

 

「すごく速くて驚いたけどぉー、私に攻撃は効かないし? なぶり殺しにしちゃうよ?」

「まあ、あれだよ。……ありがとう」

「はあ? おブスさん話通じてるの? 何が『ありがとう』なのかーーーー………………がっはっ!?」

 

 会話の途中で鳩尾に膝を突き入れ、肺の空気を全て出させる。

 そして間髪入れずに左手で首を握りしめた。

 

 苦しさと、恐らく初めての出来事で混乱しているのだろう。

 彼女はスベスベの能力を手に入れてから、傷が付いたことがないんじゃあないのだろうか?

 本来だったら、蹴られても肌を滑ってダメージにならず、今こうして首を絞めることもあり得ない。

 スベスベの能力で自身に掛かる摩擦がなくなるのだから、彼女にとってはそれが当然だった。

 

 

 ただまあ、武装色の覇気を纏っただけさ。

 それで全てはこともなし。

 原作でもルフィはゴムゴムの能力である"打撃無効"を貫通されてダメージを受けていた。

 ゴムだから打撃が効かない、摩擦が無いから大体の物理は効かない。

 同じ悪魔の実なのだから、耐性を貫通して当たり前だろう。

 

 まあ、覇気で負けていたらどうなったのかはわからないけれどね。

 

「くっ……は、はな…………して…………っ!」

 

 気道を絞められ、掠れる声をあげる彼女。

 苦し紛れに拳や脚を振り回すが、そんなやけくそじゃあ武装色を纏ったアタシの体は傷一つ付かない。

 

 ただまあ、苦しそうなので離してあげようかい。

 

 彼女を左手にぶら下げたまま、月歩(ゲッポウ)で沖合いの海上まで移動する。

 アタシが何をしようとしているのか理解して顔をブンブン振りながら、色を真っ青にした彼女。

 

「お互い海賊旗(ジョリーロジャー)を掲げたんだ。覚悟はしているはずだろう?」

「おね……が…………い。し、しにたく……ないです」

「ダメだね。アタシは欲しいものがあって、それはアンタを殺さないと手に入らないのさ。ただそれだけの話さ、これは」

 

 最後に唇だけ"さよなら"と動かして、海へと放り投げた。

 悪魔の実の能力者は海に呪われる。

 海水に浸かるだけでも力が入らなくなるほどだ。

 ここは沖合い。能力者が溺れたら致命的な位置。

 確実に、彼女が助かることはないだろうね。

 

 あるとすれば手下たちが助けに来るってところだが……

 

 

 ボガードくんが千切っては投げ千切っては投げの大活躍。

 鉄塊(テッカイ)を崩すことは誰にも出来ていないようだった。

 発動中は動けないと言う欠点はあるものの、補って余りある硬度。

 銃弾は弾くし、そこまで質の良くないカトラスは刃がポッキリと逝っていた。

 

 なし崩し的に肉弾戦になっていたが、指銃(シガン)……擬きの速度で放たれる拳で数人纏めて吹き飛ばしていたり、鉄塊(テッカイ)状態のボガードくんを殴って自分の拳が砕けたり。

 

 うんうん。強くなったねえ。

 頼りになる。

 

 

 

 

 

 

 さて、なんと言うか初めての海賊らしい野蛮な戦闘は終わった。

 十分過ぎる戦果だろうね。

 何よりスベスベの能力者がこの世から消えたと言う事実が、とても嬉しく思う。

 必ずどこかに実の状態であることが確定したのだ。

 

 彼女に対してはまあ……そんなものだろう。

 海賊やってりゃあ、求めるものの前に壁があった時どうするかって、そりゃあ障害になるようなら排除するに決まってるさ。

 逆にアタシが誰かの障害になることだってあるけれどね。

 その時は甘んじて受け入れよう。

 ただ最後の最後まで足掻き続けるがね。

 

 その後、ボガードくんにやられた下っ端たちは彼らの船に縛って乗せて、そのまま漂流させておいた。

 その内海軍が見つけてくれるだろう。

 

 

 スベスベの実の捜索はまた一からだ。

 だけれどもアタシの心は晴れやか。

 やっぱり在るのがわかってるのとわかってないのじゃあ、モチベーションには影響が出るねえ。

 今度はこの島を捜索の第一歩としよう。

 

 さて、それじゃあいつも通りいこうかね。

 

 

「行くよボガード!」

「ヘイ、姐さん!」

 

 




アルビダ「よこせやおらぁ!!」
スベスベの娘「きゃあーっ!」




あと私事なのですが、毎日投稿がきつくなってきました。
なのでこれからはクオリティ維持のために、隔日、もしくは二日おきの投稿にしようかと思っています。
待っていてくださる皆様にはほんと申し訳ないです。


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鳥籠の少女と二人目

クソザコすぎるサブタイ再び




 ーーもうずっとこの人たちの言いなりだ。

 

 ーーこんな生活から抜け出したい……自由になりたいよ……

 

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

 

「痛みが聞こえる少女?」

 

 

 

 スベスベの能力者を倒してから二週間余り。

 図鑑片手に島を捜索したけれど、スベスベの実は見つかることはなかった。

 気落ちしていてもしょうがないので、次の島へ向かうことに。

 

 着いたのは大きな街のある島。

 にも関わらず、この島には海軍支部はなかった。

 アタシたちにとっては都合が良いのだが、不思議に思って街の住人に聞いてみたところ理由はすぐにわかった。

 どうやらこの街ーーと言うかこの都市国家らしいのだけれど、世界政府非加盟国らしい。

 だから海軍に守られることもないようなのだ。

 

 まあ非加盟の国とは言うもののそれは自称にすぎず、単純に政府の方から国と認められていないだけのただの大きな街にすぎない。

 ミンク族が暮らす幻の国"ゾウ"や侍などの戦力を保有する"ワノ国"のように、加盟を拒否したわけじゃあない。

 拒否した殆どの国は、どこかで延々と橋を作らされるんだったかな?

 そんなこの国…………街で良いか。この街に入って色々と情報を集めている時に、酒場で先の話を聞いたのだ。

 

 

「そうだぜ美人さん。その"痛みが聞こえる少女"ってのはこの国を牛耳る、通称"ファミリア"ってとこにいるんだ。……あまり大きな声では言えねぇがな」

「ふぅん。で、その少女がどうしたんだい? 態々話題に挙げるってことは何かあるんだろう?」

「ああ、美人さんが探してるっつう不思議な果実? だったか。まあ、その少女も不思議な力が使えるんだ。生まれつき周りの声が頭に響いていたらしくてな、それが成長するにつれて無くなってくのと逆に、今度は近くにいる人間の体の中から発せられる痛みの悲鳴が聞こえるようになったとか」

「へえ…………なるほどね」

 

 それはもうあれだろうねえ。

 悪魔の実の能力って可能性も捨てきれないけれど、十中八九生まれつき身に付いていた見聞色の覇気だろうね。

 確か空島編で出てきたキャラクター"アイサ"も生まれつき"心網(マントラ)"、青海で言う見聞色の覇気が備わっていた。

 その力で度々"神の島(アッパーヤード)"に侵入し、神兵たちに見つからずにヴァースーー空島には本来無い土を盗み出していた。

 

 その"痛みが聞こえる少女"ってのは、それの亜種なんじゃあないかと思っている。

 鍛えたのかはわからないけれど、人を"見る"、"聞く"ことに特化した見聞色なんじゃあないかな。

 

 

 …………興味が湧いてきたねえ。

 一目だけでも見ておこうか。

 

「面白そうな話だよ。アンタ、そのファミリアってのがいる場所を教えな」

「ば、バカ言っちゃいけねぇ! あいつらはギャングだ。あんた、殺されるぞ!」

「それがどうしたってんだい? アタシらは海賊さ。ギャングなんかにイモ引くわけないじゃあないか。…………それにアンタの心配はもう手遅れみたいだしねえ」

 

 このおじさん、さっき『大きな声では言えねぇが』って言っていたのに大声を上げたせい……と言うかお陰で、そのファミリアというギャングの構成員と思われる三人の男がアタシらのテーブルに歩み寄ってきた。

 都合が良いねえ。態々あっちからやって来るとは。

 

「オイ別嬪の姉ちゃん、おれたちに何か用でもあるのか?」

「海賊だとか抜かしてたが、あんまり舐めてっと痛い目見るぜぇ~?」

「それより良ぃ~女だなぁ……売ったらとんでもねぇ高値が付きそうだ」

「…………ボガード」

「ヘイ、姐さん」

 

 ボガードくんはスクッと立ち上がり、まずは手近にいた男の顔面へ拳を一発。

 そいつは、なんか『ぼべラぁっ!?』とか変な声を上げて、周りのテーブルを巻き込み吹き飛ばされた。

 残りの二人はそれを見て一瞬呆けていたけれど、咄嗟に懐からナイフを取り出す。

 まあでも、すぐにボガードくんに二人とも顔面を鷲掴みにされて為す術がなくなっていた。

 顔面が支えの宙ぶらりん状態になった構成員の二人は、ボガードくんの腕にナイフを突き立てたり蹴ったりで抵抗を見せていたけれど、鷲掴みにしたまま鉄塊(テッカイ)に入ったボガードくんには全くの無意味に終わった。

 ミシミシ、と頭蓋骨が悲鳴を上げ二人の男はギブアップ。

 解放された二人と酒場にいた者たちからは怖れを孕んだ眼差しを向けられる。

 

 ……ダメじゃあないかい、そういうのは。

 敵からならまあ悪い気持ちにはならないけれど、そうじゃあない奴らはちゃんとアタシをチヤホヤしなきゃあダメだよ。

 まったく……

 

「んで、アタシはその"痛みが聞こえる少女"ってのに会いたいんだ。アンタたち、ファミリアとかいう奴らの人間なら今どこにいるかわかるんだろう? さっさと案内しな」

「は、はい!」

 

 最初にボガードくんに殴り飛ばされて伸びている男を蹴り起こし、三人にその少女の下へ案内させることにした。

 ちなみに、酒場でのお代はこの三人に払わせてやったよ!

 

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

 

 街中央にある大広場。

 この街を取り締まるギャングの"ファミリア"は定例となった"パフォーマンス"を行うため、ボスを含めた大勢の構成員たちがゾロゾロと集まっていた。

 その中にあって、屈強な男たちに囲まれた灰色の長い髪の華奢な少女。

 革の首輪に繋がれ悲壮感を醸し出すその少女は、周りの男たちと比べ酷く不釣り合いに見える。

 

 "痛みが聞こえる少女"

 

 彼女ーーリィリィがそのように呼ばれて久しい。

 痛みが聞こえるという他人とは違った異質な力。

 その力に目を付けたファミリアが彼女を軟禁し、それを利用してこの街の在り方を変えてしまった。

 

 簡潔に言えばその力は病気だったり、内臓の不調だったり、目に見えない体の不調が聞こえてくるというもの。

 その力に誤診はなく、町医者たちは挙ってリィリィの力を頼りにした。

 初めはそれで上手くいっていたのだが、徐々に診察をリィリィに依存していくようになると同時にファミリアが動いた。

 彼女を手の内に加え直接、間接的に町医者たちを支配。

 今ではファミリアに"袖の下"を通さなければ住人たちは治療を受けられなくなってしまったのだ。

 

 

 彼らは知る由もないが、某医療大国の王の政策と似たようなことをしていた。

 流石に医者狩りといった暴挙には出ていないが。

 

 

 彼らのパフォーマンスと言うのは大広場で適当な住人を捕まえ、リィリィに敢えて誤診させるというもの。

 ありもしない病気を伝えさせて、医院へ駆け込ませる。

 そして治療(・・)を行った町医者たちから"上がり"をいただく。

 リィリィの力を悪用し、痛みが聞こえる力が本物であると知っている住人たちの不安感を煽る手法。

 そうやって彼らは地盤を固めていったのだ。

 

 

「ーーーーです……すぐに治療を受けてください…………」

「だ、だがおれは体に不調をきたしたりはしてないぞ!?」

「ブフフフフ! それを無視して大病に繋がったらたぁーいへんですよぉ?」

 

 下品なスーツを纏い、舐めるような口調のブクブクと肥太った男。

 ファミリアのボスがそう不安を煽る。

 住人の青年はそれを突っぱねても良かったのだが、ファミリアの暴力という背景を怖れて渋々と立ち去った。

 

「ブフフフフ! 良ぉくやりましたねぇリィリィ。やはり貴女の力は我々に役立ちますねぇ。これからもどぉぞ宜しく頼みましたよぉ?」

「…………はい」

 

 そう言うしかない。

 街の誰もが彼らを怖れている。

 

 

 ーーきっと私は、このまま鳥籠に囲われたまま……

 

 

 しかして、彼女を閉じ込めていた鳥籠は前触れなく破られることになる。

 それは突然のことだった。

 

 

 

「どうやら"痛みが聞こえる少女"の力、本物みたいだねえ。良いよ、かなり欲しくなってきた」

 

 

 

 リィリィの前に神の造形とも言えるような美女が姿を見せた。

 

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

 

 三人組に案内される道中、この街のあらましを聞き出した。

 医者から支配するって、まんまじゃあないかい。

 

「とある冬島みたいなことしていたんだねえ」

「冬島?」

「ああ、こっちの話さ。気にしないで良いよ」

 

 手っ取り早く支配を進めるには悪くない手法だね。

 長続きするかは別の問題だけれど。

 

 そうこうしている内に着いた場所は街中央の大広場。

 壇上のようになっている所ではスーツ姿の太った男と青年、それから腰までかかる灰色の髪の少女がいた。

 野次馬のように集まった民衆の中から見てみれば、どうやらこの灰色の髪の少女が"痛みが聞こえる少女"だと思われる。

 

 かつてシャンクスたちにアタシが一目で覇気使いだと見破られたように、アタシの拙い見聞色で見ても彼女が覇気使いだということがわかった。

 まあ上手くコントロールは出来ていないみたいだけれどね。

 

 天然の覇気使い。

 ……船員(クルー)に欲しいねえ。

 それに昔は住人たちの診察をしていたんなら多少は医療の心得もあるだろうし、是非とも船医としてスカウトしたい。

 そのためにはファミリアとかいう奴らは邪魔にしかならない。

 まあ、さっさと退場願おうかね。

 

 

「どうやら"痛みが聞こえる少女"の力、本物みたいだねえ。良いよ、かなり欲しくなってきた」

 

 

 大物っぽいムーブをかまして乱入する。

 注目は一斉にアタシたちに向かった。

 ……ちょっとボガードくん、アタシへの眼差しを奪うんじゃあないよ。

 

「誰ですかぁ? あなたたちは。我々が誰だかわかっているんでしょうねぇ?」

「アンタたちと話すことは何もないよ。"痛みが聞こえる少女"だったか。単刀直入に言うけれど、アタシはアンタが欲しい」

「え? わ、私……ですか?」

「ああそうさ。アンタのその力のことをアタシたちは知っている。アンタがアタシたちと一緒に来るかどうかはアンタの自由だ」

「あの、一緒に行くって……貴女たちは……?」

「海賊さ。まだそこのボガードも含めて二人だけれどね。船医としてアンタが欲しいのさ」

 

 まあファミリアのボスを無視して堂々とスカウトしてりゃあ当然だけれど、太っちょのボスが会話に入ってきた。

 

「困りますねぇ、リィリィは我々のモノ。勝手に連れて行こうとするなんて」

「アンタの許可は求めてないよ。黙ってな。で、アンタ……リィリィだったか、アンタの答えはどうなんだい?」

「あ……わ、私はーー」

 

 このままの生活を続けるか、海賊になるか。

 そしてたった二人の海賊が街を牛耳るギャングを敵に回して無事で済むのか。

 

 まあ、そんなところだろうねえ。リィリィの内心は。

 十数秒の間を置いて彼女の答えは出た。

 

 

「ーー私はっ! もうこんな所にいたくないですっ!!」

「良し。じゃあリィリィ、アンタは今からアルビダ海賊団(ウチ)の船医だ。歓迎するよ。文句はないねボガード」

「ヘイ、姐さん」

 

 

 涙ながらに思いの丈を吐き出したリィリィ。

 うん、どうやらスカウトは上手くいったみたいだ。

 まあファミリアの意思はガン無視なのだけれどね。

 アタシたちは海賊なんだから、欲しいものがあったらその所有者の意思なんか一々気にするわけない。

 勝手気ままに奪い取るだけさ。

 

 あちらさんは怒り心頭といった感じでアタシたちとリィリィを交互に見やる。

 

 

「……リィリィ、後で覚えておきなさいよぉ? お前たち! そこの海賊風情に我々の力を思い知らせてやりなさい!」

 

 どこの悪代官だ、と内心思ってしまったのはしょうがないと思うの。

 

 ボスの号令から、周りを囲んでいた構成員たちがアタシたちに襲いかかる。

 見聞色で見ても圧倒的に格下だ。

 まあ、新しい仲間のためにレクチャーでもしようかねえ。

 

「リィリィ、アンタのその力は"覇気"と呼ばれるものだ。その中でもアンタのは"見聞色の覇気"と言って…………例えばこんなことも出来る」

 

 アタシに四方八方から襲いかかる男たち。

 そんな中アタシは目を瞑り、振り下ろされる剣や槍の突きを次々に避ける。

 

「見聞色……文字通り"見て"、"聞く"力さ。アンタも痛みが"聞こえる"んだろう?」

 

 喋りながらも敵の攻撃をまるで全周が見えているかのように避け続ける。

 次第に相手の勢いは落ちてゆき、へばって倒れた男たちがアタシの周りで膝を突いた。

 

 ああ、ちなみにボガードくんの方はと言えば、一人だけ無双ゲームをしているみたいだね。

 面白いようにポンポンと人が宙を舞っている。

 ファミリアの構成員たちの阿鼻叫喚が辺りに響いていた。

 あれじゃあまるで怪獣だよ。

 

 

 さて、大広場にいた構成員たちはあらかた片付いた。

 残っているのはファミリアのボスと数人程度。

 ボスが残っているとは言え、壊滅と言って良いんじゃあないかな。

 

「ま、待て! 金ならいくらでもーーーーブヒィッ!!」

 

 はい、テンプレな命乞いの台詞はカット。

 顔面を蹴り飛ばして黙らしてやった。

 と言うか『ブヒィッ!!』って…………

 まるっきり豚みたいじゃあないか。

 

 まあこれで本当に終わり。

 ボスがやられたのを見て僅かに残っていた奴らも戦意を喪失したみたいだ。

 そして街の住人たちにも鬱憤が溜まっていたのだろう。

 ボスも含めたファミリアの面々を縛り上げ、大広場は歓声に包まれた。

 ここ以外にも構成員はいるんだろうけれど、まあそこまでのことはアタシの出る幕じゃあないね。

 

 一通り騒ぎが収束してきたところで、トコトコとリィリィがこちらへ歩み寄って来た。

 

「あ、あの……」

「ん? なんだい?」

「あ、ありがとうございましたっ! ええっと……」

「ああ、そう言えば名乗ってなかったねえ。アタシはアルビダだよ。んで、こっちのゴツいのがボガード」

「どうも、ボガードと申しやす。宜しくお願いしやすリィリィの姉さん」

「ね、姉さん!? あの……私姉さんなんて呼ばれるような人間じゃ……」

「気にしなくて良いよ。ボガードの癖みたいなもんさ」

「あ……は、はい! こちらこそよろしくお願いします、ボガードさん!」

 

 うん、良いね。

 超有能なボガードくんですら持ち得なかった医療の心得。

 そこを補ってくれる船医は本当にありがたい。

 まあ、リィリィの知識がどのレベルのものかはわからないけれど、多少なりとも医療に携わっていたのだから期待外れと言うことにはならないだろうね。

 

 リィリィがこの街からいなくなれば、診察を彼女に依存してきた町医者は困るだろうけれど、そこまでのことはアタシが関与することじゃあない。

 むしろその町医者たちがリィリィに依存していなければ、ファミリアの支配はここまで広がっていなかったと思う。

 だからまあ、悪いけれど彼女はアタシが貰って行くよ。

 文句は言わせない。

 

 

 

 

 

 

 アタシたちは街の住人たちから歓待を受けた。

 街のヒーローだってチヤホヤしてくれた。

 海賊なんだからそんな柄じゃあないんだけれどね。

 

 まあチヤホヤしてくれるのならどうだって良いか!!

 

 最初にリィリィの情報を教えてくれたおじさんは、どうやら元々街の偉い人だったらしく、色々と便宜(べんぎ)を図ってくれた。

 例えば食料だったり、医療品だったりとか。

 中でも嬉しかったのは船を新調してくれたことだ。

 

 今までの小船には愛着があったけれど、一人船員(クルー)が増えたので少々手狭になってしまう恐れがあった。

 なのでその船を下取りしてもらって、その代金でそのまま新しい船を貰った。

 実質タダみたいなもんだね。

 設備なんかはあまり変わらないけれど、そこそこな大きさの船だ。

 三人でも十分に航行させられる。

 良い貰い物をしたもんだねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 明けて翌日。

 見送りに来てくれた人たちを背に、新しくなった船へ乗り込む。

 いつも通り、アタシ、ボガードの順に乗り、そして今日からはそこに新たな仲間リィリィも加わった。

 やや覚束ない足取りで船へ足を踏み入れる。

 

「じゃあ改めて。ようこそアルビダ海賊団へ、リィリィ」

「ようこそでやす! リィリィの姉さん!」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 んん~、やはりアタシは天気にも愛されている。

 こうまで出航の日の天気が良いところを見るに、どうやら天気の神様までもアタシにホの字にさせてしまっているようだね。

 

 さて、それじゃあ新しくなったアルビダ海賊団の船出を祝っていつものやっとこうかねえ。

 

 

 

「行くよボガード!」

「ヘイ、姐さん!」

 

 

 そして

 

 

「行くよリィリィ!」

「は、はい船長!」

 

 

 

 旅は順調だ。

 良い船出になったよ。




ボガード(男はあっし一人……女は姐さんとリィリィの姉さんの二人…………はっ! これが巷で噂のハーレムか!!)



あ、オリキャラの仲間はもう増えません。


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魚人たちとスベスベの実

ここから数話、大きく時間が飛ぶことが多くなります。
どうかご容赦を…………すまぬ。


「せ、船長はうるさいですよぉー!!」

 

 我がアルビダ海賊団の新たなる仲間、船医のリィリィは開口一番、そんなことを宣いやがった。

 穏やかな波に揺られながら船旅を続けている道中、リィリィに未だコントロールが未熟な見聞色の覇気を使わせてみたところ、この台詞が出てきたのだ。

 

「アタシがうるさいってか? 一体どういうことだい?」

「だ、だって船長から聞こえてくる声は痛みとかじゃなくて、自己主張が激しすぎるんです! ずっと耳元で大音量の讃美歌を聞かされてるみたいなんですよぉ……」

「讃美歌だって? ふん、そんなもん当然じゃあないか! そうだろうボガード!!」

「ヘイ、姐さん!!」

「この海で最も尊いのは?」

「姐さんです!」

「じゃあこの海で最も価値があるのは?」

「姐さんです!」

「その通り! なら! この海で最も美しいのは!?」

「世に並び立つもの無し! ぶっちぎりで姐さんです!!」

「アハハハハ! わかってるじゃあないかボガード!」

「ヘッヘッヘッヘッヘッ!」

「こ、今度は本当にうるさくなったー!?」

 

 穏やかな海とは対照的に騒がしい船上。

 スベスベの実の捜索で次から次へと島を渡り行く日々。

 それが日常となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな生活を一年と半年以上続けた。

 アルビダ海賊団の立ち上げーー故郷の島をボガードと共に出航した時から約三年。

 アタシとボガードは十八歳に、リィリィは十七歳の年齢になった。

 

 ボガードの身体は更に大きくなり、二メートルを越している。

 まあこの世界じゃあ普通か、もしくは小さい部類なのかも知れないけれど。

 リィリィは華奢だった身体の肉付きが良くなり、女性らしさが増した。

 顔立ちは綺麗や美しいではなく、可愛さに極振りした感じでとても愛嬌がある。

 アタシには及ばないがな!!

 

 ちなみにアタシはと言うと……

 ヤバイぞ! とてもヤバイッ!!

 

 語彙力がなくなるくらい美貌に磨きがかかっていた。

 リィリィが可愛さ特化の美少女だとするならば、アタシは美しさ超絶特化のパーフェクト美人。

 ウェーブが掛かったセミロングの黒髪は更に艶やかさを増し、まだ幼さが僅かに残っていた顔立ちは大人びたものへ。

 胸から腰のくびれ、臀部から脚部へと流れるボディラインは完璧の一言に尽きる!

 

 嗚呼……なんて美しいのだろうか……

 

 自画自賛せずにはいられないほどの成長を遂げていた。

 これでスベスベの実が手に入ったのなら…………

 

「アハハ……アハハハハッ!」

「うわぁっ!? び、ビックリしたぁ……まあ船長の奇行は今に始まったことじゃないけど……」

 

 まあ、見た目の成長はそんなものさ。

 

 それから漸くと言うかここまで良くバレなかったと言うか、つい先日アタシはお尋ね者ーー晴れて賞金首となった。

 上手いこと海軍との戦闘は避けられていたのだけれど、海軍が捕まえた小物海賊たちからの証言でアタシの顔が割れたのだ。

 

 懸賞金は東の海(イーストブルー)では大台と言われる一千万を少し越えた一千百万ベリー。

 アタシのずば抜けた美貌を以て敵を惑わせ、世に混乱をもたらしたことから付いた通り名は"惑乱のアルビダ"。

 うーん……もっとこう、なかったのかねえ。

 例えば"天上天下天下無双究極美女海賊"とか。

 うん、長いか。

 

 ただもう少し懸賞金は高くなると思っていた。

 アタシに貢ぎ物を捧げてきた賊たちは、 アタシが月歩(ゲッポウ)などを使用したのを見ている。

 元はと言えばそれらは海軍の体技なので、海賊たちから海軍に伝わったのならかなり警戒されると思っていたのだ。

 初頭手配で一千万ベリーを超えることはここ東の海(イーストブルー)ではそうそうあることではない。

 ただ冷静に判断して、低すぎるとは思うのだ。

 恐らくだけれど、海賊共はただ単純に『船に乗り込まれた』としか言ってないんじゃあないのだろうか。

 

 そして何よりアタシが憤りを感じるのは手配書の写真。

 笑みを浮かべた横顔が写っているのだけれど、若干土煙がアタシのパーフェクトな美顔に被っている。

 これは許されることじゃあないぞ!!

 勿論この写真でも世の人々を虜に出来るのだけれど、本来のアタシの魅力が百分の一も伝わらないじゃあないか!!

 早く何とかしないと。

 

 

 

「せ、船長……顔が恐いです、よ?」

「何ぃ? アタシの顔が恐いだって? 美しいの間違いだろ!」

「ひ、ひぃっ!? ご、ごめんなさーいっ!!」

「まあまあ、落ち着いてくだせぇ姐さん。次の島が見えてきやしたぜ」

 

 リィリィは顔に似合わず無意識に毒づくことがある。

 ふん、まあ良いさ。

 取り敢えず目的地になっていた無人島が見えてきた。

 コノミ諸島と言う島群の東端にあるこの無人島。

 まあ、コノミ諸島と言う地名にどこか聞き覚えがあったのだけれど、あれだ、ノコギリザメの魚人"アーロン"の支配下になっていた諸島のことだ。

 アーロンの手配書だったり、"ジンベエ"がどうのこうのと言う記事を見て思い出した。

 もうこの頃には東の海(イーストブルー)に来てたのか、なんてその時には思ったものさ。

 

 さて、気を引き締めないといけないねえ。

 原作で言及されていたかはあまり覚えていないけれど、恐らく彼らの支配地域はコノミ諸島全域ーーこんな辺鄙なところに存在する無人島にまで及んでいることだろう。

 なのでこの辺りにもアーロンの手の内の者はいるはずだ。

 海中に潜む魚人に船を襲われるのは流石に勘弁願いたいからねえ。

 

 とまあ、そんなことを考えていたのがフラグになったのだろうか。

 航行する船の前方と左右三方向から二人ずつ、計六人の魚人たちが海の中から突然顔を出してきた。

 

「ギョッギョッギョッ! 何の用だ人間(下等種族)?」

「まあ、仮になにか用事があったとしてもアーロンさんからは全員消せと言われてるがな!」

 

 はぁ……

 このまま船上にいたんじゃあアタシたちが不利。

 最終的にアタシたちが勝つことは出来るだろうけれど、その前に船が沈んでしまう。

 なら、アタシがやるべきことは簡単だね。

 

「ボガード、全速力であの島を目指しな。それとリィリィはボガードから決して離れるんじゃあないよ」

「ヘイ、姐さん」

「せ、船長は?」

「アタシはコイツらを片付けてから向かう」

 

 嘲笑を浮かべ魚人たちを挑発するように見回す。

 うんうん、青筋を浮かべてアタシを睨んでいるね。

 魚人たちの意識を船から逸らすことが出来たから上出来さ。

 

「下等種族ごときが粋がってるんじゃねェぞ!」

「海の上でおれたちと闘ろうなんて自殺志願者か!?」

「はんっ。海の上じゃあないよ……海の()でさ!」

 

 海中では邪魔になるだろうジャケットを脱ぎ捨て啖呵を切る。

 そして宣言通りそのまま海中へ飛び込んだ。

 

「ぶふぉおおおぉぉぉっ!? 姐さんの身体が刺激的過ぎるぅっ!!」

 

 …………どうでも良いけれどボガードくん、修行期間を含めればもう六年も一緒にいたんだ。

 そろそろアタシの肌に慣れようか。

 鼻血まみれだぞ。

 

「わ、私もクラっときた……」

 

 そしてリィリィ、お前もか。

 

 まあ当然だがな!!

 

 

 

 

 さて、海に潜ったアタシだけれど、六人の魚人に囲まれている。

 余程アタシの態度が気にくわなかったのだろう。

 怒りを露にして武器を構える彼らだが、『全員消せ』というアーロンの命令が頭から抜け落ちてしまっているようだね。

 こちらとしては作戦通りといったところかねえ。

 船は今のところは無事に島へ向かえているようだ。

 

 アタシを海中で囲んだ魚人たちだけれど、記憶違いでなければこの中に原作で名前の出てきた幹部級の奴らはいない。

 モブキャラってやつだね。

 息は……まあ激しく動いたとして、もって五分ってとこかな。

 それまでに片付けてしまえば良いことさ。

 

「ブッ殺すっ!」

 

 モブキャラとは言え、流石魚人ってところか。

 水中での移動速度は目を見張るものがある。

 その遊泳スピードを維持したまま、手に持った銛をアタシの顔面に向けて突き刺そうとした。

 

 だがまあそんな直線的な攻撃は簡単に回避出来る。

 月歩(ゲッポウ)(ソル)を使えるほどの脚力ならば、水中を魚人に匹敵する速さで動くことは可能だ。

 サンジが"空中歩行(スカイウォーク)"ーーつまり月歩(ゲッポウ)を使えるようになり、同時に水中での高速移動を可能にした"海歩行(ブルーウォーク)"を使用出来たのと同じ原理さ。

 

 コイツらにとって、人間が魚人並みの速度で海の中を動くことは考えられないことだったのだろう。

 動きが止まった魚人たちへ武装色の覇気を纏った拳や蹴りをお見舞いする。

 

 一人目。

 わけもわからず腹を殴られ気絶。

 二人目、三人目。

 片方は顎を蹴り上げ、もう片方の奴は延髄切りで意識を飛ばす。

 四人目、五人目。

 一人を殴り飛ばして二人を重ね合わせ、その二人を纏めて海底に蹴り落とす。

 最後、六人目。

 右手を貫手の形にし、首筋にある鰓へ突き刺し破壊する。

 そいつは鰓呼吸が出来なくなり、魚人が海で溺れると言うなんとも珍しい事態になった。

 

 うん。

 五分もいらなかったな。

 有言実行。さっさとボガードくんたちと合流しようかねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさまでやす、姐さん。あと服着てくれやせんか? あっしが死んでしまいやす。出血多量で」

「水も滴る良い女ってかい? ……いやこの場合水の方が偉そうだねえ。水を滴らせてやってる良い女の方がしっくりくるよ」

「せ、船長! そういうのいらないんで早く服を着て下さいっ! 鼻血が止まらなくて、ボガードさんの顔色がどんどん悪くなっちゃいますよぉっ!!」

 

 解せぬ。

 もう少しだけ悦に浸っていたかったけれど仕方がない。

 渋々丈の短いジャケットを着直した。

 これ、背中と二の腕の露出が避けられるだけで、あまり変わらない気がするけどねえ。

 

 

 

 ちょっとした密林(ジャングル)のようになっている島を進む。

 その間の索敵はボガードくんとリィリィの役目だ。

 

 ボガードくんは武装色も見聞色もかなりの適正がある。

 武装色は適正、練度共にアタシの方が勝ってはいるが、見聞色に関しては圧倒的にボガードくんに軍配が上がる。

 リィリィはアタシの真逆で……と言うかアタシよりも極端な偏りをしていた。

 生まれつき見聞色の覇気に目醒めていたため、そちらの適正やこの一年と半年以上の期間での成長率は末恐ろしいものがある。

 ただ、武装色の方はと言えば武装の"ぶ"の字すら見えてこない。

 そちらは全くと言って良いほど適正がなかった。

 

 まあ、なのでボガードくんはともかくリィリィは長所を伸ばす鍛練がてら、このような探索の合間に見聞色をどんどん使わせているのだ。

 索敵以外にも、以前逢ったように悪魔の実の能力者は異質な気配を発する。

 恐らくだけれど実の状態でもそうなのだと思う。

 だから索敵範囲がアタシと比べるまでもなく広い二人に任せるのは当然のことさ。

 別にアタシだけサボっているわけじゃあないぞ!

 

 

 

 

「あっ……せ、船長! 百メートルちょっと前方に集団がいます! あと、なんだろう……? なんかグチャグチャって言うか、モヤモヤって言うか……とにかく、なにか変な気配もありますっ!」

「っ!? 行くよボガード!」

「ヘイ、姐さん!」

「リィリィはボガードの後ろにっ! 絶対に離れるんじゃあないよ!!」

「は、はいぃっ!!」

 

 リィリィの語った変な気配。

 擬音語だらけで要点を得なかったけれど、言いたいことはなんとなく伝わった。

 そのグチャグチャとかモヤモヤというのは、アタシも以前感じ取ったことのある、それだ。

 

 悪魔の実。もしくはその能力者。

 

 後者なら戦闘能力が低いリィリィは危険なのでボガードくんの傍に付かせる。

 だが前者……その気配が悪魔の実であるならば、そしてそれがアタシの求めるものならばーー

 

 

 

 果たして、そこにいたのは数十に及ぶ魚人。

 そして、その中でも特に目立つノコギリのような鼻の男の魚人が手に持っているモノを見た瞬間。

 アタシは持てる全ての力を脚に込め、駆け出した。

 

 間違いない。

 桃のような形。同じく桃色の果実。

 そして渦を巻く唐草模様。

 ずっと図鑑を眺めて見ていたのだから、見間違えるはずがない。

 

 "スベスベの実"

 

 こんなところに在ったのか……っ!

 漸く……漸くだ。

 (ソル)を使用し、その場から消えたと錯覚するほどの速度で接近する。

 

 アンタが手に持っているのはアンタのものじゃあない。

 アタシのものだっ!

 

 

「それはアタシだけのものだあっ!!」

 

 

 一迅の風となり、ノコギリ鼻の魚人ーーアーロンの顔面に蹴りを入れ吹き飛ばす。

 あまりにも興奮していたせいか、覇気を纏うのを忘れてしまっていたので、あれで完全に伸びたわけじゃあないだろう。

 だが今となってはどうだって良い。

 アーロンの手から零れ落ちたスベスベの実。

 それを拾ってボガードくんたちのところへと退避する。

 

 やっとだ……

 探し始めて約三年。

 早いと思われるかもしれないけれど、アタシにとってはとても長く感じた。

 アタシがアタシ(・・・)だと気付き、スベスベの実を欲してから数えれば約十年だ。

 

 魚人たちがアタシたちを血走った目で睨み、ギャーギャー騒いでいる。

 うるさい。

 スベスベの実(これ)は元々アタシのものだ!

 この世でアタシだけがこれを食べる権利がある!

 

「姐さん、やりやしたね」

「ああ、漸く手に入ったよ」

 

 多分アタシは今、気取ったりしていないナチュラルな笑みを浮かべていると思う。

 ボガードくんにしたってアタシとずっと航海を続けていて、どれだけアタシがスベスベの実を欲しがっていたのか知っているので、とても穏やかな笑みを向けてくれていた。

 

 

 

 この余韻に浸る前に早速食べよう。

 

「うぐっ……!」

 

 不味いとわかってはいたけれどここまでか。

 ボガードくんの料理で舌が肥えてしまったアタシだからか、ものすごく不味い。

 でも吐き出すような真似はしない。

 

 ドクンッ…………ドクンッ…………

 

 なにか……得体の知れないナニかが体中を駆け巡る。

 心臓から順番に、最後は手足の先端、髪の毛の先端まで。

 

「おおおぉぉぉぉっ!?」

 

 まだ美の先があったのかという思いだ。

 アタシの肌は更に滑らかに。それだけじゃあない。

 潤いも、手で触れた時の吸い付きも、艶かしさも、その全てが今までのアタシを上回る!!

 

 これがスベスベの能力(チカラ)

 これがスベスベの実がもたらす美容効果っ!!

 

 スベスベの実の能力者となった新たなるアタシが今、産声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……ちょ……っ! ボガード、リィリィ! 手を貸しなっ!! 滑って立てない!」

「姐ぇさぁーん!!」

「せ、船長! 腕が滑りすぎて掴み上げられませんよぉっ!! あ、でもお肌ツルツル良いなぁ……」

 

 

 能力が制御出来なくて、立つことすら儘ならなかった。

 これじゃあ闘うことも出来ない。

 

 アーロンは既に立ち上がり、周りの魚人たちも距離を詰めて来る。

 

 これは……

 シャンクス戦以来のピンチなのでは…………?




リィリィ(ちょっと船長たちのノリに着いていけない……)


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毒物と海軍

毎回最新話を投稿する度に誤字脱字報告を受ける糞みたいな作者がいるらしい……
それは私だ。

報告して下さる皆様、いつもご迷惑をお掛けしてます。
本当に助かっています。
ありがとうございます。


「シャハハハハ! 無様だなァ人間よ」

 

 ノコギリのアーロン。

 海軍支部のネズミ大佐が悪事などを揉み消していたとは言え、その首に二千万ベリーの賞金を懸けられた東の海(イーストブルー)でも一番の大物。

 原作でアーロンの過去を知っているアタシとしては、彼の懸賞金が二千万ベリーというのは少なすぎる気がするんだよねえ。

 "聖地マリージョア"で大暴れしたタイの魚人"フィッシャー・タイガー"、七武海入りする前のジンベエザメの魚人"ジンベエ"。

 トップツーの彼らがいた"タイヨウの海賊団"でアーロンはそれなりの立ち位置にいたはずだ。

 弱いわけがない。

 実際、お尋ね者になる前のルフィたちが相当苦戦した相手だ。

 それ以上にルフィたちが強かっただけのことだね。

 

 まあ何が言いたいのかと言えば、油断して良い相手じゃあないってことさ。

 

 アタシは絶賛、能力に振り回されてるがな!!

 

「ニュ~、人間が三人だな」

「どうしますか、アーロンさん?」

 

 アーロンの脇を固めるように立つ二人の魚人。

 腕(脚?)が六本あるタコの魚人はっちゃん、両肘に大きな鰭が付いているエイの魚人クロオビ。

 キスの魚人チュウが見当たらないのは"アーロンパーク"に残っているからかねえ。

 

「どうもこうもねェ、悪魔の実を奪いやがった。これはおれたちへの反乱だ」

「ウオォォォッ! 野郎共、戦闘だァっ!!」

 

 

 そういえばアーロンは金に執着していたな。

 自分たちで悪魔の実を食うんじゃあなくて売ろうとしていたのか。

 売れば一億ベリーは下らない悪魔の実はアーロンにとって黄金の果実のようだったのだろう。

 それに魚人にとって最大のストロングポイントである海中行動を、悪魔の実を食べることで失いたくもなかったんじゃあないかな。

 

 

 さて、迫り来る魚人たち。

 アタシも頑張って立とうとはしているのだけれど、結局失敗して地面に転がり続けているので戦力外。

 リィリィも戦闘には不向き。

 回避し続けることは可能かもしれないが、リィリィの攻撃が通用するとは思えないし時間稼ぎにしかならないだろう。

 

 となると残る選択肢は一つ。と言うか一人。

 スーパー有能人、ボガードくんの出番である。

 

「頼んだよボガード!」

「が、頑張ってくださいっ!!」

「ヘイ、姐さんにリィリィの姉さん!」

 

 駆け出したボガードくんは早速手近にいた魚人を殴り飛ばす。

 他の奴らも数人纏めて放り投げたり、顔面が凹んでしまうんじゃあないかと思ってしまうほどのパンチをめり込ませたり。

 ボガードくんに近付く者全てが宙を舞うほどの大暴れだ。

 

「ウオッ!? この人間、強いぞっ!」

「舐めるなよっ! 魚人の腕力は人間の十倍ぃいぃぃっ!?」

 

 そんなことを言っていた魚人は、すぐさまボガードくんに力負けして吹き飛ばされてしまった。

 パワーお化けだなボガードくんよ。

 

 まあボガードくんの方は心配無用だな。

 問題はアタシたちの方。

 アタシは闘えず、リィリィは戦闘要員じゃあない。

 ボガードくんはスピードタイプじゃあないので、当然討ち漏らしが出てきてしまうわけだ。

 

「ひぃっ! こ、来ないでぇー!」

「ウオッ!? こ、この小娘ヤベェもん投げつけてきやがる!!」

 

 あれ?

 意外と問題ないんじゃあないか?

 リィリィは半狂乱になりながら、やたらめったらに腰に着けたポーチから取り出した小瓶を投げまくっている。

 瓶が割れて中から液体が飛び出す。

 その液体に触れた地面や木々、魚人たちの皮膚からは溶けてジュウジュウと煙が涌き出ていた。

 

 毒だったり溶解液なのか?

 リィリィが持っている小瓶を良く見ると、中身の液体は紫色で、ドクロマークのラベルが貼られている。

 明らかに危険物じゃあないか(白目)。

 

「ちょ……リィリィ、アンタそんなもんいつの間に作ったんだい?」

「あ、あの……新しいお薬を作ろうとして、その失敗作なんですぅ~。何かに使えると思って、作り溜めしてたんですよぉ……」

 

 新しいお薬って……

 船旅を続けている間にリィリィの医療知識は増していったのだが、それでも町医者程度のものだと思う。

 そして知識は伸ばせても医療技術を伸ばす機会は殆ど訪れていなかった。

 アタシやボガードくんはこの辺の相手じゃあ怪我なんてまずしないし、ボガードくんの栄養価に気を使った料理のお陰で内面の健康にもそれほど問題が出ることはなかった。

 精々が風邪をひいたってくらいかね。

 

 なので新しい薬を作るなんてリィリィの医療技術は勿論のこと、町医者レベルの知識では到底不可能だと思う。

 まあ確かにリィリィが船医として活躍出来たことは殆どなかったわけだから、彼女なりになにか貢献したいという想いの顕れだろうね。

 結果として危険な毒物が完成してしまったってだけの話さ。

 …………そっちの才能はあるのかもねぇ。

 

 ともあれ、リィリィの予想外の活躍で魚人たちはこちらに近付けない。

 あとはボガードくんがこの場を収めるだけだ。

 

 ちらりと、闘いを見ていたアーロンと幹部二人に視線を移す。

 あ。相当頭に来てるなアーロンの奴。

 アーロンは人間を殺すことを何とも思わないレイシスト的な男だけれど、反面魚人たちに対しては仲間意識がとても強い。

 見た感じ七割以上の同族がボガードくんに伸されたのだ。

 怒り心頭ってやつだろうねえ。

 

「てめェら……よくも同胞たちを……っ!」

「にゅっ!? あ、アーロンさん、いきなりキリバチを使うのか!?」

「ああ、おれたちに歯向かった下等種族に力の差ってやつを教え込まなきゃならねェ!」

 

 "キリバチ"と言う巨大な大刃の鋸片手に走り出すアーロンと、それに追従するはっちゃんとクロオビ。

 速さはボガードくんと互角くらいだろう。

 生来より人間の十倍の腕力を持つ魚人たちの中でも、アーロンの腕力は頭一つ抜けている。

 そんなアーロンが全力で振り下ろそうとしているキリバチの威力はどれほどだろう。

 ただまぁ、ね。

 

鉄塊(テッカイ)

 

 轟、と音を鳴らし振り下ろされたキリバチはボガードくんの頭に直撃した。

 しかし、人体と金属がぶつかり合ったにも関わらず、そうとは思えないガキンッという衝突音。

 果たして、打ち負けたのはキリバチの方だった。

 粉々に砕け散るキリバチの刃。

 

 ボガードくん、相変わらず硬いねえ。

 見聞色で避けても良かったのに敢えて喰らったのは、自分の鉄塊(テッカイ)に余程自信があったからだろうけれど。

 

「せいっ!」

 

 ボガードくんはアーロンが体勢を整える間を与えず、武装色の覇気を纏った拳を腹部に叩き付ける。

 数度地面にバウンドして木々を薙ぎ倒しながら、漸く止まることが出来たみたいだ。

 

「あ、アーロンさん!!」

 

 はっちゃんとクロオビが驚愕の表情を浮かべ動きを止める。

 そりゃあそうだろう。

 過大評価だったかもしれないけれど、アーロンは『あのジンベエと肩を並べるほど』と評された男だ。

 ボガードくんも二メートルを超える大柄だけれど、アーロンより頭二つ分以上小さい。

 自分より小さな人間にそのアーロンがやられるなんて思ってもみなかったんだろうねえ。

 あ、当時中将だった黄猿は除くけれど。

 

 ただねえ……ジンベエと肩を並べるほどってのは強ち間違っていないのかもしれない。

 ルフィがアーロンを倒して七武海の一角"クロコダイル"に一度負けるまでの間、アーロン以上にルフィを苦しめた敵はいただろうか?

 精々が"Mr.3"くらいじゃあないのかな。

 彼だって四千万を超える賞金首を仕留めたことのある実力者だ。

 ルフィがその間にどれだけ強くなっていたのかわからないけれど、アーロンはそれに匹敵すると思っている。

 

「ガハッ……! シャハハ……シャハハハハ!! 生意気な人間は……殺す」

 

 ほらね。

 血を吐き出して満身創痍といった風体だけれど、耐えきっていた。

 異常なんだよ、タフネスさが。

 

 サンジが言っていた、海王類がブチ切れた時の目をしているアーロン。

 ガパッと口を上下ほぼ百八十度に広げ、ともすればキリバチよりも鋭い歯を覗かせた。

 

「死ねェ! 人間がァっ!!」

 

 そして体を高速回転させ突進する。

 まともに受ければあの切れ味抜群の歯車に身を削り取られるだろうね。

 

「アーロンさん! おれも! 六刀流ーー」

「おれもだ! 魚人空手究極正拳ーー」

 

 三方からボガードくんに襲いかかるアーロン一味の中核三人。

 正面からはアーロン、右手側からはクロオビ、左手側からは六本の剣先を重ね合わせたはっちゃん。

 

鮫・ON・歯車(シャーク・オン・トゥース)!!」

「蛸壺の構えっ!!」

「千枚瓦正拳! エイッ!!」

鉄塊(テッカイ)!」

 

 軍配は……ボガードくんと言っても良いだろう。

 ただし防ぎ切ったという結果だけ見れば、だ。

 

 ボガードくん自身もアーロンを一番警戒していたのだろう。

 両腕をクロスするように差し出し、敢えてアーロンに噛ませていた。

 驚いたと言うか、アーロンの歯はボロボロに砕けているけれど、ボガードくんの腕にも歯の欠片が食い込んでいた。

 そして両脇腹に六本の剣と強烈な正拳突きが突き刺さっている。

 

 流石に強烈だったのか、はたまたボガードくんの鉄塊(テッカイ)がまだ未熟だったのか。

 ボガードくんはグラリ、と少しだけ体勢を崩されていた。

 ただそれだけのことなのだけれど、彼が鉄塊(テッカイ)を習得してからそれを崩されたのは初めて見たね。

 

 まあ本当にそれだけさ。

 鉄塊(テッカイ)を解いて反撃に移ったボガードくんを止めることは出来なかったようで、元々ダメージを受けていたアーロンは勿論のこと、はっちゃんもクロオビも数度覇気を纏った打撃を受けてノックアウトだ。

 

 周りで見ていた残りの魚人たちは信じられないものを見るような目でボガードくんを見ている。

 

「さあ魚人の兄さん方、まだ闘りやすかい?」

 

 ボキボキと、首と指の骨を鳴らしながらボガードくんは問いを投げ掛ける。

 うん、身体がゴツいし強面だから様になってるねえ。

 そんなボガードくんに恐れをなしたのか、残った魚人たちは伸びた同胞たちを叩き起こし、アーロンやはっちゃん、クロオビを抱えて一目散に逃げていった。

 

「姐さん、終わりやした」

「ご苦労さん」

「お、お疲れさまです! やっぱりボガードさん強いですねぇ。私なんて近付かせないので精一杯でした……あ、でも今回は船長が一番足手まといだったような…………」

「何だってリィリィ!!」

「ひぃっ!? ご、ごめんなさいぃ!」

 

 ともあれ、予想だにしていなかった危機は一先ず去った。

 終わってみれば危機の内に入るかわからないものだったがね。

 精々がボガードくんの腕から少しの出血が見られるだけだ。

 ただ鉄塊(テッカイ)を少し崩されたってのは、やはりアーロンたちの戦闘能力を上方修正しなきゃあいけないね。

 再起不能ってわけでもなさそうだし、再び彼らは帰ってくるだろう。

 

 とりあえずボガードくんにはアタシを運んでもらわないと困る。

 ボガードくんが武装色を纏えば、アタシのスベスベの能力を無視して担ぎ上げることが出来る。

 で、担ぎ上げてもらったのだけれど、その瞬間に鼻血を吹き出した。

 一番の大怪我だ。

 

「姐さんの肌がスベスベ……モチモチ…………あば、あばばばばばばば………………ぼく、がんばるよ」

「ボガードっ!? アンタ口調が昔に戻ってるじゃあないか! しっかりしなっ!!」

「へぇ、ボガードさんって昔はぼくって言ってたんだぁ」

 

 虚ろな目をしたボガードくんに担がれながら船に戻る。

 このままこの島に能力の制御が出来るまで籠るのも良いのだけれど、アタシとしては新生アルビダ様となったアタシを早く誰かに見て欲しい。

 そしてチヤホヤされたい。

 なので同じくコノミ諸島にあるココヤシ村、もしくはゴサの町に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……今じゃあなくても良いと思うんだけれどねえ……」

 

 船に乗り込み一時間もしない内に海軍の船に見つかった。

 あちらは一隻だけ。巡回中だったのだろうか?

 

 ……いや、あれは違うねえ。

 鼠のような顔をしている男がいる。

 と言うか名前もそのまま"ネズミ"だ。

 この時期の階級が大佐なのかは知らないけれど、見た感じでは彼があの船の責任者で良さそうだ。

 

 早速あちらさんは大砲を撃ってくる。

 警告なし……って当然か。

 アタシの首には一千百万ベリーの賞金が懸けられているお尋ね者。

 それにネズミはアーロンとベッタベタに癒着している。

 今ネズミがアタシたちの討伐に現れたのは偶然かもしれないし、アーロン一味から情報が渡ったからなのかもしれない。

 

 まあどちらでも良いか。

 アタシたちの船に放たれた砲弾は頼れる男、ボガードくんが殴って砕いてしまう。

 この船が小さめだからこそボガードくん一人で守りきれているが、数十にも及ぶ砲撃を迎え撃った拳からは血が滲んできている。

 ……アタシが出るか。

 

 多分でしかないけれど、今の状態でも初めの踏み切りさえどうにかなれば月歩(ゲッポウ)は使えると思うんだ。

 今回の戦闘でアタシは地面と遊んでいただけだったからね。

 船長として活躍しなければ。

 サボっていたわけじゃあない。本当だぞ?

 

 弾の装填のために砲撃が止まった一瞬。

 ボガードくんに指示を出す。

 

「ボガード! アタシを投げなっ!!」

「ヘイ、姐さん!」

 

 端から聞けばトチ狂った指示に思えるけれど、長年共に行動してきたボガードくんは瞬時にアタシの意図に気付いたようだ。

 腕を掴まれ宙に放り投げられる。そして月歩(ゲッポウ)

 

 うん、思った通りだ。ちゃんと使えてる。

 ただ空気による摩擦抵抗がないせいで、その分普段より高く跳び上がってしまうのが難点だね。

 この辺の感覚の違いは追々修正するとして、今は砲撃をどうにかする。

 まあやることは簡単さ。

 

 ただ自分から弾にぶつかりに行くだけ。

 アタシに直撃する砲弾は全てあらぬ方向へと滑って飛んで行く。

 撃ち漏らし……と言うか滑り漏らしとでも言うのかねえ。

 まあそれらの内、船に向かって飛んで行く弾はボガードくんが対処してくれる。

 

「な、何が起こっているんだっ!?」

 

 そう言えば、アタシの戦闘能力の情報は海軍は殆ど持っていないんだっけ。

 ならさっさと終わらそうかねえ。

 

嵐脚(ランキャク)

 

 摩擦抵抗が無くなって動きが軽くなる。

 まあ速くなるとも言えるんだけれど、これによってもたらされる副産物の一つが嵐脚(ランキャク)の威力上昇。

 明らかに鋭くなった脚の振りは、それの切れ味を上げる結果になった。

 

 あちらの船は帆船。

 大きく、そして鋭利になった嵐脚(ランキャク)がメインマストを半分に切断。

 更に追加でもう何発か繰り出し、全てのマストを切り刻んでやった。

 まだ能力の制御が儘ならないために狙いは滅茶苦茶だったのだが、それが良かったのだろう。

 船は浸水してしまっているようだった。

 浸水プラス帆船の航行の要であるマストの欠如は致命的だろうね。

 どうやら航行不能に陥ったみたいだ。

 

 

 

 まあこれ以上の追跡は出来なさそうなので、アタシは自分の船へと宙を駆けて戻る。

 

「あ! お帰りなさい船長」

「ああ、ただいまあああぁぁぁぁっ!?」

 

 …………そうだった。

 船に着地したところで、当然ながら足を思いっきり滑らせて後頭部を打ってしまった。

 早く制御出来るようにならなくては……

 

「痛ーーくはなかったけれど、締まらないねえ」

「し、締まらなかったのは船長だけです、よ?」

「リィリィッ!!」

「ひぃっ! ご、ごめんなさいぃ!」

 

 まったく……ウチの船医はいつも一言多い。

 まあとりあえず人のいる場所へ向かおうか。

 更に美しくなったアタシの美貌を早く自慢したいからね!

 

 アーロンパークに残っていただろう魚人たちやさっきの海軍のことなど、色々面倒な問題はあるけれど。

 まずはアタシのことを自慢するのが先決だ!

 ああ、あと能力の制御もあったか。

 

 

 

 まあ良いや。

 とりあえずやっときましょうかねえ。

 

 

「行くよボガード!」

「ヘイ、姐さん!」

「行くよリィリィ!」

「は、はい船長!」




アーロンとの邂逅をざっくり纏めたもの↓

アルビダ「スゲェ美しいッ! 百万倍も美しい!」

ボガード「粉砕! 玉砕! 大喝采!」

リィリィ「わたしの ヘドロばくだん !」

大体こんな感じ。





感想の返信に関してなのですが、これからはとても簡素なものになるかもしれません。
私自身、書き始めた当初はまさかここまで多くの方々に目を通していただけるとは思っていませんでした。
そして沢山の評価や感想もいただけるようになりました。
しかし私の見通しの甘さから、執筆時間があまり取れなくなってしまいました。
寄せていただいた感想にはこれまで通り全て返信したいと思っていますが、前述の通り簡素なものになるかもしれません。
読者様方にはその旨につきまして、ご理解いただけると幸いです。
失礼しました。


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オレンジ髪と破天荒な海兵

あぁぁ~、ジョジョ五部最終回見逃したぁ…………


 ココヤシ村。

 約一年前からアーロンの支配下にあったこの村は、今現在とても大きな活気で賑わっている。

 アタシたちが来たからだね。

 

 ココヤシ村を目前にしたところで、アーロンパークに残っていた一味の残党がアタシたちに襲い掛かってきた。

 まあそれをボガードくんとリィリィの二人で追い払い、ココヤシ村に上陸。

 それを見ていた村の駐在のゲンゾウさんーー通称ゲンさんに色々ことのあらましを聴かれて、あの無人島で幹部含めたアーロンたちを倒したことなどを話した。

 それはすぐさまココヤシ村だけではなく近隣の村にも広がり、この村を中心として祭りのような賑わいが訪れたのだ。

 

「本当にありがとう……っ!」

「ことのついでだよ。と言うかアンタたち、アタシを見てなにか思わないのかい? こう……美しすぎるだとか」

「あんたはとんでもない別嬪なのはわかるが、皆アーロンの支配から解き放たれたことが嬉しいのだよ。私だってそうだ」

 

 帽子に風車を刺したゲンさんは目端に涙を溜め、生ハムメロンを口にしながらそう言った。

 チヤホヤされるためにココヤシ村に来たのに、住人たちはあまりアタシを構ってくれない。

 感謝の言葉は貰うんだけれど、アタシの進化した美貌について触れてくれる人が少ないのだ。

 まことに遺憾だぞ、これは。

 

 ちなみにアタシがスベスベの実を口にしてからまだ一日も経っていない。

 けれど能力のオンオフは出来るようにはなった。

 流石アタシ! とんでもない才能だ!

 と思っていたけれど、良く良く考えたら当然のことなのかもしれないね。

 

 原作のアルビダがローグタウンで再登場するまでに一月も掛かっていないように思える。

 それだけの短期間で"スベスベシュプール"という技を使いこなせていたのだ。

 ならアタシだって能力のオンオフくらいは一日も経たずに出来るようになってもおかしくない。

 なのでココヤシ村への滞在は、ある程度スベスベの能力を意識せずとも使えるようになるまで。

 ……大体一週間くらいかな?

 それくらいを想定している。

 

 滞在中の期間はゲンさんに村を案内してもらった。

 サングラスをかけたドクターさんのところへ期間限定でリィリィが弟子入りしたり、村の特産物であるミカンを使った料理を振る舞われたりしてボガードくんの料理人魂に火が点いたり。

 

 

 日も沈みかけ、一旦リィリィの様子を見にドクターさんのところへ寄ったのだが、そこで未来の麦わら一味の航海士"ナミ"に出会った。

 まあこの世界の未来がどうなるかわからないから、ナミがルフィの仲間になるのかはわからないけれど。

 どうやらナミはドクターさんにアーロン一味の刺青を消してもらおうとしていたみたいだ。

 傍らには青髪で褐色肌の少女、ナミの義姉の"ノジコ"もいた。

 

「っ!? 海賊…………っ!」

「ナミッ! この人たちがアーロンたちを倒してくれたのっ! ダメじゃない、そんな目しちゃ!」

 

 ああ、そう言えば"ベルメールさん"のこともあって、ナミは海賊が嫌いだったんだっけ。

 ルフィとナミがオレンジの街で初めて会った時も、ルフィが海賊だと知って睨み付けていたしね。

 その後、手を組むということでルフィたちの船に乗ったけれど、旅を続けていく内に彼らに対して情が芽生えて海賊への偏見も薄れていったんだったっけねえ。

 

 その点、アタシたちはアタシの目的のためにアーロンたちを倒して、それが偶々ココヤシ村を含めたコノミ諸島を救う結果になっただけ。

 直接住人たちに何かしたわけじゃあないし、ナミの心を射つことをしたわけでもない。

 彼らからしてみれば、支配が解かれたという結果が突然降ってきただけにすぎない。

 感謝はされているとは思うけれど、アタシたちも海賊であるという事実は変わらないわけで。

 

 アーロン一味に身を置いていた経験と警戒心の強さで、アタシたちが略奪をしないとも限らないとでも思っているんだろうね。

 まあまだナミは多分十歳くらいだし、ただ海賊ってだけで感情的になっている可能性もあるけれどね。

 

「良いんだよ。そこのオレンジ髪のお嬢ちゃんの言う通りさ。アタシたちは紛れもない海賊だしね」

「ほら! ノジコもドクターもゲンさんも! 何で海賊なんかに良い顔してるの!? 嘘吐いて襲われるかもしれないんだよっ!?」

「もしそうなら私たちは最初からやられているさ。アーロンたちを倒すほどの海賊だ。今、私たちが無事なのが良い証拠だ」

「で、でも……」

「それになナミ、お前が村を買うためにアーロン一味に入ったことはノジコから聞いて皆知っている。だから私たちは"耐える戦い"をしていたんだ……だが、それももう終わった。ナミももう一人で戦わなくて良いんだ」

「し、知ってたの!? うぅ…………」

 

 ゲンさんたちとアタシへ交互に視線を移動させるナミ。

 なにか葛藤があるのだろうか。

 しばらく視線を行き来させた後、伏し目がちにアタシの方を見た。

 

「あの……嫌な態度をとってごめんなさい…………それと、ありがとう」

「気にしなくて良いよ。アタシたちが勝手にやったことだからね」

 

 最後の『ありがとう』は聞こえるか聞こえないかくらいのか細い声だった。

 まあナミの中ではまだ納得いってない部分もあったんだろうねえ。

 

「それに、これでめでたしめでたしって話じゃあないしね」

「どういうこと?」

「アーロンは倒したけれど、死んじまったわけでもないしね。またここにやって来る可能性だってある」

「えっ!? ……だったらこの辺りの海軍に連絡すればーー」

「魚人たちにはまだ無事な奴もいる。そいつら相手にこの辺りの海軍が出動しても……結果はアンタたちが良くわかってるんじゃあないかい?」

 

 そこへ思い付いたのか、ゲンさんやドクターは頻りに話し合っている。

 まあこれ以上余計に不安を煽らないためにも、アタシたちが海軍の船を一隻沈めたことは黙っているけれどね。

 一応危機意識を持ってもらうためにもアーロンについて忠告だけはしておいた。

 アタシたちがココヤシ村への滞在中にアーロンたちが襲ってくるなら迎撃に出るつもりでいるけれど、アタシたちが去った後の出来事に関しては別の話さ。

 仕方がないと割り切るしかないね。

 

 と言うか、アーロン一味はまた必ずコノミ諸島の支配に乗り出すと思う。

 一番大きな理由はナミの測量技術や、気象観測などを含めた航海術だ。

 アタシが記憶している原作キャラクターの中でも、その分野では一、二を争うほどの腕を持っている。

 出鱈目な気候や潮の流れの偉大なる航路(グランドライン)に於いても、僅かな風の変化で事前にサイクロンを予測してしまったりだとかね。

 超が付くほどの一流の航海士だ。

 だからアーロンはナミを狙ってまた来るだろうねえ。

 

 ……こう考えてみると、一つ思うことがある。

 うん、ナミ欲しいな。スカウトしてみるか。

 

 船員(クルー)に関してはリィリィの時のように、アタシが欲しいと思っても無理矢理は連れて行かないことにしている。

 相手が意思ある生き物である以上、勝手に連れて行ってしまっては裏切りだったり、それに準ずることを起こされる可能性があるからね。

 あくまでもアタシが欲して相手が了承した時だけだ。

 逆に相手から乗せてくれと頼まれた時は、命を賭ける覚悟があるか問うことにしている。

 返答が嘘かどうかは……まあリィリィがいればすぐにわかることなので、アタシ自身はそこまで気を配ってはいない。

 

 と言うか、やっぱりナミ欲しいなぁ。

 ボガードくんの負担も減らせるし、超一流の航海士も手に入る。

 実はサンジもスカウトはしてみたんだ。

 ただあの時のサンジはゼフへの恩返しが最優先だったので断られたがね。

 まあ今回も望み薄だろうけれど聞いてみるだけ聞いてみるか。

 

「オレンジ髪のお嬢ちゃん」

「なに?」

「アンタ、アタシと海賊やる気はないかい?」

「ば、バカにしないでよっ! 絶対海賊なんかになりたくないっ!!」

「……何故ナミを誘う?」

 

 まあそうなるだろうねえ。

 ナミは威嚇する猫のようにこちらを睨んでいる。

 ゲンさんは何故ナミに声を掛けたのか疑問に思っているようだ。

 うーん……そう言えば第三者視点で見れば、アタシがナミを仲間に誘う理由がない。

 

 …………良し! アーロンに擦り付けよう!

 

「アーロンが優秀な測量士の人間がいるって口走っていたのさ。人間でアーロン一味の刺青があるのはお嬢ちゃんだけだったからねえ。違うかい?」

 

 そう言ったら更に睨まれた。

 うん、相当アーロン一味の刺青に不快な想いを抱いているみたいだね。

 まあダメ元だったしナミは諦めよう。

 

 その後、若干悪くなった空気を戻すため色々話し合った。

 殆どが今後のココヤシ村についてのことだったけれど。

 取り敢えずアタシたちの滞在中に海軍を呼ばれても面倒なことにしかならないので、アタシたちが出航してから海軍に警備を任せるよう伝えておく。

 それくらいしか出来ないだろうしね。

 

 

 

 

 

 ココヤシ村での滞在は約二週間に延びてしまった。

 能力の制御はそこそこ順調ではあったのだけれど、戦闘に転用出来るまで磨こうと思い滞在が延びた。

 まあ攻撃的な使用法までは完成しなかったけれど。

 

 この二週間で何が一番大きな変化だったかと言えば、ナミのアタシへの態度がかなり軟化したことだろう。

 ベルメールのミカン畑に生っているミカンを誉めたことが切っ掛けだと思うね。

 勿論お世辞抜きで誉めたつもりだ。

 くどすぎない甘さ、程よい酸味に瑞々しい果肉。

 色も形も良くて、口にしたときに溢れる果汁は絶品だった。

 それをそのままナミやノジコに伝えたてみたところ、厳しい視線はそのままだったけれど口元に浮かんだ笑みまでは隠せていなかった。

 当然だけれど、"こう言えば喜ぶだろう"という打算はないよ。

 

 で、そのミカンを使ってボガードくんが鴨肉のソテーオレンジソース仕立てをナミたちに振る舞ったところ、その味に大喜びしていた。

 確かにあれは美味かったねえ。

 それからリィリィと海の上での健康管理なんかを話し合っていたりもしていた。

 昔の船乗りたちが良く患っていた壊血病には何が有効か、など色々だ。

 

 一週間も過ぎればナミのアタシへの呼び方が"海賊"から"アルビダさん"に変化した。

 ちょくちょくナミやノジコの実家に寄って料理を振る舞っていたのが効いたのだろう。

 良く語らい合うリィリィとは早い段階で打ち解けていたしねえ。

 アタシは……うん、なにもしてなかったな。

 もしかして"ただそこにいるだけの超絶美女"にしか思われてないのかもしれない。

 まあでも多少は懐かれてはいるけれどね。

 あ、まだ二人には早かったかもしれないけれど、美容のあれこれは色々伝授した。

 早速試して二人が全身ベトベトになり、アタシに助けを求めたのは面白かったねえ。

 

 それ以外では、ゲンさんにアタシが一千百万ベリーの賞金首だと伝えて大層驚かれたことくらいだろうね。

 アーロンが島内部から、ネズミが島の外から固めていたせいで情報があまり入ってこなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして出航の日。

 船乗り場にはナミやノジコ、ゲンさんを始め大勢の人々が集まっていた。

 

 東の海(イーストブルー)限定かもしれないけれど、この世界の一般人は善い人の確率がものすごく高い。

 善人という意味でも、アタシを最大限かまってくれるという意味でもね。

 プードルさんを始めとしたオレンジの街の人々もそうだし、このココヤシ村もそうだ。

 その他の島や街も善人が多かった。

 

 それなのに、いつかまたアーロンたちが襲来するであろうことがわかっているのに、アタシはココヤシ村だけではなくコノミ諸島に住む人たちを見捨てようとしている。

 他の島の人々にもチヤホヤされたいという、とても自分勝手な理由でだ。

 他人から見ればその行為は間違いなく悪だろうね。

 でもそれで良い。アタシは海賊だ。

 鬼畜、外道にまで堕ちるつもりはないけれど、悪党であるという自覚は持ち続ける。

 それで良いんだ。

 

「まあ最後に改めて聞いておこうかねえ。ナミ、アンタが欲しい。アタシの船に乗るつもりはないかい?」

「ううん。アルビダさんがそんなに悪い人じゃないのはわかったけど、私はこの村が好きだから。だからアルビダさんの仲間にはならない」

「そうかい、そりゃあしょうがないね。ならこれでお別れさ。いつか会えることを願っているよ」

「うん! 私たちもまた会いたい! ね、ノジコ」

「うん! またね、アルビダさんたち!」

 

 

 

 

 ヒラヒラと手を振って別れを告げる。

 目下最大の目標だったスベスベの実は手に入れた。

 あとは偉大なる航路(グランドライン)を渡り歩くために能力を磨くこと。

 最低でもキャラヴェル船に乗り変え、それの航行に必要な人数の船員(クルー)を集めること。

 

 そしてなにより!

 アタシがもっとチヤホヤされること!!

 

 まだまだやるべきことは沢山あるけれど、まずはこれを言わなきゃアルビダ海賊団の船出は始まらない。

 

 

「行くよボガード!」

「ヘイ、姐さん!」

「行くよリィリィ!」

「は、はい船長!」

 

 

 さあ、次はどんなチヤホヤが待っているんだろうねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二年後。

 

「何でこうなるのかねえっ!!」

「ぶわっはっはっは!! もう十発も防がれたぞい! ボガード、新しい弾を寄越せぃっ!!」

「中将、張り切り過ぎですよ……」

 

 東の海(イーストブルー)辺境の海域。

 そこでアタシたちはとんでもない大物海兵とかち合ってしまった。

 

 海軍支部のレベルじゃあない本物の軍艦。

 その船首には骨をくわえた犬の顔。

 アタシたちの船に飛来してくる砲弾は撃たれたのではなく、その大物海兵によって投げられたものだ。

 迎撃していたボガードくんの拳はボロボロの血だらけ。

 指も変な方向に曲がってしまっている。

 

「わ、私でもあの人は知ってますぅ! せ、船長どうしましょう!?」

「狼狽えるんじゃあないよ! ボガード! まだ行けそうかい?」

「ヘイ、姐さんっ!!」

 

 ボガードくんはやせ我慢しているだけだろう。

 実際あんな砲撃(・・)を殴って迎撃していたんじゃあ、拳がもたないのは目に見えている。

 むしろボガードくんの頑丈さを褒めるべきだろうね。

 

 ……そうか、これが伝説か。

 まだその片鱗すら見せていないのだろうけれど、かなりヤバい相手だということは良く理解した。

 

 

 

 これが伝説の海兵。

 

 これが海軍の英雄。

 

 彼の"海賊王"の宿敵。

 

 

「モンキー・D・ガープッ!!」

「ぶわっはっはっは!! もう一度防いでみぃ! 拳・骨・隕石(ゲン・コツ・メテオ)!!」

 




ガープ「よう!」

アルビダ「アタシの側に近寄るなぁっ!!」



ボガード「よう!」

ボガードくん「ヘイ!」


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新技ととんずら

暑いぃ~


 ココヤシ村でナミたちと別れ早二年。

 能力の制御や新しい船や船員(クルー)集めと並行して、アタシが行っていたのは各地への"顔見せ"だ。

 写真写りは気に食わないものの、アタシの手配書は各地に散らばっている。

 土煙が顔に被っているその写真ですらこれほどまでに美しいのだから、皆アタシの実物を見たいはずだ!

 そう思って東の海(イーストブルー)各地を転々としていた。

 しかもあの写真はスベスベの実を食べる前。

 全員度肝を抜かれることだろうってことさ。

 

 ちなみにアーロンのことや、この二年間の出来事でアタシの懸賞金は跳ね上がった。

 まずはアーロンなのだけれど、彼の懸賞金は二千万ベリーから三千五百万ベリーに上がっている。

 これまでの所業が明るみになったこと。

 そして捕縛に動いた各海軍支部の船を相当数沈めたことから懸賞金が上がった。

 しかしアーロン一味の行方はここ半年の間掴めていないらしい。

 恐らく、またコノミ諸島に潜伏しているのだろう。

 新聞にはアーロンとネズミが癒着していたことは記されていなかったので、またしても彼らは繋がって情報封鎖しているのだと思う。

 

 で、アタシはそのアーロンを倒した……あ、倒したのはボガードくんか。

 まあ船長と言うこともあってアタシが倒したことになっている。

 そしてそうなれば海軍や賞金稼ぎたちに追われるのは当たり前で、次々に海軍の船や賞金稼ぎたちを潰していく内に懸賞金は上がっていった。

 

 

 『"疵無し(きずなし)"のアルビダ 懸賞金四千九百万ベリー』

 

 

 この度めでたく東の海(イーストブルー)最高額の賞金首に相成ったのだ。

 "疵無し"というのはどんな攻撃を受けても傷一つ付かないのが由来だそうな。

 あと当然なのだけれど、ボガードくんとリィリィの首にも賞金が付いた。

 "暴壁のボガード"、"毒婦リィリィ"。

  ボガードくんの懸賞金は千六百万ベリー、リィリィは八百万ベリーの賞金が懸けられている。

 

 オレンジの街に久しぶりに行った時には町長のプードルさん始め住人の皆に大層驚かれた。

 ただ、街の殆どの人がアタシの手配書を家に飾ったりしていたので、それはそれで気分が良かったけれどね。

 そしてやはりと言うか昔のアタシを知っているオレンジの街の人たちは、この新生アルビダ様を見て大興奮だった。

 まあ当然だね!!

 

 あとはまあアタシとボガードくんの故郷の島やリィリィの故郷の街にも寄ったり、ゼフとサンジがいる海上レストラン"バラティエ"にも寄った。

 実はバラティエ開業から四年弱の内に、まだ二度しか寄れていなかったのだ。

 サンジは十四歳になってかなり成長していた。

 店に入ったアタシを見るやすぐさま駆け付け、歯の浮くような台詞を次々投げ掛ける。

 リィリィにも似たような態度を取っていた。

 ボガードくんはバラティエに寄る度に厨房へ入らせてもらい、ゼフ指導の下で料理の腕を磨かせてもらっている。

 本人曰く、既にサンジには腕を抜かれたそうだ。

 悔しそうにしていたけれど、アタシは今のボガードくんの腕に満足しているし気にしていない。

 

 とまあ、東の海(イーストブルー)行脚を続けている内に以前シャンクスが言っていたことを思い出した。

 ゴア王国の外れにあるフーシャ村が彼ら赤髪海賊団の東の海(イーストブルー)での拠点だったという話だ。

 今の時期ではルフィはコルボ山の山賊、ダダンの下に身を寄せているのだろう。

 彼に会うことは出来なさそうだけれど一度寄ってみることにしたのだ。

 

 ちなみに、アタシは間抜けじゃあないのできちんと情報収集してから東の海(イーストブルー)辺境のフーシャ村へと向かうことにした。

 

 伝説の海兵"モンキー・D・ガープ"

 

 原作主人公、モンキー・D・ルフィの祖父にして海賊王の宿敵でもあった海軍の英雄。

 ガープがちょくちょくルフィたちの様子を見にフーシャ村へと足を運んでいるのは知っている。

 ガープにかち合うことはアタシだけならず、海賊なら誰でも避けたいことだろう。

 なので新聞からの情報や、各島々の住人からの聞き込み調査を行ってからフーシャ村へと指針を向けることにした。

 

 ガープほどの大物となればとても目立つので、何処其処に現れたといった情報は簡単に手に入る。

 結果、凡そ三ヶ月前にフーシャ村に現れていたらしい。

 流石に彼本人が自由奔放な男と言えど、中将という地位にいる人物がそうそう簡単に海軍本部を離れることは出来ないだろう。

 暫くはこの辺りに現れることはないと判断し、フーシャ村へと向かうことにした。

 

 

 

「姐さん、島影が見え始めやした」

「良し、そろそろ上陸準備を始めるよ。リィリィも準備しときな」

「はーい」

 

 のんびりとした船旅はとても良いものだ。

 加入当初は覚束なかったリィリィも、今では慣れた手付きで(もや)いを用意している。

 辺境の海故に、海賊も海軍も少ない。

 ほぼ日課ともなっていた海戦はここ数日起こっておらず、本当にのんびりとした船旅になっていた。

 

 しかしアタシたち海賊にとって平穏というのは前触れなく壊されるもの。

 二年で更に磨かれたリィリィの見聞色の覇気が、とても大きな気配が近付いて来るのを感知したのだ。

 

「せ、船長! 何か近付いて来ます!」

「そこそこ名のある海賊か、海軍ってところかねえ。ボガード、リィリィ、戦闘の準備しときな!」

「ヘイ、姐さん!」

「は、はい船長!」

 

 そしてその方角へ目を凝らして良く見ると、それは海軍の軍艦だった。

 船速はあちらの方が速く、徐々に船影が明らかになってくる。

 

 

 んん? …………って……あれぇ!?

 おかしいだろっ!!

 

 なんでこんな短期間にまた現れるんだよ!!

 骨をくわえた犬を象った船首。

 まだ距離があるのにも関わらず聞こえてくる大きな声。

 僅かに黒髪が残った白髪頭に、ともすればボガードくん以上に筋骨粒々な体つき。

 

 あれガープじゃん!!

 

「中将、あれ"疵無し"ですよ。東の海(イーストブルー)現最高額の賞金首です。捕らえなくてよろしいので?」

「えぇー、わし今任務中じゃないし」

「いやいや、流石に海賊を素通りさせるのは不味いですよ! センゴク元帥に色々言われるの私なんですからね!? 仕事して下さいよっ!」

「えー、いいよ」

 

 のっそのっそと甲板から上半身を覗かせ、ガープはこちらへ狙いを定める。

 

「おーい海賊共!! 今から沈めるぞーい!!」

「ふざけんじゃあないよっ!! 沈められてたまるかっ!!」

「威勢が良いのォ"疵無し"! ボガード、弾を寄越せぃっ!!」

 

 ボガード?

 条件反射的にボガードくんを見るが、本人も首を傾げている。

 

 って! そんなことをしてる場合じゃあない!

 既にガープの手には砲弾が握られている。

 アレが来るっ!!

 

拳・骨・隕石(ゲン・コツ・メテオ)!!」

 

 大砲など比ではない速度で飛来する砲弾は何の冗談か、ガープが投げたもの。

 あんなの一撃でも喰らえばアタシたちの乗っている小船なんか粉微塵になっちまう。

 咄嗟に身を投げだしたのはボガードくん。

 

「せりゃあぁぁっ!!」

 

 多分に覇気を纏った右腕で砲弾を殴り付ける。

 二年間で覇気の扱いは更に磨きがかかり、肉体のパワーも増した。

 鉄塊(テッカイ)の硬度も上がり、接触の瞬間にそれを発動させ、とても重い一撃を繰り出すことも出来るようになった。

 

 そんなボガードくんの一撃。

 凡そ人体が奏でる音ではない衝突音を響かせ、見事ガープの"砲撃"を阻止することに成功する。

 ただしかしーー

 

「ぐっ……おおぉぉぉ…………っ!」

「ぼ、ボガードさん! 右手が……」

 

 代償は大きく、拳は血だらけになり指の骨もイカれてしまったみたいだ。

 

「ぶわっはっはっは! 防ぎおったぞい!」

「ええ、驚きました……しかも武装色の覇気まで纏っていましたね。明らかに実力と懸賞金が見合っていませんよ」

「そうじゃのう、政府の連中も見る目がないわい! ところでボガード、"暴壁"もボガードっちゅう名前じゃろ? お前の息子か?」

「なわけないでしょう……少なくとも私は子供に同じ名前は付けません」

「そりゃそうじゃのう! ぶわっはっはっは!!」

 

 あちらは余裕綽々。流石は海軍の英雄ってところか。

 ボガードくんの拳を一撃で壊すとは思わなかったね。

 

「ボガード、下がってな」

「いえ姐さん、まだやれやす」

 

 チッ……

 無理してるんじゃあないよ。

 それならコキ使ってやろうかい。

 

「じゃあ歯ぁ喰い縛って気張りな! 来るよっ!!」

拳・骨・隕石(ゲン・コツ・メテオ)! ぬりゃあっ!!」

 

 このままの勢いでボガードくんに受けさせるわけにはいかない。

 なので二年間掛けて更に威力を増した嵐脚(ランキャク)を放ち、砲弾の勢いを削ぐ。

 嘗てやったようにアタシ自身が砲弾にぶつかり、滑らせて弾を逸らす方法は無理。

 あの砲弾にはアタシを凌ぐほどの覇気が込められているので、勢いを削ぐ方法を取った。

 

 そのまま切断されれば良かったのだけれど、まあ無理だね。

 ただ、かなり速度は落ちたので、ボガードくんも今度は左拳を壊すことなく迎撃に成功した。

 

「ぶわっはっはっは! いよいよ以て、政府の目が節穴じゃとわかってしまうのォ!」

「その通りですね。と言うより、あんなのが東の海(こんなところ)にいるのはおかしいでしょう」

「違いないわい!」

 

 とても強そうな部下の人と会話を楽しみながら"砲撃"を続けるガープ。

 キリがない……いや違うねえ。

 このままだとやられるのは目に見えている。

 

 飛来した砲弾が十を超えた辺りでボガードくんの左の拳を見てみれば、とても痛々しいものになっていた。

 リィリィも治療したそうに見ているけれど、今ボガードくんの迎撃を止めてしまえば、この船が沈むのはわかっているらしい。

 クソッ!

 

「モンキー・D・ガープッ!!」

「ぶわっはっはっは!! もう一度防いでみぃ! 拳・骨・隕石(ゲン・コツ・メテオ)!!」

 

 ダメだ。

 辛うじて今のは防げたけれど、ボガードくんの両拳は限界寸前。

 これ以上ガープを攻勢に回すわけにはいかない。

 

「ボガード、リィリィ! 全力で島に向かいな!!」

「せ、船長は!?」

「直接あの軍艦に乗り込んで時間稼ぎする!」

 

 二人とも何か言いたそうだったが、それらを言わせる前に飛び出す。

 ガープは面白いものを見るように、砲撃の手を止めた。

 ありがたいねえ。

 

 甲板に着地する。

 ガープと剣を携えた部下の人の正面だ。

 他の海兵はアタシをぐるっと囲んでいる。

 

「おぉぉぉっ! 手配書の写真より美人!」

「すげぇっ!! 初めて見たぜこんな美女!」

 

 周りの海兵たちはアタシを見てどよめいている。

 中には目をハートにしてデレデレしている奴もいるねえ。

 ひょっとしてこの人たちは良い人たちなんじゃあないか?

 

「おい! お前たち、見惚れてるんじゃない!」

「ぶわっはっはっは! そう言うなボガード。ありゃスゴい別嬪じゃぞ?」

「ボガードだって!?」

「いや、違うぞ"疵無し"。私はお前が思うボガードじゃない」

 

 ふ、ふぅん………知ってたし(震え声)

 

 まあ今まで会わなかっただけで、同じ名前の人間なんてどこかにいるだろうしね。

 それよりも時間稼ぎだ。

 とにかくガープの目をアタシに向けて、ボガードくんたちへの攻撃を止めなくてはいけない。

 

「さて、闘ろうかねえ」

「臨むところじゃ!」

(ソル)!」

 

 一気に距離を詰め蹴りを放つ。

 いくら武装色の覇気を纏っているとはいえ、このくらいではビクともしない。

 反撃を許す前にすぐさま離れるヒット&アウェイ。

 スベスベの能力と覇気を使えるようになったと言っても、ガープの拳だけは絶対に当たるわけにはいかないね。

 

 異名は"ゲンコツのガープ"。

 山を崩すほどの拳を持っているこの元気すぎるご老人のパンチは一撃必殺。

 アタシが勝っているのはスピードだけだろう。

 その強みを活かす!

 

 嘗てシャンクスにもやったように、周囲をやたらめったら月歩(ゲッポウ)で跳び回り、隙を見て攻撃。

 あまり効いてはいないけれど、ガープの拳も空を切り続けている。

 甲板がガープの拳骨で穴だらけだ。

 

「中将! あなたの攻撃で船に穴が開くんですけど!」

「ぶわっはっはっは!! そんなのは些細なことじゃい! ぬりゃあ!!」

「っと、危ないねえ!」

「もっと腰を入れんと、わしには効かんぞ!!」

「そうかい! だったら見せてやるさ!」

 

 腰だめに右腕を置く。

 この二年でスベスベの能力を攻撃に転用出来た技の内の一つ。

 

「居合い斬りって知ってるかい?」

 

 そう、居合い斬り。

 刃を鞘に滑らせ加速し、驚異的な剣速を得る抜刀術だ。

 時に"神速"とまで呼ばれるその剣術。

 それを応用したもの。

 

 刃を鞘に滑らせるーー滑るという現象は、アタシの能力の独壇場。

 なにせ摩擦ゼロだからね。

 果たしてその加速度は如何なるものか。

 

 撃つのは中段正拳突き。

 その際、大きく引いた右拳を突き出す時に体に擦り付ける。

 原理は居合いと同じ。

 刃はアタシの拳で鞘はアタシの体。

 

 摩擦ゼロによる滑りで、更なる加速を得た拳の速度は目に映らない!

 

(スペル)即興拳劇(ハロルド)!」

「ぐぬぅっ……!」

 

 鳩尾へと吸い込まれたアタシの右拳。

 その鋭さにガープは大きく後退した。

 

「やるのォ、"疵無し"!」

「まだまだっ!!」

 

 即興拳劇(ハロルド)と同じ原理。

 今度は蹴りだ。

 

 甲板に脚を"滑らせて"、同じくそれを加速とする。

 即興拳劇(ハロルド)が見えないパンチなら、こちらは見えないキック。

 

(スペル)即興脚劇(スポークン)!」

 

 速すぎて見えない三日月蹴りは、ガープの脇腹へと吸い込まれる。

 甲板が軋むほどの衝撃。

 しかし、ガープは僅かに苦悶の表情を浮かべるものの、倒れることはなかった。

 

 ……確かにアタシの爪先はガープの脇腹に突き刺さったんだけれどねえ……

 これで手詰まりってわけじゃあないけれど、ちょっと困ったねえ。

 まあ目的は時間稼ぎだから良いんだけれどさ。

 

「ぶわっはっはっは!! 本当に強いのォ、"疵無し"。六式の体術もそうじゃが、覇気なんてどこで覚えた?」

「さあ?」

「つれないのォ……まあええわい! そろそろわしも行くぞい!」

「始めからそうして下さいよ中将……」

「そう言うな、ボガード!」

 

 ああ……海軍ボガードは苦労人みたいだ。

 むしろガープが自由人すぎるのかな?

 

 まあ良いや。

 ちらり、とアタシのボガードくんたちの方に視線を向ける。

 うん。これ以上の時間稼ぎは必要なさそうだ。

 

 このまま軍艦を飛び出してもガープの"砲撃"にあうだけ。

 ここは一つ、ルフィの祖父という彼らの血筋の習性を利用しよう。

 その習性とは良い意味でも悪い意味でも"単純さ"だ。

 "リトルガーデン"でルフィはこれでもかと言うほど暗示に掛かっていたしね。

 

 この時期にはもうルフィは海賊に憧れている。

 そしてその話は当然ガープは知っているだろう。

 ルフィを立派な海兵にしたいガープにとっては怒り心頭もの。

 そしてルフィをその道へ引き込んだのはーー

 

「あっ!! 赤髪のシャンクス!!」

「ぬぅわんじゃとォッ!? どこじゃあ、赤髪ィッ!!」

 

 ガープの後ろを指差しそう叫べば、ものの見事に引っ掛かってくれた。

 ものすごい勢いで後ろを振り向くガープ。

 その隙にアタシはとんずらさせてもらうよ!

 

 まあ海軍ボガードは引っ掛からなかったけれど、何発か嵐脚(ランキャク)を放って牽制し、距離を離すことに成功した。

 周りの海兵からの銃撃は覇気が込められていないので、避ける必要すらない。

 

「アハハハハ! 騙されたね、伝説の海兵!」

「おい"疵無し"! 赤髪の奴はどこにもおりゃせんーーーーぬわぁっ!? 逃げられたぁっ!!」

「すいません中将。私も振り払われました」

「フーシャ村で待ってるよ! 民間人を巻き込むんじゃあ、いくらアンタでも暴れられないだろう?」

 

 すごい小物臭がする捨て台詞を吐いて、ボガードくんたちが向かったフーシャ村へと退散する。

 船速で負けているアタシたちがそのまま海へ逃げても追い付かれるのが関の山だった。

 あの場ではフーシャ村へ逃げ込むのが最善。

 ガープにも言ったように民間人を巻き込むことは、彼は出来ないだろう。

 

 アタシたちを捕縛しようとするならば、その場で精一杯暴れれば良い。

 ガープと縁深いフーシャ村の人たちなら、ある意味人質としてこれ以上ない人選だと思う。

 まあその後どうするんだって問題が残っているんだけれどね。

 

 一先ず、危機を脱することが出来たことを喜ぼう。

 一歩一歩、宙を駆けながらそんなことを思った。

 

 

「ぶわっはっはっは!! 逃げられてしまったわい!!」

「中将があんな見え見えの嘘に引っ掛かるからでしょう……」




ボガード「お互い苦労しますね」

ボガードくん「ヘイ。ボガードの旦那も大変そうで」

ボガード「いえいえ、ボガード殿こそ船長に振り回されてるようで」

ボガードくん「そちらも相当なものじゃないですかね?」

ボガード「いえいえ」

ボガードくん「いやいや」

ボガード&ボガードくん「「…………はぁ」」


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フーシャ村と有能毒婦

ちょっと長くなりました。


あとがきにアンケートあります。


 西日が強くなり始めた頃。

 アタシたちはフーシャ村の"PARTYS BAR"という酒場へ逃げ込んだ。

 

 フーシャ村がいくら辺境と言えど、流石に東の海(イーストブルー)現最高額の賞金首ともなれば顔は知られていた。

 陽気な人間の多いフーシャ村の村民たち。

 絶世の美女たるアタシを見て、警戒心が薄れるどころか若干歓迎ムードになりかけていた。

 でも特徴的な帽子と眼鏡をかけた村長のスラップさんの一喝で一旦は静まり返ったのだけれど、『アタシたちは何もしないつもり』『ついでにガープに追われている』と言ったら感嘆の声を上げていた。

 

 呑気すぎると言うかなんと言うか……

 ガープがいるのなら何とでもなると思っているんだろうね。

 実際その通りだし。

 まあスラップさんは青筋立てて怒鳴っていたけれど。

 

 ボガードくんの腕の治療をしなくてはいけないので酒場に向かった。

 "PARTYS BAR"の店主、マキノさんに事情を話したら快く入店させてくれた。

 ここはあの赤髪海賊団が溜まり場にしていた酒場だし、マキノさんはアタシたち海賊相手にも動じず胆が座っている。

 

「すまないねえ。まあ夜になったら出て行くよ」

「あら、夜まであと数時間くらいよ? そんなに急がなくても良いのに」

「ガープの奴がアタシたちを寛がせてくれるのなら、それも良かったんだけれどねえ。ちらっと見たんだがアタシたちの船はもう接収されちまってるし、早いとこ取り戻さなきゃあならないんだよ」

「接収? 軍艦に乗せられちゃったの?」

「いいや、繋がれてるだけさ」

「不用心すぎると言うか……ガープさんらしいわね」

 

 苦笑いを返すマキノさん。まあアタシもそう思うけれど。

 取り敢えず、船からボガードくんたちが持ち出せたのはリィリィの医療器具とウエストポーチ。

 それからボガードくんが作った弁当と幾ばくかの金。

 

 痛めた……というよりも砕けたボガードくんの拳をリィリィが治療する。

 船医としての腕が上がったとは言え、止血と骨の形を崩さないように形成することで手一杯みたいだ。

 最後に拳を包帯できつく巻いて応急処置を終わらせた。

 

「ふぅっ、出来ました。ボガードさんの回復力なら、あまり無理をしなければすぐに良くなると思いますよ」

「ありがとうございやす、リィリィの姉さん」

「い、いえ! 船医として当然ですからっ!」

 

 ふんすっ、と口では遠慮しながらも得意気に胸を張るリィリィ。

 海賊の船医ってのは言葉と態度が逆になる決まりでもあるのかねえ。

 

「へぇ……随分手際が良いんだね。それに可愛らしいし、こんな娘が"毒婦"って呼ばれてるなんてね。ビックリしちゃった」

「あ、あの……私、その呼ばれ方あまり好きじゃなくて……」

「アタシは? アタシは可愛らしくないってのかいっ!?」

「うーん……あなたは可愛らしいというより、綺麗って言葉の方が似合うんじゃないかな?」

「おおっ!! わかってるじゃあないか、マキノ! その通り、アタシは誰よりも美しいのさ! そうだろう、ボガード?」

「ヘイ、姐さん!」

 

 マキノさんはとても良い人だ!

 ちゃんとアタシを褒めてくれる!

 

「……ちょっと単純だけど、悪い人じゃないみたいね」

「えーと、船長はいつもあんな感じですよ?」

 

 リィリィとマキノさんが何か喋っているけれど聞こえなかった。

 大方アタシの美貌について語り合ってるに違いない!

 

 

 

 その後、一旦自宅に戻っていたスラップさんや村民たちが"PARTYS BAR"に集まり、宴会のような集いになった。

 呑気に思えるかもしれないけれど、これだけ人が集まってしまえばガープたち海軍は迂闊に手を出せないだろうという考えだ。

 ここで暴れてしまえばフーシャ村の村民たちは無事じゃあすまないからね。

 

 そんなこんなで大騒ぎ。

 ノリの良い人たちばかりでおだててくれるし気分が良かったので、飲食費は全てアタシ持ちだ。

 スラップさんだけは苦虫を噛み潰したような顔をしていたけれど。

 

 まあ、これだけ長い時間騒げば当然ガープたちがやって来るわけで。

 傍らには海軍ボガード、そして数名の海兵を引き連れ店内へと入ってきた。

 

「おったおった。おう、"疵無し"! お前さん逃げ足が速すぎじゃろ!」

「そいつはどうも。アンタとまともに闘り合うなんて真っ平御免だからね。そりゃあ逃げるのも全力さ」

「おいガープ! 貴様なに海賊を逃がしとるんじゃ!」

「言うな村長、してやられたわい! ぶわっはっはっは!! あ、マキノちゃん、茶ァくれ」

「中将、寛ごうとしないで下さいよ……"疵無し"たちに用件を伝えに来たのでしょう?」

「おお! そうじゃったそうじゃった」

 

 用件?

 一体なんのことやら。

 皆目検討も付かないけれど、見逃してくれるとかそういう感じじゃあないね。

 

「船を返してほしければ西の海岸へ来い!」

「船ね……」

 

 ああ、なるほどね。そう来たか。

 西の海岸はとても広く、村民へ被害が行くことはない。

 そして予想でしかないけれど、アタシたちの船の調査が終わればすぐにでも解体されると思う。

 それは恐らく明日だろうね。

 なら船を諦めれば良いかと言われれば、あまり良い策ではないだろう。

 仮に諦めて、何らかの手段で新しい船を手に入れたとしてもガープと軍艦をどうにかしなければ、一生この島ーードーン島から出ることが出来ない。

 人質をとって脱出するにも、やはりガープをどうにかしないと話にならない。

 

 それにガープの用件を無視してしまえば、寝込みを狙われる可能性がとても高いしね。

 たった三人で島内での逃亡生活になってしまう。

 逃亡生活自体は海賊やってりゃあ慣れっこなのだけれど、活動範囲が一つの島ではアタシの本来の目的――世界中からチヤホヤされることから大きく遠退いてしまう。

 ……アタシの行動理論がわかっててガープたちは待ちを選んだのか?

 まあいいや。

 

 ガープも軍艦もどうにかする。そして船も取り返す。

 それが最善で、そのチャンスは今回しかないと思う。

 大丈夫。策……と呼べるほどのものではないけれど、勝算はゼロじゃあない。

 

「夜になったら向かうよ。今度はちゃんと逃げ切ってやる」

「おう、待っとるぞ!」

「あれ? ガープさん行っちゃうんですか? お茶持ってきたんですけど……」

「おお! ありがとうマキノちゃん! 少しゆっくりしてから戻るとするかの!」

「中将……」

 

 なし崩し的にガープたちも宴会へと加わった。

 流石に海兵たちは酒を飲むことはなかったけれど、海賊と海軍が同じ酒場で飲み食いするという奇妙な光景が出来上がってしまった。

 うーむ、楽しいのと居心地の悪さが同居してるねえ。

 居心地の悪さってのはガープがすぐ近くにいるってことだ。

 それにしても海軍の英雄ともあろう人物が民間人への被害を考えたとは言え、海賊と飲み交わしたりして良いのだろうか?

 

 ……ああ、そう言えば一人以外に聞かれていなかったけれど、"天竜人"に対して『あのクズ』とか言ってたなこの人。

 今回のもガープの中ではセーフなんだろうね。

 

 ガープが破天荒と言うか自由奔放すぎると言うか、いつの間にか世間話するくらい馴染んでしまった。

 話題はボガードくんと海軍ボガードのことへ。

 始まりは同じ名前だね、ということだったのだけれど、いつしかどっちが優れているかの競い合いになった。

 アタシとガープしか白熱してなかったがね。

 

「わしのボガードはのォ、書類仕事の処理が海軍でも一、二を争うほど早いんじゃ! すごいじゃろ!」

「中将がいつもサボるので、私に書類が回ってくるだけですがね」

「ぶわっはっはっは! 気にするな!」

 

 海軍ボガードが呆れ顔でガープを見ている。

 

「ふん、アタシのボガードはプロの料理人に匹敵する腕を持ってるんだよ! 毎日がレストランで食事しているようなものさ! そうだろう、ボガード?」

「ヘイ、姐さん!」

「せ、船長は料理下手くそですもんね。あと手芸とか部屋のお掃除とかも…………」

「リィリィッ!」

「ひぃっ! ご、ごめんなさいぃ!」

 

 リィリィの悪癖は船旅を続けていても治る気配がなかった。

 ボガードくんが作った弁当をガープは勝手に平らげ、美味い美味いと感嘆の声を上げる。

 

 尚も自分の部下の自慢合戦は続いていたが、そろそろ日が暮れる。

 

「おう"疵無し"、しっかり捕まえてやるから覚悟するんじゃぞ」

「ふん。アンタに出来るかねえ」

 

 ガープは海兵たちを引き連れ酒場を出ていく。

 ……あっ! アイツらのお代もアタシ持ちじゃあないか!

 中将ほどの地位なら給料は相当なものなはずなのにケチくさい。

 

 まあいいや。この後のことを考えないと。

 ガープは約二十年くらい大将への昇進を断り続けている。

 いくら老いて弱体化したとは言え、少なくともそのレベルにはいる想定をしていた方が良い。

 贔屓目に見てもアタシたちが束で掛かっても闘って勝つのは不可能。

 ただ今回の勝利とは戦闘ではなく、彼らを出し抜くことだ。

 そこに焦点を合わせなければならないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リィリィ、何分でやれる?」

「二十……いや、十分でやります!」

「わかった。頼りにしているよ」

「は、はい! 頑張りますっ!」

「ボガードは……無茶するなって言っても無駄みたいだしね。体が擦り潰れるまでコキ使ってやるさ。気張りなよ」

「ヘイ、姐さん」

 

 西の海岸への道中、作戦の確認をしながら向かっていた。

 "準備"も既に済んでいるし、この作戦がどうでるかは天の神様の知るところだろう。

 

 到着すると既にガープたちは軍艦を背に布陣を敷いて待ち構えていた。

 布陣の形や人数差もそうなのだけれど、やはりガープがいるという事実だけでとてつもなく強固なものに見えてくる。

 

「来たか"疵無し"!」

「ああ、出来ればお手柔らかに頼むよ」

「ぶわっはっはっは!! そいつは無理な相談じゃのォ!」

「チッ、わかってるよ…………リィリィ、準備は良いかい?」

「だ、大丈夫、ですっ!」

 

 リィリィは見るからに緊張している。

 でもしっかりやってくれないと困るんだよねえ。

 今回の要はリィリィだしね。

 

(ソル)!」

 

 まずは急接近。

 悪魔の実の能力も相まって、速度だけはガープを上回っている。

 甲板の上での闘いと同じようにヒット&アウェイを常に心掛ける。

 

「ぬぅっ……なかなか当たらんのォ」

「当たったらお仕舞いなんでね! (スペル)即興拳劇(ハロルド)!」

 

 少しでも隙があれば、見えない拳撃や蹴撃を繰り出してダメージを狙っているのだけれど……

 傍目には全く効いているようには見えない。

 一瞬の硬直すらなく軽々と反撃される。

 

 互いの攻撃の瞬間には衝撃波が撒き散らされ、地面は荒れに荒れている。

 アタシが言うのもなんだけれど、東の海(イーストブルー)は一体いつから人外魔境になったんだい。

 このガープしかり、あの時のシャンクスしかり。

 まあ、余計なことを考えていても仕方がない。

 爆心地のようになってしまって、周りの海兵たちは手出しが出来ないでいる。

 この場で動けているのはアタシとガープ、そしてボガードくんと海軍ボガードだけだ。

 

 海軍ボガードの剣の腕前はかなりのもの。

 二人とも武装色を纏っていて、ボガードくんは更に鉄塊(テッカイ)で防御を固めているのだけれど、その上から少しずつ斬られてゆく。

 軽やかな身のこなしと剣捌きの海軍ボガードは、砕けた拳を振るうボガードくんの攻撃を軽くいなしている。

 仮にボガードくんが万全の状態だったとしてもああなっただろうね。

 二人の間には地力に開きがある。

 逃げるだけならともかく、闘うとなればアタシでも厳しいだろう。

 

「よそ見はいかんぞ、"疵無し"ィッ!!」

「チッ! (スペル)即興脚劇(スポークン)!」

 

 迫る拳を正面から迎撃しては確実に打ち負ける。

 なのでアタシの腹部に向かっていた軌道を逸らすように、横から蹴りを当てる。

 危ない。間一髪ってところだった。

 

 ボガードくんの加勢に行きたいところだが、ガープがそれを許さない。

 そしてまあ、逆もしかりと言うか。

 ガープがあっちに加わってしまえばボガードくんはあっという間に捕縛され、その後アタシもすぐに捕縛されてしまうだろう。

 だからボガードくんには必死で耐えてもらうしかない。

 

 どのくらいこの絶望的な攻防が続いたのだろうか。

 ボガードくんは至るところから出血が見られ肩で息をしているような状態。

 アタシもガープの攻撃こそ受けてはいないけれど、体力は底を突きかけている。

 

「良いマッサージになったわい!」

「マッサージって……」

 

 クソッ……ガープにとってその程度のものだったのか。

 自信がなくなってくるけれど、会話してくれるなら都合が良い。

 少しでも体力の回復に努められる。

 二、三言葉のキャッチボールを交わし、チラリと海を見た。

 

 アハ……アハハハハ!!

 来た! 宵闇で視界が悪かったが、ちゃんと見えた!

 上手くいったみたいだねえ。

 良くやったリィリィ!!

 

「アハハハハ!! ガープ、今回も逃げさせてもらうよ!」

「おお? わしから二度も逃げられると思っとるのか?」

「ああ、思ってるさ! 周りを見な!」

 

 こちらへの警戒を怠ることなく、周りを見聞色の覇気で調べるガープ。

 まあその必要はすぐになくなるんだけれどねえ。

 

「なんじゃあ!? これは覇王色……いや違う、麻痺毒かっ!?」

 

 次々と倒れる海兵たち。

 海軍ボガードでさえも動きが鈍ってしまっている。

 

痺れる程の子守唄(パラライ・ララバイ)。小型の海王類ですら五分は動けなくなる麻痺毒を散布しました」

 

 得意気に軍艦からリィリィが姿を現す。

 "毒婦"なだけあって、毒はリィリィの十八番。

 まあその毒の全てが新薬開発中に出来た副産物だけれどね。

 ちなみに新薬は未だ開発成功していない。

 

 と言うか、小型とは言え海王類ですら麻痺する毒を吸い込んで、なにも変わった様子が見受けられないガープはどうなっているのだろうか?

 アタシたちは"準備"、その段階で解毒薬を飲んでいたから効かなかったんだがね。

 

 リィリィが軍艦に忍び込むことが出来た理由は、彼女の特異な見聞色にある。

 他人を"見る""聞く"ことに特化したリィリィの見聞色は既に進化していて、覇気の及ぶ範囲内の他人が逆に何を"見て""聞いて"いるのかを感知する。

 実際に他人の視覚や聴覚と同調しているわけではないけれど、それがわかれば確実に相手の死角に入り続けることが出来る。

 本気で隠密行動に入ったリィリィを見つけるのは、見聞色が使えなければ基本的に不可能。

 使えたとしても、相手の見聞色が何を"見て""聞いて"いるのかがわかるリィリィはその見聞色の死角に入ることも出来る。

 ぶっちゃけもしリィリィの武装色の才能が開花したのなら、恐ろしい戦闘力を発揮するだろうね。

 

 まあこの作戦の要であるリィリィが行ったことは、その見聞色を利用して誰にも見つからず軍艦に潜入。

 中に残った海兵たちを様々な毒で無力化し、繋がれていたロープを切りアタシたちの船を沖へ流す。

 ついでにすぐさま追いかけられないように舵を壊す。

 

 リィリィはこれだけのことをやってのけたのだ。

 後はアタシがボガードくんとリィリィを抱えて月歩(ゲッポウ)で海の上を跳び続け、流されていた船に乗り込む。

 想定外はガープに麻痺毒が全く通用しなかったことか。

 

 ほんの少しの時間で良い。

 ガープの動きを止めなくてはならない。

 

「いつまで倒れとるんじゃ! 気合いでなんとかせい!!」

「無茶言わないで下さい、中将」

 

 海軍ボガードには僅かに効いているみたいで、あっちには若干余裕が出来た。

 リィリィが作ったこのチャンス、逃すわけにはいかないね。

 

 (ソル)月歩(ゲッポウ)を使い、高速でガープの周りを移動する。

 いつかの、シャンクス相手にも繰り出したこれ。

 でも今回はあの時より格段に速く、攻撃は鋭くなっている。

 

(スペル)即興乱劇(インプロブ)!」

 

 見えない拳撃、見えない蹴撃。

 四方八方からガープに攻撃を仕掛け続ける!

 

「はあぁぁぁっ!!」

「ぬおぉっ!?」

 

 乱撃が十を超え、二十を超え、三十を超えた辺り。

 ガープの横っ面を撃ち抜いた拳に手応えがあった。

 この瞬間しかない!

 

「ボガードっ!!」

 

 ボガードくんからの返答はなかったけれど、意図は通じたみたいだ。

 声を掛けた瞬間、海軍ボガードを無視して海へ走り出した。

 足を止めさせるため、アタシは海軍ボガードに向かって嵐脚(ランキャク)を放ち牽制。

 即座にボガードくんの下へ向かう。

 ――だが。

 

「逃がすかァっ!!」

 

 ガープはすぐに復帰し、アタシに追い付いて拳を振るった。

 まずいっ!

 ボガードくんとの距離が近すぎて回避してしまえばボガードくんが狙われる。

 今度はアタシが一瞬硬直してしまった。

 

 振るわれる拳。

 しかしそれがアタシに当たることはなく、間に入ったボガードくんに吸い込まれていく。

 

「姐さんっ!! 鉄塊(テッカイ)・剛!!」

「甘いわァ!!」

 

 最大硬度を誇る鉄塊(テッカイ)はしかし、事も無げに打ち崩されてしまう。

 ボガードくんは冗談のような勢いで吹き飛ばされて行く。

 海上を数度バウンドして遥か遠くまで。

 

 ただ幸か不幸か、ガープはアタシに集中して気が付いていなかったけれど、あの方向は船が流されているところに程近い。

 逃げることが出来たのなら、回収は容易だろう。

 気力を振り絞り最後の攻勢に移る。

 

(スペル)即興乱劇(インプロブ)!」

「ぐぅっ……!」

 

 効いた!

 辺りを滅茶苦茶にするほどの衝撃波を振り撒き、徹底的にガープの動きを阻害する。

 

「中将っ!」

「ぬぅっ! やられとらんわい! 追うぞボガード!!」

 

 最後の蹴りで地面を削りながら後退したガープ。

 同時にアタシは軍艦にいるリィリィへ向かい駆け出した。

 後ろから迫ってくる二人には艦上からリィリィが溶解毒を投げ牽制。

 良し! 良いタイミングだ!

 

「掴まりなリィリィ!!」

「はいっ!!」

 

 ガッチリとアタシの首もとに掴まった。

 今スベスベの能力は使えないので速度は少し落ちるけれど、ここまで距離を離せば問題ないだろう。

 

「良くやったねリィリィ」

「は、はい! あ、あと砲弾が怖かったので、甲板にあったやつは使えなくしておきました!」

 

 マジか。

 ボガードくんといい有能すぎるだろ!

 

 まあ辛々アタシたちの船へ乗り込むことが出来た。

 ボガードくんは気絶していて、海の上をプカプカ浮かんでいたのですぐに回収。

 リィリィの機転のおかげでガープの砲撃は飛んでこない。

 

「……逃げ切った、か」

「は、はいぃ……本当に危なかったですぅ」

「だね。早速で悪いんだけれど、ボガードの治療は任せたよ」

「わかりました!」

 

 闇夜の中、目を凝らして海岸へ目を向ける。

 ガープが大笑いしながらこちらへ声を掛けてきた。

 

「おおう"疵無し"!! 次は絶対逃さんぞォ! ぶわっはっはっは!!」

 

 元気一杯じゃあないか。

 こっちは三人揃ってヘトヘトだってのに。

 

「あ、それとお前たちの懸賞金上げとくぞい! 嬉しいじゃろ!?」

「勝手にしなっ!!」

 

 ああー、もう話すのもしんどい。

 

 取り敢えずいつものやっとこうかねえ……

 いや、やっぱり今回はやらなくていいや。

 

 無事に逃げ切れたことに感謝しよう。




どうも。
前話で謎理論の居合い云々を自信満々に晒した無知な作者です!
感想の方で指摘があり、このままの路線で進めるのはどうなのだろうと思いアンケートをとることにしました。

謎理論はアリかナシかと言うものです。
どっちも良い点と悪い点がある!

謎理論ナシの良い点は読者様が能力関連で違和感を覚えたりせず、更にスベスベの実の能力が最強格になるというもの。
アリの場合は出来そうなことが増えるというものですね。

悪い点としてナシの場合は能力のメリットデメリットがとんでもないことになり、更に能力が"覚醒"に至った場合世界が滅びるレベルでヤバいので、作中では覚醒しないことになるでしょう。
アリの場合は能力があまり強くなくなります。ナシの逆で読者様が違和感を覚えてしまうことも出てきます。

八日いっぱいまでの結果で、これまで通り書くか、改めておかしな点を書き直すか決めたいと思います。
ご協力お願いします。


追記

八月九日をもちまして、集計期間を終了させていただきます。
皆様、ご協力ありがとうございました


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閑話 ぼく/あっしの姐さん

アンケート結果には関係がないので、閑話ですがアップ。





総合評価10,000pt突破しました!
皆様、応援ありがとうございます!

これからも頑張ります!!


「そう言えばよォボガード」

「なんでやすか、サンジ?」

 

 海上レストラン"バラティエ"厨房内。

 フルーツパフェを作るサンジと、その横でメインの肉料理を作るボガードの二人が会話している。

 二人の付き合いはそこそこの長さであり、ゼフという同じ料理の師を持つ者同士として早い段階で意気投合。

 普段から誰に対しても呼び捨てにはしないボガードが、サンジだけは呼び捨てにするくらいの仲になっていた。

 なんちゃって敬語だけは抜けていないようだが。

 

「お前アルビダお姐様とかなり付き合い長いだろ? 昔のアルビダお姐様のこととか知ってんのか?」

「勿論でさぁ。同じ島出身でやすからね」

「マジかっ!? 馴れ初めとか教えてくれよ!」

「まあ隠すようなことじゃないから教えやすよ」

 

 ボガードは懐かしむように視線を上に向ける。

 彼にとってアルビダがどのような存在なのか。

 

「あれは、そうでやすね…………あっしが七歳の時のことなんでやすがーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 ぼくの名前はボガードと言います。

 肩まで掛かる金髪で、男の子なのにちっちゃくて体も細いです。

 大きい二重の眼とか、日焼けを知らないような白い肌とか、島の人には度々女の子みたいと言われてからかわれたりします。

 七歳になったのですが男の子らしい成長はせず、背も大きくならないし筋肉もつきません。

 

 女男。

 

 ぼくのことを歳が近い子供たちは皆そう呼びます。

 それがとても嫌でした。

 でも頑張っても大きくなれなくて、その呼び方を訂正させることは出来ませんでした。

 しまいには、その子供たちはぼくに女の子が着るような服を着させてゲラゲラ笑われたりもしました。

 でも気の弱かったぼくは何も言い返せず、曖昧な笑みを浮かべてそれを受け入れてしまっていたのです。

 その子供たちはぼくが嫌がっているのはわかってないのでしょう。

 

 これからもそんな日々続くんだろうなぁと、諦めて受け入れようとしたある日のことでした。

 五日くらい前に他の島から引っ越してきた家族が町の外れに住んでいたのですが、その家の夫婦が長い船旅にやられて衰弱して亡くなったそうなのです。

 その家族にはこの町に知り合いはいなく、偶々挨拶にいった人が発見して丁重に葬ったそうです。

 その発見した人はその時気付かなかったようなのですが、その家族には七歳になる娘がいたのです。

 

 ある日その人は町長が持っていた住人名簿からそのことを指摘され、慌ててその家に向かおうとしました。

 でも、彼が向かおうとしたその前に残された女の子ーー"アルビダ"ちゃんがふらっと町に現れたのです。

 

 ぼくやぼくにイタズラをしていた子供たちは勿論のこと、大人たちでさえ男女関係なくアルビダちゃんに見惚れてしまいました。

 感動で息を呑む、という行為が知らず知らずの内に出てきてしまうほどの美貌でした。

 なんて言ったら良いのかわからなかったのですが、完成されているのに未完成な美しさといった感じでしょうか。

 

 道行く人々は、町長やアルビダちゃんの家に向かおうとした彼から名前を聞き出して積極的にアルビダちゃんとお話しようとしています。

 『アルビダちゃんは可愛いねー』とか『天使みたいだよ』とか、大の大人が七歳の少女に群がって次々賛辞の言葉を送っていました。

 『結婚してほしい』みたいなことを言ったおじさんもいましたが、周りの人に袋叩きにされていました。

 各食料品店の店主たちは、なんとかアルビダちゃんの気を引こうとタダで食べ物をプレゼントする始末です。

 

 アルビダちゃんの反応は素っ気ないものでしたが、ぼくは見逃しませんでした。

 称賛の言葉を浴びている時に、アルビダちゃんの口元がだらしなく綻んでいることを。

 多分内心嬉しかったんじゃないかと思います。

 

 アルビダちゃんが現れてから子供たちの興味はぼくよりもアルビダちゃんに移りました。

 ホッとした反面、ぼく自身の気の弱さに情けなくなりました。

 

 

 

 

 

 その後一週間くらい連続で町を訪れていたアルビダちゃんでしたが、同じく一週間くらい連続で姿を見せなくなりました。

 気になりましたが、また姿を現したのでその心配はどこかに飛んでいきました。

 陰から見ていたぼくでしたが、アルビダちゃんはいつも自信満々に町を闊歩しています。

 ぼくとは正反対で、とても羨ましかったです。

 

 

 アルビダちゃんとの交流は大体その辺りから始まりました。

 ある日町中でばったりアルビダちゃんと出くわしました。

 

「お? こりゃあ可愛い女の子だねえ。おれ……じゃなかった、アタシには及ばないけれど中々の素材じゃあないか」

「えっ? え、えっと……そのぉ……ぼく女の子じゃなくて、男の子だよ?」

「…………はあっ!? まさかの男の娘かよぉぉ!?」

「ひうっ! あ、あの、ごめんなさい……」

「ああーっ! 嘘うそっ! 今のなし! ……ゴホン。お……アタシはアルビダってんだが、アンタの名前は?」

「ぼ、ぼくの名前はボガードですっ」

「覚えた。ボガードくんだね」

「うん! よろしくお願いします、アルビダちゃん!」

「よろしく」

 

 とても嬉しかったです。

 この日からぼくとアルビダちゃんは良く話すようになりました。

 

 

 

 

 ある日はーー

 

「ほら、受け取りな」

「生魚?」

「ボガードくん来週誕生日だろ? その祝いだよ」

「プレゼントがお魚って……」

「なんだい? 文句あるってのかい?」

「ななな、ないです! ありがとうアルビダちゃん!」

 

 のように少しズレた感性を見せつけられたり、また別の日にはーー

 

 

「なあボガードくんや」

「なに?」

「おれ……じゃなくて、アタシってなんでこんなに美しいんだろうねえ」

「えぇ…………確かにアルビダちゃんは綺麗だけど……」

 

 と、自分に浸ることがとても多かったり。

 

 そんなアルビダちゃんですが、今でもふらっと姿を見せなくなる時があります。

 最近では一月近くいなくなることが多いです。

 でもまた町に戻ってきて、一週間もすればまたいなくなります。

 それとアルビダちゃんは自分でも気付いていないですが、時々自分のことを"おれ"と言ったまま訂正しない時があります。

 町からいなくなってなにをしているのかとか、男の子っぽい言動はなんなのか。

 とても気になっていたのですが、ぼくの気弱な性格のせいでずっと聞くことが出来ませんでした。

 

 

 

 

 

 そしてそのままぼくが十二歳になるまで、聞き出すことはありませんでした。

 

 アルビダちゃんはぼくより少し誕生日が遅いので十一歳でしたが今日誕生日を迎えました。

 少し前に姿を消していたのですが、そろそろ一月が経つので町に戻ってくるだろうと思い、プレゼントを用意して待っていました。

 

 そしてぼくの予想通り夕方くらいには町に来たのですが、そのアルビダちゃんの姿を見て、ぼくだけではなく町の人全員が驚きました。

 右腕の骨は折れてしまったのか、変な方向を向いて腫れ上がっています。

 スラリとしてとても綺麗だった脚もボロボロの血だらけに。

 額や口からも血を流していました。

 

 すぐに皆でお医者さんのところへ運びます。

 幸い命に別状はなく、後遺症も残らないそうです。

 アルビダちゃん本人は、ことある毎に自慢していた肌に傷跡は残らないと聞いて、そのことに一番安堵していました。

 

 

 二ヶ月ほどでアルビダちゃんは退院しました。

 その入院期間中になにがあったのかを町の人たちに説明していたみたいです。

 聞くと、山を挟んで町の反対側にある森に一人で行っていたらしいのです。

 とても危険な猛獣がうようよいるその森には、町の人なら絶対に近付きません。

 そんなところに子供が一人で行くなんて、と皆から怒られていましたが、アルビダちゃんは『怒るんじゃあなくてチヤホヤしろよ!』と良くわからないキレ方を見せていました。

 

 多分ですが時々ふらっといなくなっていたのは、その森に行ってたからなんじゃないかと思います。

 あんな危険な森に七歳の頃から行っていたなんて……

 アルビダちゃんはどう思ってくれているかわかりませんが、ぼくはアルビダちゃんの友達だと思っています。

 危ないことはもうさせたくありません!

 勇気を出してアルビダちゃんの家に行き、止めるよう伝えることにしました。

 

 

 

 

「皆アルビダちゃんのこと心配してたし、もう危ないことは止めようよ」

「そいつは無理な話だね」

「な、なんで?」

 

 ふうっ、と息を一つ吐いて遠いところに目を向けるアルビダちゃん。

 とても様になっていました。

 

「夢がある」

「夢?」

「ああそうさ。他人から見たら下らない夢かもしれないけれどね、アタシにとってはそんな下らない夢でも命を賭ける価値がある」

「そ、それってどんな夢か聞いて良い?」

「構わないよ。……チヤホヤされたい。世界中の人にかまってほしい。ただそれだけのことさ」

 

 アルビダちゃんの言った通り、ぼくも少し下らないと思ってしまいました。

 でもそう言い切るアルビダちゃんの顔はとても真剣で、バカにしては良いものじゃないと思いました。

 

「それとさ、アタシって時々自分のことを"おれ"って言っちまう時があるだろう?」

「う、うん。ぼくも気になってた」

「なんて言うのかな……難しいけれど、男としての感性があるって言えば良いのか……」

「へえ……良くわからないけど、それがどうしたの?」

「この感性を残すべきか、なんて思ったりもしたけれどさ、アタシの下らない夢を叶えるのには邪魔だったんだ。それが邪魔して夢から遠退くなんて、それこそ下らないだろう?」

「うん」

「だから男としての感性を捨てた。必要のないものを切り捨てて、やりたいことだけをやり抜く。チヤホヤされるためだけに命を賭ける。簡単なことだろう?」

 

 そう言ってぼくにきらびやかな笑顔を向ける。

 町の人たちが見惚れるその笑顔に、ぼくは人としてのアルビダちゃんに惹かれました。

 

 とても綺麗で、真っ直ぐで、格好良くて。

 この人にずっとついて行きたいと思いました。

 

「だからまあ、ボガードくんも自分を押さえつけないで自由にやったら良いんじゃあないかねえ? 海賊ってそういうものだろう?」

「海賊?」

「ああ、そう言えば言ってなかったね。アタシは海賊になる。手っ取り早く世界中に顔を売ることが出来るからねえ」

「じゃ、じゃあ!」

「ん?」

「ぼ、ぼくも海賊になる! いつかアルビダちゃんの船に乗るよ!」

「……本気かい?」

 

 じっとぼくの目を見つめるアルビダちゃん。

 でもぼくは本気です!

 ずっと一緒に、出来るならその背中を支え続けたい!

 

 普段のぼくでは考えられませんが、アルビダちゃんの視線から絶対に目を離しませんでした。

 その思いが通じたのか、それとも呆れていたのか。

 アルビダちゃんはため息を一つ吐いて、家にあったお酒と二つの盃を持ってきました。

 トクトク、と両方の盃にお酒を注いでその内の一つをぼくに手渡しました。

 

「姉弟盃ってやつさ。ボガードくんの方が生まれは少し早いけれど船長にはアタシがなるんだから、アタシが姉だからね!」

「姉……アルビダお姉ちゃん……」

「うーん……なんて言うか、お姉ちゃんってのはなんか違うねえ」

「えーと、じゃあ"姐さん"とか?」

「おお! 姐さん……姐さん……うん、なんかしっくり来たっ!!」

「じゃあアルビダ姐さんとかで良い?」

「むう……他人だったら良いけれどねえ……ボガードくんはアタシの弟になるわけだろう? わざわざ名前を付けて呼ぶのは他人行儀すぎないかい?」

「だ、だったらぼくだって弟なんだから、君づけは止めてほしいよ!」

「わかった。ならアンタのことは今日からボガードって呼ぶよ」

「うん! アルビダちゃん…………じゃなかった、"姐さん"!!」

 

 そして二人で盃のお酒を飲み交わしました。

 味はあまり美味しくなかったですが、とても喉を通った焼けるような酒精はとても心地好いものでした。

 

 

 

 その後、ぼくは姐さんと一緒に海賊になるための鍛練に励むこととなりました。

 女の子みたいに華奢だしヒョロヒョロだったぼくは、まず身体を作ることから始めました。

 その間姐さんはあの危険な森に三ヶ月くらい篭るそうです。

 本格的に姐さんと鍛練が出来るのはその後になったので、この三ヶ月で姐さんがビックリするくらい身体を仕上げたいと思います。

 

 思い付く限りのトレーニング、それから姐さんには言いませんでしたが実家が料理屋なので、料理の練習を沢山して、出来上がった未熟な料理は全部食べて身体を大きくします。

 姐さんはどこか抜けているので、ぼくは航海に必要な知識を詰め込むことも忘れませんでした。

 

 いっぱいトレーニングして、いっぱい料理を作って、いっぱい食べて、いっぱい勉強して。

 

 そしてーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーそして姐さんが戻ってくる三ヶ月が経ちやした。

 あっし(・・・)は十二歳にして身長は百七十センチを超え、筋肉の鎧までも手にしやした。

 それもこれも、全ては姐さんのため。

 姐さんだからこそ、ここまで出来たんでやす!

 

「姐さん!!」

「え? ……誰?」

「いやだなぁ姐さん、あっしです! 姐さんの弟のボガードでやすよ!!」

「は……はあぁぁぁぁっ!? 本当にボガードなのかい!? あの男の娘だったボガード!?」

「ヘイ、姐さん!」

 

 どうやらあっしの努力の結果に喜んでくれたようでやすね!

 色々聞かれたんでやすが、色々頑張りやしたと答えやした。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、姐さんと共に鍛練を始めて三年。

 "アルビダ海賊団"の旗揚げの日がやってきやした。

 

 互いに一五歳。

 姐さんはとんでもなく美しく、強く成長を果たしてやす。

 ずっと見てきたあっしには、それが努力の賜物であることはわかってやす。

 

 住人たちからの見送り。

 その中には昔あっしに色々やってきた子供たちもいやしたが、今のあっしには姐さんがいるので特に何も感じることはありやせん。

 

 姐さんが住人にその美貌で貢がせた船に乗り込み、その後を追ってあっしも乗り込みやす。

 姐さんの、アルビダ海賊団の第一歩。

 それが今、踏み出されやした。

 

「行くよボガード!」

「ヘイ、姐さん!」

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

「へぇ、お前とアルビダお姐様って姉弟だったんだな」

「姐さんは"姉"と言うより"姐さん"でやすがね」

「違いねェな。それよりアルビダお姐様の弟かぁ~……クソォッ! おれもなりたかったぜ!」

「へっへっへ、まあ馴れ初めはそんな感じでやす」

 

 サンジはボガードの過去を聞いて、悔しそうに地団駄を踏んでいた。

 

「でもアルビダお姐様の夢かあ。それの手伝いってのがお前の夢ってわけか?」

「ヘイ。他の誰とも違う夢……そんな、誰にも似つかない夢の背中をね、追いかけて行きたいんでやすよ」

 

 嬉しそうに話すボガードに、サンジもつられて微笑む。

 厨房の外ーーフロアからはアルビダの高笑いが聞こえてきた。

 

 

「アハハハハ! 良いねえ! アンタたち、もっとアタシをかまうんだよ!!」

「「「よっ! 世界一の美女海賊、麗しのレディー・アルビダ様!!」」」

「アハハハハ! アハハハハ!!」

「お、おれも行かねば!! ボガードあとはたのんだ! んんんアルビダお姐さむぅわぁぁ! 今、貴女の騎士(ナイト)が行きますよォッ!」

 

 

 苦笑いでサンジを送り出したボガード。

 メインの肉料理を作り終え、次は魚料理に手をかける。

 

 

「魚を見ると、あの時の誕生日プレゼントを思い出しやすねぇ」

 

 

 いつも通り。

 アルビダの夢の助けになれるように。

 今は料理に集中することにした。




ボガードくんちゃん「待たせたな!」




調べてみたらアルビダの身長が198cmだったということに驚愕。


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海軍本部と海上レストラン

アンケートの結果、このままの路線で進めることにしました。
皆様ご迷惑をおかけしました。


 海軍本部議会の間。

 集まった中には海軍本部将官クラスもちらほら見受けられる。

 そんな中サングラスを掛け、厚い唇が特徴の議長ブランニュー少佐がつい先日の"報告"を再び述べる。

 

「ガープ中将の報告は皆様既にご存じかと」

「ああ、ガープ中将と交戦した上で逃げ切った"疵無し"の件だろう?」

「はい。更に一味は三人と極少数ながら、その全員が"覇気使い"。そして"疵無し"は三式使いの上悪魔の実の能力者。副船長"暴壁"は鉄塊(テッカイ)のみとは言え、我が海軍の体技を習得しております」

 

 ガープから逃げ切った海賊がいるという報告しか受け取っていなかったのか、そこまでの情報は知らなかったのだろう。

 議会の間がザワザワと騒々しくなる。

 

 明らかに最弱の海、東の海(イーストブルー)にそぐわない。

 それどころか偉大なる航路(グランドライン)前半の海でも、そこまでの海賊はそうそういないだろう。

 ブランニューは話を続ける。

 

「覇気の練度は相当なものであるのにも関わらず"毒婦"の麻痺毒を利用したことから、この一味は覇王色は持ち得なかったと推測されます」

 

 王の証である覇王色の覇気。

 不幸中の幸いと言うべきか、不可解な強さを持っていたことは驚異に思えるが、覇王色を持っていなかったのは朗報だろう。

 覇王色の持ち主は世界に大波をたてる。

 そのような"特別"な存在ではないことに安堵するも、しかし間違いなく"異質"な存在であることは確かだ。

 

「"疵無し"による民間への直接的な被害は殆ど報告されていません。間接的に治安悪化の一端を担っていることは確かですが、本人にその意図は見られていないようです」

「しかし、それを抜きにしても危険であると言いたいわけか」

「ええ。報告にあった情報だけではありますが、少なくとも億を超える懸賞金を懸けるのが妥当です。ですが、上には懸念していることがあるようなのです」

「懸念?」

「はい。説明します」

 

 ブランニューの説明を纏めると、億の大台を超える賞金を懸けるのはどうなのかというもの。

 受け取る側から見て億を超えるかどうかで印象はガラリと変わるだろう。

 億単位に匹敵する危険度と見るのか、それとも億までには届かないレベルの危険度と見るのか。

 桁が変わるというのは一つの目安にもなるのだ。

 

 勿論のことだが、東の海(イーストブルー)でそこまでの懸賞金は異例すぎる。

 しかし、海賊たちからしてみたら名を上げようとして、果たして億超えの賞金首に挑むだろうか。

 偉大なる航路(グランドライン)でなら挑むのも頷ける話だが、"疵無し"の活動範囲は未だ最弱の海。

 そこの海賊たちなら殆ど全てが逃走、もしくは傘下に入ろうとするのではないか。

 現時点でも東の海(イーストブルー)最高額だが、億を超えるともなれば言うまでもなく勝ち馬。

 次々と傘下に入りたがる無法者が現れてしまう。

 億超えとはそういうこと。

 上層部は"疵無し"の勢力が手の付けられない状態まで膨れ上がることを警戒しているのだ。

 

 覇王色こそ持たないものの、海軍の英雄から逃げ切れるだけの戦闘能力を持った海賊。

 異例の懸賞金になることは間違いないのだが、億超えという"大物"を東の海(イーストブルー)で生み出すことは懸念事項だった。

 

「ううむ……成る程。適正額の賞金を懸けて他の海賊を闘わずに屈服させるよりも、敢えて低く定め警戒心を抱かせたいと上は考えているのだな?」

「はい。あわよくば互いに潰し合ってくれれば、と。まあ東の海(あそこ)に"疵無し"をどうこう出来る海賊がいるのかは疑問ですが」

「ははは、違いない。仮に"赤髪"などの四皇がいたのなら、如何に覇気や三式使いと言えど何も出来ずにやられてしまうだろうが」

「はははははっ! そりゃ大概の海賊にあてはまるでしょう!」

 

 会議も締めに。

 議論の対象となった一味、"アルビダ海賊団"の手配書を広げ、ブランニューは懸賞金を改めた。

 

 

 

 

『"疵無しのアルビダ" 懸賞金九千七百万ベリー』

 

『"暴壁のボガード" 懸賞金四千九百万ベリー』

 

『"毒婦リィリィ" 懸賞金二千百万ベリー』

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

「いやー、こんなどえらい美女と飯を食えるなんて夢にも思わなかった!」

「そうそう! おれなんか手配書を見た時から心奪われちまったからなぁ!」

「懸賞金の額にはビビったが、むしろこんな美人なら略奪されても良い!」

「おれも!」

「おれもおれも!!」

 

 今アタシたちは海上レストラン"バラティエ"に滞在している。

 

 ガープからの逃走を果たして二年と数ヵ月。

 すぐさま懸賞金は更新され、一億ベリーまであと一歩というところまで上がった。

 アタシの予想ではもう少し高くなると思っていたけれど、なにか問題でもあったのだろうか。

 

 懸賞金が大幅に上がったことで、周りの海賊共の反応はかなり変わった。

 アタシは東の海(イーストブルー)での最高額、ボガードくんはアタシに次いで二番目の高額だけれどアルビダ海賊団はたったの三人。

 名を上げるのにアタシたちが少数の海賊団だったのは都合が良かったのか、約半数の海賊共はアタシたちを討ち取ろうと躍起になって襲い掛かってくる。

 もう半数は逃走、もしくは仲間になろうとしてきた。

 まあ仲間になろうとしてきた奴らにアタシたちはいずれ偉大なる航路(グランドライン)に向かうと言うと、青い顔をして去って行ってしまう。

 

 こう考えると、方法はともかく"首領(ドン)・クリーク"の統率力というものはかなり高かったんだなぁということが窺えるね。

 クリークは武力で従えたんだろうけれど、アタシは船員(クルー)になりたい人にはなるべく自分の意思で決めさせたい。

 どのような理由であれ、命を賭ける覚悟を自分自身で決めてほしい。

 リィリィの時は彼女を取り巻く状況が状況だったけれど、今ではきちんと覚悟を決めている。

 

 それとガープや海軍ボガードにボコボコにされたボガードくんだけれど、リィリィの懸命な治療で二ヶ月弱で全快した。

 ボガードくんの拳は砕けていたし、治るまではアタシとリィリィの二人で料理や掃除や服の修復など、所謂"女子力"が試される雑務をこなしていた。

 

 二人とも壊滅的だったがな!!

 

 リィリィはアタシに色々言っていたけれど、アタシとドングリの背比べだった。

 代わってみて改めてわかるボガードくんのハイスペック。

 そして復帰したボガードくんが放つ女子力攻撃。

 アタシとリィリィの精神に大ダメージを繰り出すそれを抑えてくれと言ってみたこともあったが、止めたら止めたで船旅は大変なものになってしまう。

 なのでボガードくんはアタシたちを女子力で殴り続けていた。

 

 

 まあそれは置いといて、アタシたちがバラティエに寄った理由だけれど、造船業が盛んな島の近くにバラティエが来てたから。

 アタシたちは直前までその造船業が盛んな島に滞在していた。

 実のところ、ほんの三日前までアタシたちの仲間に新しく三人が加わっていたんだ。

 そいつらに命を賭ける覚悟はあるか聞いて、あると答えたので仲間に加えた。

 リィリィの人を見聞きすることに特化した見聞色の覇気ならば、イエスかノーで答えられる質問のみに絞られるけれど嘘を見抜ける。

 結果そいつらには嘘がなかったから仲間にした。

 

 六人になり、船を新調するためその島に立ち寄りキャラヴェル船の造船を依頼。

 何隻か船と人手を借りて、隠し財産を取りに行く。

 そして先払いで一括で支払いをしようとした時、その三人が財宝を持ち逃げしようとしたのだ。

 

 アタシの不注意は間違いないのだけれど質問が大雑把すぎた。

 こいつら三人組が命を賭けると言ったのは、アタシから宝を盗み出すという目的があったから。

 まあアタシたちから逃げきれるはずもなく、財宝は帰ってきたのだけれど。

 三人組は今ごろ鮫や海獣の腹の中にでもいるんじゃあないかねえ。

 仲間として信頼していただけに、やるせなさと怒りが込み上げてくる。

 今度からはもっと慎重に船員(クルー)を厳選したいね。

 

 船の方はいずれ必要になるとはいえ、元の三人になったアタシたちにキャラヴェル船は動かせない。

 造船依頼はそのままに、完成してもしばらく保管してもらうことにした。

 その分費用がかかっちまうがね。

 

 まあそんなわけで位置的にも丁度良かったので、気晴らしにバラティエへ寄ることにしたのだ。

 

 

 

 

「んん~アルビダお姐さむぁあぁ!! この恋に殉ずる騎士(ナイト)がお迎えにあがりました!」

「サンジ、久しぶりだねえ」

「ええ、ええ! 待ちわびていました。二人を阻む恋の障害。荒れ狂う波のように激しく、吹き荒ぶ暴風の如き向かい風。それはまさしくハリケーン!!」

 

 クルクルと回りキザったらしい台詞を口にしながら、厨房から現れるサンジ。

 鼻の下を伸ばし目をハートにしてだらしない表情を浮かべている。

 

「美容に良いベリーを使ったタルトです。一緒にベリー酒もどうぞ」

「気が利くじゃあないか。二つともアタシの好物だよ」

「うおぉぉぉぉっ!! アルビダお姐様がおれに微笑んだあぁ! 幸せぇぇぇぇぇっ!!」

 

 サンジの調子はいつ来てもこんな感じで変わりない。

 まあ外見はかなり成長したので、少年から青年になったって感じかねえ。

 ああ、変わりないといえば……そろそろ来る頃かね。

 

「お客様は神様だっ! ……と思ったら女神様だった!?」

「パティ、アンタいつもそれやるけれど飽きないのかい? まあアンタが言ってることは一字一句、ほんの僅かな間違いもないがね!!」

 

 強面な大柄のコック、パティはアタシが来店する度にこれをやる。

 そしてパティの言っていることに何一つ間違いはないので、アタシの気分も良くなる。

 それに続いてサンジや周りの客が男女問わずアタシを称賛する。

 これがバラティエ来店時の一連の流れとして出来上がっていた。

 

「お、おれ、アルビダ様がバラティエ(ここ)によく現れるって聞いてずっと待ってたんです! 握手してください!」

「私も! 同性だけど手配書の写真を見て一目惚れしたんです! 私も握手を!」

「なんだいなんだい! アンタたちはアタシを褒め殺す気かい!? 握手くらい全員としてやるよ! そしてこの場は全部アタシの奢りだ! 感謝しな!!」

「「「「オォォォォッ!! 麗しのレディー・アルビダ様、ばんざーいっ!!」」」」

 

 ああ……エクスタシー……

 

 アタシの下に握手待ちの行列が連なる。

 サンジやバラティエのコックも並んでいるが良いだろう。

 なんたってアタシは今気分が最高潮。

 些細なことは気にも留めないのだ!

 

「私たちの食事代はタダだけど、結局それ以上にお金使っちゃってます」

「姐さんが楽しければそれで良いんでやすよ、リィリィの姉さん」

「うーん……そんなものなんですかね?」

「そんなものでやす。姐さん、リィリィの姉さん。あっしは厨房に行ってゼフの旦那に指南してもらいやす」

「あ、はーい。頑張ってくださいねボガードさん」

「アハハハハ!! いくらアタシを目の前にして興奮しているったって、順番抜かしは許さないよ!」

「船長は自分の世界に入っちゃってますね」

「へっへっへ、姐さんらしくて良いじゃないでやすか」

 

 

 

 素晴らしい!

 バラティエだけじゃあないけれど、こうやってチヤホヤされるのは何度経験しても飽きがこない。

 

 握手会が終わった後もアタシを称える声が止むことはなく、いつしか周りのテーブルを移動させ、アタシを中心とした輪が広がりパーティーのようになっていた。

 グラスに酒を注ぐサンジの距離が近すぎる気もするけれど、全然構わないね。

 アタシは世界中の羨望の的である以上誰かの抜け駆けというのは許されないけれど、多少距離が近くなってしまうのはアタシほどの美女を目の前にしては仕方のないことだ。

 

「おや? そう言えばボガードの姿が見えないねえ」

「ボガードさんならさっき厨房に向かいましたよ。船長にもちゃんと報告してました」

「そうだったのかい。ああ、それなら後でゼフにも挨拶しておかないとねえ」

「アルビダお姐様! リィリィちゅわ~ん! クソジジイのことよりも、美味しく出来たフルーツパフェを召し上がれ!」

 

 うん美味い。

 ボガードくんには悪いけれど、流石に約六年も厨房に立ち続けたサンジの料理には敵わないみたいだ。

 ボガードくんは百点でサンジは百二十点というような感じだね。

 リィリィも顔を綻ばせているし、それを見てサンジの顔がだらしなく歪んでいる。

 

 

 

 さて、唐突なのだけれど、アタシは東の海(イーストブルー)では知らない者はいないんじゃあないかと思うほどのお尋ね者になったわけで。

 アルビダ海賊団の海賊旗(ジョリーロジャー)、背景のハートとそれを射抜く矢、先端がハート形になっている小悪魔の尻尾が描かれたそれも同時に有名になった。

 まあなにが言いたいのかと言うと、航行中でも海軍に通報されることがとても多くなったのだ。

 

「海軍第七十七支部プリンプリン大佐だ! 海賊"疵無しのアルビダ"、並びにその一味がここに向かったとの情報提供があった! 直ちに投降したまえ!」

 

 そして今回もまた、航行中にすれ違った民間船の乗組員が通報したのだろう。

 この場にいる客が通報したのなら海軍の反応が早すぎる。

 そして戦う海のコックを自称するバラティエのコックに至ってはまずあり得ない。

 一番大きな理由として、オーナーたるゼフやサンジの"海賊でも腹を空かせていれば食わせてやる"という信条から、どんな相手でも通報するのは飯を食い終わった後だからだ。

 

 まあそれよりも、だ。

 折角アタシが気分良くチヤホヤされている途中で水を差す海軍。

 これはブチ切れ案件待ったなしだねえ。

 

「いました! "疵無し"に"毒婦"の二人、しかし"暴壁"は見当たりません!」

「投降はせず……か。総員直ちに捕らえろ!!」

「ぷ、プリンプリン大佐! 大変です!」

「どうした!?」

「う、美しすぎます! "疵無し"の美しさで胸の高鳴りが止まりませんっ!!」

「私もです! "疵無し"から目が離せない……っ!!」

「愚か者共っ! 心を強く持たないか! こうなったら私一人でも……一人でも…………ぐうっ……! 溢れ出る魅力で足が動かん……っ! おのれ"疵無し"ィ!」

 

 ほう、ほう!

 偶にはこういうのも良いじゃあないか。

 チヤホヤされるのとはまた違うけれど、アタシの魅力にやられたのには違いがない。

 ただアタシの良い気分を阻害したことについては責任を取ってもらおうか。

 

「サンジ、パティ!」

「この恋の奴隷にお任せ下さい、アルビダお姐様!」

「いくら海軍でも、お客様の邪魔をされちゃあ戦うコックとして黙ってられねェな!」

 

 サンジとパティの手によって、海軍たちは全員海に放り投げられた。

 

「何だ、騒がしい」

「ゼフじゃあないかい。後で挨拶に行こうと思ってたんだ。ところで、ボガードはどんな感じだい?」

「まあ半人前(チビナス)からは卒業したってところだな」

 

 厨房から天井に届きそうなほど高いコック帽を被ったゼフが出てくる。

 半人前(チビナス)からの卒業ねえ……

 ボガードくんが聞いたら喜びそうだ。

 

 

 

 

 その後、海軍のせいで若干白けた空気は元通りになった。

 ディナーの時間帯になり、新しく入ってきた客も含めたアタシの称賛パーティは続いた。

 暫くすれば閉店時間もさし迫り、船で一泊しようとしたのだけれど、その前にアタシはゼフの自室に呼ばれる。

 

 なんの話かと思えば、ゼフの海賊時代の偉大なる航路(グランドライン)の航海日誌に書いてある情報を教えてくれたのだ。

 航海日誌自体を渡されたわけではないけれど、原作では触れられていなかった様々な興味深い情報を手にすることが出来た。

 いずれ偉大なる航路(グランドライン)に入った時には、何ヵ所か寄ってみたいねえ。

 

 

 

 

 

 夜が明け、ボガードくんも手伝ったバラティエの賄いで朝食を済ませ出発することに。

 

 一応とは言え、新しい船の目処は立っている。

 後は本当に船員(クルー)だけが足りていない。

 サンジにも改めて声を掛けてみたけれど、やはりと言うべきか断られた。

 まあしょうがないね。アタシはアタシだけの仲間を見つけろってことなんだろう。

 

 バラティエでは存分にかまってもらえたし、アタシの精神のバロメーターは最高潮。

 バロメーターを下げないためにも、いつも通りやっておこうか。

 

 

「行くよボガード!」

「ヘイ、姐さん!」

「行くよリィリィ!」

「は、はい船長!」

 

 

 キラキラと太陽の光を反射する穏やかな海。

 見送りに来たバラティエの従業員を背に、いつも通り出発した。




海軍将校さん「赤髪いればボコボコやろ!」

シャンクス「おりゃ!」バコーン!!

アルビダ「とりゃ!」ドカーン!!

海軍将校さん「」


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戦争一味の下っ端とそばかすのお兄ちゃん

FILM GOLD放送してましたねー。
相変わらず劇場版の作画、気合い入り過ぎてスゲー。


 バラティエを出発して数週間。

 アタシたちはリィリィの故郷の街に赴いていた。

 あっちこっちの島を巡る中で、この街の近くを通る航路が多いことから度々立ち寄っているのだ。

 あの時酒場でリィリィの情報をくれた街の偉い人だったおじさんを筆頭に、住人たちからは毎回歓待を受けている。

 リィリィも昔馴染みの人たちに会えて嬉しそうだ。

 

 まあ、アタシやボガードくんもそうだけれど、リィリィが二千百万ベリーの賞金首になってとても驚かれていた。

 現在の東の海(イーストブルー)で四番目に高い懸賞金を懸けられているのだから当然と言えば当然か。

 気弱でオドオドしているリィリィの印象が強い街の人たちにとっては、リィリィが極悪人認定を受けているのはさぞやショックだったのだろう。

 

 …………そんなことはなかった。

 最初こそ驚いていたけれど、『まあリィリィはリィリィだし』という理由でむしろ『街から有名人が出た!』と騒ぎ始めていた。

 フーシャ村の人たちと通ずるところがある。

 東の海(イーストブルー)の一般人って楽観的な人がとても多い気がするねえ。

 

 ともかく。

 街から輩出された、恐らく東の海(イーストブルー)で一番の有名人一行をもてなそうと、街全体が祭りのような雰囲気に包まれていた。

 次々に声を掛けてくる住人たちに始めはアタシの気分も良かったのだけれど、時間が経つにつれ気に食わないことが起き始める。

 まあ先程も説明した通り、ここはリィリィの生まれ故郷なわけで。

 アタシほどの超ド級の美女と故郷のスター、どちらを優先したかといえば。

 

「リィリィ! アンタ、アタシより目立ってるんじゃあないよっ!!」

「ひぃっ! わ、私じゃなくて街の皆さんに言ってくださいよぉ……」

 

 あろうことか、リィリィにばかりかまっているのだ。

 これは許し難いことだ!

 遺憾の意を表明せざるを得ない!

 

「ほら、アンタたち! ここに比肩する者のいない美女がいるぞ! アタシをかまうんだよっ!!」

「船長……かまってちゃんが過ぎます、よ?」

「リィリィ!」

「ひぃっ! ご、ごめんなさいぃっ!」

 

 多少は他に注目が逸れてしまうのは仕方ないけれど、一番はアタシじゃあなきゃダメだ!

 一番チヤホヤされるべきはアタシなのだ!

 

 アタシの思いが通じたのかその後は古い文献にも載っているように(決め付け)、ちゃんとアタシを中心にかまい始めた。

 うんうん、これが気持ち良いんだよねえ。

 街の人たちも最初からこうしていれば良かったんだ。

 

 

 

 そのまま夜通し祭りは続き翌日も睡眠時間も僅かに、昼間から飲めや騒げやのお祭りムード。

 

 つい先日までバラティエで腕を磨いていたボガードくんの料理も大好評で、テーブルに並べてはすぐさま空になる。

 ボガードくんも街の人の舌を唸らせることが出来て満足そうだ。

 リィリィは町医者たちの下で、まだ至らない医術のあれそれを学んでいる。

 二人ともやることが多くて大変そうだ。

 ちなみにアタシはなにもしていないように見えるけれど、チヤホヤされるのが忙しいのでなにもしていないのではなく、なにも出来ないだけだ。

 ……ほんとだよ?

 

 

 

 そのまま時間が過ぎ、そろそろ空が茜に染まろうかという頃合いだった。

 アタシたちが停船した西の港とは逆、東の港方面から大砲の発射音が街に響き渡る。

 『海賊だーっ!』と誰かが大声を上げ、楽しげだった街は恐慌と喧騒に包まれた。

 

 うーん……自分で言うのもなんだけれど、海賊ならここに東の海(イーストブルー)で一番の大物がいるんだがねえ。

 まあ、アタシが魅力的すぎるせいで危機感を覚えないのか!

 ひとまず街の人たちを落ち着かせよう。

 戦闘になるにしてもならないにしても、これだけパニックになられては邪魔にしかならないからね。

 

「アンタたち、狼狽えるんじゃあないよ! 今この街に誰がいると思ってるんだい?」

 

 ピタリ、とアタシの一喝で喧騒は止み、希望に満ちた眼差しをこちらに向ける住人たち。

 うんうん、これは良い注目の浴び方だね。

 マーベラス。

 

「偶々この街にアタシが居合わせた幸運に感謝しな。懸賞金九千七百万ベリーの"疵無しのアルビダ"様がアンタたちを守ってやるよ!」

「うおぉぉぉっ! アルビダ様ァっ!!」

「レディー・アルビダ様、万歳!!」

 

 もっと感謝するが良い!

 そして救われた後にアタシを持て囃すなら尚良い!

 

 取り敢えず近くの建物に登り、その海賊たちの様子を確認する。

 海戦か。船は三隻に……ってあれ?

 あの海賊旗(ジョリーロジャー)には見覚えがある。

 見覚えがあると言うか、ちょっと前にその海賊団の船長のことを考えていたところだったね。

 ドクロの両脇に敵への降伏を促す砂時計。

 "首領(ドン)・クリーク"の海賊艦隊じゃあないか。

 ただ数は三隻だし、本船と思われるガレオン船は見当たらない。

 別動隊かな?

 

 あ、また大砲を撃った。

 目を凝らして良く見ると、アタシたちの小船よりも小さな船が標的のようだ。

 一応海賊旗(ジョリーロジャー)は掲げていたみたいだけれど、これと言った特徴のない黒地の布にドクロだけが描かれたもの。

 的が小さいため時間が掛かったようだけれど、その後数発も撃てば直撃し小船は沈んだ。

 

 だが、その前にその小船に乗っていた奴は海へ脱出していたみたいだ。

 すごい勢いで泳ぎ、この街に一目散に向かって来る。

 ……おいおい、こっちまで巻き込む気満々じゃあないか。

 まあ守ってやると言った手前、別に構わないんだけれどね。

 

「リィリィは流石にこの街で毒を撒き散らしたくないよねえ?」

「は、はい」

「それじゃあ、住人たちの避難誘導はリィリィに任せる。ボガードは砲撃に警戒しながら待機。弾が飛んでくるようなら打ち砕きな」

「ヘイ。姐さんは?」

「アタシはあいつらのところへ直接出向く。で、カタが着いた後には略奪といこうかねえ。クリーク海賊団の船ならたんまり財宝を乗せてる可能性は高いからね」

「了解しやした」

 

 東の港は西よりも大きい。

 アタシが東の港に着いた時には、小船から脱出したと思われる一人の男を囲うように三百人弱のクリーク一味が船を停め上陸していた。

 五十隻の艦隊で約五千人のクリーク海賊団。

 一隻あたり百人前後ってところだね。

 

 と言うか、アタシが言えた義理じゃあないけれどクリーク海賊団約三百人に追われるなんて一体なにをしたんだ、あの男は。

 海から上がってズブ濡れの男を観察する。

 

 黒髪、地肌の上から前開きのシャツ着ていて短パンを穿いている。

 やや若さを感じるけれど、凛々しい顔立ちで頬にはそばかすがあった。

 

 そうなのだ。そばかすがあったのだ。

 ……うん。あれだな。

 

 ポートガス・D・エースだね!

 

 なぁにしてんだあいつ!

 海を泳いでいたからまだ能力者じゃあないってことはわかるけれど、あれ多分ゴア王国を出て間もないんじゃあないか?

 相手を考えろよ!

 いくら腕に自信があるからって、首領(ドン)・クリークってのは駆け出しのルーキーが敵に回すような奴じゃあないぞ!

 始めはもっと雑魚海賊なんかを相手にして、少しずつ腕を慣らさないとダメだろ!

 まったく、いきなり大物過ぎるだろ……

 

 ……アタシの時? 存じませぬ。

 

 まあいずれにせよ、街を守ると言った以上やることはやろうかねえ。

 エースがどういう理由でクリーク一味に追われているのかは知らないけれど、どうでも良いことさ。

 なんならエースに手を貸してクリークの海賊艦隊五千人を相手取っても良い。

 奪い盗ろうとした財宝なんかよりも欲しいものが出来たからね。

 

 エースが三百人相手に大立ち回りを見せる中、アタシはゆっくりと歩いて広い港の戦場へ向かう。

 わざと大きく足音を鳴らしてこちらの存在を伝える大物ムーブは欠かさずにね。

 

「アタシがいるこの街を襲いに来るなんて良い度胸だねえ、クリーク一味」

「きっ、"疵無し"ィッ!?」

「嘘だろオイ! あいつがいるなんて聞いてねェぞ!?」

「ど、首領(ドン)の五倍以上の懸賞金っつうヤベェ奴じゃねェかっ!」

「で、でも手配書の写真よりもヤベェ! なんつーか、美しさがヤベェ!!」

 

 恐慌は伝播する。

 クリーク一味の戦闘の手は止まり、全員がアタシに釘付けになる。

 半数は動揺、もう半数はアタシの魅力にやられたみたいだね。

 ただまあ、エースだけは動きを止めずに攻撃の手を緩めることはなかった。

 

 強いな。

 鍛えた期間はアタシとそう変わらないだろうに。

 少なくとも、原作の知識としてアタシが知っているエースの過去の鍛練と同じことをやっても、アタシじゃああそこまで強くなれなかっただろうね。

 そもそもアタシの場合は原作知識というズルを使って、アタシに合う強さの理想系へ効率的に最短で向かっていただけにすぎない。

 良く言えばエースの鍛練は実践的。

 悪く言えば効率が悪すぎると言っても良いだろう。

 それであの強さ。

 

 覇気を使えないにも関わらず、四方八方の敵を鉄の棒切れ一本で蹂躙していく。

 バラティエの戦うコックですら手こずったクリーク一味を、だ。

 うんうん、そうでなくっちゃあね。

 原作での活躍云々を抜きにして、さっきアタシが一目見て"欲しい"と思った逸材なんだから、そのくらいやってもらわなきゃあ困る。

 エースが白ひげと出会う前の今この時なら。

 絶対にスカウトを成功させてやる。

 

 だからまずはクリーク一味を蹴散らそう。

 アタシに夢中になった手近にいた一人に手を差し出せば、そいつは持っていた槍を嬉しそうにアタシに手渡す。

 ふむ、これならいけるか。

 

(スペル)回転舞台(タンブル)

 

 柄を握ってドリルのように槍に回転を加える。

 その上から何度も回転を加えることで超高速回転する槍。

 

(スペル)即興脚劇(スポークン)

 

 そして地面を滑り加速させた蹴りで手放した槍の柄尻を蹴り撃ち出す。

 その放たれた槍の進路上。

 ライフリングが刻まれた銃から撃ち出された銃弾のように、超高速回転しながら飛来するそれに呆気なく貫かれる十数人のクリーク一味。

 しかしそれでも尚槍の勢いは落ちることなく、一隻の船のメインマストに突き刺さり衝撃でへし折った。

 初めて試した技にしちゃあ上出来だね。

 

 槍を手渡した奴を含め、アタシに夢中だった奴らは漸くことの重大さに目が行ったのか、武器を手にアタシを取り囲む。

 そして様々な武器をアタシに振るうのだけれど、スベスベの肌には傷一つ付けることが出来なかった。

 何度も何度も振るう。

 しかし、全てが無意味だ。

 直進の邪魔になる奴だけぶっ飛ばし、またしてもゆっくりとエースに向かい歩みを進める。

 まあわざと攻撃を受けたのは強者ムーブがしたかっただけなのだけれどね。

 美しさは勿論求め続けるが、格好良さも妥協したくないからねえ。

 

「クソォッ! 攻撃が全く通じねェ!」

「傷一つ付けられねェ……"疵無し"の所以か……!」

 

 ゆっくり時間を掛けてエースの下へ辿り着く。

 エースは周りへの対処はそのままにアタシを見た。

 

「ポートガス・D・エースだね」

「何故おれの名前を知ってんだ?」

 

 …………あっ! 凡ミスした!

 そういやあ、アタシが現時点でエースの名前を知っているのはおかしいのか。

 うむむ……良し!

 こういう時は、やはり誰かに擦り付けるに限る!

 

「ガープから聞いた。海兵にしようとしてるのに、海賊に憧れているガキが二人いるってね」

「ジジイの知り合いか? アンタ海賊だろ」

「まあね、少し前に追われたことがあるのさ。その時にちょろっとね」

「今ここにいるってことは、ジジイから逃げ切ったのかよ……」

「そんなところさ。まあアタシから話しかけておいてなんだけれど、まずは邪魔な奴らから片付けるとするかい?」

「のった」

 

 アタシとエースは共闘に入る。

 殲滅速度は更に増し、あっと言う間にクリーク一味は壊滅した。

 別に殺しても良かったのだけれど、この街は国ではないが世界政府非加盟国だ。

 海軍が寄る義理がこの街にはないので、たとえ死んでいたとしても海賊の引き渡しは困難だ。

 後処理を街の一般人たちに任せるのは酷だろうというアタシのちょっとした優しさだ。

 

 ……まあクリーク一味の本隊が仕返しにやって来る可能性はないわけじゃあないがね。

 ただ、海賊にとってーーとりわけ最弱の東の海(イーストブルー)の連中にとって、九千七百万ベリーの賞金首が立ち寄る街というのはそれだけで脅威だろう。

 首領(ドン)・クリークとて手出しはし辛い筈だ。

 まあアーロンはコノミ諸島へすぐに舞い戻って来たので、絶対に安心というわけじゃあないけれど。

 

 取り敢えずクリーク一味は全員、無事に残った二隻の船に乗せてお帰りいただいた。

 さて、後は航行不能の船の捜索とエースのスカウトである。

 

「こいつァどうも、ご迷惑をお掛けしました」

「構わないよ。アタシがやりたくてやってるだけだしね」

 

 ペコリと頭を下げたエース。

 そう言えば、褒め上手なとても良い人であるマキノさんに礼儀作法を教わっていたんだっけ。

 

「と言うかね、なんでアンタクリーク一味に狙われてたんだい?」

「いやァ、ちょいと腹が減っちまってな。船に忍び込んだらバレたんだよ」

「で、それがクリーク一味の船だったと」

「ああ」

 

 無鉄砲と言うかなんと言うか。

 とんでもない行動力だねえ。

 それに一発目が首領(ドン)・クリークって、どんな引きしてるんだか……

 

 おっと。

 少し話をしている間にボガードくんとリィリィがこっちに来た。

 丁度良かった。

 もしかしたら新しい船員(クルー)の誕生に立ち会えるかもしれないからね。

 それにイエスノー限定であるけれど、嘘を見抜けるリィリィが来たのも好都合。

 

「さて、ポートガス・D・エース。本題だ」

「なんだ?」

「アンタが欲しい。アタシの船に乗りな」

 

 簡潔に。

 余計な事柄を交えずに直球勝負だ。

 これが一番伝わり易いからね。

 

 

 

 

 

 果たして、エースの答えはと言えば。

 

「悪ィな、断る」

 

 まあ、だろうね。

 まだほんの僅かな片鱗しかないとは言え、アタシが原作の記憶をすっ飛ばして、一目で引かれるほどの才気。

 アタシが白ひげ並みの"大きさ"があれば話は別なのだけれど、本来ポートガス・D・エースという人間は誰かの下に付くような存在じゃあない。

 ああ……でも、悔しいな。

 仲間に欲しかったのに。

 

「一応だが、理由を聞いても良いかい?」

「おれの夢と、弟との約束がある」

「はあ……折れなさそうだし、諦めようかねえ」

 

 またダメだったか。

 ボガードくん、リィリィと、素晴らしい仲間には出会えているのはとても良いことだ。

 けれど、以降が続かない。

 宝を持ち逃げしようとした三人は除くとして、サンジ、ナミに続きエースで三人連続スカウト失敗だ。

 

「船長って沢山の人にフラれますよね」

「リィリィ!」

「ひぃっ! ご、ごめんなさいぃ!」

「まったく……アンタの一言余計に口にする癖、全然治らないねえ」

「ご、ごめんなさい…………あっ! で、でも私は船長のことフリませんよ! ちゃんと大好き、ですっ!」

「っ! このっ! 可愛いこと言ってくれるじゃあないか!」

 

 ああ~良い娘だぁ。

 ご褒美にリィリィの頭をワシャワシャと掻き撫でる。

 満更でもなさそうだ。

 今度から多少の小言は許してやろう!

 

「アンタたち、良いチームだな」

「まあね。アタシが厳選した自慢の船員(クルー)たちさ」

「アンタみてェな美女に誘われるのは光栄だったんだがな。おれもアンタたちに負けねェくらいの仲間集めてやる」

「そうかい。なら、次に会うときが楽しみだねえ」

 

 

 そしてそのままエースは踵を返し、海へ出る。

 と思いきや、『そういや、船沈められてた』と言って再度踵を返しこちらへ戻ってきた。

 仲間にこそならなかったけれど、ここで会ったのもなにかの縁。

 お偉いさんのおじさんに便宜を図ってもらい、翌日にエースの船を用意してくれることとなった。

 

 その後、航行不能になった船の食料庫から食べ物や酒を盗り、日が殆ど暮れていたので街をあげての夜宴が開催された。

 知識としてあった食いながら寝るというエースの奇行を生で見れたり、ボガードくんの渾身の料理でエースの度肝を抜いたり。

 アタシも街を海賊から救ったヒーローとしてこれでもかと称えられたので、とても楽しかった。

 まああたしもその海賊なんだけれどね。

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、また会おうぜアルビダ」

「ああ、そうだね」

 

 とてもさっぱりとしたエースとの別れを済ませ、お互い東と西の港から逆の方向へと出航することに。

 

 旗揚げ当初は一番楽観的に考えていた箇所である仲間集めが、今現在では一番難航している。

 妥協はしたくないけれど、早く新しい信頼できる仲間が欲しい。

 まあそのためには色々と見て回らないとね。

 

 ということで。

 

 

 

「行くよボガード!」

「ヘイ、姐さん!」

「行くよリィリィ!」

「は、はい船長!」

 

 

 いつも通りのことをいつも通りにやる。

 やはり、波は穏やか航海日和。

 

 帆をはためかせ出航する。




おじさん「きれい!」

アルビダ「きもティー!!」



街の人「かっこいい!」

アルビダ「きもティー!!」


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いつの間にかの原作開始と麦わら少年

ディケイドヤバすぎワロタww
アナジオⅡ以外大して苦戦してなかったのに、半分の力だったとかチート過ぎ。


 ゆらりゆらりと、穏やかな波に揺られながら目的地に向かう。

 目的地とは、海上レストランバラティエだ。

 

 またか、と思うかもしれないけれど、実はエースと別れてから三年経っていたのだ。

 アタシよりかなり後に海賊になったエースは、既に仲間や船を揃え偉大なる航路(グランドライン)に入ってしまった。

 新聞で活躍が報じられていたからねえ。

 

 三年経っている……と言うことは、だ。

 もう原作は開始されてしまっている時期なのだ。

 

 実は三年の内に、一度コノミ諸島のココヤシ村に立ち寄ったことがある。

 その時はアーロン一味がアーロンパークをもぬけの殻にして、アタシの滞在期間中はどこかに潜伏していた。

  ゲンさんやドクター、ノジコに話を聞けば、アーロンの魚人至上主義は変わっていないらしい。

 けれど狡猾さというか理知的になったというか、アタシたちアルビダ海賊団だけはかなり警戒しているようだ。

 

 何より厄介なのは、ナミがココヤシ村を買うためアーロンに支払う金額が一億ベリーから二億ベリーに跳ね上がったことと、それを村の人たちにアーロン自身が伝えていることだ。

 案の定と言うか、ナミはまたアーロン一味に連れ戻されていた。

 原作とは違いナミ本人も村人たちも、ナミがアーロン一味にいる理由を知っている。

 つまりは人質でもあるということだ。

 アタシが直接アーロン討伐に出向けばナミを殺すぞ、という村人に対する一種の脅し。

 

 更に海牛モームの他にも東の海(イーストブルー)に生息している海獣を数匹支配下に置き、外へ海賊専門の泥棒をしているナミに対し、外でアタシたちと接触してココヤシ村まで呼んだら海獣たちに村を襲わせる、ということも伝えられたみたいだ。

 お互いがお互いの人質になってしまっていた。

 可哀想だとは思ったけれど、直接アーロンがアタシたちにちょっかいをかけてくるわけでもないし、互いが人質になっている以上村の人たちもアタシたちに助けを求めることも出来ない。

 

 ただ根本的なところでアーロンの人間を見下す性質は変わっていないので、アタシたち以外の者に対しての警戒心は薄い。

 なのでまあ原作とは少し変わってきてはいるけれど、ルフィたち麦わらの一味がなんとかするまで耐えてもらいたい。

 

 

 

 

 

 

 

「お? ニュース・クーか」

 

 カモメが新聞を運ぶ"ニュース・クー"。

 アタシたちの船に近付いて来たので、東の海(イーストブルー)の出来事が中心に書かれている記事を一部買う。

 

「興味深い記事はありやしたかい、姐さん?」

「これを見なよ。『"道化のバギー"行方不明か? 麦わら帽の男に敗れ、現在消息不明』。一応バギーの千五百万ベリーってのは東の海(ここら)の海賊じゃあ大物の部類に入る。まだ無名の奴にやられたみたいだねえ」

「麦わら帽…………まさかと思いやすが、"赤髪"じゃありやせんよね?」

「アンタも昔聞いただろう。アイツが腕と帽子を"未来に託してきた"って言っていたのをさ」

 

 麦わら帽の男。

 ついに来たね、モンキー・D・ルフィ。

 記事には刀を三本使う男とオレンジ髪の女もいると書かれている。

 

 刀を三本使う男というのはほぼ間違いなく"ロロノア・ゾロ"で、オレンジ髪の女はナミだろうね。

 アタシの船に間違えて乗船していない海軍志望の少年"コビー"とルフィが出会い、無事にゾロが捕らえられていたシェルズタウンに辿り着けたのだろう。

 まあ憶測に過ぎないけれど。

 

 そしてアタシが最近行けてなかったオレンジの街でナミに出会い、そこを拠点としていたバギー一味を倒した、と。

 うーむ、プードルさんは元気だろうか。

 まあいいや。

 

 この記事は原作開始を告げる一報。

 まあアタシに原作知識があると言っても、それは本当に知識でしかない。

 こういう生きている情報とは今後確実に齟齬が出てくる。

 例えば、既に起きたことや今の段階で事実になっている事柄に関しては知識をあてにしても良いけれど、これから起こる事柄に関してはあまり頼りにし過ぎない方が良いのかもしれないねえ。

 

「まあ、この麦わらの男は要チェックしておけば良い。わかったかい?」

「ヘイ、姐さん」

 

 バギー失踪の記事自体は最新部だけれど、失踪したのは大分前のことだと書かれている。

 仮にだが、もし原作通りに進んでいるのだとしたら彼らは今どの辺りだろうか。

 シロップ村で"キャプテン・クロ"を倒したのか。

 それともクリークを倒した辺りなのか。

 賞金首になっていないので、既にアーロンを倒しているとは思えないけれど。

 

 と、その答えというか……ヒントのようなものはすぐに手に入る。

 アタシたちはバラティエに向かって船を進めている。

 そしてそのバラティエがある方面から一隻の小船が近付いて来たのだ。

 船室などもない、椅子しか見当たらない小船。

 そこに座る、十字架のようなものを背にする一人の男。

 黒い帽子を被り、首もとにはこれまた十字架を象ったネックレス。

 満足気な表情で目を瞑りながらこちらへ近付いてくる男は……うん、まあ"帰り"なのだろうね。

 

 あちらさんもアタシたちを捕捉しているだろうし、無視するのもなんかアレだ。

 "満足"しているのなら戦闘になる可能性も低いだろうから声を掛けることにした。

 

「"ジュラキュール・ミホーク"。世界一の剣士が東の海(こんなところ)になんの用だい?」

「暇つぶし……だった」

 

 鋭く尖った鷹のような眼差し。

 やはり、"だった"と言っていることからゾロと闘った後なのだろう。

 東の海(イーストブルー)にミホークを満足させることが出来る存在なんて他に思い浮かばない。

 ミホークはその鋭い眼光でアタシをジッと見つめている。

 

「おや? おやおや、アタシに見惚れちまったのかい? 恥ずかしがらなくて良いよ。世界中がアタシの虜になっちまうのは当然のことだからね!」

「……聞いていた通りだな、"疵無し"。東の海(イーストブルー)にいい具合に頭がぶっ飛んでる女海賊がいると、ある男が言っていた。その通りだった」

「はっ!? ……あの野郎ぉ! シャンクスーッ!!」

 

 ミホークの知り合いでそんなことを吹き込むのはシャンクスくらいしかいない。

 もっとあっただろ!

 とんでもない美貌の女海賊とか!

 

 ……なんかバカにしたような笑い声の幻聴が聞こえてきたので落ち着くことにした。

 

「早く偉大なる航路(グランドライン)に行くことだ。奴は待ちわびていたぞ」

「言われなくても」

 

 世界一の剣士ジュラキュール・ミホークはそう言い残して去って行った。

 

 ……七武海か。

 知識の上では実力にバラつきがあるので一概には言えないけれど、かなりの威圧感だったね。

 さて、ミホークが恐らくゾロと闘ったのはわかった。

 そしてここからバラティエまではおよそ数時間。

 もしクリーク一味がいるのなら、アタシがバラティエに着く頃には全て終わっているだろうねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおぉぉっ! アルビダお姐様ァッ!!」

「折角来てくれたのに悪ィな、アルビダ。見ての通り、営業出来る状態じゃねェ。まかない飯なら食わせてやるが」

「別に構わないよ。と言うより、随分と大変そうだったんじゃあないか」

 

 クリーク一味の本船であるガレオン船の残骸や、"ヒレ"がバラバラに砕け散り木片がそこら中に散乱していた。

 バラティエのコックたちも怪我人が多く、ゼフの言う通り営業はすぐに再開出来なさそうだ。

 ただクリーク一味の姿が見えないことから、既に"ギン"が主導して退却した後だろうね。

 

「ふぅん……」

 

 チラリと、サンジのすぐ横で豪快な寝息をたてて眠りこけている少年を見やる。

 これが"モンキー・D・ルフィ"か。

 なるほどね、寝ているとはいえ特別な存在であることがひしひしと伝わってくる。

 

 

 

「あ、アルビダお姐様……なんという刺激的な格好を!」

 

 サンジが鼻の下を伸ばしてアタシの格好を指摘する。

 周りのコックたちも当然ながらアタシにデレデレだ。

 

 更に磨かれ抜いたアタシの自慢の美肌を晒すべく、上半身の白ビキニに丈の短いジャケットは変わらないけれど、下はホットパンツにサンダルという露出多めの格好だ。

 スタイルも更に良くなったので"攻撃力"はかなり高いと自負している。

 

 ちなみにボガードくんは身長三メートルに届きそうな勢いでデカくなった。

 服装は袖捲りをして第二ボタンまで外したワインレッドのシャツに黒いスラックス。

 アクセントとして白いベルトをつけている。

 一言で言えば、"ラフな格好の強面ボディーガード"だね。

 

 リィリィは長かった灰色の髪をショートボブに変えている。

 水色のキャミソールにハーフパンツ、腰にはわんさか毒物が入っているポシェット。

 そして医療器具を詰め込んだ大きめのリュックを背負っている。

 身長が伸びることはなく、百五十センチを少し超える程度のお子様体型だ。

 

 

 と、まあ案の定サンジはアタシの高い攻撃力を誇る服装に一発ノックアウト。

 怪我人を治療して回る小柄なリィリィに、自分の順番が来てデレデレするパティは事案発生の臭いがする。

 まあいいか。

 

「ボガード、全員分の飯を作ってきな。ゼフ、厨房と食材は勝手に使わせるよ」

「すまねェな。客のお前たちの手を借りちまって」

「別に気にする必要はないよ。アンタたちは休んでな」

 

 動くのも辛そうなコックが沢山いたのでボガードくんを使うことに。

 まあその後サンジも手伝いに向かったのだけれど。

 

 銃痕が多々残るバラティエ店内で、ボガードくんとサンジ合作の飯を食べる。

 相変わらず良い腕だ。

 こんな時、ルフィなら匂いを辿ってこっちに混ざりそうなもんだけれど、どうやら上階のベッドでぐっすり眠っているらしい。

 聞けば相当激戦だったみたいだからねえ。

 まあ仕方ないか。

 

 

 

 

 翌日。

 本当はバラティエへの滞在は一日にしようと思っていたのだけれど、今まで経験したことがないほどコックたちがアタシをチヤホヤしてくれるので、とても気持ちが良くなって三日に延ばすことにした。

 それにこれだけかまってくれるのなら、多少はバラティエの修復に手を貸すのも吝かではない。

 

「ボガードさん、絶対船長は良いように使われてるだけですよね?」

「どうなんでしょうねぇ……いくら姐さんでも"そういうの"には気が付きそうなもんでやすが……」

「アハハハハ! 美しすぎるのも罪なもんだよ!」

「よっ! 世界一の美女アルビダ!」

「"海賊女帝"なんて目じゃねェぜ!」

「わかってるじゃあないか! なにか手伝ってやるよ!」

「……姐さんが楽しそうなら万事オーケーでやす」

「ですよねぇ」

 

 ボガードくんとリィリィがゴニョゴニョ話していたけれど、良く聞き取れなかった。

 まあいいや。

 

 その後全員でコック専用の食堂に向かい、まかないの食事を摂ることに。

 そこへルフィとサンジが一緒になって入ってきた。

 ただ席が足りなくなって二人は床で食べることになったようだ。

 

 ふむふむ、動いているルフィをまじまじと見つめる。

 するとルフィとサンジもアタシの視線に気付いたようだ。

 

「テメェ! アルビダお姐様の視線を独り占めしてんじゃねェ!」

「えー、おれのせいか?」

「まあまあ、落ち着きなよサンジ。アンタがモンキー・D・ルフィだね?」

「おう! お前だれだ? おれ、お前みたいな美女知らねェぞ」

「さあね。ミステリアスな美女ってのも、また良いもんだろう?」

「なに言ってんだお前?」

 

 ぐぬぬ……流石ルフィ、手強い。

 この唐変木なルフィですら"美女"と口にしてしまうほどのアタシの美貌は流石と言うべきだけれど、こうまで響かないとは……

 

「テメェ! いいか、良く聞け! このお方……アルビダお姐様はなぁ、この海で一番の美貌をお持ちになられていると同時に、この海で最も尊いお方なんだ! それに、これを見ろ!」

 

 サンジが懐から取り出したのはアタシの手配書。

 むむ、映りの悪いあの写真は早急になんとかしなくては……

 と言うか、サンジはいつも持ち歩いていたのか。

 

「懸賞金九千七百万ベリー"疵無しのアルビダ"お姐様とは、このお方のことだ!!」

「九千七百万っ!? スゲェーッ!! おい、お前スゲー海賊だったんだな!」

「ふん、当然さ! もっと褒めな!!」

 

 ふふん。

 目を丸くして驚くルフィ。

 とても良い気分だ。

 

「まあアンタも、その帽子……なかなか良いもの持ってるじゃあないか」

「しっしっし! そうなんだ、おれの宝物さ!」

 

 とても嬉しそうに麦わら帽をクルクル回している。

 

 どの辺りだったか。

 こうして直接話してみると、誰かがルフィのことを評していた言葉が頭を過る。

 

 "周りの人間を次々と味方にする才能"

 

 この世界で最も恐ろしい才能とも言われていたねえ。

 人好きする笑顔、アタシの懸賞金を聞いても物怖じしない心。

 裏表のない性格に、無意識の内に漏れ出る王の才覚。

 まだまだ未熟なところは多いけれど、アタシが"欲しい"という感情すら涌き出なかった。

 それは単に、"誰もがルフィを従わせることは出来ない"ということを一目見て感じ取ったから。

 

 "主人公補正"とかちゃちな言葉じゃあない、正しく王になるために生まれて来たような存在。

 それがこうして実際に会って理解させられたモンキー・D・ルフィという男の印象だ。

 

「お前いい奴だなー! おれと一緒に海賊やろう!」

 

 おっと。

 過程をすっ飛ばして仲間に誘うのも、とてもルフィらしい。

 

「アタシを誘うなんざ、お目が高いね。まあアタシが船長なら良いよ」

「それは嫌だ! 船長はおれだ!」

「じゃあこの話はなしさ。アタシも一番目立つ船長じゃあないと嫌だしね」

「えー、仲間になれよー。楽しいぞ、海賊は」

「知ってるよ。既にアタシは海賊だしね」

「あ、そうだった! ちぇー、楽しいのに……」

 

 ぶすっとするルフィ。

 今回ばかりはアタシはフラれる側じゃあない。

 残念だったなリィリィ!

 お前の毒舌の出る幕はなさそうだぞ!

 

 

 

 

 

 さて、ルフィの勧誘を蹴ってすぐのこと。

 

「おい、今朝のスープの仕込みは誰がやったんだ!?」

 

 パティのその言葉から始まり、コックたちはまかない担当のサンジの料理を扱き下ろす。

 そしてサンジが出ていって…………という原作イベントが発生した。

 それはサンジをルフィに連れ出してもらおうという演技。

 しかし自分の意思で行くと言わない限り連れて行かないとルフィが言う。

 

 扉をぶち破って外にいたサンジとパンザメに下半身を噛まれたヨサクが中に入って来たり。

 そして演技を全部聞いていたサンジが"連れてけよ"とルフィに言ったり。

 途中、小物専門の賞金稼ぎユニットの片割れであるヨサクはアタシを見て、顔色を真っ青にしたり、締まらない表情で顔を真っ赤にしたりしていたね。

 

 

 

「カゼひくなよ」

()()()()()()! ……長い間クソお世話になりました!!」

 

 そしてバラティエを出るサンジがゼフに対して、今までの感謝の気持ちを叫び船に乗り込む。

 うん、とても感動的だ。

 ただちょーっと待って欲しい。

 

 アタシはサンジに何度もフラれている。

 そりゃあルフィが"そういう存在"ってのはわかるんだけれどさ、勧誘一発でホイホイ付いていくのはどうかと思うなー。

 これじゃあ世界最高の美貌を誇るアタシがモテないみたいじゃあないか!

 

「船長、美人なのに本当にモテないですよねー」

「リィリィ!」

「ひぃっ! ご、ごめんなさいぃ!」

「姐さん、コックならあっしがいやす。気を落とさないでくだせえ」

「ふん、良いことを言うじゃあないかボガード。久しぶりにボガード()()と呼んであげようかね」

「ちょ! ね、姐さん……勘弁してくだせえ……」

 

 タジタジのボガードくんに、いつも通り一言多いリィリィ。

 出発して暫くこちらへ手を振り続けるサンジに一つ言っておこうか。

 

「サンジ!」

「あ、アルビダお姐様?」

「アンタ、散々アタシをフッておいて他所の海賊になったんだ。中途半端は許さないよ!」

「はい! 肝に命じます!!」

 

 まあこれくらいで許してやろうかね。

 ただ、涙ぐみながら笑顔を見せるゼフにも文句を言わねばなるまい!

 

「アタシがあんだけ口説いていたの知ってただろう?」

「ふん、オールブルーっていうあいつの夢にゃあ、お前の船に乗っていたら無理だからな」

「ま、そりゃあそうなんだがね」

 

 この話はこれまで。

 仲間に出来なかったことをいつまでもネチネチ言っていてもしょうがない。

 ボロボロ涙を溢し泣き叫ぶパティやカルネを筆頭としたコックたちをいい加減店内に戻して、バラティエの復興作業に充てる。

 銃痕こそ残っているけれど、散乱したテーブルや椅子の破片なんかは粗方片付いた。

 ここから先は本格的な職人なんかに依頼するしかないだろう。

 

 昼食、夕食とアタシを中心とした輪となり、サンジが抜けて空いたコックたちの心の穴を埋める。

 ボガードくんが料理を作る様を見ていたけれど、彼らに見劣りはしていない。

 ルフィに会ったりサンジがバラティエを去って行ったりと色々あったけれど、毎回バラティエへの滞在は充実したものになる。

 

「んじゃあ、アタシたちは明日出発するから」

「ああ、カゼひくなよ」

「ふん、アタシも"クソお世話になりました"って言った方が良いかい?」

「バカ言え。あの時もそうだ……世話になったのはこっちの方だぜ」

 

 コックたちの『行かないでくれー』なんて声も聞こえるけれど、あまり滞在を延ばすことは出来ない。

 まあアタシが言えたもんじゃあないけれどね。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてまた翌日。

 朝食をご馳走になり船へ足を運ぼうとした時だった。

 バラティエに設置されている"電伝虫"が鳴り響く。

 店の予約か? と思ったが違うらしい。

 

 二三、ゼフが話した後にアタシを呼んだ。

 

「アルビダ、お前にだとよ」

「アタシ? バラティエにじゃあないのかい?」

「いいや、お前を名指ししていたぞ」

「ふぅん、一体誰だろうねえ」

 

 通話を変わると、切羽詰まったような男の声がした。

 暫く話し込む。

 ……ああ、なるほどね。そういうことか。

 

『――――くださいっ! お願いしやすっ!!』

「見返りは?」

『アッシらの総てを!』

「……その言葉、覚えておきなよ」

 

 通話を終わらせ、ため息を一つ吐く。

 なるほどなるほど。

 まあほんのちょっぴり罪悪感があったし、そういうのは吝かじゃあないよ。

 

 さて。

 

「そういうわけで行き先変更だ。良いかいボガード、リィリィ?」

「ヘイ、姐さん」

「りょ、了解ですっ」

「よしっ、戦闘準備は怠らないようにしなよ」

 

 

 

 行きましょうかねえ。

 

 アーロンパークへ。




アルビダ「ホットパンツはどうだい!?」

サンジ「これはエチエチの実の能力か!!」




多分大きく時間が飛ぶのはこれがラスト。


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しぶとい魚人と三人目と四人目

タイフウ、キヲツケテネ!


 今から約八年前、七武海加入と引き換えに"ジンベエ"が東の海(イーストブルー)に解き放ったノコギリザメの魚人アーロン。

 彼はココヤシ村を中心としたコノミ諸島を支配下に置き、東の海(イーストブルー)にアーロン帝国を築く足掛かり、アーロンパークを建設した。

 しかしその野望は僅か一年で一度潰えてしまう。

 とあるたった三人の海賊団に叩きのめされ、アーロンパークは崩壊。

 アーロン一味も崩壊寸前までの被害を受けた。

 

 しかし彼の"魚人至上主義"と"人間への憎しみ"から復活を遂げ、再びアーロンパークを建設。

 優秀な航海士兼測量士であるココヤシ村のナミをもう一度手の内に収め、更に東の海(イーストブルー)に生息している海獣を多く支配し、ココヤシ村周辺の監視に当たらせる。

 ナミがアーロンたちに行動を起こせばココヤシ村が犠牲になり、ココヤシ村の村人が行動を起こせばナミが犠牲になる。

 --ここでの"行動"というのはあの忌まわしき三人組の海賊団を呼んだりすることだ。

 つい一、二年前にその三人組がココヤシ村を訪れたが、その時は誰かが助けを求めたわけではなかったので、暫く俸貢を増やすことだけに留めていたが。

 

 

 そして先日、長旅から帰ってきたナミを迎え入れた。

 しかしそれはアーロンが再び辛酸を舐めることを告げる報せでもあった。

 

 

 

 

 

「龍……巻きっ!」

「……ニューッ!!」

 

 ナミを連れ戻しに来た、と言う麦わら帽を被った少年とその仲間たち。

 その内の一人"海賊狩り"という異名を持つ三刀流の剣士"ロロノア・ゾロ"によって、アーロン一味の幹部たるタコの魚人、通称ハチが敗れてしまう。

 あの三人組にやられてから、一味の実力は上がったはずだ。

 事実、斬撃こそ当たらなかったものの、ハチの打撃の数発はゾロに直撃。

 勝手に辛そうにしていたゾロは一度地に伏せて倒れたが、そこから不屈の闘志で立ち上がり、ハチを討ち取った。

 

 これでまず一人、幹部を失う。

 アーロンのこめかみに青筋が浮かぶ。

 

 

 

 

「もう一度喰らえっ! 千枚瓦正け--」

羊肉(ムートン)ショットォッ!!」

 

 麦わら一味の新たなる仲間であるコックのサンジと幹部のクロオビの闘い。

 開幕一番、ルフィが海に沈められて気を取られたサンジの隙を突き、クロオビは()枚瓦正拳をサンジに突き刺した。

 人間を侮りはするものの、約七年前のあの経験から油断をすることはなくなった。

 それは同じく幹部であるハチも同様だった。

 

 だが、それでもダメだった。

 態々魚人のホームたる海中戦に持ち込んだサンジの機転の前に一矢報いられ、陸上に上がってからは六つの蹴りからなる連続技を喰らい、止めに強烈な後ろ回し蹴りを受けて吹き飛ばされる。

 

 これで幹部が二人目。

 

 更に悪いことに、チェックのバンダナを頭に巻いた長鼻の男"ウソップ"が『幹部を一人倒した』と声を大にして合流する。

 残された幹部のキスの魚人チュウもやられたらしい。

 

 これで幹部は全滅。

 それ以外の同胞は麦わらの男に倒されている。

 アーロンの堪忍袋の緒が切れた。

 

 三千五百万ベリーの賞金首。

 その実力は並みの強さではない。

 ゾロとサンジを掌で掬った少量の水だけで手玉に取り、軽くあしらう。

 その後の攻防も一方的なものだったが、海に沈められていたルフィの復活の狼煙が上がる。

 

 それを見たゾロがアーロンの足止めを買って出て、サンジがその間にルフィの足枷を蹴り砕く。

 

 

「交代だぁーっ!!」

 

 

 アーロンに首根っこを掴まれていたゾロを放り投げて、ルフィは戦線復帰する。

 

 激しい攻防。

 サメの鋭い歯と強靭な顎、そして魚人故の生来の怪力と打たれ強さでルフィに襲い掛かるアーロン。

 対するルフィは"ゴムゴムの実"を食べたゴム人間。

 その弾性や伸縮自在の身体を活かした立ち回りで、トリッキーで強力な攻撃を次々繰り出していく。

 

 闘いも終盤。

 アーロンは新調されたバカデカいノコギリ"キリバチ"を取り出して、ルフィをアーロンパークの上へ上へと追い詰める。

 そしてとある部屋に戦場を移し、二人は更に激しく暴れまわる。

 

 

鮫・ON・歯車(シャーク・オン・トゥース)!」

「ゴムゴムのォ--」

 

 

 鋭い歯が並ぶ口を大きく開け、高速回転しながら突進するアーロン。

 ルフィの腹に喰らいつきそのまま噛み砕こうとする、が。

 

 

「--"戦斧(オノ)"ッ!! だあぁーっ!!」

 

 

 天井を突き破っていたルフィの伸びた足。

 ゴムの戻ろうとする力を利用した強烈なストンピングがアーロンの腹に突き刺さり、階層をぶち破ってアーロンを叩き落とす

 

 崩れるアーロンパーク。

 集まったココヤシ村の住人たちは固唾を飲んで見守り、果たして、瓦礫を押し退け立ち上がったのはルフィだった。

 

「ナミ!!」

 

 ルフィから麦わら帽子を預かっていたナミ。

 ルフィが自分を呼ぶ声に、しっかりと耳を傾ける。

 

「お前はおれの----」

「……ぐっ……がはっ…………下等種族がァッ!!」

 

 完全に勝敗は決まっていたかに思えた。

 しかし、瓦礫を退かし弱々しい足取りながらも、アーロンはまだ立っていた。

 血を吐き出し自慢の鼻は折れ曲がっていて尚、目に宿る炎は消えていない。

 

「アーロンッ!!」

「麦わらァッ!!」

「絶対におれの仲間は渡さねェ!!」

東の海(こんなところ)で二度もおれが負けるはずがねェ!!」

 

 お互い満身創痍の中、最後の意地を見せ駆け出す。

 

「おおォォォォォッ!!」

「……鮫・ON(シャーク・オン)--」

 

 喉が擦り切れてしまうのではないかと思うほどのルフィの叫び。

 それに呼応するように、空気がビリビリと鳴動する。

 肌を刺すようなそれに、村人たちは一瞬気を失いかけた。

 

 そんなことは露知らず、二人の全てを賭した一撃が再びぶつかり合う。

 

歯車(トゥース)!!」

「ゴムゴムのォ"回転弾(ライフル)"ッ!!」

 

 回転には回転。

 ギリギリ、限界まで伸ばした腕をネジを巻くように絞り、そしてそれを叩きつける。

 それをまともに喰らってしまったアーロンは回りながら吹き飛ばされ、今度こそルフィに軍配が上がった。

 

「お前はおれの仲間だっ!!」

「うん…………っ!」

 

 先程言い切れなかった台詞。

 そして空間を鳴動させるほどの"何らかの力"を発揮したルフィは、台詞を言い切った後に精魂尽き果て満足気に倒れ込んだ。

 

 

 

 これにてアーロンパーク、及びアーロン一味は崩壊。

 ギャラリーと化していた村人たちは大いに沸き上がる。

 この事実を他の村に伝えようとする動きもあったのだが、やはりこういう時に水を差す輩というのはどこにでもいるようで。

 

『チッチッチ、討伐ご苦労名も知らぬ海賊たち。その手柄、第十六支部のネズミ准将が貰ったァッ!!』

 

 拡声器によって辺りに響き渡るその声。

 出所である海の方面に目を向けると、そこには海軍の軍艦一隻に、それを護衛する船が九隻。

 そして計十隻の海軍籍の船の周りには五匹の海獣。

 

 支配強化のため、アーロンは予め海軍のネズミ准将に海獣を貸し与えていたのだ。

 これにより"海獣を手懐けた"という功績と、それを利用して様々な海賊を拿捕した功績から、支部とはいえネズミは大佐から准将に昇格していた。

 

「冗談キツいぜ……こっちは船長とマリモが戦闘出来るような状態じゃねェ…………気張れよウソップ。ナミさんやノジコ(お義姉さま)に傷付けたら許さねェからな」

「に、逃げようぜサンジ! おれたち充分やっただろ! 相手が多すぎるって!」

「泣き言言ってんじゃねェよ! 八千人の部下はどうした!?」

「う、嘘に決まってるだろォッ!?」

 

 苦い顔をするサンジと、ガタガタ震えだすウソップ。

 自分たちも海賊である以上、あの過剰戦力とも言える海軍は確実に捕縛へ向かうだろう。

 覚悟を決め、海に浮かぶ軍勢に向き合う。

 勝つか負けるかじゃない。

 やらねばどっちみち終わってしまうのだ。

 

「おれもやるっす。サンジの兄貴、ウソップの兄貴」

「アッシも。兄貴たちだけに闘わせるわけにゃあいきやせんからね。なあジョニー?」

「おうよ、ヨサク」

「お前ら……」

「それに、第十六支部のことは聞いていやしたからね。"秘策"もありやす」

「相棒の言う通りっす」

「秘策だと?」

「まあお楽しみってことで」

 

 サンジとウソップの横に、そして動けないでいるルフィと血を流しすぎたゾロを背に護るように、賞金稼ぎユニット"ヨサクとジョニー"が菜切り刀を携え立つ。

 自らも体中怪我だらけだというのに笑っていた。

 

「お前たち、彼らだけに任せっぱなしで良いのか!? 私も闘うぞ!」

「わしもじゃ!」

「私も!!」

 

 そして風車を刺した帽子を被るゲンゾウを筆頭に、ココヤシ村の人々も麦わら一味に加勢し海軍にノーを突きつける。

 

『チッチッチ! 諸君、それが答えか!? 私に逆らえばどうなるか、思い知るが良い! 全艦砲撃用意!!』

「市民がいるんだぞ!? どうなってやがる海軍!!」

()ェッ!!』

 

 無慈悲にも一斉射撃が繰り出された。

 まるで砲弾の弾幕。

 あまりにも多すぎる物量は、例え麦わら一味の面々が並々ならぬ実力を持とうが捌ききれない。

 ほぼ全員が苦々しい表情を浮かべる中、ヨサクとジョニーだけは飄々としていた。

 

「安心してくださいっす、皆さん。秘策は成りました。なあ相棒」

「おおともよ相棒。来やすよ兄貴たち、東の海(イーストブルー)で活動している賞金稼ぎの間じゃ最大のアンタッチャブルが」

「てめェらなにを……」

 

 そうこうしている間にも砲弾は迫り来る。

 ヨサクとジョニーがなんのことを言っているのかわからなかったサンジは、少しでも被害を減らそうと前に出ようとするが--

 

 

 

 

 

 

「絶世の美女、アルビダ様が参上っ!!」

 

 

 

 

 

 --宙を駆け、弾幕に突っ込んでいく一人の女海賊アルビダが現れる。

 アルビダに直撃したはずの砲弾は全てあらぬ方向へ逸れて行き、一発たりとも人々が密集するところへ被害を及ぼさなかった。

 

「あ、アルビダお姐様ァ!?」

「おや、一日ぶりだねえサンジ」

 

 またしても宙を蹴って綺麗に着地するアルビダ。

 それに呆気に取られるサンジともう一人。

 

「アルビダさんっ! な、なんでここにいるの?」

「ナミじゃあないか! 大体七年ぶりってところかい。綺麗になったねえ……まあアタシには敵わないがね!!」

「う、うん、久しぶり……じゃなくて! なんでいるのか聞いてるのよ!」

「ああ~……後で話すよ。ボガード、リィリィ!」

 

 アルビダの声に反応して、少し遅れてやってきた巨漢のボガードと小柄なリィリィが人混みを掻き分けて現れた。

 

「ボガードはここで待機して砲撃を撃ち落としな」

「ヘイ、姐さん」

「リィリィは怪我人を治療してやりな。特に"麦わら"と"海賊狩り"がヤバそうだ」

「は、はい船長!」

 

 アルビダの指示通りに動く二人。

 そしてアルビダ自身はというと、海を前に改めて海軍に向き合っていた。

 

「まずは軍艦……嵐脚(ランキャク)--」

 

 右足を大きく後ろへ振り上げる。

 そして沢山溜めを作ったその足を、地面に滑らせて加速させ振り抜いた。

 

(スペル)閃脚万来(カーテンコール)!」

 

 轟と振り抜かれた足から放たれる斬撃。

 特大のそれは海の上を走り、一直線に襲い掛かる。

 勢い落とさずそのままに、軍艦の傍らにいた海獣に直撃。

 切断には至らなかったものの、海獣に刻まれた傷跡は大きく、一撃で意識を失わせた。

 そしてその海獣は隣の軍艦へと倒れ込み、ネズミ准将の乗っていた軍艦は転覆。

 更にドミノ倒しのように数隻を巻き込んだ。

 

「…………よ、良し! あ、アタシの狙い通りだ!」

「うおぉっ! 流石アルビダお姐様だぜェ!!」

「上手くいったから誤魔化してるだけですよね船長。『まずは軍艦』ってカッコ付けて言ってたけど、掠りもしなかったですし……」

「リィリィ!」

「ひぃっ! ご、ごめんなさいぃ!」

 

 サンジは慣れっこなのか、いつもの調子であったがナミやウソップ、ココヤシ村の人々は目を丸くして驚いていた。

 これが東の海(イーストブルー)での最高額を懸けられた海賊の実力なのか、と。

 

 突然の転覆に混乱の中でも海軍は砲撃を続ける。

 飛来する幾数もの砲弾に巨漢の男、ボガードが立ちはだかる。

 彼が腕に力を入れた瞬間に両腕が真っ黒に染まる。

 そしてその腕を砲弾に叩きつけ、文字通り撃ち"砕いた"。

 身体の大きさとは反対に、意外にも俊敏な動きで着弾地点に入り次々と撃ち砕いていく。

 

「問題なさそうだね。それじゃあアタシは直接乗り込んで沈めてくるよ」

「お気を付けて、姐さん」

「あいよ」

 

 まるで空中に足場があるかのように空を走るアルビダ。

 途中砲撃にあうが、その全てはアルビダの肌を滑り意味をなさない。

 そして船の甲板に着けば後はただの蹂躙劇だ。

 

 次第に麦わら一味に降り注いでいた砲撃は止み、沈没を免れた一隻だけが近付いてくる。

 その船首には決めポーズを取って悦に浸るアルビダ。

 甲板をよく見ればずぶ濡れでボロボロになったネズミ准将もいる。

 

「お疲れさまでやす、姐さん」

「このくらいじゃあ疲れないよ。さて、アーロン一味の後始末は准将様がやってくれるそうだ。全部押し付けちまいな」

 

 これにて、本当に一件落着。

 他の村に伝えるべく、村人たちは一斉に歓喜の声を上げ走り出す。

 そしてその後を追うように麦わら一味、そしてアルビダ海賊団の三人もココヤシ村へ向かった。

 

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 さて、アタシたちがなぜ針路とは関係ないココヤシ村まで足を伸ばして、態々人助けみたいなことをしたのか。

 それはヨサクとジョニーがバラティエに電伝虫を繋ぎ、救助要請を受けたから。

 アタシたちがバラティエに滞在していたのは、ヨサクと逢っていたから知っていてもおかしくないね。

 彼らは賞金稼ぎだけあって、ある程度情報に強い。

 そして第十六支部とアーロンが癒着していることも知っていたみたいだし、海獣が飼い慣らされていることも知っていた。

 

 ルフィたちがアーロンを倒せるとは信じていたのだろうけれど、その後にやってくるであろう海軍の対処までは手が回らないと考えた。

 そこでアタシだ。

 ヨサクとジョニーからは『海軍と海獣をなんとかしてほしい』と連絡を受けた。

 勿論そんなことをする義理もないし、そもそも彼らとは今まで接点がない。

 当然の如く見返りを求めた。

 

「あの時に言った言葉、嘘じゃあないよねえ?」

「ヘイ、アッシとジョニー……おれたち二人の総てを差し出しやす」

「おれも同じ気持ちっす」

「総て……それに命が含まれていたとしても?」

「ヘイ!」

「はいっす!」

 

 村全体が立食パーティーとなっているココヤシ村の木の下にあるベンチ。

 そこに座るアタシの前には膝を突けたヨサクとジョニー。

 ふむふむ、覚悟は本物のようだ。

 麦わら一味に受けた恩や、勘違いをしてしまったナミに対する贖罪のためだけにここまで出来る心魂は素晴らしいと思う。

 

「リィリィ、どうだい?」

「嘘はありませんねー」

 

 リィリィのお墨付きも出た。

 差し出すということは全てをアタシに委ねるということ。

 それこそ自分の命まで。

 他人のためにそこまでの覚悟が出来る人材が、果たしてそう多くいるだろうか?

 

 お世辞にもヨサクとジョニーは強いとは言えないけれど、その心意気はとても気高いものがある。

 これはもう、頂くしかあるまい。

 

「なら、アンタたちの命は今からアタシが預かる」

「へ? そ、それってどういうことですかい?」

「察しが悪いね。賞金稼ぎは廃業、アンタたちは今からウチの一味に加わったってことさ」

「アルビダ海賊団へようこそー」

 

 ポカンとした表情のヨサクとジョニー。

 対し、わかっていたのかリィリィはにこやかに手を振って歓迎していた。

 

「は、はは……マジかよ……相棒、おれらどうやら小物相手の賞金稼ぎから、ここらで一番ヤバい海賊の船員(クルー)になったみたいだぞ」

「言うなヨサク……でもこんな美女の尻に敷かれるなら、全然アリだな」

「……確かにその通りだぜジョニー! アルビダの姐さん! 不肖ながらこのヨサク、この身を預けさせていただきやす!」

「同じく! 不肖ながらこのジョニー、お世話にならせていただくっす!」

 

 菜切り刀を眼前に置き、片膝を立てて口上を述べる二人。

 チラリとリィリィに目をやるが、頷いているのでこれにも嘘はないみたいだ。

 

「良し、それじゃあ行こうか」

「え? 行くってどこにっすか?」

偉大なる航路(グランドライン)。漸く人数が揃ったことだしね。早速預けていた船を受け取って、目指すとしようかね」

「えぇーっ!? い、いきなりっすか、アルビダの姐さん!?」

「か……紙一重…………でやっていけるの……か?」

「良いから行くよ! 本当はもっとここでチヤホヤされたかったんだけれどね!」

 

 仕方がない。

 流石に仲間集めに十年は時間が掛かりすぎだしね。

 

 途中、料理をこれでもかと振る舞っていたボガードくんを回収し港へ向かう。

 ヨサクとジョニーは麦わら一味に海賊になったことを告げ別れを済ませる。

 大層驚かれていたけれど、アタシの船に乗ると言ったら納得していた。

 

 まあ後はナミにも小言を言っておいた。

 サンジの時と似たような感じだけれど、アタシを袖にしたのなら頑張れ的なニュアンスの言葉だ。

 ウソップはアタシが九千七百万ベリーの賞金首と知らされて泡吹いて倒れてしまったね。

 

 ゾロは言葉数は少なかったけれど、ヨサクとジョニーにエールを送っていた。

 ただアタシには興味を持たなかったようで、素っ気ない態度を取られる。

 もっとアタシを見ろよ! 的なことを言ったけれど効果なし。

 ただそれに憤慨したサンジがゾロと喧嘩を始めたのでさっさと退散した。

 

 ココヤシ村の人たち--ゲンさんやドクターやノジコとも話をしたので、まだ明るい内に出航する。

 全員で船に乗り込んだは良いが、アタシたちの小船に五人は狭いね。

 まあそれももう少しの辛抱だ。

 

 ここから新しい船を取りに行って、偉大なる航路(グランドライン)に入る準備のため"ローグタウン"に着くまでには一週間と少しくらいだろう。

 長かった。

 本当に長かったなあ。

 

 まあ感傷に浸るのはいつだって出来る。

 取り敢えず今は新しい仲間も加わったことだし、恒例となったあれを済ませておこうかね。

 

 

 

「行くよボガード!」

「ヘイ、姐さん!」

「行くよリィリィ!」

「は、はい船長!」

「行くよお前たち!」

「ヘイ、アルビダの姐さん!」

「はいっす!」

 

 

 

 待ってろよ、偉大なる航路(グランドライン)

 

 待ってろよ、世界。




ジョニー「ヨサクは木を切るー」

ヨサク「ヘイ」

ボガード「ヘイ」

アルビダ「んほー! アタシ美しい!」

リィリィ「船長ェ……」



てっきりヨサクの一人称"アッシ"だと思っていたんですが、ひらがなで"あっし"でした……
ボガードくんと被っちゃうのでヨサクの方はカタカナでいこうと思います。

あと、本文でヨサクが一度"おれ"と言っていますが、ジョニーと話すときだけは自分のことを"おれ"と言っているみたいです。
混同してしまったらすいません。
センゴクなんかもガープと喋る時は、"私"→"おれ"になってますね。
おだっちげいこま。


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ローグタウンとイーストブルーとのお別れ

千と千尋の屋台にあった料理が美味しそうに見えるのはなぜなのか……
ただまあ作者的にはもののけ姫のジコ坊が作ってたお粥みたいなのが一番美味そう。


 この度、新たな仲間である元賞金稼ぎヨサクとジョニーの二人を加え、計五人となった我がアルビダ海賊団。

 手狭になった小船で波に揺られながら、造船業の盛んな島へ到着した。

 

「キャラヴェル船"スペル・クイーン号"だ。名前は勝手に付けさせてもらったぜ」

 

 船大工の頭命名、スペル・クイーン号。

 シンプルな造りのキャラヴェル船で、見た限りではこれと言った特徴はない。

 船首にも羊だのライオンだの骨をくわえた犬だの、象徴になるようなものは付いていない。

 でも、それが良い。

 そもそもアタシが乗っている時点で最大級の価値のある船になるわけだし、余計な装飾はあってもなくても構わないね。

 むしろなくして、機能性を高めている方が嬉しい。

 

 船大工の頭から船の説明を受けるが、ボガードくん以外はアタシ含めてちんぷんかんぷんだった。

 取り敢えず、東の海(イーストブルー)で最高級の木材を使用したとても良い船ってことは理解したよ。

 それ以外のことは……後でボガードくんに聞けば良いや。

 

 リィリィを仲間に加えてから約七年も乗ってきた小船には愛着があったので、一緒にスペル・クイーンに積むことにした。

 今後ちょっとした買い出しなんかにも使えるかもしれないしね。

 ともあれ航海に必要なものを積み込み、新しい船スペル・クイーンに乗って気分一新、偉大なる航路(グランドライン)を目指そうか。

 ああ、その前に始まりの街ローグタウンに行かなきゃならないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うむ。

 わかってはいたけれど、やはりローグタウンは大きい。

 港もいくつかあるようで、いかに海軍と言えど全てを監視することは出来なかったみたいだ。

 そのお陰で悠々と上陸することが出来た。

 

 アタシたちがローグタウンに立ち寄った理由は大きく分けて三つ。

 

 一つは"記録指針(ログポース)"の入手。

 コンパスが狂ってしまう偉大なる航路(グランドライン)での航海には必要不可欠な代物だ。

 

 二つ目は海軍基地、並びに出張所への潜入。

 なぜかと言えば、つい先日まことしやかに囁かれていた闇オークションが、海軍本部の"スモーカー"大佐に一斉検挙されたらしい。

 そのオークションなのだけれど、どうやら悪魔の実すら出品されたことがあるという噂があったらしいのだ。

 もしスモーカーが検挙に向かった際に悪魔の実が出品されていて証拠品として押収したのなら、まだローグタウンの海軍基地に悪魔の実がある可能性は十二分に考えられる。

 アタシ自身はそこまで悪魔の実に執着していないけれど、ボガードくんたち船員(クルー)一同は戦力強化のために欲しかったらしい。

 

 三つ目は……まあそこまで期待はしていない。

 記録指針(ログポース)や悪魔の実に比べて、全く情報を聞かなかったからね。

 見つかったら良いな、程度のものだ。

 但し、アタシの中では見つかった場合の優先順位は一番高い。

 

 

「悪いけれど船番は頼んだよ、ボガード」

「ヘイ、任されやしたぜ姐さん」

 

 ボガードくんがいれば大抵の海賊や海軍は手出しは出来ないだろう。

 パワーとタフネスはアタシ以上だし、覇気使いなので自然系(ロギア)の"モクモクの実"の能力者であろうスモーカーにすら対処出来るからね。

 

「ヨサクとジョニーは記録指針(ログポース)の捜索。リィリィは一番危険な海軍基地への潜入ね」

「了解っす、アルビダの姐さん」

「アッシも! 役に立ってやりやすよー!」

「わ、私だけ難易度が……」

 

 ヨサクとジョニーはまだアタシの一味になったことは海軍には伝わっていないので、大手を振って街中を歩ける。

 記録指針(ログポース)が売られていたりするものなのかは疑問だけれど、堂々と捜索するのには今の段階ではうってつけの人選だ。

 

 リィリィに関してはぶっちゃけ心配していない。

 本気で"かくれんぼ"したリィリィを見つけるためには、最低でも見聞色の覇気を身に付けていないとかなり厳しい。船医なのに。

 それにいざとなったら麻痺毒を撒き散らしてなんとかするだろうね。

 潜入だったり工作だったりの隠密行動はリィリィに掛かれば朝飯前だ。船医なのに。

 

 アタシは三つ目の目的対象の捜索。

 その際に街中を闊歩するわけだが、アタシが見つかれば海軍は大挙して押し寄せるだろう。

 そうなれば海軍基地の人手が少なくなってリィリィが余計に動きやすくなる。

 ボガードくんとリィリィの捜索のためにも人手が散るだろうしね。

 

「それじゃあ、長くても六時間後までにはスペル・クイーンに集合ってことで」

 

 それぞれ散開していく。

 

 

 

 アタシはまず、三つ目の目的が見つかった場合に備えて服屋を見に行くことに。

 意味がわからないかもしれないけれど、これは重要なことなのだ。

 

 一軒目の服屋に入る。

 誰かを接客中だったらしいハンガーのような髪型をした店長が目についた。

 

「どお?」

「おおっ!! お似合いで、お客様っ!!」

「どお?」

「ほーっ!! エレガントで、お客様っ!!」

 

 ……なんか試着室を舞台にした一人ファッションショーが行われていた。

 

「どお?」

「エレメントで!!」

「どお?」

「エレクトリカルで!!」

「どお?」

「エロエロで!!」

 

 次々に着替えて出てくる客。

 というかナミなんだけれどね。

 

「ナミ」

「えっ? アルビダさんっ! あなたもローグタウンに来てたの?」

「ああそうさ。まあそれは置いといて、アンタじゃあまだまだ着こなせていないみたいだねえ」

 

 似合ってはいた。

 けれど本当にナミに似合うのはもう少しラフな服装だ。

 ここの店の服はちょいと華美すぎて普段使いのし辛いものばかり。

 ただ、困ったことにアタシが着ればなんでも超一級品の服になっちまうから、似合う似合わない以前の問題になってしまうんだけれどね。

 

「むっ。じゃあアルビダさんも色々着てみてよ」

「ふん、腰抜かすんじゃあないよ!」

 

 ナミは確かに容姿がとても優れているしスタイルも抜群だ。

 百点満点で百二十点と言っても良いだろう。

 だが! アタシは点数なんかで測れないほどの規格外の美貌!

 その戦闘力(美貌)を見せつけてやろうじゃあないか!

 

「どうだい?」

「あひぃっ!! お似合いでっ!!」

「どうだい?」

「んほーっ!! エレガンティストでっ!!」

「どうだい?」

「あへぇっ!! エレメンティストでっ!!」

「どうだい?」

「あばばっ!! エロエロのエチエチでっ!!」

 

 ナミをチラリと見る。

 悔しそうにしているかと思いきや、ほぉーっという感じで感心しているみたいだった。

 まあアタシの芸術的造形とも言える美貌の前には、そうならざるを得ないからしょうがないね。

 

「お客様方、こちらお買い上げで?」

「「ううん、いらない」」

 

 山積みにされた服を傍らに、店長がにっこりと購買を勧めてきたので、アタシたちもにっこりと断って店外に出た。

 次の店に行く道中、ナミと色々話しながら向かった。

 アーロンのことでほんの少しだけ負い目があったので、その辺りのことを色々と。

 ナミ自身はルフィに救われたことで既に全くと言って良いほど気にしていなかった。

 

 次の店はラフなデザインのものが多かったけれど、中々にセンスが良い。

 ナミは大量に買い込んでいたし、アタシも数着買った。

 店を出てすぐ『一雨来そう』なんて呟いたナミに習い、アタシも服をビニールに移し代える。

 そう言えば原作でもそうだったなっていうのと、改めてナミの航海士としての才能を感じることに。

 雨が降りそうな気配なんて今のところ全くないし、完全に頭から抜け落ちていたのだ。

 

 ナミと別れた後、一旦買った服を置きに船へ戻る。

 ボガードくんには雨が降るということと、原作知識を利用してもしかしたらこの後嵐が来るかもしれないということを伝えておく。

 

 暫く街中を闊歩していたけれど、目的の対象はまだ見つかっていない。

 それにアタシの予想は外れ、海軍たちは一向に来なかった。

 アタシの拙い見聞色でもこちらに気が付いて監視していることはわかったのだけれど、どうやら街中で大規模な戦闘になることを恐れているようだ。

 これは流石のリィリィでも厳しいか?

 

 死角を次々移動して発見を免れることの出来るリィリィだけれど、文字通り死角がなければ意味をなさない。

 アタシに海兵たちが向かってこないということは、その分基地や出張所に多くの人数がいるということ。

 物理的に死角が出来ていない可能性がある。

 麻痺毒を散布すれば強引に突破出来るかもしれないが、スモーカーが残っている可能性が大いにあるのでまずいかもしれない。

 まあリィリィの見聞色ならスモーカーのヤバさには気が付くだろうし、そこまで無茶はしないだろうね。

 

 

 

 捜索は難航している。

 そしてナミの言った通り、空には黒い雲が覆い始めた。

 とすると、そろそろだろうか。

 建物の上に登り"処刑台"のある広場に目を向ける。

 

 うん、やっぱり原作イベントが始まりそうだ。

 ルフィが処刑台の上に乗り、辺りを見渡しているところを警官隊に注意されていた。

 その警官に気を取られている隙にバギーが現れ、ルフィに首枷を嵌め押さえ込む。

 そういや、原作ではアタシ……ではもうないな。

 アルビダもあの場にいたんだったね。

 まあいいや。

 

 広場にゾロとサンジが乱入。

 バギーがルフィの首へ剣を振り下ろそうとした時。

 

「わりい、おれ死んだ」

 

 死を前にしてルフィが笑う。

 それを見て背筋が凍るような錯覚に陥った。

 夢半ばで訪れる死に、アタシだったら笑うことなど出来ない。

 覚悟はしているけれど、納得することは出来ないだろう。

 それを平然と成すルフィは正しく王だ。

 それもただの王じゃあなくて、世界中の全ての人々が認めるような。

 そんなルフィがこんなところで命を落とすはずもなく、処刑台に雷が落ちて間一髪で難を逃れた。

 

 ゾロとサンジを引き連れ逃走するルフィたち三人。

 少しして雷に撃たれたバギーが復活するが、スモーカーの手により一味は一網打尽にされた。

 そしてスモーカーはすぐさま麦わら一味を追う。

 

 これはチャンスだね。

 大勢の海兵が広場に集まり、出張所にはスモーカーがいないのでリィリィが動きやすくなった。

 それにこの大雨じゃあリィリィの足音なんかもかき消されて、見つけるのは更に困難になるだろうね。

 

 アタシはアタシで捜索を続けようか。

 見聞色の練度がとても低いアタシはとにかく足で稼ぐしかない。

 様々な地区(ブロック)を駆け巡るが一向に見つからない。

 その途中ヨサクとジョニーに会うが。

 

「ダメですアルビダの姐さん。記録指針(ログポース)ってのは全然見付かりやせんぜ」

「おれもっす。相棒とは手分けして探したんっすけど全く」

「そうかい……まあそろそろ時間になるし、一旦船に戻りな」

 

 三つの目的の中で一番難易度の低そうだった記録指針(ログポース)すら見付かっていなかった。

 ヨサクとジョニーには帰船を促したけれど、アタシは時間ギリギリまで捜索を続けよう。

 

 暴風と大雨で視界が悪くなる中、突如として街に強烈な突風が発生した。

 ああ、"ドラゴン"か。

 となるとルフィたちは無事にスモーカーから逃げ切れたのかな。

 広場に戻ってみるとバギーたちも網から抜け出していなくなっている。

 そしてこの因縁からスモーカーはルフィを追ってローグタウンを放置し偉大なる航路(グランドライン)へ向かうはず。

 

 暫くの間、ローグタウンは手薄になるだろう。

 その間に最低でも記録指針(ログポース)だけは手に入れておかないと、これからの航海では話にならない。

 

 そしてやはりと言うか、少し経つと麦わらを被ったドクロが描かれた海賊旗(ジョリーロジャー)を掲げるキャラヴェル船、"ゴーイング・メリー号"と海軍の軍艦が一隻ローグタウンから離れて行く。

 スモーカーがいなくなったのなら、ローグタウンへの滞在はもう数日延ばしても大丈夫だろう。

 戦闘になっても勝てる自信はあるけれど、単純に騒ぎを起こせば捜索が儘ならなくなってしまうからね。

 

 

 

 

 とまあ色々と考えてみてはいたものの、タイムリミットだ。

 ため息を吐いてスペル・クイーン号へ気を落としながら帰る道中。

 

 なんたる奇跡か。

 優先順位に於いて一番上の目標を発見してしまった。

 それはカメラを首にかけた男。

 四角い口の形をしていて、ハットのような帽子を被ったその男。

 アタシはそいつを見た瞬間に大声を上げながら、無駄に(ソル)を使って駆け出す。

 

「見付けたぞ、アタッチィィィッ!!」

「うわあぁっ!! なんで"疵無し"!? 恐ろしいが、美しいィィィッ!!」

 

 海軍写真部部長……だったかな?

 賞金首の手配書の写真は、この"アタッチ"という男が撮ったものが多い。

 こいつがアタシの目的対象。

 あの忌々しい、あまり写りの良くないアタシの手配書の写真を撮り直させるためにこいつが必要だったのだ。

 

 有無を言わさず、アタッチを小脇に抱えて船まで誘拐する。

 到着してみるとアタシが一番最後だったみたいだ。

 

「あ、船長おかえりなさーい。えーと、その人が船長の探してた人ですか?」

「そうさ。アンタたちも撮り直してもらったらどうだい?」

「うーん……じゃあお願いしようかな……」

「姐さんが言うのならそうしやす」

 

 全員揃ったところで成果の確認をする。

 アタシはこの通り、アタッチの捕獲に成功した。

 だがヨサクとジョニーは記録指針(ログポース)を発見することが出来ず悔しそうにしていた。

 さて、残るはリィリィなのだけれど……

 

「見てください! 悪魔の実、ありましたよ! あとこれもついでに持って来ちゃいました!」

 

 得意気に取り出したのはバナナにも細長い魚にも見える灰色の悪魔の実と、砂時計のようななにか。

 その砂時計型の中には指針があって、記録指針(ログポース)と同じように字盤がない。

 

 うん、これあれだ。

 

永久指針(エターナルポース)じゃあないか! お手柄だよリィリィ!」

「えへへ。せんちょー、もっと撫でてくださいー!」

 

 わしゃわしゃとリィリィの髪を乱雑に撫でてやる。

 

 ふむふむ、永久指針(エターナルポース)に刻まれた島の名前を確認したところ、"ポルト"と書かれていた。

 原作には出てきてはいなかったけれど、以前ゼフから航海日誌の内容を教えて貰った時に出てきた島の名前だ。

 しかも運の良いことに、ポルトは双子岬から伸びる数本の航路の始めの島らしい。

 別名"鍛冶の島"とも言われ、ゼフが愛用している包丁なんかもポルトで作ってもらったのだとか。

 

 そして悪魔の実の方は図鑑と照らし合わせたところ、ボガードくんが食べることで満場一致した。

 確かに、恐ろしいほどボガードくんにマッチしていると思う。

 

 ともかく、偉大なる航路(グランドライン)に行くための全てが揃った。

 出航を一日だけ遅らせて"リヴァース・マウンテン"に向かおう。

 

 役に立てず落ち込んでいたヨサクとジョニーを励ます意味も込めて、ボガードくんが作る料理で盛大に騒ぐ。

 そこらの料理人では歯が立たないほどの腕になったボガードくんの料理は絶品。

 ヨサクとジョニーもすぐに気を取り直したみたいだ。

 あとアタッチもちゃっかりご馳走に預かっていた。

 

 

 

 

 翌日。

 台風一過とでも言えば良いのだろうか。

 雲一つない突き抜けるような青空に覆われたローグタウン。

 

 さあ、撮影会の始まりだっ!!

 

 まずはボガードくんとリィリィの撮影をちゃちゃっと済まし、メインイベントであるアタシの撮影が始まる。

 左手を腰に当て、右手で髪を掻きあげキメ顔。

 現像したものを確認したけれど、とても良い写りだ。

 これを基本の手配書の写真とする。

 

 その後は場所を変え服を替えポーズを変え。

 突如街中で始まった超絶美女の撮影会に、次第にギャラリーが増え始める。

 中にはカメラを持参する者や、海兵なんかも混じっている。

 

「アルビダ様ァ! こっちに視線をくださーいっ!!」

「き、"疵無し"! こっちにもくれっ!!」

「私にも!」

「おれにもだっ!」

「あっ! 視線が合った! し、幸せぇぇ……」

 

 ふふん。

 今のアタシの気分は超一流グラビアアイドル。

 ギャラリーのアタシを褒め称える声に気分が上がり、更に写真写りが良くなっていく相乗効果。

 ただ、先程撮った基本となる写真とは違って、今撮っているのは言うならば"初回限定版"や"季節限定版"みたいなもの。

 あまり世には出回らないプレミアものになること間違いなしだ。

 

 まあ何パターンも手配書を発行するのがアリなのかアタッチに聞いてみたら『絶対なんとかする!』と血走った目で決意を語っていた。

 なら良いか。

 称賛を浴びてとても気持ちが良いので、細かいことは気にしないでおこう。

 

 撮影会は昼過ぎまで続いた。

 中には興奮のし過ぎで倒れる者もいたけれど、それだけアタシが魅力的過ぎたってことだ。

 当然の事実を当然のように再認識しただけだね。

 

 よし、これでローグタウンでやり残したことはなくなった。

 そして東の海(イーストブルー)ともこれで暫くお別れだ。

 

 新しい船スペル・クイーン号に乗り込み出航する。

 目指すはリヴァース・マウンテン。

 そしてその先にある偉大なる航路(グランドライン)

 本格的なアタシの世界デビューが待っている。

 

 行こうか、海賊の墓場と呼ばれるあの海へ!

 

 

「行くよボガード!」

「ヘイ、姐さん!」

「行くよリィリィ!」

「は、はい船長!」

「行くよお前たち!」

「ヘイ、アルビダの姐さん!」

「はいっす!」

 

 

 意気揚々とローグタウンを出航する。

 そしてアタシが自分を認識してからの十八年。

 ずっと過ごしてきた東の海(イーストブルー)から離れることになる。

 

 長かったけれど、まだ夢半ば。

 むしろ始まったばかりだ。

 

 

 さあ、どれだけチヤホヤされるのか。

 今からとても楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ━━東の海(イーストブルー)編 完━━




アルビダ「写真、なに着ようかな」

サンジ「なんでも似合う!」

アルビダ「なら喰らえ! 童貞を殺すセーター!」

全人類「ぐわあぁぁぁっ!!」


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楽園編
グランドラインと一つ目の島


ようやっとグランドラインに入れた。


 偉大なる航路(グランドライン)

 それは海賊の墓場。

 それは海賊の楽園。

 

 数多の無法者たちが犇めき、そして"絶対的正義"の名の下にそれらを取り締まる海軍本部の存在する海。

 そんな偉大なる航路(グランドライン)の海賊や海軍の注目の的となっているルーキー海賊団が二つ。

 

 一つは少し前まで全くの無名だった海賊。

 世界的に異例ともなる、初頭手配で五千万ベリーの賞金を懸けられた海賊"麦わらのルフィ"。

 更に麦わら一味の二番手、"海賊狩りのゾロ"には二千八百万ベリーの賞金が懸けられている。

 彼らの異常な成長速度は政府も危惧している。

 

 東の海(イーストブルー)では大物とされる懸賞金一千万ベリーを超える海賊。

 "道化のバギー"、"海賊艦隊提督 首領(ドン)・クリーク"、そして三千五百万ベリーの超ビッグネーム"ノコギリのアーロン"。

 彼らを次々に打ち倒した"麦わらのルフィ"、並びにその一味は通常の物差しで測れるものではない。

 

 二つ目は偉大なる航路(グランドライン)入りする前から大いに話題となっていた女海賊"疵無しのアルビダ"。

 嘘か真か、あの英雄ガープと正面から闘り合って逃げ切るという戦闘能力。

 それを裏付けるように、懸賞金はルーキーの中でも頭一つ抜けて高い九千七百万ベリー。

 

 ただ、"疵無しのアルビダ"に注目が集まっている理由はそれだけではない。

 何故か彼女の手配書だけ、十を超えるパターンの写真が使われているのだ。

 一番多く出回っているのは、髪を掻き上げてキメ顔をしているもの。

 それ以外では女豹のポーズを取っていたり、ワノ国で流行っていると噂される見返り美人のポーズを取っていたりと。

 聞けば自ら申し出て何枚も写真を撮らせたらしい。

 

 彼女は戦闘能力以上に、奇行が目立っていた。

 

 そんな"麦わらのルフィ"や"疵無しのアルビダ"に偉大なる航路(グランドライン)の者たちの反応は様々。

 

 

 

 目に三本の傷がある赤い髪の男は嬉しそうに笑い宴を始める。

 

 ヤギを傍らに連れ眼鏡を掛けたアフロヘアーの男は、煎餅を食べている白髪の戦友に『お前の家族だぞ!』と怒鳴っていた。

 

 

 他にも色々あるが、総じて言えるのは最弱の海からヤバいルーキーが二組も出た、というもの。

 一人は"D"の名を持ち、もう一人は"D"の名を持ってはいないが、間違いなく世界を荒れに荒れさせるだろうという予感を感じさせるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

「うおぉぉぉっ! ちょ、ちょっとスピード出すぎてないっすか、アルビダの姐さんっ!!」

「ビビってるんじゃあないよジョニー! それにこの激しい水飛沫。水も滴る良い女になってるアタシに浸ってるんだから、泣き言は他所で言いなっ!!」

 

 今アタシたちはリヴァース・マウンテンを猛スピードで下っているところ。

 原作のルフィたちのように"凪の帯(カームベルト)"に入ってしまったり、リヴァース・マウンテンの入り口で壁にぶつかりそうになることもなく、山を登る運河に突入出来た。

 そして頂上で折り返し、下りへと突入しているのだ。

 

 バシャバシャと跳ねる水飛沫が沢山アタシに掛かるけれど、妙な色気が出てくるしこれはこれで良いね。

 っと、雲を抜けて出口が見えてきた。

 アタシたちより先に麦わらの一味が偉大なる航路(グランドライン)入りしていたことで、出口の正面に巨大なアイランドクジラの"ラブーン"が立ち塞がっていることもなかった。

 そして徐々にスピードが緩やかになり、双子岬に着いたのだけれど誰もいない。

 うーむ……花のような頭の"クロッカス"がいると思ったんだがねえ。

 

 ラブーンの中か?

 でもルフィたちとのあれこれがあったのなら、もう鎮静剤はいらないはずなのだけれど……

 まあ良いか。

 

「ボガード、永久指針(エターナルポース)は?」

「ずっと一点を向き続けていやす。コンパスの方はイカれちまってやすね」

「そうかい、わかっていたけれどね。アンタたち、気合い入れな! ゼフの話じゃあ、一本目の航海はかなり荒れるらしいからね!」

「ヘイ、姐さん!」

「はいっ!!」

「よっしゃ! やってやりやすよ! なあ相棒!」

「おうともよ、相棒!」

 

 双子岬では立ち止まることはせず、すぐさま一本目の島であるポルトへ向かうことに。

 偉大なる航路(グランドライン)では島毎に気候が全く違う。

 春夏秋冬、一年中それぞれの季節であることが殆どだ。

 そうなれば天候も変わってくるし、海流も変わってくる。

 

 双子岬からは複数の航路が伸びているため、様々な気候や海流がぶつかり合って大荒れになりやすいのだ。

 二本目以降はマシになるらしいのだけれど、一本目の航海は厳しいものになるとゼフが言っていた。

 

 

 

 

 

 

「せ、せんちょー! 暴風でマストが破れそうですぅっ!」

「ヨサク! ジョニー! すぐに帆を畳みなっ!!」

「がってん!」

「承知のすけ!」

 

 いきなりの大嵐に慌てて指示を出す。

 ヨサクとジョニーもすぐにマストに向かい、大慌てで帆を畳んだ。

 

「姐さん大丈夫でやす。強度的にはまだまだ破れることはありやせんぜ。それに畳んじまったらこの嵐から抜けられなくなりやす」

「ヨサク! ジョニー! すぐに帆を開きなっ!!」

「どっちっすかぁ!?」

 

 ボガードくんの的確な指摘に慌てて指示を出しなおす。

 ヨサクとジョニーもすぐに帆を開いた。

 

 

 

 

「へくちっ! せ、せんちょー……雪が降ってきて寒いですぅ……」

「厚着しな! 風邪ひいちまうよ!」

「アルビダの姐さんの露出が減っちまう!」

「由々しき事態っす!」

「もうすぐ"冬"の気候域を抜けやすよ?」

「やっぱ薄着で充分! 寒さは気合いで乗り切るよ!」

 

 

 

 

 

「せ、船長っ!! いきなり岩礁地帯になりました!」

「オラァッ!! 嵐脚(ランキャク)百連発!!」

「スゲェぜアルビダの姐さん!」

「岩礁がどんどん削れていってるっす!!」

「いけやせん、姐さんっ!! 海流が変わっちまいやす!」

「ああぁぁぁっ!! ヨサク! ジョニー! 舵を切りなぁっ!!」

「了解っす!」

「任せてくだせェ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……よ、漸く一本目の航海が終わったみたいだねえ……」

「ヤバいっすね、偉大なる航路(グランドライン)……」

「アッシ、もうダメかと思いやした……」

 

 やっとの思いで一本目の航海の終わりが見えてきた。

 波も気候も安定している。

 遠目に島影を確認出来て人心地、と言ったところか。

 恐ろしい海だ。偉大なる航路(グランドライン)

 

「船長がややこしくしなければ、もうちょっと楽になってましたね」

「リィリィ!」

「ひぃっ! ご、ごめんなさいぃ!」

 

 まったく……

 

 まあ良しとしようか。

 取り敢えずわかったことはあれだ。

 

 ボガードくんスゲェェェッ!!

 

 大パニックになっていたアタシたち四人とは違い、ボガードくんは常に落ち着き払って指針を見ていた。

 それにトラブルへの対処も見事なものだ。

 

「どこでそんな航海術覚えたんだい?」

「バラティエで。ゼフの旦那には料理だけじゃなく、偉大なる航路(グランドライン)での航海術を事細かに指南していただきやした」

「へ、へぇー……」

 

 ゼフめ!

 アタシには大雑把なことしか話してなかったのか!

 船長たるこのアタシには最低限の情報しか教えずに、ボガードくんには詳細をしっかりと教えていたって言うのかい!

 

 ……まあ結果的にそれが正解みたいなところはあったけれどね。

 

 

 

 ここらの波はそこそこ高いけれど、時化と言えるほどでもない。

 気温は少し肌寒く感じるくらい。

 秋島ってところかな。それも晩秋くらいの季節。

 個人的に過ごすには丁度良い気候だと思う。

 

「鍛冶の島ポルトねえ」

「アルビダの姐さん、武器を見に行って良いっすか?」

「アッシも」

「無駄遣いするんじゃあないよ」

 

 船を停めて上陸してみたが、街中至るところから鎚を打つ音が響いていた。

 流石は鍛冶の島ってところか。

 見渡す限り、武器屋なんかが立ち並んでいる。

 

 着いてすぐにヨサクとジョニーは駆け出して出て行った。

 まあ『偉大なる航路(グランドライン)でも通用する武器が欲しい』って常々言っていたし、それならポルトはうってつけだろうね。

 

「姐さん、あっしもゼフの旦那みてぇな包丁を探してきやす」

「ああ、行ってきな」

 

 そう言ってボガードくんも街に繰り出して行った。

 リィリィは特に用事はないみたいで、アタシと一緒に行動することに。

 

「船長はどうするんですか?」

「アタシ? そりゃあ当然――」

 

 決まっているだろ!

 

「――チヤホヤされに行く!」

「……まあわかってましたよー」

 

 ポルトの街は昔気質の職人たちや炉から溢れる熱量で、雰囲気的にも物理的にも熱気に溢れている。

 気候は秋島で涼しいはずなのだけれど、街の中はまるで夏島のようだ。

 

 ポルトはその街の性質上、海賊なんかの荒くれ者や暑苦しい職人などのむさい男で溢れている。

 そんな中、アタシみたいな絶世の美女が街のメインストリートを歩いたらどうなるか。

 そんなもの火を見るより明らかだった。

 

「ギャアァァァッ!! びびび、美女ォッ!?」

「手配書で見たことある! "疵無し"って奴だろォ!? 本物は色気がヤベェ!」

「うおっ!? い、今おれと目が合った!」

「バカ言え! おれと目が合ったんだよっ!!」

「美しすぎて仕事に身が入らねえ…………」

「おれは"毒婦"のリィリィちゃんだな! ちっちゃいから!」

 

 むふふ。

 わらわらと出てくる出てくる。

 一目アタシを見ようと仕事を放っぽり出して、無数の職人たちが店から出てくる。

 

 偉大なる航路(グランドライン)でも同じだね。

 アタシほどの麗しさともなれば、全世界共通で誘蛾灯のように人々が押し寄せて来てしまう。

 嗚呼、罪深き美しさ也。

 

 このまま悦に浸っていたいところだけれど、気になることがある。

 街中に明らかに堅気の人間じゃあない奴らが複数紛れ込んでいるのだ。

 リィリィに探らせたけれど海賊じゃあないらしい。

 海賊特有の荒々しさが全くないそうだ。

 感覚的には犯罪を生業としている仕事人。

 プロフェッショナルな犯罪者みたいな感じらしい。

 目星を付けた奴らは総じて大量に武器を買い込み、港の方へ運んで行く。

 

 ん? 待てよ……

 ちらっとしか見えなかったけれど、港の方にはとても大きいガレオン船が停まっていたはず。

 あれだけ大量の武器を積めるとなると、その船以外に考えられないだろう。

 集っていた職人たちに話を聞くと、あれは武器商船だと鼻の下を伸ばして教えてくれた。

 

 ふーん。

 まあ話によれば、今アタシがいるポルトでなにか仕出かすわけでもないみたいだし、放置で良いか。

 

「よし、情報の礼だ! 誰かアタシと飲みたいって奴らはいないかい? 奢らせてやっても良いよ!」

「はいはい! おれが奢りますっ!!」

「おい! おれの方が先に手を挙げたぞ!」

「こんな美人と飲める……職人やってて良かったぁーっ!」

「おれはリィリィちゃんとジュース飲む! ちっちゃくて可愛いから!」

 

 

 

 酒場に場所を移して宴を始めた。

 流石に職人や荒くれ者の集う街と言ったところか。

 ジョッキなんかもかなりデカく、料理も基本的に特盛で出てくる。

 ふざけて『暑いねえ』なんて言いながらジャケットを脱ぐふりをしただけで、面白いように連中をノックアウトしてしまう。

 

 まあこれだけ騒げばボガードくんやヨサクとジョニーも、アタシたちの現在地はその内わかるだろう。

 案の定ボガードくんは一時間も経たない内に合流出来た。

 

「目当てのものは見つかったかい?」

「ヘイ、ゼフの旦那が使っていた包丁を打った職人がいやしたんで、良いもん買えやしたよ」

 

 ホクホク顔のボガードくん。

 大体こういう宴会時のお決まりとして、ボガードくんは厨房に入る。

 そして酒に合う肴からガッツリとしたメイン料理までをサクッと作って振る舞い、その味で参加者たちの度肝を抜く。

 

 そんなこんなで数時間宴は続いたのだけれど、ヨサクとジョニーが一向に来ない。

 仲間になってまだ日は短いが、アタシのいそうな場所くらいは察していてもおかしくないのだけれどねえ。

 

 存分にチヤホヤされていたし名残惜しいけれど、仕方がないのでこちらから迎えに行くことに。

 暫く三人で街中を歩いていると、リィリィの見聞色の覇気にヨサクとジョニーの気配が引っ掛かった。

 ただその周りには例の犯罪者らしき気配も七つあるらしい。

 

 ……絡まれたのか?

 いや、でもリィリィの言うことがただしければ彼らはプロフェッショナルなはず。

 余計な手間を掛けたりはしないんじゃあないのかな。

 まあ考えていてもしょうがないね。

 すぐにその場に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

「か……紙一重か……」

「ま、まだ……だぜ相棒。船上での……アルビダの姐さんのシゴきを思い出せ」

「そ、そうだった……ここで負けちまったら、どんな厳しい鍛練が待ってるか……」

 

 ヨサクとジョニーがいたのはとある武器屋の前。

 顔面をボコボコに腫れさせて血を流し、大の字で倒れていた。

 ただまあ、あいつらが"紙一重"って言っている内はまだまだ心配するような段階じゃあないね。

 ……ボロ負けではあるけれど。

 

 あの二人は実際の強さはともかく、心はとても強い。

 ボロ負けしてはいるけれど、決して心は折れないだろうね。

 

 取り敢えずアタシたちは物陰から隠れてその様子を伺っている。

 手を貸しても良いが、ヨサクとジョニーの成長のために見に回ることにしたのだ。

 勿論本当にヤバくなったら出ていくがね。

 

 絡まれている切欠は知らないが、必死に立ち上がった二人はどうやら武器屋を守っているみたいだ。

 店に相手を入れさせないように立ち回っているからか、本来の思いきりの良さが出しきれていない。

 

「あぶねっ!」

「平気かヨサク!?」

「掠っただけさ相棒!」

 

 出しきれてはいないのだけれど、動き自体はそんなに悪くはない。

 

 これも"特訓"のお陰かな。

 スペル・クイーン号を受け取ってローグタウンに到着するまでの間と、そこからリヴァース・マウンテンに着くまでの極短い期間ではあったが、最低限の動きが出来るように鍛えに鍛えてやったのだ。

 大の大人が泣きながら必死になって食らい付いていたので、その分彼らの身にはなっただろう。

 

 上手いこと致命傷だけは避け続け、戦闘を継続させている。

 

「おりゃあぁっ!!」

 

 掛け声と共にジョニーが駆け出し菜切り刀を振り下ろそうとするが、完全に読まれている。

 これは防がれるかなと思いきや、ジョニーは石畳に足を引っ掛けてしまい前のめりに転倒。

 そのまま凄い勢いで固い頭が相手の股間に強烈ヒット!

 

「ほぎゃぁぁぁっ!!」

「……や、やった! 紙一重で倒したぞ相棒!」

「よっしゃ! この隙におれも……おりゃあっ!!」

 

 とんでもない表情と悲しげな金切り声を上げ一人がダウン。

 周りの奴らはそれを見て内股になって顔を真っ青にしている。

 その隙にヨサクが一人、二人と続けて斬り飛ばし二対四に。

 一気に流れがヨサクとジョニーに傾いた。

 

「お、おおぉぉぉ……っ! いけるぞジョニー!」

「よしっ! やってやるぜ!」

 

 変わった流れに身を任せ、そのまま押し切って二人は勝利を収めた。

 地力は拮抗していたけれど、あの人数差を良く覆したもんだ。

 運を味方にしただけかもしれないけれど、勝利は勝利。

 

「良くやったじゃあないか、ヨサク、ジョニー」

「あ、アルビダの姐さんっ!?」

「見てたんっすか!?」

「途中からだけれどね」

「特訓の成果、出してやりやしたよ!」

「アルビダの姐さん! おれたちにご褒美は!?」

「新しい特訓メニューをプレゼントしてやるよ」

「そ、そんなぁ……」

「……頑張ろうぜ、相棒」

 

 どこか哀愁を漂わせる二人はさておき、彼らが守ろうとしていた武器屋の中を覗く。

 うーむ、至って普通の店って感じだねえ。

 

「アンタら、なにかこの店に用事があったんじゃあないのかい?」

「そ、そうでやした!」

「オイ、ばあさん! 言われた通り、あいつら追い払ったぞ!」

「フン……期待しちゃあおらんかったが、まさか本当にやってくれるとはねェ」

 

 店長……で良いのかな?

 カウンターからしわくちゃのお婆さんが憎まれ口を叩きながら出てくる。

 

「お前さんらにゃあ勿体無いが、女に二言はないよ。売ってやるさ」

「さっさと出せ、ばあさん!」

「そうだそうだ! アッシらがどれだけ苦労したかっ!!」

「なんじゃその態度はっ!? 折角売ってやろうと思っとたのに」

「ああん? ……ゴハァッ!?」

「おおん? ……ガホォッ!?」

 

 話が進みそうになかったので、取り敢えずヨサクとジョニーを黙らせる。(物理)

 

「すまないねえ」

「……お前さんは?」

「コイツらの船長さ。この二人、なにか買おうとしてたんだろう?」

「これだよ」

 

 カウンターの上に置かれたのは二振りの菜切り刀。

 ヨサクとジョニーが使っていたものよりも重厚感があり、切れ味も段違いに思えるほどの逸品。

 

「とある刀匠が打った姉妹刀。"阿陰"と"吽陽"だね。両方とも業物じゃ」

「ははーん、なるほど。こいつを売る条件として、外にいた奴らを追い払わせたのか」

「そうじゃ。ただその二人がその様子じゃねぇ……」

「ならアタシが払うよ。一応アタシの船員(クルー)だしね」

「……ま、良いじゃろう」

 

 ヨサクとジョニーを叩き起こし、姉妹刀"阿陰"をヨサクに、"吽陽"をジョニーに渡す。

 『アルビダの姐さんからのプレゼントだ!』と大喜びしていた二人だけれど、結局のところ買った金の出所は海賊団共有の財布からなので、誰が買おうが同じなんだけれどね。

 

 後とてもラッキーなことに、二人が倒した奴らは記録指針(ログポース)永久指針(エターナルポース)を持っていた。

 なので有りがたく頂戴することに。

 

 ポルトの街では記録(ログ)が溜まるまで二日。

 その間はヨサクとジョニーの鍛練を中心に、アタシは街の人たちに盛大にかまってもらっていた。

 うんうん、とてもよろしい街だね。

 

 

 

 

 さて、記録(ログ)が溜まったので次の島に向かう時がやって来た。

 ボガードくんと相談して、記録指針(ログポース)の示す針路を優先することにしたのだ。

 

 いつも通りと言うか、アタシほどのスーパースターが島を離れるとなると大勢の人が見送りに駆け付ける。

 そしていつも通りさっぱりと別れを済ませ、船を出す。

 今日の波はやや穏やか。

 荒れているわけじゃあないので、出航日和。

 いつも通りの音頭で錨を上げた。

 

 

「行くよボガード!」

「ヘイ、姐さん!」

「行くよリィリィ!」

「は、はい船長!」

「行くよお前たち!」

「ヘイ、アルビダの姐さん!」

「はいっす!」

 

 

 

 

 

 出航後、永久指針(エターナルポース)を弄りながら、それに刻まれた島の名前を見る。

 

 ふーん。

 

 "アラバスタ"ねえ……




アルビダ「左に進む? 面舵いっぱーい!」

リィリィ「はいっ!」

ヨサク「了解しやした!」

ジョニー「了解っす!」

ボガード「面舵だと右に進んでしまいやすよ」


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ミーハーとギャング

あああ…………次でジオウ最終回……
個人的に平成の名残を感じる最後の砦だったのに。



 到着!

 二つ目の島はヤジウーマ島の"ミイハア王国"というところだ。

 

 気候的にはまたしても秋島に属していて、本来ならポルトからの道中は比較的楽なものになるはずだった。

 しかしスコールのようなどしゃ降りと大時化に逢ってしまい、船は激しく揺られることに。

 ただ幸か不幸か、航海中に海軍の軍艦と遭遇したのだけれど、この大雨であちらさんは満足に大砲を撃つことが出来なかったみたいだった。

 沈めにいっても良かったが、アタシたちのスペル・クイーンの乗組員は五人。

 アタシ一人欠けただけで、この大時化から逃れるのがかなり困難になってしまう。

 なので、サクッとマストをへし折って航行能力を奪うだけに止めてすぐさま帰還。

 そしてボガードくんの指示に従って、必死こいて船を動かした。

 

 

 

 

「へえ、見事なもんだねえ」

「魚が美味いとゼフの旦那が言ってやした。腕が鳴りやす」

「リゾート地みたいです! 早く街中を見てみたいです!」

「アッシも!」

「おれもっす、リィリィの姉貴!」

「ヨサクさん、ジョニーさん、一緒に回りましょうっ!!」

 

 着いたミイハア王国。

 海側からの眺めは絶景の一言に尽きる。

 

 先程までの大時化が嘘のように、穏やかな波。

 海の水もかなり透き通っていて、キラキラと太陽の光を反射している。

 秋島ではあるけれど温暖な気候で、むしろ夏島なんじゃあないか?

 

 街の造りは海を臨んだ山に建物を建てたような感じ。

 うーむ、なんと言えば良いか……ああ、あれだ。

 前世で言うところの、イタリアのアマルフィという港町がしっくりくる。

 ちょっと違うのは漁船や商船なんかが港に多数停泊している他、普通に海賊船もちらほら見受けられるところか。

 完全な湾港都市……と言うか都市国家か。

 港イコール国、のようなイメージで、正直今まで見てきた中で一番大きな港だね。

 

 リィリィが言っていた通りリゾート地っていうのも間違っていないだろう。

 街の住人たちは海賊船が多数停まっているのにも関わらず陽気に笑い合っている――つまり観光なりなんなりとやって来る海賊たちにも慣れっこになっているのだろうね。

 

 お陰さまでスムーズに上陸出来た。

 上陸してすぐその辺にいた青年を捕まえて声をかける。

 

「そこのアンタ」

「あん? なんか用――――うわぁっ!! なんちゅう美しさ!」

「そう、美しすぎるアルビダ様だよ! それより知っていたらで良いんだけれど、この島の記録(ログ)がどのくらいで溜まるかわかるかい?」

「お、おれは知らないですけど、おれが乗ってる漁船の船長なら知ってると思います!」

「ならすぐに呼びな! 超ド級の美女が待っているって伝えるんだよ!」

「は、はい喜んでぇっ!!」

 

 目にハートを浮かべ、青年は駆け出して行く。

 そして数分もしない内にゴツい男を連れてきた。

 その僅かな間にもアタシの美貌にやられた人たちや、海賊としてアタシたちを知っている住人たちにたちどころに囲まれる。

 ミイハア王国、国民もミーハーなのか……とは言わない。

 アタシの美しさを見たなら当然の反応だからね!

 

 まあ、取り敢えず船長さんに記録(ログ)の溜まる時間を聞いてみたら、なんと約一ヶ月かかると言われた。

 むむ、思わぬ足止めだ。

 思っていたよりかなり長いねえ。

 まあ仕方ない、この約一月はヨサクとジョニーを徹底的に鍛えてみようか。

 そう考えて二人にチラリと視線を向けると、肩をビクリと震わせ顔を青くしていた。

 

「相棒、おれたち生きてられるかな……」

「だ、大丈夫だジョニー……か、紙一重でなんとかなるはず……」

「いつも鉄板よりも厚みのある紙一重ですけどねー。それよりもヨサクさん、ジョニーさん、早く観光しましょう!」

「辛辣っす、リィリィの姉貴!」

「でもそれが良い! 英気を養いやしょう!」

 

 リィリィとヨサクとジョニーの三人は颯爽とミイハア王国の美しい街へと繰り出していった。

 アタシの方が美しいがな!!

 

 とまあこっちはアタシとボガードくんの二人に。

 周りにいたアタシ見たさに集まっていたヤジウーマ……じゃなかった。

 野次馬を引き連れ、この国一番のレストランに案内させる。

 街中を闊歩すればアタシの美貌に引き寄せられた人々がぞろぞろと集まっていき、またそれが街の至るところに広がり人が集まる。

 

 うむ。

 西洋っぽい雰囲気ではあるけれど、ミイハア王国初の花魁道中と言っても良いだろう。

 見てるか"小紫"っ!!

 多分アタシの方が人を多く集めているぞっ!!

 まあアタシは花魁じゃあないけれどね。

 

 そんなこんなで着いたレストラン。

 お洒落で立派な店構えをしている。

 街の雰囲気にとてもマッチしていて、今のところ外観だけだが良い店じゃあないか。

 

「アタシだよっ!!」

 

 豪快に扉を開けて入ろうとしたのだが、ボガードくんがその前に扉を開けてくれていた。

 うーん、ジェントルメーン!

 気が利く上に出来る男、それがボガードくんだ。

 

 さて、店内の客やウェイターたちの注目を一身に浴びるアタシ。

 一目見て、老若男女関係なくアタシの虜。

 全員鼻の下を伸ばしている。

 バラティエでもこんな感じだったね。

 

「あ、あわわわわ……! も、もし。"疵無しのアルビダ"様とお見受けしますが……」

「そうだけれど?」

「やったー! 本物だ! さ、サインをいただいても?」

 

 店のお偉いさんかな?

 ウェイターたちよりも造りの良いタキシードを来たちょび髭の男がサインをねだってきた。

 差し出されたペンともう一つ。

 ファイルに入れ、丁寧に保管されていたアタシの手配書を渡してくる。

 アタシのファンか!

 そのくらいの願いなら叶えてやろうじゃあないか。

 

「貸しな…………おや? この写真、あまり出回ってないものじゃあないのかい?」

「ええ! "さざ波とアルビダ様"、我々ファンクラブの会員はそう呼んでいます! あっ、ちなみに私は会員No,982番ですよ!」

 

 足首まで海に入り、耳に髪を掛けようとしているアタシのその写真。

 この時は力が抜けて大変だったのを覚えている。

 と言うかアタシのファンクラブなんてあったのか。

 いや、今までなかった方がおかしかっただけだね!

 

 ちなみに、このちょび髭男の会員名は"ちょびオーナー"。

 色々話を聞いてみるとNo,100以内は名誉会員らしく、001番は"子犬町長"という人だったり、003番は"タバコック"という人らしい。

 ものすごい心当たりがある。

 

 サラサラっとサインを書いた後、ちょび髭オーナーが申し訳なさそうに『VIPルームは先客がいて案内できない』と言ってきた。

 まあむしろそっちの方が良いんだけれどね。

 聞けばVIPルームは個室らしいし、それじゃあ周りからかまってもらうことが出来なくなる。

 なので普通席に通してもらって食事をすることに。

 

 料理が来るのを待っている間もファンサービスは怠らない。

 と言うより周りがアタシを褒め称え、アタシがそれを楽しんでいるだけなのだけれどね。

 ファンクラブの会員もそこそこいたので、そいつらにもサインしたりもした。

 

 暫くして前菜が運ばれてくる。

 そして一通りコース料理を堪能した後、ボガードくんに感想を尋ねた。

 まあこの店に来たのもボガードくんが『いろんな味を舌で覚えたい』と言ったので来店したのだ。

 流石にバラティエのように厨房に立とうとは思っていないみたいだけれど。

 

「どうだった?」

「ヘイ、流石に海の幸が豊富な国で一番の店だけあって、どれも淀みない調理でやす。ただ、海の幸を使った料理となるとやはりゼフの旦那に比べて少し……」

「まあ、アタシも同じ感想だね。悪くはなかったけれど、少し物足りない感じさ」

 

 比べる相手が悪すぎたって言うのもあるけれどね。

 国一番のレストランと聞いて納得するレベルにはあった。

 ああ、ボガードくんもメインの魚料理に関しては劣るかもしれないけれど、コース全体を通して見ると良い勝負が出来ると思う。

 

 とまあ、デザートと食後酒を堪能しながら二人で料理の講評。

 そして客や店員たちが挙ってアタシをチヤホヤする。

 うむ! マーベラスだ!

 

 

 

 とは言えここは国一番のレストラン。

 陽気な国民性のミイハア王国にあっても、普段は落ち着いた雰囲気の店なのだ。

 それが大衆酒場のようにドンチャン騒ぎを始めれば国民の常連はともかく、VIPルームに通されるような人物が国外の人間だったらどうだろうか。

 

 答えは店の奥にある扉が突然粉砕される、だ。

 

「喧しいぞテメェらァッ! 頭目(ファーザー)の食事中だ! 殺されてェのかっ!?」

「ニョロロロ。頭に血が上りすぎレロ、ゴッティ」

 

 その壊された、恐らくVIPルームの扉から二人の男が姿を表す。

 

 まず目についたのはスキンヘッドでボガードくんにも負けていないほどの大柄な男。

 右手にガトリングガンを装備している巨漢の男は"ゴッティ"と呼ばれていた。

 その隣には黒髪をオールバックにし、サングラスを掛けた舌が異常に長い男。

 両の掌も異常に大きく、左右の腰に拳銃を一挺ずつぶら下げている。

 

 ああ、原作の方で見たことあるな。

 ゴッティと呼ばれた片腕がガトリングガンの巨漢の"頭目(ファーザー)"という言葉から、そう部下から呼ばれていた人物は一人しか思い当たらない。

 ……もしかしたら他にいたかもしれないけれど。

 それと掌がデカく妙な喋り方をする男は"ヴィト"だろうねえ。

 

 それとなく知識の宝庫、ボガードくんにチラリと視線をやり確認してみると、コクリと頷いていた。

 なにも口にしていないのにアタシの言いたいことを察するとは。

 流石だ、我が義弟(おとうと)よ。

 ボガードくんチェックを通ったことで、あいつらが間違いなく"ファイアタンク海賊団"ということがわかった。

 つまり、あの壊れた扉の向こうにはファイアタンク海賊団船長、カポネ・"ギャング"ベッジがいるわけだね。

 

 原作でベッジの初出は"シャボンディ諸島"。

 ルフィやゾロを含め、そこに集まった懸賞金一億ベリーを超える十一人の超新星の内の一人だ。

 ちょろっとボガードくんに確認したところ、今の懸賞金は五千二百万ベリーらしい。

 まだ偉大なる航路(グランドライン)の最序盤であるこのあたりじゃあ、中々の大物じゃあないか。

 

 アタシには強さも美貌も及ばないがな!!

 

 まあいいや。

 先程まで賑やかだった店の中は、ファイアタンク海賊団所属のヴィトとゴッティの登場で静寂に包まれている。

 お前ら、『海賊には慣れてる』ってアタシに良いところ見せようと散々自慢してきたのはどうした。

 まあそれはさて置き、とても良い気分だったアタシの邪魔をしたのは許しがたい。

 いつかのプリンプリン大佐みたいに凝らしめてやろうか。

 あっ、あれはサンジとパティがやったんだっけ。

 

 取り敢えず席を立ち、ボガードくんと二人でヴィトとゴッティの前に足を進める。

 

「レロッ!? "疵無し"に"暴壁"がなんでいレロッ!?」

「いレロ、っているのかいないのかどっちだい? まあ良いか。ちょっと"ギャング"ベッジに()()があるんだ。そこを通しな」

「テメェ女ァッ!! 舐めた口聞いてんじゃ――――あァ……テメェも生意気だなァ?」

「アンタが姐さんの邪魔になるんだったら排除しやすぜ? お兄さん」

 

 自分のところの船長の倍近い懸賞金のアタシがいることに驚愕するヴィト。

 そしてすぐに頭に血が上るゴッティがアタシに手を出そうとして、間にボガードくんが入る。

 両者三メートル近い巨漢で、更に強面である。

 そんな二人が鼻が付きそうなほどの至近距離で睨み合っているのは、ゴゴコという効果音が付きそうなほど迫力があって中々見応えがあるね。

 

 うーん、殺伐!

 なんか久しぶりに海賊っぽいことになってる。

 

「まあ"通しな"とは言ったけれど、やっぱり勝手に通るよ」

「あっ! 待つレロ――――えっ?」

「通すか女ァッ! ――――はっ?」

 

 二人は勝手に脇を通り抜けようとするアタシを捕まえようと手を出したけれど、アタシのスベスベの能力で掴むことが出来ずバランスを崩して倒れ込んだ。

 まあこうなることはわかっていたし、最初から無視していても良かったんだけれどね。

 

 VIPルームに入る。

 調度品なんかが厳かに並んでいて、テーブルや椅子に至るまで高級品で揃えられているのだろう。

 一般席のフロアよりもシックに整えられた部屋だ。

 

 その部屋の中心の丸テーブルを前に座る男。

 男の後ろにズラッと部下を立ち並べ、貴族のようなナイフとフォークの使い方で食事をしている彼こそ、カポネ・"ギャング"ベッジ。

 口元に青髭を生やした眉毛のない、そのベッジの正面の椅子にドカッと腰を掛ける。

 まだ開封していないワインボトルとグラス、それから手の付けられていないメインディッシュを奪って喰ってやった。

 

「"疵無し"か。下品な女だ」

「上品さなんて、アタシには勝手に付いてくる。美しいからね。だからアンタの価値観なんてどうでも良いのさ」

「ククク、噂通りのイカれ具合じゃねェか」

「どこが?」

「発言を思い返せよ」

 

 メインディッシュがなくなったベッジは葉巻を吸い始める。

 流石船長と言ったところかねえ。

 動揺を見せていたヴィトや感情に身を任せていたゴッティとは違い、堂々としている。

 図太いのか、はたまた胆が据わっているのか。

 

「まァおれもテメェがいて驚いてはいるんだぜ。狙っていた奴以上の賞金首に会うなんざ、思ってもみなかったからな」

「へぇ、抗争中かい?」

「いいや、抗争は終わってる。復讐しに来てんだよ、あっちがな」

 

 西の海(ウエストブルー)出身のベッジ。

 そこでは裏の世界を五つのマフィアが支配していたのだが、ベッジがその組織の頭だけを狩り滅茶苦茶にした。

 その慌てふためく様を嘲笑い、そして復讐に来た者たちを武力で跳ね返してまたも嘲笑う。

 今回のベッジの狙いも、その組織の内の一つだそうだ。

 そのトップは"ヤマカカシ"という異名の七千万ベリーの賞金首らしい。

 元マフィアの若頭で、現在では約十隻の艦隊を率いて海賊になり、ベッジに復讐しようとしているみたいだ。

 ミイハア王国まで上手いこと誘導出来たらしく、ここで終わらせると豪語していたのだけれど……

 

 うん、ペラペラ喋りすぎじゃあないかな?

 アタシはターゲットではないとは言え、こうまで内情を話すだろうか?

 絶対なにか狙っているだろ、コイツ。

 まあ良いか。

 なにかあったら、その時は跳ね返せば良いし。

 

「まあアタシに迷惑かけなきゃあ、なんでも良いよ」

「ククク、ああ。おれはテメェになにもしねェよ。今後はわからねェけどな」

「そうかい……ああ、それと――」

「あん? ――ウゴッ!?」

 

 立ち上がり際、顔面に覇気を纏った拳をお見舞いしてやった。

 

「気分良かったのを邪魔した腹いせだよ。嬉しいだろう? アタシみたいな美女に殴られて」

 

 店の壁を壊してベッジが吹き飛んだ。

 意識は……どうだろう。

 ギリギリのところでベッジは能力を発動して、体の中から部下を出して、クッション代わりにしていた。

 まあ部下の方はご愁傷様と言うしかあるまい。

 

 ボガードくんはヴィトとゴッティを軽く捻って、店の床に捨てている。

 まあ、もう用事はないし外に出るか。

 ヴィトのポケットに入っていた財布を頂戴し、その中に入っている金を全部店に渡して支払いを済ます。

 

 はあ……

 ベッジ、それからファイアタンク海賊団はアタシたちにちょっかいはかけてこないだろうけれど、アイツ絶対面倒ごとに巻き込もうとしてるんだよなあ……

 

「一応リィリィたちにも伝えておこうか」

「ヘイ、姐さん」

 

 一先ず、アタシたちはレストランを後にした。

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

頭目(ファーザー)! お怪我の方は!?」

「チッ……あの女、ヤベェだろ。あれで一億ベリーに届かないわけがねェ。政府の奴らの目ェ、節穴なんじゃねェのか……」

 

 ベッジは寸でのところで部下を盾にしたお陰で、血こそ流しているものの重症は免れていた。

 スーツに着いた埃などを払い、頭を押さえながら立ち上がる。

 

「ククク、だがまあ良い。"ヤマカカシ"は海軍に追跡されっぱなし……そうだなヴィト?」

「ニョロロ、はい頭目(ファーザー)

「"ヤマカカシ"はおれの獲物だが、面倒臭ェ海軍の相手はご高名な"疵無し"にやってもらおうじゃねェか」

「軍艦には将官が……もしかしたら中将クラスも乗っている可能性もありまレロ」

「ありまレロってどっちだよヴィト。さて、おれたちはおれたちで戦闘準備だ!」

 

 ファイアタンク海賊団の面々はベッジの号令で大声を上げる。

 

 

 

「さあ"疵無し"、お手並み拝見といこうか」




ボガード「ゼフの方が美味い」

オーナー「なんやて!?」

アルビダ「同感」

オーナー「失礼な奴らだなぁ!」


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犬中将と熊副船長

書く時間が中々とれない……


 ベッジの予想通り、と言うか意図して誘導したのだから当然なのだけれど、"ヤマカカシ"と呼ばれる男が船団を率いて港に現れた。

 ただベッジから聞いていたよりも船の数が少なく、外観もかなりボロボロの船だった。

 

「せ、船長。あれが言ってた"ヤマカカシ"ですか?」

「そうみたいだねえ……それよりアンタたち、気を抜きすぎじゃあないかい?」

「な、なにがっすか?」

「なんのことか、わ、わからないでやすね……」

「私たちじゃなくて、この街が楽しすぎるのがいけないんです!」

 

 ちょっと目を離していた隙に、リィリィとヨサクとジョニーは丸々太っていた。

 聞けばレストランや酒場を次々はしごしていたらしい。

 それに両手には抱えきれないほどの土産を持っている。

 料理が下手くそな癖に市場で仕入れた大量の魚や、キーホルダーや人形なんかをそれはもう大量に。

 

「エンジョイしすぎか!」

 

 そう言えばアタシもかなりエンジョイしてた!

 

「お互い様だった! まあ取り敢えずさっさと痩せな」

 

 その辺をグルグル走り回らせたらみるみる痩せていく三人。

 どんな体の構造してんだと言いたくなるが、気にしないでおこう。

 

 スッキリとした三人を横目に、海の方へ目を向ける。

 "ヤマカカシ"はベッジの獲物だし気にしないでも良いだろう。

 問題はベッジがアタシたちに対して、なにを狙っているのか。

 その答えは、ボロボロになっている"ヤマカカシ"の船団と新たに海に見えた船影が教えてくれる。

 

「海軍か……ボガード、誰が乗っているかわかるかい?」

「ここからではなんとも……ただガープの旦那じゃないことは確かでやす」

 

 まあ船首だけではなく、全体的に特徴のない普通の軍艦だからねえ。

 リィリィの見聞色では少なくとも中将クラスが乗っているんじゃあないか、と感じ取ったみたいだ。

 

 "ヤマカカシ"ってのがどんな奴なのかは知らないけれど、海軍に追跡されていたみたいだね。

 それも中将クラスが乗っている軍艦となると、船団もボロボロになるか。

 

 ……って、ああっ!?

 軍艦がスペル・クイーンのすぐそばに停まってしまった!

 メインマストの帆は畳んでいるけれど、その上の小さな海賊旗(ジョリーロジャー)はそのままだ。

 完全にアタシたちが滞在しているってバレた。

 

「交戦は確定かねえ」

「ヘイ。ベッジの兄さんはあっしらに海軍を押し付けようとしていたんでしょうね」

「なるほど、"ヤマカカシ"が海軍に追われていたのを知っていたわけか」

 

 ベッジの狙いがどうあれ、海軍との交戦は避けられないようだ。

 スペル・クイーンに乗ってとんずらしようにも、あんなにも近くに軍艦を停められちゃあね。

 恐らく元々の任務の通り"ヤマカカシ"を捕らえて、はいさよならとはいかないだろう。

 ベッジの思惑通りになるのは不本意だけれど、仕方がないので乗ってやるか。

 

「全員、戦闘準備しときな」

「ヘイ、姐さん」

「は、はい!」

「了解でやす、アルビダの姐さん!」

「はいっす!」

 

 

 

 

 

 

 

 アタシたちが港に着いた頃には三つ巴の乱戦がおっ始まっていた。

 『兵力が違う』と言いながら、体内から砲弾を全周囲に向け撒き散らすベッジ。

 ハゲ頭で痩身の"ヤマカカシ"は迫り来る砲弾を捌いてはいるものの、中々復讐対象のベッジへと近付けずにいる。

 一方の海軍はと言うと、"ヤマカカシ"やベッジを捕らえることも重要だとしながら、一般人への被害を抑えることを最優先としていたため決定打に欠ける。

 

「ククク、言ったろ? 兵力が違う」

「ニョロロロ、ダルメシアン中将は動き辛そうでレロ。これも頭目(ファーザー)の予想通りレロ?」

「まあな。ただ、使えるもんは何でも使うぜェ? 流石に中将相手は分が悪いからな。さっさと来いってんだ、"疵無し"の奴め」

 

 傍目に見れば一番数が多いのは"ヤマカカシ"。

 次いで海軍なのだけれど、実際は彼も言っていた通りベッジが最多数だ。

 "シロシロの実"の能力の一つで、ベッジの体内は城となっている。

 そこに大勢の部下を格納しているため、圧倒的な手数を誇っている。

 

 海軍の尽力で一般人に被害は出ていないものの、美しかったミイハア王国の景観は徐々に破壊されていく。

 はあ……見ている場合じゃあないかね。

 今はアタシたちに手は出さないと言っていたけれど、このまま放置していたらベッジの無差別砲撃でスペル・クイーンが被害を受ける可能性があるし。

 "ヤマカカシ"はどうかわからないけれど海軍は敵で確定。

 共同戦線を張るのならファイアタンク海賊団、か。

 

 一際立派なコートを羽織る中将、ダルメシアンが一瞬の隙を突きベッジへと(ソル)を使い襲い掛かる。

 そして指銃(シガン)でベッジの腹を貫こうとするが、間一髪のところでアタシが間に入り、蹴りで受け止めた。

 

「ヒヤッとしたぜ……遅ェぞ"疵無し"」

「ふん、礼は弾んでもらうよ」

「クソッ……"疵無し"、お前まで出てくるか」

 

 追撃に移ろうとしたけれど、ダルメシアンは動物(ゾオン)系特有の身体能力で軽やかにバックステップ。

 流石中将と言ったところかね。

 

「ベッジ、アンタの思惑に乗ってやるよ。不本意だけれど、海軍の相手はしてやる。アンタはさっさと"ヤマカカシ"とやらを片付けな」

「言われなくても」

 

 アタシが参戦したことで三つ巴の乱戦から一対一が二つに。

 アタシはダルメシアンとの一騎討ち。

 周りの海兵はボガードくんを筆頭に、ウチの船員(クルー)が対処する。

 

 悪魔の実の能力者になったボガードくんだけれど、今のところ使う必要もなさそうだね。

 千切っては投げの大活躍だ。

 潮風の問題からリィリィは毒の広域散布が出来ないでいるので、まだまだ未熟なヨサクとジョニーのフォローに回っている。

 さて、アタシはアタシの相手に集中しようか。

 

 相手のダルメシアンはあのガープと同じ中将。

 勿論海軍の英雄と謳われるガープには実力は及ばないけれど、少なくとも六式と覇気は兼ね備えている。

 その上、悪魔の実の中で純粋に身体能力が向上する動物(ゾオン)系の能力者。

 決して油断できる相手ではない。

 

指銃(シガン)ッ!!」

(スペル)即興拳劇(ハロルド)!」

 

 武装色を纏った指と拳がぶつかり合う。

 衝撃波で石畳が捲れ上がり、辺りに弾け飛ぶ。

 約五年前のガープとの交戦を聞いていたのだろう、ダルメシアンも初めから油断がない。

 

 お互い(ソル)月歩(ゲッポウ)を駆使しての高速戦闘。

 生半な実力じゃあ目で追うことも出来ないだろう。

 地上で衝突したかと思えば次の瞬間には空中で衝突音が響き渡り、衝撃波が生み出される。

 そして互いの距離が離れれば嵐脚(ランキャク)の応酬。

 

(スペル)閃脚万来(カーテンコール)!」

嵐脚(ランキャク)"白雷"ッ!!」

 

 巨大な二本の飛ぶ斬撃がアタシとダルメシアンの中間点でぶつかる。

 大きく砂埃を巻き上げ視界が閉ざされるけれど、次の瞬間にはダルメシアンの大振りのパンチとアタシの飛び蹴りが衝突し、立ち込めていた砂埃を一気に晴れさせた。

 

「厄介な……三式(その技)、どこで知った? どこで身に付けた?」

「さあね」

 

 厄介に思っているのはこっちだって同じだ。

 加速で威力を上乗せしているとはいえ、純粋なパワーで言えばダルメシアンの方が上。

 覇気に六式、この二つが使えると動物(ゾオン)系は恐ろしいほどに化ける。

 

 まあそれすら上回る加速力を出せないこともないのだけれど、それを繰り出すほど切羽詰まっているわけじゃあない。

 もう少しで悪魔の実の能力、その真髄とも言える"なにか"が掴めそうな気がするのだ。

 出し惜しみなくあらゆる手札を繰り出すか、それとも能力に制限を掛けて基礎を更に磨くか。

 その"なにか"を掴むためにアタシは後者を選んだ。

 見方によっちゃあ舐めプレイになっているんだけれどね。

 まあそんな感じの強者ムーブはアタシ好みだ。

 

 さて、ウチの船員(クルー)たちの様子はと言えば。

 ヨサクとジョニーはリィリィの援護があったお陰か、そこそこの数の海兵たちを倒して、そして自分達も『か……紙一重か』と言って倒れている。

 佐官に満たない海兵だろうと、それでも相手は海軍本部の海兵だ。

 以前バラティエの近くで海軍本部の"フルボディ"大尉一人にボコボコにやられたと言っていた二人。

 武器を新調したのもあるだろうけれど、短期間でかなりの成長を遂げているね。

 

 ボガードくんの姿は周囲には見当たらないが、所々嵐が通った跡のようになっているので問題ないだろうね。

 

「よくも部下を……っ!」

「アタシたちは海賊、アンタたちは海軍。こんなの良くあることじゃあないか」

 

 襲い掛かるダルメシアン。

 まあ中将だけあって、冷静さは欠いていない。

 とは言え、多少攻撃が直線的になっている。

 アタシの顔面へ放たれる洗練された強力な指銃(シガン)

 

「一歩、深く踏み込んじまったね?」

「っ! しまっ――――」

 

 一歩。

 ダルメシアンがアタシ側へ深く踏み込んだ。

 指銃(シガン)を避ける動きと同時に、その深く踏み込まれた足と地面の間にアタシの足の甲を挟み込む。

 余程の理由がない限り踏み込みという動作には覇気を纏うことはない。

 つまり、アタシの足の甲を踏んだダルメシアンは滑って大きくバランスを崩すことになる。

 

(スペル)即興脚劇(スポークン)!」

「ぬぐォォッ!?」

 

 超加速された蹴りがダルメシアンの無防備な脇腹に突き刺さり、大きく吹き飛ばされる。

 だがまだだ。

 ダメージは大きいだろうけれど、寸でのところで武装色を纏っていた。

 数秒もしない内にダルメシアンはその目に闘志を宿し立ち上がる。

 

「姐さんッ!!」

「ん? ああ、なるほど。それじゃあ、行くよボガード!」

「ヘイ、姐さん!」

 

 声のした方向を見れば、軍艦の上でへし折ったメインマストを持って投擲の構えをしていたボガードくんがいた。

 体格が一回り大きくなり、鋭い牙や主に上半身に灰色の体毛が生えている。

 

「せいやぁっ!!」

 

 動物(ゾオン)系、クマクマの実モデル"灰色熊(グリズリー)"。

 

 元々パワータイプだったボガードくんのパワー、それからタフネスはこの悪魔の実で大幅に強化された。

 その圧倒的パワーから投げ出されたメインマスト。

 砲弾なんて目じゃあないほどの速度と質量でダルメシアンへ放たれる。

 当然見聞色で避けられてしまうが、その先にはアタシが待ち構えているんだよねえ。

 そういう風に計算してボガードくんがマストを投げたんだけれどね。

 

 狙っていたアタシと想定外だったダルメシアン。

 ダルメシアンの甘い防御の上から反撃の隙を与えず乱打を浴びせる。

 そして軍艦の上から飛び降りて、石畳に大きなヒビを入れたボガードくんも参戦。

 蝶のように舞い蜂のように刺す華麗なアタシの戦闘スタイルとは真逆で、いわゆるベタ足インファイト上等なスタイルのボガードくん。

 

 二対一だけれど卑怯とは言うまい。

 そもそも百人近くの海兵に囲まれているんだからね。

 

 超接近戦でダルメシアンのガードを打ち砕くボガードくん。

 相応に反撃は喰らっているけれど、真っ向切っての潰し合いなら元々ダメージを受けていたダルメシアンが不利だ。

 地力の面ではダルメシアンの方が上だろうけれど。

 まあそれに相手はボガードくんだけじゃあないしね。

 

(スペル)即興拳劇(ハロルド)っ!!」

「……がっ…………」

 

 今度は覇気のガードなしで、正拳が鳩尾に入った。

 吹き飛ばされたダルメシアンは完全に伸びている。

 

「お疲れさまでやす、姐さん」

「アンタもね。一応後でリィリィに診てもらいな。我慢しているみたいだけれど、結構効いてんだろう?」

「正直、そうでやすね」

 

 

 

 その後、足元の覚束ないヨサクとジョニー、元気いっぱいのリィリィと合流。

 ミイハア王国の人たちとも少し話をしたりした。

 ベッジの方もとっくに終わっていたみたいで、ニヤニヤしながら近付いて来た。

 アタシたち五人とベッジは瓦礫に腰を掛けながら話し合う。

 

「よォ"疵無し"。大活躍じゃねェか」

「一番面倒なことを押し付けた奴の台詞かい?」

「ククク、さあなんのことか。まあ良い、海軍の奴らに止め刺さねェのか?」

「ファンに頼まれちゃあね」

「ファン?」

「ああ、この国の奴らさ。それに絶対に相容れないならともかく、海軍とは立場が違うだけで怨み辛みなんかこれっぽちも持ち合わせてないからね。別に生きていようが死んでいようがどうでも良いのさ」

 

 この国の人たちと話をしている時に頼まれた。

 ミイハア王国は世界政府加盟国。

 "世界会議(レヴェリー)"に参加できるほどの規模ではないが、海軍は味方なのだろう。

 いくら国の人たちが海賊に慣れているとは言え、どちらを取るかと聞かれればそりゃあ海軍だろうね。

 

「そうか。おれが直接海軍と闘り合ったわけじゃねェし、お前の好きにすりゃ良いさ」

 

 そう言ってベッジは立ち上がり、アタシたちに背を向ける。

 

「ああそれと、いつかテメェの首も狩ってやるから覚悟しとけよ?」

「アタシの追っかけなら歓迎するけれどね。ストーカーは御免だよ」

「言ってろ」

 

 去っていくベッジの背を見送り、今後の予定を話し合う。

 

 ミイハア王国では記録(ログ)を溜めるのに約一ヶ月掛かる。

 その間にヨサクとジョニーを鍛え上げようという当初のプランだったのだけれど、海軍が来たことでややこしくなった。

 まあアタシたちが海賊である以上当然だが、ここに滞在し続けては間違いなく援軍を呼ばれる。

 仮にもう一人か二人中将クラスが軍艦と共にやって来てしまえば、ボガードくんと二人では残りの三人を守りきれない。

 

「そこで、だ。当初の目的通り、ヨサクとジョニーは鍛えたい。でもそれは鍛練じゃあなくても出来るとは思わないかい?」

「どういうことっすか、アルビダの姐さん?」

「実戦の中で強くなれってことさ。見な」

 

 今日の新聞を見せる。

 そこには"アラバスタ"の記事。

 『国王軍と反乱軍の衝突が間近まで迫っている!』という見出しが掲載されている。

 

「ちなみに、予想でしかないけれど"麦わら"たちも多分アラバスタにいるよ」

「ええっ!? 本当でやすか、アルビダの姐さん!」

「だから予想でしかないって」

 

 ボガードくんに倣ってアタシも新聞はなるべく読むようにしている。

 アラバスタの王女と護衛隊長が行方不明だとか、冬島であるはずの"ドラム王国"で巨大な桜が短い間だけ現れただとか。

 ルフィたちが原作通りに航海を進めている可能性は高い。

 

 完全に打算ありきだけれど、ヨサクとジョニーに経験を積ませるにはもってこいだ。

 それとアタシ個人としては"ナノハナ"に行ってみたい。

 香水で有名だからね。

 アタシの美貌と芳しい香りで全人類一撃ノックアウト間違いなし!

 

「じゃあそういうことで、アラバスタ行き決定で良いね?」

「ヘイ、姐さん」

「はいっ!」

「おおおお……っ! 兄貴たちにアッシらの成長を早く見せたいぜ!」

「おれも! すげェ頑張るっす!」

 

 

 スベスベの実の副次効果で日焼けや肌荒れの心配はなし!

 行くか! アラバスタ!




ゾオン系幻獣種、クマクマの実モデル"ヒグマさん"にしようか迷った。
でも強すぎるのでやめました。

ボガードくんの悪魔の実、オリジナルだけど許して!


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アラバスタと赤っ鼻

オーマジオウ、ダグバをワンパンとかやべぇ。


 アラバスタ"夢の町レインベース"

 

 そのオアシスの中心に建つこの町最大のカジノ"レインディナーズ"の一室。

 とある作戦の最終通達を終え、五人の曲者が立ち去り、その部屋には二人が残った。

 Mr.0こと、"王下七武海"の一角"サー・クロコダイル"と、Ms.オールサンデーこと"ニコ・ロビン"。

 

 妙齢の美女とも言うべき、ハットを被った黒髪の女、ニコ・ロビンは顔面に真一文字に縫い痕が入った葉巻を吸う男、サー・クロコダイルに問いかける。

 

「作戦の最終段階で多少の変更を加えるなんて、あなたらしくないわね」

「全くもって忌々しいぜ。おれだって出来ればそうしたくなかったさ…………これを見ろ」

「これは?」

「政府からの通達書だ」

 

 クロコダイルから渡された書類を読むロビン。

 それはクロコダイルが七武海としての立場から受け取ったもの。

 その内容はとある海賊がアラバスタの方へ向かった可能性が高い、というものだった。

 

「中将を破った"疵無し"という海賊。そしてそれに追手を出した海軍……もしアラバスタに上陸したなら拿捕に協力しろと書かれているけど?」

「後で消すさ。構ってる暇はねェし、今は計画が最優先だ」

「なるほど。この"疵無し"って海賊はともかく、追手の海軍が厄介ってわけね?」

「あァ、"エルマル"が枯れてるとなりゃ海軍共が船を停めるのは"ナノハナ"だろうからな。そのまま作戦を進めちまったら、海軍は民衆共の鎮圧に乗り出しちまう」

「折角の"演技"も"物資"も無駄になってしまうわね」

「その通りだ。最悪、Mr.1のペアとMr.2が海軍に捕まる可能性も出てくる。"ビビ"が生きているとわかった以上、つまらねェことでオフィサーエージェントを失うわけにゃいかねェ」

 

 勿論必ずしも件の海賊がアラバスタに立ち寄るとは限らないが、書かれていた日付やアラバスタとの位置関係、航路を逆算していくと作戦の決行日と丁度被ってしまう。

 

 作戦名"理想郷(ユートピア)"。

 その最終目標である国の乗っ取りを目前に控えておきながら、こんなことで支障をきたすことは避けたい。

 想定していた本来の作戦よりも若干確実性は欠けてしまうが、打てる最善の一手を打つ。

 

「海軍がそのまま反乱の鎮圧まで手を伸ばしてきたらどうするつもりかしら?」

「んなもん、おれがどうにかするからお前らは"疵無し"を追え、とでも言っときゃどうとでもなる。バカな民衆共にとっちゃ、おれァ英雄らしいからな。海軍もそのことは知ってんだろ」

「その英雄の求心力で反乱を止められると海軍に思わせる。そして海軍を国王軍、反乱軍から遠ざける……フフッ、悪魔みたいな英雄ね」

「てめェは"悪魔の子"だろ、ニコ・ロビン」

「あら、その名は呼ばない約束よ?」

 

 

 

 計画が表に出る時は近い。

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

「まだやれるだろう? 気張りな!」

「み、見てくださいアルビダの姐さん! ほら、足がガクガクでもう動けないっす!」

「でも、そんなスパルタなアルビダの姐さんも素敵でやす……」

 

 アラバスタへの航路。

 波が穏やかな内はヨサクとジョニーの鍛練の時間に充てている。

 二人とも膝が笑って――大爆笑しているね。

 

 まあ今回はなんとかなったけれど、いつまでも海軍から逃げ続けられるとは思えない。

 そうなった時には戦闘をするしかないのだが、守りながら闘うのもいずれ限界が来るだろう。

 ヨサクとジョニーには早急に、せめて相手が将校クラスでもなんとか自分の身を守れるようにはなってほしい。

 リィリィは戦闘技術がからっきしだけれど、とにかく長所である見聞色を鍛えて接敵を避ける方針で頑張らせている。

 

 さて、原作でも大きな山場となるアラバスタ編。

 それに首を突っ込もうとしているのには一応理由がある。

 打算まみれなのだけれど、まず一つ目はヨサクとジョニーに戦闘の経験を積ませるため。

 とは言え、新聞にも載っていた内乱に参加するのではなく、それを扇動している"BW(バロックワークス)"と闘わせる。

 "5"より若い数字を持ったオフィサーエージェントとはヤバくなったら手を貸そうと思っているし、それ以外のエージェントや"ビリオンズ"や"ミリオンズ"だったらヨサクとジョニーでもなんとかなるだろうね。

 甘っちょろい鍛え方はしていないし、元より数百万ベリーの賞金首くらいなら倒せる実力はあったのだ。

 まあ原作通りに進んでいるのならルフィたちの手助けみたいな形になるけれど、ヨサクとジョニーのモチベーションが上がってくれるのならそれに越したことはない。

 

 もう一つの理由。

 これはあまり褒められたものではない、アタシの完全なる打算的理由だ。

 感情論でどうとかではなく、今後のとある"計画"のための布石になるだろうから、出来ることならルフィたちに加担してこの内乱の被害を少しでも抑えたい。

 まあ勿論、被害が大きくなればアタシをチヤホヤしてくれる人が少なくなるからなんとかしたいってのもあるけれどね。

 "計画"の方はまだ動き出してすらいないし、そもそも始める段階で頓挫する可能性だってあるけれど、アタシの最終目標である"世界中からチヤホヤされる"というのに非常に重要な要素になると思うんだ。

 まあこの"計画"は偉大なる航路(グランドライン)に入ってから読み始めた新聞のとある一項を見て思い付いただけの、ガバガバな計画なのが穴なんだよねえ。

 

「姐さん、永久指針(エターナルポース)もあの島をずっと指してやす。着きやしたぜ、アラバスタ」

「見えてる港はナノハナだね。良し、少し離れた場所に船を停めて上陸するよ」

 

 気を取り直して、アラバスタ入り。

 ナノハナの港に停めても良かったのだけれど、時系列がわからないのが痛い。

 確かBWの理想郷(ユートピア)作戦が始まると同時にナノハナへ巨大な武器商船が突っ込んできたはず。

 それに巻き込まれて船を壊されちゃあ堪んないからね。

 遠目から見てもナノハナの港は無事みたいだし、まだ作戦は始まっていないのだろう。

 

「わあっ、町中香水の良い匂いが漂っています!」

「香水で有名なところだからね。アタシに振りかけたら、溢れ出る魅力が止まることを知らなくなってしまう!」

「そうですねー」

 

 ナノハナに着くと、ギョッとした顔で周りから見られた。

 良い意味での驚愕半分、悪い意味での驚愕半分。

 最初は変装することも考えていたのだけれど、ローグタウンでの手配書の撮影会が裏目に出てしまった。

 色々な衣装を着たからね。

 踊り子の衣装や盗賊紛いのワイルドなものまで、それはもう色々と。

 一応それらの衣装はレア物扱いなので出回ってる数が少ないが、アタシのファンクラブなんてものまであるんだから、会員内で共有されていてもおかしくない。

 端的に言えば変装は意味がないことに気付いてしまったのだ。

 

 そうだ変装と言えば。

 

「ヨサク、ジョニー、それから一応リィリィも」

「なんすか?」

「これ」

 

 渡したのは一枚の紙。

 BWの社員は大概この紙に描かれたマークを彫ったり身に付けている。

 

「んんー? なんかのマークでやすか? アッシにゃてんで見当も付かねェ」

「見てるだけで不安になってきます。呪い殺されそうですぅ」

「リィリィ!」

「え、えぇっ!? なんで私怒られたのーっ!?」

 

 絵が下手くそで悪いかっ!!

 自分でも思ったよ。

 落書き以下の、なんか黒魔術とかで使いそうな良くわからないものに仕上がってしまったってことはね!

 

「くそっ! しょうがない……リィリィ見聞色で怪しい奴探しな」

「は、はいっ! ……むむっ、いました! あの三人ですっ!!」

 

 早速、有無を言わさず一般人に変装していたのだろう三人の男を捕らえる。

 やはり、腕や首筋などにBWのマークが入った入れ墨を彫っていた。

 

「この入れ墨が入ってる奴らが今回のターゲットさ」

「なるほどっす」

「このマークが入った奴らをぶっ倒せば良いんでやすね?」

「そうさ」

「船長が描いた絵と似ても似つかないですねー。どうしてああなったのか」

「リィリィ!」

「ひぃっ! ご、ごめんなさいぃ!」

 

 おっと、大分目立ってしまったみたいだ。

 丁度良いや。聞き込み調査をしてみよう。

 

 今回は原作知識が大いに役立つと思ってる。

 聞き込み調査ではほんの一日ちょっと前に麦わら帽子を被った海賊と海軍の追い駆けっこがあったらしい。

 えーっと……となると、明日か! 多分。

 

 ちょっと細かい時系列には自信ないけれど、理想郷(ユートピア)作戦の決行は明日で合っていると思う。

 クロコダイルが一番嫌がっていたのは反乱が止まること。

 反乱さえ止まってしまえば後はどうとでもなるだろう。

 国王の"ネフェルタリ・コブラ"にはビビからBWへの潜入調査の手紙が届いているはず。

 そしてクロコダイル討伐に動いていた。

 途中誘拐されるけれど、反乱軍さえ首都"アルバーナ"に向かわなければ国王軍も動かず、アルバーナに向かった麦わら一味がなんとかするだろう。

 あの一行には王女のビビもいるはずだし、発言力に関しては大いに期待できる。

 アルバーナにはMr.4ペアしかいないから、戦闘面でも心配することはない。

 

 アタシたちは"カトレア"にいる反乱軍を止めることを最優先に考えよう。

 どうやって止めるかだけれど、アタシが直接出向いてもあまり効果はない。

 言ってみりゃアタシは完全な部外者だからね。

 黒幕はクロコダイルだ、と言っても求心力の面で聞く耳を持たれないだろう。

 なのでナノハナにやって来るコブラに化けたMr.2を捕らえる。

 それを差し出せば少なくとも迷いは生まれるはず。

 後は作戦が狂ってあぶり出されたBWの社員や、ナノハナにやって来るMr.1ペアを倒せば理想郷(ユートピア)作戦は滅茶苦茶に。

 反乱軍のリーダー"コーザ"も多少はアタシの話に耳を傾けるだろうし、そうなったらアルバーナにいるビビになんとかして会わせれば完全に反乱は止まるはずだ。

 

「と言うことで」

「なにがと言うことで、なんですかー?」

「まあ聞きな。明日、武器を大量に積んだ武器商船がナノハナにやって来る。そして国王に化けた奴が反乱を扇動すると思うんだよ」

「なんでそう思うんっすか?」

「アタシならそうするって言うのと、後は新聞からの情報だね」

 

 嘘だけれど。

 

「ノコノコやって来たBWの社員を倒すよ。そうなりゃあ王下七武海、サー・クロコダイルと完全に敵対するけれどね」

「し、七武海でやすかあっ!?」

「しっ! 声が大きいよ。それに聞き込みで住人が言ってただろう? "麦わら"もアラバスタにいるって」

「はいっす! ルフィの兄貴たちに会いたいっす!」

「なら、アンタたちの知ってる"麦わら"は、仲間のために七武海に喧嘩売るか売らないか、アンタたちなら良くわかってるんじゃあないか?」

「絶対に闘おうとしやす!」

「……ってことはおれたちもルフィの兄貴やゾロの兄貴の手助けに……」

「そういうことさ。まあ本当ならそういう動機はアタシのためだけにしてほしいんだけれどね」

「うっ……すいやせん……」

「つい……」

 

 まあ実際あまり気にしていない。

 それがヨサクとジョニーの美点だしね。

 

 

 

 

 日も暮れ始め、主に水などの砂漠越えに必要な物資を買い揃えた。

 香水なんかも何種類か気に入ったフレーバーのものを買った。

 町中をブラブラしながら目に付いたBWの社員を物影でヨサクとジョニーに闘わせたりしながら時間が過ぎるのを待つ。

 

 

 

 そして明朝。

 予想外のことが幾つも起こった。

 まず一つ目。

 

「ぎゃーっはっはっは! ごきげんよう、アラバスタの諸君!」

 

 …………何故だ。

 思わず口をあんぐりと開きっ放しにして、言葉を発するのを忘れていた。

 船は見当たらないからどこか町の外れに停めたのだろうけれど、なんでお前がいるんだ。

 

 "道化のバギー"とその一味。

 ピエロのようなメイクを施した赤いデカっ鼻の男がバギー。

 スカした態度の黒髪の男が参謀の"カバジ"で、ライオンの"リッチー"に乗った白髪の男が副船長"モージ"。

 いやいや、なんでアラバスタにいるの?

 こんなの全く予想できなかった。

 

「不確定要素は即排除ぉぉっ!!」

「ぎゃぁぁっ!?」

「バギー船長っ!!」

「何者だ、きさ――うわあっ!? き、"疵無し"ィッ!?」

 

 同じ東の海(イーストブルー)の出。

 アタシのことは良く知っている。

 取り敢えずノリでバギーをぶっ飛ばしたけれど、いや本当になんでいるの?

 

「アンタたち、なにしに来た?」

「ちくしょう、テメェ"疵無し"! いきなりなにしやがる!」

「うるさいよ。質問してるのはアタシだ」

「バギー船長、相手が悪すぎますって!」

「チッ……しょうがねェ」

 

 話しを聞くに、どうやら海軍の軍艦に追われていたらしい。

 それでなんとか辛々逃げきってアラバスタまで来てしまった、と。

 

「少将が乗っていたが、もう一人。海兵じゃねェが、ヤベェのがいた。特製バギー玉も通用しねェ」

「へぇ、そんなヤバいのからよく逃げきれたねえ」

「他の海賊に襲われてる商船があったんだよ。そっちを優先してくれたお陰で逃げきれた」

「なんで狙われてたんだい? まあ海賊だし理由なんざ腐るほどあるだろうけれど」

「あァ、"疵無し"を追う任務に就いているって言ってたなァ………………お前じゃねェかァッ!!」

「アタシ?」

「とんだとばっちりだぜオイ!! テメェがヤバいの呼び寄せたせいでおれたちァ大変な目に逢ったんだぞ!?」

 

 そんなこと言われてもねえ。

 まあバギーがアラバスタに来たのは不可抗力と言うことがわかっただけでも良しとしよう。

 それより、アタシを追って来た海軍ってのが厄介だね。

 思うように動けないかもしれない。

 ……あっ!

 

「丁度良いや。バギー、アンタ確か"バラバラの実"の能力者だったよね」

「んあ? その通りだが」

「ちょっと見せておくれよ。さぞかし格好良いんだろうねえ」

「おいおいおい! 麗しのレディー・アルビダよ、お前にそんなこと言われたら見せてやるぜ! バラバラフェスティバル!」

 

 おお。

 実際見ると凄いな。まあ良いや。

 取り敢えず浮いていた心臓の辺りを捕まえて箱に封印する。

 

「ん?」

「なんだい?」

 

 ニヤケ顔のまま固まるバギー。

 取り敢えずバギーの一部が入った箱は、ジャケットのポケットに入れておく。

 

「返してほしければ海軍の足止めよろしくね」

「テメェッ!! 騙したな!!」

「騙し討ちは海賊の作法だってシャンクスが言ってたよ」

「なァんであいつの名前が出てくるんだァッ!!」

 

 良しっ、人手ゲット。

 "これ"をちらつかせればバギーは頑張ってくれるだろう。

 腐っても東の海(イーストブルー)では大物海賊だったんだし頑張れ!

 

 バギーとの口論と言うかじゃれあいと言うか、そこそこ時間が経っていた。

 時間を確認してみたけれど、七時はとっくに回って既に一時間近く経とうとしている。

 あれ?

 理想郷(ユートピア)作戦の開始時刻って七時じゃあなかったっけ?

 

 そんなことを考えているとナノハナに誰かの大声が響き渡る。

 『カトレアに国王と国王軍が現れ、蛮行を行っている』、『カトレアの南の海岸に武器商船が突っ込んだ』などなど。

 

 あれぇ?

 アタシの予想、と言うか原作の展開と違うぞ?

 と言うか、これはとてもマズイ事態になった。

 ナノハナにBWのオフィサーエージェントが現れないと、アタシの作戦が根底から崩される。

 もう大分時間が経ってしまっている。

 反乱軍は動き出しているだろう。

 

「バギー一味! アンタたちアタシたちの船曳いてサンドラ川の上流に向かいな!」

「な、なんでお前の言うことを――」

「これ」

「んなっ!? 野郎共! "疵無し"にハデに従えェ!」

「あっ、バギーはこっちに来な」

 

 さて、今から出て追い付けるだろうか。

 とにかく、アルバーナに向かわなくては。

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 アラバスタ北東の海岸。

 

 海軍の軍艦と海兵がズラリと立ち並ぶ。

 

「メイナード少将、ナノハナに向かわずともよろしかったので?」

「ああ、あの人がそう言うのなら"疵無し"はアルバーナに向かうんだろうよ」

「で、でも賽の目で決めるなんて……それにあの人は海軍所属ではないじゃないですか」

「流浪人ではあるが、何度も我々は助けられた。それに誰よりも市民の安全を考える素晴らしい人だ」

 

 海軍本部のメイナード少将を筆頭とする海兵たち。

 ミイハア王国にてダルメシアン中将を打ち破ったという海賊"疵無しのアルビダ"追跡の任に就いていた。

 

「では、行こうか。すみませんお手数を掛けますが……」

「いえいえ、あっしは海兵じゃあございやせんが、罪なき人々を守りてェという想いで同行させてもらっているだけ。どれ、一丁"疵無し"とやらを捕まえてご覧にいれやしょう」

「本来、我々だけでやらなくてはいけないところなのですが……貴方がいてくれるなら百人力ですよ」

「海兵さん、立場貫くのも大変でございやすねェ」




アルビダ「ナノハナにBW来るやろ」

来ない。

クロコダイル「ナノハナに海軍来るやろ」

来ない。


圧倒的 ポ ン コ ツ 二人!


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アルバーナと隕石

夏風邪にやられて投稿が遅れてしまいました。
皆さんも体調管理はしっかりしましょう!


あと、ロー子ヒロインの小説が面白い。


 さて、原作と違う流れに戸惑っているけれど、結局のところ"この内乱を終わらせる"ということには変わりがない。

 カトレアまで確認に行きたかったけれど、反乱軍が首都アルバーナに向けて出発してしまっていたら大幅な時間のロスになる。

 なのでナノハナから直接アルバーナに向かうことに。

 ただ問題も多かった。

 

「足がない」

「馬も一頭しかいやがらねェぜオイ」

「おや、協力的だねえバギー」

「テメェがおれの心臓持ってやがるからだろッ!! こォのスットコドッコイ!」

 

 バギーが協力的なのは良しとしよう。

 ただアルバーナまでの足がない。

 走って砂漠越えはごめん被りたいしね。

 元々はナノハナで殆ど片が付く予定だったから、その辺りのことはあまり考えてなかったのが響いている。

 

「姐さん、時間が……」

「うん……覚悟決めて、砂漠マラソンに挑戦しようか――――」

 

 そんなことを考えていたのだけれど、ヨサクとジョニーがバギーと取っ組み合いになっているのを見て良いことを思い付いた。

 何故取っ組み合っているのかはわからないが、バギーは上半身と下半身、そして両腕を分離させている。

 そう、バギーは条件付きではあるものの飛行能力があるのだ。

 これを利用しない手はないねえ。

 

「はい、これ」

「なんだァ?」

「そしてこれ」

「あァん?」

「これはこっちね」

「説明しろや"疵無し"ィッ!」

 

 バギーに六畳くらいの木の板を背負わせる。

 そして縄で括り付け、足首から下の両足はアタシが預かる。

 これで完璧!

 

「アタシがバギーの足を持って馬に乗るから、アンタたちはバギーの背負ってる板に乗って運んでもらいな」

「オイオイオイッ!! "疵無し"テメェ、おれだけ重労働じゃねェかッ!!」

「これ」

「ちくしょうめ! やりゃ良いんだろ!? テメェ絶対地獄に落ちるぞッ!!」

「アタシなら閻魔様も魅了しちまうからねえ、地獄でも居心地が良かったりしてね」

 

 アルバーナに向かう足は、これで問題ないだろう。

 バギーの浮遊能力の条件として、足が地に着いていないといけない。

 ただし、このように誰かが足を抱えていたりするとその制約が解除される。

 馬に乗るアタシがバギーの足を運ぶ係で、バギーはウチの船員(クルー)を運ぶ係。

 これなら馬が一頭でもウチの残る四人を一度で運べるし、速度も出る。

 まあバギーの負担が大きいのだけれど、頑張れ。

 

「オイ! 誰か異常に重い奴がいねェか!?」

「すいやせん。あっしだと思いやす」

「テメェ、そんな()()()図体しやがって――ってだれが()()っ鼻だァッ!!」

「誰も言ってないっす」

「バギーさんってあまり力が強くないんですねー。ボガードさんなら四人くらい簡単に運べるのに……」

「リィリィの姉貴、ボガードの兄貴と比べちゃ可哀想でやすよ」

 

 ……頑張れ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃーっはっはっは! 砂に足を取られることもねェ! 流石おれ様!」

 

 アルバーナへの道中は順調だ。

 バギーの存在が大きいね。

 ウチの船員(クルー)は無駄な体力を使わずに済むし、馬と並走する速度で移動出来るのはありがたい。

 

 ちなみに原作でも出てきたラクダの"マツゲ"や、"ヒッコシクラブ"という巨大な蟹の"ハサミ"などの例に漏れず、アラバスタの動物ということでアタシが乗っている馬も非常にエロい……と言うか女好きだ。

 名前は特に決めていないが、アタシを背に乗せているということでとても張り切っている。

 

 

 さて、アルバーナまで後どれくらいだろうか。

 恐らくもうそれほど遠くはないだろう。

 

 カトレアから出発した反乱軍にはもう少しで追い付きそうだ。

 巻き上がる砂塵、万単位の馬が走っているため地鳴りが聞こえている。

 走り出してしまっては、アタシに彼らを止める術はない。

 やはり反乱軍リーダーのコーザとビビを引き合わせなければ、濁流のように王都へ迫る反乱軍は止めることが出来ない。

 

 なので反乱軍に追い付いても無視して、アルバーナへ先回りするのが良さそうだね。

 万単位で進軍する反乱軍と少数のアタシたちじゃあ速度は確実にこっちの方が上だ。

 

 確かアルバーナに入る前にビビとコーザはニアミスしていたはず。

 その時は国王軍に紛れたBWの社員が大砲を撃って砂塵を巻き上げ、互いの姿が確認できなくなってしまった。

 そこが狙い目だ。

 それさえ防げれば恐らく反乱軍は止まるだろうし、後はBWをどうにかすれば万事オーケーって寸法だね。

 

「姐さん、反乱軍の姿が見えやした!」

「無視! とにかくアルバーナへ向かうのが最優先だよ!」

「運んでるのはおれだろうがッ!!」

「バギーさん、もっと速く飛べないんですか?」

「文句言うな、こンの小娘ェ! テメェはおれの背中に乗ってるだけじゃねェか!」

「ひぃっ! ご、ごめんなさいぃ!」

 

 少しだけ迂回することになってしまうけれど、反乱軍よりも先にアルバーナに到着出来そうだ。

 

 

 

 

 強い日差しと熱砂がもたらす灼熱の砂漠を駆け抜ける。

 スベスベの能力でアタシの美しい肌は日焼けしないのが救いだね。

 船員(クルー)もバギーも、慣れないアラバスタの気候にへばり気味だったけれど、微かにアルバーナの上部が見えてきた。

 アルバーナは台地状になっているので、まだ距離は数キロはあるだろう。

 ただゴールが見えてきたことで皆の士気が上がっている。

 

 一応作戦は決まっている。

 アタシとリィリィは南(ゲート)で反乱軍を待ち構えるビビの保護。

 一番機動力のあるアタシと、万一に備え医者であるリィリィがビビの下へ向かう。

 残るバギーを含めた男衆四人はアルバーナに突入。

 単純に強いボガードくんと、文字通り色々なところに手が回るバギーを中心として、BWの工作員を打倒する。

 

 ナノハナでの読み違いからもわかる通り、流れは原作から乖離してしまっているので確実とは言えない。

 ある程度は柔軟に立ち回っていかないと。

 例えばローブを纏って"超カルガモ部隊"の背に乗りオフィサーエージェントの目を散らした麦わらの一味。

 彼らを追ってオフィサーエージェントたちはバラけたけれど、そうならないかもしれない。

 最悪のパターンではクロコダイルが出張ってくることも頭の片隅に入れとかなきゃあいけないね。

 武装色の覇気が使えるアタシとボガードくんを分けたのはそのためだ。

 自然系(ロギア)の"スナスナの実"の能力者であるクロコダイルをどうにかするのには、武装色の覇気が使えなくては話にならない。

 一応保険のつもりだけれど。

 

「船長! 前方に人の気配がしますっ!」

 

 ビンゴだ!

 リィリィが感じ取ったのは恐らくビビだろう。

 

「それじゃあ作戦通りアタシとリィリィは――」

「ち、違いますっ!! すごいスピードで気配がこっちに近付いて来てるんですっ!!」

「なんだって? そりゃあ一体全体、どういうこと…………はぁっ!?」

 

 瓦礫に乗って空中を猛スピードで移動する人間。

 リィリィの言った通り、アタシたちに向かってきている。

 

 思わず目を疑った。

 

「あり得ないだろっ!?」

「あ、あいつだァッ!! 軍艦に乗ってたバケモンだ!」

 

 バギーも驚愕しているみたいだ。

 そりゃあ当然だろうね。

 

 藤色の着流しに、同じく藤色のマフラー。

 額から両目にかけて走る十字傷。

 両の手で白鞘を握り、瞳を無くした盲目の出で立ち。

 ()()海軍のコートは羽織ってはいないものの、こんなところにいるなんて予想外も良いところだ。

 

 全員一目で奴のヤバさを感じ取ったようで、即座に臨戦態勢に入る。

 だがここで時間を取られるわけにはいかないし、ボガードくんはともかくそれ以外は太刀打ち出来る相手じゃあない。

 

「作戦変更! 各自柔軟な思考を以て動き回りな! 各々の判断に任せるよ!」

「それって投げっ放しじゃないっすか!?」

「いいからっ! アタシはアイツの足止めで手一杯になる!」

 

 馬から降りて待ち構える。

 あーあ、完全に作戦が崩れてしまったじゃあないか。

 まあ今更か。

 

 乗っていた馬は指示を出さずともバギーたちに着いて行っている。

 バギーの足はあの馬に括り付けてあるから、バギーも飛びっ放しでアルバーナに突入出来るだろう。

 もうビビの保護とか言っていられなくなった。

 

 バギーの言葉が正しければ、アタシを追っている海軍の軍艦に奴が乗っていたのだろう。

 つまりアタシが一人で残れば、船員(クルー)よりもまずアタシを狙うだろう。

 

 ずばり的中。

 あっちには見向きもせずに真っ直ぐアタシの下へと迫って来る。

 クソッ……なんでこう、とんでもない奴ばかりと闘うハメになるかねえ……

 四皇の一角、海軍の英雄に続いて今度は未来の海軍大将か。

 多分だけれど、まだ海軍入隊前ってのが救いになるのかな?

 まあだからなんだって話なのだけれどね。

 

 

 "藤虎"。

 今はまだそう呼ばれていないけれど、恐ろしい悪魔の実の能力者だ。

 能力でやれることのメチャクチャさは"白ひげ"並なんじゃあないか?

 

 

「無辜の民が傷付くのも見逃せねェが、アンタを放っておくわけにもいきやせん。どうぞ捕まっておくんなせェ」

「断るに決まってるじゃあないか」

「そうですかい……ならしょうがねェ、重力刀(グラビとう)――」

「いきなりか!? 武装色硬化!」

 

 白鞘を抜き逆手に構える藤虎、もといイッショウ。

 この期に及んで交戦は避けられなくなった。

 アタシは普段より多量の覇気を右手に纏い、イッショウの攻撃に備える。

 

「――"猛虎"っ!!」

(スペル)即興拳劇(ハロルド)ぉっ!!」

 

 (ソル)による加速も加えた正拳を、イッショウが握る刀の柄にぶつける。

 アタシとイッショウを中心に球状の衝撃波が広がり、一帯の砂漠地帯が大きく抉れた。

 なんとか斬撃は止めることが出来た。

 しかし能力自体はそうはいかない。

 

 横向きの超重力がアタシに襲い掛かる。

 まるで見えない鋼鉄の壁に衝突されたみたいだ。

 そのまま吹き飛ばされる――と言うより、横向きに()()している。

 

 アルバーナからはかなり離れてしまった。

 ただそれと同時にイッショウからも相当な距離が出来たので、このまま捉えられない内に姿を眩ませてアルバーナに入ろうかなと思っていたけれど、そう簡単にはいかなかった。

 瓦礫に乗って追走してきたイッショウが姿を現し、刀を握った右腕を天に掲げる。

 

「ここなら市民の皆さんにも余波が行くこたァございやせん。皆さんが安心して眠れるよう、ここで散ってもらいやす」

「本当、嫌になるねえ……」

 

 ふと見上げれば、天から墜ちる隕石。

 原作の時よりも幾分か小さいものではあるけれど、やっぱり喚び寄せやがったか。

 避けても……まあ第二波第三波を喚び寄せるだけだろうね。

 キリがないし、もっと大きな隕石を喚んでしまうかもしれない。

 

 隕石の持つ熱は武装色でなんとかなるかな。

 イッショウが喚んだ隕石へ自分から跳んで向かう。

 まあ意味がないかもしれないけれど――

 

「意趣返しだ! 受け取りなっ!!」

 

 覇気の乗っていない隕石ではアタシを傷付けることは出来ない。

 上手いこと隕石とアタシがぶつかる角度を調整して、イッショウの方へと落とす。

 まあやはり意味……ダメージはなかったね。

 結果として砂漠に大穴が空いただけ。

 そして武装色を纏ってはいたけれど、角度を調整するために差し出した腕が隕石の炎によって大火傷を負ってしまった。

 

 アタシの肌がっ!!

 

 スベスベの能力の副次効果で傷痕は治療が全て終われば綺麗さっぱり消えてなくなる。

 まあ治るのが早くなるとか言うわけじゃあなくて、最終的に些細な傷一つ残らないってことなんだけれど。

 そう言えばアタシが"疵無し"と呼ばれてから初めて傷を負った。

 

 すごく痛い。

 体が、じゃあなくて心が。

 

 シャンクスの時とはまた別。

 あの時は傷付くこと前提だったけれど、今回はそんなことはなかったはずだ。

 

 覚悟が足りなかった?

 いや、いつだって傷付く覚悟は出来ていたはず。

 ……違うね。

 多分心のどこかでその覚悟は出来ていなかったんだ。

 強くなったと自惚れていたのかもしれないね。

 自分の美しさには自惚れているけれど、強さに関してはそんな意識はなかった。

 でもこうして心が傷付いているのは、スベスベの能力者で覇気も使えて十数年鍛えて強くなったアタシを誰も傷付けられないと思っていたからに違いない。

 だからこうして傷付けられたことによって、自分でも気付かなかったプライドが折られたんだろう。

 

 多分今のアタシは据わった目でイッショウを見ているに違いない。

 

「こいつァ獣みてェな気配に変わりやがった。見えやしねェが、きっと良い表情(かお)してんだろォなあ」

「まあ世界一美しい顔なのは間違いないさ」

「揺らがねェ気配で言い切るなんて、余程自信があるんでしょうねェ」

「当然さ。アンタの目が見えてりゃあ、一目でアタシに惚れてるね」

「っ! っぷぅーーっ! 面白ェこと仰る人だ。本当に、一体どんな顔してるんだい」

 

 足止めとか言ったけれど、そんな余裕はない。

 全力で闘わなければ絶対に負ける。

 能力も、覇気も、周りの状況も。

 

 全てを利用して向き合おうか。

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

「わぁっ! い、隕石っ!?」

「あ、アルビダの姐さん、大丈夫っすよね?」

「姐さんなら心配いりやせん、ジョニーの兄さん」

「そうだぜ相棒! おれらの船長は最強だろォ!?」

「それより"疵無し"の作戦とやら、ハデに見当違いじゃねェか! なァにが南(ゲート)から反乱軍が来る、だ。どう見てもありゃ東から来てんだろ!?」

 

 アルビダがイッショウを足止めしている間にアルバーナに突入したボガードたち。

 判断は各々に任せると告げられた彼らだが、終着点は反乱軍を止めるということにある。

 なのでアルビダによれば南(ゲート)から侵入する反乱軍、そしてそれを止めようとする王女ビビの手助けになるよう、布陣を敷いた国王軍の中に突撃した。

 そして国王軍の内部に紛れたBWの工作員を探し出そうとしていたのだが、反乱軍は途中でルートを変えてしまい東(ゲート)に集まってしまったのだ。

 

 更にアルビダが残っていた辺りに小型の隕石が墜ちる光景も目の当たりにし、混乱の坩堝に陥ってしまっていた。

 

「うおっ!? アイツら、軍艦に乗ってた海兵!」

 

 そして更に間の悪いことに、眼鏡を掛け髭を生やした海兵、メイナード少将率いる海軍の部隊がアルバーナの外から階段を駆け上がって来る。

 周りには無駄に敵対してしまった国王軍。

 そして迫り来る将官クラスの人間が率いる海軍の部隊。

 

「ぼ、ボガードさんっ!」

「街中へっ!! あっしが殿を務めやす!」

 

 完全に囲まれる前に、手薄な箇所を一丸となり突破してアルバーナの街中に突入する。

 後ろからの追撃の手はボガードが壁となり、前への突破口はバギーが開く。

 しかし広い通りや多数の脇道などのせいで、壁となっているボガードですら追手に通り抜けられてしまう。

 

 徐々に一行へ迫る手が伸びてゆく。

 王都を部隊とした逃走劇の末、気付けば五人は三手に別れてしまった。

 

 

 

 

 

「オイコラ海軍ッ!! テメェらの狙いは"疵無し"だろうがァッ! なんでおれ様を追いかけてんだよ、このスットンキョーども!」

 

 バギーは百人近くの海兵に追われ。

 

 

 

 

 

「ああっ! ゾロの兄貴! ナミの姉貴!」

「お久し振りっす、お二人ともっ!!」

「お前らヨサクとジョニーかっ!?」

「なんでアラバスタにいるわけェっ!?」

「あっ、私もいますよー」

 

 リィリィ、ヨサク、ジョニーはMr.1ペアと対峙する麦わら一味の船員(クルー)と遭遇し。

 

 

 

 

 

 

「七武海であるならそこの"暴壁"の捕縛に協力しろ」

「フン、"追撃のメイナード"か。おれァ誰の指図も受けねェよ。だがおれの国に手ェ出した報いは受けてもらおうか」

「姐さんが言ってやしたぜ? この国に手を出してるのはクロコダイルの旦那、アンタじゃねぇんでやすか?」

 

 ボガードは人気の少ない路地でメイナード少将と黒幕、王下七武海サー・クロコダイルと対峙する。

 

 

 

 

 

 

 

 果たして、正史というものがあるのならばそれとは大きく変わってしまった流れ。

 嘆く者もいれば煽る者もいる。

 暗躍する者、巻き込まれた者、そして自ら首を突っ込んだ者。

 

 決戦の地アルバーナにて、変化した流れはうねりを上げる。




アルビダ「隕石ヤバすぎワロタ」

バギー「アルビダ予想外れすぎワロタ」


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