WHITE×CAT (ちゅーに菌)
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帰巣本能

どうもちゅーに菌or病魔です。

 5~7年以上前、まだ二次創作をあまり書いておらず、私自身が神様転生などを普通に受け入れられた時代の黒歴史のリメイク作品になります(吐血)。今さら需要あるのだろうかとも思いましたが、今でも時々感想が来ることもあるのが申し訳なくて、今の私の技量でフルリメイクいたしました。大して変わってないような気もしますが、昔より多少は見れるものになったと思うので、暇潰しにでもなれば幸いです。




 

 

 

 

 寒い……お腹すいた……。

 

 

『にゃー……』

 

 

 僕……死ぬのかな……。

 

 

『にゃ……』

 

 

「ん? こんなところに猫が捨てられてる」

 

 

『にゃ?』

 

 

 僕は男の人に抱き上げられた。

 

 

「白毛の女の子か、可愛いなぁ」

 

 

『ごろごろ……』

 

 

 撫でるのが気持ちい…。

 

 

「人懐っこいなぁ……うちに来るか?」

 

 

『に!? にゃー!』

 

 

 行きたい!

 

 

「おお、そうか。これからよろしくな」

 

 

『にゃー!』

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 主様に拾われてから大分たった。

 

 

 主様はとってもいい人。

 

 

「可愛いなぁ。ピトーは」

 

 

 いつもゲーム片手に僕をナデナデしてくれるの。

 

 

 ピトーってのは主様が主様の友達と付けてくれた名前。

 

 

 変な名前だけど主様からもらった名前だからそれなりに気に入ってるの。

 

 

『にゃー』

 

 

 僕は主様が大好きだ。

 

 

「そろそろ、行ってくるぞ」

 

 

『にゃー……』

 

 

 主様はいつも朝はナデナデしてくれるけどお昼頃から夕方まではどこかに行って寂しい……。

 

 

「じゃあ、行ってきます」

 

 

『にゃー!』

 

 

 いってらっしゃい主様!

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 変だ。

 

 

 あれから三回ぐらいお日様が昇っても主様が帰って来ない。

 

 

 それどころか主様と住んでいたところから知らない人に知らないところに連れてかれちゃった。

 

 

 私を連れてきた人は"息子は死んだ"とか"あの人はもういない"とか言ってるけど僕にはよく解らない。

 

 

 とりあえずあの家で主様を待つんだ。

 

 

 だって主様は"いってきます"って言ったの。

 

 

 いってくるなら必ず帰ってくるの。

 

 

 だから僕は外に出て家に向かった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 やっと主様の家に着いた。

 

 

 なぜかどこからも入れないし、明かりもついてないから仕方なく外で待つ。

 

 

 帰ってきたらいっぱい文句いって知らんぶりしてから撫でてもらう、それで許してやる。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 もう、お日様を数えるのが億劫なぐらい随分主様を待った気がする。

 

 

 何度か知らない人が来て僕を連れて帰ったけど、その度に主様の家に戻った。

 

 

 一体、いつまで僕を待たせる気? 早く帰って来て。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 い、家が全部壊されてしまった……。

 

 

 沢山止めてって頼んだけど誰も聞いてくれなかった……。

 

 

 またまたまたまた、僕を連れ去る人がきたから今度は指先を噛み千切ってやった。

 

 

 ざまーみろだ。

 

 

 僕は主様を待ってるだけ、邪魔するな。

 

 

 何も無くなっちゃったけどここで待つ。

 

 

 そうすればいつか主様は帰ってくる。

 

 

 帰ってきたら一日中遊びに付き合ってもらうの。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 あれからまた随分たった気がする。

 

 

 ねえ、主様……実は僕もうあんまり目が見えないんです。

 

 

 それどころかからだもあんまり動かない……。

 

 

 お願いです……戻ってきてください……。

 

 

 一目見るだけでもいい……です……撫でてくれなくても……ごはんくれなくても許し……ます……だから…………だから……。

 

 

 

 

 

 

早く帰ってきて………………主様……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我ながらとんでもない夢を見てしまった。ある意味、これまで見た中で一番の悪夢かもしれない。

 

 何故今さらになって遠過ぎる場所に残してきた家族の夢を、それもわかる筈のない視点で見るというのか。

 

 ベッドから頭と上半身を少し起こして窓の外を見ると、まだ高い空に位置する月が見え、心なしかそれは猫の瞳のようにも見えた。

 

 着ているシャツに目を移せば、酷く汗ばんでおり、自分がどれだけうなされていたかがよく分かる。それを感じながら、あらゆる意味で酷く遠くなってしまった"前世"の場所に想いを馳せ、小さく溜め息を吐き――。

 

 

 

 

「ん……むぅ……にゃ」

 

 

 

 隣から聞こえる女性の寝息に驚きながら視線を向けた。

 

 そこで静かに体を横たえていたのは、肩に少し掛かる程の白髪に色白の肌をした女性だった。しかし、特筆すべきことはそこではなく、白い耳と尻尾が生えていたことだ。尻尾は俺の脚に張り付くように添えられている。

 

 それを見た瞬間、俺は思考が全て塗りつぶされる程の途方もない既視感を覚える。そして、有り得ない筈なのに、望郷とも安堵とも似ているようで、区別のつかない感覚を覚え、静かに一言だけ呟いた。

 

 

「………………"ピトー"?」

 

 

 そう呟いた瞬間、僅かに彼女の体が跳ねる。特に彼女の耳がピンと立ち、ひくひくと動いた。そして、彼女は寝惚け眼を擦りながら体を起こすと目を見開く。その双眼は真っ赤な色をしており、人とは思えないほど澄んで見えた。

 

主様(あるじさま)……?」

 

 彼女はそう呟いてから酷く驚いた表情で俺を見つめる。暫くそうしていたが、ある時を境に彼女は震え出し、その瞳から大粒の涙をぽろぽろと流し始め、そのまま俺に飛び付いてきた。

 

「主様! 主様ぁ! あるじざまッ!」

 

 俺は黙って彼女を受け止める。姿形は変わっても中身はまるで変わらない様子になんとも言えない歯痒いような嬉しさを覚えた。

 

「えへへ……お帰りなさい主様……」

 

「ああ……ただいま、ピトー」

 

 彼女――前世で飼っていた白猫のピトーとの間に最早、それ以上の言葉はいらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然だが、帰巣本能とはなんであろうか?

 

 帰巣本能とは、動物が棲みかから離れても再びそこに戻ってくる生得的な能力のこと。 動物が棲息場所や産卵・育児のための巣などから遠く離れてもそれらの位置を知って戻ってくること。 アリ、ミツバチなどの社会性昆虫や伝書バト、ツバメ、ミズナギドリなどの渡り鳥、また生れ故郷の川へ産卵のために戻るサケ・マス類、人間の家で飼われているイエネコやイエイヌなどに典型的にみられるものである。

 

「それが強過ぎて世界を越えた上、魔獣っぽく(そう)なったのだろうか……?」

 

「そうなのかにゃ?」

 

 泣き止んでニマニマとした笑顔に変わったピトーは俺に正面から抱き着いたまま、ゆっくりと左右に尻尾を揺らし、俺の脚を静かにぴしぴしと叩いている。また、すりすりと俺の胸板に頭を擦り付けたりもしており、実に猫っぽい。

 

 百歩譲ってこの世界に来たのは俺と同じように前世で死んだことがトリガーに来たとしよう。だが、体がそのようになったのはやはりこの世界の基準で考えると――。

 

「"念"のせいか……」

 

「ネン?」

 

 ピトーは新しい自分の体をなんとなく動かしつつ首を傾げてそう呟いた。マジかピトー……顕在オーラから推し量ると"俺と同じぐらいのオーラ総量"しているように見えるのだが、全く念については知らない様子のようだ。

 

 自慢ではないが、俺は念の天才と言えるだけの才能を持っている。実際、オーラ総量だけでも、俺よりオーラ総量の多い人間を目にしたことがほぼないため、そうなのだろう。まあ、そのせいで"馬鹿みたいな特質系念能力"で、"歴史に悪名を刻むハメになってしまった"ので才能なんて呪いに等しいと個人的には思っている。

 

 後でピトーにも水見式させないとな。特質系だけはいかんぞ、特質系は……。勝手に出来る念能力なんて必ずしも本人が望んだ結果になると限らないのだ。

 

 話を戻すと、仮に帰巣本能が念能力になったのならば、今のような状況になることも可能かもしれない。体については……お手上げだな。せめて、HUNTER×HUNTERという漫画を読んでおくべきだったと今さらながら考える。

 

「念っていうのはな――」

 

 話そうと思ったが、そこで言葉を止める。再会した直後にこんな話をする必要もないと思ったからだ。今は嬉しさを噛み締める方がいいだろう。

 

「なあ、ピトー」

 

「なんですかニャ?」

 

「今度はもう絶対に居なくならないからな」

 

「――――! はい……」

 

 俺がそう言うと、ピトーはぎゅっと目を瞑って抱き締めてきた。俺はピトーの背中に手を回しつつ頭を撫でる。そうしているうちにピトーの力は緩んでいき、やがて寝息を立て始めたのを確認し、ピトーをベッドに横たえて俺も横になると幸せそうな寝顔を眺めた。

 

 あれだけ待って、人のような姿になってまで、また俺の許に来てくれた娘を今度こそ悲しませるものか。

 

 まあ、今の俺は車やトラックどころか、電車と正面衝突しても掠り傷ぐらいしか負わないので、こっちだって早々死ぬ気なんてないし、死なないように今まで鍛えてきた。そう考えながらピトーを抱き寄せて俺も眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、念について教えようか。後、ピトーの体も少し見せてくれ」

 

「はいニャ!」

 

 翌日。一応、食べても猫の腎臓が悪くならないようなメニューで朝食を済ませた。まあ、食べ物についてはピトーの体を魔獣専門の医師に見せる必要があるかも知れないな。流石に猫の腎機能を労り続けるとバリエーションに限度があるので、猫寄りなのか人寄りなのか調べなければならない。

 

 その後、外に出て、念についての説明と、ピトーの体についてを調べることになった。俺の家は郊外に立つ、そこそこ広い屋敷であり、庭は車で軽く走り回れる程度に広いため、訓練には打ってつけだ。

 

「念っていうのは――」

 

 念とは、生き物ならば持つ生命エネルギーそのもの。それをオーラと呼び、自由自在に使いこなす言わば誰しもが持つ在り来たりな力のことだ。しかし、それをどれほど使いこなせるのかは、才能や努力による。概要としては、そんなところだ。

 

「わかる?」

 

「ニャるほど、さっぱりですニャ」

 

 ですよね。こんなオカルトチックなことをいきなり言われても理解できる筈がない。俺も最初は新手の宗教勧誘かと思ったものだ。頭の中には吹いたらポアとかタグがついている、とある真理教アニメのオープニングが流れたものである。

 

「見せた方が早いよな……」

 

 俺はピトーの前で殻に包まれた胡桃を取り出す。胡桃を素手で割るには80kgの握力が必要らしい。まあ、それぐらいならオーラを使わずとも余裕で割れるが、一応参考にはなるだろう。

 

 俺は小指と親指で胡桃を挟み込んで指先にオーラを纏わせると、そのまま割って見せた。

 

「こんな感じに――」

 

「すごいニャ! 岩が砂みたいだニャ!」

 

 そこには説明を聞いておらず、庭にあった普通のスコップを手に取り、それにオーラを纏わせ、教えてもない周で庭石をサクサクと掘るピトーがいた。無茶苦茶楽しそうに掘っている。

 

「こら、庭石を壊すんじゃない」

 

「にゃ!?」

 

 どうやらピトーに必要なのは念能力ではなく倫理観な気がしてきたが、猫だもんなピトー。

 

 その後も頑張って念を教えたのだが――。

 

 

 

「こう、水を張ったコップに葉っぱを浮かべて、そこに手を近づけて練を行うのは、心源流という念の流派に伝わり、今では最もポピュラーな系統判定方法の水見式っていって――」

 

「葉っぱが枯れちゃったニャ」

 

「わぁい、特質系だぁ……」

 

「主様とお揃いですかニャ?」

 

「うん……まあ、そうだね」

 

「やったニャ! 嬉しいニャ!」

 

「……まあ、いいか」

 

 

 

「円は纏の練応用で、体からオーラを広げる感じ――」

 

「こうですかニャ?」

 

「……う、うん。そうだね。出来てるよ。明らかに半径1km以上広がってるから一旦止めようか」

 

「ぐにぐにの円にすれば2~3km行ける気がしますニャ!」

 

「…………俺、頑張っても900mぐらいなんだけど」

 

「主様、何か言いましたかニャ?」

 

「なんでもないぞー! ピトーは良くできる娘だな! よしよし!」

 

「えへへ……喜んで貰えて嬉しいニャ……」

 

 

 

「硬は纏・絶・練・発・凝の5つの合わせ技、要するに練で生み出したオーラ全てを一点に集め――」

 

「えいっ!」

 

「庭石と芝生がぁッ!?」

 

「出来たよ主様! えらい? えらい?」

 

「…………うん、偉いよ可愛いよピトー……庭が爆撃でもされたみたいだ……」

 

「えへへ……可愛いニャ? 嬉しい……」

 

 

 

「発っていうのは、念能力者にとっての必殺技のようなもので――」

 

「なんか出ましたニャ」

 

「なんだそのキモ――独創的なデザインの人形のような物体は……?」

 

「可愛いニャ」

 

「ええ……」

 

 

 

 一応、そこそこ念能力者を育てた経験がないこともない俺であるが、こんなに色んな意味で教え甲斐のない子は初めてであった。

 

 やだ……家の猫、才能ありすぎ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くピトーの念を見た結果、俺はある結論に達した。

 

 

「ピトー、人間の常識を学ぼう」

 

「ニャ?」

 

 

 可愛らしく小首を傾げるピトー。それだけで流されそうになるが、庭に視線を向ければ、かつてキチンと整備され、春夏秋冬全て季節毎に違った顔を覗かせていた家の庭は、ハリケーンと土木工事業者の重機が通り過ぎたような有り様になっていた。

 

 いつもなら誰かの常識は誰かの非常識等とひねくれたこと言う俺であるが、このままピトーが常識を学ばなければ、我が家は廃屋になってしまう。念能力なんて一旦放置である。というかピトー俺より絶対強いし、なんだよ"黒子舞想(テレプシコーラ)"って……あれ使われるとほぼ反撃出来ない自信があるんですけど……?

 

 悲しい現実は頭の隅に追いやり、俺はピトーに人間の常識を説き、極力それに則って行動してもらうことにした。

 

「わかりましたニャ。けれど僕の頼みも出来れば聞いて欲しいニャ」

 

 するとピトーはその代わりになのか、交換条件を提示してくる。色んな意味で強かになったなと考えていると、ピトーが頬を赤らめてモジモジし始める。

 

「えっとね……その……」

 

「うん、できることはなんでもするぞ」

 

 余程に伝え難いことなのか目を泳がせて口ごもっていたため、ホモが喜びそうな言葉で伝えるとピトーは、身長差があるため、上目遣いで俺を見上げながらポツリと呟いた。

 

 

 

「今度は……子宮を取らないで欲しいですニャ……それと……この体なら……主様の子供とか……産めるのかなって……えへへ……にゃあ」

 

 

 

 俺は数秒沈黙し、真っ赤な顔で照れ臭そうにしているピトーの言っている意味を飲み込むのに時間が掛かった。

 

 え、子宮を取るってなに……? 俺別にカニバルとかグロデスクとかそっちの気は全くな――。

 

………………………………。

…………………………。

……………………。

………………。

…………。

……ハッ!?

 

 猫の雌は発情期に子宮が膨らんで鳴いたり、そわそわしたり、気性が荒くなったり、イエネコだとストレスにしかならないので、前世でピトーを保護した数日後には動物病院に行って、子宮を摘出する手術をして貰ったことを言っているのかまさか!!!?

 

「いや……うん……しないというか出来ないから大丈夫だよ……うん」

 

「本当ですかニャ!?」

 

 今のピトーの姿に当て嵌めると鬼畜過ぎる諸行に見えることに愕然としつつ、今度は手術なんて絶対に行わないと俺はピトーを諭した。

 

 こうして、俺の日々にはこれからピトーが加わり、色を取り戻すのだった。

 

 

 

「やったニャ! ありがとう主様! 赤ちゃん楽しみにしてるニャ!」

 

 

 

 ……………………………………あれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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オリハルコン

 

 

 

 ピトーが来てから1ヶ月程経った頃。ピトーについて色々とわかったことがあった。

 

 まず、信頼出来る者の伝で、ピトーを魔獣専門の獣医師に診せたところ、ネコ……ではなく、ピトーは昆虫と人間の中間の生き物らしい。いったい、そのネコミミと尻尾は何処からやって来たのか、世にも奇妙な物語になりそうだったが、当のピトーは特に気にするどころかなんでもいいような様子なので、今のところはこの話はおしまいである。とりあえず、特に食べさせてはいけないものも無さそうだったからな。

 

 そう言えば獣医師が、"専門外だが、第一級隔離指定種のキメラアントという昆虫に似ていなくもない"と言っていたが、それは無いだろう。キメラアントなら女王蟻でも精々10cm程度の生き物で、ピトーが産まれるには小さ過ぎる。しかもピトーは女王蟻でもなんでもない。

 

 仮に人間を食べ続ける体長2m前後の女王蟻が存在すれば、キメラアントの王直属護衛軍がこんな感じになるんじゃないかと、獣医師の先生と冗談で笑いあったものだ。まあ、そんなものがいれば幻獣ハンターは大忙しであろう。

 

 そして、家でのピトーの様子はと言えば、昔と行動はあまり変わらない。俺の横を通り過ぎるときに体を擦り付けてきたり、必ずお出迎えするお喋りにゃんこだったり、頭を撫でていると転がってお腹を見せてきたり、陽向や大きめの段ボール箱の中で昼寝していたり、俺が作業をしていると視界に入ってウロウロして最終的には作業を真横からじっと見つめて来たり、俺と体を動かして遊んだりである。

 

 問題はやはりそれらの行動を現在の姿がネコミミ美人だと言うことであろう。絵図が他者には見せれそうにない。

 

 しかし、俺が一番疲れるのは体を動かして遊ぶことだろう。先に言っておくが、卑猥は一切ない。黒子舞想(テレプシコーラ)をしたピトーが笑顔で爪を立て、全力で襲い掛かって来るだけである。俺は必死で防戦一方なのである。

 

 そして、なにより――。

 

 

 

「主様、ご飯ですニャん」

 

 

 

 1週間程前から料理や掃除などの家事を割烹着姿でやっているピトーが見られるようになったことか大問題である。

 

 いや、ピトーは面白いように知識を付けて、生活に適用しつつあるため、とても喜ばしいのだが……その原動力が問題で、更に要求が強かになり始めたのだ。

 

 どういうことかと言えば、晩ご飯のレバニラ炒めと小鉢を運んでいるピトーを横目で見つつリビングを見渡すと、さっきまでは無いどころか、家にも無かった最新のたまご倶楽部が机の隅に置かれており、オーラも纏っていないのにとんでもない重圧を感じる。

 

 なんというかこう、ピトーが飼い猫ではなく、女――それも奥さんに変わっていくのが見ていてわかるのだ。1ヶ月でこれなのだか1年後にはどうなっているのか想像もでき――いや、大きなお腹をいとおしそうに撫でている姿が想像できてしまった。

 

「ねぇ、主様?」

 

「な、なんだ……?」

 

 配膳が終わり、隣に座り込んでこちらに少し体重を掛けてくるピトー。密着した肌の暖かさを感じる。

 

「僕はいつでもいいからね……なるべく早くがいいけど」

 

 ……………………果たして俺はいつまでピトーの日に日に強かになる誘惑に耐えられるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然だが、この世界には色々な未知のものがある。宝石、動物、植物、細菌、民族、古代文明等々数え切れない程だ。そんな未知のものを探求する者こそが、この世界で最高の名誉ある職のひとつであるプロハンターだ。

 

 まあ、俺はプロハンターでもなんでもないため、後者は重要ではない。この世界で生まれてから存在を知ったもの――"オリハルコン"と呼ばれ、数々のゲームやらアニメで聞き覚えのある名の鉱物が俺にとっては重要なのだ。

 

 この世界のオリハルコンは鋳造過程により性質を変える性質を持つ希少金属であり、世界に存在する物質の中で最も硬く柔らかで温度耐性があり鋭く、更に念による効果を増幅させる超金属であり、オリハルコンの含有率の高い武器は金で買えない程の価値のある物品だ。そして、俺は仕事の関係上大量に保管してあるのである。

 

「それがコイツらが家に来た理由なんですかニャ?」

 

「そうだな。先月は無かったから少し油断していたが、今月は頭から早速だ」

 

 朝っぱらから俺の家に襲撃を掛けてきた人相の悪い無能力者の頭をボールのように上へ放っては受け止め、また上に放ることを繰り返しているピトーに事の理由を全て話した。

 

 ちらりと下を見れば50人は超える頭部か心臓を抉られた無能力者たちの骸と、20人程の鋭利な刃物で真っ二つになった無能力者たちが転がっていた。うーん……殺った数じゃ、全然ピトーに叶わないなぁ……。

 

「で、プロハンターでもなんでもない、ただの民間人がそのオリハルコンを大量に所持しているわけで、そうなると当然、腹が立つぐらいの頻度で襲撃されるわけだ」

 

「主様は何のお仕事をしているんですかニャ?」

 

「俺はオリハルコンの武器を作ってる職人だよ」

 

 ところで話は変わるが、前世で俺は"BLACK CAT"という矢吹神が"To LOVEる -とらぶる-"の前に描いていた漫画が好きであった。まあ、ジャンプの世代だったというか、子供の頃の思い出という奴である。

 

 学校で友人とジャンプを回し読みをしており、俺は"BLACK CAT"を、友人は"HUNTER×HUNTER"を読んでおり、ソイツがピトーの名前を付けたのである。今更ながら何かのキャラの名前だったのかも知れないな。特に理由もなくHUNTER×HUNTERを読んでいなかったことが、今となっては大変悔やまれる。

 

 話を戻そう。そのBLACK CATでは時の番人(クロノ・ナンバーズ)と呼ばれる抹殺者集団がおり、彼らはいかなる攻撃でも壊されることはなく、またどれほどの高温でも簡単に原形を失わない世界最高の金属であるオリハルコン製の武器を手にしていたのだ。そう、オリハルコンなのである。

 

 微妙に性質は異なるが、似たようなものであるオリハルコンをこちらの世界で見た俺は思ったのだ。

 

 

 "これは武器を作るしかない"と。

 

 

 オリハルコンは性質を付与するための加工に恐ろしく細かい専門知識に加え、通常の金属を遥かに超える高温と共に莫大なオーラを用いて加工する金属だったため、暇を持て余し、オーラ量だけは無駄に多い俺には打ってつけだったのである。

 

「その結果が、俺の念能力だな」

 

 俺は手元に武器を具現化する。それは黒い刀身を持ち、金の装飾が施されたサーベルだった。クライスト――救世主の名を冠する長剣だ。

 

「"秘密結社の武器職人(シークレット・ウェポンズ)"。鋳造した武器を自由に具現化する念能力……一言で言えばそれだけなんだが、流石にオリハルコン製の武器を具現化するとなると制約も多くてな。正直、戦闘用というよりも仕事用の念能力さ」

 

「制約ですかニャ?」

 

 地面に転がる死体を掃除し始めながらピトーは首を傾げる。ピトーの念能力には制約という制約も無さそうだからな。

 

ちなみにシークレット・ウェポンズの制約は以下の通り。

 

 

①自身で鋳造した武器しか具現化できない

②使用したオリハルコンの含有率が98.8%以上でなければ具現化できない

③鋳造した現物を自身以外が所有していなければ具現化できない

④具現化した武器は鋳造した現物の状態が反映される

⑤鋳造した現物が完全に破壊されるとその武器は具現化できなくなる

 

 

 つまりは自分で作ったオリハルコン製の武器を他人に与えることで、初めて俺が具現化出来るようになる念能力である。そして、具現化武器の状態は、現在の状態が反映されるのだ。これにより、俺がこれまでに譲渡したオリハルコン製の武器の状態はリアルタイムでわかるため、不具合や破損があればこちらから修理を持ち掛けることも出来る。アフターサービス付きのお仕事用念能力なのである。

 

 まあ、もちろんこの世界に秘密結社(クロノス)は存在しないので、俺がこれだと思った念能力者や、昔からの顔馴染みに売るぐらいだな。

 

「ニャるほど。最近、あの暖かい小屋でナイフを作ってるのは仕事だったんですかニャ」

 

 仕事だと思われていなかった事実に衝撃を受けたが、それを表面には出さない。

 

「昔、俺が鍛冶屋に落ち着く前にやんちゃしてた頃に、俺を殺しに来たこともある暗殺者からの依頼でな。最高のナイフが欲しいってことで、前金だけで軍需費みたいな額を貰っちまったもんだから、世界最高のナイフを作ってるところだ」

 

「ふーん……やんちゃ?」

 

 ピトーは顧客や仕事には興味を示さず、俺が話した一言に耳を立てた。そして、話して欲しそうにこちらをじっと見てくる。

 

 隠すような事でもないが、話したい事でもないので複雑な気分だが、ピトーにならいつかは言わなければならないことだろう。

 

「俺、これとは別の最初に勝手にできた特質系念能力が主な理由でさ……若い頃は盗賊団の頭目をしてたんだよ」

 

「盗賊団ですかニャ?」

 

「ああ、"クート盗賊団"って言えば結構悪名高い盗賊だったんだぜ……?」

 

「そうなんですかニャ」

 

「………………それだけ? 軽蔑したりはしないのか?」

 

「――? 主様は僕の大好きな主様です。それが変わることはないですニャ」

 

「ピトー――!」

 

「で? その念能力ってどんな念能力なんですかニャ? 戦闘用ですかニャ? 強いんですかニャ?」

 

 ピトーは目をキラキラさせ、今にも飛び掛かって来そうな様子で俺に詰め寄ってきた。アカン、これただ遊びたいだけだ……。

 

「駄目だピトー。あの念能力を使ったが最後、なんというかその……もう何もかもが滅茶苦茶で……兎に角凄いことになるんだよ!?」

 

「………………全く要領は得ないけど、使いたくないことはわかりましたニャ」

 

 そう言ってピトーはそれ以上言及することはなく、溜め息を吐く。その様子に観念してくれたと思った直後、ピトーは爪を立ててこちらに向ける。

 

「じゃあ、主様遊んでニャ。あんな弱っちくて脆いのじゃ沢山いても消化不良だニャ」

 

 そう言ってピトーは笑顔で俺に飛び掛かり、俺はクライストで防ぎながら全力で後退する。こういう無邪気な悪意は本当に猫のままだな!?

 

 その後、陽が傾き始めるまで俺は楽しげなピトーから逃げ回り続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

 僕は頭を悩ませていた。というのも人間には戸籍というものが必要で、それがないと色々なことが大変だということがわかったからだ。

 

「やっぱり赤ちゃんの為にもあった方がいいよね」

 

 それに……結婚したりもできるようになるし……えへへ、主様と(つがい)になれたら幸せだなぁ。

 

 けれどその方法が中々難しい。主様に頼めばお金で解決してくれそうだけど、なんだか流石にそれはどうかと思う。

 

「ハンターになればいいんじゃないか?」

 

「ニャ?」

 

「いや、正確にはピトー名義のハンターライセンスを取得出来ればいいってとこだな――」

 

 すると僕の様子を見兼ねた主様が僕に説明してくれた。

 

 ハンター試験を合格したプロハンターが持つハンターライセンスには、公共機関の利用の無料化や、侵入禁止区域に入れるようになるだけでなく、国際的な証明書としての効果もあり、仮に戸籍のない存在しない人間であっても世界的に人間として証明されるんだって。

 

「スゴいですニャ! 主様もハンターなんですかニャ?」

 

「………………いやー、俺はハンターに手を焼かせた側というか、倒された側というか、むしろかなり殺した側というか……」

 

 そう聞くと、主様は遠い目でどこか遠くを眺めていた。また、聞いちゃいけないような雰囲気だね。今日は聞くけど。

 

「なら主様も一緒にハンターになれませんかニャ? ひとりじゃ寂しいニャ」

 

「……うーん、とりあえず知り合いに電話してみるか。期待はあんまりしないでくれよ?」

 

「ニャ!」

 

 僕はワクワクしながら主様が電話を掛ける姿を見ていた。電話掛けてしばらく主様はコールをし、2回掛け直したところで通話が始まった。

 

「よう、ジン。久しぶりだな、お前にぶっ倒された"クート"だよ。ちょっとハンター試験の受験資格について聞きたいこ――――なんだ。パリストン君じゃないか。あれ? 俺で電話掛け間違えたかな? ごめんなさ――え? 合ってる? ジンが携帯を本部に置いたままどっか行った? ああ……そういう」

 

 なんだか主様が掛けた電話の主はとてもルーズな方みたい。

 

「なら掛け直すよ。ん? 要件? いや、俺って犯歴の関係でハンター試験の受験資格があるのかどうか聞こうと――お、おう……凄い食い付きだなパリストン君。別に大したことで――え? 大丈夫? 全く問題ない? むしろ今すぐにでも歓迎する? そこまで言われると危ない詐欺にでも引っ掛かってる気分になるな……まあ、いいや。ありがとうパリストンく――いや、君が権力とか使って何かしなくていいからな? 普通に受けるって、ああ。ありがとう、じゃあ、また今度食事でもな」

 

 主様は電話を切ると、僕に向き合って神妙な顔つきになる。僕は嬉しさのあまり笑顔でそれを待った。

 

「じゃあ、とりあえず受験票を書いて応募してみようか。まだ、ちょっと期間あるけどな」

 

「ありがとう主様! えへへ……これで結婚もできますニャ」

 

「……………………あれ?」

 

 僕は主様に抱きついた。主様はちょっと困ったような釈然としないような顔をしているけど、よくみると嬉しそうでもあるので、僕は目一杯、主様に抱きついて身を寄せた。

 

 

 






~登場人物~

クート・ジュゼル
 元クート盗賊団の首領。10年以上前にプロハンターのジン・フリークスに盗賊団ごと壊滅させられ、それからは司法取引の末にオリハルコンの武器職人として、ジャポンに住む男性。来歴から少なくとも40歳は越えていると思われるが、20歳代にしか外見上は見えない。最近、前世の飼い猫が家に戻って来た。

ピトー・ジュゼル
 何故かキメラアントの王直属護衛軍の1体――ネフェルピトーの体を持つが、中身は前世で主人公が飼っていた白い毛並みで金の瞳をした白猫。飼い主の元にいたい一心で世界を越えた。クートの薦めで常識や理屈を急速に覚えてはいるが、それでも本能的に猫っぽい。また、獣らしく生殖活動にはやたら前向きかつ情熱的。


~クートの念能力~

秘密結社の武器職人(シークレット・ウェポンズ)
 ハンター業界でも伝説級の希少金属であるオリハルコンで鋳造された武器を他者に渡すことで、その武器の状態をそのまま具現化できる仕事用の側面の強い具現化系念能力。オリハルコンは鋳造方法により、世界に存在する物質の中で最も硬く柔らかで温度耐性があり鋭く念による効果を増幅させる超金属であり、オリハルコンの含有率の高い武器は金で買えない程の価値のある物品である。
制約:
①自身で鋳造した武器しか具現化できない
②オリハルコンの含有率が98.8%以上でなければ具現化できない
③鋳造した現物を自身以外が所有していなければ具現化できない
④具現化した武器は鋳造した現物の状態が反映される
⑤鋳造した現物が完全に破壊されると具現化できなくなる

特質系として最初に目覚めた念能力
 兎に角、使うことをクート本人が嫌がっている念能力。クートが盗賊団をしていた理由の大半はこの念能力が原因。詳細は今のところ不明。


~小話~
 一応、クートは原作キャラです。レイザーの逮捕がジンの功績に上がらず、クート盗賊団の壊滅がジンの功績に上がっているとなると、クートってとんでもない念能力だったのではないかという妄想から独自設定を作っております。







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一次試験

 どうもちゅーに菌or病魔です。

 感想・評価ありがとうございます。大変励みになります。待っていて下さった方々がこんなにも多く困惑すると共に今度こそは完結させねばという決意になりました。本当にありがとうございます。拙い小説ですが、楽しんでいただければ幸いです。

※ピトーちゃんの時系列についてはキメラアント編までいかないと解決が出来ませんが、これだけは言っておくと、ピトーはネフェルピトーそのものです。ぶっちゃけ、その辺りはネフェルピトーっぽいものを愛でるだけの小説なので、エロ同人並みに雑な設定だと思ってください(オイ)






 

 

 

「ついたニャ!」

 

 快晴の空の下、ピトーはスキップしながら歩き、その場で一回転して止まった。何故か妙なポーズを決めており、よくわからないが大変可愛らしい。

 

「そうだな。えーと……ツバシ町の2ー5ー10は……」

 

 俺はと言えばナビゲーターから渡された用紙に書かれた住所と、添えられた店名を交互に見つつ、やや渋い顔をしていた。

 

 そこにあったのはただの定食屋である。一見すると――いや、じっくり見ようとも完全に定食屋である。どこの町にでも探せば2~3軒は見つかりそうな普通の個人経営の食事処にしか見えない。カモフラージュにしてもハンターの洞察力を試すとか、そういう以前の問題なような気もするが、予選も意味がわからないと言えば意味がわからないような内容だったので、深くは語るまい。

 

「おじちゃん、ステーキ定食2つ」

 

「へい、焼き加減は?」

 

「弱火でじっくり」

 

 店先でそんなことを考えているとピトーが先に入って合言葉を言っていた。それを追って店に入ると店主から奥の席に通され、ステーキ定食が2つ置いてある部屋に通された。

 

 するとすぐに扉が閉まり、部屋が下に動き出す浮遊感を感じる。どうやらエレベーターだったらしい。

 

「主様? 食べないと冷めますニャ」

 

「あ、ああ……」

 

 展開の早さに多少困惑していると、いつの間にか席についていたピトーがフォークとナイフを手にして俺を待っていた。

 

 うーん、この順応力の高さ。俺よりピトーの方がよっぽどハンターに向いてそうだな。

 

 そんなことを考えながらエレベーターの壁に、持ってきていた神字の刻まれた大型のキャディバックのようなものを立て掛けてから席に座り、ステーキ定食を食べ始めた。

 

「主様……それ全部持っていく必要はあったんですかニャ?」

 

「仕事に必要だからな」

 

「屋敷に留守番を置いたのに、ソレは持って来るのは謎ですニャ……」

 

 ピトーがジト目で壁に立て掛けたキャディバックを眺める。言いたいことはわかるが、その中には俺の今の商売道具――オリハルコン鉱石から精製した純粋なオリハルコンが全て詰まっている。

 

 たったそれだけの量に感じるかも知れないが、それほどまでにオリハルコンは貴重なのだ。故に誰かに管理させて奪われでもしたら、色々とやりきれないというものだ。ので、オリハルコンの管理だけは俺自身の手で行うように徹底している。

 

「ところでステーキ定食の味の感想は?」

 

「焼き過ぎニャ。この肉自体はそんなに悪くないから、火を弱めるか、半分くらいの時間で十分ニャ。弱火でじっくりは合言葉の建前だとしても、せめて食材の扱い方ぐらいはしっかりして欲しいですニャ。それよりも何なのですかニャ、この付け合わせの雑なサラダは――」

 

 そんなことより、最近、ピトーの食に対する姿勢が奥さんから料理人のそれになり始めており、なんとも複雑な気分である。美食ハンターでも目指すのだろうかと考えたが、そう言えば猫の頃も無茶苦茶、餌の選り好みをしていたので、特に変わっていないのではないかという結論に至った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、クートさん。お久し振りです!」

 

「おお、ビーンズくん。久し振り、元気だった?」

 

「はい、お陰様で。ですが、募る話はまたの機会に。これはここからの受験票代わりのナンバープレートです」

 

「どうも、お仕事お疲れ様」

 

「………………なんですかニャ、今のスーツ姿のマメは?」

 

「ん? ハンター協会の会長のネテロさんとよく一緒にいるビーンズくんだな。俺もよくは知らん……ソラマメの魔獣なのかな?」

 

 十二支んとかハンター協会にはコスプレもといキャラ作りに精を出している方々もいるので、ビーンズもそっちのタイプかも知れないな。いや、でも背丈が幾らなんでも……まあ、今回のハンター試験には何も関係のないことだ。

 

 ピトーの分を合わせて2つ受け取ったナンバープレートは、399番と400番だった。さんきゅっきゅっとキリ番。なんか前者の方が響きが可愛いのでピトーに渡そう。

 

 ピトーに399番のプレートを渡すと、いつも着ている黒紫色のシャツの胸に付けた。俺も400番のプレートを付けておこう。

 

「うーん、無能力者ばっかりですニャ……」

 

 少しガッカリしたような様子で回りの受験者達を見回すピトー。まあ、そう言いたい気持ちはわかるが、念能力は秘匿されるものなので仕方のない事だろう。それにハンターの多くはハンター試験を通過してから覚えるものらしいからな。

 

「だから才能のありそうな奴を探す方が楽しいぞ」

 

「ニャるほど……それなら――」

 

 ピトーが家に来て、はや3ヶ月。俺がピトーに念について教えることもほとんどなくなったので、才能のある無能力者の探し方を教えていた。

 

 まあ、来た初日から教えることがそんなにあったのか問われると何も言えなくなるが、その辺りはお口にチャック。

 

 

 

ジリリリリリリィィ!!!

 

 

 

「ニャっ!?」

 

 無能力者を暫くピトーと眺めていると、突然目覚まし時計のような音が響き渡り、ビックリしたピトーがネコミミを手で押さえる。猫は音に敏感なのである。

 

 すると、いつの間にかトンネルの壁の一部が開いており、配線の上に薄紫色の髪をしてスーツを着た口髭が特徴的な紳士が立っていた。

 

 

「では、これよりハンター試験を開始します」

 

 

 ハンター試験の試験官とおぼしき男性から目を離し、伸びをして肩を鳴らす。そのうちに試験官は歩き始め、そのまま注意事項と"ついてくること"というそれだけの一次試験内容を説明し、受験者たちは後ろを追い、ピトーと俺もそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一次試験の前半はトンネルの中を試験官についていくものであり、途中から階段に変わったが、ピトーと俺に問題があるわけもなく通過した。

 

 そして、一次試験の後半。場所は詐欺師の塒と呼ばれるヌメーレ湿原に移り変わった。試験官が話をしている最中に試験官を名乗る猿が乱入してくることがあったが、奇術師のような男性念能力者がトランプを投げて解決してくれたので、特に問題なく過ぎ、試験官の2m後ろをピトーと走っていた。

 

 何故かピトーは試験官と同じ歩き方で着いていっており、ピトーがするととても絵になって可愛らしく見える。

 

 しかし、それどころではない。今は緊急事態なのである。

 

 

(さる)

 

「ルービックキューブ」

 

「ブルー」

 

瑠璃(るり)

 

「リール」

 

「る……るか」

 

 

 いかん……走りながらやることが無さ過ぎて、一次試験の後半からピトーとしりとりを始めたのだが、執拗な"る"攻めで負けそうだ。なんでこんなところに知恵がついてるんだピトー……。

 

「…………クート・ジュゼル様ですね?」

 

「ん? ああ、そうだな。元特Aクラスの賞金首、クート・ジュゼルだ。練でもして見せようか?」

 

「い、いいえ……遠慮しておきます。なんといいますか……想像していた方とは違いますね」

 

「ははは、ハンターからはよく言われるよ。随分、若く見えるともな。もう、40超えてるんだがな」

 

 一次試験の試験官――サトツさんから声を掛けて来たので、渡りに船と見てしりとりを止めて、そちらに対応した。

 

 サトツさんは若干冷や汗を流しているように見えた。まあ、自身の十倍を遥かに超えるであろうオーラ量の人間に真後ろ2人で追われてよい気分はしないだろう……よく数時間も耐えたなこの人。

 

 ふと回りを見ると、他の受験者はピトーと俺から10mほど間を開けて後ろを走っている。とすると今なら話しても特に問題はないか、受験者らも試験官の背中を追うので必死の形相だしな。

 

「で、俺に話し掛けてきたということは昔話でも聞きたいのか? 盗賊行為、盗品、団員の所在、オリハルコン、俺の念能力、俺を倒した男――」

 

 ひとつずつキーワードを挙げていくと、途中でサトツさんが僅かに反応を見せたため、それについて話す事にする。

 

「なるほど……じゃあ、ジン=フリークスについて話そうか」

 

「…………私もまだまだ修行不足ですね」

 

 そうは言うが、理由でもなければ好きで俺に声を掛けてくることはないだろう。また、見たところ、ブラックリストハンターではない。ならば俺が持っている情報の中で何かを聞きたいのだろう。

 

「いえ、ハンターでも一握りしか知り得ない方の情報を、そう易々と聞くわけには――」

 

「硬いこと言わないの。今では年に数回は飲みに行くような関係だしな」

 

「…………はい?」

 

「不思議だよな、俺もそう思うよ。だが、そういう奴なんだよアイツはさ。それに友人とは、出会いとは、元より数奇で唐突なものだろう? それにアイツが()をぶっ倒してくれたから、俺はやっと止まることができたんだ」

 

 "ここから先は俺の独り言"と念を押してから、二次試験会場につくまでの間、ジンという友人についての話をサトツさんにして過ごした。

 

 ちなみにピトーは俺が他者と話しているときは文字通り、借りてきた猫のように大人しく話を聞いているので安心である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二次試験は青空の下でクッキング、お題は豚の丸焼き。

 

 

 これだけ言うとさっぱりわからないが、その通りなので仕方ない。二次試験会場は屋外にキッチンが設置された場所で、二次試験官は美食ハンターのメンチさんとブハラさんが担当し、実際にその試験課題を出されたのだ。

 

 ちなみに太めで大柄の男性がブハラさん、緑髪で水着のような布面積の服を着ているチャンネーの方がメンチさんである。

 

 

 

 

「じゃんけんで負けた方が豚を2頭獲って来るニャ」

 

「おうよ、じゃーんけーん――」

 

 

 

 

 そして、俺が負けたので森へ戻り、豚を探すとすぐに見つかった。2m以上の体格で鼻が盾のようになっており、妙に丸っこくアニメのように鮮やかなピンク色の豚である。

 

「グレイトスタンプだったかな……?」

 

 生物図鑑で見た覚えのある豚だった。確かかなり凶暴な豚だった筈だが――などと考えていると豚がこちらを目視した瞬間、親の仇でも見つけたかなような鋭い目で、まっしっぐらに突撃してきた。

 どうやら図鑑の表記に偽りはなかったらしい。

 

『ぷぎー!』

 

 眼前に迫る巨大な豚。うーん、大迫力だな。

 

 俺は足に力を入れて衝突に合わせるように身を固めた。

 

『ぴぃ゛っ!?』

 

「まあ、無能力者……もとい豚じゃこうなるわな」

 

 俺に突進してきたグレイトスタンプは、俺に直撃すると鉄柱にでも激闘したような衝撃を受けたようで、そのまま頭を打ってお亡くなりになられた。

 

「もう一頭は……」

 

 足元の小石を拾い上げ、小石に周をする。そして、50mほど離れた位置にいる、まだこちらに気づいていないグレイトスタンプの一頭のこめかみ目掛けて投擲した。

 

 小石は容易くグレイトスタンプの頭蓋骨を横から貫通し、何が起こったのかすらわからない様子で永遠に沈黙する。狩りは恐怖を与えずに殺らないと味も落ちるし、食への敬意にも欠けるからな。

 

「すっげー! 今のどうやったの!?」

 

「……ん?」

 

 グレイトスタンプを一頭片手に担ぎ上げ、その上に更に一頭乗せて、ピトーの待つ調理場へと戻ろうとすると、緑の服を着て釣り竿を持ち、ツンツン頭の少年に呼び止められた。澄んだ綺麗な目をしており、見られているだけで悪人の俺は浄化されそうである。

 

「…………ああ」

 

 一撃で終わらせるために念を使って仕留めたが、無能力者から見ると、微動だにせずにぶつかったグレイトスタンプが死んだり、どこにでもある小石を軽く投げて殺したりと、超絶技量か、超能力かのどちらかのような状況に見えただろう。

 

 はてさて……どう言い訳したものかと思いながら少年を眺めていると、少年からうっすらと垂れ流されているオーラの質を見て確信した。

 

 

 この子は1000万人にひとりの逸材だと。ここまでの才能を持った人間は、俺が生きてきた中でもほとんど見たことがない。

 

 

 ならば下手に取り繕う必要もないと考え、少年の頭に手を乗せて少し撫でてから手を話した。

 

「プロハンターになれば、君もすぐにできるようになるよ。だからヒ・ミ・ツ」

 

「そうなの!?」

 

「その代わりに、お近づきの印として豚一頭あげようか?」

 

「ううん、自分で獲るよ! ありがとう!」

 

 それだけ言って少年は元気に駆け出して離れて行き、見えなくなりそうなときに一度振り返って手を振ってきたので、俺も小さく振り返した。

 

 しかし、何故だろうな。あの目、あの笑顔、あの雰囲気……俺をぶっ倒したどこかの誰かさんにそっくりだったような気がするのだが……。

 

「……幾らなんでも少年に失礼だな」

 

 他人の空似だと結論付け、ピトーの待つ調理場へと戻った。

 

 尚、帰る道中で豚を自力で獲れ無かった受験者数人に襲われたが、少しオーラを浴びせてやると失神するか、奇声を上げて逃げ出したので、今のところハンター試験では誰も殺していない。

 

 うん、お外ではあまり人殺しをしてはいけないことをピトーに説いている手前、俺が殺すわけにはいかないからな。

 

 

 





※主人公とピトーちゃんは半ばピクニック気分なので、原作主人公たちと関わるのは三次試験からがメインです。


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二次試験

 

 

 

「二次試験後半、あたしのメニューはスシよ!!」

 

 

 二次試験の前半にブハラさんが70頭のグレイトスタンプを食べ終え、後半はメンチさんが担当したところ、お題はこれである。

 

「こんなジメジメした湿地帯で寿司……やるならせめて海の近くにしなきゃ試験にならないニャ」

 

「一応、寿司にしても色々あるしな」

 

 どちらかと言えば寿司という題材は重要ではなく、料理を通して観察力や注意力を見ているのだろう。机の上には箸と、小皿に入れられた醤油が置いてあるし、ヒントとして握り寿司とも指定された。そこから、魚を捌いて一口大のご飯に乗せた物を導き出せれば、それでいいのではないだろうか? 

 

「まあ、そうなると答えを知っている俺たちはちょっと狡いから凝った物にして、終わりの頃に出すか」

 

 調理場で調味料を確認しておくと、醤油などだけでなく昆布と鰹節が置いてあった。ふむ、出汁は取れるな。それなら作る幅が大分広がる。

 

「そうしますか? じゃあ、僕は川に行って来ますニャ」

 

「そうか、俺は森と――」

 

 ふと周囲の景色を見渡すと、中央で真っ二つに割れた岩山があるのが遠くに見えた。ここはビスカ森林公園だそうなので、あれがマフタツ山という場所だろうか。

 

「卵を採ってくる」

 

 そう言って俺とピトーは一旦別れて、互いの欲しい食材を採りに行った。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「おかえりニャ主様」

 

「ただいまピトー」

 

 30分程で帰って来ると、ピトーは既に調理場についており、1匹の魚を捌き終わっていたようで、白身の魚だということしか既にわからない状態であった。しかし、他にも2~3匹獲ってきていたようで、見れば丸々としたナマズだということがわかる。

 

「ほーん、ナマズか」

 

「ナマズは漁師の間でのスタミナ食で、その味は鰻と比べても引けをとらないほど美味しいんですニャ。まあ、そもそも泥臭い川魚は刺身にはあまり向かない上、こんなところの川魚なんてたかが知れてますし。それなら生食は諦めて、どこにでもそれなりにいるナマズの焼き寿司が無難ですニャ。でも、別に川魚のスシが食べれないわけじゃなく、この湿原の川魚は清流の川魚と比べれば遠く及ばないだけですニャ」

 

「へ、へぇ……」

 

 好きなモノを語るとき、人間って早口になるよなぁ……やっぱりピトーはグルメにゃんこだなぁ。

 

「主様は何を?」

 

「ああ、ひとつ目はマフタツ山に糸を張って外敵から卵を守るクモワシの卵。美味しいと聞いたことがあるので普通に食べたかった」

 

「そうですかニャ!」

 

 入れ物がなかったので、戸棚に入っていたキッチンの排水溝用ネットを代用し、それに目一杯詰まったクモワシの卵をピトーに見せると、目を輝かせていた。ピトーは食べるのが好きだな。

 

「森の方は?」

 

「キノコと川エビ」

 

 これまたビニール袋一杯に詰まった食べれるキノコ類と、何尾かのテナガエビを見せると、ピトーはポンと手を叩いて閃いた様子だった。

 

「エビは思いつかなかったですニャ!」

 

 まあ、寿司って言われたら真っ先に赤身魚とか、光り物が思い浮かぶものな。

 

「………………キノコは何に使うんですかニャ?」

 

「んー、出来てからのお楽しみ」

 

 そして、俺とピトーは寿司のようなものを作り終えてから試験官に持って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナマズの焼き寿司だよ」

 

 メンチは寿司の作り方が知れ渡ってしまっため、味で審査しており、主に未だ誰も合格者の出ない状況と雑な寿司モドキが増産されることに苛立ちを募らせていると、明らかに今までのものとは毛色の違うものが机に置かれ、目を丸くしてこれを出した受験者を見た。

 

 それは白い髪をして、金の瞳をした猫のような女性の魔獣だった。更に魔獣の女性から溢れるオーラは攻撃的では一切無いが、並の念能力者が見れば気を狂わせてしまいそうなほどに禍々しく、莫大なものだった。メンチをして、自身では比べ物にならない怪物であるという絶望感さえ、自然と沸いてきてしまう始末だ。

 

 しかし、当の本人が目を細めてニマニマと柔らかめの笑みを浮かべていることと、調理するためにしっかりとエプロンを着用しているため、その姿が可愛らしくさえ見え、猛烈にアンバランスで奇妙な印象を抱かせた。

 

 例えるなら野うさぎに優しく朗らかに挨拶するライオン。そのぐらい奇っ怪な光景であった。

 

「399番ね……」

 

 メンチは極力魔獣の女性については気にしないようにしながら、寿司より先に、寿司の隣に置かれた小皿に入れられた醤油よりやや粘性のある仄かに甘く黒い液体に箸の先を付けて舐めた。

 

「………………甘ダレね。用意してなかったからアンタが作ったの?」

 

「まあねぇ、寿司ぐらい常識で知ってるし。普通の物作ってもつまんないもの」

 

「そうね……」

 

 割りとマトモなことを言っており、少なくとも寿司の出来も見掛け上は最もマトモである。なにより、無理矢理生魚を使っていない辺りがポイントが高い。

 

 しかし、やはりオーラは悪の権化のような禍々しさである。アンバランスを越えて最早、異様であった。

 

 すっかり頭を冷やされたメンチは無言でナマズの焼き寿司を摘まむと、甘ダレを付けて口に運んだ。

 

(あ、美味しい)

 

 何か大きくリアクションを取るほどの美味しさではない。しかし、限られた条件の下で握られたにしては、ナマズの部位、焼き加減、調味料、細かな工夫などが、とても体良く纏まっていた。

 

 しかし、極まった完成度というわけではなく、まだまだ発展途上の部分もちらほらと散見されたが、逆に言えばこの魔獣の女性の料理の腕前が、上達していくという証でもあり、美食ハンターとして見ても、今後にとてつもなく期待が持てると感じられるほどだった。

 

 だが、一点だけメンチが気になる点があった。

 

「……酢飯は作ったみたいだけど、このシャリを握ったのアンタじゃないでしょ?」

 

「ニャんと……よくわかるね」

 

 女性の魔獣は少し驚いた様子で目を丸くしていた。

 

 そのように気づいた理由は単純で、体良く発展途上の腕で作られた彼女のナマズの焼き寿司という作品の中で、その部分だけメンチでも舌を巻くほどの技量で握られていたのである。熟練の寿司職人であってもここまでの物を出せる者はそういないであろう。故に彼女が握ったのではないという結論に至ったのである。

 

「……悪かったな。特に指定がなかったのでシャリは両方とも俺が握った」

 

 そう言って出てきたのは、399番の後ろに並んでいた400番の20歳前半程に見える若い男性だった。見ればこちらはエプロンを着用し、三角巾を頭に付け、口はマスクで覆っている。

 

 399番があまりに異彩を放っていたため、隠れていたが、400番も399番と比べても遜色ないほど禍々しく莫大なオーラをしていた。むしろ魔獣でそのオーラならば色々と割り切ることも出来たが、こちらは人間のため、人を超えた人のような何か、正しい意味の"魔人"である。

 

(そう言えば10年以上前に"魔人"って呼ばれてた賞金首が居たわね……)

 

 何故か自身は年齢的に見たことすらないそれを思い浮かべたメンチだったが、すぐに思考を切り換えて男性に対応した。

 

「……アンタが握ったのこれ? なにしたのよ?」

 

「いや、別に何も……ただ職業柄、温度の調整や触れ方の力加減にはちょっと敏感ではあるな。30個ぐらいシャリだけ握ってみて一番マシだと思った奴を出してみたんだが……やっぱり悪かったか?」

 

「はぁ!? 何もなしでこれを握れるとかアンタ寿司職人を舐めてんの!?」

 

「お、おう……なんか悪かったな」

 

「な、なぁ……メンチ……その人は……」

 

 隣のブハラが冷や汗を掻きながら400番に詰め寄るメンチを止めようとした。

 

 しかし、その前にこれまで温厚な凶獣といった様子だった399番の視線が、射殺さんばかりに冷たく鋭くなると共に、片手の爪がせり上がるように伸び、更にその背後に"黒子のような人形"が浮かんだ――。

 

 

 

 次の瞬間、メンチと399番との間に400番が立つ形で、399番の振り抜かれた爪を400番がいつの間にか片手に握られていた杖で受け止め、鈍い金属音を響かせる。

 

 そして、それと同時に、二人の間に生まれた細い衝撃波が地面に横一文字の線を刻んだことで、到底人間と人間がぶつかり合ったようなものとは思えない光景を作り出す。

 

 化け物同士の刹那で一撃の攻防。それが微かにわかった者は、試験会場にいる念能力者のみであった。

 

 その光景が終わり、つかの間の静寂の後、真っ先に口を開いたのは400番だった。

 

「ピトーちゃん……?」

 

「――ハッ!? あ、主様違うニャこれは! 若くて綺麗なあの人が主様に近づいたから反射的にその――」

 

「めっ!」

 

「ニャっ!?」

 

 スパァン!とデコピンとは思えない小気味良い音を399番のオデコに響かせる400番。399番は反省しているようで甘んじてそれを受けて、オデコを押さえる。また、いつの間にか400番が持っていた杖先と柄に金の装飾が施されてフレームが黒い杖は消えていた。

 

「ああ、本当に悪かった。うちの猫が殺し掛けてしまって、本当に申し訳ない」

 

「――――――え? あ、ええ! 次は無いわよ! 試験官への攻撃は即失格だからね」

 

「恩に着る」

 

 放心状態から復活したメンチにそれを告げると、400番は399番を自分の目の前に両肩を後ろから掴む形で立たせた。

 

「ピトー、ごめんなさいは?」

 

「……………………にゃっ!」

 

「ナデナデ抜き」

 

「ごめんなさい! 僕が悪かったです!」

 

 メンチは思った。自分はいったい何故ここにいなければならず、何を見させられているのだろうかと。そう考えると、試験官として全うすれば、すぐにこの二人から遠ざかることが出来ることを思い出し、メンチは口を開いた。

 

「399番合格よ。文句は……あるけど及第点ね」

 

「やった!」

 

「よかったなピトー」

 

 399番は両手を上げて喜ぶと、一度400番に抱き着いてから調理場の方へと元気に去っていった。ひとまず、心労の原因の半分が消えたことに安堵するメンチ。次はこの男の審査である。

 

 男は打ち合った時でさえ、振動すら与えずにずっと片手に乗せていた皿をメンチの前に置く。

 

「はい、寿司」

 

「……………………なにこれ?」

 

「松茸寿司。旬にジャポンだとたまに見掛ける奴」

 

 それはスライスされて適度に焼かれたロングな松茸がシャリの上に乗り、海苔で数の子のように巻かれた寿司のようなものだった。

 

 メンチは無論、知ってはいたが、ここでそれを出してくるのは予想外を飛び越して、宇宙でも感じられそうなものである。

 

 

 しかし――。

 

 

「悔しいけど……美味い! 400番合格よ!」

 

「やったぜ」

 

 ほぼ、素材100%の味で火加減もほどよく、シャリに文句の付けようがないそれにメンチが合格を出さない理由も特に無かった。

 

 ちなみに399番に料理を教えたのは、400番とのことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「主様! ちょうど茶碗蒸しが蒸しあがったニャ!」

 

「おう、できたか。楽しみだなぁ」

 

「ちょっと待ちなさい。卵なんて無かったでしょ、アンタら何作ってんのよ。私にも寄越しなさい!」

 

 399番と400番が試験課題とは別に作っていた茶碗蒸しは、昆布と鰹節で出汁を取って調味料で味を整え、クモワシの卵を使い、様々なキノコが程々に散りばめられ、グレイトスタンプの肉が入り、上に川エビの剥き身の乗った非常に凝ったものであり、メンチといつの間にか頂いていたブハラをも唸らせる出来であった。

 

 

 

 ちなみにメンチが400番を、かつて"魔人クート"というふたつ名で呼ばれた元賞金首だと気づくのは、三次試験会場へ向かう飛行船で試験官同士の食事中である。

 

 

 

 

 







↓この辺に興奮したヒソカ









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飛行船

どうもちゅーに菌or病魔です。

三次試験は次回になります。


 

 

 

『それにしても、その試験課題はちとキビシすぎやせんか?』

 

 最終的に二次試験の合格者が俺とピトーのみで何故か終わったところ、ひとりの受験者が目に見えて怒り出し、試験官に襲い掛かったが、ブハラさんに一撃で吹き飛ばされることがあった。

 

 メンチさんはそのまま、二次試験の通過者二人で終わらせようとしたところ、ハンター協会の審査委員会の飛行船が来て待ったを掛けたのである。

 

 そして、飛行船からは今の声の主である白髪の老人が、飛び降りて着地した。

 

「誰ですかニャ? あのお爺さん」

 

「ハンター協会会長のアイザック=ネテロだ。一応、それなりに知り合いではあるな」

 

 ピトーにネテロ会長について説明していると、ネテロ会長はメンチさんと話し合い、試験内容に問題があり、審査不十分なのではないかということを問い、メンチさんはそれを受け入れて反省の言葉を口にしていた。

 

 そして、二次試験は新たな課題を執り行い、それをメンチさんに実演してもらうとのことである。

 

 そこまで言い終えたところで、ネテロ会長は俺と目を合わせて口を開いた。

 

「合格者の二人は新しい試験はせずとも二次試験は通過しているという扱いでいいかの? 例年ならこのまま合格でもよいのじゃが、二次試験の前半で70名も残っておるからのう。ハンター試験は若い芽を摘むものではないんじゃ、クートくんよ」

 

 全くこの人は口が上手いというかなんというか、まあ知り合いだからこその多少の軽口と感情論であろう。無論、それを無下に出来るほど俺は無神経でも傲慢でもない。

 

「こちらに聞くようなことではありませんよ。未知のものに挑戦する気概が問われていたのなら、最初から寿司が何か知っていた俺とピトーは反則……は言い過ぎにしても評価外みたいなものです。合格理由もほとんどは味ですからね。なので我々は審査委員会の総意に従います。ピトーもそれでいいな?」

 

「このままゴネて僕たちだけ合格になってもつまんないしねぇ」

 

 というわけで、試験はメンチさんが茶碗蒸しに使った湯呑みに目配せした後、クモワシの卵を採ってゆで卵にすることとなり、最終的な二次試験の通過者は42名になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三次試験に向かう飛行船内の一室で、一次試験の試験官のサトツ、二次試験の試験官のメンチとブハラが集まり、食事をしながら今回のハンター試験についての話をしていた。

 

「ねェ、今年は何人くらい残ると思う?」

 

「合格者ってこと?」

 

「そ。中々の粒ぞろいだとは思うのよね。一度ほぼ全員落としといてこういうのもなんだけどさ」

 

「でも、それはこれからの試験内容次第じゃない?」

 

「そりゃま、そーだけどさー。それでも結構いいオーラ出してた奴いたじゃない?」

 

「あの二人とか?」

 

「念って意味じゃないわよ。いや……アレはなんかもう違うじゃない。最強のヒヨコを決める会場に、ヒヨコって名前の恐竜が紛れ込んでるようなもんよ……」

 

「けれどあの二人、ものすごく美食ハンターの才能あったよね……」

 

「流石に誘う気になれないわ……」

 

「ふふっ、クート様が美食ハンターですか」

 

 サトツが冗談めいた笑いを溢したことで、メンチとブハラは目を丸くした。

 

「失礼。確かに最初はあの方々二人で、私の後ろにぴったりついて来られていたので、生きた心地がしませんでしたよ」

 

「うわぁ……なにそれ嫌過ぎる……」

 

 あの禍々しく巨大なオーラをふたつ背後に感じ続けていたのならば、並の念能力者なら発狂しても可笑しくはないだろう。しかし、サトツの明るい表情からはそういった様子は全く見られない。

 

「ですが、あの方々。会話がずっとほのぼのしていたと申しますか、一次試験の前半では公共マナーやジャポンの歴史についてクート様がピトー様に教え、後半ではずっとしりとりをなさっていました。思い切って私が話し掛けると、朗らかで丁寧に返答して下さいまして、人は見掛けによらないということを改めて感じましたね」

 

「………………」

 

 二次試験で、ナマズの焼き寿司と松茸寿司を作り、勝手に茶碗蒸しも作っていた彼らを思い出し、メンチは閉口した。そして、よく考えてみればエプロンを使っていたのもあの二人だけだったような気もしてくる。そう考えると、わりといい方々だったのではないかと多少感じ始めた。

 

「まさか、魔人とまで呼ばれた元特Aランクの賞金首――クート・ジュゼルの今の姿があのような毒気のないものだとは思ってもみませんでした」

 

「そうだねぇ」

 

「え゛?」

 

「えっ?」

 

「はい?」

 

 ピシリと固まり、フォークに刺していたトマトを皿に落とすメンチに、ブハラとサトツの視線が集まった。

 

「クートって名前が同じだけの他人じゃなかったの……?」

 

「ええ……いや、ほらメンチ。副会長から直々に手紙で通達があったじゃないか。異様なオーラの方を持ったクート・ジュゼルがいるけど、司法取引を終えて出所してからは目立った犯罪も起こしていないし、根は真人間だから心配しなくていいっていう内容の奴」

 

「顔写真も同封されておりましたね」

 

「しばらく秘境にいたから、家に帰って無くて、そのままの足で試験官になったのよ私……」

 

 つまり、副会長の手紙は家のポストにあるか、ハンター協会の審査委員会にでも保管されていることだろう。要するにメンチはクートが本物であるということを知らなかったのであった。

 

 メンチの口からそれを聞いたブハラは小さく笑い、サトツも微笑ましいものを見るような笑みを浮かべていた。

 

「――気づかないわよ!? どう見ても私よりひとつふたつ上ぐらいの年齢にしか見えなかったわ!?」

 

「まあ、念能力者だし」

 

「きっと、ビスケット=クルーガー様のように外見年齢を若く保つ何かしらの念能力をお持ちなのでしょう」

 

 三人の試験についての会話はしばらくクートの話題で持ちきりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ部屋♪ おっ部屋♪」

 

「ふふ、転ぶなよピトー」

 

 三次試験に向かう飛行船の中、スタッフに聞くと三人部屋があるというのでピトーと向かった。ピトーはとても嬉しそうにスキップしており、見ているだけで幸せになりそうである。

 

 そして、鍵を使って扉を開け――。

 

 

 

「やあ、こんにちは♡」

 

 

 

 先に部屋に居た奇術師のような格好をした男に笑顔で出迎えられた。一次試験で試験官に化けようとした猿を始末した方である。

 

「……………………なにこれ?」

 

 思わず真顔になるピトーというレアなもの見れたが、冷静に考えると三人部屋なので先客がいても何も可笑しくはないことに気付き、特に不思議なことではないという結論に至った。

 

 うん、まずはキチンと挨拶からだな。

 

「こんにちは、俺はクート・ジュゼル。こっちは俺の連れで魔獣のピトーだ。よろしく頼むよ」

 

「これはこれは、どうも丁寧に♢ 僕はヒソカ=モロウさ♣」

 

「ちょっと主様……?」

 

「ん?」

 

 ピトーが俺の服を掴んで少し引き、見れば部屋の外で話がしたいと目で訴えていたので、ヒソカくんに了解を取って部屋の外に出た。するとピトーは少し困り顔で口を開く。

 

「主様、アイツ明らかにヤバい奴ですニャ。それに主様も、アイツがハンター試験が始まってからずっとこちらに殺気を飛ばしていたことは気付いていましたよね? 殺しておいた方が今後のためニャ」

 

 ふむ、どうやらピトーはヒソカくんに寝首を掻かれるのではないかと危惧しているようだ。それを聞いて、やはりまだピトーは人生経験がまだ浅いと確信し、思わず頭を撫でてしまった。

 

 ちゃんと安心させてあげないといけないな。

 

「大丈夫だよピトー。俺の経験上、あの手の手合いは虐殺は楽しんでも、自身のプライドに反する卑怯な殺しを理由もなく自分から絶対にやらないのさ」

 

「……そうなんですかニャ?」

 

「ふふ、俺を誰だと思っているんだ? 元世界最低最悪の盗賊集団、クート盗賊団の首領だよ。ああいうタイプは、団員にごまんといたさ。俺に挑む為だけに入団して来るような奴もね」

 

「そういうときはどうしていたんですかニャ?」

 

 そのピトーの質問に"もちろん"と区切ってから笑顔でピトーに答える。

 

「みーんな、()に返り討ちにあって殺されたよ。だから、今もこの世界のどこかに生き残っている元団員達は、まだマトモな連中がほとんどだろうな」

 

「やっぱり、君が本物のクート・ジュゼルか♥」

 

 するとヒソカくんがいつの間にか話を聞いていたようで、背後を見ると扉に背中を預けていた。その表情は殺意と恍惚が入り交じったような顔をしており、なんても筆舌に尽くしがたい。

 

「会えて光栄だ。そのオーラ……ぞくぞくする。是非とも殺り合いたい♧」

 

「ははは、止めた方がいい。今の俺はハッキリ言って最も弱い状態だからな」

 

「へぇ……それはコンディション的な意味?」

 

「いいや、文字通りさ。この()()の俺は、念能力者クート・ジュゼルとしては弱い方だ。もし、殺し合いたいなら、強い方の()に挑んだ方が、ずっと面白い筈だよ」

 

「へぇ……それ以上があるんだね……それは楽しみだ♠」

 

「ま。この話は一旦終わりだ。とりあえず、ハンター試験を通過する方に今は取り組むべきだろう。ああ、それでヒソカくんさ、ご飯食べる? クモワシの卵とグレイトスタンプの肉がまだ余ってるから、親子丼ならぬ他人丼でも作ろうと思うんだけど? 後、茶碗蒸しも残ってるし」

 

「それじゃあ、ご好意に預からせて貰おうかな♡」

 

「あ、主様……ど、どういう環境で生きてきたらそうなるんだニャ……?」

 

 なにやらピトーが言っているが、とりあえずこの言葉を贈ろう。

 

 エンジョイ&エキサイティング。何だって楽しまなければ損だということが、この世界で40年以上生きてきた俺の座右の銘である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、さっきぶりじゃなクートくん」

 

 時間にして、午前4時半頃。トイレに起きて、済ませてから戻るとタンクトップにパンツという偉くラフな格好をしたネテロ会長に声を掛けられた。

 

 微妙にオーラの質が落ちているところを見ると、徹夜をしていたのだろうか。ネテロ会長ほどの年齢の方に徹夜をさせるハンター協会をブラックと思うべきか、ネテロ会長が若々しいと思うべきか……まあ、後者の方が皆幸せだな。うん。

 

「おぬしがハンター試験を受けると、パリストンから聞いたときは三度は聞き返したぞい」

 

「ははは、俺も今さらハンターになる気なんて特に無かったんですけどね。事情が変わったという程でもないですが、なりたい理由ができたと申しますか――」

 

「あの娘かの?」

 

「ええ、そうですね。彼女は魔獣なんですがその……俺の婚約者になるんです。それで彼女は戸籍を持っていないので、自分で綺麗な戸籍を取って、俺と結婚したいらしくて。俺はその付き添いですよ」

 

「若いのぅ……」

 

「まあ、貴方に言わせれば皆若いでしょうなぁ」

 

「主様ぁ……」

 

 ネテロ会長に痴話話(ちわばなし)をしていると、噂をすればなんとやらという奴なのか、ピトーがやって来た。寝惚け眼のまま、手を広げながらトテトテと歩いて来て、俺に抱き着いて見上げてくる。

 

「ピエロと二人にしないでくださいにゃぁ……」

 

「お、おう……悪かったな。すぐに戻るからベッドに戻っててくれ」

 

「ふぁい……」

 

 促すとピトーはふらふらとした足取りで部屋に戻って行く、ネテロ会長はその背中を見つめて、少しだけ考える素振りを見せてからポツリと呟いた。

 

「うーむ……やっぱ、あの娘――ワシより強くねー?」

 

「奇遇ですね。俺も自分自身でそう思いますよ」

 

 いや、だってアレ生まれつきあんなオーラしてんだもの。流石に俺だって子供時代はただの人間だったぞ。

 

 そんなことを考えながら登り始めている朝日を眺め、複雑な気分になるのだった。

 

 

 

 



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三次試験

どうもちゅーに菌or病魔です。

 お気に入り、評価、感想など本当にありがとうございます。とても励みになります。感想はポリシーとして、全て返信させていただくので、どしどしお寄せください。




 

 

 午前6時を過ぎたところで飛行船から降ろされた。そして、三次試験会場は砂色の新品のチョークのような形をしたトリックタワーなる施設の屋上。これを一番下まで降りることが三次試験の試験課題らしい。

 

 ちなみに説明は、三次試験の試験官の代理としてビーンズくんが務めていた。

 

「さて主様。早速、飛び降りて下まで行くのニャ」

 

「いきなりステージをレイプしようとするのは止めようかピトー」

 

 とは言ったものの実際のところ、これはどうすればいいのだろうか? このままでは業を煮やしたピトーがトリックタワーをへし折り兼ねないので、早いところ下に降りる方法を探さなければ――。

 

「ん……?」

 

 ふと、受験者の大きな吹き矢を持ち、サングラスを掛けた黒人男性がしゃがんでいたので、そちらに目を向けると、床がクルリと回転して、男性は下に降りていった。

 

 ああ、そういうシステムなんだ。

 

 試しに男性が降りた床に触れてみるが、ロックされているようで動く様子はない。

 

 少しだけ円を使って確認をすると、降りた先のエリアは全て扉のついた小部屋になっており、どうやらそこから個々あるいは集団の課題がスタートするシステムのようだ。

 

「一人部屋がほとんどだな」

 

 となるとピトーとは一旦、分かれることになると考え、一抹の不安を覚えていると、ピトーは何故か俺に抱き着いて、歩きづらくなるほど密着してきた。

 

「これならひとつの床を二人で通れますニャ」

 

 それはシステム的にはどうなのだろうかと考えたが、それに試験課題は下まで降りていくだけだから問題ないだろう。なにより、ピトーを俺の目の届かないところに置いておくのがまだ危な過ぎる。

 

 ピトーと少しだけ話し合ってそう決めたので、近くの回る床を探し、ピトーを抱き着かせたまま、そこから降りた。

 

『「「――――――!?」」』

 

「あっ! 二次試験のときの!」

 

 その瞬間、驚愕した視線が2つと、恐れた視線が1つ。そして、人当たりの良さそうな聞き覚えのある声掛けがひとつ聞こえた。

 

 見れば真っ先に目に入ったのは二次試験のときの緑の服を着て釣り竿を持った少年、それから虚勢を張ってはいるが明らかに怯えが混じった視線を向ける銀髪で猫目の少年。そして、金髪で青い民族衣装を纏った青年……男だよな? それとスーツ姿でサングラスを掛けた男性の4人が小部屋の中にはいた。

 

「おはよう、またあったな少年」

 

「俺はゴンだよ!」

 

「おう、じゃあ俺はクートで、こっちは連れのピトーだ」

 

「…………よろしく」

 

 とてもよろしくしたく無さそうなよろしくをありがとうピトー。後でお話が必要そうだな。

 

 他の方々は特にアクションを起こして来ないので、彼らから一旦視線を移して、壁に貼ってあった説明文に目を向ける。

 

《多数決の道:君達5人は ここからゴールまでの道のりを 多数決で乗り越えなければならない》

 

 そして、円柱状の台を見れば丸とバツのボタンがついたタイマーがひとつ残っていた。他の方々の手首を見ると既にはめられているようなので、これが最後なのだろう。

 

「主様、どっちがつけるニャ?」

 

「じゃんけんにしよう。最初はグー!」

 

 じゃんけんの結果は俺が勝ったので、俺が手首にはめることになった。タイマーをはめると、壁の一部が上にせり上がり、鉄扉が姿を現した。そこには扉を開くか、開かないか多数決を取るように指示があった。

 

 もちろん、丸を押しておこう。こんなところでチームプレーを乱すわけにはいかないからな。

 

 ゴンは俺に続いてすぐに押したようだが、他の方々はしばらく動きを見せなかったので、不思議に思い、鉄扉を指差しながら彼らに問い掛けた。

 

「少し遅れて入ってきて、こんなこと言うのもなんだが、行かないのかい?」

 

 そういうとハッとした様子で他の方々はボタンを押し、多数決は丸が5人で鉄扉が開き、三次試験が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹き抜けのリングのような場所に出るまでに、左右を選ぶときに人は無意識に左を選びやすいので右に行った方が安全という理論を聞いたこと以外は特筆すべきことは特に何もなかった。

 

 ちなみに俺は右にしていた。ふと目に入ったピトーの尻尾が右に揺れていたからである。

 

 石のリングを挟んで向こう側には、フードつきのローブを纏って手枷をはめられた人間が5人いることがわかった。そのうちの一人の手枷が解除され、ローブからスキンヘッドの体格のいい傷だらけの男が出てくる。

 

 男たちは超長刑期の囚人らであり、彼らとひとりずつ何かしらのルールで戦い、3勝すれば通ることが出来る。逆に囚人らは一時間毎に一年刑期を短縮する恩赦があるので、全力で足止めをしようとしてくるとのこと。

 

 そして、最初の相手は説明をしたスキンヘッドの男らしい。

 

「うーん、どう見ても軍人か傭兵上がりっぽいし、景気づけに俺から行こうかな?」

 

「クートさん頑張って!」

 

「主様ファイトにゃ!」

 

 ゴンくんとピトーの声援受けてリングに出た。後続のためにも早く終わらせたいので、スキンヘッドの男に声を掛ける。

 

「ルールは?」

 

「デスマッチだ!」

 

「へぇ、じゃあ殺されても文句はないな。もちろん、いいぞ」

 

 俺としてはだが、加減も何もしなくていいので一番やりやすい課題だな。

 

「その覚悟見事! それでは……勝負!!」

 

 俺は襲い掛かってきた囚人の男に対応せず、そのまま何もせずに立っていた。当然、囚人の男は俺の喉を潰しに掛かりながら捩じ伏せようとした。

 

「なに……!?」

 

 しかし、当然ながら1mm足りとも男の行動で揺らぐことすらない。囚人の男からすれば俺の体は固定設置されたブロンズ像か何かを相手にしているような気分であろう。実際にはそれを遥か超える強度なのだがな。

 

 俺は無理矢理囚人の男の腕を振りほどき、開始位置に投げ飛ばしておく。そして、ふと疑問だったことを聞くことにした。

 

「なあ、超長期服役囚らしいが、お前は何年刑期があるんだ?」

 

「強盗殺人で199年だ……」

 

 なんだ。やはり無能力者で考えた場合の定義か。思わず、"それなら参考までに"と呟いてから俺は言葉を溢した。

 

「俺に求刑された刑期は、28億8074万3719年と169日だ」

 

「は……?」

 

 次の瞬間、男の目の前に移動して顔面を掴んだ。その直後、遅れて俺が踏みしめた石畳が炸裂するように砕け散り、爆音を響かせる。

 

「10秒やる。よく聞け」

 

 絶句している囚人の男の顔を掴んだまま、俺は笑顔で問い掛けた。

 

「殺す」

 

「ヒィ……ま、参った! 俺の負けだ!?」

 

 顔から手を離してやると囚人の男は膝から崩れ落ち、何度も転倒しながら俺から逃げるように去っていった。オーラも使ってないため、根性のない奴だと思い、小さく溜め息を吐いてから受験者側へ戻った。

 

「28億年ってマジか……」

 

「死刑がないってのも考えものだよな。こうして、俺みたいな奴は司法取引で全て消化して出て来ることもできているからな」

 

「お、おう……!?」

 

 サングラスの男性――確かレオリオくんは、独り言の呟きに俺から返答されると思っていなかったらしく、酷く驚いた様子だった。

 

 そして、2戦目。相手は青い肌にものすごい顔をした男の囚人である。それには金髪の青年――確かクラピカくんが行った。まあ、どう見ても相手は虚仮脅し(こけおどし)なので、何も問題はあるまい。

 

「なぁ……」

 

 そんなことを考えていると、まだ少し俺とピトーへの怯えが感じられる銀髪の少年――キルア=ゾルディックに話し掛けられ、そちらに意識を向けた。

 

「なんで、さっき殺さなかったんだ……?」

 

「んー? 俺が人を殺すときは自分にとって心底邪魔だと思ったときだけだよ。死体を見て、気持ちいいと感じる奴はそんなに居ないしな。君はそのクチかい?」

 

「………………いや」

 

 まあ、他に理由があるとすれば、あのスキンヘッドの囚人がデスマッチに参加したこちらの心意気を見事と言っていたから、というのは多少あるかも知れないが、今加味するようなことでもない。

 

「あんまり深く考えないでいい。己の想いに殉じ、偽らない。好きに生きさえすれば、いつか理不尽に死んだって笑って許せるだろう?」

 

 まあ、最近は死ねない目的が出来たので、この生き方も多少変わるだろうが、根本はそう変わるまい。それにこちらを伝えた方が、きっとキルアくんのためになる。

 

「…………そんなもんか?」

 

「そんなものだよ人生なんてな。堕ちるところまで堕ちて、今は娑婆で普通に暮らしてる極悪人のアドバイスさ。というか俺のこと覚えてない? もう何度もゾルディック家には行っているし、君にも会ったことあると思うんだけど?」

 

「え……?」

 

 最近はナイフの依頼、ぶっちゃけキルアくんの父親のシルバ=ゾルディックにオリハルコンのナイフの製作を依頼されたので、それを作っているしな。もう1ヶ月も掛からず、完成する筈だ。

 

「…………ああ! いたなアンタ!? 親父達の知り合いじゃん……なんだ緊張して損した」

 

「よしよし、思い出してくれて俺は嬉しいよ」

 

「撫でんな」

 

 うん、このふてぶてしいクソガキっぷりがキルアくんの持ち味だな。さっきまで借りてきた猫みたいで、こっちが気味悪かったぐらいだ。そういう意味じゃ、ピトーとも似ているかも知れないな。

 

 そんな話をしていると、ちょうど青い肌の囚人がクラピカくんに叩き付けられてノックアウトしたところだった。

 

 その後、3戦目の女性の囚人が、2戦目の囚人が気絶しているかどうかでしばらく時間を使った後、レオリオくんが解決し、女性の囚人の胸を揉み、じゃんけんに負けて50時間足止めを食うハメになった。何を言っているがわからないと思うが、要約するとそんな感じである。要するに野郎は女には勝てないということだ。

 

 4戦目はゴンくんが細い男性の囚人の蝋燭を吹き消して勝ち、受験者らが3勝したため、5戦目が行われることはなかった。

 

 囚人ども女性しか働いてねぇじゃねぇか。というか、この恩赦の調子だと、年内にあの女性は出所してそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「掃除するニャ」

 

 リングからとても近い場所に設置された待機部屋に入ったピトーが開口一番に言ったのがそれであった。

 

 確かに50時間も待機する部屋にしては多少汚いような気がしないでもないため、ピトーは気になったのだろう。何せにゃんこはとても綺麗好きの生き物なのである。

 

「~♪」

 

 鼻歌を歌いながらしばらく掃除をするピトー。男衆は邪魔にならないように部屋の外にいるか、部屋の隅に立っていた。

 

「ふんにゃぁ!」

 

 そして、10分ほど経ったところで掃除が終わり、ピトーが一番に2~3人掛けのソファーにダイブし、そのまま占拠した。

 

「ふわぁ……」

 

 最後に欠伸をすると、ピトーは眠ってしまい、小さくて可愛らしい寝息が聞こえ始めた。なんで一動作、一動作がイチイチこんなにも可愛らしいのだろうな家のピトーは。

 

「少しいいか?」

 

「ん? 別にいいぞ」

 

 オリハルコンの詰まったキャディバックを部屋の隅に立て掛けていると、クラピカくんから声が掛けられた。妙に真剣な表情をしており、並々ならぬ覚悟で俺に話し掛けてきたということが伝わってくるため、そこまで気負われてもこちらとしても微妙な気分なのだが、仕方あるまい。

 

「28億年の刑期が司法取引で全て減刑されることは、貴方ほどの者となると普通のことなのだろうか……?」

 

 ふむ、俺ではなく世界の法制度についての疑問か。まあ、念能力者のみが入る刑務所があるという情報すら、当然厳重な情報規制が敷かれているので、そう思うのも無理はないところだろう。

 

「誰か、捕まえたい者でもいるようだな。その様子だと復讐か」

 

「……ああ、私はクルタ族だ」

 

 それからクラピカくんの口から直接聞かされた。クルタ族と緋の目、そしてクルタ族を滅ぼした幻影旅団のこと。クラピカくん自身が幻影旅団への復讐者だということを。

 

 思ったよりも重い内容を聞かされ、なんとも言えない気分になったが、とりあえず疑問には答えてあげよう。

 

「いや、その辺りは安心していい。多分、今のところ俺にしか出来ない方法での司法取引だったからな」

 

「それは?」

 

 そのまま、口を開こうとしたが止まる。こっちの情報は念よりも遥かに口外したらマズい情報だからである。しかし、今さらそれを伝えないのも釈然としないだろう。ならば真実を適当に伝えるに限る。

 

「大きなお舟で外に行って、"希望"をひとつ持ち帰ってきただけだよ」

 

「…………馬鹿にしているのか?」

 

 ちなみに俺がハンター協会との司法取引で、暗黒大陸から持ち帰ってきたのは、発電する鉱石である。

 

 まあ、俺が公式に暗黒大陸に行ったのは、その一度きりだが、過去に非公式に行ったことがあったためにできた裏技だな。

 

「ハンター志望ならその辺りは自分で探すんだな。少なくとも数十億年単位の減刑は、クモには不可能だ。それだけは保証するよ」

 

 いや、ホントさ。暗黒大陸はマジでヤバいよ。出来ればもう二度と行きたくないと割りと本気で思うもの。

 

「そうか……すまない、少し熱くなってしまった」

 

「いや、別にいいさ」

 

 俺も家族や親しい友人が殺されれば、殺した奴を地の果てまで追い掛けて、(くび)り殺すだろうからな。気持ちはわからなくもない。

 

「もうひとつ聞いていいか?」

 

「なんなりと」

 

「幻影旅団について知っていることは何かないか?」

 

 まあ、やはりと言うべきか、それを聞いてきたか。はてさてどう誤魔化すべきか、そんなことをする義理も特にないのだが、クモとは知らぬ関係でもないので、あまり関係が悪化するようなことはしたくはないのだがな。

 

 普通の人間なら、別にそのまま教えてクモに送り込むぐらいしても、アイツらは暇潰しができたぐらいに対応して、殺した感想を俺に伝えてくるようなこともして来そうなものだが……この子はマズいな。

 

 それとなく推し測ってみたが、この子の才能なら、幻影旅団への復讐のみに特化すれば、壊滅は不可能だとは思うが、文字通りの意味で半殺し、あるいは半壊ぐらいには出来るのではないかという予想が立った。

 

 流石にそんな奴を送り込んだことがバレれば、未来永劫クモに恨まれそうなものである。

 

 とするとやはり、間違ったことは言わないが、聞かれていないことは答えないというのが正解か。

 

「もちろん、知っているよ」

 

「――!? 本当か!?」

 

「ああ、何せ俺の顧客の一人だ」

 

 そう言って俺はキャディバックから一本、オリハルコンの延べ棒を取り出して机の上に置いた。

 

 話を静観していた残りのメンバーで、それによって一番目の色が変わったのは、レオリオくんだった。

 

「お、おい……嘘だろマジか……まさかオリハルコンか……?」

 

「ご明察。純度ほぼ100%のオリハルコンだよ」

 

 まあ、これ一本で小国同士なら戦争が起こりかねない程度には貴重かつ高額な品なので、その反応も当然だろう。

 

「それがクモとどう関係が――」

 

「俺がオリハルコンの武器職人で、クモの団員の一人に売ったってことだ。残念だが、それ以上は話せない。こっちも商売でやってるから、顧客の個人情報を漏らすような輩は信用におけないからな」

 

 その言葉にクラピカくんは顔をしかめて閉口する。俺が商売人となればそれ以上の内容を聞き出すのは、ほぼ不可能だと気づいたのだろう。実力の差もわかっている様子であり、とても利口な子であることがよくわかる。

 

「おい、なんでだよ!? クモを庇うってのか!?」

 

「善悪や倫理観は関係なく、使ってくれる者のために作られる。そして、武器ではなく人が人を殺す。武器ってものは、本来そういうものだ。観賞用じゃないんだよ、俺の武器はな。だから仮に俺の武器で、俺を殺そうとする奴がいても、それはそれで素晴らしいことだと思うぞ」

 

「ぐっ……コイツ……本気で言ってやがる……」

 

 顧客を庇っているんじゃなくて、仕事に誇りを持っている。そう思って欲しいものだな。まあ、嘘はついてはいないし。

 

「それにクモにも作ったが、今キルアくんの親父さんにナイフを作っているんだぜ? 盗賊はダメで、暗殺者はイイってのは虫の良過ぎる話だろ?」

 

「本当なのかキルア!?」

 

「ああ、親父の趣味がベンズナイフ集めだからな。その延長線で依頼したんだと思う。オリハルコンのナイフなんてあれば仕事にも使うだろうしさ」

 

「…………それにしたって何か教えてくれたっていいだろ!」

 

 レオリオくんは感情に訴え掛ける人間のようだ。まあ、個人的には理屈っぽい者よりも、そういう奴の方が人間らしくて好きだな。

 

 ひとまずこの辺りで、言っても後でクモに言い訳の出来る情報を与えることが得策か。わざわざ協力して進む課題で和を乱すのも本意ではない。

 

「んー、そうだな。じゃあ、これだけは教えておく。アイツら、9月のヨークシンドリームオークションで、仕事をするらしい。デカいオークショニアを襲うのか、マフィアンコミュニティを血祭りにあげるのかは知らんが、何れにせよ、相当死ぬぜ?」

 

「――――本当か!? いや、それだけでも十分な情報だ。ありがとう」

 

「な、なんだよ……結局教えてくれるのかよ」

 

 二人ともそれなりに納得してくれたようなので、一先ずは一件落着だろう。そこまで考えたところで、会話に全くゴンくんが入って来なかったことに疑問を覚え、室内のゴンを探すと――。

 

 

「ふにゃ……」

 

「ク、クートさん助けて……」

 

 

 いつの間にか、ピトーにゴンが抱き枕代わりに使われており、若干首が絞まっていることに気づいた。どうやらゴンは寝ているピトーの脇を通り過ぎてしまい、引きずり込まれたらしい。

 

「お、おいゴン大丈夫か!?」

 

「くっ……なんて力だ! びくともしない!」

 

「うぉ!? なんだこれなんで動かねーんだ!? というか、起きろよ猫の姉さん!」

 

「Zzz」

 

 なんだこれ面白い。

 

 

 

 ちなみにその後、50時間の待機は、部屋の本棚あった本を読んだり、DVDを見て平穏に過ごして終えた。謀らずも、50時間でクラピカくんとレオリオくんとも仲良くなれた気もする。

 

 その後の三次試験は、普通にクリアできた。何せ、ゴロゴロ転がる岩はピトーがデコピンで粉砕するし、マルバツ迷路はピトーが勘で一度も行き止まりにならずクリアし、地雷つきの双六はピトーが好きで地雷をイチイチ踏みながらやっていたからである。課題レイプな気もするが、ピトーはスゴく楽しんでいた様子だったので何も言えなかった。

 

 そして、最後の別れ道――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「方法があるから、長く困難な道にして、装置を黙らせるニャ」

 

 長く困難な道と短く簡単な道を提示されると、とりあえずピトーが長く困難な道を提案し、全員がそちらを押す。

 

 その直後、ピトーは短く簡単な道の鉄扉に対してヤクザキックを放ち、扉を大きく陥没させて吹き飛ばしたのであった。

 

 そして、俺を含む全員が目を点にする中、ピトーは一言呟いた。

 

 

「この手に限る」

 

 

 これはあれだ。試験官に何か言われたら、待機部屋に置いてあったDVDに問題があったと言って押し通す他ない。決して、俺が"あれはマスターキーだ"やら"100%OFF"等とピトーに吹き込んだせいではないと思いたい。

 

 三次試験自体は2時間以上制限時間を残して、全員で通過することが出来たのだった。

 

 

 

 



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四次試験 前

どうもちゅーに菌or病魔です。


 

 

 

 四次試験は今船で向かっているコンタクトレンズケースのような形をしたゼビル島で行われる。

 

 試験内容はゼビル島内で行われるポイント制のバトルロワイアル兼サバイバルといったところ。自身のナンバープレートが3点、個々で引いた紙に書かれたターゲットのナンバープレートが3点、それ以外のナンバープレートが1点で合計6点分のナンバープレートを終了時に提示すれば通過とのこと。

 

 最低でも受験者は半分になる上、プレートを取っても終わりの期日まで守りきらねばならないため、中々ハードでいやらしい課題だと言えるだろう。

 

 

「以上のことから今回の約束ごとを決めるぞピトー」

 

「ニャ」

 

「1点なら3人まで、ターゲットなら1人まで殺ってもいいが、それ以上はダメだ!」

 

「はいニャ!」

 

(『はいじゃないだろ!?』)

 

 

 何故か、ピトーと約束事を決めていると、大多数の受験者の目が集まっていたので、見回すと一斉に目を背けた。クラピカくんとレオリオくんも見つめてみるが、絶妙な半笑いでこちらを見るばかりである。ゴンくんとキルアくんは二人で会話に熱中しているのでこっちを見ていない。

 

「それで主様は何番だったんですかニャ?」

 

「おう、じゃあ、見せ合うか」

 

 "せーの!"という掛け声の後、俺とピトーはそれぞれのターゲットが書かれた紙を見せ合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 受験番号53番――ポックルは自身のターゲットである118番のソミーからプレートを回収し、6点分が集まったことに歓喜すると共に、残りの日時を自身のプレートの他の受験者に奪われないように潜伏場所を探し始めた。

 

 特に44番、399番、400番の受験者に出会ってしまえば、その瞬間に死が確定するといっても過言ではないとポックルは考え、それらの受験者が近付かなさそうな場所に目星を付けようと行動し――。

 

 

 

「こんにちは」

 

 

 

 絶望が先にやってきた。

 

 肩に少し掛かる程の白髪に色白の肌をし、紫色のシャツとオレンジ色の短パンを履き、赤い瞳を歪めて薄笑いを浮かべた女性の魔獣。

 

 彼女の白い耳はピンと立ち、艶やかな尻尾は嬉しげに、ゆっくりと揺れ動いている。

 

 そして、一切隠されることなく胸についているネームプレートには399番という文字が刻まれていた。

 

 

 

「確か……ぼっくり? いや、ポックリだっけ? まあ、なんでもいいか」

 

 

 

 彼女はそっとポケットから、受験者が引いたターゲットが書いてある紙を取り出して、ポックルに見えるように広げる。そこには"53"という数字が書かれていた。

 

 それを半ば放心状態でポックルは見つめ、ふと399番の顔を見ると、その表情は満面の笑みが浮かんでおり、その唇を震わせた。

 

 

 

「天気もいいし、死ぬにはいい日だよね」

 

 

 

 その言葉と共に399番は爪を伸ばし、獰猛な獣のように歯を見せ、ターゲットが書かれた用紙を握り潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「主様、終わりましたニャ」

 

 53番のプレートと、118番のプレートを持って、1日目の正午に俺の下に戻ってきたピトー。しかし、何故かその表情は不満げである。

 

 そして、何故か頭にターバンが巻かれており、首にはスカーフをしており、背中に弓矢一式を背負っていた。いったい、どこから持ってきたのだろうか? なんか、微妙に見覚えがある気がしないでもないが。

 

「何かあったのか?」

 

「なんかあったんじゃないニャ! なにもなかったんですニャ!」

 

 ぷんすこ怒るピトー。つまり、どういう事だろうかと思っていると話したかったのか、ピトーはそのまま、それについての内容を愚痴り出した。

 

「僕を見た直後に"なんでも差し上げるので、命だけは助けてください!"って命乞いしてきて、殺る気が削がれちゃったニャ……逃げるものを追うか、抵抗してくるから楽しいのに……」

 

 "全然、殺り足りないニャー!"といつの間にか頭に巻いているターバンをくしゃくしゃに掻きながら叫ぶピトー。我慢できるようになったんだなぁ……ピトーの確かな成長を感じて、俺は感無量である。

 

 なるほど、その紫色のターバンと黄色のスカーフと弓矢はそういう理由か。遺留品じゃなくてよかったというものだ。後でそっと俺が持ち主に返しておこう。

 

「主様は何をしているんですか……?」

 

「海で獲った昆布と魚介類を干してる」

 

 魚は全部塩干しだが、干物だけでなく、一夜干しや丸干しも作っている。気温が高くて、カラッとした天気なので、干物日和だな。

 

「いや、それは見ればわか……なんでもないですニャ」

 

 何故かピトーに"試験より先に何してるんだろう……でも主様だから仕方ないニャ……"と言わんばかりの絶妙な呆れ顔で見られている気がするが、きっと気のせいだろう。無人島で食料も用意しなければならないので、個人的にはそちらの方が大事なのである。

 

 そんなことを考えていると、ピトーが黒子舞想(テレプシコーラ)を発動して襲い掛かってきたため、俺はクライストを具現化して、爪による一閃を受け止めた。

 

「やっぱり主様と遊ぶのが一番楽しいニャ!」

 

「そうか、それはよかった」

 

 まあ、しばらくハンター試験で相手をしてあげれなかったので、今日ぐらいはキチンと相手をしようか。しないで溜め込ませたら、ピトーが他者へ無差別に襲い掛かるようになっても困るしな。

 

 その日は干物の様子を見ながら、月が天辺に登るまでピトーの相手をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血に集まる生態を持つため、好血蝶という名がついた蝶を追ってゴンが見つけたのは、開けた場所に一本佇む木を背にして休憩している44番――ヒソカの姿だった。

 

 四次試験でのターゲットであるヒソカの隙をゴンが伺ってわけいると、ゴンに近い草むらから371番の槍使いゴズが現れ、ヒソカに挑んだ。

 

 しかし、ヒソカはゴズの壮烈な槍捌きを全て避け、相手にしておらず、逆に(おびただ)しい好血蝶の集まり方から、致命傷を負っており、その状態で最期に戦っているゴズに目が死んでいるため死人とは戦わないことを告げた。

 

 そして、自暴自棄になったゴズがヒソカに突撃しようとしたその瞬間である。

 

「いいねぇ、そういうの嫌いじゃないよ」

 

(――クートさん!?)

 

 二人の間に割って入るように、ふらりと現れた人類史の犯罪歴に輝く黒い太陽のひとり――クート・ジュゼルにゴンは驚いて声を上げそうになった。

 

 クートはパチパチと小さく拍手をした後、突然の来訪者に肩で息をしながらも手を止めているゴズに片手を指すと、ヒソカに問い掛けた。

 

「殺る気ないなら、この場は俺が預かってもいい?」

 

「ああ、ご自由に♥」

 

「どーも」

 

 そういうとクートはゴズの前に立った。そして、頭の先から爪先まで見つめてから、少しだけ目線を交えた後、感心するように2~3度頷いてから口を開く。

 

「気に入った。あなたは20年後にはいい念能力者になりそうだ」

 

「どういう意味…………がぁ――!?」

 

 次の瞬間、クートは己の片腕をゴズの致命傷を負っている背中の傷口に直接突き入れる。少なくとも手首から先は全て挿入されており、あまりの激痛にゴズは声さえも上がらない。

 

 10秒ほど、ゴズの傷をこねくり回すように触れ、肉と水音を響かせた後、クートは腕を抜いた。

 

 ようやく痛みから解放されたゴズは地面に崩れ落ち、震える手で患部に触れたことで気づく。

 

「傷が……ない!?」

 

(治った!?)

 

 誰が見ても致命傷だった自身の傷が跡形もなく消えていたのだ。誰が神の奇跡に等しい行為を行ったかなど、火を見るより明らかだろう。

 

『スゴいでしょ? 僕の主様』

 

 するとゴンは吐息が掛かるほどの距離で声を掛けられ、驚きつつそちらを向くと、目を細めてしゃがんで座っている399番――ピトーがそこにおり、小声で話し掛けてきていた。

 

 全く気づかない内にそこにいたことに驚愕するゴンだが、状況はそのまま流れていく。丁度、クートがゴズに下がっているように声を掛け、再びヒソカと対面したところだった。

 

「おかしいなぁ……君、特質系だったよね? 系統的には最も遠い筈なんだけどなぁ♢」

 

 ヒソカは奇跡に驚く様子はないが、疑問を覚えたように眉を潜めつつ、どこか愉しげに口の端をつり上げていた。

 

『それなんだよねぇ。主様は腕を切り落としてもすぐにくっつくか生えるし。少なくとも使いたくない能力と、再生能力は別の能力っぽいんだよねぇ』

 

 ピトーはそう呟いてからゴンを見つめる。そして、目を細めてからポツリと呟いた。

 

『君といるとなんだか居心地がいい。特別に僕を撫でさせてやってもいいニャ』

 

 "でも尻尾触ったら怒るニャ"とも言いながらニマニマとした笑みを浮かべているピトー。ゴンの人間だけでなく、生き物全般に成せるコミュニティ能力の高さ、あるいは何とでも仲良くなれる力という単純なものにより、ピトーとも良好な関係を築いていた。

 

 まあ、三次試験のときに抱き枕にされたり、起きてても絡まれたりとされただけであるが、何故かピトーの方からは非常に好印象なのであった。

 

「さあな。ピエロなら種を暴いて見せるものだろう? それと俺はこう思うんだよ」

 

 クートは諭すというわけではなく、単純に世間話のひとつといった様子で口を開く。

 

「念能力者が念の才能に左右されるのは精々30%ほど。残りの70%は何れ程死ぬ気で10年単位で修行に打ち込めるかと、己の技量をどこまで極められるかで決まる」

 

「随分長い目で見るんだね。僕にはできそうにないな♣」

 

(念能力者……? 念……?)

 

『ハンター試験に合格したら、僕が教えてあげようか? それも楽しそうだし』

 

 聞いたことのないワードが飛び交いハテナを浮かべているゴンに、全く隠す様子もなくピトーはそんな提案をしてきた。とりあえず、ゴンは"今は試験に集中しなくちゃ"と告げると、ピトーは"それもそうだねぇ"と(ささや)いて、ゴンの隣で息を潜めつつ、クートらの一部始終を眺めた。

 

「そりゃあ、盗賊団の念の師はほとんどは()が行っていたからな。だから君と違って俺は師としての目線で人を見ているんだ。それでそんなに人殺しに率先的ではないというのはあるかもしれないな。もったいなくてね」

 

「なるほど……最低最悪と呼ばれた犯罪者集団は君から全て生まれたわけか、通りで魔人と呼ばれるわけだ♠」

 

 自身が異次元の念能力者でありながら、師としても極めて高いレベルの指導力を持ち、倫理観のある悪党。それらが合わさることで、生み出されるものをカリスマ性と呼ぶのだろう。

 

 するとクートはゴンとピトーがいる方とは別の草むらを眺め、どこか懐かしいといった様子の笑みを浮かべると口を開いた。

 

「さて……いるんだろイルミくん? 出て来いよ」

 

「あー、やっぱバレてたか……」

 

 すると301番の受験者――ギタラクルが姿を現し、顔の針を抜いていく。全ての顔の針が抜け終えた直後、顔面の骨格が変形し、猫目で死んだような目をした長い黒髪の青年へと変わった。

 

「久し振りだな。最近は行っても仕事で居なかったから、3年振りぐらいか?」

 

「…………そうだね」

 

 何故か一瞬間を開けてから言葉を返すイルミ。また、とても面倒なものに会ってしまったと言わんばかりの表情をしていた。

 

 いつもとは違い、妙に感情を出している様子のイルミにヒソカは目を開いて驚きつつ、面白そうなのでそのまま眺めることにした。

 

「うんうん、ちゃんと念の修行は欠かしていないようで結構結構。もう10年より前か、シルバの頼みでイルミくんの念の教育係になった日が懐かしいな」

 

「え……?」

 

「何も言うな」

 

 クートが言った通りのことをイルミに聞こうとしたヒソカだったが、他ならぬイルミに止められる。それが何よりもの肯定であろう。

 

「それで……? アンタが俺に何しに来たわけ?」

 

「ははは、そりゃあ、この場において、ここにいる理由は当然――」

 

 クートはゴズが使っていた槍を蹴り上げて掴むと、その絶望的なまでに重厚でドス黒いオーラで槍を包み込む。そして、もう片方の手でターゲットの書かれた紙を取り出し、イルミに見やすいように広げた。

 

「お前が俺のターゲットだからに決まってるだろう? イルミ坊っちゃん?」

 

 そこには"301"と書かれており、イルミは滝のような汗を流し始めていた。

 

 

 







久し振りに弟子に会った師が、稽古をつけてあげるだけの優しく暖かいお話。


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四次試験 後

どうもちゅーに菌or病魔です。

 感想欄を見ると、7話で時々幻影旅団の話が出て来て、何故だろうと思いましたが、どうやらクートが盗賊団と言っているものを、幻影旅団と勘違いしておられるようでした。そのため、極力より分かりやすいように配慮しますが、それでも限度がありますので、可能なら前後の文脈から判断していただけると幸いです。



 

 

「ま――」

 

 プレートを差し出そうとしたイルミに向けられたのは、両手を槍に添え、槍にオーラを収束させ、地に亀裂を刻むほどの脚のバネから放たれた叩きつけだった。

 

 辛うじて躱したイルミだったが、地面に衝突した槍の穂と太刀打ちは、激突位置から扇状に十数mのクレーターを地面に刻むと共に微かな振動を起こし、更に槍から発生した指向性を持つ衝撃波が100mほどに渡って直線上の森ごと地面を抉り取るような亀裂を生んだ。

 

 遅れて直線上にあった幾つもの木々がバタバタと折り重なるように倒れ、鳥や動物が逃げ出す姿が見える。

 

 

"人間業ではない"

 

 

 オーラが見えようが見えまいが、そこにいた全ての人間が考えたことであろう。

 

 念能力でもなんでもなくただ槍の技量を純粋なオーラで強化し、莫大なオーラを上乗せしただけの一撃でそこまでのことをやって見せたクート。ヒソカは距離を開けながらも、唖然とした表情の後に恍惚としたものに変わり、同じく避けたイルミもその被害を見ながら、本当に不味い事態になってしまったということを感じている様子で頬をひきつらせていた。

 

「まあ、固いこと言うなよ。イルミくん今のところ、ハンター試験で一度もキツかったり、タルかったりしてないだろ? それじゃあ、つまらなそうだから、ちょっと遊ぼうぜ? 試験官ごっこだ」

 

「ククッ……」

 

「…………!」

 

 謀らずもヒソカとイルミが知るワードを言ったことにヒソカは小さく笑い、洒落で済まないイルミはヒソカを睨み付ける。

 

 そうした間にクートは槍を構え直して、再び動き出し、イルミを太刀打ちで薙いだ。オーラに差があり過ぎるため、工業用のレーザーカッターが薄い木板に通り過ぎることとそう変わらないだろう。また、突くのではなく、叩き付けるあるいは薙ぎ払いを主体とするそれは、ジャポン武術の槍術に近いものであった。

 

 それをイルミが体勢を低くして避けると、一際長く大きな針を手に持ったまま、クートの心臓目掛けてカウンターを放った。

 

「いいねぇ、迷いがない!」

 

「――――!?」

 

 しかし、届くより前にイルミは走行する車両に激突したような凄まじい衝撃を受け、クートから弾き飛ばされる。

 

 クートがしたことは至極単純なオーラの基本――"練"である。ただし、クートという異常なほど莫大なオーラを持つ念能力者が、圧縮したオーラを外に飛ばすように繰り出された練のため、半径数mの小規模な爆発を生んだのだ。

 

 弾かれながら、空中でイルミは針を飛ばせる限り、クートに飛ばして時間を稼ぎつつ着地し、長い針を剣のように構え――既に飛ばした針を当たるものだけ的確に叩き落とした上で眼前に迫り、槍を振りかぶるクートを見据えた。

 

(速過ぎる――)

 

 イルミは次の手を思考しながら、微かにそう考えた。

 

 クートが特筆すべき点はオーラ量を含む念の才能だけではない。肉体の強靭さ、瞬発力、反応速度、対処能力、危機回避能力等も持ち合わせ。そして、何よりも多種多様な武器を使う技量が世界トップクラスに高いのである。

 

 そして、()()姿()の彼の戦闘方法は、なんの変哲もない武器を拾うか、オリハルコンの武器ということ以外は特別な点のない武器を具現化して、それで戦う、およそ人間が武人と呼ぶ存在そのものであった。

 

 そのため、クートは近距離戦ではほぼ無敵を誇る。というよりも、イルミにとっての師としてのクートは、ショートレンジの絶対強者であった。

 

 絶対に勝てない存在への畏怖と僅かばかりの畏敬こそが、イルミが彼に対して持つ感情であり、更に修行で数多の絶望的な目に会わされたことからも来ている苦手意識である。

 

 そして、イルミ自身感じていることだが、オリハルコンの武器を具現化していない時点で、クートはこれでもかなり手加減をしている状態であった。

 

 イルミの眼前に迫る馬鹿げたオーラを纏った槍は、避けるか、逸らすかの理不尽な二択を迫る。受けることなどできるわけもない。そして、どちらにしても、クートの超越した技量が絡むため、無傷で可能な確率は極めて低い。

 

 はっきり言って、初撃の一撃で仕留め損なった時点で、イルミは既に詰んでいた。

 

「ん……?」

 

 しかし、クートの疑問符と共にクートの槍の軌道が、何故か不自然に数cmズレたため、イルミは身を(ひるがえ)して避けることに成功し、槍は風を切る。

 

 イルミが凝で穂先を見ると、そこにはピンク色の粘性のある糸のようなオーラがまとわりついており、それは真っ直ぐにヒソカが綱を持つように両手を構えた手先へと繋がっていた。

 

 ヒソカは恍惚な笑みのままポツリと呟く。

 

「僕も混ぜて?」

 

「ああ、いいぞ」

 

 次の瞬間、イルミは大型で長い針を一本ずつ剣のように両手に持ち、クートの右側面から襲い掛かり、ヒソカは両手にトランプを持ち、左側面から襲い掛かる。結果、クートは左右のイルミとヒソカを一本の槍で同時に相手をすることになった。

 

 手数で攻める二人をクートは、槍を棍のように使い棒術で対応し、手数を増やして当たる。しかし、クートを除けばトップクラスの念能力者二人をただの槍一本を棒術で受け流し続けることは、クートであっても無理が生じ、僅かばかりの隙が生まれる。

 

「今だ♧」

 

「…………!」

 

「おお……!」

 

 そして、打ち合いつつ、合間で幾重にも張り槍に重ねたヒソカのゴムとガムの性質を持つ変化系念能力――伸縮自在の愛(バンジーガム)を、その僅かな隙で一気に縮め、更にダメ押しにイルミがバンジーガムが縮む方向に槍を打ち払うことで、クートの手から槍が吹き飛んだ。

 

 更にバンジーガムはクートの手足にもついており、一気に縮まったことで、クートの体勢が手前に傾き、僅かに崩れる。

 

「死ね」

 

 そして、バンジーガムにより生まれ隙に、イルミが残った片手の大型の針を心臓目掛けて突き刺し、針はクートの心臓を貫通して背中まで抜け、更に続けて槍を打ち払った方の大型の針をクートの喉に突き刺し、気道を貫通して後ろに抜けた。

 

「――!?」

 

 クートは肉体操作で片手の爪を立て、ひと裂きで自身についていたバンジーガムを切断すると後方に跳ぶ。そして、ふらふらと少し揺らぎ、首と心臓に突き刺さる針にそれぞれに触れた。

 

「おお……おぉ……」

 

 通常の人間ならばとっくに死んでいる。だが、クートを見るとその様子は全く無く、受傷部からうっすらと白煙のようなものが上がっている。

 

 クートは突き刺さった針を勢いよく抜き、イルミに投げ渡す。そして、首の調子を確認するように鳴らした頃には、心臓と首の明らかな致命傷は、完全に跡形もなく消えていた。

 

「…………ウソ♤」

 

 流石のヒソカもこの事態には驚きながら、眉を潜めてそう呟く。そんな様子のヒソカにイルミは溜め息を吐いて、ポツリと呟いた。

 

 

 

「"G・B(ゴッド・ブレス)"」

 

 

 

 それこそがクートの体の種明かしである。

 

「体内にナノマシンを具現化する具現化系・特質系・操作系の念能力だ。ナノマシンに付加された機能は傷を負っても瞬時に回復でき、致命傷を受けても死なず、病気にもならず、歳さえも取らなくなる不死のナノマシン。だから、ひと欠片でも肉片が残ってさえすれば再生する」

 

「なるほど他者への治療もそれを使って……念能力で作れる念能力じゃないよね?」

 

 念能力は、本当に不死身の体や、絶対に折れない剣を作ることは不可能である。しかし、実際のクートとイルミの説明を聞くと、前者を手にしているようにしか見えなかった。

 

「いや、念能力だよ。クートは3つの念能力を連結させて、"ほぼ不死身の体(G・B)"と"ほぼ絶対に折れない剣"を持ってるだけだから――」

 

「がぁ――!? お前、もうちょっとで()になるところだっただろ!?」

 

「あ、ゴメン。それはヤバいわ」

 

 話の途中で、喉の再生が終わったのか、クートが叫び、何故かイルミは謝る。どうやら、イルミはクートの念能力の全容を全て理解しているように見えた。

 

「……もっと傷つければ更にスゴいのが見れるのかい?」

 

「まあね。()の発動条件が、俺が任意で切り替えるか、より深い致命傷を受けることだからな」

 

 それだけヒソカに言うと、クートはオーラを収めて、ゴズの槍を回収する。最初から試験官ごっこと言っていたため、遊び感覚であり、もう争う気はないのだろう。

 

「今回は俺の負けだ。いい友達を持ったなイルミ」

 

「クククッ……今日はここまでか。残念♣」

 

「おい、待て」

 

「照れるな。お前ひとりなら負けてただろう?」

 

「………………」

 

 その言葉に対し、イルミは何も言い返すことが出来ず、半眼でクートを睨むばかりだった。クートは小さく笑うと、ヒソカを見て口を開く。

 

「やっぱりトランプが武器なんだね。それでモノは相談なんだけどさ。今度、俺と本気で殺り合ってみない?」

 

「――――」

 

 その言葉にヒソカは固まる。そして、歓喜に多少身を震わせながら、口を開いた。

 

「本当かい……?」

 

「ああ、もちろん。君なら作るだけ作ったが、誰も使い手のいない――"ジークフリート"を渡せるかもしれないからな」

 

 それだけ言うと、クートは踵を返して去っていく。その途中、ゴズについてくるように声を掛けていた。その背中に、また狙われては堪らないため、イルミが声を掛ける。

 

「俺のプレートはもういいの?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 クートは後ろを向いたまま、89番、118番、191番と番号の刻まれた3枚のプレートをイルミに見えるように掲げた。

 

「もう、6点分は揃ってるからな」

 

「…………お前のそういうところがマジで嫌いなんだよ」

 

「ははははは! 違いない! 悪かったな! あっちの海岸沿いの入り江の近くを拠点にしてるから、腹減ったら来いよ。お詫びになんか食わせてやる。あ、ヒソカもいいぞ」

 

「誰が行くか」

 

「じゃあねー」

 

 それだけ言って手を振ると、今度こそクートはイルミと、ヒソカの前から去っていった。

 

「はぁ……」

 

 それを確認したイルミは大きな溜め息を吐くと一言呟いた。

 

「疲れるんだよアイツ……ナノマシンでずっと自分を操作してるから針も意味ないし……」

 

「そうかなぁ。僕はイイ人だと思うけど♥」

 

 イルミはクートに刺した長く大型の2本の針――黒い色で持ち手に金の装飾がなされたオリハルコン製のそれを眺めながら、再び溜め息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スゴかったですニャ主様!」

 

「負けたけどな」

 

 最初からオリハルコンの武器で挑めばよかったというのが、とりあえずは今日の反省点である。師としての威厳も何もあったものじゃなかったな。

 

 後、ヒソカくんの念能力なにあれ。めっちゃビックリしたんだけど? 初見殺し性能高過ぎでしょ。

 

 すり寄ってくるピトーを撫て満足させてから、拠点まで連れてきたゴズさんに話し掛けた。

 

「さて、生かした以上。少しだけ責任は取るよ」

 

 そう言ってゴズさんの肩に触れ――オーラを流し込んで精孔を抉じ開けた。

 

「な……なんだこれは!?」

 

「それがオーラ。万物が持つ生命エネルギーそのものだ。とりあえず3日ぐらい掛けてもいいから、オーラを纏めよう」

 

 才能が30%とは言ったが、個人的に精孔を抉じ開ける方法で死ぬような奴は、流石に念能力者には向いていないと思う。そのため、俺は選別も兼ねて、無理矢理抉じ開ける方法オンリーである。

 

 というわけで頑張って欲しい。最期の瞬間まで戦士足ろうとしてヒソカに挑んだ精神と、念を使わずに太刀打ちの部分で草とゴンくんの髪を斬り、木を真っ二つにできるだけの槍の技量。そちらの方は個人的に高得点である。

 

 なので、念能力者になり、修行を積み続けて10年、20年後にきっと大成するはずだ。こう見えても俺は、長い目で才能を見抜くことだけはちょっとしたものだからな。

 

 オーラを体に留めるコツをレクチャーした後、いつも持ち歩いているモノをキャディバッグから取り出した。ハンター試験では、オリハルコンの間に入れている。

 

「なんですかそれ?」

 

「見ての通り、本だよ」

 

 タイトルは"念能力者の野望 with パワーアップキット"。この一冊で、とりあえずそれなりの念能力者になれるだけのだけの内容が載っている。DVD付き。

 

 ちなみに内容は念の心得と秘匿、四大行とその訓練方法の例、幾つかの系統の調べ方、四大行の応用技とその訓練方法の例、賢い念能力の作り方と系統別の俺が実際に見た念能力の例などが、図を入れつつ解説されている。また、俺のホームコードと家の電話番号とパソコンのアドレスも載っている。

 

 それから付属のDVDには、系統の調べ方・四大行と応用技の修行方法についての解説映像であり、映像を撮るときに協力してくれた元盗賊団員か、俺が実演しつつ解説している映像が入っている。

 

 売ろうとしたら、ハンター協会に殺されるので、自費出版かつ手渡しオンリーだがな。そのため、見開きの1ページ目に二次配布禁止とも書いてある。

 

「…………同人誌かニャ?」

 

 めっ! 薄々気づいてるけど言っちゃダメなのピトー!

 

 

 

 

 そんなこんなで、ゴズさんは四次試験には落ちたが、四次試験が終わるまでにオーラを体に留めておけるようになったので、本を渡して別れた。

 

 他に特筆することと言えば、3日目ぐらいからイルミくんとヒソカくんが食事に来るようになり、ヒソカくんはたまにだったが、イルミくんは拠点の脇の土の中でセミの幼虫のように寝て、食事の時間に出て来ていたので、途中からずっといたりした。

 

 しかし、その程度で俺とピトーからプレートを奪おうとする受験者は一人も現れず、普通に無人島でサバイバル生活をして、残りの日数は終えたのだった。

 

 

 

 






・敗因
2対1かつ初見で片方がバンジーガム持ってるのは死ねる。



~クートの念能力~

G.B(ゴッド・ブレス)
 具現化系、特質系、操作系の複合念能力。自身の体内で常に具現化されているナノマシンそのもの。ナノマシンに付加された機能としては、傷を負っても瞬時に回復でき、致命傷を受けても死なず、病気にもならず、歳を取らなくなる不死のナノマシン。
 ひと欠片でも肉片が残ってさえすれば再生できるアニメ版のBLACK CAT仕様。謀らずも大天使の息吹っぽい名前なので、HUNTER×HUNTERにマッチしているような気もしないでもない。
※別の念能力と致命的な弱点を共有しているため、成立している念能力。


~オリハルコンの武器~

・針(所有者:イルミ=ゾルディック)
 針の全体が黒い色で、持ち手に金の装飾がなされたオリハルコン製の2本の針。針というより形状や大きさはテント杭に近い。驚くほどの貫通力があり、クートですら念でガードしても実際に貫通するほど。



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最終試験 その1

どうもちゅーに菌or病魔です。

感想や評価ありがとうございます。とても励みになります。毎日投稿しておりますが、ストックなどは特に作っていないので毎日書いております。まだ頑張れる気がしますので、しばらく続くと思います。

~トーナメント表の原作と比べた変更点~
・53(ポックル)→399(ピトー)
・191(ボドロ)→400(クート)
・その状態でハンゾーとピトーの位置交換(初戦がピトーとゴン)




 

「ベッドにゃあ!」

 

 ポスッと軽めの音を立てて、ピトーは最終試験会場へと向かう飛行船で与えられた自室にあるベッドにダイブしていた。今度はちゃんと二人部屋である。

 

 ピトーは猫らしく毛布やふかふかした場所で寝るのを好むので、無人島では砂浜でシートを引いて寝ていたので、言及はしていなかったが、ピトーなりに我慢したり、苦痛だったりしたのかも知れない。

 

「ふにゃ……」

 

 すると案の定、すぐにピトーは眠ってしまったので、起こさないように毛布を掛けておいた。瞬時に寝れて、中々起きないピトーちゃんなのである。

 

 

『えー、これより会長が面談を行います。番号を呼ばれた方は二階の第一応接室までおこし下さい。受験番号44番の方。44番の方おこし下さい』

 

 

 するとビーンズくんの声で館内放送が入る。どうやら目的地までピトーを寝かせ続けるわけにはいかないようだ。まあ、呼ばれるまでは寝かせておいてもいいだろう。

 

「みゅう……」

 

 ピトーの側から窓辺にでも移ろうかとすると、眠ったままピトーは俺の手をそっと掴んできた。さらに尻尾がゆっくりと左右に揺れ、俺の体に触れては離れることを繰り返す。

 

 動けなくなってしまったと思いつつ、仕方がないのでピトーの横に座って掴まっていない方の手で、ピトーの頭を撫でながら呼ばれるまで過ごすのだった。

 

 

『受験番号399番と400番の方。399番と400番の方おこし下さい』

 

 

 ………………あれ? なんか2人で一遍に呼ばれてないかこれ? まあ、いいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、座りなされ」

 

「ニャ」

 

「失礼します」

 

 飛行船にあった応接室は和室であった。応接室というより、応接間である。ハンター協会の飛行船ではあるが、ネテロ会長の趣味で内装がこうなっているのかもしれない。ネテロ会長はジャポン風というか、和風なところがあるからな。心Tシャツとか完全にそうである。

 

「参考までに幾つか質問するぞい? 二人に同じ内容を問う。まずは先に……クートくんからじゃ」

 

 そう言ってネテロ会長は、まずは俺に目を向けた。

 

「まず、なぜハンターになりたいのかは、前に飛行船のラウンジで聞いた通りかの?」

 

「ええ、ピトーの付き添いですよ。まあ、強いて他に理由を挙げるなら、持っていた方が色々と便利で、仕事もしやすくなるというのもありますね」

「ほうほう。では、おぬし以外の8人の中で、一番注目しているのは?」

 

「無能力者の特に若い子達は本当に才能が溢れてて大したものだと思いますが、今の一番は44番のヒソカくんですね。彼は中々、見所があります。オリハルコンの武器を渡せるかどうか測るつもりですよ。丁度、昔作ったトランプがありますのでね」

 

「ほう……それはそれは。では最後の質問じゃ。8人の中で、今一番戦いたくないのは?」

 

「………………うーん、正直、一番というよりも、無能力者は、加減を誤って殺し兼ねないですから……ああ、でもその中で強いて言えば99番のキルアくんですかねぇ。万が一、殺したら、ゾルディック家と戦争になるかも知れませんし。その前にシルバは友人で顧客ですから、その愛息に手荒な真似はしたくないですね」

 

「なるほど、クート盗賊団残党と、ゾルディック家との血戦になると……世界的にはそっちの方が望まれるかも知れんのう」

 

「まあ、世界一粗暴なクズ集団と、世界一格式高いクズ集団の喰らい合いになりますからねぇ! ははは!」

 

 少なくとも余波でパドキア共和国と、その周辺諸国が滅ぶな。もしくは、ジャポンとその周辺諸国。

 

「やっちゃ、ヤじゃぞ?」

 

「やりませんよ、そんなこと」

 

 何の得にも利益にもならないことは、俺どころか()だって滅多にやらないからな。

 

「ふむ、試験と関係のない、完全に個人的な質問なんじゃが、クートくんは何のハンターになる気なんじゃ?」

 

「うーん、無難なのはブラックリストハンター、次点で美食ハンターってところですかね。いまのところ興味があって思い浮かぶのは。まあ、ライセンスを取ってから考えますよ」

 

「ぬ? 美食ハンター?」

 

「昔から食べ物には少しだけうるさくてですね。1日3回しか摂れず、年で約1100回ほどの食事という行為。そのひとつひとつを少しばかり丁寧にするように、いつも心掛けているんですよ」

 

「主様のご飯、とっても美味しいニャ」

 

 そのため、基本的に食事を抜いたり、適当に済ませることだけはしないようにしている。後は食材とかにも気を使って自炊しているな。技量の方は……比べられたことがないのでわからない。

 

 そう話すと、"そういえばメンチくんも君らの料理を評価しておったのう"とネテロ会長が呟いていた。好きの横好きで美食ハンター直々に評価されるとは光栄なものだ。

 

「ほー、あいわかった。次はピトーくんじゃな」

 

「はーい」

 

「なぜハンターになりたいのかの?」

 

「ちゃんと戸籍をもって、主様と結婚して赤ちゃんが欲しいからだね」

 

 ド直球過ぎてこちらが恥ずかしく感じるほど真っ直ぐに、そして全く恥ずかしさなどを見せることなく、ピトーはネテロ会長に言い切っていた。

 

「では、おぬし以外の8人の中で、一番注目しているのは?」

 

「もちろん、400番の主様ニャ! あ、でもゴンは嫌いじゃないよ」

 

「ふむ……8人の中で、今一番戦いたくないのは?」

 

「うーん、403番かな」

 

「ほう、その理由は?」

 

「だって、一番弱そうなんだもん」

 

 ちなみに、一応ネテロ会長にも伝えておいたが、ピトーは俺よりも力加減が上手いので、無能力者と戦わせても、俺がしっかり約束すれば殺ってしまうことはまずない。

 

「あい、わかった。もういいぞ。お幸せにのう」

 

「…………ありがとうございます」

 

 お幸せにという言葉に猛烈にくすぐったい気分を味わいながら、俺はピトーを連れて退出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 室内の闘技が行える程度には広いブースで最終試験は行われる。

 

 そして、最終試験は1対1のトーナメント形式で行い、敗北した方が頂点に進んでいく。そして、最後に残った1名が不合格者になるとのこと。

 

 また、ネテロ会長が無能力者にしていた説明だと、俺やピトーの場所が明らかにおかしい気がする。しかし、トーナメント表をよく見れば、俺は99番のキルアくんとは最後に当たらず、ヒソカくんと当たる可能性が大きくある。そして、ピトーは403番のレオリオくんとは最後にしか当たらない。そのため、面接のときの要望は聞いてくれているようなので、俺とピトーが異論を唱えることないだろう。(つくづく)、他人を使うのが上手いお方だ。

 

 それよりもこの試験の意地の悪いところは、殺害したら即失格で"まいった"と相手に言わせなければならないところだろう。ここまで残った者がそう易々と言うわけもない。拷問に次ぐ拷問の嵐になりそうなものだな。最早、趣味が悪い。

 

 トーナメント表を左から読むと、左のブロックが399、405、294、99、301。右のブロックが400、404、44、403。

 

 そして、初戦は399番と405番。すなわち、ピトー対ゴンくんの試合である。

 

「行ってくるニャ主様!」

 

「ピトー、殺したら失格だから、殺っちゃダメだぞ?」

 

「わかってます。殺しはしないニャ」

 

「脳に異物を差し込んで、弄くり回して無理矢理"まいった"と吐かせ、試験が終わるまでは生かすようにするのもダメだからな?」

 

「……………………大丈夫ニャ」

 

「じゃあ、とりあえず手に持ってるその細長い針2本は俺に預けてから行こうな?」

 

「にゃー……」

 

 危ねぇ……ゴンくんが、生き延びたとしても廃人になるところだった……。

 

 最近、解剖学の本をたまに読んだりしていると思えば、ピトーがこんな妙な知恵を付けていたことを知り、喜べばいいのか、悲しめばいいのかわからん。

 

 俺とピトーのやり取りに、ゴンくんとキルアくん以外の無能力者の方々が顔を青くしている中、ピトーはちゃんと針を俺に預けてから、ゴンくんと対峙した。

 

 立会人が開始の合図をするが、ピトーは立ったまま体を一度大きく伸ばしてから、ゴンを見据えて口を開く。

 

「ゴン。僕どれぐらい手加減したらいい?」

 

 それは明らかな侮蔑を含んでいたが、この場に置いて、ピトーの異常な実力を感じ取れていない者はいないため、俺を含む観戦者から声が上がることはなかった。

 

「いらないよ、そんなの!」

 

 しかし、他でもないピトーと対峙するゴンからそんな声が上がった。何よりも澄んでいて真剣な眼差しをしており、本気で言っていることがわかる。

 

「ふーん……じゃあ、ちょっと本気になってみるけど――壊れないでね?」

 

 次の瞬間、ピトーの全身からドロリとしたドス黒いオーラが沸き、それは濁流のように部屋一帯に押し広がった。当然、部屋にいる者全てがピトーの莫大で純粋なオーラに呑まれる。

 

 俺ですら背筋に多少寒いモノを感じるそれは、無能力者なら体感的には唐突にマイナス数十度の世界に放り込まれるに等しいだろう。実際、残りの無能力者であるゴンの仲間たちとハンゾーくんは目を見開き、冷や汗を流しながらピトーに釘付けになり、呼吸さえもままならないほどの状態になっている。

 

 まあ、問題はどちらかというと精神的な方で――。

 

「ひ――ひひ……ぎゃぁぁぁ!」

 

 ちょうど、立会人の一人の念能力者だった黒服の男性がピトーのオーラに耐えきれず叫んだ。更に血が出ようと自身の頭を掻きむしり、最後には泡を吹いて倒れてしまった。助け起こそうにも、周りの他の黒服も程度は違えど恐慌状態に陥っており、まるで使い物にならない。

 

 ハンター協会の人員のクセに精神の弱い奴らだなぁ……その程度で心が折れるようじゃ、念能力者失格だ。というか、俺の盗賊団では、まず俺のオーラに直接当てても問題ない奴を入団基準にしていたので、論外もいいところである。精神力のない奴に長期の研鑽は向かず、いざというときにも役に立たなくなるからな。

 

 今回の試験官と受験者はピトーのオーラに直接当てられても、大多数は意識だけはしっかりと保っているため、皆素晴らしい精神をお持ちのようで、俺としてはとても関心を覚える。

 

 ちなみに大多数以外の少数は、涼しい顔をしているネテロ会長。俺でおぞましいオーラには慣れているギタラクルモードのイルミくん。むしろピトーのオーラを浴びせられるのを嬉しそうに笑っているヒソカくんの三人だけである。

 

 ヒソカくん有望だなぁ……あれぐらい精神が強ければ何をしてもされても、何が起きても大丈夫だろう。精神力というものも個人的には才能のひとつだと思っているので、大したものだ。

 

 そんなことを考えていると、ピトーはオーラを収めた。その瞬間、解放されたゴンと無能力者たちはようやく息を吸えるようになったため、肩で息をしていた。

 

「な、なんだ……なんなんだ今のは……?」

 

「わかりやすい絶望の味ってとこかな? レオリオくん感想は?」

 

「生きた心地が……まるでしなかった」

 

 ふむ、レオリオくんは才能面で他に比べれば少しだけ心配だったので声を掛けたが、無能力者でピトーのオーラを浴びた後にこれだけ言えるのなら大したものだ。本当にスゴいなぁハンター試験。皆才能の大粒の原石みたいだ。

 

 キルアくんは――部屋の四隅まで逃げてるな。まあ、ゾルディック家の人間は色々と頑丈だから大丈夫だろう。

 

「はぁ……はぁ……!?」

 

「どうするゴン? まだやる?」

 

「――やる!」

 

「そっか……そっかー。にゃふふー」

 

 そして、尚も目から全く意思を失わず、ゴンは息を整えてから構えを取った。それを見たピトーは嬉しそうに目を細め、片手をゴンに向けると掌を天井に向けて、2度掌を曲げて口を開いた。

 

「おいで、ゴン」

 

「行くぞ!」

 

 その挑発と共に、ゴンがピトー向かって駆け出し、実質この瞬間から試合が始まった。

 

 

 

 



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最終試験 その2

どうもちゅーに菌or病魔です。

昨日ONE PIECE STAMPEDEを観に行ったせいで、ONE PIECEの二次創作が書きたくて仕方ないですが、私は元気です(ZやGOLDを映画館で観た後にも起きた病気)


 

 

 

 ピトーとゴンの試合は意外にも、およそ全ての受験者と試験官が考えていた展開とは裏腹に、試合としての体を成していた。

 

「ほーら、ゴン。もっと攻めなきゃ僕には届かないよ?」

 

 というのもピトーは自分からはほとんど手を出さず、ゴンから繰り出される攻撃を避けることに徹していた。更にピトーは最初から手を背中の後ろで組んだまま、全く両手を使う様子がない。

 

 そして、体を反らすことや、足のステップと曲芸のような宙返りを行うことで避け続けていた。

 

「はい、隙あり」

 

「うわっ!? 痛ってー!?」

 

 そして、ゴンの大振りの攻撃を躱したピトーは、そのときだけ片手を使って軽くゴンの額にデコピンを放った。

 

 爪も立てずに放たれたそれは、ゴンの体をぐらつかせるに止まり、やられた側のゴンは既に何度も受けて真っ赤になっている額を手で押さえて、ピトーの目の前で痛がる様子を見せていた。

 

「にゃふふ、油断大敵だニャ」

 

 そういうピトーは目を細めて、ニマニマとした笑顔を見せており、一見すると、とても温厚そうな大人のお姉さんといった風格に見えた。

 

 それを見たクートを除く一堂は思う。

 

 

『「普通だ……」』

 

 

 その光景はただの修行のような遊んでいるような風景であった。

 

「何故、彼女はあのようなことを? 貴方の指示か?」

 

「いや、ピトーが自発的にしてるよ。クラピー」

 

「そうなのか……クラピー?」

 

 ハッキリ言って、この課題はゴンくんに有利過ぎる。

 

 何せ、ピトーのオーラに呑まれてもまるで戦意の喪失すらなく、むしろ怖楽しいとでも言いたげな雰囲気を見せていたゴンくんである。そんな彼をどうしたら"まいった"と言わせられるか? しかもこちらは殺したら即失格。無理矢理言わせる方法も俺が禁止した。

 

 これは最早、念能力とも何も関係のない。我慢比べの勝負なのである。如何に拷問されようと口を割るまい。その上、死亡の制約のせいで拷問にも限度がある。そんな訳で、俺にはゴンが"まいった"というビジョンがまるで浮かばない。それはピトーも同じだろう。

 

「それで、逆に聞くが。クラピーだったらゴンくんに"まいった"と言わせられるか?」

 

「………………確かに方法が思い付かないな。ところでそのあだ名はなんだ?」

 

「ピトーが君に付けてたあだ名」

 

 中々可愛いと思うので俺もとても気に入っている。

 

 そんな話をしつつ、戦う二人に視線を戻す。ゴンくんとピトーの試合が始まってから既に2時間が経過しており、ピトーは言わずもがな、ゴンくんもまだまだ余力を残した様子である。

 

 これは数日掛かるのではないかと思った矢先、ピトーが口を開いた。

 

「さて……ねぇ、ゴン?」

 

「なにピトーさん?」

 

「僕にどれだけ挑んでも今の君じゃ、絶対に勝てないことはわかったよね?」

 

「うん! スゴいやピトーさん! 強過ぎてどうしたら勝てるのかまるでわかんないよ!」

 

「うんうん。じゃあ、"まいった"って言ってくれる?」

 

「言わない!」

 

「だよねぇ」

 

 そんなゴンの様子を見ている試合を観戦している者たちは、試験官を含めてほとんどが顔をひきつらせていた。かく言う俺もネテロ会長と同じように感心した面持ちで眺めていた。

 

 どうして、絶望的なまでに格上で、精神を病ませるほどに邪悪なオーラを纏う存在に、そこまで楽しげに啖呵を切れるというのか。相手の実力をここに来てまだわかっていない極度の鈍感なのか、単純に馬鹿なのか。

 

 しかし、その答えはゴンくんの真っ直ぐで澄んだ瞳にあるだろう。相手をしっかりと見据え、それでいて何を考えているのか全くわからない。挑戦的で決して好奇心を失わず、どこか楽しげにさえ思えたその瞳。

 

 それが、あの日。()に対峙したジンと酷く重なってしまう。

 

「じゃあ、ゴン。僕とゲームをして負けた方が"まいった"って言うニャ」

 

「うん、いいよ!」

 

 ………………ああ、なるほど。そういう手段があるのか。正直、全く思い付かなかったな。うーん、思った以上に俺の頭は殺伐としているようだ。

 

 ピトーはその場に座り込み、ゴンくんも前に座るように2~3度軽く前を叩く。そして、ゴンくんが前に座ると、ピトーは"じゃあねぇ!"と笑顔で言葉を区切ってから、そのゲームを提案した。

 

 

「"しりとり"をしようか!」

 

 

 あっ……。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「アクリル」

 

「る……ルート!」

 

「トラブル」

 

「る……る、ルアー!」

 

「アップル」

 

「る……る! だぁ! "まいった"! もうないよピトーさん!」

 

「やったニャ」

 

 10分後、片手を掲げて勝ちを表現するピトー。それと共に立会人はピトーが勝者というジャッジを下した。

 

 これはひどい。こんなのでハンターライセンスを貰っていいのかと思ったが、別に"まいった"と言わせる方法は問われていないので、問題ないのだろう。ピトーの頭の柔らかさを誉めるべきだろうな……うん。

 

「主様勝ちましたニャ! これでハンターですニャ!」

 

「ピトーは可愛いなぁ……」

 

「えへへ……」

 

 撫でると目を細めて、嬉しそうに耳をピコピコ揺らすピトー。あれだな、可愛いは正義って奴だ。もう、なんでもいいや、チクショウ。

 

「それにしてもジン=フリークスの子か……」

 

 ああ、そうだ。あのときの赤子が仮に成長していたらこれぐらいの年齢になっているだろう。いや、しかしそんな偶然が――。

 

 

「ジンのことを知ってるの!?」

 

 

 俺が呟いた独り言を聞いていたピトーの隣にいたゴンくんが、俺の方に体を向けて声を掛けてきた。その様子にこちらが放心していると、ゴンくんは口を開いた。

 

「俺はゴン=フリークス! ジンは父親なんだ! ジンについて何か知ってることがあったら教えてよクートさん!」

 

「――――――」

 

 その言葉に絶句すると共に、そう言えば1度も苗字を聞いていなかったことを思い出し、自分の阿保さ加減を痛感しつつ、途端に面白くなり、そのまま口を開いた。

 

「く……くく……はははは! いいぞ! 念を修得した(そのときが来た)ら、いくらでも教えてやるよ! だが、その前にこれだけは教えてやる! ジン=フリークスは……この俺――クート盗賊団首領クート・ジュゼルを倒して、クート盗賊団に終止符を打った男だ!」

 

 その叫びに近い俺の言葉に会場が騒然とする。

 

 試験官らも改めて驚いたような表情をしている。まあ、実際に人間離れしたオーラをしている俺を見て、例え記録上は倒されていることを知っていても、俺を倒した人間がいることそのものが驚きだろう。

 

「おっと、恨んでなんかいないぞ? アイツは紛れもなく人間だった。人間だからこそ、人間らしい方法で化け物を屈服させた。俺も()もその結果に満足している」

 

 そう言いつつ俺はゴンくんに黒い栞のような紙を渡した。

 

「これは?」

 

「ハンター試験が終わって、手に入れたものを使えばこれが何かわかる。そうしたら、君にジンと俺の全てを話そう」

 

 ちなみにこれは、練をしている間だけ俺の仕事用の電話番号が浮き出る紙である。そのため、念さえ習得してくれれば話せる。むしろ、念がわからなければ話せないような内容だからな。

 

「ありがとうクートさん!」

 

 それだけ言ってゴンくんは屈託のない笑みを浮かべた。ああ、本当に……ジンにそっくりだよ。君は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の最終試験は、クラピカ対ヒソカの試合ではヒソカがクラピカに耳打ちした後で、"クートと戦いたいから"と言って負けを宣言した。次のゴン対ハンゾーの試合は、ハンゾーがどれほど拷問しようとも"まいった"とは言わず、最終的にハンゾーが試合から降り、その過程でゴンを気絶させた。

 

 そして、次の試合――クート対ヒソカ戦が始まり、互いは試合開始の合図を迎えても、互いに構えを取らず、会話をしていた。

 

「随分、早く戦う機会ができたなぁ」

 

「でも殺すのが禁止なのが残念♣」

 

「ははは、何を言ってるんだヒソカくん。君が殺そうとしたぐらいで俺が死ぬわけがないだろう? だから――」

 

 クートは全く悪びれる素振りなく、いつものような笑みを浮かべて当然のように言い放った。

 

「俺を殺してみろ。ヒソカ」

 

「……あぁ――ああ! そうするよクート! 君を殺す♡」

 

 その瞬間、ヒソカはトランプを両手に持ち、クートはオリハルコンのサーベル――クライストを片手に具現化させ、それと同時にヒソカは襲い掛かった。

 

 周を纏ったヒソカのトランプをクートはクライストで事も無げに防ぎ――。

 

「――く!?」

 

 刃に多少触れただけで、ほとんど拮抗すらせずにヒソカのトランプは真っ二つに裂けたため、ヒソカはクートから距離を取り、クートに意識を向けると眼前にクライストの切っ先があった。

 

(投擲してきたか♢)

 

 ヒソカは卓越した反応速度で避けようと体を動かしつつ、トランプでの接触の瞬間にクライストに付けていたバンジーガムを縮めて軌道を多少逸らすことで躱そうとした――瞬間、煙のようにクライストが消失し、何も持たずに手を振り上げるクートが背後に立っていることに気がついた。

 

(フェイント……!)

 

 ヒソカは振り向きつつ、周で強化したトランプを投げてバンジーガムで盾のように纏めつつ、クートから距離を取るために飛び退いた。

 

 次の瞬間、クートの手が振り下ろされると同時に手にクライストが具現化され、トランプの盾をただの紙のように斬り裂き、急激にリーチが伸びたことで、退避する途中のヒソカの胴をクライストの切っ先が僅かになぞる。

 

「ふむ、今ので生きているか。大したもんだ」

 

「ククク……光栄だね♥ でも僕を殺したらクートが失格になるけどいいのかい?」

 

「うーん? お前は俺に殺す気でして欲しいだろ?」

 

「ああ、そうだよ……♧」

 

「なら、いいじゃん。細かいことは気にするな」

 

 クートは何故か、それ以上の追撃はせずに飛び退いたヒソカを眺めながら、懐に手を入れて何かを探しているため、その間にヒソカは一文字に斬られて少なくない血が流れる胴体の傷にオーラで止血を済ます。

 

「すげぇ……ヒソカをあんなに子供みてぇに……」

 

「あ、ああ……これがクート盗賊団首領クート・ジュゼルか……」

 

 外野でクートと関係はあったが、クートの戦闘はほとんど見たことのないレオリオとクラピカが思わず、そう呟いた。

 

(速い……何もかもが速すぎる……なるほどこれは異次元の使い手だ♧)

 

 クートの秘密結社の武器職人(シークレット・ウェポンズ)により具現化されたオリハルコンの武器を用いた戦闘方法は、あまりに具現化系念能力者の基本に忠実でありながら、それを極限まで極め切ったものであった。

 

 四次試験の時点でクートの身体能力と技量は知っており、食事中に秘密結社の武器職人(シークレット・ウェポンズ)の概要についてもクートの口から直接聞いた。しかし、実際に戦ってみると、クートの最大の長所は念能力には記載されないところにあった。

 

 具現化物を具現化する速度がおぞましく速く、オーラを集めてから具現化するまでのプロセスが0.1秒を切り、最早視認できない域まで達しているのだ。故にクートは近接戦闘中にいつでも武器を消し、今のように対象に触れる直前に具現化することが可能なのである。

 

 あまりに微細なことであるが、それによる戦闘でのアドバンテージは暴力的なまでに高かった。

 

(槍を具現化されてたら死んでたね僕♦)

 

 ヒソカはやや自嘲気味にそう考え、イルミが己にとっての"ショートレンジの絶対強者"と評価していた理由のひとつはこれかと思い当たる。

 

 そして、二つ目の理由はオリハルコンの武器。イルミがオリハルコンの針を持ってはいるが、ヒソカがオリハルコンの武器を持つ者と戦うのは、これが初めての経験であった。

 

(なるほど……延べ棒ひとつで国や組織が戦争になるわけだ♤)

 

 念能力者は、最終的に肉体同士で打ち合うことになりやすいためと、奪われたときに戦闘力が落ちるため、素手で戦う者が多い傾向にある。また、周で武器にオーラを纏わせても、結局のところ、肉体で打ち合えてしまうという理由もあるだろう。

 

 しかし、オリハルコンの武器と対峙して初めてヒソカは気づかされた。それは到底素手で触れていい物体ではないことに。

 

 あまりに硬く、あまりに鋭く、あまりに武器として完成し過ぎている。よほどに莫大なオーラでも持っていない限りは、触れるだけでも危険。

 

 無能力者が銃を持つように、これは念能力者のための武器。正しく念能力者を殺傷する道具。これがあるかないかで、戦局はまるで変わる。

 

 無敵とまで弟子に言わしめる具現化速度と近接戦闘技量を持っているクートという存在が、オリハルコンの武器を持っているのは、正に竜に翼を得たる如しだった。

 

「これ、使ってみろ」

 

「……?」

 

 クートは懐からミニアタッシュケースをふたつ取り出し、ヒソカに投げ渡した。意図はわからないが、ヒソカがミニアタッシュケースを開けると、そこには黒い材質に金色で絵が描かれた一組のトランプセットが入っていた。

 

「これは……」

 

「柔軟性は紙のようにしなやかで、とても滑りがよくてシャッフルもしやすい。そして、オリハルコンの強度を持ち、紙らしく使い方を間違えればよく手も切れる」

 

 それを見たヒソカが目を色を変えると、クートはそう語った後に、溜め息を吐いた。

 

「要は作ってはみたが、実際持つと自傷のリスクも相応にあるため、誰も使えなかったオリハルコンのトランプ――名前はジークフリート。というか、よほどトランプに精通して、手先の器用な奴にしか渡せないからな」

 

「僕がクートのお眼鏡に適ったってこと……?」

 

「ははは、いや。それをこれから判断するのさ」

 

 クートがクライストを構え、一歩でヒソカの眼前に迫ると上段から振り下ろす。

 

 ヒソカはオリハルコンのトランプを全て宙に放り、もう片方の手で幾つかのバンジーガムで縦に張り付けて並べると、剣のようになったトランプでクライストを受け止めた。

 

 凄まじい金属音と共に火花が舞い、ヒソカの足を中心に石畳が大きく陥没したことが、想像絶するクートの斬撃の威力を物語る。

 

 だが、それでもヒソカはクートの一撃を受け止めていた。鍔迫り合いをしたまま、クートは感心した様子で口を開く。

 

「…………君のバンジーガム(それ)。本当に便利な能力だな。接触後に打ち払うか、君の手首を斬り落とそうとしたんだが、クライストがくっついてやり損ねた」

 

「君に言われるとほとんど嫌味だねぇ……消してもう一撃、見舞えば僕死んでたでしょ?」

 

「そしたら、俺が面白くないだろ?」

 

「違いないね。けど――」

 

 ヒソカは笑顔で言葉を区切ると口を開いた。

 

 

 

「それが命取りさ♧」

 

 

 

 次の瞬間、クートの眼下にはらりと降って来るものがあり、それはジョーカーのオリハルコンのトランプだった。

 

「――」

 

 何かを理解したクートは行動を起こそうとするが、既に遅い。天井に張り付いた30枚を超える数のオリハルコンのトランプが、バンジーガムを介して全てクートの全身に繋がっており、まず最初の1枚がクートの体に突き刺さる。

 

 ヒソカは最初にトランプを撒いたときに天井に違和感のない数を振り付け、鍔迫り合いをして会話をしている最中に、仕込みをしたのだった。基本的にあらゆる状況において、警戒と凝を怠ることはないクートであったが、ほぼ密着した状態で、視界外で仕込みを行っていたことには気が付かなかったのだ。

 

 続けて断続的にトランプが全身に刺さり続けて行動をある程度阻害し、それによって生まれた隙にヒソカは地面に落ちたトランプをバンジーガムで引き寄せ、鍔迫り合いをしている手とは逆の手にトランプの剣を作り、クートの首を狙う。

 

 クートはクライストを消す――のではなく、もう片方の手に2本目のクライストを具現化して、ヒソカをトランプの剣を受けるために動く。

 

(数の制限はないのか。けれど彼を殺るには今しかない♤)

 

 特に一本しか出せないとは言っていなかったため、そう言うことだろう。しかし、ここまでの事態は想定内だった。

 

 クートのクライストとヒソカのが接触する寸前、ヒソカの手からトランプの剣が離れ、不自然にクートの首へと弾け飛ぶように直進する。

 

 ヒソカはトランプの剣を作った時点で先端からバンジーガムを伸ばし、クートの首に貼り付けており、今それを解き放ったのだ。

 

 対象を失ったクライストはヒソカの腕を通り過ぎ、ヒソカは片腕を喪失するが、互いにそれに目を向けることすらない。

 

 しかし、クートは恐るべき反応速度で、両手のクライストを消して、手首を自身の首に向けて傾け、両手に再びクライストを具現化しようとしており、既にオーラが収束している。度重なる攻撃により、若干具現化速度が落ちているが、それでも具現化されたクライストによってトランプの剣についたバンジーガムは断ち切られるだろう。

 

(ここだ――!)

 

 そして、クートのその行動を待っていたヒソカは、トランプで攻撃が始まってからクートから自身に貼り付け続けていたバンジーガムを全て引き寄せ、自身の足にほぼ全てのオーラを集中させ、その場に死力を尽くして留まった。

 

 それにより、たった少しだけ、クートの体はヒソカが思い描いた通りに動き、手首の向きと角度を少しだけ変え、体が上半身だけヒソカへと引き寄せられる。

 

 

 

 そして――。

 

 

 

 次の瞬間に具現化された2本のクライストがハサミのようなギロチンとなり、クートは自分自身の首を刎ねた。

 

 

 

 



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最終試験 その3

どうもちゅーに菌or病魔です。

 先にこれだけは言っておきますが、作者の小説のタグに一番最初から性転換があるということは……そういうことなので、苦手な方はプラウザバック推奨です。


 

 

 勢いよく起き上がったゴンは、自身が洋間におり、ベッドに寝かされていたことに気づいた。そして、左腕にギプスが巻かれ、釣られているのを見て、今はまだハンター試験の最中だったことを思い出した。

 

 そして、ゴンが窓の外の景色を見て、今はまだ正午頃だということを認識した後、ふと横を見ると――。

 

 

「おはよう、ゴン」

 

 

 笑みを浮かべ、椅子の肘掛けに肘を立てて、頬杖をつきながらゴンを眺めている見覚えのない若い女性がそこにいた。

 

 女性はとても冷淡な顔立ちをしており、美しくもどこか恐ろしい印象を受け、その笑みからは若干の敵意と好奇と僅かばかりの親愛が入り混じったような奇妙な感覚を受ける。

 

「なぁに?」

 

 その女性を見つめたまま、目を丸くしていると、女性は立ち上がった。それによって、背が高く、膝下まで届こうという長く艶やかな髪をしていることがわかる。

 

 そして、女性はゴンのベッドに座ると、ゴンの頬を片手でそっと触れたまま、顔を近づけてそのまま言葉を吐く。

 

「私の顔に何かついているかしら? それともまだ夢見心地?」

 

「ううん、お姉さん誰?」

 

 ゴンは真っ直ぐ女性と目線を合わせたまま、ハッキリとそう言い返す。それに女性は目を丸くして、少し目を鋭くして口を尖らせながらゴンの問いに答えた。

 

「誰って? ハンター試験で何度も会ったし、約束もしたでしょ? 私よ、私。忘れただなんて……絶対に言わせないわ」

 

「え……? ええっと……?」

 

 その言葉にゴンは困惑する。そして、どれほど記憶を掘り返しても、彼女のような存在に出会ったこともなく、今日このときに出会った事が初めてであった。

 

 唸り声を上げながら考え込み始めるゴンに対して、彼女は小さく溜め息を吐くと、心底呆れを含んだような目でゴンを見ながら呟いた。

 

 

「"クート・ジュゼル"よ。思い出したかしら? お馬鹿さぁん」

 

 

 それだけ言うと彼女――クート・ジュゼルと名乗る女は立ち上がってベッドから離れ、部屋の扉まで行くと、ドアノブに手を掛けたところで止まり、ゴンの方に振りかえって口を開いた。

 

「適当にスタッフを呼んで来るから横になってなさいな。馬鹿でも行儀ぐらいはよくできるでしょう? それと、私から話が聞きたいなら、さっさと念ぐらい習得して欲しいわね。二度手間じゃない」

 

 それだけ言って彼女は部屋を後にする。

 

 それまで、彼女に名乗られてからずっと固まっており、彼女の最後の話はほとんど耳に入ってなかったゴンは、その数秒後に動き出した。

 

「えぇぇぇぇぇえぇぇぇ!!!?」

 

 ことの始まりは、最終試験のクート対ヒソカ戦まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴトリと落ちたクートの頭が石畳に当たる音が響き渡り、遅れて具現化されたクライストが消滅すると共にクートの体が床に叩き付けられた。頭部がなく、だらりと力なく倒れた体は明らかに即死にしか見えない。

 

 そこにいた大多数の人間が困惑する中、ピトーは目を輝かせてクートを眺め、ギタラクルは足早にその場から立ち去ろうとして黒服に止められていた。

 

 そして、ネテロ会長が呆れ顔でポツリと呟く。

 

「秘匿はどうした秘匿は――」

 

「そんなもの。所詮、暗黙の了解でしょう? 有象無象など知ったことじゃないわ。そもそも最終試験のルールでは使うなとも、殺し合うなとも言われていません。それ以前に挑戦者を待つことしかしなくなった腐るばかりの枯木に、()の勝負に口を挟まれる筋合いは無いわ」

 

 すると地面に転がるクートの首が口を開き、やや低めの侮蔑を含んだような女の声で発話した。その内容を特に表情を変えずに聞き流しながら、クートの首に問い掛けた。

 

「起きたか……"盗賊クート"。相変わらず、口が悪いのう」

 

 次の瞬間からクートの体から白煙と、全身の肉と骨格が軋み混ざるような異音が響き渡る。そして、急激にクートの体は体型が変わり、元のクートよりも細くしなやかなものとなり、少しだけ背が縮み、胸等が大きく膨らむ。

 

 そして、頭部は急激に髪が伸び、顔付きも温厚そうな男性から、冷淡で妖艶な女性へと変化した。

 

 さらにひとりでに体が立ち上がると、頭を掴んで拾う。そして、接合部に乗せると白煙が立ち登った直後に接合された。首を鳴らして感覚を確かめていると、クートの手の中に"柄と鍔までしかない刀"が具現化され、それを握り締める。

 

 そこには氷の女王、あるいは闇の女帝とでも形容されるような凍てついた雰囲気と、悪意に満ちた笑みと存在感を放ち、人間離れした美貌を持った女が立っていた。

 

「いいこと教えてあげる。クート・ジュゼルはね。ハンター協会は何故か隠してるけど女性盗賊なの。全て()がひとりでしてきたことよ。要するに、今までのはぜーんぶ。ただの遊びってこと」

 

 女――クートは具現化された柄を手の中で遊ばせながら、ヒソカにそう言う。そして、ふとした瞬間に柄を持ち――空を切るように軽くヒソカに向かって柄を振る。

 

「へぇ、それは――」

 

 ヒソカが口を開こうとした瞬間、ヒソカの胴体と背後の壁を、斜め入った線のような切れ込みが走る。遅れて、ヒソカから鮮血が飛び散り、その傷の深さを物語った。

 

 ヒソカが驚き目を見開き、反射的に凝を行うが、クートの持つ柄に変化は見られず、手の中で柄を回すばかりだった。

 

 そして、クートは心の底から愉しげに、そして嘲笑うような笑みを浮かべながら口を開く。

 

「お馬鹿さぁん。まだ、試合中で、私と貴方は殺し合いしているのよ? 一瞬でも気を抜く奴がある? 初見殺しは貴方だけの専売特許じゃないの」

 

「――――!」

 

 ヒソカは残った片手にトランプを構え、未だクートに付いているバンジーガムを引き寄せる。クートの体は一切、動かず、その代わりにヒソカ自体がパチンコで射出されるように跳び、クートへと迫った。

 

「が……!?」

 

 その直後、ヒソカは自身の胸に何かが突き立ち、強制的に空中で縫い付けられるように止められた。その瞬間、再び、ヒソカがクートを凝で見ると、やはり柄に変化は見られない。しかし、今度は柄の存在しない切っ先がヒソカの胸へと向いていることを確かに見た。

 

 柄を振ったときに起きた斬撃のような切れ込みと、今自身の胸で柄を中心に突き立つ何か。それらから考え、今のクートの念能力をヒソカは断定する。

 

(間違いない……"柄から伸縮自在の見えない刃を具現化する能力"だ……♦)

 

 クートの具現化速度に、不可視の伸縮自在の刃。それが合わさればこれほどまでに強力な能力になる。あるいはそのような能力のために、異様な具現化速度が身に付いたのか。どちらにせよ、それ以上、ヒソカが考えることはない。

 

(ああ……折角……ここまで引きずり出せたのに……♧)

 

 ヒソカの意識は失血によって、視界が外側から白く染まるように急激に弱まって行く。薄れゆく意識の中、ヒソカは最後にクートに向かって届くことのない手を伸ばした。

 

(もっと……もっともっと殺り合いた――)

 

 そして、彼は意識を失った。

 

「精々、頑張った方じゃないかしら? まあ、私の"幻想虎徹(イマジンブレード)"はまだ三段階上がありますけれど。5分の1はクート・ジュゼルを攻略できたわね」

 

 クートは誰に言うわけでもなく、そう呟くとヒソカを宙から降ろし、柄を服のポケットに入れてから、ヒソカの腕を拾って断面につけると、胸の傷口にもう片方の手を添える。すると、ヒソカの傷から白煙が上がったと思えば、既に跡形もなく再生しており、気絶したヒソカだけが残った。

 

 それからクートは散乱しているオリハルコンのトランプを全て集め、ミニアタッシュケースに戻し、ヒソカの横に添えた。そして、小さく息を吐いてからポツリと呟く。

 

「はいはい、私の負け負け。じゃあ、次の試合よろしくね」

 

 そう言ってクートは外野へと戻るために歩き出し、ヒソカは黒服たちに担架で運ばれて行った。

 

 外野についても、あまりのクートの変貌に誰も声を掛けられずにいると、クラピカの目の前を通り過ぎるときに足を止めた。

 

「あ、そうそう。クラピカ」

 

「…………あ、ああ……なんだ?」

 

「貴方の復讐したい幻影旅団はね。私ほどじゃないけど、ほぼ全員が私にみたいに、今の貴方には超能力にしか見えないことをしてくるだろうから、精々愉快な死に方をしなさい? ま、貴方なら頑張れば半壊にするぐらいは出来ると思うけれど? そうそう、こういうことを夭折って言うのよね。アハハハハ!」

 

「――な」

 

 およそ、これまでのクートからは想像も出来ないような皮肉が飛び出し、絶句するクラピカ。それを言い放ったクートは、直ぐにピトーの下に向かおうとしていた。

 

「…………おい、待てよ! そんな言い方ないだろ!?」

 

 しかし、それをクラピカの仲間のレオリオが怒り、止めようとして、クートの肩に手を置いた。

 

「がっ!?」

 

 次の瞬間、レオリオは投げつけられて宙を舞い、外野側の壁に激突した。

 

「テ、テメェ……何しやが――あ……」

 

 地面に倒れたレオリオが顔だけ上げると――レオリオのすぐ側にしゃがみ込み、大きく目を見開き、瞳孔が開き切った目で、首を大きく傾けながら無言で見つめるクートと目があった。その様は幽鬼のようであり、みられていると自然と沸いてくる恐怖により、レオリオは冷や汗を流しながら閉口する。

 

 30秒程その時間が続いた後で、クートは小さく鼻で笑い、目と口を細く歪めて笑いながら口を開いた。

 

「こういうときにはやっと黙るのね? 馬鹿で、口だけは達者で、感情に振り回されるだけの小煩い男。自分のハンター試験ですら、自分は大した貢献もせず、仲間と呼ぶ尻拭いにおんぶに抱っこの貴方が……付け上がるんじゃないわよ」

 

 それだけ言うとクートは立ち上がり、ピトーの下に向かう。今度は止めるものはいなかった。

 

「あ、主様……?」

 

 最初は目を輝かせていたピトーだったが、あまりもの精神上の変貌ぶりに、思わずそう呟く。そして、それの返事は、熱い抱擁だった。

 

「ああ、ピトー! ピトー! 私の愛しい猫! 見ててくれたかしら私を! これが私よ! 私なのよ!」

 

「ニャ!?」

 

 堪らないといった表情で、ピトーの全身を撫でるクート。その表情は親愛と共に恍惚を含んでおり、またその手つきも若干性的なものであり、ピトーは体を強張らせる。

 

「ああ……本当に可愛い……私の伴侶。大好き、大好きよ! 愛してるわ! 食べちゃいたい……」

 

「あ、主様……わ、わかったから止めるニャ! ちょっと離れるニャ!?」

 

 遂にピトーの耳に甘噛みを始めようとしたクートを慌てて止めるピトー。そんなピトーにクートはキョトンとした様子で首を傾げていた。

 

(や、ヤバい……思っていたのと別方向の薮蛇だった!?)

 

 数分前にクートが、()とやらになることをとても楽しみにしていた自分を八つ裂きにしてやりたいと、ピトーは考えていた。

 

(通りで主様が、絶対に使いたくないと言っていたわけだよ!? 何これ……本当に何これ!?)

 

 傍若無人に尾ヒレと足ヒレがついて、水中から陸上生活に適応したぐらい今のクートは異常な物体である。これを自分の主人と認められるかどうかで、ピトー目を回しそうであった。

 

「ちょいとピトーくん。クート(その)ことで話せるかの?」

 

 すると、ネテロ会長がピトーを呼びつける。とりあえず、事情を知りたいピトーは、これを助けとばかりに飛び付いたが、今のクートをひとりにすることになると気付き、ブリキ人形のようにクートの方に振り返ると、まだキョトンとしているクートに声を掛けた。

 

「主様……お願いですから、大人しくしててくださいね?」

 

「…………? 私はいつでも優しくて大人しくて親切よ? まあ、でもピトーの頼みならわかったわ」

 

 何をわかったのだろうかと、ピトーには不安しかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、何から話そうかのう」

 

「なんでも話してください……お願いします……」

 

 ラウンジの椅子でネテロ会長と向かい合った僕は、五体投地寸前だった。

 

 違う……違うんだよ……僕が想像してたのは、もっとこうカッコいい主様とかなんかそういうのをイメージしてたのに……。なんで女性になるの? なんであんなに傍若無人なの? なんで僕に対してあんなにエロいの?

 

「まず、分かりにくいので、便宜上、男の方をクートくん、女の方をクートと呼ぶぞい?」

 

「はい……」

 

「クートはのう。クートくんが最初に発現した――"矮小な男と高飛車な女(ジキルとハイド)"という特質系と操作系の念能力じゃ」

 

 ジキル博士とハイド氏というタイトルは知っていた。主様のお気に入りの本で、昔も今も一番分かりやすい場所の本棚に置いてある本だ。

 

 ジキル博士が夜な夜な、薬でハイド氏という似ても似つかない存在になって、悪事を働き、最終的には薬のせいでジキル博士でいれる時間がほとんどなくなって、それを苦に自殺するって話だっけ? 主人公は刑事さんなんだよね。まあ、僕が読んだ奴は、一巻の文庫本の奴だし、流し見してたから間違ってるかもしれないけど。

 

「知っているのなら話は早いのう。ぶっちゃけ、そのままの念能力じゃ。言ってしまうと、普段のクートくんの自制や抑制が完全に外れて、常に半ば暴走状態なのがクートじゃな。見ての通り、あらゆる意味で強くなる代わりに、社会的信用や人間関係に大打撃を与える珍妙な能力じゃ。ある意味、誓約になっているのかも知れん」

 

「ええ……」

 

 なにその意味のわからない能力と、誓約は……?

 

「また、"幻想虎徹(イマジンブレード)"という女性体でしか使えない制約を掛けられた念能力がクート自身の精神と直結させて、性能を劇的に高めているのじゃが、それを更に"G・B(ゴッド・ブレス)"の弱点として共有させることにより――自身の精神と直結しているイマジンブレードが折られない限り、いかなる手段を用いてもゴッド・ブレスが停止しないという"魔人"が誕生したんじゃ。ちなみに、このふたつの念能力はクートが勝手に作ったらしい」

 

 "イマジンブレードはオリハルコンの強度を超えていた上、ゴッド・ブレスが完成した医療用ナノマシンじゃから、貧者の薔薇(バラ)の直撃もほぼ効果なかったしのう"とネテロ会長は呟いていた。

 

 存在の根底がギャグじゃん……いや、結果は洒落になってないけど。どこから突っ込んでいいのこれ……。

 

「それにしてもクートの奴、やはりイマジンブレードをへし折られたからか、昔に比べて――随分、丸くなっておったのう」

 

「――――――――ニャ?」

 

 今までの会話で、一番意味のわからない言葉が出て来て、僕はそれまで考えていたことを手放した。

 

「一応、本人の悪いところを言ったり、アドバイスしておったじゃろ?」

 

「アレ、アドバイスだったの!?」

 

「そりゃあ、根っこの方はクートくんじゃからのう」

 

 そ、そう考えればそういう風に……いや、しないよ!? どう考えたって意地の悪過ぎる罵倒だよ!?

 

「ネテロ会長は主様のこと随分、よく知ってるねぇ……」

 

「そりゃあ、わしはクートと拳を交えたひとりじゃからのう。それと、捕らえられた後、ハンター協会に自分の念能力を、自発的に洗いざらい全て話した念能力者の犯罪者は後にも先にも、クートくんぐらいじゃと思うぞ」

 

 あ、その光景はなんか容易に目に浮かぶなぁ……ってそれどころじゃないよ!

 

「あ、主様を戻す方法は!? 戻るんだよね!?」

 

 少なくとも戻ってるし、私が来てから女性になったことは一度もなかったもの。何か方法はあるはず!

 

 するとネテロ会長は、僕から目線を外し、頭を掻いた後にポツリと呟いた。

 

「一応、クートくんのときに致命傷を受けるとクートになり、クートからは任意の切り替えでクートくんに戻れるんじゃが……クートからクートくんへの任意の切り替えはクートが行うんじゃ」

 

「え? あの自己愛の塊みたいな主様が、人格を切り替えなきゃ戻らないの……?」

 

「それだけならまだいいのじゃが……ジキルとハイドは操作系と特質系の念能力と言ったじゃろ? なので、あれは人格を作っているのではなく、実際にはクートくんの人格そのものを操作して、クートになっており、記憶や人格は完全に同一のものなんじゃ。じゃから……クートはクートくんの記憶を完全に自身が体験したものだと完全に思い込んでおる」

 

「え゛……それって戻るように促しても、クートが理解してないからほぼ不可能ってことだよね?」

 

「左様、それゆえ、一度クートになると、クートの気分次第で最低でも1週間、長いと一年以上元に戻らないこともあるらしい……というか、あったのう。まあ、なんかの拍子に戻ると思うぞい」

 

 つまり、どうしようもないということだった。

 

「ク……」

 

「く?」

 

「クソ能力過ぎる……」

 

 ハズレにも程があるでしょう主様の特質系念能力!? よく主様はそれで折り合いをつけて前向きに生きようっていう気になったね……あ、だからエンジョイ&エキサイティングとか言ってたのか……一周回ってどうにでもなれと。

 

「ピトー! 私の愛しい猫! 何故かレオリオがすぐに"まいった"を言ったから私ハンターになったわ! 不必要に執拗な拷問をしようとしたのに少し残念だわ……」

 

 するとハンターになったらしい主様が凄い速度で僕の隣に現れて、喜びつつも少し不満げな表情をしていた。来た拍子に私の3倍以上の質量がありそうな主様の胸が揺れ、猛烈に複雑な気分になる。

 

「――――ニャァ! こうなったら主様、表に出るニャ! 僕が勝負に勝ったらジキルとハイドを切り替えて貰いますニャ!」

 

「あら、いつもみたいに遊びたくなったのね? 可愛い私の子猫ちゃん。いいわ、疲れるまで遊びましょう?」

 

 是が非でも主様を元に戻してやる! この主様、キモい!

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「もうむり……」

 

「あら、今日はいつもより早いのねピトー? もう、疲れたのかしら? まだ、私のイマジンブレードはLV2よ? うふ……うふふふふ!」

 

『ゲギョギョギョギョギョ!』

 

 つっよ……なにこれ……。あのサメみたいな形になったイマジンブレード、主様の思い通りにとんでもない曲がり方するし、身体能力とか、オーラ量まで元の主様よりも劇的に上がってるし、いくら傷を負わせても瞬時に再生するし、主様が笑うと剣も笑ってるし……。

 

 

 え……これ……ジンってどうやって主様倒したのよ……。

 

 

 僕はその疑問を最後に今後の不安を感じながら意識を手放した。

 

 

 

 

 




※クートちゃんの見た目は特に設定していませんが、fateのセミラミスとか、ぬら孫の羽衣狐とか、そっちのタイプの雰囲気をした美女ですね。中身は、似ているものを強いてあげるとすれば、とてつもなく殺伐としたONE PIECEのハンコックみたいなものです。後、乳酸菌とってます。


分かりやすい例え(トライエース):
・クートくん→ガブリエ・セレスタ
・クートちゃん→イセリアクィーン


~クートの念能力~
矮小な男と高飛車な女(ジキルとハイド)
 特質系・操作系の複合念能力。自身の人格から抑制や自制を外して半暴走状態にし、その上で女性的な人格へと変える念能力。それに伴い、肉体も女性のモノへと変化する。そして、その様はまさに傍若無人。
 元々はこの世界においての幼少期に、殺したいほど憎いと感じた相手ができたときに発現した。女性人格は考えられる限りの拷問を与えてから殺し、男性人格に戻った後には、家族や町民から悪魔と恐れられ、それに至った記憶と血腥い感覚だけが残った。
 その後は使えば問題は解決するが、敵が増える。敵は問題を生み、再び、使用する。そうして、無限ループとなり、気がつけばほとんどの時間をクートは女性人格で過ごすようになった。そして、気付けば日の当たる場所は遠く、深く暗い場所でしか生きれない身になっていた。それが盗賊クートが生まれた理由ある。
誓約:
・無意識下での社会的信用の破壊
・無意識下での人間関係の破壊


幻想虎徹(イマジンブレード)
 女性人格が、前世の記憶から作り出した具現化系・特質系・操作系の複合念能力。能力が付加された一本の刀の柄を具現化する。LV1‐LV2‐LV3‐LVMAXの四段階があり、それぞれがやや異なる特性を持つ。
制約:
・女性体でなければ具現化できない。
・女性体になると強制的に具現化し、女性体である限りは消すことは不可能。
・同時に1本までしか具現化できない。
誓約:
・イマジンブレードは自身の精神と同調しており、砕け散れば心が壊れる。

LV1:不可視で伸縮自在の刃
LV2:己の意思の通りに動く生きた剣
LV3:?
LVMAX:?


G.B(ゴッド・ブレス)
 女性人格が、前世の記憶から作り出した具現化系、特質系、操作系の複合念能力。自身の体内で常に具現化されているナノマシンそのもの。ナノマシンに付加された機能としては、傷を負っても瞬時に回復でき、致命傷を受けても死なず、病気にもならず、歳を取らなくなる不死のナノマシン。
誓約:
・イマジンブレードの損壊状態に合わせてゴッド・ブレスは機能を停止する。



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ゾルディック家

どうもちゅーに菌or病魔です。


 

 

 

 ゴンはクートが連れてきたスタッフの一次試験の試験官を務めたサトツから、ハンターライセンスについての説明を受けた後、最終試験で301番ギタラクル――イルミ=ゾルディックがキルアに脅迫に近い問答を掛け、結果的に試験自体を辞退して、そのまま消えてしまったことを知り、怒りに燃えていた。

 

 ハンターライセンスについての最終説明を受けるため、合格者は講堂に集められているので、ゴンはそこに向かう。

 

「残念ね。ピトーと遊んであげてないで、私がその場に居合わせれば、イルミの首を引き千切ってから繋げ治してあげたのに……私の許可なくゴンを殺すだなんて、冗談だとしても思い上がりが(はなは)だしいわ」

 

 付け加えて、"後で見かけたらキツいお灸を据えておくわね"等と言ってゴンの隣を歩いている女性――クート・ジュゼルのことは、今は気にせず、ゴンは大切な友人のために動くのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「……イルミはもういない? ビーンズ、それはどういうことなのかしっかり説明してくれるわよね?」

 

「は、はいぃ! 仕事の都合で交付を早めて欲しいとのことで、先に個別で説明を受けてお帰りになり――」

 

「そんなもの私から逃げるための真っ赤な嘘に決まってるでしょう? 気を利かせて、私が来るまで止めてなさい。使えないソラマメね」

 

「うわぁぁ!?」

 

「うぉっと!?」

 

 講堂に入るなり、どこにもイルミが見当たらなかったため、クートは真っ先にスタッフの中で一番戦闘力のないビーンズの首を掴んで浮かせて話を聞き、聞き終わると、ブハラの腹に向かってビーンズを投げつけた。

 

「そうなんだ……でもどうしよう。キルアが行く場所なんて知らないし」

 

「パドキア共和国のデントラ地区にあるククルーマウンテンよ。ゾルディック家の住処はその頂上にあるから、彼が帰ったのならそこに向かう筈だわ。ちなみにここからだとだいたい、飛行船と電車で3日でつくわね。最寄り駅からは山景巡りの定期バスが出てるけど、日に一本しかないから時間帯に注意よ。ゴンはどうする?」

 

「キルアは俺の友達だ! 絶対に連れ戻す!」

 

「いいわ……その目……この心意気……流石はあの人の子ね」

 

(な、なぁ……ピトー? なんであんなにゴンと女性のクートさんは親しげなんだ?)

 

(そんなの僕が聞きたいよ……ゴンの隣にいると何故か主様、無茶苦茶大人しくなるし……)

 

(なんというか……似てるんじゃないか? ゴンとクートさんの中身が)

 

(いや、どこがだよ!?)

 

(…………自分をまるで曲げないところと、時々他人の話を聞かず周りが見えなくなるところとか)

 

(………………ああ)

 

 最初の頃の様子は何処へやら、すっかりレオリオとクラピカに打ち解けたピトーは、ライセンスの説明を受けなから、三人で集まって小声で話していた。キルアのことは当然、大事だが、それと同じぐらいクートの様子も気掛かりである。ちなみにハンター協会からクートについての説明は特にないため、二人は何も知り得ない。

 

(というか、ピトーは女性なクートさんについて何か知ってるよな!? 教えてくれよ!)

 

(…………それは……ああ、うん。確かにこれは念知らなきゃ絶対に話せないわ)

 

(なんだって?)

 

(なんでもない。ちょっと今は話せないよ。でも、いつか必ず話すから)

 

 "というか、わかんないものなー"とピトーは遠い目で、前の方の席に二人で座っているゴンとクートを眺めた。

 

「あら? 寝癖ついてるわよ寝坊助さん。仕方ないわね、直してあげる」

 

「あ、ゴメン。ありがとうクートさん」

 

「別にいいわよ。それよりゴン大丈夫? 行く前にハンカチとティッシュは持った?」

 

「なんで? 持ってないよ?」

 

「もう、ダメじゃない。お――私のをあげるわ」

 

(…………あれ、絶対まだ何かとんでもないことを隠してるよ……)

 

 ピトーはそのことに気づかないようにしながら、ハンターライセンスの説明を聞き流して、更に遠い目をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハンターライセンスを取得したイルミは、一旦実家へと戻っていた。とは言っても、報告や仕事の諸々でいるだけであり、またすぐに実家を発つ予定なので、ゴンやクートとこれ以上関わることは暫くはないと考えていた――その矢先である。

 

「――――」

 

 ぞわりと。イルミの背筋を撫でるように自身が知りうる最凶最悪の念能力者のオーラが一瞬だけ通り過ぎたこと感じ、辺りを見回すが、特に変わった様子はない。

 

 そのことを確認した直後――。

 

 屋敷の外で重い衝突音が響き渡り、屋敷が僅かに揺れると共に発生した衝撃波による大音響が一面の窓を割り尽くした。

 

「………………は?」

 

 状況を確認するため、屋敷の外を確認すると、イルミは思わず、呆けた声を上げてしまう。

 

 何せ屋敷の外に天を貫くように突き立っていたそれは――ゾルディック家の玄関と言える"片側の試しの門の扉"そのものであったからだ。

 

 こんな馬鹿げたことが可能で、特に理由もなくこんなことをしてしまう人間のような何かを、イルミはひとりだけ心当たりがあった。

 

 放心していると、よく見れば試しの門に斬りつけられて付けられたような文字が書いてあることに気がつき、イルミはそれを読む。

 

 そこにはただ一言――"逃げるな"と刻まれていた。

 

 

 

「ごきげんよう、イルミ」

 

 

 

 そして、彼の知る絶望の形――幼少時代に幾度となくトラウマを植え付けた女性人格のクート・ジュゼルが、突き立った試しの門の先端に立っており、絶対零度の微笑を浮かべてイルミを見下ろしていた。

 

 事の発端は数分前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ククルーマウンテンの麓より更に前。黄泉への扉と民間には呼ばれている巨大な壁の前でゴン、レオリオ、クラピカ、そしてクートとピトーは、ミケの掃除夫のゼブロのいる守衛室のような場所にいた。クートはゼブロとは数少ないゾルディック家の客人として顔見知りらしく、そこで話を聞くことになったのである。

 

 そして、実際にミケに喰い殺される人間を目にし、侵入者用の扉と、試しの門のことを聞き、ゴンは眉間にシワを寄せて呟く。

 

「うーん、気に入らないなー」

 

「どういうことかしら?」

 

 クートの問いに、ゴンは当然と言った様子で話す。

 

「友達に会いに来ただけなのに試されるなんてまっぴらだから、俺は侵入者でいいよ」

 

「――――! ええ、そうね。それは当然だわ。なら……邪魔だから退けてくるわ」

 

 クートはゼブロの制止を意に介すことすらせず、侵入者用の扉の前に立つと蹴りを入れた。それだけで侵入者用の扉はひしゃげて吹き飛ぶ。そして、クートはその中に入って行った。

 

 その直後、悲鳴のような獣の鳴き声が響き渡り、更にその後で試しの門の上から青黒い巨大な魔物のような獣が飛び出して、地面に叩き付けられ、数バウンドしてから止まる。

 

 僅かに痙攣している獣――ミケは一撃で意識を刈り取られて気絶している様子だった。

 

「終わったわ。これで3日はマトモに動けない筈よ」

 

「ミ、ミケー!?」

 

 そう言いながら侵入者用の扉があった場所を通って戻ってくるクート。ミケに駆け寄るゼブロを気にした様子は特にはなかった。

 

「あ、そうだわ」

 

 そして、クートは何か思い立ったのかそう言うと、試しの門の前に立った。それから両手を添えてオーラと共に力の限り抉じ開ける。

 

「ちょ、ちょっと……クートさん旦那様を呼びますので待っ――」

 

 次の瞬間、試しの門は第七の扉まで開き切り、それでも尚余り過ぎた力は、試しの門の蝶番機構に圧倒的な負荷を掛け、異様に軋む音を立て――。

 

 破壊音と共に第七の扉の蝶番機構が破壊されて内側に試しの門が倒れ込んだ。第七までの試しの門の総重量508トンであり、それが2枚折り重なるように中心にいるクートへと倒れる。

 

 唖然とする面々。その中でピトーは"素の主様にも出来るのだろうか?"と誰に問うわけでもない疑問を呈していた。

 

「クートさん!?」

 

 ゆっくりと倒れてくる試しの門の扉。潰される位置にいるクートにゴンが声を掛ける。

 

 

「"幻想虎徹(イマジンブレード)"――LV3」

 

 

 その言葉と共に、クートの片腕がブレる。次の瞬間、片側の試しの門が粉々に斬り刻まれた。一瞬で一抱え程のサイズに分割された鉄屑はクートを避けるように地面に積もる。

 

 そして、クートを見れば、片腕が剣と一体化しており、肘の辺りから異様な光沢を帯びた幅の広い剣が生え、全体的には魔物のような異形の腕を持った姿に変わっていた。

 

 その中でも特徴的な点は二点あり、ひとつ目は一体化した肩に巨大な目玉があり、ギョロギョロと辺りを見回している。ふたつ目は肩の背面からクートの身の丈以上の長さがある悪魔のような腕が生えていることだった。

 

 そして、クートは右肩から生える悪魔のような腕で倒れ込んでくるもう片方の試しの門の扉を掴む。それにより、総重量508トンの金属の塊は完全に動きを止めた。

 

「あ、主様……なぜいきなりLV3を?」

 

「だってLV3でもないと……こんなに華奢な体の私じゃ、これを投げられないじゃない?」

 

「え……?」

 

 その言葉の後、悪魔のような腕が膨張し、血管が浮き出る。更に筋肉の動きが目に見えて激しくなり、力が加わると共に再び試しの門の扉が動き出し――地面から1mほどの高さまで持ち上がった。

 

 その状態でクートは円を発動する。それはソナーのようにたった一度だけ円形に飛ばされたものであり、それゆえにククルーマウンテンの頂上まで到達し、大まかな位置情報がクートに入る。

 

「今屋敷にいるわね」

 

 クートは笑みを浮かべてポツリと呟くと、ゴンとクラピカとレオリオの方に向き直る。そして、これまで幾度とあった尋常ならざるクートの光景の中でも、特におぞましい状況に言葉を失っている三人に対してクートは"いい状況だし、もういいわよね"と呟いてから口を開く。

 

「これが、ハンターになった貴方たちがこれから見る新しい世界――念能力よ。私がこれまでしてきたことは、だいたいその一言で説明が付くわ」

 

「念能力……?」

 

「なんだそりゃ……」

「ええ、念とはどこにでもある本来はありふれた力で、万物に宿る生命エネルギーそのもの。私の剣も不死身の体も全部そう。こうして、超能力あるいは化け物のような力を使えるようになるの」

 

 言っていることは子供の戯れ言に近いため、到底普通ならば言われようとも、信じられるような話の内容ではない。しかし、第七の扉までの試しの門の扉の片方を、おぞましい異形の腕で持ち上げているクートの言葉を信じない理由がなかった。

 

「それを……クモも使えるというのか?」

 

「ええ、前も言ったわね。私ほどじゃないけど、全員それなりの練度で念を極めている達人と思っていいわ。今から常人が念を覚えて9月まで頑張ったところで、到底差を埋めれない程度には強いわよ。向こうはもう、何年も前から念を覚えているベテランですもの。試しの門を開けてる暇なんて、最初からないわ。精々、焦りなさい。無辜で無知な復讐者さん?」

 

「な……」

 

 それだけ言うと、クートは悪魔のような腕で試しの門の扉を更に持ち上げて、大きく腕を引き絞った。

 

「ああ、そうそう。念の習得には師を必要とするわ。独学でやっても決して成功することはないのよ。馬鹿な気は起こさないことね。ピトー、ゴンのこと頼むわ」

 

 その直後、轟音と共に試しの門の扉が投擲され、ミサイルか何かのように弾道を描いてククルーマウンテンの山頂へと飛び、十数秒後にここからでもわかるほどの重低音を響かせて直撃した。

 

「…………あれ? クートさんは?」

 

「投げた瞬間、今の扉に乗って行ったニャ」

 

 そう言いながらピトーはふと考えた。

 

(口は悪いし、態度もデカいし、やることも突拍子もなくて派手だけど……クラピカのこと相当気にしてるよね)

 

 ピトーの脳裏には"根っこの方は同じ"というネテロ会長が言っていたことを思い出した。そして、ピトーに対して明らかな愛情を向けていることを思い返す。

 

「今度、ちゃんと向き合って話してみようかな」

 

 クートを戻すにしても、しばらくそのままだとしても、そうしなければ何も始まらないと思い立ち、ピトーは決心を固めつつ、ゴンを先頭に試しの門の跡地を通って、ゾルディック家の敷地内に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。ゴンらが執事の屋敷にいる頃。クートは銀髪の長い髪をした筋骨隆々の男――現ゾルディック当主シルバ=ゾルディックの前にいた。

 

 互いにテーブルを挟んで座っており、先に口を開いたのはシルバの方であった。

 

「随分、久し振りだな。盗賊クート」

 

「……? 忘れたのかしら、つい2ヶ月前にも会ったわよ。貴方にはそんなに長く感じたの?」

 

「ああ、こっちの話だ」

 

 脚を組み、頬杖をついて笑みを浮かべているクートは心底愉しそうに目の端を歪めながら口を開く。

 

「イルミの奴。ゴン=フリークスを殺そうとしたけど、他は何も知らなかったみたいだったから、とりあえず半殺しで許してやったわ」

 

「イルミの全身の半分の骨を折ったから半殺しか」

 

「わかりやすいでしょ? 体の骨は200本から206本って言われてるから103本折ってみたわ。G・B(ゴッド・ブレス)で治療しながら折ったから、結構綺麗に折れてたと思う。少しは拷問を耐える訓練になったかしらね?」

 

「………………」

 

 それを聞いたシルバは黙って少し目を閉じる。そして、再び瞼を開くとクートを見据えて口を開いた。

 

「人をあまり殺さなくなったんだな。ここに来るまでに執事を含めて死者を誰も出していない」

 

「うふふ、温くなったかしらね私。けれど、伴侶に余り殺すなって言った手前、手本になる行動を心掛けなきゃならないのよ。だからピトーと一緒にいる限りは、大人しくするわ」

 

「執事からの報告にあった猫の魔獣か」

 

「ええ! ええ! 可愛いでしょう? 私の自慢の猫! 素敵な妻よ!」

 

 ピトーのことを語るクートの表情はとても柔和なもので、何よりも大切にしている者のことを語っているという様子が見て取れた。

 

「ああ、そうそう。気分で門を壊しちゃったから、弁償するわ」

 

 そう言ってクートは部屋の隅に置いてあるキャディバックから、ペンと小切手を取り出し、金額を書くとシルバに手渡した。それを受け取って数字をシルバは溜め息を吐いて口を開く。

 

「ゼロが二桁多いぞ」

 

「そう? 貴方とは長い付き合いだし、ゾルディック家にはお世話になってるから、それぐらい別にいいわよ?」

 

「お前が戻った後に問題になるから消してくれ」

 

 "ワガママねぇ"と言ってクートはシルバから戻された小切手を破り、新たな小切手に指定された金額を書くと再びシルバに手渡した。

 

「他に何か変わったことはあるか?」

 

「そうだわ! シルバ! ピトーと子供を作る約束をしたの! 何人作ろうかしら? 私、ラグビーチームが作れるぐらい欲しいわ!」

 

「ほう、子供か……」

 

 その言葉を聞いたシルバの目の色が変わった。

 

「女児が産まれたら、この家に嫁がせる気はないか?」

 

「そうね。貴方とはお友達ですし、悪くないかも知れないわ」

 

 その返しにシルバは少し笑みを浮かべる。そのうちに何か思い付いたような表情になると、それとなくクートに語り掛けた。

 

「ところで、クート。子を産むのはお前ではなく、妻の方だろ?」

 

「何言ってるの? 当たり前じゃない」

 

「そうか。しかし、クート。それなら子作りをするとなると、男の姿にならなければならんな」

 

「んー、それもそうね。えいっ」

 

 "ぽんっ"と音が出ると共に、手品用の白煙のような量と質の煙が上がり、クートの全身を覆い隠す。

 

 そして、白煙が晴れるとそこには――全ての感情を失ったかのような表情をしたまま固まっている男性のクートの姿があった。

 

 そんな様子のクートを見て、思わずシルバは吹き出しながら、一言呟く。

 

「お帰り、クート」

 

「……………………お、お――おぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉ!!!?」

 

 次の瞬間、クートは叫びながら椅子から崩れ落ちる。そして、そのままキャディバックが置いてある方の四隅に移動すると、体育座りになり、床の染みを見つめたまま動かなくなった。

 

「死にたい……」

 

「お前、女の時の行動や思考を全て主観的に記憶しているんだったな」

 

 女性人格のときに人に言ったこと、したこと、考えたこと等々全てをクートはビデオ映像の如く、鮮明に覚えているのである。そのため、戻る度に元々小心者で優しい性格をしているクートの心にあらゆる大打撃が起こり、このようになるのであった。

 

「依頼出すからもう俺を殺してシルバ……」

 

「悪いな。家はクートの暗殺依頼はお断りなんだ」

 

 そう言ってシルバはその一帯だけオーラが澱んでいる体育座りのクートの隣に立つと再び口を開く。

 

「よかったじゃないかクート」

 

「なにも……なにもよくねぇよ……ピトー、ゴンくん、クラピカくん、レオリオくん、ヒソカくん、ネテロ会長、ビーンズくん、イルミくん、ゼブロさん、ミケ、試しの門と屋敷の窓ガラス……うぅ……どこから謝りに行こう……まずイルミくんを治さなきゃ――」

 

「やっと、オンオフを当面は自由に切り替える方法ができて」

 

「……………………え?」

 

「ああ、ゾルディック家で起きた今回の件は全て、女児が産まれたら、こちらの家に嫁がせて貰えれば結構だ。クククッ……」

 

 そう言ってシルバはさっき受け取った小切手を破ってから、クートの肩を軽く叩き、鼻歌を口ずさむほど心底愉しそうな様子で部屋から出て行った。

 

 クートは数秒間放心した後、やっと気づいたのか、大声を上げ、涙を流して喜ぶ様子がしばらく見られた。

 

 

 






Q:女性のクートの基本的な行動の理由は?
A:思い付いたから


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神の吐息

どうもちゅーに菌or病魔です。

BLACK CATならこの娘出さなきゃ……(使命感)






 

 

 

 第287回ハンター試験から遡り、20年以上前の話。一人の女が鉄と湿った臭いの充満する薄暗い施設の中を歩いていた。

 

「~♪」

 

 女はキョロキョロと辺りを見回しながら、鼻歌混じりで歩き、歩く度に鈍い色をした何らかの金属でできた床に足音が反響する。

 

 そして、その女は片腕が剣と一体化し、異形の腕になっている――クート盗賊団首領クート・ジュゼルその人であった。

 

 何故か剣と一体化していない方の手には、100円ショップに置いてあるような掌に収まる小さな鉢植えを持っており、何かの植物の芽が一本生えていた。

 

「……ん?」

 

 するとクートの前方から、頭部が黒いボールあるいはアボカドなどの植物の種子のような見た目の何かに見え、それ以外は達人クラスと言えるほどのオーラを纏った人型の姿をしている数体の存在が現れた。それを見た彼女は、眉間にシワを寄せつつ呟いた。

 

「また貴方たち? しつこい男は嫌われるわよ?」

 

 軽口を叩くクートに数体の人型の何かは飛び掛かり――即座に振るわれた異形の剣により、それぞれが10以上のパーツに分割されて地面に転がった。

 

「本当に雑草みたいねぇ……」

 

 クートはそう言って肩をすくめ、残骸と化しているハズの人型の存在を一瞥する。すると、それらは次の瞬間には、"白煙のようなもの"を上げながら近くのパーツとパーツが繋がり、パーツが遠い場合は生え直して、全身を完全に再生させた上で立ち上がる。

 

 また、離れたパーツは新たな個体となっており、全体の数は倍以上に増えていた。

 

「"植物兵器ブリオン"……本当に面倒――」

 

 そう呟くクートに対して、その場にいる20体以上の五大災厄のひとつ、ブリオンが襲い掛かり――。

 

 

「イチイチ、全部細切れにする身にもなってくれないかしら?」

 

 

 クートの剣がブレた次の瞬間、ブリオンらは近い個体から次々と肉片が0.5cmにも満たない大きさに粉砕されて崩れ落ちる。そして、1秒にも満たないうちに全てブリオンは塵のように変えられてしまった。

 

 積もった肉片から白煙が上がるが、それ以上のことは起こらず、塵のように消え失せ、念の効果を含んでいたのか、全ての個体はその場から跡形もなく消滅した。

 

「うふふ! さーて、この都市には何があるのかしら!」

 

 誰に言うわけでもなく、そう言って再び鼻歌を口ずさみながらブリオンの守る古代都市の深部へと突き進むクート。進む度に増えるブリオンの個体が、彼女を阻むが、文字通り処理され、施設内の隔壁は全て破壊されるため、彼女を阻むものは何もなかった。

 

 彼女の目的は際限なく再生し、数の非常に多い五大災厄のひとつである"植物兵器ブリオン"の先にある"万病を治す香草"ではなく、ブリオンのいる古代都市そのものである。

 

『暗黒大陸の古代都市なんてロマンじゃない!』

 

 むしろ、彼女が暗黒大陸行きを決意した理由はたったのそれだけ。始めから五大災厄や希望(リターン)にはあまり興味がない。また、非公式に来ているだけでなく、海岸に停めてある自身が保有する大型船の船員代わりに連れて来た団員は全て船に残してこの古代都市に来たため、探索者もクートたった一人だけであった。

 

「あら? ここが最深部かしら?」

 

 そうして、遂にクートは古代都市の最深部へと到達し、極めて広い部屋の中心に、サーバーのように隙間から光が零れ、駆動音を響かせる巨大な装置が置いてある部屋に辿り着いた。

 

 なんとも殺風景な有り様にやや落胆するクートであったが、サーバーに近い床にひとつだけ設置されていたハッチが競り上がり、それは培養槽だということに気づく。

 

 "スペシャルなブリオンでも出てくるのかしら?"と攻撃をせずに中身が出てくるまで目を向けて待っていると、開かれた培養槽から出て来た明らかに他のブリオンとは違う人間らしい容姿をした人型の存在に驚く。そして、何よりもその"容姿"にクートは目を大きく見開き、口を開けていた。

 

 そして、嬉しくて堪らないといった様子で、目と口の端を歪めて口を開く。

 

「なるほど……植物兵器ブリオンの不自然な再生能力に、万病を治すだなんて眉唾物もいいところな不自然な植物……タネはそういうわけだったのね」

 

「………………」

 

 クートの言葉に対峙するその存在は答えない。というよりも酷く無機質で機械的であり、

 

「いいわ! 私、貴方が欲しくなっちゃったから盗むわね! それと……これで"G・B(ゴッド・ブレス)"が作れるわぁ!」

 

 クートは歓喜の声を上げ、次の瞬間にクートと人型の存在は衝突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果的にクートは鉢植えで持っていた万病を治す香草を人間の世界に持ち帰った。そして、古代都市からは、クートが交戦した人間に近い存在と、サーバーから"ナノマシン技術"を盗み出し、それら3つを元に"G・B(ゴッド・ブレス)"の発現に至ったのである。

 

 蛇足だが、クートが鉢植えで持っていた万病を治す香草は、現在ではクート本人と一部の残党や友人以外には知られることなく、ひっそりと自宅の庭に生え――てはおらず、暖かい季節になるとミント並みの繁殖力でジュゼル家の庭を埋め尽くそうとするため、毎年香草を引き抜いてはまた生えないように焼却処分するクートの姿や、二日酔いを治す薬代わりにジンが時々引き抜きに来る様子が見られるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ――ああ……あ……あるじざまぁぁ!?」

 

 ゾルディック家を後にし、ククルーマウンテンから近いデントラ地区にあり、()が借りた最もランクの高いホテルの最上階のスイートルームに戻ると、真っ先に涙を流したピトーが抱き着いてきた。

 

「よしよし、ただいま」

 

「えへへ……お帰りなさいニャ」

 

 撫でるとピトーは心底愉しそうな表情で目を細めていた。相変わらず可愛らしい俺の猫である。

 

「あれ? クートさん戻ったんだ」

 

「マジか!?」

 

「本当だ!?」

 

 するとリビングルームにいたゴンくんとレオリオくんとクラピカくんも寄ってきた。()が二人にもとんでもないこと言ったよなぁ……。ゴンくんには比較的優しかったけど……その理由は伝えるべきだよなぁ……。

 

「……なんかもう色々悪かったな」

 

「念能力って言うヤツのせいなんでしょ?」

 

 相変わらず澄んだ目でそう言うゴンくん。その言葉に泣きそうになるが、40代の男の涙を10代前半の子供に見せるのは恥ずかし過ぎるため、頑張って耐える。

 

「念について教えてよクートさん!」

 

 そうしている間にゴンくんがそんなことを言う。なんかもう、ゴンくんに渡した紙とか無駄になった気がするが、()が試しの門を斬ったり、投げたりして念の説明を触りだけしやがったので、むしろここまで来て教えないのは逆にないだろう。

 

 そこまで考えてゴンくんら三人が、三人しかいないところが気になった。

 

「それはいいのだが……キルアくんはどうした?」

 

「3~4日後に家を出て、俺たちと合流するって」

 

 どうやら、ハンター試験が終わり、そのままの足で()が試しの門をぶち抜いてゾルディック家に行ったせいで若干早過ぎたらしい。それに彼らから試しの門を開ける機会を奪ってしまったとも言える。本当に()は気を多少は使える癖に考え方が極端だから嫌になるな。念能力者になるにしても、攻撃力に直結するので、全員が第二の扉を開けられるぐらいには筋力をつけたいところだろう。

 

「それなら……キルアくんが来てから全員で念の説明はするということでいいか? 仲間外れにしたらキルアくんなら拗ねるだろう」

 

 そう言うとその様子が想像できたのか、皆一様に笑った。そして、俺はトレーニングメニューで使う道具に何を使うかに当たりをつけながら口を開いた。

 

「じゃあ、それまでは筋トレでもするか」

 

『「「筋トレ?」」』

 

 三人の疑問符を声を聞きつつ、三人に行うメニューを考えながら、そういえばパドキア共和国の周辺にクート盗賊団の残党が一人住んでいたことを思い出し、念の参考に呼ぼうかと考えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、始めるぞ」

 

「ニャ!」

 

 翌日の早朝。朝陽が登った直後にゾルディック家方面の森の中にある開けた場所に全員で集合していた。三人が対象の筈なんだが、何故かピトーの一番元気なお返事が聞こえ、大変可愛らしい。

 

「まず、昨晩神字を刻んだ、このトレーニングウェアーに着替えてくれ」

 

「神字とはなんだ?」

 

「神字って言うのは、少し時間をかけて術者が場所や道具等にオーラを込めた字を書くことで、自身の能力を底上げする手段にしたり、書いた対象にプログラムを組み込んだり、性質を少し変えたりできるようにする方法のことだ。オリハルコン加工で性質を弄る上での基本でもあるから、俺の技術はちょっとしたものなんだぜ?」

 

 三人のサイズに合った長袖のジャージと、なんとなく作っておいたピトー用のジャージを着るように促すと、クラピカくんから疑問の声が上がったので神字の説明をしておいた。

 

「よくわかんねぇけどわかっ――」

 

 そして、真っ先にブルーシートの上に置かれたジャージをレオリオくんが一番最初に手に取ろうと片手で持ち上げようとして――前のめりに体勢を崩した。

 

「な、なんだ……これシートに張り付いてんのか?」

 

「ふふっ、面白い冗談だな。単純に350kgあるだけだよレオリオくん」

 

「へー、さんびゃく――350キログラムぅ!?」

 

 レオリオくんはとても驚いた様子で口を開いた。うーん、思った通りだったかなぁ……。

 

「やっぱり軽過ぎたかな? 500kgぐらいからスタートの方がよかったよねぇ。1トンぐらいまでなら、神字を追加で刻めば弄れるからいつでも言ってくれていいぞ」

 

 何せハンター試験を抜けてきた方々なのだから、手心を加える方が失礼だっただろう。そう言うと、目を点にしていた全員の目に決意の光が灯り、ジャージを着始めた。

 

 うんうん、やっぱり皆素直でいい子たちだなぁ。

 

「主様のそういう無自覚なところが、女性の方のアレになったんですね……」

 

 何故かピトーが頬を膨らませながらそんなことを言って腕を絡めてくる。特に理由はないが、やりたくなったので、膨らんでいるピトーの頬を指で押すと空気が抜けた。可愛いなぁと考えていると、半眼でこちらを見てきたため、これぐらいにしておこう。

 

 

 

 その後――。

 

 

 

「~♪」

 

『――――!?』

 

「慎みたまえピトーちゃん」

 

 突然、野郎四人の前で普通に脱ぎ始めたピトーというアクシデントがあった。しかし、そう言えば、家には俺しかいないので、慎みというものを教えていなかったことを思い出したが、全員がジャージを着ることができた。

 

「お……重――!?」

 

「これは……かなり来るな……!」

 

「だね!」

 

「僕の薄紫で可愛いジャージだニャ♪」

 

「よし、じゃあ、筋トレを始めようか! ひとまず、腕立て伏せ、腹筋、背筋、それから各自で自由に鍛えたいことをひとつな。1000回ひとセットで、午前中は12セットやるぞ! 1セットごとの休憩は3分だ。あ、動けなくなったら、G・B(ゴッド・ブレス)で動けるようにしてやるから安心してくれ」

 

『「「………………え?」」』

 

「はいですニャ!」

 

 まずはそれぐらいで十分だろう。基礎をつけることは何よりも大事だからな。腱が切れようと、腕が引き千切れようと、ゴッド・ブレスで治してやれるから安心して取り組めるしな。

 

 こうして、4日に及ぶ筋トレの日々が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ぬかと思った……」

 

「ようやく終わったな……」

 

「クートさん、このジャージ貰っていい?」

 

「うん? 元からあげるつもりだぞ。ただ、重たいから、持ち運びに不便だろうし、住所とか教えてくれれば、俺がそっちに発送しておくよ」

 

「なんでお前らそんな疲れてんの……?」

 

 4日目の夜にキルアくんが来たので、筋トレはそこでお開きになった。1週間ぐらいやれば第二の扉とは言わず、第三の扉ぐらいまで開けれるポテンシャルを3人は秘めていたようだったので、少しだけ残念である。

 

「よし、それじゃあ、キルアくんも来たことだし、念の説明をするか!」

 

「念? なにそれクート?」

 

「はーい、ジュゼルです」

 

 その説明を説明することをキルアくんに伝えていると、フロントから電話が掛かってきたようで、ピトーが対応していた。そして、少し話した後に電話を切って、俺の方に振り向く。

 

「フロントから主様へのお客さんが来てるってことだったから通しておいたよ」

 

「ああ、やっときたのかアイツ」

 

 まあ、女の子は色々と時間が掛かるものだと、()も常々言っているので、そういうものなのだろう。知りたくはないが、よく知っている。

 

「誰が来るの?」

 

「俺とピトーだけじゃ、念能力者のイメージが偏るかも知れないから他の念能力者だ。俺の盗賊団の残党のひとりで、今……えーと、20代半ばぐらいの年齢かな?」

 

「へー、そうなんだ」

 

「クート盗賊団の残党ぅッ!?」

 

「にしては随分、若いのだな」

 

「いや、だから念能力者ってなんだよ?」

 

 あの()は、暗黒大陸から拾ってきた時の年齢が0歳で考えるので、その歳で正しい。というか、そう扱わないとハンマーで殴られる。

 

 そんなことを思い返していると、このスイートルームについているインターホンがなった。俺とピトーに続いて、4人も玄関に向かう。そして、ゴンくんに玄関を開けてもらうようにように頼み、彼がドアを開けるとそこには――。

 

 

「………………」

 

 

 ゴンやキルアと同じか少し上程の年齢に見える"長い金髪で胸に十字架の装飾があしらわれた黒い服を着た少女"が立っていた。少女は無表情で、目を半分だけ開いており、そのせいか若干不機嫌そうに見えなくもない。

 

「えっ……?」

 

 どう見ても20代には見えない容姿に俺とピトーを除く4人は言葉を失っている。そして、数秒の時が流れたため、俺の方から声を掛けることにした。

 

「"イヴちゃん"。悪戯しないの」

 

「ふふっ――」

 

 そう言うと少女――イヴの体が淡く発光し、体格が大きく変わり、急激に成長する。具体的に言えば身長が144cmから167cmに変わり、体型が36kgから58kgに変わった。この身体情報はイヴちゃんに知れたら、半年ぐらい臭いお父さんを見るような目で見られそうなので、墓場まで持っていく所存である。

 

 そして、最後にポケットから眼鏡を取り出して、それを掛けると優しげな笑みを浮かべて、彼女は口を開いた。

 

 

 

「こんばんは、私は"イヴ"。よろしくね」

 

 

 

 彼女は暗黒大陸の古代都市にいたブリオンの最上位種のナノマシン兵器であり、すっかり人間らしく、色々と大人っぽくなり、()に育てられて奇跡的に真っ直ぐ育った昔はBLACK CATのイヴ、今は成長してルナティークと瓜二つの女性である。

 

 






~クート盗賊団残党~

・イヴ
 その昔、暗黒大陸からクートが拾ってきたやたら可愛いブリオン。植物由来で量産型のブリオンとは異なり、人由来の何らかの存在がベースのエース個体であり、ナノマシンの性能が極めて高いため、ブリオンの最上位種。クートと接しているうちに自我が芽生え始め、クートを反面教師にして育ったため、クート盗賊団でも指折りの常識人。戦闘能力は王直属護衛軍よりも低いが、原作よりもナノマシンの再生能力が遥かに高いため、異常な生命力を持つ。
 男のクートからはイヴちゃん、女のクートからは姫っちと呼ばれており、イブにとっての二人の認識は両親に近い。名前をイブにするか、ヤミにするかでクートは一週間悩み、ヤミの本名もイブなので、イブという名前を付けられた。好物は、やたらクートに与えられたためにタイヤキ。


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はじめての念

どうもちゅーに菌or病魔です。



 

 

「さて、メンツも揃ったことだし、念能力について説明しようか」

 

「主様、その女はなんなんですかニャ?」

 

「スタッフに頼んだら、見ての通りホワイトボードとマーカーを用意してくれたのでよかったよ」

 

「僕という者がありながら、他に女がいるんですかニャ?」

 

「念が万物に備わる生命エネルギーだということは話したよな。まあ、そこはそういうものだと思ってくれればいいので、深くは説明しな――」

 

「詳しく……説明してください。僕は今、冷静さを欠こうとしていますニャ」

 

「ちょっと皆タイム。後、イヴちゃん集合」

 

 ピトーが視線で人を殺せそうな目と、感情を全て失ったような顔で俺に密着してきて、とてつもなく怖いので先にそちらを解決することにした。

 

 すると、何故かイヴちゃんは無表情で口の端だけをつり上げる。なんだその顔、何か思い付いたときの()みたいな表情しやがっ――はっ!?

 

 そう思い当たったときにはすでに遅く、イヴちゃんは"よよよ……"と呟きながらゆっくり床に倒れ、"ナノマシン(トランス能力)"で作り出したハンカチで、涙も出ていない目を拭っていた。

 

「久しぶりに呼びつけて……来たら新しい女を見せつけるなんて……」

 

 イヴちゃんの下手な演技にゴンくんらの4人は目を点にしているが、周囲を10%程しか見ていない、ピトーにはそうはいかなかった。

 

「主様ァァァ! 酷い! 浮気だニャァァ!?」

 

 そう言いながら俺の首を全力で絞めつつ叫ぶピトー。うーん、中々の独占力の強さ、絞められ過ぎて目が霞んできた。

 

 そして、冤罪過ぎる……それに仮にイヴちゃんと関係があったとしてもそれは、ピトーと出会う過去の話なんだから――うん、止めよう。()でよく知っている。こういうときの女という生き物に理屈は通じないんだよなぁ……。

 

 どうしようこれ……もう収拾つかねーぞ。ピトーも話聞ける状態では既にないし。うーん、何か方法は――。

 

 あっ……。

 

「おい、ピトー」

 

「浮気者! バカバカ! 主様のバカ!」

 

「それ以上、落ち着いて話を聞かないと()になるぞ?」

 

 ピトーは一瞬ですごく落ち着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピトーの誤解はなんとか解き、イヴちゃんは俺の娘みたいなものだと納得させてから説明を再開する。そして、4人には教本代わりの念能力者の野望 with パワーアップキットを配布した。

 

「さて、まずは四大行と呼ばれるものが念の基本だ。お手元の教科書の5ページ目を開いて――と、言いたいところだが、キルアくんが怪訝な顔をしているので、そちらの話を聞こう。大方、友達の下に来たら、家に出入りしている知り合いから宗教染みたことを言われて困惑したが、他の仲間は全員真剣な様子で聞いているので、どうしたらいいのかわからないといったところかな?」

 

「全部わかってるじゃねーか!? なんなんだよこれは!?」

 

 バシーン!と大きな音を立てて、キルアくんに渡した念能力者の野望 with パワーアップキットは床に叩き付けられる。しかし、神字をこれでもかと刻み込み込んで作った教科書はそれぐらいではびくともしない。

 

「ちなみに念とはハンター試験で、ピトーや俺が使うとキルアくんが部屋の四隅まで逃げてたアレのことだ」

 

「あの嫌な感じの奴か……」

 

 そう言うとキルアくんは思い当たる節があった呟きを上げる。まあ、イルミくんの針が頭に入ってるから、尋常じゃない恐怖を感じているだろうからな。

 

「あ、そうだ。キルアくん、この本を何をしてもいいから壊してみなよ」

 

「これを? いいのかよ?」

 

「いいよ、どうせキルアくんには壊せないし」

 

「あぁん……?」

 

 俺がそう言うと、案の定キルアくんはすぐにムキになって、手を掛けて血管が浮き出て筋肉が膨張するほど破こうと引っ張る。

 

「がっ……ぐぎぎ……ぐっ……なんだこれ、ただの本なのにびくともしねぇ!?」

 

「それも念なのだよ、ははは!」

 

 念の修行中の事故で破れないように、濡れないように、燃えないようにと、どんどん性質を付与しながら強度を上げていった結果、とてつもなく壊れにくくなったのである。

 

 どれ程かと言われれば、"こんなもんもう武器じゃねーか!"と、本の耐久性をジンからお墨付きを頂くほどだ。

 

 ちなみにひとつあたりの製作コストに約3000万ジェニーほど掛かり、一冊につき、2~3日ほど製作期間が必要なので、大量生産はそもそも無理。とは言え、暇を見つけては作っているので、渡したものを含めて400~500冊ぐらい存在する。

 

 また、非売品である。

 

「主様のその、必要ないところへの無駄なこだわりはなんなんですかニャ……」

 

「クートは昔からこうだもん。どっちのクートもバカなの」

 

 何か外野からとても酷いことを言われている気がするが、受講者じゃない君たちはお口にチャックです。

 

「ねえねえ、クート?」

 

「何さ、イヴちゃん?」

 

「ハンターライセンス取ったの?」

 

「ああ、今期のハンター試験で取ったな。というか、ここにいる奴らは全員今期のハンター試験の参加者だ」

 

「ふーん……そうなんだ」

 

 そう言うと、何故かイヴちゃんは余裕たっぷりの笑みを浮かべていた。"ふんすっ!"と擬音を付けたくなるようなドヤ顔である。

 

 更にイヴちゃんは持っていたお洒落なバックを探り――。

 

「私の方が3年先輩」

 

「なん……だと……?」

 

 第284期生と刻まれたハンターライセンスを取り出してきた。しかも星がひとつ付いているため、シングルハンターのようである。ハンターにこれまで一切、興味がなかったのでイヴちゃんがプロハンターであることすら全く知らなかった。

 

「え!? イヴさんもハンターなんだ!」

 

「先輩ハンターだよ」

 

 一番驚くゴンに先輩風をぴゅーぴゅー吹かせているイヴちゃん(20代半ば)。

 

 クート盗賊団にいた頃は名実共に一番年下の少女で、団員からもそのように扱われていたため、どうやらその反動だと思われる。

 

「ちなみに何ハンターなんだ?」

 

「ブラックリストハンター」

 

「え? イヴちゃんもA級首なのに?」

 

「シングルハンターになるときに星を自主返納すると、その恩赦で、自身に掛かっている罪を帳消しにもできる。だから、私はもう法律上は犯罪者じゃないし、ブラックリストからも消えた」

 

「ほーん」

 

 イヴちゃんはそれに"もちろん、犯歴の程度・場合・頻度、無犯罪でいた期間にもよるけど"と追加していた。ということは、イヴちゃんは更正した上で、一回はシングルハンターを返納し、その後でもう一度シングルハンターになったということなのだろう。大したものである。

 

「それは……どんな犯罪者にも適用されるのか?」

 

「いや、最後の犯歴から数年から十数年無犯罪でいる期間が必要だから、大半の犯罪者には無理だと思うよ」

 

 クラピカくんの質問にイヴちゃんは丁寧に答える。

 

 あ、うん。そりゃ無理だな。また、法律ガバガバじゃねぇかと思ったが、犯罪の空白期間が加味されるのでは、本当に捕まらなければならないような連中が、その期間に何もせずにいられる訳がない。

 

「…………ブラックリストハンターに興味があるの?」

 

「ああ……一応、そうだな」

 

 クラピカくんがそう答えると、イヴちゃんはものすごく食い気味にクラピカくんに迫り、無表情で目を輝かせるという器用なことをし始めた。

 

「なら私と組まない?」

 

 …………ああ、これは後輩ハンターにする気満々なのようだ。まあ、クラピカくんレベルの才能を持つ者で、同業者の卵を見つけたならわからんでもないが、他の理由としてはハンター十ヶ条に準ずるものだろう。

 

 ハンター十ヶ条とは――。

 

①ハンターたる者、何かを狩らねばならない

②ハンターたる者、最低限の武の心得は必要である

③一度ハンターの証を得た者は如何なる事情があろうともそれを取り消されることはない。但し証の再発行も如何なる事情があろうとも行われない。

④ハンターたる者、同胞のハンターを標的にしてはいけない。但し甚だ悪質な犯罪行為に及んだ者に於いてはその限りではない。

⑤特定の分野に於いて華々しい業績を残したハンターには星が一つ与えられる。

⑥五条を満たし且つ上官職に就き、育成に携わった後輩のハンターが星を取得した時、その先輩ハンターには星が二つ与えられる。

⑦六条を満たし且つ複数の分野に於いて華々しい業績を残したハンターには星が三つ与えられる。

⑧ハンターの最高責任者たる者、最低限の信任がなければその資格を有することは出来ない。最低限とは同胞の過半数である。会長の座が空席となった時、即ちに次期会長の選出を行い決定するまでの会長代行権は副たる者に与えられる。

⑨新たに加入する同胞を選抜する方法の決定権は会長にある。但し従来の方法を大幅に変更する場合は全同胞の過半数以上の信任が必要である。

⑩此処に無い事柄の一切は会長とその副たる者、参謀諸氏とでの閣議で決定する。副たる者と参謀諸氏を選出する権利は会長が持つ。

 

 という、途中までは心得で、途中からプロハンターのシステムの説明あるいは法律のようなものである。

 

 昔、ジンがしょっちゅう星の更新が面倒だの、上官職が面倒だのと俺に愚痴を溢しており、この内容についても触れる機会があったので、全て覚えてしまった。

 

 そして、十ヶ条の四番目で、上官職の方は今は考えないとして、ダブルハンターになるのは後輩ハンターの育成が必須なのだ。そして、その後輩がシングルハンターになることで初めてダブルハンターになれる。

 

 その白羽の矢をイヴちゃんはクラピカくんに立てたようだ。まあ、シングルハンターになれそうな者を育成できる機会など、そうないだろうから妥当と言えば妥当なのだろうか。とりあえず、もうすっかりイヴちゃんはハンターのようだ。

 

「か、考えさせてくれ……」

 

「わかった。これ、名刺ね」

 

 そう言って名刺を渡すと、イヴちゃんは引き下がった。イヴちゃんに詰め寄られていたクラピカくんの視線が、一瞬だけイヴちゃんの谷間に向いたことを見逃さなかったが、俺も同じ事をされたら、そちらに視線が向いてピトーにしばかれる自信があるので、見逃したことにしよう。

 

 そう言えば第二試験でも、ネテロ会長がメンチさんに話してるとき、一度だけ谷間に視線を向けてたっけな。うん、世界最高峰の念能力者も同じ事をするんだから、男なら仕方のないことなんだよ。

 

 ははは、それでピトーさん?

 

「なんでさっきからずっと俺の足をお踏みになっているんですか?」

 

「主様がチラッとイヴの胸を見てたからニャ」

 

 …………ですよねぇ。いや、ほら男の(さが)というか、どうしようもないことなんですよ。ええ。

 

「さてさて、大分脱線したが話を戻そうか! 四大行についてだったな」

 

 手を叩いてからホワイトボードに四つの漢字を書き出した。

 

 まずは(テン)。オーラが勝手に拡散しないように、体の周囲に留める方法だ。念能力者にとって最も基本のことでもあり、体を頑丈にする、若さを保つ効果もある。

 

 (ゼツ)。精孔を閉じ、体からオーラが出ていない状態にする。気配を絶ち、疲労の回復やオーラの回復を早める効果もある。これに関しては野生の生き物が自然のサイクルで身に付けていることも多々ある。

 

 (レン)。精孔を広げて、通常以上のオーラを出し大量のオーラを駆使できるようになる。オーラの攻防力が上がり、戦闘時にはこれが長時間できなければお話にならない。

 

 (ハツ)。オーラを自在に操る。まあ、これはいわゆる必殺技のようなものだ。今は考える段階に無いので気にしなくていい。

 

 四大行の説明はし終え、ボード用マーカーを置く。そして、いつもよりもオーラを絞り、薄く掌を覆う。そして、握り締めて拳にすると、4人へ振り返った。

 

「とまあ、一通りの説明をしたのはいいが、やはりオーラが見えなければ話にならないので、早速精孔を開こうと思う。まあ、この方法だと最悪死ぬが、それぐらいやって退けれないようなら念能力者になる資格はない」

 

「あん……死ぬだぁ? そりゃ、どういうこ――」

 

「こういうことだ」

 

「あがぁ!?」

 

 俺は一歩で距離を詰め、レオリオくんを殴り飛ばし、その瞬間に全身の精孔を抉じ開けた。

 

 レオリオくんは室内の壁に当たって止まり、意識は飛んでいないため、殴られた頬に触れる。

 

「テメェ! なにしやがっ……なんだこりゃ!?」

 

 そして、こちらを見る前に全身から立ち上がるオーラの奔流に気がついたのか、酷く驚いた表情をしていた。

 

「その全身から涌き出るものがオーラだ。全身に鎧をまとうように意識を向けろ。それが一番の基本の(テン)だ。できなきゃそのうち疲労でぶっ倒れ、それでもできなきゃ死ぬだけだ。後は君の頑張り次第さ」

 

 俺は拳を鳴らしながら、残る三人の方に振り返ると、笑顔で語り掛けた。

 

「さあ、次は誰だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと……ゴンくんとキルアくんがすぐに纏ができて、二人とそこまで変わらない時間でクラピカくんもできて、レオリオくんもなんだかんだ10分掛からないぐらいか……うーん、君たち超優秀」

 

 わかってはいたが、全員かなり高い念の才能をお持ちのようだ。俺としてはぶっ倒れながらでも、2~3日で纏ができるようになれば及第点といったところなので、全員花丸である。

 

「クート、まだあんな危険な方法でしてるの? ゆっくり開ければいいのに」

 

「初めに言ったが、抉じ開けて纏もできないような奴は、始めから念能力者にならない方がいい。俺は抉じ開けることしかしないが、抉じ開けるということは、そもそもその方法で問題ないと俺が判断した奴がほとんどだ」

 

 イヴの呆れ半分の言葉に俺は言い返した。ここだけは師として引けないところだ。

 

 何よりも一週間から数年近くゆっくり時間を掛けて、念を習得するのはあまりに非効率的だ。時間と安全なら俺は躊躇なく時間を取る。時というものは何にも変えがたい一番の宝だ。そして、何よりも弟子のための時間を師が奪うわけにはいかないのだ。

 

 現にこうして彼らは今すぐにでも修行ができる状態である。彼らがたまたま俺に頼って念を覚える上で、これ以上の僥倖はないだろう。

 

「ひとつ質問してもいいだろうか……?」

 

「なんなりとどうぞ」

 

 自身のオーラの感覚をしばらく確かめていた4人の中で、一番早くクラピカくんに質問があるようなので、答えることにする。

 

「その……私たちのオーラと比べて、クートさんやピトー、イヴさ――」

 

「呼ぶならイヴでいいよ」

 

「失礼――イヴのオーラは、あまりに量や質が掛け離れているように思えるのだが、その認識でいいか……?」

 

 うん、最もな疑問だとも。もちろん、答えよう。

 

「それはそうだ」

 

 その言葉と共に俺は(レン)を行って自身のオーラで室内全てを満たして見せる。ハッキリと視認できるようになった彼らは、その事実に驚き、目を見開いていた。今の彼らでは到底できることではないだろう。

 

「俺は、オーラ量だけなら俺を超える人間は見たことはない。種族としてはピトーとイヴも人間ではないが、君らの前にいる念能力者らは、潤色も傲りもなしに、紛れもなく世界最高峰の念能力者のひとりだ」

 

 それを言ってオーラをしまうと、手を叩いて注目を集める。そして、再び口を開いた。

 

「君たちは念能力者として、スタートラインに立ったばかりだ。せめて、四大行ぐらいは俺が責任を持って鍛えよう。さあ、修行を始めようじゃないか」

 

 四人の反応は三者三様だったが、それでも未知のものに立ち向かう挑戦的な目だけは持ち続けているように思えた。

 

 ああ、俺に言わせれば、君たちはもう。立派なハンターだよ。比較対象は少し悪いが、少なくとも、これまで()が殺してきた数多のハンターのよりもよっぽどな。

 

 そんなことを考え、自嘲しながら四人の修行に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 



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系統と母親


どうもちゅーに菌or病魔です。

やっと次回からピトーとイチャイチャできるぜ……。


 

 

「まあ、修行とは言ったが、正直四大行の纏・絶・練の基礎作りぐらいしか今はできないので、軽めにやっていこう。発は今すぐにやらんでもいいしな」

 

「その発というのは具体的になんなんだ?」

 

「うん、最もな質問だ」

 

 とりあえず、修行のために筋トレをしていた場所まで来た俺を含めた7人できた。そして、早速クラピカくんから質問が上がったので答える。

 

「発はそのまま言えばオーラを自在に操る能力。簡単に言えばゲームの必殺技だな」

 

「ゲームの必殺技?」

 

 何故かその言葉に一番よい食い付きを見せたのはキルアくんだった。まあ、彼は普通にゲームをしていそうな子だしな。兄貴のミルキくんは中々ディープなオタクだし。

 

「そう。例えば俺の発は――」

 

 そう言って手元にクライストを具現化して見せ、それで自分自身の片腕を飛ばした。しかし、腕の断面から、ナノマシンが修復していることに由来する白煙が立ち上ると共に、無くした片腕が瞬時に再生する。

 

 4人に見やすいように大袈裟に手の感覚を確かめ、もと通りだということを強調してから再び口を開いた。

 

「俺の発はオリハルコンの武器を具現化する秘密結社の武器職人(シークレット・ウェポンズ)。体内にナノマシンを具現化するG・B(ゴッド・ブレス)。そして、肉体から人格に至るまで女性に変わる矮小な男と高飛車な女(ジキルとハイド)。最後に女性体でしか使用できない、最終試験でヒソカくんと戦った時と、試しの門をぶっ飛ばした時に使った幻想虎徹(イマジンブレード)の4つだな。今のところは」

 

「なるほど、女の方が私に言っていた超能力にしか見えない事とはこういう意味だったのか……」

 

「ってか、やっぱり家の試しの門をぶっ壊したのお前かよ!?」

 

「ちなみに念能力者の間で、念能力と言えばもっぱらこの発のことだ。そのため、発が使えない念能力者は半人前にすら満たないとも言えるな。とは言え、念能力は一度作ると消せず、どれだけ念能力が作れるのかも個々の才能によるため、焦って作る事だけはしてはいけない。その辺りは、渡した本の内容を頭に入れた上で師を仰げ」

 

 容量(メモリ)が、まだ残っているからな。まだ、念能力を増やせなくもない。特に必要性もないので、もしも必要になった時のために残すことにしているのだ。

 

 二人の呟きを聞き流しつつ、俺はホワイトボードは流石に持ってこれなかったので、空に六角形の大きな図と、それぞれの頂点に漢字を書く。

 

「クートさんそれは?」

 

「念能力の系統図だ。てっぺんが強化系、そこから右回りに変化系・具現化系・特質系・操作系・放出系ときて、強化系に戻る。系統とは個々が生まれついて持った血液型のようなものだが、その重要性はある意味、念で最も重要だと言える」

 

 まずは強化系。性質としては、物の持つ働きや力を強くする肉体や武器の強化といったわかりやすい能力だ。それ故に念能力者としては最も、単純な肉弾戦に向いている。

 

 変化系。性質は、オーラの性質を変えることが主だな。オーラを炎に変えたり、金属のように固くしたり、形状を変えたりと兎に角多岐に渡る。個人的には初見で念能力が、特質系を除けば一番わかりにくい系統だな。

 

 具現化系。これはある意味、強化系に次いでわかりやすい、オーラを物質化する性質を持った系統だ。特殊な武器の創造、念獣、念空間などを主に念能力にしている。俺の秘密結社の武器職人(シークレット・ウェポンズ)もほぼ具現化系の念能力だな。

 

 特質系。これに関しては……そもそも特質系の才能がなければ発現しないものなので、あまり気にしなくていい。敵の能力の予想もほぼ不可能だし、見たところ特質系に属するような気質は君達からは見られないしな。まあ、俺ら三人は全員特質系だからあんまり説得力はないか。

 

 操作系。物質や生物を操る性質を持ち、そのまま他人の操作や、命令の強制なんかをさせる系統だな。皆とも知り合いのキルアくんの兄で、俺の弟子のイルミくんは操作系の念能力者だ。

 

 放出系。これはオーラを体外に留めておきやすい性質だ。主にオーラで作った弾丸の念弾、瞬間移動、念獣などを念能力にしている者が多い。

 

「おい、今兄貴の師匠って言ったよな……?」

 

「家庭教師みたいなもんだ。後で知りたければ教えてやるよ。そして、生まれ持つ系統が最も習得が早く、力が発揮できる。逆に相性の悪い系統ほど、扱いにくく覚えにくい。例えば強化系系統の念能力者なら、強化系は100%、両隣の変化系と放出系は80%、その下の具現化系と操作系は60%、最後に最も遠い特質系は40%だが、発現していなければここは0%だ」

 

 空に浮かべたオーラを図の中に言った通りのグラフを出現させ、視覚的にも分かりやすく説明する。

 

「まあ、特質系は発現したらしたで、系統が特質系に変わってしまうから、それはそれでまた面倒なことになるが、今はまるで関係ないので忘れていい。詳しくは教科書の系統の項目の特質系のページを参照してくれ」

 

 それからとりあえず、全ての系統を一通り、グラフで見せてから、"ここまでで何か質問はないか?"と呼び掛けると、クラピカくんが手を上げた。

 

「どうぞ」

 

「当然のように我々は見ているが、その図や文字を作り、中のグラフを作成すること。もしや、凄まじく高度な技術なのではないか?」

 

 試しに空にオーラで文字を書こうとし、まるで出来ていない様子のクラピカくんはそんなことを質問する。よいところによく気がつく子である。しかし、これに関して気づいたのは、多少余計だったな。

 

「うーん? まあ、遊びみたいなものだよ。オーラ技術が俺やジン並みに向上すれば、そのうちできるようになるかもしれないさ」

 

「つまり、常人にはまずできない芸当だということか……」

 

「そうとも言うが、あまり自分の限界を決めようとするな。念は精神面の状態に大きく左右される。それ故に限界という定義は誰でもない自分自身が設定してしまうものだ。だから、目標はより高くより遠くに、そして強く持て。そうだな例えば、()をぶっ倒すことが目標だっていい」

 

「……そうか、すまなかった」

 

「いや、決して謝ることじゃないさ。それで、話を戻すと、この系統を調べることに水見式という方法が、一番楽なんだが、それをするために練が必要なんだ」

 

 その言葉の直後、俺は予備動作なしに練を行い、オーラ攻防力を跳ね上げ、戦闘時のオーラに切り換え、それを4人にぶつける。4人は突然、俺から溢れ出続ける濁流のようなオーラに当てられたことで、吹雪に襲われた人間のように腕で顔を覆っていた。

 

 それを見て練を止め、肩で息をしている四人に微笑ましさをを覚えながら口を開く。

 

「そして、極めれば練だけでここまでのことができる。まあ、それ以前に少なくとも2~3時間は戦闘中に練を保ち続けること。瞬時かつ予備動作なしに練をできるぐらいにならなきゃ、念能力者としては二流以下だ。ひとまずは一週間で練をできるようになることが俺からの課題だが、当面の目標はそれにするといい。では練のやり方を説明するからやってみようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の夕方頃。今度はホテルのスイートルーム内にいた。

 

「えーと……ゴンくんとキルアくんとクラピカくんがだいたい半日で練ができるようになって、レオリオくんが一日半でできるようになったか……はーん、皆超優秀だなぁ……」

 

「私たちが言えた義理じゃないけど、彼らスゴいね」

 

「ニャ」

 

 あれ? なんか前もこんなこと言ったような気がするが、まあいいか。なんだろうなこれ……本来ならレオリオくんの才能で無茶苦茶感心を覚えるぐらいなんだが、他三人が異次元過ぎて、レオリオくんが霞んでしまう。

 

 レオリオくん以外の三人、その中で既に覚えていたゴンくんを除く、二人に絶の仕方を教えたのだが、レオリオくんが練を使えるようになるまでに使えるようになったしな。

 

 まあ、幸いなことは特にレオリオくんは気負うこともなく、むしろ率先的に三人からやり方を聞き、三人も楽しそうに教えていることだろうな。レオリオくんの絶に関しても、触りは教えたので時間の問題だろう。

 

「これで水見式ができるんでしょう? クートさん!」

 

「お、おう……そうだな。とりあえず道具は用意したから実演してみるぞ」

 

 ゴンくんの笑顔が眩しいので、とりあえず、水見式のやり方を教えよう。まず、水見式とはネテロ会長の流派である心源流に伝わる方法で、水を張ったグラスに葉っぱを浮かべ、そこに手をかざして練をすることで、グラスと葉っぱに起きる反応で系統を判断するのだ。

 

「ほー、それでどんな風に変わるんだ?」

 

「そうだなレオリオくん。大雑把に言えば、強化系は水の量が変わる。放出系は水の色が変わる。操作系は葉が揺れるようにして動く。特質系はその他。具現化系は水に不純物が出る。変化系は水の味が変わるといったところだな」

 

 そう言いつつ、先に水を張って葉っぱを乗せたグラスを洗面器に乗せてから、それに向かって俺は練を行った。

 

 するとみるみるうちにグラスの中の水が、地に溢れた人血のような毒々しい赤黒さを帯びる。そして、人血よりもさらに濃厚な鉄臭さと血腥(ちなまぐさ)さを帯びた異臭を放ち始め、更に何故か一切溢れずに体積が増えたことで、グラスを容易く破壊する。そして、洗面器の中で、意思を持つかのように赤い水が移動し、雪の結晶のような形になり、そのまま硝子細工のように固まった。

 

 ふーん、今日の形は広幅六花か。赤黒くて臭くなけりゃ、少しはマシに見えるんだがな。

 

「え……?」

 

「は……?」

 

「いや……今のは?」

 

「おいおい……」

 

「キレイだったニャ……」

 

「相変わらず、クートの水見式キモい」

 

 悪かったなイヴちゃん。意味のわからん水見式の結果で。世界最低最悪の念能力者の水見式の結果が普通になるわけないだろ。()の方はもっと酷いからまだマシだ。人形のデザインといいピトーの感性はちょっと変わってるなぁ。

 

「とまあ、今のが特質系の水見式の結果だ。要するに他の五系統とは全く異なる結果が出る。ちなみにピトーは葉っぱが枯れて、イヴは葉っぱが再生して元の植物に戻る。じゃあ、皆やってみようか」

 

 そんなこんなで始まった水見式。まずはゴンくんから始めた。ゴンくんがグラスに練を行うと、グラスから一筋の滴が溢れ落ちる。

 

「あっ、増えた!」

 

「水が増えたということは強化系だな」

 

「ゴンらしいニャ」

 

 それは単純馬鹿で、理屈が通じないとかそう言う皮肉だろうか? いや、系統での性格が大雑把に判断できるほど念能力者を見ていない筈なので、単純にそう思ったのだろう。

 

 それから三人の水見式を行い、結果はキルアくんは水が甘くなったので変化系。レオリオくんは他の水を張ったグラスと並べてみるとわかる程度に色が変わったので放出系。クラピカくんは水に不純物ができたので具現化系という結果になった。

 

「4人いて誰も被らなかったな」

 

 まあ、別にそれがなんだというわけではない。強いて言えば系統が変われば、性格もまるで異なる場合が多いので、そんな人間らがこうして友人として集まっていることが、少々不思議に感じることぐらいか。

 

 さて、個人的な本題に取り掛かるか。

 

「クラピカくんや」

 

「なんだ? ク――」

 

「くもー」

 

 笑顔でクラピカくんの目の前にオーラで作った12本の脚を持つ蜘蛛を浮かべると、クラピカくんの目が緋色に染まり、即座に俺ごと蜘蛛に殴り掛かってきた。

 

 俺はオーラの蜘蛛を浮かべたまま、何もせずにそれを受けたため、顔面に拳が衝突した。しかし、オーラ量や身体能力の差から、俺は一切傷を負わず、むしろ殴った方のクラピカくんの拳に血が滲んでいた。

 

 もう、必要ないので蜘蛛は消しておく。

 

「おい、クートさん! クラピカが蜘蛛を見ると激情するってこと知って――」

 

「ああ、知ってからそうしたんだ。三次試験でその場に居合わせたからな」

 

 俺は友達想いのレオリオくんを制しつつ、クラピカくんの腕を掴んで、水見式のグラスへと移動させ、それから口を開いた。

 

「クラピカくん。緋の目のままで、もう一度練を行って見てくれ」

 

「何……?」

 

「例えば、さっき少し言ったが、俺が私になっただけでも水見式の結果が変わる。そして、これは言っていないが、後天的に特質系に変わるような場合は、両隣の具現化系か、操作系であることが多いんだ。だから、緋の目の状態では結果が変わるかも知れないと思ってな」

 

「ッ!? そのためにか……わかった。やってみよう」

 

 そして、クラピカくんが行った結果は、水の色が変わり、それと同時に葉が回るという。五系統に属さない系統――特質系を示していた。

 

 四人はとても驚き、やはりクラピカくん自身が最も驚いている様子だった。

 

「……ふむ、もう一度。緋の目ではない状態で練をしてみてくれないか?」

 

「あ、ああ……わかった」

 

 すると最初の水見式の結果と同じく、グラス内に不純物が形成された。これは珍しいな。今となっては知るよしもないが、クルタ族というものは皆、こうだったのだろうか?

 

「俺もこういうタイプは何人も見たことがない。どうやらクラピカくんは、通常は具現化系で、緋の目の間だけ特質系に変わるらしい」

 

 どうやら、彼はあらゆる意味で一筋縄ではいかない念能力者に育ちそうだ。修行方法も特殊になることもそうだが、なにより戦闘中に系統が変わるなど相手からすれば堪ったものではないだろう。

 

 しかし、少年漫画の主人公みたいな能力だな全く……あ、少年漫画だったわ。HUNTER×HUNTER(ここ)

 

 俺は小さく溜め息をついてから彼ら4人を眺めて呟いた。

 

「うん、四大行の基礎はこれで、一通り終わっちゃったんだよね。後はとりあえず、練でもっと生み出せるオーラ量を増やしてもらわないといけないから、俺抜きでもできるし、時間的に拘束する気はないからひとまずはここまでだな」

 

 そういうと全員が"え? これで終わり?"とでも言わんばかりの様子で目を点にしていた。

 

「もし、これ以上の師事を仰ぐのなら、少なくとも5年は俺と共にいるぐらいのことは覚悟しておくように」

 

 そもそも俺としては、彼らに念の説明をする気もなく、裏ハンター試験を普通に与えられた師の下で覚えるものと考えていたが、()が大変余計なことをしたり、更にその後の流れでこうなったので、既にかなりやり過ぎた感は否めない。

 

 既に手配されているであろう念の師に怨まれそうなので、基礎だけ語り、後は師の方で鍛えて貰うことが最善だろう。心得、基礎の更なる修行、応用技、系統別の修行方法など幾らでも教えてもらえることはあるからな。

 

 なによりも、この子らにこれ以上、本気で俺が師事したら……熱が入り過ぎて俺の方が離れられなくなりそうだ。

 

「特にレオリオくんは医大受けるんだから勉強しないといけないしな。絶をしながら勉強すれば常に疲労を回復しながら行えるから、驚くほど効率的にできるぜ?」

 

「マジか!? ありがてぇ!」

 

 うんうん、念なんてそれぐらいの使い方でいいのさ。まあ、試しの門を開ける気なら、ゼブロさんの家の設備では2~3週間は掛かっただろう。そのため、筋トレを含めて一週間程でここまで来れたのだから、多少は助けになったと言えると思いたいところだ。

 

「後、殺す気がないなら、無能力者に念は振るうなよ? 簡単に血染みができあがるからな。後、念の秘匿については教科書に載せているから、そこだけは読むように。もちろん、教科書は差し上げるので、暇なときにでも読んで多少の参考になれば幸いだ」

 

 まあ、ある程度極めれば加減はできるようになるが、生憎その段階までは流石にかなり遠い。だったら始めから使わないことを教えた方がいいだろう。

 

「そうだゴンくん。ジンについての話だったな。いいぞ、全部話して――」

 

「あ、それ。やっぱりいいや、クートさん」

 

 その言葉に俺だけでなく、話すに至る経緯を知らないイヴちゃん以外の全員が目を丸くしていた。

 

「いいのかよゴン? アイツ、ああ見えて無駄に人脈広いから、他人の情報は基本なんでも知ってるぜ? なんならそのジンの現在地なんかも――」

 

「うん、だからだよキルア。ジンはやっぱり、俺が見つけ出して直接話を聞かないとダメだと思うんだ。クートさんの話もジンから聞くことにするよ!」

 

 ジンから見た俺の話を聞くという猛烈にこそばゆいことを言われ、なんとも言えない気分になりつつ、その妙なところにこだわりがあるところ、一切自分を曲げないところ、結果よりも過程や自分の目標も重視するところが――。

 

 

 

 "()"にそっくりなんだよなぁ……。

 

 

 

 

「なあ、ゴンくん? ならもうひとつだ」

 

「なにクートさん?」

 

「君を産んだ母親について知りたくはないか?」

 

「え……?」

 

 そう言うとゴンくんはとても驚いた様子だった。そちらまで知っているとは思っていなかったのだろう。まあ、知っているどころの話ではないのだがな……。

 

「なんというかな。まず、君の母親はピンピンしている。そして、俺と非常に親密というか、腐れ縁というか最早離れられないというか……兎に角、俺がよく知る人物だ」

 

 ええ、本当に……本当に世話の掛かる奴なんだよ。

 

「何よりも、ソイツは一切、母親として向いていない。子育てなんかした日には、君を理由に世界を敵に回しかねないから、ジンがどうにか説得して引き剥がして、ソイツの目の届かないところで育てることになった。だから、今の君があるんだ」

 

 とはいえ、それでもひとつだけ、わかっていて欲しいことだけはあった。想いを共有している俺だからわかることだ。

 

「ああ、でもこれだけは忘れないで欲しい。君の母親は、未だに君を愛しているよ。君が思っている以上にずっとな」

 

 そう語り掛けると、ゴンくんは少し目を瞑り、そして見開くと真っ直ぐに俺の目を見ながら口を開いた。

 

「クートさん。とってもその人のこと想っているんだね。真剣な目を見てわかったよ」

 

「ああ、とてつもなく世話の掛かる妹みたいなものだ……」

 

「そうなんだ。けれど俺にとってはやっぱり育ての親のミトさんが、母親なんだ。だから――その人のことは母親とは思えないよ」

 

「そっか……わかった。すまないが、1階のフロントに借りているホワイトボードを返して来てくれないか? 言えば引き取ってくれると思うから」

 

「うん、わかった!」

 

 そう頼むとゴンくんはすぐにホワイトボードを引いて、部屋から出ていった。

 

 そして、扉が閉まるのを確認してから、大きく溜め息を吐き、回りを見ると、半眼で見つめてくるイヴちゃん以外の皆が俺を絶妙な表情で見ている姿が目に入る。

 

 まあ、ゴンくんみたいな純粋無垢な子以外はあの説明でわからない方がおかしいからなぁ……。

 

「言いたいことがあるなら言うように」

 

 するとピトーとゴンくんの仲間の三人が集まってしばらく話し合った末、ピトーが俺の前に出て来て口を開く。

 

「あの主様……ゴンの母親は誰なんですかニャ?」

 

 最早、怖いものなど何もなくなったようなとても軽い気持ちになりつつ、ピトーではないどこか遥か遠くを見ながらポツリと呟いた。

 

 

 

「"()"だよ」

 

 

 

 その後、ゴンくんが戻ってくるまで、何故か自分でもわからないが小さく笑うことが止まらなくなっていたが、誰もそれ以上質問をしてくることはなかった。

 

 皆優しいなぁ……ああ、そらきれい。

 

 

 

 

 



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猫嫁

どうもちゅーに菌or病魔です。

イチャイチャ開始です。


 

 

「………………ふふっ、くふふふ……」

 

 女性人格の方がゴンの母親だったというとんでもないカミングアウトの後、皆はそれぞれの行き先に向かったけれど、主様はまだ立ち直っていないのか、トラウマを掘り返されたままなのか様子がおかしい。

 

 ちなみにイヴは"もうちょっとクラピーを強く勧誘してくる"と言ってクラピーと一緒に出ていったので、この部屋には僕と主様しかいなかった。

 

 主様には同情を禁じ得ない。何せ、主様は普通に女性が好きなのに、女性人格がしたことを主観的に覚えているということはつまり、そういうことになるわけで……なんて酷い念能力なんだ……。

 

「ピトー」

 

「はいですニャ」

 

 どうやって励ましたものだろうと考えていると、ソファーに座ったままの主様が声を掛けてきたので、隣に腰掛ける。すると主様の方から口を開いた。

 

「幻滅したろ……?」

 

 それ以上のことは言わず、主様は僕と目を合わせようともしなかった。ふと、主様の手を見ると震えているのが見え、僕は小さく溜め息を吐いた。

 

「ちょっとびっくりしたけど、そんなこと僕にはどうでもいいんですニャ。女性人格の方も主様だけど、主様にとっては手の掛かる妹みたいなものなんですよね?」

 

「まあ、そうだな……」

 

「じゃあ、その話はこれで終わり。それに夫の全部を愛することが女の甲斐性ですニャ」

 

 そう考えたら今まで深く考えていたことがなんだか馬鹿らしく思えた。そもそも僕が一喜一憂するなんて性に合わない。

 

 女性人格が主様からできた何かなのはよくわかった。それに今思えば、女性人格の方が僕を明らかに特別に愛そうとしてくれていたということは、主様も言わないだけで僕を愛してくれているということの裏返しになる。そんな感じに見てみると、ちょっと楽しいような気がする。

 

 それに僕の言うことを聞いてくれてもいた。だから、やっぱり今度はもっと話をしてみようと思う。僕もこれからずっと付き合っていくのだから。

 

「主様、女性になってください」

 

「――!? ま、待て……流石にそれは……」

 

「必ず……必ず戻して見せるから」

 

 シルバとか言うのが言ってた方法を主様から聞いたけれど全然ロマンチックじゃない。だから、僕なりの方法を考えた。そして、ゴンにだって僕ほど真っ直ぐな愛は向けていなかったことから、これは僕にしかできないことだと思う。

 

 だって僕は主様と同じく、この世界の住人であって住人ではない。心の底の底から主様が気を許してくれる唯一の家族なのだから。

 

「…………わかった。頼む」

 

 そう言って主様はそう言って目を瞑る。そして、淡いオーラの光が主様を包み、それが晴れるとそこには女性の主様の姿があった。

 

「ああ、ピトー……私の可愛い猫」

 

「ねぇ主様?」

 

「なぁに?」

 

「僕の話を全部聞いて欲しいニャ」

 

 僕が考えた僕にしかできない方法――それは全てを理解させることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく聞いて主様――いや、"クート"。君は念能力で生まれた人格なんだ」

 

 私の何より愛しい人。何故そんなことを言うの? そんなわけはない。あるはずもないのだから。

 

 しかし、ピトーのいつもよりずっと真っ直ぐで嘘偽りない目が、何よりも私を困惑させた。

 

「私が念能力で生まれた人格……? ははは、何を言っているの? そんなわけはないでしょう?」

 

「違う。僕が知ってる主様は男性だよ。今も昔もね」

 

「私はクート・ジュゼル! 前世だってあったし、貴女を飼っていたことも覚えているわ!? 昔の名前は――」

 

 私は全部思い出す。ピトーは白い毛で金色の目をした猫で、寒い日の夕方に拾った。毎年、拾った日にはちゃんと誕生日に何かしらの物を買って、いつも家では一緒にいた。

 

 だから貴女を残して死んだことに気づいたときは、胸が張り裂けそうな思いだった。辛くて悲しくてなによりも申し訳なくて……だからまた会えたことは奇跡以外の何物でもなくて、今度こそ絶対に守るって、死なないって決めた!

 

 なのに――。

 

「………………男の名前?」

 

 違うわ……そんなわけない。それなのにどうして、そんなことが頭に浮かぶの? それだけじゃない、私の中で霞かがっていたことが急激に晴れていくようだった。

 

 私は震える手で身分証を取り出す。

 

 そこには"クート・ジュゼル"という名の男の顔写真が貼られ、性別の欄にも男との表記がされていた。

 

「あははは……なにこれ? 前に見たときはちゃんと私の顔写真で女って書いてあったのに……新手のドッキリかしら? 趣味が悪――」

 

「飼い猫は……主人に嘘は吐かないよ。君が一番よく知ってるよね? 全部、君が思い込んでいただけだよ」

 

 その言葉に私は閉口する。

 

 ああ、そうでしょう。だって、嘘を吐く理由が貴女と私の間には始めからどこにもないのだから! なら私は……私は……違う違う違う! 私は本物よ! でもピトーがそう言って……ああ!

 

「止めて……止めてよ……止めなさい……私は幻なんかじゃないわ! 消えろ――」

 

 そう言って私は幻想虎徹(イマジンブレード)を振り上げ――その事実の愚かしさに気付き、柄を手から落とした。

 

「ダメ……ダメ! ダメよクート……殺したらダメ……ダメなんだから! 何を考えてるの!?」

 

 私にピトーは絶対に殺せない。ピトーだけは何があっても殺せない。他とは違う"特別な私の家族"なんだから!

 

「よしよし」

 

 すると私は抱き締められ、思わず顔を上げた。そこには優しげに私に笑い掛けるピトーの姿があった。

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫じゃ……ないわよ……」

 

 ああ、なんて酷い……酷過ぎるわこんなの……()は同じ思いをずっとしていたのね。なんでもっと早く気づかなかったの……私……ずっとひとりだけだと思っていたのに。

 

「ひとつだけ……教えて」

 

 それを聞くのが怖かった。けれどこれだけは聞かなければならなかった。

 

「私は貴女の……なに?」

 

 そういうとピトーは、これまで一番の笑顔を見せながら口を開いた。

 

「もちろん、僕が大好きな主様ですニャ」

 

 ああ……ああ……それなら……本当に嬉しい。ピトー……私も大好きよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うん、というか、別に私が念能力で作られた人格だからと言って消えるわけでもないし。やっぱり盗賊クートをやってたのはほとんど私だから特に問題ないじゃない。ピトーにも主様って言われたし。

 

 やだやだ、それなら心配して損したわ。まあ、今日はここまでにしておくわ。これから改めてよろしくね? ()クン?

 

 うふふ、それともこう呼ぼうかしら?

 

 オニーチャン?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が人格ながら精神が強靭過ぎるだろ……なんだよその切り替え速度……」

 

幻想虎徹(イマジンブレード)なんて、精神に剣を直結させる念能力を作っただけはありますニャ」

 

 戻った主様は目頭に手を当てて溜め息を吐いていた。

 

 でもこれで、女性人格の方は主様のことを自覚した。傍若無人だけど思ったよりワガママな方ではないから、これで僕が頼めば自由に切り替えてくれるようになった筈だ。

 

「これでよかったのかな……?」

 

「僕は主様に嘘は吐きたくないですニャ」

 

「そうか……わかった」

 

 まあ、ちょっと面倒なことになるかも知れないけど、騙すような真似をし続けるより僕はこっちの方がずっといいと思う。

 

「ちょっとついて来て欲しいんですニャ」

 

 僕は主様の手を取って歩き、リビングから連れ出すと、寝室に行って、キングサイズのベッドの前で立ち止まった。

 

「……? ここで何を――」

 

「えいっ!」

 

 僕は主様に勢いよく抱き着いて主様をベッドに倒した。そして、少し移動してベッドの真ん中で互いに向かい合う形で座る。

 

 そして、主様にハンターライセンスを見せた。

 

「これで僕も立派な人間ですニャ」

 

「あ、ああ、そうだな……ピ、ピトー?」

 

「にゃふふ……」

 

 主様は今さら気づいてももう遅い。僕はずっとずっと、ずっと! 待ってたんだから!

 

 色々あって、できなかったし、ここでもゴンたちと雑魚寝みたいなものだったから主様と中々二人っきりになれなかったけれど、ようやく二人っきりになった。だったらもう、我慢する必要なんて何もないよね?

 

「ピトー……その……本当にいいのか?」

 

「僕は最初から主様と結婚して子供が欲しいからハンター試験を受けたんですニャ。だから――ん」

 

 僕は主様にそっと抱き着いて口づけをした。これは僕の親愛の証。

 

「ぷは――えへへ……これからずっとずっと幸せにしてください」

 

 今度は奥さんとしてね? もう、絶対に離れないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「ズルいですニャ……」

 

「何が?」

 

 僕と主様は互いに寝そべって向かい合いながら、初めてを終えた後で話をしていた。僕は半眼で主様を見つめるけど、主様は目を泳がせている。

 

G・B(ゴッド・ブレス)で萎えないのは卑怯ですニャ……勝てないですニャ……」

 

 そう言いながら仕返しに主様に抱き着いてみせると、主様はあれだけ僕を乱しておいて顔を赤くしていた。ちょっとだけ可愛いと思ったから許す。

 

「ねぇ主様……?」

 

「なんだピトー?」

 

「あなたって呼んでもいいですか?」

 

「好きにしていいし、ずっと言おうと思っていたけど俺に敬語も要らないよ」

 

「えへへ、ありがとう……あなた」

 

 ああ、幸せだなぁ……早く子供が欲しいから妊娠したいな。毎日しようね主様。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニャふふ……ふにゃぁ……」

 

 ピトーを抱き締めつつ撫でていると、寝息を立て始めた。寝ながらも体をすり寄らせて来るため、猫ではなく淫魔の仲間なのではないかと思ってしまう。

 

 遂にやるところまでやってしまったが、不思議とまるで後悔はしていないどころか、嬉しさばかりが溢れてくる。何か喪失感を覚えるのではないかと、考えていたが、それどころか心に空いた穴が埋まったような健やかな気分だった。

 

「にゃう……あなた……」

 

 ピトーを少し強く抱き寄せると、ピトーは口を綻ばせて言葉を漏らした。

 

「子供でラグビー試合をするニャ……」

 

 いや、30人はちょっと相当頑張らないと……なんだその寝言は……起きてないよなピトー?

 

 それにピトーらしいと微笑ましい気分になっていると、枕元の電話が鳴り、静かに出るとフロントから、クラピカくんとイヴちゃんが戻ってきて会いたいとの連絡だった。

 

 そのため、それに了承し、ピトーは寝かせたまま服装を正して出迎える準備をしてリビングに戻ったところで、インターホンが鳴る。一応、確認すると備え付けのモニターと円で確認すると、紛れもなくクラピカくんとイヴちゃんであり、念で誰かが化けているようなことはない。

 

「あいよ」

 

「………………」

 

 玄関を開けると神妙な表情で姿勢を正しているクラピカくんと、何故かジト目で俺を見つめてくるイヴちゃんが目に入りハテナが浮かぶ。

 

「貴方を世界最高峰の念能力者と見込んで折り入って頼みがある」

 

 その前口上と、イヴちゃんの大変不満げな表情で全てを察した俺だったが、特に何も言わず、そのまま最後まで話を聞くことにした。

 

 

 

「私を念能力者として貴方の弟子にしてくれ!」

 

 

 

 そう言って深く頭を下げるクラピカくん。そして、彼が上げたときに交えた瞳には、決意に満ち溢れた色と、後ろ暗い復讐心を抱いた炎の揺らめきが見えた。

 

「……とりあえず、幻影旅団と商売上で繋がりがあると言われた上で、わざわざ俺に師事を仰ぎに来た理由をまず聞こうじゃないか」

 

 俺は小さく溜め息を吐いてから、問題を抱え込んできた二人を部屋の中に招き入れることにした。

 

 

 

 



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盗賊と復讐者

どうもちゅーに菌or病魔です。


 

 

 

 

 

「というわけで、私と一緒にクラピーを鍛えて欲しいの。頑張ってねクート」

 

「うん、君たちを座らせて、キッチンにお茶取りに行って戻ってきた瞬間、さも全てを説明し終えて俺が了解を取ったようなことを言われても騙されんぞ。イヴちゃん」

 

「ちぇっ……」

 

 なんで体は大きいのに中身はこんなんになってしまったんだ。その前にやたら俺に微妙に反抗的というか、対抗意識があるような気がするのはなんなんだろうな。まあ、いい子だし、実力もあるし、ハンターとして成功しているようなので俺から言うことはない。むしろ、ちょっと可愛いと思うのは親バカだろう。

 

「それで理由を聞こうか」

 

「じゃあ、真面目に話すね」

 

 そう言うとクラピカくんではなく、イヴちゃんが口を開いたため、静止しようと口を開こうとし――。

 

「だってクート。クラピーのことずっと気にしてたんだもの。クラピーは最初は私に師事を頼んできたんだけど、私がクートにも頼んでみるように言ったんだ」

 

「私自身も9月までにより強くなれるのなら、一番厳しい道を歩みたい。それとこれは完全に私の主観なのだが、これまで接してきて、貴方は信用に足る」

 

 その言葉に閉口した。どうやらイヴちゃんの差し金の要因が強いらしいが、それよりもイヴちゃんの言ったことが気になった。

 

 クラピカくん自身も随分、俺を信頼しているらしく、その瞳からは嘘というものは感じられない。

 

「信用ね……いいのか? 元々はクモ以上の犯罪者だぞ俺は? 君の情報を売り渡すことだって平気でやってのけるかもしれんぞ?」

 

 そう言うとクラピカくんは"それは違う"と俺の言葉を否定してから言葉を返す。

 

「私が見た限り、今の貴方も、女性の貴方も、人を殺す素振りは見られなかった。デスマッチを求めた死刑囚さえも貴方は助命し、女性の貴方はミケの命を奪うことはなかった。それだけでも意味もなく人を殺すクモとは違う。それにそもそも情報を渡すような者は、私にそのような気遣いはしない」

 

幻影旅団(クモ)との関係性とか考えているなら、水見式でわざわざ緋の目の状態まで調べてあげる理由も、あの本を渡す理由もなかったでしょう? それにピトーに聞いたら、あっちのクートの方が何度もクラピーに声を掛けてたそうじゃない? それって深層意識で、クート自身がクラピーのことをとても気にしていたってことだから」

 

 イヴちゃんに関しては、長く俺といた人間からすればなんでもお見通しのようだ。隠していても家族には丸わかりといったところか。

 

 クラピカくんは俺のことを買い被り過ぎだが、二人の言っていることは的を射ている。俺には幻影旅団にクラピカくんの情報を渡すほどの義理や関係性はなく、あくまでも商売上の繋がりだ。それに比べてクラピカくんは、ゴンくんの仲間という俺には看過できない唯一無二のアイデンティティを持っている。また、彼らが9月にヨークシンに行くことは俺も聞いている。

 

 よって、俺は9月には二者択一を迫られていたところだろう。幻影旅団をとるか、ゴンくんとその仲間をとるかだ。

 

 はっきり言って、()の関係で答えなんて最初から決まったようなものである。仮にゴンくんが幻影旅団によって大怪我を負うか、死にでもしてみろ。()は間違いなく幻影旅団全てを血祭りに上げることだろう。

 

 俺としてはゴンくんとその仲間は全員無事で、幻影旅団はクラピカくんの気が済む程度に死人が出て、俺が関与したことは明るみに出ないというのが一番吉であろう。故にゴンくんとその仲間に荷担しない理由も特になく、かといって率先的に荷担する理由も特にない。

 

 そのため、修行を頼まれればやるが、頼まれなければ9月までは放置でも別に構わない程度のスタンスでいたのである。まあ、この辺りの考えは、イヴちゃんがクラピカくんに話したかも知れないな。

 

 そして、理由はもうひとつある。それは"彼の復讐"に対することについてなのだが……こちらを話すかどうかはまだ考えているところだ。

 

 それと、ひとつ言いたいことがあるとすれば、()が人を殺さない理由は、単純にピトーの見本になるためだけだ。理由もなく、ただ邪魔だと思えば眉ひとつ動かさずに命を奪える奴だということだけは間違ってはならない。

 

「商売相手を捨てるだけの価値のある俺のメリットはなんだ?」

 

 とは言え、それはそれこれはこれ。無償で何もかもを行うほど俺は甘い人間ではない。

 

 まあ、俺にとって金は腐るほどあるのでそれで解決するもの以外で欲しいものなんてそんな――。

 

 

 

「"一坪の海岸線"」

 

 

 

 そのイヴちゃんの呟きに俺は目を丸くした。

 

「前にジンさんが言ってた。"クートの奴、一坪の海岸線がどうしても見つからないって俺に言ってきてよ。まあ、一坪の海岸線と支配者の祝福以外の指定ポケットカード全部集めてたみてぇだったから、ソウフラビに同行(アカンパニー)を使って15人以上で来るとイベントが始まって、そのメンバーでレイザーたちとのスポーツ勝負で勝利すると手に入るって言ったらよ! 『他人必要とかクソゲーかよ』とか苦虫を噛み潰したような顔で言いやがってな! だはははは!"って。それに協力するのが条件でどう?」

 

「あの野郎……イヴちゃんになにを話してやがる……」

 

 やたら感情を込めたジンの物真似をするイヴちゃんに溜め息を吐き気つつ思い返す。

 

 G・I(グリード・アイランド)。数年前、ジンらが作ったゲームとのことで、ジンが自慢しつつ一本くれたことがあった。

 

 折角なので、プレイしたところ、中々面白いゲームであり、一人で遊ぶ分にはとても楽しかったのだが、指定ポケットカードのNo.002 一坪の海岸線が15人以上のグループが必要かつそれで過半数以上の人間が囚人とのスポーツに勝たなければならないということを知った。クリアより人を集めて勝つ方が面倒だと思い、そもそも指定ポケットカードに関してもゲーム内で使えば別にいいかなと自分を納得させ、それからは10日でデータが消えないように入っては出る程度のログインオンライン状態に長年なっているのである。

 

 まあ、高々ゲームに俺の残党を付き合わせるのも悪いし、そこまで重要なことではない。いや、この言葉は正確ではないな。重要なことではなかったということが正しいだろう。

 

「私、弟子を持つのは初めてだから、その辺りをクートに指導して欲しいかな」

 

「G・Iの攻略に協力かぁ……」

 

 何せ今の俺は一昔前と違ってピトーがいる。経歴やら念能力やらで、伴侶や結婚など当の昔に諦めていた身としては、それだけで幸福なものだ。

 

 しかし、ここで出てくるのが時間の管理やフットワークの軽さになってくる。やはり二人よりは一人の方が動きやすかったということもあり、ログインオンライン状態での放置も、一人だから特に苦もなく習慣化していただけであり、ピトーとの時間を確保する上では、邪魔というか目の上のタンコブというか夏休みの宿題染みたものになっていたため、クリアしてしまいたいところではあった。そのため、正直かなりありがたい申し出と言えるだろう。

 

「わかった。是非に頼む」

 

 そう考えて俺の方から頭を下げた。10日おきにマサドラで買うか、適当なプレイヤーを襲うかして離脱(リーブ)を入手して帰る。あるいは同行(アカンパニー)を奪うか買うかして所長を倒すか金を払うしか帰る方法がないため地味に面倒なのである。

 

 まあ、最近はハメ組の方々が、彼らを襲わない代わりに同行をくれるので幾分かマシになったが、根本的な解決になってはいない。

 

「ね? これで首を縦に振ってくれるって言ったでしょ?」

 

「ま、まさか……本当にこうなるとは……G・Iというゲームとはいったい……?」

 

 クラピカくんは偉く驚いた様子だった。どうやらG・Iについてはそこまで深くは教えられてはいないらしい。まあ、夕方に別れてからここに戻って来るまでの間にそこまで深くは説明しなかったのだろう。まあ、ゲームというよりも、時間というものは何物にも変えがたいというだけの話なのだが、今語る必要もあるまい。

 

「ではクラピカくん。改めて自己紹介をしよう。クート・ジュゼル並びにイヴ・ジュゼル、そして今は寝ているピトー・ジュゼル。その三人が君の師匠になるのでよろしくね」

 

 そう言うとクラピカくんは畏まって礼をしてきた。きっちりしているというか、育ちのよさそうな子である。

 

「さてさて、当面の修行場所なんだが――」

 

 俺はキャディバッグを開けると、その中からジョイステーションを取り出して、それを机の上に置いた。

 

グリード・アイランド(ここ)か俺の家でいいかな?」

 

 今更ながら、持つべきものは仲間だなと思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日にホテルをチェックアウトした俺とピトー、イヴちゃんとクラピカくんの4人は、2日ほど飛行船を乗り継いでジャポンの自宅の正門前に戻ってきていた。家は少々近代化されている基本平屋で、一部が二階建ての武家屋敷であり、そこそこの敷地面積である。

 

 家に向かうまでの間にクラピカくんには、とりあえず練の持続時間を伸ばす修行だけはさせておいたのだが、これが面白いように時間が伸びるため、舌を巻くほどだった。

 

『…………(どやぁ)』

 

 そして、初めての弟子の成長をとても誇らしげなイヴちゃんが可愛かったが、顔には出さないでおいた。ほとんど何もしていない気がするが、クラピカくんと俺の間にイヴちゃんを挟むことで、育成の功績は全てイヴちゃんのものになるのである。外国から輸入して、しばらく日本の生け簀に置いておき、日本産のウナギとして売ってるみたいな気分だな。

 

「久しぶりの我が家ニャ!」

 

 嬉しげな様子のピトーに続いて、三人が門を潜る。すると気配を感じて立ち止まり、庭へと続く建物の曲がり角を見つめる。

 

「ヒッ……ヒィッ!?」

 

 すると黒っぽい服装で粗暴であまり整容を気にしてはいなさそうな男が息を荒げながら出てきた。念能力者のようではあるが……あまり実力は無さそうだ。少なくとも俺の残党に比べれば雑魚もいいところと言えるだろう。

 

 男の表情は焦燥と恐怖に歪んでおり、よく見れば右手の肘から先がなく、今さっき引き千切られたばかりのように血液が滴り落ちていることがわかる。

 

 男は角を曲がりきったときに足を滑らせて転ぶ。そのまま、すがるような目をこちらに向けて口を開いた。

 

「助け――ぎゃぁぁ!?」

 

 途中まで言ったところで男の頭が掴まれ、宙に浮かされる。更に男の頭からはメキメキと異音が響いていた。

 

 男を掴んだ男は2mを超える背丈をした筋骨隆々のくすんだ金髪の男であり、つまらなそうに侮蔑を浮かべた瞳で、掴んだ男を一瞥すると口を開いた。 

 

「殺される覚悟もねぇゴミが……ボスの家に押し入るんじゃねぇよ」

 

 次の瞬間、ぐしゃりと頭部の潰れる音と、閉じられた拳から溢れ落ちる柔らかい水音が響く。最後に頭部を完全に失った亡骸が地面に落ちた。

 

 一応、確認すると、クラピカくんは非常に衝撃的な様子を受けた様子で、その瞳には人ではなく殺人行為に対して抱いているような侮蔑や嫌悪の色が見えた。それに引き換え、ピトーとイヴちゃんは特に変わった様子はなく、いつも通りの様子であり、ピトーに至っては既に玄関の鍵を開けて、全員分のスリッパを並べ始めている。

 

 うーん……やっぱりアレだよな、クラピカくんはさ。まあ、後で伝えておくべきか。

 

「"A級首"……"解体屋(バラシや)ジョネス"だと……?」

 

 クラピカくんの呟きの通り、彼の名はジョネス。異常な握力の持ち主であり、かつてザパン市で老若男女問わずに大量殺人を行っていたところを、噂を聞き付けた()に興味を持たれ、そのままクート盗賊団に入り、念能力者となった男だ。要するに弟子のひとりだ。

 

 また、盗賊団が解散してからも、召集を掛ければ必ず集まる残党の一人。今回はハンター試験で長期間家を空けるため、俺の居ない間を狙ったり、俺が不在の情報を知らない二流・三流の盗賊などに家を荒らされないように留守を任せていたのである。

 

 彼の系統は非常に分かりやすい強化系の念能力者だ。

 

 そう思いながら再び素手で男を握り潰した大男へ目を向けると、視線が交わり、男は一瞬呆けた表情をした後、手についた血と骨と脳の破片を拭う。そして、悪人顔なりに温かい笑みを浮かべて口を開いた。

 

「ああ、今帰ったのかボス。見ての通り、ひとりも賊は逃しちゃいない」

 

「ただいま。留守番頼んで悪かったな」

 

 挨拶と他愛もない話をしつつジョネスとイヴを伴って、家の玄関を潜る。二人を先に居間へと行かせ、上がり(かまち)の前でふと後ろに目をやると、やはりと言うべきか、クラピカくんはまだ状況が飲み込めないか、困惑した様子で玄関の外に佇んでいた。

 

「クラピカくん。これが家の普通だから慣れてくれ。後、玄関のアレだけじゃなくて、庭先にも何体か転がってるみたいだから片付けないとな」

 

 そう言いつつ、玄関の靴箱に常備してある大型のゴミ袋と厚手のゴム手袋を取り出して、再び外に出た。

 

「ちょっと横通るよ」

 

「あ、ああ……」

 

 クラピカくんの前を通ってから、ジョネスが頭部を握り潰した男性の死体の前で屈む。それから手袋をして、色々と溢れている脳や骨の欠片を拾って袋に入れ始めた。

 

「……質問をいいか?」

 

「どうぞ」

 

「貴方は家ではいつもこうなのか……?」

 

「まあ、そうだね。正直、止めて欲しいんだよねぇ……死体の処理に金も掛かるし、掃除も運ぶのも面倒だし。けれどこういう奴等って皆殺しにしないと、次はもっと酷いものを持ち込んで来るんだよ。暗殺者とか、毒ガスとか兎に角色々……よっと」

 

 袋に地面に落ちた頭部の欠片を集め終わったので、胴体を肩に担いで立ち上がる。そして、クラピカくんの前を通り過ぎ、すぐ隣に建っている解体室と冷凍室が繋がった施設に向かう。

 

 そして、解体室の方から入り、テーブルの上に死体を乗せ、奥の冷凍室の扉を開け放った。

 

「な……」

 

 そこには既に20体近い数の人間の死体が、食用肉のように処理された上で吊るされたものが凍らされていた。

 

 そのまま俺は解体室で死体の服を脱がし、死体の処理を始め、腹を開いて内臓を取り出し、血抜きをして保存しやすいようにする。

 

「襲撃者を全員こうしているのか……?」

 

「いや、ここに保管できるのは40体ぐらいまでが限度だから、それ以上になったら素直に焼いて処分してるよ。でも放っておくとすぐ腐るし、埋めるにも限度があるし、焼くのは金が掛かるばかりだ。だから、保存して人肉愛好家(カニバリスト)共にでもこんな風に適当に処理して売り付ければそこそこの値で売れる。屑にはお似合いの末路だろう?」

 

 ちなみにピトーは食べる。まあ、ピトーは人間ではないので、食べても特に問題ないどころか、今の好物らしいので時々楽しんでいるのだ。俺はG・Bでクールー病になることはないが、正直人肉は不味いと個人的には思っているのでまず食べない。

 

「犯罪からは足を洗ったのでは……?」

 

「そもそも家で上がる死体はほぼ過剰防衛だ。また、ジョネスを初めとして、残党はだいたいA級首になっていて、未だに繋がりがある。不思議なことに最早、生きているだけで次々と犯罪が発生するんだ。なので、暗黒大――昔の司法取引で、その辺りのことも多目に見て貰っている。だから今、俺がしていることは犯罪じゃなくて、ただの後処理なんだ」

 

 その話をする前からクラピカくんの目は刺すような眼光になりつつあった。

 

 まあ、これだけ()()()見せたのだから当然と言えば当然なのだが、ここまで予想通りの反応が返ってくると溜め息を吐きたくなってしまうな。 

 

「理解できないといった様子か。前に君は俺のことを意味のない人殺しはしないと言ったな。その通り、逆に言えば俺は意味のある殺ししかしないんだ。意味さえあれば、な」

 

「――ッ! こんなの理解できるわけがある筈もない。どうして……どうして貴方は今そんないつもとまるで変わらない表情ができるんだ……」

 

 少しだけ声を荒げるクラピカくん。実際に俺はそんな表情をしているのだろう。彼の言葉はあまりに真っ当だった。彼は思い違いをしていた。無意味に殺そうが、意味を持って殺そうが、結局重要なのは殺した側が何を考えているか、どんな感情を抱いているかだ。

 

 そして、それはこれから殺す側にも言えることだ。

 

「昔話を少しだけしようか」

 

「………………」

 

 一旦捌く手を止めてからそう言った。一応、まだクラピカくんは黙って聞いてくれているようなので、そのまま続ける。

 

「俺さ。昔は鶏とかの食用の動物を殺すのも見てられなかったんだよね。可哀想でさ。けれど、矮小な男と高飛車な女(ジキルとハイド)が発現してからは、()が殺した動物どころか、人間に対しての惨い殺しを全部自分がやったことして記憶するようになったんだ」

 

「……念能力か」

 

「それで最初はずっと自分じゃない、自分がしたことじゃないって言い聞かせてたんだけど。次第にそんな記憶を次から次へと蓄積し続けていたら、徐々にこっちの人格まで歪んでくるのがわかったんだ。段々と、人間を普通に殺すぐらいならなんとも思わなくなった」

 

「………………」

 

「何度も発狂したさ。何度も自殺もした。けれどその度に矮小な男と高飛車な女(ジキルとハイド)は必ず発動して、結局死ねない。その上、俺に戻ったときは健康な身体とイカれる前の精神、そして数えるのも億劫な新しい人殺しの記憶があるばかりだ。G・B(ゴッド・ブレス)ができてからは、自殺で死ねる可能性すらなくなった。それからだな。俺が何もかもを受け入れるようになったのはさ」

 

 そう言って笑って見せると、クラピカくんの目はいつの間にか可哀想な者を見るようなものに変わっており、その移り変わりが彼の人柄そのものを映していると言えよう。

 

「だから、念能力のせい……とは言えない。結局のところ、俺は何もかもを諦めたんだよ。そして、全てを楽しむことにした。その結果が今の俺だ。まあ、君には何も関係のない話だし、理解する必要もない。手を洗ってから居間に向かうから、先に行っていてくれ」

 

「ああ……」

 

 そう促すと彼は家へと入って行った。その背中を眺め、見えなくなったところで、俺は大きな溜め息を吐くと頭を悩ませた。

 

「どうすっかなぁ彼……」

 

 今までの会話や様子から俺はほとんど確信していた――彼の基準では"人間"であろう幻影旅団を13人も立て続けに殺せるような精神をした人間では決してないことを。

 

 彼は復讐者ではあるだろう。しかし、復讐鬼ではない。そんな半端者の末路は自ずと決まっている。

 

「ありゃ、このまま殺らせたら良心の呵責で精神(こころ)を壊すぞ……」

 

 俺は何よりもそれが一番気掛かりだった。

 

 性善説という説がある。それは人間の本質は善であり、後天的に悪行を覚えるという説である。つまりは誰しもが、後天的に悪道に落ち兼ねないという暗喩でもある。そして、一度落ちた心に染み付いたものは決して拭うことはできない。

 

 元々俺は彼に近い感性を持った人間だったから言える。更に彼は第二の俺になるようなポテンシャルを秘めた存在だ。あまりに危うい。

 

「ほっとけないよなぁ……」

 

 特質系も持っているわけで、俺のようにとんでもない念能力が発現してしまう可能性も十分にある。お節介だとは頭では思っていても、どうにも気になってしまう。

 

 俺が復讐を止めるように説くなどという片腹痛いことをするつもりなど更々ないが、それでも……いや、むしろ復讐される側に立っているからこそ言えることは幾らでもあった。

 

 俺は今後どうするのか考えつつ、お昼ご飯の用意が済んだピトーが呼びに来るまで、庭先の他の死体の片付けをした。

 

 

 



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